武の竜神と死の支配者 (Tack)
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プロローグ

初めまして、Tack(タック)と申します。

今回が生まれて初めての投稿となります。
誤字・脱字・謎の日本語etc. 至らぬ所もあると思いますが、どうか宜しくお願い致します。
さて、この御話の主人公はロボット物の主役に憧れた筈なのになぜこの様なタイトルなのかは…、ひょっとすると知っている方ならすぐに分かるかもしれません。
あまり長くなるのも失礼なのでまた次回。



 薄暗く開けた空間の中、その男は静かに正座していた。

 窓は無く、木製の天井・壁の境目の部分に同じく木製の格子があるだけ。

 床には数十枚の畳が敷き詰められ、かなりの広さがあるのが分かる。

 入口から見て正面の壁の部分には『土御門流(つちみかどりゅう)』と達筆に書かれた掛軸と、その下に刀が飾られている。

 ここは彼が主を務める道場だ。

 

 その場所で道場主たるその男は、血塗られた右手に包丁を持ち、その包丁を己の腹部に向け切腹の体勢をとっていた。

 格子から伸びた街灯の明かりが包丁の存在感を高める。

 何故この男は切腹をするのか、否、しようとしているのか、答は簡単だ。

 

 

──男は罪を犯したのだ。

 

 

 それも決して許されてはいけない程の。

 そのことについては…、後に彼自身が話してくれるだろう…。

 兎に角、男は包丁を握っている手に力を込め腹に向け振り上げた。

 だがその時、ある1人の人物を思い出し手を止めた。

 

 

「……モモンガさん」

 

 

 込めていた力を緩め、それをゆっくりと膝の上に置きながら呟く。

 モモンガこと『鈴木 悟』という青年は、男が籍を置く、とあるゲーム内でのギルドの長である。

 昔危機的状況に陥ったところを救って貰い、更には男をギルドに誘ってくれた恩人にあたる人物だ。

 

 そのあるゲームとは体感型DMMO-RPG「YGGDRASIL(ユグドラシル)

 

 専用のコンソールを用いる事で、まるでゲーム内の世界へ実際に飛び込んだような感覚でプレイする事の出来るものだ。

 その特徴は大量の職業・魔法・アイテム、更に言うならば異常ともいえる膨大なデータ量によって実現した自由度。

 しかもその自由度は、課金や別売りのクリエイトツール等を使う事によって更に幅を持たせる事が出来た。

 

 西暦2126年に日本のメーカーがサービスを開始したそのゲームは、日本人特有のクリエイター魂を激しく燃え上がらせ、運営開始から数年と待たずにゲーム界のトップに登り詰めた。

 

 

──DMMO-RPGと言えばユグドラシル

 

 

 そんな言葉さえ生まれた程である。

 

 しかし、それはもはや過去の事だ。

 現在は西暦2138年。

 つまり運営開始から十二年もの時間が過ぎていた。

 その長い歳月は、類似する物や根本からユグドラシルを超えるゲームを生み出すのに十分な時間だった。

 その結果としてユグドラシルは徐々に人気が下火となり、その歴史に終止符を打つ事となった。

 つまり、サービスの終了である。

 

 さてここで話を戻そう。

 何故このタイミングでその話をしたかと言うと、今日はそのユグドラシルの長い歴史に幕が降ろされる日。

 つまりは今日こそがそのサービス終了日当日なのだ。

 

 男はその事が記されていたモモンガ()からのメールを思い出す。

 

 

『この度、○月○日(○曜日)PM12:00をもちましてユグドラシルがサービス終了となります。お忙しい事とは思いますが、宜しければログインして御話ししませんか』

 

 

 このメールの内容を思い出すのと同時に、男は包丁を片手にゆらりと起き上がった。

 

 

「多くを話せる訳ではないが、礼を欠くのは武の理に反する…か」

 

 

 独り言を呟きながら道場の離れにある自宅を目指して歩き出した。

 そしてもう一言。

 

 

「……俺は、もう武人としては失格かもしれないけどな」

 

 

 そう…、誰に聞かせる訳でもない言葉をぽつりと呟いて…。

 

 

//※//

 

 

 離れの自宅。その二階に男の自室はある。

 部屋の隅にある端末の電源を着け、傍らに置いてある専用コンソールを頭部に装着した。

 そして、バイザー部分を目に覆い被さるようにし、すぐ側にある1人用にしては大きすぎるベッドに横たわり目を閉じる。

 しかし、頭部に装着したコンソールからは中々準備完了の音声が流れてこない。

 少し目を開け、パソコン前のデジタル時計に目をやる。

 

 

──十一時五十五分。かなりギリギリである。

 

 

 モモンガ()からのメール内容によれば、ユグドラシル終了は十二時丁度。

 

 

(頼む、早くしてくれ……!)

 

 

 それからどれくらい経ったか分からない、まるで永遠に起動しないのでは? と思う程だった。

 そんな時。

 

 

「準備完了デス、ユグドラシルニダイブシマスカ?」

 

 

 と、機械的な音声のメッセージが流れる。

 男はその完了メッセージを聞き、胸中に様々な思いを駆け巡らせたが、その思いを振り切り口を開く。

 

 

「ダイブ……、開始」

 

 

 そう言って、男の意識は一時的に途切れたのだった。




ニホンゴムツカシイヨ(´;ω;`)

2016/6/11 修正


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第一話【武神の帰還報告①】

 早速やらかしてしまいました。まさか作品名に関する事でミスをかますとは…(´;ω;`)

 内容の方ですが、暫くはナザリック内での内容になります。

追記
 活動報告にも書きましたが、書き方や表現を軽く修正していくつもりです。
 暫く見辛いでしょうが宜しくお願いします。


 ※この話は一人称です。

 

 

 次に目を覚ました時。いや、まだ目が覚めていない時と言った方が正しいのかもしれない。

 

 深い微睡みの中に俺はいた。

 その中で目の前に誰かがいるのを感じた、けれども誰かまでは分からない、目に見える光景がぼんやりとしているからだ。

 只、その中でも二つだけ気付いたことがある。

 

 それは目の前の誰かは女だということ、そして何故か抱き締めたくなったということ。

 

 目がぼやけ、誰かも分からない筈なのにその二つだけは分かった。いや、感じたと言う方が正しいのかもしれない。

 

 「お前は誰なんだ?」 そう聞こうとした時、何処からか声が聞こえた。

 

 

「泣かないで……」

 

「え?」

 

 

 その声に俺は聞き覚えがあった。だけど思い出せない。

 思い出せないのが何故か苦しかった。まるで胸を締め付けられているようだ。

 

 

「お前は……誰なんだ……?」

 

「私は…」

 

 

 目の前の女は辛そうな感じで言葉を止めた。

 その時だ。

 

 

「……ん……さん。……じさん……!」

 

 

 誰かに呼ばれ、振り返ろうとした時。

 

 

「エイジさん! エイジさんしっかりして下さい!」

 

 

 突然、俺の目の前に死の権化と表現するのが適切であろう骸骨が迫ってきた。

 

 

「…………ってえぇぇぃりゃあぁっ!」

 

 

 一瞬固まった後、俺は素早く体を起こしながら、同時に拳を繰り出す。

 

 

ビュゴォォォッ!!

 

「どうぅわぁぁぁっ!?」

 

「な、何だ今のは……! って!? まだいるぅっ!?」

 

 

 俺は慌てて構えた。

 咄嗟に放った突きはどうやらかわされたらしい。眼前に迫ってきた物とどうやら同一らしい骨は俺の目の前で

、「あっぶなぁ」とか言いながらこちらを見ている。

 戦闘体勢をとったままではあったが、俺はその骨に見覚えがあった。

 

 

「……モ、モモンガ……さん……?」

 

「……はい、御無沙汰してます……エイジさん」

 

 

 目の前に居た骨、それは間違いなく俺にメールを送ってきた人物。モモンガさん本人だった。

 

 

 

//※//

 

 

 

 一呼吸置いた後、俺は思わず土下座した。

 

 

「すいませんでしたぁっ!!」

 

「相変わらず綺麗な土下z──。じゃなくて! エイジさん、どうか頭を上げて下さい」

 

 

 モモンガさんは慌てて俺の体を起こした。

 

 

「今はそれ所じゃないので、えっととりあえず……」

 

 

 モモンガさんは、部屋の扉付近に集まってひそひそと話をしていたメイド達──確かNPCの──の方へ目をやった。

 すると、眼鏡を着用し、黒髪を夜会巻きにしたメイドが一歩前に出る。

 そのメイドに対し、モモンガさんは首をクイッと軽く振って指示を出した。

 

 

「お前達は下がれ。そしてこれよりこの部屋、それと同時に付近へと近づくことを禁ずる。……無論、守護者達であっても同じだ。それとユリ、エイジさん帰還の件について知っている者はこの場にいる者以外では誰だ?」

 

「モモンガ様、そしてこの場にいる私を含めたメイド達しか知りません」

 

「良し。ならばこの件については他言無用にて頼む。守護者達から聞かれた場合は私の名を使ってでも構わん、秘匿せよ」

 

 

 と、正に見た目に合った感じの低音イケボで命令した。

 モモンガさんのビジュアルについて付け加えておくと、豪華な金の装飾が施されたガウンを纏い、フード部分には横に向かって大きな角が生えており、首元は多少過多気味な感じで装飾品を着けている。

 

 はだけた胸元は骨が剥き出しになり、本来内臓が収まる場所にはその代わりとして赤く輝く宝玉が収まっている。

 これで魔王に見えない、そんなことを言う奴がいたら是非とも会ってみたい。

 兎に角、そんな魔王様に向かってNPC達は揃って「畏まりました、我等が偉大なる御方」と言い、静かに退室していった。

 

 

(……? 今何か違和感が……。でも、何だ?)

 

 

 モモンガさんがメイド達に命令を出し、彼女達が退室するまでの流れで特に不思議な所はないハズなんだが……。

 ……まぁ、後で考えよう。

 

 彼女達が離れたことを確認。そして、それが彼の安心に繋がったようで、モモンガさんは何時もの好青年、といった感じの声に戻り話を続けた。

 

 

「さて、普通ならここでお帰りなさいエイジさん……と言いたい所なんですが……」

 

 

 モモンガさんは何かを話そうとしている様だった、しかし妙に歯切れが悪い。

 

 

「何か……、あったんですね……?」

 

 

 その様子を、俺はユグドラシル終了関連で何かの問題が起きたものだと思った。

 

 何故なら、部屋の時計はサービス終了の十二時を十分程過ぎていたからだ。

 終了時間を過ぎているにもかかわらず、プレイヤーに対する強制ログアウトが発生していなかった。

 そのことが俺にこの質問をさせた。

 

 ……ってかアレ俺のオリジナル時計だな。ということは此所俺の部屋か。

 

 モモンガさんが顎に手を当て、何か考えている間に軽く部屋を見回すと、どう見ても自分の自室としか思えない様なインテリアが飾ってあった。

 しかし……。

 

 

(俺何で部屋に居るんだ? 確かログインした時は円卓の間に直行するハズだよな……)

 

 

 俺がそんなことを考えていると、ウーンと唸っていたモモンガさんが突然驚愕の事実を語りだした。

 

 

「エイジさん……、単刀直入に言います……。俺達はひょっとすると、異世界に来てしまったのかもしれません……」

 

 

 へぇ~、異世界かぁ。

 それは楽しそうだなぁ………………って。

 

 

「エェッ!? いせっ! 異世界ぃっ!?」

 

 

 俺は驚いた。当たり前だ、貴方は今異世界にいますって突然言われてすんなり信じる方がオカシイ。

 

 

「そうです、異世界です。……あくまで推測の域ですが」

 

「……信じられない……でも、モモンガさんのことですから、その推測に行き着くだけの情報があるんでしょう?」

 

 

 俺は未だに混乱から復活はしていなかったが、モモンガさんのことだ。当てずっぽうではないハズ。

 

 彼はギルドマスターという役職に就いている。

 仕事としてはギルドを引っ張っていくリーダーというよりは、皆の意見をまとめていく委員長のような存在だろうか。

 

 ここ『ナザリック地下大墳墓』に拠点を置く、我等がギルド『アインズ・ウール・ゴウン(以下AOG)』は見た目極悪な奴らの巣窟だが、多数決制を旨としており、通常なら穏便に話は終了する。

 

 だが稀に、一部のメンバー同士が衝突することがあった。そこでモモンガさんの出番だ。

 彼の柔らかな物言いと優しい人柄、そして互いを上手く立てる妥協点を探し出す手腕。

 この三つが綺麗に揃う彼は正に長として適任だろう。

 その辺りはメンバーを良く知る彼だからこそ出来ることだが、それ以上に俺が凄いと思うのは情報の収集と活用の仕方だ。

 

 それで何度対人戦闘(PvP)方面で助けられたか。

 

 とにかく彼はそういう頭脳労働が得意。

 俺の中で勝手にそうなっていた。

 そんな彼が何の理由も無く異世界なんて言うハズがない。

 

 

「はい、既に幾つか試しています。」

 

 

 モモンガさんが言うにはまずコンソールが開かない。これはログアウトと運営への連絡(GMコール)が出来ない状態を指す。

 

 次に突然拠点が全く見知らぬ土地に転移したという。

 

 そして最後はユグドラシルでは禁止されていたハズの十八禁行為が制限されなかった。(どうやって試したんだ……)

 

 最後は……、というかこれが俺にとって一番実感の湧く理由だった。

 

 

「エイジさん」

 

「何でしょう?」

 

「御自分が目を覚ましてからのことは全部覚えてますか?」

 

 

 不思議なことを聞くな、と最初は思ったりしたが、正拳を繰り出した辺りから割りと記憶がはっきりしているので頷く。

 

 

「何か気付いたことはありませんか?」

 

「気付いたことって言って──」

 

 

 俺はそこで固まった。

 

 

「気付きましたか……」

 

「口が……動いて……る」

 

 

 そう、モモンガさんの口が時折カタカタと動いているのだ。

 骸骨なので相変わらず表情は読めないが。

 

 

「バカな…、アップデートとかでは無い……みたいですね」

 

 

 俺は納得して項垂れる、その時先程のメイド達のことを思い出したからだ。

 

 

「そういえば、さっきモモンガさんに退室するよう言われたメイド達も勝手に喋ってましたね…」

 

「はい。しかも俺はさっき、NPCに対する固定命令ワードを使っていません」

 

 

 俺は軽く目眩を覚えた。

 

 

「これはつまり……」

 

「NPC達が命を持ち、自身の考えで行動しているということです」

 

「成程、それでゲームではなく現実になった異世界だと……」

 

「先程も言った通り現段階ではその可能性が高い……、という推測の域でしかありませんがね」

 

「……それで、モモンガさんはこれからどうするつもりですか?」

 

「意外に落ち着いてますね」

 

「そこまで冷静ではないですよ? ここでパニクったら、事態の悪化を招いても好転はしないと思っただけです」

 

 

 そう返すとモモンガさんは何故か流石ですねと言ったが、何処ら辺が流石なのかという疑問は返さない。

 だってこの言葉はギルメンの受け売りだもの。

 とにかく話を続けよう。

 

 

「一先ず確認しなくちゃいけないのは、そうですね……。周囲の確認……は最低限終わってるみたいですから、後はNPC関係と自身の戦闘力とから辺ですかね」

 

「ええ、俺もその辺りが最重要だと思って直ぐに実行しました。因みにエイジさんの作ったNPCもちゃんと意思を持って動いてましたよ。……確か、あの戦いの後からは覚えていないとか何とか言ってましたね……」

 

「あの戦い? …………多分アレだな。でも、とりあえずその話は置いときましょう。それにしても、流石は我等がギルド長、まだ三十分も経っていない中でそこまでやっているとは」

 

 

 やっぱりモモンガさんは凄いな、と思っていたら思いがけない言葉が帰ってきた。

 

 

「え? ……いや俺三日も前に此所に来たんですよ?」

 

「は? 三日前? いや、でも俺ログインしたばかりですよ? 今日って最終日の次の日じゃないんですか?」

 

「……と、いうことは。でも、そうなると事態は結構ややこしいな……」

 

 

またモモンガさんは「う~ん……」と考え始めた。

 

 

「あのですねエイジさん。俺は此方に来てからの三日間、毎日メイド達に皆さんの個室を確認させていたんですよ。もしかしたら自分以外のメンバーが来てるかもしれないってね」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! 答えになってませんよ!? ですから! 俺はさっきログインしてきたばかりなんですよ!?」

 

「多分そうなんだと思います、エイジさんが嘘を吐いているとは思ってはいません。きっとメールを見てギリギリにログインしてくれたんですよね?」

 

 

 モモンガさんの言いたい事はこうだ。

 自分と俺が同じ日にログインしていた(俺は若干怪しいが)にも係わらず三日も到着に差が出た。

 つまりこれは、何らかの条件で時間の流れに影響が出ているのではないかと。

 

 

「でも、流石にこれは確認のしようがないので一先ずは置いておきましょう」

 

「……ですね、確かに確認する方法がありませんもんね。それに、今このことについて解明したとしても得はないですよね」

 

「ええ、ですから今は別のことを片付けていきましょう」

 

「うす」

 

 

 時間が経ち、少し余裕が出てきたのでいつも通りの挨拶を送る。

 

 

「ではまず、『帰還報告』と『忠誠の儀』でもやりますか?」

 

「何ですかそれ?」

 

「行けば分かる。と言いたい所ですが、ある程度打ち合わせしておきましょう」

 

 

 それから俺は、NPC達が一つの命として動いていること、忠誠心が鼻から……もとい天元突破していること、自身の喋り方やモモンガさんとの話し方。

 更には、自分が今まで何処で何をしていたかの説明など色々なことを教えられ、またそれに向けた準備をした。

 

 幸いにも自分のこと関係は大抵自室内で事足りたので問題無し。

 俺が準備をしている間モモンガさんは伝言(メッセージ)という、本来プレイヤー同士のチャットに使われる魔法でNPC達に指示を出していた。

 そしてモモンガさんに質問が出来、ふと目を向けた時に、先程から見えていた不思議な物が変化しているのを見た。

 

 

(あれ? さっきから見えてたモモンガさんのオーラ? みたいなやつの感じが変わったな。何だろう、何となくだけど……緊張してる?)

 

 

 俺は自分なりにそれを分析する。

 もしかして感情が見えてるのではないかと。

 

 

(待てよ、モモンガさんは魔法やスキルが使えるって言ってたよな? ということは、これも何かのスキルか? えーと……、思い当たるスキルは……)

 

 

 纏うオーラ(?)で感情が分かる等本来であれば変な話だが、今は暫定的ではあるが異世界におり、更に能力が使えるとなるとあながち間違ってはいないのかもしれない。

 モモンガさんとの話で出たスキルや魔法etc.の確認をする為、先程教えて貰った方法で確認作業をする。

 自分の中へと意識を集中させ、自身の様々な情報を確認した。

 

 

(おぉ! すげえ! マジで自分がどういうスキルや魔法持ってるか分かる。……えーと、あった竜眼看破(りゅうがんかんぱ)、多分これだな。ってかこれ位しか思い当たるスキルないしな。……モモンガさんに見えたものが感情の起伏で合ってるなら発動したままの方がいいな。……あまり皆の作ったNPC達を疑う行為はしたくないんだが)

 

 一通り確認作業をした後、先程話に出た俺の作ったNPCに伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

 

《久し振りだな、エイジ。いつ戻ったのだ? お前のことだから大丈夫だとは思っていたが、戻ってきたということはどうやら勝てた様だな》

 

《……ついさっきさ、積もる話もあるだろうが後にしてくれ。急を要する件があってな、悪いが今から俺の指示通り動いてくれ》

 

《ココから出ても良いと言うことだな? 心得た》

 

《戻ってきた途端に頼み事をしてすまんな》

 

《気にするな、たった2人の兄弟ではないか》

 

 

 俺は彼が味方のままでいてくれたことに感謝した。無論警戒は必要なのだが。

 

 俺は今のところ、唯一信頼することが出来るであろうNPCに、能力を活かした二つの作業を依頼した。

 

 一つは俺自身の身辺警護。

 これから何が起こるか分からないからだ。

 

 そして二つ目が、俺が受け入れられた時の用意。

 

 一つ目の依頼はかつての仲間達が作った、いわば子供にあたる者達に疑いの目を向けることと同義なので、ハッキリ言ってしたくなかった。

 

 だが聞く所によると、どうやら一部のNPC達はモモンガさん以外のギルドメンバーがナザリックを、皆を捨てていったと思っているらしい。

 勿論全NPCが同じ事を思っているかは流石に分からないみたいだが、最悪出会った途端総攻撃される恐れすらある。

 

 モモンガさんが居るし、本人は大丈夫だと思いますと言っていたが流石に不安が残る。

 先程まで居たメイド達はモモンガさんの手前攻撃しなかった、意識を取り戻す前も反撃を恐れて手を出さなかった、と言ってしまえば一応の説明がついてしまうからだ。

 用心に越したことは無い。

 

 二つ目の依頼は、単純に疑いの目を向けたお詫びだ。

 

 自分に都合の良い対応を優先的に選ぶ。そんな自身のクソッタレな考えに嫌気がさしていた時、モモンガさんが最終確認をしてきた。

 

 

ギルドの指輪(リング・オブ・AOG)は装備しましたか?」

 

「勿論ですよ、ってかコレないとこの後かなり不便じゃないですか。それに、襲われた時の最終手段でもありますから」

 

 

 この指環、『リング・オブ・AOG』は本来、転移を阻害する効果のある俺達の拠点内(ナザリック)でも、名前の付いている部屋ならば(玉座の間以外)自由に何度も転移出来るという優れ物だ。

 更に言うと、ここナザリックには、この指輪を使ってでしか行くことが出来ない宝物殿という場所がある。

 今俺が言った最終手段というのは、そこを避難場所として使うという意味である。

 

 

「念の為他の持ち物確認っと……。よし! OKです!」

 

「繰り返し言っておきます。俺もいますし、守護者──つまりはNPC達に突然襲われるということは恐らくないでしょう。ですが一応の備えは必要ですからね」

 

「あ、一応宝物殿の彼には連絡入れといて下さいね?」

 

「うっ! ……はい、分かりました」

 

 

 自身の作り上げたNPCに連絡を入れるだけだというのに、妙に鬱なオーラを出すモモンガさんが不思議だったが、兎に角これで用意は整った。

 

 

「では行きますか」

 

「はい」

 

 

 そうして俺達は部屋を後にした。




早くも書く事がない。(´・ω・`)

5/10 誤字修正致しました
2016/6/14 修正(途中)
2016/6/24 修正:一応現在の書き方に近づけてみました。読み辛い、ここオカシクない? という文章があれば一報下さいませ。


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第二話【武神の帰還報告②】

何を書こう…。
Σ(゜Д゜)
誤字・脱字・謎の日本語は御愛嬌でお願い致します。

以上!
…こんなんで大丈夫だろうか。


 

 

 『玉座の間』。

 泣く子も泣かす最強最悪のPK集団であり、エイジとモモンガの所属するギルド、『アインズ・ウール・ゴウン(以下AOG)』。

 その拠点である『ナザリック地下大墳墓』最下層、第十階層に位置する部屋である。

 

 遡る事三日前、モモンガはこの場所でユグドラシル(想い出)の最後を迎えるつもりだった。

 だが、実際にサーバーダウンは起きず、その代わりに暫定的ではあるがこの異世界転移という異常事態が発生した。

 それからモモンガは情報収集や確認作業などの怒涛の三日間を過ごした。

 

 その玉座の間の隣……、とはいっても少々離れているが、その控え室の中でエイジとモモンガは最後の打ち合わせをしていた。

 

 

「では、そろそろ守護者達が来ると思いますから俺は行きますね。場が整い次第伝言(メッセージ)を送りますから、その後声を合図に入ってきて下さい」

 

 

 モモンガの言葉にエイジは頷き、それを見たモモンガは退室する。

 モモンガが部屋を出るとエイジは椅子へ座り、スキルを発動させるか少しの間悩む。

 

 

(……念の為、発動させておくか。これから集まるのは階層守護者、つまりはフロアボスだ。気付かれる可能性が高いからな)

 

 

 己の中へと意識を向け、自身の能力を再度確認しながら目的のスキルを見付ける。

 エイジはモモンガからある程度情報を聞き、更には自身でも確認していたのでこの辺りは問題なかった。

 

 

(姿や気配……、後は熱や音とか諸々……と)

 

 

 エイジがスキルを発動させると、控室からエイジという存在が消え去った。

 

 

//※//

 

 

 エイジがスキルを発動させてから暫くして、玉座の間に守護者達が徐々に集まり始めた。

 

 最初に現れたのは、第一から第三階層を守護する、真祖(トゥルーヴァンパイア)のシャルティア・ブラッドフォールンという少女。

 彼女は赤紫を基調とした、所謂ゴスロリ風のドレスを身に纏い、その見た目の年齢(十四歳程)に反するような不自然に大きい胸を揺らしながら、優雅に玉座の間に入ってきた。

 

 

「第一・第二・第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。命に従い参上致しましたでありんす」

 

 

 妙な廓言葉を使い、大きな扉をくぐった所でその大きなスカートをつまみ上げ頭を下げる。

 それはさながら、舞踏会での名家の令嬢を思わせる仕草であった。

 そのシャルティアに、モモンガは上位者として振る舞う。

 

「忙しい中よく来てくれたな、シャルティア。感謝するぞ」

 

「感謝など勿体ない御言葉……。至高の御方の御望みとあれば当然の事でありんすぇ、モモンガ様。おや? 今回はわたしが一番乗りでありんすか?」

 

「そうだ」

 

 

 今回……というのも、実は三日前にもモモンガは各守護者達を集めたことがあった。場所は第六階層の円形闘技場(アンフィテアトルム)

 モモンガが現在の状況、そして何より裏切りの可能性を危惧し、NPC達の忠誠心を見定める為のものだったが……、それは取り越し苦労で終わっていた。

 

 そして、モモンガの言葉を聞いたシャルティアはそれなら……と言葉を切り、少し足早に玉座に座るモモンガの元まで行く。

 

 

「お邪魔虫の居ない間に、モモンガ様からの御寵愛を頂きとうありんす」

 

 

 シャルティアはそう言いながらモモンガの首に手を回し、まるで抱き締める様なポーズになる。

 身長が若干……所か大分足りていない。

 その結果、じゃれつく子供にしか見えない。しかし、相手はリアルでの女性経験が皆無のモモンガ。

 その中の鈴木悟にとって、シャルティアの行為は充分な威力を発揮した。

 

 

「お、おい! よせ、シャルティア!」

 

 

 モモンガの目の前に迫ったその顔は、美しさと可愛らしさの中間とも言えるもので、まるで蝋燭の様に白く、モモンガを見つめる瞳は真紅の色を宿していた。

 彼女の視線とモモンガの視線の視線が交差すると、シャルティアの白い頬が赤らむ。

 

 

「はぁ……、本当に美しい御方。正に美の結晶でありんすぇ……」

 

 

 そう、うっとりとした顔で何やらもぞもぞしていた時だった。玉座の間に二人目……、正確なは二組目と言った方が正しい者達が現れた。

 

 

「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ」

 

「お、同じく第六階層守護者マーレ・ベロ・フィオーレ」

 

「両名、御方の命に従い到着致しm……って、あー! シャルティア! あんたモモンガ様に何してんのよ!?」

 

 

 第六階層の守護者である|闇妖精(ダークエルフ)双子だ。その片方の姉アウラが叫び、そのまま玉座傍まで近づいていった。

 

 肩口までに揃えられた美しい金糸の髪は元気いっぱいです。そういわんばかりに多方向に跳ね、左右で青と緑と色の違う瞳はシャルティアへの怒りに燃えている。

 赤黒い竜鱗の軽装鎧を装備し、その上から金糸を織り込まれた白いベストを着用している。そして、下は上のベストに合わせた白い長ズボンを着用していた。

 

 

「アンタねぇー! モモンガ様の御迷惑になるんだから離れなさいよ!」

 

「おや? ちびすけ、いつの間に入ってきたでありんすか? 小さすぎて気付かなかったでありんす」

 

 

 シャルティアはアウラに対し呆れと優越感を混ぜたような顔で言い放つ。

 その態度に、アウラは拳を怒りで震わせる。

 

 

「な、な、なあぁ~んですってぇ!」

 

「お、お姉ちゃん止めなよ。モ、モモンガ様の御前なんだよ?」

 

 

 正に怒りが有頂天といった様子の姉に対し、弟のマーレが喧嘩の仲裁に入ろうとする。

 双子だけあって装備と性格、瞳の色が左右逆であること以外そっくりのマーレは、同じ金糸の髪をおかっぱ髪にし、藍色の軽装鎧の上に白い上着と緑のマントを着用、手には折れ曲がった木の様なスタッフを持っている。

 そして下は……、何故か短いスカートと膝上まである白のハイソックスを履いていた。

 念の為にもう一度言おう、この二人は姉弟だ。つまりマーレは男である。

 

 

「マーレ! アンタは黙ってなさい!」

 

「で、でも…」

 

 

 今にも消えてしまいそうな声で反論しようとするが、立場の強い姉に上から押さえられてしまう。

 

 

「毎度毎度ご苦労様でありんすね、マーレ。頭のおかしい姉を持つと大変でありんしょう?」

 

「…………黙れ偽乳」

 

 

 一瞬大人しくなったアウラの一言は、種族上のクリティカル無効という能力を持つシャルティアですら耐え難い、正しく痛恨の一撃を与える単語だった。

 

 

「んだとコラァ~ッ!!! この間といい今回といい、いい加減にしろやぁ~!!!」

 

「あらぁ? 本当の事を言っただけじゃなぁい?」

 

「あわ、あわわわ」

 

 

 モモンガがキャラ崩壊してるなと、誰にも聞こえないレベルの呟きを漏らす。

 そんな事を言ってる間にも両者の間には一触即発の空気が流れるが、それはその場に居た至高の存在によって終わりを告げる。

 

 

「いい加減にしろ、お前達……」

 

 

 そのたった一言でアウラとシャルティアは大人しくなる。

 叱責される覚悟を決める二人だったが、モモンガの口からは意外な言葉が発せられる。

 

 

「仲が良いのはいいが、もうじき全員集まるだろうからその辺にしておけ。いいな? それと両名も良く来てくれた、感謝するぞ」

 

 

 てっきり叱られるとばかり思っていた二人は安堵を浮かべると共に、モモンガが先日の時とは違ってとても柔らかな雰囲気を纏っているのを感じた。

 エイジの帰還がモモンガの心に余裕を持たせていたからなのだが、今の二人に知る由は無く、その疑問は暫く彼女達の心に残ることとなる。

 

 喧嘩が終わり、三人は所定の位置につこうとした。そこで背後から扉の開く音が鳴り、それに反応した三人が振り向くと、扉の向こうには異形が佇んでいた。

 

 

「何ヤラ騒ガシイト思エバ……、マタオ前達カ」

 

 

 玉座の間に響くのは、人以外の存在が無理矢理人を真似た様な声。

 その奇怪な声を発した持ち主は、重量感を感じさせながら歩いていく。

 蟻と蟷螂を融合させ、それが二足歩行をしているかが如き風貌。

 鎧のような外皮はライトブルーの輝きを放ち、四本の腕の右主腕とも呼ぶべき一本には巨大な白銀のハルバード。

 背中には二本の氷柱、尻尾は先端がスパイク状になっており、全体的に戦闘力の高さを伺わせるフォルムになっている。

 彼の名はコキュートス、第五階層の守護者だ。

 

 

「おお、コキュートス。忙しい中良く来てくれた」

 

「何ヲ仰イマス、御方ノ御呼ビトアレバ即座ニ」

 

 

 自身の属性の冷気を口から吐き出しながら答え、入口から玉座まで伸びる赤絨毯の上を歩き、玉座より少し離れた位置に控える。

 他の3人もそれを見て慌てて所定の位置に立った。

 正確にいえば意味は違うが、今現在呼び出すことの出来る階層守護者は六人。後二人が未だ姿を見せていない。

 

 

「残りは…」

 

 

 モモンガが残りの守護者の名前を口にしようとした時、扉が開き新たに数名が入ってきた。

 

 

「皆様御揃いで、遅れてしまい申し訳ありません」

 

 

 その中で最初に口を開いたのは、すらりとした長身に細い白のラインが入った赤いスーツを着こなす男、第七階層守護者デミウルゴスだった。

 

 彼は黒の短髪を立てて丸い眼鏡をかけており、やり手の営業マンを彷彿とさせる出で立ちをしていたが、他の面々から分かるように人間では無い。

 最高クラスの悪魔、最上位悪魔(アーチデヴィル)である彼の耳は尖り、鋼鉄を纏ったムカデの様な尻尾を生やしていた。

 

 

「人員配置に少し時間がかかってしまいました。申し訳ございません、モモンガ様」

 

 

 次に言葉を発したのは、全NPCの頂点と設定されている守護者統括のアルベドという女性だ。

 

 黒のロングヘアーに美しい白のドレス、胸元には蜘蛛の巣を思わせる金のネックレスを着けている。

 そこまでで見れば普通に美しい女性だが、頭から伸びる白い角と腰から生える黒い羽根が。

 そして、縦に瞳孔の割れた金の瞳が、彼女が人外の者だと証明していた。

 

 

「守護者の方々、そしてモモンガ様。失礼致します」

 

「「「失礼致します」」」

 

 

 最後に入ってきたのが、執事長セバス・チャンと彼の指揮の元で働く六人の戦闘メイド。

 『プレアデス』と呼ばれる武装メイド達だ。

 

 セバスの髪は白一色で、髭もまた同じ白一色の老人だ。

 白の手袋に黒の執事服を纏い、その瞳は猛禽類の様な鋭さを宿している。

 彼は厳密に言えば守護者ではないが、モモンガによって特別に守護者の同格とされている。

 

 残るプレアデスの面々も非常に多彩で、種族や能力、果ては着ているメイド服すら統一はされていない。

 皆特徴的に魔改造されたメイド服を纏っているのだ。

 因みにエイジの部屋に来たのは、このプレアデスの副リーダーであるユリ・アルファである。

 

 

「全員揃ったな?」

 

「はい、第四・第八階層を除いた各階層守護者。そしてセバスとプレアデス各員、ここに揃いました」

 

 

 守護者統括という役職を与えられているアルベドは、主人であるモモンガからの問に簡潔に答え、各員に規定の並びになるよう目配せをした。

 それを合図と決めていたかのように、全ての守護者達はモモンガに対し横一列になり、その中央を一歩進んだ所でアルベドが陣取る。

 そして、その脇にセバスとプレアデスの面々が絨毯に平行に並び、執事と使用人として控えた。

 

 どんな者が見ても完璧な並びだ、文句のつけようがない。――筈だったのだが。

 

 

「アルベド……。すまないが、今回は中央の列を少しだけ空けてくれ」

 

「何か我等の並びに御不満が御座いましたでしょうか?」

 

 

 モモンガ(主人)の言葉に、凛々しい表情をしていたアルベドの顔が一瞬で不安に染まる。

 

 

「いや、そうではない。寧ろ、お前達の忠義を感じることの出来る美しい配置だと思っている。だが、今回は少し特別でな。なに、じきに分かる」

 

「ハっ! それが至高の御方の考えであれば、私共シモベの中に異を唱える者はおりません」

 

「分かってくれて嬉しいぞ、アルベドよ」

 

「勿体無い御言葉で御座います! モモンガ様!」

 

 

 突如目を輝かせ、羽根をわさわさと暴れさせ、髪をわさわさと揺らめかせたアルベド。

 それを見たモモンガは、慌てて落ち着かせようとする。

 

 

「オ、オホン! ア、アルベドよ、これから大切な話があるので落ち着け」

 

「はっ! ――し、失礼致しましたモモンガ様! どうぞこの愚かな私めに罰を!」

 

 

 アルベドは頭を下げ非礼を詫びる。

 

 

「分かってくれたのであればよい。お前の全てを許そう、アルベドよ。」

 

「身に余る光栄に御座います」

 

 

 アルベドは感謝の言葉を述べ、身体を起こした。

 アルベドが落ち着きを取り戻したのを確認したモモンガは、今の流れを元に戻す為の言葉を発する。

 

 

「それにな、普段身を粉にしてナザリックの為に働いてくれているお前達を、たかがその程度で叱ったりなどしない。……それともお前は、私がそんなに器の小さい男だとでも思っているのか?」

 

「滅相も御座いません!」

 

「ならば良い、この話は終わりだ」

 

 

 それと、とモモンガは言葉を続けた。

 

 

「今日はある人物を皆に紹介したくてな、その人物が私に挨拶をするまでは目を伏せていて欲しい」

 

「理由は分かりかねますが、畏まりました」

 

 

 会話を終え、全員が新たに指定された通りの場所に跪く。

 守護者は跪いたまま、セバスとプレアデス達は絨毯横で直立のまま、皆目を伏せた。

 

 

「良し……。では、入って来て下さい!」

 

 

 モモンガが少し大きめに声を出し、更には敬語を使ったことにシモベ達は違和感を覚えた。

 

 玉座の間に声が響き、一拍の間を置いて大きな扉がゆっくりと開く。

 そして各員は、そこからゆっくりと歩を進める者の存在を感じた。

 モモンガから目を閉じる様に言われていたので誰かまでは分からないが、皆はその人物の存在感をひしひしと感じていた。

 まるで竜神が息を潜め、自分の前を通り過ぎる様な錯覚さえ起こしてしまう。そういった絶対的強者が直ぐ近くにいるという感覚。

 

 やがて謎の人物は跪く守護者達を過ぎ、モモンガの前で止まる。

 

 

「只今戻りました、モモンガさん」

 

 

 その言葉を聞いたモモンガ以外の者達は、思わず目を見開いてその声の発生元へ顔を向けてしまう。

 それはモモンガからの命令を無視した、本来なら許されざる行為であったが、モモンガは責めはしなかった。

 彼等の瞳から大粒の涙が溢れだし、まるで死別した恋人を見るような目で見ていたからだ。

 やがて、その人物はゆっくりと振り返る。

 

 そこには赤いマントを羽織り、同じ色の長い鉢巻きを頭に巻いた黒髪の人物が立っていた。

 胸元を開けたベージュのジャンパーを肘上まで捲り、下に着ている緑の長袖が顔を出している。

 手には甲と指先が開かれている手袋、下は黒というよりは紺に近い色のジーンズを履いていた。

 そして背中には、紐を襷掛けにして背負う一本の刀。

 眼光は鋭く、殺気を感じさせはしないものの、代わりに強い意思を感じさせる。

 全体的に質素な印象で、正に修行の旅をする武闘家という見た目をしていた。

 

 

「エイジ……様……」

 

 

 誰かが許可なく言葉を発し礼を欠く、だが繰り返す失態にも係わらず叱責する者は居ない。いや、出来ない。

 何故なら、この場に居た全員が同じ気持ちだったからだ。

 幽霊でも見た様な感覚だったのだろう。

 そんな時、おもむろにその人物が口を開く。

 

 

「我『武神 エイジ』、ここにナザリックへと舞い戻ったことを皆に告げる」

 

 

 その言葉に我に帰った守護者達は頭を垂れる。

 

 

(さぁ……、ここからだ)

 

 

 エイジは鉢巻きを締め直す気持ちで思った。




 妄想……、もとい想像力の高い方なら誰をモデルにしているか分かるかもしれません。

2016/07/31
 読みやすいように大幅修正。内容はほぼ変えていません。(一部変更あり)


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第三話【武神の帰還報告③】

前回の続きです。
あぁ~、執筆優先だから狩りが進まないんじゃ~(´;ω;`)


 

 

 今、玉座の間は静寂に包まれている。まるで誰もいないのではないかと錯覚する程に。

 

 だが、実際そこには十を超えるシモベ達の姿があった。

 彼等は、偉大なる存在の言葉を聞き逃すまいと神経を集中させていた。それ故の静寂。

 神経を集中……とは言っても、シモベ達が纏うのは叱責や処罰を恐れる雰囲気ではない。

 顔を伏せたシモベ達の表情は真剣その物であったが、何処か喜びを感じさせるものだからだ。

 

 

「まず、最初に礼を言いたい……。俺達四十人に代わりこのナザリックを……、そしてモモンガさんを守ってくれて有難う」

 

 

 

 エイジやモモンガ、その他のギルドメンバーのことをシモベ達は、『至高の四十一人』と呼び讃えていた。

 その内の一柱に自身の功績を誉め称えられるという、ナザリックに属するシモベならば喜びのあまり涙落するであろう一言に、各員は心を震わせた。

 

 

「守護者統括として、ナザリック各員を代表し発言をさせて頂く事を御許し下さい」

 

 

 エイジはそれを許すという意味で頷く。

 

 

「私達は皆、至高の御方々に創造された者。御方々の剣となり盾となるのは当然の事。礼など以ての他で御座います」

 

 

 エイジが各員を見回すと皆、当然で御座いますという雰囲気を出していた。

 

 

「だが、お前達の働きは俺もモモンガさんも大いに満足している。称賛は素直に受けるべきだ」

 

 

 エイジは微笑みをもって守護者達に賛辞を述べる。

 その言葉と表情に、守護者達の中に涙を浮かべる者も現れた。

 

 

「恐れ多くもお褒めの言葉、有り難く頂戴致します」

 

 

 その反応を見たエイジとモモンガはアイコンタクトをすると、エイジがゆっくりと屈み始めた。

 

 

「そして、俺がこの度ナザリックを離れた事を謝罪したい……。本当にすまなかった……」

 

「エイジ様!? 一体何を!?」

 

 

 突如アルベドが発した悲鳴に近い声を聞き、他のシモベ達が目を開き、そして目の前の光景に驚愕する。

 エイジが。武神が。至高の一柱が土下座をしていたのだ。

 それを見たシモベ達は半ばパニック状態に陥った。何故偉大なる御方が謝罪などするのか? 彼等には分からなかった。

 玉座の間が騒がしくなった時、その状況を一人冷静に見ていたモモンガから言葉が発せられる。

 

 

「騒々しい……、静まれ」

 

 

 黒いオーラを発しながら静かに声を上げる。

 そこまで大きい声ではなかったのだが、それはこの広い玉座の間にしっかりと響き渡った。

 それに気圧され、シモベ達は自身の感情を抑圧する。

 

 モモンガが発した声の残響音が収まると、座する至高の存在は言葉を続けた。

 

 

「……エイジさんは仕方の無い理由があったとはいえ、お前達に黙ってナザリックを離れてしまったことに責任を感じている。故に、お前達の上位者としてナザリックに戻る資格があるのか悩んでいるのだ、自分に厳しい人だからな。……彼の言葉を、静かに聞いてやってはくれないか」

 

 

 モモンガの願いに、シモベ達は無言で以て肯定の意を示す。

 その様子を見てからモモンガは更に言葉を続けた。

 

 

「話を中断させてしまい申し訳なかった。エイジさん、続きを」

 

「感謝します」

 

 

 エイジは少しだけ頭を上げて話し始めた。ここに戻ってくるまでの話を。ナザリックを離れた理由(わけ)を。

 

 

「俺はある時自分の国……いや次元と言った方が正しいだろう。兎も角、自分の生まれ故郷でその世界全体を巻き込む大きな事件が起こっていることを知った。その為にモモンガさんや他の仲間達に一度別れを告げ、自分の世界に戻ったのだ」

 

 

 エイジの話を要約するとこうだ。

 ある日、自分の生まれた世界で歴史的大事件が起こった。

 しかもそれは自分の血族、つまりは家族が巻き込まれており、それを解決する為に泣く泣くナザリックを離れたのだと。

 友や師、そして家族といった大きな犠牲を払ったが、何とか事件を解決しナザリックに戻った。

 だが、時空間転移の消耗は大きく、ナザリックに戻った直後昏睡していたのだと。

 

 

「詳しい内容は……」

 

 

 と、ここでエイジの言葉が止まる。

 エイジの持つスキルの中に知覚スキルがあり、それが多くの違和感を察知からだ。

 エイジが顔を上げると皆、おいおいと泣いていた。

 シャルティア・アウラ・マーレは嗚咽を隠そうともせず、コキュートスは冷気を漏らしながら震え、デミウルゴスやセバスまでもが涙を流し、アルベドに至っては。

 

 

「私は……、私は……、なんという……」

 

 

 などと呟きながら大粒の涙を流していた。

 内心エイジがそんなに泣く程かと思っていると、モモンガからプレイヤー用の魔法である伝言(メッセージ)が入る。

 

 

《そんな辛い思いをしながらもナザリックに戻ってきてくれたエイジさんに、皆感動しているんですよ》

 

 

 エイジより先に転移していたモモンガには彼等の流す涙の意味が分かっていた。

 決して自分達を見捨てた訳ではなく、どうしようもない理由で離れたのだと。

 しかも、大切な者の死という辛い体験をしたのにも関わらず、ナザリックの為に傷付いた体を押して戻ってきてくれたのだと。

 それ故の涙。

 エイジは心から感動していた。

 この話は全てが本物ではない。

 完全な嘘は必ずボロが出る。ならば自身の体験と嘘を混ぜればいい。

 そうして、自分のアバターの元になっているキャラクターの話と、自分の身の上を織り交ぜたものが今の話だった。

 

 それなのに、シモベ達は只素直に話を信じ、自分が帰って来てくれて嬉しい、その思いで涙を流してくれている。

 

 

《俺にも、まだ居場所があったんですね……、モモンガさん……》

 

《……そうですよ。なのでこれからも彼等を、俺達の居場所を守って行きましょうエイジさん》

 

《はい》

 

「――お前達に問おう。(エイジさん)がナザリックに帰還することに対し異を唱える者は、それを立って示せ」

 

 

 モモンガの声が再び玉座の間に響く。が、異を唱える者は皆無だったようだ。

 

 

「では、改めてエイジさんに対し『忠誠の儀』を行う。私の時と同じ順に聞いていこう。――まずはシャルティア」

 

 

 モモンガの言葉に、シャルティアが決意に満ちた表情で顔を上げる。

 彼女は、いや、他の者達も皆同じ気持ちであったが、この時に自身の忠誠心の全てをかけていた。

 いくら戻って来てくれたと言っても、もしここで下手な事を言えば、エイジは「やはり戻って来るべきではなかった」と言ってまた居なくなってしまうのではないか?

 そんな不安に駆られたからだ。

 

 

「エイジ様は強さの結晶に御座います。そして、遥かな高みにおられながらも決して歩みを止めることはせず、更なる高みを目指す素晴らしい御方に御座います」

 

「コキュートス」

 

「守護者各員ヨリモ強者デアリ、マタ、我ガ創造主トモ親交厚ク、共ニ高ミニ居ラレタ正ニ武ノ化身デアラセラレル御方。私ノ目指ス御方ノ御一人ニ御座イマス」

 

「アウラ」

 

「強さもさる事ながら、大変慈悲深い御方です」

 

「マーレ」

 

「と、とても御優しくて、か、カッコイイ御方です」

 

「デミウルゴス」

 

「武において遥かな高みに居られながらも軍略に対する知識にも長け、正に文武両道という言葉を体現される御方。軍事責任者としてぷにっと萌え様に並び、恐れ多くも目標にさせて頂いている御方でも御座います」

 

「セバス」

 

「過酷な運命を見事打ち破り、大きな哀しみの中にあっても私達の元に戻って来て下さった、大変慈悲深き御方です」

 

「最後になったが、アルベド」

 

「その大いなる力と知略を以てナザリックに繁栄をもたらし、至高の御方々の信頼を受けていた素晴らしい御方。そして私の愛するモモンガ様の御親友に御座います。是非ともナザリックへの御帰還を」

 

 

 アルベドの言葉に反応し、シモベ達は真摯な顔で頭を垂れる。

 

 

「だそうですよ? エイジさん」

 

 

 モモンガから声をかけられエイジは勢い良く立ち上がった。その頬には一筋の涙が伝わる。

 

 

「俺は……ここに宣言する! ニ度とこの地を離れないと! そして! お前達を含めたナザリック全ての者達を守り抜くと! この『キング・オブ・ハート』の名にかけてぇっ!」

 

 

 エイジが心臓に右拳を置く姿を取ると、その手の甲にある紋章が浮かび上がる。

 ハートマークに囲まれ、2本の剣を交差させながら背負う王の絵が刻まれた紋章だ。

 それが光り出すと同時に、エイジの体から赤い竜を象るオーラが溢れ出す。

 その姿は、正に伝承に語られる竜王の物だった。

 

 

「我等シモベ一同、偉大なる御方の御帰還を御祝い申し上げます」

 

「「「御祝い申し上げます」」」

 

 

 偉大な死の支配者は満足気にそれを見ながら祝った。

 

 

(良かったですね、エイジさん)

 

 

──かくして、後の世にまで語り伝えられる武を極めし王が、この地に降り立ったのだった。




 相変わらずのナゾニポンゴ

2016/07/31
読みやすいように大幅修正。内容はほぼ変えていません。


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第四話【武神の宴と忍者】

うーむ、ニポンゴムツカシイネー。
自分で見ていて恥ずかしくなる様な文で御座います。
文法やら何やらより雰囲気で楽しんで貰えれば幸いです。


 

 

 忠誠の儀を終えたエイジとモモンガが去った後、シモベ達は静寂に支配された玉座の間で暫しの待機を命じられていた。

 少し時間を空けて立ち上がったシモベ達の話題は、勿論エイジのことである。

 

 

「す、凄かったね。お姉ちゃん」

 

「本当だよね、正に竜王の覇気って感じだったよ」

 

 

 幼い闇妖精(ダークエルフ)の双子は、エイジが放っていた圧倒的なオーラを称賛し。

 

 

「ソウダナ、アレハ正ニ覇王ノ風格ダッタ」

 

 

 コキュートスも、武人として同じ道にいながらも遥かな高みにいる存在に震え、また畏敬の念を辞さず。

 

 

「えぇ、全くですね。……しかし、まさか私達シモベに対し非礼を詫びられるとは思いもしませんでした。我等としては偉大なる御方々に仕える事こそが至上の歓びであり、決して非礼だなどとは思ってはいないと言うのに……。圧倒的強者でありながらも武人としての礼を忘れない、モモンガ様とは別の意味で器の大きさを感じさせられました。……コキュートスの武人としての気持ち、少し分かった気がしますよ」

 

 

 デミウルゴスは少しずれた眼鏡を上げながら、至高の存在の偉大さを語り。

 

 

「そうでありんすね。わたしも機会があれば、エイジ様に美しい戦いの仕方でも御教授頂けると嬉しいのだけれども」

 

 

 シャルティアもエイジの覇気にあてられたようで、自らの戦いに美を求める姿勢を見せる。

 

 

「同じ高みにいらっしゃられる友と呼ぶべき御方が帰ってこられたでしょうけど、心無しかモモンガ様にも喜びの色が表れていたわ」

 

 

 アルベドの言葉に、周囲があのオーラで? という顔をしたが、直ぐに絶対者としての威厳を友の前だからこそ崩さずにいたのだろうと納得する。

 

 

「そうでありんすね。アルベドと同じ意見なのは気に食わない所ではありんすが、わたしも同意見でありんすぇ」

 

「あら? 珍しく意見が合うじゃないシャルティア。……まぁ、モモンガ様の本当の意味での真意を汲み取れるのは、……私だけでしょうけどね」

 

 

 キッと睨み合い、火花を散らしながら徐々に二人はオーラを纏っていく。

 それを見ていたデミウルゴスは、またかという表情で二人を止めようとした。

 しかし、それは突然の乱入者によって遮られる。

 

 

「そこまでだ、二人共!」

 

 

──謎の声が玉座の間に響き渡った。

 

 

「「「何者っ!!」」」

 

 

 聞き覚えの無い男の声。それをシモベ全員が侵入者と判断し、即座に臨戦態勢をとる。しかし、何処にもその姿は見えない。

 

 

「どうした? 私一人見付けられないか!」

 

 

 謎の男はシモベ達を煽る。

 彼等は其々が違うことに思考を巡らせていたが、ある一点のみにおいて完全に一致した。

 

 

(何故、誰も気付かなかった!?)

 

 

 レベル的に劣るプレアデス達だけなら理解出来る。

 しかしながら、今ここにはナザリックの実力者が集められていた。

 幾ら察知能力に長けた者ばかりではなかったとしても、まさか誰も気付かないとは。

 しかも部屋内部から声がしたという事は、先程の至高の存在がいた時から潜んでいた可能性がある。

 

 

──暗殺の可能性。

 

 

 この考えに行き当たり、シモベ達は背筋に冷たいものが通る感覚を覚える。

 侵入者の存在に気付けなかった己の愚かさを悔いながらも、彼等は冷静に謎の敵の居場所を探っていた。

 だがそれは、突如開かれた巨大な扉の先にいた、至高の二柱によって終わりを告げる。

 

 

「戯れ合うはその辺りで止めておけ」

 

「そうだ、それ位にしておけ、シュバルツ」

 

「これはモモンガ殿、それにエイジ。――大変失礼をした」

 

 

 至高の存在が声をかけると、謎の声の主は普通に返事をした後に突然現れた。

 しかもその位置たるや、敵の場所を探りながらも背後を取られまいと、円の形になるよう構えていた守護者達のど真ん中だった。

 

 

「私はここだぁっ!」

 

ビクゥゥッッ!

 

 

 シモベ達全員が驚きを隠せなかった。何せ絶対の信頼を以て背中を合わせていた筈なのに、あろうことかその真ん中からその人物が出てきたからだ。

 

 

「落ち着けお前達! ……その者は敵ではない。エイジさんと私が生み出した守護者だ」

 

「そうだ、第六階層特殊領域『ギアナ』の守護者で、名前はシュバルツという。」

 

 

 突然現れた男に守護者達は警戒していたが、至高の存在の言葉に少しだけ緊張を解いた。

 

 だが、怪しい。怪しすぎる。

 

 突然現れた男は半透明の布の様な物を一瞬で仕舞い、改めて守護者達を見る。

 それを守護者達はジッと見ていた、そして次に男の姿に目をやる。

 

 膝元までの黒みがかった灰色のコートに黒いブーツ、下もどうやら黒いズボンを履いている様だ。

 背中にはエイジと同じく紐で襷掛けした刀を背負っており、顔は目元だけ出た赤・黒・黄色の三色で縦に色分けされた覆面で覆われている。

 その覆面の額には、黄・黒と二色のV字状になった角が自身の存在引き立てていた。

 

 もう一度言おう。怪しい、怪しすぎる。

 至高の存在である二人が正体を打ち明けていなかったら、守護者達は間違いなく攻撃していたであろうレベルだ。

 

 

「只今紹介に預かったシュバルツ・ブルーダーだ、皆宜しく頼む」

 

 

 腕組みをしたまま何とも偉そうに挨拶してくる男に、守護者達は唖然としていた。

 そんな中いち早く自分を取り戻したアルベドは、軽く目の前の存在(シュバルツ)に警戒をしながらモモンガに尋ねる。

 

 

「モモンガ様、この者は一体……?」

 

「今言った通りだ。彼は私とエイジさんが生み出した守護者、正確には第六階層の領域守護者だがな。……つまりはお前達の仲間にあたる存在だ。領域守護者と言っても特例でお前達と同格にしてある。更に言うと、エイジさんの兄上にあたる人物だ」

 

 

 皆、シュバルツをまじまじと見つめるが、目元以外似ても似つかないと全員が思った。

 そんな時にシュバルツが、ぽんと軽く放り投げたのは……。

 

 

「ですがモモンガ殿、私の気配に気づかないようでは守護者失格ではありませんかな?」

 

カチン!

 

((げっ!?))

 

 

 特大の爆弾だった。

 モモンガはともかく、エイジはシュバルツが爆弾発言(平気でこういうこと)を言うであろう人物とは分かっていた。

 だが、流石に今ここでは言わないだろうと高を括っていたのだ。

 

 

(俺もまだまだシュバルツの事分かってないって事だな……)

 

 

 守護者達から当然の事だが殺気が立ち上る。

 一触即発の空気になるが、それは本人の口から出た意外な言葉で終わりを迎えた。

 

 

「フハハハッ! 冗談だ。実は私も本気で気配を消していた、言い換えれば諸君相手には手が抜けなかった、という事だ。……軽はずみな発言を許してくれ。初の顔合わせということと、弟の身辺を警護する者達に相応しいかということで、私自身が諸君の力を少しでも見ておきたかったのだ。本当に済まなかった」

 

 

 そう言ってシュバルツは頭を深々と下げ、覆面の後頭部部分に付いている房のような物が垂れる。

 守護者達は一瞬呆気にとられたが、直ぐに笑みが戻る。

 

 

「……一瞬ムカッとしたでありんすが、流石は御二人に作られし存在。実力も申し分無いようでありんすね」

 

「ですね、それでいて礼を欠かさない。最初は似ても似つかないとは思いましたが、エイジ様の兄上というのはどうやら本当のようですね」

 

「目元もそっくりだよね」

 

「そ、そうだね、お姉ちゃん。か、かっこいいよね」

 

「ダガ、マサカ我等全員ニ気配ヲ悟ラセナイトハ……」

 

「ええ、恐るべき実力をお持ちのようですな。これは頼もしい」

 

「ですが、エイジ様。御二人が創造なされたという事ですが……、それが何故御兄様になるのでしょうか? 何か理由が?」

 

 

 アルベドは最もな質問をする。

 だが、それよりもエイジはデミウルゴスの言葉に人として礼を欠いているのでは? 

 と思ったが、その場が収まっている以上下手な事を言わないようにし、アルベドの問いに意識を向ける。

 

 

「あぁ、それなんだが。……まぁ、立ち話も何だ、食堂で話そう」

 

「そうですね、それにエイジさんから我々ナザリックの者全員にサプライズイベントがあるそうだ。」

 

 

 サプライズイベントとは何だろう? と疑問符を掲げた守護者達であったが、一先ず言われるがままに食堂へと移動した。

 

 

//※//

 

 

 ナザリックの大食堂に着き、数十人はいるであろう美しい人造人間(ホムンクルス)のメイド達に案内され、エイジとシュバルツ以外が各々席に着く。

 プレアデスとセバスはモモンガの側に控える為動くが、そこでエイジに席を勧められていた。

 丁重に断ろうとした彼等だったが、「俺のお願いは聞いてくれないのか?」と、非常に断り辛い言葉で攻められた末に折れ、大人しく座ることとなった。

 

 

「よし、ではまず最初にこれを見て貰いたい」

 

 

 そう言ってエイジが手に持ったリモコンのスイッチを入れる。すると食堂の灯りが消え、大きな薄い水晶板が現れた。

 

 

「これはヴィジョン・クリスタルと言ってな、アイテムで撮影をした様々な映像を写すことの出来る物だ」

 

 

 ユグドラシル時代映像関係に拘ったギルメンがおり、その人物中心で悪役ごっこをよくしていたのだ。

 

 

「今回はこれで俺が故郷に戻り、何をしていたかをお前達に見て貰いたい。実は、故郷に居る友人が特殊な魔法の使い手でな、それでこの映像を作ってくれたんだ。俺は要所要所で補足説明をしていく。ここまでは分かって貰えたかな?」

 

 

 皆が頷くと因みにと付け足した。

 

 

「訳あって各階層から離れることの出来ない者達、彼等にも見て貰えるように準備は出来ている。だな? シュバルツ」

 

「勿論だ。既に私の放った分身が各階層の主要な者達に話をつけている」

 

「そうか、手間をかけさせて済まなかったな」

 

「主人であり、可愛い弟でもあるお前の頼みだ、何てことはないさ」

 

 

 守護者達はいつの間にそんなことをと思ったが、至高の御方(エイジ)の兄ならばその位朝飯前なのだろうと納得する。

 そして「そうあれ」とされ、持ち場を離れることの出来ない者達だけでなく、警備の為この場に来れない下位のシモベ達にまで気遣いをする至高の存在に対し、只でさえ高い忠誠のランクを上げた。

 その中で、デミウルゴスは思考を巡らせる。

 

 

(成る程、暫しの待機命令はこの為だったのですか……、エイジ様もお人が悪い。……それに、そのようなことをなさらずとも、エイジ様の御話を疑う者。……いや、愚か者など、このナザリックには存在する筈もないというのに)

 

 

 彼は心の中でエイジの配慮に喝采をしていた。

 

 

(……仮に、少しでも疑う様な者が居るとすれば……。私が全力を以て抹消しましょう……)

 

 

 デミウルゴスが少々物騒な事を考えている中、照明が落とされ、過去話という名のエイジ力作『起動武闘伝Gガンダム総集編』(六時間:休憩&倍速有り)は幕を開けた。

 

 暗がりの中、モモンガがエイジから何かを受け取っているのを、映像に集中するあまり誰も気付くことはないまま。

 




 暫くはエイジとモモンガ様の心の中はあまり掘り下げないという方針で描いております。

2016/08/04
 読みやすいように大幅修正。内容はほぼ変えていません。


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第五話【武神の宴と料理】

うーむ、章が分けづらい。
助けてデミえもん!


途中何度か休憩を入れようと提案した所、守護者達には「お気になさらず」と言われ、モモンガには「今良いところなんで」とやんわり拒否られた結果、ぶっ通しで行われた上映会は大盛況(?)で終了した。

だが、それは上映終了と同時に別の意味での地獄を生み出した。

 

 

──その場に居た者達が全員号泣し出したのである。

 

 

涙を堪えるシュバルツにエイジが分身を通して確認させた所、ナザリック各階層で同じ惨状になっているという。

そしてシュバルツはとうとう堪えきれなくなり涙を流すが、「また腕をあげたな」と謎のサムズアップをしてくる始末。

 

 

<エイジ>(何の腕だよ、…ってかヤバイな、流石に色々と盛り過ぎたか…?)

 

<シャルティア>「エイジ様、何と不憫なお方でありんしょう」

 

<デミウルゴス>「くっ! エイジ様の決意の裏側にある悲しみを、私は何故気付けなかった!」

 

 

皆がオーイオイと表現が合う位に泣いている、そんな地獄(?)の中、ある1人の人物のせいで状況が一変する。

 

 

<?>「うおぉぉぉっ!ししょお~~!!」

 

 

食堂に居た全員がピタッと泣き止む。

聞き慣れない声が響いたからだ。

その声の主は先程前までテーブルの一番奥の豪華な椅子、モモンガの座っていた席でテーブルに突っ伏して号泣していた。

一同が誰? と困惑している中、エイジだけはその謎の人物に近付き、驚きの名前を呼ぶと共に慰め始めた。

 

 

<エイジ>「モモンガさん、皆が心配してるからそろそろ泣き止んで下さい。」

 

食堂内部一同「「「えっ!?」」」

 

 

顔を上げた青年は泣きじゃくりながら答える。

 

 

<モモンガ>「でも、師匠が…、師匠がぁぁぁ…」

 

 

泣いている自分に皆の視線が集中している事に気付くと慌てていつもの魔王声で取り繕う。

 

 

<モモンガ>「……あ~、ウォッホン! …皆、自ら見るのも辛いであろう記録を私達に見せてくれたエイジさんに感謝する様に」

 

 

だが、皆の不思議な物を見る様な視線はそのままだった。

 

 

<モモンガ>「…? おい、お前達…。一体どうs…」

 

 

そこまで言ってモモンガは自分の身に起こった異変に気付いた。

伸ばした手が何時もの骨剥き出しのものでは無かったからだ。

 

 

<モモンガ>「骨じゃ…ない…? 生身だ…」

 

 

何時の間にか違う姿になっていた己に、思わず素声に戻ってしまう。

しかし、今のモモンガにはそれを気にする余裕はない。

急いでインベントリから手鏡を取りだし、それで自分の顔をまじまじと見ていた。

 

 

<エイジ>「さっき渡したアイテム凄いでしょ? コレは装着者にあらゆる法則を無視して変身させられる物なんですよ。…随分と忙しかったみたいなので息抜きも必要かなと思ったんで」

 

 

守護者達はモモンガの首元に1つだけ見慣れないアイテムに気付く、そしてそれを物珍しそうに見つめていた。

 

この首飾りは昔、エイジがとあるダンジョンに潜った時に何時の間にかドロップしていた物で、その名をズバリ『偽りの首飾り』という。

 

所謂脱着不可の呪いがかけられていたのだが、最低位の物で簡単に解除出来た。

しかし、効果自体は残っていたので何か使い道があると思い残しておいた物の1つだった。

 

そして、転位した後にモモンガから己の体の変化の話を聞いたエイジは、大量に保管していたデータクリスタルを使い変身後のビジュアルを変更し、それを上映直前にモモンガへと渡していたのだ。

今のモモンガの姿は、エイジがモモンガに対するイメージを自分の知っているアニメの主人公と被せた物だった。

上下が紫のピッタリ目スーツの様で上から黒のマントを羽織り、セミショートの黒髪に凛々しい顔。

全てを見通す紫の双眼は鳥が羽根を広げた様な赤いマークが映る。襟は不必要なまでに大きい物で、横から見ると顔が見えない程だった。

 

 

<デミウルゴス>「という事はやはりその御方は…」

 

<エイジ>「勿論モモンガさんだ、特殊なアイテムで一時的に生身を持った…な」

 

 

エイジは笑顔でデミウルゴスの質問に答えた。

 

 

<アルベド>「何て麗しいお姿なのでしょう!」

 

 

アルベドは席を勢い良く立ち上がりモモンガの傍まで走り寄る。

 

 

<モモンガ>「おぉ、お、落ち着け!アルベド!」

 

<アルベド>「くふーっ! そのお声も普段の威厳溢れるものとまた違って可愛らしいですわあぁぁぁ!」

 

 

アルベドの暴走は素で反応してしまったモモンガの声によりヒートアップ。まるで確変中の様に止まらない。

 

 

<エイジ>「落ち着けアルベドッ!!!」

 

<アルベド>「ハッ! も、申し訳御座いません! こ、この不敬は命を以て償いを…」

 

<モモンガ>(助かった)「いや…、良いのだアルb」

 

<エイジ>「いや? 今はまだイベントの続きかあるから止めとけってだけだぞ? 別にモモンガさんとイチャイチャするのは構わないし、俺は寧ろ賛成だ」

 

 

食堂に電流走る!

 

 

<モモンガ>「ちょっ!? おまっ!? いやいや! 何言ってんだアンタ!?」

 

 

モモンガが慌てて訂正させようとするが時既にお寿司、いや遅し。

またしてもアルベドが此方に向かって来ようとしていた、今度は紫のオーラを纏って。

そして非礼を侘びる為にモモンガから1度かなり離れたのだが、その距離を人外の速度で詰めて来た(実際に人外だが)

 

 

<アルベド>「モモンガs!」

 

<エイジ>「あいや待たれよ、美しい人」

 

 

その時、一瞬金色の風が吹き、テーブルの反対側に居た筈のエイジがいつの間にかアルベドをモモンガの手前で押さえていた。

 

 

<コキュートス>(馬鹿ナッ!全ク見エナカッタダトッ!?)

 

 

コキュートスの驚きは他の守護者達も同じだった様で、皆驚愕の表情をさせている。

シュバルツ一人を除いて。

 

 

<エイジ>「まぁまぁ、アルベド。モモンガさんがイケメンで興奮するのは分かるけど、今はちょっと我慢してくれ。さっきも言ったが、俺のサプライズイベントはまだ終わって無いって言ったろ? それとモモンガさん、装備はそのままの筈なんでそこら辺は安心して下さい」

 

<モモンガ>「は、はい、分かりました。ということは種族特性のみが無くなっていると考えていいんですかね?」

 

<エイジ>「恐らくその筈です。一応後で確認しておいて下さい」

 

 

エイジはモモンガが気にするであろう点を話し、落ち着いたアルベドから手を離す。

アルベドがまたしても先程の流れをしようとしたのを制し、自分はまだやる事があると言って他の者を第6階層の闘技場まで行くよう促した。

 

 

<モモンガ>「プレアデスや他のメイド達も来るのだ」

 

 

モモンガには何をするのか分かっている様で、結局メイド達も付いて行き大名行列の様に第6階層に向かった。

円形闘技場に着き、アウラとマーレが先に行って案内しようとするが突然ブレーキをかける。

 

 

<アウラ>「何コレ…」

 

<モモンガ>「すまんな、マーレ。お前達を玉座の間に待機させている間に色々と弄らせて貰った。無論後で元に戻せるから安心してくれ」

 

 

普段ならば闘技場として機能し、下は全て土や砂が敷き詰められている筈の場所が、今は一面美しい白いタイルに覆われ、豪華なテーブルセットが用意されていた。

 

 

<マーレ>「い、いつの間に?」

 

<シュバルツ>「これも先程、諸君が待機をしている間に私の分身にやらせた。といってもアイテムを使っただけだがな」

 

 

それでもあの短時間で各階層に映像機を回し、ここの用意までするのは凄い。と思っていた守護者達をよそにシュバルツは皆に席を進めていた。

 

 

<シュバルツ>「皆席に着いてくれ、名前の書かれた札が立っている筈だ。ささ、モモンガ殿はこちらへ…」

 

 

皆自分の名が書かれた札の席へ着き、モモンガはその席の最奥の豪華な椅子へと促される。

 

 

<シュバルツ>「アルベド、お前は此方だ」

 

 

自分の名前の席を探していたアルベドに、シュバルツはモモンガの隣の席を用意した。

喜ぶアルベドにシャルティアは不満を漏らす。

 

 

<シャルティア>「なら私も隣に…」

 

 

そう言って移動しようとしたシャルティアの前にシュバルツが立ちはだかった。

 

 

<シュバルツ>「いいや、シャルティア。お前の席はそこだ。この並びはエイジが決めた物でな、悪いが従って貰おう」

 

 

シュバルツの言葉に異を唱えようとしたシャルティアだったが、至高の存在の言葉であれは仕方ないと渋々席に着く。

そこへ、その場に居た者達の鼻腔を刺激する香りが漂ってきた。

何の匂いかと周囲を確認すると、エイジが凄まじい量の炒飯を盛った特大皿を持って門をくぐってきた。

 

 

<エイジ>「待たせてすまない、皆。どうぞ、召し上が…れっ」

ドンッ!!!

 

 

そしてテーブルにドスンと置くと、途端に辺り一面いい匂いが立ち込める。

 

 

<アウラ>「うーん、いい匂ーい。さっきのはコレの匂いだったんだ!」

 

<マーレ>「お、美味しそうだね。お姉ちゃん」

 

 

アウラとマーレは見た目相応の反応をし、二人でキャッキャとしている。

 

 

<デミウルゴス>「これは見事な…! まるで米が黄金を纏っているかの様です!」

 

<コキュートス>「デミウルゴスノ言ウ通リダナ。コレホドノ輝キヲ放ツ物ガコノ世ニアルトハ…」

 

 

デミウルゴスとコキュートスは料理番組の解説者と化し。

 

 

<アルベド>「私がこれをモモンガ様にあーんしてあげるのですね!」

 

<シャルティア>「何言ってるでありんすか! その役目は私にこそ相応しいでありんすぇ!」

 

 

アルベドとシャルティアはどちらが愛するモモンガにあーんして食べさせるかバトルしていた。

 

 

<エイジ>「これは俺の故郷に伝わる料理で炒飯というんだ。そして」

 

 

と言い残しまたもやエイジは何処かへと転移した。

そして戻ってきた時にはまたしても巨大な皿に大量の餃子を乗せ現れた。

 

 

<エイジ>「こいつが餃子だっ!」

 

 

餃子の皮の焼けた香ばしい香りに一同が蕩けている間にも、エイジはその二つの巨大な皿をその場に居る全員が食べられるだけ持ってくると冷めない内に食べる様進める。

 

 

<エイジ>「さぁ! ジャンジャン食ってくれ! 勿論、プレアデスとメイドの者達も食べてくれよ? お代わりは幾らでも作るぞ!」

 

<モモンガ>「さぁ皆、エイジさんの手作り料理を有り難く頂くとしよう」

 

 

全員が食べ始めようとした時、何かに気付いたのか、エイジはコキュートスの傍に寄る。

 

 

<エイジ>「すまんな、コキュートス。お前の口だと食べ辛いだろう」

 

<コキュートス>「御心遣イ感謝致シマス。デスガドウゾオ気ニナサラナイデ下サイ」

 

<エイジ>「そうもいかんさ、俺の大事な家族なんだから皆と同じ様に食べてくれ」

 

 

そう言ってエイジは中空に手を伸ばす。

すると、手が黒い靄の様なものに入り、戻ってきた時にはモモンガの物と同じ首飾りが握られていた。

 

 

<エイジ>「これを着けてくれ」

 

<コキュートス>「デスガ私ニハ装備適正ガ…」

 

<エイジ>「その事については気にするな。これはちょっと特殊な物だからな」

 

 

そう言われコキュートスが首飾りを着けるとその姿が変化した。

旧時代に存在したと言われる番長ルックスの大男の姿になったのだ。

 

 

<コキュートス>「これは、一体…」

 

<エイジ>「これは俺がとあるダンジョンに潜った時見付けたんだ。特性は2つ、『予めセットされた種族になる』『アイテムではあるが装備品扱いにはならない』だ」

 

モモンガに渡した物と同じ物をエイジはいくつか手に入れていた。

本来使い道の無いものなのだが、勿体無いオバケに取り付かれているエイジには簡単に捨てられなかった。

だが、結果として残しておいて良かったということとなった。 

正に人生何が起こるか分からない。

 

 

<コキュートス>「まさか、偉大なる御方に料理を振る舞って頂けるだけでなく、この様な御心遣いまでして頂けるとは。このコキュートス、感謝の言葉も御座いません」

 

<エイジ>(あ、声は変わらないんだな。心無しか聴きやすくなった気はするが)

 

 

跪こうとするコキュートスを手で制し、気にするなと一言だけ言うと。

 

 

<エイジ>「皆は先に食べていてくれ、俺は各階層の者達に同じ物を振る舞ってくるから」

 

 

と言い残し転移していった。

残された者達は料理に舌鼓を打ちながら、下位のシモベ達にも同じ様に慈愛を向ける至高の存在への敬意のランクを上げていた。

 




モモンガ様の姿は…あえて触れません。
まぁバレバレですけどね(о´∀`о)

コキュートスたんは分かる人居るかなぁ…。
ヒントは中の人です。


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第六話【武神の宴と世界征服】

誤字・脱字・ナゾニポンゴが直らない。
くそぅ、勢いに任せて描いて何が悪い!
…悪い癖なのは分かってるんたけどなぁ…。

「安西先生! 続きが、続きが描きたいです!」
脳内でこんな台詞が自然と浮かび上がってくる様じゃ駄目だな(´・ω・`)


エイジが各階層のシモベ達に食事を振る舞い戻ってきた時には、既に闘技場のメンバーに振る舞った料理は消えかけていた。

 

 

<エイジ>「おー、皆旨そうに食ってくれてるな。モモンガさんもちゃんと食べれてるし良かった良かった」

 

 

エイジが笑顔で声をかけると皆も御馳走になってますと笑顔で返してくれる。

 

 

<モモンガ>「いやこれ本当に美味しいですよエイジさん」

 

 

モモンガは食事が出来る喜びに炒飯の旨さが合わさり、結果凄まじい勢いで炒飯を食べていた。

 

 

<エイジ>「そんな慌てなくてもお代わりありますから。それにしても、RP(ロールプレイ)の一環として取ったスキルが役立って良かったですよ。」

 

<シャルティア>「エイジ様、ろーるぷれいとは一体何の事でありんすか?」

 

 

シャルティアの何気無い一言にエイジとモモンガは固まった。

 

 

<エイジ>「ろ、ろーるぷれいと言うのはだな…」

 

 

いつの間にか他の者達食事の手を止めこちらをまじまじと見てていた。

 

 

<エイジ>《助けてモモえもん!!》

 

<モモンガ>《急いで思考加速使って下さい!》

 

 

モモンガに指摘され慌てて思考加速を発動させる。

本来この魔法は瞬間判断力を上げる為の魔法だが、現在の使い方は専ら《伝言》での内緒話だ。

 

 

<モモンガ>《大雑把に言ってしまえば役割を演じるという事なんですが…。うーん…》

 

 

モモンガは必死に考えてくれているが中々良い案が浮かばない様だ。

思考を加速させているとは言っても時間が止まっている訳では無く、時間がゆっくりと流れているという方が正しい。

つまり、このままでは言葉に詰まって固まる至高の存在というシュールな光景が展開される怖れがあった。

いくらエイジが普段はフランクに接したいとしても、余りにも情けない姿は晒したくない。

二人は焦った。だがその時、エイジに名案が浮かぶ!

 

 

<エイジ>《モモンガさん、逆転の発想ですよ!》

 

<モモンガ>《と言うと?》

 

<エイジ>《本来の意味を無理矢理変えようとするから変なんです。つまり》

 

<モモンガ>《あえてそのままの意味で伝えるという事ですか?》

 

<エイジ>《そうです、ちょっと意味合いは変えますけどね。それに?上手くいけばモモンガさんの息抜き時間を増やせるかもしれませんよ》

 

<モモンガ>《と言うと?》

 

 

エイジはまぁ見てて下さいと言って《伝言》を切る。

そしてシャルティアに説明を始めた。

 

 

<エイジ>「いいか?シャルティア。ろーるぷれいと言うのは『役割を果たす』という意味だ」

 

<シャルティア>「『役割を果たす』でありんすか?」

 

<エイジ>「そうだ、俺は元々修業は自然の中で行うスタンスをとっていたからな、その課程でどうしても野宿が多くなる。つまり?」

 

<シャルティア>「成る程、それでエイジ様は御自ら食事をお作りに」

 

<エイジ>「その通りだ」

 

 

苦しいが言い切った。

皆の意識がエイジに集中しているからか、向こうでモモンガが小さくサムズアップをかましている。

 

 

<エイジ>「更に言うなら、俺よりモモンガさんの方がろーるぷれいの達人だぞ?」

 

 

その言葉に皆の視線がエイジからモモンガに移る。

モモンガは一瞬ビクッとなったがエイジに任せるつもりの様で堂々と構え直した。

 

 

<モモンガ>「何を仰いますエイジさん、私などまだまだですよ」

 

<エイジ>「モモンガさんはああ言ってはいるが、普段からろーるぷれいを実践しているぞ?皆分かるかな?」

 

 

守護者達は一生懸命考えるが答えは出ない様だ。

寧ろ俺の考えが出て貰っては困るのだが。

 

 

<エイジ>「正解は『支配者としての姿』だ。お前達と接する時はモモンガさんはこれを徹底している。ほら、お前達と話す時モモンガさんは威厳に溢れているだろう?」

 

 

確かに…、と皆は絶望のオーラを放ち威厳溢れる声で喋るモモンガをイメージする。

 

 

<エイジ>「つまりだな、皆も知っての通りモモンガさんは本来物腰が柔らかくて、凄く優しい人なんだ、それこそナザリック外の者達にも優しさを向ける程に。だけどそれだけでは苦難に立ち向かう事は出来ない。それでその優しい心を皆の為を思うからこそ押し殺し、今まで幾つもの困難な場面も切り抜けてきた。」

 

<アウラ>「確かに…、元々凄くお優しい御方ですが、他の者というのは?」

 

 

アウラの質問に皆が頷く。

 

 

<エイジ>「例えば人間とかだな」

 

<一同>「「「えっ!?」」」

 

 

まさか我等の偉大なる御方が下等な人間に優しさを向けている?

不信感を持つ訳ではないが、不安はある。何故に死の支配者である御方が人間の肩を持つのか。

 

 

<エイジ>「俺の口からよりも、モモンガさんに直接聞いた方が良いだろう」

 

<モモンガ>「えっ?」

 

<エイジ>「お願いします、モモンガさん」

 

<モモンガ>(丸投げかぁぁぁっ!?)

 

 

場は整えたぜと言わんばかりのどや顔を決めたエイジが今は只ひたすら憎い。

思考加速スタート!

守護者達に何をどう話すか死ぬほど考えた、そして出た結論は。

 

 

<モモンガ>「…遥か昔、私は一人だった。お前達は勿論の事、エイジさん達とも出逢う前の話だ。」

 

 

モモンガはなるべく雰囲気を出す為、少し貯めた後遠い目をしながら語り出した。

 

 

<モモンガ>「エイジさんの生まれ故郷の様に私の故郷も戦乱が続き、多くの罪無き命が失われた。その時私は故郷を離れ、様々な世界を旅し、仲間達と出逢い、そしてお前達という家族も出来た。とても幸せな時間だった。」

 

 

守護者達はモモンガの話に引き込まれている。ここまでは順調。

 

 

<モモンガ>「だがある時、ふと思ってしまったのだ。この幸せは永遠なのだろうかと…」

 

 

不穏な事を言い出したモモンガの言葉にエイジもつい身を乗り出す。

 

 

<モモンガ>「私やエイジさんの故郷の様にこの世界でもいつか戦乱が起き、私の愛する者達が傷付く事になるやもしれないと!そう思った時に私は誓ったのだ!ならば、全ての生きとし生ける者達が!種族の隔たり無く笑って過ごせる世界を作ってみせると!この私の力で!」

 

 

椅子から立ち上がり、両手を開いて天を仰ぐポーズをするモモンガにエイジは少しばかり既視感を覚える。

 

 

<エイジ>《左目の部分だけ開く黒いチューリップ仮面着けてたら完璧でしたよ》

 

<モモンガ>《何の話ですか?》

 

<エイジ>《いや、こちらの話です。ってかそんな事言って平気なんですか?》

 

<モモンガ>《へ?何か問題ありました?》

 

<エイジ>《何か端から聞いてると、軽く世界統一するぞ的な発言に聞こえましたよ》

 

<モモンガ>《いや、別にそこまでの…》

 

 

モモンガがそこまで大それた事は考えていない、そう言おうとした時。

デミウルゴスが立ち上がった。

 

 

<デミウルゴス>「素晴らしい!流石は我等が偉大なる御方モモンガ様!」

 

 

皆も頷いたのだがデミウルゴスが立ち上がった事にモモンガとエイジは若干身構えた。

 

 

<モモンガ&エイジ>((あれ…?))

 

<デミウルゴス>「モモンガ様のお考えに、私は賛同致します。やはりあの時の御言葉は決意の表れだったのですね! 必ず成し遂げましょう、この世界の統一…、世界征服を!」

 

<モモンガ&エイジ>((ぎゃー!やっぱりぃぃっ!!!))

 

 

そこでモモンガは、先日エイジが来る前に夜空の散歩をデミウルゴスとしていた時に呟いた台詞を思い出した。

慌てて訂正しようとするが闘技場に居た者達はデミウルゴスに賛同し、異常に盛り上がっていた。

しかもメイド達が勝手に各階層に伝令を走らせていた。

 

 

<エイジ&モモンガ>(あ、あ、あぁぁぁ!)

 

 

エイジは腹を括った。

 

 

<エイジ>「モモンガさん、貴方の気持ちは良おぉぉっく分かりました! 俺も全力で協力します!」

(もー、やけくそだっ!)

