不思議なヤハタさん (センセンシャル!!)
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序章
一話 始まり


2016/09/05 追記
※ご新規の皆様へ

もし主人公の口調が合わないと感じましたら、先に「二十三話 惑る少女の独白」をご覧ください。はやての視点から一~五話がダイジェストで描かれています。

2016/09/07 「クロノへの報告」パートを全てカギ括弧で括りました。


「さて、まずは何処から話したものやら。オレにはオレの主観しかないから、どう話を展開すれば他人が理解出来る流れになるか、とんと想像がつかない。

 事件の始まりから話せばいいのか。最初の厄介事まで遡ればいいのか。それとも、"彼女"との出会いを語ればいいのか。ああ、出会いの話をすれば少なくとも"彼女"は喜ぶだろうな。それぐらいの"絆"は感じている。

 だがそれではきっと全てを語ることは出来ない。全てがオレの主観の話となり、"彼女"と出会ってから今まで感じた感情の全てを話すだけになりそうだ。

 今求められているのは、「ここに到るまでに何があったのか」と「オレが何者なのか」の二つの説明だ。オレの喜怒哀楽などは容易く切り捨て、努めて客観的に報告する必要がある。

 ……ああ、なるほど。それならばやはり、最初から説明しなければならないか。"オレ"が始まり、"オレ"を理解し、"オレ"を形成した全ての出来事を語らねばならないか。

 よかろう。長話にはなるが、最後まで付き合っていただければ幸いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれは今から8年……いや、もう9年になるのか。先日誕生日を迎えたオレは、もう9歳になるのだな。

 オレが最初に目にしたのは、灰色の空と天から落ちる白。今理解している言葉で言えば、冬の空と雪景色ということになるな。

 当時のオレは、それが何なのかは理解していたが、言い表す言葉を知らなかった。そうだな、それが自分の体に必要不可欠な物質の状態の一つであることはイメージできても、言葉というツールで他者に表現する術を持たなかった、と言ったところか。

 ん? 何かおかしいか? 「今が9歳で9年前の出来事なら、生まれた直後のことを覚えているのか」だって? 当たり前だ。お前だって、強烈な印象を与えたものは記憶に残っているだろう?

 ふむ、納得が行っていないようだ。どうやらこれもあまり一般的な事象ではないようだな。だが、オレとしては至極当然の事象なのだ。どうせ理解できないのだから、そう定義付けて先に進めて行こう。

 ……まだ何か? 「言葉を知らずに、何故自然現象を理解しているのか」か。こちらに関してはお前も分かっているだろう。それがオレの"能力"の一端だ。深く考えるな。

 よし、では進めるぞ。ともかく、冬の寒空の下に、オレは一人でいたわけだ。ゆりかごの中、毛布に抱かれ、だんだんと体が冷えて行ったことを記憶している。

 だがまあ、今こうして生きているわけだから、そのまま凍死したわけではない。当たり前だな。このぐらいはオレとお前達の間で論理に差異はないだろう。

 オレがいたのは、「どんぐりの里」という孤児院の門前だ。体が冷え切る前に、そこの職員に発見され、保護されたというわけだ。

 それ以前の記憶はない。それがオレの最初の記憶だ。「オレは、理由は知らないが、生まれてすぐに孤児院に預けられた」、これがオレが語れるオレの出生の全てだ。

 親の顔も知らないが、オレに与えられたのは、そのときのゆりかごとそれからの生活場所、あとは三文字の名前だけだった。

 ……何を神妙な顔をしている。おかしなことは何もないだろう。この情報が信じられないなら、あとでその孤児院に行って裏を取ればいい。さすがにいなかったことにはなっていないだろう。

 「辛くないのか」だと? おかしなことを言う。お前にとっては同情する内容なのかもしれないが、オレにとっては至極当然の出来事だ。お前は息をすることが辛いと思うのか? そういうことだよ。

 ふーむ、どうにも色々と納得がいかないという顔だな。だが、最初に言った通りだ。オレにはオレの主観しかない。オレがどう説明すればお前が納得いくようになるのか、とんと想像がつかない。

 オレもお前も、お前の大切な人も、オレの大切な"彼女"も、「違う人間」だ。同じ感性・感覚を持つ人間などどこにもいない。まずはそれを理解しろ。それが第一歩だ。

 ……まあ、最初はそんなものだろう。"彼女"のように最初から受け入れられるのが稀なんだ。そう考えると、"彼女"の言う「運命の出会い」という言葉も信じたくなってくるな。

 無論のこと、そんなものはない。"彼女"がそう思うのは自由だし、オレが運命はなく偶然のみがあると考えるのも自由だ。オレと"彼女"は「違う」のだから。

 うん? ああ、話がそれてしまったな。どうにも"彼女"が関わると、主観が強くなってしまう。それだけオレにとって"彼女"が大切であるということなんだろうな。まあ、いい。

 

 

 

 話を進める。孤児院に入ってどれぐらい経ったのか、さすがに正確には覚えていない。まあ2年程度だったと思うよ。

 オレは言葉を習得し、頭の中に在った情報を言い表せるようになった。「知っていた」情報を「識った」と言ったところか。

 別段それで驚くようなことはなかった。何故ならオレは「知って」はいたのだから。それを言葉というツールで体系的に表せるようになっただけだ。

 だが、周りはそうもいかなかったようだな。最初から「外れ者」ではあったが、言葉を操れるようになった段階で完全に「異物」であると認識されたようだ。

 その辺りから、オレはほとんどの時間を一人で過ごすようになった。食事や睡眠の時間に子供の集団と一緒にいるだけで、他は大人からも放置された。それで別段問題は発生しなかったからな。

 おいおい、何て顔をしてるんだ。ここは大人たちの適切な判断と、子供ながらの危険察知能力に感心するところだろう。人間まだまだ捨てたもんじゃないと希望を持つべきところだろう?

 オレはその段階で自分のことはあらかた出来るようになっていたのだから、大人の手を借りる必要はない。ならその空いた分を他の子供に回すのが合理的だ。

 子供達にしても、自分達が社会性動物であることを本能的に理解していた証拠だろう。理解できない、危険の可能性がある因子を排斥するのは、何ら不思議はないだろう。

 何でそんな平気そうな顔をしているんだって? むしろ狼狽える要素があったかね。オレは自分が「彼らとは違う」と理解できていた。無理をして溶け込もうとしたら、互いに多大な苦痛を強いていただろうな。

 ……そうだ、それでいい。オレとお前は「違う」。それを理解できないことには、この先を聞くことも大変だぞ。

 ともあれ、そういう理由でオレは孤児院「どんぐりの里」を出ることにした。と言っても、すぐに出ても野垂れ死には確定していたから、里親というか身元保証人を探すことから始めることにしたよ。

 

 ――それで思い出した。そういえば一度、あいつの家に養子に来ないかって言われてたな。4歳ぐらいのときだ。

 確か、孤児院の子供達で公園に遊びに出た時だったか。ああ、もちろんオレは着いて行っただけだ。身元保証人探しの一助にはなるかと思ってな。

 オレは木に背を預け、子供達を見ながらその向こうの道を行きかう人たちを見て、ボンヤリしていたんだった……」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「……みんなと、あそばないの?」

 

 舌ったらずな子供の声が横手から聞こえた。オレの方にかけられた声だったことは明白なので、一応そちらを向く。

 そこにいたのは、同い年ぐらいの栗毛の少女。何故かその表情を悲しげにゆがめ、瞳は何か助けを求めるかのように潤んでいた。

 視線がかみ合う。やはりオレに声をかけたようだ。

 

「そのふく、あそこの子たちとおんなじだよね」

「そうだな」

 

 短く答える。今のオレ達の服装は、孤児院で支給される制服。幼稚園児のスモックと同じようなものだと考えればいい。

 こんな仏頂面のオレにそれが似合っているかはさておき、オレがあの子供達と同じ施設に関係していることはすぐに分かったのだろう。

 オレの答えがそんなに意外だったのか、少女はびっくりしたように目を開く。やはりオレに人の気持ちとやらは分からないようだ。何故そのような反応になったのだろうか。

 

「……あそばないの?」

「その理由がないのと、他にやることがある」

 

 今オレがやっているのは、通行人から身元保証人候補を探し出すことだ。目つき、身なり、立ち居振る舞いから、共同生活をして苦にならなさそうな人間を、直感的に探している。

 オレが苦にならないだけでは意味がない、向こうも苦にならないようでなければ。オレは貸し借りという概念が特に苦手だ。互いの条件が出来る限りイーブンでなければならない。

 無論、子供の身の上であるオレは養われなければならない。家業の手伝いなどで補うつもりではあるが、完全に対等にすることは出来ないだろう。

 だからと言って何の努力もしないわけではない。出来る限り借りを作らず、作ったとしてもすぐに返済できるだけの関係でなければ。

 

「どうして?」

 

 オレの内情を知らない少女は、疑問を重ねる。疑問、というには問いかけが抽象的過ぎて、何とも答えようがない。

 

「その「どうして」が何を差しているのかが分からないから、勝手に判断させてもらう。オレは「誰かと遊ぶ」という行為を必要としていない。だから、彼らと一緒に遊ぶ理由がない」

「どうして?」

「そういう性分だからだ。恐らくは自己の中で全てが完結しているんだろう。他者には出来る限り関わらない生き方が望ましい」

 

 少女は「どうして」を重ねるが、オレの言葉はそのたびに難解になっていく。言葉で表現できないものを表現しようとしているのだから、当然の話だ。

 オレは――内心で感心していた。内容が分からないだろうに、分かろうとして疑問を重ねる少女の心の強さに。

 オレの経験上、その辺の子供……まさに目の前で遊んでいる孤児院の連中レベルだと、「どうして」は重ねられて2回までで、それ以降は理解できなくて癇癪を起こす。

 それに対して目の前の少女だ。相変わらず悲しそうな表情ではあるものの、その奥底に眠る熱量には舌を巻く。きっと大人物の器なのだろう。

 10回ほど「どうして」を重ね、少女は黙った。まあ、大人物の器とは言え、今はただの子供だ。これ以上は無理だろう。そして、そう簡単に答えが出るものでもないだろう。

 オレは少女から視線を外し、再び通行人を観察する作業に戻った。

 

 だが、少女はオレの想像を上回る。

 

「……人間観察の邪魔なんだが」

 

 目に涙を溜めて、彼女はオレの目の前に立ちふさがった。左手をこちらに伸ばしている。

 

「あそぼ?」

 

 震える声、だけど力強い一言。オレは、その手を取らない。

 

「必要がないと言った」

「あそぼ?」

「同じことを何度も言う趣味はない」

「あそぼ?」

 

 壊れたラジオのように、同じ言葉を繰り返す少女。涙目ながら、その表情はいつの間にか決意の力強さに満ち溢れていることに気付いた。

 この歳で、これほどまでの力強さ。不屈の意志。オレは少女に、少なからぬ興味を持った。

 

「問いを返そう。何故?」

「あそびたいから」

「そこに子供達がいる。彼らなら君を無下に扱うことはない。遊びたいなら、彼らに混ざればいい」

「キミと、あそびたいから」

「そこで何故オレになったのか、それが疑問なんだがね。君らにとっては好ましくない性格だろう?」

「わかんない。でも、あそびたいっておもったの」

 

 この少女には理解できていないだろう。オレという存在も、オレが「違う」ということも。自分の判断基準に従い、手を差し伸べたいと思ったのだろう。余計なお節介である。

 余計なお節介ではある……が。これだけにべもなく扱われているにも関わらず全く引かない心の強さには、やはり興味を惹かれる。

 

「なるほど、なら理由に関しては問うまい。だがさっきも言ったように、オレには必要ない。君の要求に、オレが答える義務はない。オレにはオレのやることがある」

 

 一見すれば拒絶の言葉だろう。だがオレは、この興味を持った少女と少し「遊ぶ」ことにした。

 

「ここで問題だ。オレは君と遊ぶ気がない。オレには他にやることがある。では、オレと一緒に遊ぶためにはどうすればいい?」

「えっ……」

 

 言葉に詰まり、考え込む少女。すぐに答えが出ることはないだろう。オレはその間に、人間観察に戻る。

 今日は、人通りが少ない。通っても、ただ人が好さそうなだけの老人が、子供達に向けて手を振っているのみ。すぐに見つかるとは思っていないが、今日も望みは薄そうだ。

 

「……やることって、何?」

 

 少女が声をかける。優秀だ、ちゃんと道筋を考えられている。そう、答えを得るためには、まずはオレのことを知らなければならない。

 

「人を見つけることだ。オレの身元保証人として、適切な人物を探し当てること。今日はそのために来ている」

「……みもとほしょーにんって?」

「砕いて言えば「親代わり」だ。オレは現在、孤児院に厄介になっている身なんでな」

 

 実際にはかなり違うのだが、先の会話から彼女はこれぐらいの理解力だろうと推測する。正しく理解したようで、再び驚きに目を見開いた。

 

「……ごめんなさい」

「何故謝っているのか理解できないが。そんなことをしている暇があるなら、謎かけの答えを探した方が賢明だな」

 

 少女は慌てたように考え込む。どうにも少し面白くなってきた。

 それから5分ほど人間観察をしていると、唐突に少女がオレの右手を掴んだ。両手で、離さないように。

 

「なのはのおうちにいこう! いまはお父さんいないけど、でもお母さんがキミのお母さんになってくれるから!」

 

 子供らしい、突飛な発想だった。そしてこの少女は「なのは」という名前らしい。そういえば自己紹介をしていないが、まあ後々でいいだろう。ここで終わる縁かもしれないのだから。

 おかしさで思わず吹き出しそうになり、だが冷静に解答を採点する。

 

「100点満点中10点の解答だ。発想は評価する。だが、何故オレが身元保証人候補を探さなければならないのか、その考察が抜けている。父親がいないと言った、そのため後で了承を得られない可能性もある」

 

 これが「候補として紹介する」だったら素晴らしい解答だったが、この少女の現在の思考能力を鑑みると、それは高望みし過ぎか。

 少女「なのは」はシュンとした。別にその姿にほだされたわけではないが。

 

「……が、逆の可能性も0というわけではない。一応、一度会ってみてもいいかとは思ったよ」

 

 0点でなければ、試してみる価値はあるのだ。

 少女はさっきまでと打って変わって表情を輝かせる。……ふむ、何故犬の耳と尻尾が幻視出来るのだろうな?

 右手をギュッと握っていた彼女は、今度はオレの腕をガシッと掴んだ。おい。

 

「じゃ、さっそくおうちにいくの!」

「おい。     おい」

 

 こちらの抗議を無視し、少女「なのは」はオレを引っ張り走り出そうとした。

 ちょっと踏ん張ったらつんのめってこけたことを記しておく。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「それからどうしたって? いきなり押しかけても先方も準備が出来ていないだろう。だからこの日は話だけして、あいつの相手をしてやった。

 孤児院の連中は信じられないものを見るような目でオレ達を見ていたよ。オレが誰かと遊ぶという行為を想像できなかったんだろうな。実際には遊んでいたのはあいつだけで、オレはほぼ見ているだけだったが。

 後日、オレはあいつの家に行き、母親の方にあって、お断りを入れた。

 向こうの方はウェルカムムードだったんだがな。オレにとっては、それがいけなかった。あの家に入ったら、きっとオレはストレスに耐えきれないと簡単に想像出来た。

 さっきの話にも出てた通り、オレは当時の時点で「貸し借り」が苦手だと自覚していた。あいつの家は、オレが望む望まざるにかかわらず、大きな借りを作ってしまっただろう。

 親の愛とやらを子供に注げるのは立派なのだろう。だが、オレにとってそれは身元保証人の条件としては論外だ。オレは彼らの子供として愛情に応えられないのだから。

 オレは記憶が始まった時点でパーソナリティが完成してしまっていた。後付けで「親」を与えられたとしても、「彼らの子供」という付加情報は馴染まない。

 どんなに親の愛を注がれても、受け皿がない。無駄にしてしまう。何も返せない。ストレスに耐えきれず、放浪の身へ。そんな未来がありありと想像出来た。

 

 あいつはものすごく残念がっていたが、正直オレの知ったところではない。今でも何故あいつがオレに執着したのかは理解できないが、相性は悪かったと思う。

 だからオレはこの縁もそこまでと思い、名を告げずに去った。……それがこうして再びつながるというのだから、人生は分からんもんだ。

 

 話を戻そう。それから1年ぐらいして、オレを引き取りたいという人間が現れた。知っての通り、それが今のオレの身元保証人だ。

 名前は、「八幡ミツ子」。オレを引き取る数年前に旦那さんを亡くし、一人暮らしをしていた老人女性。小さな古アパートの大家さんだ。

 その時点で既に孤児院側で持て余されていたオレは、あっという間に彼女に引き取られた。

 ――後で聞いた話なんだが、あいつの父親がオレに相応しい引き取り手を探してくれたそうだ。自分達ではどうにもできなかったのだからせめて、と思ったらしい。

 余計なお世話、と断言することもできないだろうな。実際、おかげでオレは孤児院への迷惑を最小限で済ますことが出来た。この借りは必要経費なんだと思っている。

 ミツ子さんは、さすがに人生経験を積んでいるだけはあって、オレとの距離の取り方が絶妙に上手い人だ。つかず離れず、オレの生活を最低限度で保証してくれた。

 オレに与えられたのはアパートの203号室。ワンルームにシンクとトイレ付。シャワーはついていなかったので、ミツ子さんに借りることになった。

 家賃の代わりに、ミツ子さんに与えられる内職をこなす。余った分を生活費として使用できるという「契約」だ。

 ……そうそう、お前もようやく理解出来てきたようだな。これが、オレがストレスを感じずに生活の保障を享受できるラインだったわけだ。

 まあ、それでも後々の学費とかに関してはミツ子さんに負担してもらわなければならないわけで、完全解とはいかなかったがな。理解したなら、今後も割のいい仕事を斡旋してもらえるとありがたい。

 

 

 

 ふう、導入にだいぶかかったな。だが、これでオレがどういう人格なのかはあらかた理解が出来ただろう?

 それではいい加減に物語を始めよう。今の話の終わりから、さらに1年後からスタートする……――」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 ガヤガヤという教室の中を支配する子供達と大人達の喧騒。オレは窓際後方の席で、遠くの出来事を見るように眺めていた。

 ミツ子さんに引き取られたことで、姓のなかったオレは「八幡(やはた)」の名字を受けた。最初の席順は名前順であり、ら行・わ行のいないこのクラスでは後方に位置する。最後尾ではないが。

 先ほど入学式が終わったばかりであり、これから担任の教師がやってきて最初の挨拶をする。教室後方には各児童の保護者達。

 とは言え、ミツ子さんには参加をご遠慮いただいている。あくまで彼女は「身元保証人」であり「保護者」ではないのだ。そのラインを、彼女は弁えている。

 そもそも彼女が保護者達の会話に混ざれるかと言ったら、否だろう。ここにいるオレは彼女の子供ではなく、育ててもらっているわけではない。子供の話で盛り上がれる母親たちとは違うのだ。

 そしてオレもまた、他の子供達とは違う。既に孤児院で認識していた通り、彼ら彼女らに話題を合わせることが出来ない。オレ自身の意志としても、合わせる気がない。

 さきほど前の席に座る女児――ヤシマだかヤジマだかいう少女だ――から「よろしくね」と言われたが、オレは「ああ」とだけ返して会話が途切れた。少女は今オレの前方の少年少女達と会話をしている。

 賢明な判断だ。少女の語彙力・思考能力では、オレとの会話についていけそうもない。共通の話題などというものもないだろう。彼女にとって、オレと交流を取ろうとすることは時間の無駄だ。

 恐らく小学生の間は、オレとまともに会話出来る者は出てこないだろう。数年前のあの少女は、限りなく特別だった。そのレベルがそう頻繁に出てくるとは、確率的には考えられない。

 だからどうということでもない。本当にそれだけのことだ。今はただ、次のステップをどう踏むかだけを考える。いつまでもミツ子さんに学費を払ってもらうわけにはいかないのだから。

 教室の中をボンヤリと眺めながら、そんなことを考えていた。

 

 

 

 そんな時だった。

 

 "彼女"に、後ろから声をかけられたのは。

 

 

 

「なーなー、今えーか?」

 

 聞き慣れないイントネーション。それがどこかの訛りであることは理解出来た。どこの地方かまでは分からないが。

 振り返る。そこにいるのは、席についた女児が一人。当たり前だ、ここは小学校の教室なのだから。今日が入学式なのだから、初めて見るのも当たり前。

 明るい茶色の髪をショートカットにした少女は軽い笑顔を浮かべて、こちらに向けて身を乗り出していた。笑顔に対し、オレが返せるのはいつもの仏頂面。

 

「何か用か?」

「せっかくのご近所さんやし、自己紹介しとこ思ってな。さっき前の子と話しとったけど、今大丈夫やろ?」

「ダメならそう言っている。それで?」

「あはは、何や面白いしゃべり方やん。わたしも人のこと言えんかもやけど」

 

 その少女の周囲でとりわけ目を引いたのが、机に立てかけられている二本の松葉杖。どうやら彼女は足が悪いらしい。

 

「あ、これ? わたし、生まれつき足があんま動かんねんけど、最近ちょっと酷なってな。けど、何かかっこええやろ」

「自己紹介をするんじゃなかったのか?」

「何や、自分ノリ悪いなー。せっかく可愛い顔しとんに、勿体ないで」

「価値を感じない。無駄は嫌いでもないが、方向性のない会話は好きじゃない」

「あー分かった分かった! 今自己紹介するからこっち向きぃ!」

 

 体を前に向けようとするオレを、後ろの席の少女が必死に止める。そう言えば、と思うことがあった。

 彼女はずいぶんと会話上手に感じる。少なくとも、ここまでの会話でオレに退屈をさせることがなかった。頻繁に脱線するのはマイナスだが、それを補って余りある語彙と知性を感じた。

 コホン、と少女は咳払いを一つ。

 

「わたしは、はやて。八神はやてや。さ、次はキミの番やで」

 

 ウインクをしながら、少女――はやては手で促してきた。

 ……なるほど。どうやらオレの推測は間違っていたようだ。限りなく特別な彼女と出会うことは、この世の中たまによくあることらしい。

 数年ぶりに遭遇した大きな器。そのことに少しだけ愉悦を感じ、口元が自然と小さな笑みの形になった。

 

 オレは、彼女に自己紹介を返した。

 

「オレは、八幡ミコト。カタカナみっつでミコト。好きなように呼べ」

 

 ――彼女は、これを「運命の出会い」と言うだろう。だがオレは、「偶然の出会い」と言い続けるだろう。

 これは、命題を持たなかったオレが、大切な彼女と出会った、偶然の物語だ。




追記:
知人に「席順の決定基準が分かりにくい」という指摘を受けたので明記しておきます。
この学校では基音→濁音の順番で出席番号が決定しています。主人公周りの席順はヤシマ→ヤハタ→ヤガミです。


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二話 馴れ初め

2015/12/19
ミコトからはやてへの二人称が一部「お前」になっていたので「君」に修正


 八神はやてという少女の第一印象は、「逆境に負けない少女」だ。生まれつき足が不自由というハンディキャップをものともせず、明るい笑顔を絶やさず和を作る子だと思った。

 オレとの会話を成立させるだけの知性と語彙は、読書によって培われたものだそうだ。外で元気に走り回れない分、妄想の中で大冒険をしていると冗談交じりに語っていた。

 もっとも、それだけではオレの「プリセット」と対話できる理由にはならないだろう。頭の中の大冒険から必要な経験を抽出できるだけの才覚があってこそだと思う。

 それでいて、クラスの中で浮いているわけでもない。オレとは違い会話を合わせる能力を持ち合わせている。むしろ健常者であるオレの方が浮いていた。

 彼女はそんなオレをクラスの和の中に溶け込ませようと努力したが、やはり巨大な異物を混じらせることは出来なかった。

 

「わー、さっちゃんの消しゴムかわいいー! どこで買ったのー!?」

「えへへ、すごいでしょ! 駅の向こうに、こういうの売ってるお店があるんだよ!」

「いいなー! わたしたちにも教えてー!」

「ほんなら、今度の休みに皆でお買い物行こうや! そだ、ミコちゃんもどうや?」

「間に合っている。それと、日曜は既に予定があるから無理だ」

『…………』

「あ、あははー。そか、そら悪かったわ。あ、あー、そんなら来週の日曜でも……」

「向こう一ヶ月は無理だ。それと、オレには自由に出来る資金がそこまでない。他を当たれ」

 

 それっきり、空気が悪くなって三々五々に散っていくクラスメイト。八神はやてのみ、席がオレの後ろであるため移動せず。

 

「むー。ミコちゃん付き合い悪いでー。あんな言い方されたら、そら皆気分悪くなるわ」

「余計な期待を持たせないためには、ばっさり切り捨てた方がいい。君はオレの事情を知っているだろう」

「……そら、分かっとるけどー」

 

 八神はやての家は、オレの住むアパートのはす向かい。彼女の希望で一緒に下校した際に分かったことだ。

 その関係で、オレが孤児院出身であること、今は実質一人暮らしであることを知っている。そしてオレもまた、八神はやてが家族を失っていることを知っている。

 似たような境遇、鏡写しの関係。それでいてこれだけの差異が出るというのだから、人間は不思議なものだ。

 

「わたしは、ミコちゃんが皆に嫌われるのが嫌やねん」

「酔狂なことだ。オレはまるで気にしていないのに、何故君が気にしているのか理解できない」

「ミコちゃんには理解できんわ。わたしらがミコちゃんを理解できないのとおんなじ」

 

 彼女の特筆すべき点として、オレが「違う」ということを理解している。これは、いつかの少女は辿り着かなかった事実だ。

 だから彼女は、オレを理解しようとしない。理解せずとも対話できる方法を模索している。これには素直に感心している。

 この歳どころか、大人になっても誰もが出来ることではない。間違いなくこの少女の器の大きさ故だろう。

 現時点でオレの尊敬する人を挙げろと言われたら、ミツ子さんと八神はやての二人の名前を出す。それぐらいのことだ。

 

「ミコちゃんのええとこを分かってる、なんて知ったかぶりはせんけど。一番仲良うしとる子が嫌われ者っては気に食わんやん?」

「そういうものか。しかし、オレと君は仲が良かったのか。初耳だな」

「今初めて言うたもん。少なくとも、わたしはミコちゃんと話してる時が、一番楽しいで」

「ふむ。そういう価値判断で言えば、確かにオレも一番仲が良いのは八神はやてということになるな」

「せやろ? だから、早よわたしのこと「はやて」って呼びや」

「機会があればな」

 

 確かに尊敬はしているが、それとこれとは話が別だ。

 

 

 

 

 

 日曜には予定が入っていると言った通り、オレの日曜は大抵内職で潰れる。平日の昼間は学校に行っているため、日曜に集中してやらなければ収入がない。

 収入がなくなれば、ミツ子さんが補填してくれるだろう。だがオレはそれに甘える気はない。たとえ彼女がいいと言っても、オレにとっては借りを作ってしまうことになる。

 孤児院時代、「子供は大人に甘えるもの」と言われたことがある。これはオレには当てはまらないと思っている。

 確かにオレは、生まれて6年ちょっとの子供だ。だが精神が完成され、相応の知識も保有している以上、オレは子供ではない。かと言って大人とも言えない。

 何なのかと問われれば、「外れ者」と答えるしかない。今のオレは、力を持たない故に社会に寄生することしか出来ない「外れ者」だ。

 だから、生き延びるために動かなければならない。それが初めから知識を持って生まれたオレが払うべき代償だと思う。

 

 ミツ子さんからいただいた内職は造花作り。専用の紙を折り、テープで巻いてバラを作る。最初の頃は一つ作るのに5分ほどかけて、出来もあまりよくなかった。

 一年間続けた結果、最近では一つ当たり30秒まで短縮することが出来た。1時間に120個、9時間休まず続ければ1000個を超える。

 単価は10円となっており(相場より高いらしい、恐らくはミツ子さんが交渉してくれたのだろう)朝8時から夜9時まで、休憩を2時間挟んで1320個という計算になる。つまり、13,200円分だ。

 この部屋の賃料は一月6,000円に設定されており、気合を入れれば日曜一日で賃料分は賄える。水道光熱費に関しても全部合わせて5,000円以内に抑えているため、これもカバー可能だ。

 つまり日曜とは、皆にとっては休みであっても、オレにとっては最大の稼ぎ時というわけだ。

 

 だというのに、だ。

 

「やっほーミコちゃん、可愛いはやてちゃんが遊びに来たでー」

 

 こうやってオレの一番のクラスメイトを自称する少女が邪魔をしにくれば、胡乱な表情にもなろう。

 安アパートの古い扉を開けた向こうにいたのは、松葉杖で体を支えている八神はやてだった。

 オレは彼女に向けて一言。

 

「帰れ」

 

 そう言って扉を閉めようとした。が、松葉杖が挟み込まれて阻止される。

 

「ちょ、待ちいや! いくらわたしかてその扱いは傷つくわ!」

「知らん。オレは忙しい。邪魔をするな」

「知っとるけど、ちょっとはこっちの話も聞きや! ミツ子さんの許可はとっとるんやって!」

 

 彼女の名前を出されては無下には出来ない。こちらは借りを作っている立場なのだから。

 渋々扉を開け、八神はやてを部屋の中に招き入れる。彼女は呆れとも感嘆とも取れるため息をついた。

 

「うわー。話には聞いとったけど、殺風景な部屋やな。綺麗は綺麗やけど」

「必要最低限を置いているだけだ。オレに不満はない」

 

 この部屋にあるものと言えば、食卓件勉強机件作業台のちゃぶ台、小型の本棚、ランドセル、及び内職用の段ボールのみ。寝具やら箪笥やらは押入れの中だ。

 光熱費を抑えるため冷暖房は存在しないし、冷蔵庫もミツ子さん宅のを借りている。夏場は薄着で、冬場は厚着で耐えればいい。

 部屋の清潔に関しては、オレ自身が汚れた場所での生活を好まないため、掃除には力を入れている結果だ。入居時より綺麗になったとミツ子さんのお墨付きを頂いている。

 八神はやてをちゃぶ台の前に座らせ、水を出す。冷蔵庫なんてないからジュースもない。彼女は苦笑を返した。

 

「ほんま、小学生とは思えん生活しとるな。頭が下がるわ」

「贅沢は敵だ。必要のないものは切り詰めなければ、この歳で一人暮らしなんぞ出来ん」

「ミコちゃんは、自分で稼いでんのやもんな。おじさん頼りのわたしとは大違いや」

 

 彼女も一人で生活をしてはいるが、後見人がいる。亡くなった父親の遠戚であるイギリス人だそうだ。遠くに住んでいるため会ったことはなく、手紙でやりとりをしているらしい。

 毎月それなりの額を振り込んでもらえているらしく、彼女はオレのように内職をする必要がない。もっとも、オレのこれは自分が望んでやっていることだが。

 

「で?」

 

 ともかく、用件を聞こう。こちらはこの後やることがたくさんあるのだ。内職的な意味で。

 

「でっていう?」

「違う。何をしに来たか聞いている」

「最初に言うたやん、遊びに来たって」

「忙しいと返答をしたはずだが」

「諦めたとも言うてへんで」

 

 なるほど、つまりオレの邪魔をするつもりか。

 

「そうや。ミツ子さんにも「ミコちゃんの邪魔します」言うたら「お願いする」って返されたんよ」

「……あの人は、オレとはドライな関係を保っていると思ったんだがな」

「だからわたしにお願いしたんちゃう? わたしが勝手にやったことなら、ミツ子さんは関係あらへんし」

 

 そうだろうな。あの人はオレとの距離感を大切にしているが、その上で出来ればオレに子供らしく過ごして欲しいと思っている節がある。そのために八神はやてを利用したのだろう。

 

「心配するのはしゃあないやん、ミツ子さんはミコちゃんの保護者なんやから」

「身元保証人だ」

「ミコちゃんの主観としては、やろ。ミツ子さん的には、やっぱりミコちゃんは「自分の子供」なんやと思うよ」

「知っている。その上で、オレはオレの考えを通させてもらった」

「……はあ。筋金入りやで、ホンマ」

 

 筋金入りの個人主義者だ。そういうパーソナリティを生後すぐに確立してしまったのだから、仕方のないこと。

 八神はやてもそれは分かっているだろう。分かった上で、対話の方法を模索しているのだ。だから尊敬しているわけだが、正直今は鬱陶しい。

 オレとしては、さっさと彼女にお帰りいただいて、内職作業に戻りたいのだ。

 

「どーしても遊びたくない?」

「資金稼ぎの方が優先される」

「わたしはミコちゃんと遊ぶ方が優先度高いよ」

「平行線だな」

「せやね」

 

 オレにはこの少女を説得する手立てがない。同じように、彼女がオレを説得することも適わない。

 今この場に必要なのは、妥協案だ。

 

「この部屋の中で遊ぶことを許可する。その代わり、オレの邪魔はしないでもらおうか」

「うーん、そこが今日の限界みたいやね。しゃあない、妥協したるわ」

 

 まあ、この部屋に遊び道具なんぞあるわけがないのだが。テレビやゲームはおろか、トランプなどの非電源ゲームすら存在しない。

 その辺は、八神はやてが持ってきた鞄の中に……。

 

「おい。何だその櫛やらリボンやらは」

「今頃気付いたん? そんなん、ミコちゃん弄りの道具に決まっとるやん」

「邪魔はしない約束だ」

「ちょいちょい髪弄るだけやから、邪魔にはならへんやろ。ミコちゃんせっかく可愛いのに、適当にしとるせいで素材全部ダメにしとんのやもん。女の子としては黙ってられんわ」

 

 曰く、「これはクラスの総意」だそうな。信憑性は不明だ。……はあ。

 

「邪魔になったら追い出す。あとは好きにしろ」

「りょーかい。ほんなら、まずは髪を梳かそかー」

 

 そう言って八神はやては、無駄に伸びたオレの髪を梳かし始めた。ちなみに、伸ばしていたのではなく床屋代を節約した結果である。美容院などもってのほかだ。

 

「ふわー、この髪やわくてすべすべで癖になりそうやわー。どんな手入れしとん?」

「特に何も。ミツ子さんが用意したシャンプーとコンディショナーを使っているだけだ。他に考えられるとしたら、食生活の恩恵だろうな」

「食生活って、何食べとん?」

「主にもやしだ」

「うわぁ……」

 

 もやしバカにすんなよ? 調理法次第で高級料理に早変わりなんだぞ、あれ。

 八神はやてと会話をしながら、手は次々造花を作っていく。我ながら慣れたものだ。

 

「えらい早いなぁ。手元見ても何やってんのかさっぱりやわ」

「一年も続ければ、誰だってこのぐらいにはなる」

「よう根気持つなー。さすがはわたしの一番のクラスメイトやわ。まずは三つ編みからなー。わたしやと短すぎてできんから、楽しみやわ」

「伸ばさないのか?」

「手入れが大変そうやからなー。触れば分かるけど、結構癖っ毛なんよ。ミコちゃんみたいな天然キューティクルってわけにはいかんねん」

「そんなものか」

「そんなもんです。興味ないのは分かるけど、ミコちゃんも女心ぐらい分かるようにならんとな」

「分かってどうなるという話だがな」

 

 彼女お得意の方向性のない会話だ。普段はあまり好きではないが、何かやりながらだとちょうどいいかもしれない。

 

「出来たでー。って、この家鏡もないんかい!」

「オレが必要としていないからな」

「ああもう、手鏡どこやったっけ!」

 

 がさごそとバッグを漁り、ようやく出てきた手鏡でオレを映し出す。

 完成した造花を段ボールに入れる瞬間にチラリと見る。

 

「似合わんな」

「そらこんな野暮ったい服装じゃなー。今度来るときは可愛い洋服も持ってくるわ」

「いらん。というか次がある前提で話をするな」

「わたしの目標は、可愛い格好したミコちゃんを外に連れ出すことやで。無理な相談やな」

「はた迷惑な目標だ」

 

 奇異の視線を集めそうだ。断固として拒否させてもらおう。

 

 

 

 そうして八神はやては、オレの髪型を弄って遊んだ。ポニーテールやらツインテールやら、オリジナルアレンジやらを試した。

 オレとしてはどれも似たり寄ったり(似合わない)だったが、彼女的には得られるものがあったようだ。

 いつの間にやら12時になっており、昼の休憩だ。

 

「お邪魔してもうたし、今日のお昼は私が作るわ」

 

 俺が伸びをし立ち上がろうとすると、それより早く八神はやてが松葉杖をついて立つ。

 その申し出自体は、ありがたいと言えばありがたい。同じ姿勢で作業を続けていたため、体に若干の疲労感がある。楽が出来るならば、それはそれで嬉しい。

 だが。

 

「狭いキッチンでの調理には慣れていないだろう」

 

 八神はやては足が不自由だ。移動には松葉杖が必要で、あいにくとこの部屋はバリアフリーな設計にはなっていない。ただの安アパートの一室なのだから。

 そんな環境で、たとえ彼女が年齢不相応に家事に慣れていたとしても、小学一年生の子供が適応できるとは思えない。

 案の定、彼女は「確かに」と考え込んでしまった。触れなかったが、食材はミツ子さん宅から持ってこなければいけないという問題もある。彼女一人での調理は無理だ。

 そう結論付けたが、彼女は名案が浮かんだと手を叩いた。

 

「せや、ミコちゃんがうちに来ればええやん!」

 

 確かに、八神家はこのアパートのはす向かいで、そう遠くない。十分可能な距離だ。

 

「だがオレは食事が終わったら内職の続きをするつもりでいる。短距離とは言え、移動は望ましくない」

「でも、わたしはミコちゃんに御馳走したいんよ。ミコちゃん、借り作るのも嫌いやけど、貸し作るのも嫌いやろ?」

 

 彼女に「変なの」と言われたオレの性分は、ちゃんと覚えているようだ。その通りである。

 ……仕方がないな。

 

「分かった、その提案に乗ろう。乗るから、死ぬほど似合わないこの髪をどうにかしてくれないか?」

「えー? せっかくの力作やのに。可愛いよ?」

「可愛さも格好よさも求めてないんだよ、オレは」

 

 八神はやて曰く、「ストレートロングアレンジお嬢様スタイル・HAYATEカスタム」だそうだ。意味が分からん。

 結局彼女を説得することは出来ず、オレはそのまま外に出ることになった。時間を無駄にするぐらいなら、とっとと用事を終わらせた方がいいという判断だ。

 どうせ距離は短いのだから、そんなに人とは会わないはず。そう考えていたら、アパートの階段を下りたところでミツ子さんと遭遇する。

 

「あらあら、随分可愛らしくなっちゃって」

 

 彼女はオレと八神はやてを微笑ましいものを見るような目で見てきた。オレは失礼のないように挨拶を一つしてから、変わらぬ仏頂面で返す。

 

「錯覚です」

「そんなことありませんよ。私はとても可愛いと思います。ねえ、はやてちゃん」

「自信作やからな。ミコちゃんをうちまで借りますね」

「ええ、どうぞどうぞ。遠慮なく連れ出しちゃって」

 

 ミツ子さんは終始ニコニコしたまま、オレ達のことを見送った。解せぬ。

 

 八神邸は二階建ての一軒家で、敷地面積はミツ子さんのアパートと同程度。つまり、オレの部屋とは比べ物にならない程度に広いということだ。

 少女に促されて玄関に入る。一人分の生活感しかない、不相応に広い玄関。情報として知ってはいるが、収まりが悪い感覚を覚える。

 八神はやてはとうに慣れているのだろう、不自由な足からよどみなく靴を脱ぎ、フローリングの床に上がる。

 後から続いて履き古しのスニーカーを脱ぐ。通されたリビングは、やはり不相応に広かった。

 

「ミコちゃんはソファでゆっくりしとって」

「遠慮する。二人で調理した方が早いだろう」

「えー。それやと御馳走することにならんやん」

「君がメインでやればいい。移動が発生する作業をオレがやれば、時間の短縮になる」

 

 八神邸に入るのはこれが初めてであり、当然キッチンもうちとは違う。勝手を知らないのだから、そこまで動けるわけじゃない。

 オレの提案に、彼女は苦笑交じりに了解を示した。

 

「何を作るんだ」

「焼きそば。お手軽でええやろ?」

「もやしは?」

「うちのは入れません」

 

 そうなのか、残念だ。

 八神はやての指示に従いながら、材料やら調理器具やらを確認して取り出す。その間にも彼女との会話は途切れない。

 

「焼きそばに肉を入れるのか」

「不安になる発言やめい。聞くの怖いけど、ミコちゃんは普段何入れとん?」

「もやしのみ……と言いたいところだが、さすがに栄養が偏るからな。ニンジンとキャベツを追加している」

「野菜だけやん。ミコちゃんって肉食べへんの?」

「そんなことはない。週に一回程度はタイムセールで購入している」

 

 豚ばら肉の包装を解いて八神はやてに渡す。熱したフライパンから油が撥ねる音がする。

 

「ちゃんと食べんと、色んなところがおっきくならんでー。ただでさえミコちゃん、背ぇちっちゃいんやから」

「色んなところを大きくする気はないが、身長が伸びないのは若干困るかもしれないな。戸棚に手が届かないのは不便だ」

「わたしは身長よりもミコちゃんの色んなところが育ってほしいわ。ちっちゃいミコちゃんも可愛いけど、おっきいのはロマンやで」

「何のロマンだ」

 

 適当に流したが、それはセクハラ発言なのではないだろうか?

 

「というわけで、今後はうちで一緒にご飯食べようなー。ミコちゃんにちゃんと栄養取らせな」

「却下だ。近いとは言っても移動時間が発生するのは望ましくない」

「ミツ子さんにお願いして冷蔵庫使われへんようにするで?」

「卑怯者め」

「何とでも言いや」

 

 カラカラと笑う狸少女。オレが言うのもなんだが、年齢不相応に達観した少女だ。

 ふぅ、と八神はやてはため息をつく。

 

「それにな。うちって、一人で過ごすんには広すぎやん。ミコちゃんには分からんかもやけど、結構寂しいことなんよ」

「収まりが悪いとは感じた。やはり何事も過不足ないのがちょうどいい」

「過ぎたるはなんとやらってやつやな。せやから、わたしの都合でミコちゃんが一緒におってくれると嬉しいんよ」

「そういう場合、オレがどう返すかは、さすがにもう分かっているよな?」

「もちろん。「そうさせるにはどうすればいいか」やろ?」

 

 聡明な少女だ。とても小学一年生とは思えない。

 

「食費の8割はわたしが負担するから、残り2割をミコちゃん。料理はこんな感じの共同作業。この条件でどうや」

「本当に小学一年生とは思えんな。大正解だ」

「えっへへ、わたしはミコちゃんの一番のクラスメイトやからな!」

 

 彼女が提示した条件ならば、貸し借りをちょうどイーブンに出来る程度だ。全く恐れ入る。

 

「したら、後でミコちゃんのパジャマとか取りに行かなな」

「調子に乗るな。そこまで譲歩した覚えはない。食事を一緒に摂る程度だ」

「ちぇー。さすがにそう上手くはいかんか。まあええわ、今はその程度で我慢したる」

 

 少女は、相変わらずの子狸だった。

 

 

 

 

 

 食後はまたオレの部屋に戻り、内職を続ける。八神はやても着いてきたが、今回はオレで遊ぶことはせず読書をしていた。

 一人で出来ることをするならわざわざ着いてこなくともと思ったが、恐らくは先ほどの件が関係しているのだろう。邪魔をしないなら邪険にする気はない。

 

「……ミコちゃんはさー」

「何だ?」

 

 彼女に声をかけられ時間を見ると、15時を指していた。再開して2時間。それを意識すると疲労を感じたため、ちょっと伸びをして小休止を挟む。

 

「魔法使いって、おると思う?」

 

 そう言った少女が今読んでいる本は、世界的ベストセラーな魔法使いの少年の物語。賢者の石な話のようだ。

 彼女の問いに対し、オレの答えは。

 

「いる」

 

 という自信を持った断言だった。決して無根拠ではない、「プリセット」された知識から湧き出した答えだ。

 この世界には魔法とでも称するべき法則が存在する。いや、この表現は正しくない。目には見えない力の流れをコントロールする術が存在し、それを行使できる存在がいないことを証明できない、と言うのが正しいか。

 そういう存在を、一般的には魔法使いと呼ぶのだろう。だからオレの答えは、肯定の断言だった。

 

「もっとも、オレは魔法使いという表現があまり好きではないがな」

「そうなん?」

「"魔法"という言葉は、理解できない法則を分かった気になるための言葉だ。分からないなら分からないで、アンノウンと表現した方が的確だろう」

「あはは、むつかしいこと言うとるなぁ。ま、ミコちゃんの言いたいことは分かるし、ミコちゃんならそう言うとも思うわ」

 

 ゴロンと、八神はやては寝返りを打つ。

 

「それでもわたしは、魔法って言葉は好きやで。夢とか希望とかありそうやん」

「そんなものか」

「そんなもんや」

 

 オレには分からない。夢だの希望だのと、不確定の事象を自分にとって都合のいいように捉える感性を、理解できない。

 彼女の言う"魔法"を、言葉として表すことは出来ない。だが情報としては間違いなく存在している。"魔法"の範囲と限界を知っている。

 

「せやから、あるとしても実際に見たいとは思わん。夢から醒めてしまいそうや」

「それが大人になるということだよ」

「何言うとんのや、同い年」

 

 なお、彼女の誕生日は6月だそうで、12月生まれのオレより半年は年上(?)ということになる。

 

「ミコちゃんは、魔法を見たことがあるん?」

「ない。知識として……とも言えないな、あくまで知っているだけだ。オレには使うことも出来ない」

「そうなん?」

「技術を持っていないし、資質もない。誰にでも使えるなら、魔法などとは呼ばれないだろう」

「何や、夢も希望もない話やなぁ」

「それが現実だよ、少女はやて」

 

 まあ、オレに使える"魔法"を一から構築するという選択肢がないわけでもないが。はっきり言って労力に見合った見返りがないので、それをする気はない。

 故にオレは、知っているだけの人間であればいい。関わる気もないのだから。

 

「魔法などという現実逃避をしている暇があるなら、オレは内職をする。そっちの方が有意義だ」

「ほんまに夢も希望もない、世知辛い世の中やで」

「それが現実だよ、少女はやて」

 

 そうしてオレはまた、内職作業へと戻った。八神はやても、読書に没頭する。

 

 17時になり、八神はやてが目を覚ました。

 

「……はれ? わたし眠ってた?」

「ぐっすりだったな。しかもごく自然に膝枕を要求してきた」

「あー、ごめんごめん」

 

 そう言って彼女は、オレの太ももから体を起こす。テレビもオーディオもない、ただ内職の音がするだけの空間など、退屈なだけだろう。彼女が睡魔に負けたのも理解は出来る。

 

「んー……。ミコちゃんの側って安心できるから、ついついな」

「そうなのか?」

「わたしにとってはな。他の皆はどうか知らへん」

 

 言いながら八神はやては、少し表情を曇らせた。

 

「皆ミコちゃんのこと、「冷たい」だの「気取ってる」だのって、レッテル張りして中身を見ようとせえへんのやもん。全然そんなことないのに」

「オレにそんな意志はないからな。だが皆にそう見えてるということは、彼らにとってはそうなんだろう」

「彼女ら、やで。男子にはクールビューティみたいな感じで見られとる。それも手伝ってるんやろ」

 

 初耳だ。っていうか随分とませてるな、我がクラスの男子ども。本当に小学一年生なんだよな。

 ともあれ、何故かオレが悪く言われることを嫌う彼女は、オレがレッテル張りされることが気に食わないようだ。

 

「オレは別に気にしないんだがな」

「わたしが気にする。ミコちゃんは不思議ちゃんなだけで、ホットで明け透けやん。真逆に見られてるってのが気に入らん」

「オレは不思議ちゃんだったのか?」

「見たことないのに魔法を「ある」って断言できるとことかな」

 

 なるほど、そういうところでそう見られるのか。オレと彼女との間で"不思議"の範囲も違うようだ。

 

「ちなみにホットというのは?」

「わたしとノーガードで言葉の応酬しとって、ホットじゃないとは言わせへんで」

 

 なるほど。

 

「だが、彼女らに八神はやてレベルを要求するのは無理があるだろう。なら、レッテル張りも適切な防衛反応だと思うが」

「ミコちゃんはそう言うと思ったわ。それが過剰防衛にならんとも限らんやろ」

「そのときは報いを受けさせるさ」

「そんな面倒を、ミコちゃんは望むんかい?」

 

 もちろん、望まない。彼女の言いたいところが見えてきた。

 

「つまり、後々の面倒を避けるために、もう少し彼女らとも交流を取れと、そう言いたいわけだ」

「ミコちゃんを説得するための言い分としてはな。わたしの感情は、さっき言った通り「気に入らん」や」

 

 本当にこの少女は、周りの小学生と比べて図抜けている。思わず笑みがこぼれた。

 

「あい分かった、善処しよう。だが何処まで出来るかは分からない。こちらの都合に合わないなら、そこまでだ」

「そんだけ譲歩引き出せれば上出来やで。わたしも今まで通りサポートするから、安心しぃ」

「今までの結果を考えると不安しかないな」

「るっさいわ」

 

 ノーガードで言葉の殴り合いをするオレと彼女。我らながら、小学生らしくない会話だと思う。

 それでいい。少なくともオレは、彼女と会話する時間を楽しめているのだから。

 

 その後、八神邸で夕食を食べ、風呂も頂いた。というか八神はやてが入浴の手伝いを要求してきた。

 曰く、「足悪いとお風呂も大変なんやで」だそうな。まあ、結構豪華な夕食をいただいてしまったのだ。その分を返すのは別にいいかと思った。

 八神邸の風呂は、ミツ子さん宅よりも広かった。バリアフリーな作りになっているためか、全体的に余裕を持たせているようだ。

 そのため、小学生児童二人が一緒に入っても、まだ余裕があるサイズだった。もう一人ぐらいいけそうだ。

 なお、入浴中に。

 

「……お肌もすべすべやぁ。ほんとに手入れとかしてへんの?」

「もやしパワーだ」

「もやし凄いな!」

 

 こんな会話があった。以降の八神家の食事に、もやしが必須項目となった瞬間である。

 そしてオレは八神はやてと別れ、自室に戻って内職の続きをした。この日は10時までかかってしまったが、普段よりも充足感のある日曜だったので、よしとすることにした。

 

 

 

 

 

 翌日、八神はやてと登校する。教室に入った瞬間、一瞬のざわめきとともにオレに視線が集中した。

 視線を気にせず席に着きランドセルを置くと、前の席の矢島が話しかけてきた。

 

「ね、ねえ八幡さん。その髪、どうしたの?」

「後ろの席の豆狸にやられた」

「力作やでー」

 

 そう。今日のオレの髪型は、昨日彼女がセットした「HAYATEカスタム」だ。約束通り朝食を一緒した後、セットされてしまった。

 前の席に座る少女も、仏頂面のオレにこの髪型は似合わないと思っているだろう。信じられないものを見るように目を見開き。

 

 

 

「かっ……かわいいっ!!」

 

 そんなことをのたまい、……は?

 

「やだー! なにこの子超かわいいー!」

「八神さんグッジョブ! やっぱり八幡さんってかわいかったのね!」

「なにナニ!? 何で今まで髪型いじらなかったの!? もったいないよ、ミコトちゃん!」

「これは服もいじらなきゃダメだよ! ねね、次の日曜日こそお買いもの行こう!?」

 

 クラスの女子の大半が押し寄せてきた。……何なのだこれは、一体どうすればいいのだ!?

 困惑するオレに、八神はやては「ふふん」と笑いながら。

 

「言うたでー、女心ぐらい分かるようにならんとって。女の子は、可愛いものが大好きなんや」

「……オレは悪く思われてるんじゃなかったのか」

「そんなこと言うてへんでー。真逆の性格で見られてるだけやん」

 

 そういうことらしい。狸娘め。

 この後、オレはチャイムが鳴るまで女子勢に弄られ続けた。教室に入ってきた担任も、オレを見るなり目を剥いて驚いていた。

 そんなことがあって、オレとクラスメイト達の間にあった意識の壁は、少しずつ緩和されていったのだった。

 

 

 

 はやてと紡いだ絆の物語は、まだまだ続く。




ミコトの性別はあえて明記しません(バレバレだけど)


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三話 夏の思い出 (あとがきにモブ紹介あり)

2015/12/05 17:06 誤字訂正
2016/01/05 23:48 あとがきに追記


 出会いの春は過ぎ、暑い夏が来る。八神はやてとの「偶然の出会い」から、早4ヶ月が経過していた。

 

「うあー、あーづーいー……」

 

 夏休み二週目、オレの部屋へ毎日遊びに来る彼女は、内職をするオレの横で、服を着崩し横たわっていた。

 

「夏は暑いものだ。耐えられないなら自分の家に帰るといい」

「ミコちゃーん。せめて扇風機ぐらい導入しようやー……」

「電気代の無駄だ」

 

 窓を開けて玄関をチェーンだけ締めて開ければ、それなりに風が通る。オレはそれで十分なのだが、冷暖房に慣れた現代っ子にこの環境は辛いらしい。

 オレも暑い事は暑い。汗でシャツが肌に張り付き、気持ち悪い。額に浮かんだ汗が顔を伝って顎から落ち、畳の上に敷いたタオルにしみこんでいる。だが、耐えられないほどではない。去年は耐えた。

 学校がある期間の休日が稼ぎ時と言うならば、夏休みはまさに書き入れ時だ。毎日続けられれば、30万以上もの稼ぎになる。

 とはいえ、現実にはそうもいかない。夏休みの宿題はほぼ終わらせているが、自由研究だけはどうしても時間がかかる。まだ内容も決めていない段階だ。

 それに、暑さと疲労で作業効率も落ちる。数日は休止を入れなければ体がもたない。現実的な目標額はせいぜい20万だろう。

 

「一学期はなんだかんだで出費してしまったからな。ここで節約しておかないと、後で苦労することになる」

 

 今は時期を外れて箪笥の中に眠る、クラスの女子達が見繕ったオレの春物衣類。その支払は当然オレの財布からであり、たった一回で二万円が飛んだ。あれは衝撃的だった。

 値段を見て、オレは必要ないと主張した。だが奴らは、「それなら私達がプレゼントする」などと言い出して、何が何でも着せようとしてきたのだ。

 親しいわけでもない彼女らにそんな借りを作るのは本意ではなく、結局オレの出費となった。

 

「何処かの誰かさんはこっちの事情を知っているくせに、向こう側に回っていたしな」

「むぐっ。そ、そら悪かったと思うとるけど。でも、わたしも可愛いミコちゃん見たかったんやもん。しゃあないやんか」

 

 プリプリと頬を膨らませる何処かの誰かさんこと八神はやて。

 何が仕方ないのかは知らないが、彼女はむしろ女子達を主導していた。毎日のようにオレの服装をチェックし、髪型を整えた。

 おかげで今まで着なかったような服も着慣れ、髪型のセットも覚えてしまった。ちなみに、今はわずかでも涼しくなるように、アップポニーにしている。

 

「それまでって、ミコちゃんダボっとしたポロシャツとか、ゆるゆるなハーフパンツとかしか着いひんかったやん。そら口出ししたくなるわ」

「楽な格好をしていただけだ。外に出て職質されない格好なら問題はない」

「わたしのミコちゃんの可愛さが評価されないのは嫌。問題ありや」

 

 いつからオレは彼女のものになったんだろうか。それに、可愛さとやらが評価されて何になるのやら。

 

「それが女心ってもんや」

「オレには一生かけても理解できなさそうだ。理解する気もないが」

「ミコちゃんが女心理解出来たら、それはそれで偽物やんな」

 

 オレもそう思う。相変わらずよく分かっているやつだ。

 

「んー」

 

 しばらくの沈黙――いや、あーうー唸ってはいたが、ともかく会話が止まって間があってから、彼女はおもむろに体を起こす。

 そして何を思ったか、オレの背中にもたれかかってきた。

 

「暑いんだが」

「せやねー。夏やもんねー」

「君も暑がっていなかったか?」

「せやねー。夏やもんねー」

 

 相変わらず何を考えているかよく分からないやつだ。

 

「暑いのは嫌やけど、ミコちゃんの体温なら嫌やない。落ち着くわー」

「そんなものか。どちらも熱エネルギーであることに差はないが」

「気持ちがちゃうでー」

 

 そんなもんか。そんなもんや。いつの間にか定形となってしまった、いつも通りのやり取りだ。

 

「それに、ここやと絶景やし」

「何が絶景なんだ?」

「ミコちゃんのペッタンコとシャツのスキマ」

 

 造花を置いてからスケベ顔を晒す八神はやてにデコピンを一発。何をしているんだ、こいつは。

 それなりに強くやったからか、彼女は涙目だった。しかし何故か表情はニンマリとした笑み。

 

「なんや、いっちょまえにペッタンコ気にしとん、6歳児?」

「人のことを言える体格か、7歳児。君が放送コードに引っかかりそうな顔をしていただけだ。『私は悪くないわ』」

「括弧つけんなや、気色悪い。ローカル放送だからええねん。……わたしらまだ小学一年生なんよなぁ」

 

 君と会話していると、時折そのことを忘れそうになるよ。

 ノーガードで言葉の殴り合いを交わす、オレと八神はやて。最初は好きじゃなかった無軌道な会話も、何かをしながらの暇つぶしにはうってつけで、この4ヶ月毎日続いた日課となっている。

 オレは、間違いなくこの時間を楽しんでいる。この会話が突然なくなってしまった日には、きっと調子が狂ってしまうだろう。

 

「なーミコちゃん。まだわたしのこと「はやて」って呼んでくれへんの?」

「機会があったらな」

「そればっかやんな。そんなに名前で呼ぶのが恥ずかしいん?」

「そう見えるか?」

「んーん、全然。だから疑問やねん」

 

 何と言ったらいいのか。彼女のことを「はやて」と呼んでしまったら、彼女をオレの人生に「致命的に巻き込んでしまう」ように感じる。それが、オレが彼女を名前で呼ぶことへの抵抗感となっている。

 彼女を「外れ者」にしてしまう不義への反発。大げさかもしれないが、直感的に漠然とした未来を感じていた。

 尊敬している彼女だからこそ、「こちら側」になってほしくなかった。

 

「君から見て、オレはどう見える」

「めっちゃ可愛い子」

「質問を変える。オレの人格をどうとらえている」

「めっちゃ可愛い不思議ちゃん」

 

 彼女は、最初からオレの見た目を「可愛い」と称していた。先入観で物を言っているんじゃないかとも疑ったが、そこまで愚かとも思えない。

 

「……以前話したと思うが、オレは孤児院から放逐されるような形でミツ子さんに引き取られた。あそこでオレは「異物」だった。それはオレ自身も実感しているし、否定する気はない」

 

 そして、彼らの判断を批難する気もない。あれは正しい処置だった。

 

「人の気持ちが理解できず、人の知り得ないことを知り、人から外れた行動をとる。それを君は「可愛い」と思うのか?」

「むっちゃ可愛いやん」

 

 即答だった。やはりオレにこの少女を理解することは出来ないようだ。彼女がオレを理解できないのと同じように。

 八神はやてはオレの頬を両手で覆い、目線を合わせた。内職の邪魔である。

 

「あんな、ミコちゃん。わたしはキミが「違う」ってことを理解しとるんよ。私らに理解できるようなヒトじゃないってことを、ちゃんと理解しとるんよ」

「知っている」

「そうするとな。女心が分からんとか、異常な物知りとか、言動が不思議ちゃんとか、単にミコちゃんを表すだけの言葉になるんよ」

「そうなのか」

「そうなんよ。やから、わたしの中のミコちゃんは、ありのままの可愛いミコちゃんなんや」

 

 つまり、オレが背負うありとあらゆるバックグラウンドは、八神はやてという少女の価値判断に関係がない。そういうことか。

 乱暴な理屈ではあるが、真理でもある。事実オレは、全ての人に対して彼女と同じような価値判断を行っているのだから。

 

「ミコちゃんは、ちょっと気にし過ぎや。わたしは元から「こう」なんやから、自分のせいでわたしがわたしやなくなるなんて、考えなくてもええんやで」

 

 慈しむような声で、少女は微笑みそう言った。……なるほど、な。

 

「まあそちらの理屈が分かったところで、オレがどう判断するかはオレ次第なわけだが」

「デスヨネー」

 

 空気をばっさりと切り捨て、内職に戻る。さっきまでの歳不相応な表情が嘘だったかのように、彼女もグデーっとオレに背中を預けた。

 

「ともかくー。わたしの方はいつでもゥウェルカムンッ!なんやから、さっさと覚悟決めて名前呼びしてーな」

「機会があったらな」

「結局それかいっ! あーもー、ミコちゃんいけずやわー!」

 

 「いけずーいけずー」と独唱する「はやて」に背を向け小さく笑いながら、オレは造花作りを続けた。

 

 この後、昼食に八神邸にお邪魔する際に名前で呼んでやったら、困惑顔で泣かれて困った。曰く、「びっくりしすぎた」そうな。

 それ以降「八神はやて」呼びでは反応してくれなくなったので、オレは正式に彼女のことを「はやて」と呼ぶことになったのだった。

 

 

 

「ミコちゃん。わたしは夏祭りに行きたい」

 

 本日の晩餐はカレー。野菜のみではなくちゃんとおビーフ様が入ったカレーだ。もやしも入っている。もやしは万能食材である。

 遠慮なくお替りを装って戻って来ると、突然はやてがそんなことを言い出した。

 

「付き添いの依頼か?」

「デートのお誘いや。ミコちゃんと一緒に、お祭りの出店を回りたい」

 

 ふむ、なるほど。椅子に座って、カレーをスプーンですくって食べる。うまし。

 

「オレと君でデートになるのか?」

「最近は仲良い友達で遊びに行くんもデートって言うんやで」

 

 そうだったのか。つまり、「兄貴と私」が薔薇を背景にスキップしているのもデートということになる……。

 

「うわっ、変なもん想像させんでや。鳥肌立ったわ」

「奇遇だな、オレもだ。今の発言は忘れてくれ」

 

 自分で言って鳥肌立った。どうやらオレは、そっち方面はノーマルのようだ。

 気を取り直して。

 

「要するに、オレが毎日内職ばかりしててつまらないから、外に出て一緒に遊ぼうと」

「ちゃんと理解しとるやん。名前呼びに変えた成果やな」

 

 関係ないと思うぞ。いい加減、こういうときの君の言葉の意味ぐらいは掴み取れる。

 

「あとは、せっかくの夏休みなんやし、思い出作りやな。このままやとミコちゃんの日記、毎日内職のことしか書かへんようになるやろ」

「ふむ、一理あるな。手抜きをしているつもりはないが、疑われるのは厄介だ」

「小学生の日記とは思えへんよな。内容が「本日の造花納品数・1500本」とか」

 

 いつの間に見た。そう言う君はどんな日記を書いている。

 

「わたしはその日に読んだ本のタイトルと大まかな感想やな。締めは毎回「今日もミコちゃんといられて嬉しかったです」や」

「文章は出だしと結びが一番難しいというのだから、それは立派な手抜きだな」

「日記という名の報告書書いてるミコちゃんよりはマシやで」

 

 どちらにしろ、お互いそろそろ別の内容を書けないとまずいな。

 

「しかし、出店で何を買うでもなし、冷かして帰るだけになりそうだな」

「空気を楽しむだけでも意味はあると思うんよ。それに、せっかく浴衣用意したんやし、着ないともったいないわ」

 

 なるほど。……うん。

 

「待て、はやて。少し嫌な予感がしたんだが、浴衣を用意したというのは君の分だけだよな?」

「あっはっは。何言うとん、ミコちゃん。わたしとキミの二人分に決まっとるやろ」

 

 どうしてそういうことするかな……。

 

「オレがノーと答えたらどうする気なんだ」

「そんときゃそんときやね。一時的に貸すって形なら、ミコちゃんも平気やろ」

「その通りだが、最初からオレに着せる気満々なら意味がないだろう……」

「まーまー、わたしの趣味に付き合うと思って諦めー。埋め合わせはちゃんとするから」

 

 このぐらいなら埋め合わせは必要ないが、先走り気味なはやての行動力に若干の頭痛を覚えた。

 

「……状況を鑑みて、今回は夏祭りに行くのが妥当だろう。だからその提案に乗るが、次からはちゃんとオレに確認を取ってから行動してくれ」

「善処するわー」

 

 ダメだこりゃ。

 ともかく、週末に近所の公園で行われる夏祭りに出向く約束を交わした。

 食べ終わり、食器をシンクに持っていく。少量の水でこびりついたカレーを洗い落とし、スポンジに洗剤を付ける。

 

「そういえば、自由研究のお題は決めたのか」

 

 隣でカレーの残りをタッパーに詰めて冷蔵する作業をしているはやてに尋ねる。オレは方向性だけは定まった。時間短縮のため、文献調査のみで実験の必要がない内容にするつもりでいる。

 

「ミコちゃんの生態とかどや?」

「それで通ると思うならやってみるといい」

「じょーだん。わたしのミコちゃんの秘密を早々他人に教えたるかいな」

 

 だからいつオレは君のものになったんだ。

 

「真面目な話、まだなーんも決まってないんよ。本は毎日読んどるけど、それじゃ自由研究にはならんし」

「はやてが普段読んでるのは、家事の本と小説がメインだったな。おすすめ本をまとめるので十分じゃないのか」

「それもう日記の方でやっとんよねー」

 

 そういえばそうだったな。なら、実践書の内容を試してレポートにする類なら被りはないだろう。

 

「家事は毎日やっているわけだから、それなりの実験量になっているはずだ。自由研究には十分だと思う」

「なるほどなー。さすがミコちゃん、目の付け所が違うわ」

「岡目八目というやつだ。オレの方は方向性しか決まっていない」

「そんならミコちゃんも、造花作りの手順まとめとかでええんちゃう?」

 

 確かに。既に調査を終えてまとめるだけのものだから、内職の妨げにならない内容だ。たまには他者の視点も必要だな。

 何気ない会話で互いの自由研究内容が決まり――内容があまりに小学生離れしていたせいで、二人して職員室に呼ばれることになるのは知る由もない――洗い物が終わった。

 風呂も夕食前に沸かし始めたから、もう入れるようになっているだろう。踏み台を片付け、はやてを伴い脱衣所へ向かった。最近は八神邸で入浴までがテンプレートになっている。

 

「ミコちゃんはいつになったらうちにお泊りしてくれるん?」

 

 はやての髪を洗っている時、彼女は久々にそんなことを聞いてきた。名前呼びをするようになったためだろう。

 

「前にも言ったと思うが、生活資金を稼がなければならん。そんな余裕はない」

「どうせ朝はうちに来てご飯食べるんやから、泊まってもええと思うんやけどなぁ」

「その前に100個は造花を作っている。それに、泊まるとなったらこの後の分も作れないだろう。さすがにそれを無視することは出来ない」

 

 食事と入浴は互いの利益が釣り合っているからご一緒させてもらっているが、それ以上はデメリットの方が大きくなってしまう。彼女もそれは分かっているはずだ。

 だが今日のはやては、ひょっとしたらオレが初めて見るかもしれないほど、歳相応にわがままを言った。

 

「一人は寂しいんよ」

 

 返事を返さない。しばらく髪を洗う音だけが風呂場に響く。

 

「流すぞ。目を閉じてろ」

「……ん」

 

 桶に汲んだお湯を頭からかけ、シャンプーを流してやる。鏡に映ったはやての瞳は、普段からは想像も出来ないほど弱弱しかった。

 

「そうしていると小学生らしいな。普段の勢いはどうした」

「わたしかて、ナイーブになるときはあるよ。女の子やもん」

「そんなもんか」

「そんなもんや」

 

 オレとは「違う」彼女は、やはりオレとは「違う」のだろう。大人びてしっかりした少女も、やはり子供なのだ。

 それを嬉しく感じているのは、多分先に彼女が宣言したことが正しかったからか。「彼女は彼女のまま」であると。

 だから、オレの譲歩を引き出したんだろう。少女が、オレの尊敬する八神はやてのままだったから。

 

「後で残りの材料を取ってくる。とりあえず、今日は泊まってやる。明日には復活していろよ。今の君は調子が狂う」

「ん、分かった。ありがとうな、ミコちゃん。……大好きやで」

 

 彼女が落ち着くまで、オレははやてを抱きしめた。

 

 はやてはこの日、寝るまでオレから離れようとしなかった。いや、寝ても離れなかった、が正しいか。

 幸い彼女が使うベッドは子供が二人横になっても十分な広さがあったため、寝るのに困ることはなかった。

 ――思えば、彼女はこの日を境に歳相応な我儘を言うようになったんだったか。それまでも自分の意見をはっきり言ってはいたが、オレのレベルに合わせたものだったように思う。

 きっと、オレとの間にあった距離が少しだけ近くなったのを、正しく感じ取ったからだろう。「違う」ことを理解し、対話を続けた成果だ。

 全ては偶然の積み重ね。偶然はやてという存在が生まれ、偶然オレという存在が生まれ、偶然二人は出会った。

 だから、オレはこの偶然に感謝する。彼女のようには感じられないかもしれないが、少なくともオレは今を楽しめているのだから。

 ……なお、翌日目が覚めるとはやての抱き枕にされており、彼女が目覚めるまで抜け出せず、朝の造花作りが出来なかったことを記しておく。

 

 

 

 

 

 それから数日後の、夏祭りの日だ。

 

「……ふわー! ミコちゃんの浴衣、用意したかいあったわー!」

 

 オレが浴衣に着替えてからのはやての第一声だ。彼女とは色違いの、黒の生地に白で牡丹だかの模様がえがかれた浴衣だ。

 ちなみにはやては赤に白。花の種類はこちらとは違い、百合だろうか。生地といいデザインといい、中々お高そうな二品だな……。

 

「ええでー! やっぱ黒髪ロングは和服が映えるでー!」

 

 さっきから彼女は携帯のカメラでパシャコーパシャコーとオレを撮影している。とても足が不自由とは思えないフットワークだ。鼻息も荒くてちょっと怖い。

 

「それはもう分かった。夏祭りに行くんじゃなかったのか」

「そやけど、もうちょい撮らせてや! 次は見返りポーズで!」

 

 やれやれとため息をつき、彼女の指示通りにポーズをとる。

 いくら普段と違う格好とはいえ、オレの表情は相変わらずの仏頂面。写真うつりは良くないと思うが、まあそんなことを彼女に言っても今更か。

 

「ほああああ!! 素ン晴らしい! これだけでご飯三杯はいけるでー!!」

 

 前にもこうなったときがある。そう、一学期に購入した服を初めて着たときだ。あのときは黒のゴシックカジュアル、だったか。

 この4か月でいい加減理解したが、どうやらオレの容姿というのは、はやてにとってストライクゾーンど真ん中らしい。オレのことを「めっちゃ可愛い不思議ちゃん」と形容したことからも、それは明白だ。

 だからオレが普段と違う格好をすると、こんな風に暴走するのだろう。嫌悪するほどのことではないが、正直だるいと感じる。

 

「いい加減にしろ。祭りを回る時間が無くなるぞ」

「ああん、まだ撮り足りんわー。……あー、けどもうこんな時間か。しゃあないなぁ」

 

 携帯電話を浴衣と同じ色の巾着袋にしまう。それを見て、ふと悪戯心が湧いたというか。

 

「待った。はやて、携帯を貸してくれ」

「えー。写真消すのは無しやで」

「そんなことはしない。少し思い付いたことがあるだけだ」

 

 はやての携帯を借り、写真アプリを起動する。特に掛け声もなしに、フレームに収めた彼女を撮影した。

 

「えちょ、ミコちゃん!?」

「君の携帯なのにオレの写真ばかりあるのは納得がいかないのでな」

 

 写真の中のはやては、何も分かってないようにポケーっとした表情を浮かべていた。それが恥ずかしいのか、現実の彼女はみるみる頬を紅潮させた。

 それでオレは少しだけ溜飲を下げた。

 

「君も似合っているのだから、自分を被写体にすればいいんじゃないか?」

「よしてや、ナルシストやないんやから」

 

 はやても、赤の浴衣は実に似合っていた。

 

 近場の公園で行われている夏祭り。それは自治体が主体となって開催する、納涼盆踊り大会だ。

 孤児院時代、「どんぐりの里」の近くでも行われていたことから、この手の祭りは何処でもやっているのだろう。目新しいものがあるわけでもない。

 出店は、焼きそばや焼き鳥、焼きイカに焼きとうもろこしなど。夏らしくかき氷もある。ごくごくスタンダードと思われる夏祭りだ。こんな場所に新しい何かを求めるものでもないか。

 

「あ、八神さーん!」

「こっちこっちー!」

 

 そして近所の公園ということは、近所の子供達――オレ達の同級生も来ている可能性は十二分にあった。

 オレ達が通っているのは、ごく普通の公立小学校だ。学区で学校が決定され、そうである以上全員近場に住んでいる。

 向こうは数人で集まって来ていたようだ。はやてに次いでオレと交流を取っている5人だ。もちろん、はやてとは比べるべくもないが。

 

「おー、さっちゃんにむーちゃん、いちこちゃんとはるかちゃん、おまけであきらちゃんやないか」

「ちょっと八神さん! わたしがおまけってどういうこと!?」

「出席番号の問題だろうな。諦めろ」

「八幡さんまで……ってかわいいっ!?」

 

 「あきらちゃん」こと、矢島晶(やしまあきら)の出席番号はオレの一つ前で16番。このグループだと、彼女は一人だけ外れている。

 「さっちゃん」と呼ばれるのは、亜久里幸子(あぐりさちこ)。「むーちゃん」こと伊藤睦月(いとうむつき)と並んで、出席番号は1番2番。

 田井中いちこ(たいなかいちこ)と田中遥(たなかはるか)は9番目と10番目で、やはり最初の頃に席が前後だった。

 結果、5人組だと矢島のみ島が離れてしまい(洒落ではない)あぶれてしまう。そしてオレとはやてのと絡めても、3人組とはならなかった。

 まあ、それでふてくされるようなこともなく、さばさばとした少女だ。ついでにオレがこういう格好をしていると真っ先に抱き着いてくる要注意人物でもある。

 

「きゃーなにー!? また八神さんのグッジョブ!?」

「せやでー。さっきまでミコちゃんの写真撮ってたんや。あとで写メ送るわ」

「ふあー、やっぱりミコトちゃんって黒にあーう!」

 

 可愛い物に目がないと自称する亜久里は、一学期のショッピング事件でも大活躍していた。つまりは危険人物だ。

 亜久里はそこまで身長が高いわけではないが、クラスで一番背の低いオレよりは高い。矢島とは反対側から、覆いかぶさるように抱き着いてくる。動けん。

 

「さっちゃん、あきらちゃんも。八幡さん苦しそうだよ。八神さん、じゃましちゃってごめんねー」

「ええよー気にせんで。わたしは帰ってからもミコちゃん堪能するからな」

「二人ってごきんじょさんなんだっけ。どれくらいちかいの?」

「あたしたちよりちかいってことはないでしょ」

 

 田中と田井中は、名前も近いが家も隣だそうだ。所謂幼馴染というやつだそうな。抱き着いてくる二人を止めた伊藤を含めたこの三人は、先述の二人よりはキャラが弱い。何となく一緒に行動しているのだろう。

 別にそれでどうというわけでもない。オレにとっては流れていく大勢の人々と同じというだけだ。

 

「かーわーいーいー! おもちかえりしたいー!」

「ダメー! わたしがつれてかえるのー!」

「どっちも却下だ。オレは君達の人形じゃない」

「せやでー。ミコちゃんはわたしのお嫁さんなんやから」

 

 おい、どうしてそうなった。君と婚姻関係を結んだ覚えはないぞ。というか色々と無理だろうが。

 いい加減鬱陶しくなってきたので、二人の少女を力ずくで引き剥がした。弄られたせいでヨレヨレになった浴衣を直す。

 

「お嫁さんが嫌なら、旦那さんでも可やで」

「そういう問題じゃないだろう。君の性癖に巻き込まないでもらいたい」

「一人称が「オレ」の子に性癖云々言われてもなぁ」

 

 仕方ないだろう、これがしっくりくるしゃべり方だったのだから。

 オレに抱き着いていた少女達は、はやての側に回ってうんうん頷いている。

 

「八幡さんとさいしょ話したときはびっくりしたけど、なれるとかわいいよね」

「ミコトちゃんだとにあうしねー。ふしぎー」

 

 そういえば一学期の中頃から、彼女達はオレとの会話に尻込みしなくなっていたな。そういう風に思われていたのか。

 

「うん。こわい子だとおもったけど、八神さんが「けっこうおもろい子なんやでー」って言ってたから。さいきん分かってきたかも」

「ミコトちゃんってじっさいてんねんはいってるよね」

「いちこちゃん、てんねんって何?」

「誠に遺憾の意を表明しよう」

 

 はやてのみオレの言葉を理解し腹を抱えて笑ったが、他の少女達は意味が分からず首を傾げた。誰が天然だ、誰が。

 結局オレ達はクラスメイト達と合流し、7人で祭りを回ることになった。

 

 

 

「はいミコちゃん、あーん」

「……見るだけという話じゃなかったのか」

 

 いつの間にか焼きそばを購入していたはやてが、割りばしでそれを掴みオレに向けていた。

 

「皆と合流してもうたからなぁ」

「確かに、皆よく買うものだと思うよ。一体小遣いをいくらもらっているんだか」

 

 皆がいろいろ買い食いしているのに、彼女は見ているだけというのは、つらいものがあったか。

 彼女達の買い物に連れて行かれたときも思ったことだが、小学生にしては小遣いをもらい過ぎ。今から散財癖がつくと、将来ろくなことにならないと思うが。

 まあ、オレが気にしても仕方がないことではあるのだが。

 

「だからミコちゃん、あーんして」

「君が全部食べなさい。オレはいらん」

 

 はやてが我慢できなかったのは許容するとして、オレまで巻き込むなという話だ。彼女達と違って、全く浮かれることが出来ない。

 結局オレは、何処に行こうと何があろうと、自身のスタンダードを崩すことがないのだろう。

 オレの隣にいるはやては、不満げに頬を膨らませた。

 

「ミコちゃん、それじゃお祭り来た意味がないで。わたしらはこの空気を楽しみに来たんやから」

「正直に言って、これなら普段の君との会話の方が楽しいな。君が楽しめればそれでいいだろう」

 

 こればかりはどうしようもない話だ。オレが「祭り」というものを楽しむ性分ではなかったというだけのことなのだから。はやてはオレを楽しませたいようだが、それならば会話をするだけで十分成り立つ。

 それでも納得がいかないらしく、はやては眉を八の字に曲げた。しようのない奴だ。

 

「貸しなさい」

「? ミコちゃん?」

 

 焼きそばの入ったプラスチック容器を右手に取り、左手に箸を持ち焼きそばを掴む。

 

「はやて、口を開けろ」

「……ミコちゃん。こういう場合は「はい、あーん」って優しく言うもんやで」

「サービス過多だ。この辺で妥協してくれ」

「はあ、しゃあないなぁ。……あーん」

 

 はやての口に焼きそばを近付け、彼女は大きくかぶりついた。もむもむと咀嚼する。

 

「ふふ、美味しいわ」

「君の作った焼きそばの方が美味だと思うがね」

「気分の問題や。ほら、次ちょうだい。あーん」

「はいはい」

 

 苦笑してしまう。これで彼女が満足するなら、安いものか。

 

「あ、ミコトちゃん今わらってた!」

「うそっ!? みのがしたぁ!」

「さっちゃんとあきらちゃんって、じつは八幡さんのことだいすきだよね……」

 

 向こうは向こうで、伊藤が何やら苦笑していた。……田中と田井中はどこに消えた?

 

「うぅ、おこづかいなくなっちゃったぁ……」

「うわーん、むーちゃーん!」

「わっ!? ど、どうしたのふたりとも!?」

 

 と、どこかの店に行っていたらしいクラスメイト二人が戻ってきたようだ。察するに、景品系の店でムキになって散財しすぎたといったところか。

 オレには関係ない話なので、はやてのご機嫌取りに意識を割く。

 

「ぜったいインチキだよ! 一回たおれたのに、おきあがったんだよ!?」

「い、いちこちゃんゆらさないでー!」

「くまさん、ほしかったのにぃ……」

 

 オレには関係ない話である。

 

「……これ、どうするの?」

「さあ……八幡さん、ブレないなぁ」

 

 オレには関係ない話だからな。

 マイペースを貫くオレとはやて、悲壮感溢れる伊藤達という極端な状況に挟まれた亜久里と矢島は、困惑しているようだ。小学一年生に収集を付けろというのも無理な話だろうが。

 伊藤がシェイクされて目を回す頃、はやては焼きそばを食べ終えた。

 

「ごちそうさまでした。で、はるかちゃんは何を泣いとるん?」

「八神さんも……やっぱりおにあいの二人だよねぇ」

「だねー」

「はやてちゃん……かくかくしかじかで……」

 

 オレが焼きそばの容器と割りばしを捨てに行っている間にはやてが田中から聞きだしたところ、射的屋で欲しい景品があったのに取れなかったということらしい。

 しかもただ取れなかっただけではなく、二人がかりで全弾を集中させて倒したのに、何事もなかったかのように起き上がったということだ。

 恐らく、取りたかったという熊のぬいぐるみの重心が低くて、倒れきらなかったのだろう。起き上がりこぼしの原理だ。それを田井中は「インチキだ」と憤慨しているというわけだ。

 だがオレから見ると、それは店側として当然だと考える。

 

「そんな簡単に景品を取られたら、商売あがったりだ。上手い話に考えなしに飛びつくのではなく、ちゃんと裏を取って行動する。いい教訓になっただろう」

「うぅー! だってだってぇー!」

 

 意味が分かっていないのだろう、田井中は顔を真っ赤にして駄々をこねる。そんな意味のない行動をとっても、状況は動かないぞ。

 はやては田中の方を慰めている。目を回した伊藤は、矢島と亜久里に介抱されていた。

 ……ふう、面倒くさい。こうして考えると、はやてが如何に小学一年生離れした理解力を持っているのか思い知らされる。正直この少女には、何を言っても伝わる気がしない。

 だからオレは、はやてが田中を慰め終わるのと同時に、田井中の説得をバトンタッチした。

 

「ミコトちゃん、おつかれさまー」

「のみものいる?」

「いや、いい。結論を決めた人間の相手は難しいものだ」

 

 オレの言い回しが理解できなかったのだろう、少女達は首を傾げた。今のは、田井中の状況を端的に表現した言葉だ。

 田井中にとって、件の射的屋=インチキ商売という式が決まってしまっている。だから、「それは違う」という意見を一切受け付けられないのだ。

 そうなってしまうと、彼女の心をほぐす方法を知らないオレにはどうしようもない。オレには正論を述べる以外の手立てがないのだから。

 

「必ずしも「正しさ」が通用するわけではないということだ」

「うーん……よくわかんないけど、ズルいおみせをやってるのにおこられないってこと?」

「いちこちゃんもはるかちゃんも、かわいそう……」

 

 まあ、そんなものだろうな。この子達は完全に田中・田井中コンビに同調してしまっている。実物を見たわけでもないのに、友達の意見に引きずられてしまっている。

 実際のところ、自治会が許可を出している出店なら、そこまであこぎなことはしていないだろう。良識の範囲内で商売を行っているはずだ。

 勝手に悪者にされてしまった店主は多少気の毒に思う。

 彼女らにも説明は無理だと判断し言葉を切る。と、伊藤が話しかけてきた。

 

「……八幡さん。いちこちゃんたちがほしがってたくまさん、とってあげられない?」

「さあな。見てみないことには断言できん。何故そう考えた」

「うん……ひとつは、せっかくおまつりに来たのに、かなしいままおわっちゃうのはいやだから」

 

 この少女も、心情的には友人達と同じなのだろう。友人の味方になりたいと思う気持ちに、おかしなところはないはずだ。

 だが彼女は「ひとつは」と言った。ならば、別の理由もあるのだろう。

 

「なるほど。もう一つの理由は?」

「しゃてきやさんはズルくないって、二人におしえてあげたい。八幡さんが言ってたのは、そういうことなんだよね」

 

 ほう。オレの言葉を完全に分かっているとは言い難いが、それでも理解しようとはしているのか。どうやら、オレ達と関わっているうちに、いつの間にか成長しているようだ。

 「人」の可能性も、案外バカに出来ないものだ。

 

「理屈は分かった。だが、オレを動かすには対価が足りないな。そこはどうする?」

「え!? え、えっと……」

「えー、そんなのいいじゃない。ともだちのためなんだから、いいとこ見せてあげなよー」

「矢島は黙っていろ。今は伊藤に答えを求めている」

 

 俺とはやてを抜いた5人の中で、気付いているのは伊藤だけだ。少なくとも今は、他の誰が何を言おうと、その言葉に価値を感じない。

 面食らった顔をする矢島に視線を向けず、オレはただ伊藤の答えを待った。

 

「ミコちゃん、そこまでや。これ以上はむーちゃんにはまだキツいわ」

 

 はやてからタイムアップの宣告。伊藤は暗い顔をして俯いた。

 そんな彼女に、はやては優しく言葉をかける。

 

「よう頑張ったで、むーちゃん。大丈夫、そう落ち込まんでも、いつか出来るようになるはずや」

「……ほんと?」

「ほんとほんと。だってむーちゃん、ちゃんとミコちゃんの言いたいこと分かっとったやん。したら、あとちょっとや」

 

 そのちょっとが伊藤にとってどれぐらいの量かは分からないが、確かにいつかは辿り着くだろう。その可能性は感じた。

 少なくとも、横でさっぱり分からんという表情をしている二人よりはよほど見込みがある。

 

「はい、ミコちゃん。これで熊さん取ってきたって」

 

 そう言ってはやては、財布から100円玉を一枚取り出した。ワンコインチャレンジをしろと申したか。

 

「いいだろう。田井中、田中。その射的屋まで案内してもらおうか」

「へ!? い、いいの?」

 

 はやてからお願いされたのだ。あとでこの分は「請求」するから、何ら問題はない。

 何も分かっていない二人の少女は、嬉々として先行した。そして、オレとはやて、伊藤のやり取りを見ていた矢島と亜久里は。

 

「……お父さんとお母さんだ」

「うん、そんなかんじ」

 

 そんなことを言ったそうだ。

 

 さて、問題の射的だが、やはりと言うか予想通り、これといった不正をしている様子は見受けられなかった。

 店を出しているのも、何処にでもいそうな好々爺。さっき泣かれてしまった少女達から厳しい目を向けられ、困っているようだった。

 オレはというと、それらには一切取り合わず、金を払いコルク銃を受け取り、さっと狙いをつけて撃った。

 適当に撃ったわけではない。要求の品を取れるよう、適当な位置に狙いをつけて引き金を引いたのだ。

 狙ったのは屋台の鉄骨部分。細い的にコルク弾は寸分違わず命中し、跳弾が巨大な熊のぬいぐるみの横の景品を倒す。こちらは大サイズのスナック菓子の箱だ。

 菓子箱はぬいぐるみに向けて倒れる。だが、これでは質量のあるぬいぐるみを倒すには至らない。だからオレは、箱が倒れはじめる少し前に、少しだけ角度を変えたコルク銃の引き金を引いていた。

 再び跳弾し、今度はぬいぐるみに向けて命中する。ちょうどそのタイミングで、菓子箱がぬいぐるみを押しだした。さすがに底面を浮かせる的。

 あとはもう簡単だ。熊の尻の中心を叩くように、真っ直ぐにコルク弾を発射。ポコンと間抜けな音を立てて、狙いの景品を倒した。

 10秒にも満たない、確定事象のトレース。だというのに屋台の周りはシンと静まり返っていた。

 

「終わったぞ」

「……え? ええ??」

「う、うそ……」

 

 クライアントである田中と田井中は、目の前で起きたことに理解が追い付いていないらしい。のみならず、店主も目を丸く見開いて唖然としている。

 

「店主、景品をいただきたい。早いところ再起動していただけると助かる」

「……は!? あ、ああ、そうだね……」

 

 オレの言葉でようやく復活した店主。続くように、はやてと伊藤を除くクラスメイト達がわっと駆け寄ってきた。

 

「すごーい! どうやったの!? 見てたのにわかんなかった!」

「なんでちがうむきにうったたまが当たったの!?」

「八幡さん、こんなとくぎがあったんだ……」

「めにもとまらぬはやわざだったねー」

 

 口々にやいのやいの言うが、オレは気にせずはやての方を見た。彼女はグッとサムズアップをし、隣の伊藤は安堵の表情をしていた。どうやらお気に召してもらえたようだ。

 「やられたよ」と苦笑いをする店主から景品を受け取り、まずは熊のぬいぐるみ(80cmもある巨大なやつ)を田中へ。

 

「こんなものはやり方次第だ。がむしゃらなだけでは、何事も限界がある。君は冷静さを保つ努力をした方がいい」

「……ミコトちゃんの言ってること、むずかしくてわかんない」

 

 だろうな。オレも分かると思っては言ってない。最低限言うべきだと思ったことを言っただけだ。

 副賞で得られた(布石で倒した)巨大ポッ○ーは田井中へ。

 

「君もだ。結論ありきで物事を進めるな。その生き方の辿り着く先は争いだけだぞ」

「うん、わかった! ミコっち、ありがとうね!」

 

 絶対分かってない。まあ、この先の人生で彼女が友とケンカ別れをしても、オレには一切関わりのないことだ。興味もない。義理は果たしたのだから、これ以上は必要ない。

 最後に、迷惑をかけてしまった射的屋の店主へ。

 

「さわがしくして申し訳なかった」

 

 何も分かっていない二人に代わり、頭を下げる。これで全て後腐れがない。

 顔を上げると、彼は穏やかに笑っていた。

 

「気にしないでいいよ。子供はこれぐらい元気があった方がいい」

「寛大な処置に感謝する」

「ははは……。君は随分と大人びてるね。もう少し皆に甘えてもいいと思うよ」

「甘え方を知りませんので」

 

 そして、必要性も感じない。オレはやはり自己完結しているのだ。

 少し寂しそうにこちらを見る店主に背を向け、オレ達は射的屋を後にした。

 

 

 

 それからしばらくして、オレ達はクラスメイトと別れて帰路についた。

 その途中、歩きながらはやてが口を開く。

 

「やっぱり、クラスの皆に興味は持てない?」

 

 オレが「違う」ことを理解している彼女は、正しく俺の胸中を射た。

 

「そうだな。伊藤はまだ見込みがあるだろう。だが他は話にならん。特に田井中は、必要があれば真っ先に切り捨てる」

「あはは、相変わらず厳しいなぁ。……見込みありが一人だけでもおるんなら、上出来やろ」

 

 彼女は、オレがクラスで孤立することを嫌っている。オレには理解できない理由で、オレの評価が不当となることを望まない。

 現状、オレの「理解者」ははやて一人だ。そしてはやては、足が良くない。いつ悪化するとも分からないと言っていた。

 だから、自分以外の「理解者」が必要だと考えているのだろう。オレは必要としていないが、その考え自体は彼女の自由だと思う。

 

「足はどんな感じなんだ」

「うーん、良くも悪くもって感じや。相変わらず松葉杖なしじゃ歩かれへんしな」

 

 はやては週に一回、海鳴総合病院に定期健診に行っている。一番交流を取っている知人というだけのオレは、詳しいことは知らない。だが今の話からして、そちらも進展はないのだろう。

 彼女の足は、原因不明の麻痺が広がっている状態だ。小学校に入学するまでは反応が鈍いだけで済んでいたが、入学直前に膝に力が入らなくなったそうだ。そのため、移動に松葉杖が必須となってしまった。

 

「ほんとは、松葉杖やなくて車椅子を勧められてるんよ。危ないから学校も行かない方がいいって。けど、そんなん寂しいやん」

 

 と、以前彼女は語っていた。

 

「気を付けてどうなるものかも分からないが、悪化はさせるなよ。オレでは、はやてを抱えて運ぶのは無理だ」

「あはは、ミコちゃんちっちゃくて可愛いもんなぁ」

「後半は関係ないだろう。というか、小学一年生なら大した差は……矢島辺りなら出来そうだな」

 

 矢島は現在125cmで、オレより15cmもでかい。世の中不公平である。

 

「ともかく、引きずられたくないなら注意することだ」

「そんなこと言うて、いざとなったらミコちゃんはお姫様抱っこぐらいしてくれるんやろ?」

「調子に乗るな」

 

 からから笑うはやての額に軽くチョップを入れる。

 ……やはり、彼女との会話が一番楽しいな。とても貴重だ。頼むから、足を悪化させてこの時間がなくなるような真似はしてくれるなよ。

 

「えへへー。ミコちゃん、大好きやでー」

「抱き着くな、暑苦しい」

 

 じゃれ合いながら、というか、はやてから一方的にじゃれつかれながら、オレ達は八神邸へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 そうして夏休みは過ぎ、再び学校のある秋が始まる。

 

 はやては、車椅子が必要になった。




ミコトの身長は110cm程度です(低身長ギリギリ)



オリジナルモブ紹介

・八幡ミツ子(やはたみつこ)
ミコトの養母(ミコト当人は身元保証人と言っているが、法的な続柄はこちら)。70を過ぎており、数年前に夫を亡くしている未亡人。
温和な性格であるが、相応の人生経験を積んでいるため、ミコトの「外れ者」としての性質を正しく受け止めることが出来た。
しかしもし出来ることなら、ミコトに子供らしく振舞ってほしいと願っている。
ミコトからは「ミツ子さん」と呼ばれ、ミコトへは「ミコトさん」と呼ぶ。



・矢島晶(やしまあきら)
海鳴第二小学校一年一組、出席番号16番。ミコトの一つ前。身長はクラスで一番大きい。可愛いものが好き。
小学校でミコトが初めて話した相手だが、そのときは(一見すれば)固くて冷たい言葉に尻込みしてしまった。髪型を「HAYATEカスタム」にしたミコトを見て、何かがボッ切れた。
グループの中では島が離れてしまっているためあぶれているが、亜久里幸子とはかなり波長が合うらしい。
ミコトからは「矢島」と呼ばれ、ミコトへは「八幡さん」と呼ぶ。



・亜久里幸子(あぐりさちこ)
同上、出席番号1番。ぽわぽわ系アグレッシブ少女。可愛いものが大好き。通称「さっちゃん」。
矢島晶と同じく、最初はミコトの態度を敬遠していたが、実は可愛いと知ってから鮮烈アタックを仕掛けている。ミコト的には手痛い出費の主犯格扱いである。
出席番号が前後している伊藤睦月と行動をともにすることが多い。
ミコトからは「亜久里」と呼ばれ、ミコトへは「ミコトちゃん」と呼ぶ。
※追記
「亜久里」は通常ファーストネームに使われる単語で、名字としては不適切でした。
しかしながら今更変更も出来ない(修正原則に抵触するため)ので、この作品では名字として扱っていきます。
紛らわしい扱いで申し訳ありません。全国の亜久里さんに心よりお詫び申し上げます。



・伊藤睦月(いとうむつき)
同上、出席番号2番。常識人。若干引っ込み思案の気があるが、言うときはちゃんと言う。通称「むーちゃん」。
ミコト&はやての似非小学生コンビを除けば、クラスで最も精神年齢が高い。グループの影のまとめ役兼ブレーキ役。
眼鏡っ子。運動は苦手。
ミコトからは「伊藤」と呼ばれ、ミコトへは「八幡さん」と呼ぶ。



・田井中いちこ(たいなかいちこ)
同上、出席番号9番。幼馴染ーsのバカ担当。一子でも市子でもなくいちこ。いちごに似ているかららしい。
突撃しか出来ない脳筋タイプ。身長も高い部類で、運動能力もそれなり。でもバカ。どうしたってバカ。
後ろの席の田中遥とは家が隣同士の幼馴染。当然同じ幼稚園出身である。
ミコトからは「田井中」と呼ばれ、ミコトへは「ミコっち」と呼ぶ。



・田中遥(たなかはるか)
同上、出席番号10番。幼馴染ーsの気弱担当。そこまで気弱というわけでもないが、相方が突撃バカなせいで相対的に気弱に見える。
乗せられやすい性格で、田井中いちこの猪突猛進に付き合ってしまうタイプ。結果二人で痛い目を見るのに、中々反省しない。
幼馴染とは部屋が向かい合っており、窓から窓への移動が可能。親からは「やめなさい」と怒られている。
ミコトからは「田中」と呼ばれ、ミコトへは「ミコトちゃん」と呼ぶ。


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四話 変化

 異常が発生したのは、二学期最初の日だ。

 

「……はやてはまだ寝ているのか?」

 

 7時になり、朝食を摂るため八神邸を訪れる。インターホンを鳴らしても出てこなかったため、彼女から持たされた合鍵を使って中に入る。

 しかしリビングにもキッチンにもはやての姿はなく、寝坊をしているのかと思い彼女の寝室へと歩を進める。

 そして彼女の部屋の扉を開け――最初に目に飛び込んできたのは、床に倒れているはやての姿だった。

 

「……は?」

「あ、ミコちゃん……」

 

 一瞬、何が起きているのか分からなかった。松葉杖はあらぬ方向に倒れており、まるで起き上がるのに失敗して転んだかのようである。

 はやての顔は、何処か苦しげな笑み。何かがあったのだと直感するのに十分すぎる判断材料だ。

 

「あはは……なんや、足がちっとも動かんようになってしまったわ」

「ッ、……全く動けないのか?」

 

 想像の中の一つにあった答えを言われ、何故か一瞬動揺してしまった。だがそれもわずかな時間のことで、オレはすぐに状況理解を始めた。

 

「うん。あ、這いずってとかなら移動できるんやけどな。松葉杖で立つのは、もう無理みたいや」

「何度かチャレンジしたのか。……腕を見せてみろ」

 

 寝間着の袖をまくり見てみると、何度も床に打ち付けたのだろう、青あざが出来ていた。放っておけば治る程度で一安心だ。

 ……なんだ、さっきから。心がざわついて落ち着かない。そんなことをしている暇があるなら、他にやるべきことがあるだろう。

 

「服は着替えられるか?」

「えーっと……ベッドに座らせてもらえれば、何とかなると思うわ」

「そうか。よっ、と……」

 

 はやての両脇に手を差し込み、体を起こす。そしてベッドの端に腰掛けさせた。

 箪笥から適当に服とスカート、靴下を取り出し、そばに置く。

 

「異常があるのは足だけだな?」

「うん。足が全く動かなくなっただけで、他は何ともないわ」

「分かった。それじゃあ9時になったら病院に行くぞ。学校には休みの連絡を入れておく」

「ミコちゃんはどうするん?」

「オレも付き添う。今のはやてを一人にはできんだろう」

「そんな、悪いわ。一人でも病院行けるから……」

「今は学校よりもはやての検査の方が優先度が高い。病人が文句を垂れるな」

 

 「病人ちゃうし……」というはやての異論を無視し、オレは部屋を出た。学校への連絡と、ミツ子さんへの報告のためだ。オレが欠席の連絡を入れたら、形式上の保護者であるミツ子さんには確認の電話が飛ぶだろう。

 あとは、病院に行く前に朝食を摂らなければ。元々はそのために来たのだ。はやては寝室から動けないだろうから、向こうで食べられるものがいいか。

 やるべきことを頭の中でまとめながら、いまだざわざわと波を立てる心を無視した。

 

 

 

 9時になると同時、海鳴総合病院に連絡を入れる。はやての主治医であるという石田幸恵(いしださちえ)医師と話がつき、即時の診察予約を入れることが出来た。

 タクシーを呼び(オレがはやてを病院まで運ぶことは出来なかったため、勿体ないが仕方なかった)病院へと行く。子供だけでタクシーを利用することに、運転手は懐疑的な目を向けてきた。知ったことではない。

 生まれてこの方風邪一つ引いたことのないオレは、病院を利用するのは初めてだ。建物の規模から考えて大きな病院なのだと思う。

 石田医師はオレのことを知っていた。今年の4月から、はやては診察の時にたびたびオレの名前を出していたらしい。

 

「学校を休んでまではやてちゃんの付き添いをしてくれるなんて、とても仲が良いのね」

「えへへ、わたしの一番のクラスメイトやで」

 

 和やかに会話をする主治医と少女。しかしオレはいまだ心のざわつきが収まっていなかった。

 

「そんなことより、診察結果を教えていただきたい」

「……はやてちゃんから聞いてた通りの性格みたいね。分かりました、真面目な話をしましょう」

 

 咳払いを一つして、石田医師は表情を真面目なものにする。

 

「以前からはやてちゃんの足は麻痺の影響で感覚が鈍くなってたんだけど、それが完全になくなってしまっみたい。血流等は一切滞りがないから、壊死の心配だけはないのが救いね」

「なるほど。相変わらず原因は不明なままですか?」

「そうね。神経に損傷があるわけでもない。言った通り血流に問題があるわけでもない。脳機能の方も疑ってみたけど、そっちも完全に正常。今回も何も変わらなかったわ」

 

 何も変わらなかったのに、麻痺は広がってしまった。言葉はなかったが、医師の顔が苦々しく歪む。それをはやてが心配そうに見ているのに気付き、慌てて表情を戻した。

 

「多分あなたもはやてちゃんも「大丈夫、きっとよくなる!」なんて無責任な励ましは求めてないのよね」

「当然だ。そんなものは一時の気休め程度にもなりやしない」

「ちょ、ミコちゃん! わたし相手やないんやから、少しは歯に衣着せぇや」

「いいのよ、はやてちゃん。そのぐらいはっきり言ってもらった方が、遠慮されるより心配がいらないもの」

 

 そう微笑みはやてを宥めてから、石田医師は言葉を区切った。

 

「最善の努力はします。だからミコトちゃんも、今まで通りはやてちゃんを支えてあげてください。お願い」

「……オレははやてを支えていたのか?」

「まーミコちゃんのことやから、無自覚やったとは思うよ。つまり、今まで通り接してくれればええねん」

 

 つまりは、単なる結果論ということか。はやてがそう言うならばその通りにしよう。

 

「理屈は理解出来たので話を進めよう。それで、はやては今後どうなる」

「とりあえず、松葉杖はもう無理ね。今後は車椅子を使ってもらいます。本当は登校するのも心配なんだけど……」

「ミコちゃんがいるから大丈夫や!」

「……ということらしいの。お願いしても平気かしら」

「環境が変わるのだから、完全に今まで通りというわけにはいかないだろうな。確約はできないが協力はする、と答えさせてもらう」

「ふふっ。面白い子ね」

 

 はやてが心を許していることからも、この人もそれなりの器を持っているのだろう。オレと相対して持て余してはいないようだ。

 石田医師からお願いされていようがいまいが、同じことだ。オレははやてとの契約に従い、可能な範囲で彼女をサポートする。そのスタイルに変化はない。

 結局今日の診察で分かったことは、はやての病状が芳しくないという一点のみ。いつまた麻痺が広がるとも限らないのだ。

 だからオレの胸中は、波がおさまらなかった。

 

 

 

 

 

 翌日の学校へはオレが車椅子を押して行った。学校が近づくにつれ、児童たちからの奇異の視線は強くなった。

 

「八神さん!? ど、どうしたの!?」

 

 教室につくと、いつもの連中がはやての周り(必然的にオレの周りでもある)に集まってきた。その表情は、一様に驚きと困惑、そして不安だった。

 

「あはは、ちょっと調子悪くてなー。松葉杖やと登校できひんから、ミコちゃんに車椅子押してもらってるんや」

「だ、だいじょうぶなの……?」

「そんな顔せんでもへーきやって。むーちゃん心配性やなぁ」

 

 泣きそうな顔をする伊藤の頭を撫でるはやて。伊藤の表情が晴れることはなかった。

 

「……きのう休んだことだよね」

「ミコトちゃんも休んでたけど、何か知ってるの?」

 

 田中と亜久里が尋ねてくる。……ここで本当のことを話すのは容易い。彼女らが理解できるかどうかは別として、頭の中にある事実をアウトプットすればいいだけだ。

 だが……何故かそれをするのは憚られる。相変わらず胸の辺りがざわついて落ち着かない。

 

「はやてが大丈夫と言っているなら大丈夫だろう。あまり騒いでやるな」

「う、うん。そうだよね。でも、何かあったら言ってよ! ぜったい力になるから!」

「ありがとうなぁ、あきらちゃん」

 

 席が近い矢島がはやての手を取って宣言した。

 本当は、大丈夫なことなど何もない。はやての足は依然として麻痺したままだ。医学的には何の問題も見つからないのに、ただ動かすことだけが出来ない。

 だけどはやては「平気だ」と言ったのだ。彼女のことだから、クラスメイトに不安を与えることを嫌ったのだろう。和を乱すことを避けたのだろう。

 なら、オレはその意志を尊重する。相変わらず仏頂面しか出来ないオレは、ならばそれを利用してポーカーフェイスを貫けばいい。

 

「……八幡さんも、しんぱいなんだね」

 

 皆が席に着き始める中、残った伊藤がオレに話しかけてくる。

 

「そう見えるか?」

「うん。いつもと同じに見えるけど、いわかん?っていうのかな。ちょっといつもとちがうかんじがする」

「車椅子を押してるからそう見えるんじゃないのか?」

「んー……たぶん、ちがうよ。八幡さんのかお、今日はちょっとかたいもん」

 

 仏頂面に固さの差などあるのだろうか。いや……この少女は正確に感じ取っているのだろう。そういえば夏祭りのときも、オレの言葉を理解しようとしていたな。

 オレが心配しているのかどうかは、自分でも分からない。だが、胸中のざわつきを抑えられていないというのは、紛れもない事実だ。

 それが表情に全く表れていないかと問われれば、断言する自信はない。だから多分、はやてにも気付かれているのだろう。

 オレがはやての不安に気付いているのと同じように。……ああ、だからか。

 

「君がそう思うのならそうなんだろう。君の中ではな」

「……えっと?」

「ミコちゃん、むーちゃんがネタを理解出来てへん」

 

 表情に不安を出さないようにするはやてを見て、ざわつきが増す。つまりはそういうことだ。オレは、はやてがオレを頼らないことが気に食わないのだ。

 これまではやてがオレの前で不安を出したことは何度かある。大体は「寂しい」だとかそんな感じのものだ。それはつまり、不意に寂しさを感じたとき、近くにいるオレに頼ってきたということだ。

 それ自体は別にいい。それを許すだけの利害の一致はある。だが、肝心なときにオレを頼らないとはどういう了見なのか。

 オレは、はやてとの間にある種の信頼関係を築いていると思っている。お互いに借りを踏み倒すことがなく、ちゃんと清算できる仲だと認識している。

 ならば今はやてがやっていることは、その信頼関係を踏みにじる行為ではないだろうか。彼女のことだから、こちらに余計な迷惑をかけないようにとか思っているのだろうが、それは全く逆だ。

 伊藤が苦笑しながら席に戻り、オレ達の席の周りはようやく人が少なくなった。そのタイミングを見計らって、オレははやてに告げる。

 

「溜め込むな。何のためにオレがいると思っている」

「っ。……あはは、せやね。ごめんやわ」

「そう思っているなら、後で全部吐き出せ。どうせ帰る先は一緒だ」

「うん。ミコちゃん……ありがとう」

 

 ただの利害の一致だ。オレはいつも通り、そう返すことが出来た。胸中のざわつきは、ようやく影を潜めた。

 

 ――このときのオレは気付いていなかった。はやてとの信頼関係の大きさも、それが意味するところも。オレにとって、既にはやてが切り捨てることのできない存在であることにも。

 

 

 

 八神邸に帰ったあと、はやては溜め込んでいた涙を全部出した。オレの胸に顔を押し付け、声を上げて泣いた。

 「何で自分だけこんな目にあうのか」「本当は皆と並んで歩きたい」「麻痺が広がったらと思うと怖くて仕方ない」などなど。答えを求めない、弱音の吐露だ。

 聞き流すことはしなかった。それは不義理だと思ったからだ。はやてはオレを頼ったのだから、受け止めるだけの義理がある。

 歳不相応に達観している少女だが、それでもやはり小学一年生なのだ。オレと同じく、6、7年しか生きていない子供なのだ。

 オレならば何も思わない現実も、彼女にとってはそうではない。彼女はオレとは「違う」のだから。

 その心情を理解出来るわけがない。彼女の辛さなど、共有できるはずもない。オレに出来るのは、彼女が疲れたときに寄りかかって休むことが出来る大樹となるだけ。だからそうした。

 それは多分正解だったのだと思う。最終的にはやては泣き疲れて眠ってしまったが、その寝顔は穏やかなものだった。

 結局この日ははやての側を離れる気が起きず、内職をすることが出来なかった。が、それで良かったと思っている。

 

 翌日、はやてから提案があった。

 

「あんな、ミコちゃん。うちに住んでもらえへんかな」

 

 提案の内容は、オレが八神邸に住み込みで常駐して、はやての生活をサポートするということ。

 足が完全に動かなくなってしまったことで、いかにバリアフリーの家とはいえ、一人での生活は困難を極めることとなった。ヘルパー的なものが必要になったのだ。

 そしてオレは、これまでに交わした色々な約束によって、毎日八神邸を訪ねていた。毎食ここで食べているし、風呂もはやてと一緒だ。時折はやての希望で泊まることもある。

 実を言えば、既に何着かの衣類ははやての箪笥にしまわれている。今更拒否する要素が何処にもなかった。

 

「ただ、オレ一人で決めていいものではない。あの部屋はミツ子さんに無理を言って借りている。ちゃんと話を通さなければ」

「それならもうオッケーもらっとるで」

 

 行動速いな、おい。そのことに文句があるわけでもないが。

 まあ、話が通っているなら、あとはオレから直接言いに行くだけだ。ちゃんと頭を下げるのは筋だろう。

 

「では、今日の放課後にミツ子さんに話しに行って、その足で荷物を運ぶ。運び込みの間は騒がしくなるが、我慢してくれ」

「気にせんでええよー。わたしがお願いしたんやから」

 

 こうして、オレは八神邸住み込みではやてのサポートをすることになった。

 ……内職の効率は落ちるだろうな。これは本格的に別の収入源を探さなければ。

 

「ちなみに寝る場所はわたしの隣やでー」

「毎日抱き枕は勘弁してもらえないだろうか」

 

 効率は落ちる(確信) 探さなきゃ(使命感)

 

 

 

 学校の方は、数日の間は見慣れぬ車椅子に困惑する児童もいたが、人間は慣れる生き物だ。それほど経たずに騒がれることはなくなった。

 また、学級の方でも、はやてへの協力体制が確立した。と言っても、今までとそう変わりはない。メインがオレで、サブにあの5人組がついた程度だ。

 元々オレは、出席番号と家が近かったことで、担任からはやてのことを任されていた。その関係で、席替えをしてもオレは常にはやての側にいた。

 

「いっくよー、やがみん!」

「おー! いちこちゃん、ゴーや!」

 

 次は体育で体育館に移動なので、突撃バカの田井中が車椅子を運んだ。途中で事故ってくれるなよ。

 

「田中。後で田井中に車椅子の運び方を教えてやれ」

「う、うん。いちこちゃんがごめんね、ミコトちゃん……」

「謝られる理由が分からない。オレ達もとっとと行くぞ」

 

 着替えを終え、教室を出る。残りの4人もぞろぞろと後を着いてきた。

 

「ねーねー八幡さん。それで、八神さんとのどーせーはどんなかんじ?」

 

 にやにや笑いながら矢島が言う。はやてがペラっとしゃべったせいで、今やオレ達の共同生活は周知の事実だ。

 

「同棲という言葉の意味をちゃんと理解しているのかはさておき、今までとそう変わりはない。元々半分ぐらいは八神邸で生活していたようなものだ」

「おー、はやてちゃんとミコトちゃんの「あいのす」ってことだねー」

「……何故君達はそうまでしてオレとはやてのことをカップルにしたがるのかね」

「え、違うの……?」

 

 伊藤、君はちゃんと理解していると思っていたのだが?

 

「そもそもの年齢やら性別やら、否定材料の方が圧倒的に多いだろうに」

「れんあいにとしはかんけいないってドラマで言ってたよー」

「八幡さんと八神さんなら、せいべつもかんけいないってしんじてる!」

 

 勝手に信じるな。そっち方面では、オレはノーマルのはずだ。

 そして伊藤。何を想像して顔を赤くしている。現実はこっちだ、戻って来い。

 

「こ、こういうのってなんていうんだっけ……えっと、たしかレz」

「言わせねえよ」

 

 この子、意外と耳年増かもしれな……別に意外でもないかもしれないな。

 

 途中で転倒していたはやてとアホの田井中を回収し、体育館へ辿り着く。今日の授業はバスケットボールだ。

 今まで軽い運動程度なら参加出来ていたはやてだが、車椅子となったことで完全に見学のみとなっている。何と言えばいいか、どうしても距離を感じてしまう。

 パス練習中、矢島からのパスを受け、ちらりとはやての方を見る。顔はニコニコとこちらを見ているが、その心中を推しはかることは、オレには出来ない。

 ……今出来ることは何もない。頭を振り、矢島に強めのパスを出すと、彼女は大げさにのけぞった。

 

「ちょっと八幡さん、つよすぎー!」

「そこまで力を入れたつもりはなかったんだが。君が貧弱なだけでは?」

「んなー!? これでもくらえー!」

 

 クラス内で一番の長身である彼女のオーバースロー。逆に一番身長の低いオレからすれば、「天からお塩」か。……何故塩なんだ?

 が、難なくキャッチ。いくら身体能力が高いと言っても、小学一年生のレベルだ。オレの「プリセット」を動員すれば、余裕を持って対応できる。

 

「捕球の仕方にもコツがあるものだぞ。こんな風に腕と手首をクッションにすれば、勢いを殺せる」

「なにそれぇ……」

 

 「見よう見まねでやってみろ」と、パスを返す。違う、そうじゃない。それは体が避けてるだけだ。

 ちらりと見たはやては、やっぱりニコニコしていた。

 

 5人チームになって5分間のミニゲーム。オレは伊藤と亜久里、それから交流のない男子二人と同じチームになった。

 今回の対戦相手は、5人組の残り3人+男子二人。どうにも戦力が偏っている気がするが、小学一年生の授業でそれを気にするほどのものでもないのか。

 

「……こっちのチームで一番背が高いのはお前だな。ジャンプボールは任せる。その後はディフェンスに回れ」

「は、はい! 八幡さんのためならばっ!」

 

 下手くそな敬礼をする男子の片割れ。運動直後の興奮状態にあるためか、若干顔が赤い。もう片方の男子は、何故かぐぬぬと唸っている。

 悔しがるな、お前にも役割はあるのだから。

 

「お前は相手のパスカットを意識しろ。かなりの運動量が必要な役割だ。気合を入れて行け」

「イエス、マム!!」

 

 やっぱり下手くそな敬礼をするもう片方の男子。お前達の中でオレは何者なのかと問いたい。

 

「ミコトちゃん、あたしたちはどうすればいいかな?」

「亜久里はこいつからボールを受け取ったら前線に運べ。オレにボールを集めれば、あとは何とかする」

 

 フリーの状態でシュートを打てれば、オレは確定事象をトレースして確実に決めることが出来る。だが、裏を返せばディフェンスという乱数が割り込んでくると上手くいかないということでもある。

 そこで、残った伊藤の出番だ。

 

「伊藤は動くな。オレの周囲に寄ってくる奴がいたら、大体の方向とゼッケン番号を教えてくれ」

「う、うん、わかった。ほうこうっていうのは、わたしから見てでいいんだよね」

「それでいい。まさかどっちが右でどっちが左か分からないということはないよな」

「おはしもつ方がみぎ!!」

 

 亜久里が元気よく言った。オレの場合はそれだと逆なんだがな。伊藤は確か右利きだったはずなので、問題はない。

 向こうで特に注意すべきなのは、2番の矢島と5番の田井中だ。矢島は体格で、田井中は運動能力で、それぞれ脅威となる。

 やはり向こうは矢島がジャンプボールをするようだが、こちらの男子よりも身長が高い。初手は向こうだろう。

 だからオレは、男子の片割れに初期位置を指示し、亜久里にもいつでも走りだせるように促す。そしてオレもまた、ゲームメイクのために行動を始める。

 

 試合開始の笛。ジャンプボールを制したのは、やはり矢島の方だった。

 だがオレはそれを見越していた。背の高い男子をジャンプボールに配置したのは、最初の経路を限定するためだ。

 予想通り、山なりに弾かれたボールが敵陣に落ちる。それを相手に拾われるよりも先に、走り込んでいた男子がキャッチする。

 

「んなぁ!?」

「す、すげえ! 八幡さんの言ったとおりだ!」

「こらー! ボーっとしてないでさっさとパスー!」

 

 皆が驚いて一瞬止まる間に、亜久里は敵コートの半分を過ぎていた。彼女の喝で復帰した男子が、慌ててパスを出す。

 ちょっと狙いのずれたボールを、亜久里はバランスを崩しながらキャッチする。その間に、相手チームの全員が彼女を包囲した。

 それがオレの狙っていたタイミング。敵の注意がオレから離れた瞬間、オレは走りだした。

 

「亜久里!」

「っ、ミコトちゃんまかせた!」

 

 山なりのパス。相手の全員が「やられた」という表情をし、慌ててこちらに向かってくる。

 

「八幡さん、左から5番!」

 

 伊藤の大声。さすがは突撃バカの田井中である。ファールとなることも厭わず、こちらに突進してきている。シュートを放つまでに到達しそうな勢いだ。

 だからオレは、一度シュートの体勢を作り。

 

「とうあっ!」

「だが甘い」

「おうあー!!?」

 

 ジャンプした田井中をフェイントでかわし、今度こそシュートを打った。右手は添えるだけのワンハンドシュートだ。

 事前のシミュレート通りの軌道を通ったボールは、リングに反射することもなくゴールネットの乾いた音のみを立てた。よし。

 

「全員後退、守備を固めろ!」

 

 チームメイトが浮かれる前に、声を張って指示を出した。

 

 そんな感じで終始優位に立つことが出来、この試合は20-4で勝利することが出来た。

 ゲームに一切参加することのできないはやては、やはり終始ニコニコしていた。

 

 

 

「確かに運動できんのが辛くないって言ったら嘘になるけど、わたしはミコちゃんが元気に走り回ってるのを見るんが楽しいんよ」

 

 帰り道、何故体育の時間にあんなに楽しそうにしていたのかと尋ねたら、はやてからはそんな答えが返ってきた。

 

「それは、自分が体を動かすことよりもなのか?」

「せやね。この足のせいで、生まれてこの方息が切れるほど走り回ったことはないけど、それでも見てる方が楽しいと思う」

 

 「もちろん、一緒に走れたらもっと楽しいと思うけど」と続ける。

 スポーツ観戦みたいな感覚だろうか。プロのスポーツ選手と呼ばれる彼らは、一般人とは比較にならない運動能力を持っている。我々が彼らのように動くことは出来ないが、それを見て楽しむ人たちは数多い。

 オレの推測に、はやてはしばし考え、首を横に振った。

 

「単純に、ミコちゃんが大好きだから、やろうな。イキイキしてるミコちゃんを見るんが、たまらなく嬉しいんや」

「オレは出来ることをしていただけだが」

「つまり、本気だったってことやろ。子供相手に大人気ないなぁ」

「生憎オレは子供だよ。彼らと同学年だ」

 

 精神は違えど、肉体は同じ、下手をしたら彼らに劣る程度だ。全力を出さなければ負けてしまう。

 もっとも、「たかが学校の授業なのだから負けてもいいだろう」と言われればその通りだが。それを言ってはつまらないだろう。

 能力と難易度の釣り合いが取れている課題にチャレンジしているときこそ、人は楽しみを感じるものだ。

 ……話が逸れた。

 

「結局はいつも通りにしていればそれで十分、ということか」

「今まで通りに、やね」

 

 結論として、病院で石田医師からお願いされた内容そのままということだ。

 ……しかし。

 

「今まで通り、か。果たしてそれだけでいいのか……」

 

 理由は分からないが、オレの中に直感的に囁くものがある。「このままではいけない」と。

 いや、究極的に言ってしまえば、世の中の須らくは「現状維持」では限界がある。進化を忘れた存在は、いずれ陳腐化し滅びの定めを辿る。

 だから、「今まで通りにする」というのが最適解かと言われれば、オレは「ノー」と答える。これはあくまで、現状可能な妥協解でしかない。

 本当の最適解を選ぶなら、オレははやての足を治さなければならない。それが出来ないから、妥協解を選んでいるのだ。

 

「もちろん、よくはないんやろうけどね。こればっかりは石田先生に任せるしかないやろ」

「まあな。オレに人体の構造に関する知識はあっても、医術に関する知識はない。それは「法則」ではなく、人々が積み重ねた「技術」だ」

 

 これまでに分かっていること。オレの保有する"能力"についてだ。

 

 オレには、生まれた直後から持っている「知」が存在する。「プリセット」と呼んでいるものだ。

 世界の普遍的な法則等に関して、漠然としたイメージの形で頭の中に収まっている。それらを表す言葉を得ることで、初めて「知識」となる。

 あくまで法則のみであり、技術や歴史といった「人などの存在が積み重ねたもの」については分からない。それを知るためには、本を読んだり人から教わったり、あるいは自分で構築するしかない。

 だから、人の体の造りについては分かる。何処に障害が発生すれば足が動かなくなるかは分かる。だが、治し方は分からない。それは自分で学ばなければならない。

 これははやても知っていることだ。日々の会話の中で話す機会があった。そして、当たり前に受け入れてくれた。……まあ、はやてだからな。

 

「もしオレに出来ることがあるとしたら、彼女の知らない観点から治療法を構築することぐらいか。それなら石田医師に任せる方が、まだ確率は高そうだな」

 

 少し気が迷ったが、やはり世の中そう簡単にはいかないものだ。人類が数千年をかけて築き上げてきた医術に並ぶものを短期間で構築するなど、無理無謀にほどがある。

 結局、オレに出来ることはオレに出来ることしかないのだ。

 

「わたしはミコちゃんがそばにおってくれるだけで十分や。これ以上もらってしまったら、何も返せんくなる」

「それはオレも君も困るな」

「せやろ?」

 

 そんな会話をしながら、オレ達は八神邸の中へ入った。

 

 ――これもきっと、一つのきっかけだったのだろう。オレだけに出来ることをしようと決意した、そのきっかけの大事な思い出。

 

 

 

 

 

 秋は短い。残暑が収まってきたと思ったら、すぐに肌寒さを感じるようになる。呼応するように、学校行事は駆け足で過ぎ去っていく。

 運動会、山への遠足、写生会。足が動かなくなったはやてにとって、どれも大変な行事だ。

 オレと5人組は、彼女がイベントをこなせるようにサポートをした。一学期の頃以上に、オレ達は7人で行動をすることが多くなった。

 そうしているうちに、いつの間にか冬がやってきた。昨日終業式を終えて、今日は冬休みの一日目。そしてクリスマスイブであり。

 

『ミコトちゃん、お誕生日おめでとー!』

 

 八神邸にて。ミツ子さんのところで用事を済ませて戻って来ると、いつもの面子が集まってクラッカーを鳴らしてオレを迎えた。

 ……ミツ子さんがいつも以上にニコニコしていると思ったら、こんなことを企んでいたのか。少々呆れ顔になってしまう。

 そう。本日クリスマスイブは、オレの誕生日でもある。とは言っても、オレの誕生日とはイコール孤児院に拾われた日であり、正確な誕生日は分かっていない。

 確かに生まれてすぐからの記憶を保持してはいるものの、それが本当に生まれて間もないときだったかの保証はない。何日か誤差はあるだろう。

 だがまあ、そんなものは言い出したらキリがないので、オレも今日が誕生日であると納得している。

 

「……君達は何をしているんだ」

「まーまーミコちゃん、こっち座りー。今日は逃がさへんでー」

 

 車椅子を器用に動かすはやてに手を取られ、ソファに座らされる。先手を取られてしまったようだ。

 オレ自身としては、祝われるつもりなど毛頭なかった。というか、「誕生日を祝う」という習慣が理解できない。

 半年前にあったはやての誕生日も、特に何もせずにスルーしたはずだ。はやても何も言わなかったし、一度話題に出たっきりだった。

 オレの誕生日にしても、半月ぐらい前にはやてが「ミコちゃんの誕生日ってイブやったっけ?」と確認した程度だ。こんな祝いの席を用意するなどとは聞いていない。

 

「聞いたよーミコっち。やがみんの誕生日はおいわいしなかったんだって?」

「それはダメだよーミコトちゃん。およめさん失格だよ?」

「そもそもはやての嫁になった覚えはない。それとこれとがどう関係している」

「えっとね。八神さんから聞いたんだけど、八幡さんってそもそもおいわいされたことがないんだよね」

 

 まあ、そうだな。誕生日に限らず、これといって祝われた記憶はない。孤児院時代は「異物」扱いだったし、その後もミツ子さんとは最低限しか交流を取っていない。

 今年に入ってはやてという隣人を得たが、特に祝うような機会はなかった。先述の通り、誕生日を祝う習慣もない。

 

「だから、まずは八幡さんをおいわいして知ってもらおうって、八神さんが」

「それにあたしたちもそろそろ付き合い長いんだし、ちょうどいいタイミングじゃん」

「というわけや。今日はミコちゃんを主役にした交流会兼クリスマスパーティってことやんな」

「ダシにされただけの気がしないでもないな。そういうことなら、別に文句はないが」

 

 つまりはパーティの雰囲気を知れ、ということらしい。夏祭りのアレで十分じゃないかと思わなくもないが、はやてがこう言うということは、何かが違うのだろう。

 5人はオレのサブに入ってから何度か八神邸に来ている。最初は子供だけでこれだけの家に住んでいるということに驚いていたが、今や勝手知ったるなんとやら。再度になるが、人間は慣れる生き物なのだ。

 田井中と田中がジュースとカップを持って来て、人数分入れる。そして各人に配り。

 

「そいじゃま、ミコちゃんの7歳の誕生日を祝って!」

『かんぱーい!!』

 

 はやての音頭で、オレの誕生日会と銘打ったごちゃまぜパーティが開始した。

 

 とはいえ、これといって新しいことが起こるわけでもない。皆で菓子を食べ、ゲームをして騒ぐ。オレとはやてだけではそうはならないが、この5人がくればいつもこんな感じだろう。

 違いと言えば、追加でケーキがあったことか。

 

「これね、駅前の「翠屋」っていうケーキ屋さんのケーキなの! ママと食べにいって、すっごくおいしかったんだよ!」

「さっちゃん、ちがうよ。翠屋さんはきっさてん屋さんだよ」

 

 ケーキを食べたのは孤児院時代のクリスマスケーキ以来だろう。あれとは比較にならないものだったのだが、孤児院が手抜きだったのか、このケーキのレベルが高いのか。亜久里の話から後者だろう。

 何といってもクリームのこだわりが違う。しっかりとした甘みがありながら、ふんわり柔らかで軽い。いくらでも食べられてしまいそうだ。

 伊藤の話では、その喫茶店の名物はシュークリームであり、毎日完売するほどの売れ行きなのだそうだ。そちらも一度確認しておきたいものだな。

 もっとも、それも機会があればの話だが。贅沢は敵だ。依然、変わりなく。

 

「ふふん、ミコちゃんもこのケーキは気に入ったみたいやな」

「そうだな。これだけ美味いものを食べて、何も思わないのは無理だ」

 

 はやてがオレを見ながらニヤニヤしている。のみならず、他の5人も大体似たような、微笑ましい何かを見るような顔つきだ。

 普段仏頂面のオレが、ケーキで頬を緩ませているからだろう。これほどの破壊力、ワザマエと言わせてもらおう。

 

「あーあ、ごはんがまいかいケーキだったらいいのになー」

「栄養が偏るぞ。もやしを食え、もやしを」

「八幡さんのそのもやしにかける思いは何なの……?」

「あかん、あかんでぇあきらちゃん。もやしは万能食材や、なめたらあかん」

「八神さんもせんのうされてるぅ……」

 

 こういうのは時々食べるからいいのだろう。やはり毎食食べられるもやしは格が違った。

 

 主賓ということで片づけなどはさせてもらえず、その辺りは伊藤や田中が請け負っていた。この二人なら比較的しっかりしているから安心か。

 日が傾いてきて、そろそろパーティも終わりが近づいてきた。

 

「あまり遅くまでいると暗くなるぞ。親御さんが心配しないうちに帰った方がいいんじゃないのか」

「あ、もうこんな時間なんだ」

 

 オレの一言で皆が時計を見て、ゲームをやめる。既に16時を過ぎており、冬のこの時間帯はもう薄暗い。子供だけで夜道を歩くのは危険だろう。

 これにてごった煮パーティは終了し、皆帰宅すると思っていた。

 

「? 帰るんじゃないのか?」

 

 だが皆は一ヶ所に集まり、何やらこそこそと話している。5人の体で何かを隠しながら。

 はやては何か知っているのだろうか。視線を移すが、多分知っていても何も答えないだろう。そんな顔をしている。

 そうこうしていると、矢島が先頭に立ち、オレに歩み寄ってくる。後ろ手に何かを隠しているようだ。

 

「はい、八幡さん。これ、わたしたちからの誕生日プレゼント」

 

 オレの目の前に出されたのは、包装紙に包まれた小さな箱だった。リボンで丁寧に封がされており、これが大事な贈り物であることを示していた。

 オレは……少し、困惑した。こんなものは想定していなかった。誰かから物をもらうなどという、直接的な借りを作ったことはない。今まで頑なに避けてきたことだ。

 一学期のファッション事件にしたってそうだ。オレは彼女達から、何かをもらう気はなかった。

 

「それは……」

「あ、中身はふつうのうで時計だから。八幡さんって、プレゼントにがてみたいだったから、安いのにしたよ」

「本当は一人ずつわたしたかったんだけど、そうしたらぜったいうけとってくれないって、八神さんが教えてくれたんだよ」

 

 「だからみんなでこれ一つ」と伊藤は続けた。確かに、それをやったらオレは絶対に受け取り拒否をしただろう。この場の空気を壊すことなどお構いなしに。

 だからと言って、一つだけなら受け取れるかと言われると……正直微妙だ。

 確かに以前よりは彼女らと交流を取っている。以前のように、大きな出費を強いるものでもない。そこまでオレの心に負担をかけるものではないのは確かだ。

 だが、貸し借りには違いないのだ。たとえ小さいとはいえ、借りを作れるだけの信頼関係の築いているのかどうか。そこが問題なのだ。

 時間は……現在16時15分。道が完全に暗くなるまで、まだ時間がある。ふぅと一つため息をついて、言葉を紡ぐ。

 

「まず初めにはっきりさせておく。オレは、君達を「友達」として見たことは一度もない。オレの認識として、君達は「たまたま同じクラスに所属した他人」だ。それは今も変わらない」

 

 誰も、何もしゃべらない。真剣な顔でオレの言葉を聞いている。

 

「これまでにも覚えがあると思うが、オレは君達とは「取引」でしか関係性を持っていない。貸しと借りの釣り合いの中でしか、君達と交流を取っていない」

 

 多分彼女達の中で、今の言葉を理解出来る可能性があるのは、伊藤だけだろう。彼女だけが今までを思い返し、振り返っている。

 構わず、言葉を続ける。

 

「オレは基本的に、オレにとって必要か不必要かでしか物事を判断しない。君達と交流を取るのも、君達がはやてにとって必要であり、オレにとってはやてが必要だからだ。それ以上の意図はない」

 

 友達の友達は友達、などという暴力的な理屈をオレは信用していない。それは既に断崖に隔てられているほどの距離がある。

 

「だからオレにそれを渡すということは、オレに不必要なお荷物を押し付けるということだ。君達がどう思っているかじゃない、オレがそう感じるということだ」

 

 彼女らが何を思っていても、オレには関係ないのだ。彼女達と「違う」オレは、その感情を共有することが出来ない。

 果たして彼女達は、その事実と向き合うことが出来るのだろうか。……既に着いてこれてないところからして、無理だろうな。

 

「もう一度言う。オレは君達と「友達」ではない。「友達」にはなれない。オレは、君達とは「違い過ぎる」」

「……じゃあ、八神さん、は?」

 

 消沈しきった様子で、矢島が尋ねる。……はやては、オレにとって何なのか。

 

「それはオレにも答えられない。「他人」ではない。それは確かだ。だが「友達」かと言われると、それも違う気がしている」

 

 オレ達の関係を表す言葉を、オレはまだ知らない。しっくりくる言葉が見つかれば、きっとパズルのピースがはまるように表現できるようになるのだろうが。

 だが、今重要なことはそこじゃない。

 

「そして君達とオレがその関係性になれるかと言ったら、オレは「ノー」と答える。断言するが、君達とはやてでは器が違い過ぎる」

 

 八神はやてという少女の器の大きさ――知性、理解力、受容性などなど、様々な面から見て非凡であることは間違いない。オレがこれまで出会った人物の中で一番だろう。

 そしてそれほどの才覚を、この5人の少女達全員が持っているなど、ありえるだろうか。既に着いてこれず、消沈してしまっている少女達が。

 

「君達は平々凡々な少女達。別にそれが悪いなどとは言ってない。君達はそれでいいのだと思う。ただ、わざわざ「異物」と関わる必要はないというだけだ」

「い、いぶつって……」

「オレは「異物」だったから、孤児院から追い出された。これが真実だ」

 

 全員が息を飲んだ。孤児院出身であることを知っていたのは、はやてだけだ。

 

「オレはそのことに対し、何も思っていない。はやてはそんなオレの存在を、ありのままに受け止められた。今の君達のように同情したりもしていない」

「で、でも、だってそれって……」

「そう思ってしまう時点で、オレとの交流が不可能なのだよ。理解できないものを理解しようとしてしまっている。いつかの田井中のように、「結論を決めてしまおう」としている」

 

 伊藤が目を見開いた。オレの言いたいことが分かったようだ。

 

「……わたしたちのしてることって、八幡さんにとって、めいわくなだけ、なんだね……」

「むーちゃん!?」

「その通りだ。今の伊藤なら、はやてと君達の間にある差が理解出来るんじゃないか?」

「うん。八神さんは、ほんとにすごいよ……」

「むーちゃん……」

 

 はやては悲しげな顔で伊藤を見ていた。

 分からないものを分からないまま受け入れる。それが出来るはやてと、出来ない伊藤。二者の間にある差は決定的だった。

 どうやら、ここまでのようだ。

 

「分かったら、その箱を下げてくれ。君達はオレにとって必要な――」

 

 

 

 パァンという乾いた音。頬を鋭い痛みと熱が襲った。

 言葉に意識を割いていたオレは、反応できなかった。だが、何をされたのかは正確に理解していた。

 目の前の矢島が、オレの頬を叩いたのだ。

 

「……ふざけんじゃないわよ!!」

 

 そして、怒りとともに言葉を吐きだした。皆、呆然と矢島を見ていた。

 

「なによ、さっきから聞いてりゃわけわかんないことをベラベラベラベラ! なにが言いたいのかはっきりしなさいよ!」

「君達はオレにとって必要ない。君達はオレの「友達」ではない。これで理解出来たか?」

「あーそうですか! よーく分かりましたよ!」

 

 真っ赤な顔で叫ぶ少女。これで彼女はオレを切り捨てるだろうな。……はやてまで切り捨てないでもらいたいものだが。彼女にはまだ人の手が必要なのだから。

 そう思っていたら。

 

「……おい。何をしている」

「だきしめてる!」

 

 何故か矢島に力の限り抱き着かれた。身長差のせいで覆いかぶさられていると言った方が正しいか。

 

「なら、そっちのつごうなんか知ったこっちゃないわよ! かってにかわいそうって思ってやる! かってに友達だって思ってやるんだから!」

「今の話でどうしてそうなるのやら。納得いく説明を……してもらえるわけがないか」

「そーよ! あんたのつごうなんかかんけいないんだから! 「ミコト」はわたしのだいじな友達! わたしのかってなんだから!」

 

 よく聞けば、矢島は涙声だった。感情が高ぶり過ぎて泣きだしたようだ。

 ……この反応は予想外だったな。いや、ひょっとしたらオレは、こんな反応を望んでいたのかもしれない。

 孤児院連中の「拒絶」でもない。はやてのような「許容」でもない。新しい何かを、求めていたのかもしれない。

 要するに、この矢島晶という少女は、とてつもなく優しい子だったのだろう。一方的になってもいい、その覚悟を持った優しさ。抱きしめられた腕から痛いほどに伝わってくる。

 

「苦しいからそろそろ離してもらいたいんだが」

「やだ! ぜったいはなさないもん!」

「子供か。……子供だったな、そういえば」

 

 ふうぅと息が漏れる。予想以上に苦しいな、これは。さすがに辛くなってきたので、矢島の背中に二回タップする。これで伝わればいいのだが。

 

「あ、あきらちゃん! ミコトちゃんがほんきでくるしそう!」

 

 亜久里がオレの様子に気付き、慌てて矢島を止める。それでようやく拘束の腕が緩んだ。ちょっと息が乱れたぞ。

 

「あ、ごめ……ふ、ふん! あやまらないんだからね!」

「分かった分かった。オレの負けだ。降参だよ、矢島晶」

 

 彼女の様子がおかしくて、思わず苦笑が漏れてしまった。それを見ていた他の面子は、ポケーっとした顔を浮かべる。どうにも状況の推移についてこれていないらしい。

 

「いやいや、どうして中々。予想外の反応で楽しませてもらったよ」

「……あんた、わたしたちのことためしたわね」

「ああ、試させてもらった。誤解のないように言っておくが、オレの言葉に嘘偽りは一切ない。相変わらず君達は、オレにとって「他人」だ」

 

 オレにとって必要のない存在が、そう言われてオレにどう関わろうとするのか。切り捨てられる可能性も織り込み済みで試した。

 結果、矢島晶は見事オレに勝利したというわけだ。

 

「けれど、君にとってそんなことは関係ないのだろう?」

「そうよ、かんけいない! めいわくだろうが、かってに友達って思ってやるんだから!」

「それでいい。オレにそこまで口出しをする権利はないし、それは無駄な労力だ。好きにしてくれ」

 

 多分に鬱陶しくはあるだろうが、それもまた一興と思えた。それは彼女が見せた可能性故だろう。

 たとえ器が小さくても、それだけで人は決定しない。変容と成長により、思いもよらない結果を見せてくれる。

 オレの言葉に含まれた承認は、正しく伝わったのだろう。矢島晶は目に涙を浮かべ、再びオレを抱きしめた。苦しい。

 どさくさに紛れるように、亜久里が後ろに回って抱き着いてきた。苦しさはさらに加速した。

 

「……くやしいなぁ」

 

 亜久里の呟きは、ひょっとしたら伊藤の心も代弁していたのかもしれない。

 

 しばしそうして落ち着いてから、オレは改めて矢島晶からプレゼントを受け取った。箱を開けると、中から出てきたのは黄色のベルトの腕時計。1,000円~2,000円の品といったところか。

 オレはその場で右手首につけ、見せてやった。彼女は満足そうに頷いていた。

 

 

 

 

 

「中々派手にやらかしたなぁ」

 

 叩かれた方の頬に氷嚢を当てながら、はやてがごちる。オレは必要ないと言ったが、彼女は聞く耳を持ってくれなかった。「顔の傷はさすがにあかん」だとか。

 矢島晶の一発はかなり痛かった。感情に任せて振り抜いたから、一切の手加減がなかったのだろう。オレの方も反応できなかったから、まともに喰らってしまった。

 

「いずれは通過しなければならなかったことだ。遅いか早いかの違いだけだ」

「……あきらちゃん以外には、まだ早かったんとちゃうかな」

 

 かもしれないな。伊藤は前々から考えていたはずだが、答えは出ていないだろう。亜久里はあの通り、何も言えず悔しがっていた。

 田中と田井中はどうなるだろうか。結局最後まで一言も発さなかった。オレ達との付き合い方を考え直しているかもしれない。それはそれで仕方なかろう。

 

「皆が皆手を取り合って、なんていうのは、小説の中だけの話だ。現実は必ずどこかに綻びが出る」

 

 オレは既に孤児院で経験しているのだ。「異物」として避けられることを。排斥されることを。知識でなく実体験として知っている。

 だから、そんな夢物語を信じる気になどなれないし、そんなものにどれほどの価値があるのかとも思っている。

 考えてみてほしい。皆が皆、終始笑顔だけを浮かべている光景を。マインドコントロールを疑ってしまう。率直にホラーだ。

 

「それでも、オレが「人」と対話できる可能性は見られた。成果は上々というところだろう」

「プラス思考で考えた方がええってことやな」

「そういうことだ。終わった後で「たられば」を言い出したらキリがない」

 

 あの5人がプレゼントを用意した時点で、こうなることは避けられなかったのだ。ならば、矢島晶の可能性を見られたという成果を重要視すればいい。他はどうだっていいことだ。

 休み明けに他の4人がオレを避けるようになっても、それはそれで構わないのだ。俺にとって重要なのは、はやてとの会話が出来ることのみ。

 

「そういえば、矢島晶に言われたが、オレとはやての関係性は何と答えればいいんだろうな」

「夫婦でええんちゃう?」

「オレは真面目に聞いている」

 

 オレの表情を見て、はやては顎に手を当てて考え始めた。はやても、本当のところはつかめていないようだ。

 はやてと過ごす時間が楽しくないかと言われたら、そんなことはない。今や一日のほとんどの時間を彼女とともに過ごしている。それが全く苦にならないのだ。

 では彼女のことが大切かと言われると、実はよく分かっていない。そもそも大切というのがどういうことなのか、感覚としてつかめない。

 なくしたくない。それはその通りだ。彼女がいなくなってしまったら、肩が軽くなり過ぎる。彼女の重みに慣れてしまった。いまさらいなくなられたら、調子が狂う。

 では、彼女がいつも言っているように、オレは彼女のことを好きなのか? それもやっぱり分からない。好きという感情は、どういうものなのか。

 オレが彼女達と「友達」になれないと言ったのは、この事実も多分にあるだろう。オレは幼い頃から物事をフラットに見過ぎたせいで、好悪という感情の発達が致命的に遅れている。

 「友情」という言葉からして、「友達」というのは好き嫌いの感情によるところが大きい関係性だろう。もしそれが分かっていれば、あるいは彼女達とも分かり合えたのか。……どうなんだろうな。

 思考が千々に飛ぶ。オレにとってはやてという人物はどういう位置付けなのか、結局答えは出なかった。

 

「……そや。「相方」なんてどうやろか?」

 

 そんなとき、はやてが思いついたように、何気なく答えた。

 

「「相方」……というと、漫才とかのアレか?」

「そういうのもあるけど、夫婦や恋人の片割れって意味もあるやん。結構ふわっとした意味の言葉だと思うんよ」

 

 「だから、自分達のようなよく分からない関係にも使えるんじゃないか」と。

 そういう意味だからなのだろうか。それとも別の理由からなのだろうか。不思議と、オレの中で「相方」という言葉は落ち着いていた。

 

「なるほど。確かにオレ達は、「相方」というのがしっくりきそうだな」

「せやろ? 普段の会話も、漫才みたいなもんやし」

「自分で言ってりゃ世話ないな」

 

 顔を見合わせてクックッと笑う。鏡写しのような笑いだったと思う。ああ、まさに「相方」だな。

 二人の関係が形を得た。互いに思うことは一緒で、右手を出し合った。

 

「改めて、これからもよろしくな。「相方」」

「こちらこそ。頼りにしてるで、「相方」」

 

 握手とともに、目に見えない何かが結ばれたような感覚。きっと、人はそれを"絆"と呼ぶのだろう。

 

「っと、忘れるところやったわ」

 

 「ちょっと待ってて」と言って、はやては車椅子を操作して自室の方へ向かった。氷嚢を自分で支えて彼女を待つ。……そろそろいいんじゃないだろうか。頬の感覚がなくなってきたんだが。

 鏡のところに行き、顔を見る。もう頬は赤くなかったし、腫れてもいなかった。

 ソファに戻り氷嚢をミニテーブルに置く頃、はやてが小さな箱と一緒に戻ってきた。

 さっき矢島晶から受け取ったのと同じ、プレゼントの箱だった。

 

「まさかわたしからプレゼント受け取るのに、さっきみたいな真似はせんよな?」

「するわけないだろう、相方。その分体でご奉仕させてもらうさ」

「何や卑猥な言い方するなぁ。楽しみにしとくわ」

 

 「はい」と短い言葉で渡されたプレゼント箱を開ける。中から出てきたのは、バッテン印のヘアピン。

 

「おそろいか」

「おそろいや。わたしのお気に入り。ミコちゃんにも絶対似合うと思って用意したんや」

「プレゼントというか、君の趣味なだけの気がするな」

「気に入らん?」

「いいや、全く」

 

 答えながら、前髪の左側をヘアピンで止める。はやては満足そうに笑って頷いた。

 

「うん、可愛い可愛い。さすがはわたしのお嫁さんや」

「そのネタはいつまで引っ張るのかね、相方」

「わたしが満足するまで。つまりは一生やな」

「はあ。将来行き遅れなきゃいいが」

 

 「なにをー」と笑うはやて。多分オレも、彼女のような笑みを浮かべているのだろう。

 一息つき、はやては慈しむように笑った。

 

「誕生日おめでとう、ミコちゃん」

「ああ。ありがとう、はやて」

 

 こうして、クリスマスイブの一騒動は収束した。

 

 

 

 

 

 優しい時間が流れていた。オレとはやてを包むように、ゆっくりと流れていた。

 決して止まることなく。無慈悲に、残酷なまでに……――




田井中と田中終了のお知らせ。でも無印始まったらどうせ皆いなくなるんだよなぁ(なんであんな事書いた! 言え!)
ミコトの性別はファンタジーです(ダメだ……まだ笑うな……こらえるんだ……し、しかし……)



ミコトの能力について

・「プリセット」
世界の法則や事象といった普遍的なものが、漠然としたイメージとしてストレージされている。これらはそのままでは表現することが出来ないが、言い表す言葉を得ることによって知識としての形を得ることが出来る。
情報量が莫大ではあるものの、前述の通り形を得ていない状態で保持されることによって、脳を圧迫せずにストレージすることが可能になっている。
応用することで後述の高精度なシミュレーションとトレースや、時間はかかるものの新たな技術の確立などを行うことが出来る。
なお、精神が歪な形で早期成熟してしまったのはこの能力が原因。



・「確定事象のトレース」
「プリセット」から物理法則を引き出すことによって可能な高精度シミュレーションと、その正確なトレース。これにより、乱数要素を除くとほぼ確実にシミュレーションの通りに動くことが出来る。
人為的要素などの環境乱数に弱い。これは、「プリセット」に含まれていない人間の心理や行動原理などが存在するために発生する。
また、トレース出来ると言っても身体能力を操作出来たりはしないので、出来ないことは出来ない。出来ることだけが出来る。
これが一番役に立っているのは、実は内職の造花作り。ミリ単位で正確な造花を作れるため、取引先からの評価は非常に高いという裏話があったりする。


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五話 決意

2015/12/19
士郎さんの一人称が「オレ」になっていたので「俺」に修正

2016/09/07 「クロノへの報告」パートを全てカギ括弧で括りました。


 年は明け三が日。オレは携帯電話を持っていない(基本料金がもったいない)ので連絡を取ることがないが、はやてには矢島晶と他二名から「初詣に行こう」とメールがあった。

 はやてが外に出るということは、必然的にオレも行くということである。向こうもそのつもりで送ってきているようだ。

 やはりと言うべきか、田中と田井中の二人は脱落したみたいだな。別に不思議なことではない。どちらかと言えば、それが普通の反応であるべきだろうと思う。

 己が理解できないものを忌避するのは、生物として当然の反応なのだ。それを無理やり抑え込んで触れ合おうとしても、双方にとってデメリットしかない。

 はやてのように許容したり、矢島晶のように自分なりのやり方を見つけるなり、メソッドが必要なのだ。簡単なことではないだろう。二人の選んだ選択肢も、ありえないわけではない。

 そこを行くと、むしろ亜久里と伊藤は要観察だろう。彼女らはまだ見つけられていない。それでいて、オレとの関わりをなかったことにしていない。

 どうなるかは分からない。だが、せっかくその道を選んだのだから、矢島晶とはまた違う答えを見せてもらいたいものだ。それもまた一興だ。

 

 初詣だからと言って着物を着たりするわけではない。さすがに今回ははやても行動を起こさなかったようで、普通に冬物の服とコートだ。

 去年は冷暖房のないアパートの一室で過ごしたわけだが、それに比べて今年は随分と過ごしやすいものだ。まさか八神邸でまで極限の節約をするわけにもいかない。

 厚着をして布団を被らなくても良い。家の中を自由に動き回れる。冬場にこれが出来るというのは素晴らしいことだ。

 ただ、長時間暖房を浴びると眠くなるのだけは、どうにかならないものか。内職をしていたらいつの間にか眠ってしまっていた。起きたときにはやてが隣で眠っていたのには驚かされた。

 ……少し話が逸れた。実はオレも文明の利器のある生活に感動しているのかもしれない。

 さておき、今日の格好は学校に行くときと大差がない。加えて、クリスマス兼誕生日プレゼントとして送られた腕時計と髪留め。髪留めに関しては最近ではデフォルト装備だ。

 起きてベッドから出る際に、はやての手ずから付けられるのだ。はやてにはオレから付けることを求められる。多分これがやりたくてプレゼントしたのだろう。

 まあ、我が相方が楽しそうなので良しとしよう。彼女ならば、オレも鬱陶しいなどとは感じない。

 

「あ! ミコト、はやて! おそいよ!」

「君が早すぎるだけだ。亜久里も伊藤もまだだろうに」

「あはは、あきらちゃん元気やなー」

 

 集合場所は神社近くの郵便局前。参道まで行くと人でごった返しているため、ここで一度集合ということにした。

 パーティの一件以来、矢島晶はオレのことを「ミコト」と呼ぶようになった。合わせてはやてのことも名前で呼んでいる。彼女がオレ達をワンセットで見ていることがよく分かる。

 年が明ける前にも彼女とは何度か会っている。単独で八神邸に遊びに来たためだ。その際にオレの内職を見て、「ぜんぜんミコトのことしらなかったんだなぁ」とこぼしていた。

 彼女はオレが「友達ではない」と断言しても、一方的に「友達だと思ってやる」と宣言している。実際、その通りに行動しているように思う。

 少女はオレ達に駆け寄ってきて、車椅子を押しているオレの後ろに回り、抱き着いてきた。苦しい。

 

「んー! 新年初ミコトだ!」

「早速意味が分からん。というか君はいつから待ってたんだ。顔が冷たいぞ」

「いちじかんっ!」

 

 何故そんなに前から待っていたし。10分前行動で十分だろうに。

 オレの指摘には一切取り合わず、ぐりぐりと冷たい頬を押し付けてくる。やめろ、背筋まで冷えてきた。

 

「この間からスキンシップ過剰じゃないか? はやてでもここまではしないぞ」

「ミコちゃーん、それじゃわたしがお触り魔みたいやないか」

「入浴のたびにπタッチをしてくる君が何を言う」

「ミコトっ! お風呂いこう、お風呂!」

「君は君で対抗心を燃やすな、矢島晶」

 

 そんなことで対抗心を燃やして何になるというのか。ともかく、この間から彼女ははっちゃけるようになっていた。オレ達に対して一切の遠慮というものがなくなった。

 彼女はこれが一方的になることを覚悟している。その上での行動に対し、オレが指摘することが出来るのは、せいぜいがセクハラはほどほどにしろということだけだ。

 矢島晶に軽くチョップを入れ、離れさせる。少し冷えたので、はやてからカイロを受け取り温もる。暖かい飲み物を買え? そんな贅沢、修正してやる。

 それから待つことしばし。

 

「ごめんみんなー! さっちゃん起こしてたらおそくなっちゃった!」

 

 伊藤が亜久里を引っ張って到着した。体力に優れない少女は、大きく息を切らせて汗ばんでいた。

 申し訳なさそうな伊藤に比べ、亜久里の方はのほほんとした様子だ。

 

「やー、めんごめんご。お正月ってとくばん多いから、よふかししちゃった」

「まったくもぅ! きのうちゃんと「ねなきゃダメだよ」ってメールしたのに!」

 

 ともかく、これで全員揃った。伊藤は最近はよく一緒にいた残りの二人に思うところがあるようで、収まりの悪そうな表情だった。

 

「全員揃ったことだし、そろそろ行くぞ。境内は混雑が予想される。はぐれないように注意しろ」

「りょーかーい! じゃあわたしはミコトにだきついてく!」

「重いからヤメロ。普通について来い」

「な、なんかあきらちゃん、まえより八幡さんにベタベタだね」

「せやろー? 妬けてしまいそうやわ。ミコちゃん、浮気は許さへんからね?」

「何の話だ。そもそもオレと君はそういう間柄ではないだろう」

「ふぁー、やっぱりねむいぃ」

 

 何はともあれ、人が集まったことで賑やかな一団となった。

 

 

 

「オレは「はぐれるな」と確かに言ったよな」

「あははー。見事にフラグ回収しよったな、あの二人」

「さっちゃん眠そうだったしねー」

 

 というわけで、オレ・はやて・矢島晶の三人と伊藤・亜久里の二人は、ものの見事にはぐれてしまった。参拝の列に並んでいるだけでどうやってはぐれたのか、甚だ疑問である。

 まあ、そこは自己責任というやつで、オレ達は参拝の方を済ませてしまうことにした。後で探してやれば十分だろう。伊藤がついているなら、何処か分かりやすいところに避難していることだろう。

 さて、オレ達三人というのは年末からよくある組み合わせだ。時間の潰し方もだいぶ慣れてきた。

 

「あ、ミコト時計つかってくれてるんだ。うれしいなぁ」

「オレは携帯を持っていないからな。現在時刻を手軽に知れるのは助かる」

「しかもアナログやから、遭難しても方位が分かる優れものやんな」

「普通に生活していて遭難するような事態には遭遇したくないな」

「そうなんの?」

「おっと、体感気温が2度ほど下がったようだ」

「あきらちゃん……それはないわぁ」

「ごめん、わたしも言ってから今のはないと思った」

 

 こんな具合だ。最初は手探り状態だったが、それほど経たずに会話がかみ合うようになった。もっとも、今のように外すことも多々あるが。

 くだらない会話をして、参拝の順番を待つ。整理員の話によれば、30分待ちのようだ。

 

「長いねー。どうしてはつもうでってこんなに待つんだろう」

「皆が同じタイミングで同じ行動を起こすからだろう。この町にはそれだけの人が住んでいるということだ」

「逆に言えば、町の人達だけやからこの程度で済んでるってことや。お参りスポットとかどんだけ待たされるんやろうな」

「ひえぇ……そうぞうしたくないや」

「この時期だと受験の祈願に来る人たちも多いだろう。学業の神を祀っている神社は大変だな」

 

 何ちゃら天満宮とかはその最たる例だろう。何故オレがそんなことを知っているかというと、ミツ子さんに教えられたからだ。

 その理由というのが。

 

「そういえば、この辺には私立小学校があるらしいな。大学までエスカレーターで一直線だとか」

「おー。ミコちゃんよう知っとるなぁ。実は興味あったりするん?」

「いや、全く。単に小学校に上がる前にミツ子さんに勧められただけだ」

 

 オレの知力がその辺の同年代と比較にならないことは、ミツ子さんも早くに気付いていた。だからこそだろう、名門私立に通いたいか聞いてきたのだ。

 対するオレの答えは、今の状況からも分かるように「ノー」だった。確かに学費はミツ子さんが持ってくれているだろうが、必要以上に借りを作る気はない。

 

「奨学金制度でもあれば話は別だったんだろうがな。それは高校からだそうだ」

「あー。まあ確かに、小学生でこんな家庭事情なんて想定せんわな」

 

 この辺に住んでいる以上、中学まではミツ子さんに学費を払ってもらう他ない。

 では高校には行くのかと言われると、今は決まっていない。とっとと働いて借りを返すというのも考えているが、しっかりと知識と経験を積んでから社会に出た方が、効率がいいかもしれない。

 この辺はそのときになってみないと分からないだろう。周囲の状況次第だ。

 と。矢島晶が無言で抱き着いてきた。

 

「何をする」

「なんか、ミコトをだきしめたくなった。もんくは聞かないもん」

 

 察するに、家庭事情の話でオレの置かれている環境を思い出し、勝手に心細くなったといったところか。彼女には勝手にさせることにしているので、別にいいが。

 

「まあ、わたしら小学一年生にお受験の話は遠い未来やな。早くてあと5年、公立やったら8年やもんなぁ」

「オレに至っては受験を経験するかすら不明だな。状況次第では中卒で働くことになる」

「ダメっ! ミコトはぜったいわたしといっしょの学校に行くの!」

「そう願うなら、オレがそうせざるを得ない状況にすることだな。さすがにそこを君に譲る気はない」

 

 彼女がオレを一方的に友達と思うことに異論はないが、そのことに束縛される気はないのだ。

 

「君が君の意志で選んだ道だ。筋は通せよ」

「うっ……よ、よくわかんないけど、あきらめないんだからね!」

「はいはい」

 

 果たして、この少女がいつまでその意志を持ち続けられるのか。分からないが、その想いが成就される日を楽しみにしているオレもいて、何故だか苦笑が漏れた。

 

「高校、かぁ。わたしの場合、先のことよりまず足を治すことやからなぁ」

 

 まだ見ぬ先のことに思いをはせ、はやては自分の足を見た。オレ以外の前ではあまり触れない話題だった。

 

「えっと……はやての足って、なんでうごかないの?」

 

 言葉を選び、慎重に問いかける矢島晶。今、彼女は一歩はやての方に踏み出した。

 はやては苦笑を返し、「分からないんや」と答える。

 

「石田先生……わたしの主治医なんやけど、その人が色々調べてくれてる。せやけど、正味の話いまだに何も分かってないんよ」

「えっ……」

「医学的見地からは全くの健常者。それなのに足だけは動かせない。それが今のはやての状態だ」

 

 想像以上の病態だったのだろう、矢島晶は金槌で殴られたかのような衝撃を受けた顔を見せた。

 何か言葉を紡ごうとし、結局何も出てこず俯く。はやては彼女の手を掴んで笑った。

 

「あきらちゃんがそんな顔する必要ないねんで。わたしには心強い相方がいてる。そらいつかは足を動かせるようになりたいと思うけど、現状には不満なんかないんよ」

「はやて……つよいね」

「それはちょいとちゃうな。わたしは強いんやなくて、息抜きがうまいんや。ミコちゃんがおらへんかったら、さすがに心折れとるで」

「オレは何かしているつもりはないんだがな」

「そう言ってくれるミコちゃんがいるから、わたしは挫けへんのよ」

 

 車椅子から後ろに立つオレを見上げ、オレの顔に手を伸ばしてくる。その左手をしっかりと掴み、はやての存在を感じる。

 オレは、どうなんだろうな。オレの場合、そもそも強い弱いという評価自体が当てはまらない気がする。その評価をするための基準に当てはめられない、というべきか。

 そもそも強いだとか弱いだとかの言葉は、相対評価だ。比較があって初めて強弱が生まれる。それに対してオレは、自己完結してしまっている人間だ。強さも弱さもあったものではない。

 ……とはいうものの、今のオレは少し違うのかもしれない、と思っている。はやての相方となったとき、オレは間違いなくはやてとの繋がりを感じた。今のオレは、はやてとの関係性の中に生きているのかもしれない。

 だとしたら、オレはとてつもなく弱い人間だろう。はやてのように多種多様な人と関わることのできない、ごく限られた人間としか交流の取れない、非常に弱い人間だろう。

 まあ、そんなものは当たり前か。言うなれば、オレはゲームスタート直後のようなステータスで完成してしまっているのだから。

 だから、今オレがオレでいられるのは、きっとはやてのおかげなんだろう。

 

「ならオレは、挫けないはやてがいるから、変わらずにいられる。ありがとう、はやて」

「……あ、あはは。何やこれ、物凄く照れるわ」

 

 自然と笑みを浮かべることが出来、はやてはキョトンとした後、顔を赤くして照れ笑いを浮かべた。

 横にいる矢島晶から不満の気配。

 

「むー! なに二人のせかい作ってんのよ! わたしだって、いつかミコトに「ありがとう」って言わせてやるんだから!」

「矢島晶は何をムキになっているのか。少し落ち着け」

「あははー……ミコちゃん、実は天然女子キラーやってんな」

 

 何故かはやてから不名誉な称号をいただいた。オレはノーマルであると断言させていただく。

 

 

 

 時間は前に進み続ける。要するに、オレ達のお参りは終わったということだ。待ち時間は長かったのに、用事を済ませるのは一瞬だ。

 

「何事もそういうものだと思うが、もう少し効率がよくならないかと思ってしまうのは間違いだろうか」

「どうなんやろねー。わたしはお話してたからそんなに気にならんかったけど」

「そんなことより、さっちゃんとむーちゃんさがさなきゃ」

 

 それもそうだ。と言っても、二人が携帯を持っているならばすぐに見つかるだろう。

 

「伊藤に電話をかけてどこにいるか聞けばいい」

「あ、そっか。……ミコトはケータイもたないの?」

「基本料金がもったいない。オレが持つとしたら、費用は全部自分で支払うつもりだ。まだそこまでの余裕はない」

「ミコちゃんのスタンスの問題やから、こればっかりはわたしにもどうこうできんわ。まあ基本わたしのそばにおってくれるし、すぐには必要ないんちゃう?」

 

 矢島は納得がいっていないようだったが、今は議論しているときではない。「早くしてやれ」と通話を促す。

 

「……あ、むーちゃん? わたしたちはおまいりおわったよ。今どこ……、うん。……うん、わかった」

 

 短いやりとりで、矢島は通話を終了した。伊藤が簡潔に伝えたのだろう。

 

「あと10分ぐらいでおまいりおわるって。はぐれたあとにならびなおしたみたい」

「ご苦労なことだ。待つ間オレ達は何処にいようか」

「お守りは合流してから買いたいしなぁ。この辺ベンチとかないんやろか」

 

 神社の境内だしな。まあ10分程度なら立ち話でも十分だろう。

 オレ達は参拝客の迷惑にならないよう、隅に寄って待つことにした。

 

「おっと、場所を取っていてごめんね。今空けるよ」

「いえ、お構いなく」

 

 先客の若い男性が退こうとしたが、そこまで場所は必要ない。彼の邪魔にならないよう、少し間を空けて一塊になった。

 

「親御さん待ちかい?」

 

 と、その男性はオレ達に気さくに話しかけてきた。整った顔立ちで人懐っこい笑みを浮かべており、身をかがめて目線を合わせている。

 多分、オレ達に威圧感を与えないためだろう。真っ直ぐ立った時の彼の身長は、子供のオレ達から見ると見上げるほどに高かった。

 それだけでなく、体付きも逞しかった。オレの周囲に大人の男性は少ないが、彼ほどがっしりした体付きの男性は初めて見る。

 

「いえ。今日は子供達だけで来ています。はぐれたクラスメイトが並び直して、今はそれを待っているところです」

 

 代表し、オレが答える。はやてでもよかったが、質問に正確に答えるだけならオレが一番だろうと考えた。

 オレの返答に対し、男性は「へぇ」と目を丸くした。

 

「小さいのにしっかりした子だね。うちの末娘と同じぐらいなのに、そこまではっきりとした受け答えが出来るのは凄いね」

「娘さんがいらっしゃるんですか。とてもそうは見えませんね」

「ははは、褒め言葉と取っておくよ。ありがとう。実はこれでも高校生の長男がいる歳なんだがね」

 

 本当にそうは見えない。この人実際には何歳なんだ?

 オレの受け答えは、仏頂面の棒読みだ。言葉に偽りはないが、この人物に対する興味は含まれていない。実際この男性に対する興味はない。

 それでもこの男性は、気分を悪くした様子がない。人がいいのだろうか。

 

「……あ! 翠屋のおにいさんだ!」

 

 と、今まで黙っていた矢島晶が男性を指差しそう叫ぶ。ああ、あのケーキの店の……。

 

「うちに来てくれたことがあったのかな? ……ごめんね、ちょっと思い出せないな」

「んーん、わたし一回しかいってないもん。それに、さっちゃんたちといっしょだったし」

「クリスマスイブにホールケーキを買いに行ったそうです。覚えはありませんか」

「……ああ! あのときの5人組か! 確かに友達の誕生日だとかで、ケーキを買って行ってた! そうか、あのときの一人だったのか」

 

 記憶が繋がったようだ。彼女らの話からして子供だけで来店したはずだから、それなりのインパクトではあっただろう。

 

「うんうん、思い出した。ということは、君達二人のどちらかの誕生日だったのかな」

「ええ、オレの誕生日でした。あまりに突発的だったので、あのときは呆れましたがね」

「……ははは、中々独特な子だね。君達のお名前は?」

「八幡ミコト。カタカナ三つでミコトです」

「わたしはミコちゃんの同居人の八神はやてですー。よろしゅう」

「わたしはミコトの友達の矢島晶です!」

 

 オレが名前を告げたとき、男性は眉をぴくりと動かした。ほんのわずかではあったが、オレは見逃さなかった。他二人のときには全く反応がなかったのに。

 ……オレの名前に覚えでもあったのだろうか。だが、オレは翠屋に行ったことすらない。この男性も見覚えがない。

 そんなオレの疑問は、彼の自己紹介で氷解する。

 

「ミコトちゃんにはやてちゃん、晶ちゃんだね。ありがとう。俺の名前は高町士郎。喫茶「翠屋」のマスターをやっているよ」

 

 「高町」。その名は、オレがまだ孤児院にいたとき、一度だけ関わった少女と同じ名字だった。

 そうか、この人が。それでオレの名前を知っていたのか。ある意味、オレが「八幡ミコト」となるきっかけとも言えるかもしれない、あのときの出来事だ。

 そのこと自体には何の思い入れもない。ただ過ぎ去っただけの日々に留まる。けれど、オレはそのおかげではやてと出会うことが出来た。

 だからオレは、頭を下げた。

 

「ありがとうございます。ケーキ、大変美味しゅうございました」

「……はは、そう言ってもらえると嬉しい。作ったのは妻なんだけどね。ああそうだ、もう少し待ったら本人が来るから、直接お礼を言ってはどうだい? きっと妻も喜ぶよ」

「いえ、またの機会にしておきましょう。どうやらこちらの待ち人が来たようです」

「ごめんみんなー! やっとおわったよー!」

 

 伊藤が亜久里を引っ張って走ってくる。ほんの1時間ほど前に見た光景の焼き直しだった。

 

「では、オレ達はこれにて失礼します。……亜久里、オレははぐれるなと言ったはずだが」

「えー!? なんであたしだけ!? むーちゃんもいっしょだったのにー!」

「君がふらふらと列を離れて、伊藤はそれを追いかけただけだろう。つまり、元凶は君だ」

「うぅ!? ど、どーしてそれを……」

「ひごろのおこないだよ、さっちゃん」

 

 「それでは」と会釈し、オレは高町士郎氏と別れを告げた。

 

「……今度は皆で翠屋に来てくれ! 待っているよ、ミコトちゃん!」

 

 背に彼の言葉を受けても、オレは一切振り返らずに歩き続けた。

 

 

 

 

 

「おとーさーん!」

「あなた、お待たせしました。……? どうかしたの?」

「ああ、桃子。「あの子」に会うことが出来たんだ」

「「あの子」? ……!? ほんとう!?」

「ああ。名前は聞いていた通りだったし、名字も「八幡」だった。まず間違いないだろう」

「そう……元気そうだった?」

「背はあまり伸びていないようだったけど、とても元気そうだったよ。気難しそうな感じではあったけれど、友達も出来たみたいだ」

「……本当に、よかったわ」

「?? ねー、おとーさんもおかーさんも、なんのおはなし?」

「ああ、ごめんねなのは。ちょっと、お父さん達の恩人に会うことができたんだ。嬉しくって、ついね」

「そうなの?」

「ええ。私達の大切なものに気付かせてくれた、大事な恩人さんなの。私達は何も返せなかったけど、元気にしているみたい。なのはも会いたい?」

「んー? ……うん! おとーさんもおかーさんも、うれしそう!」

「そう。それじゃ、いつかご挨拶に行かないとね」

「えへへー、おかーさんだいすき!」

 

「(……しかし、あのことはいつなのはに話そうか。絶対ショックを受けるよなぁ)」

「(うーん……いっそ忘れてほしいって思うのは、残酷よね。この子にとっても大事な思い出なんだから)」

「(どうしたもんかなぁ……)」

「あー! またおとーさんとおかーさんがないしょばなししてる! なのはもいーれーてー!」

 

 

 

 

 

 お守りを買い皆と別れた後、はやてが世間話のように問いかけてきた。

 

「ミコちゃんは、士郎さんのこと知ってたん?」

「……どうしてそう思った」

「ミコちゃんが自己紹介したとき、士郎さんがちょっぴり驚いとったやん。ミコちゃんも士郎さんの話聞いたとたん神妙になったし」

 

 あそこまであからさまなら、はやては気付くか。最後にオレだけに声をかけていたしな。

 

「大したことじゃない。オレがミツ子さんに引き取られる前、高町家の子供にならないかって話があっただけだ」

「……それ、大したことないん? その割には士郎さんとは初対面だったみたいやけど」

「当時彼は怪我で入院していたらしい。応対したのは母親の方だったよ。だから、士郎氏とは今日が初対面だ。ついでに喫茶店をやっているのも初耳だ」

 

 あのときは、互いにあまり情報を出しあわなかったからな。第一印象でアウトだったから、こちらもあまり聞く気がしなかったのだ。

 

「それでどうしたんやって、断ったに決まっとるわな」

「ああ。今ならどうか分からんが、当時のオレからしたら最悪な距離感だった。あれこれ気を使われるような生活じゃ、マジで家出る5秒前だ」

「士郎さん、人好さそうやったもんなぁ。ってことは、奥さんの方も相当なんやな」

「あれに輪をかけているな。どうだ、逃げ出したくなったろう」

 

 そして末娘の「高町なのは」に依存されるオプション付きだ。だからオレは断るときにこう言った。

 

『あなた方の責任のスケープゴートになる気はない。贖罪の方法は自分で探せ』

 

 それはもうストレートに言ってやった。そのときの桃子氏のショックを受けた顔は、今でも覚えている。

 

 高町なのはと出会ったのは、公園で彼女が一人でいたときだ。その理由は、桃子氏から聞いている。

 当時の高町家は、士郎氏の怪我に伴って慌ただしくなっていた。桃子氏は家計を支えるために働いており(今から考えれば翠屋だろう)、子供に構う余裕がなかった。

 彼女には他にも二人の子供がいたが、何やら事情があって末妹との距離感が遠く構ってやれない。幼い彼女は、一人の時間を過ごすことを余儀なくされた。

 広い家の中に、子供がたった一人。その環境に耐えられなかった高町なのはは、公園で時間を潰すようになった。何をするでもなく、ベンチに座っているだけで。

 オレが彼女と出会ったのはそんな折だ。そして彼女は何やらオレに興味を持ち、話しかけた。オレが孤児であるという話を聞いた桃子氏は、そんな状況を打破できると考えたらしい。

 確か、こう言っていたな。「あなたがうちに来てくれれば、なのはに寂しい思いをさせずに済む」

 高町家に入った瞬間から何かが体にまとわりつく感じがあったが、それを聞いた瞬間に限界に達した。話の途中にも関わらず、打ち切った。

 そして高町家への養子入りを断り、先の言葉を告げ、孤児院に戻ることにした。

 帰り際、高町なのはとすれ違った。何かを言いたそうに、口をもごもごさせていた。オレはそれに一切取り合わずに高町家を出た。

 

 その後どうなったのか、オレは知らない。だが士郎氏の様子から、恨まれるような結果にはなっていないということなのだろう。世の中分からんもんだ。

 

「まあ、そんな環境だ。贅沢な話かもしれないが、オレにとっての精神の自由がないならただの地獄だ。はやてなら想像出来るんじゃないか?」

「うーん……確かにわたしの知っとるミコちゃんやと、その環境はキツいかも分からんな。ちなみにその「なのは」ちゃん?ってどんな感じなん?」

「大人物の器は持っている。だが、脳筋の傾向が見受けられた。結論を決めてしまったら、あとは突っ走ることしか出来ないだろうな」

「あー。もろミコちゃんの苦手なタイプやん。多分いい子なんやろうけど」

 

 考える素養は持ってたんだがな。ドツボにはまるとどうしようもないタイプだ。はやてのように、話していて楽しいと感じることはないだろう。

 だから、オレは今この場にいられて良かったと思う。相方と楽しい時間を過ごせる偶然の奇跡に感謝している。

 

「んー……。ま、なのはちゃんには悪いけど、わたしもミコちゃんがいてくれて嬉しいしな。なるようになったってことやろ」

「そういうことだ。他人のことを気にしても、何の意味もない」

「あはは。ミコちゃんのそういうドライなとこ、嫌いやないで」

 

 懐かしい出会いはあったかもしれないが、オレはこれでいいのだ。

 

「ところでミコちゃん。士郎さんにおいで言われとったけど、それはどうするん?」

「はやて。贅沢は、敵だ」

「ああ……うん、せやね」

 

 

 

 

 

 冬休みが終わり、一学年最後の学期が始まった。やはり一部の人間達との距離は変わった。それでも、波風が立たないというほど無風ではないが、穏やかな日常が続いていた。

 事件が起きたのは、2月に入ってからのことだ。

 

「……なんや、これ……」

「ひどい……」

 

 オレ達――オレとはやて、矢島晶、亜久里と伊藤の視線が注がれているのはオレの席。

 体育での移動から帰ってきたオレの机は、彫刻刀か何かで罵詈雑言が彫られていた。服もカッターか何かでところどころ切られ、すぐには着れたものではなくなっている。

 オレはそれらを、無感情に眺めていた。対照的に周りの皆はショックを受けたり憤ったり、様々な感情を見せている。

 何故オレが何も思わないかと言えば、納得が大きいことと、むしろ「やっとか」という感覚が強いせいだ。あとは、被害が思ったほど大きくなかったことか。

 

「服がダメになったのは、さすがに少し痛手だな。今日はこの格好のままで授業を受ければいいが」

「っ、ミコトは何でそんなにへいきそうなのよ! こんなの、ゆるせないよ!」

 

 矢島晶が感情を爆発させ、クラスの視線を集める。オレは彼女の肩に手を置き「落ち着け」と宥める。

 

「「異物」を排斥するのは、人として当然の防衛反応だ。これをやった人間は、むしろオレがこの場にいることが許せないんだろうな」

「だからって、こんなのあんまりだよ! ミコトちゃんは何もわるいことしてないのに!」

 

 亜久里は矢島晶ほど強くは爆発しなかったが、遣る瀬無さが顔全体に現れている。

 彼女の言葉に、オレは静かに首を横に振る。

 

「「結論を決めてしまった人間」にその理屈は通用しない。オレが存在すること自体が悪いことだと感じているのだろうな」

「……うそ。うそだよね、八幡さん。まさか、あの子がそんなことするなんて……」

 

 伊藤がオレの言葉から察したようで、顔色を青ざめさせる。つい先日までは行動をともにしていたために、敵方に回ることに耐えられないのだろう。

 だが現実とは非情なものだ。起こったことは起こったことで変えようがない。状況証拠もある。

 

「実行犯かどうかは知らんが、無関係というわけにはいかないだろうな。コレを知っている人間が限られていることは、君達も知っているだろう」

 

 オレが目線をやった先。彫刻刀で彫られたと思われるそこには、「親なし」という言葉があった。

 ちらりと視線をやると、彼女は慌てて目を逸らした。その顔色は真っ青を通り越して最早白い。

 

「再犯をされても困ることだし、一度話は聞いておくべきだろうな」

「……せやな」

 

 後で彼女に話を聞くということにして、この場は散会させた。担任が戻ってきた際、事情を話して机の交換と体操着のまま授業を受ける許可を得た。

 ――その際、オレは見た。とある少女の一団が、オレを見て下卑た笑みを浮かべていることを。彼女達は気付いていないようだったが。

 

 オレが戻った後に、担任から生徒達へ「誰がこんなことをやった」という詰問があった。しかしまあ当然と言うか、こんなことをやらかす心根の人間が自分から名乗り出るわけがない。

 結局無駄な時間を浪費しただけで、犯人が白日の下にさらされることはなかった。

 

 

 

「……ごめんなさいっ! まさか、こんなことになるなんて……!」

 

 放課後。逃げるように下校しようとする田井中を矢島晶と亜久里が捕まえ、オレ達は人気の少ない裏庭に来ていた。

 既に良心の呵責に耐えきれなくなっていた彼女は、あっさりと白状した。どうやらオレの事情をうっかり話してしまったことがあるらしい。

 クリスマスイブのあの日、オレから「友達ではない」「必要ない」と断言された彼女と田中は、大変なショックを受けたそうだ。彼女達は、自分達はオレにとって数少ない友人の一人だと思っていたらしい。

 それは一種の「選ばれた優越感」なのだろう。交流が取れる人間が限られるオレが話せる相手であるという、自分達は特別なのだと思える優越感。もっとも、そんなものは錯覚でしかないのだが。

 その現実を突き付けられ、田中は自分の殻にこもってしまった。そういえば三学期が始まってから、彼女が誰かと会話をしているのを見た記憶がない。幼馴染だという田井中ですらそうだ。

 そして田井中は、救いを求めるように別の女子グループに入り浸るようになり……うっかりしゃべってしまったというわけだ。

 田井中の話を聞いて驚いたのは、田中にしろ彼女にしろ、オレに対する忌避感というものを持っていなかったことだ。単純に気まずくて話しかけられなかっただけらしい。

 

「あたしもはるかも、バカだった! ミコっちのことをダシにして、みんなにかった気になりたかっただけなんだ……!」

 

 人より優位に立ちたいという感情は、オレには分からない。それは多くの人との関係性の中に生きている人間特有の感情なのだろう。逆に、彼女の社交性の証明になると思う。

 田中に関しては……一応ケアの一つぐらいもした方がいいのか。どうでもいい存在ではあるが、今はオレが原因で臆病になっているらしいし、そうするのが筋かもしれない。

 田井中が実行犯でないという事実に、少女達はホッとした表情を見せた。だが矢島晶の感情は、次の瞬間には怒りに変わっていた。

 

「ふざけんじゃないわよ……! ミコトのことなにも知らないくせに、あんな……!」

 

 今にも爆発してしまいそうだ。亜久里と伊藤が必死に宥め、それを見た田井中はまた涙目になった。彼女は、「じぶんがなさけないよ」とつぶやいた。

 

「……ミコちゃん。どうする気なんや?」

 

 冷静な声色――努めて冷静を保っているのだろう、はやての声は震えている。それでも、彼女は他の皆と違って頭で考えようとしていた。

 オレは顎に手を当てて少し考える。服への被害は大きかったが、オレ自身の感情としてはそれほどでもない。孤児院時代とそう変わりはないんじゃないだろうか。報いを与える労力を支払うほどではない。

 だが、再犯をされると厄介なのは事実だ。今回は服だけで済んだが、ランドセルや教科書・ノートなどに被害が及ぶ可能性もある。そうなったときの出費はバカにならない。

 再犯防止をする必要はあるだろう。だが、あの少女達の様子と担任の詰問に対する反応から、言葉で止められる輩ではないだろう。

 やはり行動が必要か。ああ、面倒くさい。

 

「後はオレ一人で何とか出来る。それでこの件はおしまいだ。君達は深入りするな」

「だけどっ!」

「君達は「友達」ではない、「他人」だ。今はこの言葉を有効利用しておけ」

「っ……、ミコトのバカ!」

 

 感情の矛先がオレに向いた矢島晶は、叫んで走り去った。最後に見た彼女は、今にも泣きそうな顔をしていた。

 暗い表情をする他の皆にも、同じように言って帰らせる。この場に残ったのは、オレとはやての二人のみ。

 

「はやて。すまないが明日は学校を休んでもらえないか。君に迷惑をかけたくはない」

「……ダメやで、ミコちゃん。それをやってもうたら、誰も喜ばん。わたしはそんなん嫌や」

「君の頼みでも、それは聞けない。悪因には悪果が必要だ。でないと、いつまでも同じことの繰り返しだ」

「そうかも、やけど……他に方法はないん?」

「より悪い方法なら思いつく。だが、よりマシな方法はない。君には、何かあるか?」

「……」

 

 彼女も分かっているのだ。現実の厳しさというものを。彼女は、この歳で厳しい現実と向き合って生きてきたのだから。

 不安そうに俯くはやて。彼女にそんな顔をしてほしくはないので、少しでも元気が出るように。

 

「極力悪い結果にはならないように努めるさ。そうだな、示談で済む程度に収めよう」

「それ、十分アウトやでぇ……」

 

 物騒なジョークに、はやては弱弱しく笑った。

 

 

 

 翌日。オレの指示通り、はやては学校を休んだ。出来る限り穏便に収めるつもりではあるが、最低でも殺陣は発生するだろう。身軽に動けない彼女をそんな場に置くことは出来ない。

 そしてオレは、いつか以来の格好――ヨレヨレのポロシャツと緩めのジーンズという動きやすい格好で登校した。髪はアップポニーにして、やはりこちらも動きやすさ重視だ。

 教室に入った途端、オレに困惑の視線が突き刺さるのが分かった。一学期の一件以来、身なりは整えさせられてきたので、いきなり格好が戻ったことに戸惑っているのだろう。

 構わず荷物を置き、とある女子の一団の前に立つ。昨日オレを見てニヤニヤしていた女子の三人組だ。名前は――別にどうでもいいか。

 彼女らは、オレが真っ直ぐ来たことに一瞬驚いたが、すぐに下卑たニヤニヤ笑いを浮かべた。

 

「あら、一組のアイドルサマじゃない。なんかよう?」

「ぷっ! ダッサいかっこう。オトモダチがおせわしてくれなかったの?」

「あっはは、そういやさいしょこんなカッコだったわね。そっちのがにあってるんじゃない? ククク……」

 

 どうやら隠す気もないようだが、オレはあえてクラス全体に聞こえるように言葉を発する。

 

「その態度、昨日の服と机の件を自分達の所業だと認めているものとみなすが、よろしいか?」

「ぁあ? なに? あたしらのせいだっての?」

「しょーこみせなさいよー、しょーこー」

 

 群体という印象を受ける女だ。一人一人に個性がない。誰がどの言葉をしゃべっているのか、全く認識が出来ない。

 まあ、どうでもいいか。所詮はオレにとって雑多な存在でしかないのだ。彼女達とは、違う。

 

「まず初めに、昨日の状況を鑑みて、犯行は体育の時間の前に行われたと考えられる。何せ体育の前は無傷で、戻ってきたらボロボロだったからな」

「それがなにィ? あたしらがやったしょうこにはなんないでしょ」

「いいや。教室を移動する授業中は教室に錠がかけられる。その仕事は日直がこなすものだ。そして昨日の女子の日直は、今発言した君だったな」

 

 小児を狙った犯罪が多発する昨今、不審者の侵入を防ぐために、この学校ではそのような措置がなされている。故に、アリバイの特定は意外にも簡単だ。

 

「男子の日直には昨日の時点で既に確認済みだ。体育の授業の時に錠をかけるのは、君がやったとな」

「はァ!? そいつがかんちがいしてるだけじゃないのォ!?」

「オレの記憶と照らし合わせても、体育館に最後にやってきたのは君達だったはずだ。まだ昨日のことだし、何人かの記憶にも残っていると思うが?」

 

 ここに至って、何のためにオレが声を大きめにしゃべっているのか理解したようだ。「そういえば……」という声がクラスの各所から上がり、目の前の女達は見るからに狼狽える。

 所詮は小学生の考えることだ。人に見られないようにすることばかり考えて、状況証拠を残さないという思考が全くなかったのだろう。

 

「証拠を見せろ、と言ったな。君達にアリバイがないという証拠なら、どうやらその辺りに大量に転がっているようだ。教室に錠がかけられている以上、最後に教室を出た君達以外に犯行は不可能、ということになるな」

「……だったらなに? かりにあたしらがやったからって、なんかもんくあんの?」

「そ、そうよ! たかが服がちょっと切れてつくえにちょっときずがついたにだけでしょ!? アリバイとかはんこうとか、おおげさなのよ!」

 

 今度は開き直り。分かりやすい行動をありがとう。おかげで調べてきたものが役に立つ。

 

「刑法261条、器物損壊罪。前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する」

 

 「刑法」という言葉が出てきた瞬間、女達の顔から血の気が引く。

 

「さっきの発言は自白と認めるが、君達がやったことは立派な犯罪だ。大げさなものか、本来ならば警察に届け出るレベルの被害だよ」

 

 ただ、面倒だしまともに取り合われないことが明白なので、この場で収めているだけだ。学校側としても、こんなことで騒がれてニュースになるのは困るだろう。

 これで女共は理解出来ただろうか。現在の自分達の立ち位置が。彼女達は今、糾弾される側なのだ。

 

「別にオレは君達のことを通報するつもりはない。謝罪も求めていない。今後このようなことはしないと誓約し、遵守してもらいたいだけだ」

 

 オレの要求は伝えた。一定以上の知能を持つ相手ならば、この言葉の意味が分かるだろう。次はないぞという脅しであると。

 そして悲しいかな、この女達にそれほどの知能はなかった。そも、あるならばこんな行動には出ていない。

 

「こ、の! ちょーしのんなよ、チビが!」

 

 女の一人が立ち上がり、オレに向けて平手打ちをしようとした。逆ギレからの暴力だ。

 本当に、分かりやすくて……。

 

 

 

「助かる」

「は? あ? ……え?」

 

 女は何が起こったか分からないでいるようだ。オレと、自分の腕を交互に見ている。

 

 肘から先が異様に伸び、あらぬ方向に曲がった腕を。

 

「あ、あ……あああああ゛あ゛あ゛あ゛!?!?」

 

 遅れてやってきた痛みでか、女は絶叫を上げる。構わずオレは女の頭を掴み、床に叩きつけた。

 

「い゛!? い、いだいぃぃぃ! いだいよぉぉぉぉ!!」

「脱臼程度で騒ぐな、見苦しい。全てが終わったら元通りにしてやる」

 

 昨日調べたもう一つ。腕がらみという技だ。平たく言ってしまえば、ひじ関節を破壊する関節技の一つ。

 それをオレの「プリセット」を使い、効率的に、破壊ではなく関節を外すという効果に特化させたものを仕掛けたのだ。

 残った女二人に一睨みすると、奴らはすくみ上って身動きが取れなくなっていた。これで無力化は完了か。

 

「これは正当防衛だ。君が逆上し暴力を振るおうとしたのは、クラスの全員が見ている。悪因には相応の悪果が返って来る。身をもって理解出来たか?」

「う、うぅぅぅぁぁ……」

 

 痛みなのか恐怖なのか、女は涙と鼻水を垂れ流している。やり過ぎとは思わない。こうなることは、初めから見越していた。

 この女のような手合いが、言葉だけで理解出来るとは思っていなかった。実際このような結果になっている。オレは最初から、痛みを持って刻み込もうとしているのだ。

 

「別に人を痛めつけて楽しむような趣味は持っていない。オレの要求はさっき言った通りだ。オレに関わろうなどと思うな。そうすればオレは君達に関わらない。分かりやすい話だろう?」

「うああ、わ、わかった、わかったよぉ。だ、だからたすけて……」

「その言葉、忘れるなよ」

 

 ガキッという音を立てて、女のひじ関節をはめてやる。声にならない悲鳴が上がった。治すときに痛みがないなどとは言ってない。

 ふぅと一息ついて、立ち上がる。クラスは息を飲み、静まりかえっていた。これで見せしめは完了した。

 これが、オレに出来る最善の自己防衛法だ。「オレに手を出したらただでは済まされない」と見せつけることで、こちらへの被害を未然に防ぐ。

 皆が皆話し合いだけで済ませられるほど、世の中甘くはない。この女達のように、「自分は悪くない、悪いのはあいつだ」と決めつけてしまっている奴らは、何を言っても通用しない。

 そういう手合いには、どうしてもこういう手段が必要なのだ。痛みがなければ、人は覚えない。

 

「保健委員。こいつを保健室に連れて行ってやれ。看護教諭には「一度ひじ関節を脱臼した」と伝えれば分かるはずだ」

「あ……は、はい! だれか、手をかしてくれ!」

 

 保健委員の男子が、協力を募っていまだ泣き続ける女を抱き起こし、保健室へと連れて行く。奴の仲間であった二人は、こちらをチラチラ見ながらそれを追った。目には多分に怯えの色が見えた。

 クラス全体を見やる。こちらも大体同じだ。

 

「教諭にはオレから事情を話しておく。騒がしくして悪かったな」

 

 一応声をかけておき、オレは職員室に向かうために教室を出ようとした。

 

「……ミコトッ!」

 

 オレの背に、矢島晶が声をかける。それでもオレは振りかえらず、手で軽く「気にするな」と返して去った。

 

 担任教諭に事情を説明すると、「さすがにやり過ぎだ」と軽い説教を受けた。だが、オレの意図は理解出来たようで、難しい顔をしながら納得した。

 彼としても、あの女子生徒達がやったことは見過ごすことのできない犯罪行為であると認識していたようだ。

 

「……一昔前だったら、ああいう輩にはゲンコくれて叱ってやったんだがな。今は体罰がどうとかで、教師も身動きがとりづらい」

 

 中年男性の石島教諭は難しい顔のまま愚痴をこぼした。小学一年生の生徒の前でする話ではないと思うのだが。

 

「お前と八神のコンビは小学一年生離れしてるからな。お前だって、そう扱われるのは本意じゃないだろ?」

「まあ、その通りですが。はやては子供らしい一面もありますよ」

「それを見せてるのは多分お前の前だけだ。大事にしてやれよ。で、あー……まあ、連中にはお気の毒だけど、お前はお咎めなしだ。喧嘩両成敗って成り行きでもないしな」

 

 実際オレがやったのは、器物損壊の指摘と正当防衛だけだ。関節を外したのは過剰防衛気味かもしれないが、オレは体格に優れないので、本当に身を守るためにはあのぐらいはする必要があるのだ。

 これが子供のたどたどしい報告なら、教諭も判断に困ったかもしれないが、オレは簡潔に事実のみを伝えた。状況を正確に把握出来た結果だろう。

 

「……ところでお前、あいつが何であんなことしたか、分かってるか?」

「想像でしかありませんが。オレの性格が気持ち悪いとか、そんなところでしょう」

 

 理解できないことを忌避する。それを感情的に表せば、大体こんなものだろう。

 だが教諭は「分かってねえなこいつ」と言わんばかりにため息をついた。別の理由があるのだろうか?

 

「あのな。お前は見た目はめっちゃ可愛いし、頭はやたらいいし、スポーツも平均以上に出来る。女から見たら嫉妬の対象なんだよ」

「そうでしょうか。仮にそうだったとしても、性格が伴っていなければ無価値なのでは?」

「あいつらが性格のことまで考えてるかよ。たとえお前が軽く不思議ちゃん入ってなくても、あいつらは同じことをしただろうよ」

 

 担任教諭としてこの発言はどうなのだろうか。まあ、奴らの日頃の行いをしっかり見ているともとれるが。

 

「断言するけど、今回の件でお前の周りからの評価、下がるどころか上がるからな。事後処理完璧すぎんだもん。俺の出る幕ねーじゃん」

「砕けすぎです、石島教諭」

「生徒はお前しかいないからいいんだよ」

 

 担任からの信頼が重い。本当に変わった教師である。

 

 その後、田井中と田中が謝りに来たり、教諭の予言通りクラスの男子から「すげーっす!」と尊敬されたり、まあ色々とあったが割愛。

 例の連中はもう懲りたらしく、突っかかってくるようなこともなかった。目線が合ったときに露骨に逸らすのはどうかと思ったが。

 

 

 

 

 

 八神邸に帰宅すると、真っ先に右手首に氷嚢を当てられた。はやては、オレが関節技を極めた代償に痛めた手首にちゃんと気付いていたようだ。

 こういうのは痛めてすぐに冷やさないと意味はないと思うが……まあ、気持ちだろう。利き手の方ではないから、あれ以降使わないようにはしていたし、完全に無意味でもないか。

 

「ミコちゃんはおバカさんや。大バカさんや」

 

 顔を悲しげにゆがめ、はやてはそう言った。今は学校であった顛末を全て話し終えたところだ。

 オレとしては予想以上に上手く行ったつもりだったのだが。「手首怪我してるやろ」と言われたら、何も返せなかった。

 

「他に方法が浮かばんかったわたしには何も言えないかもやけど、ミコちゃんが怪我するなんて悲しいわ」

「それについては悪かったとしか言いようがない。これも織り込み済みだったんだ」

「……そうやろな。ミコちゃんは自分本位のくせして、自分を切り売りしすぎや」

 

 そうなのかもな。オレにとって自分自身は不動の基準だが、同時にオレが持つ道具の一つでしかない。

 極端な話をすれば、右腕一本で命が助かるなら、迷わず右腕を捨てる。常にその判断をしているような状態だ。はやての表現はまさに的を射ている。

 

「この件に関しては、はやてを悲しませた一点だけは申し訳なかったと思っている。本当にすまない」

「……はあ。もうええよ。全部、上手くやれたんやろ」

「ああ。想定外の事態も少しあったが、もう大丈夫だろう」

 

 そう。あれだけのことをしたのに、教諭の言った通り――加害者のグループを除いてだが――まるで避けられることがなかったのだ。どころか若干祭り上げられている感じがして、それはそれで気持ち悪い。

 

「孤児院のときとはまるで勝手が違う。担がれているわけではないと思うが、疑念は残るところだ」

「そらそうや。小学校と孤児院じゃ、環境が全く違うやろ」

 

 それもそうか。孤児院と違い、小学校は四六時中一緒にいなければならないわけではない。学校を出れば途切れてしまう程度の関係性しかない。

 それならば、対岸から眺めて他人事として騒ぐことも出来るということか。

 

「あとは、きっと皆ありのままのミコちゃんを見始めてるんやと思う。最初の頃言うてたレッテル張りやのうて、ちゃんとミコちゃん自身を見てるんや」

「……それは、むしろ人が避けるような気がするんだが。人は、「異物」を避けるものだろう」

 

 オレの言葉に、しかしはやては首を横に振った。

 彼女は、オレが今まで気付かなかったもう一つの真実に辿り着いていた。

 

「たとえ「異物」やったとしても、安全な取り扱い方さえ分かれば、そばにおっても平気やろ?」

 

 衝撃的な一言だった。それはまさに、つい先日矢島晶がやって見せたことだ。

 人とは「違う」オレと交流するためのメソッドを得ること。それをクラス単位で出来ていると、はやては言ったのだ。

 

「もちろん、わたしやあきらちゃんみたいな感じやないと思うけど。それでも、クラスメイトとしてやってけるだけは、きっとあるんよ」

「そう、なの……か? だが、一体どうやって……」

「わたしやあきらちゃん、さっちゃんにむーちゃんがやって見せてたやん。お手本見たら、子供は真似出来るもんやろ」

 

 ……ああ、そういうことか。何のことはない。オレは「知っていた」くせに、それを「形にしていなかった」のだ。

 子供の可能性を「知っていた」くせに、見向きもしなかった。勝手に限界を想定し、それ以上伸びないものと決めつけていた。

 彼らだけではない。レッテル張りをしてちゃんと見ていなかったのは、オレもそうなんだ。

 

「……なんだ。オレもただのガキだってことじゃないか」

「やっと気付いたんか。ミコちゃんは、わたしとおんなじ。小学一年生の子供や」

「ああ、その通りだ。はやての言う通りだ。オレは、大バカ者だな」

「そうや。ミコちゃんは、大バカもんや。わたしの大好きな、愛しい愛しいおバカさんや」

 

 覆いかぶさるように、はやてはオレを抱きしめた。……衝動的に、オレははやての体を抱き返した。

 ああ、今分かった。これが、この感情が、はやてがいつもオレに言ってくれている言葉なんだ。

 

「オレも、だ……」

 

 言葉にしなければ。この大切なヒトに、伝えなければ。

 だけど言葉にしようとすると、口が上手く回らなくなる。心拍数が上昇し、体がコントロールできない。上手く言葉にならない。

 

「オレも……はやて……」

「……なぁに、ミコちゃん」

「オレも、はやてのことが……」

 

 言うんだ。言わなければならない。今までオレは、はやてにばかり言わせてきた。今度はオレの番だ。だってそうじゃなきゃ、貸しと借りのバランスが取れない。

 気付かなければ、それでよかった。だけど芽生えてしまった。過去には戻れない。オレはもう、この感情を消すことが出来ないんだ。

 言え、八幡ミコト。お前の大切なただ一人のために、言葉を紡げ。

 まるで自分でない自分自身に背中を押される感覚。はやてを抱く腕にギュッと力がこもる。

 

 そして、オレは。

 

「オレは、はやてのことが……大好きだ……」

 

 彼女に、想いを伝えた。

 

「うん……」

「大好きだ」

「……うんっ」

「もう、離したくない……」

「うん……うんっっ!」

「ずっと、一緒にいてくれ……はやて……」

「わたしも、わたしもや! わたしもミコちゃんが大好きっ! もう、一生離さへん……!」

 

 それから長い時間、オレ達は互いを抱きしめあい、互いの体温を感じた。

 ……本当に長い時間だった。時間の感覚も薄れ、どれぐらいそうしていたのかも覚えていない。

 ふっと、はやての力が抜けた。自然とオレの腕も力が抜ける。

 互いに顔を見合わせる。オレの大切な彼女の頬は、暖かいナニかで濡れていた。

 

「どうして泣いているんだ……?」

「嬉しいから。ミコちゃんに好きって言ってもらえて、天にも昇る気持ちや」

「そうか……」

「それに、ミコちゃんも人のこと言えへんで」

「え?」

「ミコちゃんも、ほら」

 

 そう言ってはやてはオレの頬をぬぐう。そこにはたしかに、涙があった。

 

「な? おそろいや」

「そうか。……おそろいだな」

 

 お互いの表情は、きっと泣き笑いなのだろう。嬉しさで溢れた感情が、互いの頬を濡らしている。

 おもむろに、はやてはオレに顔を近付けた。それを拒むことなく、受け入れる。

 

「……ん」

 

 視界いっぱいにはやてを感じる。唇に、柔らかく暖かい感触。

 はやては目を瞑る。オレもまた、はやてをより強く感じるため、目を瞑った。

 

 生まれて初めてのキスは、少ししょっぱかった。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「おい、何顔を真っ赤にしているんだ、ムッツリ。ああ、否定は結構。お前がムッツリだということはちゃんと理解してやっているよ。はは、オレは良き理解者だと思わないかい?

 いいからとっとと話を進めろだって? バカを言うな。彼女との大切な思い出を語らずして何を語れというのだ。こんなものはまだ序章だよ。

 ……ふむ。まあ、確かにこれは報告であって惚気話ではなかったな。いや失敬。童貞のお前には刺激が強すぎたか。

 分かった分かった。そうムキになるな。全く、可愛い奴だな、お前は。

 

 ……こほん。まあ、長々語った通り、八神はやてという少女は、オレにとって欠くことのできない存在となったわけだ。

 散々非生産的だなどと罵ってくれたが、オレがいかにして彼女を想うようになったか、さすがに疑問の余地はないと思うが。

 ああ、よかった。ようやく分かってくれたか。もしこれで分からないなどと言われた日には、お前の頭を物理的に柔らかくしなければならなかった。

 そして、これで分かっただろう? オレが、お前達が言うところの"魔法"を"作った"理由が。

 

 一生はやてと一緒にいたい。そうは思っても、現実は非情だ。彼女の足の麻痺は残ったままだった。しかもいつ広がるかも分からない、爆弾みたいな病気だ。

 だからオレはそれを治したいと思った。石田医師が医学的見地から治療法を探してくれていたから、オレは別方面から、な。

 以前説明したと思うが、オレの「プリセット」は普遍的な事象の全てがストレージされている。もちろんその中には、お前達が使うような「魔法」の基盤も含まれている。

 まあ、それが原因とは分からなかったから、もっと広範囲に渡って調べる必要があったがな。そう、それこそあらゆる現象を網羅するレベルで。

 だからオレは、事象そのものをコントロールできるような力を欲し、それを確立しようと奔走した。色々文献を漁ったりして、大変だったんだぞ?

 お前達はこの世界に"魔法"は存在しないと言っていたな。だけど調査を鑑みる限り、「魔法」が存在しないだけで"魔法"は何種類か存在したようだ。

 で、オレはそれらの理論を基礎まで分解し「プリセット」とケミカルドッキングさせて、"魔法"を完成させた。簡単に聞こえるかもしれないが、それこそ血のにじむような研鑽の末に完成したんだ。

 詳細は……まあ、別の機会でいいな。どうせオレ以外には扱えない。これは「プリセット」を保有していなければ使えないモノだ。理論は流用できても、そのままでは使えんさ。

 何を意外そうな顔をしている。報告しろと言ったのはお前だぞ。……そんな努力の結晶を簡単に教えていいのか、か。

 最初に言った通り、これはオレにとって「はやての足を治すためだけの"魔法"」だ。それ以外の用途なんて全部おまけだ。理論ぐらい好きなだけ教えてやるさ。

 ……よし、いい加減「そういうものだ」と理解出来たようだな。話が早い男は好きだぞ。……くくく、お前は本当に可愛い反応をしてくれるなぁ。

 ああ、分かった分かった、からかって悪かったよ。

 

 

 

 さて、と。"魔法"の作成とはやてとの日々を語ってもいいところだが、ここまでに時間をかけ過ぎたな。少し時間をスキップするぞ。

 ここからはお前も知っているはずだが、一応情報をすり合わせるということで、報告をしておこう。

 はやてとの想いが結ばれてから、さらに一年ちょっと。オレの"魔法"も一応の形になった頃、オレはあの青い宝石と出会った。

 そう。ロストロギア「ジュエルシード」。歪んだ願望機。力任せに世界を改変してしまう、素晴らしくも忌まわしい、あの"魔法の結晶"に」




次回から無印編です。


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無印章
六話 ジュエルシード (あとがきに主人公紹介あり) ☆


今回はなのは視点です。


 突然ですが、皆さんには大事な思い出はありますか。

 わたしにはあります。たった一日だけの出来事だったけど、世界が色を取り戻したあの日のことは、今も心の宝石箱に残っています。

 この記憶は、この気持ちは、きっと一生消えずに残って行くでしょう。名前を聞くことが出来ず、後ろ姿もおぼろげになってしまったけれど、あの子と遊んだ事実だけはきっと消えない。

 そして私は信じています。いつの日か、あの子とまた巡り会えることを。何の根拠もない予感だけど、世界はきっと厳しいばかりじゃなくて、優しい顔を見せるときもあるから。

 あの日、一人寂しく泣いていた私の隣に立ち、世界を切り拓いて見せてくれたあの子に出会えたときのように。

 

 

 

 

 

「『……だから、いつかわたしの王子様が迎えに来てくれることを信じています』。高町なのは、将来の夢でした」

 

 国語の時間、「将来の夢」というお題の作文の発表。わたし、高町なのはは、「素敵なお嫁さん」という夢を音読しました。

 なんだか空気が唖然としてる気がしますが、気のせいです。先生も困った顔をしている気がしますが、気のせいなんです。

 

「え、えーとぉ……。は、はい! 高町さん、ありがとうございました! とても夢があって素敵な作文でしたね!」

 

 先生が明らかにこちらに気を使ってくれているのが分かりました。よく見たら、わたしの親友二人のうち片方(金色の方)が机に突っ伏して小刻みに痙攣しています。

 そんな親友の失礼な態度に若干憤慨しながらも、顔はやりきった満面の笑みで一礼し、着席する。一片の後悔もありません。

 

「皆さんは優秀ですから、現実的な将来を見据えるのも大事ですが、高町さんみたいに子供らしくて微笑ましい夢を持つのもいいと思います」

 

 先生がわたしの発表に一言フォローを加えてから、次の生徒を指名した。

 ちなみに、わたしの作文は割と本気です。

 

 

 

 そうして、お昼休み。お弁当を持って屋上へ。親友のアリサ・バニングスちゃんと月村すずかちゃんと一緒に、おしゃべりをしながら食べるのが、わたしの日課です。

 さっきの国語の時間の話題になると、アリサちゃんは耐えきれずに噴き出して痙攣を始めました。

 

「くっくくく……「素敵なお嫁さん」ってタイトルだけでベタなのに、「私の王子様」とか……ね、狙い過ぎでしょ、なのは……」

「あ、アリサちゃん笑い過ぎだよぉ……」

 

 言葉で諌めようとするすずかちゃんも、口元は半笑い。むぅ、失礼な。

 

「なのはは本気だもん!」

「あっはははは! ちょ、やめて、腹筋がよじれるっひゃひゃひゃ!!」

 

 真剣な顔で言ってるのに、アリサちゃんは余計に笑う。すずかちゃんも耐えきれず声に出して笑った。もう、二人とも酷いよ!

 不満顔で待つことしばし、アリサちゃんはようやく大笑いが止まりました。まだ体はひくひく痙攣してるけど。

 

「あはは……ふぅ。ごめんねなのはちゃん、笑っちゃったりして。あんまりにもなのはちゃんらし過ぎて、つい……」

「ふっくくっ! ま、まあ、なのははそれでいいんじゃないかしら。あたしが見てる分には楽しいし」

「なのはは見世物じゃないの! まったくもぅ、そりゃ二人みたいに具体的じゃなかったけど、いくらなんでもひどいよ」

「アリサちゃん、あんまりなのはちゃんをいじめちゃダメだよ?」

「分かってるわよ。別にバカにしてるわけじゃないのよ。なのはみたいに子供子供した夢ってのも、それこそ夢があって悪くないし。……「私の王子様」、くふぅっ」

「あー! アリサちゃんまた笑ったー!」

 

 しばし三人でやいのやいのと騒ぐ。それでようやく落ち着き、話を進める。

 

「あー、けど久々に聞いたわね。なのはの「憧れの君」の話」

「一度だけしか会ったことないんだよね。それなのにそんなに思い出になるなんて、何だか羨ましいなぁ」

 

 さっき発表した作文は、創作でもなんでもなく、実際にわたしが経験した内容です。たしか、4年くらい前だったのかな。

 当時、お父さんがお仕事で大怪我を負ってしまい、わたしの家は落ち着きがなくなっていました。

 お母さんは喫茶店の切り盛りで大忙し。今から思えば、不安を抑えるために必要以上に働いていたんじゃないかと思う。

 お兄ちゃんはいつもピリピリしていて、修行をしに何処かへ。お姉ちゃんもそれに付き合って、わたしの相手をしてくれる人はいませんでした。

 結果、幼いわたしは家に一人ぼっち。わたしの家は、アリサちゃんやすずかちゃんの家ほどではないけれど、結構広い。一人でいるととても心細くなります。

 だからせめて人がいる公園とかに出ていたんだけど、公園で遊んでいる子供達を見ると余計に寂しくなってしまう。だけど混ぜてって言う勇気もなくて、ベンチに座って泣くことしか出来ませんでした。

 

「なのはちゃんの方から声をかけたんだっけ?」

「うん、そうだよ。その子も一人だったから、何だかとても気になっちゃって」

 

 いつも通り公園で泣いていたある日、いつの間にかわたしのそばに、同い年ぐらいの子が、木にもたれかかって立っていました。その瞬間、わたしはその子に目を奪われてしまいました。

 肩ぐらいまである、サラサラな黒髪。ぱっちりとした目に、意志強く一文字に結ばれた口。時間が経ってうろ覚えになってしまったけど、まるで精巧な人形みたいだったことを覚えています。

 その子は、砂場で遊ぶ子達と同じ服装をしていて、多分同じ幼稚園か何かの子供なんだろうと思った。だけど何であの子達と遊ばないんだろうと思った。

 そうしてわたしは、「彼」に声をかけたのです。

 

「で、そいつのおかげで、桃子さんがなのはに構ってくれるようになったのよね」

 

 もう会話の内容は覚えていないけれど、「彼」と遊んだこと、「彼」を家に呼んだこと、そしてその日からお母さんが翠屋を閉めて遊んでくれるようになったことは、今でも覚えている。

 最初はお母さんに迷惑をかけちゃうんじゃないかと思ったんだけど、「なのはよりもお仕事の方が大切だなんて、そんなことはありえない」と抱きしめられました。

 わたしは色んな感情がごちゃまぜになってしまい、大泣きしてしまいました。だけどお母さんもひたすら「ごめんね」と言って泣いていました。

 「彼」とお母さんがどんな話をしたのかは分からない。だけど、多分何かに気付かせることを言ったんじゃないかと思っている。

 

「うん! なのは、お母さんのこと大好き!」

「そこまでは聞いてないっての。まあ、おかげでなのはがこんなに明るい子に育ったわけだから、感謝は感謝よね」

「いつか会ってお礼を言いたいね。でも、名前も分からないんだよね……」

 

 そう。作文でも書いた通り、わたしは「彼」の名前を知らなかった。教えてもらえていないことに気付いたのは、お父さんが退院した後のことでした。

 お父さんに「彼」の話をしたときに、「なんて名前だったんだい?」って聞かれて気付きました。あれはわたしも一生の不覚です。

 以降、わたしは友達になる時は絶対に名前を聞き忘れないようにしています。

 

「せめて通ってた幼稚園の名前でも分かれば探しようもあるけど、それすらも分からないんでしょ? ほんと、何で何も聞かなかったのよ」

「うぅ……アリサちゃんが古傷を抉ってくるよぉ」

「あはは……。で、でも! それで再会出来たらほんとにロマンチックだよね!」

「出来すぎてて怖いわよ。あたしだったら誰かの作為を疑うわね」

 

 アリサちゃんはリアリスト過ぎると思います。

 

 わたしたちが会話の花を咲かせていると、唐突に屋上の扉がバン!と開かれました。

 音に反応してそちらを見ると……ゲッ。

 

「おお、見つけたぞ! 我が女神たちよ!」

「うわぁ、来ちゃった……」

「思い出話が台無しなの」

「あ、あははー……はぁ」

 

 わたし達の嫌な反応を無視するかのように、こちらに向けてずんずか前進してくるバカ一名。さっきの作文の件で先生からお説教を受けていたはずなのに、もう解放されてしまったらしい。

 奴はわたしの前でひざまずき、キモチワルイ微笑みを浮かべて、わたしの手を取りました。キモチワルイ。

 

「姫よ。あなたの王子がお迎えにあがりました」

「駄馬の王子様はお呼びじゃないの。馬姫様でも探しに行けばいいの」

「ダメよ、なのは。それじゃ馬姫様が可哀そうだわ。彼女の相手は近衛兵なんだから」

「DQ8は名作ってはっきりわかんだね」

「何だかんだ言いながら三人とも息が合ってるよね……」

 

 はぁ、とアリサちゃんともどもため息をつく。何が悲しくてこんなピエロと漫才をしなければならないんだろう。

 このピエロ……一応同級生の、藤原凱(ふじわらがい)は、常々「俺はハーレムを作るんだ!」と宣言してるスケベ男。全女子から白い目で見られている変態だ。

 わたしたちは不幸にも小学一年生の頃から同じクラスで、目を付けられてしまっている。そして何度あしらってもすり寄ってくるこのM男のせいで、対応に慣れてしまった。まったくもって腹立たしい。

 

「昼休みいっぱい先生に叱られてりゃよかったのに。って、それじゃ先生がご飯食べられなくて可哀そうか」

「存在しているだけで迷惑なの」

「はっはっは、アリサもなのはもツンデレだなぁ。……デレ期はいつですか」

『そんなものはない』

 

 ツンデレじゃなくてツンギレなの。

 ちなみにこの男、さっきの作文でも「ハーレム形成に必要なこと」というフザケタ発表をして先生から呼び出しを受けた。わたしの発表の余韻を返していただきたい。

 とまあ、こんな感じで同じクラスになった女子の不幸の象徴とも言えるドル○ゲスなわけですが、わたしにとっては追い打ちとも言える事実があったのです。

 それが。

 

≪あ、そーそー。今日も魔法の訓練するから、ユーノ貸りるな。ジュエルシード見つかったら念話入れてくれ。一緒に向かうから≫

 

 わたしと同じく、「魔法の素質」を持っていた、ということです。こんなはずじゃなかった現実に、思わずため息が漏れました。

 

 

 

 ことの起こりはつい先日。今日発表した作文の課題が出された日のことです。

 いつか「彼」が迎えに来てくれることを夢見ながら、意気揚々と下校するわたしの頭に直接語りかける声がありました。

 最初は勘違いかと思ったんですが、何やら切羽詰っている感じがしてただ事ではないと思い、その声がする方に向かってみました。

 そこにいたのは、一匹の小動物。……と、同じように声に引かれてやってきたらしいうちのクラスの変態。

 会いたくもない顔を見て、わたし達(アリサちゃんとすずかちゃんも一緒にいた)は顔をしかめたけど、その小動物(フェレットに似た動物だった)は怪我をしていたので、変態をひき潰して動物病院に向かった。

 お医者さんに治療をしてもらい、何だかよく分からなかったけど一安心と思ったのもつかの間、その日の夜に再び助けを求める声。

 お父さんとお兄ちゃんに事情を話し、着いて来てもらって声の聞こえた動物病院に行くと、突然爆発が起きて例のフェレットと黒い渦が出現。何が何だか分かりませんでした。

 お父さんとお兄ちゃんが人外剣術(わたしの家族って……)で黒い渦を抑えている間に、フェレットさん――ユーノ君が教えてくれました。

 曰く、あれは「ジュエルシード」という宝石が起こした暴走である。

 曰く、あれは魔法の力であり、物理的な力で抑えることは出来ない。

 曰く、わたしには膨大な魔法の才がある。などなど。

 契約を迫るかのようなまくしたて(実際に差し迫った状況だったので仕方ないんだけど)に流されるように、魔法の杖「レイジングハート」を起動。言われるがままに封印を完了し、その場は事なきを得ました。

 あ、変態は遅れてやってきて「あれ、もう終わったの?」などと言っていました。スルー安定です。

 爆発のせいでパトカーや消防車がやってきましたが、事情を把握できていないわたしたちに説明が出来るわけもなく、厄介なことになる前に離脱。変態はちゃっかりついてきました。

 

 その後、わたしにとって思い出の公園でユーノ君から詳しい話を聞きました。

 彼は異世界からやってきた存在であること。その異世界では、魔法の力が当たり前に存在し、それを基にした文明を築いているそうです。

 彼が遺跡で発掘した古代遺産「ジュエルシード」を輸送中、何者かの攻撃が原因で紛失してしまったこと。海鳴の町に21個のジュエルシードがばら撒かれてしまったらしい。

 ジュエルシードは人や動物の願いを歪んだ形で叶える宝石で、周囲の魔力を吸収して勝手に発動してしまうこともあるとても危険なものらしいです。あまりピンとこなかったのは、まだ魔法を理解できていないからかな。

 暴走による被害は、動物病院で見た通り。そうならないためにも、「封印」という作業をして回収しなければならない。それが出来るのは、魔法の力を持つ者だけ。

 ユーノ君が申し訳なさそうに言ったことから、彼には出来ないことなんだろうと推測出来た。封印しようとしたけど力及ばず、その際に多くの魔力を消費してしまい、現在回復中だそうです。

 わたしが動くしかない。その事実に、お兄ちゃんは難色を示しました。子供にやらせることじゃないと怒っているようでした。変態が「あの、俺は……」とか言ってたけど誰も相手にしません。空気読めなの。

 だけどお父さんはわたしの目を見て「なのははどうしたい」と聞いてきました。

 わたしは……やりたいと思った。魔法の力がどうとかじゃなくて、大好きな家族が、友達が、「彼」がいるこの町が危険にさらされているから。

 それがわたしにしか出来ない事なら、なんとかしたい。感情を整理しながらだったからたどたどしくなったけど、そんなことをお父さんに伝えました。

 わたしの宣言を聞いて、お父さんは嬉しそうな寂しそうな、複雑な笑みを浮かべ、許可をくれました。お兄ちゃんは反対しましたが、「なら魔法以外のことはお前が何とかしなさい」と言われて黙った。

 ついでに変態はお父さんから人足として任命されました。そうそう、ハーレム思考のせいで、奴はお父さんとお兄ちゃんからも嫌われています。

 一応アレにも魔法の力がある(しかもわたしと同じぐらいらしいです。なんかヤダ)らしく、盾としては使えるだろうということで、ユーノ君から防御魔法を教わることになりました。

 大体そんな感じで、わたし達のジュエルシード回収は始まったのでした。

 

 

 

 思い返してみて、再びため息が漏れた。何でコレが魔法使い――魔導師の才能を持っているんだろうと。ここは「彼」が颯爽と現れてわたしを助けてくれるところじゃないの?

 まあ、ユーノ君の話では管理外世界(この世界みたいに魔法文明がない世界)で魔法の才能を持つ人は珍しいらしいから、「彼」が魔導師じゃないのはむしろ当たり前なんだけど。

 それでも思ってしまう。一緒に戦うのが「彼」だったら、とてもロマンチックだったのに、と。

 

≪わたしに直接念話かけないでほしいの。キモチワルイ≫

≪わーお、なのはの愛が痛いぜ。けど、アリサとすずかの前じゃ魔法の話出来ないし、しゃーねーべ≫

 

 そう。ユーノ君によると、管理外世界の住民に魔法を公にするのは基本的にNGらしく、先日のような緊急でもない限り教えることはダメなのだそうです。管理局法(向こうの法律)で決まってるんだとか。

 うちの家族には(お父さんは巻き込まれたし、お兄ちゃんに至っては協力までしているので)教えていますが、友達にはよっぽどのことでもない限り教えない方が無難だと止められました。

 ……黙ってるのって、お友達を騙してるみたいで嫌なんだけど。いつか話せたらいいなぁ。

 

≪わたしの方はお兄ちゃんがついてくれるから、別にいいよ。ユーノ君に直接話して≫

≪りょーかい。……はあ、いくらなんでも原作ブレイクし過ぎだろ。何で恭也さんが普通に回収に参加してるんだよ≫

 

 意味の分からない発言を最後に、念話の接続が切れた。独り言なら切ってから言えなの。

 ちなみにユーノ君はわたしの家で世話してます。突発的にジュエルシードが発動したとき、封印出来るわたしの側にいた方がいいという理由です。

 ジュエルシードの封印は単独でも出来ないことはないらしいですが、大怪我を負うリスクが高く、また消費する魔力もバカにならないので、デバイス(魔法使いの杖)を介して行うことになっています。

 わたし達が持っているデバイスは、わたしがユーノ君から譲り受けた「レイジングハート」のみ。コレが封印を行うためにはユーノ君と同じく捨て身タックルしかない。

 いくらコレがアンタッチャブルだからと言っても、まさか危険を冒せとまで言えるわけがなく、回収担当はやっぱりわたしなのです。ほんと使えないの。

 

「ってかね。ほんとハーレム思想とかやめなさいよ。言われなくても分かってると思うけど、あんた最低レベルの女の敵だからね?」

「ふっ、我ながら罪作りな男だぜ……」

「そのまま縛り首になっちゃえばいいのに」

「なのはちゃん、黒いよ……」

 

 基本的に皆大好き平和が一番なわたしですが、コレと相対するときだけは例外です。

 

 

 

 

 

 時間は飛んで、放課後。アリサちゃんとすずかちゃんと別れ、後ろから呼び止めてくる変態を無視し、家に帰って着替え完了。

 お兄ちゃんと合流し、街中を探索する。魔法でパーっと見つけられればいいけれど、わたしにはそんなことは出来ない。せいぜい近くで発動しているジュエルシードの魔力を感じ取ることが出来る程度です。

 それでも、この方法でこれまでに3つのジュエルシードを回収しています。最初のと合わせると4つ、残りは17個です。

 手順としては、ジュエルシードを発見したらユーノ君に連絡、待っている間に暴走したらお兄ちゃんが囮になって耐え、ユーノ君が到着したら結界を張ってもらい、バカが盾になってわたしが封印する。こんな感じ。

 物凄く意外なことに、あの変態は防御魔法の才能が高いらしく、日に日に強力なシールドを張れるようになっているとユーノ君が驚いていました。どんな人間にも一つぐらいは取り柄があるらしい。

 そんな具合に、これまで誰一人怪我を負うこともなく回収を進めています。この調子で早く全部回収出来たらいいな。

 

「なのは、ちょっと気が緩んでいるぞ。ここまで上手くいったからって、油断するなよ」

「わ、分かってるもん!」

 

 探索中なのにちょっと鼻歌が出て、お兄ちゃんから怒られる。一応危ないことをやってるんだから、気を抜いてはいけない。

 お兄ちゃんが回避盾になることについて、最初は不安だった。ジュエルシードの暴走体の攻撃はコンクリートの塀を簡単に壊してしまうほど。生身の人間が受けたらひとたまりもない。

 もしお兄ちゃんが避けそこなって攻撃を受けたら、大惨事になってしまう。ユーノ君によると「他者への身体強化付与」っていう魔法も存在するらしいんだけど、彼にもそれは出来ない。

 だから「危ないよ」って言ったんだけど、お兄ちゃんは「御神の剣士に後退の二文字はない!」とか言って全く聞いてくれませんでした。

 で、実際のところ本当に心配はいりませんでした。もちろん、もし当たったらというハラハラはあるけど、まず当たりようがない気がします。そのぐらい人外な動きでした。

 だって、残像を残して暴走体の後ろに回り込んだりするんだよ? ユーノ君も「魔法の恩恵もなしにあんな動き、ありえない!」とかショックを受けてたし。

 多分わたしがバリアジャケット(魔法の防護服)を着て戦うよりよっぽど安定しているので、もう何も言えませんでした。

 

「それならいいが。俺がジュエルシード相手に出来ることは、囮だけだ。倒すことも、なのはに向かったときに防ぐことも出来ない。お前がしっかりしてないと、危ないんだからな」

「わ、分かってるってば! お兄ちゃんは心配性だなぁ」

「心配ぐらいさせろ。一番大事なところを妹に任せることしか出来ないんだから。本当だったら今すぐ代わってやりたい」

 

 お兄ちゃんは、お姉ちゃんに対してはそうでもないんだけど、わたしに対してはちょっと過保護です。今でもわたしがジュエルシードを集めることには反対みたい。

 だけど現実として封印作業を行えるのがわたししかいないから、渋々納得してくれてます。もしお兄ちゃんが魔法を使えたら、多分あっという間に終わっちゃうんじゃないかな。

 

「頼りないかもしれないけど、なのははお兄ちゃんの妹だよ? 少しは信じてくれてもいいのに」

「妹だから不安なんだ。お前は母さんの血が強いっぽいし、運動もからっきしなんだから」

「う、運動には触れないでください……」

 

 確かに何もないところで転んだりするけど……。で、でも、魔法には関係ないもん!

 会話をしながらマルチタスク(同時に複数思考する魔法)で周囲の魔力に神経を張る。……特にひっかかるものはない。場所を移動しよう。

 

「それを言ったら、お兄ちゃんこそ一人だけ魔法を使えないんだから、無理しちゃダメだよ」

「俺のことは気にするな。というか、普通の女の子、小動物、変態に任せきりに出来るわけないだろ」

「……ほんと、なんでアレが魔法使えるのかなぁ……」

「全くだ。俺が使えるなら、こんなやきもきせんで済むのに」

 

 あの変態の魔法資質をお兄ちゃんに移す手段はないだろうか。本気でそんなことを考えてしまう。

 いや、いっそ「彼」を見つけ出して一緒に戦ってもらう……ダメだ、あの変態の因子で穢れるのは許せない。

 と、お兄ちゃんが心配そうな目でわたしを見る。なに?

 

「……そんなことはないと確信しつつ確認するが、お前アレのことが好きだったりしないよな」

「冗談でも不愉快なの」

「だよな、悪かった。お前の周りの男がアレしかいないから、つい」

 

 確かに、わたし達の周囲の男の子と言ったら、逞しい変態が一匹だけ。むしろアレのせいで他の男の子たちが寄り付けなくなってるんじゃないだろうか。だとしたらとんだ害虫なの。

 いや、わたしは別にそれで構わないのかな。だって、わたしの王子様はたった一人だけなんだから。……えへへ。

 

「じゃあお前が好きな男っていうのは、4歳の頃に会ったっていう子なのか?」

「……ふえ!? お、お兄ちゃんなんで知ってるの!?」

「いや、なんでって……その日にお前が教えてくれたんじゃないか。覚えてないのか?」

 

 ……過去のわたしなにやってんのー!? 一番教えちゃダメな人に教えちゃってるの!

 そりゃ、お母さんもお父さんもお姉ちゃんも知ってるけど、お兄ちゃんにだけは話さないようにしてたのに! だって、お兄ちゃんが知っちゃったら……。

 

「まあ再会できるのかも分からんが、もし会うことが出来るなら……なのはに相応しいかは見てやらないとな」

 

 ほらー、こうなっちゃったー! いつかは避けて通れないことかもしれないけど、会って早々にケンカされちゃったら嫌われちゃうよ!

 

「お、お兄ちゃんはそんなことしなくていいから! そういうのはお父さんとお母さんの役割でしょ!?」

「だが父さんも母さんもなのはには甘い。冷静に見てやれる目線が必要だろ」

「全然冷静じゃないの!」

「大丈夫だ、俺は正気だ」

 

 それダメなやつなの!!

 

 何とかお兄ちゃんを説得しようとしながら、いつの間にか日も沈みかけ、場所は思い出の公園近くに来ていました。

 ジュエルシードは毎日見つかるわけではない。むしろ見つからない日の方が多い。これは、発動していないジュエルシードを見つけるのは困難であるため。

 ジュエルシード自体は、本当に小さな青いひし形の宝石。暴走体みたいな大きな体を形成すれば遠目でも分かるけど、そうじゃなければ目視で見つけ出すことはほぼ不可能です。

 そして発動しなければ、周囲に魔力を発散することもない。ジュエルシードは通常の状態では逆に魔力を吸収する性質があるため、探査魔法にも簡単には引っかからないそうです。

 なのでわたし達が出来ることは、発動の瞬間に出来る限り近い場所にいて、可能な限り迅速に対処すること。そのための町内探索なのです。

 

「うーん、今日は見つからないかな」

「発動の気配はなかったんだよな」

「うん。ジュエルシードの魔力は特徴的だから、発動すればなのはでもすぐ分かるよ」

 

 魔力をはっきりと感じられなかった頃でも、妙な胸騒ぎを感じたジュエルシードの魔力。それは、魔力を自覚したことで、よりはっきりと分かるようになった。

 イメージを端的に言い表せば、ドロリとした高周波。魔力は五感では感じられないものだから、あえて五感に置き換えるならこんな感じだろうと思う。

 高周波と言えば混ざり気のないものなイメージだと思うんだけど、ジュエルシードの場合色んなものが混ざっている気がする。

 擬音で表すと、ギィーンかな。そんな生易しいものじゃないかな。ギュィーンか、チュィーンか。

 

 ――ドゥュィーン

 

 あ、そうそうこんな感じこんな感じ。

 ……って!!

 

「ジュエルシードが発動してる! ほら、すぐ分かったの!」

「何ィ!? 相変わらず唐突だな! 何処だ!?」

「多分そこの公園の中! ちょっと待って、ユーノ君に連絡するから!」

 

 お兄ちゃんに待ったをかけて、ユーノ君に念話を飛ばす。向こうも発動の気配を感じ取ったのだろう、すぐに通話が繋がった。

 

≪なのは、ジュエルシードだ! 何処にいる!?≫

≪発動してる場所のすぐ近くなの! そこの変態にクスノキ公園って言えば分かるから!≫

≪分かった! いつも通りの手筈で! ガイ、訓練は中止だ! 場所は……ガイってば! 聞いてるの!? おい、人の話聞けよ変態! シールド使って何やってんだこの変態は!!≫

 

 とうとうユーノ君からも変態呼ばわりされる変態。何をやってるかなんて知りたくもない。というかユーノ君もちゃんと念話切ってからしゃべろうよ。

 しばし変態に向けた罵詈雑言があってからブツリと念話が切れた。

 

「……また奴か?」

「何があったかなんて知りたくないの」

「……そうだな。とにかく、俺達は先行しよう」

「了解なの!」

 

 互いに胡乱な表情を振り払い、わたしとお兄ちゃんは公園の中に走り込んだ。

 

 

 

「あ、れ……?」

 

 その瞬間、さっきまであったはずのドロリとした高周波が、嘘みたいに霧散した。

 

「なのは、どうした?」

「え、と……ジュエルシードの発動が、止まった……のかな」

「……どういうことだ?」

 

 分からない。あんなにはっきりとしたジュエルシードの気配が、勘違いだなんてことはありえない。

 だけど、突然消えてしまった。誰かが封印魔法を使ったような魔力もなく、まるで自然に収まってしまったかのように。

 

「わ、わかんないけど。一時的なものだったらまずいし、とりあえず確認しよう」

「そうだな。場所は覚えてるか?」

「うん、多分こっちの方」

 

 わたしはお兄ちゃんを先導して、ジュエルシードの気配があった場所に向けて走り出した。

 一回転びました。

 

 そこは、わたしにとって思い出の場所でした。小さなベンチと、その横に生えている大きな樹。

 一人の子供がいました。背丈からして、多分わたしと同い年ぐらいの子。

 ダボダボのウインドブレーカーを上下に着込み、頭には野球帽。左手に何かを掴み、こちらに背を向けている。

 その、左手の中にあるものは。

 

「ジュエルシード!? やっぱり、勘違いじゃなかったんだ!」

 

 既に刻印が入ったジュエルシード。それは既に封印されていることの証。その子が持っているジュエルシードには、XXと刻まれていた。

 お兄ちゃんが一歩前に出て、構えを取る。顔には明らかに警戒の表情が浮かんでいた。

 

「……お前は何者だ。何故それを持っている。どうやって封印した」

 

 ……そうだ。封印したということは、あの子はきっと魔導師のはず。魔力の気配がなかったけど、もしかしたらとても緻密な操作で封印を行ったのかもしれない。

 だとしたら、間違いなく圧倒的格上の魔導師。だからお兄ちゃんは警戒しているのだろう。

 だけど、なんでだろう。どうしてわたしは、あの子に対して全く警戒していないのだろう。あの後ろ姿に、どうしてこんなに安心するんだろう。

 わたしの疑問に答えは出ず、その子――「彼」は、こちらを振り返った。

 

「これは、ジュエルシードというものなのか?」

 

 澄み切った冬の空のような、混じり気のない幼い声。何故かわたしには、その声に聞き覚えがあった。

 一体、どこで。――それは今よりも子供だった頃、この場所で聞いた声。

 一体、誰。――それはわたしの大切な思い出に出てくる、わたしの王子様。

 わたしがそのことに気付くのは、まだ後の話。野球帽を目深にかぶり、顔が隠れている「彼」は、お兄ちゃんの質問には答えなかった。

 

「いくつか聞きたいことがある。武器を収めてくれ。そうしたら、そちらの質問にも答えよう」

「……いいだろう。どうやら、敵意はないみたいだしな」

「話が早くて助かる。……さて、「何者か」だったな。はたしてどう答えたものか」

 

 お兄ちゃんがいつの間にか構えていた小太刀をしまい、「彼」は顎に手を当てて考え込んだ。

 ややあってから、「そうだな」とつぶやき。

 

「とりあえず、オレのことは「ヤハタ」と呼んでくれ。一応、ただの小学生だよ」

 

 そう答えた。

 

 

 

 わたしの大事な思い出。たった一日だけだったけど、今も心の宝石箱に残っている出来事。

 歯車が再びかみ合い、動き始めようとしていた。

 

 肝心な部分にかけ違いを残したまま。




SYSTEM>なのちゃんに時限爆弾(精神崩壊)がセットされました



・現時点での主人公データ



氏名:八幡ミコト
読み仮名:やはたみこと

性別:ご想像にお任せします

年齢:8歳(小学3年生)
誕生日:12月24日(孤児院に拾われた日なので、正確な日付は不明)

利き腕:左
身長:ちっちゃめ(低身長ではない)
体重:軽い
容姿:黒髪ロング、ぱっちりお目め、仏頂面でも可愛いと言われる顔(笑顔の破壊力はばつ牛ン)
性格:
ほとんどの感情を自己完結させるため、外部との繋がりを作りづらい
必要と判断した場合は一切の容赦をしない(倫理的な歯止めが存在しない)。逆に、刺激さえしなければ非常に穏やか
「プリセット」の影響で歳不相応の精神だが、人生経験自体は足りていないので歳相応な部分もある
パッと見でクールな印象を与えやすいが、実際はそんなことはなく割と饒舌。冗談やネタも言ったりする

所属:市立海鳴第二小学校3年2組、出席番号15番

保有技能:
「プリセット」(あらゆる普遍法則等のストレージ)
「確定事象のトレース」(高精度なシミュレーションとその実行動トレース)
「創作魔法」(現在は詳細不明)

交友関係:
八神はやて(「相方」、両想い)
矢島晶(一方的に友人と思われている)
亜久里幸子、伊藤睦月(いつか友達になれたらと思われている)
田井中いちこ、田中遥(一方的に慕われている)
石島鉄平(担任、3年連続で受け持たれている)
八幡ミツ子(保護者、ミコト曰く「身元保証人」)

好きなもの:はやて、内職、節約、もやし
嫌いなもの:過剰な贅沢、貸し借りのバランスが崩れること
大事なもの:はやてからもらったバッテン印の髪留め、クラスメイトからもらった安物の腕時計

特記事項:
孤児院「どんぐりの里」出身、八幡ミツ子の養子、現在は八神邸に居住

説明:
本作の主人公兼メイン語り部。性別について明記されていない人だけど、作中表現で大体分かると思われる。
一人称は「オレ」。「俺」でも「我」でも「己」でもなく「オレ」であることがポイント。「俺」と表記されていたらそれは作者のミスです。
規格を取り違えたような能力を持っていること以外は実に一般的な小学生。ある意味能力のせいで人生ひん曲がった可哀そうな子。
感情が発達する前に知性が発達してしまったため、感情の発露が乏しい。その分、表に出るときは非情に大きく出る。
また、独自の価値観を形成しており集団の常識が意味をなさないことが多々ある。
はやてのことが大好きだが、その感情がどういうものなのかは自分でも分かっていない。但し一生をともに過ごしたいとは思っているようだ。
一袋19円で買える万能食材MOYASHIをこよなく愛する節約家。隙あらば人にもやしの素晴らしさを説いている。



氏名:八神はやて
読み仮名:やがみはやて

性別:女

年齢:8歳(小学3年生)
誕生日:6月4日

利き腕:右
身長:平均的
体重:比較的軽い
容姿:明るい茶髪でショートカット、表情豊かな美少女
性格:
社交性に溢れ、幼いながらに多種多様な人たちと得意の(?)関西弁で会話をすることが出来る
幼い頃から多くの本を読んでおり、小学生にしては知性的。ミコトのネタ会話の情報源はおおよそ彼女である
両親と死に別れてから一人暮らしをしてきたためか、精神年齢が高め。反面、小学生の女の子らしい一面もあり、相方に慰めてもらうことがある
とにかく包容力が半端でなく、そのおおらかさは世の母親達さえ凌ぐものがある

所属:市立海鳴第二小学校3年2組、出席番号16番

保有技能:
全て未覚醒

交友関係:
八幡ミコト(「相方」、両想い)
矢島晶(友達、ミコトを巡ってライバル気味?)
亜久里幸子、伊藤睦月、田井中いちこ、田中遥(友達)
他多数の生徒達(会話をする程度の知人)
石島鉄平(担任、3年連続で受け持たれている)
石田幸恵(主治医)
ギル=グレアム(後見人、文通のみのやり取りで面識はなし)
八幡ミツ子(ご近所さん)

好きなもの:ミコト、家事、友達、もやし
嫌いなもの:孤独、上っ面だけの人間
大事なもの:ミコトとお揃いのバッテン印の髪留め

特記事項:
足が不自由で車椅子使用、ミコトと同居中

説明:
本作のメインヒロイン(という表現で合っているかはわからない)。一人称は「わたし」。「うち」ではない。
リリカルなのはA'sの重要人物であるが、本作では原作とはかなり環境が違っている。
原作では小学校は休学していたが、初日に休まず登校したおかげでミコトと出会い、車椅子になった後も学校通いを続けている。それは3年になっても変わっていない。
また、ミコトとは家族も同然の付き合いをしているため、原作であった家族への渇望が薄い。二人とも子供であるため、ないわけではないが。
ミコトと出会って話しかけようとしたきっかけは、ミコトの容姿、格好、雰囲気があまりにもチグハグで好奇心をそそられたこと。本人はこれを「運命の出会いやった」と言っている。
ミコトのことを知れば知るほど独特の価値観に引き込まれ、夏休みを迎えるころには首ったけになっていた。
一日で一番好きな時間は、ミコトと一緒にお風呂に入るとき。次点で一緒に眠るときがランクインしている。


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七話 とある真相 ☆

引き続きなのは視点です。


「なのは、遅くなった! どういう状況なの!?」

 

 「ヤハタ」君が自己紹介(というほどのものでもないかもしれない)を済ませてから少し待ってもらって、念話で呼んだユーノ君が到着した。

 

「颯爽登場! 俺、参上!!」

 

 ……約一名余計なのがついてるけど。別に戦うわけじゃないんだから、来なくてもよかったのに。

 ヤハタ君はそちらを一瞥し、お兄ちゃんに向けて「これで全員か?」と尋ねる。お兄ちゃんは首を縦に振って、先を促した。

 

「では改めて自己紹介を。オレはヤハタ。一応ただの小学生だ」

 

 後からやってきた二人に向けて、名前を告げるヤハタ君。けど……「一応ただの小学生」ってどういう意味なんだろう。

 状況的に考えてジュエルシードを封印したのは彼以外にはありえない。事実彼もそれを否定していない。だからただの小学生であるわけがない。本人もそれが分かってるから「一応」ってつけてるんだろうけど。

 

「次に「何故これを持っている」だったか」

「!? ジュエルシード! 何故あなたがそれを!」

「今から答える。せっかちは嫌われるぞ、小動物」

「……ユーノ・スクライアです」

「俺の名は藤原凱ッ! ハーレムを作る男ッ!」

「あの汚物は無視して構わない。こちらの自己紹介がまだだったな。俺は高町恭也。こっちが、妹のなのはだ」

「……た、高町なのはですっ!」

 

 ヤハタ君を見過ぎていて、一瞬反応が遅れてしまった。それが気になったのか彼はちょっとの間こっちを見ていたけど、すぐにお兄ちゃんの方を向いた。

 

「では答えるが、これを持っている理由は至極単純。この場で拾ったからだ」

「妹の話では、そのジュエルシードは発動状態だったということだが」

「ああ、見つけた時点で何だか大変なことになっているようだったからな。沈静化させた」

 

 「沈静化」? 封印じゃなくて?

 

「で、最後に「どうやって封印したか」だったな。今言った通り、オレは沈静化させただけだ。封印という行為を行った記憶はない」

「そんな、バカな!? ジュエルシードは強力な純粋魔力でコーティングしなければ、機能を停止させられないはずだ! ありえない!」

「それって、「沈静化」ってのをやってるときに、知らず知らずのうちに封印してたとかじゃないのか?」

「君は気付かないのか、ガイ! 彼からは「魔力を欠片も感じられない」! 「リンカーコア」がないんだ!」

「……はァ!? マジで!? あ、マジだ!」

 

 え、えっと。話についていけない。ユーノ君、リンカーコアって言葉、初めて聞いたんだけど。何で変態は知ってるの? わたし達が探索してる間に、そんなに色々教えてるの??

 男の子二人とは別の意味で混乱しながらヤハタ君を見ていると、彼は首を傾げた。帽子の下から覗く口元は、ちょっとだけ「へ」の字に曲がっていた。

 

「……まあ、別にいいか。今重要なことでもないし。それでリンカーコアというのは、胸部中央に存在する不可視物質で構成される特殊臓器のこと、という認識でいいか?」

 

 すぐ一人で納得し、何だかよく分からない説明をユーノ君に投げかける。

 ユーノ君は全身を使って(というか小動物なので表情だけでは分からない)びっくりした様子で。

 

「リンカーコアを正しく認識している? なのに、リンカーコアという名称は知らない? どういうことなんだ……」

「その反応から「イエス」と推測させてもらう。そういうことなら、確かにオレはリンカーコアとやらは持っていない。故にリンカーコアを通じた特殊技能の使用は不可能だ」

「……じゃあ、どうやって封印を……」

「あー、ユーノ。俺、大変なことに気付いちゃったんだけど」

 

 変態が何か言ってる。表情はいつものおちゃらけたものではなく、割と真面目な苦笑。……普段からそうしてれば、少しはマシなのに。

 ユーノ君は「え?」と間の抜けた声を出して、ガイ君の方を向いた。

 

「こいつってさ、魔導師じゃないんじゃねえの? この会話まずくね?」

 

 ……………………あ。

 

「ほう、お前達は魔法使いか。確かにリンカーコアとやらを使った特殊技能は、魔法と呼ばれても不思議はないのかもしれないな。しゃべる小動物も初めて見たよ」

「あ、ああっ、あああああ!?」

 

 「やっちまったー!」と言わんばかりに頭を抱えるユーノ君。ジュエルシード=魔法関係者と結びつけてたけど、どうやらそうじゃなかったようです。

 

「まあ、こちらは元々そちらに聞きたいことがいくつかあった。それがちょっと増えた程度だ。そう気にするな、はげるぞ」

「うぅ、迂闊だった……」

 

 ガイ君の肩で器用に項垂れるユーノ君。ヤハタ君ってしゃべり方が固い印象だったけど、実は意外とお茶目?

 ……あれ? 今なんかデジャブが。

 

「とりあえず、先にそちらの情報を開示してくれ。どうにも埒が明かない」

「……そ、そうですね。えっと、じゃあ僕が何者かから話せばいいですか」

「そうだな。そちらに任せる。質問があったら、適当なタイミングで差し挟ませてもらう」

「分かりました」

 

 わたしが感じた違和感を置いて、ユーノ君は事のあらましをヤハタ君に説明し始めました。

 

 

 

「ふむ……「ミッドチルダ」に「ロストロギア」、「デバイス」ね……」

 

 ユーノ君の説明から、多分本人が気になるのであろう言葉をピックアップするヤハタ君。その反応から、本当に魔法関係者でない一般人だったことが分かる。

 だというのに彼はあまり驚いていないようで、言葉を頭に染みこませるように反芻していた。

 

「……驚かれないんですね」

「ああ。説明が難しいんだが、そういうものがあるということは「知っていた」。ただ、実際に見たことはないし、どう言い表すものなのかも知らなかった。「知っていたけど知識ではなかった」といった感じだな」

「え? そ、それってどういう……」

「説明が難しいと言っただろう。今重要なことはそこじゃない」

 

 そう言って、彼は左手のジュエルシードを見せた。ユーノ君も疑問は飲みこみ、先を促した。

 

「それでは質問、というか確認だが、こいつは"願望機"で間違いないな」

「はい。周辺の魔力を吸収し、意志ある存在の願いに反応し、世界を歪める危険な宝石です。……それも、さっき言ってたのと同じですか」

「似たようなものだ。その発展系だな。で、作用機序だが、不可視物質……そっちで言うところの魔力を用いて時空間の因果を歪め、分岐世界から強制的に結果を引きずり込む、であっているか?」

 

 「え?」とユーノ君が呆けた返事を返す。わたしはもうさっきからちんぷんかんぷんで、何を言ってるのかさっぱり分かりません。

 

「違うのか?」

「い、いえ。そこまで詳しい作用機序はこっちでも分かってないんですが。でも、言われてみれば、多分合ってます。……そんなことまで分かってしまうなんて」

「……その様子では少しやり過ぎたみたいだな。聞かなかったことにしてもいいぞ」

「気にしないでください。それなら、ジュエルシードの発動結果がランダムなことにも説明がつく。求められた分岐世界が必ずしも近いわけじゃないんだから……」

 

 ユーノ君はぶつぶつ言いながら、自分の世界にのめり込んでいった。人の前でそれは失礼だと思うよ。

 説明役が説明を放棄したため、ヤハタ君はまたお兄ちゃんの方を向いた。

 

「もう一つ。こちらが本命だが、ジュエルシードの所有権は誰にある」

「ユーノのはずだ。彼が発掘した品だと聞いている。ミッドチルダに輸送された後どうなる予定だったかは知らない」

「ありがとう。スクライア、そろそろ現実に帰ってきて欲しいんだが」

「……は!? あ、ああ、すいません! あまりにも興味深かったので、つい」

 

 お兄ちゃんの推測通り、ジュエルシードの所有権は現在ユーノ君にあって、輸送後は時空管理局という組織の管理下に置かれる予定だったそうです。

 「ふむ」とヤハタ君は顎に手を当て、短い時間考えた。

 

 そして、わたし達が驚く案を提示する。

 

「ものは相談なんだが、ジュエルシードの探索とやらに協力する代わりに、何個か譲ってもらえないだろうか」

『え!?』

 

 え、それってつまり、ジュエルシードが欲しいってこと!?

 

「だ、ダメです! それはとても危険なものなんです! ヤハタさんもそれは分かっているんでしょう!? たとえ何個集めても、正しく叶えてくれる保証はありませんよ!」

「誰もこれに願いを叶えてもらいたいなどとは言ってないだろう。それに、オレはお前達よりよほど安全に取り扱える自信がある。そちらの法的に問題がなければ、一考してもらえないだろうか」

「……もし、ダメだって言ったらどうするんです」

 

 慎重に、出方を伺うように、ユーノ君は警戒しながら尋ねる。よく見るとガイ君も珍しく真剣な表情で魔力を練っているし、お兄ちゃんもいつの間にか小太刀を構えている。

 わたしが何もしなかったのは、単に反応できなかったからなのか、それとも別の何かがあったのか。

 

「そのときは諦めて引き下がるさ。こいつもちゃんとそちらに渡す」

「……それは、単独で回収するという意味ですか」

「裏を読みすぎだ。所有権がお前にあるのだから、勝手に集めたら拾得物横領だろう。そちらの法律ではどうか知らんが、こっちでは立派な犯罪だ」

 

 「こちらでも犯罪ですよ」と言って、ユーノ君は警戒を解いた。

 

「信用します。悪用するということではないんですよね」

「さあな。善悪の基準など分からん。分かりやすく、殺傷目的ではないと明示しておくよ」

「それで十分です。そのジュエルシードはお預けします。報酬の先渡しという形で」

 

 話は着いたようで、お兄ちゃんも構えを解いた。唯一警戒を解かなかったのは、ガイ君……もとい、変態。

 何でか物凄く狼狽えていた。

 

「おまっ!? ほんとにいいのかよ!? 嘘だったらどうすんだよ!」

「おい、そこの変態。俺が嘘かどうかを見抜けないほどの軟弱者だとでも思っているのか? 自分の解答に自信を持っていなければ、ああは答えられんよ」

「僕もそう思います。彼ほどの知識があるなら、ジュエルシードを下手に扱って暴走させたりなんてこともないでしょう。万一発動しても、自力で封印出来るようですし」

「っ~~~! そ、そうだ! なのははどうなんだよ! っていうかお前さっきから何もしゃべってないじゃん!」

 

 何を焦ってるんだろう、この変態は。わたしは、ユーノ君がいいと言うなら別にいいと思うけど。だってジュエルシードって元々ユーノ君のものなんだから。

 それに、なんでだろう。ヤハタ君なら、信用してもいい気がするんだ。絶対悪いようにはしないって信じられる。

 だって。

 

 

 

「細かい話は分かってないけど、ヤハタ君なら昔から知ってるみたいな感じで安心できるっていうか……、っ!? ……あああ!!」

 

 言葉に出した瞬間、何かが繋がった。ずっと考えていたデジャブ。それが今、カッチリとはまった。

 固い表情。ふとした瞬間に零れた笑み。あの日、あの時、この場所であった会話。

 

『逆の可能性も、0ではない。一度会ってみてもいいかもな』

 

 思い、出した! そうだよ、それならこの安心感も説明がつくよ!

 突然大きな声を出したわたしに、皆が驚いたように視線を向けている。ヤハタ君だけは、「いつも」と変わらない一文字を口に浮かべている。

 わたしは思わず駆け寄り、ジュエルシードを持っていない右手を両手でつかんだ。

 

「なのはだよっ! わたし、なのはだよ!」

「……さっき自己紹介でそう言っていたよな」

「そうじゃないの! 思い出したのっ! わたし達、前にここで会ったことあるよね!」

「……え? ちょ、はあ!!?」

 

 何故か後ろでお兄ちゃんが物凄くびっくりしてますが、今はそんなこと関係ありません!

 

「ねえ、覚えてない!? 4年前に、わたし達ここで会ったんだよ!」

「……ああ、確かにそういうことはあったよ」

「やっぱり! あのときの男の子は、ヤハタ君だったんだね!」

「ちょっと待て。君は何か勘違いをして……」

「なのはァ! この男とどういう関係なのよォ!? あたいのことはお遊びだったのォ!?」

「うっさいの変態! ちょっと黙ってろなの! あとオネエ言葉キモチワルイの!!」

「な、なのは!? 言葉遣いが乱れてるよ!?」

「だから……人の話を……」

 

 変態が入り乱れて来て、必然的にユーノ君も巻き込まれ、場は一気に大混乱へ。

 そして、お兄ちゃんからのダイレクトアタック。

 

「お前らいい加減にしろ! ヤハタが困ってるだろう!」

 

 ヤハタ君の後ろに回り込んだお兄ちゃんは、彼の体をグイッと引いた。

 そのとき、誰かの手が目深にかぶった野球帽に引っかかった。誰か……っていうかわたしだった。

 彼を求めて掴んだ手は彼の帽子だけを掴み、――ファサッという音とともに何かが解き放たれた。

 

 前髪の向かって右側をバッテンの髪留めで止めた、長く黒い髪の毛。どうやって帽子の中にそれだけの量を詰め込んでいたのかは分からないけれど、それが外気にさらされた音でした。

 帽子で隠されていた目は、昔と変わらないぱっちりとした大きな目。子供らしいカーブを描きながら、シャープな印象のある頬。

 その容姿は、とても可愛らしく、魅力的で女の子らしく、て……、……え?

 

「あ、あれ……?」

「……なあ。もしかすっともしかして、俺らとんでもねえ勘違いかましてた?」

「……やっちまった……」

 

 変態とユーノ君が硬直する。お兄ちゃんは、ヤハタ君を後ろから抱える形で、顔に手を当てて天を仰ぎました。

 そして騒動の中心にいるヤハタ君は、これ以上もない呆れ顔。

 

「まあ、今後協力関係になるのだから、ちゃんと自己紹介をしておくか。……今度は失礼な間違いをしないようにな」

 

 若干の怒気が混じったため息をつき、彼――否、彼女は言った。

 

 

 

「オレの名前は、八幡ミコト。カタカナ三つでミコト。市立海鳴第二小に通ってる、正真正銘の女子小学生だよ」

 

 

 わたしは泣きながら公園から逃げ出しました。

 こんなのって……! こんな失恋、あんまりだよっっっ!!

 

 

 

 

 

「もー。いい加減元気出しなさいよ、なのは」

「そ、そうだよ。再会は出来たんでしょ? それって凄く素敵だと思うなっ!」

 

 翌日の学校、わたしは登校するなり自分の机に突っ伏していました。皆が何事かと見て来ていますが、気にする余裕もありません。

 かろうじて、アリサちゃんとすずかちゃんに事情を話しました。聞き終えたときの二人の表情は、笑えばいいのか泣けばいいのか分からないと言いたそうでした。

 ……あの後、わたしとわたしを追ったお兄ちゃんを除いた二人で、ヤハタく……ミコトちゃんと話をしたそうです。ミコトちゃんは連絡手段がないので、毎日あの時間にあの公園で落ちあうそうです。

 ちなみに、お兄ちゃんは一目見た瞬間に女の子だって気付いてたそうです。骨格だか重心移動だかで。あの時点ではそれほど重要じゃなかったから、皆の間違いを訂正せずに黙ってたんだって。

 ちなみにちなみに、お母さんもお父さんも、ミコトちゃんの名前も性別も知ってました。真実を知ったらわたしがショックを受けると思って、言い出せなかったそうです。……実際こうなってるし。

 

「……わたしの王子様は、お姫様でした。お姫様はとても可愛いから、白馬の王子様が迎えに来てくれるでしょう。わたしには駄馬の王子様しか寄って来ません。世の中不公平ですよね、うふふ」

「な、なのはちゃん! 目が虚ろで怖いよ! 口調も何かおかしいよ!?」

「そんなにショック受けるほど可愛かったなら、どうして最初から気付かなかったのよ。普通気付くでしょ?」

 

 だ、だって! しゃべり方とか完全に男の子だったし、自分のこと「オレ」って言ってたし! でも今から思えば髪をかきあげる仕草とか凄く女の子っぽかったかも!

 う、うぅ……そういえば思い出補正除くと、あの時からちゃんと女の子の顔だった気がするぅ。「お人形さんみたい」って思ったって、それ完全に女の子向けの高評価だよぉ。

 ……何をもって男の子だと思ってたのー!? 自分で意味がわかんないよー!

 

「うぅぅ、わたしの初恋返してー……」

「まー、初恋の相手が実は滅茶苦茶可愛い同性でしたとか、もう軽く笑い話よね」

「あ、アリサちゃん! どうして追撃したの! なのはちゃんのライフはもう0だよ!?」

 

 また涙が出てきました。何だかとっても惨めだなって……。

 

「おーっす! ハーレム王の登校だぜー! なのは、おはよう! 今日のパンツ何色オグゥフ!?」

「……少し黙ろうか、変態」

 

 人がセンチメンタルなときに神経逆撫でするとか、この変態は余程命が惜しくないらしいの……ッ!

 わたしの本気の左ストレートをみぞおちに受け、変態は崩れ落ちた。昨日の真面目さは何処に消えたのか。

 

「お、落ち込んでるなのはを元気付けようとしたのにこの仕打ち……ボスケテ、アリサ」

「自業自得ね」

「……すずかチャーン」

「セクハラは擁護できないかなぁ」

 

 変態の味方はどこにもいないの。コレは女子全体の敵なんだから。

 

 そう、女子全体の敵。それはつまり、ミコトちゃんにとっても敵であるということで。

 

「あーこれはもうミコトちゃんに会ったときパンツの色聞いて癒されるしかないわー」

 

 それを聞いた瞬間、頭が沸騰するような感覚を覚えた。歯を食いしばり、変態の胸倉をつかむ。

 

「わたし達にセクハラするのは、百歩譲って許すの。だけど……ミコトちゃんに少しでも嫌な思いさせたら、本当に許さないから」

 

 本気で睨み付ける。向こうも、何故か真面目な表情でわたしを真っ直ぐに見た。

 やがて変態は口角を釣り上げ。

 

「へっ。ちゃんと元気あるじゃねえか。いつまでもうじうじしてんじゃねーよ、なのはらしくもねえ」

「……変態のくせに。妙な気の使い方しないでよ」

「お。俺の格好よさに気付いちゃったとか?」

「寝言は寝て言えなの」

 

 悔しいけど、ちょっと元気が出てしまった。その分は感謝するのが筋だけど、普段の言動が変態過ぎるせいで素直に感謝する気が起きない。

 なので、ちょっとひねくれてみた。

 

「今日は、赤だよ。パンツの色」

「へ? マジ!? よっしゃあ、なのはのパンツの色ゲットオオオオオオオオ」

「剛田くんが」

「オオオオオオああああああ剛田てめええええええ!!」

「何だよォ藤原あああああああ!!」

 

 大きな体の男子と変態が、取っ組み合いのケンカを始めた。呆れながら、わたし達はそれを横目で見ていた。

 わたしの口元には、ちょっとだけ笑みが浮かんでたそうです。

 

 

 

 

 

 時間はまたジャンプして、放課後です。わたし達は今、翠屋に来ています。

 メンバーは、わたし、お兄ちゃんの高町兄妹とユーノ君、おまけで変態のジュエルシード回収組に加え、アリサちゃんとすずかちゃん。

 そして、ミコトちゃん(今日はちゃんと女の子の格好でした……)とそのお友達6人。+綺麗な金髪ロングの、温和そうな大人の女性。向こうの保護者みたいな感じです。

 

 うん。

 どうしてこうなったの?

 

「それじゃまず、自己紹介から始めましょか。わたしはミコちゃんの同居人で、八神はやていいます」

 

 まず、車椅子に乗った女の子が挨拶をした。……うん、今聞き捨てならないことを言ったような?

 

「わたしは、ミコトの一の友人を自称する矢島晶! あきらって呼んでね」

「あたし、亜久里幸子ー。ミコトちゃんと三年連続で同じクラスです。ブイッ!」

「伊藤睦月です。皆からはむーちゃんって呼ばれてます。いつかミコトちゃんの友達になれたらって思ってます」

「田井中いちこでーっす。ミコっちのことは憧れっていうか、そんな目で見てまーす」

「田中遥です。あ、わたし達は全員海鳴二小の3年2組のクラスメイトなの」

 

 続けて、向こうの女の子たちが口々に自己紹介をする。とりあえず分かったことは、全員ミコトちゃんのことが大好きだってこと。……凄いなぁ、ミコトちゃん。

 

「ありがと。そっちの人は?」

「"こいつ"に関しては後回しにしてくれ。先に説明しなければならないことが山ほどある。オレは八幡ミコトだ」

「き、聞いてたより迫力のあるしゃべり方だね……」

「……ふ、これのせいで4年間男だと勘違いされ続けていたらしいからな」

 

 ……あれ? 何か今一瞬、皆から物凄く睨まれた気がしたよ? 気のせいかな。気のせいだといいなぁ……。

 攻守交代でこちらの自己紹介。一通りの自己紹介が終わり、次に進もうとしたところでミコトちゃんから待ったが入る。

 

「スクライア。他の席に声が漏れない結界を張った上で自己紹介しろ。出来るか?」

「……分かりました」

 

 まさかのユーノ君の自己紹介タイムです。止める間もありませんでした。アリサちゃんとすずかちゃんなんか、「ええっ!?」って驚いてます。

 けど……なんで向こうは全然驚いてないの? いや「おー」程度は言ってるけど、淡白過ぎない?

 

「異世界から来た魔導師、ユーノ・スクライアです。皆さんはどれだけの事情を聞いていますか」

「わたしは、昨日ミコちゃんが帰ってきてから一通りやな。皆は、異世界からの魔法の厄介事が起きてる程度やんな?」

「そんな感じ。あ、あんまり話しちゃいけないってやつでしょ? わたしらは大丈夫ってミコトが判断してくれたんだよ」

「いちこちゃんはポロって言いそうだけどねー」

「うっさい! あたしはアレでちゃんと反省したのよ!!」

 

 仲が良さそうで賑やかな6人組という印象だ。ミコトちゃんは、それを微笑んで見守っている。……あんな表情も、出来るんだなぁ。

 

「……ふぅーん。ねえなのは。あたし達、今まで何も聞かされてないんだけど? あたし達って、そんなに信用ならない人間なのかしら?」

「……あ゛」

 

 アリサちゃんのコメカミがピクピク動いている。これはまずい、非常にまずい。すずかちゃんも困ったように笑ってるだけで味方してくれない。

 わたしは狼狽えに狼狽え、さっきから一言も発していない金髪の人に目を止めた。

 

「そ、それでミコトちゃん! こちらの方は!?」

「おや、高町なのは。君はオレのことを「ヤハタ君」と呼んでいなかったか?」

「に゛ゃあ゛あ゛!? 回避失敗なのぉ!?」

「なーのーはー?」

 

 アリサちゃんからの梅干し攻撃が炸裂。とっても痛かったです。

 さらに追い打ちで、はやてちゃんとあきらちゃんからの口撃。

 

「そーそー。なんやなのはちゃん、わたしの……あえてわたしらのって言わしてもらうけど、ミコちゃんのこと男の子やと思ってたんやってなぁ。しかも4年間も」

「今日わたしらが集まったのは、その件についての抗議もあるんでー。覚悟しときなさいよ、なのは」

「あうあうあー……」

 

 涙目にならざるを得ませんでした。

 

「……こほん。なのはの発言ではありませんけど、そろそろそちらの方の紹介をしていただいてもよろしいですか?」

 

 ユーノ君が逸れた話題を一旦切り、戻す。ミコトちゃんは目線で指示を出し、女の人は頷いた。

 

「皆様、初めましてと申すべきでしょうか。なのは様、恭也様、凱様、ユーノ様におかれましては、昨日ぶりでございますね」

 

 え? この人、何処かで会ってたの? 皆を見てみるけど、やっぱり困惑顔。誰一人会った覚えはない。

 それでも女性は気を悪くせず、ニコリと笑って。

 

「私、ブランと申します。元ジュエルシード、シリアルXX。ミコト様の手によって"光の召喚体"となりました。以後、よろしくお願い致します」

 

 そう、自己紹介をした。

 そっか、元ジュエルシードなんだ。だから私達と会ったことがあるって……。

 

 

 

 ……。ミルクと砂糖がたっぷり入ったコーヒーを一飲み。ふぅ、とため息をつく。

 

「ミコトちゃん。なのは、もう驚き疲れたよ。多分他の皆も同じ気持ちだよ」

「そうみたいだな。面倒がないのは素晴らしいが、これはこれで面白くないものだ」

「残念です」

 

 もう、ね。向こうの皆とかこの異常事態を当たり前に受け入れちゃってるし、わたし達が驚いても滑稽なだけかなって。

 

「……なんか、聞きなれない単語があったり突っ込みどころがたくさんあるんですが、この方を作るために、ミコトさんはジュエルシードを欲したんですか?」

「いや、ブランはあくまで実験的な存在だ。というか、オレがこれまで開発した全ての"魔法"は、一つの目的のための実験でしかない」

 

 そう言ってミコトちゃんは、はやてちゃんの足を見た。それでわたしは、察することが出来た。

 はやてちゃんの足のためだけに、魔法を作り出すという偉業を成し遂げる。ミコトちゃんにとって、はやてちゃんはそれだけ大事な……。

 やっぱり、胸のところがもやもやする。ミコトちゃんは同性で、わたしの初恋は終わってしまったはずなのに。

 

「はやての足は、医学的には全く問題がないとされている。だからオレは医学で探れない部分を探ろうとしている。そのための"魔法"だ」

「でも、ミコトさんはリンカーコアを持っていない。魔法は使えないんじゃ……」

「お前達が「魔力」と呼んでいるものを使用する「魔法」は使えないが、それ以外もそうとは限らないだろう。まあ、オレにしか使えないゲテモノに仕上がったがな」

 

 そう言ってミコトちゃんは、一度コーヒーで口を潤した。……お砂糖もミルクも入れてなかったけど、よく飲めるなぁ。

 ミコトちゃんは続ける。

 

「昨日ブランの元となったジュエルシードを封印したのも、その"魔法"だ。ジュエルシードそのものに働きかけて「沈静化」させたら、結果的に封印と同じ状態になったというわけだ」

「そういえば、その話はまだ聞いてませんでしたね。納得しました。つまり、ミコトさんはジュエルシードを封印することは出来るけど、発動を感知したり、暴走体と戦ったりすることは出来ない」

「そういうことだな。全く戦えないわけではないが、恭也氏のような剣士や魔導師諸君ほどは得手としていない。オレの"能力"は本来戦うためのものではない」

 

 ちなみに、ブランさんを作った理由は、ミコトちゃんが出かけてる間のはやてちゃんの身辺警護と家事手伝いのためだそうです。……ジュエルシードの有効利用、なんでしょうか。

 

「それと、恐らくスクライアが懸念しているであろうブランの元であるジュエルシードの暴走だが、ありえないから安心しろと言っておこう。専門的な話は、こいつらが眠くなる」

「っていうかこっちはもう話そっちのけでシュークリーム食べてるけどね」

「ミコちゃん食べんとなくなるでー」

「待てはやて、オレの分はちゃんと残しておけよ。結構楽しみにしてるんだから」

「あ、あはは……やっぱりミコトさんは女の子、なんですよね」

「当たり前だろう。お前の目は節穴か、スクライア」

 

 ……なんでだろう、ほんともやもやするなぁ。

 

 とりあえず、魔法やミコトちゃんの力の話なんかは、そんな感じで一旦切り上げ。これ以上は深入りになっちゃうから、あとは関係者のみのときにするということになった。

 改めて、4年もの間失礼な勘違いをしたわたしが糾弾されるときがやってきてしまいました。

 

「っていうかね。これ見てどうして男だって思うわけ? こんな可愛い男の子がいるの、ねえ?」

「ち、近いよあきらちゃん……」

「桃子さん、昔のミコトと会ってるんですよね。どうでした?」

「とっても可愛い女の子だったわよ。なのはからは男の子が来るって聞いてたから、ほんとびっくりしたのよ」

「貴重な証言が得られました。ギルティ」

「ギルティやな」

「ギルティだよねー」

「ご、ごめんねなのはちゃん。ギルティです」

「なんだかよく分からんけどギルティ!」

「いちこちゃん言いたかっただけでしょ。でもギルティ」

 

 満場一致で有罪判決でした。

 

「作文にまでしちゃったからねぇ。擁護できないわ。ギルティ」

「助けてあげたいところなんだけど、魔法のことも黙ってたからね。今日は厳しく行くね。ダブルギルティ」

「……すまんななのは。さすがにどうしようもない。ギルティ」

「妹に甘い恭也さんでもギルティだった件。覆せないな、ギルティなのは」

「ガイ、僕達はさすがに人のことを言えないと思うんだ」

 

 傍聴席からも有罪判決が下される中、ユーノ君だけはわたしの味方というか共犯でした。っていうか変態、キミは糾弾される側なの。

 

「異議ありなの! そこの変態とフェレットもどきも、昨日ミコトちゃんを男の子と勘違いしてました!」

「フェレットもどきって、酷いよなのは!」

「いや、あれは普通に無理だろ。上着で体のライン完全に隠れてたし、帽子で顔も見えなかったし」

「恭也さんは分かったんですか?」

「ああ、重心移動の仕方が完全に女の子だったからな。本人も隠そうとしてなかったし」

「ユーノは可愛いから許す。でも変態の方は許さん」

「ははは、冗談キツイぜ晶ちゃん」

「気安く名前で呼ぶな、変態!」

 

 キミが変態だということは周知徹底しておくの。彼奴の普段の言動について話をしたら、向こうの女子からも汚物を見る目で見られるようになった。

 彼は言った、「解せぬ」と。自分を見る目が曇りきってるの。

 とりあえず、変態をスケープゴートに出来たので、その隙にこっそりミコトちゃんに尋ねる。

 

「そういえば、どうして昨日はあんな格好してたの? 別にアレを擁護するわけじゃないけど、ちゃんと今の格好をしてれば男の子に間違えられることなんてなかったのに」

 

 もっとも、それがなければ勘違いしていたわたしがミコトちゃんの思い出に行きつくこともなかったんだろうけど。……うう、わたしの初恋。

 しゃべり方は一見すればとても固く、そういうのを気にするようには見えなかったけど、やっぱり男の子と勘違いされたことにはショックを受けている様子のミコトちゃん。形のいい眉を不機嫌そうにゆがめた。

 

「……以前"魔法"の実験を失敗したときに、ボロボロになったことがあってな。はやてから怒られた」

「そらな。いくらわたしのためにやってくれてるって分かっても、ミコちゃんが傷つくんは本末転倒やで」

「そういうわけで、実験のときはせめて汚れてもいい格好にしている。帽子は髪の保護のためだ。オレとしてはいい加減切りたいんだが」

「ダメや。それ切ったら泣く子が何人おると思ってんねん。手入れはわたしがしとるんやから、我慢してや」

 

 そういうことらしいです。なんか、二人がツーカーな感じがしてやっぱりもやもやします。

 

「……はやてちゃんとは、どんな関係なの」

 

 そう思っていたら、自然と口からそんな言葉が出てきました。それに対し、ミコトちゃんは一切言いよどむことはなく。

 

「「相方」だ」

 

 そう断言した。はやてちゃんの方は、恥ずかしそうに笑っている。……むー!

 

「事務的な関係性を求めているなら、同居人だ。はやてはこの足で一人暮らしなもんだから、サポートが必要なんだ。そのために一緒に暮らしている。理由は察してくれ」

「そ、そうなんだ。……いいなあ、はやてちゃん。こんな言い方、不謹慎だって分かってるけど」

「あはは、気にせんでええよ。そらなのはちゃんなら、ミコちゃんと一緒に生活しとるわたしを羨ましがって不思議やないし」

 

 ニヨニヨとした視線。あ、これ色々バレてる。はやてちゃんは結構鋭いみたいです。

 と、ここで思い出したようにミコトちゃんが質問をしてきた。

 

「そういえば、昨日は素性を言ったら逃げ出してしまったが、今日は別に逃げなかったな。あれは結局なんだったんだ?」

「うっ。そ、それはその、何て言いますか……」

 

 い、言えるわけない! 男の子だと思ってたミコトちゃんに恋して、女の子であると気付いて失恋したなんて!!

 た、助けてはやてちゃん!!

