コードギアス 俺の妹がこんなに可愛いくないだとっ! (札樹 寛人)
しおりを挟む

魔人 が 転生した日

 ダーーーーーーーン!

 

 2つの銃声が鳴り響く。

 その銃弾はお互いを仕留めるには至らない。

 しかし、復讐に燃える白の騎士は、既に相対する黒の魔人の懐に飛び込んでいた。

 お互いの近接戦闘の技術差は明白だ。白の騎士の繰り出す蹴りは黒の魔人を完全に捉えていた。

 

 宿命の対決は、白の騎士に軍配が上がった。

 合衆国日本を掲げ、超大国ブリタニアに挑んだ黒の騎士団は

 総帥である黒の魔人ゼロが敗北した事により地力で勝るブリタニアに各個撃破されていった。

 

 そして、神聖ブリタニア帝国は、ゼロの処刑を発表した。

 世界を揺るがした奇跡の男、ゼロの死亡……

 

 これを以てブラックリベリオンと後に呼ばれる反逆は終わりを迎えたのであった。

 

『コードギアス 俺の妹がこんなに可愛いくないだとっ!』

 

 俺の名前は京介。高坂京介だ。

 日常に退屈しているだけのただの高校生だ。

 周りの人間を愚かと見下す程度に普通のな。

 

「ただいま」

 

「アハハハ。えーマジでー」

 

 リビングの方から女の声が聞こえた。

 どうやら電話に夢中になっているようで俺の帰宅に気付いた様子は無い。

 いや、仮に彼女が気づいていたとしても俺に返事を返したかは甚だ疑問ではあるが。

 もっとも俺としても、彼女とわざわざ仲良く話そうとも思わない。

 彼女の名前は高坂桐乃……まぁ、何だ……不肖の妹だ。

 

 そして、はっきり言うが俺と彼女の仲は最悪と言っていい。

 声を大にして言おう。「俺の妹がこんなに可愛くないわけがない」と。

 容姿は、悪くは無い。いや、町を歩けば衆目が振り返る程度には整っている。しかし、所詮は凡俗だ。

 俺の妹はもっと可憐であるべきだ。外見だけの話ではない。そうでなければならない……どうしてこうなった!

 

 高坂桐乃……血の繋がった妹の存在をどういう訳か俺は許容する事が出来なかった。

 だが、家族である以上は毎日顔を合わせる。そこで無駄なストレスをため込むのも愚かしい。

 俺は妹には優しい兄の仮面で、しかし必要以上に関わらないように接してきた。

 表面上の家族円満くらいは取り繕うつもりなのだが、俺の苦労を知ってか知らずか

 桐乃の態度は硬化の一途を辿るばかりであった。

 

 俺が思考に費やした時間はそんなに長くなかったと思うがいつの間にかリビングからの声は聞こえなくなっていた。

 どうやら電話は終わったようだ。静かになったリビングに入ろうとドアノブに手をかけようとした瞬間

 

「おあぁ!」

「キャッ」

 

 リビング側から扉は開かれ俺は前のめりに倒れこんでしまった。

 そして扉の向こうに居た、俺の「妹」を押し倒すような形になった。

 言っておくが不可抗力だ!

 

「な、何よあんた!どきなさいよ!」

 

 押し倒していた時間は数秒にも満たないだろう。

 妹の罵声で冷静さを取り戻した俺はゆっくりと立ち上がった。

 

「悪かったよ桐乃。大丈夫かい?」

 

 この結果を招いた責任はお互いにあるとは思うが

 それをわざわざ言っても仕方のないことだろう。

 俺は一応のマナーとして、まだ倒れている彼女に手をさしのばした。

 

「フンッ」

 

 その手を払いのけて桐乃は不服そうに呟く。

 

 この女……!この俺の妹であると言うならば……

 

『ごめんなさいお兄様。私が焦って飛び出したばかりに……』

『良いんだよナナリー。俺なら平気だ。でも、気をつけなきゃダメだぞ

 お前の体に何かあったら俺は……』

『お兄様……そんなにも私の事を……』

 

 こうだっ!!これがあるべき姿だろう!それに比べてこの女はなんだっ!

 いや、よそう。この妹にそれを求めても仕方がない。俺の妹は残念ながら可愛くない。それが結論だ。

 気を取り直して俺はぶつかった際に散らかった桐乃のバッグの中身と思しき物を集めようと手を伸ばした。

 

「さわんなっ!自分でやるから良い」

 

 ……落ち着けルルーシュ。妹に手をあげる等と言う行為は、俺の矜持に反する。

 これ以上、己の葛藤を強めないためにも、早々にこの場を去る事にしよう。

 落としたバッグの中身をかき集める桐乃を尻目に俺はリビング奥の台所へと歩を進めた。

 この結果からも明らかだろう。俺と俺の「妹」の間には絶対守護領域よりも強固な壁が既に形成されている。

 

 どうしてこうなったのか。 それは正直なところ、俺自身も良くは分っていない。

 気が付いた時にはこうだったとしか言いようがない。 はっきり言って違和感しか感じない。

 それは、俺だけでは無く、桐乃自身ももしかしたら感じている事なのかもしれないが……

 

 先ほどの衝突より数刻。

 そろそろ明日の課題でも片づけておこうかとテレビを消し、俺はリビングから出ようとした。

 

「…あれは?」

 

 リビング出口の片隅に置き忘れられた見なれない物体が目に留まった。

 どうやらディスクケースのようだが……先ほどの桐乃がぶちまけたバッグの中身か。

 何気なく拾い上げ、その物体を凝視する。

 

「ほしくずウィッチメルル……?」

 

 アニメ調の絵が描かれたピンク色のパッケージ

『ほしくずウィッチ☆メルル』と書かれたそれはこの家においては異彩を放っていた。

 

 桐乃のバッグの中身と言う先ほどの俺の考えは撤回しよう。桐乃と言う妹はこういったアニメに興味がある層とは対極に存在している。

 もしも彼女の所有物であるとするならば、何らかの強制力によって彼女が動かされている可能性の方を疑った方がいい。

 創作物で良くある特定の人間を自由に操れると言うアレだ。

 ならば、これは誰の持ち物か。父と母……父は無口ではあるが、どこかの人非人とは違い好感すら持てる厳格が服を着ているような人物だ。

 母は、小うるさい部分はあるが、非常に平均的な母親像と言えるだろう。「閃光」などと言う二つ名を持っている事も無いだろう。

 

 この二人がこういった物を所有している……どちらにしても中々に考え難い。

 

 思考を巡らしながら、俺はパッケージを開いた。

 

「な、なんだ……これはっ!!?」

 

 俺は驚愕の声を上げていた。

 そこには在るべきものは無かった。

 そこにあったのは本来あるはずの物以上の異形の存在。そこに在ってはならない物。

 

『妹と恋しよっ』

 

 R18のマークが躍るゲームディスク。

 開いてはいけないパンドラの箱を開いてしまった気分だ。

 仮にこれが父、大輔の所有物だとすれば俺は彼を見る目を改めなければならない。

 まさか声だけで無く、人生そのものがまるで駄目な大人、略してマダオなどと思いたくはない。

 

 しかし、妹と恋……か。

 

 検証してみる必要があるだろう。

 言っておくが、このディスクに描かれた少女が俺の理想の妹に似ていたなどと言う不純な動機ではない。

 俺はこのディスクの所有者を突き止めるために更なる情報を必要としている。

 そのためにはプレイしてみなければ見えてこない事もあるだろう。 そうだろう?

 

 

 部屋に戻り俺はPCを立ち上げると。すかさずゲームディスクを挿入した。

 脳内では「チャンチャーチャーンチャー タラララ♪」と盛り上がるBGMが鳴り響いている。

 ゲームが起動したようだ。俺は両腕をクロスし、精神を統一するとキーボードを叩き始めた。

 

「フハハハハハハ!!」

 

 

 

 

 

「ふぅ…………」

 

 下らないゲームだった。

 ただただ、テキストを読み進めるだけで遊戯としてのレベルは非常に低い。

 プレイヤーが唯一介入出来るのはたまに出る選択肢だけだが

 この主人公の選択にはまるで共感できるところは無い。

 優柔不断としか言い様が無い軟弱な男。 俺がもっとも唾棄するような存在だ。

 

 しかし、それらの不満点を除けば読み物としてはそう悪くはない。

 特にしおりの健気さは特筆に値する。この部分のテキストとキャラのデザインを手掛けたスタッフにはこの俺も惜しまぬ賞賛を贈ろう。

 

 

 ……あ、あくまで読み物として悪くないと言っているだろうっ! 他意は無い!

 

 

 

 弁明するわけでは無いが、俺は本来の目的を忘れたわけではない。

 このゲーム内容から持ち主を特定するのが今回のミッションだ。

 実際にプレイしてみて、このゲームの内容より所有者のプロファイリングも可能だろう。

 

 つまり……我が家でこういったゲームを楽しめそうなのは……

 

「俺か……」

 

 バカな……俺はこんな答えに辿りつくために数時間を無駄にしたのか!

 仕方ない。ならば少し探りを入れてみる事にしよう。

 家族全員が揃う夕食の時間は数刻後に迫っている。

 

 

「ごはんよー」

 

 階下から母の声が聞こえる。どうやらステージは整ったようだ。

 

 リビングに入ると既に父と桐乃は机を囲んでいた。

 母は味噌汁を注いでいるようだ。父と母に見たところ変わった所はない。

 先ほどまで出かけていた妹の様子は…………少しばかり顔色が優れないように感じる。

 もっとも、顔色だけで答えが出るわけも無い。

 

 始めようかショータイムを。

 

「そういえばさ」

 

 俺は家族全員が席につき食事を始めたのを見計らい軽い調子で話題を投げかけた。

 テレビからはアニメ等のオタクカルチャーを取り上げた番組が流れている。この番組が今日やっていたのは運が良い。

 この流れの中で俺がこの話題を切り出すのは不自然では無いだろう。"所有者"以外には。

 

「最近、クラスでアニメが流行っててさ」

「そうなの?あんたも見てるの?」

「まさか。俺は余り興味無いんだけどね。友人に勧められてるんだ。

 確かほしくずウィッチ☆メルルとか言ったかな」

「何それ?そういのってオタクっていうんじゃないの?

 やめときなさいよ。ああいうのってニートの予備軍なんでしょ?

 せっかく、あんたは成績も良いのに……」

「そうかな? 父さんはどう思う?」

「……進んで悪影響を受ける必要もあるまい」

「それもそうだね。じゃあ、”今日の昼”友人が押し付けて来たDVDとゲームは返しておく事にするよ」

「そうよー、あんたは東大にも行けるって先生も言っているんだから」

「ハハハ、そんなに期待しないでよ母さん」

 

 さて、大掛かりな仕掛けがあるわけでも無い、簡単な釣りを行ったわけだが

 父と母に不審な点は無い。 俺の見たところ、まさにこういった文化に興味の無い一般人と言った反応を示している。

 やはり、この二人が所有者と言う考えは捨てた方が良さそうだ。

 真実とは、有り得ない事を消して行けば必ず辿り着く。

 

 つまり――!

 

「………………………」

 

 桐乃は押し黙り、俯いていた。食事は全く進んでいない。心なしか手にもったスプーンが震えている。

 どうやら俺の妹はこういった局面でポーカーフェイスを作れる性分ではないようだ。

 ここまで来れば、答えはもはや明白だ。

 

「どうしたんだ桐乃?気分でも悪いのか?」

 

 俺はとびきり優しい声色で桐乃に話しかける。

 父や母からは、何時も通り妹を心配する優しい兄として映っているだろう。

 だが……桐乃は恐らくこう思っているはずだ。

『こいつに知られた』と――

 

「ごちそうさまっ」

 

 俺の方を睨むと忌々しげに吐き捨てて桐乃はリビングから出て行ってしまった。

 

「どうしちゃったのかしらあの子」

「むぅ」

「あの年頃にはありがちな反抗期じゃないかな?」

「そうかしら……?」

 

 両親ともに桐乃の不自然な行動の理由には気づいていない。

 例の物を目撃していない彼らには、俺の話と桐乃を結びつける事は不可能だろう。

 しかし、驚いたな。まさかあの妹がああいった物を所有しているとは。

 どういった経緯であの趣味に走ったのかは分らないが、そこまで詮索する必要も無いだろう。

 俺はただ不可解な現象の究明をしたかっただけで、それは達成された。

 "妹思い"の優しい兄としては、この辺で幕引きだ。

 

 普段ならば夕食の後は直ぐに部屋に引き上げるのだが

 今日はのんびりとリビングでコーヒーを飲みながら父とこの国の情勢について久しぶりに語ってみる事にした。

 警察官と言う立場である父の見解というものは、俺にとっても多少は興味深いところもあった。

 

 

 さぁ、時間は与えたぞ桐乃。

 

 

 1時間程父との親子の会話を楽しんだ俺はリビングを出て自分の部屋に続く階段を登っていた。

 俺の思惑通りに桐乃が動いたならば……既に俺の部屋にはあのゲームは既に存在しないだろう。

 この状況は想定した38のルートの1つだった。

 

「予定通りだな」

 

 部屋に戻ると、机の引き出し中に隠しておいた例の物は消え去っていた。

 与えてやったあの時間で桐乃は鍵のかからない(非常に残念な事であり是正して貰いたい部分だが)俺の部屋に侵入し

 件のゲームをメルルのパッケージごと持ち去ったと言う事だろう。

 桐乃も愚かではない。食卓での発言と机の上に置かれたゲームで俺の意図は十分に理解したはずだ。

 

 とは言え現物を手放した以上は桐乃がしらばっくれれば証拠は無いが

 あの様子だと十中八九あれは借り物などでは無く桐乃自身の持ち物だろう。

 そして何かあった際に俺の進言次第では親の強制捜査が部屋に入る恐れが有ると言う事だ。

 残念ながら成績優秀で品行方正な俺は桐乃以上に親の信頼を勝ち得ている。

 もう少し出来の悪い兄ならば両親は桐乃を全面信頼し有耶無耶に出来ただろうに

 

「フフフ……フハハハハハハハ!! 運が悪かったようだな桐乃!」

 

 とは言え、俺は他人の趣味をどうこう言う気はないし

 そういった事態を俺の方から引き起こそうという気も無い。

 ただ生意気な妹への交渉カードとして持っておく事で、多少なりとも

 妹の俺に対する態度が緩和されれば良い。その程度の物だった。

 

 最近の桐乃の俺に対する風当たりへの予防策のようなものだ。

 心得えておけ桐乃。 撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだと!