 

 

エイジは諦めの涙を流していたが他の者達にはモモンガの考えに感動した様に見えた。

 

 

<闘技場のNPC>「「「「死の支配者モモンガ様万歳!武神エイジ様万歳!偉大なる至高の御方々万歳!!!」」」」

 

 

歓声は鳴り止まなかった。

無効化と減少が効いた2人は相談をしていた。

 

 

<エイジ>《さて、どうしようかモモンガさん》

 

<モモンガ>《どうしましょうかね?エイジさん》

 




この話もかなり無理矢理感がパないです。


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第七話【武神の疲労】

想いを抑えながら描くのは大変です(^o^;)


闘技場に残ったシモベ達は興奮していた。

偉大なる主達が世界を手中に収めるという大きな目標を打ち出したからだ。

更に彼等のボルテージを高めたのは、エイジが最後のサプライズとして自らの模擬戦を見せると言ってきたからである。

予定は1時間後。

 

エイジから闘技場に他のシモベを呼んでも構わないとの達しがあった為それを各階層に伝えた所、希望者が殺到しアルベド・デミウルゴス・セバスが対応に追われている。

 

一応設置したままのスクリーンをライブモードに切り替えれば各階層毎に見る事は出来るのだが、やはり近くで見たいのだろうか、希望者は増える一方だという。

 

その頃エイジとモモンガはエイジの自室に居た。

 

 

エイジ「どーすんですか、モモンガさん…。いやね、振った俺にも責任はあるでしょうけど」

 

モモンガ「すいませんすいませんすいませんすいません、自分の中の何者かが勝手に…」

 

 

ベッドの上で2人は座っていた。

エイジは項垂れ、モモンガは元の姿に戻り両手で顔を覆って震えている。

 

 

エイジ「とりあえずは、世界征服の準備という名目で各調査を続けるしか無いですね」

 

モモンガ「はい…、エイジさんにも御迷惑をおかけします。予定には無い模擬戦まで…」

 

エイジ「いや、それは元々予定にはありましたよ。モモンガさんに伝え忘れただけです。モモンガさんがやった様に自分の戦闘力を確かめる意味でね。ただ…」

 

 

エイジが天井を見つめる。

 

 

エイジ「こんなにプレッシャーのかかる物になるとは思ってもいませんでしたがね」

 

モモンガ「サーセンシタアァァァッ!!!」

 

 

モモンガが座っていたベッドから跳びはね土下座をする。

 

 

エイジ「もういいですよ、モモンガさん。さっきデミウルゴスも世界征服について話してたでしょう? 遅かれ早かれ同じ事になってたんですよ」

 

 

先程のデミウルゴスの話で、モモンガが世界征服について肯定的だったという会話が出たのだ。

モモンガを立ち上がらせ、魔王の土下座姿なんて見たくないですよ、とフォローをするエイジ。

 

 

エイジ「とりあえず今はこの戦闘をしっかり終わらせる事に集中しましょう」

 

モモンガ「そう…ですね…。しっかりしなくては…」

 

 

モモンガは自分に渇を入れエイジと共に戦闘の流れを確認する。

 

 

モモンガ「…それでは確認をします、場所は闘技場ですが『地球がリングだ!!』を使用して戦うという事で大丈夫ですか?」

 

エイジ「ですね、あくまでも模擬戦ですが念には念を入れとこうと思いまして」

 

 

モモンガの言う『地球がリングだ!!』というのはエイジが持つスキルで、正式名は『竜王の処刑場』という。

効果は一定の距離に居る目標物を自分を含め異空間に閉じ込めるというスキルで、発生自体が早く、対抗手段もほぼ無い為他ギルドから恐れられた。

 

ユグドラシル時代に1500人というサーバー始まって以来の大軍に攻め込まれた時も、隙を見て魔法詠唱者を中心に狙って隔離し叩き潰すという使い方をしていた。

一方、術者が一定以下の体力になると効果を失う。目標物が多いと狙いを定める時に隙が出来る等弱点も多い。

 

只、世界級《ワールド》アイテムというユグドラシル時代に壊れ性能を遺憾無く発揮していたアイテムにも似た効果の物もある様に、強力なスキルである事に変わりは無い。

 

 

モモンガ「って事はプラクティスモードでやるんですよね?」

 

エイジ「ええ、そのつもりですよ。時間無制限・ステータス変更無し・最減少体力4割止めってトコですかね」

 

モモンガ「どうせなら彼も出して盛り上げましょうよ」

 

エイジ「お! いいですねぇ!」

 

 

このスキルの面白い所は、エイジがデータクリスタルを消費して追加したシステムの『プラクティスモード(練習モード)』という物である。

内容は、あらゆる状況を対戦登録(隔離する時にエイジが選別)されたプレイヤーに提供する物で、正に格闘ゲームの練習モードの様な事が出来る。

これに御世話になったギルメンも多い。

そして『彼』というのは、エイジが愛して止まないアニメのアバンに登場するレフリーの様な立ち位置のキャラクターで、名を『ストーカー』という。

盛り上げや判定、解説までやってくれる便利な奴だ。

 

 

モモンガ「装備はどうするんですか? 確かエイジさんて種族の問題で神器級《ゴッズ》どころか、伝説級《レジェンド》でさえも一部しか装備出来なかったと記憶してるんですが…」

 

エイジ「よく覚えてますね、モモンガさん。流石ギルマス」

 

モモンガ「そんな事無いですよ、只他のプレイヤーの一段も二段も下の装備であの大軍と渡り合った光景が目に焼き付いているだけですって」

 

エイジ「でもあれは皆さんが居てこそですよ」

 

モモンガ「御謙遜を。俺だったら1分持たないですよ、きっと」

 

 

二人で懐かしい話を交えながらもしっかりと打ち合わせをしていく。

幾ら実際にダメージを受けないとはいえ、それはあくまで隔離世界から戻った後「安心して下さい、実はダメージ受けてませんよ」というだけであり、中にいる間はきちんとダメージを受ける。

最悪ダメージによるショック死も有り得る、今は現実なのだから。

 

 

モモンガ「さて、最後ですが。何か言い残す事はありますか?」

 

エイジ「そうですね、皆に楽しい時間を有り難う…って言うかっ! そういうのは止めて下さいよ」

 

モモンガ「ははは、冗談ですよ。最後は模擬戦の相手ですが、決まってますか?」

 

エイジ「そうですね、最初武器を使ってコキュートス、次に『鎧』を使ってシュバルツとやろうと思ってます」

 

モモンガ「いきなり守護者クラス相手に連戦はきつくないですか?」

 

エイジ「確かにそうですが、疲労状態とかも調べておきたいので。肝心の実戦でスタミナ切れとか嫌ですから」

 

 

普段エイジはアイテムによって疲労状態を無効にしているが、それを外した時に現実世界とどれだけ差があるのかは前衛として確認しておきたい項目であった。

成る程確かに重要ですね、とモモンガが返しているとエイジが時間に気付いた。

 

 

エイジ「っと、そろそろ時間なんでいきますね」

 

モモンガ「そうですね、闘技場の門まで送りますよ」

 

 

2人はエイジの部屋を後にした。

 




ちょと短いです。そろそろバトルしますが、皆さんが考えるより淡白になると思います。
私の想い(重い)を全て描くと何文字になるか分からないので…(´・ω・`)

P.S.
御指摘があり台詞の所のキャラ名の書き方を変えてみました。
御感想頂ければ幸いです。


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第八話【武神の演武①】

 今回から書き方を大幅に変更してみました。このことについての感想なども頂けると嬉しいです。
 あまり長くなるのもなんなので続きをお楽しみ下さい。

12/18修正
氷河の支配者→凍河の支配者


 二人で闘技場に転移すると、直後にモモンガさんは《伝言》で誰かに連絡を取っていた。

 恐らくは守護者の誰かだろうとは思いつつも、一応聞いてみる。

 

 

エイジ「誰と話してたんですか?」

 

モモンガ「アウラとマーレに大まかな進行役を頼もうと思っていたので、そのことで連絡を入れたんですよ」

 

 

 別にそこまでしなくても。と言葉を出しかけたが、モモンガさんなりの気遣いだと考えて、言うのを止めておいた。

 

 

モモンガ「では、俺が席に着いたら入場コールをかけますので、エイジさんはそれを合図に入場して下さい。それと……」

 

 

 そこで言葉を切ったモモンガさんは、何か言いたいことがあるらしく、急にモジモジし始めた。

 その姿を見て、俺は少しだけ意地悪な事を言う。

 

 

エイジ「どうしたんですか? 何かあるなら言ってくださいよ。……モジモジしてる魔王様とかぶっちゃけ少し引くんで」

 

モモンガ「エイジさんヒドイ!」

 

 

 ハハハ、冗談ですよと俺は笑った。

 

 

モモンガ「いや、出来れば…。OPの時みたいにマントを綺麗に羽織って登場…ってして貰えませんか」

 

エイジ「別に構いませんが、どしたんですか?」

 

モモンガ「えっとですね、最初のOPの絵の構図がドつぼでした」

 

エイジ「あぁ、確かにあれはカッコいいですよね。何か決意を秘めた男って感じで」

 

 

 でしょでしょ?とモモンガさんが子供の様にはしゃぐ。それは見た目と相まって、今の彼の姿を非常にシュールに見せた。

 

 

モモンガ「それで、……お願いしてもいいですか?」

 

エイジ「勿論ですとも、我等が偉大なるギルドマスターよ。お願いされましょう」

 

 

モモンガ「やった! それじゃあ俺は席に行きますね!」

 

 

 そう言ってモモンガさんは席に向かった。心無しか、その後ろ姿からはスキップをしている子供の雰囲気が漂っていた。やれやれ、モモンガさんもああいう子供っぽい所あるんだな。と思ったが、別に他意はない。

 寧ろ、Gガンを好きになって貰えたみたいだから嬉しい位だ。

 そして、一人になった俺は、薄暗い通路の中で軽く幾つかの型を取りながら素振りをした。まぁ、所謂準備運動だ。

 ぶっつけ本番にはなるが、恐らく大丈夫だろう。

 何故なら、俺は拳で突きを繰り出した音と、異常なまでの身体の軽さで確信していたからだ。

 

──これなら闘える、と。

 

 確信、とは言っても、実際にこちらに来てから戦いを経験した訳ではないから、ただの憶測に過ぎない。当たり前だ、なにせほとんどの時間を皆と過ごしていたのだから。

 それに、今自分が感じているモノも、これから戦う相手にしてみれば大したことのないレベルかもしれない。

そんな不安もある。何しろ相手はコキュートスとシュバルツ、どちらもナザリックにおいて屈指の実力者であろう者達だからだ。

 こんな事ならちゃんと検証しときゃ良かった。今発動出来ないと困るスキルの内、片方は何とかなるだろうが、もう片方はないと無理だ。

 そんな事を考えてると、暫くして俺の入場を知らせるコールが響いた。

 

 

アウラ「御来場の皆様、大変長らくお待たせ致しました!」

 

マーレ「わ、我等が偉大なる御方の御登場です! 盛大な拍手と歓声でお、御迎え下さい!」

 

 

 あいつらあんな台詞いつ練習したんだよ、とつい苦笑してしまった。だが、俺は直ぐに模擬戦へと頭を切り替え、静かな闘志を燃やす。

 

 

エイジ「さぁ、……行くか!」

 

 

 俺は開いていく鉄格子の方を見ながら、誰にとでもなく言った。

 

 

//※//

 

 

 入場すると凄まじい歓声と拍手が俺の全身を叩いた。

正にはちきれんばかりと表現するのが適切だろう。

 その正体は、闘技場を埋め尽くすあらゆる種族・身分のナザリック配下の者達。

 一瞬圧倒されかけたが、モモンガさんとの約束があるので堂々としていよう。

 それにしても……、モモンガさんは精神作用無効化ついてるから分かるけど、俺は良く平気だな。付いてるの減少の筈なのに。それとも体が変わったせいなのか?

 現実世界に居た時から仕事柄、大勢の前で指南していたので、一般人よりは耐性がある方だったとは思う。だが、今の状況はあまりにも規模が違いすぎる。にも係わらず平然としてる自分の変化に少し戸惑ったが、今は検証している時ではなかった。

 歩を進め、中央付近まで行くと、対戦相手が控える反対側の入場口が開かれ、そこに第5階層守護者コキュートスが現れた。

 と、俺はそこであるものに気付いた。

 コキュートスの横に何か黒い物がある。コキュートスの身長から考えると30㎝程だろうか、しかも手(?)を振っている様にも見える。

 もしやと思い、マントの間から少しだけ手を出し、その黒い物体に手を振り《伝言》を送る。

 

 

エイジ《来てくれたのか、恐怖公》

 

恐怖公《おお! エイジ様! 直接の御挨拶無く御身の前に現れた事、御許し下さいませ》

 

 

 彼は王冠を取り深々と御辞儀をした。そんなに畏まらんでもいいんだが。

 恐怖公だけに言えることではないが、本当にここのNPC達の忠誠心は凄い。こりゃ下手な命令出せんな。

 

 

エイジ《構わんさ、応援ありがとうな。飯はどうだった?》

 

恐怖公《慈悲深き配慮感謝致します。料理は勿論大変美味にございました。私も長いこと眷属達と共にありますが、彼等があそこまで食が進んでいるのを初めて見ました。重ね重ね感謝致します》

 

エイジ《そりゃ良かった、確か恐怖公の眷属達は人間も食うんだったよな。代わりの物が見つかった様でホッとしたよ》

 

恐怖公《代わり、と申されますと?》

 

エイジ《その事については直に方針会議で発表があると思うから待っててくれ。それと、ついでに言う形になってすまないが、その見た目のせいで、皆と同じ席に着けない事を仲間の代わりに謝罪する》

 

 

 この黒い物体、もとい巨大ゴキブリは名を恐怖公と言い、第2階層にある『黒棺(ブラックカプセル)』を守る領域守護者だ。

 大変礼儀正しく頭も良いのだが、如何せんその見た目のせいで昆虫系以外のあらゆるシモベ、特に女性型の者達に恐れられていることが分かっていた。

そして、彼の役職(ユグドラシル時代)は嫌がらせトラップ。女性アバターを優先的に送る仕掛けになっており、その嫌われっぷりが凄まじかったのは言うまでもない。

 だが、今彼は現実の存在としてここにいる。無論居住区である黒棺もだ。これは使える。

 何に使うかと言うと、拷問。寧ろこれ以外に何かあるのだろうか?

 そんな時ふと思う、平和にするという考えを持つ一方、彼を拷問に使える人材だと判断する自分もいることに。

 あれ? 俺こんなこと平然と考える人間だったか?

それとも、これがモモンガさんの言っていた倫理観の変化ってヤツか。実際に人間とかに会ってみないと分からんが、この考えは正直不安だな。

 因みに、俺自身は、現実のディストピア化している世界でもしぶとく生き残る彼等を道場でよく見る。そのお陰でかなり耐性があった。

…流石に眷属達に囲まれるとキツいが。

 

 

恐怖公《それについては御心配無く。この身体・能力は、偉大なる御方によって御創造頂いた物。感謝を感じた事は星の数程あれど、迷惑と感じた事は一度もありませぬ》

 

 

 助かるよ、じゃあそろそろ時間だから。と俺は《伝言》を切る。恐怖公が再度王冠を取り御辞儀をする姿はまるで、「御武運を」と言っているかの様に見えた。

 世界征服と一言で言っても問題は多い、デミウルゴスやアルベドもいるが、出来れば恐怖公の頭脳も借りたい、何かいい方法を考えなきゃな。

 今の姿のままでは恐怖公を会議に出せないだろう。《伝言》で済むと言ってしまえば終わりだが、それではあんまりだ。

 ここまでして恐怖公の知恵を借りようと思っているのにはちゃんとした理由がある。

 それは、世界征服活動時の外部の者に対しての考え方だ。

 確かにここには先程も言った通り、アルベドやデミウルゴスといった頭脳担当は居る、だが俺達の期待した通りの考えを出してくれるだろうか? 

 というのも、NPC達と少し会話をして気付いた事だったのだが、どうやら彼等は人間や亜人、聞く者によってはナザリックに属していない全てを卑下する傾向にあった。

 設定によってカルマ値がマイナスの者達ばかりで構成されているので仕方がないとしても、その卑下する考えを世界征服の際に出して貰っては困るのだ。俺達の世界征服は、いずれこの世界を平和に向かわせる為の手段なのだから。

 彼等を信用していない訳ではないが、出来れば相手側のことも自然と考えられる者が好ましい。

 そこで出てくるのが、限りなく中立の恐怖公という訳だ。

 大体、平和にするとは言ってもやることは結局世界征服だ。メリットに対してデメリットの方が大きい。…前途多難ってやつだな。

 俺がそんな事を考えてる内にコキュートスの入場が終わり、一歩進んで話しかけてきていた。

 

 

コキュートス「偉大ナル御方ノ対戦相手ニ選ンデ頂ケルトハ…。コノコキュートス、感動ノアマリ言葉モアリマセヌ」

 

エイジ「もう少し楽にしてくれコキュートス。これはあくまでも模擬戦だ、戦いを楽しもう」

 

コキュートス「ハイ、胸ヲ御借リルスルツモリデ参リタイト思イマス」

 

 

 何か堅苦しいんだよな。俺としては楽しみながら、確かめながらって感じでやりたいんだが。

 その時、俺の脳内で名案が閃く。そして、自分の背中にある刀を指差しこう言った。

 

 

エイジ「コキュートス、今回の模擬戦で俺を満足させたら褒美をやろう。コレと同じ刀をな」

 

コキュートス「ソレハ真デゴザイマスカァ!?」

 

 

 コキュートスが声を荒げながら冷気を大量に噴き出す。

 俺は心の中でしめた! と思った。

 

 

エイジ「あぁ、二言は無い。更に刀の箔をつけるなら、この刀はお前の創造主である武人建御雷さんも欲しがった程の一品だ」

 

コキュートス「何ト!? 武人建御雷様ガ!?」

 

 

 よっしゃ! かかった! 上手に釣れました~♪ ってね。

 俺はNPC達の凄まじい忠誠心とコキュートスの武具への好奇心、更には自身の主が欲しがったという言わば血統書まで突き出したのだった。

しかも、この刀は元々3本持ってるんだよねー、俺とシュバルツ、んで普段御世話になってた建御雷さんに渡す予定だったけど。それが出来なかったからコキュートスに渡すつもりだった、タイミングがなくて困ってたんだが、こうも上手く行くとは…

 

 自分の頭がコキュートスを半ば嵌める形で働いた事に軽く自己嫌悪しながらも、俺はコキュートスに握手を申し出る。

 

 

エイジ「兎に角、これは殺し合いでは無く互いの武技を高め合う試合だ。互いに楽しみながらも精一杯やろう!」

 

コキュートス「ハイ!宜シク御願イ致シマス!」

 

エイジ「それと、念の為聞くがルールとかは大丈夫か?」

 

コキュートス「事前ニ聞イテオリマス故、問題アリマセヌ」

 

 

 俺はそうかと笑ってコキュートスに背を向け少しだけ距離を空けた。

 

 

エイジ「コキュートス、更にお前のヤル気をあげてやろう」

 

コキュートス「何デ御座イマショウカ」

 

エイジ「これはまだモモンガさんにすら言ってない事なんだが。ある程度情報が集まり、世界征服について動き出したら、俺個人の少数精鋭部隊を組もうと思っている」

 

コキュートス「マ、マサカ…」

 

エイジ「あぁ、お前を俺からの推薦枠に入れよう」

 

 

 そう告げた瞬間、コキュートスの全身から凄まじい冷気が溢れ出した。

 歓声によって俺達の会話を良く聞き取れていない者達からすれば、単純に至高の存在と崇めている俺に挑むコキュートスが張り切っている様に見えたことだろう。

 

 

コキュートス「我ガ主ト同ジ高ミニ居ラレル御方ノ懐刀トナレルノナラバ!!!」

 

エイジ「そうだ、その気迫を纏ってこそ武人だ! 凍河の支配者よ!!!」

 

 

 コキュートスの足下が凍り、その冷気が俺の足にも襲いかかろうとするが、それは一瞬で蒸発した。

俺の属性は火と神聖属性であり、俺のヤル気が引き金となり、勝手にオーラのスキルが発動した。

 そのオーラに火属性が込められており、足下の氷を溶かしたのだ。

 いや、まさかテンション上がってスキルが勝手に発動するとか。

 

 

エイジ「では、始めようか」

 

 

 俺がわざとニヤリと不敵な笑みを浮かべてから、空に向かって叫んだ。

 

 

エイジ「ガンダムファイト国際条約第7条!!地球がリングだ!!」

 

 

 次の瞬間、俺達は闘技場から消え異空間へと飛ばされた。

 




 如何だったでしょうか?
 次回から戦闘描写が入る回となりますが、尺の都合上かなりアッサリ目となります。ご了承下さい。


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第九話【武神の演武②】

 何とか年越し前に投稿出来ました(´;ω;`)
 今回も色々と試験的な表現が含まれております。何か意見等あれば感想にてお願いします。
 追記:今回ちょっと長めです。




その光景に、モモンガを除いた闘技場の観客達は呆然としていた。

 今しがたまで居た筈の武神と凍河の支配者が突然消え、代わりにバトルフィールドを覆う謎の半球体が現れたからだ。その半球体は中を見透すことが出来ず、二人の安否を気遣う声すら出始めた。

 

 

モモンガ「久し振りに見たな」

 

 

 貴賓席に居たモモンガの言葉に守護者達、更にはそれに釣られた他のシモベ達の視線も集まる。

 

 

アウラ「モモンガ様はアレを御存知で?」

 

 

 アウラがマイクをモモンガの口元に近付けながら質問をする。まるで解説を求める実況者だ。

 モモンガもそれを意識している様で、少し、というかかなりノリノリで答える。

 

 

モモンガ「勿論だとも、アウラ。あれこそ、今まで我等の敵対者達を震え上がらせたエイジさんの能力。その名も『地球がリングだ!!』というスキルだ」

 

マーレ「ど、どういったスキルなんですか? モ、モモンガ様」

 

 

 アウラに引き続きマーレもモモンガに質問を投げ掛ける。

 守護者にとっても謎のスキル、という事で他のシモべ達の期待度が上がる。

 

 

モモンガ「簡単に言ってしまえば、特定の対象物を自分と共に特殊な空間に隔離するという物だ。しかもこのスキルは、エイジさんが致命的な傷を負う、もしくは本人の意思によってでしか解除されることはない。……このスキルと自身の強さによって、彼は多くの屍の山を築いたものだ」

 

 

 モモンガの言葉を聞いたシモベ達は戦慄した。もし、仮に自分がエイジの敵対者であったとしたら? あのスキルを使われ、逃げる事の敵わない次元に放り込まれたとしたら? と。

 ここナザリックの中で、エイジの戦いを直接見たことのある者は殆ど居ないだろう。だが知っている。聞いている。エイジの強さを。

 

──それ故の戦慄。

 

 デミウルゴスも同じ事を考えていた。芽生えた恐怖を抑え、震える声でモモンガに言った。

 

 

デミウルゴス「……モモンガ様、私は今、……心底ナザリックに属する者で良かったと感じております。もし、私が敵としてエイジ様の前に居たことを想像すると、……震えが……止まりません」

 

 

 冷や汗を流しながら言ったデミウルゴスの言葉に他のシモベ達は喉を鳴らした。

 当然だ、戦闘力に重点を置いた者ではないとしても、デミウルゴスはナザリックにおいて強者の位置付けにある。その男がここまで怖れるのだ。一介のシモベである自分達では抗うことすら不可能だろう。

 場の雰囲気が少し冷えていた所に、半球体の上に突然謎の男が現れ叫んだ。

 

 

?「対戦者はリングに上がった模様です、応援席の皆様も宜しいですか?」

 

モモンガ「久しいな、ストーカー。今回も宜しく頼む」

 

ストーカー「おぉ! これはモモンガ様! 今回もお呼び頂けるとは、光栄の極みに御座います。」

 

 

 ストーカーと呼ばれた眼帯の男は、その身を包む真紅のスーツが似合うとても美しい礼をした。

 半球体と同じく突然現れた男にシモベ達は一瞬身構えたが、モモンガと親しげに話す姿を見て警戒を解く。

 

 

モモンガ「うむ、今回はお前の主であるエイジさんの久々の戦闘だ。全力で盛り上げてくれ」

 

ストーカー「お任せ下さい、我等が偉大なる御方よ。所で……、お初にお目にかかる方ばかりなのですが、モモンガ様以外の方々は【例の流れ】を御存知で?」

 

モモンガ「いや、恐らく初めてだろう。実は各階層にも今回の戦闘を映像として映す手筈になっていてな。この場所も今映像として出ている筈だ、皆に教えてやってはくれないか?」

 

ストーカー「そういう事で御座いましたか。不肖、この私めが皆様にレクチャーさせて頂きます」

 

 

 闘技場と各階層に居るシモベ達の為に、ストーカーは模擬戦のルールや【例の流れ】を簡潔にレクチャーした。

 

 

ストーカー「──以上で説明を終わらせて頂きます。何か御質問のある方はいらっしゃいますか?」

 

 

 ストーカーは闘技場と宙に浮かんだ各階層と繋がるモニターを見回す。彼の視界に疑問を浮かべたシモベは映らなかった。

 

 

ストーカー「エイジ様、此方の準備は整いました」

 

 

 ストーカーがそう言って半球体の中に向かって声をかける。すると、その中が途端に鮮明となり、広い荒野に佇むエイジとコキュートスの姿が写った。

 

 

エイジ「此方も説明は終わっている。後はいつも通り頼むぞ、ストーカー」

 

ストーカー「畏まりました」

 

 

 ストーカーの了承の意を示す言葉を発すると、それを合図に両者は武器を構える。

 エイジは刀を抜き放ち、それを腰で構えた状態でコキュートスに向ける。その姿はまるで魔王に立ち向かう勇者の様である。

 しかし真に見るべきはその刀だ。刀身はボロボロに錆び、今にも朽ち果てそうな見た目をしている。だが、それは違う。

 

 

コキュートス「……『東方の一振り』、久シ振リニ拝見サセテ頂キマシタ」

 

 

 闘技場に響くコキュートスの声に油断は一切感じられない。いや、寧ろ警戒しているとさえ思える反応である。至高の存在に対し不敬とは知りつつも何故あんなボロ刀を出したのか、それをシモベ達は理解出来ずにいた。

 そこへ、アウラからマイクを借りたモモンガからの解説が入る。

 

 

モモンガ「あれは『東方の一振り』と言ってな。頑丈さのみに限れば神器級の中でも上位に入る代物だ。更にあの武器には恐るべき力が備わっている」

 

 

 そのモモンガの言葉に、シモベ達は自身の考えを浅はかだったと恥じた。至高の存在である御方がただのボロ刀を振るか? ましてや武人であるあの御方が相手を侮る様なことをするか? 

 一方、アルベドとデミウルゴス、そしてセバスは気付いていた。

 

 

デミウルゴス「やはりそうでしたか、エイジ様がただの刀など出す筈は無いとは思っておりましたが……」

 

アルベド「コキュートスは強い。不敬ではありますが、幾らエイジ様の御力を以てしてもそこらの武器では少々厳しいとは思っておりました。」

 

セバス「となると、やはりモモンガ様がおっしゃられた特殊な効果目当てになる訳ですか……。成る程、至高の御方が御持ちになるに相応しい刀と言う訳ですな」

 

 

 三人が口々に意見を出し合っていると、半球体に映るコキュートスもどこからか武器を取り出す。普段のハルバード一本だけではない、複腕を含む四本の腕全てに彼が厳選した武器が握られる。

 シモベ達は、彼の握る武器の内一本の刀を見て確信する。

 

──凍河の支配者は本気だ。と

 

 それもその筈。その刀こそ、コキュートスが主にして至高の41人の一人。『武人建御雷』(ぶじんたけみかづち)がかつて振るい、後に彼に渡した名刀『神斬刀皇』(しんざんとうおう)である。

 刃渡り百八十を越え、鋭利さでは彼の持つ武器の中でトップの武器だ。

 至高の創造主より手渡されたこの刀を持ち出す時、それは彼が本気であることの証明であった。

 

 

エイジ「神斬刀皇……、いつ見ても惚れ惚れするな。そしてそれを構えるお前の姿にも」

 

コキュートス「オ誉メ頂キ恐悦至極ニ御座イマス」

 

 

 エイジから漏れる感嘆の声、これは決して世辞などではなく彼の本心であった。

 

 

エイジ「では、そろそろ始めよう」

 

 

 エイジの言葉を待っていたかの様にコキュートスも改めて武器を構えた。

 

 

エイジ「──と、ストーカー! 先程言ったことを一部訂正しておこう」

 

ストーカー「何で御座いましょうか?」

 

エイジ「ここは俺の故郷ではなくナザリックだ、後は分かるな?」

 

 

 エイジが言った言葉に対しストーカーはその意味を一瞬考え、そして満面の笑顔で答える。

 

 

ストーカー「了解致しました」

 

エイジ「すまなかったなコキュートス。今度こそ始めよう」

 

 

 微動だにしていなかったコキュートスは軽く頷き了承の意を示す。

 そんなやり取りを見たストーカーは突如勢いよく上着と眼帯を外した。ピンクのシャツ姿になったストーカーは高らかに宣言する。

 

 

ストーカー「皆様! 大変永らくお待たせ致しましたぁっ! エイジ様の記念すべき復帰第一戦! 皆様御一緒にいぃぃぃっ!!!」

 

 

 ナザリック中のシモベ達が身構えた。

 

 

ストーカー「ナザリックファイトッ!!!」

 

ナザリック一同「レディィィッ!ゴオォォォッ!」

 

 

 開始の合図と共に両者が激突する。それと同時に凄まじい剣劇が繰り広げられる。その嵐の様に荒れ狂う剣の舞いに観客達は興奮した。

 

 

デミウルゴス「これは想像以上だ…、セバスは二人の攻撃が見えるかね?」

 

セバス「かろうじて……。相当の速度で打ち込み合っているのでしょうな、コキュートス様が若干押され気味の様です」

 

マーレ「ふえぇ、コキュートスさんも凄く強いのに」

 

セバス「しかも、本来武器は持てば持つ程扱いが困難になる物ですが、コキュートス様にはその様な理屈は通用しません。」

 

アルベド「それならば、寧ろ武器を一つしか持っていないエイジ様の方が分が悪い筈……。それなのにコキュートスが押されているなんて、不敬な事だけどにわかには信じられないわ」

 

 

 守護者達が会話する間にも武器同士がぶつかり合う音が途切れることは無い。それどころか速度が上がっていく程であった。

 

 

エイジ「やはりお前は強いな! コキュートスっ!」

 

コキュートス「エイジ様モ流石ノ腕前ニ御座イマスッ!」

 

 

 尋常ならざる速度で打ち合う両者は楽しそうに会話をかわす。その様子を見ていたシモベ達は驚愕した、あれだけの攻防を繰り広げながらも普通に会話が出来るものなのかと。

 

 

エイジ「このままずっと戦っていたいが、皆を退屈させたくないのでなっ! 幾つか技を出させて貰うぞっ!」

 

 

 その言葉と共に距離を空けたエイジが、背負ったままの鞘の紐を外した。更にそれを鞘に巻き付けた後に腰にすえ居合いの構えをとった。

 

 

アウラ「エイジ様が何かするみたいだよ!」

 

 

 至高の御方が御技を振るう。その貴重な瞬間を見逃すまいと守護者達は目を見開いていた。

 エイジの構えを見たモモンガは眼窩の炎を揺らめかせ、誰にも聞こえない程の声で呟いた。

 

 

モモンガ「『秘剣』……か……」

 

 

 久し振りに見る友の戦いを上機嫌で見つめる死の支配者であった。

 

 

エイジ「コキュートス……、お前も斬撃を飛ばす技を持っているだろう? なら今回は俺流の飛ぶ斬撃を見せてやろう……。『秘剣 神斬』!!!」

 

キンッ!

 

コキュートス「!?」

 

 

 コキュートスは戦慄した。エイジが居合いを放つとその斬撃がそのまま自身に襲いかかったからだ。

 しかし、真に戦慄したのはその数だ。エイジは一度居合いを放ったそばから鞘に刀を戻しまた居合いを放つ。これを異常な速度にて繰り返し、途切れること無くコキュートスに飛翔する斬撃を繰り出した。

 

 

キキキキキキキンッ!!!

 

コキュートス「ヌウゥゥッ!!!」

 

 

 飛来する斬撃をコキュートスは四本の武器で捌いていく。

 

 

エイジ「やるな! ならば……、これはどうだあぁっ!!」

 

 

 エイジは居合いの体勢のまま身を翻しながら飛び、先程よりも苛烈な斬撃を飛ばす。

 

 

エイジ「『秘剣 神斬─空の型─』!!!」

 

 

 まるで空中に足場があるかの様に舞いながらエイジは

様々な角度で斬撃を放っていく。

 『空歩』(くうほ)。エイジが持つその常時発動型スキルは空中に一瞬だけ足場を生成するというものである。

彼はこれを使いこなし戦闘に使用していた。

 

 

コキュートス「カアァァァッ!!!」

 

 

 コキュートスはその斬撃を同じ様に捌くが段々とそのライトブルーの身体に傷が増えていく。

 コキュートスも反撃として斬撃を飛ばすが、それはエイジに当たること無く空へと消えていく。

 空歩の出現角度を意図的に変え、コキュートスの攻撃を回避しながら技を出したのだ。

 

 

シャルティア「凄い……。あんなのどう避ければいいのよ……」

 

 

 驚きのあまり普段の言葉遣いを忘れたシャルティアが呟いた。だがそれに突っ込む守護者は居なかった。皆コキュートスを自分の身に置き換えて絶句していたからだ。

 

 

モモンガ「……あれは私も避けられない」

 

 

 モモンガが何気無く言った一言に守護者達は思わず振り返る。

 

 

アルベド「モモンガ様……、今なんと……?」

 

 

 アルベドが信じられないという顔でモモンガを見た。

 

 

モモンガ「今言った通りだ。私にはあれを避けきることは出来ない、そのまま喰らい続け地に沈むだけだ。……全く、斬撃耐性とは一体何なのだろうな?」

 

 

 モモンガは自嘲気味に自らの特性を語る。そして更にという言葉と共に驚愕の事実を話した。

 

 

モモンガ「あの技を捌ききった者を私は見たことが無い。あのたっち・みーさんですら無理だったのだからな」

 

 

 守護者達は呆然とした。今なんと言ったのだ? AOGが誇る最強の戦士が受けきれない? そんなバカな。

 しかし、当のモモンガに冗談を言っている雰囲気は見受けられない。

 

 

モモンガ「何しろ、ウルベルトさんとたっち・みーさんの二人がかりでも負けなかった人の技だからなぁ」

 

 

 モモンガからしてみればギルメンとの懐かしい思い出話をしたつもりだったが、守護者達はそうは受け取らなかった。

 

 

デミウルゴス&セバス「それは本当ですかっ!?」

 

モモンガ「お、おぉ、本当だ」

 

デミウルゴス「是非、その御話を!」

 

セバス「私も大変興味があります!」

 

 

 急に身を乗り出したデミウルゴスとセバスに内心慌てながらもモモンガは答えようとした。だが、そこでアルベドが会話に割って入る。

 

 

アルベド「デミウルゴス、そしてセバスも。モモンガ様の御話を御聞きしたい気持ちも分かるけど、今はエイジ様が戦われておられるのよ?」

 

デミウルゴス「……し、失礼致しました」

 

セバス「も、申し訳御座いませんでした」

 

モモンガ「まぁまぁアルベド。私は別に構わんよ、また後程話してやろう」

 

デミウルゴス「感謝致します、モモンガ様」

 

セバス「その時を楽しみにしております」

 

 

 自身も聞きたい気持ちに駆られたアルベドだったが、統括としての任を優先させ二人を落ち着かせる。

 ──彼等が話をしている間にも試合は進み、エイジが最後の技を出そうとしている所だった。

 

 

エイジ「良く耐えたなコキュートス。しかし、次が最後だ」

 

コキュートス「全力デ受ケサセテ頂キマス」

 

 

 エイジは地に降り立ち、鞘を腰に付け再び居合いの構えを取る。そしてゆっくりと目を閉じ「明鏡止水」と唱えるとその身体が黄金の輝きに包まれ、更にそこから赤いオーラが溢れだし背後に竜の頭部を形作る。

 その姿にコキュートスはオォ……、と感嘆の声を洩らす。そして、構える前よりも数倍巨大になったと錯覚する程の気迫を出すエイジに対し、自が武器を構え直し迎撃の体勢をとった。

 

 

コキュートス(居合カ……。シカシ、ソレニシテハ柄ガ上ニ向キ過ギテイル)

 

エイジ(流石に構えを警戒したか。)「……俺の戦闘スタイルは大きく分けて二つある。本来の流派:東方不敗と俺オリジナルの技だ。そのオリジナルもまた三つに分かれていてな。刀を振るう『秘剣』。肉体を使う『竜技』。そして、その両者を併用する『竜剣』だ。」

 

コキュートス「……ト言ウコトハコレカラ放ツ技ハ」

 

エイジ「無論、強者《お前》に対する礼儀として最高の技を一つ出させて貰う」

 

──『竜剣』をな。

 

 そう言ったエイジは自身の身体を大きく覆ったオーラを刀に、そして手足に集めていく。

 やがて両手足と刀にオーラが収束されきった時、エイジが動いた。

 

 

エイジ「竜剣の一つ……、『六爪竜牙』(ろくそうりゅうが)!!」

キンッ!

 

 叫んだエイジは上向きに構えた刀を抜き放ち、全くの同時に六つの剣撃を繰り出す。

 竜の爪撃に見立てた六つの斬撃が扇状に広がった後に収束、その先にいるコキュートスを襲う。

 

 

コキュートス「コレハッ!?」

 

 

 コキュートスはその六爪を4本の手に持った武器で捌ききる、と同時に。

 

 

エイジ「カァッ!」

 

 

 その中心から神速のエイジがコキュートスに迫る。

ドゴオォォォォンッッ!!!

 

 

エイジ「ほう、初見で防ぐとは……やるな」

 

コキュートス「運ガ…、良カッタダケデ御座イマス。」

 

エイジ「だが、運も実力の内と言うだろう?」

 

 

 ぶつかった瞬間にもうもうと上がった土煙が晴れた時、二人は技の締め部分で止まっていた。

 エイジはいつの間にかコキュートスの目の前におり、

右の肘と膝を撃ち合わせる様にして攻撃を仕掛けていた。しかし、それはコキュートスのスパイク状の尾に阻まれていた。

 だがそれは、あくまで非常手段の身代わりだった様で、その尾はグシャグシャに砕かれていた。

 

 

コキュートス「カハァッ!」

 

 

 ガシャッ! と音を立てコキュートスが膝をつく、良く見れば先程の六爪を捌ききった筈の4本の腕もズタボロだった。

 

 

コキュートス「捌キキッタト思ッテイタノデスガ…、マサカソノ衝撃デココマデヤラレルトハ。マダマダ修練ガ足リヌ様デスナ」

 

エイジ「そんな事は無い、あの武人建御雷さんも初めてこの技を受けた時は似た様な状態だった。つまり……」

 

 

 エイジは満身創痍のコキュートスの肩に手を置き笑顔で言った。

 

 

エイジ「お前は武人建御雷さんと同じ高みに居る武人って事だ、誇れコキュートス。しかもだ、技が当たる直前に、お前と建御雷さんが重なって見える程だったぞ」

 

コキュートス「オ、オォ…。我ガ主ト…」

 

 

 コキュートスは、もし自分に涙腺があればこの場所を涙で満たす事だったと思う程歓喜した。

 

 

コキュートス「……参リマシタ、流石ハ至高ノ41人ガ御一人『武神 エイジ』様ニ御座イマス。」

 

ストーカー「試合終了おぉぉぉっ!! 勝者!! 武神エイジ様あぁぁぁっ!!」

 

 

 場内が歓声と拍手に包まれる。

 エイジがスキルを解除するとコキュートスの傷が一瞬にして塞がった。まるで何事も無かったかの様に。

 

 

エイジ「楽しかったぞ、コキュートス。また戦おう!」

 

コキュートス「コノ至ラヌ身デ良ケレバ喜ンデ」

 

 

 惜しまない拍手と歓声の中、二人はガッシと熱い握手を交わす。

 そうだ、とエイジは空中に出来た黒い穴に手を突っ込み、そこから一本の刀を取り出してコキュートスに差し出す。

 

 

エイジ「コキュートス、約束の品だ。受け取ってくれ」

 

コキュートス「シ、シカシ、私ハエイジ様ヲ…」

 

 

 満足させられてはいないとばかりに遠慮するコキュートス。やれやれと頭を掻いたエイジはモモンガに話しかける。

 

 

エイジ「モモンガさん! 俺は個人的に今回の戦いに満足している! それでコキュートスに褒美を取らせたいんだが、構わないですよね!」

 

モモンガ「ええ! 勿論構いませんよ! コキュートス、私も今回の見事な戦いに褒美をやろう」

 

 

 モモンガはフィールドに転移し、コキュートスに指環を差し出した。

 

 

コキュートス「マ、マサカ、コノ指環ハァァ!?」

 

モモンガ「そう、選ばれし者のみに着用を許される『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』だ」

 

 

 モモンガの言葉に場内、果てはナザリック地下大墳墓全体がどよめく。

 

 

コキュートス「シ、シカシ、コレハ偉大ナル至高ノ41人ノ方々シカ所持ヲ許サレナイ物デハ!?」

 

モモンガ「冷静になるのだ、コキュートスよ。お前も知っての通り、現在ナザリック地下大墳墓は過去類を見ない程の異常事態にみまわれている。この様な状況では何が起こるか予想がつかん、そして、その急激な状況変化に対応する為にも階層守護者には迅速に対応してもらわねばならん。だが、ここで一つ問題点があるのだ。」

 

コキュートス「……階層間ノ転移制限デスネ?」

 

モモンガ「その通りだ。故に、各階層守護者達には渡しておくべきだと私達は判断した」

 

 

 エイジが不安そうなコキュートスを安心させる様に笑顔て頷く。

 

 

モモンガ「そして、此度の戦いでエイジさんと私は非常に満足出来た。ならば最初にお前に贈らず誰に贈るというのだ? コキュートスよ」

 

エイジ「俺達の感謝の気持ちを受け取ってくれ、コキュートス」

 

コキュートス「……」

 

 

 コキュートスは黙ってしまった。忠誠心が高いのはいいが、感謝の品位はもう少し気軽に受け取って貰いたいものだとエイジは思った。

 

 

エイジ「なら、理由を変えよう。コキュートス、この刀と指環、そして立場を預かっていて欲しい、無論使って構わない」

 

モモンガ「……あ~、成る程、上手い事言いますね」

 

コキュートス「ドウイウ事デ御座イマスカ?」

 

エイジ「つまりだな、いずれ帰ってくる可能性のある我等が友の代わりにこれらを預かっていて欲しいと言う事だ」

 

コキュートス「武人建御雷様ノ代ワリニ……」

 

 

 コキュートスが震えている。偉大な主の代わりを勤めるという大役に興奮しているのだろう。

 

 

エイジ「受け取って…くれるな?」

 

コキュートス「畏マリマシタ。ソノ大役、果タサセテ頂キマス」

 

 

 コキュートスは頭を下げながら指環と刀を丁重に受け取った。

 再び場内が沸き立った。

 

 

<シモベ達>「エイジ様万歳! モモンガ様万歳! 『凍河の支配者コキュートス』様万歳!」

 

 

 特等席でデミウルゴスがゆったりとしていて、それでいて嫌味を含まない拍手と笑顔でコキュートスを祝った。

 

デミウルゴス(おめでとう、友よ。羨ましいが、素直に御祝いさせて貰うよ)

 

 

 偉大な御方々に直接品を貰った友に軽く嫉妬しながらもデミウルゴスは賛辞を送った。

 隣に座る守護者統括殿がその長い髪をワッサワッサしながら「モモンガ様からの指環~」、と唸っているのを見ない振りをしながら。 

 




 あぁ~、こころがキンキンするんじゃあ~(*´ω`*)


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第十話【武神の演武③】

 クリスマス投稿出来なかった、折角爆発入れたのに(´・ω・`)



 激戦を繰り広げたコキュートスとエイジが退場し、暫しの休憩時間となった。シモベ達は席についたままの状態で先程の激戦について熱く語り合う。

 コキュートスも貴賓席に着き、守護者達とエイジの技の素晴らしさを語り合っていた。

 一方、話の中心人物であるエイジは、闘技場の通路でモモンガからの差し入れに喉を潤していた。

 

 

エイジ「かぁーっ! ウマイっ! もう1杯っ!」

 

モモンガ「一回戦お疲れ様ですエイジさん。水しか用意出来なくてすみません。」

 

 

 『無限の水差し』で注いだお代わりをエイジに渡しながらモモンガは言った。

 

 

エイジ「何言ってんですか、動いた後は冷たい水に限りますよ。いやー、それにしてもコキュートス強かったわぁ~。実際の所かなりヒヤヒヤしましたよ」

 

モモンガ「凄かったですよね、俺も見てて思わず手に汗握っちゃいましたよ。」

 

エイジ「いやいやモモンガさん、貴方今ど~考えても汗腺無いでしょ」

 

モモンガ「そういや、俺骨でしたね」

 

 

 二人は顔を見合わせた状態で一瞬固まった後に爆笑しだした。

 何が面白かったのか、共に変なツボにはまってしまいヒーヒー言いながら壁をバンバンと叩いている。

 エイジの笑いが少し収まると、先に精神作用無効化が発動していたモモンガが疑問を口にした。

 

 

モモンガ「あ~、所で……ちょっと気になった事があるんですが、聞いてもいいですか?」

 

エイジ「何ですか?」

 

モモンガ「エイジさんの『地球がリングだ!!』の設定変更モード、えーとプラクティスモードでしたっけ? それっていつ内容確認したんですか? 現実となって魔法やスキルの効果が変わっている中、ひょっとしたらガチの殺し合いになってたかもしれない訳でしょう?」

 

エイジ「してないですよ?」

 

 

 一口水を飲んだ後、なんて事は無いといった感じで返したエイジの言葉に、思わず死の支配者はズコーッ! と聞こえてきそうな程見事にコケた。

 

 

モモンガ「……で、でも、流石に隔離空間から戻って来れるかどうかの確認位はしましたよね? 自分で解除出来ない事を考慮して、高位の転移魔法使える者や、擬死装備着けた状態でわざとやられる準備とかして」

 

エイジ「いや、全然。だって、俺こっち来てから殆どモモンガさんと一緒じゃないですか」

 

 

 口をカパッと開いて言われてみればそうだと思いながらもモモンガは怒りを顕にした。

 

 

モモンガ「あ・ん・た・なぁ~」

 

 

 ドス黒いオーラが溢れだし、プルプルと震えているのを見たエイジは慌てた。

 

 

エイジ「いや! でもちゃんと帰って来れたじゃないですか!」

 

モモンガ「それは只の結果論でしょうが! 何かあったらどうするつもりだったんですか! ……もう俺を……一人にしないで下さいよ……」

 

 

 先程までの怒れる魔王はなりを潜め、そこには雨に濡れた子犬の様に震えるモモンガがいた。

 エイジは「守護者達が居るじゃないですか」、と言おうとしたが、その言葉を飲み込む。想像してしまったのだ。誰も居ないナザリックとそれを維持する為狩場を毎日行ったり来たりするモモンガの姿を。

 皆の帰る場所として円卓の間に座り、いつまでも待ち続ける姿を。

 

 

エイジ「……すいませんモモンガさん。少しはしゃぎ過ぎたみたいです」

 

モモンガ「エイジさん……。いえ……、俺も少し言い過ぎました」

 

 

 エイジが悪いのは自分だと言ってモモンガを慰めているとアナウンスが響いた。

 

 

アウラ「さて皆様! 休憩時間もそろそろ終わりとなります!」

 

 

 そのアナウンスを聞いたエイジは、「よいしょっ」と立ち上がりモモンガの方を振り向いた。

 

 

エイジ「それじゃ行ってきます、モモンガさん」

 

モモンガ「行ってらっしゃい。頑張ってくださいね、エイジさん」

 

 

 モモンガがエイジに向かって手を掲げた。それの意図を理解したエイジがモモンガの手を叩く。

 

パンッ!

 

 二人のハイタッチの音が通路に響いた。

 

 

//*//

 

 

 エイジがコキュートスの時と同じ様に紹介アナウンスを合図に、拍手・歓声を受けながらフィールド中央まで進む。

 

 

エイジ(ん? シュバルツが居ない?)

 

 

 しかし、反対側の門に対戦者であるはずのシュバルツの姿は無い事に気付き、同時にエイジは疑問を覚えた。そして思い当たった、シュバルツが目の前に居ない理由を。

 

 

エイジ(という事は……)「上かっ!!」

 

 

 エイジが何かに勘づきバックステップをする。その瞬間、今しがたまでエイジのいた場所に十数本のクナイが突き刺さった。

 

 

エイジ「戦う前から挑発とは……、お前らしいな! シュバルツっ!!」

 

 

 観客達がエイジの視線の先、上空を見上げるとそこには黒い小さな竜巻が発生していた。恐らくは人一人分の大きさであろうか?

 その竜巻はみるみる巨大化していき、やがて闘技場内に暴風が吹き荒れた。

 

 

マーレ「ぼ、防御壁を展開しますっ!」

 

 

 マーレが自身の魔法で観客席を守ろうと防御壁を展開した時、荒れ狂う風はピタッと収まった。

 その代わりに腕組みをし、高笑いを上げながらシュバルツがゆっくりと降りてきた。

 

 

シュバルツ「フハハハハハッ! 流石だなエイジ! よくぞかわした、誉めてやろう!」

 

エイジ「昂る気持ちは分かるが、あまり皆に迷惑をかけないでくれよ?」

 

 

 エイジが苦笑いをしながら言うと、シュバルツはそうか、と言って観客達に頭を下げる。

 そして仕切り直しだと言わんばかりに勢い良く振り向いてエイジに対し戦闘体勢を取った。

 

 

エイジ「じゃあ、行くぜ! ガンダムファイト国際条約第七条! 地球がリングだ!!」

 

 

 二人はコキュートスの時と同じく、エイジの作った空間に隔離される。

 

 

ストーカー「さぁ、皆様! 御待たせ致しました! 今夜のメーンイベントぉ! ガンダムファイター同士の対決です!」

 

 

 エイジは、シモベ達にガンダムファイターの事を説明した、だから説明を省いて構わないとストーカーに告げる。

 

 

シュバルツ「エイジ! 私との手合わせと言う事は、『鎧』を使うのだろうな?」

 

エイジ「勿論だ!」

 

 

 二人は目を閉じながら天高く右手を上げ、少しだけ何かを思った様に静止する。

 そして、同時に目を見開き指を鳴らしてナザリック全体に響き渡る様な大声で叫んだ。

 

 

エイジ&シュバルツ「「出ろぉぉぉぉぉっっっ!!! ガンッッッダアァァァァァムッ!!」」

 

パチンッ!!

 

 

 その声が響くと二人の頭上に光輝く二組の鎧が現れる。

 プラクティスモードの設定によってとある曲が流れながら降りてきたそれは、二人の目の前まで来るとバラバラになり、まるで意思が宿っているかの様に独りでに装着されていく。

 次の瞬間、観客達の目の前には、エイジが自身の過去として見せたアニメに登場する二体のロボット、通称MF(モビルファイター)の姿となった二人がいた。

 エイジは白をベースに胴と腕に付いたカバーの様な箇所が青の鎧武者を彷彿とさせる外観だった。

 それに対するシュバルツは、白のボディに黒い軽装鎧を身に着け、上腕部分には肘から飛び出る様に取り付けられたブレード状の武器が仕込まれている。その姿はまるで忍。

 それらを見たシモベ達は驚愕の声をあげた。

 

 

アルベド「あれはエイジ様の御話に出てきたゴーレム!?」

 

モモンガ「そう、エイジさんの物はシャイニング。シュバルツの物はシュピーゲルという。」

 

デミウルゴス「モモンガ様、これは一体どういう事ですか!? 確かあのゴーレムは破壊され、エイジ様の生まれ故郷に残された筈!? しかもシュバルツのゴーレムに至っては爆発四散したのでは!?」

 

モモンガ「……デミウルゴスよ、お前は我等至高の四一人を舐めているのか?」

 

 

 モモンガの静かに言い放った言葉に、それを叱責と受け取ったデミウルゴスが直ぐ様弁明する。

 モモンガとしては、エイジの能力についてどう話すべきかを考える為の時間稼ぎにしか過ぎなかった。だがそれは、デミウルゴスからしてみれば下手な事を言えない状況に追い込む死の宣告に聞こえた。

 

 

デミウルゴス「も、申し訳御座いませんモモンガ様。決して、決してその様な事は御座いません。……しかしながら、未だ至らぬ私の考えではモモンガ様の言葉の意味を図れずにおります。大変厚かましい事とは理解しておりますが、何卒その言葉の真意を、矮小なるこの身にお教え頂けませんでしょうか」

 

 

 デミウルゴスは汗を流しながら必死にモモンガへと訴えた。至高の存在たる貴方様方に対して不敬な考えを抱いたのでは無いと。それと同時に、真意の読めない言葉の先を聞きたいと必死に訴えた。

 

 

モモンガ「良かろう。……いいか? あれはお前達が見たのと同じ物ではない。それの証拠に、今お前も言った事だがシュバルツのシュピーゲルもあるだろう? あの二つはな、我等の力を集結させ二人のゴーレムを身に纏う鎧として再現した物なのだよ」

 

 

 モモンガがそれっぽい理由を守護者達に話す、バレはしないかとヒヤヒヤしたが何とか信じてくれた様だった。

 全てが嘘という訳ではなく、実際にギルメン達と共に鎧完成の素材集めの為あちこち奔走したのだ。

 

 

モモンガ「しかし、シュバルツは問題無かったのだが、エイジさんの鎧の方に問題が出てな。その余りにも強大な力の為、着用者に代償が必要となってしまった。彼は現在、聖遺物級や伝説級程度の装備位しか着用する事が出来ない。無論、一部の神器級装備は着用可能だが、それでも大きく劣っているのは否めない。もはや呪いと言っても過言では無い、……彼には悪い事をした」

 

コキュートス「ソレハモシヤ、私トノ戦イノ時モ…」

 

モモンガ「そうだ、彼はまともな装備を殆ど着けていない」

 

 

 守護者達は絶句した。

 至高の存在達は基本的にほぼ全身を、世界級を除けば最高位である神器級で固めていた。

 それを知っていたからこそ、エイジの防具の話は驚愕の内容だった。

 武器を振るえば守護者最強の攻撃力を持つとされるコキュートス相手に、たとえ死ぬ事は無いと分かっていても紙の様な防具のみで戦いを挑むのは愚行だった。

 守護者達はモモンガの言葉を聞きながら畏敬の念を込めてこの言葉を本当の意味で知った。

 

──『武神』

 

 驚くべき事実を聞かされた守護者達がバトルフィールドに目を向ける。そこには、鎧を着用した両者が互いに構え状態で開始の合図を待っている映像が映っていた。

 エイジとシュバルツの様子を確認したストーカーが開始のゴングを鳴らす。

 

 

ストーカー「両者共に準備が整った様ですね? それでは皆様御一緒にぃぃぃっ! ガンダムファイト!」

 

観客&エイジ&シュバルツ「「「「レディィィィ…、ゴオォォォォッッッ!!!」」」」

 

 

 白と青を基調とした鎧武者と白い身体に黒の鎧を纏ったがベースの忍がまともにぶつかり合う!

 ぶつかった直後に互いに少し距離を空け、今度は凄まじい乱打戦が始まった。

 

 

エイジ「ってえぇぇりゃあぁぁぁぁっ!!!」

 

シュバルツ「っとおぉぉりゃあぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 もはやシモベ達には何をしているか分からない、しかしそれは守護者クラスの者にとっても例外ではなかった。

 

 

シャルティア「何でありんすか…、あの速さは…」

 

デミウルゴス「あー、セバスそれにコキュートス。誠に申し訳無いのだが…、見えるのであれば説明してくれると、私達はとても有り難いのだが」

 

 

 デミウルゴスが恐らくこの二人ならば…、と目星を着けていた相手に尋ねる。特に先程まで実際に戦っていたコキュートスに対しては希望があった。

 

 

セバス「……はっきりと見えている訳では無いので推測になってしまいますが、御二人は今異常な速度で様々な技を出し合っているものと思われます。しかも、『虚実』。所謂フェイントも織り混ぜながら」

 

コキュートス「ウム、私ニモ何トカ見エル」

 

デミウルゴス「……成る程。君達ですら捉えるのがやっとと言うのであれば、もし私があそこに居たらぼろきれの様になっていたという事か。」

 

 

 デミウルゴスはいつもの流石ですね、という雰囲気を一切出す事無く純粋に恐れた。彼のこめかみに一筋の汗が流れる。

 その時、乱打戦を行っていた両者が大きく距離をとった。

 

 

コキュートス「ム、動クカ」

 

セバス「その様ですね。先程と同じ様に技の応酬でしょうな」

 

 

 二人の武闘派≪コキュートスとセバス≫の意見に、若干会話に意識が逸れていた守護者達は二人の試合に意識を向け直す。

 

 

エイジ「シュバルツ! まずは俺から仕掛けさせて貰うぞっ!」

 

シュバルツ「フム…、いいだろう! 来い! エイジぃっ!!」

 

エイジ「酔舞・再現江湖!! デッドリイィィィっ!!」

 

 

 距離を取ったエイジは腕を様々な形で交差させ何かのポーズを取った後シュバルツに突っ込んだ。

 極限まで無駄を削いだ足運びと体捌き。その二つが合わさった時、何とも間抜けな表現ではあるが、まるで何色もの色を練り合わせた飴を引き伸ばした様な不可思議な残像を残した。

 

 

シュバルツ「ぬぅっ!? この技はっ!?」

 

 

 シュバルツのフェイスガードに覆われた顔が、驚きの表情へと変わったのが見てとれた。

 シュバルツはエイジの攻撃を躱そうとするがそれはエイジの中で予想済みである。

 エイジは数秒残る残像を利用し、避け辛い様に円や直線的な動きを織り交ぜてシュバルツへと接近する。そして、何とか技の軸から逃れようとしているシュバルツの眼前にまで迫った。

 

 

シュバルツ(迂闊に距離を離せん! 空中に……、無理かっ!)「ちいぃっ!! ならばっ!!」

 

 

 シュバルツはエイジの技が当たる直前に、自らの身体を少し回転させた様に大半のシモベ達からは見えた。

 そして接触。エイジの声が響き渡る。

 

 

エイジ「ウェイブっ!!!」

 

 

 エイジの技を受け、まるで雷に打たれたかの様にシュバルツの身体が痙攣し苦しみの声があがる。

 

 

シュバルツ「ぐぅわあぁぁぁっ!!」

 

エイジ「爆発っ!!」

 

ドゴオォォォンッ!!

 

 

 シュバルツを通りすぎたエイジが空中に飛び上がり、両手足を左に放る様なポーズを取った瞬間大爆発が起こる。

 半球体に映る映像が乱れるのではないかと思う程の爆発が起こり、両者の姿が土煙によって見えなくなる。しかし、まだ終わりでは無かった。

 

 

シュバルツ「まだだっ! 今度はこちらからいくぞぉっ!! エイジぃっ!!」

 

 

 土煙が立ち込める中、シュバルツの技を仕掛けるという声が響くと同時にシュバルツが土煙の中から、まるで尾を引く様に勢いよく飛び上がった。

 流石に無傷という訳では無く、彼の纏う鎧には焦げた様な跡が残っていた。

 そして。

 

 

シュバルツ「ゲルマン流忍法!! 苦無陣─黒雨─!!」

 

 

 一瞬腕組のポーズをして溜めた後、エイジの視界全てを覆い尽くす程のクナイの雨を降らした。

 

 

エイジ「ぐうぅぅぅっ!!」

 

 

 エイジは全て避ける事が出来ないと察したのか、その殆どをその身で受けてしまう。シモベ達から悲鳴があがる。

 

 

シュバルツ「〆だっ!!」

 

 

 シュバルツが叫び、全てのクナイが爆発した。

 

 

ドゴオォォォンッ!!

 

 

 エイジの時よりは小規模ではあったがその音は途切れず続いた、それはナザリックのシモベ達をパニック寸前に追い込むには充分であった。

 

 

マーレ「エイジ様っ!!」

 

 

 マーレが悲痛な声をあげ顔を手で覆い隠す。偉大なる御方を包む爆発を見て、その悲惨さから目を背ける者が続出した。

 爆発が収まり、マーレがエイジの無事を確認する為に指の隙間から恐る恐る目を覗かせると、そこには少しだけ息を荒げながらも立つエイジの姿があった。

 

 

アウラ「ほら見なよマーレ! エイジ様は御無事だよ!」

 

マーレ「うん! うん! 良かった、良かったよぉ~」

 

 

 泣きじゃくるマーレをアウラが慰める。しかし、アウラも余程堪えた様で、目に涙を浮かべていた。

 

 

エイジ「流石にまともに受けるのは厳しいな。だが、まだやれるぞシュバルツ!」

 

シュバルツ「私とて、この程度でお前がくたばるとは思ってはおらん。だが、そろそろ終わりにするか」

 

エイジ「確かに、頃合いだな」

 

 

 あれだけの技を放ち、そして受けながらもまだやれるというのか? シモベ達はこの二人のありえない強さを改めて感じた。

 ナザリック中の者達が予感した。恐らく次の一手が最後になるであろうと。

 シモベ達が固唾を飲んで見守る中、両者は意識を集中させていく。 

 

 

エイジ「はあぁぁぁ……、てえぇりゃあぁぁぁっ!!!」

 

ドゴオォォォン!!!

 

 

 エイジが静かに閉じられていた目をカッと見開き気合いの雄叫びをあげると、同時にその身体が黄金に輝き、ふくらはぎ・上腕・肩などの各箇所の装甲が展開されていく。

 そして最後に、まるで頭部を掴む様になっているパーツが開き、額に付いていたV字状アンテナと相まってまるで太陽の様にも見える。更にフェイスカバーも開いて究極の戦闘体勢をとった。

 そのエイジの姿にナザリック中の者達が思わず叫んだ。

 

 

ナザリックのシモベ達「「「「あ、あれは!!」」」」

 

 

 両の握り拳を目の前で合わせ引き伸ばすと、そこには凄まじいエネルギーの集合体である光の剣が現れる。

 作中でエイジが奥義を放つ時の姿になり、観客達のボルテージが最高潮に達する。

 

 

エイジ「愛と! 怒りと! 哀しみのおぉぉぉっ!!!」

 

シュバルツ「必殺! 疾・風・怒・濤ーっっ!!」

 

 

 エイジは両手に生まれた輝く剣を、天を貫かんばかりに振り上げ上段の構えをとり。

 シュバルツは両手のブレードを展開させ高速回転し、先程と同じ様に巨大な黒い竜巻となった。

 

 

エイジ「シャアァァァイニングゥッ! フィンガーソオォォォォォドッ!!!」

 

シュバルツ「シュトゥルムッ! ウントッ! ドランクウゥゥゥゥゥッ!!!」

 

 

 巨大な二つのエネルギーが激しくぶつかり合う。

 空間が隔離され、更にはマーレの防御壁が展開されたままにも関わらず巨大な圧がこちらにも伝わってくる気さえする。

 

 

エイジ「うおぉぉぉあぁぁぁっ!!!」

 

シュバルツ「でえぇぇぇいりゃあぁぁぁっ!!!」

 

ドゴオォォォォン!!

 

 

 大爆発を起こし周囲が再び土煙に覆われる。

 暫くして土煙が晴れた時、そこには鎧を外し互いに向き合って構えをとっている二人の姿があった。

 

 

シュバルツ「腕は鈍ってはいない様だ、安心したぞ……エイジ!」

 

エイジ「お陰さんでな、シュバルツ」

 

 

 自然体に戻り、二人は歩み寄って笑顔で熱い握手を交わす。

 それと同時に闘技場は歓声に包まれた。

 

 

ストーカー「試合終ぅ了ぉぉぉっ!! 結果は引き分けとなりましたが、見事なバトルを見せてくれた二人のファイターに! 皆様盛大な拍手をお願い致します!」

 

パチパチパチ

 

 

 スキルを解除したエイジを待っていたのはナザリック中から響き渡る歓声と拍手。それにエイジは笑顔で手を振り答えた。

 横に居るシュバルツもニコッと笑いエイジに拍手を送る。

 これにてエイジのサプライズイベントは大盛況のもと幕を下ろした。

 




 そろそろ各疑問点を消化する話をやります。


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第十一話【武神の報告】

 明けましてオーバーロードで御座います!(意味不)
 今年もガンガン書いていくので皆様宜しくお願いします。(*´ω`*) 


 コキュートスやシュバルツとの模擬戦を終えた後、俺は色々な事をする為にナザリック内で数時間の個人行動を取った。

 その後、モモンガさんとある話をする為に彼の自室とも繋がる執務室にいた。

 

 

モモンガ「でね! でね! エイジさんの必殺技とシュバルツの必殺技がぶつかり合った時のみんなの反応と言ったらもう──」

 

エイジ「モモンガさん……、それさっきも聞きましたよ?」

 

モモンガ「いやいや、何度でも話したくなりますって。あの技の時も──」

 

 

 先程からモモンガさんはずっとこの調子だ。

 ヒーローショーを見た子供の様にはしゃぐ魔王様。そんな彼を見て、俺は苦笑いを含んだ感じにやれやれと肩を竦める。

 熱弁するのはいいが、その対象が俺自身であるので少し恥ずかしい。正直そろそろ止めてくれると助かるんだが。

 

 

モモンガ「あ、と。そろそろ本題に入りますね。すいません、何か熱くなっちゃって」

 

エイジ「いえ、大丈夫ですよ」

 

 

 一応の社交辞令は入れておく。話を進めさせてくれるのであればそれだけで有り難いのだから。

 

 

モモンガ「で、色々な疑問点やら解決策、それと今後についてですよね?」

 

エイジ「はい。まずは俺から幾つか出しますね」

 

 

 俺はそう言って自身のインベントリから半透明の板状端末を二つ出した。気持ち横長になっており、左側に幾つかボタンの付いた機械の部分がある。

 

 

モモンガ「それは?」

 

エイジ「簡単に言うと電源不要の携帯端末ですね。大分前……、勿論ユグドラシル時代の話になるんですが、個人で他のギルドの防衛に手を貸した事があるんですよ。それの帰りに寄ったバザーで特売してたんでね、何か使えるかなと思って幾つか買っておいたんです」

 

モモンガ「あぁ……、何かそんな事言ってましたね」

 

 

 コレは昔、俺がとある人間種中心の小ギルドの救援を聞きつけ参加、そして撃退した時に幾つか謝礼を受け取った後、そこのギルドマスターに誘われた行ったバザーで旧式として売り出されていた物だった。

 俺はそれに自分の端末から情報のコピーを行いモモンガさんに手渡した。

 

 

エイジ「これを……、はいどうぞ」

 

モモンガ「あっ、ども」

 

エイジ「その画面に自分だけ分かる様にパスを登録して下さい」

 

モモンガ「分かりました。……はい、出来ました」

 

エイジ「これで今日からその端末は貴方の物です」

 

モモンガ「は?」

 

 

 モモンガさんの口がパカッと開いて間の抜けた声を出す。

 

 

モモンガ「えっ!? いやいや! 受け取れませんよ!」

 

エイジ「大して高い物ではないですから。それに、お互いの情報共有ツールとしては便利でしょう?」

 

モモンガ「いや、確かにコンソールやら何やら使えない状態では便利ですけど……」

 

 

 彼がこういう人物なのは予想済みだ。もう一押し。

 

 

エイジ「受け取って……貰えませんか?」

 

 

 少し悲しんでいるといった表情をしてみる。勿論モモンガさんに受け取らせる為の演技だ、本当に悲しんでいる訳では無い。

 

 

モモンガ「うっ! ……分かりました、有り難く使わせて貰います」

 

エイジ「いえいえ、どういたしまして」

 

 

 正に「こうかはばつぐんだ」、かなり効いた様だ。

 俺はニッコリと笑い、モモンガさんからは「コイツ……」といった雰囲気が漂う。それは表情を読めない骸骨になってしまった状態でも分かる程だった。

 俺はそれを軽く流して話を進める。

 

 

エイジ「えーと、最初は疑問点からですね。俺から言って大丈夫ですか?」

 

モモンガ「ええ、お願いします」

 

 

 自分の端末のページを進めていき一つの項目を呼び出す。モモンガさんの端末とも同期させてあるので彼に操作の必要は無い。

 

 

エイジ「まずは俺の戦闘力に関してですが、概ね問題は無い物と思われます」

 

モモンガ「そうみたいですね、寧ろ以前より動きが速くなった様にも見えました」

 

エイジ「ええ。実際に戦ってみて分かりましたが、身体が軽い、とでも言うんでしょうか。ユグドラシル時代のラグすら感じませんでした、まるで本当の身体みたいにね」

 

 

 ユグドラシルをプレイしていた時は、若干ながら身体を動かす時にタイムラグの様な物が存在していた。

 だが、今回の模擬戦ではそれを一切感じる事は無く、寧ろ羽の様に軽く感じた程だった。そうでもなければコキュートスやシュバルツといった相手と立ち合うのは不可能だっただろう。

 

 

モモンガ「スキルとかはどうでした?」

 

エイジ「それも問題は無い……、と言いたい所なんですが……」

 

 

 その言葉にモモンガさんは首を傾げた。

 俺も確証がある訳では無いのでどう話すべきか迷ったが、あえて直球勝負に出た。

 

 

エイジ「モモンガさん、俺相手の心が読める様になったかもしれません」

 

モモンガ「えっ!?」

 

 

 モモンガさんが驚きの声をあげた。そりゃあ無理も無い。

 

 

エイジ「意識するとオーラみたいな物が見えるんですよ。正確に言うならば『レベル差が近ければオーラで感情起伏程度しか分からず、逆に離れていれば何を考えているかまで分かる』といった所ですかね」

 

モモンガ「ええ~? 本当ですかぁ~?」

 

 

 流石のモモンガさんでも疑ってきた、うん当たり前ですな、俺もそう思うもの。

 

 

エイジ「なら目の前で実験しましょう。精神作用無効化があるので一度人間形態になって下さい」

 

モモンガ「分かりました、──これでいいですか?」

 

エイジ「OKです」

 

 

 俺の渡した首飾りで青年の姿となったモモンガさんに実験内容を伝える。

 

 

エイジ「モモンガさんにはこれから色々な感情を出して貰います。そうですね……、ユグドラシル時代の記憶とかいいんじゃないでしょうか? 良い記憶も悪い記憶もあるでしょう?」

 

モモンガ「了解です」

 

エイジ「あと……、コレも」

 

 

 俺は再びインベントリを漁ってアイテムを取り出す。出したのは少し大きめな事以外何の変哲も無い布だ、コレをモモンガさんの目の前に放る。すると、空中で広がって俺達の間に割って入った、視界を遮られた状態になる訳だ。

 

 

モモンガ「目隠しですか? 何もそこまで……」

 

エイジ「今まで内緒にしてましたが、実は俺元から感情や考えを読めるんでその対策です。ほら、よく言うでしょう? 目の動きや息遣いの変化、身体の動きやら言葉の使い方から読むって」

 

モモンガ「あの……、エイジさん? それが出来るのって一部の超人かアニメとかのキャラだけですからね?」

 

 

 俺が心の底から「そうなんですか?」と言って驚くと、カーテンとなった布の向こうから溜息が聞こえてきた。……気を取り直していこう。

 

 

エイジ「とりあえず実験を開始します。色々な事を考えて下さい、そして俺が終了以外の何を言っても返事しないで下さいね」

 

 

 その言葉に返事は帰って来ない。既に俺の言葉を守っているのだろう、これなら大丈夫そうだ。

 それから俺はモモンガさんの感情起伏を次々と当てていった。流石にモモンガさんも分かってくれた様で、変身を解き自らカーテンを開けて「もう理解しました」と言った。

 

 

モモンガ「本当の分かるんですね。因みに、レベル差によって見える度合いが変わるってのはどう調べたんですか?」

 

 

 モモンガさんの言葉は最もだ。しかし、答えはなんて事の無いものだったりする。

 模擬戦時の闘技場に居た者、モニター越しに見た者、そして個人行動でナザリックを探索した時に見かけた者。それら<全て>のシモベのオーラを暗記して今使っている端末に記録、その情報を統計して最終的に行き着いただけである。ついでに様々な検証も終わらせた。

 ね? 簡単でしょう?

 それを言ったらモモンガさんはまた驚いて口がパカッと開いた。あ、やっぱりそれ驚いた時とか開くのね。

 

 

モモンガ「このナザリックにどれだけのシモベがいると……。はぁ、やっぱり俺なんかよりエイジさんの方が……」

 

 

 等とモモンガさんはブツブツ呟いていた。一体どうしたんだろうか?

 その後もざっくりと説明をした後モモンガさんからの質問に答え、スキル等の話は一旦終了した。

 

 

エイジ「次は映像の件でも話しますか」

 

モモンガ「はい。実の所、それがかなり気になってたんですよ」

 

 

 映像というのは、先にナザリックの者達に俺の過去として見せたGガンダムの総集編の事である。

 この映像は俺の手が入れられた物であり、本来なら話題に出る様な物では無かった。そう、本来なら。

 

 

エイジ「驚きましたよ……、まさか俺の家族が映っているなんて」

 

 

 そう、俺の現実での家族が映像に出ていたのだった。

しかも本来の登場人物としての名前でもなく、下の名前が現実での名前となっていた。

 まぁ、そのお陰でうっかり名前を出してしまっても大丈夫なのだろうが。

 

 

モモンガ「俺も驚きました。以前にエイジさんの家でオフ会やった時に御会いして以来ですけど直ぐに分かりましたよ」

 

エイジ「まぁ、もう俺しか残っていませんがね……」

 

 

 俺はこの事態に巻き込まれる前の事を思い出して哀しみに暮れた。俺の家族、と言っても妻側のだが、その全員は既に鬼籍に入っている。

 

 

モモンガ「……たっちさんからメールで大体の話は聞いています。特に仲の良かったメンバーだけに教えてくれたみたいです。その後残ったメンバー、──と言っても殆ど引退してましたが、その残りのメンバーで多数決をとった結果、満場一致でエイジさんの席を残しておこうという話になったんです」

 

 

 成る程、それで俺がログインした時にナザリックへ転移出来たのか。……本当に優しい人達だ。

 

 

モモンガ「あの……、たっちさんを──」

 

エイジ「責めるつもりは毛頭ありませんよ」

 

モモンガ「……有難う御座います。何か俺が言うのもおかしい気がしますけどね」

 

 

 モモンガさんが渇いた笑い声を出す。

 マズい、自分で話題に出しといて何だが空気が重すぎる。 

 

 

エイジ「あー……、俺から言い出しておいて何ですが、ここらでこの話も終わらせましょう。どの道この件についての原因は分からないし、今の所対策を考える必要性も無いみたいですからね」

 

 

 モモンガさんは黙ったまま頷いた。話題を変えなきゃ。

 

 

エイジ「……ここらで一旦休憩入れましょう。三十分後にまた来ます」

 

 

 その言葉にモモンガさんが同意したのを確認して、俺は一度執務室を後にした。

 

 

//*//

 

 

エイジ「戻りました」

 

モモンガ「お帰りなさい」

 

 

 少し時間を開けた後、俺は執務室へと戻った。

 モモンガさんはずっとここで端末を弄りながら待っていた様だった。その証拠に彼の端末は俺が開いた画面とかなり変わっていた。

 

 

エイジ「さっきはすいませんでした」

 

モモンガ「いえ、俺は大丈夫です」

 

エイジ「とりあえず次は今後について話しましょう」

 

モモンガ「ですね」

 

エイジ「実は既にシュバルツを偵察に出してるんですよ」

 

モモンガ「そうなんですか?」

 

エイジ「はい、そろそろ日が暮れてきたのでシュバルツには動き易い時間だと思ってね。ここナザリックを中心にユグドラシル時代の方角を元にして八方角に向かわせました、距離は最大で十キロ程ですね。そろそろ連絡がある筈です」

 

 

 俺はシュバルツとの連絡用にモニターを出した。これでモモンガさんも見易い筈だ。

 そこへシュバルツからの連絡が入る。俺が手持ちの端末で操作するとシュバルツの顔がモニターに映った。

 

 

シュバルツ「こちらシュバルツ。エイジ、聞こえているか?」

 

エイジ「聞こえているぞシュバルツ、付近の様子はどうだ?」

 

シュバルツ「今私の分身達を走らせてナザリックの周囲を探索させている。……っと、噂をすれば何とやらだな」

 

 

 どうやらシュバルツの分身から報告が来た様だ。モニターにシュバルツがもう一人映る、簡易の複製魔法を使って端末を増やし分身用に渡しておいたのだ。

 シュバルツの配慮なのか此方が見分け易くする為の物らしきアルファベットも同時に表示される。

 

 

シュバルツA「エイジ、私Aだ。北に向かったが大きな森林以外特筆すべき物は無かった。」

 

エイジ「そうか、御苦労。暫く付近を探索した後本体に戻ってくれ」

 

シュバルツA「心得た」

 

 

 シュバルツAの報告が完了すると同時に各方角へ散らばせた他の分身達からも次々と報告が来た。

 

 

シュバルツB「私Bだ。北東にも森林が見えたがそれ以外は問題は無い。」

 

シュバルツC「私Cだ。東も特に問題無し」

 

シュバルツD「私Dだ。エイジ、南東に村らしき集落を発見した。人間と……おぼしき存在もな」

 

モモンガ「本当か? シュバルツ……Dよ」

 

 

 モモンガさんが魔王声で問い掛けそれをシュバルツDが肯定する。しかし、俺はその時のシュバルツDの微妙な反応を見逃さなかった。

 

 

エイジ「シュバルツD、まだ報告する事があるんじゃないか?」

 

 

 モモンガさんは俺の言葉に対し質問をしなかった。彼の事だから恐らく気がついているのだろう。

 

 

シュバルツD「流石だなエイジ」

 

エイジ「少し考えれば分かる事さ。【村らしき集落】と【人間とおぼしき存在】という表現、これらはお前にしては随分と曖昧な言い方だ。更に報告すべき相手は平和を旨とする俺達二人。以上から導き出される答えは」

 

モモンガ「【断定出来ない程損壊している】、そして集落の状態もまた然り……ですね?」

 

エイジ「でしょうね、付け加えるとするなら何者かの手によるものと判断出来る証拠を発見した、そんな所でしょう。……シュバルツDよ、シュバルツAと同じく付近を探索、暫くしたら本体に戻れ。……それと念の為生存者の捜索と供養を」

 

シュバルツD「分かった。生存者がいた場合の収容場所はそちらで用意をしておいてくれるのか?」

 

エイジ「……俺が何とかしよう」

 

 

 シュバルツDが「分かった、では」と言って通信を切った。意識をしていないので見える訳では無いが、モモンガさんが何やら言いたそうに此方を見ていた。

 ……まぁ、言いたい事は分かっている。

 

 

モモンガ「仮に生存者がいたとしてもそれを──」

 

エイジ「分かってます。ナザリックに生存者を招いてもその者からすればここは人外魔境の可能性があり、そしてそこから不要なトラブルに発展して、最悪その者を処分しなくてはならなくなるかもしれない……って事ですよね? 本当にモモンガさんは優しいんだから」

 

モモンガ「え?」

 

 

 俺はモモンガさんに伝言を送る。シュバルツ本体との回線は開いたままでは出来ない話をする為だ。

 

 

エイジ《言いたい事は分かりますが、今は合わせて下さい》

 

モモンガ《……分かりました》

 

エイジ「そういう訳だシュバルツ。生存者がいた場合は保護してくれ、何か有益な情報を聞き出す事も出来るかもしれないしな」

 

シュバルツ「了解だ、他の分身達にも伝達しておこう」

 

 

 何者かの犯行の可能性。それは俺に少し、というかかなりの不快感を覚えさせた。……落ち着かねば。

 

 

シュバルツE「此方南に向かったシュバルツEだ。私Dと同じく崩壊した集落を発見した。」

 

シュバルツF「シュバルツFだ。南西に集落を発見し、観察。その結果まだ村人は無事の様だ。見た所普通の人間の様だが接触するか?」

 

エイジ「いや、接触はまだ控えてくれ」

 

シュバルツF「了解した」

 

 

 俺は無事な人間がいた事に少しだけ安堵した。第一の接触候補が出来た事も後押ししたのだろう。

 

 

エイジ「やっと接触候補が出ましたね」

 

モモンガ「えぇ、少し安心しましたよ。ですが何者かによって集落が襲われている現状を見ると、出来れば早めに接触するべきですかね」

 

 

 目的等は依然不明だが、集落を襲う何者かがいる以上接触は早い方がいい。その為、俺はシュバルツFにその村付近で明日俺達が向かうまでの待機を命じた。

 それからもシュバルツの分身達から報告が次々と上がって来る。

 

 

シュバルツG「シュバルツGだ。西には森林以外特に言うべき物は無い。」

 

シュバルツH「シュバルツHだ。北西にも森林が広がり中を少し調査した所、蜥蜴人<リザードマン>の物と思われる亜人の集落を発見した。更に付近を確認した所、どうやら幾つかの部族に分かれて暮らしている様だ。」

 

 

 良い報告だった。世界統一の為に亜人種との友好関係は必須項目の一つである、その第一接触の候補も見付かった。

 幾つかある接触すべき対象の内二つが一気に見付かったのは幸運だった。

 

 

エイジ「シュバルツDやEの話は分かるな?」

 

シュバルツH「あぁ、私達分身は離れていても意思の疎通が可能だからな」

 

エイジ「ならばシュバルツFと同じよう様に別命あるまで待機だ」

 

シュバルツH「了解だ」

 

 

 俺は発見した集落を監視する分身二体以外は本体に合流させ、その後シュバルツ自身も帰還させた。

 シュバルツとの連絡を切ったモニターを暫く見た俺は地図を作成すべきと判断した。

 

 

エイジ「今までの情報を纏めると……」

     

 

 俺は自分の端末を操作し空白の地理情報を埋めていく。

 

 

エイジ「ナザリックの西から北東に向かって森林が広がりその中には蜥蜴人の集落がある。更に幾つかの部族に分かれて暮らしている可能性あり。南西には人間の住む集落があるが、少し離れた集落が何者かによって襲撃を受けているの模様なので接触は急いだ方が良い……と」

 

モモンガ「ふむ……。明日アイテムか何かで村の様子を確認、その後村人と接触といった所ですかね」

 

エイジ「そうですね。シュバルツが言って来ないという事は付近に襲撃者の気配が無いものかと思います。何かあれば連絡が来るのと思うので俺達は接触の方法を考えましょう」

 

 

 その後、俺とモモンガさんはとりあえず人間の村から接触しようという事になり、それについて様々な話をした。その内容は互いの偽名や振る舞い、喋り方や服装等多岐に渡るものだった。

 そしていよいよ自分達の身分についての話題となった。

 

 

モモンガ「とりあえずは通りすがりの戦士と魔法詠唱者って事でいいですか?」

 

エイジ「まぁ、そうなるでしょうね。現地人のレベルが俺達より低ければ偉大な存在の【神】として振る舞う方法もありますが……」

 

モモンガ「ひょっとすると一般人ですらレベル二百オーバーの可能性等があり、更に【神】と名乗っても問題無いレベルだとしても、代わりに元からある……現地神とでも言うのでしょうか? それ関係で要らぬ宗教問題に巻き込まれる危険性がありますね」

 

エイジ「その通りです。とりあえずは明日を待ちましょうか」

 

モモンガ「ですね。今はとりあえず解散という事で」

 

 

 そのモモンガさんの一言でとりあえずの解散となった。

 だが、俺はとうとう言い出す事が出来なかった。忠誠の儀の時、スキルを使用していた俺が見た物を。俺に対し戻って来てくれて嬉しいと涙を流すアルベドから出る負のオーラを。

 レベル差が無い中あれだけ見えてしまうとは並大抵の感情では無い、しかも言葉まで見えてしまった。

 

──モモンガ様を哀しませる全ての存在が憎い。

 

 それが見えた瞬間、俺は背筋が冷たくなった。それと同時に何とかしなければとも思った。

 何とかしなければ──という言葉の意味は見えた時と今では大分意味合いが変わっている。

 見えた時、つまりは忠誠の儀を行った時では単純にアルベドが俺に拒絶の心を持っているで済まされた。

 だが今は前提が違う。世界統一という大業を成す為には負の感情を抱くアルベドをそのままにしておくのは危険なのだ、最悪ナザリックが空中分解を起こしかねない。

 

 

エイジ「さて……、どうするかね……」

 

 

 俺は自室で独り言を呟きながらベッドので大の字に寝転がった。

 そして次の瞬間とてつもなく重要な事を思い出し飛び起きた。

 

 

エイジ「思い……出した……! しかもこれ、アルベドの件も何とかなるんじゃないか……!?」

 

 

 俺は何故こんな大事な事を忘れていたんだと自分を責めながら自室の倉庫に向かったのだった。

 




 そろそろカルネ村が見えて来ましたよー。
 二人が何をやらかすのかお楽しみに(о´∀`о)ワクワク


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第十二話【武神の失態】

 皆様、新年如何御過ごしでしょうか?
 新年初日から仕事をしておりますTackで御座います。
 今回の投稿でカルネ村に行く展開となりましたエイジの物語、これから何処へ向かうのか。
 今年も応援宜しくお願いします。

追記
慌てて投稿した為、タイトルがずれておりましたので修正致しました。


モモンガさんとの話し合いを行った次の日、俺は昨日から待機させているシュバルツの分身の下を訪れていた。

 

 

エイジ《──というのが昨日モモンガさんと話し合った今後の動きだ》

 

シュバルツF《分かった》

 

 

 今俺はシュバルツFと共に森の中に居た。発見した中でまだ無事だった二つの集落の内、人間が住む村の直ぐ側にあった森だ。

 既に朝日は登っており、木々の隙間から正に木漏れ日といった光があちこちを照らしている。かつて俺とモモンガさんが暮らしていた世界には無かった自然がそこには存在していた。

 俺達AOGのメンバーに自然を愛した人が居たのだが、彼なら奇声をあげて喜んだ事だろう。

 感知スキルに反応は無かったが、念の為二人とも隠密スキル、更には『伝言』で話をしているので周囲からは姿も見えず声も聞こえない事だろう。

 

 

シュバルツF《所でエイジ、私はまだ待機していた方が良いか?》

 

エイジ《ん? 何かあるのか?》

 

シュバルツF《うむ。実はだな、エイジが来る前この森に統一感の無い武装をした人間が数人入って来ていてな》

 

エイジ《野盗か何かか?》

 

シュバルツF《いや……、只の賊では無いだろう。少し荒いが統率された動き、首から下げたデザインが酷似する銀と銅のプレート、そして極めつけは依頼という単語だ。これらから察するに──》

 

エイジ《──その目的が合法だろうと非合法だろうと、何らかの組織だった動きをしているのは間違い無い……か。んで? そいつらがどうしたんだ?》

 

シュバルツF《うむ。その者達の会話の中に【エ・ランテル】という言葉が出てきてな、どうやらここからそう遠くない都市の名らしいのだが》

 

 

 あぁ、何となくだが分かった気がする。要するにシュバルツFが言いたい事はこうだろう。

 今の所こちらが知る唯一の都市である場所。そこを私が偵察に行った方が良いのではないか? 恐らくそう言いたいのだ。

 彼<分身>の言う事も分かるが俺は迷った。幾らシュバルツといえど、大量の分身を出すのに負担0とはいかないだろう。現に今日もここと南西、──つまりは蜥蜴人の集落がある方向以外の各方角に、行動に幅を持たせる為二人一組で分身を送り出している。合計十四体もの分身が既に行動しているのだ。そんな中新たに分身を派遣して貰うのは流石に気が引けた。

 う~ん、どうしたものか。

 俺は考え込んだ。そこへ、シュバルツFから少し呆れを含んだトーンの言葉が出る。

 

 

シュバルツF《どうせお前の事だから「シュバルツの本体に負担がかかる」等と考えているのだろう? 全くお前と言う奴は……。》

 

エイジ《当たりだよ、兄さん》

 

 

 俺とシュバルツFは「フフッ」と鼻で笑い合いながら話を続けた。どうせ二人きりなのだからこの呼び方でも構うまい。

 

 

エイジ《ならこうしよう。兄さんはそのエ・ランテルという場所を先に行って偵察してきてくれ。俺は蜥蜴人の集落の方を見回ってから一旦ナザリックに戻る。なぁに、襲撃者もこんな日の出ている時間から襲いはしないだろう》

 

シュバルツF《……少し楽観視してはいないか? もしその読みが外れれば、あの平和な村で略奪や虐殺が行われ、村人達の笑い声が悲鳴に変わるのかもしれないのだぞ?》

 

エイジ《そうかもしれんが襲撃といえば夜だろう? それにモモンガさんがアイテムで監視してくれている筈だから大丈夫さ》

 

 

 「そこまで言うなら」と、少し不満気だったがとりあえず納得してくれた。……俺は少し見立てが甘いのかな?

