スーパーロボット大戦マブラブα (ニラ)
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01話

 

 

 

《非常事態発生、非常事態発生――》

 

 耳に喧しい警報が周囲に響く。

 場所は大きく創られた広間で、そこには人ひとりが入ることの出来るようなポッドが幾つも並べられていた。

 その中の一つ、正面に『Ⅶ』と書かれたポッドだけが開き、中から一人の少年が顔を出していた。

 

 蒼いウェーブ掛かった髪の毛、服の上からでも解る、スラリとした鍛えられた体つき。

 だが未だ年若く、15~16歳程度の容姿をしている。

 

 少年は「ッ……!」と小さく呻くようにすると、左右に頭を振って意識を覚醒させようとする。

 すると徐々にハッキリとしてきたのか、目頭を押さえるようにしてからゆっくりと視線を周囲へと向けていった。

 時間にして数秒間、そうやって一頻り周囲を見渡すと、少年はグッと身体に力を込めて立ち上がるのだった。

 

 だがその少年の表情は険しく、眉間には皺が造られている。

 耳に聞こえる警報、そして自身の目に映る風景。

 彼はそれらに対して、現在の状況に対する答えを得ようと思考を広げているのだ。

 

「……どういう事だ? 非常事態と言うことは理解できるが、何故俺のポッドだけが」

 

 言うと彼は、周囲にある自身の入っていた物と同型のポッドの中を覗き込むようにして眺めていく。

 ポッドの正面にある窓から見える先……要はポッドの中だが、その中には性別や年齢は様々だが彼と同じような蒼い髪をした者達が入っている。

 それも、どことなく似た雰囲気を持った者達が……。

 

「俺は……俺はザイン。……ザイン・バルシェム」

 

 少年は手の平で顔を覆うように掴むと、苦しそうに表情を歪めた。

 そして呟くように自身の名前(?)を口にする。

 

 ザイン――ヘブライ語で『7』を意味する言葉である。

 ポッドに書かれていた『Ⅶ』と言うのは、恐らくそういう意味なのだろう。

 

 ザインは『名前』を口にすると、そのまま続けて自分自身の事について頭を巡らせていった。

 耳には警報が聞こえているが、それ以上に自分の事に付いて考える必要性を感じているからだ。

 そして程なく、ザインの脳裏には『自身の産まれ』、『存在理由』、『造られた訳』などが次々と浮かんでくる。

 それと同時にあらゆる知識も浮かんできたのだが、それは今はどうでも良い事だろう。

 

 ザインは自分の事が解るに連れてその表情を曇らせる。

 

 その理由は『自分の存在理由が気に入らない』と言うことだった。

 ザインは苦々しそうに顔を歪めると、口汚く「クソッ……」と言うのだった。

 

「何時までもこうしていても仕方が無いか。いい加減に――」

 

 ズンッ――!!

 

「――クッ!?」

 

 現在の状況について思考を働かせようと試みるが、その瞬間部屋全体を襲うような激しい揺れが発生した。

 突然なことに、ザインはバランスを崩してヨロけてしまう。

 慌てて隣のポッドに手を突き転倒を免れるが、ザインは小さく「チッ」と舌打ちをした。

 

《非常事態発生、非常事態発生――》

 

 依然として喧しく響きわたっている警報。

 ザインは高速で脳を回転させ、自身の『持っている知識』の中から今のような事に成り得る可能性を考える。

 

「可能性としては地球人達によって攻撃を受け、『ヘルモーズ』が轟沈寸前といったところか? ……考え難いことだが」

 

 轟沈――等と、何とも物騒な言葉を言っているが、今現在の状況は正しくその通りだったりする。

 現在ザインが居る場所は、そのヘルモーズと呼ばれる艦……要は、戦艦の中なのだ。

 正確には『ゼ・バルマリィ帝国辺境銀河方面監察軍・第七師団旗艦ヘルモーズ』。

 ある目的のため、本星から遠く離れた太陽系第三惑星地球に侵攻をしてきた……所謂宇宙人の艦である。

 

 それは表向きとして、『銀河系の中でも特異な能力を持つ者が多く、また類まれなる闘争本能を持つ地球人を支配下に置く』為にであった。

 無論、それ以外の理由なども有りはするのだが、それは一先ず置いておく。

 つまりだ、ゼ・バルマリィ帝国は地球人を戦闘兵器として欲っしていたのである。

 その為、帝国は自身の有する戦力の一部である師団を派遣し、数年間に渡って調査をしてきたのだ。

 

 だが――

 

「フ……どうやら、地球人たちによって手痛い反撃を受けたようだな」

 

 と、ザインは言った。

 先程から流れ続ける警報、そしてそれと同じく続いている微振動。

 先ず間違いなく、ヘルモーズは攻撃を受けているのだろう。

 

 とは言え、ザインはそれも有る意味では当然の事であると思っている。

 何故なら地球人達の特徴である『特殊な能力』、『類まれなる闘争本能』の二つ……それはつまり、戦闘に特化している事を差す。

 それも、遥かに文明の進んだ帝国がわざわざ支配下に欲しいとまで思うような連中なのだ。

 そんな連中が、他所からやって来て好き放題している異星人に、そうそう簡単に頭を垂れるわけがない。

 

「それにアウレフ――いや、イングラムが上手く立ち回ったか」

 

 フフ……と笑いながら彼は言うと、一瞬だけその目を細めた。

 

 イングラム――イングラム・プリスケン。

 ザインと同じくゼ・バルマリィ帝国側の人間であり、人造人間(バルシェムシリーズ)1号体である。

 しかし、その正体は別次元から転移をしてきた人物で、実際は帝国で造られた人造人間では無い。

 とは言え、そのイングラム・プリスケンを1号体『アウレフ』とし、そのアウレフの遺伝情報を基にして2号体『ベート』を、

 そして3号体『ギメル』と言うように次々と製造されていったのだ。

 因みに、名前の由来は其々がヘブライ語数字で名付けられている。

 

 大きな広間に並ぶポッドの数々、そして『Ⅶ』と書かれたポッドから出てきたザイン。

 そう、彼自身もそのバルシェムの一人なのである。

 

 帝国が――いや、ユーゼス・ゴッツォと言う一人の男が、己の野望を達成するために造り上げた人造人間。

 それがバルシェムシリーズである。

 彼はそのⅦ番め……『Zayin(ザイン)』なのだ。

 だがまぁ、それが本名か? と問われれば、『そんなモノは唯の認識番号と変わらない』と、彼は言うだろう。

 1号体であるアウレフや2号体であるベート等は地球の軍に潜入するといった任務を受けていた性質上、

 『イングラム・プリスケン』や『ヴィレッタ・バディム』といった名前を持っていたが、

 当然他のバルシェムにはそのような名前など存在しない。

 

 なので便宜上、彼はザインでしか無いのだ。

 

 まぁ、イングラムというのも言わば偽名のような物で本名ではないかも知れないが、ザインは自身の中に『植え付けられている記憶』から、アウレフでは無くイングラムと呼ぶべきだと思ったのだ。

 

「……ヘルモーズが地球人の攻撃を受けていると言うことは、このままでは俺の身も危ういか。

 こんな状況だ、何故俺だけが眼を覚ましたのかは解からんが……とは言え、これは運が良かったと割り切るべきだな」

 

 ザインは現在の状況に一応の納得を見せるような言葉を口にした。

 次いで周囲に並ぶ同じようなポッドを一瞥すると、手近にあった隣のポッドに縋りつく。

 そして開閉用のコードを端末に打ち込むと、周りのバルシェムを救おうと動き出したのだ。

 

 『確かに自分達はゼ・バルマリィ帝国側の人間かも知れないが、何もしていない状態でそのまま死ぬなどゴメンだ』

 

 恐らくそう思ったのだろう。

 自身の入っていたポッドの隣、6番『Vav(ヴァヴ)』のポッドをザインは操作すると、ポッドは空気の抜けるような音を出してアッサリと開いていった。

 

 ザインは開放されたポッドを覗き込むようにして見た。中にはザインと同じ青い髪をした女性(?)が入っている。

 

「女か……まぁ、ベートの例も有る。バルシェムでも女は居るが……だが」

 

 ザインはポッドに眠るヴァヴを見ながら、そう呟くように言った。

 ポッドに入っていたのは確かに『女』である……そう、生物学的には。

 だがザインの目の前に居るヴァヴが、ベート・バルシェム――要は、ヴィレッタ・バディムのような『女』かと言うとそうではない。

 

 ヴァヴの見た目は精々が13~14歳。

 それなりに身体の凹凸は有るものの、未だ成長しきっていないような肢体をしている。

 とはいえ、それなりにあるからこそ女だと判断できたのだが、それはヴィレッタと比べると可哀想な程度のものだった。

 また、ヴァヴはザインと同じく蒼い髪をしているのだが、ザインのそれとは違ってクセのない真っ直ぐな髪質をしている。

 恐らくは、ヴィレッタに近い調整を受けているのかも知れない。

 

「まだ子供……。確かに、俺たちバルシェムは製造過程で多少の肉体年齢を操作できるがな……」

 

 ザインは、自分の事を棚にあげて(ザインの見た目は15~16)そんな事を口にする。

 

「兎も角次だ。他の奴らも出してやらねば――ッ!?」

 

 ――ドガアアアァァァンッ!!!

 

 一瞬の事だった。

 ザインが言葉を口にしようとした瞬間、今まで以上の激しい振動が発生した。

 あまりの揺れの強さに、ザインは思わず蹈鞴を踏む用にバランスを崩す。

 いや、それはもう振動などと生易しい状態ではない。

 それはもう――

 

「ヘルモーズが……崩壊する!?」

 

 咄嗟の判断で、ザインはポッドに入っていたヴァヴを抱きしめるようにして抱え込んだ。

 

 瞬間、二人の居る部屋は眩い光に包まれるのであった。

 

 耳を劈くような大音量。

 それは恐らく、外部からの攻撃だったのだろう。

 時間にすれば数秒にも満たない時間。

 だがそれは、部屋を滅茶苦茶にするには十分すぎるほどの破壊をまき散らしていった。

 

「――……う、くぅ」

 

 呻くようにして言葉を漏らすザイン。

 破砕、破壊の爆音を鳴らす中、縮こまるようにしていたことが幸いしてか、どうやらザインとヴァヴの二人は無事なようだ。

 だが――

 

「他のポッドが……」

 

 周囲を見渡したザインは、唇を噛んでそう言った。

 爆発により天井は落ち、壁は崩れ、周囲にあったポッドは破壊されてしまっている。

 ある物は上からの落下物で、ある物は衝撃で投げ出され、また、ある物はポッド自体の不具合で。

 まぁ、一言で表すのであれば『メチャメチャ』な状態へとなっている。

 

 微かにではあるが、ザインの鼻に血と肉の焼ける匂いが漂ってきた。

 調べるまでもないだろう、どうやら他のバルシェム達は揃って死んでしまったようだ。

 

 いや、もしかしたら生きている者達が居るのかも知れないが……とは言え、

 

「それを探している暇はない……か」

 

 依然として続いている艦の揺れ、どうやら本格的に沈み始めたようである。

 ザインはギュッと強く拳を握ると、一言

 

「すまない」

 

 と、そう口にしてヴァヴを背中に負ぶさると、一気に部屋から駈け出していくのであった。

 

 

 

 

 

 2

 

 

 

 

《非常事――生、非――態発生――ッ!!》

 

 ノイズの混じったような警報が響く廊下を、現在一人の人物が走っていた。

 いや、その背中に負ぶさっている人物も含めれば二人だろうか?

 

 兎も角、その人影とはザインのことだ。

 そして背中に乗っているのは当然ヴァヴである。

 

 ザインは振動が続くヘルモーズ内の通路を、ただひたすらに走り続けている。

 目標地点は格納庫。

 轟沈寸前のヘルモーズから脱出をするためだ。

 人間を一人運んでいるというのに、ザインの呼吸は落ち着いたもの、

 特に荒れることもなくかなりの速度で走り続けている。

 

 ヘルモーズは唯の戦艦ではない。

 遥か遠く離れた宙域へと向うための艦であり、当然人が生きていくために必要なもの――娯楽を可能とした艦なのだ。

 言っている事が判りにくいと思うが、詰まりは艦内に街があると言うことである。

 ヘルモーズの全長は27,800 m、約30kmになろうかと言う大きさだ。

 その巨大な艦内には街や工場などが複数存在し、この艦自体が一種の移民船のようなモノなのである。

 

 まぁ、なんだ……要は何が言いたかったのかというとだ。

 

 ヘルモーズはひたすらにデカイのだ。

 

 ザインが背中にヴァヴを乗せて走り始めてから、恐らくは10分程経っただろうか?

 途中で降り注ぐ天井や、割ける通路を華麗に移動していくシーンがあったのだが……まぁ今はそれは省くとしよう。

 格納庫まであと少しと言うところまで来たところで、ザインは背中に居るヴァヴにほんの少しだけ変化を感じとった。

 今までグッタリとしてるだけだったヴァヴが、僅かではあるが動きを見せたのだ。

 

 ザインは脚を前に駈け出しながら、背中のヴァヴに声を掛ける。

 

「オイ、ヴァヴ! 眼を覚ましたのか? オイ!!」

 

 ザインは走る脚を止めることは無かったが、それでも必死に声を掛けた。

 先程、目の前で他のバルシェムが死んでしまったことが、少なからず影響しているのであろう。その表情は苦く、眉間には皺が寄せられている。

 

 だがザインの声が聞こえているのか、徐々にではあるがヴァヴの反応が強くなっていく。

 僅かづつだが、身体の反応が増えているのだ。

 ザインは再度「ヴァヴ!」と名前を強く呼んだ。だが、そのザインの必死さとは裏腹に……

 

「――……ん……お母さん、あと五分」

 

 と言った答えが、ヴァヴの口から返ってきた。

 その答えに、ザインは一瞬躓き転げそうに成る。

 

 そして今まで動かしていた脚を止めると、怪訝そうな表情を作って後ろに首を回した。

 

「……ヴァヴ?」

 

 今度は呼ぶようにではなく、尋ねるような口調で名前を呼んだ。

 呼んだのだが

 

「……んー、後五分だってば……」

 

 と、ヴァヴはザインの肩に掛けるようにしてあった腕に力を込めると、そのまま背中に顔を埋めるようにして擦りつけてきた。

 今まで必死に走ってきたためにザインも特に気にすることはしなかったが、背中に居るヴァヴは未だ子供といえどもそれなりに凹凸の有る身体をしている。

 ふくよかな部分は少ないが、それでも胸には二つほど明らかに他とは違う柔らかい部分が存在するのだ。その二つの部分が、ヴァヴが腕に力を入れたことでザインにもより感じ取ることが出来る。

 

 だが、ヴァヴのその一連の行動にザインは『ピクリ』と眉を動かすと、ヴァヴの脚を抱えていた手をパッと手放し、そして即座に肩に廻っている腕を掴んで無理矢理に離させた。

 すると瞬間、支えを失ったヴァヴはヘルモーズの人工重力に引かれて落下する。

 

 ドターーンッ!

 

「――ッたーい! なんなのよ一体!!」

 

 落下の衝撃で一気に目覚めたようで、ヴァヴは打ち付けた尻に手を添えて文句を口にした。

 だがザインは、そんな文句を無視するかのようにヴァヴを睨みつける。

 

「な、何? えっと……あなたは」

 

 正面から覗き込むように視線を向けられたからか?

 それとも、単純に状況が把握できていないからだろうか?

 ヴァヴは睨んでくるザインに対して、困ったように視線をさ迷わせる。

 

 だがザインは、そんなヴァヴを変わらず見つめ続けていると

 

「目が覚めたな? 細かい説明をしている暇は無い。先ずはこのまま格納庫に行って、それからヘルモーズを脱出するぞ……良いな?」

 

 と、そう告げて、クルッと反転して再び格納庫を目指すべく移動を――

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 ――する前にヴァヴに止められてしまった。

 ヴァヴはグイッと引っ張るようにして、ザインの腕を掴んでいる。

 

「……何だ、ヴァヴ?」

 

 引っ張られた腕を逆に引き返して振り解くと、ザインは再び強い視線をヴァヴへと向けた。腕を掴んだのは咄嗟の行動だったのだ。 

 ヴァヴは自身の事が理解出来ていない、その為もっとも近くに居たザインに縋りたかったのかも知れない。

 ザイン自身、目覚めて直ぐには混乱していたのだ。ヴァヴも同じ様に、混乱していたとしても可笑しくはない。

 だからザインは、可能な限りヴァヴに対してマトモに接しようとは思っている。

 

 誰だって、不意な状況や状態にに陥れば、多少なりとも混乱することを『知っている』からだ。

 

 とは言え、時間がないのもまた事実。

 ここで納得の行くまで説明をして、その結果として時間切れで死んでしまっては元も子もない。

 それが焦りとなって、若干視線が強くなってしまったのだ。

 

 さてヴァヴはと言うと、ザインから向けられた視線にたじろぎ、やはり動揺しているように見える。

 言葉につまるように言いあぐねていると、

 

「あっとその……何が何だか解らなくて……えっと――」

 

 と、やっとソレだけを口にした。

 

 ザインはその様子に一瞬、『コイツは本当に、俺と同じバルシェムなのか?』と思ったが、

 バルシェムのポッドから出したのは紛れもなく自分自身である。

 その上、自身とも似通った容姿をしている以上、ヴァヴは間違いなくバルシェムの一人なのだ。

 ザインは目元を揉みほぐすようにして指を当てると、少しだけ間を開けて眼を開く。

 

「――良いかヴァヴ、お前が目覚めたばかりで、状況の把握が出来ていないことは解っている。そして、それに不安を感じることも重々承知しているつもりだ。……だが残念なことに、今お前の疑問を一つ一つ説明している暇は無い。必要ならば移動しながらでも説明をしてやるし、ことが済んだら幾らでも時間を割いてもやる。だから今は……俺を信じて兎に角走れ」

 

 言ってザインはヴァヴに手を差し出すと、手を掴んでグイッと力を込めて引っ張り立たせた。そして一言「行くぞ」とだけ言うと、今度は本当に前へ向かって走りだすのであった。

 

 ヴァヴはそのザインの後ろ姿を暫く見ていると

 

「――お、置いて行かれる!?」

 

 と口にして走り始めるのであった。

 

 ザインを追い、全力で走りながらヴァヴは頭を悩ませていた。

 目覚めたばかりのヴァヴにとって、今現在の状況は解らないことばかりだからだ。

 とは言え、激しく揺れる通路、壊れたように警報を鳴らすスピーカー。

 何故このような状況になっているのか理解は出来ないが、それでも直感的に今の状況がマズイ事は解る。

 

 だが、だからこそ悩むのだ。

 何故こんな事になっているのか? ……と。

 

 ヴァヴは先程のザインの言葉を、『少なくとも嘘ではない』と判断した。

 とは言え、それでも解らないことが無くなるわけではない。

 

 『移動しながらでも説明をしてやる』とのザインの言葉に従い、

 ヴァヴは少しでも情報を手にするために追いかけるのであった。

 

「ちょっと、ちょっと待ちなさい!」

 

 全力でザインを追いかけ、ほんの数m後方まで追いついたところで、ヴァヴはザインに声を掛ける。

 その声に合わせるようにザインは速度を落とすと、ヴァヴと並びあうようにして並走した。

 

「――来たか」

 

 ザインはヴァヴの横に並ぶと、短く言う。

 だが心なしか、表情は優しげなモノに見えなくもない。

 ヴァヴは一瞬だけその表情にドキッとしたが、直ぐにザインの顔が強い視線を向けているように見えて勘違いだと頭を振った。

 

「えぇ……確かに此処はマズイみたいね。でもどうして?」

「俺自身、確認を取った訳ではないから確証は無いが……とは言え先ず間違いなく、

 このヘルモーズが地球人からの攻撃を受けて沈む寸前なのだろうな」

「ヘルモーズ? それに地球人って……」

 

