野郎共はIS学園で何かを追い求めるようです (文系グダグダ)
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クラスメイトは全員野郎(担任含め)

「どうしてこうなった」

 

 目の前にいる担任を他所にただただ呟くしかない。教室は妙な空気に包まれていて、誰からも反応がない。

 

 男、男、男……まるで男子校のような、メカトロニクス学科系特有のような、そんな華の一つもないそんな空間、それがこの教室だ。メガネ天国じゃないだけマシかな?

 

「本当にどうしてこうなった……ッ!」

 

 俺は俗に言う転生者という奴だ。大事なのは転生をした人ではなく転生者、って所。二次創作でナウい、現代世界、つまりは『向こう側』の知識と経験を持ったままに創作世界、『此方側』に来た人間だ。

 インフィニット・ストラトスの世界で、俺はまぁそれなりに普通の家に生まれた。町工場で働く職人を父に持ち、平々凡々にある程度女の子に虐げられながら女尊男卑の世界を生きてきたのだ。父親の仕事が職人技術という事でIS装備の一部に利用されているので、ISにちっと触れた機会があるのがまぁちょっと優越感。でも、そんな事が優越感になるほど俺は普通に生きてきたのだ。

 ……触れたその時、ISを動かせそうだなと思った事なんて無視しながら。

 

 やっぱ、強くてニューゲームとか……最高やな! と、調子に乗って生きているその頃、この世界がインフィニット・ストラトスという物語を下敷きにしている事に気付いたのは、篠ノ之束が事件を起こしてからの話。

 そして、原作とはズレていることに気づいたのはその事件から少し経ってからの事だ。

 ……なんていうか、束さん、行方不明にならない。呑気に製造を続けている。製法を明かさずに、一所に留まらずに、それでも世間に身を晒しながら少しずつISコアを普及させている。

 ピンときた。これは俺以外にも原作に存在しない要因である転生者がいるんだなって。そいつが積極的に動いているんだなって。

 

 俺は別に世界の有り様になんて興味はなかった。理由はいくつかある。

 IS世界に生まれたって言っても別にヒロイン達に無理やり近づきたいとは思わない。ヒロイン達の面倒なバックグラウンドに貧弱一般人がどうこうできるはずがないだろ、いい加減にしろ。

 次にラノベ世界であるおかげか転生した俺含めやたら顔面偏差値が高いので、身近な女の子でさえ十分可愛かったのもまぁ、理由の一つ。

 最後の理由は、自分以外の転生者さんとかち合って行き違いがあって殺し合い、なんてふざけた事になるのはごめんだからだ。リスクの割にリターンが少ない道なんて誰が行きたいと思うものかよ。

 とか思ってたら、政府の人が俺の家に来て。

 

 昔触れたISが、俺に触れた時のデータを観測していたらしくて。初めは誤差や誤認と思われていたらしいが、最近『ある理由』から見直しが行われ、俺だってISを動かせるかもという話になって。

 あれよという間に機密保持の為だとかでひとっりきりで試験を受けさせられ、やっぱり動かせて、合格して。

 なんだかよく分からないがIS学園に通う事になって、こうなったのです。

 

「つぎ、東陽太」

 

 ひがしようた、と自分の名前が呼ばれる。無骨で機能的な肉体を誇る担任の口からだ。

 

 怖い。

 

 怖いと言えば、この教室にいる奴全員が怖い。ヒロイン争奪戦とか、女尊男卑はおかしい革命だとか、男ばかりとクラスメイトになったんなら死ぬしかないじゃないとか言い出さないだろうな……。ちらと見渡す限り、少なくとも今すぐアクションを起こそうという輩はいないようだけれど。

 すぐに浮ついた目線を目の前の担任に戻す、下手に行動すると何をされるかわかったものでなく、とにかく恐ろしいことには代わりはなかった。この世界では他はともかく少なくとも貧弱一般人の俺は弱者でしかなく、周りも俺と同じだとは言い切れない。

 

――もしかして心を読める系とか魔法めいた能力とかないだろうな……

 

 すっと息を吐き、立ち上がる。嫌な事はとっとと終わらせるに限る。

 

「東陽太です。多分皆さんと同じで、なんかふつーに生きてたらアブダクションされてここに連れてこられたんすけども……あー、まぁ、よろしく」

 

 可もなく不可もなし、無難な紹介をしてとっとと席に座る俺。今は少しでも針のように刺さる視線から逃げたくてしょうがなかった。

 皆さんと同じで、と言う辺りは半分ぐらい嘘だけれど。多分、この中の一人ぐらいは既に最低でも篠ノ之束に関わっているんだろう。

 他のヒロインとなる女の子に絡みに行った人もいるのかもしれない。もしかして、もっと根源的な所とか暗い世界とかに踏み込んだ人も――

 

「次、鶴村勝」

 

 自分の背後でつるむらまさる、と。そう呼ばれて立ち上がったのは小柄な男だった。

 ていうか、知ってる顔だった。こっちではなく、『向こう側』の世界で。記憶は定かではないが、俺が生きて命を落としたらしい『向こう側』で。ラノベ補正でイケメン上がっているが、面影があった。

 

「鶴村ですー。なんか、まぁ、あれだよ、あれ、うん」

 

 その男は、物凄い気楽な調子で言葉を紡ぎ。なんかもう皆ピリピリしてんのわかんないの何なのこいつって俺のアイコンタクトを無視しながら。

 

「とりあえず、そんなことよりカタンやろうぜ!」

 

「マジかよやりてぇ!」

 

 皆をずっこさせる事を言った。乗ったのは俺だけだった。

 

 とりあえずは授業であった。

 

 殆どのクラスメイトはカタンのルールを知らなかったので急遽、カタン講習会が始まり、やがてあっという間に白熱したカタン講習会は遂に危険な一時限目に突入しようとしたが、恐らく俺達男子クラスの為に呼ばれたであろう担任の教育的鉄拳により食い止められた。俺は首謀者じゃなく一番に乗っただけなのに理不尽だ、と拳骨落とされた頭を撫でながら思う。

 

「現在、ISの軍事的利用には厳しい制限が課せられている。潜入や密輸に最適なISは容易く非人道兵器へと姿を変えるからだ。君達の将来は軍人や競技者よりも平和的利用をする……そうだな、災害救助隊など、そのような道に進む者が多いだろう。もしくは、研究施設のモルモットかもしれんが」

 

 先生の冗談はかなり笑えない。

 ISの数が制限されている原作と違い、この世界でISは広く利用されている。国連認可のIS学園がここにしかないだけで、IS専門学校のようなものなら世界中のどこにでもある。学園はエリートのみが通う事を許される狭き門にして、IS競技者の登竜門のような存在なのだ。

 とはいえ、この教室にいる男達はそういうの関係なく保護の為に集められているのだが。

 この話についてもクラスメイトの幾人かは今知ったような顔をしているのもいる。勿論、そういうポーズをしているだけなのかもしれないけれど。

 こいつら全員『向こう側』からの転生者で強くてニューゲーム状態だとすると腹の中で何を考えているのかわからないのだ。油断をしてはいけない。カタンはするけど。

 

「君達の中には事情があり、ISについて詳しい者もいる。だが、そんな君達でも馬鹿らしいと思わずどうか私の話に耳を傾けてほしい。ここで学ぶのはただの操縦技術だけではない、人と関わる為の操縦技術だ。どうか気を抜かずに取り組んでくれ」

 

 どうやら、というか。やはり、というか。元からISに関わっている人はいるようだ。織斑一夏が表に出るまで秘匿されていただけで。多分軍人とか、特殊部隊の人間とかにはいたのだろう。

 もしかしたら秘密結社のエージェントとか、篠ノ之束の肝入りとか、そんな得体の知れない奴らもいるかもしれない。

 あと、担任は凄く真面目だった。チャイムが鳴ってもキリの良い所まで授業終わらない系先生でだった。そしてきっちり宿題を残すタイプでもあった。ちくしょう。

 

 

 

「で、鶴村も一般人?」

 

「いや、そもそもこんな所で言える訳ないですやん」

 

「で、実際はどうよ?」

 

「そうだよ(肯定)」

 

 休み時間、流石にこの短時間で終わらせるゲームの用意なんて出来ていないので適当に二人で寄り合って話す。

 まぁまず話題は、お互いがどういう存在かと言う事になる。俺達は知り合いで友人とはいえ、16年もの違う人生を歩んできたのだ……その割にいきなり波長が合った気がするがご都合主義時空的な何かが発生したのだろう。

 鶴村の言葉には含みがあったが、語る瞳に裏はない。まぁ、無意味なミスリードをしただけで一般人なんだろうこいつも。

 お互いにあれこれと昔話に花を咲かせつつ、どうやら貧弱一般人枠は俺だけではないことに心中で安堵する俺に、鶴村は爆弾をぶちこんだのであった。

 

「あっそうだ。でもなんか、転生者ってすごいらしい。才能あるらしい」

 

「マジかよ」

 

「うん。他の転生者仲間に聞いた」

 

 謎の交友関係の広さだった。他の転生者に対して身の振り方を考えている俺が馬鹿じゃねぇか。

 となれば、俺達は他のクラスに派遣されるという話も大丈夫かもしれない――男ばかりのクラスを纏めるのにどっかの組織から派遣されてきた担任だが、彼はISを扱えない。座学は彼に任せられるが、IS実技は他のクラスに混じってやる事になるのだ。しかも、ローテーションで全てのクラスを回る事になる。

 まぁ、各国の思惑的に男子をただ隔離する訳にはいかないという事だ。学費免除の代わり、こういう面倒な事にも付き合えという訳だ。まぁ女子にちやほやされるんなら望む所と言う奴らも多いだろう。

 俺? 失敗が怖いから出来るならやりたくない! 女の子に嘲笑われるのって、凄く心が痛い!

 

「しかもどこかの馬鹿がやらかしたのか、個人ISオッケーって」

 

「マジかよ」

 

「うん。転生者仲間が持ち込んでた」

 

「ちなみにお前は」

 

「持ってねぇよバーカ!」

 

「当たり前だよなぁ」

 

 謎の交友関係だった。

 ISの数が制限されていないとはいえ、プライベートジェット並の代物ではある。ていうか、基本的に所持に関しては厳しい取り決めがあるのだ。個人がそうホイホイ持てるもんじゃない。

 つまり、転生者ってのはそれにも拘わらずホイホイ持ってる奴か、後ろ盾があるか。そういう奴らばっかりで、しかもそれを晒す奴らばっかりって事だ。自信があるのか危機意識がないのか知らないが怖すぎだろ。

 

「おい、ちょっといいか」

 

 と。そんな俺達に話しかける奴がいた。

 知らない顔だった。眼鏡を掛けていて、こちらの世界で随分と鍛えたのかがっしりした身体つきだ。瞳は冷静、物腰は静か。

 そんな男が、口を開く。

 

 

「お前らは 誰 推 し だ ?」

 

 

 ずっこけそうになる。

 誰推し、とはヒロインの事だろう。この世界が『向こう側』のラノベだった頃、主人公の周りに居た彼女達。

 

「俺、千冬姉!」

 

「ええ……(ドン引き)」

 

「知ってた」

 

 隣でアホ(鶴村)が叫ぶ。見事な即答であった。そして、そういえばこいつはそうだった。おっかない系女子好きなのだ。女死力なのだ。

 さて、どうしよう。俺は特に誰って言うのはない。可愛い女の子は好きだが、可愛ければ貴賎なく等しく好きだ。こういう事を言われると、その、困る。

 二人の真面目な瞳がこちらを射抜く。えぇい、仕方ない。

 

「一夏」

 

「えっ」

 

「えっ(便乗)」

 

 沈黙の帳が落ちる。二人の目が逸らされた。焦る。鶴村お前は俺がノンケだって知ってんだろいい加減にしろ。

 

「ご、ごめっ、じょうだ」

 

「そうかそうか」

 

「そうかそうか(便乗)」

 

 受け入れられてしまった。便乗するのはやめてくださいよ鶴村さん!俺の社会的にまずいですよ!?

 

「ちょ、あのっ」

 

「さて、本題に入ろう。さっきのあれは危険でないかどうかの確認の為だ……まぁ別の意味で危険なのが見つかってしまったが」

 

 やべぇよ。やべぇよ。話が進んで訂正が利かなくなってしまった。どうしようこれ。

 

 

 奴の名前は井口と言うらしい。

 

 

 なんでも、今このクラスではクラス代表を巡って水面下の争いが繰り広げられ……結果、ヒロイン争奪戦の様相を呈しているらしい。やっぱり皆ヒロインが好きなようだ。仕方ないね。

 で、まぁ、そこまでならいい。そっから一夏を潰そうって勢力が出て、ややこしくなっていると。

 

「やっぱりな」

 

「俺は純粋にISの技術を磨きに来ている。そういう奴らは正直迷惑なのだよ」

 

「原作が壊れるわ……」

 

「んで、そういう事はしなさそうな俺達に声をかけたって事ね」

 

「うむ。カタンの時のノリ、プレイングの誠実さ。これらで確信した」

 

 確信されたらしい。

 井口は日本政府に秘匿されていた男性操縦者で、コネはある。

 あるが、その分重責もある。どうでもいい脇の話で怪我を負ってクラス代表を奪い合う戦いで後れを取る訳にはいかないと。

 で、俺達に白羽の矢が立ったわけだ。

 

 コネ無し、重責無し、後ろ盾無し、専用機も無し、価値も無し。使い捨ての手駒にするには普通だな!

 

「お前達に回せるISが一つある。有事の際には頼めるか?」

 

   ■   ■   ■

 

「では、後は任せた。頼んだぞ、鶴村、東」

 

 俺達に情報を伝えた井口はその場から立ち去った――ここまで調べたのは奴なのか、もしかしたらいるのかもしれない奴の仲間か。どっちにしろ俺達を介していて恩は売れないのだ。良心からの行動だろう、マジいい奴。

 ちなみに。奴が立ち去ったのは、つまり俺達がいるのはIS整備室である。

 

「ヒュー!、中々……悪くないじゃないか」

 

 芝居がかった口調で鶴村はそいつに、井口に託されたISに近づいた。

 打鉄である。どこか鎧武者を思わせる装甲の、超かてぇISである。生産性もあって色んな意味での頑丈さもピカ一、原作と同じく世界シェア二位を誇る。

 

 そして井口が持ってきた情報である一夏を狙おうとする一派――俺達の中では襲撃組と呼ぶ事にする。

 そいつら襲撃派のリーダーは南雲と言うらしい。

 あいつらは「ヒロインが一夏に集まるの癪だからぶっ殺すorこてんぱんにして失望させる」って主義で一つに集まっただけだ。求心力はなさそうだわ、潰したら頭がすげ変わりそうだわであまり重要ではなさそうだが、知っておくに越した事はない。

 人数は彼含めて四人。ISを個人所有していてなおかつこんな馬鹿な事に使おうとしてる奴らの人数だ。

 

「で、ほんとに東はいいのか?」

 

「ん、俺はパス。向いてない」

 

 こちらの世界でも俺は身体を動かしたり、武道を習ったりもしなかった。軍事教練どころか軍オタ程度の知識もないし、おもちゃの銃すら握った事がない。

 才能って面では知らないが、少なくとも経験面において俺は一歩劣っている訳だ。

 しかし、目の前にいるこの鶴村は。俺の記憶が正しく、そしてこいつがこの世界に来てもそれを続けているというならば。間違いなく、俺なんかよりも絶対強い。

 

「それじゃ俺の物って事で」

 

 うひょーと奇声を上げながら、鶴村は初期化と最適化処理の作業に入る。俺は外部からデータ取りとサポートだ。

 鶴村は、転生者は才能がすげぇと言っていた。ならば俺の才能と言うのはこういう方面なんだろう――昔ちょっと見たのと、教科書で読んだだけの知識なのにすらすらと作業が出来る。作業量が物足りないぐらいだ。頭の中で理論と工程が小気味良く噛み合って、目の前の問題が流れていく。

 なんか俺、ちょー凄いかも。

 

 

   ■   ■   ■

 

 

 部屋割りはなんと申告さえすれば自由だった。寮内に即席で作られた男子寮スペース内であればどういう組み合わせで部屋を使っても大丈夫との事だ。高度に政治的な問題なのか、人道上必要な配慮的な何かなのだろう。

 ちなみに俺は鶴村と同じ、と言いたい所だが彼は件の転生者仲間と同じ部屋だ。今度お邪魔してボードゲームをやろうと思う。

 そして「じゃあ知り合いも他にいないしなんでもいっす」と言った俺と同じ部屋になったのは

 

「どうも、織斑君。東っす、東陽太」

 

 そう、織斑一夏だった。とりあえずと言う事で体育館に集められていた荷物を取って部屋に行けば、奴がいたのだ。なんでもいいって言ってはいけない(戒め)

 イケメンはイケメンの爽やかイケメン君だが、俺達転生者イケメンによりイケメンがゲシュタルト崩壊しているのでさほどイケメンとは思えない俺イケメンって何回言った。まぁそういう事で、一年一組所属、唯一女子に囲まれた男子にして原作主人公様だ。

 そして俺と鶴村の護衛対象でもある。

 

「あ、あぁ……よろしく、東、君? ってか、俺の名前知ってんの?」

 

「一応君が世界初の男って事になってメディアでも取り上げられてたし。そりゃね」

 

 続々と発見されてからの俺達は個人情報保護の恩恵を受けたが、白熱していた時期の織斑君は顔出ししまくりのマジ悲惨な状態だった。週刊誌にある事ない事書かれてたりしたし。

 とりあえず荷物を置いて軽く話す。とは言っても、基本的には織斑君の話の聞き役だ。彼はコミュ力の高さを生かしてこれまでの自分の経緯を包み隠さず話してくれた。織斑って先生と同じ姓だけど、とか突っ込めばその辺りも話してくれたし。これで彼の生い立ちについて口を滑らせておかしな事に、とはならんだろう。

 

「いやぁ、東君話しやすい奴で助かったよ。友達が二人こっち来てるんだけど、そいつら二人とも俺と同じ部屋がいいって言うからさぁ。なんかこじれるのも嫌で、その二人で同じ部屋になってもらったってことで」

 

「あっ(察し)ふーん……」

 

 こんな世界にもホモはいるのかたまげたなぁ……

 

 冗談はナシにして、恐らくは一夏の傍にいればヒロインのおこぼれにあずかれるとか思った転生者なんだろう。 純粋に彼の事を心配してかも知れないが……まぁうん、まだどんな奴らか分からないんだしゲスの勘繰りはやめておくか。

 俺と鶴村、そして鶴村の友達。井口、四人の襲撃組、一夏の友達二人。これで10人、クラスメイトは30人だから1/3が俺の中で判明したことになる。残りの20人がなんなのか、恐いな。

 

「んじゃ、風呂いってくる。シャワーしか使えないの辛いよなぁ」

 

 織斑君が先にシャワーを浴びている内に考える。

 とりあえず世界はずれている。ずれているが、織斑君は幼馴染の箒と再会したと先ほど言っていた。

 セシリアについても話を振ってみれば、絡まれたとかそういう話になっている。つまり今の段階じゃ原作と同じって事だ。

 箒と特訓して、セシリアとフラグを立てる。従来のフローではあるが、そんな事は南雲達襲撃派は勿論許さないだろう。

 とはいえ、奴らもISで所構わず襲撃をかけるほどキレた奴らではないと信じたい。ていうかそうなるといくらなんでも井口はじめとする穏健派に叩かれて終わるだろう。数で言えば一夏にちょっかいをかけないとしてる方が多数派な訳だし。

 

「となると、やっぱ織斑君のIS訓練中だろうなぁ」

 

 もしくは、可能性は低いが生身での襲撃か。個人用ISという圧倒的なアドバンテージでボコれるならそっちにしそうだが、出来るだけ早く潰したいならそっちもあり得るだろう。確か織斑君がIS手に入れるのって、クラス代表決定戦でセシリアと戦う時なんだよなぁ。

 なんにしろ、俺に出来る事は少ない。織斑君と出来るだけ一緒に居て鶴村や他の人に連絡、それだけだ。一人でないだけで襲われる確率も下がるだろうしね。

 

「あがったぞー」

 

 さて、とりあえずシャワー浴びてこよう。

 

 

 翌日。「幼馴染怒らせちゃってるんで、機嫌取りに行くわ」と言っていた織斑と分かれて一人で食堂に行く。

 結論、凄いモテた。

 

「うぇあぁ……」

 

 戸惑いのあまり変な声が出る。IS学園の同級生やお姉さま方は急に増えた男子に興味津々のご様子で、誰彼かまわず食堂に来た男子に声をかけていた。勿論、グループで。その勢いに呑まれ、一緒に食事をとるようになっている奴がほとんどだ。

 俺もまた例外ではなく、年上のお姉さま方に両脇を固められていた。

 

「ハーレム!」

 

 とりあえず両腕を広げて叫んでみた。お姉さま方はきゃっきゃと面白がってくれる。男子のノリなら箸が転がっても面白い状態らしい。ここがエデンか。

 とりあえず、彼女達はずっと女子校のままここに繰り上がった生粋のエリートお嬢様らしい。物凄くそそられるものがあってこのまま目的を忘れてずっと戯れていたい所だが、あまり織斑君を見失って行動する訳にもいかない。いかないのだ!