 

 

シュバルツF《まぁ、お前が決めたならそれに従おう。……では私はそろそろ行くとするか。急遽エ・ランテルに来る場合は連絡をくれ、変装をして潜り込んでいるかもしれんからな》

 

エイジ《分かった。多分大丈夫だろうが気をつけてな》

 

シュバルツF《あぁ、それでは》

 

 

 その伝言を最後に目の前の気配が消えた。もしこれがアニメだったらシュバッ!とか言うてSEが入ったんだろうか? シュバルツだけに。

 ……いや、何でもない。

 俺はそんな下らない考えを思考から追いやり、その代わりとして「分身とはいえ何か礼でもするかな……」等と考えながら、蜥蜴人の集落を観察しているもう一人の分身の所へ向かった。

 

──自分が大きなミスを犯した事に気がつかないまま。

 

 

//*//

 

 

 北西に居る分身の所へ向かった後でも同じ様に周囲を警戒しながら会話をし、その後俺はナザリックへと帰還した。

 戻った頃には日が昇りきり、時計は丁度昼を指していた。

 指輪を外して来ているので直ぐにモモンガさんの居る玉座へと向かう事が出来ない。その為、迎えのシモベを呼んで貰える様に伝言を送る。

 

 

エイジ《戻りましたよモモンガさん。迎え寄越して貰っていいですか?》

 

モモンガ《あ、おかえりなさいエイジさん。すぐに迎え送りますね。それと、帰って来て早々申し訳無いんですがそのまま玉座に来て貰えますか?》

 

エイジ《えぇ、いいですよ》

 

 

 予定では今頃、モモンガさんが遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>というアイテムを使って例の村付近を警戒してくれてる筈だった。

 このアイテムは指定した場所を遠方からでも見る事の出来る物だ。

 一見便利そうだが兎に角妨害系に弱く、反撃を受ける恐れも多い為微妙アイテムとされていた。だが、今では離れた場所を偵察する為のアイテムとして期待していた。

 

 

ナーベラル「エイ──、お兄様、お帰りなさいませ」

 

 

 俺を拙い言い方でお兄様と呼ぶこの黒髪のメイド。名をナーベラル・ガンマと言い、ここナザリック地下大墳墓の防衛・管理等を行う、六姉妹の戦闘メイド隊『プレアデス』の三女だ。

 二重の影<ドッペルゲンガー>という様々な姿をとるのが得意な種族なのだが、彼女はそのレベルを全て職業に割り振っている為魔法職として戦闘力は高い一方、その種族特性は使えないも同然だった。

 その外見についても話しておこう。

 頭にはメイドらしくホワイトブリム。髪はポニーテールにしており顔立ちは端正。銀や金、黒といった色の金属で作られたであろう手甲・足甲をはめている。

 しかし、その中で一番目を引くのは真ん丸の卵の様なスカートだろう。

 総合すると、戦闘用に魔改造されたメイド服。うむ、この一言に尽きるな。だってしっくりくるもの。

 本来ナザリック内部では普通のメイド姿なのだが、何故戦闘用の服を着ているか等は後で話そう。

 

 

エイジ「あぁ、ただいま。ナーベラル」

 

ナーベラル「エ、お兄様これを……」

 

 

 ナーベラルが差し出した指輪を受けとり自らの指にはめる。直ぐに転移しようとしたが、このままではナーベラルを置き去りにしてしまう事に気付いた。

 

 

エイジ「モモンガさんからもう一つ指輪を受け取ってないのか?」

 

ナーベラル「受け取ってはおりますが、これは至高の御方が許された者にしか着用を認められない物で御座います。私の様な者が……」

 

エイジ「なら、今だけは着用して構わない」

 

ナーベラル「ですがエイジ様!」

 

エイジ「お兄様……だろ? それにお前が言ったんじゃないか、至高の存在に認められた者が着用出来るって」

 

ナーベラル「確かにそうですが……!」

 

 

 う~ん、頑固だなぁ。コキュートスの時もそうだったがこれは異常だな。

 モモンガさんを待たせてる訳だし、ちょっと強引にいくか。

 

 

エイジ「聞け! ナーベラル・ガンマよ!」

 

ナーベラル「はっ! エイジ様!」

 

 

 ……呼び方が完全に戻ってるがとりあえずはスルーの方向で。

 

 

エイジ「今、我が盟友にしてこのナザリックの支配者であるモモンガが俺を呼んでいる。そして、俺はお前を一人でここに残す事を良しとはしない。ならば結論は一つだろう?」 

 

ナーベラル「……畏まりました。偉大なる御方」

 

エイジ「良し、では行くとしよう。そら、手を出せ」

 

 

 俺はナーベラル手を取り、もう一つの指輪を彼女の白い手にはめた。

 

 

ナーベラル「!?」

 

 

 何かナーベラルが顔真っ赤で驚いてるんだが……。もしかしてセクハラだったかな?

 

 

エイジ「……驚かしてすまんな、嫌だったか?」

 

ナーベラル「い、いえ!」

 

エイジ「そうか、それじゃあ行くとするか」

 

ナーベラル「は、はい」

 

 

 未だ顔を真っ赤にしたナーベラルに疑問を感じながらも、俺は彼女と共に玉座の間へと転移した。

 

 

//*//

 

 

エイジ「何してんですか?」

 

 

 玉座の間へと戻った俺達が最初に見たのは、鏡の前でいないいないばぁをした後喜び、横に控えていたセバスに賛辞を送られている魔王……。もといモモンガさんの姿だった。

 

 

モモンガ「あぁ、お帰りなさい。ナーベラルも御苦労だったな」

 

ナーベラル「御気遣いの御言葉感謝致します。」

 

 

 いつもと同じ魔王ボイスではあるが、かつての様な気の張った感じでは無い。

 食事会の一件でシモベ達は皆理解を示し、もしモモンガさんの口調が崩れたとしてもそれを気にしなくったからだ。

 今の彼が出す声は威圧感を感じる事の無い物となっていた。

 

 

モモンガ「今やっと遠隔視の鏡の使い方が分かりましてね。それでセバスも喜んでくれてたんですよ。さっき『伝言』で玉座に来て欲しいって言ったのもこれ絡みだったんです」

 

セバス「モモンガ様はもうかれこれ数時間に渡りこのアイテムの使用法を模索されておりましたので」

 

 

 ほうほうずっとやってたんですか。……ん? ちょっと待てよ?

 

 

エイジ「聞き間違いだと思いたいんですが、今何て?」

 

モモンガ「え? ですから、数時間かけて【今やっと】鏡の使用法が分かった。と言ったんですけど」

 

 

 背筋に冷たいものが流れた。

 今やっと使用法が分かったと言う事はつまり、【俺が分身と別れた後、誰もあの村を監視していない】という事になる。

 

 

エイジ「急いであの村を映して下さい! 早く!」

 

 

 俺が急に大声を出した事でモモンガさんはある程度察してくれたのか、一瞬考えた後急いで鏡の中に映る風景を切替えていく。

 

 

モモンガ「見付けた!」

 

エイジ「見せて下さい!」

 

 

 俺が急いでモモンガさんの側に行き、鏡を横から覗き込むと、村では人々が走り回っていた。

 

 

モモンガ「……何だ? 祭りか何かか?」

 

 

 注意深く観察するモモンガさんの言葉に、俺と同じく横から覗き込んできたセバスが眉を潜めながら答える。心無しか、その声には若干の怒気が含まれていた。

 

 

セバス「いえ、恐らく違うでしょう……。これは……」

 

エイジ「虐殺だ!」

 

 

 村で行われていたのは虐殺だった。自身の職業柄、暴力関係には抵抗があった。それでも目を覆いたく【なったであろう】一方的な暴力。

 馬に乗った騎士達が村の中を駆け巡り、村人に容赦無く襲いかかる。

 襲われた村人は逃げ惑い、家族を守り、助けを懇願し、そして殺される。全てが一切の慈悲無く。

 表情が変化しない筈のモモンガさんの顔が、「しまった!」という風に変わった様に見えた。

 

 

モモンガ「セバス! 私とエイジさんは先に行ってこの村を救助する! アルベドに直ぐ完全装備で来る様伝えろ!」

 

セバス「はっ!」

 

モモンガ「但し、世界級アイテムの所持は許可しない! そして私達が行った後、ナザリックの警戒レベルを最大にするのも忘れるな!」

 

セバス「了解致しましたモモンガ様!」

 

エイジ「これからここに『転移門』<ゲート>で門を開き、後から来るアルベドの為に開いたままにしておく! ナーベラル、お前はここを守れ!」

 

ナーベラル「はっ! この命に代えましても!」

 

エイジ「それとこの話を各階層守護者に伝達しろ! そしてシュバルツに、隠密スキル特化のシモベと共に来る様伝えるんだ!」

 

ナーベラル「畏まりました!」

 

 

 まだ幾つか言うべき事があったのだが、鏡に映る映像を見てその内容はぶっ飛んだ。

 姉妹だろうか? 十代位の見た目の少女が自分より更に幼い少女を連れて逃げていた。そして、それを追う甲冑を着た騎士。

 マズい! 時間が無い!

 

 

エイジ「先に行きます!」

 

モモンガ「え!? ちょっとエイジさん! 服! 服そのまま!」

 

エイジ「あっ!? ……えぇい! もうこれで!」

 

 

 俺は自分の右上腕に装着してある五色の宝石がはめられた腕輪、『天に輝く五つ星』というアイテムに目を向けた。そして、その中の一つを指で軽く押しながら叫ぶ。

 

 

エイジ「武装セットNo,2! 『武神竜』!!」

 

 

 俺の装備が変化し、竜の鱗を模した濃い緑の鎧になる。兜である竜の頭部が口を開けその中に俺の顔が入る。そしてそのまま俺の顔に黒いオーラが纏わりつき固まった。

 一見すると前が見えないのではないか? と思うだろうが心配は無い、視界は意外にも広いのだ。何処に目があるか分からないが。

 そして、金の縁取りが成された肩当やいつもの赤いマント、更に手甲や足甲等も装着され、現実世界における古代中国の武将らが好みそうな見た目になった。

 この一連の流れを説明すると、先程触れた宝石には、一瞬で装備を変更出来る様に「速攻着替え」と言う名のユグドラシル産アイテムが埋め込まれているのだ。

 その着替えのリストの先頭にあったこの装備を咄嗟に装備したのだった。因みにこの装備は少しばかり思い出があるのだが……、今は関係が無い。

 

 

エイジ「良し! とりあえずこれならっ!」

 

 

 事前の話し合いでは、俺達二人は通りすがりの戦士と魔法詠唱者で通す事になっていた。その為、お互いにそれらしく見える装備を用意していた。自分の【ドレスルーム】に。

 くそ! やってしまった! 完全に失敗だ!

 そしてその失敗は間違い無く俺のせいだ、断じてモモンガさんのせいでは無い。何故なら、俺がモモンガさんにしっかりと連絡をとっていれば防げた事態だからだ。

 とにかく今は圧倒的に時間が足りない。正直命令を下す時間も惜しい位だ。

 

 

エイジ「『転移門』!」

 

 

 俺が最も信頼する転移魔法を口にすると、黒くドロドロとした光の穴といった門が開く。

 その移動距離は無限。更に転移失敗率0パーセントを誇る魔法だ。

 

 

エイジ「モモンガさんも早く!」

 

 

 俺はそう言って『転移門』の中へ飛び込み、虐殺の行われている村へと転移した。

 

 




 ナーベラルとのフラグ? Tackは耳が遠いので聞こえませんwww
 次回は二人の少女の運命が変わる時です。お楽しみに。

追記:本編含めてナゾニポンゴ


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第十三話【神となった日①】

 やったー! カルネ村だー! ひゃっほーぅ!
 ……えー、また書く事がありません。
 言い訳になると思いますが、Tackはあまり面白い事を言える人間ではありません。(*´ω`*)
 今回の話は時間軸を合わせる為要所において微調整がなされている話です。大体はアニメをイメージして書いたので、その辺りを想像しながら読むと「グッ」と来るかもしれません。
 事実、書き終わった後流し読みした私はエイジの登場でジーンと来てしまいました。(自画自賛?)


村から続く道を二人の少女が必死に走っていた。まるで何かに追われる様に。

 この二人の少女は姉妹であり、名を姉はエンリ、妹はネムと言う。

 何故この姉妹がこの様な状況になっているのか。それを説明する為には少し時間を巻き戻す必要がある。

 

 

//*//

 

 

 早朝。太陽が顔を出す頃にエンリ・エモット(少女)の朝は始まる。

 朝の日課として家の大甕(おおがめ)を一杯にする為の水汲みを始める。近くの井戸へ回数にして三往復。

 それをこなす頃には母親が朝食を作り終えており、それを家族四人で食べる。

 その後は父親や妹と共に作業をする為畑に向かう。そこで彼女は父の手伝い、妹のネムは簡単な薪拾い等を行う。

 ある程度作業が進んだ頃、村の広場の外れにある鐘が鳴る。それを合図に昼食を取り、また畑仕事に戻る。

 空が朱に染まり出す頃、畑から戻り夕食となる。

 夕食後は談話をしながら厨房の明かりで裁縫等を行い。そして一八時頃には就寝。

 

 これがエンリ・エモットの十六年続けた一日の流れであり、これから先もずっと続くものだと彼女自身は思っていた。

 変化としては、たまに外からの人間が訪れる事がある。

 それが国の役人なら税の徴収を行うし、冒険者達なら仮拠点として空き家を借りに来る等の事はあった。だが変化と言ってもその程度だ。

 しかしこの日は違った。

 

 以前からよく薬草採取の依頼をこなす為、村の直ぐ側に存在する【トプの大森林】に頻繁に出入りしていた冒険者チームが居た。

 彼等が今度別の国行くのでお別れになると言い、少し前に食糧を分けてくれた礼をしたいと言ってきたのだ。

 そこで薬草を少し大目に採取し、その分を譲ってくれるとの事だった。

 薬草は大変重宝するが、森の中は一般人にとって危険なので行くのは躊躇われていた。その為この申し出は非常に有り難いものだった。

 エンリは喜んでネムと共に指定された時間・場所に向かった。

 集合した場所では既に採取を終えた冒険者達が、エンリ達に渡す分の薬草を持って待っていた。

 

 

エンリ「お待たせしてしまってすいません」

 

ネム「すいましぇん」

 

 

 頭を下げ遅れた事に非礼を詫びるエンリと、姉の真似をする妹のネム。

 冒険者達はその様子を見て朗らかな笑顔で「俺達も今来たばかりだから大丈夫」と言った。

 

 

エンリ「あ、これ母からです。お口に合うか分からないけどお腹の足しにどうぞって」

 

 

 そう言ってエンリは手に下げたバスケットから幾つか黒パンを取り出し、それを「いいよ、悪いよ」と遠慮する冒険者達に一つずつ渡していく。

 

 

冒険者A「済まないな、最後まで世話になって。しかもここ村から少し離れてたから大変だっただろう?」

 

エンリ「お気になさらないで下さい。寧ろ薬草を分けて頂けるというのにこれ位しか用意出来ないのは──」

 

 

 エンリが申し訳ないという気持ちが顔に出てしまっている状態で話していると。

 

 

冒険者B「──美味いっ! いやぁ、流石君のお母さんが焼いたパンは美味いなぁ」

 

エンリ「えっ?」

 

 

 エンリの表情が少し曇った事を心配した者が、いきなりパン受け取ったパンを食べ出し自ら笑いを取る事でそれを少しでも取り除こうと努力する。

 

 

冒険者C「ちょっ! お前今食ってどーすんだよ!」

 

冒険者D「そうだぞ、昼飯は馬車の中でって話しただろ!?」

 

 

 演技が不自然なのをエンリが見抜き、それを彼等の優しさと理解し笑う。

 パンを食べ出した冒険者もわざとらし過ぎたかと笑う。

 それにつられネムや他の冒険者達も笑う。

 

 

エンリ「そう言えば、今日はいつもより人数が多いんですね」

 

冒険者A「ん? あぁ、実はコイツらのリーダーが怪我で引退する事になってね。それでそのリーダーと腐れ縁だった俺のチームと合流する事になったんだよ」

 

エンリ「あっ……」

 

 

 エンリは余計な事を聞いてしまったと思った。それを察したのか、冒険者はフォローをする。

 

 

冒険者A「気にする事は無い。職業柄そういった機会は山程あるんだ。それにそいつは、普段の生活に支障は無いと言っていたから大丈夫さ」

 

 

 冒険者の優しい言葉に少しだけ救われた気持ちになるエンリだった。

 

 

冒険者E「リーダー、そろそろ行かないとマズいんじゃないかしら?」

 

 

 冒険者チームの紅一点の言葉にリーダーはハッとなる。

 

 

エンリ「何か御予定が?」

 

冒険者A「実はもう少し行った先に馬車を待たせてあるんだ。知り合いの商人がバハルス帝国からエ・ランテルに向かうついでに乗せてってくれるらしくてさ」

 

エンリ「大変! 私達の事はいいですから行って下さい」

 

 

 薬草を譲って貰った上、彼等の貴重な時間を使う訳にはいかないとエンリは焦った。

 

 

冒険者F「では、リーダー。御言葉に甘えさせて頂きましょう」

 

冒険者G「そうしましょう。彼女達も村の仕事があるでしょうし」

 

 

 いつもの冒険者チームは銀のプレートを着用していたがこの二人は銅。彼等が新しく加入したメンバーだろうとエンリは思った。

 

 

冒険者A「そうだな、行くか。……おっと、二人とも元気でな。縁があればまた何処かで会おう」

 

 

 他のメンバーも皆別れの挨拶を言っていく。そして最後に、新しく加入したメンバーである魔法詠唱者から、後に彼女の心に生涯残る一言が発せられる。

 

 

冒険者G「お嬢さん。私は信仰系の魔法詠唱者をしております故、この言葉を贈らせて頂きます。【貴女と、貴女の大切な方々に神の祝福あらんことを】」

 

エンリ「有難う御座います。皆様も道中お気をつけ下さい」

 

 

 そうして、彼等は商人との合流箇所を目指して去っていった。それをエンリとネムは木々に遮られて見えなくなるまで手を振って見送った。

 

 

エンリ「ネム、そろそろ行こうか。お父さんとお母さんが心配すると行けないからね。お昼御飯も冷めちゃうだろうし」

 

ネム「うん! 分かったお姉ちゃん!」

 

 

 そう言って仲良く手を繋ぎながら村へ向かう二人。ここから村へは一時間もしない距離ではあったが、森が緩くカーブを描いている場所なので村は中々見えてこない。

 と、そこへ。

 

 

エンリ「? 何か騒がしくない?」

 

ネム「ほんとだ、何だろうねお姉ちゃん。お祭り?」

 

エンリ「今日は祭りなんか無かったハズだけど……」

 

 

 村に近付くにつれ、エンリの心に起こったざわめきは

大きくなり、そして現実となった。

 

 

エンリ「何よ……、これ……」

 

 

 村は遠巻きに見ても分かる程凄惨な虐殺現場となっていた。先程から聞こえていたもの、それは村人達の悲鳴だった。

 

 

?「エ、エンリ……。はや……く……。逃げ……るんだ……」

 

 

 微かに聞こえる声。それが聞こえた方を見ると、そこには地に伏す血塗れになった見知りの顔。

 それを駆け寄って抱き起こしたエンリは事の起こりを聞く為話しかける。

 

 

エンリ「おじさん!? ……酷い。何があったの!」

 

 

 しかし、エンリ達に逃げる様伝える為最後の力を振り絞ったのか、彼は事切れていた。

 

 

エンリ「……ネム。それを持って一人で並木道の方へ向かって。それでそのまま道をずっと真っ直ぐ行くの。そうすればさっきの冒険者さん達に会えるかもしれない」

 

ネム「お、お姉ちゃんはどうするの? お父さんは? お母さんは?」

 

エンリ「大丈夫。お父さんとお母さんを連れてネムの所へ行くから心配しないで。」

 

ネム「で、でも……」

 

 

 不安で心を支配されたネムに、エンリは優しい笑顔で語りかけた。

 

 

エンリ「安心して。お父さんとお母さんもきっと無事だから、ね?」

 

ネム「う、うん。分かった……」

 

 

 こくりと頷いたネムはエンリが持っていた薬草の入ったバスケットを代わりに持ち、そのまま走っていった。途中何度かエンリの方へ振り向きその度エンリは笑顔で手を振る。そして姿が見えなくなった頃決意の表情を作った。

 

 

エンリ「……ごめんね、ネム。お姉ちゃん嘘つきだ」

 

 

 もう二度と会えないだろう。その事を改めて意識したエンリの頬を涙が伝う。

 

 

エンリ(行かなきゃ! 待っててね、お父さん! お母さん!)

 

 

 エンリは未だ虐殺の続く村へと向かった。

 

 

//*//

 

 

 死体。死体。また死体。

 村に入ってから見るのは死体ばかり。そこまで広くない村なのでその全てが顔見知りだった。

 その死体だらけの村を進みながら、エンリはようやく目的地である自宅を見付け、それに近寄ろうとした時。激しい音と共にドアが破られた。

 

 

エンリ「お父さんっ!?」

 

エンリの父「はっ! 逃げろエンリぃっ!! 逃げるんだぁっ!!!」

 

エンリの母「お願いっ! 逃げてエンリっ!!」

 

 

 虐殺の犯人であろう甲冑の騎士と揉み合いながら飛び出してきた父は叫んだ。母もその身を挺して我が子を守ろうとする。

 

 

エンリ「お父さんっ! お母さんっ!」

 

エンリの父「冒険者達の所へ逃げろぉっ! エンリぃっ!!」

 

 

 必死の形相で騎士に抗いながら叫ぶ父の姿にエンリは背を向け走った。

 背後から両親の断末魔の叫びと「冒険者だと!? 面倒だ! あの娘を直ぐに殺せ!」という怒号が聞こえてくる。

 

 

エンリ(ネムを連れて急がなきゃ!)

 

 

 先程ネムを送り出した道を冒険者達が通るであろう方向に進んでいると、エンリの目に信じられない光景が映る。

 

 

ネム「お、お姉ちゃん……」

 

エンリ「ネムっ!?」

 

 

 何と村から大して離れていない場所でネムが座り込んでいたのだ。

 

 

エンリ「何でこんな所に居るのっ!?」

 

ネム「だ、って。ひっく。転んで薬草こ、溢しちゃって」

 

 

 ネムはエンリと別れて並木道に入って直ぐに転び。その拍子に持っていた薬草を溢してしまっていた。

 

 

エンリ「そんなのいいから立って! 早く逃げるよ!」

 

 

 エンリは泣きじゃくるネムの左手を引っ張りあげそのまま走る。

 背後から追手の騎士達の声が聞こえる。

 

 

エンリ(だめだ! 逃げ切れない!)

 

 

 自分が囮になってネムだけでも逃がそうと思ったその時。

 

 

ネム「あっ!」

 

エンリ「ネムっ!」

 

 

 まだ幼い少女にはその速度で逃げ続けるのは無理だったのか、勢い余って転んでしまう。

 ネムを起こし再び逃げようとするが、彼女に影が覆い被さる。

 

 

騎士A「やっと追い付いたぞ! この糞ガキ!」

 

 

 とうとう騎士達に追い付かれてしまった。

 そして剣を高く掲げネム目掛けて降り下ろす。

 

 

ザシュッ!

 

エンリ「きゃあぁぁぁっ!」

 

ネム「お姉ちゃん!」

 

 

 その剣はネムを庇ったエンリの背中を赤に染める。

 エンリの背中からドクドクと血が流れ、このままでは失血死しかねない。

 

 

騎士B「諦めろガキ共、どうせ誰も助かりゃしねぇさ。こちとらさっさと終わらせて酒でも飲みたいんだよ」

 

エンリ「ふざけないで!!」

 

 

 エンリは騎士に食って掛かる。こんなふざけた奴等に村の皆は殺されたのか! エンリの心はその気持ちで一杯になった。

 自分に力があれば。皆を守れるだけの何かがあれば。その想いが恐怖に襲われている彼女の心に火を着けたのだ。

 だが、もう遅い。何もかもが遅い。

 既に追い詰められ、背中には大怪我を負っている。

 足も痙攣を起こしかけ、手は震えている。

 

 

騎士A「もう殺っちまうぜ」

 

 

 エンリの背中を切りつけた騎士が再び剣を振りかざす。その刀身は日の光を浴びてギラつき、エンリの血が付着した箇所はもっと血を浴びせろと言っているかの様に思えた。

 終わりだ。その気持ちが彼女に最後の激しい想いを叫ばせた。

 

 

エンリ「助けて──」

 

騎士A「おりゃあぁっ!」

 

エンリ「助けてよ! 神様ーっ!!!」

 

 

 その時。一陣の風が吹いた。

 

 

?「任せろ」

 

パキィィィンッ!!

 

エンリ「え?」

 

 

 瞬間。世界は時間を緩やかにした。

 その言葉を聞いてから後ろを振り向くと風にたなびく赤いマントが視界を覆う。そして次に目に入ったのは見た事の無い緑の鎧。まるで童話に出てくる竜の様な鱗の鎧。

 

 

──貴女と、貴女の大切な方々に神の祝福あらん事を。

 

 

 彼女は自身の願いが届いたと思った。

 

 

エイジ「貴様ら……。覚悟は……出来ているんだろうなっ!!!」

 

 

 その日、エンリ・エモット(少女)は神と出会った。

 

 

 

 

 

 

 




 さすガン!! ……やっぱ流行らないか(´;ω;`)


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第十四話【神となった日②】

 特に無し──。
 ではなくて! いつの間にかお気に入りが増えていました! 後、評価も付けられてました! 有難う御座います!
 これを励みにジャンジャン書いて行きます!
 どんどんドーナツどーんと行こうー!(まさかの地元www)


 俺は『転移門(ゲート)』を使ってナザリックからあの少女達の下に転移した。

 ドロドロとした闇を潜った先に見えたのは、今にもその手に持った剣を少女達に降り下ろそうとする騎士の姿だった。

 そして俺の耳に届いた救いを求める声。

 頼む! 間に合ってくれ!

 

 

少女「助けてよ! 神様ーっ!!!」

 

エイジ「任せろ」

 

 

 少女の叫びに思わず返事をした。余計な事は言わない方がいいのは分かっていた筈のに。

 だが、俺は彼女の叫びに答えなくてはいけない気がしたのだ。

 

 

エイジ「せいやぁっ!」

 

パキィィィンッ!!

 

 

 手刀で騎士の剣を叩き割る。この瞬間二つの言葉が頭をよぎった。

 一つ目は「間に合った!」であり、二つ目は「これならやれる!」であった。

 

 

騎士A「うおぉぉっ!?」

 

 

 騎士は突然現れた俺と剣を砕かれた事に驚き体勢を崩した。

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で見た時はかなり絶望的な状況下ではあったが何とか間に合った様だ。

 俺は紙一重で少女達を助けられた事と、自分の力が通用すると直感出来た事により心に少しばかり余裕が出来た。

 そして自分の読みの甘さが招いた結果だとは自覚しつつも、そもそもコイツら(騎士達)が来なければこんな事態にはならなかった筈だ。

 そう自分に言い聞かせ、込み上げる怒りを目の前の騎士達に言葉としてぶつけた。

 

 

エイジ「貴様ら……、覚悟は……出来ているんだろうなっ!!!」

 

 

 俺は少女達を庇う為前へ出る。それに合わせ騎士は後ずさる。

 

 

エンリ「神……様……?」

 

 

 俺は少女の呟いた言葉を肯定はしなかった。

 今会話をすれば何を言うか分かったもんじゃないからだ。

 本当は少女達を少しでも安心させる為に何かしら言うべきなのだが、如何せん気の聞いた言葉が出てこない。

 きっとモモンガさんなら良い言葉が出るのだろう。

 少女の言葉の後に少しだけ間が空き、その間に騎士達が俺に対し警戒感を強め様々な思考を巡らせる。どうやらこの世界の存在にも俺のスキルは有効な様だ。

 しかし、清々しいまでに自分の身の安全しか考えていないな、反吐が出る!

 心の中で怒りを燃え上がらせていると、その後ろから気配を感じた。転移門(ゲート)を通ってモモンガさんが来たのだ。

 

 

モモンガ「待たせたな、準備に思いの外手間取ってしまった」

 

エイジ「いや、何も問題は無い」

 

 

 その言葉は本心だった。寧ろ申し訳無いのは此方だ。

 俺自身もまだ幾つか言うべき事があった筈なのに、少女達の安全を優先した結果モモンガさんに押し付ける形になってしまった。

 礼を言いたい事はあれど不満をぶつける気は更々無い。

 

 

モモンガ「さて……、コイツらだな?」

 

エイジ「あぁ。だが、どちらか片方は貰うぞ?」

 

モモンガ「分かった、好きにするといい」

 

エイジ「そうか、それと──」

 

 

 俺は何かを言いかけたのだが、モモンガさんの方を見てそれは頭からすっぽ抜けた。

 何故なら、モモンガさんは当初の予定と違いいつも通りの格好(そのままの姿)だったからだ。

 

 

エイジ「ちょ……。」《モモンガさん! 俺に格好の事言った癖に自分はそのままじゃないですか! せめて顔位は(・・・)隠して下さいよ!》

 

モモンガ「あ……」

 

 

 モモンガさんの口がカパッと開く。……マジで慌ててたのか。

 

 

モモンガ「んん! ……さて、貴様達には私達の力を味わって貰うとするか」

 

 

 ……誤魔化したな? まぁ、俺も最初の予定と違う格好だから言えた義理では無いが。

 モモンガさんは咳払いの後、仕切り直しと言わんばかりの低音イケボで魔法を唱える。

 

 

モモンガ「では……、『心臓掌握(グラスプ・ハート)』!!」

 

 

 その言葉と共に彼の手の中に半透明の心臓が現れそれを握り潰す。

 第一から第十位階まであるユグドラシルの呪文は数字が大きい程強力な物となる。それの第九位階にあるモモンガさんが得意としている死霊系即死魔法だ。

 もし何らかしらの方法により抵抗(レジスト)されたとしても、朦朧という状態異常を引き起こせる為その後の戦術は立て易い。逃げるも良し、追撃をするのも良しといった風に。

 初手でこの呪文を使うのは読んでいたが、流石はモモンガさんと言わざるを得ない。

 

 

騎士A「ぐぎっ……! がっ……!」

 

 

 現実なら心臓発作等を起こした人間が発するのはこういう声なのだろうか? そんな苦しみの声を出し、騎士は息絶えた。

 

 

モモンガ《これは、やはり……》

 

エイジ《どうしました?》

 

 

 エフェクトの血にまみれた自分の手を少し見て、モモンガさんはぽつりと呟いた。

 何が「やはり」なのか見当がつかなかったので素直に聞いてみた。

 

 

モモンガ《先程エイジさんが飛び出して行った後、少しだけ村の様子を見たんです。ヤバそうな奴が居ないかね。》

 

エイジ《成程、賢明な判断だと思います。それで?》

 

モモンガ《殺されていく村人を見ても何も感じなかったんですよ。哀れとも、助けたいとも思いませんでした。……それこそ道端の虫同士が争っているのを見ている様で》

 

エイジ《それって……》

 

 

 モモンガさんが言いたかった事。それは以前話をした俺達の精神面についての事だった。

 

 

モモンガ《恐らく精神が今の身体……。つまりはアンデッドのものになっている、もしくは近づいてる可能性があります。エイジさんは何か感じましたか?》

 

エイジ《俺ですか?》

 

 

 言われてハッとした。先程村の虐殺映像を見た時、頭の片隅に過ぎ去った考え。

 

 

──目を覆いたくなっただろう(・・・・・・)

 

 

 それを信じたくなかった。もしそれを認めてしまえば、自分の中にある何か大事なものを壊してしまう気がして。

 しかし、モモンガさんにハッキリと否定出来ない理由もあった。ゲスとはいえ目の前で人が一人死んだのにも関わらず、俺はこう思ったのだ「ざまぁみろ(・・・・・)」と。

 

 

エイジ《そんな……。でも俺は今、ここの村人を助けたいと心から思っていますよ!?》

 

モモンガ《落ち着いて下さい。ひょっとしたら個体差の様なものがあるかもしれません。例えば種族の設定とかね。……どの道、検証は難しい上今はこの場を何とかする方が優先かと思います》

 

エイジ《……分かりました》

 

 

 ここで一度話を終わらせた。

 長話をしてしまったかとも思ったが、いつの間にか自然と思考加速を発動させていた。伝言(メッセージ)を多用する様になった為だろうか?

 モモンガさんには黙っていたが、此方に来てからやたらとスキルが勝手に発動している様な……。まぁ、助かったから良しとする。

 

 

騎士B「ひっ……!」

 

 

 伝言(メッセージ)を終え、騎士の方を改めて見ると、もう一人の騎士は今にも腰を抜かしそうな所だった。

 心は完全に恐怖で支配されて、戦意を失っている。

 

 

モモンガ「女子供は追い回せるのに、毛色の変わった相手は無理か?」

 

 

 モモンガさんが一歩前へ踏み出し威圧する。

 身体が二回りも大きく、見た目がアンデッドと言う事もあるらしく、騎士は直ぐ様逃走を選んだ。

 ん? ちょっと待てよ? アンデッド? いや、それよりも。

 

 

エイジ「ふんっ!」

 

 

 俺は逃げた騎士の足目掛け気合を飛ばす。

 

 

ぐしゃっ!

 

騎士B「ぐぎゃっ!」

 

 

 騎士の両足が吹き飛び不様に転がる。この技は気力を消費して打つ物で、俺は気弾(エア)と呼んでいる。

 無色の塊を高速で飛ばしていると言えばいいのだろうか? 応用が効き、相手の攻撃を一瞬だけ弾くバリアの様にも使える。

 それと何故呼んでいる(・・・・・)、という言い方なのかと言うと……。ぶっちゃけ元の名前を忘れたからだ。

 この様に俺の技やスキルは自分で考えた名前の物が多い。

 例えば『地球がリングだ!!』も元は、『竜王の処刑場』という名前だったりする。

 

 

騎士B「足がっ! 足がぁぁっ!!」

 

 

 俺は両足を失い転げ回る騎士の側に行きこう言った。

 

 

エイジ「愚かな者よ、愚劣さの対価を支払え」

 

騎士B「たっ、助けてっ!! 何でもっ! 何でもしますからぁっ!!!」

 

エイジ「何でもか?」

 

 

 俺がそれなら助けてやろうという雰囲気を出した途端、このクズは脳内が花畑になりやがった。

 

 

騎士B「勿論ですぅっ!!」

 

エイジ「だが断る」

 

騎士B「はぇっ!?」

 

 

 俺は指を鳴らし騎士と共に異空間へと飛ぶ。そこで自分の持つ能力を確かめる為の実験を行った。

 この世の地獄を味合わせながらの治癒・蘇生実験。最後はデミウルゴスに実験台として渡した。

 実はモモンガさんにも内緒にしているのだが、地球がリングだ!!の空間内は金髪ロリ吸血鬼の別荘よろしく時間の流れを変更出来る。それを使いたっぷりといたぶってやったのだ。

 上げて落とす。基本だろ?

 スキルを解除して戻ってくると、そこには怯える少女達に迫る魔王の姿があった。

 お巡りさんこの骸骨です。

 

 

モモンガ「おお、戻ったか」

 

エイジ「あぁ、急に居なくなってすまなかったな……。って、何をやってるんだ?」

 

モモンガ「実は怪我をしている様だったから治療しようとしたんだが……、この有り様でな」

 

 

 下位のポーションを手に持ったモモンガさんの前で二人の少女は怯えに怯えていた。

 心の中は『アンデッド』『死神』『人間の生き血』等様々な単語が溢れている。

 あっ! 俺は先程の騎士の反応を思い出し頭の中でポンと手を打つ。

 俺達にとってはゲームから引き続きという事もあり当たり前の事だったが、ここが現実だとするとモモンガさんの見た目はかなり怖いんじゃないか? その考えに行き着いたのだった。

 そして「安心しろ、俺達は味方だ」と言おうとした時。

 

 

アルベド「至高の御方の施しを蔑ろにするとは! この下等生物風情がぁっ!」

 

 

 突然の怒鳴り声。何事かと思えば、モモンガさんの影に隠れて分からなかったのだが。いつの間にか悪魔的風貌の黒い鎧で完全武装になったアルベドが来ており、その手に持った巨大な斧頭を持つ武器(バルディッシュ)を少女達に向かって降り下ろしたのだ。

 やべぇっ!!

 

 

ガキィィィンッ!

 

 

 俺は素早く両者の間に割って入り寸での所でその刃を掴んで止めた。

 

 

エイジ「アルベド……、誰がこの者達を殺せと言った?」

 

 

 俺は少し怒気を込めた声で言い放つ。見るとアルベドの身を纏うオーラが激しい怒りを表していた。そして俺と視線が合うと、その怒りのオーラの矛先は俺に向かった。

 間違いない。これはやはり……。

 

 

アルベド「……大変失礼致しました。この無礼、命を以て償いを致します」

 

モモンガ「良い、アルベド。今後この様な事が無ければな」

 

アルベド「はっ! 有り難き幸せ!」

 

 

 一応場が落ち着き、俺は改めて少女達を見た。そして今にも失禁しかねない彼女達の前に片膝を着き、目線を合わせた状態で言った。

 何処に目があるのかイマイチ分からないが。

 

 

エイジ「安心しろ、俺達は味方だ。今渡そうとしているのも傷を癒す為の治癒薬。つまりはポーションだ、分かるか?」

 

姉らしき少女「えっ? は、はい!」

 

エイジ「なら直ぐに飲むと良い。見た所、あまり深い傷では無い様だが痛む筈だ」

 

姉らしき少女「わ、分かりました!」

 

 

 俺がモモンガさんからポーションを受け取りそれを少女に渡す。彼女はそれを一気に飲み干した。

 

 

姉らしき少女「嘘……」

 

 

 すると直ぐに効果は現れ、傷ほ完全に塞がった。

 余談だが、あくまで肉体的ダメージを回復させる物で服までは治らない。あくまで余談だが。

 

 

エイジ「もう大丈夫だな」

 

姉らしき少女「は、はい! ありがとうございます!」

 

モモンガ「なら幾つか聞きたい事があるのだが……、あー少女よ」

 

姉らしき少女「あっ。わ、私の名前はエンリ。エンリ・エモットと言います! こっちは妹のネムです! ほら! ネムもこの方々にお礼を言って!」

 

 

 (エンリ)に頭を下げる様に言われた(ネム)はその言葉が聞こえていないのか此方をじっと見つめている。心の中……、心象風景とでも言うのだったか。とにかくそれが激変し、それと共にある言葉がこの少女(ネム)の心を埋めていた。

 

 

──神様。

 

エイジ「……!」

 

 

 俺はその言葉を見て絶句した。

 エンリの心を覗いて分かった事だが、既に両親は死んでいる様だ。そしてどうやらネムはそれを知らないらしい。

 まだ生きている。誰かが助けてくれる。そう思っていた様だ。

 その少女の想いに少しでも応えてあげたい、そんな事を思い始めてしまった。

 

 

モモンガ「構わんよ。で、聞いておきたいのだが」

 

エンリ「は、はい!」

 

モモンガ「お前達は魔法という物を知っているか?」

 

エンリ「え、えぇ。村の時々来られる薬師の……、私の友人が魔法を使えます」

 

モモンガ「そうか、話が早くて助かる。私達は――」

 

 

 モモンガさんが予定通り「旅の魔法詠唱者と戦士だ」と言おうとしたのだろう。だが、それは今迄黙っていた少女の一言で遮られた。

 

 

ネム「神様だっ!!」

 

モモンガ&エンリ「えっ?」

 

ネム「だってお姉ちゃん! 冒険者さんが言ってたよ! 神様の祝福があるって!」

 

 

 ネムの心を見た。その冒険者とやらが確かに神の祝福について二人に対し語っていた。

 ネムの輝く瞳と純粋な心を見た俺に迷いは無くなり、次の瞬間、引き返せない一言を言った。

 

 

エイジ「そうだ」

 

モモンガ&エンリ「えっ?」

 

ネム「やっぱり!」

 

モモンガ《ちょっ! エイジさんっ!?》

 

エイジ《ごめんなさい、モモンガさん。付き合って貰えませんか》

 

モモンガ《……何か考えがあるんですね?》

 

エイジ《……》

 

モモンガ《……分かりました。理由は後で聞かせて下さいね?》

 

 

 モモンガさんは俺の沈黙を肯定と受け取った様だ。さて、後で何て言い訳するか。

 間違っても本当の事を言える訳が無い、この娘の想いを裏切りたくなかったなんて。

 怒ったりはしないと思ったが、何となく言わない方が良いと思った。

 

 

モモンガ「……そうだ、私達はお前達が神と呼ぶ存在だ。とある理由でこの世界に来ているのだが、あの村で人々が襲われているのを見てな。か弱き者達を救済すべくここに来たと言う訳だ」

 

エンリ「そ、そうだったんですか」

 

 

 モモンガさんが即座に神様RPを始める。流石俺が来るまで支配者として貫禄を出していただけあり、その演技力は素晴らしいの一言だった。

 

 

エイジ「では他の者達も救いに行くとしよう」

 

モモンガ「そうだな、だがその前に盾役を増やしておこう。」

 

アルベド「私もおりますし、これ以上はかえって邪魔なのでは?」

 

モモンガ「アルベドよ、何事も用心に越した事は無いのだ」

 

 

 アルベドがモモンガさんの言葉に渋々納得する。

 モモンガさん……、頼むからもう少しアルベドに優しく言ってやって? じゃないと俺に怒りが向かうから。

 そんな事とは思ってもいないだろうモモンガさんは、自身のアンデッド作成スキルを発動させる。

 

 

モモンガ「げっ!?」

 

 

 この世界特有のものなのか、空中に現れた黒いドロドロの塊が兵士の死体に取り憑き形を変えていく。

 元々の召喚(ユグドラシル)と大分変わり、しかも若干グロかった。

 それに驚いたモモンガさんが少し引きながら思わず声をあげてしまう。

 

 

アルベド「げ?」

 

モモンガ「げ、げ、ゲスには相応しい末路だな!」

 

エイジ「ま、全くだ! こんなか弱い少女達を笑いながら殺そうとした輩にはな! アルベドもそう思うだろう!?」

 

 

 や、やっぱりちょっと苦しいかな?

 だが、アルベドは取り合えず納得してくれたみたいだ。良かった。

 それと、一応補足の説明を入れよう。

 スキルによって生まれたアンデッドである『死の騎士(デスナイト)』は、モモンガさんよりも大柄で二メートルを軽く越える巨大なアンデッドの騎士だ。

 左手には大きな巨大な盾(タワーシールド)、右手にはフランベルジェ、ボロボロの黒いマントと鎧。

 顔は半生のミイラと言った感じだろうか? 全体的にThe 邪悪という風貌だ。

 本来は召喚者に付き従って護衛するモンスターで、二つある能力もそれに適したものとなっている。

 その能力とは、一つは耐久力を上回る攻撃を一度だけ耐える。もう一つは敵の注意を自分に引き付けるという物だ。

 レベルは低いが盾役としては及第点と言った所か。

 

 

モモンガ「えー、ゴホン。……デスナイトよ! この先のー、村に居るー」

 

 

 モモンガさんがキョロキョロし出したので、俺は自分の手持ちから出した鎧を手渡す。

 

 

エイジ「探し物はこれだろう? さっきの騎士の物を剥ぎ取っておいた」

 

モモンガ「おぉ! すまんな。デスナイトよ! これと同じ鎧を着る者達を殺せ! 弱者をいたぶる者に慈悲を与えるな!」

 

デスナイト「オォォォォォっ!!!」

 

 

 デスナイトは地の底から響く様な雄叫びをあげ、──行ってしまった。

 

 

モモンガ&エイジ「えー……」

 

モモンガ《盾が一人で行ってどうするんだよ……。いや、命令したの俺だけどさぁ?》

 

エイジ《もしかして、命令の仕方とかじゃないですか?》

 

モモンガ《はぁ……。また調べる事が増えましたね》

 

 

 命令の件と言い、召喚時の違いと言い俺達は増え続ける調査項目に頭を痛めた。

 

 

エイジ「デスナイトだけにする訳にもいかんだろうから俺は先に行くぞ。それと──」

 

 

 俺は姉妹の方へ目を向け自分の手持ちにある竜の紋章が入った宝玉を手渡す。

 

 

エイジ「これは『竜の宝玉』と言ってな。使用するとお前を守る為竜が召喚される物だ。危険と感じたらそれを使い身を守れ」

 

エンリ「は、はい」

 

モモンガ「私だけ何もしないと言うのも何だな……。よし」

 

 

 モモンガさんは姉妹を守る為の防御魔法を唱え、更にゴブリンを呼び出す事の出来るアイテムも渡した。

 

 

エイジ「では俺は行くぞ」

 

モモンガ「すまんな。私もアルベドと共に後から行こう」

 

エンリ「あ、あのっ!」

 

エイジ&モモンガ「ん?」

 

エンリ「お、お名前をお聞かせ下さい!」

 

 

 名前……か。俺達は旅人として予め決めた名前はあったのだが、神として振る舞った以上少し盛らなければいけない。

 その旨をモモンガさんに伝え、俺の考えた名乗りをする事になった。

 エンリ達に身体を半分向けていた俺達は、自らのローブとマントを翻しながら名乗った。

 

 

モモンガ「我が名を聞け! 我こそは、死と大いなる慈悲を司りし神! 死の支配者アインズ・ウール・ゴウン!」

 

エイジ「そして俺は! 武と義を司る神! 武神覇竜ドモン・カッシュだ!」

 

エンリ「アインズ・ウール・ゴウン様と……、ドモン・カッシュ様……」

 

 

 エンリは俺達に対し、神に向ける眼差しと祈りを送った。

 彼女の心の中に安らぎが戻って来るのを感じる。

 

 

ドモン「安心しろ、お前の大切な者達は守る。死んだお前の両親も何とか出来るかもしれん」

 

エンリ「な、何故それを!? やはり神様は全てを知っておられるのですか!?」

 

ドモン「何でも……という訳では無い。知っている事だけだ。ではモ──アインズ、先に行っている」

 

アインズ「あぁ、エ──ドモン」

 

 

 まだ少し慣れない名前を呼んでから、俺はデスナイトの向かった先。虐殺の行われている村へと走った。

 

 




 書く事が無いのでこれで……ってダメですよねwww
 今回もちょっとくどいかなと思いながらも書いてました。でも大事なシーンなのでしっかりとしなければいけませんものね。
 え? ……心理描写がイマイチ? すいませんTackは最近耳が(ry
 後、拘りって程では無いんですが。エンリたんの台詞の平仮名を多目にしました。
 多分今の時代程教育が行き渡って無いという独断と偏見の下です、はい。
 次回は皆のアイドルである例の隊長が出る予定です。さて、どうしばき倒してやろうか(ゲス顔)
 


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第十五話【神となった日③】

 今回試験的に書き方を変えております。
 「読み辛い」「誰が話してるのか分からない」等の意見が多ければ戻し、そうでなければ継続していくつもりです。
 更に、今回の話から御都合ワールドが加速していく事を先に御詫びさせて頂きます。


 俺が到着した時、先に村へと向かっていたデスナイトはモモンガさん。──もといアインズさんの命令を守り、村を襲った騎士達を攻撃していた。

 これから殺すつもりだったのか、村の中央に村人達が集められ、それを包囲する様に騎士達が配置されていた様だった。

 

 

「オォォォォォっ!!」

 

「あ、あ、あ、うわぁぁぁっ!」

 

 

 だが、今やその包囲はデスナイトによって完全に崩されている。

 しかも周囲には既にデスナイトによって殺されたであろう騎士の死体が転がっており、その中の幾つかは動死体(ゾンビ)となり動き始めていた。

 奴等からしてみれば絶望的な状況だ。

 

 

「だ! 誰かあの化物を抑えよーっ!」

 

 

 妙に甲高い声に気付きそちらを見ると、ガクガクと震えた情けない顔の男が居た。

 状況を判断した後、アインズさんに俺の命令も受け付けるかの確認した上でデスナイトに命令を出す。

 

 

「デスナイトよ! 一旦攻撃を中止し待機だ!」

 

「……」

 

「良し。……で、お前が隊長だな?」

 

「ひぃぃっ!」

 

 

 デスナイトへその場待機を命じ、ドスを効かせた声を出しながらその男に近付いて行った。するといきなり土下座をし、そのまま命乞いをしてきた。

 

 

「お、お前! い、いや貴方様がこの化物の主人なのでしょう!? どうか! 命ばかりはお助けを! お、お金なら幾らでもあげましゅう!」

 

 

 ……心を読む迄も無くクズと判断した。なるべく苦しい殺し方をしてやろう。

 俺は助けるかどうか考えるフリをしながら、別動隊として来ている筈のシュバルツへと伝言(メッセージ)を飛ばした。

 

 

《どうした? 私なら既に村の付近に潜伏しているぞ?》

 

《頼みたい事があってな。今現在この村の周囲に他の敵は確認出来るか?》

 

《あぁ、居るぞ。鎧が此方で確認した物と同じだからな、そこから察するに奴等の一員だろう。捕縛して尋問といった所か?》

 

《話が早くて助かるよ。送り先はナザリックにしてくれ、デミウルゴスにも軽く話は通してある。……笑いながら他者を殺して回っていたヤツらだ、尋問後は更に地獄を見せてやろう》

 

《分かった。エイジ、お前がそう望むなら》

 

 

 シュバルツが伝言(メッセージ)を切る雰囲気を出した時、俺は言い忘れていた事を告げた。

 

 

《それと、これから俺の事はドモンと呼んでくれ。武神覇竜ドモン・カッシュと》

 

《……分かった。ドモン》

 

 

 何か思う所があるのか、シュバルツの返答には若干の間があった。

 やはり映像の中での名前と一緒では不味かっただろうか? そんな事を思ったが、今は此方の問題を解決するのが先だ。

 シュバルツへの頼み事は済んだので、後はみっともなく俺の足元に這いつくばっているこの男、それと周りの騎士達をどうするかだ。

 だが、まずは村人達の安全確保と行こう。

 

 

「村人達よ! 聞こえるか! 聞こえているのなら返事をしろ!」

 

 

 村人達は俺がまだ味方かどうか判断に困っていた。しかし、やがてその中から一人の老人が出てくる。

 

 

「き、聞こえております……」

 

「良し」

 

 

 返事をしたのは村長だった。襲われていたのでしょうがない事だがかなり疲弊している。

 ……それにしてもこのスキル(竜眼看破)は本当に便利だ。わざわざ身分や状況等を聞かずとも話を進める事が出来る。

 しかし、念には念を入れておこう。

 

 

「お前達はこの騎士達に襲われる理由に心当たりがあるか? 要するにこの騎士達の行動に正当性があると思うかという事だ」

 

「い、いえ。皆目見当がつきません……。ここカルネ村は至って普通の村ですので」

 

 

 白だな。俺はそう思った。

 人間という生き物は嘘を吐く時、必ず何らかしらのアクションがあるものだ。

 もしそれを隠すテクニックを持っていて判断に困る場合はスキルで心を読めばいい。逆に俺が心を読む事を知っており、それに対して何らかの対策を講じていればアクションを見ればいい。

 

 ならばテクニックと心を読まれない為の対策、その両方を用いる相手ならばどうするか? 答えは簡単だ。アクションを見ればいい。

 

 よく【全く隙の無い】という言葉を聞くが、あれは嘘だと思っている。全く隙の無い人間なぞ居る訳が無い。

 人間は心を持つ、故に驕りがある。その驕りがあるからこそ自分は完璧に出来ているという思いが生まれ、そこに妙な動きが出る。それを見極めるのだ。

 

 以上の事を踏まえ村長を見るが、俺の目に何も引っ掛からなかった。つまりは嘘を言っていない。

 要するにコイツら(騎士達)が何らかの目的で不当に命を奪っているという事だ。

 

 

「──だそうだが、合っているか?」

 

「ふあっ!?」

 

 

 この命乞いをする男、名前をベリュースというらしい。そのベリュースは間抜けな声で俺の言葉に顔を上げた。

 

 

「お前達は不当な理由でこの村人達の命を奪っているのか? と聞いている」

 

「い、いや……。そ、それは……」

 

 

 心を見るのも馬鹿馬鹿しいが一応見てみる。やはりと言うか何と言うか完全に黒だ。

 

 このベリュースを含めた騎士達は【バハルス帝国】という国の武装をし、その帝国と不仲である【リ・エスティーゼ王国】という国の領土内にあるこの村──カルネ村を襲った様だ。

 

 しかし、実際この騎士達は【スレイン法国】という国の部隊らしい。所謂偽装工作というやつだ。

 バハルス帝国の武装をしリ・エスティーゼ王国の領土内で暴れる。これで両国の関係が悪化し戦争に発展する。

 そこで両国が疲弊した所で漁夫の利を狙う魂胆なのだろう。現実の戦争と大して変わらない。

 

 一応この男は隊長らしいのだが、どうやら御飾りであまり詳しい事を知らない様だ。

 と言う事はこの部隊は陽動兼簡単な任務をこなす部隊といった所か。何か別の目的を持った本隊がいる筈だ、それを指揮する者こそ真の隊長だろう。

 ならばこの男は用済み。俺はそう思った。

 

 

「もういい」

 

「へっ?」

 

「お前に聞く事はもう無いと言う事だ」

 

 

 俺のその言葉を聞くやいなやベリュースの顔から血の気が失せていく。少し頭の足りない男だが、流石にこの後の事を想像出来た様だ。

 

 

「ふんっ!!」

 

ゴシャアァッ!!

 

「ぐべぉっ!?」

 

 

 俺は気弾(エア)を使いベリュースの腹を下から殴り空中へとかち上げた。

 そしてそのまま三百六十度全方位から気弾(エア)を浴びせる。

 この技は射程距離としては十数メートル程しか無いが代わりに面白い特徴がある。それは射程距離内であればどの方向にでも打てるという事。

 この特徴を生かし、コイツを全方位からの攻撃をしているという訳だ。

 

 

「あぶろぼびゃぐぶぁぼぇっ!!!」

 

「俺は優しいからな。少し力加減をしてやろう」

 

 

 勿論手を抜く気等さらさら無い。

 自分より低いレベルの相手のHPを必ず一だけ残せるスキル、『手加減』を使用しながら気弾(エア)で殴り続けた。

 身体がグチャミソになっても悲鳴は聞こえる。つまり生きている。

 

 

「ひっ……!」

 

 

 突如現れた得体の知れない存在、そしてその存在が使う得体の知れない技。それによって見るも無惨な姿になっていくベリュースを見た騎士達は恐怖した。

 そしてその内、恐怖に耐えられなくなった騎士の一人が逃げ出す。

 

 

「い、嫌だぁぁぁっ!!」

 

「デスナイト! 逃げた騎士を殺せ!」

 

「──オォォォォォっ!!!」

 

 

 逃げ出した騎士に向かって黒い霧となったデスナイトが猛スピードで追い付く。そしてその行く手を遮り、手に持ったフランベルジェを高く掲げ、一閃。

 逃げ出した騎士は斜めに真っ二つとなった。

 

 

「ひぅっ!?」

 

「逃げ出した者はそのデスナイトが殺す。……無論、この男と同じ目に遭いたいと言うのであれば俺がやるがな?」

 

 

 俺は未だベリュースをなぶり続けながら、情けない声を出す残りの騎士達に冷たく言い放った。

 当たり前の事だがベリュースの事も忘れてはいない。

 時折肉体や精神を回復させる為の魔法も使ってやっている。心が先に折れて貰っては困るからだ。

 

 

「さて……、そろそろ終わらせるか」

 

 

 俺は攻撃を止める。そしてグシャッと音を立てて地に倒れたベリュースに魔法をかけ全快させた。

 

 

「あ、あれ?」

 

「おぉ、気が付いたか」

 

 

 俺は回復魔法をかけられ意識を取り戻したベリュースの右肩に左手を置き、ポンポンと軽く叩いた。

 

 

「お、俺は……一体」

 

「どうやら混乱している様だな。だが安心しろ、もう怖い事は何も無い」

 

 

 精神強化の魔法をかけられながら死ぬ事も許されずに気弾(エア)を浴び続け、最早この男に正常な判断はつかなくなっていた。

 

 

「たっ、助かっ──」

 

「んな訳あるか」

 

 

 俺は左手で肩を、右手でベリュースの首を内側に捻った状態で掴み、そのまま両手に力を入れて身体を真っ二つに引き裂いた。

 そしてドベチャッと汚い音を立てて崩れた元人間を魔法で焼いた。

 

 

「貴様の様なクズにはお似合いの最期だ」

 

 

 俺は自分でも驚く程冷たく言い放った。思わずこれが精神の変化なのか、と呟いてしまう程に。

 自分の鎧に付着した返り血を魔法で落とし、残りの奴等に目を向ける。

 

 

「……さて」

 

 

 俺が騎士達の方を見ると、騎士達はガチャガチャと全身鎧(フルプレート)を鳴らしながら震えていた。

 同じ目に遭うと思ったのだろう、だがそんな事はしない。少しやり過ぎたと反省したからだ。

 俺の行為に救助対象である村人達まで発狂寸前になっていたのだ。これでは不味い、少し抑えなくては。

 

 それに何人かを生きた状態で帰し、スレイン法国とやらへの釘にも使いたい。

 誰を残すかと見回し、一番この作戦に乗り気では無かった男ロンデスを第一候補にした、その時だった。

 

 

「撤退だ!! 後方に控える部隊に連絡!! 他の者は連絡を出す迄の時間稼ぎに回れ!!」

 

 

 ロンデスが叫び、他の騎士達に命令を出す。

 この様な状況でも的確に命令を出せるのは素晴らしい、出来れば殺したく無いが。等と考えている間にも騎士達は行動する。

 

 

「急げ!! あんな死に方はしたくないだろう!!」

 

「俺がそれを黙って見ているとでも?」

 

「くっ……!」

 

 

 何人かが時間稼ぎの為俺に向かって来る。だが避ける必要は無い。

 俺は気弾(エア)を極限迄薄く引き絞り切断に特化させた、その名も『気斬(スラッシュ)』を使って向かって来た騎士達を切り刻んでいく。

 

 

「ぎゃっ!!」

 

「ぐぇっ!!」

 

「あぎゅっ!!」

 

 

 何人かをバラバラにした所であの男、ロンデスが斬りかかって来た。

 

 

「うおぉぉぉっ!!」

 

「成る程、良い太刀筋だ。だが──」

 

ビシイィッ!!

 

 

 俺はロンデスが心の中で生涯最高と自負した一撃を、指二本で挟んで止めた。

 

 

「ば、馬鹿なっ……!? この、化物めぇっ!!」

 

「フッ、化物か」

 

パキイィィィンッ!

 

 

 俺は指を外に軽く捻り剣を折る。そして一言ロンデスに向かって言いながら気斬(スラッシュ)を振るった。

 

 

「諦めるなよ?」

 

「えっ?」

 

ズシャアァッ!!

 

 

 その疑問の言葉と高らかに鳴った合図の音を最期に、ロンデスの思考は停止した。

 

 

//*//

 

 

 騎士達をある程度処分した後アインズさん達と合流し、残った騎士達の内数人を逃がした。勿論奴等の正体や目的等を伝えた上で。

 それを聞いて彼は初め渋っていたが、人間至上の国家である以上俺達と必ずぶつかるであろう相手。ならばいっそ、此方が強大な力の持ち主である事を伝えて安易に手を出せない様にした方がいいと提案した。

 スキルである程度スレイン法国の情報を引き出せた事もあり、アインズさんは何とか認めてくれた。

 

 拒絶されるのではないかと思った村人達も、後から来たアインズさんやアルベドを含めて何とか受け入れてくれた。

 やはり襲われた所を救った神というのが大きかったのだろう。エンリとネムの姉妹も俺達の事を必死に説明してくれた。

 そして……。

 

 

《止めておいた方が良いと思います》

 

《やっぱりそうですよね……》

 

 

 今村人達は葬儀の為、死んだ者達を集めている最中だった。

 分かっていた事ではあったがあの姉妹の両親も死んでおり、その死体の前で二人はわんわん泣いていた。

 俺達は少し離れた所で伝言(メッセージ)で会話をしながらその様子を見ていた。

 

 

《分かっては……、いるんですが……》

 

《……ゴホン。えー、因みにメリットは?》

 

《は?》

 

 

 そのアインズさんの言葉の意味を理解するのに数秒かかった。そして、これはアインズさんなりの優しさではないかと結論付けた。

 

 

《……俺達が神である事に説得力を持たせられます》

 

《ほう……。というと、村人達はまだ俺達を疑っていると?》

 

《ええ、若干ですが疑いの心があります》

 

《それはいけない! 直ぐ彼等に教えてあげなければいけませんね。ドモンさん、方法はお任せしますので軽く奇跡でも起こして下さい》

 

《……アインズさんて、悪役RP得意なのにこういう演技力は低いんですね》

 

《何の事でしょう?》

 

 

 俺は思わず彼の顔を見ながら苦笑いした。

 彼の好意を無駄にしない為にも失敗は出来ない。そこで、アインズさんにも一芝居打って貰う為に幾つかの打ち合わせをした。

 そして、打ち合わせをし終わった俺は村人達に大声で言った。

 

 

「村人達よ! 愛する者にもう一度逢いたいか!」

 

「えっ?」

 

「何だ?」

 

「逢いたいかと聞いている! ……答えによっては俺が力を貸そう!」

 

 

 村人達はキョトンとしていた、無理もない。

 今俺が言っているのは死んだ者達を蘇らせてやると聞こえるからだ。

 

 

「あいたいよぉ……」

 

 

 ネムが泣きながら此方に来て俺に懇願する。心の中は悲しみに溢れている。

 

 

「お父さんとお母さんにあいたいよぉ。神様ぁ、お願いします」

 

 

 泣きじゃくりながら俺の側まで来たネムを、俺はしゃがんでから優しく抱き寄せて頭を撫でた。

 そして、少し泣き止んだのを見計らって離れる様に伝える。

 

 

「ネム、少し離れていなさい」

 

「……はい、神様」

 

 

 多少は落ち着いたネムが、てってってっと走って姉の所へ行く。

 それを見送った後、俺は村人達に気軽に命は蘇らせられないという旨を伝える。

 

 

「村人達よ。俺がこれからやろうとしている事は本来、世界の理から逸脱した行為である事を覚えておくのだ」

 

 

 村人達がざわつき、俺がこれからやろうとしている事の重大さを理解していく。

 そこにアインズさんも演技で補助をしてくれる。

 

 

「ドモンよ。今回ばかりは此方にも落ち度がある故私も目を瞑るが、大丈夫なのか?」

 

「これ位ならば問題は無いだろう」

 

 

 この会話の意味が分からず、村長が質問して来た。

 

 

「御話し中申し訳御座いませぬが……。神々よ、これから一体何を為さるおつもりで?」

 

「今回の事で死んだ者達を、俺の力を削る事で蘇らせる」

 

「な、なんと!?」

 

 

 薄々と思ってはいた様だが、いざ口に出すと一気に村人達の心がざわついた。心だけでなく口にまで出している。

 やはり直接言葉にするのは効果的だ。

 

 

「そ、その様な事が出来るのですか!?」

 

「……(おさ)よ。お前はまだ俺達を神と信じていないな?」

 

「そ、それは……」

 

「良い、人の子よ。……ドモンもそれ位にしてやれ」

 

「……だな。済まなかった、(おさ)よ。言い方が悪かった」

 

 

 村長は滅相も御座いませんと言って両手を振った。

 そして俺は話を戻し、この世界の法則上蘇らせられない者が出る可能性がある事も付け加えた。

 

 この世界は元々、自分達の仲間である神の管轄であり、今回はある理由によってその者の代わりに自分達が来た。その為、知らない情報や法則が多いのだと付け加えて。

 これを言っておく事で、後にこの世界の情報を聞き出す時に自然になると考えた。疑われた時用の保険も考えてある。

 

 それっぽい理由を言い終わり、村人達の理解を得た所で蘇生の手順に入る。

 

 

「これで全員か?」

 

「は、はい。今回の事で命を落とした者達です。しかし、本当に大丈夫なのですか? ドモン・カッシュ様が蘇生を行われるとその御力を削る事になると仰っておられましたが……。それならばいっそ、死を司っていらっしゃいますアインズ・ウール・ゴウン様に任された方が宜しいのではないのでしょうか?」

 

「俺の事については心配するな。それと蘇生についてだが……、確かに長の言う通りアインズに頼んだ方がいい。死者に関する事なら奴の方が格段に上だからな」

 

「では、ドモン・カッシュ様が御身を削られずとも……」

 

「だが、それは出来ない」

 

「そ、それは何故ですか?」

 

「あるだろう? お前達人の子にもやってはいけない事というものが。死に対する決まり事を作ったのはアインズ自身だ、その決まり事を本人が破る訳にはいくまい」

 

「は、はぁ。成る程、そういう事で御座いましたか」

 

 

 何とか村長を納得させ、共に遺体の最終確認を行っているとアインズさんから伝言(メッセージ)が飛んで来た。

 

 

《凄ーく今更なんですが、ちゃんと蘇生するんですかね? それに派手さ目当てでアレ(・・)使うつもりなら経験値とか大丈夫ですか?》

 

《蘇生に関しては既に実験済みです、恐らく大丈夫かと。それと経験値に関してですが、俺のスキルにストックがあるので余程ユグドラシルと違いが無い限り問題はありません》

 

《経験値については分かりましたが、実験とは? もしかしてさっき姉妹を助けた時ですか?》

 

《えぇ、そうです。しかも、先程生き残りの騎士達をナザリックに送ったでしょう? そいつらを使用して実験してくれたデミウルゴスからの情報も踏まえた上で興味深い事が分かりました。》

 

《興味深い事?》

 

《はい、この世界での蘇生に関する事です。ひょっとすると、デスペナルティによって蘇生が失敗に終わる可能性があります》

 

《蘇生が失敗する? それ少し詳しく教えて下さい》

 

《はい。デミウルゴスからの報告によると、俺が鑑定してレベル五以下と判断した騎士達が蘇生に失敗し灰になったそうです》

 

《あ、成る程。それでドモンさんがやるんですね》

 

《その通りです。短杖(ワンド)とかだとデスペナルティ回避が出来ませんからね。他にも色々可能性があるんですが現状は俺がやるべきと判断しました》

 

《そこまで進めてるとは流石ですわぁ》

 

 

 俺が蘇生実験を行っていた事にアインズさんが妙に関心する。たまたま適したスキルを持ち合わせていただけであり、もし彼が同じ状況なら直ぐに行っていただろう。

 何故そんなに関心するのだろうかという事を考えながら、俺は自身の持つ唯一の蘇生魔法の名を雰囲気を出す為の言葉と共に唱えた。

 

 

「我、武の頂を守る者。我、竜を統べる者。心無き者達によって哀しみの底へ落とされた民に救いを与えん。」

 

「おぉっ!」

 

 

 俺の身体を超位魔法特有の魔方陣のドームが囲い、その姿に村人達が驚きの声を上げる。

 

 

「『救済』!!」

 

 

 超位魔法。第十位階まである魔法の上に存在する魔法。

 魔法とは言っているが、実際の所その性質はスキルに近く、一日に四回しか使う事が出来ない。

 

 そしてこの『救済』という超位魔法の効果だが、「望む対象をデスペナルティの喪失経験値の内、その半分以上を肩代わりした状態で蘇生させる」という物だ。

 好きなだけ蘇生させられるので一見便利そうだが、実はそうでもない。

 

 ユグドラシル時代の話だが、本来蘇生という行為は経験値喪失からの五レベルダウンが基本である。俺やアインズさんの様に百からダウンした場合、喪失分の経験値は中々の物で楽には稼げない。

 一部のアイテムでそれを防ぐ事が出来るが、あくまで例外だ。

 

 何が言いたいかと言うと、好きな数を蘇生出来るが代償が大きく使いにくいという事だ。

 戦闘中に行うのは勿論愚行であり、敵のど真ん中で互いに弱体化された状況に陥る事になる。

 だからと言って弱い者を蘇生させても意味が無く、今まで死に魔法と化していた。

 まさかこういう形で有効活用されるとは思ってもみなかった。

 

 

「あ、あれ?」

 

「生きて、る?」

 

 

 『救済』を発動した結果、村人達は誰一人欠ける事無く蘇生した。

 恐れていたレベルダウンからの蘇生失敗も、俺が喪失分の経験値を全て負担する事によって解決出来た様だ。

 

 

「お父さん! お母さん!」

 

 

 あの姉妹の両親も無事に生き返り、感動の再開が出来た。良かった、本当に良かった。

 おっと、いかん。演技をせねば。

 

 

「うぐっ!」

 

「ドモン・カッシュ様っ!?」

 

「大丈夫かドモン!?」

 

「あぁ、取り合えずはな……」

 

 

 世界の理から外れた行為をする為に自らの存在を削ったという設定だ。

 実際経験値は消失しているが、それは自前のスキルで充分にカバー出来る範囲内なので問題は無い。

 あくまで先の説明に信憑性を出す為のものだ

 

 

「心配ない。お前達の笑顔の対価としては安いものだ」

 

「ドモン・カッシュ様……」

 

 

 生き返った村人達への説明は村長に一任した。

 説明を受けた村人達からは様々な言葉で礼を送られた。その心には、俺達を疑う気持ち等一辺も無い。

 

 再会の感動も少し落ち着いた所でこの世界の情報を色々と聞き出す事になった。

 最初は俺も一緒に聞くつもりだったが、先程姉妹達に刃を向けたアルベドを一人にしておく事は出来ず、代表としてアインズさんが村長から情報を収集する事になった。

 

 そして現在、俺はアルベドと共に村長の家の前で村を建て直す村人達を眺めていた。

 時折、俺達の前を復旧を行う資材等を持った村人が通り、その度に荷物を置き神への祈りを捧げてくる。

 

 

「これで終わればいいのだが」

 

 

 俺の言葉の真意を聞く為、アルベドが質問をしてくる。

 

 

「どういう事で御座いますか?」

 

「いや、奴等の行動やその他の要素から別に本隊がいる可能性が出てきたのだ」

 

「それは……」

 

「あぁ……、また村人達が危険に晒される事になる。しかも、先程の奴等より遥かに強い者達が来るかもしれん」

 

「その時はこの命に代えても偉大なる御方々を御守り致します」

 

「その気持ちは有り難いが、守るのはアインズさんだけでいい」

 

「……何故で御座いますか?」

 

「理由があったとは言え、俺は一度ナザリックを離れた身だ。そんな俺よりも、ずっとナザリックを守り続けたアインズさんを守る方が優先ではないか?」

 

 

 俺の言葉にアルベドは考え込み、複雑なオーラを出して黙った。

 

 

「話は変わるがアルベド。人間は嫌いか?」

 

「……恐れながら、いっそ踏み潰してしまえばどんなに綺麗になるものかと思っております」

 

「まぁ、……そうだろうな」

 

 

 予め聞いてはいたのでもう驚きはしない。だが今後もこれでは不味い。

 俺達神に仕える者がこれでは信用も得られはしない。何か手を打つ必要がある。

 幾つかの案が浮かんだ所で村長の家からアインズさんが出てきた。

 

 

「では私達は行く。暫くしたら使いの者をここへ送ろう、何かあればその者に頼むといいだろう」

 

「何から何まで有難う御座います、アインズ様」

 

「うむ、良き生を送るのだぞ」

 

「終わったか?」

 

「あぁ、色々な事を聞けた」

 

 

 アインズさんが村長から聞いた情報は伝言(メッセージ)でかいつまんだ状態で聞いていた。

 その情報はある程度有益な物であり、それらを元に端末のデータを更新した。後でデミウルゴスにも同じ端末を用意して作戦の立案等に生かして貰うとしよう。

 

 

「これからどうするアインズ」

 

「うむ、まずは戻ってこの村を復旧する為の──。何だ?」

 

 

 アインズさんが言葉を切り村の正面の方を見た。俺もそれに釣られて同じ方向を見ると、村の周辺を見回っていた若い村人が息を切らせながら走って来ていた。

 

 

「そっ! 村長ーっ! 大変ですっ! また武器を持った奴等が!」

 

 

 迫る謎の存在。この報を聞き、俺達は若干うんざりしながら呟いた。

 

 

「また厄介事か……」

 

「まぁ、しょうがないですよ。アインズさん、どうせだから問題を処理してから戻りましょう。それにしても、周囲にいた奴等はシュバルツが処理してくれた筈なんだがな……」

 

 

 さて、鬼が出るか蛇が出るか……。俺はそんな事を思った。




 どうだったでしょうか?
 かなりの御都合主義ですが、これがエイジの物語の基本形となります。
 死ななくてもいい人間が死ぬのは耐えられない。その気持ちがこの話を書き始めた理由の一つでもあります。

※決して原作否定では無い事を御理解下さい。


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第十六話【神となった日④】

 やっとこさオバロ界が誇る強さ単位の人を出せましたwww
 今回も不思議な台詞回しが多いと思いますがご愛嬌という事でm(__)m


 結論から先に述べよう。新手と思われた者達は取り合えずの所敵では無かった。

 彼等は戦士長【ガゼフ・ストロノーフ】を隊長とした部隊で、名を王国戦士団と言うらしい。

 彼等の任務は、ここカルネ村が所属しているリ・エスティーゼ王国の国境付近を荒らし回る賊を討伐する事だと言う。

 その為、国王ランポッサⅢ世の命により派遣されたのだとか。

 

 俺やアインズさん、そしてアルベドの事は始めこそ怪しんでいたものの、共に居た村長の証言等もあり取り合えずは信じてくれた様だ。

 村の入口に陣取っているデスナイトへの警戒はしたままだったが……。

 

 

《あー、何かこの人めっちゃいい人そうですねアインズさん》

 

《ですね。中身の方はどうですか?》

 

《……中身も変わらずですね。良く言って裏表の無い人間、悪く言うと──》

 

《あぁ、確かに貴方が好みそうな人物ですね。立場の事もありますし、友好的に話を進めるとしましょうか》

 

《了解です》

 

 

 二人で内緒話を終えた後はガゼフとの情報のやり取り等を始めた。

 村長を疑っている訳では無いが、王国直属の人間に聞くのもまた情報の幅が広がるというものだ。

 更にそこで、カルネ村を襲った奴等の正体がスレイン法国の者達だった事を伝えると、その事実に彼等はかなり驚いていた。

 賊の正体がバハルス帝国だと思っていた様で、この情報についての意見を出し合っていた。

 と、そこへ糸が繋がる様な感覚。シュバルツからの伝言(メッセージ)だった。

 

 

《ドモン、今会話をして問題無いか?》

 

《シュバルツか、どうした? というか、何故この兵士達の事を伝えなかったんだ。何かあったのか?》

 

《その者達が村に近付いていた時、白銀の鎧を纏う騎士と死霊使い(ネクロマンサー)らしき老婆の二人組と交戦していてな、その二人組と比べて問題が無いと判断したから通した》

 

《白銀の騎士だと?》

 

 

 死霊使い(ネクロマンサー)の老婆というのも気になったが、それよりも俺はもう一人の特徴を聞いて頭の中にあるギルメンを思い浮かべる。

 様々な可能性を考えた場合、彼が此方側に来ている事も充分に有り得ると思ったからだ。

 

 

《一応聞いておきたいんだが、たっち・みーさんでは無いんだな?》

 

《あぁ、たっち・みー殿なら私の事が分かる筈だ。まぁ、例外はあるだろうがな。それよりも、その騎士からは妙な事に気配を感じ無かった》

 

《気配を感じない? どういう事だ?》

 

《詳しい事を話したいのは山々なんだが。ドモン、そちらも忙しい事だろう。取り合えずその二人組は追い払った、今はそれでいいと思うが?》

 

《……そうだな、分かった。色々とすまなかったな》

 

《気にするな。それよりも、また違う格好の者達がその村に向かっている。しかも、奴等は抑えているつもりだろうが殺気を出した状態でな》

 

《何? ……お前に渡した端末には映像を撮る機能がある、それを使って俺に映像を送ってくれ。使い方は──》

 

 

 シュバルツに映像機能の使い方を教え、新手が来ている事をアインズさんにだけ伝えた。

 この場に居る全員に伝えても大丈夫だろうとは思ったが念の為だ。

 

 

《どうします? アインズさん》

 

《んー、流石に俺達目当てで来ているとは考え辛いですが……》

 

《ですよね。さっき逃がした騎士達が伝えた線もありますが、それはちょっと無いかなぁ……》

 

《この世界の住人からすると、デスナイトはかなり凶悪な化物みたいですからね。それを手足の様に使い、尚且つ自らを神と名乗る存在にそうホイホイと接触しますか? 普通。俺ならそんな奴等とは絶対接触しませんよ》

 

《うーん、取り合えず戦士長殿にも聞いてみますか》

 

 

 俺は自身の端末の映像をガゼフにも見せ、覚えのある者達かどうか聞いてみた。

 が、やはりと言うか何と言うか期待した答えは返っては来なかった。

 

 

「申し訳御座いません」

 

「いや、構わんさ。それよりもこれでほぼ確定したな」

 

「は?」

 

 

 俺の言葉にガゼフは目を丸くして間の抜けた声を出す。

 それを見たアインズさんが分かり易く説明をする。

 

 

「いいか? 私達に覚えが無く、この村にもそこまでして襲う理由があるとは思えない。……となると、お前が目当てという事だろう。ガゼフ・ストロノーフ」

 

 

 アインズさんの言葉にガゼフは少し俯きながら苦い顔をした。

 心無しか、その顔には怒りの表情が出ていた。

 

 俺はアインズさんの考えている事は何となく分かった。

 現状俺達が直接狙われる理由は少ない筈。村を再び襲うという線も、得体の知れない俺達が居る状態ではリスクが高い。(逃がした騎士が情報を伝えたという前提だが)

 

 ならば狙いが戦士長そのものだったとしたら? どうやら有名人の様だし、あながち間違ってはいないだろう。

 しかもそれなら最初から罠だったという事で村を襲っていた理由も説明がつく。

 

 

「出立の折、貴族共から私の装備について散々叩かれましたからな。恐らく、奴等の中に裏切り者でも居るのでしょう」

 

 

 溜め息混じりのガゼフは突然俺達に向かって頭を下げた。

 

 

「偉大なる神々よ。この度の事、このガゼフ・ストロノーフ幾ら頭を下げても足りません。しかし! どうか! どうか今一度、村の者達を──」

 

 

 ガゼフが言葉を続けながら膝を折ろうとした時、その肩を一歩進んだアインズさんが止めた。

 

 

「頭を上げるのだ、ガゼフ・ストロノーフよ。お前の願い聞き届けよう。村人は私達が守る」

 

 

 その言葉を聞き、ガゼフの顔が明るくなった。そして後顧(こうこ)の憂い無しと言って部下達に声をかけ始める。

 俺はその姿に疑問を持ち、それをガゼフに投げ掛けた。

 

 

「ガゼフ・ストロノーフよ、一つだけ聞きたい事がある」

 

「どうかガゼフと御呼び下さい神よ。それで、何で御座いましょうか?」

 

「なら俺もドモンで構わない。それでだな、何故俺達に助けを求めない? 俺達ならば奴等を難なく(ほふ)る事も出来よう。それにも係わらず何故だ? ガゼフ・ストロノーフよ」

 

 

 俺の疑問をどう受け取ったのか、ガゼフは少し悩んだ後俺にこう言った。

 

 

「確かに偉大なる神々にしてみれば、奴等は大した敵では無く貴殿方に願う方が犠牲も少なく済む事でしょう」

 

「ならば──」

 

「ですが、これ以上は願い過ぎと言う物です。村人達を守って下さる。それだけで十分なのです」

 

 

 シュバルツが送ってきてくれている映像には天使を召喚し、臨戦体勢を取ったまま距離を詰めて来ている敵兵士達の姿が映っていた。

 

 

「俺達の知る物と同じ物ならば、という前提条件だが、この天使は第三位階の魔法によって召喚された物だ。……お前達に勝ち目はあるのか?」

 

 

 第三位階魔法。

 ユグドラシルでは割と初級魔法の部類だが、どうやらこの世界では習熟した魔法詠唱者が辿り着く最高位の魔法らしい。

 最初にガゼフや他の兵士達の心を覗いた時に手に入れた情報だ。

 

 

「第三位階を使用する集団相手だと、……はっきり言って勝ち目は薄いでしょう。しかもこれだけの使い手を集められるのは、……恐らく、先程の話にも出ましたスレイン法国という国だけと思われます」

 

「やはり名前の通り魔法国家だったか……」

 

「はい。更にこれだけのお膳立てをしてまで投入した部隊となると、噂に聞く特殊部隊【六色聖典(ろくしょくせいてん)】の内のどれかと思われます。ですが、どんな相手だろうと、民を守る為ならば喜んでこの身を(なげう)つ覚悟です」

 

「……決意は固い様だな。ならばせめて」

 

 

 俺は自分の手持ちから一本の何の変哲も無い両手剣を取り出し、MPを注ぎ込んだ後呼び掛けた。

 

 

「我の力に呼応し目覚めよ」

 

「──偉大なる神よ、御初に御目にかかりまする」

 

「剣が!?」

 

「お、おい! 今剣が喋らなかったか!?」

 

 

 ガゼフや他の兵士達がざわめく。剣が喋るのを見ればこの反応は正しいのだろう。

 だが、俺はガゼフ達の反応よりも自身の仮説が立証された方に関心が向いていた。

 

 【フレーバーテキスト】

 様々なゲームに存在する世界観を演出する為の文章である。

 この剣にも存在し、その文章の中に魔力にて目覚め主の助けとなる。と書かれていた……筈。

 若干記憶が曖昧だったが、そこはご愛嬌である。

 

 それはさておき、何故こんな事をしたのかと言うと、まず一つは勿論ガゼフの助けとする為だ。

 幾ら俺達から見て弱い武器とはいえ、ガゼフのレベルから考えるとかなり強い物だと思ったからだ。

 

 もう一つは実験。ゲームが現実となったのならフレーバーテキスト等はどう作用するのか。それを確認しておきたかった。

 結果は先の通り。アインズさんとも伝言(メッセージ)でこの結果を喜んだ。

 

 

《またやる事増えちゃいましたね、何かすいません》

 

《何言ってるんですか、ドモンさんが検証しなかったらスルーしちゃってましたよ》

 

 

 アインズさんは忘れてたと言ってはいるがたまたまだろう。俺もガゼフに何か渡そうと思わなければそのまま忘れてしまっただろうし結果オーライだ。

 取り合えず剣をガゼフに渡さないと。

 

 

「受け取れガゼフ、餞別だ」

 

「宜しいのですか!?」

 

「俺には無用の長物だ。それにこの剣はお前の様な男に相応しい」

 

「と、申されますと?」

 

「見た方が早いな」

 

 

 俺はガゼフと共にリングに移動し、剣について軽い手解きをした。

 

 

「剣よ、お前の名は『炎帝剣 テスカ』で相違無いか?」

 

「──仰る通りに御座います。偉大なる神よ」

 

「ならばこれより、その刀身が朽ち果てるまでこの男ガゼフ・ストロノーフを主とし、主の行く手を阻む全てをその力を以て灰塵(かいじん)と化せ」

 

「──承知致しました。」

 

「ほれ、名を呼んでやれ」

 

 

 テスカをガゼフに渡す。彼は(テスカ)をまじまじと見つめた後、それを天高く掲げ叫んだ。

 

 

「『炎帝剣 テスカ』よ! その力を我に示せ」

 

「──承知した、新たなる主よ」

 

 

 テスカの声がリング内に響き渡りその刀身が爆炎に包まれる。

 そしてその炎が収まった時、その見た目は大きく変貌していた。

 本来敵を刺す為に尖っている部分は平たく凹み、全体的に板の様になっている。

 腹の部分には装飾の為の線が入り刀身全体は燃える様な赤。

 祭礼用の剣が如く美しいが、これは敵を滅ぼす為の剣であり、その為の力が備わっている。

 

 

「これが……、炎帝剣か……。何と見事な……」

 

 

 テスカの真の姿にガゼフは感嘆の声をあげた。どうやら気に入ってくれた様だ。

 

 

「その剣には魔力が込められているから見た目よりも軽いと思うぞ。それにその魔力を解き放つ事で特殊な技を使う事も出来る。試しにやってみるといい」

 

「分かりました」

 

 

 ガゼフは素振りを何度か行った後、テスカを構え直し叫んだ。

 

 

「炎帝よ! その力を我に見せよ!」

 

 

 叫んだ後に鋭い縦一閃。凄まじい爆風が荒野を駆ける。

 目の前にあった巨岩群は跡形も無く消し飛んだ。

 

 

「何と言う……。何と言う力だ……!」

 

「お前の様な猛き男に似合う剣だと思ったのだが、気に入ったか?」

 

「はい! と申しますか、本当に頂いて宜しいのですか? これは伝説に語り継がれる様な魔剣とお見受けしますが」

 

「構わん。俺にはこれがある」

 

 

 俺は自分の背中に下げた愛用の武器(東方の一振り)を指差した。

 

 

「左様で御座いましたか。では神からの品、有り難く頂戴致します」

 

 

 ガゼフはテスカを鞘に戻し(こうべ)を垂れた。

 

 

「さて、時間も迫っている事だ。そろそろ俺達は行こう」

 

 

 スキルを解除しアインズさん達と合流する。話を聞いていたアインズさんは、自分だけ何も無いというのもな、と言ってガゼフ達に様々な補助魔法をかけた。

 

 

《彼等をユグドラシルで想定した場合ですけど、かなり強化されてますよね?》

 

《ええ、これ位やれば撤退戦程度なら何とか持ち堪えられるでしょう。今の状況ではそれが一番の筈ですから》

 

《確かに。村から敵を引き離す事が今の彼等に出来る最良の策でしょうからね》

 

 

 先程ガゼフにああは言ったものの、いざ俺達が敵を殲滅するとなると色々と問題がある。

 しかもそれはガゼフの決意に泥を塗る行為にもなる。

 ならば俺達に出来るのは彼等の犠牲を少なくし、尚且つ敵を遠ざけて貰う為の手助け程度だ。

 

 

《歯痒いとはこの事か……》

 

《仕方ありませんよ。ドモンさんが渡した剣と、俺の補助魔法で彼等が奮闘してくれる事を祈りましょう》

 

 

 馬で新手が来た方向に駆けて行く戦士団の後ろ姿を見ながら、俺は自身の無力さを呪った。

 これでは昔と同じだ。守るべき人間を死に追い込んだあの時と。

 

 

「神々よ、私達は一体どうすれば宜しいのでしょうか?」

 

 

 ふいに村長が話し掛けてきた事で我に帰る。昔の嫌な記憶が蘇って来ていたので正直助かった。

 

 取り合えずは村人を全員指定の家屋に避難させる様指示した。その後そこを俺達が死守するという事を伝えると村長は安心した顔を見せ、直ぐに村人達に伝えると言って先に村に戻った。

 

 

「ドモン。私達も村に戻るとしよう」

 

「あぁ……、そうだな……」

 

「やはり気になるか?」

 

「今の俺達の状況から鑑みて、彼等と関わるのはあまり好ましくないというのは分かってはいるんだがな……」

 

「御話中申し訳御座いません」

 

 

 俺が言葉を続けようとした時、ずっと黙っていたアルベドが口を開いた。何かあるのだろうか?

