魔法科高校の劣等生 神速の魔法師 (mr.KIRIN )
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プロローグ

お試しで書いてみました。

初めはオリジナルですが可能な限り原作を追従したいと思っています。

見苦しい駄文ですがどうぞよろしくお願いいたします!



少年の短い人生はそこで終わったはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誕生日に海に行きたいと言う妹と沿岸部と出掛けていた為、大亜連合進行の警報は彼とその妹に届くことはなかった。

 

「あれは……」

 

少年がそれらに気付いたのは海を眺めていた妹のふとした一言だった。妹の視線を追い、自分も海を見ると確かにそこには何かが浮いていた。いや、正確にはそれは確実に彼らの方に近付いていた。近付くにつれて次第にそれの全容が見えてくる。それは10人乗りくらいの電動機付きゴムボートだった。ここまでなら何ら怪しむ事はない。ただの漁師か観光目的のボートだと予想できるだろう。しかしそのボートは明らかに”違っていた”。ボートの色は黒、10人程乗っている者達も全員、見たことのない迷彩服を着用していた。

 

「国防軍じゃない?」

 

国防軍ではないと言うことはどういうことか、第三次世界大戦以降、閉鎖的になったこの国で外国の軍事組織が活動している。この事実から少年が答えを導き出すのはそう難しい事ではなかった。

 

「リサ、直ぐに逃げるぞ。」

 

少年は少しだけ思案する。最寄りの交番まで20分、一番近くの国防軍の監視施設までは30分以上かかる。敵は少数で監視の穴を突いてきていた。

どちらも時間がかかる。短い思案の結果、少年の選択は自宅で家族と合流して国防軍の避難誘導に従う。だった。その側で未だに事態が飲み込めていないのか、リサは少年の顔を不安げに見つめている。少年は説明は後にして急いで逃げようとリサの手首を掴み走り出そうとした。しかし、時すでに遅く彼らの背後には突撃銃を構えた男達が既に上陸し駆け寄っていた。

 

「トマレ」

 

片言の日本語。少年は足を止める。武器も知識も無い彼らにこの状況を打開するのは絶望的だった。

 

(魔法が使えれば……)

 

少年の両親は魔法師だった。そして産まれてきた2人もまた魔法師として育てられた。しかし両親の魔法力は妹のリサに大きく遺伝し、兄である少年は未だかつて上手く魔法を使えた事が無かった。しかし、少年はそれを負い目に感じたことは今まで無く、むしろ強大な魔力を有する妹を誇りに思っていた。この瞬間までは。

 

少年はゆっくりと横に目配せする。リサは未だに不安そうな顔で見つめている。正直なところ少年も何も手立てが無いことに焦っていた。妹を心配させまいと笑顔でいようと試みるが実際はどうだろうか。きっと同じように不安が表情の隅々から漏れているのだろうか。

 

「心配するな。俺が何とかするから」

何も手立ては無いが妹を安心させたい。そんな気持ちから放った一言は妹を”一瞬”だけ安心させた。瞬間、安心した妹の控えめな笑顔は驚きの表情へと変わった。そしてゆっくりとその場に倒れていく。驚きの余り体が硬直し妹を受け止める事ができなかった少年は直ぐに駆け寄りゆっくりと視線を下に移す。妹の身体は既に2発の銃弾を受け真っ白なワンピースには赤黒い染みが広がっていく。更に視線を移す。妹の手には小さな機械が握られていた。

 

CAD(術式補助演算機)……」

 

それは妹の誕生日である今日の朝に渡したばかりのCADだった。少年は魔法師の家系に生まれながら魔法が使えなかった。その事実に少年は悲観せず技術と知識を蓄え、妹の為に魔工技師でもある父親の力を借りて初めてCADプログラミングを行った。そんな大した魔法も入っていないCADを手に妹は撃たれた。きっと妹に抵抗の意図はなく、ただ御守りとして握ってたのだろう。その姿が魔法を行使するように見えたのか、警告もなく妹は撃たれた。

 

「……ごめんなさ、い」

 

妹の最期の言葉だった。

 

「……ばかやろう」

 

そうぼそりと言い捨て、ゆっくりと妹の身体を起こそうとする。しかしその手は侵略者達によって蹴り飛ばされた。重たいブーツで蹴られた手は手首からズキズキと痛み、熱を持っていた。骨が折れているかもしれない。だがそんなことはもう関係無かった。

少年の中でも今まで感じたことの無い怒りが込み上げてきた。そして何かが吹っ切れた。

 

生への執着。

 

妹が居ないこの世界の価値は無に等しかった。

目の前の男を見上げる。男は突撃銃を妹に向けブーツで身体を揺さぶっていた。

 

「……」

 

今しかない。そう思った瞬間に既に身体は動いていた。目の前の男の腰にぶら下がったナイフに手を伸ばす。男の反応は鈍い。周囲の動きも何故か遅くなっているような感じがする。直ぐにナイフの留め具を外し、鞘から引き抜く。そしてそのまま抜いたナイフを持ち換え男の下腹部に突き立てる。男が悲鳴を上げた気がした。しかしそんなことはどうでも良かった。

ナイフを引き抜く。刃先は真っ赤に染まっていた。次は左胸を狙う。自分より背の高い男は痛みからか片膝を着き悲鳴を上げていた。

悲鳴を上げる男を見下ろしながら少年は呟いた。

 

「死ね」

 

男の顔に焦りと死への恐怖が浮き彫りになる。少年はゆっくりとナイフを構え、男の左胸を貫く……はずだった。

胸の辺りが熱くなっていく感じがした。手をやると鮮血で真っ赤に染まっている。すると急に両足の力が抜け少年は地面に突っ伏した。

 

「ここまでか……リサ、ごめんな」

 

少年は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、この子はどうしたの」

「敵の遊撃部隊を追撃したところ発見しました。まだ息があるようですが瀕死の重傷です」

「この子……連れて帰りましょう」

 

執事の側で担架に横たえられた少年を見て、女は妖艶な笑みを1つこぼす。

 

「宜しいのですか?」

「ええ、この子は何れ役に立つわ」

 

執事の問いかけにも視線も動かさず答える女は”それに――”と続けた。

 

 

「達也さんだけでは心配でしょ?」

 

 




いかがでしたでしょうか?

次回からは入学編に入ろうと思います。

更新の頻度は相当遅いです。すみません。

それでは次回も宜しくお願いいたします!


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入学編Ⅰ

こんにちは。

今回はプロローグ投稿時には既に出来上がり掛けていたのですごく早く投稿できました。

次回からは相当遅くなります。

今回も試験的に投稿します。

お気に入り登録していただきありがとうございます!!

それではどうぞ


「長いな……」

 

3人掛けのベンチにゆっくりと腰を降ろし一息つく。

今日は国立魔法大学付属第一高校の入学式だった――にも関わらず目の前を横切っていく生徒は疎らでしかも大抵は2年生以上の上級生であった。

 

(早く来すぎたかな)

別に用が無ければこんなところにこんな朝早くから居るはずはない。『英 竜士(はなふさりゅうじ)』は溜め息を1つ着くと胸のポケットから携帯端末を取り出し、書きかけのCADの設計図に目を通す。ベンチに腰を降ろして数分、彼の回りも次第に新入生が増えてきていた。

 

「見てあの子、2科(ウィード)よ」

「補欠なのに張り切っちゃってねぇ」

 

彼女らは竜士の脇を通る度にその肩を見てクスリと笑い立ち去る。竜士のその肩には八枚花弁の無いただの下地が縫い付けられている。

 

1科(ブルーム)2科(ウィード)か、噂には聞いてたが露骨なものだな)

 

 「1科(ブルーム)」と「2科(ウィード)」。第1高校において学校側も禁止する差別用語。しかし、生徒達は平然とこの呼称を用い優越感に浸り、または自身を貶める。彼らは入学当初から既に優等生と劣等生が決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

初日から遅刻など目立つことは避けたかった――はずなのだが、違う意味で既に目立ってしまっているようだ。溜め息をつきながら周囲を軽く見渡す。すると先程まで誰も居ないと思っていた、講堂正面階段の前に2人の新入生を見つけた。1人は身長180センチメートル程、細身に見えるが引き締まった印象の男。もう1人は彼の彼女だろうか、今まで見たことの無いほどの美少女でここからでも聞こえるほどの声量で詰め寄っていた。

 

「納得できません!」

「何故お兄様が補欠なのですか!?」

「入試の成績はお兄様がトップだったじゃありませんか――」

 詰め寄る美少女の相手は彼氏ではなくどうやら兄のようだった。あんな美少女の妹がいては兄も大変だろうと妹は居ないが何故か思ってしまう。と同時に入試のペーパーテストがトップであるということもどうやって知ったのかは分からないが判明していた。ここで竜士は二人の制服に目をやった。美少女の肩には八枚花弁、兄の肩には何もない。ペーパーテストがトップにも関わらず2科生である兄の方は実技が苦手ということだろう。

 

(ペーパーテストがトップなのに2科生か……、よほど実技が悪いのか)

 

 気になった竜士は少しだけ”視てみる”ことにした。

 

(コイツは……ッ)

 

 竜士は瞬時に視線を2人から逸らした。彼が兄を”視ようと”したとき確かに気付いていた。普通は気付かない。というか気付けない。違和感こそ感じてもそれが竜士によるものと気付けるはずは無かった。

 

「只者じゃないみたいだな」

 

 つい口から零れてしまう感嘆の声。同じ2科生として竜士はとても興味が湧いていた。

 やがて2人のやりあいも終わり妹の方は講堂の中へと消えていき、残された兄の方はやることがないらしい。周囲を軽く見渡すと他にもベンチはあるだろうに竜士の方へ足を進めた。

 

「隣、いいか?」

「ああ、空いてるぞ」

 

 予想通りの問いかけ。断る理由もなく竜士は即答した。

 

「俺は司波達也だ俺のことは達也でいい。同じ2科だ。これからよろしくな」

「ああ、英竜士だ。俺のことも竜士でいい」

 

 達也はベンチに腰を下ろすなり自己紹介をした。突然の自己紹介に若干驚いたが竜士も後に続いた。達也は竜士の自己紹介を聞くと一旦会話を切り、胸ポケットから携帯端末を取り出し何かのサイトにアクセスしているようだったが、直ぐに顔を上げると竜士に向かって問いかける。

 

「ところで竜士、さっきはどこまで”視た”?」

「すまん。お前の妹が余りにも美人なんでつい目を離せなかったんだ」

「……そうか、そう言うことにしておこう」

 

 達也の急な探りに対して竜士は”分かっていない”振りをすることで話を逸らした。竜士のあからさまな答えにこれ以上は無駄だと判断したのか達也は再び視線を携帯端末に落とす。達也が携帯端末に視線を落としたのを見て竜士は少しだけ仮眠を取ることにした。前日は新型CADの設計に没頭してしまい、深夜4時頃まで作業をしていたお陰で若干思考力が鈍っている気がするからだ。講堂が開かれるまではまだ2~30分間程時間が在るため、今日は特に授業はないが軽く寝ておこうと思ったのだった。

 

「……じ……おい、竜士」

 

 突然肩を揺さぶられ竜士はゆっくりと瞼を持ち上げる。目の前には不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいる達――じゃなく、見知らぬ女子生徒が竜士の顔を覗き込んでいた。女子生徒は竜士が目を覚ました事に気付くと僅かに笑みを浮かべ、上体を起こすと達也に問いかける。

 

「貴方達は新入生ですね。そろそろ開場の時間ですよ」

 

 達也は女子生徒に正対すると、微風に揺れる黒のロングヘアーを抑える左手の袖口から覗くブレスレットに気が付いた。

 

(CAD……確か校内での携帯を認められているのは生徒会役員と一部の生徒のみだったはず。彼女もそれらに関する者だということか……)

 

入学そうそう上級生にしかも何かしらの地位にある生徒に目をつけられる訳にはいかない。達也は女子生徒に軽く会釈をすると竜士を連れて直ぐに立ち去ろうとした。

 

「スクリーン型を使用しているのですね。感心です。当校では仮想型ディスプレイ端末は規則で禁止されています。しかし、それでも一部の生徒は仮想型を使用しています」

「……ええ、読書にはスクリーン型が向いていますから」

 

立ち去ろうと竜士を起こしたところで突然女子生徒が問い掛けてきたため達也はそれが手にしている携帯端末の事だと気付くのにほんの僅かの時間を要した。達也がスクリーン型を使用していたのは単に使いやすいからというだけで、仮想型特有の問題点を考慮した結果ではない。正直どうでもいい話を続けられ達也の顔が僅かに困った風になったのかもしれない。女子生徒は「申し遅れましたが――」と話を切り替えた。

 

「私は本校の生徒会長を努めています、七草真由美と言います。「ななくさ」と書いて「さえぐさ」と読みます。よろしくね」

 

蠱惑的な笑みを浮かべながら、真由美は達也とすっかり目を覚まして立ち上がった竜士に自己紹介をした。その笑顔と先程からの見ず知らずの新入生にも人懐っこく近づく様は勘違いを招いてしまいそうではあるが2人には全くそのような誤解は起こり得なかった。

 

数字付き(ナンバーズ)……しかも七草か」

「この人が七草ね」

 

達也も竜士も一番気になったのは彼女の苗字だった。

数字付き(ナンバーズ)。魔法は遺伝し、その中で優れた魔力を有する家系は苗字に数字を含む。その中でも名実共に頂点に位置するのが十師族と呼ばれる家系で真由美もその内の1つだった。

 

「自分は司波達也です」

「英竜士です」

 

2人も揃って名乗り返す。その名前を聞いたとき真由美は僅かに驚いた表情を浮かべる。

 

「そう……君達があの司波君と英君なの」

「司波君。入試7教科平均98点。特に魔法理論と魔法工学については合格者平均が70点未満のところ文句なしの満点よ。君の事は先生方も噂していたわ」

 

真由美は先程とは違う、楽しそうな雰囲気で達也と竜士の顔を交互に見比べる。”あの”と付けると言うことはそれなりに話題性があると言うことだ。竜士は少し思考を巡らせる。達也は実技は苦手だがペーパーテストは前代未聞な点数を叩き出したそのアンバランスさが話題になるのは十分だろう、しかし――

 

「あの……達也はともかく自分は何かしら話題になるようなことしましたか?」

 

この際、どうやって入試の点数を知ったのかは隅に置いておく。しかし、竜士は自分が目をつけられてしまった事に疑問を感じていた。

 

「……そうね。君の事に関しては、秘密かな」

 

真由美は竜士を分析するような目で見つめると答えをはぐらかした。そして追求しようとした竜士と達也に「それでは式で」と言い残しその場から立ち去った。

 

(まさか……いや、”それ”は厳重にガードされているはず。特に十師族に漏れるわけには)

 

立ち去る真由美の背中を目で追いながら竜士はこめかみを抑え今日3度目の溜め息をついたのだった。

 




いかがでしたでしょうか?

この調子で投稿出来ればいいですが……頑張ります。

それでは次回もよろしくお願いいたします。


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入学編Ⅱ

何とか書けました。

車の移動中(助手席)とかにも書いているので誤字脱字が多いかもしれません。

それではどうぞ!!


「入学式には参加しないのか?」

「ああ、ちょっと気が変わってな」

「そうか、それなら俺は深雪の答辞を観に行くから、もう行くぞ」

「ん?深雪?」

 

竜士は達也の言葉に引っ掛かりを覚えてつい反応してしまった。竜士のこの反応に合点がいったのか達也は「ああ、そうか」と竜士に言い直す。

 

「『司波深雪(しばみゆき)』竜士もさっき見たと思うが俺の妹だ。また機会があれば紹介するよ」

「なるほどな、答辞ってことは深雪さんは新入生総代なのか」

 

竜士の自問自答とも取れる問い掛けに達也は短く「ああ」と肯定した。そしてこれ以上は何もないと判断した2人は互いに挨拶を交わし達也は講堂へと足を進めた。

達也が講堂の中へ消えていったことを確認した竜士は再びベンチに腰掛け、周囲に誰も居ない事を確認する。既に生徒の大半は入学式のため講堂に入っているようで辺りには誰もいなかった。

 

「……あいつが司波達也か、とんでもないバケモノみたいだな」

 

誰も居ないことを改めて確認した竜士は一人で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

講堂の中は既に大半の生徒が着席し開式の時を談笑しながら待っていた。しかし、その様子は明らかに”異常”なものだった。達也は周囲を見渡す。何も取り決めはないはずだが、コンサートホールの様にステージから放射状に広がる講堂はその前半分が1科生、後ろ半分が2科生と言う風に完全に別れて着席していた。

 

(最も差別意識があるのは差別される者である、か。深雪には悪いがこんなところで変に目をつけられるのも何だし後ろの席を探すか)

 

本当は壇上がよく見える前列に座りたかったが(壇上の深雪が達也を確認出来なければ本当に居たのかと無用な詮索を掛けられかねない)、状況を鑑み達也は後列を見渡し空いている席を見付けるとその端に座る。開式まではもう暫く時間があるが携帯端末を開く等と言うマナー違反な事をするつもりもない。電源が切れたことを確認すると再び胸のポケットに収め、開式まで静かに待つことにした。そんな事を知るよしもなく達也の左側から声が掛かった。

 

「すみません。隣、空いてますか?」

「ええ、どうぞ」

 

おっとりとした口調で尋ねられ達也は反射的にそう返す。目をやると眼鏡を掛けた女子生徒がそこに居た。

 

(眼鏡……)

 

達也は女子生徒を見るなりそう直感的に疑問を感じていた。魔法技術と共に科学・医療技術の進歩したこの世界では100年前では当たり前だった眼鏡も今ではファッションでの着用がメインであり矯正目的の使用は殆どない。

達也がそんな事を考えているとは知らず、女子生徒は後ろで待っていた他の女子生徒を手招きする。2人は達也の隣に腰を下ろすとほぼ同時に簡単な自己紹介を始めた。

 

柴田美月(しばたみつき)です。よろしくお願いします」

「私は千葉(ちば)エリカ。よろしくねー」

「司波達也です。こちらこそよろしく」

 

達也が名乗り終わると、突然エリカが苗字の語録が面白いと美月に問い掛け2人は盛り上がる。一方の達也は2人の話に加わるでもなく無視する訳でもない立ち位置を維持しながら式の開始を待つのだった。

 

 

 

 

 

 

滞りなく式も終わり、3人は学内で使用するIDカードを受け取け取り、校内の廊下を歩いていた。達也としては別に一人でも構わなかったのだが、美月とエリカが勝手に付いて来ているので別に断る理由はないと一緒に歩いていた。因みにIDを受け取った際、3人は同じクラスの1―Eであった。

 

「ねぇ、このあとホームルーム行こうよ」

 

ホームルームが同じと言うことが分かり、早速エリカが達也と美月の両方に対して提案した。美月としてはエリカに反対する意思は無いのだろう2、3回頷いて肯定の意思を示す。美月も賛成の色を見せたので2人の視線は自然と2人の1歩先を歩く達也へと向かった。

 

「悪いがこのあと妹と待ち合わせがあってな」

「妹?司波君、妹が居たの?」

 

達也のこの発言にすぐさまエリカが飛びついた。達也としては2人はここで達也と別れてホームルームに向かうものだと予想していたのだが、どうやらこの千葉エリカという少女は面白そうだと判断した事にはとことん突っ込んでいく性格みたいだった。しかし、そんな期待に目を輝かせて迫るエリカを他所に、美月があっさりと正解を言い当てた。

 

「もしかして、司波君の妹って新入生総代の司波深雪さんですか?」

 

美月の発言にその場の視線が集まる。2人の視線に耐えられなかったのか若干頬を紅くし(ーー単に恥ずかしいだけだろうが)美月は俯いてしまった。

そのまま黙り込んでしまう美月を見たエリカはやれやれと苦笑いを浮かべながら話を引き継いだ。このような話題が大好物である彼女ではあるが、他人の話の邪魔をしない程度には良識的なようだ。

 

「ってことはまさか双子なの?」

「よく言われるけど双子じゃないよ。俺は4月生まれで、深雪は3月生まれなんだ」

 

達也からしたら自己紹介で聞かれるトップ3には入る質問だったため答えもテンプレートで用意されたものを用いる事にした。エリカは達也の説明を聞いて「そんなこともあるんだ」と一人で何回も頷いている。

 

「それじゃあ、悪いけ――」

「お!達也」

 

「――ど、待ち合わせの時間だから。先に帰るよ」とエリカに伝えてこの場を去ろうとしたところで達也は運悪く引き留められた。背後からの声に対し既に誰なのかは判るが、振り返って声の主に正対する。その背後ではエリカと我に返った美月が達也の横から覗きながら達也に問い掛けた。

 

「ねぇ、司波君。この人誰?」

「英竜士、今朝入学式の前にたまたま会ってな」

 

警戒心を剥き出しにするエリカに首だけを向けて達也は竜士を紹介した。エリカはもとよりエリカの隣で更に隠れている美月も達也の紹介で多少は警戒心を緩めたのか、エリカも美月も必要程度の自己紹介を済ます。その不審な態度が気になり達也はエリカと美月に理由を聞いてみることにした。

 

「いやね、何か私の直感がこの人はヤバいって言ってるような気がするんだ。いい意味か悪い意味かはわからないんだけど……」

 

本人の前ではあるが声のボリュームを落とすことなくエリカは達也にその理由を告げた。案の定、エリカの声は竜士にも届いていたようで竜士は苦笑いを浮かべながらやれやれと頭を掻く仕草を見せる。

 

「それで美月はどうしたんだ」

「いえ、私はエリカちゃんみたいに直感が鋭い訳じゃないんですが、何やら司波君と英君の纏っているオーラというか凛とした面影が似ているなって思いまして……そういえば新入生総代の司波深雪さんも同じような感じでした」

 

先程の一言で達也と竜士の表情が一気に変わった事に気付かず、ですが――と美月は続ける。

 

「ですが、お二人はジャンルこそ似ているもののその現れかたが全く違いますね。司波君は内に秘めた感じですが、竜士君は――」

「柴田さん……なるほどな。君はオーラの表情が分かるのか。いい目をしているな」

「……」

 

竜士は美月に最後まで言わせないように話を途中で切り、合点がいったように思案を巡らせる。その隣で達也も美月と竜士の2人を見比べていた。

 

(ふーん。やっぱりそうか)

(霊子放射光過敏症、彼女の前では余り力を見せない方がよさそうだな。これ以上俺の秘密を知られるのはまずい……それにしても英竜士、一体何者なんだ。家に帰ったら調べておくか)

 

正直、魔法科高校にこんな人材がいたとは思いもしていなかったため、普段はポーカーフェイスの竜士もとある予想にその顔に少し驚きの色を見せていた。そして、その後の美月の反応を見てその予想が的中していることを確信した。この時達也も竜士同様に美月の目の秘密に気が付いたが、それよりも美月の目のこと気付いたのが自分だけでないことに少し驚き、警戒心を巡らせていた。

 

「あの、お兄様?」

 

達也は背後から聞き覚えのある声が掛けられていることに気が付くと直ぐに声の主へと体の向きを変える。言葉からして達也には珍しく、美月と竜士に気を取られ過ぎていたようだった。

 

「すまない。少し気を取られていたようだ」

「まぁ、お兄様がお気を取られるなんて珍しい、余程気になられたのでしょう」

 

そう言いながら深雪は達也の背後にいる美月とエリカの”2人”に目をやり、達也に視線を戻すと満面の笑みを浮かべ兄に対する訊問を開始した。

 

「……ところでお兄様、お兄様が先程まで深雪の話にお気付きになられなかったのはそちらのお二人に見とれていたから、何てことは在りませんよね?」

 

周りではエリカが美月に「寒くない?」と問いかけ、竜士は冷やかしの表情を浮かべながら二人のやり取りを無言で楽しんでいる。背中に冷やかしの視線を受け、達也はため息混じりに深雪を諭す。

 

「……そんなわけないだろう、深雪。この方々に失礼だろう」

「も、申し訳ありませんでした。私は司波達也の妹の司波深雪と申します」

 

笑みの裏側に明らかな敵意を隠した妹は我に帰ったのか美月とエリカに丁寧に謝罪し、ついでに自己紹介も行う事としたらしい。深雪はエリカ達との自己紹介を終えると少し離れた竜士の元へとやって来た。

 

「先程はお見苦しい所をお見せしました。1―Aの司波深雪です。どうぞよろしくお願いいたします」

「1―Eの英竜士だ。こちらこそよろしく。ところで、さっきからずっと待ってるけどいいの?」

 

竜士は視線を深雪の後方に移す。その視線を追い深雪はそちらに目を向けるとそこには竜士も入学式の前に会った生徒会長の真由美と恐らくは同じ生徒会役員が1名、あとは1科生のグループがこちらの様子を伺っていた。

 

「へぇ、人気者だね。生徒会に同じ1科の1年生か」

「いえ、今日は無理だとお伝えしましたのに……」

 

竜士の牽制を軽く受け流し、深雪は困った表情を見せる。竜士と深雪の視線に気が付いたのか真由美達生徒会役員の面々は深雪の方へ足を進めた。

 

「こんにちは。また会いましたね」

 

真由美のそれは竜士か達也のどちらか又は双方に当てたものかは分からない。しかし二人とも一応会釈を返す。真由美は一度深雪の顔を見て、達也の方へ向きを変えると「構いませんよ」と一言残し他の役員の反対を宥めながら帰っていった。この時、真由美が達也と竜士に向かって(深雪には達也に対してにしか聞こえなかった)「また、時間のあるときにゆっくりとお話でも」と言い残したお陰で、真由美の後ろに控えていた役員に睨まれ、更に深雪の機嫌がすこぶる悪くなって周囲の平均気温が下がった事は言うまでもない。

 

「……帰るか」

 

達也にはこれしか適当な言葉が見付からなかった。

 




いかがでしたでしょうか?

個人的にはこの辺はさっさと終わらせたいです。

次もどうぞよろしくお願いいたします!


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入学編Ⅲ

自分の原作知識の薄さとオリキャラとの兼ね合いで多少、流れが変わっていますがご容赦を……



「帰ろうか」

 

生徒会の面々が撤収した後、達也の一言でその場は解散、各々に帰宅の途に別れる――事はなかった。

 

「それじゃぁ、帰りにケーキでも食べて行かないない?アタシこの辺で美味しいところしってるんだ」

 

一緒に帰ることが前提の提案。達也は内心、1人なら断って帰ろうかとも考えた。しかし、美月は本心は肯定なのだろうが深雪と達也の事も考え中立の立場を取ることで実質的に深雪と達也に決定権を委ね、「如何なさいますか?」と言外にエリカの案に乗りたいと言い寄る深雪を前にして達也に決定権はない。達也は「別に構わないが」と短く了承の返事を返した。

「それじゃあ、行こっか」と喜びを隠そうともせず先導するエリカの後に一人を除いて全員が歩を進めようとした時だった。

 

「悪い、俺は用事があるから辞めておくな」

 

達也を囲むように出来ていた輪の一歩外から竜士が提案者のエリカではなく達也に辞退の意を述べた。竜士がばつの悪い表情を浮かべて再度「悪いな」と謝罪する様を見て、それが”表面的”なものであると気が付いたのは達也ただ一人であった。しかし達也は特に引き留めはせず寧ろ「一緒に行こうよ」と不満を漏らすエリカを「急な提案だったからな」と宥めることで竜士に先を急がせた。

 

「悪いな」

 

達也の計らいに、再度詫びの言葉を述べ、竜士はその場を後にした。一人で廊下を校門の方へと歩く竜士の背中を達也は目で追う。達也としては他の生徒と比べて不可解な所が多すぎる(自分が言える様なことでないのは十分に自覚しているのだが)竜士のことは出来るだけ早く知っておきたかったのだがここで迂闊な行動に出るのは適切でないという判断でもあった。何より現段階での達也の分析では竜士は少なくとも達也と同じような魔法的特性を持っている恐れがあり、これが万が一四葉の息の掛かったものであった場合、今後の竜士の出方次第では衝突も避けられないだろう。

 

(……俺は、深雪のためならば悪魔にでもなる)

 

 想像される最悪の未来を一瞬だけ想像し達也は心中で再度決意を確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またお会いしましたね」

 

 一方の竜士は校門まであと50メートルのところで生徒会長の真由美と遭遇した。このとき真由美は確実に竜士と鉢合わせられるように校舎から校門の物陰から校門付近を歩く生徒をずっと監視していたので彼女にとっては”遭遇”という表現は当てはまらないのだが、竜士にとっては完璧な”遭遇”だった。真由美は初め出会った時のような、生徒会長が新入生に対してみせる”仮面を被った”ものはでなく、なにも知らない新入生なら誤解してしまうようなコケティッシュな笑みを浮かべ、ゆっくりと竜士に近づいた。

 

「……七草会長、自分に何かご用でしょうか?」

「そうね。竜士君がこのあと空いているなら少しお話があるのだけれど……どうかしら」

 

 挨拶だけでなく近づいてくる真由美に対して竜士は違和感を覚えつつも用件を聞く。と同時に彼女の後方、校舎正面出入口の柱の裏からこちらの様子を伺ってくる者の気配を感じていた。竜士はそちらに一瞬だけ視線を向けると内心で深い溜め息をつき、真由美に視線を戻す。真由美の顔には明らかな動揺が見られたが、気にしない振りを決め込み竜士は話を続ける。

 

「ここでは出来ないような用件なのでしょうか?」

「そ、そうね出来れば生徒会室でなんてどうかしら?」

「そのようでしたら申し訳ありませんが、このあと用事がありますので失礼します」

「えっ、ちょ、竜士君?」

 

 この場で話を聞くだけならともかく、生徒会室に行ってしまうと更に面倒な事に巻き込まれかねない。竜士は真由美の提案を丁重に断ると。返事を待たずに踵を返し、その場から立ち去る。一方の真由美は当初の計画と違い合理的に生徒会室に連れていく方法を失ってしまったため、ただ竜士の背中に声を掛けるだけしか出来なかった。やがて誰もいない校門に「もう……」と愚痴を叩くと、真由美は元来た道を辿り校舎へと戻る。校舎出入口に差し掛かったところで予想していた通り、彼女に対し柱の影から声が掛けられた。

 

「見事に振られたな、真由美。お前の色仕掛けもヤツには通用しなかったか」

 

 若干、茶化しが入ったその言葉に真由美は溜め息をつかずには居られなかった。

 

「全く、茶化さないでよ『摩利』。別に色仕掛けなんてしてないんだから」

「そうか?その割りにはさっきトイレで入念にチェックしてるのを見掛けたぞ」

 

 親友でもある真由美の反応を楽しむかのように『渡辺摩利(わたなべまり)』は追求を止めようとはしない。次第に脱線していく話を真由美は「そんなことより」と引き戻した。

 

「竜士君、摩利がそこから様子を伺っている事に気付いてたわ」

「そんな訳はないだろう。私も見ていたがアイツが特に魔法を使った様子は無かったぞ」

「だから私も困ってるんじゃない。今年の新入生は竜士君といい達也君といい……何も起こらなければいいけど」

 

 真由美の呟きに摩利は「そうだな」と呟き返し、二人は生徒会室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真由美と摩利が生徒会室に向かったちょうどその頃、竜士は自宅へ向かうため、駅からキャビネットと呼ばれる旧電車線を利用した公共交通機関に乗車していた。高度に管理されており旧来の交通機関のように乗り過ごす心配もなく2~4人の少人数輸送はプライベートも十分に確保されている。

 そんなキャビネットの中、竜士は一日を振り返っていた。

 

「司波達也に司波深雪、あげく七草か……一日目から警戒されてしまったかな。特に司波達也に。それに、あしたは七草会長のお誘いも断れそうに無いな」

 

 誰もいないキャビネットの中、竜士は一人で自分に言い聞かせるように呟く。そして懐から”大型拳銃の形をした”CADを取り出すと一通り見回して再び懐に戻す。

 

「まだ、俺の秘密を知られる訳にはいかないな」

 

 キャビネットは目的地に到着していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこにでもある集合住宅。そこに竜士の自宅もあった。玄関に備え付けられた今では旧式のオートロックを解除すると室内に入る。そこには出迎えてくれる家族も、最近では主流であるHAR(ハル)(HomeAutomationRobot)も無い。

 真に静まり返った自宅にで彼を出迎えるのは一枚の写真のみ。その写真に写っているのは見ず知らずの少女。年齢は10代前半、どこかの海岸で満面の笑みを浮かべて写っている。

 この少女が誰なのか、写真が何処なのか竜士は知らない。しかし、この写真を見ると懐かしい気持ちと共に悲しみ、そして怒りが彼の中に沸き起こる。竜士には兄弟は居ない。両親は彼が生まれて間もない頃に交通事故で不運にもこの世を去ってしまった為、彼に両親の記憶はない。その為、竜士は幼い頃からとある一家に引き取られ、CADの設計を行うようになってからはこうして独り暮らしをしている。

 しかし、それでも竜士にはただ一人この写真の少女だけが家族のような気がしてならなかった。

 

「ただいま」

 

