我想う故の悪あり (クトウテン)
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我想う故の悪あり
初めてダンまちの二次に手を染めたわけですが。
なんだか想像を絶するほどちょっと書いてる本人でも引く感じの内容になりました。かなり人の好き嫌いが別れてしまう作品だとは思いますが、気分が乗ったらぜひ読んでやって下さい。
アンラ・マンユ。
この世すべての悪と称される、有名な悪神である。
言うなれば最も汚らわしき、神。
世の悪という悪をすべて煮詰めて、集めて、混ぜて。
グチャグチャのどろどろになった、そんな最も悪いその悪神に。
どうしようもない程終わってしまったその神に。
『……アナタ■ら、ワ■シを■■■く■る……?』
「あぁ……君が望むのなら、俺は死んでも叶えよう」
俺は、どうしようもない程終わった恋をした。
◆
「起きてください、起きてください」
「だが断る。おやすみ」
「……そうですかぁ。リリの言う事、聞けないんですかぁ。うふふ、わかりました。じゃあ何してもおかしくないですよね? 今から拘束して、監禁して、もう身動き取れなくして、リリのものにしちゃってもいいですよね? ね? うふふ、エイジさん。大好きですよ、だぁい、すき。すき、すきすきすきすきすきすき。わかりますか、ほら、胸がドキドキ言ってるんです。エイジさんのこと考えるだけで、こんなに。えへへ。えへ、えへへへへへへへへへへ―――って、どこ行くんですかエイジさん」
「イヤほんとそういうのまじ勘弁なんで。正直ヤンデレとかまじないっすわ」
「鏡見ましょう」
「俺はヤンデレじゃねぇ。愛する人のためなら何でもするだけだ」
「うわ重……きっつ……」
「マジトーンやめてくれるかなぁ!」
朝。とある木造の家ではそんなやり取りがひとつ起きていた。
片や赤褐色のくすんだ様な色を持つ青年に、もう一人は柔らかく跳ねた茶色の髪を持つ幼女―――にも見える種族“
そして。
「おはよ、リリ、エージ」
もぞもぞ、と。一糸纏わない姿で上掛けのタオルから顔を出したのは光も移さぬ漆黒の髪にたわわかに実ったその双丘。
なんというか、まるでその様子は“事後”にも似たものがあり、
「――――」
エイジと呼ばれた男の鼻の穴は、自然と膨らむ。
「……あはっ」
無論、恐怖によって。
逃げる訳ではないが、着替えるという名目の元離れようとした俺のシャツを謎の怪力によって離さぬようガッチリとつかむ。それはもう、ガッチリと。
…………いや。
「あの、リリさん? 聞いてくださいます? 分かるでしょ、ほらこの駄神まじこんなんだから、ていうか、俺まだ童貞だから。これまじな。ほんとまじで。いや俺も捨てたいんだけどどうしてだろうね。いやー困るわー! 童貞まじ困るわー!」
「……ホントですか? マユ」
若干の殺意を滲ませながら、リリと呼ばれた女の子は黒髪の女の子へと問う。
エイジも思わず視線を向けた。本当に悪いことはしてないが、が。万が一ということもある。寝ぼけながら、とか。
恐怖と、若干の期待によって、またしても鼻が膨らむのを自覚しながら、エイジは喉を鳴らす。
するとマユもそれに答えるようにうんうんと大きく頷いてから、サムズアップ。
自信満々(にも見える無表情を保ったまま)に、言った。
「うん、エージ、昨日は凄かった」
「よっしゃエイジさんもぎましょーかー!」
「いやぁああああああ!」
ドコを、ナニを、なんて聞く意味がない。もがれるのだ。
朝の緩やかな時間なぞは、そんな喧騒で吹き飛ばされる。
一見明るく、楽しくも見える―――救いようのない退廃としたその《ファミリア》は、迷宮都市オラリオの中今日も生きるように死んでいた。
◆
「―――シッ」
鋭く、息を吐く。その音と共に繰り出されるのは風さえも断ち切る剣戟だ。
ズォ、という音を響かせながら目の前にいるソレ―――オークを一撃で唐竹割りし、糸を引く断面を覗かせながらその巨体は重力に従って地面へと左右に落ちた。
「あー、やっべ興奮して魔石のこと忘れてたやっべ」
「あ、ギリギリでしたね。割れてませんよ」
「やったぜ」
軽口を叩くように二人で笑みをこぼすのは―――漆黒の大剣を肩に担いだエイジとその身の丈以上もの大きさのある鞄を担いだ小人族、リリだ。
「しっかし随分手応え無くなってきたなこの層も。何階層だっけ」
「15階層ですねぇ」
15階層。
まだ一桁を少し超えたばかりと嘲る事なかれ。