 アインズさんも気になったのか、アルベドが言葉を続けられる様促した。

 

 

「どうした? アルベド。何かあるなら言ってくれ」

 

「はい。大変申し訳御座いませんが、モモンガ様とエイジ様がその尊き名を変えられ、更には人間達に自らを神と名乗った事に対しての御考えを教えて頂きとう御座います」

 

「あぁ、それはだな……」

 

「待ってくれアインズ」

 

「ん?」

 

 

 俺達はこの件に関して一応話はしてあったのでアインズさんがそれを話すのは問題は無かった。

 だが、俺にはどうしても確認しておきたい事があったので今話すのは止めておいて欲しかった。

 

 

「アルベド。この件についてはナザリックに戻った後に正式な場において説明をする。だから今は待ってくれ」

 

「左様で御座いましたか。至高の御方々の深遠なる御考えを読み取る事が出来ず、少々出過ぎた行動を取ってしまい申し訳御座いませんでした。如何様な罰でもお受け致します。」

 

 

 アルベドはその手に持っていたバルデイッシュを地に置き、跪いた姿勢で俺達の沙汰を待った。しかし罰する気等更々無い。

 今回の件は守護者達にも話を通してない事が多く存在し、更には今説明出来ないという理由も俺個人の疑問が発端だ。

 これでアルベドを責める者が居るとするなら俺が彼女を庇うだろう。

 

 

「顔を上げろアルベド」

 

「はい、エイジ様」

 

「今回は不問だ。それでも罰が欲しいと言うのであればアインズへの忠義を以て返上する様に。それとエイジではなくドモンと呼んでくれ」

 

「畏まりました、ドモン様」

 

「それでいい。……それと、あまり俺達に罰を要求するな。タブラさんの愛娘にそうホイホイと罰を与える気にはなれんよ」

 

「私が……、タブラス・マラグディナ様の……?」

 

 

 はい確定。俺は心の中でアルベドの事を記した書類に判子を押す自身の姿を想像した。

 

 

「取り合えずその話は後だ。アインズもいいな?」

 

「フム……。ドモンには何か考えがある様だな。分かった、そちらは任せる」

 

 

 そこで一旦話を終わらせ、俺達は村人達の待つカルネ村へと戻った。

 

 

//*//

 

 

 ドモン達がカルネ村での一件に対応している頃、カルネ村の方からリ・エスティーゼ王国方向に向かって歩を進める人影があった。

 

 

「リグリット、大丈夫かい?」

 

「あぁ、彼方(あちら)さんも本気では無かった様だからね。ツアーも大丈夫かい?」

 

「まぁ、何とかね。多分中身(・・)の事はバレなかったんじゃないかな?」

 

 

 ツアーと呼ばれた人物はその身に纏う見事な白銀の鎧をボロボロに傷付けられはしていたが比較的軽傷の様で、共に居るリグリットと呼んだ老婆を背負いながらも軽い足取りだった。

 

 

「……リグリット。もしやとは思うが、あれはぷれいやー(・・・・・)なのかい?」

 

「分からん……。分からんが、強さはわしを遥かに超えておった」

 

「あぁ、確かに強かったね。私が本気を出してもどうだったか……」

 

 

 ツアーとリグリットは先程たまたま出合い、交戦した謎の男について心中を吐露し合った。

 

 

「本気のお前さんが無理なら誰が勝てるって言うんだい?」

 

「勝てる勝てないよりも、私はあの男が最後に言った一言が気になる」

 

「……確か、『お前達が悪ならば必ず倒す。しかし、善ならば共に道を歩む事になるだろう』……じゃったか?」

 

 

 この謎の男というのはドモン達の邪魔をさせない為に戦ったシュバルツの事なのだが、無論この事を彼等は知らないでいた。

 

 

「出来ればあんな奴とは二度とやり合いたくはないのぅ」

 

「それはこっちだって同じさ。……うーん、一回本国に戻るべきかなぁ」

 

「わしの事なら心配せんでえぇ。お前さんにはお前さんのやるべき事があるじゃろうて」

 

「私が君の心配を? 面白い冗談だね」

 

 

 ツアーがハハハと笑い声を上げ、その度に鎧がガチャガチャと鳴った。

 それを見てリグリットは苦笑いをするが、まるで何時もの事だと言わんばかりの態度で話し掛ける。

 

 

「取り合えずわしは暫く王都にでも身を寄せるとするかのぅ」

 

「それがいいと思う。最悪、ウチからも近いからね」

 

 

 その後雑談を交えながら、二人は夕闇に消えて行った。

 

 

(じゃが……、あの男。何処かで見た気がするんじゃがのぅ。あんな変な格好の男、そう簡単には忘れんと思うんじゃが……)

 

 

 

 

 

 

 




 如何でしたか? 今回は後に繋がるフラグを幾つも散りばめている回なので少々時間がかかりました。
 丸々の書き直しを三回した為です。
 今回の様に一話書くのに時間がかかりますが、これからもエイジを宜しくお願い致します。
 


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第十七話【神となった日⑤】

 誤情報やプライベートの問題で大変御待たせ致しました。
 今回から皆さん御待ちかねのニグンさん登場です。



 陽がもうすぐ落ちるという頃、カルネ村から離れた平原に一人の男が立っていた。

 

 金の短髪に平凡な顔立ち、容姿としては至って普通であり人混みに紛れれば見失ってしまう事だろう。

 只、その男を一般人とは違う存在として際立たせているものがあった。

 確かに着用している専用の法衣にも目を見張るものはあったがそうではない。

 注目すべきはその頬と眼だ。

 左頬にある刃物によるものと思われる大きな傷はその場所を大きく切り裂いており、既に古傷となっているが見た目にも痛々しい。

 そして眼は硝子細工のように、生気も一分の隙すらも見せない。

 

 眼前に多くの部下を散開した状態で従えるその男の名はニグン・グリッド・ルーイン。

 スレイン法国の誇る裏の特殊部隊六色聖典の一つ、殲滅戦を得意とする陽光聖典の隊長を務める男である。

 

 彼の任務は目の前に息も絶え絶えの状態で立っている男、リ・エスティーゼ王国戦士隊戦士長ガゼフ・ストロノーフの抹殺。

 及び目撃者の処理である。

 

 流れとして、まず囮の部隊に帝国兵の武装をさせ、王国領内の各村を襲わせる。

 そしてそれの討伐隊として送り出されるであろう、ガゼフ・ストロノーフを万全の態勢で襲撃するという計画だ。

 

 若干イレギュラーな要素があったものの、今その計画は果たされようとしている。

 だが、計画成功が目前に迫っているにもかかわらず、ニグンの胸中は穏やかではなかった。

 

 

(何故……、何故お前は私と同じ方向を向いていないのだ、ガゼフ・ストロノーフよ……)

 

 

 ニグンは普段、冷徹に任務をこなす男として知られているが、実際はガゼフに匹敵する熱き男である。

 その熱き心が、民や部下を守ろうと血反吐を吐きながら戦うガゼフに止めを刺したくはないと叫んでいたのだ。

 

 しかし、これは上から言い渡された最重要任務。確実にこなさなくてはいけない。

 もし失敗などすれば、天涯孤独の自分ならまだしも、本国に恋人や友人、更には家族がいる部下達にどんな悲惨な運命が待ち受けるかなど想像に容易い。

 事実、過去に他の部隊で失敗の要因を作ったとされる隊員が家族ごと粛正された事があった。

 故にどんな思いを抱こうとガゼフ・ストロノーフ(この男)は絶対に始末せねばならない。

 ニグンは自らの運命を呪った。

 

 

(……たとえ神に全てを捧げた身であってもこれだけは問いたい。我等が信ずる神(生の神 アーラ・アラフ)よ、何故私にこの様な試練を与えたのですか……!)

 

 

 表情は依然として崩さず、心の中で神に訴えた。

 何故私なのか? 何故今なのか? と。

 

 

(出来るのであればこの男は殺したくない。神よ、どうか御慈悲を……!)

 

だが、必死の願いも空しく、周囲では何も起こる気配は無く、差し迫った時を止めることもできない。

 それにニグンはいつまでも脚を止めている訳にもいかない、奴らの目はどこにあるか判らないからだ。

 ひょっとすると人質を取られ脅迫されている部下もいるかもしれない。ニグンはそう考え一つ大きな息を吐くと覚悟を決めた。

 しかし、彼の無機質な瞳の奥には感情の光が揺らめいていた。

 

 

//※//

 

 

 一方のガゼフは先程迄の事を思い出していた。 

 当初の彼の作戦では、まず敵に対し自分が剣での一撃(テスカの爆炎)を加え注意を此方に引き付けた上での離脱となっていた。

 しかし、敵の妨害によって落馬し作戦は失敗。

 せめて部下だけでもと考えたが、結局彼等はガゼフと共に戦うと戻って来てしまった。

 

 それからの戦いも、神々から与えられた武器と力によって最初こそ押したものの、次から次へと召喚される天使達に押され今や立つのは深手を負う己のみ。

 部下達も重症を負っていたが、皆息はある様で、これも、先程神から与えられた力によるものなのだとガゼフは思った。

 彼は二柱の神(ドモンとアインズ)に心の中で感謝をし、それと同時に謝罪をした。

 

 

(偉大なる神々よ、誠に申し訳御座いません。どうやら私はここまでの様です。どうか村の者達を……!)

 

 

 ニグンと同じく、ガゼフもまた覚悟を決めた。

 

 

「不様だ……。非常に不様な姿だな、ガゼフ・ストロノーフよ」

 

 

 ニグンの嘲りを含んだ声がガゼフの耳に届く。だが、この言葉は彼の本意ではない。

 何故なら、ニグン自身は今のガゼフのことを、寧ろ尊敬すらしているのだから。

 その身を危険に晒してまで他者を守ろうとしている勇者として。

 

 この言葉の真意は上層部の手の者、つまりはスパイへの配慮である。

 ニグンはこれまでも只ひたすらに命令を遂行してきた。

 どれだけの悲鳴が鼓膜を叩こうとも、数多の命が失われようとも。これしかないのだと言い聞かせて。

 

 けれども、その努力もたった一回のミスで帳消しになってしまうかもしれない。ニグンはその恐怖と戦い続けて来た。

 その為彼はいつも冷徹な男を演じてきたのだ。

 

 

「正直な所、その妙な剣とお前達にかけられた魔法には最初驚かされもしたが……。どうやらここまでの様だな」

 

 

 まるで然したる問題も無く勝利を収めたかの様に話しているが、実際その戦闘内容は辛勝そのもの。

 ガゼフがドモンから手渡された(テスカ)の力は凄まじく、その威力に最初はニグン達陽光聖典の者達も驚き、そして圧倒されかけた。

 

 されどそこは法国が誇る特殊部隊、すぐに陣形や戦法を長期戦向けに変え対応した。更にはガゼフが力の制御に慣れていなかった事も大きかった。

 

 その結果、何とか陽光聖典は勝利を掴む事が出来たのだった。

 死傷者や切り札(・・・)すらも出さずに終われたのは最早奇跡であろう。それまでにガゼフの持つ剣の力は凄まじかったのだ。

 ニグンは内心冷や汗どころではなかったのである。

 

 

「……最後に聞いておこう、ガゼフ・ストロノーフ。その剣と魔法、それらは誰に貰った力だ?」

 

「神だ……」

 

「何?」

 

「偉大なる神に頂いた力だと言ったのだ」

 

 

ニグンは己の耳を疑った。

 

 

(作戦行動中でたまたま行った村に神が居たと言うのか? バカバカしい。)

 

 

ニグンはそれを言葉にしてガゼフにぶつけずにはいられなかった。

 

 

「ハッ! 落ちぶれたものだなぁ、王国戦士長も。神ぃ~? 神だとぉ? 貴様等王国の人間などに神の祝福があったとでも言うのかぁ?」

 

 

 ニグンは自らへも突き刺さる言葉を並べていく。それは正に八つ当たりのであった。

 

 

「貴様等の元に神など居はしなぃっ! どうせ旅の冒険者かそこらの人間にかけて貰った魔法だろうがぁ!」

 

 

 そんな筈はない。戦士達にかけられたものは自分達が使える様な魔法ではない、遥かに高位のものだ。

 ガゼフが持っている剣も伝説に語られる様な代物だろう。

 そんな物を冒険者がそう簡単に手渡すとは思えない。ニグンはその何者かにはっきりと恐怖を覚えた。

 

 

「もういい……。

どの道お前はここで終わりだ、ガゼフ・ストロノーフ……。

全天使っ! 攻撃態勢っ!」

 

 

 ニグンが手を掲げ部下達は攻撃態勢をとる。

 

 

(俺もここまでか……。陛下、お役に立てず申し訳御座いません。偉大なる神々よ、どうか村人達を御守り下さい)

 

 

 ガゼフはせめて隊長と相討ちに、その覚悟で剣を握る手に力を込め直した。

 その時だった。

 

 

「待てえぇぇぇいっ!!」

 

 

 突如響く大声と共に何かが天から降って来た。

 地面と衝突したその衝撃は凄まじく、辺りに土砂の嵐が吹き荒れる。

 

 

「な、何だぁっ!?」

 

「!? ニグン隊長! あ、あれを見て下さい!」

 

 

 副隊長の言葉を聞き、ニグンは素早く何かが落ちた方を見た。

 

 

 「あれは……、何だ……?」

 

 

 もうもうと立ち込める土煙の中から何者かが立ち上がった。

 その何者かはおもむろに手を振り、途端に強風が吹き荒れる。

 

 

「うおぉぉぉっ!?」

 

 

 その風が止み、ニグンが恐る恐る目を開けるとそこには竜を象った物と思われる見慣れない鎧を着た人物が立っていた。

 赤いマントを(なび)かせるその人物にニグンは警戒心を強めた。

 

 

「貴様ぁ……、何者だ……!」

 

「俺は神……。名を武神覇竜ドモン・カッシュと言う」

 

「はぁ? 神だと?」

 

 

 ニグンは思わず抜けた声を出した。いきなり現れた男(?)が自分を神だと言えば当然の反応である。

 

 

「ドモン……さ……ま、何故……?」

 

「間に合って良かった。どうやら無事の様だな、ガゼフ」

 

 

 ドモンはガゼフ達が無事なのを確認すると胸を撫で下ろした。

 そんなドモンをガゼフは驚きの表情で見詰める。

 何故ここに居るのかと問い質したいのだ。

 

 

「そんな顔をするな。村人達なら大丈夫だ」

 

「そ、そう……ですか。あ、いやそうではなく──」

 

「話は後だ、取り合えずお前は休んでいろ」

 

 

 そう言ってドモンがガゼフと彼の部下達を順に指差すとその身体が浮いた。

 

 

「おぉっ!?」

 

「心配するな、後ろへ動かすだけだ」

 

 

 彼等を後方へ動かしながらドモンが言う。

 低位の魔法で主にダンジョン内のオブジェクト等を動かす為のものである。

 消費する魔力量や対象の抵抗力等によって生物も動かす事が出来る。

 ドモンがガゼフ達を自分の遥か後ろへと移動させた後、どこからか声が聞こえてきた。

 

 

──ふぅ、どうやら間に合った様だな。

 

「こ、今度は何だ!?」

 

「ひぃっ!?」

 

 

 突然門を象った闇が出現し、そこから悪魔の騎士を従えた死神が現れる。

 アインズがドモンを追ってアルベドと共に転移したのである。

 

 

「ドモンよ……急く気持ちは分かるが、せめて転移を使え。村人達がかなり驚いていたぞ」

 

「すまん、身体が先に動く性分なんでな」

 

 

 ドモンと何気無く会話するアインズに陽光聖典の者達は驚愕した。

 それは勿論急に現れた事もそうであったが、真実は別の所にあった。

 

 

「ス、スルシャーナ様……?」

 

「お、おい。あの御方はスルシャーナ様じゃないのか……?」

 

 

 陽光聖典側がざわめく。それを見たドモン達は不審に思った。

 

 

《スルシャーナ様? なんじゃそりゃ?》

 

《アインズさんを見て言ってるみたいですね》

 

《んー、一応読んで貰えますか? 何かの参考になるかもしれないんで》

 

《了解です》

 

 

 二人がそんなやり取りを伝言(メッセージ)で行っている間にも陽光聖典達の会話は止まらない。

 

 

「な、何でスルシャーナ様が彼方側に居るんだ? 俺達を守護して下さっている方じゃないのか?」

 

「ま、まさか俺達は見放されたのか!?」

 

 

 兵士達は口々に自分の考えを言っているが、そこに一人だけ口を閉ざしたままの男が居た。

 陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインである。

 

 

(ま、まさか本当に死の神スルシャーナ様なのか!? まさか実在したとは……。だとしたら何故ガゼフ・ストロノーフを守る形で側に居られるのだ!?)

 

 

 口を閉じ、いかにも冷静な様に見えるが彼の頭の中には思考の嵐が吹き荒れていた。

 そしてドモンがそういった陽光聖典の心や情報をある程度読み、その情報を整理してアインズに伝える。

 

 

《──とまぁ、ざっくり言えばこんな感じですかね》

 

《フム、六大神……か。俺達と言う例があるのでプレイヤーの可能性がありますね》

 

《えぇ、俺達も神と言ってすんなり通りましたから、その六大神とやらは高レベルプレイヤーの可能性がありますね。取り合えずはそのスルシャーナ様とやらのフリをしますか? 俺個人の考えとしては後々問題が発生する可能性を指摘しますが》

 

《んー、止めておきます。ドモンさんの言う通り今後のリスクが高くなりそうなので》

 

《分かりました。まぁ、既に俺のせいでリスクの高い行動を取ってしまっているんですがね……》

 

《その話は戻ってからしましょう。今はこの場を切り抜ける方が優先ですから》

 

 

 ドモン達が話を切り上げた後も陽光聖典の者達は騒いでいた。

 彼等自身は少し話し込んでしまったかと思っていたが、思考を加速させた状態での会話だったので特に問題は無い様だった。

 

 

「さて……」

 

 

 アインズの静かな、それでいて不思議と響く声に陽光聖典の者達の身体がビクッと跳ねた。

 

 

「軽く自己紹介でもさせて貰うとしよう。私の名はアインズ。死と大いなる慈悲を司る神、死の支配者アインズ・ウール・ゴウン」

 

「そして俺の名はドモン。武と義を司る神、武神覇竜ドモン・カッシュだ」

 

 

 名乗りを済ませると再びざわつきが起こった。

 陽光聖典の者達は自身の知る神と目の前の存在の名前に食い違いがある事に戸惑っていた。

 

 

「ア、アインズ・ウール・ゴウン? スルシャーナ様じゃないのか!?」

 

「だ、だが御姿は伝承の通りだぞ!?」

 

「違う……。私はスルシャーナではない」

 

 

 アインズの放った否定の言葉に再び陽光聖典の身体が跳ねる。

 まるで父親に叱られるのを恐れる子供の様だ。

 

 

「先程も言ったが、私の名はアインズ・ウール・ゴウン。断じてスルシャーナと言う名ではない」

 

「し、しかし……!」

 

「くどい……!」

 

 

 ニグンの言葉をアインズは静かな、それでいて力のある一言で黙らせる。

 

 

(どういう事だ!? スルシャーナ様ではないだと!? いかん、混乱してきた!)

 

 

 ニグンは今の状況を整理する為頭を回転させるが、情報が少ない為結論には至らなかった。

 故に現状最も優先すべき質問を投げ掛ける。

 

 

「で、ではアインズ・ウール・ゴウン……殿。貴方は一体何をしにこの場へ?」

 

「無論、後ろに居る傷付いた王国戦士隊を救う為だ」

 

「!!」

 

 

 ニグンは一気に青ざめた。実力を見た訳ではないがこの者達は危険だと感じていたからだ。

 先程このアインズ・ウール・ゴウンと名乗る存在が使った魔法もニグンは見た事が無い。辛うじて転移魔法だと分かる程度。

 彼の長年の勘が告げている。早く逃げろ、と。

 

 

(見た事の無い魔法、証拠がある訳ではないがこの状況で自らを神と名乗る大胆さ。不味い……自分の勘を信じるなら撤退だ。しかし……)

 

 

 ニグンはこの任務へと向かう前に、自身の直接の上司である神官長からスレイン法国のトップである最高神官長からの言葉を受け取っていた。

 

 

──ニグン・グリッド・ルーインよ、此度の任務に失敗は許されない。もし失敗すれば……、分かっておろうな?

 

 

 その後の言葉は容易に想像出来た。

 もし失敗すれば自分だけでなく、部下やその大切な者達も粛正の対象になるだろう。それだけは何としても避けねばならない。

 撤退か交戦か、ニグンの決断は……。

 

 

「全天使をあの二人に目掛けて突撃させろ!」

 

「隊長!? し、しかし……!」

 

「あれは神ではない! 神を名乗る不届き者だ! 急げ! 何としてでもガゼフ・ストロノーフを抹殺するぞ! 神ではないとしても相応の実力を持っていると考えろ!」

 

 

 ニグンの判断は交戦であった。例え戦闘で敗北するとしてもガゼフさえ殺せば此方の勝利。

 あの二人の横を一体でも天使が通れば……。ニグンはそう考えていた。

 だが、その直後に彼は己の認識の甘さを呪う事になる。

 

 

「ドモン、範囲攻撃の実験を行いたい。少し離れていろ」

 

「構わん、そのまま撃て。俺も自身のスキルを確かめたいからな。それに……」

 

 

 ドモンは攻撃態勢を取る天使の大軍を見ながら言った。

 

 

「俺を殺し得る全体攻撃など、世界級アイテム以外存在を知らん」

 

「……それもそうだな。良し、アルベドは下がっていろ。王国戦士隊を守ってやれ」

 

「了解致しました、アインズ様。それが御望みとあらば」

 

 

 ドモンの自信過剰とも取れる言葉にアインズは自身の横に立つ男の強さを改めて思い出し、その言葉を肯定した。

 それと同時にアルベドを巻き込まない為後方へ下がらせる。

 

 

「急げ! 奴等が何か仕掛けて来る前に突破しろ! そうすればガゼフ・ストロノーフは目の前だ!」

 

「りょ、了解!」

 

 

 部下達は未だ相手が死の神スルシャーナとの疑念を抱いており、返事にもそれが表れていた。

 ニグンは部下達のその考えを感じており、危険だと分かりながらも行動を急がせた。

 

 そして天使達の突撃。数に任せ、その内の一体だけでも奴等の横を潜り抜けられれば勝利は目前だとニグンは考えた。

 しかし。

 

 

「では行くとしよう……。『負の爆裂(ネガティブバースト)』!!」

 

 

 アインズが魔法を唱えた瞬間、その身体を中心に凄まじい負の波動が広がる。

 その結果、天使の大軍は強大な負の力に押し潰され全て光の粒子となって消えた。

 

 

「バ、バカな……。」

 

 

 辺りに聞こえるのはニグンの漏らした信じられないという旨の言葉。

 

 

「結果はどうだ? ドモン」

 

「良好、と言った所だ。範囲攻撃にも問題無く発動する。そちらも問題無い様だな」

 

「あぁ」

 

 

 神を名乗る二人組が何か話しているが、それは陽光聖典の耳には届かない。

 そこまで大きな声ではなく、距離も離れていた事も挙げられるが、一番の理由は皆余りの衝撃に言葉を聞く理由すらなかったからである。

 

 

「あ、有り得ねぇ」

 

「て、天使の召喚を無効化したのか?」

 

 

 いや、違う。ニグンは一人心の中で思った。

 今の消滅の仕方は間違いなく【力】によって消し飛ばされた時の物だ。

 部下達の中にも気付いているの者達は居るのだろうが、それを素直に認めたくないのだろう。

 自分達が立ち向かわなければならない相手が異常なまでの強さを持っている事を。

 

 

「怯むな! 天使を再召喚し、今度は散開させるんだ! 急げ!」

 

 

 陽光聖典の兵達は己を無理矢理奮い起たせ了解と叫ぶ。そして天使を再召喚し散開させた。

 

 

「次は俺に任せて貰おう」

 

 

 散開した天使達の前に今度はドモンが前に出た。

 迫り来る天使達。それに対しドモンが行った行動は只腕を組んだまま静かに目を閉じただけだった。

 構えをとる訳でも無く、また魔法を唱える訳でも無い。

 目を閉じている状態を陽光聖典の者達が伺い知る事は出来なかったが、只静かに待つその姿を見たニグンは背筋に冷たいものが伝う感覚を覚えた。

 

 

(やはり得体が知れない……! 何だ! 何を仕掛けてくる!?)

 

 

 ドモンとアインズに向かって天使達が迫り、そして何をされる訳でも無く通り過ぎた。

 

 

(何もしない……だと!?)

 

 

 ニグンは一瞬だけ安堵したが、その考えはすぐに否定される事になる。

 傷付いた王国戦士団の前で天使達が停止したのだ。すぐ目の前に目標が居るにもかかわらず。

 アインズ・ウール・ゴウンの従者と思わしき戦士も武器を構えてはいない。

 その様子を見て自分の右腕である副隊長に問いかける。

 

 

「!? お、おい! 何故天使を止めた!? 早くガゼフ・ストロノーフを始末させろ!」

 

「い、いえ私達は何も……!」

 

「何だと……!? 一体どういう……」

 

 

 そこでニグンの言葉は止まった。普通に考えて有り得ないものを見てしまったからだ。

 

 

「何だ……、あれは……」

 

 

 ドモンの横を通り過ぎ停止した天使達が、まるで見えざる手によって天に還される様に光となっていくのだ。

 一体、また一体と光になっていき、とうとう全ての天使達が消えた。

 

 

「な、な、何をしたぁっ!?」

 

 

 先程のアインズ・ウール・ゴウンの事は理解出来た。

 信じたくは無いが、あれは圧倒的な魔力によって行われた攻撃だ。

 しかし今度は違う。理解不能な何か(・・)を行って天使達を無力化したのだ。

 

 

 「何をしたか……だと?」

 

 

 ドモンの言葉をニグン達は恐れ、逃げ出したくなる気持ちを何とか抑えながら聞いた。

 

 

「タネも仕掛けもありはしない……。只一撃を入れただけだ」

 

「……は? 何だと?」

 

 

 ニグンはその言葉を簡単には信じられなかった。

 ニグンは魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。従って近接戦闘に特化している訳では無く、近距離で振るわれた自身と同等かそれ以上の戦士の攻撃を全て見切るのは困難だ。

 しかし今は少し離れた距離で見る形になっており、更にはその一撃を加えたという対象の天使も大量に居た。

 にもかかわらずその一撃とやらが全く見えなかった(・・・・・・・・)

 

 

「バカなぁっ! ハッタリだぁっ!」

 

「ハッタリ等では無い。証拠を見せてやろう……」

 

 

 その言葉と共にドモンがニグン達に向かってゆっくりと歩き始める。

 

 

「う、うわぁっ! ショ! 『衝撃波(ショック・ウェーブ)』!!」

 

「ひいぃっ! ポ! 『(ポイズン)』!!」

 

 

 ドモンから溢れる威圧感に負け、パニックを起こした兵士達が魔法を放つ。が、それは全てドモンの手前で弾かれた。

 陽光聖典の者達とドモンとの圧倒的なレベル差から生まれた結果である。

 魔力抵抗が高過ぎるのだ。

 

 それを見た兵士達は益々パニック状態を加速させていく。

 自分達が血と汗にまみれながら修得した技術の結晶が全く通用しない。

 その事は、一人の隊員にアインズに向かってのスリングによる(つぶて)の一撃を選択させた。

 

 

「ひゃあぁぁっ!!」

 

 

 刹那。大気が震えたかの様に思われた。

 次の瞬間にはドモン達の前に後方へと大きく距離をとっていた筈のアルベドが居た。

 その手に持った巨大なバルディッシュは既に振るわれており、それを片手でドモンが受け止める形で静止していた。

 そしてもう片方の手で今撃ち込まれた礫を受け止め、ドモンはそのままアルベドに問い掛ける。

 

 

「アルベド……。何をしている?」

 

「ハッ!」

 

 

 バルディッシュを納め、ビシッと足を揃えてアルベドが答える。

 

 

「あの下等生物が愚かにも偉大なる御方々に下らぬ飛び道具などを使用致しましたので……、それを打ち払うべく行動した次第に御座います」

 

「下らぬ……飛び道具か」

 

「はい。恐れながら、偉大なる御方々に対しての攻撃としては余りにも貧弱。これは御二方への侮辱に等しい行為かと……」

 

 

 本心からの行動、そして言葉故にアルベドにも力が入る。

 それを(なだ)める様にドモンは言った。

 

 

「侮辱か……。俺は違うと思うぞ?」

 

「……と、仰られますと?」

 

「教えてやりたいのは山々だが今はやる事がある。下がっていろ」

 

「……畏まりました」

 

 

 ドモンの言葉を聞き一礼した後、アルベドは再びアインズの後方。王国戦士隊の側へと下がった。

 

 

「さて、人の子達よ」

 

 

 ドモンが何気無く放った一言にニグン達はまたもや身体を跳ねさせる。

 

 

「まだ続けるか?」

 

 

 その一言にニグンは含みを感じた。

 それはこれ以上やっても時間の無駄だと言うものだった。

 ドモンがわざと口にした言葉ではあったが、ニグンからしてみれば圧倒的強者のみに許される余裕から来るものに他ならなかった。

 それに対してのニグンの答えは……戦闘の継続。

 元より後退など出来はしなかった。

 

 

「プ! 『監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)』! かかれっ!」

 

 

 ニグンの命令に反応し、今まで彼の横で微動だにしていなかった天使がその大きな翼を広げ動き出す。

 

 

《アインズさんどうしますか? 俺がちゃちゃっと倒しても構いませんが……》

 

《そうですね。奴等が何か切り札を持っていると言うなら話は変わりますが……》

 

《ちょっと待って下さい。……ありますね、切り札》

 

《なら……》

 

《いや……、これ切り札なのか?》

 

《どしたんですか?》

 

《うーん、あのですね……》

 

 

 ドモンの話を纏めるとこうなる。

 ニグンは確かに切り札を持っていた。ユグドラシルにも存在した『魔法封じの水晶』と言うアイテムの中に封じ込められた最高位天使だ。

 

 しかし重要なのはここからである。その天使がハッキリ言って弱い。弱過ぎるのだ。

 『威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)』。

 それがニグンが隠し持っている水晶に封じられている天使の名である。

 大層な名前だがドモンやアインズからしてみれば只の雑魚。

 ここまでの話でも分かる通り、二人は相手が弱過ぎて逆にどう対応するか悩んでしまったのだ。

 

 

《誤算だ。……下手すると熾天使級(セラフクラス)は出てくると思って覚悟してたんですが》

 

《やはりこの世界のレベルはかなり低いと言う事でしょうかね? よく聞く非合法の精鋭部隊でこの程度ですから》

 

《うーん、断言は出来ませんが遠からずって所ですかねぇ……。少なくとも人間のレベルは》

 

《どうします? 思考加速にも限度があるからそろそろ決めないと》

 

《……よし! ドモンさん、目の前の天使ぶっ飛ばしちゃって下さい》

 

《いいんでs……あぁ、分かった。アインズさんまた何かしら実験するつもりでしょ?》

 

《御明察》

 

《了解だ。我が友よ》

 

 

 ドモンが口調を戻す為の言い方をするとアインズがぼそっと誰にも聞こえない様に呟いた。

 

 

「せめて伝言(メッセージ)の時位は砕けたままでいて欲しかったなぁ……」

 

「どうかなさいましたか? アインズ様」

 

「いや、何でも無い」

 

 

 急に落ち込んだアインズの姿を見てアルベドが声をかけるが、それをアインズは少し素っ気ない態度で返す。 

 その態度にアルベドはアインズ様のいけず……。でもそこがまた……。と一人で呟いていた。

 

 

「さて、ちゃっちゃと終わらせるとしよう」

 

 

 迫り来る天使を前に、ドモンはマントを(なび)かせながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 第一回「誰だお前?」選手権!
 今回はニグン・グリッド・ルーインさんでしたー!
 ……茶番は置いといて、如何だったでしょうか?
 次の話もほぼ出来上がっており、数日中に上げる予定です。
 書くことあまりなくてごめんなさい。


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第十八話【神となった日⑥】

 すっかり日が落ち、周囲が闇夜に支配された頃。ドモン達の目の前で一体の天使(モンスター)が、その身体を真っ二つに切り裂かれ崩れ落ちた。

 

 その後ろでは、陽光聖典隊長ニグンがまるでこの世の終わりを迎えた様な顔をしている。

 

 

「ぶ、ぶぁ……。ぶぅわかなあぁぁぁっ!!」

 

 

 ニグンの絶叫が木霊し、その後暫しの静寂が訪れる。

 ドモンが心を覗くが、やはり隊長(ニグン)が召喚していた天使、そして切り札である最高位天使を瞬く間に倒されたのが余程堪えた様だ。

 ニグンは勿論の事、他の隊員達の心も最早見るのも哀れと言った内容だった。

 

《この後の事を考えて、実力を見せつつもあまりインパクト与え過ぎない。……つもりだったんだけどなぁ》

 

《しょうがないですよ。あの程度のモンスターが『現断(リアリティ・スラッシュ)』を耐えたら逆にこっちが慌てますって》

 

《魔法選択ミスったかなぁ……。凄いリアクションしてるよ、これでオカシくなっちゃったりとかしないよな……》

 

《いや、俺は良いチョイスだと思いましたよ? 流石はアインズさんだ、って》

 

《……》

 

《どうしたんですか?》

 

 

 アインズはいや何も、と言って伝言(メッセージ)を切ってしまう。

 何か悪い事を言ってしまったのだろうか? もしそうなら後で謝っておこう。

 ドモンがそんな風に思っていると、いつの間にかアインズとニグンの間で話が少し進んでいた。

 

 

「私達が何者か……だと?」

 

「そうだ! あなっ……! いや、お前達の様な者達が今まで無名だったなど信じられるかっ! 一体何者なんだ!? 本当の名前を言え!」

 

「さっき名乗った通りだよ、私は死と大いなる慈悲を司る神アインズ・ウール・ゴウン。そして横に居る彼は、武と義を司る神である、武神覇竜ドモン・カッシュだ」

 

「バカな事を言うなあぁぁっ! 

 神など……、神など本当に居てたまるかあぁぁっ!」

 

 

 信仰国家の部隊長としてあり得ない言葉がニグンの口から飛び出る。

 その言葉に部下達も驚いていた。当然の事である。

 ドモンはニグンの心を事前に見ていた為特に驚きはしないが、同情はした。

 今、ニグンの心の中はこんな考えで一杯だったのだ。

 

 

──お前達が神ならば何故、自分が罪も無い者達を手にかけた時に止めてくれなかったのか?

 

 

 この陽光聖典は殲滅戦を主とする部隊、今まで数々の集落を滅ぼして来た。

 彼等が所属するスレイン法国は人間至上主義を掲げ、殲滅するのは主に亜人種の集落などだったが、滅ぼした集落の中には一般の村、つまりは人間すらも標的となる事もあった。

 

 その理由は多々あったが、結局、人を殺める事に代わりはなく、ニグンはそのことに憤りを感じていた。

 

 

「悲しいものだな……。だが、俺も人のことは言えないか……」

 

 

 ドモンは誰にも聞こえない様に呟いた。

 と、その時。

 

 

「今度は……、一体何なんだ」

 

 

 悲痛な叫びを過熱させていたニグンが空を見上げ力無く言った。

 突然空、つまりは空間にヒビが入りそしてすぐにまた元通りの空に戻ったのだ。

 

 

「何者かが今の状況を覗き見ようとしたらしいな。神を見下ろそうとする不届き者が。」

 

 アインズの言葉にニグンがもしや本国が、と漏らす。その顔は心無しか青ざめていた。

 知らぬ間に監視されていた、しいては部下の家族達に危害が及ぶかもしれないという事に対しての表情だった。

 

 

「安心しろ。私とドモンの攻性防壁が働いたから見られてはいない筈だ。……と言うかその暇は無いと思うぞ?」

 

「どういう……事だ……?」

 

 

 アインズが言った事の真意を知りたいニグンは、恐る恐ると言った感じで聞き返す。

 

 

「私は覗き見た者に対し、範囲強化を施した『爆裂(エクスプロージョン)』と言う周囲に大量の爆発を起こす魔法を放った」

 

「そして俺は、第八位階相当の竜の化身(アバター)を送り込んだ」

 

「そ、そんな……。では、今本国は……」

 

「大惨事だろうな」

 

「!!」

 

 

 ニグンの顔が先程よりも更に青くなる。

 

 

「心配するな。罰を与えるのは俺達神を見下ろそうとした不届き者だけだ、お前が不安になる様な事態にはならんよ」

 

「どういう……意味だ……?」

 

 

 ドモンの言葉の意味が分からず、ニグンは聞き返す。

 

 

「お前の大切な部下達、その家族や友人までには被害は及ばんだろうという事だ、安心しろ」

 

「全てお見通し……という訳ですか……、神よ」

 

 

 とうとうニグンは折れた。

圧倒的実力。全てを見通す眼力。そして愚かにも逆らった自分達にまでかける慈悲。

 ここまでされてはもう疑う余地は無かった。

 

 

「神々よ……。これから我等はどう処罰されるのでしょう……」

 

「死を以て」

 

 

 アインズは冷たく、そして静かに言った。

 その言葉は陽光聖典の者達を悲しみの底へと叩き落とすには充分な言葉だった。

 皆泣き、家族に謝罪をし、友人や恋人へ来世でまた会える様祈った。

 

 

「どうにも……、ならないのでしょうか。せめて部下達だけでも……」

 

 

 土下座をし、掠れた声で涙ながらに部下の助命をする隊長(ニグン)の姿は、部下達の涙腺を再び刺激するには充分だった。

 

 

「どうにもならん、これは償いなのだからな」

 

 

 アインズの言葉はニグンの心を抉った、しかし、アインズはまだ言葉を続ける。

 

 

「只……幾ら私達と言えど、他者を守る為命を賭けて戦う男には怯んでしまう……やもしれんな」

 

 

その言葉にニグンはハッとした。

 

 

「有難う……御座います……! 有難う御座いますっ! 有難う御座いますっ!!」

 

 

 ニグンは顔から流れる様々な体液を拭きもせず、その頭を地面に擦り付けた。

 

 

「隊長!」

 

「ニグン隊長! 駄目です!」

 

「静まれ!」

 

 

 ニグンの大声に部下達はピタリと叫ぶのを止めた。

 それを確認したニグンはゆっくりと立ち上がり、そしてぐしゃぐしゃになったままの顔で優しく笑った。

 その笑顔は、お前達が助かればそれでいいんだと語っていた。

 

 

「偉大なる神々から与えて下さった御慈悲を、お前達は無下にするつもりか。」

 

「ニグン……隊長……」

 

「お前達に隊長として最後の命令を下す。生きろ、そして大切な者達を守るんだ。」

 

「そんな!」

 

「隊長だけに押し付けるなんて!」

 

「さっきあれ程泣き喚いていたのに都合がいいのは分かってます! それでも!」

 

 

 部下達が自分の存命を望む声を止むことが無く、とうとうニグンは怒りに表情を変え叫んだ。

 

 

「黙れっ! ……副隊長、後の事は任せる。私の事ならば、王国と繋がっていた裏切り者として処理をしたと伝えよ」

 

「ニグン……隊長……。止めて下さい……、それではあんまりだ……」

 

「その結果! ……妨害に遇い、ガゼフ・ストロノーフに深手は負わせたものの作戦は完遂出来なかったと。……なに、お前達の様な立派な兵をそうそう切り捨てはせんだろう」

 

 

 ニグンは顔を裾で拭くと、微笑みながら副隊長の肩を力強く握った。

 そして、ドモン達の方へ振り向いた時、そこには決死の戦いをしようとする男の顔があった。

  

 

「別れの挨拶は……済んだ様だな」

 

 

 ドモンの言葉に只頷いてニグンは肯定の意を示した。

 

 

「改めて……名を聞こうか……」

 

「我が名は! スレイン法国特務部隊六色聖典が一つ、陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーイン! 生涯最期の秘術、とくと御覧あれ!」

 

 

 開始の合図を自らとったニグンは眼を閉じ、両手を眼前で握りしめ力を込める。

 神に対しての祈りを捧げるポーズではあるが、その迫力たるや見事なものであった。

 

 

「うおぉぉぉっ!!」

 

 

 自身の身体から魔力のオーラが溢れていき、それがどんどん大きくなっていく。

 そのオーラが自分の身体の二回り、更にはそれを上回る程大きくなると、やがて天使の姿を象る。

 そしてニグンは眼を見開き、叫んだ。

 

 

「秘術『御遣い降ろし』!!」

 

 

 夜に支配されていた平原が一瞬、黄金色に塗り替えられる。

 その光は凄まじく、部下達が思わず眼を瞑ってしまう程であった。

 

 やがて部下達が眼を開けると、ドモンとアインズの前に、天使を象る金色のオーラを纏うニグンが現れていた。

 

 

「……確かに秘術と言うだけあって大幅に強化されていると見た。……だが。」

 

 

 ドモンの言葉にニグンは一筋の汗を流す。

 

 

「代償が大きいのだろう? お前の眼に苦痛を感じる。」

 

 

 実際には心を覗き手に入れた情報だが、あくまで武神の眼力によって見通したという形で話す。

 

 

「やはり偉大なる神には隠し通せるものではありませんな……。その通りです、この技は私の命を削りながら戦うものです。」

 

「文字通り命を賭けて戦う……と言う事か。」

 

「はい。」

 

「アインズ、悪いが俺がやらせて貰うぞ。この男の命の輝きを感じてみたい。」

 

「構わん。最初からそのつもりだ。」

 

 

 アインズが背中を向け、そのままアルベドの側まで行く。

 その後ろでは剣を杖代わりにするガゼフも居た。

 膝をついた状態ではあったが、部下の為に命を賭けて戦う男の姿を眼に焼き付けようと行く末を見守っていた。

 そして、自分の側まで来たアインズにアルベドは小声で質問をする。

 

 

「アインズ様。何故ドモン様はすぐに止めを刺そうとしなかったのですか?」

 

「ん? あぁ、何と言うかその……演出だよ。」

 

「演出?」

 

 

 アルベドはドモンとアインズとの間で作られた脚本を知らず、頭に疑問符を浮かべていた。

 そして準備が整ったニグンがドモンに攻撃を仕掛けていく。

 

 

「でりゃあぁぁっ!!」

 

 

 ニグンの鬼気迫る咆哮と共に、幾つもの光弾が放たれた。

 だが、ニグンの放った光弾はことごとドモンの魔力障壁によって無力化されてしまう。

 

 

「どうしたっ! お前の覚悟はこの程度かぁっ!」

 

「まだっ……! まだですっ!」

 

 

 その後も様々な攻撃を繰り返すが、その全てが無力化され、そして、ドモンがこの戦いの最後を告げる。

 

 

「終わりの様だな……」

 

 

 ニグンを覆っていた天使を象るオーラがみるみる薄れていく。

 部下達は力の限り叫び応援したい気持ちを堪え、その様子を見ていた。

 

 

「さ、最……がぶぉッ! 最後の……一撃をお見せします」

 

 

 身体の限界を越え、大量の吐血をしながらニグンは言う。

 

 

《最後の一撃とか言ってますが、大丈夫ですかね?》

 

《……どうやら、魔力を急激に圧縮させての自爆を狙っている様です》

 

《え? それは……、まぁ貴方の事だから大丈夫でしょうね》

 

 

 ドモンとアインズは伝言(メッセージ)で次の手に対しての話をした。そしてこの後の話の流れも。

 

 

《この後は予定通り進めましょう。監視していた奴等の話はナザリックに戻ってからの方がいいでしょうし》

 

《分かった、ドモン》

 

《急に何ですか?》

 

 

 あ、いえ何でもないです。と言って伝言(メッセージ)を切ったアインズ、それに対しドモンは疑問を覚えた。

 

 アインズとしては先程の対応をそのままお返ししたに過ぎないのだが、その目論見はドモンのスルースキルによって打ち砕かれた。

 そんな事になっているとは夢にも思わない、ドモンは改めて相対する男を見る。

 ドモンの目の前ではニグンが魔力を凝縮させつつあり、彼の言葉を借りるのならば、最後の一撃を放つ為の準備をしていた。

 

 そして、魔力の臨界近くまで来た時、ニグンはドモンに向かって走り出す。零距離で魔力を放つ為である。

 

 

「 去らばだっ! お前達っ! 今度は良い隊長に巡り会える事を祈っているぞぉっ!」

 

「隊長! 行かないで下さい!」

 

「貴方以上の隊長なんて居ません!」

 

 

 兵士達は走り行くニグンに自分の思いの丈を次々とぶつけてゆく。

 

 

「俺達知ってるんです! 貴方がいつも俺達の事を気にかけて一人で危険な任務を受けていた事を!」

 

 

 彼らの言葉を背で受けながらも男は走り、そして願う。

 

 

(俺は……、本当に良い部下を持てた。お前達は俺の誇りだよ……)

 

 隊長、隊長と、彼らは男を思い、慕う言葉は止まることはない。

 そして男は彼らを思い、ドモンとの距離を詰めていく。そこへ。

 

 

「ニグンッ!!」

 

 

 別れを告げるようにガゼフが叫ぶ。

 しかし、その言葉はまるで仲間を奮い立たせるかのようにも聞こえた。

 いや、もう仲間だったのかもしれない。

 思わず下の名前で呼び掛けてしまった程なのだから。

 

 

(ガゼフ、お前は俺の憧れだった。出来れば同じ方向を向きながら戦いたかった……)

 

 

 血に濡れた口元を緩ませ、ガゼフを見て不敵に笑う。

 そしてドモンの目の前に辿り着いた時、全ての力を解き放った。

 

 

(……もし、生まれ変わる事が出来たなら……)

 

 

 自分を中心に暴走した魔力が広がっていく。

 

 

「今……度……、友と……し……て……

 

 

 その言葉を遺し、男(ニグン)の意識は光の中へ消えた。

 

//※//

 

 

 次にニグンが気付いた時、彼は暗闇の中を漂っていた。

 地面を感じる事はなく、辺りも闇に包まれていた。

 だが、周囲を闇に囲まれているにもかかわらず何故か不安などは感じない。

 

 ここが死後の世界なのか、と考えていた時、ふと思い出す。先程までの戦いの事を。

 

 

(あいつらは無事に本国に戻る事が出来ただろうか……。いや、恐らく大丈夫だろう)

 

 

 出会って半日も経っていなかったが、不思議とあの神々、特にドモン・カッシュと言う名の神には深い信頼を寄せていた。

 

 

(妙な話だ……。出会って間もないばかりか、一方的に倒されたというのに……)

 

 

 そうして闇に身を任せ漂っていた時、不思議な事が起こった。

 周囲の闇が形を作り、それがまるで骸骨の頭部の様になったのだ。

 

 

──目覚めよ、ニグン・グリッド・ルーイン。お前の覚悟、しかと見せて貰った。

 

 

 髑髏がそう言うと、目の前の闇が手の形となり、手を返して平を見せる。

 

 

──お前が望むのなら……。種族の隔たりなど無く、誰もが笑って暮らせる世界を作りたいと願うのならば……この手をとるがいい。

 

 

 ニグンは一瞬考えた。いや、一分。はたまた一時間は考えたのかもしれない。

 そうして彼が出した答えは……。

 

 

──さぁ、目覚めるのだ。

 

 

 謎の手をとる事だった。

 

 

//※//

 

 

「──こ、ここは……?」

 

 

 ニグンが目覚めた時、自分は仰向けに寝ている状態だった。

 

 異様に重い身体を起こすと、自分の右には神々の姿。

 そして左には揃いの甲冑を外し、涙を流しながら祈る部下達の姿。

 

 

「お、お前達……。何故……?」

 

 

 ニグンの言葉を聞き、意識を取り戻した事を知った部下達が号泣しながら自分の下まで走り寄ってきた。

 訳も分からずもみくちゃにされるニグン。

 そこへドモンとアインズが話し掛けてくる。

 

 

「生き返った気分はどうかな? ニグン・グリッド・ルーイン」

 

 

 アインズの言葉を咀嚼し、言葉を紡ぐのに一瞬では足りなかった。

 頭の中でアインズが言った意味を噛み砕いたニグンは、事の重大さに気付き慌てて問い掛ける。

 

 

「生き……返った……? 今生き返ったと仰られたのですか!?」

 

「あぁ、相違無い。私の力でお前を蘇生させたのだ。特例としてな」

 

「バカな……。蘇生魔法などそう易々と出来るものでは……!」

 

 

 ニグンはそこまで言ってから思い出した。

 目の前に居るのが何者なのかを。

 

 

「神にとっては些事……、と言う事ですか」

 

 

 ニグンは苦笑いをしながら溜め息を吐く。

 そして顔を上げ、問い掛けた。

 

 

「何故……、私を……? 私は愚かにも偉大なる神々に逆らった罪人です。それを何故……?」

 

「言っただろう? 誰もが笑って暮らせる世界を作りたいのであれば手を取れ、と」

 

 

 ニグンはアインズの話を、まるで父親に勇者の物語を聞かせて貰っている子供の様な気持ちで聞いた。

 心の何処かで期待していたのだ。いつかこんな日が来ると。

 

「そしてお前はその手を取った。……今一度聞こう、ニグン・グリッド・ルーインよ。私達と共に、全ての命が安らかに暮らせる世界を作らないか?」

 

 

 アインズの言葉を聞いたニグンは一瞬の間を置いたが、やがてその姿勢を正し膝をついた。

 

「偉大なる神々よ、私の信仰は今まで間違っておりました……。貴殿方の偉業を行う為の手足として、どうか私めを御使い下さいませ!」

 

 

 隊長(ニグン)の誠意溢れる姿に部下達も同じく膝をついて懇願した。

 それを見たニグンは改めてドモンとアインズに願う。

 

 

「どうか、我等に御導きを。偉大なる神々よ」

 

 

 今ここに、ニグン・グリッド・ルーイン率いる陽光聖典は新たなる神々に回心(かいしん)をした。

 それを見たドモンは心から笑みを浮かべ、そしてアインズは計画通りだと笑みを浮かべた。

 

 

//※//

 

 

 ドモンとアインズがニグン達陽光聖典から神と崇められていた時、ナザリックではデミウルゴスがメイド達を引き連れ至高の四十一人の個室を見回っていた。

 

 

「さて、これで確認もほぼ終了ですね。後はモモンガ様とエイジ様の御部屋ですが……」

 

「御二人とも御自身の御部屋に関しての確認は不要と承っております」

 

「そうですか、では今回の確認は終了としましょう。貴方達もお疲れ様です、下がって構いませんよ」

 

 

 デミウルゴスは笑みを浮かべメイド達に告げるが、何か言いたい事がある様な素振りを見せたメイド達に疑問を感じ、デミウルゴスは問い掛けた。

 

 

「まだ何かあるのですか?」

 

「いえ……その……。申し訳御座いませんでした!」

 

 

 突然頭を下げるメイド達にデミウルゴスは面食らってしまう。

 一体何事だねと質問するデミウルゴスに、メイド達はその美しい顔立ちを涙で濡らしながら語った。

 

 

「本来ならば私達のみで行う事をデミウルゴス様にまでお付きあい頂いてしまって……」

 

「それは最初にも言ったでしょう? これは私個人が御願いした事です。貴方達が頭を下げる理由など……」

 

「違うのです……! 私達ナザリックのシモベは偉大なる御方々の気配を感じ取る事が出来ます。ですから、あくまでこれは只の確認作業にすぎないのです!」

 

 

 涙を浮かべたメイドの言葉にデミウルゴスの頭脳が答えをもたらした。

 溜め息混じりにメイドへと言葉を返す。

 

 

「……成る程、大体分かりましたよ。つまり貴方達は、至高の御方々が不在なのだと自覚しなければならない辛さを、私までもが味わう事は無い……と?」

 

 

 メイド達は俯いたまま黙ってしまった。

 それを肯定と受け取ったデミウルゴスは一拍の間を置き、怒りの表情と怒声でメイドに返した。

 

 

「愚か者が! 恥を知りなさい!」

 

「デミウルゴス様……!?」

 

 

 突然怒鳴られ、意味も分からず狼狽えるメイド達にデミウルゴスは語った。

 

 

「いいですか? この確認作業を誰に命じられたのかもう一度考えてご覧なさい」

 

「モモンガ様と……、エイジ様です」

 

「そうでしょう? ならば分かる筈です。何故貴方達にこの仕事を命じたのか。それはあの御二方の優しさに他ありません」

 

 

 メイド達は必死に考えるが答えは出ない。

 やがて少し時間が経ち、一人のメイドが恐る恐る手を上げた。

 

 

「も、もしや私達シモベの事を気遣って下さって……?」

 

「その通り。貴方達を創造して下さったのは誰ですか? そしてその御帰還を逸早く知る事が出来るのは?」

 

 

 そこまで言われてメイド達は気付いた。

 自分達が何故、至高の御方々の部屋に入る事が許されているのかを。

 あの御二方は仰った。友が戻って来るならばここの可能性が高いと。

 

 

「更に言ってしまえば、私や他の守護者達が共に確認作業をするという事すら御考えの事でしょう」

 

「も、申し……訳」

 

 

 涙を堪えられなくなったメイド達にデミウルゴスは怒りを潜めさせ、柔らかな笑顔で言う。

 

 

「分かった様ですね、ならば宜しい。これからも至高の御方々に創造されたシモベとして、その責務を果たしなさい」

 

「はい!」

 

「それと、先程連絡があり御二方がもうじきナザリックに御戻りになるそうです。その後、また皆で食事がしたいとの事なので用意を。くれぐれも粗相の無い様にね?」

 

「畏まりました!」

 

 

 涙を拭き、足早にかつ音を極力立て無い様にメイド達はその場を去った。

 

 

(あの御二人の事だ……。他にも私の考えでは至る事の出来ない所で配慮されているのだろう。何と御優しい方々なのか……)

 

 

 本人達はそこまで考えてはいなかったのだが、デミウルゴスはドモンやアインズを過大評価していた。

 そしてメイド達を見送ったデミウルゴスは自らも仕事に戻ろうした。その時。

 

 

「──何だ?」

 

 

 デミウルゴスの鋭敏な聴覚が、ある部屋からの物音を察知した。

 もしや、と期待を馳せながらその音の発生源へと足を向かわせる。

 

 

「ここは……るし☆ふぁー様の」

 

 

 辿り着いたのは至高の四十一人が一人、るし☆ふぁーの部屋であった。

 礼儀としてのノックを行い、デミウルゴスが部屋へと入る。

 

 

「……先程拝見させて頂いたばかりだが、流石は最高位のゴーレムクラフターであらせられる御方……。その御部屋もそれに相応しいものだ」

 

 

 部屋の中にはゴーレムクラフトに関する書物や部品、はたまた試作品であろうゴーレムの一部まであった。

 しかしデミウルゴスが確認したかったのはここではない。

 先程聞こえた音は扉の側からではなく、そのもっと奥、ドレスルームの方だったと思ったからだ。

 生憎、自身はドレスルームを確認していなかった為、入るのは初めてとなる。

 

 

「失礼致しまs……!?」

 

 

 ドレスルームの扉を開けた直後、デミウルゴスは思わず爪を伸ばした戦闘体勢のまま後方へ飛び退いた。

 それもその筈。ドレスルームの中には多種多様なゴーレム達が(ひし)めいていたからだ。

 

 

「これは……。起動していないのか?」

 

 

 一見、ゴーレム達は起動している様に見えたが、実際動いている訳ではなく。只、るし☆ふぁーが試作中の素体を乱雑に放置しているだけだった。

 

 

「ふぅ……。流石は至高の御方々の中でも常に様々な遊び心を有していた御方……。まさか御本人がいらっしゃられない時にでもこの様な趣向を用意しておられるとは……」

 

 

 繰り返し言うが、これは只るし☆ふぁーが制作途中のゴーレムを、飽きた、アイテムが足りないなどの理由から雑多に放置しているだけである。

 

 デミウルゴスが深読みをしているだけなのだ。かつて、他のギルドメンバーの頭を幾度もその悪戯で悩ませた事は否定しないが。

 

 

「私の思い過ごし……ですかね。以前ドモン様が仰った様に休息を取るべきなのでしょうか」

 

 

 そう言ってデミウルゴスは静かにるし☆ふぁーの部屋を後にした。

 だが、ここでデミウルゴスは後々まで悔いる事になるミスを犯してしまう。

 確認を怠ってしまったのだ。

 

 

──ククク、どうやら行った様ですね。

 

 

 確かにるし☆ふぁーのドレスルームに存在したゴーレム達は皆、起動していなかった。

 

 たった一体を除いては(・・・・・・・・・・)。 

 

 

──さぁ、楽しい愉しいゲームの始まりですよ。

 

 

 真っ暗なドレスルームに真紅の双眼が煌めいた。

 

 

  




 キャーッ! ニグンさんカッコイイーッ!
 ……だがしかし、誰だお前?www


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第十九話【神となった日⑦】

 陽光聖典との一件を終え、ドモン達はカルネ村へと戻った。

 そこで村人達に事の顛末を伝える為だ。

 無論、その全てを話した訳ではなかったが。

 

 そして説明が終わり、この村へ危害を及ぼす者が居なくなったと理解した村人達から歓声が上がった。

 村が救われたということを実感したのだろう。

 

 

「神々よ、何と御礼を申し上げればよいのでしょうか」

 

「なに、気にするな村長。罪なき命が失われるのは俺達の望むところではない」

 

「ですが、そのままお帰り頂くなど出来ません。是非何か御礼を」

 

 

 ドモンやアインズは構わないと伝える。

 しかし、村長はそれでも村総出でもてなすと言ってきた。

 これ以上この場所(用のない所)で時間を取られたくないアインズは、その存在すら不確かな脳を働かせる。

 

 

「ならば、暫くの間王国戦士隊を休ませては貰えんか? 私の魔法によって回復させたとは言え、先程まで重傷を負っていた者達だからな」

 

「ええ、それは構いませんが……」

 

 

 村長は非常に申し訳なさそうな顔でドモン達を見ていた。

 それだけでは気が済まないのが見てとれる。

 更にドモンの一言で、村長は自分の眼が飛び出るのではないかと思う程驚くことになる。

 

 

「ああ、それと先程アインズと相談して決めたことなんだが……。この村に、俺達の部下を配置してここを守らせる事になったが、構わないか?」

 

「な、なんと!? いけません! 神々にこれ以上御迷惑をかける訳には!」

 

 

 村長が首を何処かにやってしまいそうなほど振るが、ドモン達とてここは引けない理由がある。

 世界統一の第一歩として守った筈の村が、また何者かに襲われ壊滅などしてしまえば目も当てられないからだ。

 一歩踏み出しアインズは言う。

 

 

「長よ。遠慮、と言うのは時には不要なものだ。私達の願いはたった一つ。全ての生あるものが笑って過ごせる世界を作ることなのだよ」

 

 

 その言葉に村長はとうとう折れた。

 

 

「では俺達は行くとするか。ガゼフ、お前も達者でな」

 

「ドモン様、そしてアインズ様。今回のことはこのガゼフ・ストロノーフ、何度頭を下げても足りませぬ。もし王都に来られることがあれば是非私の家に寄って下さいませ」

 

「だそうだぞ? ドモン」

 

 

 ドモンは少し考えた後にこう言った。

 

 

「俺達が直接行くかは分からんが、代わりの者が王都に行くかもしれん。その時世話をしてくれると助かる」

 

 

 それを聞いたガゼフの顔が少し引き締まった様に見えた。

 

 

「はい。その時は是非」

 

 

 そうして、ドモン達は王国戦士隊を残しカルネ村を後にした。

 

 カルネ村を出たドモン達は、自分達に追手が居ることを想定し、フェイクマーカーの使用と短距離転移を繰り返す擬装転移をしながらナザリックに帰ることにした。

 

 

《それにしても……》

 

 

 ドモンがマーカーをセットしていると、アインズが急に伝言(メッセージ)で話し掛けてきた。

 それをドモンは、今回の件で何か気になることがあったのだろうかと思った。

 

 

《どうしました? 何か気になることでも?》

 

《いや、あれ良かったんですか?》

 

《あれ?》

 

《ニグンのことですよ》

 

 

 ドモンはあぁ、と心の中でぽんと手を打つ。

 実は先程、ドモンはニグンに二つのアイテム……。

 正確に言えば二つのアイテムと一体の召喚獣を渡していた。

 アインズはそれについて言っていた。

 

 そのアイテムとは、一つはポーション。

 とは言っても回復する為のものではなく、その効果は使用した者へ一定量の経験値を与えるというものだ。

 ユグドラシル時代にドモンがとあるアイテムを求め、コラボダンジョンに頻繁に潜っていた時に大量に入手した物である。

 因みに、見た目は三角フラスコに入った虹色の液体で、実際飲むには若干の抵抗を感じるものとなっている。

 通称虹ポーションである。

 

 

《虹ポならまだまだストックありますから問題ありませんよ》

 

《いや、あのポーションはそこまで問題は無いと思ってます。確かにこの世界のレベルからすれば希少価値が高く、もう二度と手に入らないとは思いますが、最悪俺もかなりの数持ってますから》

 

 

 ドモンはそこでアインズが言いたいことを理解した。

 

 

《……てことは水晶の方ですか?》

 

《正確に言えばその中身ですがね》

 

 

 ドモンの言う水晶とは、ニグンも持っていた魔封じの水晶のことである。

 それを自分の手持ちから渡していたのだ。

 予めセットしていた第十位階の魔法を消去し、新たに自分が呼び出すことの出来る数少ない召喚獣を封じた状態で。

 

 

《ズィーガーですよね? 適役だと思ったんですが……》

 

《いやいや、貴方デメリット忘れてるんですか?》

 

 

 ズィーガー。これがドモンの従える召喚獣の名だ。

 身の丈は五メートルをゆうに越え、炎の様な赤い体皮と金の装飾を各所に施された竜である。

 

 元々は課金ガチャのレア召喚獣であり、それにドモンが様々な強化用のアイテムを与えた。

 そしてその結果、そんじょそこらのプレイヤーでは討伐不可能な強さを誇る召喚獣と生まれ変わったのだ。

 だが、アインズが懸念しているのは、この強力な召喚獣ズィーガーの持つマイナス面のことだった。

 

 

《勿論覚えてますよ》

 

《なら分かる筈です。平時なら問題無いと思いますが、いざ強敵が現れた時に突然大ダメージを食らう可能性があるんですよ?》

 

 

 『ソウルリンク』。それがズィーガーの持つデメリットスキルの名前である。

 効果は『死亡時に、召喚主が割合ダメージを受ける』というもの。

 極限まで戦闘能力を上げた末のデメリットで、それはドモンも承知の上だった。

 

 

《……なら、強敵が現れる前にズィーガーをニグンから回収出来る様にすればいいんでしょう?》

 

《それはまぁ……そうですが。何か案でも?》

 

 

 アインズはドモンが言葉に含みを持たせたことに興味を持った。ひょっとすると何か思い付いたのかもしれないと。

 

 

《案……って程でもないんですが、周囲三か国の体制とデミウルゴス次第ですかね》

 

《……分かりましたよ》

 

 

 アインズはやれやれと言った感じで伝言(メッセージ)を切った。

 しかし、ドモンの己が身を省みないやり方に少し不安を感じていた。

 

 

(今はまだ大丈夫だけど、これから先もこれだと困るよなぁ……)

 

 

 アインズがそういった感情を抱いていることも知らず、ドモンは淡々とマーカーを置き続けていったのだった。

 

 

//※//

 

 

 擬装転移を繰り返しながら戻った結果、ナザリックに着いたのは夜十時近くだった。

 無論、この時間はナザリック内に設置されている時計から分かったもので、外の時間と同じとは限らないのだが。

 第一階層をアインズやアルベドと共に歩きながら、ドモンは食事会の話を進める。

 

 

「さて、それじゃあ俺は厨房行きますね。場所はまた闘技場でも?」

 

「それがいいでしょう。食堂よりも広いですから」

 

「アルベドもそれで構わないか?」

 

「……御心のままに」

 

 

 鎧をガッチャガッチャと鳴らしながら歩くアルベドにドモンは声を掛けたが、イマイチ反応が薄いと感じたドモンはアルベドの機嫌をとっておくことにした。

 

 

「席の並びは……またアインズさんの横で構わないか?」

 

 

 その言葉を聞くやいなやアルベドは狂喜乱舞し、その光景を見てアインズはやれやれと頭を抱えた。

 そうこうしている内に、一行は第二階層へ続く階段の下に着いた。

 そこに待機していたナーベラルからギルドの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を受け取ると、アインズとアルベドはそのまま第六階層へと転移し、ドモンとナーベラルはロイヤルスイートへと向かった。

 

 

「エイジ様、貴重な指輪を何度も貸し与えて下さり、このナーベラル・ガンマは光栄の極みに御座います」

 

 

 食堂へと向かう道すがら、ナーベラルは指輪の件についての礼を述べた。

 

 

「気にするな。前回も言ったことだが、あの場にお前一人置いていくことなど俺には出来んよ。……それに『お兄様』だろ?」

 

「こっ! これは失礼致しました!」

 

 

 そう言ってナーベラルは頭を勢いよく下げる。

 ナーベラルが背後に居るにもかかわらずドモンはそれを察知した、これも今の身体の恩恵だろう。

 ドモンはナーベラルの方を向き優しく微笑んだ。

 

 

「分かってくれればいいんだ。さ、行こう。それと、後ろにいると話辛いから横に居てくれると助かる」

 

「そ! その様な恐れ多いことは……!」

 

 

 ドモンは、畏まるナーベラルに追い討ちをかける。

 

 

「俺と並んで歩くのは嫌か?」

 

「う……。か、畏まりました……」

 

「良し! それじゃあ行こうか」

 

 

 ドモンは笑顔であったが、ナーベラルは顔を真っ赤にしながらドモンの横を歩いていた。

 それを見たドモンは、パワハラだったかなと思いながらも食堂へと急いだ。

 

 

(私が……エイジ様の横に……。これではまるで……)

 

 

 ナーベラルの中に新しい感情が芽生えているとも知らずに。

 

 

//※//

 

 

 食堂に着いたドモンは直ぐに調理へとかかった。

 そして次々に出来上がる料理をナーベラル、更にいつの間にか食堂にいたシュバルツが各階層へと運んで行く。

 

 

「いいか? このタイミングでこれを足すんだ。風味を適度に損なわない様にな」

 

 

 調理をする過程で、普段食堂を取り仕切る副料理長達に調理方を教えていく。

 これも世界統一の為、ドモンが考えている大事なことである。

 

 

「エイジ様、此方はどの様に?」

 

「あぁ、それはだな──」

 

 

 人外の能力と異常なまでに整った設備、そして副料理長達の素晴らしいサポートによって次々と料理が出来上がっていく。

 

 

「ド……、エイジ。今ナーベラルが向かっている階層が終われば、後はモモンガ殿のいらっしゃる第六階層だけだ」

 

「よっしゃ! 気合い入れるぜ! お前達の分も急いで作るからな」

 

 

 本来作るだけの側に居る自分達への配慮も忘れない。

 その様な気遣いは無用と思いながらも、副料理長達は感謝の言葉を述べていった。

 それから暫くして……。

 

 

「へいお待ちぃっ!」

 

 

 第六階層に設けられた会食スペース。そこに設置された巨大なテーブルに、これまた巨大な皿が置かれる。

 

 

「うひゃー! 良い匂いっすー!」

 

 

 プレアデス(戦闘メイド)の一人。人狼のルプスレギナ・ベータが蕩けた顔で鼻をすんすんと動かす。

 料理の香りに鼻孔を刺激され、二つに分けた赤い三つ編みをブンブンと振っていた。

 修道女の様な服装から受ける印象……。つまりは、おしとやかなものとは真逆の行動である。

 

 

「ホントだぁ~。この間のも美味しかったけど、これも美味しそう~」

 

 

 蜘蛛人(アラクノイド)のエントマ・ヴァシリッサ・ゼータが甘ったるい口調で話す。

 人の身体に擬態した蟲達も落ち着きを無くしている。

 

 

「あぁ~、駄目だよ~。皆落チ着イテ~」

 

 

 至高の存在から賜った姿を崩す。

 それだけは避けねばならないと、不定形の粘液(ショゴス)であるソリュシャン・イプシロンは妹を叱責する。

 

 

「エントマ、至高の御方の前で失礼極まりないですよ」

 

「ゴメン~。アァ~、今直したよぉ」

 

 

 そんな二人のやり取りを見てドモンは本当の姉妹の様だと微笑む。

 

 

「ソリュシャン、あまり気にするな」

 

「しかし、エイジ様……」

 

「いいんだ、食事は皆でわいわい食べる方が楽しいからな」

 

 

 ソリュシャンはその言葉に、微笑みを浮かべながら深い一礼をし、自分の席へと着く。

 その姿を追っていたドモンは、自分の視線の先に居たプレアデスの一人に気付き声を掛ける。

 

 

「どうだ? シズ。食えそうか?」

 

「……」

 

 

 ドモンの方を向き、只頷いてそれに答えるのは、正式名称 CZ2128・Δ(シーゼットニイチニハチ・デルタ)

 自動人形(オートマトン)の少女。略称、シズ・デルタである。

 彼女は、その感情の見えない瞳を料理に向け一言。

 

 

「……エイジ様の料理、凄く美味しそう……」

 

「可愛いこと言ってくれるじゃないか」

 

 

 ドモンはシズの頭を軽く撫でながら笑い、シズは顔を少しだけ赤らめた。

 その光景は、周囲のシモベ達には垂涎ものだった。

 

 

「……羨ましい」

 

 

 料理を運び終え、席に着いていたナーベラルは誰にも聞こえない様な小声で呟いた。

 そして全員が揃い、仲良く頂きますの声が円形闘技場に響き渡った。

 

 

//※//

 

 

「あー! 美味しかったー!」

 

 

 お腹をポンポンと叩き、アウラが満足感に溢れる顔をした。

 

 

「お、御行儀悪いよお姉ちゃん……」

 

 

 その横で、その行動は至高の存在の前で行うものではないと感じ、マーレが恐る恐るといった感じで注意した。

 

 

「だって、本当に美味しかったんだもん」

 

「でもぉ」

 

「まぁまぁ、あまりそう言うことは気にするな。マーレ」

 

 

 ドモンはマーレの肩に手を置き、優しく言葉を掛けた。

 

 

「よ、宜しいのですか? エイジ様」

 

「勿論だとも。俺は普段からあまりにも堅苦しいのは苦手だからな」

 

 

 マーレは分かりましたエイジ様、と笑顔で返した。

 そこでドモンは改めて気付いた。皆の呼び方に違和感があるのを。

 すかさずアインズに伝言(メッセージ)で話し掛ける。

 

 

《そう言えば名前のこと言ってませんでしたね》

 

《あれ? 分かってて答えてたんじゃなかったんですか?》

 

《はい》

 

 

 テーブルの端でアインズが額に手を当て、はぁ~と言ったジェスチャーをしている。

 

 

《後で守護者達を集めて報告をするって言ったの、記憶違いがなければドモンさんでしたよね?》

 

《いやぁ、うっかりうっかり》

 

《しっかりして下さいよ、もう》

 

《んじゃ、今この場で報告会のことだけ言って貰えますか? 只、ちょっと時間が欲しいので時間は後に伝えるってことで》

 

《時間? まぁ、いいですけど。なる早でお願いします》

 

《うす》

 

 

 ドモンはアインズに気取られない様に普段通りの返事を返す。

 

 

(さて……。上手く行ってくれるかな?)

 

 

 その視線の先には、アインズの横で嬉しそうに笑うアルベドの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 少し前に知人から「書き方がくどいかも」、と言われたので今回書き方を変えてみました。
 後、どうしても改善出来なかったのですが、場面転換が多く見辛くなってしまったので御詫び致します。

 何か御意見や感想、リクエスト等があればコメントやメールで御伝え下さい。


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第二十話【神となった日⑧】

「話……、で御座いますか……?」

 

 

 食事会もそろそろ御開きという頃、ドモンは動き始めた。

 アルベドと二人きりで話をする場を設ける為だ。

 

 

「そうだ。ちょっと聞きたい事があってな」

 

「……畏まりました」

 

(これで良し。もう一つは……)

 

 

 ドモンが見つめた先に、守護者達と他愛のない会話を楽しむアインズの姿があった。

 

 

「ほぅ、それは初耳だなアウラ」

 

「えっ! そうだったんですかモモンガ様! なら、今度私が御案内しますよ!」

 

「そうだな、時間を見付けてお願いするとしよう」

 

「はい! お任せ下さい!」

 

「ぼ、僕も御一緒させて頂きたいです!」

 

「はっはっはっ。それではマーレにもお願いするとしようか」

 

 

 以前、ドモンはアインズに提案した事があった。

 もう少し気軽に守護者達と、友人の子供達と接してみたらどうだろうかと。

 アインズは未だ忠誠心絡みの事を心配しており、当初は渋っていた。だが、その心配は杞憂となった。

 

 喋り方はまだ時間が必要だろうが、この様子だと問題はないだろうな。

 ドモンは楽しそうに会話するアインズを見ながらそんな事を考え、頃合いを見計らって伝言(メッセージ)を送った。

 

 

《アインズさん、そろそろパンドラの所行かないと》

 

《あ……。はい……》

 

 

 アインズはあからさまに肩を落とし、アウラ達に心配されていた。

 

 

(アインズさん、そこまでパンドラと会うのが嫌なのか……)

 

 

 親である存在に、例えその自覚が無いとしても、意図的に避けられているというのはやはり悲しいことではないのか? ドモンはそう思った。

 

 

(やれやれ……、どうアプローチするべきか)

 

 

//※//

 

 

 食事会を終え、後に重要な集会を開くとだけ伝えたドモンとアインズは、ある人物に会う為に宝物殿へと足を運んでいた。

 

 【パンドラズ・アクター】

 様々な貴重品などが保管されている、ここ宝物殿の領域守護者であり、また強さや頭脳もアルベドやデミウルゴスに匹敵するナザリックの財政管理者である。

 

 

《うー、やだなぁ……》

 

《まだ言ってんですか》

 

《だってぇー》

 

 

 そのパンドラズ・アクターに会う為に来たのだが、その創造主は見た目にそぐわぬ駄々っ子っぷりを発揮していた。

 

 

《子供じゃないんですから。ほら、シャキッとして、シャキッと》

 

《うー、帰りたいよー》

 

《大体、何でそんなに会うの嫌なんですか?》

 

 

 ドモンは、以前から気になっていたパンドラを避ける理由を聞いた。

 

 考えてもみれば不自然だ。あんなにもユグドラシルを、このギルドを愛していると豪語していた人物が自分の作り上げたシモベ(NPC)を避けるなど。

 何か深い理由があるのではないかとドモンは考えた。

 

 駄々をこねていたアインズはピタッと動きを止め、暫しの間を置いた後、ゆっくりと話し出した。

 

 

《……だって、想像して下さいよ》

 

《何をです?》

 

《自分が作った設定の通りに動き回る存在がいたら、ドモンさんは嫌じゃないですか?》

 

《いや、別に》

 

 

 ドモンはアインズの質問をバッサリと切った。

 アインズは溜め息を吐いた……、とは言っても実際に呼吸をしている訳ではないので、あくまで溜息風(・・・)の行動にはなるが。

 

 

「あー! もう! 分かりました! 分かりましたよ!」

 

「うぉっ!?」

 

 

 突如伝言(メッセージ)ではなく、実際に大声を出したアインズにドモンは驚いた。

 そしてそのまま、アインズは遠い目をしながら話だした。

 

 

「あいつは、パンドラズ・アクターは俺の黒歴史なんですよ……」

 

「黒歴史? ってことは……」

 

「ええ、あいつの設定や服装とかは、俺が昔超格好いい! ……って思って制作したものなんです」

 

「……成る程。つまりは、他の守護者達を見て、自分が作った守護者もその通りに……。痛い行動をするだろうと思ったから会いに来なかったと?」

 

「う……、はい。触らぬ神になんとやらですよ」

 

 

 アインズの話を聞いてドモンは考え込んだ。

 自身の作った守護者(シュバルツ)は問題無い、寧ろ誇りとさえ思っている。

 けれども、封印したい過去等を込めた存在が動き出すのは勘弁願いたい。

 ドモンはアインズの気持ちになって考え身震いした。

 

 

「でも……、それじゃああんまりですよ」

 

「……」

 

 

 ドモンの言葉にアインズは黙ってしまった。

 沈黙から少し経ち、どちらがという訳でもなく再び歩き始める。

 様々なアイテムなどが保管されている場所を通り過ぎ、目的地である宝物殿の一室へと着いた。

 

 この場所は、かつての仲間達(ギルメン)との談話などにも使用した、云わば待合室の意味合いを持つ部屋である。

 そこに彼はいた。

 

 

「ようこそ、おいで下さいました」

 

 

 黄系統の色を基調とした軍服。胸付近には様々な勲章。そして肩にかけたコートを翻し大袈裟に手を振り御辞儀をする。

 軍服とのバランスを考慮されたのか、同じ系統の色ではなく、黒っぽい配色のなされた帽子を目深に被っている。

 

 

「このナザリック地下大墳墓の支配者……」

 

 

 御辞儀から姿勢を正し、踵を打ち付け心地好い音を鳴らし敬礼をする。

 

 

「我が敬愛なる創造主、モモンガ様っ!!!」

 

 

 紫のサラサラヘアーを持つ、イケメン(・・・・)

 彼こそが、この宝物殿を守護するパンドラズ・アクターである。

 

 

「お、お前も……元気……そう……だな。パンドラズ・アクター……?」

 

「はい! 元気にやらせて貰っております」

 

 

 そう言ってパンドラは再び大袈裟に御辞儀をした。

 だが、アインズの心の中ではある疑問が生まれていた。

 

 

(えーっとぉ……、誰だこいつ?)