 写真の少女に一言声を掛けると、竜士はキッチンに向かう。HARが備え付けられた家なら指示を与えるだけで大抵の家事はやってくれる。しかし、竜士は何時も誰かに監視されている感じが嫌で態々HARのない旧式の家を借りていた。それに家事をこなすことは彼にとって苦では無かった。

 キッチンで手慣れた動きでコーヒーを淹れる。このコーヒーも自分で取り寄せた豆を挽いて淹れる。出来立てのコーヒーをその場で一口啜ると、そのまま作業室兼自室へと進む。綺麗に整理された作業室で彼はコーヒーを置くと制服を部屋着へと着替え、少し前に依頼を受けた新型CADの図面を仕上げていく。暫くして時計に目をやると既に夜の12時を過ぎていたが特段に珍しいことはない。完成した図面を依頼主に暗号化して送信すると竜士はシャワーを浴び、床につく事にした。

 

「明日は何も無ければいいけどな」

 

 有り得ないと自分で否定できる希望を抱き竜士は静かに眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は竜士について少し触れました。
ミステリアスなキャラにしたいと思っています

ご意見もお待ちしております


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入学編Ⅳ

休日の書きだめが効いています。




その日も平穏な一日では無かった。

 

朝予定通りキャビネットに乗り、駅からは徒歩で学校へ移動する。昨日はIDを受けとると直ぐに帰ったため、ホームルームに入るのはこれが初めてとなる。

竜士は静かに教室に入る、特に意味はないが目立ったことが嫌いなためここで教室内の視線を一手に引き付けるのは中々に避けたかった――筈なのだが、静かに入った筈なのに竜士にはおびただしい視線が突き刺さった。因みにその内の半数は明らかな値踏みの視線であり、主に女子からのものだった。

(エリートと言われる魔法科高校でも流石にこの辺は普通の高校生と変わらないか……)

 

昨日入学式したばかりなので皆気分が浮かれているのだろうと勝手に決めつけ、竜士は事前に確認しておいた席へと向かう。

 

「おっ、おはよー、竜士君」

「おはようございます。英君」

 

そこには昨日挨拶を済ませたばかりの面々がいた。

竜士は、片手を軽くあげて挨拶とする達也を含めた三人に会釈し、短く「おはよう」と返すと自分の席へと座る。竜士の席は達也の席の左隣だった。

別に竜士が遅く登校したわけではなく、登校初日と言うことで皆早めに学校に来たのだろう。

 

 

 

教室内は一部を除きほぼ全員が揃ってい各々に親交を深めているようだ。入学前の提出物の類は配られていないため特にしなければならない事もない。暇をもて余しそうになった竜士は、ふと隣を見た。するとそこでは達也が今時珍しく、キーボードだけで何やら作業をしているようだった。何をしているのか気にはなったが、声をかけて邪魔をするのも悪いし、一段落ついたら聞いてみようと竜士が考えていた時だった。

竜士と同じように達也の作業に興味を持ったのだろう達也の前の席の男子が身を乗り出すようにして達也のタイピングを見ていた。彼は邪魔しない様にと黙っていたのだろうが、そうまじまじと見られては達也も逆に気になってしまったようだ。案の定、達也からの問い掛けでその男子は軽く謝り、ついでにと周囲にいるエリカや美月そして竜士にも自己紹介をした。

 

「俺は『西城(さいじょう)レオンハルト』、レオでいいぜ。得意な魔法は硬化系だ。よろしくな」

 

竜士や他の面々も順に自己紹介を終えたところで、レオは達也の次に竜士の何かに興味を持ったのだろう。竜士に向かってところで――と話を持ち掛けた。

 

「竜士、お前意外とモテるんだな。クラスの女子の大半がお前の事を目で追ってたぞ」

「それは今日が初顔合わせだからだろ?」

「いや、俺が入った時はそんなこと無かったが……何故なんだ」

「いや、それは……」

 

竜士は不意に答えに詰まってしまった。自分のクラスメートがどんな人なのかは新入生ならば大抵は気になるだろう。特に異性の事となると特にその傾向は強くなる筈だ。そして、そんな環境で余り女子たちの視線が集まらないとなると答えは大体絞れてくる。

竜士は答えは分かっているが、何とか逃げ道を探すことにした。ここでお互いに波風を立てて後々面倒な事になるのならここは適当に誤魔化すのも1つの方法だろうと考えた――のだが、竜士が適当な言葉を見つける前にエリカが既にこの話に食い付いていた。

 

「そんなの決まってるじゃない。アンタがブサイクなだけでしょ」

「なっ」

 

エリカは本心をストレートにレオに伝えた。レオは完全に虚を突かれたのかエリカの言葉に反応するのが精一杯みたいだ。驚愕とも取れるその表情は全く他方からのツッコミに依るものなのか、思いもしない事を言われた事に依るものなのか。正解は後者のようだ。

結局、レオとエリカのやり合いは始業オリエンテーション開始直前に美月と達也に止められるまで続いた。

 

しかし、これだけでは終わらなかった。本来教員が就かないはずの2科生のオリエンテーション開始と同時に教員らしき女性が教壇につき、教室内に軽いざわめきが起こる。その女性は目の前の生徒達の不審そうな視線を気にすることなく自己紹介を始めた。

 

「皆さん入学おめでとうございます。私は本校のカウンセラーを務めています、小野遥(おのはるか)と申します。どうぞよろしく」

 

遥は軽く自己紹介を済ませると、受講登録の説明を始めた。説明といっても各々の机に備え付けられた端末に表示されるガイダンスに従えばいいだけの話なのでこれといっても教員が必要なわけでもない。

 

(目的は別にある……か、俺じゃなかったらいいけど)

 

心の中で願いながら竜士は隣を見る。教室内は竜士を含めた殆どの生徒がガイダンスに従い受講登録をしている。その中で達也はキーボードを打つでもなくただ端末を眺めている。

 

(さっきやってたのはこれか……、俺もやっておけばよかったな)

 

遥はガイダンスに入る前に、既に終了している人はガイダンスが始まる前ならば退出してもよいと前置きをしていた。早々に済ませておけば、ガイダンス前に退出して今頃はカフェテリアでコーヒーでも飲めていただろう。

だが、時既に遅し、ガイダンスも始まってしまっているのでここで幾ら速く登録を済ませてもオリエンテーションの時間中は拘束される事は決まっている。

諦めた竜士は内心大きな溜め息をつくと一度顔を正面に向ける――と、遥と目が合った。正確には遥の顔が動いた様子が無かったので初めから竜士の事を見ていたのだろう。怪訝な表情を浮かべる竜士に対し遥は微笑み、視線を外した。

入学2日目でもう数人に目を付けられたかと思うと竜士はこめかみを押さえられずにはいられなかった。

 

 

 

その後は何事もなくオリエンテーションも終了し、昼休みまでの間の自由時間はレオと美月の提案で工房見学となった。そしてここでもレオとエリカは何やら言い争いを初め、それを美月が止めるという構図が成り立っている。

レオとエリカはそのままに、時間も昼休みに入ろうとしていた為、一同は工房見学を終え一緒に昼食を取ることにした。そしてそんな時でさえ、1科と2科の間ではトラブルが起こる。

各々に昼食の載ったトレーを受け取ると通路に面した丸いテーブルに順に腰を下ろした。全員が座わると、そのまま誰の合図によるでもなく工房見学の感想を言い合ったり、一部で言い争ったりしながら一同は食事を進めた。

 

「お兄様!」

 

食事をするその背後から掛けられた声にレオ以外が気付き、そちらに視線を向ける。ただレオだけはお兄様と言う言葉が誰に向けられたものなのか理解できなかったようだ「お兄様?」と首を傾げながら、嬉しさを隠しきれず小走りで近付いてくる深雪を余所に達也に言外に説明を求めた。

 

「ああ、俺の妹だ」

 

達也の素っ気ない回答に「そうなのか」と言いつつ。レオは深雪の後ろにいる1科生に気が付いた。彼らは恐らく”友達”と食事を共にしたいのだろう、しかし肝心の深雪にはその意思が無く、結果として深雪の後を追う”追っかけ”又は、”付き人”のようにしか見えなかった。

 

(深雪に目立つなという方が難しいか……しかし、深雪もそろそろ限界か)

 

達也と昼御飯を食べたい深雪は未だにしつこく付きまとう1科生の男子に困惑の表情を浮かべている。そんな深雪の様子を見て達也はいつ深雪が暴走するかと少し心配になった。外面上は達也以外は誰も気付けない鉄面皮を被っている深雪だが、その仮面が破れるのも時間の問題だと思われた。

こんなところで暴走させては後々面倒な事になるのは明らかだ、達也は付きまとわれている深雪を助ける為に立ち上がろうとした――が、それは1科生の”爆弾”発言によって無意味なものとなってしまった。

 

「この席を譲りたまえ」

 

1科生グループの先頭に立つ男子生徒が深雪の前に出てそう告げた。その瞬間、エリカやレオから驚きと疑問を混ぜた声が上がったが彼は気にも留めず続け様に言い張った。

 

「……司波さん。1科と2科のけじめは付けるべきだ」

 

男子生徒の一方的かつ差別的な意見にその場の1科生の大半が同調の姿勢をみせ各々に頷いたり、発言したりしている。

2科生を、敷いては兄を侮辱している。そんな発言や態度を深雪が見逃す筈もない。しかし、彼女の中で次第に沸点に近付きつつあった感情は達也の行動により爆発寸前で抑えられた。

 

「深雪、俺はもう済ましたし、先に行くよ」

「え、ですが……」

 

勿論、席に着いてから大して時間は経っていなかったため、トレーにはまだ料理が残っていた。しかし、このままここに居続けるとそれ以上に厄介な事を引き起こしてしまう事は必至であったため、達也は早々に席を譲る事にした。彼の周りでは1科生の一方的な要求に従う必要はないとエリカやレオから声が上がったが達也はそれを無視してその場を後にしたのだった。そして、この深雪を巡る1科生と2科生の対立は放課後にも繰り広げられるのだった。

 




もうしばらく入学編は続きそうです。

次回かその次位で模擬戦までもっていきたいですね……

次回もよろしくお願いいたします!


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入学編Ⅴ

いいペース!



「同じ新入生じゃないですか、今の段階で1科と2科でどれほど差があるって言うんですかっ!」

 

火種は今日の昼休みから既に撒かれていた為、決定打となった美月を責める訳にはいかないだろう。

 

(美月があれほど交戦的だとは予想もしなかったが……)

 

今は放課後、達也たちと帰ろうとする深雪を巡って同じ1科生グループとまたもや昼休みの騒動の続きが繰り広げられていた。変わらず高圧的な態度を取る1科生に対して、声を挙げたのはエリカでもレオでもない美月だった。いや、正確にはレオもエリカも彼らには話が通じないと端から構えていた。

美月がその見た目に合わず声を挙げたことに若干の驚きを覚えた竜士だが彼もまた、内心話し合いでは解決しないと結論付けていた。そこに美月の”どれだけ差があるの”発言だ、1科生グループの先頭、昼休みの時と同じ生徒の雰囲気がガラリと変わった。

 

「不味いな」

 

竜士は自分にしか聴こえないように呟くと、ブレザーの下のCADに意識を置く。

 

(いや、魔法は不味いか、達也も居ることだし感づかれでもしたら不味い)

 

今ここで竜士が魔法を使えば確実に制圧が可能だ。だが、それと魔法の露見のリスクを考えたら到底許容出来るものではない。幸い相手は1科生とはいえ新入生だ。十分に体術で対応できると判断した竜士は目の前で肩をふるふると震わせている男子生徒に意識を集中した。

 

「見たいなら見せてやる!1科生(ブルーム)の実力をなっ!」

 

戦闘の意思を見せた1科の男子生徒に対してレオが待ってましたと言わんばかりに突進を試みる。

男子生徒は突進してくるレオを確認するとニヤリと笑い、素早く右手をブレザーの内側へ滑り込ませる。そして次の間には拳銃型のCADをレオへと向けていた。男子生徒は勝利を確信し笑みを更に深め、そのトリガーを引こうとした。

 

「なっ」

「この距離なら体動かした方が速いのよね」

 

しかし、男子生徒のCADは素早い身のこなしで近寄ったエリカの伸縮警棒により叩き落とされた。エリカは未だに理解できてない男子生徒にそう告げた。

CADを落とされた男子生徒に他に手段はない。「くそっ」と悪態をつく事しか出来なかった――彼だけは。

 

2科生(ウィード)ごときが調子に乗りやがってっ!」

「これ以上は厄介だな……仕方ない」

 

ヒートアップした他の男子生徒が勢いで魔法を発動しようとした。これ以上は風紀委員や生徒会の目に付いて厄介なことになると判断した竜士は仕方ないと目を瞑った。すると、魔法を発動しようとした男子生徒の魔法は”発動しなかった”。

 

「くそっ、どうなってる」

 

突然魔法が発動できなくなった男子生徒は事態を飲み込めていないのか悪態を付き続けている。周りも何故彼の魔法が発動できなくなったのか理解できていないようだった――一部を除いて。

 

「英……君?」

 

やはりか、と竜士は横に目をやる。そこには怪訝そうな表情で問い掛ける深雪と明らかに竜士を警戒する達也が肩を並べてこちらを見ている。やはりこの兄弟は誤魔化せなかったか、と内心溜め息を付いた竜士は「後は頼む」と踵を返し立ち去ろうとした。いや、もう少しタイミングが早ければ立ち去れた筈だった。

 

「止めなさい」

 

一歩踏み出そうとした竜士の背中に聞き覚えのある声が掛かる。生徒会長の真由美が騒ぎを聞きつけ風紀委員の摩利ともう一人男子生徒を連れて来ていた。

 

「自衛以外での魔法行使は犯罪ですよ」

 

真由美の一言でその場の約半分――殆どが1科生だが。が、顔面を真っ青にし俯いた。彼らに直ぐに追い討ちを掛けるように摩利が真由美の前に出た。

 

「私は風紀委員長の渡辺摩利だ。事情を聴く。全員ついてきなさい」

 

生徒会長に続き、風紀委員長の摩利が全員に対して命令した。当然、そこには帰ろうとした竜士も入っており、彼を見つけた摩利の表情はどこか楽しそうだった。しかし、素直に従うと思っていた摩利の思惑に反して達也がもっともな言い訳を述べた。

 

「すみません。悪ふざけが過ぎました。森崎一門のクイックドローは有名ですから後学の為に見せてもらうだけのつもりだったのですが、真に迫っていたものでつい手が出てしまいました。」

 

達也はこのあとも真由美たちからの問い掛けをかわし、結果としてこの場は不問と決着がつくこととなった。しかし、このあと真由美から放り込まれた”爆弾”は達也と竜士の悩みの種となった。

 

「あ、でも一応報告はしないといけないから達也くんと司波さん、それと――」

 

真由美は達也たちから視線をずらすと言い放った。

 

「竜士くんは明日のお昼に生徒会長室までくるようにね」

 

言い逃れられないようにか真由美はそれだけ言うと、「それではまた明日」と言い残しさっさと校舎の方へ戻っていった。

その後は二人揃って森崎に「認めない」と宣言され、複雑な気分になりながら帰ろうとする達也たちはまたもや呼び止められた。呼び止めたのは、先程の1科生グループの中にもいた女子二人だった。

 

「あの……光井(みつい)ほのかです。よろしくお願いします」

北山雫(きたやましずく)、よろしく。えっと……」

 

ほのかは緊張しているのか、噛みながらも何とか自己紹介をした。達也の事を「お兄さん」と呼んだり、妙に達也に好意を持っている様にその場の殆どが感じていた。達也は自己紹介のついでに自分のことは名前で呼ぶように伝えた。一方、雫は感情の起伏が少ない表情で自己紹介をする。達也の事は先の紹介で聞いたからなのか、竜士の方を向き少し困った表情を浮かべる。

 

「ああ、英竜士。竜士でいいよ」

 

竜士も同じように自己紹介を済ませる。すると雫は竜士に意味深な発言をした。

 

「竜士さん、昔、沖縄に住んでなかった?」

 

もちろん竜士は沖縄に行ったことすらない。否定と同時に理由を聴く竜士に雫は残念そうとも寂しそうとも取れる表情を僅かに浮かべ、「昔、似てる人にお世話になったから」とこの話を切った。

その後は結局ほのかも雫も一緒に帰ることになり、この時もほのかは達也の隣を、雫は竜士の隣を歩いて帰るという形になり、ほのかと達也を見た深雪の機嫌が次第に斜めになっている事に達也は頭を押さえたくなった。一方の竜士は、隣を歩く雫にふと思った事を尋ねた。

 

「ところで、雫が昔、お世話になったっていう人の家族に女の子とかいた?」

「急にどうしたの?……確かに居たよ、今だったら私たち位の歳になってるかな」

その言葉を聞いた瞬間、みるみる血の気が引いていく感じがした。脂汗も額に滲み始め、感じたことの無いような気持ち悪さが竜士を襲う。

竜士の中で何かが囁く「これ以上は駄目だ」と、これが直感なのか何なのか彼は知らない。しかし、内なる声による命令に彼は抗えなかった。

 

「そうなんだ。ありがとう」

 

無表情で返した竜士の顔を雫が覗き込んだ。

 

「竜士さん大丈夫?顔色悪いよ?」

 

顔を見た雫は不安げに問い掛ける。竜士は顔に表面上の笑みを浮かべて「大丈夫」とだけ返すと。こちらに向く達也の視線に気付いた。達也は竜士が気付いた事を確認すると「俺からも質問いいか?」と投げ掛ける。

 

「お前は、家族は?」

「いや、どちらも交通事故でな。俺が生まれて間もなかったから記憶は無いんだ」

「そうか、すまなかったな」

 

不可思議な質問をする達也の意図が読めず怪訝な表情で兄を見る深雪を他所に達也は何かの確信を得たという表情を僅かに浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「深雪、ちょっといいか?」

 

食事を終えた達也は、深雪が食後のコーヒーを持ってきたタイミングで呼んだ。因みにこの時の深雪の服装はキャミソールにミニスカート。日増しに露出度の高くなっていく妹を見て教育を間違えたかと不安に思ってしまったのだった。

 

閑話休題

 

しばらくして「何でしょうか?」と達也の隣に腰を下ろした深雪に達也は口外はしないようにと話を始める。

 

「竜士の事なんだが、深雪はどう思った?」

「はい、……失礼を承知で申しますと」

 

深雪はミニスカートの裾を強めに握ると達也に無言の了承を得た。つまりこれから深雪が口にすることは結果として達也を卑下することに繋がると言うことだ。達也としてはそんな事はどうでもいいことなのだが小さく頷く事で深雪に先を促した。深雪はそれでも申し訳無さそうに意見を述べた。

 

「率直に、竜士君は何故2科生なのか分かりません。お兄様、今日のあれは……」

「ああ、あれは『干渉装甲』だった。しかも干渉域も強度も桁外れだ。本来、領域干渉は相手の魔法との干渉力の相克により魔法を阻害する。故に、術者の干渉力が直に影響する。新入生とはいえ1科生の干渉力を上回るのに2科生と言うのは余程アンバランスな能力の持ち主なのかもしれない。だけど、問題はそれだけじゃない。」

 

達也は一度話を切ると、深雪が付いてこれているか確認をする。深雪が緊張した面持ちで小さく頷き、達也は再び話を始めた。

 

「深雪は俺の過去を知ってるよな?」

 

瞬間的に深雪の肩がピクリと揺れる。達也の過去、忘れたくても忘れられない。怒りなのか悲しみなのか深雪はふるふると震えながら「……はい」と答える。達也は深雪の肩を抱き、続ける。

 

「結論から言うと竜士は四葉の息が掛かっている者である可能性がある。昨日出会った時から気にはなっていたんだが――『第四研(ぜろ)分室』、噂以上の話を聞かないこの研究室では非公式に戦略級魔法師の開発が行われていると聞く。もちろん開発は難航し、多数の”失敗”もあったんだ。もし竜士がこの研究の被験者でその代償として記憶を失っているのであれば……あのアンバランスさにも納得はいく」

「まさか、また四葉が……そんなことを」

「四葉は実戦魔法師の開発に躍起になっているからな、”兵器”として有用ならアンバランスでも構わないだろうさ」

 

深雪は耐えきれなかったのかその眼に涙を浮かべ「竜士くん」まで……と僅かに呟いた。

今の達也が出来ることはそんな深雪が落ち着くまで黙って傍にいる事だけだった。

 




次回はやっと服部くん登場です

次回もよろしくお願いいたします!


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入学編Ⅵ

少し遅れてしまいました。

今回は少し長めです(前回服部戦までもっていくと言いましたので)

この辺りは原作からズラしています。
風紀委員も枠を2名にしています。


「遅かったわね、竜士君」

 

立派な両開きのドアを開けた竜士を待っていたのは長机の一番奥に座る真由美から投げ掛けれた言葉と、その周りに座る生徒会役員の面々と司波兄弟の視線だった。

生徒会室は中央に長机があり角に配食機、茶器等が固められており、その長机には中央に真由美、右側に生徒会役員、左側に司波兄妹が席についていた。また、一名を除き、各々の前には生徒会室に設置された自動配食機で用意されたであろう食事が置いてあったが、ただ一人、長机の右奥から二番目に座る風紀委員長の摩利のみが明らかに手作りの弁当を持参していた。

 

「食事を済ませてきましたので少し遅くなってしまいました」

 

昼休みに来いとは言われたが、食事の有無までは聞いていない。そこについて追及する者は誰もいなかった。ただ、着席を促され長机の左側、深雪の隣に腰を下ろした竜士に案の定声が掛けられた。

 

「竜士君、身体はもう大丈夫?」

 

深雪の言葉で竜士は昨日の事を思い出す。昨日はあの後、体調不良を理由に早々に帰宅した。家に着く頃には身体の異変は既に治まっていたのだが、何もする気にならず直ぐにベッドに入ったのだった。

「ああ、心配掛けたけど、結局すぐ治まってな。ありがとう。ところで、司波さんも七草会長に呼ばれたみたいだけど、生徒会に勧誘されたとか?」

 

竜士は素直に礼をすると、逆に自分が抱いている疑問を聞いてみた。深雪は何故か控えめな笑顔で「ええ、その通り」と肯定し、更に「何故、お兄様じゃないのかしら?」と竜士に説明を求めてくる。竜子はそのまま深雪越しに達也に視線を移すと達也は”やれやれ”と渋い顔を作った。

 

「それは……」

 

素直に「君のお兄さんは2科生だから」とは言えない竜士は視線を真由美に向け、視線で話題を進めるように合図を送った。竜士からの合図に気付いた真由美は直ぐに小さく咳払いを挟み、全員の注目を集め「じゃあ、改めて」と現生徒会役員の紹介を始めた――とは言うものの、入学時の資料で一応確認をしていたので全員の顔と名前は既に分かっていた。ただ、会計の市原鈴音(いちはらすずね)と書記の中条(なかじょう)あずさにはそれぞれ『リンちゃん』と『あーちゃん』と言うニックネームで呼ばれている(鈴音曰く、彼女らをニックネームで呼ぶのは真由美のみであるらしい)

竜士としては事前に確認した通りだったので、全員を一瞥してから「英竜士です」と短く挨拶を済ませる。既に達也と深雪の挨拶は済ませていたのだろう、真由美は深雪に向き直り本題を伝えた。内容は簡潔に纏めると深雪を生徒会に勧誘すると言うものだった。勿論、この誘いを断る理由は深雪にはない。直ぐに生徒会役員となることを了承し、この話は終わりとなるはずだった――深雪が”爆弾”を投入しなければ。

 

「兄も一緒に、という訳にはいきませんか?」

 

深雪は勢いよく立ち上がり、その行為事態に驚きの表情を浮かべる真由美に訴えた。普段は大人しい装いを見せる深雪がここまで取り乱して訴えている。真由美としても達也が有能なことは昨日より感じ取っているが、その訴えは現在の規則ではどうにもできない事であることも真由美は知っている。

 

「無理です。生徒会役員の選出は1科生より行われます。これは不文律ではなく規則です」

 

回答に困った表情の真由美の代わりに鈴音が深雪の訴えを否定した。淡白な鈴音にはっきりと言われ、深雪は明らかに落ち込んだ素振りで「申し訳ありませんでした」と謝罪した。

うなだれた様子でゆっくりと席につくと深雪は竜士に視線を向ける。

 

「竜士君、何か方法はありませんか?」

「……知らないな。会計の市原先輩がああ言ってるんだから、生徒会に選出される事は無理だな」

 

実際に竜士は嘘は言っていない。達也が”生徒会役員”に選出される事は事実上不可能なのだ。その他の手は有るには有るが竜士本人が面倒な事に巻き込まれかねない。何より達也本人が先程から竜士に言葉には出さないがプレッシャーを掛けてきているからここで達也に恨まれるような事を態々する必要は無いだろう。

 

「竜士君?」

「すまないが、俺に規則は変えられない」

「そうですか……私、竜士君を生徒会役員にする方法を思い付きました」

 

急に深雪の表情が黒い笑みを浮かべた様に竜士には見えた。そして深雪の言は暗に昨日の干渉装甲の事を指して、真由美に告げ口するぞという意図が込められていた。

 

(やはり使わなければ良かったか……)

 

竜士は諦めの混じった溜め息と共に達也に視線で謝罪し、風紀委員長の摩利を一瞥してから真由美に確認した。

 

「会長、確か風紀委員の生徒会選任枠は2科生でも選任可能でしたよね」

 

その瞬間、達也の風紀委員就任が”殆ど”決定した。

“殆ど”と言うのは、案の定、達也が2科生であることや実力が無いことを理由に抵抗を試みた結果、この件の結論は放課後に持ち越しになった為だった。

 

話も大まかに纏まったところで、達也と深雪が同時に席を立った事に合わせて竜士も生徒会室を後にしようと思い、動きを合わせて立ち上がった。このまま生徒会室から脱出できれば竜士に対する用件も無かったことに出来るかもしれない。しかし――

 

「竜士君も放課後に来るようにね」

(――忘れている訳無いか……)

 

満面の笑みで竜士を引き留める真由美の顔を見て竜士は寒気を覚えずには居られないのだった。

 

 

 

 

 

ようやく生徒会室を後にした竜士たちは今実習室で午後の実習に取り組んでいた。実習と言っても2科生の場合は教員が生徒を監督し、指導を行う訳ではない。予め示された課題さえ達成しておけば実習途中での退出も可能なシステムとなっている。しかし、実際のところは実技が苦手な生徒が多い為、結局授業時間一杯まで使ってしまう生徒が殆どであった。

「それで、生徒会室はどうだったんだ?」

 

今日の実習は台車を往復させるといった基本的な魔法の実習だった。実習装置を待つ列に並んでいる間にレオが竜士達に昼間の出来事を尋ねてきた。実際のところは達也達と同じクラスの殆どが入学して直ぐに生徒会室に呼び出された達也と竜士に興味津々であったが誰も話し掛けほど交友を深めてはおらず、レオが彼等の声を代弁した形なっていた。

 

「俺としても良く分からないんだが、風紀委員に入れと言われた」

 

周囲から明らかな視線を受け、達也は少し大きめの声で結論だけを伝える事にした。”何か問題を起こした”と追い込んでいた周囲からは違う意味で驚きのざわつきが見られ、口々に何かを話し合っている。そんな周囲の反応を考慮してか、レオは小さめの声で「それで竜士は?」と竜士にも尋ねたが、”今のところ”は何も無かった竜士は僅かに苦笑いを浮かべ「俺は時間切れだった」と短く言った。竜士の苦笑いに同情してかレオは二人に「人気者も大変だよな」と慰め、気が重くなるだろう話を打ち切った。そしてこの時エリカが「勝手なんだから」と小さく呟いた事は誰も気に留めなかった。

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

達也は深雪と竜士を代表して生徒会室の扉をノックした。少し待っても反応が無いが、呼び出されて来ているのに無人は無いだろうと、達也はドアをゆっくりと押し開ける。視界に広がる生徒会室は夕陽でオレンジに染まっていて若干眩しさがあったがそこに真由美と男子生徒がこちらに顔を向けていた。

 

服部(はっとり)副会長か)

 

入学時の資料に一通り目を通しておいた為、生徒会役員の顔と名前は一致している。そして、服部は初対面の竜士と達也に対し明らかな敵意を向けていた。

服部は表情を穏和なものに変えると歩を進め、前列の達也と竜士をすり抜け深雪の前に立ち止まった。達也を無視して自分の前に来た服部に深雪は強い不快感を隠そうともせず服部を睨み付けた。

 

「副会長の服部刑部(ぎょうぶ)です。司波さん、生徒会へようこそ」

 

深雪の態度を知っていてポーカーフェイスを貫いているのか、ただ、”副会長”の前で強張っているだけと勝手な思い込みを決めているのか、服部の挨拶は副会長として、上級生として余裕のあるものだった。

 

 

 

服部の一連の動きを見ていた真由美は、「仕方ないな」とその表情に浮かべ、深雪への説明をあずさへと一任し自らは残された竜士と達也に向き直る。

 

「それじゃあ、二人は摩利と一緒に風紀委員室に行ってそこで説明を受け――「待って下さい!」」

 

真由美の言葉を最後まで待たず、服部は異論を挙げた。この時達也と共に指名された竜士はいつの間にか風紀委員にされていたことが理解できず「え……」と声を出していたが、服部の声に上塗りされ、真由美には届かなかった。周囲が自分に注目したことを確認した服部はそのまま主張に入った。

 

「魔法力で劣る2科生(ウィード)を風紀委員に入れても役に立たないと思います」

「風紀委員長である私の前で禁止用語を使うとは大した度胸だな」

 

真由美に対する意見具申だったが服部の使った禁止用語に直ぐに反応したのは風紀委員長を勤める摩利だった。しかし、服部に発した単語に反応したのは摩利だけではなかった。

 

「下らない」

「……何だと?」

 

竜士の呟きを服部は見逃さなかった。実際のところは竜士が言い出さなくても我慢の限界に達していた深雪が爆発していたことだろう。達也は深雪のボルテージが下がっていくことを感じて内心、安心したのだった。そんなことは知らず、顔から火が出そうなほどに憤慨する服部を他所に竜士至って冷静には真由美に告げる

 

「七草会長、折角のご指名ですがお断りします」

「……どうしてかしら?」

「簡単なことです。1科生でない自分は不適当だと思いますから――」

 

ただ、と竜士は服部を横目にとらえ話を繋げた。

 

「自分をどうしても風紀委員にしたいのであれば、力で示して頂きたい」

 

竜士の言は服部に対する挑戦状だった。そして、竜士の読みが正しければ1科生のプライドが傷つけられたであろう服部は間違いなく乗ってくる筈だった。そしてその読みは見事に的中することになる。

「……いいだろう、身の程を弁える事の大切さをしっかりと教えてやる」

 

両肩をわなわなと震わせ、怒りの篭った視線を竜士に向けながら服部はその挑戦に”乗った”のだった。

 

 

 

 

 

“模擬戦”は第3演習室で行われる事となった。あくまで”模擬戦”という形式を取っているのは生徒同士とは言え魔法を用いた私闘は重罪に値する為だった。模擬戦の審判は摩利、立会人としてその他の生徒会メンバーと達也と深雪とし、服部と竜士は演習室中央で互いに向き合っている。服部の左腕にはブレスレット型のCAD、対して竜士は大型拳銃型のCADを右手に握っている、誰が見ても分かる照準補助機能の付いた特化型と呼ばれるCADだ。

 

(汎用型を使えない程の処理能力か、ウィードごときがその鼻っ柱を叩き折ってやる)

 

竜士のCADを一目見た服部は軽く鼻で笑い、模擬戦のプロセスを練っていく。服部が思い付いたのは魔法の発動速度の差で一気に決着をつけるシンプルなものだった。そして2科生相手なら能力の差が出るこの方法が一番効果的でもあった――通常の2科生相手であるなら。

 

「始め!」

 

摩利の合図で服部はCADに指を走らせる。

 

「なん……だと」

 

しかし服部の魔法は”発動しなかった”

認めたくない事実。竜士の圧倒的な干渉力に服部は魔法を行使できなかったのだ。しかも竜士はCADを使用せずに服部より早く領域干渉を発動していた。

 

「お、おいこれは……」

「領域干渉ですね。それもかなりの干渉力みたいです」

 

「お兄様、竜士君はやはり……」

「ああ」

(しかし、これだけでは無いないだろうな、仮にあの叔母上が”造った”のであれば)

 

やがて周囲が竜士の領域干渉に気付きざわめき始める。その中で達也と深雪だけは冷静に竜士を分析していた。

 

「終わり……ですか?」

 

周囲のざわめきを無視し、竜士はなす術の無いだろう服部に無表情で問い掛けた。

 

「ウィードの分際で!」

 

自分が新入生にしかもあれほど見下した2科生に魔法では負けている。そんな認めたくない事実が彼をプライドを棄てた徒手攻撃、具体的には拳に動かしていた。しかし、格闘経験の皆無な服部は竜士との間合いを詰めると右手を大振りに突きだした。初心者のパンチを受けるほど竜士はお人好しではない。竜士は慣れた動きで服部のパンチをいなすと、反対の手首を引き、バランスを崩した服部の身体を地面に投げつけた。勿論、重大なダメージが残らないように手加減はした、が、倒れた服部は既に意識を失っていた。

本当ならこの辺りで止められると考えていたのだが、未だに摩利の合図は掛からない。竜士はそのまま流れるように服部の顔面に体重を乗せたパンチを叩き込もうと拳を降り下ろす。

 

「そ、そこまでだ!」

 

服部の顔面ギリギリのところでで逸らした拳はその速度を殺しきれずに床を叩く。竜士は顔色ひとつ変えないポーカーフェイスで首から摩利に向けた。

 

「……勝者、英竜士」

 

無表情な視線を向ける竜士に若干押されぎみに摩利は宣言したのだった。

 

 




いかがでしょうか?