 

「えー、いやもう、先輩可愛いんですげぇもうIS学園に来てよかったなーっていうか」

 

「まぁ、お上手。うふふ」

 

「いやいや、ほんとに。男子なんてそう単純なもんで」

 

 ……はっ。思わず堪能してしまった。

 とりあえずチョロいお姉さま方とはとてもお近づきになりたいけれど流石にこんな状況だからえー自分からメルアド聞くのって恥ずかしくなーいとかそういう葛藤に囚われながら、その間に食堂を見回す。

 織斑君の事はすぐに見つけた。箒と、その他一人の知らない男子と共に食事だ。南雲達襲撃派の四人は顔写真を見せてもらって覚えているのでそいつらではないと断言出来る。と言う事は、あれが友達と言う奴か。

 

 お姉さま方の内の一人が昔からやってみたかったことがあるんですと言いながらあーんしてくれるという凄まじい浪漫に魂が絶頂しそうになりつつ現実でやると結構食べにくいなまぁそんなもんかと思いながら、織斑君達に近づく女子の姿を見る。

 原作通りと言う奴だ。そろそろ気にする必要もないだろう。至福のミートボールを飲み込みながら思う。

 

 お姉さま方の方からメルアドを聞いてくれるというマジかよこの都合のよさがオリ主って奴か転生して良かった我が世の春だぜフゥウハハァー!!とか感動しながら見渡すが、鶴村の姿は見えない。

 どういうことかと探してみれば……まだカウンターの前に居た。ていうか、なんだあれ。

 

「何やってんだあいつ……(ドン引き)」

 

 あらあらどうしましたのって服の裾をついと撮むだけの控えめな気の引き方に萌えながら注視してみれば、鶴村は南雲と話していた。襲撃派のトップである、あの南雲とだ。仲良さそうに。

 とりあえずお姉さま方にちやほやされながら完食し……昼の食事の時間、俺は鶴村を呼び出すのだった。

 

「なぁお前、南雲と知り合いだったの?」

 

「まっさかー。後ろにいたから話してみただけだよ」

 

 その後鶴村に聞くと返事はこれであった。

 こいついろんな奴と波長合うな、恐い。

 

「普通に飯の話したらあんなもんでしょ」

 

 そんなもんじゃない。

 

 そんな訳で。女子に囲まれないように食堂を止めて購買のパンを持ち寄り、校庭の隅で作戦会議だ。もそもそと味気なく感じるのはあのエデンを放棄したからだろう。ちくしょう、女の子に囲まれるのすごく気分良かったのに。

 

「とりあえず、思ったほど悪い奴じゃない、んだけど……」

 

「だけど?」

 

「自分の事、特別と思ってる。それかねぇ……って思うね」

 

 ヒロインの事を求めているのではなく、そうして当然だと思っているという事か。厄介じゃねぇか。

 

「多分説得じゃ止まらんね。まぁなんかアクションしたら織斑守って逃げ切って、千冬ねぇに拳骨してもらいますかねぇ……」

 

「お前、この世界で千冬ねぇとか言うのやめとこーぜ……」

 

 俺も織斑君ってちゃんと呼んでるし。

 

 織斑君を見捨てるという選択肢もあるが、それはどうしようもなくなったらだ。俺と、多分鶴村は平穏無事に生きてアホが出来ればいいのだ。その為には出来るだけ原作の流れって奴をそのまんまにして、織斑君には頑張ってもらわないといけない。ヒロイックに活躍なんて勘弁ですわ。

 その為には少しばかり頑張らないといけない。力があるんだから、最低限の事はしないとバチが当たっちまうね。

 

「バレなきゃヘーキヘーキ、平気だから。

 で、注文してたパッケージは出来た?」

 

「転がってる既存兵器の寄せ集めに出力調整とかしただけだけど、あともうちょいって所かな。一から注文してる時間はなかった」

 

「せやろな、頼むよー

 最悪クソみたいな腕のブレード一本で4対1なんて無理ゲーやらされるからな」

 

 俺に出来るだけの事はやらせてもらう。鶴村の注文通り、適正通りの機体に組み換え直すというその作業を。

 一介の学生が好きに出来る武器なんて限られてるから井口にちっと無茶は言ったが。面白おかしく、俺に出来る最善を尽くさせてもらった。

 俺達は織斑一夏を守る。皆で馬鹿やれる時間の為にな。

 

「っと」

 

 そう決意を新たにした時、携帯が震えた。もしやお姉さま方からのお誘いかと急いで取り出してみれば、表示された名前は井口。

 鶴村と顔を見合わせメールを開けば、そこには予想外の言葉が踊っていた。

 

『倉持技研から白式が届くのが原作より早い。今日だそうだ。いきなり起動テストをやるという話になっている。警戒を頼む』

 

 こうして、俺は午後の授業をサボってパッケージの最終調整をする事になったのだった。担任には怒られた。

 

 

 

   ■   ■   ■

 

 

 アリーナに駆け付けた時、既にその中央では小競り合いが起きていた。

 まず一際目立つのが真白い装甲のIS、白式。既に設定は終えているようで、優美な白銀の刃を携えた織斑一夏は憮然と宙に浮いていた。

 そしてその正面。白式と同じく、白を基調としながらも黒みの強い構成パーツも多く、そして何より一際目を引くのが背の翼。青い、両翼合わせて八方に広がったシャープな造形。それはまるで、擬人化された

 

「さてと、なんとか間に合ったものの東さんアレはなんでしょうね?」

 

「ストライクフリーダムガンダムじゃねぇか……!」

 

「ダメみたいですね」

 

 人もまばらな観客席で思わず呟く。そもそもイベントでもないのに観客席に人がいる方が珍しいのだが、今はあの騒ぎから逃れた人がここに来ているらしい。

 ストライクフリーダムガンダム、即ちストフリのISを装備しているのは南雲だ。どうやら既にISを持っている転生者というのにはこういう類の奴もいるらしい。

 

 現在、鶴村の打鉄のパッケージを仕上げる際にパーツ取りに使わせてもらったラファール・リヴァイヴを、俺は拝借している。元々オンボロで廃棄しそうなものだったのでロクに動かせはしないが、基本的な機能は生きている。通信だけするのならば十分だ。

 一触即発の空気の中、俺達の声は呑気だ。自分で思っちゃうほどに。

 

 織斑君の背後にいる打鉄を纏った箒に近づくのは南雲が連れた三人だ。それぞれラファールを元にした機体のようだが、デカい砲を背負った奴に、デカい剣を背負った奴、ブースター的なものを背負った奴とそれぞれカスタムしている。

 

「そしてストライクが3機っと……なあ、ホントに増援は来るんだろうな?」

 

「だぁいじょうぶだって、安心しろよ」

 

 ガンダム達は囲んで威圧している。織斑君を押し止めるようにしながら、箒に近づいて。多分あれ、織斑君に先に手を出させようとしているんだ。あとで色々と言い訳が利くように――会話が聞こえないのがもどかしい。

 箒の表情は硬い。あんなんじゃあ惚れさせる事なんて出来やしないだろうに。

 

 ちなみに鶴村の友人だか言う奴が今回手伝ってくれるらしいが、まだここには来ていない。保険にするのはいいが、頼りには出来そうにない。

 そして、とうとう織斑が刀を――突きつけた。

 

『俺の出番だ! イクぞォ!』

 

 そして……

 

 南雲がにやと笑い、その手にビームライフルらしきものを顕現させた瞬間。

 囲んでいた三人が織斑君に向き直り、それぞれの武器を構えようとした瞬間。

 織斑君の顔が驚愕に染まり、たたらを踏む瞬間。

 箒の顔が、怒りだか悲しみだかに歪む瞬間。

 

『ヒャッハー!』

 

 ハイテンションな声とともに、ピットから飛び出す鈍色の影――それは箒のものとは形状の違う打鉄。

 浮遊部位アンロックユニットのアーマーはそのままに全体的に装甲を前面に回して、全身を装甲に盛りつけている。

 さらに左腕には実体シールドを装備し攻撃に耐えるように。正面から、撃ちあえるようになっていた。

 頭部には慣れないハイパーセンサーの補助か二眼式のARゴーグルを装着している。

 そしてその右手に握るのは打鉄の基本装備である刀ではない――ハンドガンである。

 

「っ」

 

 南雲が頭上から現れた打鉄、つまり鶴村を見上げようとしたその秒にも満たない時間で三発の銃弾が放たれる。鶴村の持つそれからだ。

 物陰から飛び出しながらで、距離も離れていて、だというのにその弾丸はストライクガンダム三人衆に狙い過たず直撃した。シールドエネルギーを不意に削られた衝撃で三人は驚き下がる。俺は増援が来るまで、鶴村の話を思い出していた。

 

 少数による奇襲というものは、何も先手が取れるわけじゃあない。

 まず基礎としては、戦いにおける優劣を決めるものは昔から数というのがまず基本や。

 1よりも20、ひいては100よりも1000が勝るのは言うまでも無いやろ。

 しかし、実際数がそのまま勝敗を分けるかといえば……答えはまったく違うものになる。

 数で勝る方が上を行くという理論は、あくまでも互いの質がある程度同じ場合にのみ言える事。上がりたての新兵と熟練の兵とでは、単体としての質はまるで異なる。

  また、それら個人の力量が個体の質を決定付けるのに並ぶように、それらを束ねる軍全体の質を左右するものがある。それが士気や。

 

 それをわざわざ鶴村が見逃すはずもなく、まず斬り込んで来るであろう巨大剣装備のラファールに――ソードストライクガンダムを模したISに追撃と言わんばかりに、ハンドガンを連射させる。ストライク三人衆は面白いように反撃せず一方的にやられていた。

 

 ええか? 例えば武器を持った10の兵達の元へ1人の兵士が襲い掛かってくるとするやん?

 まずは背後からの不意打ちで1人を仕留め、残りがその状況を把握しようとしているところをもう1人ヤッちまうとするやん?

 じゃあ、突然の襲撃を受けた8人はまず混乱を起こし、次にたった1人の兵士に対し恐怖を覚える事になると思わへんか?

 8人が一斉に掛かれば、たかだか1人の人間程度、あっと言う間に無力化出来るだろう。

 けどな、相手も馬鹿じゃない。死に物狂いで道連れにでもできるやろう。もしそうなれば、確率にして八分の一で自分が死ぬ事になるんやで。

  結果として、相手含め9人を包む場の流れ、ペースというものは、僅かな時間とはいえその1人のみに支配されるんや。

 そのときには、たとえ個人の質が本来近いもの同士であろうと、互いの士気は大きく開いている。そう言えへんか?

 

 鶴村の打鉄はそのまま地面に着地すると、拡張領域にハンドガン(DORK)をしまい込むとマシンガン(GAT-22)に切り替えて、反撃しようとビームライフルを構えるエールストライクを模したラファールとビームランチャーを構えたランチャーストライクガンダムを模したラファールにひたすらに撃ち込んでいく。

 

 ISは保護部位のシールドエネルギーを抜かれた時の『絶対防御』が発動した時、最もエネルギーが削られる。故に理論上狙うべきは、頭。ヘッドショットだ。

 

 しかしそれを。初めての空中戦、初めての急降下の中行う馬鹿がどこにいるのか。

 

 目の前にいた。

 

「やっぱあいつキ○ガイですわ」

 

「ほう、見事なものだな。奴は軍人か?」

 

 足を止めた的に向かって容赦なく打ち込まれる弾雨。それを見て感嘆と声を上げたのは井口だった。

 いつの間にかそこにいた彼は、余裕の笑みで隣に座る。

 

「いや、多分違う。『向こう側』の知り合いだから断言は出来んけども」

 

「ならばどういう事だ? 俺もISについては自信がある方だが、射撃精度ではまったく敵う気がしないな」

 

「いやね。あいつ――射撃とか、趣味だったんよ」

 

 井口は「いやいやそれだけであんだけ強いはずねーだろ冗談いうなよ兎さん」って顔をしているが、事実なのだから仕方ない。

 あいつは暇さえあればそういう事をしていた。銃大好きだった。暇を見つけては近所のゲーセンのランキングを塗り替えるような男だったのだ。

 そして。再び子どもに戻り新たな人生を歩めば。あいつは子ども特有の暇な時間を何に使うかは分かる。目に浮かぶ。ガンシュー楽しいれしゅうううと、この世界にしかない筐体を遊び倒していたはずだ。

 

「んで、PICで反動その他諸々を殺せるIS装備での戦闘は、ゲーセンのガンシューなんかとそこまで変わらないって訳だ」

 

「ガンシュー……おい、一つ質問があるがいいか?」

 

 ストライク三人衆は体制を整え、まず相性の悪いソードさん(仮称)は戦線を離脱、織斑君の監視について、エールさん(仮称)、ランチャーさん(仮称)の2人が鶴村の相手をしている。

 ビュンビュンと飛び回りながら射撃をするストライク2人に対して、鶴村は再びハンドガンに切り替えて、実弾を実体シールドで受け止めつつ、ビーム兵器はPICとスラスターを活かしてのサイドステップで避けつつ、隙間にハンドガンをねじ込んでいた。

 

 この場は未だに鶴村が雰囲気を支配していた。

 

「うい、答えられる範囲なら」

 

 井口の目が細くなる。鶴村のあの独特な翔ばない地上戦闘をみてからだ。

 

「3年位前だ、アミューズメント施設にISのVRシミュレーションゲームが出てきたのは知っているな」

 

「まあ、名前くらいは」

 

 鶴村からは雑談では聞いたことはある。擬似ガンシューみたいで面白いとも、アレすぎる戦いかたでいつもぼっちプレイとも。

 

「俺はそのゲームの総合優勝者だ。それ故に日本の男性操縦者の代表候補に選ばれた」

 

「ほへぇ、すっごい」

 

「鶴村ってやつはそのゲームをやっているか? そしてその名前は……」

 

 井口はそう言って三文字のアルファベットをメモに記入してみせた。

 間違いない、鶴村が『向こう側』時代に名乗っていたエントリーネームである。

 

「これ、鶴村だよ」

 

 井口は驚き半分、諦観半分と言った表情で鶴村を見つめた。

 何やってんだあいつ……

 

「とんでもやつをどうやら俺は拾ったようだな……」

 

 はい、とんでもないです。特技と転生特典(?)の才能が100%噛み合ったパーフェクトキ○ガイが生まれたのです。

 

『ううむ……やはり装甲に頼りすぎたか?』

 

 鶴村の息遣いが聞こえた。ランチャーのビーム兵装が肩を掠めたのだ――モニターしているこちらにも、ごっそりシールドエネルギーが減っているのが見えた。あの一撃だけ一割持っていかれている。

 肩のアンロックユニットは痛々しくひしゃげていて、左腕のシールドも表面がデロデロになっていた。直撃なんて考えたくもない。

 

 打鉄の特徴はその硬さ、そして俺のチューンにより正面に限ればそれはさらに増している。バルカンなど小さな攻撃ならば、受けて撃ち返した方が得だ。

 問題はビーム兵器。やはりあのバ火力には装甲は為す術もなかったようだ。

 

『火力、あるなぁ』

 

『すまんね。そんなものしか用意できなくて』

 

『あるものでやるさ。』

 

 軽口を叩き合うが、余裕はないはずだ。打鉄に装備できる基本装備ではあれに比べれば豆鉄砲……とまではいわないが、まともに撃ちあっていては勝てない。

 

 数の差は質では埋められないのだ。

 

 そして鶴村の大前提として2機のうちいずれかを視界の外に逃げられたら、終わりだ。試運転はしたものの鶴村はISの機動になれていない、疑似ガンシュー状態を維持しなければこの状況は創り出せない。

 武装はハンドガンとマシンガンとマシンガンに附属している擲弾発射器グレネードだ。グレネードを直撃させれば、あるいは至近距離からの連続ヘッドショットを狙えれば勝機はあるが、その有効射程に入るのは大きな賭けだ。今は賭けをするべき時ではない。

 

『……助太刀は嬉しいけど、俺がやるよ!』

 

 一夏が思わず吼えた、それが鶴村のISを通じて俺にも聞こえる――しかし、彼の胸にはストフリ南雲のビームライフルが突きつけられてある。

 勇気ある行動。しかし実力は伴わない。今はという言葉はつくが。

 

『いいっていいって。こっちも好きでやってんだから……っと』

 

『じゃ、じゃあせめて合流して、一緒に!』

 

『接近戦なんて小生野蛮な事したくないれーす……っとと』

 

 かわす言葉にも余裕はなく。強いとはいえ、二人の熟練転生者を相手に圧倒する事も出来ず。

 鶴村はようやく賭けに出た。最大限、彼の視界外の情報を負担なく送れるように気を配る。

 

『そろそろ、遊びは終わりにすっか』

 

 俺は南雲の声を初めて聴いた。侮蔑の混じる、冷たく鋭い声。

 そして彼の翼が『離れる』――不味い。

 

『忘れてた、鶴村逃げろ! それ、ファンネルだ!』

 

 遠隔誘導兵器。この世界ではブルー・ティアーズの技術でも応用しているのか、機械仕掛けの青い羽根は正確に飛ぶ。速い、下手をすれば打鉄本体の速度よりも。

 四方八方へと飛ぶそれは明らかに天敵だ。撃ち落としながら、下がる――熟練者ならば一息で出来るその行動だが、まだPICに不慣れな鶴村は動きを止めるしかなかった。故に、迫る羽根を遠ざける事は出来ても、一つ巨大なものを見逃す。