 

 

 アインズは自身の記憶との違いに悩むが一向に答えは出てこない。

 確かにパンドラはナーベラルと同じ種族の二重の影(ドッペルゲンガー)であり、変身能力を有している。

 しかし、この姿に覚えはなかった。

 

 

「何か、私の顔に付いておりますか?」

 

「い、いや……」

 

 

 いや、だから誰だよお前。そう混乱するアインズの横から、ドモンが前に一歩踏み出し普通に挨拶を交わす。

 

 

「久し振りだな、パンドラ」

 

「おぉ! これは武神エイジ様っ! お戻りになられたことは耳に挟んでおりました、御挨拶が遅れてしまい申し訳御座いません」

 

 

 気にするなと手を軽く振るドモン。それを見て不思議に思ったアインズは伝言(メッセージ)を送る。

 

 

《あれ? 何で普通に挨拶してるんですか?》

《は? いや、何でって……》

 

《だって見た目が》

 

《え……?》

 

《あれ……?》

 

 

 始めは何言ってんだコイツ。そう書かれていたドモンの顔が、徐々に不機嫌な物へと変わっていく。

 

 

《アインズさん……。もしかしてとは思いますが、ペロさんとの約束忘れたんですか?》

 

 

 その言葉にアインズは、一瞬考えた後、大声で叫んだ。

 

 

「あっ! 思い出したっ!」

 

「ど、どうかなさいましたか。モモンガ様……?」

 

「あぁ、いやいや気にしないでくれパンドラ。さっきモモンガさんと今後の事について話したんだが、その時色々あってな」

 

「はぁ……。左様でございましたか」

 

 

 ドモンのフォローによってその場は収まった。

 しかし、フォローされた本人は罪悪感に苛まされていた。

 

 

(何で忘れてたし俺ぇっ! よりよってペロさんとの約束をっ!)

 

 

 アインズがぐぬぬと言った空気を醸し出していると、パンドラがドモンの側まで近寄り小声で話し掛けて来た。

 

 

「状況は芳しくないのでしょうか?」

 

 

 ドモンもそれに合わせ小声で話す。

 

 

「何故そう思う?」

 

「いえ……。どうやらモモンガ様が色々と御抱えになっているものかと思いまして」

 

 

 それを聞いたドモンはフッと笑い、心配要らないさと答えた。

 

 

「それは良かった」

 

「……パンドラ。……モモンガさんの事好きか?」

 

「はい? ……どういった旨の質問か分かりかねますが、先程御挨拶させて頂いた口上に私の全てを込めております」

 

 

 期待通りの言葉が聞けたドモンはニッコリと笑った。

 それを見たパンドラは、自身の返答が間違っていなかったことを察した。

 そしてドモンは話を進める為、未だ罪悪感に苦しんでいるアインズに声を掛ける。

 

 

「モモンガさーん、そろそろ帰ってきて下さいよー」

 

「ぶつぶつ……。ハッ!」

 

「もう……大丈夫ですかね?」

 

 

 アインズがドモンの方を向くと、腰に手を当てやれやれと言った感じのドモンの姿が目に入った。

 

 

「す、すいません。何か、色々と……」

 

「まぁ、ショックだったのは分かりますが。今はやることがあるでしょう?」

 

「あっ、はい……」

 

 

 ドモンに促され、アインズはパンドラの側まで歩み寄った。

 

 

「パンドラズ・アクターよ。今回私達が来たのは二つの用件を伝える為だ」

 

「ハッ! モモンガ様!」

 

 

 美しい敬礼をするパンドラ。その姿にアインズは無い筈の眉をしかめる。

 だが、今はそういったことをする時ではないと自らに平常心に活を入れる。

 少し落ち着いた後、人指し指を立てアインズは話し始めた。

 

 

「一つは、この後開かれる方針集会でお前のことを皆に紹介すること」

 

 

 敬礼をしたままの体制で、パンドラは軽く頷く。

 

 

「そして二つ目は……」

 

 

 中指も立て、二つを意味する形を取ろうという所でアインズは一瞬躊躇った。

 

 

「モモンガさん?」

 

 

 ドモンの声に反応し、アインズは言葉を続けた。

 

 

「お前に……、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを預けることだ」

 

「お……、おぉ……! かの偉大なる指輪をこの私めに……!」

 

「あぁ……」

 

 

 至高の四十一人しか持つことを許されない指輪(ギルドの証)

 それを所持することが許されたパンドラとは対称的に、アインズの持つ雰囲気は少し暗かった。

 自分の黒歴史にナザリック中を歩き回られる、それが心底嫌だったのだ。

 

 

「では、その指輪はモモンガ様から直接手渡して頂けるのですか?」

 

 

 パンドラは期待に満ちた眼でアインズに尋ねた。

 勿論指輪を貸し与えて貰えるという事もそうだが、何よりもパンドラが喜んだのはそれを、自身の創造主から直接渡して(・・・・・)貰えるのだろうという事だった。

 しかし。

 

 

「いや……、後でアルベドに渡しておく。それを受け取るといい……」

 

 

 思わずドモンはなんじゃそりゃと口に出しそうになった。

 だが、当の本人(パンドラ)はそれを聞いた後も至って普通に返事をする。

 まるで気にもしていないといった風に。

 

 

「……左様で御座いますか。では、後ほど統括殿から受け取らせて頂きます、モモンガ様」

 

「うむ。それと、今度から私のことをアインズと呼ぶ様に。アインズ・ウール・ゴウンだ」

 

「おぉ……承知致しました。アインズ様」

 

「更に、エイジさんのことはドモン・カッシュ。ドモンと呼ぶ様にな」

 

「畏まりました」

 

 

 二人の会話を横で聞いていたドモンは、その一連の流れに頭が痛くなる感覚を覚えていた。

 

 

《それでいいんですか? アインズさん》

 

《これで……、いいんですよ。幸い、パンドラも了承してくれましたし》

 

 

 ドモンはアインズの胸ぐらを掴んでそうじゃねえだろう! と叫びたかった。

 しかし、今この場でそれは避けねば。理性がそう働き掛ける。

 

 せめてパンドラに自分がしてやれることはないかと考え、一つの案を閃く。

 

 

「アインズさん」

 

「ん? なんですか?」

 

「宝物殿を今まで護り続けてきた褒美をやりたいんですが、どうですか?」

 

「パンドラに? ……そうですね、パンドラも文句一つ言わずやってくれてますから」

 

「偉大なる御方々よ、どうぞ私めなどのことは……」

 

 

 パンドラがやんわりと否定の言葉を口に出そうとする前にドモンが言葉を発する。

 

 

「何かアインズさんの手持ち品から渡すなんてどうですか?」

 

「ドモン様……」

 

 

 パンドラが何かを察した様な顔でドモンを見る。

 ドモンは軽くウィンクをした後、アインズに提案を続けた。

 

 

「どうです? 何もレア物って訳じゃなく、何でも構わないんですけど……。駄目ですかね?」

 

 

 ドモンの提案を聞いたアインズは、顎に手を当て少し考え込んだ。

 そして、こう言った。

 

 

「後で考えておきましょう」

 

 

 ドモンはズッコケそうになった。

 アインズのこの場から早く立ち去りたいという感情が、あまりにも露骨だと感じたからだ。

 

 

「アインズさん、アンタ……!」

 

「ドモン様」

 

 

 ドモンがいい加減声を荒げそうになった時、パンドラが笑顔でそれを止めた。

 

 

「パンドラ、お前……」

 

「良いのです。元より私めは褒美など望んではおりません。……強いて言わせて頂くのであれば、この先もお仕えさせて頂くことなのですから」

 

 

 パンドラは優しい笑顔をしていた。

 だがその笑顔は、ドモンにはとても悲しい顔に見えた。

 

 

「本当に……、いいのか……?」

 

「勿論で御座います。ドモン様こそ、この私めのことを案じて下さり、感謝の言葉も御座いません」

 

 

 そう言って、パンドラは先程までの大袈裟な振舞いを行わない、とても素直な御辞儀をした。

 

 

「パンドラ……」

 

 

 ドモンは喉まできている言葉を無理矢理飲み込んだ。パンドラがここまで言うのだ、自分がこれ以上口を出すのは筋違いだと、そう言い聞かせて。

 そして、アインズと共にこの場から去ろうとした。

 

 

「では……、また後でな」

 

「……」

 

「はい、このパンドラズ・アクター、創造主たるアインズ様の御力になれる様、誠心誠意を以てことにあたらせて頂きます」

 

 

 パンドラは二人がここに来た時と同じ、大袈裟な振舞いで御辞儀をした。

 それを見たアインズは内心悶え、ドモンは胸を締め付けられるものを感じた。

 

 そして歩き出す二人。

 待合室を抜け、通路を歩く。

 ドモンは姿勢を戻すパンドラを背後で感じ、つい振り返る。

 

 

「……っ!!!」

 

 

 そこには、先程まで見えなかった蒼いオーラに身を包まれるパンドラの姿があった。

 それは、かつてアルベドに見えたものとは違ったが、系統は同じだった。

 即ち、負の感情。

 

 パンドラに見えたの悲しみのオーラだった。

 今まで欠片も見ることがなかったのは、彼の守護者としての意地だった。

 偉大なる創造主にしてこのナザリックの頂点。自身の親とも言える存在に気を遣っていたのだ。

 

 

──構わない、あの方のお役に立てるのであれば。

 

 

 アルベドの時と同じものだとドモンは直感した。

 強い意志、あるいは想いと言うものが、パンドラの背中に言葉として浮かび上がっていた。

 それを見たドモンは、もう止まろうとは微塵も思わなかった。

 

 

「アインズさん……」

 

「はい? なんです──かーっ!?」

 

 

 アインズの肩を掴みズルズルと引き摺る。そしてそのままパンドラのいる場所まで戻った。

 二人が再び近付いて来るのを、パンドラはシモベ特有の感知能力とその聴力で感じ振り向いた。

 

 

「如何なされましたか? 何かまだ連絡事項が?」

 

「いや……」

 

「ドモンさん! 痛い! 真面目に痛いですか……らっ!」

 

 

 ドモン(前衛)の握力によって肩を掴まれていたアインズは、その痛みから怒り気味にそれを振りほどきドモンに食って掛かった。

 

 

「急になんですか! 結構痛かったですよ!?」

 

「アインズさん……」

 

「何ですか!」

 

「パンドラと……、ちゃんと話をしましょう」

 

 

 その言葉は、アインズには混乱を招き、パンドラには驚きをもたらした。

 事実、彼の顔は驚きの表情を浮かべている。

 

 

「ドモン様……」

 

 

 パンドラはその表情のままドモンの名を口にし、固まる。

 対して、名を呼ばれたドモンは怒りの表情でアインズを睨んでいた。

 その表情は中々に強烈で、アインズを軽く後退りさせる程のものだった。

 

 

「な、何ですか急に……、そんな怖い顔して……。話ならもう終わったじゃないですか」

 

 

 自身がその表情を向けられる理由には大いに心当りはある。だが、それでもここは引けない、引きたくない。

 その気持ちでアインズは踏ん張っていた。

 

 

「アインズさん……、貴方言ってましたよね? 昔の仲間達に守護者達と逢わせてやりたいって。」

 

「そ、そんな事も言いましたね……。それがどうしたって言うんですか?」

 

 

 アインズはドモンの言いたい事を既に理解していた。けれども身体が、心が拒否反応を起こしていた。

 

 

「親と子が離れ離れなのはいけない事だって。悲しい事だって。そう……言いましたよね?」

 

「……そう、です。はい」

 

 

 ドモンの圧力に負け、どんどん小さくなっていくアインズ。

 元々両者の体格は圧倒的にアインズの方が大きい。だが今は違う。

 まるで逆だ、説教する大人とされる子供の図だった。

 

 

「そんな貴方なら分かる筈でしょう? 自分の創造主が、親が、只の一度も会いに来てくれないというのがどれだけ寂しい事かを」

 

「……」

 

 

 アインズはとうとう黙りこくってしまった。

 何の反論も出来ないからだ。

 

 

「ドモン様。御気持ちは有り難いのですが、どうか……」

 

「お前もお前だ! パンドラ!」

 

「は! はいっ!」

 

 

 急に怒鳴られたパンドラは、最早癖である敬礼の体勢をとり、そのまま硬直してしまう。

 

 

「何処の世界に親に甘えない子供がいる! ……少し位甘えたっていいじゃないか」

 

 

 ドモンが力無く言った最後の一言はアインズの胸を抉った。

 

 

(そうだ……、ドモンさんは奥さんが妊娠中だった筈。なら子供も……)

 

 

 ドモンの家族の一件。それを失念していたアインズは自分に腹が立った。

 

 

「俺にも実は子供がいたんだ……」

 

「そう……だったのですか。ドモン様の過去の件は以前、シュバルツ殿が持って来て下さったアイテムを通して拝見させて頂いてはおりましたが……」

 

「あの映像には写ってない。妻と共に逝ったよ……」

 

 

 あれ程怒っていたドモンの姿はもう無い。

 雨に濡れた仔犬の様に小さくなっていた。

 

 

「パンドラ……」

 

「はい……」

 

「俺は、親と子は仲の良いのが当たり前と思っている。それを聞いた上でもう一度答えて欲しい」

 

「……」

 

 

 ドモンの次の台詞はパンドラには予想出来た。

 故に悩んだ。正直に言ってしまって良いのだろうかと。

 

 

「パンドラ、お前に褒美を取らせたい。何か望む物は無いか?」

 

 

 沈黙。パンドラは帽子のツバを下げ、黙ってしまった。

 そして暫しの沈黙の後、ドモンが諦め掛けた。その時。

 

 

「わ、わた……」

 

「何だ……?」

 

 

 先程までの彼とは違い、自信無さげに言葉を綴るパンドラ。

 その唇は震えていた。

 

 

「わ、私……を。私を……あ」

 

 

 ドモンとアインズはそれを黙って見ていた。

 パンドラが何を言うか聞き漏らさない様に全神経を集中させた。

 答えは、既に出ていたが。

 

 

「私を、私を……。……アインズ様、私の我儘を……どうか御許し下さい」

 

「……構わないとも。パンドラズ・アクター」

 

「……私を、愛しては下さいませんでしょうか!」

 

 

 アインズはその言葉を聞き、無い筈の心臓を撃ち抜かれる錯覚を起こした。

 そして、その言葉に対してアインズがとった行動は……。

 

 

「……勿論だとも。我が息子よ……」

 

「ア、アインズ様……」

 

 

 息子(パンドラ)を、優しく抱き締める事だった。

 

 

「すまなかった……、本当にすまなかった。パンドラズ・アクター」

 

「ア、アインズ様。アインズ様……」

 

 

 アインズの腕の中でパンドラは泣いた。今までの凛々しくも残念なキャラからは到底想像も出来ない事だった。

 

 

「……これからは、親子としての時間も作る努力をする。……それと、普段は父と呼んでくれ、息子よ」

 

「はい……! 父上……!」

 

 

 ドモンはその光景を見て少し辛い気持ちになったが、今は只、素直に友人の大切な瞬間を見届ける事にした。

 宝物殿に、パンドラの泣き声が静かに響いた。

 

 心からの喜びを告げる、嬉し泣きの声が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 如何でしたか? お涙頂戴の回(やっすくて、くっさい三文芝居)
 パンドラを表舞台にだす為にはアインズ様との和解(?)が必須と考えたのが始まりでした。
 
 因みにまたまたキャラのモデルがいるのですが、パンドラの姿分かりますかね?
 ヒントは、あの後パンドラは無事アインズ様から指輪を受け取ったのですが、その時のリアクションです。


「パンドラ、これをお前に預ける。……これからも忠義に励んでくれ、息子よ」

「ハッ! 謹んでお受け致します、父上っ!」


 ドモンとアインズが去った後。
 指輪の匂いを嗅ぎながら、少し、と言うかかなり危ない顔。
 所謂ヘブン顔である。
 そしてその表情のまま。


「アインズ様のっ! 父上のっ! 芳しい香りっ!」


 と興奮の度合いを上げていき、そしてとうとう。


「フォルティッッッッッシモッ!!!!」


 そう奇声を発し、果てた。


 ……バレバレですねwww


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第二十一話【神となった日⑨】

 

 

 自分の力だけで。そう上手くはいかなかったが、アインズは見事パンドラと打ち解けることが出来た。

 そしてそのことが、彼の心に少しばかり余裕をもたらした。 

 

 

「ドモンさん、今回のことは本当に有難う御座いました。お陰で目が覚めましたよ」

 

 

 アインズが素直に伝えた感謝の言葉。それにドモンは笑顔を以て返事とする。

 

 

「そうですよね。他の守護者達と同じようにパンドラも寂しがっていたんですよね、それなのに俺は……」

 

 

 アインズはつい先程までの自身の身勝手さを悔い、視線を床に落とす。

 それをドモンは気にすることではないと言った。

 

 

「もういいんですよ、アインズさん。大事なのはこれからなんですから」

 

「そうです……よね。……よっしゃ! 父さん頑張るぞー! 息子よ!」

 

「はははっ、その意気ですよ。……それに俺が少しフォロー入れといたので、アインズさんの気苦労も少しは軽減されている筈です」

 

 

 ドモンは何気無く言ったつもりだったが、その言葉はアインズの興味を大いにそそる物だった。

 

 

「何したんですか?」

 

「フフッ、禁則事項です」

 

「何かの台詞ですか?」

 

「それも禁則事項です」

 

「えー! 教えて下さいよ! ……ってコラ!」

 

 

 ドモンは内緒ですよーと言って走り出した。

 

 

「ふぅ、全くあの人は……。普段真面目なのに結構お茶目な所あるんだよなぁ。…………あっ、そうだ。用事とやらが終わったら連絡下さいよー!」

 

 

 走り去るドモンの後ろ姿に向かってアインズは叫んだ。

 ドモンの了承の意志の言葉を聞き、アインズは時間を潰す為に玉座へと向かった。

 

 

「それにしても……」

 

 

 玉座へと向かう途中、アインズはふと気にかかることを思い出し足を止める。

 

 

「用事って何だろう? ……まぁ、いっか」

 

 

//※//

 

 

「待たせてすまなかったな」

 

「いえ……、私も先程来たばかりですので……」

 

 

 ドモンが用事と言って向かった先は自室。

 そしてそこに居たのは、椅子にも座らず微笑みを浮かべたまま待つアルベドだった。

 

 

「座って待っていろと言っただろう? 何で立ってるんだ?」

 

 

 パンドラの一件を終えた直後、ドモンはアルベドを自室へと呼び出していた。その時に座って待っている様伝えていた。

 にもかかわらずアルベドは、ドモンが来るまで直立のまま待ち続けていたのだ。

 

 

「……まぁいい、取り合えず座ってくれ」

 

 

 アルベドに席を進めた後、軽く咳をし、改めて話を切り出した。

 

 

「今回は来てくれて礼を言う。急に呼び出してすまなかったな、色々とやることが山積みだという時に」

 

「至高の御方の招集とあらば、私達シモベ一同、如何なる時でも馳せ参じる心構えであります」

 

「助かる。何せこれからする話は、今後のナザリックの運命を左右する内容だからな」

 

 

 それを聞いた途端、微笑を浮かべたままである筈のアルベドの表情が変わった。

 

 

「……これからする話は要するに提案だ」

 

「提案……で御座いますか?」

 

 

 アルベドはドモンの言った言葉の意味が全く分からなかった。

 只でさえ、ナザリックの運命を左右する。そんな重大極まりない話を何故自分にするのかという疑問があったにもかかわらず、それを解決する前に新たな疑問が発生したのだ。

 

 

「あぁ、そうだ」

 

「……その提案と言うのは一体?」

 

「俺と手を組まないか?」

 

 

 アルベドは益々分からなくなった。

 自分と手を組め。その言葉の意味を模索していると、ある物がアルベドの視界に映る。

 普段誰かに向ける優しい微笑みなどでは無い──邪悪な魔神を感じさせる笑み──それを浮かべるドモンの顔だった。

 

 

「……恐れ入りますが、矮小なシモベである私には今の言葉の意味が分かりかねます……」

 

「簡単な話だ。ナザリックを俺の物にすると言うことだよ、アルベド」

 

 

 アルベドは微かに眉を動かし、警戒しながらドモンの言葉を聞き続けた。

 

 

「考えてもみろ? 何故俺のような強力な神が、アインズなどと言う弱小なる神の下に付き従わなければいかんのだ?」

 

「……アインズ様が弱小……ですか。随分と大それたことを口になさるのですね」

 

「お前には悪いが事実だからな。……あぁ、それと提案と言うのは対価があるんだ」

 

 

 ドモンは邪悪な笑みを浮かべたまま中空に手を伸ばした。

 そして、黒い歪みの中……。自身のインベントリから一つのアイテムを取り出し、アルベドに見せる。

 

 

「これは……?」

 

「俺が昔、ある場所で見付けた強力なアイテムだ。効果を分かり易く言うと……」

 

 

 アルベドは、このアイテムについての情報は持っていなかった。しかし予想は出来た。

 自分に対する提案の対価と言う物は一つしか無い。

 

 

「アンデッドに対する強力な束縛だ」

 

 

 やはりそうか。

 アルベドは心の中で舌打ちをした。

 この男は、あろうことか自身の友を売ったのだ。

 

 

「……」

 

「これを使ってアインズの奴を、そう……永遠にお前の物にすると約束しよう」

 

「私の……。……確かに、非常に魅力的な提案で御座いますね」

 

 

 アルベドは一瞬揺らいだ。愛する御方(アインズ)を永遠に自分の物に出来る。

 もしかすると、自分以外の者に奪われてしまうかもしれない御方。

 

 

「さぁ……、答えを聞こうか」

 

 

 ドモンの提案に対してのアルベドの答えは……。

 

 

「……これが……お前の答えか」

 

 

 どこからか取り出した自身の武器(バルディッシュ)を、ドモンへと向けることだった。

 

 

「……確かに、アインズ様が私の側で永遠に居て下さると言うのは魅力的です」

 

「……ならばこれは何だ?」

 

 

 自分の首筋に突き付けられた武器に、下手をすればそれだけで破壊出来るのでは? と思えてしまう程の圧を感じさせる視線を送りながらドモンは言う。

 

 

「私は……何処までもあの御方のお側に仕えると決めました。そう……、 例え世界の全てを……敵に回してでも!!!」

 

「クックックッ……」

 

 

 アルベドの決意のこもった言葉。

 それをドモンは嘲笑で返した。

 

 

「フッフッフッ……。アーハッハッハッ!!!」

 

 

 高笑いと同時に爆発的な突風が吹き荒れ、それに耐えられずアルベドは吹き飛ばされた。

 

 

「ガハッ!」

 

 

 壁や扉とは違う何かに激突し、アルベドは苦悶の表情を浮かべた。

 

 

「……い……今のは一体。……ここは!?」

 

 

 アルベドが周囲を見回すと、今まで居た筈の場所とは明らかに違う場所に居た。

 

 見渡す限りの荒野。空は夕焼けのような色をしており、ときおり見える雲に隠れきれない程の巨大な歯車がゆっくりと回転している。

 地面には所々岩が隆起し、全く生を感じさせない異質な空間。

 

 しかし、この空間を最も異質な物と感じたのは、荒野の至る所に突き立てられた幾つもの刀剣であった。

 

 

「お前にも模擬戦で見せただろう? これがリングだ。前回とは違う場所だがな」

 

 

 アルベドはいつの間にかドモンのスキル内に隔離されてしまっていたのだ。それと同時に、現在のこの状況はかなり絶望的でもある。

 

 

「これでは逃走し、他の者達に俺の裏切りを伝えることも出来んなぁ。そうだろう? アルベド」

 

「くっ!」

 

 

 アルベドは一度武器を突き付けはしたものの頭では理解していた。この男には万に一つも勝てないと。

 

 守護者屈指の武闘派であるコキュートスとセバス。

 その両者が視界に捉えるのがやっとという速度、そしてその速度を持ちながらもコキュートスを圧倒する膂力。

 前衛とは言え防御型の自分に勝ち目など端から無かった。

 しかも、あの模擬戦が真の力とは考えられなかったこともある。

 

 

 

「やれやれ、この状況も打開出来んとは……。タブラ・スマラグディナもとんだ駄作を生み出したものだ」

 

「ハァッ!」

 

 

 凄まじい速度でアルベドは距離を詰め、自身の持つ力全てを込めた一撃を繰り出す。

 

 

ガキイィィィンッ!

 

「いや……、この程度では駄作と言うにも烏滸(おこ)がましいな。愚かにも飼い主に噛み付こうとする駄犬……。いや、そこらの野良……雑種とでも呼ぶべきかな?」

 

 

 アルベドの渾身の一撃は無慈悲にも指で、それもたったの二本で止められてしまう。

 

 

「くっ!」

 

 

 アルベドが全力で武器を引こうとするが、ドモンに掴まれた武器はビクともしない。

 

 

「そんなに怒るなよ、雑種。どうせアインズ以外の者……。他の至高の四十一人のことも好いてはいないのだろう? 寧ろ憎んでいるのではないか? なぁ、アルベドォォォッ!」

 

 

 ドモンが指で挟んだままの武器に力を入れるとそのまま勢い良く飛び、アルベドの下腹部に直撃し吹っ飛ぶ。

 

 

「ぐぁっ!」

 

 

 ここに来た時と同じく岩に激突し、アルベドは地面に倒れこむ。

 

 

「どうした? もう終わりなのか? 至高の錬金術師である男に創造されながら、その程度でしかないのか?」

 

「タブラ……スマラグディナ様……。いえ……、あの男は……関係無いっ……!!!」

 

 

 土を集める様に拳を握り、その美しい純白のドレスを自身の血と砂で汚しながらもアルベドは立ち上がる。

 

 

「ほぅ、腐っても防御特化の前衛……と言った所か。耐久性だけはギリギリ及第点か?」

 

 

 アルベドはふらつく身体に鞭を打ちながらドモンを睨み付け、次の一手を繰り出そうとする。

 

 

「させると思うか?」

 

 

 されど眼前に立ち塞がるは武の頂点に立つ男。次の手を読んだのだろう。

 そんなことはさせんと先手を打つ。

 

 

「こ、これは!?」

 

 

 ドモンが徐に上げた右手に呼応し、地面に刺さっていた数々の刀剣がドモンの背後に集まっていく。

 

 

「面白い技だろう? 実はこのエリア……。俺は宝物庫と呼んでいるが。ここにある数えきれん程の神話級(ゴッズ)伝説級(レジェンド)の武器達は俺には無用の長物でな。しかし、それでは些か勿体無いとは思わんか? 伝説に謳われる武器を眠らせたままにしておくと言うのは。だからこうして……」

 

 

 上げた手をクイッと下げると、背後に集まっていた武器達が一斉にアルベドの方に刃を向ける。

 

 

「使うんだっ!!!」

 

 

 ドモンの叫び声と共に数え切れない程の刀剣が襲いかかる。

 

 

ドキャキャキャキャッ!!!

 

「キャアァァァッ!!!」

 

 

 その破壊力は凄まじく、着弾の衝撃でアルベドは天高く放り上げられる。

 

 

ドシャアァァッ!

 

「ぐっ!!」

 

 

 受身が取れず、再び地面に叩き付けられるアルベド。

 その顔には絶望の色が浮かび始めていた。

 

 

「どうした雑種……立て! 憎いのだろう俺が!! アインズを除く至高の存在が!!!」

 

「倒す……」

 

「何ぃ?」

 

「貴様だけは……必ず倒すっ!!!」

 

 

 アルベドの決死の心象を現す言葉。されどその言葉にドモンは嘲りを以て返す。

 

 

「クッハハハァッ! ほざいたなぁっ! ならば避け切って見せろ! 雑種ぅっ!!!」

 

ドキャキャキャキャッ!!!

 

 

 繰り返される神話の暴風雨。

 それをアルベドは時に身体を翻し、時に弾きながら直撃を避けていた。

 

 

(この攻撃がある以上距離を空けるのは愚策

……。ならばっ……!)

 

 

 武器の隙間を縫いながらドモンに向かって走り出すアルベド。

 狙いを読んでいたドモンは、そうはさせんと武器の射出速度を上げる。

 

 

「どうしたぁっ? お前のアインズへの愛はその程度かぁっ! タブラ・スマラグディナも泣いているぞっ!!!」

 

「あの……っ、男は……っ! 関係無いと言っているっ!!!」

 

 

 邪悪な竜王が操る神話の暴力を、アルベドは寸での所で耐えながら叫んだ。

 

 

「あの男は……っ! アインズ様以外の貴様ら至高の四十一人はっ!! あろうっ……事かっ、自分達の友であるアインズ様を置き去りにしたっ!!!」

 

 

 その叫びに反応し、ドモンの邪悪な笑みが少しだけ薄くなる。

 

 

「やはりそう思っていたか……」

 

「そうだっ! 貴様の……っ! 見せた話も信じて等いないっ! 他の奴等もそうだっ! どうせ我等の事をっ! ……アインズ様の事もっ!」

 

 

 愛する男(アインズ)の名を叫んだ所で嵐が突如止む。

 

 それと同じくして、まるでタイミングを合わせたようにアルベドは武器を落とし、力無く膝を着く。

 

 

「何とも思わずっ……見捨てていったのだろう……っ!」

 

 

 アルベドの視界が滲み、そのまま止めどなく涙が溢れる。

 それをドモンは、武器を停滞させたまま聞いていた。

 既にその顔から邪悪な笑みは消え失せ、申し訳ないと言う言葉を必死に口にしないようにしている。

 そんな表情をしていた。

 

 

「……雑種よ。あくまでアインズの側に付き従うか? その判断の先に幸福が訪れる事は無いとしてもか?」

 

「……何度も言わせるな。私の望みは、私の願いはっ……! あの御方の側に居続けることだあぁぁぁっ!!!」

 

 

 その叫びと同時に落とした武器を拾い、アルベドは相討ち覚悟でドモンに突っ込んだ。

 

 

「うわあぁぁぁっ!!!」

 

 

 それをドモンは只、静かに眼を閉じて待った。

 アルベドのバルディッシュがドモンの胴を薙ごうとした時、その戦闘に介入する人物が現れた。

 

 

「そこまでだっ!!!」

 

ガキイィィィンッ!

 

「!?」

 

 

 アルベドの一撃は、どこからか突然現れたシュバルツによって受け止められていた。

 

 

「シュバルツッ!? 邪魔を……、邪魔をするなぁっ! ……そうか、……貴様もその男と同じかぁっ!!!」

 

ギリギリギリッ

 

 

 アルベドは恐ろしい形相で力の全てを両手に込め、武器を押し込む。

 シュバルツはそれに耐えながら叫んだ。

 

 

「落ち着けアルベドっ!!! お前もそうだドモンっ! 他にお前の考えを伝える方法はあっただろう! これはやり過ぎだっ! 下らん芝居でアルベドを傷付けるなっ!!!」

 

「えっ!?」

 

 

 シュバルツの予想だにしない言葉、それはアルベドから幾ばくかの戦意を削ぐこととなった。結果、アルベドの武器に込められていた凄まじい力は消えることとなる。

 

 

「芝……居……?」

 

「ふぅ……。いいかアルベド。今回の事は全部、お前の真意を確かめる為にドモンが打った芝居だ」

 

「嘘……」

 

 

 信じられない。その気持ちがこれでもかという程にアルベドの顔に出ている。

 

 

「嘘っ! 嘘嘘っ!! 嘘嘘嘘嘘嘘よっ!!! だってその男は今まで……っ!」

 

「自分達に対し演技をしていた……か?」

 

「……」

 

 

 少し呆れる様な、それでいて優しく諭す兄のような口調でシュバルツは問い掛けた。

 

 

「ならば、アルベド。お前はドモンが今までナザリックの者達に送っていた笑顔が、その優しさが、全て偽りだったと断言出来るのか?」

 

「そ……っ!」

 

 

 そんなことは当たり前。

 そのたった一言を、アルベドは発する事が出来なかった。

 何故なら、心の何処かで分かっていたから。

 至高の四十一人はそれぞれ止むを得ない事情でナザリックを離れたのだと。自分達は見捨てられた訳ではないのだと。

 いや、実際そうであったとしても信じたくはなかった。

 

 

「そ、それじゃあこの男……。いえ、この御方は……」

 

 

 アルベドが視線を向けた先に、沈痛な面持ちで自身を見詰めるドモンの姿が目に入った。

 

 

「わ、わた、私はなんと愚かなこと……を……っ!」

 

 

 アルベドはその場で膝を付き大粒の涙を流した。

 

 

「俺がナザリックへ帰還した時、お前の笑顔の裏に激しい憎悪の感情を見た……」

 

 

 ドモンがアルベドに語りかける。

 

 

「その感情が俺だけに向けられるのならば、俺一人が罰を受ければいいと思った。だが、それがナザリック全体に害を及ぼす物ならば見過ごせない。……そう思ってな」

 

「……だから、あの様な……ことを言われたのですね」

 

 

 嗚咽を押さえながらアルベドは言葉を口にする。

 罪悪感が濁流となってアルベドを押し潰そうとしている。

 

 

「すまない……。だが、二つだけ言わせて欲しい」

 

 

 その言葉にアルベドは顔を上げ、ドモンの顔を真っ直ぐと見詰める。

 

 

「一つは、お前の処置だが。……処罰する必要は無しと判断した」

 

「有難う……御座います……」

 

 

 アルベドは頭を垂れ、精一杯の御辞儀をした。

 

 

「そして二つ目だが、……お前は創造主に見捨てられた訳ではない」

 

「え?」

 

 

 アルベドは疑問符を浮かべた。

 ドモンの行動が演技ではないと言うのは信じられる。されど、アルベドの中では、未だに創造主への懐疑心は拭いきれてはいなかった。

 

 

「証拠を見せてやろう」

 

 

 ドモンはスキルを解除し元の部屋へと戻る。

 それに伴い、アルベドが負っていた傷が嘘のように綺麗さっぱりと無くなった。

 

 

「付いてこい、アルベド」

 

 

 そう言って、ドモンは背中を向けドレスルームへと入っていった。

 未だ軽い混乱状態にあったアルベドはシュバルツの顔を見る。

 シュバルツはそれに気付くと顎を振り、行ってこいとジェスチャーをした。

 

 それを見たアルベドはシュバルツに軽く会釈をし、ドモンの後を追ってドレスルームへと入っていった。

 

 

「来たな」

 

 

 ドモンは腕を組み、何の片哲も無いクローゼットの前で待っていた。

 

 

「ドモン……様。先程の御言葉の意味なのですが……」

 

「まぁ、落ち着け。……確かこの辺……に……」

 

 

 何かを探るドモンの姿。それをアルベドは不思議そうな目で追っていた。

 

 自分に何を見せたいのか、また伝えたいのか。

 ある程度予想は出来たものの、自らの目で見るまでは信じることは出来なかった。

 

 

(タブラ・スマラグディナ様が私を見捨ててはいなかった? ……だけど、他の守護者達とは違い、私には自室すら与えて下さらなかった……)

 

 

 自分達を見捨てた訳ではない、されど状況的にはそちらの方が正しいと思えてしまう。

 理性と感情が入り交じり、アルベドの心は混乱していた。

 

 一方、目的の物を探し当てたドモンは、クローゼットの横のある箇所を押した。

 するとクローゼットが横にスライドし、奥に扉が現れた。

 

 

「ここに、以前俺がお前のことをタブラさんの愛娘と言ったことの証拠がある」

 

 

 恐る恐る手を当てると、扉は独りでに開き、中はちょっとした広さを持つ空間になっていた。

 

 

「ここは一体……? しかも、この位置だと御部屋に繋がっているのでは?」

 

 

 魔法的な要素だとは思いつつも、アルベドはドモンに問い掛ける。

 

 

「何て事は無い。こういう風に特殊な造りになっているだけさ」

 

 

 ドモンは軽く笑った後、アルベドを部屋の奥に佇む黒い箱状の物体の側まで連れて行った。

 

 

「えー、と。……我! 盟友との誓いを果たす者成り!」

 

 

 ドモンの声。正確にはパスワードに反応し、黒い箱がその色を徐々に変化させていく。

 

 

「こ、これは……!」

 

 

 アルベドの見ている前で透明になった箱には、この世の物とは思えない程美しいドレスが飾られていた。

 

 

「アルベド、これが一体何か分かるか?」

 

 

 ドモンの質問にアルベドは、自身の知識から拾い上げた答えを返す。

 

 

「……もし、私の知識と相違無ければ、これはウェディングドレスと言う物でしょうか?」

 

 

 正解だ。そう言ってドモンは軽くウィンクをして再びアルベドに質問をする。

 

 

「第二問。……これはある人物が作成を、これまたある人物に依頼した物なんだが……。作成を依頼した人物は誰だと思う?」

 

 

 ここまで来れば流石には答えは分かった。だが、未だに疑念が晴れず、分からないと嘘を吐く。

 

 

「そうか? なら答え合わせだ」

 

 

 ドモンは扉の側にあるスイッチを押し照明を落とす。

 そしてこう言った。

 

 

「動画コード、タブラ・スマラグディナ」

 

「え?」

 

 

 ドモンが口にした名前に驚くアルベドを他所に、特定コードを認証した部屋のシステムがヴィジョンクリスタルを展開し、ある動画が再生される。

 そこに映し出されたのは……。

 

 

「タブラ……スマラグディナ様」

 

 

 火力においてアインズを上回る魔法詠唱者(マジックキャスター)であり、また最高位の錬金術師。

 ある時は中二病の設定魔、そしてある時はクトゥルフオタク。

 至高の四十一の一角にして、アルベドや他の姉妹の創造主である人物。

 

 タブラス・マラグディナが映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 




 相変わらず三文芝居+稚拙な文章+表現力皆無+etc...
 どうやったら表現の幅は増やせるのでしょうか? 最近そんなことばかり考えているTackです。
 意外と長くなってしまいましたが、もうそろそろ冒険者になりたい(切実)

 最後に、感想や質問。または指摘などをして頂ければ幸いです。(о´∀`о)ノシ


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第二十二話【神となった日⑩】

 長いなぁ……。


 

 

「タブラ……スマラグ……ディナ……様」

 

 

 ドモンに(いざな)われ、秘密の部屋と呼ぶべき場所を訪れたアルベドが見たのは、この世の物とは思えない程美しいウェディングドレスと……。

 

 

『久しいな、ナザリックの守護者統括にして我が友を護る最後の盾……。我が娘、アルベドよ』

 

 

 至高四十一人の一角にして、アルベドや他の姉妹を生み出した錬金術師。

 タブラ・スマラグディナその人であった。

 

 

「ドモン様! これは一体!?」

 

 

 訳が分からないアルベドはドモンに答えを求めたが、薄暗い部屋の中でドモンが行ったのは、人差し指を口元に当てることだけだった。

 

 

「……」

 

 

 見ていれば分かる。ドモンのジェスチャーからそう汲み取ったアルベドは、画面に再び視線を戻した。

 

 

『何を……、話せば良いのだろうな。生憎、こういう事には慣れていなくてな……』

 

 

 画面の中では錬金術師(タブラ・スマラグディナ)が何を話すべきかを迷っていた。

 まるで思い出に浸るような、それでいて悲しんでいるような沈黙が流れる。

 暫しの時間が経ち、その後彼はゆっくりと口を動かし始め様々な話をした。

 その内容は多岐に渡り、只の思い出話だと思われた。

 

 だが、それら全ての話の中にたった一つだけ共通点が見受けられた。そう、アルベドだ。

 全ての話がアルベドに関することだったのだ。

 

 その後も錬金術師の話が続いたが、一通り話終えたのだろうか。深く息を吐いた後、アルベドを生み出した本当の理由を話し出した。

 

 

「私が生まれた……理由?」

 

 

 自分が生み出された理由。そんなことは分かっている。

 アインズ(至高の頂点)の側に仕える為だ。

 しかし、わざわざそんなことを言う筈が無い。そんな分かり切っていることを。

 ならば他に何かの理由が? アルベドはその優れた頭脳をフル回転させる。だが、思い付いた理由の全てが正解であり、同時に不正解のようにも思えてしまう。

 

 思考の迷宮に迷い込んでしまったアルベドを救ったのは、疑念を生じさせた本人のタブラ・スマラグディナであった。

 

 

『お前は……守護者の統括であると同時に、……我が友モモンガの伴侶として生み出したのだ』

 

「……え?」

 

 

 思わず間の抜けた声を出すアルベド。無理も無いことだった。

 自分が考え付いた答え。その中でも正解であって欲しい答え、けれども、最も有り得ないとすぐさま思考から弾いたものが正解だったのだから。

 

 

『そして、この映像を見ていると言うことは、既に私はそこには居ないのだろうな……』

 

 

 タブラ・スマラグディナは声のトーンを落とした。

 その様子は誰が見ても分かる程気落ちしていた。

 

 

『私は……悪い父親だな……。なぁ? アルベド』

 

「そんなことは御座いません!」

 

 

 アルベドは無駄だと知りつつも、画面の中の創造主に向かって叫ぶ。

 

 

「私が……私が愚かだったのです……! 創造主に愛を向けられているのも知らず、勝手な思い込みで私は……!」

 

 

 拳を握り、己の愚かさに自害迄脳内にちらつかせるアルベド。

 暗所でも見通す事の出来るドモンの眼には、そのアルベドが悲しんでいる様子がはっきりと映っていた。

 

 

(アルベド……)

 

 

 この映像、実はユグドラシル時代での罰ゲームが元になっている。

 そして、映えある罰ゲームの最初の生け贄となったのがタブラ・スマラグディナだった。

 その内容とは──。

 

 

『まぁ、なんだ……。長々と話してはきたが、結局言いたいことは一つなんだよ、アルベド』

 

 

 創造主の言葉に反応し、俯いていた顔を上げるアルベド。

 その眼にはうっすらと涙を浮かべている。

 

 

『この映像は、お前がモモンガさんと婚約する時用として撮影した物だ。だからこそ言わせて貰う……』

 

「……」

 

 

 アルベドは覚悟した。自分の涙腺が決壊するのを。

 

 

『アルベド……モモンガさんと幸せにな。それがこの私の……。いや、父のたった……一つ……の願い……だ……ふぐぅあっ!』

 

「あ、あぁぁっ!!」

 

 

 父と娘は同時に泣いた。

 タブラ・スマラグディナは嫁に行く(アルベド)へ送る天国からのメッセージ、と言う趣旨の罰ゲームを受けた。

 始めこそ軽い軽いと、本人はそう言っていたのだが、話が進むにつれ気分が乗って来てしまい御覧の有り様。

 

 娘は、父に対し抱き続けた憎悪の感情がそのまま反転し、これまた大惨事。

 

 

「お父様っ! お父様ぁっ!! あぁぁぁ~!!!」

 

 

 アルベドは汚れることも構わず、その純白の手袋で涙を抑えようとする。されど、溢れる涙は止まる事を知らなかった。

 

 画面の外と内で二人が大泣きし、それを見たドモンも思わず貰い泣きしてしまう。

 

 

(確かにこれは罰ゲームでの動画だ。でも、もしタブラさんも此方に来ていたら、実際こうなるだろう……。それにしても…………泣けるでぇ!)

 

 

 ドモンも顔をぐっと歪ませ涙を堪えようとするが、元々お涙頂戴のシーンに弱い為、その努力は無駄となった。

 結果、しかめっ面のまま滝のような涙を流すハメとなった。

 もしもドモンの顔をギルメンが見ていたら指差しで爆笑しただろう、それほど酷く歪んだ顔をしていた。

 

 

『うっ! ぐふぅっ! くぅっ! ぐすっ! ……それと、念の為言っておくことがある……!』

 

 

 ドモンの記憶の中に無かった言葉だった。

 泣くのを我慢し、何を言うのかと画面に集中していると……。

 

 

『モモンガさん……。いいかっ!? アンタなぁ! もしウチの娘を泣かせてみろ!? 地獄の果てまで追いかけて、ありったけの火力叩き込んでやるからな! 覚悟しとけっ!』

 

「お父様……」

 

「…………ククククッ…………ブハッ! アハハハハハハッ!」

 

 

 映像は途切れ、部屋が明るくなっていく。代わりに響いたのは何とも愉快そうな笑い声だった。

 その発信源であるドモンは腹を抱え、目に涙を浮かべながらヒーヒーと笑っていた。

 

 

「タブラさんアンタっ! 何をっ……! 言うのかと思えばっ! アハハハハハッ!」

 

「ドモン様……」

 

 

 ドモンの様子を見て、自然と笑顔になっていくアルベド。

 

 

「ハァ~……笑った笑った、最後に言うのが旦那への脅しとかさ。まぁ、あの人らしいと言えばそうなるが。……それで、どうだアルベド。これでもまだ俺の言ったことが信じられないか?」

 

 

 アルベドは軽く首を横に振り否定する。そして、ドモンの前に跪き頭を垂れた。

 

 

「ドモン様……。至高の御方に刃を向けると言う大罪。都合の良いことを言っているのは重々承知の上でお願い申し上げます。その失態を払拭する機会を、何卒この私めに御与下さいませんでしょうか?」

 

「……今回お前に落ち度は無い、刃を向けられるのも俺は覚悟の上だったからな。……寧ろ悪いのは、アインズさんを除く俺達至高の四十一人だ。…………それからな、実はお前の生まれた理由諸々は彼には内緒なんだよ」

 

「そうだったのですか?」

 

 

 愛する男が友から隠し事をされている。その事実は、以前のアルベドであれば黒い感情で身を捩らせた事だろう。

 だが、今は違う。この方々は悪意があってやるのでは無い、それを先刻理解したのだから。

 

 

「何か特別な理由が?」

 

「まぁ、その、なんだ……。普段世話になっている人への恩返しのつもりだったんだよ。彼は一人の時間が長いみたいだったから……」

 

 

 現実世界で、アインズこと鈴木青年は筋金入りのぼっちだった。

 家族も親しい友人も居なかった。故にユグドラシルでの時間を大切にし、またそれを行動で以て示してきた。

 

 そしてそれは、いつしか他のメンバー達からも賞賛され、何かサプライズ的な事をしようと言う話にまで発展した。

 

 それからと言うもの、ドモン達は長い時間をかけて彼の好みをさりげなく聞き出していった。

 そしてそれらの情報を元に、彼の傍らに居続ける最高の守護者統括(二次元の嫁)を造り出す事に成功したのだった。

 

 

「アインズ様の御話からある程度は察しておりましたが……。何てお可哀想なアインズ様っ……!」

 

 

 ドモンがある程度ぼやかしながら伝えた内容を聞き、アルベドは頬を濡らした。

 

 

「兎に角、そう言う事だからお前が気に病む必要は無い。でも……アインズさんには内緒で頼むな? 後で驚かせてやりたいんだ」

 

「内密との件は了承致しますが……、やはり私は何か処罰を受けるべきだと思います!」

 

 

 突如立ち上がったアルベドが迫り、ドモンは凄まじい圧を感じた。

 ドモンは頭をかきながら少し考え、思い付いた罰を伝えんとする。

 

 

「だったら……。守護者統括アルベドよ!」

 

「ハッ!」

 

 

 ビシィッ! と効果音が聞こえてくる様に見事な姿勢をするアルベドに、ドモンは真面目な顔で言った。

 

 

「お前と我が心服の友アインズとの婚約! それを、世界統一後などのある一定の期間まで禁止とする! 以上!」

 

「あの……ドモン様?」

 

「ん?」

 

 

 不可解だと言う顔をするアルベドを見て、ドモンは少し厳しかっただろうかと慌てるが、反ってきたのは意外な言葉だった。

 

 

「そのようなこと、と言いますか。私には勿論辛いことなのですが、それで宜しいのですか?」

 

「いや、寧ろこれ以上無いと言う程の厳罰だ。……俺の中ではな?」

 

 

 自分の考えが外れていた事に安堵しながら、ドモンはウィンクをしてアルベドを安心させる。

 

 

「それと、今回迷惑をかけたことの謝罪を込めたアドバイスなんだが。……アインズさんはおしとやかな女性が好みらしい。一歩引いて行動してみろ? 食事会の時みたいに襲い掛かる勢いは厳禁だと伝えておこう。……頑張れよ、未来の王妃様」

 

「……有難う……御座います」

 

 

 未来の王妃。その言葉にアルベドは再び目元を濡らす。

 

 

「後、これはあくまで俺の考えなんだが。確か、こっちの世界に来た時に世界級(ワールド)アイテム持ってたんだって?」

 

「はい、御父様から手渡されました」

 

 

 ドモンは、以前アインズから聞いた情報を自分なりに推察した答えを告げる。

 あの人(タブラ・スマラグディナ)ならやりかねないと。

 

 

「お前は自室が無かったが、それで十分だろう? 偉大なる神に嫁ぐ娘へ父親が送った、最高の嫁入り道具さえあれば」

 

 

 それを聞き、アルベドは感極まる。

 そうして、ドモンが懸念していた二つの件は解決した。

 

 

//※//

 

 

 アルベドの件が解決したその一時間後。

 玉座の間にナザリックに於ての強者達が集められた。

 内容は今回のナザリック外活動の報告、そして今後の方針だ。

 名を元ある物に戻したこと。自分達至高の四十一人が実は神だったこと。そして、最初に自分達を信望する村が出来たことなどだ。

 

 

「次に! 私が生み出した守護者……いや、息子をお前達に紹介しよう!」

 

 

 アインズの声に反応し、玉座の間の巨大な扉が開かれ、そこから一人の人物が靴を鳴らしながら歩を進めていく。

 玉座前、階段の所で立ち止まりその人物は至高の存在に一礼をした。

 玉座に座るアインズはその人物に挨拶を促す。

 

 

「パンドラズ・アクターよ。皆に挨拶を」

 

「ハッ! 畏まりました父上! いえ、アインズ・ウール・ゴウン様!」

 

 

 コートを翻し、その爽やかなマスクを決意で満たしたパンドラズ・アクター(アインズの息子)は静かに話し出した。

 

 

「只今御紹介に預かりました、ナザリック宝物殿領域守護者、兼財政管理者の地位をアインズ様から預からせて頂いております、パンドラズ・アクターと申します」

 

「嘘……」

 

 

 その姿に驚きを隠せず、思わず呟きを発してしまう者が一人。

 階層守護者として、最前列に座していたシャルティア・ブラッドフォールンである。

 他の守護者達はそれを不敬と感じ、威圧を込めた視線をシャルティアに送るが、次のアインズの言葉でそれは致し方無い物と判断された。

 

 

「シャルティアよ、この者に見覚えは無いかな?」

 

「へ……? あ、はははいっ! その……何と申しますか、幻で何度か……」

 

 

 幻で見た。何とも可笑しな回答なのだが、シャルティアからしてみれば大真面目であった。

 以前、席のことでシャルティアとアルベドが揉めた後、ドモンはそれについて確認していた。

 

 

──シャルティア、お前には許嫁がいるだろう?

 

 

 何のことでありんすかえ? シャルティアが返した言葉にドモンは首を傾げ、それを見たシャルティアもまた首を傾げた。

 詳しく聞いてみると誰かは知らないが、素敵(どストライク)な男性が此方に笑顔を送る、そういった内容の幻を見た記憶があるのだとか。

 

 シャルティアは種族的な理由から睡眠は不要。故に夢では無く幻。しかし、いつ見たかも定かでは無いのだと言う。

 

 ドモンは断定的にこう推理した。

 アインズとペロロンチーノの約束。それを設定に書き込んではいたが、シャルティアはパンドラと会ったことはなかった。

 それにより、情報の齟齬とも言うべきものが起きたのではないかと。

 

 

「そうか。実はな、私は昔ペロロンチーノさんから頼まれたことがあってな」

 

「ペロロンチーノ様から……でありんすか?」

 

「うむ。その内容とは、もし自分がナザリックに戻れなくなった時、シャルティアに婿をやって欲しいと言う事だ」

 

 

 アインズの言葉はシモベ達を動揺させた。

 大事な場である為声には出さないが、明らかに空気が変わっている。

 至高の御方はやはり危険な目に遭っているのではないか。その感情がそのまま現れたのだ。

 

 

「そしてその相手として彼が指定したのが、友である私の息子パンドラ、と言う訳だ」

 

「ペロロンチーノ様……」

 

 

 ナザリックに戻れない。その言葉はシャルティアの心を抉った。

 しかし、それ以上に嬉しくもあった。そこまで自分は創造主に気にかけて貰っていたと言うことをだ。

 

 

「無論、婚姻を焦る必要はない。まだ時間はるのだから。もしかするとドモンさんのように帰還、もしくはこの世界に居る可能性もあるのだ」

 

 

 仲間は必ず居る。拳を固く握り、そう自分にも言い聞かせるアインズ。

 それを隣で立つドモンは辛い気持ちで見ていた。

 

 

「あくまで仮、と言うことだな。本来ならペロロンチーノさんが嫁に欲しい筈だからな。……なぁ、ドモンさん?」

 

「同感です。彼なら『シャルティアは俺の嫁だぉー!』……とか言うでしょうからね」

 

 

 軽く笑いながらドモンが答え、アインズはそれを似てる似てると返した。

 

 

「良かったな、シャルティア。お前の両手には、アインズさんの息子と創造主と言う華が乗っているんだ」

 

「ドモン様……」

 

「アインズさんの言う通り焦らなくていい、ゆっくり考えろ。寧ろ両方ってのもありじゃないか?」

 

「両方……?」

 

 

 シャルティアの脳内では右手をペロロンチーノが、左手をパンドラズ・アクターが握り、キスをしている妄想が始まっていた。

 シャルティアから見て、パンドラはどストライクのイケメンだったので、その妄想に思わずニヤけながら鼻血を流す。

 

 

「あー、シャルティアよ。帰って来い。アインズさんの話がまだ終わって無いんだ」

 

 

 ドモンの声で我に帰り、慌てるシャルティア。

 そのシャルティアの鼻血を、ハンカチを取り出したパンドラが屈んで優しく拭き取る。

 そして、その白い手を取りキスをした。

 

 

「これから、末長く宜しく。マイ・プリンセス☆」

 

「よ、宜しくで……ありんす」

 

 

 キラーンッ! ドモンとアインズの耳には確かに聞こえた。イケメンが笑顔で歯を光らす効果音が鳴るのを。

 

 

「まぁ……なんだ。兎に角息子と仲良くやってくれ、シャルティア。それでは一先ず今回は終わりと……」

 

 

 アインズが締め括ろうとした時、急にドモンが咳払いをしながらアインズに目配せをした。

 大事な話をし忘れているのを思い出させる為だ。

 

 

「……あー、したいのは山々なのだが、まだ話がある。しかもこれから行っていくだろう数々の作戦にかかわる事だ」

 

 

 世界統一にかかわる重要な話。普段もそうだが、一言も聞き漏らすまいとシモベ達は神経を集中させた。

 

 

「その話の前段階としてお前達に問おう。人間や他の種族……。詰まる所、ナザリックに属していない者達についてどう思う? 私達が普段話すことを除外し、正直に答えて欲しい。シャルティア、お前はどうだ?」

 

 

 リア充オーラを発していたシャルティアだったが、至高の存在の話を聞き漏らす程落ちぶれてはおらず、直ぐ様返答する。

 

 

「……取るに足らない存在、とでも言うでありんしょうか。良くて玩具と言った所でありんす」

 

「コキュートス」

 

「武ニ対シ研鑽ヲ積ム者、又ハ誇リヲ以テ戦イニ身ヲ投ジル者ニハ、アル程度ノ賞賛ヲ送ルモノカト……。シカシナガラ……愚カニモ至高ノ御方々ニ戦イヲ挑モウモノナラバ、コノコキュートス容赦ハ致シマセヌ……!」

 

 

 自分の正直な気持ち。

 武人としての誇りと、ナザリックの階層守護者としての誇り。

 それらを加味した答えをコキュートスは言った。

 

 

「フム……実にお前らしいな、コキュートス。素晴らしいぞ」

 

「武に対する姿勢、見事だ」

 

「オォ……! 有リ難キ幸セ!」

 

 

 至高の存在から賞賛の言葉を受け、興奮し冷気を多めに漏らすコキュートスだった。

 

 

「次にアウラ。お前にとっての人間等の他種族、ナザリックに属さぬ者達をどう思う?」

 

「シャルティアと同じ様な答えで癪ですが、概ね同じです」

 

「成る程」

 

 

 視線を交差させ、シャルティアとアウラは軽く火花を散らせた。

 

 

「マーレはどうだ?」

 

「ぼ、僕はあまり戦いとか好きじゃないので……。攻め込んで来なければいいなー……位です」

 

「ほう。ならば、次はデミウルゴスだな」

 

「私は他の者達よりも、幾分かは温かい目で見ても良いものだと思っております。意外な使い道等もあります故……」

 

 

 淡々と話すデミウルゴスだったが、その言葉の裏に言い知れぬ不安をドモンは感じた。

 

 

「そうか。ではセバス、そしてプレアデス達はどうか?」

 

 

 アインズの問いに、セバスとユリは比較的好意を感じる返答。が、残る面子は虫ケラ、食糧、玩具、存在を気にしていない等散々な返答となった。

 

 

「そうか……。では最後になったがアルベド、お前は人間をどう思う?」

 

 

 自らの傍らに立つアルベドに視線を向け、アインズは最後の人物(アルベド)に問い掛けた。

 しかし、実際彼は心の中で答えを予想していた。

 そして、それに対する言葉も。

 

 

「至高の御方々に逆らう者達に対しては駆除すべきかと……」

 

「そうか……」

 

「……ですが」

 

「?」

 

 

 思わせ振りな言い方をするアルベドに違和感を感じ、アインズはその顔をじっと見詰める。

 

 

「アインズ様やドモン様、そして他の至高の御方々に忠を尽くすのであれば、共に生きるのも悪くはないと思われます」

 

「お、おぉ……! まさかお前の口からそんな言葉が出るとはな」

 

 

 アインズに見られている事を意識し、顔を紅潮させながら言ったアルベドの言葉に、アインズは意外と思う他なかった。

 

 

《アルベド何かあったんですかね? ……ドモンさん何か知ってますか?》

 

《はてさて? 全く記憶に御座いません。何のことやらって感じです》

 

《………………まぁ、いいでしょう》

 

 

 答えを導く為にドモンへ伝言(メッセージ)を送ったアインズだったが、それはドモンのわざとらしい言葉でうやむやにされてしまった。

 後で詰めてやろうと考えながらも、アインズはシモベ達に改めて質問をした意図を伝える。

 

 

「各々の考えは良く分かった。……総合的に見たとして、ナザリック以外の者達は卑下すべき存在である。これは質問に答えていない者、つまりはナザリック全てのシモベ達の総意に近いものと私は受け取る。それで良いな?」

 

 

 同意を求められたアルベドは静かに頷き、アインズの言った言葉を肯定する。

 

 

「宜しい。……しかし、今までは良かったもののこれからもこうでは支障が出ると思われるのだよ。なぁ、ドモンさん」

 

「そうですね。……では、ここからは俺が少し話そう。……とは言っても単純な話だ」

 

 

 単純な話。そう言われたとしても至高の御方の御言葉。

 シモベ達は身を引き締めてその言葉を待った。

 

 

「例えばの話だ。俺達ナザリックが友好的に世界を統一した世界、逆に暴力によって征服した二つの世界があったとしよう」

 

「要するに、今お前達の過半数が持っている感情のまま行動するか、もしくはそうでないかと言うことだ」

 

 

 ドモンの言葉にアインズが補足をしていく。

 

 

「その二つの世界で過ごす数多くの命は、果たしてどれだけこの世に生を受けたことに感謝するだろう」

 

 

 ドモンは、これから軍事行動を開始する部隊の司令官になったような錯覚を覚えた。

 ならば、いっそのこと演説にしてやろうと言い回しを加速させる。

 

 

「暴力のままに支配された世界で我等ナザリックは称えられるだろうか? この世界に生まれたことを感謝するだろうか? 答えは否だ」

 

 

 ドモンはそれらしい言葉をフル活用する為、ありとあらゆるアニメの演説シーンを思い出す。

 

 

「我等ナザリックの者が街中を歩けば、確かに民は平伏すだろう。だが、それは恐怖故の行動に過ぎない」

 

「うむ。我等二人はそれを望んではいない」

 

 

 アインズは悲しむ演技をしながら静かに言った。

 

 

「お前達も想像してみるのだ。……心臓を握られた状態の民が恐怖しながら平伏する世界と、心からの笑顔を浮かべ、我等ナザリックを信仰すべき神と皆が崇める世界……」

 

 

 ここでドモンは少しの溜めを作った。この後の言葉に重みを持たせる為だ。

 

 

「お前達はどちらを選ぶ! さぁ、答えよ! ナザリックの精鋭達よ! 暴力の魔徒として、魔神と畏怖されるか! もしくは、慈悲深き神の信徒として、世界に幸福をもたらす天の遣いとなるかを!!!」

 

 

 ドモンの声が玉座の間に響き渡り、その音が消えた後は静寂が訪れた。

 その静寂を打ち破ったのは、アインズの横で佇んでいたアルベドであった。

 

 

「……私は、アインズ様とドモン様の御考えを選びます。平和な世界を……、御二人が世界を救った偉大なる神と崇められる世界を!」

 

 

 アルベドの発言により、玉座の間にシモベ達の叫び声が木霊する。

 

 

「アインズ様、そしてドモン様。この声をお聞きになれば、最早答えは出ているも同じかと」

 

 

 アルベドが御辞儀をしながら言った言葉に、内心至高の存在は安堵した。

 

 

《やった! 俺やりきったよ! アインズさん!》

 

《おめですドモンさん! ぶっちゃけ暴力で支配した方が良いとか言われたらどうしようかと!》

 

 

 伝言(メッセージ)内での感情を具現化するのならば、二人は手を取り合って兎のように跳び跳ねていたことだろう。

 それ程までに上手くいって良かったと感じているのだ。

 実際の所、至高の存在である二人が命令さえすれば良かった。

 ナザリックのシモベ達ならば、例え白であっても黒と断言出来る程の忠誠心があるのだから。

 

 

「皆、分かってくれたようでなにより! ……とは言え、お前達全てがすぐに納得出来ることではないと言うことも分かっている! 故に! 俺達は行動を以てお前達に示そう!」

 

 

 ドモンの言葉を合図に、玉座を立ち上がったアインズが叫ぶ。

 

 

「私達二人が先陣を切り、お前達を導く! そして、お前達は良き模範としてナザリック国の民を導くのだ!」

 

「「「オォォォォォッ!!!」」」

 

 

 とてつもない爆音が響き渡る。これが始まりだと言わんばかりの声だ。

 

 かくして、多少の不安を残しつつも、ナザリックの世界統一に向けての行動が開始されるのだった。

 

 

//※//

 

 

「疲れたおー(;´д`)」

 

 

 ドモンのベッドに倒れ込み、そのままゴロゴロと転がるアインズ。

 そこには、ナザリックの最高指導者としての姿は無かった。

 

 

「お疲れさんです、アインズさん。いやー、色々上手くいって良かったですね」

 

 

 盗聴防止等の対策をしてあるので、それを良い事に二人はぶっちゃけトークを始める。

 

 

「ドモンさんのお蔭ですよ。パンドラの事もシャルティアの事も」

 

「両方アインズさんが悪いですからね」

 

 

 ヤメテー! と、両手を顔に当て悶絶するアインズ。

 暫く悶えていたが、気になった事を思い出しドモンに訊ねる。

 

 

「所で、ウチの子(パンドラ)随分大人しかったですけど、何かしました?」

 

「ん? ……あぁ、あまり派手な動きは控える様に言っておいたんですよ。勿論、ストレスになるといけませんから、それが出来る相手として似た様な感じの守護者を話相手にね」

 

「誰……? ……あっ」

 

 

 多分当たってますよと、ドモンは指をさして笑う。

 アインズの脳内では、高笑いをあげる忍ばない忍者が映し出されていた。

 

 

(忍びなれども忍ばない……ってか?)

 

「所でアインズさん、今後の事なんですが……」

 

「おっと! いかんいかん、そうでしたね」

 

「村長から聞いた話でしたよね」

 

 

 カルネ村の村長から聞いた話。それは二人にとって貴重な情報だった。

 カルネ村からそう遠くない位置にある都市エ・ランテル。

 そこで様々な依頼をこなし金を得る、冒険者と言う職があるとの事だった。

 何故そんなことが議題に上がったのか? と言うのも、人間が居るのを確認した直後からドモンは考えていた。

 もしあるのならば、傭兵や冒険者の類となってこの世界の情報集めるのが良いと考えており、アインズもそれに同調したのだ。

 

 

「情報や資金を集める偽装身分(アンダーカバー)という訳ですよね? さすドモ」

 

「いやいや、アインズさんの案がなければとても……」

 

「でも、もう人選終わってるんでしょう?」

 

「と、言うと?」

 

 

 とぼけちゃって~、とアインズは手をひらひらと振る。

 

 

「ナーベラルにお兄様とか呼ばしてたじゃないですか。妹役の魔法詠唱者(マジックキャスター)として考えてるんでしょ?」

 

「あぁ、成程。……でもそれだけの情報で色々考えられるアインズさんも凄いですよ。さすアイ」

 

 

 互いに謙遜し合いながら、HAHAHAと笑う二人だった。

 

 

「……んで、話戻しますが、同行はナーベラルと言う訳ですね。ちな理由は?」

 

「だってアインズさん戦士やりたいでしょう?」

 

「? ごめんなさい、話が見えないんですが……」

 

 

 ドモンの話を纏めるとこうなる。

 まず、自分かアインズのどちらかはいつでも全力が出せるように本来の立ち位置が望ましい。当たり前のことだが、不足の事態に両者とも不慣れなポジションというのは危険過ぎる。

 

 次に役割の話だが、仮にアインズが本来の魔法詠唱者(マジックキャスター)として

戦うとしよう。

 以前カルネ村で戦ったような相手ならば問題はない、アインズが得意とする系統の魔法を使用せず楽に勝利を掴める。

 だが、本気の魔法を使わねば倒せぬ相手に出会ったとしたら? 更にそれが衆人環視の中で行われる戦闘だとしたら?

 

 アインズの姿を見たカルネ村の住人達は皆こう思っていた。

 

 

――なんて恐ろしいアンデッドなのか、と

 

 

 恐怖心から口には出していなかったが、心を覗くことの出来るドモンには筒抜けだった。

 このことから察するに、この世界の住人はアンデッドに対し忌避感を抱いていると思われる。アンデッドに友好的な世界があればあったで不思議な話なのだが……。

 

 つまり、死霊術に特化したアインズが本気で後衛として戦うには若干の不安要素があるのだ。下手に即死耐性などを持つ相手に当たったらそれこそ目も当てられない。

 

 

「確かにそうですね……。最初からそんな強敵と戦闘になるとは思えませんが、警戒は必要ですからね」

 

「でしょ?」

 

「只……、それだと俺が戦士やりたいって言う言葉の意味が分からないです」

 

「……質問を変えましょう。アインズさんGガン好きですか?」

 

 

 訳の分からない質問をするドモンにアインズは首を傾げた。

 だが、胸を張って答える。

 

 

「好き……いや、これは最早愛と言っても過言ではないでしょう。ドモンさんに勝てるとは思っていませんが、俺はGガンを愛しています!」

 

 

 この気持ち最早愛。そう言い切ったアインズに今迄以上の親しみを覚えながら、ドモンは言った。

 

 

「Gガンをそこまで好きになってくれてうれしいですよ。……結論から言うと、そんなアインズさんなら俺と一緒にファイター、戦士をやってくれるだろうと思いまして。師匠のように……とは言いませんが。剣士とかありじゃないですか?」

 

「……」

 

 

 ドモンの言葉にアインズはすぐに返答しなかった。

 読みが外れたかな? ドモンがそう考え始めた時……。

 

 

「剣士……剣士か……。うん、良い……。凄く良い! ディ・モールト・ベネってやつですよドモンさん!」

 

 

 ドモンは見た。ずいっと迫るアインズの目の炎が爛々と輝いているのを。

 

 

「よ、喜んでくれたようで何より……です、はい」

 

「よっし! やるぞー! 今日から魔王もとい、今日から剣士だ!」

 

 

 

 あ、見た目魔王って自覚はやっぱりあったのね。

 そう思ったドモンをよそにテンションが爆発するアインズ。しかし、それも精神作用無効化によって抑圧されてしまう。

 

 

「あぁっ! 糞っ! またこれか、ええい煩わしい!」

 

「でも、逆を言えば常に冷静でいられるってことじゃないですか」

 

「時と場合によりけりですよ。……ドモンさんはどうなんですか? 確か、無効化とはいかずとも大幅減少ついてましたよね?」

 

「う~ん。今の所特に不自由を感じたことはありませんね」

 

「……それって言いかえると、今迄対して動揺したりしてなってことですよね? アンタ心臓がコスプレでもしてんのか?」

 

「は?」

 

「ウィッグでもしてんのかってことですよ。さぞかしロングヘアーのキャラでもやってんでしょうね」

 

 

 アインズの表現がツボに入り、ドモンがゲホゲホ言いながら笑った。

 それから、剣士としての修業をドモンが見ることとなり、今回の話し合いは終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回も滅茶苦茶長くてすいません。Tackです。
 予想以上に話が長引いてしまいましたが、ここでカルネ村編(神となった日シリーズ)は終了となります。
 次回からはやっとこさ冒険者編に入りますのでお楽しみに。


 ……あれ? 何か前にもこんなことがあった気がす。

 
 


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第二十三話【シュウジとモーガン~白と黒①~】

 


 

 

 場末の酒場。

 そう表現しても差し支えない、そんな場所にその三人組は現れた。

 

 

「おい見ろよあれ、凄ぇな。へっへっへっ」

 

「見慣れねぇ奴だな……。立派な全身鎧(フルプレート)なこって!」

 

 

 その酒場……、にしか見えない宿屋の一角で昼間から酒を飲んでいた男達は、その三人組の先頭を歩いていた人物を挑発する言葉を吐く。

 それもはっきりと聞こえる声量でだ。余程の間抜けでもない限り、それがわざとだとすぐに分かるだろう。

 

 では何故そのような挑発をしたのか。答えは非常に簡単なことだ、要はこの酒を飲んでいた男達は値踏みと脅しをしかけたのだ。

 

 まず値踏みをした理由だが、実はこの二組は同業者である。それは両組の各人が胸元にぶら下げているプレートが証明している。

 このプレートはこの酒場がある街、城塞都市エ・ランテルにある冒険者組合という場所で登録……。即ち冒険者としての手続きを終えた者が受け取る証である。

 このことから男達はこの見慣れぬ三人組を同業者と考え、自分達の仕事上のライバルになり得る存在かを確認していたのだ。

 

 それは同時に、「自分達の邪魔をすると後が怖いぞ?」 そういう脅しも兼ねていた。

 

 

「……」

 

 

 三人組の先頭を歩く漆黒の全身鎧(フルプレート)を纏った、ゆうに二メートルを超えるであろう大柄な人物は、まるで意も介さぬ。そんな態度で挑発を仕掛けてきた男達を通り過ぎて行った。

 

 

「ちっ! 無視かよ。図体とおんなじでデケェ態度しやがって!」

 

 

 またもや聞こえる声量で悪態をつく男。それもその筈。

 男のプレートの色は(アイアン)、対して三人組のプレートは(カッパー)

 このプレートの色にはちゃんとした理由があり、それが意味する所は強さのランクだ。つまるところ、男は自分の方が格上と分かった上で挑発していた。

 

 色についての補足だが、プレートの色は冒険者組合が定めたもので、最初のランクである(カッパー)から(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトと順に強く、また待遇が良くなっていく。そして同時に、言うまでもないことだろうが名声も得る。

 

 具体的に言うのであれば、(ゴールド)白金(プラチナ)辺りから貴族や王族、つまるところの権力者から直接依頼を受けたりすることがある。

その中には、国家権力と不可侵を保っている冒険者、正確には組合を引退した後にお抱えになる者もいる。

 

 無論、死んだり二度と戦えない身体になったりする者が殆どなので、先述のような縁から身を立てる者は先ずいない。

 だが、それでも冒険者になりたいと組合の門を叩く者は絶えない。

 いつの時代、どんな世界でも、夢──もとい財を求める人間はいるものだ。

 

 

「一泊お願いしたい……」

 

 

 店の奥まで進み、そこにいた主人に対して静かに響く低音。それを聞いて、酒場にいた男達を含めた客はその全身鎧(フルプレート)の人物が男だと判断出来た。

 普通ならば身の丈二メートルを超える人物は男と考えるのが妥当。だが、この界隈では逆だ。

 ある有名人の存在のせいで、それは嘲笑の的となる。

 

 

(カッパー)か……。三人だな? ならば相部屋で……」

 

 

 どう見ても用心棒と言われた方がしっくりとくる、そんな見た目の主人が金額を伝えるよりも早く全身鎧(フルプレート)の男は言葉を発した。

 

 

「個室を頼む。この三人だけの部屋がいいんだ」

 

「……あのな、言っとくが新米は相部屋で顔を──」

 

 

 主人は相部屋にすることでのメリットを親切に教えようとした。実はこの主人も元ではあるが冒険者。

 怪我が原因で引退した後この宿屋の主人となったのだ。

 ぶっきらぼうだが根は面倒見の良い人物で、この宿に宿泊する新米冒険者にやや……、というかかなりの迫力をもったアドバイスを送っている。

 

 

──少しでも長く生きて貰いたい。

 

 

 かつて戦闘で仲間を失い、大きな絶望を経験した男故の言葉。

 ツンデレもここまで来ると立派なものである。

 そんな不器用ながらも優しい男の言葉を、全身鎧(フルプレート)の男の後ろにいた男が遮った。

 

 

「あー、悪いんだがそういうのはなしにしてくれ」

 

「あ?」

 

 

 主人が声の方向に視線を向けると、そこには白の外套を身に纏い、口元まで布で覆う男が立っていた。

 全身鎧(フルプレート)の男より背は低いが、何処と無く強者の風格を漂わせていた。

 

 

「んだお前ぇ? 俺の親切心が……!」

 

「だから言ってるじゃねぇか。そういうのは要らねえって」

 

「てめっ……!」

 

「シュウジ……、その辺にしておけ」

 

「だがよぅ、モーガン」

 

 

 全身鎧(フルプレート)の男モーガンに静止を受けた白い外套の男、シュウジがバツが悪そうに舌打ちをした。

 仲間の行動に溜息を吐いたモーガンが再び主人に話しかける。

 

 

「連れが失礼な物言いで済まないな、主人」

 

「ったく! これだから(カッパー)の新米は! 礼儀とか諸々なってねぇんだ! ……んで? 結局どうすんだ」

 

「話が戻るようで済まないが、三人が泊まれる個室を頼む。因みに食事は不要だ」

 

「…………はぁ、勝手にしろ。……生憎四人部屋しかねぇから少しばかり高ぇぞ。一日十銅貨、前払いだ」

 

「感謝する」

 

 

 込みあがる怒りを飲み込んだ主人がすっと差し出した手、そこにモーガンは十枚の銅貨を落とした。

 

 

「ん……、部屋は二階の一番奥だ。んで、こいつは鍵だ」

 

「あぁ」

 

 

 首をくいっと動かし主人は部屋へ行くよう促す。年季を感じる錆び付いた鍵を受け取ったモーガンは、短い了承の言葉を発した後階段に向かって歩を進めた。

 それに残りの二人も着いていく、が。

 

 

「へへへっ」

 

 

 モーガン達がこの宿屋に入った時に挑発してきた男達……、その中のスキンヘッドの男が堂々と進行方向に足を投げ出したのだ。

 それもやはりわざとであり、顔はニヤついていた。一緒のテーブルで酒を飲んでいた他の二人の男達も笑っていた。

 

 

(予想はしていたが、いざ実際に起こると面倒だな……)

 

 

 面倒と感じたモーガンが取った対応は。

 

 

ドカッ!

 

「いったぁっ!」

 

 

 男の足を軽く蹴り飛ばすことだった。

 待ってましたと男は立ち上がりモーガンを睨み付ける。

 

 

「いってぇなぁ、オイ! どうしてくれんだぁ!?」

 

 

 まるで街角で肩がぶつかったチンピラのように男は突っかかる。自分より頭が一個以上大きい相手にガンを飛ばせるのは見事だが、これにも訳がある。

 先程の話で出たように、モーガン達のプレートは(カッパー)、対して喧嘩を吹っかけてきた男達のプレートの色は(アイアン)

 端的に言うならば、自分達の方が上で負ける筈がないという、そんな小物特有の考えからの行動だった。

 

 

「ふむ、ではどうすれば良いのかな? 先輩殿」

 

「そりゃあ……って。おいおいなんだよ、良い女連れてるじゃねぇか!」

 

 

 スキンヘッドの男がモーガンから視線を逸らした先には、モーガンとシュウジの後ろに控えていた黒髪の美女がいた。

 絶世の美女。そうとしか言い表せない程の美女。

 しかしその顔は無表情で、瞳からは冷たさしか感じられない。

 

 

「私達の仲間が何か?」

 

 

 自分達の仲間がどうしたと言うのだ。そういった気配を出すモーガンに顔も向けず男は平然と言った。

 

 

「いやぁ、さっきので足が折れたかも分かんねぇ。そこの女に酒でも注いで貰いながら介抱して貰わねぇといけねぇなぁ……。そう思っただけさ」

 

 

 余りにも下種な発言をする男に仲間はおろか、店にいた他の客、更には主人までもが静観を決め込んでいた。

 別にスキンヘッドの男が恐ろしいからではない。少なくとも客の中には(アイアン)級の冒険者が同数以上おり、戦力的には圧倒出来た。

 

 ならば何故仲裁をしないのか。それは、冒険者同士のいざこざが厄介である、仲裁によるメリットがない。

 中には通過儀礼だと考える者さえいたからだ。

 

 結論としてその程度のトラブルは日常で起こり得ること、だからこそそれを自分達だけで対処出来なければ、これから冒険者としてやってはいけないと言うことなのだ。

 

 

「ほぅ、つまりお前の遺言は、俺の妹であるナーベに酒を注いで貰いたかった……。で、いいんだな?」

 

「はぁ? なんつったテメェ?」

 

 

 今迄沈黙を保っていたシュウジが、突然横から割り込んできた。

 

 

「何度も言わすんじゃねぇよ、このタコ。……遺言はそれで良いのかって親切にも聞いてやってんだよ」

 

「テメッ……!」

 

 

 ナーベと呼ばれた三人組最後の一人は、無表情のままそのやり取りを見ていた。

 

「兄様、こんな輩を相手にしているのは時間の無駄では?」

 

「……っ!」

 

 

 同時に(けな)され、スキンヘッドの男は正に茹で蛸のように顔を紅潮させていく。

 

 

「……っのクソアマァ!」

 

 

 男が拳を振り上げ、そのままナーベの顔に直行させるべく加速させた。

 

 

ガシィッ!