 

 俺は高らかに勝利宣言をするのだった。

 

 俺がすべき事とはこんな事だったか……そんな疑問は頭の片隅に押し込んだ。

 

 つづく

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

契約 の 人生相談

『うう………やめろ……俺の妹は………』

 

『お兄様―』

『ありがとうございますお兄様』

『お兄様、ご無理はなさらないで下さいね』

 

『あー、うっさい』

『はぁ? マジでうざいんですけど』

『チッ なんなのよ、もう』

 

『ち、ちがう……俺の……俺のあるべき世界は……』

 

『シャルル・ジ・ブリタニアが刻むぅぅ! ルルーーシュゥゥ お前は――――』

 

『や、やめろぉぉぉぉぉ!』

 

 

 ドスンッ

 

 

 ぐぅ……体が重い……

 何者かが俺の布団の上に伸し掛かっているような感覚が俺を襲う。

 一体何が起きているのか?今更金縛りを霊体験などと言うはずもない。

 現状を確認するために両の眼を見開く。

 

 

「おああっ!」

「ちょっ……静かにしなさいよ」

 

 拙い! 追い詰めすぎたか。

 実力行使で俺の口を封じ込めに来るとは……!!

 このパターンに対する対応策は……!!

 

 寝起きのせいか頭が余り回らない。

 はっきり言って、容姿頭脳では桐乃に後れをとるつもりは全く無いが

 神は俺に幾つもの才能を授ける代わりに、運動神経と言うものを与え忘れたらしい。

 一方で、この妹は運動と言う点においてはこの俺を既に凌駕している可能性がある。

 

 そうは言っても、高校生男子と中学生女子だ。

 いくら何でも正面からならば中学2年生の妹に後れを取る事は無い(はずだ)

 が……既にマウントを取られたこの状態では、俺が不利だ。

 

「ど、どうしたんだ? 桐乃。こんな夜更けに」

 

 なるべく刺激しないように努めて平静を装い言葉を投げかける。

 まさか、このような結果を招くとは……早急に部屋に鍵をつけるべく両親に打診する必要が有る。

 

「自分の胸に聞けば分るでしょ」

「さっぱりだな。 俺は夜更けに男の部屋に忍び込むような破廉恥な妹が居る等と思った事も無かったよ」

 

 皮肉めいた言葉を桐乃に向ける………言うな。妹にマウントを取られた姿で何をやっても情けないとか。

 

「あんた……何のつもり?あたしのアレ見たんでしょ?」

「アレとは何の事だ? 俺には、皆目見当もつかない」

「ふっざけんな! あんな風に情けでもかけたつもりなの!?」

 

 ほう、どうやらアレが茶番だと言う事には気付いているようだな。

 もっとも、別に情けなど掛けているつもりは無いのだが

 

「フッ……そうだな。不肖の妹に据えるお灸として十分過ぎた。 もはや俺がアレを持っていても仕方ないだろう?」

 

 どうでも良いが余り密着するな。 クソッ! 何でそんな薄着なんだ桐乃!!

 俺の兄としての威厳が保たれているうちに何とかしなければっ!

 既に保たれていないなどと言う戯言には一切耳を貸すつもりは無い。

 俺は状況をどうにかしようと策を思案する。 所詮は、中学生の子供だ。巧みに思考誘導出来れば……

 俺の考えが纏まる前に、妹はゆっくりと腕を天に挙げて行く。

 

「……おい、桐乃。何故、拳を振り上げている。やめろっ!」

「証拠は回収したんだし、あとはあんたの記憶さえ抹消出来れば……」

 

 ぶつぶつととんでもない事を呟く我が妹。

 ほ、本気かこの女!! 絶対に記憶は消えないだろうが、俺の灰色の脳細胞が一定数死滅するのは間違いない。

 

「ば、バカかっ!! やめろっ! そんな物理的な衝撃で記憶が操れるか! 記憶を操るならば……」

 

 ――――

 

 ……ならば何だ?

 俺は何を言おうとしたんだ。

 いや、今はそんな事よりこの状況を打破する事が先決だ。

 俺は心を落ち着けながら、再び平静な兄を装う。

 我ながら、こういった演技は堂にはいった物だと思う。

 

「勘違いするな桐乃。 元より他言するつもりなど無い」

 

 これは本音だ。あくまで桐乃への牽制用のカードとして考えていただけで、わざわざ俺からこの秘密をバラすつもりは無い。

 

「………」

 腕を振り上げた状態で桐乃の動きが止まる。

 俺の言葉の真偽を探っていると言うところだろう。

 面倒だが、ここは”良い兄”を演じ切るしかない。

 幾つもの策の中から、俺が選んだのは何時も通りの平凡な策だった。

 

「当り前だろう?

 俺はお前がどんな趣味を持っていても気にしない。

 俺がそんな事に拘るような小さい男に見えるか?」

「え? 見えるけど」

「…………」

 

 悪びれずにあっさりと言い放つとはな……

 この女……本気で妹を殴りたい等と思ったのは生まれて初めてだ……!

 どう考えても俺の中にある妹像と違い過ぎだ。

 

 そこで言うべきセリフは……

 

『そうですよね。 ごめんなさいお兄様……お兄様の事を疑ってしまって……』

 

 こういう感じだ!! これならば俺も納得する。

 何時からこうなったんだ、この妹は……

 小さい時はもっと可憐な妹だったような気がするのに

 それとも俺は自分でも気づかない内に過去を美化してしまっているとでも言うのか。

 

「それはとんでも無い誤解だな……」

 

 良いから早くその拳を下せ。

 こんな事で俺の脳細胞を減らすわけにはいかない。

 

「約束だ桐乃。 俺はお前がどんな趣味嗜好を持っていても決してそれを卑下したりはしない」

「ふーん……そこまで言うなら信じてあげてもいいけど……」

 

 桐乃はようやく拳を下すと、俺へのマウントを解き、ベッドから降りたのだった。

 何とかいろいろな意味で兄の尊厳は守れた……か? チィッ! それにしてもこのような結果を招くとは……

 夕刻の俺に言ってやりたい、平時だからと言ってシミュレートが甘すぎると。

 これが本物の戦争だったら次は無かったかもしれない。 肝に銘じておく必要がありそうだ。

 

「まぁ、良いわ。話が有るからちょっと来て」

「ここじゃ駄目なのか?」

 

 当然の事だが、話と言うのは例の物に関した事だろう。

 しかし、既に俺はこれ以上詮索をするつもりも他言もするつもりも無いと言っている。

 その上でしなければならない話とはなんだ?

 

「ダメ」

「……理由が分らないな。 俺は、己が納得が出来ない事で行動するつもりは無い」

「良いから。 来れば分るし……」

 

 真剣な瞳が俺に語りかけている。

 どうしても来てほしいと……

 

 ……不肖の妹とは言え妹か……

 そうだな、この俺が妹の願い事を聞かない等と言う事があるはずがない。

 俺がルル…………高坂京介である限りは……

 

 既に目は冴えてしまい、再び熟睡するのは難しそうだ。

 ならば、彼女の要望に少しの間だけ付き合ってやる事にしよう。

 

「分ったよ桐乃。 じゃあ、俺はどうしたら良いんだ? まさかこの時間に外に出るつもりじゃないだろうな?」

「違うわよ。 行くのは……あたしの部屋」

 

 確か、桐乃の部屋は俺の部屋の隣に位置しており、彼女の中学入学を機に元々あった和室を改修したものだったはずだ……

 しかし、まさか自分の部屋に招き入れるだと……!? 何のつもりだ桐乃……!

 少なくとも俺は、彼女が自分の部屋を得てから、一度たりともそこに踏み込んだ事は無い。 どういった心境の変化だと言うんだ……?

 

「入って良いよ」

「あ、ああ……」

 

 多少、俺の部屋より広いようだが、内装は大きくは変わらない。

 俺の部屋は白と黒でシンプルに纏めているが、桐乃の部屋は赤やピンクと言ったいかにも少女っぽいカラーで纏められているのが最大の違いと言ったところだろうか。

 

 妹の部屋とはこんな感じだっただろうか……

 もっとも、初めて妹の部屋に入った俺がそんな疑問を感じるのもおかしな話なのだが。

 

「あんまりジロジロ見ないで」

「初めて入ったんだ。 少しくらいの観察は許容して貰いたいところだな」

「ふん……勝手に色々触らないでよ」

「ああ、俺は勝手に人の部屋の引き出しを開けるような真似をしたりはしないさ」

 

 不敵な笑みと共に皮肉をプレゼントする。ぐぬぬ顔で黙り込む我が妹。

 口でこの俺に勝てると思わない事だな。だからと言って物理で来るのもやめて欲しいが……

 

「それで……この部屋でしか話せない話とは一体なんだ?」

「さっき言ったよね……あたしがああいうの持ってててもバカにしないって……」

「そうだな。 別に他人がどうこう言う事じゃないだろう、それは」

「本当にさ。本当に絶対にバカにしたりしない?」

「何度も言わせるな。指切りの上に宣誓してやっても構わない」

「あんた嘘吐きっぽいから……」

「グッ……」

 

 なかなかの洞察力だ。流石は我が妹だと褒めておこう。

 しかし、俺は妹と言うのはもっと素直であるべきだと思う。

 

「信用は俺の行動で判断して貰うしかないな。ここで幾ら言葉を重ねても信用など得られるはずもない」

「嘘だったら殺すから」

 

 ……再度、寝込みを襲われないように対策を考えておく必要がありそうだ……

 本当の本当に早急に鍵を取り付けるべきだろう。 殺傷性の低いトラップも念の為配備しておくべきか。

 妹に撲殺されるなど、俺の人生においてあってはならない事態だ。

 そんなバッドエンドはゲームや夢の中ですら御免だ。

 

「――あるの」

「すまない。 良く聞き取れなかった」

 

 思ってもいなかった言葉。

 想定外故に、俺はその言葉をきちんと認識出来なかった。

 

「だ、だから……人生相談があるの!」

「………は?」

 

 俺としたことが随分と間の抜けたセリフを吐いたものだ。

 

「お前が俺に……?」

「そ、そう……人生相談……」

 

 これは契約。力など与えられない上に、彼女の望みを叶えるだけの歪な契約。

 ……どこぞの魔女でも悪魔でも宇宙人でも、もう少しマシ契約条件を提示するはずだ。

 

 だが俺は既に引き返せない。元より引き返すつもりも無い。

 それが例え面倒事だけを溜めこんだパンドラの箱だったとしても躊躇わず開くだろう。

 何が有ろうと……どんなに可愛くなかろうと、どんなに反吐が出る程の生意気であろうと……”妹”が本気で望む願望は叶えなければならない。

 

 だから――



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

秘密 の コレクション

『高坂桐乃』

 彼女は二つの側面を持っている。

 一つは、完璧で優秀な今時の女子中学生と言う側面。

 そして、もう一つはーー その秘密に触れた時、ルルーシュは人生相談と言う枷に囚われる。

 

 * * *

 

 俺と桐乃は、何の変哲もない本棚の前に立っていた。

 そこに収められているのは、どれも当たり障りの無い本ばかりだ。

 俺の興味を引くような本は、そこには一冊も無い。

 

「すぅ」と深呼吸をすると、意を決した桐乃はその本棚を横に動かす。

 そこに現れたのは、元々和室だった事を想起させる、押し入れであった。

 なるほど……秘密の収納スペースと言う訳か。

 

 しかし、やり方が甘いな……

 この程度では、家宅捜査が入れば簡単に秘密は露見してしまうだろう。

 本当に隠したいものが有るならば、もっと厳重に……

 

 いや、普通の中学生がそこまでする必要も無いのか。 

 テロリストでもあるまいし。 どうも俺は事を大げさに考えすぎる癖があるようだ。

 

「元々和室だったじゃん、あたしの部屋。 リフォームした時の名残だと思う。 そんで……」

 

 言うか言い終わるか、桐乃は、押し入れの扉をスライドさせた。

 

「今、こういう事になってんの」

 

 な、なんだ……コレは……

 

 そこにあったのは、膨大な量のアニメ・ゲーム・漫画・フィギュア

 オタクカルチャーと呼ばれる物を、徹底的にコレクションしたと言わんばかりの

 膨大な品々が、俺の目の前に広がった。

 

 これだけの量集めるのにどれだけの資金が必要になるのか。

 そして消費し尽すには、どれだけの時間が必要になるのか、考えただけで頭が痛くなる。

 ここまでになると、もはや壮観……畏怖すら抱くと言っても過言では無い。

 俺は一番手前にあった、大きな箱を手に取る。

 そこには『妹と恋しよっ♪ 反逆の詩織R2』と書かれている。

 俺が昼間にプレイしたゲームの続編だろうか? 

 

「あ、それは最初はPS3から出たんだけど、パソコンに移植されてから別シリーズ化されたの。

  名作なんだけどねー、ちょっと内容もハードだし、コア向けだから初心者にはお勧めしないかな」

「そ、そうか……いや、ちょっと……整理させてくれ……」

 

 妹とはなんだ?

 俺の思考は目の前に積み重なったコレクションの数々に対してでは無く

 妹と言う概念に対する疑問の方に比重が置かれていた。 どうしてこんな事になったんだ。

 

 可憐にして優美……この世の全ての形容詞を用いたところでその魅力を余す事は難しい存在

 それが……その妹がハードでコアなR18のゲームをプレイしているだと……!?

 

 これは冒涜だ。 妹と言う概念に対する反逆と言っても過言では無い。

 認めない……認めんぞ俺はっ! そのような妹の在り方などっ!!

 

 昼間の一件は、1本くらいは若気の至りでどこからか入手してしまったものだろうと

 俺の中で勝手に結論付けていた。 故に今後のちょっとした交渉材料くらいにはなるだろうと言う程度の認識だったのだ。

 

 しかし、これは既に俺の想像を遥かに超えてしまっている。

 猫とじゃれ合っているつもりが、それはライオンだったという程の違いが有る。

 

 もはや言い訳は無用だ。 テロリストが重火器を隠し持っているのはある意味で当然だが

 まさか、妹が大量のエロゲ―だのアニメだのを隠し持っている等と想像すらした事が無かった。

 

 清楚にして貞淑……もはや、そこまでは桐乃に求めるつもりなど無かったが……

 ここまでと、予測を立てろと言うのは無理が無いだろうか。

 幾ら俺が優れた頭脳を持とうと、普通の思考をしていたら想像などするはずがない。

 

「ちなみにこっちがシリーズ3の「相貌の儀妹」、シリーズ2「亡国の妹」

  シリーズ9「漆黒の妹」シリーズ16「シスターレクイエム」」

 

 俺の苦悩を知ってか知らないでか、桐乃は普段とは全く違うテンションで俺の前に山を積み上げて行く。

 人間と言うのは、自分の趣味に関しては饒舌になるものだと言われるが、ここまで普段と態度を変えられると流石の俺でも多少、戸惑ってしまう。

 

「やたらと箱がでかいんだな……」

 

 何か言おうとしたが、俺もまだ混乱しているようだ。

 どうでも良いような疑問が口から出ていた。

 

「小さいのもあるよ。 これなんかは普通の円盤サイズだし」

 

 18禁ゲームについて語る妹の顔は、普段とは違い年相応に見えた。

 しかし……14歳の女が、18禁ゲームを語る時のみ年相応と言うのは如何なものなのか。

 世の中の妹と言うのは、実はこういうものなのか。 俺の考えがおかしいのか。

 

「でも、やっぱメインストリームはコッチなのよね、平積みでのインパクトが違うもん」

「最近では……コピーだの何だので大変らしいな、その業界も」

 

 少し前にネットニュースで得た知識で、桐乃に話を合わせて様子を伺う。

 言っておくが、断じて俺はこういったゲームに手を出した事は無い。

 昼間に少しだけプレイしたが、あれが最初で最後だ。 

 ご存知の通り、俺は好きなゲームを聞かれたら「チェスかな」と答える事が出来る程度の教養と実力を持っている。

 もしも、俺が好きなゲームを聞かれて「エロゲ―かな」等と答えようものならば、世の中に数多居る、この俺のファンが決して許さないだろう。

 

「ホントそう!! やっぱり優れた作品にはちゃんとお金出さないと! 

