Fate〜衛宮士郎の救済物語〜 (葛城 大河)
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IF番外編 もしもお爺さんの性格が違っていたら

このお爺さんは、完全に本編のお爺さんとは、別の世界の人物です。

この番外編、消すかも知れません。


これは、とある輪廻転生を経験した男の物語。

 

 

彼は数々の力を貰い、魔術がある世界にへと産まれた。この世界が、自分の好きな作品の世界であると知った彼は、理不尽に不条理に会う者達を助けようと誓った。しかし、彼は臆病だ。幾ら誓っても、いざ戦うとなれば、強大な力を持ってたとしても怖かった。だからこそ、彼は数ある力の一つで、その臆病心を『壊した』。

 

 

それから臆病心が完全に消え失せた彼は、己の力を極める事にする。確かに力はあっても、それを十全に使えなければ、それはただの宝の持ち腐れというものだ。だから完璧に、完全に使いこなせる為に鍛える事にしたのだ。そしてまず最初に、彼は自分の存在を『隠蔽』する事にした。世界とか抑止力に介入されると、面倒くさいからだ。

 

 

それから彼は体を鍛えた。毎日、毎日、毎日、毎日。彼は鍛え続けた。剣術を、刀術を、槍術を、弓術を、空手を、柔道を、合気道を、柔術を、中国拳法を、古今東西のありとあらゆる武術、体術を極めた。彼の内に眠る『進化の器』が貪欲なまでに戦闘技術を吸収した。今度は魔術に手を出した。その時、彼の年齢は十五程だったか。魔術も同じように、鍛えた続け、気付いた時、七十五年の月日が流れた。

 

 

自分は強くなった。しかし、まだだ。まだ自分は強くなる。まだ進化する余地がある。ならば、もっと力を。誰もを救う力を、救済の力を。彼は老人となっても願う。もっと力を、時間を寄越せと。もうこの世界では、覚える事はない。ならば、如何すれば良い。すると、老人は思い出した。その忘れる事がない記憶で(・・・・・・・・・・)。遥か昔の神代の時代には、幻想種はこの世界に多くいた。

 

 

だが、現在のこの世界には幻想種が居ない。見つけたとしても、小さな妖精か精霊種くらいだ。なら、その殆どが長命の幻想種は何処に行ったのか? あぁ、あるじゃないか。幻想種が多く居る世界が。老人は自身の右手を手刀にすると、なにもない空間に、軽く振るった。たったそれだけ。それだけで、空間が斬り裂かれた。裂かれた空間の中に老人は、足を踏み入れる。

 

 

これから行く所は、世界の裏側。幻想種が闊歩する世界。その世界に移動した老人は、全身に衝撃が奔り吹き飛ばされた。地面を何度も跳ねて、転がる。突然の事に驚いた老人は、しかしなんのダメージもなく立ち上がる。そして目の前を見て、眼を見開いた。そこに居たのは竜。幻想種に置いて最強種と呼ばれる存在。

 

 

そんな竜に、老人は笑みを浮かべた。良い訓練相手ではないか。笑みを浮かべる老人に、竜は腕を振り下ろす。容易く岩盤すら粉砕する腕を、しかし老人は左手で受け止めると同時に砕き、懐に潜り込むと拳を添えるように腹部に置くと、一瞬だけ力を込めた。瞬間。竜の全身が破裂した。パァァァンンンッッッ‼︎ と風船が割れる音と共に、竜の血が雨となって降り注ぐ。

 

 

さて、ここで問題だ。竜の血を浴びた英雄は、如何なったのか。そしてもしも、血を浴びるだけで、不死になる竜の肉を食らった場合、如何なるのだろうか?

 

 

腹の虫が鳴った彼は、ただの肉塊となった竜を美味しく頂くのだった。

 

 

食べ終えた彼は、ここでならば、もっと高みに登れると気付いた。時間という概念がない世界の裏側。ここには時間がある。相手が居る。すると、老人は自分にかけている『隠蔽』に気付いた。なにを隠している。これでは幻想種が気付いてくれないではないか。ゆっくりと、彼は『隠蔽』を解いた。次の瞬間。老人の体から、圧倒的なまでの存在感が放たれた。もう抑止力など世界など、如何でも良い。

 

 

もしも、邪魔をするならば、消せば良いのだから。そして老人は世界の裏側で咆えた。さぁ、来るがいい幻想種。全力で抗わねばーーーー

 

 

ーーーー滅んでしまうぞ?

 

 

老人はそう言って、獰猛に笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

ある一人の男が祭壇の前に立っていた。その足元には巨大な魔法陣が描かれている。男の近くには銀髪の髪を垂らす一人の女性が居た。彼女の手にはなにかの鞘が握られている。

 

 

「…………アイリ。鞘を祭壇の上に」

 

「………えぇ、切嗣」

 

 

アイリと呼ばれた女性は、手に持った鞘を祭壇の上に置いて離れた。それを確認した男は、魔法陣の前に立ち詠唱する。

 

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。四方の門を閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 

繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻は破却する。

 

_______告げる。

 

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ

誓いを此処に

我は常夜総ての善と成る者

我は常夜総ての悪を敷く者

汝三大の言霊を纏う七天

抑止の輪より来たれ、天秤の守りてよ_________‼︎」

 

 

それは英霊を召喚する為の儀式。だが、英霊を呼ぶにはそんなに大掛かりな儀式は必要ない。何故なら実際に英霊を招くのは聖杯だ。本来なら聖杯がマスターに相応しい英霊を呼ぶ。しかし、それは聖遺物がなければの話だ。男は呼ぶ英霊を決めていた。その英霊を呼ぶ為のものが、縁が深い聖遺物である。

 

 

感触は完璧だった。これで目当てな英霊が呼ばれる_______筈だった。そう本来、正史の世界では彼等の目当てである英霊が呼ばれただろう。だが、この世界にはとあるイレギュラーが居た。魔法陣の中心。そこにその者は居た。

 

 

白髪の髪に顎から髭を生やし、まるで現代物の服を着た老人。その姿を見た時、男と女性は呆然とした。

 

 

「お、お前はアーサー王なのか?」

 

「アーサー王? いや、俺は違うな」

 

 

分かり切っていたが、いざそう言われると、男は頭を抑えた。彼は召喚を失敗した事が分かった。伝説の騎士王ではなく、全く知らない老人が召喚されるとは思っていなかった。

 

 

_________しかし侮るなかれ。

 

 

目の前に居る老人は、ただの老人ではない。世界の裏側で、多種多様の幻想種をその身一つで葬り続け、血を浴び続けた究極の化け物。其は進化の体現。無窮(むきゅう)の存在。天変地異すら生温い魔術を行使する魔神。

 

 

その老人の存在に世界が恐怖した。

 

 

 

こうして運命が狂う。たった一人のイレギュラーの介入により、新たな聖杯戦争が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんで、アルトリアではなくお爺さんが呼ばれたのか。

切嗣の願いは世界の平和、お爺さんの目標は全ての救済。似ているその思いに、お爺さんは、切嗣の召喚の反応に、超感覚で反応しました。気になった彼は手刀で空間を斬り裂き、本来なら呼ばれるアルトリアに割り込みました。


ステータス

お爺さん
クラス:イレギュラー
属性:混沌、善
性別:男性
身長:175cm
体重:78kg
筋力:EX
耐久:EX
俊敏:EX
魔力:______
幸運:EX
宝具:???
▼クラス別能力
騎乗:A++
▼固有スキル
隠蔽:EX
進化の器:EX
幻想殺し:EX
???
???
▼宝具
全ての式を解く者
透波
灼熱地獄(ムスペルヘイム)
凍獄地獄(ニヴルへイム)
???
???


固有スキル
隠蔽:EX
効果:世界すらも隠し欺く彼が最初から、持っていた力。

進化の器:EX
効果:進化の体現。その眼で見るだけで、あらゆる物事を吸収し、究極まで上り詰める。彼が最初から持っていた力。

幻想殺し:EX
効果:これは彼が、世界の裏側で過ごしていた時に手に入れた力。あまりにも多くもの幻想種を屠った事により、対幻想種に特化した。彼の一撃は幻想種にとって全てが必殺となりえる。

???
効果:詳細が分からない。

???
効果:詳細が分からない。




宝具説明

全ての式を解く者
ランク:EX
種別:対界宝具?
レンジ:1〜99
最大補足:視認した全て
▼効果
虹色に輝く雫の文様を浮かべる魔眼。この魔眼の力は、式を解析する力である。しかし、この魔眼の恐ろしい所は解析ではなく、解除にある。世の事象の全ては、式で表現出来る。所謂、この魔眼で解析出来ないモノはなく、あらゆる事象や概念すら読み解く。解析したモノは等しく、手を触れずに解除、いや分解を可能とする魔眼。例え、それが人間の存在だとしても。



透波
ランク:なし
種別:対人宝具
レンジ:1
最大補足:一人
ただの掌底。しかし、あらゆる技術を取り込み、当たれば“必ず殺す”必殺まで昇華した代物。長い年月をかけ、ただひたすらに、最強の一撃を求めて鍛え抜いた技。宝具のカテゴリーには入ってはいるが、実際にはこれは宝具ではない。故に連発も可能。



灼熱地獄(ムスペルヘイム)
ランク:不明
種別:???
レンジ:1〜100
最大補足:五百人
彼が使う魔術の深淵。地獄の体現。
その場を灼熱の地獄に変える彼だけの魔術。固有結界に似ているが、完全に別物。固有結界は心象風景を、現実世界に侵食する結界だ。しかし、この魔術は侵食するのではなく、創り出す。神話の地獄を体現させ、新たな世界を創造する術。魔法の域に達している術といってもいい。



凍獄地獄(ニヴルへイム)
ランク:不明
種別:???
レンジ:1〜100
最大補足:五百人
彼が使う魔術の深淵。氷の地獄の体現。
その場を凍土の地獄に変える彼だけの魔術。あとは上記と同じ。



???
ランク:______
種別:不明
レンジ:不明
最大補足:不明
彼の魔術の深淵。戦いにおいて、使う事は必ずないだろうと、彼が告げた宝具。彼はこの宝具の事を全能宝具と言っているが、詳細は明かされていない。



???
ランク:______
種別:______
レンジ:______
最大補足:______
生きて居る時に使う事はないと断言した宝具。詳細は知られていないが、使えば、並行世界や多次元宇宙すらも巻き込むかもしれないと彼が告げていた。






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番外編 士郎が英雄になった場合の話(ネタバレ含む)

また番外編を書かせて貰いました。なんか、本編は息詰まっていて、執筆が遅れています。


そして今回はバグ士郎君が英雄になった話です。舞台は冬木ではありません。というか、型月の世界ではありません。ネタバレ要素が含みます。主に宝具関係で。それでも良いと言う方は、如何ぞ見て行って下さい‼︎


一人の少年が居た。いずれ、とある戦争に巻き込まれ、非日常を送る事になる少年が居た。だが、一人の老人の介入によって、少年の人生は劇的な変化が起こった。正史では、三流以下の半人前な魔術師だった彼は、老人の力により少年は力を手に入れた。それは救う為の力。それは正義を執行出来る程の力。それは人々を助ける事が出来る力。

 

 

これから話すのは、とある戦争に巻き込まれた時の話ではない。これはその戦争から数年後のお話。人々を助け、救済しつづけた少年は青年となり、英雄にまで至った物語。彼は救世主だ。彼は救済者だ。彼は『正義の味方』だ。助けを求める声があるなら、彼は呼ばれる(・・・・)だろう。何故なら彼は、誰もが認めた『正義の味方』なのだから─────

 

 

 

 

 

 

────2027年新宿某所

 

 

そこには地獄が広がっていた。周りには人だったモノ(・・・・・・)が転がっている。ビルやマンションといった建物も音を立てて崩壊している。そんな地獄を一人の女の子が歩いていた。水溜りのようになっている血の中を嗚咽を漏らしながら泣いていた。年齢は十歳程だろうか。グスグスと涙を流しながらも、歩を休めない。

 

 

知っているからだ。ここで足を止めてしまえば、自分が周りと同じ光景になるのを。故に、歩みを止める訳にはいかない。服の袖で涙を拭い、少女は前を向いた。すると、少女の耳になにかの唸り声が響いた。その瞬間、少女は全身を硬直させる。ガタガタと体が震えるのが分かる。この近くにいる。周りをこんな惨状にした存在が近くに居る。怖い。逃げたい。

 

 

しかし、少女の体は動かない。一瞬でもこの場から、離れたいと思っているにも関わらず、恐れるように動けないのだ。そしてそれは現れた。少女の眼前にある崩壊したビルから姿を現した。なんと言えば良いのか。ビルから現れた存在は、巨大だ。全長は十五メートルといったところか。人の形をしているが、勿論、人ではない。顔には幾つもの眼があり、ギョロギョロと(せわ)しなく動いている。と、数うちある眼の一つが、硬直している少女を捉えた。

 

 

すると、ニヤァとソイツは嗤った。ボロボロな歯を見せ、ヨダレを垂らす。少し離れているのに腐臭が、少女の鼻腔を刺激した。ズシンと大地を鳴らし、その存在は少女に足を向けた。少女はソイツを知っていた。ソイツの名は────

 

 

────『アビス』。

 

 

数年前に突然、地球上に出現した異形。なにが原因で、この化け物が現れたから分からない。ただ分かっている事は、異形の化け物は現代兵器では倒す事が不可能だという事だ。故に出現したのなら、逃げるか、隠れるしかない。あたかも、天災から逃げるように。そしてこの惨状は、天災の代償である。ズシン、ズシンと『アビス』が少女の方に近付く。

 

 

「あ……あ、あぁ………いや……こないで」

 

 

逃げようとするが、足がもつれて尻餅をつく。その姿になにが楽しいのか、ケタケタケタと嗤う化け物。

 

 

(誰か……助けて…………っ)

 

 

涙を溜めて、居もしない誰かに助けを求める。もう逃げられない。このままいけば、少女も周りと同じ目にあうだろう。そう、このままいけば。

 

 

「だ、誰か……お願い」

 

 

目の前で『アビス』が止まった。そして、手を少女に伸ばす。掴まれれば、『アビス』に喰われるだろう。その光景を何度も見たから知っている。膝が笑い、立ち上がる事も出来ない。あと数秒後。少女は無残に喰われる事だろう。しかし、そんな事にはならなかった。

 

 

「────え?」

 

 

少女は眼を見開いた。伸ばされた筈の腕は、突如、消え失せ鮮血が舞った。まるで、シャワーのように『アビス』の腕から血が噴き出していた。信じられない。そんな思いが、少女の心境だ。近代兵器で、傷すらつかない筈の化け物が傷を負っている? まだ、幼い少女にはなにが起きたのか分からないでいた。

 

 

「…………間に合わなかったか」

 

「え?」

 

 

目の前の事に驚いていると、少女の耳朶に声が響く。隣を見てみると、何時の間に居たのか、一人の青年が立っていた。彼は物言わぬ肉塊となった人だったモノに視線を向けて、悲しそうに眼を伏せる。だが、それは一瞬の事。青年は尻餅をついている少女に顔を向けた。

 

 

「………大丈夫か?」

 

「は、はい‼︎」

 

「そうか。なら、後は俺に任せろ」

 

 

笑みを浮かべて、優しく頭を撫でると青年はそう言って、少女の前に移動した。未だに激痛で暴れる『アビス』に視線を戻して、青年は呟いた。

 

 

「さて、覚悟は出来てるんだろうな」

 

 

すると、『アビス』が全ての瞳を青年に向けて怒りを現した。目の前の男が、自分の手を消失させた人物だと理解したからだ。ガキガキと歯を打ち鳴らし、『アビス』は吼える。

 

 

『■■■■■■■■■■─────────ッッッ‼︎』

 

 

なくなっていない方の腕を振り上げて、化け物は青年に狙いを定めて、そのまま放った。ヴォォォンンッ‼︎ と数トンもの質量が込められた拳が迫る。後ろで、少女の声にならない悲鳴が響く。しかし、その拳が当たる事はなかった。

 

 

「『千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)』」

 

 

そう青年が告げた瞬間───全長数十メートルはある巨大な剣が、なにもない所から出現して『アビス』の胴体を薙ぎ払った。化け物の体が吹き飛び、地面を転がる。それに眼を細め、青年は左手に弓を作り出した。そして右手に紅き魔槍と刀身が捻れた剣を出現させ、槍と剣を右手で上手く持つと、弓に番った。次の瞬間。青年は静かに言葉を紡いだ。

 

 

「『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)』……『真・螺旋剣(カラドボルグ)』」

 

 

青年から圧倒的なまでの暴風が巻き起こる。そして限界まで引き絞った、槍と剣を解き放った。二つの武器は閃光となり、立ち上がろうとする『アビス』を襲う。紅き魔槍が最初に衝突し、爆音を轟かし上半身を消し飛ばした。だが、オマケと言わんばかりに捻れた剣がぶつかり、今度は下半身を消し飛ばした。後にはなにも残らず、弓で放たれた武器の破壊の爪痕だけが残された。

 

 

それに某然とする少女だ。どんな兵器を用いて倒せなかった化け物を、あっさりと倒して見せた青年。驚くに決まっている。あの力は一体、なんなのか? 疑問は尽きないが、しかし、少女には如何でも良かった。今、分かっているのは、自分が生きているという事だ。自分を助けてくれた青年に、視線を向ける。すると、彼は視線に気付いたのか、こちらに顔を向けると笑顔を浮かべた。

 

 

「もう大丈夫だ。あの化け物は、俺が倒した」

 

 

安心だといって、頭を撫でる青年。少女はその青年の姿を見て、涙を浮かべた。まだ分からない事だらけだ。だが、少女は一つだけ分かった事がある。それはこんな地獄と化した世界に、英雄(ヒーロー)が現れたという事である。少女はこれを気に青年と共に幾つもの世界(・・)を旅をする事など知る由もなかった。

 

 

「良し、この世界を救うとするか」

 

 

これから起こるのは『正義の味方』が起こす物語。数十もの世界を救った青年の話。彼の名前は幾つもの世界で語り継がれるだろう。

 

 

─────『正義の救済者』衛宮士郎、と。

 

 

 

 

 

 

 

何処かの世界。そこに一人の青年が立っている。青空を見上げた彼は、小さなため息を吐いた。聞こえる。彼にしか届かない声が響く。

 

 

『………助けてっ⁉︎』

 

『お願いだぁ‼︎ 死にたくないっ⁉︎』

 

『た……す……けてぇ』

 

 

老若男女の叫びが聞こえる。それは救済を願う叫び。それは『正義の味方』を求める声。

 

 

「………行かないとな」

 

 

その声の場所に彼は向かう為に、眼を閉じた。救済を求める言葉があるならば、彼は何処にも現れる。何故なら彼は英雄なのだから。そして青年の姿が、忽然とその場から消えた。向かうのは助けを求めた者達の世界(・・)だ。

 

 

彼はこれからも救済を続けるだろう。それが救済者であり『正義の味方』である衛宮士郎の生き様なのだから。

 

 

 

 

 

 

 




パラメータ

衛宮士郎
性別:男
身長:185cm
体重:72kg
属性:秩序・善
筋力:A+++
耐久:A+++
俊敏:A++
魔力:───
幸運:A++
宝具:EX
▼クラス別能力
騎乗:A
対魔力:A
▼保有スキル
進化の器:EX
心眼:EX
???
???
▼宝具
全ての式を解く者
全ての式を編む者
透波
無限の剣製
我が救済は永遠←ルビを募集(活動報告やメッセージでお願いします)
???



保有スキル

進化の器:EX
進化の体現。その眼で見るだけで、あらゆる物事を吸収し、究極まで上り詰める。それだけではなく、彼の進化の器は老人が持っていた時より変化している。

心眼:EX
老人の訓練と、英霊や数々の戦闘で手に入れた、未来予知レベルの心眼を可能にした。

???
詳細は分からない。

???
詳細は分からない。


宝具説明


全ての式を解く者
ランク:EX
種別:対界宝具?
レンジ:1〜99
最大補足:視認した全て
▼効果
虹色に輝く雫の文様を浮かべる魔眼。この魔眼の力は、式を解析する力である。しかし、この魔眼の恐ろしい所は解析ではなく、解除にある。世の事象の全ては、式で表現出来る。所謂、この魔眼で解析出来ないモノはなく、あらゆる事象や概念すら読み解く。解析したモノは等しく、手を触れずに解除、いや分解を可能とする魔眼。例え、それが人間の存在だとしても。



全ての式を編む者
ランク:EX
種別:???
レンジ:???
最大補足:???
▼効果
全ての式を解く者と対をなす力。最初は持っていなかったが、彼が一から創ったものだ。解く者は、解析と解除の力だが、式を編む者は、その式の全てを自分の好きなように編むまたは、改変を可能とする力。例え、人間の存在だとしても。



透波
ランク:なし
種別:対人魔拳
レンジ:1
最大補足:一人
▼効果
ただの掌底。しかし、あらゆる技術を取り込み、“必ず殺す”必殺まで昇華した代物。



無限の剣製
ランク:???
種別:???
レンジ:???
最大補足:???
▼効果
無限の剣製。それは心象風景を現実世界に侵食させる固有結界。彼の固有結界は、武器であるならば、見ただけで複製し貯蔵する。しかし、全ての式を解く者によって強化されている。



我が救済は永遠←ルビを募集
ランク:EX
種別:???
レンジ:???
最大補足:???
▼効果
彼の偉業が宝具として昇華されたもの。詳細は知られていないが、この宝具には副次効果がある。助けを求める声が聞こえ、その者の場所に瞬時に移動する。例え、時間や世界の壁があっても。



???
ランク:???
種別:???
レンジ:???
最大補足:???
▼効果
詳細は知られていない。だが、彼が本当に危険な時にしか使わない奥の手。恐らくは、使う機会がない宝具だ。


ルビの募集は、活動報告を書いたので、もしも思い付いたという方は、そちらにお願いします。





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番外編 ブラック・ブレット〜正義の救済者〜

すいません‼︎ またまた番外編です‼︎

なんか、この頃、本編より番外編が思い付くんですよね。本編も着々と執筆しているので、気長にお待ちください。


そして今回のお話はブラック・ブレッドです。いやぁ、なんと助けがいのある世界なんでしょうかねぇ(ゲス顔


ここはなにもない世界。上も下も、右も左もない虚無の世界。そんな世界に一人の青年が居た。彼は目蓋を閉じて、神経を集中させた。思い浮かべるのは、自分の師匠である老人との戦闘。一発一発が必殺となり得る老人の攻撃の全てを、紙一重で躱し続け、偶に反撃とばかりに陰陽一対の夫婦剣を振り下ろす。しかし、容易くいなされて、懐に潜り込まれ、腹部に掌底が襲う。

 

 

だが、直撃する直前───周りの空間を歪めて(・・・・・・)、老人の腕ごと歪曲させて潰そうとするが、ニヤリと想像の中の老人が笑うと、腕に力を込める。次の瞬間。歪曲させた空間が消滅(・・)して、そのまま掌底が青年の腹部にめり込んだ。そこで青年は眼を開く。

 

 

「…………卑怯過ぎるよ爺さん」

 

 

空間消滅を容易く行う老人に、彼は苦笑する。今のは想像内の戦闘だ。所謂、シャドウボクシングのようなもの。しかし、侮るなかれ。彼の想像内の戦闘は、相手の力を完璧に理解して行われる、体を動かさない実戦と同じだ。そんな脳内戦闘を、今日は自分の師匠を相手にして行っていた。だが、相変わらずの理不尽な力に笑う事しか出来ない。

 

 

つい最近、やっと互角に打ち合う(・・・・・・・)事が出来るようになったが、それはあくまでも五割(・・)の老人に対してだ。想像の域しか出ないが、彼は老人の力がこれだけではないと知っている。やはり、まだまだ届かないか、と青年は思う。ふと、彼は周りがおかしい事に気が付いた。

 

 

「………あぁ、少しやり過ぎたかもな」

 

 

なにもない世界に、幾つもの亀裂が発生していた。これは青年が脳内戦闘の時に老人と戦う為、放出された魔力の波動により発生した現象。余りにも強大で、荒々しい魔力の奔流に、世界が耐え切れなかった故に起きた。はぁ、と彼はため息を吐いて、崩壊を始める虚無の世界に、虹色に輝く雫の文様を瞳に浮かばせて、右手を開いた状態で頭上に上げる。

 

 

次の瞬間。手を握った。するとパキンッと、全てが止まった。世界の崩壊が停まり、空間の流れが停まり、時間さえも停まる。その中で唯一、動く事が出来るのは青年一人だけ。彼は停まった時間の中を動き、腕を振るった。途端、まるで逆再生をするかのように、みるみる内に世界が元通りに戻って行き、元の世界に直った。

 

 

「ふぅ、これで安心だろ」

 

 

誰かが見れば、眼を見開いて驚く出来事。だが、彼にとってみれば、簡単な芸当だ。なんの事はない。ただただ崩壊しかけていた世界を、自身の魔力で時間ごと固定させて、無理やり『根源』に触れて、時間を巻き戻す術を見付け、それを行ったに過ぎない。ただの力技である。まぁ、力技だけで『根源』に至る事を、他の魔術師が知れば涙眼を浮かばせるかも知れないが。

 

 

そんな事など青年には如何でも良い事だ。何故なら彼は、魔術師ではなく魔術使いなのだから。この力は人を救う為の手段でしかない。すると、青年の耳に、自分だけしか聞こえない声が響いた。

 

 

────助けてっ‼︎

 

 

「………来たか。待ってろよ、今行くから」

 

 

悲痛な声を上げる幼い子供の声に、彼は呟いた。そして次の瞬間。青年の姿は、虚無の世界から忽然と消えた。今から向かう世界は、人間を怪物化させる寄生生物が存在する世界だ。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

十年前。『ガストレア戦争』と呼ばれるものが行われ、人類はガストレアウィルスに敗北して、荒廃した国土の一角に追いやられた。モノリスと言われるガストレアが嫌う金属で作られた巨大な石板で、人々が住まう東京エリアを囲う事によって、なんとか生活が出来ていた。前述の『ガストレア戦争』により、日本は分断され、東京、大阪、札幌、仙台、博多で暮らす事を余儀無くされた上に、政治制度が廃止になり各エリアの統治者による『統治制』に変わる程だ。

 

 

そんな辛い時代を迎えた人類は、新たな人類を生み出した。「呪われた子供たち」。ガストレアウィルス抑制因子を持ち、ウィルスの宿主となった子供の総称。超人的な治癒力と運動能力などの様々な恩恵を受ける。瞳の色が赤くなるのが特徴で、「呪われた子供たち」の全員が女性である。

 

 