 ザインの説明で出てきた単語、『ヘルモーズ』と『地球人』の二つに反応をするヴァヴ。

 その態度はまるで『一体何を言っているの?』とでも言いたげな様子だ。

 だがザインはそのヴァヴの反応を、『未だ頭が混乱しているのだ』と判断して言葉を続ける。

 

「目覚めてから考える暇も無かったのだ、直ぐに理解ができなくても仕方がない。だが……ふむ、そうだな。お前、自分の名前が何なのか解るか?」

「私の名前?」

「そうだ。――走る速度は緩めるなよ」

 

 ザインは自分自身、最初に思い出したのは自分の名前(と、言うよりは製造番号)だった。ならばヴァヴもそこから思い出すほうが良いだろう――と、そう思ったのだ。

 

「私の名前……名前は」

 

 ヴァヴは首を傾げ、悩むようにして呟いている。

 とは言え、それも今だけだろう。

 

 人間、記憶喪失でもない限り、そうそう自分の名前を思い出せなく成ると言うことは無い。喩えそれが、『名前とは名ばかりの製造番号』で、人格形成のために与えられた知識が元であってもだ。

 

 だが当のヴァヴは、そんなザインの考えとは少しだけ違った言葉を口にする。

 それは――

 

「私の名前は……三村――」

「ふむ、ミムラ……何だと? ――待て、お前はいま何と言った?」

 

 ヴァヴの口から発せられた聞き覚えのない発音に、ザインはすかさず聞き返した。

 だが当のヴァヴはその意味が解らず、首を傾げながら「? 何が?」と聞き返してくる。

 

「聞き違いか? 俺には今……『ミムラ』と言ったように聞こえたが?」

「え? ……言ったけど。何か問題があるの?」

 

 よほど不思議そうな顔をするヴァヴ。

 だがザインは、そのヴァヴの反応に不安を覚えてしまう。

 

 今まで走っていた脚を止め、ザインはヴァヴの肩を掴むと正面から見つめた。

 

「な、なに?」

「良いか、よく聴け。……お前はヴァヴだ。ヴァヴ・バルシェム。

 アウレフであるイングラム・プリスケンを元に造られた、6番目のバルシェム(人造人間)だ」

「バル……シェム? でもそれって――」

 

 言い聞かせるように言うザインの言葉に、ヴァヴは瞬間『ドクン』と脈打つものを感じた。

 『イングラム・プリスケン』『バルシェム』その言葉が頭の中で響くのだ。

 そしてそれを機にヴァヴの頭部に痛みが走る。

 

「ッつ!」

 

 ヴァヴは表情を歪めると、痛みの走った場所へと手を当てた。

 瞬間、少し前のザインと同様に大量の知識が流れこんでくる。

 それによってヴァヴは、

 『ヘルモーズ』『イングラム・プリスケン』『バルシェム』などの言葉を本当の意味で理解していった。

 だが、突然のことで脳が追いつかないのか、その表情は辛そうで眉間には皺を寄せている。

 

「おい、ヴァヴ」

「………………うぅっ」

「――っ仕方が無いか」

 

 すぐれない表情のまま、呼びかけに答えを返そうとしないヴァヴを見たザインはそう言うと、

 

「ちょ、ちょっと。急に何を? ――キャッ!?」

 

 と、すかさずヴァヴの事を抱き上げた。

 このまま只でさえ危険な状況なのだ、ここでこれ以上時間を割く訳にも行かないといった判断からだ。

 まぁ、ヴァヴが今のような状態に成ったのは、誰がどう見たとしてもザインの所為だろう。

 ザインとしても、コレで死なれでもしたらかなり後味が悪い。

 

「黙っていろ。今は呼吸を整えることだけを考えておけ」

 

 急に抱き上げられたことで驚きの声を挙げたヴァヴだが、それに対してザインは返答するより速く走りだす。

 そして『気にするな』といった類のことを口にした。

 

 痛む頭部に手を当てながら、ヴァヴは一言

 

「……ありがとう」

 

 とだけ呟くのだった。

 

 



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02話

 

 

 ザインが再度ヴァヴを運び始めてから程なくして、目標地点として定めていた格納庫に二人は到着していた。

 ヘルモーズ自体が大きいせいか、この格納庫も非常に大きい。

 天井までの高さはざっと百m以上は有るだろう。

 こんな格納庫が幾つもあるのだから、ヘルモーズという戦艦の大きさには驚くばかりだ。

 もっとも、それももうすぐ撃沈されるのだが。

 

「ヴァヴ、大丈夫か?」

「えぇ、もう平気よ。落ち着いてきたわ」

 

 表情は然程変わらないが、一応は心配そうに聞いているのであろうザインに、ヴァヴは簡単な返事を返して言った。

 格納庫に到着したところで、ヴァヴは自分の脚で歩くと言ってザインの背中から降りている。

 もっとも、実際に先程よりもその表情から辛そうな雰囲気は少なくなってきているのも本当だ。

 感覚的な問題だろうが、心なしか先程よりも表情に張りが出ており、オドオドとした様子が減っていた。

 

「ここまで来れば、後はそれ程大変ではない。此処に在る機動兵器に乗って脱出をするだけだが……」

 

 と、ザインはそこで言葉を区切ってヴァヴに視線を向けた。

 視線の先に居るヴァヴは、確かに平静に見えはする。

 だがザインは『未だ機動兵器の操縦は無理ではないだろうか?』 と、そう思ったのだ。

 

 ザインは格納庫内をグルッと見てまわる。

 

 無人偵察機メギロード、汎用量産機ゼカリア、砲撃量産機ハバクク、上級汎用量産機エゼキエル。

 それらはゼ・バルマリィ帝国軍の機動兵器達だ。

 

「この中ならエゼキエルか?」

 

 ザインは言いながら上級汎用量産機エゼキエルを見つめた。

 『上級』と名前に付くだけあって、エゼキエルのその性能はかなりの物である。

 帝国は他の星系を攻略する際、先ずはメギロードを使ってその文明レベルを調べ、その上で侵攻を開始する。

 もっとも、その侵攻も大抵の場合はメギロードだけで事足りるのだが、それだけでは対処しきれ無い場合にゼカリア等を使用するようになるのだ。

 

 とはいえだ、ザインはその機体で外に出ることに、少しばかり難色を示している。

 まぁ、それもそうだろう。

 仮にもヘルモーズ(27,800m)を撃墜しようという連中が居る中に、たかだか20数mの機体で飛び出して無事で済むか?

 そう思っても仕方がない。

 しかし、それでも目の前に在る量産機の中ではそれが一番高性能であるのも事実。

 他の機体に乗るよりは、遥かにマシと言うものだろう。

 

「ヴァヴ、取り敢えずエゼキエルに――」

 

 ザインはヴァヴに視線を向け、機体に乗るように促そうとする。

 だがその当のヴァヴは、ある機体を見つめていて動こうとはしなかった。

 

 ヴァヴの視線の先に有るモノ。

 

 それは、白黒の巨大な機体。

 非人型のフォルムをもっていて、先のゼカリア、ハバクク、エゼキエル等を遥かに超える火力を有する巨体。

 

 名前は

 

「アンティノラ……か」

 

 ザインはその機体の方へと視線を向けて、小さく名前を呟いた。

 

 第七艦隊にだけ少数配備されている高性能機で、

 その構成素材に『ズフィルード・クリスタル』という自律・自覚型金属細胞を使用している特別機である。

 主に上級士官用の機体ではあるのだが、どうやら乗る者が居らず捨て置かれているらしい。

 

「ねぇ、コレは使えないのかしら?」

 

 ヴァヴは確認するようにして、ザインに聞いてきた。

 その問いかけに、ザインは口元へ手を当てると

 

「使える……だろう。他の機体とは違い操作方法は解からんが、コイツには『カルケリア・パルス増幅装置』が積んであるはずだ。

 システムに俺か、若しくはお前の『念』の波長を合わせれば操作方法は嫌でも理解できる」

 

 ザインは知識の中からそう言うと、機体――アンティノラを見上げた。

 『意図して無視』するようにしていたが、実際いま現在、この場にある機体の中でその性能は群を抜いている。

 少なくとも他の機動兵器で出るよりは、ずっと自身の生存確率が高くなるであろう。

 それに操作方法に関してもザインが口にしたとおり、

 『カルケリア・パルス増幅装置』を使うことで自身の脳に直接刻むことが出来る筈である。

 

 因みに、カルケリア・パルス増幅装置(正確にはカルケリア・パルス・ティルゲム)とは何かと言うと、

 簡単に言えば、人の持つ『念動力(超能力の類)』を増幅させ、機械との相互間方向に情報をダイレクトに伝える装置である。

 地球側には同じような機能を持つ装置として、T-LINKシステム(Telekinesis-LINK System)と言うものが存在しているが、

 こうして同じ様な物が存在しているのは偶々……偶然であるらしい。

 

 さて、とりわけ性能が高く、その上操作に問題は無いと言っている機体があるにも関わらず、

 何故ザインはその機体を無視していたのか?

 それはアンティノラの制作者が『ユーゼス・ゴッツォ』という男だったからである。

 

 ユーゼス・ゴッツォについては機会があれば述べるが、

 ザインは自身の中にあるイングラム・プリスケンの記憶から、ユーゼス・ゴッツォという人物を酷く嫌悪していた。

 その為、そのユーゼス・ゴッツォに関係が深いモノには関わりたくはないと思っていたのだが……。

 

「性能的には、そこのエゼキエルよりも数段上でしょ?」

 

 ザインは眉間に皺を寄せて表情を崩しているが、どうやらヴァヴはそうではないらしい。

 もっとも、生きるか死ぬかの状態で、好き嫌いを考慮に入れること自体間違っているのだが。

 

 ザインはヴァヴの言葉に観念したように、大きく息を吐いた。

 

「あぁ、そうだな……操縦は俺がやろう。お前はコックピット内で衝撃に備えていろ」

「解ったわ」

 

 二人はそう短く会話を交わすと、アンティノラのコックピットに入り込んでいった。

 

 機体自体が大型であるためか、コックピットの中は十分に広さがあり、喩え2人どころか3~4人でも問題がないほどの空間である。

 ザインはそのまま中央の席に座ると、次々とコンソールを操作して機体の立ち上げを行っていく。

 

「――いいぞ、初期起動は他の機体と大差ないようだな。問題は機体動作の方法だが……」

 

 言いながら、ザインはアンティノラに搭載されているはずのシステム――カルケリア・パルス増幅装置のコマンドを調べはじめた。

 目まぐるしく変わっていくモニターの表示に、ザインは忙しなく視線を這わせていく。

 すると、程なくしてそのコマンドをザインは発見してそれを実行に移す。

 だが――

 

 ビーッ!

 

「システムエラー?」

 

 実行に移した結果、正面モニターに大きく『System Error』と表示がされた。

 

「馬鹿な!? 何故エラーが出る? 俺やヴァヴの念に反応しない筈が無いのに!!」

 

 言いながら、ザインは再度実行コマンドを入力するが、モニターに出てくるのは『System Error』の文字だけである。

 何度かコマンド実行を繰り返したザインだが、変わること無く現れる『System Error』の文字に苛立ちを覚え、

 

 ガンッ!!

 

 と、強くコンソールを叩いた。

 

「クソッ! 一体どういう事だ? ……まさかこのシステムは――」

 

 数度のエラーがでた後、ザインはその理由にふと納得がいった。

 ほんのちょっと冷静になってみれば、至極簡単な事。

 

 この機体――アンティノラは、ユーゼス・ゴッツォによって開発され、少数が製造された機体である。

 本来ならば、念動力を持つ人間が操作することを前提に造られているのだが、

 二人の乗っているこの機体は、どうやら『念動力を持たない者が動かす様に』調整がされているようだ。

 

 詰まりは、

 

「システム自体が未調整……と言うことか」

 

 苦々しく言うザインの言葉に、ヴァヴも意味を理解したらしく「そんな……」と言葉を漏らした。

 とは言えだ、こうしている間にも艦の破壊は着々と進んでいて、

 既に格納庫にまでその被害が現れている事がモニターからも確認ができる。

 

 とてもでは無いが、今から悠長に他の機体に乗り換えている暇はない。

 かと言って、システムの調整をするのも時間的には難しいだろう。

 

 ザインは苦々しそうに下唇を噛んだが、直ぐにその表情を正して頭を振った。

 

「このシステムが使えなくとも、機体が動くことには変わりはない。手探りになるが……このまま出るぞ」

「操作方法もよく解らないで、本当に大丈夫なの?」

「詳しく調べている暇はないからな。他に何か、操作を補助する物があれば良いんだが……」

「……ねぇ、これは?」

 

 ヴァヴは何か他に助けになるようなモノは無いだろうかと、ザインに変わってコンソールを操作し始めた。

 そして、どうやらその中に一つ気になるものを見つけたらしい。

 画面には『Cross Gate Paradigm system』とあった。

 

「これは……ッ!? 成程、確かにこれなら!」

「クロスゲート・パラダイム……? ……これって一体――」

 

 問い掛けるようにして聞いてくるヴァヴに、ザインは手をかざして『待て』とのジェスチャーをした。

 そしてコンソールを再び操作していき、システムの機動を行う。

 

「行けるぞ、こっちのシステムは動く!」

 

 システムの立ち上げをしながら、ザインは内心『運が良いのか悪いのか……正直解からんな』と呟いた。 

 

 『クロスゲートパラダイムシステム』……簡単に言えば、因果律に干渉して限定空間内に置いて神の如き力を発揮するシステムである。

 だがそれ故に、世界の意志――所謂『修正力』によって弾かれ、予期せぬ出来事に巻き込まれる可能性が高い。

 要は諸刃の剣とも言える装置なのだ。

 

 とは言え、それも余程の事をしなければ問題ないレベルのことである。

 

「クロスゲート・パラダイム・システムを使って、無理矢理『カルケリア・パルス・増幅装置を調整済み』にする。

 後は上手く機体を動かせば――」

「――クロスゲート・パラダイム・システム……か」

「? ……どうしたヴァヴ?」

 

 ボソリと、呟くように言ったヴァヴにザインは視線をモニターに向けたまま尋ねる。

 

「いや、何かを思い出しそうなんだ。……さっき、私は自分のことを――そうだ、確か『三村』と言ったな?」

「……確かに言ったな。だが、それとクロスゲート・パラダイム・システムにどんな関係がある?」

 

 ヴァヴの問に答えながらも、ザインの手は休まることはない。

 モニターに映る表示は次々とその項目を変えていき、目まぐるしく変わる表示にザインは忙しなく視線を這わせている。

 

「私は、クロスゲート・パラダイム・システムについて知らないんだ。――いや、知ってはいるのだが……何かが違う気がする」

 

 ヴァヴの何とも要領を得ない言葉に、ザインは首を傾げる。

 

 『知っているのに知らない』

 

 そんな事を言われれば、誰だって妙に思うに決まっている。

 

 ザインはクロスゲート・パラダイム・システムの事を、イングラムの記憶から知っていた。

 だからこそシステムを利用しようとも思ったのだが、どうやらヴァヴの場合はザインのそれとは違うらしい。

 

 もっとも、それに付いて今の段階で詳しく問答をしてる暇もない。

 今の状態でザインに言えることは精々

 

「ヴァヴ……どうやらお前には俺とは違い、イングラム・プリスケンの記憶が無いようだな」

 

 といった程度の事だ。

 

 クロスゲート・パラダイム・システムについて、ザインも知識としては知らない、

 あるのは自身に植え付けられた、イングラム・プリスケンの記憶の中に触り程度入っているだけである。

 それに、ヴァヴにはイングラム・プリスケンの記憶が無い……そう考えれば、

 ヴァヴの言葉の端々に現れる未熟さや迂闊さも理解はできるからだ。

 

「イングラム・プリスケン? ……アウレフの?」

「そうだ。いや、その事でお前を攻める気は無い。これは俺達にはどうする事も出来ないことだからな。

 だが……おそらくイングラム以外の誰かの記憶を、お前はその身に宿しているのだろう」

「それがこの、奇妙な感覚の正体?」

「あぁ……だがそれも、いづれはもっとハッキリとするだろう」

 

 ザインの言葉に、ヴァヴは「そう……なのかも知れないな」と返した。

 一応の納得はしたのだろう。

 もっともそれは『今は悩んでいる場合ではない』といった、少しばかり無理矢理気味な納得のしかただったが。

 

 さて、そんな風にヴァヴが納得をしたのとほぼ同時、

 コンソールを操作し続けていたザインの手の動きがピタリと止んだ。

 

 ザインはモニターに向けていた表情を軽く緩め、「フッ」と小さく笑みを漏らす。

 

「――調整終了だ。若干手間取ったが、基本はティプラー・シリンダーを操作するのと変わらんな」

 

 言って、ザインはコンソールのキーを『カチッ』と叩いた。

 瞬間、今までモニターにエラー表示で出ていた『カルケリア・パルス増幅装置』が、

 そのエラー表示を無くして起動を開始する。

 

「よし……システムとのLinkは完璧だ。今なら、このアンティノラの操作方法が手に取るように解るぞ」

 

 ザインはそう言うと、操縦桿を握り締めて機体を動かすのだった。

 軽い操作でアンティノラを動かすと、機体を固定していた固定具を無理矢理に引き剥がして破壊する。

 

「アンティノラ、出るぞ。衝撃に気をつけろ」

「了解」

 

 ザインの言葉にヴァヴが軽く返事を返すと、アンティノラは背部のブーストを吹かして格納庫を飛び出していくのであった。

 

 

 



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03話

 

 

 

 

 アンティノラがヘルモーズより脱出すると、そこは正に戦場だった。

 宙を多数の機動兵器が駆け抜け、それを遥かに超える数の銃弾が飛び交っている。

 

 基本的な機体性能では、明らかに地球のそれを超えているはずなのだ。

 だが、だというのに地球人達は帝国製の機体を次々と撃ち落としていく。

 

 ……まぁ、中には

 

《ふぅ、死ぬかと思っうわぁぁぁぁぁっ!! 》

 

 等の言葉を残して撃墜されるVF-1ヴァルキリーがいたり、

 

《…サラ…また、君にあえるんだね…》

 

 等と言い残して墜落するG-ディフェンサー(MS用支援戦闘機)が有ったのだが、ザインはそれをあえて無視することにした。

 一応ヴァヴ等は気に止めているようだったが、それも『……やっぱりね』等の言葉だったので、

 内心ザインよりもひどいことを考えていたのかも知れない。

 

「どうやら、バルマーの敗けのようだな」

「そうね……。可能性としては、ズフィルードによる攻撃で盛り返すという事も考えられるけど」

 

 二人は飛び交う銃弾を躱しながら、視界の端で沈んでいくヘルモーズを見つめている。

 確かに、ヴァヴとザインの二人は己の知識の中で、ズフィルードクリスタルを核とした兵器の事を理解して知ってはいるのだが、

 それでもこの状況下に置いてゼ・バルマリィ帝国側が勝利するとは想像することは出来なかった。

 

 それ程迄に、地球側の戦闘能力は異常とも言えるものだったのだ。

 

「パーソナルトルーパー、モビルスーツ、バルキリー、エヴァンゲリオン、特機、そして――超機人か……」

 

 地球側で開発された各種兵器の数々。

 それらを眼にしながら、二人はその力の凄まじさを感じていた。

 

 先程も説明したことではあるが、少なくともPT(パーソナルトルーパー)MS(モビルスーツ)VF(バルキリー)等のような機体を例にみれば、

 『極一部』の機体を除きバルマー側の機動兵器が負けることなど考えられない。端から性能が違うのだ。

 誰だって、F1マシンが直線で軽自動車に負けるとは思わないだろう? それと同じだ。

 

 本来ならそれ程の性能差がある筈なのだ。

 喩えこの場に集まっている機体が『極一部』ばかりだったとしても、それでも物量で押し切れば問題など無いはずなのだ。

 

 にも関わらず、結果はゼ・バルマリィ帝国の敗北と言うことに成っている。

 