 エールさんが肉薄していた。

 

『おらぁ!』

 

『ぐっ……んのっ!』

 

 幸いだったのは相手がビームサーベルで切りつける前にハンドガンを取り組み敷こうとしていたところだ。鶴村の判断は早かった、握られた銃をむしろ離し、勢いのままに押しのける。反作用で鶴村の身体が浮き上がり――

 

「ダメだ、っ避けろー!」

 

 叫ぶ声が届くより前に。ランチャーさんがビーム砲を構えていた。

 撃ってから回避? ダメだ遅い。妨害? 銃も手元に用意出来ていないというのに無理だ。せめて直撃を避ける? 慣れていないのにあの状況で自在に身体を動かせるわけがないだろう。

 詰んだ。これは終わった。

 

『やっべ……』

 

 鶴村の呟きと共に光は収束し、放たれ――

 しかしその直前に、鋭く銃声が響いた。

 

 遥か頭上。いつの間に現れ、いつの間に潜んでいたのか。人型がそこにあった。

 ラノベ世界に似つかわしくない特徴的な平べったい肩部アーマーと全身装甲、白を基調としたデザイン。

 右手には人間が持つには困難な巨大なライフルを携えている。

 

 そのISの名を、俺は知っていた。

 

 そして

 

『すまん、遅れた。軍事用を持ち込むのは流石になぁ』

 

 その声も、俺は知っていた。彼もまた『向こう側』の知り合い。

 その名を小山優介。形勢は逆転だ。

 

『ヒュー! ゼニスを引っさげての登場とはやるねぇ』

 

『まったく、どうしてそうお前はいつも状況の割にピンピンしてんだ?』

 

 呆気にとられるソードさんを押しのけて後退し、降りてきたゼニスとハイタッチする鶴村。

 小山は拡張領域からランチャーのようなものを取り出すと、それを鶴村に渡した。

 

『ほらよ、SAT-03 ソリッドシューターだ。持ち込むのに苦労したぜ』

 

『まったく、マシンガンGAT-22 ヘビィマシンガンといい、このゴーグルといい……こんなもん作ったやつを見てみてぇや』

 

『同感だ。WAP(ヴァンツァー)AT(アーマードトルーパー)モチーフ……シブい、実にシブいぞ』

 

『ああ、シブいなシブすぎる!』

 

『ガタガタと抜かすんじゃねぇ!』

 

 和気藹々と兵器談義に花を咲かせるキ○ガイ二人に南雲は腰部左右にマウントされた姿勢制御用テールバインダー兼レールガンをぶっ放したが、二人はあっさりと避けた。

 

「どうやら、俺の出る幕はなさそうだな」

 

 腰を浮かしていた木口が席に座り直す。どうやら加勢しようとしてくれていたようだ。やっぱこいつは信用して良さそうだな。今度一緒にゲームしよう。

 

 そして、戦場に降り立つゼニス。俺の友人の小山優介だ。尤も、こいつだって事は今知ったんだけど。

 

『待ってろ小山、今そっちにもデータ――』

 

『んー、いや、必要ないっしょ。鶴村のバックアップ全力な、お前。OK?』

 

『いや、もういい。慣らし運転は終わった。全体の状況を見ていてくれよ』

 

「アッ、ハイ」

 

 ほんとこいつなんにでも波長が合うな。

 

『さあてと、それじゃあ……』

 

『ショータイムの始まりだコラァ』

 

 その瞬間、アリーナはキチガイ二人のダンスフロアと化した。

 硝煙やビームの光と発射炎はある意味でド派手なスモークとスポットライトに塗れた彼らの「お披露目」なわけだ。

 

 

 ソードさんが戦線を離脱し、南雲とエールさんは鶴村と小山が相手をしている中、銃を突きつけられていた織斑君もまた自由となる。

 

「一夏! 無茶だ、お前はまだ動かしたばかりで……」

 

「でも、世話になりっぱなしで、助けてもらいっぱなしでいられるかって!」

 

 箒の制止も聞かずに、織斑君も戦場へと躍り出る。

 

 一夏は一番の武器が破壊されたランチャーさんの前に立つ。肩部装備による攻撃はまだ残っているとはいえ、ランチャーさんは無手だった。

 無手。しかし油断は出来ない。ぎらりと光る銃口はたまらなくリアルだ。

 

「怖い、な」

 

 呟き、一夏は刃を――雪片弐型を強く握った。こいつと一緒なら怖くない、とでも言うかのように。

 銃口が光を放つ。実体弾が一夏向かって降り注いだ。しかしそれを、ほぼ避けずに。真っ直ぐに。一夏は進む。

 きっと彼はそれしか出来ないから。鶴村と同じで複雑な動きは出来ないのに、鶴村と違って近接武器しかないから。自分に出来る最適解で、最短距離で戦っている。

 

「うおおおおおおおおお!」

 

 刃が輝きを放つ。展開し、光が新たな刃を形作った。

 俺は、俺達は、この力を知っている。

 

「零落――」

 

 白夜、とランチャーさんが言い終える前に刃は振り下ろされた。気圧されていたのだろう、ランチャーさんは避ける事もなくその刃に身を晒す。

 一撃だった。いくら削られていたとはいえ、圧倒的な威力。しかしそれを放った一夏の方もへなへなと座り込む。

 

「はは、箒、俺、やった――」

 

 と、呟く一夏の背後。そう、戦場に参加していなかった最後の一人が襲い掛かる。

 ソードさんがブーメラン上の刃を逆手持ちに一夏に覆いかぶさろうとしていた。

 

「一夏!」

 

 箒が叫ぶ。そして俺は、叫ばない。

 だって俺は、結末を知っているから――いつの間にか決着がついていたらしい、二つの銃撃音。

 それと共に俺は立ち上がって、ピットに向かった。もう見る必要もないだろう。

 

 ピットに向かうと、張りつめていた気が抜けたのだろう、身体全体を預けて鶴村はベンチに座っていた。

 対し、小山は気負う様子もなく煙草に手を掛け――

 

「てい」

 

 叩き落とした。

 

「あっ、なにすんだよ」

 

「校内禁煙だよ」

 

「いや、っていうか未成年だろ……」

 

 声に振り向けば、そこにいたのは一夏。こちらもまた力を使い果たしたようでふにゃっとしているが、箒に支えられている。流石主人公はリア充だぜ。

 とりあえず。一夏を置いて、まずはこいつらだ。「お前も一本どうよ?」「あ、俺そっち(紙巻)はいいや」「そかそかならこれなら」とか話しながらそれぞれ懐から煙草を取り出す二人の手を叩く。『向こう側』で成年してようと、この世界の俺達は高校生です。

 

「あのさ、俺も途中で忘れてたけどさ、ほどほどの所で逃げるって話だったよね」

 

「あー、そうだっけ?」

 

「俺、聞いてないし」

 

 ぽかんと、ベンチの上でひな鳥のように口を開ける二人を見降ろして――なんだか無性に溜め息が吐きたくなった。

 

「お前ら、おかしい」

 

 

   ■   ■   ■

 

 その後はスムーズに話が進んだ。

 

 小山はISの手続きを終え、正式にクラスに加入。鶴村も彼と共に練習してISの腕を一週間足らずでめきめきと上げている。

 一夏にも箒にも怪我はなく、どうやら二人は原作通りにクラス代表戦に向けて練習を続けるらしい。ISを受け取るのが早くなって一夏も強化されている気がするが、まぁそれは望ましい事なので放置。

 そして。南雲と、彼に賛成していた三人は医務室に入院する事になった。試合形式でない戦いで無茶なISの使い方をしたツケが回ってきたのだ。特に小山は力加減を誤ったか南雲は2,3日で復帰できた他の三人よりも長く寝込むことになったのだ。

 

「よ、南雲京一」

 

 だから、俺はその日お見舞いに来ていた。小山と鶴村は「全く!国税で撃つ銃は最高だぜえええ」と射撃訓練場に行ってしまえば俺はやる事がない。お姉さま方と戯れるぐらいだが、まぁこっちから連絡するのって……その……恥ずかしいし。

 まぁそんな訳で、暇に飽かしてお菓子でも差し入れてやろうと思ったのだ。

 

「お前は……」

 

「東陽太っす。改めてよろしく」

 

 どうやらほとんど治りかけているらしく、筋肉質な彼の身体はベッドの上には不釣り合いなほど健康的に見える。怖そうだと初めは思ったわけだが、こうして見てみればまぁ、なんというかアスリートっぽい。

 アスリートなのかなぁこいつ。

 

「なぁ、どこでそのIS手に入れたの?」

 

「ンだよ、それ聞きに来たのか?」

 

「いや、好奇心だけど。本命はこっち」

 

 おまんじゅうを差し入れる。南雲はぽかんとしていた。

 予想外、と言う事だろうか。こいつはどれだけ俺を敵視しているんだろう。別にただのクラスメイト同士だろうに。

 

「何、南雲君てクラスメイトの同情の寄せ書きとか嫌いなタイプ?」

 

「君とかつけんな気持ち悪ぃ。それも嫌いだが……それより、なんでお前が俺の見舞いなんかすんだよ」

 

 ベッドの上で南雲は居心地悪そうに転がる。俺に背を向ける形だ。

 

「暇つぶし」

 

「……。ストレートだなオイ」

 

「いやだって、マジでそうなんだって。暇つぶしに付き合えよ。お前、なんであんな事したの? しのののほうきさん怯えてたじゃん。逆効果だって」

 

「うるせぇ」

 

 シーツを頭からかぶり込んで、数秒。くぐもった声で彼は語り出した。

 

「……転生者がいっぱいいて、混乱した」

 

 語り出しは、そんな言葉だった。

 

 

 

 彼は篠ノ之束の気まぐれで専用ISを手に入れた転生者だった。その頃は転生特典の都合のいい付け方だと思っていたが、今思えば誰かが既に束に干渉していたんだろうなと彼は語る。

 数週間程度だが束の元に居た彼はISの技術者としての能力もあるという。あの三人に割り当てたストライクガンダムな装備は彼の手によるものらしい。

 そして、彼は肉体も鍛えた。我流で筋肉を虐めたし、武道もかじってみた。女尊男卑の世の中でも一目置かれるほどに彼は頑張ったのだ。

 

 主人公は俺だ、と南雲京一は思っていた。一夏と並ぶか追い越すぐらいに、主人公の役目があるのだと思い込んでいたのだ。

 その為の努力だった。生き抜くためか、あるいは女にモテたいからか。自分でもその辺りははっきりしていないが、人生の充足の為である事は確かだ。

 

 そして、生まれ変わってからの十何年と努力してきた前提が崩れて。

 なんとか自分の知っている道筋に戻そうと、強引な関わり方をしてしまったというのだ。

 

 

 

「笑いたきゃ笑えよ。はっ、主人公はむしろあの鶴村って奴の方だったな。初めてであそこまで戦えるなんてよ」

 

「拗ねてんの?」

 

「うっせ」

 

 どうにもこうにも、愚痴を聞かされただけでは納得できない。あそこまで苦労したのだ、こっちだってちょっと悪戯心をみせるぐらいは許されるだろう。

 シーツを引っぺがしてみた。南雲は泣いてた。

 

「わっ、馬鹿、てめぇ!」

 

「あのさ、一回殴られて泣いて、すっきりしただろ? んならさ、一夏襲うより協力して面白おかしくいきよーぜ。女なんてヒロインだけじゃねーし、普通にやってりゃヒロイン振り向いてくれることもあるかもしれないし」

 

「あ、あぁ?」

 

 涙目のままの南雲にまくし立てる。

 まぁ結局、俺の思惑はそれだけなのだ。変な苦労とかせず、面白く生きられたらいい。幸い、このIS学園は女の子一杯眼福ワールドだし――同性で友達になれそうな奴が、クラスに29人もいるのだ。織斑君も合わせれば30人。尚、前世からの腐れ縁は2人居た模様。

 

 折角、面白い奴らと絡めそうな新しい人生、喧嘩ばっかじゃ後悔しちまいそうだしな。

 

「何なんだよお前」

 

「んー、とな。小山も鶴村も中々に素敵な奴らだが、趣味偏ってんの。頭の中トリガーハッピーセットなの。

 ……そこにきてお前はストフリだ、非常に素晴らしい。全くもって大変素直な感性をしている」

 

「だから、一体……っ」

 

 そう尋ねる南雲の心境は物凄いものだろう。何せ今までの常識をひっくり返されているのだ。何を信じるのかなんてわからないであろう。

 それに対しての俺の答えは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、まーなんつうか。友達になろうって事だけど?」

 

「……へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、小山と鶴村の二人に付き合っている内に色々とする事になり、男子たちのアフターケアをしているとホモの汚名から逃れられなくなった俺の物語である。

 

 

 ……多分。

 

   ■   ■   ■

 

「つーわけで、南雲とはお友達からの関係になったんでまあ、大丈夫じゃないですかね?」

 

「それは良かった、東。想定以上の良い結果だ。

 ところで小林、中尾、塩沢の事だが」

 

「誰だよ」

 

 爽やかなようで、徹夜で頑張ったせいでまったく爽やかではない朝。ホームルーム教室であくびをかみ殺しながら、井口に南雲達との事の顛末を話していると、井口の口から知らない子の名前が出た。なにこのひとこわい……。

 というか、それより愚痴を聞いてほしい。メカニックチートのおかげで鶴村の打鉄魔改造の他にも、小山のWAP風ISのゼニスの整備まで任されてしまった俺の愚痴を。

 鶴村とか『向こう側』から徹夜作業余裕の人だし、小山とか徹夜一日だけで音を上げるほどやわな軍人さんではないし。こちとら『向こう側』でもこっちでものんべんだらりと過ごしてきた男なのだ、急に頑張るのはしんどいのだ。

 ていうか、IS学園の課程についていくだけでも大変なんだ俺は。整備・開発系統の知識はメカニックチートのおかげで頭の中にあるが、操縦系統がクソに等しい。クラスの中でドベ争いをしている程のクソまみれだ。

 

「おい東、無視をするな」

 

「お、おうっ? 話続いてた?」

 

「続いている、まったく」

 

 腕を組んで語り出した井口によると。

 止むを得なかったとはいえ、小山の派手な登場もあり俺達はクラスの大きな『波』になっているらしい。

 

 クラスを敵視する者。小山のようにクラスを監視し引き抜こうとする者。

 以前の南雲のように一夏ハーレムを狙う者。井口のように競技者を目指す者。

 そして、鶴村のようにこの世界で楽しく過ごせればそれでいいという者。

 これらのバランスは絶妙な所で保たれていた。その誰もが下手に派手な事をすると他の勢力に「おい、やめとけ」と言われるような状況だ。大河内の言うように俺達の中にやたら悪い奴がいるかどうかは分からないが、俺のような例外を除けば個人で大きな戦力を持っていることには間違いない。

 絶対に対抗勢力がいるから動けないのではなく、対抗勢力の可能性を考えて動きたくない状況だ。しかもその対抗勢力がどこまでやるのか分からないと来れば、そりゃよっぽどの考え無しか自信家でないと動けない。少なくとも、ある程度把握出来るまでは。

 状況を動かす考え無しの自信家が出るまでは平和なはずだったのだ。

 

 その考え無しの自信家は南雲含む四人だったが、一夏を助けた事により鶴村や小山もその一部になってしまった。とんだとばっちりだ。

 ホームルームが始まるまでの僅かな時間を、井口はわざわざ休憩所に場所を移してまで話を続ける。

 

「そこで小林、中尾、塩沢達の事だ」

 

「いや、だから誰だよって」

 

「……ストライクガンダムを模したISを使っていた三人だ。クラスメイトの名前ぐらい覚えろ」

 

「ごめん実は覚えてた」

 

 体よく無視したかったんだ。すまんな、井口君。

 頭痛を堪えるようにする井口が言うには、どうにもあの三人は南雲にISを作ってもらっただけで一般的な家庭に育った一般的な人であるらしい。勿論、『向こう側』の記憶を持ってはいるのだが。

 

「幼い頃からISに触れている連中は良い、増長もするさ。だが他にもっと優れたクラスメイトがいる状況で、あの三人がわざわざ波風を立てるか。ただのバカなのか、誰かに吹き込まれたか。それを探ってほしい」

 

「それは分かったけど、なんで俺に」

 

「俺が動きたくないのは前に言った通り。その上、お前らは動くのに都合が良いんだ。一度立った波が動こうと、新たな波よりは皆刺激されない」

 

 それは鶴村か小山でもいいじゃん、とは流石に言わない。

 ここでも俺が腹芸が苦手って部分が出る。ぶっちゃけた話、鶴村か小山に持ち掛けても損得勘定次第、損するとなれば煙に巻いておしまいで、得をするとなればそれは井口にも分からない影響が発生しかねない。使うなら馬鹿、という事だ。

 ま、馬鹿に甘んじるかはこれから次第ではありますが。俺だって伊達にあの二人に付き合っちゃいないのだ、頭は回らないし根本は怖がりだが、土壇場の度胸ぐらいはついてきている。

 出来る事ならば危ない事は二人に任せて、俺はアホ面晒して生きていたいけどね。

 

「……分かった、受けるよ。ただし条件がある。資材と情報、人員の提供だ。ISのな」

 

 意図は分かるだろう、井口。分かるからこそ、その影響がちゃんと計算出来るからこそお前は受けてくれるだろう、井口。

 俺は何よりも鶴村をサポートせねばならない。欲を言えば小山に対してもそうでありたい所だ。危ない事を任せる分、二人には万全の態勢で臨んでもらわなければならない。

 鶴村から頼まれていたプランは着手し始めているが、やはり俺のどっかからブチ込まれただけのチート知識だけでは限界がある。物理的な限界もまた、ある。

 それを補わせてもらう。井口との信頼関係を築くうえでも、まぁ、悪くないんじゃないかなと思う。お互いに利があるのが安心出来る関係って奴だし。

 

「了解した」

 

 井口が考えたのは一瞬だった。その後にきっちり「俺の権限で出来る範囲に限るが」とも付け足されたが。

 腕時計を見ればもうホームルームまでそう時間はなかった。立ち上がり、教室へと向かう。

 

「出来る事ならば」

 

 最後にぽつりと井口が言う。

 

「出来る事ならば、利益や脅威なんかを考えない、普通のクラスメイトになりたいものだな……いつか」

 

 井口はいい奴だ。いい奴だが、いい奴過ぎてその言葉には諦念があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーわけで、これより第一回対策会議を始めたいと思いまーす」

 

 放課後、すっかり日も落ちたあたりの頃合いに、一年三組の教室には光が灯っていた。

 そう、俺達である。

 

「今回の議題はクラス対抗戦の対策ですなー、なによりクラス代表を誰にするか……これが一番重要だと思います」

 

 渋々ながら司会を務めるのは鶴村。

 そしてメンバーは俺と小山、そして井口と……

 

「南雲君は勿論、小林・中尾・塩沢がいるのかたまげたなぁ……」

 

 南雲は完全に和解したのは当事者だからわかるものの、あの三人はまだしてなかったと思うのですが……

 