本作知識が足りないので、間違った表現もあると思いますがそこはアレンジとでも捉えていただければ助かります。

ps.アンケートのやり方がわかりません笑


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入学編Ⅶ

結構遅れてしまいました、仕事の兼ね合いで遅れそうです

それと、イベントないのでこの辺はすっ飛ばしたいですね・・・



「……勝者、英竜士」

 

模擬戦は当初真由美たちが予想していた通り、僅か数分で決着が着いた。ただ、気を失い身体を横たえているのが1科生の服部で、勝利したのが2科生である竜士であることは彼女らの予想に大きく反する結果となっただろう。気絶した服部はあずさと達也そして深雪で看ている。達也の所見ではただ気を失っているだけだと言うことだが、大事を取って医務室に運ぶ事となった。この際、深雪が魔法を使って意図も簡単に服部を運ぶ様はその場の上級生達を大層驚かせたのは言うまでもない。

達也達が演習室を離れて少し、摩利が唐突にその口を開いた。

 

「竜士君、話は戻るが、先程の魔法はもしや領域干渉か?」

「……ご想像にお任せします」

 

試合開始から生徒会のメンバー全員が抱いていたにわかに信じがたい疑問を摩利が竜士に問い掛ける。それに対する竜士の回答は自ら肯定はしないものの、否定もしないものであった。そして、真由美たちはこれを”肯定”と受け止めた。

 

「何故だ……まさか入試の時に手を抜いていたのか?」

「いいえ、ですが自分には決定的な欠陥がありますから」

 

摩利の力の篭った視線に苦笑いを浮かべ竜士は首を左右に振る。依然として目の前の事実が認められないのか、生徒会の面々は口の動かし方を忘れてしまってかのように黙りこくってしまう。

 

「只今戻りました」

 

ただ、気絶した服部を看ていたあずさと達也、そして深雪は服部を医務室へと連れていき今丁度帰ってきたところだった為、先程までのやり取りを知らない。部屋に入った瞬間に空気を感じ取った達也と深雪だったが、あずさはそれより竜士の右手に握られているCADに興味津々である様子を隠そうともしなかった。

 

「英君、それはもしかしてシルバー・ホーンですか?」

 

我慢できなくなったのだろうあずさは小動物の様な動きで竜士に近寄った。

 

「ええ、ただ正確に言えばこれはシルバー・ホーンをベースに自分が改良したカスタムモデルになりますが……えっと何でしょうか?」

「ってことは英君はCADの調整も自分でできるのですか?」

「まぁ、自分はハード専門ですので、ソフトは基本的な事しか出来ませんが」

 

 

「大したものだわ」

「ええ、正直これ程の知識は一介の高校生のレベルでは信じられませんね」

 

あずさと竜士のやり合いを端から見ていた真由美と鈴音が竜士を称賛するところを見て、背後で深雪が「お兄様だって」と名乗り出ようとしたところを達也が小さく静止したことは真由美の肩越しに見ていた竜士以外気付かなかった。

「……対人戦闘能力も高いようだしな、それでも魔工師希望なのか」

 

未だに納得のいかない表情の摩利が漏らす不満を苦笑いを浮かべて躱すと、真由美に向き直り、”条件”の再確認に入ることにした。

 

「七草会長、約束通り服部副会長に勝ちましたので、風紀委員の件は別の人材を起用頂けますね」

「……勝手に任命しようとしたことは謝るわ。でも、貴方のその能力は実践向きだと思うし、改めてお願いできませんか?」

 

新入生に対して深々と頭を下げる生徒会長の構図は中々に珍しいものだ。普通の高校生ならば直ぐにでも了承の返事を返していただろう。しかしながら、”普通でない”竜士の返答は否定的なもので、約束を盾にしている以上真由美達には取り付く島も無かった――真由美達には。

 

「会長、頭を上げて下さい。そんな事をしなくても英の風紀委員入りは決定していますから。そうですよね、渡辺先輩?」

 

真由美に助け船を出したのは他ならぬ達也だった、そしてその後ろに満面の笑みを浮かべる深雪の姿、竜士が再度達也の顔を見ると達也は「すまないな」と表情で語っていた。

竜士は先程の模擬戦を思いだし直ぐに気が付いた。しかし、未だに達也の言葉の意味を真由美達は理解できていない。達也は「何の事だ?」と疑問符を浮かべる摩利に確認した。

 

「ここで言う負け、と言うのは何も倒した、倒されただけの話ではありません。今回、渡辺先輩が呈示された規定によれば、捻挫以上の怪我を与える徒手攻撃はルール違反に当たります。そして、先程医務室で服部先輩は右手首に重度の捻挫、と診断された為――」

 

そこまで言われて摩利はハッと感ずいた素振りを見せ、ニヤリと笑みを浮かべると説明を止めた達也に被せて宣言した。

 

「先程の宣言を撤回する。英竜士は反則負け、勝者、服部半蔵」

 

 

「竜士君、これからよろしくね!」

 

摩利の宣言を受けて真由美は雑じり気のない笑みで、打開策は無いなと諦めた顔の竜士に対して胸を張って言い切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、多少散らかってるが座ってくれ」

(これが多少……か)

 

達也と竜士は摩利に連れられ風紀委員室に来ていた。風紀委員本部は生徒会室の下階にあり、生徒会室とは直通の階段で繋がっている。その直通階段を利用して竜士達は部屋に入ったのだが、入った瞬間の部屋の荒れようには摩利を除いて大きな溜め息をつかずにはいられなかったのだった。

 

「委員長、この部屋少し片付けていいですか?」

「何故だ?」

「魔工師志望としてこの状況には堪えがたいものがあるんです」

 

案の定、達也は摩利に部屋の片付けを具申し、若干不服そうな摩利も含めた三人で部屋の片付けを行う事となった。しかし、手際よく散らばったCADや書類をカテゴライズし片付けていく竜士と達也に比べて、摩利の請け負った区域は以前と変わらない状態を維持したままだった。一向に片付かない、寧ろ荒れていく目の前と竜士と達也の無言のプレッシャーに負けたのか摩利は両手を上げて降参のポーズを取った。

 

「すまない、こういうのは苦手でな」

 

「構いませんよ」と一言返し、竜士は摩利の区域の片付けに入る。元より余り割り振りを大きくしていなかった事を正しい判断だったと再認識し、これからは風紀委員全員に片付けを徹底しなければと考えたのだった。

 

「そう言えばお前らは二人とも魔工師志望らしいが何故なんだ?どちらも高度な対人戦闘スキルを持っているのに」

「……自分はその様なことをいった覚えはありませんが」

「お前の妹が嬉しそうに言ってたが、それは違うのか?」

「え?」

「君でも、慌てることはあるんだな」

 

予想しなかったところからの情報流出に虚を突かれ、つい声を漏らしてしまった達也をしてやったりと嬉しそうな表情で摩利は笑った。

苦笑いを浮かべ。そして深雪が知られてはならない秘密まで喋っていないことを達也は切に願ったのだった。

 

 

 

 

 

 

片付けも次第に終わりに近づき、三人の会話の割合も増えてきたところで風紀委員本部のドアが開いた。視線が集まる中、入ってきたのは二人の男子生徒だった。

 

「はよっす」

「おはようございます」

 

対照的な挨拶で入室した二人は摩利を「姐さん」と呼び名で呼び、直ぐに冊子を丸めたもので頭を叩かれる。竜士としては「委員長」より「姐さん」の方が摩利の性格に合っているような気もしたのだが、同じように叩かれるのも癪に障ると思い、考えを止めた。やがて、摩利の”指導”も終わり、二人は視線だけを傍観を決め込んでいた達也と竜士に向けると「新入りですか?」摩利に対し紹介を求めた。

 

「新入りの司波達也と英竜士だ」

「へー……紋無しですか」

「辰巳先輩、今の表現は禁止用語に抵触する恐れがあります。この場合、2科生と言うべきかと」

「お前ら、見掛けだけで決めつけると足元をすくわれるぞ?此処だけの話だが、さっき服部が足をすくわれたばかりだ」

 

達也と竜士に品定めするような視線を向けていた二人は摩利の突然の言葉に驚きの表情を浮かべ自分達の評価を改める。

 

「そいつは頼もしい」

「逸材ですね」

 

 達也達の予想に反して彼等の対応は先程と打って変わって友好的なものであった。入学してからここまで達也達は差別的な態度しか受けなかったが、どうやら役員の面々は一部を除いて、差別思想に毒されていない、正当な評価の出来る人選で選出されているようだ。

 

「……ここは君らにとっても居心地の悪い所では無いと思うがな」

 

 そんな達也と竜士の心を読んだのか、摩利は二人に言葉を掛け、反応を待たずして入室してきた二人の紹介へと移った。

 

「こっちのゴツいのが3-Cの『辰巳鋼太郎(たつみこうたろう)』、その隣が2-Dの『沢木碧(さわきみどり)』、コイツらもなかなかの実力者だ。お互いに仲良くしてくれ」

 

 摩利の紹介を受けて辰巳と沢木はそれぞれ正面の達也と竜士に右手を突き出し、握手を求めた。互いに握手を交わしながら辰巳は達也達を紹介されてから気になっていた事を摩利に尋ねる事にした。

 

「ところで姐さん、服部に勝ったっていうのはどっちなんです?」

「鋼太郎……服部に勝ったのは竜士君の方だ、だが達也君も舐めない方がいいぞ、彼は忍術使いの『九重八雲(ここのえやくも)』先生の弟子だそうだ。これは私の推論だが、達也君でも服部は勝てなかっただろうな」

 

 再び「姐さん」呼ばわりした辰巳に摩利は鋭い視線と殺気を向けるが一々話を切っていたら埒が明かないとそのまま話を続けた。摩利の話を聞きながら改めて目の前の1年生の評価をし直す辰巳と沢木を他所に妹は一体何処まで話してしまったのだろうかと達也は鉄仮面の下で再び不安になったのだった。

 

 

 




キーボード使うとペースが一気に上がる、ような気がします。

次回もよろしくお願いいたします!

感想等もお待ちしておりますよ。


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ブランシュ編Ⅰ

投稿が大変遅れてしまいすみません

今回からブランシュ関係のお話に進みます。

オリジナルな展開が多く読みづらいと思います・・・





「……それで、達也さんは何と?」

「やはり、真夜様のご推察通り”あの者”に四葉が関係しているのでは無いかと疑っているようでしたが、直接は何も」

「そう……有難う、もう下がっていいわよ」

「……真夜様、実はもう1つお話が御座いまして」

 

 一度深く頭を垂れた青木は明らかに表情を強張らせ、真夜に発言の許しを乞う。四葉家において序列第四位の地位にある執事がこのような態度を見せるときは大抵の場合何か不手際があった時ぐらいでしかない。真夜は脂汗を額に浮かべ自分を窺い見る青木に「何かあったのかしら?」と水を向けた。

 

「……どうやら北山家の息女が”あの者”に接触したようです」 

 

 気付かれないように深く深呼吸をして呼吸を整えると青木は真夜に打ち明ける。更に一呼吸置いても真夜は口を開かなかった為、その意図を汲んで青木は続ける事にした。

 

「その後の様子から記憶が戻ったと言うことは無いと思いますが……気を付けるように言い付けられていたにも関わらずこのような不手際を晒してしまい申し訳ありませんでした」

 

 先程よりも更に深く頭を垂れる青木に全く関心を示さない様子で真夜は口を開く。

 

「そうね、時間の問題だとは思っていたけど少し早かったわね。あの子が”気付く”まで達也さんと”喧嘩”しなければいいのだけれど……」

「”報復戦力”として、ですか」

「達也さんの力は強大になるわ、それに今は深雪さんがいる限り大丈夫だけど、将来的に必要になるわ。その為の竜士さんよ」

 

 独り言を呟くように語る真夜の口はそれ以上開く事は無かった。青木はこれ以上は無用とその場を静かに後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「それで竜士君は自分のCADを使うのか?」

 

 竜士と達也は今、他の風紀委員達と共に放課後の風紀委員本部に詰めていた。昨日委員入りが決定した右も左もわからない新入りを次の日には実践投入しなければならない程の人員不足なのだろうかと学校の風紀維持体制に不安を覚えながらも竜士は摩利の問い掛けに肯定の返事を返す。恐らく自分の隣にいる達也が委員の備品のCADを2つ持ち出すと言い出した事から何か期待しての事なのだろう。

 

「……委員長、何を期待されているのか分かりませんが、俺には達也みたいな器用なことはできませんよ。それに自分はコレ以外は使えないんです」

「そうなのか?まぁ、別に構わんが」

 

 苦笑いを浮かべながら竜士はブレザーの左胸ポケット辺りを右手で軽く叩く。その動作に摩利は怪訝そうな表情を浮かべるもそれ以上の追及は避けた――と言うよりは時間も差し迫っていることから避けざるを得なかった。

今日は新入生を対象とした学内の運動部、文化部同時に行われる部活動勧誘週間の初日だった。魔法系競技等はその活動内容の紹介の為にこの時だけは学内でのCADの携帯及び使用が認められている。その為、勧誘でヒートアップした部員同士で魔法を使用した争乱行為が起こりやすい。風紀委員会としては年内で一番忙しい一週間であり、今回ばかりは摩利も竜士達を引き留めておく余裕は無いようだった。

「それでは自分達も見回りに行きます」

(自分達?)

 

そんな摩利の雰囲気を見計らった達也の言葉の一部に疑問符を浮かべる竜士だったが、その場は達也に同調してその場を後にすることにした。「怪我人は出さないでくれよ」と立ち去る背後から笑う摩利に半身で会釈を返すと竜士と達也は風紀委員本部を後にした。

 

「ところで竜士、一ついいか?」

 

 風紀委員本部から少し離れた所で達也は並んで歩く竜士に呟くように問い掛ける、「構わんが、何だ?」と言葉が返ってきたことを確認するとその場で足を停め、率直に希望を伝える事にした。

 

「すまないが、お前のCADを見せて貰えないだろうか?」

「えっ?」

 

 竜士の瞼が一瞬だけ大きく開いた。

 明らかに動揺してしまった竜士だったが、見せるだけなら、とブレザーに手を入れ、CADを取り出すと銃身部を握り直し達也に差し出す。分解でもされたものなら、下手をすれば自分の秘密に勘づかれてしまうかもしれない。案の定達也は、特化型CADの特徴でもある照準補助システムが組み込まれた銃身部をまじまじと見つめては感嘆の声を上げていた。

 

「これは、凄いな。こんなデバイスはカスタムモデルでも見たことは無いな……しかし、これほどまでの照準補助は――」

 

素直に感嘆の声を上げていた達也はそこで口をつぐむと、竜士と同様の仕草でCADを竜士に返すと再び歩き出す。

 

「どうしたんだ?」

「いや、余りに集中し過ぎて気付かなかったが結構時間を使ってしまったようだ、急がないと委員長に何を言われるかわからんぞ」

「……それもそうだな、それじゃあ俺はグラウンド辺りに行ってみるよ、お前はどうする?」

「そうだな、一旦HRに戻ってから行くから、先に行っていてくれ」

「ああ、わかった」

 

互いに手を交わし、その場を後にする。達也の明らかな態度の変化に竜士は勿論気付いていたが、指摘はしなかった。

 

(あのCAD、ベースモデルは間違いなくシルバーホーンだ。が、改造してあるのは照準補助システムだけでは無かった、サイオン流路の強化にレギュレーター(調整器)の増設……技術的には軍用をも凌ぐレベルだが、その目的が読めないな)

(達也のあの反応……やはり、見せるべきじゃ無かったかな)

 

互いに背を向け歩を進めながらも、二人の表情は険しいものへと変わっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、有り難うございました」

「いえ、構いませんよ」

 

複数の部活の勧誘に取り囲まれて困っていた女子生徒(竜士にはどう見てももみくちゃにされているようにしか見えなかったのだが)は深くお辞儀し、感謝の言葉を述べると小走りに立ち去った。

(これで3人目か、たかだか部活の勧誘と侮っていたみたいだ……そろそろ他の場所に移動するか)

 

暫くグラウンド周辺で見回りを続けていたが、持ち回りでない以上、同じ場所に留まっている訳にもいかず竜士は校舎の方へと向かうことにした。

校舎の中に戻るとそこは先程とは異なり普段の放課後とあまり変わらない静けさを保っていた。

 

(文化部の方は平和なんだな)

「あの……」

 

魔法のぶつかり合いとは程遠い勧誘に目を流しながら歩く竜士は後ろから呼び止められた。特に争乱らしい事は起こっていないが見逃してしまったのだろうかと振り返るとそこには不思議そうな顔を浮かべる雫が立っていた。

 

「雫か、どうしたんだ?」

「別に、竜士さんが見えたから。一緒に……どうかなって」

 

僅かに頬を赤く染め雫は竜士を部活見学に誘う、しかし只でさえ声の小さな雫が口ごもるといよいよ聞き取ることは困難だった。

 

「もう一回言って貰ってもいいか?」

「……何でもないよ、だけどこれ」

 

明らかに不機嫌そうな顔になった雫はプイッと首を背ける、しかしその右手は竜士に付き出した。

 

「これは?」

「この前話に出てた沖縄の画像データ。竜士さん気になってるみたいだったから」

「すまないな、有り難う」

「別にいい……(また今度付き合って貰うから)」

 

付き出された右手に握られていたのは小型のメモリーチップだった。それを受け取った竜士は無くさないようにブレザーのポケットに仕舞うと雫に感謝の言葉を述べる。そんな竜士の言葉に雫は今度は聞こえないように小さく答えたのだった。

用件は済んだのか「じゃあね」と小さく手を振り立ち去る雫を短い返事で見送った竜士は胸ポケットにしまった携帯端末が震動している事に気が付いた。手にとって表示を確かめるとそこには達也の名前が表示されていた。

 

「どうしたんだ?」

『今、第2体育館に居るんだが、来れるなら来てくれないか?』

「ああ、そこは近いから5分で行くよ」

『すまん』

(達也が手こずる相手が此処に居るとは思えないが……まぁ、行ってみるか)

 

達也程の力があれば応援が必要な事は無いだろうと予想していた竜士は思わぬ応援要請に少し疑問を感じながらも体育館へ駆け出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体育館に到着するとそこには大きな人だかりが作られていた。そして竜士はその中に見知った顔を見つけた。

 

「エリカ」

「あ、竜士君。達也君ならあそこよ」

 

竜士に気が付いたエリカは竜士が来ることを知っていたのか、その姿を見つけるなり達也のいる場所を指で指した。そこは正に人だかりの中心部で竜士が目を向けると達也は胴着を着た複数の男子生徒に囲まれていた。エリカに手短に事情を聞くとどうやら剣道部と剣術部のいざこざらしい。既に一人、逮捕者が出ていると言うことだった。

 

「あれ?竜士君は行かないの?」

「俺は必要ないと思うぞ」

「えー、折角来たんだし風紀委員なんだから行きなよ」

 

こんなところでしゃしゃり出て余計に目をつけられる訳にはいかないと傍観を決め込んだ竜士だったが思わぬ横槍に押され、面倒だと思いつつもゆっくりと達也の方へと歩み寄る。すると風紀委員会の腕章から竜士が達也の応援だと認識した剣術部の部員達は竜士にも襲いかかる。

 

「俺は達也程優しくないぞ」

 

迫り来る剣術部の部員に対して”一応”警告を発しておく。委員会本部を出るときに渡された記録用カメラも起動状態にある。興奮しているのか、聞こえなかったのか、竜士の発した警告に対しても動じることなく突っ込んでくる部員を”敵”と認識した竜士は状況の制圧を開始する。

 

(接近してくる敵は2名、後方、側方からの攻撃の兆候は無い)

 

素早く分析すると正面の敵に意識を向ける。特に連携していない以上、何人でも同じことだった。竜士はまず突進してくる1人目の懐に潜り込むとその鳩尾に右肘を叩き込む。肘が接触した瞬間、相手の胸骨辺りからミシリと音が、遅れて頭上から息が漏れる音が聞こえてくる。突進のエネルギーを鳩尾に叩き込まれた部員は声もなくその場に崩れ落ちた。

 

(……1人目)

 

感覚的に戦闘不能にしたと認識した竜士は間隔を開けて突っ込むもう1人に対して向き直る。肘打ちを警戒して竜士の腰目掛けてタックルを仕掛けようと前傾姿勢で迫る相手に対して接触の瞬間に相手の左側に半身で躱し、脚を掛けると同時にがら空きになった相手の延髄に手刀を繰り出す。しかし、竜士の手刀はギリギリのところで達也に止められた。

 

「止めとけ」

「達也か……ありがとう」

 

達也は竜士の手を離すと倒れた2人の容態を確認し、無線機を通じて報告する。

 

「こちら、第2体育館。逮捕者3名。尚、負傷していますので担架を3つお願いします」

 

無線の先では本部の摩利と真由美が何やら慌ただしくなっている様だったが、用件を伝えた達也はそのまま通話を終わらせた。無線機を片付けた達也はそのまま周りを見渡し最早抵抗する素振りを見せる者が居ないことを確認すると、その場に出来た人だかりに解散するように指示を出した。当初は言っても聞かなかった生徒達も達也と竜士の実力を目の当たりにして、恐怖心を抱いたのか直ぐにその場は解散した。

 

(的確に相手の急所を狙っていた。それに状況判断も格闘能力もずば抜けている。やはり四葉の息が掛かっているみたいだな。それにしても、あれじゃあまるで機械だな……俺が言えた義理じゃないが)

 

「お疲れさま」

「ああ、ありがとう」

 

人だかりが解散した体育館には達也とエリカ、そして竜士が逮捕した3名の生徒を引き渡すためその場に残っていた。竜士と少し離れたら位置にいた達也にエリカが近寄り労いの言葉を掛ける。そして、達也も予想していた話題を向けた。

 

「あの体捌き、普通じゃあり得ないよ。それに加減はしてたみたいだけど最後の手刀は当たってれば不味かったわね」

「ああ、エリカならわかると思うが、アイツの動きは武術のそれではない。どちらかと言うと軍人のそれに似ているな」

「そうね。確実に急所を付いていたし、一番は戸惑いが全く見られなかった事ね」

 

エリカと達也はただ立ち尽くす竜士の背中を見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、今年の1年はなかなか良いのが居るよ。特に、ずば抜けているのが司波達也と英竜士って言う2科生だ……ああ、分かったよ。『(はじめ)』兄さん」

 

新入生達も解散し、人も疎らになりつつある体育館の入り口で意味深な笑顔を浮かべる男子生徒が胸の前で腕を組み竜士と達也に視線を向けていた。

 

「『壬生(みぶ)』、このあと話がある。これで、1科と2科の格差も無くなるだろう」

「『(つかさ)』先輩、本当ですか?」

「ああ、だがその為にはあの2人を仲間にする必要があるな」

 

司の隣に立つ、髪をポニーテールに纏めた女子生徒も同じように達也と竜士に視線を向けたのだった。

 




いかがでしたでしょうか?

ブランシュ編は早めに済ませようと思います。

次回もどうぞよろしくお願いいたします!


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ブランシュ編Ⅱ

暫く異常に開いてしまいました。

スミマセンでした。この辺りから弱オリジナル展開となるはずです。


「竜士君、やりすぎだぞ!君が相手をした内の一人は胸骨骨折、もう一人も達也君が止めに入らなかったらどうなっていたか分からないとの目撃情報も上がっている。服部の時も感じていたが君は手加減という言葉を知らないのか?」

「自分は一応警告しました。しかし、当該生徒は停止する素振りを見せる様子がなく、尚且つ興奮状態にありましたので早々に無力化しなければ第三者に被害が出る恐れがあると思い、多少乱暴ではありますが実力行使に移りました」

「それにしてもだ!記録映像も確認したが、これ程の動きができる君なら他にも手段はあったのではないか?」

 

静まり返った部活連本部に摩利の怒声が響き渡る。夕陽の差し込む部屋の中央には机が1つと椅子が3脚が用意されていた。肩を並べて休めの姿勢で立っている竜士と達也と机を挟んで座っているのは左から摩利と真由美、そして真由美の隣だからか一際大きく見える男子生徒の3名だった。

 

(部活連会頭の『十文字克人(じゅうもんじかつと)』、とても高校生とは思えない肉体だな、そして纏ったオーラも並じゃない、流石は十文字家代表代理を務めているだけの事はある)

 

竜士の舐めるような視線にも僅かにも動じることなく克人はその太い右腕を伸ばし激情する摩利を静止すると何かを思案するように口を開いた。

 

「まぁ、落ち着け渡辺。確かに、英の対応は過剰だったかもしれないが、元はと言えば剣術部に非があることだ。ここは注意程度に留めておいて問題は無いだろう、剣術部にも俺から言っておく。七草、それでどうだ?」

「そうね、私も賛成よ。となると、これで竜士君の話は終わりね。それで達也くん、話を本題に移すけど私達が聞きたいのは『何故、最初から仲裁に入らなかったのか』と『桐原君以外に魔法を使用した生徒は居なかったのか』という2点なんだけど。どうかしら」

「まず自分は両者の主張を始めから見ていません。そして、軽度の負傷で済むのならそこは自己責任だと判断した為に最初から仲裁には入りませんでした」

「うむ、妥当な判断だな。それで、魔法を使ったのは本当に桐原だけなんだな?」

 

達也の回答に対して摩利は一定の評価を見せると、続けて2点目の質問の答えを求める。2点目の質問に「はい」と短く即答した達也に対して確認を取れたのか、更に追及する者は居らず、結果として桐原への口頭注意という形で話し合いは終了する運びとなった。

「それでは本会議はこれにて終了とします。摩利、十文字君も良いわね?」

「ああ、私はそれで構わないぞ」

「部活連からも特にはない」

 

風紀委員と部活連の双方から異論のないことを確認した真由美は竜士の方に向くと「お疲れさまでした」と改めて労いの言葉をかけた。先に動きだした竜士と共に退出しようと3人に礼をした達也はしかし、退出を許されなかった。

 

「あ、達也君は少し残っていてね」

「……了解しました」

 

満面の笑みの裏に何かキナ臭いものを感じた達也は嫌々な心境を何とか封じ込めポーカーフェイスを貫いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何でこんなことになってるんだ)

 

部活連本部を後にした竜士は今、学校近くの喫茶店の2人用テーブル席に腰掛けてため息をついた。時刻は午後7時を過ぎた頃、少し遅めだが竜士を含め店内はまだ多くの高校生達で賑わっていた。友人同士、恋人達がそれぞれの話で賑わう中、一人でコーヒーを楽しむのは一般論では些か寂しい状況であろう。しかし、竜士がため息をついたのはそんなことが理由ではなかった。若干俯いていた顔を上げる。視線の先には一人の美少女が頼んだジュースを勢いよく飲んでいた。

 

(2年E組、剣道部所属『壬生紗耶香(みぶさやか)』か、エリカの話では剣の腕も確かなようだが俺に何のようだ?)

 

目の前の紗耶香は既にジュースを飲みきろうとしている。恋人同士ならばそんな彼女の仕草を楽しみでもするのだろうが二人はそんな間柄ではなかった。

 

「あ、ごめんなさい。私は2年E組の壬生紗耶香、体育館にも居たから知ってると思うけど剣道部所属よ。英竜士君、今日は忙しいのに付き合って貰って御免なさい」

(付き合って――じゃなくて連れ出してなんだがな)

 

竜士の視線に気付いたのか恥ずかしそうに頬を紅く染めた紗耶香は一応謝罪の言葉を添える。確信犯か天然なのか、彼女の発言には色々と突っ込み所は有ったが早急にこの場を去りたい(――同級生も居るだろうこんな場所で少なくとも美少女の先輩と二人きりでコーヒーを飲んでいたなんて噂が流れたでもしたら当分は面倒なことに巻き込まれるだろうことが容易に想像できる)竜士は「それで、ご用件は何でしょうか?」と本題を迫った。

 

「えっ?あ、うん。それで本題なんだけど……剣道部に入らない?」

「折角ですが、お断りします」

「……理由を聞いても?」

「逆に剣道経験者でない自分を勧誘する理由を聞いてもいいでしょうか?」

 

竜士に質問で返された紗耶香は一呼吸置くとその胸の内を竜士に話した。紗耶香の言い分は魔法技能だけで自分の剣の腕まで評価されたくない、その為に魔法系競技と非魔法系競技に、ひいては1科生と2科生に対する学校側の差別を撤廃させる為に剣道部で結束して行動を起こすと言ったものだ。

並みの2科生だったならば彼女の誘いに二つ返事で了承したかもしれない、しかし、竜士が首を縦に振ることは無かった。

 

「先輩にはそれだけの強い意志が在るのですから、それこそ2科生である事など気にせず剣道に打ち込めば良いのでは無いでしょうか?勝手に差別意識を持っているのは先輩自身ですよ」

「……え?」

一通り紗耶香の主張を聞いた竜士は試しに彼女の主張に対して抱いた自身の疑問を投げ掛けた。普通ならば方向性はともかくそこは内容に一貫性のある答えが返ってくるはずだ。しかし、何時まで経っても紗耶香から一貫性のある答えは返ってこなかった。

 

(やはり、そうか。ということは……)

 

彼女の不自然な反応に”とある事”を確認した竜士はため息をつきながら席を立ち上がった。

 

「取り敢えず話は分かりました。入部の件につきましては自分も気になることが在りますので直接部長と話をしたいのですが、連絡先を聞いても構いませんか?」

「ええ!主将の名前は司甲、プライベートナンバーはこれ。よろしくお願いします!」

 

既に入部を承諾したものと勘違いしたのか紗耶香は先程までの様子が嘘のようなハキハキとした声で竜士に自身の携帯端末を差し出した。しかし、そこには何故か2つのプライベートナンバーが表示されていた。

 

「……司主将は端末を2台お持ちなのですか?」

「ううん、1つは私の番号だから良ければ登録しておいて下さい!」

 

律儀に頭を下げる紗耶香に毒気を抜かれた竜士は「また連絡します」と言い残し、喫茶店を後にしたのだった。

 

(勧誘週間が明けたら少し休むか……)

 

携帯端末に登録した授業リストを確認しながら頭の中でスケジュールを立てる。通常なら入学してままない高校生の取れるような事ではないが、課題さえクリアしておけばこれといって大きな問題にならない2科生だからこそ行える一種の特権だと竜士はキャビネットに乗るべく歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の昼休み、竜士は昼休みを生徒会室で過ごすこととなった。

事の発端は登校時に遡る。何時も通り登校し、自分の席に着席しようとした竜士はホームルームの入り口からの声に呼び止められた。反射的に顔を向けた竜士に深雪は用件ありとばかりに軽い会釈で外へと呼び出した。

 

「七草会長がお昼休みに生徒会室で食事をするようにと仰られていましたよ」

「……それは強制ですか?」

 

苦笑いを浮かべながら、一応の確認を行う竜士にクスリと笑顔を浮かべながら「さぁ、どうでしょうか」と言外に拒否権の否定を行う深雪。

内面を悟らせない笑顔に嫌な想像をするも選択権は無いと溜め息をつきながら首を縦に振る。せめて食事だけであってほしいと望み薄な希望を浮かべる竜士の心中を察したのか深雪は丁寧にお辞儀をするとその場から立ち去ったのだった。

 

 

 

 

 

(……こんなことになるなら無理にでも断ればよかったか)

 

嫌な予感というか予想通り、重い足取りで生徒会室に辿り着いた竜士は昨日の紗耶香との一件を執拗に問い詰められていた。目の前で繰り広げられる2年女子達による妄想談義を頭の隅に追いやり、竜士は直ぐにでもこの場を立ち去りたい気持ちを堪えて無表情を貫き通すことに決める。

こういう話に飛び付く辺りが魔法師と言えど年相応の高校生といったところか、所々誇張表現された質問に竜士は苦笑いを浮かべ否定することしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか?

次回もどうぞよろしくお願いいたします!


因みにインフルBでした。皆さんも御体に気を付けて下さいね!