15階層まで行くと言われる冒険者は一般的に中級と呼ばれる冒険者であり、かくいうエイジもその一人であった。
この都市―――オラリオに来て早10年。冒険者になった日数を言えば五年。
そして。
彼のレベルは相変わらず―――1のままであった。
勿論これは当たり前のことではない。
一般的に言う自殺行為だ。格安自殺名所巡りと言っても過言ではない。
1レベル―――俗に低級と呼ばれる部類にカテゴライズされるその冒険者達は一般にこの階層に来ることはない。あったとしてもそれは中位の冒険者のサポーターとしてだとか、何かしら保険のある状況下でしか成立しない程度には、まずあり得ない。
つまりこのレベルと呼ばれる神にもたらされる恩恵は、ただ単純に己の力の底上げということ以外にもこの都市では一種のステータスとして、レベルという概念を用いられるのだ。
「うーん、というかエイジさんはどうしてレベルアップしないんですか? 正直エイジさんの熟練度と総合経験値を考えたら……」
「だろうなぁ。多分、少なくとも二レベは上がると思うぜ」
「人が聞いたら卒倒モノですね」
その通り。命がけのやり取りをする迷宮においてわざわざ自力を上げられる行為を疎かにしてまで経験値をとっておく馬鹿など世の中広しといえどこの男ぐらいである。
「まぁ俺もそうできんならそうしたいが……困ったことに“師匠”のやり方なんだよなこれ」
「随分トチ狂った師匠がいたもんですね」
「あぁ、あいつはキチガイだよ。“レベル上げ? 経験値? 馬鹿言うんじゃねぇ。自分の最大限のスペックも知らないで殺しあいなんてやれると思ってんの? ねぇねぇ馬鹿なの? 死ぬの?”とかよく煽られ―――殺意湧いてきたぁ……!」
「よーしよしステイステイ」
小柄なシルエットに160は超えている身長の男がわざわざ屈んでまで頭を撫でられている光景はシュールと言わざるをえない。
「まぁ今じゃ慣れちまって随分と楽なもんだけどな。逆に今からレベルアップして自力上げちまうと体と脳が追いつかなくて一気にダメになるな、うん」
「もう脳筋とキチガイでわけ分かんない事になってますね」
「言うなよ。気にしてんだよ」
そう言う間にも、狩りは続く。
迷宮の前にあった曲がり角から唐突に眼前を覆うほどの質量を持って現れたのは―――大きいクモ。
《
中層でも深い位置に生息し、無音で獲物に近づいてくることで有名。過去多くの冒険者たちがこのモンスターの餌食となっている。
と、そんな情報を思い出す。あぁいたなぁ、なんて思いながら、その無音での行動にほぅ、と息を吐きつつ。
「消すんなら殺意まで消せよ、こンの――蜘蛛野郎がァ!」
「わぁ脳筋」
まず一番に、大剣を片手で持ちクモのその男の腕ほどもある前足を受け流し、もう片手でバランスを崩したクモの頭を離さぬように握り込み、硬いと評判の迷宮の壁へブチ当てる。
勿論こんな事で死ぬようなモンスターではない。ダメージも僅かだ。
だが、動揺を誘うのには―――。
「死ねよ」
昆虫型のモンスターの死亡判定というのは、なかなかに難しい。タイプによっては心臓、脳の様な生きるために必須の機関を複数所持した存在もいれば、もとよりそんなものが無いものだっている。
だからこそ取る判断としては、殺す。
徹底的、圧倒的、残虐的なまでに、圧殺する。
何度も何度も何度も、蹴り、刺し、叩き込み。
そして砂に還る大型蜘蛛を見届けて、ため息を漏らした。
凝りはじめた首をコキリと1つ鳴らし、一度剣を収めて少女へとエイジは声を漏らした。
「今日はこんなもんにしとくか」
「っはい!」
そうして、彼は地上へと向かう途中にその物語は動き出すことになる。
それはまるで英雄譚の様に、序章が始まる。
臆病で仕方のない一匹の兎が、一人の英雄へと昇華する、その瞬間まで。
もうめくられたページは、止まらない。
一話自体は3000-5000までに収めたいと思うんですが……短くて申し訳ありません。多分続きやります。
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出会うは剣鬼と夢見る兎
あぁ、これは死んだな。
どこか冷静に、冷徹に一人の少年は自分の現状をそう評価した。
冷たく、光の届かない迷宮の中。
更に言うなればその地下五階。
少し欲を出し
蛇に睨まれたカエル。というより獅子に目を付けられた兎。
ミノタウロスというこんな浅い階層にいる訳のない、正しい意味での
彼の心は容易く折れた。
「は――はは」