 

「ミコちゃん、女心は大変なんやで。それをなのはちゃんの口から言わせるのは、酷ってもんやで」

「そうなのか? ふむ、女心というものもだいぶ分かってきたつもりだったが、まだまだのようだな」

「女の子の台詞じゃないよ、ミコトちゃん……」

 

 なんか脱力した。……あー、なんでわたしがミコトちゃんを男の子だと思ってたか、分かっちゃったかも。

 こういう、ピンポイントで女の子らしくない部分が目に止まっちゃって、しかもそれが幼い女心を刺激したからじゃないだろうか。で、そのまま恋は盲目状態になっちゃって、疑問を持たなくなっちゃった、と。

 

「にゃああー……」

 

 脱力のままにテーブルに垂れる。冷静になって振り返ってみると、突っ込みどころ満載過ぎた。ませ過ぎだよ、過去のわたし……4歳児が何やってんの。

 さすがにこの状態のわたしに追撃が飛んでくることはなく、海鳴二小グループはお兄ちゃんへの質問タイムに移っていた。……皆の目がハートになってるように見えるのは気のせいかな。

 

「あはは、恭也さん大人気やんな。まあ格好ええし、分かるわ。自慢のお兄さんやんな?」

「うぅーん。確かに大好きなお兄ちゃんなんだけど、ちょっと妹に対して過保護過ぎな部分があるから……」

 

 あ、お兄ちゃんに恋人がいるのかって質問が飛んでる。それにはお兄ちゃんの恋人の妹であるすずかちゃんが答え、女の子特有の黄色い歓声が上がった。

 そこで変態が再起動した。何故。

 

「そうだよ! 忘れてたけど、昨日恭也さんミコトちゃんにめっちゃボディタッチしてたじゃん! しかも女の子だって分かった上で!!」

「貴様、ここでそれを思い出すかっ! 貴様と違ってやましいところは一切ないわ!」

「そうよ! 恭也さんが下心でそんなことするわけないでしょ! っていうかイケメンだから無問題!」

「ミコトちゃんと並ぶと絵になりそうだよねー」

「お、俺だって普通よりはイケてる自信ありますし!?」

「自分で言ったら説得力ないわよ。あんたの場合は普段の言動が最悪。恭也さんとは信用が月とスッポンなのよ」

 

 ちなみに今の会話に参加してない皆は、ユーノ君を弄って遊んでいます。あ、小動物的な意味でね?

 なんだか落ち着いたため、思考があっちこっちに飛ぶ。そういえば今日ジュエルシード探すのいいのかなーとか、魔法の勉強もしなきゃなーとか、将来の夢どうしようかなーとか。

 ミコトちゃんに関しては、結局勘違いだったけど、想いは本物だったんだよね。だからもやもやするし、ミコトちゃんと仲の良いはやてちゃんを羨ましいとも思ってしまう。

 この想いはどう処理すればいいんだろう? 悩めど悩めど答えは出ず。

 ミコトちゃんと協力出来ることを嬉しく思っている自分も否定できず、何かを誤魔化すようにシュークリームを頬張った。

 ……甘ぁい。

 

 解散の時、海鳴二小組を代表して、あきらちゃんから「町の平和は任せたわよ!」と背中を叩かれた。

 ……色々と気持ちに決着はついていないけど、今はとりあえずジュエルシード集めを頑張ろう。そう思いました。




やったぜ。
本当はミコトの性別は無印編終了まで引っ張るつもりだったんですが、この段階のミコトが訂正しないわけないなぁと思って予定を早めました。このために明記避けて来たんだからま、多少はね?
おかげで水着回とか温泉回とか妄想が捗ります(アヘ顔)

予想以上に海鳴二小の女子との繋がりが強くなったため、まさかの続投。こんなんじゃこの二人、聖祥に転校したくなくなっちまうよ……。

ミコトが開発した"魔法"に関しては、後の話で。


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八話 日常

 ジュエルシードの探索に参加することに決めてから――正確に言うならば、"光の召喚体"ブランを作ってから、八神邸の生活は少し変化した。

 今日は、少しだけ変化したオレの一日について語るとしよう。

 

 

 

 朝6時。目覚ましの1時間前だが、オレはこの時間に自然と目が覚める。一年半ほどミツ子さんのアパートで一人暮らしをし、内職をしていた習慣のためだろうと思っている。

 オレが寝るのははやての部屋のはやてのベッドで、はやてと一緒に使っている。元々は彼女の希望でそうなったものだが、今ではオレもこのスタイルを望んでいる。人は変われば変わるものだ。

 目が覚めて一番最初に目に入るのは、幸せそうに眠るはやての寝顔。オレの一日は、この寝顔を一時間ほど愛でることから始まる。

 オレに抱き着くように眠るはやての髪を手で梳くと、こそばゆく感じたのか、顔をオレの胸にうずめる。そんなはやてを見ていると、胸の真ん中が暖かくなるのを感じる。

 最近分かったが、これが愛おしいという感情なのだろう。それを感じると、より一層はやてを大事にしたいと思い、彼女に幸せな未来を与えたいという決意が強まる。

 

 オレは基本的に、自分本位な人間だ。自分の損得で、自分にとっての要不要で、自分の貸借バランスでしか物事を判断しない。感情に突き動かされて、などというのはほぼなかったと思う。

 そんなオレが、はやてにこんな感情を持ったと気付いたとき、正直に言ってひどく困惑した。多分、自分の中での貸借バランスが崩れてしまったためだろう。

 自分の判断の支柱が揺らぐというのは、非情に大きな影響を与えるものだ。しばらくの間はやてに甘えるようになってしまったのは、ちょっと思い出したくない。

 だが同時に、素直に嬉しいと感じているオレもいた。はやてと一緒にいられることを喜び、彼女がオレを求めてくることが嬉しくて、彼女を求めることが出来るオレを誇らしくも思った。

 だから、少し時間はかかったが、オレはその感情と向き合うことが出来た。そして飲み込み、自分の一部とし……今はこんな感じだ。

 

 自分で言うのもなんだが、以前より人の気持ちというものが分かるようになった気がする。また、自分の感情を少しずつ表現できるようになったんじゃないかと思う。

 そう思って鏡を覗くと、いつも通りの仏頂面があり何とも言えない気持ちになる。オレの周囲の人間はこれを「可愛い」というのだが、どういう感性なのだろうか。今のオレには、ちょっと理解できない。

 まあ、理解する必要もないか。それこそオレとは「違う」のだから、オレが理解できずとも、皆が満足できればそれでいいのだろう。

 それに、はやてに「可愛い」って言ってもらえるのは、オレも悪くないと思っているし。……うん、悪くない。

 

「んんっ……ミコちゃぁん……」

 

 腕の中のはやてがもぞもぞと動く。覚醒が近そうだ。時計に目をやると、よしなしごとを考えているうちに40分もの時間が経過していた。最近時間の経過が早くて困る。

 それから5分ほどはやての頭を撫でていると、彼女の目が薄く開かれた。

 

「……ふぁぁ……」

「おはよう、はやて。目覚ましまであと15分あるぞ」

「んー……もう起きるぅ……」

 

 体を起こし、目をこしこしとこする。こら、そんなことしたら目に悪いぞ。

 んー、と伸びをすると、はやてはようやく目をはっきりと開いた。

 

「えへへー。おはよ、ミコちゃん」

「ああ、おはよう。ほら、髪留めだ。ちょっとじっとしていろ」

 

 重なるように置かれた二つのバッテン印の髪留め。その片方――はやての方を彼女の向かって右の前髪につける。オレも手馴れたものだ。

 毎日やっていることだが、そのたびに彼女ははにかんだように笑ってくれる。それを見ていると胸がぽかぽかしてくるから、オレは嫌じゃなかった。

 今度ははやての番。彼女の手がオレの左側の前髪を優しく掴み、手で軽く梳く。そして、揃いの髪留めで止めてくれた。

 これがオレ達の朝の日課。互いの髪留めをそれぞれにつける。一昨年のオレの誕生日の翌日から続いているから、もう一年以上になる。一日として欠かしたことはない。

 それと。最近ではもう一つ、日課というほどではないが、時々することがある。

 

「なーミコちゃん。今日はミコちゃんからお願い」

「うっ。……自分からするのは、少し恥ずかしいんだが」

「そんなんわたしかて一緒よ。それに、恥ずかしがるミコちゃんってレアやから、ちょっと得した気分になれるやん」

 

 代わりにオレが損していることになるわけだが、分かっているのだろう。分かっているんだろうな、はやてだから。

 ちょっと息を吐き出し、大きく吸い込み、少しだけ心拍数の上がった心臓を落ち着ける。……よし。

 

「それじゃ、はやて……」

「うん……」

 

 はやての頬に軽く手を当て、自分の顔を近付ける。オレの唇を、はやての唇に重ねるために。

 

 ――コン、コン

 

「ミコト様、はやて様、失礼致します。ご起床の時間です」

 

 扉の向こうから、ブランの声。それでオレ達は、思わず動きを止めてしまった。

 

「……はやても起きている。すぐ行くから、先にリビングで待っていてくれ」

「かしこまりました」

 

 遠ざかっていく足音。絡み合うオレとはやての視線。……なんだ、この気まずさは。

 

「……あはは。今日のおはようのキスは、お預けやな」

「そうだな。助かったような、残念なような……」

 

 行為自体はオレも望んでいることのため、物足りなく感じる目覚めとなった。

 

 

 

 ブランは作られてから日が浅いため、実は家事のやり方を知らない。それは今後オレやはやてが手本を見せて教えていくことになる。

 とりあえず、本日の朝食はオレが作った。ベーコンエッグとピザトースト。プラスして事前に作っておいたもやしスナック(もやしで作った菓子、うすしお味)に、飲み物はホットミルク。

 一人暮らし時代は牛乳を飲むことなどなかったのだが、八神邸で食事をするようになってから毎朝飲んでいる。身長を伸ばさねば。

 作ったのは三人分。最初ブランは「私は食事を必要としておりません」と言っていたのだが、はやてから「ごはんは家族皆で食べるもんや」とお叱りを受けた。

 そうなってはオレも止めることなど出来はしない。結果、家で食べる食事は三人で摂ることになった。食費的には無視できないことだが、はやてが満足しないのだから仕方ないだろう。必要経費だ。

 食べながら、はやてがブランに話しかける。

 

「なあブラン。そろそろ、他人行儀な話し方やめにせえへん?」

 

 どうやらはやてはブランの口調に壁を感じているらしく、もっと砕けた言葉遣いをしてほしいという要望だった。「はやて様」と呼ばれるのもむずがゆく感じるらしい。

 この辺は、ブランの元となったジュエルシードに原因があるのか、それともオレに問題があるのかはちょっとはっきりしない。

 "召喚体"の性格は、素体と基本概念と創造理念によって決定される。しかし、そもそもの作成例が少ないため、法則性を見出せてまではいない。

 今回の場合、素体はジュエルシードのシリアルXX、基本概念は"光"(概念的な光なので物理的な光とは意味が異なる)、理念は「マスターとその周辺の環境維持」だ。

 ブランには「元ジュエルシード」の自覚と「自身が"光"という概念である」というアイデンティティと「オレとはやてをサポートする」という目的意識がある。

 このブランの固さは、目的意識が強く出てしまっているためか。一応そういう推測は出来るが、ジュエルシードの全てを分かっているわけでもないので、断言はできない。

 

「そうはおっしゃいますが……。本来ならば、このような席に同席させていただくことさえ、恐れ多いことですのに。この上そこまでのご無礼を働くわけには……」

「あー、ブランは固く考えすぎなんよ。ミコちゃんだって、ブランにそこまでせえ思ってるわけやないやろ?」

「そうだな。オレはジュエルシード回収によって外出が多くなるから、その間はやてを支えてほしいと思っただけだ。あまりやり過ぎると、かえって重荷になるぞ」

「な? せやからブランも、「はやて様」やなくて呼び捨てでかまへんねん」

「そ、それは少し難易度が高過ぎますわ。……それでは、「はやてちゃん」とお呼びしてもよろしいでしょうか」

「十分ありや! ほな、ミコちゃんのことも「ミコトちゃん」やな!」

「え、ええ!? ミコト様は私のマスター、造物主様です! そんな恐れ多い真似は……」

「構わん。オレ一人だけを仲間外れにしてくれるなよ、ブラン」

「そ、そのようなつもりは……」

 

 わたわたとしどろもどろになるブラン。はやても楽しんでいるようで何よりだ。

 こうしてみると頼りなく見えるかもしれないが、ブランは素体をジュエルシードという破格の不可視物質――魔力結晶で構成している。単純戦闘能力は相当なものだろう。

 もっとも、実戦経験が皆無であり、攻撃方法も光線放射しかないから、実際の戦闘力はそこまで高くはないだろうが。それでも、はやてが偶発的にジュエルシード暴走体に遭遇したときには対処できるだろう。

 オレがジュエルシードの転用実験として最初にブランを構成したのは、そういう思惑からだ。まずははやての安全を確保しなければならない。

 ともあれ、今後ブランは様付けを禁止され、オレがジュエルシード探しをしている間に砕けた言葉のトレーニングを行うことになった。しっかりはやてを楽しませてやれよ、ブラン。

 

 

 

 そして、登校。オレとはやてが学校に行っている間、ブランはどうするのか。彼女の体は成人女性程度の姿をしており、当然ながら小学校に行くことは出来ない。というか、そもそも学籍がない。

 ではどうするかというと、"基礎状態"に戻ってもらう。

 

「行くぞ、ブラン」

「了解しました、ミコト様」

「ブランー。「ミコトちゃん」やで」

「うぅ……、み、ミコトちゃん」

「よく出来ました。それじゃ、"戻す"ぞ」

 

 そう言ってオレはブランの手を取り、意識をスイッチさせる。「プリセット」から必要なデータを抜きだし、ブランという"現象"とリンクさせる。

 その状態で、"命令文"を口に出す。

 

「『"光の召喚体"ブラン、在りし姿に戻れ』」

 

 するとブランは一瞬のうちに光の粒子へと変化し、オレの手の中に凝集する。光は固形化し、手の中に硬質な感触を得る。

 光がおさまれば、そこにはジュエルシード……から変化した白い核。刻印されているのはXXのシリアルナンバーではなく、「Blanc」という"彼女"の名前。

 首からかけて持ち運びがしやすいように鎖が付けられたソレが、ブランの基礎状態だ。そして、これらの現象を可能にしているものこそがオレ達の開発した"魔法"。名称はまだ決まっていない。

 

 はやての足を治す。そう決意したオレだったが、いかに「プリセット」があるからと言っても、子供のこの身に出来ることは少ない。圧倒的に調査するための時間が足りなかった。

 それを自身の身を削ることで補って無理を重ねているうちに、あきらとケンカをする羽目になった。「そこまでやって何になる」と言われ、「君に指摘される筋合いはない」と言い返した。

 今思い返せば、これ以上もなく子供のケンカだ。女子だというのに、まるで男子のように殴り合いの大ゲンカ。止めようとしていた伊藤は泣き出し、亜久里がキレた。

 大人しい人が怒ると怖いとよく言うが、普段ぽわぽわしてる亜久里があそこまで怒るというのは完全に予想外で面食らった。オレもあきらも、思わず言うことを聞いてしまった。

 で。言われるがままにオレの事情を話すと、驚きと呆れと、やっぱり怒りと、色々な感情がないまぜになった表情で言われた。「自分達も全面的に協力する」と。

 これが、あの少女達が「異世界の魔法について話しても大丈夫だ」と判断した根拠だ。その程度の非日常は、あの子達は何度も見て来ている。主にオレの実験で。

 特に力になってくれたのが、意外にも田中遥だった。彼女は占いとかが大好きで、必然的に異能関連の情報にも通じていた。

 霊術、退魔術、陰陽術、式神術etc。歴史の表舞台には出てこないが、現在でも裏では存在し続けている異能の数々。もちろん裏の存在なので、情報収集は容易ではない。

 外れも多々ある中、数少ない当たりを引き、技術を理解し、分解し、基盤を得て、そしてオレが使える形にする。そうして出来上がったのが、オレ達の"魔法"。

 「プリセット」を用いて事象と繋がり、直接命令を送り込み現象を引き起こす術だ。故に「プリセット」を持つオレにしか使えないゲテモノ技術であると言える。

 皆の調査と皆の発想がオレの能力とかみ合い、実現した"魔法"だ。使い手はオレ一人しかいないが、オレだけの"魔法"と言うことはできないだろう。全く、子供の可能性は無限大とはよく言ったものだ。

 オレはこれを「コマンド」と呼んでいるが、はやては「グリモア」、あきらは「命霊(みことだま)」、亜久里は「チートコード」、伊藤は「命術」、田井中は「ミコっち魔法」、田中は「心言」と皆バラバラだ。

 田井中だけは論外として、皆それぞれに理由があるらしく、譲らない攻防を繰り広げている。正直どれでもよくないか、と思わないでもない。田井中だけは論外として。

 

 とはいえ、これではまだ「ツールを作るためのツール」を得た段階だ。そのため、次の段階として考えたのが「召喚体の作成」となる。

 召喚体とは、文字通り現象を体あるものとして呼び出したものだ。色々なやり方を試し、現在の作り方に落ち着いている。最初の召喚体を作る際に爆発事故を起こしてはやてに怒られたのも、最早過去のことだ。

 ……あれはオレ一人の責任ではないと思うのだがな。「火を使おう!」とか言い出したのはあきらだし。何でも「イフリートとかかっこいいじゃん!」だそうな。

 まあ結局、当時は素体という発想もなかったし、火という概念が簡単に収束してくれるわけもなく小規模爆発を起こすだけにとどまり、実験は終了。前述の結果となったわけだ。

 ちなみに火を得るのに子供だけでたき火をやったもんだから、警察にも怒られている。苦い思い出ばかりがあるので、今後"火の召喚体"だけは作ることがないだろう。

 閑話休題。そんな折に先日発見したのがジュエルシード。異世界の古代遺産――ロストロギアであり、高エネルギー魔力によって形成された結晶。因果を歪める特性を持った、非常に自由度の高い素材だ。

 これを利用しない手はない。さすがに持ち主を差し置いて勝手に使うなどという筋違いなことはしないが、交渉の末、最大で4つまでもらえることになった。

 4つ。それだけあれば、きっとどうにかなる。召喚体のステップの限界値まで行けるはずだ。そうすれば、目標まで一気に近付く。

 そのためには、スクライア達に全力で協力する必要がある。どの道ジュエルシードを見つけられなければお話にならない。

 だから、今日も学校が終わったら探索だ。これにも別の召喚体を使う予定である。

 

 さて、長々と説明したが、これでオレが今持つ技術というものを理解出来ただろう。……誰に向けての説明だったんだろうか。

 まあいい。鎖を外し、首に巻き付けて後ろで留める。胸元に収まる白い宝石。これで準備は完了だ。

 

「ブラン、問題はないか?」

『はい。状態は至って良好です、ミコトさ……ミコトちゃん』

「その調子やでー。頑張りぃ、ブラン」

 

 これは予定外の事態だったのだが、ブランは基礎状態でも会話をすることが出来た。恐らく、元々が魔法の結晶であったことに起因しているのだろう。

 別に問題となることでもない。この状態でも会話は出来るのだから、彼女の指導ペースも上がるというものだ。

 人前では会話をしなければいいし、もし聞かれたとしても……多分スルーされるんだろうな。「ああ、またあいつか」みたいな感じで。

 「コマンド」の構築のために、端から見たら変なことばかりやっていたから、周辺住民からも不思議ちゃん扱いされるようになってしまった。全くもって遺憾である。

 面倒がないことは、いいことなのかもしれんがな。

 

 

 

 

 

 三年生の教室は二階。車椅子を使っているはやてが昇るのは容易ではない。皆で協力して運ぶために、オレ達と5人衆は学校の門で待ち合わせをしている。

 向こうは既に全員集まっており、オレ達"3人"は合流して校舎の方に歩き出す。

 

「にしても昨日はびっくりしたねー。突然出現して消滅した巨大樹って、ニュースにもなってたよ」

 

 田井中が子供達の喧騒の中、軽く話題を提示する。昨日あったジュエルシード発動の話だ。

 今まで発動直前だったり、発動しても暴走体程度だったりしたジュエルシードなのだが、昨日とうとう「願いを歪めて叶える」という効果を発揮してしまったようだ。

 当然オレがその詳細を知るわけがないのだが、オフィス街の方で突如として天を突くほどの巨大樹が発生、一時的に交通網が麻痺したり、ビル等の建物にも被害が出てしまった。

 さすがにその状態ではオレに手出し出来るわけもなく、全てスクライア組に任せることとなった。結果は、ニュースの通りちゃんと封印は出来た。

 対処が遅れてしまったことに、彼らは責任を感じているようだった。何もできなかったオレは、せめて協力者として助言を与えることにした。

 

「責任は後悔するためのものではない。そんな自己満足しか出来ないなら、いっそ責任を捨てて、無責任に次の対策を立てておけ。その方が余程生産的だ」

 

 そう言った途端、高町なのはが泣きながら抱き着いて来てちょっと驚いた。「ごめんね」と「ありがとう」を繰り返す彼女を、頭を撫でて落ち着かせた。

 そんなオレ達の様子を恭也氏がとても穏やかな笑顔で見守っていたのが印象的だった。何というか、高町なのはとオレを同じような目で見ていた気がする。

 ……いや、実際そうなのかもな。もし状況が違えば、オレは本当に彼の妹になっていた可能性もあるのだから。思うところがあるのかもしれない。

 あと、印象に残ったと言えば、藤原が「これもうタイミングわかんねえな」とつぶやいて諦め顔だったことか。ちょっと意味は分からないが、あまり詮索する気もない。

 正直、「おっぱいシールド」とか開発するような男はどうかと思う。いや、別に開発して個人で楽しむ分には構わないが、オレは出来ればお近づきになりたくない。アホが伝染っても嫌だし。

 同じ防御主体の魔導師ということでスクライアが訓練を見ているらしいが、さすがに同情を禁じ得ない。「有能なのになんであそこまでバカなんだ……」と嘆いていた。

 そんなこんながあり、しかしニュースでは「原因不明」ということになっているので、世間一般への魔法技術の暴露には至っていないようだ。

 

「やっぱりあれって、ジュエルシードなんだよね。ミコトちゃん、ほんとに大丈夫?」

 

 伊藤が声を潜め、心配そうに尋ねてきた。オレが怪我をする心配をしてくれているようだ。

 それについては、断言はできないが安心しろと言おう。

 

「オレの手に負えないものなら、スクライア達に任せる。危険に無策で突っ込むほど考えなしではないさ」

「それなら、いいんだけど……」

「次の召喚体作るまでブランを使うわけにはいかんの?」

「ブランは装備型じゃなくて自律行動型だ。しかも役割は守護。討伐には向かんよ」

『お役に立てず申し訳ありません、ミコト様……あっ、ミコトちゃん』

「あれ、ブランさん呼び方変えたんだ。じゃあわたしらのことも、様付けしないで呼んでよー」

『あ、はい。努力致します、あきらさ……あ、あきらちゃん』

「ブランさんって見た目大人だけど、中身は年下って感じだよねー」

「実質生まれて数日だからな。全てはこれからの経験次第だ」

 

 学校という不特定多数の人間が集まる場所にも関わらず、普通に魔法関連の話をしているオレ達だった。まあ、今更だしな。

 

 

 

 学校生活では、班に分かれての活動となるときがある。最も頻繁なものでは給食だろう(うちの学校では、隣り合った男女4人で机を合わせて食べるスタイルだ)

 オレははやての学校生活をサポートすることを、担任の石島教諭から任されている。3年に上がるときに、オレ達が同じクラスだったり、同じ担任が受け持つことになったのは、そういう事情に配慮してのことだろう。

 つまり、オレは班行動では常にはやてと同じ班となる。残りの男子枠に関しては、毎回違う。席替えのたびに一喜一憂する彼らは、何と戦っているんだろうな?

 

「はい、ミコちゃんあーん」

「……はやて。学校でそれはやめよう」

 

 そして今がまさに給食の時間であり、悪ノリしたはやてが、家で時々やっているようなことを始めた。ほら、男子二人がこっちをガン見してるじゃないか。

 

「いえっ! 自分らのことはっ!」

「空気だと思って続けてくださいっ!」

 

 目が血走ってて怖い。本当に、彼らは一体何と戦っているんだ。

 なおも「あーん」をしようとするはやてに、ため息一つ。……これは仕方ないよな。

 

「教諭。文句は言わせませんので、一発お願いします」

「おう」

「んなぁ!?」

 

 はやての後ろに仁王立ちしている石島教諭にゴーサインを出すと、振り返ったはやてに拳骨が一発。痛そうな音がして、はやては痛そうに頭を押さえた。

 

「あいたた……石島センセ、これ体罰やで」

「保護者の許可はもらってただろ。公衆の面前でイチャついてんじゃねえ。TPOってもんをわきまえろ」

「センセ、小学生は普通TPOなんて言葉は知らんで」

「お前らなら知ってるだろうから使ってんだよ。あんま聞き分けないともう一発行くぞ」

「さ、サー! イエッサー!」

 

 拳を構えられ、はやては慌てて机に向いた。そうそう、ちゃんと行儀よく食べないとな。

 と、教諭は呆れたようにため息をつく。

 

「八幡ぁー。ちゃんと八神の相手してやってんのか? 最近忙しいらしいけど、ちゃんと相手してやんないと欲求不満になるぞ」

「……教諭、TPOってもんをわきまえましょう」

「お前、それこそ今更ってやつじゃねえか」

 

 理解ある教師というものなんだろうが、ぶっちゃけ過ぎである。何故オレ達の周りにはこうも極端な人しかいないのだろうか。

 まあ、助かってはいるんだがな。

 

「てっぺー! 八神さんいじめんなよー!」

「そーだそーだ! 俺達の楽しみ奪うなよなー!」

「うるっせえぞガキども! 飯ぐらい黙って食いやがれ!」

 

 ほんと、賑やかなクラスだこと。

 

 本日の班行動は、午後の授業にも一コマある。この学校特有のカリキュラムで、「研究・発表」というものだ。

 これは、班ごとにテーマを決め、文献等を使った調査を行い、まとまったところで皆の前で発表をする、という内容になっている。

 今回のテーマは、はやてが気になっているということで、「世界の怪異・怪談」だ。古今東西、世界で起こった神隠しなどの怪奇事件について調べている。

 

「まー、今一番身近な怪奇言うたら、ジュエルシードやろうけどな」

 

 男子二人が率先して図書室の文献を取りに行ったので、今ある文献をまとめながら、小さな声ではやてが話しかけてきた。

 今は基礎状態となってオレの胸にかかっているブランも、元はジュエルシード。昨日の巨大樹事件もジュエルシード。もし公に出来るような内容なら、文献を調べるまでもなく発表出来てしまうだろう。

 だが、それは出来ない。この世界には魔法文明がない――管理世界が言うところの、と枕詞が付くが――ため、不必要に拡散することは管理局法に抵触してしまう。

 もっとも、オレ達は管理世界に属している身ではなく、管理局法に縛られるような身分でもない。別に拡散したところで罪に問われることはないのだ。

 とはいえ、それをする気はない。オレ達は罪に問われないかもしれないが、クライアントのスクライアはそうではないのだ。彼の依頼を受けている以上、いたずらに不利益を与える真似は筋違いだろう。

 

「もし取り扱えるなら、管理世界なら学会で発表出来るような内容になるんじゃないか?」

「あはは、かもなー。ミコちゃんに至っては、多分やけど、他の人が真似できないことしとるし」

「ふむ。それで一山当てられるなら、一考の価値ぐらいはあるかもな」

 

 まあ、所詮一考の価値しかないのだが。スクライアの様子を鑑みるに、管理世界の法律は何かとしがらみが多そうだ。それはオレも望むところではない。

 高町家入りの話を蹴ったのと同じように、たとえ財を築けても、そこにオレの精神の自由がないなら意味がない。それならば内職で地道に収入を得た方が、比較にならないほどマシというものだ。

 

「管理世界ってどんなところなんだろうね。ユーノから聞いた感じだと、魔法が当たり前に存在するらしいけど」

 

 と、席を立ってあきらがやってきた。「ちょっと休憩」だそうだ。この時間は自由に動けるから、話しに来たようだ。

 それを皮切りに、"魔法"開発メンバーがぞろぞろやってくる。

 

「あれじゃない? ポ。ターの魔法界みたいな、ファンタジーな感じの」

「スリ○リンは嫌だ、○リザリンは嫌だ……」

「グリフィ○ドール!」

「田井中、亜久里。騒がしくすると教諭に注意されるぞ」

 

 忠告してやったが手遅れだった。二人に軽い拳骨が降り注ぐと、二人とも首根っこを掴まれて自分の席に戻された。オレ達も「あまり騒がしくするなよ」と注意を受けたが、話は続行していいようだ。

 

「真面目な話、科学はここ以上に進んでいるだろうな。高町なのはのデバイスとやらを見せてもらったが、ありえないほど複雑な構造だった。そもそもあっちの魔法は科学らしいからな」

「何か夢がないねー……」

「そういうもんやで、はるかちゃん。その点、ミコちゃんの「グリモア」は夢が溢れとるから、わたしは好きやで」

「「命霊」でしょ」

「「命術」……」

「やっぱり「心言」が一番だよ」

 

 また始まった。何でもいいだろうに、どうせオレしか使えないんだから。

 田井中は論外だが、個人的にあきらと伊藤の案も苦手だ。あきらはモロに読みをオレの名前にしてるし、伊藤も「命」の字は当然オレの名前から持ってきている。

 じゃあ田中の「心言」がマッチしているかと言われれば、ちょっと印象がずれている。別に心で語りかけているわけではなく、無感情な命令文を送っている感じなのだから。

 そうなると候補は「コマンド」「グリモア」「チートコード」の三つとなる。「コマンド」も「チートコード」も、名前の発想は大体同じだ。正規命令か割り込みかの違いだけ。

 はやての案である「グリモア」とは、「魔法書」を意味するフランス語だ。頭の中にある魔法書を開いて行使しているという、文学少女チックな発想に基づいている。

 なので、センスを求めるなら「グリモア」、名が体を表す簡潔さなら「コマンド」か「チートコード」と言った感じだ。

 とは言え、これはオレの一意見でしかなく、やはり皆自分の考えた名前が一番と譲らない。もっと他にやるべきことがあると思うんだが。

 

「それは一旦置いといて、皆そろそろ自分の班に戻った方がいいんじゃないか? 田井中と亜久里の二の舞になるぞ」

「……いいわ、ここは一旦退いてあげる。けど、わたしの案が一番だって思い知らせてあげるんだから!」

 

 何でわざわざ大声出すかね、この矢島晶は。予想通り、石島教諭から割と強めの拳骨を喰らっていた。

 うちのクラスの担任は、男女平等パンチを持っています。

 

 

 

 

 

「何というか……意外と年頃の会話をしているな。内容が少し一般と離れている気がするが」

「あはは……。けど、必殺技の名前を決めたいっていうのは、ちょっと分かる気がするかも」

 

 放課後、ジュエルシードの探索中だ。一度八神邸に帰り、ウインドブレーカーと野球帽の運動スタイルに着替え、探索を開始したところで、高町兄妹と遭遇した。

 オレは召喚体の報告待ちなので、特にやることはない。この広い海鳴の町から、あの小さなジュエルシードを目視で探すのは限界がある。

 一応、荒事になっても平気なように装備型の召喚体も基礎状態で持ってきている。ありふれたものを使っているため、ブランのように会話出来たりはしない。

 とは言え、俺自身が本当の荒事に対応できるレベルにはないため、もしもやばめな暴走体や発動体と遭遇してしまった場合は、高町なのはに任せることになる。

 で、せっかく合流したので二人と行動を共にし、話をしながら探索しているというわけだ。

 

「そういうものなのか。オレは分かりやすく覚えるのが煩雑にならない名前なら、何でもいいと思うが」

「むぅ。でも、技の名前を言うときにかっこ悪いと、恥ずかしくない?」

「そもそも技を使うときに名前を口にするという発想がおかしいと思うのはオレだけだろうか」

 

 「コマンド」を使うときは"命令文"を口にしなければならないオレが言うのもおかしいかもしれないが。もし出来ることなら、長文なしで発動できるような技術がよかった。出来なかった結果がこれである。

 長文を発するということは、それだけ時間的なロスが発生する。差し迫った状況で、それは命取りとなり得る欠点だ。だからオレの"能力"は、本来戦い向きではないと言っているのだ。そもそも想定していない。

 同じく技名を口にするというのは、敵対者に「これからこんな技を出しますよ、どうぞ避けてください」と言っているようなものだ。それを逆手に取ったブラフ、というなら話は別だが。

 ちなみに恭也氏は高町なのは側の意見だった。

 

「俺は自分の流派の技に誇りを持っている。技を口に出すというのは、自身を鼓舞するという意味もあるが、何より流派の証明をすることだと思ってるな」

 

 まあ、考えは人それぞれなのだろう。恭也氏の理屈が理解できないわけではないしな。

 

「うーん。なのはもミコトちゃんの"魔法"に名前を付けたいの。だから一度使ってるところを見てみたいな」

「オレの"魔法"は見世物のために作ったわけではないんだが」

「まあそう言うな。探索中の息抜きだと思って見せてくれ」

 

 息抜きに"能力"を使うという話なのだが、それはどうなんだろう。

 高町なのはは「結論を決めてしまう」と突っ走る人間だ。当然、オレが何を言っても聞きはしないだろう。こういうところが苦手なのだ。

 

「……そうだな。翠屋のシュークリーム三個おごり。これで手を打とう」

「うっ。ミコトちゃん、抜け目ないの……」

「自力で生活費を稼いでる身なんでな。逞しくもなる」

 

 どちらかと言うと、これは貸し借りのバランスを取る性分だろうけどな。

 

 高町なのはの了解を取り付け、人目の少ない神社の奥へ。巫女が一人いたが、彼女は異能調査の際に話を伺った人なので、特に気にすることはない。

 見せるのは……召喚体の復元でいいか。

 オレは左ポケットから一本の羽根を取り出す。元はその辺で拾った鳩の羽根だ。これを素体に、オレは最初の召喚体を作ったのだ。

 素体は鳩の羽根。基本概念は"風"。そして想像理念は、「道を切り拓くためのオレの手足」。

 「プリセット」から"こいつ"の情報を引き出し、同調させる。紡ぐは、復元のための"命令文"。

 

「『"風の召喚体"エール、その姿を顕現しろ』」

 

 瞬間、風が起こる。それは小さな渦を巻き、羽根を覆う。多量の羽根が舞い、風に乗って形を作り出す。

 それらは一繋ぎのエッジとなり、左手の中に収まった。その姿はまさに、羽根の剣。

 

「こいつがオレが戦うための召喚体……って、何をポカンとしている」

 

 紹介してやっているというのに、阿呆のような顔を晒す高町なのは。恭也氏の方はというと、ちょっと背筋が寒くなる眼光。考えていることが容易に想像できるんだが、オレは戦いは不得手だと言わなかっただろうか?

 

「……ふぇぇ、思ったよりもほんとに魔法だよぉ」

「ああ。なのはやユーノが使うものと違って、おとぎ話通りの魔法というイメージだ。よくもまあそこまで作り上げたものだ……」

「発想の大半はうちのクラスメイト達だし、そのイメージの通りになっているのかもしれないな。とりあえず、紹介させてもらうぞ」

 

 「エール」と声をかけると、柄の部分についた鳥の目を動かし、鳥のくちばしで挨拶をした。

 

『やあ、初めまして。ボクは"風の召喚体"エール。ミコトちゃんの初めての相手さ』

「しゃ、しゃべ……って、ええ!? は、初めてって!?」

「初めて作った召喚体という意味だ。悪戯好きなやつなんだ」

「……意匠は鳥のようだが、性格は妖精、といった感じだな」

『何せ、ボクは風だからね。女の子のスカートを揺らすのがボクの仕事さ』

 

 基本概念に"風"を使った弊害だろう。おしゃべりが過ぎるし、冗談が多すぎる。高町なのはは、エールの発言で顔を真っ赤にした。

 

「装備として使いやすいように剣の形をしているが、こいつは召喚体。剣そのものじゃない。だから、剣の心得がないオレでも使える」

『ボクを振るうって言うより、ミコトちゃんの意志に合わせてボクが動くって感じだね。あとは加速なんかの恩恵もあったりするよ』

「……いいなぁ。なのはもこんな魔法が良かったなぁ……」

「ない物ねだりをしても仕方ないぞ。それに、実際戦うとなったらそちらの魔法の方が圧倒的に有利だ」

 

 再三になるが、この"能力"は戦うためのものではない。戦いに流用されているだけであり、最適化はされていない。

 エールは速さこそ上がるが、それだけだ。剣の形をしていても、実際には剣ではないから、切れ味は市販の包丁と大差ない。エール自身も剣の心得があるわけじゃないから、技としても微妙だ。

 だから、これで対処できるのは弱い暴走体程度だ。一応「コマンド」を使うことで強力な現象を引き起こすことも可能だが、そもそも"命令文"に時間がかかるから論外だ。

 

「オレがこの"魔法"を作ったのは、はやての足を治すという目的のためだけだ。こんなのはただのおまけだよ」

『こんなのって酷いなぁ。それにしても、ミコトちゃんは相変わらずはやてちゃんのことが大好きだね。まあボクも好きだけどね、はやてちゃん。名付け親だし』

 

 ちなみにエールとブランの名付け親は、両方ともはやてだ。エールは「翼」を、ブランは「白」を、それぞれ意味するフランス語だ。

 オレだと単純に「羽根」とか「光」とかしか付けないからな。「あかんでぇ、ミコちゃん! それはあかんでぇ!」と言われてしまった。

 エールの言葉で、何故か高町なのはが落ち込んでしまった。感情の忙しい奴だ。

 

『……んん? んふふ。どうやらミコトちゃんは、また一人女の子を籠絡したみたいだね』

「どういう意味だ。オレは同性をたぶらかしたりする趣味はないぞ」

『無自覚だからいいんじゃあないか。その調子で頑張ってよ、ボクのマスター!』

 

 やかましいので、基礎状態に戻す。左手の中で一本の羽根に戻ったエールを、ポケットにしまった。

 さて、と。

 

「そろそろ復活しろ、高町なのは。この技術の名前を考えてくれるんじゃなかったのか?」

「……あ、そだったね。……ねえ、ミコトちゃん。ミコトちゃんは、わたしのことどう思ってる?」

「勘違い猪突猛進娘」

 

 「うっ」と彼女は呻いた。恨んでいるわけではないが、4年間も性別を勘違いされたという事実は少なからずショックだったのだ。

 別に女らしさとか気にしてないけど、性別というアイデンティティの根底にあるものを否定されると、さすがにちょっと落ち込む。

 

「……だが、それなりの器ではあると思っている。友情、という感情はいまだによく分かってないが、いつか対等に感じられる日が来るだろう。そう思っているよ」

「……そっか。今はそれで、いいかな?」

 

 軽く頭を振る高町なのは。何を迷っているのかは知らんが、オレの言葉が少しは力になったのなら幸いだ。

 

「うん! ……そうだ! ミコトちゃんの"魔法"、「フェアリーテール」ってどうかな。童話って意味の英語なんだけど」

「少々エールのイメージに引っ張られ過ぎな感があるな。まあ、そのアイデアは皆に伝えておこう」

 

 彼女は"魔法"の開発に参加していたわけではないが、もしこれがいい案だというのなら、それが通って然るべきだろう。

 と。帽子が取られ、ポンと俺の頭に手が置かれる。恭也氏だった。

 

「お前は本当に不思議な子だ。俺達が欲しい言葉を、的確に言ってくれる。……ありがとう、ミコト」

「どういたしまして。オレは思ったことを言っているだけなんだが」

「きっと、それが大事なんだ。お前がお前らしく成長したからだろう。妹じゃないのは残念だが……これでいいんだろう」

 

 そう言った恭也氏の目は、それでもやっぱり妹に向けるものだったと思う。

 ……まあ、別にいいけどさ。

 

 結局この日はジュエルシードを見つけられず、翠屋でシュークリームのお土産と、おまけでコーヒー豆を奢ってもらい、解散となった。

 

 

 

 

 

「うむむ……やっぱ高町家は油断ならんなぁ」

 

 捜索に使用した召喚体を回収し晩御飯のおかずとし(元が食材なので無駄にはしない)、今は入浴の時間。風呂上りには翠屋のコーヒー豆でコーヒーを入れて、シュークリームをいただこうと思っている。

 晩飯時に今日あった出来事をはやてとブランに話したが、それからはやては難しい顔で唸りだしてしまった。

 そして現在、頭を洗って流してやると、そんなことを言い出した。次ははやての体を洗いながら、話す。

 

「そうか? 戦闘中はどうか分からないが、日常においてはむしろ油断だらけだと思うが。シュークリームの戦利品も得られたことだしな」

「そういう意味やないねん。まだミコちゃんの高町家入り諦めてないんちゃうか、ってな」

 

 ああ、恭也氏の反応か。それはどうなんだろうな。たとえ彼がどう思っていようが、親御さんがどう考えるかは別の話だ。

 去年の初詣の件や、先日の翠屋での反応を考えると、オレが「八幡」であることに後悔らしいものはないように思えるが。

 

「そんなん、なのはちゃんがおねだりしたらコロっと掌返すかもしれんやろ。士郎さんも桃子さんも、なのはちゃんのことは猫かわいがりしとるらしいやん?」

「ああ……まあ、それはオレの責任もないわけではないのか」

 

 高町家入りを断る際の発言で、桃子氏は「今本当に必要なことは何なのか」に気付いたそうだ。オレが彼らに恨まれていないのは、そう言った事情からだ。

 その代わりというか、高町なのはは蝶よ花よと可愛がられて育った。少し前まで、彼女は両親と一緒に寝ていたそうだ。今は自室でスクライアと一緒らしいが(彼には動物用の籠が与えられている)

 彼女が大人物の器を順調に育てながらも、相応に子供らしい面を持っているのは、そういう環境によるものなのだろう。

 

「ミコちゃんの"魔法"に協力したわけやないのに、ちゃっかり名前提案しとるし。しかも結構ハイセンスやし」

「それはあまり関係ないんじゃないかと思わなくもないが、はやて的にはありなわけか」

「せやね。名前自体は、わたしの「グリモア」と並べてもいい出来やと思う。譲る気はあらへんけども」

 

 はやても御多分に漏れず、自分の考えた名前が一番であると主張する。しかして認めるだけの出来ではあるのか。これは、名前決めを自分の案以外の多数決にした場合、高町なのはの意見が通ってしまうかもしれない。

 今、この風呂場にはオレとはやて、そしてブランもいる。要するに現在の八神家勢揃いというわけだ。

 

「ブランもそう思うやろ?」

「え!? えっと、その、皆違って皆いいといいますか……む、難しいですよね!?」

「あかんでー、ブラン。それは逃げの言葉や。「ブラン」って名前もフランス語やし、大元もフランス語の方が統一感あってええやろ?」

「あ、あうぅ……ミコトちゃあん」

「おお、ちゃんと呼べるようになったな。特訓の成果があったというものだ」

 

 ブランには助け舟を出さず。とは言え、実際のところはやての説には一つ穴がある。広域調査用の召喚体の名前は日本語と英語の組み合わせであり、既に統一感がないのだ。オレが勝手に名前を決めたからだ。

 他の召喚体と違って、広域調査用の"兵団"は使い捨てのイメージが強く(毎回素体が違い、情報は共有していても使用のたびに作り直している)、凝った名前は適さなかったのだ。

 なので、別に"魔法"そのものをフランス語で統一する必然性はどこにもなく、分かれば何だっていいのである。但し田井中の案だけは除く。絶対許さない。絶対にだ。

 

「ひゃあ!? は、はやてちゃん何処を触ってるんですかぁ!?」

「やー。ブランはおっきいなぁ思ってな。わたしもミコちゃんも子供やから、するんぺたんやし。八神家におけるレアリティ高いでぇ」

「ひうん! そんなレアリティいりませぇん!」

 

 どうやらブランは真面目キャラかと思いきや弄られキャラだったようだ。反応が良すぎる。はやてもそれが楽しいのだろう、嬉々として色々やっている。

 ……何となし、自分の胸を見てみる。大平原である。

 ブランを見てみる。大山脈である。

 自分を見てみる。……大平原の小さな胸である。

 

「……オレには将来性あるから、気にしてないし」

 

 気にしてないけど、ブランを見る目がちょっと恨みがましくなった気がした。多分気のせいだ。

 とりあえず、オレもはやてに混ざってブランを弄ることにした。肉付きがよく、上質な柔らかさの体だった。きっと素体が最高級品だった恩恵だろう。

 

 

 

 その後、髪を乾かしてはやてがオレの髪の手入れをする。オレの髪は無駄に長いもんだから、自分で手入れするにはちょっと手に余る。はやてもオレの髪に触れるのは楽しいらしいので、お互いに都合がいいのだろう。

 代わりと言ってはなんだが、はやての髪はオレが手入れしている。最近もやしパワーのおかげか髪質が改善してきた気がする。やはりもやしは格が違った。

 なお、ブランの髪は特に手入れをする必要がない。まあ人の姿をしていても実際は召喚体だからな。肉体的な変容性は乏しいのだ。

 あとは風呂上りの楽しみをいただき、内職や宿題をやって、10時過ぎには就寝。歯磨きはしっかりしたぞ。

 ブランも起床時刻をセットしてスリープに入る。彼女だけは別室で眠ることになるが、オレもはやても、この時間は二人でいたいからな。致し方なし。

 はやてをベッドに運び、電気を消す。髪留めを外してベッドサイドテーブルに、既にはやてが置いていた分と重なるように置く。

 オレも布団にもぐりこみ、するとはやてが抱き着いてきた。

 

「えへへー。ミコちゃん、ええ匂いや。女の子の香りがするー」

「はやてもな。はやての体は、柔らかくて気持ちがいい」

 

 ギュッと彼女の体を抱きしめると、くすぐったそうに笑った。

 ……そういえば、今朝はタイミングが悪くて邪魔が入ったんだったっけ。

 

「はやて」

「なぁに、ミコちゃっ」

 

 言葉の途中ではやての唇を奪う。触れるだけの軽いキスだけど、今のオレにはこれで精一杯だ。既に顔の熱が大変なことになっている。きっと真っ赤になっているけど、暗くて分からないから助かった。

 

「その……おやすみのキス、だな」

「あはっ。可愛いミコちゃん。大好きやで」

「オレも……はやてのこと、大好き」

 

 恥ずかしさが勝って、蚊の泣くような囁きになってしまった。だけどそれはちゃんとはやてに届いていて、抱きしめる力に変わった。

 ――本当に、人は変われば変わるものだ。こんなオレが、はやてを好きになって、恥ずかしさを感じて、だけどやっぱり嬉しいとも感じられるようになるのだから。

 

「……おやすみ、はやて」

「うん。おやすみ、ミコちゃん……」

 

 腕の中に、体全体にはやての幸せな重みを感じて、オレの意識は睡眠の中に溶けた。

 

 

 

 そんな、幸せな一日の出来事だった。




百合(あれ)はいいものだ……。
あれから一年が経ってそれなりに感情豊かになってきたミコトちゃんでした(それでも同年代の子供に比べると薄いけど)
さりげなくあきらちゃんと大ゲンカしたことで何かが通じ合ってます。漢女の友情ッ!!(友情ではない)

ミコトの容姿は特に断定はしませんが、「けいおん」の秋山澪をちみっこくした感じとかイメージするといいかもしれません。
将来的に巨乳フラグも立ってるしね(背を伸ばすための牛乳……あっ)



ミコトの"魔法"



・「コマンド」(仮称)

別名が複数あり、「グリモア」「命霊」「チートコード」「命術」「心言」「フェアリーテール」と好き勝手に呼ばれている。大穴「ミコっち魔法」。
ミコトの原初の能力である「プリセット」を用いて、該当の事象を根本から「理解」することによって同期接続し、「言うことを聞かせる」、つまりは「命令する」技術。
「プリセット」ありきの技術であり、他の人間には使えない。これは、ミコトの理解が内側からであるのに対し、他の人間は外側の観測結果から理解しているという違いがあるため。
元となったのは日本古道陰陽術の五行思想、疑似生命をエミュレートする式神術、精神存在に直接作用する退魔術・霊術等。これらを基盤までバラして再構築することで、命令メソッドを確立している。
技術の行使には、まずミコトが「プリセット」から必要なデータを引き出し、次に対象と同調することで命令ルートを繋ぎ、最後に口頭で"命令文"を出力する必要がある。工程が多いため、即時の対応には向かない。
ミコト曰く、「ツールを作るためのツール」。目的達成のためには足りない部分が多いため、次のステップとして召喚体というものを考えた。
なお、各自の命名理由だが、
-「コマンド」(ミコト)と「チートコード」(亜久里)は事象への命令。違いは正規か改造か
-「グリモア」(はやて)は「プリセット」を魔法書と見立てている
-「命霊」(あきら)はミコト+言霊と命令のダブルミーニング
-「命術」(睦月)は単純にミコトしか扱えない術法であることと、本来の目的がはやての足を治すという命に関わる事象であることから
-「心言」(はるか)は精神で語りかける(ように見える)技術であることと、「真言」にかけている
-「フェアリーテール」(なのは)は童話のような"魔法"を扱えることから
である。「ミコっち魔法」(田井中)については、バカの発想なので割愛。



・「召喚体の作成」

ミコトが打った次の一手。「コマンド」を用いて事象を受肉させる技術。これにより「コマンド」の応用性が大幅に広がることになった。
召喚体は素体(能力値)+基本概念(性質、受肉させる事象の本体)+創造理念(存在理由)によって作成される。性格は組み合わせで決定されるらしいが、ミコトも詳しいことは把握できていない。
作られた召喚体は基本概念の性質に特化され、その分野において非常に強力な効果を発揮する。たとえば
-"風の召喚体"エールは風の性質を持ち、また気流の操作をノータイムで行うことが出来る。但し素体が安物であるため、力そのものは大きくない
-"光の召喚体"ブランは、現在こそ出来ることは少ないものの、学習さえすれば光を扱った事象ならどんなものでも引き起こすことが出来る。また、素体が最高級品であるため、力も非常に大きい
といったものがあげられる。これまでにミコトが作った召喚体は全3体(うち一つは群体)。
形状によって「装備型」と「自律行動型」の二種類に分かれる。エールは装備型、ブランと広域調査用の召喚体は自律行動型である。
このステップの目標は、はやての足が動かない原因を突き止めること。かなりの回り道になっているが、「プリセット」以外の能力を持たないミコトには不可欠なのである。

某変態もどきは、当然ながら原因を知っている。何も言わないのは、はやてのためにここまでしているミコトの想いを踏みにじってしまいそうで怖いから。
ミコトの性格を理解していないがためのすれ違いである。


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九話 月村邸 前編

話の区切り的に分割更新という形にしました。


 ジュエルシード探しに協力を始めて、早数日。これまでに集まったのは、元々スクライア陣営が持っていた4つに加え、ブランとなったもの、巨大樹騒ぎを起こしたものの2つ。

 ジュエルシードは全部で21個ということなので、これで残りは15個ということになる。オレが探して封印したものは、残り3つまでそのまま確保して構わないということなので、最低でも3つは探し当てたいところだ。

 もちろん、こちらの目的を達成したらさようならとは考えていない。それは筋が通らない。スクライアとの契約は「ジュエルシードの回収に協力する」なのだから。

 なので、オレも毎日広域探査用の召喚体「もやしアーミー」を駆使して調査を続けているのだが、中々見つかってくれない。

 オレが作る召喚体は、そもそも向こうが言うところの「魔力」を持たない。だから「ジュエルシードの魔力を感じ取って探す」という高効率なやり方が出来ない。

 加えて、もやしアーミーは誕生して数ヶ月の軍隊だ。まだまだ探査メソッドの確立が出来ておらず、効率の悪さに拍車をかけている。芸風ばかりが上達しているので、多分寄り道が多いのだろう。

 そんなわけで、まだまだジュエルシード探しは先が長そうだ。

 ……町の危険について? そんなことはオレの知ったところではない。自分の身の回りに関しては警護を付けているのだから、それ以上を気にする必要はないだろう。

 

 はてさて、今日は日曜日である。つまりは一日かけてジュエルシードの探索が行えるということなのだが、何故か休憩が入ってしまった。

 事の発端は高町なのはの友人であるというアリサ・バニングスの発言。オレは又聞きなので詳しい経緯は知らないが、「いい加減休養を入れろ」と怒られてしまったそうだ。

 で、せっかくなので皆で集まってお茶会でもしようということになって、その話がオレとはやて、ブランのところにまで届いたというわけだ。

 無論オレは必要ないと思ったのだが、はやてが「お茶会」という単語に強く反応してしまい、彼女が行きたいと言えば必然的にオレも行くことになり。

 

「……ふぁー。豪邸やわぁ」

「これは……凄いな」

「大きいですねぇ~」

 

 オレ達は今、月村邸の前に来ている。……で、合っているはずだ。これが個人の邸宅であるなどと、俄には信じがたいが。

 ――月村すずかとアリサ・バニングスの二人がお嬢様であるという話は、先日の顔合わせのときに聞いている。本物は初めて見たわけだが、そういう人種が存在することは知っていたので、別に驚くほどでもなかった。

 なかったのだが。……これは、オレ達が思っていた以上に本物のお嬢様なのではないだろうか。

 一言で言おう。これは家ではない。館だ。中世ヨーロッパの貴族の館に迷い込んでしまったかのような錯覚を受ける。

 左を見る。木々に隣接するように続く塀。右もまた同じ。パッと見て端が見えないほどに続いているのだ。

 そして眼前の門は、大人サイズであるブランの身長よりもはるかに高い。トラックとかバスとかがそのまま通れるような門だ。

 その奥には、広大な敷地面積を誇る3階建て洋館。……やはり時空が歪んでいるとしか思えない。資本経済の圧倒的偏りを感じざるを得ない。

 

「……ふ。日々の生活費を造花の内職で賄っているようなオレが、場違いにもほどがあるな」

 

 笑うしかない、とはこのことだろう。何の嫌味だろうか。いや、誰もそんなことは考えていないだろうが、どうしても惨めに感じるのだ。自分で稼いでる身としては。

 どうしてオレはお呼ばれしているのだろうか。ああ、向こうがオレの事情を知らないからか。高町なのはにも内職の話はしていないものな。自分で稼いでる、とは言ったが。

 

「帰っていいだろうか」

「だ、ダメやでミコちゃん! 今日はミコちゃんがメインでお呼ばれしとるんやから! むしろわたしが付き添いなんやから!」

「そ、そうですよミコトちゃん! 意思を強く持ってください!」

 

 踵を返そうとするオレを、はやてとブランの二人がかりで抑えてくる。ブランのマスターはオレだが、生活の時間ははやてとの方が長いため、彼女の意志を尊重する傾向にある。オレもそれを望んでいるわけだが。

 ……はあ。仕方ない、腹をくくるか。

 

「分かった。それじゃあインターホンを押すぞ」

「う、うん」

「ふぇぇ、何だかドキドキします……」

 

 最初の頃のクールな印象は何処へ行ったのやら、ブランはすっかり弄られ系小動物キャラが定着してしまった。変に固いよりは取っつきやすくていいが。

 荘重な門の勝手口の横にある、不釣合いに近代的なインターホンを押す。音は聞こえなかったが、赤のランプが押している間消灯したので、多分作動したのだろう。

 待つこと数秒。ブツッという回線がつながる音がして、平坦な女性の声が聞こえた。

 

『はい、月村邸でございます』

「月村すずかさんからお招きに与かった、八幡ミコトと申します。八神はやて、ブランとともに訪問致しました」

『ご丁寧にありがとうございます。今お迎えに上がりますので、そのまま少々お待ちください』

 

 もう一度ブツッと鳴って、今度は回線が切れる。使用人のレベルも高そうだ。成金ではない、本物のブルジョワジーの香りがする。……帰りたい。

 

「やっぱそうしてるときのミコちゃんってかっこええよなー。可愛くてかっこいい、まさに理想のお嫁さんや!」

「茶化さないでくれ。向こうの対応が丁寧だったから面倒がなかっただけだ」

「いいえ、ご立派でしたよ、ミコトちゃん。御謙遜なさらずに」

 

 たかがインターホンの対応で褒められても困る。ブランもすっかりはやて色に染まってしまって。

 と、勝手口が開き、怜悧な表情のメイドが現れた。……メイド、である。本物の。

 

「お待たせいたしました。私、月村家メイド長を務めております、ノエル・K・エーアリヒカイトと申します。皆さまをお茶会の会場までご案内致します。短い間ですが、よろしくお願い致します」

「改めて、八幡ミコトです。本日はお招きいただき、ありがとうございます。……ほら、はやても」

「ひぇ!? あ、そ、そうやな! ミコちゃ、じゃなくて、ミコトちゃんの同居人の八神はやてですっ!」

「あ、え、えと、八神家の家事手伝いのブランと申しますっ!」

 

 二人ともテンパりすぎである。気持ちは分からないでもないが。

 

「ありがとうございます。それではご案内致します」

 

 怜悧を崩し、柔らかく笑みを作るメイド……ノエル。完璧だ、完璧すぎる。月村家、完璧なブルジョワジーだ。

 改めて突き付けられた現実に、内心戦慄しながら、オレはノエルの後を着いて行った。少し遅れて、ブランに車椅子を押されたはやてが、慌てて着いてきた。

 

 からの、何だこれ。

 

「こら、ファリン! あなたまたやったの!?」

「あうぅ、お姉ちゃん!? ち、違うんです! これはガイ君がー!」

「……ふっ。我々の業界ではご褒美です、そんな風に考えていた時期が俺にもありましたがそんなことはなかったぜ。普通に熱い。痛い。ひやしてくださいしんでしまいます」

「ガイーッ!? なんて無茶をする奴なんだ、キミは!」

 

 ノエルによく似たファリンと呼ばれたメイドが、その場でうずくまっている。その横では、ほかほかと湯気を立てる紅茶まみれの藤原が倒れていた。スクライアが慌てた様子で魔法陣を展開している。

 向こうの方にいる少女達……高町なのは、及びバニングスと月村の三人は、呆れを通り越して冷凍視線を少年に注ぐ。物理的に冷気を持っているなら、それだけで火傷防止になるだろう。

 ……本当に、何だこれ。

 

 

 

 あの後はノエルが収集を付け、事なきを得た。どういうことか三人娘に聞いたところ、以下のような流れがあったそうだ。

 

1.ファリンが紅茶を運んできたとき、突然藤原が(スカートの中を覗こうとして)這いつくばる

2.驚いたファリンが紅茶を手放してスカートを抑える。当然紅茶は宙を舞う

3.藤原がその体勢のまま射出され(恐らくは魔法)、紅茶の着地点に滑り込む。スクライア曰く、「あんなアホなシールドの使い方する奴は初めてみた」だそうな

4.オレ達が到着する

 

 とりあえず、はっきりと言えることが一つだけある。

 

「お前は一度頭を病院で見てもらった方がいいな。行動原理に障害があるとしか思えない」

「ひっでぇ!? ファリンさんを悲しませない俺の男気なのに!?」

「そもそもの原因があんたでしょうが! どうしていきなりスカートの中を覗くって発想になるのよ!」

「あふれ出るリビドーを抑えきれませんでした! 反省も後悔もしてません!」

「人に迷惑かけてんだから反省ぐらいしなさいっ!!」

 

 何故かやりきった顔の藤原と対照的に、バニングスは怒り心頭の様子で息を荒げる。正直、部外者なので着いていけない。着いて行く気がないとも言うが。

 まあいい。二人は放置して、改めて集まった皆に挨拶をする。恭也氏はいないようだが、恋人だという月村の姉のところにいるそうだ。

 

「なんや、緊張してたけどアレ見たら一気に気が抜けたわ」

「そんなに構えなくてもよかったのに。お茶を飲んでお菓子を食べて、おしゃべりするだけの会なんだから」

「そうは言うても、こない大きなお屋敷なんて、見たこともなかったからなぁ」

 

 はやては月村と会話を始めた。何だか弾んでいるようだ。波長が合ったのかもしれない。

 ブランは、はやての横で月村との会話をニコニコしながら聞いている。

 ふむ。

 

「何というか、自由な友人達だな」

「あ、あはは。でも、ミコトちゃん達には負けると思うよ?」

「……客観的に見るとどっちもどっちかもしれないな」

 

 あいつらもあいつらで大概だからな。……もしかしたらオレの影響なのかもしれないが。

 

「……ごめんねミコトちゃん。せっかく来てくれたのに、早々にアレが迷惑かけて」

「オレは気にしていない。まあ、発端が「スカート覗き」ということに嫌悪感を覚えないでもないが、小学生らしくはあるんじゃないか?」

「そう、なのかなぁ。……でもやっぱりアレはないよ」

「そこに関しては同意だ」

「ふ、二人とも辛辣だね……」

 

 藤原の治療をしていたスクライアが、高町なのはの肩の上に戻ってきた。

 

「ということは、まさかスクライアは藤原の言動に一定の理解を示しているのか?」

「そうなの、ユーノ君?」

「え、いや、そういうわけじゃないよ!? ただ、その、同じ男として、立場が弱いことに同情するっていうかなんて言うか!」

 

 高町なのはの糾弾の視線を受けて、スクライアは慌てて弁解する。……そういえば、こいつらはこの女所帯の中にいる、数少ない男だったな。スクライアは男というか雄だが。

 そう考えてみたら、オレは学校でも女同士で行動していることがほとんどであることに気付いた。男達はオレを遠巻きに見ているだけ。別にそれでどうというわけでもないのだが……妙な危機感を感じた。

 

「ひょっとして……オレは男との交流の仕方を知らない?」

「え、そうなの? ミコトちゃんぐらい可愛かったら、学校の男の子とか放っておかなそうなのに」

「それな、なのはちゃん。ミコちゃんは可愛いんやけど、可愛すぎて男の子やと声かけれへんのよ。だから周りは女の子ばっかや」

「この間の5人だよね。ミコトちゃんの"魔法"作りにも協力してたっていう話だし、とても仲が良いんだね」

 

 月村は若干誤解しているようだが、別に訂正する必要はないだろう。そこまで深く彼女に関わる気はない。

 ……というか、アレじゃないか。あいつらと7人で行動することがほとんどだから、数の暴力で男が寄りづらくなってるだけなんじゃ。

 

「なら、俺の出番だな。何を隠そう、俺は男の中の男だッ!」

「こら、逃げ出してんじゃないわよ変態!」

 

 バニングスの説教から抜け出した藤原がやってきた。高町なのはが露骨に表情をしかめる。そんなに嫌いなら、どうして交友を保っているのだろうか。今日もこの場に呼んでいるし。オレだったら即座に切り捨てるが。

 

「んんーん、やぁっとミコトちゃんと会話するチャンスが巡ってきたぜ。この間から話したかったのに、周りの子達のガード固いんだもん」

「当たり前なの。キミみたいな変態がミコトちゃんに近づくなんて許されないの。だからどっか行って」

「連れないなぁなのはは。でもそういうところもミ・リ・キ!」

「キモイの」

 

 ふむ。どうにもこの少年のキャラクターが掴めない。高町なのはは嫌っていると言うが、その割にはどんなくだらないことにも必ず反応を返している。藤原の方も、どんな罵詈雑言も笑って受け止めている。

 この二人の関係性が、いまいち分からない。

 

「まあ、そう邪険にすることもないんじゃないか。もし本当にどうしようもない奴なら、そこから容赦なく投げ捨ててしまえばいい」

「おぉう過激……しかもマジだこれ」

 

 当たり前だ。オレはやると言ったらやる女だ。

 オレの発言を受けて、高町なのはも渋々ながら矛を収めた。一応協力者なのだから、衝突ばかりでは疲弊するぞ。

 

「藤原の言う通り、確かにオレ達がまともに会話をしたことはなかったな。最初のときはスクライアが主体だったし、翠屋の時は他の皆に封殺されていた」

「毎日の報告もなのは達任せにしちゃってるからねぇ。なんでミコトちゃんケータイ持ってねえの?」

「基本料金の無駄だからだ。贅沢は敵だ」

「ストイックだねぇ。俺にゃ真似できねえや」

 

 普通に会話が成立している。高町なのは達三人は、驚いたような、偽物でも見るような目で彼を見ている。

 

「……ねえ、ガイ。ひょっとして、あたしが蹴り過ぎておかしくなっちゃったの?」

「もしかしてさっきの紅茶で回路が正常に戻ったとか……」

「真面目なガイ君とか、コレジャナイ感がひどいの」

「優しさが痛ぇ!! キミら容赦ないよねぇ!? これなら変態って罵られてた方がマシなんですけど!?」

 

 ……ああ、なるほど。そういうことか。この少年の立ち位置が理解出来た。

 つまり、彼は。

 

「「道化」か」

 

 道化を、「演じている」。どういう理由があってそうしているのかは分からないが、自分自身がピエロとなって、場を賑やかすことに努めているのだ。

 そう考えると、全ての行動が小学生のノリとは思えなくなる。この少年は「分かってやっている」。どちらかといえば、大人の気遣いに近い質だ。

 だからこの少年を見直した、というわけではないが。認識を改め、「ただのアホ」から「何かあるアホ」に進化させたというだけ。

 オレの答えは合っていたのだろう。一瞬だけ頬がひくっと動いた。はやても見ていたはずだ。ブランは……まだそこまで洞察力はないか。

 

「何、深入りをするつもりはない。お前はお前の目的を持って行動すればいい。そこに他者が介在する余地はない。今まで通り、彼女達に罵られて楽しむ毎日を送るといい」

「……うぇっはー。ミコトちゃん、マジでキミ何者? 精神年齢が小学生と思えないんだけど」

「オレは昔からこうなんだ。これでも、はやてのおかげで少しは歳相応になったんだぞ」

「ふーん。……はやてちゃんの反応見るにほんとっぽいね。「天然もの」でこんなこともありえるんだなぁ」

「……あ、あの、ガイ君? さっきから何の話してるの? なのは、全然着いてけないんだけど……」

 

 おっと、この会話自体が彼の目的を邪魔することになってしまうな。それはいかん、干渉する気はないのだから。

 

「彼は君達から罵られることを至上の楽しみにしているそうだ。これからも存分に罵ってやるといい」

「へ、変態なのっ!?」

「蔑みの視線、あざっす! やっぱこうだよね! 涙が出ちゃう、不思議っ!」

「……ああびっくりした。ガイが別人になったかと思っちゃった。そうよね、変態は何処までも行っても変態よね」

「なんや、急になのはちゃんとアリサちゃんイキイキしだしたな」

「二人とも、何だかんだでこのノリに慣れちゃってるからね」

 

 そうだな。藤原凱の目的が何なのかは分からないが、彼女らにとって悪いものでもないのだろう。

 

「ふははは! もう何も怖くない! ミコトちゃん、はやてちゃん! そしてブランさん! あなた方にも、我がハーレムの一員となる栄光を与えよう!」

「『ごめんなさい、あなたのことは友達としてしか見れないの』『きっと私よりいい人が見つかるよ、応援するから頑張って』」

「ごっふぅぁ!?」

 

 どういう原理か、藤原凱が吐血して倒れた。ある程度は認めてやったが、誰がハーレムの一員だ。ふざけるな。

 

「み、ミコト……あんた容赦ないわね」

「ミコトちゃんの女の子言葉、何か背筋がゾワッて来たの……」

「これ、ほんと気色悪いんよ。やっぱミコちゃんは男言葉使ってないと違和感が酷いわ」

「あははは……ミコトちゃんは、そのままで十分可愛いですよ」

「み、皆! ユーノ君が流れ弾で大変なことに!」

「あばっばっばばんばばっばばっっっ!?!?」

「ゆ、ユーノくーーーん!?」

 

 ……阿鼻叫喚になってしまった。やり過ぎたっぽいな。

 

 

 

 しばらくの間スクライアは恐慌状態に陥り、復帰後もしばらく震えていた。藤原凱の吐血の原因は、急性のストレス性胃潰瘍だそうだ。現在治療中。

 いや、オレ自身女言葉が死ぬほど似合っていない自覚はあるが、さすがにそれは失礼じゃないかと言いたい。

 

「似合ってないっていうか……世界観が狂うっていうか、何かが捻じれた気がしたよ……」

 

 この畜生、また女言葉でしゃべるぞ。そう言ったら、スクライアはガタガタと震えて命乞いを始めた。

 ……もういい。どうせオレは普段からこのしゃべり方だから、気にする必要なんてないんだ。

 

「女の子やと気色悪いで済むけど、男の子やとこうなるんやなぁ。あきらちゃん達に教えたろ」

 

 気にする必要なんてないんだ、だからもう話題に出すのもやめよう。

 

「あはは……やっぱり、ミコトちゃんも女の子だね」

「どういう意味だ、月村」

「すずかでいいよ。んっと、女の子らしいことして似合わないって言われて、ちょっと落ち込んでるところとか。わたしは凄く可愛いと思うよ」

 

 名前呼びは遠慮するとして、そんなものなのか。ひょっとして、オレの周囲の人間がオレのことを「可愛い」と評価するのは、そういうことなのか?

 だが月村、落ち込んでるところを可愛いとか、そういう性癖を疑われる発言はどうなんだろうか。そう返すと、彼女は意味深に微笑んだ。……自覚ありか。

 

「すずかってお淑やかに見せかけて、意外と策略家なのよ。んで、何で名前で呼ばないの?」

「単なる距離感の問題だ。生憎と、昨日今日の関係で名前で呼ぶほど馴れ馴れしく出来る性格じゃない」

「わたしも名前で呼んでもらえるまで結構かかったでー。4ヶ月ぐらいやったかな。毎日ミコちゃんにアタックかけてようやくや」

「むー。わたしも「なのは」って呼んでもらいたいのに、全然なんだもん……」

 

 名前で呼ぶと、それだけ切り捨てにくくなるからな。はやてを切り捨てるなんてことは天地がひっくり返ってもありえないが、あきらはどうだろう。……あいつの場合は泥まみれになっても着いてきそうだな。

 オレにとって名前で呼ぶとは、それだけの意味があることなのだ。現にあの5人の中で名前で呼ぶのはあきらのみ。他は、必要があれば切り捨てられる関係でしかない。

 もちろんここにいるこいつらと比較したら、優先順位は上だ。それでも一定のラインには届いていない。

 

「ちなみに「こいつは見込みがあるぞ」って場合はフルネームで呼ばれるんや。せやから、今この場でミコちゃんに見込みありって思われてるのは、なのはちゃんとガイ君だけやな」

「……ええー。なんであの変態が見込みありで、あたしらがダメなの?」

「君達が彼の意図に気付けるようなら、見込みもあるんだろうがな。今の君らは、頭がいいだけの子供だよ」

「何よそれ、上から目線ってヤな感じ。……でも実際、あんたはあの変態の意図ってのが分かっちゃってるのよね」

「わたしはちょっと分かるけど……それじゃ足りないってことなんだよね」

「そうだな。君のそれは、まだ上辺だけだ。もう少し踏み込めれば、また違ったものが見えてくるんじゃないか?」

 

 そう言うと、月村は若干辛そうに顔をしかめて、顔を俯かせた。何やら事情があるのだろうが、やはりオレには興味がなかった。

 バニングスの方に至っては、恐らく今日まで藤原凱に何か考えがあるということにすら思い至っていないだろう。感情が先行しすぎて視野が狭すぎる、と言ったところだ。

 番外として、スクライアは頭が固すぎるので論外。彼とは依頼による関係性しかない。ジュエルシード集めが終われば、他人同士の関係に戻るだろう。

 ただ、彼はそれでいいと割り切っている節があるので、他の少年少女と並べるのは少し違う。故に番外という扱いになるわけだ。

 

「オレからの歩み寄りは期待するな。オレは今の交流関係で満足している。ヒントは、「君達がどうやってオレを動かすのか」だ」

「なんか、4年前にも同じことを言われた気がするの。あのときは何の話だったっけ……」

 

 高町なのはは具体的な内容は忘れているようだが、それが出来たからこうしてフルネームで呼んでいる。ただ、コレと決めたときの盲目っぷりが問題なのだ。

 ……あのときはまさか男だと思われてるとは思わなかったよなぁ。高町家に行ったとき、何か桃子氏が困惑してると思ったら、こういう裏があったとは。

 

「とはいえ、君達にとってオレとの関係性は必須ではないだろう。ここで切ってしまうというのも選択肢の一つだということを覚えておいてほしい」

 

 無理に交流をとっても、お互いにダメージしかないのだ。これは、はやてのおかげで多少丸くなったとは言え、今も変わらぬ考えだ。

 オレが提示した一つの選択肢に、月村とバニングスは表情を暗くした。……ふう。今日オレ達は何をしにきたんだったか。

 はやてが口を開く。が、それよりも早く、高町なのはがオレの右手を取った。

 

「なのはは、切らないよ。ミコトちゃんとの間に出来た繋がりを、4年かけてやっと見つけた繋がりを、切りたくない。だから……いつか名前で呼んでもらえるように、考えてみるよ」

「君がそうしたいと言うならそうするといい。それが答えだと思うよ」

「うんっ!」

 

 彼女は名前の通り、花が開いたように笑った。

 ……まあ、彼女に関しては、この答えも分かっていたようなものか。4年前も、同じだったのだから。変わらない、いや、確かに成長しているのだ。

 そして一人が動けば、残りも動けるのが人の心理なのか。

 

「全く、なのはってば。あたし達の気持ちを差し置いて動いちゃうんだから。そんなこと言われたら、あたしだって切るわけにはいかないじゃない」

「別に高町なのはに合わせる必要はないんじゃないのか。君の意志で判断すればいい」

「あたしの意志で切らないっつってんのよ。いいわ、その挑戦状、受け取ってやろうじゃない。あんたに「友達になってください」って言わせてやるんだから!」

 

 ふむ。何というか、バニングスはあきらに近い感じがするな。もうちょっと損得を考えて行動しているようなイメージはあるか。だが、方向性は近しい。

 あいつは、「一方的に友達だって言い続けてやる」と言った。バニングスは、「友達になりたいと言わせてやる」と言った。

 もしそれが出来るのなら……それもまた、楽しみだ。

 残った一人。月村はというと。

 

「……ダメだなぁ、わたし。ほんとどっちつかずで」

 

 自虐的に笑いながら、そうつぶやいた。そして顔を上げて。

 

「わたしは、ミコトちゃんみたいにはっきりと言える子に憧れてる。だから……わたしの打算で、交流を取らせてもらうね」

「そんな心配はせずとも、はっきり言えてるんじゃないか?」

「ううん、まだまだ。こんなもんじゃダメだよ。もっともっとはっきり言えないと」

 

 とにかく、二人ともオレに挑むということに決めたようだ。スクライアは話に参加していないところからして、やはり割り切っているのだろう。

 そんなオレ達の様子に、はやては苦笑と呆れたため息を一つ。

 

「名前呼び一つでこんだけ話のネタになるんやから、ミコちゃんってば難儀な子やで」

「それがミコトちゃんですから。はやてちゃんも、だからミコトちゃんのことが好きなんでしょう?」

「愚問やで、ブラン。わたしはミコちゃんの頭のてっぺんからつま先まで好きなんやからな」

「……この前から気になってたんだけど、言っていい? あんた達って、レz」

「言わせねえよ」

 

 そういう性的な関係じゃないんだよ、オレ達は。もっとこう、プラトニックな何かなんだよ(錯乱)

 

 

 

 藤原凱が復活し、ようやくというか、お茶会がスタート(再開?)した。お茶を飲んで菓子を食べ、楽しくおしゃべりをするための会だ。

 学校で何々があった。習い事で云々があった。今度何処か遊びに行こうか、何処に行きたい? 等々。

 彼らはオレ達とは通っている学校が違うため、色々と興味深い話も聞くことが出来た。噂の名門私立、聖祥大付属小学校だ。

 

「ふむ。話を聞く限りだと、やはり教育レベルに差があるな。とは言え、気安さの面で言うとうちの方が勝っていると思うが」

「そりゃそうでしょ、こっちは私立なんだから。入学した子達を一線で働ける人間にするのが役目なのよ」

「面白そうやけど、肩凝りそうやな。わたしらは海鳴二小のままでええわ、クラスメイトと恩師にも恵まれとるし」

「素敵そうな先生だね、石島先生って。ちょっと手が出るのが早い気もするけど」

「手が出るのが早いって表現、なんかエロいよね。そう思わないか、ユーノ」

「ごめん。僕は君が何を言いたいのかさっぱり分かりたくないよ、ガイ」

 

 男と雄は同性同士でそれなりに盛り上がっているようだ。まあ、こういう話って同性の方が盛り上がるものだよな。

 ちなみに石島教諭の男女平等パンチだが、実はオレも一回喰らっている。あきらと大ゲンカをしたあの時だ。あれは痛かった。

 オレ達7人の中でアレを喰らってないのは、伊藤と田中の二人だけだ。女子でこれなのだから、如何に問題児の集まりであるかが分かる。

 

「でもそっちの授業も面白そうなの。「研究・発表」だっけ」

「それな。うちの学校の名物カリキュラムらしいで。他の学校にない特色っていうので、地方新聞に取り上げられたこともあるんや」

「あ、それ知ってる。去年の海鳴タイムズだよね。もしかしたら、はやてちゃん達も写ってたりするかな?」

「何故知っているのか……。まあ、オレ達は載ってないと思うぞ。取材を受けたのは、去年の5・6年のはずだからな。オレ達はその時間は外でサッカーだったよ」

 

 そんな話をしていると、一匹のネコがオレの膝に飛び乗ってきた。そうそう、言い忘れていたが月村の屋敷はあちこちでネコが放し飼いになっている。

 月村姉妹が大のネコ好きらしく、あちこちから引き取っては世話をしているのだそうだ。そしてネコは束縛を嫌う動物なので、放し飼いのスタイルとなっているのだと。

 落ちないように抱えてやると、ネコ……三毛猫の子ネコは、オレの腹に頭を擦り付けてきた。

 

「あら。ミコトちゃん、その子に気に入られたみたいだね」

「そうなのか。動物との接触があまりない生活だから、こういうのはよく分からないな」

「動物は人間の怯えを感じ取るから、自信を持ってしっかりと抱けば暴れないわよ」

 

 なるほど。では失礼して。ネコの前足の両脇から抱え上げるが、確かに暴れることはしなかった。

 そのまま目線の高さまで上げ、ネコと正面から向き合う。人懐っこそうな目をしており、口には青い宝石をくわえている。

 

「よーしよし。いい子だ」

 

 テーブルの上におき、手を出すと宝石を掌の上に乗せてくれる。返礼として撫でてやると、ニャーと一鳴きして膝の上に降りてきた。

 ……うん。

 

 

 

「どうしてこの何でもないタイミングでジュエルシードが見つかるんだ、おい」

『…………ええええ!!?』

 

 皆から驚きの声が上がり、膝の上のネコがビクッと震えた。正直オレも驚いてる。今日はジュエルシード探しはお休みだったのに、棚ボタで見つかってしまった。

 ……とりあえず、荒事になる前にやることはやってしまうか。意識をスイッチし、「コマンド」(仮称)発動状態にする。

 

「『青い宝石よ、オレの声を聞け。今は安らぎの時。深く眠れ。心静かに、深く眠れ。暁の時は、まだ遠い』」

 

 ジュエルシードは少し輝き一瞬だけ鳴動し、すぐに沈静化が完了する。同時封印状態に陥り、シリアルナンバーが浮かび上がる。XIV……14か。

 

「探してるときは見つからないくせに、何でこういうときはあっけなく……」

「物欲センサーってやつだな。しっかしまあ……別にいいか」

「やっぱり、ミコトちゃんの「フェアリーテール」は凄く魔法っぽいの……」

「ちゃうでーなのはちゃん。「グリモア」や」

「ま、まだ名前決まってなかったんだ……」

「にしても、ほんとあっけないわね。この間は大騒ぎになったくせに。発動してなかったらこんなもんなの?」

「というか、発動していたらオレに手出しは出来んよ。スクライア、これはオレが回収してもいいか?」

「……ええ、そういう契約ですから。何か、釈然としませんけど」

 

 そう言うな。オレ自身肩すかしを喰らっているのだから。だが、面倒がないのは素晴らしいことじゃないか。

 同じジュエルシードから生まれたブランは、ニコニコしながらこう言った。

 

「これで、私の弟か妹が生まれるんですね。楽しみですっ」

 

 同胞ということもあり、喜ばしく感じているようだ。この短期間で、本当に柔らかい性格になったものだ。

 

「それも帰ってからの話だ。棚ボタでジュエルシードを手に入れたが、今日の目的はそうじゃないだろう。お茶会の続きを楽しもうじゃないか」

「あ、そうだね。ミコトちゃん、お替りいる?」

「いただこう」

 

 一仕事を終え、ネコを撫でながら、上質な紅茶の香りを楽しむ。色々あったが、こういう休日の過ごし方も悪くないかもしれない。……八神邸では無理だろうが。

 

 

 

 

 

 そう、穏やかなお茶会が続くと思っていた。

 

「――その宝石を、渡してください」

 

 オレ達のいるテラスに、そんな無粋な闖入者の声が響くまでは。

 

 全員が弾かれたようにそちらを向く。テラスの際、手すりの上。いつの間にか、そこに一人の少女が立っていた。

 金色の髪を二つに束ね、黒衣に身を包む赤目の少女。その手には、レイジングハートとよく似た機構の杖。

 推論の余地もない。明らかに、ジュエルシードを狙う魔導師だった。全員がそれを正しく理解していた。

 険を感じ取ったネコが、オレの膝から逃げ出していく。ゆっくりと立ち上がり、油断なく少女を見た。

 

「断ると言ったら?」

 

 視界の端で確認を取りながら、オレは拒絶の意志を言葉にした。少女の腕に力がこもるのを確かに見た。

 来る。そう確信した瞬間、少女は言葉を発し。

 

「……力ずくで奪います」

 

 爆発的な加速でこちらに飛び込んできた。オレに反応出来る速度ではない。

 そして少女は、いつの間にか展開した光の鎌を振りかぶり――

 

「!?」

 

 それは、オレの前に出現したシールド魔法で弾かれた。藤原凱、よくやった。

 その間にオレは、ジュエルシードを右手に持ち替え、ロングスカートの左ポケットから羽根を取り出す。万一のために持ち歩く癖を付けておいてよかった。

 意識をスイッチ。すぐさま、"命令文"を口にする。

 

「『"風の召喚体"エール、その姿を顕現しろ』」

 

 風が渦巻く。発動は一瞬の出来事。一瞬後には、オレの左手に収まる剣状の召喚体。

 

『何やらきな臭いね。注意してよ、ミコトちゃん』

「言われるまでもない」

「やはり魔導師……!」

 

 勘違いしてくれる少女を尻目に、オレは大きく後ろに飛んだ。エールの加速能力により、少女との間に大きな空間を作る。

 オレでは彼女に勝てない。今の一瞬の攻防で理解した。彼女は、「戦い慣れた魔導師」だ。故に、この場にいる戦力の協力が必要不可欠だ。

 

「高町なのは! いつまで呆けている!」

「あっ……! れ、レイジングハート!」

『All right.』

「あの子もっ!?」

 

 この場の最大戦力に喝を入れ、デバイスを起動させる。スクライアも今の攻防のうちに再起し、臨戦態勢を取っている。

 非戦闘要員は、ブランが退避させてくれたようだ。優秀な召喚体だ。そのまま守ってくれ。

 そしてこのタイミングで、勝利のための最後のピースがやってくる。

 

「今の音はっ!? ……敵襲か!」

 

 高町恭也氏。魔導師ではないが、近接においては追随を許さない御神の剣士。この場で最も必要な、前衛のアタッカー。

 これで、こちらの戦力は揃った。彼女の最大の失態は、藤原凱の魔法発動に気付かなかったこと。オレに離脱を許したことによって、こちらに十分な時間を与えてしまった。

 だというのに、少女は揺るがない。勝ち目云々はともかくとして、オレの手からジュエルシードを奪わんと狙いを定めている。

 オレは……心が冷たく、鉄のようになっていくのを感じた。まるで、はやてと出会う前のあの頃のように。

 

「そちらの目的は知らない。都合も知らない。興味もない。だが、これを奪うと宣言した以上、オレ達とお前は敵同士」

 

 機械的に、淡々と。

 

「どちらかが命を落とす覚悟をしろ。こちらは敵対者にかける情けはない」

 

 言葉の刃を突き付けた。

 

 

 

 これが、オレ達と黒衣の少女のファーストコンタクト――最悪の出会いだった。




(ほとんど人任せにするくせに何言ってんだこの女……)
狙われてるのはミコトの取り分だしま、多少はね?

ちょろっと出てますが、ミコトは普通にスカートはきます。この日は清楚なロングスカートだった模様。
口調と行動が男らしいだけで、普通に女の子なのです。服装も女の子です。但し女言葉を使うと男性陣はSAN値直葬(特殊な効果ではなく単純に似合わないため)


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九話 月村邸 後編 ☆

今回はなのは視点です。


 突然の襲撃者。ジュエルシードを狙った他の魔導師の存在。ひょっとしたら、それはユーノ君の話を聞いたときに気付くべきだったのかもしれません。

 ユーノ君はジュエルシードが海鳴の町に落ちた理由を、「輸送船が何者かの攻撃を受けた」と語りました。それはとりもなおさず、輸送船が運んでいた何かを狙う誰かがいたということ。

 もしその何かがジュエルシードだったなら。今のこの状況が、初めからジュエルシードを狙って、意図的に起こされた事態だったとしたら。

 わたしはそれを、今まで考えないできた。発想すらしていなかった。

 だから、ミコトちゃんが狙われて、斬りかかられて、ガイ君が防いで、ミコトちゃんが退避して。一連の攻防を、ただ見ていることしか出来ませんでした。

 

「高町なのは! いつまで呆けている!」

 

 ミコトちゃんの叫びで、ようやく我に返る。――そうだ。相手が魔導師なら、ミコトちゃんは勝てない。わたしが前に出なきゃ!

 

「レイジングハート!」

『All right.』

「あの子もっ!?」

 

 わたしのデバイスを起動し、瞬時にバリアジャケットに換装する。襲撃者の女の子は、わたしのことはノーマークだったみたいで、見るからに動揺していた。

 それからすぐにお兄ちゃんが駆けつけて、わたし達はフルメンバーで彼女と対峙しました。

 6対1。ブランさんは皆を守るために退いているから、実際に襲撃者と相対しているのは5人。それでも圧倒的な数の差。だというのに、女の子は退く意志を見せてくれませんでした。

 それで――ミコトちゃんの口から、ゾッとするほど冷たい言葉が滑り出しました。

 

「どちらかが命を落とす覚悟をしろ。こちらは敵対者にかける情けはない」

 

 何の感情も乗らない、事実だけを告げる声。きっと彼女は、本当にそうするつもりだ。彼女は、自分達の不利益になるなら、いともたやすく目の前の女の子を切り捨てる覚悟だった。

 だから彼女は一瞬怖気を感じた表情を見せて。

 

「……命までは、取りません」

 

 それでも決して退かなかった。

 

 最初に動いたのは、ミコトちゃん。と言っても、前に出たわけではなく、ゆっくりとブランさんの方に歩み寄った。

 そしてブランさんに守られているはやてちゃんに、右手のジュエルシードを渡す。

 

「はやて、預かっててくれ。落としたり奪われたりしたら大変だから」

「うん、わかった。……せやけどミコちゃん。わたしはミコちゃんが傷つくのも、ミコちゃんが誰かを傷つけるのも、嫌やからな」

 

 はやてちゃんは、ミコトちゃんの冷たい言葉を聞いても全く怖がらなかった。むしろ悲しげな表情で、ただ純粋にミコトちゃんのことを案じていた。

 「相方」の不安を和らげたいと思ったのか、ミコトちゃんは困ったように微笑んで、けれど何も答えず、はやてちゃんの頭を撫でた。

 はやてちゃんにも意図は伝わったようで、もう引きとめることはない。ブランさんに「しっかり守れよ」と指示を出し、改めて黒衣の少女を見る。

 

「オレ達を無視して彼女を襲おうなどとは考えるなよ。隙があればそちらの命を狙わせてもらう」

「……わたしは、あなたに殺されません。目的はジュエルシードだけ。だから障害は、全力で排除します」

 

 それは明確な敵意の表れ。彼女は今、ミコトちゃんのことを排除するべき障害だと言った。自分の敵だと認めた。

 わたしは……ミコトちゃんの空気に当てられて、ショックを受けていた。そのために、わたしが一番動くべきなのに、身動きを取れなかった。

 

≪なのは、しっかりしろ! お前がしっかりしなかったら、マジでミコトちゃんに人殺しさせることになるぞ!≫

 

 飛んできた念話でハッとする。それは、いつもの変態的なふざけた彼ではなく、真面目なガイ君のものでした。

 彼は、真剣な表情で二人の間を見ていた。きっと、いつでもシールドを張れるように。最悪の事態を回避するために。彼は現実を受け止めて、自分に出来る対処をしようとしていた。

 わたしは……そうだ。わたしは魔導師なんだ。襲撃者の女の子と唯一対等に戦える可能性を持っているのは、わたしだけ。最悪を回避するには、わたしが動かなきゃダメなんだ!

 自分自身に喝を入れ直し、わたしも一歩前に出て仁王立ちする。

 

「ミコトちゃんの手を汚させなんてしない。わたしだって、戦えるんだ!」

「妹がこう言ってるんでな。それと、俺も妹同然の女の子に重荷を背負わせる気はない。彼女に過剰防衛させないためにも手加減は出来ないが、勘弁してくれ」

「……あなたは魔導師ではないはず。わたしには敵いません」

「舐めるなよ。永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術師範代、高町恭也。剣において魔導師程度に後れを取ることはない」

 

 お兄ちゃんから強烈なプレッシャーが立ち上る。魔法なしでジュエルシードの暴走体にも対抗できるお兄ちゃんの本気。

 それでもやっぱり、彼女は退きませんでした。――きっと彼女は、「結論を決めてしまっていた」から。

 

 

 

 激突は、ユーノ君が結界を展開するのと同時でした。

 テラスから見える世界が色を失くし、現実世界から時間信号を切り離される。中に残されたのは、戦闘に参加するわたし達と、ブランさん、はやてちゃん、そしてアリサちゃんとすずかちゃんも。

 何でアリサちゃん達もと思ったけど、後でユーノ君に聞いたら、「もし現実空間に残して彼女の仲間がいたら、人質にとられたかもしれない」とのことでした。

 チュインという金属がこすれる不快な音。瞬きをした一瞬の間に、お兄ちゃんの小太刀が黒の少女のデバイスを掠めた音でした。

 

「速いッ……!」

「まだだ!」

 

 体の回転とともに繰り出されるもう片方の小太刀。女の子はかろうじて回避するけれど、初動はお兄ちゃんの方が圧倒的に速い。彼女に反撃の暇を与えない。

 だから彼女が取る手段は、当然のことながら飛行魔法を使っての後退。確かに、剣の届かない距離に飛んでしまえばお兄ちゃんの攻撃は届かない。

 対して、彼女は魔導師。今までの攻防から近接攻撃が得意なのは想像がつくけど、だからと言って遠距離攻撃が出来ないわけがない。

 それを証明するかのように、彼女は目の前に4つの魔力の球体を出現させる。色は黄色で、表面で電気のスパークのようなものが起きている。

 

「フォトン……っ!? バルディッシュ!」

『Shield.』

 

 だけど彼女は突然それを消滅させ、デバイスに指示を出して簡易シールドを発生させる。直後、ドンッという衝撃音がシールドから響いた。

 今のは……ミコトちゃん?

 

『今のに反応出来ちゃうかー。魔導師ってなのはちゃんみたいな運痴ばっかりじゃないんだね』

「アレは酷い部類だろう。参考にならん」

「二人とも酷いよ!?」

「魔力を感じなかった……!? それにそのデバイス、ただのデバイスじゃない……何者?」

「敵にわざわざ情報を与えると思っているのか?」

 

 そう言ってミコトちゃんは、エール君を振り抜く。そのとき周囲の風が巻き上がったのが分かり、"何か"が女の子に向けて飛んだ。

 あれは、風圧弾だ。風を圧縮して、スイングと一緒に撃ち出している。ただ、簡単なシールドに一切ダメージを入れられなかったところを見ると、牽制程度の威力しかないんだと思う。

 二撃目はさすがに通用しない。冷静さを持ち直した女の子は、飛行魔法で正確に回避する。弾は見えないけれど、軌道は真っ直ぐだから読めないことはない。

 今度こそとスフィアを発生させようとする彼女、だけど今度はお兄ちゃんからの飛針攻撃。……その小太刀といい、なんでそんなものを普通に持ち歩いてるの?

 ともかく、お兄ちゃんの飛針はただ投げているだけとは思えないスピードで、しかも正確に女の子を射抜こうとする。風圧弾も狙ってきている状態では、さすがに回避できず。

 

「くっ、ディフェンサー!」

 

 全方位のバリアで、回避ではなく防御をする。飛針は突き刺さったけど、貫通することは出来ず。風圧弾も、やはりバリアを叩いて霧散するだけに終わる。

 そこでようやくわたしの攻撃。

 

「シュートバレット!」

 

 基本射撃魔法。威力は高くないし、これといった効果もないけど、タメなしで撃てる速射に優れた攻撃魔法だ。

 前回の失敗から、とにかく出来ることを増やそうと思ってユーノ君から教わった魔法だった。基本というだけあって一回で成功した。それを見て、何故かガイ君は微妙な顔をしてたけど。

 威力は高くない。それでも魔法なので、それなりの威力はある。少なくともエール君の風圧弾よりは。それを何発も当てれば、女の子のバリアを破壊することが出来た。

 だけど彼女の方も、次の魔法を発動させていた。さっきから何度か邪魔されている、帯電した魔力スフィア。それが今度こそ、矢として解き放たれた。

 

「フォトンランサー、ファイア!」

 

 鋭い矢じりの形をした、雷の槍。狙いは……今の攻防で穴だと思われたか、わたしだった。

 だけど、向こうは一人でこっちはチーム。そして防御役は、今は頼もしく思えてしまうのが悔しい変態。

 

「とぉころがぎっちょん!!」

 

 遠隔で発生したラウンドシールドが、女の子の放ったランサーを霧散させる。さすがユーノ君から才能があると言われているだけあって、全くびくともしていなかった。

 

「彼も魔導師!? ……予想以上の戦力、だけどっ!」

 

 彼女はミコトちゃんを魔導師だと思っているらしく、最初にガイ君がシールドを張ったことに気付いていないようだ。

 女の子は即座に狙いを変更した。防御魔法は固い、だけどガイ君はデバイスを持ってないから、バリアジャケットを纏っていない。彼自身の防御は紙同然。

 防御役を落とされれば、戦い慣れた彼女相手に攻撃を避け続けるのは至難の技だ。そうなれば、戦い慣れてないわたしじゃ対応できない。そして、お兄ちゃんとミコトちゃんだけじゃ攻めきれないことも分かっている。

 ガイ君は防御魔法こそ頭角を現してきているけど、戦闘は素人そのもの。だから接近してしまえば為す術はない。多分、そう考えたんだと思う。

 あの子の勘違い。それは、壁は一枚じゃないということ。

 

「僕のことを忘れるなッ!」

「使い魔までっ! 何で管理外世界にこれほどの戦力が……!」

「誰が使い魔だ!!」

 

 ガイ君に迫った女の子の凶刃を、今度はユーノ君のシールドが阻む。ガイ君の師匠だけあって、その安定性と強度はガイ君以上。全く刃が食い込んでいない。

 向こうから近付いてきたおかげで、お兄ちゃんの距離となる。最初の焼き直しのように、お兄ちゃんの高速連撃に防戦一方となる女の子。

 

「なんや、いきなりカチコミしかけてきたからびっくりしたけど、案外大したことないなぁ」

「いや、普通に数の暴力でしょ、これ。戦いのことは分かんないけど、5対1は酷いわよ」

「なのはちゃんも意外と動けてるね。ミコトちゃんは……あれ、あんまり動いてない?」

「ミコトちゃんには今のところ攻撃力がありませんから。ゲームメイクに努めてるみたいですね」

 

 観戦組もだいぶ落ち着いてきたみたいです。ブランさんの言う通り、ミコトちゃんはあまり動かず、状況を見てエール君から風圧弾を飛ばしている程度。それで女の子の動きを縛っている。

 ……あんな怖い事を言ったのも、もしかしたらこの子の行動を絞るため? そう思ったけど、ミコトちゃんは言ったらやる子なので、本気は本気なのかもしれない。

 分からない。ミコトちゃんのことが、わたしには分からない。……はやてちゃんには、分かっているの? それは、どうして?

 今は戦闘中。気を抜いちゃいけないのに、どうしてもそんな考えが頭から離れない。マルチタスクを使っているとは言っても、それで精神が動揺しないわけじゃない。

 

 そしてそれは、格上相手には、致命的な隙となる。わたしはこのとき、その事実を初めて経験した。

 

「……そこだ!」

「え!? きゃっ!」

「なのはっ!?」

 

 わたしが集中できていないことに気付いた女の子は、お兄ちゃんとの攻防の一瞬の隙をついて離脱、同時にわたしの方に斬りかかってきた。

 速い。シールド……間に合わない。離脱……そもそも移動系の魔法を持っていない。なら攻撃……多分それより向こうの方が早い。

 万事休すな状況でした。わたしは咄嗟にシールドを張ろうとした体勢のまま、身動きが取れず。

 

「っづぅ!? くっ!」

 

 だけど彼女の刃が振るわれることはなく、一瞬苦悶の表情を浮かべて上へ離脱。

 そしてわたしの目の前には、エール君を横に振るった体勢のミコトちゃんが立っていました。――剣先には、血の滴。

 それは、わたしを狙った女の子を、そのままわたしを囮にして背後から斬ったということを意味していた。

 

「やはりバリアジャケットに覆われていない部分は、それほど防御力が高くないな。それならやりようはある」

「……まさか、殺傷設定で急所を狙ってくるなんて。しかも、仲間を囮に……」

「最初に言ったはずだぞ、命のやり取りをする覚悟で来いと。まさか本気じゃないだろうとたかをくくっていたわけではあるまいな」

 

 女の子は首の後ろをおさえている。よく見れば、床の上に金色の髪の毛が何本か落ちている。

 

 ゾクッと背筋に寒気が走った。もしエール君の切れ味が悪くなかったら。もし彼女がバリアジャケットを纏っていなかったら。きっとわたしは、彼女の血で濡れていただろう。

 言葉ではなく感覚で、理解してしまった。ミコトちゃんは、本気であの子を殺すつもりで戦っている。

 怖い。怖い、恐い。なんで、どうして。ミコトちゃんは何を考えているの。どう思ったら、そんなひどいことが出来てしまうの。

 ――多分わたしは、ミコトちゃんの言葉の意味を正しく理解できてなかったんだと思う。「他人を切り捨てる」という言葉を、本当の意味で理解しようとしていなかった。

 

「おい、なのは! しっかりしろ!」

 

 カタカタと震えて自分の身を抱くわたしに、お兄ちゃんが駆け寄ってきた。だけどわたしはショックが大きすぎて、それでも全く身動きが取れなかった。

 

「……どうやらそちらは一人脱落みたいだね。これで、わたしの勝利は揺るがない」

「そう思うのか? その傷は薄皮一枚のみだが、ダメージは決して浅いものではない。痛みを気にしながらオレ達に勝てると思うなら、続けるといい。お前をこの場で排除できるなら、後顧の憂いもなくなる」

「……」

 

 女の子が悲痛に顔を歪める。今まで強気を保っていた彼女も、ミコトちゃんの本気に当てられて、覚悟が揺らいだようだ。

 お兄ちゃんはわたしを気遣ってくれているけれど、女の子から意識は外していない。ガイ君も、今は戦闘の優先度を高くしている。ユーノ君は……ちょっとよく分からない。

 結局、折れたのは女の子の方だった。

 

「……ここは一旦退かせてもらいます。次は、こうはいきません」

「スクライアが張った結界がある。こちらにメリットを提示せず逃げおおせようなどとは、虫のいい話だ」

「っ。……何をすればいいですか」

「ジュエルシード回収を放棄しろ」

 

 当然と言えば当然の提案に、女の子は目を見開いた。そしてデバイスを持つ手に力を込め、きっと玉砕を覚悟した。

 

「……と言いたいところだが、それをするとこちらの被害も甚大になりそうだ。そうだな……今後接触した際の不意打ちの禁止、としておこう。お前の不意打ちはさすがに肝が冷えた」

「どの口が……わたしがそれを守る保証は、ないですよ」

「そのときは遠慮なく殺す。逆に守るなら、命だけは保証する。オレの言葉が本気かどうか、その首の傷が物語っているだろう。そちらにとっては、破格のメリットだと思うが」

「……分かり、ました」

 

 彼女が正常に判断出来ていたかどうかは分からない。もしミコトちゃんと一対一だったら、彼女が負けることはない。命のやり取りという極限状態に飲まれ、魅力的な方に流されてしまったのかもしれない。

 けれど、二人の交渉は成立した。ミコトちゃんはユーノ君に「結界を解いてやれ」と指示し、ユーノ君は渋々ながら従った。……ユーノ君も、彼女を排除してしまった方がいいと思ったのかな。

 結界が解けると、テラスの入り口のところに忍さん、それからノエルさんとファリンさんが現れた。向こうからしたら、現れたのはこちらの方だろう。一様に驚いた表情だった。

 最後に、女の子はわたし達を見て。

 

「……次は、負けません」

「そう思うなら、チームを組んでくるんだな。如何にお前が才能豊かな魔導師だとて、今のレベルでここにいる全員を相手に出来るわけがない」

「っ……出来る、わけ……。……お邪魔しました」

 

 悲しそうな瞳をして、どこかへ飛んで行ってしまいました。

 ミコトちゃんから与えられた恐怖に包まれたわたしは、ただその成り行きを見守ることしか出来ませんでした。

 

 

 

 

 

 忍さんとミコトちゃん達は初対面なので、軽く挨拶をした。だけど状況が状況なので、互いに名前を教える程度。

 ミコトちゃんはバリアジャケットを解除することすらできなかったわたしに、ためらいなく近付いた。自分の体がビクッと撥ねるのが分かった。

 

「……怖いと思ったか」

「……うん。怖かった。わけが分からなかった。ミコトちゃんのことが、分からなくなっちゃった」

 

 最初はとても素敵な男の子だと思っていて。実際は女の子で、とても可愛くて。ちょっと不思議な感じのある、いつかは名前で呼び合いたい女の子だと思った。

 だけど今は、あの黒衣の少女よりも、ジュエルシードの暴走体よりも恐怖を感じている。可愛らしい容姿も服装もそのままなのに、得体のしれないナニカとしか思えない。

 そして、それが日常と変わりないかのように、何も変えずに振る舞っているミコトちゃんが、理解できなかった。

 

「君の勘違いを、一つだけ訂正しておこう。君は分からなくなったのではなく、本当は分かっていなかったということに気付いただけだ」

 

 それは……そうなのかもしれない。ミコトちゃんはいつだって、同じように振る舞っている。今までそれを隠していたとかそんなことはない。騙されていたわけじゃない。

 ただ、わたしが深く考えていなかっただけ。本当の意味で彼女のことを見ていなかっただけ。だからきっと、わたしは名前で呼んでもらえない。

 

「それが、君とはやての間にある大きな差だった。彼女は初めから、オレのことを「分かろうとしなかった」よ」

 

 

 

「…………え?」

 

 「分かろうと、しなかった」? 意味が分からない。ミコトちゃんとはやてちゃんは、分かり合っているんじゃないの?

 わたしの内心の疑問に答えるように、ミコトちゃんは淡々と事実を語る。

 

「はやては早々にオレが「違う」ということに気付いていた。そして、「違う」ということをありのままに受け止めて、ありのままに接した。理解しようと「しなかった」。だから、オレは安心出来たんだろうな」

「理解しないことが、安心、なの? だって、そんなの寂しいの……」

「君達にとってはそうなんだろう。だから言っただろう。オレは、君達とは根本的に「違う」。君達と全く同じ感情を、共有することは出来ない」

 

 それがわたしの勘違いだったと彼女は言う。……さっきまでのわたしだったら、その言葉を理解できなかった。

 だけど今のわたしは、肌で感じてしまった。ミコトちゃんは、わたし達とは「違う」基準で生きている。「必要ないから」という理由で、命を切り捨ててしまえる。

 そんなのわたしには「分からない」。その時点で、わたしはミコトちゃんと感情を共有することが出来ない。

 それだけじゃない。ミコトちゃんは分かり合えないことを寂しくないと言った。さっきまでのわたしだったら強がりだと思ったかもしれない。そうじゃなくて、ミコトちゃんには寂しいという感情が「ない」。

 あんまりにも歪だ。わたし達から見たら、ミコトちゃんの在り方は歪。だけど、彼女にとってはそれが普通なんだ。わたし達の方が歪に見えてしまうんだ。

 ……ああ。だからはやてちゃんは、それが分かっていたから、ただそのまま受け入れたんだ。ミコトちゃんのありのままを。そんなこと、わたしにはとても出来ない。

 何故だか、涙があふれた。悲しかったんだろうか。悔しかったんだろうか。あるいは、少しだけ「分かる」ことが出来てうれしかったんだろうか。

 

「さっきだってそうだったろう。オレは君が使い物にならなくなると判断して、囮として切り捨てた。結果として君は怪我をしなかったが、そうして戦闘不能になった」

「……う゛ん゛」

「君のその涙も、オレには理解することが出来ない。同情も出来ない。今のオレにとって、君はその程度でしかない。それは……もう分かっているよな」

「……う゛ん、分かってる゛」

「……君にもう一度問いかけよう。何故、オレと「遊びたいと思った」?」

 

 ――それは、もう掠れてしまった記憶。4年前の、あの公園でのミコトちゃんとの会話。

 ああ、そうだ。あのとき、わたしは思ったんだ。

 

「ミコトちゃんに、教え゛たかったから。一緒に゛遊ぶ楽しさを」

 

 そして知りたかったから。彼――ではなかったけど――と一緒に遊ぶ喜びを。

 ……ああ、そうか。これは全部わたしの感情でしかなくて。ミコトちゃん自身とは、何も関係がなかったんだ。

 分かろうとして、分かろうとして。結局最後に出てきたのは、自分自身の感情。人を「分かる」っていうのは、結局そういうことなんだ。

 「自分の中でその人がどういう人なのか」が分かるだけ。その人自身を分かるわけじゃない。ミコトちゃんだけじゃない、他の人にしたってそうなんだ。

 そして基準が大きく外れたミコトちゃんは、それを共有することが出来ない。だってミコトちゃんの中で出てくるものは、わたし達とは「違う」んだから。

 それを理解して――わたしはやっと、スタート地点に立てた。

 

「……そこで抱き着くという選択肢になる君の思考が分からない」

「分からないよ! なのはもミコトちゃんのこと、分からないもん!」

「バリアジャケットを解除してもらいたいんだが」

「もうちょっとしたら落ち着くから!」

「はあ……。オレは人の感情があまり分からないが……とりわけ君は、分からない」

 

 突然彼女に抱き着いたわたしを、彼女は決して拒絶しなかった。苦笑し、困ったように頭を撫でてくれた。

 もう少し、このままで。わたしはミコトちゃんの存在を、全身で感じていたかった。

 

 

 

「女の子同士の抱擁シーン……ありだ! 辛抱たまりませんッ!!」

「ガイ……何で最後までシリアス維持できなかったの?」

「紳士だからさッ!!」

「はあ……何でミコトさんはコレに「見込みあり」なんだろう……」

 

 

 

 

 

 さすがにお茶会という空気ではなくなってしまったので、今日はお開きとなりました。ミコトちゃん達は先に帰り、その次がわたし達……と、ガイ君。アリサちゃんはもう少しお話していくらしい。

 ……アリサちゃんとすずかちゃんは、どう思ったのかな。ミコトちゃんの行動を。

 あれを非人道的と非難するのは簡単だ。殺人という禁忌を犯してはいけないというのは、何処の国の法律にだってある。そのぐらい、わたし達にとっては当たり前のこと。

 だけどあの場は間違いなく「戦場」で、ミコトちゃんはそれに則って行動しただけとも言える。最初から最後まで行動が一貫していた。そもそもミコトちゃんの戦力では、「無力化」は出来ない。

 あの女の子を逃がした理由は、実際にはただのハッタリだって言ってた。もちろんやるとなったらとことんまでやるけど、勝てたとは限らないと。

 そのぐらい、あの女の子は強かった。そしてわたし達は、弱かった。

 

 わたしは……正直言って、戦いになってほしくはない。だけどミコトちゃんは言った。「あちらに戦闘を諦めさせるだけの理由がない」と。

 それはきっと、多分そうなんだろう。ミコトちゃんとの本気の命のやり取りになっても引かなかった。多分、引けない理由があるんだと思う。わたしには「分からない」理由が。

 だけど、こちらもジュエルシードは集めなければならず、衝突は避けられない。もちろんジュエルシードは元々ユーノ君のもので、向こうがやってるのは泥棒、もっと言ってしまえば強盗だ。

 それはいけないことだけど、そんなことは彼女には関係ない。そう、決めてしまっているから。

 

「……なのははさ」

 

 帰りのバスの中。皆無言だった中、ポツリとガイ君が呟く。さっきちょっとだけおふざけしてたけど、今は真面目モード。

 

「あの黒い女の子を見て、どう思った?」

「え? どう、って……」

 

 とても強い魔導師。同い年ぐらいなのに、どうしてあそこまで強いんだろう。ユーノ君と同じでこの世界の人じゃないんだろうけど、どんな環境で育ってきたんだろう。

 あとは……去り際に、悲しい瞳をしていた。何であんなに悲しい瞳をしていたのかは分からないけれど。

 

「あーっと、聞き方変える。どうしたい?」

「どうしたい、って言われても……。……そうだね、話し合いで解決出来るものならそうしたい、かも」

「……そっか」

 

 わたしの答えが満足いくものだったのか、ガイ君は安心したように笑った。……何か不安に思うことでもあったのかな?

 

「ならよ。次に会ったときは戦いなしで話し合ってみねえ? 案外、通じ合える何かがあるかもしれないぜ」

「えっ……。そんなこと、出来るかな?」

「ほら、ミコトちゃんのおかげで不意打ち禁止になったじゃん。だから、こっちが構えるまで向こうは戦えないわけじゃん?」

「あ、そっか」

「……そう上手くいくか? 今日の様子だと、焦れたら無視して戦闘行為に走りそうな気もするが」

 

 お兄ちゃんが、珍しくガイ君を嫌悪せずに、わたし達の会話に混ざる。確かに、あくまで口約束でしかないから、どの程度守るかはあの子の裁量次第。

 もしあの子が約束を破って、こちらの体勢が整う前に攻撃してきたら……多分、最悪な結果になる。こちらはお兄ちゃん以外戦闘不能になるだろうし、ミコトちゃんは今度こそあの子に容赦しなくなってしまう。

 それは、絶対にあっちゃいけないことだ。ミコトちゃんが容赦しないというのなら、周りにいるわたし達がミコトちゃんにそれをさせちゃいけない。

 わたしの感情でしかないけれど、わたしがそう思っているなら、わたしにとってはそれが正しいことなんだ。

 ――だから、わたしのしたいことは。

 

「まず、話し合ってみよう。それでダメなら、全力で戦おう」

 

 「覚悟を決める」ということ。結局のところ、わたしに足りなかったものを一言で言ってしまえば、これだと思う。

 話す覚悟。理解する覚悟、理解されない覚悟。戦う覚悟、戦わせない覚悟。色んなものが、足りなかった。だからあんなことになっちゃった。

 だけど、今回は何も犠牲は出なかった。あの女の子の怪我もそこまで酷くはなかったみたいだし、こちらのジュエルシードも全て無事。

 だったら、次につなげよう。後悔ではなく、次の一手につなげよう。

 

「もう、ミコトちゃん一人に何もかも背負わせない。ミコトちゃんの手は、絶対に汚させない」

「……そうだな。そこについては、全面的に同意だ。あいつは余計なお節介と思うかもしれないが、なら余計なお節介を焼いてやろうじゃないか」

「うんっ!」

 

 気合が入って、やるぞーって気分になってきた。帰ったら、まずはこれまで習得した魔法のおさらいをしよう。それから、これから必要になる魔法の洗い出し。ユーノ君にも手伝ってもらおう。

 忙しくなりそうだけど、わたしの心には充足感があった。

 

「……なーんか色々違って来ちゃったけど。ま、いっか。つまりはそういうことなんだろ」

 

 ガイ君が一人で何かを納得していた。意味は分からなかったけど、納得してるなら別にいいよね。

 

 ガイ君は別れ際には変態に戻っており、皆から呆れられた。お兄ちゃんは「少しは見直したと思った俺がバカだった……」と嘆いていた。

 ほんと、何でいつも真面目でいられないんだろう。真面目にしてれば、ちょっとはかっこい……いやいや、ないから! ほんっとアレだけはないから!!

 

 

 

 夜。ベッドの中で、そういえばとふと思い出す。わたしのミコトちゃんへの想いは、結局どうなったんだろう。

 相変わらず、わたしはミコトちゃんとお友達になりたいと思っている。わたし自身は、間違いなくミコトちゃんのことを好きなんだと思う。

 だけどその「好き」はどういう「好き」なんだろう。確かにはやてちゃんと仲の良いミコトちゃんを見ているともやもやするけど、二人がそうしていることが嬉しいという気持ちもあるんだ。

 友達としての好き? それともそれ以上? 男の子だと思っていたときは、それこそ恋に恋していただけの可能性もあるけれど、今のわたしは等身大のミコトちゃんを見ている。

 等身大のミコトちゃんに対して、わたしが今抱えている感情の名前を、わたしは知りませんでした。いつか、分かる日が来るのかな。

 ……っていうか、相手は同性なんですけど。何でわたしこんなことで悩んでるんだろ。むしろはやてちゃんとミコトちゃんって、ほんとどういう関係なの? アリサちゃんが言ってたみたいな関係なの!?

 ふ、二人は何処まで行ってるの!? 一緒に暮らしてるっていうし、お風呂も一緒に入ってるの!? 寝るとき一緒のベッドで寝ちゃったりしてるの!? おやすみのチューとかしちゃったりしてるのぉぉぉ!!?

 色々想像してしまい、頭の中が真っピンクになる。恥ずかしさが限界を突破して「にゃああああ!?」という声が漏れた。ユーノ君が飛び起きて「大丈夫!?」と声をかけてきたほどでした。

 ――なお、このとき想像していたことが、全部現実に二人がやっていることだと知って恥ずかしさで悶絶するのは、もうちょっと先の話。

 

 これも一つの青春の形……なのかな? わたしも順調に「違って」きているようです。




鬼畜ミコト、再び。追い詰めるのは皆にやらせて、一番汚い部分を引き受ける指揮官の鑑(人間の屑)
黒衣の少女……一体何ェイトそんなんだ。

ミコトのせいでなのはのお話フラグが潰れかけました。機転を利かせたガイ君マジ転生者。
彼は意外と良識人ですが、エロ魂は本物です。男は皆狼なんだよ(豹変)
多分作中で記述する機会がないので、彼の容姿について説明します。黒髪黒目のひょっとしたら将来イケメンになるかもしれない程度の男子小学生です。普通だ。

なのちゃんはまだ百合じゃありません。戻れます。ガイ君、ハーレムとか言ってる場合じゃないぞ!!


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十話 家族 (あとがきにサポート紹介あり)

温泉回だと思った? 残念、日常回です!

17:34 そぐわぬ→たがわぬ の間違いでした。修正。


 八神家にマスコットが誕生した。

 

 先日ゲットしたジュエルシード・シリアルXIVを基に、その日のうちに召喚体の作成を行った。

 オレはジュエルシードの封印を(結果として)行うことは出来るが、その状態を安定させて保管する術を持たない。得たジュエルシードは早々に召喚体の素体に使う必要がある。

 召喚体として生まれ変わったジュエルシードは、ジュエルシードとしての特性をほぼ失う。出来上がるのはあくまで「受肉した現象」であり、最早歪んだ願望機ではないのだ。

 これが、ブランがジュエルシードの暴走を起こす危険性が存在しない理由である。高町なのはがジュエルシードをデバイスの収納領域に保管するのと同じように、召喚体として保管しているとも言える。

 

 召喚体を作るにあたってまず考えたのは、オレの戦力としての低さだ。

 先日対峙した黒衣の少女は、チームプレイと恭也氏の個人能力の高さ、及びこちらの本気度と多少のブラフでやり過ごしたが、はっきり言って戦力で言えば完全に負けていた。たった一人の少女に、である。

 もしあの少女が形振り構わず遠距離から魔法攻撃で殲滅してきたら、その時点で高町なのは、藤原凱、スクライアの三人しか残らなかっただろう。

 エールの恩恵を受けたオレや凄腕の剣士である恭也氏が高速で動けると言っても、飽和攻撃を回避できる能力はない。物理的に回避できないものは無理なのだ。

 前衛が崩れたら、残った彼らにあの少女を止める力はない。高町なのはは射撃・砲撃魔法の才能があるということだが、あの速度相手に当てるだけの技量はないだろう。そして残る二人は防御しか出来ない。

 あのときオレがやったことと言えば、加速状態による回避、エールを使った風圧弾による牽制、高町なのはを囮にしたミスディレクション、そして殺意での威圧。直接戦闘能力としては何の役にも立っていない。

 あの少女は気付いていなかったが、チームの穴は高町なのはではなくオレだったのだ。前回は上手く誤魔化せたが、次回以降気付かれないとも限らない。

 ジュエルシードを一つ消費してしまうのは惜しいところだが、彼女との衝突が避けられない以上、戦力増強は急務だった。

 

 ではどんな召喚体を作るか。基本概念は、割とあっさり決定した。というのも、元々この段階で「触れられない概念」の召喚体作りに挑戦しようと思っていたのだ。

 分かりやすく言えば、空間や時間など。さすがにそこまでざっくりしたものを使う気はなかったが、それでもこれらに関係した召喚体を作れれば、ジュエルシードの限界値を測ることが出来る。

 そこで問題になってくるのが、創造理念だ。これは召喚体の存在理由、即ち行動原理を決定する、召喚体のコントロールに関わってくる部分だ。

 戦いに使うからと言って「外敵を排除する」などという物騒な理念を付加すれば、無意味に戦いを求める戦闘狂が完成することが目に見えている。

 しかも使う素体がジュエルシードという最高級品で、概念が非常に膨大なもの。コントロールできなかったら、この世界が住めなくなってしまう可能性もある。

 あまり殺伐とした理念ではダメ。しかし、へいわしゅぎしゃでもダメ。悩みに悩んだ末、オレが辿り着いた結論は、「状況に応じて役割が変化する存在」だった。

 あるときはペット。あるときはパートナー。そしてあるときは、魔法の国の王子様だったりするアレだ。

 素体は、ジュエルシード・シリアルXIV。基本概念は、「夜」。そして創造理念は、「魔法少女のマスコット」。

 

「『世界に広がる夜の闇よ、オレの声を聞け。今このとき、空間と時間を満たす黒を、集められるだけ集めろ。青い宝石を肉体として、一個の存在として生まれ変われ。君の名は「ソワレ」。オレの傍らに在る者』」

 

 こうして、世界初(当たり前だが)の「不定形型」、"夜の召喚体"ソワレが誕生した。

 

 

 

 ペチペチ。ペチペチ。

 

「ん……」

 

 何かが顔を叩く刺激で目が覚める。薄く目を開けて、視界の中に飛び込んできたのは夜の黒と同じ色をした髪の毛。

 そして、オレとよく似た顔立ちで眠たげな目をした、手のひらサイズの少女の顔だった。これはソワレの姿の一つ。

 

「ミコト、あそんで」

「……何時だ」

「さんじ」

 

 夜中だった。ソワレを挟んで向こう側には、はやてがすぴょすぴょと寝息を立てている。

 いくらオレが毎日6時に目を覚ましているからと言って、この時間に目が覚めて眠くないわけじゃない。ソワレの頭を掴んで、はやてとの間に押し込む。

 

「まだ寝させろ。6時になったら遊んでやる」

「やだ。ミコト、はちじからがっこう。そのあいだ、ソワレ、ひま」

 

 オレの胸をペチペチと叩く。どうあっても寝させてくれないらしい。仕方なし、はやてを起こさないように体を起こす。

 そうすると、暗くてよく見えないが、ソワレの顔がちょっとだけ輝いたような気がした。

 

「……何をして遊ぶ気だ」

「ミコトのぼり」

 

 そう言ってソワレは、オレの足元から胴を伝って、肩、そして頭の上に乗る。……何が楽しいのかさっぱり分からん。

 

「楽しいか?」

「たのしい」

「そうか」

 

 さっぱり分からん。オレが作った召喚体なのに、作り手が分からないでいいのだろうか。

 

「頭の上に乗るなら、飛んで乗ればよかったんじゃないか?」

「とぶの、つまんない。のぼるの、たのしい」

「……そうか」

 

 本当に、意味が分からない。

 

 狙い通りというか、ソワレはあまり好戦的ではなく、オレの側にいて指示に従う召喚体となった。

 不定形型という新形態であり、夜という空間と時間両方にまたがる概念のおかげか、ある程度自由に形を変えられる特性を持っている。

 つまり、自律型と装備型の両方の役割を得ており、普段はマスコットとして八神家を支え(?)、戦闘となればオレの手足となって戦ってくれる、頼もしい存在だ。

 ……なのだが。どういうわけかオレやはやてに甘える性格になってしまった。しかも基礎状態に戻ることを拒んでおり、常にオレかはやてにべったりしているのだ。

 人型を取っているときは、オレをベースにした姿だ。そしてオレの容姿というのがはやてにどストライクである以上、ソワレも同様。猫可愛がりしてしまっている。

 ……冗談なのか何なのか、はやては「ソワレはわたしとミコちゃんの愛の結晶や」と言っている。まあ、確かにオレが生み出した召喚体であり、オレの子と言えないこともないこともないかもしれないが。

 そしてソワレもそれが満更でもないらしく、自分のことを"夜の召喚体"ではなく"ミコトとはやての子供"と認識しているようなのだ。

 よもや小学三年生で、しかも同性との間に子供を持つことになるとは。……まあ、はやてとなら、別にいいけど。って何を言ってるんだオレは。冷静になれ。

 しかして、この時間に叩き起こされて遊ばされるのは、話に聞く育児の労苦に近いものがあるのではないだろうか。育児に比べれば格段に楽だと思うが。

 何せソワレはこれで召喚体だ。赤子のように夜泣きでミルクをせがむこともないし、排せつの世話も必要ない。遊んでやれば満足するのだ。多少眠くはあるが、それも我慢すればいいだけの話だ。

 

「ミコト、ミコト」

「どうした」

「おっぱいほしい」

 

 ……遊んでやれば、満足してたはずなんだけどなぁ。

 

「小学三年生で出るわけがないだろう。そもそも君には必要ない」

「はやてが、こどもは、ママのおっぱいのむって、いってた」

 

 はやてェ……。君はオレが席を外してるときにソワレと何の会話をしているんだ。

 ……少し仕返しさせてもらおう。

 

「ソワレ、君のママは誰だ?」

「ミコトとはやて」

「そうか。なら、はやてママのおっぱいを飲むといい。そう教えたのははやてだものな」

「わかった」

 

 ソワレはオレの頭から離れ、はやてのパジャマの中に潜り込んで行った。

 しばし後。八神邸の一室からはやての奇声が響いた。

 

 

 

「もう……何事かと思っちゃったじゃないですか」

 

 現在時刻、4時。はやての奇声でスリープから強制的にたたき起こされたブランが、困った怒り顔で腕を組んでいる。

 オレとはやて、そしてソワレは、ベッドの上で正座をさせられた。はやては足が動かないので、わざわざブランがその形に整えて、だが。

 

「ソワレちゃん。ミコトちゃんとはやてちゃんは、今日も朝から学校があるの。この時間に起こしちゃったら、授業中に眠くなっちゃって可哀そうでしょう?」

「……だってー」

「だってじゃありません。二人に迷惑をかけて、嫌われたら嫌でしょう?」

「……ミコト、はやて、ソワレのこと、きらいになる?」

「あぁんもう可愛いわこの子ー! 嫌いになんかならへんよー!」

「オレもこの程度で嫌いになったりはしない。だが、少しは加減を覚えてくれると助かる」

 

 はやてに抱きしめられる、子供サイズまで大きくなったソワレ。オレも頭を撫でてやると、眠たげな目を気持ちよさそうに細めた。子供というのは卑怯なものだ。

 オレ達の様子を見ていたブランは、「全く……」と言いながらため息をついた。

 

「はやてちゃん? ソワレちゃんに変なこと教えちゃダメですよ。ソワレちゃんはまだ生まれて間もないから、何だって信じちゃうんだから」

「あはは、嘘は教えてへんのやけどね」

「はやて、おっぱい、でなかった」

「だからそう言ってるだろうに。……まあ、気分だけでも味わいたかったら、哺乳瓶でも買ってきてやるか」

「ミコトちゃんも、なんだかんだでソワレちゃんには甘いんだから……」

 

 む。オレとしてはそんなつもりはないんだが。一応、召喚体とマスターの立場は弁えているはずだ。

 

「いやいや、普段やったらミコちゃん、「贅沢は敵だ」言うてそんなことせえへんで」

「……確かにそうかもしれないが、いやそうだが、哺乳瓶なら将来無駄になることもないだろうし……」

「え!? み、ミコトちゃん、好きな男子がいるんですか!?」

 

 別にいないが。オレはどうなるか分からないが、はやてはいつか結婚して子供を産むだろうし、そうなったら哺乳瓶が必要に……。

 ……何故オレはこんなに黒い感情を抱いているのだろうか。しかもまだ見ぬ誰かに対して。意味が分からん。

 

「あっはっは。わたしのお嫁さんはミコちゃんなんやから、他の男の子と結婚するわけないやろ」

「そう、なのか。……それはそれで何か問題があるような」

「えっと。今更ですよ、ミコトちゃん?」

 

 ……この話題はこれ以上掘り下げない方がいいような気がする。話を変えよう。

 

「ともかく、オレはソワレに必要以上に甘くしているつもりはない」

「やっぱり、多少甘くしている自覚はあるんですか……」

 

 召喚体とマスターは切り離せない存在だ。だったら、お互いに住みよい環境で生活した方がいいだろう。それだけの話だ。そのはずだ。

 

「……まあ、いいです。けど、こんな夜中に騒いじゃダメですよ。近所迷惑なんだから」

「む。それについては、反省する。オレも少々悪ノリしたかもしれん」

 

 ソワレに変なことを教えたのははやてだが、けしかけたのは紛れもなくオレだからな。

 と、はやてが何か思いついたのか、ニヤニヤと笑い出した。

 

「わたしだけおっぱい吸われるってのは不公平やんな。ミコトママも、ソワレにおっぱいあげなあかんとちゃう?」

「どうしてそうなった。どの道オレもはやてと同じ、何も出ん」

「そんなんやってみんと分かれへんやーん。てなわけでソワレ、ゴーや!」

「おー」

 

 こら、ソワレ。オレよりもはやての指示に従うとはどういうことだ。無視して潜り込むな、こらぁっ――!?

 

 結局オレもはやてと同じ目にあい、奇声を上げる羽目になった。

 ……のだが、その間中、はやてとブランが顔を真っ赤にしてガン見してたのはどういうことか。

 

「うわぁ、ミコちゃん……こらやばいわ、他の人には絶対見せられへん。エロ過ぎやで……」

「はわわわわっ! み、ミコトちゃん、すごいですぅ……きゅぅ」

 

 ……非常に不当な評価を受けた気がした。

 

 

 

 

 

 ソワレは基礎状態とならずにオレ達と行動をともにしているわけだが、ブランのときと同様に学校に行く際の問題というものがある。

 人型であると、手のひらサイズの場合は通常は物理的にありえないことになってしまうし、子供サイズだと人目に付きすぎてしまう。

 ではどうするかといえば、不定形型の本領発揮である。今のソワレは、小さな黒毛のハムスター姿となっている。それでオレの肩にちょこんと乗っている状態だ。

 正しく魔法少女のマスコットである。5人娘からも、この姿の評価は上々だ。

 

「ひゃ~、やっぱりソワレはかわいいなぁ~」

 

 可愛いものが大好きと公言してはばからない亜久里など、目じりが下がりに下がって口の端とくっ付いてしまいそうだ。あきらも物欲しそうにまわりをうろうろしている。

 ソワレは、基本的にオレかはやてのそばを離れない。さすがにお手洗いのときとかは外で待たせるが、それ以外はオレかはやてのどちらかにはくっ付いている。

 最初にソワレを連れてきた日、亜久里は抱き上げてしまったのだが、手をひっかいてオレの肩に戻ってきてしまった。以降はこうして軽くなでる程度で済ませている。本当は今すぐにでも抱き上げたいんだろうがな。

 ……ん? 動物形態でも学校に連れてきたらまずいんじゃないかって? そんなもの、うちの担任は石島教諭だぞ。「授業中に騒がしくするなよ」で終了だ。

 クラスメイトにしたって、この5人娘ほどではないにしろ、いい加減オレが起こす不思議に耐性が出来ている。「ただのハムスターではない」と理解しているのだ。

 

「ほんと、召喚体って面白いね。今回は不定形型、だっけ?」

「そもそも分類する意味があるのかという気もしてきたがな。召喚体それぞれで形態が違うのは、当たり前かもしれん」

「ミコトちゃんしか作れないものだしねぇ。わたしにも一人ほしいけど」

 

 元々異能関連に興味のあった田中であるが、ソワレを見てからというものこう言い出すようになった。そのうちに式神術を習得するかもしれない。

 召喚体という発想は、五行思想と式神術の発展系だ。対象は五行に留まらないが、そういった概念を一個の存在として生み出すものなのだ。

 なので、式神術との類似点は多々ある。田中の求めるもの程度ならば、式神術でも十分にカバーできるものと思われる。忘れてはいけないが、オレの目標ははやての足の完治なのだ。

 

「……でも、この子は戦うために生み出したんだよね」

 

 伊藤が心配そうな表情でそう言った。先日の黒衣の少女に関しては、既に情報共有を行っている。

 ジュエルシード事件について、彼女達が出来ることは何もないので、知る必要がないと言えばその通りだ。だがそれだと納得しない者もいるので、彼女達には逐一報告していた。

 

「確かに、あの少女に対抗するためではある。だがそれで終わりのつもりで生み出したわけではない。この子もブランと同じ、八神家の家族のつもりだよ」

『ミコトちゃん……』

「へへ。ミコっち、最近いい表情するようになったよね。やっぱり大事なものが出来ると、人って変わるんだね」

 

 かもしれないな。目的のために生み出した「道具」であるという意識と、これからの生活をともにする「家族」であるという意識が、オレの中では両立していた。

 ソワレとはこれからともに戦っていく。ブランにも、今後もはやてを守ってもらう。だが彼女達に傷ついてほしいかと言われれば、否だ。彼女達はオレにとって、必要な存在なのだ。

 ふと、スカートのポケットの中で何かがさざめいた。……もちろんエール、お前も同様だ。だからそう嫉妬をするな。

 ポンポンと、スカートの上からたたいてやると、エールは落ち着いたように静かになった。

 

「いちこちゃん、母は強しなんやで。ソワレのためやったら、わたしとミコちゃんはどんなことにも負けへんのや!」

「……うーん。やがみんだとお母さんってイメージ分かるけど、ミコっちってお父さんなイメージだよね」

「分かる分かる。ミコトは言葉遣いとかが男の子っぽいから、しょうがないよね」

「甚だ遺憾であると言わせてもらおうか」

 

 高町なのはの一件から、どうにも男役扱いされることが多くなった気がする。

 

 この後ソワレから「ミコトパパ」と言われて激しく落ち込み、そんな言葉を教えたあきらに腕がらみ(アームロック)を仕掛け、久々にケンカした。そして、男女平等パンチ二撃目を喰らった。

 

 

 

 ソワレの魅力にやられたのは、何も海鳴二小のメンバーだけではない。現在の協力者もまた、その一人である。

 

「ソワレちゃーん! なのはお姉ちゃんですよー!」

 

 放課後の探索中。本日は合流した高町なのは(恭也氏は大学の都合で今日は不参加だそうだ)と、その肩に乗るスクライア(藤原凱の教導が一区切りしたので、こちらに合流したそうだ)。

 今ソワレは、手のひらサイズの人型に戻り、オレの肩に乗っている。ちなみにオレの格好は、先日からウインドブレーカーをやめている。学校と同じカジュアルとロングスカートのスタイルだ。

 もし荒事になってもソワレが保護してくれるため、わざわざ着替える必要がなくなったのだ。これに関しては大感謝だ。楽でいいし、何よりこれでもう男に間違えられることはない。

 それはそれとして、高町なのははソワレに対してお姉ちゃんぶる。高町家では末っ子の彼女は、どうやら妹という存在に強く憧れているようだ。

 対するソワレの反応はというと。

 

「……なのは、こわい」

「ガーン!? ど、どうしてなのー!? 今日こそはと思ったのにー!」

「君は押しが強すぎるんだ。少しは引くことを覚えた方がいい」

 

 オレがちょっと圧されるほどの勢いでこられたら、ソワレのサイズで見たら相当威圧感があるだろうな。毎度毎度学習しない少女だ。

 そんなパートナーの醜態を見て、スクライアは人間から見ても分かる苦笑い。

 

「それにしても、召喚体というのは本当に自由度が高いんですね。僕らの魔法では、ここまでのことはできませんよ」

「素体がジュエルシードという最高級品だからこそだ。普通はこんな感じが精一杯だ」

 

 オレはそう言ってから、胸ポケットから一本のソレを取り出す。

 もやしである。

 

「……えと。これは、一体?」

『お初にお目にかかる、依頼者どの! 我は女王様に仕える調査兵団が筆頭、もやし1号兵団長である!』

「うわ、もやしがしゃべった!?」

 

 そう、現在ジュエルシードの探索に使っている召喚体、「もやしアーミー」の一本である。

 筆頭とは言っているが、全てのもやしは一つの意思を共有しており、上下関係も一人芝居のようなものだ。芸風ばかりが上達して頭が痛い。

 高町なのはとスクライアは「しゃべって動くもやし」という存在に目を丸くして驚いた。見せるのは初めてだが、既にエールという前例があるだろうに。

 

「こいつの素体は、さっき買ったもやしパックだ。こんなありふれたものじゃ、元の姿からかけ離れた姿は取れん。お値段合わせて19円」

「なんてお買い得な……じゃなくて、ああ、何処から突っ込めばいいんだろう。常識が崩壊していくぅ……」

 

 スクライアは頭を抱えて唸り始めた。これだから頭の固い奴は。少しはもやしと交流を取ろうとする高町なのはを見習うといい。

 

「もやしさん、初めまして! 高町なのはです!」

『うむ! 貴殿の活躍は、女王様を通して拝見した! 幼いながら、誠立派な戦士である! 感服致したぞ!』

「えへへ、ありがとうございます!」

「……僕か? 僕がおかしいのか? この世界では、これが普通の光景なのか?」

 

 いよいよスクライアのゲシュタレーションが崩壊ingしてしまいんぐのようだ。安心しろ、オレの周りだけだ。

 逆に言えば、オレと協力している限り一定以上は関わらなければならないので、さっさと慣れてしまうのが得策である。

 

『むっ! 女王様、もやし66号から入電! 本日のお夕餉はカレーライスとのことであるぞ!』

「カレー? ミコト、カレー、おいしい?」

「ああ、美味いぞ。はやての作るカレーは絶品だ。楽しみにしておけ」

「わーい」

「やっぱりミコトちゃんの「フェアリーテール」は夢のある魔法だなぁ。ねえユーノ君、次元世界にあんな魔法ないの?」

「あるわけないよぉ……。何なんだよこのファンタジー世界観はぁ……」

 

 「魔法少女のマスコット」という特大のファンタジー要素の真っただ中にいるくせに、スクライアは己のSAN値との戦いを繰り広げていた。

 

 さて、この日は和気藹々として終わりというわけにはいかなかった。

 

「っ!?」

「これはっ!」

 

 高町なのはとスクライアが突然表情を引き締めた。オレには分からないが、これはつまり……。

 

「ジュエルシードか。1号、場所は分かるか?」

『……申し訳ない、女王様。我らが張っていた場所とは別のようだ』

 

 仕方がない、こういうときもある。もやしアーミーが300程度の数からなる軍隊とは言え、海鳴の町全域をカバーできるわけではないのだ。

 今回発見したのはこの二人。オレの取り分には出来ない。そういう契約なのだから。

 

「どんな具合だ」

「……多分、本発動には至ってません。周辺の魔力を吸収しての暴走でしょう」

「魔力がドゥュィーンって感じだから、きっとそうなの。巨大樹の時はシュィーンって感じだったから」

「……オレに魔力は感じ取れないから分からないが、二人の意見が一致しているならきっとそうなんだろう」

 

 どっちの方がファンタジーだというんだ、全く。

 

「あ、あはは……なのはは天才型の魔導師ですから。魔法を感覚で組んでしまえるんです。多分、そのせいで表現が感性的になってるんじゃないかと」

「そうか。それはそうと、さっさと向かった方がいいんじゃないのか。暴走体も放置しておくわけにはいかないだろう」

「あ、そ、そうだった! なのは、ガイには連絡した! 僕達も向かおう!」

「うんっ!」

 

 そう言って高町なのはは走りだした。オレには場所が分からないので、彼女の後に続くことにした。

 ……相変わらず、この魔導師は運動音痴だった。遅い上に転んだ。

 

 

 

 現場はオレ達がいた場所からそう遠くはなかった。海鳴の町にいくつかある雑木林の中で、発動ではなく暴走ということから、周囲に人気もなし。

 スクライアの連絡を受けたという藤原凱は、オレ達よりも近くにいたのか、それとも高町なのはが遅かっただけなのか、既に到着していた。

 

「お、今日はミコトちゃんも一緒か。こりゃラッキーデーだ!」

「世辞は後にしろ。黒衣の少女は来てないのか?」

「俺は見かけてないぜ。そっちも見かけてないなら、多分近くにいなかったんだろ」

「ま、待ってミコトちゃ……速すぎ……」

 

 君が遅すぎるだけだ。言っておくが、オレの身体能力は特段高いわけではないぞ。平均よりは動けるが。

 

「ミコト、これ、みかた?」

「高町なのはの友人の藤原凱だ。この子はオレの新しい召喚体、"夜の召喚体"ソワレだ」

 

 藤原凱は定時報告に顔を出していないため、ソワレとは初対面だ。オレは正しく彼女を紹介したのだが、ソワレはふくれっ面だった。

 

「……ソワレ、ミコトとはやての、こども」

「分かった分かった、悪かったよ」

「うぉぅ、塔が高くなるな。俺は藤原凱。よろしくなー、ソワレちゃん」

「……ソワレ、よろしく」

「へぅぅ、はぅぅ、な、なんでガイ君は、怖がられないのぉ……」

「ほ、ほんとに大丈夫なの、なのは?」

 

 今にも死にそうだな。魔法ばかりでなく体も鍛えた方がいいんじゃないだろうか。

 オレ達はジュエルシード暴走体を前に会話をしているわけだが、まだ暴走が始まっておらず待ちの状態だ。暴走直前のジュエルシードは、下手に刺激を与えるとより酷い暴走を起こすことがあるらしい。

 恐らくは、魔導師が封印を行う際には高威力の魔力を使用するからだろう。それが封印として働かず吸収されてしまい、ジュエルシードのエネルギー源となってしまうということだ。

 つまり、オレのやり方ならばこの状態でも封印は可能ということだが……さすがに高エネルギーの光の柱に吶喊する無謀さは持ち合わせていない。

 

「とりあえず、今のうちに出来ることはしておこう。スクライア、結界を」

「おっとぉ、今日は結界俺に任せてくれねえ? これ覚えるために最近までユーノ引っ張り出してたんだからさ」

 

 どうやら藤原凱は、いつの間にか結界を張る魔法まで習得していたようだ。

 高町なのはは「わ、わたしはレイジングハート使っても無理なのに……」と驚き落ち込んでいた。向き不向きの問題なのだろうな。

 スクライアに目線で確認を取ると、彼は頷いた。だからオレも、藤原凱に結界発動を促した。

 

「そんじゃ、いっくぜェ!」

 

 彼の周囲に魔法陣が展開される。赤紫色。それが彼の魔力光だ。

 彼が天に掲げた腕を振り下ろすと、周囲の世界が色を失った。封時結界という、彼らが使う周辺被害防止用の結界だ。

 この結界に包まれた空間は、時間信号というものが現実世界から切り離され、元々の空間をトレースした別物となる。魔力を持つ者、及び指定した対象以外の生命体は入ってくることが出来ない。

 そして結界を解けば、破壊痕等を残さずに、張る前と変わらない空間に戻るという仕組みだ。まったく、よくもこんな技術を考え出すものだ。

 

「……すっごぉい。ユーノ君と比べても見劣りしないの」

「んなっはっは! これからは俺のことを尊敬してくれてもいいのよ!?」

「その代わり、ガイは防御と結界以外の魔法がからっきしだよね。結局シュートバレットすらできなかったし」

「んなっはっはっはっは!!」

「笑っても何も誤魔化せてないな。高町なのは、感心するのはいいが、君がデバイスを展開しないことには始まらないぞ」

「あ、そ、そうだね!」

 

 高町なのはは慌てて胸元の赤い宝石を手に取る。あれが彼女の魔法の杖、デバイス。"インテリジェントデバイス"のレイジングハート。

 

「レイジングハート、セットアップ!」

『All right, master.』

 

 彼女の指示に宝玉が受け答えをし、高町なのはは桜色の魔力光に包まれる。そして一瞬後には、白を基調としたバリアジャケットへの換装を終えた。

 オレの肩に乗るソワレは、それを見て「おー」と拍手をした。

 さて、オレ達もそろそろ行動するか。

 

「ソワレ、行けるか」

「うん。ソワレ、ミコトといっしょに、たたかう」

 

 いい子だ。頭を軽くなでてやると、彼女は眠たげな目をより細めた。

 手を離すと、少女というには小さすぎる少女は目を閉じる。すると彼女は、すぐに黒い球体に変化した。

 それが弾け、オレの体を絡め取っていく。腕に、足に、胸に、腰に。衣服のようにオレの体を覆い尽くす。

 高町なのはの変身時間とそう変わらない、ほんの短い時間。オレは元々の衣服の上に、闇夜のドレスを纏っていた。

 これがソワレの戦闘形態。オレ自身と一体となって戦う、不定形型の装備状態だった。

 

「こちらも準備完了……って、どうした」

 

 視線を再び彼らにやると、何故か一様に呆然としていた。まだ暴走開始まで時間はあるようだが、あまり腑抜けられても困るのだが。

 

「えっ!? あの、その……ミコトちゃんのその、格好が……大人っぽいっていうか」

「……色っぺぇ。ミコトちゃん、マジで俺のハーレムに……」

「だ、ダメだガイ! それ以上言っちゃいけない!」

 

 先日の恐怖を思い出したスクライアが、慌てて藤原凱の口を塞ぐ。……命拾いしたな、お前ら。

 つまり、二人が呆然としたのは、自分で言うのはちょっとアレだが、見惚れた、ということか。事実、高町なのはと藤原凱の顔は朱に染まっている。スクライアは畜生なので、まあ関係ないだろう。

 

「褒め言葉はありがたく頂戴しておこう。と、そろそろ来るみたいだぞ。気を引き締め直せ」

「あ、そ、そうだね! ……うん、やるぞっ!」

 

 高町なのはとともに、視線を暴走体の方にやる。

 青い宝石から放出された黒い靄が、大きなトカゲにも似た怪獣を形作るところだった。

 

 

 

 ソワレとの合体は、既に何度か試していた。ぶっつけ本番で失敗しましたでは目も当てられないからな。

 だが、実戦はこれが初めてだ。これでどの程度まで通用するのか。今回の暴走体は、そのチェックという意味でちょうどいい相手だろう。

 

「まずは牽制だ」

『わかった。バール・ノクテュルヌ』

 

 かざした左手の周囲に、夜の闇のような黒い塊が複数出現する。それはオレの意志に従い、高速で暴走体に進撃する。

 着弾と同時、それらは液状に弾け飛んだ。飛沫となったそれらは、虚空に溶けるように霧散していく。当たり前だが、物質の弾丸ではないようだ。

 そして、暴走体の着弾箇所は。

 

「……牽制でこの威力か。想像以上だ」

『えっへん』

 

 見事に抉れ飛んでいた。ただの速射直進型の弾丸だったはずなのだが。

 着弾と当時に液状化、そして霧散したことから、弾丸の正体は「圧縮された空間」そのものであったと推測する。空間分の質量を受けて当たった部分が消し飛んだ、というわけだ。

 

「すっごぉい……」

「これが、ジュエルシードを使った召喚体の力……」

 

 高町なのはとスクライアは、威力に目を丸くしていた。が、今が暴走体に対処している状況だということを忘れているんじゃないだろうか。

 もちろんダメージはあったが、相手は多量の魔力を貯蓄する宝石だ。暴走体を構成するのは溜め込んだ魔力であり、多少穴が空いた程度ではすぐに修復する。

 痛みでもあるのか、暴走体は雄叫びをあげて大口をあけた。その向こうに炎の揺らめきが見える。火炎放射能力を持っているのか。

 

「ぼさっとせずに避けろ」

「え!? あ、はわわ!?」

「なぁにやってんですかねぇなーのはちゃぁん!」

 

 軽口一つ、藤原凱が割り込む。そして展開される、赤紫のシールド。鋭角に作られた二つのシールドが、炎の壁を受け流す。

 

「名付けてぇ、「ディバイドシールド」ぉ! 今俺すっげえ輝いてる!」

「バカッ! 油断するな、ガイ!」

「へっ! この程度どってことおろああああ!?」

 

 恐らく放射系の攻撃を受け流す目的で作られたシールドだったのだろう、炎に紛れて突進してきた大トカゲの質量を止められず、藤原凱は尻尾で弾き飛ばされた。

 ……大丈夫なのか、あいつ。バリアジャケットを装備してないから、あの勢いで地面に激突したら怪我すると思うが。

 そう思ったら、彼の進行方向にネット状のシールド。翡翠の色をした魔力のネットが、藤原凱を受け止めた。当然術者は、スクライア。

 

「だから言っただろ! 世話の焼けるバカ弟子だなぁ、全くもう!」

「あざっす、センセンシャル!!」

「……なんか、いつの間にかユーノ君とガイ君が仲良くなってるの」

 

 男同士、通じるものでもあったんだろう。

 この暴走体は中々に手強いようだ。図体があるせいで削りきるのに時間がかかり、時間をかければ再生してしまう。そして今の通り、攻撃力も中々ある。

 では、どうすればいいのか? 答えの一つは、時間をかけずに削ること。

 

「そろそろわたしも、いいところ見せるんだから!」

『Shooting mode.』

 

 高町なのはが吼え、レイジングハートが形態を変える。その形状は、杖というよりは銃器に近い。ライフル等を想起させる形状なのだが、オレには何故かバズーカを構えているように見えた。

 その理由は、彼女が放つ魔法の予兆を感じ取っていたからなのかもしれない。

 

「ディバイーーーン……バスター!」

 

 言葉とともに解き放たれたのは、桜色のごん太レーザー。魔法……いや、これは魔砲の間違いだろう。彼らの魔法が科学であるということを、ある意味で非常に納得させる一発だった。

 砲撃魔法は、見た目にたがわぬ威力を誇った。やや照準がずれたようだが、それでも大トカゲの向かって左半身と右半身の一部を消滅させる。

 ……ジュエルシードが露出しなかったところを見ると、収まっている部分は中心ではなかったのか。それとも、高町なのはの魔砲を見て緊急的に移動させたのか。何にせよ、まだ戦いは終わりではない。

 

「残りを叩くぞ。ソワレ」

『うん。ル・クルセイユ』

 

 彼女の言葉に反応するように、暴走体の残り半分に、周囲の空間から黒が収束していく。……しかし、さっきから何故ソワレは技名を口にしているのか。必要ないだろうに。しかも何故フランス語。

 まあ、倒せるなら別にいいのだが。

 

『エクスプロージオン』

 

 轟音と共に、暴走体が爆ぜた。恐らくは、対象の空間そのものを圧縮して、内容物を押し潰したのだろう。えげつない攻撃方法だった。

 暴走体が全て消し飛ばされてしまえば、ジュエルシードを隠すものは何もない。破裂の衝撃で青い宝石が宙に投げ出される。

 

「やれ、高町なのは!」

「はい! レイジングハート!」

『Sealing mode.』

 

 デバイスの形状が変化する。バズーカから杖に戻り、天使の羽根のようなピンクが、宝玉部分から広がる。そこから伸びた魔力光の色をした帯が、ジュエルシードを絡め取った。

 

「リリカル、マジカル! 封印すべきは忌まわしき器「ジュエルシード」!」

 

 幾重にも幾重にも、帯はジュエルシードを拘束する。高出力の魔力でもって、ジュエルシードの機能を阻害する。

 やがて機能を維持できなくなったジュエルシードは、シリアルナンバーの刻印を浮上させた。今回のシリアルは、V――5。

 

「ジュエルシード・シリアル5、封印!」

『Sealing.』

 

 今までで一番の輝きが、レイジングハートの宝玉から放たれた。ジュエルシードは断末魔を上げるかの如く、激しいスパークで当たりを薙ぎ払った。

 それっきり、辺りは静かになる。ジュエルシードは機能を完全に停止し、レイジングハートの宝玉部分に吸い込まれて消えた。

 封印、完了。

 

「……ふぅ」

『Well done, master.』

 

 高町なのははバリアジャケットを解除し、レイジングハートは待機形態に戻る。オレもそれに倣い、ソワレとの合体を解き、彼女は元の手のひらサイズの人型に戻った。

 肩に乗せ、頭をなでてやると、嬉しそうに目を細めた。それとほぼ同時ぐらいで、藤原凱が結界を解いたのだろう、世界が色を取り戻す。

 周囲の景色は、先ほどまでの激しい戦いが嘘のように、穏やかな雑木林に戻っていた。

 

 

 

「あの、こちらが回収してよかったんでしょうか」

 

 スクライアがオレの元に駆け寄り、尋ねてきた。おかしなことを聞くものだ、元々そういう契約内容だったはずなのに。

 

「その……あなたとソワレの戦いを見て、今後あの少女とぶつかることを考えると、新しい召喚体を作ってもらった方がいいと思って」

「なるほどな。それなら無用だ。オレは戦い専用の召喚体を作る気がない。確かにソワレは目の前の戦いを考えて生み出したが、そのためだけの存在ではない」

 

 報酬でもらえるジュエルシードは、最大であと2個。はやての足を治すためには、一つたりとて無駄にすることは出来ない。

 だから、目的を外れた召喚体を作ることは出来ないし、召喚体を即席の戦力として宛にすることが間違っている。生み出された召喚体は、経験値0の状態なのだ。

 目前に迫った戦いを考えると、もし新しく召喚体を作って戦闘を行うとすると、オレが直接指示を出せる装備型になってしまう。それなら、ソワレとエールの二人だけで十分過ぎるのだ。

 

「オレはまだ、ソワレもエールも扱い切れていない。もし戦闘力のことだけを考えるなら、召喚体を作ることよりもトレーニングに重点を置いた方がいいだろうな」

 

 もちろん、そんなことはしないが。あくまでオレの目的ははやての足の治療であり、今はそのための道筋でしかない。戦うためのトレーニングは、道筋の上にないのだから。

 スクライアは肩を落とし「そうですか……」と返した。納得はいっていないようだが、オレにとって彼の目的は「依頼」でしかないのだ。そこを勘違いされては困る。

 気落ちするスクライアを放置していると、一息ついた高町なのはが駆け寄ってきた。

 

「凄かったよ、ミコトちゃん! なんかこう、黒いのがドパーってなって、ドカーンってやっちゃって!」

「興奮しすぎだ。それを言ったら、君の砲撃はどうなる。あれで魔法少女と言われても、正直首をひねるしかない」

「褒められてると思ったらけなされてるの!?」

 

 オレとしては一応賞賛しているつもりなのだが。実際問題として、オレにあんな真似は出来ないからな。「コマンド」を使用して、長文の命令と長時間のチャージを行えば、どうなるか分からないが。

 

「どうやらオレが考えていたよりも、君には戦いの才能というものがあるらしい。……考えてみれば士郎氏の娘であり恭也氏の妹なのだから、当然か」

「え、ええー……。なんか、あんまり嬉しくないの」

「かもしれないな。オレも戦いの才能があると言われたら、同じ反応を返すかもしれない」

 

 だが、事実は事実だ。嬉しくなかろうが、割り切りはする。

 

「君には目的があるのだろう。なら、今はその才能を受け入れて伸ばせ。目的を達成した後に、その才能を放棄したければすればいい、それだけだ」

「……それでいいのかな」

「決めるのは君だ。オレじゃない。君にとってその才能が必要ないなら捨てて、必要なら持ち続ければいい。どの道、目の前の戦いを切り抜けなければならないのは事実だろう」

「……そうだね。それを終わらせなきゃ、何も始まらないんだね」

 

 高町なのはは割り切れたようだ。まあ、そうでなければオレがある程度認めたかいがないというものだ。

 

「さて、今日はもう遅いな。1号、全隊を八神邸に集合。今日の探索は終了だ」

『はっ! 了解致した、女王様!』

 

 もやしアーミーに帰還の指示を出し、俺達は帰路についた。今日はもうカレーを作っているらしいから、こいつらは明日のもやしスナック(のりしお)にでもするか。

 

「……あっれー。ひょっとして俺、忘れられてる? 今回結構活躍したよね、俺」

 

 なお、吹っ飛ばされた藤原凱のことはすっかり頭から抜け落ちていた。

 

 別れ際、高町なのははソワレに「またねー!」と元気よく挨拶した。が、ソワレが彼女を見る目が、明らかに怯えに変わっていた。

 どうやらジュエルシード――同胞の封印シーンに恐怖を覚えたようだ。確かに、自由を奪ってがんじがらめにするあのやり方は、オレの目から見てもどうかと思ったが。魔導師にはそれしかないのだから仕方ないことだ。

 

「ソワレ、ミコトにふういんされて、よかった」

「そうか」

 

 元ジュエルシードの少女の不安を拭い去るように、オレは帰りつくまで彼女の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 オレとはやてにべったりのソワレは、当然寝る時も一緒だ。はやてのベッドに、オレ、ソワレ、はやての順に並んで寝る。ソワレがオレ達を親と認識しているのだから、当たり前か。

 ……オレとしては、はやてと二人っきりで寝たいとも思うのだが、ソワレの意志も尊重したい。ソワレは、生まれて数日しか経っていないのだから。

 思えばブランのときは、最初から自分を律することが出来る性格だったから手がかからなかった。それに対してソワレの手のかかることと言ったら。

 だけど……それが悪くないと思うのだから、不思議なものだ。

 

「それで、なのはが、バーってうって、こわかった」

「あのなのはちゃんがなぁ。人って見かけによらんもんやな」

 

 ソワレは子供サイズになって、身振り手振りを交えて、今日あった出来事をはやてに話している。高町なのはの砲撃魔法、及び封印シーンはよほど印象に残ったらしい。

 彼女の話から、高町なのはには畏怖を、藤原凱にはいくばくかの同情を持っているようだった。……オレもすっかり彼のことは忘れていたからな。キャラが濃いくせに影が薄い。

 というか、彼の周りにいる人間の個性が強すぎるのが原因だろうな。彼自身は、表面はともかくとして、一歩引いて見守っている節がある。そのせいだろう。

 

「あと……ユーノは、ちょっときらい。ミコト、こまらせた」

「そうなんか? ユーノ君って言うたら、あのフェレットもどきの子やろ。結構賢いように思ったけどなぁ」

「それでも精神は幼い。小動物だから年齢ははっきり分からないが、オレ達と変わりないように思う。自分を律しきれなかったんだろうな」

 

 ソワレが言っているのは、オレに戦闘用の召喚体を依頼しようとした件だろう。実際のところ、スクライアの立場を考えると、その発想は別にないわけじゃない。ただ、オレの事情を鑑みたら通らないというだけだ。

 言ってしまえば、欲が出たということだ。私欲ではなく、自分の感じる責任を少しでも軽くしたいという当然の欲求だ。自分の事情が先行し、こちらの事情を考慮するに至らなかった、それだけの話。

 もし彼が自分を律することが出来たなら、そして戦闘用の召喚体が本当に必要だったなら、オレを動かすための条件の提示ぐらいは出来たはずだ。彼はそのぐらいの割り切りは出来ている。

 今まで特に気にしていなかったが、今のこの状況に相当の責任を感じているのかもしれない。だから、目の前に現れた甘美で安易な選択肢に、手を伸ばそうとしてしまった。そういうことなんだろう。

 

「別に困ったというほどのことではない。だからソワレも、気にする必要はない」

「わかった。でも、ユーノはちょっときらい」

「仲良うせなあかんよ、ソワレ。ソワレが誰かとケンカしたら、わたしは悲しいで」

「……はやて、かなしませたくない。むずかしいけど、がんばる」

「まあ、無理だけはするなよ。人間誰しも、合わない存在というものはいる。君とスクライアの間で適切な距離を取れるようになればいい」

「……ん」

 

 ソワレの髪を梳きながら教える。……本当に、まるで育児をしている気分だ。

 この子はまだ何も知らない。オレ達が色々教えて、育てている。だから、この考えはある意味で間違いじゃないのだろう。

 全く、小学三年生で育児とは、有用な経験をさせてもらっている。何となし、ソワレの額に口づけをした。

 

「あ。おでこにチュー」

「ソワレにミコトママから、おやすみのキスだ」

「ミコちゃん、ずるいわ。そんならはやてママからもや」

 

 はやてもオレに倣って、同じ位置にキスをした。ソワレは嬉しそうに笑ってくれたから、オレもはやてもきっと同じ気持ちだっただろう。

 

「おやすみ、ソワレ、はやて」

「うん。おやすみや、ソワレ、ミコちゃん」

「……ミコトママ、はやてママ。おやすみなさい」

 

 そうしてオレ達は、ソワレを間に挟んで、眠りについた。

 

 八神家にマスコット――いや、"娘"が誕生した。




(もうこいつ一人でいいんじゃないかな?)
ちなみに今回回収したジュエルシードは、原作では敵勢力が回収したものです。こっち人数増えてるんだし、回収率上がってもいいよね?
ミコトが超強化されましたが、単独では絶対に黒衣の少女には届きません。今回ミコトは攻撃力と防御力が強化されただけであり、戦闘技術に関しては全く育っていません。育てる気もありません。
なので、今後も追い詰めさせる役は皆に任せて、自分は一番汚いところをさらうことになりそうです(相手が違反しない限り命は取らないけど)
なお、ソワレの技に非殺傷設定などというものはありません。魔法じゃないもん。"魔法"だもん。

ところでソワレの立ち位置、誰かに似てると思いませんか? Sts……聖王のクローン……未婚の母……うっ、頭がっ。

ミコトは男言葉の女の子
ミコトは仏頂面可愛い
ミコトは反応がエロい←New!!
以前ミコトは秋山澪(けいおん!)のミニ化を想像するといいと言いましたが、黒猫(俺の妹がこんなに可愛いわけがない。)のミニ化の方がいいかもしれません。
ちなみに作者は知人から紹介された某人気奴隷純愛ゲーム(未プレイ)のヒロインの容姿でしか想像出来なくなりました(白目)
ミコトの容姿に関してはファンタジーの方向で(一番仏頂面可愛い容姿を頼む)



召喚体達



・"風の召喚体"エール
素体:鳩の羽根
基本概念:風
創造理念:道を切り拓くミコトの手足
形態:装備型
性格:おしゃべりで悪戯好き
性別:男
能力:気流の操作、加速付与
鳥のような剣のような形状をした召喚体。ミコトが初めて作成に成功した召喚体である。マスター相手ですらからかうが、ミコトとの間にある信頼は確かなもの。
素体が非常にありふれたものであるため、それほど大きな力は持たない。だが、召喚体を戦いの道具として使う気のないミコトは特に気にしていないし、エールも同様である。
今後戦うときは体にソワレを纏ってエールを持つスタイルになりそう。



・"群の召喚体"もやしアーミー
素体:もやしパック(一袋19円)
基本概念:群
創造理念:ミコトの意志に忠実な軍隊
形態:自律行動型
性格:忠臣だけど移り気
性別:男
能力:群体行動、意思の共有
およそ300体で一つの召喚体。すべてのもやしは同一の意思を共有しているため、兵団長などの役割はただのお遊びである。
毎回素体を入れ替えており、用が済んだ素体はちゃんと八神家の食卓に並んで、無駄にはなっていない。もやしアーミーの側もそれで喜んでいる。
新しく作られる召喚体は前回の経験を引き継いでおり、また召喚されていない間はミコト視点で観測している。



・"光の召喚体"ブラン
素体:ジュエルシード・シリアルXX
基本概念:光
創造理念:ミコトと周辺の環境維持
形態:自律行動型
性格:真面目でおっとり
性別:女
能力:光線照射、光を通じた空間操作
ジュエルシードの召喚体転用実験体。兼八神家のボディーガードであり、家事手伝いでもある。現在ミコトとはやての指導の下、出来ることが増えて行っている。
ミコトから生み出された存在でありながら、ミコトとはやてのことを妹か娘のように見ている。最初は融通が利かない性格であったが、はやてに弄られているうちに柔らかくなった。
最高級の素体を使っているため能力値そのものは非常に高い。しかし作中でミコトが言及している通り、戦闘経験が全くないため、戦力としては向いていない。



・"夜の召喚体"ソワレ
素体:ジュエルシード・シリアルXIV
基本概念:夜
創造理念:八神家のマスコット
形態:不定形型(特殊な自律行動型)
性格:甘えん坊
性別:女
能力:暗闇を通じた空間・時間操作、自身の形状変化
ジュエルシード集めに立ちふさがった障害を排除するために作られた召喚体。しかしそれはきっかけであり、ミコト自身も彼女のことを娘のように思っている。
様々な形に姿を変えられるが、あまり質量を極端に変えることは出来ない。そして人型は何故かミコト似の少女の姿にしかなれない。
戦闘時はミコトを覆うドレスとなって、ミコトとともに戦う。単独での戦闘力も高いように思われるが、精神的な理由によりミコトと一緒でないと力を発揮できない。
※ソワレが使っている技は、別に技名を言う必要はなく、意思一つで使うことが出来る。逐一技名を言っているのは、考えてくれたはやての思いを無下にしたくないから。
バール・ノクテュルヌ(夜想曲の弾丸)……圧縮空間を弾丸として放つ技。速射性・連射性に優れながら高威力
ル・クルセイユ・エクスプロージオン(爆発する棺)……対象空間を圧縮して超重力で押し潰す技。非常に高威力ながら、発動までが遅いため、動かれると当たらない


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十一話 温泉 その一

お待たせしました、温泉回です。前後編で終わらなさそうなので、番号式にしました。


 それは、いつもの定時報告のことだった。

 

「あ、そうだミコトちゃん。なのは達、週末の連休に海鳴温泉に行くの!」

 

 どこそこを探して成果なし、という報告を終え八神邸へ帰ろうとしたオレを、高町なのはが引きとめた。本日はスクライアもおらず、彼女一人だ。

 なんでも、高町家+友人で二泊三日の温泉旅行に行くそうだ。その間はジュエルシード探しはお休みであり、スクライアの了承も得ているらしい。黒衣の少女という脅威もある中、その呑気さはどうなのだろう。

 オレはその言葉を聞いて、ならその期間は定時報告を出来ないのか、という程度の感想しか持たなかった。

 最近のオレは常にソワレを連れて歩いている。必然的に彼女も会話に参加することになる。

 

「ミコト、おんせんって、なに?」

「自然に湧き出したお湯で作った浴場のことだ。温泉ごとに成分が違い、色々な効能があったりするそうだ」

 

 当然だが、オレは温泉に入ったことはない。まずそんな贅沢は出来ないし、温泉に行く時間があるならば内職をする。連休と言えば、オレにとっては稼ぎ時なのだ。

 特に最近はジュエルシード探索によって内職が滞ってしまっている。ここらの機会で、探索を全てもやしアーミーに任せて、一日中内職をするのもいいかと思っている。

 ソワレは温泉というものがイメージできなかったのか、オレの肩の上で頭上にはてなマークを浮かべている。

 

「そうだよ、ソワレちゃん! 温泉ってとっても気持ちいいものなの!」

「……ミコト、そうなの?」

「一般にそう言われているということは知っているが、オレ自身は知らないな。そもそも今まで温泉に行く機会などなかったし」

 

 元々高町なのはが苦手なソワレは、先日の一件でより苦手になってしまったらしく、話をオレの方に受け流してきた。今の感じだと、温泉というものに少々の興味を持ったように思える。

 

「ミコトちゃん、温泉行ったことないの!?」

「贅沢は敵だ。入浴なら家の風呂場で事足りる。わざわざ金を払って遠出をする意味が分からない」

「そんなのもったいないの! 温泉には、お金で買えない価値があるの!」

 

 温泉に入るのに金を払っているのだが、そこはどう説明するつもりなのだろうか。

 しかし、どうにも高町なのはには火が点いてしまったようだ。目の中に炎が宿っているのが幻視出来た。

 ガシッとオレの右手を掴む。……どうでもいいことだが、彼女から手を掴まれるときはいつも右手である気がする。オレの右手に思い入れでもあるのだろうか。

 

「ミコトちゃん! なのは達と一緒に温泉に行こう! ミコトちゃんにも、温泉の素晴らしさを教えてあげるの!」

「必要ない。金なし暇なし興味なし、だ。君達だけで楽しんでくるといい」

「ダメなの! ミコトちゃんが来ないと意味がないの!」

 

 君達が温泉に行くという話だったのに、何でオレが温泉に行く話になっているんだ。相変わらず彼女の行動原理が分からない。

 そしてこれは、いつもの「結論を決めてしまった」状態だ。オレが一番苦手な、高町なのはの流法(モード)。あまり相手にしたくない。

 ここは、少し汚い手を使うか。

 

「ソワレ。君は温泉に行きたいか?」

「……ミコトとはやてがいくなら、いってみたい」

「ほら! ソワレちゃんもこう言ってるし!」

「ではソワレ。そこには漏れなく高町なのはが着いてくる。これだとどうだ?」

「……うちのおふろでいい」

「な゛の゛ぉ゛!?」

 

 打ちのめされたように、その場に崩れ落ちる高町なのは。純真なソワレに言われては、彼女も強くは出れまい。

 

「ということだそうだ。オレも連休にはやることがある。その誘いに乗ることは、初めから不可能だったということだな」

「うぅ……ミコトちゃんとソワレちゃんと一緒にお風呂入りたかったの……」

 

 何故そこまでショックを受けているのか、オレには意味が分からなかった。

 高町なのはが自力帰れるか分からなかったので、一応高町家の前まで送り、オレ達は家路についた。

 ――このとき、オレは忘れていた。話を聞いていたのは、オレとソワレだけではない。もう一人いたということを。

 

 

 

「――ってなわけで、なのはちゃん達の温泉旅行に同行することになったでー」

 

 八神邸に帰ると、満面の笑みで出迎えてくれたはやてが、何の前触れもなくそんなことを言い出した。

 何故はやてがそのことを――と思ったところで、ようやく思い出した。

 

「……1号。何をしてくれている」

 

 胸ポケットから取り出したもやしアーミーの1号を糾弾する。つまり、1号が聞いた内容を他の個体がはやてに伝達し、オレ達が帰り着く前に高町家に連絡を入れたということだ。

 オレの睨み付ける視線に、だが彼はむしろ誇らしげな様子で。

 

『我らも王妃様も、日ごろお疲れの女王様に、たまにはご休息をとっていただきたかった! 我ら一同、この判断に一切の後悔を致しておりませぬ!』

 

 そう答えた。完全な善意からの行動だった。……彼らは使い捨て素体の召喚体であるが、オレにとって切り捨てられない存在であることに変わりはない。

 彼らからそう言われてしまっては、オレにその意志を無下にすることは出来ない。確かにこのところ動きすぎだという自覚はあったわけだし。

 

「すまない、ソワレ。そういうことになってしまったみたいだ」

「……だいじょうぶ。なのは、こわいけど、ミコトとはやてがいるから」

「あぁんほんとうちの娘は可愛いわー! 大丈夫や、ミコトママとはやてママが、魔砲少女からソワレを守ったる!」

 

 手のひらサイズから子供サイズに変化したソワレを、はやてが抱き寄せた。ソワレはされるがままだったけれど、その表情は安心したように緩んでいた。

 実際のところその必要は……あるか、あの子はソワレが怖がっても構わず突進してくるから。はやての言う通り、オレも母親としてソワレを猪突猛進娘から守らなければ。

 温泉という避けられぬ戦いに、オレ達は人知れず決意を固めたのだった。

 

「……あのー、温泉にリラックスしにいくんですよね? 何で戦うことになってるんです?」

 

 母娘の和から少し外れたところで、ブランは困ったように笑っていた。

 

 

 

 

 

 そして迎えた旅行当日。オレ達は高町家の前へとやってきた。長らく縁のなかった場所であるが、最近は訪れる頻度が結構高い。

 目的地である海鳴温泉へは、高町家のワゴンで行くことになる。もう一台、月村家が出した車もあるが、女子小学生組は全員高町家側らしい。

 

「おねげえします、恭也さん! 後生です士郎さん! 何卒! 何卒俺をあっちの車にィ!」

「黙れ! お前のような餓えた獣を、なのは達と一緒の車に乗せられるか!」

「すまないね、ガイ君。向こうについたら一緒に遊べるから、それまでは我慢してくれよ」

「ほら、僕も付き合ってあげるんだから、暴れてないでさっさと行くよ」

「ジーィストォーネェー!」

 

 藤原凱は血涙を流さん剣幕であったが、スクライアのバインド魔法によって簀巻きにされて月村家の車に強制収納された。別にあそこまでする必要はなかったんじゃないかと思わないでもないが。

 

「ミコトってガイに甘いわよね。何か事情はあるのかもしれないけど、変態と同じ車なんて生きた心地がしないじゃない」

「気にするほどのことじゃないだろう。彼はヘタレだろう?」

「た、確かにその通りかも。口ではあんなこと言ってるけど、無理矢理何かするってことはなかったし……」

「へー。ミコトちゃんって言ったっけ。ガイ君のことよく分かってるんだねー。もしかして、気があったりするのかなー?」

 

 それはない、と丸眼鏡女性にそっけなく返す。彼女は高町美由希。高町なのはの姉で、恭也氏の妹だ。現在高校2年生。オレは今日が初対面となる。

 向こうはオレの話を聞いていたようで(まあ高町家の養子入りの話もあったわけだし、不思議なことではない)、積極的に話しかけてきている。

 

「ほんとに男の子みたいなしゃべり方するんだねー。でも全然不自然じゃないから不思議ー。なのはもずっと勘違いしてたみたいだし」

「そ、そのことは蒸し返さないでなの!」

「……ご希望とあらば、女言葉でしゃべってみてもいいが?」

 

 それにより発生する被害を知る全員から止められた。ブランからすらもである。ソワレはよく分かっていなかった。

 車を運転するのは男性陣だ。ここでSAN値を直葬して運転できなくなられても困る。

 

「改めて、本日はご招待いただきありがとうございますー。車椅子は何処に置けばいいですやろ?」

「いやいや、こちらこそ来てくれてありがとう。うちの荷台が結構空いてるから、折りたためば入ると思うよ」

「お手伝いしますね、はやてちゃん」

 

 はやてに続き、八神家組が運転していただく士郎氏に頭を下げる。元々乗り気ではなかったとしても、行くことに決めたのならば礼儀は尽すべきだ。

 ブランがはやてを抱き上げて座席の方に移動させる。その間にオレは、車椅子を畳んで荷台の空いている場所に差し込んでおいた。

 

「うーん、もう何人かあっちの車に行かなきゃ無理ね。この人数全員は入らないわよ」

 

 バニングスが嫌そうに言った。彼女としては、藤原凱と一緒の車に乗るというのは嫌であるらしいからな。

 だが、まあ。そういうことなら、何の問題もない。

 

「ソワレ。場所がないから小さくなってくれ。その方が君も窮屈な思いをしないだろう」

「ん、わかった」

 

 ここに来たときは子供サイズであったソワレは、オレの指示に従って手のひらサイズまで縮む。知らなかったバニングスと月村、それから美由希氏が目を丸くして驚いた。

 次いで、ブランに。

 

「それじゃ、私は基礎状態ですね」

「すまんな。『"光の召喚体"ブラン、在りし姿に戻れ』」

 

 白い宝石核の状態に戻ってもらい、オレの胸元にかける。これで十分なスペースを確保できるはずだ。

 

「何を呆けている。月村とバニングスは、二人が何者なのかを知っているはずだろう」

「いや、そうだけど……こ、こんなことが出来るなんて聞いてないわよ!?」

 

 そうだったか。まあブランを基礎状態に戻すのなんて、小学校に行くときぐらいしかやらないし、見せる機会もなかったな。

 

「へぇー……色違いのジュエルシードみたいなの」

『なのはちゃんも、この姿を見るのは初めてでしたね。私は元々ジュエルシードですから』

「わ、お話も出来るの! まるでレイジングハートみたい!」

「……なんでなのはは順応してるのかと思ったら、そういえば魔法少女だったわね、この子」

「あ、あはは……えっと、ソワレちゃんも、ブランさんと同じ、なんだよね」

「そうだが、この子は基礎状態に戻ることを拒んでいる。ブランのような姿を見せることはないだろうな」

「ソワレ、ミコトとはやてといっしょじゃなきゃ、や」

「どや? 可愛いやろ、うちの愛娘は」

 

 頭にソワレを乗せ、親バカぶりを発揮するはやての隣に座る。オレの逆隣には、当たり前のように高町なのはが座った。それを受けてソワレははやての方に行ってしまった。

 残った面々は釈然としない様子ながらも、ぞろぞろとワゴンに乗り込んだ。そんな中で、士郎氏だけは終始満面の笑みだった。……やはり彼はただものではないな。

 そうしてオレ達は、海鳴温泉に向けて出発した。

 

 ところで、オレはあまり車に乗った経験がない。というのも当然で、普段子供だけで生活しているオレ達が、移動手段として車を使えるわけがない。

 学校に行くのも、聖祥組はバス通学(バニングスと月村に至ってはリムジン、ブルジョワめ)らしいが、オレ達は普通に徒歩。はやての通院も基本的に徒歩だ。

 そんな生活環境なので、生まれて間もないブランとソワレが車に乗ったのは、これが初めてだった。

 

「すっごく、はやい」

『歩行者の側から車は見てましたけど、車からだとこんな景色なんですねー』

 

 二人とも、それなりに楽しんでいるようで何より、と言ったところだ。

 目的地まではそれなりに時間がかかる。オレ達の年頃の子供達が、その間を黙って過ごせるわけがない。バニングスが取り出したカードゲームに打ち興じている。

 こちらの後部座席に乗っているのは、オレとはやて、ブランとソワレ。高町なのはと美由希氏。それから、月村とバニングスだ。

 ゲームに参加しているのは、そのうちブランとソワレを除いた全員だ。というかこの二人は今の状態では参加できない。なので「初めてのお車」に感動してくれて助かっている。

 もちろん、全員が年頃の少女達。ただカードゲームをするだけでなく、雑談込みだ。

 

「えー、ミコトちゃんって男友達いないの? そんな可愛いのに、もったいない」

「そもそも友達というもの自体を持っていない。向こうから一方的に友達宣言されている関係はあるがな」

「そういえば、あきらがそんなこと言ってたわね。……ほんっと変な性格してるわよね、あんたって」

「それがミコちゃんの可愛いとこやもん。あ、アリサちゃんドロー2な」

「ちょっ!? はやて、あんたさっきからドロー2狙い過ぎじゃないの!?」

「上がりを急ぐからだよ、アリサちゃん。あ、わたしウノ」

「むむむ、ここはスキップかな。上手く繋いでね。えー、じゃあミコトちゃんにとってはやてちゃんは何なの?」

「「相方」だ。バニングス、下手をうつなよ。スキップ」

「なのは、さっきから一枚も出せてないよー!」

「なのはのおかげでドベは回避できそうだけど、ここですずかに上がらせたくないわね。リバース! その「相方」って表現、ふわっとしててよくわかんないわね」

「サンキューや、アリサちゃん。んー、わたしらも自分らの関係がよく分からんくて、色んな意味を込めてそう呼ぶことにしたんよ。これでどや、ミコちゃん! ドロー2!」

「甘いな、はやて。ドロー2でウノ。何にせよ、はやてがオレにとって特別な位置づけであることに変わりはない」

「にゃー!? またカードが増えたのぉ!?」

「なのはちゃん、それだけ持っててドロー2なかったんだ……」

「あはは、照れなく言い切っちゃうねー。ここですずかちゃんのために温存しておいたドロー4! 色は赤!」

「えっ!? あ、やられたー!」

「むっ。ピンポイントで来たわね……1枚ドロー」

「わたしも1枚ドローや」

「高町姉、感謝する。上がり」

「うぇ!?」

 

 月村とバニングスの攻防を隠れ蓑にトップ抜けに成功。二人の非難の視線が高町姉に注いだ。

 

「ミコちゃん強いなぁ。これで3連続トップやで」

「何処かの誰かさん達が張り合ってくれるから、上手く隠れやすい。それこそオレの領分だ」

『うっ……』

「アリサちゃんとすずかちゃんは、親友なのにライバルみたいなの……」

「強敵と書いてともと読む、みたいな感じだよねー。ミコトちゃんとはやてちゃんは、相方になんてルビ振るの?」

「恋人でしょ」

「きっと夫婦だよ」

「君達、好き勝手言ってくれるな。言っておくが、オレもはやても同性愛の気はないぞ。その辺の嗜好はノーマルのはずだ」

「せやねー。ミコちゃんのことも、女の子だからーやなくて、ミコちゃんだから大好きなんよ」

 

 オレも、はやてだから受け入れてもらうことが出来、そして彼女を好きになった。ただ、オレはこの好きがどういう好きなのか、言葉に表すことが出来ないでいる。

 

「恋愛、というものを経験したことはないから分からないが、それでもこれがそういった感情ではないだろうと思っている。恋焦がれるという言葉があるぐらいだし、それは身を焼くほどの感情なんだろう」

「わたしも、恋愛言われるとピンと来んなぁ。あ、せや。美由希さんは高校生やろ? 恋愛ってどんなもんか、教えてもらえへんやろか」

「え、ええ!? わたし!? う、うーん。……甘酸っぱいもの、かなぁ」

「何だ、高町姉は恋愛経験がないのか」

「そ、そんなことないもん! ただ、実らなかっただけだもん!」

『美由希さん……』

「お姉ちゃん……」

「や、やめて! わたしのことを優しい目で見ないで!?」

 

 さすがは女子同士の会話というか、やはり最終的にはコイバナに落ち着くようだ。この辺りは海鳴二小の面々と大差ないな。

 

「大体、それ言ったらなのはもじゃないの! なのはに至っては相手の性別勘違いしてたし!」

「にゃあああ!? お姉ちゃん、それは言っちゃダメなやつなの!」

「高町なのはは、オレ以外にも性別の勘違いをしたことがあったのか。全く失礼な女だな」

「違うの、そうじゃないの! 勘違いしてたのはそうだけど、でもそうじゃないの!」

 

 いやまあ、大体察してしまったが。正直当事者としては、どんな顔をすればいいか分からない。憐れめばいいんだろうか?

 

「その、なんだ。君の気持ちは嬉しいが、オレ達は女同士なんだ。ちゃんと男性と付き合った方がいい」

「みゃあああ!? しかもフられたの!?」

「楽しんどるなぁ、ミコちゃん。なのはちゃん反応いいし、気持ちは分かるけどな」

 

 全くだ。高町なのは、弄ると楽しい女である。まあ、どうせ彼女としても過去の感情だろう。オレが女と分かってまで、恋愛感情を維持できるとは思わない。彼女がバイでもない限り。

 ……しかし、何なんだろうな。この話題を続ければ続けるほど、深みにはまっている感覚がするのは。各人の反応を見る限り、誰も違和感は持っていないようだが。

 まあ、いいか。

 

『ミコトちゃん……相変わらず無自覚なんだから』

 

 ブランの呆れたため息交じりの発言は、車内の喧騒にかき消されて耳に届かなかった。

 

 

 

 

 

「小学生! 小学生ですから! まだ8歳だから、俺も合法的に女湯に入れるはずだァ!」

「お前のような8歳児を女湯に入れられるか! ユーノ、バインドを頼む!」

「ええ!? いや、さすがに公共の場で魔法の使用はちょっと……」

 

 旅館に着き、早速温泉に入ろうというところで、出発前と同じような騒ぎが起こる。今度は藤原凱が女湯に入ろうとしたようだ。

 注意書きを見てみると、確かに9歳未満の児童は、男湯女湯のどちらにも入れることになっている。恐らくは親が世話を出来るようにという配慮だろう。

 だがここにいる小学生は、揃いも揃って親の手を借りずに済むレベルだ。藤原凱も、表面はアレだが精神年齢はおそらく相当高い。そう考えると、注意書きの9歳未満の児童という言葉が効力を持つとは思えない。

 

「うおおおおっ! 裸のねーちゃん! 乳、尻、太ももーーーっ!!」

「そんな発言をする小学生がいてたまるか! かくなる上は、御神流・徹ッ!」

「んほぉ!?」

 

 背後から一撃を受けた藤原凱は、一瞬体を大きく震わせ、ぐったりとなった。恐らくは衝撃を通す技を当身に使い、震動からの脳震盪で気絶させたというところなのだろう。荒っぽいが、彼相手には妥当なやり方か。

 ようやく大人しくなった少年を小脇に抱え、恭也氏は大きくため息をつき、スクライアとともに男湯の暖簾をくぐろうとする。その前に、オレが声をかける。

 

「恭也氏、ついでにこいつのこともお願いしたい」

 

 スカートのポケットから羽根を取り出し、エールを顕現させる。折角だからこいつにも温泉を堪能してもらいたいが、こいつの性別は男なのだ。

 

『ええ!? 何でなのさ! ボクはミコトちゃんの相棒だろ!? 一緒に入るのが自然な流れじゃないの!?』

「オレはそうかもしれないが、他不特定多数が一緒に入るんだ。なら、男のお前は男湯に入るのが自然な流れだろう」

『そんなのってないよ! ミコトちゃんならボクの意思を汲んで、女の子たちの艶姿を見せてくれると思ってたのに!』

 

 やはりこいつも藤原凱と同じようなことを考えていたか。お前の下心程度のものが分からんでか。オレはお前のマスターだぞ。

 その発言を聞き、呆れた顔をした恭也氏がエールの柄をむんずと掴む。エールはなおも文句を言い続けているが無視。

 

「そいつは剣ではないので、錆びることはない。羽根の部分でも適当に浸けてやっていただきたい」

「ああ、任せておけ。エールもいい加減諦めろ」

『うぅ、こんなのあんまりだァ……』

 

 そして今度こそ、恭也氏は暖簾の奥へ消えた。これで落ち着いて温泉に入れる。

 

「……召喚体って、随分個性豊かなのね。あの子って、この間の黒い女の子と戦ったときに使ってた子よね」

「そうだ。"風の召喚体"エール。おしゃべりで悪戯好き、見ての通りハレンチな面もある。自由すぎるのも困りものだな」

「あはは……でも、楽しそうだね」

 

 そうだな。少なくとも、あいつといる時間は退屈することがない。あれでオレの気を使って……いるわけがないな。自分がやりたいようにやっているだけだ。

 オレ達も女湯の暖簾をくぐり、脱衣所に入る。既に何人かは浴場の方へ行っているようだ。

 適当に空いているロッカーを探し、角を曲がる。と、そこで今から服を脱ごうとしていた少女とぶつかりそうになった。

 

「あ、ごめんなさ……ッッッ!?!?」

 

「君、いや、お前は……」

 

 お互いの顔を確認した瞬間、少女が面白百面相を始めた。オレも、彼女の顔には見覚えがあった。というか忘れるわけがなかった。

 少女は脱衣のために服にかけていた手を離し、身構えながらオレとの距離を取った。とは言え、ここは脱衣所なのでそれほどスペースがあるわけもなく、すぐに背後のロッカーにぶつかる。

 何故彼女がここにいるのか、疑問はある。が、別に今はそんな反応をする必要はないと思うのだが。いくら敵対者だからと言って、非戦闘時に身構える必要もない。

 少女の反応に構わず、少女が使っているだろうと思われるロッカーの隣が空いているので、そこを使うことにした。服のボタンを上から外し始める。

 

「お前も温泉に浸かりに来たんだろう。そんなところで突っ立ってないで、服を脱いだらどうだ」

「……あなたは、油断できない。何をするか、分からない」

 

 なるほど。オレが容赦なく斬りつけたから、警戒しているのか。確かに非武装の今の彼女なら、エールでも十分命を奪える防御力しかないのだろう。

 だが、それはしないと約束したのだ。彼女達がこちらの提示した条件を破らない限り、オレはそれを反故にする気がない。そもそもエールは男湯、ソワレははやてと一緒に先に入っている。手段がない。

 

「言ったはずだ。そちらが不意打ちをしないなら、こちらが命を取ることはない。それとも、お前はこの場で非武装のオレに不意打ちをかけて殺すか?」

「っ、そんなことは、しません……」

「なら、今は警戒するだけ集中力の無駄だろう。今この瞬間にジュエルシードを巡って争っているわけではない。オレはリラックスしにここに来たんだ。無駄に気を張らせるな」

 

 服を脱ぎ、ロッカーにしまう。下に来ていたキャミソールの裾に手をかけ、まくるように脱ぐ。

 オレの無防備な姿に、こちらに一切の敵意がないことを理解したのだろう。少女は横に並んで、脱衣を開始した。

 

「……聞いてもいいですか」

「内容による。こちらの戦力に関することは開示できない」

「その……なんでそんな、男の子みたいなしゃべり方なの?」

「……。『こういうしゃべり方がお好みなら、そうするわよ』『あなたって変わった趣味してるわね』」

「ッッッ!?!?!? い、今まで通りでいいですっ! 鳥肌がっ!!」

 

 似合わないんだよ、悪かったな。

 スカートの横についたファスナーを引いて、腰の部分を緩める。床に落ちたそれを拾い、ロッカーにしまった。

 少女は……何かもたついていた。どうやら服の留め具が上手く外れないらしい。というか今のオレの言葉で震えているようだ。本当に失礼な奴だな。

 

「貸せ。外してやる」

「えっ。で、でも……」

「不本意ながら、オレのせいなんだろう。だから外してやると言っている」

「あぅ……そ、その、お願いします……」

 

 顔を真っ赤にしながら俯く少女。それは一切気にせず、ホック式の留め具を上から順々に外していく。最後まで外した後、少女の後ろに回って、服を引っ張り脱がせてやった。

 

「両手を上げろ」

「えっ!? そ、そこまでしなくたって、じ、自分でできますから!」

「お前は……君は普段、誰かに手伝ってもらっているだろう。上を脱がせたときの動きが、うちの末っ子と一緒だ」

「……うぅぅ。お、お願いします……」

 

 図星らしく、羞恥で顔を真っ赤に染める。やはりオレは取り合わず、少女が服を脱ぐ手伝いを続けた。

 

 ……どうにも符合しない。先日、ジュエルシードを巡って争った少女と、今目の前にいる金髪ツインテールの女の子の姿が、上手く重ならない。オレが言うのもなんだが、かなり歪な在り様だ。

 何故これだけ幼い精神でありながら、戦闘時にはあれだけ冷静に行動出来たのか。まるで育児の代わりに戦闘訓練を受けてきたかのような、そんな感覚を覚える。

 いや、きっとそうなのだろう。この少女のバックグラウンドなど何一つ知らないが、オレの知る子供の成育環境とは全く「違う」環境で生きてきたのだろう。

 だから、彼女は強い。魔導師として、兵士として強い。そして同時に、ジュエルシードを集めるのが、この子自身の目的でないことも分かる。この子にそんな決断力は存在しない。

 恐らくバックにいる何者かが指示を出している。それはつまり、最悪この少女を殺して排除したところで、第二第三の刺客が投入されることを意味している。

 約束でもあることだし、命を狙って排除する真似はやめておこう。成り行きではあったが、前回行動を縛ったのが大きな効果をもたらしそうだ。

 

「首の傷はどうだ」

「え? あ、その、ちゃんと治療したので……」

「痕にもなってないみたいだな」

 

 特に後遺症もないようだ。こうなったからには、彼女には最後まで生き延びてもらおう。状況を上手くコントロール出来れば、ジュエルシード回収を有利に進められる。

 スカートを脱がせるオレを、少女は驚いた顔で見ていた。

 

「どうして……そんなに優しく、してくれるんですか。この間は、あんなに冷酷だったのに……」

「優しくしているつもりはない。それは君の錯覚だ。この間も今も、オレはいつだって、自分の目的のために行動しているだけだ」

 

 例外となるのは、はやてとソワレが絡んだときぐらいか。いや、そのときだって最終的には自分の目的のためなのだろう。彼女達を大事にしたいという、自分の目的(エゴ)を満たすために。

 結局オレは、何処まで行っても自分本位な人間なのだ。若干自嘲めいた笑みが浮かんだ。

 

「あなたの、目的……?」

「敵対者に答えることは出来ない。さすがに下着は自分で脱いでくれ。オレも自分の分がある」

「あ、……はい」

 

 スカートを脱いだところで少女の脱衣を手伝ったものだから、今までパンいちだ。いい加減脱ぎたい。

 はやての趣味で購入したリボン飾りのついたパンツを脱ぎ、ロッカーへシュート。髪留めを外し、入浴用のタオルを持って、ようやく浴場へ歩を進めた。

 後ろからペタペタという足音がして、つかず離れずな感じで、あの少女が着いてきた。

 

 

 

「ミコちゃん遅いでー……って何でその子がおるん?」

「何故かいた。今は休戦中だ。ブランも、そう身構えなくていい」

「あ……そ、そうですよね。つい……」

 

 はやて達は先に入っていた。合流すると、一緒にいたあの少女に驚いた様子だ。

 黒衣の――今は全裸の、だが――少女は、八神家一同の視線に、居心地が悪そうにたじろいだ。

 

「あの、その……」

「あーごめんごめん。別に邪険にするつもりはないんよ。思ったよりミコちゃんが険悪やないから、単純に不思議に思ってな」

「ミコちゃ……? えっと、あなたの名前、だよね」

「……八幡ミコト。カタカナ三つでミコトだ。「ミコちゃん」というのは、はやて……その子がオレを呼ぶときのあだ名だ」

 

 名前まで教えるつもりはなかったのだが、ひょんなことから割れてしまった。気にするほどのことでもないかもしれないが。

 ……何故今一瞬、この少女は顔を輝かせたのだろうか。オレの名前が、何か琴線に触れる部分でもあったのだろうか。

 

「わたしは八神はやて。ミコちゃんの同居人や。んで、こっちがうちのお手伝いさんのブラン」

「ブランです。立場としてはミコトちゃんの従者なんですが、二人の好意で家族として扱ってもらってます」

「今でこそこんな感じなんやけど、初めの頃は固くて固くて、わたしのこと「はやて様」って呼んどったんよ。なあ、ミコちゃん」

「確かに、ブランはあの頃から想像もできないほど弄られキャラになったな。オレとしては、楽しくていいが」

「そ、そんなぁ……」

「あはは……え、えと。その、はやての後ろに隠れてる、ミ……ミコト、に、似てる子は?」

 

 何故オレの名前を呼ぶときに言いよどんだし。この子の思うところがさっぱり分からない。オレとはまた違う方面に「違う」のだろう。

 さて、オレにそっくりの女の子――ソワレは、少女が現れた段階ではやての後ろに隠れた。見るからに警戒心全開だ。

 何故、と思ったところで思い出した。ソワレにとって、この少女は「自分を誘拐しようとした悪人」なのだ。彼女の元となったジュエルシードを強奪しようとしたのだから。

 

「ソワレー? ちゃんとあいさつせなあかんよ」

「……ソワレ。ミコトとはやての、こども」

「そうなん……え? え!?」

「驚きすぎだ。言葉通りの意味じゃない。そういう位置付けにいる子、ということだ。この年齢で、しかも女同士で子供を作れるわけがないだろう」

「あ、そ、そうだよね! ……びっくりした」

 

 しかしさっきからこの少女はもじもじそわそわ、どうしたんだ。入浴前に御不浄を済ませていないのだろうか。それはエチケットだぞ。

 はやては、ちゃんとあいさつが出来たソワレの頭を撫でてから、少女に向けてニッと笑った。

 

「さ! こっちは全員自己紹介したで。んで、キミのお名前は?」

「あ……」

 

 どうやらこの少女、今の今まで自分が名前を告げていないことに気付いてなかったようだ。何か理由があるのかと思ったら、単に抜けていただけらしい。

 その羞恥からだろう、顔を真っ赤に染める。彼女は肌が白いから、それがより一層はっきりしているように思う。

 しばし口ごもった後、少女は意を決して顔を上げる。そして、自身の名前を言葉にした。

 

「わたしは……フェイト。フェイト・テスタロッサです」

 

 名を告げた彼女――テスタロッサは、はにかんだような笑みを浮かべた。

 最悪の出会い、偶然の再会。二回目は、思っていたよりも呑気なものだった。

 

 

 

 

 

 はやてがテスタロッサと(半ば一方的に)和気藹々と話しているものだから、周囲の少女達も彼女に対する警戒を解いて話しかけ始める。

 

「あんた、首大丈夫だった? ミコトのやつ、かなり容赦なく斬りつけてたから、一瞬血の気が引いたわよ」

「あ、うん。バリアジャケットの効果で、防ぐことは出来たから。それにミコトも、なんだかんだで加減してくれてたと思うし……」

「いや、全力だったが。単純にこちらの攻撃力が足りなくて、首が落ちなかっただけだ」

「ミコちゃーん。次やったらホント怒るで? エールだってあんな使われ方、本望やないやろ」

「それはそうなんだがな。まあ、テスタロッサが約束を守る限り、あんなことをする気はない」

「……その。今更だけど、いきなり襲いかかってごめんなさい。気が逸っちゃって……」

 

 どうやらテスタロッサは、皆と話しているうちに冷静になったようだ。先に問答無用だったのは自分の方だったと気付き、謝ってきた。

 謝られても、と思うが、こちらも相応の対応をしてしまったわけだ。何も言わないわけにはいかない。

 

「そういうことならば、こちらこそだ。これで互いに禍根はなくしたい」

「……うん。これでお互い様、だよね」

「そういうことだ」

 

 貸借バランスは大切なことなのだ。

 

「今度からはちゃんと玄関から入って来てね。うちって防犯に力入れてるから、変なところから入ると蜂の巣になっちゃうのよね」

 

 と言うのは、月村家の現当主であるという月村の姉・忍氏。先日の一件以来、「空を飛んでくる襲撃者」に対応するために空中防衛にも力を注いだらしい。対空ミサイルでも配備したのだろうか。

 

「あ……あのときは勝手にお邪魔しちゃって、ごめんなさい。その、お茶会も中止にしちゃったみたいで……」

「過ぎちゃったことは気にしなくてもいいよ。次から注意してくれれば、それで十分だから」

「う、うん。……そういえば、皆はどういう集まりなの? 普通に魔導師のこととか知っているから、管理世界とパイプはあるみたいだけど、管理局と繋がってるようにも思えないし……」

 

 緩い空気に乗せられたか、テスタロッサの口が軽くなっている。とはいえ、こちらは彼女がジュエルシードを強奪しに来ていることを知っているわけで、別に真新しい情報はない。

 そしてこちらは、こちらの戦力に関わることを教えるつもりはないのだが。

 

「ユーノ君っていう、ジュエルシードを発掘した子が色々教えてくれたの。ほら、この間フェレットっぽい子がいたでしょ?」

 

 頭の中がお花畑、高町なのはが勝手に口を割る。……オレに関わることを割らなければ、止めはするまい。

 

「え、あの子って使い魔じゃなかったの?」

「使い魔? ううん、ユーノ君はなのは達のお友達!」

「最初はまさかしゃべれるとは思わなかったわよね。……しかもなのはも、ミコトに呼び出されるまで黙ってたし」

「にゃっ!? あ、あれはその、管理世界のことは話しちゃダメってユーノ君が……」

「結局ここにいる全員が知るところになっちゃったけどね。恭也も酷いわよ、恋人にまで黙ってるなんて」

「ひ、秘匿義務とは一体……」

 

 気にするな。無闇に拡散してるわけじゃないんだ。必要最小限、知らなきゃいけないところまでだ。

 

「えと……ミコトも、あの子から教わったの?」

「オレの力に関することは黙秘させてもらう。忘れてはいないだろうが、オレ達は敵対者だ」

「あっ。……そう、だよね」

「だからと言って抱え込めとも言っていない。上手く割り切れ」

「難しいよ……」

 

 単純なことだ。互いに聞かれたくないことは聞かず、当たり障りのない会話をすればいい。君ぐらいの知性があるなら、十分可能なことだ。

 

「もー! ミコトちゃんは相変わらず分からない子なんだからー!」

「自覚があることを知っているだろうに。高町なのはがテスタロッサと仲良くしたいと思うのは勝手だが、オレを巻き込むな」

「え……」

 

 テスタロッサが悲しそうに顔を歪めた。おい、一体どのタイミングでオレに執着しだした。全く意味が分からんぞ。

 

「フェイトちゃんはミコトちゃんと仲良くしたがってるの!」

「知らん。オレにその気はない。オレに提示できるメリットを用意して出直して来い、としか言えないな」

「あ、あの、なのは、だっけ。ほんとに、大丈夫だから……」

「ダメなの! フェイトちゃんはもっと素直になるべきなの!」

 

 ああまた始まった。本当にどうしてくれようか、この猪突猛進娘は。しかもテスタロッサの押しの弱さと上手くかみ合ってしまっている。

 

「ダメダメダメ! 諦めたら! 周りのこと思うの、応援してる人達のこと思ってみるの! あともうちょっとのところなんだから!」

「う、うん! そうだよね! わたし、頑張って見るよ! ありがとう、なのは!」

「ファイトなの、フェイトちゃん!」

 

 もう君達はそのまま友達になってしまえ。お互い完全に敵対していることを忘れているだろう。

 ざばっと湯船からテスタロッサが立ち上がり、オレの方を見る。

 

「ミコト! あのっ……わたしと、お友達になってください!」

「ミコトちゃんっ!」

「……ふぅ」

 

 本当に、どうしてこうなった? オレはここで偶然テスタロッサに出会い、少し会話して、脱衣の手伝いをしてやっただけだ。何か特別なことをした覚えはない。

 そもそもさっきオレは「敵対者であることを忘れるな」とはっきり口に出して言ったはずだ。何故その相手に対してこんな発言が飛び出してくるのだ。そう、全ては高町なのはってやつの仕業なんだ。

 否。もっと言えば、それは高町なのはをお花畑に育て上げたご両親の仕業だ。そしてそのきっかけとなったのは、以前聞いた話からして、間違いなくオレのあの発言だ。

 つまり、オレのせいじゃないか。

 

「……ふぅ。こんな因果応報、誰が想像できるか」

 

 もう一度、ため息が漏れた。

 気付いてしまったからには「知らん」は通用しない。これは巡り巡ってオレに帰ってきた悪因悪果。ちゃんと受け止めてやらなければならない。

 かと言ってテスタロッサと友達になれるかどうかと言われれば、答えはノー。オレは友達というものが分からないのだから。

 オレがしなければならないのは、今のテスタロッサを納得させる結果を返すこと。テスタロッサは緊張の面持ちで、しかし多分に希望を持った顔つき。

 

「まず最初に、オレは友達を作ったことがない。友情という感情が分からないのだから、作りようがない。ここまではいいか?」

「……はい」

「その上で君がオレに対し「友達になりたい」と思う気持ちは否定しない。その感情は君が持つべきものであり、オレが踏み入っていいものじゃない。そうだな」

「それは……多分、そうなのかな」

「だから、君がその感情を満足させるための行動は、一切止めない。代わりに、オレから歩み寄ることもしない。それでもいいなら挑戦してくれ。それが、オレが君に返せる答えだ」

 

 結局いつも通りになってしまった。だが、これ以上の答えを持ち合わせていないのだから、どうしようもない。

 テスタロッサは、オレの言葉をかみ砕いて、意味を理解しようとしている。

 

「それは、敵対者だからという理由で、拒絶したりしない、ということ?」

「そうだな。もちろん、こちらの不利になるような情報を教えることは出来ない。あくまでプライベートな内容で拒絶はしない、ということだ」

「そっか……。うん、今はそれでいい、かな」

 

 とりあえず、落ち着くところには落ち着いたようだ。全く、この茶番は一体なんだというのか。

 

 恐らく、こっちがテスタロッサの本来の顔だ。向こうが偽りというわけではないが、リラックスしたときに出てくる本質、とでも言おうか。

 歳相応、いや見た目よりもはるかに幼い、自分の感情すら上手く表現できない精神性。だから高町なのはにいいように乗せられ、流されてしまった。

 彼女が本当にオレと友達になりたいと思っているかどうかなんて知らない。だが殺意からの無害意という大きな落差を受けて、オレに意識が集中したところへ、「友達」という分かりやすい答えを与えられてしまった。

 テスタロッサ自身が見つけた答えじゃない、高町なのはに与えられただけの模範解答。そんなものにどれだけの価値があるというのか。

 つまり、こんなものはその場しのぎでしかない。再びジュエルシードの奪い合いに戻ったら、消えてしまうような関係性だ。……消えてしまうなら、どうでもいいことか。

 

「……しかし、温泉に来てまでなんでこんなに色々と頭を使わなきゃならんのだ」

「そんなん、ミコちゃんが裏で色々考えすぎなだけや。頭空っぽにして、ノリに任せてしまえばええんよ」

「後で痛い目を見るのは自分なんだから、お断りだ」

「相変わらず難儀な子やで、ミコちゃんは」

 

 知ってる。君に教えられたことだ。オレは子供らしく、必死に手探りでより良い結果を求めているだけだ。

 最早敵対関係など微塵も感じられない様子で、高町なのはとその友人達とはしゃいでいるテスタロッサ。オレはそれを、呆れながら眺めていた。

 

「ミコちゃんは分かってへんやろうけどな。人って案外、単純なもんやで」

「……どういう意味だ?」

「そのまんま。単純に見た方が、意外と真実だったりするもんやで」

「……分からんな」

 

 はやての言葉の意味するところは、今のオレには分からなかった。それはきっと、オレが「違う」からだろう。

 腕の中に収まるソワレをギュッと抱き、背中を倒して縁に身を預ける。露天風呂から見た春の空は、まだ日が高かった。

 まだまだ一日は長そうだ。




原 作 ブ レ イ ク 不 可 避 。
「名前をよんで」もなくあっさり友達になったなのちゃんとフェイトそん。だって私達……友達だもんげ!

温泉旅行は原作では一泊だったと思うのですが、過密スケジュールを避けつつ満足いくまで描写するために二泊三日にしました。
今回書いてて一番楽しかったのはミコトの脱衣シーンです(アヘ顔)

ミコトは深読みしすぎてますが、一方でフェイトの方の感情も、友達になりたいという単純なものではない模様。(ここは別にGLじゃ)ないです。
フェイトそんが一度殺されかけてるくせにチョロってる理由は、
・ミコトの言動が彼女の常識からあまりにもかけ離れているせいで、正常に判断できなかった
・そもそもフェイトが世間知らずなため、「映画版ジャイアンの法則」による補正がかかった状態で刷り込みをされてしまった
・バリアジャケットの恩恵で、当人は命の危険という認識がやや薄かった
などの理由が考えられます。


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十一話 温泉 その二 ★

※注意:同日更新です。18時に次話が更新されます。

今回はフェイト視点です。前回の補完から入ります。


 わたしが温泉にいたのは、アルフ――わたしの使い魔から、先日の戦いの傷を案じられたためだった。

 治療系の魔法はわたしもアルフも苦手だけど、傷そのものは浅かったから、時間をかけずに完治させることが出来た。ただ、場所が場所だったから彼女には心配をかけてしまった。

 多分、それが響いてのことだと思う。ジュエルシードの探索は自分がやるから、わたしは近場の温泉にでも入ってゆっくりして来いと聞かなかった。

 

 ……わたし達は、まだ一つもジュエルシードを手に入れられていない。先日見つけた一つはネコに持っていかれて、先にあの子に封印されてしまった。

 あの子――後に八幡ミコトという名前を知った。全く魔力を感じさせずにジュエルシードを封印した、得体の知れない魔導師。だからわたしは警戒しながらジュエルシードを要求し、一撃で仕留めるつもりで動いた。

 それはシールドに弾かれ(赤紫色のシールドだった。あれはあの場にいた男の子の魔力光と同じだったけど、あの子も同じ色なんだろうか)失敗し、向こうの全戦力を同時に相手にしなければならなくなった。

 魔力もなしにデバイスに傷をつけるほどの凄腕の剣士という前衛や、防御に長けた魔導師の男の子とその使い魔(後にそうではなかったと知る)、そして謎の魔法を使うあの子。苦戦は必至だと思った。

 そこでわたしは、もう一人いた魔導師――白いバリアジャケットを装備した射撃型の子が穴だと気付き、まずはそこから突き崩すことにした。剣士との打ち合いの一瞬の隙をついて、その子に斬りかかった。

 だけどあの子、ミコトは、その一瞬で仲間を囮にわたしを攻撃するという冷徹な判断を下した。そしてその攻撃は非殺傷を切っており、本気でわたしを殺そうとする冷酷なものだった。

 「命のやり取りをする覚悟」。あの子は戦う前にそう口にして、現実にそれを実行してみせた。自分との圧倒的な覚悟の差に、体の傷以上に心が打ちのめされた気がした。

 結局、わたしは逃がされた。「不意打ち禁止」という条件に「命の保証」という対価を得て、逃がしてもらった。何から何まであの子の掌の上で転がされた気分だった。……本当に、悔しかった。

 

 首の後ろに負った傷を完治させてから、わたし達はジュエルシードの探索を再開した。しかし彼女達がかなりの数を回収してしまっているのか、全く見つけることが出来なかった。

 そこでわたし達は少し遠出をして、あの子達が探していなさそうな場所を探すことにした。そうしてこの温泉街に辿り着き……冒頭に戻る。

 アルフは休めと言ってくれたけど、内心でわたしは気が休まらなかった。もうこの世界に来て二週間になるのに、戦果が0。あまりにもひどい結果だ。こんなんじゃあの人に顔向けできない。

 ジュエルシード自体は、正直言ってどうだっていい。ただ、あの人がジュエルシードを求めている。だからわたしは、あの人の力になりたい。それなのにわたしがこんなに無力じゃ……。

 脱ぐために服に手をかけ、マルチタスクの全てがそんな自己嫌悪で埋め尽くされる。涙が出てきそうになり、耐えるために動きを止める。

 そうして固まってたのがいけなかった。ロッカーの角を曲がって人が通ろうとして、わたしは邪魔になってしまった。

 それに気付いたわたしはどこうとして、その人の顔を見て――

 

「君、いや、お前は……」

 

 ――心臓が止まるかと思った。そこにいたのは、先日わたしに覚悟の差を見せつけたあの子だった。彼女達が来なさそうな場所だったはずなのに、こんな間近にいる。

 一瞬思考が傍白となり、彼女の動きを視覚が認識した瞬間、わたしは後ろに飛んで、すぐに行き止まりに当たった。ここは、わたしの機動力を生かすには狭すぎる。

 わたしが戦々恐々とする中、それなのに彼女の方はまるでわたしには興味がないとでも言うように、わたしが使っているロッカーの隣を開けて服を脱ぎだした。

 ……一体、何を考えているの? 油断させて不意打ち? それとも、設置型の魔法を既に行使している? 思い浮かぶ手段の全てが違う気がして、彼女の考えが全く読めない。

 服のボタンを半分ぐらい外したところで、彼女はこちらに声をかけた。

 

「お前も温泉に浸かりに来たんだろう。そんなところで突っ立ってないで、服を脱いだらどうだ」

 

 本当にそっけない、わたしの警戒なんか意に介さないような、そんな声色だった。

 分からない。彼女の考えが、分からない。次に何をするか、全く想像が出来ない。

 

「言ったはずだ。そちらが不意打ちをしないなら、こちらが命を取ることはない。それとも、お前はこの場で非武装のオレに不意打ちをかけて殺すか?」

 

 息をのむ。彼女は自分の命が狙われることを覚悟していた。それなのに全く動揺していない。どうしようもないほど、胆力の差を感じてしまう。

 「そんなことはしない」と答えると、「無駄な警戒はやめろ」と言われてしまった。わたしが動けないでいるうちに、彼女は綺麗な裸体を惜しげなく見せつけた。

 ……本当にこの子には争う気がない。それを理解し、わたしは敵として見られていないのだと思い、悔しかった。それを隠すように、わたしも彼女に並んで脱衣を始めた。

 

「……聞いてもいいですか」

「内容による。こちらの戦力に関することは開示できない」

「その……なんでそんな、男の子みたいなしゃべり方なの?」

 

 先日から気になっていたことを口にする。彼女は見惚れてしまうほど女の子らしい容姿で、格好も清楚で可愛らしい。なのに、口から出てくる言葉は乱暴でぶっきらぼうで、まるで男の子のようだ。

 明らかなミスマッチ。なのに自然と融和しているような感じがして、とても印象的だった。だから聞いたのだけど……。

 

「……。『こういうしゃべり方がお好みなら、そうするわよ』『あなたって変わった趣味してるわね』」

 

 その言葉を聞いた瞬間、後悔した。とてつもない悪寒が背中を走った。脳みそと頭蓋骨がずれるような、嫌な非現実感を味わった。

 わたしは命乞いをするように「今までのままでいい」と言った。そう言ったときの彼女の表情は――変わらぬ仏頂面の中に、不満の色があった気がする。

 後に知ったんだけど、彼女は女の子らしさを気にしないくせに、自分が女の子として見られないことには過敏だ。このときも、女の子らしい言葉が似合わないと思われたことに、軽いショックを受けていたようだ。

 わたしは逃げるように脱衣を続けようとした。だけど、さっきの彼女の言葉のせいで悪寒が残っており、震えが止まらない。ホック式の留め具が上手く外れず、カチカチという音を立てた。

 

「――貸せ。外してやる」

 

 そうしたら、彼女がそんなことを言い出した。彼女はスカートまで脱いでおり、身に着けているのはやっぱり可愛らしいパンツ一枚のみ。

 白くてきれいな四肢だった。さっきまでは悪寒が走っていたのに、今度は何故か体温が上がった気がした。

 一回断ったけれど、わたしが服を脱げないのが自分のせいだと気付いたらしく、その責任を取らせろと言われ、大人しく従うことにした。

 彼女の白い肌がわたしに近づく。風に乗って、ふわっと甘い香りがした。何故だか心拍数が上昇する。いくら彼女がほぼ裸とは言え相手は同性、こんなに緊張する要素なんてないはずなのに。

 なされるがままに服を脱がされ、今度はシャツも脱がせようとした。

 

「そ、そこまでしなくたって、じ、自分でできますから!」

「お前は……君は普段、誰かに手伝ってもらっているだろう。上を脱がせたときの動きが、うちの末っ子と一緒だ」

 

 ……確かに、わたし一人だとまともに着替えないから、いつもアルフが手伝ってくれる。まさか服を脱ぐ動作だけでそこまで見抜かれてしまうなんて。

 彼女の洞察力への感心と、「だらしない子」と思われてしまうことへの恥ずかしさから、彼女の顔をまともに見れなくなる。

 後ろに回って、下着に絡まった髪を丁寧にはずしてくれる。そっと首筋に手が当てられ、なんだかこそばゆく感じた。

 

「首の傷はどうだ」

「え? あ、その、ちゃんと治療したので……」

「痕にもなってないみたいだな」

 

 ……もしかして、わたしのことを心配してくれたの? あの傷をつけたのは彼女なのに、どうして……。

 

「どうして……そんなに優しく、してくれるんですか。この間は、あんなに冷酷だったのに……」

 

 分からない。この女の子の行動が、わたしには理解できなかった。優しくしたり、冷たかったり、どっちが本当の彼女なんだろう。

 だけど、彼女の表情は変わらない。可愛らしいのに仏頂面のまま。

 

「優しくしているつもりはない。それは君の錯覚だ。この間も今も、オレはいつだって、自分の目的のために行動しているだけだ」

 

 何でもないことのように、そう言った。わたしに優しくすることも、敵として殺そうとしたことも、同じだと。

 わたしには理解することが出来ない、不思議な女の子。それが、わたしの彼女に対する印象だった。

 けど……多分それだけじゃない何かが、わたしの胸の内に芽生えていたんだと思う。いつの間にか、わたしは目で彼女を追うようになっていた。

 彼女が脱衣を終え、浴場に向かって歩き出す。わたしも慌ててその後に続き、浴場に入った。

 

 

 

 彼女、ミコトが脱衣所にいたのだから当たり前かもしれないが、浴場は一言で言ってしまえば「敵地」だった。この間のお屋敷で見た顔がいる。この様子だと、男湯の方にも剣士と魔導師がいるんだろう。

 だけどミコトの同居人だという「はやて」が声をかけたことで、皆もわたしへの警戒を解いて話の輪の中に混ぜてくれた。

 ……「ソワレ」という今日初めて見た女の子の話を聞いたときはびっくりした。「ミコトとはやての子供」だと言っていたから。

 もちろんこれは言葉通りの意味じゃなくて、そういう位置付けにいるというだけの話。ただ、ミコトととてもよく似ていたから、血縁関係はあるのかもしれない。

 自己紹介をしてくれたから、一通りの名前は覚えた。白い魔導師の子は「なのは」。非戦闘員を守っていた女性は「ブラン」。なのはの親友だという「アリサ」と「すずか」。

 あの日わたしが侵入したお屋敷は、すずかとお姉さんの「忍」さんが住んでいるお屋敷だったそうだ。勝手に侵入してしまったのだけれど、二人は笑って許してくれた。

 ただ、「正規の玄関から入らないと蜂の巣になる」と言ったときは、目が笑ってなかった。……次はないと思うけど、もし次に行く機会があるときは、絶対玄関から行こう。

 もう一人、なのはのお姉さんの「美由希」さんという人もいた。あのとき前衛を務めた剣士の「恭也」さんと同じ剣術を嗜んでいるらしい。

 この中で魔導師はミコトとなのはとブラン、それからソワレだけであり(なのは以外は黙秘だったけど、その反応が魔導師であることを証明していると思う)、他はこの世界の一般人だそうだ。

 だというのに、全員が当たり前のように魔導師のことを知っているし、管理世界のことも知っていた。わたし達がジュエルシードを巡って対立していることまで。

 先日のお茶会に襲撃してしまったとき、一緒にいたはやてとアリサとすずかの三人、あと結界を解いたところを見た忍さん(メイドもいたけど)は仕方ないと思う。だけど美由希さんまで知っているというのが解せない。

 聞いた話だと、高町家に至っては全員が知っていることであり、ミコトとはやての学校の友達5人も知っているそうだ。管理外世界の住人に管理世界のことを教えるのは違法のはずなんだけど……。

 一応、無闇に拡散しているわけではなく「知っているべき範囲の限度」まで教えているだけらしい。……そうやって密に連携しているからこそ、あれだけのチーム戦を可能としたのだろう。

 その要にいたのは、間違いなくミコト。彼女は……本当に凄い人だと思う。この間は最後まで実力を隠したままだったし、わたしなんかとは比べ物にならない判断力と決断力、そして実行力を持っている。

 彼女は、何者なんだろう。彼女のことを知りたい。その気持ちは、戦うために敵を知ろうとするものとは全く違った。胸がドキドキして、体がポカポカして、嫌な感じじゃない。

 この気持ちは、どう表現すればいいんだろう?

 

 なのはの発想は、わたしにとって青天の霹靂だった。「ミコトと友達になる」。考えてもみなかったことだ。

 だって、わたしとミコトは……どころか、なのはだって立場的には敵対している。今は何故か一緒にお風呂に入って楽しい時間を過ごしているけれど、ジュエルシードを巡った瞬間、わたし達は敵同士だ。

 それなのに、「友達」だなんて。望むべくもないと思った。彼女だってそう思っているはずだ。だけどなのはは言ってくれた。「諦めるな」って。

 だからわたしは、勇気を出して……ミコトに、「友達になってください」と言った。今まで乗り越えてきたどんな魔法訓練よりも勇気が必要だったと胸を張って言える。

 そして、彼女は言った。自分は友情が分からない。だけど、わたしの気持ちは否定しない。それでよかったら、この関係を続けようって。

 もちろん彼女は、わたしと敵対していることを一瞬たりとて忘れていない。その上で割り切ってみせた。そんな彼女を凄いと思って、許可がもらえたことが嬉しくて、なのはと手を取り合って喜んだ。

 

「でも、フェイトちゃん。ミコトちゃんに友達って先に呼んでもらえるようになるのは、なのはだからね!」

「ふふ。そうはいかないよ。なのはにだって、負けない」

 

 いつの間にか、わたしとなのはの間には、奇妙な友情が生まれていた。この世界の人は、この関係をこう呼ぶそうだ。

 強敵。そう書いて「ライバル」とルビを振り、「とも」と読む、と。

 

 

 

 

 

 温泉を出ると、そこで男湯に入っていたミコトの仲間たちが合流した。

 

「!? 君はっ!」

「うぇ!? なんでいんの!?」

「あ、二人に念話で伝えるの忘れてたの」

 

 魔導師の男の子と、使い魔……ではなくジュエルシードの発掘者。話から察するに、消耗した肉体を保護するために変身魔法で姿を変えているのだろう。

 それと前衛の剣士(なのはのお兄さんだそうだ。そういえば先日も彼は「妹」という言葉を口にしていた)の手には、何故かミコトのデバイス。心なしぐったりしてるように見えるのは気のせいだろうか。

 

「落ち着け、二人とも。その様子だと、今は戦う意志はないんだろう」

「……はい。わたしも、出来れば戦いは避けたいから……。えと、なんであなたがそれを?」

「オレがお願いした。男は男湯へ、当然の道理だろう」

『うぅ……マッチョ比べ怖い……』

 

 な、何があったんだろう。聞くのが怖いので、聞かなかったことにしよう。

 けど、デバイスの性別を気にして別行動を取るなんて。不用心だけど、ちょっと女の子らしくて可愛いと思ってしまった。

 ……そういえば、バルディッシュって男性人格のAIなんだよね。女湯に連れて行っちゃって大丈夫だったのかな?

 ミコトはデバイスを受け取ると、パスコードを呟いて待機形態に戻す。羽根の姿となったそれを、浴衣の袖にしまった。

 相変わらず一切の魔力を感じない、謎の魔法だ。先日の戦いでも、彼女の攻撃は魔力を感じなかった。魔力に常時高ステルスを付与する類のレアスキルを持っているのかもしれない。

 ミコトは戦力については一切教えてくれないから、答え合わせをすることは出来ない。わたしの中で、可能性の一つとしてとどめておく。

 っと、そうだ。男の子たちにも、ちゃんと自己紹介をしておかなくちゃ。

 

「フェイト・テスタロッサです。この間はお茶会を邪魔しちゃってごめんなさい」

「え? あ、はい、ご丁寧にどうも……じゃなくて! どうして君がここにいるんだ!」

「あー……気にしてもしょうがないんじゃないか、ユーノ。何か、なのは達とも仲良くなっちゃってるみたいだし」

「急に気楽になったな!? 分かってるの、ガイ! 彼女は敵なんだよ!?」

 

 ……なんだろう。ユーノという彼の「敵」という言葉を聞いた瞬間、胸が少しチクリとした。

 フェレットもどきの非難の視線を受けて、魔導師の少年はヘラヘラとした笑いを崩さなかった。

 

「今はお互いに戦う気がないんだから、敵味方を気にしたってしゃーねーべ? なんだっていい、可愛い女の子とお近づきになれるチャンスだ!」

「結局君にはそれしかないのかッ! もういいよ、僕だけで警戒しておくから!」

 

 ユーノは怒ってガイと呼ばれた少年の肩から降り、わたしと一緒にいるなのはの肩に登った。視線はわたしの方を睨みつけて来ていて、居心地があまりよろしくない。

 相方とも言える小動物の様子とは対照的に、少年は友好的な笑みを浮かべて右手を差し出してきた。

 

「俺は藤原凱。そこにいるなのはのジュエルシード探しを手伝ってる、なりたてほやほやの魔導師だ。所属は聖祥大付属小学校3年1組、なのはとアリサとすずかのクラスメイトだ。よろしくな、フェイトちゃん!」

「既に名乗りは上げたが、もう一度。高町恭也。なのはの兄で、私立風芽丘大学の運動科学部一回生だ。今は利害が衝突しているが、妹たちと仲良くしてくれると助かる」

 

 恭也さんは、あの戦いのときのプレッシャーが嘘のように穏やかな人柄だった。彼もまた、戦いと日常を割り切っているのだろう。

 彼は忍さんと恋仲にあるらしく、紹介が終わると忍さんが恭也さんの手を取って何処かに行ってしまった。

 

「んじゃ、俺らも親睦を深めるってことで、卓球でもしねえ? 温泉つったらやっぱこれだろ!」

「あら、変態にしてはまともな発想じゃない。……で、その心は?」

「弾けるパッション! 飛び散る汗! 浴衣のすそからチラリズム!」

「藤原凱めぇ! 死ねぇっ!」

「せめてジー○ブリーカーでお願いしまンモスッ!?」

 

 アリサが放ったしゃがみ状態からのアッパーカットで、ガイは綺麗な曲線を描いて殴り飛ばされた。

 ……わたしには、ちょっと意味が分からなかった。というか、ガイはあれで大丈夫なの? 皆何事もないかのようにスルーしてるんだけど。

 

「じゃあフェイトちゃん、俺らも行こうぜ」

「へ!? あ、あれ? キミ、アリサに殴り飛ばされたんじゃ……」

「残像だ」

「……うそ……全く見えなかった」

「そこは「なん……だと?」って返してほしかった。まあ分かるわけねえか、当たり前だよなぁ?」

 

 やっぱりガイの言ってる言葉は意味が分からなかった。

 ちなみに、床に血痕が残っていたので残像ではなかったようだ。……それはそれで驚異的な回復力だね。

 

 

 

 わたしはこの世界に来るにあたって、文化と言語の勉強をした。だけどそれは表面的なものであり、細かい部分では知らないことが多かった。

 たとえば、卓球もその一つ。卓上でピンポン玉と呼ばれるボールを打ち合って競うスポーツということは知っているけれど、ゲームを取り決めるルールや実際に競技しているところを見たわけではない。

 卓上、室内の競技であるということから、わたしはあまり動きのない、どちらかと言えば技術で競うのだと思っていた。侮っていた、と言い換えてもいいかもしれない。

 

「ふぅ、ふぅ……やるね、フェイトちゃん」

「すずかこそ。はぁっ……ここまで動くことになるとは思わなかった、よっ……!」

 

 お互いに荒い息をしながら、トスからのサーブ。かなり高速で打ったそれは、しかしすずかには難なく返される。逆にこちらが打ち返しにくいところに、低弾道で差し込んできている。

 もちろんこちらも終わらせない。バウンドの瞬間を見極め、逆サイドへ同じぐらい高速で打ち返す。ネットギリギリを通過したピンポン玉は、トップスピンに従って向こう側のフィールドに落ちる。

 普通に考えたら、反応できない。なのにすずかは、その一瞬で体を逆に回転させ、浴衣がはだけるのも気にせずに強烈なステップで踏み込む。先ほどにも増した速度の打球。

 わたしもマルチタスクを総動員して、彼女を迎え撃つ。彼女の動きを見て、何処に打球が来るかを先読みし、持てる限りの速度で踏み込む。そうしないと間に合わないのだ。

 結果、わたし達は息をつく暇もない高速ラリーを展開することになる。そしてこれは、先に息が乱れた方が打球に追いつけなくなる体力勝負だった。

 

「ふ、二人だけ別ゲーなの……」

「すずかの身体能力に対抗できるフェイトが凄いのか、魔導師に身体能力だけで対抗してるすずかが凄いのか……」

「……違う。俺が求めてたチラリズムは、こんなせわしないものじゃない……どうしてこうなった……」

「君って奴は本当に……もう少し他のことに情熱を向けられないの?」

「チラリズムが分からないユーノなんて男じゃない……不能者だ!」

「人聞きの悪いことを言うな!」

「ふぅ……それにしても汗をかいた。これでは温泉に入った意味がないな」

「あとでまた入りなおせばええやん。ここにいる間は入り放題やろ?」

「ソワレ、ミコトとはやてと、おんせんはいる!」

「ふふ、いっぱい楽しんでくださいね、ソワレちゃん。あ、そろそろ決着がつくみたいですよ」

 

 先に息が切れたのは、わたしの方だった。すずかの体力は、とても一般人とは思えないほどに高かった。戦闘訓練を受けてきたわたしを凌ぐなんて、並大抵じゃない。

 だからわたしは、作戦を変えた。体力勝負ではすずかに敵わない――なら、体力ではない部分で勝負をすればいい。

 

「っ、そこっ!」

 

 すずかの渾身のスマッシュ。とてもプラスチックの玉とは思えない速度で叩きつけられたそれは、それに伴ってトップスピンも相応の回転数だった。

 わたしは、それに逆らわなかった。順回転に順回転……わたしから見たら逆回転をかけて、フワッと浮かせる。

 球体というのは、トップスピンをかけると揚力の関係で前方の加速が増す。その代わり、下方向に力が加わり滞空時間が短くなる。

 スマッシュやラリーのときには、この加速の性質を得るためにトップスピンをかける。わたしが今やったのは、その真逆のバックスピン。トップスピンとは真逆の性質を持つ。

 一見すれば不利になるばかりの特性。相手に体勢を立て直す時間を与え、打ち返すときの打点も高くなってしまう。だが、今回かけたバックスピンはそれら一切を許さない起死回生の一手だ。

 

「!? しまった!」

 

 すずかも気付いたようだけど、既に遅い。彼女が慌てて前進をかけたときには、ピンポン玉がすずかの陣地からネットに向けて撥ねる瞬間だった。

 球体が壁にぶつかった際、反射の方向は入射角とスピンによって決まる。バックスピンによって前方加速がほぼ失われ、真上から卓に落ちたピンポン玉は、バックスピンに従って逆方向に加速したのだ。

 そしてネットに当たり、わたしの得点。……わたしの勝ちだ。

 

「……あー、負けちゃったぁ。惜しいところまで言ってたと思うんだけどなぁ」

「うん。正直に言って、危なかった。今のはすずかが気付くか気付かないか、かけだったよ」

 

 すずかの身体能力なら、撥ねた瞬間のピンポン玉を叩き、こちらに打ち返すぐらいは出来ただろう。そうなったら、もうわたしに為す術はなかった。

 彼女は少し悔しそうだったけれど、それでも全力を出せて晴れやかな顔だった。わたしも多分、似たような顔をしているだろう。

 どちらからともなく、右手を差し出しあい握手する。互いの健闘をたたえ合った。

 

「すずかに勝っちゃうなんてやるわね、フェイト。次はあたしよ。まさか二連戦は卑怯だなんて言わないわよね?」

「いいよ、アリサ。望むところだ」

「俺の周りの女の子が熱血でからい。フェイトちゃんはお淑やか枠ではなかったのか……」

「む! なのはは十分お淑やかな子なの!」

「……はっ」

「変態に鼻で笑われたの!?」

「ミコト、ソワレもやる!」

「分かった分かった。月村、はやての相手を任せてもいいか」

「うん、わたしも休憩して、はやてちゃんとおしゃべりしたかったから」

「しっかり教わるんやでー、ソワレ」

「それじゃあ、私はソワレちゃんのお手伝いをしますね」

 

 わたしとアリサがゲームを始めた横で、ミコトとソワレ(ブランの補助付き)が卓球体験を始めた。

 ミコトはペンタイプのラケットを左手に持つ。そういえば先日もデバイスを左手一本で構えていたし、どうやら左利きのようだ。……なのはもそうだったっけ。

 他は全員右利き……だと思う。ソワレがミコトの真似をして左手でラケットを持とうとしているんだけど、上手く持てないでいた。あの様子なら、多分右利きだ。

 ……なんかちょっと癪だ。わたしもなのはみたいに、ミコトとお揃いだったらよかったのに。

 

「はあ、はあ! ミコトちゃんの鎖骨……イイッ! 幼い色気がたまりません!」

「変態がいつにも増してキモチワルイの」

「あははー。……ガイ君、ミコちゃんにエロいことしたら、ほんまにいてこますで?」

「サ、サーイエッサー!」

「す、すごい迫力だ。これが噂に聞くニッポンの「オカン」の力なのか」

 

 観戦組がそんな会話をしてた。……確かにミコトって、妙に色気があるっていうか、大人っぽい雰囲気があるよね。

 そんなことを思いながらミコトに見とれてたら、アリサの打球を頭に受けてしまった。ピンポン玉だから、あんまり痛くはなかったけど。

 

 いつの間にかわたしは、時間を忘れて楽しんでいた。現実に引き戻したのは、使い魔からの念話だった。

 

≪フェイト、ちゃんと休んでるかい?≫

≪あ、アルフ。どうかしたの?≫

≪こっちは何もないけど、フェイトがちゃんと休んでるかどうか心配でね。定期的に確認しとかないと、ろくな休息も取らないでジュエルシード探しに行きそうじゃないか≫

 

 ジュエルシード。その言葉で、忘れていたことを思い出してしまう。

 今こうして一緒に遊んでいる彼女達は、ジュエルシードを挟んだ瞬間敵同士となってしまう。その事実を思い出し……やっぱり胸がチクリと痛む。

 

≪? どうしたんだい、フェイト≫

≪……ううん、なんでもない。わたしは大丈夫だよ。今は皆と卓球をしてる≫

≪へっ? 現地で遊びに誘われでもしたの?≫

≪んっと……そんなところ、かな≫

 

 念話で全てを説明するのは難しい。あとでアルフと合流したときに、詳しく話そう。

 

≪そっか。フェイトが楽しそうなら、あたしは何よりだよ。ここ最近で一番楽しそうじゃないか≫

≪そうなの、かな?≫

≪そうだよ。あたしはフェイトの使い魔なんだから、感情リンクでそれくらい分かる≫

 

 そういえばそうだったね。わたしが辛い思いをすればするだけ、アルフにも同じ思いをさせてしまう。こうしてわたしが楽しんでいる分が、少しでもアルフに流れていれば嬉しい。

 

≪無理にでも温泉に行かせてよかったよ。その点についてだけは、この間戦ったって子に感謝だね。あの傷見た瞬間は「ぶっ殺してやる」って思ったけど≫

≪そ、そんなこと思っちゃダメだよ。ミコトは悪くなかったんだから≫

≪ん? フェイト、ミコトって誰だい? 何か話の流れ的に、その子の名前の気がするんだけど≫

≪あ、なんでもないよ!? あとで詳しい説明をするから!≫

≪……フェイトがそう言うなら、まあ、従うけど≫

 

 危ない危ない。ミコトがこの場にいることを知ったら、アルフが殴り込みをかけてしまうかもしれない。ちゃんと止められるときじゃないと話せないよ。

 とにかく、アルフに追及される前に話題を変えよう。……やっぱり、この話題しかないよね。

 

≪それで、ジュエルシードはこの近辺にはないんだよね≫

≪そうだね。近くに森があったんだけど、そこも見てみて成果ゼロ。あとあり得そうって言ったら、山の方ぐらいだね≫

≪山か……探索に時間がかかりそうだ。それで見つからなかったときの時間的なロスが怖い≫

≪だねぇ。しょうがないから、一旦この辺の調査は切り上げよう。今日はしっかり休んで、明日街に戻るってことで≫

≪うん、それで。アルフも宿に戻って、温泉に入るといいよ。言った通り、話したいこともあるから≫

≪あいよー。んじゃ、後でねー≫

 

 プツンと念話が切れる。マルチタスクの一つで処理していたアリサとの勝負は、わたしの勝利で終わった。やっぱりすずかの身体能力が高過ぎるだけみたいだね。

 

「ぬあーっ! あたしだって弱いわけじゃないのに! なのは以外はソワレにしか勝てないってどういうことなのよ!」

「ちょっと待って!? それって、なのはには勝てて当たり前ってことなの!?」

「むしろ負ける方が難しいだろう。サーブ失敗の自滅がデフォルト、レシーブすればあらぬ方向に。どうすればそこまで壊滅的になるのか、逆に知りたい。ソワレは初心者なのによく頑張った」

「うん、ソワレ、がんばった」

「ミコトちゃんまでぇ!? うえぇん、はやてちゃーん!」

「おーよしよし。なのはちゃんにもええとこはたくさんあるよ。運動方面は御縁がなかっただけやで」

「はやてちゃん、それ追い打ちだよ……」

 

 ちなみに大体の戦績だけど、トップがわたし、次がすずか、その次にミコトが来て、アリサ、ソワレ、なのはとなっている。ガイとブランは観戦のみで、はやては足が動かせない。ユーノはサイズ的に無理。

 今日初めて卓球をやったソワレにも負けて、なのはは非常に落ち込んだ。けど……あれは、ミコトの言った通りだと思う。

 そのミコトだけど、まさに技と戦術で戦うタイプだった。身体能力はそこまで高くないんだけど、打球がとても正確で非常に返しにくい。そして、こちらの動きに制限をかけるようなコース配分だった。

 わたしやすずかは、それでも身体能力で上回って勝てた。だけどアリサはいいように遊ばれてしまい、ミコトとのゲームではまさかの完封だった。

 ……なのは? 一応、相手のミスで得点したことはあったよ。ミコトはそんなミスしてくれなかったけど。

 

「そうよ、ミコトよ! 何であんたそんなに正確なのよ! 一回ぐらいサーブミスしなさいよ!」

「オレとしては、どうしてサーブミスなど発生するのかが分からない。自身の技量にあったところで正確に打てば、ミスは発生し得ないだろうに」

「それを毎回やってるからおかしいってのよ! 普通一、二回ぐらいはミスするものでしょ!?」

「そらアリサちゃん、今更ってやつやで。ミコちゃんほど普通って言葉が似合わん子もおらんやろ?」

「……それもそうだったわね」

「理解を得られたようで何よりだ」

 

 本当に、不思議な子だ。八幡ミコト。わたしは以前彼女に殺されそうになったはずなのに、そのことに対して思うところがなくなっている。恐怖の感情は落ち着くところに落ち着いて、別の何かが生まれた。

 だからわたし達は、敵対しているはずなのに楽しい時間を共有している。不思議な時間、だからこれは不思議なミコトが生み出しているに違いない。

 理屈ではなく衝動で、気付けばわたしは言っていた。

 

「ありがとう、ミコト」

 

 突然のわたしからの謝礼に、ミコトは意味が分かっていないようで、仏頂面で目をしばたたかせた。

 ややあってから。

 

「どういたしまして。礼の意味は全く分からんが」

「ふふ、そうだね。わたしもわかんない」

「……はあ、どうしたものか」

 

 ミコトは困ったのか、口をへの字にしてはやてのところへ行ってしまった。

 

 初めての卓球は、初めて「友達」と遊んだ時間は、……とても楽しくて、宝石みたいにキラキラしていた。

 

 

 

「ところでガイ君は、どうして卓球に参加しなかったんですか? わたしは体格差を考えてだったんですけど」

「ブランさん……チラリズムって、諸刃の剣なんスよ」

「……はい?」

「ガイ……本当に君って奴は、どうしてそればっかりなんだ……」

 

 内股気味になって前かがみのガイがそんな会話をしていた。……どういう意味だったんだろう?

 

 

 

 

 

 それから皆で汗を流すのに、また温泉に向かった。

 入る直前でガイとアリサがまたもめたけど(ガイが女湯に入ろうとしたらしい。注意書きには9歳未満はどちらでも可とあった)、ユーノがガイを引きずって行ったことで収束した。

 ……あれは凄かった。小動物の姿なのに顎を蹴り上げ気絶させ、首根っこを掴んでずるずる引っ張って行ったのだから。もしかしたら、元の姿はとてつもなく屈強な戦士なのかもしれない。

 

「ユーノ君、なんだかどんどん逞しくなってるの……」

「四六時中アレの相手してるからでしょ……強くもなるわよ」

「何だか二年前のなのはちゃんとアリサちゃんを見てる気分だよ……」

 

 なのは達三人は、肩を落としてため息をついた。

 男の子二人が先に行ってしまったため、ミコトは自分のデバイス「エール」を女湯に入れることを渋った。けれど袖の中で抗議をされ、仕方なく連れて行くことになったらしい。

 

『ヒャッホー! 女湯だー! もうマッチョを怖がらなくていいんだー!』

「ほんとに男湯で何があったんや、エール……」

「涙まで流して喜んでますね……」

「よしよし、いたいのいたいのとんでけー」

 

 エールは柄の部分が鳥の顔のようになっている。その目の部分から、滝のような涙を流していた。……ミコトはデバイスも不思議だなぁ。

 ソワレのみエールの涙の意味を理解していなかったけれど、他の皆は一様に怖くて何も聞けなかった。

 エールはミコトのそばに立てかけられて、彼女は温泉に浸かる前にかけ湯をする。わたしもそれに倣い、ミコトの隣に座った。必然的にエールの近くだ。

 

『あ、フェイトちゃんだっけ。この間はミコトちゃんがごめんねー』

「あ、どうも……」

 

 声をかけられてしまった。しかもかなり気さくに。デバイスのAIって、こんなに感情表現豊かだったっけ?

 

「こちらこそ、問答無用で襲い掛かってしまったし、仕方ないことだと思います」

『うんうん、フェイトちゃんはいい子だ。あ、敬語とかいらないから。ボク、堅っ苦しいの苦手なんだ』

「そ、そうなんだ。えと……知ってるだろうけど、フェイト・テスタロッサです」

『ありがとね。ボクは……分かってるよ、ミコトちゃん。余計なことは言わない。ボクはエール、よろしくね』

 

 一瞬、ミコトとの間にアイコンタクト(?)があった。多分、戦力については明かさないという取り決めに関することだと思う。

 だけど……なんだろう、違和感がある。いや、エールという存在自体、デバイスとしては違和感だらけなんだけど。そうじゃなくて、今のはマスターとデバイスのやり取りとして何かが違った気がする。

 

≪バルディッシュ、何か分かる……あっ≫

≪……Sir?≫

≪ご、ごめん、なんでもない≫

 

 そうだ。マスターとデバイスなら、念話で通信が可能なはずだ。わざわざアイコンタクトを行う必要はない。それは、人と人が取るコミュニケーション方法だ。

 エールはデバイスじゃ、ない? だけど、それだと魔法を使えることに説明がつかない。一体どういうこと?

 

『あー……混乱させるつもりじゃなかったんだけど。ごめんね?』

「あ、ううん。気にしないで。気を使ってくれてありがとう。……いい子だね、ミコト」

「少しおしゃべりで悪戯好きが過ぎるがな。オレは必要以上のことを言うつもりはないから、君が真実に到達する可能性は低い。あまり深く考えない方がいい」

「そうだね。……ジュエルシードを巡った対立が終わったら、そのときに聞くことにするよ」

「……そのときに、君にその意志があるのならな」

 

 そう、だね。わたし達がジュエルシードを集めるか、ミコト達がジュエルシードを集めるか。それが終わったときに、わたしがまた彼女に会いに来ることが出来るなら。

 ――ダメだ。考えるな。今は考えちゃいけない。考えたら、止まらなくなっちゃう。

 あふれ出る思考を、必死に押しとめる。零れ落ちそうになる感情を必死で耐えて、立ち上がった。

 

「ちょっと、脱衣所に忘れ物しちゃったから、取りに行ってくるね」

「……そうか」

『フェイトちゃん……』

 

 顔を見られないようにミコト達に背を向け、脱衣所に向けて歩き出す。皆はそれぞれに会話を楽しんでいて、わたしの様子に気付く人がいなかったのが幸いだった。

 

 

 

「わっと! あ、フェイトも温泉にいたん……フェイト?」

 

 脱衣所の戸を開けて急いで中に入り閉めると、そこにはアルフがいた。人型になったわたしの使い魔。

 その顔を見て――わたしの我慢は限界に達した。

 

「……うぅっ、アルフぅ……」

「ど、どうしたんだいフェイト!? 急に泣き出したりして!」

 

 彼女にすがりつき、わたしは目から溢れる熱い滴を抑えられなくなった。次から次へとこぼれ出す。

 

「いやだよぉ……ミコトと戦いたくない……ずっと、仲良くしていたいよぉ……」

「フェイ、ト……」

「ミコトだけじゃない……なのはも、ガイも、いい子なのに……なんでたたかわなくちゃいけないのぉ」

「フェイト……っ!」

「みんな、やさしかった……っ! ひどいことしたわたしを、わらってゆるしてくれた! あんなにいいひとたちなのに……てきになんて、なりたくない……」

「フェイトっ!」

 

 わたしを抱きしめるアルフも、いつの間にか泣いていた。感情リンクを伝って、わたしの切望を理解してしまった。

 

「ミコトと、ともだちになりたいっ……なのはと、ともだちのままでいたいっ! なのに、なんで……っ」

「……逃げようよ、フェイト。逃げ出しちまおう。あの鬼婆なんかよりも、フェイトの友達になった皆のところにいた方が、絶対いいよ!」

「……ダメだよ、アルフ。それは、絶対にダメ」

 

 あの人には、わたししかいない。あの人――母さんには、もうわたししかいない。裏切ることなんてできない。

 だから母さんがジュエルシードを求めている以上、わたしには集める以外の選択肢はなく……その事実が、胸を締め上げて涙を絞り出す。

 割り切ることなんてできなかった。見ないでいた現実に目を向けた途端、その現実があまりにも悲しくて切なくて、涙を止めることが出来ない。

 どうやったら、ミコトみたいに割り切れるんだろう。どうしてミコトは、あんなに"強い"んだろう。ミコトへの思いが溢れて溢れて、やっぱり涙が溢れる。

 

「やっぱりわたしは……ミコトの、敵にしか……そんなの、いやなのにっ……!!」

「フェイトぉ……なんで、なんでこんなことになっちゃったんだよぉ……っ!」

 

 わたしは使い魔と抱き合いながら、それでも涙は止まらなかった。

 

 

 

 結局わたしは温泉の方には戻れず、なのはに「先に上がってる、ごめんね」と念話を送って部屋に戻った。彼女から心配したような念話が返ってきて、また涙がにじんだ。そして、何も返せなかった。

 わたしは……どうすればいいんだろう。どうしたいんだろう。

 そう自分に問いかけてみても、返って来る答えは何もなかった。




原 作 ブ レ イ ク 不 可 避 (二度目)
書き方が「人物をシミュレーションしながら書く」のせいで、最後の部分はフェイトとアルフだけでなく自分の涙腺にダメージを与えながら書く羽目になりました。あと何回やることになるんだろう(遠い目)
今までの人生で一番楽しい時間を過ごした直後に現実を突きつけられたら、そりゃ泣きたくなるよなぁ?(ゲス顔)

ガイ君のユーノ♂(意味深)はご立派です。そりゃもう女の子たちが浴衣はだけて卓球してるところを見たら(立って)立てなくなるぐらい。

「温泉回のジュエルシードどうした」と思われている方も多いでしょうが、ちゃんと出る予定です(予定は未定) 今しばらくお待ちください。


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十一話 温泉 その三 ☆

※注意:同日更新です。先に十一話の二をご覧ください。



今回はなのは視点です。


 皆で温泉に入っていると、突然フェイトちゃんから念話があった。内容は「先に上がってる、ごめんね」というもの。

 それが何だかとても弱弱しく感じて、彼女のことが心配で、わたしは「無理しないでね」と返信した。だけどその日、フェイトちゃんからの念話が返ってくることはありませんでした。

 フェイトちゃんを最後に見たのは、ミコトちゃんとエール君。エール君は「余計なことを言っちゃったかもしれない」と気にしていました。

 ミコトちゃんは「現実に気付いたんだろう」とそっけなかった。……分かってる。ミコトちゃんはこういう子だ。フェイトちゃんのことを名字で呼んでいることからも、いつでも切り捨てられるようにしている。

 それが間違っているなんて言えない。だって実際に、フェイトちゃんとはジュエルシードを巡って敵対している関係だから。わたし達の感情は、その現実には関係がない。

 客観的に見たら、ひょっとしたらわたし達が間違っていて、ミコトちゃんが正しいのかもしれません。少なくともユーノ君は、一度も警戒を解いていなかった。

 だけど……遊んでいるときのフェイトちゃんは、本当に楽しそうだった。すずかちゃんと卓球で互角の勝負をしたときは、本当に輝いていた。あれが嘘や演技だったとは思えない。

 だからわたしは、フェイトちゃんの本当の気持ちが、わたし達と同じだって信じたい。友達になれたって、信じていたい。

 わたしの気持ちは、ミコトちゃんに伝えました。そして彼女は、「そう思うのは君の自由だ」と、やっぱりフェイトちゃんに興味を持ってくれませんでした。

 わたしは……どうしたらミコトちゃんを動かせるんだろう。どうしたら、彼女にわたし達の気持ちを、教えてあげられるんだろう。

 今のわたしには……何も思い浮かびませんでした。

 

 

 

 明けて翌日。今日は一日中温泉に入れる日。……なんですけど、その前に昨日のことがあったからお散歩中です。歩きながら、頭をすっきりさせて思考の整理中。

 さすがに子供一人では出歩かせてもらえず、お兄ちゃん、それからソワレちゃんのお散歩の付き添いのミコトちゃんが一緒です。

 

「ミコト、ミコト、これなに?」

「温泉まんじゅうか。ここの名物の菓子だな。食べたいのか?」

「いいの!?」

「だが、贅沢は敵だ。分かるな、ソワレ?」

「……うー」

「まあまあ、そう厳しくしてやるなよ。ソワレ、俺が買ってやろう。はやて達の分も、お土産にな」

「きょーや、ありがと!」

「……恭也氏、あまりソワレを甘やかさないでいただきたい」

「ミコトがもう少し親として成長出来たらな」

 

 お兄ちゃんはソワレちゃんから怖がられません。……なんでわたしだけ怖がられるんだろう。笑顔は絶やさないで接してるのに。

 ともあれ、和気藹々としたお散歩風景。わたしはその輪からちょっと外れて、考えていた。

 

 昨日、ミコトちゃんの言葉に打ちひしがれたわたしに、はやてちゃんが教えてくれました。ミコトちゃんが「違う」理由。

 ミコトちゃんが使う"魔法"――わたしが「フェアリーテール」と呼んでいるものは、ミコトちゃんにしか使うことが出来ない。その理由は、力の行使に必要なものをミコトちゃんしか持っていないから。

 それがミコトちゃんの原初の能力である「プリセット」というもの。ミコトちゃんは生まれつき、この世界の普遍的な法則に関して、漠然としたイメージの形で知っていたそうです。

 それはイメージでしかないので、その時点では言い表すことが出来ない。だけど間違いなく存在はしていて、言葉を得ずともイメージをするだけなら出来る。このイメージが「フェアリーテール」に必要なんだそうです。

 なら、イメージさえできれば誰でも「フェアリーテール」を習得できるんじゃないか。話はそう簡単なものではないようです。

 「フェアリーテール」に必要なイメージというのは、対象となるものや事象「そのもの」である必要があって、それは五感を通して世界を知る人間には絶対に到達できないものらしいのです。

 たとえば、エール君の基本概念である「風」というものを考えてみる。わたし達は肌で空気の流れを感じて、「風とはこういうものだ」ということを知ることは出来る。

 だけどそれは、「風そのものを知る」ということではなく、「風というものが肌を刺激する感覚を知る」ということでしかない。

 では観測機器を使って数値化すればいいか。それでも、どんなに精密に測ったとしても、わたし達が知り得るのは「数値を通した風の情報」でしかない。「風そのものを知る」ことは出来ません。

 それがミコトちゃんの場合、五感を通すまでもなく「風そのもの」のイメージが「プリセット」の中にある。だから「風そのものを知る」ことが出来、そうしてエール君を生み出したということになる。

 プロセスが真逆。人が本来言葉を得て言葉で知っていくはずのところが、最初から知っていて言い表す言葉を得て形になる。それが、ミコトちゃんの人格形成の基盤となっている。

 だからミコトちゃんは、わたし達とは「違う」。学ぶ順番が普通の人から見たら滅茶苦茶だから、わたし達から見たらとてつもなく歪になってしまっているんだ、って。

 いくつか難しくて理解しきれない話もありましたが、はやてちゃんが語った内容は、大体こんなところでした。……二年前の時点で、はやてちゃんはそれだけのことを分かってたんだよね。

 本当に凄い女の子だ。ミコトちゃんもそうだけど、それ以上にはやてちゃんが。ミコトちゃんが安心して身を預けた理由が、少しわかった気がした。

 

 そんな、わたし達とは全く「違う」存在であるミコトちゃんに、どうやって伝えればいいんだろう。

 わたしはもう知っている。「伝わる」というのは、自分が持っているものをその人の内側から湧き出させ「共有する」ということだと。ただ思うままに話せばいいとは限らない。

 ミコトちゃんをどう刺激すれば、わたし達が持つこの感情を発生させられるのか。それを考えなければならない。はやてちゃんの話を聞いて、まずはそこに到った。

 簡単な話じゃない。だってわたしは、まだ自分の先入観をぬぐい切れてないから。はやてちゃんみたいに、一回自分の主観を捨てて、客観的にミコトちゃんを見て、どうすればいいかを考えられない。

 それに、はやてちゃんのそれも完璧じゃない。完璧だったら、もうミコトちゃんは知っているはずだから。わたし達と同じ感情を共有できているはずだから。

 わたしは、はやてちゃんが出来ない部分をやらなきゃならない。そしてそれは、今はフェイトちゃんと仲良くしてほしいという、わたしの我儘な感情から出てきたもの。

 そのまま言葉で言っても通じないということは、痛いほど理解できています。もう何度もそれで失敗しました。ミコトちゃんの心の何処を刺激すればフェイトちゃんと仲良くなりたいと思うのか、それが問題です。

 ヒントは……ないわけではない。ミコトちゃんは、はやてちゃんとは仲が良い。あきらちゃんとも、友達ではないかもしれないけど、仲が悪いわけじゃない。海鳴二小の皆もそうです。

 あとは召喚体の皆。だけど彼らはミコトちゃんにとって子供というか、自分で生み出した存在。「他人」とはまた違うだろうから、あまり参考にはならないかな。

 この中で参考になりそうなのは、あきらちゃんかな。はやてちゃんの場合、ミコトちゃんとは違う意味でちょっと規格外だ。他の子には真似できそうもない。

 あきらちゃんのエピソードも聞いている。二年前のミコトちゃんの誕生日で、友達だと思っていたのに他人と言われ、カッとなったあきらちゃんはミコトちゃんを叩いた。

 そして一方的に「友達だと思ってやる」と宣言し――あれ、なんかわたしも似たようなことしてるような気がするんだけど――実際にそのように行動するようになった。

 これでまずあきらちゃんは「ミコト」と呼ぶようになり、その次の段階が「フェアリーテール」作りのときにある。

 このときはもっと派手で、身を削って調査をするミコトちゃんに怒りが爆発したあきらちゃんが殴りかかり、学校で大ゲンカをしたそうです。しかも女の子にあるまじき殴り合い。二人とも何やってんのって感じです。

 その後はあの5人が「フェアリーテール」を完成させるための調査に加わり、ともあれあきらちゃんは名前で呼ばれるようになった、と。

 ……嫌な推論が出てきました。今のエピソード、二つに共通しているのは「ミコトちゃんが殴られた」ということ。普通の子がミコトちゃんと通じるためには、気持ちを込めて殴らないといけない……?

 暴力は、嫌いなんだけどなぁ……。ちょっと二年前のことを思い出して泣きそうになった。

 

 わたしがまだアリサちゃんすずかちゃんと交流していなかった頃、とある事件がありました。アリサちゃんが、すずかちゃんが大事にしているカチューシャを取ってしまったのです。

 すずかちゃんは涙目になりながら「返して」と言いましたが、当時のアリサちゃんは聞く耳持たず。「あんたのものはあたしのもの」とガキ大将ぶりを発揮しました。

 さすがに見ていられず、わたしは止めに入りました。「そんなことしちゃダメなんだよ」って、わたしに出来る一番大きな声で呼びかけました。

 だけど当時のアリサちゃんは、「なんであたしが他人の言うこと聞かなきゃなんないのよ」と本気で言うような子でした。それが物凄くショックで、気持ちが通じないことが悲しくて、つい手が出てしまいました。

 あれは自分でも意味が分かりません。……もしかしたら、お父さんの血の力なのかも。運動能力は全く遺伝しなかったくせに、なんでそんなところばっかり……。

 とにかく、自分が暴力を振るってしまったということが悲しくて悔しくて、その場でわんわん泣き出してしまった。忘れてはいけませんが、小学校の教室です。

 これには周りの皆も大困惑。特に叩かれたアリサちゃんなんか、「なんで叩いたあんたが泣いてんのよ!?」と怒ることも忘れて、すずかちゃんと一緒にわたしを慰めてくれました。

 これを機にわたし達は仲良くなったのですが……しばらくわたしのあだ名は「泣き虫なのは」でした。否定は全くできません。

 ――そういえば、あの頃はまだガイ君もとい変態がわたし達にちょっかいを出す前だったけど、あの後ぐらいから積極的に来るようになったんだっけ。目を付けられたこと自体は自業自得かもしれない。

 

 閑話休題。あの頃よりは、「必要な暴力」っていうものを理解できてるとは思います(大体変態のせい)。だけどそれは最終手段で、最初から選択したくはない。

 だから他の手段を考えるけど……ミコトちゃん相手に普通なやり方じゃ絶対通用しないことも分かってる。高確率で最終手段を発動するしかない。気が重いよぉ。

 ……ううん、ダメダメ! わたしはミコトちゃんに、フェイトちゃんと仲良くしてもらいたいんだから! そしてわたしのことも友達と呼んでもらいたい!

 腹をくくる、という表現であってるかな。この間のすずかちゃんちの一件で、わたしは覚悟をするって決めたんだ。よし、旅館に戻ったら、ミコトちゃんと一対一でお話しよう。

 決意し、ようやく意識が現実に向くと、お兄ちゃんがかなり遠くにいました。「何をやってるんだ、なのは。はぐれるぞ」と呼ばれてしまいました。

 

 

 

 慌てて小走りでお兄ちゃんに追いつく。……ミコトちゃんとソワレちゃんは?

 

「あ、いた。……と、誰?」

 

 二人はちょっと先に行った角を曲がったところにいました。だけど対面には、見たことのない赤毛の女の人。

 美人さんなんだけど、ワイルドな感じがして見様によってはちょっと怖い印象を受けるかもしれない、そんな人だった。だからだろう、ソワレちゃんはミコトちゃんの後ろに隠れるようにして、その人を見てる。

 そして、その女の人は、真っ直ぐミコトちゃんを見ていた。表情はあまり明るいものではなく、今にも泣き出してしまいそう。

 い、一体、わたしが目を離してるちょっとの間に何があったの?

 

「あんたがミコト、でいいんだよね。そっちの隠れてる子がソワレで……今来た子は、なのはって子で合ってる?」

 

 どうやら今会ったばかりで、わたしが来たところから話が始まったようです。……わたし達の名前を知っているということは。

 

「そういうあなたは、テスタロッサの仲間とお見受けするが」

「ああ……あたしは、あの子の使い魔のアルフ。今は人型になってるけど、本当は狼だよ」

 

 そう言って女性――アルフさんは、長い髪に隠れていたイヌ科の耳をピコンと立てました。……そういえば昨日、フェイトちゃんが「使い魔」っていう言葉を口にしていたっけ。そういうのもあるんだ。

 朝の温泉街はそれほど人通りがない。だけど誰に見られるとも限らないので、アルフさんは再び耳を隠した。

 ふと後ろに人の気配を感じ、お兄ちゃんが音もなくわたしの後ろに立っていました。その顔には、警戒の色。

 

「……凄腕の剣士って情報は本当みたいだね。あんたは、恭也さんだよね」

「話は聞こえていた。先日の戦いではあなたの姿を見かけなかったが」

「あのときは別行動をとってたのさ。大所帯のそっちと違って、こっちは二人しか人手がなくてね」

「……嘘はないな。あの子の仲間だというあなたの言葉を信用する。用件を続けてくれ」

 

 「ありがと」と短く答えて、アルフさんは続けた。

 

「単刀直入に言う。……あの子と戦わないであげてほしい」

 

 真剣な顔で紡がれた言葉に、思わず息が詰まる。けど……それは一体、どういうことなの?

 

「それは、テスタロッサがそう言ったのか?」

「……あたしの独断だよ。けど、あの子はそれを望んでる。「戦いたくない」って泣いてたんだ」

「フェイトちゃんが……」

 

 やっぱり、あの子の気持ちは嘘じゃない。わたしと友達になったのも、ミコトちゃんと仲良くしたいのも、本当のフェイトちゃんなんだ。

 少しの安心。さっきした決意をさらに固め、話の推移を見守る。

 

「だがそちらがジュエルシードを諦めない限り、衝突するのは必至だ。分かった上での発言か?」

「分かってるよ。本当なら、ジュエルシード回収を諦めてそっち側につくのが、あの子にとって一番いい選択肢だ。少なくともあたしはそう思ってる」

「じゃあ……」

「だけど、それは出来ないんだ。あの子にとって、それは譲れないことなんだ。……一番近くにいるあたしの言葉でも、届かないぐらい」

 

 アルフさんの顔は今にも泣きそうで、悲痛で静かな叫びに言葉を失う。一体何がそこまでフェイトちゃんを突き動かすんだろう。本当の気持ちを抑えてでもやらなきゃいけないことって、一体何なんだろう。

 

「あたしはあの子の使い魔だから、あの子の許可もなしに詳しいことは話せない。本当だったら、この独断専行もいけないことなんだ。だけどあの子は、我慢しちまう子だから……」

 

 だから、アルフさんはわたし達の前に現れた。フェイトちゃんに代わって本当の気持ちを伝えるために。

 痛いほどに強い思いだった。胸の辺りが苦しくなる。それを耐え、わたしは真正面からアルフさんの言葉を受け止めた。

 

「お願いだ。あの子の「敵」にならないでくれ。頼む、この通りだ!」

 

 アルフさんは浴衣が汚れることも構わずその場で膝を付き、頭を下げた。土下座という、この国で最上の懇願を示す行為。アルフさんも勉強してきたんだろう。

 ……わたしの中での答えは決まっていた。わたしにとって、フェイトちゃんは友達だ。わたしだって、敵になんてなりたくない。出来ることなら、これからもずっと仲良くしたい。

 今はジュエルシードを巡って対立してしまっていても、きっと何とかする方法があるはずだ。今は何も思い浮かばないけれど、考え続ければきっと見つかるはず。

 だからわたしは、祈るようにミコトちゃんを見た。アルフさんの切なる願いがミコトちゃんに通じるように、彼女の動向を見守る。お兄ちゃんも、同じだろう。

 そして、ミコトちゃんは――

 

 

 

「お話にならんな」

 

 何処までも冷静で、冷徹だった。

 アルフさんは弾かれたようにミコトちゃんを睨んだ。だけどそれすらもミコトちゃんは意に介さない。

 

「お前が言っていることを分かりやすくまとめよう。「自分達にとって不都合だから、無条件で敵対をやめて、こちらの都合に合わせてくれ」だ。こんな滅茶苦茶な提案で、講和が通ると思っているのか?」

「っ……それは、その通りかもしれないけど」

「「かもしれない」ではない。「その通り」なんだ。感情が先行しすぎて、思考の整理が全くできていない。そんなものは主への忠誠でもなんでもなく、ただのお前の自己満足だ」

「あんたっ! あたしとフェイトの絆を、何にも知らないくせに!」

「軽々しく「絆」という言葉を使うなよ、駄犬」

 

 思わず息を飲んだ。今のミコトちゃんの言葉には、少なからぬ怒気が含まれていた。あまり感情を見せない、ときどきシニカルに笑うぐらいのミコトちゃんが、はっきりとした感情を見せた。

 それだけ「絆」という言葉は、彼女にとって重いということ。……分かるかも、しれない。彼女とはやてちゃんの間にある、とても強い「絆」を考えると。

 ミコトちゃんの言葉が衝撃だったのか、アルフさんは驚愕を露にする。そして、負けじと怒気を放つ。

 

「まあそんなことはどうでもいい。今はお前の提案がどれだけバカバカしくて一考だに値しないか、だ」

「……ふざけんな! あの子が、フェイトが、どれだけの思いであんたと戦いたくないって言ったか分かってんのか!? どれだけ苦しくても我慢できちまうあの子が、泣いてたんだぞ!?」

「だからどうした。その涙が、オレの判断基準になるとでも? 昨日今日知り合ったばかりの相手で、しかも敵対関係なのに? そういう客観的事実の整理が出来ていないから、お話にならないと言っている」

「~~~っっっ! あんたって奴はァ! どれだけあの子のことを傷つければ気が済むんだッ!」

 

 アルフさんが立ち上がり、ミコトちゃんの胸倉をつかむ。ミコトちゃんは、表情を動かさない。

 

「最初はフェイトのことを殺そうとしてッ! 今はあの子に希望を与えてから絶望に突き落とそうとしてッ! あんた、何がしたいんだよ! あの子になんの恨みがあるっていうんだよォッ!」

「テスタロッサに対する感情は、何もない。恨みもなければ好意もない。彼女にも言ったはずだ。オレはオレの目的のためだけに行動していると」

「っってん、めエエエエ!!!」

 

 アルフさんは、右腕を振りかぶってミコトちゃんの顔を叩こうとした。ダメっ、それをやっちゃったら!

 それは、後ろに引かれたところでお兄ちゃんに羽交い絞めされることで止まった。だけど狼と人間の力の差は歴然で、いつ振りほどかれてもおかしくない。

 

「くっ! 落ち着け! それをやったら、今度こそミコトはフェイトに容赦しなくなる! 俺達だって、ミコトに手を汚してほしくないんだ!」

「離せっ、離せよぉっ! なんで、なんでこんな奴がっ! お前も"あいつ"と同じだ! フェイトをいいように使って、傷つけるだけだッ! そんなの、許せるかよオオォ!」

「……本当に駄犬だな、お前は。さすがに、テスタロッサに同情したぞ。彼女も苦労している」

 

 目の前で繰り広げられる攻防を、何処か呆れた目で見ているミコトちゃん。余裕ある動きを失わず、着崩された浴衣を直した。

 そして冷たい目で。本当に、何の感情も宿さない目で。

 

「どれだけ理屈で語っても理解できないなら、はっきりと結論だけ断言してやる。よく聞いて、テスタロッサに伝えておけ」

 

 アルフさんを見据えて、心を抉る一言を放ちました。

 

「「オレは初めからテスタロッサと仲良くする気などない」。彼女はただの敵対者だ。"一人相撲"の結果どうなろうが、端から微塵も興味はない」

「……!!! くっそオオオオオ!」

「ぐっ! しまっ、魔法を!?」

 

 アルフさんの足元にオレンジ色の魔法陣が展開されると、衝撃波が発生してお兄ちゃんを弾き飛ばしてしまった。そのままミコトちゃんに迫り、拳を振るい――

 

 

 

 パン、という乾いた音が、朝の温泉街に響きました。

 

「――、え?」

 

 後ろから、アルフさんの呆けた声。わたしはアルフさんが魔法を使った時点で、既にミコトちゃんの前に立っていました。

 さっきまでの喧騒が嘘みたいに、この場が静まり返る。アルフさんは、目の前で何が起こったか理解出来ていないみたいだ。

 わたしがミコトちゃんの正面に立ち、彼女の顔を平手で打ったということに、理解が追い付いていなかった。

 構わず、わたしは言葉を紡いだ。

 

「……わたしは、ミコトちゃんの心は分からない。けど、アルフさんの心は「伝わって」きた。その頬の痛みを何倍何十倍にするぐらい、アルフさんの心は痛かったんだよ」

「……それで?」

 

 ミコトちゃんの声は、変わらない。無感情で無機質な、いつにもまして冷たい声。だけどわたしは怯まなかった。

 

「わたしはこんな思いをするのも、誰かがこんな思いをしてしまうのも、ミコトちゃんが誰かにそう思わせてしまうのもいやだ。だから、頬を打ったの」

「そうか」

 

 ちゃんと、わたしの言いたいことが彼女に「伝わる」ように。心は熱く、だけど頭は冷静に、言葉を紡いでいく。自分でも不思議な精神状態だった。

 

「ミコトちゃんは「違う」から、わたしは「伝え方」が分からない。どう言えば、アルフさんの気持ちをミコトちゃんに「伝えられる」か、分からない」

 

 自分でも驚くぐらい、残酷な言葉が滑り出した。

 

「……はやてちゃんが傷つけられたら。ブランさん、ソワレちゃんが、誰かに傷つけられたら。ミコトちゃんは、その誰かを恨まずにいられる?」

「……いや」

「同じことなんだよ。ミコトちゃんがそうやって誰かを傷つけたら、その誰かが、ミコトちゃんの大切なものを傷つけてしまうかもしれない。ミコトちゃんは、それに耐えられる?」

「……いや。多分オレは、耐えられない」

「わたしには、「人を傷つけたくない」っていう「感情」をミコトちゃんに伝えられない。だけど、「理屈」だけなら伝えることが出来た」

 

 あとはミコトちゃんの気持ちに任せるしかないけど……多分、大丈夫だと思う。ミコトちゃんは感情が少ないけど、全くの無感情ではないから。

 

「ねえ、ちゃんと想像して。ミコトちゃんの大切なものが、たとえばアルフさんに傷つけられてしまうところを。想像して……ミコトちゃんは、どう思った?」

「……泣きたくなるな。この駄犬、ぶち殺してやろうか」

「それは想像の中のアルフさんだよ。現実のアルフさんは、そんなことしない。とってもフェイトちゃん想いのいい人なんだから」

「……そうだな」

 

 意外と想像力豊かなのか、ミコトちゃんの目は潤んでいた。……そういえば、これもはやてちゃんが言ってたっけ。ミコトちゃんには「プリセット」を使った高精度なシミュレーション能力があるって。

 それが人に対してどの程度の効果を発揮するものなのかは分からないけど、想像の中で悲しめるぐらいではあるみたいだ。

 

「でも、現実にミコトちゃんはアルフさんにしてしまった。どうしてそうなったかは考えないで、ミコトちゃんにはきっと分からないから。でも、傷つけてしまったというのは、事実なんだ」

「……そう、みたいだな」

 

 分かってくれた。もうミコトちゃんに任せて大丈夫。わたしは体をどけて、背後で直立不動になっていたアルフさんとミコトちゃんを対面させる。

 ミコトちゃんは……今まで見たことがないぐらい、しょんぼりとした顔をしていた。不謹慎だけど、今までとのギャップのせいで物凄く可愛らしい。

 だからアルフさんも毒気を抜かれたんだろう。明らかに面食らった顔をしている。

 

「その……無神経な言い方をして、すまなかった」

「あ、ああ……いいよ。そっちの、なのは、だっけ。その子が全部言ってくれたみたいだし。これ一発で済ませてやるよ」

 

 そう言ってアルフさんは、ミコトちゃんに軽いデコピンをした。ちょっと痛かったのか、ミコトちゃんは額を抑えて涙目だった。かわいい。

 とりあえず、何とかなった。ふう、とため息をつき……感情が溢れてきた。

 

「ぅぅぅうわあああああああん! ミコトちゃんごめんなさいいいいいい! 叩いちゃってごめんなさああああい!!」

 

 溢れだす涙とともに、ミコトちゃんに後ろから抱き着いた。

 わたしはミコトちゃんの背中に顔をうずめていたから、彼女の表情は分からない。……あとでアルフさんに聞いたら、凄くびっくりした顔をしてたって言ってた。見れなかったのがちょっと残念だ。

 わずかに間があってから、彼女は平坦だけど何処か優しい声色で。

 

「全く……本当に君は、分からない。分からないから、オレは君を認めたんだろうな。だから……ありがとう、なのは」

 

 わたしの名前を、呼んでくれました。

 当然ながら、そのせいで泣いている時間がちょっと長くなりました。

 

 

 

 何故か話のメインでないわたしが泣き止むまで待つことになり、ちょっとどころではなく恥ずかしかった。あ、けどおかげなのかソワレちゃんがわたしを怖がらなくなりました。

 今はソワレちゃんと手を繋いで、ミコトちゃんとアルフさんの話を聞いています。

 

「確かにさっきの言い方が悪かったのは認めるが、オレの言っていることはそう間違ったことではない。そちらも、まずは認めるところから入ってくれ」

「……そうだね。冷静になって、自分が如何に無謀な話し合いをしに来たのか理解したよ。駄犬って言われてもしょうがないね」

「その通りだな」

「……」

「場を和ませる冗談だ。そう睨むな」

 

 だ、大丈夫だよね? 心配になってお兄ちゃんの方を見たら、ちょっと笑って頷きました。大丈夫みたいです。

 

「一応停戦というか、戦闘回避のための互いの譲歩か? それを成立させるためのアイデアは、オレの中にある。君が語ったテスタロッサ像に間違いがないのであれば、だが」

「本当かい!?」

「こんなときに嘘はつかん。ただ、それをするためには一つ、知らなければならないことがある」

 

 「何だい?」と聞くアルフさんに、ミコトちゃんは一拍呼吸を置いてから。

 

「君達の背後にいる人物と、その目的について」

 

 そう答えました。アルフさんは驚愕で目を見開く。

 ……それってつまり、フェイトちゃんがジュエルシードを求めているのは、本人の意志じゃないってこと?