彼女達の殆どというより、全てが孤児であり、『ガストレア戦争』を体験した世代は、酷い差別を行っていた。そう、東京エリアの一角にある廃墟。ここでも、その差別が行われていた。

 

 

「この化け物がっ‼︎」

 

「………うッ⁉︎」

 

 

数人の男達が、一人の少女を囲っていた。すると、男の一人が憎しみの火を瞳に灯して、力強く少女の頭を蹴り飛ばす。呻き声を上げて転がる少女。頭から血が滴りおちるが、少女は気にしない。すぐに治るのだから。体を起こして、時折光る赤い眼で男達を睨み付ける少女だ。そんな視線が気に入らないのか、彼等は寄ってたかって、踏ん付け、蹴り飛ばし、暴力を振るい続ける。

 

 

それでも少女は手を出さない。ただ睨み返すのみである。知っているからだ。ここで、手を出してしまえば、自分達が危機に陥ってしまう事が。

 

 

「チッ‼︎ なんで聖天子様は、こんな化け物を庇うんだ。さっさと、皆殺しにすれば良いだろ」

 

「あぁ、全くだ。こんはガキが存在するのも汚らわしい」

 

「何時、俺達、人類を裏切るかも分からないしな。ガストレアに味方するに決まってる‼︎」

 

 

頭上から降り掛かる、心ない罵詈雑言の言葉。自分達の存在を否定する叫び。少女は自身の手を強く握り締めた。もう言われ慣れた言葉だ。しかし、何度言われても心に突き刺さる。まだ十歳にもなっていないのだ。そんな幼い少女に、未だに侮蔑の視線と言葉を言い放つ大人達。

 

 

好きでこういう風に生まれた訳ではない。好きでこんな力を持った訳ではない。なのに、なんでこんな事を言われなければならないのか。血が出る程まで手を握り、目尻に涙を溜めて必死に耐える。これを耐えさえすれば、同じ思いを持つ仲間達の元に戻れるのだから。だが、そんな少女の気持ちなど知らずに、一人の男が言った。

 

 

「そうだ。俺達が駆除してやろうぜ」

 

「────え?」

 

 

少女は顔を上げた。すると、そこには何時の間にか鉄パイプを持った男が、ニヤニヤと笑っている。他の男達は止める素振りすら見せない。寧ろ、早くやっちまえという風に、眼で訴えている。

 

 

「………あ、ぁ………ぁ………」

 

 

ジワリと涙が流れる。自分は生きる事すら許されないのか。余りにも少女達にとって、この世界は残酷だ。周りを見ても、自分を助けてくれる人など存在しない。怖い。人間が如何しようもなく恐ろしい。鉄パイプを片手に、男がゆっくりと近付く。あれで叩かれたら、流石の少女も無事ではすまない。

 

 

「じゃ、死ねよ化け物」

 

 

そして冷徹に告げられ、鉄パイプを振り下ろされた。ゴギリィッッッ‼︎ と少女の脳天に直撃して、血が頭から噴き出す。体が倒れ、血だまりを作った。それに歪んだ笑みを見せる男達がなんと狂気な事か。朦朧とする意識の中、少女は思っていた。なんで、自分はこんな目にあっているのだろう。なにもしていなかった。悪い事など一切、していなかったのに。

 

 

もうじき、自分は死ぬのだと、まだ幼い少女は自覚する。寒い。如何しようもなく体が冷える。これが“死”なのか。それを理解すると、少女は一気に死ぬのが怖くなった。

 

 

「────し………死、に……た………く、ない………」

 

「あ? なんだこいつ、まだ生きてたのかよ」

 

 

腕を持ち上げて呟くと、それに気付いた男が、本当にトドメをさす為に鉄パイプを振り上げた。あれが振り下ろされたら、本当に自分は死ぬ。少女はなんとか口に出そうとする。死にたくはない、と。ここで終わりたくはないと。しかし、無情に鉄パイプは振り下ろされた。迫る鉄パイプに、少女はこの残酷な世界で、あり得ないと分かっていても、助けを求める言葉を呟いた。

 

 

────誰か、助けて。

 

 

それは少女が初めて口にした言葉。心の中では何度も思っていたが、口にする事がなかった一言。それが少女の、いや、「呪われた子供たち」と呼ばれる少女達の運命(Fate)を変えた。寒くて冷える体が一瞬にして暖かさに包まれた。と、同時に意識が正常に戻り、頭の傷が完治する。なにが起きたのか、少女は理解出来なかった。

 

 

「だ、誰だテメェッ⁉︎」

 

 

すると、鉄パイプを振り下ろした男の叫びが耳に響いた。その事に迫っていた鉄パイプが来ない事に少女が訝しみ、目の前を見た。そこに見知らぬ青年が立っていた。彼は、少女を守るように立ち、鉄パイプを左手で受け止めている。

 

 

「だ、誰…………?」

 

 

少女もいきなり現れた青年に、呆然と呟く事しか出来ない。すると、青年は握っている鉄パイプを、軽く左手で半ばから折った。バキッと音を鳴らして短くなる鉄パイプに、男が眼を見開いた。そんな男など眼中もないというように、視線を外して少女の方にへと向ける。ビクッと怯える少女に、彼は優しく頭を撫でた。暖かな気持ちが込み上がってきた。と、同時に少女は自分の体に違和感を覚えた。まるで、なにかを書き換え(・・・・)られたような。

 

 

自分の手を見てみる。何故だか分からないが、普通の人間(・・)の手だと思ってしまう。そんな事、あり得る筈がないのに。「呪われた子供たち」が、普通の人になれないと知っているのに。改めて少女は、青年に顔を向けた。全てを包んでくれそうな笑みを浮かべた彼は、そこで初めて口を開いた。

 

 

「もう大丈夫だ。俺が君を助ける」

 

 

助ける。全く知らない赤の他人なのに、青年にそう言われて少女は何故だか安心してしまった。この人は自分を助けてくれるのだと。この人は嘘を付かないのだと。そういう風に、納得してしまうなにかがあった。そして青年は、少女を背にして男達に向き直る。

 

 

「………お前等、こんな幼い子を痛め付けて恥ずかしくないのか?」

 

 

自分に向けるその背中が余りにも大きく見えた。自分の為に怒る青年に、少女は嬉しさが込み上げる。そう、少女はこの時、この場所で『正義の味方』に出会ったのだ。

 

 

これは『正義の救済者』衛宮士郎が、「呪われた子供たち」を助け、全てのガストレアと戦う出来事の前の話。

 

 

─────ここに新たな英雄譚が生まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 




この番外編、続くかも知れません。
それと士郎君の宝具である我が救済は永遠のルビ募集ですが、決まりました。

一番、多かったものの中から選んだ結果。我が救済は永遠(エミヤシロウ)になりました‼︎


他のルビを考えて下さった皆さんには、申し訳なく思っております。では、また次回お会いしましょう‼︎


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プロローグ1 こうして彼の人生は狂う

ただの息抜き作品です。作品投稿の優先順位は、オリジナル作品の方が高いです。


 

 

それは何時もの公園で遊んでいた時だった。まだ■■士郎だった時の話だ。

 

 

「やぁ、少年。君は『正義の味方』について如何思う?」

 

「おじさん誰?」

 

 

声がした方向に視線を向けると、そこには一人の老人が立っていた。老人は自身の髭を触り、再度尋ねる。

 

 

「俺はただの暇人だよ少年。さて、もう一度聞くか『正義の味方』を如何思う少年」

 

「『正義の味方』? そんなのカッコいいに決まってるじゃんっ‼︎」

 

「ふふ、そうか。カッコいいか」

 

 

少し考えた素振りをした後に、言い切った子供に対して隠さずに微笑みを浮かべる老人。そして老人は別の事を聞いた。

 

 

「では、少年は『正義の味方』になりたいとは思うかい」

 

「それはなりたいけど、俺には無理だよ」

 

 

老人の言葉に子供は無理だと否定の言葉を告げた。それに眼を細める老人である。まだこの子は憧れを抱いていないのだ。確かにその心には『正義の味方』がカッコいいという感情はあるが、それが憧れに変わっていないだけ。老人は知っている。後、数年もすれば、この子供はとある人物と出会い『正義の味方』に憧れるのを。彼は消える事のない(・・・・・・・)記憶で、全てを覚えているのだから。

 

 

「なら少年、もしも、もしもだよ。人を助けられる力があれば、なにをする」

 

「そんなの助けるに決まってるじゃん」

 

 

次の言葉に、子供は考える素振りすら見せずに即答した。その事に、本当に『正義の味方』なのだなと頷く。そしてそこで老人は本題に入る事にした。

 

 

「少年。実はね、俺は魔法使い(・・・・)なんだよ」

 

「………は? なに言ってるんだよおじいさん」

 

 

突然告げられた言葉に、子供は信じられないのだろう。呆気に取られて、ジト目で老人を見据えた。対して老人は、子供の方に手を差し出した。いきなりの行動に訝しむ子供だが、次の瞬間に眼を大きく見開く事になる。ボゥッと老人の手から炎が迸ったのだ。初めての超常現象に、少しやり過ぎたかと老人は胸中で呟くが、暫く迸る炎を見た子供は声を大にして叫んだ。

 

 

「なんだ今のっ⁉︎ おじぃさん如何やったんだ⁉︎」

 

「クスッ。今のが魔法だよ」

 

 

やはり、こういうのに憧れていたのか大はしゃぎする子供に、今のが魔法だと答えた。それに子供は先程の光景を思い出しているのか上の空だ。これで信じてくれる気になっただろう。

 

 

「これで分かっただろ少年。俺は魔法使いなんだ」

 

「魔法使いって凄いなっ」

 

「と、そこでだ少年。君も魔法使いになってみたくはないかい?」

 

「……………え?」

 

 

そこで突然の老人の提案に子供は暫く硬直した。だが、意味を理解すると満面の笑みを浮かべて叫ぶ。

 

 

「なりたいっ‼︎」

 

 

元気良く答えた子供に老人は、笑顔で頷いた。こうして、ここに一人の子供と奇妙な老人が出会った。この出会いにより、子供の未来が人生が大きく変化するなど、老人以外は予想出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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プロローグ2 こうして少年はバグっていく

士郎少年が性能的にぶっ壊れます。


アレから既に一週間が経っていた。取り敢えず、魔術を教える条件として、この事は誰にも、両親にも内緒にして話しては駄目だと言い。それさえ守れば、魔術を教えると約束した。そしてその約束を子供はちゃんと守り、老人と出会った場所である公園で毎日通い始めたのだ。この一週間、子供は基礎体力を付ける為に毎日、ランニングしたり老人の言う通りに筋トレをしている。

 

 

「ふむ、そろそろだな。少年、ちょっとこっちに来てくれ」

 

「はぁ……はぁ……はぁ……分かった」

 

 

荒げた息をなんとか抑え、ふらふらながらも、子供は老人の元にへと歩いていく。そして歩き終えるとそこで、座って老人の話を聞く大勢になる。

 

 

「少年。そろそろ君の魔術回路を開こうと思う」

 

「魔術回路ってアレ。魔術を使う為の奴」

 

「そうだ」

 

 

この一週間、なにも筋トレだけをしてきた訳じゃない。少しの時間の間に魔術というものがどんなものなのかを教えていたのだ。そのお陰か、子供はある程度、魔術の事を詳しくなっていた。

 

 

「今からその魔術回路を開く。少年、眼を瞑るんだ」

 

 

その魔術師にとって重要な魔術回路を開くと聞けば、ワクワクが止まらない子供である。彼は老人の言われた通りに眼をギュッと瞑った。しかし、子供の体は興奮を隠せないようで、揺れていた。

 

 

「それでは開くぞ」

 

 

そしてそんな子供の頭の上に手を乗っける。魔術回路は、無理やり開けば、激痛を伴う。その事は老人は百も承知だ。故にゆっくりと、痛みを感じない程にゆっくりと魔術回路を開いていく。これが老人の力の一つだ。数分が経つと完全に魔術回路が開き切った。しかし、

 

 

(やはり、原作と同様に少ないな。よし、ここからが本番だ)

 

 

子供の魔術回路の少なさに呟くが老人は気を取り直して、ここ数十年使っていなかった力を解放した。自分がこの世界に転生して、神から与えられた数多くの特典の一つ。『拡張』。自分の任意でどんなものも『拡張』させる力。そしてその力は今、子供に向けられて行使されていた。老人が『拡張』させる対象は、子供の魔術回路である。回路が『拡張』され、幾つも増えていく。三十、四十、五十、六十、七十、と十単位で『拡張』を続けた。それを数十分と続け、漸く終わらせた。

 

 

(これでよし。数えるのが面倒な程に魔術回路は『拡張』したからな。後は、解析か)

 

「…………おじぃさん。もう眼を開けても良いのか?」

 

「うむ、良いぞ。それと少年、もう一つ用があってな、俺の眼を見てくれ」

 

「用ってなん…………」

 

 

そこで子供の言葉が途絶えた。何故なら、眼を開けて言われるがままに、老人の瞳を見て驚愕した。何故なら老人の瞳には虹色に輝く雫(・・・・・・)が浮かび上がっていたのだから。『全ての式を解く者』。それが今、老人が使用している魔眼の正体だ。その瞳に分からない物はなく、世界全ての式を解析し、完全に読み解く魔眼。序でに読み解いた式を分子や砂に変換させる事が出来る最強クラスといってもいい瞳だ。

 

 

この魔眼の力があれば、例え星の最強種でさえ、解析出来てしまうだろう。その魔眼を老人は代償なし(・・・・)に使えるのだ。その魔眼を浮かばせた老人は、次の段階に移行した。今、自分が使っている『全ての式を解く者』を子供に『譲渡』した。瞬間。老人の瞳から虹色に輝く雫の文様が消え、子供に現れた。そして、その両眼で子供は世界の全てを解析した。

 

 

ーーー理解出来る。

 

 

何故か分からないが、今、自分は世界全ての構成と構造が理解出来、尚且つ如何すれば解除(・・)出来るかも分かってしまった。今、子供は視界に映るその全てを掌握したのだ。その異常性に子供は、分からない。

 

 

(これで完璧な解析が出来るな。最後にもう一つ付け加えるとするか)

 

 

呆然とする彼の姿に、頷き、駄目押しと言わんばかりに手を頭の上に翳した。老人はとある魔術を発動する。自身の知識を植え付ける魔術。といっても、原作知識を植え付ける訳ではない。では、なにを植え付けるのか?

 

 

子供が得意とする魔術は二つ。いや、実際には一つだ。投影魔術。魔力を元に武具を生成する魔術。本来は中身がないハリボテしか出来ないソレは、子供の中に現れるだろう固有結界によって半永久的に存在する事が許されるようになる。故に見せる知識は、ただ一つだ。老人が前世で知り記憶した、英雄達が持つ宝具の数々。星の恩恵を持つ聖剣、その聖剣の姉妹剣でもある太陽の剣、あらゆる魔術や契約を破棄する歪な刃をもつ短剣、因果律逆転の呪いをもつ真紅の槍。

 

 

あげれば切りがない。宝具の数々。それを子供の記憶に植え付けていく。勿論、幼い子供の脳に負担がかからないようにだ。それともう一つ、子供の体にとある力を付与させた。それは彼の中にある固有結界を十全に使えるようにする為にだ。

 

 

老人はある特典を神に頼んだ。それが『隠蔽』。あらゆるモノを隠し欺く力。この力があった故に、誰も老人の力に気付く事なく、こうして平和に暮らせていた。だが、残り僅かな命となった老人は、その『隠蔽』の力を子供に『譲渡』した。しかし老人が子供のなにを『隠蔽』させるのだろう。

 

 

それは子供の存在を別の者に『隠蔽』させる為だ。固有結界は本来、悪魔や精霊種などが持つ力だ。精霊種が作ったものでない限り、顕現した心象風景という『異世界』には世界からの修正が働く。故に、人間が固有結界を発動すれば、維持するのに莫大な魔力を使ってしまい大魔術師でも数分が限界なのである。二十七祖クラスの死徒ですら数時間しか維持出来ない。

 

 

だからこそ、老人は子供に対して『隠蔽』を行う。世界に抑止力に人間ではなく、精霊種として。世界の一部として。

 

 

これにより、子供の運命(Fate)は大きく変動する。一つの出会いにより、変わる物語。これは悲劇ではなく、『正義の味方』が起こす喜劇でしかない。

 

 

原作通りに大火災に巻き込まれ、ある人物に拾われ衛宮士郎となった日、『正義の味方』に憧れを抱き、そこから老人が亡くなった数年後に物語は始まった。

 

 

さぁ、始めよう。転生者によって変えられた『正義の味方』の物語を。

 

 

 

 

 



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第一幕 そして物語は始まる

今回、士郎君は戦います。如何ぞ楽しんでいって下さい。


赤。周りを見渡しても赤、紅、赫しか見えない。建物は全て瓦解し、足元には人だったもの(・・・・・・)が転がっている。

 

 

ーーー如何してこうなった?

 

 

紅蓮に燃える地獄を歩きながら、赤銅色の髪をした子供は胸中で呟く。何故こんな事に。何度も何度も今の光景に対して呟く子供だ。防げた筈だ。自分はこんな災害など意に介さない筈だ。なのに、なんだコレは? 力があるのに、いざ使おうとすれば身が竦んで、この大災害だ。不甲斐ない。ギリッと歯を噛み締める。

 

 

情けない。力があってもなにも出来ないではないか。もうここには、誰も居ない。そう、自分に力を授けてくれたあの人は居ないのだ。自分は慢心していたのだろう。なにが来ても大丈夫と、舐めていたのだ。その結果が、この地獄。己は何処まで愚かなのだ。あの人が言っていたではないか。どんなに強くなっても、無敵ではない。慢心はするな。驕るな。口を酸っぱく言われた筈だ。

 

 

これではあの人の弟子失格だ。ふらふらと、体を揺らしながら歩を進める少年。彼の体は傷だらけだった。歩くのもやっとなのだろう。そもそもこの地獄の中で、未だに生きているのが異常なのだ。奇跡ではない。運が良かったからでもない。力があったから生きれた。ただ、それだけである。

 

 

(あぁ、このまま死ぬのかな)

 

 

黒煙によって黒く染まる空を、両眼に現れる虹色に輝く雫の文様と共に仰ぎ見る。分かる。この眼にかかれば、(わか)るのだ。全ての構成が構造が、手に取るように理解出来る。だからこそ、この地獄が作られる前に、上空に出現したアレも理解出来た。汚染された聖杯。アレは本来なら、なにもない透明な状態だったのだろう。しかし、なんらかのイレギュラーによって汚染されたのだ。この眼で見て、なにによって汚染されたのかも分かった。

 

 

ーーーアンリマユ

 

 

その言葉が解析した自分の脳裏に過る。そうアレはアンリマユを取り込んで汚染されたのだ。少年の体が限界に達して、その場に倒れる。幾ら超常の力を所持しても精神面や肉体はまだ幼い子供のソレだ。初めての“死”を体験して精神が磨り減っていた。

 

 

仰向けになった子供は、黒い空を見る。気付けば、頬が濡れて涙を流している事が分かった。死にたくない。こんななにも出来ずに死にたくない。その思いが溢れ出し、助けを呼ぼうと口を開くが、声が出ない。喉が枯れて言葉を発する事が出来なかった。思えばどれほど水を飲んでいなかったのだろうか? 朦朧とする意識の中、子供の眼がゆっくりと閉じて行こうとした時だった。

 

 

ガラッ。なにかが、崩れる音を耳にしてそちらに視線を向けた。そこには一人の男が、涙を浮かべて自分の事を見ていた。その男は走り寄ってきて、自分の体を抱き寄せる。最早、子供の耳にはなにも聞こえないが、男が何故か感謝の言葉を告げているのが分かった。そして男は右手に一つのなにかの鞘(・・・・・)を振り上げている。そのまま、鞘を自分の体めがけで振り下ろした。子供が最後に見た光景は、光に包まれた体と、鞘の構成だった。

 

 

「………せ……ぱ………」

 

「………せ………ぱ………い」

 

「先輩っ‼︎」

 

「うおっ⁉︎ な、なんだよ桜」

 

「先輩如何したんですか? ボォ〜として、何処か体調が悪いなら、今日は休んだ方が」

 

「い、いや俺は大丈夫だよ桜。少し昔を思い出していただけだから」

 

「そうですか」

 

 

心配そうな顔を向ける自分の後輩に、頭を撫でながら笑みを浮かべ、大丈夫だ、と口にする。それに頬を赤らめながら、渋々と納得した後輩は朝食作りを再開させた。そんな毎日、家に通って甲斐甲斐しく世話をしてくれる少女に眼を向けてから、数日前から時折、思い出す過去に眉を顰めた。近い日になにかが起こる前触れなのか? そこまで考えて頭を振り、彼は自身の胸に手を置いて、誰にも聞こえないように呟いた。

 

 

「ーーー解析、開始(トレースオン)

 

 

使うのは解析の魔術。魔眼を使っても良いが、アレは疲れるから使わない。

 

 

ーーー魔術回路■■■■本確認

 

ーーー魔力量正常

 

ーーー体外面に損傷なし

 

ーーー固有結界異常なし

 

ーーー異物確認

 

 

自分の体を解析すると、あの時からある異物を確認した。もう正体は分かっている。

 

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)』。

 

 

それが己の体の中に眠っている。自分の魔眼で確かめたのだから、間違いはない。あの時、死にかけた自分に、二人目(・・・)の爺さんが入れた代物。爺さんがなにも言わなかったから、聞かなかったが、これはただの鞘ではない事が分かる。もうこの世には爺さんは居ないので、今更、何故このような代物を持っていたのかなど聞けない。だが、彼にとってそれは如何でも良かった。

 

 

爺さんがなにを隠していたのかは知らない。それでも、彼にとって爺さんは、自分の事を助けてくれた『正義の味方』なのだから。

 

 

「先輩。朝食出来ましたよ」

 

「あぁ、悪い。こっちももうすぐで盛り付けが終わるよ」

 

 

後輩の言葉に現実に戻り、今、自分が作った料理を皿に盛り付ける。それを後輩である間桐 桜(まとう さくら)に渡して、テーブルの上に運んでもらう。そんな紫髪の少女を眼で追い、彼は自分の眼が疼くのを感じて手で抑える。彼女の中には、醜悪な異物がある。以前に己の魔眼が捉えた。桜の心臓になにかが(・・・・)寄生している。蟲のように見えるソレには、人の魂が入っている。

 

 

鬱陶しい。何故、桜に寄生しているかわ分からないが、その蟲を見る度に全身が吐き気が覚えた。消したい。この世から、存在もろとも消滅させたい。彼女の中に寄生する蟲は、それだけ醜悪だ。それに、聖杯の欠片で作られた蟲というのも気に食わない。いっそ、ここで消すか。右手をゆっくりと、桜に向けて少年の瞳には虹色に輝く雫の文様が、受かび上がっては消える。

 

 

消すのは造作もない。この魔眼で存在(・・)を解析して、解除すれば終わりだ。右手に力を込めていく、その次の瞬間。ドタドタドタと大きな足音が響き、引き戸を思いっきり開けて一人の女性が飛び込んできた。

 

 

「シロウーーーっ‼︎ おっはよぉ‼︎」

 

「はぁ、藤ねえ。走ってきたら危ないだろ」

 

 

朝の挨拶をする活発な女性に、右手を下ろして彼ーーー衛宮士郎は苦笑してから窘めた。しかし、女性はそんな事、知らないとばかりにテーブルの前に座り、朝食はまだかと眼を輝かせている。その事に頭を抑える士郎だ。入ってきた女性の名は藤村大河、自分の通う学園の英語教師である。彼女とは二人目の爺さんと、この屋敷を買ってからの付き合いだ。所謂、幼馴染件姉貴分のような人だ。

 

 

相変わらずの活発な彼女を見て、笑ってから士郎もテーブルの前に座った。テーブル上にはさっき桜と共に作った料理が置かれている。チラリと、桜に視線を流して、その蟲の事をいずれ如何にかすると誓い、こうして三人は両手を合わせて、

 

 

『いただきます』

 

 

食べる前の挨拶をするのだった。これが今現在の衛宮士郎の日常である。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

朝食を食べ終えた後、士郎は食器を洗い学園にへと桜と共に向かっていた。そして学園に着いた士郎は、そこで教室が別な為、桜と別れて、自分の教室に入って行った。すると、そこで声をかけられる。

 

 

「衛宮良い所にきた」

 

「ん? 一成か。なんか俺にようか?」

 

「あぁ、少し頼みたい事がある」

 

「どうせまた修理だろ」

 

 

なにを頼みたいのかを分かっていた士郎は、そう告げると柳洞一成は、すまなそうな表情をする。

 

 

「すまんな衛宮。全く動かないので、壊れているかも知れんが、仮病かも知れないのだ。見てくれないか」

 

「仕方ないな。だけど、直るかは分からないぞ」

 

「あぁ、それでも良い」

 

 

自分の鞄を机に置くと、士郎は一成と共に、その壊れた家電がある生徒会室に向かうのだった。

 

 

解析、開始(トレースオン)

 

 

生徒会室の中で、士郎は目の前にあるストーブに手をかけて、自身の得意魔術を行使する。今、ここには士郎だけだ。一成には悪いと思うが、外に出てもらった。魔術は秘匿しなければならない。故に見られては困るのだ。

 

 

「これで大丈夫だな。一成、終わったぞ」

 

 

解析魔術をしてから数分、何処に不具合があったのかを知った士郎は、慣れた手つきで修理し、一成に声をかけた。

 

 

「如何だった衛宮」

 

「なんとか直したぞ」

 

「おぉ、やはり仮病だったか」

 

 

ストーブを持ち、一成が居る廊下まで運び出す。そこでボタンを押して、正常に稼働するのを見て一成が士郎に感謝の声を上げる。やはり感謝されるのは嬉しい。と、士郎達の横を一人の少女が通った。

 

 

「………遠坂、か」

 

 

遠坂 凛(とおさか りん)。この学園に置いて男女問わずに絶大な人気を誇る美少女だ。そんな彼女の事を士郎は気になっていた。いや、美少女だからではない。彼女が魔術師(・・・)だからだ。それを知ってから、遠坂 凛の事は気になっていた。あちらは、自分の事など知らないだろうが。

 

 

「如何した衛宮?」

 

「いや、なんでもない」

 

 

遠坂が通った方向に視線を向ける士郎に、首を傾げて聞く一成に、なんでもないと頭を振る。

 

 

「これでもう良いだろ」

 

「ああ本当に助かったぞ衛宮」

 

 

どう致しまして、と答えてから、士郎は自分の教室に戻っていく。そして何時もと変わらない日常のまま、授業が終わり放課後となった。このまま帰宅すれば、日常は日常のまま進んでいたのだろう。しかし、衛宮士郎は今日、非日常に足を突っ込む事になる。それは『全ての式を解く者』を持つ彼でも分からない事だった。