「飯食って互いに腹を割って話したら協力するとよ」

 

 鶴村がそう言った。こいつコミュ力たけーなおい。

 こっちはほんの少し前に井口から頼まれてて、こっちは葛藤やなんやらで悶々と過ごしていたのに。

 

「エールストライクが小林、ソードストライクが中尾、ランチャーストライクが塩沢だ」

 

「よ、よろしく」

 

 まあ、仲間が増えたことを喜んだほうがいいか。

 そう俺は割り切ったのだ。

 

「まあ、仲良くやろうか。ところで、対策って?」

 

「今回の事あるし、また誰か絡んでくるかもってのと……ゴーレムの件だな。そこ話し合いたいって、井口が」

 

「んだんだ」

 

 鶴村と小山はえらく気軽に構えている。対策会議って言うが、ゲームの話してる時の方がまだ真剣だ。

 そんな場を引き締めるのは、やはり井口。こいつはいつも真面目だよ。泣かせるねぇ。

 

「まぁ、クラスメイトの誰かが何か事を起こすのは織り込み済みではあるし、ある程度は仕方がない。誰がどのような能力を持っているか把握したい所だが、出来る範囲でしか出来ないからな。

 問題は……ゴーレムの事だ。南雲」

 

「あぁ」

 

 よく分かって無さげなストライク三人衆は不真面目な俺ら側として、南雲はわりあいシリアスな顔をしている。

 司会進行の鶴村からエアマイクを受け取り、エア教壇にエア立ちした。お前も結構ノるね。

 

「ゴーレムってのはさ、ほら、原作だと……束さんの手によるものだったろ。で、俺さ、そこの東には話してるんだが、束さんにはこっちの世界で直接会ってるんだ」

 

 不真面目組の目に、個人差はあれど光がともる。新情報、だ。

 俺は既に聞いた事ではあるが、束は南雲にISの事を叩きこんだ先生だった。たった一週間の事ではあるが、束は興味を持った南雲に対しそれなりの事をやっていたのだ。

 ここで疑問――原作の彼女であれば、家族と認めた者以外には興味を示さないというような事が描写されていた彼女だとするならば。この行動は、あまりにも不自然だ。

 南雲との出会いが全てを変えた、というほど劇的なものでもないらしい。その時は「転生主人公の都合良いパワーだぜぇ!」と思っていたが今になって考えてみるとおかしいと南雲は語る。

 

「俺以前に、束さんに接触した転生者がいた……って考えるのが自然だと思う。そんで、そいつが表立って『束さんと付き合いがあります』って顔して学園に来ていないって事は」

 

 何か、ある。

 もし「そっちの方がかっこいいから」なら平和だ。「原作イベント重視の為」とか言うならまぁずれてはいるが、仲良く出来そうな奴である。「身分を明かすと危険だと思ったから」ってのも、なくはない。

 ただ、俺達は最悪の状況を考えなければならない。「束と共謀し、何かもっと大きな事件を起こす為」とか、「何か野望のある束に操られている」とか、……後、これは結構嫌なんだけど「束をハーレム要員にした転生者は、全ヒロインハーレム計画の為に息をひそめている」とか。うわぁ、実際この世界に生きるとハーレムとかちょっと嫌ですわぁ……お姉さま方との至福の時間は良かったが、あれずっとやってると思うと中々にキモい。

 

「そこで、原作でゴーレムの乱入があったクラス対抗戦に備えたいという訳だ。それまでに何かあるかもしれないが、この節目を当面の目標に定めよう。何も目星がないよりはましだろう?」

 

 井口の言葉を否定する者はいなかった。そこが「変わっているか」は、確かに一つの目星になる。

 ここでエアマイクが再び鶴村に渡る。

 

「そんじゃ、決まりだな。クラス代表は井口で、俺らはそのサポート――」

 

「俺はやらんぞ」

 

「は?(半ギレ」

 

 半ギレ(半ギレしているとは言っていない)。

 虚をつかれた鶴村に対し、井口は涼しい顔だ。

 

「忘れていると思うので一つ言っておくが、俺は日本の代表候補だ。立場に縛られる身でな、今回はともかくこれから先の様々な事を考えると……俺が率先して動くのは、あまり良くない」

 

「解き放てよ……自分をさ!」

 

「今後日本政府からの支援を受けられなくなるが、それでもいいか?」

 

「さーっせんっした!」

 

 余計な茶々を入れてみたが、速攻謝る事になった。やっぱり井口君の支援を……最高やな!

 ちら、と鶴村の目が小山を向く。

 

「あっ、そうだ俺も辞退な。井口と同じ理由で、俺も実は合衆国の旗を背負って……背負ってはないわ、諜報部だから」

 

「諜報部ってさらって言っていいのかよ」

 

「いいんだよ、こっちのが大事な集まりだから。あ、でもクラス代表は遠慮しますぅー」

 

 鶴村の目が縋るようにストライク三人衆に向かうが、全員一斉に目を逸らした。

 しょうがないね、あんだけボコられた後にそういうの背負いたくないよね。

 

「しゃーねーなぁ。んじゃ、俺が」

 

「南雲は黙ってろ!」

 

「酷くない!?」

 

 ボコられてもタフな南雲君が立候補しかけたが、黙らせておいた。

 まぁ、もう味方であるとはいえああいう事を起こしたわけだし……一夏とかの心証は最悪だ。そういうのは好ましくない。

 鶴村が「ええんやで」と慈愛の笑みを見せているが、小山と井口が「いかんでしょ」の目で留めている。

 

 となると。

 

「……東、潜在能力とか覚醒して今すぐ強くなったりとか、せぇへん?」

 

「ははっ、寝言は寝て言え」

 

 まぁ、そんな訳で。

 

「んじゃ、おつかれー」

 

「あー、終わった終わった」

 

「こんだけ集まったんだしまた人狼やろうぜー」

 

「人狼って何?」

 

「あ、俺知ってるー」

 

「では、頼んだぞー」

 

 クラス代表は、我らが鶴村勝君に決まりました。

 

 

 

 

「えっ」




というわけで読み切り短編(2万超え)はここまで。

次行こうぜ


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クラス代表決定選!(茶番)

「はぁぁぁぁあああああ!!??」

 

 教室内に鶴村の声が木霊する。

 

「マジふぁっくなんですけど」

 

 机をバンバンと叩き、不快感を前面に押し出す奴。

 その理由としては、前の立体ウィンドウを見れば一目瞭然だろう。

 

『クラス代表候補者 推薦多数で鶴村に決定』

 

 そう、クラス代表だ。

 『向こう側』では織斑一夏とセシリア・オルコットとの対戦がきっかけとなったイベントではあるが、この世界においても重要な役割を持っていた。

 

 クラス代表戦である。

 

 クラス代表戦で、凰鈴音が織斑一夏と闘うのだ。

 その他にも文字通りクラスのIS乗りの代表としての責務もあり、また俺達が安易に原作に介入出来るであろう手段のひとつでもある。

 故にこの男まみれのクラスでの選定は後に大きく影響される重大な要因でもあった。

 

「いやいやいや、マジで言ってんの君たちぃ!?」

 

「残念ながら、これがクラスでの総意だ」

 

 不平不満たらたらな鶴村に対して、便宜上この会議の音頭を取る木口が答える。勿論茶番である。

 木口の原作尊守派は一見保守派閥に見えるだろうが、その実態は日和見が多数潜伏している派閥でもある。故に、今の所は大きいグループだ。

勿論、日和見と言っても色々ある。例えば俺みたいに後ろ盾がない一般家庭上がりや、俺みたいな非戦闘系であってその身を守るためだったり。

 

「これって、後のクラス代表トーナメント戦にでなきゃダメなんだろ? 無理無理無理かたつ無理!」

 

「これが、打鉄ではなく特別な機体ならば俺も擁護できたが、仕方あるまい」

 

 そう主張する鶴村に対して、周りの反応は鈍い。

 打鉄で南雲率いる3機のストライクとやりあえている時点で実力は申し分ないのだから。

 

「ならば、某がなってやっても構わんが」

 

「お前は座ってろ」

 

 小山がそう言うと、即座に鶴村は拒否を示した。

 あのドマゾの事だ、戦闘中にトンでもない事を言い放って、たちまちこのクラスはどMの烙印を押されるハメになることは俺も鶴村も承知の上であった。

 

「そもそもだ。みんなクラス代表になれるだけの素養はあるだろ?!

 お前等もうちょっと自己主張しろよ! なんで、生徒会や教員達の潤滑剤にならなきゃなんねーんだ!?」

 

 鶴村が吠える。

 そもそも、何故奴がこんなにも拒んでいるのかというと、クラス代表にはトーナメント以外での役割が存在するからである。生徒会の集会だ。

 

 『向こう側』ではなかった設定だが、クラス代表になるということは、名目上生徒会や様々な下部組織の一員になると同じ意味をもつ。

 あの更識楯無率いる生徒会に……だ。

 彼女に気まぐれで発令される集会に参加する事もあれば、クラス代表のみで構成される代議員会にも、また寮生でもあるため寮生会という組織に入ることも意味する。

 また、各教員が学生との意見交換の際にもクラス代表が窓口となり、協議する事もザラにあるらしい。

 

 それらは勿論放課後に行われ、拘束時間が増えることを意味する。

 

 ――つまるところは鶴村は自身の自由時間が削られることを嫌っているのだ。

 

「お前等、楯無会長や山田先生達とか好きな奴がいるだろ! なんでこのチャンスを逃すんだ!

 信じらんねぇなオイ!」

 

 もう何もかも投げ捨てて鶴村は主張する。

 

「そもそも、『以前に』そういう学生会とかそんな組織にこっちは散々入ってんだ!

 こんな所でやりたくもない残業とか派閥抗争とか絶対勘弁だぞ! ファッキュー!」

 

 そう言って鶴村は中指を立ててクラス代表になって早々ストライキを発動させた。

 

「センキュー(犠牲は無駄にはしないゾ、コネ繋ぎよろしくな!)」

 

「ファッキュー(とりあえずはアプローチを仕掛けてみるわ)」

 

 俺の言葉に反応して、また汚い言葉を使う鶴村だが、その言葉に隠された真意は誰にもわからない……と思う。

 

 

   ■   ■   ■

 

 

 とりあえず俺と南雲は仲良くやっていた。退院してからもまぁ、なんとなく適当に遊んだりして。

 鶴村も小山もあいつら頭ん中半分ぐらい薬莢詰まってるので、普通の友人は貴重なのだ。織斑君にも気兼ねしてしまうし、お嬢さま方は友達かと言われるとまた違う存在だし。これからこういう友人も増やしていきたい。この世界で今まで築き上げた人間関係は進学と共にどっかいってしまった訳だし。

 そういう訳で、俺と南雲は仲良くやっていた。そう、このゲームをやるまでは。

 

「南雲……お前、終点厨だったのか(ドン引き)」

 

「そういうお前はアイテム使いまくるチキン野郎かよ(侮蔑)」

 

 致命的な対立をしてしまった。

 

「ばっかおめぇ、タイトル読めねぇのかよ。大乱闘だぜ大乱闘。最後のきりふだ最高だろーがよ」

 

「は? あんな性能にバラつきあるワンチャン使って倒しに来るとか、そんなんだからずっと初心者抜け出せないんだよ」

 

「は? 勝手に初心者とか決めつけられても困るんですけど? 舞っ平らなステージでしか戦えない終点厨に言われても困るんですけど?」

 

「まー、アイテム拾って漁夫の利狙うしか能のない奴に、正面から戦うってのはちょっとハードル高過ぎるかな? あー、そんな根性だからISもまともに動かせないんだろうなー」

 

「ぐぬぬ」

 

「ぐぬぬ」

 

 殴り合いになった。負けた。泣いた。

 

「ちっくしょー! 鶴村と小山呼んでくる! お前に四人制大乱闘の面白さを思い知らせてやるぅ!」

 

 

 

 そんな訳で、俺はやたらヤニ臭い部屋の前に居た。流石治外法権のIS学園だ、タバコを吸っても何ともないぜ。

 一応この部屋の主である鶴村・小山には空気清浄機を差し入れているのだが、焼け石に水のようだ。外で吸わない配慮はあるけど、部屋に来る人の事も考えてほしいですやん……(嫌煙派)。

 

「ちーす、小山! 鶴村! 大乱闘でスマッシュしよーぜ!」

 

 さて、そんな訳で部屋に入ってみれば、小山は何やら電話していた。鶴村はその横で適当にマンガ読んでる。

 その時にはもうほとんど会話は終わっていたのか、最後に「それではまた」と言った部分しか聞こえなかったが。

 

「何? 電話?」

 

「おぉ。上官に報告してた」

 

「はっ?」

 

 そういえば。

 小山とは『向こう側』の知り合いではあるものの、こちらではまだほとんど素性を聞いていない。現時点での軍用ISフレームとしてのゼニスを所持している事から何らかの軍関係者だろうと勝手に思っているが、それだけだ。……まさか亡国機業が奪取した後の機体を使っている訳ではないだろうし。

 

「俺、CIA」

 

 小山は自分をぐっと指し、簡単に素性を明かした。

 てか、CIAて。

 

「確かそれ、スパイとかのあれだよな?」

 

「いや、まぁ、俺はスパイじゃないっつーか。暫定的にそっち所属になってるだけっつーか。まぁ、IS学園の情報流したり、男性操縦者を出来る限り仲間に引き入れろとは言われてるけど……表の仕事って感じ。だから言っても問題ないのよ」

 

 肩をすくめる。鶴村は我関せずと漫画を読んでいた。どうやら普通に知っているらしい。

 しかしそうか、やっぱり軍関係者とかいるんだな。織斑一夏より以前から世界に認知されていたという訳だ。世間に情報が出回っていなかっただけで。

 しかしそれでも原作と同じく織斑君の発覚がトリガーになったという事は、世界の強制力とかよく言われる系のアレがあるのかもしれない。30人も変なのが入ってきてもわりかしお話と変わらずに進んでいる訳だし。

 

「しかしそうか、CIAかぁ……」

 

「うん。女の子の言葉責めに耐える訓練があったんだが最高だった」

 

 なんか最低な言葉が聞こえた。

 そういえばこいつ、鶴村に劣らずに……というか、軍事方面では鶴村よりも上だったりしたし、色々と出来る奴なんだが……さらに言えばこちら側では特殊な軍人にまで上り詰めたっぽいのに……マゾなんだよなぁ。

 こちらの世界では全員イケメンだが、今んところクラスメイトで一番残念なイケメンだ、こいつは。

 

「じゃあやっぱセシリアとかに興味アリ?」

 

「あるけど、南雲? だっけ、あいつみたいなアホなちょっかいは出さんよ。もっと踏んでくれるようなちょっかいを出す」

 

「最低だなお前」

 

「ちなみに彼女は既にいるけど、軽い浮気で綱渡りして怒られるのがまた楽しい」

 

「最低だなお前」

 

 最低で残念だった。強いのに。

 

 

 

 

 そんな奴の最低性は、とても嫌な所で発揮されてしまった。

 さて、前回の南雲の件であるが、結果的には止めた側とはいえやはり俺達も勝手にIS戦闘を行ったとしてお叱りを受けた。

 そんな訳で、南雲達四人と、俺達三人、それぞれちょっとしたペナルティが課せられた。課外授業のお手伝いである。

 

「今日はゲーセン行く予定だったんだけどなぁ」

 

 呻くはISを装備した鶴村である。今日はどころか遠出する時間があれば結構いってる気がするんだが。この学園に来てからまだ一週間経っていないのにもう二回行ってるんだが。たくましい奴だった。

 

「今日の予定はあるが、夜だから大丈夫……って言いたいけど、片づけを考えるとあんまり長引いてほしくないねぇ」

 

 余裕なのは未だISを装着していない小山。夜はネトゲ三昧である、FPSである。

 リアル銃撃戦とかしてそうなのにFPSとかやってどうすんだよと思うが、そこはそれ、わりと楽しく遊んでいるらしい。

 

「まぁ、頑張りますか!」

 

 さて。

 そんな訳で俺達のするお手伝いとは、南雲達とそれぞれ別のアリーナへ別れての希望者に対する演習である。本来は受け持ちの教師がやる事なのだが、まぁ今回は特例と言う事で。男性操縦者は皆強いから相手として問題ないという判断である。

 

 ……俺以外な!

 

 改めて考えてみれば、二人のISはいかにも強そうだ。鶴村には自分で組んでおいて何を言うって感じだが。

 鶴村の装備は新しいのを作る余裕がなくパッケージのままである。装甲を全体的に前面に回している以外は打鉄とそう変わらないが、本人の希望で足回りは安定性より加速を重視。動き回り撃つよりも、ポジションを決めて撃って移動、というのを心掛けているらしい。少なくとも今は。

 

 小山の軍用ISフレーム、ゼニスも後日ネットでググった程度ではあるがなんでも量産型汎用型フレームの傑作品だなんて言われているほどに安定性のある性能らしい。

 装備は以前見せたスナイパーライフルを基本に(正確にはスナイパーライフルとはまた違うものらしいが、ややこしいので俺はこう思っておく)、状況に応じて幾つか使い分けるらしい。ただ、基本的に正面から戦う際は格闘術で事足りるそうだ。格闘術て。

 

 そして満を持して俺である……鶴村のパーツ取りに身をささげたラファール・リヴァイヴを専用機にした俺である!

 とりあえずアンロックユニットをまともに保持できないので外した。以上。

 

「名付けて……リヴァイヴ・シテナイ・ラファール……」

 

「ダセー」

 

「ダセー」

 

 二人がかりの冷たい目線を受けて泣き崩れた。

 

 だって自由に弄るのが楽しくなってきてからは専用機欲しかったんだもん。それなら廃棄予定だからオッケーだって我らが木口君が礼を兼ねてくれたんだもん。

 とりあえず今はまだ中身に手を入れられてないが少しずつ改修と改造を繰り返してやるつもりだ。変な癖がついているかもしれないが、そこらへんはまぁこれしか使わないならオーケーだろう。癖だって使い続ければ愛着なのさ。

 

 そんな訳で準備が整った俺達。監督の先生が合図をすれば、ピットに一人の女性が立った

 なんと驚くべき事に、それはセシリア・オルコットであった。

 

「小山優介! あなたに決闘を申し込みますわ!」

 

 凛、と。淑女らしさと勇ましさを両立したかっこいい姿勢で小山に指を突きつけるセシリア。うおぉ、すげぇ、イメージ通りだ。

 対し、我らが小山さんはぽかんとしていた。

 

「俺ぇ?」

 

「とぼけないでくださいまし。南雲京一を……大河内さんが目を付けていた彼をいとも容易く撃破した貴方の実力、見極めさせていただきますわ」

 

 ん?