 

「テメェ……、今俺の妹になにしようとした?」

 

 

 それをシュウジが止め、凄まじい握力で握る。

 

 

「いでででっ! 痛い痛い! 折れる折れる! はっ、放せクソ野郎!」

 

 

 相当な力で握られているのか、スキンヘッドの男は必死で逃れようとするがビクともしない。

 

 

「そうか? なら放してやんよ、そらっ!」

 

「おぉぉぉっ!?」

 

 

 シュウジが握っていた手を軽く捻ると、男の身体は重力から解き放たれたように宙を舞い。

 

 

「へへへー、ようやく手に入っ──」

 

 

 向こう側の席で、なんとも愛しそうにポーションを見ていた女冒険者のテーブルに激突した。

 

 

「天罰! ってな」

 

「シュウジ……」

 

「先輩だからって何やってもいいって訳じゃないぜ? モーガン」

 

 

 モーガンとシュウジが軽い会話をし、階段を昇ろうとした時。

 

 

「おっきゃあぁぁぁっ!!!」

 

 

 鳥を絞め殺したような女の悲鳴が響き渡った。

 

 

「なんだ?」

 

 

 モーガンが後ろを振り向くと、半泣き状態の女冒険者が怒り心頭といった表情で迫ってきた。

 

 

「ちょっとアンタ達! このポーションどうしてくれんのよ!」

 

「?」

 

 

 何のことだといった雰囲気で女冒険者の手を見ると、そこには無残に砕け散ったポーションの瓶。

 

 

「それがどうしたんだ?」

 

「どうしたんだ? ……じゃないわよっ! アンタのお仲間がやったんでしょっ!」

 

 

 そこでモーガンはやっと気付いた。

 先程シュウジが絡んできた男を投げ飛ばした時、向こう側から木製の何かが砕ける音が聞こえたのを。

 つまり、投げ飛ばした男が飛んだ先にこの女冒険者の席があったのだ。

 

 

「……これは、アタシが一切の贅沢と縁を切ってようやく手に入れた治癒のポーションだったのに……」

 

 

 女冒険者の握り拳が震えており、その様子は手に入れるまでの苦労を物語っていた。

 

 

「だが、今回私達はあくまで被害者だ。請求ならそいつらにしたらどうだ?」

 

 

 モーガンは顎を動かし、仲間が軽くあしらわれたのを驚いている男達を指定した。

 

 

「アンタ達……、いっつも酒ばっかり飲んでるからろくに持ってないんでしょ?」

 

「へ、へへへ、まぁ……」

 

 

 確認をとった女冒険者はモーガンの方に向き直し迫る。

 

 

「……と言う訳よ。見た所アンタ立派な装備してるんだからお金持ってんじゃないの? なんなら現物でもいいからさ? ね?」

 

 

 本人にしてみれば示談のつもりだったのだろうが、モーガンからしてみればそれは悩む所だった。

 

 

「あるにはあるが……」

 

 

 モーガンが渋っていると、彼の目に苛立ちを抑えきれず、腰の剣を抜こうとしているナーベの姿が映る。

 モーガンが慌ててポーションを取り出そうとした時。

 

 

「いやぁ~! すまんすまん先輩、ちょいと力加減間違えちまったよ! 迷惑かけて悪かったな、ほい現物」

 

 

 横からシュウジが割って入り懐から出したポーション。赤い色のポーションを女冒険者に握らせる。

 それを女冒険者はじっと見つめた。

 

 

「あ……うん。確かに……」

 

「じゃ! 俺達はこれで。行こうぜモーガン、ナーベ」

 

 

 ポカンとする女冒険者を他所に、モーガンとナーベを背中を押してシュウジは去った。

 

 

//※//

 

 

「ここだな」

 

 

 ミシミシと音の鳴る階段を登り、二階廊下の端まで着いたモーガン達は、主人に指定された部屋へと入る。

 

 

「ふむ……。こんなものか」

 

 

 部屋に入るとシュウジは直ぐに盗聴対策の呪文などを唱え、それを部屋全体に幾重にもかけていく。

 

 

「これで……良し、と。モーガンさん、もう大丈夫ですよ。ナーベも楽にしてくれ」

 

「有難う御座います、シュウジさん」

 

「御手間をかけさせてしまい、大変申し訳御座いません」

 

 

 シュウジの言葉を合図に、モーガンは面頬付き兜(クローズド・ヘルム)に手を当てた。

 すると魔法的な光と共に兜がかき消え、代わりに世にも恐ろしい骸骨の頭部が現れる。

 

 そう、漆黒の全身鎧(フルプレート)を装備していたモーガンはアインズ。

 スキンヘッドの男に介抱を迫られた黒髪の美女は、戦闘メイド(プレアデス)の一人であるナーベラル・ガンマ。

 そして、その男を投げ飛ばした白い外套の男はドモンであった。

 

 何故彼等が変装などをしてここエ・ランテルにいるかと言うと。

 

 

「情報の収集とナザリック外での活動資金。それとシュウジさんが考えた計画の為に、俺達の偽装身分(アンダーカバー)を作るんでしたよね?」

 

「そうですね。更に言うならば、他の強者とも言うべき存在。そこからプレイヤーの情報にも繋がります。まぁ、身分についてはモーガンさんが考えた案を拝借したに過ぎませんが……」

 

 

 ドモンとアインズは、今後の活動についての確認を取り合う。

 

 

「御話中申し訳御座いませんが。一つ……、御質問をさせて頂いても宜しいでしょうか?」

 

「ん?」

 

「どうした? ナーベ」

 

 

 それを、自分の中にある気持ちが抑えきれないナーベラルが割って入る。

 

 

「何故、至高の御方々であらせられるアインズ様とドモン様が、こんな下等種族である人間の住む、更に言えば汚らわしい場所に宿泊せねばならないのでしょうか?」

 

「下等って……」

 

「汚らわしいって……」

 

 

 ドモンとアインズは同時に溜め息を吐きながら首を落とした。

 まるで落胆されているような気がしたナーベラルは、至高の存在を交互に見ながら慌てた。

 

 

 

「ナーベよ……、先ず一つ目だが。このように身分を偽っている時は、それぞれ与えられた名前で呼び合うと決めただろう。お前はナザリック地下大墳墓の戦闘メイドの一人、ナーベラル・ガンマではなく冒険者ナーベ。そして俺達はその仲間のモーガンとシュウジだ。……まぁ、俺は兎も角シュウジさんはお兄様と呼ぶのだ」

 

「も! 申し訳御座いません! アインズ様!」

 

「モ・ー・ガ・ンだ! 全く……」

 

 

 既にテンションがだだ下がりのナーベラル、そこにドモンが追い打ちの一言を放つ。

 

 

「それに、人間を下等生物とか言うなと言っただろう? それともあれか? この間集会で言った俺達の言葉聞いてなかったのか?」

 

「い、いえ! 決してそのようなことは……!」

 

 

 とうとうナーベラルは臣下の礼をとってしまい、それを見た至高の存在は目元に手を当てることになる。

 

 

《やっぱナーベラルは失敗だったんじゃないですか?》

 

《でも、アインズさんも賛成したじゃないですか》

 

《うー、確かに。でも、色々な条件を加味した場合ナーベラルが適任なんですよねぇ……》

 

《そうなんですよねぇ……》

 

 

 伝言(メッセージ)内で至高の存在にダメ出しされるナーベラル・ガンマ。なんとも不憫である。

 

 

「あ……あの……ドぉ、お兄様」

 

「ん? 何だ? ナーベ。ドぉお兄様ならここにいるぞ」

 

「……申し訳御座いません。先程人間の女に、随分あっさりとポーションを渡されていましたが……。あれにはやはり意味が……?」

 

「あ、そうそう! あれ俺も気になってたんですよ!」

 

「あぁ、あれはですね……」

 

 

 ドモンが指を擦り、部屋に綺麗に音が響く。

 するとドモンの影が伸び、それが異形を形作っていく。

 

 

「確か、複数体護衛につけた影の悪魔(シャドウデーモン)ですよね?」

 

「そうです。その内の数体に、さっきの女冒険者を尾行させてます」

 

「そりゃまた何で?」

 

 

 女冒険者に尾行をつけた。その命令を出した意味が分からないアインズとナーベ。

 頭の上に疑問符が浮かぶ。

 

 

「まず先に話しておきたいんですが、あの女冒険者が持っていたポーションの色、青だったのって気付きましたか?」

 

「……あぁ、言われてみれば」

 

「確かに……、宿屋に入った時に私も見ております」

 

「……ならばこう思いませんか? 何で俺達が持つポーションと色が違うんだろうって」

 

 

 ドモン達が持つポーションは赤色をしており、女冒険者が持っていたポーションとは確実に違う色していた。

 

 

「? 意味が分からな──。待てよ…………あっ! 分かった!」

 

「え? え!? 何が分かったのですか!?」

 

「流石モーガンさん」

 

 

 未だ答えの分からぬナーベにモーガンは説明をした。

 

 

「いいか、ナーベ。今ナザリックが急務として行っているもの、その中に消耗品の確保が項目としてあるのは分かるな?」

 

「はい。私もデミウルゴス様の御手伝いをさせて頂いております」

 

「だろう?」

 

 

 アインズがナーベラルに伝えたいことを要約すると。

 

 まずナザリックだけでポーションを作ることは困難を極める。ユグドラシルでポーションの素材としていたものと同じ素材が手に入るとは限らないからだ。

 

 更に言えば、ポーションは精製に際して別の職業(クラス)が必要であり、その職業(クラス)を持つ者はナザリックにはいない。

 ならばどうするか? ユグドラシル流の方法で出来ないのなら、この世界流の方法で同じ物、もしくは近い物を作ればいい。

 

 だが、ここで問題が一つ。

 この世界で何を手に入れ、またそれをどうすればポーションになるかが不明なのだ。

 それの最も簡単な解決法は、この世界での職人……もしくは薬師を探せばいい。それも腕の良い者なら尚更良い。

 

 ポーションを渡した時、あの女冒険者はポーションを見て不思議そうな顔をしていた。

 ドモンの態度に疑問を持ったと言う線もあるが、それならばポーションをじっと見つめたりはしないだろう。

 

 つまり、見慣れない(・・・・・)ポーションを見ていたということが考えられ、行き着く先は鑑定出来る人間……ポーションを扱う場所に辿り着くことになる。

 

 

「成程……と言うことは、先程ド……。コホン、失礼致しました。……お兄様があの女冒険者のテーブルに愚か者を投げ飛ばしたのは……」

 

「無論、計算してのことだろう。ね? シュウジさん」

 

「はい。更に言うと、もしあの女冒険者が自力で鑑定出来る術を持っていたとしても、俺達がアイテムや魔法使えば筒抜けですから」

 

「あれ? でも……」

 

 

 アインズはその話の穴に気付き、それをドモンに伝える。もし見逃していれば後々大変なことになると。

 

 

「あの女冒険者が鑑定も何もなしに、そうですね、例えば売りに出しちゃったりしたらどうするんですか?」

 

「それについては御心配なく」

 

「そりゃまた何で?」

 

「考えてもみて下さい。自分が苦労して手に入れた物を他人に壊され、それの代替品を渡されました」

 

「ふむふむ」

 

「まず同じ位の価値があるのかどうか気になりませんか?」

 

「それもそうだ」

 

 

 アインズは手をポンと叩いて納得する。

 

 

「だから最初に鑑定自体はすると思うんですよ。更に言うなら、もし売りに出したのなら尾行の対象を変えれば済む話ですから」

 

「さすド……、シュウジさん」

 

「そこまで見透されていたとは、流石は至高の御方に御座います」

 

 

 学習したのか、ナーベラルは臣下の礼はしなかった。代わりに至高の御方というキーワードを抜くことが出来ないナーベラルであった。

 

 

「他にも十数通りはパターンを予想してますが、全て対策済み、又は可能です」

 

「本当に凄いわぁ……」

 

「何言ってるんですか、モーガンさんの方が凄いですよ」

 

 

 互いに褒め合う二人だったが、ドモンの言葉を聞いたアインズは、「今度こそ言ってやる」と意気込んで伝言(メッセージ)を送る。

 

 

《あの、前も言ったかもしれませんが。俺ドモンさんが言う程の人間じゃないですよ? ……小卒だし》

 

《……はい? 何? 小卒?》

 

《そうです。だからドモンさんは俺を過大評価し過ぎなんてすよ》

 

 

 ドモンは記憶を中を手探りし、目的の言葉を見つける。

 

 

《あ……、確かに言ってた気が……》

 

《でしょ? 守護者達の裏切りがほぼないのは分かりましたから、そろそろ俺は楽になっても……》

 

《いや! 駄目ですよアインズさん!》

 

 

 突然頭に響いた大声に驚き、アインズは身体を仰け反らせる。

 ナーベラルが心配そうな目で見詰めてきたので、それをアインズは軽く手を振りジェスチャーで問題ないと返す。

 

 

《な、何が駄目なんですか?》

 

《アインズさん、貴方守護者達の期待を裏切るんですか? 皆の子供ですよ?》

 

《うっ! 確かにそれは……》

 

《優しい貴方には出来ない筈だ。仮に、どんなダメな奴でも従う。そんなスタンスを守護者達がとっていたとしても努力はすべきだ。俺も全力でサポートしますから》

 

《……分かりました。……パンドラ(ウチの子)にもカッコ悪い所見られたくないですからね》

 

 

 アインズはこれからも頭痛の種が増え続けるのか、そう思いながらも承諾した。

 

 

(まぁ……守護者達があれだけ頑張ってるのに俺だけ楽は出来んか)

 

 

 その後暫くの間話を進めていると、監視に出した影の悪魔(シャドウデーモン)から連絡が入る。

 

 

《御方々、御話し中に失礼致します》

 

 

 ドモンは手を上げ、二人に連絡が入ったことを悟らせる。

 

 

《首尾はどうか?》

 

《はい。シュウジ様の思惑通りにことが運んでおります。先程の女冒険者、名をブリタと言うらしいのですが、宿屋の主人の紹介によりこの街一番の薬師の元へ向かっております》

 

《御苦労、引き続き監視にあたってくれ。発言を聞き逃すな、それが無理そうなら俺に連絡するんだ》

 

《ハッ! 有り難き御言葉と使命、承りました。では、これにて》

 

《うむ、頼んだ》

 

 

 そうして、ドモン達はエ・ランテルにおける最高の薬師の情報を得たのだった。




 今回全く話進まずに申し訳御座いません。
 ちょっと欲を出してそれっぽく書こうとしたら文字数オーバーしましたorz
 やはり私には才能がないのだろうか……(´;ω;`)
 そんなことを考えるTackでした。

 御意見、御感想などありましたら宜しくお願い致します。
 感想欄に書きにくいことでしたらメールでも大丈夫です。ではまた(*≧∀≦*)ノシ

2016/6/16 修正。すいません、ナンバリング忘れてました。


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第二十四話【シュウジとモーガン~白と黒②~】

 

 

 昨晩の内に薬師の名前や居場所の確認、そしてその後の行動予測などをしたドモン達一行。

 そんな彼等は今、依頼を求める者達でごった返すエ・ランテル冒険者組合に来ていた。

 その目的は至って単純である。

 

 今後ナザリックが堂々と表舞台に出る作戦。その為には偽装身分(アンダーカバー)であるこの姿をとった自分達が評価を上げる必要がある。

 そしてその評価を上げる為に手っ取り早いのは高難度の依頼をこなすこと、それもどんな冒険者でも二の足を踏んでしまう、そんな依頼だ。

 

 それを見付ける為、ドモンとアインズは依頼書の貼り出される掲示板を眺めていたのだが……。

 

 

《ほうほう、ふむふむ、成程成程……。うむ、読めん!》

 

《アインズさん……、そんな言い方しても読めるようになる訳じゃないですよ?》

 

 

 今迄見たことのある言語のどれとも違う言語。アインズは完全にお手上げ状態だった。

 

 

《そうゆうドモンさんは読めるんですか?》

 

《……今、頭の中で一致する部分がないか色々な言語との照合をしている所です》

 

《へぇ~……って。解読出来んのかよ!!》

 

 

 元いた世界と明らかに違う言語。それをドモンは解読にかかっていた。

 最早恒例となったドモンの超人っぷりではあったが、アインズは未だに若干の抵抗感があった。

 

 

《……とは言っても時間がかかるでしょうから、ここはちゃっちゃとスキル使って読んじゃいます》

 

 

 ドモンRP(ロールプレイ)の為、そして利便性を考慮して様々な職業(クラス)を修得していた。当然スキルなども充実している。

 今回はその中の一つを使用する。

 

 

《……うん、読める。このスキル上限までいってないんで少し不安でしたが、普通に読めます》

 

《ダンジョンとかで使う文字解読のスキルでしたよね? ……レベル低くても読めたのは日常的に使う文字だからでしょうか?》

 

《その可能性は高いですね》

 

 

 スキルへの軽い考察なども交えながらドモンは掲示板を見まわし、やがて目的である(カッパー)への依頼書を見付ける。

 

 

《……あった。モンスターのカテゴリ分けとかは兎も角、これが一番難易度高そうなやつですね。報酬が良いですから》

 

 

 依頼書を手に取り、そのままカウンターに行こうとするドモンをアインズが止めた。

 

 

「待てシュウジ」

 

「ん? どうしたモーガン」

 

「それは(カッパー)の中で一番難しいであろう依頼。そうだな?」

 

「あぁ、そうだが。……何か不味かったか?」

 

 

 ドモンはアインズの考えが読めず困惑し、何か見落としていないかどうか自分の行動や言動を振り返る。

 

 

「シュウジ。この中で一番難しいであろう依頼書をくれ。但し、ランクに関係なく(・・・・・・・・)だ」

 

「何だって? …………分かった」

 

 

 二人と同じく掲示板を眺めていた他の(カッパー)の冒険者が「何言ってんだこいつら?」、そんな表情でドモンとアインズを見る。

 

 

「……これだな。ほい、ミスリルへの依頼書だ」

 

「すまんな。では行くぞ」

 

「おう。……ナーベ、行くぞ」

 

 

 少し離れている所で待機していたナーベラルを呼び戻し、ミスリルへの依頼書を持ったアインズと、それに続いてドモンとナーベラルがカウンターに向かう。

 

 

《アインズさん、一体何をするつもりなんですか?》

 

《ドモンさんに頼りっきりってのもなんですからね。ふふ、まぁ見てて下さいよ。外回りで鍛えられた俺の実力をお見せします》

 

《ほほぅ、それはそれは……。ではお手並み拝見といきますか》

 

 

 笑顔でカウンターに座る女性。その前にアインズは立ち、先程の依頼書を提示する。

 

 

「すまないが、この依頼を受けたい」

 

「はい、お待ち下さ……」

 

 

 笑顔で対応していた受付嬢の顔が固まる。そして一瞬アインズの首元をみてから、「しょうがないな」といった表情で口を開いた。

 

 

「申し訳御座いませんが、こちらはミスリルの方々宛の依頼になりま――」

 

「そんな事は分かっている。だからこそ持ってきたのだ」

 

 

 アインズの一言に、組合にいた人間達が一斉に視線を送る。

 

 

「おい、今の聞いたか?」

 

「すげぇ全身鎧(フルプレート)だから何モンかと思ったが……、仕組みも分かってない只のボンボンだったか」

 

 

 周囲から浴びせられる声を無視し、アインズは話を進める。

 

 

「さぁ、早くしてくれ。私達は急ぎの身でな」

 

「申し訳御座いませんが承諾しかねます」

 

「何故だ?」

 

「何故……って」

 

 

 そんな分かり切ったことを言わなければいけないのか。受付嬢の顔には苛立ちがはっきりと表れていた。

 

 

「この依頼には数多くの命がかかっています。もし貴方が失敗などすれば、その命が危険に晒されます……!」

 

「何も問題はない。私の仲間である彼女、ナーベは第三位階魔法の使い手だ。そして私モーガンと彼、シュウジもそれに匹敵するだけの戦士だ。私達は実力に見合うだけの依頼を求めている」

 

 

 アインズは自分の背後にいたナーベラルを指差し、この世界に於いて一般的な魔法詠唱者(マジックキャスター)が辿り着く最高の階位を口にする。

 

 

「第三位階!? 嘘だろ!?」

 

「あの若さでか、すげぇな」

 

「今のが本当なら、あいつら何モンなんだよ」

 

 

 モーガンの一言は中々に強烈であり、先程まで心無い言葉を浴びせていた者達でさえ驚いていた。

 

 

(成程……、アインズさん上手いな。自分達の実力を大々的にアピールし、更に幾つか策を潜ませていると見た。他の冒険者のヘイトを多少稼ぐかもしれんが、これから上手くやればいいってか? 全く、学歴が全てとかほざいていたあの男(・・・)にも見せてやりたいな)

 

 

 アインズの後ろでその会話を聞いていたドモンには、アインズの考えが少し読めた気がした。

 

 

「……申し訳御座いませんが、規則ですので」

 

「規則……か……」

 

「はい、規則です」

 

 

 受付嬢はキッパリと言い切った。

 だが、これはアインズの作戦の内である。

 

 

「……そうか、ならば仕方がないな。すまない、少し焦っていたようで迷惑をかけた。代わりに……と言うのもなんだが、私達でも受けることの出来る最も難易度の高い依頼をお願い出来るかな?」

 

「あ、はい!」

 

 

 素直に聞き入れたこと、更には丁寧な返しを入れたことにより、受付嬢は笑顔で依頼を探しにいく。

 

 

《上手いですね、アインズさん》

 

《お褒め頂き恐縮です》

 

《周囲への実力者だと言うアピール。強者ではあるが、向こうの言い分を聞くことでそれを鼻にかけている訳ではない。更には、何かに焦っている様子を見せて例の作戦への布石に使った訳ですか。しかも、まだ数手隠されていると見ましたが……》

 

《ハハハ、深読みしすぎですよ。単純なことしかやってませんから、でも、まさか営業をやってたことが生きるとは夢にも思いませんでしたよ》

 

 

 かつてサラリーマンとしてあくせく働いていたことを思い出し、意外に役立ってるなと思うアインズだった。

 受付嬢が戻るまで他の依頼でも見ておくかとナーベを連れたドモンが離れ、アインズが一人でカウンター前で待っていると、ふいにアインズへ声をかける人物がいた。

 

 

「あの……」

 

「ん?」

 

「依頼を探されているのでしたら、良ければ私達と一緒に行きませんか?」

 

 

 アインズが声のした方向に目を向けると、二階に続いているであろう階段に彼はいた。

 茶色の短髪に皮の鎧と腰の剣。一見して軽装を主とする戦士だと判断出来る青年。

 

 

「貴方は……?」

 

 

 アインズは警戒しているのを悟られないように会話をする。

 

 

「これは失礼。私はペテル、ペテル・モークと申します。あるチームのリーダーをしているのですが……。あぁ、彼等です」

 

 

 同じチームの者達が上にいたのだろう。

 それぞれ違う格好をした三人組。その者達が階段を降りながらペテルと名乗った青年と気軽な感じで会話をしている。

 だが、その中の一人にアインズは目を釘付けにされた。

 

 

(? あいつ、何処かで見覚えが……)

 

 

 この世界で会った人間はおぼろ気だが覚えている。しかし、その中に目の前の人間と似ている人物はいなかった。

 

 

(……何処で会ったかなぁ、思い出せん。まぁ、それなら今は――)

 

 

 そこまで考えアインズは固まった。

 何処で会ったのかを思い出したからだ。

 

 

「あ、すいません。彼等が……」

 

「失礼。申し訳ありませんが、少しだけ待って頂けますか?」

 

 

 仲間を紹介しようとしたペテルを手で制止し、アインズは早歩きでドモンの下へと向かう。

 その様子にペテルは、仲間に了解をとってくるものだと考えてそこで待つことにした。

 

 

《……エイジさん》

 

《はい? って、どうしたんですか?》

 

 

 元の名で呼ばれ、何事かと思い振り返るドモン。

 そこには、まるでドモンの視界を遮るように立つアインズの姿があった。

 

 

「どうした? モーガン」

 

「……落ち着いて聞いてくれ、シュウジ」

 

 

 何時になく重い雰囲気を出すアインズに、ドモンはプレイヤーの影でも見たのかと考えた。

 

 

《プレイヤーですか?》

 

《いや、その……何と言えばいいのか……。ひょっとしたら俺の記憶違いかもしれないんですが……》

 

《はい?》

 

 

 何とも煮え切らないアインズの言葉。それをドモンは全く理解出来なかった。

 

 

《プレイヤーじゃないなら何があったんですか? まさかトラブルとか?》

 

《いえ……トラブル……になるのか? こう言う場合》

 

《はぁ?》

 

《その……昔、エイジさん宅で何度かオフ会やったのを覚えてますか?》

 

 

 現実世界での出来事を振られますます訳の分からなくなるドモン。

 アインズが何かを伝えようとしているのと、それが何らかの理由で言い出し難いことなのは分かる、だが逆を言えばそれしか分からない。

 

 最近は癖となっている思考加速を発動させながら伝言(メッセージ)。しかしながら、それもずっと続ける訳にはいかない。

 いずれ周囲の者達がボーッと見つめ合う両者を不審に思うだろう。

 

 

《勿論覚えていますが……、結局何が言いたいんですか? ………………アインズさんに限ってまさかとは思いますが、只俺の傷を抉りたい……って訳じゃあ、ないよな?》

 

 

 ドモンの目にハッキリと怒り、そして敵意を通り越して殺意の色が現れ、それを見たアインズはまさかと両手をあげる。

 

 

「いいか、シュウジ……。ゆっくりと私の後方……、階段の途中にいる四人組を見るんだ。ゆっくりとだぞ?」

 

 

 顔を近付け、小声で話すアインズ。

 真意が分からず、怒りなどの感情を押し込めたドモンは、指示通りゆっくりとアインズの後方──階段の途中にいる四人組とやら──を見た。

 確かにいる。四人組が。皆で談話している。

 

 それを一人一人確認していき、最後の一人。

 装備からして魔法詠唱者(マジックキャスター)であろう人物の顔を見た時。

 

 

──ドモンの目が大きく見開かれた。

 

 

 動悸は加速し、呼吸も乱れる。

 やがて、掠れるようなとても小さな声で一人の人物名前を呟く。

 

 

睦心(むつみ)…………ちゃ…………ん」

 

 

 階段で仲間達と談話していたのは、髪の色こそ多少違えど、紛れもなくドモンの義妹(いもうと)である『土御門(つちみかど) 睦心(むつみ)』だった。

 

 

//※//

 

 

「──以上が、私達『漆黒の剣』の全メンバーになります」

 

 

 冒険者チーム『漆黒の剣』のリーダーである青年、ペテル・モークのメンバー紹介が終わった。

 次はアインズ達の番なのだが、その中の一人であるドモンは未だ強烈なショックから立ち直れずにいた。

 

 

「私の名はモーガン、横にいる彼がシュウジ。そして、端にいる彼女がシュウジの妹であるナーベです」

 

 

 ドモンの様子を見ながらアインズはチーム紹介を進める。

 一方のドモンは正に心ここに有らずといった様子で、ペテルの紹介はおろか、アインズの言葉も耳に入っていなかった。

 しかし、視線だけはある一点に固定されていた。彼の義妹(いもうと)そっくりの人物、漆黒の剣の魔法詠唱者(マジックキャスター)である『ニニャ』と言う少年だ。

 中性的な容姿にハスキーな声。一見すると性別がどちらか判断に迷う所、そんな人物である。

 

 

《ナーベ、お前は大丈夫か?》

 

 

 以前ドモン、もといエイジの家族を映像ではあるが実際に見ているナーベラル。

 そんな彼女が余計なことを口走らないよう釘を刺す、そういった意図を込めた伝言(メッセージ)をアインズはナーベラルに送った。

 

 

《……正直な所、かなり動揺はしております。ド、お兄様の妹君に瓜二つなもので》

 

《うむ。だが、お前も聞かされている通り彼女は既に死亡している。更に言えばあのニニャと言う人物は男だ。何の因果関係があるかは分からんが、最初の命令通り敵意を向けられるような行動は避けろ》

 

《ハッ! 承りました、至高の御方》

 

《分かったのなら構わないが……》

 

 

 「コイツ本当に分かってんのかな……」。アインズがそんな不安を覚えるのも恒例となってきていた。

 アインズが溜息を吐きたいと思った時、話の中心人物であるニニャがアインズに話しかけてきた。

 

 

「あの……、モーガン……さん」

 

 

 ネガティブな気持ちを押し殺し、アインズはなるべく爽やかに、かつ強者の雰囲気を感じさせる声で返事をする。

 

 

「何でしょう? ニニャさん」

 

「シュウジさんでよろしかったと思うのですが……、私に何か御用でも」

 

 

 アインズは自分の失態に慌てた。自分達は今、自己紹介の為にテーブルを挟んでいる状態とはいえ、テーブルはそこまで大きい物ではない。

 そんな距離でドモンは自己紹介の――正確には席に着く前から――時からずっとニニャの顔を見続けていたのだ。

 正直ニニャは気が気でなかっただろう。

 

 

「あ、あぁ。えーと、実は私達はここまで長い旅路だったのですが、昨日ここに着いたばかりで疲れがとれていないんだと思います」

 

 

 アインズの言葉の中には明確な答えはなかったが、ニニャを含めた漆黒の剣のメンバー達は皆こう都合よく解釈した。長旅での疲れが残っておりボーッとしていた、そしてその視線上にたまたまニニャがいただけなのだと。

 

 

「あ、あぁ成程。そうだったんですね、申し訳ない」

 

「いえいえ、元はと言えば此方の責任ですからどうか頭を上げて下さいニニャさん。寧ろ仲間が御迷惑をおかけしまして……」

 

 

 勘違いだったと頭を下げるニニャを言葉で抑え、代わりに頭を下げるアインズ。

 その姿にニニャは勿論、他のメンバーもモーガンという漆黒の鎧を着用した戦士に好感を覚えた。

 

 

《ドモンさん、気持ちは分かりますがいい加減帰って来て下さい。誤魔化しにも限度があります》

 

《…………》

 

 

 アインズの伝言(メッセージ)にもドモンは反応せず、それにしびれを切らしたアインズは少し言葉を強めて呼びかける。

 

 

《……いい加減にしろエイジ! 俺達はここに何をしに来たと思ってるんだ!》

 

《!!!》

 

 

 突然のことに驚き、ドモンは椅子から落ちそうになる。

 

 

「ア……、モー……ガン?」

 

「ふぅ。皆さん、やはり目を開けたまま寝ていたようです。全くしょうのない奴だ、ハ、ハハハ」

 

 

 アインズは先程の自分の言葉と無理矢理こじ付け、「ほらね? 言った通りでしょう」という空気を作った。

 

 

「そ、そうですね。しかし、まさか目を開けたまま寝ているとは……」

 

 

 ペテルが苦笑いをしながらアインズの言葉に同意する。

 

「彼は凄腕の武術家でしてね、寝込みと悟らせない為の技術なんですよ。ハ、ハハハ」

 

「そ、そうですか。凄いんですね、ハ、ハハハ」

 

 

 何とも言えない空気が流れるが、それから簡単な話をしてとりあえずの所話は纏まった。

 これからドモン達は、ペテル率いる漆黒の剣と共にモンスター狩りへと向かうことになった。

 正式な依頼と言う訳ではなく、人々が利用する街道付近などに出現するゴブリンやオーガ、それらの討伐を行い組合から報奨金を貰うといった内容のものだ。

 そして、階段を降りながらアインズとペテルは最終確認を取り合った。

 

 

「私達はもう準備は済んでいます。モーガンさん達はどうですか?」

 

「私達もすぐに出られますよ」

 

「それは良かった。なら――」

 

 

 「すぐに出発しましょう」とペテルが言おうとした時、何やら慌てた様子の受付嬢がアインズに声をかけてきた。

 

 

「あの……モーガンさん」

 

「どうしましたか?」

 

「貴方方に名指しの依頼がきておりまして……」

 

「私達に、ですか?」

 

 

 まるで検討がつかない。そんな演技を交えてアインズが返事をする。

 演技というのもの理由があり、実はこの名指しの依頼、時期こそ若干のブレ幅があるもののドモンが予想していたことだからだ。

 

 

「どなたからですか?」

 

「ンフィーレア・バレアレさんからです」

 

「ほう」

 

 

 分かっていました、とは言わない。本人の存在ですら、先程のペテル達の話で初めて知ったという設定なのだから。 

 アインズが当の本人を探そうとした時、(カッパー)相手に名指しの依頼という物珍しさから集まった人混みをかき分けて、一人の少年が現れる。

 

 

「初めまして、モーガンさん。僕がンフィーレア・バレアレです」

 

「初めまして、バレアレさん」

 

「どうか、ンフィーレアと呼んで下さい」

 

「そうですか。それではンフィーレアさん、折角の名指しの依頼とのことですが、生憎私達は彼等との仕事と言う先約がありまして……」

 

「モーガンさん!」

 

 

 名指しの依頼を後回しにするという旨の発言に、横にいたペテルが口を挟む。

 

 

「何言ってるんですか!? 名指しの依頼ですよ!?」

 

「例え! そうであったとしても、先に約束をしたのはペテルさん達です。……何か間違っていますか」

 

「それは……!」

 

 

 正論を言われペテルは黙り、それは周囲の人間にも伝わった。

 そしてその言葉は、モーガンという冒険者が目先の欲に囚われる人物ではない。そういう意味での評価を上げることに繋がっていく。

 

 

「ふむ……、ではこういうのは如何でしょう? 先ずはンフィーレアさんの御話を聞いてから考える……ということで」

 

「僕はそれで構いません」

 

 

 ンフィーレアの言葉にペテルも渋々承諾し、一行は再び二階に戻った。

 因みに、今迄の行動からして飛び出してくる筈のナーベラルだが。

ンフィーレアの存在を察知しアインズの前に出て剣を抜こうとした時点で、我に帰っているドモンに肩を特殊な方法で掴まれて身動き一つ出来ない状態となっていた。

 

 

 

 




 全然話が進まず申し訳ない、Tackです。
 どうしよう、ナーベラルのポンコツ具合に磨きがかかっている気がする。
 話の上手い端折り方が分からない。
 原作の続きが気になり過ぎる。
 あと眠い。
 
 ……無駄に文を長くするのもアレなんでここいらで御暇させていただきます。
 感想、意見、質問などお待ちしております。 
 


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第二十五話【シュウジとモーガン~白と黒③~】

 今回文がかなり変かもしれませんが御容赦下さい。


「んんー、いい天気だなー」

 

 

 漆黒の剣の目であり耳である野伏(レンジャー)の『ルクルット・ボルブ』は背伸びをしながら言った。

 

 

「ルクルット、気を緩め過ぎじゃないか?」

 

 

 それをリーダーであるペテルが叱る。この流れはいつものことなのだが、それでもペテルは毎回のように怒っている。

 

 

「まぁまぁ、ペテルさん。確かに警戒は大事ですが、此方にも野伏(レンジャー)能力を持つシュウジがいます。ですから、あまり目くじらを立てずともよいではないですか」

 

「モーガンさんまで……」

 

 

 まるでルクルットの肩を持つような発言をするモーガンに、ペテルは溜め息混じりに言った。

 そんなペテルにドモンはすかさずフォローを入れる。

 

 

「まっ、あまり気にすんな。そう言いながらもルクルットとモーガンは周囲を警戒してるぜ?」

 

「え? そうなんですか、シュウジさん」

 

 

 シュウジの発言を聞いたニニャが、少し驚いた顔で質問した。

 

 

「あぁ、モーガンはルクルットよりも近距離を……、一瞬で踏み込める二十メートル前後を警戒してるな。んで、ルクルットはそれよりも離れた距離を警戒してると見た」

 

「フッ、流石だなシュウジ」

 

「へへ、バレてたか。……それにしても、シュウジさんてマジすげぇよな、何で分かったんだ?」

 

「俺が強いから……としか答えようがないな」

 

「凄いんですね、シュウジさん。モーガンさんもそんな距離を一瞬で詰めれるなんて」

 

 

 ニニャの素直な反応にドモンは自然と笑顔になり、手でニニャの頭をポンポンと軽く叩いた。

 その笑顔を見たニニャは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

 

「およ、どしたニニャ。何か顔赤くね?」

 

「え? べ、べ、別にそんなことないですよ!?」

 

「むむ、風邪でもひいたのであるか?」

 

「違いますってぇ!」

 

 

 照れ隠しをするニニャに真面目なことを言う『ダイン・ウッドワンダー』。彼の言葉で更に顔を赤くするニニャだった。 

 

 今ドモン達は、ンフィーレアや漆黒の剣らと共にカルネ村に向かっている最中である。

 そこを滞在場所とし、その付近に存在する『トプの大森林』という場所にある薬草を採取しに行く為だ。

 馬車で移動するンフィーレアが護衛対象である為、彼を取り囲むように街道を歩いている。

 

 何故こうなったかという説明だが。

 冒険者組合でンフィーレアにこの依頼を受けた時、漆黒の剣を一時的にアインズが雇ったからである。

 結果として、漆黒の剣とンフィーレア、その両者を取ることが出来た。

 

 出発した後、暫く歩いた後休憩を入れた彼等は、こうして再びカルネ村に向かっている。

 それから少し時間が経った後、急に表情が険しくなったペテルがアインズに声をかけた。

 

 

「ん……。モーガンさん」

 

「何でしょうペテルさん」

 

「この辺りから危険地帯となりますので、少し気を引き締めて頂けますか?」

 

「ええ、勿論ですとも」

 

「それは心強い」

 

 

 笑顔でアインズの言葉に返事をしたペテルは、少しンフィーレアに近付き、依頼主の安全を確保しようとする。

 

 ペテルの心配をよそに、アインズは少し楽な気持ちでいた。

 もし、この世界に自分だけしか来ていなかったのなら兎も角、今は前衛として信頼の置けるドモンがいる。

 

 例え対処の難しい敵が現れたとしても、ドモンのリングで自身と共に隔離し叩く。

 残ったナーベラルはンフィーレア達を守り、緊急時には影の悪魔(シャドウデーモン)達が連絡係として動く。そういった作戦で行こうという話になっていたからだ。

 

 アインズやドモンの正体がバレかねないという心配も、リングを非観戦状態にすれば問題はない。

 

 友がいる。その言葉にアインズは強い感動を覚えた。

 一応話はしてあったものの、今迄の行動から一抹の不安を残していたアインズがナーベラルに伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

 

《念の為聞いておくが、強敵が現れた場合の対応は覚えているな?》

 

《勿論で御座います》

 

《うむ、ならば良し》

 

 

 アインズとナーベラルの視線が交差し、それをどう受け取ったのか、ルクルットがムードメーカーとしての発言をする。

 

 

「心配いらねーよナーベちゃん。なんたって俺がいるんだからよ」

 

 

 またこれかとナーベラルは舌打ちをする。

 というのも、実は組合からこの流れでナーベラルの気を惹こうとしていたのだった。ルクルットは元々軟派な性格ではあったが、余程ナーベラルが気に入ったのだろう。

 

 

「貴方じゃありません。モーガン様とお兄様がいるから心配していないのです」

 

 

 冷たく言い放つナーベラルにルクルットは、「冷たい一言あざーっす!」と苦笑いしながら言った。

 その後も数回似たようなやり取りを繰り返し、ナーベラルが拳を振るわせ始めた頃、アインズが軽く彼女の肩を叩く。

 兄のシュウジよりもモーガンと接していることが多いと感じたルクルットは、気になっていることをつい口に出してしまう。

 

 

「……あのさぁ、ナーベちゃん。シュウジさんは兄貴だから仕方ないとしても、やっぱりモーガンさんとは恋人関係なんじゃ……」

 

 

 それを聞いた途端、ナーベラルが慌てて反論する。

 

 

「こ、こここ、こ、恋人ぉ!? 私とぉ!? モーガン様がぁ!? 有り得ませんっ!! モーガン様には……!!!」

 

「ナーベ……」

 

「!?」

 

 

 辺りに冷たい声が響く。

 名前を呼ばれたナーベラルだけでなく、漆黒の剣やンフィーレア、更には馬までもが身体を跳ねさせた。

 地の底から聞こえてくるような恐ろしい声が、すぐ側から聞こえてきたのだ。

 

 

「……その話は止せ、モーガンの気持ちを考えろ」

 

「は……はい、お兄様。申し訳……御座いませんでした、モーガン様」

 

「……気にするな、遠い昔のことだ……」 

 

 

 遠い昔。その言葉に、漆黒の剣とンフィーレアは何か辛い過去があると察し、一方のナーベラルは疑問符を浮かべた。

 

 

《あの……、アインズ様。一つお聞きしたいことが》

 

《ん? 今の発言か?》

 

《はい。遠い昔というのは一体……》

 

 

 自分が危うく言ってしまいそうになったのはアルベドの名前。現在もナザリックにて守護者統括の任に就いている彼女を、何故そのような言い方をするのか。

 ナーベラルにはそれが分からなかった。

 

 

《脚本の一環だ、ナーベラル》

 

《脚本……と申しますと、今回の任での?》

 

《そうだ。お前にもざっとした内容は話した筈だが? まぁ、それにかかわることと思え。分からないことがあれば……そうだな、出来るだけドモンさんに聞くといい。立案・脚本は彼だからな》

 

《畏まりました》

 

 

 悪い雰囲気を断ち切らねばという思いに駆られ、ペテルが仲間の行いへの謝罪をした。

 

 

「申し訳ありません、モーガンさん。詮索は御法度だと言うのに……」

 

「いえ、どうかお気になさらず。今後気を付けて頂ければ水に流しますとも」

 

「本当に申し訳ありません」

 

 

 申し訳ない気持ちを顔に貼り付けたペテルは、一瞬間を置いた後にルクルットを怒鳴り付ける。

 

 

「ルクルット! お前──!」

 

「シッ! 静かに!」

 

 

 ペテルの前には何時もの飄々としたルクルットは存在しなかった。

 その代わりに、幾つもの戦いを経験した冒険者ルクルット・ボルブがいた。

 

 

「近いな、それもかなりいるぞ」

 

 

 一筋の汗を流し、ルクルットは焦りの色を見せる。

 彼の敵が近いと言う言葉に、一行はすぐに作戦を練り始めた。

 

 

「ルクルット、数は分かるか?」

 

「すまねぇ、足音が混ざりすぎてて無理だ」

 

 

 敵の正確な数が分からないというのは死活問題となる。自分達が対処出来るかどうかの判断が出来ず全滅に繋がるからだ。

 ペテルは苦い顔で一時撤退を考えていたが、横から顔を出したドモンの一言に唖然とする。

 

 

「ペテル。数は四十……、いや五十はいるぞ。小さい足音が三十以上、残りは大きい足音だ。ここに来る前の情報から察して小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)だろうな」

 

「え?」

 

「シュウジさん分かんのか!?」

 

 

 ドモンの言葉はルクルットをも驚愕させた。実際目標がかなり近付いてきているためか、足音も聞き取れるようにはなってきた。だが、それと聞き分けることは話が別だ。

 

 

「まぁ、シュウジならそれ位やっても不思議ではありませんよ」

 

「マジかよ……。それにしても五十だってぇ? 冗談だろ!? ここら辺は街道沿いだぞ!?」

 

 

 アインズの当たり前と言う一言にルクルットは驚きながらも状況分析をし、ペテルはいかんいかんと顔を振り頭を切り替える。

 ペテルが焦るのも当然。既に敵は音だけではなく肉眼でも捉えられる距離にいた。

 少し離れた森の入口からわんさかと現れる。そして、そのモンスター達は何処か慌てているようにも見えた。

 

 

「モーガンさん! 理由は分かりませんが、奴等は酷く興奮しているように見えます! 下手をすると周囲に被害が出る可能性が!」

 

「御心配なく。前衛は私とシュウジの二人が務めますから。貴殿方はナーベと共にンフィーレアさんを護衛しながら、私達の脇を過ぎていく奴等を狩っていって下さい」

 

「て、撤退しないんですか?」

 

「撤退? 何故ですか?」

 

「だってあの数は……!」

 

 

 チラリとペテルが視線をやった先には、モンスター達が波となって押し寄せて来ていた。

 

 

「御心配なく……と言ったでしょう? なに、私達が奴等を軽く屠る所を御覧頂きましょう」

 

「そうだぜペテル。あの程度、俺とモーガンで軽く捻り潰してやんよ」

 

「凄い……ですね、貴殿方は。あれだけの数を目の前にして怯む様子すらないなんて……」

 

 

 素直に感嘆を述べるペテルに漆黒の剣、そしてンフィーレアが頷く。

 強者の言葉に呆けていたンフィーレアもペテルに指示を仰ぐ。

 

 

「ペテルさん! 僕はどうしたらいいでしょうか!」

 

「ンフィーレアさんは馬車に隠れていて下さい!」

 

 

 ペテルはその後十秒程の間に、各メンバーに的確な指示を飛ばし戦闘準備をする。

 その様子を見てアインズとドモンは笑みをを浮かべた。

 

 

《良いチームですね》

 

《ええ、全くですよアインズさん》

 

《まっ、俺達には及びませんがね》

 

《おっ! 珍しく強気発言をwww 》

 

 

 二人がほのぼのと伝言(メッセージ)を送り合っている間に敵がすぐ側まで来た。

 

 

「では、私から行こう」

 

「おう、油断すんなよ」

 

「はは、頑張るさ」

 

 

 何を呑気に、そう思っていた漆黒の剣とンフィーレアは次の瞬間恐るべきものを目撃する。

 

 

「先ずは数を減らそうか……。フンッ!」

 

 

 彼等が見たのは黒い風。そうとしか言い表せないものが地を駆け抜け、それが吹き去った後に残るのは、いつの間にか背中の大剣を抜刀していたモーガンと、変わり果てたモンスター達の亡骸。

 しかも驚くべきは、その手に持った二本の得物に血が付着しているように見えなかったことだ。

 

 

「な……んだ、あれ」

 

「こ、これは一体……なんなのであるか……」

 

 

 ニニャとダインが絞り出すように驚きの声をあげる。

 

 

「シュウジ! 後は中心に集めたぞ!」

 

「おうよ!」

 

 

 自分から離れていたモンスターを掃討していたドモンに声をかけるアインズ。それを聞いたドモンは待ってましたと言わんばかりに大きく跳躍し、アインズの側に降り立つ。

 

 

《インパクトが欲しいですから、少し派手にお願いします》

 

《了解しました。少し(・・)派手な技使いますね》

 

 

 ドモンは目の前で何度も手を交差させる不思議な構えを取り、これから放つ技の準備を行う。

 それを見たアインズはそれに既視感を感じるが、生憎どういったものか思い出せなかった。

 

 

(あの技……、確かシュバルツとの模擬戦で使ってたやつだよな……。どんな技だっけ?)

 

 

 やがて構えを終えたドモンが技の名前を叫び始めた時、これから放つ技を思い出したアインズは、骨しかない自分の身体全体に鳥肌が浮く感覚を覚えた。

 

 

「 酔舞・再現江湖ぉっ!!!」

 

「えっ!? ちょ!? ちょっと待てシュ──!」

 

「デッドリイィィィ……!」

 

 

 白疾風と化したドモンが集まっていたモンスターの群れを駆け抜けていき、側を通過されたモンスター達は皆同じように身体の自由を奪われていく。

 

 

「ウェイブゥゥゥッッッ!」

 

「皆! 伏せろぉぉぉっ!!!」

 

 

 アインズは対ショック体勢を取るよう叫び、自身は全速力でンフィーレア達の下に戻り魔法防壁を張る。

 駆け抜けたドモンは急停止、その後空中に飛び上がり蹴りを繰り出すポージングをし、技の終了を示す。

 

 

「ばあぁくはつっ!!!」

 

ドゴオォォォン!!!

 

 

 凄まじい爆発とその余波が付近を襲った。

 

 

//※//

 

 

 今回の薬草採取の日程、それの大幅変更もやむ無しと考えたモンスターの大群との戦闘であったが、モーガンとシュウジ両名の活躍でことなきを得た。

そして一行は、予定していた場所付近での夜営をしていた。

 

 

「はぁー、御馳走様です。凄く美味しかったです」

 

 

 ンフィーレアが食事として振る舞われた漆黒の剣特製シチューを平らげ、その味について素直な気持ちを伝える。

 それを聞いた漆黒の剣のメンバー達から笑顔が溢れる。

 

 

「お粗末様です。苦手なものとかなくてよかったです」

 

「ペテルの気持ちも分からなくはないけどよ、苦手なものがあったとしても克服せにゃならんでしょ。例の彼女さんの為にも、うぷぷ」

 

 

 ルクルットのからかいに顔を赤くしたンフィーレアが訂正をする。

 

 

「ル、ルクルットさん! 違いますって! か、か、か、彼女だなんて、そんな……。確かになっては欲しいですけど……」

 

 

「バレアレ氏の気持ちは決して恥じる必要はないもの、胸を張るのである!」

 

「そうですよ、ンフィーレアさん。カルネ村にいるその子も悪い気はしていないと思いますよ」

 

 

 ダインとニニャがフォローをし、ンフィーレアも少し勇気づけられる。

 そして話題を変えようと考えた時に、ふと気になっていたことを質問する。内容は昼間の戦闘だ。

 

 

「それにしても、昼間の戦闘は凄かったですね。モーガンさんの剣捌きも、シュウジさんの技も。あれはどれ程の卓越した技術になるんですか?」

 

「そうですね。正直な所……あまりに凄すぎて何がなんだかって感じなんですよ」

 

 

 ペテルが苦笑いをしながら自分の未熟さを笑う。

 ペテル達漆黒の剣は皆(シルバー)の冒険者。最上級であるアダマンタイトからすればまだまだだが、それなりに経験を積んだ者達。

 ンフィーレアはそう理解していたのでその言葉に耳を疑う。

 

 

「そ、そんなに凄いんですか?」

 

「ええ、かの王国戦士長すら超え……。いや、正直に言いましょう、あの人達はそのレベルを遥かに超越しているものだと思います」

 

「そ、そこまで……」

 

 

 王国戦士長と言えば、近隣国最強と言われている凄腕の戦士。それを(カッパー)の冒険者が超えると言われたら驚くの当たり前だ。

 更には、カルネ村にいる想い人がそんな二人に心を奪われてしまわないだろうか、そんな心配もしてしまう。

 ンフィーレア少年の心には驚きと焦りが同時に生まれた。

 

 

「もしかして、カルネ村に女の子があの二人を好きになっちゃわないか心配してる?」

 

 

 ンフィーレアの心情を読み取ったニニャが質問すると、ンフィーレアは重く頷いた。

 すると、ニニャは少し笑ってンフィーレアを励ます。

 

 

「ンフィーレアさんの話を聞いた限りだと、そういうタイプの子じゃないと思いますよ」

 

「そ、そう……ですかね」

 

「きっと大丈夫、自信を持って」

 

「はい」

 

 

 その光景に他のメンバーも自然と笑顔になる。

 

 

「ところで……モーガンさん達はまだ戻って来ないんでしょうか?」

 

「周囲の警戒をしてくると言ってましたが、確かに遅いですね」

 

 

 侵入者への対策は自分達が既に行っていた為問題はない筈。

 少しばかり怪しむ彼等であったが、詮索自体は勿論考えてはいない。

 寧ろ、昼間の戦闘から信頼しており、結果的にそれが彼等の心からすぐに疑念を晴らすきっかけとなった。

 

 

//※//

 

 

「それじゃあ、シュウジ。私は少しばかり外す」

 

「ああ、気を付けてな」

 

「ナーベもシュウジの言うことをよく聞くんだぞ?」

 

「はい、モーガン様」

 

 

 ナーベラルが名前を間違わずに呼べるようになったことに安心し、アインズは日課であるアンデッド製作の為一時的にナザリックへと戻った。

 無論、追跡者がいるのを想定した方法で戻る為、ナザリック付近に存在する森林地帯にて製作を急いでいる偽ナザリックを経由しての帰還だ。

 担当者はアウラ、補助としてマーレを向かわせることもある。

 

 

「よし、ナーベは楽にしてていいぞ。あとは俺が警戒に入る」

 

 

 アインズが転移したのを見届けたドモンは、軽く休憩をいれてくれ、そんな気持ちで言ったのだったが……。

 

 

「いえ、お兄様。ここは私が」

 

「いや、そうじゃなくてだな……」

 

 

 ドモンは言葉を続けようとしたが、普段のシモベ達の反応を思い出して止めた。

 

 

「なら、二人で一緒にしようか。これなら両者の言い分が半分づつだが通る」

 

「しかしそれでは……!」

 

 

 ドモンの妥協案にナーベラルは異を唱えようとしたが、ドモンが「ダメかな?」という表情を――口元は布で覆われていたが――した。

 その威力は凄まじく、ナーベラルの鋼の心をいとも容易く砕いた。

 

 

「うっ! ……招致致しました」

 

「良し」

 

 

 ドモンは対アインズで鍛えておいてよかったと考えていたが、そのせいでナーベラルに背を向けた時に彼女が呟いた言葉を聞き漏らしていた。

 

 

「ドモン様……、そのお顔はズルイです……。そんな表情をされたら私は……」

 

 

 そして同時に見落としていた、彼女の顔が赤くなっていたことも――。

 




 やばし、書くことがないでござる。
 


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幕間①

 遅くなって申し訳ありません。
 今回、名前を呼ぶ所が若干くどいかもしれません。


 話はンフィーレアに仕事を依頼される前の晩まで遡る。

 何とかエ・ランテルでの宿泊にまでこぎつけたドモンとアインズは、各々やるべきことをこなす為、一度ナザリックに戻るという話になった。

 

 そしてその後、周囲が寝静まるまで待ち、ナーベラルに留守を任せた状態でナザリックに帰還していた。

 

 アインズは日課となっているアンデッドの作成、作戦進行の確認などをする為に執務室へ。

 そして今、ドモンはシュバルツに会う為に第六階層に来ていた。

 

 

(さて、伝言(メッセージ)は送ってあるから行くか)

 

 

 円形闘技場(アンフィテアトルム)から出たドモンは、これから伝えるべき内容を頭の中で再度纏めた後、同じ階層に存在する特殊領域ギアナへと向かった。

 ギアナへと向かうのは、シュバルツにとある相談に乗ってもらう為だった。

 

 その相談内容とは、シュバルツが発見した蜥蜴人(リザードマン)の集落について。

 

 アインズと話し合った結果、大人しく自分達の庇護下に入るならば良し。入らないのであれば、少しだけ痛い目に合わせるという話になってしまった。

 勿論ドモンはそれに反対したのだが、カルネ村での独断をつつかれ渋々だが了承してしまった。

 

 

(まぁ……元はと言えば俺の独断が原因だからな)

 

 

 アインズは一応平和的な統治を望んではいるものの、王国で行う予定の大掛かりな作戦、更にはその後のことを危惧していた。

 それを円滑に進める為にも、多少強引な手は必要だとドモンは説得されたのだった。

 

 しかし、その蜥蜴人(リザードマン)関係のことで最後まで納得の出来ないことが幾つかあり、こうしてシュバルツに意見を求めにきたのだった。 

 

 

「さて、とりあえずギアナに……って、なんだありゃ?」

 

 

 闘技場から出たドモンの目の前に広がる密林(ジャングル)

 そこから一定間隔で飛び出す二つの影が見え、それを見たドモンは、思わず足を止め訝しげな表情で凝視する。

 

 

「あれは……アウラとマーレか?」

 

 

 かなり離れた位置ではあったが、身体能力諸々が人間の時と比べ格段に上がっていた為、二つの影の正体はすぐに分かった。

 ……なのだが、ドモンの疑問はそこで終わることはなく、その表情は訝しげなままである。

 依然として、二人が宙を舞う理由に思い当たる節がないからだ。

 

 その内、ここで立ち止まっていても仕方がないと判断したドモンは、一先ずアウラとマーレが見えた方向へ歩き出す。

 幸い、ギアナとはほぼ同じ方向だったのでさして時間もかからないだろう、そんな考えもあった。

 

 二人が見えた方向へと歩いていると、ドモンの視界が一旦緑に覆われる。

 巨大な密林(ジャングル)地帯へと足を踏み入れたからだ。

 

 

「それにしても……改めて見ると凄い所だな……」

 

 

 自身を囲む環境にドモン思わず感嘆を洩らす。

 

 ギルド(AOG)の中で誰よりも自然を愛したメンバー、【ブルー・プラネット】が心血を注いで作り上げた第六階層の星空も見事だったが、彼のもう一つの作品であるこの密林(ジャングル)もまた、違った意味で見事だった。

 

 

「星空は吸い込まれそうな魅力を感じたが、この場所は何と言うか……落ち着く……とでも言うのかな?」

 

 

 

 ドモンは、独り言を呟きながら歩を進める。

 本来ならば感知スキルなどを使用して走った方が早いのだが、ここから自身の感覚を頼りに歩くことにしていた。

 

 如何に目的地(ギアナ)と同じ方向と言えど、先程の二人の位置とドモンの現在地はそれなりに距離がある。

 にも関わらず、スキルも使用せず、更には走ることもしないのには訳があった。

 

 一つは、自分の家とも言える場所でスキルを使うのは間抜けと考えた為。

 

 そしてもう一つは、ドモン自身がゆっくりとこの場所を歩きたかったという理由だ。

 以上の二点からドモンは、自身の感覚のみで進むと決めたのだ。

 

 

(本物を目にしたことがある訳じゃないが、彼処を思い出すな)

 

 

 木々に囲まれた空間を歩きながら、ドモンは一つの光景を思い浮かべる。

 自身の過去としてシモベ達に見せたアニメ作品だ。

 あの作品には実在した場所が多数登場しており、その中の本物のギアナを思い浮かべたのだ。

 

 

「ブルー・プラネットさんの理想が今ここにありますよ……。もしこれが気に入らないと言うのであれば……そうですね。また皆で冒険に行きましょう、外にはまだまだ自然が広がっているみたいですから」

 

 

 ドモンは、自分の思い出の中に存在するブルー・プラネットに語りかけた。

 

 

//※//

 

 

 ドモンが様々なことを思いながら先程見た方向や音を頼りに進んだ結果、見事アウラとマーレの下へと辿り着くことが出来た。

 だが、そこには意外な人物がいた。

 

 

「おぉ! やはりお前だったか、ドモン!」

 

「シュバルツ? 何でここにいるんだ?」

 

 

 ギアナにいる筈のシュバルツがそこにはおり、ドモンを見るなり嬉しそうに言葉をかけてきた。

 ……アウラとマーレを何度も天高く投げ飛ばしながら。

 

 

「……一応聞くが、何をやってるんだ?」

 

「見て分からないか? 昔お前が小さい頃にもよくやってやっただろう、『たかいたかい』というやつだ」

 

「うん……何となくそうかな~とは思ってはいたんだが……」

 

 

 ドモンの視線がシュバルツから若干ずれ、何とも高低差の激しい『たかいたかい』をされている二人に移る。軽く数十メートル、下手をするともっと高い。

 

 暫くその光景を眺めていると、二人がドモンに気付き、シュバルツに下ろして欲しいと頼んだ。

 ドモンはそれを、臣下としての礼をするつもりなのだろうと察し、自分のことはいいから引き続き楽しむようにと促した。

 

 

「嫌がって……る訳じゃないみたいだな」

 

 

 ドモンの言葉通り、二人は何とも楽しげに宙を待っていた。

 

 

(アウラは兎も角、マーレは嫌がってると思ったんだがな)

 

 

 そんなことはないと思いつつも、シュバルツが無理矢理やっているのではないと一応の確認が取れたドモンは、改めてこの状況の説明を求めた。

 

 すると、シュバルツから返ってきた答えはこうだった。

 最初ドモンから伝言(メッセージ)が送られてきた後、暫くギアナで鍛練をしながら待っていた。

 すると、来訪者を伝える音が鳴り出てみると、そこにはドモンではなく、本日分の仕事を終えたアウラとマーレがいた。

 何の用かと聞くと、ドモンの昔の話を聞きたいと言い出したのだと言う。

 子供の頃の話なら不都合はないだろうと考え、二人に昔の話をしていると、話に出てきた【たかいたかい】とはどういうものなのかと尋ねられたので、こうやって実践している。とのことだった。

 

 

「だが、普通にやっては二人とも楽しくないのではないかと思ってな」

 

「それでこれか……。あ、そう言えばシュバルツ、この間お前に預けた彼等(・・)の調子はどうだ?」

 

「彼等か? そうだな、一言で表すと……。素晴らしい、だな。――お前達、出てこい」

 

 

 シュバルツの声に反応し、先程からドモンが感じていた気配の持ち主達が姿を現す。

 

 

「ハッ! シュバルツ様、御呼びでしょうか?」

 

 

 シュバルツの呼び掛けに答えた四体の影。

 名前を八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)と言う蜘蛛型のモンスターだ。

 気配遮断や透明化などのスキルを持ち、更には、強力な八回連続攻撃まで可能なモンスター。

 

 その特性から、護衛・暗殺・偵察をこなせる貴重な存在だとドモン、そしてアインズが目をつけていたモンスターである。

 

 彼等は以前、アインズとドモン、そして守護者達が話合った結果、ユグドラシル硬貨を消費して生み出された傭兵モンスターだ。

 スキルなどによる召喚とは違い、時間経過による消滅が起こらない。

 そこで一度、シュバルツに指揮権を預けた。

 彼が直接鍛練をすることによって、シモベもレベルアップが出来るかどうかの実験を行っていたのだ。

 更に、レベルアップが出来なくとも、今後隠密部隊として動く予定でもある。

 

 

「フム。お前の言葉から察するに、俺達(至高の存在)が満足出来る結果になったのかな?」

 

 

 シュバルツを中心に扇状に並ぶ八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)。それは非常に統率の取れた忍を思わせる姿。

 数日前に見た彼等とは何か違うものを感じ、ドモンは不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「無論、以前の彼等とは訳が違うぞ? ……お前達、対象を取り囲んでから捕縛する動きを見せてやれ。そうだな……対象はドモンだ」

 

「シュ! シュバルツ様、それは!?」

 

 

 シュバルツの発言に彼等の間でどよめきが起きる。

 当たり前のことだ。自分達の主人、神に対し不敬な行動をとれと言われたのだから。

 

 

「構わん。いや……寧ろ面白い! さぁ! お前達の修行の成果を見せてくれ!」

 

 

 ドモンはその言葉と共に距離を離す。

 困惑をしていたが、それが神の意思であり開始の合図と受け取った八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達は、自らの眼を紅く光らせドモンに迫る。

 

 

(成程。シュバルツの言葉に偽りなし、と言うことか!)

 

 

 召喚した直後とは明らかに動きが違う。そう思ったドモンは少しばかり速度を上げる。

 幾度か両者が交錯し、ドモンが満足し始めた頃、見計らったかのようにシュバルツの声が響く。

 

 

「そこまで!!! ……どうだ? ドモン」

 

「見事という他ないな。これならば何も問題ないだろう」

 

「「「「おぉ!!!」」」」

 

 

 至高の存在に認められた八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達から喜びの声があがる。

 自分達が微力ながらも至高の御方々の力になれる。そう彼等が確信したからだ。

 

 

「よし。確認したいことは終わったから……」

 

 

 と、そこでドモンの言葉が途切れる。

 その視線は八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達に向けられていた。

 暫し彼等を見た後、ドモンはシュバルツに問い掛ける。

 

 

「なぁ、シュバルツ。彼等の見分けはつくのか? それに、名前とかは?」

 

 

 至極当然の質問であった。彼等は見た目が全く同じ、更には声や仕草などにも違いが見受けられない。

 今後命令を下す時や、各々の分担などを言い渡す時に時間がかかるドモンは考えたのだ。

 

 

「私は見分けがつくぞ。だが……名前はまだないな」

 

「だったら、俺がつけようか?」

 

「「「「な、なんですとぉ!?」」」」

 

「おわっ!」

 

 

 突然八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達が叫び、それにドモンは驚き身を反らせる。

 そのドモンに対し、その内一体が前に出た。

 

 

「ま、誠で御座いますか!?」

 

「あ、あぁ……。それと、お前達の修行の成果に対し、俺から贈り物も渡したい。中々に楽しめたからな」

 

「お、お、おおぉっ……偉大なる神よ、感謝致します」

 

(何か、随分と大袈裟だな)

 

 

 ドモンは若干引きながらも自身のインベントリから四つの首飾りを取り出し、それを八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達の首部分にかけていく。

 ドモンは昆虫に詳しい訳ではなかったので、そこが本当に首かどうかは分からなかった。だが、他に着用出来そうな場所もないしなと、ドモンは自分を納得させる。

 彼等の首部分(暫定的)に着用されたその首飾りはそれぞれ、チェーンの中央にトランプの柄を象ったワンポイントがつけられていた。

 

 

「これは、俺のかつての戦友(とも)達の称号をあしらったものだ。そこまで強いものではないが、身体能力向上の効果もある。名前もここから取るとしよう」

 

「おぉ!!! 御話は伝え聞いております。何でも、ドモン様と共に世界を救った英雄であらせられる方々とか」

 

「まぁ……そうだな」

 

 

 何処で聞いたのか、ドモンの過去話を八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)は話題に出した。

 あまり掘り下げられて長話をするのも何だと考えたドモンは、テキパキと彼等に名前を与えることにした。

 

 

「よし。これからお前達はそれぞれクラブ、スペード、ダイヤ、ジョーカーと名乗るといい」

 

「「「「ハッ! 我等の新しき名! 確かに拝命致しました!」」」」

 

 

 その声は先程よりも力強く、また、新たな決意を持った声だった。

 そこへ、結局シュバルツのたかいたかいから下ろして貰ったアウラとマーレが、急いでドモンの所へと駆け寄る。

 

 

「ドモン様。やはり御挨拶させて下さい!」

 

「ぼ、僕も、やっぱり御挨拶をしたいです!」

 

 

 自分達の楽しみを邪魔しないようにというドモンの気遣いを察した二人は、それを無下にはしたくないと思いつつも、こうやって臣下の礼をとるべくドモンの元へときたのだった。

 

 

「そうか、その気持ちは嬉しいぞ」

 

 

 

 

 ドモンはその二人の言葉を笑顔で返しそれぞれの頭を撫でた。

 

 

「えへへ~」

 

「あ、有り難う……御座います」

 

 

 笑顔で頭を撫でられる二人。それを見たドモンは、予てよりアインズとの数多くの話題に上がっていたことを質問した。

 

 

「……なぁ、二人とも。俺とアインズさんは今、日頃からよくやってくれているお前達に何か褒美を与えたいと考えているんだが、それについて何か要望はあるか?」

 

「そんな! 褒美だなんて!」

 

「い、いりませんよ!」

 

「え?」

 

 

 いきなりの否定にドモンは困惑する。

 

 

「私達は至高の御方々のお役にたてるように生み出されました。ですから、その方々からの御命令に対し褒美を頂くなど!」

 

「そ、そうです! ……し、しいて言えば、これからもお仕えさせて頂きたいとしか……」

 

 

 他の守護者ならば理解出来るが、まさかこの二人からもここまで強い反発を受けると思ってはおらず、頭を掻きながらドモンは困り顔で考え込む。

 

 

「うーん、でもなぁ……。じゃあ、茶釜さんの昔の話とかも必要ないか……」

 

「…………ぁ」

 

「…………ぅ」

 

「うん?」

 

 

 最初難色を示していた二人だったが、ドモンの言葉に心を動かされ呻きを洩らす。

 勿論、この反応はドモンの予想通りである。

 

 

(子供苛めるのは趣味じゃないんだがな……)

 

 

 その後何度かドモンが誘惑の言葉を囁き、子供特有の甘えもあって、最終的には褒美を受け取る流れとなった。

 話が終わった丁度その時、シュバルツからドモンに対し疑問が投げ掛けられる。

 

 

「そう言えばドモン。私に何か話があったのではないか?」

 

「んー。いや……また後で構わない。それ程急ぎの案件という訳でもないからな。シュバルツには引き続き、二人のストレス発散の相手をして貰いたい」

 

「そうか、了解した。――ならば! ゲルマン流忍法の粋を以て、この二人を楽しませてみせようぞ!」

 

 

 そう言って、シュバルツは闇妖精の双子(アウラとマーレ)を肩に担ぎ上げ、高笑いを残し密林へと消えた。

 後に残った八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達も、ドモンに挨拶をしてからシュバルツの後を追った。

 

 

(さっきのたかいたかいは止めてくれると助かるんだけどなー。あれじゃ他界他界だよ)

 

 シュバルツがアウラとマーレに行っていたこと。それを普通の子供にも同じことをされては大事だ。

 

 

(シュバルツも冗談だとは思うんだけどなぁ)

 

 

 一人になったドモンは、ふと、シュバルツの肩に乗った二人の笑顔を思い出した。

 

 

「俺も……ああいう風になれたんだろうか……」

 

 

 かつての自分の家族達。そして、生まれてくる前に消えた小さな命。

 

 人ならざる身になってからも消えぬ後悔。それを今、ドモンは改めて感じていた。

 その後悔は止まることを知らず押し寄せ、ドモンの口から溢れていく。

 

 

「俺のような男が……何と虫のいい話か……」

 

 

 (エイジ)は、目元を伝う一筋の雫を拭い去ってからその場を後にした。

 

 




 時間が少し巻き戻ってのお話です。
 


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幕間②

 前回の続きです。


 

 

 シュバルツ達と別れた後、ドモンはもう一つの約束の為にロイヤルスウィートへと向かっていた。

 

 第六階層での予定が思ったよりも早く終わったこともあり、約束の相手が来るまで自室の整理をしようと思っていたドモン。だが、その相手は思いの外早く到着していた。

 

 

「随分と早いな、待たせたか?」

 

「イエ、私モ今来タバカリデスノデ……」

 

 

 絶対嘘だ、結構前からそこにいるだろう。

 心の中でドモンがツッコミを入れた約束の相手。

 それは第五階層守護者、凍河の支配者コキュートスであった。

 

 

「そうか。立ち話もなんだから、さぁ、入ってくれ」

 

「失礼致シマス」

 

 

 ドモンは扉を開けコキュートスに入室を促す。

 のっしのっしと音をたててコキュートスが入室し、ドモンは先に執務室のソファーに腰掛けた。

 

 

「コキュートスも遠慮せずに座ってくれ。……それと、忙しい中呼び出してすまない」

 

「イエ、私ハナザリックの守護ノミヲ行ッテオリマス故、時間ニハ多少余裕ガ御座イマス。ソウデナクトモ我等ナザリックニ生キル者達ハ皆、御方々ノ命トアラバスグニ馳セ参ジマショウゾ」

 

「そいつは何とも耳が痛いな」

 

「ハ?」

 

 

 コキュートスの言葉にドモンは痛い所をつつかれた気分になる。

 本人に自覚はないのかもしれないが、言っていることは自分はもっと別の機会で役に立ちたい、そう聞こえるからだ。事実、コキュートスは少なからず不満を持っていた。

 

 ドモンもアインズも、シモベ達のストレスはなるべく貯めさせたくないというスタンスを取ってはいたが、その為のシステム構築はまだだなとドモンは溜め息を吐いた。

 その行為を自分への不満と勘違いし、コキュートスは慌てて弁解をする。

 

 

「ド、ドモン様。大変失礼ナコトヲ……」

 

「ん? ……あぁ、違う違う。謝るのは寧ろ此方の方だ、コキュートス。お前の実力を発揮させられる機会を作れずすまない」

 

 

 ドモンはその場で頭を下げた。それにコキュートスは過剰に反応し、辺りに冷気をぶちまけることとなる。

 

 

「さて、今回お前を呼んだ理由だが……」

 

「御話中大変申シ訳御座イマセンガ、先ニオ聞キシタイコトガアリマス。……ソノ理由トハ、ドモン様ノ席ニモ関係スルコトデショウカ?」

 

「席?」

 

 

 コキュートスの言葉の意味が分からず、ドモンは自分の座る場所を見た。やがて、コキュートスの質問の答えに辿り着く。

 

 

「……もしかして、上座のこと言ってるのか?」

 

「ソノ通リデ御座イマス」

 

 

 当然とばかりに答えるコキュートスに、思わずドモンは吹き出してしまう。

 

 

「そういう所ホントに建御雷さんそっくりだよな、ハハハ」

 

 

 自分の造物主に相似する点があると言われ、嬉しい反面、恐れ多いと感じながらも、コキュートスはそれぞれの答えを求めた。

 

 

「上座について今回は不問だ。何せ、これから行うことは俺とお前の真剣勝負だからな。真剣勝負に上座云々は無粋と俺は考えている。……それと建御雷さんそっくりって言うのは、俺の部屋を作る時にレイアウトを協力してくれた人の中に彼がいて、その時にも上座のことを色々と言ってたのさ」

 

「オォ、左様デ御座イマシタカ。至高ノ御方ノ貴重ナ御話ヲ聞カセテ頂キ、感謝致シマス」

 

「そんな大したことじゃない。……あ、そうだ! 今アインズさんとお前達の褒美について考えているんだが、俺達ギルドメンバーの話とかはどうだ?」

 

「宜シイノデスカ!? ア……イエ、褒美ナドト……」

 

「気にするな、さっきアウラとマーレも言ってたからな。アインズさんには俺から言っておこう」

 

 

 普段から頑張っているシモベ達に対し、これで幾らかは恩返し出来るだろうかとドモンは思った。

 何の話がいいだろうかと考えていると、コキュートスの視線を感じたので、ドモンは本題に戻ることにした。

 

 

「あー、その話は一先ず置いといて、本題に入ろう。まずはコイツを見てくれ」

 

 

 ドモンがそう言いながら席を立ち、自身の執務用の机に向かう。

 そして、その一番下の引き出しから一つのゲーム(ボード)を取り出し、それをコキュートスの前に置いた。

 

 

「コレハ……何処カデ……」

 

 

 目の前に置かれた(ボード)。白黒の二色が交互に配置されたそれをコキュートスは自分の記憶のから探し出そうとするが、それについての情報が出てこない。

 少し考えた後、コキュートスは素直に答えを求めた。

 

「申シ訳御座イマセン。何分、記憶ガ不確カナモノデ……」

 

「別に謝ることじゃないだろう、知っている振りするよりよっぽどいい。『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』と言うからな」

 

「成程。ソノ御言葉、シカトコノ胸ニ刻ミ込ンデオキマス」

 

「あぁ。で、答えなんだが、これはチェスという遊戯をする為に必要なものだ」

 

「チェス…………アァ、思イ出シマシタ。ソノ名、確カデミウルゴスガ口ニシテイタカト……」

 

 

 ドモンはその言葉を聞き納得した。

 何故なら、ドモン自身にチェスの手解きをした人物。

それこそが、かつてのギルドメンバーの一人でありデミウルゴスの造物主、ウルベルト・アレイン・オードルその人だったからだ。

 

 

「……そうか。兎に角、そのチェスという遊戯を俺として貰いたいんだ。構わないか?」

 

「御方ヨリノ御誘イ、大変有リ難ク。……シカシナガラ、デミウルゴスノ話ニヨルトソノ遊戯、互イノ知略ヲ駆使スルモノト聞イテオリマス。ドモン様程ノ方ト私デハスグニ決着ガ着イテシマイ、然程楽シムコトガ出来ナイカト……」

 

「だが、それはやったことがないからだろう? 俺も最初はボロボロに負けてたさ、でも、何度もやる内に上手くなっていった。武の道と同じだ」

 

「左様デ御座イマスカ」

 

 

 自分勝手にことを進めていると自覚しながらも、コキュートスが一応納得したと判断したドモンは、自身の端末を使ってルールの説明を行おうとした。

 と、そこでコキュートスからの一言があり、それが元で疑問が生まれることになる。

 

 

「ドモン様、先日頂イタ端末ガアリマスノデ」

 

「でもそれ、第五階層にあるんだろ? 取ってくるのは……」

 

 

 次の瞬間、ドモンの表情が固まる。

 コキュートスが黒い歪み(・・・・)の中に手を入れ、そこから端末を取り出したのだ。

 

 

「先日ノ会議ノ際、ドモン様ヨリ頂イタモノハコウシテ持チ歩イテアリマス」

 

「え……あれ……?」

 

「ドウカナサイマシタカ?」

 

 

 少し驚いた様子のドモンを不思議に思いコキュートスは問い掛けるが、当の本人からは曖昧な言葉ばかりが返ってくる。

 

 

「成程……お前達もそうなのか……」

 

 

 それはエフェクトを見た限り、ドモンやアインズの使用しているインベントリだった。

 ドモンは思考を加速させて現状を整理する。

 

 

(俺達が使えるなら、とは思っていたが。実際に見れるとは運がいい、聞くのも何か変だしな。……後でアインズさんに報告しておこう)

 

 

 思考加速を止め、ドモンは話を元に戻した。

 

 

「あー、すまん。少し考えごとがあってな。とりあえずその端末を開いてくれ」

 

「分カリマシタ」

 

 

 コキュートスが端末を起動させ、浮かび上がるボタンを器用に押していく。

 

 

「今から俺の端末に入っているチェスに関するデータを送る。それを見ながらやってみようか」

 

「ハイ」

 

 

 それから二時間程の間、ドモンはコキュートスにルールやセオリーを教えながらチェスを楽しんだ。

 

 

//※//

 

 

 「チェックだ」

 

 

 ドモンが駒を動かし、コキュートスが敗北する。

 

 

「流石ニ御座イマス、ドモン様。ヤハリ私デハ相手ニナリマセンナ」

 

「そりゃあ始めたばかりだからだろ。その内、コキュートスに勝てなくなる時が来るかもしれない」

 

「御冗談ヲ。私如キガドモン様ニ勝利出来ルナドト……」

 

「謙遜するな。現に、何回か手を変えなくてはならない動きをされた。筋はいいと思う。……さて」

 

 

 ドモンは立ち上がり部屋の時計を見た。その行為に、コキュートスは別の予定の時間が迫っていることを察した。

 

 

「俺はそろそろアインズさんの所に行かなくちゃならん。お前はどうする?」

 

「守護ノ任ニ戻リマス」

 

「そうか。それと、さっき端末に入れたものの中にチェスのゲームが入っている。時間を見付けてやっておいてくれ」

 

「承知致シマシタ。次回ハ、ヨリドモン様ヲ楽シマセラレルヨウ精進致シマス」

 

 

 コキュートスの言葉を聞き笑顔になるドモン。二人は部屋を出て、それぞれの向かうべき場所に歩き始めた。と、そこでドモンが足を止める。

 

 

「あぁ、それと……」

 

 

 ドモンが言葉を発し、それに反応したコキュートスが振り返った。

 

 

「何デ御座イマショウ」

 

「――今から話すことは全ての俺の独り言だ。誰に聞かせる訳でもないから、返事は不要だ」

 

 

 コキュートスは返事をせず、了承ととったドモンは言葉を続ける。

 

 

「近々、シュバルツが発見した蜥蜴人(リザードマン)の集落に向かう。アインズさんは大人しく庇護下に入ればよし、そう言っている。……だが、彼等は十中八九抵抗するだろう」

 

「……」

 

 

 コキュートスは黙したままドモンの話を聞いていた。

 その先を予想しながら。

 

 

「もしそうなった時はナザリックの軍を動かすことになっていて、その大将はコキュートスだ。……戦に必要なのは事前に情報を収集すること、そして冷静さだ。……チェス、頑張れよ」

 

 

 そこまで言って、ドモンを背を向け歩き出す。

 手をひらひらと振るうドモンの姿が、コキュートスには自分を応援しているように見えた。

 

 

(ソウイウ……コトダッタノデスカ……)

 

 

 全てを理解したコキュートスは、背を向け歩くドモンに深い御辞儀をしていた。

 

 

(情報、ソシテ冷静サ……カ)

 

 

 ドモンからの言葉や自分が持つ情報、それらを整理する時間の為、コキュートスは指輪を使用せずに持ち場へと向かった。

 

 

//※//

 

 

「遅れてすいません」

 

 

 アインズの執務室の扉がメイドによって開かれ、コキュートスと別れたドモンが入室する。

 

 

「い……いらっしゃいドモンさん。皆今来た所ですよ」

 

 

 ドモンの姿を見たアインズは、危うく声が元に戻りそうなのを耐えながらそれを迎える。

 

 

「ドモン、見送りに来てくれたのか?」

 

「あぁ、勿論そうだ」

 

 

 執務室の中にはアインズの他にアルベド、シャルティア、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)。そして、シャルティアらと共にこれから任務に向かうシュバルツがいた。

 

 

「あぁ、シュバルツ達は後方任務だから危険は少ないだろうが……。くれぐれも油断はしないでくれよ? 無論、お前達も無理はしてくれるなよ?」

 

「おぉ、我等如きシモベにまで勿体なき御言葉。命に代えましても!」

 

 

 シュバルツの補佐として動く八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達にドモンが声をかけ、それを彼等は大袈裟に受け取る。

 命はかけるなよ、そう突っ込みたい気持ちを抑えながらシュバルツを見ると。

 

 

「誰に向かって言ってるんだ? お前は」

 

 

 と、シュバルツからズバッと言われてしまった。

 ハハハとドモンはシュバルツの返しを笑い、その後で今回の任務における主役に視線を送る。

 第一から第三階層の守護者、シャルティア・ブラッドフォールンである。

 

 

「シャルティア、今回お前には前に出て暴れて貰うことになる。何があるか分からないから注意してくれ」

 

「充分注意していきますでありんす」

 

 

 それ言葉使いとしてどうなんだ? ドモンがそう思っているのも知らず、シャルティアは自分の手に持っていたアイテムを見せた。

 純白と漆黒、左右で色の違う籠手(ガントレット)。その名を『強欲と無欲』という。

 

 

「此度の任務の為、アインズ様よりこの世界級(ワールド)アイテムも御貸し頂いていますし、何も問題はないと思われます」

 

 

 世界級(ワールド)アイテム。

 ユグドラシルで最も貴重、かつ強力なアイテムの総称。

 一つも持っていないギルドはざらで、所持していたとしても一つ二つだ。

 それをAOGは十一個も所持している。

 

 しかしながら、いくら数を所持しているとはいえ貴重なアイテムであることに変わりはなく、本来ならば外に持ち出すものではない。

 

 では何故、今回外に任務に赴くシャルティアに渡すのかというと……。

 

 

「プレイヤーの存在ですね」

 

「ええ、俺やドモンさんのように此方へ来ているプレイヤーがいる可能性はありますから」

 

 

 ドモンやアインズはなるべく友好的な接触を望んではいるが、AOGは元々多くの恨みを買っていたギルド。

 此方でその名を聞く、もしくは、関係するだろう存在に会えば攻撃してくる恐れがあった。

 出来れば今までプレイヤーの目につかなかったシモベを選ぶべきだったが、今回の任務は街に行く予定の為、なるべく人の見た目のシモベを選出する必要があった。

 

 結論として、人に近い見た目、強さ、そして何より他の任務と並行しない者。

 それがシャルティアだった。

 

 

「本来ならば、今まで姿を見られる機会の多かったシャルティアに任せるのは酷なんですけどね」

 

「ええ。何たって最表層の守護者ですからね」

 

 

 両者が渋い顔……。無論アインズは雰囲気しか出ていないが。

 それをした時、シャルティアが二人を心配させまいと自分は大丈夫だと言った。

 

 

「御二人のお心遣い、このシャルティア・ブラッドフォールン有り難くお受けするでありんすぇ。……しかしながら、私もこのナザリックを護る守護者の一人。どうか大船に乗ったつもりでお待ち下さいでありんす」

 

 

 やけに自信満々なシャルティアに疑問を抱き、それについてドモンは質問した。

 

 

「随分自信があるみたいだが、何かあるのか?」

 

「何もありんせんで御座います」

 

 

 ドモンとアインズは思わずガクッとなる。そんな二人が見えていないのか、シャルティアは言葉を続けた。

 

 

「ですが……、ドモン様やアインズ様と同じ頂にいらっしゃられる我が造物主、偉大なるペロロンチーノ様に生み出され、その愛を一身に受けた私が失敗などする訳はありんせん」

 

 

 両手を胸に添え、目を閉じながら愛しい存在を静かに語る少女。

 普通にしていれば美少女のシャルティアの姿は、その場にいた全員の目を釘付けにした。

 

 

「そう……だな……」

 

 

 ペロロンチーノと最も仲が良く、シャルティアについて熱く語られたアインズは、シャルティアの言葉に目元が熱くなる錯覚を覚えた。

 

 

「……よし! 行ってこいシャルティア! ……お前の戦果、期待して待っているぞ」

 

「はい! 我がナザリックの栄光の為に! ……でありんす!」

 

「気を付けてね、マイハニー」

 

 

 マイハニー。自分のことをそう呼ぶのは一人だけ。

 シャルティアがハッとして振り返ると、そこには軍服姿の美丈夫。

 いつの間にか入室していたパンドラズ・アクターが、彼女に優しい笑みを向けていた。

 

 

「急に呼び出してすまなかったな、パンドラ」

 

「いえ、父上。私の方こそ申し訳ありません。一時的にとはいえ、父上より言い付けられている宝物殿の守護を離れているのですから」

 

 

 シャルティアが出立する日時が決まった時、アインズはパンドラにシャルティアの見送りをさせてやる為、シュバルツに頼んで一時的に分身を宝物殿の守護に回していた。

 

 

「慈悲深き御配慮、このパンドラズ・アクター深く感謝致します。……少しの時間とはいえ、愛する彼女と離れるのは些か堪えますので」

 

 

 パンドラはアインズに心からの感謝を述べ、同時にシャルティアと離れることの辛さを語る。

 笑顔は崩さないものの、形のいい眉はハの字になり、何処か暗い感情が見える。

 

 

「ダーリン……」

 

 

 造物主(ペロロンチーノ)偉大なる存在達の纏め役(アインズ)

 その両者が自分の為に決めてくれた許嫁の表情は、いくら栄えあるナザリックの為の任務といえど彼女の心を抉る。

 

 

「心配しないで、ダーリン。ペロロンチーノ様が仰られていたおまじないの言葉を教えるでありんすから」

 

「おまじない? ……至高の御方の御言葉だ、興味深いね」

 

 

 顎に指を当て、シャルティアの言葉を聞き漏らすまいと真顔になるパンドラ。

 一方のドモンとアインズもペロロンチーノが何を言ったのか気になり、シャルティアの言葉に耳を傾ける。

 

 

《ペロさん、変なこと言ってないといいんですが……》

 

 

 アインズが少しだけ不安になり、伝言(メッセージ)を送る。

 

 

《俺は大丈夫だと思いますけどね。意外に格好いいこと言ってるんじゃないですか?》

 

 

 ドモンは心配しておらず、少し考え過ぎだとアインズに言った。

 そして、シャルティアがパンドラに言ったおまじないの言葉とは……。

 

 

「私、この任務が終わったらダーリンとデートするわ」

 

「ん? どうしたんだい、急に」

 

((おいぃぃぃっ!!!))