 

 

 

 

 

 

「あちゃ〜、ノートを学園に忘れたかもしれないな」

 

 

自分の屋敷に帰って鞄の中を見て呟く。外はもう暗い。しかし、士郎は学生だ。勉学は重要なのだ。

 

 

「仕方ない。取りに行くか」

 

 

頭を掻いてため息を吐く。玄関で靴に履き替えてから、士郎は学園に向けて歩き始める。こうして、彼の歯車は狂い出す。そして参加する事になるだろう。二人目の爺さん。衛宮切嗣が参加し絶望した戦争に。

 

 

「なんだ、あれ」

 

 

学園に着き、自分の教室で忘れたノートを回収して、いざ家に戻ろうとした士郎の耳になにかの剣戟音(・・・・・・・)が響き渡った。気になった彼は、音がした方に歩きそこで赤と青の戦闘を眼にした。ガンッ‼︎ ギンッ‼︎ と金属音がぶつかり合う音が鳴り響く。その戦闘に風が巻き上げられ、地面が陥没する。アレは人と人の戦いではない。人を超えた者の戦いだ。

 

 

脳裏に師匠であり尊敬する爺さんの顔を思い出す。あの人に教えられた知識の中で、こういう存在を士郎は知った。

 

 

ーーー英霊。

 

 

英雄が死後、祀り上げられ精霊化した存在。確か、そう教えてもらった。そこで士郎は考える。何故、その英霊がここに居るのか? しかも、二人もだ。と、彼は足元にあった小枝を誤って踏んでしまった。

 

 

パキッ。本来なら、小さくて聞こえない筈のその音は、しかし英霊の超人的な聴覚によって聞こえてしまった。

 

 

「ーーーーッ⁉︎ 誰だ⁉︎」

 

 

音を聞いた青い者が、声を荒げて叫ぶ。それに士郎は反射的に逃げる行動を取った。足を必死に動かし校舎の中を移動する、そして後ろを振り向き、誰も居ない事を確認して安堵の息を吐いた。次の瞬間だった。全身に寒気が走り、自分の直感に従い後ろに転がるように倒れ込む。そして自分の立っていた場所、厳密には心臓があった場所に真紅の槍が通っていた。

 

 

「ほぅ? 今のを避けるか坊主」

 

 

そこに居たのは、青い服を着た一人の男。真紅の槍を、クルッと回し肩に置く男は、感嘆した声を上げ、士郎を見ていた。

 

 

「なら、これは如何避ける?」

 

「ッ⁉︎ くそっ」

 

 

そして男は倒れる形の士郎に向かって、槍の穂先を向けて突いた。だが、士郎の瞳にはちゃんと槍の動きが見えており、焦りながらも横に転がる事で難を(のが)れる。それにへぇ、と笑みを浮かべる男だ。続けて追撃してくる男の槍撃を、なんとか躱す。その事がよっぽど面白いのか、徐々に速度が増していく。

 

 

この男は本気を出してはない。本気を出していたら、こうして士郎はなんとかであるが、余裕を残して避けれる筈がないのだから。恐らくは、最初の不意の一撃を避けた事で士郎に興味が湧いたのだろう。如何する。戦うか。士郎は、槍を避けながら胸中で呟く。自分の力を使えば、この状況をひっくり返せる。ならば、士郎は脳裏に最強の自分をイメージする。

 

 

師匠に最初に教えられた事だ。常に戦う時は、最強の自分をイメージしろと。そして同じく師匠から教えられた詠唱を心の中で口にした。

 

 

(ーーーーIam the boneof my sword(体は剣で出来ている))

 

 

最初に教えられた時、全く意味が分からなかった詠唱。しかし、自分の起源が剣となり、固有結界を持つ現在はその意味を完全に理解出来た。今思えば、あの人は未来を知っていたのではないかと思ってしまう。あまり使えなかった投影魔術を教えたり、そしてあの日以降から、投影魔術が自身の得意魔術になったりもすれば、そう考えてもおかしくはない。魔術回路を起動させ、魔力を手に集め、最も自分が使う武具を複製しようとしたーーー時だった。

 

 

「ーーーーチッ⁉︎」

 

 

青い男は舌打ちした次の瞬間、紅い外套を纏った者が、一瞬で横に現れ、その手に持つ陰陽一対の剣を振るう。それを紅き槍で受け止める青い男。士郎は突然現れた、その男に視線を向けて、何故か無性に気になった。が、すぐに逃げる事が先決だと決めて、足を男達とは反対側に向けて全速力で駆け抜ける。

 

 

「なっ⁉︎ あ、貴方まさか衛みy」

 

 

その際、聞き覚えのある声が聞こえた気がしたが、取り敢えず無視する事に決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

自分の家である屋敷に戻り、走った事により荒い息を吐きながら、畳の上に横たわる士郎。

 

 

(はぁ……はぁ……一体如何いう状況なんだ?)

 

 

考えるのは先程の事だ。何故、あそこに英霊が居たのか。何故、英霊同士で戦っていたのか。疑問が増すばかりである。しかし、これだけは士郎でも分かった。なにかが。この冬木市でなにかが起こっているのだと。

 

 

「全く、情報が足りないな」

 

 

上体を起こして、情報が無さ過ぎる事に対してため息を吐く。すると、士郎はバッと天井を見上げた。そこには先程の男が真紅の槍を向けたまま落ちてくる光景が映る。ここに居れば槍に串刺しにされるだろう。そう理解した士郎は、勢い良く全身を転がせ、避けて見せた。

 

 

「へぇ、やっぱりお前面白えな。さっきも弓兵が邪魔しなかったら、なにをしてた坊主」

 

「さぁな、いきなり不法侵入してくる奴に教える訳ないだろ」

 

 

聞いてくる男に、冷静に周りを確認する。ここで戦うのは狭過ぎる。改めて男を見れば、グルンと槍を回してこの狭さでも十分に使える事が分かった。そう思ったと同時に士郎は、引き戸を蹴破り、背を向けて走り出す。それに男は、キョトンとした顔になり、白けたのか息を吐いた。

 

 

「おいおい、男なら真っ向から戦えよ」

 

 

士郎が走った道を通り、庭に出るとそこで士郎が待ち構えていた事に眼を丸くする。

 

 

「もう逃げねぇのか」

 

「あぁ。ここでなら、あんたと戦える」

 

 

士郎の放ったその一言に、男は呆気に取られ、笑いが込み上げてきた。

 

 

「くくくく、俺と戦うつもりか」

 

「そうだ」

 

「坊主。お前、本当に面白い奴だな」

 

 

男の言葉に即答で返す少年。それが面白いのか笑みを深くして、真紅の槍を回す。士郎はその回された真紅の槍に見覚えがあった。それは子供の頃、師匠に授けられた知識にあった『宝具』。確か名はーーー

 

 

そこまで考えて、士郎は目の前に居る者が誰なのか気付いた。アイルランド辺りでは、日本で有名なあのアーサー王と同じぐらいの有名な人物に驚愕する。そして視線を鋭くさせ、自分がどう動くのかを待っている男を見据えた。

 

 

「行くぞ。アイルランドの大英雄」

 

「ーーーーッ、テメェッ」

 

 

士郎の発した言葉に、驚愕を露わにする男。自分の正体を看破された事に驚いたのだろう。その驚愕した瞬間を狙って、士郎は肉薄する。その手にはなにもない。その事に訝しむ男だ。

 

 

(I am the bone of my sword(体は剣で出来ている))

 

 

だが、なにもないのなら、作れば良い。心の中で詠唱を口にし、魔力を手に集めた。奴を倒す為に作る武具は、ギリシャ神話の大英雄が所持した斧剣。次の瞬間ーーー士郎の両手に現れるのは巨大な斧剣だ。普通の人間では持つ事が出来ない程のソレを士郎は、この武器を持っていた大英雄の力を憑依経験させる事によって持つ事を可能にした。

 

 

「ーーーーなっ⁉︎」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

 

突然現れた斧剣に、再度驚く男にめがけて横に振るう。ヴォォォンンンッッッ‼︎ と風を巻き起こして迫る斧剣に、男はそれでも後退する事により避けてみせた。だが、士郎は追撃の手を緩めない。横に振るった斧剣の勢いを止めずに、そのまま足を軸にし、体を回転させて後退した男にまた振るう。それを今度は避けるのが間に合わないと判断した男は、槍で受け止めた。しかし、

 

 

「な、に…………ッ⁉︎」

 

 

かの大英雄の筋力すら憑依経験で模倣した一撃は、完全に受け止め切れずに、男の体を吹き飛ばす。それでも男は、空中で一回転すると地面に着地した。だが、彼の顔は真剣そのものだった。

 

 

「坊主。テメェ一体何者だ」

 

「教えるとでも」

 

 

疑問を口にする男に、教えないと答える士郎。

 

 

「そうかよ。なら良い。その代わり、遊ぼうぜ坊主っ‼︎」

 

「……………くっ⁉︎」

 

 

疾走する男に士郎は呻き声を上げる。速い。男の移動速度が異常な程に速過ぎる。しかし、士郎はしっかりと瞳に捉えている。迫る男に迎撃しようと、斧剣を叩きつけるが、意図も容易く避けられ槍の刺突が襲う。それを態勢を態と崩す事で回避し、斧剣で薙ぎ払う。が、それすらも跳躍で躱す男だ。捉えきれない。見えてはいるのに、攻撃が届かない。もどかしい。士郎は自分が持つ斧剣に視線を向けた。

 

 

集中しろ。もっと技量を経験を力を模倣しろ。これが全てではないはずだ。大英雄の力はこんなものではない筈だろ。両眼を閉じて数瞬、再び開くと両の瞳には虹色に輝く雫の文様が浮かび上がっていた。士郎の視界に入る全ての構成、構造が解析される。その瞳を斧剣に向けて、解析した。この武器の持ち主の力の全てを。読み解け、読み解け、読み解け。

 

 

俺は誰だ? 衛宮士郎か。違う‼︎ 俺はーーー

 

 

「ヘラクレスだぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっっっ‼︎」

 

 

ミチミチミチッ‼︎ と士郎の体が大英雄の身体能力を完璧に模倣する事によって音を鳴らす。それを師匠から教わった強化魔術で、無理やり全身を補強した。衛宮士郎は人間だ。故に、例え完全な模倣が出来たとしても、人の体である限り大英雄の力の模倣は数分が限界である。だが、その数分で十分だった。士郎は動く。まるで、斧剣というとんでもない質量を持っていると思えない俊敏さで。

 

 

「ーーーーーーッッッ」

 

 

一瞬、男の視界から消えた事により瞠目するが、視界の端に映った少年に、槍を構えた。これはマジでやらなければ殺られる。男は迫る少年にそう確信する。あり得ない事だが、目の前に居るこの坊主は、人の身で英雄達の所まで至った。なにをして、そうなったのかは分からない。しかし、面白い。真っ向から立ち向かう士郎に、男は笑みを深めた。

 

 

「だが、舐めるなぁ‼︎」

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ‼︎」

 

 

そして雄叫びを上げる士郎と、それに立ち向かう男。斧剣と真紅の槍が激突した。ドゴンッッッ‼︎ と轟音を響かせ、男の地面が大きく窪み陥没した。歯を食いしばり受け止めた男は、反撃と言わんばかりに、士郎に向けて蹴りを放つ。それに少し遅れて、腕で防いだ士郎は、しかし英霊の一撃によって後方にある蔵まで吹き飛び、扉を壊し中に転がる。

 

 

そしてすぐに立ち上がる士郎には、傷らしい傷は付いていない。すると、士郎を行動させまいと男は肉薄して刺突を何度もする。それを両眼で真紅の槍の構成、構造を解析しながら、避ける。が、大英雄ヘラクレスの身体能力の完全模倣という無茶な事によって、気付かない内に疲労が溜まっていたのか、足がガクッと力をなくした。

 

 

「や、やばっ⁉︎」

 

「もらったぁ‼︎」

 

 

そしてそんな隙を見逃す筈がなく、男は槍を振るう。対して士郎は穂先に当たる事を危惧して、自分から男に倒れ込んだ。すると、士郎は槍の穂先ではなく、槍の柄の部分に当たり体が吹き飛ぶ。倒れた士郎は、ググッと上体だけを起こし男を見据えた。それに男は、槍を向ける。

 

 

「中々、楽しかったぜ」

 

 

笑みを浮かべて、そう言うと男は、終わりだと言わんばかりに刺突の構えを取った。そしてーーー男が刺突を放った瞬間、士郎は床に描かれている陣で、迎撃しようと魔力を込めた途端。床から光が溢れ出した。

 

 

「これは………ッッッ⁉︎」

 

「ッ⁉︎ おいマジかよ。坊主、テメェが七人目かっ‼︎」

 

 

両者はそれぞれ別の事で驚愕する。男は新たな参加者に。士郎は床にある陣と自分の中の鞘が反応(・・)している事に。数秒後、光が収まると、陣の上に一人の美しく華奢な少女が立っていた。彼女は、士郎に視線を向けると口を開いた。

 

 

「問おう。貴方が私のマスターか?」

 

 

まるで確かめるように言われたその言葉に、士郎は呆然としながら、

 

 

「いいえ、違います」

 

 

敬語でそう答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




はい。士郎君、桜の中に間桐 臓硯に気付いていました。さて、如何やって消すとするか。


そして士郎君のバクっぷりはまだまだこんなものではないです。あと、補足しますと士郎君に魔術を教えた転生者は、大火災の前に臨終しています。さて、あと何個か転生者のおじいちゃんに、力を譲渡されています。それでは、また次回。これは息抜き作品なので、更新が遅くなるかも知れません。


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第二幕 聖杯戦争、そして教会にて

ふぅ、なんとか今日中に書けた。


「………遠坂、お茶だ」

 

「ありがと、衛宮君」

 

 

対面に座る遠坂 凛に士郎は客人ようのお茶を出して、テーブルを挟んで向かい合う形で座った。チラッと斜め後ろを見ると、そこには金髪の少女が、座布団の上で綺麗な正座をして座っている。すると、目の前でお茶を飲んだ遠坂は、口を開いた。

 

 

「それじゃあ、話を始めるけど、自分がどんな立場にあってるのか分かってないでしょ?」

 

 

確信を込められた、その発言に士郎は頷くしかない。遠坂の言う通り、今の状況が分からないからだ。士郎の頷きを見た彼女は、今の現状を簡潔に答えた。

 

 

「率直に言うと、衛宮君はマスターに選ばれたの。体の何処かに聖痕が刻まれてない」

 

「聖痕…………?」

 

「…………令呪の事です。シロウ」

 

 

初めて聞いた言葉に首を傾げると、今まで黙っていた金髪の少女が答えた。それに士郎は少女に視線を向けてから、なにか思い出したように自身の左手の甲を見た。

 

 

「これか?」

 

「そう。それがマスターとしての証よ。そしてサーヴァントを律する呪文でもある。だから、それがある限りはサーヴァントを従えていられるの」

 

 

遠坂の説明に、士郎は眉を顰めた。ある限り? その一言に違和感を覚える。そんな士郎の事など知らずに続けて遠坂は言った。

 

 

「令呪は絶対命令権なの。サーヴァントの意思を捻じ曲げてでも、言い付けを守らせるのがその刻印。だけど、絶対命令権は三回のみだから、無駄使いしないようにね」

 

 

続けて遠坂は衝撃的な事を言った。

 

 

「その令呪がなくなったら、衛宮君は殺されるだろうから精々注意して」

 

「殺される?」

 

 

物騒な言葉に眼を細める士郎だ。だが、納得もしていた。あの真紅の槍を持っていた男は、間違いなく自分を殺そうとしていたのだから。

 

 

「そうよ。マスターが他のマスターを倒すのが、聖杯戦争の基本だもの。そうして、他の六人を倒したマスターには、望みを叶えられる聖杯が与えられるの」

 

「…………聖杯」

 

 

思い浮かべるのは、十年前の地獄を作り出した汚染された聖杯。恐らくは、遠坂の言う聖杯となんらかの関係があるのだろう。

 

 

「そう聖杯よ。ま、簡単に言えば貴方はある儀式に巻き込まれたの。聖杯戦争っていう、魔術師同士の殺し合いに」

 

「遠坂。それは本当なのか」

 

「私は事実を口にするだけよ」

 

 

その言葉は士郎の質問に肯定するものだった。取り敢えず、この冬木市でなにが起きているのかは理解した。脱力したように、士郎は天井を見上げる。もう大英雄の力を模倣した事により発生した疲労感は完璧に回復(・・)している。なんで、目の前で遠坂 凛からこのように説明を受けているのか。それは数十分前までに遡る。士郎はまだ聖杯戦争の事を説明する遠坂の言葉を聞きながら、回想するのだった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「問おう。貴方が、私のマスターか」

 

「いいえ、違います」

 

 

いきなり現れた少女に告げられた言葉に、半ば反射的に答えた士郎。彼は自身の両眼の魔眼で、少女の存在を解析して胸中で驚いていた。と、同時に納得もした。道理で自分の中の鞘が反応を示した訳だと。

 

 

「……………」

 

「……………」

 

 

そして士郎の即答とも呼べる言葉に、眼を丸くする少女である。お互いに無言になり、気まずい空気が流れた。だが、その空気を青い男が吹き飛ばす。真紅の槍を刺突させる男の姿を視界に捉えて、士郎は迎撃の準備をする。もう全身の疲労など治っているのだから(・・・・・・・・・)。しかし、士郎よりも早く目の前の少女が動いていた。風のように一瞬にして前に躍り出ると、槍の刺突を下からなにもない手で(・・・・・・・)払い上げた。

 

 

「ーーーーーッ」

 

「はぁッ‼︎」

 

 

続いて裂帛の声と共に、再度なにも持っていない手で男を襲う。それに、槍をすぐさま戻し顔あたりに持って行くと、ガギンッ‼︎ という金属同士が衝突した甲高い音を響かせ、蔵の中から男を追い出した。一瞬の攻防。人を超越した戦闘ではなく、士郎は少女の手元を凝視していた。なにかを持っている。少女の手には一つの剣が握られている。他の者達では、幾重にも重なる空気の層によって透明にしか見えないだろう。

 

 

しかし、士郎の魔眼はそんな物など意に介さずに、少女の剣を看破する。その剣の銘を、材質を、構成を、構造を。士郎がその剣を解析している間に、青い男との戦闘は続く。

 

 

男の刺突を紙一重で避け、不可視の剣を男に向ける。二度三度と槍と不可視の剣が衝突。ぶつかった勢いを利用して二人は互いに距離を取った。そしてその場に立ち止まり、男と少女は自身の武器を構え直して、再度激突した。常人では視認出来ない程の攻防を一瞬の間で数十と繰り返す。と、少女が男の懐に潜り込んで斬撃を放つも、すんでの所で後退し躱す。

 

 

男はすぐに少女に向けて疾走して、槍を突き出した。それに少ない動作で、体を横にズラして躱すと、槍を下から不可視の剣で払い上げた。その剣圧により、地面がめくり上がる。一瞬、槍ごと払い上げられた事により、男の体が宙に浮く。その隙を(のが)さず、剣で突きを放つも男は首を傾げる事により避けてみせた。しかし、剣の勢いはそこで止まらずに、上段、横一閃、と男を追撃する。

 

 

男は少女の猛攻に押され始める。そして槍で不可視の剣を受け止めた男は、力強く弾き距離を取る為に跳躍して離れた。そこで男は口を開く。その声音に、今の戦闘に対しての思いを込めて。

 

 

「卑怯者め‼︎ 自らの武器を隠すとは、何事かッ‼︎」

 

 

その言葉に対して少女は、男に斬撃を放つ。それに頭上を飛んで避ける男だ。そして数メートルの距離で立ち止まった男に視線を向けて少女は、そこで口を開いた。

 

 

「如何したランサー? 止まっていたら槍兵の名が泣こう。そちらが来ないのなら、私が行くが」

 

「………その前に一つ聞かせろ。貴様の『宝具』。それは剣か」

 

 

確かめるように言うランサーと言われた男に、少女は口を開く。

 

 

「さぁ、如何だろうな。斧かもしれんし、槍かもしれん。………いや、もしや弓という事もあるかも知れんぞランサー」

 

「ふん、抜かせーーー剣使い‼︎」

 

 

少女の言葉に鼻で笑い、男は槍を構える。しかし、その構えは何処か違っていた。

 

 

「序でにもう一つ聞いとくするか。お互いに初見だしよぉ、ここらで分けって気はないか?」

 

「断る。貴方はここで倒れろランサー」

 

 

男の提案に即座に答える少女だ。

 

 

「そうかよ。こっちは元々、様子見が目的だったんだがな」

 

 

そこまで言うと男は眼を見開いた。同時に自身が持つ紅き魔槍に魔力を込める。その光景に士郎は、次になにが起こるのか理解する。

 

 

「…………ッ」

 

 

少女も、なにが来るのかを理解したのか不可視の剣を青眼に構えて、警戒を強めた。膨大な魔力が槍の穂先に集中する。士郎はその槍に両眼を見開いて、解析を行った。これから、放つであろう一撃は、必殺必中の英雄の一撃。

 

 

「ーーーーその心臓、貰い受けるッ‼︎」

 

 

絶対に外さないという、声音を込めた叫びが響き、男は地面を削りながら駆け抜け、片手で真紅の槍を持ち、腕を曲げた。

 

 

「ーーー『刺し穿つ(ゲイ)』」

 

 

それはアイルランドの大英雄。光の御子であるクー・フーリンが影の女王スカサハから授かった因果逆転の呪いを持つ槍。「放ってから当たる」のではなく「当たってから放たれる」必殺必中の『対人宝具』。避ける事が不可能で、避けるには絶対な幸運がないと不可能だ。だがーーーそれが如何した? 士郎は己の魔眼に力を込めた。そして右手を放たれる槍に向ける。

 

 

「ーーー『死棘の槍(ボルク)』ッッッ‼︎」

 

 

次の瞬間。男の手から槍が放たれた。それが因果を歪めて、心臓を貫くーーー筈だった。声が聞こえた。二人の英霊の耳に、静かな声が響く。

 

 

「存在を解析ーーー解除。因果逆転の存在は無に還れ」

 

 

因果を歪める筈だった槍は、しかし、見えない力によって歪めた因果を否定された。本来なら『結果』を先にもたらす効果は意味をなくし、ただのなんの変哲もない刺突にへと変わる。少女はただの刺突になった、ソレをなんの苦もなく弾き返した。弾かれた槍は、持ち主である男の元に戻る。だが、男は信じられないとばかりに、士郎を見ていた。

 

 

「坊主、テメェッ⁉︎」

 

「ッ⁉︎ マスター、貴方は」

 

 

二人は信じられなかった。今、行われた光景にはたして、誰が信じられようか。未来を、運命を、因果を無に還し否定された光景に。概念そのものを消した事に。そしてそれを行ったのが、英霊ではなく、ただの一人の少年だと。

 

 

「まさか、俺の必殺の一撃を、こんな風に躱される日が来ようとは」

 

 

己の『宝具』に視線を向けて呟く男。そして『宝具』を放たれた少女は、目の前の男の正体に気付いた。

 

 

「呪詛。いや今のは因果の逆転。『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』。御身はアイルランドの光の御子か‼︎」

 

 

マスターである少年の事を一旦、忘れてそう告げる少女。それに呆然としていた男は、我に戻り、士郎を一瞥してから言った。

 

 

「チッ‼︎ どじったぜ。こいつを出すからには、必殺でなければヤバイってのにな。それが、あんな風に防がれるなんざ、思わなかったぜ」

 

 

士郎から視線を外して、男は少女に背中を向けた。その事に訝しむ少女だ。それに答えるように男は言う。

 

 

「うちの雇い主は臆病でなぁ。槍を躱されたら、帰ってこいなんて、抜かしやがる」

 

「逃げるのか‼︎」

 

 

背中を向けて離れる男に少女は叫んだ。それに一旦、足を止める男だ。

 

 

「追ってくるなら、構わんぞ。ーーーただしその時は、決死の覚悟を抱いてこい」

 

 

顔だけを向けて男はそう告げた。追うなら、今度は自分の命がなくなるのを覚悟しろと。そう言うと、男は跳躍すると、一度士郎に視線を向けた。

 

 

「じゃあな坊主。今度は邪魔が入らない場所で、やろうぜ」

 

「待て‼︎ ランサー‼︎」

 

 

その言葉と共に消えた男に向けて叫ぶが、なにも返って来る事はなく虚しく響いた。

 

 

「おい、大丈夫か」

 

 

男が去って行った場所を見据える少女に、正体を知っている身としては、無用な心配だと思うがそう尋ねた。そして体に傷らしい傷がない事を確認した士郎は、安堵の息を吐くと、改めて聞く。

 

 

「一体なんなんだよ。この状況は」

 

「見た通りセイバーのサーヴァントです。ですから、私の事はセイバーと」

 

 

士郎の言葉に、恐らくは自分がなんなのかと勘違いしたのか、そう答える少女もといセイバー。最初、セイバーという名に疑問を覚えたが、本当の名を隠すのになにか意味があると思った彼は、問い質す事はせずに、自分も自己紹介した。

 

 

「俺は士郎。衛宮士郎だ」

 

「…………衛宮」

 

 

名前を告げた途端、なにか心覚えがあったのか、顔を向けて呟いた。次いでなにかに気付いたのか、顔を上げる。そして、改めて士郎はセイバーに聞いた。

 

 

「それで一体、なにが起きてるんだよ」

 

「やはり、貴方は正規のマスターではないのですね」

 

 

士郎のその言葉に、セイバーは自身の胸に手を起き言った。彼女の胸中には信じられないという思いが込み上げていた。目の前の少年は正規のマスターではない。だが、魔力のラインが繋がり、彼から供給される魔力のなんと膨大な事か。分かる。恐らく自分は生前と変わらない程の力を持っていると。これ程の魔力の持ち主が正規ではないのが、信じられない思いだ。そして契約したからには、目の前の少年は自分のマスターだ。

 

 

「しかし、それでも貴方は私のマスターです」

 

「それの意味が分からないんだ。なんだよマスターって、普通に士郎で良いよ」

 

「分かりました。それでは、シロウ、と。えぇ、私としてはこの発音の方が好ましい」

 

 

士郎に背を向けて歩き出すセイバー。この場所に新たなサーヴァントが近付いている事に気付いていた。すると、士郎は自分の左手に違和感を覚え、それを見ると赤い文様が手の甲にあった。それを魔眼で解析してから、つい声を漏らす。

 

 

「なんだ、これ?」

 

 