 

 大河内。

 

 『原作』で聞き覚えのない名前……そしてさらに言うなら、俺達のクラスで聞いた事のある名前。

 

「いたな、大河内聖夜って奴……」

 

「覚えてるのか?」

 

 反応したのは小山だった。彼の表情は張りつめている。なんかめっちゃシリアスだ……マゾなのに。

 

「クラスメイトの名前はとりあえず覚えるようにしてる」

 

「顔も覚えてるか? 覚えてるならちょっとそいつ捕まえてきてほしいんだが」

 

「ほぇ?」

 

 小山曰く。彼の仕事は男性操縦者について調べる事でもある。だから原作介入を行った……何らかの意図があって動いている転生者は放っておく事はできないと。アメリカに対してどう動くか、それを見定めないといけない。

 まー、アメリカはマンセーもアンチもよくあるからな……ちな俺中立。

 

「いいけど、演習あるじゃん。いいのか?」

 

「あ、そっちはお前役に立たないし」

 

「先生も役に立つとは思ってないで。こっちで上手いことやっとく」

 

 泣き崩れた。こいつら今度大乱闘でぶちのめしてやる……!

 ともあれ、そういう事ならば行かなければいけない。大河内って奴がどういう考えで動いているか気になるしな……これでヒロイン総取りとか考えてたらまた火種になりかねない。やだやだ、転生者同士で喧嘩ばっかしてちゃ面白くないよ。

 俺がISを収納するのと同時、セシリアはISを展開する。

 

「さぁ、行きますわよ。ブルー・ティアーズ――」

 

 光が彼女を包む。それと共に収納されていた質量が展開され、ISの脚部分だけ彼女が浮き上がったように見える。

 そして展開されていく――青。翼のように広がる、六対のアンロックユニット。腰部に一際目立つ白のパーツ。美しく流れる金の髪に映えるような装備だった。

 

さて、自分ができること、やってみますか。

 

 

   ■   ■   ■

 

 

 大河内は背の高い少年だ。髪は目線にかかるほど長く、どこか茫洋としたイメージだった。彼について分かるのはそれぐらいだ。

 外見から分かる特徴しか情報はない。大河内はあまり喋らない男だった。誰の印象にも残らないようにする……もしそれも計算だったとするならば、不味いかもしれない。

 大河内聖夜、奴のたくらみは誰にも分からないのだ。

 

「くそっ」

 

 思わず悪態が口を突いて出る。IS学園にたった30人しかいない男子は制服で目立つので探すのは容易だ。向こうが何も気付いておらず、逃げる気がないのならばなおの事。

 寮の方は先に確認したが部屋に戻っていない。外出許可も取っていない。となれば、学園内に必ずいるはず。

 

 走り回れば彼は簡単に見つかった。ただし、最悪の結果を伴って――だ。

 ひょろりと背の高い大河内の背中越しに見える笑顔は織斑一夏のものだ。そう、織斑君と接触をしているのである。

 最大戦力である小山を、既に味方に引き込んでいるセシリアに足止めさせる。そして自身は織斑君と新たに関わる。何をしようとしているか分からないが、そんな足止めをしてまでやる後ろめたい事は、悪い事に決まっている!

 とうっ。

 

「織斑君に何しとんのじゃボケがあああああ!」

 

 男の奥義、ドロップキック。キックは決め技。

 ひょろ長い大河内は見た目の印象に違わず紙のように飛んでいった。どうやら直接戦闘力は低いようだ、助かった。もし戦闘力チートとか持ってたら俺じゃ勝てない所だった。ふぅ。

 

「お、おい、東君……?」

 

「あ、織斑君。大丈夫か、こいつに何もされてないか? 何かおかしい所は?」

 

「強いて言えばお前がおかしいぞ!?」

 

 ふむ。

 見渡してみれば、何やら騒ぎになっていた。っていうか倒れた大河内に駆け寄っている女生徒とか。俺と、俺がぺたぺた触っている織斑君を遠巻きに見つめる女生徒とか。

 ふむ。

 

「ねぇ、見て。織斑君に何するのって言ってあの子……」

 

「え、あれ同室の東君よね?」

 

「東ってあれよね、織斑君が好きとか自分の教室で言ったとか……」

 

「何? 東君が織斑君を好きで、近づく男に『俺の一夏に手を出すな!』って言いながら追い払ったって?」

 

 ふむ。

 ……汗が止まらない。

 

「なぁ、東君……なんで俺に道を聞いてきただけの奴を蹴り飛ばしたんだ?」

 

 全世界に向けて土下座したい気分だった。

 

 

 

 とりあえず、案外大丈夫だった大河内。謝罪と共にジュースを奢ったら控えめな笑顔で「むしろごめん、僕の何かが気に障ったんだね。君の気が済まないのならこれは貰っておくよ、ありがとう」と返ってきた。

 なんだこいつ。めっちゃいい奴じゃん。

 

「え、えと、それで、大河内……」

 

「何?」

 

 めっちゃキラキラスマイルだった。悪意なんて欠片も無さそうだった。

 さて、ほんとどうしよう。とりあえず一夏と別れて、というかあの場から逃げ出して背負って逃げた大河内が目を覚ましたのが今の状況な訳だが。学園の要所に設置されてある休憩所のベンチに座ってまったりしている訳ではあるが。

 とりあえず小山には連れて来いと言われているが、悪くない奴を何も言わずに引っ張っていくのもアレである。とりあえず俺が話を聞いておくことにする。

 

「いや、大河内……も、転生者でいいんだよね?」

 

「うん。そうだよ。他にもこちら側に来てる人がいたら自慢しようと思ってたんだけど、セシリアさんと仲良くさせてもらってるんだ。これってすごくない?」

 

「あ、あぁ、凄い」

 

 自分からばらしに行くスタイルとかこいつ絶対悪意ないだろ……!

 

 

 

 大河内聖夜は日本で生まれたが日本を知らなかった。彼の家族は後にIS関連企業となる部品製造の会社に勤めており、彼が生まれてすぐに夫婦纏めてヨーロッパに転勤となったらしい。

 そこで大河内は転生者であるという自分の現状を把握し、すぐにその才能を発揮した。どうやら戦闘方面のチート以外に裏方としての能力もチートがあるという俺の推測は当たりのようで(というか当たってなければ俺のは一体何なんだという話になる)、大河内は人並み外れた情報処理能力があるという事だ。神童となるには十分すぎる条件。

 まぁそこからはざっくりと説明を省かれてしまったが、とにかく神童である大河内は普通の子どもにはない特権と自由を持っていた。特に何か大きな目標がある訳でもなく自由に行動していた大河内であるが、ここまでくれば思いつく事が一つある。

 自分はヨーロッパに居る。そして今はまだセシリア・オルコットの身に起こる悲劇の前だ。今の自分ならばそれを止める事が出来る、と。

 

 イギリスで暮らす事も、上流階級と接触を持つ事も、大河内自身の能力と父母の助けがあれば簡単な事だった。こうして彼はオルコット家と接触を持ち、目的をもって友好的に接したのだ。原作小説を読んでいたとはいえ時期が完全に特定出来る訳ではない、大河内は気を抜かなかったという。きちんと、絶対に見逃さないと頑張っていたと語った。

 だってもう、その時には打算なんてなくオルコット家の人々を好きになっていたのだから。数年共に過ごした人を守りたいと思うのは当然の感情だった。

 

 

 

「――でもね、無理だったんだ」

 

 周りに人がいない、大河内の声だけが響く静かな休憩所。空を見上げて、彼はゆっくりと言う。

 

「無理って……」

 

「止めようとしたし、助けようとした。でもね、無理なんだ。どうしても外せない用事で、どうしても列車に乗るしか無くて。最後には僕もついていったんだけど、巻き込まれただけだった」

 

 大河内が右腕を持ち上げ、日に透かせるように顔にかざす――そこで気付く、彼の腕の不自然な動きに。ぎこちない、痺れたような小刻みな動き。

 ゆったりと彼は微笑む。他人を気遣う笑みだった。

 

「腕がね、駄目なんだ。日常生活に問題はないんだけど、ISで戦えるほどじゃない。専用機はあるけどそれだけさ」

 

 なんと言っていいのか、分からない。

 小山もそうだが、この世界である事を自覚し自分として生きてきた人達に、何も考えずぼうっと生きてきた俺では掛ける言葉が思いつかない。俺に出来るのは多分、茶化す事だけだ。

 どうにもこういう時に真面目になり切れない自分が好きじゃない。鶴村の奴ならばその辺り割り切ってはいるのだろうが、俺は中途半端にまじめ人間なのがいけない。

 

「……。そ、それじゃ、大河内は今はセシリア・オルコットの友達としてこの学園に来てるって訳なのか」

 

 結局、やっぱり話題を穏便に戻す。仕方ない、仕方ない。こういうとこに突っ込んだってロクな事にならないのは基本なのだ。

 なにせ、あの原作では男嫌いであったはずのセシリアが随分と信頼しているみたいで

 

 『――とぼけないでくださいまし。南雲京一を……大河内さんが目を付けていた彼をいとも容易く撃破した貴方の実力、見極めさせていただきますわ』

 

 ――んっ?

 

 おかしい。

 

 目を付けていた? 

 

 何故? 

 

 どの部分に対して?

 

 どういう理由で?

 

 ――おいおい、ただ身近にある悲劇を止めたかっただけの男が、もうそれは失敗に終わってまともに人生送っているはずの男が、どうして他の転生者に目を付けるというんだ?

 気付くのが遅すぎた。思考から醒め気を取り直した瞬間、彼の表情を見て俺はそう悟るのだった。

 

「動かないでくれ、東君。俺の部屋でゆっくりお話しようじゃないか」

 

 けして恐ろしい形相ではないし、目つきで殺されるやべぇこいつプロだって言う訳でもない。ただ、俺に向けて微笑みかけてくれていたのは演技だって分かるほど、その表情には感情がなかった。

 諸手を上げる。俺のリヴァイヴ・シテナイ・ラファールでは、たとえ右腕を使えないという話が本当でも勝ち目はないだろう。特にこの距離ならば避ける事も出来ず絶対防御まで貫通し放題の出血大サービス(比喩無し)だ。

 

「へ、っへへへ。旦那、ちょい俺先生に用事を言いつけられてましてこれサボったらペナルティのペナルティで偉い事になりそうな」

 

「軽口に付き合うのは好きじゃない。来てくれるね」

 

「喜んで」

 

 俺弱い。

 

 

   ■   ■   ■

 

 

 大河内 聖夜という男の部屋は、はっきりと明暗が分かれていた。乱雑にモノが置かれた右のベッドと、段ボール箱から一切の家具類を出してもいない左のベッド。予想通りというべきか、何もない左に進む大河内。

 

「ルームメイトは出掛けていてね。丁度いいと思っていたんだ、君と話すには」

 

「手短にお願いしたい所だけどな……」

 

 ちなみに頭を掻いてけだるげな様子を演出しながら言ってみたものの、膝はがっくがくである。膝がセルフで俺の態度を笑ってくれているので観客いらずの大喝采、マジで誰か助けてほしい。見えないとはいえ凶器を持って脅してくる相手と隣同士だなんて、怖くてやってらんない。

 勧められるままにベッドの前に移動させられた段ボール箱に座り、大河内は向かい合うようにベッドに座る。俺が見下されるような形である。

 

「さて、さっきの話だけど……続きがあってね。助けようとしたけど無理だった話と、右腕が駄目になっている話。どっちの続きから聞きたい?」

 

「勿体ぶらなくてもいいからほんと早くしてください……!」

 

 何が面白いのか、彼はまた作り物だと分かり切った微笑みを浮かべた。俺だってかっこいい事を言いたいのは山々なんだが、このままでは膝がフルコーラスを始めてしまうので。

 まずはひとつ、と大河内は指を立てる。

 

「まともな戦闘を、僕はするつもりがない。僕のISは僕自身の設計によるものでね、戦うようには出来ていないんだ。代わりに、限定的な展開でも遠隔地の映像を拾えるのさ――ナノマシン、って言って分かるかは君次第だけど」

 

 彼が指を鳴らすと同時、空間に滲むように現れた光が寄り合わさって『画面』を形作る。まさに未来、といった風情。

 そこに映っているのは小山と向かい合うセシリア・オルコット。そして篠ノ之箒さんと向かい合う鶴村だった。ちょっと見ない間に新しいお客さんが来ている。

 

「なんでこの映像……? 見たいんなら直接見ればいいっしょ」

 

「いや、一応君を拘束してる状態だから。

 ――さて、もう一つ大切な事を言う」

 

 彼は、そこで笑顔を止めた。意識的な笑顔が鳴りを潜めて、代わりにというべきか眉間に大きく皺が寄る。苦しみか、憎しみか。その言葉は吐き捨てるように告げられた。

 

「あの事故は原作がどうのじゃない、人為的なものだ……

 

 『僕が妨害した事故を、誰かが完遂した。』

 

 ――そう言う事だったんだ」

 

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 理解が追いつくと共に気分が悪くなる。恐らく俺の顔も目の前の大河内と同じ渋面になっているだろう。なにせ、大河内の妨害を妨害と知り元の列車事故に戻そうだなんてする奴は転生者ぐらいだろうから。勿論、他の可能性だってある。偶然かも知れないし、元の原作でも人為的な事故で……列車でないといけない可能性があったのかもしれない。

 ただ、下手をすると俺達三十人のクラスメイトの中に「人殺し」がいるかもしれない。それはとても気分が悪くなる話だ。

 

「僕だって調べたが、最後まで犯人に行き着く事はなかった。……ここまで言えば分かるかな、僕の目的は」

 

 拳を握り、大河内は静かに吼える。

 

「僕の目的は二つ。セシリアを「原作通り」にして落としたいだか思った、いるかもしれないクズからあの子を守る事……そして、復讐だ」

 

 今度こそ、話を逸らす事すら出来ない。なんというシリアス。というか、やはり、怖い。

 膝がオーケストラ状態だ。人死に? マジで? うっそじゃんお前。って感じ。あるというのは認識していたが、実際人が人をそんなくだらない理由で殺したかもしれないだなんておかしいじゃん。おかし過ぎて膝が笑ってる。

 めっちゃ気分が悪い。確かに、本当にそんな奴がいるならそいつはクズ野郎だ。

 

「見た所、鶴村君はクラスメイトを纏める立場になりそうだ。だから今、見極めておかないといけない。君達がクズなのか、日和見主義か、頼りになる強い奴らなのか、それとも僕が思いもつかない何かか……偶然とはいえ君をここまで連れ込んだのもその為だと思ってくれ」

 

 本当、何を言っていいのか分からない。俺はまた鶴村に巻き込まれただけじゃないか。

 仕方ない、と溜め息を吐きながら――大河内の視線に釣られるように俺は空間に投影された『画面』に目を向けるのだった。

 

 

   ■   ■   ■

 

 

 白光を放って現れる蒼い装甲。己が足となった機械仕掛けのそれで立ち、向かい合うもう一方の男を見据えた。ハイパーズームによって映し出された姿は、生身。早春賦の詠う春先の風から逃れるためか、鈍色をしたISスーツの上に、もう僅かばかり黒寄りに濃いコートを羽織っていた。

 たなびかせる彼の姿に、業を煮やした腕が持ち上がった。専用火器、スターライトmkⅢ。実弾を用いない、この青いIS、ブルー・ティアーズが有する主兵装。実用化された指向性エネルギー兵器は、俗にレーザーと称される光学火器に分類される。内部へ象嵌されたプリズムに収束、増幅した一条の光は、ひとたび浴びれば人間など容易く焼切られるだろう。焦心から来る脅迫にしては、物々しさが浮かぶ。むろんセシリアに、トリガーを引くつもりがないにせよ。

 

「ふざけてますの? ゼニスはどうしたのです」

 

『まさか。俺は真面目さ』

 

 集音スピーカーが拾う肉声。微かにこの男は笑みを浮かべたような気がして、さらに苛立ちは募る。

 

「ならば――」

『決闘なんだろ?』

 

 今しがた錯覚と思った笑いは、どうやら違ったらしい。届く声には明らかな悦が含まれ、その上で彼は口の端を吊り上げたのだ。

 

『お前は本気で俺を倒したい。なら、俺も本気でお前を相手しよう。そのためにはあんな玩具はいらない』

 

「……あなた、何を言っているのです」

 

『簡単な話だ』

 笑み顔のまま、男は両手を広げる。そしてこう続けた。

 

『撃てよ』

 

 ぴくりと、セシリアの片眉が吊り上る。怪訝。それまで募っていたいらつきは、一個の不審感へと転じた。

 

「笑えませんわ」

 

『そうか? 俺は笑えるぜ? 楽しくて仕方ない。安心しろよ、オルコット。お前じゃ俺には当てられない』

 

 奥歯が鳴り、キリキリと引き絞られたトリガーは遊びを失う。

 

「侮られたものですわね」

 

『侮っちゃいない。俺は本気だ。だから早くしろ、撃てよ。ここだ。よく狙って、ここを撃て』

 親指で鳩尾を示し、それは笑った。嘲笑と受け取れなくもない、引きつった頬で。

 

「火傷では済みませんわよ」

 

『上等だ。楽しませてくれ、さあ早く』

「――ご随意に」

 

 歪んだ笑みへ、送るのは侮蔑。マニュアル射撃を起動。銃口が捉える射線マーカーが男の胸へと重なり、そして人差し指が屈折した。

 

 撃発。――発砲の寸前、セシリアは火器管制システムよりスターライトmkⅢのパワーセル・ユニット、すなわちこの特殊小銃の中枢へと接続。スターライト系レーザーライフルの特徴であり大きな魅力として、光そのものを用いることでの無反動と弾速、そして出力調整があった。ワン・トリガーごとに発電する射撃機構は、対物兵器として運用可能な高出力から人体に大した被害も与えない極微の低出力まで変化する。限界があるのは実弾と同じ。射撃回数を上昇させるべく、通常、スターライトはブルー・ティアーズ本体の火器管制へリンクした人工知能が、ロックオンした攻撃対象ごとに最適出力をオートで選択、実行する。その人工知能の置かれた場所こそが、パワーセル・ユニットだ。

 セシリアは搭乗者権限によってこれにアクセス、射撃出力を最低レベルに変更。非効率出力と判断したスターライトが自律モードを起動しかけるも、優先順位の高いパイロットのマニュアル決定である。阻まれたところで、さらにブルー・ティアーズのISコアが彼女の意を汲み取り、人工知能の自律モードを一時的に閉鎖。

 

 ここに至るまでの作業が一秒にすら満たずに完了、さらにそれをセシリア自身が認知できたのは、ハイパーセンサーによる超速思考によるところ。いくら挑発を受けたにせよ、致死レベルの攻撃を放つほど彼女は浅慮でない。

 だがあの男は、非礼を向ける相手を間違えた。少なくともしばらくを火傷に苛まれるくらいの代償を、払ってもらわねばなるまい。

 一筋の光がその鳩尾を狙って伸び――男は笑った。

 

「なっ!?」

 

 驚愕を喉から吐き出したのは、セシリアだ。紫電が如き単色性の光がきらめき、ISスーツの胸元へ突き刺さると思われた直前。

 彼を中心に白光が広がり、一瞬その姿を見失う。輝きが収まった時、セシリアが見たのは一振りの長剣と、それを今しがた振り下ろしたかのような一機のISだった。

 

『お前、手を抜いたな』

 

 失望を含む余韻。

 

 ゆっくりと立ち上がる。装甲はあのコートと同じ色調で彩られ、細長く丸みを帯びた楕円形の形状が、つま先から首元までと身体を覆う全体に一貫して続く。視点を真横に動かせば、背部より突き出した異様なフライト・ユニットへ気付いたはずだ。折りたたまれたような、鋭利とすら称せる四枚の固定翼。中央にはただ一基の、航空機搭載のそれをスケール・ダウンすら怠って流用したかのような、ISには巨大すぎるブースターが収められている。

 

 ――ゼニスじゃない?