 コレは勿論他の機体、EVAや特機……それに超機人のような兵器が強力すぎるというのも有るのだろうが、

 それ以上にそれを操る側に差が有るのだろう。

 

 バルマー側の兵器は優秀とは言え、それらの殆どが無人兵器。

 要はAIによって制御されている『お人形』である。

 それは情報を収集し、データを解析し、そして尤も適した行動を取るように造られてはいる。

 造られてはいるが、相手が常識を超えたようなスーパーエース級ばかりではそれも上手くは行かないのだろう。

 

 ……一部例外も居るようだが。

 

 ザインはアンティノラを使い、戦闘宙域を移動しながら一つ疑問に思ったことを口にする。

 それは――

 

「何処だ、此処は?」

 

 だった。

 別に『方向音痴で道に迷った』とか、『宇宙空間に居るため黒くてよく解らない』と言ったことではない。

 本当によく解らないのだ。

 

 周辺の風景は白い……というか灰色というか黒いというか……兎に角奇妙な色合いを見せた場所であり、

 常識的に考えるのなら普通の場所とは思えないのだ。

 

「ここは恐らく……何らかの閉鎖空間じゃないかしら?」

「ヴァヴ?」

 

 頭を悩ませ、首を傾げていたザインの隣でヴァヴが推測を口にした。

 ザインはその言葉に耳を傾けながらも操縦桿を操作し、

 視界の端から『ジャンジャジャ~ン!』と声を出しながら突撃してきたスクラップロボットを鷲掴んで放り捨てた。

 もっとも、それは無意識の行動だったらしくヴァヴは勿論、その操作を行ったザインさえ気がついてはいなかったが……。

 

「何か知っているのか?」

 

 ザインはヴァヴに問うように言葉を掛ける。

 だが、その表情は言葉ほど落ち着いてはいないようだ。

 それもそうだろう。

 匠に機体を操作して戦闘行動を取らないようにしてはいるものの、周囲に存在するバルマー側の兵器達は尽く落とされているのだ。

 同じバルマー側の機体であるアンティノラが、何時までも放って置かれるとは思えない。

 

 もっとも、そういった危惧はヴァヴも理解しているようで、その表情には余裕など有りはしない。

 

「コレを見てちょうだい」

 

 ヴァヴは身を乗り出してコンソールを操作すると、モニターに各種データが浮かび上がった。

 空間座標軸は不安定に数値をランダムに変え、次元交錯線は激しい乱れを示している。

 

「恐らくは通常空間外……亜空間か、若しくはフォールド空間に類する場所」

「成程……それならば現在地が不明なのも理解ができる」

 

 周囲の見た目が妙なことも、見たことのない場所である理由も、それならば納得が行く。

 だがそれは、単純に飛んでいけば戦闘宙域を離脱できるわけではない――と言うことでもあった。

 

「とは言え、こんな状況で『連中』に救助を求めるのは癪だな」

「ならどうするの? いっその事、クロスゲート・パラダイム・システムを使って空間転移してしまうとか?」

 

 クロスゲート・パラダイム・システムの副次的な使用方法として、空間転移というものがある。

 空間と空間を繋ぐ穴を作る――という訳ではなく、

 『目標と成る物体を、初めからそこには無かった』と言う状態にする事で移動するのだ。

 空間転移というと、地球側の機動兵器である型式番号RAM-006――グランゾンという機動兵器も出来るのだが、

 こちらは前述の穴を作るタイプなのでそれとは随分と方法が異なっている。

 

「クロスゲート・パラダイム・システムでの空間転移か……正直、あまり使いたくはなかったがな」

「でも、そうも言ってはいられないでしょう?」

 

 渋るような言い方をしたザインに、ヴァヴは後押しをするような言い方をした。

 

 とは言え、ザインがシステムの使用を控えたいと思ったのは理由がある。

 それは世界からの揺り返しだ。

 世界の意志は、『本来ならあり得ない出来事』に酷く敏感なのだ。

 クロスゲート・パラダイム・システムは、そんな『あり得ない出来事』を因果律を弄ることで可能にしてしまう。

 その為小さな出来事ならばそれ程ではないが、大きな事になるとそうも行かないのだ。

 

 機動兵器一体が空間転移をする程度、全宇宙のことからすれば非常に小さな問題かも知れないが、

 それでも世界は過敏に反応をしてくるかもしれない。

 因果律を操作するシステムを遣わせないために、世界がどんな事を起こすのか解らないのだ。

 だが――

 

「とは言え、このままでは総攻撃の憂き目にあうか……。仕方がない、空間転移を行うぞ。

 俺はクロスゲート・パラダイム・システムの操作を優先する。お前はその間、機体を念動フィールドで保護をしろ」

「了解」

 

 本来ならば一人で全てを賄うべきなのだろうが、前述したとおりに何が起こるか解らないのだ。

 少しでも可能性を高めるためには、こうして作業を分担するのは良い方法と言えるだろう。

 

 もっとも――

 

「――ッ!? 後方4時、攻撃が来る!!」

 

 邪魔が入らなければだが。

 

 ザインが声を発するとほぼ同時に、アンティノラが衝撃で揺らされる。

 幸い機体を覆うように展開されている念動フィールドによって防ぐことが出来たようだが、その攻撃の威力は並のPTやMSの火力を超えていた。

 

 ザインは小さく舌打ちをすると、軽くヴァヴに向かって目配せをする。

 するとそれで理解をしたのか、ヴァヴはシステムの操作に掛かり切りに成っているザインに代わり、

 アンティノラへ攻撃をしてきた機体の識別を行いはじめた。

 そしてモニターを切り替え、相手の姿映しだす。

 だがその機体を確認した瞬間、ザインとヴァヴの二人は揃って言葉を失ってしまうのだった。

 

 アンティノラに攻撃を仕掛けて来た機体。それは――

 

「……龍虎王」

「チッ……よりによってか」

 

 蒼い外部装甲、そして胸中央部にある虎の意匠、背部に広がる大きな翼。

 地球という惑星から、外敵を排除する護人。

 

 『超機人・龍虎王』である。

 

 ヴァヴはアンティノラをグルッと旋回させて背後に機体を向けると、

 相対した龍虎王はまるで様子を伺って睨んでいるように見える。

 

「龍虎王と言うことは、アレに乗っているのはクスハ・ミズハか?」

「クスハ・ミズハ? ……だったら、話をすれば少しは――」

 

 ヴァヴが言葉を言いかけた直後、周囲に咆哮が響き渡る。龍虎王が先に動きを見せたのだ。

 背中の翼を大きく開き、一直線にアンティノラへと迫る。

 その手にはいつの間に出したのか、龍虎王の近接兵装である竜王破山剣が握られていた。

 

「クッ、そんな暇はないようだな――ヴァヴ、操作を任せるぞ!」

「解ったわ。――下がりなさい!」

 

 席に座っているザインの上に乗るような形でヴァヴは席に着くと、直ぐ様操縦桿を握って機体の操縦を始めた。

 アンティノラをその場から移動させ、龍虎王に向かって背部に搭載せれているタキス・ミサイルを発射する。

 

 雨霰のように大量に発射されたミサイルの礫、だが龍虎王はそのミサイル群を恐ろしいまでの速度で持って回避していく。

 その動きは大きく、とても繊細とは言えない動きではあったが、

 アンティノラの放ったミサイル群は悉く狙いを外してあさっての方向へと逸れていった。

 

「は、速い!? あの巨体で何だってあんな!」

 

 あまりの光景に、ヴァヴは驚きの声を上げた。

 

 超機人のパイロットは、念動力という力を持っている。

 ザインとヴァヴの二人もその力を多少なりとも持ってはいるが、

 それも龍虎王のパイロットであるクスハ・ミズハと比べてみれば小さなモノ。

 

 クスハは龍虎王に搭載されているT-link systemを使ってミサイルを感じ、それを元に回避を行ったのだろう。

 もっとも、避け方からも解るとおり龍虎王の馬鹿げた機動性が有ってこそのことだったが。

 

 後方に下がるようにして移動しているアンティノラに、龍虎王は尚も執拗に攻め立ててくる。

 

「チッ……しつこい」

 

 ヴァヴはアンティノラの左右の腕を振るうと、右4つ、左4つの合計8基のガンウェポンが展開された。

 アンティノラの設計者であるユーゼス・ゴッツォが、

 地球側の兵器であるファンネルやサイバスターのハイ・ファミリア等の誘導兵器を元に造ったものである。

 

「行きなさい! アサシン・バグス」

 

 8基のバグスは其々散るように展開していくと、1基、また1基とその姿を消していく。

 別にそれは、撃墜されたと言うわけではなく、それがこの誘導兵器の特徴なのである。

 短距離での空間移動を可能にし、敵の不意をつくことが可能な射撃兵器。

 

 バグスは目標である龍虎王の側に転移をすると、射撃と転移を激しく繰り返して攻撃を加えていく。

 流石に8基の射撃兵器に、ランダム転移で移動をしながら攻撃を加えられては回避が間に合わないのか?

 龍虎王は少しづつではあるが、確実にダメージを受け始めていった。

 

 もっとも、それも殆どが龍虎王の念動フィールドに防がれているため大した被害にはなっていなかったが。

 とは言え、足止めにはそれだけで十分。

 ヴァヴはその隙に一気に機体を龍虎王へと加速させると、アンティノラの前腕部に付いている武装

 

「フォトン・ソード! デッドエンドスラッシュ!!」

 

 近接用エネルギーブレードを振り下ろした。

 だが、相手の龍虎王も大したもので、その動きにはしっかりと対応をしてくる。

 周囲のバグスからの砲撃を無視し、振り下ろされたフォトン・ソードを破山剣で受け止めたのだ。

 

「クッ……!?」

 

 刃と刃が交錯し、『ギャリィ』といった耳障りな音が周囲に響く。

 当てるつもりで振り下ろした攻撃が失敗に終わり、ヴァヴは悔しそうに表情を歪めた。

 今の一撃が決まれば致命傷――とまでは行かないまでも、それなりのダメージを与えて撤退に持ち込る筈だったからだ。

 だがその攻撃はものの見事に防がれてしまい、龍虎王は鍔迫り合っていた剣を弾くと後方へと僅かに下がっていく。

 

「クスハ・ミズハ……予想以上に手強い」

 

 ヴァヴは目の前の敵……龍虎王のパイロットである相手の名前を、恨めしそうに口にした。

 もっとも、ヴァヴの言い分は実は若干おかしい所がある。

 クスハ・ミズハという少女は、ザインやヴァヴのオリジナルであるイングラム・プリスケンが、その才能を買っていた人物。

 所謂『サイコドライバー』にもっとも近い存在なのだ。

 元々は唯の一般人であったのかも知れない彼女だが、今では幾多の戦闘を乗り越え、

 そしてサイコドライバーとしての力に目覚めつつある存在である。

 

 そんな彼女が駆る龍虎王に、今しがた目覚めたばかりのヴァヴが迫っている。

 

 この事実の方が明らかにおかしいのである。

 

 アンティノラと龍虎王の2体が其々を油断なく、観察するように間合いを取っていると、

 龍虎王側のパイロット――クスハ・ミズハはアンティノラを睨むように見つめた。

 

「――あの機体、他の無人機とは違う」

 

 それは相手に対する感想だった。

 アンティノラと言う機体――地球側ではモノ・レッグと呼ばれている兵器だが、

 コレは確かに強力な戦闘能力を有した兵器ではある。

 だが、クスハは此処に到るまでアンティノラと何度も戦っていて、その上で勝利を収めているのだ。

 

 その経験上、目の前に居るアンティノラの戦闘機動は、明らかに今までのモノとは違うと判断したのだ。

 

 一瞬でも気を気を抜けない。

 

 クスハは身に付けている空色のパイロットスーツが胸元を圧迫しているような、

 そんな窮屈な感覚を覚えてゆっくりと息を吐いた。

 

《大丈夫かクスハ? 何なら俺が変わるぞ?》

 

 不意に、龍虎王のコックピット内のモニターに男の顔が浮かんで声が響く。

 クスハと同じような空色のパイロットスーツを着た、金色の髪の少年である。

 少年の名前は『ブルックリン・ラックフィールド』

 念の才能を『見出されてしまい』、記憶を操作されて過去を失った男である。

 イルムガルド・カザハラに救われた後、色々有ってクスハ達と敵対していたのだが、

 今では虎王機(龍虎王の胴体部分。龍王機と虎王機が合体して龍虎王になる)のパイロット兼、

 クスハのパートナーとして共に戦う仲間となったのだ。

 

 クスハは、モニターの向こうで自身を心配そうに見つめているブリット(ブルックリンの愛称)に笑みを向けると、

 

「ブリット君……ううん、大丈夫。まだ戦えるから」

 

 と言って、力強く返事を返すのだった。

 ブリットはそのクスハの反応に「解った、だが無理だけはするなよ」と言うと、クスハを信じて通信を切るのだった。

 

 クスハはブリットに「ありがとう」と小さく言うと、再び意識をアンティノラへと向けた。

 しかしモニターに映るアンティノラは、何故か龍虎王に自身から近づこうとはせずに一定の距離を保つようにしている。

 

「様子を見てるの? ……どうして?」

 

 クスハはつかず離れずをしているアンティノラに対し、そう疑問を口にした。

 まぁ、クスハは知らないことだが、アンティノラを操縦しているヴァヴからすればこの状態に成るのは仕方がない。

 なにせ、元々戦う意志が有るわけではないのだから。

 

 積極的に攻撃を仕掛けているように見えていたのも、要は『受けに回っては危険』と判断したに過ぎない。

 

 ヴァヴ達は時間さえ稼げればそれでいいのだ。

 それをわざわざ攻勢に出て、危険値を上げることもないだろう。

 

 とは言え、クスハにしてみれば今まで攻撃のことしか考えていないような連中ばかりが相手だったのだ。

 現在のアンティノラの行動はただ不思議でしかない。

 

 そのため積極的に行動することが出来ず、牽制程度の攻撃をして様子を伺うことにした。

 

「――? 前に出ることを止めた?」

 

 龍虎王が一気に突き進むような動きを止め、バルカンなどの牽制攻撃をしながら間合いを取るように成ったことで、

 ヴァヴは不思議そうに眉間に皺を寄せる。

 

「どうやら、冷静に対処をする気に成ったようね……厄介だわ」

 

 龍虎王からの攻撃は、先程までの一気呵成の突撃とは打って変わって大人しいものに成っている。

 頭部に付いているスケイル・バルカン砲、前腕部を射出するドラゴン・ナックル、後は眼の部分から発射されるラスタバンビーム程度だ。

 実際は其のどの武装も、『並の機動兵器』には牽制どころか必殺の威力がある武装ではあるのだが、

 現在も油断なく握られている龍王破山剣等の上位の武装と比べれば、間違いなく牽制武器である。

 

 それにだ、『並の機動兵器』には必殺であってもアンティノラは並ではない。

 龍虎王の攻撃は事実牽制程度の効果しか無く、気を付けるべきなのは――

 

「――龍王破山剣」

 

 と、それに以外の上位武装であった。

 

 とは言え、元々時間稼ぎが目的のヴァヴ達からすれば、この展開は望むべくもないことではあったが。

 

「ねぇ、時間は?」

 

 何度目かのラスタバンビームを回避すると、ヴァヴはザインに尋ねるように問い掛ける。

 その間も、二人は互いに顔を合わせるような事はなく、己の仕事から眼を逸らそうとはしない。

 

「――もう少しだ。後はここを……よしッ!」

「出来たのね!?」

「あぁ! この空間から跳ぶぞ!!」

 

 ザインの言葉に、ヴァヴは笑顔を向けた。

 それは、『やっとこんな面倒なことから抜け出せる』といった事からだ。

 まぁ、それが油断を生んだと言えなくもないが……。

 

 ヴァヴはその視線を龍虎王へと向けた。

 

「じゃあね、クスハ・ミズハ。運がよければ、また会いま――」

 

 言葉の途中、コックピット内に《ビーッ!》と響く警報音。

 何者かにLOCK ONされた時に成る音だった。

 

 瞬間、被弾を告げる音と共にアンティノラに衝撃が走り、その機体全体を激しく揺らしていく。

 

「クッ……背部のブースターが一基やられた。コイツは――」

 

 機体の状況を素早く確認したザインは、直ぐ様攻撃を行って来た機体をモニターに映しだした。

 そこには、全身を赤く塗装した細身のパーソナルトルーパーが映し出されている。

 

「――ヒュッケバインEX……イルムガルド・カザハラ!!」

《そうそう好きには、やらせないってよ!》

 

 自身達を攻撃してきた機体の――いや、パイロットの名前を、ヴァヴが口にすると同時に、スピーカーから相手の声が聞こえてくる。

 だがしかし……だ、先程のヴァヴの一瞬の気の緩み、アレは油断であった。

 そして、今現在こうしてヒュッケバインに気を取られている状態も、それと同じように油断だと言えるだろう。

 

「正面だヴァヴ!! 龍虎王から目を逸らすな!!」

 

 怒鳴るような声を出して言うザインの声に、ヴァヴは一瞬ハッとして視線を戻した。

 正面のモニター、そこには急速に迫りつつある龍虎王が映し出されている。

 

《龍王・破山剣ーーッ!!》

 

 周囲には声が響き、龍虎王の破山剣がアンティノラへと振り下ろされた。

 回避は間に合わない、ヴァヴは呻きながらも咄嗟にフォトンソードを下から振りあげて防御に回す――が、

 

 バギリーーッ!!

 

 其々の刃が接触をした瞬間、フォトンソードは破山剣の威力に負けて弾かれてしまった。

 そのままの勢いで振り下ろされる破山剣は、アンティノラの機体へと吸い込まれて――

 

 ガギリィッ!!

 

 不意に、破山剣の動きが止まる。

 見ると破山剣を持っていた龍虎王の腕を、アンティノラが残った腕で捕まえて押さえ込んでいるのだ。

 

《なっ!?》

《ク……まさかこのタイミングで?》

《なんて奴だ……!?》

 

 決まったと思った攻撃が防がれたことに、龍虎王に乗っているクスハとブリットは勿論、

 ヒュッケバインに乗っているイルムも驚きの声を上げた。

 

 そして同じように、ヴァヴも驚きの表情を作っている。

 

 機体の操作を行ったのはザインだった。

 手を伸ばしてヴァヴの手の上から、覆うようにして操縦桿を握っている。

 

 ザインは「フゥ……」と安堵の溜息を吐くと、

 

「――集中して念動フィールドを持たせろッ!! 無理矢理跳ぶぞ!!」

 

 そう言って、アンティノラに搭載されているシステム。

 クロスゲート・パラダイム・システムを起動させるのだった。

 

 途端に周囲の空間が歪みを見せ、アンティノラを中心とした半径100m程が捻れを起こす。

 

「――ッ念動フィールド全開!」

 

 空間移動、そしてその際に起こるであろう衝撃に備えて、ヴァヴはアンティノラに念動フィールドを展開させる。

 だがこのような状況にあるにも関わらず、龍虎王はその剣を引こうとはしない。

 破山剣を突き立てようとしている腕を抑えているため、龍虎王は歪みを見せる空間に嫌でも留まることになっていた。

 

《なんだコレは? 何だかマズイ気がする……クスハ!!》

《解ってる……でも、龍虎王が――》

 

 周囲の変化に危機感を感じているブリットとクスハ。

 だが、パイロットの二人の思いとは逆に、機体である龍虎王は其の動きを止めようとはしない。

 

《何やってんだ二人共! 早くそこから離れろ!!》

《イルム中尉! ……でも機体が!!》

 

 イルムが焦ったような声を挙げるが、パイロットであるクスハやブリットが考えてこのような行動に出ているのでは無い。

 返ってくる返事はやはり焦ったようなものだった。

 

 そして、焦っているのは彼等だけではない。

 

 跳ぼうとしているアンティノラのパイロットである、ザインとヴァヴの二人も同様だった。

 外から見る分には、怪しい行動をしたアンティノラが、龍虎王を捉えて離さない様に見えなくもないだろうが、

 現実は襲いかかろうとしている龍虎王を、アンティノラが必死に押さえ込んでいるに過ぎない。

 

「――ックソ! 何を考えているんだ奴らは!!」

「ヴァヴ、回線を開け!  向こうに離れているように伝えるぞ」

「回線を? だが――」

「時間がないんだ!!」

 

 『回線を開いて直接言う』

 手っ取り早い方法ではあるが、そのぶんだけ嫌な可能性がある。

 それは、相手に顔を見られると言うことだ。

 

 バルシェムシリーズであるザインとヴァヴは、その容姿がオリジナルであるアウレフ――『イングラム・プリスケン』に酷似している。

 このタイミングでそれを相手に見られる事で、逆に不信感を与えてしまうのではないか?