解析結果が、出ているが疑問を口にした。それにセイバーが答える。

 

 

「それは令呪と呼ばれるものです。無闇な使用は避けるように。それと士郎は隠れていて下さい」

 

「…………は? なにを言ってるんだセイバー」

 

「外に敵が二人居ます。ここで、待っていてください」

 

 

士郎に一方的にそう告げると、セイバーは屋根の上に跳躍した。いきなりの事に呆然とした士郎だが、ハッと我に戻る。そして改めて考えた。敵というからには、先程の男と同じ存在の事だろう。という事は英霊だということ。そんな存在とまた戦えば、周りに被害が発生する。別にここが、誰も居ない場所なら良い。しかし、周りには家があるのだ。そこに先程のような戦いが起きれば……………

 

 

「って、それはマズイだろ‼︎」

 

 

考えたくない未来を思い、士郎は慌ててセイバーを追いかけた。屋敷の門から出ると、聞こえるのは金属音だ。それにもう戦闘が始まっていると分かると、全身を魔術で強化させて、目の前で繰り広げられる戦闘に踏み入れた。ドンッ‼︎ と地面を蹴ると発破をかけたような音が鳴り、物凄い速度で士郎は駆け抜ける。

 

 

そして戦っているセイバーと、浅黒い肌の男の間に、割り込むように何時の間にか手にしている陰陽一対の剣を持ち体を滑り込ませた。セイバーの不可視の剣を、夫婦剣の一つ干将(かんしょう)で受け止め、もう片方の莫耶(ばくや)で浅黒い肌の男の剣戟を止めた。その際、セイバーの剣の威力に眉を顰めるが。

 

 

「ーーーーッッッ⁉︎」

 

「なっ⁉︎ シロウ何故、止めるのですか‼︎」

 

 

突然、割って入った士郎に、驚きの表情をみせる二人だ。とはいえ、その驚きは対照的だったが。攻撃を止めた己のマスターに、セイバーは何故と声を上げる。

 

 

「待てセイバー。お前はなにが起きているのか分かってるかもしれないが、俺は全然分からないんだ。マスターだと呼ぶんなら、少しは説明しろ」

 

「敵を目の前にして、なにを」

 

 

言い合う二人の間に、少女の声が聞こえた。

 

 

「ふ〜ん。つまり、そういう訳ね。素人のマスターさん」

 

「ッ⁉︎ お、お前は遠坂」

 

 

声がした方向に視線を向けて、士郎は眼を見開いた。何故ならそこに居たのは、

 

 

「取り敢えず、こんばんは。衛宮君」

 

 

遠坂 凛だった。何故こんな所に、と思ったが分かっている。彼女の隣りに居る英霊を見れば一目瞭然だ。遠坂 凛もこの状況に関与しているのだと。そんな考えている士郎に、彼女は言った。

 

 

「衛宮君。今、なにが起きているのか知りたいんでしょ?」

 

「あ、あぁそうだ」

 

「なら、家の中に案内してくれる?外は寒いから、暖かい所で話しましょ」

 

 

その言葉に士郎は頷いた。なんとか、戦おうとするセイバーを納得させ、遠坂と共に家に入れる。そして自分も入ろうとした時、後ろから声をかけられた。

 

 

「……………おい」

 

「ん? あんたは」

 

 

声をかけた人物は赤い外套を羽織った浅黒い肌の男だ。それに首を傾げる士郎。だが、その男を見ていると、士郎は自分と似ていると感じた。性格がではない、その魂が、存在そのものがである。

 

 

「えっと、なんだ」

 

 

呼ばれたから立ち止まったのに、なにも言わずに無言で鷹のような視線を向ける男に、我慢が出来ずに聞いた。すると、やっと男が口を開いた。

 

 

「貴様は………本当に衛宮士郎か」

 

「………? なに言ってんだ。本当にと言われても、俺は衛宮士郎としか答えられないぞ」

 

「……………そうか」

 

 

意味が分からない男の発言。それに疑問符を浮かべる。衛宮士郎に偽物も本物もあるのだろうか。そう思いながら返すと、一言告げてから、男はもう用がないとばかりに、屋根の上に飛び乗った。その事に大きく首を傾げる士郎だ。そうして、彼は遠坂からこの冬木市で起きている事を聞くのだった。そして時間は戻る。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「まぁ、粗方説明し終えたけど。衛宮君、理解出来た?」

 

「大体は」

 

 

回想を終え、尋ねる遠坂に頷く。

 

 

「そっ、もっと詳しい話を聞きたいのなら、聖杯戦争を監督している奴に聞きなさい。まぁ、最後に私から言える言葉は、貴方はもう戦うしかなくて、サーヴァントは強力な使い魔だからうまく使いなさいってだけよ」

 

「…………はぁ」

 

 

士郎の口からため息が溢れた。知らない内に厄介な事に巻き込まれる事になるとは、思いもしなかった。しかし、好都合だと士郎は思った。十年前の大火災と、聖杯戦争は関連がある。その事に士郎は確信している。もしも、もしもだ。この聖杯戦争が何度も続いていたとしたら? そして十年前に同じ戦争が起こっているとしたら。

 

 

アンリマユによって汚染された聖杯が、願いを歪んだ形に発現したら如何だ。そしたら、辻褄があわないか。士郎は考えを巡らせる。もしそうなら、止めなくてはならない。また、誰かがあの災害にあうのだけは、今度こそ阻止しなけれいけない。と、そこまで考えていると、突然、目の前の遠坂が大声を上げた。

 

 

「あぁもう‼︎ ますます惜しい。私がセイバーのマスターだったら、こんな戦い勝ったも同然だったのにぃ‼︎」

 

「なんだ?」

 

 

突然、叫ぶ遠坂に疑問符が浮かぶ。如何やら自分が、考えていた間にセイバーとなにかあったらしい。うぅ〜うぅ〜と唸り声を上げる遠坂。それに如何、反応すれば良いのか分からずに頬を掻いていると、遠坂は気を取り直したのか立ち上がった。

 

 

「さて、そろそろ行きましょうか」

 

「行くって何処に?」

 

 

出掛ける発言に聞き返す士郎に、遠坂は呆れた風に答えた。

 

 

「だから、聖杯戦争の事を良く知っている奴に会いに行くの」

 

 

そして視線を士郎に向けて、言葉を紡いだ。

 

 

「衛宮君、聖杯戦争の事知りたいんでしょ」

 

 

確かに知りたい。あの大火災を生き残った者として、そして原因を知っている者として知りたい。もう遅い時間ではあるが、遠坂のこの言葉なら、恐らく会う事は出来るのだろう。その事に思い至り、士郎は頷くのだった。

 

 

 

 

砂埃とかで汚くなった制服から着替え、士郎は遠坂の後に続いて新都にある教会に向かっていた。

 

 

教会の前に着いた士郎達は、セイバーが中に入るのに拒否した為、士郎と遠坂のみが入る事になった。遠坂から神父の事を聞きながら、扉の前まで歩いて行き、扉を開けた。開かれた扉を潜り抜けると、教会の奥に一人の男が立っていた。男は背中を向けて、誰かに言うように告げる。

 

 

「再三の呼び出しにも応じぬと思えば、変わった客を連れてきたな。…………彼が七人目という訳かーーー凛」

 

 

体をこちらに向けて言う神父の男。その事に遠坂に一瞥するが、彼女はなにも言わない事が分かると、一歩前に足を出した。

 

 

「私の名前は言峰綺礼(ことみねきれい)。君の名はなんと言うのかな? 七人目のマスター」

 

「…………衛宮士郎」

 

「衛宮? ふ、ふふふ衛宮士郎、君はセイバーのマスターで間違いはないか」

 

 

自分の名前を聞いた後に、薄く笑う言峰綺礼に、眉を寄せる。そしてその質問に彼は、そうだ、と答えた。士郎はこの聖杯戦争に参加する事を決めている。この戦争で被害が出るかも知れない人達を助ける為に。その為に、力を得たのだから。そこから言峰と会話を続けた。言峰と話し合っていると、すると、彼は気になる言葉を告げた。繰り返される、と。その事に眼を開き、言峰に視線を向ける。

 

 

「………何度も聖杯戦争は、行われたのか」

 

 

ゴクリと唾を飲み込み、恐る恐ると士郎は聞いていた。そして言峰は答えた。

 

 

「これで五度目だ前回が十年前であるから、今までで最短のサイクルという事になるが」

 

(…………前回が十年前)

 

 

その答えに士郎は、自分の推測が正しかったのだと確信した。思い出されるのは、周りが赤く、紅く、赫く燃える地獄の光景。自分以外の人が火達磨になる最悪な現実。言峰がなにかを言っているが、今の士郎の耳にはなにも聞こえない。今、士郎の心はここにはない。彼は今でもはっきりと、思い出せる。あの光景を。忘れる事はない。衛宮士郎はあの地獄を生き抜いて、ここに居るのだから。

 

 

言峰との会話を終わらせ、士郎は遠坂と共に教会を出た。すると、背後に居る言峰が士郎に向けて、言う。

 

 

「喜べ少年。君の願いは漸く叶う」

 

 

その言葉に足を止め、顔だけを向ける。

 

 

「分かっていた筈だ。明確な悪が居なければ、君の望みは叶わない。例えそれが、君にとって容認しえないものであろうと、『正義の味方』には、倒すべき悪が必要なのだから」

 

 

言峰の言葉を聞き終えて、士郎は無言で歩いて行った。教会の正門を開けて、足を進めると、待っていたセイバーが声をかける。

 

 

「シロウ。話は終わりましたか?」

 

「………あぁ」

 

「それでは………」

 

「俺はマスターになると決めた。セイバー、付いてきてくれるか」

 

「はい。貴方は初めから私のマスターです。この身は貴方の剣として、何処までも付いて行きましょう」

 

「そうか。なら、これからよろしく頼む」

 

 

右手を差し出す士郎に、セイバーは少し驚いた顔の後に握手をするのだった。

 

 

教会から離れた坂道で、士郎達は帰路に立っていた。すると、前で歩いていた遠坂が立ち止まる。

 

 

「…………遠坂?」

 

「悪いけど、ここからは一人で帰って」

 

「如何いう事だ」

 

 

遠坂の言葉に士郎は首を傾げる。

 

 

「ここまで連れてきたのは、貴方がなにも知らなかったからよ。けど、これで衛宮君もマスターの一人」

 

 

そこまで言われて士郎も、遠坂がなんと言いたいのか理解した。しかし、同級生であり、ここまで良くしてもらった遠坂と戦う気がおきない。確かに人が危ない時や、自分の命の危険な時は戦うが、そこまで力を使いたいとは思わない。力を使わないならば、それで良いのだ。

 

 

「俺は遠坂と戦うつもりはないぞ」

 

 

だからこそ、士郎はそう言った。その事に予想出来ていたのか、彼女は頭に手を置く。

 

 

「やっぱりそう来たか。参ったなぁ、これじゃ連れてきた意味が」

 

 

ため息と共に呟く遠坂に、その横から彼女のサーヴァントであるアーチャーが姿を現した。

 

 

「…………凛」

 

「なに?」

 

「目の前に敵が居るのなら、遠慮無く叩くべきだ」

 

「言われなくても分かってるわよ」

 

「分かっているのなら、行動に移せ。それともなにか、君はその男に情が湧いたのか。ふむ、まさかとは思うが、そう言う事情ではあるまいな」

 

 

アーチャーのその発言に、頬を染めると否定した。

 

 

「んな訳ないでしょ‼︎ …………ただその、こいつには借りがあるじゃない。それを返さない限り気持ち良く戦えないだけよ」

 

「ふん、また難儀な。では、借りとやらを返したのなら呼んでくれ」

 

 

そう言ってアーチャーは消えた。二人の会話を黙って聞いていた士郎は、借りとやらに覚えがなく、遠坂に視線を向ける。

 

 

「なぁ、遠坂。借りってなんだ?」

 

「はぁ、形はどうあれ、衛宮君はセイバーを止めたでしょ。まさか、体を割り込ませるとは思わなかったけどね」

 

 

そこまで言われて、あぁ、と納得する。

 

 

「だから、少しは遠慮しとかないと、バランスが悪いって事」

 

 

士郎はつい笑ってしまう。

 

 

「妙な事にこだわるな。遠坂」

 

「分かってるわよ。けど、しょうがないじゃない。私、借りっ放しって嫌いなんだから」

 

 

ぷいっと顔を逸らした遠坂に、士郎はなんだかんだで、良い奴だなと思った。遠坂とは敵になりたくはないないと士郎は思う。

 

 

「じゃあな遠坂」

 

 

そして士郎は、歩くのを再開させて、遠坂の横を通り過ぎた瞬間。士郎とセイバーは気付いた。バッと後ろを振り向く。

 

 

「ねぇ、お話は終わり?」

 

 

振り向いて士郎は驚愕した。凛と喋る幼い少女。しかし、その隣に異質な存在が立っていた。筋肉隆々の大男。遠坂が震えた唇で「まさか、バーサーカー」と呟いている。バーサーカー。それは英霊のクラスだ。士郎は聖杯戦争での英霊のクラスを思い出していた。そして改めて、少女とバーサーカーに視線を向ける。その時、両眼が雪の妖精を思わせる白髪の少女を見て疼くのを感じた。

 

 

そして次の瞬間。疼きを確かめるように、士郎は自身の魔眼を発動した。次いで少女を解析して、大きく眼を見開く事になる。

 

 

(………なんだと)

 

 

驚愕するしかない。あの少女は、聖杯だ。桜のように聖杯の欠片ではなく、あの子自身が聖杯なのだ。そんな驚く士郎に向けて、少女はクスッと薄く笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、バーサーカーとの戦闘です‼︎ 士郎のバグッぷりが、どんどんと出てくる予定です。


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第三幕 二人のバーサーカー

如何なってるんだ⁉︎ 息抜き作品の筈なのに、お気に入りが二千越えだとッ⁉︎

こ、これじゃ途中で辞める事も出来ないじゃないか(汗

そして今回の話は、士郎君の新たな力? が出て来ました‼︎ まぁ、最後らへんですけどね。一体、転生者のお爺さんは、士郎君をなににしたかったのか。

それでは、楽しんでください‼︎


静寂。誰もが喋らない無音が続く中、銀髪の少女が大男を従えて、凛とした言葉を発した。

 

 

「こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは、初めてだね」

 

 

美しく微笑むその少女の言葉に、士郎は疑問を覚えた。その言い方では、まるで自分を知っているようではないか。だが、勿論、士郎は目の前の少女の事など知らない。忘れてるいると言われれば、それまでだが。妖精のような少女の姿をはたして、簡単に忘れるだろうか。

 

 

 

「驚いた。貴方のバーサーカー、他のサーヴァントと比べると段違いじゃない」

 

 

そして隣から驚きを含んだ声が発せられた。少女は士郎から視線を隣に移して、一歩前に進むと、自分のスカートを少し上げてお辞儀する。

 

 

「初めましてリン。私はイリヤ…………イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。アインツベルンと言えば、分かるでしょ?」

 

「…………アインツベルン」

 

 

恐らくはなんらかの家系なのだろう。隣に居る遠坂が、ポツリと呟いた。すると、霊体化していたアーチャーが遠坂に聞いた。

 

 

「凛、如何する?」

 

 

それはここで戦うか、それとも撤退するかの質問。だが、撤退するなど選べられない。撤退を選べば、背後からあのバーサーカーが強襲してくると簡単に予想出来るからだ。あの怪物のようなサーヴァント相手に撤退など悪手。ならば、ここは向かいうつしかない。ふぅ、と遠坂はゆっくりと息を吐いとアーチャーに指示を出した。

 

 

「アーチャー。貴方は本来の役割に徹して」

 

「…………了解した」

 

 

本来の役割。それは即ち、弓兵としての超遠距離攻撃だ。その指示に頷きを一つ返し、アーチャーはその場から離れた。チラッと一瞬、士郎に視線を向けて。アーチャーが離れて行くのを士郎は眼で追ってから、銀髪の少女に向き直り、腰を低くして戦闘態勢を取った。もうすぐ、この場が戦場にへと変わる。気を引き締めなければいけない。

 

 

何故ならあの大男が、解析の結果通りなら、油断は出来ない。彼は静かに目蓋(まぶた)を閉じて最強の自分をイメージする。これは一種の戦闘前のルーティンだ。そして少女ーーーイリヤは、士郎達の戦闘準備を待っていたのか、こちらに視線を向けた。

 

 

「もう準備は終わった? なら初めちゃて良い? じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」

 

 

軽く言うイリヤの言葉。その言葉で、いままでなにもせずに屹立(きつりつ)していたバーサーカーは動き出した。筋肉が膨張し、右手に持つ斧剣を振り上げて咆哮を上げる。

 

 

『オオォォォォォォォォォォォッッッ‼︎』

 

 

空間が震える程の咆哮。そして己のマスターの(めい)に従い、鋭い眼光で見たバーサーカーは、地面を踏み砕いて、数十メートル跳躍して、士郎達の方へと落ちていく。

 

 

「シロウ‼︎ 下がって‼︎」

 

 

戦う姿勢の士郎の前にセイバーが前に出て、下がる事を促す。そして落ちてくるバーサーカーを向かい打とうとするが、何処からか迫ってきた数本もの矢が、バーサーカーの背中に当たり爆発した。だが、バーサーカーは平然と地面に着地し、次々と放たれた矢を、その斧剣で打ち落とす。が、死角からの矢に命中して、大きな爆音を響かせた。土煙が舞い、地面を抉り取る。

 

 

普通のサーヴァントなら、傷を負うだろう。しかし、目の前に居るバーサーカーは生憎普通ではない。

 

 

『グルルルルアアア』

 

「嘘っ⁉︎ 効いてない⁉︎」

 

 

当たった筈にも関わらず、バーサーカーは全くの無傷。傷らしい傷一つ付けられていなかった。バーサーカーは、腰を落とし足で地面を掴むと、一気に蹴り飛ばす。ドゴン‼︎ と足元が爆ぜ驚異的な速度で移動した。遠坂は近付くバーサーカーの狙いに気付き叫ぶ。

 

 

「ッ⁉︎ 衛宮君ッ⁉︎」

 

「…………ッ」

 

 

しかし、士郎の眼には近付いてくるバーサーカーの姿がちゃんと捉えられている。彼の真横に止まると、右手の斧剣を士郎の体めがけて振り下ろす。風を切り裂くその一撃を、だが、彼は恐れずに息を吐いた。そして投影魔術を使おうとするが、その前に後ろから走り寄ってきていたセイバーが、士郎の前に躍り出てバーサーカーの一撃を不可視の剣で受け止めた。斧剣と不可視の剣の激突により、周囲に衝撃波が発生する。

 

 

セイバーは受け止めた斧剣を、流して裂帛の気合いと共にバーサーカーの体を斬りつけるが、剣と体の間に斧剣が差し込まれる。だが、セイバーは関係ないとばかりに、体を吹き飛ばした。轟音を鳴らし、吹き飛んだバーサーカーは、しかし何事もなかったように着地する。見合う形になった二人のサーヴァント。

 

 

『グォォォォォォ』

 

「…………ふっ‼︎」

 

 

そしてまた戦闘が始まった。肉薄するセイバーを、叩き潰そうと斧剣を振り下ろすが、彼女は意に介さずに斧剣を掻い潜って避けると同時に、剣を振るう。しかし、巨体に似合わない俊敏さで、斧剣ですぐさま迎撃した。続いて何度も剣を振るうセイバー。だが、バーサーカーはそれらを全部弾き序でとばかりに斧剣を叩きつけた。剣で防いだセイバーだが、余りの力に体が五メートル程下がった。

 

 

しかし、彼女は負けずにまたバーサーカーに向けて突撃した。ぶつかり合うセイバーとバーサーカーを見ていた遠坂は、驚いた風に叫ぶ。

 

 

「あの肉達磨。見えない剣が、見えてるの⁉︎」

 

「……………」

 

 

対して士郎は、その隣でセイバーとバーサーカーの動きを観察していた。魔眼の力を最大限利用して、二人の戦闘を見据える。足捌き、体重移動、剣の振り方、戦いで使われる様々な動作を鋭い視線で見ていく。すると、戦っている二人の戦況が変化した。

 

 

「…………強い」

 

 

振るわれた斧剣を跳躍で躱してセイバーは呟く。と、同時に地面を蹴り、一瞬でバーサーカーの懐に入り込むと腹部に斬撃を放つ。が、斧剣で防がれ剣を弾かれる。そして勢い良くバーサーカーは斧剣を振り上げて、そのまま振り下ろした。ズンッ‼︎ とセイバーが避けた事により、地面に減り込む斧剣。その好機をセイバーは見逃さない。持ち上げようとする斧剣に、セイバーは足で押さえつける。斧剣の上でバーサーカーの首筋に向かって、剣を横一閃に振るった。

 

 

間違いなく当たる斬撃。離れた場所で遠坂が「殺った‼︎」と言っている。しかし、首筋を当たる直前、バーサーカーは容易く自分の得物である斧剣を手放すと、体を背中側に反らせ剣を躱すと同時にバク転をしながら蹴りを放つ。それを紙一重で避けるセイバーに、拳と蹴りで追撃するバーサーカーだ。

 

 

巧い。その戦いを見ていた士郎は、胸中で呟いた。バーサーカーとは思えない。それ程の技量だ。セイバーがその場から離れると、バーサーカーは地面に減り込む斧剣を左手で掴む。その姿を見たセイバーは、感服するように言葉を紡いだ。

 

 

「さぞ、高名な英霊なのだろう。狂気に呑まれようと、失われぬ太刀筋。感服するほかない」

 

 

剣を構え直すセイバー。それに遠坂は、アーチャーに指示を出した。

 

 

「アーチャー。援護‼︎」

 

 

その数瞬後、遠く離れた場所から赤い光が光ったと思ったら、動かないバーサーカーの体に矢が命中した。爆発が巻き起こる。その光景に傍観していたイリヤが、ため息が士郎の耳に聞こえた。まるで無駄だというように。そのイリヤのため息が次で分かった。

 

 

バーサーカーは悠然と、その場で立っていた。アーチャーの矢など当たっていないかのように。無傷で。その理由を士郎は看破していた。あのバーサーカーを解析して、脳裏に現れた単語。『十二の試練(ゴッドハンド)』。恐らくソレが、全くダメージを負わない原因だ。士郎はゆっくりの息を整えた。そろそろ自分の番が来る。

 

 

その間にセイバーはバーサーカーと戦闘を繰り返しており、それに遠坂が走りなんらかの宝石を投げて魔術を発動させた。すると、バーサーカーは重圧によって膝を付く、そんな隙にアーチャーの数本もの矢が全て無防備の背中に突き刺さり、先程とは比べものにならない程の爆発が起きる。だが、それすらも『十二の試練(ゴッドハンド)』を突破するのに至らない。

 

 

その事に呆然となる遠坂だ。そしてセイバー達の戦闘は激しさを増して行き、戦いながらセイバーは場所を移動して行った。サーヴァントが居なくなり、イリヤは移動したバーサーカー達を歩いて追いかける。それに視線を向けてから、遠坂は士郎に逃げるように言葉を告げようとした所で、遮られる。

 

 

「衛宮くn…………」

 

「遠坂。俺は行くよ」

 

「はぁ⁉︎ ちょ、衛宮君貴方正気なの⁉︎」

 

 

信じられない発言をする士郎に、驚愕して遠坂は聞き返した。それに集中する為に閉じていた目蓋を開き、両眼に虹色に輝く雫の文様を浮かばせて士郎は答える。

 

 

「俺は正気だよ遠坂」

 

「ッ⁉︎ 衛宮君。貴方、その眼は」

 

 

魔眼を向けて大丈夫だと言う士郎に、眼を見開く。彼の両眼にある虹色の魔眼に驚愕して、まるで全てを見透かされたかのような錯覚を覚えた。そして士郎は、全身を脱力させると。体を強化魔術で強化し、遠坂の返事を聞かずに、セイバー達の後を追う為に走った。

 

 

「ちょっ⁉︎ 衛宮君⁉︎」

 

 

走り去る士郎に向けて叫ぶが、最早、彼の耳には聞こえずに辺りに木霊するのだった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

教会。その中で一人の神父が、立ちながら本を開いて、言葉を紡いでいた。

 

 

「多くの声。多くの欲が貴方を惑わす。語りは安く、偽りは人の常…………」

 

「………口元が歪んでいるぞ、聖職者。人に見せられたものではないな」

 

 

神父の言葉を遮り、一人の男の声が教会内に響いた。その男は最後尾の椅子に座っていた。金色の髪をした男。神父は本を閉じて、視線を向けずに口を開く。

 

 

「そう見えたかね?」

 

「見えたとも。鉄面皮(てつめんぴ)に相応しい笑みであった。良い出会いでも会ったのか? 綺礼」

 

 

そこで金髪の男は神父の名を告げた。それに神父ーーー言峰綺礼は、言葉を返す。

 

 

「まぁ、そうだな。旧い知己(ちき)に再会した気分だ。嬉しくない筈がない」

 

 

そこで言葉を切り、言峰は体を金髪の男に向けてから口を開いた。

 

 

「………貴様の言っていた通り、僅か十年で聖杯戦争は始まった。監督役として、此度(こたび)こそ奇跡の成就(じょうじゅ)。聖杯の実現を願うのみだ」

 

「この地が、地獄になろうともか?」

 

「それは私の預かり知る所ではないよ。競い合い、殺し合い、踏みにじるのは、マスターの役割なのだから」

 

 

そして言峰は笑った。金髪の男も同様に笑う。

 

 

「主は天にましまし、血の罪全てを許される。ふむ、まずは待とうではないか。初戦の結果がどのようになるのかを」

 

 

言峰のこの言葉を最後に、会話はなくなった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

士郎は走っていた。耳に聞こえる爆音と、戦闘が起きたであろう跡を目印にして。戦いの足跡を踏み越えていき、士郎は精神を集中させる。もう少しだ。もう少しで追い付く。バーサーカーの咆哮と、剣戟の音。それを耳にしながら、士郎は墓地に着いた。そしてその墓地で戦いが繰り広げられていた。

 

 

バーサーカーに一筋の切り傷が出来ている事に、士郎はセイバーの剣なら奴の体を貫けれると理解した。今、バーサーカーはセイバーの相手をしていて、こちらを警戒していない。いや、警戒をする必要はないと思っているのか。舐められたものだな、と呟く士郎。そして士郎はもう一つのルーティンを心の中で呟いた。

 

 

(ーーーーI am the bone of my sword(体は剣で出来ている))

 

 

