僕たちが望む未来 (一之瀬 千那)
しおりを挟む
episode1.すべての始まり
この世界に神というものが存在するならば、人間はどうするだろうか。
神は全知全能だと言うけれど、本当にそうだろうか。
これは、神を全ての指針とし国を治めてきた者たちの絶望と運命の話である。
深い闇の中に、存在感を示す泉。
通称<生命《いのち》の泉>の前には2人の男女が並んでいた。
女は巫女服を身に着けており、男はジャージにジーパンという普通の格好だった。
黒い綺麗な髪をたなびかせ、彼女は笑顔で男に言った。
「ねぇ、雷榎…。
私、大好きだよ。この国が。
雷榎と出会えたこの国が大好き。
だから怖くないよ。
この国のために死ぬことなんて」
彼女は嬉しそうに笑顔で男に語り掛けた。
だが、そんな彼女とは裏腹に彼は悔しそうな顔をみせる。
「俺はお前が死ぬことなんて望んでない!!
お前がやらなければならない理由なんてどこにもないんだ。
…俺と逃げよう。
国なんてもうどうでもいい。
お前を失うぐらいなら、こんな国滅びてしまえばいい!!」
彼女の手を掴み絶対に離さないと、強く握った。
そんな彼に、彼女は自分の手を乗せ安心させるように話し出す。
「そんなこと言わないで…。
雷榎と出会えたのはこの国のおかげなんだよ。
それに雷榎はこの国の王様になるでしょ?
だめだよ、そんなこと言ったら」
「そんなことどうだっていいんだ。
お前さえいれば、俺はどうなってもいいから…。
頼む、一緒に逃げてくれ」
懇願する雷榎に、彼女も少し悲しい顔をするが気持ちが変わることはなかった。
「……雷榎が治めるこの国の手助けができる。
誰かがやらなきゃいけないのなら、私がやるよ。
それが私の役目だもん」
決意のこもった声に、雷榎は彼女の意思を感じていた。
だが、それでも手放せないのだ。
彼女だけは…。
身勝手な思いだとしても、誰がどう言おうとも彼女だけは失うわけにはいかなかった。
「頼む……頼むから…。
リア………」
泣き崩れそうな雷榎をリアと呼ばれた女は、きつく抱きしめた。
「大丈夫。
私は大丈夫だよ……。
皆をよろしくね」
雷榎が顔をあげた瞬間、彼女はきつく繋がれた手を振り切り泉の中に足を入れた。
「待て!
リア!!!!」
雷榎も追いかけようとするが、泉には特殊な結界が張られ近づくことが出来なくなっていた。
必死に見えない壁をたたくが、2人を阻むそれは崩れることはなかった。
「大丈夫……。
私はずっと側にいるよ…。
――愛してる、雷榎」
そう言い残すと、彼女は泉に飲み込まれていった。
見ていることしかできない雷榎。
全てが終わると結界は消え、泉に近づくことが許される。
「リア…?
リア……?
いるんだろ?
……リア」
水をかき分けながら必死に彼女を探す雷榎。
だが泉は人を飲み込んだような跡はなく、底の浅いただの泉と化していた。
そんな時、雷榎の体が光を帯びる。
悔しそうな顔で、光を受け入れる彼の目は少しずつ色をなくしていった。
「お前の願いを叶えてやる…。
待ってろ、リア――――」
こうして新たなる時代が幕を開けた。
神彩華の王、白雷炎が誕生した。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
episode2.能力
ここは雷榎の私室。
つまり王が唯一安らげる場所のはずだった…。
「で?
今回はどうしてそんなに機嫌が悪いわけ?」
ノックもせずにズカズカと入ってきた男は雷榎を見た途端、そう言いだした。
「九十九……。
何度も言ってるが、ノックしてから入ってこい」
雷榎が文句を言うが、えー、と気にしていない様子の彼は、
王を守るための騎士、<守護騎士>に属する者だ。
「全く……。
俺の機嫌を伺うよりも、他の大臣共の相手をした方がいいんじゃないのか?
今日は、式典だろう」
書類に目を通しながら九十九に今日の予定を聞く。
九十九は騎士でもあり、雷榎の秘書でもあるのだ。
「そうなんだけどねー。
彼らの相手をするのは別にいつでもいいし。
雷榎は機嫌が悪いと彼らにあたるだろう?