  そうじゃないと続編も出なくなるし業界も縮小されちゃうと思うのよね! その点あたしは――」

 

 喋り出したら止まらないと言った様相だ。

 

「そっちのアニメのボックスなんて5万円くらいしたけど、買って損は無かったしね!」

「ご、5万!?」

 

 こういった物はそれなりに値段がするのは分るが、それにしても高額だ。

 一介の中学生がおいそれと買えるようなものでは無い。 俺のようにFXや株で資産運用をしているわけでも有るまいし。

 

 ……まさか――まさかっ!?

 

「桐乃……お前が何をしようと俺は口を挟むつもりは無いが……この資金源……そ、そういう事では無いだろうな!?」

「はぁ? そういう事って何よ」

「これだけの高額商品を一介の中学生が揃える術……それは」

「高いって言っても服一着や二着程度でしょ」

「そういう事じゃない! 俺が言ってるのは……この資金源は……その……なんだ……」

「………あんた何想像してんのよ。キモッ……これだから童貞は」

 

 ……そんな目で俺を見るなっ!!!

 何だ、この視線は……妹と言うよりも別の誰かに以前に向けられた事が有るような気がする。

 しかし、こいつは俺の事をそういう目で見ていたと言うのか。

 この俺を! 容姿端麗にして、学校にはファンクラブすら存在するこの俺の事をっ!!

 全力で否定してやりたいが……フン、思いたい奴には思わせておけば良い。

 

「はぁ……ギャラよ。ギャラ。ギャラで買ってるの」

「ギャラ?」

「言ってなかったっけ? ほら、あたし読者モデルやってるから」

 

 事も無げにさらりとそんな事を言う。

 そして一冊のティーン紙を持ち出し、ぺらぺらとページを捲ったかと思うと俺に差し出してきた。

 そこに写っているのは……見間違うはずも無く、俺の妹であった。

 

「なるほどな……流石は俺の妹と言う事か……」

「は? なんかその言い方ムカつくんだけど」

「フッ、読者モデルとやらが出来るのがお前だけとでも思っているのか」

 

 部屋に戻ると俺も一冊の本を持ち出し、再び桐乃の部屋に戻ると、こちらをいぶかしげに見ている妹にお返しとばかりに差し出す。

 

「俺にもその程度の経験はある」

 

 ――男なら黒に染まれ

 そんなフレーズと共に紙面に踊るのはこの俺だ。

 片目を隠すようなポーズを取りながら、そこに写る俺は、自分で言うのも何だが決まり過ぎていて困るくらいだ。

 

 

「うわっ! ダサっ!」

 

 ふ、フフフ……

 …………美的センスの無い妹には困ったものだな。

 これで読者モデルなど務まるのか疑問すら生まれる。

 

 

 

 

 ……いや、ダサくは無いだろ……

 

 

 言っておく。 俺は別に傷付いてなどいない。

 素直になれない妹の妄言を聞き流す事など些細な事だ。

 勘違いだけはして貰っては困る。

 

 絶対に――!

 

 つづく



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゲーム と 妹

 ブリタニアの少年ルルーシュ……

 いや、今は千葉県千葉市の少年、高坂京介は妹と契約を結ぶ。

『人生相談』いかなる兄にでも雑用を押し付ける事の出来る絶対遵守の力

 その契約を以って、桐乃は兄に何を願うのか?

 

 * * *

 

「で、どう?」

「圧倒的にお前にセンスが無い事が分かったよ」

「……いや、あれは無いって。 誰も止めてくれなかったの?」

 

 ……落ち着け。落ち着くんだ俺。

 センスの足り無い妹にこれ以上の問答は無用だ。

 俺は折れそうになる心を繋ぎ止めながら、もう早く寝たいと言う思いに駆られていた。

 別に桐乃が大量のオタクグッズを隠していようが俺には関係の無い事だ。

 フッ、こんな低俗な趣味に走るからセンスが下がるんだ。

 やはりこいつは俺の理想とする妹とは程遠い。

 理想の妹で有ると言うならば

 

『素敵です! 流石お兄様ですね』

 

 とこのように持ち上げてくれるに違いないのだから。

 俺のそんな思いを無視するかのように桐乃は自分の言いたい事を続けてまくしたてる。

 

「だからー 私の趣味を見た感想よ! どう思った?」

「ああ……まぁ、驚いたよ」

「そんだけ?」

「正直言って、こういう物に興味が有るとは思っていなかった」

 

 これは率直な感想だ。

 最近では、オタクと言う物に対する偏見も過去に比べれば薄くなってきていると言う。

 アニメやゲームを動画サイトなどを楽しむ女子中学生だって決して少なくは無いのだろう。

 しかし、彼女は俺の知っている範囲ではそういった素振りを見せなかった。

 それに何より彼女が所有しているのは、アニメだけでなくR18の物まで含まれる。

 

 それは流石に、ちょっと闇でも抱えているのでは無いかと思ってしまうのも事実だ。

 

「やっぱりあたしがこういうの持ってるのっておかしいかな……周りだって皆……」

 

 突然しおらしくなってどうしたんだ桐乃。

 はっきり言って、この腹が立つ妹をそこまでフォローする必要が有るのかはわから無い。

 しかしーーそれでも俺はーー

 

「だからどうだと言うんだ」

「え?」

「周りの認識など関係無い。 世界とは自分自身の物だ。

 お前の世界にとって大事な物がそれならば、何人にも否定される物では無い」

「…………」

 

 どんなに可愛くなかろうと彼女は妹だ。

 俺は妹の世界は守らなければならない。

 こう考えてしまうのは何故なのだろうか。 それは宿命にも呪いのようにも思える。

 

「そっか……そーだよね。 たまには良い事言うじゃん!」

「たまに……? それは、お前が俺の話をきちんと聞いていないだけだ」

 

 桐乃の顔に明るさが戻った。

 俺の回答にどうやら満足したようだ。

 しかし……なんでR18の妹物のエロゲーなんだ?

 

 まさか……いや、しかし……

 この場合、想定されるパターンは……56通り

 その内の32が指し示すのは……50%を超える確率で……桐乃は……

 

「桐乃……一つだけ確認しておきたい事がある」

「……何よ」

 

 確認しなければならない……

 事と次第によっては、今後の生活に大きく関わってくる事になる。

 

「何故……ここに揃っているグッズ類の約67%を占めるのが……妹物のR18なのかと言う事だ」

「……なんで……だと思う?」

 

 桐乃の顔には、朱が差している。

 

 …………お、落ち着けっ!! これは想定の範囲内だろう!?

 そうパターン27及び31、37においてこの返しは想定している。

 更に桐乃の顔が赤くなっている、そこも計算に入れれば答えは簡単だ。

 しかし、この答えはーーこの答えではーー

 

 桐乃は徐々に俺との距離を詰めてくる……

 ま、待てっ!! 覚悟はあるのかっ!?

 撃って良いのは、撃たれる覚悟のある奴だけだっ!!

 

「このパッケージ見てさ、ちょっと良いと思っちゃうでしょ?」

「……は?」

 

 想定外の桐乃の言葉に、俺は本日数回目の間の抜けた言葉を放った。

 ……つまり……どういう事だ? この俺の思考が付いて行っていないだとっ!?

 

「だぁかぁらぁー! すっごく可愛いじゃん!」

 

 いや、確かに昼間に検証実験を行った際に詩織のキャラクターデザインは悪く無いと思った。

 思ったがーー俺は、瞬時に状況を整理する。 一旦ロジックの組み直しが必要だ。

 

「つまり……純粋に……18禁ゲームの妹キャラが可愛いから……好きだと?」

「うんっ!」

 

 満面の笑顔で返事をする桐乃。 そこには躊躇も後悔も何も無い。

 ただ、純粋に好きであると言う気持ちだけが滲み出ていた。

 

「ほんと可愛いんだって! 大抵ギャルゲーだとプレイヤーは男って設定だから

 お兄ちゃんとかおにいとか兄貴とか兄くんとか――その娘の性格やタイプに添って

 『特別な呼び方』でこっちを慕ってくれるのね。それがもう本当……グっとくるんだぁ」

「なるほど……お兄様……とかもあるわけか」

「……あんた……そう呼んで欲しいの」

「お前にそう呼ばれたいと思った事は無い」

 

 むしろ桐乃がそんな風に呼んで来た日には、俺の精神がヤバイ気がする。

 まぁ、そもそも兄と呼ばれた事すら無いような気がするが……今更だな。

 

 その後は桐乃によるキャラクタートークが延々と続いた。

 様々なゲームのパッケージを見せつけながら、黒髪ツインテールが良いだの

 清楚で大人しい娘は守ってあげたくなるだの……お前も妹と言うカテゴリに入る以上

 そういうキャラクター達を少しは見習ったらどうかと思うのだが……

 

 しかし、清楚で大人しい妹を守りたくなると言うのには心底同意出来た。

 むしろその為ならば世界を敵に回しても構わない。 そう、ナナリーに優しい世界を与える為ならばーー

 それを否定すると言うならば……間違っているのは俺じゃない。 世界の方だ!!

 

 ……頭が痛いな。 妹と妹トークをするという異次元空間に長くいすぎたようだ。

 時計の針も既に、深夜2時を回っている。 今日はそろそろ解散の頃合いだろう。

 

 最後に俺は一つだけ疑問をぶつけた。

 先ほどの回答。 可愛いキャラクターが好きだからと桐乃は言う。

 しかし、何故そもそも興味を持ったのかと言う事だ。

 

 家族では誰もこの手のゲームやアニメを趣味としている者はいないし

 少なくとも桐乃が友人とこの手の趣味を楽しんでるとも思えなかったからだ。

 

「それはーーその……」

 

 先ほどまでの生き生きとした表情は影を潜め、言い難そうにしている。

 

「わかんないの……自分でも……何時の間にか……本当に何時の間にか好きになってたの」

 

 自分でも判らない……か。

 趣味など所詮はそういうものなのだろうか。

 確かに俺も、清楚可憐な完璧な妹を何時から心の中で求めるようになったのか……良く覚えていないからな。

 

「あたしだって……こういうのが普通の女子中学生の趣味じゃないって分かってる。

 だから今まで隠してたんだし……でも、それでも、どうしても好きで好きでたまんなくて!

 あーもう買うしかないって気持ちになっちゃって! 毎日毎日、あたしに買わせようと情報更新するまとめサイトが悪いのっ!」

 

 ステルスマーケティングには気をつけろよ桐乃……

 

「ねぇ、あたしさ……どうしたら良いと思う。やっぱお父さんとかお母さんにも話した方が良いのかな……」

「間違っているぞ桐乃!!」

「え、え……?」

 

「別に家族だからと言って全てを曝け出さなければならないわけじゃない。

 俺も億単位の資産を運用しているが、父さんにも母さんにも言った事は無い」

「そっか……そうだよね……じゃ、やめとく……って億っ!?」

「もちろん冗談だ」

「……何となく、あんたやりかねないって思わせる何かがあるのよね」

 

 特に父親……奴には見せない方が良い。

 いや、こんな物、奴にとってはどうでも良い事か。

 子供が何に興味を持とうと……それは奴にとっては……

 

 ーーーー違う。 俺は今、誰の事を考えていた?

 普通にこんな物を見せたら堅物の父さんは、怒り心頭になる事だろう。

 

「やっぱ……拙いよね……バレたら……」

「そうそうお前の部屋に父さんが入る事もないだろう。 今日みたいなミスにだけは気をつけるんだな」

「うん、判ってる……」

 

 何かを求めるような目……ふぅ……何故だろうな。

 この目には答えなければいけない。 そう思ってしまうのは何の因果なのか……

 何故か、俺は父親が妹に対して、強権を発動するシーンだけは見たくないと思ってしまった。

 思ってしまった以上は仕方がない。 乗りかかった船だ。 最後まで呉越同舟と行こう。

 

「出来うる限りの協力はしてやる」

 

 俺が何を言ったのか一瞬理解出来なかったのか、桐乃はきょとんとしている。

 

「お前の趣味がバレないようにするくらい……俺の策謀を以ってすれば造作もない事だ」

「良いの?」

「フハハハハ!! 今、お前は100万の軍勢にも等しき力を手に入れたと自覚せよ!」

「……えー……うん……助かる……」

 

 フッ……俺の余りの頼もしさに照れているのか、普段からそういう態度を取って入ればいいものを。

 しかしーー共同戦線を結ぶに当たって確認しておかなければならない事がある。

 

「ところでお前は……妹が好きで妹物のゲームをやっているんだな?」

「は? そう言ったでしょ」

「…………兄妹物ばかりを集めるその行動の裏に……まさかとは思うが……他に理由は無いな?」

「それってどういう…………はっ!」

「き、キモッ!! あんた、何をとんでもない事考えてるのよ! キモいっ!! マジでキモいんですけどっ!!!」

 

 ………………………

 

 分かっていると思うが……一応弁明はしておく。

 俺は、この歪んだ性癖を持つ妹が、どこまでも歪んでい無いか確認しただけであり

 俺自身にそういったつもりは全く無いと……

 

 何故、ここまで言われなければならないのか。

 

「本当に童貞兄貴キモすぎる! 人生でいちばんきもいっ!!」

 

 ……いい加減俺の中の反逆ゲージがMAXになりそうなのだが。

 妹と言えども、ブラックリベリオンしてやろうか、この女……!

 だいたい、ゲームにおいては妹は兄の事が大好きなのでは無かったのか。

 

「現実とゲーム一緒にしないでよ! 現実で兄の事好きな妹なんているわけないでしょ!!」

 

 おかしいな。 俺の中の妹像と言うのは……そのゲームの方に大分近いのだがーー

 現実とはどうも世知辛もののようだ。 くっ! 認めんぞ。やはり認められん! 俺の妹がこんなに可愛くないなどとっ!

 

 この妹の人生相談などという物に首を突っ込んでしまった事を後悔しながら俺は部屋に戻った。

 時刻はすでに午前3時……そろそろ眠らなければ明日の授業は全て睡眠時間に当てる事になるだろう。

 仮にそうなったとしても、あの程度のレベルの授業で有れば何の問題も無いが、敢えて俺の完璧な内申に傷をつける必要も無い。

 そして俺は眠りにおちーーー

 

 パァァン!!