ただの武器では駄目だ。あの岩のような体は断てない。破壊力が必要だ。バーサーカーの体にダメージを与えられる程の。なら、自分の知る中で、最も良い奴があるではないか。ついさっき、あの真紅の槍を持つ男に対して使った『宝具』が。士郎は己の右手に作り出す。あのバーサーカーと同じ斧剣を。ズシッ‼︎ と質量を持つソレを、士郎は斧剣に眠る持ち主の力を憑依経験させる。

 

 

瞬間。一瞬だけ、士郎の筋肉が膨れ上がった。準備は完了した。後はーーー

 

 

「さぁ、バーサーカー。(ヘラクレス)の力と、あんた(ヘラクレス)の力。どっちが強いか試そうか」

 

 

重さを感じさせないように、右手で斧剣を持ち肩に担ぐ。そして、今だにセイバーと剣を打ち合わせるバーサーカーに向かって、地面を蹴り飛ばした。次の瞬間ーーー数メートルの距離が一瞬にしてゼロになり、バーサーカーの懐に潜り込んだ。

 

 

『グオォォォォォォォッッッ‼︎』

 

「なっ⁉︎ シロウ⁉︎」

 

 

セイバーの驚きの声が耳に聞こえる。しかし、彼はなんの返事も返す事なく、バーサーカーただ一人を見据えていた。そして士郎の斧剣と、バーサーカーの斧剣が激突する。本来ならただの人間が、バーサーカーと打ち合う事は自殺行為だ。しかし、

 

 

「やっぱ、本物は凄いな」

 

『グルルルルル』

 

「そんな事が…………」

 

 

士郎とバーサーカーの力は拮抗(きっこう)していた。余りにも体重差があり、なによりも人間である少年が神代の時代の大英雄と拮抗しているというあり得ない状況。そんな己のマスターの規格外さに呟くしかないセイバーだ。ギギギギギギギギッッッ‼︎ と互いに斧剣で鍔迫り合いする二人。だが、数秒間、そうする状態が続いても、一向に変わらない士郎とバーサーカー。

 

 

「バーサーカー。そろそろ、行くぞ」

 

『グルルルルルル』

 

 

バーサーカーに向けて告げる士郎に、唸り声が返ってくる。そして斧剣に込めていた力を抜き、士郎はバーサーカーの横に移動した。突然、拮抗していた力がなくなり前に倒れこむバーサーカー。しかし、踏み留まり、バーサーカーはギロリと鋭い眼光を向けて斧剣を頭上から振り下ろす。それを同じ斧剣で、弾き返してから、胴体を狙って薙ぎ払う。が、バーサーカーの蹴りが士郎の斧剣の側面を蹴飛ばし、彼の態勢が崩れる。

 

 

そこに立て直したバーサーカーが斧剣で襲う。だが、それを態と地面を蹴って後ろに跳躍する事により躱す。地面に着地した士郎はすぐさま、バーサーカーに肉薄した。

 

 

「シロウ。貴方は、一体」

 

 

セイバーは目の前で繰り広げる戦闘に眼を見開く。それは人の戦いではない。それは神話の戦いの再現。巨大な斧剣という質量を持ちながら、しかし、全く重さを感じさせずに周りを駆け巡り激突する両者。一人は分かる。バーサーカーのあの体があれば、あの武器を使いこなせるのは分かる。だが、セイバーはそんなバーサーカーと互角に戦う自分のマスターが信じられずにいた。

 

 

マスターは衛宮士郎は人間だ。なら、何故あのような戦闘が可能なのか。魔力が膨大だという事は、召喚されて分かった。何故ならそれに伴い、自身の力が生前に限りなく近付いているからだ。それでもこの光景は信じられるものではない。確かにランサーとの戦いで、『宝具』の効果を消した事には驚愕した。だが、それだけではなかったのか? セイバーは知らない。

 

 

自分が召喚される前、味方が誰も居ない状態で、ランサーを相手にたった一人で彼が相手にしていたという事を。再度、戦いの場を見てセイバーは呟いた。

 

 

「…………シロウ。貴方は一体、何者なのですか」

 

 

そんな少女の疑問に誰も答える事はなかった。

 

 

「ーーーーはぁぁぁぁぁッッッ‼︎」

 

『グガァァァァァァァッッッ‼︎」

 

 

士郎とバーサーカーの斧剣が激突して、衝撃波が発生する。一体、何回目の衝突だろうか? 士郎は斧剣をぶつけながら、そう考えた。だが、すぐに無用な考えだと至り、今の戦いに集中する。バーサーカーのギラギラと燃えるような瞳には、狂気の欠片はなく必ず士郎を倒すという意思が感じられた。それに士郎も答えるように、鋭い視線をバーサーカーに向ける。次の瞬間。

 

 

士郎とバーサーカーが同じタイミングで、離れてお互いに横に並んで移動する。と、急に立ち止まったバーサーカーは、士郎に横一閃に斧剣を振るった。風を切り裂きながら迫るソレに、しかし士郎は笑みを浮かべて、まるで刀を扱うかのように斧剣でいなした。と、同時に手が届く位置に居るバーサーカーの腕に左手を添えた瞬間。

 

 

グルン、と。バーサーカーの巨躯が、面白いように回り地面に叩き付けられた。

 

 

『グルルルルルアアアアアァァァァァァァッッッ‼︎』

 

 

だが、地面に叩き付けられた程度では、バーサーカーには傷一つ付かない。士郎もそれは百も承知だ。しかし、バーサーカーには隙がない。あの『宝具』を貫く事は出来る。だが、そのタイミングがない。という事は、まだ自分はバーサーカーを超えていないという事。バーサーカーを圧倒し、力を放つタイミングを作らせる。だからこそ、見せろ。

 

 

お前の武器の使い方を、体の動かし方を、戦闘における全ての技術を。衛宮士郎に吸収(・・)させろ。まだ自分は未熟だ。戦う術を持つが、圧倒的に戦闘経験が少ない。故に、それを補う為に観察するのだ。自分は未だに未完なのだから。

 

 

『グォォォォォォォォォォォォォッッッ‼︎』

 

 

バーサーカーが動く。斧剣を振り下ろす。それを士郎はバーサーカーの腕の動きと、腰と足の動きを見てから、無駄を省いた体捌きで避けて見せた。ヴォォォォンンンッ‼︎ と鼻先数ミリの所を斧剣が通過する。士郎の動きが、足捌きが、体捌きが、戦う際に使うであろう肉体の全てが、バーサーカーとの戦闘で磨かれ昇華していく。その光景を見たセイバーとアーチャーは戦慄した。

 

 

強くなる。あの男は戦闘を長く続ければ続ける程に、あらゆる要素をその身に吸収(・・)させて、無限に強くなる。一度目の攻撃を躱し、二度目の攻撃をより精錬させて躱す。一度目の攻撃を放ち避けられ、二度目の攻撃は一度目と比べられない程に鋭く疾い。現にバーサーカーは、徐々に士郎の斧剣の一撃を防ぎきれなくなっていた。アレはもう人間の動きではない。

 

 

英雄の領域だ。いや、このまま行けば衛宮士郎は、一体何処まで行くのだろうか? セイバーはそんな未来の士郎を考えて、背筋が寒くなった。すると、轟音が響いた。そちらに顔を向けると、全身傷だらけのバーサーカーが、士郎の体を素手で殴って吹き飛ばしている光景があった。

 

 

「ッ⁉︎ シロウッ⁉︎」

 

 

吹き飛んだ士郎に、セイバーが心配そうに声を上げた。それに士郎はゆっくりと立ち上がる。バーサーカーに殴られたのにも関わらず、士郎は少ししかダメージを負っていない。

 

 

「まだだな。まだ、俺の回避は甘い」

 

 

そして呟くのは、自分の回避にまだ改善点があるということだ。唸るバーサーカーに視線を向けて、笑みを浮かべる。

 

 

「まだまだ、俺に教えてくれ。戦い方をな」

 

 

斧剣を構えてそう告げる士郎。対してバーサーカーも斧剣を構えた。次の瞬間。何度目かの激突が行われた。これにより、第二ラウンド開始である。

 

 

 

 

 

 

 

 




という事で士郎君の新たなバグでした‼︎ なぁにこれ(白目

士郎君、一体何処を目指しているんだい。
という訳で二人のバーサーカーでした。あれ? サブタイトルの剣士と弓兵が活躍していない。



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第四幕 九つの斬撃

はい。今回はお爺さんが登場‼︎ そしてとんでも理論が飛びます。


それは過去の記憶。訓練場所となった、何時もの公園で、赤銅色の髪をした子供が胡座をついて座っていた。目の前には一人の老人だ。歳を取っているのにも関わらず、まだ元気が有り余っている老人。老人は自分の白い髭を触りながら、地面に座る子供に視線を向けて口を開いた。

 

 

「魔術関係はこれくらいにして、次は体術を教えるぞ」

 

「えぇ〜魔術が使えるのに、体術なんて覚えてもなんか意味があるのかよ?」

 

「バカヤローーーッ‼︎ 体術の素晴らしさが分からないとは、これだから少年は」

 

 

やれやれ、という風に両手を上げて首を振る老人に、子供は眉を寄せた。なにか言い返そうと口を開きかけるが、その前に老人が言う。

 

 

「良いか、体術はな戦いの基本だ。魔術だけを覚えてみろ、接近戦にどう対処するつもりだ? そうやって油断して、フルボッコにされたキャス……ゴホン‼︎ 女性が居るんだぞ。それに今どきの魔術師は体術も使う」

 

「でもさぁ、それなら俺の魔眼があればすむことじゃんか。これで解除すれば…………」

 

 

反論するように返す子供の言葉を最後まで聞かずに、老人は頭に拳骨を落とした。ゴンッ‼︎ と鳴り余りの痛さに蹲る子供だ。

 

 

「イッテェェェッ⁉︎ な、なにすんだよ爺さん‼︎」

 

「爺さんじゃねぇ、師匠と呼べ。それと無闇矢鱈に解除の力を使おうとするな」

 

「なんでだよ。めちゃ強いじゃん。これさえあれば、どんな奴にだって勝てるじゃん」

 

「…………はぁ、その考えがいけないんだ」

 

 

口を尖らせて魔眼の強さがあれば、負けないと答える子供。それにため息を吐く老人だ。確かに魔眼は強大だ。その力があれば、簡単に物事を終わらせるだろう。しかし、それでは駄目だ。魔眼に頼ってしまえば、必ず絶対に慢心する。自分には魔眼があるから大丈夫だと。それではもしもの時に、対処出来ない。何故ならこの世界には『魔眼殺し』というものがあるのだから。

 

 

まぁ、それで『全ての式を解く者』を抑えられるのかと聞かれれば、首を傾げてしまうが、警戒しといて損は無い筈だ。

 

 

「良いか。その解除の力は此処ぞという時に使え」

 

「なんでだよぉ」

 

「別に使用はするなと言ってるんじゃない。その解除の力を、戦いの手段の一つとして考えろと言っているんだ」

 

 

言葉をそこで切り、それにと続ける。

 

 

「体術を覚えれば戦いの幅が広がるだろ。あと、近中長と全てを(こな)せばカッコよくないか?」

 

「じい……師匠。それが理由なんじゃ」

 

「ま、まぁ、細かい事は気にすんな少年」

 

 

カッコいい目的で教えようとする老人にジト目を向ける。それに顔を逸らす老人である。

 

 

「少年には俺が与えた『進化の器』があるんだ。体術を教えないと損だろ」

 

「………分かったよ師匠。体術も覚えてみるよ。才能があるか分からないけど」

 

 

自分の師匠がそこまで勧めるなら、と子供は頷いた。この日まで魔術しか教えてもらわなかった子供に、はたして体術の才能があるのかと疑問を口にするが。だが、その子供の思いを老人は笑って吹き飛ばした。

 

 

「ははははっ‼︎ その事は気にするな少年。才能なんか関係ない。お前の中に『進化の器』がある。ならば、後は鍛えるだけさ」

 

「そういうもんなのか?」

 

「そういうもんなんだよ」

 

 

笑って子供の背中を叩く老人である。老人が子供の体に与えた『進化の器』。それはあらゆる技量、技術、技をその身に吸収させ、尚且つ自分でそれらを最適化させ究極に上り詰める力。この力は体術に対して凄まじく発揮するといってもいい。老人は本題に入る事にした。

 

 

「少年は体術、いや武術の事を如何思っている?」

 

「う〜ん。そう言われても、分かる訳ないじゃん」

 

「ま、だろうな」

 

 

子供が分からないと答えると、それに頷く老人に少しムカつく子供だ。

 

 

「武術というのは、強者を倒す為に弱者が編み出したものなんだよ」

 

「へぇ、そうなのか。知らなかった」

 

「そしてここが、本題だ。ようは、その武術もとい、体術さえ自分の物にしてしまえば、例え大英雄だろうと吸血鬼の真祖だろうと、ただの人間でも倒せるという事なんだっ‼︎」

 

「おぉ〜‼︎」

 

 

ーーーーいや、その理屈はおかしい。

 

 

もしも、ここに魔術関係者が居れば、そう答えるだろう。だが、悲しいかな。ここには老人と子供の二人しか居ない。そんな老人のとんでも理論に否定の言葉をかける者は何処にも居なかった。確かに一握りの者なら、完全に倒す事は不可能でも撃退くらいは出来るだろう。だが、それは魔術や礼装を使った時の話だ。それか特殊の魔眼を持つ者かである。

 

 

老人のように魔術を用いず、体術だけで、はたして大英雄や真祖と呼ばれる者達を打倒できるのだろうか。居たとしても、それは恐らく人間ではないだろう。

 

 

「だからこそ、少年に俺は体術を教える。それにな、武の力だけで、根源に至ろうとした奴も居るんだぞ」

 

「へぇ、そんな人も居たんだ。よし、俺も体術を真剣に覚える事にするよ」

 

「よぉし、ならば俺も全力で体術を教えるとしようかな‼︎」

 

 

そう言って老人は、地面を揺るがす程の鋭い踏み込みをし、右拳をなにもない空間に突き入れた。次の瞬間ーーー空間が爆ぜたのではないかという轟音が公園中に鳴り響いた。余りの音に、周りの住民が騒ぎ出し、子供と老人は気付かれないように公園を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

(体術を物にしちまえば、大英雄すら倒せる。そうだよな、師匠)

 

 

斧剣がぶつかる。弾かれ、いなし、押し返す。バーサーカーと激戦を繰り返す士郎は、昔の事を思い出してクスリと笑った。今思えば、あの理論は如何かと思う。だが、師匠は間違った事は口にしてはいない。何故ならこうして、師匠に教わった体術で大英雄を圧倒しているのだから。頭に振り下ろされた斧剣を、武器を持っていない手で、流れるように横に逸らす。と、同時にその場を蹴って、バーサーカーの頭に回し蹴りをお見舞いする。

 

 

岩を蹴ったと錯覚する程の質量が、足に込められるが、そんな事など気にせずに砕く勢いで振り抜いた。ドゴシャッッ‼︎ 士郎の蹴りの威力により、バーサーカーの体が後退する。反撃する暇など与えないように、懐に入り左拳を腹部に添えるように置いた。次の瞬間ーーーー

 

 

「…………ふっ‼︎」

 

 

地面を砕いた踏み込みと共に、魔術で強化された拳に力を込める。バーサーカーの肉体が、拳の威力により数メートル吹き飛んだ。流石のバーサーカーも、これには口から血を吐いた。とはいえ、殺すには至らない。吹き飛ばした自分の拳に視線をやってから、士郎は呆れたため息を付いた。まだまだ、今の一撃は師匠には及ばない。あの人は強化などせずに、素でこれの数倍の威力を出すのだから呆れるしかない。

 

 

改めて、本名を知らない自分の師匠が何者なのかと疑問に思ってしまう。あの時から十年も経ち、成長したのに追い付ける気がしないのだから。だが、それで良いと士郎は思う。まだまだあの人の足元にも及ばない。しかし、それ故に追い掛ける思いが高まるというものだ。何故なら、自分の目標は師匠を追い越す事なのだから。

 

 

『グォォォォォォォォォォーーーーッッッ‼︎』

 

 

バーサーカーの雄叫び。それと共に、疾走して斧剣を振るう狂戦士。だが、もうその一撃は覚えている。胴体めがけて迫る斧剣に、同じ斧剣で激突させ勢いを殺した後、士郎はパッと手に持つ斧剣を手放して、バーサーカーの左横に移動する。そして両手を開き、神経を集中させる。それは刹那にも満たない時間だが、士郎の体感には何倍も感じられた。強化魔術を両手に思いっきり込める。

 

 

そして、士郎は二つの掌底を放った。バーサーカーは今、士郎が放った一撃に、『十二の試練(ゴットハンド)』を貫ける威力がある事を察知する。そう思うや否や、体を無理やり捻じり、斧剣で士郎の頭に振り下ろした。だが、一歩分。たった一歩分の差で士郎の掌底が、先にバーサーカーの肉体に達する。左の掌底が腹にめり込み、右の掌底が脊髄辺りに打ち込まれる。

 

 

その衝撃は外に出る事はなく、バーサーカーの体内に浸透していき全ての臓器を破裂させた。

 

 

ーーーー『透波(とおなみ)』。

 

 

それが師匠に教えて貰った武の技。あの人はバンバンと容易く打っていたが、自分は神経の集中とコンディションが良くなければ成功しない技である。十回の内に五回しか成功していない。その確率が、今ここで出たに過ぎないのだ。心臓もろとも臓器を破裂させられたバーサーカーは、その場で動かなくなり止まる。だが、士郎は魔眼の解析により知っている。この程度では、目の前の狂戦士が蘇る事を。『十二の試練(ゴットハンド)』。

 

 

それはヘラクレスが生前に成し遂げた偉業が、『宝具』として昇華したもの。蘇生魔術を重ね掛けして代替生命を十一個保有する『宝具』だ。さらに一度殺された一撃に対して耐性が出来るのだ。そうしていると、蘇生したバーサーカーが動き始める。それに後退した士郎は、自分が手放した斧剣を再度掴むと向き合った。

 

 

「…………そろそろ終わりにしよう。ギリシャ神話の大英雄」

 

 

決着をつけようと言葉を告げて、士郎は地面を踏み砕いて近付くバーサーカーに向かい打った。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、目の前の光景が信じられなかった。セイバーの後をバーサーカーに追わせて、彼女はゆっくりと歩いて現場に向かって行った。それは自分のサーヴァントが最強であると信頼しているが故に。そんな歩いている時、バーサーカーに勝てないと判断した遠坂 凛が、マスターである自分を狙ってきた。これに予想はついていたイリヤは、焦る事はない。何故なら自分は最強のマスターなのだから。そして軽く遠坂を容易くあしらってやった。

 

 

その際、使い魔を剣に形状変化させて、早くもマスターを脱落だと思っていたら、遠くからか放たれた矢に邪魔をされて、遠坂を逃がす羽目になってしまった。だが、それでも少女は余裕の笑みを崩さない。例え遠坂 凛が合流したとしても、バーサーカーの『宝具』は突破出来ないのだから。もし、突破したとしてもたった一つ命を失うだけだ。だからこそ、イリヤにバーサーカーの心配はない。

 

 

考えるのは衛宮士郎の事だけ。あの自分達を裏切った男(・・・・・)が養子にした少年。血は繋がってはいないが、最後の家族である人物。彼の顔を思い浮かべて、クスッと幼い少女が妖艶に笑う。そして次の瞬間には、視線を鋭くさせた。あの裏切った男の後継者は、この手で殺すと、イリヤは胸中で呟いた。そうしていると、イリヤはバーサーカーの元に辿り着き、そちらに視線を向けて余裕に浮かべていた表情が崩れた。

 

 

そこは墓地だ。小さなクレーターが幾つも作られ、殆どの墓標が粉砕されている。そんな色濃く残る戦いの爪痕の中心に、自分のサーヴァントであるバーサーカーが居た。(くだん)の衛宮士郎と共に。なにが起きているのか、分からない。本来なら、そこに立っているのはセイバーの筈だ。だか、セイバーはそこから離れた場所で戦況を黙って見ている。

 

 

すると、イリヤの耳に轟音が聞こえて、すぐに二人の方へと視線を向けた。そして眼を見開き驚愕する。衛宮士郎がバーサーカーの横に立ち、両手の掌底をバーサーカーに打ってダメージを与えていたのだ。それに驚愕するしかない、しかも、その掌底によりバーサーカーの命が一つなくなったのだから、尚更だ。

 

 

「………嘘。なんで、お兄ちゃんが、バーサーカーを殺せるの?」

 

 

ポツリとあり得ないと呟くイリヤ。バーサーカーの『宝具』である『十二の試練(ゴットハンド)』は、Bランク以下の攻撃を受け付けない代物だ。そんな『宝具』を突破するという事は、あの一撃はAランク相当だという事だ。人間が、武器を使わず肉体だけで、それ程の攻撃が出来るようになるのだろうか? いや、世界中を探せば何人かは居るかも知れない。だか、イリヤはそういう存在を知らない。

 

 

「…………お兄ちゃん」

 

 

今も尚、バーサーカーを圧倒するように戦う少年を見て、彼女は呟いた。すると、少年が手に持つ斧剣を構えると、次の瞬間。イリヤの瞳に完全に視認出来ない程の速度で斬り刻まれる自身のサーヴァントを眼にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「なんなのよあれはッ⁉︎」

 

 

目の前で繰り広げられる人間とバーサーカーの戦い、いや、英雄と英雄の激突に遠坂 凛は大声を上げていた。その隣にはセイバーが居る。

 

 

「リン。落ち着いてください」

 

「落ち着ける訳ないでしょ‼︎ なんで衛宮君が、バーサーカーを圧倒してるのよっ‼︎」

 

 

ここに来てからの疑問がそれである。衛宮士郎。同級生であり、聖杯戦争に巻き込まれたと思っていた少年。それが蓋を開ければ、バーサーカーを圧倒していた。そう、バーサーカーを圧倒しているのだ。改めて視線を向けると、やはり驚くべき光景が映る。バーサーカーの斬撃を、あろう事か手に持つ斧剣ではなく、素手で逸らしているのだから。最早、馬鹿げているとしか思えない。大体、如何やってあの体で、自分よりも大きい斧剣を、バーサーカーと同じように振るえるのか。

 

 

チラリと隣に居るセイバーに聞いても、恐らく分からないだろう。そういえば、と遠坂はセイバーのステータスを見る事にした。そして彼女は後悔した。

 

 

(な……によ……これっ⁉︎)

 

 

ステータスのその殆どがAランク以上という異常。如何なっているのだ。これが士郎と契約した事によるステータスだというのなら、あの少年は一体どれ程の力を持っているというのか。嵐を思わせる剣戟をぶつけ合う少年に、驚くしかない。そんな余りにも圧倒的な武で戦う少年に、彼女は自分の先祖の事を思い出した。

 

 

(そう言えば、私の先祖には武で根源に至ろうとした人が居たっけ?)

 

 

だが、その先祖は至る事はなく生涯を閉じたが。そこまで考える彼女は一際(ひときわ)大きな音を耳にした。

 

 

「ッ、あれは」

 

 

隣に居るセイバーが、士郎の様子に眼を細める。気になった彼女は、そちらに視線を向けた。すると、そこにはーーーー

 

 

 

 

 

避ける。避ける。避ける。バーサーカーの一撃を全て、薄皮一枚分で躱す。最早、何度目かの自分の吸収した技術を修正させ最適化する。その時、ズキッと全身に痛みが走った。

 

 

(そろそろ、俺の体も限界にきたか)

 

 

ヘラクレスという大英雄の身体機能の完全模倣は、やはり、人間である士郎には負担がかかる。それもそうだ。あの筋肉隆々の大男だからこそ、万全に発揮する身体能力だ。それに対して、自分のは憑依経験は無理がある。あれ程の質量を、この体で受け止めるのだから、当たり前の事だ。それでもすぐに、体が壊れないのは、士郎の『進化の器』による。これはなにも吸収だけではない。名前の通り進化する器なのだ。今はこうして体に限界が来ているが、何回も続ければ、それも適応(・・)するだろう。

 

 

その証拠に、ランサーと戦った時よりも長い時間、バーサーカーと戦えているのだから。だが、その戦いも終わりにしなければならない。チラッとバーサーカーと斧剣をぶつけ合いながら、来たであろうイリヤを横眼で見る。あの神父は時間が経てば聖杯は、現れると言った。しかし、こうして目の前に聖杯がある。それは如何してだ? 士郎は思考を巡らせる。

 

 

それにこの魔眼によって、やはり、聖杯が汚染されている事が分かった。聖杯は倒されたサーヴァントの魂を飲み込むのなら。サーヴァントが倒されれば、あの少女の中に魂が入るという事。はたして、それにイリヤは耐えられるのか。いや、結果は魔眼の解析で出ている。自分のように『進化の器』を持つならいざ知らず、人の身で英霊という強大な魂を留めておくのは容易ではない筈だ。出来たとしても四人までだ。

 

 

それ以上の魂を詰め込むと、彼女の人としての機能が損傷して行く。ならば、一体でもサーヴァントを倒すのは悪手だ。英霊一体でも彼女の体に負担は大きいだろう。だが、如何する。如何やってイリヤとバーサーカーを引かせるか。そこまで考えて、士郎は思い付く。

 

 

「なんだ、簡単じゃないか」

 

 

口が笑みを作る。引かせる程の衝撃を与えれば良いのだ。例えば、目の前のバーサーカーの代替生命を一瞬で九回滅ぼせば? そうすれば、戦略的撤退をするのではないか。自分は貪欲だ。何故、イリヤが聖杯なのかは、まだ分からない。しかし、サーヴァントを倒した所為で、一人の少女が壊れる事を『正義の味方』を目指している自分にとって容認出来ない。なら、如何する?