 

「君がさっき口を滑らせた"あいつ"という発言で確信した。そもそもがオレが分析したテスタロッサの主体性のなさと、ジュエルシードを求める動機が結びつかない。誰かの命令で動いていると考えるのが自然だろう?」

「……ははは、凄いねあんた。フェイトが「不思議な女の子」って言ってた意味が分かった気がするよ」

「オレにとっては不思議も何もないんだが、そう評価されることが多いな。まあいい。とにかく、それが分かりさえすれば、状況のコントロールは可能だろう」

 

 ……本当に凄い子だ、ミコトちゃんは。わたしなんて、そんなこと全く思いもしてなかった。「なんでフェイトちゃんはジュエルシードを求めてるんだろう」とは思っても、分析なんてしてなかった。

 そっか。そうやって「分かる」方法も、あるんだ。

 ミコトちゃんから魅力的な提案。だけどアルフさんは、難しい顔をして考え込んだ。

 

「……さっきも言ったけど、あたしはフェイトの使い魔だから、あの子の意志を無視して行動は出来ない。その辺のことはあの子と直接話してもらうしかないけど……目的だけは、それでも分からないと思う」

「知らない、ということか?」

「そ。あたしらも"あいつ"が何の目的でジュエルシードを求めてるのか分からないのさ。ただ、フェイトは絶対に従わなきゃならない理由がある。だから何も知らないまま、ジュエルシードを探しているのさ」

「……なるほど、な」

 

 ミコトちゃんは今ので何か分かったんだろうか。わたしにはさっぱりだ。額面通りのことしか分からない。お兄ちゃんなら何か分かるかな。

 

「オーソドックスなところで言うと、人質を取られている、とかだろう。だがそれなら、昨日の呑気さはおかしい気がする。別の理由だろうな」

「うーん、やっぱりなのはにはまだまだ分からないの……」

「なのは、がんばれ。ソワレ、おうえんする」

「っっっやっぱりこの子可愛いぃぃ! うん、お姉ちゃん超頑張るっ!」

「……なのは、こわくないとおもったけど、やっぱりこわいかも」

「ガーンなの!?」

「調子に乗るからだ、全く……」

 

 外野は外野で会話をする。その間にも、ミコトちゃんとアルフさんの会話は進んでいた。

 

「何はなくとも、テスタロッサと会話をしなければならないか。会談への参加の説得は任せてもいいか?」

「会談って……お堅いねぇ。まあ信頼は出来るか。そうだね、精一杯努力させてもらうよ。成否は念話で知らせればいいかい?」

「そうだな。なのはに念話を入れてくれ。藤原凱でもいいが、この場にいる人物の方がいいだろう」

「? ミコトでいいんじゃないの?」

「……そうだな。会談参加への前報酬という形で、一つだけこちらの情報を開示しよう」

 

 そう前置きして、ミコトちゃんは今まで黙っていたこちらの戦力の事実を、一つアルフさんに伝えました。

 

「オレは魔導師じゃない。君達の使う「魔法」とは別の"魔法"を使う能力者だ」

「!? ……レアスキル、ってやつかい?」

「そちらでどう呼ぶのかは知らない。ただ、オレが使う力が君達の知り得ないものだという事実だ。だから、オレに君達の念話は届かない」

「なるほど、ね。フェイトは高ステルスのレアスキルかもって言ってたけど、そもそも魔力がないってわけか」

「そういうことだ。理解していただけたか?」

「分かった。あたし達は、昼になったらチェックアウトで街に戻る。あんた達は、もう一泊するんだっけ?」

「本当はジュエルシード探索に戻りたいところだが、高町家の予定に乗っかっただけなんでな。全く、なのはは自分がやっていることの自覚はあるのか」

「にゃっ!? 飛び火してきたの! と、ときには休憩も必要だと思いますっ!」

「あー。フェイトにちょっと休んでこいって言って温泉に押し込んだあたしには何も言えないよ」

「そのおかげで、今この状況になっているわけか。果たしてこの先、吉と出るか凶と出るか……」

 

 出来ることなら、吉と出て欲しい。先のことなんて分からないから、誰にも何も答えられないけれど。

 だけど、これだけ皆で、「より良い未来」を模索しているんだから。結果を伴ってほしいと思うのは、いけないことじゃないよね。

 真面目な話はここまでみたいです。

 

「ふう。結構時間が経ったな。そろそろ戻れば、温泉に入れる時間になるだろう」

「あたしもご相伴に与らせてもらうよ。昨日はフェイトを慰めるので、結局入りそびれちゃったんだ」

「それはご愁傷様だ。ここの温泉は、中々に気持ちがいい。オレも湯に入るのに何故金を払う必要がと思っていたが、これは金を払ってでも来る価値がある」

「あ、ミコトちゃんが温泉の良さを分かってくれたの! それじゃ、また皆で来ようね! 今度はフェイトちゃんとアルフさんも、最初から一緒で!」

「……ああ、そうだね!」

「気楽に言ってくれるな。こちらは日々の食費も考えなければならないというのに」

「ソワレ、おんせん、すき。……ダメ?」

「まあ娘がこう言ってるんで、次も機会が合えば御一緒させてもらうか」

「鮮やかな掌返しを見たの……」

「なんつーか、親バカだねぇ。ま、確かにソワレは可愛いと思うけどね」

「旅行資金はうちが持つよ。俺達は既にそれ以上のものを君達からもらっているんだ。貸し借りなんか気にするな」

「……はあ。高町家の魔の手からは絶対に逃れられない、か」

 

 その言い方、なんか酷いの。

 最初の張りつめた雰囲気は消え、和やかな空気の中、わたし達は旅館へ戻る道を歩いた。

 どうなるかは分からない。けど、きっとどうにかなる。そう信じさせてくれる空気だった。

 

 

 

 だから、その気配を感じたときは、さすがのわたしもちょっとイラッとしてしまった。

 

「――あー。なーんでこのタイミングかなぁ……」

「……せっかくいい雰囲気だったのに。空気読めなの」

「ジュエルシードか」

 

 わたしとアルフさんの反応で、ミコトちゃんはすぐに理解したようだ。緩んだ空気が一気に張りつめる。

 ミコトちゃんは意識を切り替えると、すぐにわたし達に指示を出した。

 

「アルフ。一先ず今回のところは共闘だ。まずはジュエルシードを止める。配分については、暫定措置で封印した方が取る。異論はあるか?」

「ないよ、完璧すぎる。フェイトを呼んで先行しとくよ。結界は、魔導師以外はミコトと恭也さんを入れるのでいいかい?」

「問題ない。なのは、今の条件を藤原凱とスクライアに念話。その際ブランに旅館の警護を指示しておくように伝えてくれ」

「了解です!」

 

 ミコトちゃんの指示に従って、アルフさんが物凄いスピードで跳躍し、すぐに見えなくなった。正体が狼というのは伊達じゃない。

 わたしはお兄ちゃんに手を引かれて走りながら、ガイ君とユーノ君に向けて念話を試みた。

 

≪ガイ君、ユーノ君! 気付いてる!?≫

≪もぉビンビンですよぉ! こちとら全裸になったばっかなのによぉ!≫

≪そこはどうでもいいだろ! とにかく、僕達も急いで向かう! フェイトの動向が気になるところだけど……≫

 

 さっきのアルフさんとの会話を要点だけまとめて、今回に限った共闘条件を伝達する。

 フェイトちゃんはわたし達と戦いたくないこと。温泉から戻った後、ミコトちゃんが話をまとめること。先に封印した方がゲットすること。

 今回はミコトちゃんが見つけたわけじゃないから、わたしとフェイトちゃんの競争ということになる。やっぱりユーノ君は、納得がいかない様子だった。

 

≪彼女がやっていることは違法行為だ。それを容認してっていうのは、おかしいんじゃないかな≫

≪あったま固ぇぞ、ユーノ! 女の子が泣いた! それだけで俺達男が行動する理由は十分なんだよ!≫

≪ガイ……だけど≫

≪だけどもデモクラシーもねえの! ミコトちゃんが頑張って話をまとめてくれるっつってんだろ? それともユーノは、ミコトちゃんのことまで信用できねえのか!?≫

≪だ、誰もそこまでは言ってないだろ!? 分かったよ! 今回はフェイトを信じて共闘する!≫

≪っ! ありがとう、ガイ君! ユーノ君!!≫

 

 本当に、普段は変態のくせに、いざってときには頼りになるガイ君。だからわたしは、彼を憎めないのかもしれない。

 念話が切れ、走り続ける。そうほどなくして、わたし達はアルフさんが展開した結界の中に侵入した。

 

「ここから先は飛行魔法で行け。出来るようになったんだろう?」

「うん! 先に行って、フェイトちゃんと一緒に待ってるから!」

「戦っておけ、全く」

 

 ミコトちゃんは呆れたようにため息をつき、だけどわたしに向けて、小さく笑ってくれました。

 それが嬉しくて、不屈の心を胸に抱き、レイジングハートを起動する。

 

「それじゃ、行ってきます!」

『Flier fin.』

 

 わたしは、色あせた世界の中、空を駆けて現場に向かった。

 ジュエルシードの発動場所は……海鳴温泉ほど近くの、山の中。




あれれーおかしいぞー?(Bah Law) 本当ならこの話でジュエルシード封印まで行く予定だったんだけどなぁ……。
ジュエルシードの発動場所と時間が原作と違いますが、この話ではこういう流れにしました。ついでに暴走体も強化される予定です。ってかそうじゃないと、戦闘があっさり終わりそうなんで。

なのちゃんの過去話が出ましたね。「ヤハタさん」のなのちゃんは、ミコトによって気付かされた桃子さん及び退院した後の士郎さんによって、激甘に育てられてきています。
そのため暴力に対して強い抵抗感があり、自分の暴力でも自己嫌悪で泣き出してしまうほど。これによってアリサとすずかのエピソードもかなり変わっています。父親譲りの正義感はある模様。
但し変態は除く。ある意味なのはにとって特別な人間ってことなんじゃないですかね?(ゲス顔)

ミコトの人でなしぶりが炸裂。アルフさんじゃなくても怒るわ……。
今回なのはが精神的に大きく成長したため、名前で呼んでもらえるようになりました。それでもミコトは切り捨てるときは容赦なく切り捨てるけどね!(外道)
やっぱり叩かれないと名前で呼べないのか……ミコトちゃんはドMかな?(白目)


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十一話 温泉 その四 ★

※注意:今回若干程度ですが性的描写があります。苦手な方はご注意ください。

今回はフェイト視点です。これで温泉回は終了です。

17:17 注意書き追加


 昨日のことがあり、わたしは部屋から動くことが出来なかった。アルフは「やることがある」と朝早くから出てしまい、今はわたし一人。

 ……アルフには悪いことをした。彼女だって温泉を楽しみにしていたはずなのに、わたしの勝手な都合でフイにしてしまった。

 自己嫌悪。アルフのこともそうだし、なのは達にも心配をかけてしまったと思う。ミコトは……どうだろう。彼女の場合、よく分からない。

 ……結局、ミコトの言う通りだった。わたしはジュエルシード探索を諦めることなんてできない。それは母さんの望みであり、わたしにとって最後の希望。妥協することなんてできない。

 だから彼女達と敵対することしか出来ず……涙がにじむ。本当はそんなことしたくないのに、そうしなきゃいけない現実が辛くて、胸が苦しい。

 なのは……笑顔がとても印象に残る、平和の象徴みたいな女の子。彼女に「わたし達はもう友達だ」って言ってもらえて、本当に嬉しかった。

 ガイ……お調子者で変なことばかり言って皆を困らせるけど、でもどうしてだか憎めない男の子。それはきっと、彼の瞳がいつも優しいからだろう。

 ユーノ……最後までわたしのことを警戒してたね。それは当然かもしれない。話が本当なら、わたしは彼のものを奪おうとしている略奪者なんだから。……迷惑をかけてしまって、本当にごめんなさい。

 ブラン……優しい女の人。いつも必ず誰かのことを気にかけていて、いつの間にかサポートしてくれている、陽だまりのような女性。彼女とも、もっと話をしたかったな。

 ソワレ……わたしのことを怖がってたけど、どうしてなんだろう。ひょっとしたら、子供特有の直感で、わたしが「悪い人」だって分かっているのかもしれない。覚悟はしていたけど……やっぱり、辛いね。

 アリサ、すずか、はやて、忍さん、恭也さん。本当に、みんな、みんないい人だった。もし本当にジュエルシードが願いをかなえてくれるなら、彼らと一緒に過ごす日々が欲しい。そんなこと、出来やしないけど。

 そして、ミコト。冷たくて暖かい、不思議な不思議な女の子。もっと彼女の色々なことを知りたかった。彼女がどんなことを思っているのか、知りたかった。

 だけど……街に帰ったら、もうおしまい。次に会うときは戦場で、わたし達は……敵同士なんだ。

 

「……いや、だよ」

 

 ぽつりと、誰もいない部屋の中に、わたしの呟きが響く。返って来る答えは当然何もない。昨夜から何度も何度も繰り返して、結局何も変わらなかった。

 これが、現実なんだ。わたしが向きあうしかない、たった一つの現実。辛くて苦しくて切なくて、甘い事なんて何一つない現実。

 ……どうして、こんなことになっちゃったんだろう。もし何も知らないままだったら、こんな思いをしなくてもよかったのかな。彼らがただの敵だったら、前と同じで立ち向かえたのかな。

 知る前には戻れない。わたしはもう、彼らとの思い出を抱えながら、彼らと戦わなきゃならない。

 それがあまりにも重すぎて、まるで本当の重しになっているように、わたしの体は動かなかった。

 

 それでもわたしは、自分が思っていたよりも現金だったようで。

 

「ッ! この魔力は!」

 

 旅館の部屋の窓の向こう。そこに映る山の方から感じられる、むせ返るほど濃密な魔力の波動。それが何なのか分かった瞬間、バルディッシュを手に取って飛び出していた。

 見つけた。ジュエルシードだ。あるかもしれないとは思ってたけど、まさかこのタイミングで発動するなんて。何としてでも、ミコト達より先に回収しなければならない。

 わたしの武器は、機動力。だからスタートダッシュで負けなければ、ジュエルシードのところに辿り着くのはわたしが先。一瞬でバルディッシュを起動させ、一瞬でバリアジャケットを装着し、迷いなく飛んだ。

 そのタイミングで、アルフから念話が飛んでくる。

 

≪フェイト! 今何処にいる!?≫

≪アルフ……! ジュエルシードだ。今、発動場所付近の上空≫

≪速っ!? ってそりゃそうか、フェイトなんだから。あーもう、伝えたいことが山ほどあるのに!≫

 

 念話から伝わるアルフの声色が、明るさを持っている。何かいいことでもあったのかな?

 ジュエルシードが発動している光が目視出来た。もう間もなく暴走が始まる。わたしはすぐに暴走体に対処できるよう、バルディッシュをサイズフォームに変化させた。

 

≪ごめん、アルフ。今は念話をしている余裕がない。結界は頼んだ≫

≪あ、ちょ、フェイト! まだ重要なことが――≫

 

 アルフは伝えたいことがあったみたいだけど、今はそれどころじゃない。強制的に念話を切断して、暴走体への対処に全てのマルチタスクを集中させる。

 これが、わたしの対ジュエルシード暴走体の初戦だ。負ける気はないけど、気を抜くわけにはいかない。

 

「さあ……来い!」

 

 先制攻撃のためにフォトンスフィアを前方に4つ展開したところで、ジュエルシードは暴走を始めた。

 

 

 

 しかし、暴走体からの攻撃があまりにも意表を突いたものだったため、スフィアは役に立たなかった。

 

「下ッ!?」

 

 轟音と共に下方の地面が爆発し、巨大で長いナニカが、わたし目掛けて襲い掛かってきた。速いッ!?

 それでもわたしは何とか回避し、体勢を立て直しながら見た。

 

「……なに、これ……」

 

 背筋に寒気が走るフォルム。生理的嫌悪を催す、巨大な節足虫。それは、全長にして100mは下らなさそうな、巨大すぎる黒いムカデだった。

 先ほどわたしがいた場所を通り過ぎ、はるか上空に牙を向けている。今なお長すぎる胴体が地面からはい出しており、その周辺が砂煙を巻き起こしている。

 そのあまりの光景に一瞬呆然としてしまい――すぐに思考を切り替える。破棄したスフィアを再生成。

 

「フォトンランサー、ファイア!」

 

 4つのスフィアから一発ずつ、ランサーを撃つ。わたしの電気変換資質によって帯電した魔力は、突き刺さった場所から電撃で蝕む性質を持つ。たとえダメージは小さくとも、十分な効果が得られるはずだった。

 刺されば、の話だ。相手の防御力が高過ぎる場合、その最小限の効果も得られない。ムカデは体表を甲羅のようなもので覆われていた。

 

「大きくて、速くて、硬い……欲張り過ぎだよッ!」

 

 上空で体を折り曲げたムカデが、わたしに狙いを付けて降ってくる。再び回避し、ムカデの頭は地面に潜った。

 ……厄介な敵だ。暴走体を侮っていたわけじゃないけど、これはいくらなんでも想定外過ぎる。

 恐らく、人の手があまり入っていない山中という環境が悪かったんだろう。周りに魔力要素を吸収する存在がおらず、魔力要素が少ないこの世界でなお大量の魔力を貯蓄できてしまった。

 そのせいで、暴走体を構成する魔力は膨大となり、肥大化・硬質化している。あり余る魔力を出力に変えて、暴力的な速度で襲い掛かってくる。そう推測出来た。

 この環境が作り出した難敵。だけど……。

 

「やりようは、ある!」

 

 地面から顔を出した巨大ムカデを紙一重で見切り、その体に沿って飛ぶ。そして体の節の部分に向けて、サイズフォームのバルディッシュを振るった。

 

――ギィィィィッ!

 

 刃が通った感触とともに、ムカデが甲高い耳障りな悲鳴を上げた。予想通り、つなぎ目の部分は装甲が浅かった。

 もし全身が完全に硬質化していたら、曲がることすらできないはずだ。そうではなく、こいつは方向転換してわたしに狙いを定めてきた。だったら、曲がるための継ぎ目は必ずある。

 そしてつなぎ目の部分なら攻撃が通る。遠距離からの射撃で当てるのは無理だけど、近接なら……!

 

「はああああっ!」

――ギ!? ギイイイ!!

 

 何回も何回も斬りつける。そのたびに巨体が波打ち、わたしを巻き込もうとしてくる。だけどわたしの機動性は、この程度のことで当たるほどじゃない。

 やれる! そう思った直後のことだった。既にわたしの目の前に敵がいるはずなのに、またしても地面が爆発した。

 

「っ!?」

 

 二体目!? 一体目の暴走体に集中していたわたしは、突然現れた二体目に反応できない。予期せぬ事態だった。

 ソレは、真っ直ぐわたしを狙っていた。その巨体にわたしの小さな体を飲み込もうと。黒い虫の口腔に並ぶ鋭い牙と、底なしの闇が視界に広がった。

 ……やられる。

 

「フェイトオオオオッッッ!!」

 

 そう思った瞬間、わたしの体は射線から外れた。先行したわたしに追いついた頼もしい使い魔に抱かれて。

 

「アルフ! 助かっ……!? 腕っ、傷が!」

「なぁに、こんなもんかすり傷だよ!」

 

 わたしを抱きしめて攻撃を回避したアルフは、しかし完全回避とはいかなかったらしい。右の二の腕が切られ、血が出ている。決して浅い傷ではなかった。

 アルフの表情も痛みをこらえているのが分かるほど。わたしが、油断したせいで……。

 

「フェイト! 下を向くな! 戦闘中に敵から目を逸らすなって教えられただろ!」

「っ。そうだね。ごめん、ありがとう」

「気にすんなって。主を支えるのが使い魔の役割だよ」

 

 アルフはいい子だ。本当に、こんなわたしにはもったいないほど……。

 その思いに少しでも報いるため、わたしは目の前の二体を見据える。長く巨大な体を絡ませ合って、気性荒く雄叫びを上げている。

 

「二体ってのが厄介だね。一体でもてこずりそうなのに。どっちにジュエルシードがあるかって分かるかい?」

「……両方から感じるね。どういうことだろう。まさか二個あったってわけじゃないだろうし」

 

 もしこの場にジュエルシードが二個もあったら、被害はこんなものでは済んでいないはずだ。共鳴を起こして、次元震を起こしていたっておかしくない。

 となると考えられるのは、気配を分散させて狙いを絞らせないようにしている? 暴走体に、そこまでの知性があるんだろうか。だけど……さっきは一体目を囮にしていた。全く知性がないわけじゃない。

 だとしたら、恐らくジュエルシードがあるのは二体目の方。……さっき体を絡ませてたのは、どっちがどっちか分からなくするためか。

 

「両方倒すしか、ないね。アルフ、攻撃は出来る?」

「射撃なら何とか。けど、あれはそんなんじゃ傷一つつかないだろ?」

 

 アルフの利き腕が封じられたのが痛い。彼女の本分は、狼の膂力を活かした体術だ。射撃は牽制程度でしかない。そして、あの暴走体が射撃魔法じゃ牽制にもならないのは、既にわたしが確認している。

 ……どうすれば、あの二体を相手に出来る? 速度で翻弄すれば……アレも動きはかなり速い。一体なら対応できるけど、二体同時となると……。

 マルチタスクで戦術を構築しようとするわたしの頭に、アルフが左手を置いた。

 

「大丈夫。あたしがこれでも、今日は攻撃手段がたくさんあるんだからさ」

「……え?」

 

 どういうことか。そう聞こうとした瞬間、桜色の閃光が暴走体に向けて叩き込まれた。耳障りな悲鳴を上げて、地面に倒れ込む一体。もう一体は、困惑したようにのた打ち回った。

 閃光の発生源に目をやる。そこにいたのは、白いバリアジャケットに身を包み、左手にデバイスを構えた魔導師。

 

「なのは……」

「やっと追いついたの! なのはも一緒に戦うよ、フェイトちゃん!」

 

 「一緒に戦う」。その言葉で、胸がズキリとした。涙が溢れそうになり、ぐっとこらえる。

 

「……必要ない。わたし達は敵対者。一緒に戦っても、結局ジュエルシードは奪い合うことになる。それなら、一人でやった方がいい」

 

 「友達」と言ってくれた女の子。そんな彼女に、こんなことを言うなんて。わたし……嫌な子だな。

 でもきっと、この方が彼女は傷つかないから。なのはが傷つかないで済むなら……わたしは悪者でいい。

 わたしは彼女から目を離し、改めて暴走体の方を見る。……あの砲撃魔法で傷一つない。やはり、硬い。

 それでもわたしは、やらなきゃならない。バルディッシュを持つ腕に力が入り――顔を掴まれ、なのはの方を向かされた。

 

「そんな思ってもないことを言うのはこの口なの?」

「にゃ、にゃにょは?」

 

 彼女のデバイス――レイジングハートを宙に浮かせ、両手でわたしの頬をぐにぐにしてきた。痛くはないけど、しゃべりづらい。

 

「フェイトちゃんがどう思ってるかは、アルフさんから聞かせてもらったの。わたしはフェイトちゃんの友達として、フェイトちゃんの助けになりたい。だから、ここにいるの」

「にゃの、は……」

 

 彼女はわたしを真っ直ぐ見て、曇り一つない目で見て、真っ直ぐに言葉をかけてきた。あまりにも眩しくて、目を逸らしてしまいそう。だけど顔が掴まれてるから、逸らすこともできない。

 アルフ……用事って、そういうことだったんだ。本当に、主思いの素晴らしい使い魔。わたしにはもったいないほどに。

 だってわたしは、アルフがそれだけのことをしてくれたのに、首を縦に振ることが出来ないんだから。

 

「それでも、わたしは……」

「うーん。やっぱりなのはじゃミコトちゃんみたいに理屈で説得ってできないの。とりあえず、共闘は決定事項! フェイトちゃんの反対意見は関係ありませんっ!」

 

 なのははわたしの顔から手を離し、レイジングハートを手に取った。どうあっても一人で戦わせてはくれないらしい。

 先のことを思うと気が重くて……だけど友達が来てくれたという事実が、嬉しくもあった。やっぱりわたしは現金な性格みたいだ。

 

「……足は引っ張らないでね」

「確約できません! なのはは戦いは素人なの!」

 

 自信満々に言うことじゃないよ。だけど何だかおかしくて、くすりと笑ってしまった。

 

 

 

 戦闘は苦手というなのはには後方支援を任せた。二体の暴走体を同時に相手にしようとするから大変なのであって、一体ずつなら対応できることは分かっている。

 だから、砲撃魔法で一体を釘付けにしてもらう。その間にわたしが一体を片付け、それが本体ならそこで終了。偽物なら、残った本体を二人で仕留める。それがわたしの打ち立てた方針だ。

 そして……砲撃という一点に置いては、なのはは間違いなく天才だった。

 

「まだまだいくよー!」

『Devine buster.』

 

 桜色の砲撃が、過たず暴走体の一体を射抜く。大出力の砲撃を受けて、巨大ムカデは木々をなぎ倒しながら倒れた。

 あんな威力はわたしには出せない。そして、あんな次々に撃つほどの制御も出来ない。もしわたしが相手だったら……当たりはしないだろうけど、プレッシャーは大きそうだ。

 なのはが一体を釘付けにしてくれている間に、わたしはもう一体の方に肉薄する。もちろん近づければ切り裂かれるのが分かっている暴走体は、ただでは近付かせてくれない。

 

――ギィィィィィィッッッ!!!

「キモイの!?」

「うわっ、ありゃ確かにキモい!」

 

 これまで動きのなかった節々についた脚が、一気に動き出した。それらの先には鋭い爪がついており、当たればわたしではひとたまりもない。

 だったら、当たらなければいい。脚の本数が多かろうが、相手は一体でしかないのだ。わたしにかわせない道理はない!

 

「はああああああっっっ!!」

 

 気合とともに加速し、前後左右からバラバラに襲い掛かってくる多脚を、飛行制御で失速させずに回避する。そして胴体の継ぎ目に近づき、一閃。

 

――ギィィィッッッ!?!?

「フェイトちゃん、凄いの!」

「当たり前だよ! 何せあたしのご主人様……フェイト!?」

 

 油断はなかった。ただ、ムカデがまだ攻撃方法を全て見せていなかっただけだ。まさか、火炎放射まで持っているとは思わなかった。

 体を変な形に曲げたムカデは、牙の並んだ口から、わたしに向けて炎を吐いたのだ。わたしは思わず腕で顔をかばい、痛みに耐えるために目を瞑った。

 ……だけど熱はいつまで経っても襲っては来ず、目を開けると、わたしの前に角錐の形をした赤紫色のシールドが展開されていた。

 このシールドは、この魔力光は……!

 

「へへ……「ディバイドシールド・改」。またまたやらせていただきましたァン!」

「ガイッ!」

 

 お調子者な彼が、わたしの横に立って、炎の奔流を完全に受け流していた。こんなシールド、初めて見た。

 彼の肩には、ばつが悪そうな表情のフェレットもどき。彼も魔法陣を展開しており、恐らくこの場に割り込んできたのは彼の転送魔法だ。

 

「……僕はまだ、君を認めたわけじゃないからな。ただ、ミコトさんに考えがあるみたいだから、それに従ってるだけなんだからな」

「えっ……」

 

 ユーノの言葉に、思わず目を剥く。ミコト。最後までわたしと敵対関係であることを忘れなかった、不思議な女の子。彼女が、わたしを助けるために……?

 

「ユーノー。男のツンデレ、キモーい。シールドが萎えるわー」

「誰がツンデレだよ! っていうかその言い方やめろ! 今気付いたけど、まさかそのシールドのモデルって……!」

「おうよ! ちょっとポリゴンみたいになっちゃってるけど、コンd」

「ほんっといい加減にしろよなキミはぁ!?」

 

 「うがあああ!?」と頭を抱えるユーノ。対照的に「ハッハッハ」と笑うガイ。暴走体のすぐ近くだというのに、彼らの日常過ぎて力が抜けてしまう。

 ふっ、とわたしの体が抱き上げられる。びっくりして振り返ると、そこには浴衣姿の恭也さん。

 

「こら、女の子を放置して漫才してるんじゃない。二人とも、フェイトを連れてすぐに転送しろ」

「は、はい! って、恭也さんは!?」

「ちょっと本気出す。巻き込まれないように離れてろってことだ」

 

 「ええー」と言いながら、ガイがわたしを受け取り、転送魔法が発動する。座標は、暴走体からつかず離れずの上空。

 わたしは空中に展開された魔法陣の上に乗り、……その非常識な光景を目の当たりにした。

 

「おおおおおおおおおおっっっ!!!!」

 

 恭也さんが巨大ムカデの体表を駆けながら、脚の攻撃を避けながら次から次へと切り裂いて行っている。魔力は一切感じられないので、完全な身体能力のみの動きだ。

 ……あれ、絶対わたしより速いんだけど。どうなってるの?

 

「あの人も順調に人間やめてってんなぁ」

「僕はこの世界に来てから、管理世界の常識の儚さを知ったよ。この世界ファンタジー過ぎ」

「ところがどっこい……夢じゃありません……! 現実です……! これが現実……!」

「現実じゃなかったらこんなに疲れてないよ」

 

 「カカカ」と謎の笑いをするガイに、ユーノは呆れのため息をついた。恭也さんは巨大ムカデの体を上り続け、とうとうその顔(?)を蹴り宙を舞った。

 その瞬間に、体を回転させて鋭い針を投げる。わたしとの戦いのときにも使った攻撃だ。それらは過たず暴走体の目を射抜き、痛みに耐えかねたか暴走体がのた打ち回る。

 

「ユーノ!」

「分かってます! トランスポーター!」

 

 そのままでは地面に叩きつけられてしまう恭也さんを、転送魔法で魔法陣の上に回収。あれだけの動きをしたのに、恭也さんは軽く息をついたのみだった。……本当にこの人何者なんだろう。

 

「恐らく、あっちは外れだ。フェイトが付けた傷も、俺が裂いた脚も再生しなかった。本物ならジュエルシードの魔力で再生するはずだろ?」

「……あ、そうか!」

 

 何故恭也さんがあんな無茶をしたのか理解した。どちらを叩けばいいかをはっきりさせるためだったのか。わたしなんかよりもずっと、戦闘思考が出来ている。

 わたしは魔導師だから、本来は戦うだけの存在ではないけれど……戦う者としては、圧倒的に恭也さんの方が上だった。これは……敵わないわけだ。

 ともかく、やるべきことは分かった。なのはと二人がかりで、もう片方を倒してジュエルシードを封印すればいい。そのために飛行魔法を発動しようとして、恭也さんに止められた。

 

「フェイトは少し休んでてくれ。なのはとアルフが来るまで、一人であれを相手にしていたんだろう。相当消耗しているはずだ」

「それは、そうですけど……でも!」

「大丈夫だ。心配はいらない。……だよな、ミコト」

 

 恭也さんが声をかけた方向に、わたしは弾かれたように視線を向けた。

 そこには、闇夜のようなドレスに身を包んだミコトが、エールを右手に逆手で持ち、背中にこうもりのような羽を展開して浮かんでいた。

 彼女に対し、色々と思っていたことがあったはずなのに。……その姿を見た瞬間安堵して、そして妖艶な幼さに見惚れてしまった。

 

「ええ。この状況なら、オレでも外さない。一撃で仕留めてやりましょう」

「頼もしい限りだ。……フェイト」

「はっ!? は、はい!」

「何を慌ててるんだか。ミコトがジュエルシードを露出させたら、暴走体の再生が始まる前に、君が封印するんだ」

「え!? で、でも……」

「なのはからじゃ距離が遠いし、ミコトさんだと接触しないと封印出来ないんだ。不本意だけど、今は君に譲る。預けるだけだからな!」

「う、うん。分かった……」

「ったくもー、ほんと頭固い師匠だよなー。俺だったら可愛い女の子のお願いなら二つ返事でOKしちゃうのに」

「君がそんなだから僕がしっかりしなきゃいけないんだよ、バカ弟子」

 

 どういうことかは分からなかったけど、とにかくジュエルシードの封印を任されたということだ。……余計なことは考えずに、それだけに集中しよう。

 ユーノが作った魔法陣の上で、バルディッシュをシーリングフォームに変化させる。横ではミコトが左手を暴走体の方に向けていた。

 あの黒いドレスが、ミコトのバリアジャケットなのかな。だとしたら……わたしとお揃い、だね。

 

「やるぞ、ソワレ」

『うん。ル・クルセイユ』

 

 ミコトの方からソワレの声が聞こえた。……何処にいるんだろう。もしかしたら、ミコトとソワレが協力して使う魔法? そのために通信を行っている?

 分からないことは多いけど……今は、ミコトの本気を見せてもらおう。あのときは見られなかった、ミコトの本気を。

 暴走体の方に、黒い粒のようなものが集中していった。あれがミコトの魔力光かな? 黒、か。……なんでだろう、ミコトには黒がとてもよく似合っている気がする。

 黒はやがて暴走体を覆い尽くすほどの球体となる。暴走体も異常を感じ取ったのか逃げようとしているけど、なのはの砲撃魔法はまだ続いている。完全にその場に釘付けとなっていた。

 そして、ソワレの声が最後の一節を紡ぐ。

 

『エクスプロージオン』

 

 その瞬間、世界が震えた。そうとしか形容できない音が、結界の中を駆け巡った。

 そして暴走体は、「弾け飛ぶほどの力で圧縮されていた」。自分の目を疑った。射撃魔法で傷一つつかず、なのはの砲撃魔法でも牽制程度が精一杯だった装甲ごと押し潰してしまったのだ。

 なんという威力。もしあの戦いのときにこれを使われていたら、命はなかっただろう。今の様子だと、使用にはかなり制約があるだろうから、そう簡単には使えないと思うけど。

 圧縮で弾け飛んだ暴走体の中から、光り輝く小さな何かが現れる。ジュエルシード。恭也さんの読み通り、あっちが本体だったみたいだ。

 わたしは手早く封印すべく、呪文を紡ぐ。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。封印すべきは忌まわしき器「ジュエルシード」」

 

 バルディッシュのコアから、わたしの魔力光である金色の帯が伸びる。それがジュエルシードを絡め取り、シリアルの刻印を浮かび上がらせた。

 シリアルは……XVIII(18)。

 

「ジュエルシード・シリアル18……封印っ!」

 

 一瞬の激しいスパーク。それでジュエルシードは封印を完了し、暴走体は初めから存在しなかったかのように、溶けるように消滅した。

 吸い寄せられたジュエルシードにバルディッシュのコアを近付け、収納する。……これで、ようやく一つ。

 

 そう思った瞬間、膝から力が抜けてしまった。自分で思っていた以上に消耗していたみたいだ。

 

「フェイト!?」

「フェイトちゃん!」

「っ! ……大事はないみたいだね」

 

 恭也さんとガイ、ユーノもわたしに駆け寄った。ミコトはユーノの魔法陣の上に乗り、エールを待機状態に戻した。

 

「スクライア。ここでは落ち着けんだろう。とりあえず、山の入り口付近に転送しろ。なのは達に念話で連絡を入れるのも忘れずに」

「は、はい! ……あ、あれ? 今ミコトさん、なのはのこと名前で……」

「余計なことを気にしている暇があるなら、テスタロッサの体調でも気にしてやれ」

「わ、分かりました! トランスポーター起動!」

 

 魔法陣が輝きを増し、わたし達は緑色の光に包まれて転送された。

 ……ずるいよ、なのは。

 

 

 

 

 

 転送されて待つことしばし、なのは達が到着した。それと同時、アルフが結界を解いて、世界が色を取り戻す。

 なのはは地面に降り立つと、すぐにバリアジャケットを解除してレイジングハートを待機形態に戻した。それは、彼女は本当にわたしと争う意志がないということ。

 わたしは……まだバリアジャケットを解けない。彼女がそう思ってくれたとしても、現実にわたし達が敵対していることに変わりはない。それに、ミコトもドレス姿のままだ。

 

「そう警戒するな。君に余力がないのと同じように、オレ達にも余力がない。君の答えがなんであろうと、今は戦いになり得ない」

「……だけど、あなたはバリアジャケットを解除していません。油断は、出来ない」

「フェイト、それは……」

「アルフ。顔を合わせる機会が得られたのだから、説得はオレがやる。それでいいな」

「……分かった。任せるよ、ミコト」

 

 アルフは、ミコトを信頼しているみたいだ。……わたしだって。わたしだって、こんな敵対関係さえなかったら……。

 心の中に生まれる荒波を冷たい無表情の仮面で抑え込み、ミコトを見る。彼女もまた、いつも通りの仏頂面だった。

 

「オレがこの格好を解除しないのは、それがオレの力に関連した事柄だからだ。解除すれば、オレの力を一部教えることになる。これは、敵対関係を続けている限り許容できない」

「……理屈は分かりました。続けてください」

「そこで提案だ。停戦、あるいは互いの譲歩のための会談を開きたい。時間は二日後の午後5時から、場所は八神邸にて。この条件を受けてもらえるなら、この格好を解除する」

 

 ……どういう、こと? ミコトは、ずっとわたしとの敵対関係を忘れてはいなかった。これまでの様子から、彼女が情にほだされて動くなんてことはありえない。なのに今、停戦か譲歩という歩み寄りの姿勢を見せた。

 アルフは、一体彼女に何を話したの? 何が彼女を動かしたの?

 

「……質問をさせてください。どうして急に、そんな掌を返すようなことを?」

「君が戦いたくないと思っていると聞いたからだ。無駄な戦闘を避けられるなら、それに越したことはない」

「だけど双方がジュエルシードを求めている限り、感情なんか関係ない。あなたはずっと、わたしにそう言ってきました。今はわたしもそう思っています。まさか今更そうではないとでも言うつもりですか」

「いいや、正しい。オレもそう思っている。だが、歩み寄ることで得られるメリットがあり、またそれが出来る可能性があるならば、かけるだけの価値はある。そういう判断だ」

 

 つまり彼女にとって、わたしと戦わずに済むということに価値が発生した、ということらしい。

 それと、と彼女は言葉を続ける。彼女らしくなく、目線を逸らし、恥ずかしいのか頬に赤みが差している。

 

「……大事なものを傷つけられる痛みというのを、計算に入れていなかった。それに気付かされた、と言ったところだな」

「それって……」

「なのは、頑張りました!」

 

 横で話を聞いていたなのはが、エッヘンとない胸を張る。……そっか、それでミコトは、なのはを名前で呼ぶようになったんだ。

 少し……ううん、かなり悔しかった。

 ミコトは咳払いをして、姿勢を戻す。総括。

 

「こちらにも失いたくないものというのはある。戦えば、否が応にも何かを失う可能性が発生する。それは、避けられるなら出来る限り避けたい」

「そして双方が戦いを避けたいと思っているなら、話し合いによる解決も可能である。そういうことですね」

「理解が早くて助かる。もっとも、確実に解決できるわけではなく、せいぜい一時的な停戦程度が関の山だと思っている。戦わずに終戦させられるかどうかは、その後次第だ」

 

 それは……その通りだろう。お互いがジュエルシードを求めているという衝突原因をどうにかしない限り、この争いが終わることはない。

 だけどミコトは言った。「戦わずに終わらせたい」と。わたしと同じ気持ちで、いてくれた。

 そのことが嬉しくて。冷たい仮面に罅が入る。悲しみではない感情で、視界がにじむ。零れ落ちるのを耐えるのに苦労した。

 

「……分かりました。その提案を飲みます。話し合いましょう」

「ありがとう。受け入れてもらえて、本当に助かった」

 

 そう答えたミコトの表情は、本当にほんの少しだけ、緩んだ気がした。

 

 そうしてわたしは教えてもらった。ミコトが魔導師ではないこと。わたし達の知らない、彼女が作り上げた"魔法"を使うこと。

 彼女が纏っていたドレスの正体。それはミコトによく似た少女、ソワレだった。"夜の召喚体"という、ミコトが生み出した存在だと言っていた。

 エールも同様で、デバイスではなく"風の召喚体"。ブランは"光の召喚体"で、全て前述の"魔法"により生み出された者達だった。

 その事実は、少なからずショックだった。ブランもソワレも、人と何ら変わりない姿をしていて、皆そう扱っていたから。わたし達で言うところの魔法プログラム体だとは思っていなかった。

 ショックだった……けど、受け入れられたのは、皆が彼女達の個性を、一人の個人として受け止めていたからだと思う。生まれや存在がどうであれ、そこにある人格は嘘ではない。

 エールは、おしゃべりで悪戯好き。ブランは、優しくて暖かい。ソワレは、甘えん坊で可愛らしい。彼らは正体が知られても、接し方を一切変えなかった。

 だから、結局「そうというだけの事実」でしかないんだろう。ミコトにしても、魔導師ではないと言われて納得し、わたしの中での印象は全く変わらなかった。

 不思議で、ちょっと気になる女の子。それが、わたしにとっての八幡ミコトだった。

 

 

 

 二日後にはやての家で会談を開く約束をし、チェックアウト時間を過ぎたわたし達は街へ帰る――はずだった。

 

「あ゛あ゛~、生き返るぅ~」

「アルフ……品がないよ」

 

 この宿はチェックアウト後も、その日のうちなら温泉に入ってもいい制度だったらしく、昨日も今朝も入りそびれたアルフが、「それならあたしも温泉に入りたい」とごねた。

 結果、わたし達はこうして温泉に浸かっていた。……ミコト達とともに。

 なんだろう、これ。物凄くいたたまれない。「話し合いましょう(キリッ)」とかやって別れた後に、結局温泉で合流してるって……。

 

「まあ、こんなこともある」

 

 長い髪をタオルでまとめて温泉に浸かるミコトは、こともなげにそう言った。今はリラックスタイムなので、ジュエルシード絡みの話を一切していない。

 あと、何となくなんだけど、ミコトとの間にあった壁が一つなくなった気がする。一先ず敵対関係でなくなるかもしれないからかな。

 男湯の方からは時折エールの悲鳴。そういえば昨日も「マッチョ怖い」とか言ってたっけ。男湯では一体何が……。

 

「なんや、わたしらは蚊帳の外で分からんけど、フェイトちゃんが元気になったみたいでよかったわ」

「なのはから念話のこと聞いて心配したんだからね? 今度からちゃんとあたし達のこと頼らなかったら、許さないんだから!」

「皆、ごめんね。ちょっと色々抱え込んじゃって。でも、もう大丈夫だから」

「そうみたいだね。……やっぱり、ミコトちゃん関係?」

「どうしてそうなる。今回の件はテスタロッサの内面の問題だ。『私は悪くないわ』」

「やめなさいっ! ほんっとそれ気持ち悪いからっ!」

 

 ミコトの女言葉で背筋がゾワゾワした。はやては耐性があるのか、引いている皆に苦笑していた。

 ザブンと誰かが温泉に飛び込む。ソワレだった。

 

「こらー、ソワレちゃん! 温泉はプールじゃないんだよ! そんなことしちゃダメなの!」

 

 一拍遅れて、なのはも入ってきた。ソワレの体を洗い終わったみたいだ。何故だか今日の彼女は、ソワレの世話を焼いていた。

 さらに遅れて、ブランも入ってくる。今この場にいる全員が温泉に浸かっている。ふぅー、と全員が気持ちよさそうなため息をついた。

 と、ソワレがミコトの方にザブザブと近付いてきた。やっぱりマスターの近くが安心するのかな?

 そう思って、幼い少女を皆で微笑ましく見ていたら。

 

 

 

「ミコト、ミコト。ソワレ、おっぱいほしい」

『ぶふぅ!?』

 

 意表を突いた発言に、八神家以外の全員が噴き出した。な、何!? どういうことなの!?

 

「あー。ソワレの甘えん坊が始まったなぁ」

「ソワレちゃん、ああやってミコトちゃんやはやてちゃんに甘えるんですよ。今回はミコトちゃんだったみたいですね」

 

 と、はやてとブランが解説を入れてくれる。甘えるって……あれでいいの!?

 いや、確かにソワレは、実際には生まれて一週間程度しか経ってないはずだ。というかブランもそう変わらないはずだから、むしろソワレの方が歳相応な反応ってこと?

 だけどソワレは、見た目で言えば5、6歳ぐらいだし、ミコトの方は8歳の子供だし、色々間違ってる気がするんだけど!?

 周囲が大混乱する中、ミコトとソワレはマイペースに会話する。

 

「ソワレ、何度も言うがオレはおっぱいが出ないんだ。君も分かっているだろうに」

「ミコトのおっぱい、あんしんする。きょう、ソワレ、がんばった。ごほうび……ダメ?」

「……はあ。子供のこういう顔は、本当に卑怯だ。断れるわけがないじゃないか」

「いつものことやん。堪忍してやり」

「人前でやることじゃないと思うが。……まあ、女しかいないのが救いと言えば救いか」

 

 観念したミコトは、両腕を開いてソワレに「おいで」と声をかける。ソワレは、嬉しそうにミコトの胸に抱き着いた。

 そして小さな口で、ミコトの小さな胸の先端の、淡いピンクに吸い付く。

 

「……んっ」

 

 刺激でミコトがピクリとして、小さく吐息を漏らす。……うわぁ、うわぁ……。

 皆、顔を真っ赤にして何も言えない。わたし達には刺激が強すぎる。あ、なのはが目を回して倒れた。

 時々吐息を漏らすミコトの、抑えられた艶めかしい声。上気した朱い頬。慈愛に満ちた潤んだ瞳。

 子供が子供に授乳する。いや実際には何も出てなくて、ソワレが吸い付いてるだけなんだけど。背徳的な何かがあって、異様な淫靡さを感じる。

 それでいてミコトの顔は、間違いなく「母親」だった。腕の中の我が子を慈しむ、愛おしそうな顔。

 それが何だか……羨ましかったんだ。ソワレのことが、羨ましかったんだ。

 

 ――え? ちょっと待って? それって、わたしもソワレみたいにしたいってこと? わ、わたしもミコトのおっぱいがほしいってことなの!?

 嘘っ!? そ、そんなはずはないよ! だ、だってわたし、ミコトと同い年ぐらいのはずだもん! そんな赤ちゃんみたいな真似はしないよ!?

 女の子同士で、その、え、エッチなことする人たちはいるっていうけど! わたしはノーマルだよ!? ノーマルのはずだよ!!?

 落ち着け、落ち着くんだ! 他の女の子たちを見て、自分はノーマルだって確認するんだ!

 なのは! 目を回してて可愛いけど、そういう対象としては見てない、純粋に可愛いだけ!

 アリサ! 快活で負けん気の強い子が、今はしおらしくて女の子らしいそのギャップが可愛いけど、以下同文!

 すずか! 何でそんなに目力強くして見てるの!? 怖いよ!

 はやては余裕そう! ブランは困ったように笑ってるけど顔がちょっと赤い! ソワレ、そこ代わって……じゃないから!

 あああ! わかんないよ! 自分で自分が何を思ってるのか分からないよぉ! アルフは何で呑気な顔で温泉楽しんでるのぉぉぉ!?

 

 その後、ソワレが満足してミコトから離れた後も、わたしは顔が真っ赤のままだった。皆から「大丈夫?」と聞かれたけど、「うん……」としか答えられなかった。全然大丈夫じゃない。

 

 

 

 

 

 帰りのバスの中で。

 

「ねえ、アルフ。わたし、ノーマルだよね。ちゃんと男の子のことを好きになれるよね」

「ふぇ、フェイト? ほんとに大丈夫? まだ顔真っ赤だよ?」

「あうぅぅぅ……。わたしは赤ちゃんじゃないのに……なんでぇ……」

 

 わたしはアルフに、何度も何度も自分のアイデンティティを確認しようとした。結局、答えは何も得られなかった。

 

 

 

 ――わたしがミコトに求めていたもの。それが「母性」だったことに気付いたのは……この事件が終わった後のことだった。




あれれー(Bah Law) 戦闘回だと思った? 残念、微エロ回でした!
直接的な表現はなるべく避けましたが、ひょっとしたらアウトかもしれないので、その場合はさらに表現をボカして修正します。R-18にはしない方向で。

答え合わせの回。フェイトがミコトに対して持っていたのは、「友達になりたい」という感情ではなく「お母さんのような人」という印象でしたという話。
でもどっちかっていうと、厳しさからしたらお父さん役だと思うんですよね。母性と父性が両方そなわり最強に見える。

ジュエルシード暴走体(強)のモデルは、大型仮面虫「イヤヤモウ」もとい「ツインモルド」です。斬られた際の悲鳴を「イヤヤモウ」にしようか迷いました。戦闘シーンがギャグそのものになるからやめましたけど。


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十二話 会談

 高町家に着いて行った温泉旅行は終わり、平日へ。世間一般は連休という非日常から、学校や仕事という日常へ戻っていく。

 オレ達の場合は、非日常からまた非日常、だろうか。ジュエルシード集めが終わるまでは……いや、はやての足が治るまでは、オレは非日常から抜け出せない。

 先日テスタロッサが封印したもので、封印済、召喚体に変換済のジュエルシードは最低9個。全部で21個なので、残りは12個以下だ。

 うち2つまでは、オレが見つけることが出来たなら、オレのものとなる。そうすれば召喚体を作ることが出来、はやての足の異常の原因を特定することにつながる。

 そのためにも、障害は排除しなければならないのだが……先日なのはに指摘された件は、結構堪えた。

 確かに彼女の言う通りなのだ。テスタロッサとアルフの事情を一切配慮せず、こちらの都合だけで好き勝手やってしまったら、向こうだって手段を選ばない可能性はあるのだ。

 もしそれではやてに危険が及んだら。彼女達は既にはやてを知っている。その気になれば、魔手を伸ばすことは可能なのだ。

 無論、あの二人が自主的にその選択肢を選ぶのは、正直言ってありえないと思っている。彼女達は、本質的にはなのはと同じ。お人好しの子供だ。自分から進んで人を傷つけることはありえない。

 だが、二人のバックに黒幕がいることはもう確定だ。場合によっては、その黒幕こそが今回の事態を引き起こした張本人だという可能性もある。いや、その可能性は十分以上に高い。

 考えてみたら、ジュエルシードが海鳴にばら撒かれてからテスタロッサ達が動き出すまで、間がなさ過ぎるのだ。まるでここにジュエルシードがあることを最初から知っていて、ピンポイントで狙ってきたかのようだ。

 そんな、他者の所有物を計画的に略奪しようとする人間が、他人を傷つけることを厭うだろうか。そこがこちらの弱点だと知ったら、命令してでもやらせることは容易に想像が出来る。

 だから、テスタロッサとは停戦しなければならない。テスタロッサの回収を止めるわけにはいかない。それをしたら、黒幕にこちらの動きを教えることになってしまう。なるべく今まで通りに見せる必要がある。

 そして、ジュエルシードを集め終わるタイミングで、テスタロッサをこちら側に抱き込めれば理想的だ。オレの取り分以外の全てのジュエルシードが、最初の契約通りスクライアに渡ることになるからだ。

 黒幕の処遇に関しては……まあ、管理世界の治安組織にでも任せればいいか。それ以上のことは、それこそオレの知ったことではない。この世界のこと以上にどうでもいい話だ。

 

 

 

 ともかく、ここから先をオレ達にとって有利に進めるためには、知る必要がある。黒幕の正体と、その目的を。

 それを聞き出すためには、まずテスタロッサと停戦協定を結び、一時的な協力関係を築き上げる必要がある。

 そのために、始めよう。八神家会談を。

 

「本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。司会は不肖ながら八幡ミコトが務めさせていただきます」

「ミコちゃん堅いでー。全員顔見知りの訳知りなんやから、もうちょい軽めでええんちゃう?」

 

 今回の事件の関係者全員が集められた八神家のリビング。先日のジュエルシード封印の折、伝えた日時の通りに、彼らはやってきた。

 オレの始まりの挨拶に、はやてが軽い茶々を入れる。残念ながら今は真面目な話をしているので、それには取り合わない。

 

「最初に、今回の事件のおさらいをし、共有しておこうと思います。……スクライア」

「分かりました。今ご紹介に与りました、ユーノ・スクライアです。今回の事件――仮称・ジュエルシード事件の発端についてお話します」

 

 内容は、以前聞いていた通りだ。

 とある世界の遺跡発掘時に発見したロストロギア「ジュエルシード」。

 これを第1管理世界「ミッドチルダ」への渡航船で運搬している最中に、何者かによる次元跳躍攻撃を被弾。船体に空いた穴より、ジュエルシードの積荷が脱落。

 それは第97管理外世界……つまりはこの世界のここ海鳴市上空へと流れつき、バラバラになって墜落した。これが、今から約一ヶ月前の出来事。それから一週間後。

 

「ジュエルシードの漂着世界を突き止めた僕は、この世界に被害が出る前に封印しようと挑戦、失敗。怪我を負って動けなくなったところを、広域念話を聞きつけたガイとなのはに助けられました」

「……ここまでで、いくつか質問があります。よろしいでしょうか」

「許可します。スクライア、秘匿はせずに正直に答えてやれ」

「……分かりました」

 

 テスタロッサの挙手で、一旦説明を止め、質疑応答を開始する。

 

「まず最初に分からないのが、何故あなたが時空管理局に連絡をせず、一人で封印・回収作業を行おうと考えたか。ロストロギア関連の事件の場合、市民は管理局に連絡する義務があると記憶しています」

「それは、ここが管理外世界だからだ。その義務は管理世界におけるもので、管理外世界の場合は推奨となっている。……けど実際のところ、管理外世界で起きた事件に管理局が手を出すことはほとんどない」

 

 次元世界というと規模を想像しにくいかもしれないが、地球のような惑星単位よりもさらに手広くやっていることだ。そうなると、人の手ではどうしたって足りない部分が出てくる。

 故に、管理局という組織は管理世界、つまり自分達のシマを優先し、管理外世界の危険など二の次ということだ。実に合理的な集団である。

 

「管理局の動きを待っていたら、それこそ何年先になるか分からない。だから僕は、自力での封印を試みたんだ。……結局、失敗したけど」

「……分かりました。それでは次の質問です。なのはが持っているデバイスは、元々あなたのものだったと聞いています。あれだけの性能のデバイスを使って失敗したというのは、どういう要因があったんでしょうか」

「それは……僕では、レイジングハートを起動できなかったんだ」

 

 スクライア曰く。レイジングハートも実は発掘品であり、その概要は一切分かっていない。レイジングハートの記憶ストレージもそのときから開始されており、彼女の記憶もあてにならない。

 そして起動パスワードは分かっていたのに、スクライアがそれを口にしてもエラーが発生して起動しなかった。彼は、恐らく適性が必要だったのではないかと推測した。

 

「僕が自由に出来たデバイスは、レイジングハートただ一つ。だから僕は、身一つで封印作業を行わなければならなかった。それが失敗につながった原因だ」

「……分かりました。あなたほどの凄腕の魔導師が封印できなかったというのが腑に落ちませんでしたけど、それで納得できました」

 

 ちなみに今話題に上がったなのはの方はというと、ちんぷんかんぷんという表情で冷や汗をかいていた。感覚派で実践派の彼女は、魔法に関する知識の貯蓄を一切してこなかったのだろう。自業自得である。

 

「あと、ダメ元で聞きますが、次元跳躍攻撃の犯人は分かっているんですか?」

「いや……輸送船は本当にただの輸送船だったから、攻撃元のアドレスを割り出すような計器は搭載されていなかったんだ。一応管理局で調査はされてると思うけど、絶望的だろうね」

「やっぱり、そうですか」

 

 ……ふむ。やはりテスタロッサは、黒幕=事件の張本人という図式を持っていないようだ。あくまで私兵、ということなのだろう。

 等号で結ばれた上で従っているのだったらどうしようもなかったが、これならばまだやりようはあるな。

 

「わたしからの質問は以上です。続けてください」

「分かった。……ガイとなのはに救助された僕は、事情を説明したかったんだけど、怪我と疲労で意識を失ってしまい、そのまま動物病院に搬送されました」

「ぶふっ!?」

 

 テスタロッサがいきなり噴き出した。……今の短い話のどこに笑いどころがあったんだ?

 

「ど、動物、病院って……ケホッ、ケホッ」

「大丈夫かい、フェイト」

「……この姿だったんだから、そう判断されたって仕方ないだろ。まあおかげで最初の暴走体とすぐに接敵出来たから、結果オーライだよ」

 

 かなり憮然とした口調のスクライア。……ちょっと待て。

 

「質問だ。スクライア、お前は異世界の小動物部族の出身じゃなかったのか?」

「ミコトさん!? 僕そんなこと言いませんでしたよね!? スクライア部族出身って言っただけですよね!? というか、発掘とかの話から分かりますよね!!?」

 

 いや、ひょっとしたら広い世界には遺跡の発掘を行うフェレット似の動物がいるのかもしれないし……。

 見てみると、なのはと恭也氏も驚いている様子。……藤原凱だけ苦笑している。彼は知っていたのか。

 

「だーから言っただろ、勘違いされてんじゃねーのって。俺の話を冗談だと思って受け流してるからこういうことになるんだよ」

「え、ええー……なのはと恭也さんまで。一緒に生活してたのに、今まで気付かれてなかったのか……」

「……ミコトちゃんが女の子だったことを知った時並にショックなの」

 

 そのたとえはどうかと。別にいいけど。

 つまり、スクライアは本来人間であり、今の姿は変身魔法を使ったもの、ということか。

 

「何故そんな姿に?」

「色々あります。まず、怪我をした肉体を保護するため。この変身魔法は結界魔法でもあって、元の肉体よりも丈夫で、治癒力も高いんです。次に、魔力の消費を抑えるため」

 

 彼らの使う魔法に必要な魔力というのは、空間中に飛散している魔力要素と呼ばれる不可視物質を吸収して生成する。だが、これは世界によっては体質に合わないことがある。

 スクライアの場合、まさにこの世界の魔力要素が体に合わなかったのだ。加えて、魔力要素自体も少ない。元の姿のままだと、魔法行使のサイズも大きくなってしまい、ロスが増大してしまう、と。

 

「あとは、戸籍の問題とか食糧の問題とか住居の問題とか、即物的な話です」

「なるほど、理解した。それでは確かに元の姿をおいそれとさらせないわけだ」

「納得していただけて助かりました。ジュエルシードが残っている現状で、変身魔法を解くわけにはいきませんから」

 

 とりあえず、ジュエルシード回収が完了するまで、スクライアの真の本当の究極の(?)姿はお預け、ということだ。

 なのははとても残念がっていて(スクライアの本当の姿が人間であることに対してだろう、憐れ)、恭也氏の方は……眼光が鋭い。鋭くスクライアを射抜いている。

 

「会談の本筋とは関係ないが、俺からも質問だ。……なのはの着替えを、一度でも見たか?」

「にゃっ!? そ、そういえばそうなの!」

「し、しませんよそんなこと! 何かなのはがやたら無防備だなーとか思ってましたけど、ちゃんと後ろ向いて目を逸らしてましたから!」

「ということは、なのははお前がいる部屋で無防備に着替えをしていたというわけだ」

「……うにゃー……」

 

 なのはが恥ずかしさでゆでだこになってしまった。藤原凱は、ニヤニヤとして相棒の醜態を楽しそうに眺めている。助ける気はないようだ。

 

「み、ミコトさんならっ!」

「いやギルティだろう、これは。本当に悪いと思っているなら、「自分は外に出ている」ぐらい言って然るべきだ。役得とか思ってる部分があったんじゃないのか?」

「ミコトさんの目が汚物を見るようになってるゥ!? ち、違うんです! なんていうか、慌ててて思考が回らなかったっていうかっっ!」

 

 何故オレが味方になると思ったのか。オレは女なんだから、女子の味方に決まっているだろう。何で痴漢少年の擁護をせにゃならん。

 ……まあ、話が進まないのは確かか。

 

「恭也氏。制裁は帰ってから、家族総出で行ってください。今は会談優先だ」

「分かった。なのはの無念は俺が晴らす」

「生きてるよっ!?」

「ううう……あァァァんまりだァァアァ……こういうのはガイの役回りなのにィ……」

「ムッツリスケベとオープンスケベ、どっちが真の正義なのかよく分かったぜッ!」

「お前はお前で調子に乗るな!」

 

 だから話を進めようと言ってるだろう。協力しろ、たわけども。

 スクライアとなのはが使い物にならなくなったので(片方は最初から使い物にならないという説もある)、ここからは恭也氏と藤原凱が引き継ぐことになった。

 

「ユーノが最初の暴走体と接敵したときに発した救難の念話をなのはが受信して、助けに行こうとした。それで、安全のために俺とうちの父が着いて行くことになったんだ」

「まーぶっちゃけ過剰戦力ですよね。俺も念話聞いて全力で走ったのに、着いたときには完全に終わっちゃってたし」

「なるほど……それで高町家に関しては、全員が管理世界のことを知っていたんですね」

「なのは一人に背負わせるわけにはいかないからな。とにかく、そのときになのははレイジングハートを譲り受け、ジュエルシード封印係を依頼されたというわけだ」

「で、なのはと同じく魔法の才能があった俺は、士郎さんから直々に肉盾を任命されました、と。これが、俺らと魔法の出会いだよ。旅行のときにも言ったけど、俺もなのはも、魔導師にはなりたてほやほやなんだ」

「一応、なのはは早朝トレーニングとか寝る前のイメージトレーニングとか、魔法の訓練はしてるの。だけど、戦いってなったら全く分からないから……」

「そのために、うちの剣術を相伝してる俺がついている。無知故の無謀でないことは、フェイトも剣を交えて分かってるだろ?」

「……ええ、痛いほどに」

 

 テスタロッサの顔が苦笑とも困惑とも取れる表情になる。先日の暴走体に対処する際の人外っぷりを思い出したのだろう。あれはオレも意味不明だった。

 いや、恭也氏がオレ達の中で最も戦力を持っていることは知っていた。だがあそこまでブッチ切っているとは思ってもみなかった。

 はっきり言って、地上スタートで何でもありだったら、魔導師は為す術もなく絶命させられるだろう。バリアジャケットやシールドなど、気休め程度にもなりやしない。

 月村の屋敷でテスタロッサと一戦交えたときだって、恭也氏は「必要以上に相手を傷つけないように」戦っていた。最初から殺る気満々だったオレとは違う。それであの戦果だ。

 要するに、事件に参加しているメンバーに「無力な人間」は一人としていないということだ。全員が何かしら戦う術を持っている。

 

「んで、俺はユーノに防御魔法と結界を教えてもらった。攻撃はさっぱりだけど、防御に関しては結構自信あるぜ」

「うん。ガイの防御力は、凄かった。「ディバイドシールド・改」だっけ。構造も頑丈だったし、何よりエネルギーを分散させて防御するって発想が素晴らしいよ」

「うひょー! フェイトちゃんマジ天使! 俺の周りって素直に褒めてくれる人いないんだよね! 何かあれば二言目には「この変態っ!」だもんよ!」

「あ、あはは……苦労してる、のかな?」

「それはキミが悪いの。ちょっと気を許すとすぐふざけるし、エッチな発言ばっかりだし、ハーレム思想だし……」

「バッカお前、男は皆エロいんだよ! エロいからハーレムに憧れるんだよ! そうっすよね、恭也さん!?」

「お前と一緒にするなと言ってるだろうがッ! 度を越し過ぎだ、小学生!」

 

 話が脱線しすぎだ。盛り上がるのはいいが、今はそのときじゃないだろう。場をわきまえろ。

 

「……まあ、残すところはオレの話だけか。オレに関しては、先日話した"魔法"の研究中に、偶然ジュエルシードを発見した。それがきっかけだ」

「え? ミコトは、元々彼らと知り合いじゃなかったの?」

「知り合いでは……なかったが、なのはだけは4年前に一度だけ会ったことがある。しかも、失礼なことに4年間オレを男だと思っていたらしい」

「……なのは、何やってるの」

「にゃああっ!? み、ミコトちゃん! お願いだからその話はもう蒸し返さないでぇ!」

 

 いいや、蒸し返すね。自業自得だ。飽きるまで弄り続けてやる、コンチクショウ。というか蒸し返すも何も、さっき自分で言ってただろうに。

 テスタロッサの呆れた視線を受けて、なのはは悶えのた打ち回る。外野で話を聞いていたはやてが、ケラケラ笑った。

 

「そして、ジュエルシードがオレの目的に有用であることが分かったため、スクライアと交渉し、協力関係を締結した。これがオレの立ち位置だ」

「……わたし、ずっとそっちの中心はミコトだと思ってた。実はユーノだったんだ」

「リーダーシップがなくて悪かったな! そうだよ、ミコトさんが協力してくれるようになってから、考えることがほとんどミコトさん頼りになっちゃってるよ! この場を作ったのだってそうだし!」

 

 ヤケクソ気味のスクライア。オレの都合で振り回し過ぎたせいで、スクライアの主体性がなくなっていたのか。それは悪い事をしたが、目的を達成できるならどちらでもいいんじゃないかとも思う。

 スクライアへの同情なのか呆れなのか、テスタロッサは曖昧な苦笑を浮かべた。

 

「そして、先日の月村邸のお茶会で君と遭遇し、温泉旅行でアルフと対面した。これが、関係者の出会いの全てだ」

 

 説明役を終了。一旦区切って司会進行に戻る。

 

「それでは、テスタロッサ陣営の流れを説明してください」

 

 次は、向こうの経緯を説明してもらう番だ。

 

 

 

「わたし達の詳しい素性に関しては、今は置いておきます。ひょっとしたら、後々語ることになるかもしれないけど」

 

 テスタロッサは、そう前置きした。どうやら彼女は、現段階での線引きはちゃんとできているらしい。

 

「わたし達は元々、ミッドチルダ南部のアルトセイム地方で暮らしていました。この世界に来たのは、今から二週間ぐらい前のことです」

 

 まず、彼女の出身はやはりこの世界ではない管理世界であった。スクライアのように、高度な魔法教育を受けていることからそれは明白だったが、彼女自身の口から語られたのは、これが初めてだ。

 

「……アルフから聞いたけど、ミコトは誰かがわたし達に指示を出してジュエルシードを回収しているってことに気付いてるんだよね」

「その通りだ。それについて、今更隠し立てする必要はない」

「分かった。……指示を出したのが誰なのかはまだ話せないけど、ともかくこの世界にジュエルシードというロストロギアがあると言われ、魔法の研究に必要だからという理由で回収を命じられました」

 

 何処まで本当かは分からないが、ジュエルシードというものの有用性を考えれば、不思議な理由ではない。オレだって動機は同じだしな。ただ、正規の陣営に交渉したというだけの話。

 

「この世界に来てすぐにマンションを借りて、ジュエルシード探索を始めました。だけど、ミコト達が、じゃないや、ユーノ達の回収が早かったのか全然見つけられなくて、初めて見つけたのが月村家でのことだったんだ」

「そこでフェイトがミコトにやられた傷を治すのに、大事をとって二日動けなかった。さらに三日探して見つけられず、ミコト達、じゃないや、ユーノ達が探してなさそうな温泉街に行ったってわけさ」

「……言い直さなくていいよ。どうせこっちはミコトさんが主体で動いてるようなものなんだから」

 

 投げやりすぎるぞ、スクライア。クライアントはお前なんだからな。それを忘れるな。

 しかし、ということは、だ。

 

「テスタロッサ達が回収したジュエルシードは、この間の巨大ムカデが初めてということか」

「……はい」

 

 これで残りのジュエルシードは12個確定。全て回収しなければいけないが、これはオレも少し気合を入れて探さなければならないか。

 今は明かせない事情が多いため、テスタロッサが話せることはそう多くなかった。これにて向こうの経緯は終了らしい。

 そして、質疑応答。

 

「君達は、自分達がやっていることが犯罪行為だと分かってやっているのか? 拾得物横領は、管理局法でも違法だ。ましてやモノはロストロギア。僕はまだジュエルシードの所有権を譲渡していない」

「……分かって、いました。それでもわたしは、あの人の命令には逆らえないんです」

 

 そう言ったときのテスタロッサの表情は悲しげであり、対照的にアルフは怒りに満ち満ちていた。……二人の間で、黒幕に対する感情が違うようだ。

 若干の苛立ちを持っていたスクライアは、背後に黒幕がいること、テスタロッサが命令に従っただけであること、そして彼女の表情を見て、その感情を引っ込めた。同情が湧いたらしい。

 次の質問は、オレから。

 

「アルフから聞いたが、君は依頼者の具体的な目的を知らずに命令に従っているらしいな。これは、本当か?」

「……はい。何に使うのか聞いても、研究としか答えてもらえませんでした。だけど、どうしても必要だって……」

 

 なるほど。黒幕がテスタロッサを縛る鎖が、何となく見えてきた。物理的な束縛ではなく、テスタロッサの内側にある感情を使っている。

 テスタロッサは、理由は分からないが、黒幕に対して強い感情を持っている。親愛か、共感か。負性のものではない。

 黒幕は、それを知った上で、自分のためにテスタロッサを利用している。オレが言うのもなんだが、中々の人でなしだ。合理的過ぎて反吐が出る。

 自分のために他人を利用すること自体は、別にどうでもいい。オレだってやっていることだ。だがオレは、最低限の筋は通している。自分のために動いてもらったら、相応の報酬を与えている。

 だが、恐らくこの黒幕は……。

 

「ジュエルシード回収を行うことへの見返りは?」

「そんなもの、ありません。そんなことのために命令に従ってるわけじゃないよ。……事情を言ってないわたしも悪いけど、もう言わないで」

「分かった。感情を害したなら失礼した」

 

 やはり、か。貸借のバランスが崩れている。はっきりしたが、テスタロッサは使い捨てられている。感情を利用されて、いいように動かされ、最後は貸し分を踏み倒される。そういう関係性だ。

 ……ああ、イラつく。自分のことではないが、目の前で貸し借りの筋を通していない関係を見ると、どうにもストレスが溜まってしまう。

 オレが貸借バランスを取りながら生きているのは、つまりはそういうことだ。利用するなら利用させる。利用させるなら利用する。持ちつ持たれつ。それが、健全な人間関係だと思っている。

 貸借バランスが崩れている人間関係が不健康だなんてことは、目の前の二人の表情を見れば一目瞭然だろう。口出しして正してしまいたいが、オレがそれをすることはそれこそ筋が通らない。それはただの感情論だ。

 イラつきを仏頂面の裏に隠しつつ、こちらの質問を終える旨を伝える。……藤原凱が何やらもぞもぞして不自然だが。

 

「藤原凱。言いたいことがあるなら言ってしまえ。ここはそういう場だ」

「あ、いや、えーっと。別に大したことじゃないんだよ」

 

 大したことじゃなかろうが、疑問は全部出すべきだ。停戦締結の段になってあれやこれや言われても困る。

 藤原凱はしばし逡巡したが、思い切って口を開いた。

 

「あのさ! フェイトちゃんは、その依頼した人のこと、どう思ってるんだ!?」

 

 何かを焦るように、口早にそう尋ねた。……この男、もしかして黒幕の正体に辿り着いたのか? 一体どうやって。

 「何かあるだけのアホ」だと思っていた藤原凱の意外な一面に驚いている中、テスタロッサははっきりと口に出した。

 

「大切な……とても大切な人です。だからわたしは、あの人のためにジュエルシードを集めたい」

「そ、っか。そうだよな……」

「……藤原凱。もしよかったら、お前の考えを聞きたい。テスタロッサの背後にいる人物は、テスタロッサとどういう関係がある人物だ?」

 

 オレの問いかけに、藤原凱はテスタロッサの方を見た。彼女も彼女で、彼の答えに興味を示している。

 少年が、ごくりと喉を鳴らす。そして観念したかのように、答えた。

 

「……「親」、だろ」

「!? ど、どうしてっ!」

「その反応、正解ということか。一体、何処で分かった」

「分かったっていうか……「分かってて見たら、それ以外に考えられない反応だった」っていうか」

 

 「分かってて見たら」? どういうことだ。

 

「……悪い。こればっかりは口が裂けても言えねえんだ。それに、「それ」が何処まで正しいのか、俺にももう分かんねえんだ。今までもだいぶ違ってきてるし」

「ガイ、君……?」

「……言えないというなら、無理強いはしない。そちらにだって事情はあるだろうからな。こちらに不利益を与えるために黙ってるわけではないなら、オレがとやかく言うことではない」

「悪いな、ミコトちゃん。だけど、これだけは胸を張って言う。俺は、この場にいる誰の不利益になることも望んじゃいない。皆が幸せで、楽しい人生を送れることを、願ってるんだ」

 

 そう言った藤原凱の目は、いつものおちゃらけたものではなかった。真剣そのもの。それが、彼の奥底にあった感情だった。

 彼を以前から知っているなのはは目を見開き、口元を手で覆うほど驚いていた。普段変態だなんだと罵っていた相手が、実はこんなことを真剣に考えているほど、真っ直ぐな人間だったことに。

 皆の視線を真っ直ぐに受け……彼は頭をガシガシとかいて「あ゛ー!」と唸った。

 

「だからシリアスって嫌いなんだよ! 重い、重すぎる! 皆、もっと楽しく行こうぜ! 人生楽しまなきゃ損なんだからさ!」

「お前は……それが、本当のお前だったのか。全く、もっと早く見せろというんだ。そうすれば、もっと早くお前を見直せたのに」

「いや恭也さん! 見直さなくていいっす! おふざけしてるのもそれはそれでマジだからね俺!?」

「ガイ……僕は、師匠失格かもしれない。ちゃんと君のことを見ていなかったかもしれない。君は君で色々と考えてたのに……ほんとダメな奴だな、僕は」

「ユーノ! だからそうじゃねえの! そういう重いのが嫌だから軽いノリだったの! 真面目君しかいねえのか、この空間は!」

 

 藤原凱は、逃げ場を探すようにリビングを見渡した。と、そこでオレと視線が合う。

 

「こうなったら……っ! ミコトちゃん今日のパンツ何いロゴスッ!?」

 

 オレに向けてヘッドスライディングしながらスカートをめくろうとしてきたので、その頭を踵で踏み潰してやった。そしてぐりぐりと踏みにじってやる。これが望みだったんだろう、ええおい?

 

「ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」

「せっかく見直してたのに……。やっぱり変態はキモチワルかったの」

「結局、こっちの面もこいつの本質ってことか。真面目にしてれば、それなりに見込みがある奴なのに……」

「……ガイ。君は今、君の夢のための大切なチャンスを逃したよ。同情はできないけど、まあガンバレとだけ言っておくよ」

 

 かくして、オレの中で藤原凱の評価が、「何かあるアホ」から「特大の秘密を抱えた変態」にメガ進化したのだった。

 ……オレの今日のパンツの色? 答えるわけがないだろう、アホか。

 

 

 

 変態のせいで盛大に脱線したが、変態のおかげで図らずも停戦締結前に向こうの情報を一つ得られた。

 テスタロッサが縛られている鎖は、親子の情。だが……それが一方的だというのが不可解な話だ。何かが食い違っている。

 世の中、子供を子供と思わない親というものはいる。事実オレは捨て子だ。与えられたものは名前とゆりかごだけ。そのゆりかごも今はもう存在せず、残ったのはカタカナ三つの名前だけ。

 だがその場合、子供から親に向かう感情というのは、テスタロッサのようなものにはならない。捨てられれば想いは消え、虐待されれば恐怖と殺意が残る。愛情という要素は生まれない。

 だからオレは、一つの仮説を立てている。テスタロッサが、マインドコントロールされている可能性。

 これは非常に厄介だ。もしそれが事実で、かつ精神の深部にまで食い込んでいた場合、スイッチ一つでオレ達を殺す可能性まであるのだ。

 そして、精神科医でもないオレにその事実を確認することは出来ず、本人に聞いたところで分かるはずもない。こちらへの不信感を持たせて終わりだ。

 藤原凱なら、何か知っているのかもしれない。だがそれが正しいという確証はないし、彼自身これ以上しゃべる気はないようだ。

 

「……ミコトちゃんに踏まれるの、癖になるかも」

 

 というか、この変態としゃべりたくない。悪寒が走る。こんなことでなのは達の気持ちを一つ理解してしまった。これは確かに、学校生活中付き纏われたら嫌にもなる。

 ともあれ、マインドコントロールではなく、別の要因であることを祈るしかない。どの道今後のロードマップには、テスタロッサとの停戦・協力が不可欠なのだから。

 

「それでは、状況をまとめます。海鳴に落ちた21個のジュエルシードのうち、回収されたものは9個。あと12個のジュエルシードが、今なお未封印の状態で海鳴の何処かに落ちています」

 

 変態以外が顔を引き締める。ジュエルシードの暴走や歪んだ発動がどういう結果を引き起こすか、皆既に見て来ているのだ。

 何故変態が引き締まらなかったかというと、オレに踏まれた余韻を楽しんでいるからだ。キモチワルイ。

 

「我々は現在、二つの勢力に分かれてこれを回収していますが、関係性は協力ではなく競争。非効率と言わざるを得ません」

 

 そして、本日集まった本題に、ようやく移る。

 

「そこで一時的な停戦協定を結び、協力して速やかにジュエルシードの封印を行うことを提案します。内容については、ただいまより図を用いて説明致します」

 

 ガラガラガラと、キッチンの方に置いてあったホワイトボードをブランが運んできた。この会談のためにミツ子さんから借りたものだ。

 オレは最初に、真ん中に「ジュエルシード」と書いた楕円を描く。次に、現在の勢力を表すために、横に二つの楕円と、「スクライア」「テスタロッサ」を書く。

 矢印はそれぞれジュエルシードへ。これが、現在の状況の図式だ。

 

「これは大まかな勢力図であり、具体的な構成員については考慮されていません。今から各陣営の構成員について説明していきます」

 

 それぞれの勢力円を消し、解放括弧を大きく描く。まずはテスタロッサ陣営から見て行こう。

 

「テスタロッサ陣営は、実働班が二人、指示班が一人。実働班は言わずもがな、フェイト・テスタロッサと使い魔のアルフ。そして指示班は、名称未出のテスタロッサ親」

 

 テスタロッサ側の括弧の内側に、楕円を離して描く。小さい方に「親」の文字を、大きい方に二人分の名前を書く。

 これで、「テスタロッサ陣営の実働班と指示班が実質別の集団である」ということが分かりやすくなった。

 次は、スクライア陣営だ。

 

「スクライア陣営は全員が実働班です。うち、指示班を兼任しているのが、クライアントであるユーノ・スクライアと、不肖私め、八幡ミコト」

 

 こちらも楕円を二つ描くが、内訳が違う。スクライア、なのは、恭也氏、変態が同じ円の中にあり、実働班と指示班が同じ集団だ。

 そしてもう一つの楕円の方に、ミコト、ソワレ、もやしアーミーの文字。オレはあくまで契約に従って協力しているだけであり、スクライアの集団ではないということだ。

 楕円それぞれに関係性を書く。テスタロッサ陣営の方は、指示班から実働班へ「回収を指示」の文字。スクライア陣営は双方を結ぶ矢印で「協力契約」だ。

 これで、今事件に関わっている面子の最小集団単位での関係性がはっきりとしたはずだ。

 

「このように、それぞれの陣営は一枚岩ではなく、別個の集団が互いの利害関係によって協力、あるいは指示の関係性で繋がっています」

 

 そして今度は、スクライア陣営のスクライア集団(分かりづらいな)からジュエルシードに矢印を。テスタロッサ陣営の親から、やはり矢印を描く。

 実際にジュエルシードを求めているのは、こういう図式なのだ。オレは協力契約の矢印から、報酬として受け取る形だ。

 

「衝突が発生しているのは、正規の持ち主であるスクライアと、ジュエルシードを研究に使いたいテスタロッサ親の利害の不一致です。我々とテスタロッサの間には、本当の意味で利害の不一致は発生し得ません」

 

 時間はかかったが、言いたいことはそこだ。テスタロッサにとってジュエルシードは手段であって目的ではない。もし代替手段があるならば、別にそれでもいいのだ。

 その代替手段を用意するのが、この停戦協定ということだ。

 テスタロッサは、かなり渋い顔をしている。自身が親と切り離された集団であると言われたことに不満を持っているように思える。

 それでも何も言わないのは……実際のところは分かっているのだろう。自分達の扱いが、ただの傭兵のものであることを。その現実を信じたくないというだけ。

 まあ、そこのところはどうでもいい……とまでは言わないでおいてやるが、今から言うことに関係ないのは事実だ。

 

「ここで確認だ。テスタロッサ。君は親から、何を指示された? 出来るだけ正確に思い出してもらいたい」

「えっ……。えっと……「私にはどうしてもジュエルシードが必要なの。だからフェイト、ジュエルシードを集めて来てちょうだい」……だったと思います」

 

 なるほど、簡潔で分かりやすい。おかげでこちらも非常にやりやすくて助かる。

 

「では、その通りにしよう」

「え!? ちょ、ミコトさん!?」

 

 スクライアが何か慌てているが、無視。

 

 

 

「停戦協定の内容は、テスタロッサがスクライアのジュエルシード回収に協力する代わりに、全て回収し終わった後にテスタロッサ親のところへ持っていくこと。これで、双方の要件を満たすことが出来ます」

 

 

 

「っっっそんなバカな話があってたまるか! それじゃあ、ジュエルシードを回収する意味がないじゃないですか!!」

 

 いやあ、スクライアの反応が予想通り過ぎて思わず笑みがこぼれてしまう。皮肉な、と形容詞が付くがな。

 

「人の話は最後まで聞くものだぞ、スクライア。オレは何もテスタロッサ親に「ジュエルシードを渡す」などとは一言も言ってないぞ」

「えっ!? いや、だって……、……ぁあああ!! そういうことかっ!」

 

 やっと気付いたか。オレが何のためにテスタロッサに親の言葉を確認させたと思ってるんだ。言質を取るためだよ。

 分かったのは、スクライア以外は恭也氏と変態のみか。恭也氏はオレと同じ質の皮肉な笑みを浮かべ、変態は苦笑。他は皆一様に困惑の色を浮かべている。

 

「分かってない皆はもう一度思い出してもらいたい。さっきテスタロッサは、テスタロッサ親の指示は何だと言った?」

「え? それは、ジュエルシードを回収して持ってく……って、そういうこと!? そんなのありなの!?」

 

 ほう、なのはも気付いたか。意外と早かったな。テスタロッサの方が早いかもと思っていたのだが。

 どうやらテスタロッサもアルフも、思考がちゃんと回っていないようだ。要するに、契約書の内容はよく読みましょうということだ。

 

「フェイトの親からの指示は、あくまで「ジュエルシードを集めてくる」こと。集めた後どうするかの指示が一切ないっ!」

『あっ!?』

 

 スクライアが言葉にしたことで、ようやく気付いたらしい。テスタロッサなら盲目的に従うとでも思って、よく言葉を練らなかったんだろう。とんだ凡ミスだ。

 

「だ、だけど! それじゃあ母さんは絶対納得しないっ!」

「指示内容に回収したジュエルシードをどうしろというのが入ってない時点で向こうのミスだ。テスタロッサのデバイスの中に、当時の音声データが残ってたりするんじゃないのか?」

「そ、それは確かに、作戦指示なんだから残ってるけど……」

「だったら、突き付けてやればいい。そうしたら向こうは何も言えない。自分のミスが自分に返って来るだけなんだからな。何か言っても、全てブーメランだ」

 

 悪因悪果。テスタロッサを娘として見ず、そのくせ娘の感情だけは利用しようとするから、肝心な部分が抜け落ちる。そんな甘っちょろい考えだから、練るべき言葉を練らない。やはり貸借バランスは大事なのだ。

 とは言え、これがテスタロッサの本当の要件を満たすとは思っていない。テスタロッサの目的は、ただ母の――ポロっと漏らすのは主従で一緒だな――指示に従うことではない。

 テスタロッサは見返りは求めないと言った。大嘘だ。母からの感情という報酬を求めている。でなくて、あんな悲しい表情をするものか。

 これはあくまで、本当の要件を満たす布石。

 

「そしてこれで、テスタロッサ母を交渉の舞台に引きずり出すことが出来る」

「っ!?」

 

 テスタロッサが息をのんだのは、協定に先があったからなのか、オレが「テスタロッサ母」と性別を断定したからなのか。多分自分で言ったことに気付いてないだろうからな。

 そう。ぶっちゃけ、この辺はどっちだってよかった。ただ、こうであれば停戦協定締結の理由として、文句が出にくいというだけだ。あとはこの先がやりやすくなるか。

 そうでなければ、ジュエルシードを餌にして交渉の舞台に引きずりだしてやればいい。向こうが何を言おうが、手札があるのはこちら側なのだ。

 

「そこでテスタロッサ母に、ジュエルシードを使う目的を吐かせ、場合によっては代替手段で叶えてやればいい。そうすれば、ジュエルシードは全てスクライアの手の内のまま、全ての要件を満たすことが出来る」

「……そう上手く、行くかな」

「先々の話はそのときになってみなきゃ分からん。が、現状戦闘行為を避けつつ互いの利害を一致させる内容は、これ以外にないと思うが」

 

 ひょっとしたらあるのかもしれないが、現状オレが思いつくのはこんなものだ。テスタロッサ母の目的が分からないせいで、後の交渉が不明瞭だが、こればっかりは仕方ない。

 サービス過剰かもしれない。だが、これで全ての戦闘が避けられる可能性があるならば。かけてみる価値は十分にあるのだ。この会談を開いたのと同じように。

 

 これで話は全てだ。我々は停戦し、協力し、ジュエルシードを集め、テスタロッサ母と交渉する。これが、協定の大まかな内容だ。決を採ろう。

 

「この停戦協定案に賛成だと思う方は、挙手してください」

 

 司会進行へと戻り、オレは皆に尋ねた。真っ先に挙げたのは、やはりというかなんというか、なのは。

 

「異議なし! ミコトちゃんが考えてくれた、なのは達が悲しまなくて済むアイデアだもの! 賛成しないわけがないの!」

 

 それはちょっと考えなしの気もするが。というか君は途中から話についていけてなかっただろう。

 ……まあ、いいか。

 

「異議なし。よくもまあここまでペテン染みたことを思いつくもんだ。大した奴だよ、お前は」

 

 恭也氏、それは褒めているつもりなのだろうか。本人は褒めてるつもりなんだろう、多分。

 

「異議なーし。へへ、ミコトちゃん最高だわ。俺のハーレムに来ねえ?」

 

 変態は死ね。慈悲はない。

 

「異議なしです。……やっぱり、ミコトさんには敵いません。僕らのリーダーは、ミコトさんで決定ですよ」

 

 スクライア、お前はもっと主体性を持て。あとオレはただの協力者だということを忘れるな。

 これでスクライア陣営は全員異議なし。対して、テスタロッサ陣営は。

 

「異議なしだよ。ミコト、あんたを信じてよかった。……ありがとう」

 

 アルフ。まだ停戦締結するってだけの話なのに、気が早いぞ。そういうのは全てが終わった後に取っておけ。

 そして、最後の一人。フェイト・テスタロッサ。

 

「……異議なし、です。わたし……わたし……っ」

 

 余程溜め込んでいたのか、その場で泣き崩れるテスタロッサ。使い魔が主を支え、彼女も嬉し涙を浮かべていた。

 その様子を、皆が暖かく見守っていた。……オレも、そんな空気は悪くないと思う。

 これで停戦協定は締結された。あとは総力を持ってジュエルシード回収に当たるのみ。先のことは、そのときにならないと分からない。

 だが、上手くやってみせるさ。オレの都合で契約してしまったのだから。借りた分は、ちゃんと返す。それが、「オレ」が始まったときから続けている生き様なのだから。

 

「しかしミコちゃん、イキイキしとったなぁ。悪巧みとかしてるときが一番輝いてるんとちゃう?」

「人聞きの悪いことを言うな。単に少ない力を有効活用してるだけだ。そうしないと、オレは"勝てない"から」

「ふふふ。そうして"勝てる"ミコトちゃんは、きっと強い子ですよ。私はそう信じてます」

「ソワレも、ミコト、しんじてる。ミコト、つよいこ!」

 

 八神家の皆も、オレを支えてくれる。だから、ちゃんと最後まで走りきろう。それが目的に続く道筋なのだから。

 もちろん、オレ自身のジュエルシードの回収も忘れない。それが、オレがこの事件に関わることにした目的なのだから。

 

 

 

 

 

 こうして、スクライア陣営とテスタロッサ陣営――テスタロッサ陣営実働班は、協力関係となった。今後の連絡は、八神邸のリビングで行うことになる。代表者だけでなく、参加者全員だ。

 より密に連携を取る必要があるのだ。テスタロッサ母――プレシア・テスタロッサは、恐らく一筋縄ではいかない相手だから。

 そんなわけで……まあ恐らく建前だ。本音は、皆が互いに交流を取りたいだけだと思う。それもまた悪くないと思っているオレがいる。

 ともかく、今日の八神家の夕食は、それはそれは大所帯となった。

 

「ムッ。フェイトちゃん、ニンジン残したらあかんで。ニンジンさんはカロテンたっぷりなんやからな!」

「アルフ。肉ばかりを摂りすぎだ。もやしを食え、もやしを。テスタロッサもだ」

「はやてとミコトがお母さんすぎるぅ……」

「このもやしって……さっきまで動いてたあのもやしだろ。食べづらいって……」

「はいソワレちゃん、あーん!」

「……なのは。ソワレ、じぶんで、たべれる」

「うめえ! うめえ! これ作ったのはやてちゃん!? それともミコトちゃん!? どっちでもうめえ! お替り!」

「ガイ、もうちょっと落ち着いて食べなよ。食べ物は逃げたり……この家だとするかも」

「ふむ……スープははやてが作ったのか。味付けが優しくて食べやすいな。ミコトが作った肉じゃがは……美味い、幸せの味がする。充実した毎日を送れてるんだな」

「ふふ、そうですね。こんな日々を送れているんだから、充実していますよ、きっと」

 

 ……こんな非日常も、悪くない。だからオレは、はやてと送れる日常を目指して、非日常を突っ走る。最後まで。




かなり無理矢理まとめた感。この手の策謀は苦手です(白目)
でもミコトが戦う力あんまりないので、こういう手段を取るしかないのです。「UBW!」「グワーッ!」ってやれたらどんなに楽か(コンセプトの崩壊)

今回ガイ君の転生者的要素がちょろっと出ましたね。まだまだ彼視点で語れる日は来ないので、バックグラウンドがどうなってるのかは不透明なままです。
彼が先々のことを黙っているのは、バタフライエフェクトを恐れていることが大きいです。何せ小学校入った時点でなのはが原作ブレイクしてますからね。
彼は最初から真っ直ぐな心根の少年です。ただ、エロさは本物です。エロいからハーレムを求めてるそうです。意味分かんねえ。

なお、この作戦は時空管理局の介入を全く考慮に入れていないため、奴らが来た途端破綻します(次回以降のフラグを立てておく作者の鑑)


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十三話 協力 (あとがきにサポート紹介あり) ★

今回はフェイト視点です。


 ミコトの提案を飲み、協力関係となったわたし達は、その日は八神邸で夕食を食べた。なのは達も一緒で、大人数での食事は賑やかだった。生まれて初めてだったかも。

 食事ははやてがメインになって、ミコトが副菜を何品か、そしてブランが補助に入って作ったらしい。……ミコトって、料理も出来るんだ。ちょっと意外かも。

 聞いたところ、家事全般は女として当たり前と言われた。……あれ? ひょっとしてミコトって、実はわたしより女らしい? ちょ、ちょっと危機感を覚えないとまずいかも。

 なのはもかなりのショックを受けていた。彼女は出来て部屋の掃除と洗濯物干しぐらいだそうだ。わたしよりはマシだった。本格的にマズいかもしれない。

 ……よし。この事件が終わったら、家事の勉強をしよう。人知れず、そう決意した。

 そしてこの話題は藪蛇(この世界のことわざで、迂闊な発言で危機を招くことを意味するらしい)だったらしく、はやてがとある事実に思い至る。

 

「……なー、フェイトちゃん。家事出来ないんなら、普段何食べとるん?」

 

 ユーノがテーブルの上でカタカタ震えながら「オカンだ! オカンが出た!」と言っていた。意味は分からなかったけど、このはやてが脅威であることは分かった。

 嘘は一切許さない。そんな雰囲気に圧倒されながら、わたしは正直に答えた。

 

「えっ、と。カップ麺とか、レトルト食品とか。この世界って、そういう食事が充実してていいよね」

「いい、わけ、あるかあぁっ!!」

 

 雷が落ちました。涙目になってアルフと身を寄せ合う。アルフもわたしと同じような食生活だから、一緒になって怒られている。

 

「なんやそれ!? そんなん食事言われへんわ! 栄養偏って体ボロボロになるでぇ!? よく見たらフェイトちゃん、爪の色悪なっとるやん! あかんわ!」

「だ、大丈夫だよこのぐらい! 戦闘訓練はちゃんとしてきたし……」

「訓練してきたなら体は資本やってなんで勉強せえへんかったぁ! しっかり食うもん食うとらんかったら、体悪うして倒れるに決まってるやろ! そこまで行ったらもう手遅れなんやで!?」

 

 物凄い剣幕で、反論してもすぐに論破されてしまう。わたしに出来ることはユーノ曰くの「ジャパニーズ・オカン」と化したはやての言うことに、ただただ首を縦に振ることだけだった。

 

「そんなんお母ちゃんは許しません! フェイトちゃんは今後、うちで夕食を食べること! できれば朝と昼もって言いたいとこやけど、移動とかわたしらの学校とかあるから、せめて夕食だけでもや!」

「は、はやてはわたしのお母さんじゃないよ……」

「ぁあ!? 聞こえへんかったか!?」

「は、はい!」

 

 はやてがここまで怒るなんて。自分がとてもいけないことをしていた気になってしまう。いや、実際いけないことだったんだろう。ミコトもはやてを止めず、彼女の言葉に頷いているのだから。

 貫録が違った。……当たり前だ。この二人は間違いなく「お母さん」なんだから。

 

「君は理屈で説明した方が理解が早いからそうするが、今後協力する以上、君が倒れて探索が滞ったら、こちらにとっても不利益なんだ。そうならないためにも、食事は一緒に摂ってもらいたい」

「う、わ、分かった。確かに、それはその通りだよね……」

 

 はやての感情的な説得に対し、ミコトの理性的な説得。両側面から正されてしまったのでは、こちらはぐうの音も出ない。

 こうして、今後は活動報告の後に八神邸で夕食を摂ることが決定したのだった。

 ――拠点をここの近くに移せば、朝食も一緒に摂ることが出来るけど、ミコトが「それはしない方がいい」と言ったのだ。

 この停戦協定は、母さんの指示にはないわたし達の独断。もし行動を普段と違えてしまった場合、それを察される可能性があると。

 わたしは知られても問題ないんじゃないかと思ったけど、何としてもジュエルシードを手に入れたい母さんが知れば、協定破棄を命令する可能性もあると言われた。ミコト達の都合は、母さんには関係がないから。

 また、全てのジュエルシードが集まるまで、本拠点――時の庭園には戻らない方がいいとも言われた。前述のこともあるし、一つでもジュエルシードが母さんに渡ると、交渉が成立しない可能性があるらしい。

 何故なら、ユーノの目的は「海鳴に落ちた全てのジュエルシードの回収と、管理局への搬送」だから。母さんに交渉の材料を与えてしまうと、状況のコントロールが出来なくなってしまうんだって。

 母さんを待たせてしまうのは、正直心苦しいけど、それなら仕方ないと思う。わたし自身は、ユーノ達と敵対したいわけじゃないんだから。

 それに、こうも言われた。「待たせるのが嫌なら、協力して早急に集めてしまえばいい」。正論過ぎて、反論の余地はなかった。

 

「その……迷惑かけるけど、よろしくね?」

「全然迷惑やないよ! こっちも人が多い方が楽しいし! な、ミコちゃん!」

「オレに同意を求められてもな。まあ、迷惑じゃないという部分に関しては完全に同意だよ。遠慮をするな、テスタロッサ」

「う、うん。その……ありがとう」

「いやー、助かるねぇ! この子ってば、言われないと食べないし身だしなみもキチンとしないし休息もろくに取らない子だからさぁ」

「あ、アルフ!? 今その話は……」

「ほっほぉーう。女の子としては聞き捨てならん話やなぁ。フェイトちゃん、そこに正座! お説教の続きや!」

「も、もう勘弁して! み、ミコトぉー!」

「こうなったはやては止められない。一番の近道は、説教を聞いて己を省みることだ。オレのこの格好が全てを物語っている」

 

 ミコトも昔は格好を気にしていなかったそうで、はやてに説得されて現在の女の子らしい服装になったらしい。八神家のヒエラルキーの頂点が誰なのか、理解した。

 

 

 

 

 

「ほっほっほ。それは災難でしたねぇ」

 

 翌日。結局昨日ははやてのお説教が遅くまで続いてしまい、わたしは八神邸に泊まることになった。使っていない一室をアルフと一緒に使わせてもらって、二人が学校に行く直前に目を覚ました。

 その際はやてから家の鍵を渡されたんだけど……人のものを預かってなくしたらと思うと、怖くてジュエルシード探しに出られない。そこでわたしは留守番をすることにして、今はアルフに任せている。

 しかし、小さくなれるソワレはミコト達に着いて行ったとしても、ブランは何処に行ったんだろう? そういえば、ミコトが白いジュエルシードみたいなものを首にかけてような気が……。

 召喚体には"基礎状態"っていう、デバイスにおける待機形態みたいなものがあるらしい。エールの鳩の羽根姿がまさにそれ。素体となったものの姿に戻るっていう話なんだけど。

 ……まあ、ミコトに関しては今更かな。あの不思議な女の子なら、ジュエルシードから別の何かを生み出してもおかしくはないか。

 それはそれとして、現在わたしとお話をしている老女。この人の名前は、「八幡ミツ子」さん。ミコトの養母さんだそうだ。

 そういえば、ミコトとはやては一緒に暮らしているけれど、二人の家族……召喚体ではなく、肉親の話は聞いていない。この家の様子からして、何らかの理由で存在しないということは明白だった。

 その事実に対して思うことは、少しだけ悲しい気持ちと、ある種の納得。親も兄弟もいないというのは寂しいことだけど、二人にはお互いがいる。そして、子供だけで今日まで生活してきたなら、あの逞しさも頷ける。

 二人にとって親兄弟がいないというのは、本当にただそれだけの事実となっているのだろう。それぐらい、二人は仲良く暮らしている。

 ……また思考が逸れた。ともかく、わたしはミコトの養母さんとお話をしている。ミコトが登校の際に話し相手になってほしいとお願いしたらしい。わたしの行動、読まれてる……。

 話の内容というのは、昨日のはやてのお説教だ。食事の話から始まり、身だしなみ、肌の手入れ、髪の手入れ、話題が女の子らしくないことについてまでお説教を喰らったのだ。

 はやてのお説教は、お風呂に入って上がってからも続いた。終わったのは、日付が変わる直前だった。おかげでわたしもはやてもヘロヘロだった。

 

「その……確かにわたしも、身につまされる話ではあったんですけど。ちょっと熱が入り過ぎじゃないかなって……」

「それは仕方ないですよ。フェイトちゃんのような可愛らしい女の子が、自分の身を適当に扱っているなんて、はやてちゃんには許せなかったんでしょうね」

 

 温和な笑みを浮かべる白髪の女性。泰然としていて、動じることがなさそうな人だ。重ねた人生経験によるものなのだろうか。

 ちなみにこの人は、管理世界のことを知らないようだ。養母さんと言っても生活場所は別だし、教えるまでもないと思ったのかもしれない。

 ただ、何かあることは察しているようで、核心には触れないように話題を選んでいることが伺える。……ミコトのような不思議な子の養母さんになれるぐらいなんだから、とてもおおらかな人なんだろう。

 

「それにしても、思い出しますねぇ。ミコトさんも二年前、はやてちゃんにそうやって手入れをしてもらっていたんですよ」

「あ、聞きました。ミコトって、元々男の子みたいな服装だったんですよね」

「ええ。動きやすければファッションは必要ないって言って。今の格好を見たら、どれだけもったいなかったか、分かるでしょう?」

 

 確かに。ミコトの清楚な女の子ファッションは、本当によく似合ってる。同性でも見惚れてしまうほど。それを当時は全部殺していたってことだ。一番近くにいたミツ子さんは、それこそどうにかしたかっただろう。

 

「食生活のおかげか体質かで、特にケアすることなしに髪質と肌はいい状態を保てていたんですけどね、それだけ。うちに当時のミコトさんの写真、あったかしら?」

「あはは……今のミコトからは想像もできませんね」

 

 それだけ、はやての影響は大きかったということなんだろう。ミツ子さんが言うことには、はやてと交流を取るようになって、少しだけど感情表現が豊かになったそうだ。

 今は時々小さく笑ったり、意外にも話し好きな一面が見えたりするけど、その頃は仏頂面を一切崩さず、会話も必要なもの以外はしなかったらしい。

 想像は出来るけど、本当に今とは全然違うミコトの姿だった。

 

「わたしにとってミコトって言ったら、色々と不思議な子、ですから。話を聞いていると、当時は得体のしれない子って感じですね」

「……孤児院時代は、そう見られていたみたいね。当人があれだから、全く気にしてないみたいだけど。だけどあの子の本当の姿を知っていると、そう見られていたという事実は、やりきれないわ」

 

 諦念にも似た苦笑。ミコトは、孤児院出身だったんだ。ミツ子さんの話では、アンタッチャブル同然に扱われていたということだ。

 それを聞いて……ミツ子さんの気持ちが、少し分かった気がした。ミコトは、接し方さえ間違えなければ、とても暖かい女の子なのに。なんでミコトの良さが分からなかったんだろうって、思ってしまう。

 同時に、分かった。ミコトの持つもう一つの面。冷たい、容赦のない面を、孤児院の人達は見てしまったんだろうと。それを受け止めきれなかったんだろうって。

 

「……小学校では、大丈夫なんですか」

「一時期危なかったときもあったみたいだけど、今はいい子達に囲まれているみたいですよ。特に仲の良い子達が5人いて、ときどきここに遊びに来ているみたい」

 

 それって、噂の管理世界を知ってる5人かな。多分そうだろう。ミコトの性格を考えると、そこまで深くもない仲の人間と、プライベートで交流を取るとは思えない。

 ミコトが受け入れられていると聞いて、自分のことのように胸をなでおろす。あんなにいいところがいっぱいある子が受け入れられないなんて悲しいものね。

 

「……ただ一つだけ心配なのが、ミコトさんの周りに男っ気が全くないことなのよねぇ。あの子、行き遅れたりしないかしら」

「き、気が早いですよ。ミコトはまだ8歳ですよ?」

「あら。男性との出会いが一番多いのは、学生時代ですよ? わたしも、亡き夫と出会ったのは高校時代のことでねぇ……」

 

 その後もミツ子さんとお話をし、お昼を食べてから彼女は帰った。……ミコトに理解のある、いい養母さんだった。

 

 

 

 アルフからは念話で「昼は外で食べた」と連絡を受けて、さらに待つこと2時間ほど。15時少し前に、玄関の方に人の気配があった。

 

「ただいまー。フェイトちゃんおるかー」

 

 やはり、はやて達が帰ってきたみたいだ。わたしは出迎えるために玄関へ向かう。予想通り、はやてと車椅子を押すミコト、その後ろにブランとソワレの姿があった。

 予想と違ったのは、それだけではなかったこと。扉が開いており、その向こうに5人の見知らぬ少女達がいたこと。ランドセルという、はやてとミコトと同じ鞄を背負っていることから、小学生であることが分かる。

 考えるまでもなく、管理世界のことを知るという、二人のクラスメイト5人組だった。

 

「ほー。この子が。ふーん、はーん」

 

 一際背の高い女の子が、靴を脱いで上がり、わたしに近づいてきて品定めするように眺めてくる。な、何だか威圧感が……。

 続いて、眼鏡をかけた女の子が、その少女の背中から服を引っ張る。

 

「やめなよ、あきらちゃん。フェイトちゃん怖がってるよ?」

「甘いよ、むーちゃん。最初に舐められたら終わりなんだからね!」

「いよっしゃー! じゃあ舐められる前にペロペロしちゃうぞー!」

 

 小柄な少女が、バビュンッという擬音を口にしながらわたしに突進してくる。その勢いに面食らって、思わず待機形態のバルディッシュに手をかけて、シールドを展開してしまった。

 ゴチンという音がして、女の子はシールドに頭をぶつけた。……痛そう。

 

「あおぉぉぉぉっっ……」

「亜久里は何をやってるんだ、全く。テスタロッサも、何もシールドを使うことはなかっただろうに」

「ご、ごめんなさい! びっくりして、つい……」

「へえ。これも管理世界の魔法なんだー。ユーノに遮音結界は見せてもらってたけど、物理的なのは見るの初めてだね」

 

 シールドを消そうとしたんだけど、この中では普通そうな感じの子が、物凄く興味津々で観察していた。魔法に興味があるのかな。

 そして残ったもう一人、ボーイッシュな感じの女の子は。

 

「お邪魔しまーす! 喉乾いたー! ミコっち、ジュースもらうよー!」

 

 物凄くマイペースに、わたしをスルーしてリビングの方に入ってしまった。……ええー。

 5人ともが5人とも、負けず劣らず個性的な女の子たち。そして、シールド魔法にまるで驚いていない様子。最初に考えた通りの存在であることは、もう確定だった。

 だけど……何故彼女達が、ここへ? わたしの内心の疑問を察したか、はやてが笑いながら答えた。

 

「いやな? 昨日決まった停戦の話と、今日はフェイトちゃんがうちにおるって話したら、あきらちゃんが「一言物申しに行く!」って言い出してな」

「そうよ! ミコトを狙ってる女の子がいるって聞いたら、黙っちゃいられないわ!」

「わたしについてどんな話聞いたの!?」

 

 背の高い子――あきらというらしい――は、わたしにズビシッと指を突き付けてきた。身長がわたしよりかなりあるせいで、威圧感が凄い。いや、身長だけならブランの方があるわけだし、雰囲気の問題かもしれない。

 そういう理由で来たのはあきらだけだけど、他の皆にしても、わたしがどんな人間なのかを一目見ておきたかったらしい。その割には一人無視してジュースがぶ飲みしてるけど。……あれ、ソワレのじゃなかったっけ。

 

「あー! いちこ、それ、ソワレの!」

「うえ、マジで!? ご、ごめーん!」

「……田井中。君に反省はないのか? 迂闊な行動で人に迷惑をかけたのは、これで何度目だ。その場では聞いたふりをして改善する意志がないなら、注意する意味がない。オレの言ってることは間違っているか?」

「ごめんミコっち! マジで謝るから! ソワレも、お姉ちゃん悪気があったわけじゃないの! ほんっと、この通りだから!」

 

 ミコトがお母さんモードに入ったみたいだ。涙目になるソワレを慰めながら、いちこと呼ばれた少女に説教を始める。正座で頭を下げて許しを請ういちこ。

 ……何なんだろう、これ。事態が一気に動きすぎて、頭が着いて行ってくれない。結局わたしは、どうすればいいんだろう。

 

 その後、ミコトはソワレを伴ってジュエルシードの探索に行ってしまった。わたしも行こうと思ったんだけど、あきら達に引きとめられた上、ミコトからも「今日ぐらい休んでもいいんじゃないか」と言われた。

 確かに、アルフに探索をお願いしているし、今は皆で協力している状況だ。今までとは状況が全く違う。人手は十分足りている。だからわたしは、その言葉に従うことにした。

 自己紹介をかわし、互いの素性を理解する。彼女達は、ミコトの使う"魔法"を作り上げた際の協力者なのだそうだ。だからミコトは管理世界のことを教えたのかと納得する。

 

「ま、それは置いといて」

 

 何かを横に置く仕草をし、あきらはまたしてもわたしを指差した。うう、威圧感が凄い。

 

「ミコトの最初の友達になるのはわたしだから! ポッと出の新人に負けたりしないわよ!」

「え、ええっと……」

「ふぅちゃん、正直に言っていいんだよ。2年間かけて一方的な友達宣言しか出来ない奴が何言ってんだって」

「ちょっと、いちこちゃん! どっちの味方よ!?」

「あたしはふぅちゃんの味方するー」

 

 「ふぅちゃん」とは、いちこがわたしに付けたあだ名らしい。彼女は他にも、ミコトに「ミコっち」、はやてに「やがみん」なるあだ名を付けている。

 あだ名……そんなものを付けられたのは初めてで、少しこそばゆい。なのは達とはまた違う人付き合いの新鮮さがあった。

 さちこはぽわぽわした笑顔を浮かべて、わたしの背中に寄りかかる。小柄な少女の体重は軽く、あまり苦にはならなかった。

 

「ふぅちゃん可愛いもんね。わたしも、ふぅちゃんの応援しよっかな」

「そこの3年2組マスコットコンビ! 何あっさり懐柔されてんの!」

「えー、だってふぅちゃんお人形さんみたいで可愛いしー」

「2年かけてミコっちに「男の友情」的なものしか教えられないあきらちゃんよりは見込みあるしねー」

「しょ、しょうがないでしょ!? わたしは小難しいこと考えるのは苦手なのよ!」

 

 あきらは、ミコトと殴り合いのケンカをしたことがあるらしい。それ以降、友情ではない何かが通じ合ってしまったせいで、友達と認めてもらうのは絶望的じゃないかという見解だった。あきらは落ち込んだ。

 

「ぐぅぅ……! はるかちゃんはわたしの味方よね!?」

「あ、ふぅちゃん。もしよかったら、バルディッシュ見せてくれない? わたし、異能関係に興味があるの」

「無視すんなーっ!」

「あ、あはは。いいかな、バルディッシュ」

『Feel free, sir.(サーの意志に従います)』

 

 バルディッシュの意思確認をして、デバイスモードで起動する。はるかにリンカーコアがないことは確認済みだから、魔法の暴発の心配はない。

 杖状のバルディッシュを受け取り、はるかは「おー」と言いながら全体を手で触りながら確認した。

 

「けど、そういうことなら注意すべきはわたしよりもなのはだと思うよ。この間の温泉旅行で、いつの間にかミコトから名前呼びされてたし」

「なん……だと?」

 

 衝撃を受けて固まるあきら。やっぱりミコトから名前で呼んでもらえるのって、羨ましいよね。あきらも名前で呼んでもらってるらしいし。わたしなんてまだまだ、テスタロッサとしか呼んでもらえない。

 

「くうぅぅ! あの泥棒猫、油断も隙もあったもんじゃないわね! 人畜無害そうな顔して!」

「アルフが……わたしの使い魔なんだけど、ミコトと話してこじれかけたときに、ミコトを説得してくれたんだって。それが原因らしいんだけど、わたしも細かい経緯までは……」

「使い魔っ! そういうのもあるのね……」

 

 一部の言葉に反応して目を光らせるはるか。見た目は一番普通かもしれないけど、性格は一番特徴的かもしれない。

 あれのおかげで、今わたしはこうして皆と話をしていられるんだけど。なのはをずるいと思うのはまた別の話だ。

 

「ところで、ふぅちゃんはどうやってミコトちゃんと話せたの? 停戦だとかって話は聞いたけど、詳しいことは聞いてないし、それまでは敵対の話しか聞いてなかったから」

 

 むつきが気になっていたことは、他の皆もそうだったようで、聞き耳を立てている。いつの間にか、あきらも姿勢を正していた。

 

「えっと、わたしがすずか……皆はすずかのことは知ってる?」

「うん、ミコトちゃんがジュエルシード事件に関わるときに、顔合わせしたから」

「そっか。その、すずかの家でお茶会に乱入したって話は聞いてるんだよね。それで、その、ミコトから首を斬りつけられて……」

「あー。あの子ならやりかねないわ。やるって決めたらとことんまでやるからね、ミコトは」

 

 殴り合いで繋がりを作ったあきらは、その光景がありありと想像出来たらしい。他の皆も、苦笑や呆れなどはあっても、ミコトを怖がったりはしていないようだ。よかった。

 

「そんなことがあったから、温泉で偶然会ったときは、ものすごく警戒したんだ。いつ斬りかかってくるんだろうって」

「……あー。その先分かった。あの子、フェイトのことなんてどこ吹く風だったんでしょ」

「正解。一週間前に戦ったとは思えないほど無警戒で、服を脱ぎ始めたんだよ。それで毒気を抜かれたっていうのが、そもそもの始まりかな」

 

 そのギャップが、最初にわたしの興味を惹いたんだと思う。

 と、あきらが不機嫌そうに顔をしかめた。

 

「むー。フェイトはミコトと一緒にお風呂入ったのよね。わたしはまだなのに……」

「あ、あはは。あきらはミコトのことが大好きなんだね」

「もち! あっちは遠慮なく殴れるクラスメイト程度にしか見てないだろうけど、わたしの中では最高の親友だよ!」

 

 ……強い子だなぁ、あきらは。わたしだったら、こんなに一方的に思い続けられるだろうか。わたしもきっと、と思いたいけど、現実は難しいんだろうな。

 だけど……。

 

「……わたしは、ミコトの友達に、なりたいのかなぁ」

 

 思ったことをポロっと口にする。皆が「え?」と言ってこちらを向いた。……ちょっと気が緩み過ぎたかもしれない。

 

「あ、えと、ミコトのことが嫌いってことじゃないんだよ? むしろ、その、す、好きというか……」

 

 大好きというか。さすがにそれを口にするのは無理だった。顔が凄く熱い。恥ずかしいという気持ちが湧いてくる。

 最初は、怖いと思った。敵対者には一切の容赦をせず、戦いとなれば躊躇せず命を狙ってくる、恐ろしい戦士。

 次は、不思議だと思った。殺そうとした相手を前にして、平常を崩さず無防備な姿を晒し、さらにこちらを気遣いまでした。実際は、わたしにそう見えただけなのかもしれないけれど。

 そして今は、大切な恩人。友達になれた彼女達と敵対するしかなかったわたしを、救い上げてくれた。冷たさの中に暖かさを持つ、多分本当の意味で"優しい"女の子。

 だからわたしは、ミコトのことが好き。……なんだけど、その気持ちを「友達になりたい」という言葉で表していいのかどうか、今は分からない。なのはのときは「これだ!」って思ったんだけどなぁ。

 と、むつきが顔を真っ赤にして口をわななかせていた。

 

「ま、まさかふぅちゃん、ミコトちゃんと、あの、こ、恋人になりたいの!?」

「へぇぁ!? そ、そうじゃないよ! そういうのじゃないはずだよ!!」

 

 むつきの発言で、温泉で最後に見たミコトとソワレのシーンがフラッシュバックする。顔に上る血液の量が増え、さらに熱を帯びるのを自覚した。

 違う、違う! わたしはノーマル! ソワレのことが羨ましかったりとか、そんなことはないはずだから!

 

「おお!? やがみーん、強敵登場だよー!」

「あー? なんか言うたか、いちこちゃん」

「いちこぉ!? 違うの、そうじゃないのー!」

 

 というか、何でそこではやてが出てきたの!? はやてとミコトってそういう関係なの!? た、確かに昨日も一緒の部屋で寝てたみたいだけど!

 キッチンで夕食の調理をしているはやてに「何でもないから!」と伝える。いちこがなおも言いそうだったので、口を抑えて黙らせた。

 何とか弁解しなきゃ。そう思って、マルチタスクまで駆使して言い訳を構築する。……わたし、一体何に魔法を使ってるんだろう。わたし達の魔法の師匠がこんなところを見たら、呆れられてしまいそうだ。

 ともかく、今のわたしにとってここは切り抜けなければならない急場。そう割り切って、口を開きかけた瞬間のことだった。

 

 ――ヒィンという魔力の波動が、ほんの一瞬だけ感じ取れた。それで動きが止まってしまう。

 今のは。

 

『Sir. A jewel-seed has sealed.(サー、ジュエルシードが封印されました)』

 

 はるかの手の中で弄られていたバルディッシュが、わたしの出した答えを肯定した。封印の魔力を感じなかったことから、恐らく封印手はミコト。

 これで、残りのジュエルシードは11個。……本当に皆が協力すれば、あっという間に集めてしまえそうだ。

 

「ふ、ふぅちゃん! いちこちゃんの顔が真っ青にっ!」

「ああっ!? ご、ごめんいちこ! わざとじゃないんだ!」

 

 そんな感じで、結局この話題は有耶無耶になった。

 ……わたしは別に、ミコトの恋人になりたいわけじゃないもん。……ほんとだもん。

 

 

 

 

 

 17時。本日の結果報告の時間。今日一日八神邸にいたというわたしに、なのはとガイと恭也さんは苦笑い。ユーノだけは、若干の批難を込めたジト目だった。

 

「まあ、僕達と協力するまで二人だけだったわけだし、大目に見るよ。ミコトさんの指示でもあったんだから」

「ごめんね、ユーノ。君は少しでも早く全てのジュエルシードを集めて、この街の安全を取り戻したいのに」

「……やめてくれよ、急にこっちに理解を示すのは。やりづらくってしょうがない」

 

 事務的な関係性としては割り切っているみたいだけど、感情はそうもいかないらしい。先日まで敵対関係であったわたしへの接し方が分からないようだ。

 わたしの方は多分、冷静になることが出来たんだろう。そうして彼の置かれている状況を見て、理解を示すことが出来た。彼の双肩にどれだけのプレッシャーがかかっているか、感じ取ることが出来た。

 なら、ここはわたしが歩み寄るべきなんだろう。わたしは……別にユーノと険悪でいたいわけじゃないんだ。

 

「大丈夫。皆で協力すれば、きっとすぐに集まるよ。そうだよね、なのは」

「うんっ! 今日だって、ミコトちゃんが見つけてくれたんだから!」

「オレの方は人海戦術ならぬもやし戦術だ。魔力を感じられないから、見つけられるかは完全に運任せ。あまりあてにはしない方がいい」

『我らの力が至らぬばかり、女王様にはご苦労をおかけ致す……』

 

 もやしが厳かな口調で頭を垂れるというのは、何ともシュールな光景だと思う。

 

「女王様……はあ、はあ! うおーーー! ミコトちゃん俺だーーー! 踏んでくれーーー!」

「寄るな、変態!」

「まそっぷ!」

 

 もやし1号の一部の言葉に反応したガイが、何故か興奮しながらミコトに飛びついた。そして、左の拳を顔面に受けて沈んだ。あれは痛そうだ。

 だけど床に崩れて鼻血を流すガイの表情は恍惚としていて……何だろう。こんなこと言っちゃいけないと思うんだけど、凄くキモチワルイ。

 

「厄介な奴に目を付けられてしまった。何故オレなんだ……」

「ごめんね、ミコトちゃん。うちの変態が迷惑をかけて……」

「いや、いい。なのはが謝ることではないし……君の方が苦労しているだろう」

「……うぅぅ、ミコトちゃんが分かってくれて嬉しいのに、申し訳ない気持ちでいっぱいなの」

 

 うん。二人にこんな顔をさせるなんて、ガイは罪深いと思う。今後はわたしもガイを甘やかすのはやめよう。

 

「ふへへ。この痛みもミコトちゃんの愛だと思えば、快楽だぜ……」

「スクライア、恭也氏、耳を塞げ。『あなたってほんと、最低の屑だわ』『でも大丈夫、私だけはあなたの良さを分かってるから』」

「がふぁ!?」

 

 うわぁ、ゾクッて来た! ミコトの女言葉って、なんでこんな鳥肌が立つの? 一体どういう原理なの?

 だけど効果はてきめんだったようで、ガイは血を吐いて気を失った。体がビクンビクンと痙攣している。これ、生きてるの?

 

「相変わらず男の子にはよう効くなぁ、ミコちゃんの括弧つけ」

「こっちが落ち込むぐらいにな。……だがこの変態の場合、いつ耐性を身に付けるとも限らない。油断は出来んな」

「なのはの方でも対策はとっておくの。ミコトちゃんの身の安全は、絶対守るの!」

「わたしも、何処まで出来るかわからないけど、協力する。ミコトに万一のことなんて、あってほしくない」

「以下同文。あたしに少しでも恩を返させてくれよ、ミコト」

「三人とも、ありがとう。……まさかこんな情けないことで涙が出る日が来るとは……」

 

 ミコトの目の端には、確かに涙の玉が浮かんでいた。彼女がいくら強い子だって言っても、あんな迫られ方したら怖いものは怖いよね。

 ともかく、女性陣は一致団結して、ミコトを変態の魔の手から守ることにした。

 

「はあ。昨日のあれは夢だったのか? いっそ夢であってくれた方が気が楽なんだが」

「そうですね。こんな奴に治療魔法をかけてやらなきゃいけない現実も、夢ならよかったのに」

「……苦労してるな、ユーノ」

「慣れてきちゃった自分が虚しいですよ……」

 

 この場にいる全員から、評価がダダ下がりのガイだった。一体彼は何がしたいんだろう。

 

 

 

 さて、さらっと流してしまっていたけれど、ミコトがジュエルシードを一つ見つけてくれた。何でも、オフィス街という人でごった返してるようなところに普通に落ちていたらしい。よく今まで発動しなかったものだ。

 

「管理世界の技術の秘匿ということで、人目があるようなところは探していなかったからな。ある意味盲点だった」

「そういえば、以前の巨大樹騒ぎのときもオフィス街でしたね。今後は、そういう場所も探さないとダメでしょうか」

「そちらはオレが担当する。オレの力は管理世界とは関係ないから、見られても別に問題はない。遠慮なくもやし戦術で当たらせてもらう」

『我らもやし調査兵団一同、全力で当たらせていただきますぞ!』

 

 もやしを頼もしいと思うなんて、夢にも思わなかった。なのはが「夢のある魔法」って言ってた意味が分かる気がする。こんなおとぎ話みたいな魔法を作ってしまうなんて、やっぱりミコトは凄い。

 ミコトがスカートのポケットから取り出したジュエルシードは、シリアルVI――6番だった。ガイが後ろに回って覗きこもうとして、狼形態に戻ったアルフに吼えられる。

 

「スクライア。契約通り、これはオレが使わせてもらう。問題ないな?」

「ええ、契約通りに。……フェイトがいますけど、大丈夫なんですか?」

「偶発的だったが、今朝ブランの基礎状態を見られている。もう察しはついてるだろう」

「……あはは。予想はしてたけど、やっぱりそうなんだ」

 

 視線をやると、ブランが苦笑しながら軽く頭を下げた。……今気付いたけど、多分ソワレもそうなんだろうな。わたし達が苦戦したジュエルシード暴走体を一撃で仕留めるだけの出力を持っているぐらいなんだから。

 そう考えると……少し、わくわくした。今ミコトの手に握られているシリアルVIのジュエルシードは、一体どんな召喚体になるんだろう。

 だからだろう。わたしは、こんな提案をした。

 

「あの……もしよかったら、わたしにも見せてくれないかな。ミコトが、召喚体を生み出すところ」

「面白いものは何もないぞ。魔法らしく儀式めいたものもない、「コマンド」で長文の命令を出力するだけだ。見ても、恐らく何をしているかさえ分からないだろう」

「それでも、立ち会ってみたいんだ。ブランやソワレ……エールともやしさんも。ミコトとはやての家族を生み出した素敵な魔法を、見てみたいんだ」

 

 ただの好奇心だったのか、それとも他に何かがあったのか。それはわたしにも分からない。――少なくとも、このときのわたしには。

 ミコトは見ても面白くないと言ったけど……きっとそんなことはない。わたしにとっては、十分以上に意味のあることだ。だから、どうしても見たかった。

 そんなわたしを後押ししてくれたのは、わたしの「最初の友達」。

 

「ミコトちゃん! フェイトちゃんに見せてあげて! それになのはも、一度見ておきたいの!」

「こんな小さな宝石が人型になるんだ。それだけでも、俺のように異能を持たない身としては、一見の価値はある」

「別にええやろ、減るもんでなし。ふぅちゃんが見たから言うて、ミコちゃんに不都合はないやろ」

「は、はやて! その呼び方は……」

「フェイトちゃん、ふぅちゃんって呼ばれてるの? 可愛い! 今度からなのはもふぅちゃんって呼ぶね!」

 

 いちこから付けられたあだ名が拡散してしまった。……嬉しいんだけど、ちょっと恥ずかしい。

 華やいだ空気。そしてミコトは、小さく苦笑を見せた。

 

 事故の危険性はないらしいけど、室内でやることもないので、皆で八神邸の庭に出る。遠く西の空が赤く、空は星明りがちらほらと見えるようになっていた。

 開けた場所に、ミコトはジュエルシード・シリアルVIを置いた。そして立ち上がり、少しだけ距離を取る。

 わたし達は、それを扇型になって眺めていた。

 

「やっぱり、この瞬間はどきどきしますね。ソワレちゃんのときもそうでしたけど。今度の子は、どんな子になるんでしょうか」

「ミコト! ソワレ、いもうとがいい!」

 

 ソワレの姿が丸っきり親に妹をねだる子供の姿で、微笑ましいものを感じる。

 わたし達魔導師にとっては、既存の技術を超えた奇跡の御業。だけど彼女達にとっては、ただ新しい家族が誕生するだけなのだ。

 ミコトが自然体になって立ち、呼吸を整える。何かがカチリとはまるような感覚が、わたしにも感じられた。

 これが、ミコトの"魔法"――「コマンド」。わたしはそうなるのが自然であるかのように、ただただ不思議な少女の後ろ姿に見惚れた。

 そしてミコトは、詠唱――否、"命令文"を紡ぐ。

 

 

 

「『この世界の原因と結果を結ぶ法則よ、オレの声を聞け。森羅万象の始点と終点を結ぶ、たった一つの因果の鎖。青い宝石を肉体として、一個の存在として生まれ変われ。君の名は「ミステール」。知を探求する者』」

 

 「何か」が、ジュエルシードに向けて集まってくる。わたし達には見えない、観測することのできない「何か」が、ただ集まっているということだけを理解する。そこに魔力は一切感じなかった。

 応じるかのように、ジュエルシードは輝きを増し、変質していく。色が青から徐々に紫がかって行き、シリアルナンバーがかすれて行く。代わりに「Mystère」という刻印が新たに浮かび上がる。

 変質が終わると、ジュエルシード――「ミステール」と名付けられた新たな存在は、姿を光の粒に変化させた。今度は形を変え、小さなリングを形成する。

 やがて、光は収まる。先ほどまでの神秘的な光景が夢か幻であったかのように、静かな春の夕暮れが戻ってきた。

 八神家の庭先の一角には、メタリックな薄紫色のブレスレットが落ちていた。

 あれが……今回の召喚体? 何か、予想してたのと全然違う姿なんだけど。人型じゃないどころか生き物ですらない。装飾品にしか見えない召喚体だった。

 

「……ふう。自己紹介だ、ミステール」

『あい分かった。主殿の指示に従おう』

 

 ブレスレットがしゃべる。それ自体は、デバイスでもありえる話だから驚くことではない。だが、その次の変化は、デバイスではありえないものだった。

 ボフンという煙を立てて、ソレは姿を変じた。ブレスレットの姿から、完全な生き物の姿へ。

 目元にかけられた小さな眼鏡。ブレスレットのときと同じ、アメジストの髪。そこから覗く大きな尖ったキツネ耳。腰には、髪と同じ色の大きな尻尾。

 そこにいたのは、この世界の巫女装束をまとった、キツネ耳の少女だった。

 彼女は芝居がかった仕草で、うやうやしくこちらに礼をした。

 

「拝命、"理の召喚体"ミステール。わらわは事物の因果を司る者、知の探究者。コンゴトモヨロシク、じゃな」

 

 そして彼女は、悪戯っぽい笑みを浮かべて、そう自己紹介をした。

 "理の召喚体"、因果を司る者。それがどういうものなのか、わたしには分からなかった。だけど、一つだけ確信していることがあった。

 

「"光の召喚体"ブランです。今後ともよろしくね、ミステールちゃん」

「ソワレ! ミステールの、おねえちゃん! よろしく!」

「呵呵っ。これはこれは、可愛らしい姉君が二人もおったものじゃ。同じ根源から生み出された者同士、末永く仲良くやっていこうではないか」

 

 それは、彼女もミコトとはやての家族であるということ。だから、二人の姉と最初の交流を取る姿を見て、こんなにも胸が暖かくなるのだろう。

 ミコトに車椅子を押され、はやても彼女に近づく。はやてがミステールの手を取り、家族として歓迎した。

 幸せな家族のワンショット。見ているだけで嬉しくなる光景。……だというのに、どうしてだろう。

 

 何でわたしは、こんなに寂しいんだろう。どうしてわたしは、今生まれたばかりのミステールに、羨ましいと感じてしまっているんだろう。

 

 ――ミコトに対する想いの名前を知らないわたしには、まだその理由が分からなかった。




ふぅちゃん(暗黒微笑) 今後「ヤハタさん」のフェイトは親しい人からふぅちゃんと呼ばれることになります。
聖祥三人娘より海鳴二小の五人娘と仲良くなってる始末。これもう(聖祥に入るか)わかんねえな。でも海鳴二小は学区で入学が決まっているから、近場に引っ越さなきゃいけない制約があります。聖祥が妥当でしょう(無慈悲)
というかそもそも管理局が来るかどうかも怪しいんですがね!(次元震不発)

さらっと新しい召喚体を出しましたが、これと次に作る予定の召喚体こそが、ミコトがはやての足の調査をするために求めた存在です。
「因果を司るんなら、こいつ一人で十分じゃねえの?」と思われるかもしれませんが、コイツに出来るのは因果を結ぶことだけです。遡ったり何でもかんでも解析出来たりするわけじゃありません。
ただ皆さんご存知の通り、はやての足の原因は「アレ」ですので、発想さえ合っていればコイツのみで真実に辿り着くことが出来ます。どうにか出来るとは限らないけど。

涙目のミコトちゃん可愛い(ゲス顔)



新出の召喚体

・"理の召喚体"ミステール
素体:ジュエルシード・シリアルVI
基本概念:理(因果)
創造理念:知の探究
形態:不定形型(特殊な装備型)
性格:ひょうひょうとしている
性別:女
能力:因果を結んだ事象のコントロール、種々の姿への変化
はやての足が不自由な原因を調査するための召喚体。とはいえ、彼女一人ではまだそこには至らない。あくまで因果を結ぶだけなので、知らないことが出来るわけではない。
能力が魔法プログラムそのものであり、事実プログラムさえ理解出来れば行使できるだろう。理解できれば、だが。他の召喚体同様、経験値が0スタートなのがネックである。
ソワレと同じく不定形型であるが、装備型が基本となっており、変化能力を駆使して姿を変える。基本のブレスレット形態の時は、狐の模様があしらわれている。ちなみにMystèreとは「神秘」を意味するフランス語。

小ネタとして、彼女の元となったジュエルシードのシリアルナンバーである「6」という数字は「完全数」と呼ばれている。これは、「約数の和が自身となる数」のことである。
6(1+2+3)の次の完全数は28(1+2+4+7+14)であり、ジュエルシードの中では唯一の完全数シリアルということになる。あくまで小ネタなので、能力とかには一切関係ないが。
また、回収されたジュエルシードは原作で次元震を起こしたものであるが、原作の方ではVIと確定はしていない。この話ではこの小ネタをやるためだけにVIとしました。



現在回収済みのジュエルシード

・なのはが保有
XIII、XVI、XVII、XXI(ミコト合流前)
X(巨大樹騒ぎを起こしたもの)
V(キングドドンゴもどき)

・フェイトが保有
XVIII(ツインモルドもどき)

・召喚体に変換
XX(ブランとなったもの)
XIV(ソワレとなったもの)
VI(ミステールとなったもの)

計10個、残り11個


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十四話 遭遇

 ようやくというべきか。ジュエルシード事件に関わって、本来の目的のための一手を打つことが出来た。

 "理の召喚体"ミステール。はやての足が麻痺している原因を知るための、二人の召喚体のうちの一人だ。「原因と結果」という概念を司る、論理的に非常に強大な力を持つ召喚体。

 極端な話をしてしまえば、何だって出来る召喚体だ。原因を理解し、結果を理解すれば、その因果を結ぶことで様々な事象を起こすことが出来る。二つを正しく理解すれば、だが。

 「風が吹けば桶屋が儲かる」という言葉がある通り、単純に原因と結果と言っても、様々な事象が複雑に絡み合って、元の原因から遠く離れた結果を引き起こすことだってあり得る。

 ミステールが出来るのは、この中で「一意に決定される因果を司ること」だ。先の例で言えば、風が吹いて桶屋が儲かるまでのプロセスは何通りか考え得る。これでは一意に決定することは出来ない。

 ではどういうことが一意に決定出来る因果かといえば、「風が吹けば運動エネルギーを伝播する」、これだけだ。非常に短い、その先が如何様にもあり得る結果だ。

 だからミステールには「知の探究」という創造理念を与えた。無数にある因果関係を理解することによって、彼女は初めてその力を遺憾なく発揮することが出来る。

 そして、これには非常に長い時間がかかる。はやての足を治すという目的を考えると、それを待つことは出来ない。だから、最後の召喚体が必要なのだ。

 理を真理に導く羅針盤。"真の召喚体"が。ここまでの召喚体作成の手応えで、それは十分に可能だと思っている。

 そのためにあと一つ、ジュエルシードが必要だ。

 

 とはいえ、ミステールを生み出したのが今回の事件に全く役に立たないかと言えば、そんなことはない。

 たとえば、今までオレは魔導師の皆と連絡を取るのに、いちいち顔を合わせなければならなかった。リンカーコアを持たないオレに、彼らと念話で通信をすることは出来なかった。

 だがミステールに「念話に必要な因果関係の全て」を教えれば、ミステールを通じて念話を行うことが出来る。

 魔導師の念話は、リンカーコアさえ持っていれば誰でも出来るほど基本的な技術だ。相応に必要なステップも少なく、ミステールでもすぐに学習することが出来た。

 

≪こちらミコト。現在駅周辺の裏路地を探索中。ソワレ、もやし200~250号と協力しているが、成果はなさそうだ。あと5分ほど探索したら、切り上げて他を当たる≫

≪なのはです! ダメだよミコトちゃん、そんな危ない場所に行っちゃ! ふぅちゃんも何か言ってあげて!≫

≪フェイトです。何かあったらすぐに連絡して、飛んでいくから。わたしの方も、外れかな≫

 

 ご覧の通りだ。これにより、オレ達の探索能力はますます上がった。魔導師の魔力感知と、もやしアーミーの人海戦術。これらを相乗的に使用できるようになったのだ。

 しかもミステールの念話は、魔導師のものにはない強力な特徴がある。

 

≪恭也だ。駅だったら俺が近い。今から迎えに行くから、下手に動くなよ≫

 

 これだ。ミステールを中継して、魔力を持たない人間でも念話に参加出来るようになる。魔導師・非魔導師混合のこのチームが、いつでも連絡を取り合える状況になったのだ。

 ミステールの念話というのは、魔力を用いているわけではなく、あくまで「念話」という技術の因果のプロセスを踏襲しているだけだ。となれば、少し弄れば魔力以外のラインでも念話を繋ぐことが可能だ。

 あとはミステール自身が中継塔となり異なるラインを繋ぎ合わせれば、全員が念話回線を共有できるという仕組みだ。

 この探索能力の向上によって、既に2つほどジュエルシードを封印している。残念ながら、オレが封印したわけではないので、召喚体には出来ていないが。

 

≪しかし、便利なもんだな、念話ってのは。携帯要らずじゃないか≫

≪呵呵っ。どケチな主殿にはうってつけの技能じゃの≫

≪……やかましい。無駄口を叩くなら、レイジングハートかバルディッシュから、魔法の一つでも習っておけ≫

 

 確かに便利だし、魔導師以外とも通信可能なので制約もないが、あまり頼りすぎる気もない。やはり顔を合わせた会話の方が、言葉以外の情報もやり取り出来ていい。

 なお、現状ミステールに事件関連で出来ることと言ったら、この念話共有ぐらいだ。やはり基本でないような魔法となると、プログラムが一気に複雑化し、今のミステールでは理解しきれていない。

 シールド一つとっても、強度の決定、性質の決定、形状の決定、発生位置の決定、持続時間の決定などなど、処理しなければならない情報量が多い。世の中そう甘くはないということだ。

 とは言うものの、ミステールの本分はそこにはない。彼女の役割は、あくまではやての足の治療の手がかりを入手することなのだ。

 だから彼女の力をあてにする気は、念話共有以外にはない。というかこれで十分すぎる。戦闘関連はソワレがいるし、移動関連はエールがいる。万能の可能性を持つからと言って、一人に全てを任せる必要はない。

 

≪でもミコトちゃん、携帯電話は買った方がいいと思うの。遊ぼうと思って連絡取れないと、困るよ≫

≪基本料金がもったいないという話は以前したはずだ。君なら今後は念話があるのだから、気にする必要はないだろう≫

≪でもでもー! 携帯があればデコレーションとか楽しめるし、楽しみは電話だけじゃないの!≫

≪まあ、小学生の間は無理に買う必要もないだろ。ミコトが必要だと思ったときに買えばいいさ。っと、見えた見えた≫

 

 後ろから足音がして、振り返れば軽く手を挙げた恭也氏の姿。

 

「ったく。女の子がこんな場所に来るんじゃない。ここは以前良くない人間のたまり場になっていた場所で、今もあまり治安が良くないんだ」

「海鳴にそんな場所があったのか。そう心配せずとも、何かあってもオレにはソワレがいる」

「お前の身の心配もそうだが、お前がやり過ぎることを心配しているんだ。いつも言ってるだろ、お前の手を汚させたくないって」

 

 酷い目にあう不良の心配ではないのか。まあ、恭也氏からしたら関わりのない下郎よりも、知人の方が優先度は高いか。

 くしゃくしゃと頭を撫でられる。むう、はやてがセットしてくれた髪が……。

 

「ところで、恭也氏は何故そんなことを知っている?」

「俺が壊滅させた組織だったからな」

 

 なるほど。昔から人外だったのか、この人は。

 恭也氏に手を引かれ、裏路地から出る。それとほぼ同時ぐらいで、念話回線が開かれた。

 

≪こちらガイ! ジュエルシード発見! 場所は藤見競馬場の中だ! 状況は暴走直前! 結界張って待機するから、速めに頼むぜ!≫

≪こちらアルフ! あたしが近場だ! 先に行って抑えとくよ! 皆も早く来てくれ!≫

 

 どうやら今回もオレの取り分にはならないらしい。残念だが、こればかりは運次第だから仕方がない。

 

「藤見競馬場か……かなり遠いな。どうする?」

「テスタロッサがいれば大体何とかなると思うが、温泉のときのようなこともあるか。やはり、オレ達も行くしかないでしょう」

「だよな。……よし」

 

 そう言って恭也氏は、オレの前で背中を向けてしゃがんだ。……乗れと?

 

「この方が速い。まさか、白昼堂々空を飛んで行くわけにはいかないだろ?」

「……まあ、仕方ないか。ソワレ、振り落とされないようにしっかりつかまってろ」

「うん」

『美丈夫に負ぶわれて行くか。女子としては美味しいシチュエーションではないかな、主殿』

 

 やかましい。そんなことを気にする性格でもないし、状況でもない。現場に急行出来るなら、手段を選ぶことでもない。それだけだろうが。

 ……あの変態が相手だったら、死んでも嫌だが。しょうがないだろう、生理的に無理なんだから。

 

「はは。しっかりつかまったか?」

「抜かりなく」

「じゃあ……行くぞっ!」

 

 ドンッ!と空気の壁を突き破り、恭也氏はオレを負ぶって風になった。

 ……これ、ひょっとしてソワレとエールを使って空を行くより速いんじゃないか? どうなってるんだ、この人は。

 

 オレ達が向かったのはそう無駄でもなかったようで、結界内を縦横無尽に走り回る暴走体に、魔導師組は攻撃を当てられず苦戦していた。

 そこを恭也氏が、暴走体の下を潜り抜けてすれ違いざまに足を斬り飛ばし、動きを封じたところに「夜想曲の弾丸」を撃ちこみ肉体を破壊、ジュエルシードを露出させることに成功した。

 あとはテスタロッサが封印処理を行い、回収は完了。今回のジュエルシードは、シリアルXII(12)だった。

 なお、変態は暴走体にひき潰されて戦闘不能になっていたが、シールドは張っていたため命に別状はなかったらしい。……チッ。

 

 

 

 

 

 ゴールデンウィークの連休も目前に迫った、その日の夕食時。テスタロッサがある提案をした。

 

「ワイドエクスプロア?」

「うん。今日のジュエルシードで、残りは8個になったでしょ。そろそろ見つけにくくなってくると思うんだ。だから、この魔法で大体の当たりをつけて、それから皆で探した方がいいんじゃないかと思って」

 

 彼女が提案したのは、広域探索用の魔法。半径数kmに渡って微小な魔力の波を放ち、エコーで対象物を検出するという魔法だそうだ。要するに魔法のレーダーと言ったところか。

 これに対し反対意見を上げたのは、テスタロッサ以外で最も魔法に造詣の深いスクライア。言い忘れていたが、今日は高町家+変態も一緒だ。

 

「だけど、発動前のジュエルシードは魔力を吸収する性質を持ってる。エクスプロア系の魔法だと、上手く検出できないと思うんだ。それに、もしその刺激で発動なんかしたら……」

「数が少なくなってきた今だからこそだよ。発動すれば、それこそ一発で場所は分かる。それと、検出方法を反射方式じゃなくて非反射方式にすれば、大体の方角は特定できると思う」

「……なるほど。一定距離で自動的に反射させる設定にすればいいのか。それは盲点だった。だけど往復分でかなり魔力を使うことになるはずだよ。そこはちゃんと考えてる?」

「結構疲れると思うけど、皆がいるから。信頼してるからこそ、ちょっと無茶してみようって思えたんだ」

「……にゃー。ふぅちゃんとユーノ君が難しい会話してるよぉー」

 

 なのはは相変わらずの感覚派であった。オレはというと、魔法は使えずとも論理は理解できる。ちゃんと話を理解しつつ、食事に集中している。

 変態も理解できているようだが、真面目な話なので茶々を入れるのを自重しているようだ。今は治療魔法のおかげで傷一つない姿だ。……チッ。

 

「ところで、その場合ジュエルシードの分配はどうする気だ? そちらはなのはが持とうがテスタロッサが持とうが、結局は同じことだ。だがオレの方は、オレの取り分を確保しなければならない」

「そこは今まで通りで行きましょう。実際に見つけた人が確保する。フェイトがやろうとしているのは、あくまで方角の限定です。発見とはまた違いますよ」

「それを聞いて安心した。あと一つはオレが回収しておきたいところだ」

 

 目的の召喚体を全て生み出すのに4つという最初の試算は合っていたが、まさかこうまでオレが回収できないとは思わなかった。やはり魔力を感じられないというのが痛かったか。

 

「……というか、僕としてはミコトさんの回収云々に関わらず、あと一つを渡してもいいと思ってるんです。これまで随分とミコトさんのお世話になってますから」

「錯覚だ。オレがした働きは多くない。実際、ジュエルシードを封印した数が一番多いのはなのはだ」

「それ以外の部分で、です。チーム全体の方針を決めたり、戦闘時の指揮を取ったり、フェイト達の協力を得たり。本来僕がやらなきゃいけないことだったのに、ミコトさんに甘えてしまいました」

 

 オレはオレの都合で好き勝手やっただけなのだが、結果的にそれが上手くいってしまったせいで、スクライアの中での評定が高くなっているようだ。

 だがそれはあくまでスクライアにとっての話であり、オレの主観で言えば、やはり今までの働きで無条件に報酬を受け取るのはバランスが悪い。契約通り、オレが発見・封印したものを受け取るのでなければ。

 

「気にするな。オレはオレの目的のために行動したに過ぎない。お前はお前の都合を優先しろ。それが、オレとお前の契約のはずだ」

「……そう、ですね。契約ですもんね」

 

 ? スクライアは何を気落ちしているのか。ようやく終わりが見えて来たから、少し気が抜けているのか?

 変態が視界に入った。スクライアをニヤニヤしながら見ている。男は男同士で何か通じ合っているようだ。オレの知ったことではないか。

 

「はっはーん。ミコちゃんも、相変わらず罪作りな女やなぁ」

「はやては相変わらず突飛だな。何処からそんな発想になった」

 

 要するにはやては、スクライアの反応を惚れた腫れたで言い表したいのだろうが。きっかけがなさすぎる。そう考えるには、状況的に難しいだろう。

 むしろ惚れた腫れたで言えば、一番怪しいのはなのはだ。スクライアはなのはと一緒に生活をしている。オレの知らないところで、そうなるきっかけが発生する可能性は高いはずだ。

 とはいえ、はやての説の可能性もゼロではないだろう。その場合、オレはスクライアをしっかり振ってやらないとならないのか。……面倒だな。この低確率を引かないことを祈ろう。

 しかし……なんだこの思考は。はやてから振られた話題だが、恋愛脳の思考じゃないか。年頃の女子か。……そういえば年頃の女子だったな、オレは。時々自分の年代が怪しくなる。

 恋愛云々は置いておいて、単純に「自分達には契約以外の関係性がなかった」と気付いたとかの可能性はあるか。

 彼は事件に関わったオレ以外の人間と事務的な関係以外で繋がりを持っている。最近ではテスタロッサとも、先ほどのような会話が出来るぐらいにはなった。

 そこに来て、オレとは中期ぐらいから協力しているはずなのに、完全に契約のみの関係だ。そのことに、ひょっとしたら思うところがあるのかもしれないな。彼だって本来は同年代の少年なのだから。

 それでもやはり、オレからすると、だからどうしたという話である。オレは最初から契約のみの前提で協力を申し出たのだ。今更その前提を覆されても、困るというものだ。

 

「よしんばそうだったとして、フェレットもどきに好かれても特に嬉しくはないな。生憎ケモノ趣味はない」

「はっはー、振られちまったなぁ、ユーノ」

「僕は人間ですよぉ!? っていうかそういうことじゃないから! 人聞きの悪い事言うなよ、ガイ!」

「訂正。変態に好かれるよりはよほどマシだ」

「然りなの」

「語るまでもないね」

「ガイ君にミコちゃんあげるぐらいなら、わたしはユーノ君に任せるで。いやマジで」

「……えー。何これ、比較対象がアレってだけで、高評価なのに全然嬉しくなくなる」

「Oh...」

「この間の一件から、本当にガイ君の風当たり強いですね。本当はいい子なのに……」

「自業自得だよ、変態性が上回り過ぎだ。それとも、ブランはアレ、いるかい?」

「……あはは、遠慮します」

「ソワレ、おかわり、する!」

「わらわもじゃー!」

「チビッ子達は元気だな。俺が装って来よう」

 

 とりあえず、ワイドエクスプロアは試してみることになった。

 

 

 

「ミコトちゃん、ちょっといいか?」

「……オレはお前と話す言葉などない」

 

 皆が帰るとき、変態が話しかけてきた。先日の一件以来、こいつと話すのも嫌になった。率直に言って気持ち悪く、控えめに言ってキモチワルイ。

 だが、本気で睨み付けてやっても彼は苦笑するのみ。……どうやら今は真面目モードのようだ。

 

「誰かに聞かれるとまずいことなのか?」

「そうでもないんだけど、頭おかしいと思われるかもしれないからな。それはちょっと困る」

「お前の場合今更だと思うが」

「方向性の問題だよ。変態って言われんのは別にいいけど、狂人って思われんのは辛いからな」

 

 変態と思われることも少しは構え。お前の被害にあっている全女性を代表して言うが、本当に気持ち悪くて嫌なんだからな。

 ……まあ、今の本筋はそこではないようだしな。少なくとも彼は、普通の人に聞かれたら頭がおかしいと思われるようなことを話そうとしているらしい。

 いいだろう、聞いてやろうじゃないか。

 

「それで、何だ? もし襲ってくるようなら悲鳴を上げるからな」

「それはそれで聞いてみた……冗談だよ。俺にそういう趣味はない。そういうのは両者の合意があってこそだろ」

 

 いいから、さっさと話せ。

 オレが無理矢理話題を戻すと、少年はしばし逡巡した様子を見せた。話そうとはしたものの、中々決心がつかないらしい。さっきの阿呆な冗談もそのせいか。

 だが、話さなければオレを呼び出した意味はない。彼は意を決し、口を開く。

 

「ミコトちゃんってさ。……死者の蘇生とか、出来る?」

「……お前、本当に頭が……」

「ってなるよね!? だから言い辛かったんだよ!」

 

 ああ、これは確かに普通の奴に聞かれたら「こいつ頭大丈夫か?」って思われる内容だ。しかも変態的な意味ではなく、正気を失ってる的な意味だ。

 死者蘇生。古来から人類が挑戦し、失敗し、不可能と結論付けられた技術。否、これこそまさに"魔法"だろう。いっそのこと存在し得ないということで、"神の奇跡"と言ってもいいかもしれない。

 そもそも死とは何か。生命活動が止まること。生物体を構成する細胞組織の主要部分が、再起動不能になること。再起動不能なものを再起動しようとするのだから、無茶な話である。

 壊れた機械を直す際に、壊れたパーツそのものを完全に直すことが出来るだろうか。答えは否。たとえ修理しようが、それは修理されただけのパーツであり、壊れる前には戻らない。

 それが起動不能に陥ってしまえば、もうパーツ交換しかなくなる。一応生命でもこれにあたる技術は存在する。臓器移植という奴だ。

 だが死によって主要臓器――脳が機能を停止し、その部分を他から移植して再起動できたとして、果たしてそれを死者蘇生と呼べるだろうか? オレは自信を持って否と答える。

 ならば死者蘇生は、一度停止した脳を再起動する方法しかない。細胞の停止によるネクローシスで破壊された細胞組織を破壊直前の元通りに復元し、生命活動を再開させるしかない。

 既存の生命工学でこれが出来ているならば、世界はとっくに死を克服しているだろう。そうではないのだから、死者蘇生は無理なのだ。それこそ、管理世界の魔法でも。

 さらに、これが出来ても「失われた連続性」は帰って来ない。その脳は一度「終了」しているのだ。パーソナリティが失われている。だから再起動したところで、そこにあるのは「新しい生命」だ。

 だから、オレはこう答える。

 

「無理だ。お前はきっと「コマンド」を期待してそう聞いたんだろうが、そこまでファンタジーな"魔法"じゃない。これにだって、出来ることと出来ないことの範囲がある」

 

 出来ないから、召喚体を作っているのだ。「コマンド」だけでははやての足を治せないから。

 オレの答えに、藤原凱は「そうだよなぁ」と苦笑した。ダメで元々だったか。

 

「生き返らせたい犬猫でもいるのか?」

「そこで人間って聞かないところが、ミコトちゃん優しいよな」

「いや、単にお前にそんなシリアスは似合わないと思ってな」

「はは、違えねえや。まあ、俺には今のところ死んだ知り合いもペットもいない。俺自身は、死者蘇生なんて奇跡にすがる予定はない」

 

 なるほど。つまりは、だ。

 

「今後、そういう人物が現れる可能性がある、ということか」

「……ほんとミコトちゃんって察しがいいよな。例によって、詳しいことは話せないんだけどな。必要になるかどうかも確証はない」

「そういう話だったからな。期待に沿えなくてすまなかった」

「いいって。多分、死者蘇生なんてものは必要ないってことなんだろ」

 

 ふむ。それはどういうことだ?

 

「死者蘇生がなかったら人は幸せになれないってんなら、世の中不幸しかないだろ。人はいつか必ず死ぬんだから」

「確かにな。だが、親しい人が死ねば、一時的に不幸にはなるだろう。乗り越えられるかはその人物次第だ」

「つまりは、そういうことだろ。もし俺の言った通りになったとしても、乗り越えてもらえばいいんだから」

 

 その通りではある。だが、本気で死者蘇生を求めるほど狂った人間が、果たして現実に立ち向かえるだろうか。

 

「そこは、周りの働き次第だと思う。周りの人たちが、その人が必要としてる支えになってやれれば、転落する前なら何とかなる」

「つまり……説得か」

「そういうことだなぁ」

 

 もう藤原凱もこちらがそれが誰なのかを察していることを分かっていて、あえて何も言わないようだ。「言えない」という話だから、こちらも詮索する気はない。

 "彼女"が誰を生き返らせたいのかは分からない。それが正しいかも分からない。だが、考えておく必要はありそうだ。このおふざけを愛する変態が、真面目な藤原凱として話してくれたのだから。……癪な話だ。

 

「分かった。情報提供感謝する」

「すんげぇ曖昧で不確実な情報しか渡せなかったけどな。……あ、感謝するってことなら、一つお願い聞いてもらいたいんだけど」

「あまり変なお願いは聞けないぞ。情報分だけだ」

「分かってるって。言葉だけでいいから」

 

 まあ、それなら。そう答えると、藤原凱は満面の笑みでこう言った。

 

「罵ってください!」

「……」

 

 オレの左拳が、変態の鼻っ面をブチ抜いていた。変態は満足そうに帰って行った。

 本当にあの変態は意味が分からん。分かりたくもないが。

 

 

 

 

 

 翌日の早朝。本日から連休開始であり、学生組もジュエルシード探索に本腰を入れることが出来るようになる。

 テスタロッサの提案も、これを見越してのことだろう。恐らく彼女は、この連休中に全ての片を付けるつもりでいる。

 今オレ達は、テスタロッサが借りているマンションの屋上に出て、バルディッシュを構えた彼女の後ろで見守っている。

 昨日言っていたワイドエクスプロアを試すために、高度のある開けた場所に出てきたのだ。

 この場にいるのは、オレ、ソワレ、ミステール(ブレスレットとして装備中)、なのは、恭也氏、変態。テスタロッサと彼女の補助をするスクライアとアルフ。

 スクライアの話では、今回使うワイドエクスプロアは、通常の倍以上の魔力を消費するらしい。放射する魔力波動に復路分のエネルギーを持たせなければならず、また自動反射のプログラム分もある。

 そもそもワイドエクスプロアは、元々かなりの魔力を消費する魔法だそうだ。単位面積あたりのエネルギー量は少なくとも、全方位数kmに渡って放射しなければならないのだ。総量にすれば相当だろう。

 その消費をテスタロッサ一人に負担させると、後々の回収作業に支障が出るかもしれない。そこで、彼女の使い魔であるアルフと、補助魔法を得手とするスクライアが協力することになった。

 なお、なのはは勉強不足で手を貸す方法が分からないため、変態は防御魔法と結界以外何もできないため、それぞれ協力出来ない。付け焼刃が露呈した瞬間であった。

 

「……よし。こんな感じで大丈夫かな」

「本当にこれでいいの? これだと、ユーノの負担が大きくなっちゃう。キミはこの世界の魔力要素が体に合わないのに、悪いよ」

「いいんだ。封印の段階になったら、僕が出来ることなんてほとんどない。防御と結界に関しては、有能だけど変態なバカ弟子がいる。補助と遊撃だったら、キミの使い魔がいる。ここが僕の正念場なんだ」

 

 話から察するに、テスタロッサの負担を少しでも軽減しようと、スクライアが相当量の魔力を提供するつもりらしい。

 だが、先日の会談でも聞いていた通り、彼の今の姿というのは省エネのためのものだ。ここで多量の魔力を消耗すれば、その後は使い物にならないだろう。

 答えを求めるかのように、テスタロッサがオレをチラリと見た。どうにも、本格的にオレがリーダーだと思われてしまっているみたいだな。しかも全員から。

 

「スクライアの判断は正しい。テスタロッサ、君が恭也氏に次ぐ戦力であることは、君自身も理解しているはずだ。ジュエルシード封印という意味で考えれば一番だ」

「はは……あたしはいまだに、魔導師じゃない恭也さんがこの中で最強ってのが意味わかんないよ。管理世界の常識何処行った」

 

 アルフは先日スクライアが通った道を進んでいるようだ。その先に悟りの境地があるのだろう。スクライアはそんな感じの表情だった。

 

「テスタロッサとなのはは、出来る限り万全の状態でジュエルシード封印に当たらなければならない。それに比べればスクライア自身の優先度は下だし、事実彼はそう判断した」

「……ありがとうございます、ミコトさん。僕の意志を尊重してくれて」

「客観的な判断として間違っていなかったというだけのことだ。オレへの感謝ではなく、冷静に判断出来た自分を褒めてやれ」

「それでも、感謝です。僕は、あなたと出会えて、あなたという素晴らしいリーダーの下で行動出来て、本当によかった」

 

 だからオレをリーダーに祭り上げるな、クライアント。周りも周りで納得した空気を出してるんじゃない。

 

「死亡フラグを立てるのはその辺にしておけ。魔法行使後に魔力切れでポックリとか、冗談にしても笑えない」

「……あはは、そうですね。もしかしたら、今日で全部集められてしまうかもしれない。これで終わりかと思ったら、つい」

「そ、っか。今日で、ジュエルシードが全部集まるかもしれないんだね……」

 

 なのはも気付いたようにつぶやき、少し寂しげに俯いた。そうなれば、オレ達と行動を共にするのは、今日で最後だ。オレにはその後テスタロッサ親との交渉という仕事があるが、なのはには関係がない。

 彼女の感傷は、オレには分からない。これを終えてオレが感じることは、一仕事終えた後の脱力と、次への意気込みの二つだけだろう。オレには相変わらず、「寂しい」という感覚が分からない。

 だから、彼女と同じ気持ちを共有することは出来ないし、気を使うことも出来ない。いつも通り振る舞うだけだ。

 

「そういうのを、取らぬ狸の皮算用と言うんだ。反省も感傷も、全部終わるまで取っておけ。それが原因でミスされたんじゃ目も当てられない」

「……ははっ、確かに! ちゃんと集中します!」

「やっぱりミコトちゃんには、まだまだ敵わないなぁ。なのはももっと頑張らないと!」

「あまり根を詰めるなよ、なのは。……本当に、お前はリーダーの器だよ、ミコト」

「ですよねー。これ終わったら、冗談じゃなくてマジでアタックしよっかな。俺の女王様になってください!って」

 

 変態が何か言っているので、無言で距離を取った。ハーレム思考でドM。救えないな。

 誰からも構ってもらえなかった変態はひどく落ち込んだが、オレの知ったことではなかった。

 

 そして、テスタロッサが魔法の言葉を紡ぐ。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。彼方まで探れ、災厄の根源を」

『Wide explore EX.』

 

 彼女の展開した黄金色の魔法陣が強く輝き、目に見えない波動が解き放たれた。近くにいたからか、魔力を感じられないオレでも、何かが通り過ぎたのを感じ取ることが出来た。

 テスタロッサは目を閉じたまま。戻ってきた魔力波動から、ジュエルシードに吸収されて空白になった部分を絶対に見落とさないように集中している。

 待った時間は、それほど長くなかった。30秒かそこら。それで数kmを探索し終えるというのだから、何とも便利な魔法だ。

 テスタロッサが目を開ける。何かが戻ってきた感覚はしなかったから、減衰しきってオレには感じ取れないレベルだったのだろう。

 彼女の魔力消費の大半を肩代わりしていたスクライアが、ガクリと崩れる。なのはが慌てて駆け寄った。意識ははっきりしているようなので、命に別状はない程度だろう。

 

「……皆、大変だ」

 

 と。テスタロッサが険のある声色で、少なからぬ震えを交えて事実を告げた。

 

「ジュエルシード二つが接近してる。早く封印して回収しないと、まずい」

「……なんだと?」

 

 彼女の言葉を正しく理解し、オレも内心に波を立てる。変態も理解したのか表情を強張らせ、恭也氏は空気から察して張りつめる。

 唯一分かっていなかったのはなのはのみ。だが、悠長に説明している時間もない。

 

「方角は?」

「あっち……海鳴臨海公園の方。消滅角度の大きさから考えて、多分距離もそのぐらい。……走って行く時間はないね」

「ああ、緊急事態だ」

「え? え??」

 

 バリアジャケットを展開するテスタロッサ。ソワレを身に纏い、エールを顕現させるオレ。なのはだけ、いまだに理解が追い付いていない。

 

「説明は急行しながらだ。なのは、とにかくデバイスとバリアジャケットを展開しろ」

「あ、は、はい! レイジングハート!」

『All right.』

 

 オレに言われてすぐに反応できたのは僥倖だったか。……何か、オレの言うことだったら疑問を持たずに従いそうで怖い。この少女の今後が若干不安になった。

 

「アルフ。藤原凱を転送魔法で運んでやれ。恭也氏は、申し訳ないが自力でたどりついていただきたい」

「……あたしじゃ、自分以外は人一人が限界だからね。分かった。ユーノはどうするんだい?」

「しばらくここに置いて、回復したら自分の転送魔法で来させる。今は彼に構っている余裕はない」

「はあ、はあっ……そう、だよ。僕のことより……この世界の、危機だっ……」

 

 そう。今のこの状況は、まさにこの世界の存続の危機と言って過言ではなかった。

 

 ジュエルシードの作用機序。それは、オレが以前に説明した通りだ。魔力を用いて力任せに分岐の壁をこじ開け、結果という事象のみを引き寄せる。それによって願いを叶えようとする宝石だ。

 何故「叶える」ではなく「叶えようとする」なのかというと、単純にこの方法で実現するには、ジュエルシードが持つ力が全く足りないのだ。

 まず、分岐の壁とはそう簡単にこじ開けられるものではない。時間の流れに逆らえないのと同じように、可能性の断崖を超えることは通常ではありえない。

 それを、力任せに世界に穴をあけることで実現しているのだ。とはいえ、ジュエルシードの力をもってして開けられるのは、ほんの小さな小さな穴程度だ。原子のやりとりすら出来るレベルではない。

 だから結果のみを引き寄せるという形なのだろうが、これにも問題がある。分岐世界間の距離だ。遠い結果を呼び寄せるためには相応の力がいるが、ジュエルシードの力は穴をあけるので尽きている。

 せいぜいが出来て、ほんの隣の結果を呼び寄せる程度。しかも作動の魔力で周囲に影響を与えまくるものだから、結果が正しくトレースされるとも限らない。

 "願望機"という見方においては、所詮「叶えようとする欠陥品」程度のものでしかないのだ。

 ちなみに、ジュエルシードの暴走体というのは、この魔力が周囲に影響を与えただけのものだ。トレースするための結果がないのに、適当に結果をトレースした結果、という感じか。

 

 さて、ここで今回のケースだ。二つの異なるジュエルシードが、未封印の状態で接近している。これの何がまずいかと言うと、結論から言うと「次元震発生の可能性が高い」ことだ。

 ジュエルシード一つ一つが世界に干渉出来る内容そのものはそれほど大きくないが、それでも「可能性に干渉している」という事実がある。そこで問題になってくるのが、「二つの異なる可能性のベクトル」だ。

 ジュエルシードの一つがある願いを叶えようとする。それとは別に、もう一つのジュエルシードは他の方向性で可能性に干渉する。

 そうなると、二つの別ベクトルに引っ張られた可能性は、歪む。これが曲者だ。可能性の歪みは、それ自体が小さくても、周囲に与える影響が半端ではない。

 一枚の紙を、中央のわずかな部分だけでもクシャッとすると、全体に歪みが広がる。そんなイメージだ。そして歪みは、「次元空間の震動」という形で顕現する。

 次元震は「次元断層」の発生要因だ。これが発生した場合、もう為す術はない。周辺の世界は引き裂かれ、存在を持続できず、崩壊する。まさに破り捨てられた絵のようになるというわけだ。

 もちろん次元震=次元断層と安易に結びつけることは出来ないが、それでも可能性が0でない以上、これは危機的状況なのだ。

 

 加えて、今回はワイドエクスプロアの魔力波動によって、ほんのわずかとはいえジュエルシードを刺激している。予断が許される状況ではない。

 空を行きながら、ミステールの念話共有によって現状の危機を伝達する。隣を飛ぶなのはの顔色が、あからさまに青くなった。

 

「た、大変なの!」

「だからそう言っている。そのためにテスタロッサを先行させた」

 

 なのはの飛翔速度は、オレと――ソワレ+エールと同程度だった。当然、テスタロッサの本気に比べて圧倒的に遅い。

 だからより詳しい場所を知る彼女を先に行かせ、捜索に当たらせた。……だが、彼女の言葉から考えて、何らかの生物が運んでいる可能性が高い。今なお移動しているかもしれない。

 やはり人手は必要なのだ。呑気に茶を飲んでる場合じゃない。

 

「スーパーが開く前だったのが痛すぎるな……」

 

 何を阿呆なことをと思うかもしれないが、これのせいでオレの探索能力が格段に落ちてしまっているのだ。つまり、もやしアーミーのための素体がない。

 買い置きをしておけば違ったのだろうが、もやしアーミーの素体は、使い終わったらちゃんと食卓に並べている。あまり鮮度を落とすことは出来ない。

 だから今日もスーパーが開いてから買おうと思っていたのだが……見通しが甘かった。万全を期すならば、昨日のうちに購入しておくんだった。

 

「恐らく、スクライアを除けばオレ達の到着が一番遅い。念話は聞き洩らさないようにしろ」

「え……お兄ちゃんよりも?」

「……君の兄は、鳥よりも速く走れる人間だったよ」

 

 というか、多分テスタロッサより速い。人外剣士にも程があるだろ、御神流。

 オレの告げた非情な現実に、なのはは「わたしの家族って……」と項垂れた。

 

 

 

 

 

 予想通り、オレ達が臨海公園に辿り着いたのは、恭也氏が到着して少ししてのことだった。なのははやはり落ち込んだが、今はそんなことをしている場合ではないので、散会して探索を開始した。

 臨海公園と一口に言っても、かなりの面積がある。海鳴の海岸線に沿って作られた巨大な公園で、遊歩道や防風林がそこかしこにある。複数人で同じところを探していたら目も当てられない。

 だから、念話共有を使って、他とかぶらないところを探す。特に気を付けるべきなのは、野良猫と鳥だ。

 早朝ということもあって、やはり人通りは全くない。だからこそオレ達も空から来るという選択肢を選べたのだが。

 となれば、ジュエルシードを移動させたのは人ではなく動物。海鳴に野犬はいないので、ネコか鳥が物珍しさにくわえてしまったのだろう。

 一応、どこかの地面に落としている可能性もあるので、怪しいネコを探すついでには見ているが。そんな簡単に見つかると楽観視はしていない。

 

「……如何に普段もやし達に頼っていたかがよく分かるな」

『ソワレ、もやし、すき』

『彼奴らはそのための存在であろ。とはいえ、今はないものねだりをしている状況ではないぞ』

「分かっている。ミステールが魔力を感知できればな……出来ないのか?」

『……そういう発想はもう少し早く持ってもらいたかったぞ、主殿』

『気付かなかったミステールちゃんも人のことは言えないよ』

 

 つまり、因果さえ組めば出来るというわけだ。まさに盲点だった。「オレには魔力を感じる術がないから」と、もやしアーミーに頼り過ぎた結果がこれだ。

 ミステールの理解力は悪くないが、特別良いわけでもない。この切羽詰った状況下で、新しく魔力を感じ取る因果を成立させろと言っても、混乱するだけだ。念話共有の維持も出来なくなる。

 

「それこそないものねだりというやつだ。目視で探す。協力してくれ、エール、ソワレ、ミステール」

『うん! ソワレ、ミコトの、ちからになる!』

『それが我らの存在理由故。のう、長兄殿』

『そうさ! 今更わざわざ言う必要もないことでしょ、ミコトちゃん!』

 

 ……本当に、どうしてオレみたいな奴から、こんなに親思いな子達が生まれたんだろうな。ちょっと胸が熱くなったぞ。

 召喚体達からの応援を受け、気を取り直して空を見る。

 

 その瞬間。視界の真ん中を、青く光る宝石をくわえた一羽の鴉が横切るところだった。

 

「ッッッ! 見つけたっ! ソワレ、エール!」

『うん。エルソワール』

『飛ばすよっ!』

 

 オレらしくもなく、歓喜の声を上げて空を飛ぶ。ソワレの翼でエールの風を受け、オレはジュエルシードをくわえる鴉の後を追った。

 もちろん、念話も忘れない。

 

≪ミコトだ。現在ジュエルシードをくわえた鴉を追跡中。場所は公園東の防砂林スタート。至急援護を頼む≫

 

 オレの飛翔速度は鳥と同程度。目の前の鴉に追いつくことは出来ない。そしてオレの射撃の腕では、この状況では乱数が多すぎて、当てることが出来ない。

 それこそ鴉の逃げ場がないほどの面攻撃で風圧弾を撃てれば違うだろうが、エールにそれほどの力はない。というかエールは現在飛翔制御に全力を注いでおり、他のことは出来ない。

 ソワレなら面攻撃も出来るだろうが、溜めに時間がかかる。その間に逃げられることは想像に難くない。やはりオレ一人では、出来ることはそう多くないのだ。

 念話に真っ先に反応したのは、テスタロッサ。

 

≪こちらフェイト。ミコトの現場に急行します。少なくとも一つ封印出来れば、次元震は抑えられる≫

 

 助かる。空中戦で彼女が来てくれるなら、もうこのジュエルシードは封印出来たも同然。少しの安堵が胸中に生まれる。

 

 次いで、なのはから念話が入り――事態は急転直下となった。

 

≪なのはです! こっちもジュエルシードをくわえてるネコさんが……にゃあああ!? ミコトちゃんなんでこっちに!?≫

「なんだとッ!?」

 

 鴉から視線をさらに向こうにやると、なのはがこちらを見て驚愕の表情をしていた。そして彼女の体が向く方向には、ジュエルシードをくわえたネコの姿。

 どういうわけか、鴉はネコの方向に一直線に向かっていた。……そういうことか! 鳥風情のくせに強欲な奴め!

 内心で舌打ちをする。光物に目を奪われた黒い鳥は、二つともを回収するつもりだ。それがどんな事態を引き起こすかも分からずに。

 なのはの封印は間に合わない。どんなに急いでも、彼女が再起動して封印を開始する前に、鴉はネコからジュエルシードを奪う。

 テスタロッサは、今ようやく視界に現れた。だが彼女の速度をもっても、事が起こる前に辿り着くことは不可能だ。それは射撃魔法でも同じこと。

 オレは、たとえ今から狙いをネコに変更したところで、鴉に後れを取る。「夜想曲の弾丸」をネコに当てられたところで、ジュエルシードは鴉に回収されるだろう。

 万策尽きていた。オレ達に出来ることは、鴉が回収してからジュエルシード発動までにタイムラグがあること、そして発動したとしても次元震が発生しないことを祈るしかなかった。

 

 そして。

 

 

 

「にゃっ!?」

「ッ! これは!」

「バインド!? 誰がっ!」

 

 唐突に、オレ達三人は動きを止められた。空間に出現した水色のリングによって。

 それとほぼ同時に、上空から水色の帯が伸びて来て、ネコと鴉がそれぞれくわえたジュエルシードを包み込む。驚いた二匹の動物は、くわえていたものを離して何処かへ逃げて行ってしまった。

 帯――何者かによる封印魔法によって、ジュエルシードは刻印を浮かび上がらせる。II(2)とVIII(8)。それは、なのはやテスタロッサとは比べ物にならないほど滑らかな封印魔法だった。

 封印された二つの宝石は、まるで主に従うかのように、上空にいる何者かの元へと浮かんでいき。

 

「ここは管理外世界だ。管理外世界での魔法の使用は禁止されている」

 

 朗々たる少年の声が響いた。幼い、まだ声変わりをしていない少年の声でありながら、何処か厳かな雰囲気を持っていた。

 ――それはもしかしたら、彼が持つ肩書き故の、責任感が生み出したものなのかもしれない。

 浮かんでいたのは、黒のバリアジャケット――アーマースーツと言った方がいいかもしれない――を着込んだ、短い黒髪の少年。年の頃は同じぐらいか。

 手にはデバイス。黒い天使を思わせる意匠の、機械的な魔法の杖。

 

「僕は時空管理局執務官、クロノ・ハラオウン。君達には違法な魔法使用、及びロストロギア不法所持の嫌疑がかけられている。次元空間航行船「アースラ」まで、御同行願いたい」

 

 それが、彼の正体だった。

 ――テスタロッサの時といい今回といい、どうにもオレは、管理世界の連中との最初の出会いは、最悪な形になるジンクスがあるらしい。




あんまり進まなかった話。いや裏では結構動いてるんですよ。ジュエルシードも残すところ海中に眠るやつのみになりましたし。
クロ助が現れましたが、ふぅちゃんとアルフが逃げることはありません。だって必要ないですし。悪いことしてないもん(但し無断渡航の件は除く)
封印シーンだけでクロ助の圧倒的っぷりを表現出来たので僕、満足!!

次元震がなかったのに何故クロノがここにいるのか? 後々説明されると思いますが、実はかなりの偶然です。原作と比較すると、時期的には一週間程度のずれがあります。
ですがこの先のジュエルシードを回収するのは、はっきり言ってミコト達だけでは困難です。なので、ある種のご都合展開(ミコトにとって非常に都合が悪い的な意味で)です。
以前のあとがきで説明した通り、彼奴らの登場によって協定の前提条件は破綻するし、コマンドは根掘り葉掘り聞かれるしで散々な目にあうでしょう。酷い目にあうミコトちゃん可愛い(マジキチ)

しかしミコトの立ち位置が完全に指揮官になってる……。どうしてこうなった。

冒頭でちょろっと出てあっさり封印された暴走体のモデルは、仮面機械獣「ゴート」です。あとはグヨーグを出さなきゃ(使命感)
オドルワ? ああ、オドレンワのことね(ィイヤァーッホィッ!!)

ミコトちゃんのちょいちょい女の子らしい面を描けて僕、満足!!(総括)


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十五話 時空管理局 時

今回は始まってちょっとしたらクロノ視点です。

2016/09/07 「クロノへの報告」パートを全てカギ括弧で括りました。


「思えば、オレ達の出会いは本当に最悪だったな。運命などというものを信じていないオレも、さすがにあのときは信じてみたくなったよ。もちろん、悪い意味でだが。

 だが、今から思い返してみれば、かなりの笑い話だ。特にお前と恭也さんの殺陣は、思い出すだけで腹筋が痛い。……二度と思い出したくないって? そりゃお前が悪いし、相手が悪い。

 遅れて来たガイとアルフと、回復したユーノが止めなかったら、今頃お前は三途の川の向こう側だ。あの人は妹に危害を加える相手には、ほんと容赦ないから。

 あの人にとっては、あの時点でオレもはやても、フェイトも、妹同然だったんだろう。妹三人が縛られてたんだ、そりゃ本気で襲い掛かってくるさ。……別にオレは気にしてないから、謝る必要はない。

 ん? オレにとって恭也さんは何か? ……そうだな。今ではオレも、あの人のことを兄のように思っているよ。あれだけ可愛がってもらったんだ。いくらオレでも、そう思えるぐらいではあるさ。

 まだあるのか? ユーノとガイ? ふむ……ちょっと難しいな。距離感が絶妙に微妙だ。

 ユーノは、最初は契約だけの関係だった。向こうもそうだ。だが事件を解決するにつれ、向こうはオレを慕って行ったみたいだ。それにほだされたわけじゃないが……男から本気でそういう目で見られたのは、初めてだったな。

 ガイに関しては、それこそよく分からない。オレも、あいつが何処まで本気で、何処まで冗談なのか、今でもさっぱり分からない。他の男とは一線を画す程度には認識しているが、分かる日が来るんだろうか。……分からないでもいい気がするな。

 ……何をイライラしている。お前が知りたいと言ったんだろう。何? じゃあお前はどうなのか?

 ふふ、どうだろうな。……別に意地悪をしているつもりはない。少し、思い出したいと思っただけだ。お前との出会いと、この事件――「ジュエルシード事件」の顛末をな。

 

 ああ、その通りだ。ここからはお前が語れ。オレばかりがしゃべって、少し疲れた。休憩させてくれ。

 なに、オレの手が必要になったら口出ししてやるさ。気にせず話してくれ」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 時空管理局所有船、次元航行艦「アースラ」。その艦長室に、僕は先ほど現地で回収した重要参考人たちを案内していた。……なるべく失礼のないように、丁重に。

 僕の惨憺たるありさまに、ここに来る途中に僕を見た局員たちは一様に目を見開き呆然とし、通信主任の腐れ縁は隠しもせずに大爆笑してきた。

 今の僕の姿は、アーマースーツ然としたバリアジャケットのままだ。だがそれは、ところどころ刀傷のようなものがついており、激戦を潜り抜けた後を髣髴とさせる。

 対して、僕が案内する参考人たちは完全無傷の五体満足。別に僕がロストロギアの暴走から彼らを守ったとかではない。彼らのうちの一人にやられたのだ。

 その一人。魔力を持たない一般人のはずの現地人である「高町恭也」氏は、僕のことを鋭く睨み付けている。少しでもおかしなことをしたらその首を撥ねる、と死線が語っている。誤字ではない。

 

 ロストロギアを追っていたと思われる三人の少女達。二人は魔導師であると確定したのだが、一人はよく分からなかった。とにかく、現場に到着すると同時、現場保存のためにロストロギアを封印、三人を拘束した。

 そこへもう一人現れたのが、彼。最初は迷い込んだ一般人かと思い、結界を張らなかった彼女らに呆れた。だが次の瞬間、僕の体が吹っ飛ばされて、柵に叩きつけられていた。

 何が何だか分からなかった。彼が一息に僕の懐に飛び込み、とてつもない威力の蹴りを叩き込んだのだと気付いたのは、彼の持った小さな刃が僕のシールドを切り裂いたときだった。

 ありえなかった。彼が魔力を持っていないことは、初見で確認済み。魔導師である僕の防御を抜くことは不可能だ。不可能の、はずだった。

 どういう原理か、バリアジャケットの上から衝撃を通す斬撃と蹴り。シールドを切り裂く刃(魔法的な力が加わっていないことも確認済)。距離を取れば、正確無比なコントロールで針を投げてくる。

 これまで時空管理局の執務官として数々の事件を潜り抜けて来た僕が、完全に赤子扱いだった。いっそ本当に赤子扱いだったら、どれだけ楽だったか。その上で彼は、濃密な殺気をぶつけてきたのだから。

 

「貴様が何者か知らんが……俺の妹たちに手を出して、生きて帰れると思うなよ!」

 

 飛ぶことも許されず(飛翔の瞬間のわずかな隙をついて接近してくるため)つばぜり合いを余儀なくされた中で彼が放った台詞だ。

 どうやらあの少女達のうちの一人が彼の妹のようで、バインドで拘束した僕を敵と見なしているらしい。管理局の職務でやったことなのだが、そんな言い分は通用しそうもない。

 何とか拘束しなければ……だが、彼に対してそれが可能なビジョンが全く浮かばない。何か大きなアクションを起こせば、その瞬間に首が飛ぶ。そんなビジョンしか浮かばなかった。

 圧倒的不利な状況。それを覆したのも、向こう側の人間だった。

 

「ようやく見つけ……うえええええ!? 恭也さん何しちゃってんですかアンタぁ!?」

「皆、一体どうなっ……はあああああ!? 何で管理局の人と戦ってんのォォォ!?」

「ガイ、ユーノ! 恭也さんを止めるよ! あのままじゃほんとにヤっちゃいそうだ!」

 

 彼の仲間と思われる、魔導師の少年と変身魔法を使った魔導師、それから使い魔の女性。彼らが剣士を羽交い絞めにして説得したことで、何とか僕は一命を取り留めることが出来た。

 あのまま戦いを続けていたらどうなっていたか……想像したくもない。

 

 かくして僕は、何とか管理世界の少年――「ユーノ・スクライア」に間を取り持ってもらい、アースラへの同行をお願いしたというわけだ。

 

「……そろそろ殺気を収めてくれ。もうこちらに戦意はない」

「戦意はなくとも害意はあるかもしれないだろう。お前の太刀筋は、信用できん」

 

 僕はそもそも剣では戦っていないのだが。何とか裏をかこうと足掻いたせいで、警戒されているようだ。このままでは埒があかない。……本当は職務中にはまずいんだが。

 

「「S2U」、バリアジャケット解除」

 

 ストレージデバイスを操作し、展開しているバリアジャケットを解除。のみならずデバイスもカード状の待機形態に戻す。

 彼が魔法にどれだけ通じているかは分からないが、魔導師と行動をともにしているなら、この行為が何を意味するかは分かるだろう。

 

「これでこちらに危害を加える手段は存在しない。もしこれでも信用ならないようだったら、僕のデバイスをあなたに預ける。どうだろうか」

「……分かった。そこまでされて信じないわけにはいかない。今は、信用しておこう」

 

 そう言うと彼は、ようやく殺気をおさめてくれた。はあ、と大きなため息が漏れる。

 と、そうだ。

 

「君達も、そろそろバリアジャケットとデバイスを解除したらどうだ。それとそこの君。ここは管理世界と同じ環境を維持している。変身魔法を解いて大丈夫だ」

 

 魔導師二人とよく分からない子一人、それからフェレットもどきに向けてそう告げる。

 魔導師はすぐに指示に従い、バリアジャケットを解除し、デバイスを待機状態にした。ユーノ・スクライアは魔法陣を展開し、人の姿に戻って一息つく。よほど長い時間変身しっぱなしだったようだ。

 

「……あれ? ユーノ君って女の子だったの?」

「違うよ!? こんな顔だけど立派な男だよ! やっぱりなのはは一回性別間違えなきゃ気が済まないの!?」

「やっぱりって、今までも一回だけだもん! それにあれは、不幸な行き違いって言うかなんて言うか……とにかく違うもん!」

「コントは後にしてくれ。……君は、解除しないのか?」

 

 残った一人。状況から魔導師だと思われるけど、魔力を一切感じないためよく分からない少女。彼女は黒いドレスを思わせるバリアジャケット……いや、バリアジャケットのようなものを解除しなかった。

 そして彼女は、僕の前で初めて口を開いた。

 

「少し、事情がある。オレはこのままでいさせてもらおう」

「……分かった。今はそのままでいい」

 

 思ったよりも迫力のある言葉遣いで、ちょっと面食らってしまった。見た目は清楚系っていうか、ちょっと冷たい感じはあるけど一番女の子らしい容姿なのに。ギャップが酷い。

 一人だけ武装を解除していない状態だが、デバイス……こちらもデバイスらしきもの、だが。それはいつの間にか解除していた。彼女は初めから対話の姿勢だったのだろう。

 ならばこれで対話の準備は完了だ。僕は艦長室の前に立ち、室内にいる僕の母――この艦の艦長に向けて呼びかけた。

 

「失礼します、艦長。現地の参考人に来ていただきました」

「ありがとう、クロノ。入っていただいて」

 

 自動ドアの前に立ち、ドアを開ける。そして横に避け、着いてきた彼らを中に促す。……高町恭也は、横目で僕のことを見ていた。戦意は収めたが、警戒は失っていないようだ。

 しんがりを務めた少年――ユーノではない、黒髪黒目の少年、「藤原凱」だ。彼はこちらに、何故か憐みの目を向けてきた。

 

「ドンマイ☆」

「……意味が分からん。さっさと中に入ってくれ」

「ういーっす」

 

 緊張感のない軽い調子で、彼もまた艦長室に入って行った。それを見て、僕は一つため息をついてから、後に続いた。

 

 

 

 艦長室の内装は、奇しくも第97管理外世界の日本という国――つまり彼らの国の文化を取り入れた造りになっている。艦長の趣味で、「和」という文化らしい。

 

「皆さん、こちらの無理な同行の呼びかけに応じていただき、感謝致します。私はリンディ・ハラオウン。この艦の艦長をしております、時空管理局の提督です」

「なっ、管理局の提督っ!? そんな大物が直接!?」

 

 母さ……リンディ提督の自己紹介に、ユーノが大げさに狼狽えた。いや、一市民である彼にとっては大げさではないのかもしれない。確かに、通常ならまずありえないことだ。

 普通、こういう次元犯罪もしくはそれに準ずるものの調査の場合、捜査官や検査官が面談する。一々トップが動いていたのでは、組織として成り立たない。

 では何故、今回は提督本人が面談をしたのか。それは彼らが、今僕達が追っている事件の、重要なカギを握るかもしれないからである。そう判断した提督は、自ら面談を申し出たのだ。

 母さんは、パッと見では人のよさそうな優しげな女性だ。荒事とは縁のなさそうで、息子が一人いるとは思えない若々しさを持っている。

 その実、管理局という犯罪者と最前線で戦う組織において、提督として戦い続けた猛者である。その判断力と直感力は、難事件を解く小さな手がかりを見逃さず、幾度も解決に導いてきたのだ。

 そんな提督の直感を軽視することなど誰にも出来ない。だからこの普通ならばありえない面談は、一切の反対意見なしに通ったのだ。

 ユーノを落ち着かせるため、リンディ提督は人の好さそうな顔を浮かべる。それは天然でもあるが、計算でもある。

 

「そう畏まらないでください。こちらはお願いしている立場なのですから。楽にしていただいて結構ですよ」

「……だが、そちらの「執務官」とやらは、俺の妹たちを有無を言わさず拘束した。それについては、どう説明する」

 

 高町恭也の視線が再び僕を射抜く。……もしこの男が暴れ出したなら、僕達では止められないだろう。ここは彼の間合いだ。正直に言っていいのなら、内心恐怖でいっぱいだ。

 だが提督は、そんなことはおくびにも出さない。深々と頭を下げる。

 

「それに関しては、完全にこちらの落ち度です。事実確認の時間があったにも関わらず、それを怠りました。申し訳ありません」

「……いや、こちらこそ失礼しました。俺も、情報が足りない状況ではああするしかなかったことは、理屈では分かっている。己を律することが出来ず、申し訳ありませんでした」

 

 提督の態度が、高町恭也の譲歩を引き出した。……ここは、僕も頭を下げておくべきところか。

 

「君達も、突然拘束してしまって申し訳ない。事態が予断を許さないようだったから、全力で対処してしまったんだ」

「ううん、なのはは気にしてないよ。それに、クロノ君のおかげで助かったの」

「うん。あれは危機一髪だった。わたし達じゃ間に合わなかった。だから、ありがとう、クロノ」

 

 む。まさかお礼を言われてしまうとは。調査不足のまま横やりを入れたのだから、批難されるのも覚悟の上だったんだが。

 どうやら彼女達は、思った以上に大人な対応が取れるようだ。正直、助かった。

 ……もう一人、黒のドレスの少女。彼女は何も言わず、ただひたすら僕と艦長を観察していた。何かを見定めるように。

 あの口調といいこの態度といい、不可解な魔法といい、掴みづらい少女だと思った。

 と、使い魔の少女が金髪の少女の服をちょいちょいと引っ張った。どうやら彼女はあの子の使い魔らしい。……念話で何か相談をしているな。

 

≪大丈夫だよ、わたし達は何も悪い事してないんだから≫

≪だけどほら、あたし達ってこの世界に来るとき、許可取らなかったじゃないか≫

≪……あ≫

≪はあ。裏で何の相談をしているのかと思ったら。今は聞かなかったことにしてやる≫

≪!? ど、どうして念話に!?≫

≪使い魔との念話は秘匿の方にしておけ。一般だとこうやって第三者に盗聴されるぞ≫

 

 彼女達は無断渡航者だったようだが、今はそれ以上の事件を追っているのだ。一々相手にしている時間はない。それに、犯罪者にしてはいまいち危機感が薄いからな。念話を傍受されたのがいい証拠だ。

 金髪の少女「フェイト・テスタロッサ」は、周りから見たら突然あわあわ言い出したように見えただろう。栗毛のツインテールの少女――「高町なのは」が何事かと見ている。

 ここでようやく、黒の少女が口を開く。

 

「……先ほどハラオウン執務官が現れたとき、「違法な魔法使用とロストロギアの不法所持の嫌疑」と言われたが、我々はその件で呼び出されたのではなかったのか?」

 

 相変わらず固い口調だ。確かに、僕はそう言って彼女達を拘束した。確かにその通りなのだが。

 

「それについては、本人の口から謝罪をさせます。クロノ」

「はい。……僕はあの時点では、君達の情報が一切なかった。そのため、現場の判断として先述の嫌疑をかけて行動を起こしたんだ。大変不愉快に思われたことだろう。本当に申し訳ない」

 

 深く、謝罪する。あの後、ユーノ・スクライアからの簡単な事情説明を受け、彼女達が悪事のために魔法を使っていたわけではなく、ロストロギアも持ち主からの依頼で回収していただけとのことだった。

 彼女達からすれば、とんだ言いがかりをかけられた上に拘束までされたのだ。名誉棄損に傷害未遂。職務行動じゃなければギルティ直行だ。

 だが彼女らのうちの二人は、どうにも人が好いようで。

 

「だから気にしてないってば。それに、嫌疑って言われてもいまいちピンと来ないし。ね、ふぅちゃん?」

「いや、わたしはちょっとドキッとしたよ? 捕まっちゃうのかなって。けど、分かってくれたなら、わたしから何か言うことはありません」

「……ありがとう、二人とも。寛大な処置に感謝する」

 

 許してもらえた。だが、残りの一人はよく分からない。本当に、どう扱えばいいのかが分からない子だ。

 

「その辺りのことは正直に言ってどうでもいい。だが、そうなると我々がここに呼び出された意味が分からない。それを説明していただきたい」

「……危うい子ね。いいでしょう、本題に入ります」

 

 彼女は初めから、こちらの話――要求が何なのかを知ろうとしているようだった。自分自身のために自分自身すらも切り捨てるような危うさを、母さんは指摘したのだろう。

 だが確かに、こちらもあまり先の件で時間を取るわけにはいかない。ロストロギアは捨て置けない問題だが、それ以上に危険な案件があるのだ。

 

「現在、我々アースラのスタッフは、今からおよそ一月前に起こった輸送船襲撃事件の調査を行っています」

 

 そう言って、リンディ提督は事件の概要を――秘匿するべき部分は秘匿して――話し始めた。

 

 

 

 事件の概要を聞き終えての彼らの反応を見る限り、何らかの情報を持っているように思えた。特にユーノ・スクライアがあからさまに挙動不審なのだ。

 

「このとき脱落した積荷というのが、持ち主が被害届を出していないために詳細不明となっているのですが、輸送船の発進元での聞き込み調査によると、発掘されたロストロギアである可能性が高いとか」

 

 ユーノ・スクライアの顔色が真っ青だ。ビンゴ。その脱落した積荷というのが、先ほど回収したロストロギア――ジュエルシードのようだ。

 はあ、と艦長がため息をついた。事件の手がかりをつかもうと同行を願った相手が、ある意味まさかのジャックポットだったとは。僕もそんな心境だった。

 僕は確信を持って、そして若干の呆れ混じりに尋ねた。

 

「何故被害届を出さなかった、ユーノ・スクライア」

「えぅ!? ぼ、僕はまだ何も……」

「そう思うなら、まずは顔色を隠せ。表情で全て自白しているも同然だ」

 

 はあ、と今度は向こうの黒い少女が呆れたため息。彼女の方が余程腹芸が出来ている。

 

「……ジュエルシードが落ちた世界が管理外世界だと分かった時点で、管理局はあてにできないと思ったんだ」

「……それを言われてしまうと耳が痛い。思い当たる節がないわけじゃないからな」

 

 彼の言いたいことは分かった。要するに、管理局の優先順位の問題だ。

 管理局は魔法文明の治安組織ではあるものの、その対象は主に管理世界となっている。当たり前だ。管理外世界とはいわば「外国」。僕達が勝手に治安維持を行うのは、筋が通らない。

 そのため、管理外世界で起きた事件を管理局に届け出ても、対応が遅れてしまうことがよくある。酷い例では10年間放置した挙句次元断層が発生、消滅した管理外世界があるとか。さすがに都市伝説だと思いたい。

 だが、市民にそう思われているのは紛れもない事実。今後僕達が是正していかなければならない課題だ。

 

「それでも、管理局が動く可能性がわずかでもあるなら、届出はしておくべきだ。少なくとも、何もせず一人だけで封印を行おうという無茶無謀を評価することは出来ない」

 

 僕の正論に、ユーノは深く沈んだ。彼自身、ロストロギアが行方不明になったことで、平常心を失っていたんだろう。冷静になれば分かることだ。

 まあ、彼へのお説教はこの辺で十分だろう。そのために呼んだんじゃない。僕らの目的は、あくまで「輸送船襲撃犯の特定」だ。

 提督が話を進めようとしたところで、黒の少女――「八幡ミコト」が挙手する。

 

「一つ、確認しておきたい。ハラオウン執務官がこの世界にいた理由は?」

「それはここからの説明に関わってくるところだが、この世界に限定した理由と問われれば「偶然」以外に言いようがない。あと、提督もハラオウン姓だ。僕のことはクロノでいい」

「それは遠慮しておく」

 

 何故だ。この子は他の少年少女達と、纏っている空気が「違い」過ぎる。近付けば触れられず、遠のけば踏み込まれる。そんな嫌な緊張感がある。

 高町なのはやフェイト・テスタロッサの様子からして、彼女達と同い年ぐらいの少女のはずだ。だというのに、何故老練な交渉人を相手にしているような感覚を覚えるんだ。

 ……僕の中に生まれた「負けてなるものか」という思いは、執務官という立場からだったのだろうか。それとも、わずかに残っている子供らしい対抗心だったのか。

 彼女は僕の答えを聞き、先を促した。

 

「何処まで話したかしら。……輸送船が次元跳躍攻撃を受けた話だったわね。まあユーノさんが当事者だから、もう詳細をお聞きになったんじゃないかしら」

「はい。何か、ケーキがなかったから攻撃元が特定できなかったとか……」

「なのは、ケーキじゃなくて計器。計る器械って意味だよ」

「にゃっ!? ……わ、分かってたもん!」

「……ふふ、仲がよろしいのね。二人はお友達?」

「はい! ふぅちゃんはなのはのお友達! ね、ふぅちゃん?」

「う、うん。……だけどなのは、「ふぅちゃん」はやっぱり恥ずかしいよ」

「えー。とっても可愛いのに」

「……コホン、艦長」

「あ、そうだったわね」

 

 仲睦まじい少女達の様子に親の顔が出かかっていた母さんを嗜める。

 この少女達に関しては、本当に何もなさそうだ。特になのはが争い事と縁遠すぎる。フェイトの方は無断渡航の件があるが、この様子だと何かやむを得ない事情でもあっただけだろう。

 ……だが、「テスタロッサ」か。ただの偶然の一致だといいんだが。

 

「被害のあった船から情報が得られなかった私達は、事件のあった次元宙域周辺を調査することにしました。とはいえ、既に時間が経過していて得られるものはほとんどありませんでしたが」

「そこで脱落した積荷に目を付け、そこから何かを得られないかと、漂流していそうな世界をしらみつぶしに探したんだ。今日あの瞬間にあの場にいたのは、まさに神がかったタイミングだったというわけだ」

「うぅ……何か色々スイマセン……」

 

 僕達の調査に時間がかかってしまった理由となったユーノは、そのまま埋まるんじゃないかというほどだった。

 それが、八幡ミコトの質問に対する答えが「偶然」となる理由だ。僕は何もこの世界だけを調べていたのではなく、近隣の管理世界、管理外世界、無人世界問わず調査を続けていた。この世界にいたのは完全に偶然だ。

 だが、世の中とは案外そういうものなのかもしれない。重なる偶然の中から求めたものを掴み取れて、初めて目的を為すことが出来るのかもしれない。

 

「そういう理由でお聞きしたいのですが、皆さん以外にジュエルシードを回収しようとしている魔導師はいませんか? もし輸送船襲撃がジュエルシード狙いならば、その魔導師から犯人につながるかもしれません」

 

 

 

「……え?」

 

 フェイトの表情が固まる。それと同時、藤原凱少年の顔色が変わる。あからさまな焦りの表情。

 少年が口を挟むよりも早く、僕が割り込んだ。

 

「何か心当たりがあるのか?」

「え……っと、多分、何もない、です……」

「ふぅちゃん? だ、大丈夫!?」

 

 何もなくはない。少女の顔色は最早真っ白だ。何か気付きたくないことに気付いてしまい、信じたくない。そんな顔色。そういう場合は……非情な現実の方が往々にして勝る。

 凱がこの状況をどうにかしようとしているのか、一人百面相を始める。そして、彼より早く口を開いたのは、八幡ミコト。

 

「考えるな、テスタロッサ。オレは最初から織り込み済みで策を打った。君が気にする必要があるのは、残り6個のジュエルシードを封印することだけだ」

「でもっ、……ミコトっ!」

「……君は、この事件について、何か気付いていることがあるのか?」

「「知っていること」はない。オレに言えるのはこれだけだ」

 

 明らかな拒絶。その目には「こちらのやることを邪魔するな」という意志が浮かんでいた。

 

「それに、たとえオレが何か推測をしていたとして、それを証拠に犯人逮捕となるのか? もしそうなら、オレは管理世界の治安組織に対し、認識を改めなければならない」

「そんなことはない。だが、調査の一助にはなる」

「ならばこちらが協力する必要はないと返そう。オレ達が住むのは管理外世界。時空管理局とやらに協力する義務はないはずだ」

 

 ……それは、確かにその通りだ。この少女はよく現実を見据えている。何も言わずに力を貸すのではなく、ギブアンドテイクを徹底している。こんな、年齢一桁の女の子が。……一体どんな生き方をしてきたんだ。

 

「……何が望みだ」

「「オレ達の邪魔をしないこと」。それが望みである以上、現段階でそちらの調査に協力することは不可能だ。これ以上横やりを入れられたんじゃ、状況が混迷して敵わん」

 

 本当に、何から何まで読まれている。ひっくり返す言葉が見つからない。彼女はまず自分達のウィークポイントを潰し、こちらの弱点を的確に射抜いてきた。

 そしてこちらは、協力を要請することも、逆にこちらから協力を申し出て、見返りに協力を求めることも出来なくなった。

 まさに詰み。提督も同じ考えらしく、小さくため息をついて首を横に振った。

 

「分かりました。こちらはあなた方のジュエルシードの封印・回収作業を邪魔しません。その代わり、こちらからも協力はしません。この条件で、後悔はありませんね?」

「理解が早い提督で助かる」

「なっ、ミコトさん!? そんな、管理局のバックアップがあれば、回収作業はもっと効率がよくなるのに!」

「今管理局に介入されるデメリットの方が圧倒的に大きい。状況はコントロールできなくなるし、「協定」破棄も考えられる。お前は今更"彼女"を切り捨てられるのか?」

「ッ!? そんなことっ! 出来る、わけ……」

「ユーノ……」

 

 ……推測は出来る。恐らくフェイトは、元々ユーノ達と敵対していた魔導師だ。ファミリーネームは残念ながら偶然ではなかったようだ。無断渡航も、それに関係しているのだろう。

 だが何かしらの理由で、彼らは協力するようになった。先ほどのなのはとの様子を見ると、友情が芽生え戦意が喪失した、というところか。

 加えて、八幡ミコトの「協定」という言葉。彼らはただの感情で協力しているのではなく、利害関係を一致させている。下手に僕らが介入して関係が崩れ、状況が混迷するのは、こちらも望むところではない。

 だから彼女の判断はこの上なく正しく……僕らにとっては歯がゆかった。

 

「そうそう、忘れないうちに。ハラオウン執務官。回収したジュエルシードを、なのはかテスタロッサに渡しておいていただきたい。現状では、それはまだスクライアの所有物だ」

「……クロノ」

「分かっています、艦長。S2U起動、ジュエルシード排出」

 

 デバイスを起動し、回収したジュエルシード二つを、なのはとフェイトそれぞれに渡す。フェイトの手は、いまだに震えていた。

 僕はその手を包み込むように掴み、彼女に助言する。

 

「……この世界は、こんなはずじゃなかったことばかりなんだ。だから……最後にどうするかは自分で決めるんだ。後悔しないように」

「クロノ……。……うん、ありがとう。意外と、優しいんだね……」

「意外は余計、でもないか。僕も意外だ」

 

 僕はもっと、任務に情を挟まない人間だと思ってたんだが。いや、この状況は情に流されたわけではなく、八幡ミコトに状況をコントロールされただけの結果なんだが。

 だけどフェイトに助言をしたのは、自分でもちょっと驚いた。多分……彼女が本当に"いい子"だと分かったからだろう。彼女に、望んだ未来を選んでもらいたい。そう自然に思えた。

 これで話は全て終了。彼らは地球の海鳴市に戻ってもらうことになる。

 

 と。

 

「あ、そうそう。ちょっといいかしら、ミコトさん」

 

 艦長が八幡ミコトを呼び止めた。彼女は胡乱な表情で、艦長の方を振り返った。

 

「調査関係の話は一切お受けしません、ハラオウン提督」

「ううん、そういうことじゃないの。どっちかっていうと、プライベートな話」

「……聞きましょう」

 

 彼女が聞く姿勢を見せると、艦長はコホンと一つ咳払いをし。

 

 

 

「女の子がなんて言葉遣いをしてるんですかっ! ダメじゃない、自分のことを「オレ」だなんて! 折角こんなに可愛いのに、もったいないわ!」

 

 至極もっともな指摘をし、僕はズルッとこけた。ずっとそれを言いたかったんですか、母さん……。

 八幡ミコトの表情が、再び胡乱なものとなった。だが……何故彼女の仲間たちは、あんなに慌てているんだ?

 

「り、リンディさん! それはダメなの! 絶対やっちゃダメなことなのっ!」

「いいえ、矯正するなら今なのよ、なのはさん! 個性を尊重するのは大事だけど、女の子らしさだって同じぐらい大事なのよ!」

「み、ミコトは十分女の子らしいよ!? だから別に、言葉遣いまで変える必要はないから!」

「さらなる女の子らしさのためなのよっ! だって、こんなに可愛いのよ!? 私こんなに可愛い女の子見たの初めてだわ! もっと磨き上げたくなるでしょう!?」

「あー……俺ら避難してよっか」

「そうだね。これはもう、結末が見えた」

「知らんというのは罪なことだ」

「あ、執務官のあんたも、早いとこ逃げた方がいいよ。流れ弾で酷い目にあうから」

 

 ? 彼らは一体何を……っていうかこれを放置して行けるわけないだろ。

 僕はそう思っていた。そう、思ってしまったんだ。――もし時間を巻き戻せるのなら、後の僕は迷いなく彼らの言葉に従っただろう。

 だがこのときは何も知らない僕。母さんの暴走を止めようとため息を一つつき、彼女達に近寄った。

 そのとき八幡ミコトが見せた酷薄な笑みは……多分一生忘れられないだろう。悪い意味で。

 そして彼女は、特大の「括弧つけ爆弾」を落とした。

 

 

 

「『私だって、本当はこんな言葉遣いしたくないわ』『もっと可愛くておしゃれが似合う女の子になりたいのに』『でもしょうがないじゃない』『私は皆を傷つけたくないんだもの』『私が我慢すれば、皆が幸せになれるの』『だから私、辛くったって我慢できるわ』『だって私は、皆のことが大好きなんだから』」

 

 

 

 瞬間、僕の視界はショッキングピンクに染まった。頭は頭脳で、子供は大人。体はバラバラに引き裂かれたかと思ったらスクラップアンドスクラップして、はいがいいえいいえがはいじゃないが。ハローそしてグッバイありがとうみみみみーんサイドドドドドバロロロロ――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

 気が付いたら、僕はベッドの中にいた。天井の光景から、ここがアースラ内の自室であることに気付いた。

 時刻は、現地時間にして19時。……19時? 僕は一体、いつ眠ったんだ? 今朝僕は何をしてたっけ。そうだ、輸送船襲撃事件の調査……寒気がする。何も思い出せない。

 

「あ、クロノ! 良かった、気が付いたのね……」

「母さ……リンディ提督?」

「今は母さんでいいのよ。……あなたが無事で本当によかった」

 

 涙を浮かべた母さんに抱かれた。……本当に、一体何があったんだ。

 

「あの、僕はどうしてここに? 何だか今朝からの記憶があいまいなんだけど」

「……いいのよ、無理に思い出さなくて。私も分かったの。無理に変えていいことなんて何もないんだって」

 

 涙を流しながら、母さんは何かを悟ったような言葉を語る。僕も、何も聞かない方がいい気がして……一人の少女の顔がフラッシュバックした。

 

「うっ」

「クロノ!?」

 

 胃が痙攣して中身が出そうになった。すんでのところで押しとどまる。なるべく顔を思い出さないように、それが誰だったのかを思い出す。

 

「八幡、ミコト……そうだ、確か彼女達と話をしていて……うっ」

「ダメよクロノ! 思い出してはダメ!」

 

 母さんの言う通りのようだ。ある一点から先を思い出そうとすると、体がそれを拒否する。一体僕は何をされた?

 

「ごめんなさい……私が迂闊なことを言ったせいで、あなたに傷を負わせてしまった……」

「傷って、そんな大げさな……」

「大げさじゃないの! 女性の私であれだけ震えたのだから、男の子のあなたが受けたショックがどれほどだったのか……」

 

 冗談抜きで何があったか気になるのに、心の底から思い出したくない。何なんだこれは、何者なんだあの子は。

 

「えっと……多分キーワードだけなら、大丈夫だと思うんだ」

「……ミコトさん、女の子言葉、似合わない」

「オーケー、全部理解した」

 

 つまり僕は、彼女が使った女言葉(思い出そうとすると無意識に胃が痙攣する)にショックを受けて気絶した、と。……どれだけショックだったんだ。9時間以上眠ってた計算になるじゃないか。

 とりあえず、何とか気絶直前以外は思い出すことが出来た。成った結果は、相互不可侵。こちらとしては非常に歯がゆい結果に終わってしまった。

 年齢一桁の女の子に、管理局の提督と執務官がいいようにされてしまったのだ。

 

「……あの子は本当に、管理外世界の住人なんだろうか」

「そこは間違いないわ。戸籍確認したらちゃんと出てきたから。孤児院の出身だけど、預けられたのが生まれた直後。管理世界の要素は皆無ね」

「だが、不可解な魔法を使っていた。魔導師とは思えないのに、魔導師としか思えない。彼女は一体、何者なんだろう」

 

 心で言うのは何度目か分からない言葉を初めて口にする。本当に、この一言に尽きる。あまりに異様で異質な少女だった。高町恭也とは別ベクトルでそれ以上に脅威的だ。

 戦えば勝てるだろう。彼女の戦闘技能がそれほど高くないのは、動きで分かった。彼女の攻撃力と防御力は分からないが、多分僕なら当たることはないし、防御を抜くことが出来る。

 だけどきっと、それ以前に戦わせてもらえない。今日のように状況をコントロールし、僕と彼女が戦うという状況を作らせてもらえない。たとえ戦えたとしても、きっと彼女にとって都合のいい状況に仕立て上げられる。

 戦わないために戦う少女。それが、僕から見た八幡ミコトという少女の印象だった。

 

「魔導師の子達は皆才能豊かだったけど……ミコトさんの様子じゃ、スカウトも無理でしょうね」

「まず防衛線を敷かれるでしょう。彼女は、管理局にいいようにされるのを嫌うでしょうから」

 

 艦長のスカウト癖。これは別に悪いことじゃない。時空管理局は広大な次元世界の治安を守っているため、万年人手不足だ。豊かな才能を腐らせるよりは、有効活用した方がいいに決まっている。

 ただ、八幡ミコトは関係なしに、あの中で管理局に誘える可能性があるのは、管理世界出身のユーノと、まだ性格のよく分かっていない藤原凱だけだと思っている。

 まずなのはだが、戦闘とイメージが結びつかない。もちろん魔導師=戦士ではないので、後方勤務という選択肢はある。が、彼女の持つ魔力量を考えると、管理局に入ってしまったらそれが許されると思えない。

 次にフェイト。これはもっと致命的だ。意志が弱すぎる。いや、これは表現が正しくない。意志が育ちきっていない。そんな子に管理局の激務に携わらせるなんて、危険すぎて許可できない。

 使い魔アルフは、フェイトが管理局に関わらないなら当然自身も関わらないだろう。

 そう考えると、あのチームは本当に上手く回っているものだ。各人がそれぞれの役割に徹し、一つの生命体のように連動しているイメージを受ける。

 その中核をなしているのが、あの少女。八幡ミコト。

 

「……一番惜しいのは、ミコト当人なのかもしれないな」

「そうね。色んな意味で、もったいないわ……」

 

 母さんがため息をつく。色んな意味とは、どんな意味なのやら。

 もしも彼女を管理局に誘うことが出来たら。前線勤務でなくても、交渉人やら調査官やら、活躍できる分野は多い。前線勤務なら、それこそ指揮を任せれば、百戦百勝の部隊を作れるだろう。

 だから、惜しい。彼女は絶対にスカウトに応じないから。彼女にとって、管理世界に関わるデメリット以上のメリットを提示できると思えないのだ。

 まあ……存在しない損失計算をしても、しょうがないことか。

 

「とにかく僕達は、出来ることをしないと。フェイトには悪いけど、捜査は捜査だ」

「ええ、そこはしっかり締めましょう。20時からブリーフィングだけど、行ける?」

「大丈夫、思い出さなければ平気だ。執務官がいつまでも寝こけてたんじゃ、示しがつかない」

「ふふ、そうね。それじゃあ、資料は渡しておくわ。あまり内容に変更はないけど、一通り目を通しておいて」

「了解しました、艦長」

 

 母と息子から、提督と執務官に戻る。そして艦長は、僕の部屋から退出した。

 

 艦長から渡されたデータを投影ディスプレイに表示する。そこに表示されているのは、一枚の写真とパーソナルデータ。今回の事件の最有力容疑者だ。

 データは26年前当時のもので、その時点での魔導師ランクはS。条件付きSSという破格のランクを誇る、正真正銘の大魔導師。

 彼女ならば、個人で次元跳躍攻撃を行うという離れ業も、平気でやってのけて見せるだろう。それ故に、今回の捜査線上に浮かびあがってきた。

 証拠はないため、家宅捜索には踏み込めない。そもそも今何処にいるのか誰も知らない。……フェイトを調べれば、きっと分かるのだろうが。

 動機はおそらく、ジュエルシードの強奪。今回得られた収穫と言えばこの程度のものか。全く、ミコトには本当にしてやられた。

 まあ、いいさ。僕達は僕達で捜査を進める。君達の都合には、干渉しない。そう取り決めたのだ。

 心の中でごちり、僕はコーヒーを片手に資料をめくる。

 

 

 

 ――そして、次元を超えた紫電の一撃が、アースラを直撃して揺らした。




(Allerer Bah) おかしいな、時空管理局の人達が物分り良すぎる……っていうかミコトが先回りし過ぎなんですね、分かります。
まさかこうなるとは作者も予想してませんでした。本当だったら介入されてわやくちゃになって皆で封印せざるを得ない状況になるはずだったんですが。意外にも整理されている。
っていうかあれですね、最初に恭也さんがはっちゃけちゃったのが一番の原因ですね。もうあいつ一人でいいんじゃないかな(戦闘民族高町)

今回一番気合を入れたのは、ミコトの女言葉ロングバージョン&クロノの精神崩壊描写です。何気に男視点では初なんだよなぁクロノ。全て終わった後のミコトの話し相手してるしま、多少はね?
この作品、メインは勿論はや×ミコですが、サブとしてミコ×クロとミコ×ユーノを考えております。エイミィさんこっちです(クロノとの年齢差は6……あっ)
ミコトちゃんは鈍感主人公じゃないので、あからさまな態度取っちゃうと分かるんですねぇ(女の子ですし)

最後の次元跳躍攻撃により、無印章は収束へ向かうことが決定づけられました。
色々なことが散らかったままの無印章。果たしてうまく収束に向かうことが出来るんでしょうか。
そして、無事年内に無印章を書き終わることが出来るのでしょうか。続くッ!


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十六話 終焉 その一 時

引き続きクロノ視点です。

2016/10/08 誤字報告をいただきましたので修正。
「魔法技術は須らく管理すべきだ」

「全ての魔法技術は管理局が須らく管理すべきだ」
意味的にはこちらの方が正しいので修正しました。
須らく:《副》当然。なすべきこととして。


 翌朝、僕達はアースラ艦長室にて、再び対峙していた。メンバーは昨日と全く同じ。過分も不足もない。

 もしかしたら昨日の件でフェイトとアルフは別行動を取ってしまうかもしれないと思ったが、そんなことはなかったようだ。改めて八幡ミコトという少女の求心力の高さに唸る。

 ……彼女があれだけはっきりと相互不可侵を締結してくれたのに、舌の根も乾かぬうちに再招集をかけてしまったのだ。正直言って情けない気持ちと申し訳ない気持ちが胸を満たしている。

 だが、それでも来てもらわなければならなかったのだ。状況が一変する事態が起きてしまったのだから。

 

「それで、ハラオウン執務官。相互不可侵の我々が、ジュエルシードの探索を一時中断してまで顔を合わせなければならない理由を教えていただきたいのだが?」

 

 彼女の言葉は、昨日と同じ平坦でありながら刺々しい。それは、先に僕が思った通りのことを糾弾しているのもあるだろう。

 ……だが、それ以上に僕がやらかしてしまったのが原因である。

 

「聞いているのか、ハラオウン執務官。それとも、ムッツリーニ執務官と呼ばなければ分からないか?」

 

 ぶふっと少年が噴き出すのが分かった。藤原凱だ。同じ男性であるユーノと恭也さんは、呆れと同情と怒りが混じった目を向けてきている。

 そして女性陣はというと――母さんも今は向こう側だ――一様に白い目だった。そんな視線が向けられている僕の姿勢は、この国で最上級の謝意を示す「土下座」だった。

 僕が女性陣全体から糾弾されている、その原因は。

 

「女性の着替えを覗くような人間が執務官とはな。時空管理局は余程の人材不足と見える」

 

 これである。

 

 昨日夜間に起きた件で、本日早朝、僕は関係者に連絡を入れた。念話ではなく、空間ディスプレイを使った映像通信だ。

 というのも、彼らのチームが魔導師・非魔導師混成のチームだったからだ。まあ、非魔導師は魔導師の兄であるため、そこまでする必要はないかもしれないが、彼の場合は直接話さないと信用は得られなかっただろう。

 幸いにも、彼らは全員家族に対して魔法文化に関わっていることを打ち明けている。件の高町家に至っては、家自体がバックアップ体制を取っているほどだ。

 なので、念話という言葉しか情報のやり取りができない通信手段よりは、映像通信の方がこちらの状況も伝わっていいだろうと思い、全員に対してそうすることにしたのだ。

 そして、遭遇してしまった。八幡ミコトの、あられもない姿に。

 僕が通信ディスプレイを開いたとき、彼女は何が起こっているのか分からない様子で、キョトンとした表情をしていた。初めて見たその表情は、不覚ながら非常に可愛いと思ってしまった。

 パジャマを脱ぎ、これからキャミソールを着ようとしている彼女の体を覆う布は、リボン飾りのついた可愛らしい白のパンツ一枚のみ。

 その未成熟な胸部も、鮮やかな桜色の突起も、染み一つない白くて美しい四肢も、余すところなくディスプレイに映された。

 彼女が固まっていたのは、時間にして2秒か3秒か、その程度だったはずだ。だが何故か、僕には10秒にも20秒にも感じられた。

 我に返った彼女が最初にしたのは、手に持ったキャミソールで体を隠すこと。そして顔がみるみるうちに真っ赤になり、目じりに涙が溜まっていった。

 

「……取り込み中だ。10分後にかけ直せ」

 

 声を荒げることもなく、静かに言ったその言葉は、絶対零度の冷たさを持っていた。

 

 いや、僕が悪いことは分かっている。言い訳はしない。コールもせずに、いきなり通信回線を開いて、彼女の無防備な姿を見てしまったのは僕なんだ。

 だが、まさか彼女がこんな反応をするとは思ってなかったんだ。口調が男性すら圧倒するものなせいか、女の子らしい羞恥心とは無縁だと勝手に思い込んでいた。

 そんなものは思い込みだった。僕の言い訳だ。彼女は女の子らしい面をちゃんと持っていて、その上で律することが出来るだけなのだ。

 だから彼女達が来るなり僕を糾弾するのは何ら不思議なことではなく、僕が誠意を示すのも当然のことなのだ。

 

「俗に言うラッキースケベというやつか? そんなものを自分が体験することになるなど、思ってもみなかったよ。ええおい?」

「本当にすまなかった……!」

「口だけならば何とでも言える。謝意を表すというのであれば、行動を伴わなければならない。ああ、そのポーズのことを言っているんじゃないぞ」

 

 着替えを……裸を見られたという事実は、彼女にとってそう簡単には許せないことらしい。――男に着替えを見られることなど、初めてだったそうだ。本当に悪いことをしてしまった。

 一体何をすれば、誠意を示すことが出来るのだろうか。僕にはもうこれ以上は分からない。

 

「クロノ君、最低なの」

「これは謝って許されることじゃないよね……」

「相手がフェイトだったら、あたしはぶん殴ってたよ」

「はあ……どうしてこんな子になっちゃったのかしら」

 

 女性陣からの酷評が痛い。

 

「運が悪かった、というのは同情できるけど……ミコトさんの着替えを見たとか、死ねばいいのに」

「オブラートに包めてないぞ、ユーノ。まあ、遺書を書く時間はやろう」

 

 男性陣-1は僕の命を狙っていた。

 

「ところでクロノ、ミコトちゃんのパンツ何色だっタコスッ!?」

 

 藤原凱、もとい変態はアルフに殴られて壁の花になった。

 そんな感じで、ここに集まった目的の最初の一歩すら踏み出せていなかった。

 

「……オレは貸し借りというものが非常に苦手だ。借りを作ったらすぐに返し、貸し分はすぐに返してもらわなければ気が済まない。だから……これは貸し二つ分だ」

 

 着替えを見てしまったことにより与えた精神的苦痛と、彼女の主義を曲げてこちらの都合を優先してもらう譲歩分。……後々何を要求されるのか怖いが、飲むしかないだろう。

 

「それで許してもらえるなら。二回分、僕に出来ることだったら何だってする」

「ん? 今何でもするって言ったよね?」

 

 変態が壁から抜け出してきて、今度はなのはの砲撃魔法で埋まった。こら、室内でなんてことしてるんだ!? っていうかいつデバイスを展開した!?

 

「変態に容赦しちゃいけないの。つけあがるから」

「そ、そうか……」

 

 戦いと無縁そうな少女だと思ったが、意外と逞しいのかもしれない。……いや、これは凱専用なのはだろう。普段の姿の方が素のはずだ。

 ともかく、僕はミコトの要求を二回、無条件で飲むことを約束した。それでようやく、彼女は僕に向けていた刺々しい視線を解いてくれた。

 

「あまり気の長い方ではないので、出来るだけ速やかに返してもらうぞ」

「……努力させてもらう」

 

 ――今から思えば、僕はこの時点で、既に八幡ミコトという少女に惹かれていたのかもしれない。どういう意味でだったのかは、今も分からないが。

 

 

 

 気を取り直して。僕達アースラ組と「チーム3510」(通信主任のエイミィ命名、チームミコトと読む)は、正座で向かい合った。ようやく本題に入れる。

 

「先の通信では、「状況が変わったので一度話がしたい」とのことだったな。艦内も慌ただしかった。そちらの捜査に進展でもあったのか」

 

 向こうを代表して、ミコトが尋ねる。彼女曰く、「リーダーはスクライア、自分はただの協力者」らしいのだが、僕達含め誰もそうは認識していない。なので、彼女が代表することに疑問は一切なかった。

 母さん――もとい、リンディ提督は頷いて、単刀直入に昨夜あったことを話した。

 

「昨夜22時5分頃、当次元艦に向けて、次元跳躍魔法が発射されました」

 

 数人が息をのむ。僕達が輸送船襲撃――次元跳躍魔法で攻撃された事件を追っていることは、彼らの記憶にも新しいだろう。必然、二つは同一犯で結び付けられる。

 こちらとしても、その見解で間違いないだろうと思っている。状況的にそれ以外の可能性が小さすぎるのだ。

 艦長は続ける。

 

「幸い、ディストーションシールドの発生が間に合ったため沈没は免れましたが、現在の当艦は航行不能状態に陥っています。ミコトさんが見たのは、多分修理スタッフね」

「……なるほど、続けてくれ」

「魔法自体は、他の世界を中継して放たれていたため、アドレスの逆算は出来ませんでした。……逆算前に、中継点を自爆させられてはね」

 

 本当に用意周到な相手だ。次元跳躍魔法を中継させる設備。決して安いものではないだろう。それを幾つもの世界に用意しておいて、なおかつ使い捨てにしたのだ。

 だが、それでも。放たれた魔力の波長までは、変えることが出来ない。次元跳躍という超高度なプログラムを乗せているならなおさらだ。

 

「昨日はそちらの事情に配慮して話していませんでしたが、これまでの私達の調査では、何人かの容疑者が浮かんでいました」

 

 ピクリと、フェイトが反応した。提督もそれに気付いただろうが、構わず続ける。

 

「事は次元跳躍攻撃ですからね。出来る人間は限られている。そしてそれは、昨日の面談によって、ある一人の人物が最有力となっていました」

 

 フェイトが震えている。彼女の手をアルフがギュッと掴み、必死に宥めようとしていた。

 

「昨夜の攻撃を受けてすぐに、私達は本局に問い合わせて、その人物の魔力波長データを取り寄せました。それは26年前のデータが最新でしたが……99%の精度で同一であることが判明しました」

 

 判明して、しまった。彼女のことを思えば、何かの間違いであればよかったのだろう。だが……やはり現実というものは、「こんなはずじゃない」のだ。

 さすがの艦長も言い辛いのだろう、少しの間があった。それでも、言わないわけにはいかない。

 そして艦長は、その人物の名を口にした。

 

 

 

「容疑者の氏名は、プレシア・テスタロッサ。元「アレクトロ社」所属、管理局のデータでも26年前に消息不明になったとされる大魔導師。……あなたのお母さんよね、フェイトさん」

 

「うそ、だ……そんな、そんなの、母さん、が……」

 

 フェイトは顔面蒼白となり、過呼吸気味になっていた。……やはり彼女は、一切を知らされていなかった。

 崩れ落ちた少女を、使い魔と友人が必死になって支えて呼びかける。ミコトは――それには取り合わず、目を瞑って何かを考えていた。そうだな。彼女なら、そうするだろうな。

 ミコトの考えていた管理局の不干渉。それが、まさかの交渉予定の相手から、干渉を余儀なくされてしまったのだ。彼女にとっては計算外の事態のはずだ。

 

「どうして、母さん……どうして……」

「恐らく、私達が来たことで、フェイトさんのジュエルシード回収を邪魔されると思ったのでしょう。いえ、もしかしたらフェイトさんが管理局とつながったと誤解されたのかもしれない」

「そんなっ!? なんで、そんなことでっ……!」

「……もう分かっているでしょう、フェイトさん。ジュエルシードを狙って輸送船を襲撃したのは……あなたのお母さんです」

 

 とうとうフェイトは言葉を失った。目からは涙が流れ、信じたくない現実に打ちのめされた。

 なのはが彼女を抱きしめ、必死に慰めた。慰めながら、なのはも涙を流していた。……本当にいい子達なのに。どうして彼女達が、こんな思いをしなければならないのだろう。

 一体何が、プレシア・テスタロッサにこんな凶行を強いさせたのだろうか。

 

「容疑者が特定されたことで、我々は不干渉というわけにはいかなくなりました。ミコトさんやなのはさん達は管理外世界の住人ですが、フェイトさんはそうではない。……お母さんの居場所を、教えていただけますか」

 

 優しく、諭すように、それでいて厳しく、母さんは……リンディ提督は、フェイトに質問した。

 フェイトは泣きじゃくりながら首を横に振った。たとえ現実がそうであっても、彼女にとってはただ一人の大切な母親なのだろう。

 だが答えてもらえないことには、公務執行妨害になってしまう。……こんな小さな、打ちのめされた少女に、罪の文字をちらつかせることしか出来ない自分に嫌気がさす。

 僕は……何のために、時空管理局の執務官になったんだろうか。

 

「……横やり、失礼させていただく」

 

 そのとき、少女が動いた。今まで目を瞑り、情報を整理し、なおも状況をコントロールしようとしていた少女――八幡ミコト。

 彼女には、何か見えたんだろうか。僕達には見えない道が。

 緊張の面持ちで彼女を見ると、ミコトは僕の方に首を向けた。そのぱっちりとした目を真正面から見てしまい、少し心臓が跳ねた。

 

「ハラオウン執務官。早速だが、貸しを一つ返していただこうか」

「……なんだと?」

 

 彼女の言葉の意味が分からない。何を言いたいのか。

 そして彼女は、とんでもない言葉を口にした。

 

「ハラオウン執務官の権限をもって、プレシア・テスタロッサの逮捕を保留にしていただく。これでしばらくは現状を維持することが出来る」

『なっ!?』

 

 僕と艦長の声が唱和した。構わず、彼女は続けた。

 

「保留の期限は、我々の協定であるプレシア・テスタロッサとの交渉終了まで。それが終わり次第、輸送船襲撃の実行犯でも、アースラ襲撃でも、好きな容疑で逮捕するといい」

「ミコトっ!? どうしてっ!」

 

 フェイトが涙声でミコトに抗議した。彼女の要求では、フェイトの望んだ未来は得られないだろう。

 だが、そうではないのだ。ミコトはちゃんと分かった上で言っている。

 

「プレシア・テスタロッサが罪を犯した。これはもう拭えない現実だ。管理局に知られた以上、バレなきゃ犯罪じゃないも通らない。逃亡すれば、それだけ罪が増えるだけだ」

「でもっ……そんなのって……」

 

 ちゃんと考えれば、フェイトだって分かっているはずなのだ。感情と現実は別問題。もうプレシアは容疑が確定してしまっている。彼女がいくら母親を思おうとも、それが消え去ることはないのだ。

 僕がこれまでに知り得たミコトという少女の人格を考えると、情にほだされてその事実を歪曲しようとはしないはずだ。事実は事実として、徹底している。

 だが、そこからの彼女の言葉は、僕も予想外だった。

 

「テスタロッサ。君は一つ思い違いをしている。オレは、君の母親の望みを叶えようとして協力しているわけではない。君が納得行く結果を得るために協定を結んだんだ」

「っ。……それ、は……」

「君は気付いてないだろうが、母親から求めているものがある。君がジュエルシード回収の任を引き受けたのは、君と母親の間にそういう「取引」があったからだ。それが分かったから、オレ達は協定を結べた」

 

 何処までも、フラットに現実を見ていた。フェイトの持つ「親への情」でさえ、状況を動かすための道具の一つとして割り切り、利用――いや、使用していた。

 だから、フェイトがどれだけ母親を思おうが、それはミコト自身には何の関係もなく。

 

「オレにとって君の母親とは、「君の欲を満たすためだけの道具」だ。だから、君との協定の見返りである「欲を満たすこと」さえ完了すれば、あとのことなど知ったことではない」

「ッ!!」

 

 切り捨てられたかのように、愕然とするフェイト。さすがに止めようと思い、しかし恭也さんから肩に手を置かれて止められる。

 

「君には何度か言っているはずだな。オレは、オレの目的のためだけに行動している。それがたまたま、誰かとの利害が一致しているだけに過ぎないと」

「……そう、だったね。だからわたし達は、協力出来た」

 

 フェイトは何かを思い出したようだ。呆然とした表情の中でぽつりぽつりとつぶやく。

 

「オレの利害は、依然君と一致している。それは君が協定を続ける前提の下での話だ。続けるなら、先の命令をハラオウン執務官に出してもらう。続けないなら、それも止めはしない。君が決めろ」

「……わたし、は……」

 

 フェイトは俯き、黙り込んだ。言うべきことは全て言ったと、ミコトは顔をこちらに向けた。

 

「いずれにせよ、プレシア・テスタロッサの逮捕は待っていただく。テスタロッサが協定を続けるなら、先に言った通りの期限。協定を続けないなら、その時点までだ。まさか嫌とは言うまいな?」

「……君は、これを見越していたのか? 着替えを見せたのも、実はわざとで……」

「お前がオレをそんな安い女だと思っていたとは心外だ。あれは普通にそちらの不注意だ。ふざけたことを抜かすと貸しを増やすぞ」

 

 声色が本気だった。……今のは失言だ。女性陣からの視線が痛い。素直に謝罪する。

 

「艦長、よろしいですか?」

「あなたが約束したことよ。自分で責任を取りなさい」

「……了解」

 

 回線を繋ぎ、アースラスタッフに向けて指示を出す。プレシア・テスタロッサ逮捕の保留について。

 当然向こうからも困惑の質問が飛んできたが、参考人の協力を得るためということで黙らせる。これは、後で説明を求められるな。気が重い。

 命令が行き届いたことを確認し、回線を切る。これで借りの一つは返せたことになるか。……もう一つは、どんな無茶を頼まれるのやら。そう考えると、暗鬱とした気分になった。

 

 

 

「それで、これからどうするんだ」

 

 頭を振って気分を切り替える。彼らの間に交わされた協定については大体理解したが、こっちはこっちで都合がある。

 とりあえずは逮捕を保留にしたが、いつかは逮捕することになる。そのときのために、プレシア・テスタロッサの居場所をフェイトから聞きださなくてはいけない。

 だが、今の彼女の状況では、それを聞きだすことは出来ないだろう。俯き黙り込んだまま、頭はきっと現実を受け入れようとしている。どうするのが自分の求めたことなのかを、必死に探っている。

 使い魔アルフは、そんな彼女の力になれないことに憤っているが……これは個人の問題であり、使い魔の力が介入できることじゃない。仕方のないことだ。

 フェイトの友人、なのはは、少しでもフェイトの心の支えになれるよう、その手を両手で掴んで祈っていた。純粋に友達のことを思えるその姿は、少し眩しかった。

 ともあれ、出来ることがないのだ。逮捕を目前にしてお預けを喰らっている状態。チーム3510の動向を見守ることぐらいか。

 僕の問いかけに、ミコトは答える。

 

「何にせよ、残りのジュエルシードを回収することは必須だ。とはいえ、なのはとテスタロッサがこれでは、探索も封印も効率が悪い」

 

 ジュエルシードは残り6つ。なのはが9個、フェイトが3個持っている。……残り3つは何処に消えた。まあ、この少女が素直に答えてくれるとは思えないが。

 今重要なのはそっちではなく、まだ6つも回収しなければならないという事実の方だ。そこに来て、恐らくは封印主力の二人がダウン。ミコト一人で封印作業を行わなくてはならない。

 ロストロギアの封印は、高出力の魔力を用いて外部との接触を遮断、プログラムに割り込みを発生させて強制停止するというものだ。つまり、必然的に多量の魔力を消耗する。

 それを一人で6回もやらなければならないのだから、負担は大きいだろう……と判断するのが通常だろう。この少女には、どうにもそれは当てはまりそうにない。

 どう考えても魔力がない。エイミィにも確認してもらったが、リンカーコアがない。なのにあのとき彼女は、空を飛んでいた。デバイスのような剣を待機形態にもしてみせた。

 考えられるのは、管理世界の把握していない種類の魔法。だが、それにしたって魔力は使用するはずだし、全く魔力を感じさせないというのがどうにも腑に落ちない。

 ……まあそれは後々はっきりさせるとして。要するにこの少女の封印のやり方は、明らかに魔導師とは異なるということだ。そうである以上、魔力の消耗はないものと考えていい。どんなチートだ。

 ――実際に、彼女の"魔法"を作った仲間の内の一人からは「チートコード」の名が与えられているらしい。このときの僕が知る由もないが。

 

 閑話休題。彼女の話はまだ終わっていなかった。「そこで」と彼女はまた僕を真っ直ぐ見た。……やっぱり高レベルな容姿だ。どうしてもたじろいでしまう。

 

「貸しの二つ目を返してもらおう。ハラオウン執務官には、二人が立ち直るまでの間、ジュエルシード回収の手伝いをしてもらう」

「……そう来たか」

 

 比較的常識的な範疇で収まったことに安堵すればいいのか。それとも管理局執務官という責任ある立場の人間がいいように扱われていることを情けなく思えばいいのか。

 なんにせよ、ため息が出てしまうことには間違いなかった。

 

「約束してしまったからな。いいだろう。それで、僕は何をすればいいのかな、リーダー」

「……お前までオレをリーダー扱いするか。クライアントはスクライアだと何度言えば理解してもらえるのか」

「そのクライアントからリーダーと認められてしまっているのだから、諦めて受け止めておくべきじゃないか」

 

 僕の言葉が一理あったようで、彼女は「む」と呻いて黙る。ようやく一回勝てた。変わらぬ仏頂面の中にわずかに見えた不満の色で、ちょっと頬が緩んだ。

 

「何をいやらしい顔をしているのかな、ムッツリーニ執務官」

「ムッツリスケベとか救えないよ。死ねばいいのに」

「ユーノ、また本音が漏れてるぞ。あとお前も人のことは言えん」

「オープンはムッツリより強し! ンッンー、名言だなこれは」

 

 ……僕は何故ユーノからここまで死を望まれているのだろう。わけがわからないよ。あと変態はもう一度壁に埋まってろ。

 ともかく表情を引き締め直し、ミコトの指示を受ける。

 

「執務官というからには、あらゆる状況での対応力がオレ達とは比較にならないだろう。そこで、ちょっと過酷な環境に出てもらいたい」

「……海、か」

 

 そうか。彼らは魔導師・非魔導師混成。おまけに飛行能力を持つのはミコト、なのは、フェイト、アルフのみ。他は地を行くか、魔法陣を足場にしてジャンプする程度しか出来ない。

 そうなると、今までの探索は陸地が主であり、彼らのチーム力を考えると、ほぼ探しきったと言って間違いないのだろう。

 

「これだけ探してないとなると、残りは海か地下ぐらいしか考えられん。そしてジュエルシードが漂着時に空から降ったという事実を考えると……」

「必然的に海になる。しかし君達では、海で戦うための戦力が足りない。恭也さんは陸地でしか戦えないから」

「戦えないんスかね?」

「足場がなきゃ無理だ。俺にだって出来ないことぐらいある」

「恭也さんに出来ないこと……なんでだろう、上手く想像出来ない」

 

 ……今物凄く嫌な予感がした。具体的には、数年後ぐらいに空中を足場にする技術を体得した恭也さんが、縦横無尽に剣を振るう姿が見えた気がした。この人なら本当にそのぐらいやりそうで怖い。

 そうなったらもうこの人に勝てる魔導師なんて、ベルカの騎士ぐらいしか可能性がないじゃないか。それでも生半可な騎士だったら瞬殺されるだろうし。何なんだこの理不尽の塊は。

 

「そこで、時空管理局の執務官殿の出番ということだ。無論オレ達も出るが、基本的に戦力にはならないと思ってくれ」

「君もか?」

「とっくに分かっているものと思っていたが」

 

 分かってはいたが、隠し玉の一つや二つぐらい持ってるんじゃないかと思っていた。ないのか、見せる気がないかのどちらかだな、これは。

 

「オレに出来ることは、飛行と、牽制程度の射撃、時間がかかり過ぎる一撃必殺、ジュエルシードの封印。これだけだ」

「まだあるだろう。部隊の指揮。それが一番の強みだと睨んでいるんだが」

「買いかぶり過ぎだ。オレがやってるのは、適材を適所に配置することのみ。あとは個々人の判断任せだ」

 

 それを人は「指揮」と呼ぶんだがな。本人に自覚がないなら、まあ仕方がない。

 

「俺は防御と結界だけ。一応魔法陣を足場にして空中待機は出来るけど、飛行は出来ない。ユーノはそれプラス各種補助魔法、だよな?」

「バインド、治療、探索、変身。他者への魔力付与みたいな特殊なもの以外は、一通りそろえてるよ」

「優秀だな。そっちの変態も、魔導師歴一ヶ月未満の割にはそれなりの仕上がり。末恐ろしい子供達だよ」

「何言ってるんだか。そっちこそ、僕達と同い年ぐらいなのに、執務官なんてやってるくせに」

 

 ……ちょっと待て。今なんて言った。同い年ぐらい、だと?

 

「僕は14歳だ! これでも君達より6つ年上だよ!」

「……はァ!? う、嘘!? この身長で14歳!?」

「身長のことには触れるなぁッ!!」

 

 くそっ! また勘違いされた……! 僕だってなぁ! 好きでこんなチビやってるわけじゃないんだよ! 成長期さんが何処かで油売ってるだけなんだよぉ!

 僕の魂の慟哭に、変態は大爆笑し、恭也さんは気の毒そうな視線を送ってきた。

 そしてミコトは僕の肩に手を置き、微妙に憐れんでいるように感じられる表情だった。

 

「その、なんだ。男で14歳ならまだチャンスはあるはずだ。毎日牛乳を飲め。オレもやっている」

「それはもうやってるんだッ! 入浴後のストレッチだってやってるし、適度に運動もして膝や背骨に刺激も与えてるんだ! それでこのザマなんだよ!」

「……すまない、これ以上かけられる言葉がない。強く生きろ」

 

 とうとうミコトから目を逸らされる始末。畜生……チクショウッ……。

 

「ひーっ、笑った笑った。あのさぁクロノ。それって、単に睡眠時間足りてねえんじゃねえの?」

 

 変態が大爆笑から復帰し、もっともらしい意見を言った。ああ、そんなことは分かってるさ。とっくの昔に分かってるさ……っ!

 

「執務官がそんな楽な役職だと思うか……?」

「あー。ドンマイ☆」

「そのウザったらしいウインクをやめろォ!!」

 

 結局何の解決も見なかった。くそっ、僕は一体何のために執務官に……!

 

「お前ら、そろそろ本題に戻れ。盛大に脱線してるぞ」

 

 まだ気の毒な視線のままの恭也さんに一喝されて、冷静になるよう努める。

 ……ふう。

 

「すまない、取り乱した。そちらの戦力は大体わかった。となると、封印の主力はやはりミコトか」

「そこは状況によって分割したい。暴走体・発動体が出現した場合はハラオウン執務官、未発動のものの封印はオレという形で大丈夫だろうか」

「……確かに前者の難易度は後者よりも高いだろうが、何か理由があるのか?」

「単純な話だ。オレはジュエルシードに接触しないと封印を行えない。前者二つは接近すら困難だ。遠距離から封印してもらうのが妥当だろう」

 

 なるほど。それは確かにその通りだ。……やはり彼女の使う"魔法"が何なのか、気になるところだ。今詮索しても、意味はないか。

 

「了解。それでは艦長。私はこれから、知人との約束を果たすために、独断行動をとります。処罰は後ほどお受けします」

「ええ、遅くならないうちに帰ってくるのよ」

 

 こっちは執務官モードで言ったのに、母親モードで返されて脱力しかけた。

 

 艦長室を出る際、フェイトがミコトの方をすがるように見た気がした。

 

 

 

 

 

 転送ポートから海鳴の海上に飛ばされ、空を行くのは僕とミコト。後ろの方には淫獣と変態の師弟コンビが魔法陣を使って待機している。

 恭也さんは、足場のない空間ではその力を発揮することが出来ない。だから当然居残り組。というか、魔導師でない彼が封印作業に参加していたという事実の方がおかしいのだが。

 アルフは着いて行くと言ったが、ミコトに断られた。曰く、「君がオレ達に協力するのはテスタロッサありきだ」だそうな。要約すれば、主人に着いていてやれということなのだろう。回りくどい言い方をする。

 だが、彼女らしい言い方だとも思った。人同士の関係性をフラットな視点から見て、感情ではなく利害によって行動を決定する。それを徹底しており、非常に筋が通っている。

 彼女が先にフェイトに言ったのは、つまりそういうことなのだろう。「自分はこうやって見ている、だから君も冷静に利害を考えろ」、そう言いたかったのかもしれない。

 

「さて、海に出たはいいが、どうやって探したものか。ハラオウン執務官はエクスプロアのような魔法は使えるか?」

「使えないわけがないが、ジュエルシードの特性を考えると、エクスプロア系はまずいだろう。封印のことを考えると、あまり魔力を消費するのも望ましくない」

 

 昨日の邂逅で僕が封印した二つは、フェイトのワイドエクスプロアで探し当てたものだったそうだ。だが、あれは発動間近の状態になっており、非常に危うい状態だった。

 恐らく、一ヶ月という期間、未封印の状態で野ざらしにされていたため、周囲の魔力要素を吸収して不安定になっているのだろう。だからエクスプロア程度の刺激で、あのような状態になったのだ。

 それと、海中ならばエクスプロアを使うまでもない。陸上と違って、海中に入ってしまえば障害物自体は少ないのだ。

 

「だからこうする。ワイドエリアサーチ」

 

 プログラムを起動し、サーチャーと呼ばれる魔力スフィアを20個ほど形成する。ミコトは初めて見たようで、「ほう」と感嘆の声を漏らした。

 

「やはり、見たことはないのか」

「そうだな。気付いているだろうがオレは魔導師じゃない。お前達とは違う"魔法"を使う能力者だ。詳しいことを話す気はないが」

「今はそのときでもないしな。……やはり、管理局は信用ならないか?」

「そも、組織というものを信用できるわけがない。どれだけの人間がそこにいて、どれだけの考えがそこにある。一人一人はどうか分からないが、全体を見たら「人の化け物」だよ」

 

 奇妙な表現だが、非常にしっくり来た。僕達が彼女の"魔法"を悪用する気がなくとも、他の人間がそうとは限らない。もしかしたら「全ての魔法技術は管理局が須らく管理すべきだ」などと過激なことを言う者もいるかもしれない。

 彼女は、異質だ。異質なものは、集団の中で目立ちやすい。それは同時に、悪意の的にもなりやすいということだ。だから彼女は、必要以上に管理世界に関わろうとしないのだろう。

 ……それはそれで少し寂しいな、と思っている僕がいた。

 

「行け!」

 

 思考を切り、サーチャーを海中に飛ばす。あとはサーチャーがジュエルシードを発見するまで待てばいい。

 

「見事な手際だ。オレ達とは比べ物にならん」

「海中だからだ。都市部の探索ではこうはいかない。一体君達は、どんな方法でこんな短期間に15個も集めたんだ」

「人海戦術と魔力探知、あとはもやしだ」

 

 もやし? 突拍子もない発言に眉をひそめる。――普通は考えないよな。もやしを「兵団」にして、人海戦術ならぬもやし戦術で対処していたなんて。

 

「と、早速一個引っかかったぞ。未発動状態だ」

「早いな。案外今日中に全て見つかってしまうかもしれん」

「それはそれで面倒がなくていいことなんじゃないか?」

「違いない」

 

 少女が珍しく小さく笑った。……なんだろうな、彼女とは物凄く話しやすい気がする。あまり余計な話はせず、必要な会話のみをしているためだろうか?

 場所を教えると、彼女は右手に逆手に持つデバイスのようなものを後ろに引いた。そういえば、彼女の飛翔方法というのが、バリアジャケットのようなもので羽を形成し、風を受けて飛ぶというものだった。

 僕達から見たらかなり非効率な方法だが、他に方法がないのかもしれないな。彼女の"魔法"で何が出来るのか、僕はまだまだ知らない。

 

「それでは行ってくる。エール」

『はいよー。それじゃあ行ってくるね、クロノ君』

 

 剣に呼びかけて、剣が僕に挨拶をする。……主に比べて、随分軽い性格のようだ。

 風が吹き、彼女は鳥のように滑空した。ある程度したところで、周囲に黒い空間を生み出して、海中に潜った。おそらく海中で活動するためのフィールドだろう。

 少しあって、わずかに魔力の波動を感じた。封印の魔力ではなく、ジュエルシードのものだ。ジュエルシード自身が、封印の指示に従ったかのような印象を受ける。

 それからすぐに彼女が飛び出し、僕のところに戻ってくる。左手の中には、青いひし形の宝石――ジュエルシード。シリアルはI(1)。

 

『ただいまー』

「おかえり。こいつの名前はエールでいいのか?」

「その通り。おしゃべり好きで悪戯好きの、オレの相棒だ」

『ミコトちゃん、クロノ君のことはそれなりに信用してるみたいだよ。だからボクの名前を教えたのさ』

 

 そうか。僕は信用してもらえていたのか。それは……普通に嬉しいな。

 

『ただ、やっぱり管理局というか、管理世界自体が煩わしいみたい。詳しく説明できないことを、マスターに代わって謝るよ。ごめんね』

「気にしないでくれ。本音を言えば気にならないわけがないけど、知らなくていいこともある。今は、そういうことなんだろう」

『ふふ、ありがとうね。ねね、ミコトちゃん。この子結構いい子なんじゃない?』

「物分かりはいいだろうな。彼が管理局務めである以上、あまり深く関わる気はないが」

「それは残念だ。君と仕事が出来たら、きっと面白いと思ったんだが」

「そうか、残念だったな」

 

 エールも交じり、軽妙な会話が繰り広げられる。と、後方支援で来ている(事が起こっていないためすることがないが)ユーノから念話というかクレームが入った。

 

≪おい! 作戦行動中に何談笑してるんだ! しっかり集中しろよ、このロリコン!≫

≪僕はやることはちゃんとやっていると思うんだが。ミコトからも特に文句は出てないぞ?≫

 

 中々刺々しい念話だった。しかも他者に聞こえないように、個人間の秘匿通信だ。……ふむ、なるほどなるほど。

 

≪やきもちか≫

≪!?!? な、ななななな、何言ってるんだよ!? ややややきもちっとかっ、そそそそんなことあるわけないだろ!?≫

 

 念話でどもるとか、中々器用な真似をしてくれる。隠す気があるんだろうか? あるんだろうけど、ないんだろうな。

 ユーノは聡明な少年だが、年齢は8歳。異性を好きになるという経験など今までなかったんだろう。だから、自覚できないし認められない。だけど感情は嘘をつけないから動揺する。

 これは、面白い玩具を見つけてしまった。しばらくはからかって遊べそうだ。

 

≪なら、特に問題はないな。ああそうだ、これが終わったらミコトをランチに誘おうと思うんだが、君も一緒に来るかい?≫

≪な、何で僕が君なんかと一緒にご飯を食べなきゃいけないんだよ!? だ、だけどどうしてもっていうなら……≫

≪いや、無理はさせられないさ。そうか、残念だ。僕はミコトと二人で昼食を摂ることにするよ≫

≪いやちょっと待てよ!? 何で君がミコトさんと二人で食べる前提になってんの!? おかしいだろそれよぉ!?≫

 

 ユーノの言葉が崩れた。うわっ、こいつ面白っ。

 

「ムッツリーニ執務官、何をニヤニヤしているのか知らないが、気持ち悪いぞ」

「……まさか予想外のところから口撃されるとは思わなかった」

『ムッツリはダメだよー、クロノ君。時代はオープンスケベさっ!』

 

 エールはあの変態と同じベクトルだった。あそこまでは酷くないようだが。

 

 

 

 そんな感じで、過酷かと思われた海上のジュエルシード探索だが、意外にも和やかな雰囲気で行われていた。まあ、探索自体はサーチャーを使えば簡単だし、暴走体さえ出なければこんなものなんだろう。

 これは思ったよりあっけなく終わるか? そう思ったときだった。

 突然、僕の目の前に空間ディスプレイが開く。通信主任のエイミィからの緊急通信だ。

 

『大変だよ、クロノ君! そっちに向かって次元跳躍攻撃っ!』

「なんだと!? おい、淫乱師弟コンビ! 聞こえたか!?」

「誰が淫乱だ! それはこの変態だけだよ!」

「男は皆淫乱なんだよォ! 認めちまえよ、ユーノォ!」

 

 転送魔法で僕達のすぐ近くに寄る。全員で魔法陣の上に乗り、全員で上空に向けて防御魔法を張る。

 

「ディバイドシールド・改!」

「ラウンドシールド! クロノ!」

「分かってる、プロテクション・プラス!」

「……頼む」

『うん。リドー・ノワール』

 

 一番上に角錐型のシールド。その下にラウンドシールド。大き目のプロテクションが僕達を覆い、さらに黒いカーテンがプロテクションに張り付いた。

 ミコトの呼びかけに答えたのはエールではなかったが……バリアジャケットの方か。詮索は必要ないな。

 ややあって、晴天の上空から紫色の雷が降り注ぎ、シールドを叩いた。

 

「重ッ!? これが大魔導師の実力ですかァ!?」

「いや、それを割と耐えきってる君もどうなんだ!?」

 

 凱の作ったシールドは、予想以上に頑丈だった。恐らくエネルギーを受け流す構造になっているのだろう、当たれば消し炭不可避な雷は、前後左右に流れて海面を叩いていた。

 プロテクションと黒いカーテンがなければ、余波だけで多大なダメージを受けていただろう。事実、プロテクションはひびだらけだ。……変態のくせに、防御魔法に関しては僕以上か。

 照射時間は、ほんの10秒程度だっただろう。だが、シールド維持にかなりの魔力を消耗したガイは、膝に手を着いて大きく息を吐いた。

 

「ぶはぁ! 連続で来たら耐えられねぇぞコレ!」

「いや、その心配はないはずだ。それが出来るなら、アースラはとっくに沈んでいる。恐らくチャージに相応の時間を要するはずだ」

 

 限定SSランク。魔力炉から魔力を引っ張ってきて自身の魔力に上乗せすることによって、威力を跳ねあげるプレシア女史の技術だ。

 それはつまり、炉の魔力が尽きてしまえば普通の――と言ってもSランクはあるわけだが――魔導師と変わりない。あれほど大威力の次元跳躍魔法を行使するには、炉に魔力が最充填されるのを待つ必要がある。

 

「エイミィ、今の攻撃のアドレス逆算は!」

『……ダメ! もう中継点が自爆してる! 多分、中継した瞬間に自爆するように設定されてるんだ!』

「くそっ! これだからブルジョワは!」

 

 ダメ元だったが、やはりダメだったか。航行不能のアースラを狙われなかっただけマシと思うべきか。ディストーションシールドは生きているが、被害が広がると修復できなくなってしまう。

 次の攻撃がいつになるか分からないが……ジュエルシードを集めている限り、再び狙われることになるわけだ。全く、生きた心地がしない。

 

 そう思っていたのだが、今の攻撃で状況がまた一変してしまった。果たしてプレシア女史は、そこまで考えていたのか否か。

 

「……おいおい、マジかよ」

「嘘、でしょ……? なんで、こんな……」

「二人とも、現実から目を逸らすな。これが、僕達が対処しなきゃいけない現実なんだ」

 

 ガイのシールドが受け流した魔力。海中に流れ込んだそれは、電気に変換されていたため、魔力流となって海中を駆け巡った。それは海中に眠るジュエルシードを刺激するほどに。

 海中から5つのジュエルシードの気配が感じられたと思った瞬間、5つの発動の魔力が迸り、5つの竜巻が生まれた。

 ジュエルシードの同時暴走だった。しかも、5つ全て同時。それは最早、天変地異と言っていい光景だった。世界の終わりを想起させる。

 そんな中、少女だけは冷静さを失わなかった。冷静で、冷酷に、状況を判断した。

 

「これで全部か?」

 

 平坦な声色。そういえば、彼女が回収した一つはいつの間にか消えている。落とした……ということはないだろうが。

 

「ジュエルシードは21個。回収済みが、さっきのを含めて16個。残りは5個で、気配は5個。全部だ」

「そうか、分かりやすくて助かる」

 

 ……ああ、何となくわかった。彼女が、指揮官として優れている理由が。

 全くブレないのだ。このような状況を目の前にして、自分の価値判断を、一切ブレさせることがない。だから、チームに安心が伝播する。

 彼女は絶対考えてくれる。この状況を打破する作戦を。考え続けてくれる。たとえこの身を犠牲にする選択肢でも、迷わず選択してくれる。

 彼女はなんて、"強い"女の子なんだろう。

 そして彼女――八幡ミコトは、宣言した。

 

「目標、ジュエルシード5つ。全て封印するぞ」

 

 

 

 彼女の指示で、ユーノが結界を展開し。

 死闘が始まった。




終わりの始まり。無印章は、この十六話を複数回と、エピローグ的な十七話で終了予定です。
とうとう明らかになった事件の黒幕(周知の事実) もうすぐ明らかになる、フェイトの悲しい真実(周知の事実)
その現実と対峙したとき、彼女達は何を選択するのか。そしてミコトは、己の目的を達成することが出来るのだろうか。

クロノが寡黙なる性識者(ムッツリーニ)の称号を得ました。いや、いつかやりたかったんスよ。ミコトのラッキースケベ(被害者)イベント。加害者はクロノと初めから決めていました。大した伏線じゃないですけど、五話で彼のことをムッツリって言ってますしね。
そしてユーノがミコトに対してあからさまな態度を取り始めました。これは、クロノというミコトと波長が合う男性(という風にユーノには見えてる)が現れたことによって、自覚がなかった感情が刺激されたためです。今まで周りにいたのって、年長者と変態だけでしたしね。
クロ助も何やらミコトに惹かれているらしく(恋愛感情とは言ってない)、面白三角関係がどうなることか、今後も目が離せません。

ま、メインヒロインははやてなんですけどね(現実は非情)


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十六話 終焉 その二

今回の前半部分は「Re_Birth II - ラストバトル (ロマンシング サガ3)」でお楽しみいただくと、より臨場感を味わえるかもしれません。

2016/10/08 誤字報告をいただきましたので修正。
檄励→激励 (何故こんな誤字をしたのか)私にも分からん。
須らくオレには関係のないことだ→尽くオレには関係のないことだ
詳しくは前の話のまえがき参照。


 思い返して頭に浮かぶ言葉は、「どうしてこうなった」の一言に尽きる。どうしてこう何もかも人の立てたロードマップを破壊しにかかるのか。

 オレとしては、スクライア達の回収に協力して、最低4つを入手できてはやての足を治す手がかりを手に入れられれば、それで十分だったのだ。

 それが最初に崩れたのは、テスタロッサの介入。彼女との対立関係により、オレは「戦闘」を意識することを余儀なくされた。

 自分自身に戦う力がないことなど、誰よりも自分が分かっている。いや、力を行使するだけなら出来るだろう。何の力もない人よりは戦える。だが、それだけでしかない。

 だからそのために召喚体作りで少し寄り道をする羽目になり……それ自体はよかったと思っている。おかげでオレとはやてには可愛い娘が出来た。後悔はしていない。

 そうしていざと思ったら、今度は彼女が「戦いたくない」だ。彼女の使い魔から告げられたときは、オレも「なんだそれは」と思わざるを得なかった。

 だが、それもこちらにメリットのないことではなかった。不要な戦闘を避けるに越したことはないし、テスタロッサと協力関係を結べれば、回収が捗ることは間違いなかった。

 最初のロードマップから考えれば遅々として進まなかった本来の召喚体作りがやっと一歩前に進んだと思ったら、お次は時空管理局の登場。「今更か」と「管理外世界云々はどうした」と内心で突っ込みを入れた。

 もっとも、彼らの目的はジュエルシードなどではなく、大元の事件の解決の方だったので、すぐに納得はした。が、状況がまとまりかけているところでかき回されたくはなかったので、釘を刺すだけは刺した。

 ――ロストロギアの譲渡に関しては後々追及されるかもしれないが、スクライアとの正式な取引である。彼らに口出しをされるいわれはないので、その辺は彼に対応を丸投げしようと思っている。

 そしてラストスパートだと思ったその日のうちに、事件の黒幕まで動き出してしまった。顔にも言葉にも出なかったが、「ふざけるな」という呆れにも似た思いが湧いた。

 それでもそれでも、何とかして状況の維持と最後のジュエルシード回収にはこぎつけたのだ。着替えを見られたのは本当に嫌だったが、ぐっとこらえて取引材料に出来た自分を褒めてやりたい。

 

 で、この状況だ。オレは余程管理世界に嫌われているのだろう。ほんの触りしか関わっていないのに、逆風が強すぎて嫌気がさしてくる。

 現在目の前には、5つのジュエルシード全てが同時に発動し、暴走している状況が作り上げた天変地異が映し出されていた。映像を撮れば「世界最後の日」とかタイトルを付けられそうだ。

 幸いにして、発動体ではなく暴走体であるため次元震発生の心配はない。もし5つのジュエルシードが共鳴発動なんぞした日には、次元震が発生するまでもなく、可能性が引き破られて断層になっていたかもしれない。

 だが、厄介なことに変わりはない。これは、いつぞやの温泉旅館近くの山で戦った暴走体(強)と同じレベルだ。それも、5つ全てだ。

 まあ当然だ。スクライアの分析では、何故あのときの暴走体がやたら強かったのかと言えば、周囲に魔力要素を吸収する存在がなかったために「独り占め」できたからだ。人里離れた環境が悪かったのだとか。

 今回のジュエルシードは、人の手の届かない海底で眠っていたのだ。魔力の溜まり方で言えば、はっきり言って前回以上だろう。

 動物や幻獣の形ではなく、天災という形をトレースしたジュエルシード暴走体。言うまでもなく、これまでの暴走体よりもはるかに対処しにくい。

 獣害は原因を排除することで被害を防ぐことが出来るものだが、天災はどんなに小さかろうが身を守ることでしか対処できないものだ。

 

「やるぞ、ソワレ」

『うん。バール・ノクテュルヌ』

 

 「夜想曲の弾丸」を放ち、竜巻にぶつける。……が、それらは着弾の効果を発揮する前に竜巻の上昇気流に巻き上げられ、細かな粒となって虚空に消える。

 代わりと言うか、今の攻撃に反応して竜巻が雷を帯びて周囲を薙ぎ払う。危険を察知して距離をとったが、正解だったようだ。

 

「やはりと言うべきか、竜巻そのものをどうにかするのは無理だな。根本を叩かなければ。……スクライア!」

「はいっ! プロテクション!」

 

 全方位を防御するバリアで、竜巻から放たれた颶風を防ぐ。飛行魔法で飛んでる連中ならともかく、気流操作で飛んでるオレが喰らったら墜落必至だ。

 背中の側で変態もとい藤原凱と組んで対処しているハラオウン執務官に向け、念話で情報を共有する。

 

≪オレの攻撃力では歯が立たん。下手に刺激するだけに終わった。やるなら、一撃で仕留めるつもりで行け≫

≪簡単に言ってくれるな。僕も、そういうパワーバカな戦い方は得意じゃないんだが≫

 

 なのはがこの場にいないのが痛いな。彼女の砲撃力なら、あの竜巻の防壁を抜いてジュエルシード本体を狙い撃つことも出来ただろうに。ないものねだりをしても仕方がない。

 それに彼女の場合、本当に砲撃しかない。戦闘技能に関してはある意味オレ以下だ。こんな鉄火場に立たせるのは、酷が過ぎるというものだろう。

 オレ達の念話は、ミステールを使った念話共有で行っている。つまり、この場にいる全員が参加可能だ。

 

≪あれならどうだ? ソワ……ミコトちゃんの、「ル・クルセイユ・エクスプロージオン」だっけ≫

 

 藤原凱からもっともな意見。先にハラオウン執務官にも言ったオレの――正しくはソワレの攻撃手段の一つ、「爆発する棺」。「時間のかかり過ぎる一撃必殺」だった。

 だが、それを実行するには巨大な問題がある。

 

≪あのうねっている竜巻の動きを止められるなら、試してみてもいいが≫

≪……デスヨネー≫

 

 竜巻ということは渦を巻いている気流だ。気流が一所に留まっているわけがない。海水と魔力を多量に含んでいるそれらは、暴れるようにあちこち動き回っている。まさに「暴走」というわけだ。

 「爆発する棺」の最大の欠点は、ため時間の長さと、最初に指定した座標の変更が不可能なことだ。やっていることが「夜」を作り出して押し潰しているのだから、変更できるわけがない。

 と。オレの隣でシールドを張り続けているスクライアから提案があった。

 

≪僕が動きを止めてみます。試してもらえませんか≫

≪……本気か? 分かっていると思うが、発動待機中はオレは身動きが取れない。お前は足場の維持とシールドと、さらには拘束まで同時にこなさなければならない。魔力要素が体に合わないこの世界で、だ≫

 

 クリアしなければならない問題点が多すぎる。それだけの負担に、病み上がりの彼が耐えきれるだろうか。

 無論彼一人で全てをクリアする必要はなく、ハラオウン執務官と藤原凱にこっちに来てもらうという方法も考えられる。だが、不測の事態――たとえば空間跳躍攻撃――に備えて、戦力は分散していた方がいい。

 それでも彼は、意志を強く持ち、頷いた。

 

≪やらせてください。失敗したら、僕のことは見捨てて構いません。覚悟はあります≫

≪どうやら本気のようだな。分かった、任せる≫

≪……やれやれ。僕の立場なら、本来はそんな無茶をするなと言うべきなんだろうがな。大した指揮官だ、君は≫

 

 それはどういう意味なのかと問いたいところだが、今はそんなことをしている場合でもないな。

 スクライアのプロテクションの中から、タイミングを測る。失敗したら見捨てるとは言え、極力その事態は避けたい。彼の負担は、なるべく減らさなければならない。

 だから、拘束と同時に発動準備に入る。だから全ての思考を、その一瞬を見極めるために働かせた。

 

「……ここだ、チェーンバインド!」

『ル・クルセイユ』

 

 ドンピシャ。巨大な鎖状の魔力が何本も飛び出し、一本の竜巻を縛り上げると同時、ソワレへの指示が通じる。竜巻に向けて、黒い夜の粒子が集まり始めた。

 当然、暴走体はただ縛られているだけではいてくれない。電撃、突風、弾丸のような雨粒。それらがプロテクションの表面に突き刺さり、魔法陣を揺らす。

 ……大した技量だ。あれだけ大量のバインドを維持しながら、防御は一切揺るがず。そして、竜巻を何処へも逃がさないように制御し続けている。

 攻撃力はないかもしれない。だが彼の戦闘能力は、間違いなくオレよりもずっと高かった。そういえば彼は結界の維持もやっていたな。

 さきほどのハラオウン執務官ではないが。

 

「大した奴だよ、お前は」

「……へへ。ミコトさんにそう言ってもらえたなら、無茶をしたかいがありましたよ!」

 

 本当にお前はオレへの評価が無駄に高いな。オレは自分の都合で行動しているだけだというのに。

 まあ、今は捨て置くか。それでモチベーションが上がってくれるなら、それに越したことはない。今やるべきことは、たった一つ。

 

「ハラオウン執務官!」

『エクスプロージオン』

「ジュエルシード・シリアル15、封印!」

 

 展開された夜が竜巻を押し潰し、内側に隠されていたジュエルシードを弾き飛ばす。同時、ハラオウン執務官が封印魔法を行使、凄まじい速度で伸びた水色の帯がそれを絡め取る。

 まず一つ。この調子で、残り4つのジュエルシードを全て封印する! ……と行きたいところだが。

 

「余力はあるか、スクライア」

「はあっ、はあっ……! ぐっ、まだ行ける、とは、ミコトさんには、とても言えませんね……っ」

 

 言ったところで無理なのは目に見えているからな。……仕方がない。

 

「しっかり掴まれ、スクライア」

「……えっ!? あ、ミコトさんっ!?」

 

 彼の右腕を首にかけ、肩を貸す要領で抱え上げる。何やらスクライアが顔を紅潮させているが、今はそんなことを気にしている場合ではないのだ。

 エールの風を起動し、魔法陣から足を離す。オレとスクライアの体は、風に乗って宙を舞った。

 

≪ハラオウン執務官。スクライアが回復するまで、こちらは回避に徹する。そちらはそちらで何とかしてくれ≫

≪大丈夫なのか?≫

≪次元跳躍攻撃の脅威がなくなったわけじゃない。無闇に合流するより、こちらの方がベターだ。むしろこちらの心配をするなら、暴走体の相手に集中してくれ≫

 

 彼らが暴走体を止めてくれるなら、こちらへ向かってくる脅威もそれだけ減るのだ。

 ハラオウン執務官から了解の意が返って来る。ちゃんと作戦を割り切ってくれて何よりだ。

 

≪ヒューッ。ミコトちゃんに肩貸してもらえるなんて、役得だねぇユーノ≫

≪ううううううるさいっ! 茶化してる暇があったら、目の前に集中しるよ、バカ弟子っ!≫

 

 念話で誤字るとは器用な真似をする。そんな色気がある状況だとも思えないんだがな。

 ……しかし、あれだな。近くで見ても本当に男とは思えない容姿をしている。なのはからもそうだったが、過去に女子と間違えられたことも多々あるんじゃないだろうか。

 オレが男と間違えられたのはなのはの一件のみだが、それだけでもかなりのショックだった。彼の苦労や、推して知るべし。

 

「強く生きろよ、スクライア」

「……何で僕は突然励まされたんでしょうか」

 

 さあな。

 

 

 

 オレとスクライアの連携プレーは、どうやら彼らにとっても鼓舞の意味があったようだ。

 

「ハッハー! ユーノが男の意地見せたんなら、俺もやんなきゃダメだよなァ!? 即席魔法、ディバイドシールド・改二!」

 

 藤原凱は、オレ達の前方を守護するように立ち、また形の変わった分散防御魔法を展開する。

 角錐状だったシールドの終端に「返し」が付いており、拡散の方向が前方になったようだ。恐らくは、受け流した攻撃がオレ達に届かないようにするため。

 だが、あれは構造的に無理がある魔法だ。如何にエネルギーを拡散する性質を付与していると言っても、返しの角度が急すぎる。返しの部分にかかる負荷が半端じゃないはずだ。

 それを、彼はへらへらとした笑いを崩さずに維持し続ける。この距離からでも、額から尋常じゃない汗が流れているのが分かる。それでも笑い続けた。

 

「おっほっほっほっほーッ! 元気だッ!! 闘気だけで俺を倒すことは出来んッッ!!」

「やせ我慢でも、それだけ続けられれば大したもんだ! ブレイズキャノン!」

 

 彼の意志に呼応するかのように、ハラオウン執務官が闘志を露にする。水色の砲撃魔法が、竜巻を撃ち抜いた。

 だが、止めるには至らない。逆に暴走体を刺激してしまったようで、ハラオウン執務官に向けて雷撃と風刃が襲い掛かり、彼はシールドを展開して防いだ。

 

「なーにやってんだクロノー! やるんならきっちり仕留めやがれコンチクショー!!」

「悪かったよ! ……次元跳躍攻撃に備えて温存したかったんだが、仕方ないな!」

 

 カチっと、彼の中の何かが切り替わったのが分かった。あれは、本気だ。時空管理局の執務官が、本気の殲滅に切り替えたのだ。

 その直感が正しかったことを示すかのように、彼はここまでで初めて詠唱ありの魔法を行使する。

 

「リーブラス・ジャスティス! 集え断罪の刃、咎人どもを裁くために! 慈悲深き正義の鉄槌を!」

 

 それに伴いストレージデバイス「S2U」が複雑な魔法陣を幾重にも展開する。それが広がりきると同時、彼の周囲に優に100を超す魔力の刃が生み出された。

 刃の尾部に環状の魔法陣。バーニアよろしく、青白い魔法の火を灯している。とてつもない規格の殲滅射撃魔法だった。

 そして彼は、撃鉄を下ろす。

 

「スティンガーブレイド・エクセキューションシフト! ファイア!」

 

 瞬間、刃はミサイルとなって竜巻に殺到した。着弾と同時に爆発を起こすそれらは、正しく魔法のミサイルだった。

 ……果たして破壊力は、「爆発する棺」とどちらの方が上か。改めて、彼らの使う魔法というものの戦闘適性の高さに、感心とも呆れともつかない感情を抱く。

 彼の連撃はそれだけにとどまらなかった。スティンガーブレイドを発射すると同時、既に結果は分かりきっているとばかりに封印魔法を起動していた。

 

「ジュエルシード・シリアル11、封印!」

 

 煙の中に水色の帯が伸びて、封印されたジュエルシードを掴んで戻ってくる。これで残りは3つ。

 

「ふぅ……、やはり消耗がバカにならないな。そう何度も出来る方法じゃない」

「頑張れ頑張れできるできる絶対出来る頑張れもっとやれるって! やれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れ! そこで諦めんな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張る! つーか頑張ってくださいオナシャス!」

「無責任なことを言うな、全く……」

 

 藤原凱の若干弱気の混じった懇願に、呆れ混じりのため息をつくハラオウン執務官。……彼の懸念は、正しい。

 オレには魔法は分からないし魔力を感じられないが、あれが相当な消耗を強いる魔法だということは分かる。いくら彼が執務官という立場にある高位の魔導師だったとしても、限界というものは必ずあるのだ。

 限界に達した状態で先の次元跳躍攻撃を受けたら、さすがにどうしようもないだろう。

 藤原凱は、最初の一撃を防いだので消耗した上に、オレ達を守るために今なお消耗し続けている。

 スクライアは、最初の一撃を切り拓くために相当な消耗をした上、魔力要素が体に合わないせいで回復が遅い。

 ハラオウン執務官はまだ余裕がありそうだが、あと3つを相手に余裕を保ち続けられるとは思えない。

 やはり……戦力が足りない。このままでは打つ手なしだ。ジュエルシードを全部集めたところで、次元跳躍攻撃を受けて全滅。多分それが、プレシア・テスタロッサの今の狙い。

 この暴走が彼女の意図したものかは分からないが、この場を観測していないことはないだろう。そして、観測しているならばその程度のことを考えないわけがない。

 だからオレ達は、全ての力を使い果たすわけにはいかないのだが……どうにかならないものか。

 

 どうにか、してくれるようだ。

 

「ディバイィーーーン……バスター!!」

 

 桜色の砲撃魔法。先ほどハラオウン執務官が放ったものとは比較にもならない威力の一発が、はるか遠方から竜巻の一本をぶち抜いた。

 反撃を許さない距離から、反撃できない程度に竜巻を損傷させる。一瞬ジュエルシードが見えた気がしたが、また隠れてしまったようだ。

 だが、こちらの戦力は確実に増強された。今やってきた、白の魔法少女によって。

 

「ごめん皆、遅くなっちゃった!」

「なに、ベストタイミングというやつだ。テスタロッサは立ち直ったのか?」

「……まだ、わかんない。けど、「皆を助けに行って」って言ってくれた。だからわたしは、ここにいるんだよ」

 

 なるほどな。所感、あと少しで答えを出せると言ったところか。

 なのははオレから視線を外し、改めて竜巻の群れを見て、表情を強張らせた。

 

「……生で見たらすっごい迫力なの。映画のワンシーン?」

「さっきまではもっとド迫力だったぞ。これでも半分近くに減っている」

「ふええ。どうやって封印したのぉ……」

 

 今君がやったみたいに、なんだが。むしろ君だったらもっと手早く封印出来るんじゃないか? 余力さえ考えなければ。

 っと、そうだった。

 

≪ハラオウン執務官。なのはが復帰した。そちらの解釈次第では、これでお前は自由の身だが≫

≪冗談はよしてくれ。こんなところで退いたら、時空管理局執務官の名折れだ。君達が無事アースラに戻れるまで、一緒に戦わせてくれ≫

≪それを聞いて安心した。ここでお前に抜けられたら、またさっきの状況に逆戻りだった≫

≪……分かっているならわざわざ聞くなよ≫

 

 一応の確認というやつだよ。契約内容はしっかり確認しないと、後で痛い目を見る。

 

「なのは。攻撃は任せる。少しでもジュエルシードを露出させられれば、ハラオウン執務官が封印を行ってくれる。彼の魔法行使のスムーズさは、君も知っての通りだ」

「うん! クロノ君なら安心して任せられるの!」

 

 さっきまでの不安はどこへやら。オレの一言で自分の役割を認識した魔砲少女は、あっさりと前線に加わった。……本当にオレの言ったことなら何でも従うんじゃないのか? 危ういぞ、それは。

 少女の未来に若干どころではない不安を感じながら、オレはスクライアを担いで飛ぶ。……もうオレ達が出来ることはなさそうだ。

 

「スクライア。次元跳躍攻撃が来るとしたら、恐らくジュエルシードが全て封印された直後だ。こうしておいてやるから、少しでも回復しておけよ」

「……ははは。何か、色々と回復してきそうですよ、ほんと」

 

 色々って何だ、色々って。

 

 

 

 なのはが戦線に加わって一転攻勢、となれば話は早かったのだが、やはりそう上手くいくものではない。

 前述の通り、確かになのはの砲撃能力は凄まじいが、それ以外が全くだ。防御は藤原凱に劣り、機動力もそれほど高くはない。紙一重で回避するような体裁きを持っているわけでもない。

 つまり、基本方針は藤原凱またはハラオウン執務官の後ろに隠れて、砲撃魔法を撃つというものだ。だがそのやり方ではどうしたって限界がある。

 

「にゃーっ!? 撃ち返しなのー!?」

「シューティングのハードモードかっつーの!」

 

 防御の後ろに隠れなければならない関係で、彼女は一定ライン以上前に出ることが出来ない。そうなると、あの竜巻の中でジュエルシードを正確に狙うことが出来ない。

 対して、暴走体の方は攻撃を受ければ応じるかのように風やら雷やら水弾やらを撃ち返してくる。藤原凱のぼやきももっともである。

 ……藤原凱の限界が近い。かと言って、回復しきっていないスクライアを壁役に回せるわけがない。何か手はないものか。

 

「なのはを接近させられれば、恐らく一発で仕留められるんだろうが。彼女にテスタロッサほどではなくとも、機動力があればな……」

「砲撃と射撃ばっかりでしたから……移動魔法は、飛行で精一杯だったみたいです」

 

 へいわしゅぎしゃの癖に脳筋である。やはり彼女も戦闘民族高町家の血を引く者であったか。

 では、発想を逆転させよう。

 

「なのはの砲撃は、ディバインバスター以外に何がある?」

「……もう一つ、収束砲撃魔法というのがあります。威力は強めのディバインバスターにその場の魔力を足したもの。この場だったら、暴走体二つぐらいをまとめて吹き飛ばす威力が出せます」

 

 とんでもない威力だな。ということは、それなりの制約があるな?