それも面倒だから、先に問題の根源をなくしておこうかなと」
「いつでもいいって……。
まぁ、お前は時期を見逃す奴じゃないから大丈夫だとは思うが、あいつらの相手はしっかりしとけよ。
許可だの、申請だの、親父共が煩くなる前に黙らせておきたいからな」
王と臣下だけでは国はまとまらない。
形式上だけでも大臣という名ばかりの職が必要だった。
結果そこに充てられることになった、もちろん口が達者な親父共の集団だ。
力はないが、口先だけは煩い彼らは雷榎にとっても邪魔な存在だった。
できる事なら、彼らにはご退場願いたいが、そうもいかないのが現状だ。
「はいはい、分かってるよ。
で、理由は?」
「話をわざと逸らしてることに気付いておきながら、話を蒸し返すな。
言いにくいことだって、分かるだろう」
雷榎が言うまで出ていくつもりがないのか、九十九は勝手にコーヒーを淹れくつろぎ始めている。
「ま、大体内容は分かるけどね。
――姫の夢でも見た?」
だから嫌なんだ、と雷榎は舌打ちをしたくなった。
九十九はふざけているように見えて、実は人を良く観察しているし、隠していることもあっさりと見抜く。
特に雷榎のことについては、そのスキルが嫌という程発揮されている。
「……5年前の夢を見ただけだ」
ボソッと言った答えに、九十九もやはりと思ったようだ。
そっかー、と言いながらコーヒーを口にした。
「後少しで願いは叶う。
この夢から覚めるのも、遅くても残り1年といったところだろう。
早くって、叫んでるんだよ」
瞳に闇を落としたまま、雷榎は言葉を紡いだ。
九十九もまた、そんな雷榎を見て顔を伏せるのだった。
コンコン
ふいに私室の扉をノックする者が現れた。
九十九と雷榎は、その音により気まずい空気感を一瞬で元に戻した。
「入っていいぞ」
雷榎が扉の向こうに声をかけると、そこにいたのは一人の女だった。
「失礼します。
……いたんですか、隊長」
「やっほー、サクラ」
やる気のなさそうな声で入ってきたのは、<守護騎士>の一人である白サクラだった。
そんな彼女の言葉に素直に反応した九十九は、実は<守護騎士>の隊長でもあった。
「まだ出勤前だろう。
どうした、こんな朝早くに」
「早急に仕上げて頂きたい書類があったんです。
王様の判がないと上が煩いので」
彼女は、やる気はないがとても優秀な人材だった。
部下をコマのように動かしながら、自分が欲しい成果を出す。
文句が多いため、彼女の下に付きたいと思う者は多くはないが、一目置かれている存在であることには間違いなかった。
「ああ、ありがとう。
そこに置いておいてくれ」
九十九の前を指さしそう言うと、彼女は仕事は終わったと言わんばかりにさっさと出て行ってしまった。
「これ……
なんでまた?」
九十九は目の前に置かれた報告書を手に取り、内容を読む。
「俺が頼んだんだ。
俺たちの<光の能力>と、先天的に有することが出来る<闇の能力>。
大きな違いは何かと思ってな」
<光>と<闇>
この2つの能力は相反しているわけではないが、能力者たちにはこう呼ばれていた。
神から与えられし力、<光の能力>
悪魔から与えられし力、<闇の力>
ちなみに、雷榎や九十九は<光の能力>を持っている。
「<光>と<闇>じゃ、力は少し<光の能力>の方が上だよね。
差は歴然…とは言わないけど、負けることはないし」
「俺たちは縛られているからな…。
能力も使いこなせて当たり前だ」
「ま、それはそうだけどさ」
力を得るため必要なのは<代償>だ。
彼らはその魂を未来永劫、雷炎に捧げると決めて能力を手にしている。
だが、彼らはそれを<代償>と捉えてはいなかった。
「僕たちは自ら望んでここにいる。
この先、なにがあっても君を恨むことなんて絶対にないよ」
<守護騎士>は必ずこう言った。
だから雷炎も、彼らと向き合ってこられたのかもしれない。
「全てを終わらせてみせる……。
必ず輪廻を断ち切るんだ」
小さく呟いただけだったが、確かな決意がそこにはあった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む