 

「人生相談つづき……」

 

 またしても頰への衝撃で俺は目を覚ます。

 体勢は再びのマウントを取られた状態だ……

 

 世の中の兄を集めて一度会議をしてみたい。

 本当に妹とはこういう物なのかーーと。

 

「今度は何だ」

「このゲームの客観的な感想が欲しいの」

 

 桐乃はどうやら今からプレイしろと言いたいようだ。

 その手に握られるのは「妹と恋しよっ」

 ふ、フフフ……良いだろう。 そこまで言うならこの俺の本気を見せてやろう。

 

 既に昼間のプレイで俺はこのゲームの概略を把握している。

 ならばーー

 

 パソコンの前でR18のゲームを起動する俺と桐乃。

 俺は眼をつぶり深呼吸をしながら、静かに両腕をクロスさせた。

 

 脳内でのシミュレートは完璧だ。

 

 

 目を見開くと、俺は高速でタイピングを始めたーー

 

 次々と俺の前にイベントは攻略されていく。

 詩織……昼間のプレイでも思ったが、彼女は俺の理想とする妹に近いかもしれない。

 

『お兄様……今日は一緒のベッドで寝ても良いですか?』

 

 1.もちろんだとも詩織!

 →2.この俺が命じる……今日は寝かせ無いぞ詩織

 3.は?ふざけるな!(ベッドから蹴り落とす)

 

「ちょ、あんた!!」

「この場合、98%の確率で2が正解だ。これで次のステップに……」

 

 これは統計の結果であり、早くこのゲームをクリアする事が俺が安眠を得るための必要条件であり

 決して俺が、たかが3次元の妹キャラと一緒に夜を過ごしたいと考えているからでは無い事を理解して貰いたい。

 そして詩織と俺の夜がはじまーー

 

「も、もう良い! ちゃんとクリアしておきなさいよ!!」

 

 顔を赤くした桐乃はそう言い残すと部屋から出て行った。

 やれやれ……計算通りだ。 あいつも兄妹でR18のゲームのそういうシーンを見る趣味も無いだろう。

 

 既に窓からは光が差している。

 

 始業まで約2時間といったところか。

 このまま眠ると恐らく、その時間までに起床するのは困難だろう。

 ゲーム画面からはお兄様と呼び続ける詩織の声がする。

 全く、低俗で下らないゲームだが、やり残しと言うのも俺の性分に合わない。

 

 

 良いだろう。 ゲームをして良いのはクリアする覚悟のある奴だけだ。

 

 ッターン

 

 俺は勢い良くキーを叩き続けるのだった。

 

 つづく



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その名 は ゼロ?

 ブリタニアの少年ルルーシュ……もとい千葉県千葉市の少年、高坂京介は、妹の思わぬ秘密に直面する。

「人生相談」。いかなる兄にでも願い事を下せる、絶対遵守の力。

 京介は、この『人生相談』を受け数多の妹ゲークリアに邁進する。

 妹、桐乃のゲーム貯蔵が尽きるまで。その先に待つのは、ただのエロゲオタクだとしても。

 少なくとも、それが当時の桐乃の願いであった。

 

 * * *

 

「いや、だから、そこの詩織の心情はそうじゃないでしょ」

「フン、お前に詩織の何が分ると言うんだ? 間違いなく彼女は愛に飢えていたんだ」

「はぁ? どうしてそうなるわけ?」

「兄である俺だからこそ、分る」

「……あたし、詩織ちゃんと同じ妹なんだけど」

「詩織とお前では月とすっぽんだがな。 どちらがどちらかは言うまでも無い」

「はぁー!?」

 

 あれから1週間が経っていた。

 俺はたびたび人生相談と称してR18のゲームを持ってくる桐乃に辟易としていた。

 はっきり言って、俺と言う頭脳がこんな事に時間を割いていると言うのは人類史における大きな損失と言っても過言では無い。

 その辺りの事をこの妹はきちんと理解しているのだろうか?

 俺の1分1秒はその辺りにいる凡俗共の数時間、数日、いや数年以上の価値があるのだから。

 

「それにしてもあんた呑み込みやたら良いよね。 あ、本当はこういうゲーム良くやってたんでしょ?」

「ふざけるなっ!! お前がどうしてもと言うから付き合ってやっているんだろう。

 これらのゲームのどこに俺の知的好奇心を刺激する何かがあると言うんだ!?

 改めて宣言しておくぞ。 俺をその辺の一般大衆と一緒にするな」

「必死すぎワラタ」

「…………」

 

 たまに妹と言う事を忘れて本気でぶん殴りたくなってくる。

 いかん、いかんぞ……それだけは俺の矜持を曲げる事になる。

 

「それにしてもあんた良いPC使ってるよね」

「ああ、そうだな」

 

 分っているのか、桐乃。 こいつの本当の価値を。

 この俺の構築したシステムは、俺の頭脳と合わされば国家機密にアクセスする事すら不可能では無い。

 それだけの性能を以てやっているのが……R18の妹物のゲーム……性能の無駄遣い甚だしい。

 第7世代のナイトメアフレームを用いて近所のスーパーに夕飯の買い出しに行くくらいの無駄だ。

 すまないなガウェイン(PC)……お前のドルイドシステムを活用する日は遠そうだ。

 

「これだけのマシンパワーなら、最新のあのゲームだって余裕ね。 そんじゃあ、次は〜」

 

 この1週間で既に、俺は睡眠時間を削り相当数のゲームをクリアしている。

 その上で更に課題を与えるつもりか。 いい加減にこれ以上付き合うのは時間の無駄だ。

 

 既に桐乃の行動の理由は読めている。それは——

 

「桐乃……」

「なに? 何かリクエストでもある? 今までクリアした中でお気に入りあったら——」

「お前は、俺以外にこういうゲームについて話したり出来る友人はいるのか?」

 

 俺の質問が意外だったのか、桐乃は、きょとんとした表情になってそれから俯いた。

 

「…………どっちでも良いでしょ」

「なるほど」

 

 俺の推測は的中のようだ。

 桐乃の友人と直接言葉を交わした事は無いが、見た目は桐乃に負けず劣らず今時の女子中学生といった様相だった。

 彼女達にこの趣味を理解しろと言っても酷と言う物だろう。 もっとも俺と言う頭脳が無駄な時間を浪費している事を考えると

 彼女達に良き理解者になって頂く事を俺は願ってやまないが。

 

「なに? バカにしてんの?」

「違うな桐乃。 事実を確認しているだけだ」

 

 この妹はプライドが高い。

 プライドの高さでは俺も相当な物であると自負しているが、彼女も勝るとも劣らずといった所だ。

 素直に周りに打ち明けて、理解してくれる人間を探す等と言う策は愚の骨頂だ。

 ならば——俺が提示するべき策は……

 

「お前はもう一つの居場所を作るべきだ」

「えっ……それってどういう……」

「人間、誰しも多様な側面を持つ。 現在の友人にはお前が見せられない側面が有ると言うならば、それを曝け出せる場所を作れば良い」

 

 世界は決して誰にも優しいわけでは無い。

 天から与えられただけの世界では、人は決して幸せにはなれない。

 幸せを得るためには、行動しなければならないのだ。

 

 ……そして、俺は妹には、与えてやりたいと思っている……優しい世界を。

 何故だ? 今回の件まで殆ど喋った事も無い妹。 普段は俺を邪険にしている妹。

 そいつの為に俺は何かをしようとしている。 自分自身の思考が不思議だ。

 根っからのシスコン……そう言われても否定出来んな。

 

「つまり……オタクの友達を作れって事……?」

「呑み込みが早いな。 流石は俺の妹だ」

 

 桐乃は俺の言葉に若干の戸惑いを見せている。

 そして次の言葉を探すように、俯いて考え込んでいるようだ。

 彼女自身、この答えには辿り着いていたのかもしれない。

 しかし、恐らくそこに踏み出す事が出来なかった——

 

 数分の黙考……やがて、彼女はこう呟いた。

 

「……やだよ……オタクの友達なんて……一緒に居たら、あたしまで同じに見られちゃう」

「ほう? お前はこれだけのコレクションを揃えて置きながら、今更取り繕うつもりか? 」

「そ、それは……そんな事言っても仕方ないじゃん……世間体の事をあたしは言ってるの」

 

 世間体……当然の事だ。

 普通に考えて女子中学生がR18のゲームをやっているなど普通では無い。

 学校の友人がそれを受け入れるはずも無い。 そういう事だろう。

 

「あたしはこういうゲームと同じくらい学校の友達も好き……

 でも、こっちも同じくらい好き……どっちかなんて選べない

 きっとこういう趣味がバレたら、皆……あたしを避けると思う。

 そうなったら、もう学校に行けないもん」

 

 学校の人間関係。

 普通の中学生にとってはそれは世界の全てに等しい。

 目的のためならば、俺であれば切って捨てる事が出来る程度の関係だとしても

 一般的にどちらが正しい生き方かと言えば桐乃の方だろう。

 

 ならば、俺が提示する答えはーー

 

「違うな。 間違っているぞ桐乃」

「ど、どういう事……?」

「俺は、学校の友人に秘密を打ち明けろと言っているのでは無い」

「じゃ、じゃあ……どうやって……」

「学校の友人にバレないように、新たな人間関係を構築する。

 コミュニティというものはたった一つでは無い。 目的に応じて必要なコミュニティに参加する。

 それが賢い生き方だ。」

「……なんか……良い手はあるの?」

「既に28通りのプランを思いついている」

「……聞かせて」

「フッーーならば願うが良い。 この俺に! 『人生相談』と言う絶対遵守の力を用いてっ!!」

 

 桐乃は口籠もりながらも願いを口にした。

 

「あたしは……こういう話が出来る……友達が…………欲しいの……」

「その願い! 聞き入れたっ!!」

 

 全く……何故だろうな。 俺がここまでこいつに甘くしてしまうのは。

 まぁ、良い。 『妹』が願った以上は、その願いは確実に叶えるーーこの俺の全てを賭けてでも。

 

「それで……具体的にはどうすんの?」

「そうだな……お前のレベルからすれば統計的に一般レベルのオタクでは太刀打ちが出来ないだろう。

 たった今収集したデータによると、平均的な14歳のオタクの小遣いは日本円にして3000〜5000程度。

 これでは資金力がどうあっても足りない。 もっとも、資金力の無さをアイディアや妄想で補う剛の者もいるだろうが。

 まずは効率よく、資金もしくは技術を持つ上級オタクを探し出す必要がある」

「ネットかなんかで探すとか? SNSとかツイッターとか」

「もちろん、それらも使う。 だが……仕掛けが必要だ。 そうだな……作戦決行は1ヶ月後としよう」

「な、何をするつもりなの……ちょっと怖いんだけど」

「なに……楽しいイベントを催すだけだ」

 

 そう概要は至極単純だ。

 この俺が、上級オタクが集まるイベントを開催する。

 イベントとなれば多少は開放的に人間はなるものだ。

 そこでイベントを通してオタク友達作りをすれば良い。

 なに、こんな低俗な趣味に嵌るような人間の行動心理など手に取るように分かる。

 

 多少、資金は使うが問題無いだろう。

 少なくともここ数日間で、オタク産業の規模についてはリサーチは完了している。

 中々に興味深い経済圏を形成している。 さて……まずはどこの会社にアプローチをかけるか。

 1ヶ月有れば、方々への根回し及びドルイドシステムを用いて、イベントのステルスマーケティングも完了するはずだ。

 恐らく俺の手腕ならば支出以上の収入と、桐乃に友人を作り、俺の有意義な時間を取り戻すという二つの結果を達成出来るだろう。

 

 問題はただ一つ……この俺が主催者として……オタクの王のような扱いをされるのは避けたい。

 そうだな……少し細工が必要だな。

 

 

 そしてあっという間に、一ヶ月と言う時は流れた。

 準備は万全だ。 

 

 刮目するが良い! さぁ、舞台の開幕だっ!!

 

 

 ー桐乃視点ー

 

 幕張の某展示会場。 兄に言われるがままにあたしは今、そこにいる。

 今日、ここではアニメやゲームの祭典が開かれるとの事だ。

 ……ここなら友達も出来ると兄は言っていた……でも、周りを見渡すとやったら黒い男が多い。

 これ絶対に無理なんですけど。 もっとも、イベント自体は、あたしの好きな声優さんやアニメやゲームのトークショーもあって楽しみなんだけど。

 と言うよりもほとんど、あたしの趣味に合致してると言って良い。 一部、謎の厨二感があるイベントもあるみたいだけど、どうせ全部観れるわけじゃないし。

 

 どこで手に入れたかは判らないけど、兄に渡されたプラチナチケットとやらで行列も何のその

 あたしは、今はオープニングイベントが開かれるセレモニーブースの椅子に座って開演を待っている。

 外は3時間待ちの行列だとか……このイベントだけの限定グッズとかも有るから当然そうなるよね。

 

 つーか、あの兄貴はマジで何なんだろう。

 このイベント自体、ネットではいきなり注目されだしたイベントなのに

 どこからこんなチケット入手してきたのか。 やっぱり昔からオタクなんだろうか。

 どう考えても、あのゲームに対する筋の良さって普通じゃないもんね。

 

 そんな事を考えていると、ステージの大スクリーンではカウントダウンが開始された。

 午前10時そこでオープニングイベントが行われる。 プログラムによると最初に主催者の挨拶のようだ。

 こんなイベントを開催する主催者だけど、その全貌は謎に包まれているらしい。

 ネットでも色々な噂が有る。 コミケスタッフのお偉いさんだとか、どっかの出版社の敏腕編集だとか、

 はたまた海外のアニメ好きな富豪が面白半分に企画しただとか……

 

 まぁー、センスは悪くないみたいだし?

 ちょっとどんな奴なのか興味有るのも事実だし。

 それにしても兄貴は、後で合流するとか言ってたけど、間に合うんだろうか?

 まっ、別に良いんだけどね。 

 

 スクリーンの数字がゼロになると同時に、舞台に煙が溢れ、スポットライトが当てられる。

 相当ハデ好きな主催者みたいだ……周りのオタク達もテンションがどんどん上がっていってる

『うぉぉぉぉ』とか叫んでる奴らの、大体がマジキモ。

 

 煙が晴れ……そこに現れたのは。

 

 真っ黒

 

 真っ黒なマント

 

 真っ黒な仮面

 

 その正体を晒す事を完全に拒絶したかのような主催者?らしき人間の姿があった。

 

「諸君……私の参集に応じ、この場に集まってくれた事にまず感謝したい」

 

 異様な風体の仮面の男は、そんな風に切り出した。

 

「オタク共よ! 我らを求め、共に歩むが良い! 我らは黒の騎士団!

 我々、黒の騎士団は、全てのオタクの味方である!

 腐女子だろうと、エロゲーマニアだろうと、萌えオタであろうと……

 

 だが、世間にはまだオタクを迫害するものを多いと聞く!