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ブランシュ編Ⅲ

久しく投稿致します。

これからもこのようなペースになってしまうかもしれまでんがどうぞよろしくお願いいたします・・・


「それで我々の活動に君も参加してくれるのかな?」

「……それはまだ決めかねています。が、興味は在ります」

「出来れば君のような有望な人材には直ぐにでも参加して貰いたいものなんだが」

 

部活動勧誘習慣最終日、下校時間も迫り人気の無くなった校舎、その中で剣道部主将、司甲は目の前の1年生を何とか頷かせようと躍起になっていた。

一体何を考えているのか分からない。壬生から連絡を受けたときには軽いものだと思った。どんな人間でもコンプレックスはある、この1年生も他の2科生と同じように1科生に対して思うところがあるのだろう。そこを軽く突いてやれば二つ返事で此方側に参加するものだと司甲は考えていた。同じく1年生である司波達也の勧誘に失敗した以上、例の計画の為にも英竜士の勧誘までも失敗する訳にはいかない。それに出来ることなら計画で使いたいとの兄の言葉を思い出すと今日絶対に英竜士を引き込みたいところだ。しかし、英竜士はそんな気持ちを知ってか知らずか、曖昧な回答でかわしている。

これ以上こんなことを繰り返しても、下校時間が来て逃げられてしまう。そう考えた結果、司甲は出来るだけ切りたくなかったカードを切ることにした。

 

「……実は、近々大きな計画があって、その計画に是非とも君にも加わって欲しいんだ。準備の時間も居るから、今、答えを聞かせて欲しい」

 

(掛かった)

 

内心で竜士はそう呟くと、興味津々の様子を作り、司甲に更なる情報を求めた。加入の文字をちらつかせる竜士に騙されているとも知らず、竜士の加入を確信した様子の司甲はダメ出しにと更なる情報を自分から漏らしてしまったのだった。

 

「それじゃあ、当日に。楽しみにしているよ」

 

無表情の隅に隠しきれてない笑みをこぼし、司甲は竜士の前から立ち去った。司甲の姿が完全に視界から消えたことを確認した竜士は誰もいない筈の部室に視線を向けると溜め息をつくと、トーンを落とした声で問い掛けた。

 

「何か用か……達也」

「驚いたな、気付かれていたとは」

 

竜士の視線の先、部室の陰から現れた達也は素直に感嘆の意見を述べ、苦笑いを浮かべた。

 

「……たまたまだよ。それで用件は何だ?」

「ああ、一応忠告しとこうと思ってな。お前が今話していた相手は――」

「ブランシュ、だろ?」

 

口に出しかけたところで、達也はその単語を飲み込んだ。そして、”知っているはずのない”竜士が知っている事に一層と警戒心を巡らせる。反魔法団体ブランシュ、一応は政府により情報統制され一般人には知らされていないはずの事実だった。十師族である真由美や四葉から情報を獲られる達也を除いてその事実を知るのは不可能に近い。

 

「……何故知っているんだ?」

「さっきのあいつ、司甲が自分から話し出したからそのことかと思ってな」

 

警戒レベルを上げて問う達也に対して竜士は至って普通に答えを返した。依然と警戒している様子の達也に竜士はその場を立ち去ろうと最後に1つだけ情報提供しておく事にした。

 

「達也、近いうちにブランシュの連中が事を起こす。結構大規模なモノになりそうだから事前にどこかで行動を起こして来るかもな」

「ああ、分かった。会長には俺から伝えておこう」

「それと、俺は明日から少し休むから宜しく頼む」

 

それだけ言うと竜士は殆ど誰もいない校門へと一人歩を進めたのだった。

 

「何にそこまで肩入れするんだ?」

 

遠くなった竜士の背中に達也はぼそりと問い掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで一応は完成かな」

 

一度大きく伸びをしてから作業台の上のデジタル時計に目を向ける。日時は4月22日、そろそろ23日になろうかと言う時間帯だった。事前の連絡で学校であった放送室占拠事件と明日の放課後の生徒総会、とブランシュ日本支部による襲撃。生徒会と司甲の双方から毎日のようにメールが届いていた為、双方の動きも把握できている。因みに何故か1科生の雫と上級生の紗耶香からも連絡が入ってきている。しかし、その都度首を傾げるだけで竜士は返信はしなかった。学校には”家庭の事情”と連絡しているから事情知っているだろうと高を括っていたのだった。

竜士は再び視線を作業台に向ける。作業台の中央に置かれた一機のCAD、ベースモデルはFLT(フォア・リーブス・テクノロジー)社の代表的モデルでもあるシルバーホーン。竜士の愛機でもあるこのモデルをベースに彼は実験機的なシステムを開発した。

 

「……基本設計は優秀なんだけど、やっぱり民生品だから耐久性は低い、か。フリーの限界かもな」

 

誰もいない実験室で独り言ちる。大手の企業の専属となれば豊富な資金に高度な設備を使用できる。彼のように民生品を改造した実験機ではなく一から専用設計で作り出せる事は大きなメリットだった。

 

「オファーは来てるんだけどな」

 

大手企業であるFLTを筆頭に今まで取引した大抵の企業から専属研究員へのオファーは来ている。提示されている条件もなかなか破格なものだった。しかし、竜士はとある懸念を捨てきれずに今までフリーでやってきた。

 

(匿名で出来ればな)

 

フリーであれば期限までに要求仕様の実験機の設計図を指定フォルダに入れておけばいい。しかし、専属となるとそうはいかないだろう。契約する以上、個人情報は開示しなければならない。両親が居なくなってから世話になった方たちに迷惑を掛けるわけにはいかないと考えると専属研究員の方向は無いものだった。

無い物ねだりをやめ、視線をCADに戻す。原型だったシルバーホーンが読み取れる箇所は数少ない。竜士が開発した新技術を搭載する為に大型化した銃身部、機関部、増設されたセレクタブルスイッチ。殆どが外注生産部品で構成され、これ以上の強化は不可能に近かった。

 

「後は実用試験か」

 

再びデジタル時計に視線を移す。日付は23日に変わり、空白の予定欄に『実験機試験』の文字が表情されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「竜士君、久しぶりね。さて、今まで何処で何をしてたのかしら?」

「……学校側には届出をしたはずですが」

「そうじゃなくって、会長の私には一言くらい有ってもいいんじゃないの?」

「そうですね、七草会長の仰る通りですよ。竜士君、私はお兄様から聞いていたから知っていましたけど、雫は不満そうな顔をしていましたよ」

 

昼休みに登校した竜士は何も無かったかのように席についた。しかし、時間をずらした筈がそこには生徒会室へ移動しようとする達也と深雪がまだ居たのだった。彼等と目があった瞬間、彼はデジャブの様なものを感じた。そこには満面の笑みの深雪が居たのだった。そのまま逃げ出すことも出来ず、半ば強引に昼食会と言う名の訊問に出頭した竜士は各委員長達(特に真由美と摩利と深雪)の訊問を受けることとなった。

 

「全く、君がいない間に大変だったんだからな」

「はぁ……すみません。ですが、本当に忙しいのはここからですよ」

 

作業中に入ってきた連絡を見た限りではそんなに大したこと無いと思った竜士は歯切れの悪い返事を返す。そして更に追い打ちを掛けようとする摩利に先んじて今度は深刻そうな口調で話を逸らした。

 

「それってどう言うことかしら?」

「敵勢力ですが、恐らく生徒以外の襲撃も予想されます。規模は分かりませんが、学生の長である司甲がその様な事を漏らしていました」

 

生徒会室に少しの間沈黙が走る。その沈黙を破ったのは真由美だった。

 

「直ぐにでも生徒を避難させましょう!」

「だが、真由美。そんなことをしたら今日の生徒総会は中止だぞ?」

「分かってるわ。だけど、そのために生徒を危険に晒すわけにはいかないわ」

「待ってください」

 

達也の一言で生徒会室は再び静寂に包まれた。

 

「事件の首謀者は司甲と繋がっています。ここで総会を中止にすればきっと襲撃も起こらないでしょう。そして――」

「我々は討議から逃げたとなるわけか。」

「その通りです、渡辺委員長。そもそもブランシュは一般の認知度はゼロに等しい。その様な組織の襲撃を信じる者は更に少ないでしょう。そして、生徒会が討議から逃げたとなればそれこそ彼等の思う壺です」

「ならばどうすれば……」

「万が一に備えて委員を配置し、襲撃が起これば生徒の避難を最優先に行動すれば良いかと」

「……そうね。わかっているだけ対応もしやすいかもしれないわね。でも、達也君。絶対に無理はダメよ」

「勿論です……竜士、お前はどうする?」

「俺は奴等の仲間だからな。大人しく席で見てるよ」

 

そう言うと竜士は右手を出し袖を捲る。そこには赤、青、白で彩られた帯が巻かれていた。

 

「奴等に密偵を頼まれていますから。まぁ、了承も肯定もしてませんが」

 

不敵な笑みを浮かべると竜士は「お先に失礼します」と一言残し生徒会室を後にした。

 




次回もできるだけ早いがんばります!


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ブランシュ編Ⅳ

お久しぶりです。

今回も超亀更新すみません……


討論会での真由美の答弁は非の打ち所の無いものだった。相手方は発言する意欲も無くしたのか、ただ俯いて真由美の話を聞いているだけであり、最早それは真由美の独断場となっていた。

客席側で見ていた竜士も「流石は十師族か」と独り言ち、回りの生徒達も1科生、2科生関係なく彼女の話に聞き入っている。そんな真由美が意見を終えた丁度そのタイミングで事は起こった。

 

 

 

体育館の外で明らかな爆発が起きた。動揺する一般生徒に対して爆発を合図に行動を起こすエガリテ構成員。しかしその行動は事前に配置された委員会役員達によって予定通り直ぐに抑えられた。

竜士も手首にエガリテの証を巻いていたが、事前の通達で取り押さえられることは無い。

 

「七草会長、自分は実技棟へと向かいます」

『……了解したわ、けど無理はしないでね』

 

その場から壇上の真由美に向かって無線機で連絡を取る。真由美の反応は一度思案した鈍いものだったが、やがて了承の返事が返ってきたことを確認すると竜士はその場の処置を他の生徒に任せ体育館の外に飛び出した。 そこでは既に至るところで学校の警備とブランシュ構成員との間で刀剣を用いた戦闘が行われていた。

 

「これはもう要らないな」

 

敵味方が入り乱れた状況では却って見方から攻撃されかねない。竜士は右手に巻かれた帯を千切って捨てると。実技棟へと走った。

 

 

 

「……廿楽先生、これは」

「英君か、此方はもう片付いたよ」

 

途中誰とも遭遇することなく実技棟へと到着した竜士だったがそこは既に教職員によって鎮圧されていた。辺りには多数のブランシュ構成員が身体をロープで縛られたり、気を失っていたりしている。幸い教職員にも構成員にも生命に関わるような負傷者は居ないことを確認した竜士は真由美に実技棟の鎮圧を報告した。

 

『分かったわ。竜士君はそのまま図書館へと向かって。敵の狙いは恐らく特別閲覧室のデータよ』

「分かりました。自分もこれから前進します」

 

無線機を切るとその場を教職員に任せ、竜士は実技棟を後にした。

外に出るとそこには何処からか数名の構成員が各々に武器を持ち現れた。竜士はブレザーの脇から今まで使っていた何時ものシルバーホーンを取り出すとマニュアルレギュレータを調節する。

 

「投降しろ」

 

竜士が発したのはそれだけだった。

 

「この野郎っ!」

 

竜士の高圧的な態度が気に障ったのか、構成員は各々に突進する。

 

「警告はしたぞ」

 

竜士は拳銃形態のCADのトリガーを躊躇なく引き絞る。すると構成員は断末魔の悲鳴を上げながら苦しみだし一人また一人とその場に崩れ落ちていった。静かになった辺りを見渡すと地面に横たわり動かなくなった構成員の一人に竜士は近付きその容態を素早く確かめる。

 

「折れた肋骨が肺に刺さってる。動いたら死ぬぞ」

 

既に意識を手放して要るだろう男にはその言葉は届いたのかは分からない。竜士は再び無線機を真由美に繋ぐと構成員の処置を要請し、図書館へと向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、竜士君。悪いんだけど手伝ってくれない?」

 

図書館に到着した竜士を待っていたのは敵ではなく誰かを背負ったエリカだった。エリカは竜士を目に止めると笑みを浮かべ足早に近づいてくる。

 

「エリカ……後ろは壬生先輩か?」

「うん。ちょっと気を失ってるから保健室まで運んでくれない?」

 

明らかに争った形跡が見られる彼女らの服から、大方の事情を察した竜士は「ああ」と短く返してエリカからゆっくりと紗耶香を引き継いだ。

 

「中の様子は?」

「今は、達也君と深雪が行ってるからもう片付いてるでしょーね」

「で、エリカは壬生先輩とやり合ったって事か」

「うん」

 

背中の紗耶香が僅かに強張ったのを背中で感じたが竜士は何も言わず保健室に向けてペースを上げながらも紗耶香を揺らさないように歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事件は外部からの構成員侵入もあったにも関わらず、職員及び一部生徒によりそれらは既に制圧されていた。

 

しばらく経って怪我の処置を終え、ベッドに横たわる紗耶香の回りには生徒会の面々と達也、深雪、エリカが紗耶香を囲み、やがて紗耶香は胸のうちを語り始めた。

 

「……渡辺先輩に稽古をつけて頂きたいとお願いしたのですが、軽くあしらわれてしまって、私が2科生だからなのかと思って」

 

紗耶香が言葉を切ると、直ぐに摩利と真由美の間に動揺が走る。達也の横にいたエリカが軽蔑を含んだら眼差しを摩利に向け口を挟もうとするが達也に言外に止めるように手を出された。

直ぐに、摩利が紗耶香の記憶のズレを指摘した。すると、紗耶香には明らかに混乱が見られ、やがて自分の弱さで長い時間を無駄にしたと後悔し、泣き出してしまった。達也はそんな紗耶香に「無駄ではありませんよ」と慰めるように声をかけた。

 

「ところで、竜士君は何処にいったのかしら?」

 

しばらく泣いていた紗耶香が落ち着いたタイミングで真由美が達也に問い掛けた。達也は胸のポケットから携帯端末を取り出すと慣れた手付きで電話発信した。

 

「ああ、俺だ……そうだと思った」

 

達也の発言は皆目検討のつかないものだったが、周囲の目を気にせず通話を終えた達也は真由美に対してごく自然に事実を報告した。

 

「英は今、ここの近くの廃工場に居るようです。どうやら、彼の情報だとそこがブランシュのアジトみたいですね」

「え?竜士君は何をしようとしてるの?」

 

その場の明らかな動揺が見られたただ達也と深雪、そして克人だけは冷静に状況を分析していた。

 

「……一戦構えるしか無いようだな」

「はい」

「ちょっとまって、二人とも。相手はテロリストなのよ?危険すぎるわ!」

 

初めて口を開いた克人がブランシュのアジトへの強襲を提案し、それに達也が同調した。周囲には再び動揺が走ったが静観を決める摩利に対して真由美は反対の意見を述べ、再考を提案した。この場合一般論として最も賢明だと判断できる真由美の意見を克人は否定はせずに可能性の提案に留める事にした。

 

「英が此処に居るならばそれもいいだろう。しかし、奴は既に敵地に居る。そして、我々が来なくても単独で行動するだろう。そうだな司波?」

「ええ、恐らくそのつもりでしょう」

「七草、どんな理由にしても当校の生徒が事件に巻き込まれる所を俺は部活連会頭として、そして十文字家代表代理として見過ごすことはできん」

 

克人はそこで一端話を切り、異論の無いことを確認した上で「それに」と続ける。

 

「我々で事態を収拾出来れば、警察の介入も最小限に出来る。それは当校としても望ましいことだ」

 

既に竜士が先手に行動してしまった為に、克人に選択の余地は無かった。と同時に、警察沙汰になった場合の学校側の不利益を考えると合理的な選択肢でもあった。これらを踏まえて克人は生徒会長である真由美に最後の決定権を委ねた。

 

「……そうね。それなら壬生さんも家裁送りになることもないわね」

 

真由美の了承ととれる一言に申し訳なく感じたのか紗耶香は深く項垂れたのだった。

 

 

 

 

 

「車は俺が用意しよう」

 

改めて地図を確認した上で克人は車での強行突破を提案した。どうせ見つかるのならば正面突破が一番意表を突けるとの判断に誰も異論は無く、その場の沈黙を了承と受け取った克人はそのまま振り返り、真由美に対して生徒会長として学校への待機を命じた。少しだけ不満そうな真由美はそのまま横の摩利を指差すと、治安維持と残党の検索を理由に摩利にも待機を命じ、ブランシュ急襲の参加メンバーは克人以下達也、深雪、エリカ、レオ、そして現地に居る竜士の6人となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

桐原武明(きりはらたけあき)』は窮地に立たされていた。目の前には上級生でもあり、部活連会頭でもある克人が立ちはだかっている。

 

「会頭、自分も連れていって下さい!」

「駄目だ」

 

克人の言葉は短くそして重い。しかし、桐原にも譲れない理由があった。

 

「俺は中学のころの壬生の剣が好きでした。しかし、高校に入ってからアイツの剣は変わってしまった……アイツを変えてしまった奴を俺は許せないんです」

 

桐原は密かに保健室の外から一通りの事情を”聴いていた”。そして、紗耶香をたぶらかした犯人がブランシュであると分かるといても経っても居られなくなり克人に直談判したのだった。

 

「……いいだろう。男を賭けるのに十分な理由だ」

 

頭を深く下げる桐原に対して、克人は少しだけ笑みを浮かべると彼の同行を許可した。結局、ブランシュ急襲の参加者は桐原も加えた7人となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作では達也が主人公ですが、本作では竜士が主人公となりますので、原作と平行して物語は進むことになります。

次回もどうぞよろしくお願いいたします


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ブランシュ編Ⅴ

1年以上開きました。

それでも読んでくださりありがとうございます。

H31 4.20 一部追加更新しました。



 「遅かったな」

 

 ブランシュのアジトである廃工場の近く、竜士との合流予定地点に到着した達也達に竜士は死角からゆっくりと声を掛けた。

 

 「隠れていたのか?」

 「隠密行動は斥候の基本ですよ、桐原先輩」

 

少し驚いた様子で問う桐原に対し、竜士は笑みを浮かべる。竜士としては特に嫌みを込めていた訳では無かったのだが、桐原は少し機嫌悪そうに視線を逸らした。

 

 「……それで状況は?」

 

二人のやり取りを見ていた達也がため息混じりに竜士に発言を促す。抽象的な達也の言葉が自分に対するものだと容易に判断した竜士は達也の開いた地図データを指差しながらその見聞した状況を伝えることにした。

 

 「まず敵の規模だがおおよそ20から30名程度、全員突撃銃(アサルトライフル)で武装している事も確認した。施設に候敵資材、機械的な監視装置は確認出来ていない。尚、第一目標の司一も現在施設にいる事を確認している」

「……十文字先輩は桐原先輩と裏口に回ってください、エリカとレオは外で残党の始末を頼む」

 「俺は?」

 「深雪を頼んでも良いか?俺は少し確めたい事があるから今回は一人で動きたい」

 

残念というより悲しげに視線を落とす深雪の頭を優しく撫でながら達也は竜士に深雪の護衛を依頼した。

 

 ―――本当は確めたい事など無い。そして、深雪に護衛が要らないことも十分理解している。しかし、これは必要な事だ。絶対条件として本当の力を第三者に知られる訳には行かない。この程度の敵に力も何も無いが用心に越した事はない。

 

 (……週末は空けておいた方が良さそうだな)

 

 

 

 

 

 

 

 深雪の機嫌取りに思案を巡らせる達也と別れた後、竜士は深雪と大型のシャッターの前に立っていた。所々錆ている重たいシャッターを開けるのは深雪の魔法。しかし、ただ待っているだけの竜士は気が重かった。

 

 「その……司波さん?いいの?ここに居なくて」

 「竜士君はここで待っていますか?」

 「いや、俺は行くよ?ただ、司波さんは居た方がいいんじゃない?」

 「それならば竜士君が側で私を守って下されば解決です。それにお兄様はここで待てとは仰られませんでしたよ」

 

終始満面の笑みを崩さない深雪に竜士が引きつった笑みを浮かべる。穏やかな表情とは裏腹に不満で満ちている深雪の内面に彼が気付く事はなかったのだった。

 「……仕方ない、一応『護って』いる事になるから、俺の前には出ないでくれよ」

 「勿論です」

 

悲鳴を上げながら開いていくシャッターを背にして深雪はニコリと微笑む。普通の男子高校生ならばその笑みにきっと落とされていたことだろう。しかし、竜士はそんな気は一切起こらずただただ深いため息をついたのだった。

 

 

 

 

 

 「……遅かったな」

 

照明が落とされているためかそこは夕方でも薄暗く、目を細めてやっと竜士は声の主を影の中に見つけることが出来た。やがて時間と共に回復した視力で相手の顔を確認する。

 

 (誰だ?)

 

最近出会った人物を一人一人思い出すが、竜士の記憶にその存在は無い。「人違いですよ」と親切に説明しようかと思いもしたが、こんな状況で相手が”こちら”側の人間であるはずもない。いっそのこと早々に倒して先に進もうかと考え始めた竜士に見ず知らずの男は合点がいったように再び口を開いた。

 

 「ああ、そうか。一から聞いていないんだな。俺は一の仲間だ。安心してくれ」

 「……」

 

 「おい……答えろよ、まさか俺達を敵に回そうなんて思わないだろ?」

 

一切言葉を発しない竜士を不審に思ったのだろう。男は警戒心を露にしながら再び問い掛けた。しかしそれでも答えない竜士に確信した男が上着に隠した拳銃を抜こうとした時だった。

 

 「貴殿方に警告します。今すぐ投降しなさい」

 

竜士の陰から深雪が一歩踏み出る。

 

 「司波の妹……敵だっ」

 

深雪を視認した男は声を張り、大声で叫んだ。すると何処に隠れていたのか其処らから瞬く間に自動小銃や拳銃で武装した男達が十数名現れ、正面から竜士達に銃を構えた。

 

 「悪いが、お前らはここで消えてくれ」

 

男達は一斉に手にした銃の引き金を引こうとした。否、引き金を引いた。しかし、何度引いても彼等の銃から弾丸が発射されることは無かった。高度な冷却魔法で手首ごと武器を凍らされた男達はその激痛に耐え兼ね悲鳴を上げながら地面に膝をついた。

 

 「ここはもう大丈夫でしょう。竜士君、先を急ぎましょう」

 

深雪は悶え苦しむ男達を見渡すと竜士に向かい笑みを浮かべる。しかし彼女は気付かなかった。背後で激痛に悶えながらも立ち上がる男に。

 

必中の間合い。魔法はもう間に合わない。深雪の肩越しに”それ”を見た竜士は深雪の肩を掴むと乱暴に横にはね除ける。

 小さな悲鳴を横に聞きながら竜士は正対した男の持つナイフの制圧に移る。単純にナイフを構えて突進するだけだったが余りにも距離が近すぎた。男の突進を竜士は正面に受ける。

 布が強く擦れる音と共にナイフは脇から後方に抜けた。

 竜士はそのまま男の腕を固定すると、足を払い地面に投げ倒し、迅速にナイフごと手首を蹴りそれを無力化すると男の顔面に止めの一撃を与えようとして止める。

 

 「......」 

 

 男は飛ばされたとき受け身を取りきれず後頭部を強打し、既に気を失っていた。

 

 「......竜士君、大丈夫ですか?」

 「ああ、大丈夫。司波さんの方こそ大丈夫?」

 

 「私は大丈夫です――ッ、竜士君、怪我して」

 「まぁ、此のくらいなら直ぐ治るから」

 「そう、ですか......」

 

そう言って竜士はナイフで傷つけられた左腕を軽く振ってみる。制服に少し赤い染みが出来ていた。

 

 (私がしっかりしていれば竜士君が傷付くことは無かったのに......)

 

しかし、自分のミスによって竜士が怪我を負ってしまった事に深雪は深く罪悪感を感じていたのだった。

 

 「全く」

 

しょんぼり俯いてしまっている深雪を見て、竜士はおもむろに手を伸ばすとそのまま優しく慣れた手つきで深雪の頭を撫でた。予想していなかった竜士の行動に深雪は一瞬、ピクリと反射的に動いてしまう。

 

 「え......」

 「あ......ごめんね。なんか懐かしい感じがして」

 「い、いえ」

 

僅かに頬を紅く染めながら、深雪は以前から気になっていたことを問い掛けた。

 

 「竜士君は妹さんがいらっしゃるのですか?」

 「......居ない、筈だよ」

 「では―――」

 「先に進もうか、達也も待っていそうだし」

 「......はい」

 

以前、雫達と下校した際の出来事を訊ねようとした深雪だったがその言葉は途中で竜士に遮られてしまった。

 

 (何か、言えない事情でもあるのかしら......それにしても、どこか雰囲気がお兄様に似て)

 

言葉を遮られた事に事情があるのかと思案しながらも、恥ずかしさと親近感から再び紅く染まった顔を隠すように深雪は竜士の陰で俯いたのだった。

 

 

 

「だ、誰だっ」

 

突如、物陰から数人の男達が飛び出した。瞬間、驚きを隠せない深雪と裏腹に竜士は脇に下げたホルスターからCADを抜きその銃口部を中心の男に指向する。既に男達は各々に拳銃やライフル銃を竜士達に構えていたが、誰も竜士の動作に対応することは出来なかった。

 

 「お、お前は英竜士......」

 

男達の中、他の男に護られるように囲まれた一人の男が竜士に確認した。

 

 「ああ、そういうお前は司一だな。その様子からすると大方、達也に追われているみたいだな」

 「ああ、助かった。もうすぐ司波と十文字もやって来るだろう。時間稼ぎを頼むぞ」

 

 

 

 「......何を言ってるんだ?お前は」

  

話の内容を理解できていない深雪と一の仲間が困惑の視線を向ける中、竜士の発言に一は耳を疑った。

 

 「殺しはしない。武器を捨てて投降しろ」

 

先程までの面影を全く出さないオーラを纏う竜士に敵のみならず深雪さえも萎縮してしまう。

 

 「き、貴様、裏切ったのか?」

 

目の前から漂う、威圧感とは違う圧倒的な恐怖。それに今にも崩れてしまいそうな脚を必死でこらえ、竜士を直視出来ずその足元に覇気なく一は問い掛ける。

 

 「何の事だ?そもそも協力した覚えはないが」

 

台詞を棒読みしたかのようなまるで起伏のない言葉。言葉を発すると共に最後通告だと言わんばかりに竜士は手にしたCADのセーフティを解除した。

 

 「く、くそっ、これでどうだッ!」

 

 (アンティナイト……情報通りか)

 

以前にも同じような経験があったのだろう、ハッとした表情を浮かべる深雪に対して竜士は素早く魔法を発動する。

 「うがぁっ」と短い悲鳴を上げた一の右手からは竜士の予想通り軍需物資であるアンティナイトがこぼれ落ちた。と同時に一の背後の男達も一斉に地面に這いつくばっていた。

 

 「パ、パラレルキャストだと......?2科生の筈なのに何故」

 (パラレルキャスト!?)

 

出血している右手を押さえながら一は、信じられないと自問するように言葉を放った。

 「お前には関係のない事だな」

 

背後で複雑な視線を向ける深雪に気付かない振りを決め。竜士は再びCADのトリガーを絞った。

  

 

 

 

 

 「深雪、大丈夫か?」

 

通信端末で達也達に一を拘束した旨の連絡を取ると5分も掛からないうちに達也は現場に現れた。「お兄様」と普段と変わらない様相で近寄る深雪は伏せ目がちに先程の出来事を伝える――一部を除いて。

 

 「―――それは大変だったね」

 

平静を装った深雪の僅かな変化に気付いた達也はそれでも労いの言葉を掛けると同時にそっと優しく頭を撫でたのだった。

先程竜士に撫でられた感触を無意識に思い出しながら深雪は複雑な心境を誤魔化すように頭上の感触に意識を預けることにした。

 

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「それで、調子はどうですか?」

 

 リクライニング式のベッドを若干起こして横になっている紗耶香に竜士は右手に持った果物のバスケットを掲げながら優しく問い掛けた。

 

 「うん。やっぱりヒビは入っていたみたい。だけど、今はもう繋がってるしもう退院出来るそうよ」

 

夕日が射し込む病院の個室で紗耶香は控えめな笑顔で返す。

 先の騒動が終息して紗耶香はエリカとの対決で負った怪我の治療ため入院していた。同時に騒動に加担したとして家庭裁判所送りも懸念されたが、紗耶香を始めとするブランシュの下部組織であるエガリテの構成員はブランシュ日本支部の長である司一の魔法により一時的に精神操作されていたという事でこれらの処分を免れた。

 

「そうですか。早く戻れれば良いですね」

 

思ったよりも体調は良好なようだと、竜士は周囲を一度見渡す。

 部屋は個室だが十分過ぎるほどの広さがある。角に置かれた真新しい木製のロッカーとキャビネット、壁に掛けられた薄型ディスプレイには綺麗に手入れされ埃一つ無い。ベッド際の花瓶にも見舞いの物だろう花が差されていた。

 

(家族か、頻繁に来ているようだな)

 

 ふと、竜士は自分の部屋に置いてある写真の少女を思い出す。

 

(あの写真が俺の家族なのか?)

 

 考えた途端に急に気分が悪くなる。思い出したくても思い出せない。

 竜士の身体は再び記憶を拒んでいた。

 

 これ以上此処に居たくない。早々に竜士は「お大事に」と立ち去ることにする。

 

 「竜士君……その、ありがとう」

 

 病室のドアを開けた竜士の背中に紗耶香は短く、けれど多分な意味を含めて感謝の気持ちを掛ける。

  

 「……ええ」

 

竜士は出来るだけ青白くなっているだろう顔を見られないように振り返ると、紗耶香に一礼返し、そのまま扉を閉めた。

 

 

 

 

  

「竜士君……君は司波君にとても似ているね」

竜士の去った扉を見つめながら紗耶香は一人呟いた。

  

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

  

 「君は……英竜士君かい?」

 紗耶香の病室を後にした竜士は面会終了の旨を受付に伝えたところで呼び止められた。

 

 「ええ、そうですが……」

 

 突然背後から呼び止められ、竜士はある程度警戒心を持って振り返る。

 そこには茶色のコートを腕に掛けたスーツ姿の男が柔らかな笑みを浮かべ、手を挙げている。掛けられた声に覚えは無い。不意な攻撃に対処出来るように無意識に身体は身構えていた。

 そんな竜士の挙動に気が付いたのだろう(――最も、普通の人には分からない微々たる動きだったのだが)。男は挙げた手を竜士と自分の間に下ろし、攻撃的な意志は無い事を示す。

 

 「驚かせてすまない。私は壬生勇三(みぶ ゆうぞう)。紗耶香の父親だよ」

 

 思いもよらない人物だったのだろう、ほんの一瞬だけ目を丸くする竜士に笑みを浮かべ、勇三は「こんな所で立ち話も」と近くの談話スペースへと誘った。

 

 

 

 

 

 「改めて、私は壬生勇三。今回の件では娘が本当に世話になった」

 

 「……既にご存知とは思いますが、あの件につきましてはご息女には精神的干渉がありました。ご家族でも気付くのは難しいかと」

 談話スペースの販売機で飲み物を買った(――代金は勇三が2人分先に入れていたが)2人は談話スペースの隅のテーブルに腰を下ろす。

 先程までの柔らかな表所から一転、自身に向けた厳しい表情を向け勇三は竜士に今回の事件を謝罪した。対する竜士は決まりきった答えではあるが、項を垂れる勇三に「仕方がない事だ」と首を振ると、飲み物を口に挟んだ。

 しかし、それでもと竜士に自嘲した笑みを浮かべ、続けて娘を正しく導けなかった父親としての心の内を竜士に語る勇三に竜士は最後に一言だけ口にした。

 

「……お嬢さんは立派に育たれていると思いますよ」

 

 

一般的な高校生としては背伸びした言葉だが勇三の眼には既に目の前の少年が年相応の高校生であるようには見えなかった。

 

どこか懐かしい雰囲気、かつて所属していた自衛軍の仲間の雰囲気に似ている。共に第三次世界大戦を戦い抜いた、そんな戦士の纏うものを少年に感じる。

 

「……昔どこかで会った事があったかな?」

「いえ、そのような事は」

「……そうか、私の勘違いみたいだ。ところで、君は紗耶香とはどういった関係なんだろうか?」

「学校の先輩ですよ。それ以外はなにも」

きっぱりと言い切る竜士に一瞬だが間違いなく残念そうな表情を浮かべた勇三は「いやいや」と頭を振ると最後に一つ、と竜士に尋ねた。

「君は、風間(かざま)という男を知っているだろうか?」

「いいえ、知りませんね」

 

 竜士の明確な否定に、何か引っ掛かりを覚えつつも勇三は立ち上がり、「手間を取らせたね」とその場を後にした。

 

 

 

 (これでようやく一段落ついたか……)

 その場から立ち去る勇三の背中を見送りながら竜士は安堵の溜息をついたのだった。

 

 

 

 

 




今回でブランシュ編は終了です。

フォントが何故かまとまりません...

次から九校戦編に入ります。


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九校戦編Ⅰ

こんにちは。
 
PCを新調したので更新も再開する予定です。

今回から九校戦編を始めます!