 

 

 只の死亡フラグだった。

 その威力は凄まじく、ドモンとアインズの心を一瞬で不安のドン底に叩き付ける程だった。

 

 

「それが御義父上(おとう)……。いや、ペロロンチーノ様から教えて頂いたおまじないなのかい?」

 

「そうでありんす」

 

 

 ドヤ顔で胸を張って答えるシャルティアの姿は大変可愛らしかったが、ドモンとアインズは共に軽いパニック状態になっていた。

 

 

《ペロロンチーノぉぉぉっ! アンタなに余計なこと吹き込んでんだあぁぁっ!》

 

《お、お、おちけつ! アインズさん、大丈夫傷は浅い! 多分!》

 

 

 ゲームだった時ならばまだしも、現実となった今ではシャルティアの発言は洒落にならない可能性がある。

 造物主の話題になって盛りがあっている守護者達他所に、至高の存在達は頭を抱えていた。

 

 

《アインズさん。何か急に不安になってきたんで、俺からもシュバルツにアイテム渡しておきたいです》

 

《助かります。マジで助かります。寧ろお願いします、この通りです》

 

 

 ドモンの提案にすがり付くアインズは、守護者達に気付かれないように掌を合わせてみせた。

 それを見てドモンは、自身の手持ちからあるアイテムを取り出しシュバルツに渡す。

 

 

「シュバルツ。俺からもお前に渡しておこう」

 

「ん? …………おいドモン、これはまさか」

 

 

 ドモンが持ったアイテムを見たシュバルツは、それを目にした途端眉をひそめた。

 

 

「ドモンさん、それなんですか?」

 

 

 一見、メタリックな鱗に覆われた卵のように見える物体。アインズはそれに見覚えがあるような気がしたが、咄嗟に答えを聞いてしまった。

 

 

「これはデビルガンダムの一部……俺は種子と呼んでいるものです」

 

「「「えっ!?」」」

 

 

 それを聞いた面々は思わずドモンから距離をとった。映像でしか見ていないものの、その脅威は嫌という程知っているからだ。

 かつて世界すら飲み込もうとした巨大な存在(ゴーレム)。ナザリックにも似た存在であるガルガンチュアがいるが、あれでは恐らく相手にすらならないだろう。

 それがナザリックのシモベ達共通の見解だった。

 

 シュバルツが種子を少しの間見つめた後、ドモンの手の中にあるそれを何気なく受け取ろうとした時。

 

 

「止せシュバルツ!」

 

 

 パンドラが大声を張り上げた。

 

 ――このことについての補足になるが、アインズと和解した後パンドラは、ドモンより普段の仕草と言動を自重するよう言い渡された。

 ただ、元々造物主から命じられたことを自重させるだけではいけないと考えたドモンから、今迄通りの振舞いを許された場所、そしてそれをしても構わないという相手を指定された。

 それが宝物殿という空間であり、シュバルツという人物だった。

 二人はドモンが考えていた通りすぐに打ち解け合い、今では互いを無二の親友だとすら思う程になった。

 そのことからパンドラは、親友の身を案じた故に声を張り上げたのだった。

 

 

「大丈夫だ、パンドラ。そんな危険なものをドモンが私に寄越す筈がない。……だろう?」

 

 

 シュバルツはドモンの方を見ながら言った。

 その言葉を、ドモンは頷きを以て肯定し、シュバルツの肩に手を置く。

 

 

「勿論だ。戦いが終わった後、デビルガンダムの残骸を元に再生させた新生アルティメットガンダム。正確に言えばそれの一部だからな」

 

「全く……意地が悪いぞ、ドモン」

 

「すまなかった」

 

 

 ドモンはバツの悪そうな顔で守護者達に軽く頭を下げ、デビルガンダムの話を続けた。

 

 

「それから、完成したアルティメットガンダムだが……。俺達の世界の環境修復を終えた後、俺が所持することになったんだ。今はギアナの最奥にスリープ状態で待機させてある」

 

 

 再び執務室にいた面々が引いた。安全だと説明されてもこの反応、ドモンが今迄黙っていたのも、この反応が厄介ごとに発展するかもしれないと考えた為だ。

 勿論、映像を見せなければ、という案もあった。

しかし、それでは自分の話に信憑性を持たせることが出来ないと、ドモンは泣く泣く断念。そんな経緯があった。

 

 

「まぁ、その話はおいおいでいいだろう。それと、その種子の効果だが……」

 

 

 ドモンが効果について説明しようとすると、シュバルツが手を前に出しそれを静止させる。

 

 

「命令を出すと対象を捕縛する。一定時間壁や自立行動で味方を守る。……そんな所だろう?」

 

 

 シュバルツはニヤリと口を歪ませ、正にドヤ顔でドモンに言い放つ。

 説明内容をそのまま先に言われ口をポカンと開けるドモンだったが、すぐにシュバルツと同じ顔になった。

 

 

「流石だな」

 

「誰に向かって言っている? 一応ではあるが、設計兼制作者にしてお前の兄だぞ?」

 

「ふふふ、シュバルツの前だとドモンさんも形無しですね」

 

 

 アインズは兄弟ですねぇと笑いながら言った。

 他の守護者達もそのやり取りに思わずふふっと笑みを零す。先程までの空気が嘘のようになった。

 それから、作戦の最終確認をしてその場はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 文に違和感を感じつつも、どこをどう直せばいいのかわからないTackです。
 ドモン『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』

 アインズ「すいません、反省します」

 後書きすら滅茶苦茶になってきた……。


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第二十六話【シュウジとモーガン~白と黒④~】

 

 

 太陽が昇る頃を見計らって動き出したドモン逹一行は、草木が茂る街道をカルネ村に向かって進んでいた。

 

 

「……モーガンさん、カルネ村はもう少しで到着出来ますが、休憩は入れなくても大丈夫ですか?」

 

「御気遣い感謝します。ですが、此方は問題ありませんよ」

 

「そうですか」

 

 

 昨晩ペテル達(漆黒の剣)から激励された分、自分の心に幾らか余裕を持てていたンフィーレアは、極自然にアインズと会話が出来ていた。

 その様子にペテル達(漆黒の剣)も自然と笑みが零れ、それをアインズは不思議に思った。

 

 

《ドモンさん。一体なんでしょうかね、この空気は?》

 

《俺に聞かれても困りますよ。昨日ンフィーレアと何かあったんじゃないですか?》

 

《う~ん……駄目だ、全く覚えがない。第一俺が戻ったの彼が寝てからですし。……何か気になるから、心読んで貰えませんか?》

 

《止して下さいよ。明らかにスキルを使わなくちゃいけない相手なら兎も角、俺はそう簡単に他人の心は見たくないんですから。それに……》

 

《それに? 何ですか?》

 

 

 ドモンが一旦言葉を止めたことを不思議に思い、アインズは続きををねだるように言った。

 

 

《心を読まずとも、彼等の纏う雰囲気には悪いものを感じません。少なくとも、俺達が心配するようなことではないと思いますよ?》

 

《フム……。分かりました、気にしないようにします》

 

《それがいいと思います》

 

 

 ドモンとアインズはそこで伝言(メッセージ)でのやり取りを終えた。

 その後も一行は適度に警戒をしながら歩を進めていき、やがて目的地に到着したのだが……。

 

 

「あ! 皆さん! 彼処がカルネ村……で……す?」

 

 

 目的地の名前に疑問符をつけたンフィーレア。それを不思議に思ったペテルがそれについて質問するが、ンフィーレアは困惑した様子のまま反応しない。

 ドモンとアインズはンフィーレアから視線を動かして――彼の視線の先――カルネ村に目をやった。

 

 

「村の様子が普段と違うのに混乱してる……ってところか?」

 

 

 ドモンは以前来た時とはまるで違う様子のカルネ村を見て言った。無論、カルネ村には初めて来る、その設定を忘れてはいない。

 この流れはあくまで演技なのだ。

 

 

「は、はい。あんな城壁みたいなものは、前に来た時はなかった筈なんですが……」

 

 

 二人のやり取りを聞いていた他の面子もカルネ村に目をやり、その言葉の意味する所を理解した。

 

 

――城壁。

 

 

 理由を知っているドモン達以外の者は、皆が正にその通りだと思った。

 

 事前にンフィーレアから聞いていた情報では、カルネ村は極一般的な村だった筈。

 にもかかわらず、高見小屋、城壁に沿うように並べれた武器。

 正門とおぼしき場所の裏側には突撃を防ぐ為だろう、ほんのちらりと見えるだけだが、柵らしきものが設置されていた。

 一行のいる場所が少し高い場所にあった為見えたのだが、まだ他にもあるかもしれない。

 何処ぞの国の駐屯所と言われても信じてしまう、そんな造りになっていた。

 

 

「凄ぇな、ありゃ。どっかの国の兵士でもいるのかねぇ」

 

 

 ルクルットは口笛を吹いて軽く言うが、内心警戒していた。

 兵士崩れの野盗に襲撃され、そのままアジトとして占拠された線を考えたからだ。

 しかし、彼の中でその考え(野盗の占拠)はすぐに否定される。

 

 

「ペテル、下手するとこりゃあ……」

 

「……分かってる。だから何も言うな…………ンフィーレアさんがいる」

 

 

 いつもの飄々とした表情を崩し、冒険者としての顔付きになったルクルットを横目で見たペテルは、声のトーンを下げて次の言葉を抑止した。

 ルクルットの言葉の先を分かっていたからだ。

 

 少し頭の回る者ならばすぐに分かる。こんな何もない場所に野盗がアジトを作るだろうか?

 隠れる場所としてはすぐ横に森がある。だが、モンスターがうようよいる場所に進んで逃げ込むのは、愚者か強者かの二択。

 普通の感覚を持っているのならばまず森には逃げ込まない。

 だからこそ洞窟などを好んで占拠し、そこを要塞化するのだ。頑強であるが改造し易く、更に抜け道などを造り易い洞窟を。

 

 では、一体何者がカルネ村を占拠したのか。それはすぐに判明した。

 

 高見小屋がある為、行為自体が徒労に終わる可能性を考慮しつつも、一行はなるべく静かにカルネ村へと近付いていく。

 実の所、不可視化の呪文をかけ偵察することも可能ではあるのだが、村の異変の理由を知っているドモン達は敢えて口には出さなかった。

 やがて正門らしき場所の付近まで来ると、門近くの草むらから数人の人影が現れ、一行に声をかけてきた。

 

 

「そこの兄さん方。悪いが、そこで止まって武装解除をしてくれませんかねぇ?」

 

 

 現れた数人は突然の武装解除を求める。その要求に一行は表情を引き締め、同時に焦りが浮かぶ。

 その理由は、武装解除を求めた者達の存在そのものだった。

 

 ――小鬼(ゴブリン)

 昨日ドモンとアインズが一蹴したモンスターだ。

 しかし、昨日のモンスターとは訳が違うことを漆黒の剣達は察した。

 

 まず明らかに体格が違う。

 昨日見たゴブリンが子供なら、今目の前にいるのは立派な大人。背丈自体はそこまで変わらないようだが、肉付きが正にそれだ。

 次に眼光。

 しっかりと此方を見据え、次の行動などを予測しているに違いないとペテルは考えた。

 自分達がとるべき行動を明確にする為、ペテルはアインズの側まで寄り小声で話しかける。

 

 

「……モーガンさん、ここは大人しく奴等の言うことを聞いた方がいいかと思います。私達が抵抗すれば、最悪中にいるかもしれない村人にも危害を加えられる恐れが……!」

 

「そう……でしょうね……」

 

 

 繰り返すが、アインズにはカルネ村がこうなっている理由が分かっている。だからこそ早く話が進んでくれるよう祈っていた。

 そこへ。

 

 

「お、お前達! エンリに……、エンリに何をしたんだ!」

 

 

 今まで沈黙を貫いていたンフィーレアが震えながら叫ぶ。

ペテルの思いも空しく、先程の会話を聞いてしまっていたンフィーレア。

彼はペテル達の会話の意味を理解し、想い人の安否を確認したい気持ちが爆発してしまったのだった。

 ペテルを筆頭に他のメンバーも落ち着くよう説得するが、思春期の少年には今の状況がかなり堪えたのだろう。ンフィーレアは中々気持ちを抑えられずにいた。

 

 

「エンリは! エンリは無事なんだろうな!」

 

「何で姐さんの名前を……?」

 

 

 草むらから出てきた小鬼(ゴブリン)達の、その中心に立っていたリーダー格と見られる小鬼(ゴブリン)が疑問を呟く。

 但し、その呟きはンフィーレアとペテル達には届かなかった。何しろ、叫び声をあげながら暴れているンフィーレアと揉み合っている最中なのだから。

 

 やがて疑問を残しつつも、一向に武装を解除せず騒ぎ立てるンフィーレア達に苛立ちを感じ始め、リーダー格の小鬼(ゴブリン)は突然右手を高くあげた。

 すると、それを合図にしていた他の小鬼(ゴブリン)達が周囲の草むらより姿を現した。

 彼等は合図が来るまで草むらの中で息を潜めていたのだ。自分達の要求を無視する愚か者を始末する為に。

 

 

「目隠れの兄さん。騒ぐのは勝手だが、命が無きゃあそれも出来ねぇぜ?」

 

「……!」

 

 

 リーダー格の小鬼(ゴブリン)の発言にンフィーレアは硬直する。

 エンリ(想い人)を助けたいと思う心を、身体(本能)が止めたのだ。

 唇を噛み締めながら押し黙るンフィーレアを見て、彼を不憫に思ったドモンは言った。

 

 

「武装解除なんて文明的な言い方する割にゃあ、結局力で黙らせることしか知らねえ雑魚か」

 

「あん? 白い外套の兄ちゃん、今なんつった?」

 

 

 リーダー格の小鬼(ゴブリン)は顔と声に凄みを持たせて聞き返すが、これは勿論聞こえた上で言っている。ドモン自身が聞こえるように言ったのだから。

 

 

「聞こえなかったのか? ならもう一度言ってやんよ。…………早ぇ話が、雑魚はすっ込んでろってことだ」

 

「てめっ……!」

 

「ちょっ……! シュウジさん!? 貴方何やってんですか!?」

 

 

 挑発に挑発を上塗りされ、リーダー格の小鬼(ゴブリン)の顔がみるみる紅潮していく。誰の目にも激怒しているのが分かる程に。

 ペテルが慌ててドモンの暴言を止めるが、それも時既に遅し。

 リーダー格の小鬼(ゴブリン)が他の小鬼(ゴブリン)に向かって怒鳴るように命令を出したのだ。

 

 

「手前ぇら! 姐さんからの命令があるが仕方ねぇ! 軽く痛い目見せてやれ!」

 

「「「おうっ! 姐さんの為にぃっ!」」」

 

 

 命令を出された他の小鬼(ゴブリン)達が気合いの雄叫びをあげ臨戦態勢をとった。ドモンに山程言いたいことがあるのを飲み込み、ペテル達も臨戦態勢となる。

  両者が一触即発の状態になった時、未だ構えることすらしていなかったドモンがもう一言言い放つ。

 その言葉を聞くと、アインズとナーベラル以外の全員が首を傾げた。

 

 

「お前ら、(ドラゴン)と戦ったことがあるか?」

 

 

 (ドラゴン)

 ユグドラシルでは勿論、数多のファンタジー作品で最強を誇る種族。

 この世界にも存在していることが分かっており、ドモン達が最低でも敵性プレイヤーと同等クラスに危険視している存在である。

 では何故今その名を出したのか。答えは簡単、格の違いを見せ付ける為に敢えて言ったのだ。シュウジ・クロスの強さを他の者に見せ付ける為に。

 

 

「……生憎だが、存在は知っててもそんな化物とはやりあったことはねぇわな。それに、もしやりあったとしたら俺達が一方的に嬲り殺されるだけだろうよ……」

 

 

 リーダー格の小鬼(ゴブリン)は唐突な質問を訝しげに思いながらも、そこに何かの思惑があると考え、ドモンの考えを読み取るべくそれに応じる。

 ……のだが、当の本人から帰って来た言葉に彼は唖然とし、その直後戦慄することになる。

 

 

「なら、お前達はここで終わりだ……」

 

「はぁ? おい兄ちゃん……」

 

 

 馬鹿も休み休み言え、そう言おうとしたリーダー格の小鬼(ゴブリン)はそこで言葉を止めた。

 ドモンから放たれる異常な波動(オーラ)を肌で感じ、恐怖のあまり硬直してしまったからだ。

 

 

「シュ、シュウジさん……」

 

 

 ニニャが絞り出すように声を出した。何かを言おうとしたのだろうが、恐怖が喉を締め上げ声が続かないようだった。

 少し波動(オーラ)を出す範囲が甘く、ニニャ達を範囲内に入れてしまったことに罪悪感を覚えながらも、ドモンは頭の中にある台詞を喋る。

 

 

「ほれ、お前らがビビってる(ドラゴン)様だぜ?」

 

 

 ドモンがそう言ったのと同時に、身体から発せられた波動(オーラ)が色と形を変えていく。

 色は赤よりも真紅(あか)く。形は全てを咬み砕く(ドラゴン)の頭部へと変わっていく。

 その様子を見て周囲の者達は敵味方無く驚愕、そして戦慄した。

 実際に存在していない筈にもかかわらず、気配や匂いまで感じ取れるようだと彼等は思った。

 

 

「て、手前ぇ……まさか、本当に……!」

 

「さて、どうだと思う?」

 

「ひっ!」

 

 

 布で覆われた状態でも分かる、これから獲物を嬲ろうとしているかのような笑みを浮かべたドモン()に、リーダー格の小鬼(ゴブリン)は自身の命と灯が消えるのを覚悟した。そんな時だった。

 

 

「ゴブリンさん達ー、大丈夫ー?」

 

 

 全く以て場の空気と合わないのんびりとした声が聞こえる。

 その声を聞き、何とか我に帰ったリーダー格の小鬼(ゴブリン)は声が聞こえた方に向かって叫んだ。

 

 

「姐さんっ! 来ちゃ駄目だっ!」

 

「えっ?」

 

 

 目の前の存在(ドモン)に危険を遥かに通り越した何かを感じ、リーダー格の小鬼(ゴブリン)が姐さんという人物の為を想った必死の行動は、次の瞬間水泡に帰してしまう。

 その姐さんという人物は、門から普通に出てきてしまったのだ。

 

 

「姐さんっ! 早く村の人達を連れてっ……!」

 

「あ……。エンリッ!」

 

「え……? まぁ! ンフィーレア!」

 

 

二人が再会を喜び合う姿を、状況が飲み込めていない者達がポカーンといった様子で眺めていた。

 

 

//※//

 

 

「そう……だったんだ。辛い目に遭ったんだね……」

 

「ええ……。でも、そんな中あの方々が助けてくれたのよ」

 

「神様……か……」

 

 

ンフィーレアはその単語を何とも言えない表情で呟く。

彼自身、『神』という存在をそこまで信じている訳ではないとの理由もあるが、この表情は別の意味合いが強い。

 この村が襲われた時のことをエンリから聞き、自分の中にある疑問を解く鍵のようなものを見付けた気がしたからだ。。

 

 

(神を名乗る二人組がエンリに渡した赤いポーション、それをシュウジさんやモーガンさんも同じ物を持っていた……。まさか……)

 

 

 自身の疑問を解き明かす為にンフィーレアは一度エンリと別れ、ドモン達が何処にいるか探し始める。

 そこへ、丁度木陰で座っているペテル達(漆黒の剣)が視界に入った。

ンフィーレアは彼等に三人(ドモン達)が何処に居るか聞く為に近付いたのだが、途中で彼等の様子がおかしいことに気付く。

ここに来てから特にやることはなかったのにもかかわらず、彼等は今にも死んでしまいそうな程疲弊していた。

 その様子に首を傾げるも、自分の質問に答えて貰いたいンフィーレアはペテルに声をかける。

 

 

「丁度良かった。ペテルさん、シュウジさん達が何処に居るか知りませんか?」

 

 

 しかし、彼等からの返事はない。やはり相当疲弊している、彼等は肩で息をしている有様だった。

ンフィーレアはその様子を見て周囲を軽く警戒した。

以前この村は襲撃されている。ならば、再び同じことが起きた可能性を考慮しての警戒だ。

 最も、ドモン達が隠密能力に長けたシモベを村周囲に多数配置していて、そのようなこと起きる可能性は限りなくゼロに近いのだが、ンフィーレアは勿論知らない。

 更に、ようやく話が出来るようになったペテルに何故そのようになっているのか聞いたところ、ドモンから人外の(しご)きを受けたとのこと。

 それにより自分達は数十分程の指南ではあったが、丸一日命掛けの戦闘をし続けたあとのようになっているのだと言う。

 

 

「でも、よう、ペテル。前に、ふぅ、ゴブリンやらオーガに囲まれて、はぁ、一日近く逃げ回った時よりもキツく、ねぇかぁ?」

 

 

 ペテルとンフィーレアの会話にルクルットが割り込む。呼吸を整えながら話しているので、その言葉も途切れ途切れとなっている。

 自分達の最も辛かった体験をドモンの(しご)きと比較し、それでもなおドモンの(しご)きの方が辛いとルクルットは溜息混じりに洩らす。

 その内容を聞いて、ンフィーレアは自分の考えが答えに近いものではないかと思いを強めていく。

 

 

「流石に息も乱さないってのは訳分かんねえよな。ふぅ、アイテムの力でもねぇみたいだし。ホント何者(ナニモン)なんだあの人?」

 

 

 ルクルットの意見にペテルや他のメンバーも同意し、この村に来た時のことを話題にした。

 自らを(ドラゴン)と比喩し、それを信じ込ませる凄まじい波動(オーラ)

 先日の戦闘といい、異常なまでの戦闘力だと。

 

 

(やっぱりあの人達は……!)

 

 

 そこでンフィーレアは一つの答えに行き着いた。

 

 

(……あの人達がその神を名乗る存在。もしくは何らかしら関係はある人達なんだ……!)

 

 

 考えが纏まった所でンフィーレアは改めてドモン達の居場所を聞き、村長の家で何か話をした後に村の高台に行くのを見たという情報を得た。

 ペテル達に礼を言った後、ンフィーレアは高台に向かって走り出した。

 

 

//※//

 

 

 一方のドモン達は村長の家を訪ねた後、村の高台で今後の動きについて話し合っていた。

 

 

「最初はどうなんだろうって思いましたが、ドモンさんの言う通りに話が進みましたね」

 

「えぇ、若干賭けの部分もありましたが、上手くいってよかったですよ」

 

 

 二人はつい先程、村長夫妻にだけ自分達の正体を明かした。無論、それもある意味偽装身分(アンダーカバー)で、脚本の中の登場人物としての正体を明かしたのだ。

 因みに、ゴブリン達を統率する者としてエンリにも正体を明かす予定もある。

 

 

「割とすんなり信じてくれたから助かりましたよ」

 

「ドモンさんが上手く話を作ってくれたからこそからでは?」

 

「いえ、まだまだ穴のある内容ですよ。三流の脚本家ですね」

 

 

 ドモンは布の下で苦笑いし、アインズはそれを見てハハハと笑って返した。

 そこへ。

 

 

「シュウジさーん! モーガンさーん!」

 

 

 ンフィーレアが息を切らしながら此方に向かって来た。

 その様子に、ドモンとアインズは自分達のシナリオ通り事が進んでいるのを感じた。

 

 

「どうしました? 何やら慌てた様子ですが、野盗でも攻めて来ましたか?」

 

 

 ンフィーレアに悟られぬよう、アインズは毛程も思っていないことを口にする。

 それをンフィーレアは首を振って否定し、息を整えてから自分の考えを話し始めた。

 

 

「あ、あの……。モーガンさんとシュウジさんは、この村を救ってくれた神様、アインズ・ウール・ゴウン様とドモン・カッシュ様なのでしょうか!?」

 

「貴様……!」

 

 

 横にいたナーベラルが一瞬驚愕した表情を作った後、直ぐ様敵意を持った表情になりンフィーレアを睨む。

 だが、彼の瞳は真っ直ぐに二人の人物(ドモンとアインズ)を捉え、ナーベラルの殺気にも臆してはいなかった。

 

 

「何故……そう思う?」

 

 

 静かに口を開いたのはアインズだった。

 本来であれば質問に質問で返すのは間違っている。しかしながら、返された本人のンフィーレアはそれについて聞く様子はなかった。

 

 

「確信……した訳ではないんですが。ここに来るまでの出来事などを全て踏まえた上で、僕の中で最も高い可能性を御伝えしたんです」

 

「成程……。シュウジ、これは合格でいいのかな?」

 

「え?」

 

 

 ンフィーレアが間の抜けた声を出し、アインズが声をかけた人物を改めて見た。

 そこには朗らかな笑顔でンフィーレアを見るシュウジがいた。

 

 

「そうだな。では、早速あの方々にお目通りを願うとしよう」

 

「ちょ! ちょっと待って下さい! 一体何を……?」

 

「直ぐに分かるさ。……ナーベ、俺達は少し席を外す。何処に行ったか聞かれた場合、直に戻るとだけ伝えてくれ」

 

「……承知致しました」

 

 

 今一腑に落ちないナーベラルが答え、ドモンは指を鳴らした。

 

 

「開け、竜神の間よ!」

 

「わっ!?」

 

 

 ドモンがリングを開放し、ンフィーレアはそれに隔離される。

 恐る恐る目を開けるも、何が起こったのか分からず途方に暮れた。

 見渡す限りの大自然。荒々しい大地が続くと思えば、少し離れた所には大森林が広がり、その先には巨大な滝も見えた。

 

 

「こ、ここは?」

 

「ここは我等が支配する空間だ。外界とは隔離されている」

 

 

 ドモンの声でハッと我に帰り、ンフィーレアは様々なことを質問したい衝動に駆られた。

 そして、それを口にしたのだが。

 

 

「シュウジさん! モーガンさん!」

 

「まぁ、待ってくれ。ンフィーレア君、君の気持ちも分かるが、まずはあの方々をお呼びしよう」

 

「あの方々……?」

 

 

 言葉を遮られ、ほんの僅かな不快感を感じたが、なるべく表情に出さないようにンフィーレアは頷いた。

 自分の知りたいことを、これから来るであろう人物が教えてくれると思ったからだ。

 ンフィーレアが頷いたのを確認したドモンとアインズは、予定通り装備を解除した。

 アインズは普段の死の支配者(オーバーロード)としての姿。ドモンはカルネ村に来た時と同じ、竜を模した鎧を纏った姿でンフィーレアの前に立った。

 その姿にンフィーレアは驚きを隠せなかった。予想はしていたものの、いざ実物が現れるとその衝撃は大きい。

 

 

「初めまして……と言うべきかな? ンフィーレア・バレアレよ」

 

 

 アインズが神としての振る舞い(RP)で話し、ドモンもそれに続いた。

 

 

「ンフィーレア・バレアレよ、よくぞ我等が出した謎を解き明かした。その見事な知力、称賛に値する」

 

 

 大袈裟な言い方だが、実際ドモンはそこまで難しいことを求めた訳ではない。

 ヒントは大盤振る舞いで巻き散らかし、そこから導き出した答えも若干怪しい所がある。ドモンが彼の心を読んだ結果だ。

 要は、話を円滑に進める為に無理矢理合格させたのだ。彼には、神が出した難題に、自分は答えることが出来たと思い込んで貰いたいのだ。

 

 

「ぼ、僕は、そんな……。只、当てずっぽうに近いですし。そ、それに、貴殿方は本当に神様なんですか?」

 

「神に対しその問い、中々に勇気があるな。あの娘から我等の話は聞いているのだろう?」

 

 

 ドモンは雰囲気を出す為、静かに、そして威圧感を放ちながら言った。

 その結果、ンフィーレアの心は徐々にではあるが、ドモン達が神というのを信じる方向に向かっていった。

 

 

(……この程度のことで信じるのものか? それとも、ビビってそう思い込もうとしてるだけなのか?)

 

 

 ンフィーレアの考えの変わり方に訝しげな表情をしつつも、良い流れであるのならば無理に塞き止める必要はない、ドモンはそう考え話を進める。

 無論、脅迫に弱い可能性がある人物としてピックアップはしておいた。

 

 

「今回、お前にこういった形で接触したのには訳がある」

 

「な、なんでしょうか?」

 

 

 いつの間にか平伏し、神を崇拝する聖職者のポーズをとっていたンフィーレアに罪悪感を覚えたドモンは、その気持ちから己を素早く解き放つ為に要点だけ伝えた。

 

 

「単刀直入に言うと、お前に我等の協力者になって貰いたいのだ」

 

「ぼ、僕がですか!?」

 

 

 ンフィーレアは目を見開き驚愕した。

 一言目が余りにも意外で、それに対して脳が混乱してしまったのだ

 

 

「不服かな?」

 

「い、いえ……そうではないのですが……。神様に必要とされる理由に思い当りがなくて……」

 

「そのことか……」

 

 

 ドモンは一拍の間を開け、溜息混じりにアインズの方に視線を動かす。

 そして、アインズはその仕草を合図に、ドモンに代わり話を切り出す。

 

 

「ンフィーレア・バレアレよ。お前はこの世界が今、大いなる闇に飲み込まれようとしているのを知っているか?」

 

「大いなる……闇……?」

 

 

 アインズは全身を蛙に舐めまわされるような錯覚を覚えながら、ドモンが考えた脚本通りの内容をンフィーレアに説明したのだった。

 

 

 

 




 どうも、最近ソシャゲ回しが辛いTackです。
 やっとカルネ村に再臨(笑)出来ました。
 ハムスケー! もうすぐ行くぞー! ……お前のシーン全カットするかもしれんがなwww
 ドモンの描いた安いシナリオも少しずつ明らかにしていきます、これからも読んで頂けると嬉しいです。


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第二十七話【シュウジとモーガン~白と黒⑤~】

 今回ちょっと長めです。


 

 

「そ、そんな……」

 

「今の話は全て事実だ。お前が信じずとも、必ず訪れるであろうこの世界の結末だ」

 

 

 絶望の色を浮かべたンフィーレアに対し、アインズはわざと感情を感じさせない声で言った。その様子はさながら、生者に死の運命を伝える死神のようでさえある。

 アインズは今、ドモンが作り出したリング内において脚本の一部、この世界に迫る巨悪について簡潔に説明を終えたところだ。

 言ってしまえば真っ赤な嘘であり、その話の流れは全てナザリックの者達によって運営、管理される予定だ。

 

 先日シャルティア達が向かった任務もこれに関係することであり、彼女の働きも作戦の合否にかかわってくるもの。本人がどこまで自覚しているかは謎だが。

 勿論、ドモンは彼女のモチベーション向上の為の手も打ってある。作戦の達成度によっては褒美を出すと伝えてあるのだ。

 そしてドモンの思惑通り、褒美の内容を聞いたシャルティアの瞳の輝きが強まり、作戦の完遂を改めて誓う程であった。

 ドモンが耳打ちをする形で伝えたので、当時部屋に居た者達――アインズも含めて――はその内容を窺い知ることはなかったが、シャルティアが一瞬悩む素振りを見せた後の嫌らしい笑みは、その場に居た者達全員にある種の不安を覚えさせるものだった。

 

 ここで、話はンフィーレアのことに戻る。

 彼は、アインズから伝えられた内容を受け止めきれず茫然としてしまった。

 アインズはその様子から彼の心中を察しながらも次の言葉を口にする。

 

 

「そこで、この世界の危機に対処すべくお前に頼みたいことなのだが……」

 

「……はい」

 

 

 一応の返事を返すものの、ンフィーレアの表情は暗い。

 世界の危機、それは自身の想い人であるエンリも危険に晒されるということだからだ。

 村を守っていた彼女の指揮する小鬼(ゴブリン)の軍団もその危機の前では役に立たない、彼にはそれも分かっていた。

 

 

――大天使を一撃で屠り去った。

 

 

 エンリは騎士襲撃の騒動の後、この村に数日間滞在していた王国戦士団(ガゼフ達)のこともンフィーレアに話しており、その中で彼等が話していた内容がそれだったのだ。

 

 かつてこの世界に災厄をもたらした魔神。それを討ち滅ぼしたと伝えられる大天使をだ。

 このことはンフィーレアがドモン達を、目の前にした時の威圧感などと共に神と信じるきっかけとなっている。

 これらの情報を踏まえた上で、ンフィーレアはゴブリン軍団では歯が立たないと判断していた。

 魔人をも打ち滅ぼす力を持った神が警戒する大いなる闇。そんな相手に対処するのは不可能だと。

 以上がンフィーレアの表情の答えである。

 

 

「おい」

 

「……」

 

「おい! ンフィーレア!」

 

「は、はいっ!?」

 

 

 突然の大声にンフィーレアは驚き、慌てて顔を上げる。

 よく見るとアインズもその大声に驚いているように見え、ンフィーレアが不思議に思いもう一人へと目をやると、そこには肩を震わせるドモンの姿。

 自分が呆けていたことを謝罪する為、ンフィーレアが口を開こうとした時だった。

 ドモンがンフィーレアに近付き頬をはたいた。

 

 

「な、何を……?」

 

「何を? じゃねぇ。好きな女が死ぬかもしれないって時に、お前はただ呆けてるだけなのか?」

 

 

 言われてンフィーレアはハッとする。

 今自分がやるべきことは悲観に暮れることではなく、ましてや只絶望することでもない。

 目の前にいる存在の言葉に耳を傾け、これからどうすればいいのかを聞くことなのだと。

 

 

「……失礼しました。どうか話の続きをお聞かせ下さい、神様」

 

「それでいい。……アインズ、腰を折ってすまなかった」

 

 

 そう言って、ドモンは再び元の立ち位置へと戻っていく。

 若干空気が重いと感じたアインズは、咳払いをした後軽いフォローを入れ話を再開した。

 

 

「まず、君に協力して欲しいのポーション作りだ」

 

「ポーション……ですか?」

 

「あぁ」

 

「それはどういった理由でしょうか……?」

 

 

 (アインズ)が自分にポーション作りを依頼する。ンフィーレアはその理由に皆目見当がつかず首を傾げてしまう。

 神の血と称され、伝説として謳われる赤いポーションを持つ神々が、果たして一介の薬師である自分に頼む理由があるのだろうかと。

 

 

「簡単なことだ。……大きな戦いが起きる可能性が極めて高いからだ」

 

「大きな……戦い……」

 

「情けない話だが、我等の持つポーションでは足りぬことが予想される」

 

「新しく作ることは出来ないのですか?」

 

 

 ンフィーレアはもっともな疑問を口にする。

 勿論、ドモン達も出来ればポーションを作り続けたいとは思っている。しかし、ナザリックでポーションを作るには様々な問題があった。

 ならばこの世界の素材、人間にポーション作りを任せればいいとの結論に至っている。

 だが、それを素直に話すのは愚か者がすること。その為、アインズは再び嘘を吐いた。

 

 

「それ自体は可能だ。しかし、この世界全ての者に分け与える量となると時間がかかるだろう。更に言ってしまえば……」

 

「……どうかしましたか?」

 

 

 アインズから何か妙な雰囲気を感じ、それを不思議に思ったンフィーレアが問い掛けた。

 暫く顎に手を当て、何か考える素振りを見せながらアインズはドモンに伝言(メッセージ)を送る。

 

 

《あのー、ドモンさん?》

 

《どうしました?》

 

《ずっと伝言(メッセージ)でサポートして貰ってる身としては言い辛いんですが……。言わなきゃ駄目ですか?》

 

《駄目です》

 

《ですよねー》

 

 

 一刀の下断ち切られ、アインズは内心げんなりとした。

 いくら精神が変容したところで言い辛いことに変わりはない。アインズがこれから言おうとしていることはそういった類のものなのだ。

 だが、自分がたった一人でこの世界に来ていたらこうはならなかったかもしれない。

 アインズはそう思った。

 

 

(そうだよな、ドモンさんがいなかったら、俺はもっと酷いことを平然とやってたかもしれないよな……)

 

 

 あったかもしれない世界のことを考え、アインズは何とも言えない感情を覚える。だが、直ぐに頭を切替えンフィーレアに意識を向けた。

 いつもと同じく思考を加速させているのでまだ余裕はある筈とは思いつつも、早く話を進める為にアインズは会話を再開させる。

 

 

「……非常に言い辛いことなのだが、私達の作るポーションは一般人に分け与えるには過ぎた物なのだ」

 

「……え」

 

 

 自分の一言で少し悲しげな表情になったンフィーレアを見て、アインズは心に何かがチクチク刺さる絵をイメージした。

 

 ドモンさん(この人)の脚本のせいなんだよ。

 そう言えたらどんなに楽なことだろうと一瞬考えるが、そもそもこの脚本に乗ったは自分の意思。

 それに、自分がこの状況で今言った以上に相応しい台詞が浮かんで来なかったのもまた事実。

 腹が括り切れてないないなとアインズは自嘲した。

 

 

「うむ。あの娘、エンリに渡した物は効果が強い。来たるべき戦いの際には、我等の下に集うであろう屈強な戦士達に使用すべきだと考えている」

 

「な、成程。では、僕が作るべきポーションとは……」

 

「その他の戦闘要員だ。そして、念の為に非戦闘員用にも用意しておきたい」

 

 

 自分の役目を理解し、ンフィーレアの()に強い光が宿る。

 漢の顔になりかけているンフィーレアを見たドモンは、彼への評価を改める必要があると認識した。

 

 それからも話は続き、説明が大体終わった所でアインズは外の様子が気になり始める。

 以前ドモンから時間の流れを変えられると聞いてはいたものの、実際目にした訳ではなく、今もそうなっているかの確認もしていないからだ。

 

 

《そういえばドモンさん、今リング内の時間ってどうなってますか?》

 

《…………あっ》

 

 

 とても小さかったが確かにアインズの耳(?)には届いた。自らのミスを自白した声が。

 

 ある程度を予想しながら振り向くと、ンフィーレアの方を見ていた筈のドモンが明後日の方角に顔を向けていた。

 その姿からは、哀愁とも親に叱られた子供とも言えない微妙な雰囲気が漂っている。

 

 

《……忘れてたんですね?》

 

《……アインズさん、人は過去よりも明日を見て生きるものなんですよ……》

 

《俺も貴方も今は人間じゃないですがね》

 

《…………》

 

 

 暫しの沈黙の後、固まっている自分達を不思議そうに眺めるンフィーレアの視線な気付き、ドモンは彼を使ってこの場を切り抜ける策に出た。

 

 

「オッホン! ンフィーレア・バレアレよ、話は以上だ。これから宜しく頼む」

 

「あ、はい。此方こそお世話になりますドモン・カッシュ様」

 

「ドモンでいい。奴のこともアインズと呼べ。……構わんな?」

 

 

 呼び方についての了承を得る為にアインズに声をかけるが、自分がねっとりとした視線を向けられているを感じ、ドモンは了承を得たという流れにした。

 

 

「よ、よし! そろそろこの場所を閉じるぞ!」

 

「あ、待って下さいドモン様!」

 

「どうした?」

 

 

 リングを解除しようとした所にンフィーレアから待ったの声がかかる。

 何か疑問でも残ったのだろうかと軽く身構えたドモンは、次のンフィーレアの言葉を待った。

 

 

「あの……先程は有難う御座いました!」

 

「一体何の……」

 

 

 そこまで言いかけてドモンはンフィーレアの言いたいことを理解した。先程のこととは自分が怒鳴った時のことだろうと。

 あれは演技ではなく本心から出てきてしまった言葉だった。

 それと同時に、過去の自分と彼を重ねて見てしまい、不甲斐なさと同じ思いをさせたくないという気持ちが混ざった結果、あのような形でぶつけてしまったものだ。

 自分の感情的なものが介入している以上、礼を言われる筋はないとドモンは思っていた。

 

 

「いや、あれは……」

 

 

 と、そこでドモンはもう一芝居打つことにした。この脚本の山場でのドラマチック性を上げる為に。

 

 

「……あれは我の言葉ではない。シュウジのものだ」

 

「え? ドモン様がシュウジさんではないんですか?」

 

「似て非なるものだ。……詳しいことはいずれ話す時が来よう」

 

「……分かりました」

 

 

 取り合えず納得したンフィーレアを見て少し不安になるドモンだったが、その程度で心を覗くのも気が引けたので、まぁ大丈夫だと勝手に判断した。

 

 モーガンとシュウジの姿に着替えてからリングを解除し、三人は再びカルネ村に戻って来た。

 すると、そこでずっと待っていたナーベラルが至高の存在に膝を折る。

 

 

「お帰りなさいませ」

 

 

 ある程度慣れてしまったが、一定時間注意しないと対応が戻ってしまうナーベラルに、ドモンとアインズは溜息を吐く。

 

 

「ナーベ、誰かが俺達を探しに来たか?」

 

「いえ、お兄様。今の所は誰も来ておりません」

 

「そうか」

 

 

 ナーベラルから伝えられた情報、そこに自身のミスが直結しなかったことを安堵しながら、ドモンはこれからのことについて話をすることにした。

 

 

「モーガン、これからどうする?」

 

「そうだな……昨日だったかな? この付近に通り名を持ったモンスターがいると言う話題が出たのは」

 

「アイ……じゃなかった、モーガンさん。それはもしかして『森の賢王』のことでしょうか?」

 

 

 割って入ったンフィーレアの発言に、二人はそうそうそれそれと彼を指差す。

 

 

「それで、その森の賢王がどうかしましたか?」

 

「あぁ、それなんだが。実はそいつを討伐、もしくは屈服させようかと考えている」

 

 

 それから、アインズはこの地で有名な冒険者となり、そこで手に入る情報から巨悪の出方を探る。

 その脚本通りの話をンフィーレアに話し、そして信じて貰った。

 ンフィーレアは協力は惜しまないといったのだが、森の賢王は倒さないで欲しいという。

 何か不味いことでもあるのかと気になり、二人は行動すべきかどうかは兎も角理由を聞くことにした。

 

 

「森の賢王はこの村の防壁になっているんです」

 

「防壁?」

 

 

 森の主と言うべき存在を話題に出した、それが突如村のことになり二人は首を傾げた。

 そして、少し考えた後にドモンは手をポンと叩く。

 ヒントとなったのは、事前に仕入れてある情報の広大な森、モンスター、そして防壁という単語だった。

 

 

「もしかして、縄張り云々の関係でこの村にモンスターが寄って来ないってことか?」

 

「その通りです」

 

 

 ンフィーレアの肯定にアインズもあぁと頷く。

 考えてみればその通りなのだ。エ・ランテルでドモン達が得た付近のモンスター情報と、この村の平和っぷりは真逆の方向そのもの。

 それが今のンフィーレアの話で合点がいった。

 

 

「成程。つまり、森の賢王がいなくなるとモンスターが付近に出やすくなるから止めて欲しいと……」

 

「す、すみません」

 

「なに、謝ることはないさ。それに、そのことについてなら問題はない」

 

「どういうことでしょうか? モーガンさん」

 

 

 アインズの心配はないとの発言にンフィーレアは疑問符を浮かべた。

 

 

「エンリから聞かなかったかな? この村は神の名の下で保護されるという話を」

 

「はい、聞きました。それが?」

 

「君の意見も聞けたことだし、今日中にでも神々の元からこの村に使者の方を派遣して頂くとしよう。強力な用心棒をね」

 

 

 アインズの言葉にンフィーレアの顔が明るくなっていく。その様子は、人間に対し感情が希薄になってきていたアインズにも喜ばしいことだった。

 

 

「んじゃあ話も纏まったことだし、下でヘバってる奴等の尻叩いて薬草採取、ついでに森の賢王退治と洒落混むか」

 

「そうするとしよう。只……彼等にはもう少し優しくな?」

 

 

 アインズの一言でナーベラル以外の者達が明るく笑った。

 余談だが、時を同じくしてヘバっているペテル達(漆黒の剣)は、この瞬間凄まじい悪寒を感じたそうな。

 

 

 

 

 

 

//※//

 

 

 

 

 

 

 カルネ村にてドモン達がンフィーレアと話をしている頃、ナザリックでは先日起きた出来事について調査する為、三人の知恵者達が一堂に会していた。

 場所は使用許可の出ているアインズの執務室である。

 

 

「お二人共、忙しい中すみませんね」

 

 

 先に部屋で待っていた真紅のスーツ着た悪魔、デミウルゴスが丸眼鏡の位置を直すと同時に謝罪を述べる。

 

 

「構わないわ、丁度一段落ついた所だったから」

 

「私も、父上より頂いた命を終えた所でしたので」

 

 

 その謝罪を不用と返すのは純白のドレスに身を包むアルベドと、コートを翻しながら入室したパンドラだった。

 三者はすぐさまソファーに着席し会話を始める。

 

 

「それにしても……昨日はいきなりのことだったから驚いたわ」

 

「そのことは失礼致しました。それを含め、今回の出来事についても詳細を御話ししましょう」

 

 

 二人に目配せをして了承を確認したデミウルゴスは、先日起こった出来事を話し始めた。

 

 

「……昨日のことですが、私の所に妙な話が舞い込んで来たのです。メイドの一人が行方不明というね」

 

 

 それからデミウルゴスは静かに語り出した。

 

 昨晩、メイド間でとある問題が発生した。

 帰還確認や掃除などを行う為、至高の四十一人の部屋を見て回っていた筈の者から、必須とされているその後の終了報告が来ていないというものだ。

 

 只、この問題の本質はそこではない。

 本当に問題なのは、そのメイドが第九階層に向かった後行方が分からなくなったということだ。

 途中まではもう一人メイドがいたのだが、別の仕事の補助をする必要が出来たこと、そして部屋回りが終盤にさしかかっていたこともあり、そのメイドはそこから離れたのだという。

 

 行方知らずとなっていたメイドの名はシクスス。彼女には当時、三つの厳罰容疑がかけられていた。

 

 一つ目は、定められた終了報告を行っていないこと。

 これはメイド達の中で決められていることであり、更には至高の存在への報告と同義なので重罪である。

 

 二つ目は、部屋の見回りを終えていない状態でその仕事を放棄したこと。

 どういうことかというと、見回りを終えた部屋には日替わりで色の違う札を下げる決まりとなっていており、それが途中で。正確にはるし☆ふぁーの部屋で止まっていたのだ。

 つまり、シクススは何らかの理由で、至高の存在から命じられた仕事を自分の意思で放棄したことになる。

 これは言うまでもなく重罪だ。

 

 そして三つ目だが、以上を踏まえた上で行方を眩ましたことである。

 

 他のメイド達はアインズやドモンに同僚への温情を願う一方、彼女のあまりの行動に厳罰されるのは当然という気持ち。その両方を併せ持つ複雑な心境になってしまった。

 そして、その話をたまたま付近に来ていたデミウルゴスが報告され、そのまま問題対処の長となったのだ。

 

 彼が最初に行ったこと命令は、厳罰を与える為の捜索ではなく警戒網の強化。

 その命令に、メイド達は初めこそ首を傾げたが話を聞いてすぐに納得し従った。デミウルゴスは彼女達に問うたのだ。侵入者の仕業ではないのか? と。

 思い込みでシクススの愚行だと思っていたが、彼女が侵入者によって何かをされたという考えを他のメイド達は放棄していた。

 ナザリックに感知されることなく侵入することなど不可能だと。

 

 それをデミウルゴスは否定はしなかったが、同時に強く肯定もしなかった。

 自分達階層守護者全員から自身の存在を悟らせぬ、そんな規格外の隠蔽能力保持者であるシュバルツを知っているが故の言葉。 

 それに、とその時デミウルゴスはこう付け加えた。

 

 

――我等シモベのことを、恐れ多くも家族と仰って下さる御方々の御考えこそ最優先。厳罰はその後です。と

 

 

 策略を練る悪魔ではなく。

 策謀を張り巡らせる知将ではなく。

 偉大なる存在から大事な家族と言われ、その恩に報いる行動をするべしと心に誓った男の、柔らかで優しい笑顔がそこにはあったのだ。

 

 かくして、デミウルゴス主導の下での警戒強化、それと同時にシクスス捜索の任務が始まった。

 ……のだったが。それは行動開始から一時間と経たずに終わりを迎えることとなる。

 シクススが発見されたのだ。

 

 ある程度の時間が経っても発見に至らなかった場合、警戒強化の件のみを伝えていたアルベドらを含め、ことの詳細を話そうと考えていた矢先のことだった。

 シクススが発見されたのはナザリックの表層部。第一階層の入口から少し離れた場所で佇んでいたという。

 逆に何故そんな見付けやすい場所に居たにもかかわらず、シクススを発見するまで時間がかかったのかとデミウルゴスが問い掛けると。

 アインズより貸し与えられ、デミウルゴスが捜索隊として送り出していた八肢刀の暗殺者(エイトエッジ・アサシン)はこう答えた。

 最初自分の感知にかからなかったと。

 それを聞き、一つの可能性を浮かべつつデミウルゴスは更に訊ねた。

 

 

――シクススの意識はあったのか、と。

 

 

 答えは否。

 今こそ意識を取り戻したものの、発見当初は声をかけても反応せず、目に光さえなかった状況だったのだと。

 それを聞いた瞬間、デミウルゴスは自身の手にはめられたアイテムを使用しながら声を張り上げた。

 

 

《全シモベに緊急通達! 何者かが侵入した怖れあり! 繰り返す! 何者かが侵入した怖れあり! 数と強さは不明だ! 総員、戦闘態勢! 急げ!》

 

 

 デミウルゴスの使用したアイテムは伝言(メッセージ)を封じ込めた指輪で、その能力の一つである拠点内一斉送信を行ったのだ。

 これは伝言(メッセージ)の受信は出来ても送信が出来ない、そんなシモベの現状を重く見たドモンとアインズがアイテムボックスより発掘したものである。

 それにより一部の守護者達――アルベドやデミウルゴス、パンドラなどの指揮能力などに長けた者――は業務の指定は勿論のこと、有事の際各方面に即座に伝言(メッセージ)を送ることが可能になっていた。

 今回デミウルゴスが使用した能力の拠点内一斉送信とは、ある一定の空間内に存在する同組織所属のものに同時に伝言(メッセージ)を送れるというもの。

 本来このような効果はないと思われていたのだが、デミウルゴスがこれを受け取った後新たに発見されたものである。

 

 ここで話を戻す。

 この騒動、結論として侵入者は発見されなかった。

 その根拠についてだが、これには二つの理由が挙げられた。

 一つ目は、人海戦術を用いても何一つ発見出来なかったこと。……人という文字を用いてもよいものなのかどうか疑問は残るが。

 

 二つ目は、パンドラが緊急時にのみ使用を許されたアイテムでナザリック内を確認したところ、シモベ以外の魔法的存在を察知出来なかったことだ。

 完璧であるという考えは少々危険なものの、ドモン達がこれで影も形も探知出来ない者は恐らくいないだろう。そう太鼓判を押していたので一時的に問題なしと判断した。

 

 以上の二点を踏まえ、デミウルゴスは一旦非常事態宣言を解除した。

 無論、謎の存在が精神操作を使用出来ると思われるので複数での行動を常にするようとの達しも忘れてはいない。

 

 細かい処置なども残ってはいるが、概ねこの通りである。

 デミウルゴスの報告を聞き終えたアルベドは多少相手の行動に疑問は残るものの、その対処を流石と褒めた。

 しかし、相手の目的や居場所、どのような存在か分かるまでは現状を維持すべきと話した。

 

 

「……となると後の問題は」

 

 

 パンドラが口を濁しながら言った。

 

 

「父上とドモン様にいつ、どのように報告するかですね」

 

 

 パンドラは形のよい眉を顰めながらアルベドとデミウルゴスを交互に見た。

 二人の表情は暗い。当然である。

 栄光あるナザリックに侵入者を許したばかりか、メイドの一人を拉致されかね、あろうことか目的も足取りも掴めていないときている。

 まごうことなき大失態。いくら慈悲深き主人達といえど厳罰は免れないだろう。

 三人は最悪の未来を創造してしまう。死すら生温い、ナザリック除名処分という最上級の罰を。

 どんな拷問よりも、どんな任務よりも辛く目を背けたくなる罰。

 アインズの執務室は丁度よい室温に調節されているにもかかわらず、皆が汗を頬に伝わせ、迫りくる悪寒に耐えられず身体を震わせた。

 

 特にアルベドとパンドラに至っては見ていられない程であった。

 先日の出来事でアルベドは、自分を捨てたと思っていた創造主に深く愛され、更には愛する御方(アインズ)への嫁入りまで考慮して貰っていた。

 それを愚かな我が身に説いてくれた方に申し訳が立たず、更には愛するアインズに除名を言い渡されるなど恐ろしい。

 想像しただけで自害したい衝動に駆られた。

 

 パンドラも同じだ。

 自分のことを気遣いシュバルツという友まで紹介して貰った大恩ある存在にどう報告しろと、そんな考えばかり浮かんでいた。

 各々の苦しみを抱えた中、いち早く顔を上げたのはアルベドだった。

 

 

「……一先ずこの件は現状維持にて保留、アインズ様達への報告はもう少し調査してから、というのはどうかしら?」

 

「保留……そして即座に報告をしないとはまた大胆な采配ですね、アルベド。理由をお聞かせ頂いても?」

 

 

 若干の不満を含んだ表情でデミウルゴスは問い掛けた。

 若干、そしてあまり強く言わないのは自身の失態でもあるとの自覚があるからだ。

 パンドラも同じ気持ちであり、アルベドの報告義務の怠慢ともとれる言には少々不快感を抱いた。

 アルベドは真剣な表情で頷き語る。

 

 

「色々な理由はあるけども、大きいのはアインズ様達の作戦行動の邪魔になる可能性があること」

 

「ナザリック内に未知の存在が潜伏している可能性があるのですよ? 早々に報告すべきでしょう」

 

 

 語気を強め、尤もな発言をするデミウルゴスだったが肝心なことを見落としていた。軽いパニック状態に陥っているせいなのだが、普段の彼ならば決して見落とす筈のないことをだ。

 

 

「デミウルゴス、落ち着きなさい」

 

「いいえ、私は至って冷静です」

 

「嘘ね。なら聞くけど、現状報告を今あの御二方にした場合のその後を想像出来る?」

 

「それはも……!」

 

 

 デミウルゴスはそこで固まった。そして一拍の間を置き頭を振る。

 自身の愚かさを認識したのだ。

 

 

「……お優しい方々です。私達の身を案じてきっと、いや必ず戻って来られるでしょう」

 

「敵がいないと断言出来ないナザリックへね」

 

 

 アルベドが諭すようにデミウルゴスに囁いた。

 溜め息を吐きながらデミウルゴスは顔を上げる。

 

 

「醜態を晒してしまい申し訳ありません、守護者統括殿」

 

「気にしないで、誰もが同じようになっていたわ」

 

「……それで、結局どうするのですか?」

 

「先程と同じよ。御二人への報告は帰還されるギリギリまで待ちましょう。その間に相手を探し出す、出来なくとも最大級の安全性を確保するの」

 

 

 アルベドはそう言って二人に様々な命令を出した。

 あらゆる可能性を考慮しての命令、それを受けた他の二名は迅速に移る。

 執務室に一人残ったアルベドは呟いた。

 

 

「アインズ様は勿論、愚かな私を御許し下さったドモン様にも御迷惑をおかけする訳には行かない……」

 

 

 そして、これ以上問題が起きないよう祈った。

 だが、その願いは一日と経たずに砕かれることを、この時のアルベドは知らない。

 

 




 どうもTackです。今回の話は如何だったでしょうか?
 この話を境に謎の敵の影をちらほらさせていく予定なのでお楽しみに!
 


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第二十八話【シュウジとモーガン~白と黒⑥~】

 

 

 太陽が姿を隠し、周囲を暗闇が支配する時間。城塞都市エ・ランテルに一つのグループが戻ってきた。

 あの後無事に薬草採取を終え、ンフィーレアや漆黒の剣らと共に帰還したドモン達である。

 彼等は冒険者組合の前に着き、事前に話し合っていた通りそこから別行動をとることになった。

 

 

「それではモーガンさん、僕達は薬草を下ろしに先に店に戻ってます」

 

「蒸し返すようですが、本当に我々が手伝わなくても?」

 

「お気遣い有り難う御座います。ですが、ペテルさん達も来て下さいますから。それに……」

 

 

 ンフィーレアがアインズの背後に視線を移し、そこに存在する巨大なものを見た。

 彼の言わんとすることを理解しているアインズは、その言葉に素直に従う。

 

 

「……そうですね。では、我々もコイツ(・・・)の登録が済み次第向かいます」

 

 

 「多く採取出来た分の金額を用意して待ってます」と言って、ンフィーレアはペテル達と共に店へと向かった。

 彼等を見送ったドモン一向は、次に自分達の後ろに控えた巨大なものに視線を移す。

 

 

「多く採取出来たのは某のお陰で御座ろうに……」

 

 

 ぶつぶつと不満を呟く巨大なハムスター。もとい魔獣は、ドモン達の視線に気付き疑問符を浮かべた。

 巨大さに違和感を覚えるものの、首を傾げる姿には愛しいものを感じる。

 

 

「ん? どうかしたで御座るか? シュウジ殿、モーガン殿」

 

 

 この巨大ハムスターこそ、森の賢王と呼ばれている魔獣である。

 別件で森に潜ませていたアウラから、ドモン達がカルネ村にいた時点で既に報告は上がっていた。それらしい存在が洞窟で爆睡していると。

 採取予定の場所からそこまで離れていなかったこともあって、世界統一計画の一環として討伐か屈服させる。それを実行することになった。

 まず、巣で眠っている森の賢王をアウラのスキルによって叩き起こす。

 そこからドモン達が薬草採取をしている場所まで誘導し、その強大な魔獣を皆の見ている前で倒す。

 それが森の賢王を倒す作戦の大まかな流れだった。

 

 だった……と言うと、まるで失敗したかのような言い方だが、作戦自体は成功したのだ。

 只、誘き出した対象のイメージがあまりにも名前とかけ離れていた為当初は信じられず、アインズに至ってはあからさまにテンションが下がってしまう程。

 更に追い打ちとなったのは現地の人間、即ちンフィーレアやペテル達からしてみれば恐ろしい魔獣だというところだ。

 そして、それを倒し服従させたドモン達は正に英雄だと言う。

 

 全体を通したその何とも言えない感じがドモンとアインズの心に影を落としていた。

 決して失敗した訳ではない。只、何となくスッキリしないだけなのだ。

 

 

「何だかなぁ……。ハムスター小突いて英雄気取りってのは……」

 

 

 額に手を当てアインズが軽く頭を振る。

 この時アインズ脳裏には、街についてから今までに至る人々の視線やひそひそ話が思い出されていた。

 

 

――凄い魔獣だ!

 

――持ち主が(カッパー)って嘘だろ!?

 

――実は有名な冒険者なんじゃないか?

 

 

 そう話されている間をアインズは、この魔獣(ハムスター)に騎乗しながら通り抜けて来た。

 自身を一人でメリーゴーランドに乗るおっさん。そう自虐しながら。

 

 

「そういや名前どうするか……。シュウジは何か案はないか?」

 

「俺は何か疲れちまった。お前が決めろよ、モーガン」

 

「ナーベは?」

 

「御随意に」

 

 

 ネーミングセンスのない自分が決めていいものかと思いながら、アインズは魔獣登録の為に冒険者組合に入っていった。

 ナーベラルもアインズを追いかけて組合に入ろうとしたのだが、ドモンが来ていないことに気付き振り向く。

 そこには、ンフィーレア達が歩いていった道を眺めるドモンの姿があった。

 

 

「御兄様?」

 

「ん? あぁ、すまん。今行くよ」

 

「何か気になることでも?」

 

「……少しばかり、嫌な感じの風だなと思ってな」

 

「風……?」

 

 

 ナーベラルが意識を向けると、確かに少しだけ風が吹いていた。魔力や毒も感じない只の風が。

 

 

「気になられるようでしたらお調べしますが?」

 

「……いや、俺の気のせいだろう。モーガンを待たせるのは悪いから早く行こう」

 

 

 ドモンはナーベラルの肩を押して組合のドアをくぐるが、意識は依然としてンフィーレア達の向かった先にあった。

 

 

(この感じはあの時(・・・)と似ている気がする。何事もなければいいが……)

 

 

//※//

 

 

 一方のンフィーレア達は彼の祖母が経営する店に着き、荷車に積まれた薬草を下ろす為に裏口へと回っていた。

 

 

「さぁ皆さん、此方へどうぞ。薬草を運び終えたら冷えた果実水でも御馳走しますね」

 

「有り難う御座います」

 

 

 疲れが顔に出ていたペテルもそれを聞いて表情を明るくする。

 他の面子も果実水に釣られ、俄然やる気になった表情で薬草を運び出す準備に入った。

 その間ンフィーレアは裏口から入り、薬草を積める場所を確認しようと中に入ったのだが。

 

 

「あれ? お婆ちゃん居ないのかな……? 鍵は開いていたのに」

 

 

 てっきり店に居るとばかり思っていた祖母の姿が見当たらず、店のカウンター側に繋がる通路へ行こうとした時、そこから謎の人影が現れる。

 

 

「キャハッ! やっと帰って来た~、お姉さん待ちくたびれちゃったよ~」

 

「えっ!?」

 

 

 人影の正体は黒いフードに身を包む若い女だった。

 猫のような愛くるしい笑みを浮かべながら女はンフィーレアに近付いていく。

 だが、その女から異常な何かを感じたンフィーレアは思わず後退りした。

 

 

「あ、あの。一体、どちら様ですか?」

 

「え……? お知り合いではないんですか?」

 

 

 丁度薬草を運ぼうとしたペテルが扉から顔を出し問い掛けるが、ンフィーレアはその言葉を否定する。

 ペテルが不審に思った時、不意に女が口を開いた。

 

 

「私はねぇ、君を拐いに来たんだよ。ンフィーレア・バレアレ君」

 

 

 笑みを交えながら女が言った言葉に、漆黒の剣は素早く反応しンフィーレアの盾となる。

 その様子を見て女は口角を吊り上げた。まるでこの状況を楽しんでいるかのように。

 人数では自分達の方が上。にもかかわらずそれを苦にしていないかのような余裕。

 その状況にペテルの心を不安と恐れが蝕んでいく。

 この女は自分達を遊び半分で殺せる実力があるのではないか? と。

 そしてその不安、恐れを押し殺すように強い口調で叫ぶ。

 

 

「お前は誰だ! 一体何の目的があって彼を狙っている!」

 

 

 ペテルの怒鳴り声が部屋に響き、それが収まる頃を見計らったかのように女は語りだした。

 

 

「いんやねぇ、簡単に言っちゃうと、あるアイテムをンフィーレア君に使って貰いたいんだよ」

 

「アイテムだと?」

 

「そうだよ~。んでもって、大量のアンデットを呼び出して貰いたいんだ」

 

「なっ!?」

 

 

 余りの恐ろしさにペテル達の表情が固まる。

 女の企みもそうだが、何よりもそんな地獄絵図をとても楽しそうに言う女自体に恐怖を感じた。

 先程感じた不安を確信へと変えたペテルは、自分の直感を信じ仲間の一人に声をかけた。

 

 

「ニニャ! 貴方はンフィーレアさんを連れて逃げて下さい!」

 

「え!?」

 

 

 ペテルが声をかけたのは偶然か、自分達が盾となる為動いた後も恐怖からその場に残ってしまい、逃げ道である扉に一番近い場所にいたニニャだった。

 ペテルは状況を判断し、ンフィーレアを連れてここから逃げるよう言ったのだ。

 

 

「みんなはどうするんですか!?」

 

 

 ニニャの叫びに対するペテル達の答えは足止め。

 それをニニャは否定し一緒に脱出しようと説得を試みるが、ペテル達の意思は固かった。

 

 

「貴方には助け出さなくてはいけない人がいるんでしょう!」

 

「そうだぜ、ガキ連れてさっさと行け!」

 

「ここは我等が死守するのである!」

 

「みんな……くっ!」

 

 

 薄々ニニャも勘づいていた、自分達の敵う

相手ではないことに。出来ることは精々足止め位のものだと。

 ニニャは後ろ髪を引かれる想いを振り切りンフィーレアの手を掴む。

 そして、ンフィーレアを連れて裏口のドアへ駆けた。

 

 

「行きますよ!」

 

「で、でもっ!」

 

「早く!」

 

「そうはいかん……」

 

「「!?」」

 

 

 二人の行く手を遮るように一人の男が現れた。

 いかにも邪悪な魔導士といった風貌で、年もかなりいっているように見える。

 そんな男が逃げ道を塞いだ。

 

 

「クレマンティーヌ! 遊ぶなと言っただろうが!」

 

 

 現れた男は先に現れた女に喝を飛ばす。

 クレマンティーヌと呼ばれた女は何処吹く風、そういった様子でへらへらと笑っていた。

 

 

「いいじゃないカジッちゃ~ん、どうせみんな殺すんだし~。あ、ンフィーレア君は別だよ?」

 

「ひっ!」

 

 

 女の邪な笑みにンフィーレアは声をひきつらせる。

 

 

「まぁ、いっちょやりますか」

 

 

 クレマンティーヌは腰にぶら下げていたスティレットを抜き放つ。

 

 

「少しは楽しませてね?」

 

 

 その言葉を聞いた面々に緊張が走った。

 あの人達はいずれここに来る。それまでは自分達が時間を稼ぐのだと。

 しかし、まだ年若いニニャにこの緊張感は耐え難く、いずれ来るだろう一人の人物の名前だけを考えていた。

 

 

(シュウジさん……!)

 

 

//※//

 

 

「…………!」

 

 

 冒険者組合にて森の賢王の登録を行っていたドモンは、ふと誰かに呼ばれた気がし思わず振り向いた。

 だがそこには誰もおらず、扉を開けて外を見回しても只ひたすら野次馬の海が広がるだけである。

 伝言(メッセージ)の可能性も考えたが、あの独特の感じもなくそれでもない。

 

 

(気の……せいか……?)

 

 

 されどドモンの胸中にはある想いが渦巻き続けていた。

 

 

(ニニャ達に何かあったのか……)

 

 

 そう考えたドモンは彼等の下へと行くことにした。

 虫の知らせで、今この瞬間にも命の危険に晒されているかもしれない。

 そうでないのなら……、皆で笑って流せばいい。

 自分の行動を決めたドモンがアインズに話を伝えようとした時。

 ドモンは目を丸くした。

 

 

「よーしよし、いいぞー。もっとこう、顎を引くようにだな」

 

「こうで御座るか? モーガン殿」

 

 

 森の賢王(ハムスター)にポーズ指定をしながら、その周囲をうろうろしているアインズが飛び込んできたのだ。

 

 

「モーガン? 何やってるんだ?」

 

「ん? あぁ、登録に際して絵が必要らしくてな。描き手を呼ぶのもあれだから自分でやろうとしてる」

 

 

 確かにそんなことを言っていたような気がする。ドモンはそう思った。

 自分の呆けている間に話が進んでいたことに驚きもあったが、それは別にして素直にアインズに話した。

 

 

「悪いが、俺は先にンフィーレアんトコ行くぞ」

 

「ん? そうか?」

 

「あぁ…………それで、俺が描こうか?」

 

 

 ポーズを決めさせた後も一向に描き出さないアインズを見て、ドモンは宝物殿にあるアヴァターラを思い出した。

 

 

「あんまり……得意じゃないんだろ?」

 

「……正直……助かる」

 

「んじゃ、パパッと描いちまうか。えーと……」

 

「拙者、ハムスケという名を頂いたで御座る!」

 

 

 ドモンの視線から察し、元森の賢王は自分の新しい名前を得意気に答えた。

 

 

「そんじゃ、サクっと描くぞ、ハムスケ」

 

「お願いするで御座る、シュウジ殿」

 

 

 それからものの数分でハムスケの全身像を描き、ドモンはすぐに組合を出た。

 

 

「方角はどっちだったか……、こっちか!」

 

 

 魔獣見たさに組合を囲んでいた野次馬達の頭を飛び越え、ドモンは街の闇へと消えていく。

 それから少しして、大きく作られている裏口からハムスケと共にアインズ、そしてナーベラルが姿を現した。

 

 

「それにしてもモーガン様、御兄様は一体どうなされたのでしょうか?」

 

「詳しいことは聞いてないが、何か気になることがあるんじゃないか?」

 

「成程」

 

 

 ナーベラルは納得したようだったが、アインズはドモンの様子が気になっていた。

 本人は既にいない為、直接伝言(メッセージ)を繋ごうとした時、不意に近付いてくる人物に気付く。

 

 

「あんた、もしかして孫と一緒に薬草採取に行った人じゃないかい?」

 

「貴女は?」

 

「リィジー・バレアレと言うんじゃ。ンフィーレアの祖母じゃよ」

 

「あぁ、貴女が」

 

 

 アインズがその老婆リィジーから話を聞いた所によると、知人に用があって一旦店を離れることになったとか。

 そして、その帰りに組合の方がざわついていたので様子を見に来たところ、アインズ達とばったり出会ったのだという。

 

 

「それは残念です。少し前にお孫さんは、他の冒険者と一緒に店に向かいましたよ」

 

「おぉ、今回は早かったんじゃのう」

 

「拙者のお陰で御座るからな!」

 

「な、何じゃ!? 魔獣!?」

 

 

 アインズより少し後ろ、暗がりにいた為リィジーはよく見えていなかったようだが、灯りの届く場所まで身を乗り出して来たハムスケに驚き、危うく腰を抜かしそうになる。

 

 

「拙者、元森の賢王。今はハムスケと言うで御座るよ」

 

 

 えっへんと自慢気に語るハムスケ。

 それを見て、アインズは何でそんなに自慢気なのかと聞きたくなったが、目の前にいる依頼人の関係者を放っておく訳にもいかず話を進めた。

 その結果、向かう先は同じということで共に店に向かうことになった。

 

 

//※//

 

 

 一方、先にンフィーレア達のいる店に向かったドモンは……。

 

 

「何処だ……!」

 

 

 迷っていた。

 勢いよく飛び出したものの、慌てているせいか頭の中の地図と現在位置が噛み合わない。

 自身の悪い予感が元で出てきただけに、今の状況は焦りが増す一方。

 幸いにもハムスケのせいで人だかりが出来ている為、組合の方向は分かる。

 一旦戻るか、伝言(メッセージ)でアインズに街の地理でも聞こうかと考えた時、ドモンの人ならざる鋭敏な嗅覚はある臭いに気付く。

 

 

「これは……血か?」

 

 

 焦燥感も手伝い、目的地から見失いかけていたドモンを嗅覚を刺激したのは血の臭いだった。

 

 

(血? 血の臭いだと? こんな街中で?)

 

 

 確かに、元居た世界よりも物騒な世界だとは理解しているつもりではあった。

 路地裏での流血事など日常茶飯事。そういう世界なのだと。しかし、この世界ではこれが当たり前なのかとの驚きも正直な所あった。

 普通の村人が騎士に殺される世界なのだから普通のことなのだろう、ドモンはそう割りきってその臭いを無視しようと思ったのだが、つい足がその方向へと向いてしまう。

 妙に気になってしまったのだ。

 

 

(マズい……、嫌な予感が強くなってきた)

 

 

 ドモンは近場の家屋の上に飛び乗り、そこからその臭いの場所を突き止めようとする。

 

 

(……こっちか)

 

 

 そのまま屋根伝いで大体のあたりをつけた場所へと急ぐ。

 そして、目的の場所へと降り立った。

 

 

「ここは……!」

 

 

 鼓動が早まる。今にも心臓が飛び出そうとする錯覚すら覚えた。

 ドモンが辿り着いた場所は、ンフィーレア達が先に向かった店だった。

 先に確認だけは済ませてあるので見間違えることはない。

 

 

「冗談……だろ」

 

 

 扉を開けようとするが、鍵がかかっていて開かない。

 焦る気持ちを抑え、裏口を探した。

 手持ちのアイテムで開けることも出来るが、勿体無いと感じたことと、表ではなく裏の方が臭いが強いことに気付いたからだ。

 店の裏手に回ると、そこには台車に繋がれた一頭の馬がいた。

 台車を確認し、ンフィーレアの連れていた馬だと断定すると、裏口の方に目をやった。

 

 

「開いている……。これは、足跡か?」

 

 

 半開きになった扉から二人分と思われる足跡を発見する。

 野伏(レンジャー)のスキルで見えたものだ。そして何故か、一つだけ妙に足跡が深いようにも見える。

 何者かは分からないが、何かしらこの臭いに関係する者だろう。

 このことに記憶でメモを作り、それから裏口の扉を開く。

 ドモンは意を決し扉の中を覗いた。

 次の瞬間、ドモンは自分の想像した最悪の場面に出くわすことになってしまう。

 

 

「お前達!」

 

 

 ドモンの目に倒れ伏すペテル、ルクルット、ダインの三人が飛び込む。

 

 

「おいっ! しっかり……!」

 

 

 安否の確認をしようとしたドモンだったが、身体に触れようとした手を引く。

 彼等は既に事切れていた。よく見ると、三人とも額に小さな穴が空き、そこから出血していた。

 

 

「刺突武器の類いか……」

 

 

 立ち上がり、ンフィーレアとニニャを探そうとし、予想していたものを目の当たりにする。

 

 

「ニニャ……、お前もか……」

 

 

 小さく呟くドモンの前で、ニニャは壁にもたれ掛かった状態でいた。

 ありとあらゆる箇所が出血し、無数の打撲痕。

 ドモンは骨折しているのも見逃さなかった。

 

 

「これは単純に殺されただけじゃない。これじゃあまるで――」

 

 

 ――拷問ではないか。ドモンがそう思った時。

 

 

「…………だ……れ」

 

「ニニャ!?」

 

 

 驚くことに、先の三人よりも酷い有り様だったニニャは辛うじて息があった。

 

 

「俺だ! シュウジだ!」

 

 

 慌てて身体を屈め、ニニャに触れる。

 そこが調度骨折箇所だったようで、ニニャから小さな悲鳴が上がる。

 

 

「す、すまん! ……ニニャ、教えてくれ。何があった? 誰がやった?」

 

「女の……剣……士。それ……と、マジ……キャ……タ」

 

「女剣士と魔法詠唱者(マジックキャスター)だな? ンフィーレアもそいつらに?」

 

 

 小さく、とても小さくニニャは肯定した。

 感知スキルで建物内に生体反応がなかった為、ンフィーレアは拉致されたと考えていたのだ。

 それから相手のその他の特徴を聞こうとしたドモンだったが、ニニャの様子から死期が近いことを悟る。

 

 

「何か……言い残すことはあるか?」

 

 

 最低の言葉だ。ドモンは自分に嫌悪感を抱く。

 他に言葉が思いつかなった。それだけではない。

 先程まであれほど無事を祈っていたニニャを、情報を聞いたから問題はないと、一瞬でも思ってしまったことに。

 

 

(異形の部分が精神に影響してるってことか……。俺は一体どうしたいんだ……。助けるのか、それとも見捨てるのか)

 

 

 ニニャからの反応を待つ間、ドモンは思考を加速させありとあらゆる情報を加味し、やがて結論に至る。

 

 

(彼は、ニニャは睦心(むつみ)ちゃんじゃない。……俺達の功績を広める役も一応ハムスケがこなしてくれている。可哀想だが……、見捨てよう)

 

 

 ドモンがそんなことを思っていると、ニニャが言葉を発した。それはドモンの心に揺らぎを与える。

 

 

「姉さ……ん」

 

「姉さん?」

 

 

 心臓が跳ね上がった気がした。

 まさか、この少年にも義妹と同じく姉がいたとは。

 続きを待ったが、ニニャは動きを止めた。

 ニニャの鼓動が止まりかけている。そう捉えたドモンは、直に来るであろうアインズにどの様に説明するかを考えた。

 そこで、あることに気付く。

 

 

(ペテル達のプレートがなくなっている…………。戦利品だとでも言うのか、糞が……!)

 

 

 己の中にドス黒い感情がうねり始めたのを自覚しながら、もう一つのことに気付く。

 

 

「ニニャ……、お前は女だったのか」

 

 

 先程は慌てて気付かなかったが、よく見ればニニャの服がはだけており、胸の部分に小さな膨らみとさらしが見えていた。

 記憶の中にあるルクルットが話していたこと。

 女がいると揉める。その為に目の前の少女は素性を隠していた。

 恐らく、今言っていた姉に関係することなのかもしれない。

 

 そんなことを思いながらも、何かンフィーレアの連れ去られた先に繋がるものはないかと付近を見ていた時。

 ニニャの傍らに転がるポーチからはみ出す、一冊の本をドモンは見つけた。

 

 

「これは……」

 

 

 自身のスキルで文字を解読しながらある程度読み進む。それはニニャの日記だった。

 彼、ではなく彼女のニニャは、貴族に連れ去られた姉を探す為に冒険者になったということが分かった。

 ざっと目を通し、静かに日記を閉じる。

 女だと分かり、揺らぎが大きくなっていく自分に喝を入れ、ドモンは立ち上がった。

 ンフィーレアが拐われたこと、ペテル達(漆黒の剣)が皆殺しにされたことを、アインズに伝言(メッセージ)で伝えようとしていると。

 ニニャが動くのを感じた。

 何か伝えることがあるのかと膝を折ると、ニニャは折れた腕でドモンに向かって手を伸ばした。

 それをドモンが優しく取ると、ニニャはぐちゃぐちゃになった顔で笑った。

 打撲のせいで瞼は腫れ上がり、もう片方の目に至っては眼球が潰されている。

 凄惨以外の何者でもない顔で彼女は笑いながら言った。

 

 

「お、姉…………ち……ゃん、そこ……いた……だね。逢い…………った」

 

 

 そこまで言うと、手に込められていた僅かな力すら消え失せ、今度こそニニャの命は尽きた。

 ニニャの手をそっと戻し、暫く固まったドモンは突然顔に手を当て泣き出した。

 

 

「俺は……! 結局救えないのか!? 村人は救えても、この娘は救えないのか!?」

 

 

 都合がいいのは分かっている。男ではなく女、しかも姉を持つ妹。それだけのこと。

 そんな娘が今、目の前で己の人生に幕を下ろした。

 

 違う。下ろすしかなかった。

 強者から一方的に蹂躙され、なぶられ、そして殺された。

 全ては身体に刻まれた傷が物語っている。

 ペテル達は額に一突き、しかしニニャは全身酷い有り様。

 これを見れば一目瞭然だ。

 

 

――私はね、お姉ちゃんがだーい好き! だから、浮気なんかしたらエイ兄ちゃんでも許さないよ!