 無意味な行為だ。 故に我々は、オタクの居場所を作る。

 

 私は、決してオタク行為を否定しない。

 今日、この場は、数多のオタクと呼ばれる人種が轡を並べて楽しめる場所を用意したつもりだ。

 貴様達に覚悟はあるかっ!? このイベントを遊び尽くせるのは、楽しむ覚悟のあるやつだけだっ!

 

 力あるオタよ! 我と歩め!!

 力なきオタよ! 我を求めよ!!」

 

 会場は一種異様な雰囲気に包まれていたと思う。

 割と意味不明な事を言ってる仮面の男だけど、無理矢理納得させるオーラみたいなの感じる。

 こういうのがカリスマとかってやつなのかな? 変人っぽいけど、こういうイベント纏めるだけはあるなぁ。

 

「そして我の名を呼ぶが良い。

 我が名は……きぃぃぃぃぃぃぃzェロ!!」

 

 肝心なところでマイクトラブル発生したみたい。

 せっかくマントを広げながら、名前を名乗ったんだけど、マイクの不協和音で良く聞こえなかった。

 

「おい? 今なんていった?」」

「いや、あんま良く聞こえなかったな」

 

 どうも周りもそうみたい……ちょこっとだけ聞こえたのは……

 

「でも、エロって聞こえなかったか?」

「ああ、なんかそう聞こえたな」

「なるほど! 全てのオタクの代表者エロか!」

「エロゲーの伝道師エロ!?」

「エロだってよ」

「エロか」

 

 あー……あたしもなんかそう聞こえた。

 ひそひそ声はだんだんと大きくなっていく。

 そして会場のボルテージもどんどん上がっていく。

 

「エロ!!」「エロ!!」「エロ!!」

 

「お、おいちょっとま「エロっ!!」「エロっ!!」「エロっ!!」

 

 ……何か続けたそうな仮面の男を他所に

 会場には集まった数多のオタク達のエロコールが響き渡るのだった。

 

 いや、本当にキモっ……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

桐乃 の 戦い

「「「エロっ!! エロっ!! エロっ!!」」」

 

 ばぁかなっ!!

 俺の計画は完璧だったはずだっ!

 こんな……こんなイレギュラーで台無しにされるだと……

 

 未だに熱狂に支配された愚かなオタク共は、俺が控え室に戻った後も、俺のもう一つの名を呼び続けている。

 いや、正確にはもう一つの名などでは無いっ! マイクの調整をしたスタッフはどこだ!!

 こんなミス、玉城ですらしない。 ……誰だ、玉城って。 まぁ、良い。

 

 大きな……本当に大きなイレギュラーはあった。

 しかし、結果自体は俺が達成すべき二つの条件を満たすのに十分な結果と言える。

 

 一点……一点だけ本当に悔やまれるのは……!

 

「「「エロっ!! エロっ!! エロっ!!」」」

 

 不愉快過ぎるコールを未だに続ける観客共を映し出すモニターは、俺の神経をどんどんと逆撫でしている。

 いかん……いかんぞ。 これ以上このコールを聞かされ続けては、後々の計画にも支障が出る。

 今は一旦、思考からこの事を切り離さなければ……

 

「くっ……モニターを切れっ!!」

 

 スタッフの一人に忌々しげにそう告げる。

 

「は、はい!エロ様」

「ゼロだっ!!!」

「は、はぃぃ!」

 

 ふぅ……どんな時もポーカーフェイスである事が、勝負事に勝つには重要だ。

 こんな事で腹を立てていては、まだまだだ。 我ながら青いな。

 だが、もう落ち着いた。この後の対処方法も既に……

 

「すみません、エロ様。 今後の予定ですが……」

 

 この時の俺が、全世界に対して軍事的に宣戦布告しなかった事を褒めてやって欲しい。

 

「すまない。水を……水をくれないか」

「は、はいe……ゼロ様」

「水を置いたらすぐに部屋から出て行ってくれ。 私は今後の事を少し考えたい」

「わ、分かりました」

 

 スタッフが部屋から退出するのを確認すると

 俺はマスクを脱ぎ捨て、水を一気に飲み干した。

 もう二度と被りたく無いが、少なくともこのイベントが終わるまではそうは言っていられまい。

 

 取り敢えず、ゼロ……ゼロだっ!! ゼロの出番は一旦終わりだ。

 次は、兄として……妹の友達作りを手伝ってやらねば。

 さて……桐乃の方は上手くこの状況を利用出来ているかな。

 先ほど、壇上から見渡した限りは多少、黒髪に黒い服の気合が入りすぎた男性諸君が多かったようだが……

 

 しかし、俺とてR18のゲームだけでイベントを開催すればそうなる事などお見通しだ。

 ちゃんと、女性に受ける作品もリサーチして配置してある。

 良く判らんが、6つ子のギャグ作品が流行っているようなのでその辺もキチンと抑えている。

 それらの策も功を奏し、待機列を確認した限りは男女比も悪くは無い感じだ。

 

 但し、問題はそれに食いつく女性層が、桐乃と趣味が合うかどうかと言う事だ……

 ホモ漫画を嗜む女とR18の妹物のゲームを嗜む女。 似たような物だと一蹴してしまえば良いのだが

 どうもこの業界はそれだけで括れない何かが有るように思う。 結局、問題点としては桐乃にある。

 あいつもオタクならばオタクで、普通の女オタクが好むような物を好きになっていればいい物を……!

 何故興味ジャンルが明らかに男性向けなんだ。 お陰でイベント自体がカオス極まりない事になっている。

 

 策は幾重にも張り巡らせたが、結局……友人などと言うものは自分で作るしか無い。

 そう、ステージは用意出来ても、そこで何を成し遂げるかは、監督である俺では無く演者である桐乃……お前の役目だ。

 きちんと結果を出してくれ。 そしてお前の友人作りの成功を以って俺はこの業界から足を洗う。 

 

 二度と、この俺の事をエロなどと呼ばせん……!!

 

 

 一旦、ゼロの衣装を脱ぎ、私服に着替えた俺は会場内を見て回る事にした。

 どこのブースも賑わっている。 イベントとしては間違いなく成功だろう。

 この1ヶ月間の苦労も報われると言う物だ。

 

 俺が感慨に耽っていると、ポケットのスマートフォンが着信を告げた。

 

「はい? もしもし」

「やっと繋がった! あんた今どこいるの?」

「ああ……ちょっと色々あってな。 ようやく会場に着いた所だ」

 

 本当に色々あった。

 もはやあの悪夢の記憶を消し去りたいくらいだ。

 

「お前こそ、今どこにいる? そろそろ友人は出来たか?」

「はぁ? 無理に決まってんじゃん! って言うかキモいオタクしかいないし」

 

 お前もそいつらと趣味同じだろうが。

 話しかけてみろ。 もしかしたらそこから新しい物語でも紡がれるかもしれんぞ。

 そうだな「私の彼氏がこんなにキモいわけない」なんてタイトルはどうだ。

 この俺が作品化すれば、このイベントの目玉の一つにでも成長させる自信がある。

 既にオタク共の好みと傾向は読み取った。 後はAIに自動制作させてもそれなりの物は出来る。

 どう売るかならば、ドルイドシステムを用いて民意を操作すれば簡単な事だ。

 今回の件で、方々にパイプを作る事も出来た事だしな。

 

「まぁ、良い。 一旦合流しよう。 集合場所はA9だ」

「オッケー」

 

 合流した桐乃は既に幾つかのグッズを抱えている。

 しかし……誘致しておいて言うのも何だが……お前、その袋持って歩くつもりか?

 

「はー、マジ疲れた」

「ふん、それだけ持ち歩けば疲れもするだろう。」

「はい」

「なんだ?」

「そう思うなら持ってよ。 男でしょ」

「バカを言うな。 俺は肉体労働派じゃないんでね」

「この貧弱モヤシ……」

「ひ、ひんじゃく……」

 

 い、言わせておけば……くっ、別に俺だってその程度の荷物持てないわけでは無い。

 むしろ、これが「お兄様……ちょっと疲れてしまって……」みたいな感じであったならば

「良いんだよナナリー。 さぁ、こっちに渡して」と言う風になっている!!

 

「まっ……このチケットくれた事は感謝してるけどね……」

「ほう? 珍しいな。 お前がそんな事言うとは」

「う、うっさい。 それにしても開会式出れなくて残念だったねー」

「別に俺はこのイベントに大して興味があるわけじゃない」

「いやー、でもあれは見ておくべきだったよ! 世間体への反逆者エロは」

「ゼロだっ!!」

「へ……な、何、急に大きい声出しちゃって」

「い、いや……パンフレットに主催者ゼロって書いてなかったか?」

「あ、そうなの? ふ〜ん、まぁ、どっちでも良いや」

 

 どっちでも良く無い。 絶対に良く無い…… おのれ……

 くっ……この場でどうしても訂正して置きたいが、これ以上俺がムキになるのは明らかにおかしい。

 しかもなんだ。世間体への反逆者って……俺は一言もそんな事は言っていないぞ!

 このイベントが終わり次第……絶対に情報操作をしなければ……

 

 いや、この件は、一旦忘れよう。 今はそれよりも大事な事がある。

 

「ところで、ここならばオタク仲間も選び放題だろう? 女オタクもそこそこ目に付く。

 イベントで開放的になっている今がチャンスだ。 適当に声を掛けて友人を作って来たらどうだ」

「……あんたさぁ。 簡単に言うけど、そんな簡単に声掛けて……こういう話するなんて……」

 

 その行為に心理的な抵抗感を感じるのは普通の事だろう。

 そう、見ず知らずの人間に話しかけるには、心理的な抵抗感のハードルを下げる必要がある。

 

「ふぅ……良いだろう。 ならばプランBに移行する」

「え?」

 

 俺とて、簡単に桐乃がその辺のオタクを捕まえて仲良く出来る等と楽観視していたわけではない。

 当然この事態は想定していた。 故に幾つかの団体と交渉し、既に策は打っている。 そろそろだな。

 

 ぴんぽんぱーん

 

『12時より、カフェにて交流イベント、オタクっ娘あつまれーを開催するでござるよ!』

 

 フッ、これが俺の用意した策だ。

 淑女の社交場をこのイベント内で開催する。

 アルコールは残念ながら用意出来なかったが、女どもの喜びそうなスイーツは数を揃えた。

 それらを摘みながら、オタクイベントの会話でもすれば、まず間違いなく心の壁はほぐれるだろう。

 そこから徐々に友人にでもなっていけば良い。 もちろんこの交流イベントへの参加資格が有るのは女性のみだ。

 交流イベントを開催するに辺り、幾つかのオタク団体に接触したが、運営を任せるに値すると感じたのは、この放送を行っている彼女……

 沙織・バジーナ……こと槇島 沙織。 彼女の身辺調査も行ったが、家柄的にも申し分無く、桐乃とも対応に渡り合えるであろう上級オタクだ。

 

 もっとも桐乃も参加者の一人に過ぎず確実性に欠ける策なのは百も承知だ。

 しかし、それで良い。 確実に作れる友人などは存在しない。

 そう……友人だけは、自分の目で見て、触れ合ってその上で、決めるべきだ。

 それこそが本物と言うものだろう。

 

「ほら、桐乃」

「これって……」

「今の放送聞いていただろう? 参加チケットだ。ケーキも食べ放題らしいぞ」

「あ、あんたはどうすんの……?」

「残念ながら、男子禁制らしいからな。俺はどこかでゆっくりコーヒーでも飲んでいるよ」

「で、でも……あたし、一人じゃ……」

「友達、作るんだろ?」

「うん……」

 

 そう頷いた桐乃は、チケットを受け取り決戦の地へと向かった。

 

 不安そうに何度かこちらを振り返る桐乃を見送り、俺は再びイベント運営に戻る。

 桐乃の参加するイベント会場には、監視カメラを幾つも取り付けてある。

 状況は、俺の方で把握出来る。 把握出来たところで何が出来るわけでも無いが

 どのような結果になるかを俺としても見届けておく必要はある。

 仮に今回の策が不調に終わった場合は、次の手も考えなければならないのだから。

 

 俺はスタッフ用のルートから、割り当てられた控室に戻ると、すぐさま再びマントを羽織り、仮面を付けた。

 大きなトラブルは現時点では起きていない。 ならば、ゆっくりと桐乃の状況を確認する事が出来そうだ。

 

 俺は椅子にもたれ、足を組むと、モニターをONにする。

 そして、交流イベントが行われているカフェの映像に切り替える。

 

 桐乃は、緊張した面持ちで、席に座っていた。

 

 ……こいつ、こんなにコミュニケ―ション苦手な方だったか?

 むしろ、友人との間では輪の中心にいるように感じていたが……

 

 ……この事態を予想しなかったかと問われれば70%以上の確率でこうなると俺は思っていた。

 桐乃はこの場において狼みたいなものだ。同属性の人間で集まっている分には、桐乃のそのキャラクターは中心人物として機能するのだろう。

 しかし、オタクと言う人種は羊みたいなものだ。 羊の群れと狼は決して相入れる事は無いだろう。

 仮に俺であれば、羊の群れだろうが、狼の群れだろうが、どちらでも関係無い。

 飼い主――王として、等しく手玉に取るだけだ。 それを桐乃に求めるのも酷だろう。

 

 集音マイクから漏れ聞こえてくる、必死に話しかけてはいるようだが、二言三言しか保っていない。

 そんな時間が過ぎていくと、桐乃の声がどんどん弱々しくなっていくのを感じる。

 

 ……忌々しい妹と言えども、そういう姿を見せられると……

 しかし、この場はただ見守るしか無い。 起きるかどうかも分らない奇跡を待つ気分だ。

 周りが楽しそうに会話をする中、完全に桐乃は孤立していた。

 ……その他にも痛々しい格好で、殆ど喋れていない女も俺が見た限り一人は居たが

 ダメだろうな……どう見てもコミュニケーション障害タイプだ。 桐乃とウマが合うとは思えない。

 

 それから約2時間ほど、俺はイベント運営スタッフに指示を出しながら

 一方で桐乃の様子を見守っていた。 結論から言おう……どうやら今回の策は不調に終わったようだ。

 最後に行ったプレゼント交換で、桐乃が受け取ったのは、誰が持ってきたか良く分からないオレンジ型のキーホルダーだった。

 どこで買ったんだ、それは。 俺だったら全力で投げ捨てる。

 

「皆様のご協力も有りまして、本日のコミュニケーションイベントはつつがなく終了出来たでござる!

 拙者、心より感謝しておりますぞっ!」

 

 沙織・バジーナは、イベントを締めくくろうとしている。

 少なくともイベント自体は成功だろう。 仲良くなった何組かの少女たちが連絡先を交換したり

 この後も続くイベントで、何をするかを話し合ってる様子が見て取れる。

 

「この会を通じて仲良くなった皆さんは、ぜひこの後も会場で楽しんで頂けると幸いでござる!

 きっとオタクの伝道師エロが色々と催しを考えているはずですからなっ!」

 

 ……ちょっと待て。 お前にはイベントの打ち合わせの時にちゃんとゼロって名乗っただろう。ふざけるなっ!