「......ですから、俺には達也のような知識も技術もありません。達也はともかく俺は適任ではありません」

一日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、会長を始めとする役員が揃った生徒会室に竜士の呆れと若干の悲痛さの混じった声が響いた。

 

 「ですが、英君も自身のCADを自分で作り上げて、調整なさっていると聞きましたが――実力は充分ではないのでしょうか?」

 

反射的にCADがある左胸を押さえた竜士に鈴音が僅かに口角を上げる。

 「まぁ、達也君のメンバー入りは決定してるんだ、もう2科生がどうのといった理由は通じんぞ。それでも参加出来ない理由があるのか?」

 

既に達也は桐原のCADデータを別の低スペックCADにコピーするといった課題を難なく成し遂げ、メンバー入りが決定していた。

 

 「わ、私も英君のチーム入りを司波君と同様に希望します。前に一度英君のCADを見せてもらいましたが、彼のCADは私にも構成できないカスタマイズが施されていました。もし、九校戦でこの二人がチームに入ればハード、ソフト共に他校よりも大幅に優位に立てることは間違いないと思います」 

 

何とかその場を逃げようとする竜士にさらに摩利とあずさが追い打ちをかける。

 

「・・・いや、ですが――「わかった」」

 

それでも諦めない竜士に今まで沈黙を保っていた克人が声を挙げる。

 

 「英、お前のメカニック起用は諦めよう、が、お前にはその代わり選手として戦ってもらう」

「は・・・」

 「九校戦は我が校の威信を掛けた戦いなのだ、その戦いにみすみす有用な人材を起用しない理由や余裕は当校には無い。そして、生徒の見本でも在るべき生徒会役員のお前にはそれを拒否する権利は無論無い――と、言うことだ。どうする?」

 

 口を開いた克人から発せられたのは最早、逃げ場の無い宣告。苦い顔を浮かべながらも竜士に残された選択肢は1つだけだった。

 

「分かりました・・・メカニックとして全力でサポートさせて頂きます」

「それでいい」

 

 満足げに頷く克人の横、達也の隣で深雪が心底嬉しそうに笑みを向けてくるのに対して、竜士はひきつった笑みを返したのだった。

 

 

  

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「―――久しぶりだな、特尉」

 

 夜の司波家にすっかりとお決まりとなってしまっている"少佐"からの秘匿回線が開く。照明を落としたリビングで達也は通信の相手である風間少佐から定時連絡を受ける。なんでも、"サードアイ"のオーバーホールが終了したからその性能試験を行うこと。そして、達也も今度参加する九校戦に不穏な動きがあるといった忠告であった。足早にそれらを伝達した風間は最後に「質問はあるか?」と達也に問う。

 

「はい。1つ確認したいことがあります」

 

普段であれば、質問はなくそのまま回線を閉じてしまうところだが、達也は以前から抱いていた疑問を上官問うことにした。

 

「風間少佐は"英竜士"という人物をご存知でしょうか?」

 

滅多にない部下からの質問に少し虚を突かれた風間だったが、表情の変化も最小限に知り得ている情報を達也に伝える。

 

 「竜士……同じような名前の男なら聞いたことがあるな。名字は英ではなく……天神(てんじん)と言っていた筈だが」

「そうですか……」

「ああ、今で言うとお前と同い年だ。が、それが別人であることは間違いない」

「……と、いいますと?」

 「彼はもうこの世には居ない。5年前……お前も覚えているだろう、大亜連合による沖縄侵攻。このときに彼は亡くなっている」

「……そうですか、有り難うございます――因みに、それは少佐がご確認を?」

 「いや、実のところ彼は病院施設での診断を受けていない。事後処理の段階でとある機関からの情報提供によるものを身元照合した結果だ。一家ともども事件でな……それから先は掴めなかったそうだ」

 

これ以上は何も出ないぞ、と言外の意思表示を受け取った達也は再度感謝の言葉を続けて回線を閉じる。

 

(機関……一家全滅ならば扱いやすい、か)

 

風間の言葉と今までの竜士の行動を思い浮かべ誰も居ないリビングで達也は1人思案を巡らせるのであった。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「と、言うことでハード担当スタッフとして皆さんをサポートさせて頂きます、英竜士です。よろしく」

 

 達也に続いた竜士の自己紹介に深雪を始めとする1年女子の九校戦参加メンバーの面々が拍手で竜士の歓迎を示した。

 

「……技術スタッフは女の子が良かったなぁ」

 

竜士の自己紹介を受け初めに口を開いたのは教室の壇上に立つ二人を見比べていたエイミィこと明智英美(あけちえいみ)(正式には英美=アメリア=ゴールディ=明智だが竜士は少なくとも覚えるつもりはなかった)だった。

 英美が発言したことによって他の女子達もそれに続いてそれぞれ口を開く。

 

 「仕事さえしてくれればどちらでもいい」と里見(さとみ)スバル。

スバルの発言に過剰に反応したほのかが達也と竜士を名前で呼び、達也と竜士を除いたら1年女子しかいないその場は話が大きく逸れ始める。

しかしそんな中、達也、竜士と同じく時折笑みを浮かべるだけで言葉を発しなかった深雪がスバルの発したとある言葉に反応した。

 

 「もしかして司波君は、ほのかの彼氏とか?」

 「――――ッ!!」

 「「えぇーー!?」」

 

 その場にいる女子一同が驚きの声を各々に挙げる。当のほのかも余程恥ずかしかったのか顔を真っ赤に染め言葉になら無い言葉をボソボソと紡ぐだけで否定しようとしなかった(―――のではなくできなかったのだが)。その為、同じ年で入学から時間も経った彼女等は興味やそれ以外の理由で自然とほのかに詰め寄っていく。しかしそんな道を外れた論議も深雪の一言で一度落ち着きを見せることになる。

 

 「ほのかとお兄様はただのお友達よ」

 

 キッパリと言い切ったその言葉に淀みはなく、スバルを始めとする茶々入れにも揺らぐことは無かった。そして大きく脱線した話もここで終わるはずだった。

 

 「……竜士君も彼女居ないの?」

 

 突如発せられた英美の問いかけはその場に沈黙をもたらした。同時に今まで蚊帳の外で達也を笑って眺めていた竜士は一気に話題の舞台に引き出されることになった。

 

 「……俺?俺にはそういうのは居ないよ」

 

 努めて冷静に、感情を出すことなく竜士は疑惑を否定する。その言葉に英美、深雪を含む数名が意識せずに僅かに安堵の表情を浮かべた事には本人も含めた誰も気が付かなかった。

 

 「―――そろそろ話を進めたいんだが」

 

 英美の質問で静かになったこのタイミングを逃すまいと達也は苦笑いを浮かべながら話を元に戻したのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

「あの、竜士君、ちょっといい?」

 

「エイミィか、どうしたんだ?」

「実はね、最近CADの調子が悪いみたいで……」

「……分かった、少し借りてもいいか?」

 

 時は放課後、九校戦に向けてのトレーニングの合間、グラウンドから少し離れたベンチでスポーツドリンクを飲む竜士は背後から声を掛けられた。

 何故背後からなのかという疑問はあったが、そこには触れず、声の方へ上半身だけ振り返る。そこには、両手を後ろ手に組み若干上目がちに竜士を見る英美がいる。そんな英美を見て竜士は違和感を感じる。別に、背後から呼ばれた相手が英美だからではない。視界にこそ入ってこなかったが、この休憩中、竜士に向けられた様子を伺うような視線に気付いていた。それでも気付かない振りを決めたのは、純粋に面倒な事に巻き込まれそうだったという直感だった。

 しかし、そんな竜士の直感を英美は知るよしもない、サポートすると言った手前、達也に丸投げも出来ないため、竜士は英美のCADを取り敢えず診てみる事にした。

 

(達也がいる手前迂闊なことは出来ないけど……)

 

 達也に悟られないように必要最小限のサイオンをCADの流路に流す。異常は違和感をもって直ぐに判った。

 

 「……なるほどね。大体分かったよ。今の手持ちじゃどうにも出来ないけど、1日預かってて良いなら直せるよ」

「ホント?よかったー、でもお願いしていいの?」

 「このくらいならそんなに手間でもないから大丈夫だよ。今時珍しいけど、これはハードの問題だからね……まぁ、予想だけど」

「そうなんだ――」

竜士の軽い返事に何故か英美は頬を紅く染め、意を決して続けた。

 

 

「......じゃあ、今日は竜士君のお家に行った方がいい?」

 

 

精神的原因でない寒気を覚えながら、竜士は判りやすく首を横に振った。




 いかがでしたでしょうか。

 ここからまた再開できればと思っていますのでどうぞよろしくお願い致します。

 それでは次回もお会いできれば幸いです。


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九校戦編Ⅱ

こんにちは。

意外と早く投稿できました。
キリがいいので今回は短めです。

それではよろしくお願いいたします!


 「……という事だ、藤林(ふじばやし)。至急、英竜士についての情報を集めておいてくれ」

 

 深夜の立体駐車場。灯りの届かない駐車場の隅に一台のセダン型車両が停まっている。

 外部からの傍受を受けない特殊な仕様が施された車内には大柄な初老の男性と対して小柄だが整った顔立ちの美女。

 藤林響子(ふじばやしきょうこ)は視線を男から外し、思案顔を浮かべる。

 「構いませんけど、少佐、"それ"が事実なら……」

 

 「その通りだ、今はまだ可能性は低い。が、達也が警戒する男である以上、此方も動いておいた方がいいだろう」

 「それは、"四葉"が達也君に対する何らかの抑止力としていると?」

 「まだ判らん。が、どちらに転ぶにせよ。情報は必要だ」

 

 

 深夜の車内で風間と藤林は互いに一つの懸念を浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

―――――――

―――――

―――

 

 

 

 

 

 「あぁ、これは不味いかな」

 

 薄暗い車内で竜士は口にした。

 周りには様々な種類の機材が所狭しと積載されていて、空いた隙間に辛うじて竜士とその他数名の生徒が座っていた。

 

 竜士は再び視線を小さな窓から外に向ける。

 その視線の先には、一台の大型バスとその入口に立つ達也の姿。今日はいつになく日差しが強く、達也にかかる日陰は全くない。

 

 (これは、向こうについてから面倒なことになりそうだな......)

 

 恐らく大型バスの中で怒りを露わにしているだろう深雪の事を想像して竜士は大きなため息をひとつついたのだった。

 

 再び視線を達也に戻す。そこには集合時間に遅れて最後の乗客が到着している。

 顔が隠れる大きな帽子に胸元が大きく露出した白のワンピースを達也に見せるように真由美はその場で小さくポーズを取って見せる。並みの男子生徒なら勘違いしてしまう事だろう。

 やがて、真由美はそのまま乗車することなく足を竜士の乗る機材車の方へ向けた。

 

 「竜士君ッ!」

 

 ノックもなく機材車のドアを開けた真由美は竜士の名前を呼ぶなり飛び込もうとして、脚を止めた。

 

 「すごい機材ね」

 「ええ、機材車の数も限られていますから、仕方ありません」

 「だったらこっちの車に乗る?」

 

 真由美は視線を大型バスに向ける。

  

 「我々は技術スタッフですからお気になさらず。それより達也も待っていますし、出発しませんか?」

 

 竜士は首を左右に振ると真由美の申し出を断り、バスへの乗車を促す。「そ、そうね。ごめんなさい」と真由美は内心残念そうにバスへと足を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「おい、英、なんで会長の申し出を断ったんだ?」

 

 走行中の車内で竜士は2年生の男子生徒に先程の件を半ば咎められる形で問いかけられた。

 

 「いえ、そこから移動となると時間もかかりますので、他意はありません」

 

 本心では同じバスに乗ると間違いなく面倒ごとに巻き込まれるからなのだが、それは伏せて竜士は意見を述べる。

 

 (こういう時に達也がいてくれると楽なんだけど――――ッ!!)

 

 今は違う車両に乗る達也のある意味での有難みを実感する竜士は”その違和感”に気付く。

 

 (これは、魔法か......)

 

 どこかで起こる魔法を感じる。しかし、その具体的な位置は竜士には判らない。

 

 (今は達也も居ないし、少しくらいならいいか)

 

 竜士は静かに目を閉じる。

 

 (ふむ、対向車線の車。これは不味いな)

 

 竜士は静かに、最小限のサイオンを周囲に放ち、感じ取る。

 

 何らかの魔法により対向車線のSUV型の車はコントロールを失い、分離帯を越えてこちらの車線上に飛び出してきていた。

 遅れてくる急制動の慣性力。先頭を走るバス共々、何とか停車することには成功した、しかし、分離帯を飛び越えてくる車は火を噴きだしながら依然と突っ込んくる。

 

 (魔法の相克......大方、一年生か)

 

 接近する車には複数の魔法が重ね掛けされていた。複数の魔法が相克して魔法としての機能を発揮していないどころか、魔法による対応を難しいものとしている。

 

 (どうする?達也の出方を待つか......?)

 

 この状況で事態を変える力が竜士にはある。しかし、それを使えば間違いなく達也に、そしてほとんどの生徒に感づかれる恐れがある。

 それは達也も同じでこの状況で竜士の出方を伺っている事は明らかだ。

 

 (このまま放っておいても達也が対応できるだろう、がしかし......)

 

 竜士の中に強迫観念めいた一つの考えが浮かぶ。

 それは遠い昔の記憶のような何か、会ったことも見たこともないはずの少女が脳裏に浮かぶ。少女は満面の笑みを浮かべている。

 

 思い出せない。この少女が誰なのか。

 

 しかし、この少女が竜士を行動へと突き動かす。

 

 「誤魔化しは聞かないが、やるしかない、か」

 

 竜士は一人ごちると、ホルスタからCADを抜き、構える。

 

 (標的は車の後方10メートルの空気層、これを作用させる)

 

 目標を決めた隆士は静かにトリガーを引き絞った。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「これは……」

 

 深雪はバスの後方を走る機材車から放たれる膨大なサイオンに気付き視線を向ける。

 

 (これは竜士君の......いえ、今は)

 

 竜士に対する疑惑を深める深雪はしかし、視線を前方に向け突っ込んでくる車への対処を優先する。

 

 「十文字先輩、車両の炎は私が、車はお任せしてよろしいですか?」

 

 「......いいだろう、が、その必要はないようだ」

 

 克人の視線の先、猛スピードで突っ込んでくる車は何故か次第に速度を落としやがて停止した。続けて魔法の相克の中、車から噴き出す炎は勢いを潜め完全に消える。

 

 「あの魔法の相克の中で......」

 

 「......どうやら、我々の知らない事がまだあるようだ」

 

 克人はゆっくりと振り返ると視線を見えない機材車へと向けた。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 

 

  

 

「十文字君、ちょっといいかしら」

「七草……先程の事か」

事故処理に時間は掛かったものの、その後はチームの宿となるホテルまで無事に到着した竜士達。今は各生徒が各々の荷物をそれぞれ事前に割り当てられた部屋へと運び始めたところだった。

同じように荷物を部屋へと運ぼうとする克人を背後から真由美が呼び止める。当の克人もそれは予想内であったようで2人はそのままホテルのカフェテリアへと入り腰を下ろした。

 

「さっきの事故、あの時突っ込んできた車がバスの手前で急に止まったでしょ?あれって、やっぱり……」

「十中八九、司波若しくは英とみて良いだろう。どんな魔法を使ったのかまでは判らなかったがあれほど魔法が相克している状況で的確に車を停止させ、火災も消火した。これ程の技量と判断力を持つにはそれなりの"経験"が必要でもある」

「それって、司波君と竜士君のどちらかは実戦経験があるってこと?」

淡々と意見を口にする克人に険しい表情で真由美は続きを促す。

「いや、司波はほとんど間違いない。英はまだ判らないが、恐らくはそうだろう」

「今年の1年生は凄いわね」

「ああ、2科生という基準を考え直さねばなるまい。それと最後に英だが――――」

「!!、それって本当なの?」

「……確証は無い。あくまで俺の推論だが、可能性は高い」

「それが事実なら、他の師族は黙っていないでしょうね」

「ああ、"それ"が事実ならば、な」

表情をさらに険しくする真由美の前で克人はただコーヒーを煽るのだった。

――――――――

――――――

――――

「竜士君、よろしいですか?」

控え目なノックの音と共にドア越しに深雪の声が竜士に届く。

「どうぞ」

備え付けの机に用意した機材から愛用のCADを取り外しホルスタに戻すと竜士は深雪に入室を許可する。

「どうしたの?時間的にそろそろ懇親会の時間だと思うけど」

「ええ、竜士君を呼びにきたのですよ」

「そうだったんだ。ありがとう」

本当は参加する気は無かったのだが、目の前に立つ深雪が満面の笑みを浮かべているのを見ると、言うに言われず竜士は席を立つ。

「ところでここへは一人できたの?」

部屋の外に僅かに達也の気配を感じてはいるが、竜士は深雪に問い掛ける。

「いえ、お兄様は外で待っている、と」

「そっか、まぁそうだよね」

ならば別に達也が呼びに来たらいいのでは?と苦笑いを浮かべながら竜士は部屋を後にしたのだった。




いかがでしたでしょうか?

今回は九校戦前夜までというお話でした。

次回は九校戦に入っていけると思います。

ただ、また間は開きそうですが……

それでは次回もどうぞよろしくお願いいたします!


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九校戦編Ⅲ

こんにちは。

九校戦3話目の投稿になります。
ただ、今回も竜士たちの活躍はありません。すみません。

 
それではどうぞよろしくお願い致します!



 「やっほー!竜士君!」

 「エリカ、なんでここに居るんだ?それにその格好は」

  

参加する気は無かった懇親会の場で竜士は意外な人物に会う。

 ホテルの広々としたホールに各校の選手、エンジニアなど競技に参加する生徒達が今は所々に用意されたテーブルを囲み談笑している。一見、エリカがいてもおかしくは無いようだがここは一応軍の施設。関係者でない者は簡単に入れる場所でもない。それに、今のエリカは普段着ている一校の制服では無く、派手なリボンの付いたエプロンドレスだ。勿論ホールには他に給仕として働く者も居る為、他から見れば違和感は無いはずだが。

 

「そこはほら、親のコネってやつでさ。こうやって"仕事"として来てるわけよ」

 

 そう言うとエリカはエプロンドレスの裾を摘まむとその場で可愛らしく一回り。複雑な表情の竜士に見せ付た。

 

「……そうなんだ。一人で?」

「そんなわけないでしょ、レオと美月、それとミキも一緒よ」

「ミキ?」

 

 初めて聞く名前。その上愛称で呼んでいるみたいで、ただでさえ授業を休みがちな竜士には誰のことかさっぱり判らない。

 疑問をそのまま表情に浮かべる竜士に合点がいったのか、「あ、そっか」とエリカは何も言わずにその場を走り去った。

 

「何だったんだ?」

「きっとエリカは吉田君を探しに行ったのでしょう」

「"ミキ"とは同じ1-Eの吉田幹比古(よしだみきひこ)の事だ。知らないか?」

 

 走り去るエリカの背中を目で追って竜士は一人はごちる。そんな竜士に先程まで後ろにいながらにして何も口に出さなかった深雪と達也が背後から声を掛けた。

 

「いや、余り人の顔を覚えるのは得意じゃなくてな」

「余計な事かもしれないが、もう少し授業に顔を出したらどうだ?」

 

 「確かにね」と竜士は視線を辺りに巡らせる。エリカが帰ってくる様子は今のところ無い、が竜士は別の方向から向けられる視線に感づいた。

 

「……あのグループは」

「多分、深雪と話したいんだと思う、けど……」

 

 他人に向けたものでない竜士の言葉にいつの間にか側に居る雫が答えた。勿論、その後ろにはほのかも一緒に居る。

 

 驚きを通り越して苦笑いを浮かべる竜士に特にこれといった反応を示さず、雫は達也と竜士の存在が"深雪と話したい1科生"の妨げになっていると言外に告げた。

 

「……俺は番犬か?」

「達也はともかく俺も?」

 

 それぞれ言い分の有りそうな文句を口にする達也と竜士に苦笑いを浮かべながらほのかは「皆まだまだ2人との接し方が分からないんだと思う」とグループの意見を代弁する。

 

「達也さんも竜士さんはある意味目立っているから」

「……そう言うことなら、簡単な解決法がある」

 

 そう言うと達也は側に立つ深雪に向くなり「行っておいで」と深雪の肩に優しく手を乗せる。

言外に兄の意図を悟ったのだろう、「わかりました」と露骨に残念そうな表情を浮かべながら深雪は1科生グループの所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「あれ?深雪は?」

   

 小走りに戻ってきたエリカは首を左右に振り深雪を探す。その後ろに線の細い男子生徒を連れて。

   

 「深雪なら他のグループの所に行ったよ」

 「そっかー、なら仕方ないね。あ、竜士君、コレが”ミキ”よ」

   

 少し離れた所に出来た生徒の環の中央に深雪を見つけたエリカはこれ見よがしに深雪に会話を持ちかける1科生達を目にして早々に諦めの言葉を口にした(―――一方の深雪も余りに大勢に囲まれてしまった為に、既にエリカたちの方を見ることは出来ていなかった)

 仕方ない、と深雪への紹介を諦めたエリカはそのまま体の向きを変え、今の今まで手首を握られて不快そうな表情を浮かべている男子生徒を竜士に紹介することにした。

   

 「……エリカ、手を放してやったらどうだ?」

 「え?ああ、そうね」

   

 「……それで、吉田幹比古でいいんだよな?俺は英竜士だ。俺のことは竜士でいい」

   

 エリカを促し、その手を離させると竜士は幹比古に改めて名を告げる。

 ようやくエリカから解放された幹比古も握られた手首を擦りながら苦笑いを浮かべ「そうだよ。僕のことも幹比古と呼んでくれ」と竜士に向き直った。

   

 「達也とはよく学校で会うけど、竜士、君とはなかなか会えなくてね。君とも一度話して見たかったんだ」

 「そうか?俺に気になる事でもあるのか?」

 「そりゃあ、達也と同じで2科生にして風紀委員だし、色々な噂も立っているみたいだしね」

 「―――それに竜士君はクラスの女の子に人気、みたいですしね」

   

   

   

   

 「……そうなんだ、竜士さん、女の子に人気なんだ」

 

 美月により場に投下された爆弾によって、今まで一切口を挟んでいなかった雫の声が竜士に突き刺さる。

 竜士が振返ると、そこにはどこか暗い表情を浮かべた雫の説明を要求する視線を向けていた。傍では普段見ない雫の様子に慌てるほのか、事態についていけていない幹比古と腹を抱えて笑うエリカ

 

 「どうなの、竜士さん」

 「……もしもし雫さん?」

 

 暗い表情を浮かべたままじりじりと間合いを詰めてくる雫に竜士は暑くもないのにだらだらと汗を流し詰められた間合いを再び開く。

 

 

 

 「……俺が何かしたか?」

 

 一歩一歩と迫る雫を前に竜士は大きくため息をついたのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「そういえばさ、懇親会に3校のプリンス、一条(いちじょう)の跡取りがいたよね?」

 「あー、見た見た!結構いい男だったね!彼、深雪の事を熱い眼差しで見てたよ」

 

 他に客も居らず、貸し切り状態の温泉にスバルと英美の声が反響した。

 懇親会も終わり、各校は翌日から始まる九校戦に向けて準備を行っている。そんな中、まだ試合のない1年生女子たちは英美の提案でホテルの地下にある温泉を楽しんでいるところだ。

 他に誰もいないという環境が彼女たちを大胆な行動に移し、標的となったほのかが襲われてしまいそうになるが、深雪の登場で事なきを得た所であった。

 

 「―――深雪はやっぱりお兄さんみたいな人が好みかい?」

 

 こういった年頃の少女が集まる場では最早当たり前とも言うべき会話がスバルによって幕を切って落とされた。

 

 「……何を期待しているかしれないけど、私とお兄様は実の兄弟よ。恋愛対象としてみたことなんて無いから」

 

 深雪の断言を受けて隣に腰を下ろしたほのかは僅かに安堵の表情を浮かべる。

 「そりゃそうか」と少し残念そうな顔を浮かべるスバル。しかし彼女はそこで終わることなく言葉を続ける。

 

 「それなら竜士君はどうだい?」

 「―――っ!」

 「―――ッ!」

 

 スバルの順当な疑問はその場の数人を凍らせた。英美、雫はそっけないふりを決めつつ不自然な視線を深雪に向ける。

 当の深雪は虚を突かれたのか、僅かに頬を朱に染めながら驚いた表情を浮かべ言葉に詰まる。

 

 「……え、えっと、確かに竜士君は恰好いいものね。でもそういう風に意識したことはない、わ」

 

 今まで見たことのない深雪の狼狽ぶりに覚えのある女子たちは意外感と共に不安そして焦燥感を覚えたのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「失礼します」

 ホテルの小会議場のドアを開くと達也は軍人に類する短節な動作で入室し、その場で両手を腰で組み停止する。

 達也の入室を確認した風間はそのまま達也に着席を進める。しかし、達也は「自分はここで」と風間の配慮を遠慮した。

 

 「達也君、今日我々は君を『戦略級魔法師 大黒竜也特尉』としてではなく、我々の友人、司波達也君として招いたのだよ」

 

 その場に同席していた真田繁留(さなだしげる)は苦笑いを浮かべつつ、不動の達也に改めて席を促す。上官もとい友人の意図を察した達也も「分かりました」と用意された椅子へと腰を下ろした。

 腰を下ろした達也に風間達が告げたのは、九校戦に関わる犯罪シンジゲートが存在するといったところだった。達也自身昨夜、その敵勢工作に遭遇しこれを幹比古と共に撃退している。 

 

 「ところで達也、その後の”彼”とはどうなのだ?」

 「そうですね。今のところは自分の秘密が察知されている気配はありません、ですが、彼自身の能力には、まだ見えていない脅威があるように見受けられます」

 「―――あの、”彼”というのは?」

 

 主語が伏せられた会話にすかさず真田が口を挟む。

 既に知っている響子と達也を除いて風間は「まだ伝えていなかったな」と達也から受けた竜士に関する報告を要約して伝えた。

 

 「―――そのような人材が」

 「ええ、真田大尉。全容ははっきりしませんが英にはまだ隠している力があるような気がします。四葉が絡んでいるなら尚のことです」

 「それは、君と同じような戦略級魔法師として、という意味かな?」

 「……それは未だ分かりません。しかし、いままで彼を見てきた中で感じるのは。一般の高校生とは一線を隔てるオーラです」

 「というと?」

 「そうですね、自分がこれを言うのもどうかとは思うのですが―――」

 

 そう言って達也は一度、差し出された珈琲で乾いた唇を潤す。

 

 

 

 「......一度死を見てきた者のオーラです」




いかがでしたでしょうか?

今回は原作にはありますが間延びさせたくもないので省略しているところが多々あります(私の原作知識の不足も)
ご容赦ください。

次回はいよいよ竜士たちも表に出ていけると思います!

それでは次回もどうぞよろしくお願い致します。

PS.誤字報告まことにありがとうございます。ご感想等もお待ちしておりますのでどうぞよろしくお気軽に


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九校戦編Ⅳ

こんにちは。

九校戦編Ⅳの投稿です。

さて今回は、九校戦に入って少しといった所です。
ですが、九校戦自体の描写は今のところありません。(間延びしてしまいそうなので・・・)

それではどうぞ!



 「お兄様、お邪魔してもよろしいでしょうか?」

 

 部屋のドアをノックする音と共に深雪の声が聞こえる。

 「構わないよ」と達也が即答すると、ドアは静かに開き、何故か深雪でなく一番にエリカ、そして美月、ほのか、雫といつものメンバーが口々に挨拶を述べながら入室する。

 

 「―――もしかして達也君、これって武装一体型CAD?」

 

 一番に入ったエリカがそのまま机の上に無造作に置かれたアタッシュケースの中身を見るなり興味津々に覗き込む。そこには(つるぎ)というには余りに重厚で大型のCADが収まっていた。刀身の長さはそれほど長くもなく途中にジグザグ状の継ぎ目が見られる。

 剣士であるエリカが興味を示したのも当然と言えるだろう。

 

 そんなエリカを他所に、続けて「邪魔するぜ」とレオ、幹比古、そして嫌々といった感じで竜士も部屋に入ってくる。

 その中に予想していなかった来訪者を見つけ、目を丸くする達也は「珍しいな」と竜士に言葉を向けるが、最後に入ってドアを閉めた深雪のご満悦といった表情を見て「なるほどな」と納得すると同時に、”半ば強制的に連れて来られたのであろう”竜士に同情の視線を向けた。

 

 

 

 部屋に入った各々はそれぞれに適当な位置に腰かけ、雑談を始める。しかし、その中で2人、竜士とレオはエリカの発言もあってか、先程から机の上に置いてあるアタッシュケースの事が気になるようだ。

 

 (―――武装一体型、ねぇ)

 

 竜士は少し思考を巡らせる。彼自身過去に考えた事もあるCADではあったが、その時はそれの有用性を感じられず、設計自体はしなかった思い出がある。

 

 そんな別々の意味で興味深々な2人の表情を見て、達也は僅かに笑みを浮かべると、アタッシュケースを予告も無く放り投げる。

 

 「……っと、危ねぇな、達也」

 

 視線こそ向けてはいなかったものの、達也の放ったアタッシュケースを難なく受け止めたレオは多少わざとらしく表面的に非難の言葉を向ける。そんなレオの言葉を受け流しつつ、達也は「試してみないか?」、と笑みを深めたのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「……ホントに浮いてらぁ、面白れぇ」

 

 場所を屋外の格闘戦用訓練場へと移した達也、レオ、エリカそして竜士はさっそくCADのテストを始めることにした。

 事前に多少の説明を受けてはいたが、いざCADを起動したレオはまるで少年のような無邪気な笑みを浮かべ率直な感想を述べる。起動したCADは刀身の途中の継ぎ目から分離していた。

 

 「3、2、1」

 

 続けて、手に持ったタブレット型デバイスを確認する達也のカウントで分離していた先端部分が勢いよく元に戻る。

 

 「すげぇな」

 「なるほどな硬化魔法か」

 

 再び感嘆の意見を述べるレオと冷静に分析する竜士。達也は「さすがだな」と竜士に向き直る。

 

 「ハード専門とは聞いていたが、一度見ただけで気付くとはさすがだな。竜士の言った通り、このデバイスは硬化魔法により刀身の相対位置をその延長線上に固定することで分離させている。感覚としては長い剣を振るのと同じという訳だ」

 「いや、俺も昔は武装一体型CADの設計を考えたこともあったけど、こんなのは思いつかなかったな。さすがというべきだな」

 

 話は達也、竜士、レオで盛り上がる。そんな中気にも留めず、意見を述べたのは先程から複雑な表情を浮かべるエリカだった。

 

 「確かに凄い、けど何かこれじゃないって感じがするわね」

 「全く、お前は文句しか言えないのかよ?」

 「だから、”凄い”って言ってるでしょ!」

 

 エリカが文句を言いたいことではない事は分かっていたが、レオは反応してしまう。しかし達也は割と真面目な表情で、エリカの意見を汲む。

 

 「……確かにこのデバイスの設計はレオの使用を前提に設計したものだから万人受けするものでは無いが……竜士はどう思う?」

 「確かに、達也の言う通り、俺もこれはエリカ向きではないと思う。仮に俺がハードを持つなら、もう少し細身のモノかな。エリカは剣士だから”そういう”使い方も考慮に入れるだろう」

 「小型化は確かにエリカ向きなのかもしれないな。だが火力はどうする?」

 「勿論、軽くなった分、破壊力は落ちる、がそこは刀身延伸と荷重系魔法のマルチキャストで稼げば」

 「なる程な、さすがというべきか……」

 

 顎に手を遣り、素直に感嘆の意見を述べる達也。

 「なら竜士君、アタシに作ってよ!」

 

 しかし、竜士の意見がイメージに合致したのかエリカが達也を差し置いて、上目遣いに竜士に強請る。

 当然そんなこと想像もしていなかった竜士は「いやいや」と苦笑いを浮かべ、言外に拒否する。

 

 「こうは言ってみたけど、俺はプログラミングが苦手でね。そういうのは余りやらないから」

 「じゃあ、暇な時でいいから作ってよ」

 

 「―――分かった、何時になるかは分からないけど」

 

 折れないエリカに竜士は仕方なく頷く。

 「やったね」とその場で小さくガッツポーズを決めるエリカに「図々しい奴だな」とため息をつくレオ。

 

  

 

 

 「……それじゃあ、レオ。テストを始めるぞ」

 

 随分と時間を取ってしまったが達也は本来の予定通りテストを始める事にした。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「じゃあ将輝(まさき)、1校のあれは彼女たちの個人技能に寄る訳じゃ無いという訳か」

 

 各校の選手が宿泊するホテル、その会議場にて第3高校の首脳陣は会議を開いていた。議題は先日まで行われた1年女子スピードシューティング。この競技において、1~3位を全て第1高校に独占されてしまった事を踏まえて、首脳陣の一人である一条将輝(いちじょうまさき)は緊急会議を招集したのだった。

 

 「確かに、優勝した北山って子の魔法力は卓越していた。だが他の2人がそうであったかというとそうは見えなかった」

 

 一人の男子生徒の疑問に将輝はいたって冷静に回答する。現に、他の競技では1校に対して3校の成績が劣っている訳ではなく、ある一定の競技において今回のような1校の突出が見られているのもその判断を後押しする一因だった。

 

 「となると、選手のレベルでは負けてはいない。選手のレベル以外の要因だ」

 「エンジニア、だね」

 

 そう言って将輝の意見を肯定したのは同じく3校の吉祥寺真紅郎(きちじょうじしんくろう)だった。

 

 「……恐らく、女子スピードシューティングについたエンジニアが相当な凄腕だったんだろう」

 「その通りだジョージ、それに優勝選手の使っていたデバイス、気がついたか?」

 「うん、あれは汎用型だったね」

 

 あくまで表情を崩さない真紅郎の言葉に将輝を除くその場に明らかな動揺が走った。

 

 「そんな、だって照準補助が付いていましたよ?」

 「小銃形態の汎用型デバイスなんて聞いたことないわ!」

 

 その場の生徒が各々に否定的な意見を口にする。しかし、あくまで将輝と真紅郎の考えは変わらない。

 

 「いや、これらの技術は実は存在しているんだ。だが―――」

 「まだ実用的レベルじゃ無かったはずなんだ……」

 

 そこまで言って真紅郎は深く考えるように目を瞑る。普段滅多に見せることの無い真紅郎の表情に言葉に出さなくても今、第3高校が相手にしているものの異常さに気付く。

 

 「恐らく、1校のエンジニアに相当な凄腕が居るんだろう……一種のバケモノだ」

 

 将輝がおもむろに立ち上がると一面に張られた窓から遠くを見つめながら呟いた。

 

 

 「うん。それに噂によると1校1年のエンジニアはソフトとハード、その両方にエンジニアが居るそうなんだ。事実、北山さんの使用した魔法は魔法大全(インデックス)に載るかもしれないらしいし、デバイスに関しては、さっき言った通りだよね」

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 竜士は今、第1高校の作業スペースに居た。本当であれば、自分の手が加わったデバイスがきちんと作動しているかその目で確認しておきたいところではあったが、今は急用で会場を離れていた。

 振動する通信端末をチェックする。達也からだ。

 

 「……スピードシューティング、優勝は北山さんだそうだよ」

 「本当ですか?これでまた竜士君の力が示されましたね」

 「いや、そんな大した事はしてないんだけどな。どちらかというと達也の方が凄いと思うけど」

 「……お兄様は勿論素晴らしいです。ですが、同じように竜士君も凄いと私は思います。お兄様自身、竜士君がデバイスを見てくれるからそれ以外に集中できると仰っていましたから」

 「素直に受け取っておくよ。ありがとう」

 

 あくまで操作する端末のディスプレイから目を離さない竜士の言葉に深雪は頬を僅かに朱く染める。

 2人は今、先のアイスピラーズブレイクに向けて深雪の要望でデバイスの微調整を行っているところだった。

 

 「それにしても、こんな小さな誤差に気付くとは流石だな」

 「すみません。その、お手間をお掛けして」

 

 別に他意のない竜士の言葉に深雪は僅かに恐縮する。

 予想外の反応を示されて竜士も「そういう意味じゃないから」と手を振って否定する。

 

 「それに俺は達也と違ってあくまでサブエンジニアだから」

 

 苦笑いを浮かべて竜士は椅子の背もたれに体重を預けると同時にふぅっと小さく息を吐く。とりあえずは深雪のCADの調整は終わったところだ。

 

 そもそもハード担当で来ている竜士だが、選手たちは事前にCADを用意しているしある程度の調整も出来ている。ハード担当として実際に行う仕事はいざ試合が始まれば少なかった。

 

 「だからこそ、嫌な予感がするんだけどな」

 「……どういう事でしょうか?」

 

 先日の摩利の事故は明らかにおかしな点を孕んでいる。竜士たち生徒に全く情報は無いが、恐らくは1校の優勝を快く思わない人間が居ることは明らかだ。更に今回、スピードシューティングで表彰台を独占してしまった事でまた何かしてくることは目に見えている。

 

 「いや、気にせず今は試合に集中してくれ」

 (……俺も準備をしておこうか)

 

 深雪の問いに答えられる言葉は見つからず、竜士は端末をシャットダウンすると先に退室した深雪の後を追った。




いかがでしたでしょうか?