 

 

 自分が元居た世界で婚約した時、義妹となった少女に言われた言葉だ。

 その言葉が脳裏に浮かんだのは、自分がこの娘を助けたいと思っているから。そう確信した。

 

 

「……すいません、アインズさん」

 

 

 ドモンは超位魔法を唱え、目の前で息絶えた少女を蘇生させた。

 重傷を通り越した身体はみるみる内に傷が癒えていく。折れた骨は復元され、千切れた筋繊維は繋がり、眼球は元通りになり、全身の打撲痕も消えた。

 ドモンの超位魔法が役割を終え光を失うと、ニニャの瞼がゆっくりと開いた。

 

 

「あ……れ……?」

 

「大丈夫か、ニニャ」

 

「シュウジ……さん?」

 

「そうだ、シュウジだ」

 

 

 キョトンとした目で自分を見詰めるニニャを、ドモンは無言でそっと抱き締めた。

 それをどう受け取ったのか、ニニャは赤面しながらも受け入れた。

 

 

「すまなかった。遅れてすまなかった」

 

 

 嗚咽混じりに自分に謝るドモンを見て、ニニャはどうしてこうなったのか記憶を遡り始める。

 やがて、惨劇の場面に行き当たり、周囲を慌てて見回す。

 

 

「シュウジさん! ンフィーレアさんは!?」

 

「恐らく連れ去られた。周囲に隠れている気配もないし、何より妙な足跡があった」

 

「足跡?」

 

「あぁ。それで、そのことで確認したいんだが、お前が会ったという女剣士と魔法詠唱者(マジックキャスター)。そのどちらかは体格が良かったりしたか? 若しくは、重装備だったとか」

 

「い、いえ。女剣士はマントをしていてはっきりとは分かりませんが、お腹の部分とか出ていたと思います。魔法詠唱者(マジックキャスター)、何か不気味なアンデッドみたいな男もそんな風には……」

 

 

 ニニャの詳しい説明を聞いてドモンは確信する。

 この裏口の扉の前、そこから見えた二組の足跡。

 その二人の内のどちらかがンフィーレアを担いで逃げたのだ。それならばあの足跡にも納得がいく。

 ドモンが逃げた先を調べるのはどのタイミングにするか迷っていると、ニニャが大きな声を出した。

 何事かと振り向くと、ニニャが他の三人の遺体の前で涙を流していた。

 

 

「そんな……、なんで僕だけ……。また、一人ぼっちになったのか」

 

 

 ペテル達の遺体の前で泣くニニャを見て、ドモンは半分やけくそ、半分善意からニニャに話を持ちかける。

 

 

「ニニャ、こいつらにもう一度逢いたいか?」

 

「え?」

 

「もう一度逢いたいかと聞いてる」

 

 

 その言葉の意味が飲み込めず、ニニャは呆然とするが、やがて目に強い光を宿し答える。

 

 

「逢いたい、逢いたいです!」

 

 

 自分でもよく分からないことを言っている。それはニニャ自身理解していた。が、それでも言うべきだと直感したのだ。

 そうか、とドモンは手持ちのアイテムから一つの短杖(ワンド)を取り出す。

 

 

「それは?」

 

「これは……、とある御方から貸し与えて頂いたものだ。これを使ってペテル達を蘇生させることが出来るかもしれない」

 

「そ、そんなことが出来るんですか!?」

 

「確実ではないがな、あくまで可能性の話だ」

 

 

 ニニャはドモンに泣きながらすがり付いた。

 

 

「それでも! それでもお願いします!」

 

「分かった。……それと、こいつらを蘇生させるにあたって条件がある」

 

「じょ、条件?」

 

「そうだ。しかも、その条件は蘇生しようがしまいが関係なしだ。要するに取引をしようってことだ」

 

 

 ニニャが喉を鳴らした。

 条件自体は不明だが、持ち掛けられた話は願ってもないものである。

 本来、死者の蘇生を行える人物は希少であり、極僅かという言葉が生易しく聞こえる程である。

 おまけに、よしんば蘇生魔法を行使することの出来る人物に接触出来たとしても、待っているのは法外な代償である。

 ある目的を果たす為に情報を集めていた時、彼女が聞いた話だ。

 ニニャは一瞬視線を落とし迷ったが、ペテル達の亡骸を見た後で決意の表情を見せる。

 

 

「はい! お願いします!」

 

「条件も聞かずに話に乗るとはな、度胸がいいのか無謀なのか。……よし、蘇生を試みよう」

 

「有難う御座います!」

 

 

 ニニャが勢いよく頭を下げる。

 ドモンはその綺麗な姿勢に彼女の想いの強さを垣間見た気がした。

 

 

「ではペテル達を蘇生させる条件だが……」

 

 

 ドモンが雰囲気を出しながら切り出し、ニニャは一筋の汗を流しながら喉を鳴らす。

 どんな無理難題を押し付けられるのだろうか。いや、命にかかわることを求められるかもしれない。

 短い付き合いではあるが、少しは目の前の人物の人柄は見てきたつもり。

 だからこそ非道なことは言わない人物だとは思っている。しかしながら、ニニャは胸の内の不安を拭い去ることが出来なかった。

 

 

「俺が出す条件は、これから行うことについて他言無用、質問も受け付けない。以上だ」

 

「………………え?」

 

 

 ニニャは目を丸くしながら抜けた声を出す。それを気にも留めず、ドモンは言葉を続けた。

 

 

「その代わり、俺はペテル達を蘇生させ、ついでにお前の身体の秘密も胸の内に秘めておく。どうだ?」

 

 

 そこでニニャは、自分の胸元がはだけていることにやっと気付いた。

 慌ててそれを隠しながら、ハッとしてドモンを見た。

 ドモンが提示した条件があまりにもおかしい。条件として形を成していないとニニャは思った。

 確かに無理難題を突き付けられることはないとは思った。しかし、これでは逆に不気味だ。

 何か意図があるのではと流石に疑ってしまう程である。

 

 

「……そ、それは、シュウジさんに何の得が?」

 

 

 ニニャは少しでも意図を探るべく言葉を絞り出す。

 正しい回答が返ってくるとは思わなかったが、それでも言わなければいけない。それがニニャの考えだった。

 

 

「得? そんなモンはねぇよ」

 

「え? それじゃあ……」

 

 

 ニニャは言葉を続けようとするが、ドモンはそれを無視してペテル達の遺体の所へと向かう。

 

 

「うだうだ言ってると死体が腐っちまうぞ。どうするか早く決めろ」

 

「あ……。お、お願いします!」

 

 

 ニニャは咄嗟に条件を受け入れてしまう。裏にどんな考えが張り巡らされているか分からない条件を。

 実際の所、ドモンには裏などなかった。

 只純粋にニニャを救いたかっただけであり、ペテル達も出来れば助けてやりたいと思っているだけだ。

 アインズに話す時は重症だった所を助けた。そう話せばいいと考えていた。

 

 ドモンは短杖(ワンド)を、蘇生効果を持つ蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)を持ったままペテル達の遺体の前に立つ。

 スキルで確認してある為レベル的に大丈夫だとは思いつつ、もしもの場合はどう対処すべきだろうか。少し怯えながらもそれらしい言葉と共に短杖(ワンド)を振る。

 結果として、見事三人は息を吹き返した。

 三者三様の反応……という訳ではなく、皆が同じく何故自分が無事なのか不思議というものだった。

 ニニャは三人に駆け寄り涙を流す。ドモンはそれを見て彼等の絆の深さを改めて認識した。

 それから話を合わせたニニャと共に説明をし、半ば無理矢理に納得させた三人にドモンはこれからのことについて話をしようとした。その時。

 

 

「お、おい! 一体何じゃ!」

 

 

 聞き慣れない人物の声と共に聞き慣れた男の声が聞こえた。

 

 

「ナーベ、その人物を守れ」

 

「畏まりました」

 

 

 どう伝えたものかなと考え、ドモンはこれからのことについて頭を痛めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 大変お待たせしました。Tackです。
 年内にもう一話上げたいと思ってたのにこの投稿日ですよ。嫌になるorz
 今年中にもう一話出来るか怪しいので先にご挨拶を。
 皆様、来年も宜しくお願い致します。
 


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第二十九話【シュウジとモーガン~白と黒⑦~】

 色々とありまして大変遅くなりました。
 二度と自動投稿はやらん。


 

 ドモンの手によってペテル達が息を吹き返し、そのことについて嘘の説明をした直後、店にアインズ達が遅れて到着した。

 ドモンは彼等に何が起こったかの説明を手短に行う。

 それを聞いたリィジーは孫が拐われたという事実に一時取り乱すが、自分達ならば救い出せると断言したドモン達の言葉を聞き、多少の落ち着きを取り戻す。

 それから少しの間を空け、リィジーは改めて依頼をすることになった。

 

 

「……よし、雇おう! (カッパー)の冒険者ではあるが、森の賢王を屈服させたお主達なら……」

 

「それは構わないが、我々は高いですよ?」

 

 

 僅かに凄みを聞かせたアインズの言葉にリィジーは一瞬躊躇うが、孫の命には代えられんと返事をする。

 だが、報酬が自身の持つ全てだと言われ、驚愕と共に不信感を募らせた。

 

 

「全てじゃと!? まさか、お主らは悪魔だとでも言うのか!!」

 

「悪魔……か。部下には山ほどいるな」

 

「ま、まさか本当に!?」

 

 

 皮肉を言ったつもりが、それが正しいとしか聞こえないアインズの返答。

 脚本の為とは言え、あまり悪い雰囲気で進めるのは不味いと考えたドモンは、アインズにカルネ村での流れに持っていくよう促す。

 それから、アインズはドモンと共にンフィーレアに行った時と同じように元の姿を見せ、脚本通りの説明を行った。

 

 

「まさか、悪魔ではなく神だと……。それに、大いなる闇とは……、にわかには信じられん」

 

「信じる信じないはお前の自由だ。……もっとも、お前の孫は既に我等の下に来る手筈になっているがな」

 

 

 アインズ達への不信感がリィジーの心を揺らがせる。それでも、聞いた話が本当であるならば、目の前にいる者達以上に孫を救える存在は居ないとも感じていた。

 リィジーは念を押すように聞く。

 

 

「……孫を、ンフィーレアを必ず救えるのですな? 例え──」

 

「愚問」

 

 

 続けざまに言葉を発しようとしたリィジーを、アインズは一言で黙らせた。

 

 

「……ならば、お願い致します。どうかあの子を救って下さいませ」

 

「お前の願い、聞き届けよう」

 

 

 こうして、アインズ達はンフィーレア救出を行うことになった。

 まずアインズは、リィジーを合流した時点で店の前に待機させていたペテル達の下へ行かせ、ナーベラルも護衛の意味で同行させる。

 部屋にはドモンとアインズだけが残される形となった。

 そこでアインズが妙なことを言い出す。「リングを展開して欲しい」、と。

 ドモンはその言葉の意味を何となくだが理解しており、黙したままリングを展開する。

 薬草や大小様々な瓶が置かれた部屋が溶けるように姿を変え、岩と砂のみの荒野となる。

 アインズはその様子を見ながら大きく溜息一つ、心に小さな火を灯しながらある質問をした。

 

 

「……なんで、あんなことを?」

 

「……なんのことですか?」

 

 

 ドモンはアインズの質問に対してシラを切った。当然、何に対しての質問かは予想がついている上での返答。

 アインズの心に灯っている火が少しだけ大きくなった。

 

 

「俺が気付かないとでも? ここに来る途中で見たんですよ、超位魔法を発動した時のものらしき光を」

 

「……それで?」

 

 

 徐々に大きくなっていく火を抑えながらアインズは会話を続ける。

 

 

彼等(漆黒の剣)は一度死んでいますね?」

 

「……違います。死ぬ寸前でした」

 

「もう少しまともな嘘を吐きましょうよ。あの部屋の惨状を見た上で言ってるんですよ? 信じられる訳がないでしょう」

 

 

 そこでドモンは、自らの失態にようやく気付いた。惨劇の現場となった部屋の後処理を怠っていたことに。

 一突きで絶命した三人とは違い、ニニャは拷問に近いものを受けていた。結果として、部屋の一角には夥しい量の血痕が付着していたのだ。

 激しい動揺から、そんなことを見逃してしまっていた。 

 

 

「……すっかり忘れてましたよ。後処理をすることを」

 

「例え生きていたとしても、あの光の説明がつきませんからね。貴方が使用出来る超位魔法は『救済』しかない筈ですから」

 

 

 ユグドラシルでは通常、その条件から超位魔法を複数習得することが可能。しかし、ドモンが使用出来るのは使い勝手の悪い『救済』のみであった。

 当初これを知った他のメンバー達は、ドモンのためと言って様々な方法で超位魔法の獲得を目指したのだが、結局新しい超位魔法を得るには至らなかった。

 アインズにとって、ドモンの力になれなかったという苦い記憶の一つである。

 

 

「俺が……、他に使えるものがあるのをギルドのみんなに黙っているとは考えなかったんですか?」

 

「……そんな人ではないと思っています。俺も、きっと他のみんなも」

 

 

 喋り方自体は穏便だが、アインズの語気は強いままだ。その証拠に、兜のスリットから突き刺ささらんばかりの眼光が顔を覗かせており、それはドモンに向けられている。

 互いに無言になり、空気が張りつめて破裂しそうだと錯覚しそうになった頃、アインズは溜め息混じりにもう一度同じ質問をした。

 

 

「……もう一度だけ聞きます。何故、あんなことを?」

 

 

 ドモンは俯き、ギュッと拳を握り締め、それを震わせながら言った。

 

 

「……耐えられなかったんです。……義妹(いもうと)と同じ顔をした子が死ぬのが、耐えられなかったんです!」

 

 

 もう隠せないということを悟り、やけになったようにドモンは叫ぶ。

 

 

「……例え別人だったとしてもですか?」

 

「そうだ! 例え別人だったとしても! 他人の空似だと分かっていてもだ!」

 

 

 ドモンは叫び続けた。胸中に渦巻く感情は、思い出したくもない過去のことまでも吐露させていく。

 あの忌まわしい日のことさえも

 

 

「あの時! 俺が、俺が旅行なんて勧めなきゃみんなは! みんなは……!」

 

 

 嗚咽を隠そうともせず泣き、ドモンは膝から崩れ落ちた。

 周囲にすすり泣く音だけが響く。

 

 

「ドモンさん……」

 

 

 ドモンが家族を失った時のことを話しているのだと分かり、アインズはそれ以上話すのを止めた。

 アインズがしたいのはドモンの心の傷を抉ることではないのだから。

 

 

「ドモンさん……、それは話さなくてもいいです。それに、俺が言いたいのはそういうことじゃないんです」

 

 

 アインズの言葉が意外だったドモンは、涙をそのままに思わずアインズの顔を見てしまう。

 

 

「……俺が勝手に蘇生させたことを怒ってるんじゃないんですか?」

 

「それは勿論怒っていますよ。今後どう転ぶか分かりませんし」

 

「なら一体……」

 

 

 ドモンは本気で訳が分からなかった。

 てっきり罵声を浴びせられた上で行動の制限、最悪ナザリックへの隔離までも考えてしまっていたのだから。

 目の前にいる人物がそんなことをする筈がない。そう思っていながらも浮かんでしまった最悪の結末。

 だが、その人物からはそういった類の話をする気配はなく、寧ろ力になりたいという気持ちすら感じ取れた。

 その証拠に、先程までの強い気配が嘘のように穏やかになっていた。

 

 

「ドモンさん、俺はね? 彼等を蘇生させること自体は怒ってないんですよ。正直に言うと、俺も出来る状況なら同じことをしてたと思います。彼等のことは割と気に入ってますから」

 

 

 ドモンはアインズの言葉をただ黙って聞いた。彼等(ペテル達)を助けたいという言葉に、アインズの嘘偽りのない気持ちがこもっている気がしたからだ。

 それだけに、何故彼が怒っているのかを確認しなくてはならないと思った。

 

 

「俺が怒っているのは、相談も何もなしに勝手な行動をとったことなんです。俺も人のことは言えないと思いますが、今回のことは流石に不味いですよ」

 

「それは……」

 

「俺……、そんなに信用ないですか?」

 

 

 ドモンは胸を貫かれる感覚を覚えた。

 そんなことはない。その一言が出なかった。

 自分の行動は衝動的なものだったとは言え、結果としてアインズを信用していないことと同義だと思ってしまった。

 信用しているのならば、あの時伝言(メッセージ)を送れば良かったのだ。そして、今も嘘を言わなければ良かっただけなのだ。

 あれだけ信頼しているように振る舞っておきながら、実際には正反対の行動をしてしまっていた。

 

 

「すい……ませんでした」

 

 

 ドモンの目に一度引いた涙が再び滲みだし、同時に罪悪感が彼の心を突き刺す。

 腹が立った。結果として(アインズ)を信用していない行動をした自分の愚かしさに。

 

 

「すい……ませんでした、アインズさん。すいませんでした」

 

 

 ドモンは頭を地面に擦り付けながら非礼を詫びた。

 もう二度とこのようなことはしないという誓いと共に。

 

 

「約束ですよ? 別に俺だって鬼じゃない。今回のことだって、相談さえしてくれていればもっと上手くやれた筈でしょうし」

 

「はい……、頼りにさせて貰います」

 

 

 ドモンは滲んだ涙を拭いながら笑顔で言った。そして、アインズに一つの頼みごとをする。

 

 

「俺を思いっきり殴って下さい」

 

「はい? なんでそんな──」

 

「俺の気が済まないんです」

 

 

 ドモンがアインズに頼んだのはけじめ。

 熱の籠った言葉に気圧されながらも、アインズはそれを承諾した。

 

 アインズは自身を戦士化させる魔法、『完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)』を発動し、大きく振りかぶる。

 

 

「思いっきりいきますよ?」

 

 

 アインズが確認をし、ドモンはそれに頷きで返答する。

 それを合図に全力で放たれた拳は、辺りに凄まじい轟音を鳴り響かせた。

 

 

 

//※//

 

 

 

 「いてて……」

 

 

 リングが開き、中から頬をさするドモンと、申し訳なさそうにしたアインズが現れる。

 

 

「あ~、大丈夫ですか?」

 

「いやぁ、効きましたよ。アインズさんの渾身の一撃」

 

 

 ドモンが冗談交じりに言うとアインズは本気で焦り始める。全身鎧(フルプレート)の大男がワタワタとしている様はかなりシュールだ。

 

 

「だ、だって、まさかドモンさんが何のスキルも使わず受けるなんて思わなくて」

 

 

 そんなアインズに、ドモンは笑いながら気にしないで下さいと言った。

 その調子で軽い漫才のようなやり取りを繰り返した後、二人は本題へと話を戻した。

 

 

「さて、ドモンさん。そろそろ犯人の居所を探りましょう」

 

「そのことなんですが、ペテル達のプレートがなくなっていたので、まずはそれをもとにして探すのはどうですかね」

 

「プレートが? ……分かりました。では、ナーベラルに方法を教えてやりたいので呼んでも構わないでしょうか?」

 

「分かりました、なら俺が呼んできます」

 

「お願いします。それと、外で待機させている四人も店の中についでに呼んできて下さい。無論、この部屋の中は駄目ですが」

 

「やり方は企業秘密とでも言えば彼等も納得するでしょうからね」

 

「ですね」

 

 

 そこまで話し、ドモンとアインズは各々行動に移った。

 アインズはドモンを待つ間敵の居所を探る用意をし始める。懐から一見何の変哲も無い皮袋を取り出し、その中から多量の巻物(スクロール)をテーブルの上に広げていく。

 

 この皮袋の名は無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)。──無限。とは名ばかりの、500キロの容量制限のあるアイテムだ。

 制限があるとはいえショートカット登録が可能であり、かなりの物が詰め込めるので数多のプレイヤーが愛用していた。アインズやドモンもその一員である。

 特にアインズは今の状態(鎧姿)では魔法が使えないので、特定の魔法が込められた指輪や巻物(スクロール)が必要になる。故に、ユグドラシル時代以上にこのアイテムが必要不可欠となっていた。

 

 

「よし、こんなところ……か。ん?」

 

 

 アインズが今回使用するであろう巻物(スクロール)を出し終えた頃、部屋の扉をノックする音、続けてドモンの声が聞こえた。

 

 

「ド──、シュウジか? 入ってくれ」

 

 

 下手をすると別人の可能性をがあるのを失念し、危うく本名(?)で呼びそうになったアインズが何とか言葉を修正。その後役名で言葉を発すると、扉が軋む音が鳴り、ドモンとその後ろにいたナーベラルが入室する。

 

 

「彼等は納得しましたか?」

 

「ええ、手の内は簡単に明かせないという理由でね。それと念のため、影の悪魔(シャドウデーモン)達の間隔も狭めて防衛ラインも変えておきました」

 

「流石ですね。ありがとうございます」

 

「いえいえ」

 

 

 時間も大してないだろうということで彼等は早々に本題へと入る。

 

 

「ではナーベ、まずはこれらを見よ」

 

 

 そう言ってアインズが指差した先をナーベラルが見ると、テーブルの半分近くを埋める量の巻物(スクロール)があった。

 

 

「これは……?」

 

「ンフィーレアを連れ去った奴らの居場所を探るために必要な巻物(スクロール)だ」

 

 

 それから一通りの説明を行い、アインズ主導のもとで敵の探査が開始された。

 その最中、ドモンは伝言(メッセージ)でアインズに話しかける。

 

 

《懐かしいですね、この方法》

 

《ん? ぷにっと萌えさんの『誰でも楽々PK術』ですか?》

 

《ええ、俺は暫くゲームから離れてましたからね。まぁ、その頃にはあまりこの方法を使う機会も少なくなってましたが》

 

 

 ゲームから離れていた理由を知っているアインズは沈黙するが、ドモンは気にしていないという意味合いを含め言葉を続けた。

 

 

《でも、まさかこの方法をNPCに教える日が来ようとは……》

 

 

 アインズに教えられながら巻物(スクロール)を使用していくナーベラルを見ながら、ドモンは物思いにふけるように呟く。

 そんな会話を続けていると、ナーベラルが発動した魔法で目当ての存在を見付けることが出来た。

 魔力によって中空に出現した画面には、シースルーの衣装に身を包み、妙な冠を着用したンフィーレアが映し出された。意識があるようには見えず、目からは多量の血を流していた。

 そしてその周囲には骸骨(スケルトン)を中心にした低位のアンデッド集団。

 だが、その映像には下手人らしき存在が映ってはおらず、ドモンとアインズは疑問符を浮かべる。

 

 

「ふむ、これ以上向こうに悟られずに覗くには時間が必要か」

 

「アインズさん、もう直接向かった方が早そうですね」

 

「ええ、そのようです。──しかし」

 

 

 アインズは今尚映し出されたままの映像を見ながら呟いた。

 

 

「低級アンデッドの群れか……、正直面倒だな」

 

 

 単純に面倒臭いといった意味で、アインズは未だ原理不明な溜め息を吐く。

 

 

「アインズさん、アンデッドの大群が既に召喚されてるってことは……」

 

「ニニャの話の通りならあまり時間もない……、ってことですね。これ以上探るのも時間の無駄でしょうから、そろそろ行きますか」

 

 

 その言葉にドモンとナーベラルが頷き、三人は部屋の外に待機させている者達を呼んだ。

 

 

//※//

 

 

「な、なんじゃと!?」

 

 

 狭い部屋の中にリィジーの悲痛な叫びが木霊する。

 今ドモン達は、外で待たせていたリィジーとペテル達を呼び戻し、ンフィーレアの居場所や敵の戦力などを説明していたところだ。

 ニニャがショックのあまり倒れそうになるリィジーを支えながら問い掛ける。

 

 

「僕達にも何か手伝えることはありませんか?」

 

 

 本来ならば自分達も一緒に行くという方が聞こえのいい場面だが、ニニャは勿論のこと、他のメンバー達にもそれを口に出そうという気配は見受けられなかった

 理由は明白。自分達では足手まといになると分かっているからだ。

 

 

「ニニャさん……」

 

「ニニャ……」

 

 

 だが、それでも何か力になりたいという想いを彼等の瞳が物語る。そして、他の三人も続くようにドモン達に懇願してきた。

 

 

「私からもお願いします。何か力になりたいのです!」

 

「ドモンさんには死にかけてた所を助けて貰った恩があるからな。そう簡単に返せるとは思っちゃいないが、ここで何もしないのは人として駄目っしょ?」

 

「ルクルットの言う通りである。是非、我々にも手助けをさせて欲しいのである!」

 

 

 自分達の命を繋ぎ止めるため、秘薬中の秘薬を使用したというドモンの説明を信じている三名は懇願する。

 元よりドモン達には彼等に任せたい仕事があった。それはリィジーの護衛とスピーカー役だ。

 

 これはどういうことかというと、まず前提として今回の騒動だが、素人目から見ても深刻な事態を引き起こすだろうというのがドモンとアインズの共通見解だ。

 ならばその騒動を迅速に被害も出さず、かつ少人数で収束させれば高い評価が得られるだろう。

 そしてそのためには、まだ表沙汰になっていないこの騒動を騒動足らしめることが必要になってくる。

 つまり組合への報告と援護要請だ(援護要請は名ばかりのものだが)。

 それにはこの街での著名人たるリィジーと、犯人達と遭遇し、命を落としかけた者達の必死な言葉が武器になると考えたのだ。何より共に行動させれば万が一の保険にもなる。

 それが護衛とスピーカー役ということだ。

 

 しかし、ドモンとアインズは蘇生によるペナルティのことで不安を拭い去れずにいた。

 純粋にペテル達の安全。そしてリィジーの護衛失敗という最悪の結末だ。

 言わずもがな、リィジーが組合に到着出来なければこの作戦は完全に頓挫する。それだけは決してあってはならない。

 折角のチャンスは無駄には出来ないのだ。

 ドモン達は暫し考えたのち、リィジーとペテル達を最初に考えた通りに動いて貰うことにした。

 不安要素が完全に消え去った訳ではないが、時間がないことと、影の悪魔(シャドウデーモン)を護衛につけること(本末転倒な気がするが)。そして何より、彼等の気持ちを汲んでやりたいということだった。

 

 

「ではリィジーさん、お願いします」

 

「分かりま──、分かった。組合にこのことを伝え、墓地から溢れ出すかもしれんアンデッドの対処を頼むんじゃな?」

 

「その通りだぜバァさん。その間に俺らはンフィーレアを助けに行く」

 

 

 そう言って、ドモン達が扉に向かおうとした時。

 リィジーからある質問が投げ掛けられた。

 

 

「待て! 御主達、アンデッドが蠢く墓地をどうやって進むつもりじゃ!? 手段はあるのか!?」

 

 

 まだ心の何処かに不信感の残るリィジー、その考えを残してしまっているが故の言葉だった。

 それを聞いたドモンとアインズはフッと鼻で笑った後、ドモンは右拳を突き出し、アインズは背負った大剣を指し示しながら言った。

 

 

「「ここにあるだろ?」」

 

 




 今回もかなり駆け足で話を進めたので心理描写、話の説得力などに欠けるとは思いますが、これからも宜しくお願いします。

P.S
 抜けていた台詞を足しました。


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第三十話【シュウジとモーガン~白と黒⑧~】

 御無沙汰しております。
 昨晩、話の通じない恐怖公の眷属と二時間近くの死闘を繰り広げ、ギリギリで討ち果たすことの出来たTackです。
 最近、家の方で重大なトラブルに見舞われ、更新が大変遅くなってしまったことを謝罪致します。
 余り長くなるのは好まないので、取り敢えず挨拶はここまでで本編をどうぞ。


 

 

 大量のアンデッドが蠢くエ・ランテル共同墓地。そこに突如、直径十メートル以上はあろうかという竜巻が発生した。

 それは、周囲にひしめくアンデッド達を次々と飲み込み、自身の持つ凄まじい風圧をもって咬み砕いていく。

 やがて、付近にいたアンデッドを全て残骸にし、その竜巻は次なる獲物を求め移動を開始する。

 西に東、北へ南へと竜巻は動き回り、とうとう付近にいたアンデッドは駆逐された。

 すると、仕事を終えたとばかりに竜巻の勢いが弱まっていき、やがて完全に消滅する。

 代わりにその中から、竜巻を生み出した張本人が現れた。

 

 

「っとと。……うーん、連続使用はまだ無理か。この間と一緒で足元がふらつく」

 

 

 ユグドラシル時代にはなかった技後硬直、という名のふらつきを堪えながら、ドモンは自身の修業不足を嘆いた。

 本来ならば周囲に甚大な被害を及ぼす筈であったアンデッドの群れ。それをいとも容易く片付けてしまった当人の口から出たのは、技の練度が低いという感想のみ。

 いくらモンスターとは言え、いささか不憫である。

 

 

「さて、そろそろアインズさん達が来てもいいと思うんだが……」

 

 

 軽く屈伸をし、後方にある門の方角を見ながらドモンが呟く。

 すると丁度そこにアインズ、その後ろからナーベラルとハムスケが現れた。

 

 

「さっきのは凄かったなシュウジ。お陰で楽に進めたよ」

 

「まだまだ未完成だけどな」

 

「あれでか?」

 

「あぁ、見た目が派手なだけさ。まだまだ精進せねば……、そんな感じだな」

 

「難しいもんなんだなぁ」

 

 

 演技か、それとも知らずの内か、ドモンはアインズの言葉の端々に、ユグドラシル時代(かつて)を思い出させるものがあることに気付く。

 親しい友人と楽しく会話をしている。そういう類いの雰囲気を感じ取れたのだ。

 最近は守護者達と同じ場にいるのが多いこともあり、二人で『至高の存在』という看板を外して気楽に話せる機会が少なかった。

 少なかったという言葉の通り、機会が全くない訳ではなかったのだが、話す内容が内容だけに、とても気楽にという雰囲気ではなかった、というのが正しい。

 そのため、アインズの精神面を心配していたドモンだったが、少し考え過ぎだったかと胸を撫で下ろす。

 冒険者としての設定、それがいい方向に進んでくれていることを喜んでいると、その余韻をブチ壊そうとする者が現れる。

 

 

「い、今のすんごい竜巻は、もしかしてシュウジ殿がやったので御座るか!?」

 

 

 突然の乱入者。二人が同時に横へ首を動かすと、アインズの後ろにいたハムスケが、ふんすふんすと鼻息を荒くし、興奮冷めやらぬ様子で身を乗り出していた。

 その顔には恐れと尊敬が見える――。ような気がするとドモンは思う。

 普段はあまり気にする方ではないが、今のタイミングはないだろうと不満を覚えた。

 軽くしばくか、指の関節をポキポキ鳴らし始めると、視界の端に感情のオーラが入り込んできたのに気付く。

 そちらに目をやると、あからさまに不機嫌なオーラを纏うアインズが見えた。

 オマケに、その手は背中の剣に向かっている。

 ……自分は耐えねば。自らを戒め、ハムスケの命を守るために行動する。

 不満自体は感じたものの、何だかんだと言ってドモンはハムスケのことを気に入っているからだ。

 

 

「……おい、ハムスケ。俺の華麗な技に惚れるのは分かるが、俺達は今楽しくお喋りしてんだ、割り込むなら空気を読みな」

 

 

 キャラに合わせて少々乱暴な物言いをするドモン。

 野生動物に空気を読めというのもどうか、そう思いつつも、一応会話が出来るのだから可能性はある。そう自分に言い聞かせる。

 だめ押しでもう一言だけ言うか、そう考えた時、ナーベラルがハムスケの前に立った。

 

 

(……あまりに酷い言い方さえしなきゃ、ナーベラルに言わせるのも手か)

 

 

 何かしらの理由で自分がいない時、その状況でも柔軟に、あらゆる物事に対応出来るよう人物になって貰いたい。それを以前より思案していたドモンは、ナーベラルがハムスケに対し、どう出るかを見るため口をつぐむ。

 普段の言動からして二択が候補として浮かび上がった。

 シモベたる者、主達の会話に不必要に割り込むべからず。もしくは、主達の偉大さを改めて知れて良かったな、の二択だ。

 この状況でドモンが言って欲しいと願ったのは前者。

 つまるところ、ナーベラルにも空気を読む練習をして欲しかったのだ。

 御膳立てはしてあるし、これなら流石に間違えないだろうとドモンは思った。が、その直後、全身の力が抜け、自身が思い切り体勢を崩す姿を想像してしまう。

 

 

「ハムスケ、御兄様の仰る通りよ」

 

(うんうん。やっぱりそうだよな)

 

「でもね……」

 

(うんうん…………うん?)

 

 

 欲を言うならもう一言二言付け加えて欲しかったが、ギリギリ及第点。最悪、そこで終わっていい筈のところで言葉を続けるナーベラル。それにドモンは微かな不安を覚えた。

 

 

「御兄様の技に見惚れるのは私も同意するわ。只の畜生だと思っていたけど、中々見所があるようね。それと、一応言っておくわ、御兄様にとってはあの程度のこと朝飯前よ? なんたって私の御兄様なのだから。どう? もっと尊敬していいのよ? 因みに……」

 

 

 おそらく、ドモンが初めて見たナーベラルのマシンガントーク。

 確かに、言っていることは普通に聞く分には問題ない。普通に聞く分には。

 しかしながら、ドモンが求めていたのはあくまで話の流れを読み、そこに適した言葉を当てはめるだけのこと。

 決してベタ誉めして欲しかった訳ではないし、そもそも長過ぎる。

 

 

(……まさかの両方かよ。言うこと多すぎだろ……。 ……デミウルゴス辺りなら大丈夫なんだろうけどなぁ)

 

 

 まるで自分が誉められたかの様に胸を張り、渾身のドヤ顔で語るナーベラル。気のせいか、フフンという言葉が彼女の横に浮かんでいる様にも見えてしまう。

 やれやれと溜め息を吐きつつも、ナーベラルに多少の声をかけるべきか迷った時、ドモンはとある出来事を思い出す。

 その昔、義妹が友達を連れて家に来た時、自分を自慢のお兄ちゃんと紹介していたことだ。

 今では思い出すのも辛い筈の過去。にも関わらず、口からはつい笑いが漏れる。

 勿論その笑いには、ナーベラルにはまだ難しかったかという苦笑いがアクセントされている。

 

 

(そういや、他にも何が凄いのか1日中張り付かれたな。部屋が汚いって所で笑われたっけか)

 

 

 そんなことを思い出しながらくっくっくっと笑っていると、皆が自分をポカンと見ているのに気付く。

 ドモンは少し恥ずかしくなったのを誤魔化す為、わざとらしく咳をすると、改めて先に行くことを促したのだった。

 

 

//※//

 

 

 ンフィーレアを拉致した者達がいるであろう最奥の霊廟に向かう最中、ドモンはふと気になり、並んで歩くアインズへと伝言(メッセージ)を送る。

 

 

《そういや気になってたんですが、ここ(墓地)に他の冒険者とかが入って来れない様、何かしらの対策ってしてあります?》

 

 

 先に飛び出した手前、申し訳なさを感じながらドモンは尋ねる。キャラ作りの為とはいえ、先行してしまったことに責任を感じていたのだ。

 それをよくぞ聞いてくれた、といった風にアインズは答える。

 

 

《勿論ですよ。墓地の周囲を少し強め……、とは言っても我々にとっては雑魚の部類ですがね、そいつらを警戒にあたらせています。中に侵入しようとする者がいたら殺さない程度で蹴散らせ、ってね》

 

 

 アインズの言葉を聞いてドモンは胸を撫で下ろすと同時に、一つ提案をした。

 

 

《ならついでと言うのも変ですが、ナザリックに『死の騎士(デスナイト)・改』いましたよね? それを一体、出来れば二体使い潰させて貰えませんか?》

 

 

 『死の騎士(デスナイト)・改』というのは、以前ドモン達がカルネ村で蹴散らした法国の兵士達、それを媒介にしてアインズが生み出したモンスターだ。

 召喚可能時間を過ぎても消滅しないことから、今後ナザリックに必要と考えられている戦力強化、それに相応しいものかの耐久実験を行っている最中である。

 

 余談だが、『改』と言うのは便宜上つけただけのもので、スペックはアインズが普通に生み出した死の騎士(デスナイト)と比較し、特に変わらないという結果が出ている。

 

 

死の騎士(デスナイト)・改を? 構いませんが、そりゃまた何で?》

 

《雑魚しか蹴散らせない者、対して強大なアンデッドすらも蹴散らす冒険者。……どちらが英雄たるかは明白でしょう?》

 

 

 ドモンは布生地の下でにやりと唇を歪ませ、それを見たアインズも一瞬思考した後、同じように唇(無いのだが)を歪ませた。

 この出来事(ンフィーレア拉致)自体はドモン達主導のもとではないため、正確にいうと間違いなのかもしれないが、ドモンが提案をしたのは所謂自作自演(マッチポンプ)

 どういうことかというと、まず極力目立つ位置にに死の騎士(デスナイト)・改の死体(破片?)をばらまく。出来れば倒したアンデッド達の中に自然と混ざるようにだ。

 そして、事件解決後に訪れるであろう冒険者組合などの人間に見付けさせる。

 すると、それはそのままドモン達が、死の騎士(デスナイト)すら倒す凄腕の冒険者という証明になる。

 疑問の声があがることも予想されるが、それは一時的に行動を共にした漆黒の剣(ペテル達)の証言や、自分達の演技などでカバーが効くと考えていた。

 大前提である強力なモンスターという点も、死の騎士(デスナイト)が出現自体、国家を揺るがしかねない絶望的なモンスターであるという調べがついている。

 

 

 

《確かに、大きな事件になる可能性がありますからね。解決後に調査が入る。その確率は高いでしょうね。……お主も悪よのう、ドモン》

 

《……いえいえ、アインズ様こそ》

 

 

 二人は昔、ギルドの皆ともこうやってふざけあったことを思い出しながら小さく笑った。

 それから敵の目的や、今後のことについて話つつもアンデッドを蹴散らし、気付けば霊廟(目的地)へと辿り着いていた。

 そこにはローブに身を包み、フードをすっぽりと被った怪しい者達がおり、円陣を組んでなにやら呪文を唱えている。

 正に邪悪な儀式と言えるものの真っ最中であった。

 するとその中の一人がドモン達に気付き、唯一フードを被っていなかった男に囁きかける。

 

 

「……カジット様、来ました」

 

 

 その言葉を聞いた直後、ドモンとアインズは思ったことをつい口に出してしまった。

 

 

「「馬鹿だろお前」」

 

 

 素晴らしい程ハモった為、敵味方問わず二人を凝視した後、怪しい集団の中心人物らしき男カジットは、自らの名前を漏らした者を睨み付ける。

 しまったという雰囲気を出しながら、最初に言葉を発した男は縮こまってしまった。

 

 

「やぁ、いい夜だなぁカジット(・・・・)。そんな怪しい儀式をやるには、些か勿体無いとは思わないか?」

 

「……やかましい、儀式に適した時かどうかは儂が決めておる。……そんなことより貴様達は何者だ、どうやってここまで来た?」

 

 

 円陣の中心にいた男カジットは、アインズに当然の疑問を投げ掛ける。

 すぐさまそれに反応し、ドモンはスキルによってカジットの中にある、重要とおぼしき情報を幾つか読み取る。

 目の前のカジットが偽物(フェイク)であること警戒したが故の行動だ。

 そして、情報を上手く纏めてアインズに伝えると、そこからはアインズの番となる。

 

 

「……私達は雇われた冒険者さ。どういった理由で雇われたかは……、分かるだろう? それとどうやって来たかの話だが、只斬り伏せただけさ」

 

「何だと?」

 

 

 大量にいたアンデッド達を全て倒した。流石にそれを信じなかったが、相応の警戒はすべしとカジットは軽く両手を広げる。

 それを合図に、周囲にいた怪しい者達が間隔を開け始め、やがてカジットを中心に扇状に広がる。

 いつ戦闘が始まってもおかしくない空気になったが、それを無視してドモンは一歩前へと出た。

 

 

「あ~、闘り合うのは構わねえんだが、先に聞いておきたいことがある。……お前の連れに刺突武器を持ったやつがいるな?」

 

 

 声のトーンを一段下げ、ドモンはカジットを睨む。

 

 

「何だと? …………いや、そんなやつは知ら――」

 

「いいよぉ、カジッちゃ~ん」

 

「クレマンティーヌ、貴様!?」

 

 

 カジットが勢いよく振り返ると、その女はいた。

 お前も名前呼んでるじゃねえか。ドモンの口からその言葉は出てこなかった。

 ドモンだけではない。アインズも只黙していた。

 半ば冗談に聞こえるようなことを言える空気ではないと感じとったからだ。

 

 一方、クレマンティーヌと呼ばれた女を睨み付けていたドモンは、予想以上に自分に精神的余裕が無いと判断すると同時に、コイツだなと強く確信した。

 スキルなど使わずとも分かる。

 容姿がニニャ達から聞いた通りということもあったが、何よりも女が発する雰囲気、そして身体に纏う血の臭いで分かったのだ。

 

 微笑みなどとは到底言えない薄笑い。

 それだけでも分かってしまう。

 コイツは今まで遊び半分の気持ちで多くの命を奪ってきた筈だ(・・・・・・・)

 この女はそういう生き物なのだろう(・・・・・)、と 。

 

 

(…………何だ? この違和感は……。奪ってきた筈? なのだろう? そんな馬鹿な、事実、ニニャを無惨な殺し方をしている。この女はそういう人間なんだ)

 

 

 己の中に生まれた小さな違和感。目の前の敵を撃滅する為に不要と切り捨て、ドモンはその女へと再び意識を向ける。

 その女クレマンティーヌは、存在を伏せておいてからの奇襲作戦を潰したとして、ばらされた本人のカジットから罵声を浴びていた。

 

 

「だぁから~、悪かったって言ってんじゃん」

 

「ならもっと反省した様子でも見せろ!」

 

「はぁ~い、ごめんなさいカジっちゃ~ん」

 

「お・の・れ・は……!」

 

 

 舌を出し、ウィンクをしながら謝るクレマンティーヌと、青筋を立ててプルプルと震えるカジットは、はたから見ると最早漫才をしている様にしか見えない。

 当然のことだが、ドモンが読み取った情報の中にクレマンティーヌもおり、実際のところ奇襲の体は成していない。

 だが、油断する理由にはならないとドモンが気を引き締め直すと、クレマンティーヌが自分の方に視線を向けたのに気付く。

 細めていた目を更に細め、さながら獲物を前にした肉食獣が如き表情。

 それを合図と受け取り、ドモンはクレマンティーヌに向こうへ行けと首を動かす。

 一対一(タイマン)の誘い。

 両者が無言のまま歩き始めし、戦いの場へと赴こうとした時、それに待ったをかける者が現れる。

 

 

「ここは私が行こう」

 

 

 アインズだ。

 確かに、彼には力を試してみたいという欲はあった。それと同時に、ニニャの仇(生き返りはしたが)をとらせてやりたいという気持ちもあった。

 しかしだ、実際アインズの根底にあったのは、冷静に振る舞っている様にしか見えないドモンを、自分がどうにかして止めたいというもの。

 復讐心は分かる。だが、それを素直に『はいそうですか』と認める訳にはいかない。

 結局のところ、ドモンが心配でたまらない。これに尽きるのだ。

 

 それらの複雑な感情がこもり、これは友のためだと割り切って肩を掴もうとしたアインズを、ドモンの発したオーラ、そして静かな一言が一刀のもと切り捨てた。

 

 

 

「――俺がやる」

 

 

 背を向けたままのドモン。ところが、それはアインズに別の映像を見せていた。

 

 

「――ひぅっ!」

 

 

 自身にしか聞こえない程の小声ではあったが、アインズは確かに悲鳴を上げた。

 不死者の頂点の姿となり、ナザリックですっかり異形の者を見慣れた、そう思っていた筈の彼は見た。いや、見てしまった。

 確かに、今でも異形の姿に驚きを感じることはあるだろう。中には思わず口を押さえ、嘔吐感を堪えなければいけない、そんな見た目をもった者もいるだろう。

 それでも一度、多くて二度の精神安定が発動すれば問題はないと思っていた。

 ところが、それ(・・)は違った。

 

 

――()

 

 

 現実の世界各地には、未だ()に関する様々な伝承が残る。

 曰く、迷宮の最奥にて財宝を守護する。

 曰く、来たりし時世界を終末へと導く。

 曰く、苦しむ民の為、その身を犠牲にし救いを与える。

 

 それらは長い年月の中、形を変え人々の記憶に残っている。

 時にはゲームの設定として、時には小説や映画などの物語で強大な魔物としても登場した。

 アインズにとっても同じだ。自身の愛しているユグドラシル(ゲーム)でも竜は登場し、時には希少な素材として恩恵を、時には立ち塞がる強敵として認識していた。

 ……していたのだが、今目の前に現れた竜はそれらとは違った。

 敵ではない。しかし味方でもない。

 只単に恐ろしいものだとしか認識出来ない。

 竜だとは分かる筈なのだが、とてつもなく恐ろしい何かとしか表現出来ないと、アインズはひたすらに混乱していた。

 そしてその竜だと思われる何かが巨大な口を開く。それを回避する為に身体を動かそうとするが、アインズの身体は硬直して動かない。蛇に睨まれた様に硬直して動かない。

 自分が噛み砕かれる未来を幻視した時、ふいに声が聞こえた。

 

 

――大丈夫ですよ、アインズさん。上手くやります。

 

 

 それはとてもとても小さく聞こえた。

 ひょっとすると伝言(メッセージ)での言葉だったのかもしれない。

 確かなのは、その声がドモンのものであること。そして、どうやら自分以外には聞こえていないことだった。

 直後、アインズの目の前から巨大な何かが消え失せ、同時に身体全体を包み込んでいた圧力(プレッシャー)らしきものから解放された。

 

 

「――フゥッ! カハッ!」

 

 

 辛うじて頭が働き、出来る限りの小さな声で、自分が命の危機(?)から解放された喜びを噛み締める。

 

 

(な、何だ今のは!? ……竜、だったよな?)

 

 

 様々な状況を頭に浮かべるアインズだが、それと同時に、自分が何か不自然な行動をした様に見えたのではないか、その考えに至り焦り始める。

 不安に思いながら咄嗟に周囲を見回すと、意外なことに、付近にいた者達は先程と変わらない様子だった。

 アインズが不思議に思っていると、それに気付いたナーベラルが小声で話し掛けてきた。

 

 

「アインズ様、如何なされましたか?」

 

「い、いや……。何でもない、気にするな」

 

「……分かりました」

 

 

 ナーベラルはアインズの様子を不審に思いはしたが、本人による希望ということを汲み、それ以上追及しなかった。

 彼女が追及して来なかったことに安堵しながらも、アインズの脳裏にはまだあの恐怖がこびりついていた。

 それを振り払うように、アインズは再びドモンの方に視線を向ける。

 その先には既にクレマンティーヌを引き連れ、ドモンが一対一の勝負を行うべく歩を進めていた。

 不安はなかった筈のアインズだったが、今の不可思議な体験で心が揺らぐ。

 そのことが、彼に言葉を紡がせる。

 

 

「シュウジ! 大丈夫……だな?」

 

「……大丈夫だ、上手くやるさ」

 

 

 ドモンが返した言葉を聞いて尚不安は拭い去れなかったが、信じて待つしかないとアインズはそれ以上言葉を続けるのを止めた。

 ドモンとクレマンティーヌが遠ざかり、墓地に立ち込めている霧によって姿が見えなくなったのを見計らい、アインズは残った者達を見据えた。

 心に残る物を一時的に振り払い、兜のスリットから眼光を煌めかせる。

 

 

「さて、此方は此方で楽しくやろうか」

 




 今回の話もそうですが、人称が定まらず、感情表現も難しいと感じております。
 何か脱字や表現に対する御意見などございましたら、是非感想の方にお寄せ下さい。
 あるかどうかはさておき、御質問なども受けております。ではまた。


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第三十一話【シュウジとモーガン~白と黒⑨~】

 更新が遅くなり大変申し訳御座いません。
 これから先は言い訳になってしまうので本編をどうぞ。


 

 

 

 

 憎い。只、ひたすらに憎い。

 見た目が似ている。只、それだけ。

 只、彼にはそれで十分過ぎた。

 

 

━━今、彼の中にある黒い何かが確実に歩み寄ってきていた。ひたり、ひたりと。

 

 

//※//

 

「糞があぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 薄い霧が立ち込め、まるで生者を拒む結界の様相をていすエ・ランテル共同墓地。

 夜も更け、静寂が支配したと思われた所に突如絶叫が響き渡る。

 それの主である何者かはお世辞にも上品とは言えない様々な言葉を、これまた別の何者かに向けて刺突と共に次々と繰り出していく。だが、そのいずれも受ける側を傷付けることはなく、何もない空間を空しく引き裂くだけ。驚くことに羽織る外套すら傷をつけられていない。

 更に付け加えると、わざとギリギリのところで身を躱しているようにさえ見えた。それこそ、どこに攻撃がくるのか分かっているかのように。

 先程まで余裕の笑みを崩さなかった絶叫の主クレマンティーヌは、この現状に焦燥の色を出し始めた。

 その感情が言葉にも現れる程に。

 

「テメエェェェッ!! やる気あんのかぁっ!?」

 

「やる気ぃ? 何でそんなモン出さなきゃならん?」

 

「はぁ!?」

 

 己の培った技術を軽々といなされ、とうに沸点を過ぎていたクレマンティーヌだったが、受け手側であるシュウジと名乗った男の返答の意味が分からず不意に攻撃の手を止める。

 いい加減クレマンティーヌはしびれを切らしていたが、目の前の男(シュウジ)が何を狙っているか不明な状態であり迂闊に飛び込めない。

 先程からこれが数度に渡って続いていた。

 

 自らが開戦時、シュウジに向かって自信満々に言い放った言葉。数合前から彼女はそれを反芻していた。

 

━━このクレマンティーヌ様が負ける筈ねぇんだよぉっ!

 

 これは決して過大評価ではない筈だ。しかし、先程から自問自答を繰り返してはいつも同じ答に行き着く。

 この男は強い。それも自分より遥かな高みにいる。

 

 そこでクレマンティーヌは自虐にも似た考えをしてしまう。大体どんな確率だと。

 カジットが行おうとしている儀式『死の螺旋』。それを目眩まし代わりに使って奴等(・・)から逃げる為の時間稼ぎをし、ついでに自分の大好きな阿鼻叫喚の地獄を高みの見物と洒落混む。

 只それだけのことだった筈なのだ。

 なのにどうか、蓋を開けてみればとんだ邪魔が入った。邪魔自体は予想していたが、こんな奴が出てくるなんて考えてもなかった。

 自分が勝てない人間など━━実際には心当たりがあるが━━そういてたまるか。彼女のそんな考えは霧散しかけている。何故ならそんな人間は━━目の前にいる。幻覚などではない、事実だ。

 

 己が戦士としての勘が囁く。

 傷を負わせられない。勝てない。そして、恐らく逃げることすら。

 時間が経つ程にその囁きは回数を増やしていき、やがて自分の動きにすら文句をつける有り様。

 

━━右肩に向けて刺突を繰り出すのは駄目だ。

 

 その囁きに唾を吐きかけたい気持ちを抑え、クレマンティーヌは一見隙だらけに見える右膝に意識を向けるが、ここでまた囁きが聞こえる。

 

━━右膝を狙うのは駄目だ。

 

 ふざけんな。その言葉を飲み込み、彼女は新たな攻撃先を左膝に定めようとするが、ここでまた例の囁きである。

 

━━動きに制限がかかる箇所は駄目だ。

 

(━━っ!)

 

 とうとうここで動きが鈍る。

 今まではギリギリの所で次の行動に移ることが出来ていたが、次に聞こえた囁きが彼女に行動に決定的なものをもたらす。

 

━━攻撃しては駄目だ。

 

━━右に動いては駄目だ。

 

━━左に動いては駄目だ。

 

━━退いては駄目だ。

 

━━前に出るのは駄目だ。

 

(ならどうすんだよっ! 何なんだよ畜生っ!!)

 

 歴戦の猛者ならば長年の経験から自然に身に付くと言われ、数多の強者達が頼りにしてきた実績をもつ勘という超能力。

 しかし、今の彼女にとっては寧ろ呪言といえる代物だろう。

 

 改めてクレマンティーヌは思う。どんな言い訳も通用しない程に、完璧で、確実で裏切りようのない圧倒的敗北。それが何度も行き着く答。

 酷い計算式だ。式の中核を担っているのが勘、という曖昧なものではあるが、彼女には妙な自信さえ湧いてしまっていた。確率とは一体何だったのか。

 

(認めない!)

 

 プライドが折れそうな心を支えようとするが、それでも実力差を感じ取れてしまってる分彼女の心に亀裂が広がっていくのは早かった。

 囁きを振り払うように繰り出す猛撃、その合間にも網の目にヒビが広がり、やがてそれが心全体をバラバラに砕こうとした。

 そんな時、それはやってきた。

 

━━戦え。

 

 誰の声か。自分か、またあの囁きか、目の前の男なのか。それとも第三者、奴等か。

 そのいずれも違う。例の囁きと同じく内側から聞こえたものだった。

 違うことと言えば、その言葉には凄まじいまでの力、強制力のようなものがあったこと。

 

「……がっ!」

 

「何!?」

 

 クレマンティーヌが苦しみだし、それを見たシュウジも困惑する。

 

━━戦え。殺せ。

 

 声はどんどん大きくなり、クレマンティーヌは堪らず耳を塞ぐ。愛用のスティレットが地に弾かれ小さな金属音を奏でる。戦闘中に武器を手放すという致命的なミスも、今の彼女には気にする余裕がない。

 声は執拗に耳を攻め続ける。

 必死にもがき、今にも鼓膜を突かんとする彼女の抵抗などおかまいなしと、尚も彼女の鼓膜を強打する。

 

━━戦え! 殺せ! 目の前の神敵を!

 

 語気が一際強くなるのと同時に彼女は意識を暗闇に落とす━━。

 次に見えたのは、果てしなく広がる暗黒。

 どこまで行っても先の見えない真っ暗闇。

 彼女はそこで裸になり膝を抱えていた。

 

(……ここは、何処?)

 

 暫く呆然としていたが、頭の中が鮮明になっていくにつれ徐々に記憶が甦る。

 この場所に来るのは初めてではない。寧ろ何度も訪れていた。

 来るのは決まって、戦いたくない(・・・・・・)時だった。

 膝を抱えたまま行く末を思った時、ハッと我に帰る。

 次の瞬間、目の前に映像が現れた。そこに映っていたのは、つい今しがたまで相対していた男シュウジ。

 意識を失う直前に見た驚愕の表情とは打って変わり、仇敵を睨み殺さんとする迫力があった。

 クレマンティーヌは戦慄した。勝てないと直感した男の殺気溢れる表情。

 刹那、右太腿に有り得ない程の痛みが走る。

 

「━━っ!!!」

 

 声にならない叫びを上げてもがくが、続けざまに身体のあちらこちらに同等以上の激痛が襲う。

 この状態で感覚が残っている事を思い出すよりも前に、クレマンティーヌは自身を襲った激痛の理由を知った。

 映像の中に映る自分の手足がまるで枯れ木のように、ぐちゃぐちゃに、ぐにゃぐにゃに折れ曲がっている。

 その光景に目を覆いたくなった心情を無視し、自分の四肢を悲惨な状態にした本人は、映像の中で悪鬼羅刹の如く猛攻を続け尚もクレマンティーヌの命を刈り取ろうとしていた。

 その状況だけでも充分に恐ろしいが、それよりも彼女を震え上がらせたのはシュウジが纏う気迫(オーラ)

 

(ド、(ドラゴン)!?)

 

 男が纏う気迫(オーラ)は噴出する黒煙のように、黒く、重く、力強く、何者も寄せ付けまいという雰囲気を出しつつも、何処か嘲笑っているように見える。

 そんなオーラが竜の頭部を形作り、男を覆っていたのだ。

 

(この人、人間じゃない!)

 

 途端、今度は胸部に痛みを遥かに超えた激痛が走る。

 胸骨を砕かれ、恐らく内側すらもズタズタにされているというのをクレマンティーヌは感じたが、何故か即死はおろか、死の気配すらない。

 正確には死は見えているのだが、その先が一向に来る気配がない。

 クレマンティーヌは自分の装備にそのような効果がない事は把握している。一つを除いては。

 しかし、それは多分ないだろうとも彼女は思った。その説明は至極簡単だ。

 現在着用している装備一式の中で唯一効果を完全に把握していないものがある。左耳に着用しているイヤリング状のマジックアイテムだ。

 これは、かつて彼女が所属していたスレイン法国に於ける最高権力者にして、同国が崇める『六大神』からの使命を管理する最高大神官より個人的に渡された物。

 効果は精神的なダメージや異常を引き起こす魔法、それに対する抵抗力を上げる物だと言われた筈だが、まさかこれにそんな効果があるとは思っていない。

 仮にこのイヤリングが自分を守っていると仮定すると、効果内容としては一定時間死亡を回避し続けるなどといった所だろうか。もしそれが事実だとすれば超が付くレアアイテムだ。

 いくら自分が法国の最高戦力である特務部隊、漆黒聖典の一員だとしても、あくまで下から数えるレベルの隊員。

 国家運用ではなく現場で使用すべき効果であるのは理解出来る。だとしてもだ、自分などではなくもっと上の隊員、言うなれば隊長、もしくは『絶死絶命』。彼女に渡すのが道理だろう。どう考えても自分ではない。

 以上が死の直前で踏み止まっていれている状況を、自身の装備所以のものではないとクレマンティーヌが結論付けている理由だ。そしてそれはそのまま男の技量。または武技などの特別なものによるとも考えられた。

 

 などと思考している合間にもシュウジの猛攻は続き、とうとう映像の外側にある自身の身体が崩れ落ちる。四肢は二目と見られぬようにされ、本能的なものか失禁すらしていた。

 今まで立っていられたのはわざと片足を残しておいたからか、それとも例の武技などによるものか、はたまた至高の技力によるものか。それとも全てか。

 いずれにせよ、クレマンティーヌの命は正に風前の灯。

 彼女の耳に絶望が駆け足で接近してくる幻聴が聞こえる。

 

(私、ここで死ぬの……?)

 

 今日に至るまで沢山の命を奪ってきた。いつからか今と同じ状況に陥り、自分ではない何かに突き動かされ殺戮を繰り返す。

 タイミング的に手渡されたイヤリングのせいかと疑ったこともあった。それも一度や二度ではない。

 それでも、彼女にはどうしても出来なかった。

 自分の数少ない才を見出だし、それを取り立ててくれた恩人を疑うことなど。

 

 結局は自分の弱さにせいにした。

 そのせいで心を病み、あの事件を起こし自国からも追われる立場となったのだと。

 自ら人を殺めたのは一度だけ、身を守る為の一度だけ。

 それでおかしくなってしまったのだと。

 

 そこまで考えた後、思考放棄をするように死んだ目で映像を見続けた。

 その中でシュウジはわなわなと震えており、壮絶な葛藤を繰り広げているようにも見えたが、最早クレマンティーヌ自身気にも止めていなかった。

 願わくば、兄にあの時の真実を教えて貰いたかった。

 

 そう思った時、不意に震えが止まる。

 諦めの気持ちが絶望を押し退け、彼女の心に平静を取り戻させたのだ。そこで彼女は悟る。

 

(これが運命……なのかな)

 

 先程罵詈雑言を飛ばしていた人物とは思えない穏やかな表情。

 シュウジの右手が閃光を包まれた。

 

「さっきの言葉の意味、最期に教えてやるよ」

 

 閃光は神速を以て解き放たれ、クレマンティーヌの顔に向かう。

 

「やる気なんて出す必要なんざねえ。お前程度にはな」 

 

 クレマンティーヌは、自らの運命を受け入れた。

 

 




 如何だったでしょうか? クレマンティーヌのキャラを、現在判明しているものと大分変更して書いてみました。
 彼女の存在もこれからに関わってくるのでどうぞお楽しみに。
 出来れば年内にもう一話書きたいです、はい。
 いつも通り、誤字脱字、またはおかしな表現などありましたら御一報下さいませ。ではまた。


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第三十二話~ある少女の回想~

 年内にもう一話書くとは何だったのか? Tackです。
 今回は半分本編、半分番外編のつもりで書いてみました。只、あまり話数を割きたくない気持ちがモロに出てしまい、結果としてすごく雑な文章になってしまった気がします(反省)
 それでは長くするのもアレなので今回の御話をどうぞ。


 

 幼い頃から私は一人だった。それか、ある時期から一人になってしまったと言った方が正しいかもしれない。

 そこだけ聞くと私が何かしたように聞こえるが、全く以て身に覚えはない。

 言い方は悪いとは思う。けれど、私は被害者なのだ。優秀過ぎる兄の。

 

 私が物心つく前から兄は周囲の期待以上に何でもこなしていたという。

 勉学を進めれば常に最優秀者と貼り出され、体術を習わせれば一月も経たずに格上の相手を圧倒する。

 性格は明るく、責任感も強い。

 弱きを助け強きを挫き、いつも私を守ってくれる優しい兄。彼は私の憧れであり誇りだった。

 それに比べ様々な点で劣る私が自分を卑下し過ぎずにいれたのも兄のお陰だ。

 ……あの日までは。

 

 

//※//

 

 

 私の生まれ育った国では周辺国には無い特徴がいくつかある。

まず、とある神々を崇める宗教国家であること。

二つ目はその神々らの『教え』や『使命』と言われるものを貫く力を得る為、信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)や戦士の育成に力を入れる専門の施設、『学院』と呼ばれる専門機関があること。

そして最後は、国民一人一人の情報をまとめた戸籍というシステムが確立されていること。これは先の話で出た学院に院生を集めるためにも役立っている。

 

 かくいう私も、兄が優秀なのだからその妹にも片鱗があるのでは? というオマケ的な扱いではあったが、お国柄もあって所属出来ること自体が幸運な学院に入ることが出来た。

 院生になれて暫くは嬉しさが勝っていたが、それも長くは続かなかった。

 

 まず勉強が壊滅的だった。

 一応予習はしておいたのだが、授業のペースが恐ろしく早い。その速さたるや授業書を何章か飛ばしたのではないかと思う程である。

 体術の時間では教官に筋はあると言われたものの、何かが足りないとモヤモヤした指摘を受けるに終わった。只、この教官は私の境遇に同情したらしく、学院に居る間よく面倒を見て貰うことにもなったのは、後に繋がる要因にもなったと思う。

 だが、それでも心に大きな傷を受けたのは、兄と比較され、それを発端にかなり手酷い苛めをうけたこと。学院での生活で何よりもこれが辛かった。

 苛め自体もそうだが、妹として兄の顔に泥を塗り、余計な心配をかけたことが私の心を削り続けた。

 いけないとは思いつつ、そんな私を気遣ってくれる兄の優しさに時折甘えながら精進し続けたある日、不意に絶望が舞い降りた。

 

 

ある日私は、不甲斐なくもいつも通り終わらせることの出来なかった課題の罰を受け、夜まで只一人補習を受けていた。

 当然というのも不愉快だが、その脇を通り過ぎる他の者たちは小さな笑い声をたてていた。生徒も教員も関係なく、だ。

 私はそれを聞こえないふりをしながら補習を受ける。どうせいつもと同じことを言っているのが分かっているからだ。

 

――本当に片割れは出来が悪い。

 

 これに決まっている。いつもの台詞だ。

 優秀な兄と落ちこぼれの妹、陰口を言われるのは当然だ。しょうがないと割り切っている。

 だが、そんな私(落ちこぼれ)でも兄は優しく守ってくれる。

 他人からは勿論のこと、実の子供同士を比較し、私は存在しない方が良かったとまで陰で言う両親からも守ってくれた。妹ならば必ず出来る、と。

 その言葉に応えたい。兄の重荷にならず、胸を張って側に立ちたい。

 それこそ私を支えている全てなのだ。

 

 やっとの思いで課題を終わらせ、早く帰らせろと顔に出ている監督役に形だけの挨拶をし、私は家へと急いだ。

 以前にも同じような補習を受けたのだが、その時よりもかなり早く終わった。

 進歩している実感と、兄に報告したいという気持ちが、私に走るという選択肢を選ばせた。

 ――けれど、それがいけなかったのだろうか。この判断がなければ、この後の人生も変わっていたのだろうか?

 

 

//※//

 

 

 家の扉を静かに開き、また静かに閉じる。そのまま兄と私の部屋に向かおうとした時、両親が寝室で声を抑え気味に話すのが聞こえた。

 

「よかったわねアナタ、私達の子がやっと認められて」

「そうだな。……初めこそ対応の遅さに若干の苛立ちも覚えたが、まさか特待生としての準備をして下さっていたとはな。

ともかく、これからは神官の方々の元でもっと立派な人間になれるだろう。私達も鼻が高いな」

 

 それを聞いて私は理解した。兄が国に才を認められ、噂だけでしか聞いたことのない専門の院に入るのが決まったことを。

 思えば、私はこの瞬間何かを感じ取っていたのだと思う。

 普段ならこっそりと部屋に向かう筈が、足を止めてそのまま聞き続けた。今更だが、それがいけなかったのだろう。

 

――僕もこれで、やっと出来の悪い妹から解放されます。

 

 時が止まった。否、気がした。

 信じられない言葉が聞こえた。しかも兄の声で。

 鼓動が早くなり、それに合わせて呼吸も荒くなる。

 家族に悟られないように両親の寝室を通り過ぎ、そのまま足早に部屋へと向かう。

 カバンを脇に放り投げ、私はそのままベッドに潜り込んだ。毛布を頭から被り、これは悪い夢なんだと心で何度も復唱した。

 夕食を取らず、それに抗議する腹部に無視を決め込み睡魔に襲われる瞬間を待った。

 

 荒れる心象を余所に、思いの外駆け足でやってきた睡魔に敗北した翌日。

 深淵からゆっくり覚醒していくと、ベッドの傍らには兄が立っていた。

 いつからいたのか、何故そこにいるのか、湧いて出た疑問を投げ掛ける前に兄は口を開いた。

 

「おはよう。今日もいい天気だな。……何かうなされていたみたいだったが、悪い夢でも見たのか?」

 

 いつもと変わらない姿。

 幼い身に耐え難いものを受け続け、頻繁に悪夢を見るようになった私を気遣う。そんな優しい兄の姿だ。

 昨晩の出来事は全て夢だった。そう思えるもの。

 大きな不安から解放され、目尻には涙すら浮かんだ。

 それを見た兄は少し慌てたように私の背中を優しくさする。

 

「どうした? やっぱり怖い夢を見たんじゃないのか?」

 

 その言葉に泣きじゃくりながら首を振り、「大丈夫」と答える。

 そんな私を見た兄は優しい笑顔で「時には話すことも大事だよ」と言ってくれた。

 悪夢の内容を伝えるのは気が引けたが、心配してくれている兄に黙っている方が失礼な気がし、思い切って話してみた。

 

「……あの、ね。怖い夢を見たの。お兄ちゃんが私を出来の悪い妹だって言ってる夢なの」

「……え、僕がかい?」

 

 兄が妙な反応をした。

 それは、「そんなこと言う訳ないだろう」ではなく、「聞かれてしまった」という意味合いのものに聞こえた。

 その反応の意味を思考し不安がぶり返しかけた時、兄は表情に影を落としながら言った。

 それを見て一気に不安が大きくなっていくのを感じていると、兄はほんの少しだけ動きを止めた後にこう言った。

 

「……二人の前ではああ言うしかなかった。」

 

 兄の言葉に二つの感情を同時に抱いた。

 私を厄介者だと思っていなかった安堵感。そして、兄がいなくなる事実への喪失感だ。

 そのまま私は言葉を紡ぐことが出来なくなり、兄は少し悲しい顔をして部屋を後にした。

 それからは普段通りに一日を過ごし、また就寝。翌日目を覚ますと、隣のベッドに兄の姿はなくなっていた。

 私は、一人になってしまった。

 

 

//※//

 

 

 兄が噂の院に向かってから数年が経ち、私にも変化が訪れる。

 体術の才能が認められ始めたのだ。

 兄には遠く及ばないが、唯一得意だと言っても過言ではなかっただけに、教官に誉められた時は正直に嬉しかった。

 教官曰く、「兄と離れたことによる自立心が関係しているかもしれない」だそうだ。

 教官は噂の院、『経典院』のことを少しばかり知っているらしく、授業の後で私にこっそりと教えてくれた。

 そこには体術を極める為の課もあり、努力すれば私も行けるかもしれないと。

 

 それからもいつか兄に追い付く為と僅かながらの才を伸ばし続け、とうとう兄がいる聖典院、その体術専門の課に入ることが出来た。

 

 ……とは言っても、そこでもまた同じような日々が続く。

 兄が在籍しているのは別の課だと言うのにも関わらずその名は知られており、私が兄の残りカスのようなものだと言われ続けた。

 最早慣れたものでそんな周囲の対応にも耐え、私は更に努力を重ねた。

 

院で数年を過ごした私は専門課程を終え、とうとう実戦命令が下る。内容は愚かにも神の教えに疑念を抱き、それを国全体に広げようとした反逆者達の征伐。

 早い話、国の考えに背く者達の粛清だ。周囲の話に耳を傾けた所、このような任務は度々あるらしい。

 私はそれを少し複雑な気持ちで聞いた。

 と言うのも、以前私の面倒を見てくれた教官――ノルド教官が時折言っていたからだ。

 

――この国はやり過ぎだ、と。

 

 上層部が神の教え絡みだと過激な行動に出るというのは既に知っていたので、この言葉は十分に粛清対象になると思い私は教官の身を案じた。

 しかし、だからといってそんな言葉を広めることはしないだろうとも思った。そもそも、学院教官の地位にまで登り詰めた人がそんなことをするとも思えなかったのだ。

 更に言えば作戦前日にたまたま教官と街で出会っていて、その時も危ない橋を渡る雰囲気は出していなかった筈だと言い聞かせ、私は作戦概要の確認をし始めた。

 

 

 

//※//

 

 

 闇に紛れて私を含めた部隊、『シャルナー隊』二十名程が森の木々をすり抜けていく。

 今回、反逆者達が潜伏しているとの情報が入ったのは国の西、多様な敵性亜人――私が知る限り友好的な亜人は少ないが――が潜む『アベリオン丘陵』から少し離れた領内にある小村だった。

 位置のせいで亜人に襲撃される件が度々あり、以前より本国から部隊が派遣されこれを征伐していたらしい。

 只、元々地理的にも生産的な面でも大して価値の無い村だったようで、ここ最近は部隊を派遣する回数も減っていたようだ。

 その対応が国への反発心を煽り、それが自衛手段の確立と共に反逆者の隠れ家として機能することになった。

 

これを聞いた隊員の内数名が余りにも話が出来過ぎだと疑っていたが、有り得ない話ではないし、何よりも私は不思議と予感がしていた。そこに反逆者達が潜伏していると。

 国を出発し、目的地への最短距離を妨害するように存在する名も無き小さな森。

 夜闇との相乗効果を狙って突破することになったが、ある問題が発生した。

 

「止まれ!」

 

 疾走する部隊を静かな大声という矛盾で制したのは、日頃体術が重視される部隊のシャルナー隊を訓練する役割も持ち、今回の現場指揮を任されている隊長のベージンスという女性だ。

 鬼教官の二つ名を持つ厳しい人物だが、普段は私達のことをしっかりと気遣うこともしてくれる人だ。優れた人格者であり実力者、私が目標にしている女性(ひと)でもある。

 その彼女は疑問符を浮かべ、怪訝な表情をした近くの男性隊員に呆れ顔でこう言った。

 

「今私が止めていなければ、お前の頭と胴体、そして両手両足が不幸な別れ方をしなければならなかった」

 

 尚も疑問符を浮かべたままの隊員が前方数メートル先を注意深く見つめ、それ(・・)に気付き驚愕する。

 そこには木々の隙間から漏れる僅かな月明かりに照らされ、触れるもの全てを切り裂く刃が張り巡らされていた。

 

「こ、これは!?」

「これは恐らく――」

「フォレストスパイダーの亜種……、ドールスパイダーの……そ、それの幼体が出す……糸をか、加工した罠でしょうか?」

 

 思わず口を開いてしまい、それに反応した全員の視線が私に刺さる。

 「やってしまった」、視線に怯えそんな表情を作った私が謝罪をして下がろうとすると、ベージンス隊長はなんとも漢らしく――本人は大変凛々しく大変美しい女性なので大変失礼――不敵な笑みを浮かべ、感心の色を滲ませるように私に言った。

 

「ほう? よく分かったな。……ドールスパイダーは近辺では珍しく、講義でも大して触れていないんじゃないのか?」

「兄が……そういうの……。せ、生態学が……得意だったもの……で」

「成程、それで兄の話を聞いていたら自然と詳しくなっていたと?」

「は、はい……でも」

 

 私は周囲の反応が怖く、縮こまりながら隊長の問いに答えた。

 

 まだ兄が家に居た時、私に色々と教えてくれたこと。その中で一番印象に残っていたのが『生態学』についてだ。

 彼は昔から鳥等の小動物に好かれており、それが元で動物――引いてはモンスターの生態や特徴を学ぶ勉学、即ち生態学を最も得意としていた。

 時間さえあれば私は兄から様々な動物、またはモンスターについての知識を聞かせて貰っていた。

 只、残念ながらその知識は後の勉学に生かされることはほぼなかった。何故なら――。

 

「き、聞かせてもら、貰ったモンスターが、げ、限定的過ぎて……」

 

 それを聞いたベージンス隊長は可愛らしくクスクスと笑い始める。

 

「そ、それでこ、講義には生かせなかったか。通りで生態学での最優秀者(トップ)がお前ではなかった訳だ。ククク……」

「は、はい……」

 

 どうやら少しツボに入ったらしく、彼女は小さくだが、暫し笑い続けた。

 鬼教官として知られる彼女がまるであどけない少女のように笑う姿に、私も含め全隊員がポカンと口を開いたままその光景を見ていた。

 やがて笑いが収まってきた頃、自分が浴びている視線に気付き慌てて襟を正す。

 

「オ、オッホン! あー……、そう言えば私の院生時代の同期にもやたら生態学に詳しい奴がいたな」

「え?」

 

 タイミング的に、他の隊員には自らの失態を誤魔化す話題に聞こえただろう。けれど、私には違った。

 最近は全く来なくなったが、時折来ていた私宛ての手紙から、兄と隊長が同期だったのを知っていたからだ。

 

「そ、それ多分、私の……兄、かも……です」

「何……? あぁ、そう言えば姓が同じだな。以前から色々と話題にはなっていたが、意外と気付かないものだ」

 

 ここで彼女の端正な顔に陰りを見た気がした。恐らく、迂闊なことを言ったと思っているのだろう。

 

 色々な話題。即ち、(才ある者)(才なき者)という話だろう。

 最早慣れているので別に追及はしないつもりだが、言葉を選んでくれるのは素直に嬉しかった。

 只、今の隊内にも私を快く思わない者は多いので、これで彼等が隊長のことを悪く思わなければいいが。そんな気持ちが、私に話題を変えることを勧めた。

 

「……ドールスパイダーの糸は、な、内部に特殊なき、菌糸が入っています」

「お、そ、そうだな。それが糸を通して広がり目立つから、木々の間など通る時は幹にも目を配れ」

「そ、そうです。皆さん……も、気を付けて……下さい」

 

 私の意図を汲んでくれたのかは知らないが、ベージンス隊長が話題を合わせる。

 普段は私の言葉など聞こうとしない筈の他の隊員達だったが、流石に空気を読んだのか、微妙にではあるが頷いてくれる。

 しかし、この時は後先考えず話を聞いてくれた嬉しさから余計なことを口走ってしまう。

 

「それで、ですね? 成体の方がつ、強い糸を出すんですが何故幼生のい、糸を使うかとい、言うとですね? そ、そもそもドールスパイダーの成体をた、倒すのは非常に困難なんです。ま、まず縄張りに行かなくては行けないんですが、その縄張りにこの罠の数倍危険な物が張り巡らされていて、その中で自在に動く最低難度三以上、強い個体になると難度五を超すと言われる成体を相手にしなくてはなりません。火攻めで巣を追い出し、パニック状態に陥らせてから狩るのが有効とされますが、それでも油断出来ないモンスターです。逆に幼生を捕えたりして糸を入手するのは容易です。理由は、ドールスパイダーの子育て方法による所が強いです。何故かはまだ分かっていませんが、彼等は幼生がある程度――」

「……待て、待て待て待て。頼むから待ってくれ」

 

 隊長の言葉で我に帰り、私は恐る恐る周囲を見渡す。すると、案の定隊員達の目が死んでいた。

 やらかしたのを悔やむ私を尻目に、隊長は改めて任務の遂行を促す。

 

「えー、兎に角だ。彼女が教えてくれた貴重な情報を元に、各自罠に注意しながら進むんだ。作戦開始時刻までには幾分余裕があるから多少は速度を落としても大丈夫だしな」

「「「了解」」」

 

 流石と言うべきは未来の特務部隊候補生達で、皆が揃えて返事をし、それをきっかけに空気が張りつめる。

 元の精鋭達――仮ではあるが――に戻ったのだ。

 

「宜しい。では行くぞ、諸君」

 

 隊長の言葉を合図に、私達は夜の森が作り出す闇に溶けていった。

 

//※//

 

「はぁ……」

 

 ほんの少し肌寒さを感じるようになった夜風。そこへ僅かながらに白みを帯びた吐息が流れていく。

 私達(シャルナー隊)は今、罠に注意しながら抜けた森の出口付近で暫しの休息を取っていた。

 多少開けてはいるものの岩や草木などが点在し、そこに夜闇も相まってそう簡単に周囲からは見つからないようになっている。そんな場所だ。

 無論、ただ見つかり辛いというだけでここが選ばれた訳ではない。

 この場所は休息に使用していると同時に、シャルナー隊から選抜され先に出発している偵察隊との合流地点に指定された場所でもあるのだ。どちらかといえばこちらの意味合いが強い。

 休息は飽くまで急遽決まったこと、謂わば臨時の措置だ。

 というのも、予定されている時間が過ぎても偵察隊の人間が誰一人として現れなかったのだ。

 

「ベージンス隊長、一体どういうことなんですかね。流石にこれ以上待つと任務に支障が……」

「……そんなことは言われんでも分かっている」

「し、失礼しました」

 

 あからさまな怒気を含んだ声に押され、他の候補生達から無理矢理質問者に選出されてしまった候補生が、なんとも悲しい背中を見せながらスゴスゴと下がっていく。

 その後も時間だけが過ぎていき、隊長が苛立ちで地面を繰り返し踏み鳴らす音だけが聞こえる。

 確かにおかしかった。

 予定ではとうに偵察隊との合流を終え、改めて敵戦力などの情報の摺合せをしてから出発している頃だろう。

 それなのに連絡員の一人も寄越さないのは何か問題でも起きたからなのか、そんな不吉なことを考えていると件の村方面から人影が現れた。

 部隊一同が身を隠し、その人影が何者かを見定めようとする。

 段々と近付き、やがてその正体がはっきりと確認出来る位置まで来ると、隊の者達から安堵の息が漏れた。

 

「あれ、バートンじゃないか?」

「本当だ。でも、何であいつが?」

 

 隊員達がその名を呼ぶ彼は、成績の優秀さから偵察隊の副長に選ばれたバートン・ウィルゾという候補生だ。

 爽やかなマスクと人懐っこい性格。驕らず、虐げず、誰にでも優しく。

 まるで物語に出てくる王子様のような人物で、内外問わずファンも多いらしい。

 ……ここだけの話、私もそのファンの一人だったりする。

 そんな彼が、偵察隊の副長(・・)である彼がたった一人で集合場所に現れたことに隊の空気が変わっていく。やはり何か起きたのかと。

 余程急いで来たのだろう、私達の所まで来た彼は息を整えながらベージンス隊長の顔を見た。

 

「何故副長のお前が来た? なるべく簡潔に報告をせよウィルゾ副長」

 

 隊長は最悪のケースをも覚悟したのか、表情を引き締めながら報告を促す。そこで私達は、呼吸を整えたウィルゾの口から驚愕の事実を知らされた。

 

 




 如何だったでしょうか?
 え? 読み辛いし話が急過ぎるし文章下手くそだし練り込みが甘い?
 すいません、何も言い返せません(反省part2)
 予定ではこのノリで三話前後になると思いますが、次回も海の様に広い心で見て下されば幸いです。
 最後にいつものやつですが、誤字脱字、変な表現などありましたら報告して頂けると嬉しいです。ではまた。


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第三十三話~ある少女の回想②~

 


 

 

「……っ痛ぇ~」

 

 横を走るウィルゾが頭頂部を擦りながら苦痛に顔を歪めている。

 今私とウィルゾ、ベージンス隊長の三人は目的の村に向かって月明かりの平野を走っていた。それも少し……、いやかなり急ぎ目で。

 というのも私達が集合地点に到着した時には確かにあった時間の猶予、それが最早過去のものとなっていたからだ。

 原因はずばりウィルゾにあった。

 結局の所、彼が真剣な面持ちで切り出した情報は緊急性のあるものではなかったのだ。

 それでは先程行われた証言を聞いて貰いたい。

 

――いやぁ、なんか前情報よりも隠れられそうな場所が多くなっているみたいなんですよ。

 それで包囲網形成の人員に余裕を持たせることになって、その結果俺が一人で来たって訳です。ハハハ。

 

 ……以上である。

 終わったことについてとやかく言うのもなんだが、この雑な感じ溢れる報告は如何なものか。おまけに最後に笑ったのは絶対に余計だったと思う。

 只でさえ初の実戦任務という状況の中である。無駄に不安を駆り立てられた方としてはたまったものではない。

 彼の(いち)ファンであるとは言え、正直私も少々苛つきを感じてしまう程だ。

 

 そしてウィルゾの犯した罪(テキトーな報告)に対しベージンス隊長がとった行動が、武技による肉体強化からの鉄拳(断罪)だった。

 拳からは陽炎のような(オーラ)が放たれ、隊長の異名の由来にもなっている長いポニーテールはゆらゆらと揺れる。

 私は直接見ることはなかったためあくまで予想という前置きが必要になるが、悪鬼が如き形相で殴りかかったのは想像に難くない。

 その証拠に、隊長の表情が見える角度に立っていた隊員達の顔が恐怖に凍りついていたのを見た。

 悪鬼の様……なのかは兎も角、私の予想は当たらずとも遠からずといった所の様だ。

 

 

 

 

 

 とまぁそんなことがあって、現在私達は気持ちの切り替えを終えてから――主にベージンス隊長が――目的地の村に向かっている所だった。

 但し私とベージンス隊長、そしてウィルゾの三名のみだ。他の隊員達は元の場所で待機中である。

 これは此方の意図したものではなく、偵察隊側を率いているゴーゼン隊長――普段は私達の副教官――の指示らしい。

 最初私達一同はその指名に疑問を覚えたが、何故かベージンス隊長とウィルゾは納得したらしく結局三人で向かっている。

 

//※//

 

「アイツは……、ゴーゼンの奴はお前の実力を分かった上で指名してきたんだろう」

 

 風を切る音と共に耳に届いた隊長の言葉。

最初どういう意味か分からなかったが、横を走るウィルゾが見かねた様子で教えてくれた。

 

「君が本当は出来る女だってことさ」

「え? それって?」 

 

 疑問符が頭の上でダンスを踊っている私を見てベージンス隊長が急ブレーキをかけた。

 あまりに急なことだったので私はバランスを崩しかけるが、寸でのところを王子様が救ってくれた。

 ウィルゾが私の手を取り、勢いを殺す為にくるりと回転しながらそのまま抱きかかえたのだ。

 まるで物語の御姫様のように抱えられてしまう私は、夢にも思わない出来事に慌てふためく。

 

「ほえぇっ!?」

「御嬢さん、足元がお留守ですよ」

 

 何とも憎らしい演出だ、やはり神はいたのだ。……ではなく、助かった。

 しどろもどろに礼を口にするが、自分で分かってしまう程に顔が赤くなっているのが尚更恥ずかしい。

 竜の場合は口からだが、私の場合だと火は顔から出るようだ。

 頭の中で宮廷音楽団が演奏を開始するが、そこへ隊長の咳払いが割って入った。

 

「あー……、いちゃついている所悪いが続きをいいかな?」

「ふえ? あっ、はい!」

「失礼しました。勿論ですよ、ベージンス隊長」

 

 私は赤面したまま、ウィルゾは爽やかな笑顔(イケメンスマイル)で互いに距離をとる。

 そんな私達に呆れたように溜め息を吐きつつ、隊長は続きを口にした。

 

「いいか? 結論から言うとだな――」

 

 『お前は強い』。

 とても信じられないことだが、確かにそう告げられた。

 その証拠はゴーゼン隊長が選抜した今回のメンバーにも表れているとのこと。

 両者の接点がまるで見えないというのが顔に出ていたのか、「今言ったことは一度頭の片隅にでも置いてくれ」という前置きをした後、隊長が丁寧な説明をし始めた。

 

 そもそもウィルゾの話からして包囲網の人数が足りていない訳ではなく、そのことから自分達は別の理由で呼ばれた可能性が高い。それが前提だと隊長は言った。

 何故なら、頭数が欲しいだけなら三名というのは少な過ぎる上、わざわざ隊長である自分が呼ばれる筈がない。

 経験を積ませるべき多数の候補生達(シャルナー隊)を放置し、尚且つ隊長である自分を含めた今のメンバーを選抜したのは別の意図がある筈。そう隊長は話を進める。

 その様子はまるで講義のような雰囲気すら感じ取れた。

 

「思うに今回選抜されたメンバーは、私やウィルゾといった実力者を意識したものである可能性が高い」

 

 隊長は私達に警戒を促すように言葉を綴った。

少々説明口調のように感じるのも、やはり相手が教官だからだろうか。

 まとめとして今回抑えるべき点は二つだと、隊長は指を立てて言った。

 

 一つ目は、ウィルゾからもたらされた情報から鑑みるに、偵察隊は包囲網の補充要員を欲している訳ではないということ。

 二つ目は、何故か実力者を選抜していること。

 この二つから導き出される答えが【現状ないし、後に起こるであろう突発的な障害に少数精鋭を組み込んでの対応】。

 そしてそれに選ばれる『お前は強い』に繋がる、と隊長は言った。

 

 つまるところ、今のメンバーは強い順に選ばれた少数精鋭ということなのだろう。

 だが、その中に自分がいるのがやはり不思議だった。体術に秀でた者ならば私以外にも候補がいる筈なのだから。

 一応、相槌を挟みながら話を聞いていたので私が理解したと思っていたのだろうか、きょとんとした顔を見て隊長がもう一度口を開きかけるが、言葉を飲むようにすぐ閉じられた。

 

「……もういい、先を急ぐ」

 

 頭を振って隊長は前を向き直す。その表情には苛つきが、背中には寂しさが見えた……、そんな気がした。

 分からない。何故そんな表情(かお)をするのか。

 期待? まさか私に期待でもしてくれているとでもいうのだろうか?

 いっそ最近発現に気付いたあのこと(・・・・)のことを隊長に話すべきか。そんな考えがよぎる。

 

 『生まれ持った異能(タレント)

 

 私の国では神からの贈り物と呼ばれているもので、何かしらの方面に活かせるような特殊な力のこと。

 但し本人の望むもの、要するに自身の職業などに適したものが得られる訳ではないらしい。

 本人が料理人にもかかわらず、暗殺者向けの力が発現するといった事例がざらにあるようだ。

 そんな大半が外れと切り捨てられる中、今回私に宿った力は内容・質共に非常に強力なものだった。

 普通に考えたら大変に喜ばしいことと言うべきだろう。

 なにせ『神からの贈り物』なのだ。上層部の人間も諸手を上げて歓迎してくれるだろう。

 私も自身の目的(兄に近くに行く)に活かせると思っている。

 

 でも、私はその考え(隊長に伝えるの)をやめることにした。

 そんなことをしたらどうなるか容易に想像出来たからだ。

 私を好意的に見るのはほんの一握りだろう。

 只でさえライバル意識が存在する中でそんな燃料を投下すれば、私にとって益々過ごし辛い環境が出来上がる。

 大多数――特に同じ候補生達――はより一層……その、なんだ、侮蔑? 警戒? 嫉妬?言い方は兎も角それらの色を強めるに違いない。

 

 怖かった、周囲の目が。

 怖かった、これ以上の圧が。

 だから言えない。私が隠しているものはそれだけの影響力がある。

 

 それでも、認められること自体は純粋に嬉しかった。その気持ちに偽りはない。

 なにせ私が力を隠している以上、隊長方は純粋に私の力だけで評価してくれているのだから。

 

――けれど、やはり駄目だ。

 

 兄という才能の塊を見続け、比較され、卑下され、私という存在は大きく歪んだ。劣等感の塊に。

 純粋に嬉しいが、それを表に出すことは出来ない。

 

 ……段々、自分が何をしたいのか、どうなりたいのか、何を考えているのか分からなくなってきていた。

 思考の袋小路というやつなのだろうか。

 結局『僅かながらに期待されている可能性がなきにしもあらず』というよく分からない答えを出し、私は隊長とウィルゾの後を追った。

 

 

//※//

 

 

「……妙だな」

 

 目的地の村に着いた途端、ベージンス隊長が違和感を呟く。

 これに私とウィルゾが同意する。

 この村には味方・討伐対象を含め最低でも二十人近くの人間がいる筈なのだ。それなのに気配はまるでない。あたかも村全体が死んでいるかのように(・・・・・・・・・・・・・・)

 何か異変が起きたことを前提に、私達は警戒レベルを引き上げながら進むことにした。

 

 事前に小さな村とは聞いていたがそれなりに家屋はあり、私達は物陰を移動しながら最奥の建物に向かう。

 やがて一軒だけ僅かに明かりが漏れる家屋までやって来た。

 しかしそこにもやはりと言うか人の気配はなく、蝋燭と思われる明かりが不気味さに拍車をかける。

 

「……二人共用心しろ、何かおかしい。ここに来るまで討伐対象どころか偵察隊のやつらさえいなかった」

「……」

 

 私は思わず手に力を込める。

 状況の不可解さもさることながら、隊長の表情に陰りを見たからだ。

 どう転んでも悪いことだろう。

 

「ウィルゾが離れた後に何かが起こ……いや、はっきり言うべきだな。……何者かがこの村にいた者を皆殺しにしている可能性が出てきた」

 

 耳を疑いたくなるような言葉。

 彼女はこの村に待機していた筈の偵察隊が、ウィルゾが部隊から離れ、私達と共に戻ってくる間に全滅させたられたと言ったのだ。

 確かに村に来るまである程度時間がかかった――主にウィルゾのせい――のは事実だ。しかし彼等(偵察隊)も国の未来を背負うであろう者達。それがある程度(・・・・)の時間などで敗北などするだろうか。

 

 しかも先に潜伏している偵察隊は私達シャルナー隊とは違い、既に実地任務をいくつもこなしている者が選ばれている。

 要するに経験豊富な人材というやつで、私達よりも長く訓練をしている為能力もシャルナー隊より高い。

 更に偵察隊を率いているのはベージンス隊長が実力を認める副教官。決して一筋縄ではいかない相手の筈なのだ。

 にもかかわらず隊長は既に偵察隊が全滅していると考えている。これには流石のウィルゾも動揺しているように見えた。

 只、私はここで隊長に異を唱えた。

 

「……きょ、強制的に転移させられたという可能性はどうでしょうか? 相手の目的が仲間を逃がすためのじ、時間稼ぎとかなら、短時間での全滅より可能性としては――」

 

 つまり魔法や罠などによる強制転移ならば直接戦闘よりも短時間で、しかも皆殺しにするより容易なのではということだ。

 本国で正規の特務部隊が高位の術者を介して使用していると聞いたこともあり、それを相手に使えばという安直な考えが口に出たのだ。

 でも、その考えは溜め息混じりの隊長によって即時否定された。どう考えても呆れている顔だ。

 

 隊長は私の時間稼ぎという考え方(現時点の目的)は合っているかもしれないが、強制転移(手段)の方は様々な理由から現実的ではないと言った。

 恥ずかしながら大前提を時空の彼方に捨て去ってしまっていたようだ。

 強制転移の魔法というものの強大さを。

 

 私の考えを実現させるには強制転移――第六位階前後――というまさしく人外、伝説級の魔法を使用出来る術者は勿論のこと、教官クラスを含めた偵察隊を即時無力化、もしくは強制転移を行使出来る隙を生み出す手練れの補佐が必要になる。

 罠の場合にしてもそうだ、未踏の最難関ダンジョンに設置されるような物を用意出来ることが最低条件である。

 しかも偵察隊全員を転移させるとなると、罠も人材もそれぞれが複数必要となる。

 我が国にも使用出来る術者が存在するとのことだが、レジタンスというのも烏滸がましい寄せ集め集団にそれが出来るのかは言うまでもない。

 

「そうなると、隊長はやはり彼等(偵察隊)が純粋に全滅させられたとお考えなのですね」

「かの逸脱者(帝国のフールーダ)のような魔法詠唱者(マジックキャスター)が何人も存在し、そいつらがこの場所で我々と敵対……というよりは遥かに現実的だ。

 ……なにより、ここに来るまで少し血の臭いがした」

 

 質問をしたウィルゾがこくりと頷き、私だけが気付いていなかったことに私は気付く。

 それなら……と、私はもう一つの考えを口にしようとしたが、それは突然の衝撃によって阻まれる。

 危険を察知した叫びと共にいきなり突き飛ばされ私は地面を転がった。

 

「ぐうっ!」

 

 そして、続けざまに聞こえたのは誰かの呻き声。

 すぐに起き上がり声の方向を見ると、そこには肩を押さえるウィルゾの姿があった。

 月明かりと目の前の家屋から漏れた灯りという僅かな光源であったが、何が起きたかはすぐに理解出来た。

 彼の肩には小振りなナイフが突き刺さっていた。

 その光景に私は目眩を感じるが、隊長に激を飛ばされギリギリで意識を戻す。血が苦手なのはいつまでもたっても変わらない。

 このことで散々怒鳴られたのを思い出し、それを燃料に私は動く。

 出血の危険性を理解しながらも、毒が塗られていることを警戒して恐る恐るナイフを抜く。

 そこへ隊長から非常用のポーションを渡された。

 

「使え!」

「は、はい!」

 

 傷口に直接ポーションをかけ、苦痛に顔を歪めているが見たところ毒に侵されている様子はない。

 肩を押さえたまま立ち上がろうとするウィルゾを制し隊長の方に目をやると、彼女は少し離れた闇の向こうを見据えていた。

 

「出てこい、そこにいるのは分かっている」

 

 それに呼応するかのように闇がうぞり(・・・)と動きだし、やがて一人の人物が現れる。

 

「ホッホッホ、お呼びかね御嬢さん?」

 

 




 今回プライベートでドタバタが続き、精神的にかなり参ってしまい投稿が遅れました。
 話の続きを待って頂いた方々にこの場を借りて謝罪させて頂きます。
 次回からも更新は不定期ではありますが、話の大まかな流れなどは決まっていますので、カットしていく部分も多いとは思いますがドンドン書いて行きたいと思っております。
 それでは、次回からも宜しくお願い致します。

 いつも通り誤字・脱字、または妙な表現など違和感を覚えるものなどありましたら御一報を。


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