 

 

そんな物は決まっている。サーヴァントを倒さずに、聖杯戦争という下らないモノを終わらせれば良いだけの事だ。こんなマスターがマスターを殺す戦争があるから、聖杯という願望機が存在するから、人は不幸になるのだ。なら、存在しなければ良い。自身の魔眼が疼くのを感じて、イリヤを見てから、改めてバーサーカーを見据える。そろそろ、戦いも終わりにしようか。士郎はバーサーカーの体を押し返して、斧剣を構えた。

 

 

集中する。今から放つであろう技は、生前のバーサーカーの秘剣。魔術回路を総動員させろ。脳裏にイメージするのは肉体に超速度を持って九つの斬撃を放つ光景。眼前で雄叫びを上げたバーサーカーは、ギロリと鋭い眼光を向けて音速の剣を士郎に向けて振るった。今からでは防御は間に合わない。だが、それで良い。防御する気などは最初からないのだから。斧剣を掴む手に力を込める。そしてーーーー

 

 

「ーーーー是・射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)

 

 

次の瞬間。バーサーカーが振るった音速の斧剣を凌駕して、神速の斬撃が襲った。全ての斬撃が、一つに重なって見える程の圧倒的速度の九連撃。上腕、鎖骨、喉笛、脳天、鳩尾、肋骨、睾丸、太腿。この八つの急所と、心臓に放たれた斬撃は『十二の試練(ゴットハンド)』を容易に貫き、バーサーカーは九度殺された。後に静けさがその場に漂った。バーサーカーは膝を付く。その光景を見ていた者達の驚愕とした雰囲気を感じ取りながら、士郎はバーサーカーが蘇生する前にイリヤに声をかけた。

 

 

「………如何する? まだやるか」

 

「ッ⁉︎ ……………引きなさい、バーサーカー」

 

 

士郎の言葉に我に戻ったイリヤは、悔しそうに顔を歪ませると、そうバーサーカーに言った。その言葉に蘇生が完了したバーサーカーは、イリヤの元に戻る。そして顔を士郎に向けると言った。

 

 

「………お兄ちゃん。今度は、油断しないから」

 

「あぁ、次は油断せず全力で来い」

 

 

対して士郎は、全力で来いと告げる。それに余計に悔しそうにしながら、イリヤはバーサーカーを連れて消えて行った。

 

 

「ちょっと衛宮君⁉︎ 如何いうこと‼︎ なんで逃がした訳‼︎」

 

「あれで良いんだよ遠坂」

 

 

折角、もう少しで倒せたのに、と憤る遠坂に苦笑する士郎。そしてイリヤが居た場所を見て、彼は思う。桜の心臓に寄生していた蟲も、聖杯で作られたもの。イリヤの体は聖杯そのもの。十年前に起きた大火災も、汚染された聖杯によるもの。やはり、全ては聖杯が元凶か。イリヤとは次あった時、中にある聖杯をなんとかしようと決意する。だが、その前に桜の寄生した蟲をなんとかするか。

 

 

そのどちらも、自分の魔眼を使えば造作もない事なのだから。解除の力は手段の一つ。なら、女の子を助ける為に使っても良いですよね師匠。士郎は心の中で、自分の師匠に告げた。そして、空を見上げて彼は呟いた。

 

 

「………ただの(さかずき)如きが、人の運命を狂わせるんじゃねぇよ」

 

 

こうして、マスター同士の初戦は幕を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から士郎君の救済が始まる予定です。物語が一気に動く‼︎


次回、お楽しみに。初めての連続投稿、マジで疲れる。


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第五幕 消滅

投稿に五日かかった。なんか、ちょっとスランプ入ったかもしれん。
あと少し無理やり感があるかも。
一応、投稿はするけど、納得いってないんだよなぁ。なので、この話は改稿するかも知れません。


「さぁ、如何いう事か教えてもらいましょうか‼︎」

 

 

バーサーカーとの戦いを終えて、屋敷に戻ってからの遠坂の言葉がこれである。なんの説明を求められているのかは分かる。多分だが、バーサーカーとの戦闘で見せた戦闘力だろう。士郎はテーブルを挟んで、ギロリとバーサーカー以上の視線を向ける遠坂もといあかいあくま。

 

 

その視線に何故か、士郎は恐怖を覚えた。逆らっては駄目だ、と。因みにセイバーは士郎の隣で正座で座り、アーチャーは遠坂の後ろに立っている。この二人も士郎の力の事を聞きたいのか、凝視していた。それにはぁ、とため息を吐く士郎だ。話さなきゃ、引かないんだろうなぁと遠坂を見て思う。そう言えば、昔、師匠が女性関係の事で話していたのを思い出した。

 

 

『古来より、男という生き物は、女に逆らえないんだよ』

 

 

遠い眼でそう言った師匠の背中は、何処か哀愁を感じさせた。そんな如何でもいい事を考えて、士郎は正直に説明した。

 

 

「この力はししょ………爺さんの訓練で付いたんだ」

 

「お爺さん? それはこの家で一緒に住んでいた」

 

「それは別の爺さんだよ」

 

 

遠坂には、この屋敷で爺さんと住んでいたという話をした所為か、なにやら勘違いしたみたいだ。確かに二人目の爺さんも魔術関係者だった。しかし、衛宮士郎の力の根幹は、最初に公園で出会ったあの人だ。師匠に出会ってから、劇的な毎日に変わった。魔術を教わり、体術を教わり、力の使い方を終わり、数々の事を教わった。今でも完璧に思い出せる。色褪せない記憶。確かにあの人は、無茶苦茶だったけれど、衛宮士郎は尊敬したのだ。

 

 

「…………衛宮君? 如何したの」

 

「いや、なんでもない遠坂」

 

 

記憶を蘇らせていると、首を傾げた遠坂から声がかかる。それに現実に戻り、士郎は改めて言った。

 

 

「この屋敷に住む前に、ある爺さんに会ったんだ」

 

「それが別のお爺さん」

 

「あぁ、そうだ。何時ものように公園で遊んでいたらさ、後ろから声をかけられたんだよ」

 

 

『やぁ、君は『正義の味方』を如何思う?』

 

 

今思ったら、不審者としか思えないなと苦笑する。しかも、その次に発せられた言葉が、自分は魔法使いだと言われれば、益々怪しい人物だ。そこまで話すと、何故だか遠坂が眼を丸くしていた。その事に、なんでだと思うも、すぐにその理由が分かった。本来、魔術師はその魔術という神秘を秘匿する。にも関わらず、秘匿する気が全くない爺さんに驚いたのだろうと推測した。

 

 

「そのお爺さんは、なにを考えているのよ。なにも知らない子供に、魔術の事を教えるなんて」

 

「さぁ、俺も知らないよ。ただ、以前にそう聞いたら「成り行きだ」って答えたけどな」

 

 

なによ、それ、と頭を抑える遠坂。それに苦笑してしまう士郎だ。魔術という神秘を秘匿する事を、他でもない自分に暴露した爺さんに教えてもらったのだ。本当になんで、自分に魔術の事を教えたのかは、今でも分からない。

 

 

「まぁ、そういう出会いがあって、俺は爺さんに魔術や色々な事を教わったんだ」

 

 

そう色々な事を教わった。自分の眼に、手を持って行き士郎は言葉を続けた。

 

 

「………この魔眼も爺さんに貰ったしな」

 

「そうよっ‼︎ その魔眼はなに⁉︎ 貰ったって如何いう事よ‼︎」

 

 

士郎の発言に、今思い出したという風にガバッと顔を上げる遠坂。彼女は見たのだ。あの時、士郎の眼に虹色に輝く魔眼があった事を。それに今でも信じられない。魔眼には、その瞳の色でランク付けされている。そして魔眼の中で別格のランクとされているモノが三種ある。黄金、宝石、虹の三つであり、黄金の順番からランクが上がっている。つまり、虹色の魔眼は最高ランクとされているのだ。

 

 

虹色のランクの魔眼を持つ存在は、現在確認されている中で一人しか知らない。真祖にして、吸血鬼の王。星の最強種と呼ばれる月の王(タイプ・ムーン)である朱い月のブリュンスタッドのみだ。だが、ここに二人目が現れた。しかも、そんな最高ランクの魔眼を貰ったとは、如何いう意味なのか。

 

 

「言葉通りに貰ったんだよ遠坂。爺さんには、力を『譲渡』する力があったんだ。その力で、俺は爺さんから、この魔眼を貰った」

 

「最高ランクの魔眼を、他人に渡す?」

 

 

一体、なにを考えているのよそいつはッ⁉︎ そう叫びたい衝動を、遠坂はなんとか抑える。彼女の中で、常識が音を立てて崩れるのを自覚した。駄目だ。この少年の話を普通に聞いてきたら、なにかが駄目になる。一旦、冷静になり息を吸って深呼吸をしてから、出されているお茶を飲んで続きを促す。

 

 

「あとそうだなぁ。あっ、そうだ。訓練の前に爺さんから魔術回路を『拡張』で、増やしてもらったんだ」

 

「ぶぅぅぅぅぅぅぅ─────ッ⁉︎」

 

 

お茶を飲んで幾分、落ち着いた遠坂だったが、士郎から告げられたとんでも発言にお茶を吹き出した。

 

 

「ゲホッ⁉︎ ゴホッ⁉︎ ま、魔術回路を増やしたですって⁉︎」

 

 

()せながら、なんとかそう叫んだ。魔術回路は、魔術師が体内に持つ、魔術を使う為の擬似神経だ。魔術師の才能の代名詞とされており、生まれながらにして持ち得る数が決まっている。それを意図的に増やす? 信じられる物ではない。後ろに居るアーチャーも信じられなかったのか、口を開いた。

 

 

「………魔術回路を増やすだと。いや、出来なくはないかも知れんが、まっとうな筈がない」

 

 

魔術回路は内臓にも例えられる。また、魔術回路を増やすという事は、内臓を増やすという事に繋がり、その手段がまっとうな筈もない。しかし、士郎はアーチャーの疑問にアッサリと答えた。

 

 

「いや、普通に増やしたぞ爺さんは。こう、俺の頭に手を置いて、簡単に」

 

「…………馬鹿な」

 

 

士郎が手を頭に置くような仕草をしてから、告げられた言葉にアーチャーは頭を振った。手を置いただけで、魔術回路を増やすなど不可能なのだから。そもそも、アーチャーはその爺さんと(・・・・)会った事がない(・・・・・・・)

 

 

「もう良い。もう良いわ衛宮君」

 

「遠坂、如何した?」

 

 

テーブルに突っ伏している遠坂に、士郎は首を傾げた。彼は自分の力が異常だとは気付いていない。彼の異常という基準は、爺さんなのだ。故に、爺さんの足元にも及ばない自分は普通だと思っている。ま、この魔眼だけは異常だと思っているが。

 

 

「はぁ、なんだか疲れたわ。衛宮君。続きはまた今度にしない」

 

「別に俺は構わないぞ」

 

「それじゃ、もう時間も時間だし。私達は行くとするわ」

 

 

チラッと時計を見ると針が五時を回っていた。そろそろ、太陽が顔を出す時間である。その事に納得して、士郎の力についての話し合いは、取り敢えず終わった。その際、疲れたような遠坂に疑問を覚える士郎だったが。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「セイバー、行くぞ」

 

「はい。シロウ」

 

 

玄関で靴に履き替え、セイバーと共に衛宮邸を出る。今日は学園はなく休日だ。しかし、士郎達は学園に向けて足を進めていた。理由は、彼が手に持つ弁当にある。何時ものように朝食を作っていると(因みに桜は部活の朝練で居ない)家の電話が鳴り出てみると藤ねえが電話の相手だった。彼女は弁当を忘れたらしく、士郎に持ってこさせる為に電話をしてきたのだ。

 

 

それに学園に行く理由があった士郎は、了承して今に至る。

 

 

「セイバー如何したんだ?」

 

「いえ、何時、敵が来ないかも限りませんし、警戒をしているのです」

 

「別に大丈夫だと思うぞ。人が居る場所で、魔術師が動くとは思えないしな」

 

 

ま、例外は居るとは思うけどな、と胸中で続ける。未だに警戒をするセイバーに笑みを浮かべて、学園までの道のりを歩いて士郎は紫髪の後輩の事を考えた。彼女と最初に出会った時は驚いたものだ。何故なら、心臓に聖杯で作られた蟲を寄生させていたのだから。故に、彼は桜を警戒したのだ。あの大火災を、巻き起こしたものの関係者だと思い。

 

 

しかし、監視して仲良くなる内に、疑惑が浮かんだ。もしかしたら、桜はなにも知らないんではないか、と。憶測でしかないが、そう思ってしまうと考えが止まらなくなる。桜は何者かに利用されているのだと。それに至ったのがつい先日の事。まぁ、憶測の域は出ないが、あながち間違ってはいないと士郎は思う。だからこそ、それを確かめに弓道場に行くのだ。

 

 

そうこうしていると、士郎は学園の前に着いた。そして一歩、校門から入ると、全身に違和感を覚えた。まるで、なにかに纏わり付かれたかのような錯覚。

 

 

「……………これは?」

 

 

学園全体がおかしい。その疑問と共に、士郎は『全ての式を解く者』で開眼させて、見た。すると、視界には学園を覆う式を解析した。血の結界。内部に入った人間を溶解させ、血液の形で魔力へと還元して使用者にへと吸収させる。恐らくまだ、完成していないんだろう。士郎の魔眼がそう看破する。と、同時に右手がゆっくりと持ち上げられ、徐々に指を曲げていく。

 

 

この結界を発動させる為の、重要な式を読み解き、その式に手を触れて握った。次の瞬間───パリンッ‼︎ と硝子が砕けたかのような音が耳に響く。しかし、その音は士郎にしか聞こえないものだ。呆気なく結界を作る為の基盤が崩れ落ちる。それを確認した士郎は、普通に校門を通ったのだった。

 

 

「藤ねえを呼んできてくれないか桜」

 

 

弓道場に着いた士郎は、弁当を見せてそう桜に告げた。だが、彼女の視線は士郎ではなく、後ろに待たせているセイバーに向けられている。しかし、それも数秒後に我に戻った。

 

 

「…………え。あ、はい」

 

 

藤ねえを呼ぶ為に背中を向けて、弓道場内に入っていく桜。それを見てから、士郎はセイバーと共に待つ事にした。

 

 

「いや〜助かったぁ。弁当を持ってきて来れたんだって?藤村先生が朝かテンション高くて困ってたのよ」

 

「美綴。そう思うなら、朝の内に藤ねえの弁当を確認しとけよ」

 

「いやぁ、それがあたしも疲れててさ」

 

 

はははは、と髪を掻いて笑うのは、美綴綾子(みつづりあやこ)だ。すると、彼女はニヤついた笑みを浮かべて士郎に近付いた。

 

 

「それよりさ、衛宮。表に居る綺麗な人は誰よ」

 

「あぁ、セイバーか。爺さんの旧い友人なんだ」

 

 

如何誤魔化すかを考えた末、士郎はそう答えた。それにふ〜んと、意味深な視線を向ける美綴である。なんだよ、と聞こうとしたが、それよりも先に大きな声が遮った。

 

 

「シロウ────ッ‼︎ 待ってたよぉ‼︎」

 

「はぁ、ほら藤ねえ。弁当だ」

 

 

バッと手から一瞬で無くなる弁当。藤ねえの方に顔を向けると、手には弁当があった。ありがとねぇ───‼︎ と居なくなる活発な女性に苦笑する。何時の間にか、美綴も居なかった。そして藤ねえを呼んだ、桜も練習に戻ろうと背中を向けるが、その前に士郎が声をかけた。

 

 

「桜、ちょっと良いか」

 

「………はい。別に構いませんけど」

 

 

真剣な顔付きの士郎に首を傾げつつ、了承する桜。そして桜と弓道場を離れて、裏に移動した。

 

 

「話ってなんですか? 先輩」

 

「……………」

 

 

話がなんなのかを聞く桜に士郎は無言だ。今から話す事は、桜の中の蟲に関係のある事だ。もしも、彼女が敵だったなら、襲われるかもしれない。その時は嫌だが戦うしかない。だからこれは、一種の賭けだ。桜に視線を向ける。如何か、彼女が敵でありませんように、と祈りながら士郎は口を開いた。

 

 

「…………桜」

 

「はい、なんですか先輩」

 

「お前は魔術師か?」

 

「────え?」

 

 

桜の表情が硬直した。彼女の胸中には、なんで? 如何して? と疑問が浮かび上がる。うまく隠せていた筈だ。なのに、なんでバレたのか。内心で混乱する彼女だが、次に士郎に放たれた言葉により動揺した。

 

 

「お前の中に居る蟲に付いて、教えてくれるか」

 

「ッ⁉︎ な、んで」

 

 

自身の心臓に居る蟲すらバレた。何故? 一体何処でバレたのだ。自分の体が震えるのが分かった。それはバレた事への恐怖。怖い。憧れの先輩に秘密がバレて、自分の所から居なくなるのが怖い。しかし、その恐怖心は頭に置かれた手によって和らいだ。

 

 

「大丈夫だ桜。怖がらなくても良い」

 

「………せ……んぱい」

 

 

ポンポンと優しく頭に触れて士郎は、笑う。そして次には真剣な表情に変わり、決定的な一言を告げた。

 

 

「なにもかも話してくれないか。なんで、心臓にそんな蟲が居るのかを」

 

「先輩、でも」

 

「心配するな。俺が助ける」

 

 

助ける。その一言に桜は、士郎の顔を見た。そう彼女は望んでいた。自身をあの家から救い上げてくれる「誰か」を強く望んでいた。士郎を巻き込みたくない思いは本物だ。しかし、その士郎の言葉により涙を浮かべて、全てを話し始めた。間桐の家に養子に出された事、合わない魔術修行や激痛を伴う体質改変をされた事。彼女は蟲に陵辱された事も話した。

 

 

それを黙って桜の肩と頭に手を置いて聞く士郎。全てを話し終えると、桜は嗚咽を漏らし、士郎の胸元に顔をうずめた。それに背中を撫でながら、士郎は言う。

 

 

「………桜、俺の家にこい。間桐家に帰らなくていい」

 

「え? でも、先輩。そんな事したら、お爺様が………」

 

「大丈夫だ桜。俺に任せろ」

 

 

桜の言葉を遮り、安心させるように笑う士郎。そして彼は桜から離れると、弓道場に戻るように言った。

 

 

「…………先輩?」

 

「心配するな。部活が終わる頃には、全部解決してるさ」

 

 

これからなにをするのかを、彼女は薄々と勘付いているのだろう。心配そうな桜の視線に士郎はそう言った。それに悲しそうな表情を浮かべたまま、桜は弓道場の方へと足を向ける。そんな背中に発動させた魔眼を向けた。解析するのは、桜の中に居る蟲。解除するのは、簡単だ。だが、ただでは消さない。一人の少女のこれまで味わった悲劇を考えれば、こんな簡単に終わらせる訳がない。だから、消しはしない。

 

 

ただ、桜の心臓から切り離すだけだ。魔眼の力と共に、爺さんに教えてもらった魔術を行使する。座標転移と呼ばれる魔術を。瞬間、桜の心臓に寄生していた蟲は彼の手の中に現れる。親指大程の蟲だが、なんと気持ち悪い事か。そして序でとばかりに、魔術回路に同化している魔力を喰う蟲を散りも残さずに消した。すると、士郎は足を動かし、セイバーの元に近付く。

 

 

「セイバー、そろそろ行こうか」

 

「分かりました」

 

「家に帰る前に、ちょっと寄りたい所があるんだけど、良いか?」

 

「別に私は構いませんが、一体何処に寄るんですか?」

 

「なに、少しこの街の汚物を駆除しに行くだけだよ」

 

 

士郎のその発言に、セイバーは意味が分からないと首を傾げる。それに行ってみれば分かると笑う士郎だ。

 

 

 

 

学園の校門から出て、士郎達は歩いた。それから数十分後、目的地に着く。士郎の目の前には、桜を辱めた元凶が居る間桐家があった。

 

 

「………セイバー、戦う準備をしてくれ」

 

「………分かりましたシロウ」

 

 

いきなり言われた戦闘準備に、セイバーは戸惑う事もなく、服装を瞬時に戦闘時に変える。この家の前に来て気付いた。恐らく、あちらも気付いているのだろう。自分達が、ここに来るのを。この蟲には、その元凶の魂が入っている。ならば、桜の中から出た事にいち早く気付いた筈だ。士郎は間桐家のドアを開けた。鍵が掛かっておらず、すんなりと中に入れる。

 

 

そして家の中の淀んだ空気に眉を寄せた。こんな家に何年間も住み続けていたのか、と怒りが湧いてくる。士郎とセイバーは警戒をしながら、奥に進んだ。あちらは、来る事を予測していたのだ、なら罠があってもおかしくはない。しかし、罠などが全くなく、士郎は桜から聞いた地下工房に足を踏み入れた。降りて行く士郎の耳に、カサカサと蟲の音が聞こえる。

 

 

「………あんたが、間桐臓硯(まとうぞうけん)か?」

 

 

降りた先に、一人の老人が居た。聞かなくても分かったのだが、一応、士郎は尋ねた。

 

 

「…………やってくれたの。若造」

 

 

怒気を隠そうともせず、士郎を見据える老人。それを発動していた魔眼で見て、答えた。

 

 

「お前が言うなよ妖怪。よくも、俺の後輩を弄ってくれたな」

 

 

視線を鋭くさせ、眼前の老人を睨み付ける。それに老人は、士郎の視線が気に入らないのか、腕を振り上げた。すると、数十もの蟲が士郎に殺到する。士郎は動かない。いや、動く必要がなかった。殺到する蟲を、後ろに居たセイバーが一太刀で消し飛ばしたからだ。

 

 

「シロウには手を出させません」

 

「むぅ、英霊か」

 

 

不可視の剣を構えて言葉を紡ぐセイバーだ。それに臓硯は眉を寄せる。英霊が相手では、少し面倒だと。

 

 

「安心しろ間桐臓硯。あんたの相手は俺だ」

 

「なに? 儂の相手をお主がすると」

 

「あぁ、そうだ」

 

 

英霊ではなく、ただの人間が、この五百年を生きた自分と戦うと言った事に笑いが込み上げる。

 

 

「クカカカカカッ‼︎ 人間の若造が言いよるわ」

 

 

ズゾゾゾゾゾッと、臓硯の背後から蟲が現れる。しかし、士郎は気にせずに臓硯の元に歩を進めた。

 

 

「セイバー。邪魔な蟲を頼む」

 

「分かりましたシロウ」

 

 

セイバーに蟲の事を託し、臓硯の前に立ち止まった。

 

 

「駆除される覚悟はあるか?」

 

「ふん、お主こそ殺される覚悟は出来たか?」

 

 

お互いに言葉をぶつけ合う。それに睨み合う二人だ。だが、臓硯の視線は士郎の手の中に注がれていた。生意気な若造を痛ぶるのはいいが、それは奴が持っている蟲を奪ってからだ。あの蟲の中には、己の魂が入っているのだから。睨み合いが続き、次の瞬間。先に臓硯が動いた。蟲を操り、士郎に襲わせる。何百もの蟲が、士郎を喰らおうと飛びかかる。しかし、もうそこには士郎の姿は何処にも居なかった。

 

 

臓硯は眼を見開く。眼を離してはいない。なのに、士郎の姿が消えた事には気付かなかった。如何いう事だ? 困惑する臓硯は次いで全身に訪れた衝撃に吹き飛んで壁に激突する。

 

 

「一体、なにが」

 

 

この体は蟲の集合体だ。損傷しても痛くもない。だが、なにが起きたのか臓硯には理解出来なかった。そう間桐臓硯は間違いを起こした。それは二つ。一つは士郎をただの人間と侮った事。二つ目は彼を怒らせた事だ。

 

 

「────消えろ」

 

「な、にッ⁉︎」

 

 

突如、出現する士郎に臓硯は驚愕する。視認出来ない。臓硯の瞳では動く彼の姿を視認出来ない。士郎の両手には陰陽一対の夫婦剣が、何時の間にか握られていた。そしてそのまま、臓硯の体を双剣で斬り裂く。

 

 

「ぐぅぅぅぅッ⁉︎」

 

 

だが、やはり本体ではないが故に、死にはしない。それは分かり切っていた。自分から一旦、距離を取ろうとする臓硯。しかし、士郎はそれを許さない。両眼の魔眼を見開き、右手を伸ばす。

 

 

「存在を解析───解除。両足は分子になって消えろ」

 

 

そう言葉を紡いだ瞬間。言葉の通りに、臓硯の両足が分子になって消失した。突如、足がなくなった妖術師はバランスを崩して転倒する。倒れた臓硯に士郎は、ただの槍を投影して地面まで貫く程の威力を込めて体を穿った。まるで虫の標本のように串刺しにされた臓硯は動けない。そんな老人に、士郎は視線を向けて言う。

 

 

「最後になにか、言う事はないか」

 

「…………お主は何者じゃ」

 

「ただの半人前な魔術師だよ」

 

 

もしもここに遠坂が居たのなら、貴方のような半人前が居てたまるもんですかッ⁉︎ と言われそうな言葉を返す士郎だ。彼は手をゆっくりと臓硯に向ける。

 

 

「く、ククク。儂を殺すか。出来ると思うのか若造」

 

「あぁ、俺なら出来る」

 

 

式を見る。目の前の人形の式を解析する。それと同時に、桜から取り除いた蟲を、臓硯に投げ捨てた。いきなり、投げ渡された老人は驚いた顔を見せる。そして、それが最後の顔となった。

 

 

「存在を解析───解除。お前の存在は消えろ」

 

 

間桐臓硯の存在そのものの式を手で砕いた。士郎の耳に硝子の割れた音が響き渡る。次の瞬間。目の前に居た五百年生きた妖怪は呆気なく、世界から消滅した。それと共に、セイバーが戦っていた蟲も動きを止める。

 

 

「シロウ。終わったのですか」

 

「綺麗さっぱりにな。今度こそ、帰ろうかセイバー」

 

 

士郎の言葉にセイバーは頷き、そのまま間桐家を後にするのだった。こうして、間桐を支配していた妖怪は消えた。

 

 

 

 

 

 

 




という訳で臓硯ジジイ消滅回でした。

いずれ、沙条姉妹や月姫キャラとも絡ませたい。特に、正規の英雄になったバグ士郎と沙条愛歌の最強タッグとか見てみたいわ。アレ? 確かに沙条愛歌は魂だけ並行世界を移動出来たよな。これは、番外編で作れるかも。


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第六幕 予期せぬ方向に物語は進む

大変、長らくお待たせいたしました。仕事が大変だったり、新しい小説を思い付いたりして、投稿に時間が掛かってしまいました。今回は三千五百文字くらいで短いです。

それと皆様に一言。更新が遅くはなりますが、エタる可能性は無いと思いますので、気を長くして待って頂ければ幸いです。というより、息抜き作品であるこの作品が、ここまで人気が出たらエタれない。


 

醜悪な蟲爺を、文字通りこの世から消してから、二日が経過した。桜は約束通りに、それ以来から士郎邸に居候する事となった。まぁ、その時にセイバーを紹介したり、何故か般若のような顔をして桜が迫って来たり、藤ねえが怒ったりと色んな事があったのだが、それは後々に語るとしよう。

 

 

そして翌日。早朝に士郎と桜は、朝食を作ってテーブルの上に置いていた。今日の朝食は簡単なもので、スクランブルエッグ、鮭の塩焼き、味噌汁と白いお米である。テーブルに料理を置き終えると、士郎も座布団の上に座り込む。彼の隣には桜が座り、その対面にはセイバーと藤ねえが座っている。そして、食べる挨拶をしてから、士郎達は朝食を手に取るのだった。桜が居候するようになったり、セイバーという新しい住人も増えたにも関わらず、対して前の生活と変わらない。