 

 自問は、しかし一瞥した時点でわかっていた。相対する機は明らかな人型を成しているのだから。それでも胸中で発してしまったのは、続く現実をまさかと受け止められなかったせいなのか。

 ブルー・ティアーズは、スターライトの放ったレーザーが迎撃されたと分析し、報告している。そう、あの敵ISが手にした長剣で、叩き斬られたと。

 果たしてそんなことが可能なのか? 確かにハイパーセンサーを持つISならば、音速で飛来する銃弾を視ることもできるだろう。しかし、こちらは音速でなく光速だ。奴は文字通り、光を斬ったことになる。実際にはセシリアの指先がトリガーを引くのを見計らって、銃口位置から射線を割り出し、防いだ可能性も否定できない。さりとて、それもまた容易ではないのだ。

 

「あ、あなたは……」

 

 動揺に声音が震える。一方、敵ISはさらに頭部を可変させた。鼻から上が展開されるアーマーに覆われ、真一文字に二列並んだ切り込みが目元を隠す。唯一、素の肉が窺える口はやはり笑みの形に歪んで、静かに上下した。

 

『やはりこいつの方が動きやすいな。――おい』

 

 突き出される切っ先。

 

『もう手加減するなよ。お互い全力だ。わかりやすいだろ?』

「――!」

 

 来る。

 

 ブルー・ティアーズが警告を発するより早く、直感がセシリアを突き動かした。火器管制へ再アクセス、スターライトmkⅢのパワーセル・ユニットを全開放。ナノ・セカンドの間。すでに前方のISを敵機と認識していたコアとの連動を果たすと、出力変更回路が対IS戦射撃モードへと切り替わった。

 間髪入れない二点射は、灰色の未確認ISが強引なブースター火力で飛び出してくるのと、ほぼ同時。

 

 ――未確認?

 

 自ら結論付けた見慣れない機影を、だが否定的に感じる。と、その瞬間にブルー・ティアーズが敵機体解析を終了、たった一機の該当と思しき結果を出力した――刹那。

 

「ハッ」

 

 昂ぶった笑い声。解析結果に意識を奪われた一瞬の内に、敵は肉声が届くほどまで、すなわち長剣の間合いにまでこちらへと接近している。

 

「くっ……!」

 

 スラスター作動。PICも併用して急上昇、振りかぶられた凶刃より寸前で逃れるや否や、銃口を向ける。その先で、寸分前まで己のあった位置に立つ彼は、どうとでもなさげにセシリアを仰いだ。

 

『どうした、その程度じゃないだろ? 美人に見下ろされるのは気分いいがな』

「気分が……いい?」

 

 妙な言い回しが引っかかった。新手の皮肉か。

 

 と、

 

『ああ、いい気分だ。特にお前みたいなタイプなら、率直に言って奴隷にされてみたい』

 

「……ずいぶんと奇特な方で。ISにしても変わった趣味ですわね」

 

『ほう?』

 

 首を傾げる敵機へ、鳥肌立つ異様な恐怖を押し殺して告げる。

 

「技術立証試験IS、ハヤブサ。日本だけが作った宇宙探索用の第二世代機。……果てない宇宙を旅するため作られた、それも元非武装機で、わたくしのブルー・ティアーズに挑みますか」

 

 本来、ISは宇宙空間での活動を想定し生み出された。だが実際にどうなったかといえば、この世を見れば明らかである。そもそも誰もがわかっていたのだ。宇宙開拓は幻想に過ぎず、まだ見ぬ未知の資源も、その存在こそ完全に否定できないとはいえ、幾千幾万幾億年かかるとも知れぬ無限の暗闇を宛てもなく探すなど、徒労に過ぎないのだと。

 ISという有人の宇宙探査機械。ハヤブサと名付けられたそれは、無人機械で行なうべき仕事へ割り行った、意地とも執念とも、あるいはちゃちな自尊心とも蔑まれた存在である。ブルー・ティアーズは九五パーセントの確率で、眼前のISがハヤブサだと告げた。残る五パーセントは、追加された兵装による記録との差異。

 

『昔の話だ。俺はその頃のこいつを知らんし、興味もない。ラファールやゼニスより馬が合った、だから引っ張り出した。それだけの事だ』

 

「重要なのは必要か否かのみ、と」

 

『合理的だろ? それとも、決闘の相手がこれじゃ不満か?』

 

 アイ・ガードの奥より注がれた、一直線の眼差し。自然と口元が緩む。――不敵に。

 

「まさか」

 

『なら問題ないな。こっちはうずうずしてる。さっさと戦おう』

 

「上等、ですわね」

 

 踏みこみの予備動作か、ハヤブサが身を屈める。応じるようにスターライトの銃口を定めた途端、灰色のISは地を蹴った。

 

 ――速い!

 

 広大な暗黒を旅するためには、きっと不可欠だったのだろう。が、恐るべきは加速性。ゼロの静止状態から突撃してきたハヤブサは、すでに最高速ではないかと疑わしいスピードを得て、蒼いISへと肉薄する。

 三点射。初弾は僅かに逸れ、残る二発が上段からの一撃に掻き消される。その瞬間、すでにセシリアは敵機の間合いに置かれた。

 

 回避、いや間に合わない。

 

反射的にスターライトを突き出し、その銃身でもって下段からの斬り返しを受け止めた。剣と銃。共に相反する得物同士が鍔迫り合い、互いの吐息すら感じ取れるほどまで近づく。

 

「やるなぁ、オルコット……!」

 

 剥き出しの口元が、歓喜にぎらつく歯を窺わせる。猛禽の如き、凶暴な輝き。

 と、強引に押し出すかに思えた長剣が、ふと力を緩めた。真正面から向き合ったセシリアの力に逆らわず、半身を軸にひねる。

 体勢が崩れた。斬られる。反射的に浮かんだヴィジョンを、しかし彼女は半ば無理やりに振り払って銃口先を定めた。ゼロ距離。ハヤブサは再び上段に取った刃を、今まさに振り下ろさんとしている。そしてこちらも、すでにトリガーを絞っていた。

 一対の衝撃。レーザーの着弾と、シールドを打つ斬撃とが同時に交錯した。脳が揺さぶられ、意識が白濁に溶けかける最中、

 

「はあっ!」

 

 寸前で繋ぎとめた意識の先。自由落下の中でセシリアは小銃を構え、敵を捉えた。こちらへと迫る、灰色の影。

 スターライトmkⅢが絶叫し、最高密度のレーザー光を放つ。一撃で主力戦車の複合装甲をすら溶かすそれを、だがハヤブサは寸前で回避。と同時に、唯一と思えた武装、あの長剣をブルー・ティアーズめがけ投じた。

 

「くっ」

 

 迫った切っ先を小銃を盾に払い、次の瞬間、

 

「――おお!」

 

 凄惨とさえ呼べる気合いを吐き出し、ハヤブサが懐へと入り込む。左マニピュレーターがスターライトを払いのけた刹那、続く右手の掌底でセシリアの腹部を打つ。機械的不調を起こしかねない、捨て身の打撃戦。

 さらに背を膝蹴りに叩かれ、無理強いされたヴェクトルに一時的な操縦不能状態へ。宙を転がり、アリーナ外壁へと激突。立ち昇る土埃が蒼いISを隠した。

 

『いいぞ、いい感じだ! いい感じに昂ぶってきた! もっと来い! さあ、早くしろ! もっと戦え!』

 

 耳朶を打つ絶叫。何かを渇望した嗚咽にも感じられるそれに呼応する闘志が、朦朧とした視界を晴れさせる。

 

「言われずとも……!」

 

 背部、飛行翼にも見えた兵装が動く。ビット兵装、ブルー・ティアーズを展開。射出された四基の遠隔誘導兵器は、いまだ立ち込める煙幕を突き抜けハヤブサを囲った。

 

「むっ……!」

 

 先ほどは投げ出した長剣を再び構えるも、すでに遅い。セシリアの意に従って軽快に位置を転じかく乱する四基の内一基が、唐突に光を放った。スターライトと同種のレーザー波。

 初弾こそ反射運動によって回避したハヤブサへ、だが残る三基からの射撃が殺到する。一機のISだけで実現する、全方位からの集中砲火。さしもの敵機とて耐えられる道理はなかった。連続する爆炎の中にその輪郭が飲み込まれた後、飛行制御不能となった灰色のISは地表へと墜落した。

 束の間の静寂。痺れかけている四肢に力を込め、セシリアは上昇。確保した視界に眼下を望むと、薄れゆく土埃の中でうごめく影を認めた。それは次第にはっきりと認識できるほどまでになって、純日本製ISの相貌を露わとした。

 

「もう終わりですの?」

 

『この程度で終わらせてたまるか』

 

 ハヤブサの手元で、量子変換の光が瞬いた。それまで携えていた長剣が、一個の銃器らしき物体へと変化する。見たままをそのまま述べれば、およそ人型で扱えるとは思えない、巨大な、

 

「ロケットランチャー……? 火力だけの砲弾など、当たると思いまして?」

 

『心配するな。特別製だ』

 

 言い終わるかどうかの時点で、すでに砲弾は放たれた。いや、果たして砲弾と呼んでいいのか。

 八枚の刃を持った、奇怪なチェーンソウの刀身。セシリアが目の当たりにするものを表現するなら、そうとしか言い様がなかった。正方形を成した芯に、それぞれ四方向へとつや消しの刃を持ったノコギリ。それは撃ち出されて程なくのところで好き勝手に回転を始め、四方八方へと刃を射出したのだ。

 

「いったいなにを……」

 

『見たままだ』

 

 言われて気付く。四散したかに見えた刃は、だが奇妙なことに回転したまま、ある種の法則性をもって空中を飛行し、やがてはハヤブサの周囲へと集った。

 

「自律飛行の、これはブーメラン……?」

 

『特殊全翼刀、カラス。半永久的に飛び続ける群れだ。……気を付けろ。こいつが啄むのは俺の敵だぞ』

 

 風が流れる。一瞬、灰色の母機を取り囲む群れが、数倍にまで膨れ上がったように見えた。三二枚の、こちらが操るビットにも似た誘導兵器。しかし遥かに原始的で、故に与える威圧感は数も相まりこちらの比でない。それらが一斉にセシリアを睨んだ。

 背筋を舐める悪寒。

 

『一緒に楽しもう、第二ラウンドだ』

 

 引き攣った頬で形作るあの微笑が、そのまま撃針としてこの場の雷管を打ちつけた。決して陽光に輝かない無数の翼は、手綱を解かれたかのようにブルー・ティアーズへと殺到する。

 

「……っ!」

 

 反射的に後退、次いで残る二基のビットを射出した。それらはすでに展開済みの四基と異なり、搭載するのはレーザーでなく近距離空対空ミサイル。本来、この手のミサイルは対地仕様のそれに比べて遥かに威力が劣った。そもそも炸薬からして、強固な装甲目標を潰すHEATなどの成形炸薬ではなく、榴弾方式であるからだ。近接信管によって目標付近で爆発し、飛び散った破片でダメージを与える。高速で飛行する航空機とはそれだけで絶妙なバランスに置かれており、僅かな損傷でも致命傷へと発展できるのだ。

 ただしこちらはIS搭載型の、尚且つ対IS戦を主眼とした兵装。誘導方式こそ従来の画像赤外線誘導を採用するも、比較にならないほどの威力を有する。相手は常識の埒外に置かれた、史上最強の兵器。通常の空対空弾頭では脅しにもならないだろう。

 ミサイル・ビット、セイフティを解除。シーカー作動と共に内蔵アルゴンガスが瞬時に冷却を始め、IRノイズを除去。明瞭な視界を得た赤外線センサーは、ハヤブサを捉えけたたましいヒート・トーンをがなった。

 点火、一秒にすら満たない排煙の後、内封された誘導弾は吐き出される。既存兵器の枠外と見なせる加速性に、弾頭もまた他に類を見ない。HESH、粘着榴弾と呼ばれるものだ。着弾後は潰れてへばりつき、爆発の衝撃によって内部から破壊する。

 

 ――母機さえ叩けば……!

 

 セシリアの狙いはそこだ。舞う鋭利な回転全翼、あるいは抜き身の刃物そのもの。これがビット系兵装と同じ操作方式なら、使用中のIS本体は無防備となる。自機の欠点だからこそ、手に取るようにわかった。事実ハヤブサは、カラス射出直後より地表に佇むままで微動だにしていない。

 ほぼ垂直。二発のミサイルはトップ・アタックの要領で刃の隙間を飛び去り、灰色のISへと向かって

 

 ――寸前、幾重かの一閃が引かれる。

 

『まさか、当たるとでも?』

 

 嘲笑からは、侮蔑的な雰囲気の一切が感じられない。やはりあのブーメランは遠隔操作か。瞬時に数枚を呼び戻してミサイルを両断、自身の手前で迎撃してみせた彼は言う。

 不思議なことに、自然とセシリアまでもが微笑を浮かべた。

 

「イジワル」

 

 上下した口唇は、悪戯っぽく砕けた物言いを投げる。

 即座にレーザー搭載ビット全機を自機周辺へ配置、防御線を設置。この瞬間を待ち望んでいたが如く、カラスの群れが殺到した。

 迎撃、爆炎、移動、迎撃……。全方位より遅い来る凶刃を、縦横無尽にめまぐるしく飛び回って撃ち抜く。一基が突き立てられた幾つかのカラスに葬られ、また一基がバレル熱量の負荷限界間近まで連射する。視界を炎と破片とが埋め尽くし、ビットとカラスの数とが瞬く間に消耗され、遂にそれぞれ最後の一基が相打った。

 

 その時だ。

 

『おおお――!』

 

 先刻よりさらに気迫を増した叫喚と共に、宙を散る炎の向こうから、上段へと長剣を構えた影が迫った。

 

「くぅっ……!」

 

 予期はしていた。だが、間に合わない。咄嗟に突き出したスターライトmkⅢは、長剣の一撃をその身に受けブルー・ティアーズの手を離れた。

 しかし、

 

「なに!?」

 

 相対する男が初めて発した驚愕の声は、身を竦ませる金属音に重なった。ハヤブサが斬り返すより早く、セシリアは予備兵装を展開。近接戦用ショート・ブレード、インターセプターの名を持つそれでもって払い落したのだ。

 

「ふっ」

 

 短刀を掌の中で半回転。逆手となって握りこまれるや、呼気を伴ってハヤブサへと突き立てる。格闘戦を好まない彼女が放った、必殺の突き。

 それでもやはり相手は尋常ではない。切っ先が届くより早く脚部が彼女を蹴りつけ、反動を元手に失った得物のもとへと駆ける。ほぼ同時のタイミングで、セシリアもまた打撃の勢いを利用し降下。互いがそれぞれの主兵装へと届きかけ――不意に横やりを入れた重力が、長剣と小銃とをぶつけ合い、位置を逆転させた。

 

「チィッ!」

 

 発したのはどちらだったか。いずれにせよ、両者は武器を掴み取った瞬間に飛び離れ、即座に攻撃体勢へと移行。

 向こうもこうする。

 確信によってブルー・ティアーズの電子戦プログラムが起動、得るはずでなかった長剣のIDロックへ侵入。ものの数秒で使用権の認識に成功した途端、剣の名が出力された。高周波重々刀、オオワシ。

 見よう見まねのまま、蒼いISが向かった。レーザー・ライフルを構える灰色の機影に、真正面から。牙を剥く銃口より閃光が瞬く直前、身をよじる。それまで居た空間を紫電が薙いだ。

 

「はああっ!」

 

 柄頭へ添えた左手を全力で伸ばし、速力と共に繰り出した刺突は、剣というよりランスのそれに近い。白刃がハヤブサの左腕部外装を撫で、火花をまき散らす。

 

「しぃっ」

 

 蛇の囁きに似た異様な呼気。風切り音すら伴った回し蹴りがしたたかにセシリアの背を打ち、のけぞらせた。出し抜けに二点射のレーザーを見舞って、ハヤブサが飛び下がる。

 格闘では敵わない。が、向こうにしても射撃は本分でない。二発の内一発は的を外れ、命中弾にしても右脚部をかすっただけだ。

 慣れないことをするものじゃない。共に悟ったのか、奇妙な一拍が置かれ、二機のISは双方を見据えたまま宙に静止する。

 

「自分の領分で戦いたい、とでも言いたげな顔だな」

 

「あら、お互い様ではなくて?」

 

 笑みに歪んだ口の端を、滴る汗が僅かに触れていった。

 シールド残量はもう僅か。おそらく、ハヤブサも。このままつまらない幕引きをするならば――と。

 

「決着を」

 

「ああ、つけるとしよう」

 

 鼓動が一段と強く波打ち、不可解な充足が全身を満たして、その瞬間へと向かった。

 小銃と長剣。二機のISが放ったそれぞれの得物が交錯し、刹那。研ぎ澄まされた雷が敵を撃ち、迸る銀光が敵を裂いた。

 空を包む静寂――位置を入れ替えた二機のISは、背中合わせに佇んだ。鳴り響くブザーすら、まるで届かないかのように。

 

 と、

 

「……相打ちか」

 

「ええ。そのよう、ですわね」

 

 むしろ穏やかに二人は言う。もう一撃分にまですり減ったシールドを、異なる武器は同時に消滅させた。

 

「満足か?」

 

 淡々と、されどもどこか楽しげに彼は告げる。

 

「質問と受け取るべきでしょうか?」

 

「けしかけてきたのはお前だ。どうだ。満足したか?」

 

「……あなたはどうですの?」

 

「ふん。いい気分だ」

 

 名残惜しさの欠片もない、静かな口調。

 

「いい気分だな」

 

「ええ……」

 

 噛みしめるように繰り返した彼の言葉へと、ほころんだ口元が囁く。流れる潮風を直に受けると、それ以上、どちらも口を開くことなく無邪気な微笑を浮かべていた。

 

 

   ■   ■   ■

 

 

「おー、やっとるやっとる。小山の奴、ハヤブサまで持ちだしたら後はまあ、そうなるわなぁ」

 

 妙に艶めかしい雰囲気を醸し出す小山とセシリアの激戦を他所に、鶴村は打鉄を纏ったまま、関心の声を上げる。

 

「……で、この後どうします?