 ヴァヴはそう考えたのだ。

 ゆっくりと話し合いが出来る状態であるのならば多少は違うのだろうが、

 とは言え、今はそうしている余裕など何処にもないのだから。

 

 もっとも、そんな事はザインも理解している。

 だがそれよりも、『アンティノラ』が跳ぶために準備した転移空間に、

 『アンティノラとそれ以外』が居るほうが遥かに厄介だと判断しての事だった。

 

 ザインは手早く通信の準備を整えると、目の前の龍虎王に向かってウィンドウを開く。

 

「聞こえるか、龍虎王のパイロット。このままでは空間転移に巻き込まれる、直ぐに下がれ!!」

 

 モニターの向こう側、そこには何と表現したらいいのだろうか?

 俗に言う『鳩が豆鉄砲を食らったよう』な、とでも言うのだろうか?

 

 ザインからの通信に……いや、正確に言えば通信を送ってきたザインの容姿にだが。

 

《――通信? え? ……あ、貴方は、イ、イングラム少佐!?》

《ッ!?》

《イングラムだと!?》

 

 驚いたクスハの声に、ブリット、そしてヒュッケバインに乗っているイルムも声を挙げる

 

《イングラムッ! 貴様……一体どう云うつもりだ!!》

 

 イルムの乗るヒュッケバインは其の間合いを詰め、ザインとヴァヴの乗るアンティノラへと迫ってくる。

 だが、アンティノラは迫るヒュッケバインに空いた側の腕を向けると、袖口の様になっている部分から光撃を放って牽制をした。

 

 イルムは舌打ちを一つすると、その光撃を寸でで躱してヒュッケバインをアンティノラから遠ざける。

 

 再びある程度の距離が取れたのをザインは確認すると、チラッと視線をヒュッケバインへと向けた。

 

「イルムガルド・カザハラ……今はお前に構っている暇はない。

 面倒に巻き込まれたくなければ下がっていろ」

 

 と、鋭い視線で言うのだった。

 

《イングラム少佐……貴方は、一体何を――》

「クスハ・ミズハ。この状況で、お前に一から十まで説明をしている余裕はない。 お前たちが『イングラム・プリスケン』と言う人物に敵対心を持っていることは理解している。 ――だが、今は兎に角さがれ!!」

《で、でも機体がッ!?》

 

 ザインの言葉に、クスハは慌てて返事を返した。

 そして丁度それにタイミングを合わせるように、龍虎王の瞳が光ると破山剣を持つ腕に力が込められる。

 それによってアンティノラの腕が『ミシミシ』と悲鳴を挙げた。

 

 だが、ザインとヴァヴはクスハの様子と龍虎王の動きで理解をしたらしく、

 

「チィッ!? ヴァヴ!」

「了解!!」

 

 と、短いやりとりをすると次の行動へと移った。

 機体の操作はヴァヴが、システムの操作をザインが行う。

 瞬間、アンティノラの下半身がグルリと回転をすると、そのまま脚で龍虎王を蹴り上げた。

 

 バゴォーン!!

 

 と、音を響かせて、

 龍虎王の装甲を歪ませる程の衝撃を与えると、一気に機体(アンティノラ)を下がらせる。

 すかさずザインはカルケリア・パルス・増幅装置に念を送ると、機体全体を包む念動フィールドを造り上げた。

 

「よし……良いタイミングだヴァヴ。――さようならだ、クスハ、イルム、ブリット。可能ならばもう二度と会いたくはないがな」

 

 そう言うと、ザインはクロスゲート・パラダイム・システムを作動させた。

 途端にアンティノラがその姿を霞ませていき、存在感を薄くさせていく。

 

《待てッ!  逃げるつもりかイングラム!!》

 

 そう声を上げながら、イルムはヒュッケバインのフォトンライフルを数発アンティノラへと放つが、それらは先程の不意を付いた攻撃とは違ってアンティノラの念動フィールドで弾かれてしまう。

 

「イルム、構っている暇は無いと言ったはずだぞ。それにだ……俺はイングラム・プリスケンでは――」

 

 ガゴォォンッ!!

 

 言いかけた直後、アンティノラが激しい振動に見舞われた。

 ヒュッケバインのライフルさえあっさりと弾く念動フィールド、そのフィールドを通して尚これだけの衝撃を与える兵器。

 

「……ッ! またお前か、龍虎王!!」

 

 モニターに映る機体、攻撃をしてきた龍虎王を睨みながらヴァヴはそう声を上げた。

 だが先程までとは違い、今のアンティノラには何かをする事など出来ない。

 既にその存在が希薄に鳴り始め、空間転移を仕掛けている最中だからだ。

 

 だが――

 

《いけないッ! また龍虎王が!?》

 

 驚いたようなクスハの声が周囲へと響く。

 ザイン達の状況などお構いなしに、龍虎王が再び動き出したのだ。

 龍虎王はその巨体を走らせると、一直線にアンティノラへと突き進んでいく。

 

「マズイッ! 此のままでは!?」

「急げアンティノラ! 早く跳べッ!!」

 

 焦るように言うザインとヴァヴ、そしてそれを無視するかのように破山剣を握り締めて飛翔する龍虎王。

 アンティノラと龍虎王の距離は一瞬で縮まり、

 

《待って、龍虎王ーーーッ!!》

 

 クスハの叫びも届かず、その手に握られた破山剣が一直線に振り下ろされるのだった。

 

 



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04話

 

 

 

 深い深い意識の底。

 暗いのか? それとも明るいのか?

 それすらも良く解らないような不思議な場所。

 

 そこには何も無いが、だが一人の男が居た。

 蒼いウェーブ掛かった髪の毛、鍛えられた精悍な体つき。

 だが未だ年若く、15~16程度の容姿をしている少年だ。

 

 少年はこの、良く解らない不思議な場所を漂う様にして流されている。

 何時からそうしているのか? それは恐らく、本人にも解らないことだろう。

 つい先ほど……ほんの僅かな時間の様にも感じるし、それとは逆に数十年、数百年と言った長さにも感じる。

 

 だが青年にとってコレは『日常』だった。

 今までに何度も経験をしたことであり、取り立てて困惑することでもない。

 この空間で暫くの時を過ごした後、意識が途切れる様にして夢を見る。

 夢の内容は様々だが、それは一人の男の記憶のようである。

 

 男の記憶は一種の物語だ。

 目覚める所から始まり、日々を過ごしていく日常の記憶。

 とは言え、それは一般的なほのぼのとしたモノからは、遠く逸脱したものであった。

 

 一言で言えば、それは苦悩だろうか?

 

 自身の取っている行動と、それによって起こる結果。

 そして、それを望んでは居ない自分との葛藤。

 そういったモノが感じとれる記憶だった。

 

 何時からだろうか? いや、もしかしたら最初からかも知れない。

 時を追うごとに見る量の増える記憶ではあるが、それが終わった後のこと。

 少年は決まって一つの声を聞くのだ。

 

《目覚めろ》

 

 と。

 

 その日――というのは些か妙だが、今回もいつもと同じように、少年に対してそんな言葉が聞こえてきた。

 だがそれも何時もとは違い、少しばかり焦ったような響きを持っている。

 

《何時迄そんな場所に居るつもりだ? 急げ、もう時間がない》

 

 少年はその言葉の内容に首を傾げる。

 それは、今までとは違う内容であったためだ。

 今まで少年が聞いていた言葉はただ一つ、『目覚めろ』の一単語だけだった。

 所が今回はそれだけではなく、違う言葉も聞こえてくる。

 

「『目覚めろ』の次は『急げ』か? お前は一体、何を言っているんだ?」

 

 少年は聞こえてくる声に向かって問い掛けた。

 だがそれに対して声の方から返事が返ってくることは無く、ただ無言だけが答えとなって返ってきた。

 

「俺は既に目覚めている! バルシェムのポッドから外に出て、それから――」

 

 怒鳴るようにして言っていた少年の言葉が、徐々に尻すぼみのように小さくなっていく。

 

「――それから……俺は……」

 

 ポッドから出たこと、そしてそれから後の出来事。

 少年はそれらの事を思い出して自身の現在の状態に疑問を覚え始めたのだ。

 だが、そんな少年の悩みなどまるで無視するかのように、周囲に響く声は変わらぬ抑揚で言葉を告げる。

 

《――目覚めろ。この世界には、『俺達』の力が必要だ》

「待てッ! どういう事だ! 俺達とはどういう事だ!!」

 

 自身の状態もそうだが、それよりもやはり声の事が気になるのか。

 少年は問い詰めるようにして声を荒らげた。

 だが、その少年に問い掛けに対して答えを返してくることは無いのであった。

 

 

 

 

 2

 

 

 

 

「――……っク、……ここは」

 

 瞼の上から照らされる明るい光。

 それに意識を引っ張られるようにして、ザインはゆっくりと眼を開けていった。

 コックピットの中で身体を起こすと、更に意識をハッキリさせるために首を左右に振っていく。

 どうやら光の正体はモニターから入り込む太陽の光だったらしい。

 意識がハッキリするのを確認すると、ザインは現在の状況を確認することにした。

 

「……どうやら、上手く転移に成功したようだな」

 

 ザインは周囲のモニターに映る景色を眺めると、そう言葉を漏らす。

 周囲に映っている景色は……一言でいうと山の中だ。

 周りを木に囲まれており、道らしい道など特に見えない。

 文明の匂いなど感じ無いような、そんな場所だ。

 少なくともザイン達が居た、『周囲が白い不思議空間』では無いことだけは確かだろう。

 

「オイ、起きろヴァブ」

「……う、うぅ」

 

 先程までの戦闘空間とは違って比較的安全な場所だろうと判断したザインは、未だ気を失っているヴァブを揺り起こす。

 何度かヴァブの身体を揺するようにしていると徐々に反応が返ってくるようになり、ヴァブはゆっくりと瞼を開けていった。

 

「ッ――此処は?」

 

 一瞬、ザインは最初にヴァブが目覚めたときの様な、奇妙な事を言うのではないか? とも思ったのだが、どうやらそれは杞憂だったらしい。

 

「起きたか。俺も今目覚めたばかりで、詳しいことは何も解っていないが……。だが少なくとも、さっきまで居たような危険区域ではないことは確かだな」

「ということは、転移は成功したと言うことね」

「そうなる」

 

 知らず知らずの内に、ザインとヴァブは小さく笑みを浮かべていた。

 まぁ、あのままヘルモーズの中にいた場合、何もすること無く死んでいたのだ。

 こうして、無事に逃げおおせたことを喜ぶのも当然だろう。

 

 だが――

 

「だけど……ここは本当に何処なのかしら?」

「……そうだな」

 

 不意のヴァブの一言で現実に戻された。

 そうなのだ、二人は今現在の場所が今ひとつ把握出来ていないのだった。

 

「一応、転移先は地球と月の中間地点……宇宙空間を指定していたのだが」

「此処はどう見ても、宇宙空間ではないわよね」

「どこかの惑星か?」

 

 モニターに映るのは、青々とした葉をつける木々が乱立した風景。

 要は森の中である。

 今の状況で解るのは、せいぜいが『何処かの惑星の、何処かの森の中』といった程度だろう。

 

「身体に感じる重力負荷考えると……地球だろうと思うけど」

「地球型惑星は全銀河を見れば、それこそ星の数ほどある。この星が地球であるなら、ある意味では転移に成功したことになるが……」

 

 ヴァブとザインは、互いに会話をしながらもどうするかを考えている。

 

 仮にこの場所が地球だと仮定した場合、先ずは自分達の乗っているアンティノラはかなりマズイ。先ず間違い無く、地球の軍には識別登録がされているであろう。

 そのため、人目に付く場所へこの機体を持っていくわけには行かない。

 それに自分達の容姿も問題だ。

 地球で活動を行っていたアウレフ・バルシェム……イングラム・プリスケンが、異星人の手先だということはバレてしまっている。

 そんな彼に酷似している自分達の容姿は、何かと問題を招く可能性がある。

 現に龍虎王のパイロット、クスハ・ミズハやヒュッケバインEXに乗っていたイルムガルド・カザハラ等は、

 普通にザインをイングラムと勘違いをしていた。

 

 そして、仮に地球以外の惑星の場合、この星にどんな原生生物が居るのか予想も付かない。

 もしくわバルマー帝国と敵対している星の一つである可能性もある。

 

 兎も角、マイナス面での事を考えればキリがないほどに有るのだ。

 理想としては『宇宙空間にに転移→ステルス機能を発揮しながら地球に降下→その後に姿を変えて地球人に成り代わる』

 だった事を考えるに、今の状況は最初から頓挫したことになる。

 まぁ良い方向で可能性を考えれば、現在の場所は未開拓な星でバルマーの手が入っていないかも知れないし、

 地球だとしたら降下の危険性が減ったとも考えることが出来る。

 

「……しかし、どのみち先ずは情報が必要と言うことね」

「そうだな。現在地の情報とそして年月日、他には現在の世界情勢等々……それらを先ずは、クロスゲート・パラダイム・システムで調べる事にするか」

 

 ザインはそう言うと、コックピット内のコンソール部分をポンっと軽く叩くのだった。

 そして言うが早いが再びクロスゲート・パラダイム・システムの操作を始める。

 もう既に何度も使っているためヤケに成っているのか? それとも情報収集程度の事ならば揺り返しも大した事が無いと思っているのか? 少なくともシステムを操作するザインの指の動きに淀みは感じられなかった。

 

「――これで良いだろう。放っておけば、程なくこの星の情報が集まってくるはずだ。後は……お前のことだな」

「私のこと?」

 

 程なくして、システムの操作を終えたザインに突然に話を振られ、

 ヴァブは何のことだか解らないといった表情をする。

 

「そうだ。お前はヘルモーズの中で、自分のことを『ミムラ』と呼んだな? 今は少しは落ち着いただろ? アレがどういう事なのか説明してもらいたい」

 

 ザインの言葉に、ヴァブは「あぁ、そう言えば」と返事を返した。

 ポッドから出てその後に目を覚ましたとき、その時の自分は確かにそう口にしていたと思い出したのだ。

 

 ヴァブは自身の口元に手を持ってくると、少しだけ考えるような素振りを見せる。

 上手く説明をするにはどうすれば良いのか、それを考えているのだ。

 

「そうね……どう言えば良いのか。 つまりは、私は自分自身をバルシェムシリーズの6番目だと認識してるのと同時に、別の人間――『三村 玲子』だとも認識している……といったところかしら」

 

 まるで自分自身にも言い聞かせるように言うヴァブだが、恐らく自分がどういう状態なのか判断に困っているのだろう。

 ザインはヴァブの言葉に「ふむ……」頷いてみせると、腕組をする。

 

「ミムラ・レイコ? ……それは、俺にイングラム・プリスケンの記憶が有るように、お前にはその人物の記憶がインプットされている――という事なのか?」

「どうかしらね? 貴方の持っているというイングラムの記憶がどの様な感覚なのか解らないけど……多分違うような気がするわ。記憶を『持っている』というよりは、自分は『そういった人間だと認識してる』と言う方がしっくり来るもの」

「……単純に考えれば『自身がそう思えるほどに記憶の統合が上手く言っている』とも考えられるが?」

「私の持っているバルシェムやクロスゲート・パラダイム・システム等の情報ソースは、そのミムラ・レイコとしての記憶が元になっているのよ」

「……一体何者なんだ? そのミムラ・レイコとは」

 

 眉間に皺を寄せ、ザインは訝しむような表情を見せる。

 少なくとも自身の持っている知識、そして記憶の双方を照らし合わせても『ミムラ・レイコ』という人物には心当たりがない。

 にも関わらず、ヴァブの言う人物はバルマー帝国の機密に関わることも知っていると言うのだ。

 コレを変だと思うな――という方が無理があるだろう。

 

 ヴァブはザインの問いかけに「そうね」と口にすると、再び考える素振りを見せた。

 

「大まかに説明をすると、地球の日本で生まれて日本で育ち。戦争とは無縁な生活を送ってきた、極々平凡な人物」

「戦争とは無縁? ……よほど安全な地域に居た人物なのか? しかしそれは――」

 

 『在り得ないのではないか?』 と、ザインは思う。

 極東日本。

 数多くの特機(スーパーロボット)を開発してきた国であり、また極東方面防衛の要。

 また多種なエネルギーを扱う機関が数多く存在する国である。

 少なくとも地球の日本で育ったというのなら、一度や二度は戦争の影響を受けてもおかしくはないはずだ。

 

「地域ではないわね。私の記憶では、国全体がそうだったから」

「では……大昔、もしくわ戦争が始まる前にバルマーに捕らえられた人間の記憶だと?」

 

 新西暦179年にジオン公国と地球連邦の戦争が始まってから数年間、地球は――いや、地球圏は平穏とは言えないような状態になっていた筈だ。

 ジオンと地球の戦争自体は突如飛来した巨大隕石『SDF-1マクロス』の影響で停戦となったが、

 その後それほど時を置かずに宇宙怪獣や機械獣、恐竜帝国や妖魔帝国などの地球古来の勢力が台頭し、

 それに併せてティターンズやアクシズを拠点とするネオ・ジオンまでもが動き出したのだ。

 少なくとも自分達の居た時代、戦争とは無縁な生活と言うのは無理があると考えられる。

 

 その為、他の可能性としてはそれ以前の人間の記憶……とも思えるのだが、それではバルマーの機密を知っている理由にはならない。

 ヴァブはザインへと視線を向けると「結論を言うわ」と前置きをしてから口を開くのだった。

 

「私は……三村 玲子は、私や貴方の存在する宇宙とは違う世界の存在なのよ」

 

 ザインはその答えを黙って聞いている。

 だがそれは、別に馬鹿にしているとか、呆れているとか言うことではない。

 その可能性が有ったか……とい事での沈黙である。

 現にザインは一つ頷くようにすると

 

「平行宇宙……という事か?」

 

 と、ヴァブに確認をしている。

 

「さっきの戦闘中にも、私は自分の事……それと世界のことについて考えていたわ。それで得た結論――『三村 玲子』の居た世界では、私たちの世界は一種の物語、娯楽ゲームのストーリーとして存在した物だということ」

「娯楽だと?」

「落ち着いて。少なくとも、『三村 玲子』の世界では……ということよ。私たちが経験したこと、憶えていること、記憶していること、それには偽りなど無いでしょ?」

「……そうだな、俺達は今こうして生きている。それを否定されるのは、些か楽しいものではない」

 

 ピクッと眉を撥ね上げて言うザインに、ヴァブは訂正するようにして言った。

 誰でも自分の存在を否定されるような事を言われれば、少なからず反応するだろう。

 

 ザインは眼を瞑って思考を巡らせ始めた。

 そして、暫くそうやって考えに集中して少しづつヴァブの状態を理解したのだった。

 

「つまり、お前はヘルモーズの中では『三村 玲子』の記憶に引っ張られたということか?」

「えぇ。今は緊急事態の影響か、ヴァブ・バルシェムとしての意識が強いようね。多分その内に、程良く混ざるでしょう。でも、何故そんな事に成っているのかまでは……」

「そういった事が出来そうなモノについては考えがつくが……そうなった理由は俺にも解からんな。それに、お前は直に混ざると感じているのだろう? ならば恐らく、お前と三村 玲子とは他世界での同一存在なのではないか?」