九校戦の試合表現は原作やアニメ等もございますので、可能なら補完していただければと思います(間延びしてしまいそうですので)
 
一応、次回以降は深雪、雫の試合、後はモノリスコード等の試合は書いていきたいと思いますので、よろしくお願い致します!

前話までの誤字報告有難うございます!

それでは次回もどうぞよろしくお願いします!


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九校戦編Ⅴ

こんにちは!
九校戦編第5話の投稿になります。
 
 
さて今回のお話は九校戦新人戦ピラーズブレイク決勝周辺となります。
お話は少し短めですがどうぞ!



「……雫。本当にその恰好で出るのか?」

 「そうだぞ、時間ならまだ間に合うから着替えてきたらどうだ?」

 

 目の前で支度をする雫に達也と竜士はやや呆れ気味に確認する。

 場所は出場選手用のロッカールーム。これから始まる新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイクに出場する雫は着替えを済ませ今は竜士達と出場の時を待っていた。

 時間にも大分余裕がありCADの調整も問題ない。ただ一つ、雫の服装を除いては。

 

 「そうだよ。せっかくルールでも認められているんだから、着ないと勿体無い」

 

 そう言いながら雫は着込んだ振袖をたすきで纏める。 

 

 「それにしても、雫はそういうの興味ないと思って―――」

 

 何の気なしに放たれた竜士の言葉にたすきを掛け終えた雫がピクっと反応した。

 

 「竜士さん……それは、どういう事?」

 

 どんよりとした表情を向けてくる雫に”しまった”とバツの悪い表情を浮かべ竜士は備え付けのベンチに腰を下ろす達也に助けを求める視線を送る。

 当の達也もあまり感情を表に出さない雫の少し拗ねたような態度に少し驚きつつ、竜士に失言を謝罪するように進言する。

 

 「まぁ、今回は明らかに竜士が悪いんだし、九校戦が終わったら何か補填するってことでいいんじゃないか?」

 「そうだな、それに別にその恰好が似合ってないわけじゃないぞ。雫に似合って可愛らしいと思う」

 

 竜士は謝罪と他意のない率直な感想を口にする。その言葉が効いたのか、暗い表情の雫は頬を少し朱くし、逆にその感情を隠すように竜士達から視線を逸らす。

 

 

  

 「……まぁ、そういう事、なら」

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 一瞬の静寂の後、会場は大歓声に包まれる。

 

 縦12メートル、横24メートルを彼我で二分した会場の両翼に建つ(やぐら)からそれぞれ現れるのは、緑色を基調とした振袖の雫。そして緋袴に白衣(しらぎぬ)といった日本古来の伝統的巫女装束で現れる深雪。相対する2人は決勝戦の舞台に立っていた。

 既に決勝リーグが始まって表彰台は全て第1高校により独占されており、それを理由に大会本部から3名全員を優勝としてはどうかとの打診もあったが、雫たっての希望で決勝戦のみ(もう1人、英美もいたが彼女は体調不良を理由に順位決めを辞退している)行われることとなった。

 準々決勝では互いに勝ち残ってきた強敵たちを難なく下してきた2人だけに、この決勝戦は新人戦ながら誰もが見たかった”夢のカード”となった。特に、前試合で高難度の魔法である氷炎地獄(インフェルノ)を披露して見せた深雪への観客の期待は大きい。

 

 

 やがて2人が櫓に昇り切ったところで会場全体が息を飲むように静寂に包まれる。

 各所に設置されたスピーカーから試合開始のカウントダウンの電子音が響き、そして一際高い電子音が決勝戦の開始を合図した。

 

 開始の合図とほぼ同時に2人はそれぞれCADを操作する。

 

 深雪は前試合でも見せた氷炎地獄、雫は自身の氷柱を情報強化で守りつつ、深雪の氷柱に対する共振魔法による攻撃。

 

 「―――ッ!」

 

 それまでの相手ならこの一手で数本の氷柱を破壊できたことだろう。しかし、それは深雪の圧倒的な魔法の前に手も足も出ていなかった。逆に深雪の放った氷炎地獄の灼熱により雫自身の氷柱は次第に溶け始める。

 

 「……流石は深雪―――だったら!」

 

 実感する明白な魔法力の差。しかし、雫はそこで諦める訳にはいかなかった。

 直ぐに発動している魔法はそのままに雫は袖の中に手を突っ込む。

 

 

 「―――――ッ!!」

 

 対する深雪からもはっきりと見える。雫は袖から拳銃形態のCADを取り出すと、既存の魔法をキャンセルすることなく正面に構えていた。

 間髪入れずに雫はCADのトリガーを引く。すると現れる魔法式のあと深雪の氷柱、その最前列の1本に音子が命中し、破壊した。

 

 「雫、貴方、それを会得したというの?だけど―――」

 

 対する深雪は一瞬、雫の想像もつかなかった行動に目を見開く。しかし、次の瞬間には新たな魔法を発動させる。

 魔法により冷却され双方の空間に広がる液体窒素の霧。その魔法をみた会場は再び息を飲む。

 広域冷却魔法”ニブルヘイム”により、一度、雫の溶けかけた氷は瞬時に再冷却される。そして再冷却された雫の氷柱に対し再び氷炎地獄を発動する。

 

 

 

 雫には成すすべもなく、再び灼熱に晒された氷柱は全て爆散した。 

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「……やっぱり司波さんには敵わなかった、か」

 

 試合直後の会場、その廊下を一人歩きつつ竜士は独りごちた。

 雫からは決勝戦で深雪と勝負する事は聞いていた。雫も深雪も両方のデバイスをサポートした身からすればある意味何方が勝つと言う事はだいたい分かってくる。勿論それを理由にどちらかを贔屓するといったような事は断じてしていない、が、それでも深雪の魔法力は竜士の想像を超えていたのだった。

 

 「悪い事をしたかな」

 

 本人の希望あっての事とはいえ、彼女の2つのデバイスを調整したのは竜士だ。それが深雪に負けたことを気負わなければいいが、と竜士は少し懸念した。

 

 

 「……おや、これは」

 

 突然目の前の曲がり角から2人の男子生徒が現れた。一人は達也程の身長の美青年、懇親会の時にもいたから竜士も知っている。一条将輝だ。もう一人は将輝より頭一つ小柄で華奢だがひ弱な感じはしない少年。

 竜士はこの少年も知っている。いつだか魔法化学系の雑誌の表紙に載っていたことを思い出す。

 

 「3校の一条将輝に吉祥寺真紅郎、か。俺に何か用か?」

 「いえ、たまたまですよ。1校の英竜士」

 

 真紅郎が伝えていないはずの竜士の名前を呼んだ瞬間、竜士は無意識に殺意とも取れる敵意含んだ視線を真紅郎に向ける。

 

 「―――――ッ!!」

 

 暑くもないのに真紅郎の額には僅かに汗が見える。そんな真紅郎を庇うように前に出た将輝は「まぁ、落ち着こうぜ」と平静を装いつつ竜士に手を挙げた。

 対する竜士も自分が無意識に敵意を向けていたことに「すまない」と詫びると、「ところで」と言葉を紡いだ。

 

 「俺の名前は何処で?」

 「……司波達也。僕たちは昨日、彼に会いましてね。その時に教えて貰ったんですよ」

 「達也に?で、達也はともかく俺に何の用だ?」

 「とぼけても無駄ですよ?表にこそ出ていませんが、司波達也と同じく天才技術者―――」

  

 そこまで言って真紅郎は残念そうに笑みを浮かべる。

 

 「――いずれは君たちと選手として勝負してみたいですね」

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 

 

 「竜士、少しいいか?」

 「……達也か、構わないぞ」

  

 日も落ちて薄暗くなった部屋のドアをノックする音、続けて聞こえてきたのは珍しい訪問者の声だった。

 竜士は先程まで読んでいた資料を机の上に投げると部屋の灯りを点ける。

 静かにドアを開く音に目を向けるとそこには達也だけではない、何故か私服姿の深雪が笑みを浮かべて立っている。

 

 「こんばんは。竜士君、私もお邪魔してしまいました」

 「……司波さん、別にいいけど、その恰好は」

 

 苦笑いを浮かべる竜士に深雪は視線を下に自身の恰好を見る。今深雪が来ているのは白を基調として随所に花の刺繍をあしらったワンピース。ただ、裾は若干短く、膝が見えてしまっていた。 

 

 僅かに苦笑いを浮かべる達也を他所に深雪は視線を上げると、「おかしいかしら?」と若干上目遣いに竜士に確認する。どこか達也の探るような視線を受けて竜士はあくまで感情を言葉に乗せないように言葉を選んぶ。

 

 「いや、おかしくはないし、とても似合ってるよ」 

 「本当ですか?」

  

 余り抑揚のない言葉に、逆に深雪の機嫌を害してしまったか?と少し不安になるも当の深雪は両手を頬に寄せ一人で何かブツブツと嬉しそうにしているので竜士はそのままにしておくことにして話を要件があるのだろう達也に向けた。

 

 「で、どうしたんだ?」

 「ああ、竜士は今日の新人戦モノリスコードであった事件の事は知っているよな?」

 「まぁ、一応俺もスタッフだからな、だがあれは事件というよりは……」

 「うむ、そこは現在も調査中なんだが、それよりこれは七草会長からの伝言だ」

  

 

 そこまで聞いて竜士は背筋に冷たいものが走るのをハッキリと感じる。

  

 

 

 

 『竜士、お前には新人戦モノリスコードに出場して貰う』

  

 

 




いかがでしたでしょうか?

今回は少し短めでしたが区切りが良いのでここできりました。

次回はいよいよ竜士君の戦い、の予定です。



余談ですがGWも終わりますね。

それでは次回もどうぞよろしくお願いいたします!

ご感想等もお待ちしております!


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九校戦編Ⅵ

こんにちは。

九校戦編、第六話の投稿になります。
 

GWパワーもこれが最後となりそうですのでここから遅れていきそうです。

今回は、モノリスコード決勝までのお話です。

それではどうぞ!



 『新人戦モノリス・コードに出場して貰う』

 

 

 

 真由美からの伝言だと言って達也ははっきりとそう口にした。

 達也の口から出る予想を上回る言葉に一瞬驚きつつも竜士は改めて達也の言葉を反芻する。

 

 「”貰う”って強制か?そもそも俺は2科生でしかもサブスタッフなんだが……」

 

 少し前に同じ様なことを真由美や克人に言っていた事を思い出し僅かに笑みを浮かべると「その言い分は俺も使ったんだがな」と竜士の説得に入る。

 

 「竜士、例のモノリス・コードで起きた事件について大会本部と折衷を図っていた十文字会頭と七草会長から俺に打診があった―――」

 

 「具体的には」と達也は事の経緯を竜士に説明する。―――先日のモノリス・コードで起きた事故について第1高校の選手が重傷を負った要因の一つして大会本部の試合開始位置の設定が大きく関係しているといったものだ。

 その試合は、廃墟ステージで行われ、第1高校の生徒(―――森崎達1科生の1年生チーム)は崩れやすい建物の中に開始地点が決められていた。その為、敵チームであった第4高校の意図を問わず、建物を崩落させる破城槌の使用に巻き込まれることとなってしまったと言う事だった。

 十文字はそのことを言い分に、復帰不可能な森崎達の代わりに他の生徒で大会の継続をさせろと言い、それが了承されたためにこうして達也や竜士に白羽の矢が立ったという事だ。

 

 「……そうか、上の言い分は分かった。けど―――」

 

 第1高校首脳陣の考えは理解している。しかしそれでも竜士は納得は出来なかった。

 どうにかして立てられた矢を引き抜こうとする竜士が口を開く前に再び部屋のドアがノックされる。

 

 「……達也、他にも誰か居るのか?」

 「これは余り使いたく無かったんだが―――「こんばんは、竜士君」」

 「……七草先輩」

 

 致し方ないと達也は小さくため息をつく。挨拶と共に入ってきたのは竜士を指名した張本人である真由美だった。

 

 「竜士君を指名させて貰ったのは私なのだけど、駄目かな?」

 「お断りします」

 どこかコケティッシュな笑みを浮かべ真由美は竜士に改めて頼み込んだ。

 そんな真由美に目もくれず竜士は真由美の要請を拒む。しかし、真由美は諦めない様子で次の手を打つ。

 

 「そっかー、それなら十文字君にも説得に参加して貰おうかしら。あと摩利とか鈴ちゃんとかあーちゃんとか」

 「―――」

 

 真由美のその言葉に竜士は表情は崩さず、辟易とする。真由美の指した人物はどれも普段竜士を苦しめる生徒会の面々だ。それに加えて克人まで参加するならある意味盤石の布陣ともいえる。しかしそれで真由美の攻勢が衰えることは無かった。

 

 「それに、ね、深雪さん」

 

 今度は小悪魔的な表情で真由美は深雪に視線で合図を送る。当の深雪も元より図っていたかの如く「そうですよ。竜士くん」と真由美と対照的な笑みを竜士に向けた。

 

 「……先の女子スピード・シューティングで雫が使った魔法、これが新種の魔法としての認定と受けているというお話はご存知だと思うのだけど、実はあの時使われたデバイスにもついてもお話があるのです」

 

 そこまで聞いて竜士はバツの悪そうに机の上に投げた資料に一瞬視線を移す。竜士の表情に現れない狼狽を何故か嬉しく感じつつ深雪は言葉を繋いだ。

 

 「FLT……竜士君もご存知だと思いますけど、FLTを筆頭に国内のCADメーカーからエンジニアとのコンタクトを求める連絡がありまして」

 「司波さん……それは」

 「公表すれば竜士君も有名人ですね?」

 

 既に諦めの境地に入る竜士に深雪は笑みを向けて止めを刺した。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 

 「出てきたね、彼らが」

 「そうだな、選手としてとは少し驚いたが、お手並み拝見といくか」

 

 宙をいく飛行船の大モニターに映し出される達也と竜士、2人を見てスタンドの陰で将輝と真紅郎は意外な竜士達の登場に期待と敵対心をもって呟く。

 竜士達は今、新人戦モノリス・コード予選の舞台である森林ステージに陣取っている。背後には黒く無機質なモノリス。

 昨晩の作戦会議を思い出す。達也主導で取られた会議では先ず、決勝トーナメントまでは達也が前衛、幹比古が遊撃、そして竜士が後衛となることになった(―――達也としても、能力的に把握できていない竜士を当初後方に置くという意図もある)。

 竜士は手に持ったデバイスを見る。そこには普段使用している大型拳銃型CAD。競技参加の条件として竜士が提示したものの一つだ。無論大会委員によるチェックは済ませてあるので問題はない。

 

 試合開始のブザーと共に達也は一気に森の中を駆ける。今回の相手は第8高校、作戦としてはコード入力より戦闘不能による勝利を狙っていく予定だ。

 すぐさま森の中に消えていった達也と遅れてサポートに入る幹比古、自陣モノリスには竜士一人となった。

 

 それ程時間もたたない内に達也から「モノリス起動」の連絡が入る。一方、幹比古は別の選手を相手にしているようだ。連絡を鑑みるに、達也が相手にしているのは後衛、幹比古が遊撃だろう。となると竜士の下にはそろそろ相手の前衛が来るだろうことはすぐに予想できた。

 

 

 竜士は目を閉じ、感覚を最大限に活用する。魔法力を使って探す方が容易で速いが、無用な勘繰りを避ける為にも今は使わない。

 暫くそうしていると竜士からそれ程遠くない茂みに人の気配を感じる。

 

 竜士はゆっくりと手に持ったCADのレギュレータ(調整器)を操作する。そして重心を僅かに落とすと一瞬にしてその場から消える。

 次の瞬間には竜士は隠れた相手の背後数メートルの位置につける。目の前の相手は急に視界から消えた竜士を慌てて探すようにしきりに頭を振っていた。

 

 竜士は静かにCADを構えるとその引き金を引く。手段は至ってシンプルなものだ、波長の違うサイオン波をループキャストし、波の合成による極度の”酔い”で相手を戦闘不能にする。

 

 竜士の相手が意識を失った段階で会場に試合終了を告げるブザーが響く。達也と幹比古も難なく相手を倒した様だった。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「ジョージ、お前ならどう攻める」

 

 会場に響く試合終了のブザーを聞いて、将輝は相棒に問い掛ける。

 

 「……司波達也、英竜士。彼らはとても戦い慣れているように見えるね。魔法技術より戦闘技能の方が高そうだ」

 「その、魔法技術の方はどうだ?」

 「そうだね、確かに司波達也の術式解体(グラム・デモリッション)には驚かされたけど、それ以外は警戒する事は無いと思うよ。英竜士は、特に目立った魔法は使っていないし、油断はできないけど警戒度は低いかな」

 

 先程までディスプレイで目にした情報を元に、真紅郎は冷静に分析する。相棒の分析に自分の同意見なのか将輝も僅かに頷くと、同じことを考えているのだろう真紅郎に笑みを浮かべる。

 

 「正面から打ち合うなら恐れるに足りない、と言う事か」

 「そうだね、例えば試合が草原ステージだったら、九割九分九厘こっちの勝ちだ」

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 「……分解はともかく、フラッシュキャストや精霊の目(エレメンタル・サイト)まで使わないなど手抜きが過ぎるのではないか?」

 

 個室でモニター越しに達也を見る男、国防陸軍の治療魔法師、山中幸典(やまなか こうすけ)は同じくモニターを見る響子に少し不満げにこぼした。

 試合は予選リーグ最終戦。市街地ステージで行われ、幹比古の精霊を活用した戦いにより1校は順当に勝利を収めていた。

 

 「使えない事情があるのですよ。それより、彼、まだ実力を隠しているみたいですね」

 「ふむ、元よりそれ程の実力は無いのかもしれないがな」

 「それもこの先になればわかる事でしょう……ここから先は決勝トーナメント。実力を隠して3校の2人とは戦えないでしょうから」

 

 モニターを見る藤林はどこか楽しそうに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ――― 

 

 

 

 

 

 「竜士君いよいよ決勝戦ですね。お兄様も頑張って下さい」

 「竜士さん、応援してる」

 「……吉田君、頑張って下さいね」

 

 決勝戦を控えた選手用控室、準備を整えた竜士達はただその時を待っている。他には応援に来た深雪、雫、美月らいつものメンバーが詰め寄っている。

 決勝トーナメント一回戦は第9高校との試合、これを前試合同様難なく下し、いよいよ本命の第3高校との試合まで彼らは来たのだった。

 

 「……作戦は昨日話した通りだ、俺が吉祥寺を、竜士が一条を抑える。幹比古は相互に遊撃だ。場所は草原ステージ、間違いなく向こうは一条と吉祥寺を前面に出してくる」

 「ああ」

 「オーケー、達也」

 「よし、行くぞ」

 

 達也の合図で一同は決勝戦の会場へと向かう。

 

 

 

 

 

 「ん?あいつ等の配置……」

 「……どうやら彼らも僕たちと同じ布陣のようだね」

 「ってことは俺が英、ジョージが司波、か」

 「そこは意外だね、僕はてっきり将輝に司波達也を当ててくると思ったのだけど……力負けすることは無いと思うけど、油断はしないようにね」

 「勿論だ」

 

 一面が草原のステージで2つのチームは互いに目を遣る。どちらもコード入力による勝利は考えていない。

 

 試合開始までの束の間、二校の間に静寂が流れる。離れた位置の観客席にも各校の生徒や魔法関係者、報道関係者などここ一番の盛り上がりを見せている。

 

 

 予告のブザーが数回鳴り、そして―――

 

 

 

 

 いよいよ、モノリス・コードの決勝戦が始まった。




 「竜士――――――ッ!」
 
 
 ……の放った一撃は確実に竜士に命中し、彼を布切れの様に宙に飛ばす。
 
 
 「俺は、何て事を……ッ!」
 
 「竜士君―――――――っ!!」
 
 立ち上がった……は最早……では無かった。
 
 「この魔法は―――――!?」


 次回、魔法科高校の劣等生 神速の魔法師 九校戦編Ⅶ

 みたいな感じで予告ってクサイですよね。
 次から元に戻します。
 
 さて次回はいよいよモノリスコードも終わります。
 
 それでは次回もどうぞよろしくお願いいたします!


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九校戦編Ⅶ

こんばんは。

今回は少し遅めの投稿になります。

お話は、決勝戦終了までとなります。
 
 
分かりづらい展開となりましたがご容赦を、

それではどうぞ!



 「そう……竜士さんが九校戦に」

 「左様でございます。なんでも七草家の息女によるものと……」

 

 人気のない屋敷の中、椅子に腰掛ける真夜はティーカップを机に戻し、背後に控える青木の報告を受ける。

 余りに良い報告でない事は重々承知しているのだろう戦々恐々と報告する青木に真夜はどこか楽しそうに続きを促す。

   

 「どうやらあの者共は揃って新人戦モノリス・コード決勝戦に出場するようで御座います」

「……そう、あの子は今どうしているのかしら」

「それが、同じ会場に……」

 

 滴る脂汗をハンカチで拭う青木を余所に真夜は平然としかしどこか面白そうに口角を持ち上げた。

  

  

  

  

 ―――――――

 ―――――

 ―――

  

  

  

  

  

 「こ、これは―――――ッ」

 「彼は、本当に2科生なのですか?」

  

 モノリス・コード決勝戦。その試合開始から数十秒後、試合を見守る第1高校のブースで一部を除き衝撃が走った。

 彼等の視線の先、モニターに映った竜士達は今、対戦相手である第3高校のエース、一条将輝と吉祥寺真紅郎と壮絶な砲撃戦を繰り広げている。会場は草原ステージ。それまで1高の生徒でさえ予想し得なかった戦いを竜士は見せる。

 

 

 

 「これが、竜士君の、力」

   

 メインスタンドで雫やほのか達と応援する深雪は両手を口に当て目を見開いた。

 

 

 

 

 

―――――――

―――――

―――

 

 

 

 

 

「ウソ……だろ?」

 

 相手に構えた拳銃型CADの引き金を絞りながら将輝は恐怖にも似た何かを感じていた。

 

 目の前に立つのは第1高校の英竜士。聞けば第1高校では補欠にあたる2科生だそうだ(―――第3高校では普通科生であるが)。試合前から結果は見えている。今までの相手と同じように遠距離からの砲撃戦で勝負は決まるとそう思い込んでいた。

 

 だが違った。

   

 将輝は竜士の周囲に魔法を展開させるはずが、出来なかった。

  

 (……明らかに魔法が相克を起こしている。これは、干渉装甲なのか?)

  

 互いに少しずつ歩を進め距離を詰めていく中、竜士の干渉域の広さと魔法が展開できない事に焦りを覚え何時しかその脚を止める将輝。"全くもって歯が立たない"彼は一つの結論に辿り着く。

  

 「この俺が、魔法力で押されている……?」

  

 同じ1科生のそれも先輩であればまだ納得もできるが、相手は同学年、九校戦に出られているだけで優秀である事は理解できるが、それでも普通科生だ。

  

 今までの予選では竜士よりむしろ達也を警戒していた将輝達第3高校の選手。その誤算は試合の流れを大きく流れを変えることとなった。

  

  

  

  

  

 一方の真紅郎も将輝同様に達也と幹比古のコンビネーションに効率よく魔法を使えていない。達也は持ち前の体術で真紅郎の不可視の弾丸(インビジブル・ブレット)の照準を外しつつ距離を詰める。同時にその後方の幹比古も幻術を駆使した達也のサポートに回っている。

  

 「将輝の方も、厳しそうだね……」

  

 真紅郎は一瞬、視線を将輝に向ける。しかしその"一瞬"を達也が逃すはずはなかった。

 一瞬目を反らした隙に達也は一気に真紅郎との距離を詰めるように蛇行していた動きから直線的に地面を駆ける。

 

「――――――ッ!!」

「ジョージッ!!」

 

視線を戻した真紅郎の先には先程から距離を一気に詰めた達也が尚も一直線に突っ込んでくる。

 すかさず真紅郎も一直線に向かってくる達也に対して魔法を発動しようとするが―――

 

(―――ッ!間に合わない!)

  

 CADを操作しつつも、内心絶望した真紅郎は強く目を閉じた。誰もが真紅郎の敗北を予感したその時だった。

 

「ジョージ!!」

 

 真紅郎の危機をいち早く気付けた達也の行動から相棒を守ろうと、慌てて魔法を向ける。

 

 それは制御できなかった魔法。シンプルな圧縮空気弾だが、加減を失った魔法は命中すれば相手を容易く殺めてしまう程に強力なものであった。

 

「―――しまったッ!加減が……」

 

 反射的にトリガーを引いてしまった将輝はその魔法の発動に顔をひきつらせる。事前の情報で達也が魔法を無効化する術式解体の使い手であることは判っている。しかし、慌てて反射的に複数発動してしまった将輝の魔法はその威力も去ることながら、到底対処できる数ではない。

  

  

 「このままじゃ……殺して、しまう」

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「達也―――ッ!!」

 

 達也に向けて放たれる魔法を見て”直感的”に竜士はそれが明らかに危険な魔法である事を認識し、達也の名を叫んだ。当の達也もその事には感づいている様子で、直線的に駆けていた足を止め、可能な限り迎撃する姿勢を見せる。

 

 (あの威力は……マズいか。達也も防ぎきれない。このままでは、達也が……)

 

 

 

 ―――ねがい……これ以上は、もう誰も……

 

 竜士の頭の中の奥深く、まだあどけない声色の女性の声が途切れ途切れに竜士に届く。以前から事あるごとに竜士に語り掛ける謎の声。全く記憶にないその声は今では声色まで判るようになっていた。

 

 (この声は、どこで。誰なんだ?)

 

 遠い昔親しい間柄であった様な曖昧で断片的な意識。しかし、その声は竜士にとってただの言葉ではなく、”絶対に守らなければならない何か”である気がする。

 

 ―――守って。

 

 最後にそう竜士に告げて、少女の声は消える。

 随分と長い間意識が飛んでいたような錯覚に包まれながら竜士は視線を達也に向ける。

 達也の能力は恐ろしく高い。しかし、将輝の放ったこの魔法はその力の上を行く。しかし―――

  

 

 

 ―――そんな事は知ったことではない。

 

 

 未だに呆然とした表情を浮かべる将輝の前から竜士は消えた。

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 「―――――ッ!」

 

 一条から放たれた魔法は明らかにレギュレーション違反だ。精霊の目をやむなく使う事にした達也は一条から放たれた魔法をその発動前に限りなく冷静に効率よく処理していく。しかし、大量に放たれた魔法の処理に次第に遅れていく達也は発動した魔法から放たれる圧縮空気弾をその身のこなしで躱していく。

 

 次々と達也へ襲い掛かる圧縮空気弾。既に達也にも対応できなくなっていた。

 

 (不味い、これは避けられん―――)

 

 達也は最善を尽くすが、ついにその能力を超えたところで圧縮空気弾は発射された。

 

 命中までおよそ1秒掛からない。達也は僅かに表情を歪める。

 

 

 身体に強い衝撃が走り、達也は真横に大きく飛ばされる―――しかし、その力は予想を遥かに下回るもので達也は怪訝に思いつつ視線を元居た位置に向ける。そこには、先程まで将輝と対峙していたはずの竜士が片手で達也を押しのけて立っている。

 

 

 「……竜士、おま―――」

 

 達也がその言葉を言い切る前に残った全ての魔法が発動し、竜士は圧縮空気弾の嵐に包まれる。

 今までとは威力の違う圧縮空気弾が次々と地を抉り、その場に高々と砂煙を巻き上げる。

 

 

 「竜士――――――ッ!」

 

 達也と幹比古が叫ぶ目の前で最後の圧縮空気弾が地面を穿つ。

 

 将輝の放った一撃は確実に竜士に命中し、彼を布切れの様に宙に飛ばす。

 

 誰の目から見ても明らかだ、竜士は確実に戦闘不能となった。それどころか重症若しくは生命さえ危ういかもしれない、と。

 

 

 

 「英、竜士……」

 

 いとも軽々と宙に舞う竜士の身体に思わず敵である真紅郎が動作を止め声を漏らす。

 

 「俺は、何て事を……ッ!」

 

 将輝は最早、竜士の姿を見られないといった様子で俯く。

 

 

  

 決勝戦と言う事もあり、ほぼ満員となったスタンドも固唾を飲んで大型モニターを見守っている。その中で一人、深雪だけはきつく瞼を閉じ、竜士の無事を祈っていた。

 

 「竜士君―――――――っ!!」

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ――― 

 

 

 

 

 

 ―――俺は、死ぬのか?

 

 先程まで居たはずの草原フィールドとは全く違う真っ白な空間で彼は問い掛ける。目の前には見たことは無いが知っている銀髪の少女。

 

 ―――ここは死後の世界ってやつなのか?