自分の喉からは情けなくも乾いた笑い声しか漏れてこないのに対して、もはや情けなさ、悔しさを感じる間もなく彼は今この瞬間“死”という感覚を強く味わっていた。
脳内では、まとまらない思考がただ文字の羅列として空回りをし、抜けた腰と震えた腕でジリジリと後退する。
その間も、奴は迫ってきていた。
「ゥルグ……ガル……ルォ」
あの巨木の様な腕に叩き潰されたら死ぬのだろう。あの頭上にそびえる禍々しい角に突かれても無事で済むまい。あの携えた大きな斧を振るわれれば僕なんて紙のように吹き飛ぶはずだ。あぁ、あの大きく開いた口から覗く牙なぞ僕を簡単に噛み潰して数秒足らずで肉塊にしてしまいそうではないか。
「た―――」
気付けば、その願いは口から溢れるようにして、零れていた。
「助けて――――!」
ゾンッ。
それは、初めて耳にする音だった。軽い剣を振るうヒュ、とした音でもなく、中型の剣を力任せに振る様なザッ、とした音でもなく。
やがて現れた。
切り落としたミノタウロスの右腕の付け根から噴水のように赤色のアーチを作り、それをびちゃびちゃと浴びながら彼は現れた。
「おう―――助けてやったぜ。んで、報酬は?」
笑顔を貼り付けながら、大きな大剣を担ぎながら、飄々としながら。この“死地”とも言える迷宮の中どこか楽しげにもしている風な彼のその姿は。
彼のルビライトの目には―――鬼の様にも映った。
◆
「ゴ……ァ……。グルガァアアアアアアア!!!」
その叫びは痛み故か怒り故か。
取り敢えずリリに少年を回収してもらい、目の前のミノタウロスに相対する。
「おーらら。随分激おこしてんじゃんミノちゃんよぉ。お? 自慢の恋人が消えたのがそんなに不満か? 安心しろよ。テメェもすぐそっちに送ってやっからよォ―――!」
「どっからどう見てもこっちが悪役です本当にどうも有難う御座いました」
リリの茶々を無視しながら、目の前のデカブツへと突進する。怒りと、右腕を失った事により敵はマトモな判断が効かなくなっている。つまり攻めどきは今ということだ。
この場であの巨斧を振られたとしても、頭のない一撃など児戯にも劣る。
簡単に受け流してとどめを刺して終わるだけだろう。
笑い声を漏らしながら突っ込んでいくとリリが演技臭い何かをやりだした。こいつふざけてないとだめなのかなぁ。
「や、やめてください! ミノタウロスをそんなにいじめないでください! 彼にも! 彼にも愛すべき妻と子供が!」
「じゃあこいつの魔石売っ払って今日バーベキューにしようと思ってたけど無しな」
「ごー! じぇのさいど!」
「イエッサァー!」
自分も随分ノリが良いと思う。
やはりと言うべきか、考え無しな一撃が俺に向かって放たれるが、それを剣を逸らすことによって受け流し、尚且つ引く事によって敵の重心を崩す。
グラついた所に、引いた瞬間の力をそのままにぐるりと一回転し、
「そぉいっ!」
敵の角を、思い切り剣の腹でぶん殴る。
するとどうだ。
ミノタウロスは、勝手に地面へと倒れるのだ。
「え……?」
後ろで少年が声を漏らした。
「チキチキ☆有料会員限定冒険者レクチャーその1!」
「ちゃっかり有料入れてるあたりだいぶ屑ですね」
うるせい。
「見た目のサイズに騙させる事なかれ! ミノタウロスは構造上人間と急所に変わりは無いゾ!」
「つまり……脳?」
「せぇーかい! そして人間よりチョロいことにこいつ、角あんのよね。これ実は頭蓋骨から直接伸びてるわけで、まぁある程度の筋力と対応のできる武器がありゃあこいつはチョロイン確定ですわ。困ったらまず角をボコる。まずボコる。ミノちゃん涙目。おーけー?」
「お、おーけー。というかこれ、放置していいんですか……そ、そろそろ起きそうですけど」
「だろうな。あと二秒後には完全復活だろうよ」
「えっ」
その言葉に間違いはなく、目の前のミノタウロスはピクリ、と一瞬反応した後、足と片腕を器用に使い大きく後ろへ飛び退った。
「あ、あぁ! バーベキューが逃げる!」
「うん、お前は少し黙ろーねー?」
「で、でも逃げちゃっていいんですか!?」
「あぁいや、大丈夫。わざとだから」
「は、え?」
何言ってんだこいつ、と言った表情に吹き出しそうになるも一度大剣を担ぎ直してから、歩き出す。
「ほーれいくぞリリ、兎君。報復の開始だぁー!」
「兎君ってなんですかー!? 僕はベル・クラネルっていうんですー!」
「応、了解ベル坊」
「ベル坊!?」
そんなやり取りをしながら、血に染まった男の人に担がれながら兎はふと思う。
……ん? 報復ってなんだろう?