 

 並行宇宙――という概念。

 そして別世界のもう一人の自分という概念。

 ヴァヴにとっての三村玲子とは、そういう存在ではないか? と、ザインは言っているのだ。

 

 もっとも、喩えそうだとしても何がどうなるという訳ではない。

 今現在の二人にとっては、然程関係の無い情報でもある。

 そのためザインは「ふむ」と頷くようにすると

 

「まぁ、今の段階でお前の中に別の人間の記憶があるとしても、然程問題ではないだろう。あまり気にするな」

 

 そう言って、ポンっとヴァヴの肩に手を置いた。

 だがヴァヴは中々に微妙な表情でその言葉に返事を返す。

 

「……それは、もしかして励ましているつもりなのかしら?」

 

 とても『頑張れ』とは言っているように聞こえないザインの言葉に、ヴァヴは尋ねるように聞いてくる。

 だが当のザインは、キョトンとした表情を浮かべた。

 

 まるで、『何言ってるんだ?』とも言いたげな顔である。

 ザインは一拍ほど間を置いて、「ん」と言ってから口を開いた。

 

「ソレ以外に聞こえたのか?」

「――ふぅ……どうやら貴方は、もう少し情緒と言うものを学ぶべきね」

「それが生きるのに必要なら、その時はそうしよう」

 

 溜息を吐くヴァヴに、人を喰ったような返事を返すザイン。

 二人は互いに薄く笑みを浮かべ、『良くも悪くもバルシェムだな』と思うのだった。

 

 そん中、突然にコックピット内に『ピピピ――』といった、アラーム音が響いた。

 どうやら先程設定した、クロスゲート・パラダイム・システムの作業が一段落したらしい。

 

「いいタイミングだな。現在の場所は――地球、西暦……1992年?」

 

 表示された情報を読み上げたザインは、思わず声が裏返ってしまう。

 西暦と言う年号。

 これは、自分たちが居た時代から200年近く昔の時代なのだ。

 

「ヴァヴ……コレは確認だが、俺達が居たのは新西暦だった筈だな?」

「確認するまでもなく、そうよ」

「なら、コレはなんだ? 過去にでも跳んでしまったというのか?」

 

 あり得ない――とは言えない。

 だが、可能性は低い。

 『空間転移の際に、近しい世界の選別に失敗したのだろうか?』

 ザインはそんな事を考えていた。

 

「――ちょっと待ってザイン! これは……この星の歴史?」

 

 ザインの身体を押しのけて、ヴァヴはモニターに羅列されていく文字列を食い入るように眺めていく。

 「おいヴァヴ?」と、名前を呼ぶザインの声も聞こえないのか、ヴァヴは取り乱したようにモニターに目を走らせた。

 時間にして数分。

 モニターを見ていたヴァヴは、呟くように「コレは……」と口にした。

 横からモニターを見ていたザインも、ヴァヴの言葉の意味を粗方理解をした。

 

「酷いな……コレは」

 

 続けるように言った、ザインの言葉が響く。

 そこに記されていたのは、人類の戦争の歴史――いや、蹂躙の歴史だ。

 

 1958年、今現在の1992年からおよそ40年ほど前。

 その時からこの世界の地球人類は、謎の異星生命体の驚異に晒されてきたのである。

 火星→月→地球と瞬く間に攻め込まれた人類は、絶望的な戦争へとその身を投じていくことになった。

 40年前の火星で、初めての異星生命体の発見から現在まで、地球人類はただ敗北の歴史を繰り返している。

 

「コレがこの世界の地球……映像データを見てみろ。興味深い形態だ。STMCとも違う……」

「……これはBETAだ」

「なに?」

 

 モニターの画面を切り替え、異星生命体のデータを調べていると、不意に呟くようにヴァヴが口を開いた。

 

「Beings of the

 Extra

 Terrestrial origin which is

 Adversary of human race……これらの頭文字をとって、BETA」

「敵対的な地球外起源種? ……ハハ、言い得て妙な言葉だな。だが――」

 

 言葉の意味を説明したヴァヴに、ザインは視線を向けた。

 それは『何故知っている?』といった視線だ。

 とは言え、ザイン自身も予想は付いている。それは恐らく

 

「三村玲子の記憶よ」

「やはりか……」

 

 ザインは大きく息を吐き。

 「何なんだコレは?」……と、呆れるように言うのだった。

 

 この転移してやって来た世界について、ザインはヴァヴの意見を求めた。

 と言っても、それは別に『どうしてこんな世界に来たのか?』ではなく、『お前の知っている、この世界の情報を――』という意味である。

 結果、解ったことは『三村玲子』はこの世界の住人ではない。

 別の世界で、この世界の事を知っていただけ――と言うことだった。

 

「つまり、事細かいことは解らない……そういう事だな?」

「えぇ。私が知っているのは、この世界がある時期を境にループする可能性があると言うことだけ」

 

 ヴァヴの言葉に、ザインは思わず「むぅ」と唸ってしまう。

 話を聞くと、この世界には何れ、思いだけで世界をやり直させてしまう存在が産まれる――もしくは作られるというのだ。

 何を馬鹿な――と思う反面、凄いことだ――と、単純に受け止めてしまう。

 何故ならそれは、自分たちのオリジナルであったイングラム・プリスケンが探し求めた……

 

「まぁ……その事は取り敢えずは良いだろう。問題は――俺達がこれからどうするのか? と、いうことだ」 

 

 ザインは考えを振り払うように、頭を左右に振ってからヴァヴに話しかけた。

 内容はこれからのこと。

 この世界での、自分たちの立ち位置を考える必要がある。

 

「まず第一に、この世界で生きるのは新西暦の時代よりも困難でしょうね。世界は地球人類の激減と領土の消失、それと圧倒的物量を持った敵の攻撃で明日ともしれない状態になっている。戦争中だったとは言え、αナンバーズの居た世界の方が、まだ未来は有ったでしょう」

「それはつまり、この世界には未来はない……と、そういう事か。まぁ、このザマではそうなるだろうな」

 

 ザインは言って、モニターを指で弾くよう叩いた。

 まともな勝ち戦は初戦のみ、その後は只管に敗北を重ねているだけの状態だ。

 寿命が来るまでは平穏に過ごす――というのは、正直難しそうだとザインは感じていた。

 

「現在は西暦1992年。『私』の記憶によると、このままではあと10年足らずで地球は滅ぶ」

「10年……」

 

 ヴァヴの言葉に半濁しながら、ザインはモニターを見続ける。

 そこには未だ日本と言う国は存在するものの、アジアの殆どを敵方――BETAに奪われた勢力図が映っていた。

 ザインはしばしその画面を見つめた後、

 

「……全く」

 

 と、小さく呟く。

 その表情は困ったような、呆れたような雰囲気だった。

 ヴァヴはそんなザインの表情に「クスッ」と笑みを浮かべる。

 

「どうする、ザイン?」

 

 ザインはその言葉にヴァヴへと視線を向けた。

 まるで自分が何を言おうとしているのか、そのことをよく分かっているとでもいった顔をヴァヴはしている。

 その顔に、ザインは思わず「フンっ」と鼻を鳴らした。

 

「決まっている。この惑星がそんな状態なら、俺達の手で梃入れをしてやる他はあるまい? 幸い、俺達にはその方法があるのだからな」

「そうね。……でも、幾ら何でもこのアンティノラ一機だけでは限界があるわ。高性能機とはいえ――」

「勘違いをするな」

 

 梃入れをすること。

 それ自体はヴァヴも賛成である。だが、喩えアンティノラの強力な戦闘能力を持っていても、それだけでは限界がある。

 否定的な事を言うヴァヴだが、続けて言われたザインの言葉にそれもそうかと納得をする。

 その言葉とは

 

「俺達がする梃入れとは、なにも戦いとは限らん。そんな事よりもずっと、コッチを使ったほうが役に立つ」

 

 自身の頭を突っつきながら、ザインはヴァヴに言った。

 それにヴァヴは「あっ」と声を出した。

 

「確かに……私たちには、この世界のそれを遥かに凌駕する技術知識がある。それを使えば――」

「この星からBETAを一掃することも、決して不可能ではないはずだ」

 

 アンティノラに集められた情報。

 敵であるBETAと、この世界で使われている兵器群。

 それらを見比べて、ザインはそう判断したのだった。

 

「差し当たっては、その技術を活かすための場が必要だが……」

「それなら私に良い考えがあるわ」

 

 口元に手を当てて考えるザインに、ヴァヴはニヤリっと笑っていうのだった。 

 

 



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05話

 

 『中国大陸に謎の大型機動兵器あらわる』

 

 なんとも馬鹿らしい言葉であるが、これは列記とした事実であった。

 ハイブから漏れ出したであろうBETAの一団、それを迎撃していた中国軍。

 劣勢を強いられていた中国軍を、まるで援護するかのようにその大型兵器は現れたらしい。

 

 そう、言葉のとおりにまさに『現れた』のだ。

 それも突然。

 その兵器の乱入に半ば呆然としている中国軍兵士たちは、通信機越しに一言

 

『さがれ』

 

 とだけ言葉を聞いたらしい。

 もっともその後は一切の言葉を交わさず、圧倒的火力……光学兵器のような物で、BETAを駆逐していったとのことであった。

 当初、現場からの報告を受けた者たちは

 

『何を馬鹿な』

 

 と、一笑に付したらしい。

 だがそれもそうだろう。

 彼らのレーダーは、そんな存在を捉えては居なかったのだから。

 そのため最初にその報告を受けた将校は『現場の緊張による、一時的な混乱だろう』との判断を下した。

 

 まぁ、誰だってそう判断するだろう。

 真に受ける人間がいるとすれば、そのことを知っている人間かもしくは頭のネジが数本飛んでいる天才、そして余程の馬鹿くらいだ。

 だから、この時の将校の判断はある意味では正しい事になる。……無論、結果として当たっているかどうか別問題なのだが。

 

 それを裏付けるかのように、同じような事件が続けざまに発生する。

 中国軍内ではまるで、神話の神が救いに来たとでも言わんばかりにそのことが知れ渡り、

 そして立て続けにそのような自体が起きては流石に国外への情報流出を抑えることもできない政府は、

 例の兵器のことを中国軍の新型戦術機として発表してしまったのだ。

 

 今は違くとも、いずれ味方に引き込めば――との判断だったのかもしれない。

 だが、まるでそれを見透かしたかのように、それ以降は例の大型兵器は姿を消してしまった。

 

 最後の出現から既に3ヶ月が経過し、中国国内をBETAに蹂躙される現状の中未だに姿を見せない新型兵器に、

 国内外ではその兵器が中国に開発されたものではない――との見解を強めていった。

 

 突如現れては消える、そして今回は本当に消えてしまったその大型兵器を、中国では『幽霊』、つまりは『居ないもの』との暗号名で呼ばれるようになった。

 

 そしてその『居ないもの』……幽霊の話は日本でも聞くようになる。

 もっともそれは一般には知られることは勿論なく、軍内や軍需産業内に留まりはしたのだが。

 とはいえ、それでも彼らに与えた衝撃はかなりのモノだっただろう。

 それは彼――日本の一企業である、河崎重工会長も例外ではなかった。

 

「幽霊戦術機か……」

 

 ここは河崎重工本社ビル、最上階にある会長室である。

 そこで日本が誇る戦術機開発の雄、河崎重工会長である河崎源治は小さく呟くように言った。

 既に初老に指しかかろうかと言う年齢の彼だが、その雰囲気はしわがれては居らず、未だに生き生きとした色をその瞳は宿している。

 手には数枚の紙資料が握られていて、どうやらその資料には例の『幽霊』についての報告が書かれているらしい。

 

 BETAと呼ばれる地球外生命体との戦争状態に突入してから今まで、川崎重工は今までの兵器開発のノウハウを元に、対BETA用戦術機械歩兵――通称『戦術機』の開発に取り組んできた。

 もっともそれは、とても開発に取り組んだ……と言える内容ではなく、実際は他国他企業の開発したものをライセンス契約により製造、改良をするに留まっている。

 源治はこの状況、他国に大きく水を開ける状況になっている自国――日本の状況に憂いを感じていた。

 

『一刻も早く高性能な戦術機を、一刻も早く純国産の戦術機を』

 

 それが彼の願いであった。

 そんな中、彼の元に届いた報告書は彼の心を揺さぶるのに十分な内容を秘めていたのだ。

 

 中国大陸に謎の大型機動兵器あらわる

 

 だ。

 

 僅か一機で戦場に現れ、BETAをその圧倒的な戦力で駆逐する。

 それは正に、正義の味方のようなモノにも思える。

 源治は報告書の内容を読みあさり、『こんな兵器を我が国で作れたら』と思ったのだ。

 もっとも

 

「このフォルムはいただけないがな……」

 

 と、歳相応の声で源治は言う。

 その視線は資料の一つ、戦術機のモニター画像を引き伸ばして撮影した写真に向けられていた。

 そこに写っているのは一体の巨人である。

 四足の脚をした非人型のフォルムと白黒のボディ……。

 

 源治は思う。

 こうして資料がある以上、この機体が存在しないということはないだろう。

 だが、それが中国政府の作った物だ――というのはデマである……と。

 これがもし中国の作ったモノだというのなら、数カ月前から姿を見せない理由が解らないし、

 それに中国軍の戦術機に、何らかの技術進歩が見られないのも理解ができないからだ。

 

 となると、この幽霊は中国とは関係がない代物と言う事になるのだが、それなら一体どこの国が、どこの企業が創り上げたものなのだろうか?

 

 もしこの機体があれば――いや、この機体に使われているだろう技術の一部でもあれば、河崎重工も日本も大きく変わることができる。

 彼はそう思わずには居られなかった。

 

 さて、ここで彼とは少し違う目線で物を見てみよう。

 要は神の視点……ネタバレと言うやつだ。

 まぁ、ここまで読んだ者ならば容易に想像が付くだろうが、幽霊とはアンティノラのこと、そしてこれがヴァヴの言っていた『いい考え』であった。

 

 アンティノラだけで世界を救えるとは思ってはいない、だが力を魅せることならば十分すぎるほどに出来るはずだ。

 

 ザインとヴァヴの二人は話し合いの結果、己のもつ技術知識を活かすことで世界の平和を取り戻そうと考えた。

 だがそれには、それを活かすための場所が必要になる。

 それを手にするために第一段階が、あの幽霊騒ぎなのであった。

 

 BETAとの戦闘地点に現れ、手当たり次第に暴れて回る。

 そうすることでアンティノラ――この場合は幽霊だが、その機体の存在を世間に強く印象づけたのだ。

 そしてそれから数ヶ月、『幽霊とは中国軍のデマではないか?』との憶測が出始めたところで時期が来る。

 

 軍需関係者に十分に知れ渡ったという時期が……

 

 PIPIPIPI――!!

 

「む?」

 

 突如部屋中に響くようなコール音、電話が鳴り響き、川崎源治は唸るようにして電話を睨む。

 考え事の最中(妄想とも言う)に邪魔をされたのが気に入らないのであろう。

 彼は軽く息を吐くと、緩慢な動きで受話器を手にとった。

 

「もしもし」

「……」

 

 強めの口調で相手に電話を受けた源治であるが、それがいけなかったのか?

 相手側からの返事は聞こえない。

 無言で待つこと数秒、源治が苛立ったように声をあげようとした瞬間

 

《お話があります。河崎会長》

 

 電話口から、機先を制する様に言葉が放たれた。

 だがその声は

 

(変声機……?)

 

 妙に声高で抑揚のない、なんとも機械的な音声だった。

 源治は直感的に、この電話の相手はイタズラの類では? と考えた。

 彼は仕事の立場上……というのも変な話だが、この手のいたずら電話を受けるのは初めてではなかったのだ。

 そう考えると沸々とした思いがこみ上げ始め

 

(くだらんイタズラならば他所でやれ!)

 

 と、言おうとしてしまった。

 だがそれも

 

《切らないほうが良いですよ。私は、幽霊についての話を持ってきたんですから》

 

 再び、声の主によって遮られてしまった。

 なんとも奇妙な相手である。まぁそれでも、『巫山戯るな』と言って切ることは簡単なことだ、

 しかし今この相手は、河崎にとって気になる言葉口にした。

 

「幽霊についてだと?」

 

 そう幽霊――アンティノラについてである。

 

《そろそろ会長のところにも、ある程度の資料が届くのではないか? と、思いましてね。 こうして連絡をした次第です》

 

 電話の向こうから源治の様子が解るのだろうか? まるで楽しんでいるような口調で相手は返してきた。

 だが今の源治にはそれに文句を言う余裕もない、なにせ今しがた、丁度今しがた思っていたモノと合致する話なのだから。

 それが、どんな内容なのか知ってみたい。

 たとえイタズラだとしても、本来『幽霊』に関しては一般には出まわってはいない。

 それを知っているということは少なくとも業界関係者……または軍関係と言う事になる。

 ならば、自身の手元にある資料とは違う情報を持っているのかもしれない。

 

 源治は逸る気持ちを抑えこみ、出来うる限り落ち着いたような口調で口を開いた。

 

「――それで? 話の内容とは何だ?」

《ふふふ、いい食いつき方ですね? そう言うのは嫌いではありませんよ》

「勿体ぶるな……頼む」

 

 それは本心からではないのかも知れないが、少なくとも源治は見たこともない、怪しい人物に願いを口にした。

 電話向こうで相手はまた小さく《ふふふ》と笑みを口にし

 

《では、よく聞いてください》

 

 そう前置きをしてから話し始めるのだった。

 河崎源治と話をしている相手は……ヴァヴであった。

 ヴァヴは中国に現れた機体は幽霊ではなく、アンティノラと言う名前だということ、そしてそれを創ったのは自分たちであること、自分たちは自身の能力を活かす場所を求めていると言う事を伝えた。

 

「ほう……能力を活かす場所ね」

 

 ここまで聞いた段階での源治の反応は――やはり幾分冷たいものであった。

 話に託けて、自分を売り込もうとしている二流、三流の人間か……と思ったのだ。

 

 もっとも、ヴァヴも電話口から相手側の心境の変化を感じてはいる。

 そのため

 

《証拠として、河崎重工の指定工場にアンティノラを持って行きましょうか?》

 

 と言ってやった。

 川崎源治はこの言葉に、驚き半分喜び3割、そして馬鹿にしてるのか? といった思いが2割といった状態になっていた。

 だが自身が手にした資料にも、『突然に現れて、突然に消える』とあった。

 

 馬鹿馬鹿しい。

 なんとも馬鹿馬鹿しい話ではあるが――

 

「よかろう。ならば――」

 

 少しだけその話を間に受けてみよう。

 彼はそう思うのであった。

 

 

 

 

 4

 

 

 

 

「場所は、川崎重工本社内にある15番格納庫……ですって」

「聞こえていた」

 

 笑うようにして言ったヴァヴの言葉に、ザインは呆れたようにして返事を返す。

 現在の二人はアンティノラのコックピット内。

 先程の会話も、この場所で行われていた。

 ザインに話を聞くなという方が無理というものだろう。

 

 現在、アンティノラはその機体を新潟と佐渡ヶ島の中間地点……日本海の海の底に足を降ろしていた。

 ザインとヴァヴがこの世界にやって来てから既に3ヶ月。

 『世界を救う』という名目のもと、二人は着々と下準備を進めてきた。

 その第一歩が、今回の河崎重工への接触である。

 

 世界への梃入れを決めたザイン達だが、その為の場所として選んだのが河崎重工なのである。

 これはヴァヴがザインに言ったことではあるが、

 河崎重工は他の企業――例えば富嶽、光菱、遠田、大空寺重工などに比べると影が薄……シェアが少ない。

 そのため、それらの企業の中では比較的こちらの話に乗りやすいだろうとの判断だった。

 