 

「それでは、これにて解散っ! 皆さん、今後も思い重い楽しんでくだされっ!!」

 

 わぁっと喧騒が広がった。そこには新たな友人と次に何をするか話合う楽しそうな輪が広がっている。

「ね!これから6つ子についてみっちり語り合わない!」「カラ松をやしないたーい」「筋力Dの人って絶対に槍の人に押し倒されるよね」「おっと、心は硝子だよー」

 などと実に楽しそうだ。 ……しかし、話す内容からして、桐乃の趣味と合致していないような気がしないでもない。

 やはりあいつの趣味は少し……同じオタクと言う集団であっても特異だったか。 もっともそれ以前の問題も多々有ったが。

 

 そんな風に、人はだんだんと捌けていった後も、会場に桐乃は一人ポツンと残っていた。

 手に持ったオレンジのキーホルダーが虚しい。

 

 ……くっ! そんな表情をするなっ! 計算はしていた。 こうなる可能性も考えてはいた。

 だが、実際にそうなると俺は締め付けられるような思いに駆られていた。

 俺は……また妹に優しい世界を見せてやることが出来ないのか……? また……?

 違う、これは計画の第一段階だ。 まだまだイベントは続く!

 

 俺は気づくと仮面とマントを再び脱ぎ捨て、控え室を後にしていた。

 そうこれは終わりでは無い……! いや、終わらせはしない……!

 

 絶対にーー!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

盤上 の 四騎

 千葉県千葉市の少女・桐乃は、友人を得る為にイベントに参加した。

 しかし、世界は思った以上に彼女に対して冷淡であった。

 それでも人は動かなければならない。 その先に待ち受けるものが絶望だとしても

 己の命運を切り開く為には、足を止める事は許され無いのだから。

 

【桐乃サイド】

 

 ああーーダメだったなぁ……

 どうしてこうなるのかぜんっぜん理解出来ない。

 この日の為に服だって決めて来たし、話題だって……

 

 あたしが話しかけても、どうしても話題は盛り上がらなかった。

 上滑りしているのを自分でも感じていた。 悔しい……悔しいっ!!

 普段はこんな事ないのに! 友達とだったらあやせ達とだったら……!

 

「あ、案ずるな、桐乃」

「う、うわっ! い、いきなり現れんなっ!……って言うか物凄い汗じゃん!?」

 

 葛藤するあたしの前に、汗だくで息も絶え絶えな兄が突然現れた。 び、びっくりした。

 集合場所はA9地点とか言ってたのに……どっかから見てたんじゃないでしょうね。

 ……見られたくはない。 この少し天然だけど完璧な兄には自分の弱いところは見せたく無かった。

 見せてしまったら、置いていかれるような気がするから。

 子供の頃……いっつもあたしの先を走ってた時みたいに……あ、体力は既にあたしのが大分上っぽいけど。 

 てか、何時の間にこいつは、体力こんな無くなったんだろ。

 

「何……ちょっとオタクどもの間を移動していたら付着しただけだ。 非常に不快だが、気にするほどじゃない」

「あ、ああ……そうなんだ」

 

 明らかに自分から分泌されてる汗も含まれてそうだけど……

 こいつも本当に何時の間にかこういう趣味に目覚めてくれて買い物でもしてたのかもしれない。

 そうだったら、ちょっと嬉しい。

 

「その様子だと……ミッションは失敗だったようだな」

「う、うっさい……別にあたしは今日は買い物出来ただけで満足だし……あいつらと話あんま合わなそうだったし……」

 

 

「そうか……」

「……ダメなのかなあたし……今日だって……もっと上手く喋れるって……」

 

 吐きたくない。 こいつの前で弱音なんか吐きたくないのに……

 そんなあたしの言葉を遮るように兄は言った。

 

「1度の失敗がどうした。 歴史に名を残した人間は1000の失敗を重ねる。しかし、1001回目の挑戦をするからこそ成功者になるんだ」

「……うん」

 

 ……ムカつく。 無駄に格好付けながら言うこいつのセリフ。

 ちょっとだけ嬉しいけど、なんかムカつく。

 

「それに言ったはずだ。 案ずるな……と」

「え?」

 

「おーい! きりりん氏〜」

 

 そんなあたし達の前に現れたのは……さっきまで司会をしていたでか女だった。

 

 

【ルルーシュサイド】

 

 はぁはぁ……はぁはぁ……む、無駄に……走るものじゃないな……

 ちっ……こんな事ならば会場に移動用の馬でも配置しておくべきだった。

 

 俺が、桐乃のところに着いたときも、彼女は変わらず立ち尽くしていた。

 まだ、先ほどのショックから立ち直れていないようだ。 だが……1度の失敗を気にしては人は未来を得る事は出来ない。

 それに……まだ可能性が消えたわけでは無い。 

 

 そして、やはりその瞬間はやって来た。

 

 沙織・バジーナ

 先ほどまでのコミュニケーションイベントの司会を行っていた女が、イベント会場に舞い戻って来たのだ。

 

 フ、フフフ……フハハハハ!!

 

 ーー計算通り

 

 やはり、そう動いたかお前はっ! 桐乃にはああ言ったが100%の確証は無かった。 

 彼女に対して俺は、イベント終了後の細かい指示等は出していない。

 但し、一言だけは言っておいた。

 

『今回のコミュニケーションイベント……参加人数が当初の予定を上回りそうだが……可能な限り全員が、新しい友人を作る事が出来るイベントとしたい』

『ほほう。 それは素晴らしい事でござるな。 拙者もそうなるように尽力させて頂くでござるよ』

『任せたぞ沙織・バジーナ。 君の手腕に期待している』

『にんにん! お任せあれゼロ氏!』

 

 彼女は、この俺が認めた才女だ。

 ならば、イベンターであるゼロの意思をきちんと汲んでくれるだろう。

 桐乃が仮にイベントで孤立していれば、こういった行動に出る可能性が高い事は想定していた。

 

「いやぁーそれにしても良かった良かった。 今、ちょうど携帯にご連絡を差し上げようかと思っていたところでござってな」

「あ、あたしに何か?」

 

 突然の展開で桐乃は、おずおずと相手の出方を必死に探っているようだ。

 無理もない。 つい先ほどのイベントで感じた疎外感もあり、警戒心も強まっているのだろう。

 

「実は……これから二次会にお誘いしようと思いましてな」

「え……?」

 

 この展開は悪くない。 恐らく少人数の会合となるだろう二次会ならば、先ほどまでより、密接なコミュニケーションが可能だろう。

 そして何よりも……この展開で有れば……

 

「きりりん氏、ところでこちらのイケメンは? ああ……なるほど、流石きりりん氏ーー」

 フッ、そうだな。 桐乃は性格はアレだが、顔は悪くない。

 兄である、この俺も申し訳無いが、眉目秀麗なのは全世界が承服したところだろう。

 

「彼氏でござるな?」

「「違うっっ!!」」

 

 ……恐ろしい勘違いをする女だ。

 再度確認しておくが、俺は何故か妹と言う存在には甘い部分がある。

 それはここまで来たら認めざるを得無いだろう。 しかし、俺の理想とする妹は断じてコイツでは無いっ!

 今でも、目をつぶれば……『お兄様』と呼ぶ声が聞こえるようだ……

 待て。 決してゲームと現実を混同しているわけでは無いぞ。 俺はっ!

 

「なわけないじゃんっ!! 本気でやめてよ! 想像しただけでキモっ!」

「フン……そういう態度だから、友人の一人も出来無いんじゃないか」

「な、なによ!」

「失礼……ミス沙織。 俺は高坂京介。間違いなく、彼女の兄ですよ」

「おお、そうでござったか! むっ……しかし、京介氏……どこかでお会いになったような……」

 

 な、なにっ!?

 まさか……この女……ゼロと俺の類似性に気づいたと言うのかっ!?

 バカな……確かに彼女との打ち合わせにはボイスチャットを用いたが、声には加工を施したし

 身元もバレないように何重にもプロテクトを掛けたのに……! マズイ……

 今、ここで……あのエロ騒動が起きた今……ここで俺がゼロだと暴露されるのは絶対にマズイ!

 

「あ、思い出しましたぞ!」

 

 くっ……何か方法は無いか……この女の記憶を……記憶を操る方法は……絶対遵守の力ーー

 

「雑誌に載っていたお方でござるなっ!」

「な……」

「いやー、きりりん氏も読者モデルをされてると聞きますし、ご兄弟揃って凄いでござるな!」

「あ、ああ……そ、それ程でも無いですよ。 別に俺は妹と違って専属モデルをしているわけでも無いですし」

 

 そ、そっちかーー!! 肝を冷やさせてくれるっ!

 ここで俺がエロ……いや、ゼロだと暴露されていたら、俺は少なくとも直ちにこの場を去り、即刻家を出ていただろう。

 フッ……それにしても、やはりあの雑誌の俺は輝いて……いやーー

 

 ーー男なら黒に染まれ

 

「一部で話題になってましたぞ! とても面白……格好いいポーズだったので、記憶に残っていたでござるよ!」

 

 ……………………………………

 

 

 いや、面白くは無いだろ……

 

 

 くすくす笑ってる妹とこのぐるぐるメガネにハドロン砲を直撃させてやりたい。

 俺の内心に気付いているのか気付いていないのか、ノラリクラリと沙織・バジーナは言葉を続けた。

 

「ではでは、京介氏。 京介氏もご一緒にいかがですかな?」

 

 そうこの展開で有れば……こうなるのは必然

 俺が走ってまで、桐乃の元に駆けつけたのは、この展開になった場合に、桐乃の近くにいる必要があった為だ。

 俺ならば……桐乃のオタク相手の拙いコミュニケーションをフォローする事が出来る。

 人心掌握術ならばお手の物だ。 これで条件は全て整った!

 

「そうですね。お邪魔でなければ、参加させて頂けたら」

「ちょ、ちょっと! なんで勝手に……それって他にも沢山人来るんでしょ……?」

 

 ちっ! 何を臆しているんだ桐乃っ!! 勝利は既に眼前にあると言うのに……!

 どうやら、先ほどの経験が、彼女にとって小さなトラウマになりつつあるようだ。

 俺が気弱になった妹を説得しようと言葉を紡ぐ前に沙織・バジーナが先に、「いやいや」と大袈裟な身振りで首を振った。

 

「きりりん氏と京介を合わせて4人です。先ほど拙者が余りお話出来なかった方と、もっと仲良くなりたいと思ってお誘いした次第で。ですから……まぁ、二次会と言ってもささやかなものですな」

「ふ、ふーん……」

 

 これは桐乃にとっても魅力的な提案のはずだ。

 良くやったぞ沙織・バジーナ。 俺が想定した以上の戦果だ。

 あれだけの人数相手に司会進行を行いながら、溢れている人間を把握しそのフォローに回る事は中々出来無い。

 ここで俺がすべき事はーー桐乃を誘導してやる事だ。

 

「面白そうじゃないか桐乃。 俺も少し疲れたし、お茶でもしながら話すのも良いんじゃないか?」

「うーん……」

「いかがですかな? きりりん氏」

 

 もはや答えは出ているのだろう。 これは勿体ぶっているだけだ。 全く面倒な生き物だな……

 

「わ、分かった。 そんなに言うなら……行ってあげても良いケド」

 

 そう言う桐乃の顔は、年相応に見えた。

 その回答に満面の笑みを浮かべた沙織・バジーナは、背中のポスターを抜き放つと、行き先を示した。

 一時は今回の策は失敗かと思ったが……お前にこの役割を与えてよかったよ沙織・バジーナ。

 

 沙織に案内されたのは、会場の外れにあるこじんまりとした喫茶店だった。

 店内には、イベント参加者と思しき客が休憩したり、オタクトークに花を咲かせたりしている。

 なるほど、先ほどの離席時に席を確保していたというわけか。 中々手際が良い。

 

 既に最後の一人は、4人掛けの椅子に1人座っていた。

 俺たちに気づくと、顔を下に向けて俯いている……この女……

 さっきのコミュニケーションイベントで、桐乃以外にも完全に孤立していたのが確かに1人居たが……よりによってコイツか。

 桐乃と性格が合うとは思えないタイプとつい先ほど断じた少女だ。

 現代日本において彼女の格好は一種異様ではあった。

 

 腰まで伸びる黒く美しい髪、瞳は緋の色に染まり、その身に漆黒のドレスを纏っている。

 桐乃とはタイプは違えど、彼女が優れた容姿を持っている事を否定する者はいないだろう。

 最も目を引くその格好は、王侯貴族が舞踏会にでも出席する時に着るような服装と言えば良いのか。

 

 ……そうだな、俺がかつて男女逆転祭りで女装させられた時に着たドレスに良く似ている。

 全く……今の今まで忘れていた忌々しい記憶を呼び覚まさせてくれる。

 ……ん? そういえば、あの祭りを行ったのは何時だったか……何故、俺はあんなインパクトのある出来事を……くっ……いや、今はそれはどうでも良いか。

 

「さっきのイベ中もずっと気になってはいたけど……近くで見たらスッゴ……神崎蘭子みたいじゃん」

 

 そんな事を桐乃がぼそりとつぶやく。

 神崎蘭子……捕捉するならば、アイドルマスターシンデレラガールズというゲームに登場するキャラクターだ。

 身長:156cm 体重:41kg 誕生日:4月8日 星座:牡羊座

 血液型:A型 利き手:右 出身地:熊本 趣味:絵を描くこと

 ゴシックロリータの衣装に身を包んだ緋眼の少女。中二病テイストの言い回しから誤解されがちだが、

 内面は素直で真面目な頑張り屋さん。少し照れ屋な一面もある等身大の女の子。

 

 確かに格好はこの女と良く似ているかもしれない。

 もっとも、ゴシックロリータのキャラは数多く存在している、俺は数多のゴスロリキャラの中から

 彼女が扮しているであろうキャラクターの目星もついている。 桐乃はどうやら知らなかったようだ。

 誤解を与えないように言っておくが、あくまでイベントの為に得た情報に過ぎない。

 俺という天才の頭脳をこんな事に使うのはこれっきりにして欲しいものだ。

 

「お待たせしました黒猫氏。こちらきりりん氏とその兄上の京介氏でござる」

「え、えーっと……よろしくね」

「飛び入りで参加させて貰った高坂京介です。宜しく」

 

 桐乃はやはり緊張の色が隠せない。

 俺はなるべく爽やかな感じで丁寧に挨拶をした。

 しかし、この女が相手だと……これが正解なのかどうかは判らんな。

 モニタで見ていた中で、桐乃以外で最も目についたのがこの女だ。

 何をしにイベントに来たのか分からないが、終始俯いて携帯を弄っていた。

 イベントと言う空気の中では、彼女の格好は、桐乃の今時女子な格好よりむしろプラスに働くはずだが……そのアドバンテージを活かす事は無かったようだ。

 

「ハンドルネーム黒猫よ」

 

 漆黒に包まれた少女ーーもとい黒猫は短くそう言った。

 

 そう俺の推測が正しければ……こんな格好をしながらこいつはコミュ障だ。

 沙織の選定基準を考えると、そうなるのは必然ではあるのだが……

 

 さて、この場に揃った駒は4騎……

 オタクとのコミュニケーションに問題を抱えた妹物のエロゲが趣味の妹と、目の前に座すは漆黒の衣に身も心も包んだコミュ症女

 そして喋りと格好はおかしなオタク丸出しだが、そのコミュニケーション能力の高さは既に証明している沙織・バジーナ。

 

 これに加わるは……この俺だ!