 

 遠い昔、見たことのあるような光景に竜士は戸惑いつつ、薄く微笑む少女に再び問い掛ける。

 少女は竜士の問い掛けには答えない。代わりに彼女は”最後に”と口を開いた。

 

 

 

 ―――約束、しましたよね?……さん。

 

 

 

 

 

  

 (ああ、約束だ。)

 

 ゆっくりと身体を起こし立ち上がる。

 

 

 (―――殺してやる)

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「……り、竜士?」

 「……」

 「……嘘だろ」

 

 幹比古と達也そして将輝までもがその姿に唖然とした。恐らく折れているだろう右足や鮮血で赤黒く染まる競技用ユニフォーム、血の滴る右手には大きく損傷した大型拳銃型CADが力無く握られている。しかし、彼のその表情に痛みといった感情が全く現れてはいない。

 

 立ち上がった竜士は最早竜士では無かった。

 

 そして次の瞬間、達也達は目を見張る事となる。

 

 達也は精霊の眼で竜士を観る。そこでは彼を中心に広大な範囲を取り囲むように魔法が作用しようとしていた。そして次の瞬間―――

 

 「「ぐあぁぁッ!!」」

 

 達也の正面で真紅郎とその更に奥、第3高校のモノリスの前で相手選手が短い悲鳴を上げて地に伏せるようにして倒れ、一瞬で意識を失った。

 

 

 

 

 「―――クッ、お前は、何者だ」

 

 将輝のみが唯一、片膝を突きながらも必死に上体を支えている。

 

 竜士は僅かに口角を吊り上げると更なる魔法を発動する。その竜士の姿を精霊の眼で見ている達也も既に驚きを隠せなかった。

 

 (既に発動させた魔法の上にパラレル・キャスト、だと……?)

 

 内心ありえないモノを見ているような錯覚に囚われる達也は更に”それ”に気付いた。

 

 「この魔法は―――――!?」

  

 

 

 竜士は静かにCADを将輝に向け、その引き金を絞る。瞬間、今も尚片膝を突いたまま悶える将輝の後方で地面が大きく抉れる。

 

 達也は竜士の構えたCADを遠目に見る。その先端部、以前からカスタマイズを施して強化していた照準補助システムは破壊されていた。

 

 (……照準補助が効かないから外した、のか)

 

 続けて竜士に視線を向けると彼は、達也の視界から消えた。

 

 「なッ」

 

 思わず達也は驚きの声を漏らし、視線を左右に振って竜士を探す。彼は既に将輝の背後に立っていた。そしてその足元には他と同様に意識を刈り取られた将輝が横たわっている。

 達也は普段から鍛えられた動体視力を以てしても、竜士の動きを追えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……これで、終わり、だな」

 

 ―――いつも無茶ばかりするのですから、”兄さん”は。

 

 

 「ゴフッ」っと音を立てて吐血し、竜士は将輝の脇に倒れる。試合終了を告げるサイレンが鳴ったのはそのすぐ後であった。




いかがでしたでしょうか?

今回は、モノリスコード決勝戦終了までのお話でした。

次回は、いよいよ九校戦も終了となれたらいいなと思います。

それでは次回もどうぞよろしくお願い致します!

PS 前回の次回予告的なアレあった方が面白いですか?どうでしょうか?


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九校戦編Ⅷ

こんにちは。

今回も少し遅めの投稿になります。

今回はモノリス・コード終了から少しとなります。

それではよろしくお願いいたします!


 「竜士君……」

 

 夕日の射し込む病室で深雪は普段見せない今にも泣いてしまいそうな表情を浮かべ、ベッドを見つめる。

 シングル程度の大きさのベッドには今は深い眠りにつく青年が1人。魔法による医療技術が発展している現在でも彼の怪我は相応に酷いものだったらしい。右腕や腹部、右足にきつく巻かれた包帯が彼の怪我が深刻である事を目にした者に言外に伝えている。

 

 「深雪、容態は昨日と変わってはいないんだ。命に別状があるわけでは無いから今日はもう部屋にお戻り」

 「……お兄様、分かりました」

 

 

 そのままでは今日も深雪は、竜士に付きっきりだ。この後に控える本戦ミラージ・バットの為にも部屋に戻って少しでも休息を取らせなければいけない。交代する事になった摩利の心情を抜きにしても、こればかりは達也にも譲れなかった。

 

 

 「明日も来ますね」と普段見せない弱い声音で小さく告げると深雪は達也に促されるようにして病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 深雪と達也の去ったあと、誰もいない病室にはベッドに横たわる青年がただ1人。生命機能をモニターする機器の電子音と耳を澄ませないと聴こえない程小さな寝息。

 

 

 

 ―――英竜士が眠りに付いて既に1日と半分が経っていた。

 

 

 

 

 約2日前の新人戦モノリス・コード決勝で将輝のレギュレーション違反の攻撃を受けつつも単身で第三高校を下した竜士。

 

 試合終了直前に倒れた彼はすぐさま、(ふもと)にある国防軍基地の病院へと緊急搬送された。同じく試合に参加していた達也の適切な"応急処置"により、生命や身体機能に障害を残すような事もなく(―――試合の一部始終を見ていた関係者からは奇跡だと驚いていたが)、今では一般病棟へと移されていた。しかし、身体的な怪我は治りつつあるが、一向に竜士が目を覚ますことは無く、時間だけが過ぎていた。

 

 

 

 

 「達也君、ちょっと良いかしら?」

 

 何とか部屋に深雪を戻した達也は部屋を出てすぐのところで背後から真由美に呼び止められた。

 振り返ると、こちらも普段見せてくるコケティッシュな要素は全くなく、少し表情をひきつらせて真由美は達也の返事を待たず先に廊下を進む。

 

 やがて真由美が脚を止め扉を開いたのは第一高校が会議等で使用している部屋。中には既に一高の首脳陣が集まっており、達也は以前呼ばれた時の事を思い出す。ただ、その時とは違い、場に重い空気が漂っているのは言うまでもない。

 

 

 「司波、先ずは先の試合、御苦労だった」

 「有難うございます。ですが、優勝できたのは仲間の力が在ってこそでした。特に決勝戦は英がいなければどうなっていたかは分かりません」

 

 

 

 先の決勝戦以来、こうして面と向かって克人と話すのは初めてだ。表情こそ普段からのものではあったが克人は称賛の言葉を向ける。達也はこれをチームに対するものとして受け取り頭を下げた。

 

 

 「それで、英の様子は?」

 「肉体的な負傷は完治は先ですが、良好です。ただ、意識はまだ 戻っていません」

 

 

 あくまで口調を変えないよう配慮してに話す達也の言葉にそれでも、その場の生徒会の面々、特に真由美は両手で顔を覆い取り乱す。

 

 

 「御免なさい、私があんな事を言わなければ……」

 「落ち着け、七草。仮にそうであったとしてもお前の判断をここの全員が了承している以上責任は全員に在る。1人で抱え込む事ではない」

 「そうですよ、それに九校戦はまだ終わっていません。今は前を見るべきかと」

 

 

 

 憔悴している真由美を克人と達也は慰める。確かに竜士を選手起用する案は真由美発だが、ここで脚を止めていたら折角の竜士の検討も無駄になる。感情論を抜きにしても、チームリーダーを抜きに戦える程、九校戦は甘くは無い事を、克人は当然、達也も理解していた。

 

「……話は変わるが司波、先の試合で英の使った魔法は?」

 「実の所、自分にも判らないのですよ。恐らくは、サイオン派の合成を活用したものであるとは思うのですが」

 

 

 達也は意図的に事実を隠蔽する。そこにはあくまで疑惑の段階ではあるが、他者、特に十師族関係者には他言出来ない理由があるからだ。

 

 

 (―――あの時竜士の使った魔法。あれは間違いない"零研"の産物だ。しかしそれだけではない。もっと違う何かが……)

 

 

 

 

 

 

 ――――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 

 「九島(くどう)閣下、どうされました?」

 「いやなに、先日の試合。少し気になる事が有ってな」

 「第一高校の選手ですか?確か英竜士と言った。とても高校生の試合とは思えない高レベルな試合でした。私自身、毎年この競技だけは観戦しておりますが今年は特にレベルが高い」

 

 

 そういって1人の大会役員は身振り手振りを交えて自身の興奮を表現する。一方の老人、九島烈(くどう れつ)は未だに語る大会役員の話に応じることなく、複雑な心境を内心で語る。

 

 

 (あの試合、一般的な眼にはそう映るのだろう、が)

 

 

 傍付きの大会役員の反応から、九島は先日の新人戦モノリス・コード決勝戦を思い出す。

 

 

 (英竜士、よもやあの家系……これは国防軍が放っては置くまい)

 

 複雑な表情に懸念の色を僅かに浮かべ、九島はとある男との会合を調整するように指示をする。

 

 

 ―――国防陸軍第101旅団独立魔装大隊隊長、風間玄信へと。

 

 

 

 

 

 ――――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「……ったく、だからあれ程言ったのでは無いですか」

 

 ―――誰だ?

 

 「……いさんは、いつも無茶ばかり。あの時だって」

 

 ―――誰なんだ?お前は。

 

 「今回以上の無理は私もどうなるか分かりませんよ?"力"の代償は決して軽くは無いのです」

  

 ―――頭が、痛い。ここは何処だ?

 

 「……私の事さえも忘れてしまったの、ですから。"兄さん"は」

 

 「誰だッ!」

 

 

 まるで悪い夢でも見た子供の様に脂汗を流して竜士は飛び起きる。辺りは真っ暗で人気はない。しかし感覚的に自分がベッドに寝ていた事はハッキリと判る。耳を澄ませば誰でも一度は聞いたことがある電子音。ここが医療関係の施設であることはすぐに理解できた。

 

 「痛ッ!」

 

 遅れてくる身体中の痛み。ただ寝違えただけではこんな痛みは絶対にないだろう。痛む箇所に手をやるとそこには包帯が巻かれている。

 

 「なんだ?この怪我は。それにさっきの声……」

 

 竜士は先程までを思い出す。その声は確かに聞いたことがある。だが思い出せない。あと少しのところで竜士の記憶は途切れてしまっていた。

 

 「俺は……一体」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「確かにこの辺から聞こえたんだけど…」

 

 巡回中の看護師は突然聞こえた叫び声に気付き、常夜灯で薄暗く照らされた廊下を音源に向かって歩く。するとある病室から出てくる人影に気付き、恐る恐る確認する。

 

 「あ、あの、今はもう面会時間外なのですが……」

 

 時間は既に遅く、病棟も一部を残して全館消灯している。そんな所に面会に来るものなど居ないことは明白だ。しかし、看護師の女はその人影がその部屋の患者で無いことも判っている。

 そこは先日の九校戦で大怪我をした選手が入院している部屋だった。命に別状は無いが意識が戻っていないと院内でも話に挙がっていたのを覚えている。

 となると不審者の類いか、自然と身体に力が入る。

 

 「―――すいませんでした」

 「え?」

 

 目の前の不審者は素直に謝ると頭を下げる。

 意外と素直に謝る不審者に拍子抜けしたのか看護師も気の抜けた言葉を出してしまう。

 改めて看護師が不審者を目を凝らして見てみると。薄暗いなかでも透き通った銀髪、表情こそ判らないものの恐らく整った顔立ちの少女で在ることはわかる。

 

 「……家族の方、ですか?」

 「ええ、まぁ、そんなところですね。ですが今日のところは帰ります」

 

 そう言うと少女は静かに薄暗い廊下の奥に歩いていく。丁度のその時、彼女が出てきた部屋から物音や僅かに声が聞こえて看護師女は視線を病室向けてしまう。そして再び視線を戻した時、既に視界に少女の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「竜士君!こ、この衣装はどうでしょうか?」

 「うん。とても似合ってると、思うよ」

 

 夜に控えた本戦ミラージ・バットのの衣装を見に纏い、深雪は少し恥じらいの表情を浮かべつつもその場で一回りしてみせる。

 対する竜士も断片的な記憶を辿りながら顔を赤くする深雪の容姿を華燭なく評価する。しかしその内心に彼は複雑な心境を隠していた。

 

 

 ―――英竜士は記憶を喪っていた。

 

 

 

 前日の夜、巡回していた看護師により約2日間の眠りから目覚めた竜士。報告を受けた第一高校の首脳陣が集う理由を彼は理解できなかった。幸い、入学してから数ヶ月の記憶で喪われたのは最近のもので、生徒や教師の名前等は記憶が残っている事に一先ずその場の一同は安堵する。

 

 

 

 

 「それにしても、良かったですね司波さん。それに北山さんも、これで試合にも集中できますね」

 

 「「―――ッ!!」」

 

 

 その場にを端から見ていた美月が"他意の無い"意見を口にする。そしてその言葉は案の定その場の数名に突き刺さる。顔を赤らめる深雪、雫に「どうされたんですか?」と相変わらずの天然を発動する美月。僅かに納得いかないと頬を膨らませる真由美。その場の一同を見回して今まで言葉を発しなかったエリカがクスクスと笑ったのだった。

 




いかがでしたでしょうか?

九校戦編はもう少し続きそうですがお付き合い頂ければと思います!

今回は少し物語の裏、設定の部分に絡む話が多かったので時間軸自体の前進はあまりありませんでした。

また謎キャラの出現。因みにこのキャラクターはとあるキャラクターをモチーフにしています。

それでは次回もどうぞよろしくお願いいたします!




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九校戦編Q

こんにちは。

投稿が随分と遅れてしまいましたが九校戦編Ⅸの投稿になります。

このお話では、一応九校戦編終了までのお話となっております。

それではどうぞよろしくお願い致します!


 「……お兄様、"あれ"を使っても宜しいでしょうか?」

 

 

 3ピリオド休憩も含めて55分の試合の内、3分の2を終えて達也の元に歩み寄る深雪は普段滅多に見せない真剣な表情でそう具申した。

 試合は本戦ミラージ・バット。第2ピリオドを終えて、順位は僅かに数ポイントの差を付けて深雪が1位だ。

 通常は上級生の選手達ががひしめく中で、1年生の生徒が首位に立っている事がそれだけで大健闘だと称賛されるべき事ではあるが、その結果に深雪は満足出来ていないようだった。寧ろ、達也の所見では逆に深雪にこれだけ食い付く他校の選手は健闘していると内心で改めて九校戦に出場生徒達のレベルの高さに感心している所であった。

 

 「いいよ。全ては深雪の望むままに」

 

 端から拒否するつもりは微塵も無いが、真剣な眼差しを向けてくる深雪に彼女の心情を感じ取ると優しく微笑み、それに答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれは、飛行、魔法?」

 「そんな、先月発表されたばかりだぞ?」

 

 試合も最後の第3ピリオド。選手はもとより、その試合を目にするほぼ全ての人間が一瞬己の目を疑って、驚愕する事になった。

 空中に投影されたホログラムの球体をスティックで叩く事で得点を得られるミラージ・バット。他の選手が一度おきに魔法で跳躍しなければならない所、ただ1人、深雪は空中を自在に飛翔し次々と得点を重ねていく。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「飛行魔法とは……驚いたな」

 「やっぱり竜士君でも驚くんだ?」

 

 目の前を飛翔する深雪の姿を目で追いながら竜士は感嘆の声を漏らす。(―――記憶がまだ戻らないが、退院した竜士は真由美に"半ば"強制的に連れて来られて、深雪の出場するミラージ・バット予選を観戦していた)その言葉に彼の意外な一面を見た真由美はとても愉しそうにそして嬉しそうにクスクスと小さく笑う。

 

 「"でも"って、自分を何だとお考えなのですか?」

 「竜士さんは普段、感情を表に出さないからだよ」

 

 クスクス笑う真由美に若干納得がいかないと抵抗する竜士だが、彼女の隣に座る雫に的確な突っ込みを入れられてなすすべもなく口をつぐんだ。

 

 「それで、どうかしら記憶の方は……」

 「そうですね、人の顔と名前はほぼ一致していると思います。ただ、ここ数週間位の記憶は曖昧ですね」

 

 落ち込んだ表情を浮かべる真由美。竜士自身が気にしていない(―――その時の記憶が無い為、気にしようがないのだが)と何度も告げてはいるが、やはり選手に起用した責任から軽く気持ちが一転する事はない。

 

 「早く戻れば良いのだけれど……」

 

 独り言の様に真由美は心配を口にする。対する竜士はただ苦笑いを浮かべるしか思い付かなかった。一方の雫も当初は真由美同様に表情を曇らせていたが、何かを思い付いたように顔を上げると竜士に1つ、アイデアを提供する。

  

「……それなら、竜士さん。今度うちに遊びに来てよ。お茶でも飲みながら色々話せば思い出すかも」

 

 コーヒーを飲むならそこら辺のカフェテリアでもいいのでは?と言うもっともな意見を

飲み込み「そうだな」と空返事の竜士。ある意味意を決して提案したのに反応が今一だと言葉にこそ出さずともムッとした表情を浮かべる雫とそんな二人の関係に少し安心したような表情の真由美。竜士がその意を汲むことはなかった。

 

 

 「―――そういえば、病院の方から聞いたのだけれど、竜士君って妹さんいたかしら?」

 「突然ですね―――居ませんよ。俺に家族は」

  

 

 目の前の試合も残り10分程度、飛行魔法を使い始めた深雪のみが自在に空中を飛び回るこの試合は最早、彼女の独壇場となっている。観客の視線は敵味方合わせてほぼ深雪に向けられ、それが飛行魔法に対してなのか、深雪の美貌に対してなのか、彼女が得点を重ねるたびに所々で感嘆の声が上がる。

 真由美はそんな周りの歓声を他所に、少し表情を硬くすると兼ねてより訊こうと思っていた事を尋ねることにした。当然、生徒会長として一度は竜士の個人資料に目を通してはいたが(―――もっとも、生徒会長が一般生徒の個人情報を見る必要は無く、その権限も本来は無いのだが)、先日聞いたとある話が気になっていたのだ。

 

 「……これは竜士君が起きる前の夜の事なんだけど、見回りの看護師さんが竜士君の部屋から出る人影を見たらしいの」

 「―――それが、俺の妹、だと?」

 「……聞くところはその人は確かに竜士君の関係者だと名乗ったそうよ。暗くて顔は見えなかったけど、声や雰囲気から高校1年生くらいの女性だろうって言ってたわ。それに―――」

 

 「―――此処、いいですか?」

 

 そこまで口にして真由美は竜士に向けていた険しい視線をその後方、今は誰もいないはずの竜士の背後に向ける。竜士も気付かなかったが振り返るとそこには一人の少女がセミロングの銀髪を垂れないように手で抑え、若干前かがみ気味に竜士に笑みを浮かべていた。

 

 「ええ、どうぞ―――――ッ!!」

 

 少し呆気に囚われる真由美の視線を追って、相槌を打ちながら竜士も背後を振り返る。そしてその少女を見たとき竜士の中に異変が起きた。

 

 (―――ッ!これは)

 

 以前も感じたものと同等の頭痛が再びやってくる。しかし、以前とは違い、それは何か大切なことであるような、決して悪いものでは無いような感じ。同時に、断片的に蘇るどこかの記憶。

 

 (ここは、砂浜、なのか?)

 

 一度も訪れたことの無いどこかの人気のない砂浜の記憶。

 これが記憶と呼べるのか怪しい程、断片的な描写。

 しかし、竜士はそれが決して忘れてはいけないものだと言う事を知っている。

 

 続けて来るのは、薄暗い室内。視線から竜士は仰向けに、その四肢は寝台に縛りつけられている。目の前に立っているのは薄気味悪い笑みを浮かべる一人の女。

 

 (―――お前、は)

 

 

 

 

 「―――くん、竜―――君」

 「―――ッ!!」

 

 肩を揺さぶる真由美の声で竜士は意識を引き戻される。

 戻ってくる視界の先には先の少女が変わらず笑みを浮かべている。

 

 

 

 

 「……リ、サ」

 

 「はい!お久しぶり、ですね」

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「本日は、どのようなご用件でしょうか?」

 

 対面して座る老人に風間は訊く。

 

 「なに、彼等に興味が湧いてな」

 

 対する老人、九島も僅かに笑みを浮かべると、表情を崩さず「彼等、とは?」と飽くまで振りを決め込む風間にプレッシャーを掛ける。

 

 「司波達也君と英竜士君、だよ」

 

 続けて久島は達也の出自、彼が四葉とのつながりのあるもので在ることを淡々と風間に聞かせる。そこまでして風間もようやく口を開く。久島が言外に、達也を四葉から切り離したいという意図が見えたからだ。

 

 「……こう申しては、身贔屓に聞こえるかもしれませんが、一条将輝と司波達也では戦力としての格が違います―――――達也の力は、幾重にもセイフティーロックが掛けられて当然のモノなのです」

 「そうか、それでは英竜士君の事はどうかな?」

 「―――彼の事は国防軍でも分かっていないのです」

 

 「ふむ、君は十師族、日本の魔法師界の頂点に君臨するこの一族に属さない、いや”属せなかった”者たちがいたことを知っているかな?」

 「……いえ、そのようなものがあるとは」

 「彼等は、当時最先端の魔法師たちの集まりだった。純粋な戦闘力ならあの四葉をも凌ぐ。ゆえに、彼らは弾かれてしまったのだよ、もともと表立った事に関わるのを良しとしなかったところもあり、彼らは隠れるように生活していたのだ―――5年前までは」

 「と、言いますと?」

 

 「5年前、あの沖縄侵攻で()の一族は滅んだとされているのだ。その一族の名は”天神(てんじん)”」

 「……英竜士がその生き残り、であると?」

 「そこまではまだ判明してはいないが、いずれにせよ”もったいない”と思わないかね」

 

 先の試合での竜士の魔法、風間は思うところもあり「そうですね」と空返事を返すに留まったのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「……九校戦もようやく終わりか」

 

 人気のないホテルのテラスで竜士は独り持ち出したグラスを傾ける。

 少し離れたホテルでは今まさに九校戦終了に伴うパーティが開かれているところだ。各校の生徒たちは、今や入り混じってダンスや談笑に花を咲かせている。特に今回の九校戦で目立って活躍した十師族の面々、深雪や達也といった選手たちは、これ見よがしに囲まれている。当然、竜士にもその手の生徒(―――他校の女生徒が何故か多かったのだが)が話を聞きにやってきたがこうやって人気のないところへ避難した次第であった。

 

 

 

 (……あの娘は、一体)

 

 一息ついて竜士は先日出会った少女の事を思い出す。深雪の出場するミラージ・バットの試合が終わるとすぐに何処かへ姿を消してしまったが、何故だか気になって仕方がなかった。

 

 記憶にも記録にも無いが、何故か彼女の事は知っている。そんな曖昧なものしかないが、彼女が竜士にとってとても大切な何かだという事だけは今も尚感じている。

 

 「リサ……君は一体」

 

 誰も居ない夜空に竜士は独り問いかけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 「英、少し付き合え」

 

 暫くして、パーティ自体もそろそろお開きになる時間。戻ろうかと立ち上がる竜士を見つけ、その背後から話しかけると、克人は同意を得るまでも無く竜士に”進言”する。

 

 「英、お前は十師族になるべきだ」

 

 先の竜士の試合を見た十師族は十師族以外の魔法師が十師族より優れているという事を深く懸念しているようだった。当の克人も十師族代表代理として、その力を誇示するような試合を求められ、出場したモノリス・コード決勝戦では圧倒的な力を見せつけていた。

 そして克人も竜士の事を考え、早々にそういったしがらみから解放されるように進言する。具体的に十師族と関係者との結婚という形で。

 「そう仰られましても、俺は一介の高校生ですし、そういうのは未だ」

 

 無論、竜士にとっても寝耳に水のこの提案をすぐに受け入れる事ができるはずもなく、そんな竜士に克人は「そう悠長にしても居られないぞ」と忠告してぞの場を後にしたのだった。




いかがでしたでしょうか?

次回は、今のところ横浜騒乱編に入っていく予定です。
 
 
また、閑話を挿入するかもご意見いただければ幸いです。

それでは次回もどうぞよろしくお願い致します!


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横浜騒乱編Ⅰ

オハコンバンチハ!
(いつ読まれるか分かりませんから”こんにちは”よりこっちの方がいいですよね?)
 
 
横浜騒乱編、第一話の投稿になります。
今回は、論文コンペ参加からレリックの下りまで、特にバトル要素はありません...
 

それではよろしくお願い致します!



 「(チョウ)先生、ご協力感謝します」

 

 早朝の横浜、その中華街の一角の古井戸から男たちは現れる。全身黒づくめのウェットスーツを着用した20名の屈強な男たちは大亜連合の特殊工作部隊だった。

 内側から崩した古井戸から先頭で出てきた男、工作部隊部隊長の陳祥山(チン シャンシェン)は丁寧な言葉遣いで彼らを歓迎する細身の青年に感謝の言葉を口にした。

 

 先日、とある任務を帯びて日本へ浸透した陳らは港で日本の警察組織の襲撃を受けた。幸い陳たちは既に乗ってきた偽装船を離脱した後だった為、人員、装備に異常は無い。

 

 「……先ずはレリックの確保を最優先とする」

 

 陳は追って井戸から出てきた部下に早速指示を出したのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ――― 

 

 

 

 

 

 「竜士君、少しいいですか?」

 「司波さん……どうしたの?」

 

 放課後、一人で机の上のデバイスに向かう竜士の背後から深雪は声を掛ける。声質から深雪である事や何か要件があって声を掛けている事を判断した竜士は視線は目の前のディスプレイに置いたまま、深雪に先を促す。

 

 「……千代田(ちよだ)先輩がお呼びですよ。竜士君に要件があるそうです」

 「それ、もしかしてだけど、達也も呼ばれてる?」

 

 予想外の竜士の確認に虚を突かれた表情を浮かべるが、深雪は「いいえ、お兄様は別の御用ですよ」と竜士の言葉を否定する。対する竜士は、意外そうな表情を浮かべるも警戒は解かない。

 先の九校戦以来、竜士を取り巻く環境は大きく変化していた。いままでは風紀委員出会った事を抜きにしたらそれ程目立っていたわけでも無いと自負していたのが、今では校内で九校戦の時の竜士の話題で未だに盛り上がっている。幸いなことに、恐らく十師族がブロックしてくれているお陰で、モノリス・コードで竜士が見せた力は彼等3人の力で、と言う事になっている為、外部から竜士に対する接触は今のところ殆ど無い。ただ―――

 

 「―――委員長になったばかりで忙しいんじゃないのかな?」

 「さぁ、私は竜士君をお呼びするように言われただけですから」

 九校戦が終わり、第一高校では3年生が生徒会を退き、今は2年生以下の新体制で生徒会は運用されている。その中で深雪は会長はあずさ(―――なにやら噂には立候補するように裏で達也が手を回したとか)、副会長に1年生だが深雪も抜擢されている。達也と竜士は2科生であるため今まで通り風紀委員となっていた。

 

 竜士の懸念に少しも笑みを崩さない深雪に大きくため息をつくと、竜士は重い腰を上げる。

 

 「……場所は何処?」

 「風紀委員室です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「―――英君、毎年10月末に開催される全国高校生魔法学論文コンペティション、論文コンペについて知っている?」

 「……名前程度は知っています」

 「単刀直入に言うわ、英君、貴方にはその警備として参加して貰いたいのよ」

 

 摩利に代わり(―――半ば強制的に)風紀委員長を務める事になった千代田花音(ちよだ かのん)は委員長の席に腰かけやや憂鬱そうな表情でそう切り出した。

 

 「それは、委員長としての指示ですか?」

 「……回答によってはそうなる、わね」

 

 結果として、”命令”であって竜士に選択権は無い打診に竜士は素直に頷く。

 

 「分かりました、ですが俺一人って訳では―――――何か?」

 

 余りにも素直すぎる竜士の反応に花音は少しばかり唖然と竜士の顔を見上げる。竜士も目の前で唖然と口を開ける花音にすかさず口を挟む。

 

 「いや、意外に素直だなって、摩利さんが言うにはあの手この手で逃げようとするって……」

 「……一体どんな引継ぎをされたんですか」

 「引継ぎの殆どは君と司波君の事だったけど」

 

 思わぬところで前委員長の名前が出てきて竜士は少し不服そうな表情を浮かべる、しかしそれ以上ややこしくする前に話を先に進める事を選択した。

 

 「兎に角、警備はどのメンバーで行くのですか?」

 「今決まっているのは君と十三束君の二人、後は追って連絡するから」

 

 「要件は以上よ」と言外に退出を求めてくる花音に竜士は一礼し退室する。と同時にブレザーのポケットに入れた携帯端末が振動する。通知を確認すると見たことの無い番号からの着信、不審に思いながらも竜士は端末を耳に当てる。

 

 『……英竜士君でいいかな?』

 「さて、一般人の携帯端末をハッキングするような組織(ところ)に知り合いは居ませんが」

 

 通話の相手はその独特な口調から分かる、国防軍関係者だ。

 竜士は警戒心を一層強く、耳を傾ける。

 

 『その件に関しては謝罪しよう。私は国防陸軍の風間という者だ。良ければ時間を貰えないかな?』

 「風間……?」

 

 どこかで聞いたことのある単語に竜士は記憶を辿る。

 

 『君の事は壬生から聞いている、と言えば分かって貰えるかな?』

 

 そこまで言われて竜士は思い出す。数か月前、一校で起きたブランシュ構成員による襲撃事件。その首謀者により精神操作を受けていた壬生紗耶香の父親、壬生勇三が会話の最後口にしていたのが風間という人間の事だった。

 

 「……それで、どういった要件でしょうか?」

 『一般回線では保全上の観点から伝えられない案件であるため、直接会って話したいのだが、週末は空いているだろうか?確かFLTとの交渉は午後の予定の筈だ。午前中に終わる、こちらで送迎も行うが……』 

 

 (さすがは国防軍といった所か、セキュリティの高い筈のFLTでさえ情報は筒抜か。相当な凄腕が居るんだろう)

 

 ―――第一校入校時から、竜士には大手CADメーカーのFLTから専属契約の依頼が届いていた。それが今回の九校戦での竜士のエンジニアとしての能力も評価されて(―――どこから情報が洩れたのか知る由も無いが)いよいよ契約条件の交渉に入る段階まで来ていた。

 

 

 

 「……では、今週末の午前中で」

 『うむ。よろしい』

 

 

 肯定の返事を返すと、風間は満足そうに通話を切ったのだった。 

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 「―――達也、論文コンペの代表に選ばれたんだ」

 「ああ」

 

 放課後、例の如く竜士達いつものメンバーは喫茶店で各々、注文した飲み物を楽しんでいる。そんな中、達也は今日あった出来事をメンバーに報告する。

 幹比古が驚きながら聞き返すも達也は短く肯定するだけだった。すかさずエリカが「感動薄すぎ」とやや呆れ気味に苦笑いを浮かべ、レオも当然とばかりに笑みを浮かべる。一方、竜士は昼間の話と合点がいったのか「なる程な」と小さく頷いた。

 

 「なる程って竜士君、どういう事?」

 「丁度同じ頃、俺も千代田先輩に呼び出されてな、その論文コンペの会場警備に指名されたって訳」

 

 やや困ったような表情を達也の横に向けると深雪は満足そうに笑みを浮かべて「頑張って下さいね、お兄様、竜士君」と二人にエールを送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後暫しの談笑の後、達也と深雪が自宅に着くと、家の側に普段は無い小型の車両が停められている。ドアを開けると玄関には見慣れない女性用の靴が一足並べられていた。この時点で達也はその来訪者が誰なのかおおよそ察しがついていたが、無言で灯りの付いているリビングの扉を開いた。

 

 「お帰りなさい。相変わらず仲が良いのね」

 「……こちらにお帰りになるのは久しぶりですね、小百合(さゆり)さん」 

 

 リビングで彼らを待っていた女性、司波小百合(しば さゆり)は突然の訪問を問われて適当に理由をつけた。対する達也もそれに関して特段、問いただすことも無く話を合わせて言葉を返す。一方、達也の背後に隠れるようにしていた深雪は、急に達也と小百合の前に出ると、小百合をあたかも居ないかの様に夕食の話を持ち出した。

 

 深雪の態度に彼女の心情を察した達也が「先ずは部屋で着替えておいで」と優しく深雪を部屋に送ると深雪は小百合に見せつける様にその場から立ち去ったのだった。

 

 

 

 「……相変わらず、貴方たちは私が嫌いな様ね」

 

 深雪が居なくなったリビングで達也と面と向かって座る小百合は吐き捨てるようにそう言った。

 小百合は深雪の実の母である四葉深夜(よつば みや)が亡くなって半年で後妻となった女性だった。

 達也は仕方ない事だと、深雪の感情を説明しつつも、小百合に用件を改めて問う。

 当初は、達也に学校を中退して再びFLTで研究員として戻るように要請する小百合。しかし、達也も深雪の護衛や在学ながら会社に対する貢献はしていると実績を以てその要請を拒否した。

 

 

 「……それじゃあ、せめてこのサンプルの解析だけでも手伝ってくれないかしら」

 

 説得を諦めた小百合がバッグから出したのは一つの小箱だった。

 

 「……瓊勾玉(にのまがたま)系統の聖遺物(レリック)ですね。何処で出土したんですか?」

 「……」

 「……なる程、国防軍絡みですか。解析と仰いましたが、まさか瓊勾玉の複製なんて請け負ってはいませんよね?」

 「……」

 

 達也の質問にまともに回答できないところからこれが国防軍からの要請だと直ぐに理解した達也は改めて聖遺物の解析や複製の難度の高さを説明する。しかし、対する小百合も、これが拒否できない類の案件だと達也に理解を求めた。

 

 

 

 「……分かりました、どうしても、と言うなら、サンプルを開発第3課に回しておいてください」

 「結構よッ!」

 

 仕方ないと自身の所属するFLT開発第3課でなら解析すると提案する達也に小百合は勢いよくその場に立ち上がると、聖遺物をバッグに押し込み部屋から飛び出した。

 

 

 「深雪」

 「……ッ!」

 

 小百合が飛び出した後、達也はこっそりと覗き見ていた深雪を呼ぶと、戸締りをしっかりとするように言い、外に出る支度を整える。

 

 

 

 

 「危機管理意識の足りない人のフォローに行ってくる」




いかがでしたでしょうか?