 ザインはコンソールを操作して、例のシステム――クロスゲート・パラダイム・システムを起動させようとしている。

 ヴァヴは座席の傍らに立ちながら、ザインに軽く声をかけた。

 

「通信越しからだけど……随分と横柄な態度を取る人物だったわね」

「そうか? それ程でもないだろう。組織のトップに居るからといって、皆がビアン・ゾルダークのような人物とは限らん」

「ビアン博士か……何もそこまで期待をした訳ではないのだけれどね。とはいえ、せめてマクロスのグローバル艦長くらいの人物を期待したかったわ」

「十分に期待しすぎだ」

 

 軽い苦笑を浮かべていう二人、だがその間にシステム起動は済んだらしく、ザインは「よし」と声に出して言った。

 そして

 

「さて、行くとするか?」

「この世界での第一歩……ね」

 

 二人は互いに言い合うと、アンティノラはその場から姿を消していた。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「本当に、来た……!?」

 

 驚いてそう言ったのは、河崎重工会長の河崎源治である。

 場所は自社敷地内にある15番格納庫。

 彼がアンティノラの呼び出しに指定した場所であった。

 

 今現在、この場所には彼しか居ない。

 交渉の際、ヴァヴは一人で来ることを強制したためだ。

 本来ならば一人で行動をするなど考えられないところだが、その場所が自社の敷地内であること、そしてボタン一つで警備を呼ぶことが出来ることから源治は了承していた。

 

 とはいえ冗談半分での遣り取りであったのだが、彼はその場所に足を運んできていた。

 内心ではもしかしたら――との思いも有ったのかもしれない。

 だが、それがこうして目の前に現れるとただただ呆然とするしかできなかった。

 

 源治の目の前には、資料で見たばかりのアンティノラの姿が映っている。

 彼の知っているどの戦術機とも一線を画すようなフォルム、そしてその巨体。

 今現在、彼の頭の中には『どうやって、この機体と開発者を会社に取り込むか?』その事で頭が一杯だった。

 

 すると一瞬、アンティノラの瞳がキラリと光った。

 だが「何事か?」と、そう思う間もなく格納庫内に大きな声が響き渡る。

 

《良く来てくれましたね。河崎会長》

 

 その声に、源治は一瞬ビクリと体を震わせた。

 そしてシドロモドロに辺りを見渡すと、それが目の前の機体から発せられた声であることに気がつく。

 

「あ、あぁ……言われたとおりにな。私一人だ。……出て来て顔を見せてくれないか?」

『あぁ、良いだろう』

 

 ザインとヴァヴの二人は、カメラ越しに映る源治の反応に声を出して笑い出したい気持ちになっていた。

 とはいえ、そんな事をしては明らかにこの後の交渉事に支障を来すだろう。

 マイクのスイッチを切った二人は、それぞれお互いに顔を見合わせると、「ふふふ」と軽く笑みを浮かべるのであった。

 

 対して、アンティノラを目の前にしている河崎源治は、正直気が気ではない心境だった。

 これからどんな人物が現れるのか? 交渉はうまく出来るかどうか? そんな事をグルグルと頭の中で考えているのである。

 その表情はまるで、欲しがっていた玩具を前にした子供のようだった。

 

 だが、その表情もアンティノラの中からザイン達が顔を出すと一転した。

 困惑の表情へと。

 

 源治は、一体どんな偏屈な人物が顔を出すのか? と、身構えていたのだが、それに反して顔を表したのは年端も行かない様な少年少女だったのだ。

 半ば肩透かしを食らったうような源治は

 

「あの二人が……交渉の相手か?」

 

 と、眉根を顰めて言う。

 これから交渉事をしようかという、そのうえ一組織のトップとしてはかなり問題のあるような反応だが、

 まぁ……それも仕方がないだろう。

 それくらいに、彼にとっては予想外だったのだから。

 

 その証拠に、ザインとヴァヴはこの反応も考慮に入れていたのか、特に気にした様子もない。

 コックピットハッチから伸びるワイヤーを伝いスルスルと降りてくると、二人は真面目な表情を源治へと向けた。

 

「はじめまして、河崎源治会長。私たちがこの機体――アンティノラの持ち主です」

 

 スッと一歩前に出て、その口を開いたのはザインだった。

 表情は引き締められ、些かも緊張していないように感じられる。

 源治はそんなザインに「あ、あぁ」といった、返事のような言葉を返していた。

 

 恐らくは、ザインの放っている普通ではない感覚を肌で感じたのだろう。

 

「早速ですが話し合いを始めましょう。まどろっこしいのは苦手ですからね」

 

 そう言うと、ザインは後方に控えていたヴァヴに手を上げて促した。

 するとヴァヴはツカツカと源治へと歩み寄り、その手に持っていた紙資料を手渡した。

 

「どうぞ」

「う、うむ」

 

 源治は少年(ザイン)と同じような容姿をした少女(ヴァヴ)に目を向け、幾分緊張感が高まるのを感じた。

 

 兄妹? 双子?

 

 だがその疑問も、手渡された資料に目を落とすと次第に感じなくなる。

 

「『相互支援提案書』?」

 

 源治はヴァヴに手渡された資料に目を落とし、そこに大きく書かれていた文字を声に出して言っていた。

 だが『相互支援?』と、源治は首を捻っていた。

 ザインはそんな源治に

 

「その通り、支援です。……お互いのね」

 

 薄く笑みを浮かべて言った。

 源治は「む……」と口にしながらも、その資料に目を走らせていく。

 

 そして

 

「……これは本気なのかね?」

 

 しばらく資料に目を通していた源治であったが、ひと通りに目を通し終えるとそんな風に聞いてきた。

 書かれていた内容とは何か?

 それは一つに、自分たちの持つ技術力――この場合は単純に知識となる訳だが、それを河崎重工で買って欲しい……と、いった内容だ。

 その為の場所、そして地位を用意すれば、必ずや河崎重工の益になって見せる。

 そして業界のトップにして見せる……と、あるのだ。

 なんとも馬鹿馬鹿しい話だが、とは言えそれもザイン達の背後に立っているアンティノラが現実味を増大させる。

 だが――

 

「我々からの要求は……一つ目、我々専用の研究室を作ること。

 二つ目、コチラで研究開発した物は、優先的に製造可能な状態に持っていくこと。

 三つ目、我々のいずれかに人事権――そうですね、副社長の席を用意していただきたい」

 

 とても『はい、わかりました』と言えるような内容ではないだろう。

 特に最後の三つめ、これはあり得ないと言わざるを得ない。

 幾ら何でも、いきなり現れた人物に……それも年端も行かない子供に人事権を与えるなどとあろう筈がない。

 

 あまりの内容に言葉を失う源治だが、ザインは変わらずに不遜な態度を崩そうとはしない。

 

「流石にこのアンティノラを量産することは出来ないでしょうが、それでも現行の戦術機を遥かに凌駕する機体の製造……それを河崎重工が主導で行うことが出来るようになる。……それは、とても魅力的な話ではありませんか?」

 

 ザインの口にする内容に、源治は僅かに心が揺れるのを感じた。

 魅力的な話――たしかにその通りなのだ。

 

 河崎重工は日本という国において、たしかに戦術機開発のメーカーとして動いてはいる。

 この1992年現在でも、激震、陽炎、海神のライセンス生産をしており、帝国軍はもちろんのこと国連軍にもパーツの受注受付を行っている。

 だがそれは他のメーカーである富嶽や光菱、それに遠田よりも一~二歩遅れをとっているのが現状であり、正直陰が薄いと言わざるを得ない状況である。

 

 だがここで、このアンティノラを持っている二人を取り込めば、その状況から一歩――いや、はるか先まで足を踏み出すことが出来るかもしれないのだ。

 

 だがそれでも……で、ある

 

(こんな子供たちに、そんな条件を?)

 

 可能性は魅力的でも、それが絶対の保証が欲しい。

 困ったような表情を浮かべ、言葉を濁す源治。

 もっとも彼のその反応も、ザインとヴァヴからすれば当然のこと。予想通りのことであった。

 

「貴方の葛藤はよく解る。私たちのような子供にそんな事をして大丈夫なのか? そう思っているのでしょう?」

 

 今まで薄く浮かべていた笑みをなくし、ザインは射抜くような視線で相手を見つめた。

 

「まずは最初の一つ目、専用の研究室……これを確約してくれれば結構。

 あとは私達が使えると思ってくれれば、その都度に他の希望を満たしてもらいたい」

「研究室だけ? それだけで良いのか?」

「えぇ。何でしたら保険として、この先数ヶ月たっても成果がないようでしたらこのアンティノラをお譲りしますよ。とはいえ、直ぐに何らかの成果を出す準備は出来ているので無意味な約束事になりますがね」

 

 自信満々になって言うザインの言葉は、子供の言だというに源治の頭の中にこびり付いた。

 そうだ、たとえ怪しくても、いい方へ転がる可能性がない訳ではない。

 そう考え、源治はただ一言

 

「解った一先ずは君たちを信用してみよう」

 

 そんな風に言ってしまうのだった。

 その言葉を受けてザインとヴァヴは小さく笑みを浮かべ、

 それを背後のアンティノラがまるで見つめるようにカメラ部分を光らせるのだった。

 

 なぜ、こうもあっさりと信じてしまったのか?

 

 まぁ、解る人間には解るだろう。

 オイシイ話に聞こえたから? いや、そうではない。

 それはもっと解りやすいことが理由になっている。

 

(便利だが……クロスゲート・パラダイム・システムの使用は、これで最後にした方がよさそうだな)

 

 ボソリと呟くように言ったザインの台詞は当然のように河崎源治の耳には届かないのであった。

 

「それでは、早速だが君たちの部屋を用意させよう。あー……っと、すまんが君達の名前を伺ってはいなかった?」

 

 足早に出て行こうとしていた足を止め、ザイン達に目を向けて源治は言った。

 その言葉にザインは一瞬だけ眉根をしかめ、「む、名前か?」と口にした。

 

 『名前』

 

 バルシェムである二人には、本当の意味での名前はない。

 【ザイン】という呼び名も、【ヴァヴ】という呼び名も、二人にとっては名前ではなく、個体識別番号でしかない。

 だから、それを名前として使うのは少し違うのではないか? ……と、急に思ったのである。

 

 本来ならば余計なことを考えないように調整されているはずの人造兵士――バルシェム。

 だがザインは『イングラム』の記憶が、そしてヴァヴは『三村玲子』の記憶が、それぞれに個性を持たせていた。

 

 ザインとヴァヴは互いに顔を見合わせて、互いに軽い笑みを浮かべた。

 そして

 

「そうだったな、自己紹介がまだだった。俺は……俺の名前は、イングラム・プリスケンだ」

「私はヴィレッタよ。ヴィレッタ・バディム」

 

 二人はそう名前を名乗るのであった。

 二人にとって、特別な意味合いを持つその名前を……。

 

 



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06話

 

 

「いやー、凄いな君たちは!」

 

 興奮したように声を荒らげて言ったのは河崎重工の会長、河崎源治である。

 その声をザインとヴァヴの二人――いや、今ではイングラム・プリスケンとヴィレッタ・バディムとなった二人は、多少げんなりした素振りで聞いている。

 

 とはいえ、それを表に出すようなことはなく、興奮している源治も気づきはしなかったが。

 

 ここは河崎重工本社敷地内にある研究室。

 15番格納庫にほど近い立地にあり、河崎重工に入り込んでからの数ヶ月を、二人はこの場所で過ごしていた。

 

 さて、何故にこうも大きな声を出して興奮しているのか?

 

 それは、二人が開発した(ことに成っている)新型のジェネレーターが理由である。

 現行品の出力を1.2倍に、そして今までよりもなお小型に作り上げることに成功したのだ。

 

 とはいえ、何も新しいモノを開発したというわけではない。

 従来の製品に若干の手を加えただけの代物だ。

 2人にとってこれは対して難しい技術ではなく、現在の地球の科学力でも十分に可能なヴァージョンアップである。

 もっとも、それを出来る人間が今まで居なかったのだから、源治の興奮も理解できると言うものだ。

 現在はその新型ジェネレーターを売りに出し、河崎重工には世界中からの買い注文が殺到している状態だった。

 

 従来品よりも小型(重量が軽い)なうえに、出力が高い。

 それは単純に、機体の反応や追従性にも関わってくるということだ。

 当然だが、新しく新型の戦術機を開発しようなんて連中はその性能を試したい、知りたいと思うはずだ。

 従来品との換装も視野に入れて。

 

 もっとも、事はそう簡単ではなく……

 

「幾ら性能の良い新型のジェネレーターとは言え、現行品への換装となると新しく改修プランを立てる必要があります」

「機体というのは、その性能が出せるように細部に渡りバランスを取っていますから。パイロットの安全を考えないで行うのならまだしも、実際はそれを無視して良いようなモノでもないでしょう?」

 

 イングラムの言葉に、ヴィレッタが被せるようにして言ってきた。

 つまりだ、現行の兵器は現在の状態がある意味ではベストだというのである。

 各部パーツの損耗度合い、推進剤の消費量。

 そういったことを考えると、単純に性能の良いジェネレーターを組めば良いとは言えないのだ。

 

 だから

 

「それを踏まえた上で、激震の改修プランを纏めてみました」

 

 すでに先んじて、それ様の資料を纏め終えていたイングラムは、「どうぞ」と言いながら源治に手渡した。

 源治は思わず破顔してしまいそうになるが、それをなんとか堪えると「うむ」と言って資料を受け取る。

 

 そしてその資料をパラパラとめくって行くと

 

「激震の改修……各部パーツの強化と推進剤の増加プラン。これに関しては他の連中との話し合いをしようと思うが――」

 

 ある程度頁を捲った源治はそう言うと、途端に顔を顰め始めた。

 それは資料の最後の頁、そこに書かれている一文が理由である。

 

「この、『独自に戦術機開発行うための下準備となる』とは、一体どういう事なのかね?」

 

 困惑したような表情を浮かべ、源治はイングラムとヴィレッタにそう聞いてきた。

 だがイングラムは、そんな彼の疑問など気にする風でもない。

 

「言葉通りの意味ですよ。いずれ純国産の戦術機を作るには、それ相応の慣れが必要になる」

「純国産? 確かに……国内ではそういった話の流れが起きてはいるが……」

 

 源治の言っているのは、現在第一世代戦術機・斑鳩(いかるが)を元に開発をしようとされている、純国産戦術機・不知火(しらぬい)のことである。

 富嶽、光菱などが開発に名乗りを上げており、河崎重工もそれに乗るかどうか……といった流れになっている。

 

「現在、国産戦術機の不知火の開発をするために、富嶽と光菱が名乗りを上げた。我社も君たちが手を加えたジェネレーターを持って、それに参加しようと思っていたのだが……」

「私たちとしては、それは他の二社に任せたほうが良いと思います。逆にそれで良い機体が出来たとしても、それは河崎だけの益にはならない。もしジェネレーターが必要だと言うのなら、そんな物はくれてやれば良いでしょう」

 

 『当然、その時は条件をつけて』と言って、イングラムは笑みを浮かべる。

 だが、それで源治の気分が晴れるわけではない。

 尚も「しかしな……」と口渋る彼に、イングラムは息を吐くと「わかりました」と告げた。

 

「ヴィレッタ、アレも見せてやれ」

「そうね。そのほうが私たちの言っていることも理解できるでしょうし」

 

 ヴィレッタは言うと、今度は研究室内にあるパソコンを立ち上げてキー操作をしていった。

 

「――これです。見てもらえますか?」

 

 程なくしてモニターに映し出されたデーターを、ヴィレッタは源治に見るようにいった。

 源治は唸るようにして「む、解った」と言うと、モニターに視線を走らせ始める。

 

 モニターには何が映っているのか?

 そこには大きな文字でこう書かれていた。

 

 河崎重工製第参世代戦術機・『幻影』開発計画、と。

 

 従来の戦術機開発のノウハウを元に……は全くしておらず、その全てをイングラムやヴィレッタの監修の元に開発される新型戦術機。

 型式番号PTX-001『幻影』

 要は、イングラムたちの居た世界に於けるパーソナルトルーパー、『ゲシュペンスト』の事である。

 

 装甲材質は勿論、つい先日開発したばかりのジェネレータも使わずに、外見も中身も新技術で埋め尽くすと言うのだ。

 そして何より目を引いた内容は搭載予定のジェネレーター

 

「プラズマジェネレーター?」

 

 である。

 聞きなれない単語に、源治は思わず口にして言った。

 イングラムはすかさず、紙資料を源治の目の前にさし出す。

 

「――簡単にいえば、小型の核融合炉の事ですよ。動力炉内のプラズマ閉じ込めに、磁場ではなく重力制御を利用することでより高い発電効率を得る物です」

「核……だと? それに重力制御?」

 

 源治は目を見開くようにして言うと、手渡された資料に視線を落とす。

 そこにはプラズマジェネレーターの概要と製造コスト、そしてその設計に関しての記述があった。

 

「問題はありませんよ、この程度の技術。なんなら不知火とロールアウトの時期を合わせて、幻影を帝国軍への競合に出しても良い」

「とはいえ、100%ゲシュペンスト――この幻影が勝つでしょうがね」

 

 自信満々に言ってのけるイングラム達の言葉に、源治は「むぅ」と唸った。

 自社の商品がシェアを独占する。

 それは、何と素晴らしい響きであることか。

 だがリスクは当然あるだろう。

 イングラム達の言うとおり、この計画書にある『幻影』がそれだけの能力を秘めていたとしても、今迄とは違う技術、違う規格を目指して造ると成っている。

 

 と言うことはだ、技術者もそれに合わせて教育をする必要性が出てくる訳だ。

 さらには製造コストの問題もある。

 全てのパーツを自社で賄うことにすれば、それは当然技術の漏洩を防ぐという意味でも、また利益という面でもプラスに働くだろう。

 だが、それが量産に向くか? と言われれば、答えは『いいえ』と言わざるをえない。

 そもそも開発することになっている不知火も、いくつかの社がそれぞれを分業することでコストと生産性を向上させているのである。

 それを考えると、どうしても源治は尻込みをしてしまうのであった。

 

「我が社単独での開発か……」

「そう、難しく考えることはありませんよ」

 

 ふと、源治の沈黙を破るようにしてイングラムが口を開いてきた。

 源治はその言語の意味を理解しようとして、イングラムへと視線を向ける。

 

「まずはデータ取り用に、2~3体ほどのゲシュペンストを製造します。まぁ、会長も心配でしょうから、まずはそれで機体の優秀性を確認すればいいでしょう? それが満足のいく出来であれば、先ほど申し上げたように不知火との競合に出す。 私達は確実に勝てると思っていますが、それで勝った場合は『製造コストの問題がある』と言って、帝国軍に買い渋りをさせましょう」

「買い渋り? 何故だね?」

「製造コストを下げるために、新たに工場を作りたい――と言うんですよ。 そのための土地や、建設費を出してもらうためにね」

 

 ニヤッと笑ってイングラムは言うが、なんとも無茶苦茶な話である。

 安く物を卸せるようにするから、そのための作業場を用意しろと言うのだから。

 普通であれば、そんな馬鹿げた話は聴くに値しないことだろう。

 だが、

 

「その際の条件として、幻影は社の利益を殆ど削った状態で帝国軍に販売することにします」

「ちょっと待て! 利益を削るだと!?」

「そうですが……何か?」

「駄目だ! そんなことは認められん」

 

 商売人だからだろうか?