 自分としてはてっきり射撃レクチャーか何かで教員達の補佐でもするものかと想定していたのですが」

 

 ――とりあえずは授業のお手伝いなのでよそ向け用の口調で、凄く困った表情で鶴村が問いかけた先には、同じく打鉄を纏った篠ノ之箒がいた。彼女も小山とセシリアの攻防を目の当たりにして、驚嘆の意を示している。

 

(篠ノ之箒も少し困惑の様子が見て取れる……これは、臭いな)

 

 両者は共に同じISではあるものの、肩や太腿部分が完全に素肌が露出しており、上半身はISスーツでしか覆われていない篠ノ之箒。

 それとは対照的にISスーツの上からわざわざ重ね着した軍用のジャケットに加えて、安全性を徹底したのかベストを、さらに機能性を加えるためかチェストリグや各種アクセサリーを身につけ、太腿を隠すように更にインナーを着込んだ鶴村。

 

 ――二人は性別の違う男と女ではあるが、同じ打鉄であってもその印象はガラリと変わっていた。

 

「勿論、模擬戦だろうな」

 

「自分としてはあの二人の戦闘と平行運行だと、正直周りのハードルが高くなってあんまり乗り気じゃないんですけどね……」

 

 近接ブレードを持った篠ノ之箒に対して、鶴村はバツが悪そうに上に擲弾筒(グレネードランチャー)がくっついているロングバレルの銃身を――最低野郎チックなヘヴィマシンガン(GAT-22)を持った右手で教員達がいるであろう観覧席の方向を指した。

 

「向こうさんからしたら、面倒な奴(南雲他三人)やアメリカ国籍持ちの癖に倉持技研の試作機を持ち出せるようなキチガイの内情すっぱ抜く事が出来たから、自分や東は数合わせに過ぎないんだよね」

 

(しかし、セシリアの言動を観るに……そして東から一向に連絡が来ない以上、何らかのトラブルに巻き込まれたんだろうな)

 

「だが、ペナルティなんだろ?」

 

 篠ノ之箒の有無を言わさぬ視線が突き刺さる。が、事情を察する鶴村は仕方がないと割り切った。

 

「それを言われると弱いんだよねぇ……

 ああ、でもまあ篠ノ之さんや織斑君が無事で何よりだよ」

 

(数の差をひっくり返す為にいい感じのタイミングで奇襲したけど、露骨に好感度を稼ぎに行ったとも受け取れるわな。まあ、別にこっちにやましい意図はないから別に痛くも痒くも無いけど)

 

「こちらこそ、助けて貰って済まない」

 

 そう言うと、篠ノ之箒はぺこりと頭を下げた。『あの』篠ノ之束の妹である。

 IS学園男子生徒(転生者)の情報については恐らく織斑千冬と同等の知識量を持っていると考えていた彼女なだけに、そして彼女の反応に対して鶴村は少しばかり驚いた。

 その素直な態度に鶴村は自身の中での彼女の評価を少しだけ上げておくと同時に、鶴村は彼女に対しての警戒度を一段階あげていた。

 

(こりゃ原作と比べて各キャラも大きく性格が変わってても何も可笑しくは無いな。ぬう……それにしても良いボディラインしてやがる)

 

 鶴村は『向こう側』から来た時からずっと思っていたこととしては、やはり顔面偏差値的な物事や、『向こう側』から散々東と小山達とで「ライトノベルだから仕方がないことだけど肌やボディラインの露出多すぎぃ!?」という関連の案件が数多い。

 鶴村が昔読んでいた転生物の中には、仮想の世界だから可愛く見えるのであって、いざ現実に出てきたり、仮にその世界に行けたとしても、アニメ絵の世界でない以上、同じとは限らない……なんて作品があったが、鶴村にしてみればその心配は杞憂だったといえよう。

 

 だが、別の問題として『向こう側』の人間であった鶴村にとってこの世界はあまりにも綺麗で、危ういものであった。つまるところは美男美女が多すぎて彼自身戸惑いを感じざるを得なかったのだ。

 

 その認識はIS学園に入ることによって更に顕著に現れた。鶴村に取っては白騎士事件はこの世界が自身の見知った物語である知ると同時に、何らかの役割や意図を与えられて此処に存在している事が明確になっただけに過ぎなかった。そして、自身がそう遠くない内に巻き込まれる可能性が出てきたことも……

 他の転生者に関しては、SNSやネット対戦ゲームで偶然(・・)にも小山に出会い、それが運良く(・・・)『向こう側』の友人であったことが幸いした。お互いに『向こう側』で用いてたニックネームをそのままこの世界でも流用していたのが主な一因である。

 

 そして、篠ノ之束が一向に行方を消さずにいることで鶴村は原作と言った知識はこの世界における攻略本では決して無く、ある重要キャラクターについての詳細や、世界観・各種固有名詞の説明に加え、より良く立ちまわるためのルールブック程の価値でしか無いと確信を持ち、それに加えてもう既にキャンペーンは始まった事を理解した。

 

 篠ノ之箒は近接ブレードを構える。戦闘の準備は整ったようだ。

 ふと、鶴村は視界の外にPICで浮遊したまま、静観を決め込んでいる小山とセシリア・オルコットを捉えた。どうやら、グダグダと彼女とだべっている内にもう決着がついていたらしい。

 

『見た感じ両者痛み分けって感じだな。小山もとっとと終わったのなら帰りなよ、俺のなんて見てもなんも面白みも楽しくもねぇぞ』

 

 鶴村は不服といった様子で個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)で小山に言ったが、返答は『せっかくだから『向こう側での』キチガイ地味た動きでも観とく』という回答であった。

 

「俺にしちゃ劇的ビフォーアフターを遂げた君が一番突っ込みどころが多いんだけどなぁ」

 

 鶴村はそう言いながらも、戦闘開始の合図に合わせて篠ノ之箒をヘヴィマシンガンの単発射撃(セミオート)で迎え撃った。その目つきは先程までの穏やかなものとは違っていた。そして、ヘラヘラをしていた表情もそして口も引き締まり、完全に彼の中でスイッチが入った瞬間であった。

 篠ノ之箒は銃撃をそのまま上に飛翔して避けた後、近接ブレードを抜刀した。

 

「? 鶴村、早く上がってこい!」

 

 飛翔した篠ノ之箒に対して、鶴村はヘビィマシンガンを依然構えた姿で、地上に留まったままであった。

 不審に思った篠ノ之箒は上がってくるように声をかけるものの、鶴村はずっとそのままの体勢を維持している。

 返答は発砲音として返ってきた。

 

 鶴村は、ヘビィマシンガンのセレクターを単発射撃(セミオート)から連続射撃(フルオート)に切り替えて、反動を抑えこむ為に両手で保持しながら引き金を引いた。

 

「バルカンセレクター!」

 

(これ、言ってみたかったんだ)

 

「ッ! 舐めたマネを!」

 

 曳光弾が入っているのか火線を煌かせた弾幕の中、篠ノ之箒はそのまま回避行動を取りながら、悪態をついた。彼女は近接ブレードを拡張領域(バススロット)にしまい込み、アメリカのクラウス社製実弾銃器・51口径アサルトライフルのレッドパレットを取り出すとそのまま地上に居座る鶴村に向かって銃口を向けた。

 

「私が近接ブレード『しか』扱えないと?」

 

(だろうな)

 

 右足を軸に回転し、肩の物理アーマーを用いて弾丸から身を守りながら、PICによって地面スレスレを飛びながら、今度は鶴村が守勢に回る。

 

「こいつ……南雲との戦いでも思ったが、空中戦が苦手なのか?」

 

 篠ノ之箒は、つい先日見た、鶴村の戦闘を思い返す。

 確かに、鶴村は武装は幅広く使用しており、実質的に3体1という状況の中で大立ち回りを演じたものの、その全てが地上での移動であった。

 

「機動性もオルコットや小山と比べてもあまり大したことも無い……」

 

 一方鶴村は地面を滑走しながら、ヘビィマシンガンの側面についているケースレス式弾薬の入った大型弾倉を取り外し、物理アーマーの裏にマウントしてある予備の大型弾倉を用いて装填する。

 排莢レバーを引いた後、鶴村は再びセミオートに切り替え、反撃を開始する。

 

(撃ち合いは流石に上手くはないな。正面が丸見えだ)

 

 篠ノ之箒の周りを円を描くように走りながら、左側の肩部の物理アーマーで弾丸をうけとめながら、右手にもったヘビィマシンガンで的確に篠ノ之箒を撃ちぬいていく。

 

 偏差射撃を防ぐため時には止まり、篠ノ之箒の動きを制限するために弾丸をバラマキ、避けきれず、そして装甲のないフレーム部に当たりそうなら左腕に装着した盾で守った。

 

 ――小山とセシリア・オルコットとの戦闘は血湧き肉躍る『動』的な戦闘に対し、鶴村の闘い方はその真逆のとても『静』的なものであった。

 

(ふう、南雲との戦闘でラファールの盾があんまりにも華奢で頼りなかったが、ちゃんと設計すりゃ中々イケるじゃないの

 盾持つだけで片腕が使えません……なんてのはバカバカしいからな)

 

 先日の実戦で思わぬ不安を抱えていた鶴村が東と協力して設計・開発した腕部装着型盾はしっかりとその職務をこなしていた。

 他の誰よりもアレな性格である鶴村は、その立ち振舞に似合わない程に……戦闘スタイルは実に質朴で慎ましい物であった。

 

 ――余談だがそれの開発ネームは『FLAT』である。更につけ加えると南雲達との戦闘で使用していた拳銃も小山が監修し、二人が開発・設計したブツであり、開発ネームは『DORK』と言われていた。

 

「なら……これで!」

 

 レッドパレットを投げ捨てた篠ノ之箒は再び近接ブレードを構えて、鶴村に吶喊する。

 

(流石に射撃戦では終わらないか!)

 

 その様子に鶴村は覚悟を決める。脳裏に思い浮かぶのは座学でのゴンザレス先生の話だ。

 所詮、ISの絶対優位性として上げられるのは、他の追随を許さぬ機動力と、強力な近接攻撃を組み合わせた一撃離脱戦法にすぎない。

 得物による近接攻撃という時代逆行もおびただしい行為もISによる技術の組み合わせによって、現代の胸甲騎兵として蘇った。

 

 その際たる例としては白騎士事件での白騎士や、モンド・グロッソを二連覇した織斑千冬が挙げられる。

 

 ISの膨大なシールドエネルギーを減らすには、搭乗者に危害を加えることである。

 

 手っ取り早い方法としては銃弾を撃ち込む事が挙げられるが、人体や物体に効率よくダメージを負わす為の代償として弾丸自体に与えられるエネルギーが少ない。

 例として上げれば、代表的な拳銃弾として9ミリパラベラム弾の発射時に弾丸に与えられるエネルギーはおおよそたったの500ジュールにしか過ぎない。

 

 これでは、シールドエネルギーに対して大海に小石を投じる程の効力でしかない。

 反面、近接武器はそれをはるかに超えるエネルギー量を叩き出すことができる。弾丸より大きな質量を高速でぶつけるのだ。エネルギー量は弾丸のそれを優に超える。

 

 故に、我々の間ではこれを『100発の弾丸をよりも一振りが勝る』と言っている。

 最期にそう締めくくって、ゴンザレス先生による座学での授業は終わりを見せた。

 

(それほどまでに近接攻撃は脅威そして友好的。だが、こだわりという物は厄介でな……)

 

 弾丸のように突っ込んでくる篠ノ之箒に対して、フルオートによる弾幕で牽制する鶴村。

 牽制と言ったが、その狙いは正確無比であり、曳光弾の光が吸い込まれるようにして篠ノ之箒に当っていく。

 

(身体に染み付いた物はそう簡単に変えられないし、折れないんだよ!)

 

「当たれぇぇぇ!」

 

 IS用の軽機関銃よりも大型に、強力な弾薬を食らっても物ともせずに突っ込んでくる篠ノ之箒は、等々鶴村の前にまで迫る。そのまま彼女は居合の用に両手で近接ブレードを引いて振り抜こうとする。

 何故ならばヘタに振り上げたり、片手で保持すれば、たちまち鶴村に無力化されることを篠ノ之箒は先日の戦闘で知っていたからだ。

 

 そんな篠ノ之箒の渾身の一撃は、鶴村の左側の肩部物理アーマーを完全に破壊した。

 

「ぐふっ……」

 

 呻き声をあげて、鶴村は真横に吹き飛ばされ体の姿勢を完全に崩した。シールドエネルギーは1割をきり、とっさに庇った左腕の装甲は完全にひしゃげており関節部の可動もままならない状況だ。このままでは満足に体勢を戻すことも出来ずにそのまま転倒するだろう。そして篠ノ之箒の打鉄に叩きのめされるだろう。

 

「これで、終わりだ!」

 

 篠ノ之箒の勝ち誇ったような声色が鶴村の耳に流れ込んでくる。

 

(このまま終わるわけにはいかない!)

 

 それが、鶴村の中にある意地に火をつけた。

 鶴村は残った右手を用いて、松葉杖のようにしてヘビィマシンガンを地面に突き立てた。しかし、このままでは起き上がることは出来ない。

 

(まだ、決着はついた訳ではない)

 

 そのまま鶴村は引き金を引き、ヘビィマシンガンを発砲したのだ。

 

 ――銃には必ずしもついて回るのは反動である。それはISであっても例外ではない。

 

「ッ!! ブースタンド!?」

 

 ブースタンド――パッシブ・イナーシャル・キャンセラー・慣性制御、通称PICによる機体制御が困難な時に、手持ちの銃器の反動によって機体を制御する『高等技術』である。

 

 完全に近接ブレードを振り上げて肉薄する篠ノ之箒の目の前に突きつけられる2つの大小の銃口。

 その両方が閃光(マズルフラッシュ)に包まれ、大小共にありったけの弾丸と弾頭が、彼女に降り注いだ。

 

 

   ■   ■   ■

 

 

「終わったみたいだね」

 

 大河内が言う。彼の言葉通り、そのモニターの向こうでは二人の友人がようやく戦いを終えた所だった。

 競り合いからの近接戦でセシリアと楽しむように、踊るように戦い抜いた小山優介。苦境に陥りながらも自らのスタイルで状況を打開した鶴村勝。どちらもまぁ、らしいと言えばらしい戦いだ。どうやらこちらの世界でもやっていけそうで少し安心する。

 何事かと話しながらピットへと引っ込んでいく小山とセシリア。そして鶴村は――ふと、こちらを見た。

 いや、それは恐らく錯覚なのだろう。大河内が言うにこれは覗き見する為の機構だ、気付かれては意味がない。射撃キチガイとはいえ、他の部分は全く普通である鶴村がそれに気付くなど、ないはずだ。

 

 だというのに、奴は唇を動かした。このモニターは音声までは届けない、故に言葉の内容は分からない。……もしかすると箒に声をかけているのかもしれないが。うぅん、どうなんだろう。

 

「へぇ……」

 

 俺を見下ろしていた大河内の声が震えている。作った笑みの時とも、先ほどの淡々とした様子とも違う動揺の響き。

 訝しみ見上げれば、唇を舐めた彼と目が合う。どうにも、心ここにあらずといった感じだ。

 

「……とりあえず力量は分かった。君にも色々聞きたかったんだけど、どうやら遠慮した方が良さそうだ」

 

「ほへ?」

 

「僕に君達と敵対する意図はないって事」

 

 ベッドから立ち上がり手を差し伸べる大河内。その手を素直にとる。

 しばらくそのまま静止。そして思い出す、彼の腕は確か事故の影響で上手く動かないのだ。こちらからきちっと握れば、彼はその身に似合わない力で俺を引き上げてくれた。

 なんだかバツが悪い。視線を逸らす俺に、しかし大河内はそのまま真っ直ぐと見つめてくる。

 

「とりあえず覚えておいてほしい。僕達のクラスにいるかどうか、本当にそうなのかどうか、分からないが『セシリアの両親を殺した転生者』がいるかもしれない。そしてそいつが狙っているのはセシリアだけとは限らない」

 

 どうにも、こういうシリアスな空気は良くない。俺はなにも言えないままそいつの言葉を聞くしかない。

 

「僕はそいつを許さないが……一番大事なのはセシリアや一夏君、原作のハーレムって奴の中身が一人も欠ける事なく健やかな学生生活を送ってくれる事だ。その点においては、僕も君達も協力出来るだろう?」

 

 

 

 

 

「って、大河内君が言ってたよー(震え声)」

 

 そんな訳で、シリアスな空気を放たれたところで所詮俺はメッセンジャー程度の役割しか果たせないのだった。しゃーない。

 そんな訳で、大河内に拉致監禁された日の夜。俺はまたヤニ臭くてたまらん鶴村と小山の部屋にいた。一応就寝時間は過ぎているはずだが、タバコ吸ってもなんも言われない寮でそんな細かい事を言う奴はいない。なにせ今も小山は煙草を吹かしているんだから。

 

「臭いな……」

 

「えっ!? 小山とうとうタバコやめ……」

 

「違うわ阿呆。その大河内の話だ」

 

 俺の願いも虚しく小山もまたテーブルの灰皿を引き寄せる。あぁ、これでこの部屋はまた高校生らしからぬ空気に包まれていくのだ……俺は健全に高校生やってるというのに、ほんとこいつは。

 ぷかぁ、と煙が立ち込める部屋。空気清浄機がフル稼働しているものの、やはりせめて煙を吸わないようにと床にへばりつく俺をよそに、二人は少し顔を引き締める。

 

「セシリアがどうのって話? んー、まぁそういうのもいるんちゃう?」

 

「だが、原作とずらそうとした奴、その通りにしようとした奴がいるという事が明確に分かったんだ。悪い事ではないさ。その通りにしようとした奴というのが人物なのか、運命といった曖昧でくだらないものかは分からんがな」

 

「まぁ、それな。でも問題は大河内本人やな」

 

 灰を落として、鶴村は続けた。

 

「素直に助け求めてくるなら良かったけどね。そうじゃなく他の奴を値踏みして相応しいかどうかとか、そういう見方はどうも人間的に信用出来んね。本人がどう思ってるのかは知らないけど」

 

「そこはまぁ、同感だな。個人でそのような事をしていると、どうしても歪んでしまうものだ」

 

「復讐とか勝手にやっとけよみたいな」

 

 辛辣だった。

 

 俺としてはまぁ、大河内に同情してしまう所は多分にある。大事な人を亡くして、自分の腕をダメにされて、そりゃ転生者を警戒してしまうのも当然ってものだろう。小山と違って大きな後ろ盾もないのだ。

 でも、セシリアを守るだなんて一人で気張って、どうにもそれが独りよがりな枷になってしまっているのも分かる。あいつ自身、悪い奴じゃなかったとしても面倒な奴だってのは間違いない。そしてそんな奴は悪人じゃないからって悪影響じゃないとは限らないのだ。無能な働き者、という言葉があるように。

 終点厨の南雲君のように力技で何とかなるならばこの二人にお願いします先生するのだが、今回はもっと根が深い問題だしなぁ。また木口君に話を聞きに行くのが良いだろうか……。

 

「あ、そうだ。

 東に小山、南雲にくっついている三人の転生者と話したんだけど聞く?」

 

「勿論」

 

「うん」

 

返事をすると鶴村は彼らから聞いた話の概要を伝えた。

それは俺達三人にとって興味深い内容だった。

 

「やっぱり、あの三人はこの世界に来てから友達になったらしい。

 『向こう側』での知り合いがいるというパターンは今のところ俺達だけだ。」

 

「やはりか。俺が調べている連中も『向こう側』の知り合いは皆無だ。」

 

 

「これって……おかしい事なのか?いや確かに俺達だけ『向こう側』の知り合いだけどさ。

 そもそも、日本人だけっていうのも凄く偏っている気もするが……」

 

 俺は鶴村に反論する。

 しかし、小山が先に答えた。

 

「いや、この世界の転生者は今のところ、この世界の元ネタであるインフィニット・ストラトスの存在は程度はあれど、必ずと言っていい程に知っている。俺も、お前もだ」

 

「『転生の条件』だなんて、そんなことも調べないといけないだなんて、CIAは大変だね。

 となると、転生者になるには少なくとも元ネタの知識は持っていないといけないわけだ。

 なるほど、転生者の全てが日本人なのも納得。」

 

 呑気にマグカップを傾けて紅茶を飲みながら鶴村は言うが、小山は紙巻煙草の先を鶴村に向けた。

 

「だが、例外はある。それは俺達だ。

 俺達三人ともに共通し、他の転生者とは違う特異なものがある」

 

 俺達が他と異なる点?それよりも『転生の条件』を調べるのが任務?