今回は小百合さんの下りまで、次回は冒頭、バトルです。(竜士君も絡みます)
 

それでは次回もどうぞよろしくお願い致します!


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横浜騒乱編Ⅱ

オハコンバンチハ。

横浜騒乱編第二話の投稿となります。

今回は小百合に対する大亜連合の襲撃のお話です。

それではどうぞよろしくお願い致します!


 すっかり日が暮れ、疎らに立つ街灯と民家の灯りが照らす道路を達也は大型二輪を走らせる。目的は先程家を飛び出していった小百合だ。

 少し前に達也と深雪の自宅を飛び出した小百合はその手に聖遺物(レリック)を持ったままだった。

 改めて達也は被ったフルフェイスヘルメットの内側で溜息をつく。今回、国防軍からの要請で預かっているレリックをこうも無防備に持ち出せる小百合の危機管理意識はほぼないと言ってもいい。普通に考えれば、様々な組織からの工作を考えるのが妥当であるが、それが一切彼女には無かった。

 

 暫く走る内に達也はその視界の先に小百合の乗った車両を見つける。ただ、小百合の車両の後方にはワンボックス型の車両がほとんど感覚無く走行していた。そしてワンボックスは突如加速すると小百合の車両の前方に横付けするように無理やり停車する。

 最新の危険回避技術で走行している車両ではあるが、その限界を超えて車両はスピンし、速度を殺しきれず衝突してようやく停車した。

 

 続けて開くワンボックスのスライドドアから拳銃で武装した男達数人が飛び出すと取り囲むように小百合の様子を外から見る。小百合は衝突した衝撃で展開したエアバッグに包まれるように突っ伏している。意識は無いが、エアバッグのお陰か、特に大きな怪我は無かった。

 

 

 「―――ッ、間に合わんか……」

 

 達也は再びヘルメットの内側で小さく呟く、達也と小百合との距離は未だ数百メートル近い距離がある。到着する頃にはレリックは強奪されているだろう。となると、次は犯人を追跡して奪還と言う事になるが、どう見ても相手は素人ではない。奪還は困難である事は容易に想像できた。

 

 最終的な手段として犯人の車両を魔法により消滅させる事を達也は考える。レリックという軍事的・科学的に重要な物資を流出させるリスクを考えるならそれしか方法は無かった。

 

 しかし、やむを得ないとCADをホルスターから抜いた達也の視界に犯人とは違う男が急に映り込む。

 

 「……あれは」

 

 距離がまだあるので顔までは分からないがその男は、瞬間的に小百合の車両と犯人の間に入り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「―――分かりました。レリックを優先で確保します」

 

 先方からの指示に頷き、竜士はヘッドセットを外す。

 続けて、ジャケットを羽織ると脇のホルスターにCADを納める。前の九校戦でCADが壊れてしまった為、一から作り直した新型モデルだ。ただ、その外観は以前のものとは大きく違う。以前の不格好だった外観はシンプルに纏められ、ベースであるシルバーホーンより少し長い程度といったデザインとなっていた。

 

 「俺はまだ正式に返答した訳では無いんだけど……」

  

 部屋の扉に手を掛け竜士は愚痴を零す。九校戦を終えてから竜士はCADメーカーであるFLTとの非公開専属契約のオファーを受ける事にしていた。脇のCADは彼を取り込もうとするFLTからのものだった。ただ、契約はあくまで研究員として、であって別にボディガードとしてでは無い。これはあくまで仕事では無く、竜士の戦闘技能を見込んだ上での会社からの要請であった。

 

 

 竜士は部屋を飛び出すと駐輪している大型二輪に跨り、全速で送信されてくる位置情報へと向かう。―――どうやら会社からレリックを持ち出した研究員の車両が襲撃を受けているそうで、そのレリックの強奪を阻止して欲しいとの要請だった。

 どこからそんな情報が?と疑いたくもなったが、今は先ず現場に向かう事にする。

 

 送られてくる位置情報は移動しており、幸いなことに竜士の自宅から近い位置だった。

 

 

 

 

 

 

 (……こいつ等は、”プロ”だな)

 

 少し離れた位置に到着した竜士が見たのは小型の車両とその前に横付けされたワンボックス型の車両。小型車両の方はエアバッグが展開されていて外装の損傷具合からも乗員は無事であるだろう。

 そして直ぐにワンボックスから飛び出してくる2名の男、手にはCADでは無く拳銃を持っている。要するにこれらが”敵”と言う事だった。その動きは無駄が無く、実に手慣れていて一目でその手の行動に従事している者であることが分かる。

 

 (―――銃持っているし、コレの試験も兼ねて、行くか)

 

 竜士は静かにホルスターからCADを抜くと前方に認識した”敵”を排除するべく行動を開始する。その手には拳銃型とは別のCAD。竜士は魔法を発動すると、地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おい」

 

 確保対象の車両と敵との間に割り込んだ竜士は、敵の注意を引くようにわざと声を掛ける。

 対する男達も瞬間的に視界に現れた竜士に少し驚きつつも、直ぐに片方の男が嵌めた指輪を起動しようと片腕を持ち上げる。

 

 (アンティナイトか、遅すぎるな)

 

 瞬時に構えた拳銃型CADのトリガーを引く。

 アンティナイトを起動しようとした男の手から”地面に引き寄せられるように”拳銃が落下し、そして同時に悲鳴を上げながら指輪を嵌めた方の腕を抑えて蹲る。その様子を確認する間も無く竜士はCADをもう片方の男に指向し、再びトリガーを引く。その男もまた拳銃を落とす。その様子は急に重いモノを持たされたような、そんな挙動を見せて。

 

 「(クソッ、どうなってやがる!コイツは一体……)」

 

 男は、相方に目を遣る。相方の腕は前腕部の途中でその方向が変わっていた。続けて足元の拳銃を見る。その拳銃は瞬間的に重くなって支えきれず手放してしまった。

 

 「オマエハ……」

 

 唖然とした表情を浮かべ男は竜士に片言の日本語で問いかける。

 

 「お前が知る必要は無い」

 

 竜士が躊躇いなく発動した魔法は2人の命を刈り取った。

 

 

 

 「さて、と」

 

 脅威を排除した竜士は続けてワンボックスの車内を確認し、安全を確保すると、未だにエアバッグが展開されたままの小型車両に視線を向ける。車内はエアバッグで満たされていて見えるのは運転者のみだったが、この様子だと肝心のレリックも無事であろうと予想する。

 後はレリックを回収するだけ、と竜士は拳銃型CADを脇のホルスターに納めて、車両のドアに手を掛けようとした時、突如車両の後方から照射されたハイビームの光が彼を包み込んだ。

 

 「―――ッ!」

 

 反射的に竜士は車両の影に隠れ、CADを抜く。ハイビームのお陰で相手の人数、武装等、全く分からなかった。

 敵の情報が全くない中で竜士は、後方の様子を伺う。相手の足音らしいものは聞こえない。更にライトの光に入らないように上手く動いているようだ。

 

 (此奴は相当の凄腕だな……どう出るか)

 

 このままでは追い込まれて先手を取られてしまう。竜士は意を決めて魔法を展開する。

 

 (間合いは近い、干渉領域を展開して格闘戦、かな)

 

 干渉装甲を展開した竜士はすぐさま相手のいた方へ飛び出す。案の状、目の前に居るのは男が一人。暗くて顔は分からないがCADを構えているところから魔法師だろう。

 竜士は持ち前の体術で彼我の距離を一気に詰める。

 

 (―――間合いに入った)

 

 竜士と男の間合いは数メートル。展開した干渉装甲により相手は魔法を発動できていないようだ。竜士は素早く右ストレートを突き出し―――躱された。

 

 「―――なッ」

 

 少し驚きつつも続けざまに左、蹴りと繰り出すも、それらは相手に全て躱される。逆に、竜士の繰り出す技の一瞬の間隙を縫って、相手も技を繰り出してくる。竜士はこれらを同様に躱し、後方へ間合いを切った。

 

 (……さっきまでの奴等とは格が違う。こいつはバケモノだ)

 

 

 「―――おい」

 

 全く予想していなかった強敵の出現に、驚きつつとある懸念が浮かび上がった竜士に相手の男ははっきりと日本語で問いかけた。どこかで聞いたことのある声に竜士は「もしや」と問い返す。

 

 「「―――お前……」」

 「竜士か?」「達也なのか?」

 

 予想が当たったことと、目の前の男が敵ではない事を確認して竜士はゆっくりと達也に歩み寄る。一方の達也も少し驚いたような表情を浮かべ抜いていたCADをホルスターに納めた。

 

 「こんなところに何で居るんだ?」

 「それはこっちのセリフだ、達也。お前こそどうしたんだ?」

 「……この車両に乗ってるのは俺の知り合いだ。会社の資料を持ち歩いているところを襲われたようだ」

 「……そうだったのか、すまなかった」

 

 例の研究員が達也の知り合いだと理解した竜士は直ぐに達也に頭を下げる。対する達也も「いや、気にするな」と謝罪を受け入れた。

 

 

 

 「ところで、お前はどうしてここに来たんだ?」

 「ああ、それは―――ッ」

 

 そこまで言って竜士は突然、大きく後方へ飛ばされた。少し遅れて達也の耳に届くライフル銃の銃声。

 反射的に達也は小百合の車両の影に飛び込み身を隠す。竜士も同様に飛ばされた勢いを利用して達也の脇に避難していた。

 

 「竜士、大丈夫か?」

 「……脚をやられた。出血量が不味いな」

 

 

 そういいながら竜士は苦痛をこらえるような表情を浮かべながらも応急的な処置を自ら行っている。

 達也は視線を前へ戻す。先程彼らが居た場所では魔法により、竜士の倒した二人がワンボックス型車両に詰められ自動的にその場から走り去っていった。しかし彼らは依然と狙撃手の脅威に晒されている。達也は再び視線を竜士に向けると、竜士はぐったりと車両にもたれかかり、その周りは血溜りが出来ていた。

 

 (―――余り時間は無いか)

 

 負傷した竜士の状況から時間的余裕が無い事を確認した達也は精霊の眼により弾丸の軌道を読み、狙撃手を特定する事にした。

 

 (……約1キロメートル先、ビルの屋上か)

 

 狙撃手を特定した達也は車両の影から立ち上がると精霊の眼により確認した狙撃手にCADを指向するとその引き金を引いた。

 

 

 遥か遠く、ビルの屋上で、僅かに青白い炎が立ち上った。




いかがでしたでしょうか?

本当はもう少し先に進める予定でしたが思いのほか長くなってしまいました・・・

次回はもう少し進めたいと思います。


それでは次回もどうぞよろしくお願い致します!


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横浜騒乱編Ⅲ

こんにちは!
 
 
仕事の影響で投稿が随分と遅れてしまいました、すみません。
 
今回は横浜騒乱編の第3話の投稿になります。
正直竜士君は魔法コンペ開始までは余り出番もありませんから物語の進行はここから一気に進むと思います。
ですので今回はオリジナル展開が殆どです。読みづらいと思いますがどうぞよろしくお願い致します!

それではどうぞ!



 「街路カメラの方は心配するな、既に処理を開始している」

 「有難う御座います、少佐」

 

 灯りを落としたリビングで達也は目の前の大型ディスプレイに向かって敬礼する。画面の向こうの男、風間は僅か眉を寄せると続けて一つの懸念を口にする。

 

 「それより、貴官と行動していた男、英竜士に機密が漏洩した恐れは?」

「ありません。自分が狙撃手を処理した際、彼は既に大量の出血で意識を失っていました」

 

 「それならいい」と風間は再び表情を戻し、話題を件の襲撃者に変える。そんな風間の反応に達也は内心、安堵とも取れる溜息をついた。先の襲撃事件で達也が使用した魔法は国防軍の機密事項に当たるものだった。もし竜士がその魔法を知ってしまうような事があれば達也の友人だろうと何かしらの不利益を被ることは明らかだ。(―――無論、もし竜士に意識があれば他の策を考えたのは当然なのだが)

 

 

 「それにしても、興味の絶えない男だな。英竜士は」

 「ええ、今回の一件から英がFLTと何かしらの繋がりがあることは明確です。つきましては―――」

 「ああ、その件も此方で調べておく事にしよう」

 

 気を効かせた風間の言葉に「有難う御座います」と画面越しに敬礼をした達也は秘匿通信が切れると振り向き、先程から扉の影から様子を伺う妹に優しい視線を向ける。

 

 「……深雪。竜士の事なら心配するな。気を失ってはいたが大事はないよ」

 「お兄様……」

 

 先程までの達也の報告を聞いていたのだろう。竜士が撃たれて病院に搬送されたという事実に深雪は心配そうな表情を隠そうとせず達也を見つめる。

 

 「……大丈夫だ。搬送された病院は救急医療で定評のある病院だし、国防軍の関係者もいる。直ぐに退院するだろう」

 「それなら、良いのですが……」

 

 魔法が一般社会に広く普及した現代では同時に医療分野への魔法の応用も積極的に行われている。先の九校戦における数々の負傷事例も、最大で数日間程度の入院で完治し、後遺症も無い。勿論、それは物理的な面においてであって、精神的な面、例えばPTSD(心的外傷後ストレス障害)と言った心的な障害は今現在に於いても根本的な治療には時間を要しているのが現状であった。

 

 (……竜士に限って”そういう事”は無いと思うがな)

 

 「ところで深雪、そのエプロンは?」

 

 達也は一瞬の杞憂を頭の隅に追いやり落ち込んだ深雪を慰めようと、彼女がいつの間にか身に着けているエプロンに目を遣り、話を振った。

 

 「はい!美月がエプロンを買い替えると言うので、一緒に買ってみたのですが……あの、おかしくは無いですか?」

 

 達也から話を振られて深雪は思わず笑みを零した。そして、その場で軽く腰を左右に捻り新調したエプロンのデザインを達也に見せるようにしてその感想を尋ねる。そのエプロンは白を基調に水色のリボン、肩と裾にはフリルをあしらったもの。

 

 「とてもよく似合っているよ。ここに居ないのが残念だが、竜士が見たらあいつもきっと目を丸くしていただろうね」

 「そ、そんな事は……竜士君はいつも深雪にそっけないですから」

 

 

 そういって深雪は達也の率直な感想に頬を朱く染めながらも僅かに膨らませ、竜士への不満を漏らしたのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 

 「状況を報告しろ」

 「……横浜の魔術師協会への潜入に成功しました。引き続き作業を進めます」

 「……現地協力員の確保に成功。間も無く行動を開始する予定です」

 

 古びたコンクリート造りの建物の中、無数のディスプレイが青白く照らす作戦本部で陳は端末を操作する部下からの報告を受ける。無数に展開する段階的な浸透作戦の報告を受ける中で一人のオペレーターが少し言葉を詰まらせながら報告を上げる。

 

 

 「レリックの奪取、失敗した模様です」

 「―――聖遺物の魔法式保存機能は確認できたのか?」

 「……いえ、それも現物が無ければ解明出来ないとの事です」

 

 そこまで聞いて陳は少し考え込むようにしてやがて口を開く。

 

 「魔法式保存機能が事実だとして、それを手に入れる事が出来れば我が大亜連合の魔法戦力は飛躍的に上がる……何としても奪取するのだ」

 

 陳は振り返らずに背後に控える大男に指示を与える。当の大男はようやくといった感情に口角を吊り上げたのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

  

 

 「割に合わないよな。全く」

 

 約2日の入院期間を空けて退院した竜士は病院の自動ドアを通ると両腕を頭上で伸ばし、ため込んでいた文句を口にした。

 

 「―――それでも、先方からお見舞いは在ったんでしょう?」

 「そんなこと覚えていませんよ―――って、七草先輩?どうされたのですか?こんなところに」

 

 独りごとに対する返答に驚き竜士は慌てて後ろを振り返る。先程通った病院の自動ドア。その脇の柱にもたれかかる様にしていた真由美は竜士が振り向くと身体を起こし、駆け寄ってくる。

 

 「どうした?はこっちのセリフなんだけどね、竜士君、急に学校に来なくなったから達也君に聞けば、女性を助けて車に跳ねられたって」

 「……女性?車に跳ねられた?」

 

 竜士は入院前までの記憶を急いで辿る。九校戦の時と違い今でもハッキリとその時の事は覚えていた。

 

 (……あの時は確か、FLTからの要請で聖遺物の回収に行って、そこで撃たれて―――)

 

 そこまで思い出して竜士は納得する。一般的に考えて、一介の高校生が夜中、街中で狙撃されて入院しましたなって大っぴらにできる筈もない。これは公安か”その方面”の組織が裏で操作した結果だろう(―――どうせなら竜士にも知らせて欲しかったところではあったが)

 

 「そうよ、結構大きな怪我だったみたいで何度かお見舞いに行ったんだけれど、昨日まで面会謝絶だったんだから」

 「そうだったのですか、俺もずっと寝ていたみたいで気付きませんでした」

 

 「寝ていた」のは事実だが、それ以外は全く本人の知らない方向で話が進んでいるようで竜士は一応話を合わせておくことにする。

 

 時間はまだ午前9時を回った辺り、このまま帰宅しても良いとは思うのだが、少し用事もあり竜士は学校へ寄る事を真由美に話す。対する真由美もこのまま学校に戻る予定だったらしく(―――そもそも平日のこんな時間に学校を抜け出しても良いモノなのか、という疑念はあるがそれはこの際置いておくことにした)、二人は揃って同じキャビネットで学校に向かう事にした。

 

 

 

 

 

 「―――それで、相手の女性からお見舞いがあったんでしょ?」

 

 乗り込んだキャビネットが発進するや、真由美は若干不機嫌そうに竜士に尋ねた。

 対面に座る竜士も正直そのような話は一切聞いていないしそもそも助けた女性なんて居ないが一応話を合わせるべく「……そのようですね」と真由美の言葉に話を合わせる。

 

 「……長身で美人なお姉さん、なんでしょ?」

 「そこまでは知りませんが、何故それを?」

 「病院の人が言ってたわ。プライベートナンバーも交換しているって」

 

 竜士の対面で真由美は一層不満そうに頬を膨らませてまくし立てる。

 

 「こんな美少女が目の前に居るのに、竜士君全く手を出す素振りないものね。ごめんねー、お姉さん子供体系で」

 

 半ば自虐的に両手で肩を抱く真由美に竜士は溜息をつく。何がどうしてこうなったんだ、と。それにいくら事実を表に出せないと言ってここまで変な設定を考えつく人間もなかなかいない。是非、文句を言わせて貰いたい。

 

 

 「そんな事はありませんよ?ただこんな衆人環視のある環境で女性に手を出すような趣味が無いだけです」

 

 仕方なく竜士は口を開き周りを見る。一面に張られた窓からは外の様子が確認できる。真由美は竜士の言葉に戸惑いつつ同じように周囲に目を遣る。

 

 「じゃ、じゃあ、ここが密室だったら?」

 「そうであれば……そうですねご想像にお任せしますよ」

 

 顔を真っ赤に染めて肩を抱く両手に力を入れる真由美に竜士は再び溜息をつく。そうしている内にキャビネットは到着し、停車したのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 

 「と言う事は竜士、お前は企業と契約していると言う事なのか?」

 

 そう言って達也は少し驚いたような素振りを見せる。

 

 「契約、というか、設計の外部委託みたいな感じだな。正式な雇用形態ではないよ。この間のは俺と委託間にある部署の研究員が強盗に襲われてるっていうから助けてやってくれって頼まれてさ」

 

 ―――実際には強盗どころの話では無かったのだから竜士からしたら何かしらの対応を考える話ではあったが事が公表できない以上何もできないだろうと半ば諦めていた。

 

 「そうだったのか、高校生にして企業からオファーが来ているとは凄いな」

 「止めてくれよ、九校戦の七光りって奴だよ。お陰で俺はこのザマだしな」

 

 竜士は自嘲した笑みを浮かべて両手を力無く持ち上げる。

 

 (―――竜士がFLTに、これも叔母上の意向なのか?)

 

 一方の達也は少し思案顔を浮かべて「大変だったな」と労いの言葉を掛けた。

 

 

 「……それで、達也はどうしてあそこにいたんだ?」

 「ああ、あの事件の被害者は俺の知り合いなんだ。急に連絡が来てな」

 (―――まぁ、実際に達也もFLTに何かしらの関わりがあるって事か)

 

 飽くまで関係性が無い風に表現する達也に竜士は疑いを向ける。勿論、達也自身の口からそれが発せられる事は殆ど無い事も分かっているので問い詰めることもしないのだが。

 

 「―――ところで達也、この件はどこかで情報操作されていると思うんだが、心当たりはない、よな」

 「……まあな、そういった操作がされるのは当然だと思うが、一体どうしたんだ?」

 

 一瞬、達也は自分と国防軍との関係の事かと慎重に回答を選ぶ。

 

 

 

 「いや、その担当者に対して是非とも言っておきたいことがあってな」

 

 

 




 竜士と別れた後、達也の携帯端末が振動した。通知画面に登録名は表示されていない。つまりは知らない人間から、若しくは、そうでない機関からのものか。
 
 「はい」
 「それで英君は何か言っていたかしら」
 
 電話口の声から相手を察した達也は溜息をつくと同時に周囲を一瞥して人気のない事を確認する。
 
 「……よくもまあ、特定の端末をハッキング出来ますね。藤林さん」
 「そうでも無いわよ。それで彼は何て言ってたのかしら?」
 
 どこか楽しそうに響子は達也に先を促す。先程までの竜士の言葉と完全に話が合致した達也は少し呆れた溜息を零しつつも、竜士の言葉をそのまま伝える事にした。
 
 「是非とも言っておきたい事がある、だそうですよ」
 
 電話の向こうで満足げにする響子に達也は三度溜息をついたのだった。
 
 
 
 
 
 いかがでしたでしょうか? 
 今回はほぼオリジナル展開でした。次回からは特に何もなければ論文コンペに突入していくと思います(―――次回も仕事の関係で少し遅れてしまいますが)
 
 それでは次回もどうぞよろしくお願い致します!







いかがでしたでしょうか?




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横浜騒乱編Ⅳ

よろしくお願いいたします!


 「よぉ、竜士」

 「……レオか、どうしたんだ?」

 

 学校の中庭の一角に設置された巨大な水晶玉の様な装置。その周囲を取り囲むように巡察する竜士をレオは呼び止める。その背後には水晶玉と台座から伸びた無数のケーブルの先でデバイスを操作する達也、圭そして鈴音の姿がある。3人とも各々に与えられた役割を淡々とこなしている様子で、無闇に声を掛けて邪魔をする様なことはレオには出来なかったのだろう。

 

 「俺は別にどうしたって訳じゃ無くて……」

 

 そう言ってレオは自分の背後視線を向けその中の一角を指差す。そこには何やら長身の男子生徒と言い争っている様子の赤毛の少女。顔を見るまでも無くエリカだ。対する男子生徒は風紀委員である竜士は知っている。2年生の風紀委員の関本勲(せきもと いさお)だ。

 

 「何をやっているんだ?エリカは」

 

 何やら気に入らない事があるのか声を荒げる勲に対して、涼しそうな表情を一切崩さないエリカ。風紀委員の命で会場の警備を担当している竜士からすればもっと別の所でやって欲しいところではあった。

 

 「面倒だな、全く」

 

 更に声を荒げる勲に次第に周囲には何か、と気になった生徒達が集まり始めていた。

 これ以上エスカレートして暴力沙汰(―――とは言ってもエリカが相手では一方的に負けるのは目に見えているが)にでもなれば更にややこしくなると竜士は溜息交じりに二人の下へ足を向ける。

 

 「あの、どうさ「関本さん、一体どうしたんですか?」」

 

 やがて二人の元に着いた竜士が向けた言葉はその途中で更に後ろからの声に上書きされた。

 

 (千代田先輩……)

 

 竜士が振り返るとそこには先程まで鈴音の傍で警備をしていた花音がやや不機嫌そうな表情を浮かべつつ近づいている。

 

 「千代田か、いや、大した事じゃない。この2科生にうろちょろしないように注意していたところだ」

 「……今後の為にも実験を見学するのを止める理由はありません。それに、もし問題があれば護衛役の私たちが注意しますから」

 「俺は風紀委員だが?」

 「論文コンペに関しては専門の警備隊が編成されていますから。ここは私たちに任せて貰えませんか?」

 

 先ずは対面に立つ勲に、間髪入れずに振り返り、既視感を覚える2人に花音は内心頭を抱える。

 

 「……あと、貴方たちも今日は帰って貰えないかしら?先程の件だって見方を変えれば4対1の暴力行為なんだから」

 

 「―――暴力?」

 

 花音の言葉に疑問符を浮かべる竜士に千代田は「そうね」と、事の顛末を簡単に説明することにする。

 

 「ついさっきの話だけど、2科の1年生が実験に小細工しようとしてね、彼らと取り押さえたって訳なの。君がいてくれればもっと楽に捕まえられたと思うのだけど―――ん?」

 

 そこまで言って花音は突然携帯端末を取り出し2、3操作すると顔を上げ、「少し離れるから、後お願い」と竜士にその場を託し校舎の方へ駆け出していったのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 

 「……エリカと西城君、まだ履修中なんですか?」

 

 昼休みのカフェテリアで昼食を囲む一同、その中に見当たらない2人を指してほのかは何の気なしに疑問を場に投げた。

 

 「あの二人、今日は多分休みだよ」

 「え……?」

 

 投げかけた疑問に対して達也の口から発せられた言葉に思わず手に取った食事を落としてしまうほのか。続けて何やら意味深な笑みを浮かべながら「二人一緒にですか?」と聞き返す。

 一方の達也もほのかの期待に添えられるように微笑を浮かべ「ああ」とほのかの言葉を強調するように肯定した。

 

 「……エリカとレオが?珍しいな、何かあったのか?」

 「つい先日の話だ、俺たちは学校帰りにいつも通り帰宅していた訳だが、とある機関の人間と一悶着あってな」

 「……とある機関、ねぇ―――さしずめ、レオはエリカにしごかれているって訳か」

 「勘が良いな、そこで盛り上がっているところ悪いがそういう事だろう」

 

 普通に勘案するなら達也の言葉から察せるのは、ほのかの様な反応が正しいところだろう。しかしながら”そう言った事”がありえないことは竜士もよく知っている。 

 事の核心を含みも無く口にする竜士を他所に盛り上がるほのかに達也は苦笑いを向けたのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「やあぁっ!」

 

 正面に立つ男子生徒が手に持った竹刀に魔法を発動させ気合の入った声と共に突っ込んでくる。対する克人は一切避ける素振りを見せる事無く魔法障壁を展開、真っ向から男子生徒の突っ込みを受けそれを跳ね返す。

 悲鳴にも近い声を上げ男子生徒は飛ばされ、地面に伏した。

 

 既に彼の周りには同様の姿勢の生徒が数人、同じように倒れこんでいる。重大な怪我の者は居ないが、衝撃で気を失っている生徒は居るようだった。

 

 

 

 

 

 「……十文字君、警備隊の指揮を高めるつもりなんだろうけど、反って自信を無くしちゃわないかしら」

 

 第一高校の屋外訓練場、そこで行われているのは論文コンペの警備隊に抜擢された生徒と十文字克人、ただ一人による模擬戦であった。とはいっても今のところ克人に擦り傷の一つでもつけられた生徒は居ないのだが―――。

 

 真由美は訓練の様子が映し出されたモニターの前で少し困ったような表情を浮かべ、同じくモニターを座して観る摩利に心配を言葉にする。

 「……今の内に後輩を絞っておきたいんだろう?今回あいつは警備隊総隊長だからな」

 

 依然と流れる惨劇の映像を目の当たりにしながら一方の摩利も困った様な表情を浮かべつつも克人の心情に一定の理解を示し、同時に一種の期待を込めて再度口を開いた。

 

 「だが、今回に限っては十文字の独り勝ちって訳でも無さそうだぞ」

 「―――竜士君ね」

 「ああ、勿論、他にも見どころの在る奴は居るが、以前壊れたCADを新調したと言っていたし、あの男がどう立ち回るのか見物だな」

 「まだ体調も万全じゃない筈なんだけどね……」

 

 

 モニターの前で心配を口にする二人を他所にそこに映し出された男、英竜士は機会を伺うように森林の茂みに身を隠していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 「……いやいや、模擬戦ってこんなに激しかったか?」

 

 訓練場のところどころで起きる砲撃音とも似て取れる音と揺れる足元に竜士は溜息と同時に呆れともとれる声を漏らす。

 先程から続く砲撃音と地揺れは次第に少なくなっていく。恐らくは克人に立ち向かってやられたのか、襲撃を受けてやられたのか、生存者は最早少ないといった所か。

 

 「……あくまで此方から仕掛けるのを待つ、って事か」

 

 サイオンを展開して状況を察知する竜士、意図的に展開されたサイオンに克人程の人間が気付かない筈は無い。

 あくまで竜士の出方を伺っているのか、少し開けた場所で竜士の方へ視点を合わせ、克人はその場に佇んでいた。

 

 「……よし」

 

 その場から一向に動く気配を見せない克人の誘いに竜士は乗ることを決め行動を起こす。

 

 両手に持った拳銃型CADの片方、左手のそれを進行方向へ向け引き金を引く。瞬間的な移動を目的とした魔法を次々と地面に用意して発動と同時に踏み込む。予め移動方向を決めて数歩先まで魔法を用意しておく。

 体術のみでも半ば超人的な達也に匹敵するものを発揮する竜士だが、相手は十文字克人である。無駄な一撃を貰う訳にもいかない為、竜士は魔法を併用して文字通り瞬間的な移動を実現する。

 

 

 

 「……」

 

 十文字は静かに構える。

 先程まで静止していた気配が瞬間的に加速して距離を詰めてきている。

 

 (……こんな芸当が出来る奴は、英か)

 

 みるみる距離を詰める気配に僅かに口角を持ち上げ竜士が飛び出してくるだろう茂みに視線を向ける。

 

 (この距離ならば、飛び出しだ所を狙える、か―――ッ!!)

 

 そう考えて克人は迫る気配に合わせてファランクスを利用した攻撃に移ろうとタイミングを合わせる。しかし次の瞬間、克人の顔に一筋の汗が伝う。

 

 克人が気配に合わせて正面を向いた方向、その斜め後方から突然何かが飛来してきたのだった。すぐさま克人は物理障壁を後方に展開し、攻撃を回避する。そしてその機会を逃さない、と茂みから横っ飛びの姿勢で竜士が飛び出してくる。その右手に握った拳銃型CADは既に克人を捕らえていた。

 

 

 「……流石、竜士君といったところなのかな」

 

 興味深いといった姿勢を崩さずモニターをしがみ付くように観る真由美は隣の摩利へ感嘆の声を漏らす。モニターでは数分前から克人と竜士の戦いが途切れることなく映し出されている。今までの生徒達が大抵初撃を防がれてそのまま負けてしまっている事を鑑みれば相当善戦していると取れるだろう。しかし、そんな光景にも摩利は何処か納得がいかない様子で眉を(ひそ)めていた。

 

 「いやな、どこか違和感を感じないか?」

 「そう、かしら?」

 「ああ、九校戦の時と戦い方が違うと思うんだが」

 

 そう言って摩利は椅子の背もたれに身体を預ける。対する真由美も先程までの表情の裏で摩利の言葉が決して見かけで判断しているものでは無い事を理解していた。

 「……確かにそうね、今の竜士君は何処か決め手に欠けるって感じがするものね」

 「ああ、手を抜いている、と言う事は無いとは思うのだが」

 「もしかして、決め手が無いのでは無くて、何か理由があって使えない、とか?」

 

 少し意味深な言葉を紡ぐ真由美に、摩利は生唾を飲み込む。

 

 

 

 「……例えばよ、摩利。彼の決め手が”戦略級魔法”だったとしたら、どうかしら」




いかがでしたでしょうか?

次回は一気に論文コンペ当日まで飛びます!


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