 利益にならないようなことは御免被ると言いたげに、源治は反論をしてきた。

 とはいえ、イングラムからすればゲシュペンストの利益程度はくれてやれ――と思っている。

 なぜなら

 

「大丈夫ですよ会長。我々が帝国にソレをするのは、初期型の幻影のみにですから」

「初期型? どういうことだ?」

 

 ヴィレッタが補足するようにして口を挟んできた。

 何が面白いのか、ヴィレッタは何やら口元を緩めた表情をしている。

 

「工場の稼働が出来るようになったら、すぐさまに生産性と性能を高めた幻影の2号機を開発します。 最初の約束を幻影に関してのみの約束事にしていただければ、その2号機の量産で間違いなくこの会社は潤うはず」

 

 ある種、イングラムが言っていることはペテンでありただの騙しでしかない。

 だがそれでも、嘘をつく訳でもない。

 実際問題、一度開発をした戦闘兵器がすぐに役たたずになることなどそうそう有りはしない。

 現にこの世界では、数十年前に開発された激震タイプの戦術機が未だに現役で可動をしているのだから。

 

「……出来るのかね? その2号機は」

 

 口元に手を当てて考える素振りをしていた源治は、暫くそうしていると徐に問いかけてきた。

 イングラムはそれに対して小さな笑みを浮かべる。

 

「ご安心ください。我々にとっては、その2号機でさえ後々のための下準備に過ぎませんから」

 

 そうなのだ。

 イングラムとヴィレッタは、ゲシュペンストを造ったくらいでこの世界の状況をどうにか出来るなどとは考えては居ない。

 そのためには、もっと強力な兵器が必要になってくるのだ。

 ゲシュペンストではない、もっともっと強力な兵器が。

 だがその為には、今の河崎重工では駄目なのだ。資金力も、国の政治に介入するパワーも無い。

 それではいくらイングラム達に知識が有ったとしても、それを有効に使うことはできない。

 

 だからこそ、まずは下準備が必要なのだ。

 

 イングラムの言葉に若干の笑みを浮かべている源治。

 その彼に、ヴィレッタは一歩踏み出して口を開く。

 

「会長。私たちの計画……進めてはいただけませんか?」

 

 笑って言うヴィレッタの表情に、源治は一瞬『なんて笑い方をする娘だ』と思った。

 だがそれも束の間、彼の頭の中では先程の話を進めることで一杯になり、

 

「解った。直ぐ様コイツを造れるように、各傘下企業や工場に打診しておこう」

「材料の買い付けなどはそちらにお任せしますが、技術的なことを質問されたら築一報告をお願いします。 一度、それについての話し合いも必要でしょうからね」

 

 イングラムが言うと、源治は「あぁ、解った」と頷き、その場から駈け出していく。

 その姿を見つめながらイングラムとヴィレッタは、

 

「順調……だと言えるのだが、とはいえ時間はないな」

「えぇ、そうね」

 

 と頷き合っていた。

 そしてドカッと椅子に座ると「はー……」と息を吐く。

 

「タイムリミットは2001年末。私たちがこの世界に来て数ヶ月……1992年も、あと2~3ヶ月で終わる」

「残り7~8年の間に準備を整えなければならない……か」

 

 イングラムは天井を仰ぎみて言った。

 ゲシュペンストを造り、それを元手にゲシュペンストMrk-Ⅱの生産ラインを確保する。

 その後はMrk-Ⅱも売りに出し、資金力を増大させてさらに進んだ兵器を開発。

 堅実では有るのだろうが、何とも機の遠い話だ。

 

「BETAを一掃するために、SRXでも造れれば良いんだがな」

「SRXを? ……確かに、そうかも知れないわね」

 

 呟くように言った言葉だが、ヴィレッタはそれに同意を示してくる。

 かつてイングラムは――とは言っても、この場にいる彼(ザイン)の事ではなく、オリジナルのイングラムだが、彼が設計開発を行った機動兵器、それがSRX(Super Robot X-type)である。

 

 念という特殊な才能が必要な機体であるが、その能力は凄まじく、僅か一機でも戦局を覆せるだけの力がある。

 当然、この場にいるイングラムにも、それを作るだけの知識はある。

 なにせオリジナルであるイングラムの記憶を殆どコピーしてあるのだ、当然そういった知識についても問題はない。

 だが――

 

「しかし、この世界にはトロニウムがない。仮にSRXをつくる場合、他の動力炉を考える必要があるだろう」

「トロニウムエンジンに変わる物……か」

 

 二人は困ったように溜息を吐いた。

 要は、材料が手に入らないのだ。

 SRXの動力に使われているのは、トロニウムと呼ばれる鉱石である。

 これに一定の振動数を与えることで、トロニウムは莫大なエネルギーを放出する。

 トロニウムエンジンとは、その際に放出されるエネルギーを利用する機関なのである。

 だがイングラム達が居た世界でもトロニウムは貴重品で、銀河中を見てもとある一つの惑星でしか採取できない物だった。

 惑星間航行技術の進んでいないこの世界の地球では、トロニウムを得ることは先ず不可能であろう。

 

「まぁ、どのみちSRXを開発したとしてもパイロットの問題もでて来る。この世界に、リュウセイやアヤほどの念能力者が居るかどうかも判らないからな」

 

 機体の材料不足、そしてパイロットの確保の困難さ。

 SRXは、とてもではないが造ることの出来無い兵器である。

 

 だがふと、ヴィレッタは思い出したように顔を上げ、イングラムに顔を向けた。

 

「……ゴメンなさい、忘れていたわ。そう言えばアナタには、オルタネイティヴ計画のことを話していなかったわね?」

「オルタネイティヴ計画? ……BETAとのコミュニケーション方法を模索するための計画だったか?」

「そうか、アンティノラで集めたデータを読んだのね? でもそれなら話は早いわ。既に知ってるでしょうけど、この計画の第一段階はBETAの言語や思考を解析しようといったものだった。Ⅱに移行してからは敵を知るための生態調査、ⅢはESP能力者によるBETAからの情報入手……」

「そのⅢの能力者たちを使った部隊は、インドの作戦で全滅したと聞いたが?」

「えぇ、その部隊はね」

 

 持って回った言い方をするヴィレッタに、イングラムは「ム?」と口にして眉間に皺を作った。

 だがそれで却ってヴィレッタは気を良くしたのか、饒舌に言葉を続けていく。

 

「この第三計画は1973年から続けられていた。今回のことで部隊が全滅したと言っても、成果自体が消えたわけじゃないわ。今から約2年後、一人の天才がその計画を受け継いで第四計画が動き出すことになる」

「天才……だと?」

「現在、帝国大学・応用量子物理研究室に居る17歳の女性。……香月夕呼(こうづきゆうこ)

「17歳? 随分と若いな?」

「今の私たちに言えることではないけどね」

 

 ヴィレッタがクスっと笑って言うのは当然だろう、なにせそれを言うイングラムの年齢はさらに若いのだから。

 イングラムはヴィレッタの笑みの意味を理解したのか、「む」と言いながら眉根を顰めた。

 もっとも、イングラムからすれば自分のことを『天才』などと表現するのは適切ではないと考えている。なにせ自身の持つ知識や考え方などは、自分自身で身に付けたものではないからだ。

 全ては、外から勝手に入ってきたモノに過ぎない。

 そんなモノ誇って、さも『自分は天才です』などと、幾ら何でも言えるわけがない。

 

「まぁ、私たちが自身でどう思おうと、世間の反応は止めようがないわ。――で、話を戻すけど、香月夕呼が主導になって進める計画……オルタナティブⅣ。この計画が頓挫しかける時期に、一人の人間が因果を超えてこの世界にやって来ることになるのよ」

「因果を超えて? ……ちょっと待て、まさかその人間が世界を破壊するなどと言うつもりじゃないだろうな? 幾ら何でもそんな――」

「馬鹿げた事が、あるわけ無いでしょ」

 

 顔を顰めて口を挟んだイングラムだが、それ以上に顔を顰めたヴィレッタに斬って落とされた。

 イングラムはヴィレッタの言葉に「ば、馬鹿げた……」と呟いて消沈するが、ヴィレッタはそんなイングラムに構わずに、「横から口を挟まないで、最後まで聞きなさい」と言って言葉を続ける。

 

「――オルタネイティヴⅣは、Ⅲの計画を受け継ぐ形で進められるモノよ。つまり、生体ESP能力者にBETAの情報が読み取れないのなら、機械のESP能力者をつくってしまおう……といった計画」

「機械の?」

「えぇ。第三計画は全くの無意味だった訳じゃないわ、一応の成果は挙げているの。もっともそれは、BETAは人間を生命体として認識していない――と言うだけの事だけど」

「生命体として認識していない?」

「えぇ。……BETA自身が炭素系生命体で有るにも関わらず、ね」

 

 ヴィレッタの告げる言葉に、イングラムは口元へと手をやって「ふむ」と考える素振りを見せた。

 

「成るほど。つまりBETAとは生命体ではあるが、むしろ作られた――俺達にとっては自動作業機械のような物だということか」

「流石ね。説明の手間が省けるわ」

 

 要は、炭素系生命体以外のモノに作られた存在。それがBETAで有るということだ。

 

「炭素生命体ではなく、奴らの製作者と同じであろう珪素生物であるならば、恐らくはこちらの思考に答えることもするのでは? と、そういうことか」

「そう、……乱暴な理論ではあるけどね」

 

 本当に乱暴な話である。

 恐らくは、連中の交信方法がESPの類であると調べが付いているのだろう。

 それでもだからと言って、機械の身体にすれば成功するだろうというのは無茶な話である。

 しかしその話を聞いたイングラムは

 

「乱暴な話ではあるが、試す価値はあるな」

 

 肯定的な意見を口にした。

 もっとも、それにはヴィレッタも同意見なようで

 

「えぇ、可能性があるのなら試すのは悪くはないわね」

 

 と頷いて言う。

 科学とは、仮説を立証して形にすることで本物となる。

 理論的に問題がない、実現可能だと言えるのならば、それをすることに躊躇などいらない。

 二人はそう考えているのだった。

 

「しかし、この世界の技術力では不可能だろう?」

 

 イングラムの指摘にヴィレッタ「えぇ」と短く答えた。

 自身の知っている地球の歴史、それよりも遥かに進歩した技術を有することは認めている。

 だがそれでも、その程度の技術力では件の計画は成功することはないだろう。

 

 自分達の居た世界ならば、それも可能であっただろうが……。

 

「彼女もそこにブツかるわ、現在の科学技術の限界にね。で、ここでさっきの人間が出てくるわけ」

「因果を超えた人間?」

「とは言っても、正確には『超えさせられた』――と表現したほうが良いでしょうけどね」

「意図せずにこの世界に来るか……俺達みたいだな」

「まぁ、その人物は生身だけどね。それにまず間違い無く、念動力は持っていないわ。ただ彼は別の世界の住人で、その世界での経験がオルタネイティヴⅣの完成に貢献する……かもしれない」

「かも?」

 

 散々盛り上げたあとに落とすような事を言うヴィレッタに、イングラム口を挟んだ。

 だが当のヴィレッタは少しだけ困ったような表情をつくると、「仕方が無いのよ」と言ってくる。

 

「実際問題、私が言っているのはその通りに成るかもしれない……といった話なだけ。この先の私たちの行動如何によっては、当然変わってくることもあり得るでしょ?」

 

 それもそうであろう。

 今現在、こうして二人が河崎重工に居ること自体が既に違う話を作ってしまっているのだ。

 これから先、二人が何もしなければ問題はないのかもしれないが、だが何もしなければ最悪の結果になることは見えている。

 だからこそ行動することは決定事項であり、変えることは出来ない事なのだ。

 だが

 

「それによってオルタネイティヴ計画に支障が出るのか? いやそもそも、その方法でなければオルタネイティヴ計画は完成しないのか?」

 

 その方法とは、因果を超えて現れる人物のことだろう。

 イングラムは思うのだ、そんな方法以外でも例えば

 

「――例えば、T-LINK SYSTEMを使えばどうだ?」

「それは、私も考えているわ」

 

 頷くようにして言うヴィレッタは、どこか困ったようにも見える。

 さて、T-LINK SYSTEMとはなにか?

 前述した事もあるカルケリアパルス増幅装置と同じものなのだが、これは使用者の念の力を増大させて、機械と使用者の双方向のやり取りを円滑にするシステムである。

 だがそれも、使い方一つでかなり趣きが変わってくる。

 詰まりはT-LINK SYSTEMの精度を上げて対象をBETAに固定すれば、

 人間が相手の思考を読み取ることも、またその逆も可能なのではないだろうか?

 

 二人はそう言っているのである。

 

「それが出来れば、無駄に完成するかどうかも解らないオルタネイティヴⅣを待つ必要もない」

「むしろ、より可能性は高いといえるわね」

 

 イングラムは口元に手を持って行くと、少しだけ考えるように俯いた。

 

(オルタネイティヴⅣ、敵の情報を手にするという意味では有用なモノになるだろう。中止させる必要などない、確実に完成させるべき計画だ。T-LINK・SYSTEMがどの程度の効果を表すかはともかく、少なくともⅢと同じ結果になることだけはない。問題はそのための人材だが――)

 

 そこまで思考を展開させたところで、イングラムは息を吐いて首を左右に振った。

 

「今の段階で、あれこれと悩んでも出来ることは限られるか」

 

 そう口にして言うと、イングラムは表情を正してヴィレッタの方へと顔を向けた。

 

「一先ずはゲシュペンストの量産と、研究所や工場の増設を優先しよう。その際に、特脳研(特殊脳医学研究所)も一緒に開設する。T-LINK SYSTEMの完成には不可欠だからな。後は――」

「ん? なにかしら?」

「お前がこの世界について知っていることを、可能なかぎり纏めておいてくれ。正直、今の話だけでは今後の方針を決めるには情報が少ない」

 

 今更になってこんな事を言うイングラムもどうかと思うが、実際にこれから下地を作ることに頭が一杯で、そこまで気が回っていなかったようだ。

 イングラムの言葉にヴィレッタは

 

「解ったわ。私としても、実際しっかりと理解している人間が居た方が相談もしやすいもの」

 

 と言うと、自身のデスクに向かって早速その作業に取り掛かり始める。

 イングラムはそれを確認した後で「頼む」と言うと、自身もデスクに向かって資料のまとめを始めた。

 カタカタとキーボードを叩く音が部屋に響き、イングラムが作業をするモニターには『AGX-01 メギロード量産計画』と書かれていた。

 

 



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07話

取り敢えず、これで書き溜め分は終了



 1993年

 

「技術力は兎も角として、この世界の地球人達のヤル気は大したものだな」

「本当ね」

 

 約半年、イングラムとヴィレッタの二人がゲシュペンストの量産計画を提出してからそれだけの月日が流れた。

 河崎重工会長の河崎源治は、僅かな時間で傘下企業や下請け工場に話を纏めさせ、ゲシュペンスト製造の準備をさせたのである。

 当然必要な部品やパーツを製造するための設備は必要になったが、イングラム達はそれらの技術指導や開発などにも着手をしていったのだ。

 最初の2ヶ月は準備期間、さらに1ヶ月が部品の生産で、開発スタッフへの技術講習に1ヶ月、そこから更に2ヶ月を費やして組み立てることで、こうしてゲシュペンスト完成となった訳だ。

 

 元から完成する設計図を用意してあったとは言え、それでも半年という短期間で新型の兵器を造りあげてしっまたことに、イングラムとヴィレッタは本気で驚いていた。

 

 今現在、河崎重工の格納庫には3体のゲシュペンストが並んでいる。

 右から順番に拡張性特化型のTYPE-R、内蔵兵器を搭載して火力を上げたTYPE-S、そして表向きはセンサー系強化型となっているTYPE-Tである。

 TYPE-Tには一応は目眩ましとして新型のセンサーを搭載してはいるが、実際はT-LINK SYSTEMのテスト用として作られている。

 もっとも、それを使うときが来るかどうかは解らないが……。

 さらに言えば、この三体がそれ以外は同じか? と言うと、決してそうではない。

 元々は不知火との競合――トライアルに出す予定の機体はTYPE-Rで、TYPE-Sの方はどちらかというと強化型高性能機である。

 その証拠に、TYPE-RとTYPE-Tに搭載されている動力炉は当初に予定していたプラズマジェネレーターではなく、若干発電効率の劣る小型の核融合ジェネレーターが使われている。

 まぁそれでも、現行品と比べれば冗談のような出力を叩き出すのだが。

 

「イングラム主任、遂にやりましたね!」

 

 ふと、ゲシュペンストを見上げていたイングラム達に、声をかけてくる者が居る。

 イングラムとヴィレッタはその声に反応して視線を向けると、そこには歳若い一人の少年が立っていた。

 まぁ歳若いと言ってもイングラム達よりは少なくとも2~3歳程は年上で、17~18程度の年齢ではありそうなのだが。

 

「あぁ、藤田か。そうだな、やっと完成だ」

 

 上下合わせのツナギを来た少年に、イングラムは返事を返した。

 彼――藤田浩之(ふじたひろゆき)は、今回のゲシュペンストの製作に当たってイングラム達が選抜したスタッフの一人である。

 年齢は18歳と若いが、15歳の中学卒業と同時に河崎重工に就職をして、現在まで技術者として働いてる一人であった。

 年が若いからか、それとも元々の才能か、新しい技術の塊であるゲシュペンストの製作に際しても柔軟に知識を吸収している若者だ。

 また、他の年配技術者達とは違ってイングラム達に年が近いからだろうか?