 

「はい……。ソワレの「ル・クルセイユ・エクスプロージオン」とは比較にならないぐらいのため時間。それと、なのは自身もその後戦えなくなるぐらいに消耗します」

「それでも一つは残る、か。……ハラオウン執務官の余力がどれぐらい残ってるか次第だな」

 

 ための間は藤原凱に耐えてもらうしかないが、彼がもたなくなったらハラオウン執務官にお鉢が回る。それを耐えきった後で、先の殲滅射撃魔法+次元跳躍攻撃に耐える防御魔法を使う余力があるか。

 一応、かけではあるが、もう一つの選択肢が存在する。テスタロッサの復活だ。彼女が復活し、協定を維持するというのであれば、この場に駆けつけるはずだ。

 そうなれば現状にテスタロッサとアルフの戦力がプラスされる。むしろそれならば収束砲撃魔法とやらは必要ないかもしれない。

 ……どっちにしろかけにしかならないか。ならば、選択肢は一つ。

 

≪なのは。このままではジリ貧だ。君の持つ最大魔法を行使して、暴走体を二つ吹き飛ばせ≫

≪! 「アレ」をやるの!? だ、だけど……≫

≪やらなければ座して死を待つだけだ。どちらがいいか、考えろ≫

≪うっ。……やるしか、ないんだよね≫

≪テスタロッサを待つのはかけだ。どうせかけるなら、やるだけやる方にかける。オレはそう判断した≫

 

 出来ることを全力で。一切の容赦なく。それがオレのやり方だ。

 何がおかしかったのか、念話で笑うという器用な真似をするなのは。君達はそろいもそろって器用だな。

 

≪そう、だね。うん、ミコトちゃんらしいや≫

≪こういう性分なものでな。藤原凱、ハラオウン執務官。彼女が魔法を完成させるまで、時間を稼いでくれ≫

≪……かなり嫌な予感がするな。恭也さんの妹的な意味で≫

≪おっ分かってんじゃーん。なのはも大概脳筋だぜー≫

≪人聞きの悪いこと言わないでよ、この変態!≫

 

 いや、その変態は君の良き理解者だと思うがな。というか手綱を引いてくれ、頼むから。

 とにかく作戦は決まった。なのははレイジングハートを真っ直ぐ構え、その先端に桜色の光が集まり始めた。

 

「やるよ、レイジングハート!」

『All right. Starlight breaker, stand by ready. Count down start.』

 

 普段は柔らかい印象の機械音声が、物々しい単語を羅列していく。

 ――暴走体には、一定の知性がある。それは温泉近くの暴走体のときに分かっていることだ。あのときは、ダミーの方を囮にするという戦い方をしてきた。

 そして、今回は。

 

「っ! やっぱりなのはを狙ってきたか!」

「そりゃ黙って見逃してはくれねえよなぁ!」

 

 三つの竜巻が、なのはに向けて一斉に雷を放った。それを藤原凱とハラオウン執務官が、それぞれにシールドで防ぐ。

 

『Nine.』

「ぐっ! ……重いッ!」

 

 攻撃は一発では終わらない。なのはの砲撃を最大の脅威と知覚した暴走体は、ここにきて最大の勢力で暴れまわる。幾度も幾度も雷鳴をとどろかせ、狙いを違えずなのはを撃とうとした。

 ……これは、藤原凱がもたない。

 

『Eight.』

「……くっそがァ!!」

 

 彼の作る角錐シールドに罅が入った。返しの部分を維持するのに溜まった疲労で、全体の構成が限界に達したのだ。

 それでも敵の攻撃は無慈悲で、収まる気配を見せない。

 

『Seven.』

「ガイッ!」

 

 スクライアが弟子の身を案じ、叫ぶ。だがここで彼を動かすわけにはいかない。もし藤原凱が落ちたら、次元跳躍攻撃を防ぐのはスクライアの役目なのだ。消耗させるわけにはいかない。

 だから、彼を前線に戻すわけにはいかない。

 

『Six.』

「ガイ君ッッ! ……ッ!」

 

 なのはは彼に何かを言いかけ、言葉を飲み込んだ。恐らくは「もう下がって」と言いそうになったのだろう。それをしたら、大魔法待機中のなのはは、為すすべなく雷に飲み込まれる。

 だから、何も言えなかったのだ。今大事なのは、彼の身ではなく自分自身の魔法なのだから。

 

『Five.』

「……なめんなよ。この、藤原凱様を、舐めてんじゃねえぞオラアアアアア!!」

 

 裂帛の気合。それで魔力の出力が増すなら、世の中いくらかイージーモードだろう。だが現実は、決して甘くはないのだ。

 バキィンという音を立てて、角錐シールドが砕け散った。

 

『Four.』

「っ、ガイイイイッッ!!」

 

 ハラオウン執務官の叫び。藤原凱は、何かが切れたかのような呆然とした表情で、砕けた自分のシールドと、その向こうから迫ろうとしている雷を見ていた。

 彼は――何かを受け入れ、皮肉に笑った。

 そして、雷光が轟く。

 

「ソワレ!」

『リドー・ノワール!』

 

 それは、オレが割って入ってソワレに展開させた「黒のカーテン」に阻まれ、あらぬ方向に散って行った。……ギリギリで間に合ったか。

 まずいと思ったあの瞬間、オレは何を考えるでもなく、スクライアに魔法陣を展開させて待機させ、この場に全力で飛んだ。彼が足場を作るぐらいに回復していて助かった。

 

『Three.』

「ミコトちゃんっ!」

「まさか変態を助けることになるとはな。屈辱だ」

「……へ、へへっ。やっぱ、ミコトちゃん、キミ、サイコーだわ……」

 

 安堵の笑みを漏らし、藤原凱は気絶した。魔法陣が消えるよりも早く、オレが彼を肩に担いだ。

 ……甘いものだ。彼のことは、別に切り捨ててもいいはずなのに。それをすればオレの友人になろうとしている少女が悲しむと思ったら、それが出来なかったのだから。

 いや、これは作戦行動に必要なことだったのだ。オレの判断は利害計算上何も間違っていない。結果論ではあったが、そうして自分を納得させた。

 

『Two.』

「「黒のカーテン」はそこまで頑丈じゃないが……ここまでくれば耐えられそうか」

 

 オレが防御に参加しなかった理由は、ソワレが防御に不慣れなことが原因だ。いくら彼女がジュエルシードから生まれた召喚体だからと言って、何でもかんでも強力というわけにはいかない。

 「夜想曲の弾丸」が着弾とともに弾け飛ぶことからも分かる通り、ソワレは「夜」を強固に結合させて維持するのが苦手だ。逆に「爆発する棺」のように緩い結合で展開するのが得意なのだ。

 だからこのカーテンは、藤原凱のシールドと似ていて、柔らかく受け流して防御する性能なのだ。あまり頑丈ではないから、この猛攻に晒したらすぐに破れてしまう。

 だが、カウント3からの短い時間なら、十分持つ。そしてカウントは残すところあと一つ。

 

『One.』

「……やれ、なのは!」

「うん、ミコトちゃん! これがわたしの全力全開!」

 

 そして、レイジングハートの先端から、極太という言葉すら生ぬるいほど、視界を覆い尽くすほどの輝きが溢れた。

 その名は、星をも穿つ光。

 

 

 

「スターライトォ……ブレイカァーーーーー!!」

 

 オレとハラオウン執務官が避けた前方に、光の壁が出現した。これが、収束砲撃魔法……。

 

「なんつうバカ魔力……嫌な予感大的中だよ」

 

 彼のぼやきももっともだ。暴走体二つを同時に落とせるほどの砲撃というのだからある程度は想像していたが、誰がこんなもの想像するか。

 横方向の幅で言えば、人間10人分ぐらい。縦方向で言えば、4人ぐらいか。そんな太さの魔力の砲撃が、レイジングハートの小さな先端から飛び出したのだ。

 斜め下に向けて撃たれたそれは、海面に着弾すると同時、とてつもない広範囲を薙ぎ払うほどの魔力の爆風を生み出した。それこそ、暴走体の竜巻が為す術もなくちぎれ飛ぶほどに。

 

「ハラオウン執務官!」

「分かっているとも! ジュエルシード・シリアル3、シリアル19、封印!」

 

 スクライアの予測通り、二つのジュエルシードが露出し、ハラオウン執務官は目の前の光景にも我を忘れず、自分の仕事をこなして見せた。

 これで残るジュエルシードはあと一つ。シリアル4のみ。

 

「さて、これでチェックメイトか。……アースラに戻っていていいぞ、なのは」

「はあ、はあっ! ……ううん。なのはも、最後まで、一緒にいる……」

「君の成果は評価するが、これ以上は足手まといだ。飛ぶことすらまともに出来ていないだろう」

 

 こちらもスクライアの言った通りだった。なのはは魔力のほとんどを消耗し、飛行魔法すらも切れかけてフラフラしていた。

 だからオレは、容赦なく切り捨てた。だが彼女は、オレの判断をこそ、容赦なく切り捨てる。

 

「それでも、一緒にいたいんだ。皆と」

「……邪魔になったら見捨てるぞ。この変態ともども」

「うん。それで、いいよ」

 

 ニコッと笑うなのは。……本当にこの子は、分からない。オレが認めるほどに。

 オレ達の様子を見て、ハラオウン執務官は呆れとも苦笑とも、微笑ともつかない表情を見せていた。何笑ってんだ、ムッツリーニ執務官。

 気を引き締め直して、この戦闘の勝利条件を口にする。

 

「まず、ジュエルシードを封印する。その後、来るであろう次元跳躍攻撃を防御する。これが出来て初めて完全勝利だ。総員、最後まで気を抜くなよ」

「応ッ!」

「はいなのっ!」

「やってやりますよ!」

 

 何故か任されてしまったリーダー役。ならば、少なくともこの場は全うしてみせよう。オレの激励に、全員が肯定の返事を返した。

 

 そして。

 

「最後の封印。……わたしに、やらせてもらえないかな」

 

 ようやく、彼女は復活出来たようだ。振り返れば、オレンジ色の狼を伴った、金色と黒の魔導師が、静かにそこに佇んでいた。

 表情は――決して暗くはない。むしろ何処か晴れやかであり、何かを吹っ切ったような涙の痕。

 少女の友人は、それが逆に悲しかったようだ。

 

「ふぅちゃん……」

「ありがとう、なのは。わたしの弱音に、付き合ってくれて。立ち直れなかったわたしの代わりに、皆を助けてくれて」

「それがなのはのやりたかったことだもん。……でも、ふぅちゃんは……」

「ううん、何も言わないで。……わたしにも、ようやく見えたんだ。わたしの、やりたかったことが」

 

 金の少女は、優しげな瞳のまま、オレに目線を合わせた。ハラオウン執務官が気を利かせて、オレから藤原凱を回収する。

 

「ミコト。……本当に、ありがとう」

「感謝の意味が分からない」

「うん、そうだよね。ミコトはきっと分からない。わたしが勝手に感謝しているだけだから」

 

 そうか。それなら止めることは出来ないな。

 

「ミコトは、自分の目的のために行動しただけ。いつもそう言ってるし、多分本当にその通りなんだと思う。だけどそれは、回りの皆に影響を与えている」

「否定はしない。生きている以上、他人と関わらないことなんて不可能だ。知らず知らずのうちに、オレが人に影響を与え、オレも影響を与えられていることは、認めている」

「だからわたしは、ちゃんと自分の意志で思えたんだ。ミコト達の力になりたいって。ミコト達と一緒の道を歩きたいって」

 

 そうか。君が自分の意志でそう思ったなら、オレに何か言う権利はないな。

 

「だから……わたしと母さんの「利害の一致」はここまで。……母さんがつかまってしまうのは悲しいけど、でも大事な母さんだからこそ。ちゃんと、罪を償ってほしい」

 

 ……そういえば、協定を組む前に思っていたな。「テスタロッサ達をこちら側に抱き込めれば最高だ」と。図らずもその通りになっていた。

 オレ達は、それだけのものを彼女に与えられたようだ。彼女の「欲」を満たすだけのものを。協定の条件を、達成するだけのものを。

 

「停戦協定は破棄します。改めて、わたし達をミコトの仲間にしてください。お願いします」

「了解した。聞いての通りだ、ハラオウン執務官。逮捕保留は終了。アースラに戻ったら、プレシア・テスタロッサを逮捕する準備を進めてくれ」

「分かった。……ありがとう、フェイト。君の勇気ある決断に、感謝する」

 

 ハラオウン執務官は、テスタロッサに向けて頭を下げた。こうして、ジュエルシードを封印することに、何の憂いもなくなった。

 

「サポートは必要か?」

「ううん。わたしの"速さ"は、ミコトも知ってるでしょ」

「その通り。遅くならないうちに帰って来いよ」

「クスッ。行ってきます、ミコトママ」

 

 冗談めかして少女はそう言い、一筋の雷光と化した。

 

 あとはもう、語るまでもないだろう。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。撃ち抜け、轟雷! サンダースマッシャー!」

「そこだっ! リングバインド!」

『Sealing form.』

 

 三行で終わった。さっきまでの苦戦は何だったのか。それだけ、フェイトの戦闘能力が高いということなのだろうな。

 

「……全く。君達を管理局に誘えないということが、本当に惜しくなってくる」

 

 その様子を見ていたハラオウン執務官は、苦笑とともにそんな呟きを漏らした。

 

 

 

 

 

 結局、懸念していた次元跳躍攻撃は来なかった。魔力の充填が間に合わなかったのか、それとも何か別に理由があるのかは分からない。

 オレ達は一度、ハラオウン執務官の転送魔法で、アースラに戻ることになった。オレとしてはスクライアからの依頼は完遂し、フェイトとの協定も終了したため、これ以上関わる必要はないのだが。

 まあ、状況は中途半端だしな。ハラオウン執務官にはサービス残業もしてもらった。事後処理ぐらいは協力してやろう。そう思っていた。

 

 だが、アースラのブリッジに辿り着いた瞬間。また状況が一変したことを理解した。

 オレはアースラのディスプレイにでかでかと映っているその女性に対し、さすがにイラつきが限界に達し、思わずため息とともに零した。

 

「……いい加減にしろよ、プレシア・テスタロッサ。今度は何の真似だ」

 

 初対面――映像越しではあるが、周囲の反応からそれ以外に考えられない人物に対し、オレは睨み付けた。散々オレのロードマップを邪魔してくれた、彼女に対して。

 それに対し向こうから返ってきたのは、憎悪に近い感情だった。

 

『それはこちらの台詞よ、小娘。よくも私の計画を尽く邪魔してくれたわね。あなたのせいで、結局ジュエルシードは一つも手に入らなかった』

 

 ふむ。フェイトがオレの立てた停戦協定に従ったことを知っているのか。フェイトは説明していないはずだから、この場にいる誰か――ハラオウン提督辺りが教えたのか。

 まあ、知っていようがいまいが、最早どうでもいいことだ。

 

「知らんな。オレは正規のクライアントに接触して正規の依頼を受け、遂行しただけだ。筋の一つも通せん犯罪者風情に文句を言われる筋合いはない」

『口だけは達者のようね。どうせあなたも、ジュエルシードが狙いで接触したくせに。同じ穴のムジナよ』

「順序が逆だな。いや、同時だったというべきか。まあ、お前よりは運に見放されていなかっただけのことだ。残念だったな」

 

 この女がこれ以上何をしようが、知ったことではない。フェイトは彼女の逮捕を認めた。こうして通信している以上、座標は割れているということだ。彼女が捕まるのは時間の問題なのだ。

 オレがスクライアの依頼で協力していたことは、ハラオウン執務官もハラオウン提督も知っている。だが報酬内容までは知らなかったのだろう。少し視線が問い詰めるようになっている。

 

「オレに関しては、スクライア本人から聞くといい。正規の契約で譲り渡したと語ってくれるはずだ。法的に問題がないならという条件も付けている。オレはそちらの法律は知らないんでな」

「……あなたはそういう筋は通す人ですものね。信じます」

 

 今重要な話ではない。重要なのは、ディスプレイに大写しになっている魔女が、フェイトに向けて威圧的な視線を向けていることだ。

 彼女は、竦んだようになっていた。母に逆らったのだ。恐らく初めてのことだったのだろう。……だが、彼女自身が決めたことなのだ。

 

「……母さん、自首してください。母さんのやったことは聞きました。それは犯罪です。わたしは、母さんにちゃんと罪を認めて、償ってもらいたい」

 

 だからこそ、毅然とした態度で返せたのだろう。自分の意志を。決めた道を。

 それを受けてプレシア・テスタロッサは――およそ人の親とは思えない、憎々しげな表情を娘に向けた。

 

『……クックックッ。恩知らずとはまさにこのことね。出来損ないだとは思っていたけど、ここまで酷いとは思ってなかったわ』

「っ、母さん! ちゃんとわたしの話を聞いて!」

『あなたが私を母と呼ぶんじゃないわ、出来損ないッ!』

 

 魔女の怒声を浴びて、フェイトは震えて涙目になる。それでも毅然としているのは、それだけ彼女にとって、母親が大事だということなのだろう。

 だからオレは……非常にイライラしているのだ。この母親が、自分が生んだはずの子を認めず、愛情を返さず、使い捨ての駒として使っていることに対して。筋が通っていない。バランスが崩れている。

 このクソ女の顔を見て、オレは一度決壊しているのだ。だから、とっとと話を終えて、ストレスの原因を消し去りたかった。

 

「前置きはいらん。とっとと語りたいことを語れ。それが終わったら、オレはお前の前に二度と現れん。お前が何処のブタ箱にブチ込まれようが、知ったことじゃないんだよ」

『ッ! ……いいでしょう。教えてあげるわ。真実を知った後で、あなた達がまだその子の友達面をしていられるか、見ものだわねッ……!』

 

 オレは別にフェイトの友達ではないのだが。他はどうか知らんが、オレには関係ないことだ。聞いてやるから、とっとと話して、とっとと終われ。

 映像の中で、プレシア・テスタロッサは立ち上がる。何処か悪いのか、ヨロヨロとした動きだ。杖を突きながら、彼女が座っていた玉座の向こう側の扉へ。

 そして彼女は、両開きの大きな扉を開きながら。

 

『見なさい、これがその子の真実よッ!』

 

 そう告げた。

 

 

 

「――え?」

 

 フェイトが固まる。だけではない。この場にいる他の人間も、皆一様に。

 

「……なに、あれ」

「こど、も? 眠って、いるのか……」

「……まさか、死……それに……似すぎている」

「……どういうことだっ」

 

 皆答えが分からず、困惑する。そんな中、ハラオウン執務官に背負われていた藤原凱が目を覚ます。

 

「うっ……ここは……、って!? うそ!? マジかよ!?」

 

 明らかに、他の皆とは違った困惑を見せた。……ああ、そういえばそうだったな。お前は、「知っていた」んだったな。

 そうして存分に皆の困惑を楽しんだ後、プレシア・テスタロッサは、自分の娘を見下したように睥睨し。

 

『この子は私の娘。アリシア・テスタロッサ。私の、ただ一人の娘よ』

 

 扉の奥にいた、緑色の液体の中で眠る――永遠の眠りについた少女の名を明かした。

 少女は、驚くほどフェイトに似ていて。

 

『フェイト。あなたはね……アリシアのクローンなの。私の娘なんかじゃない。人間ですらない。ただのお人形。ただの道具でしかないのよッ!!』

 

 それが、フェイトの真実だった。

 

 

 

 オレは、その一部始終を聞いていた。

 26年前の事故で、プレシア・テスタロッサが一人娘のアリシアを亡くしてしまったこと。

 その後、何としてでも失った娘を取り戻そうと、管理局法で禁止されている死者蘇生法の研究を始めたこと。

 プロジェクトF.A.T.E.と名付けられたその計画によって、アリシア・テスタロッサの遺伝子を使用したクローン、即ち現在のフェイト・テスタロッサを作り出したこと。

 アリシアとして生み出したはずなのにアリシアになれなかったフェイト。だからプレシア・テスタロッサは、フェイトのことが今日まで憎かった。憎みながらそばに置き続けたこと。

 そして、ジュエルシードを求めた目的。それは失われた世界「アルハザード」を求め、次元断層への道を開くため。そこには死者蘇生の法も眠っており、それを求めていたこと。

 ――ああ、なるほど。ここで藤原凱のあの話につながるのか。確かに、死者蘇生が本来の目的なら、他に方法があればジュエルシードはいらなくなる。実際にはそんなこと出来ないんだがな。

 彼女の動機から計画の実行に到るまで。そして、オレの都合でフェイトを振り回した結果、その計画は頓挫し、さらには管理局にまで嗅ぎつけられて、その望みは永遠に果たせなくなろうとしている。

 だからオレのことが殺したいほど憎いそうだ。そう思うのは彼女の勝手だ。勝手にそう思わせておこう。

 

 長々と昔語りをされ、終わったところでオレはフェイトを見た。彼女は……ショックを受けた表情だった。それはまあ仕方がない。自身のアイデンティティの根底を否定されたのだから。

 オレが4年間なのはに男と間違えられていた衝撃とは比較にもならないだろう。だから、オレに少女の気持ちは分からない。オレと彼女は「違う」のだ。

 そして彼女、フェイトは、ショックを受けながらも……ちゃんと自分の両足で立っていた。ちゃんと、受け止めていた。彼女はいつの間にか、その事実を受け止められるだけの「自分」を持っていた。

 それが、何でか嬉しく感じた。何でなんだろうな。オレ自身のことなのに、オレ自身がよく分からない。

 

『分かったでしょう!? あなたはね、フェイト! 誰からも望まれていないのよ! それを我慢して生かしておいてあげたというのに、小娘に言いくるめられて寝返ってしまった! 恥知らずの恩知らずよ!』

 

 魔女はヒステリーを起こしたかのように、いや起こしているのだろう、キンキン声でフェイトを罵る。そのために咽てせき込み、彼女は言葉を一度止める。

 それだけの時間があれば、フェイトが言葉を差し挟む猶予はあった。

 

「……母さん、聞いてください」

 

 凛とした声だった。震えもない。だから誰も、言葉を挟めない。

 彼女は――おもむろに頭を下げた。感謝の深さを示すように。

 

「わたしを作ってくれて、ありがとう。生み出してくれて、ありがとう」

 

 映像の中のプレシア・テスタロッサは、信じられないものを見る目で少女を見ていた。

 

「確かにわたしは、母さんにとってよくない子でした。望まれていませんでした。だけど、わたしはわたしの意志で、大切だと思える人達に出会うことが出来ました」

 

 フェイトはなのはに視線を移す。白の少女は一度瞬きをした後、ニコッと笑って見せた。

 

「わたしのことを、友達だと言ってくれた子。「ふぅちゃん」って呼んでくれる、大切な友達」

 

 次に視線は、スクライアへ。彼はどんな表情をすればいいか分からないようで、困惑気味に頬をかいた。

 

「わたしと言い争ってくれる、博識な子。対等な目線で意見を交わせる、大切なケンカ仲間」

 

 そして、藤原凱。今は変態性も何処へやら、見守る大人のような目でフェイトを見ている。

 

「ちょっとエッチだけど、本当はとても優しい子。誰かの幸せを心から願える、大切なおバカさん」

 

 視線は戻り、逆へ。恭也氏。彼は……彼にとって、フェイトもまた妹のような存在。いつの間にか、そうなっていたんだろう。

 

「魔導師よりも強くて、いつもわたし達を守ってくれる人。とても頼りになる、大切な皆のお兄さん」

 

 足元へ。今は狼の姿になって、気遣わしげにフェイトを見上げている使い魔へ。

 

「常にわたし最優先で融通が利かないけど、いつもわたしのそばにいてくれた子。ずっと一緒にいたい、大切な相棒」

 

 そして、オレへ。オレは……多分いつもと変わらないんだろう。何も変わらず、仏頂面。

 だからフェイトは、クスリと笑ったんだろう。

 

「わたしに、現実を見せつけた。辛い現実を突き付けて、それでも選択をさせてくれた。厳しさと優しさの両方を持った、わたしの……ママみたいな人、かな」

 

 そんなことを言われてしまったもんだから、少し表情は崩れたかもしれない。意図的に厳しくしているつもりはないし、優しくしているつもりもない。彼女がそう感じているだけなのだが。

 だが……そう感じて、くれている。それが無性にうれしく感じてしまっているもんだから、やっぱり彼女の言う通りなのかもしれない。

 自分の大切な人を紹介し、彼女は再び「母親」を見た。

 

「他にも、この場にいない、紹介しきれないぐらい大切な人が出来ました。わたしは、母さんに生み出されたから、出会うことが出来た。だから……今まで、ありがとうございました」

 

 さすがに最後は少し声が震えた。これは、フェイトからプレシア・テスタロッサへの、決別の言葉だ。

 もう彼女達の利害は一致していない。協力関係はそこにはない。そして……プレシア・テスタロッサがフェイトを捨てるというなら、フェイトもプレシア・テスタロッサを捨てることになるのだ。

 それにこの女は、気付いていただろうか? 気付いていなかったのだろう。そして今気付いたのだろう。

 自分が「必要ない」と切り捨てた存在に、「巣立ち」という形で切り捨てられたことに。

 

『あ……あはは……あはははははは、あーっはっはっはっはっ! は、はは、ははは……私を馬鹿にするのも大概にしなさいよ、小娘ェ!』

 

 そして噴出した感情は、全てオレに向いてきた。鬱陶しい。

 

『私からジュエルシードを、アリシアにつながる希望を奪っておいて! さらに私の手駒まで奪ってッ! あなた何がしたいのよ、私に何か恨みでもあるっていうの!?』

 

 半狂乱。自分が優位に立つという形で心の支えにしてきた少女が離れ、とうとう理性が限界に達したようだ。

 

「正直答えるのも面倒だが、あえて言わせてもらう。お前に対する感情など、何もない。せいぜい鬱陶しいから早く視界から消えてくれという程度だ」

 

 フェイトは少し悲しそうな顔をしたが、それがオレなのだ。

 それともう一つ、言うことがある。

 

「さっきも言ったが、オレはオレの目的のためにスクライアと契約し、ジュエルシードを得た。集めたのはその対価だ。お前の都合など関係ない。これはお前自身が招いた、悪因悪果だ」

 

 後ろ暗いところがないのなら、オレと同じようにスクライア本人に交渉すればよかったのだ。自分で「悪いことをしている」と思っているから、出来なかったのだ。

 そうなれば自分にとって悪い結果が返って来ることなど、火を見るよりも明らかだろう。そんなことも分からないで、大魔導師を名乗っているのか、このクソ女は。

 あと一つ。これだけは絶対言っておかなければならない。

 

「それと……お前ごときがオレの娘を「物」扱いするんじゃないよ、ぶち殺すぞ」

「……え?」

『娘!? はっ、それこそとんだ茶番だわね! 子供のあなたが、その人形を娘ですって!? ちゃんちゃらおかしいわ! 娘っていうのはね、私にとってのアリシアみたいな子のことを言うのよ!』

 

 そんなお前の基準は知らん。フェイトがオレを「ママ」と呼び、オレがフェイトを「娘」と呼んだ。オレ達にとっては、それだけで十分なんだよ。

 フェイトは、オレが彼女を娘として扱ったことを、上手く理解出来ていないようだ。

 画面の中で狂ったように叫んでいる女を無視し、オレはフェイトを見る。

 

「フェイト・ヤハタ。中々いい名前だと思わないか。さすがにオレの歳で人間の子供は持てないから、妹ということになるだろうけどな」

「あっ……、……うんっ!」

 

 彼女は涙をこぼしながら、笑顔で頷いた。……帰ったらまたエンゲル係数と戦わなければならないが、それはそれというやつだ。

 さて、管理局の皆さん置いてけぼりで色々話が進んでしまったが、もういいだろう。

 

「プレシア・テスタロッサ。お前のやりたかったことは理解した。それで、この話は終いだ。あとはここにいる管理局員に逮捕されて、獄中で好きなだけ狂ってろ。尽くオレには関係のないことだ」

『小娘ェ……ヤハタ、ミコトォォォォッッッ!!』

 

 彼女がアリシアを復活させたかろうが、オレには関係がない。彼女が自身の悪事によって逮捕されようが、オレには関係ない。管理外世界に住むオレに、管理世界のことは関係ない。

 そう、本当に関係のないことなのだ。何もかも、何もかも。

 

 

 

 だというのにこの女は、どうしてオレの神経をこうまで逆撫でしてくれるんだろうな。

 

『奪ってやる……奪ってやるわ! お前の何もかもを! 大切なものを奪われる痛みを、お前にも思い知らせてやるわ! お前の大切なものを、娘だと言ったその人形を、お前の家族を、皆殺しにしてやるわッッッ!!』

 

 カチッと、頭の中で何かが切り替わる音を聞いた気がした。隣に立っていたフェイトが、ビクリとオレから離れた。オレは今、どんな顔をしているんだろう。

 今奴はなんと言った? オレの家族を、殺すだと? フェイトを、アルフを、ブランを、ミステールを、ソワレを。

 はやてを、殺すだって?

 

「……気が変わったよ、プレシア・テスタロッサ。いや、事情が変わった」

 

 オレは顔を上げ、奴を見た。瞬間、奴は表情を固め、言葉を失った。

 構わず、オレは言葉を紡ぐ。奴がオレの大事なものを奪うと言うなら。オレの前に立ちふさがり、自ら障害になろうとするならば。

 

「今からそっちに殺しに行ってやる。人生最後のティータイムでも楽しんでいろ」

 

 オレは一切の容赦をしない。それが、八幡ミコトという人間なのだから。




ミコトは三度鬼になる。
ミコトにとって、プレシアは本当にどうでもいい存在でした。フェイトが自分達の側に転がり込んできたことで、協定は彼女にとって良い意味で消滅し、プレシアに配慮する必然性は消滅しました。
だから、あとは管理局員に任せておさらばのつもりでした。プレシアが彼女の地雷を的確に踏んでしまったため、プレシアを排除するという目的が出来てしまったのです。

一方、裏ではこのまま終わることを良しとしない人間もいました。ガイ君です。彼は、プレシアも何とか幸せになれる方法を考えていました。ミコトに死者蘇生の話をしたのもそのためです。
しかし悲しいかな、彼は特別な力を持つ転生者ではなく、ただ魔法の才能に恵まれているだけの少年だったのです。この世界は確率を大きく外れることを許してくれませんでした。
だから、みんなが幸せになれる可能性のあるこの世界で、道化として必死に生きているのです。

ミコトはとうとう人を手にかけてしまうのか。それとも、プレシアの逆襲があるのか。はたまた別の結果が待っているのか。
そんな感じで次回に続きます。


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十六話 終焉 その三(あとがきにサポート紹介あり)

これにて、事件は終幕です。



そういえば投稿日がミコトの誕生日ですね。別に何もないけど。

19:16 謝罪→感謝 の間違いでした。修正。……どうしてこんな間違いしたんだ。
2015/12/29 新暦66年→新暦65年でした。修正。……何故1年間違えた。


 プレシア・テスタロッサは排除する。逮捕だけでは不十分だ。確実に物理的に、二度とこちらに抗えなくしなければ、オレの大切なものが脅かされる可能性がある。

 だがオレは理解している。オレ一人の力では、プレシア・テスタロッサには敵わない。先の次元跳躍魔法もオレ一人では対処できなかったし、そもそも奴の本拠地――時の庭園に行く手段も存在しない。

 故に、この場にいる時空管理局の協力が不可欠だ。

 プレシア・テスタロッサとの通信を一方的に終了し、やってきた転送ポート。オレは向こうの責任者であるハラオウン提督に交渉していた。

 

「プレシア・テスタロッサの逮捕に協力する。その代わり、確保後の処遇を任せてもらいたい」

 

 俺の提案に対し、ハラオウン提督は首を横に振る。

 

「あなたはプレシアを殺害する気でいる。管理局員としても人としても、それを認可することはできません」

 

 まあ、至極当然で予想出来た答えだ。殺人は忌避するもの。オレも通常の条件下では、その考えに賛同を示す。

 殺人とは同族殺し。社会集団における、同胞の排除。秩序を著しく乱す行為だ。もし被害が大きければ、集団維持に影響を及ぼすこともあり得る。

 だが、あくまで通常条件下での話だ。双方の所属する集団が異なり、かつ一方がもう一方に害意を持っている場合、それを排除するという考え方の方が一般的になってくる。

 当然だ。自身の所属する集団を優先するのは、社会生物としてごく自然な論理なのだから。戦争においてより多くを殺した人間が英雄ともてはやされるのは、この原理によるものだ。

 たとえれば、「病原体を殺すことで命を守る」。社会生物どころか、生物体ならば当たり前に持っている免疫機構の話まで落とし込むことが出来る。

 故に、今回はそこを突く。

 

「プレシア・テスタロッサは「オレの全てを奪う」と言った。オレは一個の生命体として、これに抗う必要がある。彼女の命を奪うことが目的ではなく、オレの持つものを保護することが重要だ」

 

 そう。極論を言えば、彼女の行動が一生涯束縛され、自由に身動きが取れなくなる絶対の保証があるなら、わざわざ殺す必要はない。

 時空管理局という治安組織が……自己集団を守るための法律で動く組織が、管理外世界の人間のためにそこまで出来ればの話だ。

 

「あなた方は、そこまで出来るのか? 逮捕後の護送の最中、向こうについた後は裁判中。裁判後の獄中。その全てにおいて、我々の完全な安全を保障できるのか?」

 

 出来るわけがない。そもそも相手は次元跳躍攻撃などという離れ業を可能とするような魔導師だ。無論、条件が揃わなければ出来ることではないだろうが、条件が揃ってしまえば出来るのだ。

 そう考えると、プレシア・テスタロッサが生きている以上、オレ達の安全など存在しない。オレはもう目を付けられてしまった。自業自得かもしれないが、それ自体は逆恨み以外の何物でもないのだ。

 だから、報いを与えなければならない。オレの大事なものたちを奪おうとした、その報いを。

 

「管理外世界の、管理世界と関わる気のない一般人に、そこまでの労力を払うと約束出来るなら退こう。それが出来ないなら、オレはオレ自身とオレの大事なものを自分の手で守らなければならない」

 

 その権利を奪うな。それをしたら、オレはあなた方の敵に回る。そう言外に込め、ハラオウン提督を見る。

 彼女は……悲しそうに顔をしかめた。それでも毅然とした表情は崩さず、オレを見下ろしていた。

 

「……それでも、私はあなたのような子供に手を汚してほしくない。もし、あなたがプレシアを殺害しなければならないと言うのなら――」

「――俺がやる」

 

 後ろから声。この一月で聞き慣れてしまった、オレ達の最大戦力の頼もしい声。

 それが今では、怒りと悲しみに満ちていた。二つの感情で、オレのように平坦になってしまった声。

 

「恭也氏。あなたが手を汚す必要はないはずだ。目を付けられたのはオレで、あなたは……」

 

 皆まで言わせてもらえなかった。乱暴に、壊れ物を扱うように、無理矢理抱きしめられた。女児の体に、抗う術はない。

 

「……バカヤロウッ! 何度も言わせるな! 俺は、俺達全員、お前の手が血で汚れるところなんて見たくないんだ! お前に綺麗なままでいてほしいって、どうして分かってくれないんだっ!」

「恭也……さん」

 

 その声には、少し泣きが混じっていたように思う。皆がどんなに止めても、一人で死地に向かってしまうオレの身を案じるように。

 そのことに……少しだけ、申し訳なさを感じた。オレは、それでも止まれない。

 

「それでも、変わりません。オレは、オレの都合で行動する。あなたがどれだけオレの身を案じてくれても、オレは必要だと判断したら容赦しない。……ごめんなさい」

「分かってる。お前がそういう奴だってことは、分かってて一緒にいたんだ。……だから、せめて俺が代わりに殺る。それが、不器用な俺が、戦うことしか出来ない俺がお前にしてやれる、せめてものことだ」

 

 抱きしめられたまま、頭を撫でられ髪を梳かれる。……ああ、オレがどう思おうが、この人には関係ないんだな。この人にとってオレは、やっぱり妹なんだ。

 いつの間にか、オレにとっても兄のようになっていたこの人に、もう一度謝った。

 

「ごめんなさい、恭也兄さん」

「謝らなくていい。俺が勝手にやっていることだ」

「じゃあ、止められませんね」

 

 ようやく、恭也さんはオレの体を離した。その目には決意の色。オレの代わりに、プレシア・テスタロッサを手にかけるという覚悟。

 オレ達二人を見て……ハラオウン提督は呆れたようにため息をついた。

 

「早合点しないでください。殺人は許可できない、この一点に変わりはありません。執行人がミコトさんから恭也さんに代わっても同じ。このままではあなた達を拘束しなければなりません」

「そう簡単に出来ると思っているのか? プレシア逮捕前に、兵力の減退は避けるべきだと思うが」

「……もう。実の妹よりも妹のような子の方に似てるんだから」

 

 頭が痛いとこめかみをおさえて、もう一度ため息をつくハラオウン提督。さて、どうしたものかという睨み合い。

 と、ここでようやく他の面々が追い付いてきた。再起動に随分と時間がかかったものだ。

 

「待って、ミコトちゃん! なのは達も一緒に行く!」

「ミコトさん一人を危険な目にあわせるなんてできません! 手伝わせてください!」

「まだ恩返しが足りないんだよ。それにあたしも、あの鬼婆の顔面は一発ぶん殴っときたいしね! ほら、フェイトも」

「あ、うんっ! ……その、一緒に居させてください。お……おねえちゃん」

 

 なんとまあ、知ってはいたがお人好しの集団だ。殺人宣言をしたオレに付き合うと言っていることを分かっているのだろうか。大半は分かってて言ってるんだろうな。

 フェイトが寂しそうにしていたので、近寄って抱きしめておいた。「あうあう」と言いながら顔を真っ赤にして、それでも嬉しそうだったのでそのままで。

 

「気持ちはありがたいが、君達は相当消耗しているはずだ。ここからはジュエルシード回収とは関係のないことだし、休んでいてもいいと思うが」

「そんなの関係ないの! ミコトちゃんがやるっていったら、なのはも一緒にやるの!」

「そうですよ! 今更置いてけぼりなんて、水臭いこと言わないでくださいよ、リーダー!」

 

 ああもう、色々な懸念が全て現実化してしまった。オレは完全にこの集団のリーダーに収まってしまっているし、なのははオレのやることなら疑問なしに従ってしまっているし。何処で選択肢を間違えた。

 ともあれ、これでこちら側はさらに人数が増えた。しかも消耗しているとはいえ、魔導師としての才能が豊かな連中だ。いくら管理局でも、これを抑えた上で犯人逮捕の余力を残すのは不可能。

 戦いとは、実際に戦うことで決着がつくのではない。戦う前の準備で決着がつくのだ。

 もう止められない。それを理解したハラオウン提督は、深く、本当に深くため息をついた。

 

「……約束してください。まずは説得。必ずそのステップを踏んでください。それでどうしてもダメだったそのときは……最悪の手段を許可します。責任は、私が取ります」

「そこまでしていただく必要はない。許可をいただけただけで十分だ」

「そうはいきません。可能性を認めた上で送り出すのは私。この艦の最高責任者である以上、自身の責任から目を逸らすわけにはいかない。組織とは、そういうものなのよ」

 

 なるほど、しがらみだらけだな。やはり組織というものはオレの肌に合わん。

 

「そういうことなら、オレにとやかく言う権利はないか。分かった。しかし人の命を奪うという行為の責任まで押し付ける気はない。あなたは「分かった上で許可を出した」という責任だけを負えばいい」

「……本当に、8歳とは思えないぐらいしっかり考えてるわね。あなたみたいな部下がいれば、もう少し私も楽が出来るかしら」

「今現在あなたの胃に負担をかけているのはオレだと思うが?」

「そうね、やっぱり遠慮しておきます」

 

 出撃前の最後のジョーク。彼女も腹は決まったようだ。

 そしてハラオウン提督がブリッジに連絡を入れ、転送ポートが起動する。

 

 

 

「待った待った待った! その転送ちょーっと待ったァ!!」

「局員を同行させずに行くな! くそっ、もう転送が始まってる! 走れ、ガイ!」

「起き抜けの運動は横っ腹に響きますなコンチクショー!」

 

 存在をすっかり忘れていた変態とハラオウン執務官が、転送魔法陣に滑り込んできた。

 自身の息子であり、直属の部下でもある執務官の醜態を見て、ハラオウン提督が頭をおさえてため息をついたのが、転送前に見た最後の光景だった。

 

 

 

 

 

 テスタロッサ家の本拠地、時の庭園。それは中世貴族の邸宅を思わせるような豪邸でありながら、次元航行能力を持った移動式ラボでもある。

 現在の庭園は、元々フェイト達が住んでいたというミッドチルダ・アルトセイム地方を離れ、何処ともしれぬ次元空間を浮かんでいた。座標的にはオレ達の世界の近くだそうだ。

 そのため、明かりは庭園内に設置された照明しかなく、必然的に薄暗くなる。現在の時の庭園は、大魔導師の栄誉を手にしたものの邸宅というよりは、悪しき魔女の住む古びた館というイメージだった。

 オレがハラオウン提督と交渉している間に、数十人の武装局員が送り込まれていたのを見ている。この辺には姿がないようだが、遠くの方で戦闘音と思われる金属音や爆発音が聞こえる。

 それに同行せず、ブリッジに残っていたハラオウン執務官は、藤原凱と何やら取引をしていたそうだ。

 

「こいつの要求は、ロストロギア「ジュエルシード」の使用を許可しろ、だよ。この変態が何を考えているか、君達には分かるか?」

 

 ハラオウン執務官の発言で、一斉にオレに視線が集中した。……ああ、なるほど。

 

「何をさせたいのかは分かるが、目的は分からん。藤原凱、説明を要求する。但し、肝心な部分はちゃんと伏せろよ」

「分かってるって。ミコトちゃんが管理局にあんまし関わりたくないってのは、ちゃんと分かってるからさ」

 

 現状存在するジュエルシードの使い道は、通常ならば「まず成功しない願いの実現化」か「魔力を吸収させて暴走させること」、プレシア・テスタロッサの考えたように「意図的に次元震を起こすこと」ぐらいだ。

 だがオレに関しては、そこに一つ追加される。「召喚体の素体にすることで、強大な力を持った召喚体を生み出すこと」だ。

 ありふれた素材だと、召喚体に使える基本概念には制限がかかる。たとえばエールの素体である鳩の羽根は、それこそ風という元々大きく関わっている概念程度しか受肉させられない。もやしアーミーも同様だ。

 しかしジュエルシードというものは、可能性という概念を弄るロストロギアだ。それが要因となって、それこそ因果などというような概念を受肉させることすら可能であった。

 さらに、ジュエルシード自体が持つ力の大きさ。これのおかげで、基本概念が巨大すぎるものであったとしても、十全な力を発揮することが出来る。……召喚体の経験値が0のため、十分には扱えないが。

 つまり藤原凱は、この局面において、召喚体の作成をオレにさせようとしているのだ。一体、何が目的で。

 

「……以前さ。ミコトちゃんに聞いただろ。「死者蘇生は出来るか」って」

「ああ。そしてオレはこう答えた。「無理だ」と」

「それってさ。ミコトちゃんが作る"アレ"には、無理なのかなって思ってさ」

 

 ハラオウン執務官がいることに配慮し、表現をぼかす藤原凱。ちなみに他の面々は、「こいつそんなこと考えてたのか」と驚いている。

 なるほど。オレに出来ないことでも、召喚体には出来る可能性がある。その最たる例がミステールだ。オレには彼女のように因果を紡いで何かを生み出すことは出来ない。事象に干渉出来るだけだ。

 なら、死者蘇生に纏わる召喚体を生み出せば、あるいはそれが可能か。……何とも言えんな。どんな召喚体を作り出せばそれが可能になるか、想像がつかない。

 

「分からない、としか答えようがない。検証することなど出来るわけがなかったしな。可能性は感じるが、確信を持っていうことは出来ない。それに、確認する猶予もない」

「……そっか。上手い手だと思ったんだけどな」

 

 力なく苦笑する藤原凱。……分からんな。彼の考えていることが、分からない。

 

「逆に質問をする。何故お前は、プレシア・テスタロッサに救いを与えようと思った? 彼女を見たのは、今日が初めてだよな」

「……ああ。プレシアさんを見たのは、さっきが初めてだ。あの人に対する義理なんか何もないよ」

 

 オレの言いたいことを先回りする。こいつは「知っていた」のかもしれないが、それは今は関係ない。彼女に対する関係性は、今彼が語った。

 ふっと、彼は歳不相応な笑い方をした。疲れを帯びた、歳経た者の笑み。

 

「俺さ、前に言ったと思うけど、皆が幸せでいて欲しいんだ。もちろんその優先順位は俺の周りの皆の方が高いけど……プレシアさんにも、当てはまるんだ」

「とんだお人好しだ」

「そうでもないさ。結局は、俺も俺の都合でしかないんだよ」

 

 どういうことだ?

 

「……詳しくは言えないけど、触りだけなら別にいいか。俺は、「皆が幸せになってほしくてこの世界に生まれた」んだ。つまり、それが俺の存在理由だってこと」

 

 ……いいだろう。意味が分からん部分は、今は捨て置く。大事な部分は、この男の「皆が幸せに生きてほしい」という思いが、予想以上に深かったということだ。

 だから、初対面のプレシア・テスタロッサに対しても、同じように思ったということ。

 

「さすがに見ず知らずの誰かさんに対してそう思うのは無理だけど、見ちゃったしね。プレシアさんの過去も、この耳で聞いちゃったし」

「それでは確かに、お前には捨て置けんな」

「そーゆーこと。けど……救う手段がないんじゃ、どうしようもねえよなぁ。ははっ、無力だ……」

 

 皮肉に笑いながら、彼は天を仰いだ。自身に出来ることをし、それは失敗に終わった。彼に出来ることは何もない。

 ……ああ、そんな目でオレを見るな。君にその目で見られると、どうしてか弱いんだよ、なのは。

 

「……プレシア・テスタロッサの目的は、死者蘇生――もっと言えば「アリシアの復活」だったな」

 

 オレは考えをまとめながら、口に出して確認を取る。死者蘇生は無理だ。だが、代替手段があるならば、それでも別にいいはずだ。

 そも、本当に「アリシアそのもの」を生き返らせたいのなら、フェイトを作るなどという横道に逸れるような真似はしなかったはずだ。結局はそれも彼女の「欲」を満たせなかったというだけ。

 では、何をすれば彼女の欲は満たされるのか?

 

「「アリシアそっくりのなにものか」を作る手段は、彼女自身が手を出し、失敗している。……フェイトのことを悪く言ってるんじゃない。そう悲しそうな顔をしないでくれ」

「う、うん……はう!?」

 

 彼女をしっかりと抱きしめ、オレと彼女自身の存在を確かめさせてやる。突然のことに驚いたか、彼女は顔を真っ赤にして黙り込んだ。

 外側ではダメ……ならば、内側ならばどうか?

 

「ならば、「アリシアの遺志」が込められた何がしかのものがあれば、プレシア・テスタロッサに通じるかもしれない。そんなものがあれば、だが」

「家探しでもするか?」

「それでも出てこないとは思うが。そんなものがあるなら、フェイトかアルフがアリシアの存在に気付いているはずだ」

「そうだね。アリシアなんて子がいたなんて……今日、初めて知ったよ」

 

 グルルと唸り声を上げるアルフ。しかし、何故ずっと狼型でいるのだろうか。今までずっと人型だっただろうに。実はこっちの方が楽なのか?

 ――その理由は、ハラオウン提督の部屋で正座したのが辛かったから、当分人型にはなりたくないという至極どうでもいいものだった。

 

「今後はミコト達がそばにいてくれるし、あたしが人型で世話焼く必要もないし、ね」

「オレは、娘だからと言って甘やかすような母親ではないが」

 

 閑話休題。

 

「もしアリシア本人の遺志をプレシア・テスタロッサに伝えることが出来たなら、正気に戻すことも可能かもしれない。今の彼女が狂気に囚われているのは、誰の目から見ても一目瞭然だ」

「最後の心の支えを君が奪ったからな。鮮やかすぎて口を挟む暇もなかった」

「褒めるな、照れる」

「……ぐぬぬぬぬ!」

 

 何故かスクライアがハラオウン執務官を射殺すんじゃないかと言うほど睨んでいた。

 とりあえずのところ、プレシア・テスタロッサに娘の心を伝える。これが現状最有力の手段だろうと決まった。問題は、それをどうやって実現するか、だが。

 

「今考え得るのはこの程度か。この先、プレシア・テスタロッサのところに辿り着くまでの間に妙案が浮かべばいいが……あまり期待はするなよ、藤原凱」

「……へへっ。サンキュー、ミコトちゃん。やっぱキミ、最高のリーダーだわ」

 

 それはお前が勝手に思っていることだ。そう思いたければ、そう思えばいい。

 

 

 

 相談はそこまでにして、オレ達は進軍を開始する。ほどなくして、アースラに乗っていた武装局員が交戦しているところに遭遇する。

 

「状況はッ!」

 

 ハラオウン執務官が一歩前に出て、武装局員たちに確認を取る。一歩引いたところで全体指揮を執っていた男性が駆け寄り、執務官へ敬礼。

 

「ハッ! 我々が庭園内に侵入すると同時、各所から傀儡兵が転送・出現し、現在交戦中。個体戦闘力は高くありませんが、次から次へと湧いてきて進軍できない状態です」

「相変わらずのブルジョワ戦法だな。敵兵の個体耐久力は」

「一般兵の砲撃魔法一撃で沈む程度です。ですが既に200ほどの敵影が確認され、今なお転送されてきており、我々では圧倒的に手が足りません」

 

 ハラオウン執務官によると、アースラに搭乗していた武装局員の数は50程度だそうだ。アースラは巡航艦だそうだし、武装局員以外にもスタッフは必要だ。あまり大勢を乗せているわけにもいかないか。

 見た感じ、執務官以外の武装兵は大体同じレベル(と言っても、戦闘訓練は積んでいるだろうからオレやなのはよりは戦えるだろう)に思う。数に任せてこられたら、50人では対処しきれないだろう。

 そこで、執務官が動く。

 

「まずは道を開く。僕の射線から局員を退避させろ」

「ハッ!」

 

 そこで指揮官の男は言葉を切り、恐らくは念話で全隊に指示を出す。割れるように、人の壁が横に避けた。

 向こう側から現れたのは鎧姿の絡繰兵士の群れ。「さまようよろい」的なあれらが、「傀儡兵」とやらなのだろう。

 ハラオウン執務官は、慣れきったルーチンをこなすかのように、デバイスを向けて魔法を放った。

 

「ブレイズキャノン!」

 

 コウッという音とともに、直線状にいた鎧どもが砕けて散る。先のジュエルシード回収であれだけ魔力を消費してなおこの威力か。

 一撃は、確かに通路の向こうまで通り、オレ達が通行できるだけの道を開けた。

 

「柔いな。僕達は犯人確保のために進行する。君達は一班残り、後方を防衛。何処かに動力源があるはずだ。それを探して叩くのにもう一班。二班構成で動け」

「し、しかし、犯人自身がどれほどの戦力を保有しているか分かりません。ここは、我々も何人か執務官に同行した方が……」

 

 正直に言って、プレシア・テスタロッサを前にして彼らが役に立てることと言ったら、せいぜいが肉盾程度だ。オレ達は、彼女の次元跳躍魔法の威力を身を持って体感しているのだ。

 それならば、「ちゃんと戦いになる」ところに配置した方が効率的というもの。それに、説得から入るならば関係者のみである方が望ましい。

 とは言え、彼らが武装局員という荒事専門の職務を生業としている以上、プライドというものもあるだろう。素直にそう説明して納得するとは限らない。

 そこでオレは、ハラオウン執務官の説明の手間を省くべく、手っ取り早く現実を見せることにした。

 

「恭也さん、お願いします」

「……なるほど、分かった」

「あ!? ちょ、君! 何勝手に前線に出ているんだ! しかも非魔導師じゃないか! 危ないから下がりなさい!」

 

 オレの意図を察した恭也さんが、残っている鎧のうちの数体(武装局員が対応中)に、一見すれば無造作にしか見えない動きで近付く。

 だが気付く者は今ので気付いただろう。武装局員が体を張って静止しようとしたのに、全く触れられていなかったことに。

 そして、傀儡兵が恭也さんを認識すると同時襲い掛かり。

 

「御神流・虎乱」

 

 次の瞬間、バラバラになって崩れ落ちた。斬線が全く見えない。相変わらず意味の分からない戦闘力だ。

 止めようとした武装局員、それを見ていた局員たち、そしてハラオウン執務官に状況説明をしていた指揮官の男性も、言葉を失い唖然とした。

 ハラオウン執務官にアイコンタクト。それで彼はオレの意図を察し、首を縦に振った。

 

「御覧の通りだ。その気になれば魔導師だろうが何だろうが瞬殺出来る現地協力者付き。僕はむしろ逮捕のための付き添いだよ。貴重な兵力を遊ばせるわけにはいかない。安心して職務に励んでくれ」

「アッハイ、ごあんしんです」

 

 ――後にミッドチルダで、「第97管理外世界にはカタナで砲撃魔法すら切り裂くサムライマスターがいる」という噂が流れたそうだ。あながち間違いでもないから恐ろしい。

 

「わたしの家族って……」

「安心しろー、なのはもちゃんと士郎さんの血を受け継いでっから」

「それの何処に安心できる要素があるのー……」

 

 とうとう異世界公認で人外扱いされ始めた剣士の家族は、それなりに凹んでいた。

 

 そんなコントみたいなやり取りがありつつ、道中傀儡兵に邪魔をされつつも(そのたびに恭也さんが一瞬で斬り刻み、ハラオウン執務官の仕事はなかった)、オレ達は非常にスムーズに目的地にたどり着いた。

 時の庭園内、玉座の間。通信映像の通りなら、プレシア・テスタロッサはここにいる。そうフェイトは言っていた。

 奴の警戒のほどは分からないが、少なくともオレのことを殺したいほど憎んでいる。ひょっとしたら、開幕即殺で来るかもしれない。

 だから、スクライアと藤原凱がいつでも防御魔法を展開できる状態にして、オレ達は扉を開いた。

 

「殺しに来てやったぞ、プレシア・テスタロッサ。ハイクはちゃんと残したか?」

「……待ってたわよ。ヤハタ、ミコトォォォ……!」

 

 地獄の底から絞り出したかのような、怨嗟にまみれた声。疲労か老いかで落ちくぼんだ瞳がギラギラと輝き、今すぐオレを殺したいと言っている。

 彼女の手にはストレージデバイス。紫電を放っており、既に魔法が待機状態になっている。今すぐ放たないのは、こちらが防御することを分かっているのか、それとも一息に殺したのでは満足できないからか。

 まあ、いい。ハラオウン提督からは、まず説得をと言われているのだ。会話の猶予を作ってくれるのであれば、それに乗ろう。

 

「結局お前は何がしたかったんだ? 娘を生き返らせると言って横道に逸れてみたり、死者蘇生を求めておとぎ話にすがってみたり。論理的整合性が取れているとはとても思えない」

「賢しらにッ! お前みたいな小娘に、分かるはずもないわ! 理不尽に娘を奪われる苦しみが! 身を裂かれるほどの痛みがッ! 寝ても覚めても逃れることのできない悪夢がッッッ!」

「ああ、分かるわけがない。オレはそうならないために努力しているんでな。一生涯、お前の気持ちを理解できないことを祈るよ。お前のように見苦しくなるのはごめんだ」

「ッッッガアアアア!!!!」

 

 デバイスをこちらに向けて、紫電が走る。同時、スクライアから魔力供給を受けた藤原凱がディバイドシールドを展開し、後方の壁に受け流す。本当に放出系攻撃に対しては強力なシールドだな。

 

「っ、挑発してどうする!」

「話の流れだ。言葉のおしゃれが出来ない獣の相手は疲れる」

 

 ハラオウン執務官の愚痴に、全く悪びれずに返す。しばし続いた紫電は、プレシア・テスタロッサが息切れを起こしたことで止まる。

 

「……ッグ! ゴホッ、ゴホッ!」

 

 ビチャビチャという水音の混じった咳。……喀血、しているのか?

 

「なるほど……そういうことだったか」

 

 納得した。そして、理解した。この女はオレが殺すまでもなく、じきに死ぬ。そう遠くない未来に脅威は消え去るのだ。

 そう思った瞬間、殺意は何処かへ消えた。もうオレに、こいつを殺す意志はない。必要がないのだ。

 

「「おとぎ話にすがらなければならないほど時間がなかった」のか」

「……ええ、そうよ。私はもう長くない。せいぜい持ってあと半月か一月か。それで消える命よ」

「ッ! ……っ」

 

 「巣立ち」で切り捨てたとはいえ、彼女はフェイトにとって母親。そんな事実を今初めて耳にして、悲しみを感じないわけにはいかないのだろう。

 分からない……ことはないか。オレははやてがそうならないために、奔走し続けているのだから。

 だがそれはフェイトに対してであり、目の前の狂った女ではない。相変わらず、オレはこの女が分からない。

 

「私は、何としてでもアリシアを蘇らせたかった。理不尽な事故で命を奪われた、可愛い娘を。だけど私に残された時間はない。だから、最後に残された希望を……」

「その辺はもう聞いた。同じ話を何度も聞く趣味はない。オレが聞いているのはそういうことじゃない」

「……なんですって」

 

 魔法で怒りを発散出来たのか、プレシア・テスタロッサは二分狂乱ぐらいまでは落ち着いたようだ。話が通じるのは素直に助かる。

 だが、オレが次に放った言葉で、プレシア・テスタロッサは顔色を変える。

 

「お前は結局、「自分の娘にもう一度人生を歩ませたかったのか」。それとも「自分のそばにもう一度娘を置きたかったのか」。どっちなんだと聞いている」

「ッ!?」

 

 どちらにしろ、奴のエゴであることには変わらない。だがその質はかなり変わる。前者は、娘を愛するが故の「親のエゴ」。後者は、娘を愛するという自分を愛するが故の「個人のエゴ」。

 考えなかったわけではないだろう。フェイトを生み出し、失敗しているのだから。考えて、目を逸らし、自分は間違っていないと「結論を決めてしまった」。

 フェイトを憎んだのは、「自分が間違っていると認めるわけにはいかないから」。認めたら、結論が変わってしまう。だから「フェイトが間違っている」のであって「自分は間違っていない」。

 だが、それでは困るのだ。奴が本当に求めているものが何なのか、分からないままだ。

 プレシア・テスタロッサは呆然としたまま立ち尽くしている。オレの問題提起で、頭の中では「間違っていない」を繰り返しているのだろう。

 

「一つ指摘させてもらう。プレシア・テスタロッサ。お前は既に、「致命的に間違えている」。先に述べた二つのどちらがお前の本音だろうが、方法として死者蘇生を選んだ時点で間違えている」

「私が、間違っている、ですって……?」

「簡単な話だ。アリシアが死んだ時点で、その連続性は途切れている。よしんば復活させられたとして、その娘は「死んだ娘」ではない、「復活した娘」だ」

 

 つまり、「元の娘」を求めて死者蘇生に手を出した時点で、致命的に間違えているのだ。どんな手法であれ、「連続性を維持することが出来なかった」時点で、元に戻すことは叶わない。

 

「やるならタイムリープか何かの研究にしておくんだったな。どちらも実現可能性は限りなく低いが、元に戻すという意味なら、こちらの方が圧倒的に正しい」

「……あ、……あああ。ああああああああああああああ」

 

 叫びですらない、意味のない音がプレシア・テスタロッサの口から漏れる。デバイスがその手から落ち、カランという乾いた音を立てた。

 自分の目的に対して、「死者蘇生が無意味」と気付かされ、26年間が水泡に帰した。死を間近にして絶望した。そんなところか。

 ――ちなみに連続性を元に戻す方法だが、実はないわけじゃない。ただ、もうそれは不可能だ。「死んだアリシアの連続性の証明」が必要なのだ。「魂魄」と呼び換えてもいいか。そんな概念を持たない彼女が、それに気付いて保存出来ているわけもない。

 まるで一気に年老いて行くかのように、プレシア・テスタロッサの顔に皺が刻み込まれていく。20年以上にも及ぶ徒労が襲い掛かっているのだろう。

 あまりの悲痛さに、なのはとスクライアは目を逸らした。アルフも直視できないらしく、顔を下に向けている。

 フェイトは……かつての母の末路に涙を流す。それでも決して、目を逸らさなかった。

 

「あああ、あああああ。……ああああ、あり、しあ、……ああああ」

 

 ……心が壊れてなお、娘の名を呼ぶプレシア・テスタロッサ。それでもなお、彼女が「娘」を求める思いは本物である証。

 彼女の求めたものが、「奪ってしまった娘に、もう一度人生を与えたい」という欲求であることが証明された。だが、もうそれは叶えられない。「奪ってしまった娘」は、もう消えてしまったのだから。

 藤原凱がこちらを見ている。悲しげに、今にも泣きそうな顔で。男がそんな顔をするんじゃない、みっともない。

 そんなみっともない顔を見せられる方の身にもなってみろ。あんまりにもみっともないもんだから。

 

 

 

「アリシアを「蘇生」させる方法はないが……「復活」させる方法なら、ないわけじゃない」

 

 ガラにもなく、手を差し伸べてしまうじゃないか。

 プレシア・テスタロッサ以外の全員が弾かれたようにオレを見た。彼女のみ……壊れたままだ。

 それでも別にかまわない。聞こえていたとしても、それは彼女の本当の望みをかなえることにはならないのだから。

 

「マジ、かよ、ミコトちゃん……」

「考えろと言ったのはお前だ。だから考えた。そして、抜け道的な手段を見つけた。それの何がおかしい」

「……君の"魔法"は、そんなことまで可能なのか? 死者を蘇生……いや、復活と言っていたな。どちらにしろ、そんな文字通り魔法みたいなことが……」

 

 いつでもどこでも、どんな状況でも出来るわけじゃない。今この状況だからこそ出来る、本当に限定的な手段だ。

 と、そうだった。

 

「ハラオウン執務官。これから起こることは他言無用でお願いしたい。この技術を勘違いしたバカどもに狙われるのはごめんなんでな」

「……そうだな。本当にそんなことが出来るなら、さっき君が言ったことにすら気づいていないような連中は、死者蘇生として狙うかもしれない。真実がどうであれ、な」

 

 そう。オレが行うのは死者蘇生とは全くの別物であるが、何も知らない人間がパッと見たら、死者蘇生に見えてもおかしくはない。

 何せ復活するのは、「アリシア・テスタロッサという人間」ではないが、「アリシア・テスタロッサそのもの」なのだから。

 

「そしてそれを求めた当のプレシア・テスタロッサは、求めた道の無意味さに気付き、壊れてしまった。これからやろうとしているのは、ただの追い打ちなのかもしれないな」

 

 だが、オレは「やろう」と思ってしまった。だから、容赦はしない。プレシア・テスタロッサという哀れな女を、徹底的に絶望に突き落してやろう。

 あるいは、絶望の最後には希望が眠っているのかもしれないのだから。

 

「ではまず、アリシアをポッドの中から出してやってくれ。彼女の肉体が必要だ」

「了解。ガイ、ユーノ、恭也さん。手伝ってく」

「おいムッツリーニ執務官、何ナチュラルにお前がやろうとしてるんだ。また女の子の裸を盗み見ようっていうのか?」

 

 「うっ」と呻く前科あり。アリシアは、当たり前だが保存液の中では一糸まとわぬ姿。ポッドから出すとなれば、当然それを直視することになるだろう。

 今は死体とは言え、女の子にそんな辱めを受けさせることを許せるだろうか? いやない、一人の女子として、許してはならない。あれは本当に屈辱的なことなのだ。

 

「アルフ。犬型が快適なのは分かっているが、人型になって手伝ってくれ」

「狼だって! まあ、ミコトママの頼みならしゃーないね」

 

 そう言ってアルフは魔法陣を展開し、赤毛の長身女性の姿になる。オレ達小学生女子じゃ力仕事には向かないからな。

 とはいえ、彼女一人に任せるのも酷だ。

 

「なのは、フェイト。手伝ってくれ」

「はいなの!」

「うん……わたしも、手伝いたい」

 

 こうして、女性陣総出でアリシアの遺体を回収する作業が始まった。

 

「……珍しく静かだね、ガイ。君ならこんなとき、ふざけたことの一つも言うもんだと思ってたけど」

「そういう空気でもねえしな。さすがに故人の前でおふざけは出来ねえよ」

「そうだな。……彼女達はちゃんと分かっているのかな。自分達が今から死体に触れるということに」

「気付いてるわけないだろ。ほら、なのはとフェイトが顔色を青くしている。こういうのは理屈じゃないからな」

 

 ちなみにオレも、さすがにちょっと怖かった。理屈では分かっているはずなんだが。

 

 フェイトがタオルを持って来て床に敷き、そこにアリシアの遺体を寝かせる。男性陣に見られないように、恭也さんが来ていたジャケットを上から被せた。

 なのはとフェイトだが、涙目になってアルフに慰められている。まあ、怖いものは怖いよな。オレだって多少はそうだ。死体の扱いは慣れが必要なのだろう。慣れたくもないが。

 

「それで、どうするんだ」

 

 ハラオウン執務官が一息ついたオレに問いかける。返答は短く。

 

「こうする」

 

 そう言って、ソワレの黒衣の中から、シリアルIのジュエルシードを取り出す。先ほど海中でオレが封印した一つだ。契約通りならば、オレが受け取れる最後のジュエルシード。

 それを見て、ハラオウン執務官以外は何をしようとしているか気付いたようだ。オレ+ジュエルシードの公式は、いい加減出来上がっているだろうからな。

 

「まさか……そんなことが、可能なんですか!?」

 

 ハラオウン執務官の手前詳しく話すわけにはいかないので、スクライアはほぼ省略のみで発言する。それでもオレに内容は伝わった。

 

「これまでの手応えとしては、十分に可能だ。必要なアリシア・テスタロッサという情報は、プレシア・テスタロッサの保存が良かったおかげでほぼ欠損がない」

 

 言いながら、ジャケットをまくり上げてアリシアの胸元にジュエルシードを置く。

 ……もしかしたら、ジュエルシードにも意思のようなものはあるのかもしれない。ブランもソワレも、封印直後のことを覚えているようだった。オレが封印したジュエルシードだけかもしれないが。

 それでも、こいつはオレが封印した。ならばオレの意志を感じ取ってくれているのかもしれない。「任せろ」と言うかのように、力強く輝いていた。

 

「……そうか。そりゃ確かに、「死者蘇生」じゃねーわな。だけど「生まれてくる」のは「アリシアちゃんそのもの」なわけだから、復活と言えるってわけだ」

「物分りがいいな、藤原凱。お前がオレのやろうとしていることを正確に理解しているとは思っていなかった」

「はっはっは。なのはよりは分かってますぁーね」

「にゃっ!? な、なのはも分かってるもん! ……ほ、ほんとだもん!」

「その反応だと自白してるようなものだよ、なのは。……わたしも、何をやるかまでは分かっても、それでどうしてそうなるかは分からない。……上手く、行くよね」

「やってみせるさ。この程度のことはな」

 

 そう、この程度のことだ。やることがはっきりしていて、準備も揃っている。これで成功させられなくて、はやての足を治してやることが出来るかよ。

 立ち上がり、皆を下がらせる。オレもアリシアと距離を取り――スイッチを切り替える。

 

 「コマンド」を使うのは、これで何度目か分からない。召喚体を作るときは当然として、基礎状態との間の変化にも使用している。ここのところの頻度としては、一日一回以上になっている。

 だからその感覚はもう慣れ切っていしまっているはずなのに……このときは、ちょっと違う感じがした。

 オレの中にある普遍法則の情報――「プリセット」だけではない。他の何かとも繋がっている感覚があった。

 それが何なのか……考えても無駄だ。これは、言語化されていない知。触れることは出来ても、形になることはない何か。だけど、今必要であることだけは分かる何かだ。

 だからオレはそれも一緒に抱きしめて、"命令文"を出力した。

 

 

 

「『現世を満たす命よ、幽世に消えた命よ、オレの声を聞け。灯は既に消え、煙も虚空に溶けた。だがここには、在りし日の灯の形と、煙の残り香がある。再び形を成すためのものは、全てここにある』」

 

 ――集まってくる概念は、普段だったら絶対目に見えない。風や光という形では見えても、概念そのものは絶対に見ることが出来ない。観測できないから。

 だけど、このときだけは確信していた。この、次元世界中から集まってくる心に直接輝きを投射する粒が、命という形無きものの欠片であることを。

 素体は、ジュエルシード・シリアルIとアリシア・テスタロッサ。基本概念は、「命」。そして創造理念は――。

 

「『君の名は、"アリシア・テスタロッサ"。かつてこの世で確かに生き、確かに去った少女。今は亡き少女の幻を確かな形として、君よ、黄泉がえれ』」

 

 ジュエルシードが一際強く発光し、アリシアの中に飲み込まれた。そして、アリシアそのものが光に包まれる。

 光は、徐々にその輪郭をアリシアに重ねて行く。肉質的に。柔らかく。「命」という概念が、「アリシア・テスタロッサ」という形になっていく。

 血の気を失い真っ白となっていた肌が、赤みが差したものに変わっていく。「アリシア・テスタロッサの遺体」が、「アリシア・テスタロッサそのもの」に作り変えられて行く。

 やがて光は完全にアリシアとなり、元の薄暗い玉座の間が戻ってきた。

 

「……あっ!」

 

 その声は誰のものだったのだろうか。アリシアがうっすらと目を開けて、確かに「命」を宿したことを確認したのだ。

 

「……本当に、出来てしまうとは……」

 

 呆然とした声は、ハラオウン執務官のものだと分かった。知らない彼は、半信半疑だったのだろう。だがオレは出来ると確信したからこそやったのだ。かけの要素は一つもない。

 オレはアリシアの近くにかがみ、声をかけた。

 

「状況は、どのぐらい分かる?」

 

 「ん……」と、フェイトにとてもよく似た声を漏らすアリシア。5歳で亡くなったためか、フェイトよりは幾分か高い声。

 

「ぜんぶ」

「……そうか」

 

 やはり封印したジュエルシードが見聞きした内容をちゃんと覚えているか。この少女は、アリシア・テスタロッサであり、ジュエルシード・シリアルIでもあるのだ。

 

「自己紹介は出来るか?」

「ん……アリシア・テスタロッサ。プレシアママのこどもで……"いのちのしょーかんたい"」

 

 少女は眠たげに瞬きをしながら、自分自身を確認するように言葉を紡ぐ。

 ハラオウン執務官から質問の一つも飛んでくるかと思ったが、空気を読んで黙っているようだ。

 オレが彼女に与えた創造理念――存在理由は「アリシア・テスタロッサそのもの」。そして彼女は、アリシア・テスタロッサ本人を素体に使っている。だから、限りなくアリシアそのものであり。

 ……いなくなってしまったアリシア本人は、絶対に帰って来ないのだ。それが、「連続性を失う」ということなのだから。

 

「きえてないよ」

「……え?」

 

 オレの顔を見上げていたアリシアが、突然そんなことを言った。そして、「ニヘーっ」と笑った。

 消えて、ない? 彼女はそう言ったのか? だが、それはどういう……。

 

「ミコトおねえちゃん、なきそうだったよ」

「……そんなことはない。これが、普通の顔だ」

「ふーん」

 

 信じてないな、これは。まあ、君がそう思ったんならそうなんだろう。君の中ではな。

 

「立てるか?」

「……んー。ねむい」

「そうか」

 

 眠いと言ったくせに、アリシアは立ち上がった。どっちなんだよ。

 だがその言葉は本当のことだったし、ふらふらしていて危なっかしい。オレも立ち上がり、手を繋いで支えてやる。

 アリシアが向かった先。それは、呆然とした表情のまま、オレ達のことをずっと見ていたプレシア・テスタロッサ。

 心が壊れてしまった彼女が、この現実と向き合えるだろうか。死者蘇生ではなく、召喚体の作成という形で作り変えられた自分の娘そのものの誰かを。

 

「……あり、し、あ……?」

「うん。ママ、アリシアだよ。ママのこどもの、アリシア・テスタロッサだよ」

「……あり、しあ」

「そうだよ。ママ、むかしみたいにだっこして。わたしがすきだった、ママのだっこ」

「あ……あああ、ああああああっ、あああああああああッッ!!」

 

 魔女は喉が枯れ果てんばかりに叫び、娘の姿をした"命の召喚体"を抱きしめた。

 ――心が壊れても、彼女は娘を、アリシアを求め続けた。そのぐらい、彼女にとってアリシア・テスタロッサという少女は、自己の根幹を成していたのだろう。目の前に現れたアリシアそのものを抱くぐらいに。

 そんな彼女に、オレは残酷な真実を突き付ける。オレに、この女の感傷は関係がない。

 

「感激しているところ悪いが、その子はお前の娘であってお前の娘でない。アリシア・テスタロッサそのものではあるが、アリシア・テスタロッサ本人ではない」

 

 この子は、あくまで召喚体。「コマンド」で生み出した、受肉した概念だ。プレシア・テスタロッサの娘であるアリシアが人間である以上、この子は彼女の娘そのものではない。

 聞こえているか聞こえてないか、絶叫している彼女からは読み取れない。構わず、続ける。

 

「連続性に関しても、クリアはしていない。あくまでアリシアの構成情報を基に、完全な複製を作ったようなものだ。失われたお前の娘が帰ってきたわけではない」

「この子はッ! この子はアリシアよ! アリシア本人よッッ!! 母親である私が、間違えるわけがないっ!!」

 

 涙声で叫ぶように応えるプレシア・テスタロッサ。……まあ、そう信じたいなら信じればいい。あとで自分の求めた結果と違っても、オレはもう知らん。

 

 というか、オレは何でここまでやってるんだ。確かにこの方法は思いついたし、出来る確信もあった。だがやる必要は何処にもなかったはずだ。ジュエルシードを一つ消費して何をしている。何処で選択肢を間違えた?

 わけが分からず、オレとしては珍しく頭をガシガシかいた。髪型が崩れるのも気にせず、思いっきり。

 内心の困惑を鎮めるために、一旦アリシア達から目線を外すように振り返り……藤原凱がオレの目の前で土下座してた。

 

「ありがとうっ、ミコトちゃん……! 本当に゛、あ゛り゛がとう゛……っ!!」

 

 そして、涙声で、これまでにないほど真面目な声で、オレに感謝を述べた。……ああ、そういえばこいつのせいか。こいつが何か色々抜かすから、ついその気になってやってしまったんだ。

 こいつが、「皆が幸せでいてほしい」とか抜かすから。何か癪に障ったので、頭を踏んづけてやった。

 

「おほォ!? な、なして!?」

「やかましい。お前のせいだコノヤロウ。オレに踏まれたがってただろう、ありがたく思いやがれコンチクショウ」

「ありがとうございますっ! ありがとうございますぅっ!!」

 

 踏まれて喜んでるのか、目の前の光景を嬉しく思っているのか、よく分からない感謝だった。

 ふと、他の面々が目に入る。一様に、喜びの涙だったり微笑みだったりを浮かべており、その視線が全てオレに集中している。

 物凄く居心地が悪くて、オレは「ふん」と一言、そっぽを向いた。……別に照れてるわけじゃない。座りが悪いだけの話だ。

 

 

 

 プレシア・テスタロッサの号泣が収まる頃には、アリシアは母の腕の中で眠っていた。本当に幸せそうに。

 そして彼女は――プレシアは、まるで憑き物が落ちたかのような表情をしていた。いや、実際色々落ちてるんだろうが。

 

「……さっきのオレの話は、ちゃんと理解しているか」

 

 一応、確認を取る。彼女が自分の都合のいいように解釈し、後で勝手に絶望しても別に構わないが。何か後ろの方の空気がそれを許しそうにないのだ。

 ぶっちゃけた話をすれば、オレは今この場で一番弱い存在だ。便利な魔法や強靭な剣技を持っているわけじゃない。彼らの協力なしにこの場に立っていることは出来ず、オレはその協力に対価を払わねばならない。

 

「ええ。私は、落ちたとは言え、大魔導師と呼ばれた女よ。……ちゃんと、理解できているわ」

 

 まるで別人のような穏やかな声。というか、こちらが本来のプレシアなのだろう。

 

「この子は、確かに「アリシアそのもの」だ。だが、「死んでしまったアリシア本人」ではない」

「ええ。私は「連続性の保持」をしていなかった。否、出来なかった。だから、あのとき失ってしまったアリシアは、二度と戻ってくることはない」

 

 ちゃんと理解できているのか。それでいて、どうしてこんなに穏やかな顔をすることが出来るのか。

 「でも」と続ける。

 

「私はこの子の母親。だから、感じるものがある。「この子は失ってしまった我が子そのもの」だって」

「? ……母親の直感を軽視する気はないが、どういう意味だ」

「そのままの意味よ。あなたはそこまでの自覚がないのかもしれないけど……そこまで深く、私を救ってくれたということよ。本当、憎らしい子」

 

 悪戯っぽく笑うプレシア。……そういえば、今度は若返ってないか、この女。テンションで肉体に変化が起こりすぎだろう。どうなってるんだ。

 まあ、こいつが勝手に救われているのならそれでいいか。オレに損がある話じゃない。

 確認は終わった。それでは、これからの話をしよう。

 

「あなたはどうする。と言っても、容疑が確定している以上、ここで逃亡したところで、管理局に追われることは確定しているが」

「僕が逃がすわけがない。選択肢と言っても、せいぜいが強制連行か自首かのどちらかだ。ミコトも言っていたが、あなたの悪因悪果だ。悪く思うな」

「そう、ね……それは仕方のないことよね」

 

 少し寂しそうに、腕の我が子を愛おしそうに撫でる。……彼女が逮捕されれば、これが今生の別れとなる。彼女は、あと半月かそこらしか生きられないのだから。

 プレシアは目を瞑り、少しの間沈黙する。何かを考えるように。どうすればいいか、探るように。

 やがて彼女は目を開き、オレを見た。

 

「ヤハタミコトさん。お願いがあります。私の娘を、アリシアを、どうか育ててあげてください」

「あなたに願われるまでもない。アリシアがあなたの娘であると同時に……この子は、オレの娘でもある」

 

 そう、ソワレと同じように。アリシアを産んだのはプレシアだ。だけど、アリシアを生み出したのはオレだ。

 自分が生みだしたものを、今更放置などするものか。オレは、狂乱時代のあなたとは「違う」のだ。

 そう答えてやると、彼女は笑ってみせた。その通りだ、と。

 アリシアをオレに渡してから、プレシアは視線を移す。オレの後ろの方――フェイトへ。

 

「フェイト。……こっちへいらっしゃい」

「っ。……」

 

 冷たくはない。だけど平坦で、あまり感情がこもっているとは思えない声。だからか、一瞬フェイトは躊躇って、それでもすぐに歩き出す。アルフがグルルと唸った。

 フェイトはプレシアの前で立ち止まる。プレシアは立ち上がり――フェイトを抱きしめた。

 

「……え?」

 

 フェイトは何をされたか分からず、困惑の声を漏らす。その表情は、プレシアに抱かれているために見えないが、きっと呆けていることだろう。

 

「今更謝ったりなんかしないわ。そんなもの、私もあなたも求めていない。私はあなたを自分の子供と思えなかった。それは今更変えようのない事実だもの」

 

 そして、今のフェイトはもう求めていない。その役は、オレが請け負ったのだから。

 それでも、プレシアは分かったのだろう。フェイトを生み出したのはプレシアであるという、変えようのない事実を。

 

「フェイト。ミコトの下で、元気に生きなさい。出来損ないのマスターが送る、最後の言葉よ」

「っ……、そんな、こと、ない! 母さんは、出来損ないなんかじゃなかった! 今だって、わたしの大切な母さんだよぉ……!」

「……あなたはこんなにいい子だったのね。それに今まで気付けなかったなんて……少し、未練だわ」

 

 フェイトは母の胸に顔を押し付け、泣いた。オレに出来るのはフェイトの「ママ」になることであって、「母さん」になることは出来ない。そういうことなのだろう。

 ……藤原凱が望む、本当に幸せな結末と言うのなら、プレシアの病気を治して、フェイトとアリシアの三人で暮らせる日々を与えるべきなのだろう。そんなことが、出来るのなら。

 オレには無理なのだ。今回やったのだって、死者蘇生ではなくあくまで召喚体の作成。出来上がったものが限りなくアリシアなだけであって、根本的には別物だ。

 同じように、プレシアが冒されている病気を治すことは出来ない。何が原因かも分からないし、治すための知識もない。「コマンド」は、そこまでファンタジーな"魔法"じゃない。

 ――少しだけ、胸の真ん中に痛みが走った。だけどオレには意味が分からず、気のせいとして流した。

 

「……プレシア・テスタロッサ。無粋とは分かっているが、そろそろ」

 

 ハラオウン執務官は、恐らくアースラから念話でも受けたのだろう、プレシアに向けて歩み寄った。

 彼女は、もう一人の娘の体を離した。フェイトは素直に従い……その場に崩れ落ちた。その場で泣き続けた。

 オレはアリシアを抱えたまま、フェイトに近寄る。プレシアとすれ違い。

 

「私を妄執から解き放ち、狂った私を壊し、そして救い上げてくれて……フェイトがあなたのことを「ママみたいな人」と言った意味が分かったわ」

 

 そんなことを、オレに言った。

 

「ありがとうね、「ミコトママ」」

「こんな四回りほども年上の娘はごめんこうむる。……だが、感謝だけは受け取っておく」

 

 

 

 

 

 こうして、輸送船襲撃に端を発する一連の事件――後に「ジュエルシード事件」と呼称される事件は。

 

「――新暦65年、5月4日、午後1時12分。公共輸送船に対する次元跳躍攻撃、管理局所有船に対する次元跳躍攻撃、公務執行妨害、及び違法研究の容疑で、プレシア・テスタロッサ、あなたを逮捕する」

 

 静かに、幕を閉じたのだった。




全てが救われるほど、世の中甘くはない。消えてしまったアリシアは帰って来ることがなく、プレシアの命も吹けば消えてしまう。都合よく救う力は、この世界にはない。
それでも、残された日々に幸せを感じて生きることは出来る。ミコトが与えたのは、そんな"魔法"でした。
しかし、ミコトは思います。これが本当に最良の選択肢だったのかと。彼女の判断基準では、自分のことは判断出来ても、他人のことは判断できないのです。

これにて事件は終幕しました。残すところはエピローグのみ。それが終われば、ちょうど一月の空白期を経て、A's編が開始します。
ようやくというか、あっという間というか。色々書くことがあったはずなのに、結局全てを書き切ることは出来ず、いつの間にか終わっていた無印編でした。
とにかく、やっと思いっきり百合が書ける(本音)

それでは、あと一回だけ、不思議なミコトの無印話にお付き合いくださいませ。

※ジュエルシード事件という呼称について
原作では「PT事件」となっていますが、この話では「ジュエルシード事件」という名称が正しいです。作者の勘違いではありません。
これにはいくつかの理由があります。
・原作のPT事件は「遺失遺産の違法使用による次元災害未遂事件」ですが、この話のプレシアはジュエルシードを一つも手に入れられず、未遂ですら起こせてません。逮捕理由が全く違うこの事件を、原作と同じ呼称にするのは抵抗がある
・"命の召喚体"アリシア・テスタロッサという特大の爆弾が出来上がってしまったため、なるべく彼女の存在につながる情報を表に出したくはなく、主犯の名前を事件にすることを避けたため
・ジュエルシードとしては"消滅"してしまった4つが存在しており(I、VI、XIV、XX)、ミコトの存在を管理世界に知られないために事故による消滅扱いにしており、「消えたジュエルシードの怪」的な噂が流れているため
以上のような理由により、「プレシア・テスタロッサ」よりも「ジュエルシード」に主眼が置かれ、事件名となっています。



新出の召喚体



・"命の召喚体"アリシア・テスタロッサ
素体:アリシア・テスタロッサ及びジュエルシード・シリアルI
基本概念:命
創造理念:アリシア・テスタロッサそのもの
形態:自律行動型
性格:天真爛漫
性別:女
能力:なし
藤原凱の「プレシア・テスタロッサを救いたい」という要望に応えるためだけに生み出された召喚体。そのため、非常にイレギュラーな作られ方をしている。
「アリシア・テスタロッサそのもの」という理念を与えられ、また肉体もアリシアそのものであるため、限りなくアリシアそのもの。しかし、それでもアリシア本人ではない。
基本概念が命であるものの、それが能力として発現することはない。全てアリシア本人の生命維持のために使われている。

作中で語られている連続性の問題は、やはり解決していない。死したアリシアは完全に消滅してしまっており、そういう意味で言えばこの子は全くの別人である。
それでも「消えていない」という発言や、プレシアの「失ってしまった我が子そのもの」という発言は間違っていない。ミコトは、偶発的とはいえ「失われた連続性」を再現出来たのである。
これは、「コマンド」使用の際に「プリセット」ではない別の何かともつながったためと考えられる。あるいはジュエルシードが正しく願いを叶え、ミコトにわずかばかりの力を貸したのかもしれない。


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十七話 未来

お前らにクリスマスプレゼントを差し上げるんだよォ!!(豹変)



これにて無印編は終了です。しばらく更新止まります。

個人的に、ミコトのイメージテーマは「Roundabout(yes)」だと思ってます。この作品大抵のシーンでこの曲流すと合うんですよね。まあ、単にこの曲が万能すぎるだけかもしれませんが(Roundabout万能説)


 その後について話そう。

 

 

 

 プレシアが逮捕されて、オレ達は庭園にいる理由の全てを完了。ハラオウン執務官に着いて、アースラへと帰還した。

 ハラオウン提督は、オレ達がプレシアを殺害せずに連行できたことに安堵の表情を見せたが、オレに負ぶわれて眠るアリシアを見るなり表情を険しくした。

 

「帳尻を合わせた説明はハラオウン執務官から聞いてくれ。そこは彼に一任することにしている。彼はあの場で起きた全てを見聞きし、他言をしないと約束した」

 

 事実をなかったことにはしない。だが、公にする気もない。彼女からの質問が飛んでくる前に、オレは先手を打っておいた。

 それを聞いて提督は……呆れたような気の抜けたような、微妙な笑みを浮かべた。

 

「本当に、あなたのような部下がいたら、きっと気が休まるでしょうに」

「だが、コントロールが出来るとも限らない爆弾のようなものだ。現に、オレがプレシアを殺すのをやめたのは、ただその必要がなくなっただけだ。あのままなら殺していた」

「そういうところを含めて、手元に置いておけば安心できると言っているの。本当に、残念だわ」

 

 オレを評価しているということは、腑に落ちないところは多々あるが、彼女の判断なので受け入れておこう。だが、それでもやはり、オレは管理世界に関わる気などないのだ。

 短いやりとりでオレとは決着をつけ、改めてプレシアに向き合うハラオウン提督。

 

「……まるで別人のようですね。こちらが本当のあなた、ということですか」

「さっきまでも本当よ。本当に、狂っていた。この26年間、嘘だったことなんて何一つなかった。……司法取引はいらないわ」

 

 自分の意志で犯罪を実行したことを認めるプレシア。オレがアリシアを「復活」させたことで、彼女に旅立つ憂いは一切なくなったのだろう。

 だからハラオウン提督は、一人の母親として、尊い何かが見えたのだろう。

 

「あなたがやったことは許されることではありません。多くの人に被害を与え、不幸を与えました。……ですが、一人の母親として、あなたのことを尊敬します」

「あなたにそう言ってもらえたなら……この道を歩いてきたことを、少しはあの子達に誇れるかもしれないわね」

 

 ――「母親」を自称し、関わる人達からそう認められていても、やはりオレはまだまだ子供だ。この人達には、遠く及ばない。どうあがいたって、年季が違う。

 そんな当たり前の事実が……何を思ったところで変わり様のない事実が、どうしてか分からないが、悔しかった。

 

 半月後、プレシアは亡くなった。自身の裁判に必要な証言の全てを急ピッチで集めさせ、それが終わると、満足したように事切れたそうだ。

 狂気に濡れた26年間を抜け、最期の半月。たったそれだけの期間だが、「幸せだった」。それが彼女の最期の言葉だった。

 葬儀は関係者のみで行われ、オレもこのときは管理世界がどうこう言わずに出席した。

 フェイトは泣いた。号泣した。彼女と出会って、多分今までで一番泣いていた。オレにすがって、声を出して泣いた。アルフもまた、鬼婆と嫌っていた女の死を悲しみ、悼むように遠吠えをした。

 アリシアも泣いた。彼女はちゃんと理解していた。母が許されないことをしたことも、あれが最後の触れ合いとなることも。それでも、悲しみの感情を抑えきれずに泣いた。

 なのはも、恭也さんも。スクライアも、藤原凱も。執務官と提督も、一度も会話していない通信主任も。ただ一人の例外もなく、泣いていた。

 ……ただ一人の、例外もなく。フェイトとアリシア、ソワレとミステールにすがられながら。オレも、涙を止めることが出来なかった。流れ落ちる熱い滴が、自分の意志と関係なく溢れた。

 オレは気付いていなかったけど。26年という長い年月を、たとえ狂いながらであっても、娘のためだけに行動し続けたプレシアを……いつの間にか、尊敬していたのだろう。

 オレは、本当に彼女を満足させられたのだろうか。オレは、彼女に相応しい最期を提供出来たのだろうか。

 自分を納得させる判断基準しか持たないオレに、彼女がどう思ったかを理解出来る日は、永遠に来ないのだろう。「プレシアの連続性」は永遠に失われてしまい、それが戻ってくることは決してないのだから。

 ――ほんの少しだけ。彼女が「失った娘」を求めて死者蘇生に手を出した理由が、分かった気がした。

 

 

 

 第97管理外世界の八神邸に戻ると、フェイトとアリシア、ソワレとミステールは、泣き疲れたのか眠ってしまった。ブランとアルフが部屋に運び、そばに着いていてくれている。

 オレは、はやての部屋で、はやてと二人でベッドに座っていた。

 

「お疲れさんや、ミコちゃん」

「……ん」

 

 オレも疲れているのだろう。はやての呼びかけに対する言葉が、非常に短いものになってしまう。

 無言の沈黙。それでも気まずくならないのは、オレとはやてだからなのだろう。この2年で、オレ達は一緒にいるのが当たり前になった。むしろここ一月半ほどが異常だったと言っていい。

 一月半前を思い返す。三年生になってそれほど経たないときの出来事。たったそれだけの期間なのに、まるで一年ぐらい前のように思えてしまう。

 はやての足を治すための"魔法"を作り出し、それでも足りないと思い「召喚体」という手段を考えた。しかし、召喚体の力は素体に大きく左右され、ありふれたものでは目的を達成できない。

 そう思って、何かいいものはないかともやしアーミーとともに探索をしているときに、偶然見つけたのだ。あの、願いを叶える青い石を。

 

「……オレは……」

「……なに、ミコちゃん」

「ちゃんと、目的の通りに動けたのかな」

 

 ジュエルシードと呼ばれるそれが何なのかはすぐに分かった。"願望機"。魔法は分からずとも、プログラムは分からずとも、ジュエルシードそのものは素材がレアなだけで非常にプリミティブな構造だった。

 もし材料と専用の機材さえあれば、それこそ素人にだって作れる代物だ。逆に言えば、素人にでも作れる程度でしかないから、"願望機"としては欠陥品だったわけだが。

 だが、その構成故に、オレが求める「召喚体の素体」としては最適だった。だから、暴れそうだったソレを沈静化してすぐに現れた持ち主に対し、交渉をすることにしたのだ。自身の目的のために。

 なのに……結局、必要な召喚体は揃わなかった。最後のジュエルシードは、アリシアとなったから。それ自体に後悔はないけれど。

 

「確かに、ミステールの力があれば、いつかははやての足の原因に辿り着くはずだ。だけどそれがいつになるか分からない。その前に……」

 

 はやての足の麻痺が広がってしまったら。……想像したくなくて、口には出せなかった。そんなことになってほしくなくて、オレは奔走しているのだから。

 生み出そうとして、結局生まれてくることのなかった、"真の召喚体"。真と偽を判定し、導く者。それがあって初めて、ミステールは迷うことなく真理に到れる。道と、道しるべなのだ。

 だからミステール一人では、どうしたって惑う。道を作ることが出来ても、航路が分からなければ、無作為に動くことしか出来ない。

 "真の召喚体"を生み出せなかったというのは、それほどの痛手なのだ。その痛手の代償が、プレシアにたった半月、狂気に囚われない時間を与えること。しかもその期間で彼女がやったことは、事後処理のみだ。

 こんな代償で……バランスが取れているのだろうか。どうしても、納得できなかった。

 

「やっぱり、プレシアは見捨てるべきだったのかな。オレが彼女に手を伸ばす義理なんてなかったはずなのに」

「ミコちゃん……」

 

 そうだ。オレならば、そうするべきだったのだ。自分本位で、自分自身の判断基準でしか動かないオレは、プレシアの都合など切り捨ててよかったのだ。藤原凱の懇願など、聞く必要はなかったのだ。

 なのに、オレはそれをしなかった。彼らの情にほだされてしまった。判断基準を揺るがしてしまった。他の誰でもない、自分の意志で。

 

「あいつらはオレのこと最高のリーダーとか言ってるけど……全然そんなことないじゃないか。こんなブレブレなやつが、最高なわけ、ないじゃないか」

「っ、ミコちゃん……」

 

 最高なら、それこそ最高の結果を出して然るべきだ。

 プレシアに与える時間は半月などではなく、今まで失った26年間全て。アリシアも本当の意味で蘇生させ、リニス――もう消えてしまったプレシアの使い魔も復活させ、家族三人と二匹で暮らせる時間を与えて。

 召喚体も一切無駄にせず、はやての足の原因を突き止め、もうはやてが自分の足で歩けるようになっている。それが本当に最高の結果のはずなんだ。

 こんな、ボロボロのつぎはぎだらけの妥協解しか出せなかったオレが、最高なわけがない。

 

「最高になんかなれないから、オレは切り捨ててきたのに……っ! オレは、切り捨てることしか、出来ないのにっ!」

「……ミコちゃん。今は我慢せんでいい。わたししか聞いとらん。いっぱい弱音吐いて、いっぱい泣いたらええんよ」

 

 

 

 はやての言葉で、決壊した。感情が溢れてくる。涙が止まらず、はやての胸に顔をうずめた。

 

「う、ぅあ、っっあああああ! はやて、はやてぇ!!」

「うん。聞いとるよ、ミコちゃん」

「助けたかったっ! 皆、ちゃんと助けたかった! プレシアもアリシアもリニスも、切り捨てたくなかった!」

「うん。ミコちゃん、ほんとは優しい子やもんね」

「出来なかったッッ! やりたいことなんて、全然その通りにならなかったっっ! 全部、ぜんぶ、うまくできなかった!!」

「うん。ミコちゃん、器用なくせに不器用やもんね」

「悔しいよぉ……! 悲しいよぉ……っ! 何もできなかった自分が、情けないよぉぉ……!」

「わたしはそんなミコちゃんが大好きやで。情けなくても、ちゃんとあがけるミコちゃんのことが、大好きなんやで」

「はやて……はやてぇぇぇ……」

 

 すがりつくように、泣き続けた。恥も外聞もなく、喚き散らした。いつもの自制心など今は消え去り、オレは歳相応……それ以下の少女に戻っていた。

 はやては……そんなオレを、ただただ抱きしめてくれた。悪夢で泣く我が子を慰めるように、慈しむように。

 オレは、はやてに甘えることしか出来なかった。愛するひとに抱かれて、泣き続けた。

 

 

 

 はやては泣き止むまで抱きしめてくれた。泣き止むと、オレを元気づけるようにキスしてくれた。

 

「泣いてるミコちゃんも、可愛くて好きやで」

「……泣くのは、辛いし恥ずかしい。オレはこれっきりにしたいよ」

「あはは、そら無理なんちゃうかな。外で強い子な分、わたしの前では弱い子やん」

「……こんな姿、はやて以外の前で見せたら、恥ずかしくて死ぬ」

「ミコちゃん、真っ赤っかや。ほんと、可愛い子」

 

 もう一度、ゆっくりとキスをする。お互いの存在を確認するかのように。親愛のキス。

 

「せやけど。わたしが一番好きなのは、笑ってるミコちゃんや。仏頂面の中に、ときどき笑ってみせるミコちゃんが、たまらないほど大好きなんや」

「……オレも。はやてが笑ってるときが、一番幸せ。はやての笑顔が、大好きだ」

 

 手と手を合わせる。ギュッと握ると、はやても握り返してくれた。

 だからオレは、揺らいだ意志を再び固めることが出来た。

 

「……はやてと一緒に、ずっと笑っていられるように。諦めない」

「……ありがとう、ミコちゃん。わたしと一緒にいてくれて、ありがとう」

 

 そして最後にもう一度、互いの想いを交わすように、長い長いキスをした。

 

 

 

 

 

 あまり重い話を続けてもかったるいので、少し軽い話をしよう。時系列は少し前後して、ゴールデンウィークの連休明けまで遡る。まだプレシアが存命していた時期のことだ。

 

 

 

 連休明けの学校というのは、活気でにぎわうものだ。連休の間にため込んだ子供のパワーが爆発するのだから、それも当然のこと。

 休みの間はどこそこに行ってきた。何がしをやってきた。お土産はなんたらだ。ゲームしかやってねえ、などなど。

 オレも二日ほどとは言え、この世界ではない場所に行ってきた。そういう意味では十分に連休を満喫してきただろう。満喫しすぎて今も疲労が残っている。

 ダレているオレの周りには、いつもの面子が集まりダベっている。彼女達には、ジュエルシードの脅威が完全になくなったことを伝えた。管理局のくだりで田中が「次元艦、乗ってみたい!」と叫び、チョップを入れた。

 忘れてはいけないが、管理外世界で管理世界の情報を広めるのはご法度なのだ。まあ管理世界に属するわけでもないオレ達が罰せられることはないのだが、一応筋として、だ。

 そんな感じにカオスっている教室が静まるのは、担任がやってきたときと相場が決まっている。我らが石島教諭が出席簿をぶん回しながら入ってくると、生徒達は慌てた様子で自分の席に戻る。

 日直の号令で、起立、気を付け、礼をし、着席。

 

「あー。お前ら、嬉しいお知らせだ。今日からこのクラスに仲間が増える。分かりやすく言えば転校生ってやつだ。嬉しいか? 嬉しいだろ? おら、騒げ騒げ」

 

 普通は生徒達が騒がしくして教師から叱られるところだと思うのだが、あまりにもざっくばらんに言われたために、生徒一同微妙な顔で静まり返っている。本当にこの担任、もうちょっと教師らしく出来ないものか。

 

「なんだよ、ノリ悪ぃな。まあいい、ちゃんと仲良くしろよお前ら。毛色が違うからっていじめとかやったら、問答無用でぶん殴るからな」

 

 堂々と体罰宣言をする石島教諭。以前オレに語っていた「体罰がどうので動きづらい」はどうなった。どうにかしたのか、そうか。

 まあ、その心配はいらないだろう。もしそんなことになったら、教諭が動くよりも先に、オレが報いを与えるのだから。

 教諭の「入ってこーい」という声に従って、教室の扉が開かれる。

 ――瞬間、教室の時が止まった。少なくともオレとはやて以外は、凍りついたように動かなくなった。それだけ衝撃的だったということだろう。

 何故オレとはやてだけ例外だったかと言えば、答えは簡単。彼女はオレとはやての関係者であり、最近出来た家族だから。

 

「初めまして。フェイト・T・八幡です。先日、ミコトおねえちゃんの妹になりました。この国に来てまだ日が浅いので分からないこともありますけど、仲良くしてもらえたら嬉しいです」

 

 つまり、こういうことである。

 

 先の宣言通り、オレはフェイトとアリシアを引き取ることにした。とは言え、8歳のオレが同い年程度の子供と5歳の子供を養子に出来るわけがない。

 そこで、ミツ子さんだ。彼女は事情を聞くと(管理世界に関してはボカしておいた。彼女の余生に、そんな厄介事は必要ないだろう)、二つ返事で養子縁組をOKしてくれた。

 そもそもフェイトはミツ子さんと面識があり、お互いに好印象を持っている。アリシアは天真爛漫な性格であり、高齢の方々には好かれやすい。

 さらに、二人とも実際に養うのはオレ達であり、ミツ子さんにはオレのときと同じ「身元保証人」の立場でいてもらうだけ。彼女の負担は少ないというわけだ。

 とは言うものの、さすがに学費はミツ子さんにお願いしなければならない。……今はオレとフェイトだけだが、来年からアリシアも入学する。はやての足もそうだが、こちらも何とかしなければならない問題だ。

 ――ハラオウン執務官から「二人は管理世界に住むべきではないか」という意見も出た。元々そちら側の住人なわけだから、その理屈は分からないでもない。

 が、ここで重要になってくるのが二人の戸籍だ。フェイトはプレシアが登録をしていないため(というか違法研究なので出来るわけがない)戸籍が存在せず、アリシアは故人となっている。管理世界の戸籍がないのだ。

 書類上では、二人は何処の世界にも属さない存在。それならば、養子として第97管理外世界日本国の戸籍をゲットしても何ら問題はない。

 というか、そもそも二人の母親から頼まれたのはオレなのだ。そのオレが管理世界に行く気がない以上、二人がこの世界で暮らすのは決定事項というわけだ。

 そう正論を言ってやると、ハラオウン執務官は渋々というか、悔しそうな顔で引き下がった。彼はどうにもオレと張り合うことにやりがいを見出している節がある。勘弁していただきたい。

 

 かくして、フェイト・テスタロッサ改めフェイト・T・八幡と、アリシア・テスタロッサ改めアリシア・T・八幡の二名が、この世界に住民登録されたのである。

 二人ともミドルネームに「テスタロッサ」を残しているのは、プレシアの子供であったことを忘れないため。今でも彼女達は、母親のことが大好きなままなのだ。……いつまでもそうあってほしいと思う。

 余談だが、フェイトが姉でアリシアが妹だ。この辺を決める際に一悶着あった。

 アリシア的には、自分が(正確にはオリジナルが)生まれた後にフェイトが生まれたのだから、フェイトの方が妹。フェイト的には、肉体年齢は自分の方が上なんだから、アリシアの方が妹。どちらも譲らなかった。

 最終的には「アリシアは生まれ直してるんだから正確には0歳だろう」というオレの一言で、フェイトが姉の座を勝ち取ったのだった。どうでもいい話だな。

 そしてアリシアは戸籍上5歳なので、学校に通うことは出来ない。現在はブラン、ソワレ、ミステール、そしてフェイトのペット(という立ち位置となった)アルフとともにお留守番である。かなり不満そうであった。

 

「全くもう。ミコトもはやても何も言わないから、びっくりしちゃったじゃない」

 

 あきらが不満があるのか呆れているのか、そんな調子でオレ達に話かける。はやては苦笑し「ごめんごめん」と軽く謝る。

 

「せやけど、最初はやっぱ大事やん? 教えてインパクトなくすより、しっかり驚いて印象に残ってもらった方がええと思ってな」

「ありすぎなのよ。ポケーっと口開けてアホ面晒しちゃったじゃないの、恥ずかしい」

「君の過去の痴態よりは恥ずかしくないから、安心するといい」

「何よそれー!?」

 

 ドッと笑いが起こる。オレ自身は、まだ皆のようには笑えない。

 

「んー。ソワレが学校来なくなっちゃったけど、ふぅちゃんがいるなら問題ないよー」

「お、重いよ、さちこ。のしかからないでぇ……」

 

 まだまだ親離れできないソワレであるが、二人の妹とペットが出来たことで、留守番は出来るようになったようだ。亜久里が言及しているのはその件だ。

 オレはその件について、単純に子供の成長を喜ばしく思っているが、亜久里を含む何人かは少し寂しく思っているようだ。結構可愛がられてたからな、ハムスターソワレ。

 代わりに、亜久里はフェイトの背中からのしかかるようにして抱き着いていた。オレも時々やられることだ。慣れろ。

 

「それにしても、よくふぅちゃんが同じクラスになれたね。双子の姉妹とかの場合って、普通別のクラスにされちゃうよね」

「フェイトがこの国に来て日が浅いというのは、紛れもない事実だからな。オレの目の届くところに置きたいと教諭にお願いした」

「やっぱミコっち色々考えてんなー」

 

 君に比べればここにいる全員が色々考えていることになると思うがな、アホの田井中。

 オレが懸念しているのは、日本文化に慣れていないという点ではなく、管理世界の常識で行動してしまわないかという点だ。ここの面子なら大丈夫だが、それ以外はアウトだ。

 故に、管理世界への理解がある面子が集まるこのクラスで面倒を見るのが妥当であるという判断だ。問題児たち(伊藤はブレーキ役)ということでひとまとめにされていたことが、こんなことで役に立つとは。

 ――後年、フェイトも問題児の仲間入りを果たし、最後までこの面子で行動することになるとは、知る由もないオレ達であった。

 

「ふ、フフフフフ……次元艦には乗れなかったけど、バルディッシュにはいつでも触れる……アリねっ!」

「ところで最近田中のキャラ崩壊が激しいんだが。田井中、幼馴染として何とかしてやれないのか」

「ごめん無理。このモードのはるかは、逆にあたしが振り回されてる」

 

 普段は突撃バカで振り回しているわけだから、バランスはいいのかもな。

 

 さて、フェイトであるが、どうやらちゃんと歓迎されているようだ。オレ達だけでなく、クラスの女子が代わる代わる話しかけに来ている。

 

「名字が八幡ってことは、あの八幡の姉妹なの?」

「バッカねぇ。最初の自己紹介でそう言ってたでしょ。事情があるんだから聞かないの」

「あ、あはは……大丈夫だよ、わたしは気にしてないから」

「うわーいい子だ。すんごい綺麗な金髪。これ、地毛だよね?」

「あ、目の色赤だ! キレー! 何処の生まれなの!?」

「え!? え、えっと……一応、イタリアってことになってるよ」

「……ああ、八幡の関係者ってことは、そういうことなのね」

「これ深く聞いたら戻れなくなる奴だ。5人衆みたいに」

 

 オレ達がどういう扱いなのか、よく分かる会話である。安心しろ、説明する相手は選んでいるから。

 フェイトには事前に「管理世界のことを話すのはNGだが、臭わせる程度はセーフ」と説明しておいた。それに従って行動した結果、今のようになったということだ。

 ちょっと虚ろな目で遠くを見る女生徒二人に、フェイトはわたわたと慌てた。

 

「ご、ごめんね、ちゃんと話せなくて! 結構厄介も多いことだから、あんまり巻き込みたくないんだ!」

「……何この子、信じらんないぐらいいい子なんだけど。これでマジであいつの姉妹なの?」

「み、ミコトはいい子だよ!? わたしなんかよりもずっと、凄いおねえちゃんなんだから!」

「しかもこのお姉ちゃんっ子ぶり。八幡さーん、フェイトちゃんあたしン家にくんない?」

「やるか。あまりフェイトの教育によろしくない真似はしてくれるなよ、加藤、鈴木」

 

 ちなみにこの二人、一年次にオレの服を切り、机に彫刻をしてくれたグループのうちの二人だ。この通り、しこりなく会話をする程度にはなった。

 残りの一人、遠藤という名前だが、彼女は3組で別のクラスだ。オレが痛い目に合わせて以来、すっかりおとなしい娘に変わった。今では立派な文学少女だそうだ。なるようになったということなのだろう。

 

「あたしら一年のとき、八幡に酷い目に合わされてんのよ。まあ、全面的にあたしらが悪かったんだけどさ」

「おかげで「悪因悪果」って言葉がトラウマよ。悪いって思ってることはするもんじゃないって思い知らされたわね」

「そ、そうなんだ。……ずっと前から、ミコトはそうなんだね」

 

 それは確かにオレが相手を追い詰めるときに使う言葉だ。それで教訓を身に刻めるなら、意味のあることだろう。

 プレシアにも言った言葉だ。アースラのブリッジであった出来事を、思い返しているのだろう。フェイトは少しの間目を瞑った。

 

「だけど……わたしは凄くいい言葉だと思う。わたしにとっては、希望の言葉だから」

「……あー。うん。八幡の妹だわ、これ」

「不思議ちゃん姉妹か。これは男子が騒ぎそうね」

「言いたいことはあるが、既に騒ぎになってるみたいだぞ。アレを見る限り」

 

 オレが親指を向けた方では、他クラスからフェイトを一目見ようと押しかけた男子生徒が、教室の扉のところですし詰めになっていた。

 

「ちゃんと見えねえぞ! お前もう十分見たんだからどけよ!」

「お前2組だろ!? 俺ら別のクラスだから、八幡さんも普段ちゃんと見れてないんだよ! もうちょっと見させろ!」

「ふっざけんな! お前去年一昨年1組だったじゃねえか! 俺なんてまた別のクラスだよ! ここは俺が最優先だろ!」

「バカやってねえでとっとと席つけ。他のクラスの奴はとっとと帰れ。休み時間は終わりだよ」

『ゲェッ! テッペー!?』

「石島先生と呼べぇ、クソガキどもォ!」

 

 男女平等パンチラッシュが降り注ぐ。あれだけの数を裁くのは大変だろうに。石島教諭、お疲れ様です。

 

「片や純和風のオレっ子美少女。片や儚げな金髪美少女。おまけに二人は義理の姉妹」

「間違いなく海鳴二小で語り継がれる伝説になるわね、これ」

「……解せぬ」

「あ、あはは……」

 

 鈴木の予言通りになるとは露ほども知らぬオレ達であった。

 

 

 

 帰宅すると、アリシアがソファで寝転がりながら、ふくれっ面をして本を読んでいた。

 

「……はあ。しょうがないだろう。君は戸籍上5歳なんだ。皆を一緒に留守番させたんだから、いい加減に機嫌を直せ」

「ぷーん。どーせわたしはミソっかすですよーだ」

 

 彼女を置いてフェイトだけオレと一緒に学校に行き、同じクラスであるということが納得いかないということだ。自分だけ仲間外れだと思っているようだ。

 だが……彼女が読んでいる本を見ると、むしろ自宅学習の方がレベルは合ってるんじゃないかとも思う。量子力学の本って、5歳が読むものじゃないぞ。

 アリシアにはリンカーコアがなく、召喚体らしい特殊な能力もないが、その知能はまさに母親譲りであった。学者的な意味での知能レベルは、間違いなく八神家一である。

 

「もう……アリシア。ミコトおねえちゃんを困らせちゃダメだよ。ほら、ちゃんとこっち向くの」

「むー! フェイトはずるい! わたしだって、みんなといっしょに学校行ってみたいのにー!」

「こればっかりはしょうがないだろう。君の肉体年齢で小学三年生と言い張るのは不可能だ。オレが一年生のときより小さい」

「そーいやミコちゃん、あのときから比べたらだいぶ大きくなったなぁ。さっちゃんよりは大きくなったやろ?」

 

 まだまだ平均的とは言えないが、あのときに比べればだいぶ伸びたのだ。やはり毎日の牛乳は大事だ。カルシウム・イズ・パワーだ。

 ……ではなくて、だ。

 

「一緒の学校というのだったら、あと一年待てば通える。そのときは毎日一緒に通ってやるから、今は我慢しろ。楽しみは後にとっておくものだ」

「いーやー! 今いっしょに行きたいのー!」

 

 ソファの上で手足をバタバタさせるアリシア。……はあ、ここははやての出番か。

 

「任せた」

「了解や。シアちゃん、はやておねえちゃんとお話しよか。シアちゃんはどうしてわたしらと一緒に学校行きたいん?」

 

 この「シアちゃん」というのは、はやてが考えたアリシアのあだ名だ。フェイトが「ふぅちゃん」と呼ばれているのを羨ましがったアリシアが、駄々をこねて付けてもらったのだ。

 召喚体の名前やソワレの技の名前を付けているのがはやてであることからも分かる通り、彼女のネーミングセンスはいい。フェイトのときは田井中のファインプレーにかっさらわれたが、アリシアのは逃さなかった。

 

「……だってー。ミコトおねえちゃんもはやておねえちゃんも、フェイトも楽しそうなんだもん」

「んー、せやね。確かに、皆で一緒に学校行くのは楽しいよ。けどな、楽しいばっかりでもないんよ?」

「そうなの?」

「そうや。授業中はおしゃべりできひんし、じっと座っとかなあかん。そんな風に寝っ転がって好きな本なんか読まれへんよ。シアちゃん、耐えられるか?」

「うっ……が、がまんできるもんっ!」

 

 "命の召喚体"として生まれ直したアリシアであるが、精神年齢は5歳のままだ。限りなくアリシアのまま生み出したのだから、そこが違ったら大問題である。

 小学生が6歳からなのは、平均的な精神の成熟度の問題だ。そのレベルにないと、授業という行為の成立が難しいのだ。そういう意味で言えば、アリシアは知能こそ高いが、精神は歳相応でしかないのだ。

 

「そかー。ほな、試してみよか。ミコちゃん、先生役お願い出来る?」

「いいだろう。教科は何にする」

「んー。算数とかシアちゃん得意そうやし、やっぱ鉄板で国語やろ」

「に、にほんごはちゃんとおぼえたもん!」

 

 そういえばここまで言語関係には一切触れてこなかったが、せっかくなので少し触れておこう。

 当たり前であるが、ミッドチルダと日本で使われている言語は違う。なのに普通に会話が成立していたのは、翻訳魔法のおかげだ。アースラ、及び管理局員の周囲では、相互で自動的に翻訳が行われていたそうなのだ。

 で、現在は管理局とはまるで関係ない八神邸である。アリシアが使っていたのはミッドチルダ言語であり、最初はフェイトを通さないと意志の疎通が出来なかった。

 フェイトは、この世界に来る際に文化と言語を学んでいる。だから、翻訳魔法なしにオレ達との会話が成立するのだ。そうでなければ、ファーストコンタクトのときに会話出来たはずもない。

 なので、アリシアはまずフェイトから日本語を習い、たったの一日で会話できる程度に習熟した。ここはさすがプレシアの娘と感心するところである。

 ……が。国語とは、言葉を話せるようになれば解ける分野ではないのだ。言葉に纏わる文化の習熟も必要なのだ。

 

「で、この段落で筆者が言いたかったことだが、この文が特徴的であり……」

「……ぐー」

「またベタなオチだな」

 

 オレが教科書とノートを広げて行った授業は、アリシアの理解放棄からの睡眠という結果に終わった。

 とりあえずデコピンで起こす。アリシアは「わきゃっ!?」と言いながら跳ね起き、涙目で額を抑えた。

 

「うー……だってわかんなくってたいくつなんだもん」

「そういうものだ。なに、あと一年もすれば否応なしにその退屈の中に入らなければならないんだ。別に急ぐ必要もあるまい」

「そういうことや。今はうちで好きなことしとってええんやから、そうしとき。ブランもソワレもミステールも、アルフもおるんやから。寂しくはないやろ?」

 

 「うん……」と言って頷くも、アリシアは納得していないようだ。……全く。

 

「おいで、アリシア」

「へっ?」

 

 両手を開いてプレシアから託された我が娘を迎える。アリシアは少し困惑したようだが、すぐにオレの腕の中に飛び込んできた。

 抱きしめて、頭を撫でる。アリシアはくすぐったそうに笑った。

 

「アリシアがこうしてほしくなったら、出来る限りこうするから。今は我慢してくれ」

「んー……。なかまはずれはいやだけど、ミコトママにだっこしてもらうのはすき」

「なら、ちゃんと我慢できるよな」

「……ん」

 

 どっちとも取れそうな返答だったが、時間が解決するだろう。甘やかすことはしないが、それまでの時間を満足させてはあげたい。これでアリシアが満足してくれるなら、安いものだろう。

 ……と。フェイトが物欲しそうにこちらをチラチラ見ている。さすがに二人は無理だな。

 

「ごめんな、フェイト。今はアリシアの時間だ。あとでちゃんと、フェイトのことも抱っこしてあげるから」

「! う、うん……」

 

 甘えるという行為がまだまだ恥ずかしいのか、フェイトはゆでだこのように顔を真っ赤にした。

 はやてはオレの隣で、ニコニコと笑ってそれを見ていた。

 

「……子供が母親役を務めて、どうにかなるもんだねぇ。ミコトとはやてだからかな?」

「ふふ。二人とも、とてもしっかりした子ですから。お手伝いさんとしては、ちょっと寂しいですけど」

「そんなもんかい。ま、あたしは気楽にペットやらしてもらうから、別にいいんだけどね」

「アルフ、ふかふか。ミステールのしっぽより、きもちいい」

「元が装備型のわらわと天然の毛皮を比べられても困るのぅ。姉君は母達のところへ行かなくてよいのか?」

「いまは、フェイトとアリシアのばん。ソワレ、おねえちゃんだから、がまんできる。えっへん」

「呵呵っ、えらいえらい。よく出来た姉君で、わらわも誇らしいぞ。それでアルフから手を離していればもっとよかった」

「……ミステール、うるさい」

 

 八神家も随分と賑やかになったものである。……家計は圧迫されているが。

 

 

 

 最近、というかミステールが念話共有を出来るようになってからであるが、毎晩8時頃になのはから念話が入るようになった。

 

「むっ。主殿、高町なのはから念話じゃ」

「繋いでくれ」

≪もしもーし! ミコトちゃん、今平気ー?≫

 

 能天気そうな声が頭の中に響き、反射的にため息が出る。念話の初っ端だけでオレにため息をつかせられるのは、恐らくなのはだけだろう。

 

≪今日は学校であった何の話だ?≫

≪えっ!? 何でなのはが学校のこと話そうとしてるって分かったの!?≫

 

 君の話題はワンパターンだからだ。今日学校でバニングスがどうした、月村がどうした、変態が鬱陶しい、大体こんなところだろう。しかも今日は連休明け、久々の学校でテンションが上がっているのが想像に難くない。

 

≪それで?≫

≪あ、そうそう! アリサちゃんとすずかちゃんに、ふぅちゃんが海鳴二小に編入したって話をしたの。凄く残念がってたよー、なんで聖祥じゃないのかって≫

 

 そんな学費を捻出できるわけがない。公立だってミツ子さんに頼っている現状なのに。

 

≪なのはもミコトちゃんとはやてちゃんとふぅちゃんと、同じ学校に通いたいなー≫

≪その場合、そちらが合わせるしかないぞ。つまり、海鳴二小の学区に引っ越すしかない。そんなことは出来ないだろう≫

≪分かってるけどー。ミコトちゃん、中学は絶対聖祥に来てね! なのは達、待ってるから!≫

 

 気が早すぎる。鬼どころか閻魔大王も大爆笑しそうだ。地獄をお笑いの渦の中に落とす女、高町なのは。それはそれで凄いことなのかもしれない。

 

≪……ん、そうだ。聖祥の中等部には特待生のような制度はあるか?≫

≪え? えーっと、ちょっとわかんない。高等部からはあったと思うんだけど、中等部にあったかなぁ?≫

≪そうか。中等部から特待生制度があれば、学費を抑えられると思ったんだが。それならそちらに行くのもやぶさかではなかった≫

 

 ないなら、中学もやはり公立だな。……また地獄が哄笑しそうな話題を続けている。

 

≪で。どうせ話題はそれだけじゃないんだろう≫

≪凄いねミコトちゃん! なんで分かるの!?≫

 

 分からいでか。行動もワンパターンな君のことだから、ならせめて皆でお茶会をーとか、そんなことだろう。

 

≪うん! 皆で翠屋に集まって、ジュエルシード回収完了お疲れ様パーティをやるの! だから、ミコトちゃん達八神家の皆と、海鳴二小の皆もって思って≫

≪まあ、そういう名目ならオレ達が出ないわけにもいかないか。……フェイトとアリシアは大丈夫だろうか≫

 

 ジュエルシード自体は関係ないかもしれないが、事件の記憶はまだ新しい。二人の感情を刺激しないだろうか。少し、心配だ。

 と、オレが母親としての配慮をしていると、猪突猛進娘から投下される爆弾。

 

≪あ、ふぅちゃんは大丈夫だって。シアちゃんにも確認とってもらって、こっちも大丈夫だって≫

≪……どうして君はそうやってオレの都合をすっ飛ばして話をするかな≫

 

 オレの不満を理解していない気配が念話から伝わってくる。いや彼女も二人の感情は考えた上で行動を起こしたとは思うけどさ。

 

≪まあいい、君には言っても無駄だ。それで、日程はいつだ?≫

≪むー、ミコトちゃんの言葉に棘があるよ。あしたっ!≫

 

 早すぎだろ。あきら達の日程調整をする暇がないぞ。……まあ、参加できなかったらそのときはそのときだ。

 

≪分かった。ちょっと待ってろ≫

「ミステール。5人衆に念話共有。ちゃんとコールは入れてやれよ」

「着替えに遭遇したら悪いものなぁ。呵呵っ」

 

 うるさいよ、思い出させるんじゃない。

 ミステールが因果を組み替え、いつもの5人組に念話を飛ばす。それぞれ他にやっていたことがあるのだろう、バラバラに念話に応じる。

 

≪なにー。これからはるかンとこに遊びに行くとこだったんだけど≫

≪あ、じゃあ窓開けておくから勝手に入って来てね。ん、なのはちゃんもいるの?≫

≪はいもしもし、伊藤です。どうかしたの、ミコトちゃん≫

≪おー! ミコトからの念話、これで二度目だ! ってなのはァ! あんたは後でちょっと話あるから、逃げるんじゃないわよ!?≫

≪荒れてますなぁあきらちゃん。はろろーん、なのはちゃん。おひさー≫

≪……なんで皆こんなに小慣れてるの? あきらちゃんの発言からして、これで念話二度目なんだよね?≫

 

 先日魔法に触れたばかりの君と、一年前からオレに振り回され続けているこいつらじゃ、不思議耐性が違うんだよ。それに念話共有と言っても、電話会議みたいなものだ。狼狽えるほどじゃない。

 魔導師である自身が一番経験値が少ないという理不尽をかみしめながら、なのはは先ほどの話を皆にもする。返ってきた答えは、全員OK。ノリのいい連中である。

 用件はそれだけだったのだが、この年頃の女子が(念話上とはいえ)一堂に会し、用件だけで終わるわけがない。そのまま集団での雑談に移行した。

 なのはの相手を連中に任せることが出来たオレは、そのまま内職作業の方に集中したのだった。これまでの会話は、全て内職をしながらだったのである。

 

「食うためには働かなきゃな」

「世知辛いのぉ……」

 

 それが世の中というものだ。

 

 パーティでは、まあ色々とあった。

 フェイトそっくりのアリシアという存在に初めて会った5人衆や月村、バニングスが仰天したり。

 犬好きのバニングスに追い掛け回されて、アルフが辟易としたり。

 ソワレとミステールが翠屋のシュークリームを大層気に入ってしまい、今後定期的に求められることになったり。

 実は小動物でなかったスクライアが、あきら達やバニングスに問い詰められたり。

 変態が変態的にうるさくして、オレとなのはの左ストレートが炸裂したり。

 高町姉から恭也さんの人外っぷりが上昇して稽古が辛いと愚痴られたり。

 まあ、色々と、あったのだ。

 

 

 

 

 

 最後に、ひと時の別れについて語り、終わりにしようか。

 

 

 

 プレシアの葬儀が終了し、翌日のことだ。オレ達――「ジュエルシード事件」の関係者は、海鳴臨海公園に集まっていた。

 八神家。はやてを含めた全員。高町家。なのはと恭也さん。おまけで変態。

 そして、スクライアとハラオウン執務官。それでこの場にいる全員だ。

 この事件についてこちらで出来ることが全て終了したため、アースラは一度本局のあるミッドチルダに帰還することになる。

 それに伴い、管理局員であるハラオウン執務官、それと本来は管理世界に住むスクライアが、第97管理外世界を離れることになる。

 プレシアのときとは違う。永遠の別離ではない。けれど、人はそれを惜しむ生き物だ。

 

「ぐすっ! ほ、ほんとに、レイジングハート、返さなくていいの?」

 

 泣きながら、なのははスクライアに尋ねる。赤く丸い宝石状の待機形態となったインテリジェントデバイスは、今もなのはの胸元にかかっている。

 スクライアは穏やかに笑いながら、首を縦に振った。

 

「彼女はもうなのはをマスターと認めている。僕が持っているより、なのはに使ってもらった方が、レイジングハートも幸せだよ」

「でもでも、わたしほとんど魔法なんて使えないし、上手く使いこなせないかもしれない! レイジングハートに迷惑かけちゃうかも……!」

『Master... Don't worry.(お気になさらず)』

「なのは。君には素晴らしい魔法の才能がある。それは、僕なんかとは比較にならないものだ。君がその優しい心を忘れずに、レイジングハートと力を合わせ続けたら……きっと、素敵な魔導師になれると思うんだ」

「……うんっ! きっと、なるよ! ユーノ君が自慢できるぐらい、立派な魔導師に……っ!」

 

 個人的には何を好き好んでと思うが、彼女には彼女の判断基準がある。きっと、彼女にとってそれは素敵な選択肢なのだろう。

 それに。今回みたいなことがあったときに、無力では後悔することになるだろう。有事に備えて力を蓄えるのは、間違っていることじゃない。

 だからきっと、なのはは今の姿からは想像もつかないほどの魔導師になることだろう。スクライアが、その才覚を認めているのだから。

 恭也さんが前に出る。彼もまた、少し寂しそうだ。

 

「……色々あったが、貴重な経験をさせてもらった。感謝する」

「こちらこそですよ。正直、恭也さんがいなければ、全てのジュエルシードは集まらなかったかもしれない。そのぐらい、恭也さんには助けてもらいました。……ありがとうございます」

 

 彼がオレ達の最大戦力だったことは、誰の目にも疑いはない。だからこそ、最大の功労者に対して、スクライアは深く頭を下げた。

 次に前に出たのは、変態……もとい、藤原凱。スクライアの直弟子。

 

「あー。長ったらしいのは好きじゃねえんだ。……次会うときは度胆抜いてやっから、覚悟しとけよ。頑固師匠」

「はは、そりゃ楽しみだ。……ちゃんと腕を磨いておけよ、バカ弟子」

 

 言葉少なにハイタッチを交わす。彼らは、それで通じ合えるだけの仲になったのだろう。……別にかっこいいとかは思っていない。本当だ。

 フェイトの背中を軽く叩いてやる。彼女はオレの顔を見て、頷いてやると前に出た。

 

「……ケンカ仲間って、意外と悪くないものだったよ。わたしももっと研鑽しなきゃって思った。……本当に、ありがとう」

「君に頭を下げられると、どうしても調子が狂うよ。……また魔法論で討論しよう。今度も、僕が勝つ」

「ふふ。負けないよ」

 

 最初は険悪だった彼らの間にも、いつの間にか友情が出来ていた。元々方向性は似ていたのだから、波長は合ったのかもしれない。

 フェイトに並ぶように、はやて達八神家の皆が前に出た。オレ以外、だが。

 

「何や、結局わたしは皆にご飯振るまっとっただけやけど……楽しかったで。またな」

「私もです。それに、妹たちがお世話になりました。ありがとうございます、ユーノ君」

「ユーノ、ぜったい、かえってくる。やくそく」

「おや、姉君はいつの間にユーノ少年を許したのやら。……茶化すのはよそう。わらわからも、再会を祈らせてもらおう」

「あんまりおはなしできなかったけど、こんどはゆっくりはなそうね」

「いざとなりゃ転送魔法でいつでも会えるんだ。そう湿っぽくなるもんじゃないよ。……またね、ユーノ」

「っ、はい!」

 

 涙腺を刺激されたらしいスクライアは、少し声を震わせながら、大きく返事を返した。

 はやて達が下がる。……オレで、最後だ。彼が少し浮かんだ涙をぬぐうのを待って、彼の前に立った。

 

「……ミコトさん」

 

 オレの名を呼ぶ。しばし、無言の間。オレは何も返さず、彼を見た。いつもの仏頂面で。

 

「僕は……最初にミコトさんを見たとき、格好のせいで男性だと思ったあのとき……ここまでミコトさんに頼ることになるとは、思ってませんでした」

「……オレも、ここまで深く関わるつもりではなかった。少々深入りが過ぎたように思う」

「だけど、そのおかげで……多分僕達だけだったら出来なかった結果を、残せました。あなたが、いたから……」

 

 スクライアは言葉を切る。何かに耐えるように、波が過ぎるのを待つ。

 

「ジュエルシードの件は……本当に申し訳ありません。"あの件"が管理局に記録されないためには、これ以上お渡しできなくて……」

「気にするな。元々4つという契約だったんだ。最初の契約を違えるほど、自分勝手な人間じゃない」

「っ、……はいっ。ミコトさんは、そういう人ですもんね……っ」

 

 「契約」という言葉に反応したか、スクライアの声がまた震えだす。契約が満了したことで、オレ達の関係性は解消されたのだ。

 今ここにいるのは、赤の他人同士。ただ、かつて同じ目的のために行動を共にしただけの、他人同士だ。

 スクライアは……多分、それを認めたくないのだろう。割り切っていたはずの彼は、過ごした時間というものによって、幼い精神では割り切れなくなってしまったのだろう。

 分からない。……少し前までのオレなら、そう断言できた。だけど今のオレは、少し分かる。の、かもしれない。やっぱりよく分からない。

 

「僕は……。僕はっ……ミコトさんのチームで、ミコトさんがリーダーを務めるチームで、役割を、全うすることが、出来たでしょうか……」

 

 震えを抑えようとして、それでも抑えられない少年の声は、抑えようとしてブツ切れだった。だけど、意味は伝わる。

 もう今更リーダー云々に言及はしない。彼らの中では、オレは間違いなくリーダーとなってしまっているのだ。それは、オレが変えちゃいけないことだ。

 彼の震える問いかけに、オレは答えた。

 

「パーフェクトだよ。誰よりも作戦の要を務めてくれた。お前がダメなら、皆ダメになってしまう。恭也さんでさえ」

「……そう、ですかっ。そう、言ってもらえてっ、本当、に、嬉しいですっ……」

 

 オレの答えは本心からのものだ。彼の補助魔法・防御魔法が、オレ達の最終ラインだった。彼はただの一度だって、それを割らせなかった。吹っ飛ばされたり踏み潰されたりしてた変態とは大違いだ。

 それが正しく伝わったかは分からない。彼は今、自身の感情との戦いで手いっぱいになっているから。

 

「……お前達は」

 

 どうにも昨日のことがあったせいで、オレは少し饒舌になっているらしい。

 

「お前達はオレのことを、最高のリーダーだとか言ってくれる。だけどオレはそうは思わない。もし最高のリーダーなら、最高の結果を出して然るべきだ」

「……ミコトさんはっ、十分すぎるほどっ」

「十分な結果じゃダメだ。最高の結果でないと、最高のリーダーとは呼べない。だから、オレは最高のリーダーではない」

 

 そう、最高なのはオレではない。

 

「最高のメンバーがいたから、オレが最高のリーダーに見えただけだ。オレはそう思っている」

「っ! それ、はっ」

「なのはの砲撃魔法の才。藤原凱の防御魔法の才。フェイトの戦闘魔導師としての能力。アルフの強力な遊撃手としての能力。恭也さんは……少し人外染みていて、判断に困るな」

 

 ふっと笑いが漏れてしまう。恭也さんは今どんな顔をしているだろうか。多分ちょっとムッとした顔をしてるんだろう。思い浮かべて、もう一度クスリと笑う。

 

「そして、スクライア。お前の補助能力。お前の、最後のラインを維持する能力。オレは適材を適所に配置しただけ。あとはお前達が勝手にやって、最高の結果を叩きだしただけだ」

「っっ……僕、はっ……」

「だから……オレはお前に、礼を言わなければならない」

 

 その場で、深く頭を下げる。長く伸びたオレの髪が、パラパラと降りてきた。

 

「ありがとう、ユーノ・スクライア。お前のおかげで、多少はマシな結果を残せた。不出来な指揮官から、最高の守護者に向けて、最大級の感謝を」

「っっっ! う、うあ、ぼ、僕は、僕はっ……!」

 

 彼の瞳から、ボロボロと涙がこぼれ始めた。そうなっては、もう止めようがない。次から次へと溢れ出すものだ。

 

「ご、ごめんなさっ……こんな、もっと、わらって、おわかれ、するつもりだったのにっ……!」

 

 しゃくりあげながら、とぎれとぎれに言葉を発する。

 

「ミコトさんにっ! ほ、ほめてもらえる、なんて、おもってなくって……! わりきらない、と、ミコトさんに、めいわくっ……!」

「割り切らなくていい」

 

 きっぱりと言う。涙を流す彼の頭を両手で抱え、自分の胸に押し当てる。……男にこんなことをしてやるのは、初めてだな。ちょっと恥ずかしい。

 

「お前は、割り切らなくていい。出来ないんだから。オレが割り切ってても、お前は割り切らなくていい」

「そんな、そんなのっ! ダメ、ですよっ! っ!」

「オレとお前は「違う」んだ。オレみたいな割り切り方に、合わせちゃダメだ。割り切れてないんだから、……我慢しなくていい」

 

 その言葉をきっかけに、彼はオレの体にしがみつき、大声で泣き始めた。

 

「いっかげつっ! ミコトさんといっしょに、ジュエルシード、さがして! そのあいだ、ほんとうにたのしくってっ! おわかれ、つらくってぇ!」

「知ってる」

「でも、こんなこと! いったらっ、ぜったい、ミコトさんに、めいわくっかけるって!」

「オレはもっとお前達に迷惑をかけた。オレの都合で振り回してしまった。だから、気にするな」

「でもっ、だけどっ!」

「気にするな。泣きたいときに、泣けばいい」

「うぅぅぁぁぁぁ……っ!」

 

 彼の涙に、もらい泣きする者も何人かいた。

 なのはは当然のように号泣して恭也さんに慰められている。フェイトとアリシアも、互いに抱き合ってブランに包まれている。ソワレは、はやてに抱かれて体を震わせていた。

 オレは……多分、無表情だったんじゃないかな。正直、意識が彼に集中していたため、自分の表情がどうだったかなんて覚えていない。

 ――ハラオウン執務官の証言によれば、「まるで母親のような微笑みを浮かべていた」そうだ。……だとしたら、オレも少しは成長出来たのかな。

 

 彼の嗚咽が止まるまで、オレは抱き続けた。離してやると、彼は恥ずかしそうに顔を朱に染め、それ以上に目は赤くなっていた。

 

「男がなんて顔をしている。そういうのは女の子がする表情だ。……まあ、お前の場合は似合ってなくもないな」

「うぅ……やめてくださいよ」

 

 軽口に反応出来る程度には回復出来たか。まあ、オレも昨日はやての胸の中で泣きはらしたわけで、人のことは言えないんだが。

 胸の辺りが彼の涙でグッショリ濡れている。……帰ったら着替えるか。今は気にしないでやろう。

 

「……ごめんなさい。本当は、ちゃんと笑顔でお別れするつもりだったのに、こんなグチャグチャで」

「気にするなと言っている。オレ達と離れるのが辛い時点で、割り切れていないお前には無理なんだから」

「うっ。……達、じゃなくて、ミコトさん、なんだけど……」

「独り言は心の中で言ってくれ。……で、もう行けそうか?」

「はい。……本当にありがとうございます。あなたの指示で動けた一ヶ月、本当に楽しかったです。多分、これまでの人生で、一番」

 

 8年の人生ならそんなこともあろう。今後、新しい思い出で塗り替えていくといい。

 彼はしばしの間、沈黙をする。何か言いたいが、まだ踏ん切りがつかない。そんな感じの沈黙。

 まあ、当然意を決して口を開くわけだ。こんなシーンを今まで何度か見てきたなぁと、場違いに思い出した。

 

「あのっ! 次に会うときまでに、もっと逞しく、男らしくなってきます! だから、そのときはっ……!」

 

 かなり早口に、顔を真っ赤にしながらそこまでまくしたてた。……おいおい、そういうことなのか?

 オレの中にとある直感が湧く。女の子が自分に向く視線に敏感であるという事実を、我がことながら他人事のように理解した。

 そして、彼は最後の一節を紡ぐ。

 

 

 

「また、あなたのチームで指揮を受けたいですっ!」

 

 ……。こいつ……。

 ため息が出そうになる。脱力しそうになるのさえグッと堪えた。女の子にここまでさせるとは、実に罪深い男だ。

 だから、少し意地悪したくなった。

 

「ほう。お前はまた今回の事件みたいな荒事を望むか。いやはや、修羅の道を行くとは男らしい。恭也さんに弟子入りしてみてはどうだ?」

「えう!? あ、いえ、そういう意味じゃないんです! そういう、物騒な意味じゃなくて!」

 

 分かっているとも。分かっているが、誰が素直に受け取ってやるか。男を磨いて出直して来い、ヘタレ。

 藤原凱は、双方の意味が分かったらしく、「あちゃー」と言いながら顔に手を当てている。まあ、お前なら分かるだろうな。この方面においては、彼の方が師匠のようだ。同じヘタレだけど。

 ……まあ、あれだな。一応勇気は出したわけだ。そこは評価してやっても、いいだろうか。

 

「……事件の有無に関わらず、お前が本当に逞しく男らしくなって、またオレの前に現れたら、だ」

 

 ショボくれた顔で疑問符を浮かべる少年に、オレは小さく笑って言ってやった。

 

「そのときは、考えてやるよ。「ユーノ」」

「……あっ! はい! 絶対ですよ!」

 

 オレとユーノは握手を交わし、彼はハラオウン執務官の方に歩いて行った。心なし、その歩調はスキップを踏むように見えた。

 だからだろう。

 

「あいたっ!? 何するんだよ、クロノ!」

「知るか。何かイラッと来た。あの程度で浮足立ってんじゃないよ、淫獣」

「誰が淫獣だッ! このムッツリーニ執務官!」

「君が僕をそう呼ぶんじゃあない! スケベフェレットもどき!」

「僕は人間だ! フェレットもどきじゃない!」

「スケベは否定しないのか……」

 

 オレは言いたい。「二人とも、そのケンカは女の子に見せたら、評価ダダ下がりだぞ」と。

 

 そんな感じで、最後は全く締まらずに、オレ達はユーノとハラオウン執務官と、別れを告げた。

 

 

 

 これで本当に、「ジュエルシード事件」の一連の流れは、全て終了した。

 全てが終わり、元通りとはいかないだろう。八神家の環境は変化し、オレ自身の心境も変化した。それでも、オレの目的は変わらない。

 はやてと笑顔で過ごし続けられること。そのために、はやての足を治すこと。事件の前と後で変わらない、唯一の目的。

 だからオレは、明日も奔走するだろう。差し当たっては、火の車になっている八神家の財政を立て直すために。

 ……足の件は、しばらく先になりそうである。

 

 

 

 

 

「なーミコちゃん」

「どうした、はやて」

「あのときユーノ君が本当に言いたかったこと……分かってるやろ?」

「分からいでか。あんなあからさまで分からない女がいるなら見てみたい」

「せやな。で……ほんとに考えるん?」

「そのときが来たらな。まあ、オレは当たるも八卦程度で考えてるよ。OKするとも言ってない」

「うわぁ……魔性の女やで、ミコちゃん」

「はやてはOKしてほしいのか?」

「んー……あのユーノ君は、やめてほしいなぁ。ヘタレ過ぎてミコちゃん任されへん」

「そういうことだ。あれならまだハラオウン執務官の方がマシだ」

「クロノ君? 何でそこでクロノ君が出てくるん?」

「……なんでだろうな。自然に出てきた。別に彼に対して思うところはないはずだが……最後のやり取りのせいか?」

「わたしはあんまりしゃべってへんからなぁクロノ君。判断できんわー」

「何にせよ、ユーノ少年にはもう少し気張ってもらわないとな。恭也さんレベル、は高望みしすぎだが、その欠片程度でも手に入れてもらわないことには、箸にも棒にもかからんよ」

「お? ひょっとしてミコちゃん、恭也さんのこと好きなん?」

「……分からん。魅力的な人だというのは分かるんだが……あの人がオレのことを妹としてしか見てないせいか、そういう目で見たことがないというか、そもそも見方が分からないというか」

「……ユーノ君、かなりの無理ゲーに手を出してもうたんちゃうかな」

「そこは彼の自己責任ということで。まあ、あれだ。女の子に生まれたんだから、一度ぐらいはしてみたいじゃないか。恋、というやつをさ」

「せやねー」




プレシアさんは助かりませんでした。既に病気が末期まで進行しており、管理世界の医学でも太刀打ちできないレベルでした。この世界には、どんな病気も治す不思議な万能薬は存在しないのです。
それでも、プレシアさんは満ち足りて逝きました。狂気に魅入られ、小数点以下の確率の希望にすがりながら最期を迎えるのではなく、納得のいく結果を胸に生涯を終えることが出来ました。
それでもミコトは、もっと上手くできたんじゃないかと思ってしまう。それが、残されたものに課せられた命題なのです。

フェイトとアリシアはハラオウンではなく八幡となりました。プレシアから託されたのはミコトであり、リンディ提督ではないのです。
実際のところ、母親としての能力はリンディ提督の方が上でしょう。息子を一人立派に育てて来ていますし、年季が違います。
だけどミコトには、管理世界というしがらみがありません。そして彼女は、一人ではありません。だからきっと、新たに加わった二人の娘を、立派に育て上げていくことでしょう。

最後の最後でNLをぶち込んでみました。しかしミコトちゃん、気付いているけど気持ちは動かず。ユーノ君、残念! 野球で言えばまだ一回表ですしま、多少はね?
今のミコトは、そもそも「男を恋愛対象として見る」という視点を持っていません。もちろん女の子も同様。感情が足りていないため、恋愛という感情が生まれるレベルではないのです。ある意味でユーノよりもなのはよりも子供なのです。
それでも、恋に興味を持っているのは、少しは成長した証なのではないでしょうか。

つまり、ここからが本当の百合だってことですね(白目)


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幕間章
十八話 就職 (あとがきに主人公紹介あり)


明けましておめでとうございます。本年も「不思議なヤハタさん」をよろしくお願いします。



というわけでA'sまでの短い空白期編スタートです。
今回の話は、時系列的には十七話終了のちょっと前に戻ります。


 緊急家族会議である。

 

 現在、土曜日の午後。場所、八神邸のリビング。参加者は、八神家全員。ちなみにこの全員とは、エールともやしアーミー(1号のみ)も含めた全員である。

 オレ達は今、一冊のノートを囲んで、真剣な顔つきを向き合わせている。いつも緩い笑顔を浮かべているブランも例外ではない。フェイトの頬を、一筋の汗が流れた。

 その、使い古されたノートには、黒い太マジックでこう書かれていた。

 「家計簿」と。

 

 つまり、会議の議題とは――。

 

「……生活費が、あとわずかしか残っとらん」

 

 はやての逼迫した呟きが、八神邸のリビングに染みわたった。

 

 

 

 なるべくしてなった状況である。

 オレはこの一月ほど、ジュエルシードの探索のために外出しており、内職をすることが出来なかった。ほとんど、ではない。出来なかったのである。

 考えてもみてほしい。ジュエルシードを探すために町中のいたるところを歩き回り、帰って来るころにはヘトヘト。もし暴走体と遭遇したら、プラスして戦闘もある。

 そして、オレは小学生である。小学生ということは小学校に行っているわけであり、小学校では宿題というものが課される。ジュエルシードは免罪符にはならない。ここは管理外世界で、管理世界関係の事情は関係ない。

 それだけの消耗を強いられて、オレの幼い体に内職をするだけの体力が残るだろうか? 否。風呂に入ってパジャマを着たら、はやての体を抱きしめて夢の中へ一直線だ。

 とはいえ、一ヶ月内職が出来ないだけで生活費が尽きるなどという事態には、普通はならないだろう。余程散財でもしない限りは。問題は、この一ヶ月で5人と1匹の家族が増えたことだ。

 うち3人は食事が必須ではないが、オレ達がそれを認められない。彼女達に何も食べさせずにオレ達だけが食べるなど、オレ達の精神が耐えられない。

 結果、八神家のエンゲル係数の上昇に対し貯蓄が追い付かず、危機的状況に陥っているということだ。

 一応、来月になればはやての後見人のおじさんからの仕送りを増額してもらえるらしいが(あまり頼りたくはないが物理的に無理なので仕方がない)、今月はあと半月以上残っているのだ。

 そして開かれた家計簿の予算残額のところに書かれた数字……19。もやし一袋分である。

 

「……一人一食もやし一本で粘れば、一日18本、一袋およそ300本だから、半月はもつ」

「そんなのたえられるわけないよー!」

 

 オレがこれで乗り切るたった一つの方法を口にすると、アリシアが悲痛に叫ぶ。オレもそんなので乗り切れるとは思っていないので、気持ちは一緒だった。

 

「ど、どうしてこんなことに……」

「確かに人数は増えたけど、食費だけでそんなに消費するのかい?」

 

 フェイトとアルフの疑問。食費だけでと言うが、意外とバカにならないものだ。少しでも安い食材を手に入れないことには、あっという間に消費する。

 だが、アルフの言うことももっともだ。オレ達は、オレの内職とはやてのおじさんからの仕送りで、ある程度は貯蓄をしていたのだ。そう簡単に財政難にならない程度には。

 理由は、もう一つある。

 

『人を呼んで夕食会とかやっちゃったからねー。あんな頻度でやったの、初めてじゃない?』

「……つい浮かれて奮発してまいました」

「私もそれが普通なんだと思ってしまって……ごめんなさい」

 

 これである。フェイトと協定を結び、ジュエルシード探索の拠点が八神邸になったことで、短い期間ではあったものの、割と頻繁に皆で集まって食事などを行ったのだ。

 それだけならまだよかったが、浮かれたはやてが食材を買うのに奮発してしまった。100g1,000円の牛肉なんて初めて食べた。

 オレが一緒に買い物に行けば止められたのだが、探索中だったのでブラン任せ。そして経験の少ないブランでは判断できず止められなかったのだ。

 これらの要素が重なり、現在の生活費残額がもやし一袋分しか残っていないのだ。

 

『皆様方、今は反省会ではありませぬぞ。議題は、どうやって生活費を捻出するか。知恵を絞るところを間違えてはなりませぬ』

「……もやし、かしこいこ」

「しかして、ないものは出しようがあるまい? 水道光熱費用の予算を切り崩すしかないと思うのじゃが」

 

 ミステールの言う通り、帳簿が真っ赤を通り越して土気色になっているのは生活費だけであり、うちにはライフライン用の積み立てが存在する。が、これも向こう三ヶ月分のみだ。あまり手を出したくはない。

 もうどうしようもないとなったら切り崩すしかないが、まだ何かあるはずなのだ。この状況をひっくり返す、オレ達が気付いていない何かが。

 

「ミツ子さんに借りる……ってのは根本的な解決にならないか」

「そうだな。何か収入を増やす方向で考えないと、いずれまた同じ状況になりかねない」

 

 貯蓄が底をついたのは臨時的な出費によるものだが、八神家のエンゲル係数が上昇していることは確定なのだ。仕送りの増額とオレの内職だけでは、賄いきれるとは思えない。

 オレの内職収入が、頑張って一月6万程度。はやてのおじさんからの仕送りが、月15万程度。食費を一人一日500円以内に収めたとして、月にかかる食費は最低で12万程度。水道光熱費が全部で4万程度。

 これで一月の余りは5万程度。だが、相当理想的に進めた場合の話だ。特にオレの内職収入は、今後下がる可能性がある。フェイト、ソワレ、アリシアの三人と触れ合う時間を確保するためだ。

 そうなると本当にギリギリだ。贅沢は敵だが、ちょっとした贅沢すら許されなくなるのは大問題だ。オレだって翠屋のシュークリームは食べたい。

 

「……オレが割のいいバイトを出来ればよかったんだが」

 

 オレが本気を出した際の内職収入は、時給換算で1,320円。これを超える時給のバイトが出来たなら、財政難も脱することが出来るだろう。

 だが、再三になるがオレは小学生だ。内職もミツ子さんにお願いしてやらせていただいているものだ。普通のバイトなんて望むべくもない。

 と、そこでフェイトが気付く。

 

「あれ? ブランなら、アルバイト出来るんじゃない? 実年齢はともかく、姿は大人なんだから」

「実はその案は以前出ていてな。経験値が足りなさ過ぎるという結論に至った」

「期待外れでごめんなさい……」

「あ! そ、そんなつもりじゃないんだよ! ほんとだよ!?」

 

 フェイトは気を使えるいい子だ。自分本位の言葉しか吐けないオレとは大違いだ。そのまま育ってほしいものだ。

 ……親バカ的な思考をカット。だが、確かに彼女の意見も一理ある。あの時とは違って、ブランは一月ちょっとの経験を積んでいるのだ。今ならもう少し、出来ることもあるんじゃないか。

 

「ブランはこれまで、オレやはやてと一緒に家事をやってきた。それを活かせるバイトなら、あるいは……」

「え、ええ!? それって、お掃除やお料理でお金をもらうってことですよね!? そんな責任重大なことはできませんよ!」

 

 固く考えすぎである。チェーン店とかの料理程度なら、今のブランでも十分に可能だろう。何せああいうのはマニュアル化されていて、それに従うだけらしいからな。

 とはいえ、職場環境が劣悪であるという話も聞く。そんな場所に、うちの大事なブランを行かせるわけにはいかない。やはり、この案はなしか……。

 

「あっ! そういうことならええお店あるやん!」

 

 パン!とはやてが手を打つ。何かに思い至ったらしい。……ああ、なるほど。オレにも分かった。

 他の面々はまだ海鳴というかこの辺の馴染みが薄いため、気付いていない様子。先日皆でパーティにも行ったのにな。

 信用がおけて、ブランの現在の能力で出来る仕事で、職場環境もよさそうな喫茶店。そんな都合のいい店が、オレ達のすぐ近くにあった。というか、オレの思考にもさっき登場した。

 そしてはやては、オレの思った通りの内容を口にした。

 

「ブランには、翠屋のキッチンのバイトをやってもらう! さあ、皆で士郎さんに話つけに行くで!」

 

 

 

「いや、うちはキッチンのバイトは募集してないんだ。ごめんね」

「なんやてー!?」

 

 八神家全員で翠屋まで行き、昼過ぎでちょうど空いている時間だったため、士郎氏に面接をお願いしたところ、あっさり断られてしまった。

 一応キッチンのパートさんというのは存在しているらしいが、ブランとは比較にならないぐらいの料理歴を持っている人で、そのぐらいでないとこの店のキッチンは任せられないようだ。

 ……まあ、それもそうか。翠屋は個人経営ながら人気のある喫茶店だ。それは、店の雰囲気もさることながら、料理・菓子の味が絶品であることが最大の理由だ。

 そうである以上、「この人ならば任せられる」という腕の人間しか雇えないというのは、至極当然の論理だ。一般募集でキッチンのバイトを任せられるわけがない。

 

「うう、翠屋の味の秘密を知れるチャンスやったのに……」

「そっちが本音か」

 

 いやまあ確かにオレも気になるっちゃ気になるが。

 

「ははは、企業秘密だからね。そう簡単には教えられないさ」

「えー。士郎さん案外ケチやんなぁ。あれから何度かここのミートソース再現しよう思って挑戦してんけど、全然なんよ」

「三日連続パスタの裏にはそんな思惑があったんだね……」

 

 フェイトがあの日々を思いだし苦笑する。美味かったし、味も毎回違ったから飽きはしなかった。

 士郎氏はもう一つ快活に笑う。そういえば恭也さんは士郎氏と似ているが、こんな風には笑わないな。オレよりは表情豊かだが。

 

「ホールじゃダメなのかい? そっちなら募集してるけど」

「あー……うちのブラン、こう見えてそそっかしいんよ」

「あうっ! 落ち着きなくてごめんなさい……」

 

 初めの頃こそクールで落ち着いた女性という印象の強かったブランであるが、はやてに弄られていくうちにその本性が現れたというか、今ではすっかりドジっ子である。

 今のところ八神家で食器類の被害は出ていない(オレが未然に対処しているため)が、よそ様でそれをやられるわけにはいかない。弁償的な意味で。

 オレ達の説明を聞き、士郎氏は「ふーむ」と顎に手を当てる。

 

「普段はミコトちゃんが対処しているということは、誰かが補助に入れば出来なくはないってことかな」

「……そうですね。焦らなければ失敗はない。焦りやすい、というのが今のところの課題です」

 

 士郎氏の指摘に、今までのブランの仕事ぶりを思い返してみる。言われてみれば、ブランが失敗するのは大抵優先順位決めに失敗して焦ったときだ。失敗の兆候自体は観察していたが、傾向は分析していなかったな。

 なるほど、と士郎氏は頷く。そして人懐っこい笑みを浮かべて、提案した。

 

「それなら、仕事に慣れるまで誰かがサポートに入って試してみる、というのはどうかな。他にホールがダメな理由はないんだろう?」

「ええ、その通りです。しかし、こちらの都合でサポートする方に負担をかけることになります」

「構わないよ。元々新人さんには先輩店員が指導をすることになっている。ブランさんの注意すべきところを教えておけば大丈夫さ」

 

 それなら別に問題はないのか。ブランの方を向き、意思確認をする。

 

「そういうことらしいが、やれるか?」

「うっ。ちょっと自信ないですけど……でも、何事もチャレンジ、ですよね」

「特に経験値が足りていない君はそうだな。召喚体の中で、君だけはハウスキーピングを任せて放置してしまったから」

 

 考えてみるとオレの怠慢だったのかもしれない。元々はやての周辺警護のために生み出したとはいえ、もうその状況は終わったのだ。彼女に新しい経験をさせる働きかけをするべきだった。

 ともあれ、ブランはやる気になってくれている。先方がホールとして雇ってくれるというのなら、拒む理由はない。

 

「分かりました。面接は必要ですか」

「いや、ブランさんの人となりは分かっているつもりだ。マスターの采配で即決採用させてもらうよ」

「ありがとうございます。出来るだけ早くシフトを入れていただければ幸いです。それと、今月の間は日当の形で支給していただければ」

「……そこまで逼迫してるのかい?」

 

 士郎氏の引きつった笑いに、オレは頷いて答えた。とりあえず今日のところは冷蔵庫の中のものを使うとして、明日以降のものがない。日当が出なければ、水道光熱費を切り崩すしかなくなる。

 オレ達が置かれている事態が想像以上にまずいと思ったのか、士郎氏はブツブツと何かを考え始めた。彼がそこまで悩む必要は……と思ったが、恭也さんと同じようなものか。彼にとって、オレは娘同然ということだ。

 

「とはいえ、来月からはやての後見人のおじさんからの仕送りも増額されます。ブランの就職口が見つかったなら、この急場さえ凌げばあとは何とかなる」

「そうかい……。普段はその仕送りで何とかなってたのが、人数が増えたことで立ち行かなくなったってことかな」

「そうですね。それと、今後オレの内職効率が落ちることが予想されるので」

「え゛っ」

 

 士郎氏が固まった。そういえば、彼に内職の話をした覚えはなかったな。娘と同じ年の、いや娘同然に思っている女の子が、日々の生活費を内職で賄っていることにショックを受けたのか。

 彼は、オレに恐る恐る尋ねてきた。

 

「ち、ちなみにそれはどんな内職なのかな」

「オーソドックスなバラの造花作りです。単価は10円で、今までは月に6万程度の収入がありました。先月は、ジュエルシード探索でできませんでしたが」

 

 目を剥く喫茶店マスター。……本当に恭也さんとは違って反応が多様な人だ。一体彼は誰に似てああなったんだ?

 現在のオレにとって、内職は別に苦になるものではない。作業手順は体にしみこんでおり、息をするように造花を作れる。暇つぶし代わりに内職をすることもあるレベルだ。

 だが、士郎氏がそんなことを知る由もない。ガシッと両肩を掴まれた。

 

「ミコトちゃん。君はまだ子供なんだ。環境がそれを許さないのかもしれないが、俺も君には楽しい子供時代を過ごして欲しいと思っている」

「十分に楽しい日々を送れているのですが」

 

 これは真実である。はやてがいて、家族の皆がいる。学校に行けば5人衆も付き纏ってくる。夜の8時にはなのはから念話も入る。これだけイベント満載な毎日を送っていれば、オレでも楽しくは感じる。

 が、士郎氏的にはこれでもまだ不十分らしい。

 

「まだ、働かなくていいんだ。……と言っても、君は聞くわけないよなぁ」

「当然です。確かにミツ子さんなら全ての面倒を見てくれるでしょう。オレがそれでは納得出来ないから、内職を融通してもらったんです」

 

 それが、最初の理由。はやてとの共同生活が始まるまでは、アパートの家賃(極限低価格設定ではあったが)と生活費をまかなうためのものだったのだ。

 恐らくだが、ミツ子さんはオレが音を上げて彼女のところに転がり込むのを願っていたのではないだろうか。オレに、甘えるという行為を教えようとしていたのではないだろうか。

 今のオレは、当時に比べれば感情が豊かになってきた。まだまだ仏頂面が崩れることは少ないが、それでもある程度は人の気持ちとやらを察せるようになった。「違う」なりに、慮るということを覚えた。

 結局ミツ子さんの願いはかなわず、オレが甘えるという行為を覚えたのははやてに対してだった。……ミツ子さんにも少しは甘えた方がいいのかもしれないが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 少し逸れたが、彼がオレに働くなと言ったところで、オレは首を縦には振らない。オレは、そんなことで人に借りを作りたくないのだ。

 

「……よし、こうしよう!」

 

 何か自分を納得させるアイデアでも浮かんだのか、士郎氏は手を打つ。

 

「ミコトちゃん。うちで、"お手伝い"をしないかい?」

 

 士郎氏の言うところは、つまりこういうことだ。"働く"代わりに"お手伝い"をして、"給与"の代わりに"お駄賃"をもらう。単なる言葉のすり替えである。

 

「そういうことなら、今やっている内職もミツ子さんの"お手伝い"という言い方になりませんか?」

「それはお手伝いの範疇を超えているよ。月に6,000本もの造花作りだなんて、子供のやることじゃない。俺はそう感じているんだ」

 

 要するに士郎氏が納得できるか否かの問題だ。この人はオレに"子供"を逸脱してほしくないのだ。娘も同然だから。

 ……そんなことになると思ったから、オレは高町家入りを蹴ったのだ。オレの精神の自由が大きく制限される。「高町ミコト」となっていたら、捻じくれていたかもしれない。

 だが先述の通り、今のオレは「八幡ミコト」として少しは成長出来たのだ。親の気持ちが分からないわけじゃない。オレだって、フェイトやアリシア、ソワレには、のびのびと成長してもらいたいと思う。

 オレに関しては前提条件が違う、とは最早言えない。それが証拠に、はやてと出会ってからのオレは、明らかに以前とは変化してきているのだから。成長出来るのだ。

 だから、多少の譲歩は出来る。

 

「……オレが本気を出した際の一時間当たりの造花生産量は132本前後です。つまり、時給換算で1,320円」

「一時間"お手伝い"したら、1,500円の"お駄賃"。この条件でどうだい?」

「プラスして、一回のシフトは4時間以上。週3日以上でお願いします」

「うん、そのぐらいなら、なのはもたまにやっている程度だ。それでいいよ」

 

 交渉成立。これで造花の内職も少しは減らせるだろう。そうすれば、士郎氏から文句を言われない範疇に収めることも出来る。

 図らずも、ブランだけでなくオレの働き口も見つかることとなったのだった。

 

「それなら、早速だけど明日から入ってもらおうかな。時間は昼のピークが過ぎた14時頃から。初回だし、最低限の4時間で。ブランさんも、これで大丈夫かな」

「はい。ミコトちゃんともども、よろしくお願いします、士郎さん。……マスターって呼んだ方がいいでしょうか?」

「ははは、好きなように呼んでくれて構わないよ。うちはその辺統一してないから」

「ではこのまま士郎氏とお呼びします」

「……ミコトちゃんはマスターって呼んでね」

 

 今後彼のことはマスターと呼ぶことになった。

 

「ミコちゃんとブランのウェイトレス姿……アリや! 明日はデジカメ持参やな!」

『いいね! これは永久保存版だよ、はやてちゃん!』

「二人とも、お店に迷惑をかけない程度にしときなよ。これからお世話になるんだから」

「あぅ……ミコトおねえちゃん、わたしも一緒に……」

「フェ~イ~ト~。ここでわたしをのけものにしたら、ほんとにひどいんだからね!」

「ソワレ、ひとりぼっち、や!」

「わ、分かってるよ!」

『女王様の晴れ姿であるか……我も一目見たいものである。明日は顕現させてもらえぬだろうか』

「呵呵っ、愛されておる主殿じゃのう」

 

 結局、明日も全員で来ることになりそうだ。……できれば写真に撮るのはやめていただきたい。見世物じゃないんだぞ、全く。

 

 

 

 

 

 かくして、決戦の日は訪れた。いや大げさかもしれないが、よくよく考えてみたらオレが客商売ってまずくないかという話だ。

 オレは自他ともに認める仏頂面だ。最近は少し表情も豊かになってきたとは思うが、鏡を見ると相変わらず無表情で無愛想な顔がそこにあるのだ。

 周囲の人間は何故かこれを「可愛い」と言うのだが、万人共通の見解ではないはずだ。もしオレが同じ顔の人間に出会ったら、「なんだこの愛想のないやつは」と思うことだろう。

 客商売とは、基本的に笑顔で応対するものだ。笑顔は相手の警戒心を下げ、リラックスさせる。翠屋は喫茶店という憩いの場なのだから、リラックスできなければお話にならない。

 で、オレだ。笑顔の作れない女だ。接客も機械的で事務的な棒読みでしか出来そうにない女だ。女言葉でしゃべると周囲のSAN値を削りに削るオプション付きだ。

 今からやるのは、お題目としては"お手伝い"ということになっているが、実態は"アルバイト"だ。しかも、先方に相当な融通を利かせてもらった上で。

 

「……帰りたい」

「いきなり何言ってるの、ミコトちゃん!? 大丈夫、なのはも一緒に頑張るから!」

 

 翠屋の黒エプロン(この店は制服じゃなくて通常の私服の上に指定のエプロンをつけて接客するスタイルである)を身に付け鏡を見た瞬間、非情な現実に気付いたオレを、指導役のなのはが元気いっぱいに励ます。

 彼女は基本的に終始笑顔を絶やすことのない人間だが、今日はいつもの五割増しぐらいでニコニコしている気がする。対照的に、オレは仏頂面の上にブルーシートを被せたような表情だ。なんだこの好一対は。

 昨日のマスターとの会話でもあった通り、翠屋のホールスタッフは、バイト以外にも高町家の子供達がお手伝いに入ることがあるらしい。オレも何度か高町姉が接客しているのを見た。

 先月はジュエルシード絡みで、なのはも恭也さんもスタッフに入れなかった。そのため、オレが翠屋のエプロンを装着したなのはを見るのは、これが初めてだ。

 

「怖がらなくたって平気だよ! ミコトちゃん、とっても可愛いから!」

「エプロン一つでそこまで変わるか。接客を怖がっているわけではなく、店の評判を落とすことを恐れているんだ」

 

 オレは人見知りというわけじゃない。何せ、他人との関わりはその場限りですぐに切って捨てるような人間なのだから、人見知りになるはずもない。

 そんなオレだからこそ、今後ブランがお世話になる店の評判を下げてしまうのではないかという懸念なのだ。だというのに、この能天気猪突猛進娘である。

 

「そんなことないよ! ミコトちゃんなら、お客さん達みんな、可愛がってくれるよ!」

 

 高町家の基準で語っているんじゃないだろうか。確かに高町家の人間は、基本的にオレのことを可愛がっていると思う。恭也さんとマスターはあの通りだし、桃子氏もあの性格。高町姉は、逆に弄られキャラだが。

 だが、高町家が世間一般の感性で動いているかと言われたら、オレは「絶対にノゥ」と答える。あんな人外剣を扱いこなす人種が一般的でたまるか。

 ……どの道ここまで来て逃げることなどできないのだ。今日一日はやってみなければ分からない。そう自己暗示して立ち向かうしかない。

 

「可愛がられるのはなのはとブランに任せる。オレは普通に接客をするだけだ」

「うん、その意気だよ!」

 

 どの意気だよ。

 

 なのはに伴われ、スタッフルームを抜ける。早速目に飛び込んできたのは、アリシアに車椅子を操作させてブランに向けたデジカメのシャッターを切るはやての姿。

 

「ええでええで! ブラン、そこでちょっと首傾げて!」

「え、ええー……」

「きゃー、ブランかわいいー!」

 

 ブランは困惑顔の苦笑ながらも、はやてに言われた通りのポーズを取る。パシャコーパシャコーとシャッターが切られた。

 ……ああ、色々思い出すなぁ。初めて女物の服買ったときとか、浴衣を着たときとか、水着のときとか。外側から見るとこんな感じなのかと、妙な感慨を覚える。

 が、あまり放置していていいものではないだろう。昼のピークは過ぎたと言っても、お客さんはいるのだ。

 

「はやて、その辺にしておけ。アリシアも、あまりはやてのことを調子に乗せるな」

「あ、ミコトおねえちゃん! おねえちゃんもやっぱりかわいい!」

「お次はミコちゃんの番や! ささ、そこに立って!」

 

 やらん。オレは写真を撮られに来たんじゃなくて、翠屋ホールスタッフの"お手伝い"をしにきたのだ。今日の働き如何に今後の八神家の生活がかかっていると言っても過言ではないのだ。

 

「あまり他のお客様にご迷惑をおかけにならないようお願い致します」

「ちぇー。ミコちゃんノリ悪いでー」

 

 ノリをよくして早速マスターにお叱りをいただくわけにはいかないんだよ。

 

「ちゃんとマスターに許可取ってから勝手に撮影する分には文句は言わん。その辺で妥協してくれ」

「ほほう、ミコちゃんのパンチラを狙えとな?」

「ロングスカートで出来るならな」

 

 オレはショートやミニははかないのだ。ゆったりとしたロングスカートなら、動くのの邪魔にもならないからな。

 「ちぇー」と言いながらアリシアに車椅子を押されて、他の八神家の皆が座っている席に移動するはやて。オレは一つため息をついてから、ブランの指導係を担当する高町姉に文句をつけた。

 

「君が指導係なんだから、ちゃんと止めてやれ。何故新人のオレが止めている」

「いやー、別にいいかなーって。実際ブランさん可愛いし、気持ちは分かるもん」

「や、やめてくださいよ、美由希さん……」

 

 何気なく真っ直ぐ褒められたブランが、顔を真っ赤にする。確かにブランは可愛いと思うが、容姿はキレイ系なんだよな。やはり性格の問題か。

 

「あ、もちろんミコトちゃんも可愛いよ」

「取ってつけたように言われてもな。世辞はいい、自分が無愛想であることは自分が一番分かっている」

「うーん。確かに恭ちゃん以上に仏頂面だと思うけど、ミコトちゃんの場合、不思議とそれが可愛いんだよね」

 

 どういう理屈だ。なのはもブランも同意なのか頷いているし。オレの周りのやつはこんなんばっかか。

 

「なんかこう、ミコトちゃんが可愛いのは最早デフォルトで、そこに時々表情が上乗せされる感じ?」

「分かります。たまに表情が緩む瞬間なんか、最高ですよ。もう抱きしめちゃいたいぐらい」

「えー、いいなーブランさん。わたしも見てみたーい」

「本人の前でする会話じゃないと思うんだが」

「にゃ、にゃはは……二人の気持ちも分かるの」

 

 どうにもブランは高町姉と波長が合ってしまったようだ。まあ、今後ここに勤めることになると考えたら、円滑な人間関係を築けることはいいことなのだろう。

 ……雑談はこのぐらいにしよう。オレもブランも、この店での働き方を学ばねばならないのだ。

 

「それでは早速だがなのは、ホールスタッフの仕事内容を教えてくれ」

「うん、任せて!」

 

 三人とも意識を切り替え、オレとブランはOJTを始めることとなった。

 

 

 

 翠屋のホールの仕事は、意外と煩雑そうだった。というのも、この喫茶店ではテイクアウトも行っているため、客の列が二つに分かれるためだ。

 テイクアウトの列はピーク時には店外まで伸びるため、道路通行の邪魔にならないように整理を行わなければならない。と同時、店内の業務もこなさなければならない。

 来店した客を空いている席まで誘導する。注文を取る。料理を運ぶ。空いた皿を下げる。お会計をする(オレ達はできないが)。空いた席を使えるように片付ける。

 もちろん一人でやるわけではなく、シフトに入っているスタッフで分担することになるわけだが、それはそれで情報の共有をしっかりと行わないと上手く連携出来ない。

 総括すると「手順を整理しないと煩雑になる業務」だ。……ブランのやつ、大丈夫だろうか。しばらくはオレが一緒のシフトに入って、様子見をした方がいいかもしれない。

 

「っと、こんな感じだけど。覚えきれた?」

「問題ない。目下問題なのは、オレの無表情と、ブランがテンパらないかの二点だけだ」

「にゃはは、さすが皆のリーダー……」

 

 ジュエルシード回収チームは先日で任期満了し解散したというのに、相変わらずの扱いであった。……これ、後々チーフスタッフとかにされたりしないよな?

 オレが翠屋のスタッフを続けることが前提となるが、それでも嫌な予感を感じざるを得なかった。

 

「すいませーん! 注文いいですかー!」

 

 と、タイミングよく客からの注文。さっそく実践して、手順を確認しよう。まるでチュートリアルのようだ。

 

「それでは、なのははそこでオレの業務をチェックしてくれ。不備等があったらメモをして、報告してくれると助かる」

「……これ、なのはの指導いるのかな?」

 

 少なくとも手順の確認のためには必要だと思うぞ。

 

「お待たせしました。ご注文をお伺い……って、バニングスと月村か」

 

 客は、オレの顔見知りだった。なのはの親友だという二人組。生粋のお嬢様どもだ。初回が顔見知りとは、ますますチュートリアル染みている。

 オレの発言を受けて、月村はにこやかに笑って手を振り、バニングスはニヤニヤしながら不遜な態度でふんぞり返る。

 

「あら? お客様に対してそんな態度でいいのかしら」

「失礼致しました。ご注文をどうぞ」

「……ちょっとは慌てたりしなさいよ。可愛げのないやつ」

「あはは。相変わらずだね、ミコトちゃんは」

 

 そんなものを提供するつもりはないからな。オレはホールスタッフとして"お手伝い"をしているだけだ。

 

「あたし、カルボナーラと翠屋特製シュークリーム、それからオレンジジュース」

「それでしたらスープをお付けしてBセットがおすすめとなっておりますが」

「ん、これでいいわ。そのまま流したら突っ込み入れてやろうと思ったのに」

「もう、意地悪しちゃダメだよ。わたしはペスカトーレと翠屋特製シュークリーム、あとは食後に紅茶。セットじゃなくていいよ」

「かしこまりました、ご注文を復唱致します」

 

 二人の注文を繰り返し、間違い・聞き漏らしがないことを確認する。

 ペンを持ち伝票に記入するオレの左手を見て、バニングスが何かに気付いて声をかけてきた。

 

「あれ? あんたって左利きだったんだっけ」

「今更だな。温泉の卓球でも左手でラケットを持っていただろう」

「あのときアリサちゃん、負け続きでムキになってたから気付かなかったんだね」

「悪かったわね!」

 

 しかし、それがどうしたのか。

 

「翠屋のホールやる人でなのは以外の左利きって初めてだなって思ったのよ」

「あ、そういえばそうだね。なのはちゃん以外の高町家の人は皆右利きだし、バイトの人達も右利きだね」

「よく見ているな。左利きよりは右利きの方が多いんだから、不思議はないだろう」

 

 利き手と言えば、八神家で左利きはオレ以外にアリシアがいる。対して、フェイトは右利き。同じ遺伝子を持っていると言っても、発生過程や成長過程で利き手は変化するのだろう。

 ……そのせいか、時折フェイトがアリシアの左手をふくれっ面で凝視していることがある。別に利き手の違いなんて大したことじゃないと思うんだが。

 

「まあ、ちょっと気になっただけよ。大変だと思うけど頑張んなさい」

「もとより手を抜くつもりは一切ない。やるとなったらとことんまでやる、そういう性分でな」

「ミコトちゃんらしいね。わたしも応援するよ」

 

 知人二人から声援を受けて、伝票片手になのはのところに戻る。

 

「手順の確認だ。この伝票を切り、カウンターの上に席番札とともに置き、マスターにオーダーを口頭で伝える。間違っていないな?」

「あ、うん。それでオッケーだよ。……完璧すぎてなのはが手出し出来るところがないの」

 

 楽でいいじゃないか。そう言ってやると、なのはは何故か肩を落とした。

 

 その後もオレの方は初めての業務をソツなくこなし、なのはは「仕事がないの」と落胆した。彼女が将来ワーカーホリックにならないか、少し不安になる。

 ブランの方も、今のところ大きな問題は起こしていないようだ。一回テーブルを片付けようとして注文に呼ばれてわたわたしていたが、オレが片付けを請け負って事なきを得た。

 そうやって、2時間ほど働いていただろうか。

 

「うん。ミコトちゃん、ブランさん。それとなのはと美由希も。お客さんも途切れたし、皆とお茶をしていていいよ」

 

 マスターからそんなことを言われた。高町家組はいつものことらしく「はーい」と言って八神家+月村・バニングス組の席(いつの間にか合流してた)に向かった。

 オレはというと……少し困惑していた。

 

「? どうしたんだい、ミコトちゃん。はやてちゃんも呼んでるよ」

「いえ……オレはいいです。形式的には"お手伝い"ですが、こちらの意識としては"生活費のために働きに来ている"ので」

 

 なのは達は、あくまで家の手伝いだ。給与に見合った働きをする、などという契約は存在しない。だが、オレとブランは別だ。

 先方の厚意でかなり無理矢理ねじ込んでもらっているのに、休憩時間でもないのに休むわけにはいかない。そう考えての発言は、マスターに苦笑される。

 

「俺も、だいぶ君のことを「分かって」きたみたいだ。もちろん、「普通の子供とは違う」とか、その程度のことだけどね」

「自覚はあります。それを理解していれば、オレの発言も読めるでしょうし、動かすための対価という発想も出来る。今回は、その限りではないと思いますが」

 

 オレが給与のために働いている、つまり対価をもらって労働している以上、逆の対価が発生するこの提案を通すことは出来ない。論理が破綻してしまうから。

 だが、マスターは優しげに微笑み、オレの前提を覆しにかかる。

 

「俺が君にお願いしたのは、翠屋の"お手伝い"。そしてこの店は家族経営だ。となれば、「うちの娘たちと仲良くしてもらう」というのも、"お手伝い"のうちに入るんじゃないかな」

「……強かな人ですね。翠屋のマスターになる前は、どんな仕事をしていたのやら」

「なに、しがないボディーガードだったよ」

 

 この人がしがなかったら、ほとんどのボディーガードは商売あがったりなんじゃないだろうか。

 鮮やかに前提条件を覆されてしまったオレは、素直にマスターの指示に従うことにした。いつでもホール業務に戻れるようにエプロンをつけたまま、皆のところへ向かう。

 ちなみにブランはいつの間にかはやての隣に座っていた。休憩をごねたのはオレだけだったようだ。

 

「まーたあんたは妙なこと言って士郎さん困らせたの?」

「正当な理屈を述べただけだ。向こうの方が一枚上手だったがな」

「ミコちゃんを素直に従わせるとは。やるな、士郎さん」

「まー考えてみりゃ、あの恭也さんのお父さんなんだよねぇ。ただ者なわけがないか」

 

 アルフの言う通りである。恭也さんの話によれば、「俺はまだまだ父さんには敵わない」そうだからな。あの人外剣士が、である。

 

「今、エール君ともやしさんのお話を聞いてたの。他の召喚体の皆と違って、普段から一緒にいるわけじゃないでしょ? あんまり話したことないから」

 

 月村の言。エールともやしがあんまりにも頼み込むものだから、オレは彼らを顕現させておいたのだ。この辺の人達は不思議耐性が高いのか、しゃべる鳥剣としゃべるもやしに特段の注目をしなかった。

 

『せっかくの機会だから、ミコトちゃんについてあることないことしゃべっておいたよ』

「おしゃべりが。その調子では、信憑性の薄いことしか話せていないだろうな」

『ご安心を、女王様。彼奴めが余計なことをしゃべらぬよう、我が目を光らせておりました故』

 

 融通が利かない代わりに優秀なやつだよ、もやしは。さすがは万能食材を素体とした召喚体だ。

 

「そのヘアピンって、二年前にはやてちゃんが誕生日プレゼントで贈ったやつなんだってね。二人ともお揃いだから、ずっと気になってたんだー」

 

 高町姉が言うのは、オレとはやての前髪左側を止めているバッテン印の髪留めのことだ。オレとはやての宝物でもある。

 何となし、オレもはやてもそれぞれの髪留めに触れる。同じことを思ったかは分からないが、同じ行動を取ることを思ったようだ。

 

『毎朝起きたらお互いに付け合ってるんだよー。二人とも可愛いよね!』

「え、つまり二人は一緒のベッドで寝てるってこと!?」

 

 月村の目つきが野獣のように鋭くなった。その通りなんだが、君は何を想像した。顔は赤いし鼻息も荒いぞ。

 

「はやては足が悪いから、誰かが付き添っていなければならない。オレは八神家の古株なんだから、当然の論理だろう」

 

 もちろんオレとはやて自身がそうしたいからというのもあるが、それは言及しない。弄られても面白くない。

 まるで取り乱さないオレを見て、月村がつまらなさそうに引っ込んだ。……もしかしてこの子、同性愛の気でもあるのだろうか? ちょっと身の危険を感じた方がいいんだろうか。

 

『またまた、素直に言っちゃえばいいのに。ミコトちゃんとはやてちゃんだって、一緒に寝るのが好きだからそうしてるんでしょ?』

「……ッ!」

「月村、座ってなさい。それでも、最初は付き添いのためだった。なら、余計なことは言わなくてもいいだろう」

「わたしは最初からミコちゃんと一緒に寝たかっただけやけどなー」

「やっぱり二人はッ!」

「月村、座ってろ」

 

 人が話題を流そうとしているのに、エールだけでなくはやてまで食いつく始末。なのはとバニングス、高町姉は、何を想像したか顔を赤くしている。

 

「えっと……やっぱりってことは、やっぱり二人はそういう関係なの?」

「月村の妄想だ。邪推はよしてもらおうか、高町姉」

「美由希おねえちゃんって呼んでよー」

「『やめてよ、美由希おねえちゃん。私だって傷つくんだよ』」

 

 ゾワッと総毛立った様子の皆様方。この場に男性がいなくてよかっ……あ、エールともやしのこと忘れてた。

 

『あばばばばばばば!!?』

『ぐふっ。我が生涯に、悔い、なし……』

「ふ、二人が大変なことにー!? 誰かもやしさんの手当て……どう手当てすればいいの!?」

「ふぅちゃん、落ち着き。この二人なら大丈夫や。……多分」

「多分なの!?」

 

 うん、多分大丈夫だろう。召喚体だし。

 

「頭は冷えたか、月村、高町姉」

「あはは……肝も冷えたよ」

「ほんとどうなってんの、これ。まだ鳥肌が……」

 

 女言葉が死ぬほど似合わないんだよ。悪かったな。

 ともあれ、若干オレの精神にダメージを与えながらも、話題を流すことには成功した。

 

 

 

 はずだった。

 

「ソワレ、ミコトママとはやてママ、いっしょにねるの、すき。おやすみのチュー、してくれる」

 

 まさかの愛娘からの燃料投下である。沈静化したはずの空気が、一気に再燃するのを感じた。間違いなく感じ取った。

 最初に点火したのは、フェイト。

 

「そ、ソワレ! それほんと!? ほんとにミコトママにお休みのチューしてもらったの!?」

「……フェイト、めがこわい」

「じゅうようなことだよ、ソワレ! どこにしてもらったの!?」

 

 アリシアに延焼する。二人ともちょっと目が血走ってて、ソワレが涙目になっている。二人ともやめなさい。

 一度延焼すれば、燃え広がるのは速い。瞬く間に全員に熱が行き渡る。

 

「……おでこ」

「グハッ! ほっぺより破壊力あるわよ、これ! あざとすぎよ、ミコト!」

「バニングスよ、君が何を言ってるのか分からないし分かりたくない」

「待って! わたし、大変なことに気付いちゃったよ! それってつまり、ミコトちゃんとはやてちゃんもお休みのチューをしてるってことじゃない!?」

 

 月村ェ……どうしてそういう発想になった。いや実際してるけど、君のそれは飛躍しすぎだ。直感が凄いというレベルじゃないぞ。

 バッと、全員の視線がオレとはやてに注ぐ。非常に居心地が悪い。「たはー」と言いながら、はやてが後頭部をかいた。行動での自白である。

 ここにいるのは戦闘不能中のエールともやしを除いて、全員が年頃の女子。ボルテージは一気に最高潮へ。

 

「してるのっ!!?」

「うわー……うわー……」

「ど、何処なのはやて!? ほっぺなの!? おでこなの!!?」

「それともまさかのマウス・トゥ・マウス!!?」

 

 アリシア、正解。しかし如何にはやてとて、正直に言うはずが――

 

「シアちゃん正解ー」

 

 あった。はやてェ……何故言ったし。

 途端、黄色い歓声を上げる少女達。なのはは目を回して倒れ、バニングスと高町姉は顔を真っ赤にして縮こまり、月村を筆頭にフェイトとアリシアは目を血走らせてさらに情報を得ようとする。これ以上の情報はないよ。

 店内でこれ以上騒がしくするのはまずいと思うんだが。オレは視線で、マスターに助けを求めた。

 マスターは……これ以上ない最高の笑顔で、サムズアップをした。解せぬ。

 

 最終的に、オレ達の行為はあくまで親愛によるものであり、性的な意味合いは一切ないことを、誤解のないように明確にしておいた。

 一部(月村とバニングスと高町姉)が残念そうな顔をしていたが、オレ達はあくまでノーマルなのだ。そっちの目で見ないでいただきたい。

 

 

 

 

 

 とりあえずのところ、ブランのバイトとオレの"お手伝い"は、滞りなく……あの一件以外は滞りなく終了し、マスターより「次回からもよろしく」とお墨付きをいただいた。

 八神家の財政難はまだ続いているが、何とか立て直しのきっかけぐらいはつかめたように思う。

 ……なお、今後はアリシアとフェイトにも、寝る前にお休みのキスをすることになった。アリシアは積極的にほっぺを、フェイトは控えめにおでこを所望してきた。

 これも、母親の努めなんだろう。多分。恐らく。そこはかとなく。




八神家財政テコ入れの回。一応十七話終了時点では改善されていたことになります。まだ火の車には違いないけど。グレアムおじさんからの仕送りは常識的な額にしました。映画版では両親の遺産切り崩しだったらしいし、このぐらいいいよね。
これで今後ミコトとブランを高町家+聖祥メンバーと絡ませやすくなりましたね。やったぜ。
というか、ミコトは主人公だからいいとして、ブランがハウスキーピングメインのせいでほんと出番が……一応戦えるのに。

翠屋チーフスタッフルートのフラグが立ちました。まあミコトなら小学生の現在でも普通に出来ちゃいそうですよね。指揮官的な意味で。
ちなみにミコトに対するお客さんの反応は上々なようです。仏頂面と固いしゃべりで面食らうけど、対応自体は柔軟なのでさほど問題ないのでしょう。
そもそも彼らは恭也さんの接客も受けてるでしょうから、耐性はあるはずです。恭也さんも美形仏頂面キャラなので。

最後の方は以前のなのはの独白からしていつかはやらなきゃいけなかったことなので、勢いに任せてやっちゃいました。成し遂げたぜ(キメ顔)



無印終了時点での八神家(一部)



氏名:八幡ミコト
性別:女
年齢:8歳(小学3年生)
誕生日:12月24日(正確な日付は不明)
利き腕:左
身長:ちっちゃめ(クラスの女子で前から三番目)
体重:軽い
容姿:黒髪ロング、ぱっちりお目め、純和風オレっ子美少女(仏頂面常備)
服装:白系または黒系を好み、上はカジュアル、下はロングスカート。最近はあまりズボンをはかない
性格:一見すればクール、実際はホット、最近感情が発達してきたおかげで表情が増えた
所属:市立海鳴第二小学校3年2組、出席番号15番
好きなもの:家族(特にはやて)、内職、節約、もやし
嫌いなもの:過剰な贅沢(少しの贅沢なら許容するようになった)、貸し借りのバランスが崩れること
大事なもの:家族、友達になろうとしてくれる人々、はやてからもらったバッテン印の髪留め、クラスメイトからもらった安物の腕時計
特記:元孤児、八幡ミツ子の養子、現在は八神邸に居住
ポジション:八神家のママ
象徴的な台詞:「これはお前自身が招いた、悪因悪果だ」

技能:
「プリセット」(あらゆる普遍法則等のストレージ)
「確定事象のトレース」(高精度なシミュレーションとその実行動トレース)
「コマンド」(命令文を通じた事象への干渉、ミコトにしか使えない創作魔法。別名多数)
「召喚体」(コマンドを用いて受肉した事象・概念を生み出すことが出来る)

本作の主人公。オレっ子。女言葉を使わないのは、絶望的に似合わないせいで周囲のSAN値を下げてしまうから。特に異性相手だと直葬してしまうレベル。
(メタ的には最初のどんでん返しのため。なのはは犠牲になったのだ……)
別に男っぽい性格というわけではなく、中身は女の子そのもの。ただ、元々の人格形成が通常とは異なる道筋をたどっているため、普通の女の子とは言えない。ナチュラルに不思議ちゃん。
まだまだ異性というものを気にしていないため、女の子らしさには無頓着。それでも「自身は女の子である」という自覚はあるため、男扱いされれば凹むし、男に裸を見られたら恥ずかしいと感じる。
目的のためなら一切の容赦をせず、また自分本位であると認めており周囲を振り回す。その結果が何故か周囲にとって評価されるものとなり、いつの間にかリーダー扱いされていることもしばしば。
現在、ユーノ・スクライアから好意を寄せられており、本人もそのことに気付いている。だが、彼のヘタレっぷり、また本人が異性として見る感覚を知らないため、全く相手にしていないのが実情。
クロノ・ハラオウンとは波長が合うと感じているが、お互いに理性が強すぎるため事務的な関係で割り切ってしまっている。プライベートでの関係を持てれば、最低でも親友までは行けることだろう。
もっとも、現在の彼女にとって一番大事なものは「相方」のはやてであり、その次には家族が来るので、男関係に目を向けるのはまだまだ先のことになりそうだ。
はやてからは「ミコちゃん」と呼ばれている。イントネーションは「ミコちゃん↓」ではなく「ミコちゃん↑」。



氏名:八神はやて
性別:女
年齢:8歳(小学3年生)
誕生日:6月4日
利き腕:右
身長:平均的(車椅子に乗っているため普段の視点はミコトよりも低い)
体重:比較的軽い(運動が出来ないため筋肉が少ない)
容姿:明るい茶髪でショートカット、親しみが持てる表情豊かな美少女
服装:暖色系を好み、上はカジュアル、下はショートスカートと黒ストッキング
性格:凄まじい包容力を持つ明るい女の子、非常に面倒見がいい
所属:市立海鳴第二小学校3年2組、出席番号16番
好きなもの:家族(特にミコト)、家事、友達、もやし
嫌いなもの:孤独(最近は無縁)、上っ面だけの人間(レッテル貼りが嫌い)
大事なもの:家族、ミコトとお揃いのバッテン印の髪留め
特記:ギル・グレアムに後見してもらっている孤児、足が麻痺しており車椅子を使用、八幡姉妹及び召喚体達と同居中
ポジション:八神家のオカン
象徴的な台詞:「そんなんお母ちゃんは許しません!」

技能:全て未覚醒

本作のメインヒロイン。自他ともに認めるミコトの「相方」。ミコトが可愛すぎるせいでミコト限定キス魔になりつつある。恋愛感情は今のところない。
ジュエルシード事件では、関係者たちの寄合所として八神邸を提供し、ご飯も振る舞ったりしていた。関係者ではないが、最も関係者に近い場所にいた。
物語の本筋における今のところの立ち位置は、海鳴二小5人娘と似たり寄ったりだが、ミコトの行動理由ともなっているため、重要度は高い。
彼女の車椅子を押すのは、基本的にはミコトの仕事。ミコトが近くにいなかったりする場合は、ブランが押してくれている。必然的にブランと過ごす時間が長い。
ミコトがママであるのに対し、はやてはオカンである。二人の娘(的ポジション)であるソワレからは「はやてママ」とも呼ばれる。
強い女の子ではあるが、歳相応な面も持っており、ミコトの前ではお互いにそんな面が前面に出る。お互いに弱音を吐きだし、受け止めあえる絆を持っている。
同性愛者ではないが、ブランの母性溢るる一点を弄るのが楽しくて仕方がないらしい。そのたびにミコトが自身の貧しい胸(8歳なので仕方がない)を見て凹んでいることを、知っててやっている。「ミコちゃん可愛い」



氏名:フェイト・T・八幡
性別:女
年齢:暫定8歳(小学3年生) ※生まれたときからある程度の肉体年齢を持っていたため、実際の年齢はもっと低い
誕生日:5月5日(八幡家に引き取られた日を誕生日としている。ミコトより早いが、それでも彼女の方が妹である)
利き腕:右
身長:少し高め(はやてよりは高い)
体重:少し軽い(スレンダー体型のため)
容姿:鮮やかな金髪をツインテールにしている。優しげな目、ミコトと同レベルの西洋系美少女
服装:黒系を好み、上はゴシック系、下はショートスカートとニーソックス
性格:大人しく非常に優しいいい子、若干人見知りの気はあるが周囲の人達のおかげで改善されている
所属:市立海鳴第二小学校3年2組、出席番号18番(転校生なので最後尾に追加)
好きなもの:家族(特にアルフ)、なのは、運動、魔法論
嫌いなもの:痛い事や辛い事や悲しい事、びっくりする事や怖い事(ジャパニーズホラーは大の苦手)
大事なもの:家族、バルディッシュ
特記:アリシア・テスタロッサのクローン体、八幡ミツ子の養子、電気の変換資質を持つミッド式魔導師、八神邸在住
ポジション:八神家の長女
象徴的な台詞:「話し合いましょう」

技能:
「ミッド式魔法」(管理世界で一般的に使用されている魔法技術)
「電気変換資質」(魔力を電気の性質に変換する能力)
「近接魔法戦」(近接攻撃を主体とした魔法戦闘を得意とする)

ジュエルシード事件後に八幡ミツ子の養子となり、八神家の家族となった女の子。ミコトの存在により、原作とは非常に異なる流れを辿ることとなった。
ミコトのことは「ミコト」「ミコトおねえちゃん」「ミコトママ」と状況に応じて呼び方を変える。ミコトママと呼ぶのは主に甘えているときである。
プレシアとしっかりとした形でお別れをすることが出来たため、ちゃんと吹っ切ることが出来た。ある意味ミコトよりも引きずっていない。それでも寂しくなったときは、ミコトママの抱っこを(控えめに)おねだりする。
ミコトに対しては「ママ」であるが、はやてに対しては「オカン」または「友達」という感覚を持っている。
アリシアという妹が出来たことで、自分もしっかりしなきゃと思っているが、実は天然な部分が多々あるため、そのやる気は割と空回りしている。
海鳴二小3年2組の二大美少女(美少女姉妹とも)として、転校して日が浅いにも関わらず、既に有名人である。同じクラスの男子は歓喜し、他クラスの男子は地団駄を踏んでいる。
はやて及び5人衆も美少女や可愛い女の子だったりするのだが、ミコトとフェイトのレベルが高過ぎるために、若干影が薄くなっている。それでもファンはいるが。
親しい人達から「ふぅちゃん」と呼ばれる。これは現在のクラスメイトである田井中いちこが付けたあだ名で、本人は恥ずかしがっているが、それでも気に入ってはいるらしい。



氏名:アリシア・T・八幡
性別:女
年齢:5歳(実際は生まれ直しのため0歳である)
誕生日:5月5日(八幡家に引き取られた日を誕生日としている)
利き腕:左
身長:ちっちゃい
体重:軽い
容姿:鮮やかな金髪をツインテールにしている。一目で快活な少女と分かる目つき、基本的にはフェイトと同じ容姿(但し歳の分幼い)
服装:暖色系を好み、カジュアルなシャツとショートパンツ・ハーフパンツを着用。たまにスカートもはく
性格:天真爛漫、人に対して物怖じしない、それでいてバカっぽくない
所属:なし(自宅学習中)
好きなもの:家族(特にフェイト)、ミコトママの抱っこ、科学、甘い物
嫌いなもの:家族が傷つくこと、退屈
大事なもの:家族
特記:八幡ミコトによって生み出された"命の召喚体"(完全にアリシア本人を再現している)、八幡ミツ子の養子、八神邸在住
ポジション:八神家の三女
象徴的な台詞:「なかまはずれはいやだけど、ミコトママにだっこしてもらうのはすき」

技能:特になし

ジュエルシード事件の際、プレシアの心を救うために生み出された"命の召喚体"。アリシア本人の連続性が途絶えているため、本来は異なる精神となるはずだったが、何故か完全にアリシアのものになっている。
受肉した概念ではあるものの、そのあり方は人間と同一。成長だってするし、飲食も必須。基礎状態に戻すことは出来ず、召喚体としての能力は一切持たない。
唯一違う点と言えば、怪我をした際の回復力や病気に対する免疫力が、普通の人よりも圧倒的に高いこと。これは、彼女の体を成す「命」の概念がジュエルシードの有り余る力で強く働くためである。不死ではない。
まさに「アリシア・テスタロッサそのもの」であることを理由に生み出されている。
肉体年齢は亡くなった当時のままであり、フェイト達と一緒に学校に通うことが出来ない。それが現在一番の不満。
知能は召喚体云々関係なしに非常に高く、これは天才と称された母・プレシア譲り。魔法の力は一切持たないが、知性に関してはフェイトをはるかに凌いでいる。
利き腕がミコトと一緒であり、フェイトにちょっと嫉妬されている。そのための左手?
さりげなく5人衆の一人・田中遥と仲良くなっており、いつか自分達の手でオリジナルデバイスを作り出す野望を持っている。
フェイトが「ふぅちゃん」と呼ばれているのを羨ましがり、はやてに「シアちゃん」というニックネームを付けてもらった。親しい人達からはそう呼ばれている。



氏名:ソワレ
性別:女
年齢:0歳(外見年齢は5歳相当)
誕生日:4月17日
利き腕:右
身長:ちっちゃい
体重:軽い
容姿:ミコトをちっちゃくした感じ、目はいつも眠たげ
服装:黒のワンピース(時々ゴスロリになったりする)
性格:人見知りが激しく、甘えん坊
所属:なし(アリシアの付き添い)
好きなもの:家族(特にミコトとはやて)、ミコトママのおっぱい、はやてママのハグ
嫌いなもの:怖い人、ミコトとはやてを困らせる人
大事なもの:家族
特記:八幡ミコトによって生み出された"夜の召喚体"で姿を変えることができる(基本は上述の容姿)、八神邸に在住
ポジション:八神家の次女
代表的な台詞:「ミコト、ミコト。ソワレ、おっぱいほしい」

技能:
「バール・ノクテュルヌ」(「夜想曲の弾丸」、「夜」を押し固めた弾を発射する直射連弾)
「リドー・ノワール」(「黒のカーテン」、「夜」をカーテン状にして攻撃を受け流す防御技、あまり頑丈ではない)
「ピエス・ソンブル」(「暗い部屋」、水中等で大気中と同様の動きを可能とするフィールド、一定時間しかもたない)
「エルソワール」(「宵の翼」、エールの風を受けて空を飛ぶためのもの、ソワレ自身は飛行時の姿勢制御を担当)
「ル・クルセイユ・エクスプロージオン」(「爆発する棺」、対象の周辺を球状の「夜」で包み、爆発するほどの威力で圧縮する最強技、ため時間が長く、座標の変更が出来ない)

まだフェイトと対立していたとき、ミコトが自身の戦力を強化する目的で生み出した召喚体。現在ではミコトとはやての娘として、八神家の次女の立場にある。
彼女にとって妹は"理の召喚体"ミステールとアリシア。但し、ミステール自身はミコトの娘というより、エールの直系(つまりもう一人の相棒)という認識をしている。
「ミコトとはやてとお揃いじゃなくなるからやだ」という理由で基礎状態に戻ることを拒んでいる。その拒みっぷりは、「コマンド」で命令しても受け付けないほど。
なので作中で基礎状態が描写されることはないが、一応黒のジュエルシードに「Soirée」と刻印がされたものである。ソワレとはフランス語で「宵」を表す。ボン・ソワレのソワレ。
妹二人とペットが出来たことで甘えん坊が少しだけ緩和され、常にミコトにべったりじゃなくても大丈夫になった。が、根本的なところは変わらず、二人の寝床に忍び込んではミコトのおっぱいを(勝手に)吸う。
ミコトが生み出した召喚体の中では(戦闘経験もあいまって)最強の戦力であるが、単独での戦闘行動は不可。心細すぎて満足に思考が働かなくなるためである。



身長比べ(小さい順)

アリシア・T・八幡≒ソワレ(110cm未満)
ミステール
亜久里幸子
八幡ミコト
伊藤睦月
高町なのは
八神はやて≒田中遥
ユーノ・スクライア≒藤原凱
フェイト・T・八幡≒田井中いちこ
クロノ・ハラオウン
矢島晶(145cm程度)
ブラン
アルフ(人型)
高町恭也(175~180cm程度)


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十九話 魔法

十七話後の話です。ミステール強化回、兼おさらい的なお話。

2016/10/10 誤字報告を受けたので修正。
肝に命じておけ→肝に銘じておけ この辺って旅先で古いPCで書いたから実は誤変換多そう(変換未学習)


 ある日の夜8時の定時念話にて、なのはが尋ねてきた。

 

≪そういえば、ミステールちゃんって念話以外の魔法使えないの?≫

 

 彼女が新しく覚えた「ディバインシューター」という誘導制御魔法の話を終えた後に、ふと気になったらしい。事件は終わったが、ユーノとの約束通り、魔法の訓練は続けているようだ。

 正確に言えば、ミステールの念話は魔法――彼女達が使う「ミッド式」と呼ばれるものではない。同様の因果を組み、念話という「結果」を引き起こしているだけだ。ある意味魔法よりも"魔法"らしいか。

 何せ魔導師のみという制約はないし、中継も可能で共有も出来る。ミッド式の念話では、参加する全ての個人間で相互に回線を繋がなければならず、あそこまで簡単に電話会議のようなことは出来ないそうだ。

 だが、ミッド式魔法を基にしていることは間違いなく、なのはの疑問はもっともなところだろう。

 

≪やろうと思えば出来るだろうが、出来たとしてもそもそも非効率だから今は覚えさせていない≫

≪わらわは機械ではないから、デバイスのような高速な処理は出来んからのう。お主がデバイスなしで魔法を使うよりさらに遅い。プログラムそのままでは、わらわには使えんのでな≫

 

 内職をするオレの横で狐の姿となったミステールが、中継のみでなく念話に参加する。翠屋の一件で収入は増えただろうが、内職を辞める必然性はない。マスターとの約束は、やりすぎないというだけだ。

 ミステールの答えに、なのはからはよく分かっていない空気が返って来る。……この、念話なのに雰囲気だけを返すというのはどうやっているのだろうか。オレにも出来るのか?

 

≪どうやら君はデバイスというものを勘違いしているようだが、あれらは「魔法プログラムの処理に特化した機械」だ。レイジングハートやバルディッシュは会話出来るAIを持っているが、本質的には機械だということだ≫

≪それに対して、わらわは装備型が基本であるものの、本質は生物に近い。長兄殿もわらわも、デバイスと比べて感情表現が豊かじゃろ?≫

≪えーっと、つまり、ミステールちゃんは魔法プログラム以外にも色々と考えてるから、素早い魔法行使は出来ないってこと?≫

 

 感覚的に言ってしまえばそういうことなのだろう。最低限のコミュニケーションと魔法以外の処理系を持たないデバイスと、一個の存在として在るミステール達では、処理速度が違うのだ。

 

≪語弊が生じるのを承知で言えば、わらわは「装備出来る魔導師」じゃよ。わらわをデバイスとして主殿が魔法を使うのではなく、わらわ自身が使っているのじゃ≫

≪あ、そっか! ミコトちゃんは魔導師じゃないんだもんね。魔導師よりも魔法使いっぽいから、すっかり忘れてたよ≫

 

 ……。まあ、ミッド式の魔法は科学の形の一つであり、それに比べればオカルトを紐解いて組み上げた「コマンド」の方が、より"魔法"らしくはあるだろうな。

 だがまあ、そういうことだ。ミステールは「因果を用いて魔法をエミュレートしている」だけだが、オレよりはよほど魔導師に近いだろう。

 

≪んー。けど、使えないってわけじゃないんなら、覚えてみないの?≫

 

 そして話がループする。最初に言ったはずだ、非効率だから覚えさせていないと。

 

≪再三になるが、ミステールの役割ははやての足の完治だ。"真の召喚体"の作成に失敗した今、彼女にはそれにつながる情報収集を優先させたい≫

≪とはいえ、手がかり自体が少なすぎて二進も三進も行かぬがのう、呵呵っ≫

 

 笑いごとじゃない。いや、笑うしかないというやつか。オレ達が学校に行っている間にアリシアの図書カードで大量に本を借りては調査をしているらしいが、そう簡単に行くものではない。

 そもそもミステールは、前述の通り処理速度が速いわけではない。その辺の人よりはいいだろうが、せいぜいが優秀程度だ。

 つまり、一冊読み終わるまでの時間が結構かかるのだ。これでは効率も上がらない。本人は楽しんでやっているようだが(創造理念が「知の探究」であるため)。

 

≪じゃあ、調査の息抜きで魔法を覚えてみようよ! 簡単な魔法だったら、レイジングハートが教えられるし!≫

 

 名案とばかりに念話ではしゃぐなのは。やけに魔法習得を推してくるな。

 

≪大方、魔法関連で自分が一番後輩で出遅れているから、たまには教える側に回ってみたいんだろうが≫

≪う゛っ!? や、やだなぁミコトちゃん。なのはは、ただそういうのもいいかなーって、思っただけだよ?≫

 

 念話で狼狽えてる時点で隠す気がないだろうに。もしそうだとしても、八神家にはフェイトがおり、つまりはバルディッシュから教えてもらえる。なのはに頼る必要はない。

 そう正論を言って、意地悪をしてやってもいいのだが……。

 

≪……まあ、たまにはそうやって、脇道に逸れるのもいいかもしれないな≫

 

 バラの造花を段ボール箱に入れながら、そう念話を返す。オレにしては珍しい譲歩だったかもしれない。

 ……「ジュエルシード事件」を通して、オレの精神にも変化があった。ソワレ、フェイトとアリシアの「ママ」となり、他者に向ける意識が少しだけ変わったのだ。

 きっと今のオレは、あの狂おしくも素晴らしい「母親」が娘を託した女として、恥ずかしくない人間になりたいと思っているのだろう。

 オレの返答に、念話を通じてなのはからパッと輝いた空気が返ってくる。ミステールは、こちらを見上げてニヤニヤしていた。

 

「これはこれは。主殿にしては、大人な対応じゃのう」

「オレはいつだってそうしている。それに、覚えて無駄になるものでもないのは確かだ」

「呵呵っ、そういうことにしておいてやろうか」

 

 ミステールは生まれて日が浅いとはいえ、オレが生み出した"理の召喚体"。オレの内面の変化ぐらい、ちゃんと感じ取っているのだろう。

 だからオレは「やかましい」と一言返し、なのはと詳細を決めることにした。

 

≪それでは、明後日の放課後あたりに教導をお願いしよう。一応君がメインだが、念のためにフェイトも連れて行く。それでいいか?≫

≪ふぅちゃんが来るの!? うん、大丈夫! なのは、ふぅちゃんも大好き!≫

 

 それは聞いてない。まあ、君が家族友人皆のことが大好きな人間であることは、オレも知っているがな。但し変態は除く。

 かくして、ミステール強化の段取りが大決定したのである。

 

 

 

 

 

 そうして約束の日、オレ達は公園に来ていた。近所の子供たちから「クスノキ公園」と呼ばれる、大きなクスノキがある公園。オレとなのはが初めて出会った、あの公園だ。

 ここは町中の公園にしては大きく、オレも「コマンド」を作り上げるときにたびたび使用していた。おかげでここでは多少不思議なことがあっても近所の目は気にしないでくれる。

 が、まあ魔導師もいることだ。結界という人目を避ける手段が存在するのだから、普通に張ってお勉強である。

 参加者は、オレとミステール、なのはとフェイト、オレの付き添いでソワレ(合体済)。……そして、どこからかぎつけたか、変態がいた。オレ達から彼に警戒の視線が飛んでいる。

 

「いやせっかく魔法の訓練するってんなら、俺も参加したっていいじゃん? 俺だって魔導師としてはペーペーなんだし」

 

 「それに結界だって張れるしー」と言う変態。……確かに、この結界を張ったのはこの変態だ。デバイスもなしに非常にスムーズな魔法行使であり、フェイトをして目を丸くさせた。

 だが、変態だ。オレに踏まれて喜ぶ変態だ。女子に対する挨拶が「今日のパンツ何色?」だ。身の危険がないことは分かっているが(彼はヘタレなので)、それでも警戒心を失くすわけにはいかない。

 

「……妙なことをしたら、フェイトにバインドで縛らせた上でなのはにスターライトブレイカーを撃たせる。お前はそれぐらいでないと足りん。肝に銘じておけ」

「うわぁい信頼が痛いや。ほら、今回は真面目モードだって! おふざけに付き合ってくれるユーノは帰っちゃったんだから、魔法訓練ぐらい真面目にやるって!」

 

 どうだかな。それはつまり、なのはが突っ込みを発動させたらふざけるという意味だろう。少なくとも、制裁方法を考えておいて損はないはずだ。

 ……藤原凱の取り扱いにくい点だ。何処まで真面目で、どこまでおふざけなのかが分からない。真面目だったと思ったらいきなりふざけるし、ふざけてると思ったら実は真面目だったりする。基準があいまいなのだ。

 なのでオレは、基本的には変態として扱い、本気で真面目になっているときだけ真面目モードとして対処することにしている。他も大体似たり寄ったりだろう。

 

「ソワレに「爆発する棺」を撃たせないだけマシだと思え」

「いや、アレ喰らったら普通に死ぬよね? "非殺傷"とかないよね、アレ」

 

 非殺傷。ミッド式の魔法に存在する、「相手の魔力等に直接ダメージを与えて、肉体にダメージを残さない攻撃方法」のことだ。この一点に関しては、「コマンド」よりもはるかに優れていると言えるだろう。

 当たり前だが、「コマンド」で操作した事象は物理現象であることには変わりなく、ミッド式の非殺傷のような上品な使い方は出来ない。せいぜいが威力のコントロールで傷をつけないようにするのが関の山だ。

 そういう意味では、荒事の際に「敵対者を出来るだけ傷つけずに撃退する」などという作戦条件が発生した場合、ミステールが彼らの魔法をエミュレート出来ると非常に有用であることは事実だ。

 とはいえ、それも完全解ではない。たとえば飛行中に非殺傷で攻撃し、相手が気絶したとしよう。この場合、落下によるダメージは無視できず、最悪の場合は死に至ることも考えられる。

 どんなに安全策を講じても、最後に結果を生み出すのは使用者であるということだ。閑話休題。

 

「……お前の場合、アレでも普通に生きているんじゃないかと思ってしまう。あのあれ並の生命力だろう」

「そんなこと言ったらあのあれに失礼だろ!」

 

 自分で言うのか。やっぱりお前、おふざけモードだろう。指摘してやると、変態はヘラヘラと笑った。

 まあ、いい。本当に我慢できなくなったら、さっき言ったとおりの指示を出せばいいのだ。なのはは何故かオレの指示には疑問なく従うからな。

 

「それではなのは、ミステールに魔法を教えてやってくれ。内容は……ラウンドシールド辺りが一番簡単か?」

「ううん。ラウンドシールドは意外と処理することが多いから、最初の魔法には向かないよ。防御だったらプロテクション、攻撃だったらシュートバレット辺りが最適かな」

 

 フェイトが補助に入って教えてくれる。イメージ的に全方位防御のプロテクションの方が難しいと思ったのだが、周囲に展開するだけだからそうでもないらしい。強度を維持するとなったら話は別のようだが。

 

「ではプロテクションだな。先の事件でも、防御に懸念点が多かった。魔法に関しては、ミステールはユーノと同じタイプを目標とするのがいいだろう」

「えー。せっかくだし射撃魔法にしない?」

 

 射撃砲撃バカが何か言っている。彼女としては、自分の一番得意な分野で大きな顔をしたいのだろう。

 だが、荒事となった際、ミステールが単独で行動することはまずない。本来の姿に戻り、オレとともに行動することになる。そうなれば、攻撃はソワレに任せるので十分だ。

 それに、防御・補助タイプなら、荒事にならずとも活躍できる。ミステールの目的は目的として、彼女の活躍の場を広げてやるのは、何も間違ってはいないはずだ。

 

「君もユーノが誇れる立派な魔導師を目指すならば、攻撃一辺倒はどうかと思うぞ。それでは脳筋と言われても仕方がない」

「うっ……、……今度エクスプロアを教えてね、ふぅちゃん」

「う、うん」

 

 ミステールの魔法習得講座のはずなのに、なのはの今後の学習要綱についての話になっていた。

 

 

 

 フェイトの言うとおり、プロテクションの習熟にはそれほどの時間を要さなかった。

 

「まーるかいてちょん、じゃ!」

 

 ミステールが指先をピッと横に振ると、アメジスト色の球体が彼女を覆った。近寄って手で触れてみたところ、かなりの硬度があるように感じる。少なくともオレでは素手で突破するのは無理だ。

 

「ふむ。割とあっさりだったな。以前調子に乗って念話に続いてラウンドシールドを習得しようとして、あっさり諦めたのが嘘のようだ」

「見た目あっちの方が簡単そうじゃと思っとったが、ありゃ中級者用じゃな。こちらなら難なく理解できたぞ」

「ラウンドシールドは、魔力壁を一方向に収束させることで防御力を高めてるからね。使用判断に加えてその辺りの制御も必要になるから、簡単そうに見えて実戦で使うとなるとかなり難しいんだよ」

 

 事実、フェイトはシールドを張る際はプロテクションかディフェンサー(表面が滑らかなプロテクションと言ったところか)を使用するそうだ。ラウンドシールドも使えるが、実用には耐えないらしい。

 ……そう考えると、ユーノはまあ分かるとして、この変態は変態のくせに防御魔導師としては本当に天才と言えるのだろう。変態のくせに。

 

「そっかなぁ? 俺はどっちも難しさは大差ないと思うけど」

「それはキミがシールドに関してだけは異様に制御が上手いからだよ。シュートバレットも使えないのにオリジナルシールドを持ってるって、はっきり言って異常だよ?」

「おっ、かっこいい響き! 「異常の防壁」、藤原凱! なんかモテそうじゃね?」

「錯覚だ。将来的に思い出して身悶えするだけの二つ名だろう」

 

 というか、二つ名自体が将来的には過去の恥だろう。オレは遠慮したいものだ。

 

「あうぅー……」

「そして教えると言って息巻いていたなのはは、あっさり習得されて涙目、と。君はシールドはプロテクションしか使えないのか?」

「うう、必要になる場面がなかったから……」

 

 それもそうか。シールドに関しては分厚い二枚がいたし、接敵される前に恭也さんが叩いてくれたし。そもそも本格的な戦闘と言ったら、フェイトとの一戦だけしかなかったな。

 防壁はプロテクションのみ。移動はフライヤーフィンのみ。補助はなし。そして攻撃はシュートバレット、ディバインシューター、ディバインバスター、スターライトブレイカーと勢ぞろい。

 

「やっぱり脳筋じゃないか」

「酷いよ、ミコトちゃん! けどこの有様じゃ否定できないー……」

「だ、大丈夫だよなのは! わたしがちゃんと教えるから!」

「うぅぅ、ふぅちゃーん!」

 

 涙目になり、フェイトに抱きつき慰められるなのは。そういえばバニングスが言ってたな。彼女の昔のあだ名は「泣き虫なのは」だと。それは、彼女が優しい心を持つ故なのだろう。

 ……それなら、脳筋でも釣り合いは取れているのかもな。魔法が攻撃に傾倒していても、心根がそれの乱用を許さない。そもそも彼女は戦場に立つべき人間ではないのだろう。

 自衛手段としては物騒ではあるが、そう考えるのが収まりがよさそうだ。

 さて……それではミステールには、本領を発揮してもらおうか。

 

「ミステール。プロテクションの構成を変えてみろ」

「ふむ。如何様にしようか?」

「簡単なところで、風の防壁を作ってみろ。出来るだろう?」

「呵呵っ、わらわを誰の妹だと思うておる。"風の翼"の直系であるぞ?」

 

 だからこそ、だ。エールの後継者を自称するなら、風の操作ぐらい出来てもらわないとな。

 アメジストの防壁が消え、彼女の周りに気流が集まる。砂煙を上げるそれらは、ミステールを覆うように、乱気流の壁となって構築された。

 魔導師組から「おー」という感嘆の声。ミッド式の魔法では、こんなことは出来ないだろう。

 

「物理的な干渉力は下がっておるじゃろうが、弾く力はやや強めか。この程度なら長兄殿でも出来そうじゃな」

「ここまではっきりとした「シールド」は無理だろうがな。やはり素体の力の差が出ている」

 

 鳩の羽根とジュエルシードで張り合うのが間違いという説もある。

 次にミステールは、風の中にあるものを混ぜた。ドロリとした黒い何か。

 

『あ、「よる」』

「さすがは姉君、気付いたか」

 

 それは、ソワレの基本概念でもある「夜」そのものだ。彼女の力の行使を何度も見て、自分なりに因果を組んだようだ。思ったよりも応用力がある。これは、嬉しい誤算だな。

 最後に、魔力、夜、風の複合障壁を作り、ミステールはプロテクションを解除した。ギャラリーと化した魔導師勢からパチパチという拍手が起こり、彼女はうやうやしく一礼をした。

 

「ミステールちゃん、すっごぉい!」

「うん。こんなシールド、魔導師には絶対作れない。それに三重同時制御を難なくこなしてる。マルチタスクは得意なの?」

「あの思考を分割する魔法じゃな。わらわは因果さえ組み立てれば事象を引き起こせる故、定性的な魔法との相性は良いのじゃよ。最大で7本じゃ」

 

 そういえば、その辺のミステール本人に効果のある魔法に関して、オレはノータッチだったな。オレが介入してどうなるものでもなし。

 マルチタスク7本というのは、どうやら魔導師から見ると異常な量のようだ。フェイトが驚いて言葉を失った。

 

「確かマルチタスクは、ミッド式では必須とも言っていい技術だったな。……ふむ」

「? 何か妙案でも浮かんだかの、主殿」

 

 そうだな。発想の転換というか、どうしてもっと早く気付かなかった、というところだ。

 

「ミステール。君は今後、フェイトからミッド式を教われ。それが現状、はやての足のために出来る最大限のことだ」

「ほう、詳しく聞かせてもらおうか」

「はやての足が医学的に見て問題がないという話は、以前したな。だが、それはあくまで「この世界の医学」だ。管理世界の科学である魔法は含まれていない」

「……なるほど、そういうことか」

 

 そもそも「コマンド」を構築した理由というのが、「医学方面で問題が見つけられないから、"魔法"方面から調べてみる」だ。ミッド式だろうが、この世界からすれば"魔法"方面に違いはない。

 どの道手探りでしかないのだから、ミステールに適性のあるミッド式を習得させ、因果を組み替え、それではやての足を調査することが出来れば。

 

「図らずも新しい着想を得ることが出来た。なのは、感謝する。やはり、たまには寄り道をしてみるものだ」

「え、えっと? ……ふぅちゃん、なのは、なんでお礼を言われたの?」

「えー、っと、……わたしにもちょっとわかんない。自分達の中で完結しすぎだよ、おねえちゃん……」

 

 む、フェイトを置いてけぼりにしてしまったか。それはいけない、説明してやろう。

 

「つまり、なのはの突飛な行動に付き合うことで、はやての足の調査に新しい視点を持つことができたということだ」

「あ、なるほど。つまりこの国のことわざで言う、「犬も歩けば棒に当たる」だね」

 

 まさにその通り。フェイトもちゃんと勉強をしているようで、姉としても母としても鼻が高い。

 そしてやはり理解できていないなのは。彼女に分かるように説明する義理はさすがにない。苦笑している藤原凱に任せることにしよう。

 

「そういうわけで、ミステールの指導、頼んでもいいか?」

「うん、大丈夫。ミステールは飲み込みがいいし、教えがいがありそうだよ」

「呵呵っ、期待に沿えるよう努力させてもらおう」

「あ、なのはも! なのはも教えてください!」

「俺もバインドおせーてください! バインドなら多分できると思うから!」

 

 いつの間にか教官役が交代しているわけだが、闇夜のドレスとなっているソワレ含め、誰も突っ込みを入れることはなかった。

 

 

 

 次の習得内容は、バインド。魔力による枷で対象を捕縛し動きを封じる魔法だ。その中でも最も基本とされるリングバインドを、ミステール、なのは、藤原凱の三人が学ぶ。

 さすがにここでの脱落者は出なかったようだ。ただ、藤原凱のみ少し他の二人とバインドのやり方が違ったように思う。

 

「……多分だけど、ガイは全ての魔法を「シールドの延長」でしか構成できないんだと思う。射撃魔法が全く出来なかったのは、きっとそのせいだね」

 

 フェイトの分析。彼のリングバインドは、魔力を固めて空間に固定するのではなく、シールドをリング状にして動きを"防ぐ"というものだったらしい。

 なるほど、それならば確かに説明はつく。結界はプロテクションやディフェンサーの延長として扱っているのだろう。攻性の魔法でなければ、工夫次第でどうにかなるということだ。

 そしてこの説は正しかったのだろう、彼は「なるほど、そういうことだったのか」と納得していた。彼自身の感覚ともマッチしたのだろう。

 

「その分、シールドの制御はそれこそ息をするぐらい簡単に出来てしまうんだろうね」

「まー、ラウンドシールド程度ならひょいって感じで出来ちゃうからねぇ」

 

 言いながら、指先を「ひょいっ」と持ち上げて、赤紫色のラウンドシールドを構築する。デバイスを使用せずにこれである。ミステールの件から分かる通り、そこまで簡単な魔法ではないのだ。

 しかもそれだけにとどまらない。「あらほらさっさー」と言いながら、シールドの造形を変化させる。棒状にされ、曲げられ、端と端が繋がりリングとなる。先ほど見たリングバインドの完成だ。

 

「……なんか、理不尽なの」

「おうおう、なのはがそれを言いますかねぇ。俺からしたらお前の砲撃魔法とか、理不尽そのものだかんな?」

 

 持たざるものは持つものに羨望を抱くものだ。得意分野が全く別であるため、お互いにうらやましがっているようだ。

 ……この二人って、実は相性いいよな。藤原凱は変態だが、真面目なときは好感のもてる人格であろう。案外、数年後にはベストパートナーになってたりするんじゃないか?

 

「ただ、これだと「バインド」とは呼べないよね。なんだろう……あえて言うなら「バインドシールド」かな?」

「あれ、ひょっとして俺、新ジャンル開拓しちゃった? うわー、照れちゃうなー」

「うざいの」

 

 なのはの側も、彼に対してだけは一切の遠慮がない。それは……ある意味で特別なんじゃないかと思っていいだろうな。

 そんなことを考えていたもんだから、彼らを見る目が少し優しくなってしまっていたのかもしれない。

 

「……ミコトちゃんが俺たちのことを可哀想なものを見る目なんですが、それは」

「なのはも!? キミだけだよ、勝手に巻き込まないで!」

 

 おっと、いかんいかん。真面目に監修しなければ。

 

「ミステール、先ほどの三通りで構成しなおしてみろ。有用かどうかはともかく、因果を組み替える法則性は覚えておいて損はないはずだ」

「然り。そう思って既にやっておるぞ、主殿」

 

 なんとまあ、優秀な召喚体だ。彼女の目の前には、魔力、夜、風――はさすがに目視では分からないが、その三つで作られたバインドが展開されていた。

 他には、何かないだろうか。

 

「……触れたらバインドが発動するシールド、なんてものは作れるか?」

「ふむ、試してみるか」

 

 それからしばし、ミステールは試行錯誤する。途中、風のシールドに触れた途端爆風がおき、砂煙で全員涙目になったのはご愛嬌。

 そして、魔力で出来たプロテクションに小石が触れた瞬間、夜の鎖がそれを縛り上げるシールドが完成した。

 

「いけるな。魔力と魔力の対だけでなく、他の組み合わせでも十分可能じゃ。それぞれ別々に因果が存在しておるから、その間を結ぶだけじゃった」

「風のシールドから風のバインドだけはやめた方がよさそうだな。シールドからバインドに構成が変わる瞬間、構築が甘くなって爆発する」

「それを逆に利用する、という手はあるじゃろうが……主殿はそもそも戦いを想定しておらんものな」

「そういうことだ」

 

 やはりミステールとミッド式魔法の相性は非常にいい。魔法を覚えれば覚えるだけ、新しい因果を覚え、それの組み合わせを変える事で無数の選択肢を生み出すことが出来る。

 この選択は正解だったと、改めて思う。

 

「……あの二人が一番魔法使いしてるの」

「まー、ミコトちゃんは魔導師じゃなくて"魔法使い"だもんなぁ。むしろ当然じゃね?」

「……いいなぁ、ミステール。わたしも、おねえちゃんにアドバイスもらいたい……」

 

 何かフェイトが寂しそうにしていたので、手招きして抱きしめておいた。彼女はあうあう言いながらも嬉しそうだった。

 

 フェイトが使えるバインドはリングバインドだけではない。ライトニングバインドという、彼女の「電気変換資質」を最大限利用したものがある。

 ミッド式の魔法基盤では、魔力を炎熱・凍結・電気の三種類に変化させることが出来るそうだ。「プリセット」の中にはない知ということは、あくまで「変換技術」なのだろう。

 それが証拠に、これらは専用のプログラムを習得することで魔導師ならば誰にでも習得することが出来る(もちろん適性は必要だが)。そんな中で、フェイトはプログラムを行使せずに電気の性質を付加出来るのだ。

 恐らくはリンカーコア内に電気変換用のプログラムが最初から蓄積されているのだろう。「プリセット」の知を鑑みるに、それも十分にあり得るはずだ。リンカーコアはただの魔力蓄積器官ではないのだから。

 そういうわけで、ライトニングバインドはフェイトにとって「電気変換を付加しただけのリングバインド」だ。電気変換のプログラムを習得していないなのはと藤原凱に習得できるわけもなく。

 

「……なるほどのぅ。電気というのも、使い方次第では便利そうじゃな。これではただ危ないだけじゃが」

 

 因果を組み替えるだけで構成を変えられるミステールは、全くの別物を作り上げてしまった。

 ライトニングバインドは「バインドを構成する魔力に電気性質を付加したもの」であるが、今ミステールが作ったのは「電気そのもので作ったバインド」だ。はっきり言うが、触れたら感電死する。

 明らかにヤバそうな発光をするリング状の導電体。全員ドン引きしている。俺はミステールに指示を出して電気の光輪――言うなれば「イオンリング」か――を消滅させた。

 

「電気変換で生み出された魔力と自然エネルギーが別物であることが証明されたのう」

「まあ、当然だな。魔力は不可視物質。ニュートン力学系に影響を与えることは出来るが、基本的には別の系にある。あくまで「それらしい性質を持った魔力」ということなんだろう」

「あはは……これだけで論文一つ書けちゃいそうだね」

 

 オレとミステールの分析に、付いていけるフェイト、付いていけないなのは、付いていく気がないソワレ。藤原凱は……一部付いていけるようだ。

 

「そーいやミコトちゃん、魔力のこと最初から「不可視物質」って呼んでるよな。俺らは感覚的に魔力が分かるから、どーにもそのイメージがつかめないんだよ」

「逆にオレは魔力を感じられないから、イメージそのものでしか語れないんだが。……そうだな。お前は「ダークマター」という言葉を知っているか? 物理学的な意味で、だ」

 

 ダークマター。「暗黒物質」を意味する、ニュートン力学系からは観測不可能な質量体。全宇宙の9割以上を占める、オレ達が触れることの出来ない宇宙の多数派だ。

 彼らが魔力――正確には魔力要素の方だが、そう呼んでいるのはこのうちの一つだ。だから個人的には、「魔力」というよりは「魔素」または「魔子」ではないかと思うのだが。

 これらを操作し、ニュートン力学系に作用させるのがミッド式の魔法ということだ。

 

「また、だからこそ非殺傷攻撃なんていう真似が出来るんだろう。"魔法の系"のみで作用させれば、魔力のみへの攻撃という結果になるだろう」

「なるほどなー。っつかよくそんなこと知ってるな、ミコトちゃん。キミが普通の女の子じゃないってのは知ってるから、そこまで驚きはしないけど」

 

 たとえ力学系が違おうがなんだろうが、世界の普遍法則である以上「プリセット」にはストレージされている。法則だけでしかないから、彼らのような活用方法は出来ないが。

 

「ちなみに「コマンド」で魔力要素に干渉することだけならできるぞ。プログラムには出来ないから、はっきり言って無意味だが」

「そういう話なら、ミコトちゃんの場合むしろニュートン系?に直接干渉した方が早いだろうしな」

「そういうことだ」

「……むー! なのはだけ置いてけぼりなの! もっと分かりやすく話してよー!」

 

 話題に取り残されたなのはがむくれた。藤原凱が理解しているようだし、彼に説明を一任することにしよう。

 

「つまり、あれだよ。俺らの魔法は人工おっぱいで、ミコトちゃんのは天然おっぱいってことだ」

 

 なのはと一緒にぶん殴っておいた。何で最後まで真面目にやれないんだ、この変態は……ッ!

 

 

 

 時間的に最後なので、飛行魔法の習得に移る。なのはは習得済みなので、適当に空を飛んで練習させる。使えることと習熟していることは違うのだ。

 一方で、藤原凱はやはりと言うべきか、飛行魔法を発動させられる気配もない。全ての魔法がシールドの延長では、さすがに飛行は無理だろう。

 

「ぐぬぬ……諦め切れん!」

 

 だが彼としては自分の体で風を切って空を飛ぶことに憧れているらしく、往生際悪く試行錯誤している。今は足元にトランポリン状のシールドを出して高く跳躍しているところだ。あれはあれで有用だと思うが。

 ……ふむ、そういうことならば。

 

「飛行魔法ではないが、「空飛ぶシールド」を作って、その上に乗ればいいんじゃないか?」

「それだッ!!」

 

 着想を得れば、天才とは早いものだ。あっという間にプログラムを構築し、自在に動く楕円シールドを作り出し、それでもってなのはのところまで飛んでいった。

 

「にゃああ!? 空飛ぶサーファーなのっ!?」

「俺のことは「風乗り(エアライド)のガイ」と呼んでくれっ! ィイヤッフゥー、気ン持ちイィー!」

「あはは、楽しそうだね」

 

 自力で空を飛べてはしゃぐ少年の姿は、まさにオレ達と同い年の男の子だった。普段の変態性も、時折見せる真面目さもない、ただただ遊ぶことを楽しんでいる男の子だ。

 微笑ましく感じたのだろう、ふっと笑みが浮かぶ。しばらく彼らを眺めてから、苦戦している様子のミステールに視線を移す。

 

「無理そうか?」

「うむ……一朝一夕にはいかんな。飛行魔法に適性が必要なことから、ある種の「コツ」がいるんじゃろう」

「その「コツ」の部分を因果化するのが難しいってところか」

「そういうことじゃな……」

 

 ミステールは、一度因果を組めさえすれば、あとは何度でも再現することができる。しかし、その因果を組むというのが難しいのだ。

 何せ、魔法プログラムのままでは動かせないのだ。それはあくまで「魔力をどう動かすかを指示したもの」であり、それ自体が因果関係を表しているわけではない。

 言うなれば、機械語と高級言語の違いか。ミステールは高級言語しか扱えないため、魔法プログラムから逆アセンブリのような真似が必要になってしまうのだ。

 

「まあ、無理に学ぶ必要はない。飛翔の手段なら既にある。君が魔法を学ぶのは、あくまで因果プロセスのストックを作るためだ」

「わかってはおるんじゃが……「知の探求者」として、そのままには出来ぬよ」

 

 だろうな。だから、時間をかけてじっくりと、フェイトから学べばいい。

 そう言ってやると、ようやくミステールは険しい表情を緩めて気を抜いた。あまり一日に詰め込みすぎても、気持ちが続かないだろう。

 だからオレは、今日一日頑張ったミステールをねぎらおう。

 

「『"風の召喚体"エール、その姿を顕現しろ』」

『さ、ミステールちゃん! 今日はお兄ちゃんに任せてよ!』

「……ふふ、そうじゃな。お言葉に甘えさせてもらおう」

『エルソワール』

 

 ミステールがオレの腕にしがみつき、煙に包まれる。彼女の本来の姿である、アメジスト色のブレスレットがはめ込まれた。

 フェイトに声をかけると、彼女は頷き飛行魔法を起動する。オレもエールの風をソワレの翼に受けて、彼らのところまで上昇した。

 

「おっ、皆来たな! あれ、ミステールちゃんは……今日は諦めたんか」

『ま、そんなにあっさり出来ても面白くないしのぅ。お主がしてみせたように、わらわにしか出来ぬ飛行魔法というのを、いずれお目にかけて進ぜようぞ、「盾の魔導師」殿』

「あはん! その二つ名痺れるッ! よーし、今日から俺は「盾の魔導師」藤原凱だぜ!」

「今日一日で大量に黒歴史を作ったものだ。数年後にどうなっているかが楽しみだな」

 

 本当に、そう思う。オレみたいな他人との関わりのほとんどを切り捨てていた人間が、他人の成長を見て楽しいと思うなんて。あの頃は想像もしていなかったな。

 そんな風にオレを変えてくれたのは……はやてだ。あのとき偶然彼女に出会えたからこそ、今のオレがいる。

 だからオレは、ちゃんと返す。彼女と過ごせる明るい未来を。それが貸借バランスを取るということでもあるし……何より、それがオレの願いだから。

 

「おっし! せっかくだし結界抜けて、海の方まで行かね?」

「えっ!? ひ、人に見つかったりしたらまずくない?」

「この町の人たちなら、その程度の不思議は軽く流すんじゃないか? 最近そう思えてきたぞ」

「あはは……ミコトの努力の賜物、だね」

 

 とんだ副産物があったものだ。

 

「じゃあおっさきー!」

「あ、ちょっとガイ君!? ずるいの、なのはもー!」

「ふふっ、負けないよ。バルディッシュ!」

『Yes sir. Sonic move』

 

 いきなりスタートをかけた藤原凱を、高速移動魔法を起動したフェイトがあっさり抜かす。オレはなのはと並んで、二人でおしゃべりをしながら、ゆったりとしたペースで海に向かった。

 

 この日、洋上から見た夕焼けは、とても綺麗だった。……いつか、はやてと一緒に見たいものだ。

 

 

 

 

 

 最後に、今回のオチである。

 

「あ、そーそー。ミコトちゃんとフェイトちゃんにどうしても見てもらいたいものがあるんだわ」

 

 日も沈み、そろそろ陸に帰ろうというところで、藤原凱が思い出したように手を打った。

 ……なんだろう、嫌な予感がする。だが、今の彼の表情は真剣そのもの。真面目モードのように思えるが……いきなりおふざけに戻ったりするから、判断がつかない。

 しょうがない、見てから判断するか。妙な動きを見せたら即撃墜すればいい。

 

「見せてみろ」

「おっけー。……飛行シールド制御しながらだと時間かかるな。おいせっ」

 

 その場に魔法陣を展開し、シールドを消す。恐らくは「見てもらいたいもの」を出すための魔法陣だろう。

 

「んじゃ、行くぜ!」

 

 赤紫色の魔力光に照らされ、彼の顔がより真剣さを増した。相当な集中をしているのだろう、額から大量の汗を流しながら、魔力を制御し形を成していく。

 彼の前方に、赤紫色の立体。それは、大人程度の大きさを持つ太めの棒人間だった。

 その表面が、まるでのみが打たれていくかのように削れていき、姿を作り上げる。シールドを応用した造形魔法だ。

 やがてそれは、一人の人物の形のシールドとなった。オレとフェイトにとっては、家族であるその女性。

 

「これは……ブラン?」

「凄い……こんな魔法、見たことないよ!」

「へ、へへ。俺の自信作のオリジナル魔法だよ。ユーノに怒られながら、ここまでの形になったんだ」

 

 ふぅと一息つきながら語る少年。……何故ユーノが怒る? 別に人の形を作るぐらいなら、非効率ではあるだろうが、怒りの感情には結びつかないと思うが。

 ……やはり嫌な予感がする。

 

「それで、これをオレ達に見せてどうするんだ? 本物のブランとの差異を聞かれても、さすがに本人がいないと比べようもないぞ」

「あー、大丈夫大丈夫。そんな全体的な話じゃなくて、ほんの一箇所だけだから」

 

 ようやく息が整った少年は、そこで表情が今日一番の真剣さを帯びる。

 そして、彼は口にする。

 

「本物のブランさんと、おっぱいの触り心地、どう違う?」

 

 ……。何も言えない。ただ胡乱な目で変態を見る。一度語りだした少年は、止まることを知らない。

 

「いやね、いくら俺がシールドの天才だからって、触ったこともないものの触り心地を再現することは出来ないわけよ。でも触ったときの柔らかさにはこだわったから、触り心地はいいはずなのよ。実際、俺も実用して楽しんだし。でもやっぱり本物には本物のよさがあるっていうか、造形では超えられないロマンがそこにあるっていうか、それなら本物触れよって話だけどそれやったら犯罪じゃん。いや俺は小学生だから訴えられることはないと思うんだけど、無理やりってよくないと思うわけよ。だからこうやって造形魔法使って楽しんでるんだけど、本物の触り心地を知らないで想像だけでってのも空しいわけよ。そこで二人には是非こいつの触り心地を確かめてもらって、本物との違いをフィードバックしてもらえればって思って

 

 

 

 

 

たんだけど、何で俺バインドで縛られてんの?」

 

 彼が懇々と語る中、オレはなのはとフェイト、ミステールに指示を出していた。今彼は金とアメジストのバインドに両手両足を縛り上げられ、眼前のなのはがレイジングハートのシューティングモードを構えている。

 宝玉に移る数字は、既に「3」。あと3カウントで、極大の収束砲撃魔法が放たれる。ちなみにオレは「コマンド」で魔力要素に干渉しこの場に集中させた。威力の底上げのためである。

 

「オレは最初に言ったはずだ。「妙なことをしたら、フェイトにバインドで縛らせた上でなのはにスターライトブレイカーを撃たせる」と。その通りにしている」

『今日の勉強会でわらわも使えるようになったから、わらわも参加しておるがの。呵呵っ』

「そっかー。ミコトちゃんってやるって言ったらほんとにやる子だもんねー」

 

 よく分かっているじゃないか。その上で実行に移すとは、余程命が惜しくないと見える。

 変態が笑いながら青ざめている。忘れていた、は聞かない。彼は、造形魔法とはいえ、オレ達の家族を辱めたのだ。

 女の怒りを思い知れ……!

 

「少し……」

「頭……」

「冷やそうか」

「名言いただきましたアッーーー!!」

 

『Starlight breaker.』

 

 宵の口、海鳴の海上に桜色のドームが広がった。

 これで少しは懲りればいいが……多分懲りないんだろうな、あの変態のことだから。

 過剰砲撃を受けて、非殺傷ゆえに怪我をすることなく気絶した変態を肩に抱えつつ、溜め息をつくオレだった。




ちなみに最後のガイ君の魔法の名前は「おっぱいシールド・改」です。実用はしてますがダッ○ワイフ的な使い方ではありません。おっぱいに顔をうずめてパフパフしたりしてるだけです。精通前だからね!!
原作名台詞の分割は、誰がどのパートを言ってるのでも構いませんが、個人的にはフェイト・ミコト・なのはの順番だと思ってます。

この話における魔力のあり方を出しました。ミコトの初期の発言どおり、最初から考えていた内容ではあったのですが、出すタイミングが全くないままここまで来てしまいました。
なので、せっかくの勉強会回だったし出すことにしました。ミコトの能力的に知ってなきゃまずいですからね。
ちなみにミステールの魔法エミュレートは、魔法陣が出ません。あくまで因果を組んでいるだけなので、魔法陣によるコントロールが必要ないのです。

ジュエルシード事件を越えて、だいぶ人間らしい感情が発達したミコト。そんな彼女の内面を上手く表現できていたらと思います。

※ルート分岐について
年末に神戸ハーブ園歩きながらまとめたので書いておきます。
本編の間はルート分岐しません。まずストーリー的にそんな余裕なさそうだし、何よりその時点で分岐すると後で別ルート書くのが面倒なので(作者の屑)。
本編終了後に後日談的な話として、以下三つのルートを執筆する予定です。
・親愛ルート(はやてルート、メイン)
・ベストパートナールート(クロノルート)
・恋愛ルート(ユーノルート)
あくまで現段階での予定なので、実執筆時点で予告なく変更する可能性があります。


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二十話 プール

お待たせしました。水着回です。
あと二、三回はやりたいですね。温泉回も。

2016/11/06 地の文の一人称が一部「俺」になってたので「オレ」に修正。


 翠屋のバイト……もとい"お手伝い"に入るようになって、約二週間。オレもブランも、この新しい"職場環境"に、それなりに慣れたように思う。

 翠屋のホールの仕事は、一言で言ってしまえば「ゆるい」。楽というわけではなく、労働における制約を出来る限り取っ払っているという印象だ。

 接客一つ取っても、マニュアルは最低限――注文の取り方とキッチンへの伝達方法、業務内容程度のものしか存在しない。あとは完全に従業員の采配任せだ。

 一度恭也さんと一緒のシフトに入ったときがあったのだが、なのはや高町姉ともまるで違う、どちらかといえばオレに近い、無愛想な接客だった。それでマスターも客も許容しているのだ。

 それはつまり、その態度は彼の個性であるとして、この店に受け入れられているということだ。家族経営なのだから、身内の個性を尊重するのはある意味当然なのか。

 ともあれ、昼や夕のピークなどの忙しい時間帯は存在するものの、それでも精神的には非常に負担が少ない職場なのだ。正直、こんな恵まれた環境があっていいのかと思ってしまう。

 ――寝る前にはやてにポロリとこぼしてしまったときがあり、「ミコちゃんが今まで頑張った分が報われてるんよ」と言われてちょっと感極まった。報いの最後には、はやての足の完治があって欲しいと切に願う。

 そんなわけで、オレの仏頂面+棒読みの機械的な接客は、むしろ笑って受け入れられた。"お手伝い"を始める前になのはが言っていた通りになって、ちょっと癪だ。

 

「それじゃ、お先上がりまーす。チーフも早く帰るんだよー!」

「誰がチーフだ、誰が」

 

 高町家の子供でない、ホールのバイトをやっている女子高生(高町姉の同級生だそうだ)が、シフトを終えて退店する。……現在オレがホールスタッフの間でどんな扱いなのか、わかっていただけたかと思う。

 たったの二週間だ。たった二週間、オレはオレに出来ることを全力で、いつも通り容赦なくやっただけなのだ。そうしていたら、いつの間にかバイト全員から「チーフ」と呼ばれるようになってしまった。

 よく考えろ。オレは小学生だぞ。君達高校生や大学生より、10歳近くも年下だぞ。そんな小娘をチーフと持ち上げるのはどうなんだ。君達はそれで納得しているのか。

 たかが、ピークのときにスタッフがバラバラだったから全体を調整したり、シフト調整に少し口を挟んだだけだぞ。そんな微力を尽くしただけで昇進できるなら、世の中苦労するお父さんはいなくなるだろうが。

 解せぬ。最近口癖になりつつある言葉が胸中を満たした。

 

「チーフはチーフじゃん。もう遅いし、家まで送ろうか?」

「ブランがいる。送り狼されても困るから、遠慮しておく。お前もとっとと帰れ」

「俺、ロリコンじゃねえんだけど。あ、でもチーフなら大人っぽいし、小学生でも全然いけるかもね」

「とっとと帰れと言っている。捻り潰すぞ」

 

 「おお、こわいこわい」と言って、軽薄な印象のある男子大学生も退店した。あれで恭也さんの大学での友人だそうだ。彼が友人と言っているのだから、見た目どおりの性格ではないのだろうが。

 はあ、と溜め息をつきながらクローズ作業をする。現在時刻は午後8時。翠屋は家族経営であるため、閉店時間がやや早い。ご夕食の際はお早めに、ということだ。

 今日は午後4時から入った。シフトに入る最低時間が4時間という条件のため、ブランとともにクローズスタッフをやっているのだ。

 シャッターを下ろして振り向くと、テーブルを拭いているブランが微笑みながらオレを見ていることに気付いた。

 

「手が止まっているぞ」

「あ、ごめんなさい。……ミコトちゃんが皆に受け入れられているのが、嬉しくって」

「……まあ、な」

 

 オレの性格は、決して万人受けするものじゃない。翠屋の環境は、はっきり言って稀というレベルじゃない。奇跡と言ってもいいかもしれない。安い奇跡があったものだ。

 だが、考えてみれば当然なのかもしれない。あのマスターが、雇う人間を決定しているのだ。確かな人格を持つ人間しか雇ってもらえないのだろう。

 

「ミコトちゃんの「いいところ」は、中々見えにくいのかもしれない。けど、見る人が見れば分かるものだよ」

 

 カウンターの掃除をしていたマスターが、オレ達の会話に参加する。オレのいいところ、か。自分では、それが何処なのかがさっぱり分からない。

 当たり前だ。それを決めるのは、オレを見る誰か。その誰かが「こいつにはいいところがない」と思えば、オレにいいところはないのだ。そして、逆もまた然り。

 

「君のおかげで、皆助かっているということだよ。その結果が「チーフ」というあだ名だろうね」

「ホールのチーフはマスターが兼任しているはずでは?」

「オレは君のためにチーフスタッフという役職を作ってもいいと思っているよ」

 

 よしてくれ。そんなしがらみは、あっても嬉しくない。そう返すと、彼は優しく微笑んだ。

 

「冗談ではなく、俺はミコトちゃんの時給……もとい、"お駄賃"を上げてもいいかと思っているよ」

「気が早いですよ。まだ始めて二週間です。ここから先、何処かでボロが出てくるかもしれない」

「そうかい。まあ、受け取る気になったら早めに声をかけてくれ。また君に借りを作ってしまうのは、心苦しいからね」

 

 給与、もとい"お駄賃"は受け取っているのだから、貸しにはなっていないはずだが。マスターの考えることだから、オレに分かるはずもないか。

 クローズを終え、エプロンを外してスタッフルームに荷物を取りに行こうとすると、マスターから呼び止められた。

 

「代わりというわけじゃないけど、これを受け取ってもらえないかな」

 

 その手には何かのチケットが複数毎。手に取って見ると、それは近所の温水プール施設のものだった。枚数は8。つまり、現在の八神家の人数分。

 

「実は4月にもなのは達が遊びに行ったんだけどね。そのときちょうどジュエルシードの暴走があって、最後まで遊ぶことが出来なかったらしいんだ」

「オレ達が合流する前の話ですか。……なのは一人で封印したんですか?」

「いや、あのときの全員が一緒だったはずだよ。君が合流する前だったから、統制が取れてなくて相当苦戦したみたいだけど」

 

 ――後に当事者である恭也さんに話を聞いたところ。

 

「何故か女物の水着に反応する暴走体だったせいで、なのはばっかり狙われて全然攻撃できなかったんだ。……お前がいれば、きっと上手い策を考えてくれたんだろうな」

 

 とのことだった。あまり期待をされても困るのだが。

 

「つまり、なのは達と一緒に遊びに行ってほしい、と」

「ダメかい?」

「……いえ。シフトのない日なら、別に構いません。オレも……最近は、子供みたいに遊んでみてもいいかなって、思えますから」

「ミコトちゃん……」

 

 ブランが感激したように口元を押さえた。大げさな反応だと思うが、大げさでもないのかもしれないな。今までのオレを考えたら。

 オレの感情が以前より発達したからなのか。それとも、周りのレベルが上がったからなのか。最近は、はやてといるとき以外でも「楽しい」と感じられることが多くなった気がする。

 原因ははっきりしないけど、それは事実だ。その感情に逆らう気はない。オレにとって都合のいいことのはずだから。

 オレの返答を聞いて……マスターはオレの頭に手を乗せ、優しく撫でた。恭也さんの荒々しいのとは違う、兄ではなく、「父親」の撫で方。

 

「ありがとう、ミコトちゃん」

「オレの都合です。感謝をするのはこちらだと思うのですが」

「いや、君にはいくら感謝してもし足りないんだ。だからせめて、この言葉を遠慮せずに受け取ってほしい」

「……困った「お父さん」ですね、マスターは」

 

 苦笑。マスターの言葉にも、撫でられている手から伝わる体温も、蕩けそうになるほど嬉しいと感じている自分がいて、参ってしまう。

 満面の笑みは、まだ出来ない。だけど小さく笑うことは出来る。口の端だけで、小さく感情を「伝えた」。

 伝わったかは分からない。だけどマスターは、やっぱり優しく笑っていた。ブランも、優しく見守っていた。

 

 

 

 

 

 のっけからクライマックスだったが、話を進めよう。次の日曜日まで時計の針を進める。

 オレ達は八神家勢ぞろいで「海鳴ウォーターパラダイス」までやってきていた。海鳴市最大のウォーターテーマパークだそうだ。

 屋外プールながら温水であり、冬期以外いつでも利用可能。普通のプール、浅いプール、深いプール、50mプール、流れるプール、波の出るプール、ウォータースライダー、飛び込み台などなど、種類も充実している。

 その分一回のお値段は張るが(なんと子供料金で1,000円オーバー。我が家ではとても手が出せない)、それでも人気の絶えることがないレジャー施設だそうだ。

 そして今回、我々はマスターからいただいたタダ券を使って入ることが出来る。まったく、翠屋と高町家には足を向けて寝られん。

 

「ハロー! 八神家は全員揃ってるわね!」

「おはよう、皆! なのはちゃん達はまだ?」

 

 入り口前で、バニングスと月村、及び月村の姉である忍氏と合流する。楽しみにしていたのだろう、バニングスなどは最初からハイテンションだ。

 まだ揃っていないのは、なのはと恭也さん。それと、藤原凱も一応呼んでいるらしい。前回は彼もいたらしいし、それもまた必然か。

 

「思い返してみれば、あの変な水ってジュエルシードの仕業だったのねー。色のない空間は、ユーノが張った結界?ってやつで」

「君達はそのとき結界に巻き込まれていたのか?」

「うん。あのときは何がなんだか分からなかったけど、知ってる今、冷静に思い出してみればそうだったなって」

 

 なるほどな。管理外世界の人間が管理世界の厄介ごとに巻き込まれても、ある程度までなら誤魔化せることが証明された。理解を放棄させればいい。機会があれば、ハラオウン提督あたりに教えてやるか。

 そんな会話をしていると、すっかり聞き慣れてしまった少年の声が聞こえてきた。

 

「おっはよーう! 皆、今日も可愛いねっ!」

 

 変態にしてハーレム思考の女の敵。真面目なときはシールドの天才、魔導少年・藤原凱。テンションマックスだったバニングスは、彼の声を聞いて「んあ」と言いながらテンションをダダ下げた。

 

「おうおう、なんだよアリサー。ご挨拶だなー」

「やかましいのよ。あんたが来ることは分かってたけど、後からこっそり着いて来るぐらいの気を利かせなさいよ」

「やだよ! 可愛い女の子達と一緒にいて、男達の嫉妬の視線を一人占めするんだZE☆」

 

 うざい。そして嬉しくない一人占めだな、オレだったらそんな鬱陶しいもの、ごめんこうむりたいものだ。男の気持ちが分からないというより、この男の気持ちが分からないし分かりたくない。

 それにオレ達は小学三年生だ。大人組は、忍氏は恭也さんの恋人。ブランははやてに付きっ切り。アルフは人型になっているが、実際は狼だ。可愛いかどうかは分からないが、子供だらけで嫉妬の視線を浴びるだろうか?

 まあ、何処まで本気か分からない男の妄言だ。話半分に聞いておくのでちょうどいい。

 

「みんなー、お待たせーってわあっ!?」

「こら、慌てるとまた転ぶぞ。俺達が一番遅かったみたいだな」

 

 最後の二人がやってきて、片方が走り出して転びそうになり、恭也さんに支えてもらったおかげで事なきを得た。なのはの運動神経は相変わらずのようだ。

 

「これで全員だな。とるものとりあえず、中に入って水着に着替えよう。おしゃべりならその後でも出来るからな」

「りょーかいです、チーフ!」

「……翠屋以外でその呼び方はやめてくれないか」

 

 相変わらずオレの言うことには二つ返事で従うなのはだが、最近余計なステータスが追加された気がする。

 

 着替えを長々と語ってもしょうがないので(更衣室に入る際、変態がナチュラルに女子更衣室についてこようとしてつまみだされた。察しろ)、プールに出たあとまで進む。

 現在、オレ達はプールサイドの入り口に来ている。男勢は既に待っており(着るものが少ないから早いようだ)、後から来た形になる。

 オレ達の姿を見て微妙な表情をした男性二人。そしてやや遅れてバニングス、月村、なのはの順にやってきて、やはりそれぞれ微妙な顔をした。

 

「……あんた達。その格好は、どういうつもり?」

「え? え、えっと、おかしい、かな?」

 

 明るい白のセパレートを着用したバニングスの険の混じった問いかけに、フェイトがもじもじしながら尋ね返す。

 

「みずぎでしょ? これからプールにはいるんだから。まちがってないよ!」

「そういうことじゃないんだよ、シアちゃん……」

 

 フェイトとは対照的に、「自分は間違ったことはしていない」と自信満々のアリシアに、苦笑い気味の月村の突っ込み。彼女は黒に近い紫のワンピースだ。

 だが、フェイトもアリシアも間違っていない。オレ達は正しく水着姿である。何の問題があろうというのか。

 オレの正論にソワレがこくこくと頷き、バニングスが深い溜め息をついた。

 

「いや、確かに合ってるわよ。合ってるけど、何で皆スクール水着なのよ……」

「これ以外にないからだが? それに、全員ではないだろう」

 

 オレ、フェイト、ソワレ、アリシアの四人が着るのは、学校指定の紺色の水着。四人揃って胸のところに「やはた」とでっかく書かれているものだ。

 八神家組で市販の水着を着用しているのは、アルフとブランのみ。ミステールは変化能力を使って水着姿になっているようだ。彼女の髪の色と同じ、紫色のワンピースタイプ。

 アルフは、魔力光の色と同じオレンジのセパレート。ブランは白のワンピースにパレオを巻いている。今日のプールのために、はやてが見繕ったものだ。

 現在の家計でその出費は痛かったが、彼女たちにもプールを楽しんでもらいたい。オレとブランの稼ぎで対処可能だったのは助かった。

 が、さすがに全員分は無理だ。そういう理由で、学校指定の水着があるオレ達二人と、将来的に必要になるアリシア、それとオレとおそろいがいいと言ったソワレは、この格好と相成ったわけだ。

 ちなみにはやては水着に着替えていない。彼女は着替えるのが大変だし、着替えたところで水の中には入れない。その代わり、首からデジカメを三台もかけていた。釣瓶撮りでもするつもりか。

 

「君たちは忘れてないか? オレ達は「公立に通う小学生」だぞ」

「忘れちゃいないけど、こんなところでカルチャーショックを受けるとは思ってなかったわ……」

 

 「あはは」と苦笑する月村。この二人は言うに及ばず、なのはの家、即ち高町家も、一般家庭に比すれば裕福な部類に入るだろう。変態は詳しいことを知る気もないが、「私立に通える」だけではあるはずだ。

 それに対してうちはつい先日生活費の尽きかけた庶民の中の庶民、いわばザ・庶民だ。経済的バックグラウンドが違いすぎる。

 現実を目の当たりにしたバニングスは「はあ」と溜め息をつく。

 

「ここ、水着も売ってたわよね……選択肢が限られてるってのが気に食わないけど、いいわ。あたしがあんた達四人の水着を買ってやろうじゃないの」

「何のつもりだ。施しなら受けるつもりはないぞ、ブルジョワジー」

「そんなんじゃないわよ、プロレタリアート。単にあたしのプライドの問題。あんた達四人は、容姿に関して言えばあたし達レベル。「水着のおかげで勝てた」って思われるのは癪なのよ」

 

 くいっと親指で差した先にいるのは、変態。中身がどうであれ、男に見られているという意識を持っているようだ。

 瞳に嘘の色は見られない。今彼女が吐いた言葉も、間違いなく真実なのだ。

 

「言ったでしょ、あたしはあんたに「友達になりたい」って思わせてやるって。器の違いを見せてやろうじゃない」

「確かに器の違いは見れたな。自分のプライドにこだわるという小さな面が」

「でも、高級品よ。世の中なんでも大きけりゃいいってもんでもないわよ」

 

 なるほど、それも確かに道理だろう。以前オレに言われるがままだった少女は、自身のプライドに従って、言い合えるまでに自己の変革をしてみせた。

 ならば彼女の言葉に嘘偽りはなく、小さくとも貴い器だ。まずは一つ、認めよう。

 

「いいだろう、アリサ・バニングス。君の挑発に乗ってやる。オレの娘達を最高に輝かせるコーディネートをしてみせろ」

「あの子達だけじゃなくて、あんたもよ。泣いて感謝するぐらいの出来にしてやるから、覚悟しなさい」

 

 こうしてオレ達は一旦戻り、新たに水着を用意することになった。

 

「……なんでただ水着を買うだけなのに、言い合ってたの? しかも二人とも、結構楽しそうだったの」

「あはは。……いいなぁ、アリサちゃん。わたしも、いつか……」

 

 

 

 そうしてオレ達は、フルアーマー状態(?)となって、改めてプールサイドに降り立つ。

 

「えっと……変じゃないよね」

 

 彼女のバリアジャケットと同じような、黒のワンピースに変わったフェイト。バリアジャケットとは着心地が違うのか、心許なそうにもじもじしている。

 これに対して、同じ顔立ちのアリシアは青のワンピース。彼女の愛らしさを全面に出すためか、フリルも気持ち多めだ。

 

「だいじょーぶだよ! フェイト、かわいいよ!」

「うん。アリシアも、かわいい。ソワレも、かわいい?」

「うんうん、ソワレもかわいい! アリサおねえちゃん、ありがとう!」

「ふふん、いっぱい感謝しなさい! あたしもいい仕事したと思うわ!」

 

 ソワレは、どういうわけかヘソ出しの黒いワンピースタイプ。いや似合っているとは思うのだが、何故ヘソ出しにしたのか。似合うからか、そうか。

 だが、一番解せないのは、オレの水着だ。

 

「理由を聞こうか、アリサ・バニングス。何故四人の中で、オレだけセパレートタイプなのか……もっと言えばビキニなのか、納得いく説明をしてもらいたい」

 

 そう、黒のビキニだ。子供らしい意匠ではなく、どちらかというと大人のものに近い。だがオレの歳でこんなものを着ては、「背伸びをしている痛い子供」だ。オレを辱める意志でもあったのだろうか。

 そんなオレの内心に取り合わず、むしろ彼女は誇らしげですらある。

 

「そんなもの、「似合うから」の一言よ。雰囲気なのか見た目なのか、大人っぽい格好が似合うのよ、あんたは」

 

 100%善意のようだ。……やはり、解せぬ。別に大人っぽいと言われて気に食わないわけではないが、オレの感覚と合致していないせいで理解できない。

 アリサ・バニングスの意見はオレ以外の女性陣にとっては納得いくものであったらしく、皆一様に「うんうん」と頷いている。

 ここは、男性陣の意見も取り入れるべきだろう。

 

「……どうですか、恭也さん。変じゃ、ないですか?」

 

 ? なんだ、妙に気恥ずかしい。慣れない格好のせいだろうか。心拍が上がっているせいで、言葉がつっかえつっかえになってしまう。

 恭也さんは……ポケーっとした表情をして、オレの声が届いていないように見える。

 

「あの、恭也、さん?」

「……はっ!? あ、ああ、その……見違えたぞ、ミコト」

 

 目を逸らしながらそんなことを言われた。右手を顔に当てているが、その隙間から見える彼の頬は、心なし赤くなっている気がする。

 そんな彼にスススッと近づいた忍氏が、わき腹に強烈な肘を入れる。

 

「グハッ!? し、忍!?」

「きょうや~? なーに小学生相手に鼻の下伸ばしてるのかしら?」

「ち、違う! これは、あれだ! 妹の成長を喜ぶ兄的な!」

「あなたがミコトちゃんに初めて会ったのって一月半ちょっと前よねぇ? 何をそんなに悦んでるのかしら」

「字が違う!?」

 

 ……なんだろう。目の前の光景をオレの水着姿が生み出したかと思うと……恥ずかしいけど、超面白い。

 そんな風に感じたため、オレはちょっと悪ノリをしてみることにした。

 

「恭也さん……オレのことは、妹としてしか見れませんか?」

「へあ!? み、ミコト!? お前何を言って……」

「きょ・う・や~っ!?」

「だから違うって! ミコト、悪ふざけはやめてくれ! 俺の寿命が物理的に縮む!」

 

 さすがに彼の寿命を縮める気はないので、このぐらいにしよう。なるほど、実に興味深い。

 

「……あんた、将来悪女になりそうね」

「本気で弄ぶ気はない。洒落で済む範囲なら、問題はないだろう」

「相手が本気になったら洒落じゃ済まないわよ、全く……」

 

 ガシガシと頭をかくアリサ・バニングス。ともあれ、恭也さんの反応からして、この格好が痛々しくはないということは分かった。

 一応もう一人の、同年代の男子ということで、変態に目線を向ける。

 彼は……腰を引いて前かがみになっていた。変な体勢だな。

 

「何を珍妙な格好をしている、藤原凱。普段ハーレムハーレム言ってるくせに、女の子の水着一つ褒められないのか?」

「え!? お、おう! すっげぇ似合ってるぞ、ミコトちゃん! ちょっと、部分的におげんきになっちゃうぐらい!」

 

 何がおげんきになったというのか。怪しいことを考えていないか、威圧するために一歩前に出る。

 奴は、ズササササという勢いで10歩ぐらい下がった。どういう反応だ、それは。

 

「お、おおおおお、俺、先プール入ってるぅーーーっ!!」

 

 オレが口を開くより早く、彼は踵を返して走り去った。プールサイドを走るな、転ぶぞ。まあ奴なら平気だろうが。

 彼の反応はいまいち分からないが、それでも一つだけ確かなことがある。

 

「やはり、ヘタレだったな」

「あたしにも理解できたわ。あの変態は、こうやって対処すればいいのね」

 

 ――後で彼女がオレと同じように対処しようとしたところ、鼻で笑われてムカついたので蹴り飛ばしたそうだ。基準が分からん。

 

「問題ないということも分かったし、オレ達も行くか。皆、水に入る前にはちゃんと準備運動をするように」

「りょーかいです、チーフ!」

 

 なのは、二度ネタはウケないぞ。あと翠屋以外でチーフと呼ぶなと言っただろう。

 ちょっとイラッと来たので、なのはには梅干をしておいた。ネコのような悲鳴が上がった。

 

 

 

 

 

 オレの格好に問題がないことは証明されたはずだったのだが、何だかさっきからジロジロと見られている気配を感じる。主に男性客から。女は視線に敏感な生き物なんだぞ、そんな風に見るんじゃない。

 

「なのはは見られていないのになぁ」

「にゃはは……ミコトちゃんがとっても可愛いから、皆も見ていたいんだと思うよ」

 

 50mプールで一泳ぎし、現在休憩中。パラソルの下のはやての横で(ブランには泳ぎに行ってもらった。彼女にも楽しんでもらいたい)、なのはと一緒にプールサイドに座っている。そうしていたらこの有様だ。

 水の中ならそこまででもないが、水から上がった途端にこれだ。プールに入る前も見られていたと思うが、一気に増えた。何故だ。

 

「あれやな、水も滴るいい女ってやつや。ミコちゃんのキレーな黒髪がいい感じにしっとりしとるから、お色気ムンムンなんやと思うよ」

「お色気って……オレは8歳の子供だぞ? 君達と同い年だ。そんなものがあってたまるか」

「でも、分かる気がするの……」

 

 分かるのか。解せぬ。一体何の違いでそんなことになってしまうというのか。外面的なことなら、人格は関係ないだろうし……。

 ちなみになのはは、桜色と白の花柄の、ワンピースタイプの水着。フリルもついていて、彼女の明るく平和な印象と非常にマッチしている。実に「子供らしい」。

 自分の水着を見下ろしてみる。黒のビキニ。柄はなし。なのはとは対照的と言っていいだろう。しかしオレの体型は、なのはと同じ、いやなのはよりも幼児体型である。

 今日来た面子の中で、一番背が低いのは流石にアリシアとソワレだが、その次にはオレが来る。オレは、あまり身長が高くないなのはにも負ける程度しかないのだ。

 胸も、そもそも二次性徴を迎えていないオレ達が大きくなるわけがない。相応に子供であり、今はまだ男と区別がつかない程度でしかないだろう。将来的にどうなるかは分からない。

 あとは何があるか……肉付きはそれほどよくないな。どうにもオレは肉があまりつかない体質らしく、食生活もあいまってほっそりとした体格だ。ガリガリではないが。

 くびれなんかも、大人の女性ほどあるわけじゃない。体格面で見たら、やはりどう見たって子供だ。

 

「本当にこの水着は似合っているのか? いやむしろ、視線を集めるのはやっぱりこの水着のせいなんじゃないのか?」

「わたしら全員似合ってるって言うたやろ。わたしがミコちゃんにお世辞とか言わんの、ミコちゃんが一番知っとるやろ?」

「……君の次にな。では、一体何故……」

「感覚的な話やし、理屈では説明できへんよ。せやから、ミコちゃんもシミュレーションしてみりゃええねん。わたしやなのはちゃん、ふぅちゃんに、ミコちゃんの着とる水着が似合うかどうか」

 

 言われたとおり、「プリセット」を用いた高精度シミュレーション、「確定事象」を用いて想像してみる。

 はやて……もう少し成長すればどうか分からないが、現段階では残念ながら全く似合わない。彼女はもっと明るい色で子供らしいのが似合う。

 なのは……基本的にははやてと同じ。だが、彼女の場合は成長しても黒は似合わない気がする。この少女とは対極に位置する色だ。

 フェイト……成長すれば確実に似合うだろう。色も文句なし。ただ、やはり今の体格でビキニはミスマッチだ。子供である以上、どうしようもない。

 最後に、自分自身……客観的に見ると、全く違和感がない。どういうことだ。意味が分からない。

 

「な?」

「確かに、皆客観的事実のみを語っているのは分かった。だがそれはそれとして、やはり解せないものは解せない」

 

 もっとも、オレにはオレの主観しかないのだから、どれだけ考えても人がどう見てるのかを本当の意味で理解することは出来ないのだが。

 

「そういうものとして割り切るしかない、ということか」

「せやねー。当事者には分からんもんやろうし、それしかないなー」

「色々言ってたのに、最後はあっさりなの……」

 

 結論が出ないのにいつまでも引っ張ってもしょうがないだろう。なら、すっぱりと割り切ってしまった方が、時間も無駄にならないし効率もいい。

 だからといって考えないでいいわけじゃない。「結論が出ない」というところまで検証しなければ、それはただの怠慢だ。今回だけでなく、何事もそういうものだ。

 

「……まあ、プールに来てまでする話題ではなかったか」

「でも、とってもミコトちゃんらしいなって思うよ。なのはは、そんなミコトちゃんが大好きだよっ!」

「そうか」

 

 満面の笑みをオレに向けてくれるなのはに、小さく笑みを浮かべて撫でてやる。

 

 ……ありえなかった仮定の話をしてもしょうがないが、オレが高町家に入っていれば、この子はオレの妹になっていたのか。

 恭也さんに妹として、マスターに娘として。当時だったら耐えられなかった扱いも、今のオレなら受け入れられる。それ故に、少し惜しいと思ってしまった。

 この、思い込んだら一直線で手のかかる少女が、それでも真っ直ぐで明るくて心優しい少女が、オレの妹とならなかったことが。

 そう思ったら、自然と体が動いていた。ソワレやフェイトにするように、なのはの額に向けて、親愛のキス。

 

「ふぇ!? み、ミコトちゃん!?」

「ありゃま」

「……あれだ。恭也さんやマスター――士郎さん、あとは桃子さんも。ひょっとしたら美由希もか。皆の気持ちが、「分かって」しまったかもしれない」

 

 どうしようもなかったことだ。当時のオレに、親の愛に返せるものはなかった。否、今も無理かもしれない。そして貸借バランスが崩れてしまえば、オレはストレスを感じてしまう難儀な女だ。

 それでも、彼らがオレを娘と、妹と出来なかったことを「惜しい」と思うことは、オレの性質と関係がない。ちょうど、オレがなのはを妹に出来なかったことを「惜しい」と感じているように。

 ――ああ、なるほど。「友達」とは、こうやって作るものなんだ。はやてに対する「好き」という気持ちを理解したときと同じように、言葉ではなく感覚として、その気持ちが溢れた。

 オレが今までどうしても理解出来なかった、一つの感情。「友情」。

 

「今更だけど……オレと友達になってくれないか、なのは」

「……ミコト、ちゃんっ!」

 

 ぶわっと、なのはの目から涙が溢れた。こらこら、皆が見てるんだぞ。こんなところで泣くんじゃない。

 そう言って止まれば楽なものだが、あいにく彼女は「泣き虫なのは」。一度泣き出したら止まらない。

 泣きながら、両手でオレの右手を取るなのは。やっぱり君はオレの右手に思い入れがあるのかと苦笑した。

 

「うんっ! うんっ! なのは、ずっと、ミコトちゃんとともだちになりたかったっ!」

「そうか。ごめんな、とても待たせてしまって」

「ううんっ! ぜんぜん、きにしてない! ミコトちゃんが、じぶんのきもちで、そうおもってくれたって! うれしくてっ!」

 

 感極まったか、涙の量が増加する。やれやれと溜め息をつきながら、彼女の頭を胸に抱いた。最近こんなことばかりしているなぁと、また苦笑が漏れた。

 だが、それでも。「朋友が愛しい」と思う気持ちは、止められないのだ。

 

「……なんや、以前思ってたことが現実になったみたいで、なーんか癪やけど……ミコちゃんがいい顔しとるし、勘弁したるわ」

 

 一部始終を見ていたはやては、呆れたような諦めたような、やっぱり嬉しそうな笑顔で、そんなことを言いながら溜め息をついた。

 

「あんた達、お昼どうするーって、ミコトあんた何なのは泣かしてんのよ!?」

「何、と言われても、自然とこうなってしまったからな。成り行きとしか。……ふむ。やはりアリサ・バニングスとはまだ友達になろうとは思えないな」

「自己完結して失礼なこと言ってんじゃないわよ!?」

「ミコトちゃぁん! ミコトちゃぁんっ!」

「えーっと……はやてちゃん、何があったの?」

「んー。なのはちゃん一歩前進、ってとこや。で、感涙してもうたんやな」

「ああ……ただの「泣き虫なのは」ね」

「なのはなきむしじゃないもんーっ!」

 

 現在進行形でオレの胸に顔を押し当てて泣いてる君が言っても、説得力はないな。

 

 かくしてオレは、縁深い白の魔導少女と、友情という気持ちを結ぶことができた。

 

 

 

「なんでなのはだけ友達になってるのよ……納得いかないわ!」

「あはは、またあきらちゃんが荒れそうだよね。「先越されたー」って」

 

 場所を移って、ガーデンテラス。皆で集まって昼食である。オレは、こんな機会でもないと食べることがないので、塩ラーメンに挑戦している。……チープな味がくせになりそうだ。

 人前で大泣きしたなのはは、今更になって恥ずかしさがやってきたようで、顔を真っ赤にして縮こまりながらサンドイッチをもそもそやっている。

 そんな彼女の様子に、オレの膝の上でアイスを食べているソワレがムッとした表情になる。

 

「なのは、ミコト、とっちゃだめ! ミコトのおっぱい、ソワレの!」

「と、取らないよ! それになのは、赤ちゃんじゃないもん! ソワレちゃんみたいなことはしないもん!」

「あぅ……やっぱり、赤ちゃんみたいなのかな?」

「ま、まさかふぅちゃんも、"アレ"、やってるの?」

「ち、違うよ!? わたしは、まだやってないよ!」

「まだって、やる気満々じゃない……」

「ミコトママー、アリシアもミコトママのおっぱいほしい!」

「やらん。君まで感化されてくれるな」

「あははー。さすがの愛され系ママやな、ミコちゃん」

 

 子供組(変態とミステール除く、変態は恭也さんに引っ張られて退場、ミステールは自身曰く「わらわの精神は大人じゃ」らしい)で固まってのランチタイムだ。少し離れたところに、大人組+αがいる。

 さっきの件があったから、なのは弄りが主な会話内容であり、時折オレに飛び火してくる。弄るのはなのはだけにしてさしあげろ。

 

「で、結局何が決め手だったわけ?」

 

 なのはの方法を踏襲しようとでも言うのか、ミートソースパスタを食べていたアリサ・バニングスが、視線鋭く尋ねてくる。君が聞いても無駄だと思うが。

 

「説明してもいいが、その前に君達は、オレが元孤児だという話は知っているか?」

「あー、聞いたわね。士郎さんが里親見つけてくれたんだっけ? それがどう関係してくるのよ」

「焦るな。今の里親、ミツ子さんに引き取られる前に、高町家に入らないかという話があったんだ」

「そうだったの!?」

 

 何故か驚くなのは。何故君が驚く。発案者は君だったろうが。

 

「あ、あれ? そうだったっけ……」

「4歳のときの記憶だからあいまいなのかもしれないな。ともあれ、オレはその話を断っており、その後ミツ子さんに引き取られたというわけだ」

「何で断ったのよ。悪い話じゃなかったでしょ?」

「当時は今に輪をかけた性格だった、というので納得できるか?」

「……すっごく納得いったわ。よーするに「愛情が鬱陶しかった」ってことね」

 

 乱暴な意訳だが、それで大体あっているのだろう。正確には「親の愛情に返せるものがないことに耐えられない」だが。

 

「無償の愛を注げるというのは、素晴らしいことだと思うがな。何事にも相性というものはある」

「当時のあんたの場合、その相性が高町家とは最悪だったってことね。で、結局それが何なのよ」

「当時はそうだったけど、今のオレならどうか分からない。そう思ったら、急になのはのことが愛しくなった。そういう理由だよ」

 

 なのは、アリサ・バニングス、月村の顔が真っ赤に染まる。何故そうなった。

 

「あんた……照らいなく「愛しい」とか言ってんじゃないわよ」

「あ、あはは……でも、ストレートにそういうこと言えるのって、素敵だよね」

「あうあうあうー……」

「思ってることを伝えるのは大事なことじゃないか。特にオレはこんな表情だから、ちゃんと口にしないと伝わらない」

「わたしは言葉なくても大抵伝わるけどなー。「相方」やっとんのは伊達やないで」

 

 はやてもラーメンである。味はしょうゆ。オレの隣で、食べさせあいっこ中だ。時々ソワレにも食べさせている。

 

「なんやろな、ミコちゃんは、確かに表情には出ぇへんのやけど、判断基準がかっちりしとるから、分かれば分かるもんやよ?」

「けど、時々突拍子もないことしたりするよ? さっきみたいに……あうぅー」

 

 なのはが額を押さえて真っ赤になる。先ほどのキスを思い出したか。オレとしてはいつもやっている親愛表現なんだがな。

 はやては「なのちゃん可愛い!」と言ってなのはを抱きしめた。さりげなく、なのはのあだ名が爆誕した瞬間である。

 

「それは、あれやな。ミコちゃんってやることなすこと容赦ないやん。普通の人がブレーキかけるとこでエンジン全開ッ!するから、突拍子がなく見えるだけやで」

「オレとしては、特別なことをしているつもりはないからな。判断基準をゆるがしたのは……先日の"あの件"ぐらいのものだ」

 

 少し、表情は曇ってしまったかもしれない。どうやらオレはまだ吹っ切れていないらしい。「最高の結果」を出すことが出来なかった、あの事件を。

 すっと、フェイトとアリシアが気遣わしげに手を伸ばしてきた。二人の手をキュッと握り締め、それでも「二人がいる結果」は残すことが出来たとしっかり感じる。

 

「……はやてちゃんは、ミコトちゃんのことを分かってるんだね」

 

 月村が複雑な表情でそう断言した。……以前した、はやては「分かろうとしなかった」という話は、彼女も聞いていたものと思うが。

 しかし月村は首を横に振り、やはり自信を持って断言する。

 

「分からないまま受け入れて、時間をかけて分かっていったんだよ。少なくとも、はやてちゃんとミコトちゃんは、気持ちが通じ合ってるもの。……羨ましいなって、ね」

「……言われてみれば、そうなのかもしれないな。だからこそ、なのはに友情を返せるところまで行くことが出来た」

 

 はやてと通じ合えなければ、オレはいまだに自己完結するだけの人間だった。はやてを好きだと思うことが出来て、初めて外に目を向けられたのだ。

 やっぱり、はやては凄い子だ。オレなんかじゃ比較するのもおこがましい……と思うのは、彼女の想いに失礼だ。そもそも比較するのが間違いなのだから。

 

「君も見つければいい。深い気持ちで通じ合える、そんな「相方」を。この世は、存外そんな偶然に溢れているみたいだぞ」

「……ふふ。ありがとう、ミコトちゃん。ちょっと元気出たよ」

 

 それはよかった。どうしてそうなったかは分からないが、君に都合がよければそれでいいだろう。

 

「まー、とりあえずなのはのやり方もはやてのやり方も、あたしには参考にならないって分かったわ。やっぱりあたしには、自分の道しかないみたいね」

「誰だってそういうものだ。よもやその程度のことで泣き言を言うまいな、アリサ・バニングス」

「なめんじゃないわよ。この程度の小さな壁で蹴躓いてられるほど、あたしは気が長くないの。軽く乗り越えてやるから、楽しみにしてなさい」

「……ククッ。それでこそと思うよ。オレが君に友情を返せる日を、楽しみに待っているぞ」

「この二人はこの二人で、何だかんだ相性はよさそうなの」

「だねー。ずるいなぁ、アリサちゃん」

 

 ずるいと言いながらも、月村の顔は晴れやかだった。

 

 

 

「ああ、女の子達の席は華やかでいいなぁ……俺もあそこに行きたい」

「あんたねぇ。あたしらが同席してやってんだから、そんな顔するんじゃないよ。別にあんたに見向きされたって嬉しくはないけど、失礼だよ?」

「アルフ……そうは言うけどさぁ」

「はい、恭也。あーん♪」

「……なあ、忍。公共の場でこういうのはやめた方がいいんじゃないか?」

「えー。こういう場所でやらなくて何処でやるのよ。これは古来伝統の正式なカップルの様式美よ♪」

「はあ……しょうがないな。あー、ん」

「……隣が糖分過多で胸焼けしそうです。嫉妬の視線を集めるはずが、俺が嫉妬マスクです。どうする、アルフ」

「知らないよ……」

「これも一つの「因果」応報というやつじゃの。呵呵っ」

「皆楽しそうで何よりです。ふふっ♪」

 

 

 

 

 

 その後もオレ達は遊び倒し、気がついたら日が暮れていた。

 解散後、なのは達と別れ、遊び疲れて眠ってしまったソワレとアリシアを、オレとフェイトで背負って、八神家に帰宅した。

 

 ……? 何か事件はなかったのかって? 毎回そんなものがあってたまるか。たまにはこういう平和な一日も、悪くはないだろう。




ヤハタ節全開回。特に事件はありませんが、ミコトの精神の変化が顕著に出てきた回となりました。
相変わらず普通の女の子とは言いがたいミコトですが(こればかりは成長過程のせいだから仕方がないです)、それでもだいぶ女の子らしくなったんじゃないでしょうか。
今回得た「友情」という感情により、彼女の交友関係に変化が出るかもしれません。そして、「恋愛」を理解するのも、何歩か進んだでしょう。

この回だけでミコトが名前呼び=切り捨てられない大切な人となった人が大量です。何せ高町家まとめてですからね。
だんだん大事なものが多くなってくるミコト。抱えることが出来なかったはずの彼女がこれだけ抱えられているということは、それだけ成長しているということなのでしょう。
しかし、大事なものは同時にアキレス腱とも成り得ます。今後(原作的に確定で)関わることになる厄介事に、どう影響してくることやら……。

あ、ミコトの初の水着シーンなのにユーノいねえや(ゲス顔)


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二十一話 お泊り会

平日なのは物語進行の都合です。


 先日のプールは、なのは達にとって「ジュエルシードで台無しになった楽しみをやり直す」ためのものだ。オレ達は初めてだったが、彼女達にとっては二度目だ。

 ここで思い出してほしいのだが、オレ達が知り合ってから、「ジュエルシード絡みで台無しになった楽しみ」は、もう一つあるはずだ。

 予め言っておくが、温泉ではない。あれはしっかり綺麗に終えることが出来た。途中ジュエルシードの暴走やらはあったが、終わりよければ全てよし。思い残すところは特にないはずだ。

 では何かというと。

 

「……改めて見ると、大きなお屋敷だね」

「うん! プレシアママのおうちとおんなじぐらい!」

 

 そう、月村家でのお茶会である。元々大魔導師の家に住んでいた二人と一匹は、この資本の偏りを感じさせる大邸宅を見ても、オレ達ほどは驚かなかったようだ。

 さすがに敷地面積で言ったら月村家が勝つが、あっちはあの大きさで移動式ラボ兼任だ。庶民のオレ達から見れば、どっちもどっちのブルジョワジーである。

 当然ながら、八神家総出だ。前回よりも大人数での訪問。それだけで随分状況は違うのだが、もう一つ前回と違うことがある。今回は既に夕刻を回っており、泊りがけでの訪問となる。今日は平日なのだ。

 何故休日ではないかというと、オレとブランのシフトの問題だ。休みの日は平日より長く翠屋の"お手伝い"が出来るため、オレは出来る限り入るようにしている。もちろん、やりすぎにならない範囲で。

 そうすると、休日にお茶会が出来ない。何とかならないかと皆で念話会議を開いたところ、「なら平日にお泊り会をすればいい」という結論に至った。

 ここから八神家、ひいては海鳴二小は相当な距離があるため、翌朝は月村家のリムジンで送ってもらうことになる。……騒ぎにならないように、学校よりかなり手前で降ろしてもらおうと思っている。

 

『八神家の皆様、いらっしゃいませ。すぐにお迎えに参りますので、少々お待ちください』

「よろしくお願いします」

 

 さすがに二度目ともなれば覚悟が決まるのも早い。オレは月村家の荘厳な門に不釣合いのインターホンを押して、ノエルの応対を受けた。

 と、フェイトがキョロキョロとしている。どうした?