 

 さぁ……ここからが本当の戦いの始まりだ。

 

 盤上に俺という王が、降り立った今……先ほどのような無様は起こさせはしない。

 いや、起きうるはずが無いっ!!

 

 そうーーここで作ってやろう桐乃。 この俺の手でっ!

 お前にとってのやさしい世界をーー!

 

 つづく

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

友 の 在り方

 ブリタニアの少年ルルーシュ、もとい千葉県千葉市の少年高坂京介は、観察する。

 この場に集った人間達が、どのような人物であるかを。妹の為、友人を作ると決意した彼は

 今、盤上に放たれた二人の少女を見定める必要がある。それが妹の幸せに繋がると、信じているのだからーー

 

 * * *

 

 さて、どうやってこの場を盛り上げるか。

 可能であれば桐乃と一旦、戦術を確認し、適切な行動を取りたいところだが、そうも言っていられないだろう。

 ならば……ここは爽やかキャラで様子を伺いつつ、彼女達の内面のオタ度を測って行きながら場を盛り上げて行こうか。

 そんな風に考える俺の思惑を余所に、黒猫と名乗ったいかにも陰気なオーラを醸し出す女が口を開いた。

 

「……面子が揃ったようだから、早速聞くけれど。私をこんなところに誘って、あなたは何のつもりなのかしら?」

 

「いやー、先程も申しあげた通り、先般の会合で、余りお話出来なかった方と是非お話がしたかったのでござるよ。

 故に、黒猫氏もそんなあなた等と他人行儀な呼び方では無く、遠慮なく沙織とお呼びくださいませ。無礼講でいきましょうぞ」

「その図体でよくも沙織なんて名乗れたものね……図々しい。出落ちにしたって性質が悪いわ。

 今度からネオジオングかデストロイガンダムとでも名乗りなさい。それにその喋り方と格好……」

「何年前のキモオタだよって感じ」

 

 ……こいつら……ちょっと待て。

 この俺が、折角和やかに会合を盛り上げようと考えている間に、何を言いだすんだ。

 この黒猫とか言う女……! さっきのイベントでは、全く馴染めず言葉数も少なそうな感じだったのに、いきなり毒舌を吐くとは……!

 それに加えて、それに乗っかるウチの妹もどうなっているんだ。 違うだろ。 妹はそうじゃないだろう……!!

 俺の……俺の妹ならば……

 

『このような会合にお誘い頂いてありがとうございます沙織様』

 

 とかこんな感じだろう。

 幾ら沙織・バジーナの身長がこの俺よりも高いレベルだからと言って

 戦略兵器のレベルにまで達するMS群と一緒にするなど失礼も甚だしい。

 無礼講とは決して、どんな悪口でも言って良いとかそういう事ではないんだ。

 

 どうする。 ここは普段通りの俺で桐乃に一言言っておくべきか。

 これで沙織・バジーナが気を悪くして解散となったら、俺の策も何もあったもんじゃない。

 往々にして想定外の事態とは起こるものだが、まさか味方から撃ち込まれるとは思わなかったぞ桐乃……!!

 というか、お前の友達作りだろうがっ! 敵を作りに行ってどうするっ!!

 

「は、ハハハ。 おい桐乃、あんまり失礼な事を言うもんじゃない。 ほら、彼女の格好は……」

 洗練されたオタクファッションだろう。

 

 ……ダメだな。 これも侮辱にしかなっていない。

 

「う……動きやすそうだろう。 それに、イベントの司会もされてたと言う事ですし、場のニーズと言う物も有るんだ」

「ハッハッハッ! 京介氏。 フォローして頂けるの感謝感謝ですが、生憎拙者は何時もこういう格好でして。 この程度の毒舌など、この身にとってはそよ風のようなもの。 ですので、お気になさらずに、京介氏も罵ってくれて構いませんぞ」

 

 懐がでかいと言うべきか……

 最後の言葉が少しアレな感じがするが、それは瑣末な事だろう。

 俺も、流石に少しはオタクと言う人種への免疫が付いてきた。

 

「ほんとーに、ここに集まる連中っておかしな格好の奴しかいないのかしら、ま、主催者がエロだしねー」

 

 落ち着け。

 ここで俺が取り乱しては、何も成果は生まれ無い。

 重要なのは、過程よりも結果だ。 結果さえ伴えば、その過程はどうであったとしても問題は無い。

 ならば、今は敢えて、その汚名を被ろう。

 

 しかし、桐乃には先ほども説明したはずだが、物分かりが良くないようなので、一言だけは苦言を言わせて貰う。

 

「待て、彼の格好はアニメイベントと言う物に迎合した上で、それっぽさを出す演出だろう。 それにエロじゃなくてゼロじゃなかったか。いや、絶対にそうだったはずだっ!」

「そーだっけ? どっちでも良いじゃん。 さっきも言ったけど」

 

 どっちでも良くないから訂正しているんだっ!

 さっきも聞いたならきちんと認識を改めておけっ!!

 

「あー、エロ氏とは、拙者もLINEやらでやり取りしていただけで、会ったのは初めてだったのででござるが……中々面白い御仁でござったな。 拙者が言うのも何ですが、格好含めて」

 

 ……どうするんだ。 想定外の方向に話が進んでしまっている。

 何でこの俺が、こいつ等にファッションチェックされなければならないんだ。

 しかも、エロ呼ばわりされた上で……音響担当していたのは誰だっ!?

 今すぐに八つ裂きにしてやりたい。

 

 

「あら、あなた達はエロを理解出来ていないようね」

 

 黒猫……お前は……

 フォローしてくれると言うのか。 ありがたいが、エロじゃなくてゼロだ。

 そこを間違われるとフォローの有難味が一気に消し飛ぶのだが……

 

 そして、その発言だと、色々と問題が起きるぞ。 それで良いのか、お前もっ!!

 

「うわっ、何あんたあの変態仮面にシンパシー感じてるの? そういや、ちょっと衣装の系統が似てるもんね」

「どういう意味かしら?」

「うーん、なんていうの? そのコスプレもそうだけどさ。 厨二病系って言うの? あのエロもそういう系だよね」

「これはマスケラに出てくる『妖魔の女王(クイーンオブナイトメア)』よ。まさか知ら無いとは言わせないわ。そして、厨二病系は取り消しなさい」

「ああ、それってメルルの裏番組じゃない? いや、完全にOSR系厨二病アニメじゃん! なんか格好付けた主人公の目が疼いたりすんの受けるw 闇の王子ってww」

 

 ……………………

 

 何故だ。 胸が痛い。

 取り敢えず話題はエロから移行したはずだ。

 今、こいつ等が喋ってるのはマスケラと言うアニメだ。

 この俺とは一切無関係のアニメの話だ。

 

 一応、俺もそのアニメは知っている。

 いや、正確には、今回のイベントを開催するに辺り知識として吸収したと言うべきか。

 故に黒猫の格好がそこから来ているものだろうと言うのも理解していた。

 

 ……それだけのはずだ。 俺とマスケラの共通点は……

 それだけのはずなのに……何故、こんなにも胸が苦しい!

 

 誰か……水を……水をくれないか。

 

「聞き捨てならない事を言うのね。メルルって、まさか『星くず⭐︎うぃっちメルル』の事かしら? ーーハ、バトル系魔法少女なんて今更ね。まどマギ以降にあんな物をやってしまうセンスに呆れるわ。あんな物は萌えさえあれば満足する大きなお友達くらいしか見ない代物でしょう? 大体、視聴率的にはそっちが裏番組でしょう。下らない妄言はやめなさい。」

「視聴率? そんなのが面白さと直結すると本気で思ってるの? ってゆーか、円盤はワゴンだったじゃん。超ウケるw 大体、あんたその言い分だとメルル見てないでしょ? 見てたら絶対にそんな事言えないもんね。あー、可哀想。人生の半分以上損してるんじゃない?」

 

 ……どうやら、これ以上、俺が介入する必要は無さそうだ。

 いや、ここに至るまで行ってきた演出全てがこの場を作ったと言うべきだろう。

 エ……ゼロとなった事は、間違いでは無かった。今はそう信じたい。

 

「本当いちいち言い回しが面倒くさいのよ! この邪気眼厨二電波女! その中身有りそうで全く無い言い方やめたら?」

「じゃ、邪気眼……厨二……電波女ですって……ついに、ついに言ってはいけない事を言ったわね……あなた……!

 ふっふふふ……もう、どうなっても知らないわよ……今の私に集まる負の想念はもう誰にも止められはないわよ……!」

「ばっかじゃないの!あんたさー、生きてて恥ずかしく無いの? もう死ねば?」

 

 前言撤回したくなるような口汚い罵りも聞こえるが……

 だが、彼女らの表情を見れば、杞憂であると分かる。

 内容の有る無しは置いておこう、出会って数時間でこれだけの言い合いが出来る仲

 それはきっと……そう、俺と親友が初めて出会った時のように…………

 

『やっぱりブリタニア人ってずうずうしいんだな。日本まで植民地にするつもりか?』

『日本だって、実効支配はやっている。後進国を経済的に。日本だってブリタニアと、大して変わらないってことだ』

『嘘だっ』

『嘘じゃない! 君の父親にでも聞いてみろよっ』

『お前は嘘つきだっ!』

 

 フッ、殴り合いにならないだけ、マシな出会い方と言えるだろうな。

 

 なぁ、スザクーー

 

 す、スザク……? う……そ、それは……俺の生涯の友ーーそして……!

 

「いやー、二人とも打ち解けてきましたなー」

 

 俺の思考を遮るように沙織が声をかけてきた。

 最近、思考にノイズが混じる事が有るが……今は目の前の事が優先だ。

 

「ええ、お陰で俺の出番が有りませんでしたよ」

「フッフッフ、京介氏はここまで想像していたのではないですかな?」

「俺が? いや、これはあなたがこの場を設けてくれたお陰です。俺はこんな結果は想像すらしていませんでしたよ」

 

 食え無い女だ、沙織・バジーナ。

 だが、この結果をもたらすことができたのは、俺だけの力では無い。

 彼女の助力によるところが大きいのは間違いの無い事実だ。

 

「そうでござるか? それにしても、京介氏も折角なのですから、もっと砕けて頂いて構いませんぞ。あなたが一番年長者なのですから」

「……そうですね。いや、そうか。じゃあ、ここからは敬語抜きにさせて貰おう」

「ほう! そっちの方がやはりお似合いですな。ニンニン」

「そして、一言言わせてくれ」

「何でござるかな?」

 

 彼女の助力は大きかった。

 だからこそ、俺は高坂桐乃の兄として、彼女には言っておかなければならない。

 

「ありがとう」

「いえいえ、拙者は何もしてはおりませんよ。全てはエロのお導きですな」

「…………」

 

 その話題は……終わっただろう……!

 

 今日だけだ。

 今日を我慢すれば全て終わる。

 今は、綺麗な形で今日を終わらせる事だけを考えろ。

 結果は全てに優先されるのだからーー!

 

 

 それから、俺たちは桐乃と黒猫のメルル・マスケラ論争に巻き込まれる形で二つのブースに足を運んだりした。

 

「ふっふっふ! やっぱりメルルの人気凄いわね! ほとんどのグッズ完売じゃん! メルル完売っ!」

「あら? どうせ抱き枕とかその手の高額商品を品薄商法で売り切っただけでしょう? その点マスケラは、きちんと入場者に行き渡るだけのグッズを用意して、かつ通販も行ってくれているのよ? どちらが商売として優れてるかなんて一目瞭然でしょう?」

 

 ちなみに二つのブースの正式な売り上げはどちらも把握している。

 ……今、ここで余計な火種を落とす事はやめておこう。

 敢えて言うならば、どちらもそこそこには売れていると言う事だ。

 

「ちなみにあんたはどっち派?」

「あなたは、中々見込みがある目をしているわ、その瞳に魔なる力を宿している。ならばあなたが選ぶのはーー」

 ……唐突に俺に話を振るな。

 

「そうだな……俺は……」

 

 どっちもどうでも良いとは言え無い雰囲気だ。

 桐乃と黒猫が真剣な目でこっちの回答を待っている。

 

「……き、きちんと両方見てから回答しよう」

「はっ! じゃあ、今度持っていくからちゃんとみなさいよ!」

「それじゃあ、私も次の為にデータを用意しておくわ」

 

 …………これは、結局目的達成出来たのだろうか?

 

 * * *

 

 色々あった1日だった。

 今日という日の目的はクリアされたといって良いだろう。

 俺は、まだまだイベントを回ると言う3人と別れていた。

 

 そう、最後に俺はどうしても成さなければならない仕事がある。

 それが完遂されるまで、俺は死んでも死にきれないだろう。

 

 すでに陽は落ち始めている。

 光の刻は終わり、闇の刻が始まる。

 さぁ……これが黒の魔人の最後の舞台だ。

 

 俺は、朝と同じように仮面に身を包み、ステージ上に立っている。

 闇を切り裂くようにスポットライトの光が俺を包む。 

 ステージを覆うように多くの観衆が集まっている。

 この中に、桐乃や黒猫や沙織もいるのだろうか?

 先程まで、声優アイドルユニットのライブが行われており、朝よりも集まった人数は多いように感じられた。

 

 集まった観衆に向かって俺は言葉を紡ぐ。

 マイクチェックは入念に済ませてある。

 

「諸君!

 最後まで、このイベントに同伴してくれた事に感謝する!

 

 本日のイベントの成功は、私だけの物ではないっ!!

 ここに集った全ての人間の力によって為されたものだっ!!

 これは、業界を……いや、世界を動かす力と言っても過言では無い!

 私は、今……そう確信してる。

 

 この場に集まったオタク達よっ!

 オタクを誇れっ! 諸君の趣味は崇高だ! 

 

 思いの形は、それぞれが違う。

 例えば、普段はオタクと言えない人間もいるだろう。

 例えば、一般人には理解されないような格好が好きな者もいるだろう

 例えば、誰にも理解出来ないような言動を紡ぐ者もいるだろう

 

 だが、それらの思いを一つにする力が、このイベントにはあったと私は信じたい!」

 

 そう、今日のために、必死にお洒落をしてきた桐乃も、イベントの為に力を入れたコスプレで来た黒猫も、オタクその物な格好でイベントを盛り上げてくれた沙織も……

 それぞれが、自分の中で必死だったのだろう。 その結果として……桐乃はきっと良い友人を得る事が出来た。

 

 言っておくが、俺は今でもオタクの事などどうでも良いと思っている。

 今回の件も、俺が桐乃に時間を拘束されないようにする為と、集金イベントとして計算できると思ったからこうしたに過ぎない。

 

 だが、今だけはそれを忘れよう。この場に居る全てのオタクの代弁者と俺はなろう。

 それが、自分の目的の為に、彼らを利用した俺の責任と言うものだ。

 

「この場に集まったお前たちは黒の騎士団の一員だっ!