 中々に打ち解けない他のスタッフとは違って、率先してイングラムやヴィレッタに声をかけてくる。

 

「今回ロールアウトした3機のうち、TYPE-RとTYPE-SはOS修熟用のテストに回される。時間の掛かる作業だ。君たち技術スタッフには、まだまだ面倒をかけるな」

「い、いえ。この機体は人類の希望ですよ。概略スペックだけでも、富嶽や光菱の開発している不知火が霞んで見える。 そんな機体の製作に関われるんだから、俺はラッキーです」

 

 イングラムの社交辞令的な言葉に対し、藤田は興奮したような口調で返してくる。

 とは言え、「はは、そうか?」なんて軽口をイングラムは返しながら、内心では『こんなモノでは、そうは成り得ないがな』と、酷く冷めたような考えをしていた。

 

 もっとも、それは隣で聞いていたヴィレッタも同様である。

 二人はこの世界に来た当初、アンティノラを使って戦場に出たことがある。

 アンティノラは流石にユーゼス・ゴッツォが造った高性能機なだけあって、BETAの大群を物ともしない戦力を有してはいた。

 だがそうして戦場に出ていたことで、BETAの粗方の戦力をも二人は把握していたのである。

 

 結論として言うのなら、並の兵器では太刀打ち出来ない――であった。

 

「イングラム、時間が惜しいわ。今日からでもTC-OSへのモーションパターン入力を始めましょう」

「ん、そうだな。確かに時間が惜しい。――藤田、他のスタッフ達にも話して起動準備に入るように言ってくれ」

「え? あ、はい。それは良いですけど……パイロットは誰が?」

「俺達がやる」

「へ? 今なんて――」

「聞こえなかったのかしら? 私たちがやる――と言ったのよ。早く準備をしなさい」

「で、でも……」

 

 強めの口調で言うヴィレッタだったが、藤田は尚も渋るような返事を返した。

 時間が勿体無いと言う、二人の意見は本当である。

 今現在、既に不知火は粗方の開発が進んでいて完成まであと少し……と、聞いている。

 ある意味では現行の兵器の延長である不知火は、そのまま今までのモーションパターンを流用することが出来る。

 だが、このゲシュペンストはそうも行かない。

 元々が新技術の塊で、当然中に搭載されている機体制御用のハードも、そしてOSも別物なのだ。

 規格が変われば、新しく入力をしなければならなくなる。道理であった。

 

 それにゲシュペンストのモーションデータ作成は、オリジナルのイングラムが所属していた特殊戦技教導隊が行っていたのだ。

 時間はかかるが、元々の知識と記憶から短時間での作業を可能とするだろう。

 

 いや、そもそもこの世界のパイロット――所謂『衛士』と呼ばれる者達だが、彼らでは真っ更な状態のゲシュペンストを動かすことなど、到底出来はしないだろうから。

 

「――――いやぁー、イングラム君にヴィレッタ君、二人とも良くやってくれたな」

 

 イングラムを初めとした3人の元に、一人の男性が姿を現す。

 河崎重工会長の河崎源治である。

 イングラムなどは「あぁ、これは会長」と落ち着いた対応を見せるが、藤田などは慌ててしまい「か、会長!?」なんて、上ずった声を挙げている。

 

「まだまだ最初の一歩目ですよ。これからまた、更に先へ進む予定ですからね」

「ふふふ、そうだな。……どうかね、出来の方は?」

「悪くはない、ですね。正直ここまで注文どおりに出来上がるとは思ってもいませんでした」

「フハハハ! 我社のスタッフも捨てたものではない、と言うことか」

 

 会長である源治の登場に、技術スタッフの藤田などはカチコチに固まってしまっているが、そんな彼の状態など他所にしてイングラムとヴィレッタは源治との会話を続けた。

 

「しかし、どうしたのだ? なにやら揉めていたように見えたが?」

 

 幾らかの儀礼的な会話をした後、源治は先程までのイングラム達のことを尋ねてきた。

 言いながら源治がチラリと視線を藤田へと向けると、藤田は思わずビクっと身体を振るわせてしまう。

 

「いえ、組み上がって早々ですが、機体へのモーションデータ入力を済ませてしまおうかと思ったのですよ」

「モーションデータ?」

「会長には以前資料を御見せしましたが、このゲシュペンストは今までの戦術機とは一線を画するものです。外見は勿論、中身も今までとは全く違うのです。そのため激震や斑鳩、陽炎などで蓄積されてきたデータが殆ど使えない」

「なにっ!?」

「……ですから、早急にデータを構築して入力をする必要があります」

「なら帝国軍に打診して、一刻も早く衛士を送ってもらわねば――」

「いえ、それには及びませんわ。会長」

 

 面白そうに笑みを浮かべて言うヴィレッタに、源治は「なに? 既に衛士を呼んでいるのか?」と、疑問を投げかける。

 だがヴィレッタはその言語に軽く首を振ると

 

「アレの操縦なら、私たちが出来ますので」

「基本パターンだけでしたら、一週間もあれば我々だけでも可能です」

 

 と、イングラムもそれに合わせて口を挟む。

 しかもその口調はどこか楽しげで、

 

「何でしたら、今から模擬戦でもお見せしましょうか?」

 

 などと軽口まで合わせて言ってくる。

 だが源治はその言葉にピクリと眉を動かして反応をした。

 

「模擬戦? OSも整っていないのに出来るのかね?」

 

 その反応は、これまた楽しそうな……玩具を前にした子供のような表情である。

 まぁ、それも仕方が無いだろう。

 半年という急ピッチで造りあげた機体ではあるが、それでも初の自社製品。

 しかも完全なオリジナルと来ていれば、直ぐにでもその姿を目にかけたいと思う。

 

 イングラムは目ざとく、そんな源治の反応を見て取ると

 

「まぁ、簡単なものでしたらね」

 

 そう言うのであった

 

 

 ※

 

 

『ヴィレッタ、操作は完全手動操縦《フルマニュアル》になるが……大丈夫か?』

「なんら問題ないわ。そちらこそ出力の低いTYPE-Rなんだから、機体操作を誤って誤爆しないようにね」

『いらん世話だ』

 

 互いに軽口を言い合いながら、二人はそれぞれゲシュペンストのコックピットに座っていた。

 イングラムがTYPE-R、ヴィレッタがTYPE-Sに搭乗している。

 装備はペイント弾使用のM950マシンガンと背部コンテナに格納されたスプリットミサイル、それと出力を抑えたプラズマカッター。

 場所は河崎重工所有の拓けた荒地である。

 

 ヴィレッタは慣れた手つきでコックピット内の計器を操作していた。

 自分たちで設計した兵器とは言え、実際ここに居るヴィレッタ自身はゲシュペンストの操作をしたことがない。

 PT(パーソナルトルーパー)の操縦方法を、『常識』として刷り込まれてはいるものの、そのことが初めてであることには違いないのだ。

 逆にイングラムの方はと言うと、当然自分自身での操作経験はないだろうが、それでもオリジナルのイングラムからの記憶により、ヴィレッタよりは幾分マシになっている。

 

『――こちらの準備はOKだ。そっちはどうだ?』

 

 ヴィレッタがある程度の計器のチェックを終えると、まるでそれを見計らったかのようにイングラムが声をかけてきた。

 その言葉にヴィレッタはコクリと頷くと

 

「いつでも良いわ」

 

 そう返事を返す。

 

 現在のゲシュペンストは、互いに向かい合う形で対峙している。

 それを多数のカメラを使ってモニターし、また現地で視認によって確認もしている。

 因みに源治はモニター側で見学をしており、先程の技術者である藤田などは現場にいる。まぁもっとも、単純に指揮車担当とも言えるのだが。

 

 二人の会話をモニターしていた藤田は指揮車にあるマイクを使い、二人に「では合図をしますよ?」と声をかける。

 その声は些か緊張しているようで、若干に上ずった様になっていた。とは言え、何を緊張しているのかまでは解らないが。

 指揮車担当と言うところだろうか?

 

『では、カウント始めます! ……5,4,3――』

 

 カウントが進むに連れて、ヴィレッタは自身の操縦桿を握る力が強くなっているのを感じた。

 そのことに苦笑し、『緊張しているのか?』と、自分で自分を嗜める。

 そしてコックピット内のモニターに映っている敵機(TYPE-R)を見つめて、

 

「どうせやるなら、勝たなくてはな」

 

 と、そう呟くのとほぼ同時に

 

『1――0ッ!』

 

 スピーカーから開始の合図が鳴らされた。

 ヴィレッタは早速操縦桿を操作すると、自身の乗るゲシュペンストを操作していく。

 基本戦術は遠距離からの射撃、そして機を見計らってからのトドメ。

 ヴィレッタは、イングラムはそう選択をするだろうと考えたのだ。

 基本的にヴィレッタの乗るTYPE-Sは、イングラムが動かすTYPE-Rよりも出力周りが向上している特別機だ。

 まともに正面から遣り合えば、まず間違い無くTYPE-Rはパワー負けをする。

 ならば機動で引っ掻き回して隙を窺うのでは? との判断である。

 

 ヴィレッタのゲシュペンストは足元から僅かに浮かび上がると、ブースターを吹かしながらTYPE-Rに向かって突き進んだ。

 相手が距離を取るのなら追い立てる……その為の判断である。

 だが

 

「ッ!?」

 

 機体が動き出してから、ヴィレッタは小さく息を飲んだ。

 モニターに映るTYPE-Rは自身の予想とは違って前進してくる。

 詰まり、こちらに向かって高速で駆け寄ってくるのだ。

 

 ヴィレッタはM950マシンガンを構えさせると無造作に引き金を引いていく。

 元々当てる為ではなく牽制程度の目的だ。

 バラ蒔かれるようにして発射された銃弾が、TYPE-Rの行く手を阻むようにして飛来する。

 TYPE-Rは若干に進行速度を鈍らせると、その銃弾を嫌って動きに横の変化をプラスしてきた。

 左右に機体を振りながら、しかしそれでも前進を止めようとはしない。

 

 TYPE-Rが動きを変えると、ヴィレッタはそのまま前進を続けることにした。

 勿論、散発的にではあるがM950マシンガンでの射撃も忘れない。

 

(最初のイングラムの動きには驚かされたけど、今は大丈夫。上手い具合に距離も取れたし、このまま隙を見つけられれば――ん?)

 

 そうやって上手い具合に距離を取っていると、ヴィレッタは一つのことに気がついた。

 

(距離を取った? 何故だ? こちらのゲシュペンストは向こうのTYPE-Rに出力負けはしない。逃げてもいつか追いつかれるならば、いっその事距離を詰めての格闘戦の方がまだ――――)

 

 と、そこまで考えたところで不意にTYPE-Rの動きに変化が見られる。

 機体を滑らせながら移動しているのは変わらないのだが、背部に積んであるコンテナが開閉すると、

 

「クッ! ミサイルか!?」

 

 多数のスプリットミサイルを射出してくる。

 ヴィレッタは思わず機体を後方に下げると、飛来してくるミサイルに照準を合わせて引き金を引いた。

 本来はただのペイント弾であるので撃墜など出来はしないのだが、近接信管の作用でミサイルは自ら自爆するように爆発をする。

 空中で破壊されたミサイルは爆音をあげ、周囲に噴煙をまき散らしながら煙を作った。

 

 ヴィレッタはその煙に巻き込まれるのを嫌い、機体を更に移動させよと試みたが――

 

 バババッ――

 

 瞬間的に、ゲシュペンストが持つM950マシンガンに赤色の斑点が付着する。

 煙の向こう側から、正確に着弾させたのだろうか?

 スピーカーから『TYPE-S、自動小銃破壊』との言葉が伝わる前に、ヴィレッタはそれを放り捨てた。

 

「流石にやる。 ……だが、まだ!」

 

 己を鼓舞するかのように口にすると、ヴィレッタは感覚を広げるようにして周囲に注意を向けた。

 もし、イングラムがこの視界の悪い状況でもこちらの動きを理解できると言うのならば、こうして留まっていることは悪手でしかない。

 だが幾ら何でも、そんなことは有り得ないだろう。

 T-LINK SYSTEM搭載のTYPE-Tならば可能かもしれないが、現在のTYPE-Rでは有視界戦闘以外の方法はない。

 ヴィレッタはそう結論すると、銃弾が飛んできたと思われる方向へと視線を向けた。

 すると一瞬、大きな黒い物体が動いたように見えたのだ。

 

 ヴィレッタはプラズマカッターを引き抜くと、その黒い影に向かって機体を走らせる。

 そして、その影に向かってカッターを振り下ろすが、

 

「なんだとッ!?」

 

 振り下ろした先に有ったのは、切り離されたミサイルコンテナだったのだ。

 ヴィレッタが驚いたのも束の間、煙を掻き分けるようにして横合いから腕が伸びてくる。

 ゲシュペンストTYPE-Rの腕だった。

 

「イングラム!」

 

 姿を表したTYPE-Rの腕にはプラズマカッターが握られている。

 思わず名前を叫ぶようにして言ったヴィレッタは、機体を操作して自身のプラズマカッターとぶつけ合った。

 

 ギャリィッ!!

 

 金属音とも違う、まるで鉄でも焼ききるような音が周囲に響く。

 TYPE-SとTYPE-Rのプラズマカッターが、互いに鍔迫り合いをしているのだ。

 ヴィレッタは機体を動かしてイングラムが操るTYPE-Rを押し返そうとするがそれも上手く行かず、その場で両機は互いに何度も体を入れ替えるようにしていた。

 

『どうしたヴィレッタ? そのままでは蜂の巣になるぞ?』

 

 不意にモニターに通信が開き、含み笑いを浮かべたイングラムがそんな事を言ってくる。

 その言葉にハットしたヴィレッタが後方に機体を跳躍させるとほぼ同時に、

 TYPE-Rは片手に持っていたM950マシンガン乱射してきた。

 

 後方への跳躍後、直ぐ様機体をランダムに走らせて距離を取ることで辛うじてダメージを受けることがなかったヴィレッタだが、

 その額には汗がウッスラと浮かび上がっていた。

 

「機体条件は私のほうが上なのに……これが実戦経験の差か?」

 

 思わず口走った言葉がヴィレッタ自身に重く伸し掛る。

 この実戦経験とは、何もアンティノラでの戦闘を指しているのではない。

 単純に個々人が持っている記憶の違いであった。

 

 二人は人造人間、バルシェムシリーズである。

 男女の違いはあれ、それ以外の部分での調整は同じと言っても良いだろう。

 目覚めたのも同時期であり、またそれからも殆どずっと一緒に居る。

 そんな状態で、極端な違いが出ることなど有り得無いのである。

 

 ならば互いの性別以外での相違点が、その原因に成っているとしか言えないだろう。

 

 つまりは個人だけが持つ記憶の差。

 イングラム・プリスケンと三村玲子の差であろう。

 

 ヴィレッタは歯噛みをしながら、機体をホバリングで移動させている。

 そして次の一手を、負けない為の行動を考えていた。

 

(勝ち負けでどうなる訳じゃないけれど……ただ負けるのは性に合わないわね)

 

 と言うことだ。

 どうやら思いの外に、彼女は負けず嫌いであるらしい。

 

「現在のTYPE-Sに有って、TYPE-Rに無い武装は……スプリット・ミサイルとブラスターキャノンか。少なくとも、火力だけならば圧倒的ね。……けど」

 

 少しだけ、自嘲するような呟きをヴィレッタは口にした。

 スプリット・ミサイルでも、当然ブラスターキャノンでも、それが当たればTYPE-Rを撃破することは可能である。

 だが、それをただ撃って当てることが出来るのか? となると、答えはNOだろう。

 ならばどうするのか? それは当然――

 

「当然、当てられる状況を作るしかない」

 

 ヴィレッタはそう言うと、ゲシュペンストに入力されている周辺地域のマップを呼び出した。

 モニターには平面図ではあるが、現在の自分がいるマップが映しだされる。

 ヴィレッタはそれを見つめていると、

 

「そうだな。常識的に考えれば、この状況で私が負けることなど無いな」

 

 と、そう口にするのであった。

 

 

 

 

 2

 

 

 

 

「マズイな、こんな所で機体の性能差が出るとは……」

 

 逃げるようにして遠ざかるTYPE-Sを見つめながら、イングラムは唸るようにして言った。

 イングラムが操るTYPE-Rとヴィレッタの動かすTYPE-S。

 先にも言ったことだが、この二機は全くの同型ではないのだ。

 積んであるジェネレーター、またはブースターなど、TYPE-SはTYPE-Rよりも高性能な物を積み込んでいる。

 だからこうして逃げの一手になってしまった場合、TYPE-RではTYPE-Sを追いかけることが困難なのだ。

 特に現在のような、遮蔽物の少ないところでは尚更に。

 

 当然、イングラムは機体の性能差は理解していた。

 だからこそ最初のうちに奇襲をかけ、一気に勝敗を決しようと思っていたのだが――

 

「思っていたよりも上手くやるものだ……ヴィレッタめ」

 

 どこか楽しそうに呟くイングラムの表情は、ほんの少しだけ笑顔のようになっていた。

 そしてコンソールの操作をすると、現在のマップを表示させる。

 

「……ん? このまま進むと作戦範囲外に出てしまうな。流石にその前に行動に移すとは思うが――」

 

 ふと、イングラムがマップから視線をTYPE-Sに移すと、次の瞬間TYPE-Sが反転してきた。

 そして一直線に加速して迫ってくる。

 

「特攻か? いや、しかし」

 

 迫るTYPE-Sに照準を合わせ、引き金を引こうとするイングラムだったが。

 それよりも若干早く、TYPE-Sが行動にでた。

 ブースターを吹かして跳躍すると、その後に機体を制御して後退。間を作ってスプリット・ミサイルを発射してきたのだ。

 イングラムは視線を上空へと向けると、自身に目がけて飛んでくるミサイルにペイント弾をお見舞いする。

 ヴィレッタが先程にそうしたように、イングラムの放つ銃弾に反応したミサイル群は、次々と爆発を繰り返して空中に花火のように散っていく。

 

 イングラムはヴィレッタの狙いを、この煙幕を使っての攻撃だろうと判断した。

 この状況で来るとすれば――

 

「やはり、ブラスターキャノンか――」

 

 と口にした瞬間。

 イングラムは勿論、周囲も唖然とするような声が辺りに響いた。

 

『ターゲット、TYPE-R。――究極! ゲシュペンスト・キック!!』

 

 それは突然の声だった。

 

 イングラムは「何を言っている?」と口にするまもなく、思わず機体を体半分だけ捻るようにする。

 すると上空から急降下してきたTYPE-Sのケリが、今迄TYPE-Rの立っていた場所に打ち下ろされた。

 

 ゴシャアンッ!

 

 という破壊音を鳴らし、TYPE-Rが手にしていたマシンガンが粉砕される。

 よもや格闘戦を仕掛けてくるとは思いもよらなかったイングラムだが、そこはそれ。

 素早く機体を立て直すと、ゲシュペンストの右腕を振り回すようにして外側へと放つ。

 

 すると追撃をかけようとしていたのであろう、TYPE-Sの裏拳と合わさり『ガギィン!』と金属音が響いた。

 辛うじて相手側からの攻撃を防いだイングラムだったが、蹴り足や拳を捌きつつ何とか間を取ろうとしている。

 とは言え、それはヴィレッタも理解しているのだろう。

 

 マニュアル動作のため難しいものだが、ヴィレッタは可能なかぎり間を置かずにゲシュペンストで拳や蹴りを繰り出し続けている。

 取っておきを使う、その瞬間のために。

 

「そこッ!」

 

 TYPE-Sの拳をスウェーで避けたイングラムは、そのまま機体をスライドさせるようにして横へとホバー移動をした。

 そして現在残されている唯一の武装であるプラズマカッターを抜くと一閃。

 だがヴィレッタのTYPE-Sは、それを見事に避けて見せる。

 しかし、今までと違い間合いが伸びたイングラムである。そのまま踏み込んで返す刃を――と考えたのだが……

 TYPE-Sから伸ばされた腕が、TYPE-Rの腕を掴んで拘束する。

 

「クッ!? しまった」

 

 TYPE-Sは本来ならば、TYPE-Rにパワー負けしない。

 

『貰った! イングラム!!』

 

 スピーカー越しにヴィレッタが声を挙げると、TYPE-Sの胸部装甲が展開する。

 開いた場所は一種の穴――砲になっていて、その場所に光が集まっていく。

 

「ゼロ距離でのブラスターだと!?」

『そういう事よ。これで私の――』

 

 "勝ち"という予定だった。

 だが、その時のイングラムの行動は素早い。

 

 残った腕を振るうようにすると、掴まれている右腕――より正確に言うと肘関節を強打して破壊したのだ。

 そして一瞬にして体制を整えると、今度は横合いからTYPE-Sに蹴りをお見舞いする!

 

『ぐぁっ!』

 

 激しい横揺れと衝撃を受けたTYPE-Sは、地面を滑るように弾かれるとイングラムは残った腕でプラズマカッターを抜いた。

 そして一気に

 

『そこまでーーーッ!!』

 

 袈裟懸けに斬りつけようとしたところを、外部からの通信がそれを邪魔する。

 イングラムは小さく「ム……」と口にして言ったが、その声の主が自分達の上役である河崎源治であると知ると

 

「……なんでしょうか?」

 

 と、不承不承に返事を返した。

 その返答に、源治は思わずヒクリと頬を引きつらせた。

 

『なんでしょうか? じゃない! ボロボロじゃないか!?』

 

 怒鳴るような言葉を受けたイングラムは、自身の機体状況を思い起こしてみる。

 そして

 

「あぁ、成るほど。確かにボロボロではありますね」

 

 と、まるで人事のように言う。

 だが脚は二本とも付いているし、左腕は健在なのだ。

 大破した訳ではないので問題はないだろう……と、イングラムは考えている。

 そしてそれはヴィレッタも同感であるようで

 

『ですが、腕一本とせいぜい胸部装甲がヘコんだくらいですよ?』

「その通りです。――藤田、データの方はどうだ?」

『えっ!? そりゃ、随分と色々なデータが集まりはしましたけど……』

 

 急に話を振られた指揮車の藤田は、困ったように表情を顰めながらも返事をする。

 確かに出来上がったばかりの機体がこうも壊されては良い気もしないが、しかし必要なコマンドパターンが一気に蓄積されたのも、また事実である。

 

 もっとも、例えそうだとしても源治からすれば堪ったものではない。

 何せやっと完成した新型が、いきなり酷く破壊されていっているのだから。

 だと言うのに二人は

 

「まぁ、ダメージの受けたパーツを取り替えれば問題はない」

『この調子で行けば、1週間も必要無くデータの蓄積は終えるかもしれないわね』

 

 なんて言ってくる。

 源治は二人の言葉をスピーカー越しに聞きながら、頭痛でも感じたかのようにコメカミを抑えるのだった。

 

 



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