そのことについてなぜ問い詰めなかったのか、その後ベルは本気で後悔することになる。
◆
世の中には厄日という概念が存在する。読んで字の如く厄な日の事である。いい事がなく、悪いことが起きやすい。
僕―――ベル・クラネルのその厄日という日は、きっと今日のことなんだと思う。
目の前には、一つの
大剣を背中に収めながら血糊をこびりつけた鬼は嗤い。
その美しき金糸の髪を揺らす女神にも見える女性は、エストックの様な剣を腰へと収めてそちらへと視線を向けた。
「よぉ―――『剣姫』。相変わらず
「……久し振り、『剣鬼』。相変わらずで、よかった」
「ほぉ?」
「殺しても、罪悪感が沸かなそうで、よかった」
「――――ハッ」
男が哄笑を上げる。馬鹿にするようでいて、どこか本当にその女の人を怖がっている様な、そんな笑い声であった。
ともあれ。
みしみしみしみし、と。
まるで空気が軋轢しているような幻聴さえするこの現状。
迷宮の中だということで、殺伐しているのかも知れない。いやそんなことはない。もう僕の周りは先程のミノタウロス並の殺意に今まみれている。抜けた腰がもはや砕けそうだ。
ついでに言えばミノタウロスはすでにご臨終しており、それを行ったのは今この空気を生み出している傍らの美女であった。
なんだ。なんでしょう。なんなんだろうこの現状。
「まぁ、いい。俺達の事ぁ良いんだよ。今大事なのは――こいつの話だァ!」
「―――」
声を漏らす間もなかった。そんな間もなく宙に打ち上げられ、さながら鳥のように空を飛び、
もにゅん、と。
なにか柔らかいもの、に―――。
『おぉ……!』
エイジと呼ばれる青年の対面に位置する集団からどよめきが走る。一体なんのどよめきかも理解できない。理解できない、まま。
女性の
「―――いい夢は見れたか?」
サァァァァ、と音が聞こえた。
なんの音かと思えば血の気の引く音だった。
なるほど、なるほど。
「ご、ごごごごごごごごめんなさぁああああああああいっっっ」
即座に離れ、地面に強く頭を打ち付けた。
ゴヂンッ、という音がとてつもなく痛々しいが、死ぬのと、今痛いのを比べれば歴然の差である。
「おいおい、ベル坊土下座なんてよせよ。―――こいつらのせいでテメーは死にかけたんだから、怒りこそすれ謝る必要なんて欠片もねぇぜ?」
「えっ?」
その言葉に顔を上げると、目の前の集団はピクリ、と肩を一度震わせ、気まずそうに視線を逸らした。
「そうか……そういうことか」
「いやー、俺が助けに入らなかったら間違いなくコイツは死んでただろうなぁー。この責任は、誰が、どうして、くれるんだろうなぁー!」
「煽りますねぇ、エイジさん。ほら、もはや凄いヘイト溜まってますよアレ。うわぁ……気分いい!」
「いい空気吸ってんなお前!」
ケラケラと笑う声が、重く冷たい迷宮の空気の中を響き渡る。
「ふっざけんなよテメェ!」
と、そこに爆発する声が一つ。
「あ、突っかかるバカがいた」
「あァ!? 舐めくさりやがって何様だテメェ!」
「止めろベート!」
「なんで俺らが―――この《ロキ・ファミリア》がこんなボンクラ野郎にさんざん苔にされて黙ってなきゃいけねぇんだよ!? 今すぐこいつの口封じてやらァ―――!」
「お? なんだ? じゃあお前らに非はないって言いてぇのか?」
「ったりまえだろうが! たまたま上に上がっていった牛野郎が冒険者をぶっ殺そうが何しようがそいつの勝手だろうが! 俺らに非なんて一切ねぇ! むしろこの場合しっかり逃げ切れもしない判断もまともに出来ねぇこの貧弱野郎が悪ぃだろ!」
その言葉に、たしかにそうだと我ながら納得しかけた。
僕が、貧弱で、弱いから。
判断もまともに下せずに、死にかけたから―――!