 

「えっと……普通のお庭だなーって」

「? それはそうだろう。特に不都合はないはずだが」

「そうじゃなくって、その……温泉で忍さんに聞いた話が気になって」

 

 ああ、防犯を強化したという話か。……確かに、それらしい形跡はない。フェイトの目から見てもそうだとしたら、ブラフか、よほど巧妙にカモフラージュしているかのどちらかだ。

 

「防犯は忍お嬢様の趣味のようなものなのですが、あまり派手にされて景観を損ねても困りますので、普段は地面の下に埋めているのですよ」

 

 スッと、音も無く現れたノエルが説明してくれる。八神家一同頭を下げ、向こうも丁寧にお辞儀をした。

 

「芝生をよく見ていただくと、模様にまぎれてところどころ四角く区切れているのが分かるでしょう。あそこが、対人機銃が隠されている区画です」

「機銃て……法律とか大丈夫なん?」

「ええ、実弾は使用していませんから。警戒レベルに応じて弾の種類も変化しますが、最大でも強化ゴム弾ですよ。至近距離で受ければ骨にヒビぐらい入るかもしれませんが」

 

 それが四方八方から掃射されるわけか。……ゴム弾でも気休め程度だな。喰らったら普通に死ねそうだ。

 

「そういう事情ですので、お屋敷に入るまで絶対に道を外れないでくださいね。特にフェイトお嬢様、飛翔魔法を使うと即座に警備システムが反応して対空迎撃ミサイルが発射されてしまうので、ご注意ください」

「そ、そんなことしないよ!?」

 

 ノエルなりの物騒なジョークだったようだ。氷のような表情が緩み、微笑が漏れた。ちなみに対空ミサイルはペットボトルロケットで、弾頭にこしょう爆弾を積んだものらしい。

 警備システムにしては緩い気がするが、空を飛んでこれるのなんて近所にいるのは知り合いぐらいのものだ。ジョークアイテムみたいなものなのだろう。

 さりとて、できることなら痛い目にはあいたくない。オレ達は前回と同じく、ノエルの後から外れないように着いて行った。フェイトは若干ビクビクしていたが。

 

 お泊りの荷物をノエルに預かってもらい、皆でテラスに向かうと、早速なのはに抱きつかれた。彼女と友達になって以来、一方的な友達宣言をした直後のあきら並にスキンシップの頻度が上がっている。

 再度になるが、オレの身長はなのはよりも小さい。そんなオレが飛び掛って抱きつかれれば、大きくよろめくというもの。背後にいたブランがオレを支えてくれた。

 

「猪突猛進は君のいいところかもしれないが、もう少し状況は考えてくれ。今もブランがいなかったら危なかった」

「えへへ、ごめんなさい。ミコトちゃんの顔を見たら、嬉しくなっちゃって」

 

 彼女の言葉が真実であることを示すように、表情は緩みきった笑顔。見ているだけでオレの目尻も柔らかくなってしまいそうだ。

 が、締めるところは締めるオレだ。デコピンを一発入れて涙目にしてやる。恨みがましくオレを見る少女に、「いい加減学習しろ」の一言を添える。

 

「で、やはりお前はいるわけか」

「そらそうよ。前回だって、俺もいたっしょ?」

 

 今回はお茶会ではなくお泊り会。にも関わらず、この変態は普通にいた。

 彼はわかっているのだろうか。男子が一人である以上(恭也さんは忍氏と一緒だろう。深入りはしない)、彼はこの広い屋敷で一人の一夜を過ごさなければならないということを。

 ユーノがいれば違っただろうが、あいにく彼は今ジュエルシード絡みの手続き他もろもろのために管理世界に戻っている。この会に参加することは出来ない。

 ……まあ、変態の心配をしてやる必要はないか。この男なら、なんだかんだで面白おかしく過ごすんだろう。

 

「皆、プールぶり! ってほんの数日前だけど」

「ミコトちゃん達とは学校が違うから、毎日会えないのが寂しいよ」

「そんなものか。……ああ、だからなのはは毎日のように念話をかけてくるのか」

 

 月村の言葉で、なのはの定時念話の理由を理解した。彼女にとって、友達とは毎日顔をあわせる存在なのだろう。少なくとも、これまでの友達は同じ学校の女子だったのだから。

 「念話」という単語で、アリサ・バニングスの顔つきが神妙になった。この間の念話会議には、彼女も月村も参加している。

 

「……話には聞いてたけど、ほんと便利よね。ケータイ持ってないミコトと、頭の中だけで会話できちゃうんだもん。インフラってなんだっけって感じよ」

「現状こっちから一方的にしかかけられないがな。ミステール、何か受信する方法はないのか?」

「難しいことを言ってくれるのぅ。ラインをつながなければ、わらわとてそれを知る方法はない。よもや四六時中回線をつなぎっぱなしにするわけにもいくまい」

「それは、確かに日常生活に困るかも……」

 

 ミステールの冗談めかした提案に、苦笑を返す月村。オレもそんな鬱陶しそうな生活はごめんだ。

 

「リンカーコアを持っていれば、念話程度なら誰でも出来るらしいんじゃがのぅ」

「そればっかりは仕方ないわよ。管理外世界では、持ってる人の方が稀なんでしょ?」

「そうだね。なのはやガイみたいな極端な例はあるけど、基本的にはないと思っていいよ。あと管理世界生まれでも、アリシアみたいに持ってない子もいる」

「ふーんだ! そのかわり、わたしにはずのうがあるもんねっ!」

 

 引き合いに出されたアリシアがむくれる。もし彼女にリンカーコアがあったなら、まさしく二代目プレシアな大魔導師になれたのだろう。

 が、ここは管理外世界であり、リンカーコアは社会生活上重要ではなく、むしろアリシアのような秀逸な頭脳の方が重宝されるだろう。

 

「オレが管理世界に関わる気がない以上、リンカーコアは「あればちょっと便利」程度のものだ。渇望するほどのものじゃない」

「というか、ミコトちゃんはミコトちゃんで、なのちゃん達の魔法では出来ないことが出来るもんね」

 

 なのはを追い出してオレの腕の中に収まったソワレを見ながら、月村は苦笑する。必要となる方向性が違うのだから、そうもなる。

 もし「コマンド」を作った目的が「実生活の補助」とかだったら、どういう仕様になっていただろうか。もっと限定的で、長文が必要ないようなものだったかもしれない。

 もっとも、そんなことのために異能を求めたとは思えないが。"魔法"が必要だったのは、それでしか出来ないことを成したかったからだ。

 

「ミッド式と同じでは、多分はやての足を治せない。あれが起こせるのは、結局は物理現象だからな。それなら違う方向性にもなるさ」

「そっか。そのための"魔法"、だったね。色んな出会いがあったから、そのことをすっかり忘れてたよ」

「汎用性が高すぎるのよね。それでもまだ治ってないんだから、頑固な病気よね」

「なはは、誰に似た病気なんやろうねー」

 

 実際に「コマンド」を使用してはやての足を動かせるようにしようとしたことはある。だが、神経伝達に干渉してみても、筋肉運動に干渉してみても、ピクリとも動かせるようにならなかった。

 当たり前といえば当たり前だ。はやての体は「医学的には健康体」であり、オレが試した方法というのは、あくまで物理的なものだ。石田医師がやっていることと、結果的には大差ない。

 ならば霊体や魂魄などに直接干渉してやればいいかというと、それはそれで危険が大きすぎる。何せオレはそれらを知覚出来ないのだ。気がつかないうちに取り返しのつかないことをやってしまう可能性がある。

 だからオレに出来ることというのは、真実にたどり着くための召喚体を生み出し、そこからアクションを起こすということ。

 今はミステールが数々の因果を覚えるのを待つしか出来ない。だが、真実に辿りついたそのときは――今度こそ、この手で原因を取り除きたいものだ。

 オレの意志が固くなっているのが伝わったのか、ソワレが心配そうにオレを見上げていた。……いかんな、娘にこんな顔をさせては。母親失格だ。

 だからオレはオレに出来る一番柔らかい笑みで、ソワレの頭を撫でた。

 

 ふと、藤原凱と目線が合う。その瞬間、彼は間違いなく真剣な表情をしていたと思う。直感的に、それは「本当の真面目モード」だったと理解する。

 ……もしかして、彼ははやての足についても何か知っているのか? もしそうなら、何故黙っている? 「話せない」と言っていたが、これもあのときと同じなのか?

 分からない。少年は次の瞬間には、何事もなかったかのようにヘラヘラと笑っていた。

 

「そんな小難しい話より、猥談しようぜ猥談!」

「『女の子に振る話題じゃないよ、ガイ君のエッチ』『ほどほどにしないと、私、怒っちゃうよ?』」

「ガファ!?」

 

 吐血して倒れる変態。誤魔化すにしてももうちょっとマシな話題を選べ、変態め。

 いつも面倒を見てくれたユーノがいないため、いやいやながらもアルフが彼の治療を引き受けることとなった。ユーノに比べて治療効率が悪いから、明日の朝まで放置だそうだ。

 

 

 

 で。

 

「どうしてこうなった?」

「んー、強いて言うなら、情熱(パッション)、かな」

 

 かな、じゃないよ。月村の謎のやりきった感に突っ込みを入れるが、返って来るものはなし。スルーしやがった。

 今オレの身に何が起きているかというと、一言で言えば白い制服に身を包まれている。彼女らの通う聖祥大付属の制服だ。

 夕食までの時間何をするかという話をすると、いいことを思いついたと月村が手を叩き、オレ達はここへ案内された。この、種々の衣類が並ぶ衣装部屋へと。

 なるほど、皆で着せ替えをして遊ぶのかと思っていたのもつかの間、何故かオレは月村によって羽交い絞めにされた。彼女の号令の下、アリサ・バニングスとメイドのファリンがオレをひん剥きに来たのだ。

 もちろんオレは抵抗しようとしたが、月村の膂力は女子の平均をはるかに上回る。平均よりわずかに運動能力があるだけのオレがそれに敵うはずもなく、抵抗空しく下着のみにされた。

 そして、この聖祥の制服を着せられて今に至る。

 

「せめて、オレの意志関係なしに強制的に着替えさせられた意味を教えてもらえないか」

「だってミコトちゃん、着てって言っても素直に着てくれないでしょ?」

 

 種類による。あそこにかかっている、ドピンクでラメ入りの何に使うのか分からないような服を着ろと言われたら、それは当然断る。

 だが、聖祥の制服を着るぐらいなら、別に拒むほどのものでもない。……女子の制服なら、な。

 

「これは明らかに男子の制服だよな?」

 

 そう。オレが今着ているのは、いつか藤原凱が着ているのを見た、聖祥小学校の男子制服だ。左が上のボタンに、下は半ズボン。清く正しい少年スタイルである。

 仕上げとばかりに、月村は白い帽子――皆が着けているのを見たことはないが、恐らく聖祥の指定帽子――を、オレの長い髪をしまって乗せた。

 

「完成! ミコトちゃんの男装スタイル!」

「質問に答えていただきたいのだが?」

 

 「成し遂げた」と言わんばかりの月村への突っ込みはやはりスルーされ、代わりにアリサ・バニングスが答える。

 

「ほら、なのはが昔勘違いしたっていう男装を見てみたかったのよ。けど……贔屓目に見てもこれ、男の娘よね」

「4年前も別に男装していた覚えはない。オレは男っぽい顔つきというわけではないのだから、「女子の男装」の域を出るわけがないだろう」

「ねえなのちゃん、どうしてミコトちゃんを男の子だと思ったの?」

「皆の死体蹴りがひどいの! もう許してっ!」

 

 要するに盛大ななのは弄りだったということだ。はあ、と溜め息をついて帽子を取る。ファサッと髪が降りた。

 

「なのはを弄るのは一向に構わんが、オレを巻き込むのは勘弁していただけないだろうか」

「構ってよ!?」

「そいつは無理な話ね。あんたが「友達になってください」って言うまではね!」

「器が知れたな」

 

 まあ、ただのジョークだろうが。それにしても……ズボンをはいたのは久々だな。二年前はこれが普通だったはずなのに、今では違和感しかない。

 

「やはりロングスカートは格が違った」

「そういえばミコトちゃんってロングスカートしかはかないよね。ふぅちゃんみたいなショートははかないの?」

「あれは中を見られないように細やかな気遣いが出来なければ、ただの自殺行為だ。タイトスカートじゃなければ動きやすさも変わらないし、オレはロングでいい」

 

 オレは必要となったら派手なアクションも辞さないからな。そのときにパンツ見られたら、恥ずかしいし。

 

「……あんた、普段の言動は女の子っぽさ無縁なくせに、どうしてそういうところは女の子らしくなるわけ?」

「女らしさに興味がなくて、根っこのところが女の子なら、こうもなるだろうさ」

「あはは……これは分かんないね」

 

 分かってもらおうとも思っていないからな。多分これも、オレの歪な部分なんだろう。オレ自身のことだから、自分ではどうなのか分からないが。

 

「ミコトちゃんは、ズルイの。ピンポイントで男の子っぽいくせに、ピンポイントで女の子らしいんだもん」

 

 死体蹴りから回復したなのはは、膨れっ面だった。あれは君が勝手に勘違いしただけだろうに。オレはむしろ被害者だ。

 何せ、「なのはから4年間男と勘違いされていた」ということを知られたことで、5人衆から時々男役扱いされるようになったのだ。……オレの言葉遣いのせいと言われればそれまでだが。

 

「というか、そもそもの話だ。オレはそこまで男言葉か? 確かに一人称は「オレ」だし、言葉遣いも固いかもしれないが、それだけで男言葉というのは違うんじゃないか?」

「じゃあ、あんたが思う男言葉ってのをやってみなさいよ」

「むっ。……『俺、八幡ミコト! 趣味はベーゴマとメンコだ! 皆、よろしく頼むぜ!』」

 

 三人とも噴き出した。正直オレも腹筋が痛い。自分でやっておいて「何だこれは」と思う。

 

「あっはっは! 何これ、超ウケる! 全然似合わない!」

「ぷふっ! ……み、ミコトちゃん、頬がヒクついてるよ……くふっ!」

「ああ、これは宴会芸に使えそうだな。皆が飲み物を口に含んでるときにやったら、まさに阿鼻叫喚だろう。……ククッ」

「じ、地獄絵図なのっ……ふぐぅっ!」

 

 結論、男言葉も似合わない。女言葉とは別方面で似合わなかった。オレの言葉遣いは、オレ固有のもののようだ。

 

「あー笑った笑った。……あれ? そういえばファリンは?」

「あ、そういえばいないね。何処に行ったんだろ」

「オレ以外の八神家の皆もだ。好きな衣装を取りに行ってるんだろうか」

「……あ、あそこ!」

 

 なのはが気付いて指差した方向には、確かに八神家の皆がいた。

 彼女達は……聖祥の制服を着ていた。ちゃんと女子用である。

 

「あ、ミコちゃん声かけなくてごめんなー。皆出来上がってから見せようと思っとったから」

「気にしなくていい。はやても着てみたのか」

「せやでー。じゃーん、どやっ!」

 

 車椅子ではなく、ブラン――彼女も聖祥の制服だが、恐らく高校生用だろう――に抱えられたはやてが、両手を開いて見せ付ける。

 

「うん、似合ってる。オレも男子制服じゃなくて、そっちを着たい」

「じゃあお手伝いしますよー、ミコトちゃん!」

 

 ファリンは皆の手伝いをしていたようだ。オレがそう言うのを予測して……いたわけではないだろう、明らかに過積載の聖祥女子服を抱えている。

 というか、この家には何着の制服があるんだろうか? 大富豪の家なのだから、経済的な面で気にする必要はないだろうが、資源的には気にした方がいいんじゃないだろうか。

 まあ、いいか。自分の中で結論付けて、ファリンに着替えを手伝ってもらおうとしたところで、服のすそが引っ張られる。フェイトだった。

 

「あ、あの、ミコト……どう、かな?」

 

 くるりと回転するフェイトは、聖祥制服の白いスカートの裾をひらりと巻き上げる。その姿が愛らしくて、ついつい抱きしめてしまった。

 

「はう!? あうう、み、ミコト!?」

「ふふ。相変わらず抱きしめられるのに弱いな、フェイトは」

「あううぁー……」

「あー、フェイトずるい! ミコトママ、アリシアも!」

「ソワレも!」

 

 はいはい。真っ赤になったフェイトの体を離し、アリシアとソワレの聖祥制服姿を見る。二人は身長的に幼稚園児のような印象を受けた。

 それでも似合ってはいる。……アリシアは来年から学校に通うが、ソワレは戸籍がないため無理だ。少し、彼女の意志が気になった。

 

「ソワレ。学校に、通ってみたいか?」

「ん……わかんない。でも、いきたくなったら、ミコトについてく」

 

 そうか。それで君が満足できるなら、きっとそれで十分なんだろう。

 

「そもそもうちに聖祥に通うだけの家計的余裕はなかろう。制服姿で決めるというのは、早計じゃろ」

「ミステール……なんで君はそんなに似合わないんだ?」

「……オチ担当、じゃと?」

 

 ドッと笑いが起こる。皆と同じ聖祥の制服に身を包んだミステールは、何故か無理なコスプレ感が否めなかった。

 ――ちなみにその間中、アルフは狼型のままネコ山に埋もれてまったりしていた。元が動物だからか、着せ替え大会にさほどの興味を示さなかったようだ。

 

 

 

 皆の気が済むまで、好きなだけ衣装を着た後、夕食の時間だ。回復に時間がかかると思われた変態は、そのときには動ける程度まで回復していた。

 ……順調に耐性を身につけていっているように感じる。オレの女言葉も通用しなくなる日が来るかもしれない。早々に次の対策を練っておく必要があるな。

 

「これまた豪華だな」

「人数が多いですからね。普段よりも腕によりをかけました。自信作です」

 

 どうやら調理はノエルが担当したらしい。というか当たり前か。ファリンが手伝ったら、ブランを超えるドジっ子を発動して、余計な手間をかけることになりそうだ。

 まるでフィクションの中の金持ちのディナーのような夕食だった。銀食器に装われたサラダ、パン、スープ、ターキーetc。見た目にも華やかであり、作り手の腕の高さを証明するようだった。

 オレ達庶民ではまずお目にかかれない光景に、はやてのテンションが上がる。

 

「ふおあー! デジカメ持ってくりゃよかったわ! これだけで一種の芸術やよ、ノエルさん!」

「そう言っていただけたなら、腕を振るったかいがあるというものです。ありがとうございます、はやてお嬢様」

「大げさねぇ。ちょっと大きめのパーティ行けば、このぐらいはよくあるわよ。ま、ノエルぐらいのレベルは早々お目にかかれないけど」

「そのちょっと大きめは君たちの基準だ。忘れてはいけないが、オレ達八神家はザ・庶民だ」

「なのに一番大所帯なんだよね……」

 

 庶民は大所帯って相場が決まってるんだよ。何処の相場かは知らんが、何故かそういうイメージはあるだろう。

 と、ここで藤原凱から奇妙な発言。

 

「そのうちもっと大所帯になるんだろうから、お母さんは大変だよなぁ」

「冗談にしてもタチが悪い。これ以上増えられたら、養いきれんぞ」

 

 さらりと流してやったが、恐らくこれは彼の「知っている」内容の話だろう。推測の形になっていることから、やはり確定ではないのか。

 その内容が現実として確定しないことを切に願う。養いきれないというのは紛れも無い事実なのだから。

 ――もっとも、そんな希望的観測は、ほんの数日のうちに粉々に粉砕されてしまうことになるのだが。おのれ、藤原凱。

 

「? なんでもっと増えるの?」

「なんでって、そりゃミコトちゃんが結婚したらもっと増えるだろ。子供はラグビーチーム作れるぐらい?」

「なんで子沢山前提なのかが分からない。一体何年後の話をしている。日本国の法律上、女子の結婚最低年齢は16歳だ」

「その辺の安い男にミコちゃんは渡さんでー。ミコちゃんが欲しかったら、八神家の最速魔導師と、御神の剣士二人を倒せるぐらいの男やないとな」

 

 ユーノェ……。まあ、別れ際の彼では、オレももらってほしくはないが。彼がどれだけ己を鍛えられるか次第だな。

 アリサ・バニングスがニヤニヤしながらなのはのわき腹を肘で小突く。

 

「なのはの将来の夢は「素敵なお嫁さん」だったわよねー」

「にゃっ!?!? そ、それはその、の、ノリってやつなの!!」

「ノリの割にはなのちゃん、発表した後やりきったって顔してたよね。絶対諦めないっ、的な」

「にゃあああ!? すずかちゃんまでっ!」

「藤原凱、詳しく」

「なのは、ミコトちゃんの性別勘違いして王子様扱い、将来の夢の作文にまで出す。その後性別判明、失恋という名の自爆。今ココ、だな」

「やっぱり自業自得じゃないか」

「にゃああああああ!?」

 

 反応がいい故に弄られるのは、なのはの宿命と言ってもいいだろう。運命ではないぞ。

 

 立食形式のパーティで、皆思い思いに語りながら食事を摂ることが出来るというのは、やはりストレスのないやり方だ。翠屋パーティのときも思ったことだ。

 

「にゃははー、ミコトちゃーん」

 

 ……食事を摂りながら語るだけなら、ストレスはないはずだったんだがな。何故か後ろからなのはに抱きしめられている。

 酔っているのか? いやいや、子供だらけの食事にアルコールなんか出ないだろう。だとしたら、弄られすぎで何かの限界を超えたのか。

 

「動きづらいんだが」

「んー。やー」

 

 引っぺがそうとすると全力で抵抗してくるため、どうにもならない。再三になるが、体格的にはなのはの方が優れているのだ。

 はあ、と溜め息が出る。すぐそばにいたフェイトが苦笑した。

 

「おつかれさまだね、おねえちゃん」

「全くだ。なのは係を変わってもらえないだろうか」

「あ、あはは……今のなのははミコトしか見えてないみたい」

「にゃぅーん、ミコトちゃーん」

 

 全く、どうしてこうなった。そう言って溜め息をつくと、フェイトからはやはり苦笑が返って来る。

 

「ある意味、ミコトの自業自得かな。なのははずっと、ミコトと友達になりたかったはずだから。溜め込んだ分が一気に出てきてるんだよ」

「そんなものか。……まあ、動きづらくはあっても、嫌ではないから別にいいんだが」

 

 ほだされたわけじゃないからな。ほんとだぞ。

 もうなのははこのままにしておくことにして、フェイトと会話する。

 

「楽しめているか?」

「うん。今はアリシアとソワレをミステールに任せて休憩中。妹達がエネルギッシュ過ぎて……」

「フェイトは大人しい方だからな。ソワレも、大人しいと見せかけて、実はアリシアに近いみたいだ」

 

 最近分かったことだ。"夜"という概念を用いた割に、ソワレの性格は明るい。しゃべり方と色の雰囲気でゆったりとして見えるが、中身はエネルギッシュな子供そのもの。

 オレが相手にしていないときは、フェイトがそんな二人の相手をすることになる。

 

「大変じゃないか?」

「ミコトほどじゃないよ。それに……大変だったとしても、これは幸せな大変さだから。苦しくは、ないよ」

「……以前と違って、か」

「そうだね。母さんに従っていたときは、今から思えば苦しかった。辛かった。よかったと思えることなんて、ほとんどなかった、けど……」

 

 思い出しながら、何かを噛み締めているフェイト。

 

「おかげでわたしは、ミコトやなのはに出会えた。こうして幸せな時間を過ごせてる。だから、ちゃんと報われているよ」

「……そうだな。払った分は報われなければ、釣り合いが取れていない」

 

 ――オレ自身は、あのときの結果にまだ納得が出来ていない。プレシアが亡くなってもうすぐ半月が経とうというのに、まだ思ってしまう。もっといい結果があったんじゃないかと。

 それでも、フェイトの顔に憂いは一切なく、アリシアもソワレと一緒にはしゃぎまわっており、ミステールがやれやれと後からついていく。少なくとも、二人にとって最良と思える結果にはなっているのだ。

 いい加減、オレもこの気持ちに決着をつけなければ、三人の母親として胸を張れないな。

 

「「責任は後悔するためのものではない」、だな」

「あ、それ以前なのはに言ってくれたやつなの」

 

 後ろから抱き付いてくるなのはは、気付いたようだ。巨大樹騒ぎで対処が遅れ、町に被害を出してしまった後悔に押し潰されそうだったなのはに送った言葉。

 それを今度は、自分自身に送る。そう、オレはいつだって自分本位だった。

 

「そもそもオレの都合で動いたんだ。その上で出来ることは全部やった。他人の都合に合わせて、出来なかったことに思いを馳せても仕方がないことだ」

「あはは。すごくミコトちゃんらしいや」

「うん。わたし達が大好きなミコトだ」

 

 こんな自分本位な人間を好きだと言ってくれる物好きは、はやてぐらいのものだと思っていたが……存外多いものだ。

 だからオレは、フェイトを抱きしめる。顔を真っ赤にしてあわあわ言っているが、しっかり抱きしめて腕を緩めない。

 

「ありがとう、フェイト。オレも、大好きだよ」

「……ぷしゅー」

「ああ、ふぅちゃんが気絶したっ!?」

「あー! フェイトばっかりずるいー! アリシアも抱っこー!」

「ソワレもー!」

「ところ変われど相も変わらず、賑やかな家族達じゃ。呵呵っ」

「自慢の家族やで。な、ブラン」

「はいっ!」

 

 ちょっと場所が違うだけで、概ね平常運転の八神家である。

 

 

 

 

 

 浴室も豪華だった。女性陣全員で入って、なお余裕のある浴場。恐らく海鳴温泉よりも広かったんじゃないだろうか。おのれ、資本の偏在。

 その後、各々の寝巻に着替えて就寝。オレ達子供組は月村の部屋にあるキングサイズのベッドで、全員一緒に寝ることになった。

 ……なお、本来なら一人で寝ることになるはずの藤原凱であったが、さすがに哀れと思われたようで、ブラン、ミステール、アルフが一緒のゲストルームで眠ることになった。もちろんベッドは別だ。

 まあ、特に心配はないだろう。彼はあれで一線を踏み外すことがない。彼女達にセクハラまがいをやったことは――先日の造形魔法で間接的にはしていたが――直接的にはなかった。

 もし何かあったとしても、ブラン達には「遠慮なく叩きのめせ」と言い含めてある。特にアルフならば、何の遠慮もなくヤってくれるだろう。

 それはそれとして、年頃の少女達が集まって、大人しく寝るわけがない。眠気がやってくるまでおしゃべりである。ある意味お泊り会の醍醐味か。

 

「……で、聞いてみたらやっぱりゴールキーパーの彼と付き合ってるんだって!」

『キャーッ!』

 

 懲りもせず、コイバナである。やはり女の子にとっては大好物なのだろう。オレも、聞いている分には楽しくないわけじゃない。

 今の話は、翠屋FCという士郎さんが監督を務めるサッカーチームの、マネージャーの少女とGKの少年が付き合っているという話だ。それを聞いた少女達が、一様に黄色い歓声を上げる。但しオレ除く。

 

「二人とも聖祥の生徒なのか。オレ達では接点がないから、どうにも想像し辛いな」

「せやねー。けど、想像だけしか出来ない分、妄想が膨らむわー」

「も、妄想なんだ……」

 

 八神家でネタ振り、ボケ、突っ込みのサイクルが確立した。共同生活をしているだけあり、息がぴったりである。

 

「海鳴二小では、そういう話ってないの?」

 

 わくわくとした表情の月村。どうやらこの子は同性愛なのではなく、単に恋愛事に人並み以上の興味があるだけのようだ。ホッと胸をなでおろす。

 

「そういやないなぁ。わたしらが知らんだけかもしれんけど、少なくとも知ってる限りではなー」

「恐らくは精神の成熟度の違いだろう。私立ということは、それだけ知能面は高い水準にあるはずだ」

「つまり、うちの生徒はマセてるって言いたいわけね」

「乱暴に言ってしまえばな」

 

 だがそれが真実だろう。うちの連中は、あの5人衆も含めて、良くも悪くも「子供」だ。恋愛という事象に絡むには、まだまだ幼い。

 残念そうにしぼむ月村。そんな親友の様子に、なのはは苦笑する。油断しきった少女に、鋭い眼光のアリサ・バニングスの指摘が襲い掛かる。

 

「まあ、この中で一番マセてるのがなのはだってことは間違いないわよね」

「にゃっ!? ど、どうしてそうなるの!?」

「4年前の時点で、人の性別を間違えた上での初恋だからな。当事者としては、誇ればいいのやら悲しめばいいのやら」

「にゃああっっ!? も、もうやめてよぉ!!」

 

 本日三度目となる死体蹴り。だがコイバナと言えば、やはりコレは外せない。これだからなのは弄りはやめられない。

 と、ここでなのはが思わぬ反撃に打って出た。

 

「そ、それを言ったらミコトちゃんだって! この間、ユーノ君から告白されてたの!」

『えっ!?』

 

 アリサ・バニングスが驚愕でオレを見て、月村があからさまに目を輝かせる。君は節操がないな。

 しかし、驚きだ。この鈍そうな少女がちゃんと気付いていたとは。フェイトなんて「え? え?」と言いながらオレとなのはの間で視線を行き来させているというのに。

 

「どうやら君は恋愛絡みだと鋭くなるようだな。やはりマセて……」

「にゃあああ! やめてってばぁ!」

「そうね、今はなのはがマセてるという当たり前の事実よりも、ミコトがコクられたってことの確認の方が大事よ」

 

 「当たり前なの!?」と叫ぶなのはを華麗にスルーし、アリサ・バニングスはニヤニヤしながら詰問の姿勢。いいだろう、受けて立とう。

 

「あたし達が知らないってことは、最後のお別れのときかしら」

「そうだな。そのときに、告白紛いの発言は、確かに受けた」

「……ええぇ。わたし、その場にいたはずなのに全然気付かなかった……」

「ふぅちゃんはまだまだお子様やからしゃーないわ。ま、今後の参考にしときぃ」

「なるほどね。フェイトの反応からして、そこまであからさまな言葉じゃなかったってわけね」

 

 何せ、最後の最後でヘタレたからな、あのヘタレフェレットもどき。

 

「ち、ちなみになんて言われたの!?」

 

 月村の鼻息が荒い。怖いから落ち着いていただきたい。

 

「「次に会うときにもっと男らしくなっていたら、また指揮官になってくれ」だな。ずっこけるのを耐えたオレ自身を褒めてやりたい」

「……何やってんのよ、あの似非フェレットは」

「ユーノ君の黒歴史が周知の事実となっていくの……」

「忘れたらいかんけど、発端はなのちゃんやで?」

「……あれってそういうことだったの!?」

 

 今更になって気付いたフェイトが、顔を真っ赤にして「うわー、うわー!」と言っている。相変わらず天然だな。そこが我が娘の可愛らしいところというか。

 聞いてきた月村は、ユーノに対してあからさまに失望した顔を見せた。……次に会うときに超えるべき壁が多すぎだな、あの少年は。ほぼ自業自得だが。

 

「それであんたは、何て答えたの? フェイトと違って分かってたんなら、すっとぼけた答えは返さなかったんでしょ?」

「あのヘタレっぷりにはすっとぼけてやってもよかったんだがな。一応最初の一歩は踏み出せたことを評価して、「本当に男らしくなっていたら考えてやる」とだけ。まあ、ユーノはそれなりに喜んでいたよ」

 

 それで満足してしまうか、そこから男磨きの努力をするかは、彼次第だ。オレの知ったことではない。

 

「ちなみに、今のあんたにはユーノへの好意はあるの?」

「さあな。オレ自身、どうすれば異性を意識出来るのかが分からない。彼が本当にそれを望むなら、やるべきことは自分磨きよりもオレの意識の変革だと思う。それに気付くとも思えんがな」

「……中々ハードモードな恋愛してるわねー、あいつ」

 

 「ほへー」と感心したようなため息をつく少女達。そこまで大した話はしていないと思うのだが。

 

「そういう君は、告白とかはされないのか? 聖祥という同年代の中では精神年齢がやや高い集団にいるのだ。先の少年のような例だってあるだろう」

「……うっさいわね! ないわよ、悪い!?」

「あはは。わたし達が女の子三人で固まってるせいで、声をかけづらいのかもね」

「唯一声をかけてくるのが、あの変態なの……」

 

 なのはとアリサ・バニングスが揃ってため息をついた。ああ……それは、辛いな。

 しかし、月村は何気に自信家であるようだ。「自分達に魅力がない」とは欠片も思っていないようだ。オレは男ではないから、実際のところがどうなのかは分からないが。

 

 そんな感じで話をしていると、アリシアが大きなあくびをした。

 

「……あふぅ」

「もう眠いか、アリシア」

「んぅ……ミコトママー」

 

 あくびで涙が浮かんだ目をこすりながら、オレに抱き着いてくるアリシア。しっかり抱きとめてやり、頬にキスをする。末娘へのお休みのキスだ。

 

「えへへー」

「眠るまで隣にいてやる。ソワレは、どうする?」

「ソワレも、アリシアといっしょにねる」

「そうか」

 

 ソワレには額へのキス。眠たげな目を笑みの形にして、二人の少女はベッドの中に潜る。オレは二人の隣で、寝顔を見守った。

 

「……すごいわね。ほんとにママみたい」

「うん。ふぅちゃん達が「ミコトママ」って呼ぶのが、分かった気がするよ」

「むぅー。なんかもやもやするの」

 

 聖祥三人娘が、眠るアリシアとソワレに配慮して、小声で感想を述べる。二人が静かな寝息をたてはじめたのは、それからすぐだった。

 

「オレ達も、そろそろ寝ないか? いつの間にか、もう10時だ」

「あれま、ほんまや。楽しい時間が過ぎるのは早いなぁ」

「うん、本当に。……えと、ミコトママ……」

「分かっているよ、フェイト」

 

 「おいで」と声をかける。控えめなうちの長女は、おずおずとオレの腕の中に収まる。ソワレと同じく額へのキス。

 フェイトは顔を真っ赤にしながらも、嬉しそうにはにかみながら、笑みを浮かべていた。そして彼女は、アリシアの隣に静かに潜り込む。

 はやてのところに行く。彼女は足が不自由だから、自分から動くことは難しい。だから、オレの方から近寄り、寝る前の「儀式」をする。

 

「今日も一日、楽しかったな。ミコちゃん」

 

 はやてが自分の髪留めを取る。オレもまた、彼女と揃いのバッテン印の髪留めを取りながら、応える。

 

「ああ。今日も一日、はやてと過ごせて楽しかった」

 

 二人分の髪留めを重ね、ベッドサイドテーブルに置く。オレ達の行く末がともにあるように、祈るように。

 はやては……やたらとニコニコしていた。これから寝ようとする笑みではなく、何か思いついたときの笑みだ。嫌な予感しかしない。

 

「ミコちゃーん。いつもの、しようや」

「……人前でするものじゃないと思うんだが」

 

 何かを察した月村がガン見している。それを見たアリサ・バニングス、なのはの順に察していき、顔を真っ赤にして黙り、やはりこっちをガン見する。

 だがはやては、まるで意に介さない。むしろ見られてバッチコイと言わんばかりである。これは……断っても聞かないな。

 恥ずかしいものは手早く終わらせるべく、オレははやての頬に手を添え、素早く顔を近付けた。

 チュッと音を立てて、軽く触れる二人の唇。「おぉ~」という静かな声が三人娘から上がった。

 

「ほら、はやて。あまり皆を待たせないで――」

 

 皆まで言わせてもらえなかった。はやてがオレに抱き着き、唇を奪ったためだ。先ほどのお休みのキスでは足りなかった模様だ。

 オレは……半ば諦めの境地であり、抵抗しなかった。最早三人娘の視線すら気にならない。フェイトも見て顔を真っ赤にしているが、それすら気にする余裕はない。

 唇が触れていた時間は、1分かそこら。離れたときのはやての目は、蕩けそうに緩んでいた。

 

「えへへ。ミコちゃん、可愛い」

 

 オレの顔もまた、真っ赤に染まっていただろう。

 

 

 

 

 

 最後に、翌日の話を少しだけしよう。

 かねての予定通り、ノエルの運転するリムジンで登校したオレ、はやて、フェイトの三人。聖祥と違いそんなものに慣れていない海鳴二小の生徒達に配慮して、学校からそれなりに離れた場所で降ろしてもらった。

 そしてさあ日常に戻って学校生活を始めようと意識を切り替えたところで……。

 

「これマジ? リムジンで登校とかブルジョワ過ぎでしょ……」

「噂! 広めずにはいられないッ!」

「待て、加藤、鈴木! オレ達の言い分を聞け!」

 

 それから数日、「八幡姉妹は実はお嬢様である」という噂が流れることとなった。

 ……はやてのみ被害を免れたことが、解せぬ。




思いっきり百合を書きたかったんです(つまり最後の濃厚なはや×ミコがやりたかっただけ)

フェイトもアリシアも、プレシアとはしっかりお別れ出来たので、普通に話題に出すことが出来ます。引きずっていたミコトも、ちゃんと割り切れたようです。

作中でガイ君が示唆している通り、もうすぐ奴らが出ます。つまり、A's編が開始します。
ミコトという自分本位な少女が彼らとどう出会い、どう対処するのか。それは実際に見てのお楽しみということで(作者も)


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二十二話 惑る少年の独白 転

今回はガイ君(転生者)視点です。ようやく色々と明かされます。


 まずは自己紹介からしとこうか。

 

 俺の名前は、藤原凱。聖祥大付属小学校に通う、れっきとした男子小学生だ。エロにまみれた中学生でもヤりたいざかりの高校生でもない。所属はなのは達と同じ、3年1組。

 家族構成は、両親と俺の三人暮らし。世間一般の平均よりはまあ、裕福な暮らしをしてるんじゃないかな。私立行きたいって言ったときも、特に反対されなかったし。

 特筆すべき点としては、リンカーコア、つまり魔法の才能を持っているってこと。師匠のユーノ曰く、保有魔力量だけならなのはとタメ張れるらしい。シールドしか出来ない俺が持ってても、宝の持ち腐れだと思うが。

 俺はちゃんと家族に管理世界のことを話している。高町家が家族ぐるみでなのはのサポートをしているのを見て、俺も黙っておくのは筋じゃないと思ったんだ。これについては、ユーノが若干渋い顔をしたな。

 だけど、これは俺が「前々から」思ってたことでもある。危ないことに首を突っ込むのに、家族の理解を得ないでどうするって話だ。それが後々の仕事になるかもしれないってんならなおさらだ。

 いつかバレるなら、黙っておくのは問題の先送りでしかない。だったら、余計な隠し事はしないで素直にゲロっちまった方が、変な心配はしなくていいってもんだ。

 ちょっと話は逸れちまったが、今の俺に関しては大体こんなもんか。ああ、こんなんだけど、成績はいいぞ。今更私立とは言え小学生の問題にてこずってられるかよ。

 

 何? 野郎には興味ないからさっさと話終われ? ミコトちゃんの百合生活を見たいだって?

 バカヤロウ、そんなん俺が見たいわ! 俺がどんだけ生殺し喰らってるか分かるか!? 男だからどうしても隔離されるし! 女の子に生まれればよかったって気が迷っちゃったぐらいだぞ、チクショウ!

 ……ゴホン。まあ、気持ちは分かるさ。俺だって野郎の独白なんて汁気のないものよりも、オレっ子のふとした瞬間に現れる女の子らしい内面の方が、見てて潤うって思うもん。

 だけど、今回は俺の番なんだ。我慢して付き合ってくれ。

 

 自分の内側の声から推測した「観測時空の誰かさん」の意見への返答も終えたことだし、ちょっと核心に入ろうか。

 もう皆分かってると思うけど、俺は転生者……っていう表現はちょっと正しくないかもなんだけど、まあその言葉が持ってるニュアンスで考えれば大体合ってる存在だ。

 より正確に言うなら、「この世界によく似た世界を作品として観測した分岐世界の住人の記憶を持っている小学生」ってとこだ。ややこしいな。めんどいから普通に転生者でいいや。

 そういうことで話を進めるけど、俺がこの世界に"転生"したのは、偶然でもなんでもない。俺が意図して、選んでこの世界に生まれ落ちた。「選ばせてもらった」んだ。

 要するに二次創作用語で言うところの「神様転生」だ。俺が「お願い」した相手は、神様ではないって明確に否定をしてたから、この表現は完全一致じゃないけれども。

 じゃあ俺が「神様転生」をしたのは、その「神様」の気まぐれだとか不注意による失敗だとか、そんな必然なのか? 答えは、ノー。絶対にノゥ。もっと理不尽で抗いがたい何かだ。

 端的に言ってしまえば、「偶然の事故」。それも普通だったら発生し得ないような、何億何兆でも済まないレベルの天文学的な確率の事故が起きた。

 それが、俺がこの世界に生まれ落ちた、本当に最初のきっかけ。「神隠し」。そして現在、この世界で小学生をやっている。

 

 こんな説明じゃ分かりにくいだろうから、会話とエピソードを思い出して説明することにしようか。

 あ、予め言っておくけど、完全再現じゃないからな。俺の記憶の補正が入ってるだろうし、何より"俺自身"は経験したわけじゃない。"前の俺"の記憶なんだから、多少不鮮明になるのは勘弁してほしい。

 それでは、回想スタートだ。ポップコーンとコーラ片手に楽しんでくれ。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 突然だが、皆さんは「時の最果て」という場所を知っているだろうか。某国民的人気漫画の作者や某国民的人気RPGのデザイナーが協力して作り上げたゲームに出てくる地名の一つだ。

 その場所は全ての時が生まれる場所であり、辿り着く場所でもある。そんな時間の理から外れた場所という設定だ。まあ、今は設定自体はどうでもいい。

 大事なのは、今俺が立ち尽くしている場所がそれに酷似しているってことだ。いきなりのことにわけが分からず、呆然と立ち尽くしていた。

 

「……はあ?」

 

 どれぐらいそうしていたか。体感時間的には結構長かったけど、実際は5秒とかそんなもんかもしれない。

 俺の口からは意味のない問いかけ……問いかけ? まあ、「なんだこれは」とか「どういうことだ」とか、色んなものが混じった音が発せられた。

 もちろん、返って来る答えなんてない。今この場には、歪んだ時空のような空間しかない。正しく人っ子一人いない。俺一人だ。

 俺はついさっきまで大学のキャンパス間を移動していたはずだ。教職課程を取るべく、俺が所属する学部のキャンパスとは徒歩で20分ぐらい離れた本キャンパスに移動している最中だった。

 それが、何の前触れもなく景色が変わり、この最果て染みた空間に辿り着いた。……記憶をたどってみても、その事実しか出てこない。トラックにひかれた覚えも、スキマに落ちた記憶もない。

 それを証明するかのように、俺が耳に付けているイヤホンからは、音飛びなしで曲が続いている。陰気な雰囲気とは場違いな明るい洋楽が流れていた。

 音楽――それに気付き、ポケットからスマホを取り出す。画面を起動して……やはり圏外である。GPSなんか起動するはずもない。

 曲を止め、肩にかけたトートバッグの中にしまう。辺りは一切の音がない静寂に包まれていた。

 生命が感じられない、時の流れすら分からない歪んだ時空に、突如として俺は放り込まれた。

 

「……は、ははっ……」

 

 笑いが漏れたが、別にこの状況が面白おかしいわけじゃない。人間追い詰められると、自然と笑いが出てきてしまう生き物なのだ。

 つまり、今の俺はどうしようもないほど追いつめられていて――どうにかなると楽観しているわけじゃないが、ある意味腹をくくることが出来た。

 どうしようもない。分からないことはあまりに多いが、その一点だけは理解出来てしまった。ほとんどの可能性において、俺がこのままここでくたばることを理解したのだ。

 そう理解すると……今出来ることは全部やろう。自然とそう思えた。そうして俺は、歩き始めたんだ。一人で、無言で。

 

 そして、そういうことはやってみればやってみるもんだ。

 

「……おいおい、マジかよ」

 

 歩き始めてほどなくして、人など一人もいないと思われた空間に、何やら音が響き始めた。カタカタカタカタという、まるでキーボードを叩くような音。

 こんな、神秘的でありながらおどろおどろしい空間に、まるでそぐわないプラスチックなタイプ音。だがその軽さ故に俺が安堵出来たのは事実だ。

 カタカタ音が強くなる方向に歩を進める。やがて俺は、街灯の明かりに包まれた小さな区画を見つけることが出来た。まんま時の最果てだ。

 だが、そこにいたのは時の賢者たる老人ではなく、古めかしいディスプレイを睨みつける精悍な男。手は休むことなくキーボードを叩いており、その背は大きなオフィスチェアに預けられている。

 とてつもないミスマッチがそこにあった。俺はようやく見つけた人だというにも関わらず、声を発することも出来ずに、またしばらく立ち尽くした。

 俺が動けるようになったのは、彼がタイプを止めて大きく伸びをしたときだ。

 

「……んあ?」

「あっ」

 

 のけぞった彼のさかさまになった目線と、俺の狼狽えた目線が絡み合う。しばし無言の沈黙が場を満たす。

 そして。

 

 

 

「誰だお前!? おあだっ!?」

 

 大声を出した男が、椅子をひっくり返してこけた。それはこちらが聞きたいことだった。

 

 

 

 ともあれ、現状唯一の手がかりである彼を無下に扱うことは出来ない。転んだ男を抱え起こし、椅子に座らせる。

 彼は「立ち話もなんだろ」と言って、キーボードを操作してから何処からともなく椅子を取り出した。……まさか、立体プログラム的な何かなのか?

 

「あー……みっともねえとこを見せたな」

「あ、いえ。俺は特に気にしてないですし……」

 

 男は「失礼」と言ってタバコをくわえて火を点ける。背は190cmぐらいあるだろうか。無精ひげと、ボサボサ頭。そして何故か、白衣を着ていた。

 ふぅー、と紫煙をくゆらせ、男は一息ついた。どうやらこのタイミングで休憩を取るようだ。

 

「で。お前さんは何者……って、自分でも分かってねえみたいだな」

「はあ……。学生証とか、そういうのは持ってるんですけど」

「あー、いい。んなもん見ても、上っ面が分かるだけだ。この場にいる理由にはならねえだろ」

 

 財布に入った学生証を取るべく伸びた手が、男の言葉で止められる。……確かに、その通りだ。

 くわえタバコのまま「めんどくせー」と言いながら頭をガシガシかく男。今度は俺から質問した。

 

「あ、あの! ここは何処なんですか? 俺、気が付いたらこんな場所にいて、ここに来た心当たりもなくて」

「……うーわ、マジかよ。本格的にめんどくせえことになってんな」

 

 額に手を当てて天を仰ぐ男。俺の言葉で、自分の疑問への答えを得たようだ。

 タバコを手に持ち、はあーっと深いため息をつく。そして再びくわえタバコとなり、男は説明を始めた。

 

「この場所は……あー、「観測境界」とでも呼ぶことにしようか。次元階層の異なる世界の狭間だ。つっても、ほとんど意味は分かんねえだろ。ぐるぐるしてる世界とでも考えとけ」

「は、はあ……」

 

 こんなよく分からない場所にいる割には、ざっくばらんで所帯じみた男だと思った。

 

「で、お前さんがここにいる理由だけど……観測してなかったから確証はないけど、確信を持っていうと、ただの事故だ」

「……はっ?」

 

 意味が分からない。こんな場所にいるのが、ただの事故?

 

「いえいえ、待ってくださいよ。俺、ただ道を歩いてただけですよ? 別にトラックにひかれたとか、変な穴に落ちたとかでもない。思い当たることなんてないですよ」

「だから、歩いてたらいきなりここに飛ばされたんだよ。お前の世界にもあるだろ、「神隠し」って単語。あれの超稀なケースが起きたんだよ」

 

 男は語る。神隠しには様々なケースが考えられるが、基本的には空間が別の空間と一時的につながることで発生する。この時点で俺の知識からすると驚愕なんだが、この身に起きていることを考えると、驚く余裕もない。

 で、この空間――「観測境界」は文字通りの狭間であり、通常なら素通りしてしまいつながることはない。事実、これまで俺のような"迷子"は一度もなかったそうだ。

 だが、今回はそれが起きてしまった。通過の最中に亜空間(二つの空間を繋いでいる空間だそうだ)が消失し、零れ落ちるように俺はここに投げ出されてしまった。

 確率にして、ミクロとかナノとかフェムトとか、そんなのが生易しく見えるぐらいのごく微小な確率だそうだ。

 

「……それってつまり、俺はここに来なくても、神隠しにはあってた、と」

「そうとも限らねえさ。繋がってる二つの空間が、実は全くの同一って可能性もある。ってかほとんどの場合はそうだ。寸分たがわぬ位置にワープしてりゃ、神隠しにはなんねえだろ」

 

 確かに。ということは、やはり俺がここにいるのは、とてつもなく運が良かったのか、とてつもなく運が悪かったのかのどちらかだということだ。

 とりあえず、俺がここにいる理由は……原理とかはともかくとして、ある程度理解した。問題はここからだ。

 

「その……俺って、元いた場所に帰れますかね?」

 

 とても重要なことだ。俺は、自分の世界に家族がいる。友人もいる。大学にも通っている。将来もある。元の世界に未練がやまほどあるのだ。

 俺は、死んだわけじゃない。こうして生きて、普通だったら来れない場所に来てしまっただけだ。もし帰れるなら帰りたい。

 だけど男は、顔を渋く歪めた。

 

「……分からねえ、としか返しようがねえ。気休め言っても仕方ねえからはっきり言うが、確率で言えばまず無理だ。ゼロではないが、ここに来たのと同じぐらいの偶然をもう一回起こさなきゃならねえ」

 

 ここの景色が流動しているのは、単なるエフェクトではない。常に変容する可能性によって、観測される位置座標と時間座標、その他諸々が変化しているためだそうだ。

 難しいことはよく分からなかったが、はっきりしていることが一つある。それは、こんな中から俺が元いた世界を見つけ出すのは、事実上不可能であるということ。

 

「まさか俺もこんな場所に迷子が来るとは思ってなかったからな。それに、観測しようにも世界は無数だ。勘で「迷子が来そうなところ」に当たりを付けるなんてのは出来ねえよ」

「そう……なんですか」

「俺は神様じゃねえんだ。ただ存在してる次元階層が違うだけの人間だよ。俺自身は、ただの端末だけどな」

 

 絶望。家族や友達に別れを言うことが出来なかった。理不尽に、安否すらも分からぬ場所に送り込まれてしまった。

 いや、世の中そんな人間は存在するだろう。こんな場所に送り込まれなくたって、僻地で行方不明になったりすれば、家族や友達は分からぬ安否に心を痛めるだろう。そう考えれば、生きていられる俺はまだマシな方だ。

 だけど、生きている分、それは俺の心に重くのしかかる。項垂れる俺の様子がいたたまれなかったか、男はガシガシと頭をかいた。

 

「……お前さんが元の世界に帰りたいって言うなら、送り出す努力はしてやる。ただ、いつになるかは分からない。千年かもしれない。一万年で済むかもしれない。ひょっとしたら、無量大数の先でも無理かもしれない」

 

 「その間お前さんの精神が持つなら、やってやる」と男は言う。そんなの……多分、耐えられそうにない。

 それが分かったから、俺は力なく首を横に振った。もう一度、男はガシガシと頭をかいた。

 

 しばらくの間、俺はしゃべる気力がなかった。家族や友達に二度と会えない、その絶望に打ちひしがれていた。

 だけど人間は、いつまでも絶望していられるほど、一つのことだけに打ち込める生き物じゃない。首を横に振って、これからのことを考える。

 

「それで、俺はこれからどうなるんです」

 

 家族や友との縁が切れてしまっても、俺自身は絶対に切ることが出来ない。俺は俺が終わるまで、自分のことは考えなければならないのだ。

 俺の質問に、男はタバコの火を灯しながら、ふーむと考える。

 

「一番の選択肢は、適当な世界に飛ばす、だな。お前さんが生きていけそうな可能性を検索して、そこに落とす。そうすりゃ、死ぬまでは生きていける」

 

 そりゃそうだ。最初の印象でぶっきらぼうな人かと思ってたけど、意外と面倒見のいい兄貴分という感じだ。

 

「他にも選択肢があるんですか?」

「そらな。二番目、ここで元の世界が見つかるのを待つ。とはいえ、これはもう選択しないって決めたみたいだからボツ案だな」

 

 指を立て、三つ目の選択肢を語る。

 

「三つ目は、お前さんは一旦ここで「終わって」、記憶だけ残して適当な世界で生まれ直す。第一案の変則案ってとこだな」

「……転生、ってことですか?」

「似たようなもんだ。第一案との違いや、メリット・デメリットについて解説する必要はあるか?」

 

 ない。俺にも、一つ目と三つ目の違いは分かった。

 一つ目は、「今の俺」のまま、新しい世界に適合して生きていこうとする道。今までの想いも何もかもを抱えたまま、最後まで歩く道だ。

 そして三つ目は、「次の俺」に全てを託す道。一度俺という存在を途切れさせ、新しい俺となって生きていく道だ。記憶は受け継がれ、しかし想いの全てはここで終わる。

 そうすれば、メリットとデメリットも自ずと分かる。一つ目は俺の精神を保つことは出来るが、重荷を抱え続ける必要がある。三つ目はその逆だ。

 選択肢はこの三つ。実質二つ。一案と三案のどちらかを選ぶことになる。

 そして俺が選んだのは――もう分かっていると思うが、三案だった。

 

「……理由を聞いてもいいか? オブラートに包まないで言えば、三案ってのは「ここで死ぬ」選択肢だ。普通の奴なら一案を選ぶはずだ」

 

 その通りだと思う。誰だって、死にたくはないだろう。事実俺も、「これからどうなるのか」という質問は俺が生きることを前提にしたものだ。

 だけど、同時に俺は思う。これから先、絶対に叶わぬ郷愁を抱えるよりも、「次の俺」として面白おかしく生きてみたいと。それは、「今の俺」では絶対に叶わないことだ。

 「ほぉ」と男は感心したように頷いた。

 

「ただの自暴自棄だったら、無理矢理一案を飲ませたんだけどな。未来を見据えてってことか」

「あはは……俺、あんまし心が強くないっすから」

「はは、見るからにそうだな。よし、「次のお前さん」は図太いヤロウになる可能性を選択してやる」

 

 それは助かる。「今の俺」みたいな状況に陥っても、心が折れない強い人間になってほしい。

 これで合意は取れた。俺の存在はここで終わり、記憶を継承してどこかの世界に生まれ落ちる。悔いは、ない。

 次に決めるのは、生まれ落ちる世界の希望だ。

 

「要望があるなら聞くぞ。ああ、どんな要望でも「次のお前さん」が天寿を全うできる可能性は選んでやるから、安心しておけ。絶対の保証じゃないけどな」

「世知辛いっすね」

「そりゃお前さん、世の中絶対はねえよ。お前さんがこんな場所に落ちてきたのがいい証拠だろ」

 

 確かに。しかし、要望か……。せっかく新しい俺として生まれ落ちるわけだから、前と同じような世界っていうのは刺激がなさすぎるな。

 だけどあんまりファンタジーな世界にして、振り回されても可哀そうだ。……一応自分のことなんだが、「今の俺」ではなくなるせいか、自分の子供のことを考えているような感覚だ。

 刺激はあるけど、ファンタジー過ぎない世界。そう考えたところで、俺は元の世界で好きだったとある作品を思い出した。

 それを言う前に、確認を取らなきゃならない。

 

「あの……俺の世界にあった作品のような世界って、選択できますか?」

「俺が知ってる作品ならな。言っておくが、完全に同一にはならねえからな? ってまあ、察しのいいお前さんなら分かるか」

 

 作品の世界なんてのは、ほんの一部を切り取ったものだ。実際「次の俺」が生まれることになる世界は、たくさんの人が生きている現実の世界だ。

 それでなくとも、「次の俺」という近しい作品の世界――言うなれば「原作」を知る人間が存在するのだ。バタフライエフェクトぐらい想像がつく。

 ともあれ、確認は取れた。俺は、その作品の名前を口にした。

 

「「魔法少女リリカルなのは」っていう作品なんですけど」

「あー、「なのは完売」のリリなのか。ちょっと待ってろ、調べる」

 

 男が放置してあったディスプレイ(ブラウン管式だった)に向き合い、マウスとキーボードを操作する。

 「これか?」と画面を見せられると、それはアニメ版リリカルなのはの公式ホームページだった。……なんでそんなものが見れるんだ?

 

「さっき言ったろ、俺は端末だって。こいつも同じ。"本体"がいる次元階層の情報なら、引っ張ってこれるんだよ」

「は、はあ……それってつまり、お兄さんの、本体?がいる世界にも、リリカルなのははあるってことですか?」

「不思議なことじゃねえよ。階層が違おうが似たような世界はあるってこった。分岐世界は、それこそ無数にあるんだからな」

 

 なるほど。……そう考えたら、俺の運も捨てたもんじゃないな。こうして話が通じる相手と出会うことは出来たのだから。

 リリカルなのはを知っているのなら、話は早い。

 

「俺が生まれ直したいのは、これに近い世界。登場人物は全員存在して、かつ「彼ら全員が幸せになれる可能性がある」世界です」

「……ほう」

 

 ニヤリと男は笑った。俺が、彼に出来ることをだいぶ把握していたのが、よほど愉快だったと見える。

 俺は今「幸せになれる」と断定せずに「可能性がある」とつけた。彼が出来るのはあくまで選択することであり、運命を決定することではない。ここまでの会話から、それを理解した。

 男の反応からして、それは正しかったと見える。「あい分かった」と、本当に愉快そうに答えた。

 

「再三になるけど、絶対の保証はないぞ。彼らが幸せになれるかどうかは彼ら次第、そしてお前さん次第だ。まさか、可能性だけ与えて関わらないなんてことはしないだろう?」

「……そうですね。それは、ダメですよね」

 

 ちょっと考えてなかったけど、確かにその通りだ。大筋は一緒と言っているのだから、働きかける何かがないと意味がない。それが、「次の俺」なのだろう。

 何故彼らが幸せになってほしいのかというと、単純明快。「不幸になることを知っていて放置する」のは気が引けるから。ただ、それだけのことだ。

 結果として厄介事に巻き込まれることにはなったが、それもまた人生のスパイスだろう。上手くやれば、「次の俺」はちゃんと天寿を全うできるのだから。

 男は手をパキパキと鳴らし、ディスプレイに向き合ってキーボードをタイプし始めた。多分、条件に合致する世界を探しているのだろう。

 数分ほど、そうしているのを見守った。と、男の動きがピタッと止まった。

 

「……ククク。なるほどなるほど。そうかそうか」

 

 そして何やら一人で納得し始めた。顔は、先ほどにも増して愉快そうな笑み。くわえタバコの火をもみ消し、食い入るようにディスプレイを見た。

 やがて彼はオフィスチェアを回転させ、再び俺と向き合った。

 

「いい世界線が見つかった。詳細は話さないが、お前さんの要望は全て満たす。かつ、お前さんが生まれ直した後、ちゃんと天寿を全うできる世界線だ」

「そ、そうですか……」

 

 明らかにそれだけではない笑みを浮かべている。その迫力で、若干腰が引けてしまった。

 

「さて……あまり逸脱することは出来ないが、生まれ直す体の希望について聞いておこう。性別はどっちがいい?」

「男で」

 

 即答する。どうせ「今の俺」ではなくなるのだからどちらでもよかったが、「今の俺」の感覚として、原作キャラの誰かとくっ付いてほしいという希望がある。……皆可愛いし。

 

「容姿は?」

「一般的な日本男児でお願いします。あ、出来れば不細工じゃない範囲で」

「こういう場合、銀髪オッドアイを希望するとか何かで見たことがあるんだが」

「何処の二次創作の転生者ですか。しかもどう見ても踏み台だし」

 

 彼としても冗談だったのだろう、クックッと笑っている。

 

「あとは、こういう場合は特典を三つ付けなきゃいけないんだったか。UBW、ニコポナデポ、か?」

「分かってますよ。そんなものないんでしょう」

「当然。俺は神様じゃなくて人間の端末。そんな力はないし、世界線を希望している以上、可能性を逸脱する真似が出来るわけがない」

 

 その理屈で行くと、銀髪オッドアイも可能性を外れるから無理なんじゃ……ああ、それだと無理のない次元世界に生まれ直すことになるのか。

 これで全てが決定した。あとは、彼の意志一つで俺は「転生」を果たす。

 最後に彼は、俺に尋ねた。

 

「青年。君は自分でした選択に、悔いはないか? 限られた選択肢の中、それでも自身の精神の自由に従って選んだと、胸を張って言えるか?」

 

 鋭く、だけど何処か優しく。短い時間だったけど、兄貴分のように感じた彼は、厳かに尋ねた。

 ……彼は自分を人間だ(正確には端末だけど)と言っていたけれど。それでもやっぱり、俺とは「違う」のかもしれない。

 彼の言葉を深く刻み込み、自身の心に尋ねかける。迷いは、なかった。

 

「はい」

「……いい顔だ。偶然ではあったが、ここに来たのが君でよかったよ。楽しい時間を過ごすことが出来た」

「こちらこそ、要望を聞いていただきありがとうございました」

「気にするな。俺の都合だよ」

 

 ポンっと、彼の指が軽くエンターキーを押す。俺の周囲に光輪が現れ、俺の姿が足元から消えていく。俺という存在が分解されていくのが理解出来た。

 恐怖はない。これが俺のした選択だから。俺は俺の意志に従って、「次の俺」に全てを託したのだから。

 

「旅立つ者へ。君に「三つの言葉」を贈ろう」

 

 消え行く俺に、彼は手向けの言葉をくれた。

 

「一つ。"特異点"を見つけろ。君が求める全ての可能性は、そこから始まる」

「……はい」

「一つ。"君の力"を見つけろ。何をするにしろ、君には君だけの力が必要になる。研鑽を怠るな」

「はいっ」

「一つ。"君の命題"を見つけろ。自分が何のために存在し、何のために行動するか。基準をはっきりとさせ、目的を達しろ」

「はいっ! 本当に、ありがとうございました!」

 

 何故だか涙が溢れる。「今の俺」の最後に、本当だったらここで果てるしかなかった俺に、選択肢を与えてくれた彼に、恩義を感じたのかもしれない。

 そう思い――俺はあることに気付いた。

 

「あのっ! あなたの名前はっ!」

 

 俺はまだ、彼の名前を知らなかった。彼も、教える必要はないと思っていたのだろう。少し驚いた顔だった。

 既に光輪は胸のところまで上がってきており、もう間もなく俺は消える。その前に、どうしても聞いておきたかった。

 

「……本体の名は、さすがに明かせない。だが俺という端末の名ならば。俺は、「観測八号」。観測境界から分岐世界を観測する役目を担う者」

「観測、八号……あなたの名前は、絶対に忘れません!」

 

 最後の恩人の名前を胸に刻む。「次の俺」が、その名を決して忘れないように。

 俺もまた、俺の名前を口にする。

 

「俺は、俺の名前は――……」

 

 

 

 そうして俺は――「今の俺」の精神、連続性は、完全に消失した。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 いやー、感動のストーリーだったねー、はい拍手拍手ー! ……反応返って来るわけないから虚しいよね。分かってた。

 そんな感じで「前の俺」は消えて、「今の俺」になったってわけ。だから「転生とはちょっと違うよ」って話になるわけだね。

 俺は、確かに「前の俺」の記憶自体は持ってるけど、精神は完全に別物だ。一応前の俺の魂的なものを使ってるのかもしれないけど、記憶以外は完全にリセットされてる。

 経験も、精神も、俺と「前の俺」は別人だ。そういう意味で言うと、俺はアリシアちゃんと同じなのかもね。あっちはどう見ても連続しちゃってるけど。ミコトちゃんも理由は分かってないみたいなんだよなー。

 それは置いとくとして。俺は、八号さんが最後に言った言葉を思い出す。

 

 「"特異点"を見つけろ」……これは言うまでもない。ミコトちゃんのことだ。この世界が俺の知識にある「原作」と大筋が変わらないなら、「八幡ミコト」なる人物が存在するはずはない。

 だけど彼女は、「原作」に深く食い込んでいる。意図してかどうかは分からないけれど、あらゆる部分に影響を与え、「原作」と大きく変容させた。

 その最たる例が「プレシアとフェイトの救済」だ。プレシアさんは、結局亡くなってしまったけど。「前の俺」の最後を知る俺には、満足しながら逝っただろうと想像することが出来た。

 フェイトちゃんも、プレシアさんとちゃんとした形でお別れすることが出来た。アリシアちゃんも。だから二人とも、プレシアさんの話題で暗くなったりせず、普通に話題にすることさえできている。

 あれは、ミコトちゃんという存在なしには成し得なかったことだ。月村邸でのファーストコンタクトのときから影響を与え、最終的にあんなにきれいな形にしてくれた。

 彼女自身は……もっといい結果があったんじゃないかって悩んでたみたいだけど。俺からすれば、最高すぎる結果だったと思う。何せ、「皆が幸せ」に終わることが出来たんだから。

 ミコトちゃんのこと、最初は何者なのかと警戒してたけど、今は「俺達の最高のリーダー」だと思ってる。だから俺は「知っている者」として、適宜彼女に情報を開示したいと考えている。

 一気に教えないのは、あの子の行動を抑えるためだ。たとえば「はやてちゃんの足の件」を今話してしまったら、彼女は何をするだろうか。多分、他の影響を一切考えることなしに、"アレ"を破壊してしまうだろう。

 そうなったら、確かにはやてちゃんは救われるかもしれない。だけど、他の皆は不幸なままだ。クロノも、グレアムさんも、"アレ"の中の人達も。それは、俺の望むところじゃない。

 皆が幸せに。俺の周りの人達が最優先だけど、俺は知ってしまっている。周りの人たちが増えることを。だから、そのときが来るまでは、何も話すことは出来ない。

 だけどそのときが来たら……ちゃんと話そう。"アレ"に纏わる因縁を。何故、はやてちゃんの足が動かないのかを。多分それが、「皆が幸せになれる可能性」だと思うから。

 

 「"力"を見つけろ」も言うまでもないよな。魔法の才能、とりわけシールド魔法の制御能力のことだ。これは、俺もユーノと出会うまで知らなかった。

 恐らくは八号さんが気を利かせてくれたんだろうと思ってる。「原作」に関わって皆を幸せにするためには、「原作」に関われるだけの力が必要だ。その分かりやすい形が、魔法だ。

 なのはと同程度の保有魔力というのは、可能性を外れない中で最大値だったんだろう。「なのはという例」があるから、それだけの力は「可能性的にあり得る」ということだ。

 なんでシールド魔法限定な才能だったのか、最近までは分からなかった。だけど多分、シールドに特化させることで皆を守るためだろう。事実、この才能のおかげで皆を守れたことが何度かある。

 プレシアさんの次元跳躍魔法。あれは俺じゃなかったら、その後のジュエルシード封印のための余力を残せなかったと思う。ディバイドシールドという放出系魔法には鉄壁を誇るシールドがあったからこそだ。

 俺やミコトちゃんという存在がいることによるバタフライエフェクト。たとえば、なのはが「原作」に比べてへいわしゅぎしゃであることなど。それを補うためのシールド魔法ということだ。

 ミコトちゃんのおかげでシールド魔法だけでも出来ることはたくさんあると気付かされたし、特に問題はないと思っている。この力を正しく理解し、使いこなす。それが俺の課題だ。

 

 

 

 最後に、「"命題"を見つけろ」。実はこれももう見つかっている。俺は、八号さんの「三つの言葉」の全てを実践したことになる。

 これはもちろん「皆が幸せになること」……などではない。それは、「前の俺」が俺に願ったことだ。俺自身の意志から生まれた命題じゃない。

 最初から気付いていたわけじゃない。むしろ最初は、「前の俺」が願ったことが俺の命題なんだと思っていた。だけど……それは違うと気付かされたんだ。あの三人娘たち、とりわけ、なのはによって。

 そうだな……最後にそれを思い出して、俺の話は締めにしよう。諸君、ポップコーンとコーラの貯蔵は十分か?

 

 あ、母さん俺ポップコーンお替り! あとジンジャーエール! やっぱ映画見ながらポップコーンはやめらんねえよな、父さん!

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 私立聖祥大付属小学校、1年1組。それが俺の所属する学級だ。俺は今、悩んでいることが一つある。俺が生まれた時から持っている「原作」に関する知識についてだ。

 今から大体二年後ぐらいに、「リリカルなのはの原作」が始まる。それまでの俺の身の振り方について、どうすればいいか考えている。

 このクラスには、「原作キャラクター」である「高町なのは」、「アリサ・バニングス」、「月村すずか」の三人がいる。今のところ俺は彼女達と接点がなく、彼女達三人もつるんでいない。

 確か……このあとに「アリサ」が「すずか」のカチューシャを取って、「なのは」が仲裁に入ることで、三人は仲良くなるはずだ。今はそれよりも前ということになる。

 今はそれはどうでもいい話で、俺は二年後に始まる「原作」のために、「なのは」と接点を持つべきなのかどうか悩んでいるのだ。

 俺は、絶対に「原作」に関わることになる。何故なら「皆を幸せにすること」が俺の存在意義であり、それが成せるのは「知っている」俺だけだから。

 八号さんが言っていた"特異点"だとか"力"だとかは見つけられてないけど、命題だけは最初から持っていると自負している。そのために、どう行動を起こすかだ。

 正直言って、今の「なのは」はただの小学生だ。後々DBもびっくりな砲撃魔法を使うようになるのかもしれないが、今は何処からどう見ても頭の中がお花畑な、平和な女の子だ。

 そんな彼女と、普通の小学生男子がどう接点を作るのか。そもそも接点を作る必要があるのか。原作に関わるだけなら、別に「なのは」と接点を持つのは必須じゃない。必要なところで手出しをすればいいだけだ。

 だけど接点を持つメリットもないわけじゃない。「原作」の最初の事件で、主力になるのは「なのは」だ。そのサポートに回ることが出来れば、彼女の負担を少しは軽くすることが出来る。

 ただ、そのためには"力"が必要になり、それを探してから「なのは」と接点を作るのでも遅くはないのではないだろうか。などなど。

 小学一年生の頭で考えることではないようなことを、色々と考えていた。とりあえず、何か動き出すきっかけがあるまでは静観するというのが、当面の方針だ。

 そんな感じでごちゃごちゃした頭の中を整理しながら、今日も学校に登校する。

 

 教室につくと、既に騒然としていた。騒ぎの中心にいるのは、金髪の西洋系の少女と、青みがかかった黒髪の和風少女。「来たか!」と思った。

 

「か、かえしてよー……だいじなものなのー……」

 

 涙目になりながら、黒髪の少女「すずか」は、金髪の少女「アリサ」が乱暴に持っている白のカチューシャを必死で取り返そうとしている。

 だが「アリサ」は、そんな「すずか」の懇願を不遜に一蹴する。

 

「なら、なおさらかえせないわね! あんたみたいなねくらがもつより、あたしがもったほうが、このこもしあわせってもんでしょ!」

 

 ……「アリサ」ってこんなムカつく「キャラクター」だったっけ? 所詮「記憶」でしかないし、生まれて時間が経っているためだいぶ風化している。多分改善前だからそう思うのだろう。

 俺は自分の席に鞄を置き、仲裁に入ろうとして……思い直す。

 これは、「なのは」達三人が仲良くなるための「イベント」だ。「部外者」である俺が立ち入っていいだろうか? 上手くおさまることが分かっているのだから、手出しせずに静観するべきじゃないか。

 俺も野次馬達に加わって、成り行きを見守ることにした。そして、とうとう「なのは」が動き出す。

 

「かえしてあげなよ! すずかちゃん、こまってるの!」

 

 ……あれ? なんかおかしいぞ? 起こると思って身構えていたことが起きず、困惑する。

 「記憶」では、ここで「なのは」は問答無用で「アリサ」をぶっ叩き、説教をするはずだ。そうはせず、まずは言葉からの説得だった。

 ……いやいや、思い出せ、俺。八号さんの言葉では、「完全に同一にはならない」ということだったじゃないか。そう、少し違いがあるだけだ。

 俺が自問自答している間にも、状況は進む。「アリサ」は「なのは」の指摘すらも一蹴した。

 

「かんけいないわね! こいつのものはあたしのもの、あたしのものもあたしのものよ!」

 

 何処のジャイアンだこいつ!? あああ、マジでムカつくよこの「アリサ」! もう「イベント」とか無視して男女平等パンチかましたろうか!

 俺が内心でイラ立ちを我慢していると、「なのは」が涙目になった。今にも泣き出してしまいそうだ。おいおい、「説教イベント」はどうなったんだ!? まさかこのまま「アリサ」の一人勝ちなのかよ!?

 見ちゃいらんねえ。そう思って野次馬をかき分けた瞬間、バチンという乾いた鋭い音が響いた。全員がそちらを向く。

 「なのは」の平手が、「アリサ」の頬を叩いた音だった。「なのは」は今にも泣き出しそうな顔のまま。「アリサ」は自分が何をされたのか分からないようで、キョトンとした顔であらぬ方向を見ていた。

 ……よかった。「説教イベント」はちゃんと進行したみたいだ。そう内心で胸をなでおろした。

 

 だけど、そうじゃなかったんだ。

 

「……あっ。ご、ごめ……」

 

 「なのは」は……いや、高町さんは、自分が「暴力を振るった」ということに気付いた瞬間、顔を青ざめさせた。自分が、とても悪いことをしてしまったと思っているように。

 「アリサ」、バニングスさんは、自分が叩かれたことに気付いてカッと頭に血を上らせる。月村さんは、おろおろした様子で二人の間を見ていた。

 

「っ、あんた! なにすん……」

 

 バニングスさんが高町さんに食って掛かろうとしたけど、彼女の様子があまりにもおかしかったからか、一気に勢いを失った。

 しゃくりあげるように体を震わせる高町さん。だけどそんな我慢が、小学一年生の女の子にいつまでも出来るわけがなく。

 

 

 

「……う、ぅぅ……わあああああんっ!!!」

「ええ!? ちょ、なによいきなり!?」

 

 高町さんは、火が点いたように泣き出してしまった。涙をボロボロこぼしながら、鼻水が垂れることも気にせず、わんわん泣いた。

 そして――彼女の口から発せられた言葉で、俺は、きっと彼女が放った平手打ちよりも強烈な衝撃を受けた。

 

「たたいちゃって、ごめんなさいいいぃ! おかお、たたいちゃって、ごめんなさいいいいい! うわあああああん!!」

 

 高町さんは、明らかにバニングスさんに非があるにも関わらず、自分が彼女に痛い思いをさせてしまったことを悔いていた。

 あまりにも優しすぎる女の子の泣き声。俺は……野次馬から抜け出し、教室を抜け、人気のない非常階段まで走った。

 そして思い切り、壁に向けて拳を叩きつける。

 

「っっっバッカヤロウ! 俺の、バカヤロウッ!!」

 

 何度も、何度も。拳の皮が剥けて血が出ても、構わず叩きつけた。自分の身勝手さを戒めるがごとく。

 ――何が「原作」だ! 何が「イベント」だ! 何が「皆を幸せに」だ! そんなもの、俺の考えたことじゃねえじゃんか! そんなもの、俺の判断なんかじゃない!

 痛みで腕が上がらなくなる。その頃になって、ようやくというか、拳から激痛が走ってその場に崩れる。

 ……俺は、「前の俺」が願ったことが、そのまま俺の考えだと思っていた。「知識」があれば何とか出来ると、無根拠に思い込んでいた。

 そんなわけがない。この世界は、「よく似ているだけの別世界」。それだけで知識なんか大して役に立たない。現に、高町さんは人に暴力を振るっただけで泣いてしまうぐらい、優しい女の子だった。

 あそこで俺が迷わずに仲裁に入れば、彼女は悲しい思いをせずに済んだんだ。あんなに泣かせないで済んだんだ。そう思うと……拳を握りしめて、痛みで力が抜ける。

 「前の俺」は、所詮は消えてしまった誰かだ。今ここにいる俺は、「前の俺」の記憶と遺志を継いだだけの、別の人間だ。

 だから、「前の俺」が「皆の幸せ」を願ったとして、それは俺の願いじゃない。俺はそれを託されただけであり、俺がそれを遂行したいと思わなければ意味がない。

 義務感に従って生きているだけで、「皆を幸せに」出来るだろうか? 俺にはとてもそうは思えない。

 

「……俺の、"命題"は……」

 

 自分自身への怒りで発生した熱が体から抜けていく。それとともに、思考も冷えていく。

 俺の"命題"は……なんだ? 「皆を幸せにすること」? そんな、顔を合わせたこともない「前の俺」が願ったことに従うことなのか?

 

「っ、違う!」

 

 そうだ、違う。俺はそんなことは願えない。見ず知らずの誰かの幸せなんて、願えるはずがない。俺は「記憶」を持っているだけの、ただの小学生なんだから。

 じゃあ、なんだ。俺の、俺がこの人生で成したいと思える、"命題"は。一体なんだろう。

 

 痛みと疲労と答えの出ない疑問で重たい体を引きずりながら、俺は保健室に向かった。保健の先生からは、なんでこんなことをしたと心配されて怒られた。

 

 

 

 拳の傷は、思ったよりも深くなかった。小学生が本気で殴ったところで、かかる負荷はたかが知れている。おかげで骨にも異常はなかった。

 ただ、皮が剥けているためガーゼを当てて包帯でぐるぐる巻きにされた。今日一日は安静にしろとのことだ。

 治療が終わる頃には一時間目は終了していた。俺は一時間目と二時間目の間の短い休み時間に、教室に戻った。

 

「おっ。どこいってたんだよ、ふじわらー。なにてにほうたいなんてまいてかっこつけてんだよ」

「悪いな、剛田。今はちょっとお前に構ってらんねえ」

 

 俺らの年頃にして大柄な級友に断りを入れて、目的の場所に向かう。後ろから剛田の冷やかしのような声が聞こえた。

 目的の場所は、三人の女の子が談笑している場所。さっき泣いたカラスがなんとやらで、彼女は恥ずかしそうに笑いながら、新しい友達と会話していた。

 ……あんな大泣きをしてどうなることかと思ったけど、ちゃんと仲良くなれたみたいだ。だけど、俺は思う。彼女がそんなことをする必要はなかったんだって。

 

「おっす。高町さん、バニングスさん、月村さん。ちょっと話いいかな?」

「あれ? ふじわらくん?」

「あたしたちになんかよう?」

 

 月村さんとバニングスさんが反応する。高町さんは何も分かっていないようで、ぽややんとした表情を浮かべている。

 

「なんつーか、高町さんに謝りたくってさ。ほら、さっきのバニングスさんと月村さんのケンカの件で」

「うっ! は、はんせいしてるわよ! なのはもすずかも、いっぱいなかせちゃったし……」

 

 さっきまでのジャイアンっぷりは何処へやら。まあ、根はいい子だったんだろう。ちょっと歯止めが効かなかっただけで。ジャイアンだって劇場版ではいい奴だしな。

 

「その高町さんが泣いた件でさ。実は俺、高町さんが動く前に、バニングスさんのこと止めようとしてたんだ」

「そうなの?」

「そうなの。でも、男の俺が女の子同士の間に入っちゃっていいのかなって躊躇っちゃってさ。その間に高町さんが間に入って、あんなことになっちゃって……」

「あぅ……」

 

 皆の前で大泣きしたことを思い出したか、高町さんは恥ずかしそうに俯いた。……っべえな、知ってたけど可愛いわこの子。

 って、そうじゃない。気を取り直して。

 

「ごめんな、高町さん。俺が二の足踏んだばっかりに、辛いことさせちゃって」

「……ううん。ふじわらくんはきにしないでいいの。おかげで、アリサちゃんとすずかちゃんと、なかよくなれたの」

 

 そか。……それを聞いて、少し気持ちが軽くなった。だけど、やっぱり思う。この女の子には、いつも笑っていてほしいって。

 もう二度と、あんな風に泣いてほしくない。そのために、俺はどうすればいい。俺は、何を思ってそれを成す。

 三人娘が、黙り込んだ俺の顔をのぞき込んで来る。ほんと、皆将来的に美人になりそうなレベルの高い美少女で――

 

 

 

 

 

 ――天啓が、降りてきた。

 

「そうそう。俺のことはガイでいいよ。男友達は藤原って呼ぶけど、女の子には是非名前で呼んでもらいたいね」

「……はあ? よくわかんないけど。じゃあ、あたしもアリサでいいわよ」

「わたしも。すずかってよんでね」

「なのはも!」

「オッケーオッケー。名前で呼び合った俺らはマブダチってことで、オーケー?」

「なんか、いきなりケーハクになったわね。マブダチってなによ?」

「マブいダチでマブダチ、親友って意味さぁ。可愛い女の子とは仲良くしたい、男として当然っしょ」

「え、えーと……」

「?」

 

 アリサが警戒気味、すずかが意図を理解できず困惑。そしてなのはは、全くついて行けずに疑問顔。

 ああ、やっぱり可愛いな。だから俺は、俺なりのやり方で、「それ」を守りたいと思ったんだ。

 

「あんた、なにかんがえてるの? いやらしいことかんがえてるなら、ちかよらないで」

「おうおう、手厳しいなぁアリサは。何を考えてるか、ねえ。ならば皆に発表せねばなるまい!」

 

 俺は教室の前に行き、壇上に乗る。クラスメイト全員が、なんだなんだとこちらを見た。

 教室の入り口には、うちの担任の女性教諭。俺の突然の行動に目を丸くして固まっていた。

 ビシィと指を天に突きたて、俺は高らかに宣言した。

 

 

 

「男なら、目指すはハーレム王! 俺の目標は、可愛い女の子を100人侍らせること! アリサ、すずか! そしてなのは! まずは君達を、俺の魅力のとりこにしてみせよう!」

 

 ――俺は、「皆の笑顔を守れる道化」になろう。そんな男になれたら……最高じゃないか。

 

 この後先生からしこたま怒られました。




ちょっと変則的な神様転生をした男の子のお話。ガイ君はあくまで「前世の記憶」を受け継いだだけであり、その精神が始まってからは8年しか経っていません。ある意味でミコトと同じようなものです。
ガイ君にとっての特異点はミコトでしたが、ミコトにとっての特異点はガイ君なのかもしれません。ガイ君がいたからこそ、ミコトは存在することが出来たのです。ミコトが存在する世界だからこそ、ガイ君は生まれたのです。
観測八号が語った三つの言葉は、そのままミコトにも当てはまることでしょう。みことだけに。

彼が見つけた命題は、「自分も皆も面白おかしく生きること」でした。可愛い女の子三人に顔を覗きこまれて受ける天啓って……。
ハーレムハーレム言っているのは、半分冗談、半分本気です。現実問題としてそんなもんは無理だと思っている反面、なのはもアリサもすずかも可愛くて、一緒にいたいと思ってます。要するに優柔不断なヘタレ。

「笑顔を守る」。盾の魔導師たる彼には、まさにぴったりの目標と言えるでしょう。


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二十三話 惑る少女の独白 夜

今日は七草粥の日ですね。今回ははやて視点です(唐突な話題転換)

初めてのはやて視点ですが、これまで彼女の視点がなかったのは
・序章はミコトの性別を隠していたため、描写することが出来なかった
・無印章は本筋にほぼ絡めないため、彼女の視点に出来なかった
という理由からです。今までの総括を駆け足で行います。

2016/01/07 19:29 活動報告に「ヤハタさん」アンケートをご用意しました。お暇でしたら暇つぶしがてらどうぞ。


 わたしには、とても大切な「相方」がおる。

 

 

 

 

 

 ミコちゃんと初めて出会ったのは、小学校に入学して最初に教室に入ったときやった。

 

 本当のところを言うと、主治医の石田先生からは学校行くのも危ないからあかん言われとった。松葉杖ついて移動するのも結構しんどくて、車椅子を勧められとった。

 せやけど、わたしは一度も学校行かんで休学なんて嫌やった。自分のクラスに誰がおるのか、どんな子達なのか、そういうのが一切分からんままフェードアウトしてしまうのが悲しかった。

 だから、石田先生に頭下げて、許可もろうて、松葉杖ついてゆっくり登校したんや。

 今では、それが最高の選択やったと思ってる。その選択をしてなかったら、わたしもミコちゃんも、今みたいにはなってなかっただろう。

 

 ミコちゃんを最初見たときの印象は、「何この子髪長っ!?」やった。当時のミコちゃんは、散髪代をケチるために伸ばしっぱなしだったそうなんや。

 腰を越えて、床に着くんじゃないかっていうぐらい長い黒髪。だけどそれは不潔な感じは一切しなくて、窓から差し込む日の光を惜しげなく反射して、とても神秘的に見えた。

 せやのにミコちゃんの服装は、何でか男物だったんや。女子の列に並んどるし男子やないってのは一目瞭然やのに、服装は完璧に着古された男物。

 後に、これもミコちゃんの節約だったことを知った。男物やから安いとは限らんけど、ミコちゃんが着てたような服なら、三着で1,000円とかで買えてしまう代物だったそうや。

 この子なんなんやろなー思って、後ろからじーっと見とった。そしたらミコちゃんの前の子――あきらちゃんがミコちゃんに声をかけた。

 

「かみ、すごいね。のばしてるの?」

「そういうわけじゃない」

 

 冬の空みたいに済んだ、綺麗な声。なのにそれは、冬の空と同じぐらい冷たくて、抑揚のない平坦な言葉だった。

 あきらちゃんはそれに気圧されてしまったみたいで、ちょっと怯んだ。怯みながら、自己紹介をする。

 

「わたし、やしまあきら。よろしくね!」

「ああ」

 

 短い、そっけない返事。それでミコちゃんの方は会話を打ち切ってしまい、あきらちゃんは諦めて前の子達と会話を始めた。

 ――なんや、感じ悪い子やな。クール系なんか? そういうノリなんか? 人が頑張って登校したゆーのに、クラスの空気悪くしちゃう系か?

 そんな風に思ったら、わたしは彼女に声をかけずにいられなかった。それが、今はわたしの大切なミコちゃんとの、ファーストコンタクト。

 

 

 

「なーなー、今えーか?」

 

 わたしの声はちゃんと聞いてくれたようで、こちらを振り返る女の子。その瞬間――目を奪われた。

 

 ぱっちりと開かれた、大きな二つの目。瞳は黒く、だけどキラキラと光を反射しているから、まるで黒曜石かオニキスのような印象を受ける。

 綺麗な目を守る、綺麗な長いまつげ。髪と同じくさらさらしていて、音がしないのが不思議なぐらい。

 顔のラインは、子供特有のふっくらした感じはありながら、将来的には美人になるだろうと確信できるぐらいにシャープなラインを作っている。

 鼻は、高過ぎず低すぎず。顔立ちが和風だから、あまり高過ぎてもミスマッチになってしまう。だけどそんなことはなく、決して低くもない。

 小さな口は、薄い桜色の唇。それが意志強く、真一文字に結ばれていた。

 まるでよく出来た和人形のような、綺麗で可愛らしい顔立ちの女の子やった。息をするのも忘れて、自分がどんな表情をしているかも分からず、ただただ彼女の顔に見入っていた。

 

「何か用か?」

 

 短い、そっけない問いかけ。それでハッと我に返る。いかんいかん、軽くトリップしとった。何やのこの子、わたしのハートにどストライクやん。

 一瞬視線が下がったことで、彼女が身に纏っているダボダボのポロシャツが目に入る。それで何とか平常心を取り戻すことが出来た。

 

「せっかくのご近所さんやし、自己紹介しとこ思ってな。さっき前の子と話しとったけど、今大丈夫やろ?」

「ダメならそう言っている。それで?」

 

 固い言葉遣い。それは容赦なく遠慮なくわたしに返って来る。それが……なんでか嬉しくて、笑えた。

 後から思い返してみれば、妙な気遣いとかをしないでくれたのが嬉しかったんやろうな。今まで会った人達は、足のことを気遣って腫れものに触れるみたいに接してきていたから。

 

「あはは、何や面白いしゃべり方やん。わたしも人のこと言えんかもやけど。あ、これ? わたし、生まれつき足があんま動かんねんけど、最近ちょっと酷なってな。けど、何かかっこええやろ」

 

 いきなり上機嫌になってしゃべり始めたわたしに、彼女は怪訝な表情を見せた。「こいつ何考えてるんだ?」と「鬱陶しい」が混ざったような表情。

 

「自己紹介をするんじゃなかったのか?」

「何や、自分ノリ悪いなー。せっかく可愛い顔しとんに、勿体ないで」

「価値を感じない。無駄は嫌いでもないが、方向性のない会話は好きじゃない」

 

 前の子のときと同じように会話を切ろうとする女の子に、慌てて止めにかかる。わたしは、もっとこの子としゃべりたかった。

 

「あー分かった分かった! 今自己紹介するからこっち向きぃ!」

 

 無視されるかと思ったけど、彼女は要望に従ってくれた。どうやら会話するだけの価値はあると感じてもらえているようだ。

 ああ、なるほど、と思う。この子は、基準が物凄くはっきりしていて、ブレないんだ。とても小学一年生の同い年とは思えないほど、しっかりと考えて行動しているんだ。

 それは、皆から見たら異質に見えてしまうかもしれない。他の子達に比べて差がはっきりしているから、取っつきづらく感じてしまうかもしれない。

 だけどきっと……接し方さえ分かれば、この子もわたしも、皆も、「同じ」なんやって。そう、思った。

 

「わたしは、はやて。八神はやてや。さ、次はキミの番やで」

 

 精一杯の友好を込めて、ウインク一つ。この時点で既に、わたしはこの子と仲良うしたいと思っていた。

 きっと、この子と学校生活を送れたら、楽しいものになるだろう。わたしにはないものをたくさん持っているこの子を見ていたら、きっと面白いだろう。

 だから、わたしは返ってくることを願った。交流の懸け橋を、まずは渡せるように。

 彼女は……ほんの一瞬だけ、小さく笑った。……ような気がした。多分、笑ったんやろうな。無表情過ぎて分からんけど。

 

 

 

「オレは、八幡ミコト。カタカナみっつでミコト。好きなように呼べ」

 

 自己紹介を聞いた瞬間、わたしは多分、顔が真っ赤になっていたと思う。

 綺麗で可愛くてオレっ子とか……反則やろ。ど真ん中どストレートのどストライクやで……。

 

 

 

 その後、わたしは学校生活では常にミコちゃんとつるむようになった。というか、先生からわたしの世話を指名されたってのが正しいな。

 いくらわたしが平気や言うたところで、足が悪いっていうハンディキャップが消えたりはせん。せやから、先生の判断は正しかったんやと思うとる。

 もちろん最初は納得いかんかったけど……ミコちゃんが手伝ってくれるのは、ほんとに最低限。どうしても松葉杖では移動できないところを、肩を貸してくれる程度。他は全部自力や。

 大変だった。けど、嬉しかった。「障碍者」っていうレッテルを貼らんで、わたしという一個の人間に触れてくれるミコちゃんの態度が、本当に嬉しかった。

 ミコちゃん的には、「貸し借りのバランスを取っただけ」なんやろうけどな。借りを作ってないわたしに返すものはないって感じか。

 でも……わたしにとっては、等しく接してくれることが、嬉しかったんや。

 

 ミコちゃんはご近所さんやった。わたしは足が悪くてあんま出歩きせえへんし、ミコちゃんはミコちゃんで内職でこもりきり(!?)だから、今まで顔を合わさんかったみたいや。

 場所は、うちのはす向かいの古アパート。ミツ子さんっていうおばあさんが養母さん(ミコちゃん曰く「身元保証人」、借金みたいな言い方やな)だそうだ。

 ミコちゃんは元々孤児院の出身で、一昨年ミツ子さんに引き取られてこっちに来た。それから、アパートの一室を借りて、ほぼ一人で生活してるという話やった。

 わたしとは違うけど、わたしと同じやった。わたしは、小さい頃に両親が事故で亡くなってしもうて(もう覚えてないぐらい小さいときや)、それ以来大きな家に一人きり。

 一応、お父さんの遠戚やいう「ギル・グレアム」おじさんが後見人になってくれて、毎月の仕送りと学費、税金とかも支払ってもらっとる。ヘルパーさんがいてくれたこともある。けど、今は一人や。

 ミコちゃんは、元々ご両親がおらん。ミツ子さんに引き取ってもらったけど、ミコちゃん的には「他人」の距離感なんやと思う。だから、自分の生活費は自分で稼ぐし、生活も一人でしてる。

 共感した、というわけやない。共感なんかできへん。ミコちゃんは、わたしなんかよりもずっと強く、一人で生きてたんやから。わたしみたいな甘ちゃんが共感なんか言うたら失礼や。

 せやけど、同じやから、ミコちゃんにも知ってもらいたいって思ったんや。誰かと話したり、一緒に食事して笑ったり、そんな「当たり前の喜び」を。

 ミコちゃん自身は必要としてないんやから、迷惑がると思った。実際迷惑がった。だけど、ミコちゃんが自分の思った通りに行動するんなら、わたしも同じようにしてええやろ?

 

 ミコちゃんは、クラスの女子から「冷たい女の子」だとか「お高くとまってる」とか思われとった。もちろん皆が皆ってわけやないけど、そんな感じの風潮はあった。

 わたしはちょっとイラッと来た。ミコちゃんのこと何も知らんくせに、何勝手なこと抜かしとんねんって。

 ミコちゃんは判断基準がしっかりしてるせいで容赦がないだけで、割と愉快な子や。分かって会話すれば、結構冗談とかも交えてるのがよく分かる。表情が動かないから、時々マジなのかと思ってしまうけど。

 自分達がついていけないから、勝手なレッテル貼りをして分かった気になっとる。それが、ミコちゃんの一番近くにいる身として、とても不愉快やった。

 だから、皆にも教えてやることにしたんや。ミコちゃんの可愛さを。

 休みの日にミコちゃんの部屋に遊びに行って、髪型を弄って遊ぶ。ミコちゃんはその間ずっと内職をしてたけど、わたしに反応は返してくれた。

 内職中は手がとんでもない速さで動いている以外は暇なせいか、いつもより饒舌だったように思う。

 そのおかげなのか何なのかは分からんけど、ミコちゃんと一緒に三食食べる約束を取り付けられた。ミコちゃんは何でもないことのように言ってたけど、わたしからしたら嬉しくて涙が出そうやった。

 それはそれとして、わたしの髪型弄り計画は大成功やった。長い髪に隠れることがなくなった可愛らしい顔を見たクラスメイトは、一様にミコちゃんの周りに集まった。

 皆から容姿を褒められるミコちゃんは、これまで見たことがないくらいに狼狽えてて、ちょっと面白かった。

 格好が安物の男物ってのがイケてないから、今度皆で見繕いに行こうってことになって……その後、ミコちゃんに手痛い出費をさせてしまった。今では反省してる。

 これ以降ミコちゃんはスカートをはいてくれるようになり、わたし達の周りには、後に5人衆と呼ばれる面子が集まるようになった。

 

 

 

 夏が過ぎた頃、わたしの足は完全に動かんようになってもうた。朝起きて立ち上がろうとしたら、全く力が入らなくなっていた。

 ショックだった。今までも自由とは程遠い動きしか出来なかったけど、完全に動かなくなったら、松葉杖を使っても立つことは出来ない。

 もう、ミコちゃんと一緒に学校に通えなくなってしまう。認めたくなくて、何度も何度も松葉杖を使って立とうとした。だけど足には力が入ってくれず、虚しく床に転ぶだけ。

 何度も床に打ち付けた痛みと、動けない悲しみで涙が出そうになった。だけどそれは、インターホンの音で引っ込む。わたしの大好きな彼女が、朝ごはんを食べに来た。

 何回かインターホンを鳴らした後、扉が開く音。ミコちゃんはわたしよりも早起きやから、いつでもうちに入れるように合鍵を渡しとった。

 そしてミコちゃんは迷いなくわたしの部屋に辿り着き、床に倒れたわたしを見て呆けた顔を見せた。

 

「……は?」

 

 ――ああ、ミコちゃん。そんな表情も出来るようになったんやね。まだまだ仏頂面やけど、それでも確かに表情が増えとる。……嬉しいわ。

 

「あはは……なんや、足がちっとも動かんようになってしまったわ」

「ッ、……全く動けないのか?」

 

 さすがのミコちゃんも、一瞬動揺した。だけどすぐに立て直し、冷静に状況把握を努める。さすが、わたしの一番のクラスメイトや。

 おかげで、わたしも幾分冷静さを取り戻すことが出来た。

 

「うん。あ、這いずってとかなら移動できるんやけどな。松葉杖で立つのは、もう無理みたいや」

 

 それでも、少し胸がズキリと痛む。……いやや。ミコちゃんと一緒に学校に行きたい。しょうもない話を楽しみたい。

 松葉杖の散乱具合でわたしが立とうとして転んだのを理解したミコちゃんは、パジャマをまくって腕を見た。酷くはなかったけど、若干青あざになっていたみたいだ。

 それからミコちゃんはテキパキ指示を出し、9時になったら病院に行くことになった。ミコちゃんも始業式を休んで、着いて来てくれるとのことだ。

 ごめんな、ミコちゃん。……だけど、ありがとう。

 

 ミコちゃんと石田先生は、この日が初対面やった。ミコちゃんは相変わらずの調子で、石田先生も最初はびっくりしとった。けど、すぐに彼女のキャラクターを受け入れてくれた。

 ミコちゃんを診察室に待たせて、わたしと石田先生は検査のために移動した。その間の会話。

 

「……先生。車椅子になっても、学校行ってかまへんですか?」

「はやてちゃん……。……主治医としては、お勧めできないわ。今まで以上に生活が大変になる。登校だって、これまでよりもっと危なくなってしまう」

 

 石田先生は、一瞬わたしを宥めようとしたけど、瞳にこもった意志を見てやめた。そして、厳正な事実のみで説得しようとした。

 やっぱり、嫌や。ミコちゃんと一緒に学校行けなくなるのは、嫌や。あの家で一人で過ごすのは、もう嫌なんや。

 

「お願いします、先生。どうか、許可を」

「……分かりました、こうしましょう。はやてちゃんを連れてきてくれた子……ミコトちゃんだったわね。彼女が自分の意志ではやてちゃんを手伝ってくれると言ったら、許可します」

 

 今年に入ってから、これまでの診察でもたびたびミコちゃんの名前は出してた。あの子が、わたしにとってどれだけのウェイトを占めている存在なのか、石田先生も理解してる。

 ミコちゃんなら、きっとやってくれる。……なんて言えれば、かっこよかったんやろうけどな。あの子にとってわたしがどの程度の存在なのか、わたしには分からない。あの子がどう判断するかは分からない。

 せやから、これはかけや。ミコちゃんにとって、わたしが「どうでもいい他人」ではないかどうか。

 だけど、ミコちゃんにとってどうか分からんくても、わたしにとってはミコちゃんは大事な人やから。

 

「……ありがとうな、石田先生」

 

 そのかけに乗ることにした。

 

 結果、ミコちゃんは引き受けてくれた。ちょっと回りくどい言い方やったけど、とてもミコちゃんらしい言い回しやったと思う。わたしが好きなミコちゃんの、ちょっと不思議な言葉遣い。

 相変わらずミコちゃんは何でもないことのように言うたけど、やっぱりわたしは嬉し涙を抑えるのに必死になった。

 その上ミコちゃんは、次の日にはわたしが今後のことに不安を持ってることまで看破して、甘えさせてくれた。彼女の胸にすがって、いっぱい弱音を吐いた。

 わたしは、ますますミコちゃんのことが好きになった。ミコちゃんは人を好きになるってことが理解出来てないみたいやけど、そんなの関係ないぐらいに、わたしはミコちゃんのことが好き。

 最初は見た目で、次は言葉遣いで、わたしの心にクリティカルヒットしたミコちゃん。一緒の時間を過ごしてるうちに見えてくる、不思議な内面を持つミコちゃん。そして、本当はとても優しい心を持ったミコちゃん。

 その全てが、たまらなく愛おしい。ミコちゃんと、ずっとずっと、一緒にいたい。朝も昼も夜も、ずっとずっと。

 次の日にミコちゃんに提案した「共同生活」は、理論武装こそしたものの、内実そんな想いの暴走だった。まだまだ心の機微には疎い彼女は、それには気付いてないようやったけど。

 おかげでわたし達は、一緒の家で住むことになった。朝も昼も夜も、ずっとずっと。顔がにやけるのを抑えるのに一苦労した。

 そんなことがあったからだろう、クラスメイトの田井中いちこちゃんと一緒に、暴走してしまった。車椅子から転倒したわたしを見て、ミコちゃんが呆れた顔をしていたけど……それすらも、嬉しかった。

 

 

 

 それから、色々あった。二学期になったら学外実習があるから、それでミコちゃんと5人衆と一緒に行動して、たびたびバカをやったり。

 クリスマスイブのミコちゃんの誕生日を5人衆と一緒に祝って、その後にプレゼント絡みで一悶着あったり。

 それを期に、わたし達の関係に「相方」という名前がついたり。

 初詣で、わたしにとってある意味宿敵とも言える高町家の大黒柱と出会ったり。

 ほんと、色々あった。

 

 その中でも特に印象に残って、今も鮮明に思い出せる出来事。ミコちゃんに「大好き」って言ってもらえたあの日の出来事。

 ミコちゃんが怪我をして少し悲しい気持ちにはなったけど、それを上回ってなお余るほど嬉しかった、わたし達のファーストキスの思い出や。

 あの日を境に、ミコちゃんはある決心をした。わたしの足を治して、これからもずっと一緒にいる。そのために、"魔法"とも呼ぶべき技法を編み出す。何も知らない人が見たら正気を疑うかもしれない。

 だけどずっと近くで見てきたわたしには、それが正気で本気だって分かった。そして、ミコちゃんならきっとそれが出来ると確信が持てた。

 ただ……そのときにちょっと無理をして、寝不足で登校して危なっかしかったりしたのは不安やった。それもすぐに、5人衆が補ってくれた。ちょっと大ゲンカはしたけど。

 そして二年生の二学期が終わる頃に、ミコちゃんは完成させた。彼女が行使する、彼女にしか使えない、ミコちゃんだけの不思議な"魔法"を。

 

 それを使って早速わたしの足を治そうとしたけど、上手くいかんかった。不思議な感じはあったけど、自分の意思で動かせるようにはならんかった。

 ミコちゃんが言うには、「結局は物理的な干渉だから、このままじゃ足りない」ってことらしい。"魔法"を使って医学と同じことをやってるんじゃ、今までと同じってことやな。

 だからミコちゃんは、次なる手段を考えた。はるかちゃんが持ってた本に書いてあった「式神」言うんを基に作り上げた、「召喚体」という手段を。

 最初は……大失敗だったみたいやな。あきらちゃんと一緒にクスノキ公園で召喚体作成に挑戦したけど、たき火が爆発しただけやったって。

 帰ってきたミコちゃんは、綺麗な髪が少し縮れて、服や顔にすすがついっとった。それを見た瞬間、わたしはミコちゃんに対して初めて怒った。

 あのときのミコちゃんはほんとびっくりしてた。わたしが本気で怒るなんて、今までなかったもんな。せやけど、それだけわたしにとってミコちゃんは大切な人やねん。

 召喚体の作成は必要なことだから、やめることは出来ない。だけど、自分の身は大切にすること。"魔法"を試すときは買ってきた厚手のウインドブレーカーを着て、適当な野球帽で髪を保護することを約束させた。

 その後ミコちゃんは「二度と"火の召喚体"は作らない」と、ちょっと涙目になりながらつぶやいた。あんまりにも可愛かったので、怒るのを忘れてキスをした。

 

 その後色々と試して、ミコちゃんはようやく最初の召喚体を生み出した。素体を用いて概念を収束させ、理念を与えて行動させるという方法を確立した。

 その辺で拾った鳩の羽根を素体に用いて、「風」という概念を収束させ、「ミコちゃんの手足になる」という理念を与えられた、"風の召喚体"。

 ミコちゃんは最初、まんま「羽根」って名前で呼んでた。そらあかんわと思って、ネーミング辞典を引いていい名前はないかと探し、フランス語に行きついた。

 「Aile」――エール。翼を意味するフランス語。彼もそれを喜んでくれたので、彼にはエールという名前が与えられた。以降、召喚体の名前はわたしが決めることになった。

 ただ、もやしさんだけは別やね。もやしはもやしであってもやし以外の何物でもない。もやしは至高の食材なんや、いいね?

 

 そうして……ミコちゃんは出会った。願いを叶える魔法の宝石と。そして、管理世界と呼ばれるところで使われる、科学の結晶である「魔法」と。

 

 

 

 

 

 ここまでだいぶ駆け足やったけど、今までの流れはおさらい出来たやろか。ジュエルシード事件については、今更語るまでもないと思うから割愛や。

 事件を終えて、わたし達には家族が増えた。

 ジュエルシードから生まれた新しい召喚体。ブラン。ソワレ。ミステール。

 事件を通して友達になり、最終的にはミコちゃんの娘兼妹となった、ふぅちゃん――フェイトちゃん。彼女の使い魔の、アルフ。

 そして、ふぅちゃんのお母さんを絶望から解き放つために生まれた、"命の召喚体"。シアちゃんこと、アリシアちゃん。

 二年前までの一人の生活が嘘みたいに、わたしの周りは賑やかになった。もうわたしが孤独に震えて夜を過ごすことはない。大好きなミコちゃんと一緒に、幸せな気持ちで眠れる。

 問題はまだ解決してへん。わたしの足を治す目処は立ってない。ミステールが頑張ってくれてるみたいやけど、やっぱりそう簡単にはいかへんみたいや。

 だけどわたしは、とても満ち足りていた。もしこのまま足が治らなくても、皆がいてくれれば平気や。ミコちゃんが隣にいてくれれば、それだけで幸せや。

 わたしは、ミコちゃんのことが大好き。もちろんそれは、恋だとかの好きとは違う。わたしらは別に同性愛ってわけやないからな。

 それでも、思う。たとえこの先素敵な男の子が現れて、わたしが恋に落ちたとしても。わたしにとって一番大事な人は、ずっとずっとミコちゃんやって。少なくとも、今はそう思ってる。

 ミコちゃんはわたしの足を治したいから――麻痺が広がったら命に関わるかもしれないし、わたしだってミコちゃんを残して逝く気はない。出来ることなら、ずっとずっと一緒にいたいんやから。

 だから、彼女の頑張りを止めることはしない。思いっきり、気の済むまでやりぃって思う。

 せやけど、疲れてしんどくなったときは、わたしのところに戻ってきてほしい。一緒に泣いて、一緒に笑って、そしてまた頑張ろうって。そう、思ってる。

 だってミコちゃんは、わたしの大切な家族であり。

 

 わたしの、とても大切な「相方」や。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 今日は金曜日。明日は土曜日。せやけど、明日の土曜日は普段とは一味違う。今日は6月3日で、つまり明日は6月4日。わたしの誕生日や。

 

「……というわけで、診察が終わったら翠屋で貸切パーティだそうだ。石田医師も連れてきていいとのことだ」

 

 晩御飯のとき、ミコちゃんは納得いかない様子ながら、今日の"お手伝い"で士郎さんから聞かされた話を皆に伝えた。内容というのは、わたしの誕生日パーティについて。

 ミコちゃんとしては、うちで内々に済ませたいと思っとったみたいや。けど、それを知った高町家の皆さんがお節介してくれたってとこやな。

 

「ミコトはなんでそんなに不満そうなんだい?」

「主殿のことじゃ、大方奥方と二人っきりになりたかったとか、そんなとこじゃろう。呵呵っ」

 

 アルフの疑問にミステールが勝手に答え、二人してミコちゃんににらまれる。まー、わたしもどっかのタイミングでミコちゃんと二人っきりにはなりたいな。

 

「あまり盛大にやっても気疲れする。それに、はやての誕生日を祝うという口実で騒ぐだけになりかねない」

「わたしは別にそれでええんやけど。しっかり祝ってくれるんは、ミコちゃんがやってくれるやろ?」

「むっ。それは、そうだが……」

 

 最初の年は「誕生日を祝う」ってことを知らなかったミコちゃんやけど、去年はそれはそれは祝ってくれた。「生まれてきてくれてありがとう」「オレと出会ってくれてありがとう」と、心を込めて祝われた。

 これが他の誰かやったら「重すぎィ!」って突っ込み入れるとこなんやけど、ミコちゃんやと納得やし、普通に嬉しいんよね。ミコちゃん用のギアが出来てるとでも言おうか。

 

「わたしは構へんって。わたしが口実になって皆が楽しくなれるんなら、それはそれで嬉しいやん」

「ふふっ。はやては優しいね」

 

 いやー、ふぅちゃんには負けるわ。これ、優しさとはまた別の話やし。

 

「ちがうよ、フェイト。はやておねえちゃんは「わたしを崇めるがいい、下民ども!」っておもってるんだよ」

「アリシア……それはないって」

「シアちゃん正解ー」

「そうだったの!?」

 

 さすがに冗談やけど。それをかなーりマイルドにした感覚なんよね。方向性は合ってるから、正解と言えなくもない。

 

「ソワレ、パーティ、たのしみ!」

「ソワレちゃん、お行儀が悪いですよ。ちゃんと座って食べましょうね」

 

 わたしらの愛娘が立ち歩いて、ミコちゃんに直談判する。ブランにたしなめられて席に戻るソワレ。フォーク持ちながら立ち歩きはあかんな。

 けどま、ソワレにああ言われてしまったら、ミコちゃんも折れるしかない。

 

「……はあ。ミステール、なのはに念話を繋いでくれ。OKの返事を出す。その後で5人衆に連絡だ」

「あい分かった、しばし待たれよ」

 

 そんな感じで、明日の誕生日パーティは、これまでで一番盛大に祝ってもらえることになった。

 自然と笑みが漏れる。

 

「はやて、嬉しそうだね」

 

 ふぅちゃんが話しかけてきた。そう言う彼女も、顔は笑顔で嬉しそう。

 

「そら、こんだけ派手に祝ってもらえることになって、嬉しくなかったら嘘やろ。ミコちゃんかて、内心では嬉しいはずやで。ただ貸し借りを気にし過ぎてるだけや」

「聞こえてるぞ」

 

 聞こえないようにはしてへんからな。ニヤニヤ笑って返すと、ミコちゃんは仏頂面で念話に集中した。

 ……それに。

 

「皆がいてくれてるんや。今日と明日だけやなくて、わたしは毎日が嬉しいよ」

 

 わたしはもう、一人で誕生日を迎えなくていい。大切な家族がいてる。それに加えて、大勢の友人に恵まれた。

 最初のあのとき、休学を受け入れないで学校に行くという選択をしたのは大正解やった。もしあのときに石田先生の言葉に素直に従っとったら……今頃どうなってたんやろうな。

 もしもの話をしてもしょうがないことやな。今わたしは皆と一緒におって、ミコちゃんの隣にいられる。それがわたしの素敵な現実や。

 わたしの言葉を聞いて、ふぅちゃんは優しげに笑った。

 

 

 

 ミコちゃんと一緒にお風呂に入り、一緒にベッドに潜る。ソワレはふぅちゃん達と一緒に寝るみたいや。

 相変わらずあの子は甘えん坊やけど、妹が出来たからか少ししっかりしたみたいで、わたしらと一緒やなくても寝られるようになった。……まあ、寂しくなって結局は潜ってくることもあるけど。

 ソワレを間に挟んで寝るのも好きやけど……やっぱわたしは、ミコちゃんと二人で寝るのが一番好きみたいや。

 ミコちゃんの腕が、わたしをギュッて抱きしめてくれる。だからわたしも抱き返す。

 

「あと1時間で、わたしは9歳やな。またミコちゃんより年上になってまう」

「半年の辛抱だ。すぐに追いつく」

 

 彼女の誕生日は12月の下旬だから、半年とちょっと離れていることになる。その間はわたしの方が数字の上で一つ年上になってしまうのが、ちょっと気に入らん。

 

「ミコちゃんの方が年上っぽいのに、何か癪や」

「そうかな。オレは、はやての方がしっかりしてると思うぞ」

 

 どっちもどっちやと思うけど。それでもわたしが年上やと、ミコちゃんの妹になれへんやん。

 そう答えると、わたしの大切な彼女は、おかしそうに苦笑した。小さく、だけどしっかりと。

 

「フェイト達に対抗してるのか?」

「だって、ミコちゃんふぅちゃん達に甘えさすやん。最近わたし、ミコちゃんに甘えさせてもらえてへん」

「そこまで甘やかしてるつもりはないけど……まあ、最低限はな」

 

 最大限の間違いやと思う。ミコちゃんに出来る最大限、ふぅちゃんもシアちゃんもソワレも、甘やかしとる。

 それを悪く言うつもりはない。あの子達にも笑顔でいてほしいから、ミコちゃんにもそうしてほしいと思う。

 だけど、それはそれ、これはこれや。

 

「あと1時間でわたしの日や。せやから……たっぷり甘えさせてもらうからな、ミコちゃん」

「お手柔らかに」

 

 ミコちゃんはわたしに軽くキスをし、微笑んだ。

 最近のミコちゃんは、以前よりもさらに表情豊かになったと思う。相変わらず基本は仏頂面で、表情が変わると言っても本当に小さなものだ。だけど「相方」であるわたしには、それがどれだけ大きなことかよく分かる。

 彼女の心は、今大きな変革を起こしている。感情が育ち、人として大きく成長しようとしている。

 ジュエルシード事件。それを通して、ミコちゃんは「親の心」を理解した。別離の「悲しみ」を理解した。男の子から「想いを寄せられること」を理解した。

 そしてつい最近、なのちゃんに対して「友達への愛情」を理解した。彼女が置き去りにしてきた様々な感情を拾い集めている。

 相変わらず判断基準がはっきりとしていて容赦のないミコちゃんやけど、どんどん人間らしくなっていくミコちゃんを見ていて、わたしは思う。

 

「大好きやで、ミコちゃん」

 

 今までも大好きだった。だけどもっともっと、止められないぐらいに大好きになっていく。この想いは何処まで大きくなってしまうんだろう。

 少し怖くもあり……だけどそれ以上に、嬉しかった。もっとミコちゃんを好きになれるということが。こうして、ミコちゃんの隣にいられるということが。

 

「オレも大すっ」

 

 皆まで言わせず、ミコちゃんの唇を奪う。少し長めの、親愛のキス。

 

「……最後まで言わせてくれ」

「えへへ、ごめんごめん。ミコちゃん見てたら、我慢できんくて」

「まったく。……大好きだよ、はやて」

「うんっ」

 

 最後は、二人同時に。想いを交わすように、唇を合わせた。

 

 

 

 ミコちゃんは、わたしらの出会いを「偶然の奇跡」って言ってる。ミコちゃんは「運命」って言葉があまり好きではないらしく、普通の女の子が運命を感じるようなところでは、決まって「偶然」と口にする。

 だけどわたしは普通の女の子やから、「運命」って言葉を使いたくなるときがある。たとえば、ミコちゃんとの出会いなんてのは、その最たる例やな。

 わたしの最初の選択が命(みこと)を運んできてくれたなんて、嬉しすぎて涙が出るやん。だからわたしは、ミコちゃんとの出会いは「運命の出会い」だって言う。ミコちゃんでも、ここだけは譲らへん。

 運命は、連鎖して連鎖して、色々な出会いを運んできてくれた。エール、もやしさん。ブラン、ソワレ、ミステール。ふぅちゃん、シアちゃん、アルフ。わたしの大切な家族達。

 せやから。

 

 

 

『Anfang.(起動)』

 

 12時を過ぎて始まったそれは、きっと新しい運命だったんや。

 古い運命を打ち破り、絶望を希望に変え、新しい運命へと繋ぐ始まりの言葉。

 

 「終わり」が、「始まった」。




というわけで、次からA's編です。

不穏な終わり方してますが、しばらくはほのぼのまったりな日常を書きたいです。さすがに奴ら出現直後はちょっとごたごたするでしょうけど。


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A's章 序盤
二十四話 始動


A's編、始まります。

※前話のまえがきにも書きましたが、活動報告に「ヤハタさん」のアンケートをご用意しました。お暇でしたら、暇つぶしがてらにどうぞ。

2016/10/10 誤字報告を受けたので文言誤用修正
憮然→怫然
これは完全に私の勘違いでした。同じ勘違いしてる人多そう。
憮然とした:失望してぼんやりとしている様子
怫然とした:腹を立てている様子


 光が迸った。瞬間、頭の中のスイッチが瞬時に切り替わる。

 

 現在時刻、深夜12時。町は寝静まり、日付が変わり、はやての誕生日となった瞬間の出来事だ。何の前触れもなく、はやての部屋に光が溢れた。

 驚くはやて。だけどオレはそれには取り合わず――そうするのが何よりもはやてを守ることになるから――ガバリと体を起こす。

 ベッドから飛び降り、ベッドサイドテーブルに置いたエールの羽根を手に取り、光の発生源を見る。……本棚、その一番上の段の一番端。既に全く手つかずとなっていた、古本置き場だ。

 そこにある一冊の黒い本が、明らかに自然的でない光を放っていた。そもそも普通の本は自然に発光したりはしない。

 あからさまに"魔法"の品である。……何故こんな身近にあったのに、今まで気付かなかったのか。はやての最も近くに存在する"異常"に、どうして目がいかなかったのか。

 

「な、なんやの……」

 

 さすがのはやても呆然としたようにつぶやく。オレは何が起きてもすぐに動けるよう、本から目線を外さない。

 本は――ひとりでに動きだし、本棚を抜けて宙に浮いた。だが、襲い掛かってくるようではなく、まるでオレ達を……否、はやてを見下ろすようにとどまる。

 そして。

 

『Anfang.(起動)』

 

 流れる機械音声。同時、理解した。これは"魔法"の品ではなく「魔法」の……管理世界で使われている「ミッド式」に連なる代物であると。

 何故、そんなものがはやての部屋に。疑問は尽きないが、オレの考察を待たずに事態は進行する。

 

「キャッ!?」

「! はやて!?」

 

 彼女の驚きの声で振り返ると、はやての胸元から光る小さな球体が抜け出していた。あれは……リンカーコア。「プリセット」を通じて、その正体を瞬時にはじき出す。

 ミッド式の魔法を使用するための、不可視臓器。管理外世界では持たない人間の方が圧倒的に多い、生命活動に関わらない肉体の一部だった。

 そんなものが、はやてにあった。今まで誰も気付かなかった。魔法の力を持たないオレはもちろん、魔導師であるフェイトも、なのはも、ユーノでさえ。

 何故。やはり疑問は尽きないが、それよりも優先してオレにはやるべきことがある。

 それは……。

 

「『"風の召喚体"エール、その姿を顕現しろ』!」

 

 はやてのリンカーコアを取り込まんとしている、あの古本を破壊すること。

 エールも事態を理解しており、顕現と同時に風を纏う。その力を全てエッジに回し、左上から全力で振り抜く。

 ……が、やはりと言うべきか、シールドに阻まれてしまう。ミッド式のシールドは、エールの力では打ち破れない。

 

「くっ! エール!」

『ごめん、ミコトちゃん! ボクの力じゃこれ以上は……っ!』

「っ、チクショウ!」

 

 口汚く悪態をつく。ソワレと離れて寝たのが裏目に出てしまった。彼女の力なら、今まさにはやてのリンカーコアを捕獲しようとしているこの魔本を、問答無用で葬り去ることが出来たのに。

 リンカーコアは、生命活動に必要な器官ではない。だが肉体の一部であることには変わらず、それを持っている人間が失った場合、ショック症状が出る可能性がある。場合によっては……。

 

「っ……はやてぇ!」

 

 振り返り、彼女の名前を呼ぶ。彼女は、やはり何が起こっているのか分からず、呆けた表情のままだった。

 魔本は、容赦なくはやてのリンカーコアを取り込んだ。

 

 結論から言うと、取り込んだのではなく、取り込んだように見えただけだった。そう見えてしまったのは……「書」が持つ特性故なのか。

 しばらくはやてのリンカーコアを捕獲していた「書」は、用が済むと、それを彼女の胸元に返した。光の球ははやての胸に吸い込まれ、やがて見えなくなった。

 そして書は、魔法陣を展開する。見覚えのあるミッド式の……ではなかった。あれは、円と四角を基本として形作られている。それに対して、書が展開したのは三角形。

 ミッド式じゃ、ない? だけど基盤は同じものを使っている。はやてのリンカーコアに触れたのだから、間違いはない。ミッド式以外の、別系統の魔法体系。そう結論付ける。

 魔法陣は全部で5つ。天井に描かれるように大きなものが1つと、床に描かれる小さなものが4つ。小さなものは、ちょうど人一人が入れる程度の大きさだ。

 その考えが正しいことを証明するかのように、魔法陣は「構築」を始めた。4人分の人間の姿を。

 

「召喚、体?」

 

 まだ現実に戻って来れていない様子のはやてが、自身の知識から酷似した現象を紡ぐ。だけど、違う。これは"魔法"ではなく「魔法」の産物。オカルトではなく、科学的にエミュレートされた、疑似的な生命だ。

 4人の"魔法プログラム"を構築し終わった魔法陣は、光を失い姿を消す。魔本は、ゆっくりと床の上に落ちた。

 オレははやてを守るように立ち、警戒の目線を4人の男女に向け続けた。つかの間の沈黙。

 彼らは……まるで主にひざまずくように、はやてに向けて頭を垂れていた。

 

「闇の書の起動を確認しました」

 

 薄紅の髪をポニーテールにした大柄な女性が、厳かに口を開く。それは、騎士の誓言だった。

 ついで、ショートカットの金髪な、冷たく怜悧な印象の女性が引き取る。

 

「我らは"蒐集"を助け主を守る従者、守護騎士でございます」

 

 「蒐集」。その一言が、いやに頭に残る。先ほどのはやてのリンカーコアに対する「書」の反応が、まさにそう呼ぶに相応しかったからだろうか。

 

「夜天の主の下に集いし雲の騎士、"ヴォルケンリッター"」

 

 唯一の男性、人型のアルフと同じような耳を持つ大男が、彼らの名称を紡ぐ。「ヴォルケンリッター」、それが彼らを表す言葉。雲の騎士。

 最後に、オレ達と見た目はそう変わらない少女が、乱暴に締めた。

 

「なんなりとご命令を」

「……えっ、え……、……ええー……」

 

 はやては混乱の真っただ中だ。背中に視線を感じるから、多分オレに助けを求めている。

 ……はやてに怪我がなくてよかったという安堵。一瞬それを感じ、すぐにカチッと頭が切り替わる。ならば、オレがはやての代わりに確認しよう。

 

「「闇の書」とは、そこにある黒本のことか?」

 

 無言。どうやら主=はやての言葉以外を聞く気はないらしい。まあ、今のは確認替わりだ。そんなことはどうでもいい、分かりきった質問だ。

 オレが確認したいのは、もう一つ。

 

「では、今から「闇の書」を破壊する」

『ッ!』

 

 瞬間的に敵意が返ってきた。ヴォルケンリッターが敵意を込めてオレを睨む。……正直、プレシアに睨まれる経験がなかったら、竦むぐらいはしていたかもしれない。

 明確な殺意がこもっていた。主と書に害を成す存在は許さないと。これではっきりした。今のままでは、オレに闇の書を破壊することは出来ない。

 

「……挨拶替りの確認だ。殺気を引っ込めろ。落ち着いて話も出来やしない」

「貴様は何者だ。魔力を持たぬ故捨て置いたが、書と主に害成す者ならば、この場で切り捨てる。たとえ女子供であろうとも」

 

 ……ああ、今の発言はちょっとイラッと来たぞ、大女。

 

「言うに事欠いて貴様がそれを言うか? 現在進行形ではやてに害を成している貴様が」

「……私を愚弄するか、小娘」

「事実を指摘することを愚弄と言うならその通りだよ、脳筋」

 

 「脳筋」という言葉の意味が分からなかったようで、一瞬表情を動かす大女。こいつじゃ話にならん。

 

「ヴォルケンリッター。お前達の中に交渉事が通用する者はいるか」

「貴様のような小娘と交渉など不要。命あるうちに、そうそうに去ね」

「貴様には話しかけていない。会話の成立しない間抜けがしゃしゃり出てくるんじゃないよ。あとここはオレとはやての寝室だ。出て行くなら貴様の方だ」

「ちょ、ミコちゃん! 落ち着きぃや!」

 

 オレの様子でようやく再起動を果たしたはやてが、背中からオレに抱き着いて止めようとする。

 安心しろ、はやて。オレは今、とても落ち着いている。目的を達成するために、非常に冷静に事を成せる。

 

「主、離れていてください。この不届き者を、今すぐ排除します」

「何ゆーとんのや! もしミコちゃんに傷一つでもつけたら、あんたが何者でも絶対許さへんで! 絶対や!」

 

 主に凄まれ、「うっ」と呻いてたじろぐ大女。はやても感覚的に、彼らが「自分の従者である」ということを理解しているようだ

 従者というプログラムなら、主に逆らうことなど出来るわけもない。大女はすごすごと引き下がった。

 

「……シャマル」

「今のはあなたが悪いわ、シグナム」

 

 シャマルと呼ばれた金髪の女性が前に出る。大女の名前はシグナムというようだ。

 

「八幡ミコト。はやての同居人で、「相方」だ」

「ご丁寧にありがとうございます。わたしは闇の書の守護騎士「ヴォルケンリッター」が一人、"湖の騎士"シャマルです。あなたが言い負かしたのは、"剣の騎士"シグナム。一応、わたし達のリーダーです」

「一応とはなんだ、一応とは」

 

 うるさいよ。貴様ごとき、一応で十分だ。

 

「……シグナムが主に害を成しているというのは、どういうことでしょうか」

 

 交渉事に駆り出されるだけあって、シャマルはすぐにオレの意図を察したようだ。真剣そのものの表情で、オレに問いかける。

 

「正確には、あのおっぱいお化けではなく、闇の書の方だ」

「誰がおっぱいお化けだッ!」

「ぶふっ! くくくっ……あいつ、結構センスあるじゃねえか」

「ヴィータぁ!!」

 

 オレの当てつけに反応したシグナムを笑う赤い少女。"鉄槌の騎士"ヴィータというそうだ。

 一触即発の空気を醸し出した二人を、残った一人が諌める。

 

「二人とも、主の御前だ。大人しくしていろ」

「ぐっ、ザフィーラ……いや、お前の言う通りだった」

「そーだぞ、大人しくしてろ、おっぱいお化け。くくっ」

「お前もだ、ヴィータ」

 

 狼耳の男性は"盾の守護獣"ザフィーラ。……盾、ね。あの変態とは大違いの紳士だ。

 まあ、そんなことは大勢には関係ない些末事。オレはシャマルとの交渉を進める。

 

「見て分かると思うが、はやては足が悪い。麻痺によって動けなくなっている」

「……そうみたいね。だけど、それでどうして闇の書が関わっているという話に?」

「はやての足は、医学的には問題がないとされている。正確には「管理外世界の医学」だ。そしてはやてにリンカーコアがあることを、今日まで気が付かなかった」

 

 それが何故だったのかは、今は捨て置く。大事なのはそこじゃない。

 

「はやての足は、リンカーコアに発生している異常が原因である可能性が、現状では一番高い。そして身近に存在するリンカーコアに影響を及ぼすものが、闇の書ということだ」

「……しかし、闇の書は主に無限の力を与えるもの。そんな真逆の現象が起きているとは考えにくいです」

 

 また物騒な代物だな。ますますもってはやての近くに置いておきたくない。

 

「疑うのなら、確認してみればいい。オレは魔導師ではないから無理だが、お前達なら方法があるんじゃないのか?」

「ええ。わたしは、後方支援を担当する守護騎士。必然的に治癒や調査といった役割をこなすための能力を持っているわ」

「なら、はやての足を見てやってくれ。主の許可が必要というなら、オレが取り次いでやる」

「そこまでせんでも、診察してくれるだけやろ? なら早よ見てや。なんや、さっきからやたら眠くて、かなわんのよ」

 

 恐らく、守護騎士召喚の際に闇の書に魔力を取られた影響だろう。

 なのはもスターライトブレイカーを撃ったあとは激しく消耗する。同じように、魔法を使ったことのないはやてが魔力を取られたことによって、眠気という形で疲労が現れている。単に夜遅いというのもあるだろうが。

 

「……それでは主、失礼致します」

「あー、なんや初めの頃のブランよりも固いなぁ。わたしのことは普通にはやてでええよ。敬語とかも一切いらん」

「えっ!? で、ですが、主に対してそんな不敬な……」

「主って言われても、わたしなんてただの小学三年生の小娘やで。むしろ主や思ってくれるんなら、わたしの意志を尊重してただの小娘として扱ってほしいわ」

 

 はやてらしい上手い切り替えしに、少し口角が上がったのを自覚する。シャマルは「わ、わかりまし……わかったわ」と言って、早々に順応してみせた。ブランより飲み込みがよさそうだ。

 はやての足元に、先ほどと同じような三角形の魔法陣。……ふむ。

 

「何でもないただの質問だが、その魔法はミッド式とは違うのか?」

「ええ。わたし達の使う魔法は「ベルカ式」と言って、歴史としてはミッド式よりも古いものよ。ミッド式が汎用性や非殺傷性に優れているのに対し、ベルカ式は特に攻撃性能を重視しているの」

 

 「もちろんわたしのように間接支援のための魔法もあるけど」と続ける。やはり、大元となる基盤はミッド式と同じ、リンカーコアを通じて魔力を操作する技術のようだ。

 そこまで答えて、シャマルは逡巡した後に質問を返す。

 

「……ミコトちゃんは何でそこまで魔法について知っているの? あなたは、魔導師というわけではないのに。管理世界についても知っている口ぶりだった」

「少し前に管理世界のごたごたに巻き込まれただけだ。あとは、お前達とは基盤の異なる"魔法"を使える。……エール」

『教えちゃってよかったの、ミコトちゃん。まだ、測りかねてるんでしょ?』

 

 オレが手に持つ「鳥の意匠の片手剣」がしゃべったことでシグナムが警戒を見せたが無視。会話が成立しないようなリーダーに割くリソースは存在しない。

 

「シャマルは何処かの誰かと違って話が通じる。既に見られているお前のことを黙っているよりは、正直に話した方が情報の出し渋りはしにくいだろう」

「よく考えているのね。これでは何処かの誰かさんじゃいいようにあしらわれても仕方ないわ」

 

 身内からのフレンドリーファイアで「うっ」と呻く何処かの誰かがいたが、やっぱり気にしない。それよりも、シャマルの「診察結果」の方が重要だ。

 彼女は――調査の途中から表情が険しくなっていた。それはつまり、オレの指摘が的外れなものでなかった証拠。

 

「……結論だけ言います。闇の書からはやてちゃんへ、魔力の略奪が発生しています。これが原因と見て間違いないでしょう」

『なっ!?』

 

 シグナムとヴィータが驚き、表情を崩して声を上げる。ザフィーラは……重苦しい表情で黙っていた。

 対してオレは、少し歓喜していた。ここまでずっと回り道をして、結局自分の手で明らかにしたわけではなかったけれど。はやての足の原因を突き止めることが出来たのだ。

 

「これまでにはやてが魔導師と接触することは何度もあった。というか、うちの家族に魔導師とその使い魔が一人と一匹いる。しかし、彼女達がはやてのリンカーコアに気付かなかったのは……」

「闇の書が、はやてちゃんの魔力をギリギリまで奪っていたから。未活性の状態な上に極限まで魔力を削られていては、よほど疑って調べない限り、リンカーコアには気付かない」

「そして、リンカーコアは生命維持に関係ないとは言え、臓器であることに変わりはない。その機能を停止寸前まで抑え込まれては、体に異常が出てもおかしくはない」

「それが現在は足の麻痺として表れているけれど……今後広がる可能性はぬぐえない。それが、ミコトちゃんの懸念していることね」

 

 こくりと頷く。理解が早い相手は、話が楽で助かる。この場にいる中で着いてこれているのは、分かる限りではやてだけだ。ザフィーラはよく分からないが、シグナムとヴィータは絶賛混乱中だ。

 

「そうなれば、オレが「闇の書を破壊する」と言った意味が分かるだろう」

「……ええ、悔しいけれど。闇の書がなくなれば、はやてちゃんのリンカーコアにかかる負担はなくなる。ほどなくして足の麻痺は消えるでしょう」

 

 シャマルは葛藤しながら、自身の消滅を受け入れたようだ。主を守るためのプログラムが主を害しているのだ。自己矛盾を打ち消すためには、妥当な判断だろう。

 だが、そんな合理的な判断が出来ないバカが一名いるのだ。本当にこいつがリーダーでいいのか、ヴォルケンリッター。

 

「待て、シャマル! 何を勝手に決めている! そんなもの、闇の書を完成させれば解決できるだろう!」

「完成させるのにどれだけの時間がかかる? はやての麻痺が広がる前に終わるのか? その保証を貴様は出来るのか? ……いい加減オレをイラつかせるな。貴様の言葉は、一言も求めていない」

「ッ、貴様ァ!」

 

 怒りの咆哮とともに剣型のデバイスを展開するシグナム。炎熱の変換資質を持っているようで、その剣の周囲には炎状となった魔力が渦巻いている。

 戦いとなったら、オレは絶対に勝てないだろう。この場で殺される。だが、戦いには絶対にならないのだ。彼女が"プログラム"である限り。

 

「やめえ言うてるやろ、シグナム!」

「……くっ! 何故なのですか、主……」

 

 彼女が守護騎士という"プログラム"である以上、主に逆らうことは出来ない。その主が戦いを望まない以上、戦うことしか能がない彼女に出来ることは何もないのだ。

 そこを行くと、上手く自分の感情を抑えられたヴィータの方がよほど大人だ。いや……あれは、諦めているのか。

 

「諦めろ、シグナム。分かってんだろ。どんなに人に似せて作られても、あたし達は所詮"道具"なんだよ。主の役に立たないなら、廃棄されんのが宿命だろ」

 

 ……その言葉は、至極道理だ。道の理を解した言葉だ。オレの理性は、その意見に一切の反論を持たない。完璧な理屈だ。そのはずだ。

 それなのに……召喚体の皆の姿がチラついて、納得することが出来ない。フェイトの寂しそうな姿が浮かんで、抱きしめたい衝動に駆られる。

 オレと向き合っていたシャマルは、オレのわずかな変化を感じ取ったか、怪訝な表情を見せる。頭を振り、迷いを払う。

 

「物理的に破壊するので問題はないのか」

「ええ。ただ、闇の書には転生機能というものが存在していて、時間が経てば何処かで再構成するわ。そして、新たな主が犠牲となる……」

「そこまでの責任は持てん。もうお前達は知っているのだから、起動のたびに自分達の手で終わらせろ。そうすれば、いつかは終われる」

 

 転生機能にエラーが発生すれば、そこで終了だ。完璧なものなどこの世に存在しない。闇の書とて、それは例外ではない。

 オレの言葉を聞いて、シャマルは寂しげに笑った。

 

「あなたは……冷たい子だと思ったけど、本当は優しい子なのね」

「錯覚だ。オレはオレの都合で動いているに過ぎない。お前が勝手にそう感じただけだ」

「ふふ、そうなのかもね。……それじゃあ、今回はお任せするわね」

 

 当然だ。はやての足はオレが治す。そのために、「コマンド」を作り上げたのだから。

 

『ミコトちゃん……』

 

 エールが気遣わしげにオレを見ている。……大丈夫だ。これで、終わる。オレは、平気だから。

 エールを握る左手に力がこもる。ザフィーラは、目を瞑って受け入れ、その時を待っている。ヴィータは、諦めた瞳で皮肉な笑みを浮かべた。

 そしてシグナムは……納得がいかない顔で、オレを睨みつけていた。こいつに関しては一切取り合う気はない。

 床に置かれた闇の書の前に立つ。黒い本は……何処か、穏やかに見えた。終わり方を見つけたような、そんな意志を感じる。……ただの気のせいかもしれないが。

 迷いなく、オレはエールを振り上げた。

 

 

 

「はーい。そこまでや、ミコちゃん」

 

 オレの行動は、はやての気の抜けた声で止められた。振り返り、彼女を見る。

 はやては、ベッドの上で座りながら、眠たげな目をこすっていた。だけど、「相方」であるオレには、その目にこもった意志の強さを感じ取ることが出来た。

 

「……何故止める。はやての足が動くようになるんだぞ」

「そら嬉しいけど、それよりも悲しい思いするんなら意味ないやん」

 

 悲しい、だって? この、ポッと出の守護騎士たちが消えることが、今まで見向きもしなかった魔本が消えることが、悲しいだって?

 いや、はやての心を考えれば、それは十分あり得ることだけど……それでも、繋がりが薄い今なら、時間で癒える程度で済む。

 

「今しかないんだ。本格的に情が移ったら、もうこの方法は取れない」

 

 必死の思いを込めて、はやてを説得する。だけどはやてはオレの言葉を意に介さず、シャマルに指示して自分の体を運ばせる。

 そしてオレの目の前に来て。

 

「わたしやない。ミコちゃんが、や。気付いてるか、ミコちゃん。今にも泣きそうな顔やで」

「ッ!」

 

 指摘され、大いに狼狽えてしまう。……はやてには、一目瞭然だったか。オレがヴィータの言葉で動揺したことは。

 

「……こんなこと言ったら皆に悪いけど、わたしの優先順位は、最初にミコちゃん、次に他の皆、や。そんなミコちゃんが納得してへん選択肢、選ばせるわけにはいかんやろ」

「オレは、納得していりゅ」

 

 言葉の途中で頬を引っ張られた。はやては楽しそうに笑う。

 

「あはは、ミコちゃんのほっぺやわらかー。すべすべもちもちで癖になるわー」

「にゃにを、しゅりゅ」

「舌ったらずなミコちゃんも可愛いでー。チュッチュや」

 

 頬を引っ張りながら、オレの唇にキスをするはやて。……はやてを抱えるシャマルが、信じられないものを見た顔だった。いや、その反応は間違いではないか。

 

「ミコちゃん。わたしな、上っ面だけの人は嫌いなんや。知っとるよな?」

「……知ってる」

「レッテル貼りとかしてるの、自分に向けてやなくても、見てるだけでも嫌なんよ」

「ああ……オレも、助けられた」

「せやな。だからミコちゃん。……上っ面だけの納得なんて、そんな悲しいこと、やめて」

 

 ……分かって、しまうか。「相方」には。彼女のごまかしがオレに通用しないのと同じように。

 はやてに頬を撫でられる。オレは……もう、動けなかった。

 そしてはやては、一つ頷く。

 

「シグナム。エール預かっといて。ひょっとしたら今ので他の家族起きてるかもしれんけど、エールに説明してもらえば大丈夫やから」

「は、はい。分かりました」

「あんたも固いなぁ。ま、今は眠いし置いとこ。ザフィーラ、ミコちゃんのことベッドに運んで。可愛いからって変なとこ触ったらダメやで」

「了解しました、主はやて」

 

 オレはシグナムにエールを取り上げられ(その際エールがホッとした表情を見せた)、ザフィーラの大きな体に抱きかかえられた。

 

「ちょっと待て、オレは自分で動ける」

「主の御命令だ。意図は分からんが、俺に出来ることは従うのみだ」

 

 実直な騎士だった。……男に抱きかかえられるの(しかも所謂お姫様抱っこ)なんて、初めてで、その……普通に恥ずかしい。

 大人しくなったオレを見て、シグナムが勝ち誇った顔をした。何でこいつがそんな顔をするのか意味が分からない。何もしてないだろうが、貴様は。

 ザフィーラの手によって、オレはベッドに腰掛ける体勢になった。はやては、シャマルに運ばれてオレの隣に座る。オレの左手が、彼女の右手に握られた。

 

「あとは……ヴィータ、おいで」

「は、はい」

 

 二転三転する状況に置いて行かれ気味のヴィータが、はやてに呼ばれて近付いてくる。彼女は、オレ達の前までくると、さっきと同じようにひざまずいた。はやてが眉をひそめる。

 

「そういうのやめてって。普通でええんや、普通で」

「ふ、普通って言われても……」

「そんな聞き分けのない子は、こうや!」

「うわっ!?」

 

 オレから右手を放したはやては、ヴィータの頭を抱え込んで、器用にベッドの中に引きずり込む。そしてちょいちょいとオレを手招きした。ヴィータが抜け出せないように、サンドイッチにする。

 

「わあ!? な、何してんだよお前!?」

「こんなに近くで騒ぐな、耳が痛い。オレだって眠いんだ。もう今日は何も考えたくない」

「それやと起きた後も何も考えたくないってことにならん? もう日付変わっとるで」

「……訂正、寝て起きるまでは何も考えたくない。だから、ヴィータもとっとと寝ろ。話の続きは起きてからだ」

「え、ええー……」

 

 オレははやての考えの全てが読めるわけじゃないが、オレと同じように感じたのかもしれない。だとしたら、彼女がヴィータに手を差し伸べるのは、ごく自然なことだと思えた。

 オレも……その小さな姿がフェイトと重なって見えて、自然と抱きしめていた。ヴィータは「あうあう」言いながら黙り込んだ。

 

「そーゆーわけや。エール、皆を適当な空き部屋に案内したってな。家族の皆、特にふぅちゃんと会ったときは、まず戦闘回避。オーケー?」

『オーケー、ズドンッ! ってね! おやすみ、はやてちゃん、ミコトちゃん、ヴィータちゃん!』

 

 シグナムの手に握られたエールに先導されて(中々珍妙な絵面だ)、ヴィータ以外のヴォルケンリッターははやての部屋を出て行った。シャマルのみ、最後にこちらを向いて一礼をした。

 

 これが、オレと"夜天の守護騎士"ヴォルケンリッターの邂逅だった。……相変わらず、管理世界絡みの初対面は印象最悪になりやすいものだ。

 

 

 

「それにしても……びっくりしました。はやてちゃんが、あの歳で、その……同性愛者だったなんて」

『あー、そう見えちゃったか。二人の名誉のために言っておくけど、そうじゃないからね。そう見られても仕方ないことしかしてないけど、あの二人』

「そうなんですか? えっと……エール君、でいいですか?」

『いいよー、ボクの方はシャマルさんって呼ぶね。あれがあの二人の親愛表現なんだ。可愛いよねっ!』

「……っ、その通りですね!」

「シャマル、今の間はなんだったんだ。いや、いい。知らない方が幸せだ」

「真理を得ました!」

『可愛いは正義、なんだよ! ザッフィー!』

「そうよ、ザッフィー!」

「ザッフィーとは何だ。意気投合しすぎだ、お前ら」

「お前も順応しすぎだ、ザフィーラ。私はいまだに現状の理解が追い付かん……あの小娘っ! 思い返しただけではらわたが煮えくり返る!」

『シャマルさんもザッフィーもヴィータちゃんも、苦労してるんだねー』

「分かってくれますか、エール君。これがわたし達のリーダーです……」

「むっ、誰か来るぞ」

「あ、あなた達は誰ですか! ここはわたし達の家ですよって、エール!? 捕まっちゃったの!? 今助けるからねっ! バルディッシュ……ってこれハタキだ!?」

「エール君も、苦労してるんですね」

『あはは、普段はしっかりしたいい子なんだけどねー、フェイトちゃん。説明してあげるから、ちょっとお兄ちゃんの話を聞いてねー』

 

 そんな一幕があったらしい。

 

 

 

 

 

 翌朝。八神家+ヴォルケンリッターで、リビングに集まる。どれぐらいの話になるか分からないから、学校には「家庭の事情」という理由で欠席の連絡を入れた。ミツ子さんにも連絡済だ。

 5人衆に向けてはミステールの念話共有を用いて「はやての足の原因が分かった」と伝えてある。皆一様に驚いていたが、こちらの真剣な様子でただごとではないと察したようだ。

 オレの隣に、はやてとフェイト。膝の上にソワレ。エールは変わらずヴォルケンリッター側についてもらい(シャマルと意気投合したらしい)、もやし1号も顕現させている。

 ブランとミステールは中立的な位置にいてもらい、ブランは書記、ミステールは観察。気になる点があったらすぐに指摘してもらう。

 そして机の上に黒い本……中央に金の荘厳な十字の装飾が施された、魔法の本「闇の書」を置き、会議が始まる。

 

「まず全体共有事項として、はやての足の麻痺の原因が発覚した。シャマル、詳細を報告」

「了解しました、ミコトちゃん」

「……何故貴様が仕切っているのだ。シャマルは私の部下であり、主の従者だ。部外者が勝手な指示を出すな」

 

 またシグナムが突っかかってくる。オレは無視してシャマルに指示を出し、彼女もそれに従う。今この場でどちらに理があるかなど、頭脳担当である彼女には分かっていることだ。

 シャマルは昨日の「検査結果」を報告する。シグナムは自分の意見が通らなかったことに怫然とした表情を浮かべていたが、一度始まってしまえば口は挟めない。

 

「……以上の理由から、闇の書による魔力の簒奪がはやてちゃんに影響を与えているというのが、ミコトちゃんとわたしの共通見解です」

「ふむぅ。今まで誰もこんな怪しげな本に気付かなかったというのも疑問じゃが、奥方に魔法の才があったということも同じぐらい驚きじゃの。フェイト、アルフ、何故気付かなかったと思う?」

「多分、リンカーコアが眠ってる状態だった上に、本に魔力を奪われてギリギリになってたからじゃないかな。闇の書の方については……ちょっとわかんないね」

「起動までは認識を誤魔化す魔法プログラムがかかってるとかじゃないのかい? 貴重そうなものだし、起動してない状態だったらただの本だろ? バレバレだったら盗みたい放題じゃないか」

「オレもアルフと同じことを考えた。闇の書は見た目からして派手だ。認識阻害ぐらいなければ、魔法の品と分からずとも盗難される可能性はある」

「わたし達は未起動状態の闇の書を見ることは出来ないから確かなことは言えないけど、その可能性は高いと思います。ただ……そんなものがあったというのは、今まで考えもしなかったわ」

 

 闇の書の実態と守護騎士の認識の齟齬。昨日の検査のときも思ったことだが、何かの食い違いがあることは確かなようだ。

 シャマルの様子からして、闇の書が主を食い殺そうとするというのは、本来ならばありえないことなのだろう。だが、実際には起きてしまっている。その理由は、一体何なのか。

 とりあえず、この段階ではまだ答えは出ない。話を進めよう。

 

「次に、闇の書とは何なのか、説明してもらいたい。オレからすれば現状では「はやてに害を成している魔法の本」でしかない」

「貴様、一度ならず二度までも我らを愚弄するか! そこに直れ!」

「……ヴィータ。この戦うことしか能のなさそうな使えない将をつまみ出してくれ」

「はいよ。行くぞ、シグナム」

「な!? お、おいヴィータ! 何故あんな小娘に従っている! ヴォルケンリッターの誇りはどうした!?」

「現在進行形でリッターの信用を落としてんのはお前だろ! どうして何でもかんでも戦闘直結なんだよ、てめーは!」

 

 口論をしながら、シグナムはヴィータに引っ張られてリビングを退場する。……面倒な役を押し付けて悪かったな、ヴィータ。

 彼女達の姿が見えなくなると、シャマルとザフィーラは大きくため息をついた。苦労してるな。

 

「ごめんなさい。闇の書について、だったわね。……ええと」

「フェイトとアルフについては気にするな。オレ達の家族、身内だ。魔導師だからと言って、魔法の品を狙っているとは限らないだろう」

「あ、フェイト・T・八幡です。ミコトおねえちゃんの妹で、娘です」

「さらにいもうとのアリシア・T・八幡です! けどほんとだったらわたしのほうがおねえちゃんなんだよ!」

「そ、そう……分かりました、信用します」

 

 二人の発言で目を白黒させるシャマル。……事情を知らなかったら混乱するような内容だったしな。しっかりしてるようで割と天然だからな、フェイトは。昨晩もバルディッシュとハタキを間違えたらしい。

 コホンと咳払いを一つ。そしてシャマルは、闇の書について語り始めた。

 

「闇の書は、古代ベルカの戦乱の時代に作られた、魔導を記録するためのデバイスです。魔導師・騎士が持つリンカーコアを"蒐集"することによって、術者の持つ魔法を書にコピーすることが出来ます」

「また穏やかではない話だ。蒐集というのは、昨日はやてのリンカーコアを一時的に奪ったような行為ということか?」

「それをもっと強引にした感じね。再度になるけど、わたし達は仕様の関係でその瞬間を見ることは出来ないから、どこまで同じだったかは分からないわ」

 

 彼女達が人間の姿をした"魔法プログラム"であることは、既に全員に共有済みだ。とはいえ、人間同様にエミュレートされているなら、感情や思考といったものも存在する。あくまで「基盤が違うだけ」だ。

 驚きはすれど、うちには召喚体という「基盤が違うだけ」の存在が多数いる。受け入れられない事実ではない。

 

「戦乱の時代の品、と言っていたな。それが闇の書の仕様がいちいち物騒である理由だろう。戦の場なら、蒐集対象に配慮する必要はない」

「ええ。……ちょっと嫌な話になるけど、実際にわたし達は、以前の主のときに、魔導師のリンカーコアを奪い尽くして命を奪ったことが何度もあるわ」

「……ほんと、嫌な話やな。それ聞いたら、わたしは蒐集なんて絶対させたないわ」

 

 ちょっと場が暗くなる。一旦仕切り直そう。

 

「ともあれ闇の書は、やや物騒ではあるが、記録用デバイスという認識でいいわけか。……最初に言っていた「闇の書は主に無限の力を与えるもの」というのは何だ?」

「リンカーコアの蒐集を行い、全666ページを完成させた闇の書は、膨大な魔力を秘めた魔導書となる。それは、主に無限に等しい力を約束するもの、という意味ね」

 

 ただ魔法を記録するだけでなく、それ自体がタンクにもなるということか。と、ここでミステールから質問が上がる。

 

「素朴な疑問じゃが、奥方の魔法の才はどの程度のものなんじゃ? 今の話じゃと、書を完成させるまでは何の力もないように聞こえてしまっての」

「わたしは戦う気なんてないから、力なんて必要ないけどなー」

 

 オレも、はやてには戦いなんてものに関わってほしくない。足を治して、平穏な日常の中で、一緒に笑っていたい。そのために走ってきたのだ。

 それはそれとして、はやての魔法の才である。答えたのは、フェイト。

 

「ええっと……気付いた今だと、正直言って「どうしてこんなあからさまなのに気付かなかったの!?」ってレベル。魔力量だけでものは言えないけど、それだけならわたしやなのは、ガイでも足元にも及ばない、かな」

「……マジか」

 

 マジか。はやての言葉と同じ思いが溢れる。そしてそれ以上に、それだけの魔力を奪い続けた闇の書という魔導書の暴食っぷりにあきれ果てる。

 

「元々選択肢にも含めていないが、闇の書を完成させるのにどれくらいの期間がかかる?」

「……そこにいるフェイトちゃんのような膨大な魔力を持つ魔導師がたくさんいるなら、一月もあれば。そんな都合のいいことはありえないから、上手くいって二、三年というところね」

 

 時間的な問題もあるし、やり方が物騒すぎるという問題もある。はやての足を治すのに、もっと大きな厄介事に巻き込んでしまうのでは本末転倒もいいところだ。

 

「あとは、そもそもの話として闇の書を完成させれば本当にはやての足が治るのかという問題もある。あんなものはシグナムの希望的観測に過ぎない」

「ミコトちゃんはシグナムに対して当たりが強いわね。気持ちは分かるけど。……全くの希望的観測というわけでもないのよ」

 

 ほう。シャマルの分析に耳を傾ける。オレは魔法の専門家ではないので、彼女の分析は貴重な意見だ。

 

「完成した闇の書の持つ力、というのも根拠の一つだけど、それ以上に現在起きているのが魔力の簒奪であるという点ね。この作用機序は、闇の書が蒐集を行うのに酷似している」

「つまり、原因は分からないが、蒐集の必要がなくなる段になればはやてに向けて行われている「蒐集」も自動的に止まる可能性が高い、と」

「……本当にミコトちゃんは理解力が高いわね。とても8歳とは思えないわ」

 

 そういう性分だ。割り切れ。というか、この場で着いてこれてないのは、ソワレぐらいしかいないと思う。シグナムがいたらどうなったかは分からんがな。

 

「とはいえ、言った通り元々選択肢に含めていない。策としては下の下もいいところだ。やはり、魔力の簒奪が起こっている原因を抑えないわけにはいかんか」

「闇の書を守る者としては存在意義を否定されてる気がしないでもないんだけど……はやてちゃんも、さっきそう言ってたものね」

「とーぜん。自分の足のために誰かを傷つけるとか、何処の独裁者やねん」

 

 独裁者だからと言って必ずしも誰かを傷つけるわけじゃないが、今はそういう話でもないな。

 はやての感情を抜きにしても、闇の書を完成させる――蒐集を行うという選択肢は、被害者に恨みを持たれる以上に、自分から進んで管理世界の厄介事に首を突っ込むということを意味する。

 何故なら、この世界にはリンカーコアを持つ者が少ない。必然的に管理世界の住人から奪うことになり、如何にオレ達が管理外世界の人間だからといって、管理世界の人間に手を出せば向こうの犯罪者として扱われる。

 これでは何のためにジュエルシード事件のときにオレの情報を削ってもらったのか、分かったもんじゃない。はやてを管理世界というしがらみだらけの世界に関わらせるなど、オレとしてはありえないことだ。

 

 シャマルが説明を終わる。今分かっている情報はこれだけのようだ。これだけだが、大きな前進だ。

 

「ようやく……はやての足を治すために何をすればいいか、分かったんだね」

 

 フェイトが感慨深げにオレに語りかけた。そうだ。本当にようやく、分かったんだ。

 はやての足を治すことに決めて、一年半程度。通常の医学では無理だから、"魔法"を求めて「コマンド」を作り上げた。結局それは原因究明には結びつかなかったが、治すための方法は用意できたのだ。

 頷き、ミステールに視線を送る。ミステールもまた、頷いた。

 

「今後は、引き続きミッド式、およびベルカ式の魔法の因果を勉強する、じゃな。簒奪の因果さえ理解できれば、わらわの力で対処可能じゃろう」

「あなたも、エール君と同じ、ミコトちゃんの"魔法"で生み出された存在なの?」

「"理の召喚体"ミステールじゃ。長兄殿、つまりエールの妹に当たる。以後、よしなに」

『僕はもう自己紹介は済ませてるけど、"風の召喚体"エールだよ。ミコトちゃんに生み出された、最初の召喚体さ。つまり、皆のお兄ちゃんってこと!』

 

 エールは自身が何者なのかをシャマルに説明していたようだ。指示にはない行動だが、オレもそれでよかったと思う。余計な説明の手間が省けた。

 ミステールとエールの自己紹介に触発され、膝の上でじっと話を聞いていたソワレが両手を上げる。

 

「ソワレ! ミコトとはやての、こども!」

「補足しておくと、"夜の召喚体"だ。当人の認識としてはこの通り。そう扱ってやらないと不機嫌になるから、注意してくれ」

「ふふ、分かりました。やっぱりミコトちゃんは、優しい子だったんですね」

 

 ……もうそれでいい。君の好きなように納得してくれ。オレのような自分本位を見て、どうしてそう思うのやら。

 

「ブランです。"光の召喚体"で、この家ではお手伝いさんをやらせてもらってます。最近は、翠屋のウェイトレスのアルバイトで家計にも貢献してますよ」

『もやし1号兵団長である。女王様・八幡ミコト殿の忠実なる兵団、"群の召喚体"もやしアーミーが筆頭。これからよろしくお願いしますぞ、王妃様の騎士殿』

「さっき紹介されてたけど、フェイトの使い魔のアルフだよ。そこの狼耳のお兄さんと同じ、狼素体の使い魔さ」

「……俺は守護獣だ。"盾の守護獣"ザフィーラと申す」

 

 今になって自己紹介を交わす面々。彼らも、オレ達の意志を汲み取ったのだろう。

 

「ヴィーター。話終わったから、シグナム連れて入っといでー」

「何か蒐集は行わないって話になったみたいだな。ザフィーラから念話受けてたから、大筋は理解してるぜ」

「納得がいかん……これでは何のための守護騎士なのだ!」

 

 昨晩一緒に寝たために、オレ達とだいぶ打ち解けたヴィータと違い、シグナムは相変わらずだった。……こいつだけ分離って出来ないかな。出来ないんだろうな、チクショウ。

 

「改めて、"湖の騎士"シャマルです。ほら、ヴィータちゃんとシグナムも」

「……"鉄槌の騎士"ヴィータ。やっぱ何か調子狂うな、ははは……」

「"剣の騎士"シグナム。ヴォルケンリッターのリーダーだ。我々は諸君を完全に信用したわけではない。主と書に害を成したときは、容赦なく切り捨てる。そのつもりでいろ」

 

 個人の意見を全体の総意のように語るなよ、脳筋。シャマルがとても申し訳なさそうにしてるじゃないか。

 はあ……こんな奴と一緒に生活をしなければならないとは、運がない。

 ヴォルケンリッターと向き合い、主となる彼女がコホンと咳払いをする。

 

「八神はやてや。なんや、わけわからんうちに闇の書の主っちゅうんになってもうたけど、これも何かの縁や。よろしゅうな、皆」

「はっ! 主の御身、我が命に代えてもお守り致します!」

「……もう貴様は一人だけそのノリで行け。他のリッターには他人のフリをさせる」

「あ、あはは……はあ。わたし、ミコトちゃんみたいなリーダーが良かったです」

「ほんとほんと。どこぞのおっぱいお化けは、栄養全部胸に行ってるからな。柔軟性が足りねえんだよ」

「……フォローできんな。強く生きろ、シグナム」

「お前達、どっちの味方だっ!?」

 

 シグナムを除くリッター全員がオレを指差す。女性陣で最も大柄な彼女は、その場で打ちのめされた表情となった。

 まったく……まだオレの自己紹介が終わってないだろう。今後共同生活をするんだから、そのぐらいは締めさせろ。

 

「オレは、八幡ミコト。カタカナ三つでミコト。ソワレの母で、フェイトとアリシアの姉にして母で、召喚体達の生みの親。そして、はやての「相方」だ」

「ついでに八神家のリーダーもミコちゃんや。ちゃんと言うこと聞くんやで、シグナム」

「そんな、バカな……」

 

 シグナムは愕然とした。本当に、こいつだけはどうにかならないものか。こいつだけは、「家族」と認めたくない。

 

 

 

 昨晩、ヴィータを抱きしめながら決めたことだ。はやても同じ気持ちだったのだろう。「ヴォルケンリッターを家族として迎える」。オレ達の出した、同じ答えだった。

 はやては……心根が優しい子だから、切り捨てて解決という選択肢を取りたくなかったのだろう。4人の姿を見てしまった時点で、切り捨てるという選択肢はなくなっていたのだ。

 それに対してオレは、何処まで行っても自分の都合だ。ヴィータの諦めた瞳にほだされたわけじゃない。オレが、それを放置することをよしとしなかっただけ。

 だって、それをしてしまったら……狂っていた頃のプレシアと同じだ。オレは、プレシアが信頼して娘を預けた「母」なのに。だから、「道具の都合」を無視することなんてできない。

 きっと、ヴィータを始めヴォルケンリッターは、今までの主に道具として酷使されてきたのだろう。自身達の心情・都合の一切を無視されて。でなくて、あのような諦めの表情を出せるものか。

 それはとりもなおさず、「ヴォルケンリッターはそういう扱いを望んでいたわけじゃない」ということだ。なのにこちらの都合で切り捨てたのでは、利害が釣り合っていない。

 オレ達はヴォルケンリッターと敵対しているわけじゃない。「闇の書による魔力の簒奪」という想定外の事態に対処したいだけ。なら、彼らの利害を切り捨てる必然性はないのだ。

 そうやってしっかりと判断した上で、オレは彼らを家族として迎え入れることにしたのだ。断じて、断じてヴィータへの同情からの行動なんかじゃない。

 

「もう分かっとると思うけど、これからはヴォルケンリッターの皆も、八神家の家族や。人が増えたんやから、しばらくは混乱すると思うけど、出来るだけ仲良うするんやで」

「うん! なかよく、する!」

「るすばんなかまがふえるよ! やったね、ヴィータちゃん!」

「うえ!? え、えっと、アリシア、だっけ? と、とりあえず、よろしくな?」

「緊張しなくてもいいんだよ、ヴィータ。わたし達みたいに、すぐに慣れるよ」

 

 当のヴィータは、娘組と交流を取り始めている。……また娘が一人増えるかもしれないな。それはそれで、悪くない。

 アルフは、ザフィーラという自分と似たような存在に興味津々のようだ。

 

「へぇー。じゃああんたは、攻撃よりも防御重視なんだ。あたしはどっちかっていうと攻撃の方が得意なんだよねー」

「役割の違いだろう。聞く限り、そちらの主はあまり防御を必要としていないように思える。どちらの在り方も正しいということだ」

 

 ……どちらも魔法戦のための存在のようなものだから、物騒な会話はしょうがないか。

 しかし、そういえばザフィーラは雄なんだよな。……大丈夫だろうか、八神家の風紀的な意味で。

 

『晩から思ってたけど、シャマルさんとブランちゃんって雰囲気似てるよね。ひょっとして、シャマルさんも実はドジっ子だったりするのかな?』

「そ、そんなことないですよ! これでもヴォルケンリッターの頭脳担当、そちらでいうミコトちゃんの立場なんですからね!」

「それは凄く頼もしいです! じゃあこれからは頼りにさせてもらいますね、シャマルさん!」

「はいっ! もうじゃんじゃんお任せください、ブランさん!」

「盛大に失敗フラグが立ったのぉ、湖の騎士殿。呵呵っ」

『我らも、皆様方には美味しく召し上がっていただきたい。上手に調理してくだされ』

「……やっぱり、見間違いとかじゃなくて、普通のもやしなんですね」

「あはは。この世界、結構ファンタジーだから。ミコトの周辺は特にね」

 

 シャマルが早速第97管理外世界の洗礼を受けていた。フェイトも言っていたが、じきに慣れる。

 そんな風に皆を眺めて微笑ましさを感じていると、後ろから威圧感で台無しにしてくるバカが一名。

 

「……言いたいことがあるならはっきり言え。オレ自身は念話などできんぞ」

「ふんっ。主の御命令だから従うが、私は貴様の下に着く気などさらさらない。もしリーダーに相応しくない言動があったときは、容赦なく切り捨てる。その心づもりでいろ」

「オレは自分からリーダーを名乗ったことはないが……まあ、貴様よりはリーダーである自負はあるよ」

 

 最高のメンバー達から、最高のリーダーと呼んでもらえたのだ。この程度の脳筋リーダーに後れを取るなど、ありえない。

 とはいえ、戦いが発生するような予定は、今のところないのだ。そうならないように事を運んできているのだから。

 

「大変不愉快だが、貴様がヴォルケンリッターの将である以上、切り捨てるわけにはいかん。耐えてやるから、ここでの生活に慣れろ。それが最初の指示だ」

「……いいだろう、従ってやる。その程度の任務、この私には造作もないことだ」

 

 いや、オレの所見では貴様が一番時間がかかると思うがな。というか、シャマルはもう馴染んでるし、ヴィータも馴染み始めてるし。ザフィーラはアルフからペットポジションを学べばいいだけだし。

 どうでもいいことか。他のヴォルケンリッターの不都合はないようにしたいが、こいつの不都合に関しては放置でいい。こちらから歩み寄る必要などないのだ。

 リーダー(失笑)から距離を取り、全体に声をかける。交流もいいが、実は会議の議題はもう一つ残っているのだ。

 

「皆、もう少し会議に付き合ってくれ。重要な話が残っている」

 

 手を鳴らし、意識をこちらに向けさせる。八神家古参の反応がはっきりしているからか、ヴォルケンリッターも従ってくれる。

 そう、とても重要な話がある。オレの雰囲気からそれを察した皆は、表情を張りつめさせる。

 そして、オレは議題を口にした。

 

 

 

「――第二次・八神家エンゲル係数危機だ。乗り切るために、皆の知恵を貸していただきたい」

 

 古参の表情が、青ざめた。




明言しておきますが、シグナムアンチではありません。この作品は、アンチ・ヘイト描写を極力避けたいと思っています。

単純に、ミコトとシグナムの性格を考えると、どうしても反発してしまうのです。どちらもリーダー気質でありながら、片や状況を支配して目的を達成するタイプ、片や小細工なしで陣頭に立って道を切り拓くタイプ。方向性の違い故の反発です。
だから、和解まではどうしてもこうなってしまいますが、和解した後はきっと最高のタッグとなることでしょう。この作品は行き当たりばったりなので、そこまで行けるかは分かりませんが。

非常に危うかったヴォルケンリッターの出現ですが、何とか成すことが出来ました。ひょっとしたら、何処かの猫どもが計画遂行のために細工を仕掛けたのかもしれません。
しかして、ミコトは現時点で彼らの二手三手先を(結果的に)行っています。果たして何処かの猫ども、そして"お父様"はミコトを出し抜くことが出来るのでしょうか。
……無理そう(確信)


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二十五話 パーティー

まったり回です。敵が存在しないって平和なことですよね。

2016/09/07 「クロノへの報告」パートを全てカギ括弧で括りました。


「ふう、少し話が盛り上がり過ぎたな。いつの間にやら「本題」に入り込んでいるじゃないか。ちょっとここらで休憩を入れないか。

 ……何をアホ面を晒している。お前がやっても間抜けなだけだぞ。まあ、普段のイメージと違う一面が見れて、面白くはあるかな。

 オレとシグナムの関係が今と違い過ぎるって? そんなもの、当たり前だろう。むしろ今の関係が「どうしてこうなった」だ。いまだに意味が分からん。

 オレ達の性格を考えれば、相性が最悪なことなんて明白だろう。片や頭でっかちの相手の裏をかく小娘で、片や戦闘狂入った騎士道精神の塊だ。最初の関係が本来あるべき姿だろうよ。

 お互いに"リーダー"であったことも、反発の原因だろうな。船頭多くして何とやらというやつだ。

 ともかく、主である彼女にオレの言うことを聞くよう命令されて、実際聞いているうちに、気付いたらああなっていたよ。

 ん? 今のオレの方はシグナムをどう考えているかだって? ……評価を上方修正するだけのことはあったよ。向こうからの評価が180°変わってしまったせいで、むずがゆくて仕方がないがな。

 まあ、今のオレ達はそれなりに上手くやれてるんだ。昔がどうだったとか、それこそどうでもいい話じゃないか。……報告書にまとめるためには必要、か。お堅いね、お前も。

 

 さて。それじゃあ1時間ほど休憩して、関係ない話をしようじゃないか。茶でも煎れて来よう。

 人に頼むから、わざわざオレが動く必要はない? バカを言え、そんなことをしてもし提督御自ら"リンディ茶"を出されたらどうする。オレはあんなもの飲みたくないぞ。

 それとも、オレが煎れた茶は、飲みたくないのか? ……ククク、冗談だよ、冗談。エイミィの言ってた通り、この手の弄りには本当に耐性がないな、お前は。分かった分かった、悪かったって。

 ……ふむ、紅茶か。うちでは茶と言えば緑茶だし、翠屋ではコーヒーだな。たまにはそれもいいな。

 なんで紅茶を飲まないのか? それは、あれだよ……何となく高そうじゃないか。悪かったな、バリバリの庶民なんだよ、オレは。

 まあいい。食堂で煎れてくるから、お前はデスクの上の資料を片付けておいてくれ。お茶請けに、クッキーか何かでももらってきてやるよ。楽しみにしておけ」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

『はやてちゃん、お誕生日、おめでとー!!』

 

 翠屋にて、はやての誕生日パーティが開かれる。

 パーティの参加者は、八神家総勢に加え高町家全員、アリサ・バニングス、月村姉妹、海鳴二小5人衆。あ、変態もいたか。

 プラスして、本日の診察を終えた石田医師にもご参加いただいている。――それに当たり、先ほど管理世界絡みの事情も説明しておいた。意外とすんなり納得してもらえたのは驚きだった。

 要するに、はやての関係者と言える全員がこの場に集まっていた。店内はそれなりの広さがあるとはいえ、これだけ集まればさすがに狭い。パーティ中は屋外席も使うことになるだろう。

 パン、パンとクラッカーが鳴り、紙テープがばら撒かれる。次いで、皆からの拍手。主役であるはやては、車椅子の上で恥ずかしそうに頭をかいた。

 

「皆、ありがとなー。こんな盛大に祝ってもらえるとは思っとらんかったわ」

「水臭い事言わないの! それに、めでたいこともあったんでしょ? だったら、このぐらいで妥当ってもんよ!」

「そうだよ、はやてちゃん。遠慮なんかしないでね!」

 

 アリサ・バニングスと月村が、はやての両サイドを固めている。本来その位置にいるべき(と本人は思っているであろう)シグナムは、ぐぬぬという顔で離れた位置からオレを見ていた。

 ……ここまで一切触れてこなかったが、今までの彼女達の格好は、闇の書から召喚された時のままだった。胴体のみを覆う黒いボディスーツ。そのまま外に出たら職質待ったなしだった。

 そこで、シグナムとシャマルにはブランの服を貸し、ヴィータにははやてのを貸した。ザフィーラは、アルフとともに狼形態になっている。

 私服姿のヴォルケンリッター(女性陣)は、髪色と容姿が日本人離れしている以外は、普通の人間と変わりなかった。つまり、海鳴では普通なので問題ないということだ。

 ちなみにシグナムがオレを睨んでいる理由は、「はやてが友達と交流をとるのを邪魔しないように」と指示を出したからだ。他はまだしも、今の彼女がはやての邪魔をしないとは思えなかった。

 奴は、言ってしまえば「度を超した忠誠心を持つ騎士」だ。何かあればすぐにはやての世話を焼くことが目に見えている。そんなことでは、はやても落ち着いて会話を楽しむことが出来ない。そういう配慮だ。

 なので奴がオレを睨むのは逆恨みでしかなく、これは奴自信が招いた悪因悪果なのだ。

 

「そっかー。はやての足が動かなかったのって、ミッドの魔法関係だったんだねー。意外なところで答えにつながったね」

 

 オレと会話をしているのは、5人衆の中では最も繋がりの深いあきらこと、矢島晶。なのはに次いでオレの友達に近い少女だ。

 彼女に対しては、形にならない感情を持っている。近すぎず遠すぎず、不可思議な感覚だ。それが定まったとき、きっとオレは彼女を「友」と呼ぶことが出来るんだろう。

 

「"真の召喚体"が作れなかったときにはどうなることかと思ったが、世の中意外となるようになるものだな」

「ほんとにね。これなら、アリシアを助けて正解だったって思えるんじゃない?」

「愚問だな。そんなもの、最初から間違いだったとも思っていない。オレの娘に向ける愛情を侮ってもらっては困るな」

「ははっ、ほんとミコトってば、すっかりママの顔になったね」

 

 どんな顔なんだか。オレにはよく分からん。相変わらず、ただの仏頂面なんじゃないか?

 そんな会話を繰り広げていると、ヴィータがオレのところに逃げるように駆けこんできた。

 

「み、ミコト! 助けてくれ!」

「どうした……って、また亜久里か」

「またって酷いなー。あたしが可愛いもの大好きって、ミコトちゃん知ってるでしょー?」

 

 どうやら亜久里が纏わりついて、耐えきれなくなったヴィータがオレに助けを求めたというところのようだ。

 オレにしがみついて警戒するヴィータと対照的に、亜久里はのほほんとした様子を崩さない。

 

「ミコトちゃんの周りって可愛い子が多いから、あたしゃ幸せだよー」

「確かにヴィータも可愛いタイプだよね。ソワレ、フェイト、アリシア……ミコトが娘にするのって、ひょっとして可愛い子限定?」

「どうしてそうなる。それに関してはただの結果論だ。もしオレの娘達が可愛いと思うなら、それはオレの可愛がり方が正しいという証明じゃないか?」

 

 オレは世間一般の女の子ほど可愛いという感覚が分かるわけではないが、それでもうちの娘達は全員可愛いと思う。だからこそ可愛がり、それが彼女達をより可愛く見せているのではないだろうか。いやきっとそうだ。

 オレ達としてはいつも通りの会話をしているつもりだったのだが、ここには前提知識を持たないヴィータがいる。顔を赤くして、もじもじと指先を弄る。

 

「あいつらがミコトの娘ってことは、そ、その……ミコトって、ゴニョゴニョ、したことあるのか?」

「……ヴィータ、君は意外と耳年増……というわけでもないのか。そもそも闇の書自体は古くから存在してるんだったな」

 

 見た目がオレ達と同じぐらいだからそう扱っていたが、知識面で言えば比較にならないはずだ。ひょっとしたら「プリセット」とタメを張れるかもしれない。

 オレのせいでやたらと知識が先行したあきらと亜久里は、顔を赤くして黙った。ここはオレが訂正をするしかないようだ。

 

「そういうわけではなく、事情があってオレが引き取ったというだけだ。戸籍上は妹だよ。というか……そもそも、"アレ"が来てないのに、子供が作れるわけないだろ、まったく」

 

 最後の方は、さすがにオレも顔が赤くなる。この場には男性もいるのだ。彼らに聞かれたくはない話題だ。自然と声が小さくなった。

 

「そ、そうだよな! っていうか……ミコトもそういう顔するんだな。あたしらが召喚された直後は、全く表情変わらなかったから、もっと冷たい奴かと思ってたよ」

「初見だとそう誤解する人も多いんだよね。実際、わたしらも最初そう思ってたし」

「けど、付き合ってみると結構愉快で可愛い女の子なんだよー。ちょっと不思議ちゃんなだけで」

「不思議ちゃんは確定事項か……」

 

 オレ自身否定出来る要素が少ないので、最初から放置気味ではあったが。……この評価は、どうにも腑に落ちない感覚がある。

 

「あと、言葉遣いだよな。自分のことを「オレ」って言ってるし、もっと男みたいな性格だと思ってた」

「わっかってないなぁ、ヴィータ。これが可愛いんじゃん!」

 

 ドンッという効果音を背負いそうな感じで仁王立ちするあきら。相変わらずオレには理解できない評価である。

 

「言葉遣いに関しては、女言葉が死ぬほど似合わないだけだ。男だと血を吐いて倒れるレベルだ」

「またまた、言葉だけで血を吐くなんてあるわけねーじゃん。……ねーよな?」

「真実はときに残酷なんだよー、ヴィータちゃん」

「ほんと、あれだけはいまだ解けない謎だよね……」

 

 彼女にとって信じがたい現実に直面し、ヴィータは驚愕した。

 

 

 

 ヴィータと会話をしていると、はやてと聖祥三人娘、それから伊藤もやってきた。ちょっとしてから、おまけで美由希も。

 なのはを見たとき、ヴィータはちょっと警戒した。魔導師だからだろう。

 

「いや、警戒する必要はないって聞いてたんだけど、条件反射って言うかな……」

「そうなの? でも大丈夫だよ! ここは管理外世界だから、魔法関係の悪い人はいないよ!」

 

 管理外世界だから、というのは根拠にならないが、この場に魔法で悪事を働こうとする人間がいないのは事実である。変態も、変態ではあるが犯罪には手を染めていない。合法的に変態を働こうとするからタチが悪い。

 ……闇の書は、管理世界の品ではあるわけだから、本来ならば管理局に届け出るのが合法なのだろう。だが、今のところそれをする気はない。

 局員である程度の信用が置ける人物が存在することは確かだが、イコール管理局が信用できるわけじゃない。巨大な組織であればあるほど、一枚岩であることは難しいのだ。

 それと、もう一つ。これまでの闇の書の主が行ってきたことが問題だ。

 

「はは……管理局からしたら、あたしらの方が悪者なんだろうけどな」

 

 皮肉気に笑うヴィータ。自分の意志ではなく、主の意志で人を傷つけてきたことの証明だろう。守護騎士という"プログラム"である以上、主に逆らうことは許されないのだ。

 けれどそれは、向こうには関係がない。「人の姿をしたものが管理世界の人間を殺傷した」という事実でしかない。記録に残っている可能性も高い。

 そうなれば、実際に届け出た場合に彼らがどう扱われるか。ロクな扱われ方をされない未来が見えてしまう。現在の主であるはやてにまで飛び火する可能性がある。それだけは絶対に避けなければならない。

 闇の書の主が犯してきた罪と守護騎士が切り離されることと、闇の書を所有するはやてに誤解が及ばないこと。この二つが絶対に保証されない限り、管理局に届け出ることは出来ない。

 ヴィータの言葉が理解できなかったようで――というかそもそも闇の書の事情を知らないからだろう、なのはを初めとした面々が頭上にはてなを浮かべる。

 はやては、車椅子を操作してヴィータの手を取る。その存在を離さないように、両手でしっかりと。

 

「大丈夫や。もうヴォルケンリッターが望まない戦いに巻き込まれることはない。なにせ、こっちには悪巧みさせたら海鳴一のリーダーがついとるんや」

「オレは悪巧みをした覚えはないぞ。事実を正確にとらえて、自分の都合のいいように状況をコントロールしただけだ。ついでに、オレ以上のリーダーなど腐るほどいるだろう」

 

 勝手に海鳴一にしないでくれと言いながら、ヴィータを後ろから抱きしめる。ヴィータの身長は高くないが、それでもオレよりは高かった。

 抱きしめられ、ヴィータは動揺する。オレは彼女を宥めるように、左手で頭を撫でる。

 

「だが、オレが戦いを望まない以上、家族を戦いに巻き込ませるつもりもない。憂いなく平和を享受してくれ」

「う、うあぁ……なんだこれぇ、気持ち良くて力が抜けるぅ……」

「にゃはは、ミコトちゃんのママ力が炸裂してるの」

 

 この歳で三人の「娘」を育てているのだ。この程度はな。

 伊藤が気を利かせてオレの後ろに椅子を差し挟んでくれたので、ヴィータを抱えたまま座る。彼女は顔を真っ赤にしながら、されるがままだった。

 

「いいなーヴィータちゃん。わたしもミコトちゃんに抱き着かれたいよ。抱き着いたことはあるけど、わたしの方がおねえちゃんなんだしなー」

 

 感想を述べたのは美由希。そういえば、先日の"お手伝い"のときに名前呼びにしてやったら、感極まって抱きしめられたんだったな。姉妹そろって抱き着き癖のある連中だ。

 要するに「お姉ちゃんぶりたいから抱き着いてくれ」ということだ。だが、以前「高町姉」と呼んでいたことから、彼女の扱いを察していただきたい。

 

「そもそもオレは年上に抱き着いたりはしたことがないんだが。どちらかと言えば、庇護したい相手に向けて行うものだ。いっそ妹分になってしまえばいいんじゃないか?」

「なにそれー! ふーんだ、いいもん! わたしの方から抱き着いちゃうんだから!」

 

 椅子の上から覆いかぶさってくるように抱き着いてくる美由希。正直鬱陶しいが、まあ……好きなようにさせておくか。

 そんなオレ達の様子をすぐ近くで見ていた伊藤は、幸せそうに笑っていた。

 

「ミコトちゃん、本当にいい表情するようになったね。見てると、幸せな気分になるよ」

「そうか? 鏡を見ると、相変わらずの仏頂面なんだがな」

「そうかもしれないけど。でも、わたしには分かるよ。ずっと見てきたんだもん」

 

 そうか。そういえば伊藤は……伊藤だけじゃない。亜久里も、田中も、田井中……はアホだから分からんが。こんなオレのそばに居続けてくれた。「コマンド」作成なんていう正気を疑うようなことにも付き合ってくれた。

 なのはの件で「友情」を理解していたからだろう。オレは……今までのオレは、何とも「友達」がいのない奴だったろう。そう、心の底から思えた。

 それでも繋がりを持ち続けてくれた彼女達に、感謝のような念を抱く。オレが「変わる」まで待ってくれた、とても強い少女達に対して。

 

「君には随分助けられてきたんだな。……ありがとう、むつき」

「――えっ? み、ミコトちゃん、今……っ!」

「おー! やったな、むーちゃん! ミコちゃんに名前で呼んでもらえたやん!」

「うん! わたし、やったよ、はやてちゃん!」

 

 大げさだな。いや、大げさでもないか。彼女にとってそれだけの価値がなければ、今までオレとの繋がりを持ち続けてくれたわけがないんだから。……少し、嬉しい。

 涙の粒を零して喜ぶむつきを見て、オレはちょっとだけ、口角を上げた。

 フリーズして再起動した亜久里が、ガタガタッと駆け寄ってくる。

 

「あ、あたしは!? あたしは名前で呼んでもらえるの!?」

 

 ということらしい。確かに、この子も名前で呼んでいい程度ではあるのだが……。

 

「……すまん。「あぐり」という音が気に入ってしまった。「さちこ」という感じでもないしな、君は」

「なんですとー!?」

 

 ショックを受ける亜久里。だが……この名字、いいものだと思うぞ。とても綺麗な音だ。だから、名前呼びに変えて「あぐり」と呼べなくなるのが嫌なのだ。

 

「君が結婚なりして名字が変われば、「さちこ」と呼んでやる。それまでの我慢だな」

「うう……あたしだけ名前呼びまでのハードルが高いよぅ……」

「あっはっは。ドンマイやで、さっちゃん」

「……なーんか納得いかないわね。見せつけられた感じで」

「しょうがないよ。むーちゃん達は二年間も一緒だったんだから。わたし達は、これからだよ」

 

 そうだな。特にアリサ・バニングスは、オレに少しでも「面白い」と思わせたんだ。こんなところで諦めてくれるなよ。オレの愉悦のために。

 

 

 

 

 

 はやてのことはヴィータが見てくれるということで、オレはもう一度士郎さんに挨拶をすることにした。

 士郎さんは、桃子さんと一緒にいた。話している相手は、ブランとシャマル、おまけのようにミステールがちょこんとついている。

 

「士郎さん、桃子さん。はやての誕生日会を開いていただき、ありがとうございます。それと、シャマルの働き口の件も」

「やあ、ミコトちゃん。少しでも君達の力になれたなら、それが何よりだよ」

 

 これが、第二次八神家エンゲル係数危機の解消法だった。人数が増えた分、働く人数を増やす。それをヴォルケンリッターの常識担当に任せるというのは、妥当な判断だろう。

 ちなみにシグナムも手を挙げたのだが、奴に翠屋のホールを任せられるわけがないので却下。そもそも人数が足りているところに無理矢理ねじ込んでもらうのだから、先方の負担も少ない方がいいに決まっている。

 いずれはシグナムにも家計に貢献してもらうつもりでいるが、今のところ彼女が活躍できる場面はない。雌伏のときを過ごしてもらう。

 相変わらず士郎さん、そして桃子さんは、オレ達のことを娘同然に扱っているようだ。まあ……今はそれも悪くないと思えるかな。

 そうすると、最初のとき桃子さんに言った言葉は、内容はともかく態度は謝った方がいいかもしれない。

 

「今更ですが、あのときは我ながら大変失礼な態度だったと思います。その件の謝罪と、それでも関係を保ってくれたことへの感謝を」

「気にしないで。あれのおかげで、本当の意味でなのはに寂しい思いをさせずに済んだんだから。あのぐらいすっぱり言ってくれなきゃ、当時の私じゃ分からなかったと思うわ」

「俺も、あの言葉を桃子伝手で聞いたとき、衝撃だったよ。「家族を顧みず、俺は何をやっていたんだろう」ってね。俺が危ない仕事から完全に足を洗ったきっかけの一つだよ」

 

 それほど、オレの言葉は二人の人生に、そしてなのはの人格に影響を与えてしまったという証左だ。オレは、その責任から逃げるつもりはない。精神の自由を得た代償だと思っている。

 ただ、代償の内容が彼らから家族同然に思われるという、何とも緩いものだ。釣り合いは取れているんだろうか。ちょっと自信がない。

 オレと高町家の関係は既に聞いていたのか、シャマルがニコニコ笑ってオレを見ている。

 

「やっぱりミコトちゃん、優しいじゃない。わたしだけじゃなくて、皆そのことを分かっているみたいよ」

「オレはただ自分のために行動し続けただけだ。確かに多少は他者も顧みるようになったが、以前のオレはそんな言葉とは無縁だったはずだ」

「だからこそ、だろうね。君は筋を違えるようなことは絶対にしない。容赦なく筋を通すからこそ、ちゃんと真っ直ぐ見られさえすれば、優しさが見える。そういうものさ」

 

 オレ自身を客観視するのは無理だから、どの程度の信憑性があるのかは分からないが、ブランとミステールを含めた全員が士郎さんの意見に納得した。ため息が漏れる。

 

「本当に自分本位ならば、他者の利害など完全に無視してしまえばよい。それが出来ぬのが、主殿の優しさじゃよ。呵呵っ」

「その場しのぎをするつもりがないだけだ。長期的に見れば、それが一番こちらの損が少ないやり方だ」

「つまり、長期に渡って関係を維持する可能性を視野に入れているということじゃ。それを人は優しさと呼ぶんじゃないかの?」

 

 沈黙。オレとしては、その場限りで切り捨ててきたつもりだ。あくまで可能性は可能性。だけど……実際その可能性が現実になってしまっているのだから、返せる言葉はなかった。

 マスターを言い負かした"理の召喚体"はもう一度「呵呵っ」と笑う。

 

「まあ、クール気取りで実は恥ずかしがり屋な主殿は、「優しい」などと言われては恥ずかしくてしょうがないかのぉ」

「クールを気取ってるわけでもないし、恥ずかしいわけでもない。自己評価との差で収まりが悪いだけだ」

「呵呵っ。そういうことにしといてやろう」

 

 ちょっとカチンときた。ミステールに触れながら、「コマンド」を発動する。

 

「『"理の召喚体"ミステール、在りし姿に戻れ』」

「あ、ちょ、こら!?」

 

 すぐさま彼女は姿を変じ、ブランの基礎状態とは色違い、紫のひし形の宝石核の姿となる。苦笑するブランにそれを手渡した。

 

「しばらくその姿で反省していろ。覚えていたら、パーティが終わらないうちに元に戻してやる」

『ぐぬぬ……さすがにこの姿では変化出来ぬわ』

「あんまり意地悪しちゃダメですよ、ミコトちゃん」

「これがミコトちゃんの"魔法"……本当に全く魔力を感じないのね。どうなっているのか、非常に興味深いわ」

 

 ヴォルケンリッター頭脳担当は、初めて「コマンド」の使用を目の当たりにして、興味を惹かれたようだ。顎に手を当ててしきりに頷いている。

 と、苦笑をした石田医師が輪に加わる。

 

「ミコトちゃん、本当に"魔法使い"だったのね。シャマルさんの魔法は見せてもらったけど、あなたのはこれが初めてね」

 

 シャマルは、診察に行くときに着いて来てもらった。石田医師にもはやての足の原因を説明してもらうためだ。彼女が管理世界について知ったのは、そういう経緯だ。

 その際、一応の配慮ということで遮音結界を張ってもらった。シャマル達が使用するベルカ式の魔法陣を見ているのだ。

 

「まさか魔法が原因の病気だったとはね。通りで検査に引っかからないわけだわ」

「……オレとしては、異能を知らなかったはずのあなたが、そこまであっさりと納得したのが意外です」

「目の前で見せられてしまって、その現実を否定するわけにはいかないわよ。それは命を扱う医者として、やってはいけないことだもの」

 

 なるほど。そういう理屈だったのか。オレが思っていた以上に、この人は「先生」だったようだ。

 

「魔法が原因じゃ、この世界の医術しか知らない私に出来ることは、もう何もないわ。ずっと見てきた私が治してあげられないのは悔しいけど……後はお願いするわね、ミコトちゃん」

「それがオレの悲願でもある。あなたに頼まれずとも、途中で投げ出したりはしない。……思いは受け継がせてもらいます、石田先生」

「やっぱり優しいじゃないですか、ミコトちゃん」

 

 いい加減それを引っ張るのはやめろ、シャマル。

 

 

 

 ミステールのことを元に戻して、移動する。そろそろ奴の様子でも見てやるかと思ってそこに行くと、何故かはるかとアリシアに囲まれていた。何故に。

 シグナムは警戒しながら、二人との距離を保つ。どうでもいいほど謎の緊張感が満ちていた。

 

「……これはどういうことなんだ?」

「えーっと……シグナムが持ってるデバイスが"アームドデバイス"っていうわたし達のとは違うものだったから、アリシアとはるかの琴線に触れちゃった……かな?」

 

 困り顔で傍に佇んでいたフェイトに聞くと、そんな答えが返ってきた。事実、三人の会話というのが。

 

「お願いします! ちょっと触らせてもらうだけだから!」

「ええい、聞き分けのない! 騎士が他人にそう易々と己の剣を預けるものか!」

「だいじょうぶ! わたしはかぞくだよ! へんなことはしないから!」

「私は主の命に従っただけで、心を許したわけではない! 寄るな!」

 

 こんな感じだった。別にシグナムでなくとも、ヴィータかシャマルに頼めば普通に見せてくれると思うが。

 まあ彼女達はそれぞれに会話を楽しんでいるわけだから、壁の花となっていたシグナムが標的になるのは自明の理ということか。

 ……田井中め、幼馴染の制御を放って何処かに逃げたな。店内を見回してみると姿はなく、入口のドアの向こうでアルフとザフィーラをもふもふしている姿が見えた。

 この分は、あとで田井中に請求することにしよう。

 

「二人とも、そこまでにしておけ。所有者が同意していないのに見せてもらうのは、筋が通っていないだろう。後でシャマルかヴィータにでも声をかけろ」

「うーん、是非とも"剣の騎士"のデバイスを見ておきたかったんだけどねぇ。リッターで変換資質持ってるのって、シグナムさんだけなんでしょ? しかもふぅちゃんの電気とは違う、炎熱の」

 

 君はいつの間にそこまで管理世界の魔法に詳しくなった。下手したらオレより詳しいんじゃないか?

 内心驚くオレに誇らしげな顔を向けるアリシア。なるほど、君の仕業か。

 言い寄られていたシグナムはというと、疲労の濃い表情だ。敵意なくにじり寄られるという経験がなかったのか、対処法が分からなかったらしい。

 

「これが貴様の主の周辺環境だ。慣れろ」

「っ、貴様に言われずとも分かっているッ!」

「わぁお、険悪。さりげなくミコトちゃんの二人称が初出だし。シアちゃん、この二人上手くいってないの?」

「ほうこうせいのちがいってやつだねー。あるいみにたものどうしなんだけど」

 

 誰が似た者同士だ。こんな脳筋と似ているなど、思いたくもない。向こうも同じだろう。

 

「もう……ちゃんと仲良くしないと、はやてが悲しむよ?」

 

 フェイトが困った顔で、はやてを引き合いに出してオレを説得しようとする。が、それでも無理なものは無理だ。

 

「オレに歩み寄りが出来ないことは君も知っているだろう。まして相手は対極に位置する者。抗争にならないだけマシというものだ」

 

 はやてを悲しませてしまうということだけは心苦しいが、条件的に不可能なことを成立させる力を持ち合わせているわけじゃない。オレに出来ることは、出来ることのみなのだ。

 それに、オレはヴォルケンリッターの中でこいつだけは「家族」として認めていない。まだ利害が一致していないのだ。

 

「少なくとも、こいつが「蒐集禁止」という方針に賛成出来るまでは、同じ家にいるだけの他人だ」

「我らは蒐集を助けるための騎士だ。自身の使命に従うことの何がおかしい」

 

 他のヴォルケンリッターとの違い。それは、こいつがいまだ蒐集を諦めていないということだ。

 さすがに主の命令に背くような奴ではないが(騎士道の塊だから)、現状に不満を持っていることに間違いはない。

 理由は今シグナムが述べた通りなのだろうが、それでもはやてが主体となって方針を決めていたら、大人しく従っただろう。問題は「オレがメインで決めた」ということだ。

 頭脳担当であるシャマルは、オレの決定の仔細を理解している。ヴィータは、はやてとオレに懐いてくれている。ザフィーラは、泰然として受け入れている。

 だがこいつだけは、主を除けば自身がチームの方針を決める立場だ。はやての「相方」たるオレだが、こいつにとっては「主の側にいるだけの部外者」なのだ。しかも、年齢一桁の小娘だ。

 平たく言ってしまえば「面白くない」という感情の問題で、こいつは反対意見を表明している。それを「使命」だの何だのの言葉で誤魔化しているだけだ。

 

「使命などという御上から与えられたものでしか動けない輩に、全体決定を覆す権利は危うくて与えられないと気付かないのか」

「主に対する忠義はなく、自身の都合で振り回しているだけの貴様の言葉に、何故我がリッターが従っているのかが分からない。口八丁の詐欺師め」

「聞いていなかったのか? それが貴様の主の命令だからだ。貴様は朝の記憶すら怪しい痴呆なのか、そうか」

「……表に出ろ。レヴァンティンの錆にしてくれる」

 

 店内だというのにデバイスを起動する非常識な騎士が一人。フェイトが慌ててシグナムを止める。そもそもオレは表に出る気はない。誰が好き好んで相手の土俵で勝負するか。

 オレ達が睨み威圧しあっていると、パンパンという手を叩く音。はやてだった。

 

「はいはい、そこまで。シグナム。ミコちゃんに傷一つでもつけたら許さんって言うたで。ヴォルケンリッターのリーダーなんやから、少しは我慢しぃ」

「……申し訳ありません、主」

「普通にはやてって呼びや。今すぐとは言わんけど、徐々に慣れてもらわな困るで」

「はっ! 主の御心のままに!」

「全然分かっとらんな。……ミコちゃんもミコちゃんやで。ソリが合わんのは分かるけど、争ってええことなんて何一つないのは、ミコちゃんが一番分かっとるはずやろ」

「だが、敵対者ではないとはいえ協力関係とも言えない。こちらから合わせる義理がない以上、性格の不一致による衝突は必然だ」

「こっちもこっちで難儀やなぁ。無理に合わせてもらっても、それはそれで嬉しくないからしゃあないけど」

 

 「どうしたもんかなぁ」と唸るはやて。とりあえず、シグナムがはやてに向けてひざまずいたため、睨み合いは終了した。

 シャマルが会話に参加してくる。彼女は名案を思い付いたと手を打った。

 

「じゃあ、二人でお散歩してきてもらうというのはどうでしょう。ゆっくり歩きながらお話すれば、きっと打ち解けられますよ。ミコトちゃんもシグナムも、本当はいい子なんだから」

「ちょっと待てシャマル。私にこいつと二人っきりで散策しろと言うのか? 正直言って切り捨てない自信がないぞ」

「遺憾ながら反対という点ではシグナムと同意見だ。オレだって命は惜しい。何が悲しくて首輪の付いてない猛獣の隣を歩かなきゃならん」

「なら、ボディーガード付ければええんやな? 恭也さーん!」

「ん、俺に用か? すまんな、忍。ちょっと行ってくる」

「またミコトちゃんー? 恭也、あなた本当にあの子に何もないのよね?」

「あってたまるか、社会的に死ぬ」

 

 忍氏とイチャコラしていた恭也さんがオレ達のところにやってきて、はやてとシャマルから事情の説明を受ける。彼は「なるほど」と頷いた。

 

「俺もミコトには気持ちよく生活してもらいたいからな。協力しよう」

「さっすが恭也さん、話の分かるお人やで! あ、ついでやしアルフとザフィーラのお散歩も兼ねよか」

「……一応聞こう。オレ達の意志は?」

「聞くわけないやろ」

 

 ですよね。

 

 かくして、オレは何故かシグナムとともに、しばらくの間その辺を散策することになった。

 遺憾ながら、オレとシグナムの胸中は同じ言葉で満たされていただろう。「解せぬ」と。

 

 

 

 

 

 結局アルフは残り(田井中が「二匹とも連れてかないで! 片方は残して!」と涙目で懇願したため)、オレがザフィーラのリードを持って三人と一匹で歩く。

 アルフにしろザフィーラにしろ、本来はリードは必要ないのだが、こうしておかないとその辺の人からクレームを付けられる可能性がある。リードを付けない犬の散歩は社会問題なのだ。

 オレとシグナムの間で会話は一切ない。時たまに、空気に耐えられなくなった恭也さんが、オレかシグナムに声をかけ、短い会話が発生するのみ。実にサイレントな散歩だ。

 

「……はあ。本当に仲が悪いんだな、お前達は」

 

 そんなオレ達の様子に呆れた恭也さんが、ため息を漏らして両方に声をかける。仲が悪い、か。

 

「それは少し違うかと。向こうはどうか知りませんが、オレは感情の問題で邪険にしているわけじゃない。単純な利害の不一致です」

 

 それが原因でイラつくことはあるが、シグナム当人に対しては何の感情も持っていない。オレの基準では、彼女は無価値な存在なのだ。

 オレは思った通りをありのままに言ったのだが、奴はオレのことを「詐欺師」と言った。信じていない様子だ。

 

「どうだかな。貴様は、認めたくないことだが、シャマルを丸め込むだけの知性がある。私が気に入らないという理由で、それを悪用していないとも限らない」

「何をもって悪としているのか、……と、言うだけ無駄か。貴様にはブーメランという言葉を贈呈しよう、ありがたく思え」

「……どういう意味だ」

 

 言葉通りだ。オレを気に入らないからという理由で腕力と魔力を「悪用」しようとしているのは、何処の誰だという話だ。

 相変わらず険悪ムードなオレ達に、恭也さんがもう一つため息を吐く。

 ザフィーラが、双方にフォローを入れた。

 

「子供相手にムキになるな、シグナム。将の名が泣くぞ」

「ザフィーラ! ……いや、お前は正しい。ヴォルケンリッターの将がこれでは、皆も困ってしまうな」

「全くその通りだ」

「煽るな、ミコト。俺は君を認めているが、それでも君が自身の感情を完全に把握できているとは思っていない。君がシグナムに向けている感情は、間違いなくあるはずだ」

 

 ……確かに、そうなのかもしれない。本当に何も思っていないなら、オレはここまで饒舌にはならないはずだ。二言三言核心をついて黙らせて、あとは存在しないものとして扱うだろう。

 では彼女に対して何を思っているのか? ……やはり、オレには分からない。オレはまだ、その感情を「識らない」のだろう。だから上手く御することが出来ないのかもしれない。

 

「お前はまだまだ子供なんだよ、ミコト。焦るな」

「……その通りです。だけど、焦るなというのは無理な話だ。ようやく、道が見えたんだから」

 

 恭也さんに返した言葉は、ひょっとしたら、それこそ子供の逸る気持ちを抑えきれていなかったのかもしれない。だけど、今のオレは目の前に現れた希望に向けて、走らずにはいられないのだ。

 真っ直ぐ前を見るオレの横顔を見たシグナムは、しばし沈黙し。

 

「……貴様が主を助けたいと本気で願っていることだけは、認めている」

 

 オレとは反対方向を向きながら、そんなことを呟いた。オレに聞かせる気があるのかどうかも怪しい音量だ。

 なら、オレもそれに倣おう。

 

「平和な世界では役に立たないが……それでも貴様が数々の戦いを勝ち抜いてきたことを、なかったことにする気はない。そして、はやてに対する絶対の忠誠も」

 

 きっと、それが彼女の人格の大事な柱となっている。騎士の道。オレのような小娘では絶対に成しえないことだ。ひょっとしたら、恭也さんでも無理かもしれない。

 頭が固くて話を聞かず、結論を決めたら意地でも通そうとする、まさにオレの苦手の塊のような人格ではあるが。それでも、非凡であることには間違いないのだ。

 良いことなのか悪いことなのか、それは分からないが。

 ――後のオレが今のオレを見たら、きっとその感情の正体を知っているだろう。「同族嫌悪」という、仲間意識と対抗意識がないまぜになった感情を。

 恭也さんとザフィーラは――ザフィーラの方は分からないが――顔を見合わせ、苦笑した。

 

 

 

 ぐるりと駅周辺を回って戻ってくると、駅前に移動のクレープ屋が来ていた。そういえば、オレはクレープを食べたことがない。

 翠屋ではコスト面の問題なのか分からないが、クレープを取り扱っていない。食べようと思うと、こういった移動販売車に遭遇するしかない。

 それでなくともオレは贅沢を嫌う節約家だ。必然、こういうものとは疎遠となる。興味がないわけではないのだが。オレだって女の子だ、甘いものは嫌いじゃない。

 

「……買っていくか?」

 

 オレがクレープ屋を視界に収めていたのに気付いた恭也さんが、オレに向けて微笑みながら聞いてくる。"妹"にはとことん甘い御仁である。

 

「いえ、目的にはないので。別の機会にしましょう」

「遠慮はしなくていい。食べたことないんだろう? 素直に甘えてくれていいんだぞ」

 

 それがオレには出来ないと分かっていて言ってるのだから、この人も意外とお茶目である。……忍氏は、そういうところに惹かれたんだろうか。

 恭也さんはオレが止めるのも聞かず、クレープ屋の方に向かってしまった。一応彼はボディーガードという名目で着いて来たと思うのだが、いいんだろうか。ああ、何かあれば一瞬で駆けつけられる距離なのか。

 ともあれ、残されたのはオレとヴォルケンリッターの二人。ザフィーラはペット状態で我関せずなので、実質オレとシグナムのみ。……ああ、そういうことか。一対一で対話させようっていう。

 

「ふん。気取っていても、やはり小娘だな。底が知れた」

 

 先制ジャブはシグナムから。今のやり取りで一人合点したようだ。

 

「オレはちゃんと自制したと思うが。恭也さんが勝手にやってくれたことだ」

「だが、結果として彼の者に甘えた。甘味にうつつを抜かし、男にうつつを抜かした。貴様はその程度の器だったということだ」

「そもそもオレは自分の器を大きく見せた覚えはない。今の発言で、貴様は自身の目が節穴であることを証明しただけだ」

 

 甘味はともかくとして、オレがいつ男にうつつを抜かしたというのか。

 恭也さんのことを言っているなら、彼は忍氏の恋人であり、オレのことは妹として見ているだけだ。オレの方も、兄のように思っているだけだ。

 そもそも「異性を意識する」という感覚を理解できていないオレが、どうやって男にうつつを抜かすというのだ。先入観のみで物を語っている。

 

「それと今のは、世の女性の大半を敵に回す発言だぞ。女にとって甘い物とコイバナは至福そのものだ。仮にも女なのだから、それぐらいは認めたらどうだ」

「私には必要ない。騎士道に娯楽など不要だ、軟弱者め」

「オレは騎士ではないのだがな。それと、逃げ言葉に聞こえるぞ」

「……貴様、よほどレヴァンティンの錆になりたいようだな」

「でえええい! ストップストップ!」

 

 オレとシグナムの間に、いつの間にか現れていた藤原凱が割り込んでくる。ここはもう翠屋の近くだから、彼がいてもおかしくはない。

 

「二人ともいい加減にしろって! 公共の場でケンカなんかすんなよ! いや公共の場じゃなきゃいいわけじゃないけども!」

「売ってきたのは向こうの方だ。オレは必要な返答をしただけに過ぎない」

「買った時点で同レベルだよ。ほら、これをやるから機嫌を直せ」

 

 ストロベリーソースのかかったクレープを渡される。甘い香りが食欲をそそる。シグナムは、チョコバナナクレープを押し付けられて目を白黒させていた。

 

「恭也サーン。なんで放って行っちゃうんスかねー」

「ザフィーラがいたからな。本当に危なくなったら止めてくれると判断した。お前もクレープか?」

「おじょーさま方に買ってこいって言われちゃいましてねー。女所帯だと男は肩身が狭いっスわ、ハハッ」

「お前はむしろそれを望んでいるんだろう? ハーレム思考が真実なら、な」

「はっはっはっはっは。……ザッフィーはリアルハーレム状態なんだよね。代わってくんない?」

「やめておけ、お前が思っているほどいいものではない」

 

 男同士で会話を始める三人。青年、少年、犬(狼)とバラバラではあるが、不思議な連帯感を感じる。

 ……この、なんだろう。彼らを見ていると胸の真ん中がじんわりしてくる感覚があるのは。疎外感、というわけではないが、「自分が異性である」ということを意識すると、心臓がキュッと縮む気がする。

 よく分からず、ストロベリークレープを食む。クリームの甘みと、いちごの酸味が、口の中に広がった。

 

「……何を見ている、"剣の騎士"」

「え? あ、ああ……別に、何でもない」

 

 こっちを見てポケーっとしていたシグナムに反応を返してやると、奴は鼻の頭をかきながら、オレから視線を逸らした。意味が分からん。

 それから二、三言葉を交わし、藤原凱もまたクレープ屋に走った。

 その途中。

 

 

 

「あ、そーそー! 今度闇の書について俺が知ってること、詳しく話すわ! じゃ、また後でなー!」

 

 世間話でもする気軽さで、割と重要なことを口走った気がした。

 

「……あいつは一体、何者なんだ?」

「特大の秘密を抱えただけの、ただの変態だよ。正直オレ達も扱いに困っている」

「そ、そうか……」

 

 

 

 

 

 翠屋で行われたはやての誕生日パーティは、特に問題も発生せず、滞ることなく平和に終了したのだった。




これで管理世界組以外は一通り絡ませられたかな? 抜け・漏れあったら教えてください。
あと二話ほど、ガイ君による情報開示と全体調整があってから、長い長いA's編のまったり日常が繰り広げられます。水着回とお風呂回は最低一回、出来れば二回やりたいです(切実)

ミコトの内面の変化が如実に表れました。異性を意識することはまだ出来ていませんが、無意識するぐらいは出来るようになったみたいです。シグナムさんも思わず見惚れてしまいました。しかし残念なことに、サブルートの男連中が現れるのはまだまだ先なんだよなぁ……。
この話の本筋はミコトとはやての百合百合生活なのでま、多少はね?

※お詫び
第三話あとがきにも追記しましたが、「亜久里」というのはファーストネームに使うものであり、名字としては不適切でした。
しかしながら修正原則に引っかかる点、ミコト及び作者が「あぐり」という名字を気に入ってしまったことなどから、今後も彼女は「亜久里幸子」でいてもらいます。
全国各地の亜久里さんには心よりお詫び申し上げます。


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二十六話 闇の書

前回の予告通り、会議話です。


 はやての誕生日パーティから数日後の放課後、八神家にジュエルシード回収メンバー(ユーノ除く)が集合した。理由は、パーティの最中に藤原凱が語ると宣言した話を聞くため。

 「闇の書について知っていることを話す」、彼はそう言った。今更不思議には思わない。彼は、前の事件のときも、明らかに「知っていた」のだから。今回のことも、予め知っていた可能性は高い。

 思い出してみれば、月村邸のお泊り会のときも、「家族が増える」と予言していた。あの時点で教えてもらっていれば、こんな面倒なことにはなっていなかったものを。

 とはいえ、彼が言わなかった理由も想像がつく。オレに闇の書を破壊させないためだ。ヴォルケンリッターと面識がなかったオレなら、迷いなく破壊を遂行していただろう。

 闇の書について知っていたのなら、ヴォルケンリッターという存在も知っていたということになる。彼らを消したくなかったのだろう。お人好しなことだ。

 

「何処から話したもんかな。……っていうか、こうやって俺が中心になって話すのって、何気に初めてだな。照れるぜ」

「ガイ、今日はおふざけはなしにしろ。この件に関して、ミコトが心血を注いできたことは、お前も知ってるはずだ」

「分かってますよ、恭也さん。単なる感想で、他意はないっす」

 

 彼の言う通り、藤原凱という変態は、小さな騒ぎを起こすことはあっても、まじめな話の中心になることは一度もなかった。慣れていないようで、居心地が悪そうに見える。

 だが、彼には話してもらわなければならない。今は少しでも情報が欲しいのだから。

 そして、彼は話し始める――ところで、シグナムが挙手して出だしを折る。

 

「その前に聞きたい。お前は何者だ。主が友人であると認めている故に同席しているが、我々としては闇の書について知っていたというお前を信用するわけにはいかない」

 

 彼女の言うところはつまり、「藤原凱が闇の書を狙う魔導師でないことを証明しろ」ということだ。これに関しては脳筋騎士だけでなく、ヴォルケンリッター全員が同じ思いを抱えているようだ。

 藤原凱は、二度ほど頬をかく。頭の中で思考をまとめているようにも見える。

 次に口を開いたのは、なのは。普段は彼を変態と罵り、その実彼に絶対の信頼を置いていることを認めようとしない少女だった。

 

「なのはも、ガイ君の本当を知りたい。前のときは話せないって言ってたけど、それでもやっぱり知りたいの。……ガイ君のこと、信じたいから」

 

 これで「嫌っている」と言っても説得力がない。その感情がどの程度育っているのかは分からないが、間違いなく芽吹いてはいるのだろう。

 そして、藤原凱もまた、この少女を憎からず思っているはずだ。女子は他者の視線に敏感な生き物だ。聖祥三人娘の中で、なのはに対する視線だけ質が違うことに、オレはちゃんと気付いている。

 だから、こう言われてしまっては彼は断れない。「うっ」と呻いたあと、小さくため息をついた。

 

「……こうなっちまったら、しゃーねーわな。こうなることも、覚悟はしてきたし」

 

 そうして、表情を引き締めた。ある種、諦めのようなものも感じる、複雑な表情だ。

 

「じゃあ導入ってことで、俺が何者なのかから話すことにするわ。結構突飛な話になるから、心して聞いてくれ」

 

 そして、彼は話し始めた。彼が何者なのか。この世界がどういう世界なのか。「前の彼」が、何を願って消えたのかを。

 

 

 

 一度話が途切れ、沈黙が場を満たす。皆それぞれに、今の話の落としどころを探しているように思える。

 

「言っとくけど、この世界が作品みたいなご都合主義で進むなんて楽観視するなよ。俺が知ってるのはあくまで「よく似た作品」であって、この世界じゃない。もう違うところが多々出て来てるんだ」

「具体例を聞きたい」

 

 挙手をし、意見を述べる。そうすると彼は、オレのことを真っ直ぐに見た。

 そして、告げる。

 

「キミだよ、ミコトちゃん。俺の知ってる「作品」には、「八幡ミコト」なんて女の子は登場しない。キミが存在してくれたおかげで、この世界は「作品」とは全く別の歴史をたどってる」

「……特異点、ということか」

 

 まさか自分がそんなものだとは思っていなかったが、ある意味妥当なのかもしれない。オレには「プリセット」という能力が備わっていた。逆に、そんな能力を持っていたから、特異点となったのかもしれない。

 とはいえ、こんなものはあくまで観測者目線での話でしかない。ここはオレ達にとっての現実であり、「作品」の世界ではないのだ。

 

「ちなみに、ガイの知ってる歴史では、今の時点ではどんなことになってるの?」

 

 オレと深い関わりを持っているフェイトが、興味を持って尋ねる。「作品」の自分がどうなっているのか、知りたかったのだろう。そこには「オレ」はいないのだから。

 藤原凱はしばし頭の中で情報をまとめる。

 

「あーっと、まずフェイトちゃんはここにいない。「PT事件」……俺達の世界線で言う「ジュエルシード事件」の重要参考人として、ミッドに連れてかれてる。アリシアちゃんも、復活できなかった」

「……全部、ミコトのおかげなんだもんね。ミコトがいなかったら、きっとそうなっちゃってたんだね」

 

 この世界線でも起こり得た事実に、フェイトは寒さに耐えるように自身の体を抱く。今の賑やかな環境とは対照的な立場に置かれた「自分」を想像して、心細くなったのだろう。

 彼女の手に、隣に座るアリシアが触れる。大丈夫、自分はここにいると言うように。それで、フェイトの震えは止まった。

 それを見てから、彼は続ける。

 

「フェイトちゃんは敵対したままだし、ジュエルシードの何個かはプレシアさんの手の中。次元断層が発生してプレシアさんとアリシアちゃんは虚数空間へ。……ミコトちゃんの協定は、マジでファインプレーだったんだよ」

「どおりでお前からの評価が無駄に高いわけだ。そんなことは露も知らないはずのオレが、結果的に悲劇的結末を回避したわけだからな」

 

 あくまで結果論でしかないのだが、知っている者からすれば評価に値してしまうわけだ。……何故か知らないはずのユーノからの評価も高いが。

 一応聞いておくか。

 

「ユーノにこの話をしたことはあるのか?」

「あるわけねえじゃん、信じてもらえるとは限らないんだから。俺としてはむしろ、皆があっさり信じたことに驚きだよ」

「お前は既に何回か言い当てている。そこに至るまでの経緯も、作り話にしては出来過ぎている。何より、こんな「与太話」を作るメリットがない」

「愉快犯って可能性はあるんじゃね?」

「そんなことをするぐらいなら、お前は女子のパンツの色を聞いている。いい加減、お前の行動パターンも読めてるんだよ、忌々しい」

 

 「てへぺろー」とうざい反応を返す変態。そしてすぐに真面目な表情に戻る。今日は真面目モードというのは本当のようだ。つまり、ここまで一切虚偽を混ぜていないということだ。

 元々疑ってもいなかったが、確かに突飛な話だった。ヴォルケンリッターの再起動の遅さがそれを物語っていた。

 

「……ガイ君は」

 

 ここでようやくなのはが立ち直る。しかし、表情は暗い。何かを思い悩んでるような感じだ。

 

「ガイ君がなのは達に構ってくれたのは、「知ってた」からなの? 「前のガイ君」がなのは達に幸せになってほしいって思ったから、なのは達を手伝ってくれたの?」

 

 自分が友達だと思っていた男の子が、実はそうではなかったかもしれない。そう思っているようだ。それは、なのはにとってはダメージがでかいな。

 これに対して藤原凱は、苦笑しながらなのはにデコピンを返した。

 

「あうっ!?」

「バーカ。んなわきゃねえだろ。何で「前の俺」がそう思ったからって、俺がそれに従わなきゃなんねえんだよ。俺にその意志がなかったら、あんな大変なことを楽しんでやれるわけねえっての」

「だが、お前の行動の根底にあるのは「皆を幸せにするため」のものだろう。実際そう言っていた」

「恭也さんは自分の周りが幸せになって欲しいって思わないんスか? 俺は、世間一般の人が当たり前に言ってることを、当たり前に思ってるだけっス」

 

 彼の言葉が正しいならば、彼は生まれたときから20歳前後の男性の記憶を持っていたことになる。

 もちろん連続性が途切れているため精神年齢は0歳からのスタートのはずだが、それでも記憶などの情報を持っていることが大きいというのは、オレが実体験として知っている。

 だから彼は、あんなにも「大人らしい」のだろう。……一つ、理解出来たな。

 

「確かに俺は、「前の俺」が「皆が幸せになってほしい」って思ったことでこの世界に生まれたけど、それと俺が「周りの皆が幸せになってほしい」って思うのは別っスよ」

「そうか。……それなら、いいんだ」

 

 恭也さんは、小さく笑って引き下がった。ジュエルシード事件を通して、意外と認められているようだ。ハーレム思考さえなくせば、なのはとの仲を認めてもらえるんじゃないか?

 まあ、当人たちが自分達の気持ちにはっきりとは気付いていないようだがな。

 

「ホラホラホラホラ。元気出せよー、なのは。お兄さんからのNADE☆NADEだよー」

「もう、やめてよ! 結局、なのはと同い年なんでしょ!? お兄さんぶらないで!」

 

 藤原凱はなのはに向けて高速で頭を撫でる。そのためになのはの髪はぐちゃぐちゃになり、彼女は怒って手を払う。結果的に元気は出たようだ。

 次の質問は、はやてから。前の事件で傍観者的な立ち位置だったからこその質問だった。

 

「最初から全部知っとったんなら、何で初めに全部打ち明けなかったん? そら信用してもらえるとは限らんけど、頭の中にあれば皆対策取れたはずやん」

 

 彼女が言いたいのはつまり、プレシアの病気をオレが知っていたなら、準備が出来たかもしれないということだ。……それで一時期オレが凹んでいたため、思うところがあるのだろう。

 

「それなんだけどさ。はやてちゃん、バタフライエフェクトって知ってる?」

「「風が吹けば桶屋が儲かる」の英語版やろ」

「大体合ってる。今回の件に置き換えると、俺が教えることによって、どんな影響が出るか予想がつかないってことだな」

 

 なるほど、そういうことか。それは確かに、迂闊に「知っている」とは言えないし、情報の出し渋りもするわけだ。

 

「たとえば、フェイトちゃんが現れた時点で、フェイトちゃんのバックにプレシアさんがいるってことをミコトちゃんに教えたとする。そうしたらミコトちゃんは、どうする?」

「その時点ではプレシアには何の義理もない。ジュエルシード回収の障害になるわけだから、庭園に侵入して拘束、最悪殺害という結果に到っただろうな。彼女の魔法の力を考えると、後者になっていた可能性が高い」

「……こういうことになり得るわけだよ。さすがにこの答えは俺も予想外だったけど」

「あー……迂闊に話せへんな、これは」

 

 はやても納得したようだ。話したらどうなっていたかは分からないが、今よりよくなっていたとは限らないのだ。ある意味で現状は彼が慎重に検討した結果ということだ。

 

「ついでに言えば、俺が知ってるのは結局「よく似た別世界の話」でしかないわけで、絶対の確証があるわけじゃないんだ。八号さんですら、この世に絶対はないって言ってたしな」

「お前をこの世界に飛ばした"観測端末"だったな。ある種人智を超える力を持った者ですら、絶対はないということか」

「……ならば何故、「別の世界」の闇の書の話をしようとする。確証はないのだろう」

 

 ようやく復活したシグナムが、ない頭を絞って言葉を発する。こういうのはシャマルの担当だと思うが、ヴォルケンリッターの将として行動しているのか。

 かけられた言葉に、藤原凱は首を横に振る。

 

「この件については、かなりの確証があると思ってる。過程と結末に関しては全く参考にならないけど、発端だけは前の事件も「一緒」だったんだよ」

「ゲーム進行には携われないが、後出しジャンケンはないということか」

「多分そうだと思う。前の事件にしろ今回にしろ、俺が生まれるより前に種が巻かれてるはずなんだ。「俺やミコトちゃんがいる」ということによるバタフライエフェクトは、関係ないはずだ」

 

 前の事件は26年前の事故が大元の発端。今回は、大昔に闇の書が作られたことが発端だ。なるほど、「作品の世界線」と同じ道筋をたどっている可能性は高い。

 まだ信じ切れていないシグナムに対し、藤原凱は真摯に訴える。

 

「俺にとって、はやてちゃんも、ヴォルケンリッターの皆も、もう「周りの皆」なんだ。どうか、力にならせて欲しい」

 

 シグナムに向かって頭を下げる藤原凱。彼女はしばし、彼を見た。

 

「……分かった、信じよう。お前の声に嘘は見受けられなかった」

「へへっ。ありがとよ、シグナムさん」

 

 そうして、ようやく本日の本題に入る。藤原凱が知る「作品の世界線」における闇の書と、その顛末についてだ。

 

 

 

 

 

 彼が最初に口にした言葉で、ヴォルケンリッターは一様に驚愕することになる。

 

「まず闇の書がはやてちゃんの魔力を奪ってる件なんだけど……高確率で、闇の書に発生してるバグが原因だ」

「……そんな、バカな!?」

 

 シグナムが反射的に立ち上がり、抗議をしようとする。彼女ははやてにたしなめられ、煮え切らない表情で席に着く。

 一度空気が落ち着くのを確認してから、オレは藤原凱に促し、先を語らせる。

 

「何でこんなこと言えるかって言うと、もちろん「作品の世界線」でそうだったからなんだけど、それ以上に「闇の書」って名前で呼ばれてることが大きいんだ」

「名前で? ……闇の書、ヴォルケンリッター、雲の騎士……っ、そういうことか!」

 

 書に纏わる名前を列挙していくうちに、オレは一つの事実に気付いた。最初の誓言のときに、ザフィーラが口にした言葉だ。

 あのとき彼はこう言っていた。「夜天の主」と。闇の書の持ち主を差す言葉として流していたが、そうじゃない。「夜天の主」が本来あるべき姿なのだ。

 

「……うっそだろ。こんだけで分かっちゃうのかよ。マジでパネェな、ミコトちゃん」

「どういうことだ! 一人で納得していないで、私達に分かるように説明しろ!」

 

 シグナムがいきり立つ。だがオレは、また一つ明らかになった事実がために、歓喜を抑えられない。口角がわずかに釣り上がる。

 

「オレだって、何もヒントがなかったら無理だった。オレが偶然、あるいは必然的に召喚の場に居合わせたことと、お前から得た着想が決め手だ」

「それやと、わたしも気付かんとあかんことになるけど……無理やな」

 

 「あはは」と苦笑するはやて。恥じることは何もない。オレは、はやての足を治すために考え続けているから気付けただけなのだ。

 

「つまりは「何故ヴォルケンリッターなのか」ということだ」

「我らが何故、我らなのか……?」

「ヴォルケンリッター。ミコトちゃんの言う通り、ベルカ語で雲の騎士を意味します。けど……わたし達が生み出されたそのときから、わたし達はヴォルケンリッターだったはずですよ」

 

 シャマルからの追加情報でそれは確信に到る。大事なのはヴォルケンリッターの「中身」じゃない。これもやはり、「名前」なのだ。

 

「雲の騎士、ということは、主は空でなくてはならないか?」

「ッ!? た、確かに! 雲は闇を守るものではなく、空に在るもの! そういうことなんですか、ミコトちゃん!?」

「シャマル! だから私を置き去りにして話を進めるな!」

 

 こうなると、"蒐集"という機能自体、最初からあった機能なのか疑わしくなってくる。元々は純粋に魔導を記録するための書物だったのではないかと思えてくる。

 ヴォルケンリッターの本来の役割は、恐らく「蒐集を助ける」などではなく「主の力になる」のみだったはずだ。でなければ、「空に在る騎士」などという名前は与えられていない。

 

「闇の書は正式な名前ではない。最初の誓言、ザフィーラの節から推測するに、「夜空の書」かそれに近しい名前だったんじゃないか?」

「ビンゴ。正式名称「夜天の魔導書」。それが、歴代の主によって歪められてバグった結果、「闇の書」なんて名前で呼ばれるようになっちまったんだ」

「そん、な……バカな……」

「けど……なんでだ。物凄く懐かしい感じがする名前だ。胸の辺りが暖かくなって、だけど何だか切なくって……」

「……俺がずっと持っていた違和感は、これだったんだな」

 

 ザフィーラの誓言で「夜天」という言葉が出てこなければ、オレは気付かなかった。きっと……彼が何としてでも改竄から死守したんだろう。さすがは"盾の守護獣"だな。

 彼らは初めから、蒐集などという使命は持ち合わせていなかったのだ。あるのは、主とともに……今ははやてとともに在るということのみ。今のこの在り方が、あるべき姿だということだ。

 

「考えてみれば、当然か。もし本当に蒐集を助けるのが目的で生み出されているのなら、戦いを厭う感情を与えられているわけがない。その時点で、後付けの使命でしかないということだ」

「じゃ、じゃあ、わたし達はもう、傷つけるために戦う必要は……」

 

 嬉しいのか、目に涙をためているシャマル。気付けて、自分の意志で抗うことが出来るのなら。無用な戦いは避けられるのだ。

 頷いてやると、シャマルはシグナムに抱き着いて泣き始めた。いまだ理解が追い付いていないバカは、何が何だか分からず目を白黒させる。

 ヴィータはもらい泣き気味で、はやてに頭をなでられていた。ザフィーラは目を瞑っているが……口元は、嬉しそうに釣り上がっている。珍しい表情だった。

 ……本当の名前一つで盛り上がりすぎだな。藤原凱もどうしていいか分からず、頬をかいている。

 

「えーと……はやてちゃんへの魔力強奪はただの不具合なんだよって繋げたかったんだけど、どうしよっか」

「とりあえず、収まるまで待ってやれ」

 

 彼らは、ようやく永い「闇」を抜けることが出来たのだから。今は歓喜にひたらせてやろう。

 

 

 

「……ごめんなさい。もう戦わなくていいんだって思ったら、抑えられなくって」

「君が意志に反して戦わざるを得なかった期間を考えれば、無理もない。気にするな」

 

 まだ涙がにじむようで、目元をハンカチで抑えるシャマルに我慢するなと言ってやる。それでもリッターの参謀である彼女は、会議を進めるために自制した。

 ならばその意志を汲もう。藤原凱に先を促し、はやてに発生してる魔力の簒奪は、バグに付随した現象である旨を説明させる。

 

「で……ミコトちゃん達が懸念してる通り、この魔力吸収は今後強まる可能性がある。「作品の世界線」だと、今年の秋頃に悪化して、さらに冬には体の限界が来てたはずだ」

「……思ったよりも進行が早いな。あまり聞きたくはないが、その世界線でのはやては、その後どうなる」

「ああ、大丈夫。ちゃんと生きて物語を終えてるよ。ただ、そのときに守護騎士が取った手段っていうのが……」

「蒐集、ということね」

 

 シャマルの確信を持った問いに、藤原凱は頷く。さらにその世界線では、蒐集による被害者への償いのために、はやて達は管理局勤めを余儀なくされるという話だ。

 ……オレの「相方」は、あくまで「この世界のはやて」だ。「作品の世界線のはやて」がどうなろうと、オレのはやてには関係がないはずだ。

 だけど……納得が出来ず、握った左手に力が入る。オレの様子を察したはやてが、両手を拳に覆い被せて宥めてくれた。

 

「まあ、ミコトちゃんのことだから、このぐらいのことはとっくに推測出来てたんだろうけどな」

「ああ。わざわざ管理世界に関わる気はない。蒐集は行わず、魔力の簒奪を止める。その方針に変わりはない」

 

 藤原凱からの情報で、「闇の書」を「夜天の魔導書」に戻すことさえできれば、バグによる魔力吸収は止まると分かったのだ。時間は少ないが、また一歩前進出来た。

 この調子で原因を突き詰めて行けば、ミステールの力ならばバグを直すことが出来るだろう。……やはり、懸念点ははやてに残された時間か。

 そう考えたところで、藤原凱から提案があった。

 

「もしかしたら、今から蒐集すれば、残り時間を延長できるかもしれない」

 

 彼の言うところによれば、あくまで「作品の世界線」の話であるが、この魔力簒奪は一定期間蒐集を行わなかった場合に発生するものらしい。

 その世界線のはやては蒐集を禁止したがために秋頃に体調を崩し、リッターは誓いを破り蒐集を開始したが、病気の進行の方が早くて間に合わなくなりそうだったということだ。

 だが……。

 

「蒐集を行うためには、魔導師の協力を仰がねばならん。強硬手段でなくとも、管理世界のしがらみに巻き込まれてしまう。はやての足が治った後のことを考えると、下策だ」

 

 下の下というほどではなくとも、やはり推奨とはとても言えない。オレの言葉に、しかし彼は不敵に笑う。

 

「何も人間から蒐集するとは言ってないぜ。管理外世界にも、リンカーコア持ちの動物はちゃんといるんだよ。ユーノから習ったんだから、間違いない」

「……そういうことか」

 

 釣られるように、オレも小さく笑った。管理世界の人間から奪ったら問題なのだから、管理外世界の動物から分けてもらえばいい。理に適っているじゃないか。

 ちょっとオレ達の笑い方が悪くなっていたのか、なのは達が若干引き気味だった。コホンと一つ、咳払い。

 

「試してみる価値はあるな。一度魔法動物がいる近場の管理外世界に赴き、適当な動物から傷つけない程度に蒐集を行ってみよう。それで魔力簒奪にどの程度の影響があるかをチェックする」

「それならば、普通に完成させてしまえばいいではないか。シャマルの分析では、完成させても主への魔力簒奪は止まる可能性があるのだろう」

 

 ここまで静聴していたシグナムが口を挟む。……確かにその通りだ。その方法が通るなら、それでも構わないはずだ。

 だが藤原凱は渋い顔をする。やはり、何か問題があるのか。

 

「怒らないで聞いてくれよ、シグナムさん。……闇の書は完成と同時に、防衛プログラムが主を取り込んで暴走する。バグのせいでな」

「ッ……またバグか! いい加減にしてくれ!」

 

 それは彼への文句だったのか、それとも改竄を加えた歴代の主への抗議だったのか。虚空に向けていたことから、恐らくは後者だろう。

 

「もちろん、これも「作品の世界線」の話だけど……信憑性は高いって、分かるだろ」

「……ああ。認めたくはないが、な」

 

 ここまでの話で、藤原凱の話が全くの与太話などではないと理解できているのだろう。彼女は、静かに認めた。

 

「ここでまた「作品」の話に戻るけど、その事件の最後っていうのが、完成した闇の書が暴走して、はやてちゃんが取り込まれて、気合で分離して、暴走した防衛プログラムを破壊するって流れなんだ」

「気合て、また無茶苦茶な……」

 

 いくらはやてでも、根性論に任せるわけにはいかない。それは「作品」のご都合展開でしかない。闇の書の完成は廃案直行だ。暴走しない可能性もあるが、試してみるリスクが高過ぎる。

 

「蒐集はあくまで延命措置用だな。やはりこちらの主力はミステールということになるか」

「責任重大じゃのう。あまりプレッシャーをかけんでおくれよ」

 

 ひょうひょうと言いながらも、残り時間を聞いて焦りは感じているのだろう。ミステールの頬には一筋の汗。少し気の毒だった。

 

 

 

 これでやることは決まった。ミステールは、フェイトからミッド式を、シャマルからベルカ式を、それぞれ教わる。そして闇の書のバグを理解し、因果を紡ぎ、夜天の魔導書へ戻すのがミッションだ。

 一方でオレ達は、主にはその補助だ。蒐集による延命が有効だった場合、定期的に魔法動物から蒐集を行う。周期や量に関しては今後の調査で調整。但し、絶対に完成はさせないこと。

 あとは、出来れば管理世界にある夜天の魔導書の資料が欲しいところだ。……何とかユーノと連絡が付けばいいのだが。

 そこで、藤原凱が「あ」と何かを思い出したような声を出し、「やってしまった」と口を押さえた。

 

「まだ何か情報があるみたいだな。今開示するとまずい情報か?」

「あー……どっちだろうって感じ。早いうちに知っといた方がいい気もするし、知らないで済むならその方がいい気もするし……」

 

 つまり、知らない方が平和だが、遅くに知ると不都合が生じる可能性があるのか。それならばオレは、知ることを望む。知らないで済む確証はないのだから。

 そう伝えると、彼はばつが悪そうな表情ではやてを見る。今の話題は管理世界にある情報をどうやって得るか、だが。それがはやてに関係している?

 

「あ、これ話さなきゃダメな流れだ」

「いずれオレが答えに辿り着くからな」

 

 「さっすがチーフ」と皮肉に笑う。翠屋の外でオレのことをチーフと呼ぶな。女言葉でしゃべるぞ。

 

「そういえばミコトちゃんって、その歳で翠屋のチーフスタッフだったのね。凄いと思うわ」

「はい、何せわたし達のマスターですから!」

「そんな事実はない。ただのあだ名だ。ホールのチーフは士郎さんが兼任している」

「だけどバイトさんも皆、ミコトちゃんがチーフだと思ってるんだよ? ねえ、お兄ちゃん」

「ああ、須藤が褒めていたぞ。「あんなしっかりした小学生がいるんだな」とな。お前に彼氏がいるのか聞いてきたから、一発殴っておいたが」

 

 何してんですか、恭也さん。彼氏がいるか尋ねるぐらい、別にいいじゃないか。どうせいないんだから。

 そう答えると、「分かってない」とため息をつかれた。むう、何か間違えたか?

 

「あはは……なのはもミコトも、彼氏作るの大変そうだね」

「たにんごとみたいに言ってるけど、たぶんわたしたちもおんなじだよ、フェイト」

「あたしは間違いなくフェイトに相応しくないと思ったらぶん殴るね」

 

 話が逸れている。軌道修正。

 

「察するにはやてに関連した人物が、実は管理世界、著しくは管理局に絡んでいるということなんだろうが……思い当たる人物は一人しかいないな」

「……あー。実はわたしって、監視されとったん?」

「うぇーい、はやてちゃんまで勘良すぎィ! あんたら心読めるんとちゃいますゥ!?」

「おうあんた下ッ手くそな関西弁使いなや。いてこますで?」

「センセンシャル!!」

 

 方言は迂闊に使ってはいけない。

 おふざけムードはここまでだ。ここからは割と真剣に話さなければならないだろう。

 

「イエスかノーで答えればいい。藤原凱。お前の知る世界線のギル・グレアムは、管理局の人間か?」

「……イエス」

「はやてを後見していた目的は、闇の書と主の監視」

「……イエス」

「彼は管理局から指示を受けてそれを行っているのか」

「……ノー」

「単独行動か……私欲のための行動か?」

「ノー。あ、いや、ある意味イエスなのか? 私情って私欲に含まれる?」

「オレが聞きたい意味では別だな。交渉の方法がだいぶ変わる」

「あー、やっぱ交渉するんだ……」

 

 当たり前だろう。そうでなくて、どうしてこの話を聞き出したりするものか。

 彼が管理局の人間でありながら単独行動をしているというのは、こちらにとって大きなメリットがある話なのだ。何せ、上手く取り込めれば「管理世界に関わらず管理世界の情報を得る」ことが出来る。

 そのためには、向こうが何故単独で監視を行っているのかを知る必要がある。

 

「私情、ということは、過去の闇の書の主による被害者かその遺族と言ったところか」

「イエス、でいいかな。ちょっと微妙」

「なるほど、完成後の暴走の方だったか」

「……迂闊なこと言っちまった。イエス」

「やはり完成させると暴走するのか……クソッ! 我々はそんなこと全く知らなかったぞ!」

 

 ますます闇の書を完成させるわけにはいかなくなっただけだ。大したことじゃない。

 私情、即ち怨恨となれば、理由は自ずから判明する。

 

「復讐目的か」

「っ……い、イエス」

「なッ!? ふ、ふざけるな! 我が主は何の罪も犯していない! 逆恨みもいいところではないか!」

「お、俺に言われても困るって! しかも確定情報じゃないし!」

 

 しかし、残念ながら信憑性は非常に高い。この世界でも、ギル・グレアムははやての前に姿を見せず、正体不明の足長おじさんをやっている。

 そして、怨恨の種がまかれたのがオレ達が生まれる前ならば、確定と言って差し支えないのだ。

 重要なのは、いかにしてギル・グレアムの復讐という目的を吸収するか。そのために、怒りという感情で問題から目を背けてはいけないのだ。

 

「落ち着け、シグナム」

「貴様っ! 貴様は何故落ち着いていられるッ! 主に刃を向ける者がいるのだぞ! 貴様にとって主はかけがえのない人ではなかったのか! 所詮、口先だけの詐欺師か!」

「吼えるな、底が知れるぞ」

 

 自分でも驚くほど冷たい声が出た。……否、きっと元々、オレはこんな風にしゃべっていたはずだ。感情を理解出来るようになるまで、オレはこんな風にしかしゃべれなかったはずだ。

 目的のために、容赦なく。オレの根底にある原理は、今も変わっていないという証明だった。

 ――それでもやはり、オレにとってはやては大切な「相方」なのだ。

 

「ギル・グレアムにはきっちりと働いてもらうさ。はやてを騙した分も、傷つけようとした分も、きっちりと、馬車馬のようにな」

「……うわぁ、こりゃキレてますね。間違いない」

「わたしは別に気にしとらんのやけどなぁ。そら騙されたのはショックやけど、実際に危害加えられたわけやなし」

 

 はやてが優しい分は、「相方」たるオレが非情になればいい。それで釣り合いが取れるというものだ。

 ともあれ、ギル・グレアムとは直接会って話をしなければならない。これだけ入念に準備をしていて、「企みが露見したから雲隠れする」などということはないだろう。今回は真正面から切り込む。

 

「はやてが次にギル・グレアムに手紙を送る際は、オレも送る。交渉への招待状をな」

「本当に大丈夫なのか? もし主と対面して、危害を加えられたら……」

「向こうが下手に動けないように、士郎さんと美由希にも増援をお願いしておこう。まさか"剣の騎士"ともあろう者が、彼らの実力を把握していないということはあるまいな?」

「……いや、それなら問題ない」

「これ、交渉じゃなくて地獄への招待状なんじゃないですかねぇ」

「人聞きの悪い事を言うな。向こうがおかしなことをしない限り、こちらから危害を加えることはない。そうだろう、ミコト」

 

 その通り。向こうの目的が復讐である以上、それを知られたと理解したら特攻を仕掛けてくる可能性もある。それを封殺するための御神の剣士3人だ。

 単独行動ということは、少数精鋭で動いているはずだ。10人を超えることはないだろう。そして相手が魔導師ならば、近距離にさえ入れれば御神の剣士の敵ではない。1人当たり3人斬れば終わる。

 その程度のことが分からない輩ならば、実際に痛い目を見させて、その上で交渉すればいい。いつかの遠藤にやったのと同じことだ。

 これ以上のことを藤原凱から聞く必要はないだろう。交渉には必要のない情報だし、必ずしも正しいとは限らない。どうしても知りたいなら、本人に直接問い合わせればいいだけだ。

 

 こうして、今週の日曜に一度リンカーコア持ちの動物からの蒐集を試してみることになり、会議は解散となった。

 ――なお、なのはと藤原凱であるが、藤原凱の抱えていた秘密を知ったことによって、少しだけ、なのはの側から歩み寄ったようだ。

 もっとも、会議が終わったら元の変態に戻っていたために、進展はなかったようだが。……つまらん。

 

 

 

 

 

 拝啓 時空管理局顧問官 ギル・グレアム様

 

 雨に紫陽花の花が鮮やかに映える季節となりました。ギル・グレアム様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。

 常は私の同居人、八神はやてをご支援いただきまして、誠に感謝の言葉もございません。

 話は変わりまして、闇の書について分かったことがいくつかありますので、一度直接お話をしたいと、八神家一同愚考しております。

 時空管理局顧問官というお忙しい御身でしょうから、時期に関しましては、そちらの御都合を御優先していただきたく存じます。

 その上で、こちらの希望としては出来るだけ早期にお会いできれば幸いです。

 用件のみの短い書面ですが、ギル・グレアム様のご健康をお祈りし、失礼させていただきます。

 

 敬具 八神はやての同居人 八幡ミコト

 

 

 

 

 

 会談の日程は、7月頭に決まった。




ガイ君の素性があっさり受け入れられていますが、それだけ彼らが「チーム」だったということです。過ごした時間は裏切らないのです。
ガイ×なのはフラグがしっかり立ちましたね。ハーレムルートは考えてません。どう考えてもガイ君にそこまでの甲斐性ないしね。

この話では、出来る限りご都合展開はなくしたいと思っています。一つ一つ丁寧に可能性を潰して、目的を達成させます。それがミコトの強みですからね。
「コマンド」はあくまで目的達成のためのツールであり、「プリセット」もミコトの人格形成に必要だっただけで、積極的に戦闘に関わるためのものではないのです。
ミコトの一番の武器は、現実をフラットに見ることが出来る「目」なのです。

最後の手紙文は結構適当です。プライベートのかしこまった時用のテンプレートを見ながら書きましたけど、この文章は真似しないでくださいね(するわけない)


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二十七話 騎士甲冑

間の日常会。何気に難産でした。

前回の更新で50万文字を超えてしまいました。100万文字行く前には本編を完結させたいですね。物語進行ペースの割に長い作品で、読者の皆様にはご迷惑をおかけします。
今後も「不思議なヤハタさん」にお付き合いいただければ幸いです。


 親愛なる八幡ミコト君へ

 

 君から手紙をもらえるとは思っていなかったから、届いたときは内容もさることながら、驚いたよ。

 君のことは、はやて君からの手紙でいつも聞かされていた。大好きな「相方」、とね。とても仲睦まじく暮らしているようだね。君達を見守っている私の使い魔達も、いつも羨ましそうにしていたよ。

 

 何故私の正体を知っているのかとか、そんなことは今更聞かない。君ならいつか真実に辿り着くんじゃないかという予感も、なかったわけじゃない。君は本当に不思議な女の子だね。

 こうして私に手紙を送ってきたということは、私の考えもある程度推測出来ていることだろう。弁解はしないよ。君がそんなことで満足する子じゃないことは、はやて君からの手紙で知っているからね。

 こうなった場合にどうするかもちゃんと考えている。そちらから会談の席を設けてくれるというのなら、こちらもスケジュール調整がしやすくて助かるよ。

 ただ、君も分かっている通り、私は時空管理局の顧問官という立場にあるため、すぐに会いに行くのは無理だ。7月の頭までには絶対に調整を終えるから、それまで待っていただけないだろうか。

 細かな日程が決まったら、再度連絡する。使い魔ともども、君達に会える日を楽しみにしているよ。

 

 そちらはこれからだんだん暑くなっていく時期だ。はやて君やフェイト君、アリシア君とソワレ君にも、体に気を付けるよう伝えてくれ。

 

 心を込めて ギル・グレアム

 

 

 

「やはり監視されていたか」

「使い魔がおったんか……全く気付かんかったなぁ」

 

 イギリスにいることになっているギル・グレアムに向けた手紙を送ってから数日、返信を八神家の皆で読んでいる。オレがやったフォーマルな書式に合わせるように、整った文体だった。

 はやてにいつも返って来る手紙はもっと砕けていて、好々爺然とした内容だ。こちらが本当の彼なのか、向こうもまた本心なのか、それは分からない。

 オレ達にはそもそも魔力を感知する術がなかったから、使い魔の存在に気付かなくてもおかしくはない。だが、今はフェイト達もいる。それなのに一月の間全く気付かなかったのだ。

 

「多分、隠密に長けた使い魔なんだと思う。戦闘能力は分からないけど、わたし達で気付けないレベルってなると、単純な魔法の技量はまるで歯が立たないかも……」

「しかも使い魔「達」ってことは、それが複数いるんだろ? 士郎さん達に応援頼んで正解だったね」

 

 交渉というのは、条件を対等に持っていって初めて行えることだ。向こうの戦力が大きかった場合、それを封殺する何かがないと交渉は成立しない。図らずも最適な判断となったようだ。

 ちなみに、士郎さんと美由希については、オレが直接話をして既にオーケーをもらえている。美由希の方は、自分で力になれるかどうかを不安がっていたが、荒事になったら少なくともオレよりは役に立つ。

 オレは剣のことは分からないから自分では判断がつかないが、"剣の騎士"たるシグナムに言わせれば、士郎さんを10とすれば、恭也さんは7、美由希は3程度だそうだ。シグナム本人は、剣だけだと5程度らしい。

 

「長年戦い抜いた私でも敵わぬほどの剣腕とは……御神の剣士とは、本当に面白い存在だ」

 

 恭也さんと模擬試合を行い、惜敗した際のシグナムの言葉だ。恭也さんもライバルを見つけたみたいな顔をしており、満更でもなさそうだった。オレには理解できない世界だ。

 ともあれ、魔導師組に加えてヴォルケンリッターがおり、さらには御神の剣士が3人もいる。これで対処できなければもうどうしようもない。心配はいらないだろう。

 

「7月頭ってことは、あと半月以上あるんだろ? その間はどうすんだ?」

 

 ヴィータの問い。ギル・グレアムとの交渉が未達だからと言って、出来ることがないわけじゃない。ミステールにミッド・ベルカ式の魔法因果を教えることもそうだし、オレ達にもやることはある。

 

「もちろん、管理外世界……特に無人世界で魔法動物を捕まえて、蒐集による延命の確認を行う」

 

 何故無人世界がいいかと言うと、目撃者が発生するリスクが非常に低くなるからだ。不審に思われて管理局に通報されたんじゃ、何のためにギル・グレアムと交渉するのかという話になってしまう。

 リッターの方も、過去の主のせいで管理局と敵対したことがあり、あまり顔を合わせたくはないとのことだ。構成人員はともかくとして、組織としてはとことんオレ達の陣営に嫌われている"治安組織"であった。

 ところで、蒐集を行うにあたって、実はオレ達は準備が出来ていなかったりする。

 

「でも、わたし達の騎士甲冑がまだなんですよね……。もちろん、必要とあらば甲冑なしでも戦いますけど」

「あかん! そんなことして怪我したらどうすんねん!」

 

 騎士甲冑。ミッド式の魔導師で言うところのバリアジャケットのことだ。これは、書の主であるはやてが作り、リッターに与えるものらしい。

 だがシャマルの言葉通り、まだ完成していない。作り方は基本的にバリアジャケットと同じく、主のイメージから騎士が魔力を用いて構築するだけだから、はやて自身に専門的な技術は必要ないらしい。

 では何で完成していないかと言うと……。

 

「とりあえずは既製品の道着などで代用すればいいだろう。一度決めたら変えられないというわけではないのだから」

「あかんて! 女の子にそんな格好させられへん! ミコちゃん、ふぅちゃんが道着みたいなバリアジャケット使うてるの想像してみぃ!」

「ないな」

「即答っ!? あ、いや、嬉しいけど……」

 

 つまりはそういうことだ。変なところではやての凝り性が発動し、イメージ作りが難航しているのだ。

 

「だが、あまり時間をかけるわけにはいかないぞ。藤原凱の話が何処までこの世界に適用されるかは分からないが、遅くなるだけ不都合になることは変わらない」

「分かっとるって。けど、ただ可愛い格好やのうて、ちゃんと甲冑らしくせなあかんし」

「私は、主からいただけるものであれば、どのような格好でも光栄です」

 

 忠誠心バカが何か言ってるが、こいつは分かっているのか。はやてが一番難しいと思っているのは、シグナムの格好だ。

 ヴィータはゴシックロリータ調、シャマルはフォーマルドレス調、ザフィーラは甚兵衛と、似合いそうな方向性をささっと提示したはやてであるが、シグナムだけは方向性の時点で迷走したのだ。

 その最大の理由は、外見と中身のミスマッチだ。……オレが言うな? バカを言え、オレは言葉遣いがアレなだけで、中身は普通に女の子だよ。

 見た目だけで言えば、こいつは麗人だ。スタイルもよく、可愛らしい格好をして表情を取り繕えば、声をかけてくる男性で笛吹き状態になれるだろうと推測できる。

 だが、中身が雄々しい。おっぱいお化けのくせに、男よりも男らしい。何せ恭也さんと獰猛に笑いながらガチで斬り合えるのだ。そんな男らしい巨乳美人に似合いそうな正装なんて、パッと思い浮かぶわけがない。

 なんでもっと分かりやすい見た目と中身でなかったのか。言ってもしょうがないことだから言わないが、思ってしまう。こいつだけは剣道着でいいんじゃないか、と。

 

「ん? いまどんなかっこうでもいいって言ったよね?」

 

 何故かアリシアがシグナムの発言を拾い、視線鋭く奴を見る。そんな目で人を見るんじゃない。アリシアに脳筋が伝染ったら大変だろう。

 

「この国にぃ、こんなかっこう、あるらしいよ?」

「んなぁっ!?」

 

 ピッと付けられたテレビに映るのは、大相撲の中継。まわしのみで立ち合いを繰り広げる巨漢たち。アリシアが言いたいのはつまり、「こんな格好でも光栄なんだよね?」ということである。

 

「……あ、主! あの格好だけはご勘弁を!」

「するわけないやろ。シアちゃん、あんましシグナムをからかったらあかんで」

「ごめんなさーい。おもしろいはんのうしてくれるとおもったから、つい」

「っっっアリシアー!」

「キャハハハー!」

 

 アリシアが逃げ、シグナムが顔を真っ赤にして追い回す。あれで二人とも楽しんでいるようだ。

 先日の藤原凱の話で、「蒐集はリッターの使命ではなかった」と気付き、シグナムもまた切り離すことが出来たようだ。オレとの距離感は相変わらずだが、それでも八神家の一員として迎え入れられる程度にはなった。

 この、アリシアがシグナムをからかって走り回るというのは、数日の間に構築した彼女らなりのコミュニケーション方法だ。シグナムも自分から乗っている節がある。彼女なりに、日常に溶け込もうとしているのだろう。

 そうやって皆と上手くやろうとしているなら、特に文句を付けることはない。しいて言うならば、いい加減はやてのことを「主」と呼ぶのをやめろというぐらいだ。

 ザフィーラも「主」と呼ぶが、彼はペット的ポジションだから人前ではしゃべらないし、「はやて」と呼ぶように切り替えることは出来る。シグナムとは違うのだ。

 家の中をドタドタと走り回り、はやてから窘められる。ここまでテンプレ、だ。

 

「冗談は置いておいて、本当にどうする。出来れば明後日の日曜日には、ジュエルシード回収チーム-1と一緒に一度蒐集を試したいと思っているんだが」

 

 言い忘れていたが、今日は金曜日。オレとブランとシャマルはこれから翠屋のバイト(オレは"お手伝い")があるため、あまり長い時間話すことは出来ない。

 明日と明後日は、元々蒐集を試すためにシフトを空けておいた。オレと一緒に入ろうと日曜にシフトを入れていた宮藤(美由希の同級生)が絶望していたが、知ったことではない。

 稼ぎ時的な意味で貴重な休みを潰しているのだ。この際急場しのぎの騎士甲冑でもいいから、出撃できるようにしてもらわなければ困る。

 

「はやての体のためでもあるんだ。この先本番の騎士甲冑を作る機会はあるんだから、今は妥協してくれ」

 

 ちょっと卑怯な言い方になってしまったかもしれないが、彼女を思えばこそだ。……そろそろ時間だな。

 ギル・グレアムからのエアメールを封筒にしまい、フェイトに預ける。立ち上がり、ブランとシャマルとともに玄関に向かおうとしたところで。

 

「……せや! 一回皆で見たらええねん!」

 

 パンッと手を鳴らすはやて。キュラキュラと車椅子を回転させ、オレの方を向く。その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 そして彼女は、宣言する。

 

「第一回、八神家ウィンドウショッピング大会や! 明日の放課後、皆で隣町のデパートに行くで!」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 明けて土曜日。学校授業は午前中のみのため、家で昼食を食べてから隣町のデパートへ行く……のだが。

 

「「八神家ウィンドウショッピング大会」じゃなかったのか」

「誰も「八神家だけ」とは言うてへんで」

 

 さあ行くぞと玄関を開けたところで、いつもの5人衆が待ち構えていた。どうやらオレが席を外している間にはやてが誘っていたようだ。別にオレに隠れてやる必要はないと思うのだが。

 ……どうにも、何か企んでいる気がするな。あきらなぞ、ニヤニヤ笑いが隠せていない。

 

「何を考えている」

「べっつにー。ヴォルケンリッターの邪魔はしないって。わたしらはわたしらで、ショッピングするのよ」

「そういうことを聞いているんじゃないんだが……まあ、いい」

 

 あきらに関しては、妙なことをしたらアームロックを仕掛けてやればいい。彼女との間に遠慮の二文字は存在しないのだ。

 他の連中は……あきらほど警戒する必要はないだろう。しいて言うならば亜久里だが、平時の彼女ならば軽くあしらえる。彼女が恐ろしいのは怒ったときだ。

 

「隣町なんて滅多にいかないし、あたし達も行きたいよねー」

「ご、ごめんねミコトちゃん。一家の団らんにお邪魔しちゃって……」

「気にするな。そもそも今日の目的は団らんとは程遠い。一応、はやての足関連の延長ではあるからな」

 

 延長距離がかなりあるが。幅跳びでは届かない距離だな。

 むつきがこの様子なら、もし亜久里がうろちょろしても面倒を見てくれるだろう。あとは、田井中とはるかだが……。

 

「さあシグナムさん! 今日こそレヴァンティンを見せてもらうよ!」

「かんねんするのだー、シグナム!」

「だから見せんと言っている! この間ヴィータがグラーフアイゼンを見せていただろう! それで満足しろ!」

「機構が原始的でカートリッジシステム以外にめぼしいところなかったんだもん! その点シグナムさんなら、炎熱の変換資質あるし!」

『...』

「げ、元気出せよアイゼン! あたしは頼りにしてるからな!?」

 

 相変わらずデバイスが絡むとぶっ飛んでいるな。田井中はアルフをもふもふして現実逃避していた。

 

 ――はるかの発言に出てきた「カートリッジシステム」だが、ベルカ式のアームドデバイスに装備されている、魔力の拡張機構だそうだ。ミッド式デバイスとの違いの一つだ。

 予め魔力を溜めこんでおいた「カートリッジ」と呼ばれるもの(見せてもらったが、まるで薬莢のようだった)を「ロード」することによって、自身の魔力以上の出力を可能にするシステムだ。

 ここだけ切り取れば簡単にパワーアップ出来る素晴らしいシステムに思えるが、常以上の力を出せば歪が発生するものだ。デバイスにかかる負荷と、慣れていないと体にかかる負荷も無視できないらしい。

 それでもベルカ式なら実用レベルでの運用が可能らしいが、ミッド式との相性はよくないとのことだ。これについてオレは、「溜め時間と最大出力の差」と推測している。

 ベルカ式は直接攻撃や即時攻撃が主体であるのに対し、ミッド式は遠距離から溜めての砲撃・射撃が主体だ。魔法発動から実攻撃までの時間は、ベルカ式の方が短い。

 ブーストした魔力を維持している時間が長く出力も大きい方が、負担が大きくなるのは当たり前だ。つまりベルカ式は、ブースト維持を短くすることによって、負担を軽減しているということだ。

 ちなみにこの話を魔導師とリッター、アリシアとはるかにしたところ、感心されてしまった。オレは傍観者の推測を語ったにすぎないのだが。

 

 閑話休題。はるかから悪意なくディスられたグラーフアイゼン(ヴィータのデバイスで、ハンマー形状のアームドデバイス。今は待機形態でペンダントになっている)が落ち込んだように明滅した。AIの芸が細かいな。

 まあ、アイゼンもレヴァンティンも、シャマルのクラールヴィントも、ある意味ヴォルケンリッターの一員だ。通常のデバイスよりもAIの感情表現が豊かなのかもしれない。

 

「はるかって、意外とデバイスマイスターの素質があるのかもしれないね」

「少なくともアイゼンが「原始的」と言える程度には見られてるらしいからな。だが、管理外世界においてはデバイスを使える人自体が少ないだろうな」

「あはは……そのうちリンカーコアがない人でも使えるデバイスを作っちゃうかもね」

 

 もしそんなことになったら、この世界が管理世界入りしそうで怖い。管理世界のしがらみに関わりたくない身としては勘弁願いたい。

 ともかく、警戒すべきはあきらのみ。彼女に好き勝手させなければ、特に問題なくウィンドウショッピングを終えられるだろう。

 ……考えてみると、ウィンドウショッピングのためだけに隣町まで行くのか。非効率だな。確かに大きなデパートではあるが、そこまでする必要はあるのか?