 

 

「………それじゃ、俺は行くから、セイバーは留守番よろしく」

 

「はい。シロウもお気を付けて」

 

 

朝食を食べ終えて、学生鞄を片手に士郎は玄関先まで来たセイバーにそう言ってから、桜と共に家を出て学園へと向かった。その際、セイバーが心配する言葉を言っていたが、恐らくは他のマスターが襲って来ないかが心配なのだろうと、彼女の胸中を容易に推測出来て苦笑してしまう。そんな彼の苦笑に、隣で歩いている桜が首を傾げた。

 

 

「如何したんですか先輩?」

 

「いや、なんでもないよ桜」

 

 

顔を覗き込んで尋ねる後輩に、笑みを浮かべてそう言う。少しはぐらかされた事に、納得いかないような顔をする桜であったが、それも次には表情を元に戻して、士郎の隣にピトリと近付けて歩き始めた。この二日間、桜との距離感が近い事に戸惑うしかない士郎である。体が付きそうな距離で、一緒に歩く二人は外から見れば完全にカップルのソレにしか見えない。

 

 

学園が近くなってきた為、多くの生徒にその光景を見られて、恥ずかしくなる士郎だ。それと共に、全身を奔る寒気。慌てて周りを見回すと、血涙を流しそうな形相でこちらを睨んでくる男子生徒達。

 

 

(怖っ────⁉︎)

 

 

射殺すような眼光を向ける男子に、胸中で震える士郎。確かに、桜のような美少女とこうして見せ付けるように歩けば、男共の怒りを買うのは当然であった。容姿が良く、家事も得意で、しかも巨乳(重要)とくれば尚更だ。以前までなら、彼等はそこまで殺気を放たなかっただろう。校門前まで一緒に登下校するのは、羨ましかったが、それでも我慢は出来たのだ。

 

 

しかし、しかしだ。それも二日前まではである。そう二日前、明らかに彼女の態度が、というより距離が積極的になったのだ。しかも、馬鹿(しろう)は気付いていないが、彼女の顔が乙女のソレになっていれば、男子達はナニカがあったのだと理解した。理解して、殺意が湧いたのである。「衛宮士郎許すマジ⁉︎」と、男子生徒が一致団結した瞬間だった。それからというもの、一部の男子生徒(一成など)以外から、こうして登校中に殺気を向けられるようになったのである。

 

 

自分が寒気が奔る程の殺気に、本当にこいつらは一般人なのかと問い掛けたくなる彼である。そうしていると、学年が違うので、廊下で桜と別れて、士郎は自分の教室にへと足を向けた。数分後、自身の教室前に足を止めて、ドアを開けた。

 

 

「む、衛宮。待っていた…………」

 

「よぉ、衛宮‼︎ 待ってたぜぇ」

 

 

自分の友人である一成の言葉を遮り、そこまで話した事がない男子生徒が、まるで友人に話すかの如く言葉を紡いだ。

 

 

「…………え?」

 

「ほらほら、こっちだぜ衛宮」

 

 

呆気に取られる彼の手を引き、男子生徒はクラスの男子達が集まっている場所にへと連れて行く。そして気付いた頃には、士郎の周りに一成以外の男子生徒が囲んでいた。先程の笑顔を浮かべていた男子生徒の表情には、笑顔はなくドス黒い濁った視線を向けられている。

 

 

どれだけの絶望を味わえば、そのような瞳を浮かべられるようになるのか。例え、守護者により無限という戦場を渡っても、ここまでの眼にはなりはしないだろう。

 

 

「え〜と、俺になにか用か?」

 

「なにか用か? だとぉ〜。おい皆、聞いたか。なにか用かだってよ」

 

 

連れて来られた意味を聞く士郎に、男子生徒の一人がははは、と笑ってから周りの男子達に向けて言うと、全員が笑い始めた。途端に笑い始める周囲の状況に、困惑する彼だが、取り敢えず合わせるように笑ってみた。すると、キッと視線を鋭くさせて机に手を叩き付けると怒号を放つ。

 

 

「なに笑ってんだゴラァ‼︎ そんなに面白いかっ‼︎ モテない俺達が、必死に彼女を作ろうとして足掻いてる様は面白いってかぁっ‼︎ あ''ぁ''ぁ''なんか言ってみろやぁッッッ」

 

「え、えぇ〜」

 

 

突然の叫びに戸惑う士郎である。周りにいる男子達は、自分達の思いを代弁してくれた男に感動していた。

 

 

「…………なんだこの状況」

 

 

正にその通りであった。当事者ですら分からないのだから、第三者ならもっと意味不明な事だろう。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

昼休みになり、鬼と化した男子生徒から逃げて、士郎は生徒会室に逃げ込んでいた。生徒会室で昼を食べている一成が、士郎に顔を向けた。

 

 

「大丈夫か衛宮?」

 

「はぁ……はぁ……なんなんだあいつら。俺の速度に追い付いて来たぞっ⁉︎」

 

 

信じられないと言葉を吐く彼は、ゆっくりと息を整える。時として、嫉妬心は人を超えるのだと士郎は今日学んだ。と、そんな茶番を終えて、一成と共に昼食を取る事にした。机の上に弁当を広げている。一成はお握りを口に入れてから、朝に言おうとしていた事を言った。

 

 

「衛宮。またお前に、修理して欲しいものがあるんだが」

 

「ん? またか。別に俺は良いけど」

 

「そうか。度々、すまないな」

 

 

一成の頼みに、呆れた声を漏らしながら了承の言葉を口にする。快く頼みを聞いてくれた彼に、一成は申し訳なさそうに頭を下げた。それに笑みを浮かべてから、気にするなと言う士郎だ。そして早速、修理するのは早い方が良いと、昼食を食べながら修理する事にした。一成が頼んできたのはエアコンの修理だ。なんでも、付く時と付かない時があるらしく、直して欲しいらしい。

 

 

昼食を急いで食べ終えてから、修理道具を持ち、エアコンを膝の上に置いて修理を開始する。一成に気付かれる事なく、解析魔術を行使しながら、何処が悪いのかを確認すると、そこを直す為に手を動かした。エアコンを修理しながら、士郎は聖杯戦争の事を考えていた。聖杯を消すという方針は決まったが、その肝心の聖杯が何処にあるかは分からない。

 

 

イリヤの中に聖杯はあった。しかし、話を聞く限り、時間が経たなければ聖杯は姿を見せないらしい。という事は聖杯は二つ存在するという事になる。一つはイリヤの中にある小さな聖杯。そしてもう一つは、聖杯戦争に置いての聖杯。イリヤの聖杯を如何にかしても、この戦争は終わらないだろう。もう一つの聖杯をなんとかしない限りは。だが、士郎はその聖杯が何処にあるのか分からない。

 

 

それが一番の問題だ。さて、如何したものかと考える彼だ。すると、遠坂凛という少女の事が脳裏に過った。自分とは違く、根っからの魔術師。彼女ならば、なにか知っているのではないか、と。

 

 

(この修理が終わったら、遠坂に聞きに行くとするか)

 

 

テキパキと手を動かしながら、そう決めて、修理する速度を速める。しかし、彼は知らない。知らない所で、急速に物語が在らぬ方向に進んでいる事を。最早、この聖杯戦争が混沌と化している事など、まだ彼の知らぬ所である。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

────危険分子を確認。

 

 

────大聖杯起動。

 

 

────クラス『セイバー』を現界します。

 

 

────クラス『ランサー』を現界します。

 

 

────クラス『アーチャー』を現界します。

 

 

────クラス『キャスター』を現界します。

 

 

────クラス『ライダー』を現界します。

 

 

────クラス『アサシン』を現界します。

 

 

────クラス『バーサーカー』を現界します。

 

 

────全サーヴァントの現界を確認。

 

 

────即刻、危険分子の排除を命じる。

 

 

静かに大聖杯は、聖杯戦争そのものを破壊しようとする少年に対して、防衛機能を働かせた。すぐに少年の存在を消せと、召喚したサーヴァント達に絶対命令権を行使する。例え、街が如何なっても構わない。少年さえ、排除出来れば聖杯戦争は続けられるのだから。

 

 

少年の存在によって、予期せぬ方向に聖杯戦争は進む。果たして、この未来に待ち受けているものは、一体、どのような結末なのだろう。全ての式を解析出来る少年ですら、分からない事である。

 

 

 

 

 

 

 

 




聖杯戦争が、どんどんとカオスな方向に…………。

因みに召喚されたサーヴァント達のためヒントを、ここに書いておきます。分かるかなぁ〜。


セイバー・礼装を纏う褐色肌の女性。
ランサー・肉体と一体化した黄金の鎧と、胸元に埋め込まれた赤石が眼を引く青年。
アーチャー・輝く木瓜紋をあしらった軍帽と、黒の軍服を纏った少女。
キャスター・黒い少女。
ライダー・褐色の肌をした太陽の色をした眼を持つ男。
アサシン・中華の武術然とした服装の男。
バーサーカー・髪を金色に染め、派手な格好の筋肉隆々の青年。


さて、一体なんのサーヴァントが呼ばれたのか、分かるかなぁ。というより、とんでもない戦力です。大聖杯は、ここまでしないと、士郎を排除出来ないと判断しました。






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第七幕 騎兵、そして三つ巴

如何も久し振りです。久々に感想欄を見たら笑った。誰も士郎君の事を心配してねぇー。

皆ぁ、心配して上げて、これでもまだ一応は人間だから‼︎

後、少し書き方を忘れたっぽいので、最初らへんと最後で書き方が変わっていると思いますが許して下さい。


日が沈み、穂群原(ほむらはら)学園の生徒達は、部活をしている者達や、用事がある者達以外全てが下校していた。そんな学園の風景を、離れている場所から見据える女性が一人。

 

 

「……………」

 

 

何処か無機質な空虚の瞳をした礼装を纏う褐色肌の女性は、穂群原学園を視界に捉えながら、まるで誰かに問い掛けるように口を開いた。

 

 

「…………人間は殺したくない(・・・・・・・・・)

 

 

やりたくないと、首を振るうが、それとは裏腹に彼女の肉体はナニカの強制力(・・・)によって一歩、また一歩と視界に収める学園へと進んでいく。まるでそれが自分の使命だと言わんばかりに。とある少年を抹殺する為に、彼女の歩みが止まる事はない。根底に刻まれた『破壊』という厳守を抱えて、人は殺害したくない歪みを持つ彼女は、何時ものように、『文明』を滅ぼすのだと思って歩いていく。

 

 

だが、彼女はまだ知らない。近い未来、まさか己が変わる事が起こる事など。しかもそれが、自分が抹殺しようとする少年によって(もたら)されるなど。知る筈がない事だ。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、これで終わりだな」

 

 

士郎は教師から頼まれた資材を、指定された教室に運び終えると、そう呟いた。エアコンを直した後、遠坂の教室に訪ねて行ったのだが、彼女の姿は居なく、クラスメイトに聞いても知らないと言われ、途方に暮れて気付いたら放課後になっていた。家に帰っても夕食の準備をするしかない士郎は、よくこうして教師の手伝いをしてから下校する事が当たり前になっている。

 

 

資材を机の上に置いて教室から出た士郎は、自分の鞄を取りに行くために、自身の教室の方に足を向けた。すると、廊下を歩いていると前方から見覚えがある生徒が、両手に女生徒を侍らせて歩いてきた。

 

 

「…………慎二」

 

「ん? 衛宮じゃないか」

 

 

間桐慎二。桜の義理の兄であり、あの忌まわしき間桐の長男だ。警戒している事を気付かせずに、士郎は二人の女生徒を侍らせる慎二に声を掛けた。

 

 

「慎二、如何したんだこんな所で? 弓道部は?」

 

「はぁ〜? あのね、僕は弓道部のエースだよ。僕のような実力者は、毎日通わなくても良いの。分かる?」

 

 

何処か馬鹿にしたように、鼻で笑ってから士郎に視線を投げる。対して士郎は、相変わらずな態度だなと、肩を落とした。だが、確かに弓道の実力は副主将と呼ばれる程あるのを彼は知っていた。

 

 

「それで衛宮は、また教師どもの雑用をやってたのか? 良くやるねぇお前も」

 

「まぁ、そういう性分だからな。こればかりは、仕方が無いさ」

 

 

当たり障りもなく受け答えをすると、聞いたにも関わらず興味がないように「あっそ」と告げて、慎二は女生徒を引き連れて士郎の横を通り過ぎた。と、慎二と遠坂が知り合いだと思い出した彼は、背中を向けて歩いていく慎二に、顔を向けて一応尋ねてみた。

 

 

「なぁ慎二。遠坂が何処に居るか知ってるか?」

 

 

もう日が落ちて、大半の生徒が下校している中、学園に居ないと分かっていても、もしかしたらという軽い気持ちの問い掛け。しかし、その問い掛けは背を向けて歩く慎二の地雷を踏んだ。振り返る慎二の表情は、憤怒が浮かび上がっており、苛立ちを隠さずに吐き捨てるように慎二は告げる。

 

 

「僕が知る訳ないだろッ⁉︎ あんな女の事なんかさ‼︎ ふんっ、もうなにもないなら行くよ。僕は暇じゃないんだ‼︎」

 

 

いかにもなにか知っているような反応で、表情を歪める慎二だが、これ以上聞こうものなら面倒くさい事が起こると半ば確信した士郎は、それ以上は聞かずに黙って歩を進める慎二を見送った。慎二の姿が視界から消えた後、彼はため息を溢す。

 

 

「はぁ、遠坂の奴。一体、慎二になにをしたんだよ」

 

 

慎二が彼処まで怒る理由が分からないが、遠坂がなにかを言ったのだけは理解出来た。何故か脳内で彼女が、慎二に対して煽るように言葉を紡ぐ光景が過る。それに、やりそうだなぁと胸中で呟く彼である。まぁ、今日は遠坂に会う事は諦めるか、と士郎は足を動かし始める。しかし、その時に彼は視線を感じた。

 

 

動かした足を、ピタッと止めて振り返るがそこには誰も居ない。だが、士郎の瞳は鋭いままだ。彼は見られている方角、窓の外に向けた視線を外す事なく魔術を行使した。使うのは『遠見』の魔術。ただ遠くを見る事しか出来ない魔術だが、見るだけで十分である。視覚が研ぎ澄まされるのが分かる。彼の瞳は、遠く離れた場所すら捉えた。そこに映っていたのは紅い外套を纏う浅黒い男だ。

 

 

士郎はその男の正体を知っていた。何故なら、自分が探していた遠坂凛の英霊(サーヴァント)なのだから。如何やらそのサーヴァント────アーチャーは士郎が此方を見ている事に気付いたらしく、舌打ちの仕草をした後に霊体化して消えて行った。

 

 

「これって監視………だよな?」

 

 

アーチャーの行動は分かる。よくよく考えれば、遠坂も聖杯戦争の参加者だ。そして仲間だと思っているのは自分だけ。遠坂の方は、自分とは敵だと確かに教会の時に言っていた。見付からない訳だ。こちらを倒すべき敵だと思っている彼女が、士郎の前に現れる訳がないのだから。故にこそのアーチャーの監視である。

 

 

「如何すれば遠坂に、戦う意思がない事を分かってもらえるんだ」

 

 

ため息を付いて、頭に手を置き士郎は首を振った。やる事が多過ぎる。だがやるしかない。自分は遠坂とは戦いたくないのだから。しかし、如何やって彼女と同盟を結ぼうかと考えては悩む。馬鹿正直に同盟を組もうと言った日には、彼に対して呆れた仕草をする遠坂の姿が容易に想像が付いてしまう。

 

 

如何したものかと考えている内に、士郎は自分の教室の前まで来ている事に気付いた。そして教室の中に入り机の上に置いてある鞄を手に取り、彼は教室から退出した。

 

 

「全然、思い付かないなぁ」

 

 

どんなに考えても同盟を組む方法が分からず頭を掻く彼だ。

 

 

「良しっ。もう呆れられても良い。なにがなんでも遠坂に会って、言うしかないな」

 

 

思い浮かばないのなら、直球しかないと拳を握る。元々、それしか選択肢はないのだから。下駄箱で靴に履き替えて、校舎から足を出した。瞬間だった。士郎の五感が少し離れた場所から、魔力の波動を感じ取った。

 

 

「………? なんだ?」

 

 

些細な魔力の波動に疑問を浮かべる。気になった士郎は、その足を正門の方にではなく、魔力を感じた方向へと向けて進めた。本当にごく僅かな魔力の反応だった。彼の五感が一般的な人間のソレだったら見逃す程の小さいものだった。士郎の足が遂に反応があった場所に辿り着く。そこで見たものに、彼は眼を大きくさせて慌てる事になる。

 

 

「ッ、おい大丈夫かっ⁉︎」

 

 

視線の先には一人の女生徒が、顔を青白くさせて倒れ込んでいた。駆け寄った士郎は、なにが原因でこうなったのかを瞬時に看破する。

 

 

「………これは? 生気が吸われている?」

 

 

女生徒は生きる為の活力を、吸われていた。今はまだ生きているが、このまま放っておけば死んでしまうだろう。だが、それを彼が見過ごす筈がない。すぐに自分の右手を女生徒の顔の上に持っていき魔術を発動させる。淡い光が右手から放たれ、吸い込まれるように女生徒の体の中へと消えていった。その数秒後。青白かった表情に赤みを帯び、健康的な色が戻ってくる。

 

 

確認の為に一応調べるが、もう命に別状がない事が分かり安堵の息を吐いた────時だった。士郎の全身に警報が鳴り響く。彼の立っている左の方向から、物凄い速度で見えないナニカが士郎の体を貫こうとした。しかし、驚異的な反射速度で彼は行動を開始していた。女生徒を抱えたまま、勢い良く全身を捻り上げる。その時、行き成りの動きに体から悲鳴が上がったが強化魔術で黙らせる。

 

 

見えないナニカが士郎の脇腹にかすり傷を付ける。だが、それで終わりではないと彼は直感した。続いて捻った体のまま強化された身体能力に任せて跳躍。次の瞬間。士郎が立っていた場所が粉砕された。離れた場所に降りた彼は、視線を鋭くしたまま眼前を睨んだ。

 

 

「誰だッ…………‼︎」

 

 

居るであろう何者かに誰何(すいか)の声を上げた。しかし、返ってくる事はない。とはいえ、何者なのかは分かっている。確実に聖杯戦争に関係する者だろう。警戒を解く事なく、周囲を見渡すと、その者は現れた。距離にして凡そ十五メートル程の位置。そこに長身の女性が姿を見せる。地面に落ちそうな程の紫色の長髪。だが、気になるのはそこではない。女性の両眼には視界を覆うバイザーがあった。

 

 

視界を完全に隠すソレは、一際(ひときわ)目立っている。それともう一つ目立っているものがあった。それは女性が握っている代物。ジャラッと音を鳴らして、存在を主張している。杭の形をした短剣に、長い鎖が付いている。まるで、鎖鎌を彷彿するような武器。

 

 

「お前は…………」

 

 

一体何者だと言わずにそこで途切れさせる。聞かずとも分かる。問わずとも分かる。女性から放たれる存在の格は、最早、人間のものではない。これはもっと上位のものだ。

 

 

「…………名乗れよサーヴァント。お前のクラスはなんだ?」

 

 

士郎が静かに問う。サーヴァントのクラスを。とはいえ、考えればすぐに、目の前の女性のクラスは特定できる。何故なら彼は三騎のサーヴァントと出会っているのだから。その中で会っていないサーヴァントはライダー、キャスター、アサシンの三騎だ。だが、長身の女性はなにも答えもせずに背中を向けて駆け出した。

 

 

「くっ、行かせるかっ‼︎」

 

 

逃げる女性に士郎は叫ぶ。考えていなかった訳ではない。知っていた筈だ。いずれ、一般人を襲う者が現れるなど。しかし、士郎が出会った三騎によって、その事が抜け落ちてしまった。アーチャーは良く分からない奴だが、ちゃんと一般人を巻き込まない事を心得ている。ランサーもそうだ。最初に自分を殺してきたが、アレは現場を見たからだ。

 

 

ランサー自身は一般人に手を出そうとは考えていない。バーサーカーとイリヤもそうである。態々、戦った場所が人が通らない所だったし、なによりも彼女は士郎にご執心で一般人などに構ってなどいない。その三騎を見た事によって、彼は全員が人を襲うような外道ではないと思ってしまっていた。

 

 

失策だと舌打ちをする。例え、警戒していても全て防ぐ事は出来ないだろう。しかし、警戒しているのと、していないのとでは、全然違うのだ。今抱えている女生徒も本当なら、阻止出来たかもしれないのだ。が、それは後の祭り。たら、ればなどIFの話をした所で、もう起こってしまった事実は変わらない。だから、今やるのはこれ以上の犠牲者を出さない事だけだ。

 

 

「だけど、如何する?」

 

 

長身の女性を追い掛けたい。しかし、そうするとこの女生徒を如何するかと悩む。ここに置いて行って、人が見付けるという選択肢もあるがそれは危険だ。もしも、追い掛けている途中に、あのサーヴァントが戻って来たら危ない。ならば如何すると悩んだ所で、士郎の耳朶に男子生徒の声が聞こえた。

 

 

「なんか凄い音しなかったか?」

 

「……………ッ⁉︎」

 

 

サーヴァントが起こした破砕音によって、見に来た生徒のようだ。それを理解すると同時に、もう一つの選択肢が現れた。そして曲がり角から一人の男子生徒が現れる。

 

 

「ん? あれお前等なにやってんだ?」

 

「…………お前は」

 

 

その男子生徒の顔に士郎は見覚えがあった。何故なら同じクラスの人間だったからである。男子生徒が女生徒を抱える士郎の姿に訝しんでいると、周囲の光景に気付いた。

 

 

「うおっ⁉︎ な、なんだこれっ⁉︎」

 

 

そこには小さなクレーターがあったり、パイプが折れていたりと破壊の跡がある。

 

 

「なぁ、この子を頼む」

 

「えっ⁉︎ た、頼むっておいっ、如何なってんだよ⁉︎ なんでこんなに壊れてんだっ」

 

 

周りの惨状に混乱する生徒に構わず、士郎は女生徒を差し出す。突然、渡された女生徒に一層、混乱をする男子生徒だ。早口でなにが如何なってんだと聞いてくる男子生徒に、説明している時間はない。このままでは女性に逃げられてしまうのだから。そう思うや否や、士郎はとある方法を思い付いて顔を顰める。

 

 

やりたくない。しかし、やらねばこの追求を逃れても、また明日に説明を求めてくるだろう。それか、教師に言われて面倒ごとが起きるかだ。仕方がないと彼は親指と中指で輪っかを作る。

 

 

「すまんっ‼︎」

 

「……………へ?」

 

 

パチンッと小気味良い音が鳴り響く。すると、さっきまで慌てていたのが嘘のように男子生徒が静かになった。

 

 

「はぁ、この魔術は使いたくなかった。と、悔やむのは後だ。その子を保健室に連れてってくれ。あとここで見た事は忘れろ」

 

 

いいな、と言ってから両手でパンッと叩く。そしてそのまま、女性が逃げた方に駆けるのだった。周囲の破壊跡を直す事を忘れずに。

 

 

「……………あ、あれ俺はなんでここに? そうだっ、この子を早く保健室に連れてがないと‼︎」

 

 

士郎が居なくなって数分後。我に返った男子生徒は、キョロキョロと見渡した後、何時の間にか抱えている女生徒に気付き、保健室に急いで向かうのだった。さっきまでの破壊跡の事など綺麗さっぱりと忘れて。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

駆ける。強化魔術を全身に施して、士郎は弾丸の如く走り抜ける。

 

 

「くそっ、緊急事態とはいえ暗示の魔術を使っちまった」

 

 

先程の事を思い出して彼は悪態をつく。暗示の魔術。文字通り暗示を掛ける魔術だ。士郎はこの魔術が好きになれなかった。何故なら、記憶を改竄しているかのようだからだ。暗示の魔術はそこまで強力ではないが、似たような事が出来る。罪悪感が沸く中、足を緩めない。一歩を踏み込む度に、地面が発破する。それだけで、どれだけ身体能力が強化されているのかが窺い知れた。そして女性の背中を視界に捉えた。

 

 

「見付けたっ‼︎」

 

 

同時に足に力を込めて地面を蹴った。瞬間。士郎の体が加速する。両手に陰陽一対の夫婦剣を創り出して握り締める。そして無防備に晒す、背中に振り下ろした。別に倒しはしない。倒してしまえば、聖杯の思う壺だ。だから、倒す事はせずに戦闘不能にすれば良い。士郎が放った一撃は、そう考えて繰り出されたものだ。しかし、彼の剣が背中を斬り裂く事はなかった。

 

 

「──────ッッッ⁉︎」

 

 

まるで攻撃が来ると分かっていたかのように、女性はその場で急停止すると、士郎に襲い掛かった。誘われた⁉︎ と思うも最早遅く。眼前に女性が躍り出て、鎖付きの短剣を顔に振るう。それを顔を少しズラす事によってなんとか躱す士郎だ。だが、躱されるのを予測していたのか、蛇の如く予測不能な動きで下を掻い潜り両足を払う。

 

 

「……………ちっ‼︎」

 

 

カクンと足を払われ、倒れこむ彼は舌打ちを一つした後に、左手で地面に手を付く事で倒れ込むのを阻止して、迫って来ていた女性の顎を右足で蹴り上げた。

 

 

「─────ッ⁉︎」

 

 

鋭い衝撃と共に、勢い良く顔が持ち上がる。自分より遥かに劣る人間からの反撃に彼女は驚愕に眼を見開く。だが、それも一瞬の事だ。蹴られた反動を利用して、彼女はバク宙をして後退した。士郎も追う事はせず、夫婦剣を構えて警戒した。対して彼女も鎖付きの短剣を構える。

 

 

警戒しながら周りを士郎は見渡す。ここは森だ。木々が生え、視界を遮る。厄介な場所に来たと士郎は、悪態をつく。

 

 

「如何した? こないのかよ?」

 

「………………」

 

 

動かない事に痺れを切らした士郎は、女性にそう問い掛けた。しかし、女性はなにも言わず無言だ。それに士郎は言葉を続ける。

 

 

「色んなサーヴァントを見てきたけど、その中でもあんたは大した事ないな」

 

 

笑みを浮かべて、挑発をぶつける。だが、そこに油断はない。挑発をしているが、その視線はなにに対しても対処が出来るようにと外したりなどしない。すると、無言だった女性はそこで漸く口を開いた。

 

 

「…………大した事ないですか」

 

「あぁ、大した事ないな。お前は他の奴に比べたら迫力不足だ」

 

「ふふっ、面白い冗談ですね」

 

 