 我々は人種も性別も趣味も主義も主張も全てを肯定するっ!

 今日、この日、この時が我々オタクの新たなる一歩となるだろうっ!」

 

 そしてーー

 一番重要なのはここからだーー!!

 

 

「最後に我が名を再び刻もう! 我が名はーー」

 

 よしっ! 今回はハウリングは無い。

 ここだけは……ここだけは絶対に訂正しておかなければならないっ!!

 

「エロっ!!」「エロ様ーーー!!」「楽しかったぞーーーエローーー!!」

「絶対にまたやってくれエローーーー!!」「エロ様ばんざーーーい!!」

 

「「「エロ!! エロっ!! エロっ!!」」」

 

 ま、待てっ! まだ俺は、言うべき事を言っていないっ!!

 

 …………怒涛のシュプレヒコールが会場を覆い尽くす。

 歌手がサビの部分を観客に丸投げるライヴじゃないんだぞ……

 なぜ、俺の話を最後まで聞かないっ!!!

 

「「「エロッ!! エロッ!! エロッ!!」」」

「「「エロッ!! エロッ!! エロッ!!」」」

 

 そして、俺は涙で滲む視界の中に、ノリノリでシュプレヒコールをする3人の少女の姿を見た。

 そのコールは……ダメだろ。

 

 * * *

 

 翌日、ネット上でもっとも話題となったニュースは言うまでも無いだろう。

 

 ・世間体への反逆者エロ! その正体とは!?

 ・オタクの伝道師エロ現る!

 ・その名 は エロ !!

 ・ワイ将、エロを間近で見る事に成功

 ・今日アニメイベント行ったら変態仮面に遭遇した件

 

 後にブラックリベリオンと呼ばれる伝説のイベントの幕開けに相応しい大々的な報道だ。

 

 

 

 …………さぁ、次の戦いは……まとめサイトとやらをハッキングするところから始めるか。

 

 

 つづく



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仮面 の 残響

 行動の果てには結果という答えが待っている。例外はない。そこにルルーシュの力は及ばない。いかなる力を以ってしようと、その必然からは逃れられない。妹・桐乃が友人をつくるために動き出したルルーシュ。だがしかし、世界は、人々は、彼の思惑とは別に結果を突き付ける。それはエロと言う伝説。彼が世界に刻んだ最初の偉業は、彼に苦悩と世界の一部に熱狂をもたらすのだった。

 

 

「それでは、イベント会場に潜入してみたいと思います」

「物凄い熱気ですね。このイベントはアニメファンやゲームファンなどを数多く動員し、大変賑わっています。」

 

 俺の企画したイベント『ブラックリベリオン』はここ1週間、一部のワイドショーなどで取り上げられていた。まさしく企画は大成功。これも全て俺と言う卓越した人間の手腕であると言わざるを得無いだろう。そう、桐乃は無事にオタクの友人を作り、俺も少なからずのリターンを得た。完璧だ。完全に完璧に計画通りだ……

 

 場面が変わり、主催者である俺の演説シーンが映し出される。そして演説が終わるその瞬間……

 

「「「エロっ!! エロっ! エロっ!!」」」

 

 くっ………何故このシーンを流す……!! 茶の間に流して良い単語じゃないだろうっ!!

 

「いやはや、オタク文化の近年の加熱っぷりも凄いですね」

「エロ(笑)ですか。この人物は経歴も何もかも全く謎らしくてネット上でもその正体が取り沙汰されているようですね」

「このような人間が、アニメやゲームと現実を混同してですね。問題を起こしたりするんですよ」

 

 スタジオではコメンテイター達が勝手な事ばかり言っている。ふざけるな……! 俺が近い将来、絶対的な権力を握った日には、こいつらは全員業界から干してやる……!

 

 俺は不愉快なニュースを垂れ流すテレビの電源を切った。よっぽど今週は大きなニュースが無かったのか、週末のワイドショーは突如現れた正体不明のエンターテイナーをこぞって取り上げた。全く……これだからマスコミと言う連中は……カオスとやらが本当に好みのようだ。ネットニュース程度ならば封殺出来ると思っていたが……こうも大々的に取り上げられては、身元を隠しながら全ての情報をカットする事はもはや不可能になったと言えるだろう。世間体への反逆者エロは、その汚名を公共電波を通じてお茶の間にまで届けてしまったのだ。

 

 ネットの匿名掲示板においても、謎の仮面の男の正体を暴こうとする者や面白おかしく騒ぎ立てる者。そんな連中が大挙してありもしない憶測を並べ立てていた。

 

 * * *

 

【急募】世間体への反逆者エロの正体 part32

[1]名無し[]2017/06/10((土) 20:13:14 ID:???

 エロってどこの会社のステマなの?

 

[2]名無し[]2017/06/10(土) 20:14:34 ID:???

 エロゲ会社じゃね?最近エロゲ落ち目だし、なんかインパクト出したかったんだろ。

 まぁ、流石にあれはどうかと思うが

 

[3]栗悟飯とカメハメ波[]2017/06/10((土) 20:15:56 ID:???

 痛々しい厨二病仮面乙

 

 それはともかくステルスマーケティングの意味は正しく使うべき

 大々的にイベントを成り立たせた以上、あれはステルスでは無く業界が用意した大掛かりなマーケティングと考えるのが妥当

 

 ああいう痛々しい奴は知り合いにも居るけど、割とパワーは有ったりするから個人でやってる線も捨てきれ無いが……

 

[4]名無し[]2017/06/10((土) 20:1610 ID:???

 あそこまで厨二病な感じなのに、何で名前だけエロにしてしまったのか……

 

[5]名無し[]2017/06/10((土) 20:16:35 ID:???

 >>3

 隙あらば自分語り

 クソコテ氏ね

 

[6]名無し[]2017/06/10((土) 20:17:02 ID:???

 エロの中身は美少女やぞ

 

[7][1]鳳凰院凶真[]2017/06/10((土) 20:17:14 ID:???

 フゥーハハハハハハ!!

 名前以外のセンスはこの俺、鳳凰院凶真が認めてやろうエロよ!!

 

[8]名無し[]2017/06/10((土) 20:17:30 ID:???

 エロ様を崇めなさい。エロ様こそが、この堕ち行く業界の救世主なのです。

 

[9]名無し[]2017/06/10((土) 20:17:55 ID:???

 クソコテばっか沸くし、何もエロの情報無いならもう落とせよ

 

[10]名無し[]2017/06/10(土) 20:18:30 ID:???

 >>9

 こいつ、エロっぽい

 

[11]名無し[]2017/06/10((土) 20:18:32 ID:???

 >>9

 おっ、エロか?

 

[12]名無し[]2017/06/10((土) 20:18:44 ID:???

 >>9

 エロそう

 

 * * *

 

 ………………

 

 ………………ネットの人非人共め……!! 

 こいつ等は何時もそうだっ! 勝手なレッテルを貼り付けてっ!

 

 ……落ち着け、落ち着くんだ高坂京介……冷静に戦況を分析しろ。こうなってしまっては、もはや何をしても炎上する案件だ。もっとも、ミッションは達成したはずだ。俺が再びエロ……ゼロの仮面を被る必要は無いだろう。愚民どもも新たな刺激的なニュースさえ出れば、ゼロの事などすぐに忘れ去るはずだ。それはこれまでの炎上ニュースにおける統計が証明している。ゼロの衣装はタンスの奥深くに仕舞われた。もはや、日の目を見る事は二度と無いだろう。あとは時間が解決してくれるのを待つだけだ。

 

 俺はノートパソコンを畳み、リビングに向かう事にした。そろそろ夕食の時間だ。何も出来ない以上は、勝手に推測させておけば良い。

 

 こうして、ゼロはたった一度の奇跡を成し、世界から去ったのだ。

 

「あら、ちょうど呼ぼうと思ってたのよ」

 

 リビングに入ると母がそんな風に声をかけてきた。ジャストタイミングと言うところか。カレーの匂いがリビングを包んでいる。週末はカレーと言うのが我が家のルーティンだ。別に拘りのカレーでも何でも無いが、個人的には嫌いでは無い。

 桐乃は先に降りていたらしく、テーブルについて牛乳を飲んでいる。父は、テレビを見ながら難しい顔をしている。それは何時もの事か……だが、父の見ているニュースは……

 

「「「エロっ!!エロっ!!エロっ!!」」」

 

 くっ!! またかっ!? 今度はどこのテレビ局だっ! 本当に全ての局にあるこの映像のマスターデータを破壊してやろうか……その為のプログラムを作るには……!

 

「いやねぇ。昼間っから何を叫んでるのかしら……」

「全くだ。こういう事をして世間からどのように思われるか、それを全く考えていない」

「ハハハ……全くオタクと言う人種は良く分からないね」

「ほ、ホント……キモって感じ」」

 

 俺も桐乃も両親からの言葉に、乾いた返事をする。いや、桐乃はまだ良い。精々このイベントに参加しただけだ。ステージにも何千人も集まっていたし、カメラが向けられてピックアップされる可能性も少ないだろう。しかし、俺は……

 

「オタク共よっ!我と歩めっ!!」

 

 テレビからは、俺自身がやってのけた演説がまだ流れている。しかし、自分で言うのも何だが完璧だな。間のとり方といい、抑揚といい……ここまでの演説をやってのける政治家は、現代日本にいないだろう。

 …………自画自賛くらいさせてくれ、今の俺が針の筵に居ると言う事くらいは、分かるだろう? 何故だ……何故、俺がこんな思いをしなければ……今日のカレーは全く味がしない。

 

 夕食を終えた俺と桐乃は、未だにニュースを見続ける父と母をリビングに残し、早々に部屋に引き上げた。

 

「……テレビに映らなくて良かった」

 

 ポツリと桐乃がそう呟いた。

 

「ああ……そうだな。まぁ、あれだけの人間が居たんだ。そうそう映る事も無いだろう」

 

 もっとも、俺は完全に全国ネットにその姿を晒していたわけだが……物珍しさがあるとは言え、他に報道すべき項目も有るだろうに……ほとほと平和な国だな……本当に悲しくなるくらいに平和な国だ……こんな国ならばきっと……

 

「あそこに映ってたら、今まで作ってきたイメージ全部台無しになるところだったし」

「父さんや母さんが知ったら卒倒するかもしれないな」

「うん……特にお父さんには絶対にバレたら拙いだろうし」

 

 堅物な父は、桐乃がモデル活動をしている事もあまり快くは思っていなかったはずだ。それを含めた我儘を許して貰う代わりにその分ちゃんとすると桐乃は父と約束したと母に聞いた事がある。趣味の事を知られれば、父は何と言うだろうか……

 

「おろかなりぃぃぃ! きりのぉぉ! お前がやっている事は無価値ぃ・無駄ぁ・無意味ぃぃぃ!!!」

 

 ……いや、父さんはこんな喋り方では無かったな。どうも俺の中で父のイメージと言うものがあの堅物な父親で固定されない。だが、父親とは多かれ少なかれ独善的で独裁的なものだ……だからこそ桐乃はこうして趣味を隠す必要がある。悪い人間では無い、だが……少なくともサブカルチャーへの理解は無い、少しばかり古い人間。それが俺たちの父親だ。

 

「お前は案外抜けているからな。この前のような下手を打たないように気をつけろ」

「……案外抜けてるのは、あんた譲りよ」

「…………」

 

 ああいえばこう言う。この俺が案外抜けているだとっ!? 天才的な戦略家であるこの俺が……!? いや、確かにイベントでは色々想定外の事態も有ったが、それはお前は知らないだろう、桐乃っ! 全く本当に可愛く無い妹だ。

 

「ま、まぁ、それは良い」

 

 俺は話を変えて、今一番確認しなければならない事を切り出した。

 

「この前の連中とはどうだ? 仲良くしているのか?」

「え?あ、あー……あいつらね…………ま、入って」

「ああ」

 

 部屋の外で立ち話を続けるのを嫌がったのか、素っ気ない口調で桐乃は、俺を再び部屋に招き入れた。

 

「一応、両方ともやり取りしてるよ、いまも。LINEとかで」

「いちおー話は合うしさーあ? 色々知ら無い事とか教えて貰えたりするしぃ……ま、役には立ってくれてるかなぁ」

 

 さも興味無いと言う風を繕いながら、桐乃はそんな風に語った。本当に素直さが足り無いなこの妹は……もう少し素直になっても良いだろうに。この俺の妹であると言うならばーーなにはともあれ、連絡を取り合っていると言うならば、俺もあれだけの犠牲を払った甲斐もあったというものだ。これで、俺も幼稚な遊びに無駄な時間を割く必要も無くなると言うわけだ。

 

「あの黒いのは割と近所に住んでるらしいけど……でかいのはちょっと遠いらしくてさ。だから明日、秋葉原で遊ぼうって話になってて……ま、まぁ、仕方ないから行ってあげてもいっかなぁ……とか」

「そうか」

 

 俺は短くそう答えた。桐乃は一歩を踏み出した、元々社交性は高い妹だ。この先は問題無く友人関係を育んでいくだろう。

 

 これを以って妹から兄への『人生相談』と言う名の絶対遵守の契約は終わりを迎えたと考えて良いだろう。ここから先、彼女自身が友人とどのような物語を紡ぐかは俺が預かり知るところでは無い。願わくば……最後まで信頼し合える友であって欲しい。

 

「そういえば、あんたも……見るんでしょ、メルル」

「は?」

「今度、上映会しようって話になってて……ほら、来たいなら、来たら良いんじゃない……黒いのもでかいのも……なんか、会っても良いとかって言ってたし」

「そうだな……予定が空いていたら考えよう」

 

 どうやら今回の件を通して、俺と妹の関係も多少は改善されたらしい。いや、俺が求めている妹像とは正直言ってかなり違うのだが……まぁ、悪くはない気分だ。

 

「ちゃんと来なさいよ。これも人生相談だから」

「まだ続くのか……」

「あったりまえじゃん!」

 

 笑顔で桐乃はそう言い放った。どうやら絶対遵守の力はどう簡単に解除される物では無いようだ。それもそうだ。仕方が無い……もう少しだけこの我儘な妹に付き合ってやろう。我ながら甘いな。

 

 

 

 こうしてハッピーエンドとならないのが、物語と違って現実の面倒なところだ。

 

 異変は次の日に起きる。

 

 そして、俺は平和な日常を得て、なお父と対峙する事になる。

 それはもはや宿命を超えた運命なのかもしれない。

 

 ならばーー

 

 つづく



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。