 いつぞやか、オレがファッション矯正をされた駅前の店でいいんじゃないだろうか。……とはいえ。

 

「ソワレ、デパート、たのしみ!」

「ここいらにはスーパーぐらいしかないからのう。わらわも年甲斐もなくわくわくしておるわい」

「ミステールちゃん、あなた0歳でしょう。……わたしもそうですけど」

 

 今から言うわけにはいかない、か。彼女らの楽しみに水を差すのは、オレも望むところじゃない。どうせ今日はシフトを外しているのだし、気にすることはないか。

 

「あまりグダグダして見る時間が少なくなってももったいない。そろそろ出発しよう」

「なんや、ミコちゃんも意外と楽しみにしとったんか?」

「……そうかもな」

 

 ニヤニヤしたはやての言葉に、オレは小さく笑って、肯定の言葉を返した。

 

 

 

 甘かった。チョロ甘だった。

 

「はい、ミコトちゃん! 次のお洋服はこれだよー!」

「まだまだミコっちに着せたい服はあるからねー! むーちゃん、パパッと着替えさせちゃってー!」

「う、うん! ごめんねミコトちゃん!」

「……はあ。今日はヴォルケンリッターの服を見る日のはずだろう。何でオレまで……」

 

 オレは学習能力のない阿呆なのだろうか? いやいや、そんなことはない。彼女らの行動力が無駄に成長しすぎていたのだ。

 デパートに着き、一直線に婦人服売り場へ。そこでオレは、唐突にあきらと田井中に羽交い絞めにされた。回避する猶予すら与えられなかった。

 ずるずると引きずられるように試着室へ放り込まれ、亜久里とはるかが持ってきた衣類と一緒にむつきを置いて行かれ、宥めすかされ着せ替えショーをやらされる羽目になったのだった。

 あまりに鮮やかな一連の手腕に思わず「ワザマエ!」と言いたくなってしまう。無論、皮肉である。この分でははやても共犯なのだろう。一体何をやっているのか。

 

「や、やっぱり嫌だった……?」

「嫌というわけではない。合理性が感じられないだけだ。……だから君が泣きそうになるな、こっちがいたたまれなくなる」

 

 若干涙目気味のむつきに、なるべく優しい声色となるように語りかける。以前のオレなら泣こうが喚こうが知ったこっちゃないだっただろうが、今のオレはそれを良しとしない。

 まだ彼女達を「友達」と呼べるほどの友情を持っているわけじゃないが、それでも感じてはいるのだ。知人以上友達未満、と言ったところか。

 それだけの繋がりを持っている相手が泣きそうなのを放置出来るほど、今のオレは非情になれないのだ。必要とあらばなれるだろうが、日常の中ではもう無理だろう。

 我ながら、甘くなってしまったものだ。

 

「とりあえず、ゴスロリは二度と着たくない。重いしゴワゴワするし、脱ぐのも一苦労だ」

「あ、手伝うよ」

 

 亜久里から「絶対似合うから!」と言われて渡された黒のゴスロリ服は、確かに似合ってはいたのだろう。ギャラリーの反応は上々であった。

 だが、オレが衣服に求めるのは、ファッション性を失わない範囲での動きやすさだ。最重要項目を潰してどうするという話だ。

 むつきに手伝ってもらって、ようやくという思いで上を脱ぐ。白のキャミソールのみとなり、肩が軽い。ふうと一息ついた。

 

「むつきも、オレの着せ替えには反対しなかったんだな」

「う、うん。迷惑かもしれないと思ったけど、やっぱりわたしも見たかったから……」

 

 少々凝った肩をほぐすためにグルングルンと肩を回す。何故かむつきの顔が少し赤くなった。

 

「み、ミコトちゃん! 胸、見えてるっ!」

「ああ、そういうことか。同性に見られて恥ずかしがるものでもないだろう。フェイトもそうだが、何故恥ずかしがるのかが分からん」

「女の子同士でも恥ずかしいものは恥ずかしいよぅ!」

 

 そういう種類の人もいるということか。覚えておこう。

 むつきの指摘を聞いて、はだけたキャミソールを直して胸を隠す。彼女は「はぅ……」と安心したようなため息をついた。

 

「もう……ミコトちゃんは可愛いんだから、あんまり無防備じゃ危ないよ。男の子の前でまでこんなことはしないでよ?」

「するか。さすがにオレだって男に見られたくはない。……あれは本当に嫌なものだ」

 

 一月ほど前のことを思い出してしまい、顔に血が上るのを自覚した。確かにあれのおかげで交渉はスムーズにいったのだが、出来ることなら二度と経験したくない。

 

「そ、そういえばクロノ君?に、着替え見られちゃったんだっけ……」

「しかも折悪く何も着ていない時にな。キャミソールを手に持っていたのが不幸中の幸いだ」

 

 彼には何処まで見られてしまったんだろう。映像取得位置がウィンドウ出現位置と同じだった場合、最悪全部見られている可能性も……考えるな、オレ。考えてはいけない。

 背筋にゾクッと走る寒気。上がキャミソール一枚だからとかいう物理的な冷たさではない。目の前のむつきから放たれたプレッシャーだった。

 

「……一度そのクロノ君とは、ちゃんとお話しなきゃね。女の子の裸を見るなんて、そう簡単に許されることじゃないよ」

「一応、既に二つほど要求を呑ませることで貸し借りなしにしているのだが……」

「ダメだよ! ミコトちゃんは可愛いんだから、そう簡単に許しちゃダメ! 付け込まれちゃうよ!」

「お、おう」

 

 何故だかむつきが熱い。これはちょっと説得の仕方が分からない。彼女がハラオウン執務官と顔を合わせる機会があるかどうかは分からないが……そのときは、彼の冥福を祈らせてもらおう。

 

 

 

「そういえばミコっち、ユーノから告られたってほんと?」

 

 またしてもごっちゃりした衣装だったため、田井中がヘルプに加わる。そんな折、彼女はそう尋ねてきた。

 瞬間、再びむつきからプレッシャーを感じたが、気にしないことにした。

 

「告白まがいだな。なのはあたりから聞いたか?」

「やがみんの誕生日パーティのときに、ミコっち達が散歩言ってる間にね。もう知らないのって、シグナムさんとザッフィーぐらいしかいないんじゃないかな?」

 

 ザフィーラはすっかり愛称で呼ばれることが定着してしまった。人型は美丈夫と言って差し支えない成人男性の姿なんだがな。

 しかし、オレは気にしないが、人の告白を本人確認なしに拡大するのはどうなんだろうか。まあ……今更か。

 

「そうだよね……あのフェレットもどきも、人畜無害そうな姿でミコトちゃんを油断させて……どうしてあげようか」

「田井中、むつきがダークサイドに落ちているんだが」

「ほっときゃ戻ってくるよ。もし戻って来なかったら、さっちゃんに任せりゃ大丈夫っしょ」

 

 まあ、むつきと亜久里はコンビみたいなところがあるからな。

 

「けど、言われてみればユーノの態度って割とあからさまだったよね。ジュエルシード回収お疲れ様パーティのときも、何かあればミコっちに話しかけようとしてたし」

「作戦がどうとかそんな話だったがな。あれが彼の精一杯の話題振りだったということか」

「まーヘタレだよね」

 

 バッサリといく田井中。だがそれが事実である。逆の立場ならば、オレも同じことを言っただろう。

 

「しかし、オレとしては一体どこでそうなったのか、皆目見当がつかん。最初の頃は、彼もビジネスライクな付き合いで割り切れてたはずなんだが」

「恋心ってのは割り切れないもんですよぉ。あたしは恋したことないけど」

「ダメダメじゃないか」

「ミコっちもしたことないっしょ?」

「……まあ、な」

 

 オレ達の中で恋をしたことのある女子と言ったら、勘違いでなのはがしたぐらいか。ああ、歳は離れているが美由希も実らなかったと言っていたな。

 

「そもそも8歳で恋だの何だの、マセ過ぎだろう。オレ達の方が一般的だ」

「んー、初恋は幼稚園の頃って子、結構いるらしいけどねー」

 

 その歳の頃はオレは孤児院だったし、ミツ子さんに引き取られた後も内職一辺倒だ。そもそも他者に向ける感情がほとんどなかった。

 田井中の場合、はるかとつるんでいて男には見向きもしなかったのだろう。亜久里はあの性格だし……むつきはどうなんだろう?

 

「むつきは、男子を好きになったことってあるのか?」

「……へぅ!? ど、どうしたの急に!?」

 

 今までダークサイドに落ちていたむつきが現実に引き上げられ、途端顔を真っ赤にする。

 おや? この反応は……。

 

「あるのか」

「おお、マジで!? こんなとこに甘酸っぱい話が転がっていたとは! やりますな、むーちゃん!」

「あぅっ! そ、そそそそそ、そのっ!」

「落ち着け。聞かれたくないのなら詮索する気はない。……その反応では自白したようなものだが」

 

 そういえばむつきはオレとはやての関係を邪推したこともあったな。つまり、そういうことだったようだ。

 オレは詮索しないと言ったのに、火の付いた田井中が根掘り葉掘り聞こうとする。

 

「で、いつなのよ、むーちゃんの初恋って!」

「い、いちこちゃん、やめてよぅ……」

「あまり深入りしてやるな、田井中。人には聞かれたくないことの一つや二つ、あるものなんだろう」

 

 オレにはないが。交渉のために隠すことはあっても、感情の問題で話さないということはない。まだオレが「違う」部分なのだろう。

 聞き出して誰が得をするわけでもない……いや、田井中の気分は満足するのかもしれない。コイバナは糖分と同様、女の子のエネルギー源だ。それはオレも分かる。

 だが、そのためにむつきが損をするなら割に合わないとオレは思っていた。のだが。

 

「そ、その……幼稚園のときに、わたし、トロかったからいじめられてて……」

「結局話すのか」

 

 「やめて」と言った割には、顔をにやけさせながら、むつきは話し始めた。何のかんの言いながら、彼女も話したかったようだ。

 ……まあ、オレのコイバナ(オレが恋をしているわけではないが)ばかり聞かれるのも不公平というものか。話すというなら、聞こうじゃないか。

 

「そのとき、助けてくれた男の子がいて……」

「その子に恋しちゃった、と?」

 

 ゆでだこのように顔を真っ赤にしながら、こくりと頷くむつき。頭から蒸気が出ているように見えるのは、さすがに気のせいだろう。

 

「で、で。告白とかしちゃってたり?」

「む、無理むりムリ! わたしなんか可愛くないから、しても断られてたよぅ!」

「そうか? さすがにフェイトのように文字通りの次元違いと比較することは出来ないが、君達もそう悲観する容姿ではないと思うが」

「さり気に親バカ入ってますぜ、ミコっち」

 

 知ってる。だが事実として、フェイトの容姿は5人衆と比べて何段階か上のレベルで整っている。ただの親バカと切り捨てることも出来ないだろう。

 それはそれとして、むつきも決して可愛くないということはないだろう。オレよりは大きいが、小柄な彼女の気弱な印象は、庇護欲をそそるものがある。思い切って告白すれば、チャンスはあるのではないだろうか。

 

「ちなみにその男の子って、海鳴二小?」

「う、ううん。学区は同じだったんだけど、聖祥に行っちゃったから……」

「ならばまだ縁は切れてないな。オレ達の知り合いには、変態だが聖祥に通う男子がいる。奴に取り次いでもらえば、会うことも可能だろう」

「あの変態かぁー。ミコっちも大変だよね。あれで魔導師だから、何かあったらミコっちはどうしても顔を合わせなきゃならないし」

 

 真面目モードのときはいいが、変態時は確かに気分的に重い物がある。忌避するほどのものでもないが。

 5人衆はあの変態との接点が薄いせいで「ただの変態」という印象しかないのだろう。実際に「ただの変態」ではあるんだよな、奴は。

 

「むつきにその意志があるなら、オレから話を付けるが。どうする?」

「……ううん。やっぱりいいよ。今更言ったって、向こうも迷惑だろうし」

 

 諦め顔で引く意志を見せたむつき。……無責任に何かを言うことは出来ないな。まだまだ感情に疎いオレでは、人間関係に口出しを出来るほどのノウハウはない。

 彼女がそう決意しているのならば、オレから言うことは何もない。そう思ってこの話を終わらせようとしたのだが。

 

「ダメだよ、ダメダメダメ! なに行動起こす前から諦めてんの! やらないで後悔するぐらいなら、やってから後悔した方がいいでしょ!?」

 

 田井中に火が点いた。彼女は自身の衝動に従ったようだ。

 

「い、いちこちゃん?」

「さっきのむーちゃん、完璧に恋する女の子だったよ! まだ好きなんでしょ!?」

「う、……うん」

 

 消え入りそうな小さな声ではあったが、はっきりと首を縦に振るむつき。最低でも二年以上は想い続けているのか。

 なのはのときも、勘違いではあったが、四年間だった。女の子の恋とは、一度火が点いたらそう簡単には消えないものなのか。オレにはまだ分からない。

 

「だったら、告白しなきゃ! オーケーもらえるならそれが最高! そうじゃなくても、決着つけなくちゃ次に進めないでしょ!?」

「い、いちこちゃん……」

「深入りする気はないが、田井中にしては理に適ったことを言っていると思う。君の意志がそうだというなら、彼女から勇気とやらをもらってもいいんじゃないのか?」

「ミコトちゃんも……」

 

 田井中の言葉ではまだ迷いの表情だったが、オレからの発言を受けた途端、むつきの瞳に強い意志が宿り始めた。……ここでもオレはリーダー扱いなのだろうか?

 彼女はパシッとオレの手を取り、決意を決めた。

 

「ありがとう、ミコトちゃん、いちこちゃん! わたし、やってみるよ!」

「その意気だよ、むーちゃん! へへ、さっすがミコっちだね!」

「オレとしては、君の功績を横からかっさらったみたいで、微妙な気分だよ」

 

 田井中曰く、「最後の一押しは自分じゃ出来なかった」そうな。まあ、オレの押し方は田井中とは逆方向だったからな。

 ともかく、むつきはその彼――剛田猛という少年に、三年越しの想いを伝えるそうだ。明日の蒐集実験の際に、変態に話を付けようと思う。

 

「まあ……やるというなら、オレからも激励しておこう。自分の気持ちに正直にな、むつき」

「うん! ありがとう、ミコトちゃん!」

 

 そうしてオレ達は、少し止まっていた着せ替えショーのための着付けを再開した。

 

「しかし、何でこんなものが置いてあるんだこの店は。買う人はいるのか?」

「ネタグッズじゃないの? それが普通に似合いそうなミコっちも大概だよ」

「でも、わたし達じゃ手に余りそう。お店の人呼んでくるね」

 

 結局、「ミニ十二単」なる衣装はオレ達だけでは着ることが出来ず、店の人に手伝ってもらった。途中まで着たオレを見たときの女性店員の呆けた表情が印象的だった。

 

 

 

 

 

 試着室から出ると、ギャラリー勢から感嘆の吐息が漏れた。既にある程度のイメージが出来ているヴィータとシャマルもギャラリー側に回っていた。ザフィーラは言わずもがな。

 隣の試着室が閉まっていたので、恐らくシグナムが入っていたのだろう。だから何だというわけでもない。今この場にいないのはシグナムだけだというだけのことだ。

 

「ほわー! やっぱミコちゃんの和服姿は最高やな!」

 

 携帯のカメラを起動し、シャッターを切るはやて。試着した服を撮るのはマナー的にどうかと思うが、デジカメじゃないだけマシか。保存用にする気はないみたいだし、まあ大目に見よう。

 

「黒髪ロングってのがいいよね。ミコトは和装をするために生まれてきたと言っても過言じゃないわ」

「過言だ。それなら、日本人のほとんどは髪を伸ばせば似合うだろう」

「ミコトちゃんは顔が純和風って感じだから、和服が映えるんだよー。ゴスロリもめっちゃ似合ってたけど」

 

 どっちなんだ。まあ、オレの顔が和風であるという意見には賛成だが。フェイトの洋風とは似ても似つかない顔立ちだ。

 そのフェイトだが、顔を真っ赤にしながらにやけていた。女の子がそんなだらしない顔をするんじゃない。

 

「えへへ……とっても可愛いよ、おねえちゃん」

「さすがは海鳴二小の美少女姉妹の片割れだよねー。シアちゃんが入学したら海鳴二小三大美少女の完成だよ!」

「アリシアもミコトおねえちゃんみたいにきれいになれるかな?」

「なれるなれる!」

 

 アリシアとはるかは親友と言ってもいいぐらいの仲になれたようだ。ちゃんとアリシアに友達が出来てよかった。留守番だけじゃ友達を作る機会が限定されるからな。

 視線を転じる。ヴィータが口をポケーっと開けて固まっていた。どういう反応だと問いたい。

 

「あらあら、ヴィータちゃんったら、ミコトちゃんが可愛すぎて処理落ちしちゃったみたいね」

「こんな仏頂面の何がいいんだか」

「ミコトちゃんは無表情でも可愛いですよ。これは真理ですっ!」

「「まことのことわり」と申したか。じゃが、確かに似合うておるぞ、主殿」

「ミコト、かわいい! ソワレも、おんなじの、きたい!」

 

 とてとて駆け寄ってきたソワレを抱き上げる。オレが似合うのなら、オレと同じ顔立ちのソワレも似合うだろうな。このサイズのはあるだろうか……って違う。

 

「シャマルとヴィータは試さなくていいのか。今日のメインは君達のはずだろう」

「まー実際シグナム以外の騎士甲冑はイメージ詰めるだけなんよね。それも大体終わったから、ギャラリーやっとるんや」

 

 つまり、今日のメインはシグナムとオレ、と。……何故オレが巻き込まれているのだろう。

 

「そらミコちゃん、そこに可愛い女の子がおったら着せ替えたいってのは、女心っちゅうもんやで」

「オレにはまだ理解出来ない類の女心だな。……シグナムが出てきたみたいだ、な――」

 

 彼女の使っていた試着室が開き、そちらを見て、オレは固まった。

 

 なんだ、これは?

 

「あ、あるじぃ……」

 

 顔を真っ赤にして服の裾をキュッと掴んでいる、女性陣最大の身長を誇る"剣の騎士"。彼女は、純白の衣装に身を包んでいた。

 レース生地を丹念に重ね、豪華なドレスに仕立て上げた珠玉の一品。それは、世の女の子たちの憧れの極地である。

 俗に「ウェディングドレス」と呼ばれるものに身を包んだシグナムがそこにいた。

 

「おー! シグナムも可愛いやん! なんや、意外とこういう方面も行けるな!」

「あ、主っ。ど、どうかお許しくださいっ! このような格好で戦場に立つなどっ……!」

 

 戦場に立つ予定はないのだが、この格好を騎士甲冑に使うのはさすがにないな。似合う似合わないで言えば似合っているのだが、何処の戦乙女だという話になってしまう。

 

「というか、この店はこんなものまで取り扱っているのか……」

「品揃えの豊富さが当店のウリですから!」

 

 オレの着替えを手伝ってくれた店員が胸を張る。シグナムが思いっきりはやてのことを「主」と呼んだが、特に気にしていないようだ。そういうプレイだと思っているのかもしれない。何でもいいか。

 普段強気のシグナムが顔を真っ赤にして若干涙目になっているのを、はやては楽しそうに弄っている。再起動したヴィータが大爆笑して、シグナムはさらに顔を真っ赤にして怒鳴った。

 本来の目的を外れている気がしないでもないが、中々に充実した時間を過ごしていた。

 

 

 

 それを打ち破ったのは、女性の悲鳴。

 

「どろぼー!!」

 

 全員が弾かれたようにそちらを見る。かなりの距離の向こう、サングラス・マスク・ニット帽といういかにもな格好の男が、身なりのいい婦人からバッグをひったくったようだ。

 何でこんな白昼の屋内でひったくりなんぞ、と脳内で突っ込みを入れつつ、オレは即座に指示を出す。

 

「アルフ、ザフィーラ!」

「おうよ!」

「承知!」

 

 人型となっている二匹は駆け出し、男を追う。……だが、距離が開きすぎている。人目があって魔法を使えないこの状況では、いかに彼らとて逃がさないのは困難を極める。

 そのための、次の一手。

 

「シグナム、当てろ!」

 

 ウェディングドレス姿のシグナムに、オレの衣装にオプションとしてついてきた扇子を投げ渡す。既に意識が戦闘モードに移行していたのだろう、オレの意志は正確に彼女に伝わる。

 手の中で扇子を回転させて持ち替えながら、大きく後ろに引く。体を弓のように引き絞り、戻す反動で扇子が矢のように解き放たれた。

 

「ゲペッ!?」

 

 それは過たず逃げようとする男の後頭部に命中し、大きくつんのめる。さすがに弾が軽すぎるため、気絶させるには至らないが……時間は十分に稼げた。

 シグナムが稼いだ時間でアルフが男に追いつく。彼女の拳が男の顔面を殴り飛ばし、バッグが宙に投げ出された。後続のザフィーラが落とさずキャッチ。

 そのまま男はアルフにタコ殴りにされ(さすがに哀れだった)、最終的に警備員にしょっ引かれたのだった。

 

 なお、犯行の動機は「金をたくさん持っていそうで衝動的にやった、今は反省している」だそうだ。あの格好も、店にあるものを適当に拝借したものだったらしい。品揃えが良すぎるというのも考え物だな。

 

 

 

 

 

 シグナムが投擲した扇子は壊れてしまっていたため、オレが買い取ろうとしたところ、助けた婦人がお礼をしたいと申し出てきた。

 婦人は近所の会社の社長をやっているらしく、ひったくられた鞄の中の財布にはそれなりの額の現金が入っていたそうだ。オレ達のおかげで全く被害がなく済んだのでお礼を、ということらしい。

 そういうことなら断る理由はなく、扇子の代金だけ支払ってもらおうとしたところではやてが一声。ミニ十二単と、シグナムに着せたウェディングドレス(のような衣装)も購入してもらうことになった。

 ……正直、両方とも使う機会はないと思うんだが。ミニ十二単は着るのが大変だし動きづらい。ウェディングドレスもどきも、シグナムは二度と着たくないようだ。

 が、はやてのことだ。必ずどこかのタイミングで着させてくるんだろう。半ば諦めの境地で、オレも首を縦に振ったのだった。

 

 その後、デパート内で軽くウィンドウショッピングをして(ヴィータが呪いうさぎなるぬいぐるみを気に入ったため購入した。これではただのショッピングだな)、本日は解散となった。

 はやても、三人の騎士甲冑はほぼイメージが決まったし、シグナムもいくつかの案が出たようだ。それなりに成果はあったか。

 

 帰り道、シグナムがオレに話しかけてきた。

 

「……先ほどはつい貴様の指示に従ってしまったが、勘違いするなよ。私は貴様を認めたわけではない」

「勘違いも何も、あそこで動けなかったら貴様の評価を下方修正しただけだ。想定通りに動いてくれたよ」

「減らず口を。……まあ、私も、即座にザフィーラとアルフに指示を出した貴様の判断は、評価している」

「ちゃんとオレの話を聞いていたか? 想定通りと言っただろう。オレから貴様に対する評価は変わらんよ。有事に動かせるというだけだ」

「貴様っ、褒めてやっているのだから素直に返せんのか! ええい、少し見直したのが間違いだった! やはり貴様は認めん!」

「自分で最初に言った言葉も忘れたのか。そんなことは知っている。何度も同じことを言うのは阿呆の証拠だぞ」

「そこに直れェ! 今日という今日こそ、レヴァンティンの錆にしてくれるわ!」

「二人ともええかげんにしぃ!」

 

 大体、いつも通りの光景だ。




ヴォルケンリッターの騎士甲冑は、バタフライエフェクトの影響下にあるため、原作とは異なるものとなる可能性が高いです。特にシグナム。
ミコトが和装を手に入れましたが、使う機会って来るのかな……? いつか日常会でどうでもいいタイミングで使いそう。本筋には絡まないでしょう。

オリジナルモブの再利用。むーちゃんの好きな剛田君は、ガイ君とド突き合いをしている剛田君です。下の名前は「たけし」ではなく「たける」です。
彼女の告白話を作る予定は特になかったんですが、流れで作ることになりました。どうしてこうなったし。
なお、4~6歳で初恋をする女子は25%程度だそうです。男子は21%程度で、やっぱり女子の方が早熟みたいですね。

『そう簡単に』『二人が和解すると思った?』『甘ぇよ』

『だがその甘さ』『嫌いじゃないぜ』

(和解するとは言ってない)


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二十八話 蒐集

まさかの微戦闘回。まあ微でしかないですし、相手はただの畜生です。


 日曜日。本日は翠屋のバイト、もとい"お手伝い"をお休みし、闇の書――まだ「闇の書」でいいだろう――の蒐集実験を行う。

 藤原凱の話によれば、これではやてに対して起こっている魔力簒奪が緩和される可能性があるということだ。もしかしたら、闇の書修復の前にはやての足が動くようになるかもしれない。

 そう思うと気持ちが逸るのを自覚する。氷の精神で自制し、冷静に本日のミッションを確認する。

 

「今日の目標は、最初の1ページを完成させることだ。それで緊急の事態が回避されるならよし、ダメならば今後もう少し蒐集量を増やす」

 

 八神邸の庭に集まったジュエルシード回収メンバー改め、闇の書復元チーム。構成は、前メンバーから不在のユーノを除いたものに加え、ヴォルケンリッター全員。彼らに向けて、口頭で最終確認を行う。

 闇の書を闇の書のまま完成させるわけにはいかない。それをしてしまうと、はやてが気合で防衛プログラムを切り離すという無茶に挑戦しなければならなくなる。

 今は0ページであり、闇の書は全666ページ。すぐに埋まるということはありえないが、それでも蒐集量が少ないに越したことはない。安全面でも、労力面でも。

 

「再三になるが、対象の命に関わるレベルでの蒐集は極力避けること。不要な殺生をすることはない」

 

 これに関してはヴォルケンリッターも全面的に賛成している。そもそも彼らは殺戮者ではない。本来は「書とともに在る者」、それだけなのだ。

 オレにしても同じだ。必要とあらば殺人すら厭わないオレだが(もっとも、その前に恭也さん辺りに止められるだろうが)、常時ならば虫などに対する殺生も可能な限り避けている。不要なことはしないのだ。

 

「蒐集場所は、第57無人世界「ビリーステート」。フェイト、説明を」

「はい。第57無人世界「ビリーステート」は、草原と森と豊かな水源が広がる無人世界です。魔力要素も一定量存在する世界であるため、小型の魔法動物が多数確認されています。中型も少数いますが、大型は未確認です」

「……小型から中型、か。1ページだけとは言え、結構な数を集めることになりそうね」

 

 水色のパーティドレス風の騎士甲冑に身を包んだシャマルが、思案しながらそうつぶやく。……何処が騎士甲冑なんだという突っ込みはなしだ。魔力で防御する以上、見た目はほぼ飾りだ。

 シャマルの懸念に対し、ヴィータが鼻息荒く一蹴する。彼女は鮮やかな赤色の、飾り気の少ないゴシックカジュアルだ。オレが普段着ているのをショートスカートにした感じだ。

 

「関係ねえ! 数が必要なら、そんだけ集めてやるだけだ! 力ずくでな!」

「余計な殺生はなしだ、ヴィータ。意気込むのはいいが、力加減は間違えるな」

 

 濃緑の甚兵衛を着たザフィーラが、ヴィータを諌める。イロモノ揃いの騎士甲冑の中で、彼もある意味イロモノではあるものの、色合いのためか落ち着きがある。

 ヴィータのかじ取りは彼に任せるのでいいだろう。そもそも彼はヴォルケンリッターの、ひいては八神家の保護者的ポジションを取ることが多い。オレが何も言わずとも、上手くコントロールしてくれることだろう。

 さて。ここまでヴォルケンリッターの騎士甲冑(仮)を見てきたが、まだまだ検討段階ではあるが似合わないということはないだろう。さすがはオレのファッション力を矯正したはやてである。

 ……が。最後の一人。"剣の騎士"シグナム。彼女は、騎士からサムライにジョブチェンジしていた。

 

「行ってまいります、主。必ずや、あなたのご期待に沿える戦果をお約束致します」

「あはは……我ながら凄いもん作ってしまったで、ほんと。和洋折衷や」

 

 はやての言が全てを物語っていた。えんじ色の外套に、純白の袴。ミスマッチながら美貌の力技で似合わせているサムライナイトは、相変わらずの所作ではやてにひざまずいていた。

 ちなみにこれは第二案である。第一案は、昨日デパートで購入したウェディングドレスもどきをモチーフにしたドレス型甲冑だった。シグナムが真っ赤になってしまい身動きが取れなさそうだったので、こちらとなった。

 

「この国の騎士装束をいただけた。至上の光栄です」

「間違ってはいないのだろうが……いややはり間違っているな。早急に次の案を頼む」

「せやな。皆を待っとる間、ブランとシアちゃんと一緒に考えとくわ」

「な、何故なのですか、主!?」

 

 この国にかつていたと言われている戦士の装束を、シグナムは大層気に入っているようだが、この国に生まれた者として、このミスマッチを許容するわけにはいかない。修正が必要だ。

 だがまあ、今日はあくまで仮甲冑だ。全員このままで行く。

 

「ヴィータちゃんの格好、可愛いの!」

「そ、そうか? ミコトっぽい格好だし、あたしには似合わないかなって思ってたけど」

「そんなことないの! とってもとっても、似合ってるの!」

「……へへっ。ありがとな、なにょは!」

「なのはなの!?」

「まあ、少しコスプレ感はあるが……皆よく似合っていると思うぞ。いい騎士甲冑だ」

「ありがとうございます、恭也さん。わたしのは、ちょっと前に出るのが躊躇われる格好ですけどね」

「シャマルが前衛に出る必要はないだろう。俺とシグナムの二人がいれば、十分だ」

「……心強いです、本当に」

「恭也さんがまたフラグを立てようとしてる件。ザッフィーは「オトン」って感じだな。そのまま日常生活できそうだわ」

「常在戦場、ということか?」

「そういうわけじゃないけどさ。一度その格好でその辺歩いてみると分かるんじゃね?」

「むぅ……」

 

 ……意外とこのまま本決定になってしまいそうだ。但しシグナム除く。

 手を打ち鳴らし、もう一度皆の意識をこちらに向ける。本格的な戦闘はないだろうが、それでも遠足に行くわけではないのだ。

 

「連絡手段はいつも通り、ミステールによる念話共有だ。リッターは初めてだから説明しておくが、魔導師・非魔導師問わず、常時念話会議を行えると考えておいてくれ」

『戦場におけるわらわの唯一と言っていい存在意義じゃの、呵呵っ』

『謙遜しちゃダメだよー、ミステールちゃん。ボクなんて、空飛ぶための風を起こすことしかしてないんだから』

『エールも、けんそん、ダメ。ミコトの、やくに、たってる』

 

 当然ながら、オレはフル装備だ。既にソワレを闇夜の黒衣として纏い、ミステールのブレスレットをはめ、エールを顕現させて手に持っている。

 肩に乗る、八神邸との連絡役を担うもやし1号が、召喚体の皆に説いた。

 

『各々出来ることが違うのである。我らが成すべきことは、全力をとして女王様のお力となること。悲願を果たすべく、我らは生まれたのであるぞ』

『もやし、いいこといった。えらい』

『そうじゃな。主殿の悲願は、もう目前なのじゃ。わらわも力になりたいと、心の底からそう思うぞ』

『そういうことだね。ボクは最後までミコトちゃんの"翼"になるよ』

「……そうやって感動させてオレの涙を見ようという魂胆だろうが、甘い」

 

 「ちぇー」とわざとらしくくちばしを尖らせるエール。それでも……思いはちゃんと伝わってきたぞ。

 アリシアが、少し落ち込んだように見える。ブランは苦笑しながら彼女を宥めた。恐らく、自身も召喚体であるにも関わらず、何もできないと思っているのだろう。

 オレは、オレに出来る一番優しい微笑みを浮かべ、アリシアの頭を撫でた。

 

「はやてとブランと一緒に、オレ達の帰る場所を守っていてくれ。それが、オレが君に望むことだ」

「ミコトママ……、……うんっ。おるすばんしてるから、早くかえってきてね」

 

 アリシアの頬にキスをする。立ち上がり、ブランを見上げる。彼女は任せろと言うように頷いた。

 これで伝えるべきことは伝え、やるべきことは成した。振り返り、フェイトとアルフ、そしてシャマルの三人に指示を出す。二人から魔力供給を受けたシャマルが、大きなベルカ式の魔法陣を展開した。

 青緑色の巨大な転送陣の中に、皆で入る。これだけの大きさなら、もう数人を一緒に転送することも可能だろう。そんなことを考えている間に、転送が開始される。

 光に包まれる中、オレは魔法陣の外に佇む三人を――そしてはやてを見て、言った。

 

「行ってきます」

「行ってらっしゃい。皆、怪我とかせんようにな」

 

 そうしてオレ達は、第97管理外世界から姿を消し、緑溢れる無人世界へと転移したのだった。

 

 

 

 

 

 第57無人世界「ビリーステート」。比較的安全な無人世界であり、ミッドに住んでいたころは、フェイトとアルフもリニスに連れられてよく利用したそうだ。

 まさに最初の一歩を踏み出すにはうってつけの場所だった。

 

「んー……空気が綺麗なの」

「人間の文明が存在しない世界だからなぁ。川の水とかそのまま飲めるんじゃね?」

「やめておけ。工業汚染の心配はないだろうが、寄生虫や細菌の問題はある。飲むなら煮沸消毒してからにしろ」

「……ミコトちゃん、風情がないの」

 

 風情を重視して病気になったら意味がないだろう。せめて飲める水かどうかチェックしてからやれ。

 それに、オレ達は遠足やハイキングでここに来たわけではないのだ。

 

「シャマル、近くに魔法動物の反応は?」

「……ないわね。転送の気配を感じ取って逃げたのかしら」

「ここいらの奴らは、個体が弱い分警戒心が強いんだ。ちゃんと魔力を隠ぺいしないと近付くことも出来ないよ」

 

 ここに来たことがあるアルフは、動物的感覚で理解しているようだ。となると、簡単に捕獲を行える可能性が高いのは、オレと恭也さん、それからアルフも出来るようだ。

 シャマルは、魔力を隠すこと自体は出来るが、本人がトロいので捕獲は無理。元々任せる気もないが。

 

「ねらい目は、うさぎみたいな羊みたいな、二足歩行の魔法動物だよ。草食で大人しいから、捕まえるときに攻撃される心配もない。あたしは「モコモコなやつ」って呼んでる」

「そういえば、アルフは勝手に狩りをしてリニスに怒られてたね。……ちょっと、懐かしくなっちゃった」

 

 当時はあまりいい思い出がなかったと言っていたフェイトだが、それでもリニスは別だったのだろう。目の端に小さな涙の玉が浮かぶ。

 抱きしめてあげようかとも思ったが、彼女はすぐに涙を振り払った。……強い子に成長しているみたいで嬉しいな。

 

「他に注意すべき点などはあるか?」

「そうだね……あの岩山の方には近付かない方がいい。運が悪いと中型で気性の荒いやつが出てくる。そこまで強くはないけど、集団で来られると厄介だ」

「オレは特に注意すべきだな。ソワレの力で戦うことは出来るが、加減がきかない。ソワレも頑張ってはいるんだがな」

『……てかげん、むずかしい。ごめんなさい』

「謝るな。君が研鑽を重ねていることは、ちゃんと理解している。恥じることは何もない」

「ふふっ。優しいリーダーですね」

 

 相変わらずシャマルはその話題を引っ張るな。まあ、いい。

 「モコモコなやつ」は感知範囲は広いが逃げ足はそこまで速くないので、近付ければオレでも捕まえられるだろうということだ。

 

「今日のところは小型のみを狙うことにしよう。中型と遭遇したら戦闘を避けられない。この面子で敗北はないだろうが、わざわざ怪我をするリスクを背負う必要もない」

「賛成です。今日の目標は最初のページの完成、小型だけでも十分可能だと思います」

 

 極端な話をすれば、一匹を蒐集出来るだけでもいいのだ。ならば極小のリスクすら背負う必要はなく、セーフティの中で小動物と戯れればいいだけだ。

 とはいえ、どんなにリスクを減らしても、自然の中に出るというのはそれだけでリスクになり得る。それは忘れてはならない。

 

「最大の敵は遭難だ。恭也さん以外全員飛べるし、ミステールの念話共有もあるが、油断だけは絶対にしないように」

『了解!』

 

 全員から――シグナムからも。ブリーフィング中に私情を挟むことはしなくなったようだ――いい返事が返ってきた。

 

 基本方針の伝達は終わったので、次はチーム分け。今回の方針から、チーム人数は多くない方がいいので、基本はツーマンセル(但しアルフは単独)でミッションを行うこととする。

 闇の書を持つシャマルは蒐集係として基本は待機、都度転送魔法で移動することになった。必然的に、パートナーは飛行能力を持たない恭也さん。

 魔法動物に感知されない貴重な人員二人だが、移動面での問題であるのでしょうがない。それに、運よく近くに魔法動物が来れば、捕獲することも可能だ。

 本来のパートナーであるアルフが単独で狩りを行えるため、フェイトのパートナーとなったのはザフィーラ。使い魔を使役することに慣れているため、フェイトがザフィーラを上手く扱えるからだ。

 この二人は魔力隠ぺいの技術を持たないが、フェイトの機動性がある。上手く追い込むことが出来れば、ザフィーラがバインド等で捕獲することも可能だろう。

 次の組は順当に一番不安がある、なのはと藤原凱、プラスしてヴィータ。飛行魔法ならば運動音痴は出てこないだろうが、それでもトロいなのはにどれだけ出来るかが問題だ。

 彼女を藤原凱と組ませたのは、彼ならばなのはを上手く制御できること(逆ではない)と、彼のシールド魔法の応用性の高さを見込んでのことだ。なお、ヴィータは変態のお目付け役だ。

 そして、最後にオレとシグナム。なのは達とは別の意味で、一番不安だ。何せ、能力はともかくとして性格的な相性が最悪なのだ。だが、他を上手く活かすためには、この余り者ペアはどうしようもないのだ。

 魔力感知されないオレではあるが、正直捨石である。手を抜くことはしないが、戦果は一切期待していない。そもそもペアのシグナムには不向きのミッションだから、誰かは外れくじを引かなければならないのだ。

 本命はアルフの狩り、次にシャマルと恭也さんの待ち。フェイトとザフィーラがちょっと下に来て、かなり下になのはと藤原凱とヴィータ。そしてドベでオレ達という期待値だった。

 とはいえ、バカとハサミは使いよう。何事も工夫次第だ。

 

「それでは、散会!」

 

 号令一下、シャマルと恭也さん以外の全員が各々の方法で宙に浮き、バラバラの方向に飛んでいく。オレはエールの風を受けて、シグナムと並走した。

 余計な会話はなく空を行く。遠くの方で木々がガサガサなっているから、シグナムの魔力に当てられて逃げている魔法動物がいるのだろう。

 

「……こっちから回り込むぞ」

「何故だ。真正面から行けばいいだろう」

「正直言って、オレ達での捕獲は無理だ。貴様の気配が大きすぎて逃げられる。逆にそれを利用して、他のチームがいるところに誘導した方が効率がいい」

「くっ……了解」

 

 端的に客観情報のみを伝え、シグナムは苦虫をかみつぶしたような顔で指示を聞きいれた。確かあっちの方向にはアルフがいたはずだ。

 大きく迂回するようにシグナムを従えて飛ぶと、木々のざわめきが意図した方向に移動する。ほどなくして、アルフから全体共有の念話が届く。

 

≪ゲットしたよ! モコモコなの三匹と、リスみたいなサル二匹! 大漁大漁!≫

≪そこから動かないでね。座標を特定したから、今から転移します。さ、恭也さん≫

≪ああ。お手柄だな、アルフ。それと、ミコトとシグナムもな≫

 

 ……恭也さんはオレ達がアルフがいる方に追い込んだことに気付いているのか。どうやって把握してるんだ。

 

「ふっ。さすがは我が好敵手だ。分かっている」

「調子に乗るな。貴様一人で突っ走ったらこうはなっていなかったと肝に銘じておけ」

「ぐっ。わ、分かっている!」

 

 褒められて調子に乗りかけるシグナムを律する。オレへの対抗心でいつ暴走しないとも限らないから、コントロールに神経を使うのが難点だな。

 しばしあって、シャマルから蒐集完了の通信が入る。

 

≪今ので大体1行です。闇の書は1ページ当たり30行ですから、これを30回繰り返せば1ページ埋まるはずです≫

≪リスザルもどきの方が魔力は多いようだが、無理をして捕まえようとするな。あっちはかなり動きが素早い。羊もどきを捕まえるのが無難だ≫

≪了解。今モコモコなのを見つけたから、ザフィーラの方に追い込んでる。バインドの準備は大丈夫?≫

≪案ずるな。そちらこそ、追い込みのルートを違えるなよ≫

≪ふぇぇ、皆行動早いの……なのは達も頑張らないと!≫

≪焦んなよー。俺らは俺らのやり方でやりゃいいのよ。な、ヴィータちゃん≫

≪あたしに振んな、変態。つーか……チーム力高ぇな、お前ら≫

≪そりゃ俺らには「最高のリーダー」がついてますから。な、ミコトちゃん?≫

≪オレに振るな、変態≫

 

 全員、特に混乱なく念話共有を行えているようだ。順調だな。

 やはりと言うか、なのは達の組が悪戦苦闘しているようだ。あの組は藤原凱が意外性を発揮できるかどうかにかかっているから、しょうがないと言えばしょうがない。

 だが、彼らが結果を出せずとも、チーム全体で結果が出ればそれで良いのだ。

 

「オレ達はアルフのサポートを続けるぞ。彼女のところが、一番余裕がある」

「そのようだな。……しかし、ヴォルケンリッターの将たる私が、こんなに楽をしていていいのだろうか。もっとやるべきことがあるのでは……」

「それは思考の罠だ。何でもかんでも労力を払えばいいというものではない。少ない労力で最大の効果が出ているのだから、これが最適だ」

「……むぅ」

 

 やはりシグナムは、納得していないようだった。

 

 

 

 2時間ほどが経過し、一旦集合をかける。最初に転移してきた見晴らしのいい丘に戻ってきた。

 これまでの戦果は15行強。羊もどき150体分相当だ。アルフがリスザルもどきをほどよく狩ってくれたので、実際に狩った総数で言えば100体には満たないだろう。

 だが、2時間だ。古強者であるベルカの騎士たちや御神の剣士はまだまだ余裕だろうが、なのはの集中力の限界は近そうだった。

 

「……なのはは一体何を落ち込んでるんだ」

「苦労して捕まえた一匹に入れ込んじゃったみたいなんだ。さっきからずっとこんな調子だよ……」

「うぅ……うちで飼いたかったのに……」

 

 ヴィータに慰められているなのはは、それでも涙目だ。住んでいる世界が違う以上、如何に彼女がそれを望んでも、無理矢理連れ帰るのは筋が通っていないのだ。

 もっとも、飼いたかったという気持ちは分からないでもない。オレも一度眠っている羊もどきを捕獲することが出来たが……あの抱き心地は、癖になる。

 

「だが、第97管理外世界で生存できるかは分からないだろう。ユーノのように魔力要素が適合しないという例もあった。加えて彼らは種族も違う。君の都合で連れ帰って、彼らを不幸にする結果もあり得る」

「……分かってるけど~」

 

 理屈ではないのだろう。なのはがオレが言った程度のことを考えられないとは思わない。既に考えて、それでも自分を納得させられないのだろう。

 ……こういう場合に説得をするのは、オレではなくはやての役目だった。オレは気持ちが分からないから、それを想像して訴えかけるということが出来ない。

 だが……今のオレならば、どうだろうか?

 

「……そうだな。今度、うちに来い。ソワレなら羊もどきの姿を再現することも出来るだろう。それで我慢してくれ」

「ミコトちゃん……ミコトちゃーん!!」

 

 オレに抱き着き胸に顔をうずめてくるなのは。これは、上手くいったと取っていいのか?

 体を震わせる少女の頭を撫で、保護者(藤原凱)に確認を取る。どうやらOKのようだ。まったく……手のかかる"友達"だ。

 

「勝手に決めてしまって悪かったな、ソワレ」

『だいじょーぶ。ソワレも、ためしてみたい』

「そうか」

 

 気を利かせてくれたか。……本当に、よく育ってくれている。母として誇らしいよ。

 

「……小型なら楽かと思ったけど、割ときちーな」

 

 ふうと大きく息を吐き出す藤原凱。恐らく、体力的な意味で一番余力がないのは、彼だろう。

 彼の飛行方法は、以前開発した飛行シールド「ドニ・エアライド」。ちなみにドニ(ドーニー)とは帆船の種類だそうだ。何故ドニなのか、オレは知らない。

 これはシールドに操作プログラムを付加し、それに乗って「無理矢理空を飛ぶ」という代物だ。制御も魔力消費も、通常の飛行魔法と比べて効率が悪い。

 それが、なのはと同程度の魔力量を持ちながら、ここまで余力の差が発生した理由だ。彼の方は気持ちが切れていないようだが、もう30分も動けば限界だろう。

 とは言え、彼らのチームは2時間かけて羊もどき1体だ。今回は藤原凱の意外性を発揮することが出来なかったようだ。

 先に第97管理外世界に戻って待機してもらうという選択肢もなくはないのだ。……まあ、彼らの性格を考えたら、首を縦に振るとは思えないが。

 

「弱いなら捕まえるのも楽だと思ってたけど、そりゃ逃げるよな。そこまで考えてなかった……」

「うむ。我々にはこういった作業は向かん」

「それはオレも思ったことだが、胸を張って言うことではないからな?」

 

 何故か偉そうなシグナムに突っ込みを入れておく。とは言え、オレが有効活用したことによって彼女の存在は結構大きな成果を出している。

 2時間で15行を蒐集出来たのは、アルフがリスザルをそれなりに捕まえられたからだ。だが、それを助けたのは間違いなくシグナムの"威圧"。

 彼女一人ではそんな器用な真似が出来るわけもないが、彼女がいなければオレには出来なかったこともまた事実。実に腹立たしい。

 

「でも、安全に蒐集を行うことが出来ています。このやり方は正解だったと思うわ」

「ああ、やはり危険は少ない方がいい」

 

 移動能力に劣るシャマルと恭也さんではあるが、実は結構働いていたりする。蒐集作業もそうだし、転移先でまだ近場に残っている動物がいた場合、恭也さんが気配を探って捕まえたそうだ。恐るべし、御神の剣士。

 フェイトとザフィーラも、フェイトが追い込みザフィーラが設置型バインド(ミッド式とは違うらしいが、オレは詳しく知らない)を使って捕獲することで、結構な数を捕まえている。

 

「怖がらせちゃってるのは、少し申し訳ないね」

「フェイトは優しいねぇ。いいんだよ、あいつらにとっては「食われなきゃ儲けもの」なんだ。野生ってそういうもんだよ。ねえ、ザフィーラ」

「……俺は自然の狼ではない。聞かれても困る」

 

 元が野生の狼から使い魔になったアルフと、元々守護騎士プログラムの一部として生み出されたザフィーラでは、バックグランドが大きく違う。共感は出来ないだろう。

 アルフの方もそれを分かっていて、冗談のつもりで振ったようだ。狼の姿のまま、カラカラと笑う。

 ……余裕があると言っても、やはり全員疲労しているな。オレも、飛行はソワレとエールに任せているとは言え、考えたり体を動かしたりはしている。それなりの疲労を感じていた。

 

「シャマル。この状況で、闇の書の魔力簒奪の変化を調べることは出来るか?」

「ええ。……初めの頃より弱まってはいると思う。けど、やっぱりそう簡単に止まってくれるほど都合はよくないみたいね」

「そんなご都合展開が現実で起こるなら苦労はしない。やはり、文字通りの「延命」でしかないか」

「まだ分からんぞ。蒐集量を増やしてみれば、意外と止まってくれるかもしれん。目標の1ページには届いていないではないか」

 

 脳筋が何か言っている。だが、それでもそう都合よくいくとは思っていない。根拠は、藤原凱が語った「作品の世界線」での話だ。

 かの世界では、秋頃に蒐集を開始し、現状よりも完成に近い状態になったにも関わらず、冬に魔力簒奪が止まっていなかったのだ。

 となれば、出来ることはあくまで「弱めること」であって、完全に止めるには闇の書の修復を完遂するしかないのだ。

 

「それでも弱まっているなら無意味ではない。今ならはやてに抵抗力を付けさせることも出来る。それが出来れば、緊急の事態は当面回避出来るはずだ」

「……そうね。なら、今日はもう終わりにする?」

「余力のある者もいるが、限界が近い者もいる。ここは限界の方に合わせるのが正解だ」

 

 それに、本当に限界までやって帰りの転送の魔力まで使い果たしたのでは目も当てられない。やはり、ここが切り上げ時だ。

 

 そう、考えていたのだが。

 

「待った。それならば、私に中型討伐をやらせてくれ。中型なら、そこまで数を集めずとも、1ページに届くはずだ」

 

 オレの言うことを聞こうとしないバカが、ここには一人いるのだ。

 はあ、とため息をつき、この騎士道バカに分かりやすいように説明してやる。

 

「貴様はここまでオレの話を聞いていたか? 1ページは目標であって、絶対条件ではない。少々のリスクすら取る必要はないんだ。既に結果が出ている以上、今日はもう蒐集の必要はない」

「だが、私には余力がありあまっている。中型の魔法動物程度には後れを取らぬ自信があるから言っているのだ。それに騎士として、目標を妥協することは出来ん」

「貴様の騎士道など知らん。そんな個人の主張でチーム全体に不利益を及ぼそうとするな。その程度の理解すらないのでは、ヴォルケンリッターの将が聞いて呆れる」

「……貴様、大人しくしていればつけあがりおって。まずは貴様から切り捨ててやろうか?」

「二人とも、やめなさい! もう、どうしてすぐケンカになるのよ!」

 

 ここまで互いに我慢してきた分、一気に険悪になり始めたオレ達の間にシャマルが立つ。睨み合いながらも、とりあえず止まる。

 ……こいつが切り捨てられる相手だったらよかったのだ。だが、はやてにとって大事な家族となってしまった今、オレの一存でシグナムを切り捨てることは出来ない。単独行動をさせるわけにはいかないのだ。

 それをこいつは、分かっているのか。分かっていないに決まっているか。何せ今も単独行動を取ろうとしているのだから。

 

「……私の力が、信用ならんのか?」

 

 オレのことを鋭くにらみながら、シグナムは尋ねかける。彼女にしては珍しく、怒りの感情からのものではなく、真摯な問いかけだった。

 

「戦闘力という意味では、魔法を行使すれば恭也さんに匹敵することから、信用はしている。だが、行動原理が単純すぎて危なっかしい。そういう意味で信用ならん」

「ならば、貴様が私の頭脳となれ。私に足りないものを、貴様が補え。……悔しいことだが、貴様の指揮は確かに効果があった。それをなかったことにするほど、私はものが見えていないわけではない」

「……オレは、適材を適所に配置しただけだ。指揮をした覚えはないが……そういう評価を受けることは、遺憾ながら多い」

 

 つまり、彼女は自身の思うところを抑え、現実を正確にとらえたということか。その上で、ヴォルケンリッターの将として自分を律し、オレに頭を下げて来ているのだ。

 さて、どうしたものか……。

 

「オレを動かしたいなら動かす材料を持ってこい、と言いたいところだが……確かに1ページを蒐集するという目標を達成することに意味がないわけではない」

 

 情に訴えたところで、オレには意味がない。オレは感情では判断しない。損得勘定、利害計算で行動する。それは今も変わらないのだ。では、中型を蒐集するメリットとデメリットは何だ。

 メリットは、今日の目標である1ページを達成できるということと、余らせたシグナムのリソースを有効活用できること。

 デメリットは、戦闘が予想され多少のリスクを背負うことになる。とはいえ、これ自体は非常に小さい。シグナムの実力を考えれば、無視できると言っていいレベルだ。

 だが、彼女を単独行動させると、予想外の事態――極端な例だが、現時点での管理局員との遭遇など――に対処できると思えない。そのためにオレが同行せねばならず、オレ自身が足手まといとなる可能性が存在する。

 このメリットとデメリットを並べ、どちらの方が大きいかだ。

 ……よし。

 

「許可する。但し、時間制限を設ける。30分。この時間が過ぎたら、成果を上げられなくても撤退する」

「分かった。それでいい。30分もあれば十分だ。私の手腕を見せてやろう」

 

 同行するのは、オレと、蒐集係のシャマル。他はここで待機してもらう。中型とは言え野生動物だ。あまり大人数で動いたら、警戒して出てこない可能性がある。

 

「すまないが、30分ほど帰るのを待ってもらえると助かる」

「だいじょーぶ! 気にしないで、ミコトちゃん!」

「シグナムとシャマルがいるから平気だと思うけど……怪我しないでね、おねえちゃん」

「俺が行ければよかったんだがな……そろそろ何か移動方法を考えた方がいいな」

「恭也さんがまた一つ人間を辞めようとしてる件。ま、こっちはこっちで人いるし、気にしないでやってきなー」

「シグナム、シャマル! ちゃんとミコトのこと守るんだぞ! ちょっとでも怪我させたら、承知しねーかんな!」

「ははっ、ヴィータもすっかりミコトっ子になっちゃったね。これ、はやてよりも大事に思ってるんじゃないのかい?」

「守護騎士としてどうかと思うが……きっと、平和である証なんだろうな」

 

 オレとシグナム、シャマルの三人は、皆とは一時別行動を取り、中型の巣になっているという岩山を目指した。

 

 

 

 

 

 草原と隣接した森の明るいイメージと打って変わって、岩山周辺は薄暗くジメジメしていた。入り組んだ地形のせいで日当たりが悪く、空気が湿っている。

 雰囲気の時点であからさまに「ヤバイのが出ます」と言っているようなものだった。……中型なのはいいが、毒持ちだったりしないよな。それはさすがに分が悪いと思うのだが。

 

「シャマル、周囲に生き物の気配は?」

「……います。シグナムに気付いているはずなのに、動こうとしていない。さっきまで捕まえていた動物たちとは、格が違うみたいね」

「だろうな。流れてくる空気に戦意が感じられる。中々好戦的なやつのようだな」

 

 戦闘狂の口の端が釣りあがる。騎士甲冑のサムライスタイルと相まって、レヴァンティンをぶら下げるその姿は完全に危ない人となっている。

 

『……ヤな空気だね。この感じ、ジュエルシード事件のときの暴走体みたいだよ』

 

 エールですら軽い調子を失って、警戒しながら辺りを探っている。どうやら、他に生き物はいないらしい。危険を感じ取って近付かないのか。

 歩を進めると、湿った地面に出来た水たまりが水音を立てる。……不快な感触だ。足元のぬかるみが、まるではがれた動物の皮のように感じる。ひょっとしたら、実際にそんなものが落ちているのかもしれない。

 それで悲鳴の一つでも上げられればさぞかし女の子らしいのだろう。あいにくとここにいる連中は無縁の話だな。

 

『……くうき、きもちわるい』

『お互い呼吸を必要とせぬ装備型になっていて助かったのぅ、呵呵っ』

 

 ソワレの言葉通り、空気に混じる獣臭さが増している。生臭さというか、鉄臭さの混じった湿った空気は、この環境が発しているわけではないだろう。源となる存在は、確実に近くなっている。

 そして。

 

 

 

「……どうやら、こいつがここの主らしいな」

 

 オレ達の前には、一匹の巨大な猪がいた。通常の猪を二回りほど大きくした、体毛が黒に近いこげ茶色の、濁った黄色の瞳を爛々と輝かせる、獰猛な獣。これが、中型。

 猪の口元はこびりついた茶色で汚れている。何度も何度も"食事"を繰り返して、落ちなくなった汚れだろう。羊もどきやリスザルもどきも犠牲になっているかもしれないと思うと、ちょっと嫌な気分だった。

 口からは鋭い牙が伸びており、ごふー、ごふーと生臭い吐息が漏れている。ここまで匂ってきて、ついつい顔をしかめてしまう。

 

「うぅ……わたし、こういうのちょっと苦手です」

「だろうな。君達の将は、むしろ得意そうだが」

 

 オレと同じように顔をしかめるシャマルであったが、対照的にシグナムは獰猛な笑み。そんなに暴れられるのが嬉しいか。

 

「中々の使い手とお見受けする。一つ、手合せを願おうか」

 

 伝わるわけがない戦前の礼儀。事実、猪の方は「御託はいい、早くやるぞ」と言わんばかりに身をかがめている。

 

 そして、猪の足元の地面が爆ぜる。巨体のくせに軽やかな動きで、シグナムに向けて突進してきた。

 彼女はそれを受けはせず、ひらりと身をかわす。オレとシャマルは、巻き込まれないように宙に浮いた。

 

「パワーバカな印象だが、腐っても魔力を持った動物だ! 物理攻撃だけだと油断するなよ!」

「無論! たとえ獣相手だろうと、礼を失するつもりは毛頭ない!」

 

 オレの言葉の意味は正しく伝わっているんだろうか? 不用意に突っ込んでカウンターなんか喰らうんじゃないぞと言っているんだが。……まあ、オレよりはよほど戦いに精通しているのだ。何も言うまい。

 再び突っ込んできた猪をかわし、シグナムは刃を振り下ろす。それは途中に発生した水鏡のような壁に阻まれ、弾かれる。奴の張ったシールドか。

 

「そうでなくては面白くない!」

「……君達の将は、どうやらミッションを忘れているようだ。これは後でお説教だな」

「あ、あはは……はあ。優れたリーダーではあるはずなんですけどね」

 

 あの女、完全に戦いを楽しんでやがる。そういうミッションではないだろう、これは。あくまで闇の書を1ページ埋めて、経過を見るというミッションだろう。何でいつの間にか戦いがメインになっている。

 ああ、この作戦を許可するデメリットを一つ見落としていた。即ち、「シグナムが戦いの興奮で本来の目的を忘れる」ということ。ちゃんと蒐集出来る程度には生かしておけよ、まったく。

 

「さて、万一の対策としてついてきたわけだが、この様子ならオレの出番はなさそうだな」

 

 さすがは"剣の騎士"。着物の裾を翻しながら敵の攻撃をかわし、シールドに阻まれつつも攻撃を重ねていっている。その攻防に危なげはなく、シールドもそう長くは持つまい。均衡が破れるのは時間の問題だ。

 そう思っていたら、猪の方もギアを上げてきた。空気の温度が下がる。

 

「これは……凍結の変換資質!? こんなレアな能力を、こんな猪が!?」

 

 変換資質・凍結。電気、炎熱に続く、確認されている最後の魔力変換資質だ。魔力の性質に冷気を付加し、水や空気を凍結させるという、強力にして凶悪な変換資質だ。

 熱力学第二法則に抗うこの変換は、それに伴いプログラムの複雑さも半端じゃないそうだ。そんな複雑なプログラムを予めリンカーコアにインストールされて生まれてくる人間も、多いはずはない。

 それを、目の前の中型魔法動物が行っているのだ。恐らくはこの個体固有の能力。シャマルの驚きも、むべなるかな。

 猪の足元の地面から凍り付いて行き、水たまりが凍り氷の刃を作り上げていく。なるほど、ここを住処にしているのはそういうことだったのか。

 それと……これだとオレ達も巻き込まれそうだ。

 

「シャマル、近寄れ。ミステール」

「はい、ミコトちゃん」

『魔力と夜の複合にしておくぞ』

 

 オレ達の周りをアメジストの魔力と宵闇が覆う。ミステールによる複合プロテクションだ。「夜」の属性が加わったこれは、通常のプロテクションの防御力に加えて、「黒いカーテン」の性質も持ち合わせている。

 猪が不細工に吼える。それに従って氷の刃が方々に向けて発射される。乱れ撃ちされた一部は、やはりオレ達の方にも飛んできた。

 氷の矢はプロテクションに刺さり、深く沈み込み、勢いを失ってポロリと落ちた。「夜」の柔軟性が加わっているため、威力を逃がすことが出来るのだ。これならば、そう簡単には破れない。

 オレ達の方は問題ない。シグナムの方は……全身から炎を立ち上らせ、迫る氷の刃全てを溶かし落としていた。

 

「美事な技だ! 獣ながら、賞賛に値する! さらば私も、我が力をお見せしよう!」

 

 レヴァンティンを目の前に掲げながら、通じているわけがない獣に向けて口上を垂れるシグナム。おい、やり過ぎるなよ、おい。

 

「レヴァンティン!」

『Explosion.』

 

 ガションと柄の部分に着いたカートリッジシステムが動き、薬莢を吐き出す。同時、レヴァンティンの刀身が炎に包まれ、余剰エネルギーがはるか森の上まで立ち上る。

 これが「カートリッジのロード」によるブースト。オレは最早、祈りに近い気持ちだった。どうかこのバカが非殺傷を切っていませんように。

 シグナムは、炎の刃を大きく後ろに引く。炎の筋が雷光のようなギザギザを描く。そして彼女は、解き放った。

 

 

 

「紫電……一・閃ッッッ!」

 

 一撃は、正しく必殺技。猪の作り上げた氷のフィールドを、圧倒的な熱量で溶かしつくし、炎の刃そのものが猪に直撃した。

 猪は……その巨体が嘘のように弾き飛ばされ、二回、三回とバウンドした後、ゴロゴロと転がり、岩肌に激突する。

 その衝撃で岩壁が崩れ、猪は細かな破片の中に埋もれてしまった。シグナムはそれを確認してから、血糊を払うかのように残り火を斬り消し、レヴァンティンを鞘に納めた。

 

「名も無き戦士よ。良い戦いだった」

 

 そしてたった今自分が屠った(シャマルに確認したところ、生命反応はあるらしい)猪に向けて、満足した表情で頭を下げた。

 今すぐ色々と突っ込んでやりたいところではあるが……とりあえずは、指示を出すか。

 

「シャマル。蒐集の前に猪を救助する。転送魔法で集合場所に戻って、アルフ、ザフィーラ、ヴィータを連れて来てくれ。その間に、オレはあの阿呆に説教をしておく」

「了解。……あれがシグナム最大の欠点よね、ほんと」

 

 シャマルが転送を開始したのを確認してから、オレはまずシグナムの後頭部に飛び膝蹴りを入れるところから始めた。

 

 

 

 

 

「貴様の頭は飾りか? つい数時間前のことも覚えていられないのか? オレは今回のミッションは何が目的だと言った? 答えてみろ、ええおい?」

「ぐっ……蒐集は出来たんだから、別にいいじゃないか……」

「誰が結果論の話をしろと言った。貴様の一撃で猪が絶命していた可能性だってある。ただの時間と魔力の無駄遣いになっていた可能性という意味だ。今回は運が良かっただけだと言っているのが分からんのか?」

「だ、だが! 互いに命を賭した戦いで手を抜くなど、騎士として恥ずべきことだ!」

「ミッションに自分の主義主張という名の私情を挟むんじゃないよ、このド阿呆」

 

 結論として、闇の書の1ページ目は無事に埋まった。凍結の変換資質を持つというだけあり、野生動物にしてはいい埋まり方をしたようだ。2ページ目も5行ほど埋まっている。

 ちょっとオーバーランした感じではあるが、まあ許容範囲だろう。結果的にシグナムは、一番の働きをしたということにはなる。なるのだが、他のリッター達からも刺すような視線が飛んでいた。

 

「ほんとにこのダメリーダーは……ミコトに迷惑かけてんじゃねえよ」

「騎士道も時と場合に寄りけりだろう。柔軟性が足りん」

「非殺傷を切ってなかったのがせめてもの救いよね。切ってたら、あれはあの時点でアウトだったわ」

 

 彼女の働きというのは結局のところ結果論でしかなく、彼女がやったことは「私情を優先して戦いを楽しんだ」というだけだ。それでは真面目にやった仲間から非難されようというものだ。

 多勢に無勢ではシグナムも強くは反論できず、こうしてオレからの説教をほぼ一方的に受けているというわけだ。

 「今回消費した合計1時間でどれだけのことが出来るのか」という説教に入ったところで、フェイトから静止される。

 

「その、そろそろお昼の時間だし、うちに帰らない? はやての様子も気になるし」

「……そうだな。いつまでもこれの説教に割いている時間はないか。フェイトに感謝するんだな、脳筋騎士」

「ぐぅ……今回は何も言えん」

 

 当たり前だ。これで口答えするようだったら、しばらく飯抜きにしていたぞ。守護騎士は飲食が必須ではないからこそ出来るお仕置きだな。

 ソワレの黒衣の内側、オレが着ている服の胸ポケットに入っているもやし1号を取り出す。

 

「そろそろ帰るとはやてに伝えてくれ」

『委細承知!』

「異世界間でも意識の共有が出来るって凄いわよね。どういう原理なのかしら」

「話してもいいが、君が理解出来るとは限らんぞ。オカルト方面だからな。それと、時間もかかる。先に転移を始めよう」

「あ、そうね。それじゃあふぅちゃん、アルフ。またお願いね」

「うん、任せて」

「はいよー」

 

 色々あったが、初回の蒐集実験は、一応、目標を達成することが出来たのだった。




無人世界の番号は適当です。名前はねつ造で、「ビリジアン(緑系の色の名前)」+「ステイト(州を意味する英語)」です。
登場した魔法動物のモデルは、羊もどきが「ルーンファクトリー」の「モコモコ」(羊的なモンスター)、リスザルもどきが「スローロリス」(実在の動物)、凍結変換持ちの猪が「ルーンファクトリー」の「クリスタルマンモス」(水属性のボス、氷山を発生させる能力を持つ)です。
いやぁ、世界ねつ造って難しいですね。何とかそれっぽくなるように書きましたけど、それっぽくなってるかは分かりません。けど今後もねつ造世界作らなきゃいけないんだよなぁ……(シグナムとの和解イベント用)

久々の指揮官ミコトでした。相変わらず自分はあまり動かず、皆をこき使って成果を出すスタイル。優秀な人材だからこそ出来る楽ですね。
まあミコトの場合、たとえ人材が優秀じゃなくても、正しく能力を把握して最高の結果を出せるように方針を決定しそうですがね。そんなことしてるから「最高のリーダー」とか呼ばれちゃうんだよ。
さりげなくヴィータがはやてよりもミコトに懐いています。ミコトとはやてと同じ時期に出会ってるし、二人とも可愛がってくれるから、一緒にいる時間が長い方に懐いちゃうのも仕方ないですよね。

次はいよいよグレアムおじさんとの対談……と行きたいところですが、その前にむーちゃんの告白イベントやらなきゃいけないんですよね。お楽しみに。


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二十九話 恋愛 転

今回はガイ視点です。

インターバル的な話だけど、多分こっちの方が本筋ですよね(アヘ顔)

この作品、二次創作としてはタイトルバイバイだろうし、情報の出し渋りのせいで一話だけ読んで「なんだこのオリ主(笑)は」ってなるのもしょうがないなと思いますし、それで低得点入れられるのは残念に思えても短時間で折り合い付けられるんですが、最後まで読んだ上での無言の低得点って意外と堪えますね(致命傷) まあ全て作者の実力不足が原因なんですが。
不屈の心はこの胸に、懲りもせずに続きます。

2016/01/13 20:27 あとがき修正。チーム3150ってなんだよ……。


 シャマルさんの転移魔法で第97管理外世界に戻ってきた俺達は、はやてちゃんとブランさん、アリシアちゃんの三人に出迎えられた。一応もやしさんもいたけど、こっちにいるのと「同じ」らしいから除外。

 

「おかえりー。……って、なんでシグナムはちょっと凹んでるん?」

「うぅ、あるじぃ……」

「結果的には活躍したが、概ねやらかした。察してくれ」

「あー……反省しぃや、シグナム」

 

 さすが「相方」って感じだ。ミコトちゃんの短い言葉で、はやてちゃんは言いたいことを理解したようだ。俺は、この二人のやりとりを眺めているのが、実は結構好きだったりする。

 理由は、二人の雰囲気がとても自然だから。ミコトちゃんもはやてちゃんも、無理をしたり合わせたりすることなく、ごくリラックスした状態で会話が成立している。

 それだけ二人が同じ時間を共有していて、波長もピッタリ合っているということなんだろう。そういうのって、見てて気持ちがよくなってくるもんだ。

 決して百合百合してるのを見るのが楽しいだけじゃないので悪しからず。いや百合も好きだけどさ、俺。

 

「皆、疲れとるやろ。ご飯用意してあるから、手洗いうがい済まして、皆揃っていただこうや」

「アリシアもがんばったよ!」

「ええ、とっても頑張ってお手伝いしてましたね。わたしも及ばずながら、微力を添えさせていただきました」

「三人とも、ありがとう。……皆で一斉に行っても混雑するな。順番で行こう」

 

 八神邸はバリアフリー設計らしく、スペース的にゆとりを持って造られている。とは言え、10人以上が一斉に詰めかければ、さすがに入りきらないだろう。

 10人以上……多いなぁ。普通に馴染んでたけど、ふと「原作」を思い返してみると、大所帯過ぎだった。これの統率を取ってるんだから、ミコトちゃんの指揮能力は間違いなく非凡だ。本人は納得してないみたいだけど。

 実働部隊は、俺、なのは、恭也さん、フェイトちゃん、アルフ、シグナムさん、シャマルさん、ヴィータ、ザッフィー。ミコトちゃんの装備となっていたソワレちゃんとミステールちゃんを除いても9人だ。

 俺じゃまずまとめられない。なのはが突っ走って、恭也さんがそれを追って、フェイトちゃんがオロオロして、アルフがフェイトちゃんを宥めて、リッターは全員個人行動。そんな未来しか思い浮かべられない。

 忘れちゃいけないのは、俺達は確かに個々の能力はそれなりかもしれないけど、軍隊的な訓練を受けてきたわけじゃないってことだ。作戦行動って言われても、実際のところピンと来てない。

 あまり参考にはならないかもしれないけど、それでも「原作」を鑑みれば簡単に分かる。この時期の「なのは」は、管理局の制止を振り切って単独行動している。作戦行動が出来るようになったのは、かなり後の話だ。

 言ってみれば烏合の衆。それをまとめあげて、一つの目的のために一丸となって行動させる。それがミコトちゃんの持つ最大の能力だと、俺は思っている。俺が真似しろって言われても絶対無理だ。

 今も同じだ。ほんの何気ない日常のワンシーンだけど、皆の性格を見て綿密に順番を決めていた。

 最初に我慢の出来ないソワレちゃんとなのは、お目付け役としてヴィータ(多分彼女も比較的我慢出来ていないからだろう)。次にフェイトちゃんとアルフ、シャマルさん。

 本人はごく自然にやってることだろうが、分かって見れば、その圧倒的な才覚の片鱗が如実に表れている。だからこそ、俺達は彼女の指示に、疑問なく従うことが出来るのだろう。ヴォルケンリッターでさえも。

 

「やっぱミコトちゃんは最高だな」

「……ガイ。聞いておくが、それはどういう意味だ?」

 

 ポソッとつぶやいた言葉が恭也さんに聞き咎められる。……なんで実の妹にエロネタ振ったときより眼光が鋭いんですかねぇ。いやミコトちゃんが恭也さんにとって妹みたいな存在ってのは知ってるけどさ。

 ここは、真面目に答えないと命の危険が危なそうだ。

 

「最高のリーダーって意味ですよ。恭也さんもそう思いません?」

「そういうことか。それなら、当たり前だと言っておく。今更過ぎるだろ」

「俺も、今日ミコトの指揮を初めて受けて、納得した。お前達が手放しで信頼するわけだ」

「三人とも、聞こえているぞ。恭也さん、ザフィーラ。シグナムを洗面所まで連れて行ってくれ」

「お前が先じゃないのか? こういう場合は、レディファーストだ」

「不本意ながら全体指揮を任されてしまっているので。オレはこの変態とミステールで行きます」

「そうか。ミステール。ガイがミコトに変なことをしないように、ちゃんと見張ってやるんだぞ」

「信用ないのぅ、盾の魔導師殿。ま、日ごろの行いじゃな」

 

 しゃーないっすわな。時折ミコトちゃんにぶっ叩かれたくなって変な行動起こすし。自分のことだけどもさ。

 いやね、マジで変な快感があるんだよ。しかもミコトちゃん限定で。女王様気質っていうか、俺のM魂が絶妙にマッチするっていうか、そんな感じ。

 「道化」を目指して変態的な言動を取ることはあるけど、これに関しては割と素に近いから俺も困ってる。真面目モードのときに自制すんのに苦労するんだよなぁ。

 とはいえ、自制出来ないというわけではない。適当じゃないときに、おふざけみたいな行動を取る気もない。

 

「……藤原凱。少し、話がある」

 

 皆がいなくなり、庭にいるのが俺達三人だけになったことを確認すると、ミコトちゃんが口を開いた。真面目な感じだ。

 

「お前は、伊藤睦月を覚えているか」

「むつきちゃん? 海鳴二小の5人娘の一人だよね。あの、眼鏡かけたちっちゃい子」

「そうだ。彼女が会いたいという人物が聖祥にいる。男子だ」

 

 ……ファッ!? それってつまり、アレですか!? 恋愛系なお話だったりしちゃうんですかァ!?

 俺の中で俄かにボルテージが上がる。ニヤニヤ笑いを抑えられない。男でもコイバナは楽しいもんだってはっきり分かんだね。

 

「名前は「剛田猛」。藤見第5幼稚園出身だそうだ。知り合いではないか?」

「うわぉ、ビンゴ。1年の頃からの腐れ縁なクラスメイトっす。えー、あのむつきちゃんが、あの剛田にー?」

 

 剛田猛、あだ名は「正義のジャイアン」。体が大きく力も強いが、本名が一音違いの某国民的漫画に出てくるジャイアンとは違って、正義感に溢れた好人物だ。ちなみに顔も悪くない。

 たが、浮いた話は今のところない。俺達の年頃では珍しくもない話だ。むしろ同い年で彼女持ちの藤林(翠屋FCのGK)の方が珍しいのだ。

 俺のニヤニヤ笑いで、ミコトちゃんも俺が察したことを察したようだ。ややこしいな。

 

「今のところ知っているのは、俺と田井中とお前、そして居合わせたミステールだけだ」

「ん? どうしてミステールちゃん先に行かせなかったん? その様子だと、無闇に拡散したくはなかったんっしょ?」

「主殿が極秘に連絡を取るとなったら、わらわを介さんとならんからじゃろう。事情が事情じゃから、わらわも秘密は厳守するつもりじゃ」

 

 「ことが終わったらどうか分からんがのぅ」と笑うミステールちゃん。この子も結構快楽主義なところがあるよなぁ。そういうとこで気が合いそうだ。

 そういうことなら、俺も黙っておこう。どころか、恋する女の子の応援だってしちゃおう。ハーレムを目指すからと言って、他人の恋路を踏みにじるゲスではないのだ。

 

「オッケーオッケー。なら、どっかのタイミングで剛田に話つけて、適当に連れ出すって感じで」

「助かる。お前の知り合いで話が早かった。むつきにその旨を話し、剛田少年とは念話共有でお前を通してリアルタイムに交渉しよう」

「くぅ~疲れました! これにて交渉成立です!」

 

 ミコトちゃんの交渉とか、もうこれ勝ち確でいいよね。これまでに交渉失敗したとこ見たことないんだけど。だってこの子、管理局の提督+執務官相手に普通に交渉成立させちゃうんだぜ? パネェよ。

 

「実際に交渉するのはお前なのだから、あまり油断するなよ。とはいえ、そう難度の高いものではないだろうが」

「ですなー。今度のグレアムさんとの交渉の前哨戦って感じ?」

「そんなつもりはなかったが、図らずもそういうことになりそうだ。……今話すのはこの程度で十分だ。そろそろオレ達も行くぞ」

「りょうかーい」

「面白くなってきたのぅ、呵呵っ」

 

 そんな感じで、俺達三人+いちこちゃんによる、「むつきちゃんの恋を応援する会」が結成されたのだった。

 

 食事時、ミコトちゃんがはやてちゃんに足の確認をした。

 

「んー。やっぱ動かんな。けど、何や調子はいいみたいやで。こう、胸の辺りにあった重みがスッと消えたみたいな。まあ、今まで重みなんて気付かんかったんやけど」

「そうか……。効果が出ているなら、今はそれで十分だ。シャマル。一日一回、闇の書の状態を確認してくれ。魔力の簒奪が再増加したら報告すること」

「了解。……ふふ。何だかわくわくしてしまうわね。不謹慎かもしれないけど、皆で一つの目的に向かって動くのって、楽しいわ」

「そうだよな。今までこんなことってなかったから……凄く、新鮮だ。ありがとう、ミコト」

「礼を言うのはこちらだと思うのだが。……相変わらず、よく分からん」

 

 蒐集は俺の発案だったから、効果があったのは何よりだった。

 

 

 

 晩の9時ぐらい。風呂に入って父さんと一緒に映画のDVDを見てると、ミコトちゃんから念話が来た。

 

「ごめん父さん、念話入った。ちょっと止めといて」

「ん、そうか。相変わらず俺には分からんなぁ」

 

 最初の事件から不思議の受け入れ態勢万全だったうちの両親。俺が家族に一切隠さずに管理世界のことを打ち明けられたのは、この家庭環境も大きかっただろう。

 はっはっはと笑う父さんを尻目に、自室に戻って手帳とペンを取る。念話自体はマルチタスクで並行して受けられるけど、話が話だからメモを取ってまとめないといけない。

 

≪ごめんミコトちゃん、待たせた≫

≪こちらこそ、一家の団らんの時間を邪魔して悪かった≫

≪気にすんなって、念話が来ることは分かってたんだからさ≫

 

 詳細を詰めるために、8時のなのはとの念話(そんなことをしてたのは初耳だった)が終わった後に俺と念話で会議をすることになっていた。父さんにも途中で念話が来ることは伝えておいた。内容はボカしたけど。

 向こうも既に風呂を済ませ、後は寝るだけだそうだ。……湯上がりのミコトちゃんか。温泉で見たときはほんと色っぽかったよなぁ。何で同い年であんなに色気があるんだろう。なのはとかは全然なのに。

 

≪先ほど念話でむつきに確認を取ったが、特徴を確認する限り同一人物で間違いないだろう。確認しておくが、彼に現在付き合っている女の子はいるか?≫

≪んにゃ、そんな話は聞いたことねえな。俺らの周りで浮いた話があるのっていや、せいぜい藤林ぐらいだよ。あーっと、翠屋FCのGKなんだけど≫

≪ああ、月村達から聞いた。なるほど、それならまだチャンスあり、か。彼は習い事等はやっているか?≫

≪確か空手をやってたはず。月水金で稽古してるとかで、その日は遊べないっつってたはずだ。ついでに、赤のキャラパンツを好んではく≫

≪最後の情報はいらなかった。となると、火曜か木曜か。むつきの今週の予定は特にないそうだが、オレが木曜に翠屋の"お手伝い"を入れている。必然的に、チャンスは火曜だな≫

≪っつーことは、早速明日交渉して、予定を押さえるって形か≫

≪そうだな。当日になって予定が埋まったのでは目も当てられない≫

 

 するすると話が進んでいく。俺だって今ばかりはおふざけなしだ。可愛い女の子の恋路がかかってるんだ、協力しないなんて男じゃねえ。

 

≪場所はどうすんの?≫

≪変に凝らない方がいいだろう。無難にクスノキ公園の前で落ちあえるよう調整しよう≫

≪憩いに魔法訓練、ブリーフィングに愛の告白。万能だな、クスノキ公園≫

≪公園とはそうあるべきものだろう≫

 

 さらにはなのはの(勘違いした)思い出の場所だろ? あいつには気の毒だけど、かなり笑える思い出話だよな、あれ。なんでミコトちゃんを男と勘違いしたし。

 

≪時間帯はどうする? やっぱ夕日の中で告白とか、シチュエーションも大事っしょ≫

≪お前が彼の行動を正確にコントロールできるというなら、それでもいいが≫

≪……普通に放課後すぐにしような≫

≪それが無難だ≫

 

 明日はとりあえず遊ぶ約束だけ取り付けて、場所は明後日決めた風に見せるのでいいか。

 

≪いや、それだと「うちに来い」的なことを言われたときの回避が難しい。明日のうちに明確に場所を決めた方がいい≫

≪あー、確かに。やっぱよく考えてんなぁ、ミコトちゃん≫

≪それが必要だからだ。そうだな……聖祥からクスノキ公園の前を通って行く遊び場は、どんなところがある≫

≪ゲーセン、カラオケ、ボーリング。あんまり小学生が寄りつくような場所じゃねえな≫

≪それならゲームセンターに誘え。「急に行きたくなったが明日は既に用事があって、明後日なら行ける」という具合にな≫

≪なるほどなー≫

 

 それなら確かに不自然がない。用事を聞かれて狼狽えることがないように、本当に用事を入れてしまえばいい。明日は八神邸にお呼ばれすることになった。

 実際に交渉をする際は事前にミステールちゃんに念話を入れ、まずい雰囲気になったらミコトちゃんのバックアップを受けて交渉する。そんな流れに決まった。

 

≪……いつもこのぐらい真面目なら、オレも楽なんだが≫

 

 用件は終わったが、ミコトちゃんから珍しく愚痴がこぼれる。そのぐらい俺が珍しく真面目だったということなんだろう。

 俺はメモ帳を閉じて鞄にしまい、リビングに向かいながらミコトちゃんの念話に受け答えた。

 

≪やだなぁ、そんなん俺らしくないじゃん≫

≪かもしれないが、お前は真面目な話をしている最中に変態に走ることがあるだろう。あれをやめろと言っている≫

≪ごめん、あれ割と素なんだわ≫

≪……お前との縁を切ることも視野に入れた方がいいのだろうか≫

 

 やめて! 俺も暴発しないように努力してるから! 何とかミコトちゃんを宥めるために、必死で言い訳を考える。

 

≪ほ、ほら! 前に話したじゃん! 八号さんが俺のこと図太くなるようにしてくれてて、その影響でちょっとMっ気が出ちゃってて、全てはそれのせいなんだよ!≫

≪その説明で女の子が引かないと思っているのか?≫

≪デスヨネー!?≫

 

 いかん! これ何言ってもダメなパターンだ! 大人しく黙ってお裁きを受けることにした。

 

≪まったく。……大変不本意ながら、お前のシールド魔法の才能は貴重だ。「気持ち悪いから」という理由で捨てるには惜しすぎる。自分の才能に感謝するんだな≫

≪あざっす! ミコトちゃんに捨てられたらマジで首吊るしかないとこでした!≫

≪どうしてそう極端な選択肢になる。別にオレに捨てられた程度で人生を儚むことはないだろう。オレと道が交わらなくなるだけで、お前の可能性は他にもあるはずだ≫

 

 割と本気の感謝と謝罪に、ミコトちゃんは若干困惑したようだ。

 ミコトちゃんが俺にとって大きな存在であることは、語るまでもない。彼女は俺にとって特異点だから……などという理由ではなく。

 もっとずっと単純な話。彼女は、俺にとって「最高のリーダー」だから。

 

≪最高のリーダーから価値がないって言われるのは、俺にとっては生きてる価値がないって言われるのも同然なんだよ。俺の主観の話だから、ミコトちゃんには理解できないと思う≫

≪ああ。買いかぶり過ぎだと言いたいが……主観の話と言われてしまったら、オレに説得は出来ない≫

 

 そんなもんだ。極端な話、俺達がミコトちゃんを最高だと思うのは、俺達がそう思ったから最高だというだけだ。

 もちろん色んな理由はあるけど、それは全部最高だと思ったことへの理由付けに過ぎない。「俺達が最高だと思った」というのが、「ミコトちゃんが俺達にそう思わせた」というのが、ただ一つの事実だ。

 理由なんてものは、知らない人間に説明するためのものだ。俺達がどうしてそう思ったのか、自分の頭を納得させるための分析だ。「そう思った」という事実だけは、どんなに言葉を尽くしても伝えられない。

 そんな程度のことは、ミコトちゃんは当然知っている。だって彼女は「違う」んだから。だから早々に説得を諦めたのだろう。

 

≪そう思っているんなら、もう少しオレの負担を減らす努力をしろ。お前の変態的行動に付き合うのは、なのは一人で十分だ≫

≪なかなかゲスいこと言ってますぜ、リーダー≫

≪あの子はあれで楽しんでいる節がある。お前とはお似合いなんじゃないか?≫

 

 うおう、切り込んできますな。いや確かになのはのことは好きだよ。一人の女の子として。でもそれはアリサやすずかも同じであって、皆違って皆可愛いよね。

 

≪もちろん、ミコトちゃんのことも好きだけどね≫

≪……≫

≪あれ、ミコトちゃん? おーい≫

 

 てっきり罵られるかと思ったら黙り込んでしまった。ミコトちゃんの念話って固いから、黙り込まれると雰囲気も伝わらないのよね。

 ややあってから、凄く抑え込んだ念話が返ってきた。

 

≪男が軽々しく女の子に「好きだ」などと言うんじゃない。そういうのは、本当に大事な相手だけに言え≫

 

 ……あれ? これってひょっとして、照れてる? やっべ何これ。想像したらめっちゃくちゃ可愛いぞ。

 

≪いやそれならミコトちゃんも大事な女の子だって。普段から言ってるっしょ、ハーレム目指してるって≫

≪信憑性がない。本当に目指しているならば、もっと綿密に計算して行動しているはずだ。お前の行動は、その場その場の衝動に従って賑やかしているだけだ≫

≪そら俺、我慢とか嫌いだし。そら衝動に従いますよ。その上でハーレム目指したって、別にいいっしょ≫

 

 本当にハーレムを作れるのかって言われたら、まず無理だと思ってる。それでも皆のことが好きだっていうのも、嘘のつけない事実だ。

 まあ、ミコトちゃんに関しては、恋人にしたいとかはないけど。ユーノが狙ってるし、クロノも若干怪しかったし。何より、彼女ははやてちゃんのパートナーとしてあるべきだと思ってるし。

 それでもやっぱり、「好きな女の子」ではある。

 

≪嘘じゃないよ。本当に本気で、俺はミコトちゃんのこと、好きだよ≫

≪……うるさい! もう話は終わりだ! とっとと寝ろ!≫

 

 最後は乱暴に念話が送られ、乱暴に切られた。ブツッという頭に響く音で顔をしかめ、父さんに「どうした?」と聞かれた。

 だけど、俺の言葉で恥ずかしがったミコトちゃんを想像すると……顔がニヤける。父さんに「気持ち悪いぞ」と言われた。

 

 

 

 

 

「おーっす剛田ー。飯食おうぜー」

「藤原か。……今日は高町さん達のとこに行かないのか?」

 

 月曜日の昼、予定通りミコトちゃんと(ミステールちゃん経由で)念話を繋いで、剛田に話かける。ちなみに俺らは弁当だけど、公立に通うミコトちゃん達は給食だ。向こうはタケノコご飯だそうだ。

 俺は、母さんが作ってくれた弁当。剛田も同様だ。体が大きい分、向こうの方が量が多い。

 

「たまにはこういうこともあるさね。いつも押せ押せだと、あいつらも気疲れするだろ。俺の優しさだよ」

「ふーん。本当に優しさ見せるなら、付き纏うのやめりゃいいのに」

「あっはっは、そりゃ無理だわ。一年の頃からの日課なせいで、一日一回あいつらに罵倒されないと調子が出ねえ」

「変な奴。って、これも一年の頃からずっと言ってるな」

 

 男同士のバカ話をしながら飯を食う。掴みは上々だ。念話経由で、今の状況をミコトちゃんに伝える。

 

≪タイミングはお前任せだ。くれぐれも、他の面子が加わることがないようにな≫

≪分かってますって。むつきちゃんの恋を、他の野郎に知られるわけにゃいかねーもんな≫

 

 結構気弱そうな子だったし、あんまり大勢だと告白できなくなりそうだ。そんなラブコメ的展開はいりません。

 周囲は周囲でそれぞれに話をしながら飯を食っている。俺達の会話に口を挟む者はいない。ここだな。

 

「ところで剛田、明日暇?」

「明日? 別に用事はないけど、何だよ」

「いやさ、三年になってからゲーセン行ってないから、たまには顔出しとこうと思ってな」

「それなら今日行けばいいじゃんか。俺は空手の日だから無理だけど、お前が呼べば着いてくる奴って結構いるだろ」

「今日は俺も無理なんよ。ちょっと他の学校の友達の家にお呼ばれしてんよ。ゲーセンとは別方向」

「お前、無駄に顔広いのな。男? 女?」

「絶世の美少女。どうだ、羨ましいだろう」

「いつか刺されちまえ」

 

 物騒な冗談だ。……冗談だよね? 冗談だろう、笑ってるし。俺が言った「絶世の美少女」ってフレーズも、聞くだけなら冗談に聞こえるだろうしな。実際は言葉通りなんだけども。本人に自覚がないだけで。

 まさか話題の当人から念話で指示を受けながら会話をしているなんて、藤林君でも思うまい。あ、ちょ、藤林こっち来んな。

 

「ゲームセンターか。僕も最近顔を出してないね。前は練習帰りに皆で寄ったりしてたんだけど」

「藤林も一緒に行くか? ってか藤林がゲーセンって意外な感じ」

「そうでもないよ。僕だって、ああいう場所で皆で遊びたくなるときもあるさ。男の子だからね」

「っかー! 爽やかスポーツマンさんは発言も爽やかだねぇ」

≪やばいヤバイやヴぁい! 空気の読めない彼女持ちイケメン野郎が凸ってきやがったどうしよう!?≫

≪落ち着け。それなら対応は簡単だ。彼の彼女を引き合いに出して、話題から遠ざけろ≫

 

 うわっ、後で藤林から恨まれそう。許せ!

 

「おーう藤林よーう。鮎川さんほっといていいの? 彼女ほっといて男と遊ぶの? それでいいの彼氏サン?」

「うっ。ふ、藤原君、やけに刺々しいね。どうしたの?」

「じゃっかしい! お前に非モテの気持ちが分かるのか? 女の子から邪険にされてもめげない男の心で流す涙が分かっちゃうっていうんですかァねェ!?」

「き、君だっていいところはたくさんあるんだから、ハーレムハーレム言うのさえなくせば、見直してくれる女子だってきっと……」

「おン前マジでか殴り捨てンぞ!? それ一番言っちゃダメなやつだろ! 俺に存在意義なくせって言ってるのと同じだぜそれよォ!?」

「落ち着け、藤原。悪ぃな、藤林。なんかこいつ、お前に来てほしくないみたいだ。ってかマジ泣きしてる」

「……なんかごめんね、二人とも」

 

 何これ、良心の呵責が半端じゃない。何か涙が出てきたけど、二人とも勘違いしてくれた。結果オーライ!

 

≪……その、なんだ。今日は晩を御馳走してやるから、最後まで完走してくれ≫

≪あざっす! こりゃ頑張らなきゃねぇ!≫

 

 ミコトちゃんもはやてちゃんも料理上手いから、八神家の晩飯に御一緒出来るのは役得だな。

 とりあえず藤林は引き下がってくれたけど、飯はそのまま一緒に食うみたいだ。そのままのノリで「鮎川さん(藤林の彼女)はいいのか」って聞いたら、彼女は彼女で友達と食ってるらしい。ま、そういうもんか。

 

「……で、明日だっけ? まあ、別にいいけど」

「ありがとナス! やー、断られたらどうしようかと思ったぜ」

「わけわかんねえな。俺じゃないとダメな理由でもあったのか?」

 

 ……しまった。気が緩んで迂闊な発言をしてしまった。み、ミコトちゃんヘルプ!

 

≪何をやっているのか……。少し情報を出してやれ。さっきオレのことを話題に出したのだから、オレ達も一緒に行くことにすればいい。男が一人では心細かったから、仲の良い剛田少年を誘った、とかな≫

 

 さすがミコトちゃん、一瞬でリカバリーしてくれた! やっぱ最高の女王様だぜ!

 

「さっき言っただろ、他校の友達。その子の友達も一緒に来るんだけど、女所帯に一人だとさすがにアウェーじゃん?」

「その話引っ張るのか。でもお前、いっつも高町さん達に付き纏って、同じようなことしてんじゃん」

「バッカお前、同じ学校で一年から同じクラスの奴らと、他の学校で最近知り合った子達じゃ気安さが違うっての。その点、お前は遠慮とかいらないし」

「ふーん。まあいいや、別に遊ぶことに問題があるわけでもないし。お前の言う「絶世の美少女」がどんなもんか、見てみたいしな」

「おン前信じてないな。実物見たら、マジで腰抜かすから」

「へえ、そんなになの? 僕も見てみたいなぁ」

「藤林ク~ン? 鮎川さんに浮気未遂って伝えちゃっていいっスかぁ~?」

「ふ、藤原君は僕に何か恨みでもあるの!?」

 

 やかましい、空気読め! お前「原作」のクロノが空気読めなかった分が入ってるんじゃないだろうな!? こっちのクロノは話の分かる奴だったから、普通にあり得るぞ!

 何とか約束を取り付けることは出来た。ミコトちゃんに「ミッション完了」と念話を送り、ねぎらいの言葉を受けて回線が切断される。

 俺は何事もなかったように、男達のバカ話に打ち興じた。

 

 午後の授業。何故かなのはから念話で愚痴られた。内容は、昼休みに俺が彼女らの昼食に凸らなかった件について。

 

≪別に来てほしいわけじゃないけど。いつもとリズム変えられたら、こっちだって困るの。来ないなら来ないって初めから言ってほしいって、ただそれだけなの!≫

≪あのー。今日は大人しくしてたのに、何で文句言われてんスかね?≫

≪ガイ君が悪いんだもん!≫

 

 構ってもらえなくてすねる子犬かっての。

 

 

 

 

 

 その後はこれと言ったイベントもなかったので(しいて言うならエプロン姿のミコトちゃんを見ることが出来た。超眼福でした)、翌日の放課後までカットする。

 そして、決戦の時である。別に俺が告白するわけでもないのに、妙に緊張する。

 何か今日に限ってなのはが一緒に下校しようとか誘って来たし。藤林はやっぱりついて来ようとしたし。アリサとすずかが「モテなさ過ぎて男色に……」とか不穏なこと言ってくるし。俺は女の子が大好きだよ。

 藤林は昨日と同じ方法で追い払った。何の協力もせずに可愛い女の子の告白シーンを見ようだなんて、筋が通ってねえよ。当たり前だよなぁ?

 なのはの誘いを断るのは、ほんと苦労した。今日は用事があるって言ったら捨てられた子犬みたいにシュンってなるし、剛田からは何故か超にらまれるし。

 最終的に、明日は一緒に下校してやるって言ったら、機嫌を直してくれた。剛田からは睨まれたままだった。

 そんな度重なる苦労の末、ようやくここに辿り着いたのだ。俺はやりきったという達成感と、本当に不備はなかったかという不安。そのときが迫る緊張。そう言ったものがのしかかってきて、胃がシクシク痛む。

 

≪……こちら藤原ぁー。もう間もなくクスノキ公園の前を通過しまーす。つーか胃が痛い≫

≪もう少し頑張ってくれ。オレ達は既に公園内にいる。そろそろそちらに向かうとする≫

 

 念話でミコトちゃんに報告し、腹を決める。さっきから剛田が俺のことを心配そうに見てるんだよな。俺のことを気にされ過ぎて、むつきちゃんにちゃんと向き合わないというのも困る。

 

「なあ藤原、お前本当に大丈夫なのか? さっきからどんどん顔色悪くなってるけど……」

「へっ、剛田に心配されるほど落ちぶれちゃいねーよ。それより……ほら、見ろよ」

「あ? ……、……え?」

 

 俺が親指を向けた方から現れた、女子の一団。その先頭に立つのは……眼鏡をかけた小柄な女の子。むつきちゃん。

 彼女を見て、剛田は呆けた表情になった。予想外に懐かしい顔が現れて、思考が停止したようだ。

 

「こ、……こんにちは、たける君。ひ、久しぶり」

 

 むつきちゃんは、ぎこちなく笑った。彼女の後ろには、両サイドを固めるようにミコトちゃんといちこちゃん。彼女達はむつきちゃんの背中を押して、公園の入り口の方に下がった。

 

「え、むつき、ちゃん? え?」

「おら、剛田。しっかり決めて来いよ」

 

 俺も彼女らに倣い、友の背をトンッと小突いて、ミコトちゃん達のところに向かう。相変わらずの無表情ながら、ミコトちゃんは「ご苦労だった」とねぎらってくれる。

 さて、どうなることやら。あとはもう知らねーぞ。

 

「……ほんとに連れてきてくれるとは思わなかったよ」

 

 ミコトちゃんを挟んで向こう側にいるいちこちゃんが、俺を警戒しながらそんなことを言う。おいおい、俺を侮られちゃ困りますぜ。

 

「リーダー直々に頼まれたんだ。ありがたき幸せッ!つって引き受けるってもんだよ」

「ふーん。ミコっちの言うことなら、ちゃんと聞くんだ」

「そうとも限らん。真面目かと思ったら急に変態になる、困った奴だ」

「へへっ、お手数おかけしてます」

 

 ミコトちゃんと話してると、何故かM魂が喚起されちゃうからね。シカタナイネ。

 

「……むーちゃん、大丈夫かな。最初の挨拶からほとんどしゃべれてないけど」

「ここから先は、オレも一切の保証をできん。あとはむつきの勇気と、剛田少年の気持ちの勝負だ」

「俺らは最大限出来るお膳立てをしたんだ。……信じて待とうぜ」

 

 今この場の主役は、むつきちゃんと剛田の二人だ。俺達はあくまで見届け人。出来ることは、見守るのみ。

 二人の会話は、まだあたりさわりのないもの。剛田から「久しぶり」とか「元気にしてた?」とか「学校でいじめられてない?」とか、そんな質問をされている。むつきちゃんの答えは、「うん」と「ううん」のみ。

 彼女は――とても可愛らしい「恋する少女」の顔をしていた。男ならば誰もが見惚れてしまうほど、少女ならば誰もが浮かべるのであろう顔。

 そうやって真正面から見られる剛田も、どうしたらいいか分からないようで、とりあえず矢継早に話題を投げている。俺にヘルプの視線を送ってくることもあったが、その全てを無視した。俺が手を貸す場面じゃない。

 いちこちゃんは、ハラハラした様子でむつきちゃんを見ていた。ミコトちゃんは……相変わらず無表情で、見ただけでは分からない。だけど、この場に残っているということが、むつきちゃんを思っている証明だ。

 俺は、どっちなんだろうな。剛田の側なのか、むつきちゃんの側なのか。両方とも、俺にとっては友人だ。や、むつきちゃんの方が俺をどう思っているかは分かんないけども。少なくとも、俺にとっては。

 だから……だからこそ、上手くいってほしいと思う。告白も、その後も。二人の友人だから、二人の幸せを願わずにいられない。

 そして。

 

「た、たける君!」

「はいっ!?」

 

 剛田が「あの二人は友達?」と聞いた直後、むつきちゃんは声を振り絞った。……行くのか! 俺達は、一様に固唾を飲んでその瞬間を見守った。

 

 

 

「わ、わたし! ……たける君のことが、ずっと、ずっと好きでした! ううん、今も大好きです!」

 

 いっ……。

 

(((言ったーーーっっっ!!!)))

 

 三人の心は、多分同じだった。何故なら、俺もいちこちゃんも、ミコトちゃんでさえも、グッと握りこぶしを作った。むつきちゃんの健闘をたたえるように。

 一方、ど直球の告白を受けた剛田は、「へぇっ!?」と変な声を出して固まった。――ここまでも割とあからさまだったと思うが、当事者はやっぱり驚くものなのだろう。

 思いを口にしたむつきちゃんは、顔を真っ赤にしていた。真っ赤にしながら、止まらない想いの丈を紡ぐ。

 

「さ、三年前っ。たける君、わたしが「メガネザル」っていじめられてたの、助けてくれたよね。あのときわたし、すっごく嬉しかったの」

 

 さすが「正義のジャイアン」。幼稚園時代から正義漢は健在だったのか。

 

「それで、たける君がわたしに優しくしてくれて、本当に、嬉しくてっ。どんどんたける君のことが好きになってっ。それで、わたし……っ」

 

 しどろもどろになりながらも、むつきちゃんははっきりと伝えた。

 

「わたしっ! たける君の、お嫁さんになりたいです!」

 

 ……ファッ!!? 一気にぶっ飛んだむつきちゃんの告白内容に、思わず声が出そうになって堪える。いちこちゃんも同じで、口に手を当てて抑え込んでいる。ミコトちゃんは……目が大きくなってるから驚いてるのか。

 いや、ここは「彼女になりたい」が来るべきだろ。一足飛びにお嫁さんって、ある意味凄いぞ、むつきちゃん。

 だが、それでも、はっきりと伝えた。彼女がどう思っているのか。彼女が剛田にとってどうなりたいのか。

 剛田は……どう、応える?

 言い切ったむつきちゃんは、それっきり沈黙する。剛田も沈黙して、目を瞑り、今の言葉を反芻していた。

 静寂の時間は、何度か時計を確認していたから、1分以上だったことは確かだ。正確には分からない。

 1分以上、あいつはしっかり考えた。しっかり考えて、ちゃんと答えを出した。

 

 

 

「……ごめん、むつきちゃん。俺は、君をお嫁さんにすることは出来ない」

「っ。……そう、なんだ……」

 

 むつきちゃんの顔が悲痛に歪んだ。見ていた俺の胸のうちまでかきむしられるようだ。

 カランッと、寄りかかっていた車止めが音を立てる。いちこちゃんが飛び出そうとしたのだ。俺がすぐに反応して、彼女を止める。

 

「何すんのよ、変態! 離してよ!」

「ダメだ! 俺達が入り込んでいいことじゃないんだ! 分かってるだろ!?」

「っ、だけどぉ!」

 

 いちこちゃんも分かってるんだ。剛田を責めても意味がないことを。

 剛田は、ちゃんと考えた。考えて、自分の心を確認して、それに従った。同情でもなく、迎合でもなく、日和もせず。むつきちゃんの気持ちを受け止めて、自分の気持ちを伝えたのだ。

 その答えに、どうして部外者である俺達が文句を付けられる。傍観者である俺達が納得できなくても、介入してはいけないのだ。これは、彼と彼女だけの問題なのだから。

 

「……理由。聞いても、いいかな」

 

 むつきちゃんは、目に涙を浮かべていた。当たり前だ。三年間想い続けた相手に、はっきりとした形で振られたんだから。悲しくないわけがない。

 それでも彼女は、決して零さなかった。自分が好きになった男の前で、決して零そうとしなかった。彼女は……なんて、強い子なんだろう。

 少女の真摯な問いかけを受けて、少年は答える。

 

「……これが、もし小学校に入る前だったら、違ったと思う。もし俺が、聖祥じゃなくて、海鳴二小に行ってたら、むつきちゃんの想いに答えられたかもしれない」

 

 少年は、むつきちゃんのことが好きじゃないわけではなかった。ただ、もっと大きな想いを向ける相手がいただけだった。

 

「俺にも、好きな女の子がいるんだ。同じ学校の、同じクラスに。だから……その想いに目を瞑って、むつきちゃんの告白に応えることは、出来ない」

「……そっか。それじゃ、仕方ないよね」

 

 むつきちゃんは、目に涙を浮かべながら、零さないように笑った。好きになった男の心を応援するために。

 

「少し、安心したよ。たける君が、わたしの好きになったたける君のままだったこと。曲がったことが嫌いなたける君のままだった。……きっと、届くよ」

「……ごめんね、むつきちゃん。本当に、ごめん」

「心配しないで。今のわたしには、友達がいるから。凄く頼りになる、大好きな友達がいるから」

 

 剛田は、深く頭を下げた。……俺も、行くか。

 

「何か、ごめんな。こんな結果になっちゃって」

「……何故お前が謝る。二人の利害が一致しなかっただけだ。誰かが悪いわけではないし、お前も余計なことはしていない」

「それでも……俺が二人を引き合わせなきゃ、むつきちゃんは悲しまなかった。もちろん引き合わせないのが正しかったとは思わないけど、それでも俺は思わずにはいられないんだ」

 

 「悲しい涙を流させたくはなかった」って。俺は、「笑顔を守れる道化」になりたいのだから。こんなんじゃ……ただ滑稽なだけのピエロだ。

 最後の方の言葉は、俺の秘めた決意故に飲み込む。……ミコトちゃんには、バレバレなんだろうけどな。

 友達に涙を見せないように、ミコトちゃんに抱かれて静かに涙を流すいちこちゃん。そしてミコトちゃんは……やっぱり、無表情だった。

 

「オラ、行くぞ、剛田」

「あ、ああ。……元気でね、むつきちゃん」

「うん。たける君も、元気で」

 

 俺達は、むつきちゃんに背中を向けて歩き出した。しばらく歩くと、背中の方で走る気配。何があったかは、振り返るまでもなく理解出来た。

 公園の入り口で、絶世の美少女が二人の同級生を慰めていることだろう。

 

≪こんな結果にはなったが、オレはお前に感謝している。……ありがとう、ガイ≫

≪……どういたしまして、ミコトちゃん≫

 

 最後に念話で名前を呼んでもらい、回線はプツリと切れた。

 

 

 

 

 

「つーか、何であんな可愛い子振るかなっ! お前ホモなんじゃねえのっ!?」

「はあ!? 人聞きの、悪いこと、言うなっての!」

 

 その後、口実だったはずのゲームセンターに行き、剛田とエアホッケーで汗を流していた。俺もあいつも、そんな気分だったのだ。

 ホッケーのパックを打ちあいながら、遠慮のない言葉を浴びせあう。

 

「それ言ったら、お前は、どうなんだよ! ハーレムハーレム言ってるくせに、全然、口だけじゃねーかっ!」

「うっせ! 簡単に出来たら、意味ないだろ! 苦労してこそっ、意味があるんだよ!」

 

 ガコンと音を立てて、向こうのゴールに渾身の一発が決まる。非モテの執念の一撃であった。

 攻防が終わり、剛田はふぅーと大きくため息をついた。互いにだいぶ熱を発散出来たようだ。

 

「はい、俺の勝ち。負けたんだから、さっさとジュース買ってこい」

「チッ。何飲む?」

「アクエリ。ポカリはあんま好きじゃない」

「何となく分かる。まあ俺はマッチにするけど」

 

 ベンチに腰掛ける。剛田が勝ってきたスポーツ飲料を開け、口を付けて一気に飲む。火照った体によく冷えた電解質が効く。

 

「っあ゛ー! キーンと来たァ!?」

「冷たいものを一気飲みするからだ、バカ。口の中で温めながら飲むんだよ」

 

 アイスクリーム頭痛を楽しむ俺に無粋な突っ込みを入れる空手野郎。スポーツマンとそうじゃない奴の、価値観の違いである。

 

「……今後、むつきちゃんと顔を合わせづらいようだったら、俺をダシに使え。お前まで巻き込まれる必要はないからな」

「何言ってんだ。んなことしたら俺がむつきちゃんに刺されるよ。心配しなくても、こんぐらいで顔を合わせにくくなるほど繊細な野郎じゃねえよ」

「そっか。そういう奴だったな、お前は」

 

 女の子の告白を断るという大イベントをこなしたクラスメイトは、何だかちょっとアンニュイな感じだった。腹が立ったので、マッチ口に含んでるときに横っ腹を小突いてやった。

 

「ブフッ!? 何しやがる!?」

「大人ぶってんじゃねーよ。ガキらしくしてろ」

「同い年が何言ってやがる」

「精神的にはお前より大人のつもりだけどな」

 

 いやほんと。確かに「前の俺」の連続性は途切れたけど、記憶を受け継いだことで精神的な成長は早かったのだ。「別物である」って自覚するイベントも、ちゃんとこなしたしな。

 大人は大人らしく、気を使っていつも通りの空気に戻してやろう。

 

「で、どうだったよ。俺の知り合いの絶世の美少女は」

「……正直、ただのホラ話だと思ってた。お前何なんだよ」

「あの子専属のM男。時々殴ってもらったり踏んでもらったりしてます」

「どういうことだよ……」

 

 君には理解できない大人の世界があるのだよ、フハハハハ!

 

「まー実際のとこ、俺はあの子の「友達」ではないんだけどな。あの子って、友達のハードルめっちゃくちゃ高いんだよ」

「そうなのか? けど、むつきちゃんは友達なんだよな」

「うーん、正直微妙だと思う。確かに名前で呼んでるから一定ライン以上だとは思うんだけど、今のところあの子の友達って、なのはだけだと思うぞ」

「……高町さんの、友達なのか?」

 

 んん? やけになのはのところに食いついたな。さてはお前……――

 

 その考えに到り、思考が凍った。

 え? 剛田が、なのはを? は? 何それ、タチの悪い冗談とかじゃなくて?

 

「おお。4年前に知り合ってたらしくて、最近再会出来たんだよ。で、先月プールで遊んだときに、ようやく友達認定してもらえたみたいだな」

「そう、なのか。高町さんの、友達なのか……」

 

 マルチタスクの一つがほぼ条件反射で剛田の問いに答えた。思考を制御する俺自身がフリーズしているため、暴走したマルチタスクを止めることが出来ない。

 

「お、何だ何だその反応。ひょっとして、お前の好きなクラスメイトって、実はなのはだったりすんの?」

「――そうだよ」

 

 はっきりとした返答で、マルチタスクすら全て凍りついた。俺はただ呆然としたまま、剛田の真っ直ぐな視線を受け止めることしか出来なかった。

 

「俺は、高町さんが好きだ。だからむつきちゃんの気持ちに応えられなかった。……お前が本当はいい奴だってことは、俺も知ってる。だけど……この想いだけは、譲れない」

 

 クラスメイトは立ち上がり、高い位置から俺を見下ろす。俺は……何も答えられなかった。

 

 クラスで一番仲が良いと言ってもいい友人が、俺が最も仲が良いと思っている女子のことを好きだった。

 その事実が、ただただ衝撃的だった。衝撃的で……思考が上手く働かなかった。

 自分が、何でその事実にショックを受けているのかすら、分析することが出来なかった。

 

 

 

 俺はまだ、自分の恋心を自覚するには至っていなかった。そのことに気付いたのは……それからずいぶん先のことだった。




オリジナルモブ・伊藤睦月の恋の話。……と見せかけた、ガイとなのはの恋の話です。モブは犠牲になったのだ……。
いやモブにもそれなりの愛着はあるんですけど、やっぱり最優先はメインなのです。慈悲はない。
剛田君はガイ君の恋のライバル的立ち位置となりました。もう勝負ついてるから。慈悲はない。

この一件を通して、ミコトはガイ君のことを名前で呼ぶようになりました。これでチーム3510で名前で呼ばれないキャラクターはいなくなりました。
クロノ? 彼はチーム3510の一員ではありません。あくまで管理局の執務官です。故にこそ、ミコトと張り合うのです。

次でようやくグレアム提督が登場します。どうなることやら……。


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三十話 歴戦の勇士

ようやくグレアムおじさんとの交渉会です。牛歩でごめんあさい;;

前回のまえがきだとネガティブシンキングみたいだったので、今回はポジティブに。
もちろん高評価をいただいている方、感想をいただいている方、お気に入りいただいている方、分量ばかりが多い当作品にお付き合いいただいている方々には、感謝の極みであります。
今後もお付き合いいただければ幸いです。

2016/02/15 字の文の一人称が「俺」になっている箇所があったので修正。


 むつきの件は、本当に残念だったと思う。オレが何を言っても同情にしかならないから言わなかったが、心の底からそう思えるだけ、オレにとって伊藤睦月という少女は「友達」に近くなっていたのだろう。

 いちこ(あの件を共有したために、アホの田井中から呼称が進化した)はもろに共感してしまったようで、下手をしたらむつき以上に泣いていた。すぐにむつきが立ち直れたのは、いちこのおかげもあったかもしれない。

 ……オレでは、一緒に涙を流してやることは出来ないからな。涙が出せないわけではないが、あの場で共感の涙を流してやることは出来なかった。オレにはまだ、分からない。

 ともかく、5人衆は翌日には平常に戻った。事後報告という形で、むつきの行動と相手の決断を他の面子に伝えたところ、その日は全員で翠屋に繰り出してきた。オレは"お手伝い"だったのだが、普通に巻き込まれた。

 桃子さんが何かを察し、士郎さんに指示を出したようだ。……一応"お駄賃"をもらってる手前、あまり業務から離れたことはしたくないんだがな。

 むつき告白事変の顛末としては、そんな感じだった。

 

 むつきの告白と関係があるのだろう。定時念話で「最近ガイがよそよそしい」となのはから愚痴を受けた。変態をしたらしたで愚痴るくせに、この子も中々難儀である。

 一部始終を知っている故に、オレは全体像を把握することが出来た。つまり、以下の通りである。

 

・剛田少年の「好きなクラスメイト」というのは、なのはのことである

・ガイは自身の気持ちを正確には把握できておらず、友達のために一歩引いている

・対してなのはは剛田少年のことは何とも思っておらず、しかしガイには思うところがあるため、現状に不満がある

 

 見事なとらいあんぐるハートだ。オレは、特に恋愛事に関しては、まだまだ人の気持ちを察することが出来ない。どうしてこう面倒なことになっているのかと思ってしまう。

 正確に事実をとらえて頭の中で整理すれば、何ということはない現実だ。なのはとガイがそれぞれ正直になれば、剛田少年には残念な結果となるが、全てが丸く収まるのだ。

 まあ……なのはの様子からして、気付いていないのだろうが。最近の彼女の話題が、親友二人のことからガイのことに完全にシフトしていることにすら。

 指摘して気付かせてやってもいいのだが、それだと面白くない。……もとい、オレがどれだけ干渉していいのかが分からない。そもそも指摘してやる義理があるのかも分からない。

 故に、オレは静観の姿勢を保ち、なのはの愚痴を聞いてやっている。普段通りに戻ったところで、結局は愚痴という名の惚気話を聞かされるだけのことなのだ。

 

 

 

 とはいえ、今日ばかりは二人ともマジになってもらわないと困る。諸々のことは一旦置いておいて、オレ達のチーム全体として、成すべきことを成さねばならない。

 

「こうして直接顔を合わせるのは初めてだね、はやて君。ミコト君も、フェイト君とアリシア君とソワレ君、それから、お友達の皆さんと……ヴォルケンリッター諸君も」

 

 とうとうこの日がやってきた。ギル・グレアムの協力を要請する、交渉の日が。

 向こうはたったの三人だった。ギル・グレアム本人と、彼の使い魔二人。猫を素体とした双子の使い魔で、髪の長い方が姉のリーゼアリア。短い方がリーゼロッテというそうだ。

 緊張感を持っているのだろう、彼らは一様にピリピリしている。特に使い魔二人の視線はヴォルケンリッターを強く睨み、決して視界から逃がそうとしない。

 事前の準備の通り、この場には御神の剣士が三人いる。その実力を過小評価している、というのではないだろう。立ち居振る舞いから、彼女達が少なく見積もっても恭也さん並の実力を有していることは分かっている。

 それはつまり、彼らを組み伏せられる――ということではない。抗争になれば、既に彼らの間合いになっている以上、為す術もなく首を斬り落とされる。それを理解しているということだ。

 それでもなお、彼らはヴォルケンリッターを――闇の書を恨まずにはいられないということなのだろう。

 

「今更初めましてっていうのも変な感じやな。けど、こうしてグレアムおじさんと直に会えたのは、普通に嬉しいわ」

 

 はやてはそれらを意に介さず――はやてが意に介する必要はないだろう、にこやかに笑いながら、ギル・グレアムとあいさつを交わす。

 オレは緊張感を持ったまま、頭を下げる。

 

「同じく、初めまして。二年前の秋からはやてと同居しています、八幡ミコトと申します。……そちらの使い魔から、詳しい事情はお聞きでしょうが」

「ああ。ずっとはやて君のそばにいてくれて、心を支えてくれた、とね。その件については、私もとても感謝している」

 

 感謝、ね。どういう意味かは測りかねる。まだオレは、彼の「望み」を理解していない。どう言えば彼の復讐を吸収できるのか、それを探る必要がある。

 使い魔二人の視線がオレに注がれ……一瞬、柔らかくなった気がする。一瞬ではあったが、向けられた当人であるため、オレはちゃんと気付けた。今のは、どういう意味だ?

 

「フェイト・T・八幡です。……その、グレアム提督は、わたし達についてどの程度のことをご存知でしょうか」

「「全て」を。ジュエルシード事件の報告の裏側に隠されたことも、どうしてそうしたのかも、ちゃんと全部知っている。それでどうこうと言うことはないから、警戒しないでほしい」

「誰かに見られていたということはなかったはずだが」

 

 あの事件に関わった御神の剣士、恭也さん。そういえば、彼の実力を鑑みれば、見られていたらすぐに気付いていたはずだ。彼ですら、気付かなかったのか。

 恭也さんの疑いのこもった問いかけに、ギル・グレアムが種明かしをする。

 

「ステルスサーチャーだよ。君という存在が脅威であることはすぐに分かったから、目視からサーチャーに切り替えたんだ。かけに近いやり方だったが、結果として魔力を感じられない君には効果的だったようだね」

「……そういうことか。これからは、そういう視線も感じられるようにならなければな」

 

 ある意味盲点を突くやり方だった。ステルスサーチャーがどの程度の隠密性を持っているのかは分からないが、それでも恭也さんが魔導師だったら気付かれていただろう。

 種明かしをした以上、次はもう無理だ。この人なら魔力が感じられないこと関係なしに、「見られている」という事実を感じ取るだろう。

 つまり、ギル・グレアムと使い魔二人は、ここで全ての決着をつけるつもりでいるのだ。食うか、食われるか。その二択だ。

 

「もちろん、ミコト君の"魔法"……「コマンド」と君は呼んでいたね。それを管理局に報告する気もない。余計な混乱は、私も望んでいないよ」

「ご存知でしたか。そのご様子なら、今のアリシアがどういう存在なのかもご理解いただけているのでしょう」

「ああ。君は本当に不思議な子だ。「死者蘇生」を、そんな形で実現してしまうとはね。君自身、どうしてそうなったのかは理解出来ていないようだが」

 

 その通り。アリシアが「元のアリシア」ではないことは間違いないのだが、話を聞く限りだと「元のアリシアと同一」ではあるのだ。オレのやり方では、そうはならないはずだった。

 要するに、本来は出来ないはずの「連続性の複製」が出来てしまったのだ。素体に使ったジュエルシードが関わっていそうなのだが……確証はない。

 

「またやれと言われても無理です。あれはオレにとっても、まぐれのようなものだ。だが、周りの人間がそれを理解出来るとも限らない」

「そもそも「連続性の消失」という意味を正しく理解出来るとも限らないからね。……消えた人間本人が戻ってくるわけじゃない」

「ギル・グレアム顧問官はよくお分かりのようですね。そもそもこれは「死者を生き返らせるための魔法」ではなく、「はやての足を治すための魔法」。それさえ終われば、無用の長物だ」

「どうにも君は自己評価があまり高くないようだね。それは管理世界で発表すれば、それだけで一生遊んで暮らせるだけの大金が手に入る代物だよ」

 

 それがどうした。結果として精神の自由を失うなら、全ての意味は失われる。オレはあくまで目的のための手段を用意しただけで、目的を達成していない自分を評価する気がないだけだ。

 

「管理局に報告する気がないなら、こだわる必要はないでしょう」

「それでも、惜しいと思ってしまうのは止められないものだよ。リンディ君の気持ちがよく分かる」

「ハラオウン提督とはお知り合いで?」

「古い知己だよ。彼女がジュエルシード事件の捜査でこの次元宙域に現れたときは、ひどく驚いた」

 

 つまり、ただの偶然ということか。この様子なら、彼女がギル・グレアムの手先であったなどと疑う必要はないだろう。彼女はただの優秀な提督だ。

 ……いい加減時間稼ぎはおしまいだ。本題に入らせていただく。

 

「闇の書は、現在バグを抱えている。ギル・グレアム顧問官はご存知でしたか?」

「……ああ、知っている。何せ、バグによる暴走の現場に立ち会ってしまったからね」

 

 彼の表情が曇ったのを、オレは見逃さなかった。やはり闇の書に対してよくない感情を抱いているようだな。

 それは使い魔の片方が特に顕著だ。ヴォルケンリッターに対する嫌悪感が、殺意に変わった気すらする。「絶対に許さない」と視線が語っている。

 オレから言わせれば、そんなものはただの逃避だ。が、"雑魚"にかかずらっている暇はない。話を続ける。

 

「正式名称は「夜天の魔導書」。ここからは推測ですが、本来は蒐集も転生も行わない、ただ魔導を記録するためだけに作られた魔導書だったと考えられます」

「……ほう。どうしてそう思うんだね」

「ヴォルケンリッターの本来の性質です。彼らは、先の分析によってデータ欠損以外のバグから解放されている。……シャマル」

「はい。思い出した、と言っていいでしょうが、我々の本来の役割は「夜天の主とともにあり、力となること」。蒐集を行うことも、そのために外敵を排除することも、本懐ではありませんでした」

 

 恐らく、これまでの主のときは叶うことのなかった、管理局提督とヴォルケンリッターの対談。向こう側の現在の感情はともかくとして、この情報共有が行えることは大きい。

 

「まさに"雲の騎士"ということか」

「そうですね。本来の主の名を忘れなかった"盾の守護獣"に感謝しています」

「それが俺の役割だ。たとえ"データの改竄"が相手であろうとも、俺は「書と主を守る者」だ」

「なるほどね……」

 

 あくまで客観的情報。だからギル・グレアムは理解することが出来たようだ。

 

「「蒐集」という機能が後付けでしかないのなら、バグを起こして暴走しているのも理解が出来る。それが、はやてに対して起きている魔力簒奪の正体だと推測しています」

「元々「蒐集機能」自体に無理があったということか。つまり君の目的は、蒐集をオミットすることが出来れば達成される可能性がある」

「もちろんそう簡単に行くものではないでしょう。オミットするにもどうやってアクセスすればいいか分からないし、それだけでは相変わらず闇の書は危険物のままだ」

「ああ。防衛プログラムの暴走の可能性は、なくなっていないからね。書が完成することはなくなるだろうが、それで防衛プログラムが大人しくしている保証は何処にもない」

 

 そもそも防衛プログラムも本来の機能なのかという話はあるが、それは捨て置く。本来の機能じゃなかったら消えるわけじゃないのだから。

 

「やはり君は、「闇の書」を「夜天の魔導書」に戻すしかないが……あてはあるのかね?」

「方法は用意しました。ミステール」

「ご存知と思うが、わらわの能力は因果を紡いで事象を引き起こすこと。そちらの魔法との相性は良い。"やり方"さえ分かれば、わらわに出来ぬことは何もない」

 

 そう言いながら、ミステールは「夜」のシールドを作り出す。プロテクションではない、ラウンドシールドだ。最近ようやく習得することが出来たのだ。

 これは監視していなかったのか、ギル・グレアム及び二人の使い魔は、目を見開いて驚いた。

 

「こちらに足りていないのは、ミステールが「戻す」という事象を起こすための因果連鎖。つまり、"やり方"だ」

「……その"やり方"を構築するための資料が欲しい。君が我々に要求したいのは、そういうことだね」

「そういうことです」

 

 これでこちらの要求ははっきりさせた。次に知るべきは、そのための対価だ。

 オレは一息ついてから、ギル・グレアムに話させるべく、切りだした。

 

「よろしければ聞かせてください。あなた方が、闇の書とどんな因縁を持っているのかを」

 

 そして、昔語りが始まった。

 

 

 

 

 

「あれは今から11年前の出来事だ。君達が生まれるよりももっと前。私は、前の闇の書の主を逮捕する任に就いていた」

 

 ギル・グレアム、及びリーゼアリアとリーゼロッテは、そのときにヴォルケンリッターと対峙しているそうだ。逆にリッターは彼らを覚えていない。書のデータ欠損が原因なのだろう。

 情報の漏らしがないように頭の中で整理しつつ、ギル・グレアムの話を聞く。

 

「前の主は書を完成させて絶対の力を手に入れようとしていたようでね。蒐集の過程で、何人もの魔導師が犠牲になった。……その記憶は、残っているかい?」

「ああ。この手で切り捨てた者達の苦悶の表情を、いまだに覚えている。……その事実から目を背けるつもりはない」

「当たり前よ。魔法プログラムだからって、忘れていい理由にはならないわ。罪は罪よ」

「ロッテ、やめなさい」

 

 リーゼロッテがシグナムの答えに反応し、ギル・グレアムにたしなめられる。彼が黙らせないなら、オレが黙らせていた。彼女の言は、今は関係がない。

 

「失礼したね。……複数人の魔導師を殺害した罪。そして管理局への敵対行為。それで彼女には逮捕令状が降り、私達は編隊を組んで逮捕に当たった」

 

 「彼女」というのは前の主のこと。どうやら前の主も女だったようだ。これも、どうでもいい話。

 

「当然、彼女は抵抗した。戦いは熾烈を極めた。彼女ははやて君と同じだけの魔法の才を持ち、管理世界の生まれだったため魔法の教育を受けており、強力な魔導師だった。そして、守護騎士も戦っていた」

「……その場面の記憶は残っていないな。覚えている者はいるか?」

「あたしはダメ。何も思い出せない」

「一番覚えている可能性があるのはザフィーラだけど……どう?」

「……いや、何も残っていない。恐らく、その場面は終わりが近かったということなのだろう」

「その通りだ。如何に闇の書の主とは言え、書の完成前はただの魔導師。守護騎士も、無敵ではない。人海戦術を越えることは出来なかった。……相応に犠牲は出たがね」

「そんな……」

 

 ギル・グレアムの表情は暗く苦々しげだった。なのはが同情を見せたようだが、オレは相変わらず無感情に、客観的事実のみを整理した。

 

「前の主は、その後どうなりました」

「……ああ、そうだね。彼女は同行には応じず最後まで抵抗した。そして……やむなく、射殺したよ」

 

 そう言ったギル・グレアムの手は震えていた。手を下したのは彼だったということだ。編隊の指揮官だったのだろうから、当然か。

 こちら側の陣営は、息を呑む気配はあったが、動揺はなかったようだ。そういうことが必要になる場面があると割り切れているのだろう。……オレが何度か見せているしな。

 だが、事件はそれで終わりではないはずだ。ガイから得た情報もそうだし、闇の書が回収されているなら、はやての手に渡った理由がない。

 

「それから?」

「彼女は、最後の抵抗で闇の書を完成させた。完成した闇の書が使われる前に射殺することが出来たから、その場は事なきを得られたが……」

 

 その後、暴走したのか。よりにもよって輸送中に。

 

「闇の書は、次元艦「エスティア」に収容され、ミッドの本局に護送されるはずだった。そして……ミコト君の推測通りだ」

「その際にあなたは、近しい人間の誰かを失った。それが、あなた方が闇の書を目の仇にしている理由か」

「ああ。下手な嘘をついたところで、君には看破されるのだろう。エスティアの艦長が、私の友だった」

 

 「彼」は最後まで船に残り、乗員全員を脱出させ、最後はエスティアと命運をともにした。そう語った。

 つまりギル・グレアムは、闇の書の防衛プログラムの暴走により友を殺され、その復讐のために闇の書を狙っていたということか。ガイから聞いた内容と相違ないようだ。

 故人を偲んでいるのだろう、ギル・グレアムの表情は昏い。それには取り合わず、オレはさらに先を聞こうとする。

 

「具体的にどう復讐しようと考えていたのですか」

「それは……」

「っ、ちょっと! 今の話を聞いて、どうしてそんなに冷静でいられるのよ! 人としておかしいでしょ!? 少しは父さまのことを気遣いなさいよ!」

 

 だが、リーゼロッテが、今度はオレに噛みついてきた。……こいつは何を言ってるんだ? オレのことを、ずっと見てきたんじゃなかったのか。

 リーゼアリアの方に視線をずらすと、彼女は若干申し訳なさそうな顔をしていた。ああ……主に姉の方が監視していて、妹の方はオレをそこまで知らないのか。

 双子の使い魔は、姉が妹をたしなめようとしたが、オレがそれを手で制する。ここはオレが動くのが一番手っ取り早い。

 

「それで誰が得をする?」

「!? あ、あんたっ……!」

「もう少し回りを見て発言しろ。お前の言う「父さま」はそれを望んでいるのか? お前の姉は? その発言は、ただの時間の無駄でしかない。「話」にすらならない"雑魚"は引っこんでいろ」

「ーッ!!」

「ロッテ。悔しい気持ちは分かるけど、彼女が正しいわ。忙しい父さまの貴重な時間を無駄にしないで」

 

 冷たい、切り捨てるような発言にリーゼロッテは凍りついた。リーゼアリアの方は、まだ話が分かるようだな。

 

「すまないね。うちの使い魔が、失礼をした」

「気にしていない。オレが人としておかしいことなど、オレ自身が一番理解している。まだオレは「人」になりきれていない」

「……そうか。分かっているのなら、我々が何を言うのも筋違いだね」

 

 そうだ。今重要なのは、オレの人間性の成長具合じゃなくて、そちらが何を望んでいるのか知ることだ。

 互いに気を取り直し、話を続ける。

 

「……これからする話は、君達にとってかなり気分が悪くなる話だ。聞かない、という選択肢はないようだが、それなら覚悟をしてほしい」

「そんなものはこの話を始めた時点で決めている。どんな非情な決断だろうが、ヴォルケンリッターにも手出しはさせない。安心して語ってくれ」

 

 ギル・グレアムは「ありがとう」と苦々しく笑い、……視線を鋭くする。

 彼の考えは、確かにオレにとって、非常に気分が悪くなるものだった。

 

「我々が考えていたのは、闇の書を主ごと永久に凍結封印するという手段だ」

「っ!」

 

 オレの隣に座っているはやてが、さすがに青ざめた。予想はしていただろう、だが彼の口からはっきりと「殺す」と同然のことを言われたのだ。

 オレも、一瞬目の前が赤くなった。それを鋼の自制心で抑え込み、待機形態のレヴァンティンに手を伸ばすシグナムを止める。

 

「やめろ、シグナム。折角設けた交渉の席を台無しにするつもりか」

「このような輩と交渉をする必要などあるのか!? 貴様も聞いていたはずだ! この男は、その口ではっきりと「主を犠牲にする」と言ったのだぞ! 信用など出来るものか!」

「貴様の感情の話は聞いていない。そこの雌猫ともどもつまみ出されたくなかったら、黙って話を聞いていろ」

 

 「ぐっ」と呻くシグナムとリーゼロッテ。……ああ、オレだって不愉快だ。想像の中でだって、はやてを傷つけさせたくはないのに。その最悪の未来絵図を見せられて、何も思わないわけがない。

 それでも、自制するのだ。目的を達するためには、オレの不愉快程度、容易く切り捨てなければならない。

 

「詳しい内容を」

「……君は強い子だね。その歳でそこまで自身を律することが出来る子供を、私は見たことがない」

「そんなことはどうでもいい。必要だからやっているだけだ。必要がなければ、とっくにその首を落としている」

「ならば君に必要とされたことに感謝しなければならないね。私だって……殺されたくはないし、殺したくもない」

 

 呟くように吐き出された言葉は、血を吐いているようにも見えた。

 一度頭を振ってから、ギル・グレアムは"復讐計画"の詳細を説明する。

 

「闇の書には「無限転生機能」というものがある。書が破壊されると、次の主となり得る人間の近くで再構成する。これのせいで、管理局は長年闇の書を捕獲することが出来なかった」

「前の主の死後、はやての近くに闇の書が出現した原因でもあるな。それはオレも知っている」

「つまり、闇の書の凶行を止めるためには、それを機能させずに封印を行う必要がある。しかし、この方法には問題がある。防衛プログラムだ」

 

 防衛プログラムそのものは闇の書の処理系からは独立しており、闇の書へ「封印」という魔法的アクセスが発生した段階で防衛プログラムが感知・発動、自己破壊を起こして転移をしてしまうそうだ。

 そうさせないためには、まず防衛プログラムを封印する必要がある。

 

「防衛プログラムを封印するためには、防衛プログラムを表に出す必要があり、そのためには書を完成させなければならない」

「その通り。そして防衛プログラムは出現と同時に主を取り込む。となれば……必然的に、主ごと封印しなければならない」

「然る後、闇の書本体の封印を行い、防衛プログラムとともに、決して封印が解けないように物理運動の発生しない空間に閉じ込めれば、一件落着ということか」

 

 それが彼の"復讐"。二度と闇の書の犠牲となる人が出ないよう、闇の書を無間地獄に閉じ込める。……今回の主である、はやてを犠牲にして。

 発生する犠牲――はやて以外にも、蒐集の被害者など――にさえ目を瞑れば、彼が取り得る唯一にして最大効率の"復讐"だろう。

 

「凍結封印を行うための準備もした。アリア」

「はい、父さま。デュランダル、セットアップ」

 

 リーゼアリアが取り出したカードが、氷の槍の形をしたストレージデバイスとなった。"氷結の杖"「デュランダル」。凍結変換に特化した特注のデバイスだそうだ。開発費用は、これ一本でビルが数件建つほど。

 11年間。彼が、「闇の書の永久封印」という目的のために全力を注いだ証だった。

 

「真実を言えば、君がはやて君の側に現れたとき、どうすべきかで意見が割れた。排除すべきか、そのままにすべきか」

「計画に不確定因子を混ぜ込むわけにはいかないだろうからな。結局オレは、放置されたわけだ」

「それも、ほだされたからというわけじゃない。もしはやて君が蒐集を行わないようなら、君を人質にして蒐集させるつもりだった。つまりは保険だ」

「目論見が失敗して命拾いしたな。もしそうなっていたら、そのときが時空管理局最後の日だ」

「……君が言うと実際にそうなっていそうだから恐ろしいよ」

 

 少なくとも、自分の身を守るためにオレに伸びる時空管理局の手を切り捨てることはするだろう。どんな手を使ってでも。

 もっとも、ギル・グレアムは早い段階で「人質作戦は不可能」と判断したようだ。リーゼアリアからの報告で、オレが大人しく人質になってくれるわけがないと理解したそうだ。

 これで、計画の全貌は明らかになった。はやてに蒐集を行わせ、書が完成すると同時に防衛プログラムごとはやてを凍結、そして絶対零度の世界に永久に封印する。……想像しただけで、目がチカチカする。

 だがこの計画はもう実行できない。オレ達は知ってしまった。それ以前に、オレ達に闇の書を完成させる意志がない。闇の書が完成するまで、彼らに出来ることは何もないのだ。

 11年かけた計画の頓挫という現実を前にして、歴戦の提督はどう判断するのか。

 

「……ミコト君に当てた手紙の中で、私は書いておいたね。「こうなったときにどうするかも考えてある」と」

「ええ。確かにありました。それは、この状況でなお生きている手段だと?」

「ああ。私が考えていることは……君と似たようなものだ」

 

 オレが考えていること。彼に協力してもらい、管理世界の情報との橋渡しになってもらうこと。その見返りに、彼の"復讐心"を解消するという交渉だ。

 ならば、彼が考えていることというのは……。

 

「君達に協力しよう。但し、期限を設ける。その期限までに闇の書を「夜天の魔導書」に戻せなかった場合……こちらの指示に従っていただきたい」

 

 そう来たか、と内心で舌打ちをする。先手を取られた。向こうも初めから、"交渉"の心づもりでいたのだ。

 オレをただの小娘であると侮ることもなく、オレ達をただの民間チームと過小評価するでもなく、一つの組織として交渉しに来ていたのだ。

 

「指示の内容にもよる。はやてを犠牲にするような計画に従うわけにはいかない。たとえ他の何を犠牲にしたとしても、だ」

「それが君の家族や友人でも、か?」

「それがオレだ。必要ならば、切り捨てることを容赦しない。リーゼアリアが報告しているなら、たとえ表面的だろうとその程度は理解できているはずだ」

「ああ、知っている。君が最初フェイト君を切り捨てようとしたことも、プレシア・テスタロッサを殺害しようとしたことも、報告を受けている」

 

 そうだ。たとえ家族や友達であろうとも、オレは切り捨ててしまえる。必要ならば、それが出来てしまう。出来てしまって……後で悲しむ。それだけのことだ。

 それが分かっているなら、はやての優先順位を下げるような指示が通るわけがないと分かっているはずだ。彼の真意が見えない。

 

「なら、逆ならどうだい?」

「……逆?」

 

 意味が分からず、質問を返す。優先順位の話か? それとも、犠牲にするものの話か?

 次にギル・グレアムの口から滑り出した言葉で――オレは衝撃を受ける。

 

 

 

「凍結封印をする際。防衛プログラムにはやて君が取り込まれる際、ミコト君も一緒に取り込まれる。こうすれば、君達は永久に一緒だ」

『――!?』

 

 全員が、言葉を失った。オレは……やられた、と思った。そんな提案をしてくるとは思っていなかった。あまりに予想外で、あまりに甘美な提案だった。

 オレにとって優先順位の最上位に来るのは、間違いなくはやてだ。だから彼女を犠牲にするという選択肢は論外となるはずだが……もしそこに、オレの犠牲も加わったとすれば?

 この瞬間、ものさしは意味をなさなくなる。世界がオレとはやてだけになるから。優先順位が一位で一意に決まるなら、そんなものは存在しないのだ。

 

「……っ! そんなもの、認められるわけがっ!」

「恭也さん」

 

 真っ先に再起動し、頭に血を上らせる恭也さんを、オレの言葉が制止する。彼の怒り自体はありがたいが……彼の判断は、必要ないのだ。

 

「なるほど、非常に魅力的な提案だ。そういうことなら、闇の書を完成させるのも一興とさえ思えてしまった」

「ミコト、お前っ……!」

「……正直に言おう。提案した私自身、なかったことにしてしまいたいアイデアだ。君は乗ってくれるだろうと思っていたが、現実にその通りになると……あまりにも衝撃的過ぎる」

 

 彼は正常な人間であり、オレとは「違う」。ただ、冷静に論理を積み重ね、オレに効果のある提案を組み上げただけだ。

 だから、道筋は考えることが出来ても、分からないのだろう。ただ「はやてと一緒にいる」という望みを果たすためだけに、自分の命すらも切り捨てることが出来るオレのことを。

 ギル・グレアムは明らかに顔色を変えた。底の知れない歴戦の提督の顔から、一人の人間としての顔に。

 

「期限は出来るだけ長くする。我々も全力で協力する。だからお願いだ。"我々のミッション"にすることはなく、"君達のミッション"を成功させてくれ。頼む」

 

 ギル・グレアムが頭を下げてくる。何故彼は頭を下げているのだろう。彼は、オレにとって利する提案をしてくれただけなのに。

 

「もちろん、オレ達も手を抜くつもりはない。「闇の書」を「夜天の魔導書」に戻すのが最高の結果であることに変わりはない。ただ、次善の策として、あなたの提案は悪くなかったというだけだ」

「っ。そう、か……。それを聞いて、少しだけ安心出来た」

 

 おかしな人だ。元々はやてを犠牲にして闇の書を封印する計画を立てていたくせに、その犠牲が増えるだけのことでショックを受けている。他ならぬ、彼自身の提案なのに。

 

「あなたは闇の書に復讐するために計画を立てていたはずだ。"オレ達のミッション"は失敗した方が都合がいいのではないですか?」

「……そのつもり、だったんだがね。あんな正気を疑う提案で首を縦に振られてしまったら……こっちが正気に戻らざるを得ない」

 

 図らずも、彼自身の行動で復讐心を省みる結果になったようだ。まあ、面倒がないことはいいことか。

 ギル・グレアムは、今まで黙って話を聞いていたはやての方を向く。

 

「君の意志を聞いていなかったが……聡い君なら、もう分かっているね。もし闇の書が闇の書のままだったら、いずれは封印をしなければならないことを」

「うん。誰かが犠牲にならなあかんことも、その方法が一番犠牲が少ないことも、ちゃんと分かっとるよ。……グレアムおじさんが、ほんとはそんなことしたくないってことも」

「……そうだね。本当に、世界はこんなはずじゃないことばかりだ」

「それ、クロノの……」

 

 彼の言葉に、以前クロノから贈られたフェイトが、気付いたようだ。ハラオウン提督と繋がりがあるなら、息子の方と繋がりがあってもおかしくはない。

 もっとも、その繋がりは思っていたよりも強いものだったようだが。

 

「……闇の書の暴走で命を落とした友の名は、クライド。クライド・ハラオウン。クロノの父だよ」

「っ! そう、だったんですか……」

「私達は、クライド君亡き後のハラオウン家を見守ってきたの。クロノは……ちょっと頭は固いけど、優秀で可愛い弟分ってところかな」

「アリアはクロ助に魔法を、わたしは近接戦を教えたわ。まあ、近接戦は、あんまり役に立たなかったみたいだけどね」

「それは単純に相手が悪い」

 

 魔法にリソースを振っていて、御神の剣士の間合いで敵うだけの近接能力を得られるわけがない。

 少し、横道に逸れたな。

 

「私は、ずっと迷ってきた。本当にこんな方法でいいのか、私は誰のために何をしたいのか。今日までその答えは見つからなかったが……やっと、見つかった気がする」

 

 ふう、とギル・グレアムは疲れたようにため息をついた。実際、疲れているのだろう。……プレシアのときと同じように、長い時間走り続けてきたのだ。

 

「あのときクライドを助けられなかった私が納得するため。アルカンシェルの引き金を引いたときの震えを止めるため。ただ、そのためだったんだな……」

 

 すっ、と。彼の目の端から涙の筋がこぼれた。見間違いではないだろう。

 

「そんな私情のために、こんな小さな女の子達を犠牲にしたのでは……クライドから怒られてしまう。そんなことのために闇の書を止めたのではない、と」

 

 彼は……踏み込み過ぎたのだ。迷いながら、生まれた復讐の感情に身を任せ、走り続け……いつの間にか道を外れていることに、踏み外す前に気付いた。

 ギル・グレアムは……ギルおじさんは立ち上がって、オレとはやてを抱きしめた。彼は、震えていた。

 

「騙してしまって、すまなかった。こんな方法しか考えられなくて、すまない。全てを君達に背負わせてしまって、すまない……」

「……謝る必要はありません。あなたがいてくれたから、はやてはオレと出会ってくれた。だから、どんな結果に終わっても……オレはあなたを恨まない」

「せやで。いつも文通してくれてたおじさんは、やっぱりおじさんやった。優しい、わたしのおじさんやった。わたし達は何も騙されてへんよ。だから、安心しぃ」

「……すまないっ」

 

 彼は力強くオレ達を抱く。誰も、何も言わず。オレ達はしばらく、彼に抱きしめられていた。

 

 

 

 少しややこしいことになってしまったが、まとめよう。交渉はこちらの"負け"だ。向こうから提案され、オレが呑んでしまったのだから。

 ただ、その後ギルおじさんが復讐という目的を失ったことで、内容は無条件降伏のようなものに変わった。勝者のいない論戦に終わった、といったところか。

 彼は闇の書、そしてヴォルケンリッターに向けた敵意を霧散させた。もう敵対する意味はない。主が敵対をやめたのだから、使い魔達も同様に。……しこりのようなものは残っているようだが。

 

「……主が従うと言っている以上、我々も従う他はない。ただ、"そのとき"が来ないことを祈るのみだ」

「それについては、私も同感よ。犠牲なんて……出ない方がいいに決まってる」

 

 結局のところ、誰も闇の書が完成して暴走することは望んでおらず、もし夜天の魔導書に戻す方法があるならそちらを選ぶというだけのことだった。

 オレとしても、はやてと一緒に封印されるのは、あくまで次善の策。それをしてしまったら、オレはフェイト達を育てることが出来なくなってしまう。それは、困るのだ。

 

「我々も、資料を集める傍ら、他の代案はないかを探す。くれぐれも自分の身を軽んじないでくれ、ミコト君」

「オレはいつだって自分本位ですよ。自分自身が一番大事だ。ただ、納得のいく選択をしているだけです」

「……そうだったね」

 

 今回の場合、もしも闇の書を完成させなければならなくなった場合、オレが納得できる選択というのがはやてとともにあることだったというだけだ。

 ギルおじさんは、少し困ったように笑った。オレのこの性分が、彼の復讐を思いとどまらせたからだろう。

 

「君は、本当に不思議な女の子だ。たった十数分、私と言葉を交わしただけで、私の凝り固まった考えを溶かしてしまった。もっと早くに会っていればよかったと思うよ」

「結果論でしょう。オレにそんな意図はなかった」

「だが、君が私を救ってくれたんだ。……この場にいる皆が、君の指揮に従ってきた理由がよく分かったよ。君は、持っているんだ。大提督と呼ばれるような人種が持っている才能を」

 

 彼は、その名を口にする。

 

「カリスマ性。それもとびっきり強烈で、管理局の提督ですら惹きつける。きっと、それが君が持つ一番の才能だよ」

 

 「あっ」と皆が納得したような声を漏らす。皆からすれば、とても分かりやすい答えだったようだ。

 カリスマ――人々を惹きつける、ある種の超人間性。なるほど、オレは「異物」であり目立つのだから、それもまた十分にあり得ることだ。

 外れていれば外れているだけ、それは目立ち、人目を引く。それが上手い具合に働いた結果、このチームが出来上がったということだ。

 ……やはりオレからすれば、ただの結果論でしかない。この結果を意図したわけではない、ただの偶然の産物なのだ。

 

「君が管理世界を煩わしいと思っていることは知っているが……もし気が変わったら、私に言ってくれ。君ならばきっと、歴史に名を残す伝説級の提督になれる」

「困りますよ、グレアムさん。彼女はうちのチーフスタッフなんですから、ヘッドハンティングはやめてください」

「二人とも好き勝手言わないでください。オレは、ただの小学生ですよ。正規の指揮官でもなければ、喫茶店のチーフでもない」

 

 本当に勘弁してくれ。

 

 

 

 

 

 それから少し会話をして、ギルおじさんと使い魔の二人は帰って行った。定期的に会いに来てくれるそうだ。

 期限については、とりあえずは未定。今後の闇の書の動向を見て決めるそうだ。全ての状況が落ち着いている今、焦って期限を決める必要はないだろうとのことだ。

 次からは、士郎さん達のヘルプはいらないだろう。どころか、チーム全体を呼ぶ必要もない。

 

「本日はお忙しいところを協力していただき、ありがとうございました」

「気にしないでくれ。俺の力が必要なときは、いつでも遠慮なく声をかけてほしい」

「そーそー、結構レアな経験出来たしね。……ほんとに戦闘になってたら、わたしは役に立てなかったと思うけど」

 

 それだけリーゼロッテの近接戦闘能力は高かったそうだ。正しく脳筋である。美由希は「あはは」と苦笑しつつホッと胸をなでおろすという器用な真似をした。

 もう一度頭を下げると、士郎さんはしゃがんでオレと視線を合わせ、両肩に手を置いた。

 

「……俺達も、君達にいなくなってほしくないんだ。出来ることは少ないだろうけど、君達を守るためならどんな労力も厭わない。本当に、遠慮なんかしないでくれ」

「それは暗に「チーフスタッフになってくれ」と言ってますか?」

「それも本心だが、それとは別だ。もっと単純に、大事なものを守らせてほしい」

 

 ……大事なもの、か。それはオレもやっていることなのだから、士郎さんのそうする権利を侵害することは出来ないな。

 それに、やっぱり嬉しいと感じてしまうのだ。「父親」から、こうして頭を撫でられるのが。……ずるいなぁ。

 

「本当に困った「お父さん」ですよ、士郎さんは。オレが貸し借りは苦手だって知ってるはずなのに、そういうことを言うんだから」

「俺は「娘」とはこういうコミュニケーションしか取れないんだ。甘いと罵ってくれて構わないよ」

「……あっれー。わたし、父さんからも結構弄られてる気がするんだけど」

「美由希は娘である以前に御神流の門下生だからな、しょうがない」

 

 「そっちが先なんだ」と肩を落とす美由希。誰も同情はしなかった。

 

 こうして、オレ達は管理世界の情報への足掛かりを手に入れた。とは言え、ギルおじさんが夜天の魔導書の資料を集めるのには時間がかかる。情報そのものがすぐに手に入るわけじゃない。

 オレ達に出来ることは、やはりまだなかった。

 

「とりあえず今は、当たり前の日常を満喫しようや。明日はプール開きやで!」

「そうか、もうそんな時期なのか。……今年こそは、はやてもプールに入れるようにしたかったんだが」

「焦っちゃダメだよ、おねえちゃん。来年には入れるようになってるかもしれないんだから」

「それに、闇の書の状態次第では、今夏中に入れるようになるかもしれないわ。そのときは、皆で海に行きましょう」

「うみ! アリシア、うみ行きたい!」

「あたしも! かき氷ってやつを食ってみたい!」

「ソワレも!」

「主らは海というよりも海の家が目的じゃろ。また主殿の水着姿が男どもの視線を一人占めしてしまうのう、呵呵っ」

「何を呑気なことを……いや、焦っても仕方がないのか。だが……」

「相変わらずシグナムはお堅いねぇ。ま、そんときゃあたしらで無理矢理水着にしちゃえばいっか」

「そうですね。シグナムさんの水着姿も楽しみですもの!」

「……こういう話題になると、俺には辛いな」

 

 とにもかくにも、夏到来である。




露骨な水着回フラグ。とりあえず夏のプール話と海話のフラグを立てておきました。可愛い女の子が多いことですし、くんずほぐれつにゃんにゃにゃんしてほしいですね。

ミコト視点であるため、グレアムの感情の流れが分かりづらいですが、三行で説明すると
1.復讐を誓い、迷いながらも突っ走る
2.ミコトの意見を封殺するためのアイデアを考えるものの、出てきたものに自分でドン引き
3.MKT「いいわゾーこれ」GRHM「すいません許してください何でもしますから!」
ということです。グレアム提督は第二・第三の提案を持っていたでしょうが、廃案直行のはずの第一案が呑まれてしまったため、ショックで復讐心が消し飛んでしまったのです。
交渉自体はミコトが退いているため敗北なのですが、直後にグレアムが良心の呵責に耐えきれずギブアップしているので、内容としてはドローゲームです。無敗神話崩れず。

実を言うと、グレアム提督にやらせたかったのは、交渉終了後の「ミコトのカリスマ性」発言のみです。ここで出すのが一番説得力があるでしょう。

次回、水着回! 本当です! 信じてください!


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三十一話 水泳

お待たせしました、水着回二回目です。しかも今回は全編通して水着です。


「……うーん、よくわかんないね。結局、おじさんは協力してくれることになったの?」

 

 隣で服を脱いで乱雑にロッカーにしまっているのは、最早おなじみの矢島晶。本日からプール開きとなり、体育の授業は屋上プールで行われる。

 夏期しか行えないこの授業は、生徒達にとって待望のものであったらしく、女子更衣室は賑やかなクラスメイト達の声で埋め尽くされていた。

 管理世界絡みの話題を出したところで、次から次へと流れていく彼女達の話題によって、誰に聞き咎められることもないだろう。もっとも、オレ達は日頃からあまり人目を気にすることもないが。

 

「最終的にはそこに落着した。結局のところ、彼としても誰かを犠牲にする意志はないようだ」

 

 あきらとは対照的に、オレは丁寧に服を脱ぐ。しわにならないように折りたたみ、ロッカーの中に重ねていく。服の脱ぎ方一つをとっても、性格の違いは現れるものだ。

 あきらタイプの脱ぎ方をするのは、オレ達の中では亜久里といちこ。フェイトとむつきとはるかはオレと同じように、脱いだ服を畳んでからしまう。

 はやてもオレ達と同じ脱ぎ方をするが、一年の頃からプールの授業には参加出来ていないため、プールの更衣室を使ったことはない。来年には使えるようにしてやりたいものだ。

 

「今まで使い魔が監視してたってことは、わたし達のことも見てたんだよね。どんな感じの使い魔だった?」

「えっと、猫が素体で双子の姉妹だったよ。やり手の大人って感じかな。……こんな場所で、こんな会話して大丈夫なのかな」

 

 まだまだ慣れていないフェイトは、おっかなびっくりキョロキョロしながら、はるかの質問に答える。彼女はこういう場で素肌を晒すのが苦手なため、むつきと同じようにタオルで体を隠しながら着替えている。

 

「だいじょーぶだよー。今までも誰かに聞かれたことないし、聞かれても聞かなかったことにしてくれるし」

「深入りするのは覚悟がいるもん。皆、分かってるんだよ」

「あはは……改めて、凄い環境だね」

 

 亜久里とむつきの解説に苦笑するフェイト。誰しも厄介事に自ら首を突っ込みたくはないのだ。オレ達は、必要だからそうしているだけのことだ。

 亜久里はスポーンスポーンという擬音が似合いそうな脱ぎ方をする。オレよりも小柄ということもあって、脱ぐというよりもパーツを外す感じだ。

 フェイトのてるてる坊主スタイルは、むつきが教えたものだ。オレとしては、何を同性で恥ずかしがっているのかとも思うが。

 

「あれ? いちこちゃん、もう着替え終わったの?」

「ふっふーん。実は最初から下に水着を着てたのだー!」

 

 腰に手を当てて仁王立ちするいちこは、既に学校指定のスクール水着姿になっていた。何故かゴーグルも装着している。気が早すぎだ。

 まあ、この場合お約束というか、なんというか。

 

「ちゃんと替えの下着は持って来たんだろうな?」

「そんなベタな失敗はしませんよぉ! ちゃんと水着袋の中に入れて……入れ、て……」

 

 自分のスイミングバッグに手を突っ込み、ガサゴソと探しながら青ざめていくいちこ。やはり、アホの田井中だったか。

 

「は、はるか! 替えのパンツ貸してっ!?」

「あるわけないでしょ。いちこちゃんズボンなんだから、ノーパンでも平気だよ。多分」

「そんな変態的なことしたくないよぉ!」

 

 諦めろ、変態二号。――このとき、どこぞの聖祥大付属小学校3年1組の教室で、どこぞの変態が盛大なくしゃみをして女子から総スカンを喰らったらしい。どうでもいいな。

 

「君にはこの言葉を贈ろう。君自身が招いた、悪因悪果だ」

「うぅぅ……ミコっちにそれを言われたら諦めるしかない……」

「フェイト、分かった? 着替えるのが恥ずかしいからって下に着てくると、ああいうことになるんだよ」

「う、うん。肝に銘じておくよ」

 

 結局、いちこはプール授業後はノーパンで過ごすことが決定した。

 

「んー、そっかぁ。それじゃあ、また一歩進展なんだ」

 

 あきらが一気に話を戻す。彼女は既にパンツを脱ぎ、水着に足を通すところだった。アホの田井中に付き合っていたせいで遅れてしまったな。

 オレもスカートのファスナーを下ろしながら、会話を続ける。

 

「そうだな。それも、かなり大きな一歩だ。単独行動中とは言え、管理局の提督の力を借りられるのは大きい」

「冷静に考えてみると、とんでもないことなんだよね。ミコトならそれぐらい出来ちゃうと思ってたけど」

 

 管理外世界出身の彼女らには今一つピンと来ないことでも、管理世界出身のフェイトなら分かる。これがどれだけ大きな前進であるのか。

 正直言って、もし彼らの協力がなかったら、よほど運がよくない限り闇の書の修復は不可能だっただろう。情報不足というのは、それだけ大きなハンディキャップだ。

 何も見えないところから希望を見つけ出し手繰り寄せ、ようやくそれが実現可能なレベルまで見えてきたのだ。

 フェイトは着替え終わったようで、タオルを取ってスクール水着姿を露にする。彼女の視線は、オレに一直線に注がれており、顔が真っ赤だった。

 

「お、おねえちゃん。少しは隠そうよ」

「オレは同性に裸を見られる羞恥がないのだから、不要だ。……不愉快だというのなら隠すが」

「そ、そんなことないよ! むしろ、眼福っていうか……な、何でもない!」

 

 顔は赤いが、口元はニヤニヤしている。……最近フェイトがこんな表情をしていることが多い気がする。ちょっと教育方針を見直した方がいいのかもしれない。

 内心で一つ決意をし、スッとパンツを下ろす。「おぉー」という謎のどよめきが起きた。

 

「……君達は何をしているんだ」

「いやいや、気にしないでいいよ。ミコトは見られても恥ずかしくないんでしょ?」

「そーそー、あたしらはおこぼれに与って楽しんでるだけだから」

 

 オレの背中から下半身に注がれる、あきらといちこのエロ親父視線。恥ずかしくはないが……不愉快ではある。

 フェイトに指示を出すと、彼女はコクリと頷いてオレを隠すように立つ。「ぇえー」という不満の声が上がるが、知ったことではない。

 スクール水着の上を開き、足を通す。肩紐に腕を通し、しっかりと肩まで上げる。しわになった部分をピッピッと伸ばし、完成だ。

 

「恥ずかしくはないが、見世物にした覚えもない。必要なことをしているだけだ」

「うーん、まあいっか。水着姿は水着姿で、いいものだし」

 

 この少女が何処に向かっているのか分からない。この格好で背中から覆いかぶさるように抱き着いてくるし。密着するから、いつにもまして動きづらい。

 

「あ、おねえちゃん。髪留め取ってないよ」

 

 フェイトが指摘するが、忘れているわけではない。「大丈夫だ」と答えながら更衣室を出る。

 そこには、車椅子に乗ったオレの「相方」が待っていた。

 

「お、結構時間かかったなー。どうしたん?」

「いちこがアホの田井中をやった。プールの後の彼女は見ものだぞ」

「うぅ、ミコっちの鬼ぃ」

 

 少女の抗議を聞き流し、左の前髪を止めるバッテンの髪留めを外す。そして、はやての手の中に収める。

 

「来年は、こうやって預ける必要がないといいな」

「ふふん、甘いでぇミコちゃん。今年の夏中に入れるようになったるわ」

 

 一番大事なものを、一番大事な人に預ける、オレ達の恒例の"儀式"だ。プールの授業中は外さないといけないから、こうしてはやてに預けることにしている。フェイトも納得したようだ。

 そしてオレは、はやての車椅子を押して、今年初めての屋上プールに足を踏み入れた。

 

 

 

 プールの授業は、2クラス合同で行われる。この学校は、一学年4組、全24クラス存在する。一クラスずつ使ったのでは、週に一回しかプールを使えないということだろう。

 分けて使える校庭と体育館と違って、プールは学校に一つしかない。聖祥みたいな私立なら複数あったりするのかもしれないが、うちは何処にでもある公立小学校だ。

 この時間は、3年1組と3年2組合同。普段一緒に授業を受けない1組の生徒と並ぶのは、結構新鮮だ。

 プールサイドには、男女別で並ぶ。入口から見て右サイドに男子、左サイドに女子だ。そして並び順は背の順。オレ達は身長順にすると結構バラつきがあるため、バラバラに並ぶことになる。

 

「あとで自由時間のときに一緒にいてやるから、少し離れるぐらいでそんな顔をするな」

「だ、だって……」

 

 当然、フェイトの近くにいることは出来ない。彼女はオレより10cmぐらい身長が高い。女子の中では平均より少し上だ。

 対して、オレはクラス合同になっても前5人の中に入ってしまうほどの低さ。間には10人以上の女子を挟むことになり、そのことにフェイトが心細さを感じているのだ。

 

「別に今日に限ったことではないだろう。今までだって体育の授業は全て背の順だったのだから、いい加減慣れてくれ」

「だ、だけど今日は人が多いし……その、男子の視線が……」

 

 ああ……それか。対岸に並ぶ男子生徒達は、既に体育座りで待機しており、一様にフェイトかオレをチラ見しているのだ。あれで気付かれていないとでも思っているのだろうか。

 

「……お前、どっち?」

「俺はやっぱりお姉さん派。黒髪ロングさいこー」

「えー、妹ちゃんの小動物っぽさだろ。見ろよ、あのお姉ちゃんから離れたくなさそうな顔。たまんねえ」

「断然お姉さんだな。オレっ子美少女のレア度は半端じゃねえよ」

「え、八幡さんってオレっ子なの?」

「お前そこからかよ!? 何年この学校の生徒やってんだよ!」

「去年の終わりに転校してきたばっかだよ、バーカ!」

 

 視線の比率は、3:2ぐらいでオレの方が多い。何故フェイトの方が少ないのか、非常に疑問である。

 どうにもフェイトが離れてくれそうにない。見かねた1組担任(女性教諭)がオレ達のところにやってきた。

 

「何をしているの、八幡さん。ちゃんと背の順に並んでくれないと、授業を始められないわ。皆プールに入りたくて待ってるのよ?」

「せんせー。男子はミコトちゃんとふぅちゃんの水着だけで満足してるみたいですー」

 

 教諭は亜久里の茶々をスルーした。石島教諭ほどではないが、中々に精神耐性が出来ている。……今年の3年の担任は全員そうか。

 教諭に叱られ涙目になるフェイト。それでもオレの腕を掴んで離そうとしない。……やはりどこかで教育方針の見直しをした方がいいのかもしれない。

 

「お願いします! 今回だけは……!」

「いつまでもそれだと、5年生になったときに苦労するわよ? 次もお姉さんと同じクラスってわけにはいかないんだから」

「うぅ……」

 

 今は石島教諭に事情を鑑みてもらって同じクラスになっているだけであり、姉妹は通常別のクラスに振り分けられる。次のクラス分けの時は、出来ることなら通常通りに扱ってもらうべきだろう。

 ……まあ、どうなるかは分からない。既にフェイトは、周囲から「8人組の一人」として扱われている。管理外世界の常識との食い違いのせいで、不思議に見える言動をすることがあるせいだろう。

 そして以前石島教諭から「お前らはひとまとめにして監視しとかないと恐ろしい」と言われており、オレ達は同じクラスにまとめられる可能性が高い。フェイトが同じ扱いにならないとは限らないのだ。

 

「……仕方がない。坂本教諭、オレにいい考えがある」

 

 1組担任の教諭に提案する。このままぐだぐだやっていても、授業進行の妨げでしかなく、時間の無駄だ。手っ取り早く解決してしまおう。

 フェイトに聞こえないように小声で教諭に指示を出す。教諭は、本当にそんな方法で出来るのかと怪訝な顔をする。

 大丈夫、と頷くと、彼女は半信半疑な様子でプールサイドの一角に向かった。はやてが見学している場所である。

 フェイトが疑問げな表情でオレを見ているが、すぐにビクンとなって、顔色を赤くする。

 オレが出した指示というのは、「はやてにフェイトが駄々をこねていると伝えてほしい」というただそれだけのものだ。

 何故それだけでフェイトがこんなことになっているのか。答えは簡単だ。二人はリンカーコアを持っていて、はやては「八神家のオカン」だということだ。

 ややあって、ミステール経由の念話共有がオレにも届いた。

 

≪ミコちゃん、事情聞かせてもろたでー。これはシアちゃんとソワレにもちゃんと伝えたらなあかんな。ふぅちゃんが学校で駄々こねたって≫

≪や、やめて! わたしのおねえちゃんとしての威厳が……!≫

≪そんなもの初めからないと思うが。嫌なら、言い訳が聞くうちにちゃんと並んでおくべきだな≫

≪う、うぅ……はやてとミコトの意地悪ぅ!≫

 

 タッとプールサイドを走って(危ないからやめろ)自分の並ぶべき場所に向かうフェイト。しかし悲しいかな、二人には既に知られていることだろう。ミステールが伝えて。

 男子生徒の側から「あぁ……」という落胆の声が聞こえてくる。幻聴ではない。多数派は「八幡姉妹セット派」だったようだ。オレ達は何処のお買い得品だ。

 こうして、ようやく今年初めてのプールの授業が開始した。

 

 

 

「あの子が噂の妹さんなんだー。八幡さんと同じぐらい可愛い子だね」

 

 水に入る前に体を慣らしていると、既に水に入った隣の生徒(1組)が話しかけてくる。こちらは向こうを覚えていないが、向こうは知っているようだ。同じクラスになったことのない生徒だろう。

 オレは、自分で言うのもなんだが、この学校ではそれなりの有名人らしい。特に同じ学年でオレを知らない生徒はいないだろうと言われている。

 だから、これは別に珍しいことではない。今までにも何度かあったことだ。1年の頃は冷たくあしらい、2年の頃は機械的な応対に困惑させ、3年の今はもう少しまともな受け答えが出来るようになった。

 

「可愛がっているからな」

「あはは、仲いいんだ。見ててほっこりしたよ」

「そうか」

 

 沈黙。話題が途切れてしまった。……やはり、5人衆でもないと上手く会話が続かないな。

 名も知らぬ生徒が困惑していると、逆隣りにいるむつきがヘルプに入ってくれた。

 

「来年、ふぅちゃん……フェイトちゃんの妹さんも入学するんだよ。アリシアちゃんっていう子で、ふぅちゃんにそっくりなの」

「へぇー。それじゃ来年は海鳴二小美少女三姉妹になるんだ。また男子達が騒ぎそう」

「うーん、どうだろう。シアちゃんもふぅちゃんぐらい可愛い子だけど、結構いたずらっ子なんだよね。学校に入ったら、男の子たちに交じって遊んでそうなイメージがあるかな」

「うちの同居人が、いつもアリシアの悪戯を喰らって追い掛け回している。あながち間違った未来予想でもないな」

 

 悪ガキに誘われて不良の道に走らないか、心配だ。……いや、大丈夫か。そんな時間の無駄をするぐらいなら、はるかと一緒にデバイスを組み立てていることだろう。

 

「イタリア人なんだっけ、妹さん。どういう流れで八幡さんの妹になったの?」

「あの子の母親じきじきに頼まれた。だからオレは、あの子の姉であると同時に、母親代わりでもある」

「……自分のことを「オレ」っていう母親かー」

 

 しょうがないだろう。「私」なんて一人称を使おうものなら、この場で水死体が大量発生するんだから。

 中々踏み込んでくる子だが、かわすのも慣れたものだ。本当に深入りしたら、この子はきっと後悔するだろう。その程度のレベルにしか感じられない。

 だからむつきも、オレが上手くかわせるように手伝ってくれる。

 

「ふぅちゃんも、ミコトちゃんのことをミコトママって呼ぶことがあるんだよ。皆がいるときだと言わないけど、わたし達だけのときはたまに言うよ」

「何それ!? すっごく可愛い! いいなー八幡さん、あたしもあんな妹欲しいー」

「そういうのは君の両親に頼め。オレに言われて用意出来るものじゃない」

「よぉーっし! 今日帰ったら早速お願いしよっ!」

 

 ……彼女の家は、今日は家族会議だろうな。無知とは恐ろしいものだ。

 5人衆はオレと関わっているせいで精神の成長が早かったため、悪く言えば全員耳年増だ。むつきは"夜のプロレスごっこ"を想像して顔を赤くしていて、冷やすために水の中にザブンと浸かった。

 オレも彼女に倣い、水の中に入る。7月になり気温は上がってきたが、まだまだ水温は低く、冷たい。火照った顔が一気に冷める。

 

「そういえば、二人とも「八幡」なんだよね。ミコトちゃんって呼んだ方がいい?」

「好きに呼ぶといい。皆そうしているだろう」

「いちこちゃんなんか、あだ名で呼んでるよね。「ミコっち」って」

「うーん、それは微妙だね。普通にミコトちゃんで。……えーと」

「あ、わたしは伊藤睦月。むーちゃんって呼ばれてるよ」

「杉本万理。マリッペとか呼ばれるけど、あんまり好きじゃないんだよね。普通にマリって呼んで」

 

 むつきはオレの隣の少女、杉本と交流を取り始めた。あとはむつきに任せればいいか。

 彼女はオレにも名前で呼ばせようとしたが、オレが拒み、むつきがやんわりと宥めた。オレにとって「名前で呼ぶ」というのがどれだけの意味を持つのか、何となく理解しただろう。

 以前よりは人との交流が取れるようになったが、根本的なところは相変わらずのようだった。

 

 

 

 二人組を作る。オレの隣はむつきだが、彼女は杉本との交友を深めるために、彼女と組むそうだ。なのでオレは、亜久里と組むことにした。

 彼女は1組と2組の中では最も背が小さい。間に3人いて、杉本をスキップしても1組生徒と2組生徒がそれぞれ一人ずついる。

 だが、彼女らは彼女らで組んでおり、オレが亜久里と組む分には問題がなかった。……多分、2組生徒が気を利かせたのだろう。彼女なら、オレと亜久里がそれなりに気安い関係であることは知っているはずだから。

 

「相変わらずミコトちゃんは人付き合いが下手だねー」

「自覚はある。口よりも足を動かせ」

 

 しゃべると同時にバタ足が弱まった亜久里に叱責を飛ばす。彼女は纏っている空気が緩いため、疲れたときとそうでないときの区別がつきにくい。時間的にまだバテたということはないはずだ。

 彼女の言う通り、オレはまだ「ある程度会話が出来るようになった」だけであり、「人付き合いが出来るようになった」わけではない。

 5人衆にしろ聖祥組にしろ、「オレに合わせている」部分が確かにある。オレが人付き合いをしているのではなく、人付き合いをしてもらっているということだ。

 

「そうそう人は変わらん。会話の出だしで切り捨てないだけ成長したと思ってくれ」

「そだねー。1年の最初は、会話にすらならなかったもんねー」

 

 あの頃は、冗談抜きではやてとしか会話をしていなかった。ミツ子さんとも最低限のやり取りのみだったし、それでは会話とは呼べないだろう。

 はやてが根気よくオレと会話をし、オレの内面を分析し、交流のためのスイッチを押してくれたのだ。オレの冷たい心に触れて暖かさを教えてくれたから、オレははやてが大好きなのだ。

 またバタ足が弱まるので指摘する。この子はすぐだらけるのが難点だ。

 

「でも、笑顔を振りまいて人付き合いしてるミコトちゃんってのも、想像出来ないなー」

「女言葉でしゃべるよりも似合わなさそうだ。これがいい塩梅なんじゃないか?」

「まー仏頂面ありきだよねー」

 

 表情を繕うのではなく、話術を磨くのがいいか。とはいえ、相手のレベルに合わせて話題を変えるというのは、それはそれで面倒そうだ。

 やはり、交流の相手を限定するのが、一番面倒がない。

 

「もう数年すれば周りの会話レベルも上昇する。そうすれば、もうちょっと交流を取れる範囲は広がるだろう」

「うわー、他力本願。でも、結局それが真理なのかもねー」

 

 「まことのことわり」とは、中々哲学的なことを言う。だが亜久里の言う通りであり、彼女らがオレと会話が成立しづらいのは、語彙力の差もかなり大きい。いちいちかみ砕いた表現を使わなければならないのは面倒だ。

 それが解消されるだけでも、やりやすくはなるだろう。実際、オレは大人との交流は比較的容易に出来ている。向こうが合わせてくれているというのもあるだろうが。

 

「もしそれが必要になるんだったら、オレが周りのレベルを上昇させている。君達5人がいい例だ」

「えへへー、その節はどうもー」

 

 実を言うと、5人衆は学年でもトップクラスの成績を誇る優等生軍団だったりする。アホの田井中でさえ、上位20人の中には入っているだろう。優等生かつ問題児軍団なのだ。

 それと言うのも、1年の時からオレの近くにいたせいで、オレとの会話に着いて行くために知力が強化されたためだ。さらには、「コマンド」作成の手伝いなんかもしている。

 おかげでこの5人はそこいらの子供に比べて理解力が高くなっており、特定の分野においてはオレを凌ぐ知力を見せたりする。はるかがいい例だな。

 もしオレが中学から聖祥に行くとして、こいつらなら普通に着いてこれるだろう。特待生争いなんてこともあり得るかもしれない。聖祥中等部に特待生制度があればの話だが。

 つまり、本当に学年全体の力が必要になるのなら、オレは彼ら全員を5人衆並の知能に鍛え上げているということだ。出来るか出来ないかではなく、オレはやると言ったらやるのだ。

 

「まーそうだよね。何の努力もせずにミコトちゃんと仲良くなろうだなんて、虫のいい話だもんね。あたし達だって結構努力したんだもん」

「そういうことだ。今はバタ足の努力が足りていないようだが」

「あたしばっかり努力するのも癪だから、次ミコトちゃんの番ー」

 

 亜久里が足をつき、今度はオレが彼女に手を持ってもらい、バタ足の練習を始めた。

 

 

 

 水の中に潜って10秒間息を止めるという潜水の練習を始めたところで、加藤からヘルプ要請が入った。亜久里とともにそちらに向かうと、鈴木に抱き着いて離れようとしないフェイトの姿。

 

「……はあ。何があった」

 

 プールが始まってから、フェイトの情けない姿ばかり見ている気がする。魔法戦や魔法を教えているときの凛々しい姿は何処に行った。

 オレの問いに、抱き着かれたままの鈴木が答える。

 

「フェイトちゃん、水に顔付けるのが怖いって」

「だ、だって、水の中って息出来ないんだよ!? なんで皆平気なの!?」

 

 典型的な泳げない子の発言だった。一度プールに行ったし、てっきりこのぐらい平気なものだと思っていた。だが、そういえばあのときも水に顔は付けてなかったな。

 

「正直あたしらじゃ手に負えないわ。何とかしてあげて、お姉さん」

「分かった。ここまで面倒を見てくれて礼を言う。ありがとう、加藤、鈴木」

「どーいたしまして。先生にはあたしらが伝えとくから」

 

 そう言って二人は、女子の指導を担当する1組坂本教諭のところに向かった。

 鈴木から引っぺがしたフェイトは、今度はオレにひしっと抱き着く。

 

「水中で息が出来ないのは当たり前だ。オレ達は肺呼吸なのだから。空気中で十分な酸素を取り込んで、息を止めればいいだけだ」

「で、でももし潜ってる最中に苦しくなっちゃったらぁ……」

「そのときは顔を外に出して息をすればいい。……君は頭がいいはずなのに、何故こんな単純な理屈が思い浮かばない」

「水が怖くて正常に考えられてないんだよー」

 

 そういうものなのか。そういえば、オレは恐怖というものも今一つ理解出来ていなかったな。亜久里が怒ったときは本当に怖かったが。

 それとこれは多分別物の恐怖なのだろう。だから、恐怖を克服して思考を正常にさせる方法が、オレには分からない。亜久里の力を借りることにしよう。

 

「どうすればいいと思う?」

「んー……皆で一緒に潜る?」

 

 そんなので大丈夫なのか? とも思ったが、フェイトの抱き着く力が緩んだ。赤信号、皆で渡れば怖くない、ということなのか。

 

「い、いっしょにもぐってくれる……?」

「それで君が水に顔を付けられるというのなら、そうする。苦しくなったら、オレがすぐに持ち上げてやる。それで大丈夫か?」

「お、おねがい、おねえちゃん……」

 

 手のかかる妹だ。だからこそ可愛いというのはあるが、もう少し自分の力で乗り越えられるようになってもらわないとな。――万一の可能性は、消えていないのだから。

 オレがフェイトの肩に手を乗せ、潜水・浮上のタイミングを決めることになった。亜久里は自分のタイミングで潜るそうだ。

 すーはーすーはーと深呼吸をするフェイト。そんなに緊張することでもないと思うが、彼女にとっては大冒険なのだろう。

 

「それじゃあ……行くぞ」

 

 そう言って、オレも大きく息を吸う。フェイトが息を吸い込み終わったのを確認して、手に力を入れてザブンと沈む。

 ゴボゴボという水音。外の音はほとんど聞こえなくなり、それだけがオレの聴覚を支配する。オレはゴーグルをつけていないから(何故か皆が反対する)、視界もクリアではない。

 だがこれだけ近ければ、フェイトが目をギュッと瞑っていることは見て取れる。口もむーっと閉じられていて、時折鼻から空気の泡が漏れる。手はグーに握られて胸の前に。

 明らかに力みすぎだ。これでは10秒も持たないんじゃないか? 案の定、フェイトは5秒を過ぎたあたりで苦しそうにプルプルしだした。

 オレは肩に置いた手を脇の下に挟み、浮上する。

 

「ぷはっ! はあっ、はあっ!」

「力みすぎだ。そんなに無駄に酸素を使っては、すぐに息切れして当然だ。もう少し力を抜いて、もう一度だ」

「む、むりだよぉ! いまのでせいいっぱいだったのにぃ!」

 

 水を怖がり過ぎて幼児退行している。彼女の生きた年数からすれば、実はそのぐらいで適正なのだが。

 てこでも動かないとでも言うように、オレに抱き着いて力を緩めないフェイト。目には涙が浮かんでいた。やれやれと思いながら、その体を抱き返し、頭を撫でて宥める。

 オレ達、というかフェイトを見て、亜久里は「んー」と考える。そして自分のゴーグルを外し、フェイトに着けてやった。

 

「ふぅちゃんさー、これでもう一回潜ってみよう。ゴーグルつけてれば、水の中で目も開けられるし。見えれば、少しは怖さもマシになるかもー」

「さちこ……」

 

 見えない恐怖、というやつか。だが、フェイトの様子から、それは大いにありそうだ。

 亜久里から勇気をもらい、再度決意するフェイト。もう一度、皆で水の中に潜った。

 フェイトは……今度はリラックスしていた。目を開き、口を笑みの形に開き、水の中から見える景色に感動していた。

 

≪凄いよ、おねえちゃん。水の中から見る景色って、光がキラキラして、とってもキレイ≫

 

 余程嬉しかったのか、ミステールに念話共有を繋いでまで話しかけてきた。参加者は、オレと亜久里。

 

≪少しは、水が怖くなくなったか?≫

≪うん! ありがとう、さちこ≫

≪目がー、目がぁーっ!≫

≪ああっ!? ご、ごめんさちこ! 今ゴーグル返……目がぁー!?≫

≪何をやっとるんじゃ、主ら……≫

 

 思わずミステールが突っ込みを入れる混乱具合だった。

 ……そんなに水の中で目を開けるのは辛いだろうか? お湯より楽だと思うのだが。

 

 

 

 一度水から上がり、プールサイドに並ぶ。ビート板を使い、25mをバタ足で泳ぎきる練習だ。

 一度に泳げるのは6人まで。男子3人、女子3人。二組合同の場合、男女ともに30人強なので、全部で11組となる。

 何が言いたいかと言うと、結構待ち時間があるということだ。水から上がると男子からの視線が集まるから、正直この時間は鬱陶しい。

 

「女子なら他にもいるだろうに。何故オレ達ばかりを見る」

「そりゃ、二人が美少女だからでしょ。二人とも群を抜いて可愛いんだから、しょうがないわよ」

「うぅ、恥ずかしい……」

 

 オレとフェイトに集まる視線から守るように、あきらが並ぶ。彼女は一番男子側に立ってくれている。それでも、全ての視線を防ぐというわけにはいかないのだ。

 

「うぉぉ……やっぱすげーぜ、八幡姉妹」

「今年は前半組で良かった……噂の八幡さんの水着を見ることが出来た」

「ふつくしい……」

 

 ……全部聞こえてるんだよ、男ども。見世物じゃないんだぞ、まったく。

 そのくせ彼らは、オレ達と交流を取ろうとはしないのだ。ヘタレというレベルじゃない。言い方は下品だが、玉無しと言う他ない。

 

「……最近知ったんだけど、男子の間では協定があるらしいよ」

 

 後ろから、はるかがこそこそとオレ達に話しかける。協定って、一体どんな。

 

「なんか、「八幡ミコトのグループに手を出してはいけない」みたいなの。あくまで遠巻きから眺めるだけ。抜け駆け厳禁みたいな感じかな」

「なんだそれは。オレはともかくとして、君達にまで迷惑がかかっているじゃないか」

「わ、わたしは、別に平気だよ? 皆がいてくれるから……」

 

 ちょっと顔を赤くしながらのフェイトの言葉に、はるかも同意した。

 

「わたしも今のところ男子には興味ないから、別にいいんだけどさ。問題なのが、その、なんていうか……女の子同士の恋?みたいなのを期待されてるんだよね」

「……はあ? それ、わたし達全員? ミコトとはやてだけじゃなくて?」

「そこで何故オレとはやてが出てきた。オレ達がそういう関係じゃないことは、君達が一番知っているはずだ」

「周りからどう見えるかって話よ。ミコトちゃん達にその気がないのは知ってるけど、何も知らないで見たら二人は恋人同士にしか見えないってこと」

「解せぬ……」

 

 どうにかして、オレ達はノーマルであることを周知徹底せねばなるまい。そういう目で見られるのは、さすがに不愉快だ。

 「それは置いといて」と、あきらは憤慨した。

 

「わたしはミコト達みたいなことしてないのに、どうして同性愛扱いされなきゃなんないのよ。納得がいかないわ」

「いや、あきらちゃんは普通に順当だと思うよ? ミコトちゃんのこと大好き過ぎだし」

「……うん。はるかの言ってること、わかるかも……」

「ちょお!? まさかフェイト、わたしが同性愛者だと思ってる!? 違うからね!?」

「わ、分かってるよ! ただ、ミコトに対する愛情表現が大きすぎるっていうか……」

「君と亜久里は、人目をはばからずオレに抱き着いてくるからな。そのせいじゃないか?」

 

 「むむむ」と唸るあきら。もしこの学校になのはがいたら、きっと彼女も同性愛扱いされていたのだろう。彼女も、オレに対する愛情表現があきら並だから。

 ――このとき、どこぞの聖祥大付属小学校3年1組の教室で、どこぞのツインテール少女が大きなくしゃみをして顔を真っ赤にしたらしい。どうでもいいな。

 

「……つまり、ミコトのせいね!」

「どうしてそうなった」

 

 本当に、どうしてその結論に至った。しかも何の反省もなく抱き着いてくるし。

 

「ミコトの抱き心地が良すぎるのが悪いの! ちっちゃいし柔らかいし可愛いし、あーもうたまんないっ!」

「どうやら君は今が授業中だということを忘れているようだな。……石島教諭、お願いします」

「おう」

「し、しまっだぁ!?」

 

 久々の男女平等パンチである。これに懲りたら、少しは行動を自重してもらいたいものだ。

 ……なお、この後も彼女達の行動は何も変わらず、当然オレ達に寄りつく男子は現れなかったことを記しておく。

 

 

 

 授業時間は残り10分。この10分間は、自由にプールで遊べる時間だ。もちろんプールに入らないで冷えた体を温めるのもよし。

 オレは、フェイトと一緒にはやてのところにいた。少し、疲れたのだ。

 

「しっかし、ふぅちゃんが水に顔付けられへんのは意外やったなぁ。水泳とか涼しい顔で出来そうやったのに」

「も、もう付けられるもん! ……プレシア母さんのところにいたときは、魔法戦の訓練以外、やったことなかったから」

「……せやったな。辛いこと思い出させてしもうたか?」

「ううん、平気。今は皆がいるし……こうして、新しい思い出を作れるもん。だから、無理はしてないよ」

「そか。なら、ええわ」

 

 タオルで体を隠しているため、男子からの視線は来ない――残念そうな視線は飛んでくるが、知ったことではない――ので、安心して会話を楽しむことが出来る。

 夏の熱い日差しで、冷えた体が体温を取り戻す。やはり、この時期の水はまだ冷たい。

 

「はやての足も、早く動くようになればいいのに。そうすれば、きっともっと楽しいよ」

「せやなー。こればっかりは、今は待つしかないもんなぁ。急に動くようになったら、きっと皆びっくりするやろな」

「そんな急には動くようにならないだろう。麻痺が解けても、衰えた筋肉を取り戻す必要がある。オレも手伝うから回復は早いと思うが、それでも徐々にだ」

「なんや、つまらんなぁ」

 

 「コマンド」で魔力の簒奪を止めることは出来ない。魔力要素に働きかけることは出来ても、プログラムに干渉することは出来ない。オレがそれを理解できないからだ。

 だが、肉体には干渉することが出来る。はやての足の麻痺が解けさえすれば、はやての足に干渉して動かし方を教えることが出来る。筋肉の回復を促すことが出来る。

 だからそのときが来れば、はやてはすぐに歩けるようになる。今まで作れなかった思い出を、いっぱい作れるようになる。

 そのときを思うと……どうしても、口元が笑みの形になってしまう。まだ気が早いにも程がある。

 

「それでも、オレも楽しみにしているんだろうな。ギルおじさんからの連絡が早く来ないか、待ち遠しくて仕方がない」

「あはは。なんや、今のミコちゃん、普通の子供みたいやったで」

「知らなかったのか? オレは普通に子供なんだよ。はやてのおかげでな」

「せやったな。けど、ふぅちゃんシアちゃんソワレのママやで?」

「普通に子供をやりながらママをやっちゃいけないのか?」

「ううん、そのぐらい欲張りでいいと思う。ミコトは、それぐらいの労力を支払って来たんだから。そうじゃなかったら、「貸し借りのバランスが取れてない」。でしょ?」

 

 フェイトが上手い返しをしたことで、オレもはやても笑う。まったくもってその通りだ。

 普通に子供をやりながら、彼女らのママをやり、そしてはやての足を治し、家族皆で思い出を作る。

 それが、今のオレが描く、最高の未来絵図だ。前回は逃してしまった最高の結果を、今度こそ、手に入れてみせる。

 

 だが、今は。

 

「ミコっちー! ふぅちゃーん! あと5分しかないから、そろそろ遊ぼうよー!」

「ほら、お呼びやで。わたしはここで見とくから、二人とも行ってきぃ」

「うん、行ってくるね。行こう、おねえちゃん」

「ああ。行ってくる、はやて」

 

 この瞬間も確かな思い出として、胸に焼き付けることにしよう。

 

 

 

 

 

 夏は、まだ始まったばかりだ。




水着回だけど全員スク水です。学校授業だもの。当たり前だよなぁ?(ねっとり)
学校授業なので、微エロ的な要素もありません。健全そのものです。当たり前だよなぁ?(ねっとり)

今回新しく出てきたモブ二人は、今後出てくる予定はありません。使い捨てキャラです。でも剛田君もそうだったので、今後次第でどうなるかは分かりません。
海鳴二小の男子で名前ありモブは出さないつもりです。8人組が濃すぎて会話に絡められる気がしません。
フェイトは学校で結構愛されてます。八幡三姉妹の良心ですからね(長姉は非道系、末妹は悪戯好き)

しばらくは夏のイベントを消化する話を書きたいと思います。まったり日常!


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三十二話 管理世界 時

今回はクロノ視点です。

前回のあとがきで「まったり日常」と言ったな。
あれは嘘だ。


 第1管理世界ミッドチルダ、首都クラナガン、時空管理局地上本部。それが今僕のいる場所だ。

 

 先の事件、ジュエルシード事件の裁判は、被告人が既に亡くなっていることもあり、既に刑(形式上のものだが)も確定して閉廷している。

 とはいえ、この事件は裏事情が色々と込み入っており、裁判を終えればそれでおしまいというわけにはいかない。表に出せない情報が多すぎるのだ。

 たとえば、チーム3510こと八幡ミコト率いる現地協力者の情報。アースラスタッフはリンディ提督が信頼できる人員のみを集めているため、箝口令をしくのは容易だ。だが通信機器に残った情報まではどうしようもない。

 もし彼女達のことが管理世界に知られたらどうなってしまうか、簡単に説明しよう。

 

 まず、なのはやガイ、フェイトといった魔導師組は、間違いなく管理局から熱烈なスカウトを受ける。本人たちが望む望まざるに関わらず、断り続ける限り付き纏われ続けるだろう。

 それがもしミコトや恭也さんの怒りに触れてしまった場合、彼女達と管理局は敵対してしまう。優秀な人材を獲得するどころか、余計な損失を出してしまうのだ。

 では恭也さんはどうだろう。彼の場合、ひょっとしたら「管理世界の秩序を脅かす」などという理由で命を狙われるかもしれない。非魔導師が魔導師を圧倒するというのは、管理世界の常識ではあってはならないのだ。

 そんなことになったら、彼らは死力を尽くして管理局を潰しに来るだろう。無論そう簡単に潰れるような組織ではないが、ミコトという少女の力量は底が知れなさ過ぎるのだ。

 そして、ミコトの"魔法"。それが成した「死者の復活」(蘇生ではない)という奇跡。管理局どころか、犯罪者たちも喉から手が出るほどにそれを欲するだろう。

 これはもう最悪だ。被害は管理局だけに留まらない。管理世界そのものが立ち行かなくなる可能性すら出てくる。自身の平穏のために、管理世界を滅ぼすぐらいはやりかねない。彼女は、やると言ったらやるのだ。

 それに伴い、当然アリシア・テスタロッサ……ではない、アリシア・T・八幡の情報なんかも秘匿する必要がある。

 もちろんこれらの予想は最悪を想定したものであるが、それなりの確率で発生し得る未来だというのが、リンディ提督、エイミィ補佐官、そして僕の共通見解だ。

 だから、彼女達の情報は一切表に出すことなく、ジュエルシードの持ち主であったユーノと、僕達アースラスタッフのみで処理した事件ということにしなければならない。報告書を誤魔化さなければならないのだ。

 スタッフにも同様の説明をしており、理解を得ている。彼らは知っているのだ。ミコトという少女が、時空管理局の執務官と提督を手玉に取ったことを。大魔導師を論破したことを。

 知っていれば、この未来予想が誇大妄想などではないことは想像がつき、現在進行形で必死になって通信データを誤魔化してくれている。

 

 秘匿しなければならないのはこれだけじゃない。ユーノがミコトに報酬として支払ったジュエルシード。これも、紛失扱いにしなければならないのだ。

 僕は具体的な説明は受けていないが、ユーノが言うことには、彼女に渡ったジュエルシードは全てアリシアを復活させたときと同じような使い方をしているらしい。つまり、彼女の"魔法"に通じる情報なのだ。

 幸い、それらはミコト本人が封印を行ったものであり、デバイスに情報が残っているものではない。さらに、実際にジュエルシードは別物に変質しており、紛失という言い方は出来る。

 隠さなければならないのは、紛失した経緯だ。全て「封印作業中の事故による喪失」という扱いにして、シリアル1、6、14、20につながる情報を断たねばならない。

 ……ミコトはアリシアを助けるために、本来予定していたのとは別の用途にジュエルシードを使っており、本当はもう一つ必要だったのだそうだ。

 だが他全ては、履歴がS2Uの中に残った後だった。さすがにそれを渡すことは出来なかった。ミコトの方も「筋を違える」という理由で、受け取る気はなかったようだが。

 

 他にも、フェイトの存在につながるからという理由で、プレシア・テスタロッサが行った違法実験「プロジェクトF.A.T.E.」は失敗したということにしなければならない。

 これはもう完全に言葉遊びの世界だ。「人造魔導師の作成」という面から見たら成功だが、プレシアの求めた結果ではなかったから失敗。この「失敗」を、公的な報告とした。

 フェイトの証言から、プレシアにはリニスという使い魔がいたことと、彼女らが住んでいたアルトセイム地方の民家から彼女の手記が出て来たこともあった。

 もちろん、公表できるわけがない。これらのことは、フェイトが管理外世界の住人となったことと合わせて、捜査範囲外ということにして処理してある。

 そんな感じで、事後処理としてやらなければならないことが山ほどあった。不謹慎ではあるが、一足先に旅立ったプレシアが羨ましくさえ思えてくる。本当に満足した顔で逝ったからな、彼女は。

 ちなみに、事件が終わってからの僕の平均睡眠時間だが、4時間を切っている。また身長が伸び悩む……。これが終わったら、溜まっている有給を使うのもいいかもしれないな。

 

 さて、そんな忙しい僕ではあるが、今向かっているのは執務エリアではなく、管理局保有のジム施設。事務施設ではなくジム施設だ。

 別に僕が運動をしたいわけではなく、そこでトレーニングを行っているであろう人物に用があるのだ。こちらに戻ってからというもの、彼女に告げた言葉を現実とするべく、彼はここに入り浸っているのだ。

 ……正直、迷走してるんじゃないかと思っている。

 

「やっぱりここだったか、ユーノ」

「あ、クロノ。ちょっと待って、もうちょっとでダンベル終わるから」

 

 薄着のトレーニングウェアになった金髪の少年は、片方10kgのダンベルを軽々持ち上げている。見た目の線の細さとは裏腹に、少年の体は鍛えこまれていた。

 ユーノ・スクライア。事件の発端となったロストロギア・ジュエルシードを発掘した、スクライア一族の少年。8歳と幼いながらAランク相当の魔導スキルを擁し、補助魔法を得意とする優秀な結界魔導師だ。

 チーム3510の中で唯一の管理世界所属者である彼は、本人の立候補もあって、事後処理を手伝ってもらうべく局に残ってもらっている。その見返りとして、ここを自由解放しているというわけだ。

 ここの主な利用者は、武装隊に所属する局員だ。必然的に体の出来上がった厳つい大人たちが利用するのだが、そんな中で明らかにオフィスワーカータイプの少年は浮いている。どう考えてもミスマッチだ。

 が、彼はリーダーとの別れ際、「次に会うときはもっと男らしくなっている」と約束したのだ。具体的にどうするのか僕は知らないが、まずは体を鍛えることから始めたらしい。

 ……ユーノは初めから見た目に反して力持ちだった。理由を聞いたところ、「遺跡の発掘で力仕事は必要になるし、変態の相手をしていたらいつの間にか鍛えられていた」と虚ろな目で語った。ご愁傷様だ。

 少年はダンベルを持ち上げ、「……100!」と数を口にしてから、鉄の塊をホルダーに戻した。

 

「ふうっ。お待たせ」

「前々から思っていたんだが、君の求める男らしさとはどんなものなんだ? 体を鍛えていて身につくものなのか?」

「もちろん、"あの人"が頼れる男になることだよ。身体能力が必要になることだってあるはずだ。何だって無駄になることはないさ」

 

 他の局員の目があるため、「ミコト」という名前を出すわけにはいかない。そこら辺りは、彼女に「最高の守護者」と評されただけはある。ちゃんと一線を守っていた。

 彼にとって八幡ミコトという少女は、恩人であり、唯一従うリーダーであり、そして思い人だ。底知れぬ才覚を持つ少女と釣り合いの取れる男となるため、日夜努力しているというわけだ。

 

「君の長所は補助魔法だ。そちらを伸ばした方がいいと思うが」

「それは最低条件だよ。伸ばして当たり前、プラスアルファの何かが必要なんだ」

 

 なんとまあ、ストイックなことで。意外と前線勤務が向いているかもしれないな。まあ、今のところ彼に管理局に所属する意志はないようだが。

 移動しながらあたりさわりのない会話をし、人目がなくなったところで本題に入る。

 

「事件関連の聴取?」

「いや、別件だ。先方が何故か、僕と君を指名してきた。信用のおける人物ではあるんだが、理由が分からなくて困っている」

 

 僕がユーノを呼びに来た理由。それは、ある人物から召集がかかったためだ。僕にとって縁の深い、もう一人の父とも言っていい存在だ。

 

「ギル・グレアム提督。聞いたことはあるか?」

「歴戦の勇士だね。第97管理外世界出身の、Sランク魔導師。現在は艦隊職を退いて、顧問官を担当。この人で合ってる?」

「さすがに優秀だな。彼は……僕の父の元上司で、友人だったんだ」

 

 さすがに父さんの話を出すときは、一瞬言いよどんでしまう。それでユーノは何かを察し、深入りせずに納得した。

 僕の父は、既に故人だ。11年前、ロストロギア「闇の書」を巡った事件で、暴走した闇の書に次元艦ごと取り込まれてしまい、上司であったグレアム提督の手で撃たれた戦艦砲「アルカンシェル」により殉死した。

 ……僕が、執務官を目指したきっかけの一つでもある。いつかこの手で闇の書を捕獲し、悲劇の連鎖を断つために。

 

「そういうことなら、クロノが呼び出されるのはまだ分かるけど……僕も?」

「むしろ君を呼び出してくれと僕に来た感じだな。君のことは、ジュエルシードの発掘者としてしか報告していないはずだが……」

「スクライア一族への依頼かな。でもそれだったら、僕を通さないで直接族長に行くはずだし……スカウトってことはないよね?」

「……どうだろうな。見る者が見れば、あの報告書だけで君が非凡であることは分かる。もしかしたら、君の力が必要な何かが発生したのかもしれない」

「今のところ局に就職する気はないんだけどなぁ。もちろん、力を貸すだけだったらいいけど。見返りはもらうけどね」

 

 ちゃっかりしている。恐らく、ミコトの影響だろう。彼女は「貸借バランス」を非常に重要視していた。お互いに納得できる貸借バランスを保つことが、平穏な人間関係であると。

 彼女の場合、関わる人間を最小限に抑えるための主義だろう。だがこれは、世の中の多くの人が抱える人間関係の問題を解消するヒントでもあると思っている。

 一時の情に流されて力を貸して、そのときになって見返りを求めるからトラブルの元となるのだ。それならば最初から条件をはっきりさせておけばいい。彼女がやっているのはそういうことだ。

 そのことを、ユーノはしっかり学んだということだ。「管理局に協力することは当然」などと思考停止せず、双方の利害をちゃんと考えている証拠だった。

 

「そのときはしっかり断ってくれ。僕は局側である以上、止めることは出来ない」

「万年人材不足って話だしね。"あの人"だったら、「人材不足を嘆く暇があるなら、どうすれば人材不足を解消できるか考えろ」って言いそうだけど」

「言って、実行するんだろうな。"あの子"の場合は。だから敵に回したくない」

 

 思うに、局の上層部は、人材不足を解消するための手段をしっかりと考えられていないのだろう。他に考えるべきことが多すぎるのだ。だから、単純な募集やスカウトに頼るほかない。

 個人であるミコトと、組織である時空管理局を比べることは出来ないが……それでも、あの子なら何とかしてしまうだろうという不思議な確信があった。

 

「時間は一時間後だ。10分前になったら迎えにくるから、それまでにしっかりクールダウンして汗を流しておけ」

「了解。それじゃ、後でね」

 

 そう言って彼は、再びジムエリアに戻って行った。……後ろから見た彼の腕は、筋肉が浮き出ていた。すっかり筋肉モリモリ、マッチョマンの変態だ。

 

「あんまり鍛えすぎると、見た目でドン引かれるんじゃないか? ……まあ、知ったこっちゃないか」

 

 何でか彼の恋を応援する気は起きないので、僕は思考を切って執務エリアに戻った。

 

 

 

 

 

 約束の時間にユーノを回収、グレアム提督の執務室へ向かう。

 華美過ぎず荘重なドアの前に立ち、ブザーを鳴らす。待つことしばし、壮年男性の声が僕達を出迎える。

 

『やあ、来てくれたね』

「時空管理局本局所属執務官、クロノ・ハラオウン。民間協力者のユーノ・スクライアを伴い、召喚に応じました」

「ゆ、ユーノ・スクライアです!」

 

 さっきまでの余裕はどこへやら、ユーノは歴戦の提督に会うということでカチンコチン固まっている。全然男らしくないじゃないか。余裕ぶってただけか。

 ちなみに、今のユーノの格好は普段のスクライア一族の衣装ではなく、黒のスーツ。正装だ。着慣れていないのだろう、違和感しかない。

 

『ははは、そう畏まらないでくれ。ドアは開いているから、気兼ねなく入ってくれ』

「了解しました。失礼致します」

 

 横についたボタンを押し、ドアを開く。中では既にグレアム提督と、彼の使い魔であるリーゼ姉妹が待ち受けていた。

 堂々と中に入る僕の後から、ユーノがおっかなびっくりついてきて、ドアが閉まった。

 

「座って、楽にしてくれ。今何か飲み物を出そう。アリア」

「はい、父さま。クロノはいつもの紅茶でいいかしら。ユーノ君は何がいい?」

「え、えと、僕も紅茶で……」

 

 リクエストを受けて、アリアは一旦下がった。ユーノが座りやすいようにまず僕が座ると、ロッテが後ろから抱き着いてきた。

 

「クロ助、ひっさしぶりー。最後に会ったのって一年ぐらい前だっけ?」

「もうそんなにか。ここのところ、アースラに詰めっぱなしだったから、時間の感覚があやふやだな」

「そーだよ! 一年前だったら、こんなことしたら顔を真っ赤にして慌ててたのに! お姉ちゃんが知らない間に大人になっちゃってー!」

 

 姉ぶるな、と言いたいところだけど、実際アリアとロッテは僕の姉のようなものだ。僕がまだ時空管理局に勤める前からの付き合いであり……勤めてからは、教官でもあった。

 アリアには魔法を、ロッテには近接戦闘を。それぞれしごきと言っていいレベルで叩き込まれた。何度地獄を見たか分からないが、おかげで強くなったのは確かだから、あまり文句は言えない。

 そしてロッテは悪戯好きなところがあり、こうやって僕をからかって遊んでいた。……そういえば、いつの間にか平気になっているな。

 僕も少し大人になり、弱点が減ったということなのだろう。自分の中でそう分析し、内心でちょっと感慨にふけった。ようやく、ロッテに一つ勝てたのだ。

 

 ……そう、思っていたのだが。

 

「まあ? あんなに可愛い女の子の裸を見ちゃったら、あたしぐらいじゃ反応しないのもしょうがないのかなー?」

「なっ、……、!?」

 

 完全に虚を突かれ、狼狽え、――そして顔が青ざめる。

 今の発言は、完全に知っていた。ミコトのことを。

 バッとユーノの方を見ると、彼の顔は完全に警戒の色に満ちていた。手元には魔法陣が浮いており、いつでも魔法を行使できる状態。

 対して、グレアム提督もロッテも、サイドボードで紅茶を入れているアリアも、全く動揺がない。いや、提督だけは、ロッテの勝手な行動に呆れていた。

 

「こら、ロッテ。順を追って説明しないから、スクライア君が警戒してしまったじゃないか」

「えー。でも父さま、どっち道あの子の名前を出した時点で、ユーノ君絶対こうなってたよ」

「落ち着け、ユーノ。ここで事を荒立てたら罪に問われてしまう。それでなくとも、君単独ではリーゼ姉妹には勝ち目がない」

「……分かっていても、引けないときだってあるよ」

 

 彼は僕にも疑いの目を向けている。当たり前だ。ミコトのことを知っているのはアースラスタッフのみであり、その統括をしているのは僕と艦長だ。情報の漏えいがあったとしたら、それは僕達の責任なのだ。

 だが、僕の心配は杞憂であるとグレアム提督は証明する。

 

「我々がミコト君を知ったのは、君達よりもずっと前のことだ。だけど今まで、管理世界の人間が彼女を知ることはなかった。これが、私が彼女の平穏を脅かす意志がない証明にならないかね?」

「それに、あの報告書でクロ助がミコトちゃんの着替えを覗いたなんてことは分からないでしょ。独自に監視してたってことよ」

「……その通りみたいですね。とりあえず、クロノは死ねばいいのに」

「蒸し返すな、全く」

 

 とりあえず僕の嫌疑は晴れたようだが、相変わらずグレアム提督たちへの警戒は解けない。それは僕も同じことだ。

 ロッテは言った。「監視していた」と。管理世界とは関係のない、普通の女の子――ということになっている"魔法使い"――のことを。ずっと前から。穏やかな話じゃない。

 僕達の警戒を前にして、歴戦の勇士たちは余裕を崩さない。アリアがホットの紅茶を3カップ持って来て、提督の側に立った。ロッテもその隣に移動する。

 

「まずは互いの近況報告から、と思っていたんだがね。これでは早速本題に入るしかないか。ロッテの悪戯好きには困ったものだ」

「話が始まったら、あなたは黙っているのよ。余計な発言で混乱させられたら困るんだから」

「ぶー。どーせあたしは「話にならない雑魚」ですよーだ」

 

 ミコトが下しそうな評価だ。つまり彼らは、既にミコト達と面通しを終えている? 一体どんな思惑で、何を考えているのか。グレアム提督は、ミコトにとって味方なのか。それとも敵なのか。

 マルチタスクを使用して並行して考えるが、そう簡単に答えが出る問題じゃない。やはり、話を聞くしかなさそうだ。

 

「聞きましょう。どうして僕達がここに呼ばれたのか。そして、何故あなたがミコト達を監視していたのか」

「……その前に確認しておきたい。クロノ。君は今、管理局の執務官か? それとも、ミコト君の知己か?」

「両方です。僕は執務官としての判断で、彼女の情報を管理世界に流すことは、我々にとっても多大な損失を与えるものだと考えた。そして、ともに事件を解決した同士を売る様な真似はしたくない」

「それを聞いて安心した。スクライア君……は、聞くまでもないか」

「ミコトさんのためなら、僕は管理世界を捨てる覚悟だって出来ている。それが答えです」

 

 本当にこの少年は、ミコトという少女に心酔している。……少し、気持ちが分かってしまうのが癪だ。

 ユーノの刺々しい視線をものともせず、グレアム提督はニコリと笑って見せた。

 

「ではまず、君達が一番気になっているであろう、我々がミコト君にとって敵なのか味方なのか、そこからはっきりさせておこう。今は、味方だ。少し前は、敵と言ってよかっただろう」

 

 ……あの少女は、グレアム提督をも交渉で負かし、味方につけたのか。相変わらずの鬼才っぷりだ。

 はっきりしない情報の中、提督は一息つく。そして紅茶を口に含んで湿らせてから。

 

「ロストロギア・闇の書。我々は独自にそれを追っていたんだ」

 

 衝撃的な一言を発した。

 

 

 

 全てを聞き終えて、僕は呆然としていた。それほど衝撃的であり、情報を整理するのがおっつかない。

 

「……まさか、はやての足の原因がロストロギアの影響だったなんて。寝室なんて近場にあったのに、どうして誰も気が付かなかったんだろう」

「闇の書は起動まではただの書物だ。盗難などを避けるために、認識を阻害するプログラムも付加されている。……それと、我々による隠ぺいも。起動前に破壊されたら、再捕捉出来るとは限らなかったからね」

「ミコトさんならそのぐらいしてもおかしくない。他の誰かが犠牲になろうと、あの人にとってははやての方が大事だから。……本当にサーチャーを飛ばしていたんですか? 僕もフェイトも気付かなかったのに」

「今君の目の前にステルスサーチャーがあるけど、気付かないでしょ? このぐらいの隠ぺい度でやってたのよ」

 

 アリアがステルスプログラムを解除すると、ユーノの鼻先に青色のサーチャーが出現し、彼は驚きのけぞった。何せ、僕の魔法の師匠だ。このぐらいは出来るだろう。

 ユーノは、僕よりもミコトの事情に通じていたためか、グレアム提督の話をすんなり受け止めることが出来たようだ。もう彼に警戒の色はない。

 僕は……どうしても困惑を隠せない。だって、闇の書は僕にとって、忌まわしき始まりのロストロギアだ。それが、そんな近場にあったなんて。

 発覚があまりに急すぎたというのもある。グレアム提督の予定通り、近況報告のあとに意思確認をしてから話してもらいたかった。

 

「我々は、何としてでも闇の書を元の姿に復元したい。もう私にとって、ミコト君とはやて君は、失いたくない存在だ。そのために力を借りたい。それが、君達をここに呼んだ理由だ」

「もし闇の書が闇の書のままだったら、二人が闇の書ごと永久封印されてしまうという話でしたね。なんていうか……ミコトさんらしいや」

「……本当に、その通りだ」

 

 提督はユーノに同調し、力なく苦笑する。彼女が納得する答えを出せたはいいが、自分自身は納得できていない。そんな顔だ。

 ユーノに関しては、認められるわけがないだろう。恩人であり、リーダーであり、憧れの人でもあるミコトが、文字通り手の届かないところに行ってしまうなど。だけど、彼女の意志を否定することは出来ないのだ。

 だから二人してこんな顔をして、リーゼ達に心配そうな表情を浮かべさせる。

 

「闇の書、か……」

 

 ポツリとつぶやく。それは、グレアム提督にとっても長年のしこりとなっていたのだろう。そのために彼は友を失い、今度こそ封印するために何年も待ち続けた。

 だけど今の彼にあるのは、復讐の心ではなく純粋に「夜天の魔導書」を復元したいという青雲のような志。だまし続けた少女達の幸せを願う、父親のような優しさだ。

 今回の闇の書の主、「八神はやて」。地球を去る際に、少しだけ顔を合わせた。八幡ミコトの同居人であり、「相方」だそうだ。

 ミコトがジュエルシードを求めたのも、それを使って"召喚体"と呼ばれる存在を生み出したのも、全ては彼女の足のため。彼女の足を治し、平穏な日常を享受するために、管理世界の厄介事に首を突っ込んだ。

 そして辿り着いたのが、管理世界に古くからまとわりついている厄ネタだったというのは、皮肉なものを感じるな。悪い意味で運命という言葉を使いたくなる。

 僕の呟きに、グレアム提督は真摯な視線を向けてくる。負の感情はなく、僕も微かにしか覚えていないが、父さんが亡くなる前の11年前と同じ瞳。

 

「私は気付けた。望んでいたのは復讐などではなく、私自身が納得できる結果であったと。それは、彼女達を犠牲にして闇の書を永遠の眠りにつかせることではなく、彼女達に平穏な日々を与えることだ」

 

 「そのためだったら、私は何でもする」と。……始まりの意志は復讐という仮面だったかもしれない。だけど長年二人を見続けた今の彼にとって、ミコトとはやては、娘も同然になっていたのだろう。

 それほどに強い意志。もしも「正義」というものが本当にあるのなら……今の彼にこそ相応しい言葉だろう。

 では、僕は? 僕の意志は、どうなんだろう。

 闇の書は、僕にとっては父さんの仇だ。友人ではなく、肉親の仇だ。父さん亡き後の母さんがどれだけ苦労してきたのか、間近で見ている。

 管理局を辞めて専業主婦をしていたのに、そのために管理局に戻らざるを得なかった。元々その予定ではあったらしいけど、予定を早めて3歳の僕を抱えての復帰は、苦行と言わざるを得なかっただろう。

 そして、本来は父親が成すべきことをするために、提督という役職まで上り詰めた。僕はその背中を見て育った。おかげで真っ直ぐに育つことが出来た。

 母さんは僕に「父親がいないことで感じる不自由」を極力なくすよう努力してきた。そのために支払ったものがどれほどだったのか……子供の僕には、まだ分からない。

 だから、思ってしまう。「父さんが生きていれば、母さんは絶対にもっと幸せだっただろう」と。理不尽に奪われてしまったことに、恨みを感じないと言ったら嘘になる。

 ……ミコトに対しては多少の義理がある。だけどそれが彼女の「相方」という、僕から見たら完全な他人に対して適用されるだろうか。それは、僕の感じる恨みを抑え込んで協力出来るものだろうか。

 

「スクライア君……ユーノ君は、聞くまでもないだろうね」

「当然です。ミコトさんが僕の力を必要としてくれている。それだけで、僕が動くには十分すぎる理由です」

「本当に、あの子は仲間から慕われているのだね。我がことのように嬉しく思うよ。……クロノ」

 

 提督の意志が再び僕を向く。優しく、宥めるように。

 

「君に関しては、無理を強いるつもりはない。君にとって闇の書は、私以上に"仇"だ。そう簡単に折り合いが付けられるものではない」

「……そうですね。虚偽を語っても仕方がない。正直に言って、迷っています」

 

 時空管理局の執務官としては、次元災害を抑える目的もあるこの計画には協力すべきだろうが、僕は今個人としてのクロノ・ハラオウンとして聞かれている。

 ミコトは管理世界とあまり関わりを持ちたくないと思っている。全てが終わった後に、管理世界のごたごたに巻き込まれて平穏を失ったのでは、何も意味がないのだ。

 だから、局員としての協力ではなく、クロノ・ハラオウンとしての協力を求められているのだ。グレアム提督にしても、提督という巨大な権限を持つ重職ではなく、ギル・グレアムとして協力を求めている。

 

「協力できないというのなら、それで構わない。ただ、ここで聞いたことは他言無用でお願いする。……と言っても、ミコト君につながる情報を管理局に流すのがどれだけ愚かか、君なら分かっているか」

「ええ。自分達の平穏を脅かすのであれば、彼女は管理局と敵対するでしょう。出来ることなら、今後も互いに協力を求められるような関係でいたい」

 

 彼女自身に魔導の力はなくとも、ある意味で僕達よりもよほどうまく使ってくれる。「指揮」という形で。報酬に応じて依頼を引き受けてくれる関係性でいるのが、一番望ましい。

 これが時空管理局がチーム3510と共栄関係を築ける唯一の方法だ。非正規の民間協力団体として、局員としてではなく個人として依頼をする。

 だからこそ、彼女達と敵対するなどというつまらない結果にしてはならないのだ。管理局にとっても多大な損失を意味しているのだから。

 それはそれとして、だ。僕は……「ハラオウン執務官」ではなく、「クロノ・ハラオウン」はどうしたいのだろう。どうすべきかではなく、どうしたいと思っているのだろう。

 目を閉じ、思いを探る。僕にとって八幡ミコトという少女は、そこまでしたい相手なのかどうか。

 僕にとっての八幡ミコトは、ジュエルシード事件を解決した同士であり、事あるごとにからかってくる天敵であり、話の波長が合う気安い知人。何故か腐れ縁の執務官補佐兼通信士、エイミィ・リミエッタを想起させる。

 エイミィとミコトは、まるでタイプの違う女性だ。エイミィはミコトほど無表情ではないし、ミコトはエイミィほど無鉄砲ではない。

 だが、ひょっとしたら……根っこの部分では近しい何かがあるのかもしれない。事件のときは二人の間に会話をする機会がなかったから、気が付かなかった。

 とはいえ、エイミィとミコトを比較しても意味はないか。バックグラウンドが違い過ぎる。士官学校時代からの腐れ縁と、つい最近知り合った女の子。共有した時間の長さが違い過ぎる。

 ミコトと過ごした時間は、本当に短い。事件の調査で地球に行ってから、解決までの二日間。事情聴取のための一日。プレシアの葬儀。そして、別れの挨拶。たったこれだけだ。

 たったこれだけの時間で、彼女は僕の記憶に焼きついた。それほどに濃密な時間だったのだ。あの二日間は。

 交渉で言い負かされ、彼女の指揮に従い、ジュエルシードを回収するために戦い、そして復活の奇跡に立ち会った。その才覚を、まざまざと見せつけられた。

 今の僕にとってのミコトを表す言葉。「目標とするべき好敵手」。これが一番しっくりきそうだ。

 目を開き……視界に入ったもので、僕の腹は決まった。

 

「協力させてください。執務官としてではなく、僕個人として」

「……そうか。そう言ってもらえて助かった。だが、理由を聞かせてもらっていいかな。君はさっき、迷っていると言った」

「闇の書については、確かにその通りです。恨みを消すことなんて出来やしない。だけど、彼女に協力したいという思いの方が強ければ、ねじ伏せることぐらいは出来る」

「それほど、ミコト君は君にとって大きな存在だということか」

「ええ。あの事件のとき、僕は彼女に負け通しだった。勝ち逃げなんて許さない」

 

 僕だって男だ。女の子に負けっぱなしで引き下がれるほど諦めはよくない。

 

「それに……」

 

 とはいえ、これは一番の理由ではない。一番の理由は、ユーノだった。

 

「このフェレットもどきのニヤけた顔が気に入らない。だから、そばについておいて、やらかさないように監視しなけりゃならない」

「なぁっ!? ぼ、僕はニヤけてなんかっ! それに、誰がフェレットもどきだ!」

 

 いーや、ニヤけてた。大方「ミコトの力になれる」とか考えてたんだろう。そんな程度で浮かれてるんじゃないよ、バカ者。

 ユーノの気持ちを察したのだろう、ロッテがニヤニヤしながら彼を弄る。

 

「おー。ミコトちゃん、思われてるねぇ」

「な、何言ってるんですかリーゼロッテさん!? ぼ、僕は別にミコトさんのことが好きってわけじゃ……」

「あたしは「思われてる」って言っただけだよ? 「こんなに仲間に思われるなんて、指揮官の鑑だなぁ」って思っただけなんだけどなー」

「うっ!? こ、これはその、と、とにかく違うんです!」

「ロッテ、あまりユーノ君をからかわないようにね」

「はーい」

 

 「まったく」と言いながらアリアが呆れたため息をつく。僕は奴の醜態には取り合わず、グレアム提督との話を詰める。

 

「協力はします。しかし、アースラ付け執務官として、そちらの業務もおろそかにするわけにはいきません。今もクルーが事件の後処理に追われている」

「それについては、我々も協力しよう。ミコト君の情報保護は私にとっても必須の条件だ。協力だけ求めて見返りなしなどという虫のいい話はしないよ」

「提督とリーゼ達がついてくれるなら、残務もすぐに片付くでしょう。ありがとうございます」

 

 とりあえず僕の協力は、ジュエルシード事件の処理を全て終えてからということになった。

 

「ユーノ君は、資料集めをお願いしたい。闇の書と夜天の魔導書について、スクライア一族の情報網があると心強い。それから、「無限書庫」の使用許可も出そう」

「無限書庫って……もしかして、「図書館の皮を被った迷宮」ですか?」

 

 ユーノの顔が引きつる。元々情報関係に強いからだろう、無限書庫の悪名も聞き及んでいたか。

 無限書庫。本局内にある図書施設で、膨大な情報が眠るデータベース。ユーノが言ったものに加え、「遭難する図書館」だとか「本棚のダンジョン」だとか、いっそ「悪夢の書庫」だとか、物騒な二つ名が多数存在する。

 確かにあそこならば古代ベルカの情報も眠っている可能性は高いが……見つけられるか、見つけられたとして生きて出られるかが問題だな。

 なんといっても、広い。その全貌は誰も把握していないと言われるぐらいに広い。全ての管理世界の全ての歴史を収めているのだから、当然と言えば当然だ。

 そして、構造が複雑だ。元々は目的の情報にすぐにアクセスするためにそうなっていたのだろうが、膨大を通り越して暴力的な量の情報と合わさったことで、侵入者を生かして帰さないような迷路を作り上げている。

 極め付けは、情報が未整理であるということ。管理世界が広がるペースに整理が追い付かなくなった結果、手当たり次第放り込むことになってしまった。

 おかげで無限書庫での調査を行う際には、調査隊を組んでキャンプセットを装備して、年単位でことに当たらなければならなくなっている。

 以前、無限書庫での調査任務に当たったことのある局員と話をする機会があったのだが、書庫の話を出した途端目が虚ろになりうわごとを呟き始めた。トラウマになってしまったようだ。

 そんな場所を調べろと言われてしまったユーノの心境は、推して知るべし。ほら、ミコトに男らしさを見せるチャンスだぞ(棒)

 

「もちろん君にも報酬は出す。それだけの労力を強いるのだから、我々に出せる報酬なら何でも用意しよう」

「……分かりました。ミコトさんが必要としているんだ。そして僕は「最高の守護者」なんだ。そのぐらい、軽く一捻りにしてみせましょう」

 

 固い表情ながら、首を縦に振るユーノ。よくやる気になるものだ。恋愛による補正だろうか。僕には分からないな。

 恐らく彼は、無限書庫を頼ることになるだろう。スクライア一族の情報網とはいえ、そう簡単に見つかるようなら既に時空管理局が「夜天の魔導書」の名前ぐらい把握していてもおかしくない。

 そうではなく、いまだに「闇の書」という「次元災害を引き起こす危険なロストロギア」としてしか認識されていないのだ。夜天の魔導書の情報は失われて久しいのだろう。

 ……もし闇の書を夜天の魔導書に戻すことが出来たなら。それは"闇の書の闇"を殺すということになるだろう。僕に復讐の意志があったとして、それで十分満たされるだろうな。そういう意味でも、悪くない考えだ。

 

「クロノは私達とともに、ユーノ君のバックアップだ。また、万一の際に二人を封印せずに済む代案も一緒に考えてほしい」

「資料方面は彼が主力となるでしょうからね。了解です」

 

 僕はグレアム提督のお手伝いの形になるようだ。妥当なところだろう。僕はユーノのように一分野において突出した能力を持っているわけではないのだ。出来る範囲は広いだろうが、出来ることは限られている。

 方向性は決まった。僕はグレアム提督たちとともに、まずはアースラの残務処理。それが終わり次第ユーノが調査しやすいようにバックアップを行い、並行して代案模索を行う。

 ユーノは、明日からスクライア一族の方に打診してみるようだ。それと、無限書庫での調査のための準備も行うらしい。

 

 これにて、本日の用件は終了のようだ。緊張感のあった空気が弛緩し、世間話のモードに移行する。

 

「そうそう、ユーノ君には是非聞いておきたいことがあったのだよ」

 

 ……だというのに、何故だろう。妙に背筋に寒気を覚えるのは。何故グレアム提督は、世間話になった途端に、今日一番のプレッシャーを放っているのだろう。

 

 

 

 

 

「君は、ミコト君のことが好きなのかい?」

「ふぁいっ!? ど、どうしてそんな!?」

 

 どうしてって……さっきロッテに弄られたときに自白したようなもんだろう。それがなくとも、これまでの発言を統合すれば君がミコトに入れ込んでることは明白だろう。

 大いに狼狽えるユーノを、グレアム提督は柔らかいが鋭いという矛盾した視線で射抜いていた。

 

「好きではないのかい?」

「そ、それはもちろん好きですけどっ! そ、そういうことではなくてですねっ!」

「ふむ……やはり好きなのか」

 

 プレッシャーが増す。僕はそれを確かに感じ取った。グレアム提督の表情は柔らかいままだが、明らかに一言一言が重たい。

 これは、まさか……。

 

「いやいや、何も恥ずかしがることはない。あれだけ可愛い女の子なんだ。男の子ならば、惹かれても無理はない。クロノもそう思うだろう?」

「……そうですね。見た目は、非常に女の子らしくて可愛い美少女だと思いますよ。ただ、口調で圧倒されてしまう」

「ふむ? クロノには彼女の本当の可愛さが分かっていないようだね。あの性格、あの口調あってこその可愛らしさというものだよ」

 

 間違いない。これは、「親バカ」だ! 提督は、ミコトに対して「親バカ」を発症しているんだ!

 

「はやて君の"はんなり"とでも言うだろうか、あの柔らかさと明るさも、少女らしくて可愛らしい。二人とも可愛くて、見ているだけで幸せになれる」

 

 ミコトだけじゃなかった! はやてという少女に対してもだった! どうしてしまったんですか、グレアム提督! 「歴戦の勇士」と呼ばれたあなたは何処に消えたんですか!?

 リーゼ達も、苦笑いをしながら頬をかいていた。彼女達も、こうなった提督をどう扱えばいいか、まだ分かっていないようだ。

 

「二人とも器量が良くて、きっといいお嫁さんになるだろう。だから私は、彼女達に相応しい相手でないと納得できないのだよ。相応しくない男が言い寄っていたら、ブレイズキャノンを叩き込んでしまうかもしれない」

 

 忘れてはならない。この人、人の好さそうな顔をしてSランクの魔導師だ。Sランクの魔力で叩き込まれる砲撃魔法……プレシアの次元跳躍攻撃の脅威を思い出す。

 ここに到り、ようやくユーノは理解したようだ。グレアム提督にとって彼が、「愛娘に言い寄る男」であると。彼の表情が青ざめた。

 

「もう一度聞こう、ユーノ君。君は、ミコト君のことが好きだね?」

「……、……は、はい」

「うむ、正直なのはいいことだ。それでは、君は彼女とどうなりたい?」

「ど、どう、って……」

「恋人になりたい。将来結婚したい。そういう願望はあるのかね」

「っ!? ……けっ、こんって……ま、まだ子供ですよ」

「考えている子は、その歳で考えているものだよ。その様子では恋人になるビジョンもはっきりしていないようだね」

 

 だらだらと脂汗を流すユーノ。グレアム提督は柔らかな表情は崩していないが、目線は鋭くユーノを品定めしていた。

 ややあってから。

 

「……将来性はありそうだ。精進しなさい。今のままでは、私は君にスティンガーブレイド・ジェノサイドシフトを叩き込まなければいけなくなる」

「ジェノッ!? し、死んじゃいますよ!?」

「大丈夫さ、非殺傷だからね」

 

 非殺傷でも死ぬときは死ぬんだよなぁ。何はともあれ、ユーノは第一関門を突破出来たようだ。局員が、しかも提督という重役が犯罪まがいのことをしようとしていることには突っ込みなし。そんな余裕もないだろう。

 次いで、提督は僕に視線を移す。

 

「クロノは、どうだい。ミコト君をどう思っている?」

「……さっき言ったと思いますが、見た目は美少女です。魅力がないとは思いませんが、そういう対象としては見てませんよ。第一、6歳差ですよ」

「私の故国では歳の差婚なんてよくある話さ。6つ程度、あってないようなものだよ」

 

 いや、僕達の歳では結構大きい差だと思うんですが。ロリコン扱いになってしまう。僕は正常なんだ、小児性愛じゃない。

 

「今のところ、恋愛・結婚は考えてません。仕事が忙しくてそれどころではない」

「それは言い訳だよ、クロノ。待っていてやってくるものではない、自分から動かなければ」

「……グレアム提督、どうして僕が待っていると思うんですか」

「私の目には、君がミコト君に惹かれているように見えるからだよ。自覚はないのかもしれないがね」

 

 それは……どうなんだろう。「目標とするべき好敵手」として見ている以上、惹かれていないと言ったら嘘だろう。だがそれは、恋愛的なものなんだろうか? もっと別の何かじゃないだろうか。

 今後どうなるかは分からないが、少なくとも今は、ミコトを恋人にしたいだとか、そういう欲求はない。……そうなったら面白そうだ、というのはあるけれど。

 

「自覚がないなら、それが僕にとっては真実ですよ。彼女にはもっと相応しい相手がいるでしょう。もちろん、このフェレットもどきなどではなく」

「な、なんだとぉ!?」

 

 ちゃんとユーノ弄りを忘れない僕は、なんて友人の鑑なんだろう。

 

「ふむ……。クロノが相手なら文句はなかったんだがね。私もよく知っている男の子だし、社会的地位も申し分ない」

「そういうことなら、僕が管理局の人間という時点で向こうがアウトでしょう。彼女は管理世界に関わりたくないんだから」

「君への愛で意見が変わるかもしれない。私も、彼女の才能は買っているんだよ」

「うぅ……会話が雲の上過ぎて何も言えない……」

 

 頑張れ、民間人。

 

「彼女の裸を見た責任は取るべきではないかね?」

 

 ここでその話題をぶっこんでくるか。

 

「僕と彼女の間では決着した話です。ミコトは要求し、僕は果たした。それで、おしまいです」

 

 見てしまった記憶自体はなくせないが。……いかん、少し思い出してしまった。あのときの可愛さは反則だ。普段と全然違うじゃないか。

 あれやこれやと攻めてくる提督をあの手この手でかわす僕。一体何をやっているんだろうか。

 

 結局、この不毛な攻防は面会時間が終了するまで続けられた。ユーノが不満のこもった目で僕を見てきたが、知ったこっちゃなかった。

 

 

 

 こうして、僕達は「夜天の魔導書」復元プロジェクトに参加することとなった。

 ジュエルシード事件で結成された回収チーム。それが今度は復元チームとなり、僕が彼らに再び深く関わるということに、何かの因果を感じずにはいられなかった。

 ――あれは、連鎖した因果の始まりだった。絶望の連鎖を断ち切り、希望へと返る、因果連鎖の最初の因子。「偶然」という、この世で最も大事なチャンスだったんだ。

 もっとも、それを知るのはもっと先の話。「結果」が出た後のことだが……。

 

 なお、翌日から僕の端末宛にミコトの写真(はやてからグレアム提督に送られたもの)が届くようになった。

 歴戦の勇士ェ……。




というわけで、やらなきゃいけなかったクロノとユーノを巻き込む回。必然的にリンディとエイミィも巻き込まれます(直属の上司と補佐官なので)
今度こそ、次回からまったり日常回です(多分) たとえ次回出来なかったとしても、夏のイベントは出来る限りこなします。夏休み、海、夏祭り、銭湯……。
これ書いてるのって冬なんですよね(白目)

ユーノが「コマンド」ー化し始めました。将来的に筋肉言語で戦う男になるんですかね(すっとぼけ)
なのはそっちのけでミコトに惚れた時点で原作ユーノとは似ても似つかないわけですが、この分だと無限書庫の司書にもならなさそうです。
この後彼はトレーニングとプロテインの量を増やしたようです(筋肉)

グレアム提督、まさかの親バカ化(順当) どうやら彼はユーノよりもクロノ推しのようです。クロノにとってはもう一人の父親みたいな存在だしね。しょうがないね。
クロノに毎日ミコトの写真を送るのは、クロノの気持ちを育てようというのと、娘自慢みたいな気持ちが半々です。
どうしてこうなった……。

書き溜め分が尽きたので、そろそろ更新ペースが落ちると思います。申し訳ないです。


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三十三話 人々

今度こそ、まったり日常回です。

2016/01/19 01:35 誤字修正 他らなぬ→他ならぬ どういうミスタイプだよ……。
2016/01/19 12:26 あとがきに言い訳を追記。五話でやった話題を繰り返してました……。


 朝。腕に重みを感じて目を覚ます。寝起きで判然としない頭で、はやてを抱きしめたまま眠ったのかと思いながら、うっすらと目を開ける。

 最初に視界に飛び込んできたのは、鮮やかな赤。

 

「……今日はヴィータか」

 

 音になるかならないかぐらいの声量で呟く。オレの腕の中にいたのは、はやてではなくヴィータだった。はやてはヴィータの向こう側で、ベッドから落ちそうになっていた。

 現在時刻は6時。オレにとってはいつもの起床時間だが、二人にはまだ早い。ヴィータを起こさないように腕を抜――こうとしたら、ヴィータはがっしりとオレを抱きしめて離さない。

 はあ、とため息をついて、ヴィータを出来るだけこっち側に引き寄せる。空いたスペースにはやてが収まるよう、ヴィータ越しにはやての体を引く。かなり力が必要だが、はやてが落ちないためには仕方ない。

 努力のかいあって、二人を起こさないようにベッドの中央に寝かせることが出来た。……やれやれだ。

 

 ヴォルケンリッターが家族となって、一月以上経っている。目を覚ましたら時々誰かがオレとはやての間に収まっているのも、同じ時期に発生しだした。

 というのも、ヴォルケンリッターが召喚された最初の日に、ヴィータをサンドイッチにして寝たのが、そもそもの始まりだ。

 あれのおかげでヴィータは、翌日には八神家に馴染むことが出来た。だが、あれのせいでオレ達と一緒に寝る味を占めもした。

 次の日もオレ達と一緒に寝ようとしたヴィータであるが、これに反発したのがソワレ、フェイト、アリシアの娘組。特にフェイトの「ずるい」の勢いが凄かった。"鉄槌の騎士"の二つ名を持つヴィータが圧されていた。

 協議の結果、ヴィータは娘組の部屋を使って一緒に寝ることになった……のだが、4人のうちの誰かが、不定期で寝てる間に忍び込むようになったのだ。それまでは、時折ソワレが潜り込むだけだった。

 ソワレの場合、オレのパジャマに潜っておっぱいに吸い付いているから、一番驚く。フェイトとアリシアの場合、今のところ100%の確率でオレに抱き着いて離れない。

 そしてヴィータは、オレに抱き着いている場合とはやてのときとが半々ぐらいだ。今日はオレの番だったということだ。

 娘達はオレと一緒に寝たいようだ。多分、愛されている証拠なのだろう。だがオレとしては、やはりはやてと二人で寝るのが一番好きなのだ。だからこそ、オレ達が寝てる間に忍び込むという結論に至ったのだろう。

 ……ヴィータの立ち位置は、「オレの娘」とはちょっと違うだろう。彼女はあくまで「はやての騎士」であり、本来の繋がりははやてとの方が強いはずだ。

 だがどういうわけか、彼女ははやてよりもオレの方に懐いている節がある。もちろんそれではやてを蔑ろにすることはないのだが、本来の主ではなく「相方」に強く懐くというのはどうなのだろう。

 まあ、嬉しいか嬉しくないかで聞かれたら、嬉しいに決まっているのだが。

 

「……んあ」

「起こしたか?」

 

 ヴィータが何事か呟いた。目を覚ましたのかと思ったが、どうやら寝言のようで、腕にこもる力が増して、オレの胸に顔を強く押し当ててくる。

 

「……ひゃまう、へっは?」

「中々失礼な夢を見ているようだな」

 

 どうにも彼女、夢の中ではシャマルの胸に顔をうずめているようだ。どういう夢なんだ。まあ、夢というものに論理性を求めるのが間違いなのだろうが。

 貧しくて悪かったな。まだ8歳なんだよ。二次性徴も来てないのに、あんなナイスバディでたまるか。オレだってあと数年もしたら、きっとナイスバディになってるんだよ。

 心の中で虚しい言い訳をする。……はやては、どうにも大きな胸が好きらしい。最初はブラン、次にシャマル、果てはシグナムと、豊かな母性の象徴を弄っている姿が目撃されている。

 いや別にオレ自身は胸の大きさなんて求めてないけど、はやてが胸の大きな女の子が好きなら、オレだってそうなることにやぶさかじゃないというかなんというか……。

 とにかく、そういうことなんだよ。

 

「いいか、勘違いするなよ」

「んー……」

 

 聞こえてるわけがない。ヴィータは寝言で反応をすると、また寝息をたてはじめた。胸に息がかかって、こそばゆい。

 まったく……幸せそうな顔をして。「闇の書の守護騎士」などと呼ばれているなんて嘘のようだ。実際、彼女は既に「闇の書の守護騎士」ではないんだろうな。

 ヴィータだけでなく、ヴォルケンリッター全員が思い出したのだ。自分達は何のために存在するのか。闇の書はまだだが、彼女達に関しては、既に「夜天の守護騎士」に戻っているのだ。

 ただ、主とともに在る存在。夜空に在る、雲の騎士。ならば、主が過ごす日常で、ともに幸せを享受しても問題はない。彼女達は、そうあるためにいるのだ。

 オレは、思う。夜天の魔導書を作った魔導師は、きっと心優しい大魔導師だったのだろう。戦乱で失われてしまう命を憂い、せめてその生きた証として、魔導の記録を集めようとしたのだろう。

 その優しさが、ヴォルケンリッターという存在に顕れている。そんな気がした。

 

「……はやての足のことを抜きにしても、元に戻してやりたいな」

 

 所定の位置――本棚の一番上の端にしまわれた黒い荘重な本を見ながら、オレは思ったことを呟いた。

 闇の書……まだ夜天に戻れない偉大な魔導書は、少しだけ動いて応えた。

 

 

 

「潜り込むのは構わないが、もう少しスペースを考えてくれ。はやてが落ちそうになっていたんだからな」

「だから悪かったってー」

 

 7時を過ぎ、ヴィータとはやてを起こす。オレとはやては互いの髪留めを付け、三人で寝室を出た。

 リビングに向かう途中、はやてがどういう状況になっていたかについて、ヴィータにお説教中だ。もう彼女達が潜り込むことについては諦めているし、別に嫌だというわけではないのだ。

 キッチンには、既にブランがいた。彼女は10人と2匹分の朝食を作るべく、材料を冷蔵庫から出しているところだった。改めて、大所帯である。

 

「おはよう、ブラン。手伝おう」

「おはようございます、ミコトちゃん、はやてちゃん、ヴィータちゃん。それじゃあ、お願いしますね」

「ブラン、おはよーさん。ほな、わたしらは顔洗いにいこか」

「おはよー。ブランは早起きだよなー。うちのうっかり参謀にも見習わせたいぜ」

 

 うっかり参謀こと、"湖の騎士"シャマル。最初の日、彼女は「自分はうっかりではない」と言っていたが、別にそんなことはなかった。場面によってはブランを超すうっかりをしてみせた。

 その最たるものが、料理。火を使えば料理を焦がす。包丁では自分の手を切る。調味料は量を大幅に間違える。そもそも工程がめちゃくちゃだったりする。

 結果出来上がるものはとても食えたものではなく、彼女は料理禁止令を出された。もやしを台無しにされたときは、温厚なもやし1号もさすがに怒ったものだ。というかオレもはやても怒った。

 そんなうっかり2号のことは、今は置いておこう。今は朝食の準備だ。ヴィータははやての車椅子を押して洗面所に向かった。

 ブランが出した食材は、卵、牛乳、食パン。どうやらフレンチトーストを作るようだ。

 

「では、オレが焼くから、ブランはパンを調味液に浸していってくれ」

「分かりました」

 

 役割分担さえしっかりすれば、ブランがうっかりを起こすことはない。彼女はどうにも並列思考が苦手なようで、同時に二つ以上のことが出来ないのだ。"光の召喚体"故に一本気な性分なのかもしれない。

 とはいえ、彼女一人で家事をやっても、以前ほど失敗はなくなった。恐らく翠屋でのウェイトレスが精神訓練になって、テンパることが少なくなったのだろう。

 油を敷いて熱したフライパンに、卵と牛乳がしみ込んだ食パンを置く。ジューという音とともに香ばしい匂いが鼻腔を刺激する。

 

「おー、いい匂いだね。今日はフレンチトーストか」

「アルフか。起きていたのか。人型とは珍しいな」

「ちょっと早く目が覚めちゃったから、ザフィーラ誘って庭で組手してたのさ」

「空腹は最高のスパイス、だそうだ」

 

 アルフとザフィーラが窓からリビングに入ってきて、狼形態に戻る。朝からよくやる。

 この時間になると、八神家の皆が続々と起きてくる。シャマルが慌ててリビングに入ってきて、全員から料理は禁止と止められた。彼女はシュンとした表情になって、食卓の準備の方に向かった。

 続いて、あくびをかみ殺したミステールが、リビングに顔を出してから玄関に新聞を取りに行く。「知の探究者」である彼女は、毎朝の新聞も欠かさない。

 娘組はオレ達と同じように、全員揃って来る。はやてとともにリビングに戻ってきたヴィータが、三人から「勝手にいなくなるな」と怒られる。どうやら昨晩は何も断りを入れずに潜り込んできたようだ。

 そして最後に、ヴォルケンリッターのリーダーであるあんちくしょうがやってきた。

 

「おお、今日も美味しそうな朝食だ。主が作られたのですか?」

「今日はミコちゃんとブランやでー」

「……む。そうでしたか」

「はやてほどではないが、オレの料理の腕も人前に出して恥ずかしくないものだ。少なくとも貴様とは比較にならんから、安心しろ」

 

 露骨に顔をしかめたシグナムに対し、皮肉たっぷりに言ってやる。オレと彼女の関係性は、相変わらずだ。

 シグナムとの舌戦も、これで何度目だろう。ちなみに彼女がオレに勝てたことはない。ここはオレのフィールドなのだから、当たり前の話だ。

 

「ふんっ。主ほどの腕はないと認めている時点で、貴様は自身の敗北を認めているということだ」

「そもそも戦った覚えはないが。何でも勝ち負けに結びつける短絡な思考をどうにかした方がいいんじゃないか」

「私は騎士だ。主に勝利を約束するための存在だ。勝利という結果を外すなどありえんことだ」

「なら、貴様がオレに勝利することがありえん。貴様の主は、オレと争うことなどありえないのだからな」

 

 自身の感情にはやてを巻き込んでるんじゃないよ、脳筋騎士。

 とはいえ、彼女もいい加減レヴァンティンを抜くことはなくなった。どうせ使うことは出来ないし、時間と魔力の無駄であると学習したのだろう。

 シグナムが言葉に詰まるのを確認し、オレは食卓についていない全員を呼ぶ。

 

『いただきます』

 

 これが、最近の八神家の朝の風景だった。

 

 

 

 

 

 朝食を終えるのが7時30分。一度寝室に戻り、服を着替える。夏なので袖の短い白のカジュアルと、下は凝りもせずロングスカートだ。但し黒一色ではなくチェック柄の落ち着いた赤。

 髪ははやてのアレンジだが、首元が髪で隠れないように上げている。アップポニーアレンジだ。髪を切ることが出来ないのだから、せめて涼しくしてもらっているのだ。

 着替え終わって、7時40分。さきほど使った食器を洗う。これはオレとはやてで行い、シャマルとブランには昨日セットしておいた洗濯機の中のものを干してもらっている。

 ソワレ、フェイトとアリシア、ヴィータの四人は、この時間を使って出来る簡単な掃除。食卓を拭いたり、要らない郵便物をゴミ箱に入れたりしている。

 ミステールは既に本を読んでいる。本と言っても娯楽本ではなく、ハードカバーの学術書だ。彼女はとにかく知を吸収しなければならないため、暇があれば読書をする。それが彼女の仕事だ。

 ザフィーラはミステールを手伝うように、読み終わった本を片付けたり、必要な本を持って来たりする。狼型のままで。彼は、女所帯である八神家の環境に気を遣い、極力人型になるのを避けていた。

 そんな働き者とは対照的に、人型は疲れるという理由で狼型でいることが多いアルフは、日向でうとうとしていた。……彼女はペットポジションなので、正しい行動なのだろう。本当に必要なときは働いてくれるし。

 シグナム? 大人しくソファに座らせて新聞を読ませているよ。あのガサツ女に家事を任せられるわけがない。ドジっ子二人の方が余程頼りになるというものだ。

 朝の慌ただしい時間。人数が増えたことでやることは増えたが、こうして役割分担して出来るようになった分、総合的には楽になっただろう。以前は出来なかったことも出来るようになった。

 全体指揮を取っているのはオレだ。シグナムを除き、皆オレの指示には素直に従ってくれる。曰く、「簡潔で分かりやすいから迷わないで済む」だそうだ。

 ……オレが皆からリーダー扱いされたり、指揮官として評価されてしまったりするのは、そういうところに原因があるのかもしれない。必要なことをやっているだけなのだが。

 

 8時。皆の家事が一先ず終わり、オレとはやて、フェイトの三人は学校に行く時間だ。

 最初の頃は見送りで駄々をこねたアリシアやヴィータであるが、最近は大人しく見送ってくれるようになった。

 

「行ってきまーす。ソワレ、シアちゃん、ヴィータ。いい子にして待ってるんやでー」

「だいじょうぶ。ソワレ、おねえちゃん。みんなのめんどう、しっかりみる」

「いってらっしゃーい! 早くかえってきてねー!」

「子ども扱いすんなよ! あたしが一番お姉ちゃんなんだからな!」

「ヴィータもすっかり娘ポジションだね……。皆、行ってきます」

「元気なことだ。それが一番だがな。行ってきます」

 

 挨拶を交わし、オレ達は夏の暑い道路に出る。朝とは言え、既に気温は25℃を超えており、じっとりと汗が浮く。高音多湿の正しい日本の夏だ。

 八神邸とミツ子さんのアパートははす向かい。通学路でもあるし、必然的に前を通る。彼女はアパートの前で打ち水をしていた。

 

「あら、ミコトさん、フェイトさん。はやてちゃんも。おはようございます」

「おはようございます、ミツ子さん。朝から大変ですなぁ」

「皆が気持ちよく過ごすためですもの。苦ではないですよ」

 

 オレとフェイトも、形式上の養母さんに向けて、頭を下げて挨拶をする。ミツ子さんは、優しい目をしてフェイトを見た。

 

「フェイトさんも、すっかりはやてちゃんちの生活に慣れたみたいね。安心しましたよ」

「ありがとうございます。アリシアともども、元気に過ごせてます」

「ええ、知ってます。アリシアちゃん、ヴィータちゃんと一緒に、時々遊びに来てくれるんですよ。フェイトさんも、たまにはお茶を飲みに来てくださいね」

「あ、はい。……アリシア、そんなこと一言も言ってなかったのに……」

 

 一人だけ養母と仲良くしているアリシアに不満たらたらな様子のフェイト。アリシアがフェイトよりも甘えん坊でない理由の裏には、こんな事実があったのか。

 考えてみれば当然か。内気なフェイトと違って、アリシアは活発だ。オレ達がいないからと言って、八神邸から一歩も出ないなどということはありえない。

 となれば、近場で遊べる場所と言ったら、クスノキ公園かミツ子さん宅ぐらいのものだ。ひょっとしたらアルフを連れて海鳴探検ぐらいしているかもしれない。

 どうしても別行動が多いため全てを把握できていないが、アリシアの新しい一面を知った気がした。

 さて、オレ達は登校中である。あまり長々と会話をしている時間もない。

 

「今度、何人かで遊びに行きます。さすがに今の八神家の住人全員は無理ですが」

「そうねぇ。いつの間にか、あんなにたくさん増えちゃって。気持ちは分かるけど、グレアムさんも心配性よねぇ」

 

 ヴォルケンリッターの皆は、ギルおじさんが子供だけで生活するオレ達のことを心配して連れてきた家族ということになっていた。……あながち間違いでもない、か?

 

 

 

 

 

「八幡一家、おはよー」

「今日はリムジンで登校じゃないのー?」

「あれはお泊りしただけだと言っている」

「あはは……おはよう、ともこ、まるえ」

 

 フェイトはちゃんと会話が成立するため、相変わらず5人衆以外との交流が薄いオレと違って、他のクラスメイトとの交流がある。鈴木友子と加藤丸絵の二人とも、結構仲が良い。

 二人が言っているのは、先日月村邸にお泊りした際、ノエルに送ってもらったときのことだ。車から降りるところを目撃したこの二人は、それはそれは騒いでくれたものだ。噂の収束に三日も費やしてしまった。

 広がって歩くと通行の邪魔になるため、オレは車椅子を押して少し先に出る。フェイトは彼女らと並んで歩き、他愛のない会話を始めた。

 

「フェイトちゃん、昨日テレビ見た? 「捜査線で踊る相棒」っていうドラマが始まったんだけど」

「あ、ううん。うちって、テレビあんまり見ないから」

「そーなの? 結構面白い番組もやってるから、見た方がいいよ。あたしのお勧め教えたげよっか!」

「い、いいよ! その、見れるかどうかわかんないから……妹たちの相手もあるし」

「そういえば妹いるんだっけ。あれ、一人じゃなかったの?」

「あ、えっと、妹と、妹的な同居人、かな」

「おっとぉ、これ踏み込んだらやばいやつね。聞かなかったことにしとこ」

「あ、あはは……」

 

 相変わらずどっちがどっちなのか分からない会話だ。フェイトもよく付き合えるものだ。オレだったら開幕で「テレビは見ない、時間と電気代の無駄だ」で終了してしまうだろう。

 5人衆の会話レベルに慣れていると、こういうところで合わせるのが大変だ。

 

「皆、おはよー」

 

 と、むつきが合流してくる。……隣には先日知り合った杉本万理の姿。まだ交友は続いていたのか。

 

「おはよ、ミコトちゃん。えーっと、八神さんは、初めまして?」

「なはは、同じ学校やのに変な感じやね。おはよーさんや。八神はやて。はやてでええよ。よろしゅうな」

「あたし、杉本万理。マリって呼んでね。マリッペは禁止」

「ほいほい。マリちゃんはむーちゃんと仲良うしてくれとるんやな。これからも仲良くしたってな」

「はやてちゃん、お母さんみたいだよぅ……」

 

 二人はオレ達の少し後ろに並んだ。気が付いたらフェイト達とだいぶ離れていたようだ。

 少し歩くペースを緩めて、彼女らを待つ。

 

「はやてちゃんはミコトちゃんと違って、ちゃんと名前で呼んでくれるんだねー」

「あー。ミコちゃんはあれや。ちょっと恥ずかしがりなんよ」

「あ、なるほど。そういうことだったんだ」

「納得するな。単純に関係性の問題だ。オレは、一定以上の繋がりを持たない相手を、名前で呼ぶ義理はないと考えている。そういう理屈だ」

「……んー? つまり、どゆこと?」

「仲良くなれば、名前で呼んでもらえるってことだよ。わたしも名前で呼んでもらえるようになったの、実は最近なんだ」

「へー、そうなんだ。じゃああたしも、ミコトちゃんと仲良くなればいいのね」

 

 すぐには無理だと思うがな。むつきの通訳なしで会話が成立していない時点で、円滑な会話は望めない。思考レベルが足りなさ過ぎる。

 むつきは……むつきだけじゃない。5人衆の全員は、二年をかけてオレとの会話についてこれるレベルになったのだ。根気よくオレとの対話を続けた結果だ。一朝一夕で出来るものじゃない。

 そして根気を持ち続けることは、誰にでも出来ることではない。それは、5人衆と他のクラスメイトとの差が物語っている。杉本は、加藤や鈴木、遠藤と同じ。離岸の住人のままだろう。

 別にそれでいいのだ。むつきと仲良くしているからと言って、オレとまで仲良くする意味はない。

 

「まあ、好きにするといい。君の行動は君の責任だ。どんな結果になろうとも、君が選択した因果応報だ」

「ミコトちゃんの言うこと、いちいち難しいよぉ」

「あはは、慣れるまでは大変だよね。つまり、「がんばれ」っていうことだよ」

「……がんばれるかなぁ」

 

 意訳した上でかなりマイルドにした表現でも、杉本には荷が重かったようだ。

 

 

 

 気になったので、「研究・発表」の時間に聞いてみた。

 

「フェイトにしろむつきにしろ、どうやってオレ達以外の生徒との会話を成り立たせているんだ?」

 

 今回のオレ達の班は、オレ、はやてに加えフェイトとむつき。基本的には男子2人女子2人で班を組む授業だが、フェイトがまだ慣れていないことを理由に、このような班構成にしてもらっている。

 ちなみに研究テーマは「雷の発生メカニズム」。もちろんオレは細かなところまで分かることが出来るが、「研究」というカリキュラムを考えてプリセットは使っていない。

 オレの質問がおかしかったのか、むつきが困ったように笑う。

 

「どうやって、って言われても、自然に合わせちゃってるから、説明するのは難しいよ」

「そうなのか。むつきは器用なんだな」

「んー……ちょっと違うかな。わたしだけじゃなくて、はやてちゃんも、さっちゃん達も、同じだと思う。どう?」

「せやねー。さっちゃん達は聞いてみな分からんけど、わたしも何も考えんで合わせとるな。逆に考えると出来なさそうや」

 

 そんなものなのか。これはつまり、オレの「違う」部分が影響しているということだろうか。

 

「ミコちゃんは、普通の子とは物の覚え方がちゃうやん? せやけど、わたしらは同じやから、「こう言えば分かるかな」ってのが想像つくねん」

「なるほど、そういうことか。以前に経験した過程だから、予想を付けるのが比較的容易なのか」

「理屈でいうと、多分そんな感じかな。ふぅちゃんはどう?」

「わたしは、まだちょっと分からないかな。そもそもの話として、わたしは会話をするっていう経験が少なかったから」

 

 普通の子かどうかで言えば、フェイトも普通とは程遠い。発生過程の話ではなく、生育環境の話だ。

 ごく限られた相手としか接しない環境で、ごく限られたことしか教わってこなかった。だから彼女は、5人衆とは逆に、クラスメイト達よりも手前の場所にいるのだ。

 

「だから、どんな話でも楽しいんだ。もちろん、一番楽しいのは皆と話してるときだけど」

「言い方を考えないでも拾ってもらえるから、気が楽なんだよね。だから会話そのものを楽しめるっていうか」

「つまり、君達でも他の生徒と会話をするときは、気を張っている部分があるということか」

「付き合いの深さもあるんやろなー。ミコちゃんかて、むーちゃんと話するときとアリサちゃんと話するときの差を考えたら、分かるやろ」

 

 それは当然だ。確かにアリサ・バニングスの理解力は5人衆と同じレベルにあるが、むつきとじゃ過ごした時間が違う。オレに対する馴染み方が違うのだ。

 ともあれ、彼女達はある意味「レベルを落として」会話を成立させているということだ。……オレには出来そうもないな。

 

「それにしても、ミコトちゃんがこんなこと気にするなんて、珍しいね。急にどうしたの?」

「単純に気になっただけだ。杉本の存在が原因だろうな」

「マリちゃんなー。……こう言っちゃ悪いけど、ミコちゃんの表面もさらえてへんかったな。まーそれが普通なんやろうけど」

 

 「あはは」と苦笑を浮かべるむつき。はやての言う通り、杉本万理という少女は、正しく「二年前の5人衆」なのだ。入学直後、オレとの会話が成立せずに退散していたあの頃の彼女らだ。

 あの頃に比べて、オレの性格が多少は丸くなっているから、妙なレッテル貼りをされずに済んでいるだけで、コミュニケーションが成立しているとはとても言えない。

 ……避けられないだけ成長出来たと思えばいいのか。

 

「ミコトちゃんは、マリちゃんと仲良くしたいの?」

「そんなわけがない。彼女と交流を取ることに価値は見出せない。彼女と交友関係を持つ君には悪いと思うがな」

「ううん、ちょっと安心した。ミコトちゃんが、わたし達の大好きなミコトちゃんのままで」

「……君達も中々、いやかなり"個性的"になったな」

 

 思えば、最初の頃は誰がしゃべっているのか判別できなかったように思う。加藤と鈴木のようなものだ。それが今では、出だしの部分で誰の発言か分かるレベルだ。

 それはつまり、彼女達の持つ個性が育ち、顕著になった証拠なのだろう。オレがそれを把握した、というのもあるだろうが。

 伊藤睦月、割と容赦なく切り込む、思い切りのいい少女であった。

 

「まあ、ちょっと気になっただけだ。それよりも、課題の方だ。大体参考文献の内容から逸脱しないように書いたが、こんなもので大丈夫か?」

「……んー、こんなもの、なのかな。この世界の観測レベルがどの程度か分からないから何とも言えないけど、もうちょっと足してもいいんじゃないかな」

「こら、そこの不思議ちゃん姉妹。今まで黙ってたけど、言わせてもらうで。十分やり過ぎや」

「あはは……小学三年生の調べるレベルじゃないよね」

 

 原子レベルでのメカニズムと数式を図解していたら、二人から突っ込みを受けてしまった。

 後日、この課題を発表したところ、石島教諭からも「やり過ぎだ」と呆れられてしまった。

 

 

 

 

 

 折角なので、翠屋の"お手伝い"のときにも引っ張ってみた。

 

「アリサちゃんとすずかちゃん以外のお友達?」

「オレは君が彼女達以外の聖祥の生徒とつるんでいるところを見たことがないからな。少し、気になった」

 

 客が途切れたところで士郎さんから休憩していていいと言われたので、なのはにも尋ねてみた。彼女は虚空を見上げ、「んー」と口にしながら考えた。

 

「あゆむちゃん……は、ちょっと話す程度だし、ゆうきちゃん達もそこまで話すわけじゃないし、……あれ? ひょっとしてなのは、実は友達少ない?」

「オレが知るわけないだろう。あの二人以外に管理世界のことを話している人間はいないのか?」

「い、いるわけないよ! 本当は教えちゃいけないことなんだから!」

 

 家族以外の関係者の多さという意味で言うと、オレの方が多いようだ。彼女は2人だが、オレは5人だ。多ければいいというものではないが。

 しかし、意外にもなのはは友達が少ないのか。もっと大勢に囲まれてわいわいやっているのかと思っていたが。

 

「うぅ……そういえばいっつもアリサちゃんとすずかちゃんと一緒にいるから、他のお友達作ってなかったかもなの……」

「それで君が満足しているなら、特に問題はないんじゃないか。そういうのも、多ければいいというものではないだろう」

 

 人が多くなれば、それだけ特定の一人との付き合いは減る。家族が増えるごとにはやてと二人の時間が減っているオレのように。オレにとって、家族もはやても大事だからこそ今の環境がある。

 ただ友達の数をステータスとして増やすのでは、大事なものが蔑ろになってしまう。それならば、付き合いを限定するのも間違ったことではないだろう。

 

「クラスメイトと話ぐらいはするのだろう。それで十分だと思う。オレは、それすら成立しないことがあるからな」

「そうなの?」

「オレの周りにいるのは、君達のように私立に通えるだけの知能を持った小学生ではなく、平均的な小学三年生だ。5人衆と同じでは考えない方がいい」

 

 「そうなんだー」と理解していない様子のなのは。考えてみれば、彼女も(いい意味で)かなり限定された環境で生活しているのだな。さすがは高町家の箱入り娘だ。

 

「でも、ちょっとびっくりしたの。考えてみたら、ミコトちゃんの方がなのはよりもお友達多いんだもん」

「オレの友達は、現状ではなのはだけだ。5人衆は、知人以上友達未満というところだ。君の方が多い」

「にゃはは、まだ友達認定してなかったんだ……」

 

 これはもう、才覚の違いだからどうしようもない。それに、なのはの側に(勘違いで)育てた思いが4年分存在した。そういう意味では、彼女らよりも長い付き合いということになるのだ。

 それでも友達になることを諦めていないのだから、オレは5人衆を尊敬している。はやてやなのはと意味は異なるが、それも立派な才覚の一つだろう。

 

「まあ、少々気になっただけだ。つまらん話をして悪かったな」

「ううん、そんなことないよ! ミコトちゃんとお話するの、とっても楽しいよ!」

 

 こんな話でも、なのはは満面の笑みでそう言ってくれる。きっと彼女と話す相手も、彼女が言ったように思っていることだろう。

 だからオレも「そうか」と言って、口元に小さく笑みを浮かべる。上手く笑えているといいのだが。

 

「なになにー、コイバナー?」

「違う。いい高校生が小学生の話を邪推するな」

 

 本日バイトに入っている美由希の同級生が、誘蛾灯に引き寄せられる羽虫のようにひらひらとやってきた。オレ達も休憩しているわけで、追い払うような真似はしない。

 

「なのはの友達が意外に少なかったなーって話。みーなさんはお姉ちゃん以外のお友達っているんですか?」

「あー、どうだろ。あたしが一番仲良いって思ってるのは美由希だけど、何処までを友達って言うかだよねー。ちなみにチーフは?」

「チーフ言うな。友達と言えるのはなのはのみだ。知人以上友達未満なら何人かいる」

「おっ! ってことはなのはちゃん、チーフの一番の親友ってことじゃん!」

「にゃはは、違いますよ。ミコトちゃんが一番仲良いのは、はやてちゃんだもんね」

「宮藤、チーフ言うな。はやてはカテゴライズとしては「相方」で一線を画しているから、友達カテゴリの中ではなのはが一番でいいんじゃないか?」

「相方って何!? チーフにまさかの恋人発覚!?」

「はやてちゃんは女の子ですよー」

「次にチーフって言ったら女言葉でしゃべる」

「ごめんなさいっ!」

 

 女子小学生に最敬礼をする女子高生の図が出来上がった。まったく、誰がチーフだ。

 宮藤(フルネームは宮藤未依菜)が大人しくなったので、しっかりと説明してやる。

 

「はやては同居人の女の子だ。ブランやシャマルと同じ、血縁関係に依らない家族だ。説明が難しい間柄だから、「相方」というフレキシブルな呼び方を採用している」

「そのはやてちゃんって子とミコトちゃんが深い関係だってことは分かったわ」

 

 どうしてそうなる。オレ達はノーマルであって、同性愛じゃないんだよ。邪推してくれるな。

 

「でも、おやすみのキスはしてるんだよね」

「なのはちゃん、その話詳しく」

「どうして君は餓えた獣に餌を与えるんだ」

「ご、ごめんなさい! つい!」

 

 オレ達の行為があくまで親愛表現であることを説明するのに5分ほど費やし、来客があったことで休憩時間は終了した。休憩のはずなのに無駄に疲れた気分である。

 

 

 

≪そういえば、友達じゃないけど、最近剛田君っていうクラスメイトの男の子がよく話しかけてくるようになったよ≫

 

 8時のなのはとの定時念話。どうにも今日の話題は「友達」縛りのようだ。はからずも、先月半ばに関わった男子の名前が飛び出してくる。

 剛田猛……むつきの思い人で、なのはに向けて報われることのない片思いをしていると思われる少年。どうやらアクションは起こし始めたようだ。

 

≪ほう。なのはがガイ以外の男子と会話するとは、それなりに興味深いな≫

≪むぅ。なのはだって、男の子とお話することぐらいあるもん。べ、別にガイ君としか話さないわけじゃないんだから≫

 

 肝心のなのはは、間違いなくガイに向けた想いを抱き始めているのだから、タイミングが悪いという他ない。彼のアクションがもう数ヶ月早ければ、また違う結果になり得ただろうに。

 とはいえ、なのはとガイの関係は、もうしばらくは現状維持だろう。当人たちが自分達の感情にまるで気付けていないのだから。

 

≪……それに、最近のガイ君、なのはにはあんまり話してくれないもん。アリサちゃんやすずかちゃんとは、前みたいに話してるのに≫

≪君にとっては平和なことじゃないのか? 変態をされていないということだろう≫

≪うん……けど、何だかもやもやするの。なのはだけ、仲間外れにされてるみたいで……≫

 

 相変わらず寂しいという感情の分からないオレには、今の彼女をどう扱えばいいのか判断出来ない。励まそうにも励ます言葉が分からない。

 だから、結局はいつも通りの言葉しか吐くことができない。それが、オレだ。

 

≪その関係性が嫌なら、働きかければいい。君の望む結果を得られるように動けばいい。そうできない事情があるわけじゃないんだろう?≫

≪……うん。ただ、どうすればいいのか、自分がどうしたいのか、分からない……のかな≫

≪分かっているか分かっていないのかすら分からない、ということか。中々に難儀な感情だ≫

 

 やはりオレに恋愛はまだ無理だろう。観測の目線すら見失うほどの感情というものを、理解することが出来ない。

 さりとて、そういうことならばオレの考えを述べさせてもらおう。

 

≪最近の君との会話から、オレは君がもっとガイと交流を取りたいと思っているように感じている。たとえ変態行為をする彼であっても、君は嫌いではないんだろう?≫

≪……うん。ガイ君のこと、嫌いじゃ、ないよ。エッチなところは自重してほしいけど≫

≪そこは同感だ。なら、そうすればいい。向こうがなのはと交流を取りたくないと思っているなら、そのときの反応で分かるだろう。それを見て、自分がどうしたいのかを判断すればいい≫

 

 岡目八目で冷静に見れば、ガイの行動の意図――親友のために身を引いていることは一目瞭然だ。行動が露骨なことから、本当はもっとなのはと触れ合いたいとも思っていることだろう。

 だからなのはが行動を起こせば、彼は必ず何かしらのアクションを返す。それをなのはが感じ取れれば、あとは早いだろう。

 なのはは少し考えたあと、オレの考えに同意した。

 

≪そうだよね。まずは、行動してみなくちゃ。ミコトちゃん、ありがとうね≫

≪オレは思ったことを言っただけだ。結果がどうなるか、保証出来るものじゃない≫

≪それでも、だよ。何もしないで友達とよそよそしくなっちゃうのは、寂しいもん≫

 

 「友達」、か。彼女は最初ガイのことを「腐れ縁の変態」としか認識出来ていなかった。それがいつの間にか、自然と「友達」と呼ぶようになっている。

 彼女がそのことに気付ければ、二人の関係は一気に進むと思うのだがな。傍から見れば完全に両想いだ。

 

≪えへへ。ミコトちゃん、大好き。ミコトちゃんがはやてちゃんとケンカしちゃったときとか、今度はなのはが相談に乗るからね≫

≪ありえん話と言いたいところだが、世の中絶対はないな。そのときは……君に頼むまでもなく、うちには頼れる家族が多かった。残念だったな≫

≪えー!? なにそれー!≫

 

 不満を言いながらも、なのはからの念話は明るい。腹を決めたら気持ちも軽くなったようだ。

 話は移ろう。男絡みの話題だったから、今度はオレの学校の男子絡みへ。

 

≪そういえばミコトちゃんって、相変わらず学校で男子との会話がないの?≫

≪最近知ったが、男子はオレ達のグループに話しかけない協定があるらしい。オレが学校で男と関わりがないのは、オレの意志と無関係だったということだな≫

≪……ぇえー。どうしてそんなことになっちゃうの?≫

≪さあな。抜け駆け禁止がどうとかってことだが、小学生が何をやっているという話だ≫

 

 恋愛なんて出来るほど精神が発達していないくせに、抜け駆けも何もあるか。もっとも、オレが話を振られても、5人衆以外の女子と同じことになるのは目に見えているのだが。

 なのはは「あー」と納得する。

 

≪ミコトちゃんとふぅちゃん、飛びぬけて可愛いもんね。そういうことになっちゃうんだ≫

≪オレにはそれがどうにも分からん。フェイトはともかくとして、オレなんぞ表情筋が死んでいる。人の好い連中はそれでも可愛いと言うのはいい加減学習したが、一般論とはとても思えん≫

≪無表情でもそうなっちゃうぐらい可愛いってことだよ。ミコトちゃんは当事者だから分からないかもだけど≫

 

 そうだな。もし分かってしまったら、オレはナルシストということになる。あいにくと、そんな性癖はない。

 

≪でも、それじゃ男の子と話す機会って、ガイ君ぐらいしかないね≫

≪そうだな。思い返してみれば、ユーノやガイは、久々に会話をした同年代の男子だったのかもしれない≫

 

 4月、ブランの元となったジュエルシードを回収したときのことを思い出した。……あのときはユーノのことを小動物と思っていたが、実は人間で、今はオレに好意を持っているんだよな。

 男との関わりが薄いオレが、久々に関わった同年代の男。そういう意味では、ユーノも十分「特別」なのかもな。

 なのはが念話越しで疑問の空気を醸し出す。相変わらず器用だな。

 

≪クロノ君は?≫

≪彼を同年代というのは失礼だろう。あれで、オレ達より6歳年上だ。こっちで言えば中学三年生だぞ≫

≪あ……そっか。なんか、ミコトちゃんが対等にしてたから、すっかり忘れてたの≫

 

 中々不憫な扱いである。あの低身長も手伝っているんだろうな。男で14歳で140cm弱……あきらの方が大きいぞ。オレも125cm弱しかないので、あまり人のことは言えないが。

 だが、彼はあれで時空管理局の執務官という重要な役職に収まっている。言ってみれば、単独行動が可能な指揮官なのだ。非常に優秀な人物であることに疑いはない。

 そんな彼をオレは全く敬わず、完全に対等なものとして接していたわけだ。風評被害の温床となったかもしれない。

 だが……。

 

≪なんというか、彼はとても話しやすかった。男版はやて、は言い過ぎだろうが、それに近しい何かがあったような気がする。多分、そのせいだろうな≫

≪そうなの? なのはとしゃべるときは、何だかかたいしゃべり方だった気がするんだけど……≫

≪オレのときも変わらないぞ。そういう表面的な話ではなく、こちらの言いたいことを拾って、上手く返してくれるというか。そういうところがやりやすかったんだ≫

 

 ああ、そういうことか。彼は、なのは並の才覚を持った者が、さらに6年分の人生経験を積んだところにいる人物なのだ。だから、はやてほどではなくとも、上手く会話を運んでくれたのか。

 納得する。そして、同時に思うこともあった。

 

≪……彼が管理局の人間でなければ、プライベートでの付き合いも持てただろうに≫

 

 彼ならばきっと、「男友達」と呼べるだけの存在になり得ただろうという事実だ。それは、彼が管理世界、その中央たる管理局に属する人間であるという事実により打ち消される。

 惜しい。彼を「クロノ・ハラオウン」ではなく「ハラオウン執務官」としか呼べないことが。なのはのときのような愛おしさは感じないが、機会損失による勿体なさを感じてしまう。

 なのはが驚いたように「え?」という念話を返してきた。

 

≪え? え?? も、もしかしてミコトちゃん、クロノ君のこと……≫

≪先に行っておくが、気になっているわけではないぞ。波長が合う人間というのは、男女問わず貴重なものだ。特にオレのような偏屈にはな。それが交わることのない場所にいるというのが、勿体ないだけだ≫

≪そ、そうなんだ。びっくりしちゃった、ユーノ君が戻ってくる前に決着がついちゃったのかと……≫

 

 それについては、どうなるか分からんが……現状のままなら彼の勝率は低いだろうな。そもそも勝負にならないというやつだ。オレに「異性」が分かってないんだから。

 同様に、「異性」が分かっていないオレにハラオウン執務官を意識することなど出来るわけがない。それ以前の問題なのだ。

 

≪現状オレの一番近くにいる異性は、エール、もやしアーミー、ザフィーラの三人だ。これで異性を感じろというのが無理な話だろう≫

≪あ、あはは……人間がいないの≫

 

 オレが異性を意識出来る日は、まだ遠い。

 

 

 

 

 

 その後、はやてとフェイトと風呂に入り――はやてとはいつも一緒だが、もう一人は毎日違う。今日はフェイトだった――髪の手入れをして、歯磨きをして就寝。

 

「……ふぅ」

「なんやミコちゃん、ため息なんかついて」

 

 ベッドにもぐりこんだら一心地ついたため、思わずため息が漏れてしまった。はやては気になったようだ。

 

「なんというか……いつの間にか、周りに人が多くなっていると思ってな」

 

 相変わらず友達はなのは一人だし、まともにコミュニケーションを取れるのは学校だと5人衆ぐらいのものだが、それでも取り巻く環境は変わっていく。

 二年前まで、オレは一人だった。今はそれが嘘のように賑やかだ。あのときのオレは、こんな未来を想像だにしていなかった。必要ともしていなかった。

 だが……今のオレは、失いたくないと思っている。この賑やかさは、時に鬱陶しく感じることもあるが……それでも、暖かい。

 

「一番驚いているのは、オレ自身の変化だな。オレは……弱くなったのかな」

 

 以前に比べて、失いたくないものが増えた。はやても、フェイトとアリシア、ソワレも、召喚体の皆もヴォルケンリッターも。5人衆も、聖祥三人娘も、高町家の人々も。おまけで変態も。他にも色々だ。

 失いたくないということは、失うリスクを背負うということだ。そこを突かれたら、間違いなくオレの弱点となる。必要とあらば切り捨てるが、出来ることなら切り捨てたくはない。

 そんな風に思うようになったオレは、以前よりも弱くなってしまったかもしれない。

 だが、はやては首を横に振る。

 

「ミコちゃんは、強くなったよ。色んなことを知って、色んな感情を知って、人として、強くなったよ」

「……そう、かな」

「そうや。ずっと近くで見てきたわたしが言うんや。間違いあらへん」

 

 そうか。それは、何よりも信用できるな。オレの自己分析よりも。

 

「二年前のミコちゃんは、確かに弱くなかったかもしれへん。けど、強くもなかった。だって一人なんやもん。強いも弱いもあるかいな」

「……そりゃそうだ」

 

 結局は、これも関係性の中で生まれる話。関係性がないなら、強弱という話は無意味だ。比較するものがないのに、強さ弱さを語ってどうするという話だ。

 だからオレは、強さを得て……弱さを得たのか。

 

「ミコちゃんは、人と会話できるようになった。あきらちゃん達以外とはまだまだやけど、それでも出落ちはしなくなった。それって、物凄いことやん」

 

 普通の子供達が当たり前に出来ることが出来なかったオレが、少しは出来るようになった。それは、誇ることが出来る進化なのかもしれない。……まだまだ精進すべきではあるけれど。

 

「ミコちゃんは、ママになれた。こんなんわたしらの歳じゃ普通はできへんで。それが出来たってことは、ミコちゃんはとってもおっきくて暖かいってことやん」

 

 冷たい心しか持たなかったオレが、娘達に愛情を向けられる。それは間違いなく、オレがこの二年で得た一番大きなものだ。それをくれたのは……他ならぬ、はやて。

 

「わたしは最初からミコちゃんのこと大好きやったけど、変わっていく、成長していくミコちゃんを見てて、もっともっと好きになってる。だから、ミコちゃん。ミコちゃんの強さも弱さも、わたしは大好きや」

「……うん。ありがとう、はやて。落ち着いた」

「ん、そか」

 

 はやてと出会えた偶然の奇跡は、オレの人生で最大の幸運だったんだろう。この先、これ以上の幸運に出会える自信はない。

 だからオレは、彼女の存在をかみしめる。これまでも、これからも。

 

「オレも。はやてのことが大好きだ。これからも、ずっと、ずっと」

「……ありがとう、ミコちゃん。ほんとに、ほんとに大好きや」

 

 どちらからともなく口づけをし、長く長く思いを交わす。

 ――そしていつの間にか、そのまま眠りについていた。

 

 翌朝目を覚ますと、オレははやてとキスをしていた。

 ……一晩中キスしたままだったのか、それとも寝相でそうなったのか。どっちにしろ、無意識でもお互いを求めてるような気がして、ちょっと恥ずかしかった。

 まあ、いっか。




ス ー パ ー 百 合 タ イ ム 。今回男はザフィーラしか出てません。モブ男すら出てこない始末。
女同士だから男が話題になるという高度な会話トリックです(大嘘) いあまあいつまでもなのはとガイを放置しておくわけにもいきませんし、ミコトとクロノの関係性も進展させなきゃいけませんからね(サブルートへの配慮)

現状でのミコトの一日。朝起きたらランダムで娘(ヴィータ含む)の誰かがベッドに乱入してるとか、寝起きドッキリ過ぎるでしょ。それを受け入れてるミコトちゃんマジミコトママ。
とりあえず、家事は楽になったようです。但し指揮の手間が発生しているため、書く側としては変わりません。これはもうどうしようもないです。

何のかんの言いながら、意外と回りの人間が多いミコトでした。

もちろん、最後の濃厚なはや×ミコがやりたかっただけです。何回かに一回はこういう話やらないと落ち着かないです。
どうでもいいことですが、二人ともキスに性的な意味はないので、舌は絡めてません。どうでもいいですね。

※追記
よく考えたら強さ弱さの話は五話で既にやってましたね。やっちまったなぁ。
作中で一年以上前のことなので、二人ともうっかりしてたってことにしてくだちい。本当にうっかりしてたのは作者なんだけどな!!