挑発に引っ掛かった事に、士郎は言葉を紡ぐ。それに微笑を浮かべる女性だ。そして────

 

 

「迫力不足か如何か、教えて上げます」

 

(……………来るっ⁉︎)

 

 

次の瞬間。女性が疾駆した。周りの木や枝の反動を利用して、加速していく。それを視界に捉え続けて行くと、木々の僅かな隙間から短剣が投げ放たれた。風を穿ちながら飛来する短剣を、打ち落とす。だが、次には四方八方から短剣が投げ放たれる。それを打ち落とし続ける彼だ。その嵐のような攻撃が終わると、士郎の足が鎖に絡め取られていた。

 

 

「くっ⁉︎」

 

 

瞬時に鎖を叩き斬り、なんとか逃れる。と、頭上から女性が降って来て短剣を振り下ろした。それに夫婦剣をぶつけて、押し退ける。

 

 

「……………ッ」

 

 

他の英霊に比べて迫力がないとはいえ、彼女は紛れもなく英霊だ。その英霊の攻撃を押し退けた事に少なからず驚愕した。そこを狙って干将(かんしょう)で一閃する。が、その一撃は女性が、離れた位置にある木に鎖を巻き付ける事により届く事はなかった。ジャラジャラと金属音を鳴らし、木に引き寄せられ、そのまま木々を蹴って移動する。

 

 

「軽業師かよ」

 

 

そんな女性の姿を見て小さく呟く。と、同時にここに来た事が失敗だったと悟った。ここは女性の巣だ。彼女が一番、実力を発揮しやすい場所。確かに他のサーヴァントと比べたら劣るだろう。一般的に見たら速いだろうが、ランサー以上ではない。膂力もバーサーカーに比べれば酷く劣る。しかし、他のサーヴァントとは違い彼女は、アクロバティックだ。

 

 

(…………やばいな)

 

 

士郎は考える。初めての相手だ。彼にとってこのような存在は初めてだった。自分に修行を付けてくれた爺さんも、恐らくやろうと思えばアクロバティックな動きも出来るだろう。しかし、教えてもらったのは殆ど白兵戦だ。少しアクロバティックな戦闘も教えて貰っていたが、あの時の士郎は魔術や面白いように吸収する体術が楽しくて聞き逃していた。

 

 

(こんな事なら、真剣に聞いとくべきだったなぁ)

 

 

悔やむようにため息を溢す。だが、もう仕方のない事だ。やりにくい相手であるが、倒せない相手ではない筈だ。考えろ。

 

 

(考えろ俺。なんであいつは眼を隠して、俺の位置を把握出来る)

 

 

思考を巡らせ、攻略法を模索して行く。

 

 

(そう、眼が見えないのなら、他の五感を頼れば良い。それは聴覚であったり、嗅覚であったり、気配であったりだ。要は俺の動いた音で位置を把握して、気配を察知して攻撃を読んでるんだ…………なら、やりようはある)

 

 

攻略法は大体分かった。士郎は息を大きく吸って吐き出してから、神経を研ぎ澄ます。集中力を高め、気配を小さくして行く。そして相手が動くのを只管待った。その時、短剣が眉間に向かって放たれる。それを紙一重で躱したのと同時に、放たれた場所へと無音(・・)で移動した。大木の前に来た彼は、『透波』を大木に叩き付ける。

 

 

ドンッ‼︎ という轟音と共に衝撃が浸透していき、大木内を駆け巡り木の上に居た女性に衝撃が届いた。音も無く近付き、気配を極限まで小さくした事により、気付くのが少し遅れた。ビリッと両足に流れてきた衝撃に、激痛が迸る。

 

 

「ぐっ…………⁉︎」

 

 

逃げるのが遅れて、両足を痛めた彼女は落下する。そこを見逃す筈がなく、彼は一瞬にして肉薄していた。

 

 

「殺す気はない。少し眠って貰うだけだっ‼︎」

 

 

干将と莫耶(ばくや)を握り締めて、これで終わりだと告げてから躊躇なく振り下ろした。次の瞬間。ナニカが間を割って飛来した。地面を抉るように降りてきた何者かに、士郎の動きが止まる。女性の方も突然の事に呆然となっていた。土煙が舞い上がり、視界が覆われている。そして煙が晴れると、その中心に立っていたのは一人の女性だった。

 

 

何処か空虚を宿す瞳をした、褐色肌の女性。ソレがただの一般人でない事は放たれる風格と、右手に持つ三色の光を宿した剣から分かる。士郎は何故か、その女性を見ているとざわつくのを感じた。まるで本能が警戒をしているような。

 

 

「…………目標を確認」

 

 

すると空虚の女性が、士郎に視線を向けて口を開いた。刹那────怖気にも似た悪寒が全身を駆け巡る。なんとかしなければ、このままでは危険だと本能が告げる。それに示し合わせたかのように、褐色肌の女性は手に持つ三色の光を放つ剣を振り上げた。緩やかに回転する刀身。呼応するかのように輝きが増す全てを『破壊』する三色の光。

 

 

警報が鳴り止まない。ここでなんとかしなければ、日常が戻る事はないと訴える。彼は両眼を閉じて、すぐに開いた。すると瞳には七色に輝く雫模様が浮かび上がる。この世の全てを、世界の全てを、魔術魔法の全てを、森羅万象の全てを解析する魔眼が発動する。今から彼女が放とうとする代物を解析して、絶句した。

 

 

駄目だ。アレを放たれては行けない。アレは文字通りなにも残さない一撃だ。

 

 

「…………目標を破壊する」

 

(く、そ間に合えっ⁉︎)

 

 

右手を突き出して、女性へと向ける。そして────

 

 

「─────『軍神の剣(フォトン・レイ)』」

 

 

あらゆる『文明』を破壊する一撃が解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




早くも登場しました。基本徒歩さん。さて、次は如何なるのだろうか‼︎

次回 三つ巴から四つ巴←サブタイ変わるかも知れません。


裏話(別に見なくても大丈夫です)


士郎が靴に履き替えようとしている時の事。


(彼女は可愛いですね。ふふ、私の好みです。今日は彼女から生気を貰いましょう)

紫色の長髪をした女性が微笑んだ後、なにも知らず歩く女生徒に近好き生気を吸い取る。すると、吸っている最中に何者かがこちらに向かっているのに気付いた彼女は、お楽しみを邪魔された事に眉を寄せるが霊体化した。その数秒後、現れたのは一人の少年である。

(ん? 彼は?)

彼女は少年の事を知っていた。自分のマスターと同じ聖杯戦争の参加者である。近くにサーヴァントが居ないかを確認した彼女は、チャンスだと笑みを浮かべた。今そこに居るのは脆弱な人間一人。自身の力を用いれば勝てて当たり前の存在だ。しかし、彼女知らない。その少年がただの人間ではない事を。これから起こるであろう絶望を。







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第八幕 激化する戦闘

 

光。あらゆる万物を『破壊』する三色の光。周囲を包み込んで満たすのは、そんな危険極まりない閃光だった。しかし、何時まで経っても、その光が行うであろう破壊が起きない。なんの効果を出す事なく、ただ辺り一体を光が覆い尽くす。すると、数秒後。周囲を満たす光が晴れていき、そこに映った光景はそれぞれが別の仕草をしている三人の男女の姿だ。

 

 

紫色の髪を持つ女性は、なにが起こったのか分からずにいるが、それでも警戒を緩めずに短剣を握り締める。対して、その近くに居る少年は、両眼に虹色に輝く雫の文様を浮かばせて、右腕を前に突き出していた。そして三人目の褐色肌の女性は、首を傾げてから、少年を一瞥する。

 

 

「…………破壊、されてない?」

 

 

本来なら、彼女の目の前に映る光景はなにも残らない更地だ。『文明』を破壊するというのは、そういう事である。今まで築き上げてきた大地を、文字通りに破壊する。後に残るのは、人も草木も全く無い、文明が消え失せた更地になる筈なのだ。そこに失敗などは存在しない。幾度となく繰り返してきた事なのだから。故に、彼女は疑問符を浮かべて首を傾げるしかない。

 

 

自身の『宝具』を解き放ったにも関わらず、なにも起きていない現状に。抹殺対象である少年も、傷一つ付いていない。改めて彼女は自分が持つ剣に視線を向ける。剣に纏われる三色の光は健在だ。ならば、尚更可笑しい。再度、少年に視線を向け直してから、彼女は剣を振り上げる。まるでなにが起こったのかを確かめるように、剣に力を込める。すると、緩やかに刀身が回転。纏われている三色の光が輝きを増して行く。

 

 

「ッ⁉︎ 二度もやらせるかっ‼︎」

 

 

その女性が行った仕草に、先程の一撃をまた繰り出すのだと理解して、衛宮士郎は地面を蹴り飛ばして飛び出した。膨大な魔力を使って、強化魔術を行使する。ただそれだけでは終わらせずに、少年は強化魔術を上書きし続ける。上昇して行く身体能力に任せて、疾走する。と、彼の姿は影すらも残さずに一瞬にして褐色肌の女性の眼前にへと肉薄する。

 

 

しかし、女性は士郎の姿を捉えており、『宝具』の発動を中断すると俊敏な動きで少年に剣を頭上から振り下ろした。だが、彼女が攻撃を仕掛けるより早く、彼は行動に移している。士郎の頭に剣が直撃する前に、女性の首に右手を添え、蹴りを彼女の足に放つ。すると、グルンと彼女の体が宙を回る。振り下ろされた剣は、予期せぬ方向に逸れる。

 

 

だが、まだ士郎の動きは止まっていない。宙を回る女性の中心部。急所に位置する場所に右拳を添えるように乗せて一拍。

 

 

「─────はぁッ‼︎」

 

「…………ッッッ⁉︎」

 

 

踏み込むと同時に力を込めて解き放つ。ズドンッッッ‼︎ という音が辺り一体に木霊する。放たれた拳撃に、女性は眼を見開いた。全身に尋常ならざる衝撃が駆け巡って襲う。余りにも重い一撃に、後方に彼女の体が飛んで行く。が、その吹き飛んだ女性に士郎は一瞬で追い付いて、追撃を仕掛た。しかし、そう簡単に追撃を許す訳がない。吹き飛んでいる彼女は、迫る少年に冷静に対処する。全身を捻り上げ、追撃を仕掛ける士郎に脚撃を放つ。

 

 

鋭い脚撃を彼は首を傾げて躱す。だが、

 

 

「ぐっ……………⁉︎」

 

 

士郎の肩に衝撃が奔る。そこに視線を向ければ、女性の放った蹴りが方向を変えて、踵落としを与えていた。一瞬、止まった隙を彼女は見逃さない。残った方の足で、士郎の腹部を蹴り上げると、その勢いを利用して大きく距離を取る。そして、剣を振り上げ、彼女は己の『宝具』を解放した。

 

 

「─────『軍神の剣(フォトン・レイ)』」

 

 

剣から放たれるのは、『あらゆる存在』を破壊する三色の光。ソレが辺りを覆い尽くして、彼女はそこで目撃した。自身の抹殺対象たる少年が、右腕を伸ばし五指を開く。鋭い瞳の中には全てを見通す(・・・・・・)かのような、虹色に輝く雫の文様がその存在を主張していた。五指を曲げて、少年は呟く。放たれる破壊の光を消失させる為に。

 

 

「…………存在を解析」

 

 

両の瞳に映る魔眼が、視界に入る全ての理を解析する。三色の光が持つ特性を、ソレを放つ『宝具』の力を、そしてその持ち主たる女性の存在の全てを、余す事なく解析し看破する。次の瞬間。五指を握り締め、ある言葉を言い放った。

 

 

「────解除。消え失せろ」

 

「……………ッ⁉︎」

 

 

その言葉が終わると共に、『宝具』が放つ『文明』を破壊する一撃が霧散し、完全にその効果は消え失せた。信じられない事が起きた。女性の心境はそんな感じだろう。だが、何故だか彼女は口元に笑みを浮かべてしまう。彼女自身は気付かない。心の奥底で、自分でも破壊出来ない存在に、喜びの感情を露わにしたなど。対して喜ぶ女性など知らず、士郎は冷や汗を掻きながら口を開いた。

 

 

「二度も危険極まりない『宝具』を放ちやがって」

 

 

魔眼の解除が間に合っていなかったら、この場所は荒野に変わっていた事だろう。そう思うと間に合って良かったと安堵の息を漏らす彼だ。と、同時に『全ての式を解く者』により、目の前の女性の正体を見破った彼は、少し混乱していた。

 

 

(しっかし、如何いう事だよ? 俺の解析の結果が本当なら、あいつはセイバーの筈だ)

 

 

だが、それはあり得ないと首を振る。何故なら、もうセイバー枠は自分が取っているのだがら。だからこそ、如何言う事だと疑問を浮かべるのだ。遠坂から聞いた聖杯戦争でのルールを、改めて思い出しても分からない。何故、セイバーが二人も居るのか。警戒を解かずに、先程から動きを止めている女性に視線を外さない。と、そこで彼の耳朶はジャラジャラと鎖の擦り合う音を聞いた。

 

 

「チッ、しまったっ⁉︎」

 

 

驚きの連続が続き、士郎は忘れていた。もう一人、サーヴァントがこの場に居た事を。真横から投げ放たれた短剣を、辛うじて回避して、紫色の髪をした女性に視線を投げた。瞬間。己の脳裏を駆け巡るのは、魔眼が解析した情報だ。それを整理して、彼女のクラスと真名を受け止める。少し神話に詳しい者ならば、誰もが知っている存在。

 

 

見た者を石化させる怪物────メデューサ。それが紫色の女性の正体だ。そしてもう一人の褐色肌の女性の名前も有名だった。大帝国を成した大王。東西ローマ帝国を滅ぼし、西アジアからロシア・東欧・ガリアにまで及ぶ広大な版図(はんと)を制した大帝国を成した五世紀の大英雄。彼女が死して尚、この現代まで畏怖と恐怖の名として、彼の大地の人々には記憶されている。

 

 

褐色肌の女性────アッティラはいや、アルテラが漸くこちらに視線を向けた。士郎は陰陽一対の夫婦剣を握り締めて距離を取る。前にはアルテラ、左にはメデューサ。その二人の標的は士郎である。恐らくメデューサは、アルテラが少年しか狙わない事に、彼を襲う事が目的だと理解して、便乗したのだろう。そしてこの二対一の状況になったのだ。まだメデューサの動きに慣れていないのだ。それに加え、強力な『宝具』を有するアルテラだ。

 

 

流石に一人では厳しい。そこで士郎は令呪を思い出す。

 

 

(面倒な相手が二人。少し厳しい状況だ。なら、呼ぶ(・・)しかないな)

 

 

令呪の使用を決めて、彼は令呪が刻まれている腕を振り上げて叫んだ。己のサーヴァントを、この場に呼ぶ為に。

 

 

「来いっ‼︎ セイバーっ‼︎」

 

 

刹那────士郎の眼前に眩い光が昇る。そして、誰かが目の前に現れた。金髪の髪を後ろで結い上げ、青と銀の甲冑を着た見目麗しい少女。彼女こそが士郎と契約したセイバーのサーヴァント。

 

 

「…………呼び声に答えて参上しました。シロウ、敵は何処ですか?」

 

 

瞼を開いて、セイバーは問い掛ける。自分の敵は何処だと。それに頼もしいなと笑みを浮かべてから、視線をセイバーの後ろに向けた。その士郎の仕草に、彼女は振り返る。そこに映るのは二人のサーヴァントの姿だ。一瞬だけアルテラの姿に、訝しんだが、彼女達が敵だと判断して不可視の剣を構えた。二対二になった彼等は、お互いを見合う。一触即発の重苦しい空気は、しかし、金髪の少女セイバーによって壊された。

 

 

彼女が向かう場所は、褐色肌の女性アルテラの方である。一瞬で詰め寄るとセイバーは、容赦無く不可視の剣を一閃した。だが、まるで見えているかのようにアルテラは上体を反らして躱すと、無抵抗となったセイバーに剣を振る。しかし、その剣が彼女に当たる事はない。その時、一瞬だがセイバーの全身が霞んだ。

 

 

すると、アルテラの剣は空を斬る。眼前から消失した少女に、眼を見開く彼女だったが、突如、背後から感じた殺気に咄嗟に反応する。剣を頭上に持って行き、守りの態勢を取る。次の瞬間。頭上から異常とも呼べる程の一撃が襲い掛かった。その剣圧だけで、周囲が吹き飛ぶ。そんな凄まじい一撃を受け止めたアルテラだが、次の行動に移る事が出来ないでいた。

 

 

「……………ッッッ」

 

「…………これは?」

 

 

無表情な顔に苦悶の声を漏らし、不可視の剣を受け止め続ける彼女だ。アルテラは理解した。少しでも力を抜けば、この不可視の剣が完全に押し切り、自分を斬り裂くだろうと。故に、次の行動に移す事が出来ずに、受け止め続けるしかない。しかし、それでも徐々にセイバーの剣によって押されて行く。対してセイバーの方は別の意味で、驚愕を露わにしていた。

 

 

自身の体が余りにも動き過ぎるのだ。先程のアルテラが放った剣だってそうだ。本来なら剣を弾く為に動いた筈。なのに結果は如何だ? 地面を蹴って移動した瞬間、何故だか一瞬にして背後に移動していた。本人からは、本の少しの移動だったにも関わらずである。そして次は、この一撃の威力だ。確かに彼女は力を込めて剣を振り下ろした。だが、このような結果が出るとは思わなかった。まるで、爆ぜたかのように周囲の大地が吹き飛び、アルテラの足元には小さくないクレーターを作り上げている。

 

 

馬鹿げている。これでは、まるでバーサーカーの膂力ではないか。

 

 

「この力は、一体」

 

 

アルテラの剣を押し切りながら、疑問の声を漏らす。彼女は、今まで勘違いしていた。自分の力が生前(・・)に近いなどと。衛宮士郎という規格外の少年に、召喚されたのだ。それなのに、何故、生前に近しい力量を得たと思ったのか。彼と契約した者が、その程度な筈がない。いや、爺さんによって鍛えられた少年と契約した者が、と言えばいいだろうか。

 

 

士郎の魔力は膨大だ。余りにも多く、圧倒的にして規格外。その規格外な魔力が、召喚された少女――セイバーのステータスを、生前の頃さえも超越してみせた。バーサーカーとの戦闘では、まだ召喚されたばかりで、供給される彼の魔力に馴染んでいなかった。しかし、アレから数日が経った今。完全に体に馴染み、そのぶっ壊れステータスを披露出来るようになったのだ。

 

 

そんな自身に起きた変化に、少し戸惑いを浮かべるセイバーだったが、力が上がっている分には良いと判断して、不可視の剣に力を込める。ズシリと重みが増した事に、アルテラは小さく呻く。その二人の姿に、紫色の女性ライダーがガラ空きとなっているセイバーの背中に短剣を投げ付けた。だが、

 

 

「やらせると思うか?」

 

「……………ッ」

 

 

横から現れた少年によって、短剣が弾き飛ばされる。彼は横目で己のサーヴァントを見た後に、ライダーに視線を戻した。

 

 

「セイバーの邪魔はさせない。あんたの相手は、俺だ」

 

「……………」

 

 

莫耶を向けて言い放つ少年に、ライダーは口を閉じたまま、鎖付きの短剣を構える。そして動いた。蛇の如く体を低くして蛇行する。と、跳躍して木々の反動を利用して、動き回る。始まったアクロバティックなライダーの動き。それを彼はジッと立ち止まった状態で、鋭い視線を向けたまま動かない。時折、放たれる短剣を、少し体をズラしたりして避ける。幾つも投げ放たれる短剣を躱す、躱す、躱す。ただ視線を動き回る彼女に固定させたまま、躱す事に徹する少年だ。

 

 

「……………ッ⁉︎」

 

 

まるで心の奥底まで覗かれているかのような瞳に、ゾクリと背筋に寒気が襲い、訳も分からない恐怖を覚える。駄目だ。この状況は行けないと、ライダーは何故だか今の現状が危険だと理解した。なにが危険なのかは、彼女自身分からない。少年は攻撃の素振りなど全く見せずに、立ち止まっているのだから。しかし、本能がそう告げるのだ。立ち止まるアレを放置すれば、痛い目にあうと。故に、彼女は木の反動を利用して、士郎に肉薄した。

 

 

凄まじい速度で迫るライダー。それに彼は陰陽の夫婦剣を握り締める。そしてライダーは短剣で、士郎に襲い掛かった。眉間に向けて振るわれた短剣を、首を動かす事により容易く躱し、莫耶を一閃。しかし、鎖を離れた木に巻き付けて回避する。

 

 

「────もう、お前の動きには慣れた(・・・)

 

「─────ッ⁉︎」

 

 

だが、ライダーが回避した先には、少年が回り込んでいた。何処に逃げるのか分かっていたかのように。と、彼は回避してきた筈の女性に向けて回し蹴りを叩き込んだ。強化魔術によって身体能力が底上げされた脚撃は、ライダーの体へとめり込む。

 

 

「かはッ⁉︎」

 

 

肺から空気が漏れ、彼女は急いで蹴りを放った少年から離れようとして、鎖をジャラジャラと鳴らし移動をする。が、その鎖は少年によって容易く夫婦剣で叩き落とされた。

 

 

「逃がさねぇよ」

 

「ぐっ⁉︎」

 

 

次いで訪れる激痛に、彼女は顎に打撃が与えられた事を理解する。しかし、なんとかしなければならない。このままでは、なにも出来ないまま少年によって倒されてしまう。そう考えた彼女は、夫婦剣を振り上げた少年に向けて、バイザーを脱ぎ払いその瞳を向けた。メデューサが持つ見た者を石化させる魔眼。ノウブルカラーは『宝石』であり、最高位ランクの代物。

 

 

だが、『全ての式を解く者』の力により、瞬時に石化の魔眼(キュベレイ)の発動を知った彼は、全身から魔力を放出させた。圧倒的な魔力の爆発。余りにも多すぎる魔力の奔流に、石化の魔眼(キュベレイ)の力が無効化される。人間が行った出鱈目な出来事に呆然とする彼女だ。

 

 

「無駄だ。俺に魔眼は効かない。幾つもの対処法を教わったからな」

 

 

数年前に出会った名前も知らない爺さんにな、と胸中で答える彼だ。それに、と士郎は自身の魔眼に集中した。今でも少年の視界には、ありとあらゆるモノが、理の構成と構造が映り、ソレ等を成す『式』の全てを理解出来る。コレに比べれば、どんな魔眼さえも弱く見えてしまう。

 

 

「…………貴方は、一体何者ですか?」

 

「俺か? 俺はただの、いや…………あり得ない幻想(ゆめ)を目指す、愚か者だ」

 

 

メデューサの問い掛けに、衛宮士郎は途中で言葉を切って言い放つ。幻想を追い求める愚か者だと。『正義の味方』など、所詮は幻想。そもそも、全てを救うという事が不可能なのだ。誰かを一人救っている間に、別の場所で誰かが犠牲になっている。そんな事は彼は良く分かっている。しかし、それでも目指したいと思ったのだ。

 

 

近い未来、救えない命に嘆くだろう。後悔するだろう。だが、それでも自分は突き進むのだろう。自分が定め、憧れた幻想(ゆめ)に向かって。笑いたければ笑えばいい。なにせ、不可能な事をやろうとしているのだから。笑われても仕方がない。それ程の事をしようとしているのだから。

 

 

目指す切っ掛けはなんだったのか、と考えればすぐに思い付く。爺さんに出会い、魔術を教わり、体術を学び、力を付けた時だ。この力を誰かの為に使いたいと思ったのが最初の始まり。いや、爺さんに出会った時から抱いていたかもしれない。あの人は最後の最後に、告白した。自分は臆病だと。誰にも負けない力があるのに、もしもの可能性を浮かべて、満足に戦う事が出来ないヘタレだと。

 

 

苦笑を浮かべて語る爺さんに、自分は笑う事などせず、聞く事に徹していた。言葉を紡いで行く老人に、彼はあぁこの人も人間なんだと納得した。今まで人外じみた力の数々を見てきた士郎だったが、その話を聞いて人間なのだと嬉しく思ったのだ。だから言った。しょうがないよ、と。普通の人間なら誰もが持っている感情だ、と。

 

 

その言葉に爺さんは、人間という用語に反応して、安心したかのような表情を見せた。もしかしたら、彼は平気そうに振る舞っていたが、実は自身の力に対して化け物と思っていたのかもしれない。そして老人は最後に幼い少年に言葉を投げた。

 

 

『士郎。『正義の味方』をもしも目指すのなら、絶対に挫けるな。目指す過程で、嫌な事が起きるだろう。だが、それでも諦めないでくれ。お前はお前のままで、突き進んで欲しい。まぁ、ヘタレな俺が言えた義理じゃないけどな』

 

 

そう言った翌日に、老人は寿命で死んだ。その日、士郎は泣いた。大声で泣き続けた。なんだかんだで、短い時間だったけれど、彼にとっては本当に充実した時間だったのだ。そして、その日を境に彼は『正義の味方』の道を歩き出す。別に爺さんに言われたから、なる訳ではない。自分が心の底から成りたいと思ったから、歩み出したのだ。誰かに背負わされたのではなく、自らの意思でその幻想(ゆめ)を背負ったのだ。

 

 

故に、自分は愚か者でいい。その言葉が、不可能を追い求める自分に対して相応しい一言なのだから。

 

 

「さぁ、諦めろ。お前の負けだメデューサ」

 

「──────ッ⁉︎」

 

 

過去の事を思い出した彼は、自分が告げた愚か者という言葉に訝しむ女性に対して告げた。それに驚愕するのは当然だった。何故、自身の真名を知っていると絶句する。驚く彼女など気にせずに、士郎は干将を振り上げた。次の瞬間────彼の背後で轟音が鳴り響いた。何事かと振り向くと、セイバーがアルテラに剣を叩き付けて吹き飛ばしていた。数十メートル程もの距離を飛んだ彼女は、しかし、何事もなかったように着地する。

 

 

と、セイバーと距離が離れたのを好機と見て、士郎の方に体を向ける。アルテラに命令されているのはただ一つ。衛宮士郎を殺せ、だ。だからこそ、彼女の体は少年に向かって行った。逆らう事が出来ない肉体に身を任せて、肉薄する。しかし、それ以上、近付く事が出来なかった。

 

 

「シロウから離れなさいッ‼︎」

 

 

数十メートルの距離を、一瞬で縮めてセイバーが斬撃を放ったからである。それに急停止して後退する彼女だ。と、気付けばメデューサも士郎から離れていた。彼の隣でセイバーが立ち、相対する形でアルテラとメデューサが居る。

 

 

こうして四人の戦闘は、振り出しに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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