「やめろと言っているだろうベート!」
「……なにか間違ったことは言ったかよォ」
「―――いや、正しいな。ごもっともだ。お前が正しいよベート君」
パチパチパチと耳に届くのは拍手の音だった。
音源は、エイジという青年。
「弱いのなら、逃げる。強くても、状況を把握する。それもできない人間が死ぬのは当たり前だ。たまたま勝手にミノタウロスが低級冒険者ぶっ殺そうが何しようが、運が悪かったも同然だな」
「……はっ。あァそう言う事だよ」
そうだよなー。と、どこかふざけた様にそんな声を漏らしながら彼は。
「―――なら、たまたま俺がここでテメェらをぶち殺しても、運が悪いだけで、仕方ねぇよなぁ?」
剣の切っ先を、ベートと呼ばれた男の眼球に突きつけた。
その行為は、まるで神速。瞬きをした間には完了していた。
そしてそれと同時に。
彼は、完全に
その同ファミリアの仲間と思わしき全員がいつの間にかそれぞれの武器を抜き、彼を必殺できる距離へと詰めていた。
「……どういうつもりだ。『剣鬼』」
「どーしたもこーしたもねーだろ。俺が求めてんのはこいつに対する謝礼だよ。俺はなにか間違ったことを言ってるか?」
若干皮肉を滲ませるように長い耳をした緑髪を持つ美麗な女性―――エルフと思われる彼女に彼はそう言葉を掛けると、一度彼女はその端正な顔を歪めて溜息を吐いた。
「……いや、その通りだ。おいお前ら。彼を保護しろ。家のホームで手厚くもてなすぞ。少年。先程の胸の件は水に流そう。そして謝罪のためにもホームに招きたいんだが、いいだろうか?」
「え、いやあの、わるいのぼくですし、そんなお気になさらず」
ろれつと思考を置いてけぼりにしながら、なんとか手と首をブンブン振って拒否を示すがそうも行かず。
「おいベル坊。もらえるもんは貰っておけ。それが冒険者ってもんだ」
「……ぅ、あ……すいません」
「気にするな。もとより悪いのはこちらだからな。―――それと、剣鬼」
「うぃ」
ヒュ、と彼女が彼に向けて何かを投げた。それを彼は受け取りキョトンとする。
「今回は彼を助けてくれてありがとう。《ロキ・ファミリア》の代表として感謝する。その報酬だと思って受け取ってくれ」
「うぃ。ありがとよ」
「しかし次―――我らエンブレムに刃を向ける時は覚悟しておけよ。全力を持って相手してやる」
おーおー怖いねー。そうおどけながら最後に軽く手を振りながら彼等は迷宮の中消えていった。
残った《ロキ・ファミリア》の団員達はその様子を目を逸らさずに見送り―――その様子はさながらモンスターと相対する姿にも見えたが――――姿が完全に見えなくなった所で、代表するかのごとくエルフの女性が拍手を一つ打った。
「さて、では行こうか皆。少しのトラブルがあったものの今日は大物を狩った。明るく行こう」
迷宮内のため大声出すことはできないが、皆がそれぞれ喜びを噛みしめるようにしながら、気を引き締めて岐路へとつく。
その中で僕は肩身が狭いのを理解しながら、そそくさとその集団についていくことしか出来ないのであった。
あぁ、早く神様の所に帰りたい……。
そんな願いをもちろん口にするわけにもいかず、ただただなすがままにベルは時の流れに身を任せた。
読んで頂いて有難う御座いました!
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