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三十四話 告白 ☆

今回はなのは視点です。


 わたしには、大切なお友達がいます。

 

 アリサ・バニングスちゃん。初めてお話したときは、お顔を叩いて大泣きしちゃって、思い出すと少し恥ずかしい、だけど大切な出会いでした。いつでも負けん気に溢れた、元気いっぱいの女の子。

 活発な彼女は、わたし達を色んなところに引っ張り出してくれました。アリサちゃんがいてくれたおかげで、わたしの世界は広がった。わたしの知らない、色んなものを見せてくれました。

 ちょっとオーバーランで心配させられることもあるけれど……それでも大切な、大好きなお友達です。

 

 月村すずかちゃん。アリサちゃんと同じタイミングでお友達になった、静かに笑う女の子。彼女が作る柔らかな空気は、一緒に過ごしていると気持ちが落ち着く。

 読書好きで物知りで、彼女に教わったおかげで機械に強くなれた。今やわたしは、高町家で一番機械に強い末っ子です。

 自分の意見を引いて他の人を立てる、気が利くけどそこが少し心配になるお友達。彼女とは……将来、大好きなお姉ちゃんって呼べるようになるといいな。

 

 八神はやてちゃん。今年になってからお友達になった、海鳴二小に通う女の子。彼女との出会いは……わたしの恥ずかしい勘違いに繋がっているので、できればあまり思い出したくありません。

 はやてちゃんは、皆のお母さんみたいな子です。事情があって足が不自由なんだけど、そんなことは忘れさせるぐらい力強くて、わたしも気が付くと甘えさせられてることがある。

 彼女は……少し、羨ましいと思うことがある。わたしが一番の友達になりたい女の子が、彼女だけは特別な一人と思っているから。それでも……二人とも、とっても大好きです。

 

 フェイト・T・八幡ちゃん。通称ふぅちゃん。最初は敵対するしかなくて、だけどわたし達と同じ気持ちでいてくれた、心優しい女の子。

 わたし達と同じ魔法の力を持っていて、それもずっとずっと先を行っている、わたし達の先生のような人。でも日常生活ではちょっと頼りない面もある、とても可愛い女の子です。

 わたし達は、友達で、親友で、師弟で、ライバルみたいな関係。色んな面がある、これからももっとお互いを知っていきたい、大切なお友達。

 

 そして、八幡ミコトちゃん。ふぅちゃんのおねえちゃん兼ママで、はやてちゃんの相方。男の子みたいなしゃべり方をする、だけど根っこの部分は誰よりも女の子らしい、不思議な女の子。

 気が付けば、彼女が作り出した大きなうねりの中にいる。わたしだけじゃなくて、皆が。時空管理局という組織ですら例外ではなく。提督っていう凄く偉い人にさえ認められてしまう、わたし達の最高のリーダー。

 そんなミコトちゃんの一番のお友達になりたいっていうのは、欲張りなことなのかもしれない。でも、やっぱりはやてちゃんを羨ましいって思ってしまうから、この気持ちに嘘はつけない。

 わたしは、いつかなれるだろうか。ミコトちゃんが誇れる、最高の親友に。……そう、なりたいな。友達を作れない彼女が、最初に友達と認めてくれたわたしは、いつかそうなれるだろうと信じてる。

 そう信じて、わたしは今日も彼女と念話で会話をする。"理の召喚体"ミステールちゃんが生まれてから毎日続いている日課だった。

 

≪……で、上手くかわされて何も聞き出せなかった、と。ガイだけでなく、君も中々ヘタレのようだな≫

≪うぅ、なのは、ヘタレじゃないもん……≫

 

 最近の会話の内容は、わたしのたった二人の男友達の片割れ。小学一年生のときに知り合い、以降付き纏われているクラスメイト。わたしと同じ魔法の力を持つ少年、藤原凱――ガイ君についてだった。

 

 先月、彼の話を聞いて、色々とびっくりした。彼が所謂「前世」の記憶を持っていることや、その前世がこの世界――次元世界という意味ではなく――とは別の世界の大学生だったこと。

 その世界は、わたし達が生きているこの世界とよく似た別世界が、「魔法少女リリカルなのは」なる作品として知られているそうです。なんでわたしが主人公なんだろうって感じです。魔法が使えるだけの小学生なのに。

 彼はその内容を知っていて……そのおかげで、魔法のことや次元世界のこと、ジュエルシード事件の発端や闇の書のことなんかも、初めから知っていたそうです。

 しゃべらなかった理由は「バタフライエフェクトを避けるため」って言ってたけど、わたしはいまいち分かってません。ちょうちょさんが何か関係あるのかな?

 ……「前世」の彼はわたし達の幸せを願って消えたそうで、ガイ君が力になってくれた理由はそれだったんだって思ったとき、なんでかわからないけど、胸が痛かった。ガイ君の笑顔が、嘘だったんじゃないかって。

 そんなものは杞憂で、ガイ君は自分自身の意志で協力した、前の自分の意志は関係ないって、笑いながらわたしを叱りました。それで胸の痛みは消えて……今度は胸の内側がポカポカしてきた。

 なんなんだろうって思って、だけど気持ち悪いものじゃなくて、ガイ君に少しだけ優しくしたくなった。けど……あの変態は人の気持ちなんて知ったこっちゃなかったの。変態はやっぱり変態だったの。

 だって、はやてちゃんちから帰るとき、なのはが手を繋ごうとしたら、「なのはにズボンを下ろされるぐらいなら自分から下ろすぜ!」とか言って本当にズボン脱ごうとしたんだよ!? 女の子が大勢見てる前で!

 暴力が嫌いなわたしが左ストレートを顔面に叩き込んだのも、無理はないと思ってもらいたい。あれはそれぐらいしなかったら止まらなかった。間違いない。

 そんなことがあって、少しはガイ君のことを見直したけど、最終的にはいつも通りに戻ってました。……わたしは、そう思ってました。

 

 ことの起こりは、先月の中ごろを過ぎたぐらいのこと。はやてちゃんに残された時間を延長するための蒐集実験の翌日だったと思う。

 学校がある日のわたし達は、お昼はいつも屋上で食べている。アリサちゃんとすずかちゃんの三人で。そしてあの変態は、女の子しかいないことは構わずに、誘われていないのに乱入してくる。

 それがこの二年間、学校がある日は毎日続いた日課みたいなものだったのに、その日は乱入してきませんでした。あとで念話で問いただしたところ、クラスメイトの剛田君に話があったそうです。

 彼は、ハーレム発言と変態言動のせいで、女子からは敬遠されているけど、男子からは結構人気がある。特に剛田君は、わたし達と一緒で一年生から同じクラスで、男子の中では一番仲が良い友達だったはず。

 だからそれ自体は別に不思議なことじゃないはずなんだけど……なんでなのは達に何も言わないでそういうことしちゃうのって思った。ガイ君なら、なのはに念話で「今日は予定がある」って言えば済む話なのに。

 確かにガイ君はなのは達と一緒に食べる約束をしてるわけじゃないけど、二年間毎日来てるなら、こっちはそれが当たり前って思っちゃうよ。

 なのに何も言わないで予定を変えられたら、こっちだって調子が狂ってしまう。今度からそういうことするときはちゃんとなのはに言ってって文句を言いました。

 そうしたらガイ君は「構ってもらえなくてすねる子犬か」って念話で笑って来ました。違うもん! 悪いのはガイ君だもん!

 

 そして翌日。この日もガイ君は剛田君とお話があったらしく、お昼は一緒できませんでした。ただ、その前に念話は入れてくれました。

 アリサちゃんとすずかちゃんと一緒に食べるお昼は楽しいけど……ガイ君が来ないと、何だか物足りない。聞き慣れた騒がしさがなくなって、急に静かになってしまったみたく感じる。

 二人もそうだったらしく、アリサちゃんは「アレに慣れちゃってるってのがちょっと癪ね」って言って、三人で苦笑しました。

 すずかちゃんの方は、「……ミコトちゃんが言ってたのって、ひょっとしてこういうこと?」と、何かに気付いたようでした。彼女はとても察しがいい子なので、なのはとアリサちゃんではどういうことか分かりません。

 わたしは、せめて帰りはお話をしようと思って、初めてガイ君に一緒に帰ろうと誘いました。……どうしてだか、とても緊張しました。

 だけどあの変態、「今日は剛田とゲーセン行くから」と言って、わたしの精一杯の頑張りを無下にしてきた。

 彼だって友達付き合いはあるし、申し訳なさそうな顔をしていたから、無神経に断ったわけじゃないっていうのは分かる。だけど……どうしても納得できなかった。

 結局最後は「明日は一緒に帰るから」と言われ、わたしはそれを受け入れて引き下がりました。……本当は、その日じゃなきゃイヤだったのに。

 そういえば、一緒にいた剛田君がガイ君のことをジッと見てたけど……なんだったんだろう。ハーレムハーレム言ってる割に男の子との用事を優先してるから、不思議に思ったのかな。

 

 問題はここから。さらにその翌日以降、なのはに対してよそよそしく接するようになったのです。アリサちゃんとすずかちゃんには今まで通りなのに、なのはにだけ。

 変態的な発言をするのはアリサちゃんに対してだけで、わたしにはノータッチ。アリサちゃんの反応を、すずかちゃんと一緒に楽しんでた。

 もちろん変態を働かれたいわけじゃないけど、そんなことをされるとは思ってなくて、物凄く頭に来た。なのはのことを二日放置した上で、この扱いなんて。

 そう思ったら「どうしてそんなことするの!?」って叫んでました。涙でにじんで、前がよく見えませんでした。また「泣き虫なのは」って呼ばれちゃうかもしれないけど、そんなことは構わずに。

 アリサちゃんとすずかちゃんが、びっくりしながら慰めてくれた。ガイ君は、困ったように頬をかきながら、「なのはを蔑ろにしたつもりはない」って言ったけど……多分、嘘だ。後ろめたそうに視線を落としていた。

 わたしは頭に血が上り、「バカ!」と一言叫んで屋上を後にしました。二人も着いて来てくれたけど……ガイ君は、追ってきませんでした。

 結局、約束したガイ君と一緒に下校することは、今まで出来ていません。

 

 そんなことがあってから、わたし達はしばらく屋上には行かず――あんなことをしちゃったから、顔を出しにくい――教室で食べることにしました。

 ガイ君は相変わらず、アリサちゃんとすずかちゃんには頻繁に話しかけている。だけどわたしは……あの日から、ギクシャクしたままだった。

 ガイ君と一緒にご飯を食べるためか、剛田君と藤林君(翠屋FCのGKなので何度か話したことがある)も一緒。ただ、藤林君は彼女さんがいるから、彼女――あゆむちゃんと一緒のときはいないけど。

 それが……現在まで続いている、わたし達の状況。

 そして昨日、わたしはミコトちゃんに背中を押してもらいました。「現状が気に入らないなら、気に入るように行動を起こせ」って。

 まさにその通りで、わたしは今日、胸の中のもやもやをガイ君にぶつけるつもりで登校しました。

 ……だけど、結果は失敗。こっちから話しかけようとしたんだけど、いざ話そうと思ったら言葉が上手く出てこなくて、その間に彼はアリサちゃんのところに行った。

 それでも一回で諦めず、何度もチャレンジしたんだけど、アリサちゃんの反応で遮られたり、剛田君に話しかけられちゃったり、藤林君が空気を読まずにガイ君に話しかけたりで、成功しませんでした。

 今はミコトちゃんに、念話で結果を伝えて、助言をもらおうとしているところです。うぅ、今度はミコトちゃんから頼ってねって言ったばっかりなのに……。

 

≪まあ、君がヘタレであるという確定事項を今更掘り返しても生産性はないか。何故上手くいかなかったか、自己分析は出来ているか?≫

≪ミコトちゃんの言葉に棘があるよぅ……。えぇっと、最初に思い切りが悪くて、その間に人が集まっちゃったこと、かな≫

≪オレは実際に現場にいたわけではないから断定は出来ないが、今の話から推察できるのはそういうことだな。対策としては、何も考えずに話しかけるか、人払いをするかのどちらかだ≫

 

 ミコトちゃんは、それぞれの提案について詳しく解説する。

 

≪話しかけてから実際に話し出すまでのラグが問題だったというなら、ラグが発生しないようにどうでもいい話題を適当に投げてやればいい。それで向こうが反応している間に、本題に入るための覚悟を決めろ≫

≪どうでもいい話題って?≫

≪文字通り、何も考える必要がない話題だ。その日の天気のこととか、前の授業のこととか、宿題のこととか。当たり前の情報を口にするだけなら、思考を働かせる必要はない≫

 

 なるほど。時間稼ぎなら、それこそ何でもいいってことだね。でも、それでガイ君、ちゃんとなのはのお話聞いてくれるかな? 無視してアリサちゃんのところに行っちゃうんじゃ……。

 

≪オレが見てきた限り、彼は誰かの言葉には必ず反応を返している。他愛のない会話でも、上手く転がしてくれるだろう≫

≪そっか。うん、そうだよね。ガイ君、普段はアレだけど、根っこの部分は優しいはずだし≫

≪それだけ彼のことを信頼していて、どうしてこじれるのやら。人間関係とは奇妙なものだ≫

 

 とてもミコトちゃんらしい反応だと思い、クスリと笑う。念話経由だけど、伝わったかな?

 

≪人払いに関しては、もう読んで字の如くだ。邪魔が入らないように、一対一でガイと対話できる環境を作り出す。学校では無理だろうが、他なら出来るはずだ≫

≪何処かに呼び出すってこと? でも、そんなこと出来るかな……≫

≪……ふむ。確かに、君にブラフの理由で呼び出すなどという高度な手段が使えるわけはないな≫

 

 そんなことが出来るのはミコトちゃんぐらいだと思います。少なくともわたしの知ってる人で出来そうなのは、彼女だけしかいない。……と、思う。

 

≪そういう場合は、アリサ・バニングスや月村の力を借りるのがいいだろう。双方に問題がないならの話だがな≫

≪つまり、アリサちゃんかすずかちゃんに呼び出してもらって、一対一でお話出来るようにしてもらえばいいの?≫

≪腹芸は君よりあの二人、とりわけ月村の方が得意だろう。アリサ・バニングスは賢くはあるが、直情なところが交渉という点においてはマイナスだ≫

 

 ……ミコトちゃんが「交渉」っていう言葉を使うと、物凄く心強く感じるよね。どんな難しい状況でも、お話を通じて相手を動かしてしまえる、そんな力強さがある。

 ミコトちゃんの力を借りられれば、こんなもやもやすぐに吹き飛ばしてしまえるんだろうけど……それは、ダメだよね。そんなことをしたら、わたしはきっと、彼女に頼り切りになってしまう。

 これはわたしの問題なんだから、わたしが……友達の手を借りたとしても、最後はわたし自身が決着をつけなきゃいけないこと。ミコトちゃんに答えを出してもらうわけにはいかないんだ。

 

≪分かった。……まだ二人とも、起きてるかな。後で電話してみるね≫

≪学校が違うから日常でのサポートは出来ないが、健闘を祈らせてもらう。オレとしても、君達二人がいつまでもギクシャクしているのは喜ばしくない≫

 

 友達だから……じゃ、ないよね。この場合は、夜天の魔導書復元チームの一員としてってことだと思う。資料の到着までに闇の書の状態が悪くなったら、また蒐集を行わなきゃならないんだから。

 普通だったら、もっと純粋に心配してほしいって思うかもしれない。けどミコトちゃんだと、こっちの方が安心できる。とっても彼女らしくて、ブレがないから。

 だからわたしは、彼女のチームの一員として、彼女が呼んだ「最高のメンバー」の一人として、その要求に応えたいって、素直に思えるんだ。

 

≪心配しないで。なのは、ちゃんとやってみせるから≫

≪それは無理な話だ。君は一回失敗しているんだから。心配させたくないなら、次は成功してみせろ≫

≪うんっ!≫

 

 ちょっと変わった激励を受けて、おやすみの挨拶で念話が切れた。

 わたしはすぐさま行動に移す。勉強机の上に置いてある携帯を取って、電話帳から親友の名前を検索した。

 

「……。あ、すずかちゃん? こんな遅くにごめんね。ちょっと、相談したいことがあって……」

 

 ――明日こそ、このもやもやした感情に決着をつけるんだから!

 

 

 

 

 

「魔法を見たい?」

「うん。ガイ君と、なのちゃんの魔法。わたし達って、ふぅちゃんがまだ敵だったときに一回見ただけだから、しっかり見ておきたいなって」

 

 翌日、お昼のときにすずかちゃんが「帰りに話があるから」って言って、皆でクスノキ公園に来ています。もちろん、管理世界を知っている人のみで。

 ……空気の読めない藤林君と、何故か剛田君も来たがってたけど、藤林君はすずかちゃんが「彼女を放っておいちゃダメだよ」って言って追い払い、剛田君は空手のお稽古の日という理由でお引き取り願ってた。

 最近わたし達と絡むようになった剛田君はともかくとして、あゆむちゃんっていう彼女がいる藤林君はどうして一緒に来ようって思ったんだろう? ほんと、サッカーバカなの。

 

「別にいいけど。人に見られないように結界張ることになるぞ」

「設定すれば、魔力を持ってない人も入れるんでしょ? 前のときも、わたし達も一緒だったし。ガイ君、出来る?」

「出来るよ。つーかミコトちゃんと恭也さんを結界に入れるのには必須だったし」

「そういえばそうだったわね。……何でデフォルトの判定が魔力の有無なのかしらね。管理世界では魔導師と非魔導師の混成チームってないの?」

「ユーノの話では、非魔導師は魔導師に敵わないってのが管理世界の常識らしいからな。恭也さんは例外中の例外。ミコトちゃんは……常識には則ってるはずだけど、恭也さん以上に敵に回したくねえな」

「あはは、気持ち分かるかな。……じゃあガイ君、お願いね」

「おう」

 

 短く答え、ガイ君はミッド式の魔法陣を展開する。彼の魔力光、赤紫色で描かれた、丸と四角を組み合わせた魔法陣。

 わたし達の周囲が灰色で塗り替えられていく。時間信号をずらし、空間を複製した結界の中にずれ込んでいく。

 とてもスムーズな結界の展開に、"入室"を許可されたすずかちゃんとアリサちゃんは、「おー」と拍手をした。

 ……もちろん、「魔法を見たい」というのは建前です。昨日の夜、「ガイ君とお話したい」とすずかちゃんに相談した結果、提案された「ブラフの理由」がこれだった。

 結界の中なら、ガイ君が意図しない限り邪魔は入って来ない。そしてわたしがバリアジャケットを展開すれば、解除するまで結界も解除できない。見事な鳥かごの完成です。

 わたしでは思いつかない素晴らしいアイデアでした。……なんだけど、聞いたときにちょっと背筋に寒気が走ったのは何だったんだろう。すずかちゃんは楽しそうに笑ってただけなんだけど。

 このアイデアを昨日のうちにアリサちゃんとも共有し、実際に行動に起こして今に至るということです。

 ガイ君は相変わらずわたしを真っ直ぐ見ようとしない。……いいよ、今はそれで。すぐにお話させてもらうんだから。

 

「レイジングハート、セットアップ」

『All right.』

 

 決意を行動で示すように、わたしのデバイスに指示を出して、バリアジャケットとデバイスモードのレイジングハートを展開する。二人は、拍手はせずにわたしを真っ直ぐ見た。

 ミステールちゃんがいなかったら二人とは念話は出来ないけど……視線で言いたいことは分かった。「頑張ってね」って。

 

「んじゃ、どっちの魔法から見せる? 俺はシールドだけで地味だから、なのはのを後に回すのがおすすめだけど」

「んー……それじゃ、先にガイ君の魔法から見せてもらおうかな」

「了解了解っと」

 

 軽い調子で言いながら、彼は自分の持っている数々のシールド魔法を披露する。

 プロテクション、ディフェンサー、ラウンドシールド。シールドの応用で作られた、バインドシールド。飛行シールド「ドニ・エアライド」を見たときは、アリサちゃんが「そんなのもありなの!?」ってびっくりした。

 そして、彼の代名詞であり、わたし達の窮地を何度も救ってきた、エネルギー分散防御シールド「ディバイドシールド」に軽くシュートバレットを当てる。魔力弾は弾け散りながら虚空に溶けた。

 

「はー……見事に防御魔法だけなのね。確かに、地味だわ」

「だからそう言ったっしょ。それに、地味ってのは応用で化けるって意味だぜ。こんな風にな!」

 

 そう言って彼は、アリサちゃんの足元に魔法陣を展開する。それは一瞬で鏡のように光を反射するシールドを作り出し、スカートの中を映し出した。慌ててスカートを抑えながら後ずさりしてたけど、もう遅かった。

 

「淡い水色! いいねいいね、分かってるね。白もいいけど、爽やかで元気があっていいおパンツだと思います!」

「あ、あんたねぇ! アホなことに魔法使ってんじゃないわよ! 殴るわよ!?」

「そんなアリサに、ラバーシールドをプレゼント! 弾性に特化したシールドだから本気で殴っても痛くないスグレもの! 今なら術者付きでお買い得ですぜ!」

「いらないわよ、バカァ!」

 

 アリサちゃんが目の前に現れた赤紫色のシールドを叩くと、本当にゴムでできているみたいにグニョングニョンとへこんだ。……またシールドのレパートリーが増えてるの。

 息を荒げながら肩を怒らすアリサちゃん。すずかちゃんにポンっと肩を叩かれ、彼女はハッとした。何のためにここに来たのかを思い出したみたいだ。

 

「シールド魔法に関してだけなら、着想さえあれば即興出来るって感じだな。リクエストあるなら作って見せるけど」

「んー……今はいいわ。っていうか変なもの作られて変態されても困るし」

「あはは。わたしも、今はないよ」

「そかー。じゃあ俺は以上っす!」

 

 ガイ君が魔法の披露を終える。次は、わたしの番。……だけど、その前に。

 

 

 

「少し、いいかな。ガイ君にお話があるから、なのはの魔法はちょっと待ってて」

「へっ?」

「……ようやく覚悟が決まったってわけね。間を持たせてやったんだから、感謝しなさいよ」

「アリサちゃん、素で楽しんでたよね。……頑張ってね、なのちゃん」

「うん。ありがとう、すずかちゃん、アリサちゃん」

 

 これまでわたしは、ガイ君の魔法披露を見ながら、彼に何を話せばいいのかを考えていた。それが、やっとまとまった。

 だからわたしは、一月振りぐらいに、ガイ君の目を真っ直ぐ見た。彼は……少し狼狽えてから、目線を逸らした。

 

「ガイ君。逃げないで。なのはを、わたしを真っ直ぐに見て」

「俺は、その……」

「見てくれないっていうんなら、バインドで縛り上げてでも見させるんだから。レイジングハート」

『Ring bind.』

「ぬおっ!?」

 

 彼の両手両足と首を桜色のリングバインドが拘束する。虚を突いた魔法発動だったため、ガイ君も回避できなかったみたいだ。……気付いてても、回避しなかったかもだけど。

 わたしは歩いてガイ君の目の前に移動する。今度こそ、彼と視線を真っ直ぐ合わせるために。

 

「一ヶ月前に聞いたことをもう一回言うよ。どうして、こんなことするの。どうして、なのはを仲間外れにするの」

「……俺は……そんなつもりじゃなくて……」

「わたしは、凄く悲しかったんだよ。ガイ君に無視されてるみたいで、凄く胸が苦しかったんだよ。……なのは、ガイ君の気に障るようなことをしちゃったの?」

「そんなことねえよ。俺がなのはの気に障ることならたくさんしてきたと思うけど、なのはが俺の気に障ることは一度もなかった」

「じゃあ、なんで? なんでなのはは、……ガイ君から嫌われちゃったの?」

「っ!?」

 

 ガイ君の目が見開かれる。驚きと、怒り。だけどその怒りはわたしに向けられたものじゃなくて……自分自身に向けたもの。

 

「っ、バカか、俺は! 無成長かよっ!」

「……ガイ君?」

 

 悔しさだったり、悲しさだったり、そんな感情が彼の顔に浮かぶ。こんな表情は……ひょっとしたら、初めてみたかもしれない。

 激情のままに、ガイ君は飾り気のない――変態の仮面を被らない、本当の彼の言葉を口に出す。

 

「いいか、なのは! 俺はお前のことが大好きだ! だけどお前だけじゃない! アリサも! すずかも! フェイトちゃんもはやてちゃんもミコトちゃんも! 他の皆も! 全員、大好きなんだよ!」

「が、ガイ君……」

 

 真っ直ぐ投げかけられた、純粋な「好き」に、わたしだけでなくアリサちゃんも、すずかちゃんでさえ、思わず顔を赤くして黙ってしまう。

 彼の独白は、続く。

 

「俺がハーレムハーレム言ってるのが冗談だと思うか? 思うよな。俺だって現実的には無理だって思う。……だけど! やっぱり俺は皆が大好きで、誰か一人だけなんて選べない!」

 

 彼は……ガイ君の「好き」は、わたし達が思ってたよりも、もっとずっと、大きなものだった。冗談やおふざけではなく、本当に本心から、皆のことが好きだった。

 

「だからっ……俺は……」

 

 言葉に詰まり、彼は項垂れた。これ以上は言えない、そう言うかのように。

 わたしは、リングバインドを解除した。なんでそうしたのか分からない。ガイ君を「束縛」したくなかったのかもしれない。

 わたしの口から、自然と答えが漏れ出した。

 

「だから、ガイ君はこれ以上なのはと一緒にいられないって思ったんだね。「誰か」が、なのはのことだけを好きだと思ってくれてるから」

「……気付いて、たのか」

「そうなのかな、とは思ってたけど。確信したのは、今のガイ君の態度だよ。……剛田君、なんだよね」

「っ、……悪い、剛田」

 

 ここにはいない友人に、彼は謝罪を告げた。それは、わたしの確認を肯定する答えだった。……そっか。剛田君が、わたしのことを好きなんだ。

 嬉しいとは思う。男の子が、なのはという女の子のことを好きになってくれたことに、感謝すら感じる。だけど……それだけなんだ。

 

「剛田君がいつかなのはに告白してきたら……なのはは、断るよ。ごめんなさいって。それは……多分、変えようがないことだと思う」

「……そっか。あいつに教えてやる義理はねえな。あいつだって、女の子を泣かしてんだ。ミコトちゃんの言うところの、悪因悪果ってやつだ」

「それってひょっとして、一ヶ月前の?」

「ああ。相手方の女の子が告白したいっていうんで、俺が取り次ぎ役になったんだ。結構苦労したんだぜ、マジで」

 

 ちょうどミコトちゃんがガイ君のことを名前で呼び始めた時期だ。……海鳴二小の5人のうちの誰かだったのかな。きっと、そうなんだろう。

 けど……ちょっと酷いかもしれないけど、それは今関係あることじゃない。今のわたしの感情とは、関係のないことだ。

 

「だったら、もういいよ。ガイ君が遠慮する必要なんてないんだよ。なのはを見て。なのはを呼んで。なのはに触れて。それが、今わたしがガイ君に望んでいることだよ」

「……俺は、ハーレム男だぞ。エロいことが大好きな変態だぞ。そんなこと言うと、調子に乗って変態を働きまくるぞ。それでいいのか?」

「……それでも、いいよ。ガイ君だったら……いやじゃ、ないよ」

 

 ――ああ、もう。どうしてなんだろう。どうしてわたしは、こんなどうしようもない男に出会ってしまったんだろう。こんな気持ち、気付かなければよかった。

 だけど、同時に思う。気付けてよかった。もし気付かなかったら、このままわたし達は疎遠になってしまったかもしれないのだから。そうなっていたら、悔やんでも悔やみきれない。

 

「なのはも、同じだよ。ガイ君。ガイ君の気持ちと、おんなじ」

 

 走り出した想いは止まらない。4年前のあのときとは違う……だけど同じ、過ごした時間が育んだ想いが、口を突いた。

 

 

 

「なのはも。ガイ君のこと、大好きだよ。本当の本当に、大好きだよ」

「っ……!」

 

 ガイ君の息を呑む音が聞こえた。言ってしまって、わたしの顔に血が上る。……思えば、これが初告白だ。ミコトちゃんのときは、告白前に性別の勘違いに気付いたから。

 ガイ君は、どう応えるだろう。彼は、わたしのことが大好きだって言った。けど、他の皆のことも同じだと言った。だから、わたしの想いに応えてもらえるかどうかは分からない。

 祈るような気持ちで、告白の恥ずかしさに耐えながら、わたしはそのときを待った。

 

 そして、彼は。

 

「っっっっっっしゃああああああっ!!!!」

 

 高らかに吼えて、高らかに右手を挙げました。思わず呆気にとられてしまうほど、唐突な行動。

 そして何故か不敵な笑みを湛えながら、ビシッとわたしを指差す想い人。

 

「なのは! 二年前、俺がハーレム宣言をしたときの言葉を覚えてるか!?」

「え、ええ? い、いきなり言われても……」

「なら教えてやる! 俺はこう言った! 「まずはなのはとアリサとすずかを俺の虜にしてやる」と!」

 

 た、確かにそんなことを言ってたような気がしなくもないかな……? っていうか、何でいきなりハイテンションなの、ガイ君。

 なのはの内心の疑問には取り合わず、ガイ君は先を続けます。

 

「つまりっ! 俺は今、最初の目標を達成したということだ! 偉大なるハーレム達成のための第一歩を成し遂げたんだ!」

「……えぇー……」

 

 なんでそうなるの? なんでなのはの一大告白の後に、そういうこと言えちゃうの? ……やっぱり、早まったかなぁ。

 だけど。そんな彼を見て、「らしい」と思えて、心の底では笑えてしまうから……やっぱりわたしは、ガイ君のことが好きなんだろう。どうしようもないぐらい。

 

「次はアリサか!? それともすずかか!? さあ、遠慮なく俺の胸に飛び込んでくるがいい!」

「調子に乗るな、スカタン!」

「あふん!?」

 

 今までわたし達を二人だけの世界にしてくれていたアリサちゃんが、乱入して飛び膝蹴りをお見舞いした。その場でもんどりうつ変態。

 はぁーと大きなため息をつくアリサちゃん。すずかちゃんも苦笑しつつ、諌めるようなことはしなかった。

 

「あんたねぇ。こんな可愛い女の子が、好きだって言ってくれたのよ? 「付き合おう」とか、そういう気の利いたことは言えないの?」

「いやだって付き合うと一対一になっちゃうじゃん。それに、なのはは好きだけど、アリサとすずかのことが好きってのも本心だし」

「……凄いことなんだろうけど、こいつの場合は間違いなく凄いバカね」

「わたし達の気持ちも考えてほしいかなぁ」

 

 さりげなく毒を吐くすずかちゃんに、アリサちゃんが一瞬見ちゃいけないものを見た顔をして、スルーした。わたしも同じ気持ちです。

 気を取り直して、アリサちゃんはわたし達と同じ、飾らない本心を語る。

 

「本音言うと、あんたのことは嫌いじゃないわ。男の中では、見込みある奴だなって思ってる。だけどそういう対象で見れるかって言われたら、おあいにく様って感じ。修行して出直してくるのね」

「わたしはガイ君のこと好きだよ。お友達として、だけどね。……わたし達の大切な親友を幸せにしてくれれば、わたしはそれで満足なんだよ」

「そら最低条件っしょ。ハーレム作って自分だけ幸せなんて、ド三流のやることだよ。ハーレム作って、全員が幸せ! それが俺の目標なんだから、妥協なんてしないさ!」

「最後だけ切り取れば格好いいこと言ってるのに、内容が最悪ね。……なのは、本当にコレでよかったの?」

 

 げんなりした表情のまま、わたしに尋ねるアリサちゃん。確かに、わたしもちょっと後悔してるけど……コレじゃなきゃ、ダメだったんだよ。

 

「ガイ君を好きになれたことは、後悔してないよ。ちょっと、タイミングは早かったかなって思うけど」

「そ。なのはが納得してるなら、それでいいわ。……ほんと、もうちょっとしっかりしなさいよね、ガイ」

「俺はしっかりしてるつもりなんだけどなぁ。しっかりしてないとハーレムなんて夢のまた夢だし」

「あはは……ここまでブレないのも、ある意味凄いよね」

 

 ほんとなの。

 

 結局ガイ君はハーレムを諦めないそうで、最終的にはアリサちゃんも「もう好きにしなさい」と呆れてしまった。すずかちゃんは、最後までスルーしてました。

 わたし達も、付き合ったりとかはなし。互いに「好きだ」と伝え合っただけで……わたしはそれでも満足でした。

 付き合ったりだとか、その先のことは、これからの話。ちゃんとガイ君にわたしだけを見させて、その上で好きだって言わせてやるんだから。

 だからこれは……告白というよりは、宣戦布告、だったのかな。

 その後、建前だったわたしの魔法を見せて、今日はお開きとなりました。……アリサちゃん、「やっぱり恭也さんの妹ね」ってどういう意味だったの?

 

 

 

 

 

≪……というわけで、無事まとまりました。ご心配おかけしました≫

≪どういうわけだ≫

 

 定時念話で今日の顛末をミコトちゃんに報告すると、彼女は困惑した様子でした。……そりゃそうだよね。当事者であるわたしも、どうしてこうなったのって感じだし。なんで仲直りのはずが告白になってるんだろう。

 

≪いや、君がガイのことを好きだというのはだいぶ前から知っていたので、さして驚きはしないが≫

≪……なのは、そんなにあからさまだった?≫

 

 肯定の返事だった。……ミコトちゃん、分からない感情が多い割には、鋭いよね。

 

≪オレが困惑しているのは、君達の関係性だ。お互い好き合っているのに、何故現状維持のままなんだ。意味が分からん≫

≪それはまあなんというか、なのはの女の子としての意地と言いますか、ガイ君が筋金入りにバカだったというか≫

≪全く……あいつは、本当に何処まで本気なんだか≫

 

 それはなのはにも分かりません。ひょっとしたら、ガイ君にも分かってないのかも。感情って、自分でも中々分からないものだもん。

 

≪……剛田君のことが好きだった女の子って、海鳴二小の5人のうちの誰か、だよね≫

≪やはり君は恋愛事だと急に察しがいいな。むつきが、剛田少年と同じ幼稚園の出身だった≫

 

 むーちゃんだったんだ。……謝っておいた方がいいのかな。むーちゃんの告白が失敗したのは、わたしのせいみたいなものなんだから。

 

≪その必要はない。彼女はもう立ち直っているし、そもそもこんなものは巡り会わせの運だ。過失でない限り、誰かに責を問うのは筋違いだろう≫

≪そっか。なら、余計なことはしない方がいいね≫

≪そういうことだ。君は君のことだけを考えておけばいい。ガイと付き合っていないのなら、断るのは大変だろう≫

 

 そうだろうね。告白を断ったことなんてないし、剛田君って意志の強い子だし。結構苦戦することになるかも。

 でも、わたしの心はガイ君の「虜」になってしまったから。剛田君の告白にOKすることは、絶対にありえない。

 

≪……恋って、大変なんだなぁ≫

≪そうらしいな。オレはその入口にも立てていないから、想像することすら出来やしない≫

 

 ミコトちゃんは今、ユーノ君から想いを寄せられている。だけど、彼女自身に恋が理解出来ないから、たとえ今すぐ彼が帰ってきて告白をしても、そもそも勝負にすらならない。

 だけど……ちょっと気になった。

 

≪ミコトちゃんは、恋をしてみたいと思うの?≫

≪女の子に生まれた以上は、そう思うものじゃないか?≫

 

 それは……確かにそうかもしれない。少なくともわたしの周りの女の子は、わたしを含めてそうだ。恋に恋するのが、女の子の宿命なんだろう。

 ミコトちゃんも根っこの部分は誰よりも女の子なのだから、その因子はちゃんとあるみたいだ。ちょっと、ホッとした。

 

≪だからこそ、オレは恋なんて出来るのかという自虐みたいなものもある。こんなしゃべり方しか出来ないし、そもそも分からない感情が多すぎる。女らしさとは無縁だろうしな≫

≪なのはは、ミコトちゃんのこと女の子らしいって思うけど。パッと見だと分からないかもしれないけど、ちゃんと見れば分かるよ≫

≪……世辞はいい。自分のことは分かっている≫

 

 お世辞じゃないんだけどなぁ。グレアムおじさんも言ってたけど、ミコトちゃんって本当に自己評価低いよね。

 ミコトちゃんは、わたしが見てきた中で一番可愛い女の子だ。見た目もそうだし、性格の面でも。

 しゃべり方とか、しっかりとした判断力とかばっかり注目されちゃうけど、分かる人はきっと分かってる。彼女の本当の可愛さを。

 

≪ミコトちゃんは、可愛い女の子だよ。大丈夫だよ、わたしが保証する≫

≪……それは、心強い保証かもな≫

 

 ミコトちゃんから返ってきた念話は……少しだけ、柔らかく笑っているように感じました。

 

 いつかきっと、ミコトちゃんも素敵な恋が出来る日が来る。わたしは、そう確信しながら願っています。

 その相手が誰なのかは分からないけれど。……ガイ君じゃないといいなぁ。ミコトちゃん、ガイ君のいいところは分かってるはずだから。

 もしミコトちゃんとライバルになっちゃったら、きっとなのはじゃ敵わないんだろうなぁ。それは、いやだなぁ。

 嬉しさと恥ずかしさと期待と不安が入り交じったその日の夜は、悶々として中々寝られませんでした。




仲直りのはずがいつの間にか告白話になってたでござるの巻。今回でなのはは自身の恋心を理解しました。「何でこんなやつに。悔しい……でも大好き!」って感じです。
実際ガイ君の男気はマジパネェっすからね。それを一番受けてたなのはが落ちるのはしょうがないんじゃないかと。
肝心のガイ君が自分が一番好きなのは誰か理解してないけどね!

結局二人はお互いがお互いを好きであることを知っただけで、仲に進展はありません。
そして剛田君マジ哀れ。元々当て馬だからシカタナイネ。

ミコトは可愛い(真理) 少なくともこの世界ではトップクラスの可愛らしさを誇る容姿と性格です。作者のフェティシズムを満載してるんだから、当然ですね。
オレっ子! 仏頂面! 時折表れる恥じらい!! うっ……ふぅ。

NLもたまにはいいですね(迫真)


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三十五話 主

微妙な戦闘回?です。日常話の閑話的な。


 その日の夕餉時、シャマルから通知があった。

 

「闇の書の魔力簒奪が再開しました。量としては微々たるものなんだけど、確実に増加を始めてる。恐らく、あと一週間ほどで元の量に戻ってしまうわ」

「そうか。調査協力、感謝する」

 

 どうやらおよそ一月の間蒐集を全く行わないと、主から魔力を奪ってせっついてくるようだ。その方法だと結果的に蒐集効率が落ちるんじゃないかと思うが、バグ相手に論理性を語っても仕方ないことだ。

 ともあれ、二つのことが分かった。定期的に蒐集を行えば、はやてに残された時間を延長できるということ。そして、近いうちに再度蒐集を行う必要があるということだ。

 

「幸い、明後日から夏休みだ。すぐにでも蒐集は行える。後ほどミステールの念話共有で関係者には連絡を入れる。全員、それで問題はないか?」

「無論! 主のために剣を振るえる日を、この一ヶ月待ちわびていた!」

 

 穀潰しと化したシグナムがここぞとばかりに意気込んでいるが、ほっぺについたご飯粒で台無しだ。シャマルに指摘され、慌てて取る。

 ……いずれは彼女にも収入源として働いてもらうつもりでいたが、この一月半の間完全に放置になっていた。おかげでアリシアとのやり取りが強化されるばかりだ。

 いい加減、何か職を探してやるか。こんちくしょうに何かしてやるというのは癪で仕方がないが、収入が多い方が助かるというのは間違いないのだ。

 ヴォルケンリッターは、リーダーが何の確認も取らずに先走ったが、首を横に振るとは思っていない。彼らは全員はやてのことを思ってくれている。はやての不都合を取り除くのは早い方がいいと判断出来るはずだ。

 召喚体も、前線要員は基本的に自宅待機させているわけだから、特に予定はない。ブランがバイトの日でも、はやてのことはアリシアが見てくれる。

 残る家族は二人。オレの妹であり娘であるフェイトと、その使い魔アルフ。

 

「わたしも、大丈夫。皆で楽しい夏休みを過ごせるように、頑張るよ」

「全面的に同意! 夏は海に行ったりするんだろ? だったら、余計な心配事なんてない方がいいに決まってる」

 

 全員、問題なし。……心強い家族だ。微かな不安さえ感じさせない。この面子なら、今後の夜天の魔導書復元もきっとうまくいくと思わせてくれる。根拠はないが、余分な不安を感じさせないでくれるのは、ありがたい。

 

「方針は、前回と同じですか?」

「いや。今回は2ページ蒐集して、前回との差を調べたい。それに、あまり一ヶ所で蒐集を行うと、既に蒐集した個体に当たる可能性が高まって効率が悪くなる」

 

 闇の書で蒐集出来るリンカーコアには制限があり、一個体一回までとなっている。だから、たとえばフェイトなどから協力を得て疲弊しない程度に蒐集を行い、回復を待って再度ということは出来ないのだ。

 これは多分、夜天の魔導書の元々の記録機能による制限だろう。本来は数多の魔導を記録するための書物だったならば、同じ魔法を何度も記録しても意味がないということだ。

 だから、一ヶ所だけで蒐集を行うというのは難しいだろう。ページ数を増やすなら、前回と同じやり方では効率も悪すぎる。

 

「明後日は、3ページ目の完成を目指す。中型をメインで狙い、微調整を小型で行う」

「へへっ。前回はチマチマした作業でめんどかったけど、次はそうでもなさそうだな」

 

 シグナム同様、細かな作業が苦手なヴィータ。高い戦闘力を持つ彼女は、中型や大型を狙うときにこそ真価を発揮すると言っていい。今回はアテにしているぞ。

 戦闘が発生する以上、微小であろうがリスクは発生する。特にオレや恭也さんは、バリアジャケットによる強力な防御態勢を持たない。

 だから、ザフィーラの働きも重要だ。彼は「分かっている」と言わんばかりに、狼型のまま静かにオレを見ていた。

 

「危ないことは反対やけど……必要なことなんよね」

「ああ。ギルおじさんの資料集めにどれだけの時間がかかるか分からない以上、こちらで出来ることはやっておきたい」

 

 先日、彼からエアメールが届いた。ユーノとハラオウン執務官の協力を取り付けたそうだ。今後向こうは、彼らに加えてハラオウン提督、リミエッタ通信士とともに調査を進めるらしい。

 少数とは言え精鋭。何せ、提督二人に執務官一人だ。リミエッタ通信士は分からないが、ユーノの情報処理能力はオレも信頼を置いている。こちらも心強いと言っていいだろう。

 それでも、調査は難航するだろうと予想されている。「闇の書」の情報は知られていても、「夜天の魔導書」は失われて久しいのだ。

 管理局には「無限書庫」という超巨大データベースが存在し、そこならば有力な情報が得られる可能性もあるらしい。が、超巨大ということは、それだけ調査に時間がかかるということを意味している。

 エアメールによれば、通常は年単位で調査を行うようなデータベースだそうだ。何のためのデータベースだと言いたいところだが、整理するための人員も足りていないのだろう。とやかく言うまい。

 ともかく、ギルおじさんからもこちらはこちらで出来ることをやってくれと言われているのだ。考え得る限りを尽くすのは、当然の努力だ。

 ……全くの余談だが、エアメールには何故かハラオウン執務官とユーノの写真が何枚か同封されていた。ハラオウン執務官は業務中の、ユーノはジムトレーニング中の写真だ。

 感想としては、ハラオウン執務官に対して「ちゃんと寝ろ」、ユーノに対しては「その歳でウェイトトレーニングはやめろ」だ。思った内容は、既に手紙に付記して返信してある。

 おじさんが何を思ってオレ達に彼らの写真を送りつけたのか分からないが……ユーノの気持ちでも聞いたのだろうか? それなら何故ハラオウン執務官まで? 彼については、特に思うところはなかったはずだが。

 なお、はやての発案で返信にはオレ達の写真を同封している。オレのは、先々月のプールの写真と、ミニ十二単の写真だ。はやてのチョイスである。

 ――どこぞの金髪少年は、写真を見た際に歓喜しながら嘆いたそうだ。「何故自分はその場にいなかったのか」と、黒髪の執務官の胸倉をつかんで涙を流したらしい。どうでもいいな。

 

 閑話休題。ギルおじさん達が頑張ってくれているのだから、こちらもこちらで時間稼ぎはしておきたい。彼らとしても最早復讐の意志などなく、誰も最悪の手段は取りたくないのだから。

 

「皆頑張ってくれとるんや。したら、わたしの我儘で迷惑なんかかけられへん」

「はやてがそんなことを考える必要なんてないと思うが。オレ達は、自分達がやりたいことをやっているだけだ」

「ソワレ、はやてに、あるけるようになってほしい。いっしょに、おまつり、あるきたい」

 

 オレ達の愛娘がピョンと椅子から飛び降りて、はやての膝にすがる。立ち歩きを注意せず、彼女は愛おしそうに頭を撫でた。

 

「姉君に同意じゃ。そう上手くはいかぬかもしれんが……魔力簒奪の具合次第では、奥方が夏中に歩けるようになるかもしれぬじゃろう? そう思ったら、わらわが動かぬ道理なぞない」

「ソワレ、ミステール……あんたら、ほんとええ子達やで。ちょっとじわっと来たわ」

「本当に、よく出来た妹達です。……わたし達ははやてちゃんのそばにいることしか出来ません。だから、ミコトちゃんのことは、あなた達に任せますからね」

「アリシアのぶんもおねがい!」

「うん、まかされた!」

「呵呵っ、言われるまでもないわ」

 

 オレの家族にして、オレの力そのものとなってくれる心強い相棒たち。彼女達がいる限り、オレは最後まで走り続けることが出来るだろう。たとえ、足をもがれようとも。

 もっとも、そんなことははやてがよしとしないわけで。

 

「リッターの皆も、ちゃんとミコちゃんのこと守るんやで」

「ったりめーだ! ミコトには指一本触れさせねーから、安心してろよ!」

「ふふっ。ヴィータちゃんってば、本当にミコトちゃんのことが大好きなんだから。もちろん、わたし達もだけど。ね、ザフィーラ」

「お前まで騎士の本分を忘れてくれるな、シャマル。俺達の主が誰なのか、くれぐれも間違えるなよ」

 

 まったくもってザフィーラの言う通りだ。主命に従っていると取れなくもないが、特にヴィータは、もうちょっとはやてが主であることを自覚してくれ。

 そう思い……シグナムに目線が行く。いつもだったら、彼女がヴィータを諌めそうなものだ。だが今日の彼女は、神妙な顔つきでオレを見ている。

 

「なんだ」

「……いや。私も主に命ぜられて貴様を守るのだ。だから貴様も、ちゃんと自分の働きをしろ。そう思っただけだ」

「今更だ。オレはいつだってオレ自身の思った通りに行動している。貴様に指摘されるまでもない」

「……そうだな」

 

 ……なんだこの素直なシグナムは。悪いものでも食ったのか? 率直に言って、キモチワルイ。

 

「しおらしいシグナムなど、偽物かと疑うだけだ。いつも通りにしていろ」

「……いつも通り、か。いつも通りの私とは、どんなものだっただろうか」

「データ欠損は言い訳にならんぞ。本格的に痴呆を疑ってもいいか?」

「そういうことではないっ! ……貴様と話をしても、余計に分からなくなるだけだ。放っておいてくれ」

 

 わけが分からんな。まあ、いい。明後日のミッションでちゃんと動いてくれるなら、別にそれで構わないのだ。

 心配そうなはやてを宥めるように、オレは口元で少しだけ笑みを浮かべる。ちょっとあってから、はやては苦笑気味に笑った。

 そして、オレは次回ミッションの総括を行う。

 

「それでは明後日、午前9時から、二度目の蒐集実験を行う。対象は中型メイン。戦闘が予想されるため、各員気を抜くことのないように。場所については、後々フェイト、シャマルと相談して決定する。以上だ」

『了解っ!』

 

 その後、場所も決定した。第71無人世界「コルマイン」。赤い荒野で覆われた、不毛の大地が次の舞台だ。

 

 

 

 

 

 今回の参加者は、いつものから恭也さんを除いたメンバー。本当は彼も来ようとしていたのだが、彼の通う大学はこの時期に試験ラッシュがあるそうだ。試験日と重なったため、そちらを優先してもらった。

 こちらの全体戦力としては大きく低下するが、元々が過剰戦力なのだ。大した問題ではない。移動に関してのみ言及するなら、全員が飛行可能のために非常に楽だ。

 ……恭也さんならそのうち自力で空中戦闘を可能にしそうだが、今は無理だ。今後も月イチで蒐集を行うことを考えると、何かしらの飛翔手段を提供した方がいいかもしれない。

 

「わーお、赤っ。グランドキャニオンやらエアーズロックやらも真っ青だな」

「ガイ君、海外行ったことあるの? なのは、国内旅行だけなの」

「さっき言った二つは行ったことないけど、うちの母さんが海外旅行好きだからなー。今年もお盆にどっか行くかも」

「そうなんだ。ねえ、なのはも一緒に行っていい?」

「……何で家族旅行に普通に着いてくる気でいるんですかねぇ」

「だって、将来的に家族になるかもしれないんだし、問題ないよね」

「ミコトちゃん、助けてくれ! なのはが俺を人生の墓場に連れて行こうとしてる!」

「知らん。いい加減、腹をくくって付き合ってしまえ」

 

 先日、互いに思いを伝え合ったはずのガイとなのは。ガイの方がハーレム思想を捨てていないため関係は現状維持だが、進展させたいなのはは攻勢に転じたようだ。完全に攻守が逆転している。

 今日も集合したときからなのはが攻めているため、ガイからのセクハラは一切飛んできていない。実に平和である。

 ……剛田少年は二人の様子を見て、なのはに告白して玉砕したそうだ。以前見た印象通り、潔い少年だった。

 そのことは既にむつきに伝えてある。彼の想い人がなのはであったことに驚き、そして彼女の想い人の失恋に少しだけ悲しそうな顔をした。

 彼女は、彼の心の隙間に入り込むことはしないそうだ。それでは意味がないというのが彼女の考えのようだ。オレとしては、今が未曾有のチャンスだと思うのだが。

 まあ、彼女自身がそう決めたのだから、オレがとやかく言うことは出来ないだろう。恋愛を分かっていないオレに助言できることなど、何もないのだ。

 なお、剛田少年とガイ、聖祥三人娘の友達付き合いは、今も続いているそうだ。不和が発生しなかったというのは、良かったことなのだろう。

 この場にいない恭也さんは、二人の仲について渋い顔をしていた。彼はガイのことは認めているものの、いまだにハーレム思考であることに納得が行っていないようだ。

 とはいえ、ガイが無理に言い寄ったのではなく、なのはが自分だけを見させると宣戦布告したのだ。今の段階で恭也さんに口を挟めることはない。それが、彼の表情の理由だろう。

 我が仲間ながら、色々と難儀な連中である。

 

「バカップルは放っておいて、フェイト、この世界の解説を頼む」

「か、カップルだなんて、ミコトちゃんってば、……えへへ」

「よく聞けなのは、バカップルだ! っていうかカップルでもねえよ!」

「あはは。桃子さんの血もちゃんと引いてるよね、なのはって」

 

 全くだ。高町夫妻は仕事中にも隙あらばイチャついてるから困る。

 気を取り直し、フェイトは真面目な表情になって解説を始める。

 

「第71無人世界「コルマイン」。鉄分を多く含む土が地表を覆う世界で、中型から大型の魔法動物が生息しています。土地柄、動物の体表が金属皮膜で覆われてるから頑丈で、気性が荒いのも多いから、十分に気を付けて」

「こんな世界にも生命が存在するってんだから、摩訶不思議だよねぇ」

 

 おかげで蒐集を行えるわけだがな。しかし……大型もいるのが厄介だな。

 

「分かっているとは思うが、今日のターゲットは主に中型。大型を狙う必要はない。戦闘は必須となるだろうが、なるべくリスクは避ける方向で行きたい」

「それに、大型だと目標ページを超過する可能性もあるものね。完成は程遠いけど、こっちのリスクも捨て置けないわ」

 

 シャマルの言う通り、出来る限りページ数は少なくいきたい。今回目標を2ページに増やしたのは、前回との差を見るため。相変わらず闇の書を完成させる気はないのだ。

 そのためにも、大型と遭遇した場合は、戦闘ではなく退避を選択するべきだ。それを徹底しなければならない。

 

「特に前科のあるシグナム。戦いを求めて大型の巣に吶喊したりしないように」

「ぐっ。……分かっている」

 

 渋い顔をして、オレの言うことに素直に従うシグナム。……やはり、先日からどうにも様子が変だ。

 調子を崩したままで、ミッション中に不都合が生じられても困る。

 

「言いたいことがあるなら言え。悶々としたまま参加されて、集中できなくて撃墜されましたじゃ目も当てられん」

「……別に、何か言いたいことがあるわけでも、調子が悪いわけでもない。少し、考えていることがあるだけだ」

「それを言いたいことがあると言うんじゃないのか? 何も言わず、勝手な行動で全体を乱すような真似はされたくない」

「そういうことではない。私は……見極めたいだけだ」

 

 見極めたい? 何の話だ。

 

「私自身の話だ。貴様は……気にする必要は、ない」

「……いいだろう。その言葉を信用する。但し、失敗しても言い訳は聞かない。そのつもりでいろ」

「無論。ヴォルケンリッターが将、"剣の騎士"シグナム。己が非に見苦しい弁明などはしない。行動で示すのみだ」

 

 事実を言えば、たとえ調子が悪かろうが何だろうが、戦闘になればオレよりも彼女の方が役には立つのだ。オレは、戦闘になった途端に役立たずなのだから。

 だから、ちゃんと行動出来るというのなら、特に言うことはない。シグナムの確認を終え、再び全体に向き合う。

 

「今回は三人一組だ。なのは、ガイ、シャマル。ヴィータ、アルフ、フェイト。そして、シグナム、ザフィーラ、オレ。この三組だ」

 

 構成としては、攻撃役・盾役・補助役でスリーマンセルを作っている。二組目はフェイトに補助役に回ってもらっているが、実質遊撃手のみのチームだ。

 闇の書は、一番取扱いに慣れているシャマルに持たせ、彼女のチームが蒐集係を兼任する。そして今回の主力は、シグナムのいるオレ達のチームだ。

 

「戦闘が発生することを踏まえ、応援の徹底をお願いしたい。少しでも危ないと思ったら、必ず応援を要請する事。要請を受けたら、速やかに応援に駆け付けること。特にフェイト達は、応援に主眼を置いてもらいたい」

 

 これが二組目を遊撃戦力の強いメンバーで固めた理由だ。

 なのは達は魔導師となって日が浅いし、シグナムがいるオレ達のチームも、オレという足手まといを背負っている。バッファがないと、いざというときにどうしようもない。応援主体の戦力が必要なのだ。

 全ては、誰も怪我を負わないための予防策だ。

 

「再度確認だ。極力リスクは失くせ。無理はするな。目標はあくまで目標であり、蒐集量が1ページだけでも構わない。絶対に怪我だけはするな。いいな?」

『はいっ!』

 

 いい返事だ。意気込みだけでなく、結果として残してくれれば、言うことは何もない。

 ブリーフィングを終え、散会する。オレ達はザフィーラを先頭に、シグナムと並走するように、赤い大地の空を飛んだ。

 

 

 

 そうして、一時間ほどが経過した。これまでに蒐集出来たコアの数は、ゼロ。動物が警戒してしまい、誰も遭遇できていないのだ。

 

≪考えてみれば当然か。こんな環境だろうが、いやこんな環境だからこそ、向こうは生き延びるのに必死だ。危険察知能力は高いだろう≫

 

 加えて、こっちがリスクを抑えるためにスリーマンセルで行動しているため、どうしても察知しやすくなってしまう。

 あるいは、こちらが疲労するのを待っているのかもしれない。空を飛ぶので消耗し、集中が切れたところで、一気に襲い掛かられたら。無論、そのときはそうなる前に帰還するが。

 

≪これは、考えてなかったね≫

≪あたしも、小型の狩りは経験あるけど、中型はないんだよね。どうしたもんかな≫

 

 念話共有でチーム合同で対策を考える。……シグナムは、相変わらず不気味なほどに静かだ。ザフィーラもオレも口数の多い方ではないから、非常にサイレントだ。

 彼女が何を考えいるのか、彼女ではないオレに分かるはずもない。だが、大人しくしてくれるなら考えやすいので助かってはいた。

 

≪やっぱり、チーム人数を減らすしかないんじゃないかしら。3チームとも布陣に隙がなさ過ぎるから出てこないっていうなら、隙を作るしかないと思うわ≫

≪でも、危ないの……≫

≪やっぱこの間の世界で蒐集した方がよかったんじゃねえの? 向こうなら、安全も確保できてたし≫

≪えー。あれも面倒だろ。あたしはチマチマしたのは好きじゃねーな≫

 

 今のところの意見は二つ。チームの再編成と、ビリーステートへの移動。このままでは埒が明かない以上、方針の変更は必須だ。

 だが、後者の意見は先日の理屈により却下。必然的に、チーム再編成の案を採用することになるが……。

 

≪少し、試したいことがある。君達はシグナムとザフィーラが見える位置まで移動してくれ。絶対に合流はしないこと。あまり近付きすぎると、動物に警戒される可能性が高まる≫

≪……ミコトがそう言うなら従うけど。何考えてんだ?≫

≪「釣り」だ≫

 

 そう言ってから、オレは肉声でシグナムとザフィーラに告げる。

 

「ここから、オレと二人は別行動だ。正確には、オレが単独行動をして、二人はオレが見える程度の距離を保って追従する」

「……貴様自身が囮になる、ということか?」

 

 シグナムの訝しげな問いに、オレは頷いて肯定を示した。他は全員魔力を持っており、しかもその力も大きい。それに対してオレは魔力を持っておらず、動物の側から検知出来る気配は小さいだろう。

 それを利用して、オレが「群れ」から離れたように見せかけ、食いついてきた動物を全員で捕獲する。オレ自身を餌にした大がかりな「釣り」ということだ。

 

「リスクは極力避けるんじゃなかったのか」

「場合による。極小のリスクでミッションが遂行できないなら、少しは支払うリスクを上げる必要もあるだろう」

 

 所詮、理想は理想だ。現実的に無理だった場合は、何処かに妥協点を置く必要がある。それが今回はオレ自身のリスクだったというだけだ。

 それに、これは支払うリスクの中では最小のものだ。

 

「オレが囮となることで、戦闘人員はフルメンバーで捕獲に当たれる。実際に捕獲するとなったら、オレは無力だからな」

 

 つまり、元々戦力にならないオレが少々の危険を伴うだけで、他全員が全力で事を成してくれれば、危険はほぼないのだ。

 シグナムは……やはり渋い顔をしている。何がそんなに気に入らないというのか。

 

「私は……主から、貴様に傷一つ付けるなとの命を受けている。そのような自ら危険に飛び込む真似を許容するわけには……」

「なら、傷一つ付けるな。貴様が最速で処理出来れば、オレが傷付く道理はない。リスクを実現させるな。それが、オレが貴様に下す命令だ」

「――ッ!!」

 

 目を見開くシグナム。全く、その程度のことにも言われないと気付かないとは。ヴォルケンリッターの将の名が泣くぞ。

 オレの言葉で何かを得た彼女は、レヴァンティンを鞘に収めたまま、両手持ちで目の前に掲げた。

 

「承知した! ヴォルケンリッターが将、"剣の騎士"シグナム! 貴女の命に従おう!」

「……いきなり仰々しくなったな。ザフィーラ。心配はないと思うが、ブレーキ役になってくれ。シグナムが傷を負っても、ミッションは失敗だと思ってくれ。頼むぞ」

「承知。……カリスマ性、か。確かに、その通りだ」

 

 彼も、何かを納得していた。まったく、よく分からん。

 念話で他のメンバーにも同じ内容を共有する。やはり反対を受けたが(特になのは、フェイト、ヴィータの3人から)、シグナムにしたのと同じような説明で、渋々ではあったが納得してもらった。

 

 シグナム達から離れ、単独行動を行う。既に元いたチームは点ぐらいにしか見えない距離だ。他のチームも、オレからだと視認することが出来ない距離だ。

 エールが起こす風に混じり、乾いた風が荒野を吹き抜ける。某国のキャニオンよろしくな大小様々の岩場は、何が潜んでいるか分からない。

 嫌な気配が、背筋に貼り付いていた。――確実に、見られている。

 

『……気を抜かないでね、ミコトちゃん』

「こんな状況下で気を抜けるなら、相当図太い奴だな。オレはそこまで無神経じゃない」

『いやなくうき。ねらわれてる』

『作戦としてはまずまずじゃの。……――主殿っ!』

 

 ミステールの注意喚起に従い、エールに加速の指示を出す。高速でその場を離れると、オレのいた場所を下から貫くように、銀色の影が飛び出した。

 鉄の鷹。オレを狙った狩人の正体だ。金属皮膜で覆われた翼に、ギラリと輝く黄色い瞳を持つ、中型の魔法動物。

 釣れた。上空で方向転換しながら、オレに定めた狙いを外さない。オレも狩られる気などなく、全速力で退避を開始した。

 

「……チッ、中々速い」

『あの翼は風を切るためのものではないな。恐らく磁気で加速しておるのじゃ』

 

 鉄の多いこの星は地磁気も地球より強めに働いているようで、翼にため込んだ鉄が発生する磁気をそれに反発させることで推進力を得ているようだ。

 それはつまり、飛翔による体力消耗がないことと、風で加速するオレよりも高速に動けることを意味する。いずれは追いつかれてしまう。

 もう一つ、厄介な点がある。

 

「知能も決して低くはないか」

『鳥の癖に、生意気なー!』

『エールも、とりさんだよ』

 

 奴はオレの仲間が何処にいるかを把握しているようだ。オレをそちらに逃がさないように、体で壁を作って追い込んで来ている。さっきから何度か旋回を試みているが、先読みされている。

 鳥類は、カラスに代表されるように、決して知能の低い動物ではない。魔法の力を持っているならばなおさらだ。本能的に魔法を操っているのだろうが、それでも一定の知性は要求される。

 オレが「釣り」をしたように、この鉄の鳥は「狩り」をしているのだ。単純な力押しではない、知性を用いた獲物の捕獲だ。

 とは言え、所詮は鳥類でしかないというのも事実だ。

 

「ならば……ソワレ!」

『わかった。リドー・ノワール』

 

 方向転換し、眼前に「黒いカーテン」を展開する。頑丈ではない防御障壁は、大質量をもった鉄鳥にはあまり意味をなさない。

 顔面に貼り付き、次の瞬間には破り捨てられる。くちばしの中にはおびただしい牙が並んでおり、それでかみ砕いたのだ。

 だが、それで十分。そもそもオレは防御のために「黒いカーテン」を使用したのではない。ただの目くらましだ。

 その一瞬で、最短距離で鳥の下方を通り抜ける。一瞬とはいえ視界を封じられた状態で追跡は出来なかったようだ。狙い通り。

 それでも相手は野生動物。すぐさまオレに気付き、奴も反転し追いかけてくる。だが……既に射程距離だ。

 

「やれ、シグナム!」

「承知! 唸れ、陣風!」

『ギギィ!?』

 

 オレが直角に上方に逸れると、奴の目には突然シグナムが現れたように見えただろう。大上段に構えたレヴァンティンから衝撃を伴う剣圧が放たれ、鉄の鳥に直撃する。

 鳥は、きりもみ回転をしながら地面に落ちていく。その途中、地面に出現したベルカ式の魔法陣から鎖状の魔力が飛び出し、繭のように鳥を閉じ込めた。ザフィーラのバインド魔法のようだ。

 高度を落とし、シグナムの横に浮かぶ。彼女はこちらを見て……これまでオレに向けていた刺々しさが嘘のように穏やかな瞳をしていた。

 

 

 

「お怪我はありませんか、主」

「大丈夫だ、問題な……、……?」

 

 おい、ちょっと待て。主って何だ。貴様の主ははやてだろう。とうとうバグが目にまで進行したのか。それとも頭の方か。

 酷く困惑する。オレの方が間違っているのではないかと思うほど、シグナムは優しくオレを見ている。どういうことだ。一体彼女に何があった。

 

「……ザフィーラ、解説を頼む」

「それはいいが、どうやらまだ終わっていないようだぞ。気を抜くな」

 

 いや、オレも気付いてはいるんだ。仲間がやられて、総力戦に切り替えた鉄の鳥の群れが、岩山の巣から飛び出してきているのは見えているんだ。

 いるんだが……何かオレの横で「さあ、ご命令を」とでも言いたげな目をしている騎士がどうしても気になってしまい、集中が乱れる。

 ……とにかく、状況最優先だ。悠長に話をしている場合じゃないんだから。頭を振り、思考を切りかえる。

 

「こちらの目的は殲滅ではない。群れの頭を叩けばいい。それを探すから、オレに着いて来い。ザフィーラは撃墜した鳥を捕獲。10羽もいれば十分だ」

「了解。シグナム、主と認めたのなら、しっかりとミコトを守れ」

「無論だとも! 騎士シグナム、貴女の道を切り拓く剣となりましょう! 主ミコト!」

 

 ……やっぱりオレのことを差して主と言っているようだ。どうしてこうなった。

 

 

 

 何故かオレのことを「主」と呼び始めたシグナムだが、それでも腕は確かなものだ。磁気に従って空を疾走する鉄の鳥を、剣裁きのみでいなし、かわしている。

 彼女が本気を出せば、それこそ殲滅も可能だろう。それでは意味がないのだ。オレ達の目的は蒐集であり、生きたまま、なるべく傷つけないように捕獲する必要がある。

 だからこそ、無力化はバックの仲間に任せる。オレ達が成すべきことは、群れの頭を叩いて戦意を喪失させることだ。そのためには、まずはこいつらのリーダーを探す必要がある。

 

「しかし、どのように探すのです。彼奴らは一見しただけでは見分けがつかない。大きさを比べようにも、これだけ入り乱れて動かれては容易ではありますまい」

 

 ……敬語で話してくるシグナムというのが、どうしても気持ち悪い。慣れればそうでもないのかもしれないが、今までが今までだっただけに、コレジャナイ感が酷い。

 オレが女言葉でしゃべったときに皆が感じる拒否感に近いのかもしれない。分からんが。

 

「群れのリーダーは通常一匹だ。そして、統率を取る以上動きは他の個体と異なる必要がある。言葉のようなもので統率を取っていたとしても、それは同じだ」

 

 よく指揮官役をやらされるオレを見れば分かることだ。指揮を執るということは、何らかの方法で命令を伝達しなければならない。そうなると、他の個体とはどうしたって違う動きになる。

 こいつらがリーダーの指示に従って襲い掛かってきているのは明白だ。自陣を守りながら飛ぶ群れと、こちらに特攻してくる個体が、はっきり分かれているのだ。

 いくら一定の知性を持っているからと言って、個々の判断で行動しているのだったら、ここまで統率のとれた狩りにはなり得ない。人に置き換えても同じことが言えるのだ。人に劣る知性の鳥ならば、何をかいわんや。

 

「もう一つ。こいつらの知性が、獣にしては高いが、知的生命と言うには低いという点。戦術はごく単純なものしか考えられないはずだ。1羽撃墜されただけで総力戦に切り替えたのがいい証拠だ」

 

 もし奴らにもう少し知能があれば、伏兵戦法なども考えるだろう。それがなく、機を伺っての強襲と物量作戦しかない。故に、相手方の布陣も大体想像がつく。

 

「群れが固まっているところで、動きが違う個体がいれば、それがリーダーだ。ここまで言えば、敵陣に切り込んだ理由が分かるだろう」

「なるほど……さすがです、主」

 

 だからなんでオレが主なんだ。何なんだその熱い掌返しは。新手の嫌がらせか。いやそんな高度な嫌がらせが出来る奴じゃなかったなこいつは。

 どうせ考えても(脳筋の思考だから)分かるわけがないので、コレジャナイ感を無理やりねじ伏せる。追及は後だ、後。

 

「とはいえ、ああも密集されると、見分けることも出来んな」

「私ならば群れごと落とすことも可能ですが」

「可能だろうが、それでは意味がない。それにこの場で隙を晒しては、攻撃されるリスクも伴う。誰が怪我をしてもミッションは失敗だ」

「承知」

 

 素直に聞き分けてくれるのは楽だな。これは改善されて良かったと思う。

 シグナムは温存しつつ、あの群れを攻撃する。そのためにはどうすればいいか。答えは、割と単純だ。

 

≪なのは、オレ達が見えるか?≫

≪ミコトちゃん! うん、見えるよ! もう、危ないことして! 後ではやてちゃんに教えちゃうんだからね!≫

≪それは勘弁願いたいところだ。オレ達の前方に、群れが密集しているところがある。少しずつ移動しているが、オレ達が捕捉している。そこに砲撃魔法を叩き込むことは出来るか?≫

≪えっと……ちょっと、難しいかも。距離は届くと思うんだけど、狙いが……≫

≪シャマル、補助は出来るか?≫

≪砲撃魔法の補助ね……やったことはないけど、試してみるわ≫

 

 即ち、アウトレンジからの火力支援。とはいえ、そう上手くいくとは思っていない。遠距離からの砲撃は、少しでも照準が狂えば見当違いの方向へ逃げていく。シャマルの補助があったとしても、難しいだろう。

 だから、これはあくまで布石だ。群れを崩し、リーダーを特定するための布石。

 桜色の閃光が、オレ達の視界を横切る。案の定、狙いはブレて見当違いの岩壁を叩くのみに終わった。だが、効果がないわけではない。

 如何に知性を持ち群れを成していると言っても、個体の行動を完全に統率出来るわけじゃない。砲撃の閃光、爆音、衝撃波で、鉄の鳥が驚いて群れを崩す。

 

『ピィィーッ!』

 

 そして甲高い鳶のような鳴き声が響くと、途端に群れが統率され、再び一塊となった。今のがリーダーの鳴き声か。さすがにどの個体が発した音かまでは分からなかった。

 だが、あの塊の中にいることは分かった。頭の中でマーキングし、次なる指示を出す。

 

≪ザフィーラ、現在の捕獲数は≫

≪既に10を超えている。これ以上の捕獲は必要ない。構わず鎮圧してくれ≫

≪よくやった。フェイト。さっきなのはが狙った群れの中にリーダーがいる。アルフとヴィータとともに、群れをバラけさせてくれ≫

≪分かった。布陣は?≫

≪ヴィータをフォワード、アルフをディフェンスにして、フェイトはリベロだ。こけおどしで構わない≫

≪はいよ! へへっ、腕がなるぜ!≫

≪あたしは二人が怪我しないように防げばいいんだね。了解っ!≫

 

 あとは制圧して蒐集を行うのみ。指示を出した通り、ヴィータが先頭となって、フェイト、アルフが追従してこちらに向かってくる。

 

「オラオラオラオラ! "鉄槌の騎士"様のお通りだァ!」

『Raketenhammer.』

 

 カートリッジをロードし、ラケーテンフォルムと化したアイゼンから噴射炎をまき散らしながら、ヴィータは群れの中を縦断した。

 当てる気のない攻撃は、しかし迫力は圧巻であり、鉄の鳥が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

『キィィーッ!』

 

 先ほどとは違う鳴き声。恐らくは攻撃の合図であり、通り過ぎて行ったヴィータを攻撃するように群れが追走を始める。

 だがそれは、何体かは鼻先を掠めるように撃たれた黄色い魔力の矢で動きを止める。

 

「フォトンランサー・マルチショット。残りはお願いね、アルフ」

「はいよぉ! 残念でした、お疲れさんっと!」

 

 残りも、アルフの張ったラウンドシールドに阻まれて身動きが出来なくなる。

 そして……群れのリーダーが裸単騎となった。他の個体よりも一回り大きな、鳴き声で指示を出していた一羽だ。

 これこそが待っていた瞬間だ。

 

「シグナム!」

「承知! レヴァンティン!」

『Explosion.』

 

 オレの指示に従い、シグナムはカートリッジをロードする。刀身から炎が噴き出し、巨大な刀を形成する。彼女の必殺技の構えだ。

 群れのリーダーがこちらに気付くが、もう遅い。シグナムは既に刃を横に引いており、あとは振り抜くのみ。

 が。

 

『ギュイィ!』

 

 ただでやられるつもりはないのか、それとも起死回生にかけているのか、鉄の鳥は翼を折りたたみ、こちらに特攻を仕掛けてきた。

 それで怯むシグナムではないが、こちらの勝利条件は「誰も怪我をしないこと」なのだ。

 

≪シャマル、ガイ!≫

≪! 分かったわ!≫

≪任せとけ!≫

 

 バッファ要員に念話で指示を出し、その間に決着はついた。

 

「紫電、一閃!」

『ギュアッ!?』

 

 炎の刃の直撃を受け、気を失う鉄の鳥。だがその慣性は死んでおらず、巨体がシグナムに向けて"落ちて"来る。

 そして……赤紫色の弾性シールドに受け止められ、停止した。

 

「へへ、ネタで作ったラバーシールドが役に立つとは……」

「バカとハサミは使いようと言うだろう。何だって無駄になることはない」

 

 おっぱいシールドだけは許さんがな。

 

 鉄の鳥の群れは、リーダーが撃墜されたことによって、統率を失って逃げて行った。読み通りの結果であった。

 

 

 

 

 

 赤の大地に立つ。現在近場では、シャマルによる蒐集作業が行われている。拘束を解かない程度に鎖の繭を解き、リンカーコアを取り出している。

 そこから少し離れた場所で、オレはシグナムからひざまずかれていた。……彼女の騎士甲冑は、前回の反省を活かしてマタドール風の洋風なものに変更されている。とてつもない和洋折衷の違和感はなくなった。

 だが、そんなものは関係ないぐらいにコレジャナイ感で背筋がぞわぞわする。他の皆も、困惑したり苦笑したりだ。

 

「……とりあえず、顔を上げろ。どうしてそういう結論に至ったのか、説明してもらいたい」

「はっ!」

 

 彼女は宣誓した。「八幡ミコトを"騎士シグナム"の主として、今後仕えていく」と。表現はもっと仰々しかったが、意訳すればこんなものだ。

 つまり、"夜天の守護騎士"としての主ははやてのままなのだが、"彼女個人"としての主はオレだと言いたいのだ。どうしてそうなった。

 ここまでを考えて、オレ達はお世辞にも良好な関係を築いてきたとは言えない。互いにいがみ合い、最低限認めるべき部分だけを共有し、相容れない仲であったはずなのだ。

 それがここにきて、まさかの180°掌返しだ。理由を説明してもらわないことには、理解も出来ないし納得も出来ない。

 シグナムはひざまずいたまま……本当はそれもやめてほしいところだが、言っても聞かないだろう。そのままで話を聞く。

 

「無礼を承知で申し上げます。私は、初め主のことを「何も力がないくせに口だけは達者な小娘」と侮っていました」

「知っている。それはそちらの態度で想像がついていた。だからオレも、相応の扱いしかしていなかったはずだ」

「そのために私は、長らく主の"力"を見ようとせず、自分は間違っていないのだと言い聞かせていました。今から思えば、恥ずべき事です」

 

 彼女のタイプにはありがちな、「結論を決めてしまう」ことの弊害だ。意志は強くなるだろう、その代わり視野が完全に塞がってしまう。あのプレシアでさえ、そうだったのだ。

 シグナムの場合、「こいつは自分の敵だ」と決めつけてしまったがため、オレを認めるための要素を視界に入れることが出来なかったのだ。

 それが解消されたがために、今こうなっているということになるが……一体何が原因で。

 

「主も既にご存知の通り、我々は長らく時空管理局に追われる立場でした。我らもまた、管理局は敵であると思っていました」

「……それが、協力関係になったから。その要として働いたのが、オレだったから。そういうことか?」

「その通りです。衝撃でした。闇の書の……そう、闇の書の主で、それを成せた人間は誰一人いなかった。闇の書の主であると知られれば、追われる身となった。貴女は、その前提を覆したのだ」

 

 それがために彼女は、決めた結論を覆さざるを得なくなった。敵であるはずの人間が、敵であるはずの時空管理局を、自分達の味方にしてしまったから。

 彼女は語る。そうして今日まで、オレを観察し続けたと。

 

「貴女は、成し遂げると決めたことは必ず成し遂げていた。どんな些細なことでも、決して妥協はせず。必ず結果を出していた」

「少し買いかぶっている。それは、出来ることをやろうとしていただけだ。出来ると分かっているなら、妥協をする必要はない」

「それでも、貴女が結果を出し続けたという事実は、変わらず残る。貴女にとってはその程度であっても、私にとっては多分に過ぎるほど、貴女の"力"を見せつけられた」

 

 それが、先日からの彼女の不審な言動の正体。最後に認めるための一歩の前の、足踏みだったということだ。

 

「そして今日、貴女は私におっしゃった。「自分に傷一つ付けさせるな」「リスクを実現させるな」と。目的を達成するために、いがみ合っていたはずの私にすら命令してみせた。私は……嬉しかったのです」

 

 噛みしめるように、オレの言葉を反芻するシグナム。オレから命令されたことが……オレが彼女の能力に関しては信頼していたことが、認めていたことが、嬉しかったと。彼女はそう語った。

 

「今ならば、ギル・グレアムが言った言葉の意味が分かる。私は、貴女のカリスマ性に惹かれたのだ。貴女の剣となれることが、私の喜びです。騎士シグナムは、最期の一瞬まで、貴女の剣であることを誓います」

 

 そう言って、シグナムは鞘からレヴァンティンを抜き、オレの足元に差し出した。

 少し、困った。理屈は理解出来たし、いがみ合わずに済むなら、その方がいいに決まっている。だが……オレがこんな宣誓を受けることになるとは思っておらず、心構えが出来ていなかった。

 意見を求めるように、ヴィータに視線を移してみる。この場にいるシグナム以外で唯一の"ベルカの騎士"に、どうすればいいか伺ってみる。

 彼女は、無言で頷いた。最高にイイ笑みを浮かべて、サムズアップまでしながら。つまり、どちらかと言えば大賛成ということか。まったく、他人事だと思って。

 はあ、とため息をつく。身をかがめ、レヴァンティンを手に取る。……結構重いな。デバイスとは言え用途は剣なのだから、ある程度の重さは必要ということか。

 よろけそうになるのを、闇夜のドレスとなったソワレに補助してもらい、レヴァンティンをシグナムの肩に軽く当てる。

 

「騎士シグナム。汝に、"八幡ミコトの騎士"となることを命ずる。その命ある限り、最期の一瞬まで我が剣となり、悲願を成就するための力となれ。誓約の証として、汝の刃に口づけを」

「はっ!」

 

 オレが持つレヴァンティンの刃に、シグナムが口づけをする。レヴァンティンのコアが、喜びを表現するかのように明滅した。

 これで、騎士の盟約は完了のはずだ。作法など分からんから、結構適当だ。レヴァンティンの柄をシグナムに持たせる。

 

「誓約したからには、今後は作戦中に勝手な行動は慎んでもらうからな。日常生活は、今まで通りで構わない」

「ありがたき幸せ」

「ったく、シグナムは相変わらずの堅物だよな。「ミコトのことが好きになったから従います」でいいじゃねーか」

「なっ!? ヴィータ!」

 

 そのぐらいの方がこっちも気が楽だが……まあ、シグナムだからな。彼女の満足いくようにさせてやるさ。

 顔を赤くするシグナムに、皆が笑う。と、シャマルとザフィーラが戻ってきた。向こうでは鉄の鳥達がぐったりしている。蒐集が終わったようだ。

 

「11体の蒐集で、無事3ページ目が完成したわ。今回はオーバーランはなし。魔力簒奪も、前回より弱くなっています」

「それはいい報せを聞けた。それでは、早く帰ってはやて達を安心させてやろう。立て続けで悪いが、転送を頼む」

「了解です。……ふふ。シグナムも、ようやく素直になれたのね」

「ああ。目が覚めた気分だよ」

 

 ザフィーラも、無言で頷いて意を伝えた。

 シャマルがベルカ式の魔法陣を展開し、オレ達はコルマインの地から姿を消した。

 後には、悔しそうに、しかしどこか安堵した様子でか細く鳴く、鉄の鷹の長達の姿が残った。

 

 

 

 こうして、ヴォルケンリッターの将"剣の騎士"シグナムは、その役割とは別に、"八幡ミコトの騎士"としての使命を帯びたのだ。

 ……本当に、どうしてこうなった。




施 工 完 了 。これにてミコトとシグナム、完全和解です。……和解?
この流れは最初から考えていましたが、最初はもっと急激に変化させるつもりだったんですよね。まあ予定なんてそんなもの。書いてるときの感覚を大事にしたらこんなもんです。

シグナムが"ミコトの騎士"となりました。ミコトリッター? 別にヴォルケンリッターを辞めたわけではなく(そもそも存在の基本なので辞められるわけがない)、兼任的な感じです。ヴォルケンリッターの上乗せとしてミコトの騎士がある感じ。
これにより「主」が二人となるため、名前呼びが必須となります。そのためのダブル主? 普通に「はやて」って呼ぶシグナム見てみたいじゃないですか。
はやては「夜天の主」なわけですが、ミコトはなんでしょうね。「最高の主」? 何をもって最高とするんでしょうかねぇ。後々考えていきまっしょい。

新登場の無人世界、数字は適当で名前は「カーマイン(赤っぽい色)」からです。
今回登場した魔法動物の元ネタは、実は「メトロイド」の「リドリー」だったりするんですが、鳥っぽいことと牙が生えてること以外は共通点ないです。ほぼオリジナルですね。
またモコモコ出したいわー。


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三十六話 繋がり

日常回です。

A'sは無印と違って完全にオリジナル状態ですし、考えることも多いですから、二日に一話ペースがちょうどいいかもしれませんね。

2016/01/25 14:25 あとがきにお詫び追加。


「うむむ……」

「唸ってないで呼んでみろ。ほら」

「し、しかし……」

「大丈夫やて。わたしもミコちゃんも、むしろそう呼んでほしいんやから。な?」

「……ぬぅぅっ!」

 

 ソファーの対面に座るシグナムが、先ほどから面白いうめき声をあげている。彼女が逃げられないように、ヴィータとシャマルには両肩に手を置いてもらっている。

 オレ達は今、彼女にあることをお願いしている。命令ではなく、お願いだ。命令で強制すれば従うだろうが、それでは意味のないことなのだ。

 難しいことをお願いしているわけではない。ただオレ達の呼び方を、いい加減変えろというだけの話だ。

 召喚された初日からそれに順応出来ているヴィータが、将の醜態に呆れのため息を吐く。

 

「なっさけねーなぁ。単に「主」って呼ぶのをやめるだけだろ? 実際にはやてとミコトが主じゃなくなるわけじゃないんだから、変なとこにこだわってんじゃねーっての」

「ヴィータっ! だ、だがやはり不敬ではないか!?」

「この国には慇懃無礼っていう言葉があるわ。相手が望まないのに必要以上に丁寧にしたら、かえって失礼になるのよ」

 

 シャマルが説得する。それでもシグナムは、一向に首を縦に振ろうとしなかった。

 先日、シグナムが"ミコトの騎士"となったことで、オレは彼女から「主」と呼ばれるようになった。オレ自身は呼ばれ方にそれほどのこだわりがないから、そう呼ばれること自体はさして問題ではなかった。

 問題なのは、彼女が「主」と呼ぶ相手はもう一人いるということだ。というか、本来的に彼女は「はやての従者」であることが原理であり、オレの騎士であるというのは、そこから派生したおまけみたいなものだ。

 そうなると、彼女がただ「主」と呼ぶのではどちらを差しているのか分からない。かと言って「主はやて」「主ミコト」だと、呼ばれるたびにいちいち仰々しくて鬱陶しい。

 そこでオレとはやては「呼ぶ時は名前呼び捨てで」とお願いしたのだが、シグナムは「貴女方にそんな不敬な真似は出来ません」と首を横に振ったので、シャマルとヴィータに協力してもらって特訓の席を設けたのだ。

 特にはやては以前からシグナムに主呼びをやめてもらいたがっていたから、ちょうどいい機会であったというわけだ。

 しかして、既に特訓開始から30分ほどが経過しているが、シグナムは一向に名前で呼べない。本人は「不敬だ」と言っているが、正直この反応は……。

 

「大体、何が不敬だよ。お前の場合、単に名前呼び捨てが恥ずかしいだけだろ」

「なぁ!? な、何を言っているヴィータ! 一体何をもって私が恥ずかしがっているという証拠だ!」

「そんなことよりもオレはシグナムが黄金の鉄の塊で出来た騎士の台詞を知っていることの方が疑問だ」

「わたしがおしえたんだよー」

 

 アリシアは何処でそんな言葉を覚えたんだ。……なるほど、はやてか。オレの娘になんてことを教えてるんだ、君は。

 

「せやけどシグナムは"剣の騎士"やし、この台詞はリッターのメイン盾であるザフィーラが言うべきやない?」

「それほどでもありません」

 

 謙虚だな。……ネタに走るのはこの辺にしておこう。

 

「不敬だと言うのなら、敬語まで取れとは言わない。だが呼び方に関しては、今のままでは不都合が多い。割り切ってくれ」

「そ、それならば主ミコト、主はやてとお呼びすれば……」

「それやと単に主って呼ばれるより重いんやもん。必要なシーンではその呼び方でええから、せめて普段はもっと軽い呼び方にしてほしいわ」

 

 彼女の主二人がかりで宥めすかす。命令ではないとはいえ、芯まで騎士である彼女にとって、主の意向には出来る限り沿いたいだろう。それが二人分だ。

 少し卑怯かもしれないが、こちらとしてもとっとと決着したいのだ。呼ばれ方に執着がないとはいえ、やはり気楽に過ごせるに越したことはない。

 だから、慣れるまでの少しの間は恥ずかしさに耐えてもらい、とっとと乗り越えてほしいところだ。

 プレッシャーに耐えきれずに席を立とうとするシグナムだが、シャマルとヴィータに抑えられているために意図を果たせない。逃げ場はない。

 

「う、うぅぅ……、……っ。は、……はや、はや……て」

「うん! わたしははやてや! ほしたらこっちは?」

「み、みミミ、…………ミ、ミコト」

「よく出来ました。やれば出来るじゃないか」

 

 ヴォルケンリッターの将とは思えないほどに赤面したシグナム。「えらかったわねー」とシャマルに頭を撫でられ、激昂して撥ね退けた。

 

「慣れるまでは大変だろうが、慣れれば何ということはなくなる。一時の辛抱だ」

「がんばりや、シグナム」

「はっ! お二人の御期待に沿えるよう、全身全霊を尽くさせていただきますっ!」

 

 恐らくは羞恥に耐えるためだろう、シグナムはオレ達の前にひざまずき、いつにも増して仰々しく宣誓した。はやてと顔を見合わせ、苦笑する。

 時間はかかったが、問題の一つは片付いた。次のお題だ。

 

「長らく放置していたが、そろそろシグナムの働き口を探そうと思う。アリシアの面倒を見てもらうのでもいいが、彼女も来年には小学生だ。いつまでも今のままというわけにはいかないだろう」

 

 ヴィータやザフィーラもいるが、彼らは彼らでそれなりに活動出来ているようだ。ヴィータはミツ子さん伝手でご老人方に可愛がられているし、ザフィーラはミステールの秘書のようなことをしている。

 現状、ヴォルケンリッターの中で今後の見通しが立っていないのは、シグナムのみ。夏休みになって時間が出来たから、集中して考えようというわけだ。

 

「翠屋の店員にしてもらうっていうのは、ダメなんだよね」

「ああ。さすがにこれ以上士郎さんの厚意に甘えるわけにはいかないし、何よりシグナムに接客スキルがない。オレも人のことは言えないが、彼女では客避けになってしまう可能性が高い」

 

 フェイトの確認に頷き、要因を改めて説明する。先のビリーステートでの「狩り」の結果からも分かる通り、シグナムは気配を殺すのが下手だ。つまり、一般人からすると威圧感が強すぎるのだ。

 無論リラックスしている状態ならばなんということはないだろうが、接客などしたことのない彼女がその状態を保てるとは思えない。仰々しい宣誓でオレ達を困らせるのがいい証拠だ。

 ちなみにオレは自分の接客スキルが高いとは思っていないのだが(仏頂面と機械的な接客のため)、オレを可愛がってくれる客は結構多い。子供が"お手伝い"をするというのは、それだけでステータスなのかもしれない。

 

「あとは、彼女の適性の問題だ。シグナムは身体能力に長けているから、それを活かした職種の方がいいだろう」

「かと言って、ブルーカラーというのはちと違うじゃろうな。あれは身体能力だけではなく、特定の技能を必要とするものがほとんどじゃ。剣の騎士殿は、器用とは言えんじゃろう?」

「……剣しか取り柄のないこの身がふがいない」

 

 器用さを要するものは、むしろオレの方が得意だ。何せ、頭の中でシミュレートした動きは、寸分違わずトレースすることが出来るのだ。「プリセット」の恩恵である。

 さすがにこの身でトレース不可能な動きは無理だが。というか、その場合はそもそものシミュレートが出来ない。不可能という事象が確定しているので、不可能という結果しかトレースできないのだ。

 ……オレのことはどうでもいい。とにかく、シグナムに可能な職業だ。

 

「高い武芸の能力を活かして、ガードマンなどが向いているか。だがかなり過酷な職種だ。都合のいいことを言うが、オレは自分の家族にはもう少し楽な仕事をしてもらいたいと思う」

「主……」

「シグナムー。呼び方戻っとるでー」

「あっ! す、すみません、主! ああ、またっ!?」

 

 彼女がオレ達を自然に名前で呼べるまでは、まだまだ遠い道のりのようだ。

 「落ち着け」とシグナムに深呼吸をさせる。彼女が冷静になるまで、しばし待つ。

 

「武芸ということなら、剣道場の臨時講師とかはどうでしょう? 流派とかは分かりませんけど、基本的な剣の扱い方を教えるだけなら、そういうのも関係ないと思いますし」

 

 ブランが提案する。無難なところだ。危険も無く、臨時講師として雇ってもらうだけなら、拘束時間も緩いだろう。

 だが、前に挙げたバイトと違って、属人性の高い内容だ。この場合重要になるのは、「能力」ではなく「信頼」。武道に興味のないオレ達が、その手の道場とコネクションを持っているはずもない。

 無縁の道場に赴き彼女の能力を見せて信頼を勝ち取る、という手段もないわけではないが。……さすがにヴォルケンリッターの戸籍は用意できていないのが痛いな。

 

「……だが、それが一番良さそうだ。あまり頼りたくはないが、士郎さんに紹介してもらって、臨時講師に入れる道場を探そう」

「ああ、そっか。士郎さんなら、剣道場をやってる知り合いがいるかもだね。むしろそれなら、高町家の道場で雇ってもらう?」

「あそこにあるのは家族用の道場だ。一般向けではない。そもそも、あんな人外剣を一般向けに教えられるわけがない」

「……それもそうだね」

 

 狼の姿なのでよく分からないが、アルフは乾いた笑い声を出しているので、多分苦笑しているのだろう。もしあの技が一般化でもしたら、魔都・海鳴の完成だ。そんな町に住みたくないぞ。

 これまで収入面で随分士郎さんに助けられているので、また彼に頼るというのは心苦しい。貸し借りというほどのものではないのだが、オレ自身の感覚として「またか」と感じる。

 もっとも、当人としては頼られるのが嬉しいのだろうが。シャマルの就職口をお願いするときも、満面の笑みだったからな、彼は。

 だが、他にそれらしい職種は思い浮かばないので、致し方なしだ。

 

「さてと。それではブラン、シャマル。そろそろ翠屋に行こう。仕事の時間だ」

「ミコトちゃんは"お手伝い"ですね」

「じゃあ、そのときに士郎さんに今の話を伝えるってことでいいかしら。もう少しの間、シアちゃんの相手をしてあげてね、シグナム」

「心得た。シャマルも、ブランとともに我が主を支えてくれ。頼んだぞ」

「じゃあシグナム、レヴァンティンぶんかいさせて!」

「ダメに決まっているだろう!」

 

 話が終わり、アリシアがシグナムをからかい――本気かもしれない――ドタドタと追いかけっこが始まる。あまり家の中で暴れるなよ、まったく。

 

 オレ達は皆に見送られて、夏の暑い日差しの中に出た。これがあるからこそ夏と思うが、もう少し容赦してもらいたいものだ。

 

 

 

 

 

 客が途切れたところで、先の話を士郎さんに伝える。

 

「シグナムさんが働けるところか……。確かに、この町の剣道場にいくつか伝手は持っているよ。あとは、恭也が不定期でやってるガードマンのバイトなんかもあるけど」

 

 とのことだ。あまり過酷なバイトはと思うが、恭也さんがやっているならそこまで理不尽なものではないのか? というか、あの人翠屋の手伝い以外にそんなこともやってたのか。

 

「定期で出来る仕事でお願いしたい。人手が足りないときに彼女を貸すぐらいなら出来ますが。収入というのもそうですが、シグナムに日常で活躍できる場を提供するという意味合いが強い」

「ああ……なるほどね」

 

 オレの言葉に、士郎さんは苦笑を浮かべた。今の彼女がどういう状況なのか、理解したようだ。

 

「そういうことなら協力しよう。顔の通じてる道場に連絡して、臨時講師枠に空きがあるかどうかを確認してみるよ。紹介の際は、俺も一緒に行こうか」

「いえ、そこまでしていただくわけには。話を通しておいていただければ、後はこちらで交渉します。オレの交渉能力については、士郎さんもご存知のはずだ」

「ははは……以前になのはと恭也から聞いてはいたけど、実際に見ると凄い迫力だったよ」

「ねー。とてもなのはと同い年とは思えなかったよ。まあ、普段の言動からしてそうかもだけど」

 

 シャマル、ブランと一緒に休憩していた美由希が会話に入ってくる。ギルおじさん達との会談の場にいたことで、この二人もオレの行う交渉というものを知った。

 相手が巨大組織の幹部クラスであろうとも、対話を通じて働きかけられる限りは、何とか出来る可能性はあるのだ。それを何としてでも拾うのがオレのやり方。とはいえ、彼との交渉は中々危うい結果だった。

 あそこで彼が自分の本心に気付かなかったら、明確に期限を切られていただろう。こちらの無条件降伏を引き出されていた可能性もある。そこはさすが「歴戦の勇士」と言ったところだ。オレのような小娘とは格が違う。

 

「オレは通すべき筋を通しつつ目的達成のためにはどうすればいいかを考えているだけだ。経験は圧倒的に足りない。人生の酸い甘いを知り尽くしたギルおじさんに敵わなかったのがいい証拠だ」

「だけど君は、結果的に彼の譲歩を引き出した。それが君の持つカリスマ性という才能なんじゃないかな」

「結果論です。それに、才能と呼べるほどのものでもない。「異質」であることが上手いこと結果につながってきただけの話です。全ては偶然の産物でしかない」

「うーん。俺もグレアムさんも、ミコトちゃんにはもっと自信を持ってもらいたいんだけどなぁ」

「あはは……全然会話についてけないわたしは自信喪失中だよ」

 

 入ってきたはいいが、完全に置いてけぼりの美由希。まあ、美由希だしな。

 少し話は逸れたが、ともかくシグナムの働き口は見つかりそうだ。帰ったら教えてやるか。……「ありがたきしあわせ」とか言って仰々しくひざまずかれそうだな。

 

「またしてもうちの家族の面倒を見てもらって、ありがたいやら申し訳ないやらです」

「気にしないでいいんだ。こういうのは持ちつ持たれつ。俺は、君やブランさん、シャマルさんに十分すぎるほど助けられてると思ってる。お相子だ」

「そう言っていただければ、幾分気持ちが楽になりますよ」

 

 士郎さんはすっかりオレとの会話に慣れたようだ。オレの性質に障らない範囲で、上手い事自分のやりたいことを成している。さすがはなのはと恭也さんの父親、ということか。

 ……そう思ったところで、ふと気づいた。なのはと恭也さんは性格的に似ている部分があるが、美由希はそうでもない。兄妹だから似るということでもないだろうが、ここまで似ないものなのだろうか?

 それを言ってしまったら、三人の中で桃子さんと共通項を感じられるのはなのはだけだが……年齢的に考えて、後妻とかそんなとこなんだろう。深入りする気はない。

 まあ、だからと言ってどうという話でもない。美由希はいつまで経っても残念な扱いのままかもしれないが、それはそれで仕方がないというだけのことだ。

 

「……なんか、ミコトちゃんからの視線が生ぬるい気がするんだけど。なんで?」

「なに、君の将来を憂いただけだ。気にすることはない」

「気にするよ!? なんでわたし心配されたの!?」

「ミコトちゃんは美由希のことを理解してくれてるんだなぁ。俺も、父親としても師匠としても、美由希の今後が心配でなぁ……」

「父さんまで! 弄ってくるのは恭ちゃんだけで十分だよっ!」

 

 そういえば以前もそんなことを言ってたな。御神の剣の修行の際に、おちょくってくるから困ると、嬉しそうに語っていた。本人的には満更でもないのだろう。

 言ってしまえば、あの変態と同じM気質。……思考が繋がったことだし聞いておこう。

 

「士郎さんは、なのはとガイの関係についてどう考えていますか。恭也さんは、認めながら納得できない様子でしたが」

 

 この場にいない者に関する詮索だが、本人がいたら聞けない話だ。なのはの友人として、二人には上手くいってほしいと思う部分があるのだ。

 決してオレがコイバナをしたいだけではないので、悪しからず。

 

「それね。びっくりしたよ、なのはがガイ君のこと好きだったなんて。ミコトちゃんは知らないだろうけど、去年とかほんと毛嫌いしてたんだから。わたしと話してるときも、よくミコトちゃんと比較してたよ」

「「思い出の中の」「勘違いした」という形容は付くがな。幻想の中の想い人と比較するということは、その時点で意識はしていたんだろう。意識していなかったら、そもそも話題になることすらない」

「あ、そっかー。ってことは、あの時点でもうガイ君への気持ちは育ってたってこと?」

「見たわけではないから断言はできないが、多分そうだろうな。ガイの言動が悪意からのものでないことは、なのはも無意識的に感じ取っていたはずだ」

 

 でなければ、オレ達が初めて会った頃に、表面的には邪険にしながら行動を共にし続けるなどという状況ではなかっただろう。不自然さがあったからこそ、オレはなのはの気持ちに気付くことが出来たわけだ。

 ……いかん、つい美由希の会話に乗ってしまった。オレは士郎さんに聞きたかったんだ。

 改めて視線を士郎さんに向ける。彼は、あっけらかんと言ってのけた。

 

「俺は前々から、ガイ君だったらなのはを任せられると思っていたよ」

「ええ!? そ、そうだったの!? でも父さん、ガイ君のことあまりよく思ってなかったんじゃ……」

「そりゃ可愛い娘を連れていかれるわけだから、思うところはあるさ。彼がとても優しい人間で、皆を楽しい気持ちにさせたくてああしているってことは、最初から気付いていたよ」

 

 「ミコトちゃんも、とっくに気付いているんだろう?」と問われ、首を縦に振る。美由希はオレ達を見て唖然とした。まるで気付いてなかったようだ。桃子さんは当たり前に気付いているそうだ。

 

「もっとも、個人的にあのやり方はどうかと思いますが。やられた方はたまったもんじゃない」

「はは、それは彼が若い証拠だね。まだまだ改善の余地ありってことさ。それに、男としてはガイ君の気持ちが理解出来ないでもない」

「男ってやつは……」

 

 少年のような瞳でガイに理解を示す士郎さんに、思わずため息が漏れた。

 ともあれ、ガイとなのはの仲を反対するのは、恭也さんが若干程度であり、他は皆賛成であることが証明された。

 ……いい加減ハーレムは諦めてくっつけと言うのだ、めんどくさい連中め。

 と、来客だ。休憩はおしまいだな。

 

「いらっしゃいませ。……美由希、座席案内を頼む。シャマル、ブラン、お冷とおしぼりを用意するぞ」

「はーい。いらっしゃいませー、何名様ですかー?」

「5人です。今日もチーフさんは絶好調みたいですねぇ、マスター」

「ええ。彼女が入ってから、スタッフがよく働いてくれます。助かってますよ」

 

 誰がチーフだと声を大にして言いたい。さすがにお客さん相手には言えないが。

 

 

 

「あ、そうそう。次の日曜日は翠屋FCが試合だから、お店はお休みだよ」

「ええ、分かってます」

 

 時刻は17時。夏のこの時間は、まだ外が明るく空も青い。オレ達は上がりの時間だが、その際に士郎さんから確認があった。前から聞いていた話だ。

 翠屋FC。これまでにも何度か話題になったが、ここ翠屋がオーナーとなり士郎さんが監督を務める、少年サッカーチームだ。彼女持ちということで噂の藤林少年も所属している。

 これまでにも試合のために店が閉まることは何度かあった。試合の反省会を、店を貸し切って行うそうだ。だから、ちゃんと店が休みの日は把握している。

 なお、普段の練習の日はマスター不在の時間があるだけで、店自体は開いている。練習が終われば士郎さんも戻ってくる。さすがは御神の剣士、タフである。

 

「ミコトちゃん達は、日曜日は何か予定があるのかな」

「いえ、特には。しいて言うなら、夏休みの宿題をさっさと片付けてしまう程度でしょう」

「それなら、たまには試合を見に来ないかい? その日はなのはもガイ君と一緒に応援に来るそうなんだ」

「……いえ。オレが行くとなると、必然的に八神家で行くことになりそうですから。あまり騒がしくしても、ご迷惑でしょう」

「気にしなくてもいいよ。保護者の方の観戦もあるし、それに応援の人数が多い方が、試合のメンバーも気合が入る」

 

 ふむ。サッカーの試合にそこまで興味はないが、考えてみれば観戦経験そのものがないな。うちではテレビもほとんどつけないし。

 一応、体育の授業でクラスメイトが試合するのを見る程度はある。が、何の変哲もない小学三年生のサッカーだ。内容は推して知るべし。

 そう考えたら、はやての足のことで出来ることもないんだし、たまにはそういうのもいいかと気まぐれを起こす程度はあった。

 

「そういうことでしたら、今日帰ったら皆の意向を確認して、行くか行かないかをなのはに連絡します。それで構いませんか?」

「ああ、問題ないよ。こりゃ次の試合が楽しみだ」

 

 少年のようにわくわくした表情を浮かべる士郎さんに、オレは苦笑した。

 

 結論として、アリシアとヴィータの強い希望により、日曜日は八神家一同で観戦に行くことになった。アリシアは「なんかたのしそう!」で、ヴィータは「球技と聞いたら黙ってらんねえ」だそうだ。

 なんでもヴィータ、最近ミツ子さんの紹介でゲートボールの集まりに参加しているそうだ。……まあ、ボールを打つスティックの形状は槌に似てるからな。

 

「それとシグナムの働き口の件だが、士郎さんが伝手のある剣道場の講師枠を確認してくれるそうだ。都合がつき次第面接に行くから、そのつもりでいてくれ」

「私のためにそこまで……ありがたきしあわせです、主ミコト!」

「シグナムー、呼び方ー」

「ああ!? またやってしまった!」

 

 大体予想通りの反応だった。

 

 

 

 

 

 時間は進み、日曜日。オレ達は試合をするサッカーコートにやってきた。試合開始前だが、既に観戦をする保護者でコートの周りがにぎわっていた。

 観戦は他の皆と同様にコートの外から行うが、その前にオレとフェイト、シグナムの三人が代表して士郎さんに挨拶に行く。

 本当ははやても挨拶したがっていたが、車椅子でコートに入るのは大変だ。車輪に芝が絡まってもまずい。なので、コートの外で待機してもらっている。

 

「あ、ミコトちゃん! ふぅちゃんとシグナムさんも!」

「ういーっす。はやてちゃん達は外?」

「たかが挨拶に、あまり大勢で来てもな」

 

 ベンチ近くに、なのはとガイがいた。彼らは、最近仲の良い藤林少年の激励だそうだ。聖祥3人娘の残りと剛田少年も来ており、彼らははやて達同様にコート外で試合開始を待っているようだ。

 ガイと話をしていた短髪の少年が、恐らくは藤林か。確かに爽やかで整った顔立ちをしており、この歳にして彼女持ちだと言われても不自然はないように思える。

 彼は……オレとフェイトを見て、呆けた表情をしていた。彼だけではない。コートに入った直後から、オレ達に視線が集中したのを感じている。海鳴二小と同じ原理だろう。

 

「わあ……とっても可愛い子達だね。なのはちゃんのお友達?」

「うん! 金髪でツインテールの子がふぅちゃ……フェイトちゃんで、黒髪のちっちゃい子がミコトちゃん! なのはの大切なお友達だよ!」

「ちっちゃい言うな。八幡ミコト。カタカナ三つでミコトだ。こちらは妹のフェイト」

「フェイト・T・八幡です。それと、後ろにいるのがわたし達の家族のシグナムです」

「シグナムと申す。主ミコトの騎士として忠誠を誓っている」

「あはは、愉快なお姉さんだね。わたしは鮎川歩っていいます。翠屋FCのマネージャーをやってて、なのはちゃんとはクラスメイトです」

 

 豊かな茶髪をサイドポニーにした、おっとりとしながら快活そうな少女。やはり彼女が噂の藤林少年の恋人か。雰囲気が3人娘や5人衆とは違う。なんと言えばいいか……余裕がにじみ出ていた。

 彼女は藤林に視線をやり、ちょっとムッとした顔で脇腹をつねった。

 

「痛っ! あ、あゆむちゃん?」

「なに鼻の下を伸ばしてるの、ユウ君。ミコトちゃんとフェイトちゃんが可愛いのは分かるけど、初対面で失礼だよ」

「べ、別にデレデレしてたわけじゃないよ!? ただ、あんまりにも綺麗な子達だったから、びっくりしちゃって……」

「それを鼻の下を伸ばしてるって言うの。まったくもう……」

 

 「綺麗」と言われ、フェイトは少し恥ずかしがった。多分それにはオレも含まれているのだろうが……特に何も感じない。「可愛い」と言われるときとは違うようだ。

 多分、距離感の違いだろう。あくまでオレの感じ方だが、「可愛い」と言われるのは近い距離感であるのに対し、「綺麗」というのは離岸からの発言であるということだ。

 ……どちらにしろ、オレ自身は「可愛い」とも「綺麗」とも思わないが、周りの人間達は皆こう言うので、そういうものなのだと割り切ることにしている。

 気を取り直し、藤林少年は爽やかな笑みを浮かべ、右手を差し出してくる。

 

「初めまして。藤林裕です。翠屋FCのゴールキーパーで、キャプテンをやってます。高町さんと藤原君とはクラスメイトです。お二人は、聖祥ではないですよね。こんなに綺麗な子達がいたら、騒ぎになってるはずだし」

 

 フェイトが恥ずかしがって困惑しているので、オレが右手を取る。……そういえば同年代の男と握手したのは初めてか。スポーツをやっているからか、結構逞しいな。やはり女子とは違う。

 

「オレ達は海鳴二小だ。生憎と私立に通えるほどの余裕がなくてな。……また呆けた顔をして、どうした」

「あ、いえ。……あの、凄く失礼なこと聞きますけど……女の子、ですよね?」

 

 ……またこの言葉遣いか。まあ、何処かの誰かみたいに男と決めつけてかからないだけマシか。

 

「女言葉でしゃべってやってもいいが、その場合男性諸君には覚悟をしてもらう必要がある。そこの変態一名が経験者だから、教えてもらうといい」

「あれマジやばいから。やめとけ、藤林。命が惜しかったら、絶対やめとけ。な?」

「う、うん、わかった。あと藤原君、近いよ」

 

 ヘラヘラ笑いが消えて真顔になったガイが、藤林少年に詰め寄って肩を掴む。彼の焦燥が伝わったか、鮎川も乾いた苦笑を浮かべた。

 

「あはは……個性的だね」

「でも、慣れると可愛いんだよ。最近はお客さんにも人気だし、ミコトちゃんは凄い子なの!」

「お客さん? ミコトちゃん、翠屋のお手伝いしてるの?」

「諸事情あってな。翠屋がオーナーのチームと言えど、そこまで店の事情には精通していないのか」

 

 まあ、当然か。あくまで翠屋が運営しているだけであり、彼らは従業員ではない。反省会や集会に店を使うことはあっても、顔を合わせていない店員を把握するまでは出来るわけがない。

 だが、何かの噂は聞いていたようだ。鮎川はハッとした表情になり、何かに気付いた。

 

「……もしかして、噂のチーフさん?」

「一体どんな噂があったのやら。なのはの仕業か?」

「な、何もしてないよ! ミコトちゃんが翠屋の外ではチーフって呼ぶなっていうから、言わないようにしてるもん!」

 

 言ってるじゃないか。

 

「やっぱり! キャー! 一度会ってみたかったんです! まさか同い年の女の子だったなんて!」

 

 両手を掴まれた。興奮しすぎじゃないか。たかだか翠屋の"お手伝い"をしているだけで、大げさすぎだ。

 困惑するというほどではないが、居心地の悪さを感じる。フェイトがおろおろしだした。

 

「新しく入ったばかりなのに、スタッフの皆に的確に指示を出してお客さんを一切待たせずご案内する凄腕店員さんって、翠屋FCで噂になってるんですよ!」

「どういう噂だ。誇張が過ぎる。オレはスタッフ間の連携を調整しただけだ。待ち時間を0にするなど、そんな文字通りの魔法のような真似が出来るか」

「ミコトちゃんなら出来ちゃいそう……」

 

 出来るか。物理的に無理なことはどうやったって無理だ。噂には尾ひれがつくものだと言うが、これは酷い。

 噂は所詮噂だと言ってやるが、鮎川の輝く目はオレを掴んで離さない。

 

「でも、指示は出してるんですよね! やっぱり、凄いです! 同い年なのにそこまで出来ちゃうなんて!」

「それぐらいしか出来ることがないからだ。オレは見ての通り、表情に乏しい。口調もこんなだ。まともな接客など不可能だから、せめて出来ることで力になっているだけだ」

 

 あと、いい加減敬語を使うのはやめろ。さっきまで普通にしゃべっていただろう。急に態度を変えられると、気持ち悪くてしょうがない。

 

「それでも、俺達がとても助かっているというのは事実だよ。事実だからこそ、多少誇張されても真実とかけ離れていない噂が流れているってことさ」

「あ、監督」

 

 藤林と鮎川につかまっていて中々士郎さんのところに行けないでいたら、彼の方からやってきた。

 

「かけ離れていますよ。どんなに回転率を高めても、ピーク時の待ち時間は15分はかかる」

「けれど君が入るまでは30分だったんだ。つまり、単純計算で回転率は倍だ。これがどれだけ凄いことか、分からない君じゃないだろう?」

 

 実際は倍まではいかないが、それでも1.5倍以上にはなっているだろう。それだけ売上も伸び、翠屋の経営に貢献しているということになる。

 そんなものは当たり前だ。無理矢理ねじ込んでもらっているのに何の貢献も出来ないのでは、ただ借りを作る一方だ。こんなもの、"お手伝い"をさせてもらう最低条件に過ぎない。

 ……が、これはオレの都合であり、周りがどう考えるかはまた別ということだろう。その結果が、先ほどの極端な噂だ。

 ちなみに鮎川だが、士郎さんがオレをベタ褒めしたせいで、最早尊敬と言っていいほどの視線を送ってきている。おい彼氏、しっかりコントロールしろ。

 

「そんな凄い人だったんだ……僕もチームの司令塔として見習わなきゃ!」

 

 あ、ダメだこれ。カップル揃って尊敬の視線だ。うっとうしくてかなわん。とっとと挨拶を終わらせて、とっととコートの外に出よう。

 

「本日はお招きいただき、ありがとうございます。それと、シグナムの働き口の件について、本人から直接お礼をと」

「道場への口利き、感謝する。私に何か出来ることがあったら、遠慮なく言っていただきたい」

「そんなに畏まる必要はないよ、大した労力じゃなかったから。それにそういうことなら、ミコトちゃんとはやてちゃんをしっかりと支えてほしい。しっかりしていると言っても、二人ともまだ子供だ」

「無論。優しき主達の力になることこそ、我が本懐。主達の剣となることこそ、私の幸福だ!」

 

 右拳を胸に当て、仰々しい宣誓を上げるシグナム。相変わらずのズレた言動に、鮎川と藤林が若干引き気味だ。

 対して、なのはは嬉しそうにニコニコしており、ガイは本心から楽しそうだ。

 

「うん、やっぱり仲良しさんが一番なの!」

「だなー。この変わり様は、見てて楽しいわ」

「方向性はこの際目を瞑るから、もう少し現代に馴染んでもらいたいものだ」

「あはは……でも、家族が仲良しっていうのは、やっぱり嬉しいよね」

 

 そこは完全に同意する。

 

 

 

 聖祥組と八神家は合流していたようだ。オレ達がコートの外に出ると、総勢10人と2匹の大集団が待っていた。

 最初に言葉を発したのは、雄を除いて唯一の男である大柄な少年。剛田少年だ。女だらけのアウェーな環境で、ガイの帰りを心待ちにしていたようだ。

 

「おっせーよ、藤原」

「わりーわりー。藤林と鮎川さんがミコトちゃんに食いついちゃってなー」

「「ミコト」? って、あ……」

「一月とちょっと振りだな、剛田少年」

 

 彼はオレの姿を確認すると、何とも言えぬ複雑な表情になった。驚き、申し訳なさ、遣る瀬無さ。大体そんなところだ。

 なんというか、彼のところだけ空気がシリアスだ。今日はただの娯楽観戦なのだから、そんなものはいらん。とっととケリをつけさせてもらう。

 

「そんな顔をするぐらいなら、もう一度むつきと話をしてやれ。彼女はお前を待っているぞ」

「っ! ……っす」

 

 短い答えは、肯定のものだったと思う。恋愛に臆病になっている二人は、背中を押してやればなるようになるだろう。もう互いの想いは知っているのだから。

 空気を変えよう。彼とは対面は済ませていたが、自己紹介はまだだ。

 

「八幡ミコト。なのはの友人だ。はやてとは自己紹介を済ませているか? 彼女の同居人で、「相方」だ」

「剛田猛っす。藤原の腐れ縁で、高町さんのクラスメイト。特技は空手。よろしくっす」

 

 さくっと自己紹介を済ませ、談笑モードに移る。剛田はやはりガイとつるんで、コートを囲う金網に寄りかかりながら話を始めた。さりげなくザフィーラもそこにいる。狼の姿なので、言葉は発さないが。

 

「ミコトって、剛田のこと知ってたのね」

「彼とむつきを引き合わせたのは、オレとガイだ。そのときに一度互いの顔を見ていた程度だ」

「一ヶ月越しの自己紹介だったんだ。なんだか、不思議な感じだね」

 

 確かにな。もしあの告白が上手くいっていたら、そのときに自己紹介を果たせたのだろう。何とも回り道をしている。……だが、それが恋愛というものなのだろう。

 何となく、オレが恋愛を理解出来ない理由の一つを掴めた気がする。要は効率重視では到れないということだ。一度効率を捨てなければ、そこにある感情を認識することすら適わない。

 それが出来るか否か。……今のオレには、やはり難しそうだ。どうしても効率を考えてしまう。恐らく、効率を捨てる余裕がない。

 今オレがメインで考えているのは、どうあがいてもはやての足のこと……つまり、闇の書を夜天の魔導書に戻すことだ。このバカみたいな難易度のミッションをクリアしない限り、一心地つくことを許せないだろう。

 だから……ユーノの件を考えるのは、全てが終わってからの話だ。

 

「何や、あっちやこっちから甘酸っぱいにおいがするわ。わたしらも甘々ラブラブなとこ見せつけよか、ミコちゃん」

「そういうことを言ってるから同性愛と勘違いされるんだ。そういうのは、人のいないところでするものだ」

「あんたの言動も十分同性愛と勘違いされるわよ。っていうかあたしは本気でそれを疑ってるんだけど」

「その……わ、わたしは、女の子同士も、ありだと思うよ?」

 

 月村、その野獣の眼光をどうにかしなさい。恥らってるように見えて狙い澄ましてるじゃないか。

 アリサ・バニングスの失礼な発言はスルー。いい加減同性愛ネタもマンネリなんだよ。

 

「弄るなら、やはりなのはだろう。今一番ホットな話題だぞ」

「にゃっ!? そ、それはつまり……」

「ガイと何処まで親密になれたのかって話よー! 何よ、二人っきりで激励って! カップル同士かっての!」

「Aは済ませたの!? 済ませたんだよね!? 済ませなきゃダメだよ、なのちゃん!」

「ふ、二人とも目が怖いのぉー!?」

 

 ネコのような悲鳴が上がり、キックオフのホイッスルが鳴った。翠屋FCボールからのスタートだ。

 

「うおおー! ぶっ潰せー!」

「やっちゃえー! やられるまえにやっちゃえー!」

「主ら、初っ端からヒートアップし過ぎじゃよ」

「ミコト、だっこ」

 

 ヴィータとアリシアが吼え、ミステールが突っ込みを入れる。抱き着いてきたソワレを抱き上げつつ、二人には後ろからチョップを入れた。応援は周りの迷惑にならない範囲でやりましょう。

 ……まあ、あれだ。

 

「特に目新しいことはないみたいだな」

「スポーツ観戦言うても、日常の延長やしなー」

 

 結局は、そういうことみたいだ。

 

 

 

 

 

 試合は、翠屋FCが3-0で勝利。士郎さん曰く、「今日は皆の気迫が違った」だそうだ。試合後の打ち上げに参加した際、チームメンバーのテンションが異様に高かったので、そういうことなのだろう。

 なお、オレ達は女子で固まっていたため、話しかけられた男性と言ったら、士郎さん、ガイ、剛田、藤林ぐらいのもので、他とは交流しなかった。

 ……その割には、オレやフェイトに集まる視線は多かったが。結局、どう環境が変わっても、男というのはそう変わらない生き物のようだ。

 まったくもって、度し難い。




今回のあらすじ。
・シグナム、ミコトとはやてを名前呼びしようとするも、失敗
・シグナム、剣道場の臨時講師に就職
・八神家、サッカー観戦をして聖祥組と面通しする
の三本です。

ミコトが無表情ながら受け入れられているのは、容姿による助けも多分にあるでしょう。可愛いは正義。
本人は「自分は分からないが、周囲の人間はこれを可愛いと思うらしい」程度の認識です。納得はしてないけど自覚はしてる感じ。
ミコトちゃんは女の子だから鈍感じゃないので「ん、なんだって?」で済ませられないけど、コイバナパートは書いてて楽しいです。

聖祥オリジナルモブのまとめ。
・剛田猛:ガイの親友。むつきの幼馴染で想い人。空手をやってる正義漢。
・藤林裕:サッカーバカ。翠屋FCのGKでキャプテン。原作でジュエルシード発動させた片割れが元だけど、この話では発動させてないのでほぼオリジナル扱い。
・鮎川歩:サッカーバカの彼女。翠屋FCのマネージャー。ご多分に漏れず可愛い子。やっぱりジュエルシード発動させてないのでほぼオリジナル扱い。
本筋には絡まないと思うので、割と適当です。

※お詫び
無印章最終話にて、ミコトはユーノと握手してました。完全に忘れてました。
修正原則(公開後の内容修正禁止)に引っかかるため修正出来ないので、ミコトも告白のインパクトが強くて忘れてたということにしてください。ユーノが男として見られてなかったでも可です。
作者の至らなさのために読者の皆様にご迷惑をおかけして申し訳ありません。


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A's章 中盤
三十七話 銭湯 前編


お待たせしました、お風呂回二回目です。今回はなんとほぼ全編入浴中に加え、前後編構成です。

※注意:今回若干程度ですが性的描写があります。苦手な方はご注意ください。


 唐突だが、スーパー銭湯に行くことになった。

 

 翠屋の"お手伝い"の際、士郎さんは時折オレにタダ券やらクーポンやらをくれる。「たくさん働いてくれているお礼」なのだそうだが、それは"お駄賃"をいただいている分で相殺されるのではないだろうか。

 とはいえ、オレが受け取り拒否をしたところでシャマルかブラン経由で八神家の手に渡るので、今は素直に受け取ることにしている。これらも八神家の家計の助けになっているという事実があるのだ。

 今回もその一つで、その銭湯の経営者(知人だそうだ)から大量のタダ券をもらってしまったそうで、八神家全員分(アルフとザフィーラも含む)のチケットをいただいた。

 これに目を輝かせたのが、何にでも興味を持つ年頃のアリシアと、温泉でお風呂の魅力を知ったソワレだ。そしてはやての「ほな早速行こか」という鶴の一声により、翌日八神家総出で赴くこととなった。

 

「おぉー! おっきいおふろやさんだー!」

「この中全部風呂なんだろ? すげえなー」

 

 外観は、大きめの屋内プール施設といったところか。実際のところ、中にはボイラー等の設備を置くスペースが必要だから、全部が全部浴場というわけにはいかないだろうが、それでも十分巨大と言えた。

 最初はあまり興味を持っていなかったヴィータも、これを目の前にして目を輝かせている。かく言うオレも、実はちょっと楽しみになってきている。

 一番乗りと走り出すアリシアを、「あ、ずりーぞ!」と言いながら追いかけるヴィータ。全く、子供は元気だな。……そういえば、オレも子供か。

 

「こら。二人とも、あまり騒ぐな。他の客の迷惑になるぞ」

 

 年少組を嗜めるように後に続くシグナム。彼女はアリシアと過ごす時間が長かったから、面倒を見るのに慣れている。ヴィータは言わずもがな。

 家ならばシグナムをからかって追いかけっこを始めるアリシアだが、外でまでそんなことはしない。素直に聞き入れ、ヴィータともども抑え気味にはしゃぐ。

 繋いだソワレの手を引きながら、オレも彼女らに続く。今日のはやての車椅子係はシャマルだ。オレが車椅子を押せないときは、シャマルとブランが交代でやることになっている。

 そのブランは、笑顔を浮かべてはやてと話をしている。ミステールも参加し、からからと笑っている。

 フェイトと人型になったアルフは、やはり楽しそうに会話中。なんだかんだ、全員大きなお風呂を楽しみにしているというわけだ。

 ……決して道中一言も発さずについてきたザフィーラの方を意識しないようにしているわけではないのだ。

 

 公衆浴場ということは、当たり前の話だが男女別浴だ。よく知りもしない男女が裸身を見せびらかすなど、公序良俗に反する。そう、当たり前の話なのだ。

 そして八神家の男女比は、11:1。ものの見事に男性(というか雄)は一人なのだ。オレ達は一緒に入浴するが、ザフィーラはどうあがいても一人なのだ。

 一応9歳未満の子供はどちらでも可なのだが、オレは男に裸を見せるとか恥ずかしいから嫌だし、フェイトも同様。はやては既に9歳になっている。

 オレとはやてが女湯ならソワレも一緒だろうし、普段仲間外れで不満を感じているアリシアが進んで男湯に行くわけがない。ヴィータは、見た目が子供なだけだ。

 やはりザフィーラは一人で男湯に行くしかないのだ。……普段影ながらオレ達を支えてくれている"盾の守護獣"に対する扱いとして、不憫でならない。

 

「……その、なんだ。定期的に念話は飛ばすようにするから……」

 

 さすがに何も言わず脱衣所に入ることなど出来ず、ザフィーラに言葉をかける。が、上手い言葉が見つからない。交渉のときはポンポン浮かんでくるくせに、肝心なときに役に立たない頭脳だ。

 言葉が出ず、しどろもどろになったオレの頭に、大きな手がポンと乗せられた。ザフィーラの手だった。

 

「気にするな。俺は気にしていない。そも、ヴォルケンリッター自体男は俺一人なのだ。こういう状況には慣れている」

 

 涙なしには語れない過去だった。データ欠損により全ての記憶はないのだろうが、どれだけ不遇な扱いを受けてきたのだろう。もっとも、それはリッター全員に言えることなのだろうが。

 そんなことを考えるオレの内心を宥めるように、力強く、しかし優しく頭を撫でられる。……むぅ、やるな、ザフィーラ。

 

「しおらしいミコトというのは珍しい。いいものを見れた気分だ」

「……やかましい。見世物にした覚えはない」

「そうしている方が、君らしい」

 

 手を離され、ちょっと名残惜しく感じた。士郎さんといい、「大人の男」はずるい。ああして頭を撫でられると、身を預けたくなってしまうのだから。

 ザフィーラは一時の別れを告げ、男湯の暖簾をくぐって行った。オレも、女湯の暖簾をくぐって皆に合流する。

 まず最初に、はやてからニヤニヤ笑いとともに話しかけられた。

 

「なんやミコちゃん、ザッフィーとええ感じやったやん。ザフィーラやったら、ミコちゃんのこと任せてもええかもな」

「何を言っている。家族として伝えるべきことを伝えただけだ。オレにしろ彼にしろ、そういった意味合いは持ち合わせていない」

 

 何でもかんでも恋愛に絡められると思ったら大間違いだ。オレにその準備が出来ていないというのもあるし、彼にもその気はないだろう。

 まず、ザフィーラは(今は)人の姿をしているが、魔法プログラム体だ。本来の姿も青い狼である。人間とそういった関係になるというのは、理に適っていないだろう。

 次に、年齢的な問題。向こうは加齢など関係ないだろうから、数年もすればオレも釣り合いの取れる大人になるだろうが、それでも経験してきた時間の差は如何ともしがたいだろう。

 そして、性格の問題。オレにしろ彼にしろ、外側に向かうエネルギーが小さい。彼の内面は知らないが、外に顕れるものが小さくては、互いの心に与える影響はごく小さいものだ。

 以上の理由から、互いにストレスのない関係は築き上げることが出来たとしても、恋愛感情に発展することはないと断言しよう。

 

「そもそもヴォルケンリッターは恋愛という感情を持っているのか?」

 

 人としてエミュレートされているなら、人の持ち得る感情は全て発生し得るのだろうが。

 シャマルも、これまでにそんな経験はないため、断言はできないようだ。

 

「恋愛を出来る出来ないで言えば、「多分出来る」でしょうね。少なくとも、わたしに関してはそう思ってるわ」

「お? ってことは、シャマルは気になる人がおったりするん?」

「相手は彼女持ちの人なんですけどねー」

 

 なるほど、恭也さんか。最初の蒐集のときに行動を共にしていたし、翠屋のバイトで接点はあるわけだから、不思議はないか。

 キャミソールを脱ぎ、スカートのファスナーに手をかける。……恭也さん、か。

 

「彼も中々罪な男だな。恋人を持ちながら、無自覚に周囲の女性を落としている。翠屋の客にも、彼目当てで来店している女性はいるよな」

「あの子達は、遠くから眺めるだけで満足らしいわね。だけどわたしはなまじ近くにいるものだから、変に期待を持たないようにするのが大変よ」

「はぁー……シャマルさんは大人ですねぇ。わたしはそういうの、全然分かりませんよ。やっぱり経験値が足りてないんでしょうか」

 

 感心したため息をつくブラン。彼女は恭也さんに落とされていないようで安心すればいいのやら、見た目に反した子供っぽさに呆れればいいのか。

 もっとも、オレもブランのことは言えないわけで。

 

「男性というものを意識するという意味では、オレもはやても経験が足りんよ。ともに成長していこう」

「はいっ!」

「ま、そうなんよねー。わたしら全員経験ないんやから、これじゃただの耳年増やで」

「あはは……耳が痛いわね」

 

 オチを付けたところで、服を脱ぎ終わった。他の皆は既に浴場の方に行ったようだ。

 シャマルがはやてを抱きかかえ、オレ達もまた、家風呂とは比較にならない巨大さを持った浴場に入った。

 

 

 

 

 

 体を洗うために洗い場の前に座る。隣には、見覚えのある金髪少女。オレはそちらを一瞥もせず、声をかけた。

 

「君も来ていたのか」

「ん? ああ、ミコトじゃない。あんたも士郎さんからチケットもらったの?」

 

 聖祥大付属小学校に通うなのはのクラスメイト、アリサ・バニングス。どうやら彼女もオレ達と同じようだ。この分だと、なのはと月村も来ているんだろうな。

 

「昨日の"お手伝い"の際にな。他には誰が来ている?」

「ご想像通り、なのはと美由希さん、すずかと忍さん。ガイと恭也さんも来てるわよ」

「高町家の子供達が見事に勢揃いだな。翠屋のホールはバイトが入ってるから大丈夫だろうが、少し不安だな」

 

 今日はシフトを入れていなかったが、これならいつでもヘルプに入れるように待機しておいた方がよかったかもしれない。別に今日限りのチケットではなかったのだから。

 まあ、過ぎたことか。気にしても仕方がない。男湯に知人がいるなら、ザフィーラも平気か。一応後でミステールに言って念話は飛ばしておこう。

 シャンプーを手に取り、泡立てる。洗い方は人によって違うが、オレは上から順々に洗っていくタイプだ。頭、洗顔、体の順ということだ。

 シャカシャカと頭を洗うオレをじとっとした目で見ているアリサ・バニングス。……なんだよ。

 

「前から思ってたけど、綺麗な髪と肌してるわよね。使ってるシャンプーやボディソープに秘訣があるのかと思ったけど、そうでもなさそうだし。どうなってんの?」

「もやしパワーだ。君も試してみるといい」

「……うさんくさいわね。ほんとにそんなんで大丈夫なの?」

 

 もちろんもやし以外にも色々バランスよく食べているが、手入れよりも食生活が大きいのは間違いないだろう。オレは昔からこうなのだから。

 

「医食同源という言葉がある。食は体を作る基本だ。好きなものばかり食べていればいいというものではないぞ」

「ふん! そんなこと分かってるわよ!」

「その割には、君はピーマンが苦手だよな。翠屋で食事をするとき、ピーマンだけはいつも月村に食べてもらっている。苦味も経験しないと、舌がバカになるぞ」

「うっさいわね! なんでそんなこと知ってんのよ!」

 

 客の状況は常に把握しているだけだ。それが知人ともなれば、趣向の把握にまで伸びるのも不思議ではないだろう。

 ちなみに彼女、辛味は平気らしい。逆に月村は辛味が若干苦手のようだが、この金髪少女ほど好き嫌いはしない。

 髪は女の命と言う。オレは別にこだわりはないが(というか正直切りたい)、ちゃんと手入れしないとはやてが悲しむので、しっかりと丁寧に洗うようにしている。

 

「そんなに長いと、大変じゃない? あたしも人のことは言えないけど、あんたってあたしやすずかよりも長いじゃない」

 

 彼女の言う通り、アリサ・バニングスと月村も、ついでに忍氏も、全員髪が長い。大体腰の上ぐらいまである。それに比してなおオレの方が長いのだ。足の付け根ぐらいだ。

 

「元々は散髪代の節約だったんだがな。今では切ろうとすると本気で止める人間が何人もいる」

「あー……ちなみに何処で切るって言って止められた?」

「理容室だが。皆はせめて美容室にしろと言っていたが、そんなもったいない真似は出来ん」

 

 「ああ……」と納得したため息をつく金髪少女。どうやら彼女は5人衆やはやてと同じ側のようだ。

 確かに理容室を使う女性というのはあまり多くないかもしれないが、別にいいじゃないかと思う。たかだか髪を切るのにどうして金をかける必要があるのか、オレには理解出来ない。

 シャワーを出し、頭の上の泡を洗い流す。ついでに汗で不快だった顔も流し、さっぱりする。

 

「そりゃ全面的に皆が正しいわ。あんた、可愛いくせに自分の容姿に無頓着過ぎ」

「別に可愛くあろうとしているわけではないからな。醜くならなければ、何だっていいだろう」

「……その発言は世の女性の大半を敵に回すわよ。迂闊に口外しない方がいいわ」

 

 そんなものか。やはり女心と言われるものは、いまいち分からんな。

 洗顔をしている間、一時会話が途切れる。さすがに顔を洗顔料が覆っているときは口を開けない。

 シャワーでさっと泡を落とし、スポンジにボディソープを付けて泡立てる。そして、首のところから洗い始めた。

 

「なんであんたはそう女らしさってものが欠けてるのかしらね。そのくせ女の子としての自覚はないわけじゃないし、わけわかんないわよ」

「ふむ。ならば女心というものを分けて考えてみよう。オレが持っていないのは、集団生活の中で形成される「社会的女心」であり、生得的に持っている「生物的女心」は正常ということだ」

 

 これはオレの分析である。オレはオレ自身を女として自覚しているが、世の女子達が言う「女心」を理解出来ない。それはつまり、普通の女子が成長の過程で得るものが理解出来ないということではないだろうか。

 「プリセット」の中にあるのはあくまで普遍的法則であり、人間心理や社会風習・風土文化に関しては普通の子供同様に外部的に覚える必要がある。

 そして普通の子供は、自然法則も外部的に覚えるため、並べて等しく「覚えたこと」なのだ。故に、生まれた時からの生物的な自覚としての女子と、社会的位置付けとして覚えた女子が、乖離なく「女心」となっている。

 それに対してオレは、社会的な意味での女子を知る前にパーソナリティが完成した。だからオレの人格の礎となっている女子は生物的な自覚のみであり、社会的には無性別状態ということだ。

 

「……と説明して、君なら分かるか?」

「完璧に、とは言えないけど、何となくはね。つまりあんたにとって「女の子」って言葉は、極端な話「人間の雌」って意味しかないわけね」

「乱暴な言い方だが、そういうことだろうな」

 

 もちろん社会性が全くないわけじゃない。はやて達と一緒にいるうちに、オレにも多少の「社会的女心」は身に着いた。服装をちゃんとした女物にしているのがいい例だ。

 それでも、まだまだ足りないのだろう。少なくとも感情面に関しては、オレはフェイトより手前のレベルなのだ。社会性についても、同じことが言えるのかもしれない。

 「なるほどねー」と言いながら、アリサ・バニングスは桶に溜めたお湯で体を洗い流した。

 

「あんたが色々ズレてるってのは分かってたけど、おぼろげながら輪郭が見えてきた気がするわ。ほんと難儀な子よね、あんたって」

「自覚している。それでも、オレがオレである以上、オレを辞めることは出来ない」

「そういう言葉回しも含めてね。ま、少しずつ変わってきてるってんなら、それで十分なんでしょ。無理に変えてるわけでも、意固地に変わらないわけでもないなら、それでいいんじゃない?」

 

 投げやりな結論だ。足の先まで洗い終わり、シャワーで首から洗い流していく。断続的に噴射する暖かな水滴が肌を打つ感触が心地よい。

 シャワーを止めて立ち上がると、アリサ・バニングスもまた立ち上がった。どうやらオレが洗い終わるのを待ってくれていたようだ。

 

「別に先に行ってもよかったんだが」

「水臭いこと言ってんじゃないわよ。せっかく一緒したんだから、皆で一緒にお風呂を楽しめばいいのよ。そのぐらいの社会性は、あんたにだってあるでしょ?」

「ククッ、よく見ている」

「言ったでしょ。あたしはあんたに「友達になりたい」って思わせてやるんだから。そのぐらいは観察してるわよ」

 

 もしかしたら頻繁に翠屋に食事に来るのも……関係ないか。元々彼女は翠屋の固定客なのだから。オレのことは、もののついでだろう。

 だが、それでも彼女はオレを見ているのだ。しっかりと、見誤らず、そこにいるオレを見ている。

 だからオレも、そこにいる彼女をしっかりと見据える。アリサ・バニングスという少女の本質を見誤らないように、小さくとも気高い器を視界の中央に収める。

 ふっと小さく笑ってやる。

 

「いい加減、アリサ・バニングスと呼ぶのも長ったらしくて面倒になってきたな。今後はアリサと呼んでやるから、光栄に思うといい」

「……全っ然嬉しくない理由ね。いいわ。あたしのことを名前で呼ぶ栄誉を与えてやるから、むせび泣きなさい」

「傲慢なやつめ」

「お互い様よ」

 

 そうだな、お互い様だ。オレ達の顔には――オレは「恐らく」だが――おかしそうな笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 大浴槽はプールのような広さを誇るサイズだった。オレ達以外の客もそれなりにいるが、広さのためにまばらでしかいない。

 そんな中で知り合い全員を見つけるとはいかず、月村と美由希、それからフェイトとミステールと合流出来ただけだった。

 

「なのはは一緒じゃなかったのか?」

「あの子は今男湯の方だよー。ガイ君に色気で攻めるんだって」

 

 美由希から回答。迷走してるな。歳相応でしかないなのはの色気でガイが陥落するとは思えないが。

 

「あはは……ほんと変わったよね、なのは」

「それは違うのう、フェイトや。あれは「素直になった」と言うのじゃ。元々内側に秘めておった感情が表に出とるだけじゃよ」

「ミステールちゃんの言う通りだと思うかな。なのちゃんって、思い切ると突飛な行動に出ることがあるから」

 

 なるほど。どの程度突飛になっているか、ザフィーラ経由で聞こうじゃないか。

 

「ミステール。この場にいる全員で共有だ。ザフィーラに繋いでくれ」

「アイアイサーじゃ!」

 

 アメジストの少女が、意味もなく印を組む。ソワレに限らず、召喚体が力を行使するときは、基本的に意思一つで行うことが出来る。わざわざ表示する必要はない。

 気分の問題なのだろうが、オレにはちょっと理解出来ない。

 ややあってから、頭の中で何かが繋がる音。聞き慣れた成人男性の渋い声が頭に響く。

 

≪ミコトか。どうかしたか?≫

≪そちらにガイと恭也さんがいるそうだ。一人で退屈なら、彼らと合流すればいいと思ってな≫

≪ああ、合流済だ。既に聞いているかもしれないが、なのはがガイを誘惑しようとしている。中々珍妙な光景だな≫

≪ふむ。音声を繋ぐことは出来るか?≫

≪難しい注文だ。シャマルなら出来るだろうが……と、恭也が繋いでほしいそうだ≫

 

 ミステールに指示を出し、彼も念話会議に参加させる。すぐさま恭也さんの疲労のにじんだ念話が飛んでくる。

 

≪ミコト。今からなのはをそっちに持っていくから、こっちに来させないようにしてくれ≫

≪お疲れのようですね。そんなになのはが暴れましたか≫

≪ああ。ガイの背中を流すと言って自分の体をスポンジ代わりにしようとしたり、それでガイがへたれて逃げたら、男湯を駆けまわって転んだり……俺はどうすればよかった?≫

 

 オレに聞かれても。これまではガイの方が変態言動で騒ぎを起こしていたのに、今は自分の妹の方が騒いでる状況に頭を痛めているようだ。

 

≪やりすぎたらしっかり叱ればいいかと。ガイだけ叱って、なのはは叱らないというのでは不公平でしょう≫

≪分かってはいるんだが、どうしても納得がいかん……。どうしてこうなった≫

 

 あなたの妹が、その変態に惚れたからです。しいて言うならば、運が悪かったとしか。

 こちらも運が悪かった。いやタイミングが遅かった。一番の見せ場は終了した後だったようだ。ミステールに念話は繋いだままにしてもらい、オレが代表して男湯との連絡通路まで行く。

 しばしあってから、消沈した様子のなのはが扉を開けて現れた。

 

「君は何をやっているんだ」

「うぅ、だってぇ……」

 

 転んだときに打ち付けたようで、額のところが赤くなっている。転び慣れているためか、怪我自体は大したことがないようだ。

 なのはの横に並んで、洗い場まで連れて行く。体をざっと洗い流して、再び皆と合流する。

 

「聞いたよー。誘惑失敗した上にすっころんで恭ちゃんに怒られたんだってねー」

「うぅぅっ! お姉ちゃんのバカー!」

 

 彼女はニヤニヤ笑いの美由希の遠慮ない一言に出迎えられた。浴場は音が反響するんだから、声のボリュームは自重しなさい。

 皆で取り囲み、なのはを逃がさないようにして話を聞く。

 

「なのはだって、怒られても仕方ないってちゃんと分かってるもん。でも、どうしてもガイ君と一緒にお風呂に入りたかったんだもん。来年にはこんなこと出来なくなっちゃうから……」

 

 確認だが、男女ともに連絡通路を使えるのは9歳未満の児童に限られる。オレ達は現在ギリギリ8歳であり、誕生日を迎えた順に使えなくなっていく。アリサは既に9歳だそうだ。

 なのはの誕生日は3月であり、まだまだ時間があるとはいえ、今年中にもう一度ガイと銭湯に来れるとは限らない。今しか出来ない思い出作りということだろう。

 

「だが何故体スポンジという発想になる」

「だってガイ君ってエッチだから、きっと喜んでくれると思って……」

 

 それ以前に彼がヘタレだということを忘れてはならない。口ではあれこれ言っているが、実際にはボディタッチすらまともにできていないのだ。結局はオレ達と同じで、知識が先行しているだけだ。

 

「そもそもの話として、公共の場でやることでもない。そういうことをしたければ、彼を家に呼んで一緒に入浴したときにしろ」

「ちょっとちょっと、ミコトちゃん! それやられると家族として非常に気まずいんだけど!?」

 

 知らん。いずれはそうなるんだから、今のうちに覚悟を決めておけ。

 オレの正論に、なのははシュンとしぼんだ。これだけ言えば、もう男湯に吶喊などしないだろう。

 

「元気出しなよ、なのは。ガイと一緒は無理かもしれないけど、今日は大きなお風呂で皆でゆっくりしよう。ね?」

「……ふぅちゃぁーん!」

 

 涙目になりながらフェイトに抱き着くなのは。「泣き虫なのは」の名に恥じない泣き虫っぷりであった。

 

 落ち着いたところで、なのはからガイに対する不満が噴出した。

 

「大体、ガイ君はずるいの! なのはが勇気出して告白したのに、自分は相変わらずなんだもん!」

「元々ガイ君って誰に対しての好意もオープンだったからねー。そういうところは凄くいい子だと思うよ。告白されたのにハーレム目指してるってので大減点だけど」

 

 高町姉妹によるガイに対する酷評。致し方あるまい。好きな相手が自分をちゃんと見ず、他の女の子達にも目を向けているのだ。

 オレの目には、なのはを恋人とする勇気がまだないから逃げているだけのように見える。彼自身、本当にハーレムを作れるとは思っていないようだからな。

 

「そもそも彼の器量でハーレムなど成立するわけがない。そこまで器用に切り替えが出来るゲス野郎じゃないだろう、ガイは」

「結局、何処まで行っても「いいヤツ」なのよね。変態という名の紳士って、あいつのためにある言葉だと思うわ」

「二人とも、褒めてるんだかけなしてるんだか、よく分からない評価だね……」

 

 奴がそういう輩なのだから仕方ないだろう。あれだけ真っ直ぐな心根を持っていて、何故道化を演じようという結論に至ったのか、今でも理解出来ない。

 

「人を好きになるって、難しいことなんだね。お互いに好きっていうだけじゃ、まだ足りないのかな」

「いや……これはごくごくレアなパターンじゃと思うがの。フェイトの言うことに間違いはないはずじゃが」

 

 まったくだ。こんなのが一般的でたまるか。あんなおかしな男、そうそう見つけられるものじゃないぞ。

 根っこの部分は好感の持てる人物だが、なのははどうしてあんな面倒な男を好きになったのだろうか。理屈じゃないとは言うが、きっかけぐらいは気になる。

 

「きっかけ?」

 

 オレの問いに、なのはは首を傾げる。そのまま考え込み、待つことしばし。

 

「……特にない、かな。ガイ君のおバカな言動に付き合ってる間、なんだかんだ楽しんでて、いつの間にか好きになってて、この間そのことに気付いたっていう感じだよ」

「あー……そういえばなのはって、色々と言いながらガイとは波長ぴったりだったわね。思い返してみたら、あれって完全に夫婦漫才よね」

 

 なるほど、そういうこともあるのか。文字通り、過ごした時間が育んだ恋心ということだ。

 「夫婦」という単語に反応し、恥ずかしそうに嬉しそうに、頬に手を当てながら首を振るなのは。少し前までなら顔を真っ赤にして否定していたというのに。素直になるとは、物凄い変化だ。

 

「いいなー、なのはは。勝算のありそうな恋が見つかって。わたしなんて、はじめっから勝ち目ほぼなしだったもん」

「そういえば美由希は初恋実らずな女だったな。勝ち目がないと分かっていたのに好きになったのか?」

「そーゆーもんだよ。自分の気持ちに嘘はつけないの。ミコトちゃんも、恋をすれば分かるよ」

 

 そんなものなのか。やはり、恋というのはよく分からんな。先にも思ったが、まさに理屈ではないということなのだろう。

 答えの出ない疑問をいつまでも考えていてもしょうがない。話題を流し、別の話題にしようとしたとき、月村が食いついた。

 

「あの! もしよかったら、美由希さんの初恋の話、聞かせてもらえませんか!?」

「え゛っ!?」

 

 恋愛話大好き少女の要望で、美由希は表情をビシリと固めた。まだ吹っ切れていないということか? そういえば、何年前の話かも聞いていないな。

 キラキラした瞳を受けて、あたふたと周囲に助けを求める美由希。しかし悲しいかな、彼女に救いの手を差し伸べる者は誰もいない。そう、彼女の妹でさえも。

 

「あー、うー……これ話すと、うちの家庭事情の話に発展しちゃうんだけど……」

 

 マジか。その発言で、美由希の初恋の対象だとか、彼女が三兄妹の中で一人だけ共通点がない理由だとか、色々察してしまったぞ。

 気になってなのはを見てみると、キョトンとした表情でよく分かっていない様子。これは……なのはは知らないことなのか。つまり、彼女が物心つく前から、美由希は当たり前に姉であったということだ。

 これは、迂闊に触れない方がいい話題だ。ようやく先の美由希の硬直の意味を理解した。

 

「分かった、やめよう。「オレ達が」もう少し大きくなったら、改めて聞くことにしよう」

「……ミコトちゃんがいてくれて助かったよー」

「? ?? なんだったの?」

 

 ほぅ、とため息をつく美由希に、相変わらず理解していないなのは。アリサと月村、それからフェイトは、事情があると聞いた時点で半ば諦め状態だったようで、頭の中で追及はしていないようだ。

 ミステールは、視線をオレに合わせて頷いた。彼女は理解しているか。

 なら……ジェスチャーでミステールに指示を出し、今度は彼女が頷く。念話共有により、美由希とオレのみが参加する念話会議を作り出す。

 

≪念のため確認しておくが、恭也さんとなのはと、血縁関係はあるのか?≫

≪4親等だけどね。本当の関係は従兄妹だよ。父さんと、わたしの本当の母さんが兄妹≫

≪それを聞いて安心した。さすがのなのはも、長年姉だと思っていた人間が完全に赤の他人だったら、ショックが大きかっただろう。血縁はあるなら、折り合いをつけられる可能性が高い≫

≪あはは、そうだね。……ミコトちゃんはやっぱり凄いなぁ。あんな短い会話で、大体察しちゃうんだもん≫

≪少し察しがよければ、誰でも気付く。事実ミステールも気付いているから、こうして念話を飛ばせているんだ≫

≪この場ではわらわと主殿以外は気付いておらんようじゃがの。想い人が義兄で、しかも恋人持ちとは。主もなかなかに厄介な恋をしたのう≫

≪ほんとにねー。はぁ……≫

 

 あまり念話には慣れていないくせに、念話でため息をつくという器用な真似をしてみせる美由希。やはりオレが下手なだけなのだろうか?

 しかし……恭也さんの天然女たらしっぷりは本当に見境がないな。高校時代は下駄箱がラブレターで溢れ返る人だったりするのだろうか。

 美由希への念話と並行して――マルチタスクではなく、人力の並列思考だ。料理をする人なら基本だろう――口頭でなのはへの説得を行う。

 

「事情があるなら、部外者のオレ達が勝手に踏み込むわけにはいかない。君の知らない君の家庭の事情ならなおさらだ。それはとりもなおさず、士郎さんと桃子さんが考えて黙っているということなんだからな」

「うーん、そっかぁ。なのはの知らないおうちのことって、いっぱいあるもんね。あの人外剣術とか……」

「そういうことだ。あの二人なら、最適な時期に教えてくれるだろう。そのときを待てばいい」

「お父さんとお母さんは、なのはのことを思って黙ってくれてるんだよね。うん、待てるの!」

 

 聞き分けがよくて助かった。二人がなのはに話すまで、オレもこの記憶には封をしておくことにしよう。

 少し慌ただしくなってしまった。美由希との念話を切り、オレは一旦移動することにした。フェイトとなのはは着いてくると言ったが、他はまだここでまったりしているようだ。

 オレは一度思考をリセットするべく、打たせ湯の方に向かった。

 

 

 

 

 

 打たせ湯とは、高い位置からお湯を落とすことで、体に湯を当てマッサージ効果を得るためのものだ。最近はだんだんと姿を消していると聞いたことがあるが、この銭湯では普通に稼働しているようだ。

 オレがここに来た理由は、湯を頭に浴びて思考を一旦ストップさせ、頭をすっきりさせるためだ。打たせ湯を浴びる姿は、滝行のようになることだろう。

 ちょうど、目の前のシグナムとヴィータのように。

 

「二人は何をやってるんだ?」

「えっと、修行だそうです」

 

 そばで大浴槽につかっているシャマルが答えた。発想が小学生男子のレベルだ。ヴィータはともかくとして、シグナムまで何をやっているのか。

 シャマルと一緒にいたはやても同じように思っているようで、軽く笑う。……ちょっと、あの横に並ぶのは憚られるな。

 仕方がないので、二人が満足するまで再び大浴槽につかって待つことにした。はやての横にいたソワレが、オレに抱き着いて来たので受けとめる。相変わらず甘えん坊な子だ。

 

「アリシアとブランは一緒じゃなかったのか?」

「ブランはアルフと一緒に露天の方に行ったでー。シアちゃんは、二人を見っけたときにはもういなかったわ」

「あ、シアちゃんなら忍さんと一緒に電気風呂の方に行くって言ってたよ。何だか凄く盛り上がってて、会話に入り込めなかったの」

 

 ふむ。それならまあ大丈夫だと思うが……アリシアと忍氏が、ねぇ。何故かはるかの時と同じ予感がするのだが、気のせいだろうか。

 

「ミコト、おっぱいほしい」

「言うと思ったが、今日はダメだ。オレ達以外にも人が多いだろう。あまり人前でやることじゃないぞ」

 

 不満げな顔をするソワレを、代わりに撫でてやる。気持ちよさそうに目を細めたので、満足してくれたようだ。

 なのはとフェイトは顔を赤くして視線を逸らし、シャマルが苦笑しながら頬をかく。彼女達はまだ、ソワレのこの発言に慣れていないようだ。

 

「あはは……ソワレちゃん、本当にミコトちゃんのおっぱいが好きなのね」

「うん。ミコトのおっぱい、おちつく。いちばんすき」

「ミコトママのおっぱいには敵わんかー。はやてママのハグも自信あったんやけどなー」

「はやてのだっこ、ミコトのおっぱいのつぎにすき。はやてママもミコトママも、だいすき」

「にゃ、にゃはは……子供って素直に好きって言えるから、凄いよね」

「君も子供だろう。想い人に素直になれたのだからな」

 

 別の意味で赤くなりながら、やはり嬉しそうに笑うなのは。彼女が素直になったことによる変化は大きいが、これは喜ばしい変化なのだろう。暴走癖が相変わらずなだけだ。

 ……フェイトの発言がないが、彼女はまだ顔を赤くしたまま、何かを言おうとし、やっぱりやめるを繰り返している。見ているだけでもどかしい。

 

「言いたいことがあるなら遠慮せずに言ってしまえ。ここにいる面子に、今更遠慮など必要ないだろう」

「えう!? えと、その……や、やっぱり恥ずかしくて……」

「大丈夫だよ、ふぅちゃん! ふぅちゃんがどんなこと言っても、なのはは笑わないから!」

 

 ガシッと彼女の肩を掴むフェイトの親友。フェイトはびっくりして目を開いた後、なのはから勇気をもらって頷く。

 そしてオレの方を向き。

 

 

 

「み、ミコト! その……、……っ、わ、わたしも、ミコトママのおっぱい……ほしい、な」

 

 オレは、天を仰いだ。大浴場の天井が視界に映る。本格的に育て方を間違ってしまったかもしれないと後悔に似た念が胸を満たした。

 いや、彼女が時折ソワレのことを羨ましそうに見ているのは知ってたんだ。最初からもしかしてとは思う節はあったんだ。そうではないと信じたかった。ああ、信じたかったとも。

 

「あ、へ、変な意味じゃないんだよ!? ただ、ソワレがほんとに幸せそうだし、どんな感じなのかなって知りたくて……」

「いい、皆まで言うな。言わないでくれ、頼むから」

 

 考えてみれば、フェイトは肉体年齢が8歳相当であり、インプリンティングされた記憶から肉体相当の精神を持っているだけで、実際に生きた年数はオリジナルのアリシアとどっこいどっこいだ。

 つまり、乳幼児期に満たされるべき欲求が満たされないまま来てしまっている。それが今表出しても、何ら不自然はないのかもしれない。

 だが……どうする。彼女は、肉体的にはオレと同年齢だ。身長もオレよりかなり高く、そんな少女がオレのおっぱいをむさぼる絵面を考えてみよう。どうあがいても「そういう性癖でそういうプレイ」だ。

 いや、好意的に解釈されて、同年代の少女のじゃれ合いと受け止められるかもしれない。多分そうだろう。そうに違いない。他者がどうかなんて関係ない。フェイトの成長に悪影響でないかという問題だ。

 もしこれでフェイトが同性愛に目覚めでもしたら。オレは後悔してもしきれないだろう。オレはプレシアから信頼されてフェイト託され、そしてオレ自身の意志として愛情を注いでいるのだ。

 彼女には、真っ当に生きてもらいたい。今後の成長の過程でソレに目覚めてしまったらどうしようもないが、少なくとも今種をまくべきではないのだ。

 

「落ち着け、フェイト。君は今何歳だ」

「はちさい」

「そうだ、8歳だ。肉体年齢は8歳相当だ。そしてオレも8歳だ。ここまでは分かるな?」

「うん」

「8歳の子供は、8歳の子供のおっぱいを欲しがったりはしない。そうだよな」

「……おっぱい、ほしいの」

 

 完全に幼児退行してる。今ここで「ダメだ」と言おうものなら、泣き出してしまうかもしれない。オレは、どうすればいい……っ!

 はやて。推奨ムードだ。「おっぱいぐらいええやん、減るもんでもなし」と目が語る。精神的に減るんだよ。

 シャマル。こちらは諦めムード。「わたしには助けられません」とジェスチャーが返ってきた。こういうときのための参謀だろう。

 ソワレ。フェイトに共感している。同じ娘ポジとして、今は彼女が姉としてフェイトを応援していた。その成長は嬉しいところだが、見せる場面を考えてほしかった。

 そして、なのは。暴走状態である。親友を無条件で応援している。オレが彼女にOKを出すまで、決して逃がしてはくれないだろう。

 四面楚歌とはまさにこのことだ。どこにも味方がいない。これは……断りようがない。

 

「……分かった。家に帰ったらあげるから。それまで大人しくしてなさい」

「いま、ダメなの?」

「さっきソワレに言った。ここにはオレ達以外の客が大勢いる。君は公衆の面前で出来るのか?」

「今こそわたしらのチーム力を見せるときやで、シャマル!」

「はい、はやてちゃん! 陣形「デザートランス」発動!」

 

 フェイトの後ろに扇型に並ぶ4人。オレの後ろは打たせ湯があるだけであり、他の客からは見えない。こんなところで無駄にチーム力を発揮するな。

 圧倒的多勢に無勢。最早オレに逃げ場はない。

 深く。深くため息をつく。諦念にして、覚悟のため息である。……オレも女だ。三人の娘の母親だ。このぐらい、乗り切ってみせよう。

 受け入れるべく、段になっているところに腰掛け、両手を開いた。そして彼女に、オレに出来る最大の優しさで微笑み、呼びかける。

 

「おいで、フェイト」

「うんっ!」

 

 彼女は顔を蕩けさせてオレの胸に飛び込んできた。普段の大人しさが嘘のようなアグレッシブさである。

 そして彼女は、艶めかしい唇をオレの左胸の先に付ける。

 

「んっ……」

 

 くすぐったさとこそばゆさで、小さく吐息が漏れる。彼女は探るように少しだけ口を開き、桜色の先端を口の中に含んだ。少し高めの体温と湿度で、敏感なソレがじんわりとうずく。

 

「はっ、……ん」

 

 フェイトは、音が出ない程度に吸い始めた。当然出るものはなく、吸引力に引っ張られて先端が刺激されるのみ。先ほどよりも強い刺激で、少し声が漏れた。

 

「ぁっ……!」

 

 必死で抑える。浴場は声が響く。こんなところで喘ぎ声でも出そうものなら、如何に人の壁を作っていようが、注目されてしまうに決まっている。

 だから耐える。フェイトはオレの忍耐に構わず、ちゅうちゅうとおっぱいを吸い続ける。強すぎず、弱すぎず。オレがここにいると確認するかのような行為だ。

 声を漏らさないように努めながら、フェイトの頭を撫でる。彼女の目はとろんとしており、とてもリラックスできていることが伺えた。

 刺激にも慣れ、このまま後は終わりまで耐えるだけ。そう思ったところで……予想外の刺激に、体がビクンと跳ねた。

 

「ちょ、っと、フェイトっ……!」

 

 まるでオレのおっぱいを味わうかのように、舌でなめたのだ。唾液で湿った、少しザラザラした舌の感触。敏感な胸の先は、その一つ一つを識別できるほど、鮮明な感触を伝えた。

 舐められるたびに、体が意思に反して跳ねる。抑え気味の声が、どうしても漏れてしまう。それを意図しているわけではないだろうが、フェイトの行為はだんだんと激しさを増している。

 彼女は、もっとオレを求めていた。五感全てでオレを感じようとしていた。

 

「ダメ、だって……こんな、されたら……オレ、声、出ちゃう……っ!」

 

 意識せず、目の端に涙が浮かぶ。感覚の波に耐えているせいで、涙腺が緩んでいる。オレの制止を聞かず、フェイトは行為を続ける。吸いながら、舐めながら、甘噛みする。刺激は増す一方だ。

 そして、一際大きな波がやってきた。

 

「っ~~~……――!!」

 

 最後はもう必死だった。目を瞑り涙が流れ、体が痙攣し、それでも声だけは絶対漏らさないように必死で耐えた。

 そのかいあって、最後まで声を漏らすことだけはなかった。

 

 

 

「ふぃー、いい修行になったぜー……ってお前ら何やってんの!?」

「こ、こら、フェイト! 主ミコトを離せ! シャマル、お前が着いていながら何ということだ!」

 

 お前も小学生男子並の発想に熱中しててこっちに気付かなかっただろうが。シグナムに対する突っ込みは、心の中だけにとどまった。とてもではないが声を出せる状態ではなかったのだ。

 ヴィータとシグナムに引っぺがされたフェイトは、その段階になってようやく正気に戻り、首どころか肩から上を真っ赤にしてその場にうずくまった。そして何度も謝られた。

 オレは何とか手で「気にするな」とジェスチャーを送り、大浴槽の縁に体を預けて休んだ。

 

「……ふぇーとのくひ、ひゅごい……」

 

 ろれつが回らないオレが何とか発することの出来た感想である。

 

 回復するまで、だいぶかかった。




お 待 た せ 。お風呂回は微エロの大チャンスってはっきり分かんだね。
今のところフェイトは、ミコトの分析通り、精神的に乳幼児な部分を持っているだけであり、同性愛的な要素はありません。激しくなってしまったのは、もっとミコトの「母親」を感じたかったからです。
舌ったらずなミコトちゃん可愛い(ゲス顔)

ザフィーラ、一人で男湯を回避。聖祥組とチームを組めたのが大いに効きましたね。これがなかったら、男女比11:1の中で過ごし続けるという恐怖。ザッフィーマジ健気。
さらりとミコトといい雰囲気を作っているザフィーラですが、実は波長は結構合ってます。基本的に寡黙なザフィーラですが、ミコトと話しているときは結構饒舌になります。
まあ、ミコトの分析通り、そういう関係になることはないんですが。気安いだけじゃ恋じゃない。何よりルート作ってませんから(メメタァ)

ようやくアリサが名前で呼ばれるようになりました。何か特別なきっかけがあったわけではなく、順当に成長を認められてのことです。
それに対してすずかは相変わらずの月村呼び。実際、アリサに比べてすずかは変化がありません。どうしても皆から一歩引いてしまうのです。原因は皆さんご存知の通り。
本編終了までにそれを解消できるかどうかは分かりません。でも、解消出来たら素敵ですよね。


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三十七話 銭湯 後編 夜

今回ははやて視点です。

書き出しが遅れてしまったため、三日空いてしまいました。次は二日で投稿したいものです。


 色々あってミコちゃんがのぼせてしまったので、わたし達は露天に向かうことになった。足取りのおぼつかないミコちゃんは、シグナムにお姫様抱っこされてた。

 ミコちゃんは「肩さえ貸してもらえば自力で歩ける」言うてたんやけど、シグナムが「御身にもしものことがあったら」って聞かんかった。以前の刺々しさが嘘みたい。ええことや。

 欲を言ったら、わたしらに接するときに主としてやなくて、普通の家族として扱ってほしいんやけど。それはおいおいやな。

 

「お、皆もこっち来たんだ。……って、ミコトはどうしたんだい?」

「……聞くな」

「あぅ……ごめんなさい……」

 

 露天風呂は屋内よりも低めの温度設定になってる。風も通るし、のぼせた体を冷ます(と言っても、今は夏やからそこまで冷めへんけど)にはちょうどいい。

 先にこっちに来とったアルフとブランと合流し、ぬるめの湯にまったりつかる。わたしもシャマルから湯の中に下ろしてもらって、ミコちゃんの隣に座った。

 ちょっと悪戯心が湧いて、ミコちゃんの綺麗なうなじにフゥッと息を吹きかける。さっきの件で敏感になっているミコちゃんは、ビクンと震えてうずくまった。

 

「なはは、すごい反応やな」

「……そういうことはやめてくれ。まだ動ける程度に回復しただけなんだ」

「ほんとに何があったんだい?」

「実はふぅちゃんが……」

 

 その場にいなかったアルフとブランに、シャマルが説明を始めた。やらかしたふぅちゃんはというと、ヴィータからお叱りを受けてる。

 

「ったく。フェイトは一応8歳なんだろ? あんな赤ちゃんみたいなこと、しちゃダメだろ」

「うぅ、分かってたんだけどぉ……」

 

 わたしも、ソワレがミコちゃんのおっぱい吸ってるところを、ふぅちゃんが羨ましそうに見てるのは気付いとったけど、まさか本当に実行に移すとは思わんかった。

 しかもソワレでそれなりに慣れてるはずのミコちゃんをあそこまでよがらせるとは。さすがミッド人、遺伝子に刻まれた舌テクは侮れんわ。

 それにしても……さっきのミコちゃんは可愛かったなぁ。思い出したらニヤけてしまいそうや。

 声を出さないように口を押さえて、切なそうにトロンとした顔で涙を浮かべて……ああ、たまらん!

 

「わたしもミコちゃんにあんな顔させたいわー」

「本当にやめてくれ。あんなことを頻繁にされたんじゃ、体がもたん……」

「主はやて、主ミコトのお体に障るようなことは御自重ください」

「シグナム、呼び方ー」

「……はっ!? しまった!」

 

 しまったも何も、さっきからずっと主付けて呼んどるやないか。本気で気付いてなかったんか。

 そんな聞き分けのない子は、こうや!

 

「ひゃあ!? あ、主はやて!? おやめくださいっ!」

「「はやて」やでー。ちゃんと呼ぶまで、やめたらん」

 

 ミコちゃんの隣のシグナムにとびかかり、その豊かな胸部を両手に掴む。大きさはシャマルの方が上なんやけど、シグナムのおっぱいは「凄み」があるんよね。

 シグナムの抗議を無視して、大きな双丘を優しく丁寧に形を変える。わたしにはふぅちゃんみたいなテクはないから、気持ちでカバーや。

 「あるじー!?」と相変わらずなシグナムのおっぱいを揉み揉みしながら、チラリとミコちゃんの方を見る。彼女は、シグナムの豊かな母性の象徴と自身の未成熟な希望を交互に見ながら、ちょっと肩を落とした。

 ……ミコちゃん、可愛すぎやでぇ! いじらしすぎやろ! 大丈夫、ミコちゃんのおっぱいはわたしが育てたる! シャマルにも負けん立派なおっぱいに育てたるっ!

 心の中で一大決心をしていると、わたしの後ろから手が伸びて来て、シグナムからわたしを離した。ブランだった。

 

「無限ループになりそうですし、このぐらいにしておきましょう。大丈夫ですか、シグナムさん」

「あ、ああ。助かった、ブラン。ありがとう」

「もー、どうして止めるんよー。まだ主呼びのままやったのに」

「シグナムさんはまだ、自分の中で納得できる理由を見つけられていないんですよ。それなのに無理に呼ばせてしまったら、可哀そうでしょう?」

 

 生み出された当初はバカ丁寧にしかしゃべれなかったブランがここまで成長しとるとは……。なんや、感慨深いものがあるなぁ。

 しゃーない。今日のところは、ブランの成長に免じて許してやろうやないか。

 

「せやけど、いつかはちゃんと名前呼び出来るようになるんやで? いつまでも主呼びしか出来んと、困る場面もあるかもしれんし」

「大丈夫ですよ、シグナムさん。わたしも最初、皆さんを様付けで呼んでましたけど、今じゃこの通りですから」

「……分かりました、主はやて。ブランを参考に、努力致します」

 

 うん、その意気や。

 

「想像出来ねえなー。ブランって丁寧だけど、物腰柔らかだろ。本当にそんな固いしゃべり方だったのか?」

 

 ヴィータはふぅちゃんへのお叱りを終わらせたみたいだ。お叱り言うても、ミコちゃんみたいな教訓染みたことは言うとらんかったけど。お姉ちゃんぶりたかっただけやろうな。

 ソワレは、ミコちゃんではなくわたしのところに来た。今はミコちゃんを休ませたらなあかんからな。

 わたしらの愛娘を背中から抱きしめながら、ヴィータの疑問に答える。

 

「せやでー。丁寧語も今よりずっと固くて、会う人皆様付けや。それやと過ごしにくいから、わたしがみっちり教えて直させたんや」

「へー、そうなんだ。あたしが会ったときには、もうそんなことなかったけど」

「うん。海鳴温泉のときは、もう今のブランだったよね」

「ソワレがうまれたときも、こうだった」

「ブランを生み出して3日後ぐらいの話だ。この中だと、あの頃を知っているのはオレとはやてを除けば、なのはだけだな」

「考えてみると、意外と短い間だったんだね。……ブランさんを紹介されたときは、驚きすぎて驚けなかったの」

 

 そんなこともあったなー。ほんの3、4ヶ月前のことなのに、もうずっと昔のことみたいに思えるわ。それだけ毎日が充実してるってことやな。

 ……思えば、あの頃に比べて、わたし達の家族は本当に増えた。召喚体、元テスタロッサ家、ヴォルケンリッター。2人だけだったのが、今じゃ10人と2匹や。

 

 ガイ君の話やと、「作品の世界線」のわたしはヴォルケンリッターが現れるまでたった一人で生活してたらしい。学校にも行かず、グレアムおじさんの文通と、主治医の石田先生だけが話し相手。

 そんなん性格ひん曲がるに決まっとるわ。今のわたしやったら、絶対耐えられへん。そもそもミコちゃんがいない世界とか考えられへんわ。

 あくまであれは「作品」の話やから、現実のわたしと比べるのはナンセンスなんやろうけど、頑固な印象を受けたのは間違いじゃないだろう。なのちゃん……ちゃうな。「なのは」ちゃんと「フェイト」ちゃんもそうや。

 「作品」故の都合なんやろう。「魔法少女物の作品」だから、魔法に関わり続ける必然性が必要や。そのための、頑固な性格。魔法で戦い続けるための、悲しい宿命。そんなんわたしは御免やな。

 そしてこの世界は、件の世界に近似的であって……わたしがミコちゃんに出会えた時点で、全くの別物なんやろう。なのちゃんも「なのは」ちゃんとはちゃうし、ふぅちゃんも「フェイト」ちゃんとは違う。

 だからわたしも、「はやて」とは違う。わたしはミコちゃんの「相方」や。なのちゃんの友達で、ふぅちゃんの家族や。ソワレのママや。他にもたくさんの繋がりを持っている。

 たくさんの家族と、たくさんの友達に囲まれて、大好きな「相方」と一緒に未来を目指すわたし。そんな自分が、今は大好きや。

 

 まあ、そんなもんは今更っちゅうかなんちゅうか、ただの確認やな。

 

「ソワレはまだまだ甘えんぼさんでええんやでー」

「……うん。はやてママのだっこ、やっぱりすき」

「あらあら。ソワレちゃん取られちゃったわね、ミコトママ」

「今は助かる。正直、風が吹くだけで痙攣をぶり返しそうだ」

「フェイト……どんだけ派手にやらかしたんだい?」

「うぅぅ、何であんなことしちゃったんだろう……」

 

 今はただ、大好きな皆と一緒に、和気藹々とした時間を過ごした。

 

 

 

 ようやくミコちゃんの体が落ち着く頃、露天の戸が開き大小のコンビがやってきた。

 

「あ、みんなここにいたんだー」

「やっほー。お邪魔するわね」

 

 シアちゃんと忍さん。そういえばなのちゃんが、意気投合して電気風呂行った言うてたな。あとでわたしらも試そか、電気風呂。

 二人とも体が真っ赤っかで、サウナに入って水風呂に入ってを繰り返してたそうな。で、わたしらと同じように、ぬるめのお風呂でまったりしにきたってわけや。

 

「なんや、不思議な組み合わせやな。リッター除けば最年少と最年長やん」

「そうね。けど、シアちゃんは話が合うから楽しいわよ。ねー、シアちゃん」

「そうだねー。しーのん、はるかちゃんなみに分かってくれるから、じゃんじゃんアイデアわいてくるよー」

 

 シアちゃんってば、忍さんのことあだ名で呼んでんのかい。ほんまに仲良くなったなぁ。

 そして、なるほどなるほど。そういえば忍さんは機械いじりが得意やったな。デバイス絡みで話が合ったみたいや。

 

「はるかちゃんともあまり接点がなかったけど、こうなったら一度三人でじっくりお話したいわね」

「めざすはリンカーコアなしでつかえるデバイスだよー!」

「あはは……産業革命が起きそう」

「革命を起こすのはいいが、管理世界のしがらみを呼び込んでくれるなよ、まったく」

 

 テンション上げ上げの二人に、ふぅちゃんは苦笑、ミコちゃんは呆れ。けど、もしそれが完成したら、あきらちゃん達と一緒に空を飛ぶことが出来るかもしれない。

 夢のある話や。わたしは、三人の夢を応援するで。もちろん厄介事はなしの方向で。

 

「そういうわけでー……そろそろレヴァンティン見せてよー、シグナムー」

「断る。如何に賢くとも、子供が触るようなものではない。この間クラールヴィントも見せてもらっていただろう。それで我慢しろ」

「だってー。ほじょ用だからハデさがなかったんだもーん」

『...』

「だ、大丈夫よクラールヴィント! 派手さがなくても、あなたはとても頼りになる子だから!」

 

 指輪型の待機形態となっているクラールヴィントが、宝玉部分を力なく明滅させた。なんか前もヴィータとアイゼンが同じようなことやっとったなぁ。

 せやけど、あのときと違ってシグナムもシアちゃんとは完全に打ち解けとるし、頑なに断る必要もないと思うんやけどなぁ。一応刃物やから、シアちゃんの心配しとんのかな?

 

「子供ってことが理由で触らせないなら、大人のわたしが見てればいいかしら?」

 

 忍さんからシアちゃんへの援護。さすがにあまり会話をしたことのない忍さんへは、シグナムも顔をしかめた。

 

「私の剣は、主を守るための剣だ。いつ何時不測の事態が起こっても対処できるよう、手放すわけにはいかん」

「忠心は感心だけど、それが原因で不測の事態が起きたら元も子もないわよ」

 

 「何?」とシグナムは眉をひそめる。どうやらシアちゃんがレヴァンティンを見せてほしいというのは、ただの興味本位ではないらしい。

 

「シグナム、さいごにレヴァンティンのメンテナンスしたのって、いつ?」

「……少なくとも、今回召喚されてからは一度も行っていない。だが、メンテナンスが必要なほどは使っていないぞ」

「そうかもしれないけど、今後月イチで蒐集を行っていくなら、問題がないうちに見ておくべきだと思うわよ。デバイスがどういうものかはまだ把握しきれてないけど、故障しないわけではないんでしょう?」

「だが、それならばシャマルに見せれば……」

「あ、わたし今後はシアちゃんに見てもらうことにしたの。この子凄いわよ。魔力はないけど、デバイスマイスターの才能はピカイチね」

 

 唖然として黙るシグナム。ちなみにバルディッシュとグラーフアイゼンもシアちゃんが見てるらしい。ふぅちゃんもヴィータも、シアちゃんとは一緒の部屋やから、見せやすいんやろうな。

 置いてけぼりを喰らったなのちゃんは「れ、レイジングハートも見てくれる!?」と焦り気味やった。こっちは忍さんがシアちゃんから教わりながら見てくれることになった。

 ふふん、と小さな胸を張るシアちゃん。シグナム以外のデバイス持ちリッターが認めているため、シグナムも断る明確な理由がなくなってしまい、たじろいで呻いた。

 そんなときは、ミコちゃんからの鶴の一声や。

 

「見せてやれ、シグナム。忍氏の言葉は正しい。常にメンテナンスを受けられる環境にあるなら、それを最大限使用するのが最良の選択だ。不測の事態が起きる可能性が少ないに越したことはない」

「あ、主……。主ミコトがそうおっしゃるなら……」

「但し、メンテナンスを行うのはアリシア、忍氏、はるかが揃っているときだ。レヴァンティンはアームドデバイスの中でも特に武器としての性能が高い。アリシアに触らせるのは危ないというシグナムの認識も正しい」

「うん、いいよ。あぶないのはわかってるもん。しーのんとはるかちゃんがついてくれるなら、心づよいし」

 

 まとまったみたいや。さすがのリーダーっぷりやで、ミコちゃん。惚れ直すわー。

 ――もしわたしが魔法の勉強をして使えるようになったら、多分単純な「力」だけで言えば、ミコちゃんよりもずっと強くなれるだろう。少なくとも魔力だけはアホみたいにあるらしいからな。

 けど、わたしはきっとミコちゃんより「強く」はなれないだろう。ミコちゃんみたく、ブレずにいられないだろう。それはどんなに魔力を持っていても出来るとは限らないことだ。

 ミコちゃんは心が強い……というわけではない。ミコちゃんの心は普通とは「違う」だけで、はっきり言ってふぅちゃんよりも幼い。知ってる感情が少なすぎる。それでは強い心とは呼べへんやろう。

 じゃあ何がそんなに強いのか。グレアムおじさんが言ってた「カリスマ性」って言葉で片付けてもいいんやけど……わたしは「求める力」やと思ってる。

 求めた結果を、何がなんでも実現する力。思うだけでなく、必要なものを正しく理解して、実際に行動して、描いたものを現実に写し出す力。そういう、とても基本的な力だ。

 誰もが当たり前に持っている力を、人一倍強く持っているだけ。その結果が、皆にリーダーと認められ、ヴォルケンリッターにもう一人の主と認められ、時空管理局のえらいさんに協力者として認められた。

 誰にでも出来得ることだけど、誰でも出来るわけじゃないこと。それがミコちゃんの、誰にも負けない強さなんやと思う。わたしが勝手に思ってるだけやから、ひょっとしたら違うかもわからんけど。

 だからわたしはミコちゃんを大好きになった……ちゃうな。だからもっと大好きになるんや。わたしがミコちゃんを大好きなことに、こんな理由は関係ない。

 ただ、大好きなんや。プラスして、もっと大好きになるんや。そういうことやん。

 

「? いきなり抱き着いてきて、どうしたんだ、はやて」

「んー。わたしのお嫁さんがかっこよくて、ギュッてしたくなったんや」

「……また懐かしいフレーズを拾ってきたものだ。少し、二年前を思い出したよ」

 

 そういえば、最近はあまり言うてへんかったなぁ。ミコちゃんのことを「お嫁さん」て。最後に言ったのは……たしかソワレが生まれて間もないぐらいかー。ユーノ君のこともあるしなぁ。

 大好きなミコちゃんの花嫁姿は見てみたいと思うけど……その隣にあの金髪フェレットもどきがおるんは、ちょっと想像できへんなぁ。

 

「やっぱミコちゃんの旦那さんはわたししかおらんなぁ」

「お互い行き遅れてしまったときは、それもまた選択肢かもしれないな。もっとも、はやてが旦那というのはイメージが合わないと思うが」

「そんなら、両方お嫁さんやね。お得な感じするやん」

「……はあ。また勘違いされるような会話を。二人が同性愛疑惑を持たれるのって、割と自業自得ですよ?」

 

 ブランが苦笑交じりにため息をついた。見れば、ブランとソワレとシアちゃん、それから忍さんを除いた全員が、顔を赤くして視線を逸らしていた。

 なははと笑い、頭をかく。……ミコちゃんとやったら、それもまたあり、かもな。

 ま、今のところはそんなことないけど。ほんとやで?

 

 

 

 

 

 ヴィータとシグナムとアルフはサウナに向かった。シアちゃんの話を聞いて行きたくなったみたいや。シグナムは、ミコちゃんに「ヴィータを見てやれ」って言われてやけど。

 わたしもサウナは入ってみたいけど、自分で動かれへんから厳しいやろな。今日はちょっと無理かも分からん。……足が動くようになったら、やな。

 露天も気持ちええし、ここでも十分満足できる。わたしは、あとは電気風呂とジャグジーに入れればええかなと思ってる。

 

「あ、そーそー。ここでトリビアなんやけど、ジャグジーって日本語訛りなんやて。ほんとはジャクージいうらしいで」

「君はまた何処からそういう知識を得てくるんだ。……本か、そうか」

 

 さすがわたしの「相方」、よう分かっとるわ。

 なんて他愛もない雑談をしていると、ミステール、それからアリサちゃんとすずかちゃんがやってきた。皆よう露天に来るなぁ。

 

「何こんなとこでまったりしてんのよ。ちゃんとお風呂楽しんでる?」

「休憩中だ。入浴にも体力を使う。水分補給は怠るなよ、アリサ」

 

 ……んん? ミコちゃん、今アリサちゃんのこと名前で呼んだな。いつの間に。

 

「いい加減「アリサ・バニングス」という海外名をフルネームで呼ぶのが面倒になってきてな」

「庶民のこいつには、あたしの高貴な名前を発音するのが難しいんだから、仕方なく譲歩してやったのよ」

「あはは。仲良う出来とるんなら、ええことやろ」

 

 わたしのときとはちょっと違うけど、ノーガードで言葉の殴り合いが出来とる。アリサちゃんも、それだけミコちゃんを受け止められたってことやな。自分のことのように嬉しいわ。

 ……せやけどすずかちゃんは、変化なしみたいやな。羨ましそうな目でアリサちゃんを見とる。わたしから見ても、アリサちゃんの成長は目覚ましかったけど、すずかちゃんは足踏みしとる感じやったしな。

 すずかちゃんは、何と言ったらいいか。わたしらに対してだけでなく、アリサちゃんやなのちゃんに対しても、一歩下がって線を引いとる感じがする。客観的に見とるっちゅうのとはまた違う感じで。

 多分、何かを抱えてるんやろうとは思う。けどすずかちゃんが触れて欲しくないみたいやから、わたしらも、アリサちゃん達も、一線は越えない。……なのちゃんは分かっとらんだけかもやけど。

 そしてすずかちゃんはそこから動けていないから、ミコちゃんからの扱いが一切変化してない。相変わらず、真っ先に切り捨てられる位置付けや。忍さんも同じように。

 ……ちょっとシャマルに手伝うてもろて、わたしとすずかちゃんを少しだけ皆から離れた位置に置いてもらう。これで、小声で話せばわたしらの会話は聞こえんやろ。

 

「どうしたの、はやてちゃん。……はやてちゃんと一対一で話すって、実はあんまりないね」

「せやね。わたしは足がこんなんやから、必ず誰かがいてくれとったからなぁ」

 

 シャマルは、用が終わったら呼ぶということで、一旦皆のところに戻ってもらった。賑やかに、楽しそうに会話する他の皆。忍さんだけは、ちょっとこっちを気にしとるみたいや。

 多分、この光景は、普段すずかちゃんが見とる視点なんやと思う。皆から一線を引いて離れ、そこから眺める景色。……こんなん、寂しいわ。

 ごちゃごちゃ言わんで、単刀直入に切り出すことにした。

 

「皆のこと、羨ましい?」

「っ。……うん。わたしも、心からあの輪の中に入れたら、きっと楽しいんだろうなって」

 

 すずかちゃんも分かっとるやろう。わたしやミコちゃんが察していることを。だから、一瞬戸惑いながら、素直な胸中をさらけ出す。

 

「そしたら、あの中に入るための努力をせなな。すずかちゃん、出来とるか?」

「……わかんない、かな。わたしなりに努力してるつもりだけど……何も結果は出てないし、ね」

 

 せやな。わたしらが翠屋で出会ってから結構経つけど、すずかちゃんだけが相変わらずや。変わらないって素晴らしいことやけど、すずかちゃんが変わりたがってるならそれじゃダメや。

 

「つもりじゃあかん。胸を張って「努力してます」って言えるぐらいでなきゃ。アリサちゃんはそうやったやろ?」

「うん。本当に……凄い子なんだよ、アリサちゃんって。わたしとは違って」

 

 うーん。すずかちゃんもミコちゃんと同じで、自己評価が低いなぁ。……いや、そうやないな、これは。ネガティブなだけや。ミコちゃんとは全然違う。

 自己評価が低いだけならまだええけど、ネガティブだけはあかんで、すずかちゃん。

 

「そうやって自分を卑下したら、いつかほんとにそうなってまうで。強気なところは、アリサちゃんを見習わな」

「……そうだね。わたしって……一年のときから、無成長なのかも」

 

 ああもう、この子は。暗い顔をするすずかちゃんのほっぺを掴み、ムニムニ動かす。

 

「ひゃ、ひゃやへひゃん?」

「黙って聞きぃ。わたしは二年前のすずかちゃんは知らんから、そのときから成長してるかどうかなんて知らん。そらしゃーないわな」

 

 わたしらは、ほんの3、4ヶ月前に出会ったばかりなのだから。お互い、これから知っていく段階や。

 過去のことを軽く見るつもりはないけど、それでもとらわれてばかりもあかん。問題は、これからどうするかなんやから。

 

「置いてけぼりは、嫌なんやろ?」

「……うん」

「ネガネガしとったら、ほんとに置いてけぼりにされてまうで。人って、残酷な生き物やから」

 

 人間にとって一番大事なものは何かと言ったら、どうしたって自分自身や。自分というものが、その人の全ての基準の根っこの部分なんやから。

 だから、たとえ相手が大事な人であったとしても、優先順位の上位には自分が来る。どんな綺麗事を並べたところで、それは変えようのない現実や。

 なのちゃんにしろアリサちゃんにしろ、前に進む意志は強い。たとえ親友のすずかちゃんが後ろ向きに歩き始めたとしても、彼女達は前を見続けるだろう。一緒に堕ちてはくれない。

 だから……一人が寂しいなら、一緒にいる努力を怠ってはいけない。わたしは、そうして皆と一緒にいられる時間を得たんや。

 

「合わせろってことやない。自分のやりたいことを我慢しない、そういう勇気の話や」

「……我慢しない、勇気」

「自分から行動せんでもええよ。けど、ちゃんと自分の意志は伝えなあかん。好きなことは好き、嫌なことは嫌って、はっきり言葉にせな」

 

 友達だから否定しないってのは、違う。友達だからって、合わない部分はある。「相方」であるわたしとミコちゃんにしたってそうや。

 ミコちゃんは、わたしのために自分を切り捨てることがある。わたしはそんなんしてほしくない。けど、ミコちゃんはそうしてしまう。自分がそうしたいから。

 お互い、そういう意志は伝え合っている。だからミコちゃんは出来る限り自分も大事にするし、わたしもそのときが来たら耐える心構えをしている。

 大事な人だからこそ、たとえ相手の考えを否定するようなことだったとしても、はっきり伝える。それが、今のすずかちゃんに最も足りてないものや。

 

「すずかちゃん、なのちゃんやアリサちゃんの言うことで、納得いかないことってあるやろ。そういうとき、すずかちゃんはどうしてる?」

「……我慢、しちゃうね」

「「これを言ったら嫌われてしまうかもしれない」って思うんやろな。けど、あえて言わせてもらうで。それは二人に対する最大の侮辱や」

 

 強い言葉に、すずかちゃんの目が驚きで大きく見開かれた。それは同時に、気付いたという意味でもあるんやろう。

 だってそれは、親友やって言うてる相手に疑ってかかってるってことや。信じてるくせに信じてないんや。あの二人を過小評価してるってことや。

 アリサちゃんあたりやと「ふざけんじゃないわよ!」って言いそう。なのちゃんは、黙って悲しそうな顔をするやろな。どっちもすずかちゃんが望む結果ではない。

 

「自分の勇気のなさを、誰かのせいにしたらあかん。親友を言い訳にしたらあかん。こう考えたら……すずかちゃんも、前に進む気になるやろ?」

「……うんっ。ほんとうに、そうだよね……っ」

 

 ちょっと目に涙が浮かんでるすずかちゃん。泣かしてもうたか。そこまでする気はなかったんやけど。

 よしよしと頭を撫でる。泣き笑いで、はにかんだ表情を浮かべるすずかちゃん。可愛いなぁ。さすがは聖祥三大美少女(ガイ君談)の一人やで。ミコちゃんには敵わへんけどな!

 

「わたしから言えるのはこのぐらいや。お節介焼いてしもうて、ごめんな?」

「……ううん。凄く嬉しかった。はやてちゃんが、わたしのことを考えてくれて。本当だよ」

「そかー。そんなら一安心や。落ち着いたら皆のところに戻ろか」

「うんっ」

 

 顔を見合わせ、ニッコリ笑う。そうしてから、すずかちゃんは微笑み、言った。

 

「……はやてちゃんって、お母さんみたいだね。ミコトちゃんはママだけど、はやてちゃんはお母さん。お似合いの二人だね」

「なはは、そら嬉しいわ。……ま、ミコちゃんの「相方」やっとるからには、このぐらいはな」

 

 わたしかて、前に進む努力は怠っとらんのやで。ミコちゃんと一緒の未来を手に入れるために、な。

 

 

 

 すずかちゃんがちょっと泣いてたのは見られてたので、「涙活」なるデトックスがあるというトリビアを披露していると。

 

「……む。男連中も、男湯の露天に集まっているそうだ」

 

 ミコちゃんから通知があった。ミステールの念話共有を使って確認したみたいやな。リンカーコアがなくても出来るから、ほんとミステールの念話は便利やで。

 その発言に真っ先に食いついたのは、なのちゃん。

 

「ほんと!? なら、今度こそガイ君と一緒のお風呂に入ってくるの!」

「やめておけ。また暴走して追い返されるオチが見えている。それでなくとも、恭也さんから「なのはを男湯には来させるな」と言われているんだ」

 

 ありゃりゃ。なのちゃんは一回男湯で騒ぎを起こしとったみたいや。ミコちゃんの指示には逆らえず、シュンとなるなのちゃん。

 わたしも、なのちゃんがガイ君にコクる以前から、実はなのちゃんってガイ君のこと好きなんちゃう?とは思ってたけど、ここまでだったとは予想してなかった。結構お似合いやと思うよ。

 ガイ君もなのちゃんは好きなはずやから、相思相愛。なんでこれでお付き合いしてへんのかと思うけど、多分ガイ君の方が「お付き合いするまでの期間」を楽しみたいだけやと思ってる。ハーレム思想はただの口実やな。

 ミコちゃんもよう言うとるけど、彼をそれなりに知ってる人間なら、本当にガイ君がハーレム目指してるとは思うてへんやろう。変態なだけで、実は常識人なんよな。

 ……うーん。これは通るかどうか、賭けやな。

 

「ほんなら、ガイ君をこっちに呼ぶってのはどうや?」

「ちょっとはやて、本気で言ってるの? 相手は"あの"ガイなのよ?」

 

 アリサちゃんは反対みたいや。まあ、日ごろの行いがアレやからなぁ。こっち方面では信用されてなくても、しゃあないやろ。

 ミコちゃんは、反対寄りの中立。単純に男の子に裸(タオル巻くから半裸やけど)を見せるってことに抵抗があるみたいや。

 

「彼はヘタレだから、実際女湯に放り込まれたら何も出来ないとは思うがな」

「挙動不審な"盾の魔導師"殿を眺めるというのも一興じゃのう」

 

 ミステールは賛成。ソワレは、何気にガイ君のことは気に入ってる。この子も賛成やな。

 シャマルとブラン、忍さんの大人組(ブランは見た目だけやけど)は全員意見なしみたいや。子供に裸を見られるぐらい問題ないってことか。シアちゃんも、どっちでもいい感じや。

 ふぅちゃんは、やっぱり恥ずかしいみたいで控えめに反対。けど、なのちゃんの希望を叶えてあげたいとは思ってるらしい。

 これで賛成は、わたし、なのちゃん、ソワレ、ミステール。反対はミコちゃん、ふぅちゃん、アリサちゃん。意思を表明していないのはすずかちゃんのみ。

 彼女が賛成に票を入れればガイ君を呼ぶことになるし、反対すればこの案はなし。同点なら現状維持、結果的には反対と同じことや。

 すずかちゃんは、少しの間考えた。自分はどうしたいのかを考えてるんやろうな。早速動けてるみたいで、何よりや。

 アリサちゃんが「反対に入れなさい!」と圧力をかけ、ミコちゃんに諌められた。これは、すずかちゃんの意志で選択しなきゃならんことや。アリサちゃんが介入していいことやない。

 そして、すずかちゃんの選択は。

 

「賛成。ガイ君のことは嫌いじゃないし、なのちゃんの恋も応援したい。……それと、普段ハーレムハーレム言ってるガイ君が、実際にどんな行動を取るか見てみたい」

「呵呵っ。お主も中々いい性格をしておるのう、月村の妹姫」

 

 「なぁー!?」と頭を抱えるアリサちゃんを、すずかちゃんはクスクス笑いながら見ていた。付け加えた一文が紛れもない本音やな。

 ミコちゃんは諦念のため息をつき、男湯に向けて念話を送った。ふぅちゃんは、これから起こることに恥ずかしがり、顔を真っ赤に染めた。

 しばし待ち、露天風呂の連絡通路の扉が開き、わけが分かっていない様子の少年が、おっかなびっくり入ってくる。

 

「……これマジ? ドッキリとかじゃなくて?」

 

 潔く男湯に吶喊したというなのちゃんとは対照的な自称ハーレム王の様子に、おかしくて笑う。喜色に満ちたなのちゃんが、ガイ君を連れてくるために走り寄った。

 手を引っ張られてわたわたしながら、わたし達の集まってるところにつかる男の子。目は泳ぎ、なるべく女の子の裸を見ないようにしている。

 そんな友人の様子を見て、反対していたアリサちゃんが呆れたため息をついた。

 

「ミコトの言う通りだったわね。これなら、反対するまでもなかったわ」

「……オレは、裸の男が近くにいるというだけで、気が気じゃないがな」

「わ、わたしも……。皆、恥ずかしくないの……?」

「わたしは平気かな。恥ずかしがってるのは、ミコトちゃんとふぅちゃんだけみたいだよ」

「しょーがないよ、すずかおねえちゃん。ミコトおねえちゃんとフェイトは、男の子のはだかを見なれてないんだもん」

「シアちゃんもやろ。まあ、わたしもやけど。単にミコちゃんがふぅちゃん並に恥ずかしがりなだけやで」

「……反論したいが、この状況だと反論の余地はないな。遺憾だ」

 

 遺憾も何も、ただの事実やと思うけどな。ミコちゃんが実は恥ずかしがり屋だってこと、わたしはずっと前から知っとるんやから。

 ガイ君に積極的に話しかけるなのちゃん。心ここに非ずで上ずった声で返事をするガイ君。今は二人の世界にしてあげよう。

 ふと、すずかちゃんと目が合った。サムズアップで「グッジョブ!」と意思を伝えると、彼女からも同じ行動が返ってきて、二人でニッコリ笑った。

 これなら、すずかちゃんが踏み出せる日もそう遠くはないかもな。

 

 ミコちゃんとふぅちゃんは恥ずかしさに耐えられなかったようで、屋内に戻ってしまった。しょうがないので、わたしもシャマルと一緒にミコちゃん達に着いて行くことにした。

 去り際になのちゃんに念話で「ほな、頑張りやー」と伝えておいた。

 

 

 

 

 

 個人的に本日のメイン。電気風呂や。浴槽のお湯に弱い電気を流して、ビリビリを楽しむっちゅう変わったお風呂で、当たり前やけどうちのお風呂にはそんなもんはなく、わたしは今日が初体験や。

 もちろんミコちゃんもふぅちゃんも経験はなく、ふぅちゃんは「電気風呂」という物々しい名前にビビッとった。

 

「ほ、本当に大丈夫なの、これ……」

「怖がりすぎやてー。シアちゃんと忍さんも「気持ちよかった」って言うてたやろ? へーきへーき」

「健康に害が出るようなものなら、認可されているわけがない。……とはいえ、やはり最初の抵抗感は拭えないな」

 

 ミコちゃんは屈んで湯に手をつけて、どのぐらいの電気が流れているのかを確認している。

 端の方には電気が流れていないようで、ある程度手を奥に進めたところで、バッと手を引いた。突っ込んでた左手を見て、握ったり開いたりする。

 

「思ったよりも刺激が強いが、ゆっくり慣らせば平気だろう。ただ、素早く移動できないはやてが入浴するのはあまり勧められないな」

「えー。大丈夫やて。シャマルに抱えてもろて、辛くなったら出してもらうから」

 

 せっかく普段は入れないお風呂なんや。わたしかて入りたいわ。心配してくれるんは嬉しいけど、心配し過ぎもよくないで。

 ミコちゃんは「むぅ」と唸ったけど、シャマルが援護してくれた。

 

「ちゃんとわたしが見ておきますから。魔法でバイタルも確認するから、はやてちゃんにも楽しませてあげましょう?」

「……そうだな。はやてにも、楽しんでもらいたい。ちゃんと見てやってくれよ、シャマル」

「任せてください、リーダー」

 

 もはや日常生活でまでリーダー扱いされとるミコちゃん。諦めの嘆息とともに、チャプンと音を立ててお湯につかる。ふぅちゃんはまだビビッてるみたいで、涙目でミコちゃんを止めようとしてた。

 段差の部分に腰掛け、足を電極の間に伸ばす。見た目には分からんけど、今ミコちゃんの足には微弱な電気が流れてビリビリしとるんやろう。

 そうやって慣らした後、ミコちゃんはゆっくりと体を電極の間に持ってった。マッサージ効果で緩んでいるのか、それとも電流の痛みに耐えているのか、非常に微妙な表情だ。

 

「なるほど、悪くない。大丈夫だ、フェイトも怖がらないで入って来い」

「う……うん」

 

 なおも躊躇いがあったようやけど、ミコちゃんが入ったことでふぅちゃんも覚悟を決めたみたいや。びくびくしながらやったけど、電気風呂の湯に足をつける。

 

「……ひゃっ!? び、びっくりした」

 

 ミコちゃんがやったみたいに足を伸ばし、驚いて引っ込めるふぅちゃん。けど、それでどの程度の刺激なのかを理解したみたいで、そこからはスムーズやった。

 っていうか、ふぅちゃんって電気変換資質持っとったよな? 電気風呂程度で今更ビビる必要なんてあったんやろか。可愛いからええけど。

 

「あぁぁぁっ……け、結構いいかもっ」

「長風呂は出来ないが、これは疲れが取れそうな気がする。あくまで気がするだけだが」

「それは言わないお約束やで、ミコちゃん。ほらシャマル、わたしらも」

「はいはい。それじゃ、失礼しまーす」

 

 手元に小さなベルカ式魔法陣を展開したシャマルが、前二人に倣って湯につかる。彼女に抱きかかえられたわたしも、必然的に電気風呂の中へ。

 足は動かんから手を伸ばして、電極の間にやる。ピリピリと痺れる感じがあって、まさに電気っ!!って感じやな。

 シャマルも確認して、わたしの方を見る。「ええよ」と言うと、わたしごと電極の間に――。

 

 

 

「へっ?」

 

 全身を刺激するピリピリの中、わたしは素っ頓狂な声を上げてしまった。全身を満遍なく刺激するソレは、だけどわたしにとって予想外の刺激まで与えた。

 三人が何事かとわたしを見る。せやけどわたしは、構わず刺激を感じた場所に目が釘付けになって、それを感じ続けていた。

 刺激のあった場所……つま先。麻痺して、感覚がなくなってしもうたはずの、最末端。そこが、本当に微弱なものやけど、確かに痛みを発していた。

 

「足の感覚が……、……ある?」

『えっ!?』

「っ、本当か、はやて!」

 

 ミコちゃんが珍しく焦った表情を見せる。気持ちが逸り抑えが利かない様子の、普段では絶対に見られないミコちゃんの姿。

 わたしは彼女の問いにちゃんと答えられるように、じっくり、本当にじっくり感覚を調べた。

 そして……間違いなく、完璧とは程遠いけど、足全体の感覚が戻っていた。太もも、膝、脛とふくらはぎ、そして足の先まで。全部に、電気の痛みがわずかながら走っていた。

 

「うん。まだほんのちょっとやけど、確かに感覚が戻ってる。ずっと動かしてなかったせいで、動かせはせえへんけどっ!」

 

 シャマルの腕の中からかっさらわれ、ミコちゃんに抱きしめられた。ミコちゃんは、痛いぐらいにわたしのことを抱きしめて、そしてわずかに震えていた。電気風呂のせいではないだろう。

 

「なんやミコちゃん。可愛いはやてちゃんのことが恋しくなってもうたか?」

「……バカっ。もっと、素直に喜べ」

 

 ミコちゃんは、声まで震えていた。涙の混じった声が、わたしの胸を暖かくする。

 わたしの大事な彼女の心を抱きしめるように、わたしもミコちゃんを抱き返す。柔らかく、壊れないように。

 

「だけど、どうして急に戻ったんだろう……」

「急にじゃないわ。多分、前回の蒐集で魔力簒奪がかなり弱まったから、わずかに感覚が戻っていたのよ。それが電気風呂の強い刺激のおかげで気付けたってことね」

 

 なんや、感動的な割にお間抜けな話やな。そしたら結構前から感覚戻ってたってことやん。知っとったら、歩く練習も出来たのに。

 わたしの横にあるミコちゃんの顔から、鼻をすする音がする。結構本格的に泣いとるなぁ。

 

「ミコちゃんも涙活かぁ? わたしも一緒にデトックスしたいなぁ」

「うるさいよ、バカっ! バカはやてっ」

「確かにバカやねぇ。もっと早く気付いとったら、色んなお風呂を楽しめたのになぁ」

「そうじゃなくてっ! そうじゃないんだ……っ!」

 

 分かっとるよ、ミコちゃん。ちゃんと分かっとる。ずっと心配させてしもうたもんね。お互い不自由しとったもんね。あの日から、ミコちゃんはずっと走り続けたんやもんね。

 それが今初めて、確かな形で報われて、泣くほど嬉しいんよね。わたしよりも、ずっとずっと、嬉しいんやもんね。

 大丈夫。ちゃんと、分かっとるよ。

 

「ありがとう、ミコちゃん。本当に、ありがとう」

「……はやてぇっ!」

 

 抱きしめられる力が増した。けど……ミコちゃんやから、全然苦しくないよ。大好きなミコちゃんを、全身で――動かなかった足でも、感じられるから。

 

 ミコちゃんは、しばらく泣いた。シャマルとふぅちゃんが見てることも忘れて。泣き止んだミコちゃんは、そのことを思い出して、顔を真っ赤にした。

 わたし達三人は、そんなミコちゃんが可愛くておかしくて、心の底から笑った。

 

 

 

「『はやての足よ、オレの声を聞け。この言葉を電位として、神経を伝い、力を生み、動きに変えろ』」

 

 ミコちゃんの「グリモア」(わたし称)が発動し、わたしの足がわたしの意思でなく動く。それを、しっかりと足の神経に集中して、感覚を覚える。

 しばらく屈伸運動をした後、わたしの足は動きを止める。今度は、わたし自身の意思で動かしてみる。

 

「ふ……ぬぅっ! け、結構しんどいな!」

「それでもまだマシな方だ。筋肉と関節が固まっていたから、本来ならそれをほぐすところから始めなきゃならない。そのステップは「コマンド」で省略出来たんだ」

「魔法を使うよりもずっと早いわ。こういうことに関しては、ミコトちゃんの"魔法"は本当に優れているのね」

「元々がはやての足を治すためのものだったからな。こっち関係は、それなりに実験を重ねている」

「本当に、はやてを治すためだけに作った"魔法"なんだね。それを凄く実感できた気がする」

 

 長い時間をかけて、ようやく足を曲げることが出来た。力を抜くと、ずりずりずりと足が伸びていく。ふぃーと息を吐き出して、泡風呂に身を預ける。

 今は場所を変えてジャグジーを使用中や。電気風呂はしっかり堪能したし、リハビリするのにピリピリした中でやるのはやりにくいしな。

 麻痺が完全には解けてないってのもあるけど、やっぱり長い事動かしてなかったせいで筋力も落ちとる。歩ける可能性は出てきたけど、一筋縄ではいかんみたいや。

 

「完全に麻痺が解けたわけではないということは、歩けたとしてもだいぶぎこちないだろう。走ったりも出来ないだろうな。……分かってはいたが、闇の書を夜天の魔導書に直すまでは、まだまだ不自由するな」

「時間が経てば、魔力簒奪も再開しますからね……。何とか簒奪だけでも停止させる方法はないかしら」

「だが、下手に闇の書にアクセスすると、防衛プログラムによる自壊が発生するという話だ。……バグを修復するにしても、そこを何とかする方法も考えなければならんか」

「難しい問題が山積みですね……」

 

 なんやら難しい話を始めたミコちゃんとシャマル。チームのブレイン組の職業病って感じやな。

 けど、今はそんな話はやめようや。今日はお風呂を楽しみに来たんやからな。

 

「せやから、はよ自力で動けるようになって、せめてサウナだけでもっ!」

「……残念ながら時間切れだよ。ミステールから念話だ。男組はもう上がるらしい。なのは達も、シグナム達もそろそろ上がるようだ」

「早ないか!? まだ3時間ぐらいしか入っとらんやん!」

「銭湯で3時間も入れば十分だよ……」

 

 ぐぬぬ、この銭湯充実し過ぎやねん! なんや、岩風呂とか泥風呂って! なんで銭湯にそんなもんがあんねん! 3時間でコンプリート出来るかいな!

 

「あと1時間! 1時間あればきっとサウナに入れると思うんや!」

「そんなに皆を待たせられるわけがないだろう。ほら、駄々をこねてないで上がるぞ」

「いややー! わたしはまだお風呂楽しむんやー!」

「す、すごいよはやて! もうこんなに足を動かせるようになるなんて!」

「それだけ動かせれば、次の機会には入れる。シャマル、頼む」

「はーい。ほらはやてちゃん、暴れないで。落ちたら大変よ」

 

 まだ足を自由には動かせないわたしは、結局シャマルに抱きかかえられて脱衣所へ運ばれてしまったのだった。

 

 ……わたしは諦めたわけやない。次こそは、ここのお風呂をコンプリートしたるんや。そう、自分の足で!

 アイシャルリターンや、海鳴銭湯っ!




まさかの電気風呂ではやての足回復(微)。次回あたりで松葉杖に戻れそうです。つまり、夏祭りは二年前と同じく松葉杖で移動です。やったぜ。
あくまで微妙に感覚が戻っただけだったため、大きな刺激が加わることもない日常生活の中では気付かなかったようです。
ミコトのこれまでの苦労が、ほんの少しだけだけど、報われました。そりゃはやて以外に見られてることも忘れて泣くわ。女の子だもの。

忍さんがアリシアプロジェクト(仮称)に仲間入りしたようです。現在の構成員は、アリシア・T・八幡、田中遥、月村忍の三名。デバイス関係では忍が一番出遅れてますが、機械いじり関係でははるかが遅れています。
この話ではレイジングハート・エクセリオンやバルディッシュ・アサルトが開発される必然性がありません(ヴォルケンリッターと対立していないため) しかし、彼女らの存在によってその可能性は出てきたわけです。
しかし、この世界線は既にバタフライエフェクトによって原作とは完全と言っていいほどに乖離しています。どの道カートリッジシステム付きのレイジングハート及びバルディッシュは絶望的でしょう。はてさて、何が開発されることやら。

久々登場の「コマンド」。ある意味、これこそが本来の使い方です。これまで色々と回り道をして、初めて本来の使い方をされた瞬間でした。


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三十八話 リハビリ

 銭湯の一件ではやての足がわずかながら動かせることが分かったため、リハビリをすることになった。

 

「……ほっ! よっ! とぁっ!」

「はやて、がんばって!」

 

 松葉杖をつきながら、よたよたしながらリビングをゆっくり歩くはやて。後ろからソワレが応援し、フェイトとヴィータがすぐ横に控えて、倒れそうになったら支えている。

 まだ歩けるというほどではない。だが、松葉杖をついて動く程度のことは出来るようになったのだ。二年前とは比べるべくもないが、それでも全く動けない状態からここまでこれたのだ。

 ゴール地点で待ちながら、一つの結果をかみしめる。……また涙腺が緩みそうだ。いかんいかん。

 ほんの十数m程度のリビングを数分かけて歩き切ったはやては、倒れ込むようにオレに抱き着いた。

 

「お疲れ、はやて。シャマル、スポーツドリンクを」

「了解です、ミコトちゃん」

「えへへー、ちょっとは歩けたでー」

 

 運動量自体は大したことないが、今のはやてにとってはオレ達が100mを全力で走りきることよりも大変なのだ。息は切れ、額に汗が浮かんでいる。

 持っていたハンドタオルではやての顔を拭いてやる。汗を拭き切る頃には、シャマルが少し冷えたスポーツドリンクを持って来てくれた。

 相当喉が渇いていたのだろう、はやては勢いよくコップをあおろうとしたが、オレはそれを手で制する。

 

「ゆっくりだ。あまり急に飲むと体によくない」

「えー。ちょっとぐらいええやん」

「ダメだ。はやての健康管理は、石田先生からも任されているんだ。まだ魔力簒奪はなくなったわけじゃないんだから、健康状態の維持は最大限行う必要がある」

「ちぇー」

 

 はやての足の麻痺が少し解けたことは、はやての主治医の石田先生にも連絡して伝えてある。このリハビリメソッドを考えたのは彼女だ。

 本来ならばもっと軽いリハビリ――足のマッサージだとかから始めるらしいのだが、「コマンド」を使用してその段階はスキップしている。それを伝えたときの彼女は、電話越しに苦笑していた。

 これは、本格的に歩くためのリハビリだ。はやての体にかかる負担も、相応に大きい。だからこそ、健康管理はしっかり行うよう言われているのだ。

 はやては賢い子だ。それはちゃんと理解している。そして、同じだけ普通の子供だ。思うようにしたいという欲求はあるだろう。

 

「……夜天の魔導書に修復することが出来たら、多少の不摂生は見逃すから。それまでは我慢してくれ」

「分かっとるよー。わたしの体のためなんやもん。ここからは、わたしもちゃんと頑張らなな」

 

 オレに出来るのは、夜天の魔導書修復プロジェクトの運営と、リハビリのサポートぐらいだ。実際に動けるようになるためには、はやてが努力するしかない。

 「コマンド」にリハビリを必要としないほどの力があればよかったんだが、世の中そう上手くは出来ていないのだ。

 それでも……そんな"魔法"に頼らなくても、人は前に進めるのだ。

 

「へへっ。杖つきながらだけど、はやてが歩いてるのって、嬉しいな」

「うん。やっとここまで来たんだね」

「ソワレ、はやてといっしょに、おまつりあるく!」

 

 オレ達と一緒に補助に入ってくれていたフェイトとヴィータ。はやての応援をしていたソワレ。今八神邸にいるのは、この6人だけだ。

 ブランは翠屋でバイト中。シグナムも剣道場。アリシアとミステール、アルフとザフィーラは、月村邸でデバイス研究とその付き添いだ。

 銭湯で意気投合した忍氏とアリシアだが、その日のうちに忍氏が月村邸の一室を開放して研究室にしたらしい。ミステールは、研究を夜天の魔導書復元の一助とするために向こうに行っている。

 ザフィーラは完全にミステールの秘書となっている。一緒に文献を調べているうちに彼女と同じ知識を共有したため、発想の手助けが出来るようになったそうだ。

 そしてアルフは、アリシアのお目付け役だ。いくら彼女が八神家一賢いと言っても、肉体・精神年齢5歳の実年齢0歳なのだ。誰かが見守っておくべきだ。

 そういうわけで、今日はこの5人ではやてのリハビリをサポートしていた。

 

「この調子なら、本当に夏祭りまでには松葉杖で歩けるようになっているかもな」

「わたしも、ソワレと手ぇつないで、ミコちゃんと一緒に回りたいもん。かもやなくて、歩けるようになってみせたるわ」

 

 そう言って再び松葉杖をついて歩こうとするが、それはダメだ。あまりやり過ぎても逆効果になる。今日のリハビリはここまでだ。

 皆に指示を出し、シャマルにはやてを抱えさせ、フェイトとヴィータに松葉杖を取らせる。ソワレが車椅子を持って来て、はやては定位置に戻された。

 

「気持ちが逸るのは分かるけど、焦る必要はないんだ。今日は歩く訓練はここまでにして、一旦休憩しよう」

「……うー、まだやれるのにー」

 

 これまでずっと車椅子だったから、動きたい気持ちが有り余っているのだろう。すねて口を尖らせるはやてを見て、オレ達は苦笑したのだった。

 

 

 

 

 

 さて、歩くためのリハビリは一先ず終えたわけだが、実はまだやることがある。はやてがあまり消耗しないうちにやめたのは、そのためでもあった。

 ピンポーンとインターホンが鳴る。予定の客が来たようだ。シャマルが玄関に行き、彼らをリビングに招く。

 

「こんにちは、皆!」

「ちぃーっす。毎度、藤原屋でーっす」

 

 なのはとガイの魔導師カップル、もといコンビだ。ここからの訓練は、彼らも一緒に行う。

 より正確に言うならば、彼らとフェイト、ヴィータ、シャマルの五人だ。共通していることは、全員リンカーコアを持っていること、即ち魔法の資質を持っていること。

 これからはやてが行うのは、実際に魔法を使うための訓練だ。なのは達はそれに便乗する形となっている。

 

 前々から考えていたことだ。闇の書の魔力簒奪に対抗するために、はやて自身が魔力を扱う技術を学ぶ。平日の学校や翠屋の"お手伝い"で今まで放置になっていたが、夏休みに入りようやく出来るようになったのだ。

 今のはやては、闇の書起動の際にリンカーコアが活動を開始してはいるものの、出来ることと言ったら念話程度しかない。念話はリンカーコアがあれば誰でも出来る基本技術。これだけでは魔力を扱えるとは言えない。

 そこで、本格的に魔法を学ぶことによって、魔力の使い方を覚え、魔力を奪われないように留め置く術を身に付けるというわけだ。

 なお、はやては「夜天の主」である関係上、ミッド式とベルカ式の両方に適性を持っており、ミッド式をフェイトから、ベルカ式をシャマルから教わることになっている。

 ……本当ならば、あまりはやてには魔法に触れてほしくない。この二つの魔法体系は、戦闘技術としての側面が強すぎるのだ。

 もちろん、以前フェイトが見せたように探査などの補助魔法も存在するが、技術の発展が戦いに主眼を置いているように感じられてならない。

 その理由というのは、攻撃用魔法の分類の多さだ。各距離対応の射撃・砲撃魔法。魔力付与による打撃・斬撃魔法。広域殲滅や空間攻撃などというものもあるそうだ。

 これに対して補助は、移動、探査、転送、結界、バインドとざっくりしている。攻撃ほど分類を細かくする必要がないのかもしれないが、それにしたって力の入れ方に差を感じてしまう。

 管理世界に行けば、攻撃よりも日常生活のサポートに魔法が使われているかもしれない。それでもやっぱり、はやてが習うのは間違いなく「戦闘用の魔法」なのだ。

 分かってはいる。これは必要なことだ。魔法を覚えないことには、魔力の扱いを覚えられず、魔力簒奪に対抗できない。はやてを苦しめることになってしまう。

 それでも、オレの大事なはやてに、出来ることなら魔法に触れてほしくはなかったと思う。これも、魔法訓練を先延ばしにしていた理由の一つだ。

 ……割り切らなければならないか。出来るだけ戦いに関係ない魔法を教えさせるようにしよう。それならばオレも納得することが出来る。

 

「まずはやてちゃんには、魔法がどういうものなのかを理解してもらいます。なのちゃんとガイ君、ヴィータちゃんは退屈かもしれないけど、おさらいと思って我慢してね」

 

 少し思考に沈んでいる間に、シャマルが講師となって座学が始まった。フェイトがアシスタントを務めるようだ。他は皆、シャマル達の前で体育座りしている。

 オレとソワレは、少し後方からそれを眺める。オレ達は魔導師ではないから、講義を受ける必要はない。

 

「わたし達の魔法――ミッド式とベルカ式は、魔法プログラムという魔力の流れをコントロールする数式によって行使されます。このために必要なのが魔法の資質、リンカーコアよ」

「ほへー。魔法プログラムって単語はよう聞いとったけど、そんなもんやったんや。ミコちゃんの「グリモア」の"命令文"みたいなもんやと思ってたわ」

「「フェアリーテール」なの」

「……あれは正直、わたし達から見たら反則手みたいなものね。本来はどういうプログラムを組んだらどういう現象が起きるのかを理解しなきゃいけないところを、現象そのものにそのまま干渉出来てしまうんだから」

 

 相変わらず名称の安定しないオレの"魔法"に苦笑しつつ、シャマルは別の意味でまた苦笑した。

 確かに彼女の言う通り、「コマンド」の汎用性は非常に高い。元々原因の分からなかったはやての足を調べるためのものなのだから、そう作られているのは当然のことだ。

 だが、魔法のように素早い行使は不可能だ。プログラムのように、一度作ったものの使いまわしは出来ないのだ。そこを忘れてはならない。

 

「リンカーコアは、魔力要素から魔力を作り出す以外にも、魔力の貯蔵、コントロール、プログラムの作成、記憶、他魔力関係全ての機能を持っています。だから、リンカーコアがないと魔法を使うのは不可能なの」

「……思ったよりもずっと重要な器官なんやな、リンカーコア」

「なのはもそこまでは知らなかったの……。ガイ君は?」

「一応ユーノから座学も受けてっからねぇ。ミコトちゃんの「魔力=ダークマター論」のおかげで、感覚的にも理解出来てるぜ」

「相変わらずミコトはすげぇな。何でリンカーコア持ってないのにそんなこと分かるんだ?」

「「コマンド」を使うのに必要な基礎能力だ。情報として知ってるだけで、オレ自身に魔力を感じる術はない」

 

 魔力は、五感で感じられる世界にはないものだ。脳機能では原理的に魔法プログラムを処理することは出来ないのだ。魔力の系における情報処理器官が必要になる。リンカーコアはそれも兼ね備えているということだ。

 はやてに分かりやすいように、以前オレがなのは達にした説明をもう一度する。それではやては「魔法は不思議な物質を制御する技術」と理解したようだ。シャマルとヴィータも感心して頷く。

 

「ってことは、さっきシャマルが言ってたのは、わたしらが魔法でこの世界に影響及ぼそうと思ったら、魔力っちゅう物質をどう動かしたらどう影響が出るかを知る必要があるって意味なんやな」

「そういうことになるわね。……わたし達の体を構成しているものは魔力だってずっと思ってたけど、そう考えると実際には、「魔力によって生み出された実体」ってことなのね」

「あ、そっか。あたしらが魔力で作られてるんだったら、皆に見えるわけねーもんな」

「オレが「人をエミュレートしている」と表現しているのはそのためだ。大元は魔法プログラムで表現されているのだろうが、今そこにいる君達は、ニュートン力学系に作られた実体だ」

「うにゃー……こんがらかってきたの」

「つまり、本物のおっぱいでも偽乳でも、服の上からなら同じように見せられるってことだよ」

「……なんでガイは物のたとえがそういう風になるのかな」

 

 まったくだ。が、久々に変態発言を聞いた気がする。これを非常にガイらしいと感じてしまっているのはまずい傾向だ。なのはに手綱取りを頑張ってもらわねば。

 少し話は脱線したが、はやても魔力というもの、魔法というものがどういうものなのか、感覚を伴って理解出来たようだ。

 次に、デバイスについて。

 

「デバイスは、魔法の使用を手助けしてくれる機械のことよ。これについては、改めて説明するまでもないかしら」

「せやねー。皆のデバイスでイメージは掴めとるから。で、わたしの場合、デバイス言うたら闇の書ってことになるんよね?」

「そうね。ただ、闇の書は未完成時はまともに使えないし、完成したらしたで暴走してしまうらしいから……」

「身一つで使うしかないってことかー。出来るん?」

「出来ます。ガイ君やアルフ、ザフィーラなんかは、デバイスなしで魔法を使ってるでしょう? 推奨というだけであって、必須というわけではないの」

 

 無論、デバイスを使わないと実行速度は落ちるし、魔力をコントロールしきれない可能性もある。なのはだと、レイジングハートがないとシュートバレットぐらいしか使えないそうだ。

 ガイに関しては、文字通り「シールドの天才」という他ない。シールド魔法しか使えない代わりに、デバイスを必要としないほどの実行速度を誇るのだ。

 

「デバイスの主な役割は、魔法補助とプログラムの外部ストレージ。はやてちゃんに分かりやすいようにたとえると……外付けハードディスクの機能を持ったパワードスーツ、かしら」

「あー、何となくわかったわ。つまり、わたしの頭……やなくてリンカーコアで覚えきれて、リンカーコアで処理しきれる魔法なら使えるけど、それ以上になると無理ってことやな」

「そういうことね。あと、デバイスにも種類があって、なのちゃんやふぅちゃんのインテリジェントデバイスは自己判断で魔法を使ってくれることがあるわ。そのまま、自動制御付きパワードスーツのイメージね」

 

 リッターのアームドデバイスは、パワードスーツに武装が付属したものをイメージすればいいか。中々上手いたとえをしたものだ。

 ……そう考えると、アリシアプロジェクト(仮)は中々の無茶を考えているように思う。リンカーコアの複雑な機能を機械で再現しようというのだ。脳機能と心肺機能を機械化しようと言っているようなものだ。

 アリシアの様子からして、少なくとも彼女の知る限り管理世界に「リンカーコアなしで使えるデバイス」は存在しないのだろう。考える人がいないのかもしれないが、技術的な障壁が大きいというのも間違いないだろう。

 まあ、成功してもしなくても、その過程で得た知識と技術は彼女の糧となることだろう。無茶だからという理由で止める気はない。

 

「それやと、やっぱり初心者はデバイスの補助があった方がええってことになるなぁ」

「もちろんそうね。ただ、わたし達が持ってるのは全部人格型デバイスだから、一時的にはやてちゃんに貸すというのが難しいの。どうしても持ち主の癖が付いちゃうから……」

「俺は最初からデバイスなしだったけど、それもあんましあてにならねえよなぁ。魔力の感覚理解したら、シールド作るだけならサクッて出来ちゃったし」

 

 言いながらガイは、本当に無造作に魔法陣を作り出しシールドを張る。単純な面シールドだ。恐らくフェイトがデバイスを使って行使するよりも速い。シールドに関しては異常の域だな。

 彼の感覚をあてに出来ないのは、もう一つ理由がある。魔力を扱う感覚は人それぞれ違う。リンカーコアが魔力の系における体であることを考えたら当たり前だろう。体の動かし方は人それぞれだ。

 さらに、リンカーコアは最初からインプットされている魔法プログラムが存在したりする。フェイトの電気変換やなのはの魔力収束なんかがそれだ。

 これもまた、リンカーコアを使う感覚の差に影響してくる。たとえばフェイトの場合、そのまま魔法を使うと全て電気変換が付加されてしまい、通常の魔法を使う場合は「外す」ことを意識しなければならない。

 やはり、はやては彼女自身で魔法を使う感覚を理解する必要があるのだ。デバイスの助けなしで。

 

「これなら、グレアムさんにお願いしてストレージデバイスを貸してもらっておけばよかったかもしれないわね。あれなら変な癖とかはないはずだし、入手も簡単だから」

 

 ストレージデバイスは、魔法の外部記憶に特化したデバイスだ。インテリジェントのように自動選択・自動実行の機能を持たない代わりに、動作が非常に高速であり癖も少ない。

 時空管理局で一般に使用されているデバイスはストレージであり、管理世界でただデバイスと言った場合は、ほとんどストレージデバイスのことを指すそうだ。

 機構が単純であり大量生産もされていることから、ストレージデバイスならば安価で容易に手に入れることが出来るとのことだ。それでも日本円にして10万スタートらしいが。

 

「それを考えると、デュランダルは本当に金がかかっているんだな。ストレージでありながら開発費用がビル数件分だろう。ギルおじさんの財布の中身が心配になる」

「相変わらず仕送りもしてくれとるからなぁ。……大丈夫なんやろか」

「だ、大丈夫ですよ! 管理局の提督って言えば、収入の割に支出が少なくてお金は有り余ってるって話ですから!」

「……魔法の話のはずなのに、とっても世知辛い現実的なお話なの」

「そら魔法っつっても技術には変わりないからねぇ。何をするにもお金は必要っしょ」

「こっちで生活するようになって、以前のわたしがどれだけお金を無駄遣いしてたか身に染みたよ。自炊、大事」

 

 第一次・第二次八神家エンゲル係数危機の記憶はまだ新しい。……話が大幅に逸れてしまった。お金の話は大事なことだが、今すべきことではなかった。

 ――レイジングハートやバルディッシュがいくらぐらいの価値になるのかは聞かない方がいいだろう。彼らを見る目が変わってしまいそうだ。

 

「ないものねだりしてもしゃあないわ。そもそもわたしは、魔力を動かすっちゅう基本から学ばなあかんやろ。デバイス云々はまだ先やで」

「それもデバイスがあればすぐなんだけど……確かに、今言っても仕方ないわね」

「大丈夫だって! はやてなら、デバイスなんかなくてもすぐに魔法使えるようになるさ!」

 

 ヴィータの無根拠な応援。いや、あながち無根拠というわけでもないか。少なくともはやては、「闇の書の使用に耐え得る能力を持つ」という条件を満たしているのだ。

 それは魔力的な意味だけでなく、適性やリンカーコアの処理能力も含めているはずだ。そうでなければ、なのはやガイ、フェイトだって、「夜天の主」になれるはずなのだ。

 つまりはやては、良くも悪くも魔法の才を持っているということだ。オレとしては、手放しで喜ぶわけにはいかないが。

 ……いかんな、割り切れていない。これではユーノのことを言えないな。魔力簒奪に対抗できる可能性はあるということなのだから、そこは喜んでおかねば。

 

「オレもヴィータに同意だ。少なくとも、はやてに非凡な魔法の才があることは疑いようがない。最初のとっかかりさえつかめれば、後は早いだろう」

「ミコちゃん……、せやね。ポジティブシンキングでやった方が、いい結果が出そうや」

 

 はやては、察しがいい。特にオレの心情はよく分かってくれているだろう。だから、一瞬真剣にオレを見てから、すぐに切り替えてくれたのだ。

 ありがとう、はやて。……ごめんね。

 

 

 

 

 

 座学は一旦ここまでで、ここからは実際に魔力を使ってみる訓練だ。まずはプログラムの乗っていない基本魔法陣の作成。全ての魔法の基本となる技術だ。

 魔法陣は、魔法プログラムのフローの下地となるものだ。ここに全ての数式が乗り、順次実行されていく。言うなれば仮想的な計算機のCPUとメモリのセットみたいなものだ。

 これはミッド式とベルカ式で形が異なる。ベルカ式の方がより単純であり、中心と周囲三点にメインメモリ領域の円が描かれ、それぞれをつなぐようにIO領域の線が描かれている。

 これに対してミッド式は、二つの円と二つの四角で構成される。大きな円の中に四角が互い違いで描かれ、さらにその中に小さな円がある。メモリ領域は円周部分であり、ベルカ式よりも情報量が多い。

 

「基本や言うけど、どっちも大変そうやなぁ」

 

 フェイトが展開する金色のミッド式魔法陣と、シャマルの青緑色のベルカ式魔法陣を見て、はやては苦笑しながら素直な感想を述べた。

 オレはリンカーコアを持っていないため感覚は分からないが、端から見てよくあれだけの図形を一瞬で描けるものだと思う。もっとも、実際には図形を描いているのではなく、基本部分がそう表れているだけだろうが。

 再三になるが、魔力そのものは目に見えるものではない。五感では感知できないものなのだ。あくまでプログラムの基部がニュートン系に影響を与えた結果が、各人の魔力光で描かれる魔法陣になるだけだ。

 とはいえ、この図形が魔法プログラムの進化と無関係とは思わない。如何にリンカーコアで魔力を感知できるとは言っても、精緻な動きまでは分からないだろう。やはり人間の最大の情報源は視覚なのだ。

 目に見える形で操作することによって、技術を洗練させ、形を整えていった結果が、今日のミッド式・ベルカ式の魔法となっているのだろう。

 つまり何が言いたいかと言うと、「魔法プログラムの基礎」の感覚さえつかめれば、魔法陣を展開するのは難しくないだろうという推測だ。

 

「最初はあまり形を意識しない方がいいだろう。魔力を感じ取って、簡単な動きが出来るように考えてみるといいかもしれない」

「そうだね。デバイスもなしに最初から処理の形にするのは難しいから、まずは「魔力を動かせるようになる」ところから始めよう」

 

 フェイトの感覚としても、オレの助言は的外れではなかったようだ。これで最初の指針は決まった。魔力の動かし方を覚えて、図形を形作る。

 この最初のステップが、ある意味で一番難解だろう。今まで存在しなかった感覚を覚えなければならない。これに関しては、オレに「魔力操作の感覚」は分からないので、助言することは出来ない。

 

「魔力……ダークマター……リンカーコア、かぁ。念話なら簡単なんやけどなぁ」

「あれはただのリンカーコアを介しただけの会話だ。プログラムと言うのはおこがましいだろう」

「……これ、絶対ミコトの方が魔法理解出来てるよな。リンカーコアないのに」

「残念よね。ミコトちゃんがコアを持ってたら、絶対に優秀な魔導師なり騎士なりになってたのに」

 

 オレのことはいいから、はやての指導に集中してくれ。オレの指摘で、シャマルはちょっと慌ててから思考を始めた。見学だったはずなのに、結局監修してしまっている。

 と、ソワレがはやての手を取る。彼女は相変わらず眠たげな瞳で、はやてを真っ直ぐ見ていた。

 

「ソワレ、まりょく、わかんない。でも、「よる」、わかる。いっぱいひろがってて、ソワレ、そのなかにいる」

「「夜」の中にいる? せやけど、今は昼やで?」

「でも、「よる」、なくならない。ソワレ、「よる」からうまれた。リンカーコア、たぶん、おんなじ」

「……なるほど。ソワレが言いたいのはつまり、「外側にある魔力要素を感じて、自分自身を知覚しろ」ということだ」

 

 哲学的に言えば「我思う、故に我有り」を魔力の系で行えということだ。そうすれば、「魔力を操作しよう」と意識するのではなく、「魔力を操作できる」という状態になる可能性が高い。

 重要なのは、リンカーコアの各処理系に感覚を通すことなのだ。そのためのヒントが、ソワレの言葉の中に隠れている。

 オレの言葉で、はやては察してくれた。なのはは相変わらず混乱しており、「なんで魔力を感じると自分を感じるの?」と疑問を呈している。あれの処理はガイに任せよう。

 

「そうは言うても、魔力要素を感じるのも分からんのよなぁ」

「それならばオレの出番だ。『次元を満たす魔の源よ、オレの声を聞け。ここに集まり、しばらく留まれ』」

 

 「コマンド」を用いて非常に短い"命令文"を出力する。これにより、オレには知覚することが出来ないが、この場の魔力要素の濃度が増すはずだ。

 それを証明するように、フェイトとシャマルの展開する魔法陣が輝きを増す。集まった魔力要素が彼女達の保有魔力にも影響を与えた結果だろう。

 

「……はぁーん。なるほどなぁ。これが魔力なんや」

「感覚を掴めたか?」

「うん、ばっちり。なんかこう、シュワシュワした感じやな」

 

 はやても感覚派だったようだ。分かったなら何でもいいか。

 

「……ミコトちゃんの"魔法"って、魔力要素に干渉することも出来るのね。びっくりしたわ」

「プログラムに出来ない以上、ほぼ使い道はないがな。直接ニュートン系に干渉した方が手っ取り早い」

 

 逆に、はやての足の一助になるなら魔力要素にだって干渉してみせよう。

 

「なあなあミコト、それ使って魔力弾みたいなの作れるんじゃないか?」

 

 はやてが試行錯誤している間、オレ達はやることがない。ヴィータは「コマンド」を用いた魔力要素の制御に興味を持ったようだ。

 ……魔力要素を押し固めて球体にしたものを魔力弾と呼べるのだろうか。多分彼女の言っている魔力弾とは、物理的干渉力を持つものだと思うのだが。

 

「見せた方が早いか。『次元を満たす魔の源よ、オレの声を聞け。この手に集まり、弾を作れ』」

 

 掌を広げて待機する。しかし見た目には変化がない。ヴィータとなのは、それからソワレは首を傾げたが、ガイとフェイト、シャマルは理解出来たようだ。

 

「なるほどなぁ。「魔力要素の弾」は作れても、イコール魔力弾ってわけじゃないのか」

「そういうことだ。魔力弾と簡単に言うが、あれは立派な魔法プログラムだ。ただ魔力要素を固めたところで、同じ結果は得られない」

「それはそうよね。魔力要素そのままじゃ物理系に干渉することは出来ないんだから。「弾丸」というプログラムを付与して、初めて魔力弾という形になるのね」

 

 魔力を感覚的に扱えてしまうために、論理的には当たり前の事実が抜け落ちていたのだろう。魔力要素そのものは、不可視物質という表現通り、触れることも見ることも出来ないのだ。

 期待外れの結果に、ヴィータは残念そうに表情を歪める。「コマンド」で魔力要素に干渉する意味はほぼないと言っただろうに。

 

「ミコトの魔力光を見れると思ったのに……」

「リンカーコアを持たないオレに魔力光などというものはない。仮に発色したとして、それは魔力要素そのものの色だ」

「魔力光はリンカーコアで決定されるものだもんね。仕方ないよ、ヴィータ」

 

 そう言うフェイトも少々残念そうだ。……ふむ。そこまで言うなら、やってみせよう。

 

「『次元を満たす魔の源よ、オレの声を聞け。規則正しく列を成し、オレ達の前に姿を現せ』」

 

 掌の上に集まっているはずの魔力要素に干渉し、「発色する」という単純なプログラムもどきを与える。"命令文"に従い、ポツポツと色とりどりの点が浮かびだす。

 おお、とどよめく一同。しかし感動は束の間のことだ。点の数が増えるごとに色は互いを飲み合って行き、だんだんと種類を失う。

 最終的にオレの掌の上には、全ての色が混ざって、ただ白く発光するだけの円盤が浮いていた。

 

「予想通りだな。光の色が混ざれば、加色法に従って白くなる。魔力要素を加工する術を持たないオレが無理矢理光らせているのだから、こんなものだ」

「なんだよー。虹色とかだったら面白かったのに」

 

 こんなものに面白みを求めてどうするという話だ。君達は魔法を使えるのだから、そちらに面白みを見出しなさい。

 ヴィータも「コマンド」で魔力要素に干渉することの非効率さを理解したようだ。もう発色した魔力要素の塊を浮かべておく意味もない。

 再度「コマンド」を使用して消そうとした。

 

 

 

「ミコちゃん、ミコちゃん」

 

 そのタイミングではやてに呼ばれ、振り返り……驚いた。

 

 彼女の手元には、オレが作ったものと同じ、白色の円盤が浮いていた。魔力を制御することが出来た証だ。

 魔法陣とは到底言えない、だけど彼女が感覚を掴んだ確たる証拠。それを彼女は、嬉しそうにオレに向けてかざした。

 

「お揃いや」

「……そうだな。それが、はやての魔力光なんだな」

 

 魔力光は、魔法の適性や魔力の性質に影響を及ぼすものではない。ただ波長を表すだけの個性だ。「コマンド」で集めた魔力要素が呈した色と、はやての魔力光が一致したのは、ただの偶然に過ぎない。

 だけどはやてがとても嬉しそうにしているから、オレもついつい頬が緩んでしまう。彼女がしたように、オレも手元の魔力要素が生み出した円盤をかざし、彼女の円盤と触れ合わせる。

 二つの円盤は、オレの方が素通りしてしまい重なり合う。やがて魔力要素は制御を離れて、はやての魔力光だけが残った。

 ……分かってはいる。オレは「コマンド」を使って魔力要素を弄れるだけであり、皆のようにリンカーコアを通じて魔力を操れるわけではない。こんなものは、ただのままごとに過ぎない。

 だけど、少しだけ思ってしまった。

 

「オレにも、リンカーコアがあれば……もっとお揃いだったのにな」

 

 はやてが魔法を覚えるのは、状況的にそれが必要だからであって、この世界で生きていくために必要なものではない。魔法もリンカーコアも、余計なものだ。オレはずっとそう思っていたはずだった。

 だけど、目の前ではやてが魔法のとっかかりに触れたのを見て、少し思ってしまったのだ。リンカーコアがあれば、もっとはやての隣に立てたかもしれないと。

 自分に魔法の力がないことが、はやてに魔法を教えてあげられないことが、……悔しかった。

 

「ミコちゃん」

 

 はやてはオレの名を呼び、手を取って指を絡ませた。そして軽くキスをする。……皆が見ている前なんだが。

 

「そんなに心配せんでも、平気やよ。わたしかて、今の日常が大切なんや。魔法を覚えたからいうて、危ないことに首を突っ込む気はあらへんよ」

「……うん」

「前にも似たこと言うたと思うけど、魔法を覚えたってわたしはわたしや。ミコちゃんを大好きな、ミコちゃんの「相方」の八神はやてのまんまや」

 

 その通りだ。はやてが魔法を覚えた程度で自分を見失うような子だとは思っていない。オレが恐れていることなど、客観的に見たらとてもくだらないことなのだろう。

 はやてが「戦えるようになること」を懸念しているだけ。彼女にそんな意志はないことを重々承知しているのに、ただ可能性が発生することを恐れているだけなのだ。

 オレは……こんなにも割り切れない人間だったのか。はやてのことになると、ここまで弱くなってしまう人間だったのか。……知らなかったな。

 

「……オレは」

「うん」

「本当だったら、はやてに魔法を覚えてほしくはなかった。そんなことをせずとも、魔力簒奪を完全に抑え込める方法を見つけたかった」

 

 胸中を語る。はやては黙って聞いてくれる。はやてだけじゃない、他の皆も、口を挟まない。

 

「フェイトにしろシャマルにしろ、使う魔法は戦闘関連だ。覚える魔法をどんなに補助だけに絞ったとしても……はやてが「戦える」という可能性を持つことには変わらない」

「そうやね。それはどうしようもないわな」

「それが、オレは嫌だった。はやては戦いとは縁遠いところにいてほしかった。我儘なことを言っているのは分かってる。でも、どうしてもそう思ってしまう……」

 

 避けられぬ戦いはオレが矢面に立てばいい。オレの自分本位な理屈で、そう考えていた。やっぱりオレは、何処までも自分本位な人間なんだ。

 はやてを籠の中の鳥にするつもりはない。だけど、危険には触れさせたくない。二律背反を成立させたい。強欲だ。救いようがない。

 オレはまた最高の結果を逃してしまったんじゃないだろうか。そんな考えに囚われる。

 はやては、そんなオレの考えを一蹴する。

 

「ミコちゃんは優しい子やな。優しすぎて、背負い込みすぎないか心配になってまう」

 

 微笑み、オレを見ながら。その顔に憂いは一切ない。

 

「これはな、ミコちゃん。わたしの選択なんよ。わたしが、これからもミコちゃんの隣にいたいから選んだ道なんよ」

「……オレの、隣に?」

「せやで。ミコちゃん、やるって決めたらやり切るまで止まってくれへんのやもん。だいぶ置き去りにされてしもうたで」

 

 オレが、はやてを置き去りにした? そんなつもりは、なかったのに……。

 

「せやから、今度はわたしの番。わたしがミコちゃんに追いついて、隣に立つ番なんや。……ミコちゃんが、わたしの頑張る分まで、背負う必要はないんよ」

「……オレの方から、はやての隣から、離れてしまったのか?」

「あー。言い方が悪かったかもなぁ。ミコちゃんは、わたしと一緒にいられるために、出稼ぎに行っとったんよ。ミコちゃんの判断は正しかったんやけど、寂しいのまではどうしようもないやん」

 

 「寂しい」。……ああ、そういうことなのか。これが、その感情なのか。

 自覚し、……猛烈にはやてのことを抱きしめたくなった。そこにはやてがいることを、全身で感じたかった。

 オレは、はやてと同じ力を持っていなかったことが、はやての隣にいられないかもしれないことが……「寂しかった」のだ。

 

「どうしたん、ミコちゃん。急に抱き着いて来て。わたしは嬉しいけどな」

「……最近、自分の弱い面ばかり見てる気がする。屈辱だ」

「あはは、そらしゃーないわ。ミコちゃんは可愛い女の子やもん。少しぐらい弱点があった方が可愛いもんやで」

 

 そんなもんか。そんなもんや。このやりとりも久々な気がする。それだけ、オレははやてを置き去りにしてしまっていたんだな。

 

「ごめんね、はやて。ずっと、寂しい思いをさせてしまって」

「気にせんでええよ。ミコちゃんが起こす騒ぎで、寂しいなんて感じる暇もあらへんかったから」

 

 先日に続き、人前で涙を流してしまうオレであった。……本当に、弱くなったものだ。

 あるいは、それだけ彼らに心を許しているということなのかもしれないな。それもまた、悪くない。

 

 

 

 悪くはない。が、からかうのはやめていただきたい。

 

「いやー、ミコトちゃんの泣き顔なんて初めて見たかも。プレシアさんの葬式のときは、……っと」

「大丈夫だよ、ガイ。わたしもアリシアも、ちゃんとお別れ出来てるから。あのときはわたし達が大泣きしてたから、ミコトがどうだったか見れなかったんだよね」

「お葬式の最中はどうか知らんけど、うち帰ってきてからは大泣きやったで。意外と泣き虫なんよ、ミコちゃんって」

「意外だけど、なんか納得だよな。ミコトって優しいから。裏でこっそり泣くとか、そんな感じか?」

「ふふふ、そうよね。やっぱりミコトちゃん、優しい子なのよね」

「むー……泣いてるときまで可愛いとか、ミコトちゃんズルイの」

「そんなことを言われても知らん。というか魔法の訓練はどうなった」

「休憩中やでー」

「きゅうけいー」

 

 ソワレを抱っこしてソファーに座るはやて。ここまでに出来たのは、先ほどの円盤――魔法陣練習とでも呼ぼうか――だけだ。

 今日の目標は「魔力を操作できるようになる」なので、一応目標は達成している。が、それなら魔法陣の形成ぐらい出来るようになった方がいいんじゃないだろうか。あと他の連中は普通に魔法の訓練をしろと言いたい。

 皆の前で泣いたこと、そしてはやてとのキスをからかわれ、ため息をつく。

 

「あと何気に俺ミコトちゃんとはやてちゃんのチュー見たのも初めてっス。なのは達から聞いてはいたけど、マジでしてるとは思わなかったっス。刺激が半端ないっス」

「……なのは。君達は本人確認もなく個人のプライベートを暴露しているのか?」

「にゃ!? あ、あれはその、話の流れと言いますかっ!」

 

 そうなんだよな。男に、泣き顔とキスシーンを見られてしまったんだよな……。意識すると、顔に血が上り熱くなる。なんでこんな変態相手に恥ずかしがらなきゃならないんだ、まったく。

 なのはへの糾弾もそこそこに、席を立って水分補給のためにキッチンに向かう。決して赤くなった顔を見られたくないわけではない。

 冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して、人数分のコップに注ぐ。そうしていると、フェイトが手伝いに来た。

 

「大丈夫だよ。おねえちゃんに魔法の力がなくても、わたし達がそばにいる。わたし達の魔法の力は、ミコトの力なんだよ」

「……そうか」

 

 励まされてしまった。よく出来た妹を持ったものだ。本当に……嬉しいよ、フェイト。

 ――結局のところ、オレの迷いなどというものは、自身の心持ち一つでどうにでもなってしまうものだ。吐き出すものを吐き出せば、あとは腹をくくるだけだ。

 絶対に戦いにはさせない。戦いになったとして、はやてを戦わせない。もし戦わせることになってしまったら……そのときは、隣に立って一緒に戦う。三段階の覚悟だ。

 オレの考えというのは、オレの理想でしかないのだ。そして現実は理想の通りにいくものではない。そのときのために、覚悟が必要なのだ。オレには覚悟がなかった。はやてを隣に立たせる覚悟が。

 覚悟を決めた今のオレに迷いはない……とは言えない。いまだに、本当にこれでいいのか、別の選択肢はないのかと模索している。それをやめることは出来ない。

 はやてを戦いに関わらせないのは、オレにとって最高の結果なのだ。それを目指すことをやめてしまったら、いずれ彼女は戦いに巻き込まれてしまう。闇の書の因縁は消えていないのだ。

 だから、この二律背反を抱えて、オレは前に進もう。はやての隣にいられる毎日を目指して。

 ……もちろん、はやてだけではない。

 

「優しい家族に囲まれて……オレは幸せ者だよ」

「っ! そ、そう!? そう思ってもらえてると、嬉しいなっ!」

 

 急にフェイトが挙動不審になってしまった。顔はニヤけて頬は緩み、「えへへ」と笑っている。……一度本格的にお話しないとダメかもしれないな、これは。先日の銭湯の件もあることだし。

 まあ、今は放置しておくか。休憩が終わったら、また魔法訓練を監修しなければならない。まだまだやることはたくさんあるのだ。

 

「フェイト、それを運んでくれ。……起きろ、フェイト」

「はっ!? う、うん!」

 

 トリップしていたフェイトを現実に戻し、お盆に乗せたスポーツドリンクを運ばせる。一体何を考えていたのやら。

 苦笑。愛されていることが嬉しいと感じられるから、やはりオレは幸せ者なのだろう。

 空になったペットボトルをすすぎ、乾燥させるためにシンクの横に置く。そうしてから、オレもまたリビングに戻った。

 

 結局この日は、はやてが魔法陣を形成するには至らなかった。如何に才能があるとは言っても、最初はそんなものだろう。

 焦らず、じっくり。はやての隣で、彼女を支えながら、今度こそ一緒に前に進んで行こう。




ミコト、ちょっと成長するの巻。今回覚えた感情は「寂しさ」。人があまり感じたくないだろう、しかしこれがあるから「恋しい」と思うことが出来る感情です。これにて、恋愛のもっとも基礎となる感情を身に付けることが出来ました。
しかしながら、彼女はまだまだ精神的に未熟であり、「異性を意識する」ということが出来ません。次の課題はこれですね。
果たして彼女はどういうきっかけで異性を意識出来るようになるのでしょうか。今からわくわくが止まりません(ゲス顔)

ミコトはここまでノンストップでひたすら突っ走って来ました。振り返ってみれば、多くのことを成し遂げてきています。「コマンド」の構築、召喚体の作成、ジュエルシードの全回収、事件の解決、闇の書の分析、管理局との協力、そしてはやての足の微弱な回復。
これだけのことを成してなお、ミコトは目的を達することが出来ていません。目的を達成するまで、彼女は自身を評価することが出来ないのです。それまではどうしても、周囲との評価の差にやきもきしてしまうことでしょう。
だからこそ、自分がはやてを置いてけぼりにしてしまっていることに気付かなかったのです。気付いた彼女は、少しはスローペースに生きてくれるでしょうか。


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三十九話 ビーチ 前編

お待たせしました、水着回です! しかも今回は前後編です!



4日も間が空いてしまいすみません。リアル事情が立て込んだため、更新が遅れてしまいました。
次は2日以内に……と行きたいところですが、次もどうなるか分かりません。最低でも一週間以内には何とかしたいと思います。


『海だーっ!!』

 

 連れの何人かが、砂浜に向けてテンション高く走り出した。まだ水着に着替えてもいないのに、気が早すぎる。

 眺めながら、海辺に住んでるんだから海自体は珍しくもないだろうと、呆れの嘆息。隣で車椅子に乗っているはやてが、「あはは」と軽く笑う。

 先日から足のリハビリを始めたはやてだが、本人の「歩きたい」という意志も相まって、既に日常生活のいくつかの場面では車椅子を必要としなくなっていた。

 が、今日は海鳴市内のビーチとはいえ、八神邸からそれなりの距離を移動する。体力の消耗を避けるために、今は車椅子に乗ってもらっている。

 さて、本日の面子だが、八神家全員はもちろんとして、聖祥3人娘と海鳴二小5人衆。当たり前のようにガイ。そして先日知り合った翠屋FCカップルと、剛田少年もいた。

 恭也さんと美由希は、翠屋のお手伝い中。本当は彼らも誘うはずだったのだが、シフトの関係で断念することになった。特に美由希が悔しがった。

 恭也さんが来なかったので、月村の姉の忍氏もアリシアプロジェクト(仮)の研究を優先した。彼女にとってはそれも大事なことなので、気にせず楽しんでほしいと言われた。

 一応、監督役の大人はリッターの二人、それから見た目は大人のブランがいる。もっとも、オレの周りの人間というのはそれなりにしっかりした子供が多いので、子供だけでも問題はなかろうが。

 

「元気がいいのは結構なことだが、先に着替えだ。その方が気兼ねなく遊べるだろう」

 

 手を叩き、吶喊した連中に向けて声を張る。連中――全員女子である――は、えへへと恥ずかしそうに笑いながら戻ってきた。

 いつもと少し面子は違うが、それでも自然とオレがまとめ役をやることになり、そして皆も当たり前に受け入れている。その現実を思い、もう一度ため息をついた。

 

 

 

 事の起こりは、一昨日のなのはとの定時念話だ。

 

≪そういえば、最近海鳴二小の皆と会ってないの。最後に会ったのっていつだっけ?≫

≪オレも夏休みに入ってから会ってないが……なのはとは、多分はやての誕生日パーティーが最後じゃないか? 学校が違うのだし、仕方ないだろう≫

≪そっか。蒐集とかグレアムさんとの協力とか、色々あってつい忘れてたけど、もうそんなになっちゃうんだ≫

 

 休みの日も頻繁につるんでいる聖祥3人娘と違い、オレ達と5人衆はそこまででもない。オレが生活費のために働いていることを皆知っているし、現在うちは12人家族であり、そちらに構う必要もある。

 こうして毎日念話を行っているなのはも、彼女の意志と念話という通信手段があるから行っているだけで、これがなかったら彼女との付き合いも5人衆並に減っているだろう。

 基本的にオレを介さないことには5人衆と交流を取っていないなのはが、学校も違う彼女達と会う機会などほぼないだろう。なのはが翠屋を手伝っているときに来店すれば別だが。

 所属するコミュニティが違うというのは、それだけ交流を取りづらいということなのだ。

 

≪うーん。折角お知り合いになったんだから、皆とももっと仲良くしたいなぁ≫

 

 なのはという少女らしい意見だ。さすがに「お話したら皆お友達」とお花畑過ぎる発想はしないようだが、「知り合い皆と仲良くしたい」という程度にはお花畑である。

 

≪君ならそう感じるだろうが、あまり手広くやろうとすると、今の君の友人達との交流にも支障が出るぞ。ほどほどにしておくのが賢いやり方だ≫

≪そうかもしれないけど……やっぱり寂しいよ≫

 

 「寂しい」か。つい最近その感情を理解したオレは、その言葉を使われるとどうにも弱い。どうしてそう感じるかは分からないが、そう感じることが辛いということは分かるようになった。

 彼女の言う「寂しい」が全て胸を締め付けるほど苦しいものではないとは思うが、以前のように一蹴することは出来なくなってしまった。

 

≪そうか。寂しいのは、嫌だな≫

≪そうだよ。ミコトちゃんだって、アリサちゃんとお話できなくなるのは寂しいでしょ?≫

≪……いや、彼女に対してはそこまででもないな。オレも彼女も、そんなことでセンチメンタルになる性格ではない。だが、なのはと話せなくなったら……少し、寂しい≫

≪……ふぇっ!?≫

 

 最初は彼女の希望に従い仕方なく、ミステールの訓練も兼ねて行っていた定時念話。だけど、もしこれがなくなってしまったら。今のオレは、多少なりとも寂しいと感じるだろう。

 慣れてルーティンと化したというのもあるだろうが、あの頃よりもなのはと親密になったのも関係しているだろう。初めての友達との会話を、失いたくはない。

 アリサを引き合いに出して同意を求めようとしたなのはは、自分がやり玉に挙げられたことに驚き、しばししどろもどろな念話が返ってきた。

 

≪あの、その! なのはも、ミコトちゃんとお話できなくなったら寂しいの! とってもとっても寂しいの!≫

≪そうか。そう言ってもらえると嬉しい。本当だよ≫

≪う、うん! ……なんかミコトちゃん、この間から優しいの≫

 

 そうか? シャマルからは以前から「優しい子」と言われて、自己評価との齟齬に座りの悪さを感じていたが、なのはの言っているのは少し意味合いが違うように感じる。

 

≪うーんと……前のミコトちゃんなら、今のも「そう思うのは君の自由だ」とか返しそうな気がするの。今は、言葉遣いも柔らかかったし≫

≪ふむ。確かに言いそうだ。だが実際に嬉しかったのだから、嬉しいと返すのは間違っていないだろう?≫

≪そ、そうなんだけどー……≫

 

 なのはの言いたいことも分かる。以前のオレは「寂しい」という感情が分からなかったから、他者からそう思われた際にどう感じるかも分からなかった。それが分かるようになったのだから、反応は変わる。

 オレは、それだけなのはにとって大事な人間だと思われているということだ。言い換えれば、彼女に好かれている。それは普通に嬉しいことだ。オレは人に好かれて嫌がる天邪鬼ではないのだから。

 

≪優しい云々に関しては君の感じたことだから、オレが考えても仕方がない。違和感はあるが、捨て置くことにしよう≫

≪……やっぱりミコトちゃんなの。うーん、なんなんだろう……≫

 

 それは君が答えを出すしかない。君の中で生まれたものなのだから。

 

≪それよりも、君が5人衆と遊びたいという話だったな。ちなみに君達は普段どんな遊びをしている?≫

≪えっと……すずかちゃんちでお茶会したり、アリサちゃんちだったり、翠屋に集まっておしゃべりしたり、かな。あとは、皆でお出かけしたりもするよ≫

 

 生活水準の差を感じる。やはり彼女もオレ達とは違って裕福な家庭の子である。知ってた。

 

≪それだと彼女達とは合わないだろうな。彼女達の遊びは、オレはあまり付き合わないが、公園で遊んだり、誰かの家に集まってゲームをしたりだ。皆でお出かけなんていうのもない≫

 

 服を見たりとかはあったが、あれはお出かけには含まれないだろう。海鳴温泉みたいなことではない。

 なのはにとってはあまりなじみのない遊び方だったのだろう、苦笑の気配。念話越しで感じ取るのも慣れたものだ。

 

≪学校が違うと遊び方もだいぶ違うんだね≫

≪というか、これは単純な生活レベルの差だ。君は自分が相当恵まれた環境にいることを自覚した方がいい≫

≪うっ。わ、分かってはいるんだよ? ただ、近くにいるのがアリサちゃんとすずかちゃんだから……≫

 

 それでなくとも、周りにいるのが「小学生から私立に通わせるだけの経済的余裕がある家の子供」で構成されているのだ。それが一般的だと思ってしまうのだろう。

 うちが一般的とは言わないが、それでも経済的にはうちの方が高町家よりも一般に近いと胸を張って断言しよう。

 

≪君はその歳で一人部屋を持っているだろう。それはあまり一般的ではない。現にうちの娘組は共用だし、あきらも弟と同じ部屋だそうだ≫

≪はやてちゃんちの場合、単に人数が多いだけだと思うの。あきらちゃん、弟いたんだ≫

 

 一つ歳下で、名前は「千尋(ちひろ)」というそうだ。姉弟揃って名前で性別が判断しづらい。

 他には、いちこに中学生の兄がいると聞いている。他は全員一人っ子だ。少なくとも、オレの知る限りは。

 

≪家に道場があって、両親は人気の喫茶店を個人で経営している。これで普通だと言われた日には、海鳴二小の大半が貧乏ということになってしまう≫

≪うぅ、わたしが間違ってました……≫

 

 分かればよろしい。

 

≪ともかく、5人衆と交流したいなら、何か遊び方を考えておくんだな。君と彼女達両方が楽しめなければ、意味はないだろう≫

≪そ、そうだね。何かあるかな……≫

 

 生活水準の違いは文化の違い。とはいえ、同じ国に住んでいるのだから、共通点も多かろう。

 たとえば、5月の終わりに行ったプールなどは、あの5人でも楽しむことが出来るだろう。……あそこは出費が小学生には痛すぎるが。

 「プール」という例示で、なのはは着想を得た。

 

≪そうだ! 皆で海に行こうよ、ミコトちゃん! 臨海公園の方じゃなくて、海浜公園の方!≫

 

 つまりは、そういうことだ。

 

 

 

 5人衆も海遊びには乗り気であり、日程は即決定した。あまり遅くなるとクラゲが出て泳げなくなるし、お盆には帰省する者もいる。妥当なところだろう。

 なのはは聖祥の友人を呼んだのだが、その中に例のカップルと剛田も含まれているというのは予想していなかった。もっとも、彼らはなのはの友人というよりはガイの友人とその恋人なのだろうが。

 

「少し予想外の顔もあったが……大丈夫か、むつき」

 

 剛田が来たというのは、オレのクラスメイトにとっては重荷になっていないだろうか。彼はむつきにとって、いまだに想い人であるはずだ。

 海浜公園のビーチに建てられた簡易更衣室内で、水着に着替えながら彼女に問いかける。……オレの水着は、プールの時にアリサが購入した黒ビキニ。スクール水着を除くと、これしか持っていないのだ。

 眼鏡を取って半袖のシャツを脱いだむつきは、オレの言葉に少し力のない苦笑を返した。

 

「まったく気にならないってわけにはいかないけど、楽しめないほどじゃないよ。たける君と海に来れたことは、純粋に嬉しいしね」

「そうか。……あまりオレが気にしても仕方ないとは思うが、一応な」

 

 海鳴二小側で聖祥組との連絡役になっているのは、間違いなくオレだ。ある意味、彼をこの場に呼んだのはオレの責任みたいなものだ。

 もちろんオレとしては、とっとと互いの想いを打ち明けてすっきりしろと思う。とはいえ、むつきの感情に土足で立ち入るわけにもいかない。やはり恋愛とはデリケートな問題だ。

 聖祥側でオレと同じ立ち位置の、そして剛田に思いを寄せられていたなのはが、オレ達の会話に加わる。

 

「なのはは、むーちゃんのことを応援するよ。……むーちゃんの告白が断られちゃったのは、ある意味わたしのせいだもん」

「なのちゃん……。ううん、そんなこと気にしなくていいんだよ。わたしが、もっと早くに勇気を出せてればよかったんだもん。なのちゃんのせいじゃないよ」

「でもでも、なのはがもっと早く自分の気持ちに気付いてれば、剛田君だってむーちゃんにOKしてただろうし……」

「それは違うよ。たける君は、なのちゃんを好きになった時点で、たとえ勝ち目がなくたって思い続けたはずだよ。そういう男の子だもん」

「そうかもしれないけど……」

「二人とも、あまり仮定の話でネガティブになるな。過ぎた話をしてどうなったかなど分かるものでもないし、今がどうなるものでもない。もっと生産的に考えろ」

 

 なのはとしてはむつきを元気付けようとしたのだろうが、どうしても後ろめたい感覚があるのか、盛大な自虐大会に発展しかけた。鋭く差し込み、二人を止める。

 だが、逆にこうなればオレはいつも通りに振る舞える。客観的に、冷静に状況を判断する。

 

「なのははむつきの恋を応援したい。それだけで十分だろう。余計なことを考える必要はない。むつきだって、そんなことで応援されても嬉しくないだろう」

「……そうだね」

「むつきも、臆病になるな、と言うのは酷だろう。だが自分に何の魅力もないなどとは思うな。オレが名前で呼べた、その意味をよく考えろ」

「ミコトちゃん……そう、だったね」

 

 むつきにとって、あの告白は「ふられた」という結果になってしまっているだろうが、客観的に見た場合、全く脈がなかったとは思えない。彼は「なのはに会わなければ違っていた」と語った。

 むつきを傷つけないための方便、ではないだろう。むつきの証言、そしてなのはの変化を受けての行動から、そんな駆け引きが出来る性格ではないことが分かる。正面突破が似合うキャラクターだ。

 つまり、あのときむつきに語った言葉は、紛れもなく彼が思った本心である可能性が高いのだ。そして今の彼は、なのはにふられている。

 もちろんそれですぐにむつきとくっ付くとはいかないだろう。彼は一度彼女の気持ちを袖にしている。剛田にだって思うところはあるだろう。翠屋FCの応援の際にそれは分かっている。

 二人が自分の気持ちに逃げずに向き合い、もう一度真正面から顔を合わせる必要がある。それがいつになるかは分からないが……オレだって、応援したい。むつきは「ただの知り合い」ではないのだから。

 

「そうだよ、むーちゃん! 水着姿で悩殺しちゃえ!」

「い、いちこちゃん!? 急に抱き着かないで、水着着れないっ!」

 

 さくっと水着に着替えたいちこ(緑と青の縞模様のセパレート)が、まだ水着を着ていないむつきに後ろから抱き着いた。彼女もむつきの告白を手伝った身として、協力の意志があるようだ。

 

「悩殺云々は置いておくとして、一緒に遊ぶというのはいい考えだな。何かに夢中になっているうちに、お互い意識の障壁が取り除かれるかもしれない」

「それ、絶対いいの! じゃあ、どこかのタイミングでむーちゃんと剛田君を二人っきりにして……」

「待った待った、それだとむーちゃん固まって動けなくなっちゃうよ。最初は皆一緒で、さりげなく二人の距離を近付けるようにしなくちゃ!」

「む、無理だよぉ! っていうか、そんな相談わたしの前でしないでぇ! あといちこちゃん、本当に水着着れないからぁ!」

 

 ちなみにむつきはいつもと同じてるてる坊主スタイルだ。水着を手に持って着ようとしているので、タオルの下は一糸纏わぬということになる。

 いちこがふざけてタオルをめくる。案の定パンツすらはいておらず、裸を見られたむつきは悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。顔を真っ赤にして涙目である。

 

「い、いちこちゃんのバカぁ!」

「いやぁ、いい反応。むーちゃんもキレーな体してるんだから、隠す必要ないのにー」

「だ、だって恥ずかしいんだもん!」

「女の子同士だし、そこまで恥ずかしがる必要ないと思うんだけど……」

「それはオレも同意だが、人それぞれだろう。皆が皆、君のように男にでも裸を見られて平気というわけにはいかんよ」

「なのははそんなに恥知らずじゃないもん! ちゃんとタオルで隠してたもん!」

 

 先日銭湯で男湯に吶喊した女が何を言っているのか。オレにはとても出来ない。

 他の連中もガイが女湯の露天風呂に来て平然としていたが……オレが過剰反応なだけなのだろうか? 確かに彼はヘタレ故に無害だが、だからと言って男に裸を見られて平気という神経は理解出来ない。

 ……もしかしたら、ハラオウン執務官に着替えを見られたことが、心的外傷(トラウマ)気味になっているのかもしれない。自分がそんな繊細な女だとは思えないんだがな。

 そんなこんなをしているうちに、オレは水着に着替え終えた。相変わらず、子供らしくない格好だ。

 

「……何をジロジロ見ている」

「ちょっとこれは、むーちゃんが悩殺するのは無理かなーって」

「ミコトちゃん、大人っぽい……わたしよりちっちゃいはずなのに」

「にゃはは。ひょっとしたら、ナンパとかされちゃうかもね」

 

 こんな幼児体型にナンパする男がいたら、途方もないロリコンだな。

 そんなこんなで話は移り、着替えを終えた順に更衣室を出た。

 

 

 

 

 

 いたよ、途方もないロリコン。

 

「ねえねえ、キミ一人? 暇だったら、俺らと一緒に遊ばない?」

「いいとこ知ってんだけど。退屈させないからさ」

 

 見たところ中学生から高校生ぐらいの、頭に何も詰まってなさそうな顔つきの少年……青少年? ともかく、そんな二人組が皆から離れたオレに声をかけてきた。

 アリサが持ってきたというパラソルを立てて荷物置き場を作り、とりあえずいくつか飲み物を買って戻る途中の出来事だ。

 ……学校では男から声をかけられることはなく、彼らの意気地のなさに落胆のような感情を覚えないでもない。かと言って、このように軽薄な対応を望んでいるわけでもない。

 オレは無視して、目の前に立ちはだかった二人組の間をかき分けるように、無言で通り過ぎようとした。そんなオレの腕をつかむチャラ男A。

 

「まあまあ、そう慌てないで。少しぐらいお話しようぜ?」

 

 特段体格に優れているわけでもないオレが、力で年上の男に敵うはずもない。……握られた腕が少し痛い。女の扱いがなってない連中だな。ナンパをするなら、まずはそこから学べというのだ。

 言葉を交わすのも不愉快に感じたから無言で通り過ぎようとしたのだが、致し方ない。

 

「人を待たせている。邪魔だから失せろ、ロリコンども」

「うわっ、強気ぃ。気の強い子って嫌いじゃないわ」

「そういうのも需要あるからさ。身長や胸の大きさなんか気にしなくていいんだよ」

 

 何やら勘違いしているようだ。どうやら彼らはオレのことを「発育の遅れた同年代」と認識しているようだ。現実を突き付けてやれば、目も覚めるか。

 

「小学三年生を口説こうとしているロリコンという意味だ。性犯罪者を相手にする趣味はない」

「あはは、冗談も上手いんだねぇ。こんなにビキニが似合う小学生はいないっしょ」

「どこ中学? もっとキミのこと知りたいから、一緒にお茶しようよ」

 

 断るための方便と思われてしまった。紛れもない真実なのだが。というか見た目で分かるだろう。125cmにも達していない身長だぞ。解せぬ。

 さてどう切り抜けたものかと、一切の危機を感じず睥睨する。最悪関節でも外してやればいいのだが、今日は遊びに来たのだ。あまり荒事にするのも好ましくない。

 なおもオレを誘おうと、掴んだ腕を離さないチャラ男A。ここまでされたら正当防衛も成立するだろうかと思考がバイオレンスに傾き始めたとき、状況が動いた。

 

「そこの男二人。我が主に何か用か?」

 

 覇気をまとったシグナムが現れた。買い物から帰って来ないオレを心配してきたようだ。

 彼らよりも身長が高く、歴戦の空気を纏う女性に対し、ここまで押せ押せの姿勢だった二人組がたじろぎ、ようやくオレの手を離す。掴まれていたところが赤くなっている。痣にはなっていないようだ。

 シグナムの覇気が怒気に変わった。どうやら彼らを「オレに害を成す外敵」と判断したようだ。立ち居振る舞いでこいつらが武道をやっていないのは明白だが、それでもヤバイということは感じ取れたようだ。

 

「し、失礼しましたーっ!」

「あ、ちょ、こら! 置いてくなよォ!?」

 

 一目散に退散していくナンパども。奴らが視界から失せるまで怒気を放っていたシグナムは、その後気遣わしげな視線をオレに向けた。

 

「大事ありませんか、主ミコト」

「多少痕になった程度だ。すぐに治る。心配をかけたな」

「騎士の務めです。御身の危機にすぐに駆けつけられず、不覚でした」

 

 オレも、まさか中学生と勘違いされるとは思っていなかった。見るからに小学生、その中でも小柄の部類なのだが。シグナムの落ち度ではない。

 そう言って、謝罪するシグナムの頭を上げさせる。「気にしていない」ではなく、ちゃんと「許す」と言わないと納得できないやつだ。

 

「……シグナム。オレはそんなに小学生に見えないか?」

 

 ビニール袋に入れたジュースを半分持ってもらい、荷物置き場に戻りながら、隣を歩く"オレの騎士"に尋ねる。

 しばし、彼女は考えた。

 

「普段の御格好ならば、とても愛らしく、歳相応に思えましょう。今日の御姿は、可愛らしさよりも妖艶さが際立っている。恐らくはそのせいかと」

「そうか。やはりアリサのせいか」

 

 やはり、この水着のせいだった。奴らも言ってたしな、「ビキニの似合う小学生はいない」と。これは抗議せねばなるまい。

 別に可愛さを求めているわけではない。だが、ナンパという実害を被ってしまった。これは十分にデメリットと言えるだろう。

 戻ったら、まずはアリサに文句を言おう。そう決めて、改めてシグナムを見る。

 

「そうそう。似合っているぞ、シグナム。やはりビキニは、お前やシャマルのように、スタイルのいい大人が着るのが相応しい」

「も、もったいなきお言葉です……」

 

 赤と紫のビキニで素晴らしいボディラインを強調するシグナムは、本心からの褒め言葉に顔を朱に染めた。

 

 

 

「――以上の結果から、「オレにビキニは適していない」と主張する。似合う似合わないの問題ではなく、好ましくない結果につながるということだ」

「みみっちいこと気にしてんじゃないわよ。相手の頭がパープーだっただけで、似合ってたって証明でしょ。自分の容姿を自覚して注意しておかないからそういうことになるのよ」

 

 戻るなり、アリサと口論を始める。彼女としては、オレがナンパされたという事実は大して驚くべきものでもないという認識のようだ。

 海鳴二小の面々(特にあきらとむつき)はナンパ男どもに対して殺気立ったが、シグナムが威圧して追い払ったと聞いて落ち着いた。彼女達の誰かと一緒だったなら、ナンパなどされなかっただろう。

 確かに、一人で問題ないと判断したのはオレだ。故にオレ自身が招いた悪因悪果かもしれない。だが、大元の原因を作ったのはアリサなのだ。

 

「いい? あんたは「可愛い女の子」なのよ。無防備でいたら、悪い男にいいようにされちゃうわよ」

「そうなったら相応の報いを受けさせるまでだ。一応、自分の容姿が人目を引いている自覚はある。オレはそこまで鈍感でもなければ、謙虚を気取るつもりもない」

「それじゃ足りないっつってんのよ。自分が男の子にとって魅力的だってこと、ちゃんと自覚しなさい」

 

 どう違うのだろうか。男がオレの容姿に見惚れることがあるというのは、経験則的に分かってはいるのだが。それでも今まで行動を起こしたやつなど、ユーノぐらいしかいない。

 ナンパなどという行為を受けたのは初めてなのだ。というか、この歳でこの見た目で、そうそう受けてたまるものかという話だ。

 やはり、解せぬ。

 

「大体、本当に嫌なら新しく水着買ってるはずじゃないの? 資金難は脱出したんでしょ?」

「無駄遣いを嫌っただけだ。着られる水着があるのに新しく購入するなど、無駄以外の何物でもないだろう」

「……ああ、そういうやつだったわね、あんたって」

 

 口には出さないが、リッターの三人とはやての水着を購入したというのも大きい。ギルおじさんが仕送りを自重しなくなったため貯蓄は出来たが、出費は出来るだけ抑えたいのだ。

 オレが一般的な女子と違って着飾ることにそれほどの興味を持たないことを思いだし、アリサはため息をついた。相変わらず失礼なやつだ。

 ……別に、代わりの水着をアリサに要求するつもりではない。単にあった事実を共有し、次があったときに気を付けてもらいたいだけだ。

 

「体が大きくなったら、水着を新調することもあるだろう。そのときに、君がまた同じことを言い出さないとも限らない」

「あんたがビキニは嫌ってのは分かったわよ。次のときは気を付けるわ」

 

 次はない方が望ましいがな。借りを作るのは、相変わらず苦手なのだ。

 とりあえずの決着をつけ、アリサとの口論を終える。ここまで黙ってオレ達のやり取りを見ていたあきらが、アリサが選んだ水着に評価を下す。

 

「けど、実際皆似合ってるのよね。ミコトもそうだし、フェイトのや、ソワレとアリシアのもアリサが選んだんでしょ?」

「うん。わたし達、学校の水着しか持ってなかったから、アリサが「それじゃダメ」って買ってくれたんだ」

 

 色気づくには早い歳だし、学校指定の水着でもいいと思うがな。下手な水着よりはまともな格好だ。

 あきらの水着は、普通の夏物衣類のようなもの。タンキニ、というやつだったか。白地に赤で模様が付けられた、活動的な彼女らしい水着だ。

 スクール水着を着用している子供は一人としていない。……状況は、かつてのアリサの言葉を肯定しているようだ。

 

「ミコトの言い分も分かるんだけど、アリサの意見も間違いじゃないと思うし、わたしはどっちかっていうとアリサ側なんだよね」

「それが正常な反応ね。ミコト達が貧乏根性染み付きすぎてるだけなのよ」

「わ、わたし達も?」

「節約家と言ってもらおうか。誰が何と言おうが、贅沢は敵だ」

 

 贅沢をして経済を回すのが仕事の君達とは違うんだよ、ブルジョワジー。オレの言葉に、アリサは「分かってるじゃない」とふんぞり返る。

 

「一度アリサの家も見てみたいわね。ミコトと違って、わたし達は聖祥組とそこまで付き合いあるわけじゃないし」

「こいつもあたしの家は見てないけどね。何なら、お茶会のときに海鳴二小組も全員招待するわよ。そのぐらいでどうこうなる家じゃないし」

「月村レベルで考えれば、言葉通りなんだろうな。あの屋敷で個人の邸宅だということが、いまだに馴染まない」

「そうかな。あれぐらいなら、個人での所有もあり得ると思うけど」

「……そうだったわね。フェイトも元々はブルジョワの子だったのよね」

「貧乏人は肩身が狭い」

 

 ふざけてあきらと肩を組みながらフェイトと距離を取る。彼女はショックを受けてこの世の終わりのような顔をした。泣かせないように、抱きしめて慰めた。

 話を切り上げ、はやてを探す。彼女は狼形態のザフィーラにまたがって、ビーチバレーの観戦をしていた。今はヴィータ&月村となのは&アリシアが対戦中。……いじめもいいところだ。

 荷物番を買って出てくれたシグナムに礼を言い、オレたちも皆に合流することにした。

 

 

 

 

 

「ミコちゃん、遅かったなぁ。何かあったん?」

 

 はやての隣で手を繋いでいたソワレを抱きしめながら、彼女の問いに答える。

 

「少しな。あまり気分のいいものではなかった」

「あー……手ぇ出さんかった?」

「出す前にシグナムが来てくれた。彼女の一睨みで退散する小物だったよ」

「ならええわ。ミコちゃんも怪我してないみたいやし」

 

 一応周りに配慮して――特にソワレの情操教育に――省略多めで会話をする。それではやてはおおよそを察してくれた。

 あまり引っ張っても仕方がないことだ。さっさと話題を変える。

 

「水着、似合ってるぞ」

「あはは、ありがと。まあ、海には入れへんのやけどな」

「気分は味わえるだろう。着ることすら叶わなかったプールのときから考えれば、大進歩だ」

 

 はやての水着は、着るのが楽そうな白黒縞々のセパレート。だらしなくはない、絶妙なチョイスだ。さすがはヴォルケンリッターのファッションを一手に担っているだけはある。

 リッターの女性三人の水着は、全てはやてが選んだものだ。シャマルは明るい緑色のビキニで、ヴィータはワインレッドのワンピースタイプ。シグナム同様、よく似合っている。

 

「はやてが楽しんでくれていれば、オレも嬉しい」

「楽しんどるよー。今も圧倒的な実力差のビーチバレーを見て楽しんどるしな」

「ふぇぇ! す、少しは手加減してほしいのぉっ!」

「ヴィータもすずかおねえちゃんも、ほんき出しすぎだよ!」

「へっ! 勝負事、しかも球技で手なんて抜けるかよ! そうだろ、すずか!」

「もちろんだよ! 遠慮なんて一切しないからね、なのちゃん! シアちゃん!」

 

 ズドンッという音を立てて月村のスパイクが炸裂し、二人はピクリとも反応できず得点を許す。もはや二人とも涙目だ。

 それを月村は、恍惚とした表情で見ていた。……やはり、そういう性癖も持っているのだろう。オレは対象になりたくないものだ。

 

「ミコちゃんもビーチバレー、せえへん?」

「……月村かフェイトのどちらかと組めるのなら、考えてもいい。オレの身体能力でアレを相手にするのは無理だ」

 

 何度でも言うが、オレ自身の身体能力は、同年代女子の平均にちょっと色を付けた程度のものだ。常識外れのパワーを相手に出来るレベルにはない。

 フェイトも、月村のあのパワーを真正面から相手にする気は起きないようで、苦笑いだった。……今日は管理世界の事情を知らない連中もいるし、こっそりでも魔法は使い辛いだろうしな。

 

「アレを相手にするのは、男連中の仕事だろう。そうは思わないか、藤林」

「えっ!? ぼ、僕ですか!?」

 

 たまたま近くにいた翠屋FCのGKにしてキャプテンの少年に向けて無茶振りをしてみる。必然的にその隣には、彼の恋人である鮎川の姿があった。

 ……どうでもいいが、ガイと名字が近すぎだ。さすがにいちことはるかの田井中・田中コンビほどではないにしろ、間違えそうになって困る。

 いきなり話を振られ、どう答えていいか分からず狼狽える少年。柔軟性が足りないな。お前の友人ならば、軽口の一つも返していたぞ。

 

「恋人の前なのだから、いい格好の一つでも見せてやるといい。命の保証は出来んがな」

「いやですよ!? ……っていうか、大げさすぎですよ、チーフさん。たかだかビーチバレーで、そんな……」

「チーフ言うな。あれを見て同じことを言えるのか?」

 

 なのはが「にゃあああ!?」と悲鳴を上げながら逃げた地面に、バレーボールが突き刺さり、埋まる。跳ねろよ。よくあれでボールが壊れないものだ。

 藤林少年が言葉を失った。どうやら彼はこんなバカげた光景を目にしたことはないようだ。これなら恭也さんの剣術の方が衝撃映像だな。

 折よくなのはとアリシアが降参宣言をし(ビーチバレーとしては激しく間違った光景である)、対戦枠が空いた。

 

「ほら」

「「ほら」じゃないですから! 無理ですって、あんなの受けたらほんとに死んじゃいますよ!」

「お前はゴールキーパーなのだろう。あのぐらいを受け止められないでどうする」

「あれを止めるぐらいなら至近距離からシュートを止める方がずっとマシですっ!」

 

 弱気な藤林少年。情けない姿だが、鮎川の方も彼の意見に賛成らしく、オレに苦笑を向けた。うまいことスケープゴートにしてやろうと思ったのだが。

 ならば仕方がない。

 

「剛田、お前はどうだ。あれを前にして臆するか?」

 

 視線を巡らせるまでもなく、小学三年生にして身長150cmを超える巨体を持つ剛田少年のことは、視界に収めていた。彼に向けて、やや挑発めいた問いかけを投げる。

 彼は――少しプライドを刺激されたようで、心外だと言うようにオレを見た。

 

「別に。空手の試合で、顔面で受けることもあるっすから。バレーボールはやったことねっすけど」

「逃げ言葉に聞こえるぞ。月村もお前と同じカリキュラムで体育の授業を受けている以上、未経験である可能性は高い。それでも彼女は、逃げていない」

 

 「む」と黙る剛田。事実、月村の動きは身体能力任せで無駄が多く、手探りでプレイしている印象を受ける。……手探りでアレというのが、恐ろしい話だ。

 彼が言葉に詰まったのを見て、オレは一気に畳み掛けた。

 

「自分に言い訳をするなよ。現実は覆らず、待ってもくれない。機を逃せば、もう取り返しはつかないかもしれない。それを見定める目を持たないお前は、愚直に突っ走るしかない。障害物を全て蹴散らしながら、な」

「それって……」

「どういう意味で受け取るかはお前次第。オレは自分がビーチバレーに参加したくないから、適当にスケープゴートを立てようとしているだけだ」

 

 むつきに協力すると宣言したのだ。これぐらいの背中押しはするさ。彼も、この言葉を理解するだけの知力はあるはずだ。

 彼はしばし押し黙り、――パァンと自分の頬を打った。気合を入れたようだ。

 

「藤原ァ! 次行くぞ!」

「はぁ!? 俺ぇ!? 巻き込むんじゃねえよバカヤロウ!」

「うるせーよバカ! 死なばもろともって言うだろうが!」

「一人で死んでろよ、バーカ! 俺はお前みたいなカラテお化けと違って繊細なんだよ!」

「何が繊細だ、バーカ! 斬っても刺しても焼いても死ななそうな面だろうが! ごちゃごちゃ言ってねえで、やるんだよ!」

「やめろバカ! HA・NA・SE・YOっ!」

 

 なのはを慰めていたガイが剛田に羽交い絞めにされ、決戦のバトルフィールド(試合コート)に連行された。

 じたばたと暴れる想い人に向けて、なのはは大声で声援を送る。

 

「ガイ君、頑張って! なのはの仇をとってなの! ……ほら、むーちゃんも!」

「う、うん。……たける君! ファイト、だよ!」

 

 そして、剛田を思う少女もまた。彼は、右拳を握りしめ、高く掲げることで答えた。

 一連の出来事を、藤林は理解出来なかったようだが……鮎川なら理解出来るだろう。女の子ならば、理解出来ることだ。

 

「むつきちゃんって、そうなの?」

「そうらしいんよ。ミコちゃん達が手伝って、告白までしたみたいやで。結果はまあ、お察しやったけど」

「へー……友達思いなんですね、チーフさん」

「そういうわけではない。オレは、「手伝う」という自身の宣言を守っているだけだ。あとチーフ言うな」

 

 あんまりオレをチーフと呼ぶと、君の恋人が血を吐くことになるぞ。急性ストレス性胃潰瘍で。オレの忠告を、最初は冗談だと思って笑っていた鮎川だが、オレが真顔のままなのでコクコクと頷いた。

 これで一気に進展とはいかないだろうが、それでもわずかに前進は出来た。少しずつでも前進出来るなら、二人の関係はいずれ収まるべきところに収まるだろう。

 それがいつになるのかは分からないが……その日が来るまで、オレは協力し続けよう。オレは自分の意志で彼女の恋を手伝うと決めたのだから。

 心の中で誓いを新たにし、やけくそ気味のガイが構えを取ったことで開始したビーチバレーの試合を眺めた。皆と一緒に。

 

 

 

 そんなオレの背に――オレ達の背に、ひどく懐かしく感じる声音がかけられた。

 

「相変わらずみたいですね、ミコトさんは。だけどとてもミコトさんらしくて……素敵だと思います」

 

 最初に気付いたのは、なのはだった。……思えば彼女は、彼とは長い時間を共にしていたのだ。それだけ、オレ達以上に彼の声を聞き慣れていただろう。

 彼女は弾かれたように後ろを振り返り、固まった。釣られるようにフェイトも同じようにして、同じように固まる。

 彼を知る人間が、次々に同じ行動を取り、そして固まっていく。懐かしさからどうしてもそうなってしまうのだろうと、冷静な思考が答えを弾く。

 オレは……すぐには振り返らず、思い出を振り返っていた。彼の依頼を受けて奔走した一ヶ月間のことを。そして、別れ際の約束のことを。

 まさかこんなに早く再会をすることになるとは思っていなかった。それも、こんなビーチで。彼はミッドチルダで資料探しをしているはずだったのに。もう終わったんだろうか。

 様々な思いや考えが、浮かんでは消える。オレ一人で考えたって分かることではないのだ。本人が後ろにいるのだから、直接聞けばいい。

 オレは口元に小さく笑みを浮かべた。皮肉ではなく、本心からの笑みだ。知人との再会の喜びだったのか、それとも別の何かだったのか。それはオレにも分からない。

 

「そう思うのはお前の自由だが、随分と偏った評価だな。少なくとも、公平ではない」

「そうかもしれません。けど、それで構いませんよ。僕にとってあなたは、今でも最高のリーダーのままなんです」

「随分と買いかぶられたものだ。……まあ、悪い気はしないよ」

 

 言葉を先行し、オレもまた、彼女らに倣うように振り返った。

 

「そういうお前は、さぞ頼れる男になっ……――」

 

 そして皆と同様、言葉の途中で固まってしまった。

 

 

 

 なんだ、これは?