 さらっと聞き捨てならない言葉出たことに戸惑いながら、数瞬思考してやっぱりとんでもない発言だと俺は理解した。

 

 アメリカ側は小山が転生者という存在を認知している?ウッソだろおまえ!?

 

「それが、『向こう側』の知り合いか否かと……転生時の年齢だな」

 

「ちょ、おま、待って待って!」

 

「俺達は三人共に天寿を全うしたが、他の転生者は事故だったり病気だったり、あるいは神隠しみたいな事例も確認されている」

 

「『向こう側』で眠りについたら赤ん坊でした……なんて、ホントにシャレにもならねぇな

 ん、どした?東?」

 

 どうしたもこうしたもない。転生者って認知されてるってマジ?

 

「だれが『自分はこの世界が二次元だった世界から来ました』なんて信じる?

 正確には俺達『男性操縦者』にまつわる共通事項の調査だ」

 

 アッハイ

 

「話を戻すぞ、その点については同感だ。とにかく転生者の中でも俺達三人だけ、他の転生者からしてみれば不審過ぎる点がわんさかあるってことだ。」

 

「まあ、『向こう側』での事なんて聞いて回るのは俺達だけだからしばらくは大丈夫じゃね?

 それに、ブラフの可能性も捨てきれねぇし、転生者の中では今のところお前が一番浮いているようなもんだし」

 

「それは否定出来ないな」

 

 灰皿に灰が落ちる。

 

 お互いに今後の身の振り方に少しばかり不安が募る。俺達は『向こう側』では何のこともない一般人の筈だ。だが、この世界は東達に『転生者』という物を与えてしまった。

 東達は明らかにこの世界から浮いてしまっている、怪しまれている。転生者達の些細な一挙一動にでさえ世界は注目し、警戒しているのだ。

 

「あ、そうだ東ー」

 

 と、考え込んでいる所に能天気な鶴村の声が差し込まれる。

 

「ん、何?」

 

「ほら、今日お前サボったみたいになったし職員室呼ばれとる」

 

「あぁ、そういえば伝えておけと言われていたな」

 

「え、ナニソレきいてない」

 

「色々頑張って擁護したんだが……サーセン」

 

 ジーザス。もう夜中じゃん。

 

 

   ■   ■   ■

 

 

 次の日、俺はびくびくしながら真面目に授業を受けた。真面目に授業を受けて、それからゴンザレス先生に頭を下げに行った。そうして多少の理不尽なお叱りを受けて、その後は織斑先生の部屋に行けと言われた。

 織斑先生という事は織斑千冬である。原作でも中々におっかないあのお姉さんだ。「織斑先生に叱られるなんて羨ましい事じゃん」と二人はにやにやしながら言っていたが、俺にはそんな特殊性癖はない。普通に可愛い女の子とお話したい。

 

「し、失礼します」

 

「入れ」

 

 ノックの後、間髪入れず鋭い声が飛ぶ。身体が躊躇うが、息を整えてノブに手を伸ばした。

 雑然とした部屋の中、織斑先生がテーブルに座っている。用意をしておいてくれたのか、マグカップにはコーヒーが注がれていた。

 出来るだけ部屋の様子は目に入れないようにしつつ礼をすると、彼女は思っていたより気楽に、テーブルに肘をついて俺を招いた。

 

「まぁ座るといい。部屋の事は気にしないでくれ、これでも忙しい身でな」

 

「はは……」

 

 家事は弟に任せきり、という原作での情報を知っている俺は曖昧に微笑んでおくしかない。とりあえず彼女の向かいに座る。

 さて、わざわざ部屋に招かれたというのはどういう事か。そしてわざわざ織斑先生が対応するというのはどういう事か。完全に察するほど頭の良い俺ではないが、ただ叱られるだけと思うほど鈍感でもない。

 

「まずは建前として、サボりはいかんと言っておこうか」

 

「うひ、すんません。で、本音は?」

 

「――生徒同士でイタズラをするのはいいが、教師を信用しないのは良くないな」

 

 織斑先生の視線が鋭くなる。いつか来ると思っていたが、ここでか。

 そう、木口も俺らも先生を頼りはしなかった。それは俺達の事情を容易に話す訳にはいかず、また話した所でどうにかなる問題ではないと薄々感じているからだ。彼女はあくまでも『原作キャラ』なのだから。ゴンザレス先生はまぁ原作にはいないが似たようなもんだろう。俺達みたいな頭のおかしい事情を持ってる奴らにきちんと対応するには、やはりその事情をきちんと把握している必要がある。

 私達はあなたが本の中で萌えキャラやってる世界から来ました、なんて言いたくはないしな。

 

「そこは、はぁ。すんません。でも俺がどうする事も出来なかったって言うか」

 

「そうだな、お前は飛び抜けた能力もなく、アクションの薄い人間だ。だからこそあの三人の中でもお前を呼び出させてもらった」

 

 俺が馬鹿にされているのか、同じく一般家庭育ちのはずの鶴村がキチガイ扱いされているのかどっちだろう。明らかに貧弱一般人とは一線を画す小山は置いとくとして。

 まぁ先生の言う事も分かる。俺は戦闘能力って点でも勿論最低クラスだが、同時に腹芸も苦手で人並みに怖がりだ。情報を集めるには最高に便利な綻びだろう。まぁ、そういう所があの二人にはない魅力って事にしとこう、うん。

 織斑先生はコーヒーに手を付ける。空気を張り詰めない為の、俺が考えるための一拍。どうにもまだそこまで固い話でもないようだ。

 

「……南雲君とか大河内君とかと小競り合いがあったんは事実ですけど。でもまぁ、そこは男子特有の青春の発露って事で、まぁそこまでヤバい事は」

 

「ほう、青春か」

 

「青春っす、青春。女子高に男臭い世界持ち込んですいませんね、ほんと」

 

 へへへ、と笑いながらぺこぺこ頭下げておく。誤魔化せるとは思っちゃいないが、向こうが問い詰める気もなくすほど有耶無耶にするしかないんだ。

 軽く、織斑先生は溜め息を吐く。

 

「お前には関係ないのかもしれんがな――今年は、明らかに異常だ。男性操縦者が世間の裏にいるのは知っていたさ。だが新たな男性操縦者の発見が相次ぎ、狙ったように今年16歳のお前らだけが男性操縦者としてここにいる。分かるか? 17でも15でもなく、今年入学する年齢の奴らばかりだ。私でも……馬鹿らしいとは思うが、何か超自然的な力が働いている、と思わなくも、ない」

 

 こちらを気にせず饒舌にまくし立てる織斑先生。変わらない鉄面皮だが、その裏にはやはり不安があるのだろうか。

 

「……私の、弟もいるこの年に」

 

 そう、最後に呟いたのだから。

 当たり前の事だが、改めて認識する。世間は俺達、この年齢に集中した男性操縦者を明らかな異常として認識している。それはイレギュラーだから、とかじゃなくてこの世界自体がおかしいのか、みたいな。世間はいつも読んでいた二次創作なんかより遥かに動揺している。

 同時に、深く実感する。原作最強を誇る織斑千冬も人間だ、迷いも惑いもあるし物事に優先順位というものもある。彼女がいるから原作のこの部分までは絶対安心、とは言えない。篠ノ之束についても同じ事だ。

 世界はもう深く歪んでしまっているのだから。ISが沢山存在し、一夏は浚われず、束は行方不明になっていないこの世界。ただ学校にクラスが一つ増えた、だなんて生温い変化じゃない。

 

「先生。ヤバい事があったらちゃんと連絡はします。でも、男同士の問題ってのもあるんで……色々抜けてもまぁ、申し訳ないけどそういう事だと思ってください。出来るだけ、先生達にも頼りたいと思ってます」

 

 頭を下げる。本当の事を言う勇気も彼女に頼り切る勇気もない俺には、これが精一杯の誠意だった。

 俺一人では何かをする力も勇気もない。本当に情けない事だが、こうやって事なかれ主義で出来るだけ学園生活をエンジョイしていくしかないのだ。

 辛い事もしんどい事も出来ればごめんだ、俺は出来るだけハッピーに生きてやる。大河内のせいでシリアスに流されていたがそのスタンスだけははっきりしておかねばならない。あんまり色々あると気になってどうしようもないから手伝ったりはするとして、この変わり果てた世界でも深くどっぷりとヤバい事に浸かる必要はない。

 復讐とか勝手にやっとけよ、と言った鶴村の気持ちが冷静になった今ならはっきりと分かる。俺だってそんなもんに巻き込まれるのはごめんだ。

 

「……東。私はこのIS学園の護りを任されている。だからお前にそう言われようがお前達が何をやっているかは探るし、お前達の面倒を見なくてはならない。分かるな?」

 

「はい。大人は大変っすね」

 

「そう思うなら、出来る限り私に協力しろ……行っていいぞ」

 

 諦められたか、とりあえず解放される。織斑先生としてはまったく収穫のない話だっただろうが、こっちとしては物事をきちんと見つめ直せて有益な時間だった。

 有益ついでにもう一つ、面白い事にならないかなという希望を込めて、そして鶴村のあんにゃろうへの意趣返しも兼ねて、部屋を出る際にひとこと言っておく。

 

「そういや鶴村の奴、先生の事脚エッロい雰囲気セクシー、エロい!もう最高っすわ!とか言ってました。あいつの性根、叩き直してやってください」

 

「……は?」

 

 

 

 成し遂げたぜ(ゲス顔)

 

 

 

 

 さて、やる事は決まった。というか、やらない事は決まった。

 俺はIS学園で学びながら、降りかかる火の粉は適当に払いながらも闇とかは出来るだけ見ずに生きていこう。原作が変わったからどうこうとか知った事か、って感じ。

 その為にはやっぱりヤバい事は全部代わりに鶴村を突っ込ませるのが一番だ。小山も出来る範囲で協力してくれるだろうし、利害が一致する事も多いだろう。アメリカさんとしても、IS学園のバランスが崩れたりテロが起きたりは本意じゃないだろうしな。

 

 そうと決まれば、俺に与えられた技術チートの力を使って鶴村を強化していかねばならない。昨日頼まれていたあれ、今日から取り掛かってみよう。

 

 

   ■   ■   ■

 

 

 唐突な話だが、実は俺は結構な人見知りなのだ。あぁいや、初対面の相手の泣き顔見に行ったり、ドロップキックかましたり出来るのでそれほど重度という訳ではないのだけど。でもやっぱりパーソナルスペースを大事にする系なのだ。変態キチガイ共と一緒にいるからってたまに俺まで化け物メンタル扱いされるのだけど、心外である。

 俺がそういう性質であるため、織斑君はいい奴なのだが中々距離が近いので一緒にいると気疲れする。そもそも集団生活に慣れていない俺が新生活を始めながらも南雲や大河内に対処していたのは大変しんどい事なのだ。

 

 そんな訳で、近頃は一人でいられるIS整備室での時間がいいアクセントになりつつあった。他の人にとってはどうだか知らないが、チート持ちの俺にとって簡単な調整はトライ&エラーが必要なだけの作業ゲーに等しい。余分な事を考える時間はいくらでもあるし、また失敗したって致命的な事は起こらない。まだ一度も失敗したことはないのだが。

 なかったのだが。

 

「とんちゃんとんちゃん、そこの数値それでいいの?」

 

「いいんじゃないかな、後回しで。どうせこっち弄ったらそっちはバランス見ながらデータ取るし」

 

「おっけー、んじゃ実機の準備だけやっとくねー」

 

 ……この子が来た時は、というかいきなりべしんとその長い袖で後頭部叩かれた時にはミスってしまった。というか、今もちょっとコンソール弄るのにそれは不便なのではないかとか思う次第。

 一人でいられる時間を侵されるのも、女の子がパーソナルスペースにいるのも、原作キャラと知り合うのも、別に全然いい。それ単体じゃ動揺する事はあれど、大きな問題にはならない。でも、その三つが同時に襲い掛かってくるとどうだろう。結構しんどい事だ。

 

 それが木口のよこしてくれた人員――布仏本音に対して思う事だった。しんどい、それに尽きる。

 

(恨むぜ、木口……)

 

 思えば布仏が仕えている更識は日本の暗部。日本政府の元にいる木口と繋がっている可能性は十分あり得た。

 彼に出来る権限内で回せるのが彼女だけだったのかもしれない。それとも原作の可愛い子と関わらせてやろうという単純な善意だろうか。それとも、俺(というか俺達)と原作キャラの繋がりを深めて逃げられなくしているつもり?

 

 三番目ならマジキレですよ。

 「出来る事ならば、利益や脅威なんかを考えない、普通のクラスメイトになりたいものだな……いつか(キリッ」とか言っといて。

 

「ねーねー、とんちゃーん」

 

「あー、そのあだ名確定なん? なんか豚のマスコットキャラクターみたいだけど」

 

「確定ですーぶひぶひ~」

 

 これが結構気が合うので始末に悪い。南雲達を鶴村と小山が倒した事で抑圧されているとはいえ、原作キャラが好きな人達は未だに多いのだ。俺が「フラグを建てに行っている」と解釈されるといじめられかねない。イジメ反対、である。俺達IS乗りのイジメとか死にかねんし。

 まぁそれでも仲良くなったものはしょうがないと手伝ってもらっている。彼女の動きは緩慢だが正確で、無駄がない。多分脳味噌は超優秀なのに運動神経に繋がる回路のどっかがイカれているのだろう。

 

 と、そんな風に二人で目の前のISパーツを弄っている時。背後から近づく人がいた。

 

「お疲れさま、布仏。それと……」

 

 缶ジュースを抱え、俺の顔を見て言いよどむのは篠ノ之箒だ。俺の名前を憶えていないのは、まぁ実際に挨拶をした訳でもないので仕方ない。

 

「東 陽太っす。東でも、陽太でも、なんならとんちゃんでもお好きに」

 

「では、東で。よろしく、先日は助かった」

 

 握手を交わすように缶ジュースを受け渡してくれる。軽くお辞儀をすると、今度は布仏の方にも。

 オレンジジュースのプルタブを迷う事無く空けながら、しかしやっぱり動揺する。なんというか、原作の印象よりも大分気が利く子だ。この分ならば鶴村が言っていた『原作と大分性格が違っているかもしれない』というのも本当かも。

 なにより布仏本音との関係性が変化している。つまり、それは日本政府との関係性が変化しているって事だ。姿を隠さずISコアの製造を続ける姉により、彼女の境遇もかなり変わっているという事だろうか。

 

「ありがとーののちゃーんー」

 

「いや、布仏にはいつも整備で助けられているからな。それで、これが――」

 

 篠ノ之は目を細め、俺達が整備しているパーツを見やる。どれも恐らくは見覚えがないものだろう。それもそのはず、これはある程度既製品から弄ったものを日本政府から頂いている。鶴村の為のオーダーメイド品だ。

 武装周りはいいとして、奴の注文に応えるには通常のISとは全く違う思想で機体を作り上げなければならない。別に設計組立自体はさほど問題はないのだが、調整にかかる時間とパーツが問題。そこを木口にタカらせてもらって作っている訳だが、やっぱり目立ってしまっている。

 まぁストフリとか持ち込んでる奴がいる時点で今更だけどな!

 

「……随分と、その」

 

「はっきり言ってくれていいよ。『飛ぶ気のないISとか変なモン作ってるな』って。ただ誤解してほしくないのは、俺が考えたって訳じゃないんで。これ」

 

 そう。篠ノ之の呆れを隠せない顔の通り、こいつは偏屈装備なのだ。

 別に飛べないという訳じゃない、PICを有するISは小さな力でも空に飛び立つ事が出来るから。でも、こいつはその『小さな力』しか持っていない。具体的に言えば、地を駆けるための推進力だ。

 基本的に機体としての能力を最低限で安定させる事を目的としている。その分、パススロットなんかを出来るだけ空けて武装の多様性を保つ。そして鶴村オーダーの、普通のISじゃ使わない装備との兼ね合い。

 本人に調整してもらう以前の設計組立段階でこんなに時間がかかっているのは、こんだけ変な事をしているからである。ていうかIS、個人で細々と弄れる部分が多過ぎてちょっとパズルやってる気分になる。

 

「ハヤブサといい、これといい……いや、まぁ、男子の中ではまともな方か」

 

「まともさなら俺が最強の自信あるけどね……」

 

 俺のリバイブ・シテナイ・ラファール、見たけりゃ見せてやるよ(震え声)。

 まぁ、とにかく。やはり篠ノ之から見て――というか、一般生徒から見て俺達のISは異様なようだ。そりゃそうだ、としか言えないが。

 授業で自分の機体を曝している奴はそう多くないが、そのそう多くない例を見るだけでも他作品から引っ張ってきたり浪漫装備だったりするものばかり。お前らちょっと欲望に忠実すぎやしませんかねぇ。

 

「しかし、わざわざ見に来るだなんて。そんな気になるんだ、鶴村の事」

 

「気にもなるだろう、恩人で……友人のつもりだ」

 

 はい、フラグ(とクラスメイト達に誤解されるような事)入りました。

 これ、鶴村は嬉しいんだろうかどうなんだろうか。確か『向こう側』では篠ノ之の事は結構好きだったはずだが……飲み終わったオレンジジュースの缶を潰し、結論。とりまこの事を伝えて聞けばいいや。

 ゴミ箱に向かってホールインワン。軽くガッツポーズして振り向くと、また篠ノ之が難しい顔をしている。

 

「君と鶴村と、彼……小山は友人なのだろう? その、結構親しい」

 

「まぁ、本音で話せるくらいには」

 

「ほぇ? 私?」

 

 違う違う、と二人で布仏が突っ込んできた頭を押しのけながら。

 

「接点が無いように思うのだが。あぁ、君と鶴村は昔からの友人なのかもしれないが、小山は国外に住んでいたのだろう。一体」

 

「あー、鶴村と小山はゲームで繋がりがあったって。俺は学園に来てから速攻意気投合のパターン、ほら鶴村ってそんな奴じゃない。小山がゼニスで乱入してきた時は俺も驚いたさ」

 

 嘘は言っていない、『こちら側』だけで言うのならばまるっと本当の事だ。でも言う訳にはいかないというか言いたくない『向こう側』の事情を付け加えてもいない。

 嘘を吐いてはいないが嘘を吐いているので(ややこしい)、少々心苦しい。これからずっとこんな感じなのだろうか。俺以外の皆も、なんかあればこんな風に誤魔化しているんだろうか。

 ちびちびと胃が痛くなる。

 

「ま、とにかく別に俺と鶴村や小山に特別な事なんて何もないよ。ジュースありがとう、ごっそさん」

 

「なるほど、特別な事は何もないか……特別な関係は」

 

「その意味深な呟き方やめて!?」

 

 俺のホモ疑惑は無駄に一組にも伝わってるみたいだ。やめて。

 



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