 

「あはは、どうでしょうね。さすがに2ヶ月半じゃ、あまり大したことは出来ませんでした」

 

 そう言って鼻の頭をかく筋肉お化け。

 

 もう一度言う。筋肉お化けである。

 オレ達がよく知るボーイソプラノの少年は、豊かな金髪をショートカットにしたあどけない少年の顔のまま、筋肉お化けとなっていた。

 隆起した二の腕。逞しい大胸筋。腹筋は6つに割れ、くっきりとした濃淡の溝を作っている。バミューダタイプの水着から覗く足は、水着の布地に悲鳴を上げさせるほどゴツゴツしていた。

 かつての少年の頼りなさは何処にもなく、筋肉お化けの形容に相応しい姿となったユーノ・スクライアの姿が、そこにはあった。

 皆が固まった理由を理解した。ああ、これは固まるしかない。それが正常な反応だ。

 これは、ない。

 

「……チェンジで」

「えっ!? な、なんで!? どうしてなんですか、ミコトさん!」

 

 何とか絞りだしたオレの一言に、皆が頷き、同意を示したのだった。

 

 彼は「夜天の魔導書」の情報と引き換えに、少年時代の大切な何かを失ってしまったのかもしれない。……そんなわけないか。




筋 肉 流 法 。というわけで、結局ユーノ君の筋肉化は止められませんでした。ちなみに身長もあまり変わっていないので、非常にミスマッチな格好となっています。そりゃチェンジだわ。
ちなみに見せ筋ではなく実用筋です。トレーニングで身に付けたものではありますが、(実用方面での下地がないわけじゃ)ないです。

ミコトちゃんをナンパさせてみました。なお、ナンパした少年たちは中学生なので、一概にロリコンとも言えません。年齢差4程度なら許容範囲か? ただ、海に来て小学生をナンパはないでしょう。
実際ミコトは小学三年生としても低い身長であり、もしそれで中学生だったとしたら、低身長ってレベルでは済まないでしょう。多分。
ナンパされてしまったのは、ミコトの持つ雰囲気の為せる業なのでしょう。あと黒ビキニの魔力。


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三十九話 ビーチ 後編 貉

今回はユーノ視点です。何気に初です。

結局またしても4日かかってしまいました。リアル事情が落ち着くまでは投稿ペース戻らないかもです。

2016/02/09 思い切って一週間ほど執筆を休むことにします。お楽しみいただいている皆様方にはご迷惑をおかけしますが、ご理解いただけますようお願い致します。

2016/10/13 誤字報告を受けたので修正
須らく→全て 例の「須らく」の誤用です。探せばまだ見つかりそう(白目)
詳しくは十六話その一のまえがきを確認してください。


 久々の第97管理外世界、初めてのビーチ。彼らがここに来ているという話を聞き、クロノ達より一足先に会うべく、僕はやってきた。

 ほんの2ヶ月半前に別れたばかりの友人達との再会を、僕は心待ちにしていた。彼らとまた会えた喜びは……特にミコトさんと言葉を交わすことが出来た喜びは、筆舌に尽くしがたい。

 感動の再会にはならないだろうと思っていた。あの時はミコトさんとそこまで親密にはなれなかったし、彼女もロマンチストではない。

 だけど、ただ自然に言葉を返してくれるだけで、ミコトさんの中にちゃんと僕が残っているという感動が胸を打つ。うれし涙をこらえるのも一苦労だ。

 彼女がくれた言葉になるべく自然に、会話が流れるように返す。上手く出来たみたいで、少し笑っている感じがする。

 そして彼女は振り返り、僕を見て、少し驚いて目を見開いた。

 ――ミコトさんと交わした約束を果たすべく、僕はミッドチルダに帰ってから肉体改造を行った。体力はある方だったけど、それだけでは足りないと思ったんだ。貧相な見た目では、ミコトさんには釣り合えない。

 子供の内から筋肉を鍛えると身長が伸び悩むというのはあるが、そこは自前の補助魔法でカバーだ。治癒結界の応用で成長促進を行えば、肉体の成長と鍛錬を両立することが出来るはずだ。

 文武両道。恭也さんを参考に打ち立てたこの方針は、まだ途上段階ではあるものの、一定の成果はあげられている。あの頃は頼りなかった僕の体も、少しは逞しく成長することが出来た。

 それが、少しでもミコトさんの目に適っていたら、嬉しいな。そう思いながら、少し照れくさくて、鼻の頭をかいた。

 

「……チェンジで」

「えっ!? な、なんで!? どうしてなんですか、ミコトさん!」

 

 しかしミコトさんから下された評価は非情なもので、しかも他の皆――初対面の人達までもが首を縦に振った。

 まだ……まだ、足りないのか!? 力が必要なのか!!?

 

 

 

 そういうことではなく、僕の見た目に逞しい筋肉は似合わないということだった。……ここでも女顔が僕の行く手を阻むのか。

 

「そもそもオレはギルおじさんに当てた手紙で、その歳でウェイトトレーニングはやめろと伝えたはずだ。成長阻害に関しては、どうせ補助魔法でどうにかしているのだろうが」

 

 積もる話もあるだろうということで、一時的に僕達は皆から離れて荷物置き場に来ている。集まっているのは、元ジュエルシード探索チームとはやて、そしてヴォルケンリッターの一部。魔法の話も心置きなく出来る。

 事実として、管理世界の人間である僕がここにいる時点で、必然的に魔法関係の話を抜きには語れない。この処置は正直に助かった。

 手紙の件は、僕もちゃんと目を通している。グレアム提督が僕のトレーニング風景の写真(ロッテさんが撮影したやつだろう)を送ったらしく、それについてミコトさんから先述のレスポンスがあったことは知っている。

 

「お察しの通り、治療魔法の延長で成長を補助してます。それが完璧な対策でないことも承知の上です。それでも僕は、やめるわけにはいかなかったんです」

「お前の強みは高い補助能力と状況判断能力のはずだ。そんな脳筋みたいな真似をしてどうする」

 

 クロノにも言われたことだ。体を鍛えたところで、僕の最大の長所はそこじゃない。

 ミコトさんがあいつと同じ意見だということに少し思うことはあるけれど、多分二人の考えは正しい。僕のやり方が迷走してるのは自覚している。

 だけど、出来ることをしてるだけじゃダメなんだ。今のままじゃ、僕がミコトさんを振り向かせることは出来ないだろう。

 彼女のすぐ近くには、恭也さんという非常に魅力溢れる男性がいるのだ。そしてミコトさんは、常日頃から彼と接している。男性の基準が恭也さんになっている可能性は十分にある。

 だから僕は、最低でも恭也さんレベルの男になる必要があるのだ。あの、魔導を一切使わず魔導師を圧倒する、ただそこにいるというだけで皆に安心感を与えられるような、素晴らしい男性と同じように。

 

「だからこそですよ。これについては、たとえミコトさんの頼みであったとしても、折れるわけにはいきませんよ」

「……お前の選択に口出しをする権利はないから、何とも言えんが。ともかく、忠告はした。後悔する結果になっても、オレは知らんぞ」

「ええ、僕自身の責任ですから」

 

 はあ、とため息をつくミコトさん。……ミコトさんは、僕の気持ちを何処まで知っているのだろうか。

 非常に察しのいい人だから、もしかしたら全部バレバレなのかもしれない。だけど彼女は感情の機微には少し疎い人だから、案外あのときの言葉の真意に気付いてないかもしれない。

 あれは、僕に出来る精一杯の告白だった。本当は「あなたに相応しい男になれたら、結婚を前提にお付き合いしてください」って言えれば完璧だったんだけど。それは無理だった。

 結果、「もう一度あなたの指揮下に入らせてください」という、何とも情けないものになってしまった。……あれじゃ伝わらないよなぁ。伝わってたら奇跡だよ。

 そして現実に、現在僕は彼女主導のプロジェクトの指揮下に入っているのだから、因果なものだと思う。

 話が区切れ、本題に入る。何故僕がここにいるか、皆に伝えなければならない。

 

「……半月ほど無限書庫を調査した結果、意外にもあっさりと「夜天の魔導書」の資料を見つけることが出来ました。元の名前が分かっていたというのが大きかったみたいですね」

 

 「悪夢の書庫」の異名を持つ大図書館を相手にするのに、僕達は長期戦を覚悟していた。それが半月で結果を出せたのだから、資料が見つかったときは肩透かしを食らった気分だった。

 もちろん僕は万難を排すべく、対無限書庫用の検索魔法を構築して事に当たった。だけどそれだけでこんなに早く結果を出せるものじゃないだろう。実際、無限書庫をこの目で見たときの絶望感は今も覚えている。

 この「夜天の魔導書」という名前は、ヴォルケンリッターがミコトさんの指摘でバグを自力修正することが出来たことで思い出せたものだと聞いている。

 「闇の書の守護騎士」ではなく、「夜天の守護騎士」。ベルカ語で「雲の騎士」を意味するのがヴォルケンリッターなのだから、考えてみればその通りだ。そこに気付くからこそ、さすがのミコトさんだ。

 

「詳しい資料は明日、管理局メンバーが八神邸に持っていきます。僕はそのメッセンジャーも兼ねてるんです。もちろん、皆に会いたかったからっていうのが一番だけど」

 

 もっと言うなら、ミコトさんに会いたかったからというのが最優先だけど。それは今は言わなくていいし、言うだけの度胸もなかった。……度胸もつけないとなぁ。

 管理局メンバーというのは、グレアム提督とリーゼさん達、リンディ提督、クロノと補佐官のエイミィさん。この6人だ。彼らもまた「夜天の魔導書復元プロジェクト」の同士ということになる。

 ただ、彼らは時空管理局という組織に所属している以上、構成員としての仕事がある。この件に付きっ切りというわけにはいかない。管理世界との橋渡しとしては機能するけれど、やはり主力はミコトさん達なのだ。

 管理局、という言葉を聞いて、ヴォルケンリッターの一人――確かシグナムさんが、表情を険しくする。

 

「グレアム殿が引き込んだのなら心配はないだろうが……主ミコトは管理世界と必要以上に関わることを望んでいない。そこのところは大丈夫なのだな?」

「100%とは言えませんが、全員ミコトさんと面識のある人たちだから……って、主?」

「"ミコトの騎士"だそうだ。ヴォルケンリッターとしてではなく、騎士シグナムとしてオレを主として見ているらしい。……どうしてこうなった、だがな」

 

 そう言ってミコトさんは、口の端を少しだけ釣り上げた。笑っているというよりは、苦笑なのだろう。僕もつられて「あはは」と苦笑する。

 だけど、ミコトさんなら理解出来るかな。最高のリーダーである彼女なら、夜天の魔導書のマスターを主とするべき騎士が、ミコトさんを主にしても不思議はない気がする。

 この場にいるヴォルケンリッターはもう一人。はやてを上に乗せて移動の補助をしている蒼い狼。ベルカの守護獣、ザフィーラさん。

 

「シグナム以外も、全員ミコトをリーダーとして認めている。特にヴィータなど、主はやてよりもミコトに懐いている。常々「誰が主なのか忘れるな」と言い聞かせているのだがな」

「わたし達に黙ってはやてとミコトのベッドに忍び込んだこともあるしね。あれはずるかったよ」

 

 口は尖らせながらも、フェイトの表情は穏やかであり、充実した日々を送れているのだと感じた。ミコトさんによれば、フェイトやアリシアが二人の寝床に忍び込むこともあるらしい。ソワレは言うまでもない。

 どうやら八神家はヴォルケンリッターを含め、全員が互いを家族であると認識出来ているみたいだ。……管理世界で語られる「闇の書」とはかけ離れた光景だ。

 曰く、究極の魔導を約束する本。曰く、血と呪いで彩られた本。曰く、戦乱と殺戮を招く本。全て今のはやてとヴォルケンリッターには適さない形容だ。

 「夜天の魔導書」の情報を考えると、今の姿があるべき姿なのだろう。歴代の主によってどれだけ歪められてしまったのか考えさせられる光景だ。

 そして、それだけ歪められてしまったものを、果たして元に戻せるのか。……ミステールが主力となって修復を行うらしいけど、ミコトさんの"魔法"にも出来ないことがあるのは知っている。

 やはりどうしたって一筋縄でいくことではない。だからこそ……僕がミコトさんの力になるんだ。彼女に「最高の守護者」と評された者として、「最後のライン」を絶対に守り抜くんだ。

 

「僕からは、大体そんな感じです。詳しいことは明日の話し合い次第だと思うけど、今後も資料の探索は続けることになるかもしれません」

「そうだな。見つかった資料で何処まで出来るかはまだ分からない。それ次第では、また無限書庫に潜ってもらう可能性もある」

 

 僕が見つけたのは、あくまで「夜天の魔導書」の資料のみ。それだけでも膨大なものになったけど、それだけで修復できると決まったわけではない。追加の資料が必要になる可能性もある。むしろその可能性は高い。

 「健全な資料本」が「血を吸う魔道の本」と化しているのだ。歪み方が尋常ではなく、元の形と現状を比較するだけでは糸口がつかめないだろう。

 そうなったら、「改変の記録」が必要になる。「夜天の魔導書」が作られてから、「闇の書」となるまでの資料が。それを知るためには、やはり無限書庫しかないだろう。

 気が重い。だけど、それでミコトさんの力になれるなら、迷うことはない。喜んで本の迷宮にダイブしよう。

 用件は以上。ミコトさんからも特に質問はなく、空気が弛緩した。

 

 改めて、僕はミコトさんを見る。以前クロノから見せてもらった写真と同じ、黒の大人っぽいビキニ姿。神々しいまでに美しいその姿を、この目で見ることが出来た。

 ミコトさんは、同年代の女の子に比べて発育が遅れているように思う。身長はなのはよりも小さいし、全体的にほっそりとした体付きだ。

 だけど、彼女の大人びた表情と、纏っている雰囲気によって、大人向けの水着を見事に着こなしている。……ミコトさんがソワレの黒衣を纏った姿を初めて見たときと似た、それ以上の感動を覚える。

 

「その……とても似合ってますよ、ミコトさん。とても綺麗です。お世辞じゃないですよ」

「見れば分かる。それに、さっきもアリサから「自分の容姿を自覚しろ」と言われている。ありがたく受け取っておくよ」

 

 そう言って彼女は、口元に小さく笑みを浮かべた。……なにこれ、やばい。心臓が物凄くドキドキいってる。嬉しいのと恥ずかしいのと、ミコトさんの微笑みが可愛いのとで、緊張が半端じゃない。

 顔が熱いから、多分真っ赤になってるんだろうな。我ながらあからさまな反応だと思うけど……これでもミコトさんが気付くかどうかは分からない。

 自分がどれだけこの人に惚れこんでしまっているのか、自覚した。

 

「遅くなりましたけど……また会えて嬉しいです、ミコトさん。本当に」

「……そうか。そう言ってもらえるのは、オレも嬉しい……かもな」

 

 ミコトさんは、やっぱり見惚れてしまうほど美しい人だった。微笑みを真正面から見て、僕は間違いなく真っ赤になった。

 

 

 

 

 

 僕がミコトさんを好きになったのがどのタイミングだったのか、正確には覚えていない。いつの間にか好きになっていて、事件の後にクロノから指摘されて初めて気が付いた。

 最初からそうではなかったのは間違いない。だって僕は、初めの頃はミコトさんという女の子を掴みあぐねていたのだから。

 初めて出会ったときは男装――というよりは性別がはっきりしない格好をしていて、口調も相まって男性として認識してしまったのも大きかったのだろう。

 今から思えば、とても失礼なことを思っていたものだ。もし僕がタイムリープして過去の僕に出会えるなら、きっと殴り飛ばしてしまうことだろう。

 ミコトさんのことをはっきり女の子として認識したのは……多分、温泉のときだと思う。まだ敵対してたフェイトと共闘したあと、少しだけ見せた弱気な表情。恥ずかしそうな姿は、紛れもない女の子だった。

 それまではただ「協力者」だったミコトさんが、僕の中で確固とした存在になったのは、多分そのときだと思う。そのときには……協力者だけで終わらせたくなくなっていたんだろう。

 そして、フェイトとの停戦協定を経て、彼女は僕にとって……いや、僕達にとって「最高のリーダー」となった。もし彼女がいなかったら、フェイトと協力なんて出来なかっただろう。

 それがどれだけの効果をもたらしたのかは、事件の結末を見ればよく分かる。もしあのままいがみ合ったままだったら……何個かはプレシアさんの手に渡って、次元震が起きていた可能性もある。

 もちろんあのときにそこまでは分かっていなかったけど、それでもフェイトとの協力が大きな力になったのは間違いない。それだけのことを、彼女は見据え、実行してみせた。

 だから僕はミコトさんに憧れ、彼女の指示に従える日々にやりがいと充実感を覚えていた。不謹慎だけど、いつまでもこんな日々が続けばいいのにとさえ思った。

 そう考えると……その時点ではとっくに好きになってたんだろうな。だからクロノと会ったとき、あいつとミコトさんが話すのを見ていて、胸の辺りがもやもやしたんだろう。

 冬の空のように澄んだ混じり気のない声で、黒真珠のような輝きを持った瞳を向けて、僕以外の男と会話を弾ませていた。……紛れもない嫉妬だな。二人ともそんな気はないって分かってるはずなのに。

 実際のところ、クロノとミコトさんは、波長がよく合っていると思う。二人とも、理性が先行しているタイプだ。そして、会話の中に皮肉な冗談を混ぜる。似ている部分が多々ある。

 二人の会話が弾むのは当然だし、ミコトさんだって会話を楽しめるならそっちの方が嬉しいだろう。だけど……やっぱりもやもやは消えてくれない。割り切ることは出来なかった。

 いや……割り切る必要はないんだろう。だって僕は、ミコトさんのことが好きだって認めてるんだから。いつかは、彼女の隣に立ちたいと思っているんだから。

 いつの日か、それを現実に出来るように。僕はそう思って、自分に出来ることを始めたのだから。

 

「……すっげー筋肉。俺も空手で鍛えてるはずなのに……」

 

 ガイの同級生であるという「剛田猛」という少年のリクエストに応えて、力こぶを作ってみせる。この2ヶ月半で鍛えた筋肉は、どうやら武道をやっている彼よりも発達しているようだ。

 たけるは、身長で言えば僕より頭半個分ほど大きい。今は周りが女の子ばかりなので、その身長は特に際立っている。大人組を除けば、だけど。

 彼も僕と同じように腕を曲げて力こぶを作り、ガイともう一人の少年「藤林裕」が触り比べる。

 

「あー……いや、固さだと剛田の方が上だな。実際に攻撃受け止めたりするから、その分かね?」

「多分そうだろうね。それにしても……二人とも、とても同い年とは思えない筋肉だよね」

「ユーノはなんかスポーツとかやってんの?」

「ううん。2ヶ月半前からジムトレーニングをやってるぐらいだよ。あとは、日ごろの力仕事かな」

 

 今は男4人で集まってしゃべっている。……本当はミコトさんのところに行きたいけど、あっちはあっちで会話してるし、女の子達の中に単独で入り込む勇気はない。

 

「ジムって、僕達の歳だと普通使えないんじゃ……」

「ちょっと知り合いに融通してもらってるんだよ。僕は自己責任ってことでやってるけど、あんまり真似しない方がいいかもね」

「はぁー。イギリスって意外とすげえのな」

 

 ちなみに僕はイギリス人ということになっている。これは、グレアム提督がこの世界のイギリス出身であることに由来している。

 一応、彼からイギリスという国の言語・文化については講習を受けているので、質問をされても問題はない。イギリス料理といったら、フィッシュアンドチップスだ。

 

「ユウは、サッカーをやってるんだっけ」

「うん。翠屋FCっていうチームのゴールキーパー兼キャプテンだよ。ユーノ君は、翠屋は知ってるんだっけ」

「こっちに来てる間、結構お世話になったからね。サッカーチームの噂は聞いてるよ」

 

 実は一回試合も見てるんだけどね。あのときはフェレットモードだったので、迂闊なことは言わない。ガイもその辺は分かっているようで、特に言及はなかった。

 その代わり、いつものニヤニヤ笑いを浮かべながら別のことを話題にする。

 

「あすこにいるユーノが面識ない女の子が、こいつの彼女なんだぜ。しかも翠屋FCのマネージャーっていうね」

「へえ。見かけによらず、やるね」

「あ、あはは……何か、照れるね」

 

 ユウは恥ずかしそうに笑いながら頬をかいた。茶化されて慌てない辺り、付き合ってそれなりの期間なんだろうと推測する。

 そんな僕らに対し、たけるは難しそうな表情をしながらガイを見る。……多分同類だからなのだろう、僕にもその視線の種類は分かった。嫉妬だ。

 気になったので、ガイに向けて念話を飛ばす。

 

≪ガイ。まさかキミ、たけるの好きな子をハーレム!とか言ってかっさらったりしたの?≫

≪人聞き悪ぃな。……まあ、あながち間違いでもないんだけどさ≫

 

 ちょっとした冗談のつもりだったのに、まさかの正解だった。何やってんだ、このバカ弟子は。これは師匠として、しっかりと問い詰めなければならないな。

 

≪いや待て落ち着け。剛田の方は片思いだったんだよ。ちゃんと告白もして、その上で玉砕してんの。後ろ暗いとこはねえよ≫

≪……まあ、キミはそういうところで汚い真似はしない奴だったね。信じておくよ。それにしても……本当にハーレム作り始めたの?≫

≪あー、どうなんだろ。向こうは俺のこと振り向かせて一対一のお付き合い望んでるんだよね。いや俺も好きだけど、こう、ね≫

 

 わかんないよ。とりあえず、相思相愛の相手がいるということだ。……なのはかな。多分なのはなんだろうな。さっきも、以前と様子違ったし。

 人間関係をまとめると、ユウは向こうの女の子――確かあゆむと付き合ってるので無関係。たけるがなのはに片思いをして、だけどなのははガイと相思相愛で、なのにガイは相変わらずハーレムを考えている、と。

 

「とりあえず、ガイは爆発すればいいと思うよ」

「ちょ!?」

「い、いきなりどうしたの、ユーノ君?」

「ユーノ、お前……いい奴だな」

 

 たけるが僕の右手を取り、僕も握り返す。漢と漢の熱い友情、こんにちは筋肉。ユウは察しが悪いようで、置いてけぼりだった。

 

「ちょっと待て、爆発するべきなのは藤林一人だろ!?」

「そうなの!? ど、どうして!?」

「お前彼女持ちだろが! リア充はしめやかに爆発四散するべしって古事記にも書いてあんだよ!」

「いやそれはさすがに嘘でしょ! 僕は騙されないよ!」

「ユウは空気に乗れてないっていうか、一周回って純粋だね」

「藤原のネタが分かりづらいってのもあるけどな」

 

 3ヶ月前は連れまわされてたせいで、僕は分かっちゃうんだよなぁ。ああ、変態に毒されている……。

 ガイはユウに自分のネタの解説をするという恥辱を受ける羽目になった。自業自得なので手は貸さない。

 代わりに、たけると少し話をする。

 

「キミは、まだなのはのことが好きなの?」

「……いや。好きかどうかで聞かれたら好きだけど、もう付き合いたいとかはねえよ。藤原には、とっととくっつけって思ってる」

「そっか。吹っ切れてはいるんだね。まだくすぶってるようだったら、奪い取っちゃえぐらい言うつもりだったんだけど」

「物騒だな。ユーノって、藤原の友達じゃなかったっけ」

「友達だから絶対味方するってもんでもないだろ。それに、ガイのハーレム思想は共感できないし。いつまでもそのままなら、たけるの方がいいかなって思うよ」

 

 まあ、そうはならないだろうけどね。いずれガイはなのはの尻に敷かれる。彼女はあれでとても強い子なのだから。

 僕の言葉に、たけるは苦笑を浮かべる。全く同意、ということだろう。

 

「いい奴なんだけどなー」

「本当にね。ハーレム思想と変態で、全部台無しだよ」

「おう今聞き捨てならねえこと聞こえたぞ! 男は皆エロいんだよ! そうだろう、藤林!」

「え、ええ!? そんなことないよ! 僕はスケベじゃないっ!」

「ほぉう? なら聞くけど、お前鮎川さんの裸見たいって思ったことねえの?」

「!?!? そ、それは……」

 

 これは酷い。どう答えても糾弾される質問じゃないか。見たいと言えば「このスケベ!」だし、見たくないと言えば「好きな子なのに魅力がないのか」と言われるし。

 僕に置き換えてみる。僕の好きな人、ミコトさん。ミコトさんの裸。そんなの……見たいに、決まってるだろうがっっっ!!

 

「……えげつねえな」

「正直この質問は無効でいいと思う。好きな人が相手ならしょうがないよ」

「ほぉらほらほらほら、どうしたのー藤林クン? 変態か不能者か、好きな方を選びなヨー?」

「う、うぅぅぅぅっ! あ、あゆむちゃーん!」

 

 とうとう彼は逃げ出してしまった。自身の恋人の元へ行き、しきりの頭を下げて謝っている。彼の答えは、誇り高き変態だったようだ。

 

「正義は勝つ!」

「お前が正義とは思いたくない」

「こんなものが正義でたまるか」

 

 ――なお、これがきっかけでユウとあゆむは「一緒にお風呂」を経験することになるのだが、それとこの変態が正義であるかどうかは無関係である。

 

 

 

 その後、ガイはなのはに引っ張られていき、たけるも(何故か)いちこに引っ張られていき、僕一人になる。ならば少しでもミコトさんと会話しようと思ったところで、話しかけてきた人物。

 

「スクライア。少し、いいか」

「……ええ」

 

 ヴォルケンリッターのリーダー。そして、"ミコトさんの騎士"シグナムさん。彼女が話しかけて来ている間に、ミコトさん達は海の方に向かった。水遊びをするようだ。

 視線はシグナムさんから外さずに、マルチタスクの一部を使って意識はミコトさんを追う。それがこの人には分かったとでもいうのだろうか。

 

「お前は、主ミコトをどう思っている」

 

 そんなことを尋ねてきた。見定めるように、僕を見ている。……この人はミコトさんのことを本当に大事に思っているんだ。視線の質が、グレアム提督と同じだ。

 あのプレッシャーを経験していたからか、僕はスラリと答えることが出来た。

 

「好きですよ。一人の女の子として。それを聞きたかったんですよね」

「ああ。主に害を成す存在かどうかを判断するためにな」

「……どうでした?」

「あの男達とは違うようだ。少なくとも害意は見られないな」

 

 あの男達? なにか、あったんですか。

 

「……お前が来る少し前の話になるが、主ミコトは年上の男達から言い寄られていた。ナンパというやつだ。私が気付いて追い払ったから、大事には至らなかったが」

「詳しく聞かせてもらえませんか。場合によっては、その人たちと「お話」しなきゃならないかもしれない」

「生憎と顔も覚えていない。記憶にとどめる価値も無い小物だったということだ。お前が動く必要はなかろう」

 

 ミコトさんの方も、腕を強く握られて少し赤くなった程度で、怪我もなかったということだ。……本当によかった。

 安堵のため息をついた僕を見て、シグナムさんは視線にこもった緊張感を幾分和らげた。

 

「本当に主のことを慕っているのだな」

「お互い様ですよ。シグナムさんも、ミコトさんのリーダーシップに惚れ込んだんでしょう?」

「同じ穴のムジナということか。……お前の方は、もう少し深いようだが」

 

 それは勿論。彼女を好きと思うこの気持ちは、生半可なことで負けるつもりはない。……はやて相手だと勝てるか分からないけど。

 まあ、あの子は別格というかなんというか。僕も二人の間に割って入るつもりはない。僕との間に、新たな関係を作りたいだけだ。

 

「僕のことは、聞いてますか?」

「ああ。私達が召喚される前に、主ミコトが関わった事件の中核にいたのだろう。最高の守護者だったと聞いている」

「……はは、なんだろう。凄く嬉しいや」

 

 あのときの言葉が、ただの励ましなんかではなく、本当にそう思ってくれていたということが。涙が出そうになるほど嬉しい。

 そう思ってくれているのなら、僕はもっと頑張れる。ミコトさんの隣を歩くに相応しい男になれるまで、ひた走れる。

 

「……私は、主ミコトの騎士となって日が浅い。主から功績をたたえられるだけのことを成せていない。だから……少しお前が、羨ましい」

「天下のヴォルケンリッターの将からそう言ってもらえて、照れくさいやら恐れ多いやらですよ。……まだまだ、僕は止まる気はありませんよ。こんなんじゃ、彼女の隣に立つには、まだまだ足りない」

「そこは同意だ。主の才覚は、管理局提督にすら見初められるほどだ。主ミコトを守護する者として、今のお前を認めるわけにはいかん」

 

 グレアム提督からも言われてるんだよね。このままだとジェノサイドシフトコースだって。恐ろしい話だけど、ミコトさんが色んな人から思われているんだってことが分かって、ちょっと嬉しかったりもする。

 シグナムさんはそう言って、コホンと咳払いをする。

 

「私は、主の取り計らいで、剣道場の臨時講師などをしている。……魔導師にとって役に立つものかは分からんが、あって損はしないはずだ」

「……教えてもらえるんですか?」

「基礎だけだがな。その体の作り込みに、お前の本気を感じた。武人として、その心意気には応えたい」

 

 あって損をしないどころではない。本物の古代ベルカの騎士の手ほどきを受けられる。それが何を意味するか分からないほど無知ではない。

 是非もなく、首を縦に振った。

 

「ありがとうございます。今後もこっちに来ることはあると思いますし、その時は是非」

「再度になるが、基礎だけだ。その先は自力で鍛えろ。私とて、今だ強者に挑戦する身なのだ」

「……恭也さんですか?」

「いずれは士郎さんとも戦いたいものだが、今の私では無理だ。まずは彼を打倒するのが目標だな」

 

 御神の剣士は、古代ベルカの騎士よりも強いことが証明されてしまった。いやまあ、想像はしてたけどね。

 

 

 

 

 

 その後、シグナムさんと別れてミコトさん達が水遊びをしているところに向かおうとした。またしても呼び止められる。はやてだった。

 彼女は先ほどと同様、ザフィーラさんの上に乗って移動している。少しは足が動くようになったって聞いてたんだけど。

 

「ほんの少しやねん。まだ松葉杖つかんと歩けんし、それも二年前と比べたら全然や。だから今日はこうやって、ザフィーラに運んでもらっとるんよ」

「ビーチじゃ、車椅子も危ないね。そういうことか」

 

 ザフィーラさんはアルフ同様、基本的に狼の姿で過ごしているらしい。……考えてみたら、女所帯の八神家にたった一人の男性なんだよね。そりゃ人型で居づらいか。

 一応エールともやしさんは男性だったはずだけど、彼らは常に顕現しているわけじゃない。必要なときに呼び出されるタイプの召喚体だ。まあ、たとえ彼らを含めたとしても三人なんだけど。

 

「それで、僕に何か用?」

「用ってほどのもんでもないんやけど。以前のときって、わたしはあんまりユーノ君としゃべってへんかったやろ?」

 

 そういえばそうだ。というか、仕方ない話だと思う。あの事件のとき僕が八神邸にお邪魔したのはミーティングのためで、当時のはやては魔法の力を持っていなかった。必然的に蚊帳の外になってしまっていた。

 ……あのとき、僕がもう少しはやてに注意を向けていれば、闇の書の存在に気付けていたんだろうか。いや、多分無理だな。フェイトが一緒に生活してて気付かなかったんだから。

 

「この足やと水の中に入るのは無理やし、それならせめてお話を楽しみたいやん。んで、ちょうどいいところにキミがおったわけや」

「なるほどね。いいけど、僕もせっかくビーチに来たんだから、ちょっとぐらいは海に入りたいんだ。いつまでもは付き合えないよ」

「ええよー。わたしも鬼やないし、ちょっとぐらいならミコちゃんと遊ぶの許したる」

 

 ……この反応、僕の気持ちってはやてにはバレてるってこと? いや、おかしい話じゃないか。お別れのときにはやてもいたし、離れたところから見ていた彼女なら気付いても不思議はない。

 はやてはそう言ってニヤニヤと笑った。うん、確実にバレてるね。それがどうしたと開き直ってみる。実は結構やせ我慢だったりします。

 

「わたしからのプレゼントは気に入ってもらえた?」

「……あの写真のことか。あれって、はやての差し金だったんだ」

「そらーミコちゃんが写真のお返しなんて気を利かせるわけないやん。で、感想は?」

 

 結構なお点前で。あの写真を見たときは、その場にいられなかった嘆きで思わずクロノに掴みかかってしまったけど、ちゃんとプリントアウトして僕の宝物の一つになっている。

 が、それを認めてしまうと何か負けた気分になる。余裕っぽい笑みを浮かべて、腕を組む。

 

「本物に比べれば、どうってことはなかったよ」

「そう? 他にも色々写真あるんやけど、ほんならユーノ君には必要ないなぁ」

「ごめんなさい強がりましたほしいです」

 

 あっさり掌を返した。情けないと笑いたければ笑え。プライドじゃミコトさんの写真は手に入らないんだよ!

 頭を下げた僕を見て、はやてはからから笑う。

 

「なんや、体はやたらムキムキになったけど、中身はまだまだみたいやなぁ。それじゃあミコちゃんはあげられへんよ」

「……さっきシグナムさんにも言われたよ。日々努力は怠ってないんだけどね」

「方向性の問題やない? 体鍛えたからって、気持ちは鍛えられへんよ。そういうのは人との交流で鍛えるもんや」

 

 それは、そうだろうね。いくら知識を集めたところで、魔法を洗練させたところで、体を鍛えたところで。僕は9年弱しか生きておらず、経験は少ない。心を鍛えるのは、どうしても時間がかかる。

 だけど、健全な精神は健全な肉体に宿るという。僕がやっている"下準備"も間違ってはいないはずだ。

 

「こんな程度でミコトさんの隣に立てるなんて自惚れてはいないよ。もっと強くなって、もっと経験を積んで、もっと頼れる男にならなくちゃ」

「向上心があるのはええことやな。……人様の恋愛にあんま口出しするのもアレやし、どんな結果になってもユーノ君の自己責任ってことで」

「そりゃそうだよ。僕の恋愛なのに、他人任せでどうするのさ。僕自身の力でミコトさんに振り向いてもらえなけりゃ意味がないよ」

「……難儀やなぁ。キミも、ミコちゃんもや」

 

 はやては苦笑をして、ザフィーラさんに運んでもらって荷物置き場に向かった。……難儀、か。恋愛っていうのは、きっとそういうものなんだろう。

 決まった解答はなくて、そこに到る過程も千差万別。どんな数式よりも難解で、この世で最も単純な感情。だからこれは、僕とミコトさんに限ったことじゃないだろう。

 ガイとなのはの関係も、たけるの片思いも、ユウとあゆむのお付き合いも。全て難儀なものなんだ。

 だから、どんな結果になるかなんて僕には分からない。ひょっとしたら、どうしようもないぐらい悲しむ結果になるかもしれない。身を裂かれるほど辛い思いをするかもしれない。

 それでも……それでも、簡単に諦められるなら、初めから人を好きになったりなんてしないんだ。

 

 

 

「はやてと何の話をしていた?」

「要精進と言われました。体を鍛えるのはいいけど、心もちゃんと鍛えろって」

 

 ようやく、ミコトさんのところに着いた。彼女は波打ち際に足を晒して、海ではしゃぐ皆を眺めていた。僕とはやての会話は聞こえてなかったみたいだ。

 「それはそうだな」と言って、彼女はまた海の方に視線をやる。僕はミコトさんの隣に立ち、彼女を見る――ことは恥ずかしくて出来ず、彼女に倣って海を見た。

 視線の先では、ガイがなのはに背中から抱き着かれたまま泳いでいた。……何をやってるんだか。

 

「ガイはいつまでハーレムなんて言ってられますかね。あの二人がくっ付くのは、時間の問題だと思いますけど」

「同感だ。……奴も、心を鍛え足りないんだろう。なんだかんだであいつも8歳児でしかない。オレやお前とは別の意味で、未熟な部分があるんだろうな」

 

 そうなんだろうか。……ミコトさんがそう言うということは、何かしらの根拠はあるのだろう。なら、きっとそうなんだろう。

 チラリと彼女の横顔を見る。口元に小さく、穏やかな笑みが浮かんでいた。その横顔があまりにも綺麗で、顔に血が上る。慌てて視線を逸らす。

 

「ミコトさんでも、自分が未熟だって思うときがあるんですか?」

「実際未熟だからな。特にこの体の成長の遅さは、どうにかしてほしい。お前のように筋肉を鍛えているわけでもないのに身長が伸びん」

「気にしてるんですね。でも……その、か、可愛いと思いますよ」

 

 どもってしまったけど、何とか言うことが出来た。僕の偽りない感想だ。僕にとってミコトさんは、憧れの人であり、とても可愛らしい女の子だ。

 ミコトさんは、どう受け止めるだろうか。以前の彼女なら、「可愛さなど求めていない」と言いそうだけれど。

 

「そうか。ありがとう、と言っておけばいいか」

 

 さっきもそうだったけど、今の彼女は、褒め言葉をある程度受け入れてくれる。少し会えない間に、ミコトさんも変わって……恐らく、成長していた。

 あの頃のミコトさんは、澄んだ声に比例するように冷たい態度を取ることが多かったように思う。それが今では、暖かいものを混ぜてしゃべることが出来るようになっている。

 それを思うと、心臓がキュッと縮むような感覚を覚える。……ますますミコトさんに入れ込んでいる自分がいることを自覚した。

 

「ミコトさん、表情が少し柔らかくなりましたね」

「そう感じるか?」

「ええ。なんていうか……優しい感じがします」

「そうか。……多分、フェイト達のおかげだろうな。あの子達の「母親」となったおかげで、愛情というものの理解が深まった気がする」

 

 なるほど、と思った。あの事件の前と後で、ミコトさんには「母親」という属性が付加された。それが、彼女の経験値になったということだ。

 だから僕はこんなに緊張しながら、ミコトさんの近くにいることに興奮しながら、何処か落ち着いていられるのか。

 

「いいですね。凄くいいと思います」

「悪いとは思わないが、そこまで絶賛するほどか?」

「はい。少なくとも僕はそう思いますよ」

「お前が思っているだけでは、説得力がないな」

「他の人からも言われませんか? ミコトさんは優しいって」

「……うるさいよ、バカ」

 

 少しすねた感じのミコトさんの声が、僕の心をとてもくすぐる。……何だかいい雰囲気になってるんじゃないか、これ。

 夏のビーチの波打ち際。僕もミコトさんも水着姿で海を見ている。シチュエーションとしても申し分ない。

 これは、あの日失敗した告白をやり直すべきじゃないだろうか? もう一度、今度こそはっきりと「好きだ」と伝える絶好のチャンスじゃないだろうか。

 絶対にそうだ。今しかない。

 

「あの……ミコトさんっ!」

 

 場所が海なだけに気持ちの波に乗って、思い切って切り出す。テンションの変わった僕の言葉に、ミコトさんはこちらを向いた。

 僕もまた、ミコトさんの方を真っ直ぐ見る。さっきまで海の中にいたのだろう、少し湿った長い黒髪が太陽の光を反射して、キラキラと輝いている。瞳も、頬も、唇も。

 そのあまりの美しさに引き込まれ、一瞬言葉を失う。だけどすぐに気を取り直し、言葉を紡ぐ。

 

「別れ際の約束、覚えてますか?」

「忘れるものか。中々衝撃的だったぞ。面倒事が全て終わってやっと一息ついたところで、また指揮官になってくれ、だからな」

「うっ!? あれは、その、そういう意味じゃなくてですね……っ!」

 

 やっぱり伝わってなかった。その事実に少々の落胆と、だからこそ今はっきり伝えるんだという奮起で持ち直す。少し逸らした視線を、もう一度ミコトさんに戻す。

 彼女は……楽しそうに口元に笑みを浮かべていた。蠱惑的、と言っていいだろう。僕の心を魅了し、惑わせる色香に満ちていた。

 

「では、どういう意味だったんだ? オレにも分かるように、はっきり言ってくれ」

「あれは……あの言葉の意味は……」

 

 甘い香りがする。本当はそんなことはないんだろうけど、ミコトさんの全身から、僕を惹きつけるように甘い香りを発している気がする。

 陶然とする。意識せず、手が彼女の肩を掴んだ。

 

「……へ? ゆ、ユーノ?」

「ミコトさん……」

 

 華奢な、女の子の肩。力を入れたら壊れてしまいそうで、壊れ物を扱うように、丁寧に掴む。彼女は、何が起こっているのか分からないようで、困惑していた。

 抱きしめたいほど可愛い。柔らかそうな唇に触れたい。ミコトさんを全身で感じたい。劣情とも言っていい感情を、わずかに残った理性が抑え込む。

 伝えなきゃ。この心を満たす熱い想いを、はっきりとした言葉にして、ミコトさんが分かるように伝えなきゃ。

 

「僕は……」

「ユー、ノ……」

 

 潤んだ瞳。彼女を愛おしいと思う感情が溢れる。気を抜けば体が勝手に唇を奪ってしまいそうだ。ダメだ、やっちゃいけない。そんなことをしたら、いくらミコトさんでも許してはくれない。

 感情に振り回されないように必死で抑えながら、僕の気持ちを表すたった二文字を口にする。たったそれだけのことに、大変な労力を必要とした。

 そして僕は、口を開く。

 

「僕は、ミコトさんのことが……――」

 

 

 

「くぉらぁぁぁ! 何やってんの、この淫獣がぁぁぁぁぁ!!」

「すぎゅるぶっ!?」

 

 皆まで言うことは出来ず、僕は側頭部に強烈な衝撃を受けて、浅い海の中にダイブした。冷たい海水で頭が冷え、急速に思考も冷えて行く。

 冷静になった僕は海面から顔を出し、下手人の姿を確認する。ミコトさんのクラスメイトの「矢島晶」が、怒りの形相を貼り付けて仁王立ちしていた。恐らくは彼女が僕の頭に飛び蹴りをしかけたのだろう。

 

「な、何するんだよ!」

「それはこっちの台詞だっての! あんた今、ミコトにチューしようとしてたでしょうが!」

「は、はぁ!? してないって! 言いがかりはよしてくれよ!」

「言い訳すんな! わたしだけじゃなくて、シグナムさんもばっちり見てたんだからね!」

「スクライア……私はお前を評価していたのだがな。先ほどの言葉は、撤回しなければならぬか」

「ご、誤解ですシグナムさん! 確かにしそうにはなったけど、ちゃんと堪えましたよ!」

「やっぱりしようとしてたんじゃない、このケダモノ!」

 

 シグナムさんも交じり、僕を糾弾してくる。……告白どころではなくなってしまった。

 

 その後、ヴィータやアリシア達も混じって大騒ぎになり、結局この日はミコトさんに僕の真意を伝えることは出来なかった。

 だけど……僕は諦めない。いつの日か、ちゃんと僕の気持ちを伝える。そして、僕が望む未来を勝ち取るんだ。

 僕の大好きなあの人がそうしているのと同じように。思ったことを、成し遂げるんだ。

 

 

 

 

 

「ミコトちゃん、だいじょーぶ? お顔真っ赤だよー」

「あ、ああ……そんなに赤くなってるか?」

「ミコトちゃんって肌白いから、目立つのよね。嫌だったの?」

「いや……ただ驚いただけ、のはずだ。まさか彼があんな行動に出るとは思わなかった」

「……無害そうな顔して、ミコトちゃんの唇を奪おうとするなんて。やっぱりあのフェレットもどきは一度「お話」するべきだよね」

「おーいむーちゃん、ライトサイドに戻ってきなー」

「彼の名誉のために言っておくが、先に挑発したのはオレの方だ。あまり責めてやるな」

「ユーノ君も男の子だったってことやな。これに懲りたら、今後は軽い気持ちで男の子を誘惑したらあかんで」

「そこまでしたつもりはなかったんだが、結果的には同じことか。……彼は、オレに誘惑されたのか」

「? ミコトちゃん、ちょっと嬉しそう?」

「……そうだな。どうしてかは分からないが、彼を誘惑出来たという事実を嬉しく感じている。ナンパされたときは不愉快なだけだったのに。どういうことだ?」

「そんなのあたしらに聞かれてもわかんないよー。やがみんは分かる?」

「んー……ユーノ君に脈ありかと思ったけど、多分これはちゃうな。子供の成長を喜ぶ的なアレや」

「あー、つまりユーノがちょっと男らしいところを見せて、よく出来ましたってことね。ミコトちゃんに春が来たのかと思ったのに、残念」

「そうなの?」

「……どうなんだろうな」




意外とガチで進む筋肉ネタ。ネタを冗談でやったら何も面白くないので、ユーノ君には本気で筋肉街道を進んでもらいます。
今回でシグナムから剣術を学ぶフラグが立ちました。なのはが原作より戦闘能力低かったり、はやてに戦う意志がなかったりなので、他の面子が補う必要があるでしょう。補ったところで、使い道は多分ないんですが。
ともかく、これでほぼ完全にユーノの無限書庫司書ルートは壊滅したものと思われます。っていうかミコトに惚れた時点で管理世界に職を持つのは無理ですね。

作中でユーノが語っている通り、健全な精神は健全な肉体に宿ると言いますが、筋肉質な体になったことで若干行動がアグレッシブになったかもしれません。以前のユーノでは、挑発されたからと言ってミコトに迫るなどという真似は出来なかったでしょう。
結果はグダグダになりましたが、どうやらミコトの方も満更ではなかった様子。もしあのまま押しきれていたら……どうなっていたでしょう。ミコトのことだから簡単にOKはしないでしょうが、もう一歩認めてくれていたかもしれません。
まあA's章の間はユーノ君の恋が成就することはないんですけどね(無慈悲)


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四十話 はじめのいっぽ

一週間とは何だったのか……(白目)


 海に行った翌日、八神邸のリビングに関係者が集まる。修復プロジェクトが本格的に動き始めてから初めての全体ミーティングだ。

 つまり、全員揃っての話し合いはこれが最初。オレは全員と面識があるが、はやてやヴォルケンリッターは一部とは面識がない。

 加えて今回は、アリシアプロジェクト(仮)の参加者である忍氏とはるかもいる。彼女達のデバイス作成計画は夜天の魔導書修復と直接は関係ないが、デバイス絡みということで力になれるかもしれないとのことだ。

 そのため、まずは改めて自己紹介から始める運びとなった。

 

「時空管理局所有次元航行艦船「アースラ」艦長の、リンディ・ハラオウン提督です。こちらは部下のクロノ・ハラオウン執務官と、彼の補佐官兼通信士のエイミィ・リミエッタ。本件に協力させていただく者です」

 

 アースラ組を代表し、ハラオウン提督が紹介する。

 ……提督はポーカーフェイス、リミエッタ通信士はのほほんとしていて分からないが、ハラオウン執務官は若干表情をしかめている。恐らく「現地の一般人」が当たり前に列席していることに納得出来ていないのだろう。

 事実として彼女達は、「一般人」と言うには管理世界のことを知り過ぎているが、それでもこの件に関わる必然性というものはない。彼が納得できないのはそういうことだろう。

 彼は良くも悪くも「優秀な執務官」なのだ。全体的な能力が極めて高く、肉体面でも頭脳面でも間違いなく一級品と言えるだけのものを持っている。

 それゆえに、セオリーを外れることが少なかったのだろう。セオリー通りで物事を解決できるだけの能力があったから、型破りな発想をする機会がなかったのだろう。

 だから「管理外世界において管理世界の情報は秘匿する」というセオリーに真っ向から対立する現状を受け入れられない。……いや、受け入れる努力はしているのか。

 

「月村忍です。シアちゃん……アリシアさんが主導となって進めているデバイスプロジェクトに参加させてもらっています。ついでに、月村家の現当主です」

「そっちがついでなんだ……」

 

 なのはの小さな突っ込みは総スルー。それでもハラオウン執務官は、黙って忍氏の自己紹介を聞く。自分が納得できずとも、目の前で起きている出来事は現実であると理解しようとしていた。

 次いで、はるかの自己紹介。

 

「えっと、田中遥です。同じくシアちゃんのプロジェクトのメンバーで、ミコトちゃんとはやてちゃんのクラスメイトです。……そのぐらいかな」

「……色々と突っ込みどころはあるが、もういいか。ミコトに関して、僕の常識で測ろうというのがそもそもの間違いなんだ」

 

 彼は色々と諦めたようだ。失礼な物言いではあるが、オレの方も彼の狭い了見で推し測ってもらおうなどとは思っていない。

 その程度で収まっていたら、オレ達が成し遂げようとしていることは到底成しえないのだ。「管理世界の常識」の中で思考していたら、飛躍は生まれない。

 そのためならば、「現地の一般人」の力を借りることだってしよう。あるいは、それこそが突破口になるかもしれないのだから。

 次にギルおじさん陣営が自己紹介をし……ハラオウン家とは因縁深いであろう、ヴォルケンリッターの番になる。

 

「守護騎士を代表して。"剣の騎士"シグナムと申す。主はやて、そして主ミコトに仕えるベルカの騎士だ」

「……一応、ユーノさんから報告は受けてましたけど。本当にミコトさんの騎士もやっているんですね」

「騎士の誇りにかけて、虚偽は一切ないと断言しよう。……ないとは思うが、もしそちらが我が主達に危害を加えようとした場合は……」

「私達はあなた方に協力するためにここにいるんです。だから、安心してください」

 

 やれやれと、我が騎士の高過ぎる忠誠心に呆れの嘆息を吐く。今更ながら、掌返しが熱すぎてむずがゆい。

 ハラオウン提督とシグナムの間に立ち、仲を取り持ってやる。協力者なのだから、あまり警戒しすぎるのは非効率だ。

 

「彼らは、オレの不興を買った場合にどうなるかを理解している。わざわざこちらから敵対する必要はない」

「……主がそうおっしゃるのであれば」

「君は相変わらず鬼才だな。やはり、敵に回したくはない」

 

 ハラオウン執務官は、再び色々諦めた表情だった。

 ――ハラオウン家にとって、闇の書が"仇"であるという話は、ギルおじさんから聞いていた。だがその割には、彼らはヴォルケンリッターにも闇の書にも、これといった感情を表さなかった。

 提督はまだしも、ポーカーフェイスの出来ない執務官までもそうだということは、実際に大きな感情を持っていないということだ。少し、拍子抜けだった。

 

 簡単な自己紹介を終え、本題に入る。内容は、昨日ユーノが伝えた通り、夜天の魔導書の資料について。

 

「細かな仕様だとか、専門的な内容に関しては、こちらの資料に記載されています。これは……ええと、ミステールさんにお渡しすればいいのよね」

「うむ。今回の件、実働の主力はわらわなのでな。恩に着るぞ、提督殿」

 

 紙媒体にプリントアウトされた資料を受け取り、ザフィーラにファイリングを指示するミステール。彼は完全に秘書が板についてしまっていた。……なんか、すまないな。

 ハラオウン提督は、恐らくミステールの素性について聞かされたのだろう。先の事件のとき、彼女もオレ達と一緒にいたという事実が、上手く頭の中で繋がっていないようだ。

 

「あ、そっか。ミステールちゃんって、前の事件のときも実は大活躍だったんだねー。わたし達全然気づいてなかったけど」

「ソワレも、がんばった!」

「うんうん、ソワレちゃんも頑張ってたよねー」

 

 その辺はこの能天気そうな通信士の方が受け入れているようだ。考えが浅い分、現実をありのままに受け止められるのだろう。

 ソワレはリミエッタ通信士を気に入ったようで、頭をなでられて嬉しそうにしていた。それを難しい表情で見ているのは、ハラオウン執務官。

 

「……確かにグレアム提督から全て聞かされたが、いまだに信じがたいな。ロストロギアを……ジュエルシードをこんな形で活用できるなんて」

「お前は"あの場"にいて見ただろう。紛れもない事実だ」

「疑っているわけじゃないさ。ただ、理解が追い付いてないだけだ」

 

 自信満々に言うことではないと思うが。

 

「だが、君が僕達の理解を超えてくれるおかげで、色々と幅が広がったんだ。僕が全てを理解出来る必要はないんだろう」

「残念ながら、相変わらずオレは管理世界に関わるつもりはない。そちらとしても、不和を呼び込みたくはないはずだ」

 

 今回の件を通じてオレが管理局に協力するようになると考えるのは大間違いだ。ギルおじさんは別として、彼らとの協力関係は今回限りのものでしかない。

 だというのにハラオウン執務官は、余裕あるたたずまいを崩さない。……少し、ムッと来た。

 

「何をニヤついているのかね、ムッツリーニ執務官」

「君は本当にそれを引っ張るな……。僕にも僕の考えというものがあるのさ。まだ考えでしかないけれど、双方にとって得があるなら、君を動かすことが出来るかもしれない」

「管理局がオレにとっての得を提示する手段が思い浮かばないが……まあ、いい。話ぐらいなら後で聞いてやろう」

 

 この少年(というにはオレよりもかなり年齢が上だが)も相変わらずのようだ。相変わらず、何かしらオレに勝とうとしてくる。一体オレに何を求めているのやら。

 まあ、不快かと聞かれたら、そんなことはないんだが。……オレもこの関係性をそれなりに楽しんでいるようだ。

 ふと視線を感じ、視界の端でそれを捉える。ユーノが射殺すような目でハラオウン執務官を見ていた。ああ、なるほど。それが嫉妬というものか。

 

「クロノ、今は夜天の魔導書復元の会議中だよ。関係ない話は後にしなよ」

「発端は僕じゃないんだがな。とはいえ、君の言うことも一理ある。エイミィ、その子を離して会議に集中してくれ」

「だいじょーぶだよー、記録漏れはしないから。ねー、ソワレちゃん」

「ねー」

 

 リミエッタ通信士に随分と懐いているソワレ。オレやはやて以外にあれほど懐くというのも、珍しい話だ。

 ――後に聞いてみたところ、「エイミィ、ミコトに、ちょっとにてる」だそうだ。どの辺りが似ているというのか。真逆のキャラクターだと思うが。

 ジュエルシードから生み出されたソワレに対してか、それとも能天気な対応のリミエッタ通信士にか、彼はため息をついて追及をやめた。彼女の能力は認めているということなのだろう。

 事実、彼女はソワレを膝に乗せたまま、空間投影のキーボードとディスプレイを展開し、いつ議論が始まっても記録できるようにしている。……オレには無理だな。

 ここに来て管理世界の技術の一端を初めて見た忍氏とはるかは、前者は隠しながら、後者はあからさまに、目を輝かせた。

 

「それではまず、資料の概要から説明願いたい。詳しいことは書いてあるとはいえ、大まかな内容は全体として共有しておきたい」

 

 大勢が集まったことによる雑然をぶった切り、会議を始める言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

「おさらいとして、現在「闇の書」と呼ばれているデバイスの開発時の正式名称は「夜天の魔導書」。これは、古代ベルカ時代の資料から裏を取ることが出来ました」

 

 管理局側のまとめ役は、ギルおじさんではなくハラオウン提督のようだ。考えてみれば、ギルおじさんは提督の役職を持っているとはいえ現在は艦隊職を退いている。現役の提督の方が適任ということか。

 これまでオレ達が口に出してきた「夜天の魔導書」という名称は、元はと言えばガイの"前世"の知識によるものだ。彼が言っていたように、それが100%この世界にも適用されるというものではない。

 現時点を持って初めて、「夜天の魔導書」という名前が正式名称であると確定したのだ。

 

「資料が古くてかなり飛び石な情報になってしまったけれど、開発初期の機能は"記録"のみであった可能性が高い。これは、ミコトさんも予想していたことですね」

「確かにそう予想していたが……ヴォルケンリッターも後付けということか?」

「そうね。どの時点で付加されたのかは分からないけれど、本当の初期の初期は"ただの高機能な魔導書"の域を出ない代物だった。現時点での調査では、そういう推測になるわ」

 

 なるほど。今後の調査次第では分からないことだが、もし本当にそうだとすれば、"初期化"をするわけにはいかない。ヴォルケンリッターに消えてほしくはないのだ。

 ヴォルケンリッターが元々「夜天の魔導書」の機能ではなかったということに、シグナムとシャマルは衝撃を受けたようだ。対して、ヴィータは驚きはしているものの落ち着きを崩していなかった。

 

「あたしらの知らない闇の書のことがあるぐらいなんだ。別に不思議なことじゃないだろ」

「それは……確かにそうなのだが。我らは常に主とともにあるものではなかったのか……」

「その必要があったから、ヴォルケンリッターというプログラムが付加されたのだろう。少なくとも"バグ"ではない。正規のプログラムと考えればいい」

「……そう、ね。わたし達は、わたし達の意志ではやてちゃんやミコトちゃんと一緒にいたいんですもの。たとえ後付けだったとしても、何も変わらないわね」

 

 ちなみにザフィーラは驚きすらしていなかった。恐らく埋もれた記憶の中に符合する何かがあったのだろう。さすがの"盾の守護獣"である。

 衝撃を受けた二人が落ち着きを取り戻すのを待ち、ハラオウン提督に先を促す。

 

「"蒐集"という言葉が出てくるのは、"ヴォルケンリッター"という言葉が出てからだいぶ経ってからのことです。その間に、"記録"の機能の改変が行われたのでしょう」

「手っ取り早く魔法を集めたがった当時の主が、強制的に奪えるように手を加えたということか」

 

 恐らくはその辺りから、「夜天の魔導書」は「闇の書」と侮蔑を受けることになってしまったのだろう。人の犠牲を厭わない、血塗られた書と。

 

「そこから先は、どうやら夜天の魔導書の転換期だったらしくて、まだ詳しい資料が見つかっていません。"蒐集"が付加されたことによって、加速度的に改変が進められたんでしょうね」

「前の主がそうしていたのだから自分も、と考えるんだろうな。まったくもって度し難い」

 

 ハラオウン執務官の感想は、怒りとも言っていいものだった。……なるほど。彼は恨みの対象を正したのか。「闇の書」と呼ばれてしまった「夜天の魔導書」という被害者から、改変を加えた歴代主という加害者へと。

 一つ理解し、やや落胆のような感覚を覚える。一番の問題は、まだ起点すら見つかっていないようだ。

 

「最低でも防衛プログラムに関する資料はほしいところだな。それをどうにかしないことには、アクセスすらままならない」

「下手にアクセスして自己破壊を起こさせるわけにはいかないからな。……そちらの、ミステールがやっても、やはり防衛プログラムに引っかかるだろうか」

「恐らくはそうじゃろうな。因果を起こして干渉するにしても、相手が魔法プログラムならば、干渉の結果も魔法プログラムじゃ。防衛プログラムそのものに干渉出来るなら、話は別じゃろうが」

 

 防衛プログラムは何物なのかという疑問を解消しなければならない。それさえ分かれば、ミステールがなんとか出来る可能性も生まれる。

 ともあれ、現状集まった資料は「夜天の魔導書として適正な範囲の仕様」ということだ。闇を孕み、闇の書へと変貌していった過程は、まだ分からない。

 

「……やはり、ユーノにはもう一度無限書庫に潜ってもらうことになりそうだ。異論はないか」

「ありません。ミコトさんの役に立つことは、僕も望むところですから」

 

 そう言って彼は発達した筋肉で力瘤を作ってみせる。……確かに、逞しくはなったようだな。

 ――不意に、昨日海であったことを思い出しそうになり、無理矢理思考を振り払う。あれを思い出したらまた顔に血が上りそうだ。今は会議中なのだ。関係のない思考はカット。

 

「助かる。あてにさせてもらうぞ、"最高の守護者"」

「……へへっ! 任せてくださいよ!」

「気合を入れるのはいいけど、浮かれて凡ミスをするなよ。君がミスをすると、その分僕達にしわ寄せがくるんだから」

「分かってるよ。僕はそこまで愚かじゃない」

 

 先ほどの嫉妬から打って変わって、ハラオウン執務官に勝ち誇ってみせるユーノ。それに対して執務官は、呆れの視線を投げるだけだった。

 

 

 

 資料については以上。次は、ギルおじさんから。

 

「先の会談で私が提示した「ミコト君をはやて君とともに封印する」という次善策だが、少し改良を加えることが出来た。と言っても、まだ賭けの要素が強いのだがね」

 

 彼、そしてハラオウン執務官は、これまでに何度か会議を開き、代案の模索を行ってきたそうだ。

 多少とはいえ、進展があったというのは素直に驚きだ。そもそもギルおじさんが何故最初はやてを犠牲にする計画を立てたかというと、それしか方法がなかったからだ。

 闇の書は、完成と同時に暴走する。正確には防衛プログラムが暴走し、主を取り込んでしまう。そのため、封印を行おうとすると、どうしても主ごと封印しなければならなくなる。

 二人が着目したのは、完成から暴走までのタイムラグだ。

 

「私は先代の主の一件で、完成してから暴走するまでにそれなりにラグがあることを確認している。もし本当の意味で完成と同時に暴走するなら、あの事件はまた違った結末になっていたはずだ」

「確かに。闇の書の完成は、先代主の最後の悪あがき。つまり、少なくとも生きている間に完成は成していた。本当に同時なら、ギルおじさんの弾は防衛プログラムに阻まれ届かなかった」

 

 しかし実際には彼が先代主を射殺した。オレは平気だが、他の面々――特にはるかなどは気にする内容だろう。おじさんもオレも、皆まで語ることはしなかった。

 逆に完成と射殺が全くの同時で、書が主を認識できずにラグが発生したという可能性もあるが……そちらの方が可能性としては低いだろう。

 

「つまり、書が完成し暴走するまでのラグの間に、うまいこと防衛プログラムだけを封印することが出来れば、暴走を抑えることが出来るというわけか」

「だが、グレアム提督が最初に言った通り賭けの要素が強い。防衛プログラムの強度の問題もあるだろうし、本当にはやてが取り込まれるのを防げるのかも分からない」

「……取り込まれてから、はやてが自力で抜け出すという可能性は?」

 

 ガイからもたらされた「作品の世界線」の可能性を提示する。オレは正直「これはない」と思っている選択肢だが、一応彼らの意見も聞いておきたい。

 

「ゼロではないだろうけど、それも賭けだ。もし簡単に出来るなら、これまでの主もそうやって生き延びたはずだ」

「現実的ではないか。なるほど、確認できた」

 

 やはり次善策は「暴走するまでの間に防衛プログラムを抑える」の方が優先されそうだ。

 あっさりと引き下がったオレに、ハラオウン執務官はやや訝しげな視線を向ける。

 

「君自身現実的でないと思っていながら、どうして聞いたんだ?」

「言っただろう、ただの確認だ。オレはそちらの魔法に関しては無知もいいところだ。科学的に論理的に、どれだけ現実的でないかを知りたかっただけだ」

 

 ――彼らにガイの"前世"について話す気は、今のところはない。オレ達は彼にとって「仲間」と言える存在だが、管理局の面々はその限りではない。先述の通り、一時的に協力しているだけだ。

 無論、彼らがガイの真実を知って、その知識を私利私欲のために利用しようとする人間でないことは知っている。が、管理局にそんな人間がいないとは限らない。

 だから、管理局に在籍している彼らに、管理局の内側に、ガイの情報を持たせるわけにはいかない。オレの"魔法"なんかとは比較にならないトップシークレットだ。

 彼もその辺りのことは何となく察しているだろう。表に出せる情報に真実を隠すことを、黙って受け入れていた。

 

「あらゆる可能性を網羅しなければ、オレ達の成したいことは成しえない。それが理由だ」

「……その通りだな。少し過敏だったみたいだ、すまない」

 

 彼が喰いついてきたのは、結局のところ例の妙な対抗心だったようだ。楽しんでる手前大きくは言えないが、TPOは考えてもらいたいものだ。

 ユーノの嫉妬はスルーして(彼はハラオウン執務官を敵視し過ぎである)、話を戻す。

 

「この案は、どの程度具体化されていますか」

「現状では出たとこ勝負といったところだね。防衛プログラムについて分からないことが多すぎるから、今のままでは最も基本的な布陣で構えるしか出来ないだろう」

 

 闇の書とはやてに一定の距離を置き、彼女の回りを防御魔導師が囲み、前衛部隊が弱らせて封印する。なるほど、セオリーだな。

 もちろん、オレもギルおじさんもハラオウン執務官でさえ、そんなにうまくいくとは思っていない。相手は膨大な力を保持し得る魔導書の、最大の歪みとも言える存在なのだ。

 現状のアイデアは、オレがはやてとともに封印されることを前提に置き、魔導師部隊が出来る限り抗うという程度のものでしかないようだ。

 

 その程度でしかない……だけど、確かな前進はあった。彼らが、オレとはやてのことを「失いたくない」と考え、その思いを現実にしようとしてくれた。

 今のオレは、それをちゃんと感じ取ることが出来るぐらいには成長したらしい。

 

「ギルおじさん。ハラオウン執務官。……それと、リーゼアリアとリーゼロッテも。オレとはやてのことを考えてくれて、感謝する。……ありがとう」

 

 頭を下げる。顔を上げたときに見た4人は、豆鉄砲でも喰らったような顔をしていた。気持ちは、分かるな。

 

 

 

 管理局側からの伝達事項を終え、オレ達の番となる。大まかな進捗に関してはエアメールでギルおじさんに伝えてあるが、細かいところはやはり面と向かった方がいい。

 

「はやての足に関して、蒐集が一定の効果を持つことは確認できた。……一応確認だが、無人世界でリンカーコア持ち動物から蒐集を行うのは、管理局法的に問題ないか?」

「グレーゾーンだな。管理世界ならロストロギアの不法所持と違法使用になってしまうけど、君達はあくまで管理外世界の住民だ。それに、僕達の監督下にあるという言い訳も立つ」

 

 見せ方の問題としてだ。実際のところプロジェクトを主導しているのはオレであり、彼らが協力しているという形。それを、管理世界に向けては逆に見せる。

 そうすることで、「管理局によるロストロギアの安全処理」という体裁を整えることが出来、仮に管理世界に察知されても、追求を避けることが出来る。

 それにしても……管理局法というのはどうにも融通がきかないようだ。

 

「緊急避難すら適用されないのか」

「ロストロギア関連では、どうしてもな。君だってリスクを取るのは承知でやっているんだろう」

「まあ、な」

 

 蒐集を行うということは多少ではあっても闇の書を完成に近づけるということ。それでなくとも刺激は与えることになるだろう。

 そして今の闇の書は、爆弾を抱えているのだ。世界を巻き込むほど巨大な爆弾を。

 治安組織からしたら、個人よりも大多数の方を守ろうとするのは当然の理だ。彼の言っていることは正しい。それを律儀に守っていたら、いつまで経っても何も変えられないというだけの話。

 

「リスクを取った結果として、確実な結果が出ている。より多くの時間を稼げるなら、それだけプロジェクトの成功率も高まる」

「……その通りだ。その考えに賛同しているから、僕達は協力しているんだ」

「なら、しっかりとオレ達を守ってくれよ。法の番人」

 

 真っ直ぐ撃ちかえした言葉に、ハラオウン執務官は少し顔を赤らめて頬をかいた。安定のユーノからの嫉妬。

 ……海のときもそうだったが、ユーノに「そういう」反応をさせられるということが、どうしてだか嬉しく感じている。弄って楽しんでいるのとは、また違う感覚だ。

 自分でも理由が分からず、収まりが悪い。はやての言う「親目線で子供の成長を喜ぶ」のとも違うし。皆に聞いてもやはり分からなかったし。本当に、何なんだろう。

 まあ、今は関係のない話なので捨て置こう。後々覚えていたら考察すればいい。

 

「現在の蒐集量は3ページ。初回は前回のギルおじさんとの対談前に行い、第57無人世界「ビリーステート」にて小型動物を中心に1ページ強を蒐集。……半分ほど、凍結変換資質持ちの中型が混じっているがな」

 

 蒐集の細かな内訳を説明する。さすがに正確な数までは覚えていないが、「小型多数と中型一体」という事実を共有すればいいだろう。

 当時のシャマルの反応で分かっていたことだが、管理世界の住民からすれば凍結変換というのは驚く程度にはレアな能力のようだ。

 

「凍結変換持ちの野生動物……それはまた、初回から随分と珍しい札を引き当てましたね」

「ヴォルケンリッターの将の功績にして過失だ。結果オーライとはなったが、これからは自重してもらいたいものだ」

「うっ。は、反省したではありませんか……」

 

 なんだか妙に懐かしく感じるな。当時はまだ、シグナムとオレの仲が険悪だった。険悪ながら、利害の一致により共闘し……それが今の結果につながっているのだろう。

 評価の変化はむずがゆくとも、それが不快というわけではない。今の関係性は、多少忠誠心が重いが、それでも心地よくはある。

 シグナムに向けて口元で小さく笑い、「もう責めてはいない」と意思を伝える。今のはただのシグナム弄りだ。なのは弄りと大差ない。

 

「これによりはやてが状態の緩和を感じられる程度に回復。しかしこの時点では恐らくまだ足の麻痺は解けていなかった」

「胸の辺り……リンカーコアやな。魔力が取られるのが減ったからやろうけど、負荷っちゅうんかな? それが楽になったのは、言われて初めて気付いたわ」

 

 「せやから、もしかしたら足も動かせたんかもな」と苦笑するはやて。銭湯での一件がなければ、今も気付いていなかっただろうからな。

 だが、それはないだろうと考える。初回で足を動かす目処が立たなかったから、二回目でもまだだろうと推測していたのだ。足の麻痺の緩和は、二回目の蒐集からだ。

 

「二回目は夏休み初日、第71無人世界「コルマイン」にて、金属皮膜持ちの中型猛禽から蒐集を行った。この際の蒐集量は2ページ弱。一回目と合わせて3ページだ」

「……君達の戦力を考えれば危険というほどでもなかっただろうが、もう少し安全な手段は取れなかったのか? 一回目はもっと安全面を重視していたんだろう」

 

 何かあれば対抗して来ようとするハラオウン執務官。だがそれは、オレも考えてはいたことだ。

 

「同じことを繰り返しているだけでは、状況を動かすことは出来ない。だからこそ、蒐集量を増やして違いを見る必要があった」

「初回で延命には十分な結果が出ていたはずだ。わざわざリスクを取る必要があったようには思えない」

「そうでもない。オレは、はやてと一緒に、夏祭りを「歩いて」回りたかったんだからな」

 

 沈黙。無論のこと、そうすればはやての麻痺が解けるなどという保証はなく、オレもそれを期待していたわけではなかった。結果としてそうなったというだけの話。

 だが、「はやてを歩けるようにしたい」という意志がなかったわけではない。皆がそういう意志を持っていたからこそ、コルマインでの蒐集を決行することになったのだ。

 より致命的な方に囚われ足のことが抜け落ちていたハラオウン執務官は、何も言えなかった。足が動かせないというのも、それはそれで致命的なことなのだ。

 

「まあ、今後次第ではリスクを取る必要もなくなる。……はやて」

「うん。というわけで、ほいっと」

「っ。これは、魔法陣? にしては……」

 

 はやてが作って見せた、魔法陣練習中の代物。相変わらず彼女は光り輝く円盤しか作り出せなかった。今の彼女は、魔力要素を魔力に変換することが出来るだけだ。

 

「はやて自身が魔力の運用を覚えることが出来れば、魔力簒奪に対抗することが出来る。そうすれば、現状維持も可能だろう」

「ゆーても、まだほんとに魔力を動かせる程度でしかないんやけどな。どうやれば魔力奪われんように出来るかは分からんわ」

「……蒐集による状態の緩和、そして現状維持のためのはやて自身の訓練。これが、君達の成果ということか」

 

 ハラオウン執務官は正しく理解したようだ。本当に全ての成果を言うなら、はやての足のリハビリと、シグナムとの和解によるチーム力向上も含まれるだろうが、プロジェクトには関係がない。

 オレ達がただ待つだけではなく、自分達に出来ることを可能な限り探し実行してきたということに、彼は小さく嘆息した。

 

「本当に君は、どこまで鬼才なんだ。敵に回したくないという思いが強まったよ」

「それは重畳だ。オレも、無駄な労力を割きたくはない」

 

 意訳、管理世界の厄介事はごめんだ。それは正しくハラオウン執務官に伝わり、彼は小さく苦笑した。

 

 

 

 最後に、復元プロジェクトからはやや離れて、アリシアが主体となって進めているプロジェクトについて。年少のアリシアに代わり、忍氏が代表して発言する。

 

「私達は「魔導師でない者でも使用可能なデバイス」の開発を目指して研究を進めているわ。現状、私の恋人が空中戦に参加出来てないことを鑑みて、まずは非魔導師に空戦を可能とする手段の確立からね」

 

 若干公私の入り交じった発言に、話題に上げられた恭也さんが「おい、忍……」と諌める。彼は気付かなかったようだが、オレは彼女の視線が一瞬だけシャマルに向けられていたことに気付いた。つまりは、牽制か。

 このような場ですることではないと思うが、逆にこのような場だからこそ「恭也さんの恋人」という立場をはっきりさせることが出来る。そういう駆け引きを感じ取った。

 対してシャマルは、分かっているのか分かっていないのか、曖昧な苦笑。横恋慕の心配はないだろうが、もしそうなったとしても彼女に勝ち目はなさそうだ。

 恐らく恋愛絡みの話題に耐性がなかったのだろう、ハラオウン執務官は少し狼狽えた。さすがにハラオウン提督やギルおじさんは、苦笑する程度だったが。

 

「非魔導師が使用可能なデバイス、ですか。……ご存知か分かりませんけど、管理世界でも似たような研究が行われた過去はあります。ただ、そのどれも有力な結果には繋がらなかったらしいわ」

「ええ、シアちゃんから聞きました。と言っても、彼女の知識は26年前のものだけど。現状も進展はなしってことなのかしら」

「一応、外部カートリッジで魔力を供給して、登録された魔法だけを使用可能なものはあるけれど、あなた方が目指しているのはそういうことではないのでしょう?」

 

 首肯。彼女達が目指しているのは、魔導師でなくとも魔導師と同様に魔法の行使を可能とするようなデバイスだ。そんなインスタントな代物ではない。

 

「私達が考えているのは、リンカーコアの機能を提供しつつ、魔法の処理も行えるデバイス。電池を使い切ったら何も出来ないんじゃ、ただの子供のおもちゃよ」

「……非魔導師の局員向けに配布はされてるんですけどね、インスタントデバイス。けれど、忍さんの言いたいことも分かります。あれらは結局、本当のデバイスと比べたら、子供のおもちゃ程度でしかない」

「完全に魔導師と同じってわけにはいかないでしょうけど、せめて「リンカーコアがないから魔法が使えない」という縛りをなくすぐらいは出来ないとね」

 

 文字通り、「外部リンカーコア」として働くデバイスということだ。魔導師と非魔導師の差は、突き詰めればリンカーコアの有無でしかない。

 もし魔導師としての高度な能力行使の素質を持ちながら、リンカーコアがない故に魔法を使えないという人材が存在した場合、彼女達が目指すデバイスがあれば新たな道を開くことも出来るのだ。

 それほどの偉業とも呼べる研究が平易なわけがない。現に管理世界で、「アダプトデバイス」というものは存在しないのだから。

 

「管理世界の教育を受けた魔導師としての意見ですけど、率直に言って無謀な研究だわ。私には到底、成功する未来が想像出来ない」

 

 だからハラオウン提督の切り捨てるような意見も至極尤もだ。恐らく管理世界の常識で考えたら、「非魔導師に魔法を使うことは出来ない」というのが定説なのだろう。

 だがここは管理外世界であり、管理世界の常識が通用しない場所なのだ。彼らが「出来ない」と言ったからと言って、アリシア達に出来ないとは限らないし、それで諦める連中でもない。

 

「私だって、完成図が頭の中にあるわけじゃない。だけど発明家っていうのは、試行錯誤の中で無から有を生み出すのよ。想像が出来ないというだけで不可能と断ずるのは、結論を急ぎ過ぎね」

「もちろん、私が想像出来ないから不可能だ、なんて言う気はありません。ただ、実現できる可能性の問題を指摘しているだけです」

「その可能性がゼロでない以上、挑戦する価値はあるのよ。私達はそういうスタンスを取っているだけ。やめる気はないわよ」

「別にやめろと言っているつもりではなかったのだけれど……いえ、やめた方がいいという気持ちはあったわね。あなたもアリシアさんもはるかさんも、もっと他のことに時間を費やした方がいいと思ったわ」

「えーっと……わたしはこの研究に参加してるので十分満足出来てますよ。まだ、何も力にはなれてないけど」

 

 どうやら管理世界の常識との齟齬が発生しているようだ。管理世界的には、「無駄になる可能性が高いことに時間を費やすべきではない」という考え方が一般的なのだろう。

 もちろんこの世界でも、その考え自体は間違いでもない。だがオレ達ぐらいの子供は、そういう無駄を好む傾向にある。無駄を楽しみ、未来の糧にしている。

 海鳴二小に編入したばかりの頃のフェイトが、まさにその常識との差に困惑していた。同年代の子供達の「無駄」な遊びの意味を理解出来ないでいた。

 忍氏にしろはるかにしろ、管理世界への理解はまだまだ浅い。そしてアリシアは、頭は良くても精神は子供そのものだ。ハラオウン提督に対して効果的な説得が出来ないでいた。

 ……そもそも彼女に理解してもらう必要があるのかはさておき、このままではいつまで経っても話が進まない。口を挟ませてもらおう。

 

「ハラオウン提督。この件に関して……彼女達が研究することに対して、あなたが口出しできることは何もない。あなたにとっては無駄かもしれないが、彼女達にとっては貴重な経験値なんだ」

「ミコトさん……、確かにその通りかもしれないけど……」

「彼女達がその事実をどう受け止めるかというだけの話だ。管理世界の教育がどういうものかは知らないが、この世界の子供はそこまで凝り固まったものではないということを理解しろ」

 

 かなりキツめの表現に、彼女は口を真一文字にして噤む。なお、忍氏は「……子供って、私も含まれてる?」と表情をひきつらせた。無論である。

 

「奇しくも忍氏が「発明家」という表現を使ったが、そういう人種に求められるのは柔軟な思考力だ。無駄を厭う、全てのフローを管理しきった思考では、飛躍は生まれない」

「……確かに、その通りでした。少し熱くなってしまったわね」

 

 別にハラオウン提督が間違っているわけではない。無謀を避け、物事を効率よく進める生き方というのも、それはそれで価値あるものだ。

 ただ、彼女達が求めるものがそうではなかったというだけの話。効率重視ではたどり着けないことを成し遂げようとしているのだから。

 水を向けられ、過熱した思考を冷ます提督。なんというか、ハラオウン執務官の母親だと理解させられる一幕であった。

 ともあれ、これでようやっと二つのプロジェクトを結びつけるところに話を進められる。

 

「えーっと、何処まで話したっけ……。もうっ! リンディさんが変なこと言うからわからなくなっちゃったじゃない!」

「確かに余計なことは言いましたけど、忘れたのは自分の責任よ、忍さん?」

 

 ダメだこりゃ。

 

「……アリシア」

「はーい。えっとね、わたしたちが作りたいのは「リンカーコアのきのうをもってるデバイス」だから、リンカーコアのせいしつとか、そういうのをしっかりけんきゅうしなくちゃいけないの」

 

 舌っ足らずなアリシアの説明だが、それでも忍氏よりよほどしっかりと説明してくれる。当たり前だ、そちらのプロジェクトはアリシアが主導しているのだから。

 

「それで、闇の書ってリンカーコアにすごーく、えっと、かんしょう?してくるデバイスでしょ。だから、そういうところでわたしたちのけんきゅうが役に立つかもっていうことなの」

「なるほど……そういうことなら、確かに有用と言える研究だな。君達が目指すデバイスそのものに関しては僕も提督と同意見だが、そういう意味ならあながち無意味とも言い切れない」

 

 忍氏ともどもポンコツと化したハラオウン提督に代わり、ハラオウン執務官が受け答える。初めからこうしておくんだったな。

 アリシア達のプロジェクトそのものは、あくまで独立した、彼女達の研究欲求を満たすためのものだ。けれどそこで得られたものをオレ達の復元プロジェクトに適用してはいけないわけではない。

 

「わらわはそちらのプロジェクトにも参加しておる。故に、何か成果があればダイレクトに共有できるというわけじゃ」

 

 加えて、ミステールのこの姿勢。彼女は現在「夜天の魔導書の復元」を主軸に行動しており、アリシアプロジェクト(仮称)への参加はあくまで広範な情報収集のためだ。

 そもそも求める結果を得るためにどうすればいいのか、道筋が不透明な状態なのだ。無駄があって当たり前、その中から必要な情報を目ざとく見つけるのが重要だ。

 故にオレは、ハラオウン提督と忍氏に向けてこう告げる。

 

「「無駄な争い」をしている暇があるなら、「無駄かもしれない研究」をする方がよっぽど有意義だと思わないか?」

『……すいませんでした』

 

 忍氏はともかくとして、ハラオウン提督も案外抜けているところがあるようだった。

 

 

 

 

 

 現状の共有は終わった。今後については、全員現状の継続だ。

 オレ達は引き続きはやての訓練と定期的な微量の蒐集。ユーノとリミエッタ通信士、ハラオウン提督は夜天の魔導書と闇の書に関する資料集め。

 ギルおじさんとハラオウン執務官はコンティンジェンシープランを模索し、アリシア達は独自プロジェクトを推し進める。この方向性に問題はないと結論付けられた。

 

 ここで、ハラオウン執務官が挙手をして発言する。

 

「ミコト達の今後についてだが、僕達から少々提案がある」

 

 来たか、と思った。会議の導入のとき、彼は言っていた。「双方にとって得があるなら、オレを動かすことも出来る」と。

 つまり彼は、何がしかのアイデアを持って来ているのだ。オレ達が管理世界に関わることで得となる可能性をもたらす何かを。

 そんなものは不要と切って捨てるのは簡単だが、あえて聞こうと思う。管理世界そのものは信用に値しないが、彼と周辺人物に関してはその限りではない。取引は可能だ。

 目で確認をしてくるハラオウン執務官に、オレは首を縦に振った。

 

「現在、闇の書のことは管理世界、著しくは管理局に公表できない状況だ。歴代主の行いのために、闇の書そのものに対するイメージが非常に悪く、緊急体制を組まれる危険がある」

 

 即ち、はやてやヴォルケンリッターに危険が及ぶ可能性があるということだ。管理局としては「闇の書と主の捕獲・封印」という形で動くだろうし、あるいは恨みを持った個人による復讐なども考えられる。

 どちらも筋の通らないことではあるが、そんなことは関係ないのだ。彼らがそれを是としたならば、実行に移される可能性は多分にあるだろう。

 だから、まずは闇の書が持つ負のイメージを払拭しようというのが彼の提案だ。

 

「闇の書の危険性というのは、主に対する魔力簒奪と完成後の暴走、この二つだけだ。蒐集に関しては、主にその意志がなければ危険はない。現状維持が可能なら、少なくともヴォルケンリッターの運用だけは可能だ」

「なるほど、つまりお前はこう言いたいわけだ。「ヴォルケンリッターに慈善活動をさせることで、彼らそのものに危険はない」と喧伝する」

「その内容を包含した提案だ。僕達からの提案というのは、「チームミコトへの管理局業務の依頼」。そこには必然的にヴォルケンリッターも含まれてくる」

 

 なのはとフェイトが息を呑むのが分かった。その中には当然彼女達も含まれているのだ。……というか、何故オレの名がチーム名になっているんだ。勝手に名付けるなと言いたい。

 文句を飲み込み、彼の提案を解釈する。依頼ということは、対価を糧に引き受けることになる。なるほど、確かにメリットはある。

 高町家や藤原家はそうでもないだろうが、八神家は相変わらずのエンゲル係数の高さだ。のみならず、衣類や嗜好品といったものへの出費も、今後少なからず出てくる。

 ギルおじさんからの仕送りとオレ、ブラン、シャマル、シグナムの稼ぎにより、生活に困窮するほどではない。が、収入は多いほうがいいに決まっている。学費もミツ子さんに頼らずに済むかもしれない。

 ヴォルケンリッターのことを抜きにしても、メリットは確かにある。……それでも、だ。

 

「やはりデメリットが大きいな。オレ達のことが管理世界に知られれば、そのしがらみに組み込まれることになる。オレ達がこの世界での生活を捨てる気がない以上、それは余計なものでしかない」

「君ならそう言うと思っていたよ。だから、僕はその前提を覆す」

 

 待っていたとばかりにハラオウン執務官は勝ち誇る。一体彼は何を考えている?

 そうして彼が言い放った言葉は……確かに前提を覆すものだった。

 

「管理局が君達に依頼をするんじゃない。僕達が、僕やリンディ提督、グレアム提督が、個人として依頼をするんだ。君ならば……言ってる意味が分かるだろ?」

「……クッ。なるほど、そう来たか」

 

 思わず笑いがこぼれる。つまり、彼らが防波堤になると言っているのだ。オレ達はあくまで管理外世界の住民として、知人の依頼を受けるだけ。管理世界の法に縛られることはなく、管理外世界の常識で活動出来るのだ。

 もちろん、うまく行く保証はない。彼らの依頼を受けることで、管理世界に情報は残るだろう。それを嗅ぎ付けた管理世界の何者かが、オレ達を利用しようとするかもしれない。

 デメリットが発生する可能性は依然としてあるのだ。……だが、それを言ったらどんな選択をしても、必ずメリットとデメリットが発生する。どんなに小さくとも、リスクは発生するのだ。

 だからオレは利害を問うのではなく、覚悟を聞くことにした。

 

「何にせよ、オレ達という「異物」を使おうとしていることに変わりはない。それに伴いお前達が背負うべき労力も相応のものとなる。目先の欲にとらわれて、大勢を見失ってはいないか?」

「理解しているさ。君達という力を、君という才能を行使しようということにどれだけの対価が発生するか、理解しているつもりだ。僕はそれだけのものを支払う価値を感じたんだ」

「お前もオレを無駄に高く評価するんだな。買いかぶりは後悔のもとだぞ」

「買いかぶっているつもりはないな。僕はこれまでの君の言動を見て、僕自身で判断したんだ。これまで見てきた指揮官の中で、最高位の存在だとね」

 

 やれやれだ。オレは指揮をした覚えなどないのに、皆が皆そう言う。周りの人間の能力が高いから、それに任せているだけだというのに。

 ハラオウン提督、それからギルおじさんに視線を向ける。彼らは穏やかな笑みを浮かべ、首を縦に振った。これは彼の暴走などではなく、向こうの総意ということらしい。

 

「っていうか、クロ助とこれだけ渡り合ってて自覚がないって、ミコトちゃん案外自己分析出来てないよね」

「少なくとも無謀にしゃしゃり出てくる君よりは出来ている。評価基準が違うだけだ」

 

 ここぞとばかりにオレを弄ろうとリーゼロッテが口を挟んだが、脳筋の彼女が口論でオレに敵うわけもない。一言で撃沈させる。

 余計な口を挟んだショートカットの妹は、ロングヘアの姉にたしなめられた。

 ……さて、どうしたものか。

 

「シグナム……はオレの意見に従うに決まっているか。シャマル、君の意見を聞きたい」

 

 「主!?」と驚愕する我が忠実な騎士を捨て置き、こちらの参謀の意見を尋ねる。知識量においては、オレよりも彼女の方が優れているのだ。

 話題を振られるとは思っていなかったのか、シャマルもちょっと驚いてわたわたする。ブランに助けられて落ち着き、考えることしばし。

 

「……正直に言って、魅力的な提案だと思います。こちらのメリットが大きすぎる。依頼遂行の報酬に加えて、こちらの継続的な自由の保証。わたし達のイメージ改善は分かりませんけど、それだけでも十分ね」

「オレもそう思う。これではハラオウン執務官たちが支払い過ぎだ。それはそれで、あまり健全な取引とは言えないな」

 

 貸借バランスを取るということは、こちらのメリットと向こうのメリットが釣り合っていなければならない。こちらのメリットが大きすぎても、それは後々歪みを生むのだ。

 彼らがオレ達にそれだけの価値を感じていると言ってしまえばそれまでなのだが……オレの方が納得していないのでは、片手落ちだな。

 ハラオウン執務官としても、これ以上の提案はないようで、黙ってオレの意志決定を待っている。

 受けるだけの価値はある。いや、価値があり過ぎるのが問題なのだ。かと言って、過分を払い戻すための何かを持っているわけでもない。

 何かないものかと思っているところで、これまで記録係として静観を保っていたリミエッタ通信士から発言があった。

 

 

 

「あ、じゃあさ。クロノ君がミコトちゃんの着替え見ちゃったお詫びってことでどうかな?」

 

 「ぶふっ!?」とあちこちで噴き出す音。……何を言い出すんだ、この通信士は。いきなりのことにあのときの記憶がフラッシュバックし、顔に血が上るのを自覚した。

 対面するハラオウン執務官も思い出してしまったのか、顔を赤くして取り乱した。オレの背後に佇む騎士が、ゆらりと殺気を立ち上らせる。

 

「……どういうことか説明してもらおうか、クロノ・ハラオウン」

「あ、いや! これはその、もう終わったことというか何と言うか!?」

「落ち着けシグナム。気持ちは嬉しいが、その構えたデバイスをしまえ。……ヴィータもな」

「いやいや、クロノ君は終わったことって言うけどさ。女の子の着替え見るってあの程度じゃ済まされないことだと思うよ? ぶっちゃけわたし絶交も考えたし」

 

 周囲の状況には取り合わず、マイペースに持論を述べるリミエッタ通信士。オレとしても、清算はしてもらったわけで禍根はないのだが。

 ……思うところが、ないわけではないが。今思い出しても恥ずかしい。きっと一生涯忘れることの出来ない衝撃の記憶だろう。そういう意味では、彼が何をしたところで清算されることではない。

 もしそれを消すことが出来るとしたら……一体何をしてもらえばいいだろうか。ちょっと、想像出来ない。

 

「あー……そういえばそうだったよね。むーちゃんからも、クロノ君に一言物申してきてって言われてるし。ミコトちゃんのクラスメイトとして言わせてもらうけど、サイテーの一言だね」

「とりあえずクロノは一回死ねばいいと思うよ。あんな程度で許されるとか、そんなわけないじゃないか」

「ほんとマジふざけんな。何で詫びたのかは知らねーけど、あたしはそう簡単に許さねーからな」

「……クロノ、えっち、さいてー」

 

 四方から浴びせられる罵詈雑言。彼は頭を抱えてプルプルと震えた。良心と自尊心がフルボッコなのだろう。

 やがて彼は、絞り出したようなか細い声で、こう言った。

 

「……おせわさせてください、おねがいします」

「お、おう」

 

 ――かくして、オレ達は管理世界のしがらみとは無関係に、三人から依頼を受けることが決まったのだった。




大変長らくお待たせしました。ようやっと四十話投稿です。
前回投稿から3ヶ月空いてしまいました。ちょっとリアル事情が立て込んだ影響で、維持し続けていたモチベーション=サンがいくえ不明になり、探し当てるのにだいぶ時間がかかってしまいました。
書き溜め分はなく、まだ完全復活ではないため、以前と同じ更新ペースとはいきませんが、なるべく間を空けずに次の話を投稿出来ればと思います。出来なくても泣かない。

ブランクのせいで微妙な話の運びかもしれませんが、オリジナル色の強いストーリーになってきているので、その関係もあるかもしれません。今回はおさらいと裏で動いてた色々の確認です。
最後は久々ながらやりたいことが出来てよかったと思います。これだからクロノ弄りはやめらんねえ(ゲス顔ダブルピース)
にしても、原作主人公ェ……(今回の発言は地の文の突っ込みのみ) まぁま、ええわ(脳筋故頭脳パートでは致し方なし)

赤面するミコトちゃん可愛い(積極的に恥ずかしがらせるスタイル)


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四十一話 休日の過ごし方 前編 時

今回はクロノ視点です。

一週間(真顔)


 カーテンの隙間から差し込む日の光で意識が覚醒する。頭がぼんやりしており、あまり良い目覚めではなかった。

 弁解しておくが、僕は本来そこまで寝起きが悪い方ではない。幼い頃から管理局勤めをしてきたため、起床後すぐに活動できる程度には覚醒が速い。

 環境の変化で睡眠がとれなくなったりすることもない。アースラ付け執務官という役職についている以上、生活の大半は艦で行うことになるし、泊りがけで調査を行うことだってある。その程度はとっくに慣れている。

 では何故こんなにも目覚めが悪いのかと言うと……多分、"休み方"が分からないんだろう。それも住み慣れたミッドチルダではなく、管理外世界で過ごす休日なのだから。

 

「……まだ9時……いや、もう9時、なのか?」

 

 部屋に備え付けられた時計を見て、今の鈍った思考では判断しかねた。

 

 ――ここは第97管理外世界。海鳴市のとあるビジネスホテルだ。元々泊まる予定などなかった僕が素泊まり出来るところと言ったら、このぐらいのものだ。

 そう。僕は初めから休暇のつもりで来ていたわけではない。ミコトが主導する「夜天の魔導書復元プロジェクト」の初回ミーティングに参加し、状況を共有するためだけだったはずだ。

 それが何故、突然この世界で休暇を過ごすことになってしまったのかと言えば、全てはグレアム提督の発言からだった。

 

 

 

 

 

「私は一週間ほど滞在して、ミコト君やはやて君達と過ごそうと思う。クロノとユーノ君はどうするかね」

 

 会議を終えて解散となった後、管理世界組のみとなったところでグレアム提督はそう尋ねてきた。

 今の彼にとって、ミコトとはやてが娘のような存在となっていることは、以前から知っていた。長年見守って――監視目的ではあったが――きたことで、情が移ったのだろう。

 今までは素性を明かすわけにはいかず、触れ合うことが出来なかった。だから、全てが明らかとなった今、改めて娘達との触れ合いを楽しみたいと考えているのだろう。

 ……もし最悪の事態が発生したら、いつ彼女達と最期の別れを迎えてしまうのか分からない。そういうこともあるのかもしれない。

 だからグレアム提督がそうしたいと思うことを止めることは出来ないし、止める気もない。局員視点で考えても、彼が抱えている案件で緊急のものはなかったはずだ。

 けれど……ユーノはともかくとして、どうして僕にまで尋ねてくるのだろう。

 

「僕は、アースラに戻って通常業務をこなしておきます。今後もプロジェクトに関わっていく以上、どうしても時間を取られてしまう。それに、ミコト達の今後についてもありますし」

 

 至極論理的に意見を述べる。艦隊職を退いている彼とは違い、僕や母さん、エイミィは、アースラ乗員としての業務が存在する。他に重要なことをやっているからと言って、こちらをおろそかにすることも出来ない。

 僕に迎合したわけではないだろうが、ユーノも首を横に振る。

 

「僕もミッドに戻って無限書庫にこもろうと思います。僕が早く資料を見つけられれば、それだけミコトさん達の助けになれますから」

 

 周辺処理や代案模索をしている僕達とは違い、ユーノがやっていることはプロジェクトの成否に直結するレベルのものだ。彼の仕事が早ければ早いほど、安全は確保される。

 それに、彼の想い人にあてにしてもらえたというのも大きいだろう。ミコトの期待に応えようと張り切っている。……空回りはしないでもらいたいものだ。

 僕とユーノの断りの言葉に、グレアム提督はつまらなそうに顔をしかめた。

 

「ふむ……もうすぐ夏祭りがあると聞いているんだがね。君達も、彼女達と一緒に楽しめればいいと思ったのだが」

「お気持ちは嬉しいですが、やるべきことがありますので。……そうだよな、ユーノ」

「え!? あ、ああうん、もちろんだともっ!!」

 

 ……こいつ、今心が揺れやがったな。多分ミコトの着物姿でも想像したんだろう。いつぞや写真で送られてきたアレは、確かに似合っていたからな。

 だが、とっくに落ち切ってるユーノはともかくとして、僕にそれは通用しない。そんな外面で判断をする気はない。彼女は可憐な容姿でありながら、英雄的と言えるレベルの猛者だ。

 多くの人の目を惹きつける容姿よりも、彼女の内側にある底知れぬ才覚に対し、畏怖を覚える。だから僕は、彼女に挑戦し続けているのだ。

 前言を翻しそうになるヘタレチキンスケベフェレットもどきを牽制しつつ、僕は再度断りの言葉を告げる。……だが、どうにもグレアム提督は引き下がってくれない。

 

「逆に聞きますが、どうして僕達を彼女達の近くにいさせようとするんですか。僕はともかくとして、こいつは悪い虫じゃないですか」

「ちょ、クロノ!?」

「私は、君達が彼女達に悪影響を及ぼすとは思っていないよ。ミコト君を籠の中の鳥にする気はない。もしユーノ君が彼女に好意を持たせることが出来るなら、それ自体は別に構わないよ」

「グレアム提督まで!? リンディさんとエイミィさんもいるのに!」

「いや、ユーノ君がミコトちゃん好きって、言われるまでもなく丸分かりだからね? 行動あからさま過ぎだから」

「ミコトさんなら不思議はないわよね。あんなに可愛い子なんだから。……クロノも、素直になっていいのよ?」

「勝手に決めつけないでください。僕はその淫獣とは違います」

「誰が淫獣だよっ!?」

 

 ユーノ弄りが加速しすぎた。ちょっとクールダウンさせる。

 

「知っての通り、彼女達の周囲には異性の存在が少なすぎる。クロノの言う通り、悪い虫に寄りついてもらいたくはないが、同年代の男性との交流がほとんどないというのはさすがにいただけない」

 

 グレアム提督が言うことには、ミコト達の学校では男子生徒の間で「ミコト達の集団は絶対不可侵」的な取り決めが発生しているそうだ。はやてから手紙で相談を受けたんだとか。

 何故そういうことになるのか、僕にはよく分からない。そういうことなら、むしろ取り合いが発生してもよさそうな気がするが。

 

「高嶺の花、というやつだね。彼女の持つ美貌と才気に当てられ、同性ならまだしも、経験の少ない異性は近づきがたいものがあるんだろう」

「ああ……気持ちは分かるかも」

 

 ユーノがグレアム提督の推測に納得を示した。そんなものなのか。やはり僕には分からないな。

 彼の言う通り、ミコトが持つ容姿と才覚は、一線を画すという言葉すら生易しく感じるほどに飛びぬけている。だが、言ってしまえばそれだけだ。

 彼女自身が会話に壁を作っているわけじゃない。性格も、一見すれば仏頂面で取っつきづらく見えるかもしれないが、話してみれば割とフランクだ。事あるごとに僕を弄ってくることを考えればよく分かる。

 ……まあ、僕は彼女と同年代というわけではないが。彼女達ぐらいの年齢だと、そういうことが分からないものなのかもしれない。

 

「そういうことなら、理由は分かりました。けど、やはり僕には関係ない話です。僕は彼女の友人ではないし、向こうも同じ考えのはずだ。信頼した取引が出来る間柄であれば、それで十分ですよ」

 

 互いのプライベートにまで干渉する気はない、ということだ。僕が挑戦したいのはあくまで彼女の才覚に対してであって、日常に対してではない。

 僕のはっきりした意見を聞いてなお、グレアム提督は引き下がらない。……いや、本当のところ、理由は分かっているんだ。彼は僕にミコトを意識させたがっている。以前そう言っていたからな。

 自分で言うのもなんだが、僕はこの歳にして確固とした社会的地位を築き上げている。彼女を狙う筋肉フェレットとは月とすっぽんの差だ。さらにグレアム提督は昔から僕のことを知っており、互いに信頼がある。

 だから、少なくともユーノよりも彼女に相応しい男として僕を指名している。そう、理屈の上では分かっている。

 だけど思ってしまう。何故僕なんだ、と。僕は彼女に対してそういう方面の情熱は持っていない。そういう意味で言えば、僕はユーノに圧倒的に劣る。全く悔しくはないが。

 たとえばの話、将来的にミコトの隣にユーノが立って、彼女が彼に笑いかけるところを想像しても、妬ましさの欠片も感じない。……ユーノに関しては不愉快を感じるが。だらしない表情がありありと想像出来てしまう。

 そうである以上、僕は彼女に対して、恋愛方面では何の感情も抱いていない。むしろ持ってたらまずい。忘れてはいけないが、僕と彼女は6歳も離れているのだ。

 

「プライベートでの付き合いも、信頼を育むには重要だと思うがね」

「度を越せば癒着です。今の距離感が、互いの利害を一致させるには最適だと考えます」

「……ふう。誰に似たのか頑固だね、クロノは。昔を思い出す」

「ええ、本当に。私も、あのときは苦労しましたから」

 

 グレアム提督は苦笑しながら昔を懐かしみ、母さんもそれに同調した。……父さんのことか。母さんもこのプロジェクトの話を聞いて、ようやく長年の呪縛から解き放たれたんだろう。

 

 僕達親子は父さんの死について、割り切って過ごしてきたわけではない。その事実を考えないようにしてきただけだ。そして、目を逸らしたところで現実は変わらない。

 父さんは闇の書が原因で命を落とし、僕達は大切な人を奪われた。その現実に目を向ければ、今だって辛い。悲しい。こんなはずじゃなかったと思ってしまう。

 闇の書に対する復讐心がなかったと言ったら嘘になる。僕は少なからずそれを糧にして成長してきた。結局のところ、僕の正義はそんなものでしかない。

 だけど……僕はクライド・ハラオウンの息子なのだ。闇の書の暴走に抗い、乗員全員を救った偉大な艦長の息子なのだ。その事実に、誇りを持っている。

 そしてミコトは、それを知らなかっただろうけど、父さんと同じように抗っているのだ。大切な人を救おうとしているのだ。

 ……僕達の勝手な感傷でしかない。それでも、ミコトを手助けすることが出来れば、僕達は父さんの遺志を果たすことが出来る。そう感じていた。

 もちろんそれで父さんが戻ってくるわけでもないし、ミコトにそんな意志は一切ないだろう。それでも、僕達は満足できる。多分、それでいいのだ。

 

 ――プレシア・テスタロッサのときもそうだった。彼女は、一貫して自分のために行動を続ける。彼女自身がそう言っていたし、そのスタンスを崩したことは僕の知る限りなかった。

 アリシアの件も、僕の考えでは「彼女自身のための行動」だ。あの行動のおかげで、彼女の求心力はより強まる結果となった。それが今日まで続くチーム力の要因の一つであることに疑いはない。

 自分のための行動。それは決して、自分勝手な行動ではない。望んだ結果を得るだけでなく、彼女自身がその結果に納得できるように行動している。言うなれば「筋が通っている」。

 だからこそ、彼女は結果的に人を救うのだ。意図した結果ではなく、副産物としてであるが、それでも救われる人間は間違いなく存在している。

 現在彼女が救おうとしているのは、はやてただ一人。だけど結果として、ヴォルケンリッターと闇の……夜天の魔導書も、僕達も救われるのだ。否、僕はもう救われている。

 このプロジェクトに参加することで僕は……幼い日に見たあの背中に、手を伸ばすことが出来たのだ。長い長い悪夢から、ようやく覚めることが出来たのだ。

 母さんも、きっと同じようなものだろう。母さんも……ようやく、父さんとの思い出を懐かしむことが出来るようになったんだ。

 

 閑話休題。僕達の心境の変化は置いておくとして、今はともかくグレアム提督の説得だ。僕のことを頑固と言うのはいいが(自覚はある)、彼だって似たようなものだ。結局、男は皆バカなんだろう。

 

「ともあれ、何と言われようと予定を変更する気はありません。僕がこの世界に長期滞在する合理性はない」

 

 隣のバカ(ユーノ)が期待を込めてチラチラ見てきたが、僕はそれを一蹴するように断言した。決めたんなら最後まで貫き通せっていうんだ。

 ……と、ここで静観を保っていたリーゼアリアが動く。彼女はグレアム提督の使い魔ではあるが、完全に彼と同じ考えというわけではない。ロッテはともかくとして、彼女は僕と同じく合理的な考えをしているはずだ。

 だから僕は、彼女が僕の意見を尊重するものだと考えていた。

 

「リンディ。ちょっと聞きたいんだけど、クロノが最後に休暇を取ったのっていつ?」

 

 が、彼女は全く関係のない話を母さんに振った。母さんもそんなことを聞かれるとは思っていなかったようで、困惑に表情を崩した。

 

「え? えっと、ちょっと待ってね。エイミィ、勤怠データって今見れる?」

「いつでも見れますよーっていうか、見るまでもなくここ三年は休みなしですよ。本来の休日も自主トレで潰してるし。ちなみにわたしはちゃんと止めましたからね?」

「はあ、だと思ったわ……」

 

 彼女は呆れてため息をつき、首を横に振った。……何だよ。

 

「クロノ、私はちゃんと休息もとりなさいって教えたはずよ。オーバーワークは体を壊すだけだって言ったわよね?」

「体を休めることはしている。自主トレーニングだって、無理のない範囲だよ。僕は才能に恵まれてるわけじゃないんだから、努力で補うのは当然の義務だ」

 

 よく誤解されるが、僕は天性の才能で執務官まで上り詰めたわけではない。もちろん一定以上の才能はあっただろうけれど、普通はどんなに頑張っても秀才の域を出ない程度でしかない。

 僕自身自己分析しているし、目の前の姉代わり兼師匠からも同じことを言われている。

 他と比較してみよう。なのはなら、バカ魔力を活かした砲撃がある。ガイは強固で独特な防御魔法。ユーノには多岐に渡る補助魔法が。フェイトに至っては全距離対応可能などという、何か間違った戦力を持っている。

 天性の才能というのは、そういったものだ。特に前者二人など、魔導師歴が浅いというのにあれだけの能力を保有している。天才という言葉を使うのに何の疑問もない。

 単純に魔導師としてみた場合、僕に特徴らしいものはない。全般的にこなせる。それだけだ。だから僕は、全ての能力を満遍なく伸ばし、状況対応力を鍛える必要があった。

 それが、僕が執務官として働けている理由だ。平凡を鍛えた結果として、オールマイティに近づけた。出来ることだけは多い。あとは、それをどう活かすかだけの話だ。

 ……そう教えたのは、紛れもないアリアその人だ。僕はそれに従い結果を出したというのに、何故彼女は僕に苦言を呈しているのだろうか。わけが分からないよ。

 

「休んだ気になってるだけじゃないの? 本当に体に無理がないなら、あなたの歳ならもうちょっと身長が伸びててもおかしくないわよ。ユーノ君とどっこいどっこいじゃない」

「身長の話はしないでくれ! ……まあ、身長に関してはその通りだけど、僕自身は無理を感じていない。それなら問題はないはずだ」

「自覚症状が出るレベルになったら手遅れよ。現実に出ている結果をちゃんと見なさい」

 

 そう正論で言われてしまっては、二の句が継げない。……確かに、僕の感覚として無理をしているつもりがないだけで、毎日検査を行っているわけではない。現実に出ている結果は成長不全だ。

 僕だって歳相応の身長はほしい。贅沢は言わない、せめてあと10cmはほしい。そのために休息が必要というのは、皆から言われていることだ。

 だけど、僕個人の欲求と管理局の業務を天秤にかけて、どちらを優先すべきか語るまでもないだろう。

 それでもアリアは、やはり正論で僕をやり込めてくる。

 

「あなたのことだから「自分のことより管理局の使命」とか考えてるんでしょうけど、自分のことすら管理出来てない人間にそんなことを考える資格はないわよ」

「……ちゃんとコントロール出来てるつもりなんだが」

「つもりでしかないってわざわざ証明してあげなきゃいけないほど、私の弟子は出来が悪いのかしら?」

 

 沈黙。僕の魔法と頭脳方面の師匠は、僕の弱点を正確に突いてくる。何を言っても論破されてしまいそうだ。

 仕方なし、僕は黙ってアリアの意見を聞くことにした。

 

「いい機会だから、私達と一緒にここでしっかり休暇を取りなさい。私はミコトちゃん達と一緒に過ごせとまでは言わないから、せめてゆっくり過ごしなさい」

「有給は丸々3ヶ月分溜まってるから、職務的には問題ないね。お姉さんの言うこと聞いときなよ、クロノ君」

 

 エイミィもアリアに同調する。母さんは無言で二人の意見を肯定した。

 ……これは、断るという選択肢は残されていないな。諦念のため息をつく。

 

「はあ、分かったよ。一週間、僕も休暇をとることにする。但し、過ごし方は自分で決めさせてもらいますからね」

「君の意思を無視して強制しても仕方ないからね。気が変わったら、いつでもはやて君の家を訪ねてくるといい」

「あ、じゃあ僕も……」

「ユーノ君は無限書庫にこもるんだろう? 簡単に前言を翻すような男では、ミコト君を任せることは出来ないな」

 

 自身の発言で自分の首を絞めたユーノは、膝をついて嘆く。一応友人と言える少年に対し、僕は一応の同情を示した。

 

 

 

 

 

 グレアム提督は八神邸で過ごすことを勧めてきたが、僕はそれをよしとしなかった。ミコト達とプライベートでまで関わる気はないというのは、紛れもない僕の意思だった。

 そういう経緯で、僕は素泊まりできるビジネスホテルを探し、宿泊することになった。

 ちなみに、僕一人だ。母さんとエイミィは、僕の代わりに通常業務をこなしておくそうだ。二人は僕と違ってちゃんと休暇をとっていたし、僕が抜けた分を埋める必要はある。

 そうして一人、狭いホテルの一室での時間を過ごす。いつの間にか時計の針は30分ほど進んでいた。

 ……時間を無駄にしている感じがして、心が落ち着かない。かと言ってやるべきことが何も思い浮かばないのだ。

 僕がここにいるのは休暇――体を休めて英気を養うため。自主トレーニングなどもってのほかだ。する場所もないが。

 暇つぶしに書類仕事をすることも出来ない。執務官という役職を離れた僕は、何をすればいいのか全く思い浮かばなかった。

 

「……ここまで仕事のことしか考えていなかったとは、気付かなかったな」

 

 ベッドに横になり、一人ごちる。考えてみれば当たり前のことだ。僕は、そこまで器用な人間ではない。仕事漬けの毎日の中で、別のことを考える余裕などあるわけがなかった。

 そうである以上、この数年僕は執務官としての職務以外のことを一切考えてこなかったということになる。……それは休み方も忘れるというものだ。まったくもってアリアの言った通りだった。

 

「これからは、もう少し休みの取り方を覚えた方がいいのかもしれないな」

 

 エイミィからも言われた。「クロノ君が休暇を取らないと、他の職員も取りづらいんだよ」と。……その割にはエイミィは普通に休みを取っている気がするが。

 だが彼女の言うことも真理だ。職員は僕の行動を規範としているのだから、僕が休暇を取らなければ「休暇は悪である」という風潮が生まれてしまう。別に僕は休むことがいけないことなどとは思っていない。

 ただ休むことが出来ないと思っていただけで、実際にはそんなことはないと証明された。今後は定期的に休暇を入れて、他の職員が休み易い環境を作るべきだろう。

 

「……これじゃ、仕事のことを考えているのと同じだな。思った以上にワーカーホリックだったみたいだな、僕は」

 

 というか、さっきから独り言が多すぎる。一人でやることがないせいで、暇を持て余している証拠だった。

 休暇だからといって、じっとしていてもしょうがない。勝手を知らない世界だが、少し外を散策してみよう。

 ……行き当たりばったりで行動するというのも、いつ以来だろうな。

 

 

 

 

 

 やはり、行き当たりばったりで行動するものではないな。

 

「暑い……」

 

 じりじりと照りつける日差しに、思わず不快が口をついて出る。今この国は夏真っ盛りであり、昼間の気温は間違いなく30℃を超えていた。

 それに対し、僕の暑さ対策は不備だらけだ。こんな炎天下に出る予定があったわけではなく、僕の服は上下黒。これしか持って来ていなかった。

 バリアジャケットを使えば熱をシャットアウトすることも可能だが、法の番人たる僕がこんな私事で魔法を使っていいはずがない。結果、服が熱を吸収して蒸し焼きにされている状態だった。

 

「大体、何でこんな蒸し暑いんだ。暑いか蒸すか、どちらかにしてくれ。相乗効果で不快指数が酷いぞこれは」

 

 無益な愚痴が独り言として零れるあたり、相当参っているようだ。これは果たして、正しい休暇の過ごし方なんだろうか。……そんなわけがないな。

 暑さに耐えながら、無目的に地の利のない海鳴の町を散策する。木陰の多い場所を選んで歩いているうちに、いつの間にか学校の前に辿り着いていた。

 広い校庭に、三階建ての校舎。この世界の科学技術は、発展途上というほど未熟ではないが、進んでいると言えるほどでもない。アナログな印象を受ける施設だった。

 アルミ板に文字が彫り込まれた看板。ミッドの学校なら、よほど歴史ある名門でもない限り、普通はホログラムだ。ここが管理外世界であるということを強く感じる。教育機関は文化の差が強く出るものだ。

 この国特有の「漢字」という表意文字を解読し、音にして口に出す。

 

「しりつうみなりだいにしょうがっこう……市立海鳴第二小学校か」

 

 それは確か、ミコト達が通う小学校の名称だ。彼女達は、毎日ここで学んでいるのか。

 ――彼女の才覚は、管理世界の人間と比較しても非凡なものだ。管理局の執務官や提督ですら対等以上にはなれないのだから、当たり前の話だ。

 そんな彼女が、こんな前時代的な教育施設で、果たしてレベルに見合った教育を受けることが出来ているのだろうか。ちょっと想像が出来ないな。

 もし彼女が管理世界の子供ならば、就学年齢に達した時点で士官学校に通っているだろう。それも、将来は提督の椅子が約束されているエリートコースだ。こちらは容易に想像出来る。

 そう考えると、彼女が管理世界に関わりを持たないというのは、非常にもったいなく感じる。この世界では、彼女の持つ才覚を活かしきることは出来ないだろう。彼女の能力に対し、世界が狭すぎる。

 彼女は僕達の依頼を受けることを約束したが、それでも間口が狭すぎる。僕達を通してしか関わらないのだから、今と大した差はないだろう。

 とはいえ、ミコトを管理局に関わらせたいかと言われると、それもまた違う気がする。彼女達にその意志がないし、僕としても性急が過ぎると思っている。

 何故かと言うと……ミコトの才覚に対し、今度は管理局が未熟すぎるのだろう。一見すればありえない結論だが、まるで違和感がない。管理局が彼女をコントロールできるとは思えないのだから。

 今の僕達の関係性を発展させ、チーム3510が管理局から直接依頼を受けられるようになるためには、まず管理世界の構造改革を行う必要があるだろう。それがどれだけ難しいかは、推して知るべし。

 

「結局は、今の関係を続けるしかない、か」

 

 またも独り言が口をつく。……本格的に暑さで参っているようだ。どこか涼める場所はないだろうか。

 

 と、チリンチリンという金属音が響く。そちらを向くと、昨日の会議で見た少女が、見覚えのないボーイッシュな少女とともに、自転車に乗っていた。

 

「クロノ君じゃん。管理局に戻ったんじゃなかったの?」

「君は、田中遥、だったな。その様子なら、そっちの子にも話は通ってるってことか」

「あ、この子がクロノ君なんだ。あたし、田井中いちこ。はるかの幼馴染だよー」

 

 まったく、管理外世界の住人に管理世界の情報は秘匿すべきだというのに。ミコトは何を考えているのやら。これは、次に会うときに討論すべき話題だな。

 二人の少女は、自転車から降りて僕のいる木陰に入ってきた。何か用事があったんじゃないのか?

 

「お菓子がなくなったからコンビニまで買いに出てるだけだよ。で、何でクロノ君まだいるの?」

「アリアに無理矢理休暇を取らされたんだ。そのせいで逆に困っているんだけどな」

「グレアムおじさんの使い魔の人だっけ。っていうかクロノ君、そのかっこ暑くないの?」

 

 いちこと名乗った少女が、話の流れをぶった切って僕の服装を指摘する。確かに、見た目からして暑いだろうからな。

 

「今言った通り、突然の休暇で準備がなかったんだ。無計画に行動するものじゃないよ、まったく」

「あー、ご愁傷様。うちのアニキのお古だったら貸せるよ?」

「それぐらい適当に現地調達すればいいさ。マーケットにでも行けば、シャツぐらい売ってるだろう」

 

 問題は僕に地の利がなくて、何処にマーケットがあるのか分からないということだが。……しょうがない、教えてもらうか。

 

「ここからだと結構遠くてめんどくさいよ。シゲ君……いちこちゃんのお兄さんのお古借りた方が楽だと思うけど」

「それはそれで返すのが手間だ。休暇が終わったら、次にこの世界に来るのはいつになるか分からない」

 

 その前に返せばいいのだが、服を借りてクリーニングもかけずに返すというのは不作法だろう。この国でもそれは変わらないはずだ。

 だが、いちこはカラカラと笑って僕の意見を一蹴する。

 

「だーいじょうぶだって、どうせアニキはもう着れない服だし。そのままもらっちゃえばいいのよ!」

「いや、そういうわけには……、……一つ聞きいておきたいが、お兄さんは何歳なんだ」

「13歳! 中学二年生だよ」

 

 やっぱり歳下だった。彼女達の年齢からその可能性は十分あったけど、こうしてまざまざと現実を突きつけられると、やはり凹む。

 急に暗くなってため息をついた僕に、二人は首を傾げた。彼女達は僕の年齢を聞いてないのか。

 いちこは見た目通り強引な少女らしく、渋る僕の手首をつかむ。どうあっても服を貸すつもりらしい。

 

「まーまー、ここはお姉さん達に甘えときなさいって!」

「……一つ言っておこう。僕は、君のお兄さんより歳上だぞ」

「まったまた、ご冗談をー! さー行くよ、はるか!」

「いちこちゃんってば、何のために外出たのかすっかり忘れてるよね。ま、いいけど」

 

 そうして僕は、半ば強引に田井中家まで走らされる羽目になった。

 

 

 

 彼女の兄はいなかったが、母親は在宅していた。いちこと同様、快活で竹を割ったような性格の女性だった。

 つまり、いちこの言うことに何ら反対をせず、彼女の兄のお古である夏物衣類(多分小学生用……)を譲渡された。

 改めて僕の格好は、白いシャツと群青のハーフパンツ姿となった。これなら暑さも多少はマシだろう。

 現在、僕ははるかといちこの二人に海鳴案内をされていた。二人は特にやることがなかったらしく(アリシアプロジェクトも今日はお休みだそうだ)、彼女達の暇つぶしも兼ねているのだろう。

 

「はい、ここがクスノキ公園。憩いから作戦ブリーフィング、魔法訓練と何でもござれの便利な場所だよ」

 

 「クスノキ公園」というのは通称で、正式な名前は別にあるそうだ。特に名前がかかれた看板もないため、地元の人間でも正式名称を知っている人は少ないとのことだ。この二人も知らないらしい。

 これまでの道中で、この二人――正確にははやてを除いてもう三人いるが、彼女達がミコトとどういう関係なのか、より詳しく聞かされた。

 彼女の"魔法"、「コマンド」。それを確立した際の調査協力者だったようだ。この世界には魔法は存在しないということだったが……恐らくはまだオカルトを卒業していない魔法なのだろう。

 多くの世界で錬金術が科学の礎になったように、前時代の魔法は発展科学の基礎となった。そしてこれらは、科学的な体系が存在しない。地域慣習や宗教と結びつき、迷信的に語られるものだ。

 これからこの世界の科学が発展していくにつれて、そういった"魔法"が解明されていくことだろう。そうなって初めて「魔法」という"技術"が確立されていくのだ。

 ……ミコトが如何に管理外世界の住人離れしているのかよく分かる話だ。彼女はこの世界の数世代先の技術を、知人の助力ありとはいえ、ほぼ独力で完成させたのだ。

 

「「ミコっち魔法」も、結構ここで実験してたんだよ。おかげでこの辺の人達は多少の不思議じゃ動じなくなったよね」

「「心言」だってば」

 

 全くの余談だが、「コマンド」というのは仮称であり、正式名称は決まっていないそうだ。二人して自分好みの名前を好き勝手に言っている。

 結構不用意な会話をしているが、いちこの言葉を信じるならば、たとえ聞かれたとしても問題ないということなのだろう。この話だけならば管理世界にはつながらないということもある。

 何より、暑さのためか外を出歩いている人がほとんどいない。この国の人間と言えど、辛いものは辛いのか。

 今ここにいるのは、僕とはるかといちこ、それから公園内でボール遊びをしている二人組だけ。この暑い中よくやるものだ。

 

「……あれ? あれってあきらちゃんじゃない?」

「あ、ほんとだ。おーい、あきらちゃーん!」

 

 と思ったら二人の知り合いだった。……この様子からして、残り三人のうちの一人だろうか。

 いちこの大声に反応し、二人組の片方――長身の少女の方がこちらを向く。友人達に気付いて、彼女は笑顔で手を振り駆け寄ってきた。

 

「いちこちゃん、はるかちゃん! ……っと、そっちの男の子は?」

「噂のクロノ君。ただいま海鳴案内中!」

「あきらちゃんは、ちひろ君と遊んでるの?」

「暑いからって家の中に引きこもってたらダレるからね。……ふーん。キミがクロノ君なんだ」

 

 僕より長身である彼女は、ねめつけるような視線で僕を見た。これは……多分、例の件なんだろうなぁ。

 

「警戒しないでもらえないか。ミコトの件については、引き続きお詫びをしていくつもりだ。僕としても、あの件は悪かったと思っているんだ」

「……その場しのぎの嘘じゃないわね。いいわ、許してあげる」

 

 許してもらえた。……何故初対面の彼女から許されていなかったのか謎なところだが、女性はそういうものなのだろう。エイミィにも言われたからな。

 さばさばした印象のスポーティな少女は、右手を差し出して自己紹介をした。

 

「矢島晶よ。ミコトの友達……になりたいと思ってるクラスメイト」

「何だそれは。クロノ・ハラオウンだ。詳しいことはミコトから聞いていると思うから割愛する」

 

 遅れてやってきた彼女の弟と思われる少年が何処まで知っているか分からない。管理世界の話題は伏せておく。

 

「ねーちゃん、ボール持ってくなよなー。こんちわ」

「こんにちは、ちひろ君。暑いのに元気だね」

「このぐらいへーきへーき! 今日はいつもの面子じゃないんだね」

「んんー? ちっぴー、ミコっちがいなくて残念だった?」

「べ、別にそんなのじゃねーし! 変なこと言うなよな、アホのいちこ!」

「そんな悪い言葉使うのはこの口かー!」

 

 ちひろと呼ばれた彼は、いちこと取っ組み合いを始めてしまった。ケンカではなくじゃれ合っているだけだろう。

 代わりにあきらが紹介してくれた。彼女の一つ下の弟で、矢島千尋と言うそうだ。……彼も、もうすぐ僕の身長を追い越しそうな背丈だった。

 はるかがあきらに、僕がこの世界にいる理由を説明する。何度も同じ説明をするのは面倒だし、助かったな。

 

「あのスケベフェレットもどきはいないの?」

「ここでもそんな扱いなのか、彼は。やることがあるから、一足先に帰ったよ」

 

 彼女はユーノに対しても警戒しているようだ。僕と違って直接の面識があったはずだし、そこまで警戒すべき人格ではないと分かっているはずだが。

 疑問に思って聞くと、一昨日の海水浴のときに、ミコトに強引に迫っていたとのことだ。とはいえ、あきらは熱くなって語っていたので、相当主観が入った見解だと思われる。実際にどうだったのかは分からない。

 ユーノがいないと知り、あきらは大仰に頷く。そして、僕に顔を見合わせて詰問してきた。

 

「クロノ君は、ミコトのことどう思ってんの? あの淫獣と同じなの?」

「冗談はよしてくれ。正直なところ、あれほどの猛者を相手に憧れの感情を持てるユーノの感覚が分からない」

 

 先述の通り、僕は彼女の外見に惑わされていない。内側に潜む巨大な才覚に畏怖を覚えている。そうである以上、男女間の感情を持つことはありえない、とまでは言わないが、難しいことに違いはない。

 

「付け加えて言うなら、僕は小児性愛じゃない。どんなに彼女の容姿が優れていても、子供に劣情を持つほど堕ちてはいないよ」

「同じ子供が何言ってんのよ。ミコトみたいなこと言うわね」

「……彼女がどういう意図を持っているのかは知らないが、僕のは言葉通りだ。これでも14歳なんだよ、僕は」

 

 あきらとはるかは目を丸くして驚いた。残りの二人はじゃれ合っていて聞いていなかったようだが。

 

 

 

 いちことちひろのじゃれ合いが収まるのを待ち、僕達は再び移動する。何故か矢島姉弟も一緒だった。

 ちひろも着いて来てくれたのは、正直助かった。あきらだけだと男女比が1:3で多勢に無勢だ。職務中なら女性が多かろうと別に構わないが、プライベートでそれは勘弁願いたい。

 

「じゃあ、クロノさんはその歳でもう働いてるってこと?」

「そうだな。僕の国は就業年齢が低いから、君ぐらいの歳で働き始める子も少なくはないよ」

 

 女性陣は先導しながらおしゃべりをしているので、僕はちひろと会話をしている。やはり彼は管理世界のことを知らないらしく、その辺りのことはぼかしておいた。

 最初僕のことを同年代だと思っていた彼だが(彼自身の高身長も手伝ってのことだろう)、こちらでいうところの中学生相当であることを伝えると、今のようなしゃべり方になった。

 

「ただ、それは相当優秀か、已むに已まれぬ事情があるかのどちらかだ。就学するのが最大多数派というのは、この国と大差ないかな」

「クロノさんは、どっちだったの?」

「……両方、と言っておこうか。短い期間ではあったけど、学校に行かなかったわけではないよ」

 

 士官学校とは言わないでおく。彼が理解出来るかどうか分からないし、理解されてもそれはそれで管理世界のことを誤魔化すのに苦労する。

 ミッドの就学事情と就業年齢の話を聞き、ちひろは難しい顔をした。琴線に触れる部分でもあったんだろうか。

 

「……ねーちゃんが小学校入ってから、周りの人が凄すぎて。負けてらんねーって思うんだけど、そういう話聞くとやっぱすげーって思っちゃって、俺何やってんのかなって……」

 

 コンプレックスか。あきらが小学生になってからということは、まず間違いなくミコトとの出会いが原因なのだろう。

 ちひろもこちらの7歳児にしてはしっかりしているように思うが、子供であることに変わりはない。たどたどしい説明を聞く。

 あきらは……あきらだけでなく、いちこやはるかも、まだ見ぬ二人も、学年で上位の成績をキープする優等生なのだそうだ。特にいちこの意外性が半端じゃなかった。

 そんなよく出来た姉に負けないように、彼も頑張ってはいるが……ということらしい。

 

「比較されて辛いってことか?」

「そんなんじゃないけど……ねーちゃんと比較されたことないし。学校で上級生の話って、大体三年の八幡さん姉妹のことばっかりだから」

「ああ……そういえばフェイトも同じ学校なのか」

 

 忘れてた。ミコトにばかり焦点を当てていたせいで、フェイトに関する考察がおろそかになっていた。あの事件の後、彼女がどう過ごしてきたのか、一度聞いておかなければ。

 フェイトの名前を出したことで、ちひろは「あれ?」と頭にはてなを浮かべた。

 

「クロノさん、八幡さんのこと知ってたの?」

「ああ。ちょうど、そのフェイトがミコトの妹になったきっかけの出来事に携わっていた。あの件の関係者として、その後問題が起きてないかは気になるところだよ」

 

 危ない。ちょっと気が緩んで余計な情報をしゃべるところだった。僕とミコト達の関係はビジネスライクなものでしかない。突っ込んだ質問をされると、誤魔化すのに苦労することになる。

 彼は他人の家庭事情に突っ込んでくるほど無遠慮な人間ではなかった。察して追及しないでくれた。彼が聡い子で助かったな。

 話を戻す。

 

「君は君で、姉は姉だ。周囲がどうとかじゃなくて、君に出来ることを探せばいいと思うけどね」

「それは……多分、そうなのかもだけど……」

 

 子供特有の対抗心というやつは厄介だ。言われてすぐに「はいそうですか」と聞けるものじゃない。しっかりしているとは言っても、それでも彼は管理外世界の子供なのだ。

 ……僕がミコトに対抗しようとするのは、彼とは意味合いが違うはずだ。僕のはあくまで「目標とすべき好敵手」と認識した上での対抗心なのだ。違うに決まっている。

 内心自己正当化をしつつ、マルチタスクで表面には出さずにどう説得すればいいかと思案する。……こういうのは、苦手だな。

 会話が止まりしばらく歩いたところで、先を行くいちこ達がこちらを振り返った。

 

「はい、とうちゃーく! 次の目的地、翠屋だよ!」

 

 見れば、いつの間にやら喫茶店の前に辿り着いていた。翠屋というと、確かなのはの家がやっている喫茶店だったか。

 つまり、ここで昼食を摂ろうということだ。そういえば食事のことを全く考えていなかったので、これは素直に助かったな。

 

「やー、小学生の懐には結構痛いから、クロノ君がいてくれて助かるよ」

「ちょっと待て、まさか僕が奢ること前提なのか?」

「案内料。ギブアンドテイクってやつよ。結構稼いでるんでしょ?」

 

 腕を組み仁王立ちをしてドヤ顔のあきら。何らかの返礼は必要だと思っていたけど、全員分を僕が支払わなければならないのか。彼女の言う通り、僕の懐事情を考えれば大した打撃ではないが。

 

「……まあ、いいか。確かに助かりはしたからな」

「およ、素直。クロノ君ってミコっちによく突っかかってたって聞いてたんだけど」

「彼女の場合、そうする必要があるからだ。隙を見せたらどこまで譲歩を引き出されるか、分かったもんじゃない」

「あはは、まさにミコトちゃんって感じだね。けど、クロノ君も満更じゃなさそうだったよね」

 

 昨日の会議のことか。僕達の舌戦は、ある種互いを認め合っているからこそのものだと思っている。屈服させて従えるためのものではない。

 好敵手と表現しているのはこのためだ。競い、高め合う関係。少なくとも僕の方はそう思っている。

 

「得るものがないわけじゃない。それなら互いに満足だって出来るさ」

「ふーん。……ほんとにミコトに対して何もないの?」

「くどい。わざわざ暑い外で話をする必要もないだろう。そろそろ店内に入ろう」

 

 ちひろへの説得が中途半端になってしまったが、食事中か食後にでもフォローを入れておけばいいだろう。

 僕は彼女達を追い越し先頭となり、店の扉を押して開く。すぐにホールスタッフの一人が応対してくれた。

 

「いらっしゃいませー! ……っと、クロノ君じゃないですか」

 

 金髪ロングの穏やかな表情の女性店員は、僕のことを知っていた。いや待て、僕も彼女のことは知っている。

 

「……ブラン、で合ってたか?」

「はい、八神家お手伝いのブランですよ。グレアムさんから聞いてましたけど、ほんとにこっちに残ってたんですね」

 

 ミコトの生み出した"召喚体"という存在の一人。元ジュエルシードで、光という概念が受肉した存在、らしい。……ロストロギアが普通に労働しているのか。

 まあ、彼女は最早ジュエルシードとは別物になっているそうで、この考えは不適当なんだろう。そう思うことで、常識との齟齬を力技でねじ伏せる。僕もいい感じで染まってきてしまっているのかもしれない。

 

「ブランさん、こんにちは! 5人だけど、大丈夫?」

「あら、あきらちゃん達も一緒だったんですね。そちらの男の子は、新顔さんですね」

「わたしの弟のちひろ。挨拶しな」

「矢島千尋です。いつも姉がお世話になってます」

「まあ、ご丁寧にどうも。と言っても、わたしは助けられてる側なんですけどね」

「……そろそろ案内してもらえるか?」

「あ、ご、ごめんなさい! ちょっと待っててくださいね!」

 

 世間話モードに入りそうなところに、僕が突っ込みを入れて中断させる。彼女は慌てて下がって行った。

 ……ジュエルシードから生まれたということで、もっとしっかりした人なのかと思っていたが、そうでもないらしいな。あれは多分ドジッ子だ。

 時間にして10秒ちょっとあってから、ブランは戻ってきた。

 

「えっと、ただいま満席でして、ご合席をお願いしてもよろしいですか?」

「僕は構わないが、皆はどうだ?」

「んー、ちょっと微妙。どんな人?」

「アリサちゃんとすずかちゃんですよ。6人がけの席だから、ちょっと詰めてもらうことになっちゃいますけど」

「あ、全然平気。じゃあそれでお願い」

 

 僕は知らない名前だ。彼女達の友人だろうか。それにしては、少し対応が違う気がするが。

 案内された席では、二人の少女が差し向かいになって談笑していた。片方は気の強そうな金髪。もう片方はお淑やかそうな黒髪。両方とも髪は長かった。

 

「やっほ、アリサ、すずか」

「二日ぶりね、あきら、いちこ、はるか。男連れとはびっくりだわ」

「こっちはわたしの弟よ。で、こっちが噂のクロノ君」

「やっぱり噂になってるのか、僕は……」

 

 アリサと呼ばれた方が一瞬責める目つきになったので、例の件なのだろうが。いくらなんでも広まりすぎだ。

 レディファーストで先に三人を座らせ、最後に僕とちひろが向かい合う形で座る。6人がけとは言うが、大人が前提だろう。子供7人なら余裕があった。

 

「あんた達がここ来るのってかなり珍しいわよね。どうしたの?」

「クロノ君のおごり。これなら庶民の財布も痛まないってね」

「あはは、太っ腹だね」

「街を案内してもらってるんだ。このぐらい、大したことじゃない」

 

 この二人は、なのはやガイのクラスメイトだそうだ。先のジュエルシード事件の際、ミコトが協力するにあたって関係者で顔合わせをしたそうだ。隣のはるかがそれとなく教えてくれた。

 つまり、この二人は管理世界の情報を持っているということか。さらに言えば、すずかのフルネームは「月村すずか」。月村忍氏の妹だ。アリシアプロジェクト参加者ではないにしろ、関わりの深い人物だった。

 

「……妹の方は、姉と違って大人しめなんだな」

「お姉ちゃんは、ね。発明家って頭のネジが飛んでる人が多いっていうから……」

 

 実の姉に対して辛辣な発言をするすずか。いや、確かに頭のネジは飛んでそうだったな。アリシアも同様。

 対面に座っているちひろは静かなものだった。さっきの件で落ち込んでいるわけではないようだ。単に初対面の女子に緊張しているのか。

 

「二人はよくこの店に来てるのか?」

「友達の家がやってるお店だし、味も文句なしだからね。あんたも一度食べたら病み付きになるわよ」

「わたし達ももっと気軽に来たいけど、小学生の懐にはキツいのよね。アリサやすずかが羨ましいわ」

 

 先ほどの発言からも分かる通り、すずかはもちろん、アリサも良家の子女のようだ。資金面は海鳴二小組とは比べ物にならないほど裕福なのだろう。

 あきら達は、それをあてにする気はないようだ。僕に奢らせるのも、あくまで案内の対価。このあたりはミコトの影響なんだろうな。

 ちらりと他の席を見る。小柄な少女が、仏頂面でパスタセットを出していた。客商売でそれはどうかと思うが、相手の客は気にしていないどころかニコニコ笑っている。

 

「ミコトは、普通に受け入れられているんだな。少し意外だ」

 

 彼女がここで働いているということは知らなかったが、偶然見た今の光景は、僕の予想の中にはないものだった。

 ミコトの持つ大きな才覚は、一般人からしたら理解の及ばない、得体のしれないものだ。僕で畏怖を感じるレベルなのだから、その比ではないだろう。

 加えて、彼女は表情に乏しい。一見すれば冷たい印象を与えてしまう。美しい容姿も、そうなっては人を遠ざける方向に働いてしまうだろう。

 だから、彼女が普通の従業員として客に受け入れられているというのは、意外と言うべき光景だ。

 

「まあ、最初はあの仏頂面でやってけるか心配だったけどね。コミュニケーション力自体は結構あるのよ、あの子」

「あと、ミコトちゃんが率先してスタッフ調整したこととか、皆知ってるから。今じゃ翠屋の名物チーフだよ」

「そうか。彼女の才覚は、そういう活用方法もあるんだな……」

 

 全く想像もしていなかった使い方に感心する。平和的利用とでも言えばいいのか。それは間違いなく、有効活用する方法の一つだった。

 歴戦の勇士でさえ認めるほどの才覚を、喫茶店のチーフスタッフに使用する。役不足過ぎて勿体ない気もするが、不思議と違和感というものがない。彼女の在り方のせいだろうか。

 ……僕は、彼女に何を求めているのだろう。彼女が管理世界に関わる意志を持たないと理解しながら、それが必定と思いながら、何故彼女と管理局を結び付けて考えてしまうんだろう。

 言葉にならない曖昧な感覚で、何となく居心地が悪かった。

 

「八幡さんって、このお店で働いてたんだ。知らなかった……」

「言ってなかったっけ。5月ぐらいから始めたみたいよ」

「……あきらの弟って、やっぱミコトに?」

「他の男子と大体同じだけどねー。せっかくあきらちゃんってコネがあるんだから、有効活用すりゃいいのに」

「ちなみに、少なくとも三年男子の大半は、ミコトちゃんかふぅちゃんのファンなんだよ」

「あはは、相変わらずミコトちゃんはスケールが凄いね」

「そんなことより、注文は決まったのか。決まったならブランを呼ぶぞ」

 

 談笑モードに入った皆を諌めようとしたが、女子の勢いを止めることは出来なかった。……実は結構空腹なんだけどな。

 皆の注文が決まったのは、それから5分後のことだった。

 

 

 

 世の中には、僕の知らないことがまだまだある。不意にそんなことを思った。




今度こそ一週間で投稿することが出来ました。あれですね、前回人大杉。

クロノ君に海鳴の町を歩かせてみました。外側からミコトちゃんを見てみようの回。結果、ミコトの登場がチョロっとで台詞すらない始末。これもう(誰が主人公か)分かんねえな。
原作と違ってフェイトが新しい家族を得たことで、クロノから彼女に対する関心が非常に小さいものとなってしまっています。というかミコトへの関心大きすぎ。後の分岐に配慮する作者の鑑(二次創作者の屑)
なお原作主人公。

本当はこの回で夏祭りまで進むつもりでした。どうしてこうなった(前後編)

あ、そうだ(唐突) 作者は某いちかわいいSSを応援しています。TSNLいいよね。いちかわいい。


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四十一話 休日の過ごし方 後編 時

引き続きクロノ視点です。



こいつまた一ヶ月とかかけだしましたよ? やっぱ好きなんすねぇ~(意味深)


 第97管理外世界での休暇も、残すところ明日のみとなった。何も予定のない一週間という時間をどう過ごすか初めは悩んだものだが、意外とどうにかなるものだ。

 やはり初日にはるかと遭遇することが出来、海鳴の町を案内してもらったのがよかった。あれのおかげで、何が何処にあるか、何処でどう過ごせばいいかがよく分かった。

 海鳴という町は、発展したオフィス街と自然豊かな公園が隣接している調和の町だ。少し入り込めば山道を歩くことも出来る。逆に臨海公園で海を眺めたり、海浜公園で海水浴さえ出来てしまう。

 文明と自然のいいとこどり、と言ったところか。日常生活を送るにも不足はなく、遠方から観光に来る人間も大勢いる、環境水準の非常に高い町だった。

 そんな町だから、僕は余暇を持て余すこともなく、大いに観光を楽しむことが出来た。日頃アースラ艦内にこもっているから、穏やかな自然を見るだけでも心が癒される。

 そして昼食は翠屋へ。最初の日に出会ったアリサという少女の言った通り、翠屋で出された料理は絶品と言ってよかった。管理局の食堂ではまず味わえないレベルだろう。

 程よいアルデンテに絡められた、濃厚なトマトソース。魚介のうまみがしっかりと染みており、思い出しただけでよだれが出そうだ。

 もっとも、あの店の本領は料理ではなく、ケーキやシュークリームと言った菓子類なのだが。恐らくアリサが「病み付きになる」と言ったのは、こちらの方なのだろう。

 女性陣皆が勧めるものだから、僕とちひろもシュークリームを注文し、実食して驚愕した。シューもクリームも、これまで食べたものでは比較にならないほど高レベルだった。

 口の中で溶けて違和感の残らない、しかし存在感は確かにある柔らかなシュー。あっさりとした甘さで、上品でありながら庶民らしい安心感を忘れないカスタードクリーム。

 管理世界でも滅多にお目にかかれないレベルのシュークリームだろう。事実、僕はこれまで管理世界であれほどのものを食べたことはない。

 思わず「翠屋クラナガン支店でも出来ないものか」と益体も無い妄想をしてしまうほどだった。……食レポになってるな。いかんいかん。

 別に翠屋に入り浸っていたわけではない。確かに昼食は毎日お世話になり、そのたびにシュークリームを注文してはいたが。他の店に行かなかったわけではない。

 この国特有の料理であるスシというのも挑戦してみた。生魚の切り身を乗せた酢入りライスにソイソースを付けて食べるというものだが、これも実に美味かった。

 最初は魚を生で食べるということに抵抗を覚えたが、エンガワというのを食べてその考えを拭い去った。生魚には、焼き魚にはない味わいがある。

 ……また食レポになっている。別に食道楽だけを楽しんでいたわけではないからな。食事も楽しんでいただけだ。

 

 そんなわけで明日にはアースラに帰還するわけだが、僕は今、高町家の前に来ている。時刻は夕日が眩しい18時前だ。

 実は何度か翠屋に行っている間になのはの接客を受けることがあり、彼女から夏祭りに誘われたのだ。皆で一緒に行くから、僕も行かないかと。

 僕は、彼女達とプライベートでまで親しくする気はなかった。それは前から言っている通りであり、今もその考えは変わっていない。

 だが、彼女の父――翠屋のマスターである高町士郎さんから、「遠慮せずに来なさい」と強く勧められた。……纏っていた空気がグレアム提督と同じだったので、親バカの類なのだろう。

 彼の立ち居振る舞いには一切の隙がなく(魔導師を瞬殺出来る恭也さんの父親なのだから当然か)、かなりの威圧感があった。僕がそう感じていただけで、彼にその意志はなかったのかもしれないが。

 結局、その勢いに圧されて僕は首を縦に振ってしまったのだ。そして今日、祭りが始まる少し前に高町家を訪れている。ちなみに今日の翠屋は昼だけだ。

 

「あら、クロノ君。いらっしゃい、皆待ってるわよ」

「ええ、お邪魔します」

 

 インターホンを押し、扉を開けて現れたなのはの母・桃子さんに応対される。彼女が翠屋のパティシエールなのだそうだ。

 ……翠屋が高町家の家族経営であり、僕がその店を愛用していた以上、高町家全員が僕のことを知っている。プライベートで関わりを持つ気がないと言っていたのに、結局関わりを持ってしまっていた。

 

 

 

 ご両親は戸締り等の支度があるため(高町邸は庶民でありながら結構な敷地面積を持ち、道場という訓練施設まで併設されていた)、僕は高町家の子供達とともに先に出ることになった。

 高町家の子供は三人。僕も知り合いである恭也さんとなのはに加え、恭也さんの妹でなのはの姉の「美由希」という少女だ。

 歳は僕より二つ上だが、精神的には逆と言った感じだ。この世界の基準がまだ分かっていないため、それが一般的なのかどうかは分からないが。

 

「やー、クロノ君がなのはのお誘いを受けてくれて嬉しいよ。わたしってば、話だけ聞いてて実際にクロノ君と会ったことはなかったから」

 

 どうにも彼女は一度僕と話をしたかったようだ。彼女も翠屋の手伝いはしているらしいが、僕と遭遇することはなかった。時間帯がずれていたんだろう。

 以前にも触れたと思うが、高町家は家全体が管理世界に対する理解を持っている。この若干エイミィを髣髴とさせる能天気そうな少女も例外ではない。

 ……ただ能天気なだけ、ということはないだろう。恭也さんほどではないが、彼女も動きの芯がしっかりしている。高町家の武術を相伝している証拠と思われる。さすがに彼ほど理不尽ではないと思いたいが。

 

「実際に会った感想としてはどうだ?」

「ほんとに14歳? 小学生って言われても納得できるんだけど」

 

 また身長の話してる……。いや身長と断言はしていないが、彼女の目線がそれを物語っている。僕の歳なら、彼女以上の身長を持っているのが普通だろうからな。

 こっちに来てから毎日身長のせいで年齢を誤解され続けてきたため、反応が淡白になってきた。はあ、と疲労を交えたため息が漏れる。

 

「あ、ひょっとして気にしてた?」

「むしろどうして気にしてないと思ったのか知りたいな。デリカシーがないとか言われないか?」

「うっ……あはは」

 

 エイミィを髣髴とはさせたが、明確な違いがあったな。彼女は、分かった上で弄ってくる。美由希のように悪意なく傷を抉るわけではない。

 僕の指摘は痛いところだったようで、彼女は苦笑しながら頭をかく。……言葉にすると失礼だから口には出さないが、女性と会話をしているという感じがしないな。

 夏祭りの正装なのか、なのはと美由希の格好は浴衣と呼ばれる着物だ。なのはは子供らしくピンク色で桜模様、美由希は濃い赤に楓の模様。僕の感覚としても、女性らしい格好と感じる。

 だというのに、高町美由希という少女は一切「女性」を感じさせない。男性的、というのではなく、非常に中性的な性格をしているのだろう。ある意味凄いことだ。

 

「で、でもさ! 管理局とかで可愛がられたりしない? お姉さん達から優しくしてもらったりして、いい思いしてるんじゃないの?」

「生憎と僕の周囲は男性職員がほとんどだ。若い女性と言ったら、母さんと腐れ縁の補佐官だけだ。この身長で得をしたことは一度もないよ」

 

 こんな人通りのある場所で迂闊な話題だと思うが、確信的なところは話していない。これだけで管理世界の話題であると分かるのは、それこそ知っている人間だけだろう。

 苦し紛れのフォローだったのだろうが、彼女の浅はかな考えではフォローしきれず轟沈。苦笑して沈黙した。

 

「だが、その身長は自身の不摂生が原因なんだろう? それが嫌なら、もっとちゃんと自己管理をしないとな」

 

 なのはの手を引いて先を歩いていた恭也さんが歩調を緩め、僕に声をかける。確かにその通りであり、今回僕が休暇を取らされた原因の一つでもある。

 恭也さんは、目算で180cm程度の身長を持つ立派な男性だ。あれだけ非常識な剣腕を持ちながら、自己管理もしっかり出来ているということなのか。……「天才」なんだろうな。

 僕が内心で劣等感を感じていると、それを察したのか恭也さんは小さく笑いながら過去の話をした。

 

「俺も、それで痛い目を見たことがある。今はもう平気だが、一生膝は治らないと医者に言われたほどだ」

「あのときの恭ちゃんは無理してたからねー。それで治しちゃったのも恭ちゃんだけど」

 

 何でも、過去に士郎さんが大怪我を負ったことがあり、それを受けて恭也さんは「これからは自分がしっかりしなければ」と気負い過ぎてオーバーワークを起こしたらしい。

 結果、膝の靭帯断裂という大怪我を負ってしまい、一時期は剣士としての再起も絶望視されたそうだ。それで諦めなかったのが、今の彼ということだ。

 結構重い話だとは思うが、笑い話に出来てしまう程度に、彼らは困難を乗り越えてきたのだ。

 ……少なからぬ羨望を感じる。僕達はまだ、笑い話には出来ない。出来事の質が違うから笑い話には出来ないかもしれないが、それでも彼のように何事でもないようには話せない。

 だから、感想がひねくれてしまったのも、仕方のないことだ。

 

「本当に人外ですね、恭也さんは。さすがは士郎さんの息子ってことなんでしょうね」

「いや、俺は父さんほど人間辞めてはいないんだけどな……」

「わたしの家族って……」

「いやー、最近はなのはも……」

 

 士郎さん、恭也さん、なのは。戦闘民族の血は、脈々と息づいていた。美由希はまだ分からないけど。

 

 

 

 本日の夏祭り――近所の神社の縁日というものらしい――は、高町家以外の人達も一緒だ。待ち合わせの場所に、見覚えのある少女達の姿があった。

 

「こんばんは。休暇は楽しめてるかな?」

「それなりに。ここが過ごしやすい町で良かったよ」

「毎日翠屋使ってるんだってね。なのはからもう立派な常連さんだって聞いてるわよ」

 

 先日件の喫茶店で顔を合わせたなのはの友人二人、及び復元プロジェクトにも関わっている姉の方。僕は子供達の方に声をかけられた。

 ……年齢としては、彼女達よりも恭也さん達の方がわずかに近いんだけどな。やはり見た目が問題なのか。

 

「ガイ君は?」

「まだ来てないよ。待ち合わせまで時間あるし、もうちょっとかかるんじゃないかな」

「男なら先に来てなさいよって感じだけどね」

 

 真っ先に変態少年のことを気にするなのは。……そういえば、先のミーティングのときも少し印象が違っていたような気がするな。

 ジュエルシード事件のときは、ガイが変なことをするたびになのはからの折檻が飛んでいた記憶がある。表面的に見れば、なのははガイのことを邪険にしていたように思う。

 だが今の彼女の反応からは、そういったものが見られない。逆に、積極的に気にかけている。

 ほんの数ヶ月の間に進展があったのか、それとも嫌っているように見えていただけなのか。分からないが、相変わらず深入りする気はなかった。

 少女達が会話の花を咲かせたのをきっかけに、彼女達と距離を取り、恭也さん達の会話に混ざる。

 

「どうしたんですか、恭也さん。額に皺が寄ってますよ」

「ああ……将来の義弟候補について、な。もうちょっとだけでいいから、マシにならんのかと思ってな」

 

 彼は大きくため息をついた。やはりそういうことらしい。今の発言から、彼もガイのことは認めているということが分かる。ただ、あの変態性だけは許容できないようだ。当たり前か。

 

「クロノ君って、ガイ君のこと知ってるんだっけ?」

「多少はな。先の事件でちょっと会話した程度だけど、どれだけふざけた奴なのかは感じ取れた」

「愉快な子だから傍から見てる分には面白いんだけどねー。あの子がなのちゃんとくっ付くと、わたしにとっても義弟ってことになるのよねぇ……」

「あはははは、気が早いですよ忍さん。恭ちゃんとのお付き合い、スタートしたばっかりじゃないですかー」

「あら、わたしはちゃんと恭也との将来を考えてるわよ? 気が早いってことはないんじゃないかしら、美由希ちゃん」

 

 笑顔の裏に迫力を込めながら睨み合う美由希と忍さん。……何と言うんだったか。嫁姑問題、というやつか? なんかちょっと違う気がするが。

 頭痛の種が増えた恭也さんは、先ほどよりも大きなため息をついて二人の女性から離れた。僕も彼に倣い、火花を散らす二人に巻き込まれないようにする。

 

「モテる男は辛いですね」

「別にモテるわけじゃないさ。美由希は俺に依存してるところがあるっぽいから、取られたくないんだろうな。早いとこ兄離れしてくれないと、将来が不安だ」

 

 一人勝手に納得するモテ男。絵に描いたような鈍感だな。きっと気付かないうちに多くの女性を泣かせてきたのだろう。

 もったくもって、妬ましい。……別にモテたいわけじゃないけど、モテる男に対しこう思ってしまうのは、男の性(サガ)というものなのだろう。

 

「お、皆もう来てたのか。って、マジでクロノいるし」

「いちゃまずいか?」

 

 ミーティング以来顔を合わせていなかった、話題の変態がやってきた。翠屋でも彼とは遭遇しなかった。彼はあまり利用しないようだ。

 ……そういえば、あきら達が「小学生には出費がきつい」と言っていたな。アリサとすずかの二人が例外なだけで、そういう意味では彼もこの世界の一般的な小学生ということだ。

 言葉で返したカウンターに、ガイはからから笑って「ご愁傷様」と答えた。今この場にいる経緯を思いだし、軽くため息が漏れた。

 

「君で最後か?」

「こっちで集まるのは、そうだな。向こうで海鳴二小組とも合流する予定らしいぜ。クロノは八神家とはるかちゃん以外面識なかったよな?」

「休暇初日にいちことあきら、あきらの弟のちひろと会っている。他にいたら、それは知らないが」

「あきらちゃんって弟いたん? 俺会ったことねえわ」

 

 再びからから笑うガイ。彼も、彼女達の全てを知っているわけではないようだ。生活範囲が違うようだし、それも当然か。

 ガイがやってきたことに気付き、彼の腕をなのはが引っ張る。彼は困ったような笑みを浮かべ、僕に向けて謝るように片手を上げた。

 恐らく祭りの会場の方に引っ張られていくガイを見て、僕はやはり驚きのような感覚を持った。

 

「第一印象では、あそこまで積極的な子だとは思わなかったんだけどな」

「そうなの? でもなのはって、昔から恋愛には積極的だったわよ。あの変態相手ってのは予想外だったけど」

 

 僕の感想に、隣にやってきたアリサが解説を付ける。今の話から察するに、なのはは過去に失恋をしているということなのだろうか。

 だが、アリサはおかしそうに含み笑いしている。友達の失恋を笑うような子だとは思えないが……。

 

「人の過去を笑うのは感心しないぞ」

「あんたも聞いたら絶対笑うわよ。ま、なのははガイに取られちゃったし、道すがら話してあげるわよ」

「どっちかっていうと、ガイ君がなのちゃんに取られたんだと思うけどね」

 

 結局、僕の周りに集まってきたのは子供組だった。

 ――なお、なのはの失恋という名の自爆話は、アリサの言う通り笑い話にするしかないと思った。まあ、今もちゃんと交友関係を持てているのだから、笑い話ぐらいでちょうどいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 祭りが行われる神社というのは、想像していたよりも大きいものだった。それに伴い、祭りの規模もそれなりのものとなる。

 人でごった返す神社の石段前。そこには既に、海鳴二小組がやってきていた。……正確には、海鳴二小組+八神家、だろう。なお、八神家にはグレアム提督とリーゼ姉妹も含まれている。

 

「やあ、クロノ。結局君も来ることにしたようだね」

「押し負けました。高町家は中々侮れませんよ」

 

 やはりと言うか、最初に僕に声をかけてきたのはグレアム提督だった。夏祭りへの参加は拒否していた僕がこの場にいるという事実に、嬉しそうな笑みを浮かべている。

 僕が休暇を取る原因となったアリアは、そちらの方が気にかかっているようで、体調を聞いてきた。すこぶる快調と答えると、安心したように微笑んだ。

 

「クロ助と遊び歩くのって、何気に初めてだねー。お姉ちゃんが飴ちゃん買ってあげようか?」

「子供扱いするな。僕は引率側の心持ちでいるよ」

「そういうことは私達に任せなさい。今日は君も、大いに楽しむといい」

 

 管理世界ではそう珍しくないことだ。優秀な子供は、早い段階で高度な教育を受け、年齢一桁の内から就業することもある。僕はそういう環境で育ち、そのことに疑問を持ったことはない。

 だけどそれは、幼少期の「遊ぶ」という時間を犠牲にすることを意味している。実際、僕にはこういう場を遊び歩くという経験がない。

 そしてグレアム提督は、この世界の、管理外世界の出身だ。それはつまり、管理世界の子供の在り方が、彼の中では当たり前ではないということだ。

 僕にとっては「遊ぶ」という経験が重要でなくとも、彼にとってはそうではない。彼は……僕が出来なかったことを、この場で経験させようとしているのだろう。

 突っぱねても良かったけど、どうせ休暇中なのだと思い直す。グレアム提督の言う通り、気楽に過ごすのも間違いではないだろう。

 

「なら、そうさせてもらいますよ。もっとも、僕は祭りの楽しみ方というのは知りませんけど」

「ふむ、そういうことなら……出番だよ、アリシア君、ヴィータ君」

「はーい! クロすけくんにおまつりのいろはを教えちゃうんだよー!」

「オラオラ、ぼさっとしてんな! 出店全部周んだからな! じゃ、はやて、ミコト! あたしらちょっと行ってくるから!」

「れっつらごー、だよー!」

「あ、こら、引っ張るな!?」

「全く……ほどほどにしておけよ」

「気ぃ付けるんやでー」

 

 小さな二人、それからロッテの三人組に腕を引っ張られて、僕達は祭りの雑踏の中に埋もれたのだった。

 

 

 

 そしてこれはお約束なのだろうか。見事にはぐれてしまった。

 

「祭りのイロハを教えるんじゃなかったのか、全く」

 

 僕の身長では、この人ごみの中で彼女達を見つけることは難しい。サーチャーを使えば簡単だけど、管理外世界であるここで魔法を使えるわけもない。

 ……アリシアは子供だし、ヴィータも精神が肉体に引っ張られているんだろうと納得は出来る。しかしロッテまで子供と一緒になってはしゃぐというのは、いかがなものなのだろうか。

 仕方なし、先ほどアリシアから押し付けられたりんご飴(代金は僕持ちだ)というのをかじりながら、人の少ないところを選んで歩いた。……甘いな、これ。

 雑然とした人の流れを見て、漠然と思う。ああ、これが「管理外世界」なんだな、と。

 管理世界……僕の暮らしているミッドチルダにも、祭りというものは存在する。その期間は街も活気づくし、人々も羽目を外す。

 だけど、このお祭りに比べればもっと整然としている。文化の違いもあるだろうけど、それ以上に行政の在り方の違いを感じる。

 僕達の世界の祭りは、よく言えばもっと人々の安全に配慮している。時間の無駄をなくすために人員整理も行われる。治安組織である管理局による監督の下で行われるものだ。

 それに対しこの世界の祭りは――テストケースが一つしかないので断言はできないが、参加者一人一人に委ねられている。主催は行政機関だろうけど、あまりそれを臭わせていない。

 それぞれに長短はある。管理局のやり方は、より人の安全を求める代わりに、個人の自由が制限される。この世界の在り方は、突発的な事件の危険性が比較的高い。

 民衆の安全は最大限保証しなければならないものだ。そのためには多少の制限もやむなし、というのが管理局のやり方だ。僕も、この考えが間違いなどとは思っていない。

 だが、一週間この世界で過ごして思ったことも、またある。束縛からの解放というものも、ときには必要だ。

 以前の僕だったらこうは考えなかった……いや、考えられなかっただろう。思考が局員としての責務に縛られた僕では、「自由」にそこまで重きを置かなかっただろう。

 自由とは、それだけで一つの「エネルギー」なのだ。物事を変革する力となり得るのだ。

 僕は、管理局が完全なものである、絶対なものであるなどとは思っていない。改善すべき点が多くあり、体質を変化させていくべきだと考えている。

 そのためのヒントが、この世界で過ごした時間にあった。そう感じられただけ、一週間の休暇の意義はあっただろう。

 

「……また仕事のことを考えてしまった。この切り替えの悪さも、いつかは改善できなければいけないな」

 

 無論、まずは僕自身を改善していく必要があるだろう。先は長い。

 

 ポンっと背中を叩かれる。振り返ると、見覚えのない少女が緩い笑みを浮かべていた。

 

「クロノ君だよね。一人なの?」

 

 僕のことを知っているということは、海鳴二小組のメンバーなのか。そういえば、石段下の集合場所で見たような記憶がなきにしもあらず。

 

「アリシアとヴィータに置いて行かれた。ロッテも止めてくれればいいのに、一緒になって騒いでたからな」

「あははー、お疲れ様ー。実はあたしも皆とはぐれて、ぶらぶら歩いてたんだよー」

 

 全体的に緩い印象の少女だった。身長は、多分ミコトよりも低い。先日会った矢島晶とは対極と言っていいだろう。

 この少女……ええと。

 

「……あー、自己紹介してなかったねー。あたし、亜久里幸子。ミコトちゃんのクラスメイトだよー」

「どうも。ご存知のようだが、クロノ・ハラオウンだ。歳は……」

「14歳なんだってねー。身長は、あたしが言ってもブーメランだからー」

 

 既に知っていたか。あの三人のうちの誰かから情報を得たのだろう。ミコト達八神家組は、何故か黙っていたようだし。

 彼女は自身の身長について、一際小柄であることを理解していた。個性の一つとして受け入れているようだ。……女の子なら大した問題にもならないだろうしな。

 

「海鳴二小の子は、君で最後かな」

「はるかちゃんといちこちゃんと、あきらちゃんにも会ってるんだよね。したら、もう一人いるよー」

 

 計5人。……改めて多いな。聖祥の方は、アリサとすずかの二人だけだというのに。倍以上だ。

 この国のことわざには「噂をしたら影」というものがある。だからと言って、最後の一人が現れた因果には関係ないだろう。

 

「もう、やっと見つけた! さっちゃん、一人でふらふらしちゃダメだよぅ!」

「あははー、お手数おかけしましたー。でもむーちゃん、ほら」

 

 小柄な、と言ってもさちこやミコトに比べれば大きいが、眼鏡をかけた少女。彼女はさちこに指された方向、つまりは僕を見る。

 そして、みるみる表情が険しくなった。それだけで察せるようになった辺り、弄られ慣れてきたことを自覚してため息が漏れる。

 

「これで何度目か分からないけど、あれは事故だったんだ。それでも悪かったと思っているから、今後もバックアップすることを約束した。これで許容してもらえなかったら、僕にはもうどうすることも出来ない」

「……はるかちゃんから聞いてるし、あきらちゃんも「悪い奴じゃなかった」って言ってたから、信じます。伊藤睦月、ミコトちゃんのクラスメイトです」

 

 僕も名乗り、和解ということでいいだろうか。少なくとも、むつきは警戒を解いてくれた。

 ――全くの余談になるが、聖祥組も海鳴二小組も、皆美少女と言っていいだけの容姿を持っている。これだけの女子に囲まれて狼狽えずに済んでいるのは……間違いなくあの一件が原因なのだろう。良くも悪くも。

 

「えっと、さっちゃんのこと、クロノ君が見つけてくれたんですか?」

「偶然遭遇しただけだ。君達とは今自己紹介をしたばかりだしな。それと、敬語は使わなくていい。……正直、今更感がある」

「あ、あはは……」

 

 僕達の年齢差を考えれば、むつきの対応がノーマルなのだろう。皆して遠慮というものがなさ過ぎる。遠慮されても、それはそれで困るから別に構わないんだが。

 ここは人ごみを避けているとは言え、道の真ん中だ。二人を先導しながら、会話を続ける。

 

「グレアムさんからクロノ君は来ないって聞いてたから、びっくりしたよ」

「どうして気が変わったのー?」

「別に気が変わったというわけじゃないんだが……僕はこっちの皆とは深く関わらないつもりだったんだ。だけど、皆が同じ考えとは限らないということさ」

 

 「あー」と、納得した表情を見せる二人の少女。伝わらない可能性も考えて言った内容だったが、あきらやはるか同様に優秀な子供達なのだろう。

 

「ミコトちゃんみたいだね。あの子も、管……そっちとは最低限しか関わらないって言ってたし」

「合理性のみで判断すれば、僕やミコトのような結論になるんだろうな。僕としては、こっち側のはずのグレアムさんが高町家の人達と同じような考え方をしていることに驚きだよ」

「いい人だよねー、グレアムおじさん。この間遊びに行ったら、お菓子くれたよー」

 

 その後ミコトに「安易に餌付けをしてはいけない」と怒られたそうだ。……思ったよりも「父娘」としての相性はいいのかもしれないな。

 彼は、八神家の皆だけでなく、その周辺の人物とも交流を取っているようだ。ひょっとしたら、管理局引退後はここに腰を落ち着けるつもりなのかもしれない。

 人との繋がりが強くなるだけ、その場所から離れ辛くなる。僕が彼女達との交流を最低限にとどめようとしているのは、そういう事情もある。僕はミッドチルダを離れるつもりはないのだ。

 

「でも、それだと寂しいよね。せっかく知り合えたのに、お互いに深く関わらないなんて」

「僕はそれで納得してる。ここには長く留まれないんだから、深く関わったところで別れが辛くなるだけだ」

「えー、もうこっちに住んじゃいなよー」

 

 さちこが笑いながら無責任なことを言ったがスルー。彼女としても、冗談のつもりだろう。

 

「今の状況も、過剰干渉スレスレなんだ。これ以上を求められると、僕のあっちでの立場が危うくなる」

「そんなに気にすることもないと思うんだけど……文化が違う、ってことなんだよね」

 

 心情としては納得していない様子ながらも、理屈は理解した様子のむつき。やはり、優秀だな。

 たとえ彼女達が一般的な管理外世界の住人より管理世界に詳しかろうとも、管理外世界の住人であることに変わりはないのだ。管理局が干渉を許される世界の外側だ。

 彼女達が魔導師であったり、あるいは管理世界に移住するというのなら話は別だが、そうでない以上「局員による管理外世界への必要以上の干渉」と判断し得るのだ。

 グレアム提督はこの世界出身であるからまた別の話になるが、僕の場合はそうもいかない。この世界において、僕は異世界の住人でしかないのだ。

 理路整然とした説明を理解し、むつきは俯き口をつぐんだ。……さっきまで敵視されていたはずなのに、この子もお人好しなものだ。

 

「みんな、難しく考えすぎなだけだと思うけどなー」

 

 相変わらずあっけらかんとした様子で、さちこがごちる。話をしている間に人ごみを抜け、明かりの少ない境内に端に来ていた。

 薄明りの中、やはり少女は笑っていた。能天気そうに、空気を弛緩させる笑顔を浮かべている。

 

「……僕は、本来ならこの場にはいない人間だ。文字通り住んでいる世界が違うんだ。いないはずの者がいるべき人間に、干渉すべきではないだろう」

「でもクロノ君、今ここにいるよね。仮定の話をしてもしょうがないって、ミコトちゃんよく言ってるよー」

 

 それは……確かに、いない「はず」というのは仮定でしかなく、現実に僕はこの世界にいる。そうである以上、多少の干渉は避けられない。だから必要以上にと言っているのだ。

 あくまで論理を通す僕の反駁にも、彼女は揺るがない。……ミコトとは別ベクトルでやりにくい相手だ。

 

「いないはずとかいるべきとか、大した問題じゃないよ。いるんだから、我慢したってもったいないだけだよー」

「……だが、管理外世界に対して管理局が干渉するというのは、文明への干渉に当たるわけで――」

「それ」

 

 ビシッと指を突き付けられ、言葉を飲み込む。能天気そうな少女の瞳は、俄に真剣味を帯びていた。

 

「さっきからクロノ君が言ってるのって、「管理局が」「管理外世界に」干渉するって話なんだよ。クロノ君は、管理局基準でしか判断できないの?」

「ッ!」

 

 痛い指摘だった。そんなことはない、と反論したいが……今までの僕の理屈は、全て「管理局員として」のものでしかない。

 「この世界に休暇で来ている個人」としてならば、全く問題にならないはずなのだ。ただ、僕がそれを引きずらない自信がないというだけ。

 

「あたしね、実はまだクロノ君のこと許してないの。だってクロノ君のお詫びって、クロノ君個人じゃなくて、クロノ・ハラオウン執務官としてのものだもんね」

「……その通りだな。僕としては、僕に出来る全力を尽くしたつもりだったんだが」

「それじゃダメだよ。執務官が隠れ蓑になっちゃってる。ちゃんと、クロノ君自身がお詫びしなきゃ」

 

 のほほんとした少女だと思った。事実、今の空気も変わらない。相変わらず弛緩している。だけど何故か、僕は彼女の意見に反論する気が起きなかった。

 これでミコトの周囲の全員に会ったことになるが、一人残らず曲者だった。元々そういう人物が集まったのか……あるいは彼女の影響でそうなったのか。

 

「僕自身として、か。……どうすればいいのか、皆目見当がつかない。君には何かいい考えがあるのか?」

「さあ? あたしは思ったことを言っただけだもん。そういうのは、むーちゃんにお任せー」

「この空気でわたしに投げるの!? え、えっと、お食事に招待する、とか?」

 

 いきなり話を振られたむつきは、しどろもどろになりながら提案した。それだと彼女と深く関わることになるので、あまり気は進まないが。

 ……いや、そういうことなのか。僕がしでかしたことを清算するためには、どうしたって彼女と関わることを避けられない。関わらずにお詫びをしたところで、それらは全て上辺だけのものでしかない。

 さちこはそれを指摘したかったのかもしれない。逃げるなと。ちゃんと向き合えと。……違うかもしれない。よく分からない子だ。

 

「ともかく、何か考えてみよう。ありがとう、さちこ、むつき。少し、目が覚めたよ」

「実はまだ夢の中かもー?」

「そういう話じゃないよ、さっちゃん。もう……」

 

 相変わらず緩い少女を、真面目そうな少女が窘めるのだった。

 

 

 

「こんなところにいたか。……何故亜久里とむつきがハラオウン執務官と一緒に?」

 

 さてそろそろ皆を探そうかと思ったところで、色々な意味で話題の人物がやってくる。

 今僕が最も会うべきであり、会いたくなくもあった少女。八幡ミコト。

 アリシアとヴィータに引っ張られていたはずの僕が彼女のクラスメイトとともにいることに、純粋な疑問を浮かべている。答えたのはさちこだった。

 

「クロノ君、迷子だってー」

「……何をやっているのか」

「どちらかと言えばあの二人が迷子だ。ロッテがついてるし、心配はいらないと思うが」

「同じ猫でも脳筋の方では心配だ。リーゼアリアもつけておくべきだったか」

 

 額に指先を当て、ため息をつくミコト。……格好のせいか、その行動一つ一つに華があるように感じて、少々落ち着かなかった。

 これまで触れてこなかったが、むつきとさちこも、少女達は全員浴衣を着ている。ミコトも多分に漏れず、白地に赤で花の模様――シャクヤクというそうだ――が描かれた浴衣だ。

 以前にも写真で着物姿を見ていたが……実物はさらに威力がある。複数人の美少女に囲まれても落ち着きを崩さなかった僕を動揺させるとは。やるな。

 

「君は、むつき達を探しに来たのか?」

「亜久里を探しに行ったはずのむつきが、いつまでも帰ってこないからな」

「あう、ごめんなさい……」

「ちょーっと話が弾んじゃったんだよー」

「君は君でふらふら歩くなといつも言っているだろう」

 

 消沈するむつき、まるで悪びれないさちこ。対照的な二人の様子は、いつものことなのだろう。ミコトも深く追求することはなかった。

 

「とりあえずは、二人を見ていてくれたことに礼を言う。やはり子供だけでは危ないからな」

「それは君にも言えることだ。大人を連れてきた方がよかったんじゃないのか」

「手が空いてるのがいなかった。ギルおじさんはフェイトとソワレを見てくれているし、リーゼアリアは聖祥組。シャマルははやての付き添いだ」

「シグナムとブランはどうしたんだ? それに、聖祥組と言えば恭也さん達もいただろう」

「ブランを大人にカウントするのは酷だ。まあ、残りの海鳴二小組といるよ。恭也さんには恋人との時間があるから、邪魔は出来ない。シグナムは……察してくれ」

「あー……ミコトちゃん、撒いたね」

 

 シグナムは何かとミコトの世話を焼きたがるため、さすがに鬱陶しく感じたミコトが二人を探すついでに撒いたそうだ。忠実を通り越して過保護な騎士だな。

 

「それに、人探しならオレ一人の方が動きやすい。大人では人の隙間を縫うのも楽じゃないだろう」

「もう、ミコトちゃんってば、また危ないことして。この間も海でナンパされたばっかりなのに」

「……あれは、あの水着のせいだ。今の格好なら問題はないはずだ」

 

 いや、その格好でも人目は引くと思うが。……というか、この歳でナンパされるのか、この子は。全くもって常識離れしている。

 危機感が薄いというか、自己評価の低い彼女に対し、級友からの叱責が続く。褒められるが故に叱られるというのも不思議な話だ。

 

「アリサちゃんも言ってたけど、ミコトちゃんは可愛い女の子なの! もっとちゃんと自覚して!」

「客観評価として受け入れてはいるんだが……自分のことだとどうにも判断が難しい。そも、美醜というのは個人の主観に大きく左右されるものだから、絶対的なことは言えないと思うのだが」

「そこまでカッチリしてなくても、皆が可愛いって思えば可愛いんだよー。クロノ君もそう思うよねー?」

 

 ここで僕に振るか。当のさちこはニヤニヤしており、僕が返答に窮すると分かっていたことを臭わせる。

 

「その……、男の僕から見ても、君の容姿は多くの男性を魅了するものだと思う。二人が言いたいのは、つまりそういうことじゃないか?」

 

 さすがに面と向かって言うことは出来なかった。少々視線をずらし、わずかに顔が熱を持つのを自覚する。照れているとバレないことを祈る。

 

「もぅー。もっと素直に「可愛いよ」って言いなよー、ヘタレノ君」

「誰がヘタレだ。そういうのは僕のキャラじゃない」

 

 そういうのはどこぞの淫獣にでも任せておけばいい。彼なら喜んでやるだろう。そして、皆の希望通りヘタレてくれることだろう。

 ――ミコトが彼のことをどう思っているか、彼の想いに気付いているのか、僕は知らない。だからユーノを連想させる一切を口には出さなかった。心の中だけで呟く。

 当のミコトはというと……口元がちょっと笑みの形に歪んでいる。ああ、バレないわけがなかったかと、ある種の安堵のような感覚。

 

「婉曲表現を使いながら赤面しているようでは立派なヘタレではないかな、ムッツリーニ執務官」

「内容としては大差ないからな。これまでに女性の容姿を褒めるなんて経験はなかったんだ。あとムッツリ言うな」

「そんなことを威張られても、ますますヘタレと言うしかなくなるだけだぞ」

 

 言ってから僕も思った。だが、どうにか「いつも通り」の僕達の空気に戻すことが出来たようだ。彼女もそう考えて、今のような話題を振ったのだろう。

 もっと弄りたかったのか、さちこは口をつまらなさそうに尖らせる。彼女が僕達の会話についていけることに驚くこともないか。

 

「ともかく、そろそろ戻ろう。いつまでもこんな端の方でたむろしていても、君達にはつまらないだろう」

「オレも二人を連れ帰るつもりで来たんだ。予定外が一人いただけで、目的は変わらない。その意見には賛成だ」

 

 脱線に脱線を重ねた話題を本筋へと戻し、本来の目的を果たすために僕達は動いた。僕も、元々は二人を皆と合流させるために移動したんだしな。

 

 そのつもりだったのだが。

 

「あ、じゃああたしシアちゃん達探してくるー。皆は先帰っててー」

 

 突然さちこがそんなことを言い出して、ふらふらした動きながらも、素早く人ごみの中に紛れてしまった。一瞬の出来事だったため、僕もミコトも何も言えなかった。

 ややあって、我に返ったむつきが動く。

 

「さ、さっちゃん! ダメだってばー!」

「あ、こらむつき! 君まで勝手に動かれては……」

 

 時すでに遅し。しっかり者な少女は、その性質が故にさちこの後を追ってしまった。すぐに見えなくなる。

 後に残されたのは、むつきの腕を掴もうと腕を伸ばし空を切ったミコトと、唖然としたまま立ち尽くす僕のみ。

 しばし、沈黙が流れる。祭りの喧騒のみが僕達の耳に届いた。

 

「……僕達だけでも、戻るか?」

「……そうするしかないだろう」

 

 はあ、と二人分のため息が重なった。

 

 

 

 二人で歩きながら沈黙というのは気まずい。仕事中ならばそういうこともあるが、あくまで今はプライベート。自然と僕の口が開いていた。

 

「君の周囲は、揃いも揃って癖が強いな。類は友を呼ぶ、という奴なのか」

「かもしれないな。オレ自身、自分が異常であるという自覚はある」

「……そうだな。君は、異常だ。恐らく全ては「原初の能力」による影響なんだろうが」

 

 グレアム提督から聞いている。彼女が「プリセット」と呼ぶ、彼女固有の先天能力。僕らで言うところのレアスキル……ともまた違うか。言うなれば「インヒューレントスキル」、先天固有技能の類だ。

 魔力とも違う力を用いた、生まれついての特殊能力。古代ベルカの王族などが持っていたそうだ。現代でも彼の王族の末裔などは受け継いでいるそうだが、実際にこの目で見たことはない。

 これがあったために、彼女は早くに精神を成熟させ、高度な思考能力を得たのではないかと、アリアは分析していた。僕もその分析に間違いはないと思う。

 ある意味、彼女の個性の全ては「プリセット」が生み出したものだ。非常に論理的で正確な思考。的確な判断力。男性的な口調は……何が原因なのかよく分からないが。

 だけど、同時に思うことがある。

 

「それでも、君の異常は「正しい異常」だ。僕はそう感じている」

 

 彼女は決して、「プリセット」に振り回されていない。完全に自分の制御下に置き、必要なときに有効活用している。そう考えれば、全ては逆。「プリセット」は彼女の個性の一つでしかないのだ。

 ミコトは異常でありながら、それを正常なものとしているのだ。だから彼女の周りには、彼女を慕う人間が集まる。それがきっと、グレアム提督が語ったミコトの「カリスマ性」。

 あるいは、本当に逆なのかもしれない。「プリセット」という巨大な能力に振り回されない才覚を持ったミコトだからこそ、天からのギフトとして能力を授かった。……というのは、ちょっと夢を見過ぎか。

 

「……そんな風に言われたのは初めてだな。「正しい異常」、か。執務官ともあろうものが、おかしな表現を使う」

「そう言う割には、随分楽しそうじゃないか。僕なりの精一杯の言葉遊びは、気に入ってもらえたかな」

「そうだな。……72点。いや、65点だ。端的で分かりやすいが、些かひねりが足りない。あとは、おかしな表現の割には面白みが足りないのも減点対象だ」

「手厳しいな。だが、君らしい」

 

 前にも思ったことだ。彼女との会話は、軽妙で心地よい。僕達のしゃべり方は互いに固く、軽さや柔らかさとは無縁のはずなのに。

 いや、ミコトの話す内容を考えれば不思議もないか。彼女の言葉は表面的に固いだけで、中身は割と温かみに溢れている。そして遠慮なく打ち込んで来る。

 だからそれを素直に返せば、こうやって普通に会話が弾む。返せればの話なんだろうが。……それが出来ないからユーノはヘタレなんだ。

 

「僕は君の「正しい異常」を、好ましく思っている。多分、僕だけじゃない。皆も同じなんだろう」

「だろうな。どいつもこいつも、お人好しが過ぎる」

「そのお人好しの最たる者は、君だと思うけどな。なんだかんだで僕との会話に付き合ってくれている」

「ただの暇つぶしだ。オレ自身の都合でしかない。オレは、何処まで行ってもオレ自身のことしか考えていない」

 

 自分自身のことを考えて、それが他者の都合にまで及んでいるとしたら、それは立派なお人好しだと思うが。……言っても認めないだろうし、言わないでおくか。

 だけど、これだけは言っておこう。彼女が「違う」という僕達も、「同じ」部分もあると。

 

「だとしたら、皆も同じだろうさ。自分にとってミコトとの関わりが有益だから、関係を持ち続けている。少なくとも、僕はそう判断したからだ」

「お前はそうだろうな。だが、他の皆がそこまで理性的に判断しているとは思えないぞ。特になのはといちこ」

「それはまあ、そうだろうな。だけど、理性的だろうが感覚的だろうが、最終的に判断をしているのは自分自身。理屈の上では同じことだ」

 

 ミコトは現実を正確に理解し、それを言葉にしているだけだ。わざわざ自分を卑下するような表現を使う必要はない。

 

「卑下しているつもりはなかったが……お前にはそう聞こえたということか」

「そうだな。僕にはそう聞こえた。君にそのつもりがなくても……君に卑下されると、僕の立場がない」

 

 僕はまだ彼女に挑戦する立場なのだ。だというのに彼女が自身を価値のないものとして語ったのでは、滑稽な道化でしかない。

 

「いつでも自信満々にいてくれた方が、僕としても挑戦しがいがある」

「それはお前が勝手にそう思っているだけだ。……厄介な男に目を付けられたものだ」

 

 彼女が自分の都合しか考えていないというように、僕も同じなのだ。僕が彼女に挑戦する価値を感じているだけなのだから。

 だけど、それは人同士の間で繋がっていく。彼女がいつか言っていたように、「お互いの利害の一致」で重なる部分がある。

 それが、人と交流を取るということの本質なのだろう。人当りがいい人間でも、冷たいように見える人間でも、結局のところ同じことなのだ。

 だから、やっぱりミコトはお人好しで……「優しい」女の子なんだろうな。

 

「厄介というなら、君もいい勝負だ。知れば知るほど評価が変わって、全体像を把握するのも一苦労だ」

「そんなことは知らん。オレはオレがやりたいようにやっているだけだ。その上で他者がどう判断するかなど、そこまで責任は持てん」

「それでいいさ。僕が好きでやっていることなんだからな」

「……オレの周りには、物好きしか集まらないらしいな。それが類友だとは思いたくないが」

 

 ふぅと軽く息を吐くミコト。結わえられた彼女の長い黒髪が吐息に揺れ、妙な色気を醸し出す。直視しないように目を逸らし、思う。なるほど、ユーノはこれにやられたわけだ。

 彼女は……ずるい女の子だ。見た目は並はずれて美しく、内面も高潔だ。それでいて自身の魅力には無頓着で、無自覚に男性を魅了する。

 アリサやむつきが心配するというのも、無理のない話だ。

 

「集まる、ということなら、僕からも忠告だ。君は自分の周りに集まる男性に注意を払った方がいい。さっきもそうだったが、君には危機感が足りなさ過ぎるように思う」

「今その話を蒸し返すか。オレにナンパをしてくるような変態性癖がそれほど多いとは思いたくないんだが」

「それは……僕もそう思うけど、事実として君は人目を引く。君は気付いてないかもしれないが、さっきから僕への視線が痛い」

 

 主に男性客からの視線だ。彼らはまずミコトに目を奪われ、その後に彼女の隣を歩く僕を見て、思いっきり表情をしかめる。皆が皆というわけではないが、少ないというほどのものでもない。

 並はずれた美貌を持つ少女の隣を歩く僕は、言ってしまえば普通の容姿だ。この国の人とは若干顔立ちが異なるだけで、多分普通に溶け込めるだろう。

 だから彼らが嫉妬の視線を向けるのは当然というか、これも一つの男の性か。

 

「やたらチラチラ見られていることには気付いている。だが、所詮はいつものことだ。諦めもつく」

「……もしかして日常生活の中でもこんななのか?」

「ここまで酷いのはイベントのときぐらいだがな。概ね、いつも通りだ」

 

 なるほど。彼女は文字通り「客観的情報」、即ち「誰かがそう感じるもの」として、自身の容姿が人目を引くことを自覚しているのだ。先に語った言葉通りに。

 それでいて、「何故そうなるのか」を理解していない。「魅力的」という言葉の意味を、正しく理解していない。だからこうも危機感が希薄なのかと、ようやく合点がいった。

 

「なんというか……君は本当に、色々とちぐはぐだな」

「お前の想像通り、「プリセット」の影響だ。そういうものとして受け入れるのが、一番面倒がない」

 

 そうなのかもしれないが、このまま引き下がるというのは何となく癪だった。

 

 ――多分このときの僕は、祭りの空気に当てられて、多少なりとも平常心を失っていたんだろう。普段の僕だったら、絶対にそんなことはしなかった。

 正気ではなかった……というのは、言い訳でしかないのだろう。実際に僕は「そういう行動」を起こしてしまったんだから。

 

 

 

「なら、僕が君のことを「可愛い」と思っていると言ったら、どうする」

「……は?」

 

 彼女にしては珍しい、間の抜けた声とともに、僕を見る。――いつか見たような、何が起こったか分かっていない、歳相応なあどけない表情。

 僕自身、こんなことを言うのはキャラじゃないと思っている。だからこそ効果的だった。

 

「容姿の話だけじゃない。君の内面を知るたび、僕は君に男性として惹かれている。僕がそう言ったら、君はどう感じる?」

「……正気か、ハラオウン執務官。オレは――」

「クロノって呼んでくれよ。今だけでいいから」

 

 彼女の瞳は、揺れていた。いつもの冷静さを失わない彼女ではなく、彼女の理解できない未知に触れ、期待と不安の色に染まっていた。

 ああ、やっぱりこの子も「女の子」なんだと、改めて感じた。

 

「く、……クロノ」

「ああ。……可愛いよ、ミコト」

 

 真っ赤に染まった彼女の顔は、本心から可愛いと思った。

 彼女の顎に触れる。彼女はビクッと震えて、目じりに涙を溜めながら目を瞑った。

 そして、僕は――

 

 

 

「……あたっ」

「ほら、やっぱり無防備じゃないか」

 

 お芝居をやめて、彼女にデコピンを一発入れて現実に引き戻す。我ながらクサい芝居だと思ったのに、思った以上に乗って来たな、この子は。

 ミコトは、さっきとは別の意味でわけが分からない表情で目を白黒させた。さっきからレアな表情が見れて、何だか得をした気分だ。

 

「そんな簡単に流されるんじゃ、皆が心配になるのも無理のない話だ。君はもうちょっと男という生き物を知るべきなんじゃないかな」

「……え? あっ……」

 

 ようやく僕のお芝居に気付いたミコトは、羞恥に顔を赤らめる。つまり僕がやったのは、「全く気のない男から強引に迫られた場合」を想定した即興劇だったのだ。

 結果としてミコトは、見事に自分のペースを乱されて成すがままとなってしまった。これでは、彼女は何の反論も出来ない。

 いい教訓になっただろうと、僕は会話を締めることにした。

 

「これからはもう少し皆の意見を聞いて、自身が人の目にどう映るかを意識して――」

 

 ドスン、と鈍い音が響いた。同時、僕のみぞおちを重い衝撃が抜け、僕はその場に崩れ落ちた。

 痛くて苦しい。何が起きたのかと視線を上げると、冷たい無表情に戻ったミコトが僕のことを見下ろしていた。……切り替えの早い事で。

 

「よくもまあやってくれたものだな、ハラオウン執務官。思わず思考が停止してしまったよ。中々に芝居上手じゃないか、ええおい?」

「……お、お褒めに与り、恐悦至極、っと、言えばいいか……?」

「そうだな。乙女心を弄り倒す底意地の悪さも、まったく恐れ入る。執務官殿は女を手玉に取ることにも慣れているのかな?」

 

 あ、これ本気で怒ってる。声色がジュエルシード事件のあのときと同じだ。

 いやまあ、教訓を刻むためとは言え彼女の気持ちを弄ったのは事実で、それは批難されて然るべきなのかもしれないが。

 ちなみに女性相手に慣れているわけではない。お芝居のために頭のスイッチを切り替えただけで、素の僕じゃあんなことは言えない。ミコトが予想以上に乗ってきたというのもあるか。

 

「不愉快な思いを、させたなら、申し訳ない……」

「これも以前に言ったことだが、言葉だけなら何とでも言える。お前は学習能力のない阿呆なのか?」

「そんなことは、ないと、思いたいな……」

 

 恐らく本気の一撃をみぞおちに入れられたのだろう、全然痛みが引く気配がない。それだけ彼女が怒ったということなのだろう。

 ――当然これらは祭りの客に見られている中であり、周囲からは何事かという声が聞こえてくる。取り合っている余裕はないが。

 

「……貸し一だ。早急に返せよ」

「それで許してもらえるなら。いてて……、今度こそ、「ちゃんと」、返すよ」

 

 呆れた様子のミコトに肩を借り、ようやく立ち上がることが出来たのだった。

 

 

 

 その後皆と合流し、そのときにも色々と弄られたが、これについては割愛しよう。

 ただ、アリアから「はぐれたなら念話で呼び出せばよかったのに」と言われるまでその存在を忘れていたのは、僕の落ち度だった。

 ……まあ、なんだかんだで楽しい時間を過ごせたよ。




完全オリジナルの話だし、(時間がかかるのも)多少はね?
まあ他のことに気を取られたのが主な原因なんですが。ロマあく。

今更ですけどクロノ君が原作からかけ離れたキャラになり過ぎてる気がします。家庭環境が全く違ったなのはとはやてや、地球に来てから幸せな日々を送っているフェイトと違って、クロノ君には変化が起こる明確な要因はないはずなんですがね……。
ミコトと対等に接するようにするために、原作よりも大人びた性格にしたのが原因でしょう。本作最大の御都合改変かもしれません。
なお、96助君はミコトに対し「可愛い女の子」とは思っていますが、前話で語っていた通り畏怖の方が大きいため、恋愛感情的なものはありません。今は、まだ。

ミコトにしても、彼に対する意識というのは「管理世界の窓口となる協力者」というものが一番大きいです。しかしそれだけでない、彼女自身も気付いていない何らかの感情があることも確かです。
それがため、クロノのお芝居を本気で受け止め、どうすればいいか分からず思考が停止してしまったというのが真実です。もし本当に「何の気もない男」が相手なら、蹴りの一発も入れていたでしょう。股間に。
今回の件で、ミコトにとってのクロノはどう変わるでしょうか。少なくとも、もう「ただの窓口」だけとは思えなくなるんじゃないでしょうか。

何が言いたいかっていうと、赤面して恥ずかしがるミコトちゃん可愛い(オレっ子は正義)

恭也さんの足のくだりは、半オリジナルです。とらハ原作の方では交通事故で怪我してたはずです。自己治癒もしていません。
これまで明言はしてませんでしたが、この作品はとらハ要素を含んでいるような含んでいないような、そんな曖昧な感じを目指しています。

次回から、とうとう物語が動き出します。……という予定です。予定は未定。
またいつか。


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四十二話 夢 夜

今回はちょっとしてからはやて視点です。



今回はそんなに時間かからないと思ったんだけどなぁ……(洞窟物語セルフハードモードプレイしながら)

2016/09/07 「クロノへの報告」パートを全てカギ括弧で括りました。


「……余計なことまで思い出してしまったな。あの件は、今でも不覚だったと思う。まさかお前のお芝居に乗せられてしまうとは、オレも予想だにしてなかった。

 お前がどうこうということでなく、オレ自身にそんな感覚があるとは思ってなかったんだ。オレは、人間としてはもっと未熟な感情しか持っていないと思っていた。

 それが思ったよりも成長していたということに、自分自身で戸惑った。だから……それを知るきっかけになったお前には、ほんのちょっとだけ感謝している。

 別に照れてはいない。感謝と言ってもほんの一割、いやその半分以下だ。基本的には怒っているんだからな。

 「あの件はもう返しただろう」? 何を言っている。あの件も、その前の件も、そう簡単に清算できるなどとは思うなよ。乙女の心を弄んだ罪は重いんだからな。

 

 また脱線した。いい加減話を本筋に戻すぞ。全く、初回ミーティングの話をするだけで、どうして海や祭りの話に飛ぶのか……。

 

 その後も細かくミーティングは行っていたから、互いに情報の共有は出来ているだろうが、改めて確認だ。

 オレ達は、第97管理外世界で変わらぬ日常を送りながら、オレ達に出来る解決策の模索を行っていた。具体的には、はやて自身の訓練と「外付け魔法プロジェクト」の進行、月イチの野生生物からの蒐集だ。

 初回ミーティングの後にギルおじさんに要請したデバイスのおかげで、はやても簡単な魔法ぐらいはすぐに使えるようになった。……そのままデュランダルを渡されそうになったときはさすがに焦ったな。

 確かにあのときギルおじさんがすぐに貸し出せたストレージデバイスはデュランダルだけだっただろうが、非常に高価なデバイスを簡単に渡されても困るというものだ。こっちは庶民の中の庶民なんだから。

 とは言え、彼が用意したデバイスも、決して安物ではなかったが。はやてが使うのだからと結構グレードの高いストレージデバイスを用意してくれたよ。……50万ぐらいと言っていたが、本当は倍近くするんじゃないか?

 一流の魔導師であるお前に聞きたいが、やはりデバイスも安物よりある程度高いものを使った方が、魔法習熟の質も高まるのか? ……まあ、実用を考えるならそうなるか。

 オレ達にとって、はやての魔法が実用レベルまで高まること自体は重要ではなかった。だが、闇の書の魔力簒奪に対抗するためには、高度な魔法技術が必要になる。結果的には同じことだ。

 ……大丈夫だ。オレの中では、もう決着をつけることが出来た。

 はやてがお前達の魔法を身に付ける、即ち戦えるようになるということは、確かに望んではいなかった。だが、ただ気持ちの問題だけで彼女から選択肢を奪うというのは、筋が通っていない。

 彼女が力を身に付けることは生きる上で必須だったし、何より彼女がそれを望んでいた。他ならぬ彼女自身が望んでいるなら、オレは応援するだけだ。

 それに……はやての指摘ももっともだった。オレ自身は戦えずとも、戦いになっても大丈夫なように準備は怠っていなかった。戦えないオレだけが矢面に立つというのは、彼女にとっては耐えがたい苦痛だろうな。

 だからオレは、覚悟を決めた。……また少し脱線してしまったな。状況の確認に戻ろう。

 「外付け魔法プロジェクト」の進行は、そちらの指摘通り難航した。リンカーコア……魔導師にとっては重要な臓器を機械で代用しようというのだから、当たり前といえば当たり前だ。

 簡単なデバイスや、カートリッジシステムを応用した自作インスタントデバイスはそこまで難しくなかったようだ。そちらからの技術提供も大きかったように思う。

 ただ、おかげでリンカーコアへの理解は、四人とも深まった。それもまた、「今の状況」を生み出した一助になった。形になったのは、だいぶ先の話になるが。

 蒐集に関しては、しばらくは小型を用いた1ページのみの安全策を取ることにした。状況維持のためだけなら、それで十分だったからな。

 

 

 

 ……ああ、そうか。その話は、まだしていなかったんだったな。とはいえ、オレも具体的な内容までは、さすがに把握していないんだが。

 はやても、正確には覚えていないそうだ。重要な部分は忘れなかったというだけで。

 ただ……あれがあったから、オレはよりいっそう、「闇の書を直す」という意志が固まった。「彼女」の意志を、聞かされたから」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 ――これは夢や。思考が働くようになり、最初に思ったのはその一言だった。直感的に、何となくやけど、今自分は夢を見ているんだって分かった。

 それを証明するのは、わたしがいる空間。わたしはミコちゃんと一緒にベッドの中で眠りについたはずや。覚えている最後はそうなっとる。

 それが、何もない真っ暗な空間。だというのにわたしの姿はくっきりと見えて、物理法則やら何やらを無視してる。っていうかわたし、浮いとるしな。

 一応、先日グレアムおじさんからいただいたデバイス使うて、プロテクションの魔法ぐらいは使えるようになった。けど、当たり前やけど飛行魔法なんて高度な真似は出来へん。デバイスなかったら尚更や。

 せやから何にもなしに自然に浮いとるこの状況は、夢であると断言するのに十分すぎる判断材料やった。

 

「……明晰夢、やったっけ。にしても、けったいな夢やなぁ」

 

 夢の中で「これが夢だ」と分かる夢。話に聞く限り、好きな夢を見ることが出来て楽しそうやと思ってたけど、今わたしが見てるこれは全然そんなことない。

 あるのは、ひたすら真っ黒な空間だけ。キレーな景色も美味しそうな御馳走もない。大好きなミコちゃんもおらん。何ともつまらん夢やな。

 ただ、開放感だけはあるので、両手足を投げ出し、空中にごろーんとなる。ふわふわした感覚で、気持ちよくはあった。

 

「んー……わたしが念じたら景色変わるとかないんかな?」

 

 都合のいいことを考えてるけど、これがわたしの夢なら、多少は都合がよくてもええんやないか。

 思い立ったら即行動、わたしは空中であぐらをかき(さすが夢、足もちゃんと動くわ)、こめかみに指を当ててムムムと唸る。

 すると、どうだろう。遠くの方に光の粒のようなものが現れた。なんでもやってみるもんやな。

 光の粒は、急速な勢いで膨らみ、こちらに近づいてきた。さてさて、何が現れるのやら……。

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 現れた光景に、理解が追い付かず意味のない音が漏れる。今までとは別の意味で、現実離れした光景だった。

 あちこちに機械的なチューブが剥き出しになった、研究室のような場所。その奥で、悪の組織の幹部然とした女の人が、荒々しい息をしながら立っている。

 その手には、黒い装丁に金色の十字をあしらった本。――今はわたしが主となっている、大切な魔導の本だった。

 彼女の前には、わたしのよく知る四人の姿。シグナム、ヴィータ、ザフィーラ、シャマル。ザフィーラを除き、それぞれ手にデバイスを持ち臨戦態勢を取っている。

 その向こう側に、男性二人と女性二人。……こちらも、わたしの知っている顔。いや、一人は知人に似ているだけか。だけど非常によく似ていた。

 

『――・――! もう――包囲――! 大人し――!』

 

 男性――クロノ君によく似た、だけど彼よりはるかに長身の大人が、悪い魔女に向けてデバイスを向けながら何かを叫んでいる。

 だけどそれは途切れ途切れにしか聞こえず、正確には分からない。……様子からして、多分降伏を求めているんやと思う。

 悪の魔女は息も絶え絶えながら、本当に物語の悪役のように、下卑た表情を彼らに向ける。

 

『ハッ! 下民が――! 私は選ばれた――!』

『だからと――、――犠牲に――!』

 

 見覚えのある女性――もうわたしの家族の一人と言っても過言ではないアリアは、魔女に負けじと反論する。 アリアともう一人の男性、グレアムおじさんを守るように立つロッテ。……よく見れば、そこかしこに倒れている人の姿がある。

 ただ倒れているだけじゃない。人によっては目を覆いたくなるような怪我を負っている人もいる。ここは……地獄や。

 ヴォルケンリッターは、魔女とアリアの口論に口を挟まない。ただ、魔女を――闇の書と主を守るために、得物を構えて立っている。その表情は、信じられないほどに暗かった。

 説得を行おうとしているのだろう、口論を続けるアリアの前に、グレアムおじさんが出る。

 

『どの道、もう君には――残されていない。……これ以上罪を重ねる前に――』

 

 厳かに現実を告げる。他の言葉に比べて鮮明に聞こえた。それだけ――印象に残ってるんやろうな。

 「歴戦の勇士」と呼ばれる彼の眼光を受けて、魔女は呻く。状況は分からんけど、追い詰められていることは確かだ。

 誰も、動かない。何も言葉を発さない。ただ魔女の決断を待っている。

 やがて魔女は……笑い出した。

 

『クックック……あーっはっはっは! 私を追い詰めた!? もう逃げ道は残されていない!? 思い上がりも甚だしいよ、時空管理局ゥ!』

 

 狂乱と言ってもいい叫びを上げながら、魔女は手に持つ書物を開いた。ページにびっしりと魔法が書き込まれた、完成間近の闇の書だった。

 そうして奴は、とんでもないことを始めた。

 

『闇の書ォ! ヴォルケンリッターの命を喰らい、最後のページを埋めなァ!』

『なっ、主!? 一体何を!』

『ぐっ……吸われるっ! 消えちまう!!』

「なァ!? な、何やっとんねん、このおばはん! ヴォルケンリッターを何やと思ってるんやッ!!」

 

 ――頭では分かっている。今この場でわたしが何をしようとも、この「事実」は変わらない。わたしには触れることが出来ないし、言葉が届くこともない。これは……「記憶」なんや。

 闇の書に刻まれた、残酷な過去の記憶。現実にあったという事実が、わたしの胸を抉るようだった。

 

『あんた達は、闇の書の蒐集を助ける存在なんだろ!? だったら、完成の礎になれるんだから本望だよねェ!?』

『っ、わ、わたし達は……ッ! これが、報い、なのね……』

『過去の俺達も、きっとこうして消えていったのだな……これが、定めか』

 

 違う。そんなことはない。ヴォルケンリッターは、そんなことのためにいるわけじゃない。わたしの大好きな相方が証明してくれた。雲の騎士は、夜とともにあるためにいるんや。

 そんなあんたの私欲を満たすためだけの道具なんかやない。あんたの都合で、勝手なレッテル張りで、わたし達の大切な家族を傷つけるな……!

 

『ちく、しょお……』

 

 悔しそうな呟きを残して、ヴィータの姿は消えた。……本体が魔法プログラムであるヴォルケンリッターが「蒐集」されてしまったら、そうなってしまうのは当然だった。

 過去の映像だと分かっているのに。わたしは、一人、また一人と消えていく家族の姿に、涙を止めることが出来なかった。

 あまりの光景に立ち尽くしたのだろう、管理局の四人は誰も動けなかった。やがて闇の書は怪しげに輝きだし、映像に揺れが走る。

 

『……は、はは、ははは。あはははははは! やった、やってやった! ついに私は、究極の力を――』

 

 パン、という乾いた音。わたしは、最後まで見ることをしなかった。……もう結末を知っているから。

 

 ブツンという音とともに、映像が途切れる。もう地獄のような光景は、悲しい過去の記憶は映し出されていない。

 だけどわたしは、その場で涙を流し続けることしか出来なかった。

 

 

 

 夢の中だから――ただの夢ではないかもしれないけれど――時間の経過は分からない。短い時間だったのか、それとも長い時間そうしていたのか。

 わたしのすぐ近くに、寄り添うように立つ何者かを感じた。わたしはそちらを見ず、声をかけた。

 

「……どうして、とかは聞かんよ。わたしは、過去を知れてよかったと思ってるから」

「……主」

 

 落ち着いた女性の声。ちょっとだけ、わたしの大好きなミコちゃんに似ている。冬のように冷たく澄んだ、だけど確かな温かみを持っている声色だった。

 

「申し訳ありません。本来ならばこの程度の蒐集率で私が稼働することなどないはずなのですが……」

「謝らんでええて。わたしら、あんたのことを何とかしようと思って、色々やっとるもん。ちょっとのイレギュラーぐらい、あった方が自然や」

「……そうですね」

 

 不思議かもしれない。不思議なことはないかもしれない。だってわたしは彼女とは初対面のはずで、だけどわたしのコアは彼女と繋がっているから。

 彼女が「闇の書」――「夜天の魔導書」そのものであることを、自然と感じ取ることが出来た。

 

「あんた、女の子だったんやね」

「確かに女性人格ですが、私に性別は意味を持ちません。私は、……闇の書の、管制人格でしかないのですから」

 

 そういうのがいるという話は、シャマルから聞いとった。彼女の言う通り、闇の書を400ページ以上蒐集しないと稼働すらしないらしく、わたしらのやり方ではまず会うことも出来ないと思っていた。

 一応ヴォルケンリッター同様、魔法プログラム体としての活動も可能らしい。その条件は「闇の書の完成」。イコール暴走やから、現状この子を外に出してやることは出来ない。

 ともあれ、こうして顔を合わせることが出来たのは予想外やったけど、出来たならそれはそれで嬉しいことや。この子も、わたし達の家族なんやから。

 涙をぬぐい、立ち上がる。……立ち上がる? まあなんや、そんな気分で。

 振り返り、「彼女」を見る。長い銀糸の髪をたたえた麗人やった。

 

「まずは自己紹介やね。八神はやて、あんたの主や」

「存じ上げております。あなたのことも、あなたのご家族のことも。ヴォルケンリッター達を通して、本当に幸せに暮らしていることも」

 

 何や、話早いな。まあ、この子は夜天の魔導書そのものなんやし、そのぐらいのことは出来るんかもな。

 

「あんたのことは、なんて呼べばいい?」

「私に名前はありません。ただの管制人格、主が望まなければ稼働することもない存在です。ただ……闇の書とお呼びください」

 

 そう言った「彼女」の表情は、痛みを耐えるかのようだった。……この子も素直やないなぁ。

 

「なら、今は便宜的に「夜天」って呼ばせてもらうわ」

「っ! 主、その名は……」

「分かっとる。まだ夜天の魔導書には戻せてへんもんな。けど、わたしにはあんたが嫌がる名前では呼べんわ。……嫌なんやろ、闇の書って名前」

「そ、それは……」

 

 嘘の付けない素直な子や。さっきと言ってることが真逆やけど、そこは何となく、フィーリングで。

 この子がそう呼ばれることを望んでないなら、わたしから「闇の書」と呼ぶことはしない。彼女が不相応と感じてようが、昔の……本来の名前で呼ぼうと思う。

 

「ちゅーても、「夜天」も可愛くない名前やなぁ。せっかく美人さんやのに」

「あ、主……? あの、本当にそこまでなさらなくても……」

「あーかーん。わたしがやりたいことなんやから。夜天も知っとるやろ、わたしがエールやソワレ達の名付け親やってこと。ちゃんと可愛い名前つけたらんと、わたしの気が済まんねん」

 

 これはもうミコちゃんとの生活で染み付いた癖やな。一種のビョーキや。ビミョーな名前見たら改名せずにはいられない病や。

 

「あんたにぴったりの、とびっきり可愛い名前考えたるからね。期待しとってや」

「主……っ。あなたは本当に、どうしてそこまで優しいのですか……」

「あはは、ちゃうちゃう。わたしがやりたいからそうしてるってだけやねん。ミコちゃんとおんなじ」

 

 ミコちゃんは優しい子やけど、本人にその自覚はない。わたしも同じで、優しくしようとしているわけやない。結果的に夜天がそう感じてるだけ。

 だけど、そう感じてくれるなら嬉しいことや。ますます気合が入るってもんや。

 

「……あなたの優しさに水を差すようで申し訳ありません。しかし……恐らく主が目覚めたとき、ここでの会話は忘れているでしょう」

 

 悲しそうな表情で――っていうかさっきから夜天ずっとこの顔やけど――事実を告げる夜天。曰く、これはあくまでわたしにとっては「夢」なんやて。やっぱ夢なんかい。

 記憶の整理とリンカーコアがどうたらで書の中身とうんちゃらとかで、最終的に記憶はほとんど残らないということだそうな。難しい話やめーや。

 

「んー……まー何とかなるやろ。わたしは色々知った上でこの話聞いとるし、何処かには引っかかってくれるやろ。あとは気合でカバーや」

「……あまり、気負わないでください。私のことなど、忘れてくださって構わないのです。あなたが幸せな日々を送れているのであれば、それで――」

 

 皆まで言わせず、人差し指で夜天の口を閉じさせる。シグナムとは別方面に献身的な子や。献身的過ぎて、心配になってまう。

 

「あんたは知らんかもしれんけど、母親って強いものなんやで。八神家のお母さん役として、子供にそんな悲しい顔させたままなんて、出来んよ」

「しかし、主……」

「あーもう! 蒸し返すのなし! この話終わり! やるったらやるの! オーケー!?」

 

 勢いで無理矢理押し通す。夜天はびっくりしたように目を丸くし、首をコクコクと縦に振った。うん、これでよし。

 別にわたしは一人で抱え込む気はない。一人じゃ自分の痛みすら抱えきらんって、ミコちゃんに教えられた。家族の助けがなければ、わたしは立ち上がることすらままならない。

 せやから、わたしは一人やなくて、皆で力を合わせられる。わたし一人では難しいかもしれへんけど、家族皆、友達まで力を合わせてくれるなら……この子に悲しい想いをさせないぐらい、なんてことはない。

 

「もうちょっとの辛抱やで、夜天。ミコちゃんは絶対、あんたを闇から解き放ってくれる。あの子は、やる言うたら絶対やってみせるんや」

「……ええ。私も、見てきました。烈火の将が認めた、我らがもう一人の主を」

 

 「烈火の将」? って、聞くまでもなくシグナムのことやな。夜天は、ヴォルケンリッターが忘れてる「夜天の魔導書」時代のことを、少しは覚えてるんかな?

 まあそれは全部終わってから聞けばええか。難しいことは、さすがに覚えきらんやろうから。

 

「せやったら、分かるやろ。わたしの言葉が無根拠な励ましやなくて、自信を持って言ってるってこと」

「……もう一人の主の力も、貴女方の間にある絆も、理解しています。それでも……私の闇は、深いのです。私自身、理解が及ばないほどに……」

 

 ……望まずして歪められるって、どんな気分なんやろうな。元はただ魔法を記録する存在だったのに、人の欲望で戦いの道具に、無差別破壊兵器に歪められるって。

 わたしやったら、とてもやないけど耐えられへんと思う。だけど夜天は耐えるしかなくて、だから悲しみの表情が貼り付いて動かない。

 多分、今何をやったところで、夜天の悲しみを癒すことは出来ないだろう。どれだけ言葉を尽くしても、この子に希望を持たせてあげることは出来ないだろう。

 この子を癒せるとしたら……全ての結果を出せたときのみだ。

 

「……? 主……」

 

 せやけど、今は何もせえへんってのは、やっぱり嫌や。夜天がどうとかじゃなくて、わたしがそう思ってる。

 だから、せめて一瞬だけでも苦しみを忘れられるように、夜天の頭を抱きしめるように撫でた。身長差とかは、夢の中やから浮かべばどうとでもなる。

 

「大丈夫。大丈夫やから。あんたの主であるわたしのこと、もう一人の主って言ってくれたわたしの相方のこと。信じて、待っててや」

「ある、じ……、……!」

 

 夜天は、声を出さずに泣いた。今はまだ、悲しみを癒すことは出来へんけど……涙を我慢するのは、辛いもんな。

 

 

 

 涙が止まるまで夜天を抱き、離れた後もやっぱり彼女は悲しそうだった。これはもう、今はしょうがない。次に会うときに晴れやかな笑顔に変えてやればいい。

 

「さて、と。……まだ目ぇ覚めへんな」

 

 正直、夜天のために行動を起こしたくてうずうずしてるんやけど。どうすれば夢から目覚めるか分からないし、そもそも今が何時かも分からん。実は眠ってからあんま時間経ってないかもやし、もう明け方かもしらん。

 夜天とお話して時間つぶししてもええけど、起きた後も覚えておきたいことが山ほどある。注意を逸らして忘れてしまったんじゃ目も当てられない。

 

「なんかこう、起きた後も忘れないようにする魔法とかないん?」

「すみません……現在の闇の「夜天の魔導書!」……や、夜天の魔導書には、ほとんど魔法が記録されていません。あったとしても、今の私には使えないでしょう」

 

 まーイレギュラーな状況やし、しゃーないか。都合のいいこと聞いたって自覚はあるし。結局は、わたしの気合次第ってことや。

 ……「作品の世界線」のことを思い出す。その世界の「はやて」は、防衛プログラムに取り込まれた際、気合で分離したという話だ。

 最終的には根性論頼りになるあたり、「はやて」もわたしも、根本は同じなんやろうな。ただ、そこに到る過程が全く違うだけで。

 あれ? そういえば……。

 

「ガイ君の話では、夜天のことは出て来んかったなぁ。知らんかったんかな?」

「恐らくは知っているのでしょう。ただ、あの話をした時点で、私は主と「会って」いなかった。余計な先入観を持たせないように気遣ったのではないでしょうか」

「はーん、なるほどなぁ。変態やけど気は利くんよね、ガイ君」

 

 ミコちゃんのスカートの中覗こうとするのは万死に値するけど。それが許されるのは、わたしだけや。

 そういうことなら、ちょっと興味が湧いた。もし起きた後に覚えてたら、ガイ君に聞いてみよう。「はやて」は夜天に、何という名前を与えたのか。

 同じ「わたし」なら、名前がないというこの子に何も与えないということはないはずや。それを参考にするわけやないけど、わたしとどれだけ違うのか、聞いてみるのも面白いかもしれない。

 こうやっていくつものことを「覚えよう」としていれば、大事なことだけは忘れないんじゃないだろうか。忘れたとしても、覚えてる部分から連想出来るかもしれない。

 ともかく、何でもいいから一つだけでも覚えておければええんや。そのためには……もっと夜天とお話しなければ。

 

「夜天も、昔のことは覚えとらんの?」

「……申し訳ありません。改変の弊害により、一部の記録が削除されてしまっているのです。ヴォルケンリッターが覚えていないのも、それによる影響でしょう」

「うわーい、過去の主達何してくれとんねん。無限書庫なかったら詰みやったで、これ」

 

 情報を保管してくれてた管理局には感謝せにゃならんな。保管だけしかしてないってのがお粗末な話やけども。

 本当に、わたし一人だったらどうしようもなかった。心強い相方がいて、頼もしい家族がいて、支えてくれる友達がいるから、希望があるんや。

 もしわたし一人やったら……それこそ、「作品の世界線」のようになってしまうんやろうな。

 

「うーん、そしたら過去の話とか聞かん方がええか。辛いことしか覚えてへんのやろ?」

「……その、はい」

 

 今の夜天にある記憶は、改変された後のものしかない。無差別破壊兵器として数々の主とともに破滅をばら撒いた記憶しか。そんなものは、思い出さんでもええ。

 代わりに、今後の話をしよう。

 

「夜天は、ちゃんと修復されて外に出られるようになったら、何したい?」

「外、に……? しかし、私は……」

「蒐集って、元々夜天の魔導書にはなかった機能なんやて。ちゃんと直ったら、何もせんでも普通に出られるようになるんとちゃうかな?」

 

 400ページ以上の蒐集とか、闇の書の完成とかの条件は、「蒐集」という後付け機能あってのものや。つまり、本来ならそんなものなしで夜天が活動出来ていた可能性はあるっちゅうことやな。

 ……「記録」はあったかもしれんけど。もしそれが条件やったら、普通に協力してもらって「記録」すりゃええねん。誰かを傷つけようって話やないんやから。

 とにかく、この子がリッター同様に活動できる可能性があるというなら、わたしは絶対にそれを実行する。この子だけ仲間外れなんて、そんなのあかんわ。

 

「なんでもええねん。皆で温泉行きたいでも、遠くに旅行してみたいでも、ミコちゃんと添い寝したいでも」

「さ、最後のはちょっと……、……私が、外に……」

 

 考えてもみなかったという反応の夜天。少なくともリッターはこの子が活動しているところを見たことがないらしいから、それだけの期間ずっと書の中やったということや。

 それでも、これまでの彼女の話から外の様子が全く分からないわけやないということも分かっとる。

 

「遠慮なんかいらんよ。わたしらは、家族なんや」

「……私も、貴女方の家族と、認めてもらえるのですか?」

「当たり前やろ。ヴォルケンリッターが家族やのに、何で夜天だけ家族やないなんてことになるねん。そんなんおかしいやろ」

 

 っていうかさっき言うたやろ。「八神家のお母さん役として、子供にそんな顔させられない」って。

 悲しげな表情はそのまま、目に驚きの色をたたえる夜天。……まー自己犠牲の過ぎる子みたいやから、家族にカウントされると思ってなかったんやろうな。

 

「はい夜天、復唱。「わたしは八神家の一員です」」

「あ、主? 一体何を……」

「復唱っ!」

「は、はいっ! ……わ、……私は、八神家の、一員……、っ!!」

 

 言葉にしたところで、夜天の目からポロポロと涙の粒がこぼれた。だけどわたしの話はまだ終わってない。

 

「続けて。「わたしの家族は、八神はやて、ヴォルケンリッター、八幡姉妹、召喚体の皆です」」

「……わっ、わたしの、家族はっ……! 主はやて、守護騎士、もう一人の主と、その家族……!」

「せや。わたしらは家族。あんたは一人ぼっちやない。もう一人で抱え込む必要なんてないんよ」

 

 夜天の目からは、絶えず涙の粒がこぼれている。それはやっぱり悲しいものやったけど……多分、それだけやないと信じてる。

 

「皆で笑って、皆で泣いて。難しいことがあったら皆で悩んで、皆の力を合わせて切り抜けて。そんでやっぱり、皆で笑うんや」

「……私はっ、しかし、私はっ!」

「あんたのソレも、家族の問題や。だから、わたし達全員で抱えて、一緒に切り抜けるんや。な、夜天。一緒に、未来のことを考えようや」

 

 まだ、癒すことは出来ないけれど。問題を一緒に抱えることは出来るし、希望を共有することも出来る。わたしは、そうしたい。きっと皆も、同じことを言うだろう。

 ……ミコちゃんやったら、この時間使って問題解決に必要な情報引き出すかもしれへんけどな。そう思って、クスリと笑う。

 わたしの気持ちが伝わったかは分からない。けれど夜天は、涙を流しながら、子供のように語った。彼女の望む未来を。

 

「私は、わたしはっ……。皆と、外を歩いてみたい。何処だっていい。近場でも、遠くへの旅行でも……」

「うん、絶対そうしよう。それから?」

「それから、それから……、主の手料理を、食べてみたい。もう一人の主も。守護騎士達が満たされる味を、私も知りたいっ……」

「任しとき。それ聞いたら、きっとミコちゃんも喜ぶわ。まだまだ、もっと望んでもええんや」

「……皆と、何もしない休日を過ごしてみたい。主と、もう一人の主の、お背中を流したい。お二人の寝姿を、見守りたい……」

「あはは、なんや恥ずかしいこと言われとるなぁ。いややないよ」

「それから……それから……っ!」

 

 わたしは、夜天の望みを聞き続けた。たとえ起きたときに忘れてしまっても、いつかは思い出せるように、心に刻み続けた。

 ――いつしか、わたしの意識はそこにはなくなっていた。夜天の声を聴きながら、わたしの意識は夢から現実へと移っていった。

 

 

 

「主……主……、ごめんなさい、ごめんなさい……! 私は、きっと望みを果たせない……きっと私は、また全てを壊してしまう……! ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」

 

 夢の最後に見たものは、宵闇から暁へと移り変わる、藍と朱が混ざったような、「紫色」の輝きだった。

 あれは一体、何やったんやろう。――起きた時にはすっかり忘れてしまっていた今のわたしには、まだ分からなかった。

 

 

 

 

 

「……そんな感じの夢を見たんよ」

 

 翌朝、朝食を摂るときに皆に話をした。……「彼女」の言った通り、全部を覚えておくことは出来んかった。大事なことをほんの何点か。そこから記憶を手繰り寄せることも出来んかった。

 わたしの話を聞いて、ヴォルケンリッターの皆は大いに驚いた。他も驚いたり考えたりしとったけど、やっぱり一番の当事者であるリッターが受けた衝撃は違ったんやろう。

 

「そんな。まだほんの4ページしか蒐集していないのに、どうして管制人格が……」

「「彼女」が語ったという通り、イレギュラーな状況が生み出した偶然なのだろう。重要なことではあるが、今は判断するための材料が足りない。一旦捨て置け」

 

 思考に沈みかけたシャマルを、ミコちゃんが冷静な声で引き戻す。彼女はちょっと慌ててから、すぐに落ち着きを取り戻した。

 わたしが覚えていた内容。「彼女」は女の子だったこと。「彼女」が闇の書と呼ばれることを悲しんでること。「彼女」に大切な贈り物をしたいって思ったこと。この三点だけ。

 多分、わたしが「絶対に忘れへん!」って思ったことだけが残ったんやと思う。「気合」も案外バカに出来へんな。

 せやけどミコちゃんの言う通り、現状打破につながる情報ではない。わたしに出来ることは、「彼女」の想いを伝えることだけやった。

 

「なはは……ミコちゃんやったら、もっと有用な情報を引き出せたんやろうけどな」

「はやてのように覚えていられたとも限らない。「夢」の内容は、どうしても忘れやすい。順序立てられた論理ならなおさらだ」

 

 ミコちゃん的には、「夢から情報を得る」っていうこと自体が現実的やないって考えてるらしい。……ほんま、頼りになる相方やで。

 「それでも」とミコちゃんは話を続ける。

 

「管制人格にアクセスできる可能性自体は示唆された。つまり、闇の書……いや、夜天の魔導書のバグに触れないように、心臓部に接触する方法があるかもしれないということだ」

「……もし、それが可能なら……」

「防衛プログラムを起動させずに、わらわの力を夜天の魔導書に作用させることが出来るかもしれない、ということじゃな」

「無論、現状ではまだ偶然の産物でしかない。どうすればそれが可能になるか、方法論を確立しなければ、結局は何も出来ない。だが、それさえできれば……」

 

 八神家のブレイン組が難しい話をしとる。だけど声色から、それが希望につながるものだということだけは理解出来た。

 希望は、わたしだけやなくて、家族の皆に伝播していく。

 

「ほうほうをかんがえるのは、わたしにまかせてよ! リンカーコアがかんけいしてるなら、わたしのでばんだよね!」

「アリシア。……そうだな。今この家の中で一番リンカーコアを理解しているのは、恐らく君だ。分かった、任せよう。但し、無理はするなよ」

「うんっ!」

「わ、わたしにも何か出来ることはないかなっ!」

 

 シアちゃんに続き、ふぅちゃんが挙手する。妹が頼りになるから、姉の威厳を危ぶんだみたいやね。

 皆のリーダーは、静かに首を横に振る。

 

「フェイトには蒐集関連で十分力になってもらっている。あまり気負い過ぎても逆効果だ。実働は君に頼むことが多いのだから、今は力を蓄えておいてくれ」

「う、うん。分かった……」

「大丈夫ですよ、フェイトちゃん。フェイトちゃんが頑張ってること、わたしはちゃんと見てますから」

「ブラン……」

 

 消沈しかけたふぅちゃんに、ブランが優しく声をかける。ブランは……ブランに出来ることは、夜天の魔導書絡みでは何一つない。彼女は、もともとこの家の警護のために生み出されたのだから。

 それでも彼女は、自分に出来ることを一生懸命にやってきた。今も続けている。そんな彼女の言葉だから、ふぅちゃんも元気付けられたんやろうな。狼の姿のアルフも、満足そうに喉を鳴らした。

 ふぅちゃんとアルフだけやなく、リッターの皆に向けても、ミコちゃんは改めて呼びかけた。

 

「次の蒐集は来週の日曜日。フェイトだけでなく、アルフ、ヴォルケンリッターの皆にも、また動いてもらうことになる。情報が足りない今は、オレ達に出来ることをしよう」

「おうよ! 「あいつ」もあたしらと同じ気持ちだってんなら、俄然やる気が出て来るってもんだぜ!」

 

 バシンと拳を鳴らすヴィータ。それが起爆剤となってか、リッターの皆もやる気を上昇させる。……最近気付いたんやけど、ヴィータは分かってやってるんやろうな。ヴォルケンリッターの士気を上げるために。

 

「主はやて、主ミコト。お二人からお受けした大恩に少しでも報いるため、全力を尽くしましょう」

「相変わらずかてーな、こいつは……」

「まあまあ、シグナムらしくていいじゃない。わたしも、「あの子」にこの家の暖かさを感じてほしいと思うわ。「家族」だものね」

「……そうだな」

 

 そう。家族なんや。主と騎士、主と魔導書の関係ではない。それを否定するわけではなく、わたし達の一番の繋がりは「家族である」という事実なんや。

 家族だから、幸せを分かち合いたい。「彼女」に幸せを感じてほしい。その思いが、わたし達の原動力となる。

 

「ソワレも、がんばる。ソワレ、おねえちゃんだから」

「話からして、魔導書殿は姉君よりも大人のようじゃがの。呵呵っ」

「ダメだよ、ミステール! 夜天のまどうしょはすえっこなの!」

「アリシア、必死だね……」

「今は末っ子扱いだから妹が欲しいんだろう。少々無理があるように思うがな」

「でも、出てきた順なら確かに末っ子ですね。一体どんな子なんでしょう」

「わたし達も、実際に会ったことはないから分からないけど……優しい子なんでしょうね」

「……私がふがいなかったばかりに、長らく「彼女」を苦しめてしまったのだな」

「自分ばかりを責めるな、シグナム。それは俺達も同じこと。それに、今は「彼女」を解放しようとしているのだ」

「ああ! ぜってー直して、「あいつ」にはやてとミコトの作るご飯の味を教えてやるんだ!」

 

 「彼女」を「夜天の魔導書」に直す。そして、一緒の未来を歩む。わたし達の目標が、一つ増えたみたいや。

 

 

 

「さて……今後に向けて気合を入れるのはいいが、いい時間になってしまったな。新学期早々遅刻というのもいただけない」

 

 今日は9月の初日。二学期最初の日や。学校自体は始業式と避難訓練でおしまいやけど、初日から遅刻は確かにかっこわるい。

 

「後片付けはわたしがやっておきます。ミコトちゃん達は、もう学校に向かってください」

「すまんな、ブラン。必要な話だったとは言え、怠慢をしてしまった」

「大丈夫ですよ。家事のことはもうしっかりと覚えましたから」

「それにわたしもお手伝いするから、ブランさんのうっかりは心配いらないわ」

「シャマルさんっ! もう……」

 

 冗談だったんやろう、シャマルは笑い、ブランも少しすねてから一緒に笑った。

 ふぅちゃんがミコちゃんとわたしの分の手提げ鞄も持って来てくれる。授業はないから、今日はランドセルは必要なし。

 二人に続き、わたしも松葉杖をついて玄関に向かう。……そうしたところで、思い出した。

 

「あ、そや。シャマル、暇なときでええけど、ベルカ語を教えてもらえへん?」

「え? ええ、構いませんけど。魔法の訓練にはあまり効果ないですよ?」

「あはは、ちゃうちゃう。そういうことやないんよ」

 

 約束をした。「彼女」――夜天に、大切な贈り物をすると。あの子に相応しい、可愛い名前を付けてあげると。

 

「「あの子」はベルカのデバイスなんやから、ベルカ語の名前がええやろ」

「ああ……! ええ、任せて!」

 

 わたしの意図は伝わり、シャマルは満面の笑みで頷いた。

 

 わたし達三人は靴を履き、見送りのシアちゃん達に「行ってきます」と言って家を出た。

 さあ、二学期の始まりや!




原作サウンドステージでもあった闇の書との対話の話です。原作の方ではちょっとどうだったか忘れたんですけど、この話では蒐集状況としては全然足りていない状態でのイレギュラーケースとしました。
闇の書そのものに対する干渉はまだ行えていませんが、主であるはやての魔法訓練や他デバイスの使用、本来の姿に関する知識等が相互作用して、夢の中という曖昧な状況下で意識の接触が起こったというのが、現状の認識です。
今後はこれをもとに闇の書へのアクセス方法を考えていくので、彼女らにとってプラスとなるイレギュラーが発生したわけです。しかし、イレギュラーはプラスにだけ働くものとは限りません。
今回の一件は、今後どのような影響を及ぼしていくのでしょうか。

賢明な読者諸兄ならもうお分かりでしょうが、この作品の管制人格は「リインフォース」とはなりません。このはやては物語開始時点でバタフライエフェクトの影響下にあるため、「原作」と同じ名前を考えるというのはおかしいのです。
このはやてには、ヴォルケンリッターが現れる前から家族がいます。ミコトが生み出した彼らの名前を考えたのは、他ならぬはやてです。命名の経験があるから、一種のこだわりのようなものを持っているのです。
そのため、古代ベルカのデバイスである「彼女」を、縁ある言語で名付けることを考えたのでした。

次も物語が動く話……と行きたいところですが、二年前の話では秋をほとんど描写しなかったので、ちょろちょろと学校行事とか挟んでいくかもしれません。
またいつか。


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四十三話 共栄共存

オリジナル増し増し。一応、本筋からしたら閑話です。異世界行ってるけど。

2016/07/23 18:07 誤字訂正 散会→散開


 話は夏休み最後の週まで遡る。

 

 

 

 初回ミーティングより計画されていたオレ達への依頼だが、ようやく調整が終わりテストを兼ねた初回案件が舞い込んだ。

 

「今回君達に依頼したいのは、未探査の無人世界の現地調査だ」

 

 八神家リビングにて、対面に座るハラオウン執務官から内容を告げられる。今日の話はオレと彼のみで行われている。

 はやてとソワレは家の中にいるが、この話には参加していない。したところでどうなるものでもないからな。

 管理局は管理世界の治安維持の他に、未知の次元世界の探査や開拓を行うことがあるらしい。お題目としては「魔法文明を持つ世界の発見と管理世界への加盟」を目的としているそうだ。

 恣意的に見れば「領土拡張」と受け取ることも出来るが。一応お題目通り、魔法文明を持たない世界は「管理外世界」、文明が存在しない世界は「無人世界」として、非干渉帯に分類されるようだ。

 もっとも、こちらとしては管理局の目的などは関係のない話だ。オレ達が依頼を受けるのは管理局からではなく、あくまで「個人」からだ。

 

「この世界は数年前に発見されたんだが、そのときに衛星軌道上から確認しただけで、実地での調査はまだ行われていない。現在は無人世界であることと、大型魔法動物が存在しないことのみ確認されている」

 

 前述の理由から、管理世界は年々広がっており、全域を常時カバーできるほどの人員はない。それ故、アースラのような航行艦が巡回の任務に当たっているそうだ。

 いわんや人類文明が存在しないような世界の調査など、余程有用な資源でも発見されない限り、優先度は限りなく低いだろう。

 そんな感じで、「発見したはいいが通し番号すら振られずに放置されている管理外・無人世界」というのは、管理世界の倍以上存在するそうだ。

 投影ディスプレイに映しだされている山林の世界もその一つ。当たり前だが上空から撮影した資料であり、動物の姿は確認できない。

 大型が存在しないというのは、大まかな映像調査に映りこむサイズのものがいないことと、魔力探査に強い反応がなかったことから判断しているそうだ。

 

「とはいえ、未知の多い世界であることに違いはない。危険は少ないはずだが皆無とはいかないので、そこだけは注意してくれ」

「わざわざ言及するまでもない。未知に対して油断して挑むのは、余程の命知らずか小慣れてしまった冒険者ぐらいのものだ」

 

 通し番号が振られた無人世界は、管理局に属さない冒険者が調査したものが多数を占めるそうだ。当たり前かもしれないが、管理世界にもそういう種類の人間はいる。オレ達への依頼として選ばれた理由の一つだろう。

 オレが返した言葉に、ハラオウン執務官は「一応な」と苦笑した。彼の立場を考えれば分からなくもないか。

 今回の件は彼個人として――ハラオウン執務官としてではなくクロノ・ハラオウンとして依頼する体裁だが、それにしたって管理局絡みの案件だ。

 もし万一オレ達に重大な事故が発生した場合、彼は執務官として責任を取らなければならない。個人的な取引に落とし込めるのは、上手くいった場合のみなのだ。

 それでなくとも、これまでに出会った管理世界の住人は須らく責任感が強い。一見お調子者に見えるエイミィ(ソワレが気に入ったため名前で呼んでいる)でさえそうだった。

 彼としては「多少の危険を伴う案件を民間人に依頼する」という責任を真正面から受け止めているのだろう。それ自体は信頼のおける人柄だと思うが、頭が固いことに間違いはない。

 

「期間はどれぐらいを想定している?」

「初回案件だし、そこまで長くは考えていない。一日か二日か。君達の本分を邪魔しない範囲に収めたい」

「とはいえ、最低一日は丸々潰れることになるな。やるなら連休の期間中がいいか」

 

 夏休み中なら特に気にすることもなかったのだが、残りは数日だ。内容が内容だけにフルメンバーで当たりたいが、今から召集をかけたのでは慌ただしくなってしまう。

 かと言って普通の土日に行おうとすると、少々過密スケジュールになってしまう。オレだけなら別に平気だが、全員のことを考えるとかつかつなスケジュールを組むのも憚られる。定期蒐集もあるのだ。

 

「シルバーウィークに決行する予定で全員に確認を取ってみる。その後引き受けるか引き受けないか、連絡を返すことにする。それで問題ないか」

「ああ、大丈夫だ。無理なら無理で構わないから、気負わないでもらいたい」

「無論だとも。あくまでもオレ達の都合優先だ。元々そういう取引のはずだからな」

 

 引き受けた方が収入面でのメリットは大きいが、強行するつもりもない。八神家の財政状況にはまだ余裕があるのだ。他の面子については語るまでもないだろう。

 ……オレ達八神家の者は、ハラオウン執務官達の依頼から受ける恩恵が大きいが、他はそこまででもない。にも関わらず彼らが協力してくれるのは、厚意によるものだ。

 彼らがお人好しであることはいい加減理解しているが、今後もこの関係を続けていくなら、契約を明示しなければならないと思っている。ちょうどオレが翠屋の"お手伝い"をしているようなものだ。

 大きな力を持たないオレの力となってくれる彼らから借り続けるだけというのは、健康的な人間関係ではないだろう。こちらからもちゃんと返さなければ、貸し借りの釣り合いが取れない。

 ――最近色々な感情を知って人間として成長してきてはいるが、根本的なところに変わりはなかった。それがオレの性分なのだ。

 一瞬思考が逸れた。ハラオウン執務官は紙媒体にプリントアウトされた詳細な資料をオレに渡した。依頼については以上のようだ。

 

「お前達の依頼を受けるこちらのメリットだが、依頼料と自由の保証に加え、守護騎士のイメージアップがあったな。それはどうなっている?」

 

 質疑応答。今回の案件では最後のは満たせないように思う。こちらとしても、そこまで期待していた内容ではないが。

 

「今回はまだ見送りだ。まずは実績作り。君達のチーム力は信頼してるけど、何処まで出来るのかを把握しなくちゃならない。それに、こっちもまだ手探り状態だからな」

 

 管理局に対するオレ達の情報保護――具体的には住所や一部のスキルなどの秘匿すべき情報を隠したまま、何処まで管理局の業務を外注出来るかということだ。

 さすがに「オレ達という存在がいる」ということまでは秘匿出来ない。オレとしてもそこまで要求する気はない。

 だが、能力や素性を秘匿すれば必要以上に目立つことを避けられるし、日常につながる情報を断てば、少なくとも平時はストレスなく生活することが出来るだろう。

 オレが恐れているのは、オレ達が管理世界のしがらみに組み込まれること。具体的には、闇の書関連で危険視されること、魔導師組が入局を強要されること。著しくは管理局の命令に従わされることだ。

 それは即ち、オレ達の精神的自由が奪われるということに他ならない。そんなことになったらオレがどういう行動に出るか、ハラオウン執務官は分かっている。

 だから、出せる依頼を慎重に検討しているのだ。Win-Winの関係を保つために。

 

「そちらも気負う必要はない。ヴォルケンリッターのイメージ改善が不可能なら、夜天の魔導書を管理世界に開示しなければいいだけの話だ。こちらはそれほど不都合もない」

「そうだろうけど、あれは元々古代ベルカ文明、つまりは「こちら側」に属するものだ。出来ることなら、管理世界を大手を振って歩ける状態にしたいのさ」

「気持ちは分からないでもないが、今の主ははやてだ。彼女はオレと同じで、必要以上にそちらに関わる意志を持っていない。あまり意味があることではないぞ」

 

 無論のこと、オレとしても闇の書の所在を報告するのは筋だと思っている。だが今述べた通り、それにより得られるメリットというのは皆無と言っていい。

 ハラオウン執務官・提督やギルおじさんといった、管理局員かつこちらも信用できる人間が情報を持っている。それだけで十分と考えることも出来るだろう。

 とはいえこれは詭弁であり、もし夜天の魔導書を「危険なロストロギア」という認識ではなくせるなら、「管理外世界の住人が主となり、信頼関係のある管理局員が監督している」という情報ぐらいは開示したい。

 

「確かにそうやけど、一度ミッドチルダを見るぐらいはしてみたいよ? ミコちゃんやソワレと違って、わたしは行ったこともないし」

 

 彼女に関係のある話題だったためか、はやてがソワレを伴って、お茶のお替りを持ってやってくる。

 ……オレ達がミッドに行ったのは、プレシアの葬儀の時だ。遊びに行ったわけではないし、日帰りだったため街も見ていない。葬儀が執り行われた教会と墓地だけだ。

 あそこだけを切り取れば、この世界と大差なかったように思う。ヨーロッパ辺りに行けば、似たような土地もあるだろう。

 

「きょうかい、おっきかった」

「あれは聖王教会の系列だったな。管理世界で最大勢力を誇る宗教団体だよ。本部の方に行けば、もっと大きな教会もある」

「そういえば、管理世界にも宗教はあるんだな。あのときは余裕もなかったし、特に気にしていなかったが」

 

 冠婚葬祭と宗教は切り離せないものだから、考えてみれば当たり前の話だ。そも、人の営みがあれば宗教が生まれるのは必然と言ってもいい。人は己のみで生きていけるほど強くはないのだから。

 オレにとってのはやてのように。はやてにとってのオレのように。人は立ち続けることに疲れたとき、寄りかかれる何かが必要なのだ。

 管理世界の人間にとってのそれは管理局だと思っていたが……聞くところによれば「聖王教」は管理局よりも歴史が古いらしい。

 

「ただ、聖王教は元々ベルカの宗教だ。君達も覚えがあると思うが、ベルカの騎士というのは戒律を重んじすぎて融通が利かない人種が多い。それ故、より対応力のある組織が求められたんだろうな」

「分からないでもないが、オレには時空管理局も融通が利くとは思えないな。法律で魔導師をがんじがらめにしている」

「魔法というのは、それだけ危険な使い方も出来るということだ。それこそ、ジュエルシードの暴走のように一つの世界を消滅させることだって出来てしまう」

「規制すればいいというものでもないだろう。もしそれで済むのならば、ジュエルシード事件は起きていなかった」

「……その通りだ。そのために、僕達のような局員がいる。カバーしきれているとは言い難いがな」

 

 どれだけやっても完全にカバーすることは出来ないだろう。一つの世界だけであるオレ達の世界でさえ、全ての犯罪を取り締まることは出来ていないのだから。それが人の限界だ。

 オレが思うに、管理局はやり方を間違えているのではないだろうか。

 魔法やロストロギアの規制が存在するということは、これまでに一定の成果は得られたのだろう。だがその段階はもう終わったのだ。

 組織に限らずあらゆるものは、状況の変化に合わせて変革していかねばならない。それが出来なければ、陳腐化して滅びの道を歩むことになる。

 単純に規制すれば犯罪が減少する時代は終わったのだ。次に必要なのは、犯罪に走らせないための施策。人が犯罪に走ってしまう心理的要因を取り除く何かだ。

 

「とはいえ、こんな小学生がちょっと考えただけで思いつくことぐらい、政治のプロならとっくに考えているとは思うが」

「……いや、かなり有用な意見だ。そんなこと、僕は考えてもみなかった。下手したら管理局のトップすら、考えたことがなかったかもしれない」

 

 おい。そんなことで大丈夫なのか、時空管理局。

 別に管理局が解体されたりすること自体は構わないのだが、それでハラオウン執務官達が失業することになっては、さすがに寝覚めが悪い。

 「今度提督と相談してみることにするよ」という言葉を聞きながら、彼らの世界に若干の不安定を感じた。

 話が逸れてしまったように思ったが、依頼に関するオレからの質問はもうない。雑談でも問題ないだろう。

 

「足。だいぶ動くようになったんだな」

 

 車椅子ではなく松葉杖で移動したはやてを見て、ハラオウン執務官が感想を述べる。彼女は今、オレの隣に座っていた。ソワレははやての膝の上だ。

 ソワレが運んだ熱いお茶を飲む。彼女の頭を撫で、ねぎらった。くすぐったそうに笑うソワレ。

 足の件で感心されたはやては、それだけではないと胸を張る。

 

「魔法もだいぶ進んだんやでー。もうプロテクションはばっちり。今は飛行魔法を練習中や」

「……順番がめちゃくちゃだな。普通、防御魔法の次は射撃魔法を学習するものなんだが」

「必要ないからな。はやてが魔法を習得しているのは、あくまで魔力簒奪対策だということを忘れるな」

 

 フェイトからも言われたことだ。射撃魔法を習得することで、魔力の放射・発散を理解し、魔法の遠隔操作の習熟につながる。それ故、基本中の基本であるプロテクションの次はシュートバレットを習うのだと。

 遠隔操作技術は魔法の応用性を大幅に広げる。エクスプロアやサーチャーのような探査魔法はもちろんのこと、シャマルが得意とする転送魔法にも関係している。これが出来るのと出来ないのでは大きな差があるのだ。

 ――そこを行くとシールドしか出来ないガイは若干不憫なものがある。もっとも、彼はシールドでさえあれば飛行すら可能とする規格外なので、そこまででもないかもしれない。

 はやてに戻り、彼女に必要なのは「魔力を取られないようにする方法」だ。彼女自身に作用する魔法であり、射撃はそのカテゴリからは外れることになる。

 現状優先すべきなのは、「防壁を作れるようになること」と「自身に作用する魔法を覚えること」だ。

 オレの解説に、ハラオウン執務官はこめかみを押さえた。管理世界の常識とやらとの差に頭を痛めているのだろう。お堅いことだ。

 

「オレ達の世界はこういう場所だ。いい加減慣れろ」

「分かってはいるつもりなんだけどな。本当にタチの悪いファンタジーだな、この世界は」

「何言うとんのや、魔法世界の住人さん。こっちからしたら、そっちのがよっぽどファンタジーやで。SFの方やけどな」

 

 全くだ。

 

 

 

 

 

 そして現在、オレ達は件の無人世界にいる。予定通り今回はフルメンバーだ。

 

「基本的には定期蒐集と同じく、現地の生態に注意を払うことになる。大型はいないとのことだが、それでも絶対安全とは言い切れない。各員とも、油断だけはしないようにしてくれ」

 

 山林に入る前に、小高い砂礫の丘にてミーティングを行う。環境的にはビリーステートと似た、生物の生存が比較的平易な世界のようだ。

 環境が似ているということは、生息する動物も似たようなものと思われる。が、あそこには凶暴な中型がいたという前例がある。ここにそういった生き物がいないとは限らないのだ。

 全員、相応に緊張感を持っていた。緊張を持ち過ぎて表情が固くなっている者もいたが。

 

「緩んでいいわけじゃないが、今からそれだともたないぞ。今日は定期蒐集のときより長い予定なんだからな」

「う、うん。分かってるんだけど……」

 

 こういうことに慣れていそうな兄に諌められる、こういうことに慣れていない妹。レイジングハートにすがるように強く握りしめ、なのはは緊張を抑えられないようだった。

 彼女の手綱取りはガイの役割だ。彼の方はなのはに比べれば余裕があり、オレが目線で指示を出すと頷いて従った。

 

「ったく。こういう世界に来るの、初めてってわけじゃないんだからさ。もうちょい肩の力抜いていいだろ」

「……うー、ガイ君はなんでそんな平気そうなの。ふぅちゃんも全然落ち着いてるし……」

「旅行慣れかなー。夏にマレーシア行ってきたばっかだし。熱帯のジャングルに比べりゃマシだって」

「わたしは、実戦慣れだね。魔法戦の訓練だけは、なのはよりも受けてきたんだよ」

 

 ちなみにガイの旅行土産は木彫りの置物だった。正直もらってもどうしようかと思ったが、ちゃんと八神邸のリビングに飾られていたりする。

 彼は軽く言っているが、普段よりも表情が引き締まっている(真面目モード)ことから、緊張感は忘れていないことが分かる。フェイトは言わずもがなだ。

 そして言うまでもないことだが、ヴォルケンリッターに怖気などというものは存在せず。

 

「主ミコトの御期待に応えられるよう、全力を尽くさせていただきます!」

「あたしの方が役に立ってやるよ! ミコトのことはぜってー守ってやるからな!」

 

 当然ながら、一部過熱しすぎている。大体予想通りであり、少しは学習してくれと頭を痛める。

 

「この二人は相変わらずだねぇ。シグナムに関しては、相変わらずになったって感じだけど」

「そうね。落ち着きがないのは相変わらずだけど、仲良くなってくれたのは本当に嬉しいわ」

「ほっこりしてないで止めてやってくれ。……大丈夫だとは思うが、二人が生態系の破壊などをしないように留意してやってくれ」

「ああ、分かっている。我らの将にも困ったものだな」

 

 初期から立ち位置の変わらない、安定感に定評のあるザフィーラ。"盾の守護獣"は伊達ではない。

 今回の依頼は調査。戦闘行為を行うようなものではない。現地の動物から敵対行動をとられたら対処はするが、進んで攻撃することはないのだ。

 ……油断を注意するよりも、今回は調査であるというところを強調すべきだったか。少し、失敗したな。

 

「はあ、まったく。……とりあえず、チーム分けだ。今回はツーマンセルで調査を行う」

 

 フルメンバーの10人。2人1組となれば、全部で5チーム。今回は初回蒐集時のような特殊編成を行うこともない。

 求められるのは、安定と安全。全てのチームに均等に戦力を分散する必要がある。

 

「まず、フェイトとアルフ。本来の主と使い魔だから、コンビネーションは最高だろう。君達には広域調査をお願いしたい」

「お、久々にフェイトとのコンビだ。定期蒐集だとどうしても別々になることが多いからねぇ」

「二人とも、単独行動が可能だからね。でも、アルフがコンビっていうのは、やっぱり心強いかな」

「へへ、嬉しいこと言ってくれるご主人様だよ!」

 

 二人とも、他の面子とのコンビが出来ないわけではないのだが。特にフェイトの方は、なのはやシグナムとの相性が非常にいい。

 だが、それだとどうしても一部特化の形となってしまい、安定を望むならやはりこの組み合わせを置いて他にない。

 

「そして、なのははシャマルと組んでくれ。シャマルの補助能力なら、なのはの力を調査に活かすことも可能だろう」

「ええ。なのちゃんの魔力放射能力と組み合わせれば、色々なことが出来ると思うわ。ガイ君じゃなくて申し訳ないけど、一緒にがんばりましょうね!」

「はいっ! なのはも、精一杯がんばります!」

 

 やはり肩に力が入っているが、シャマルならばそれも解してくれるだろう。この二人はこの二人で相性がいい。シャマルの補助魔法が、なのはの一点特化と上手くかみ合ってくれるのだ。

 単純な調査となったらなのはに出来ることはない。が、シャマルならば彼女の魔法に自身の魔法を組み合わせることで、調査に応用することが出来るのだ。

 

「ガイはヴィータとだ。二人に関しては、他のメンバーの調査補助をお願いしたい。要するに「いつもの」だ」

「あいよ! ま、あたしはサーチャー飛ばすの苦手だし、この変態はシールド特化だし、しょーがねーよな」

「俺もシールド応用すれば何か出来るかもしんないけど、今んとこネタないんだよね。しゃーねーっすわ」

「うー……ヴィータちゃんいいなぁ……」

 

 なのはがヴィータを羨ましがるが、ヴィータからしたらたまったものではないだろう。彼女にとって、というかこの場にいるなのは以外にとって、ガイは「変態という名の紳士」でしかないのだ。

 平穏そうなこの世界でヴィータ達の力が必要となることは稀だろうが、それでも備えがあって憂うことはないのだ。同様に、シグナム達も。

 

「シグナム、ザフィーラ。お前達も、ヴィータ達と同じく「遊撃」に努めてくれ。無論、野生の勘で何か発見をしてくれても構わない」

「……私は、主のお側でお守りしたいのですが」

 

 オレの決断に不服を持っているようで、シグナムは渋い顔をした。まったく、従順になったらなったで文句を言う奴だと、何故だか苦笑が漏れてしまう。

 すぐに表情を引き締め、彼女が納得せざるを得ない一言を紡ぐ。

 

「お前が恭也さんに勝てるなら考えてもいいが」

「……いえ、主の御判断は正しい。恭也よ。我が主をお任せするのだ、傷の一つでも付けたら許さんぞ」

「言われるまでもない。それとも、俺の実力を信用できないか?」

「いいや、誰よりも信頼しているよ。我が好敵手」

 

 分かってはいても、一言言わずにはいられないというやつか。ザフィーラと顔を見合わせ、肩を竦める。

 「戦力を均等に」という視点で見たら、オレのパートナーは恭也さん一択なのだ。オレはこの中で最弱の戦力しか持たず、恭也さんは最強の戦力を持っているのだから。

 確かにソワレの一発は重い。ミステールの補助もある。いざとなれば、エールが殺傷力のない風を起こすことも出来る。だが、やはりそれらは不自由な選択肢でしかない。

 とにかく加減が難しいのだ。それが未知の生物相手ならばなおさらだ。単純な殲滅戦以外にソワレの力を活かすことが出来ないというのは、非常に困ったものだ。

 そこで、強弱活殺自由自在の達人である恭也さんがオレのパートナーとなるのだ。これならば、オレは純粋な補助に回れる。ミステールの因果操作を十全に活かせる。

 最大のネックであった恭也さんの移動手段が解消された今、「魔法」を持たないオレが彼と組むことに一切の問題がなかった。

 そう。彼はとうとう空を往く手段を手に入れてしまったのだ。

 

「"ベクターリング"のバッテリーも満タンだ。一日中使い続けてもバッテリー切れを起こさないって技術班のお墨付き。万事抜かりなし、だ」

「……頼もしいやら恐ろしいやら、アリシア達が末恐ろしいのやら、ですね」

「まったくだ」

 

 同意らしく、恭也さんは左手首にかけられたブレスレットをかかげ、オレ同様に苦笑を浮かべた。

 

 "ベクターリング"。「外付け魔法プロジェクト」で試作された、オリジナルインスタントデバイスだ。ハラオウン執務官達からもたらされた、現代の管理世界のデバイス技術により完成した代物だ。

 初回ミーティングで忍氏が述べていた通り、彼女達はまず恭也さんの空中移動手段の提供から取りかかった。そしてあっさりと完成してしまった。

 というのも、このインスタントデバイスが提供する魔法というのが至って単純なものだからだ。一定方向に力学的ベクトルを発生させる、それだけだ。「トラクターフォース」という魔法らしい。

 飛行魔法とは似ても似つかない、重機代わりに使用される魔法だそうだが、それをこの人外剣士が使った瞬間全ては変わる。

 魔法陣を足場として待機。尋常ではない脚力と合わせて魔法を発動することで超跳躍。これを繰り返すことで、文字通り「空を駆ける」ことが出来てしまうのだ。

 当たり前だが、普通は出来るようなことではない。跳躍力はもちろんのことだが、変則力場の中で体勢を維持するバランス感覚も必要になる。適切なタイミングで魔法陣を展開できなければケチャップ不可避だ。

 身体能力、度胸、何よりもセンスが問われる超高等技術。だが恭也さんにとっては大して苦でもなかったらしく、テストのときに一発で決めてしまった。美由希も試したが、思いっきりこけて終わったそうだ。

 

 そういう理由で、恭也さんが恐ろしいというのは疑いようのない事実であるのだが、この短期間でインスタントデバイスを高度に実用化したアリシア達もまた、恐るべきポテンシャルである。

 ベクターリングは腕にはめるリングタイプのブレスレットという形状だ。相応に軽く、恭也さんの剣を一切阻害しない程度に小さい。

 それでいて前述の通りの燃費の良さ。単純な魔法であることも大きな要素だが、変換効率・蓄積魔力量の高さも無視できるものではない。

 事実、これをハラオウン執務官に見せたところ「管理世界なら特許が取れるレベル」との評価を受けている。オレ達同様、彼女らにその意志はないようだが。

 

「いやー、どう考えても恭也さんの恐ろしさが天元突破っしょ。何であの方法であんな速く動けるんスか」

「足場があればどうにかなる。「走って」移動できるなら、飛行魔法にもそう簡単には負けないさ」

「あはは、本気出されたらわたしでもギリギリだからね……」

「わたしの家族ってー……」

 

 外付け手段としてではあるが、空中移動手段を手に入れてしまった恭也さんは、まさに人外剣士に相違なかった。そんな家族を持つなのはの苦悩も、最早「いつもの」だ。

 今月初旬に行った定期蒐集では、アルフを抜いて最大捕獲量を叩きだした。その際の彼の動きは……まあ、人間を辞めていると言われても反論は出来ないだろうな。

 いつだったかはやてに見せられた漫画にあった「大魔王はナイフ一つでも最強になる」というのはこのことだろう。アダプトデバイス(仮称)が完成したときはどうなってしまうのか。想像するのも恐ろしい。

 ……いい加減話を戻そう。

 

「いつも通り、ミステールを使って全体念話で情報を共有する。特に今回は調査目的だから、情報がメインとなる。少しでも気になることがあったら、すぐに念話を飛ばしてもらいたい」

 

 改めて、今回の目的が普段と違う「調査」であるということを明示する。全員ほぼ経験がなく、手探りでやっていくことになるだろう。

 だが、だからこそ初回案件にちょうどいいだろう。今後も依頼を受けていく上で、0からメソッドを構築していく経験は重要だ。いつも平易なものとは限らないのだから。

 多少の危険は伴うとは言え、比較的安全な世界。失敗がそこまで致命的にならない状況下で、試行錯誤を覚えるのだ。……多分、ハラオウン執務官も同じ考えだろうな。

 全員の表情を見て――なのははまだ少し固いが――意識の切り替えが出来たことを確認する。

 さあ、仕事の時間だ。

 

「それでは、散開!」

 

 オレ達は別々の方向に飛び、緑に覆われた世界の調査を開始した。

 

 

 

 

 

 オレの飛翔方法は相変わらずで、エールが起こす風をソワレが作った翼で受け止めるというものだ。ミステールも飛行魔法の学習を続けているのだが、中々成果に結びつかない。

 というのも、彼女が魔法の調査以外にアリシア達のプロジェクトに参加しているのが非常に大きい。ただでさえ難しい飛行魔法の因果理解に割くリソースが足りなくなっているのだ。

 とはいえ、飛行自体は出来ているのだから、現状ではミステールがそこまでする必要はない。あくまで魔法理解の一助になればというだけのことだ。

 だが、オレの飛び方というのはどうしても狭い空間を通りづらい。風で飛ぶというのは微調整が難しく、また障害物の影響も受けやすいのだ。

 そのため、恭也さんが森林の中を低空走行(おかしな表現だ)している上空で、オレは付近を観察するというやり方を取っている。

 

「植生はオレ達の世界に近い。ここらにあるのは広葉樹だな。さすがに品種は見たこともないものだが」

『惑星環境自体が地球に近いみたいじゃの。魔力要素の濃度も、それほど高くはないようじゃ』

 

 ミステールは魔力を計るための因果を組んでいたらしく、大気中の魔力要素の量を調べたようだ。第97管理外世界も魔力要素は少ない部類に入る。そこも似ている点なのだろう。

 無人世界とは言っていたが、ひょっとしたら今後人類に当たる種が出現するかもしれない。あるいは、その祖先となる種がもう存在しているかもしれない。

 とはいえ、現時点で文明が存在しないのだから、オレ達が生きている間に発生することはないだろう。やはりここは無人世界なのだ。

 

≪ミコト、一旦そっちに戻る≫

 

 恭也さんから念話が入ったので、オレは緩やかに移動していたのを停止する。ややあってから、森の中から恭也さんが勢いよく跳躍してきた。

 ……魔法で跳躍を補助しているのだろうが、それにしたって一息にこの高さまでジャンプするのはどうかと思う。20mぐらいあるんだぞ。10階建マンションの高さだぞ。

 

「どうでした?」

「ああ。……ちょっとこれを見てくれ」

 

 そう言って彼は、小型端末――今回の調査に当たってハラオウン執務官から支給された撮影機器だ。デバイスを持たない者は、これを使って記録する――から空中に映像を投射した。

 何の変哲もない森林の中だ。一見すればそうとしか思えない。だが、恭也さんの様子からそれだけではないのだろうと感じ取る。

 

「この、実がなってる木の幹の部分をよく見てくれ」

「……傷? 見た感じ、まだ新しいものみたいですね。これが何か」

「おかしいとは思わないか?」

 

 思う。縄張りを示す傷にしては位置が高過ぎるし、かと言って鳥が付けたものとは思えない。尖った何かを突き刺したような痕だ。

 まるで、実を取るためにこの高さまでのぼり、落ちないように体を固定した跡のようだ。樹上で生活する動物もいるだろうが、こんな痕を付けるようなことはないだろう。

 

「つまり恭也さんは、「この世界には道具を作れる文明を持った何者かがいるんじゃないか」と言いたいわけですね」

「無人世界というのは、所詮上空からの観察でしかないからな。俺の目には「人工物」の痕跡にしか見えないんだ」

 

 一理ある。それは先のオレの考察の通りである可能性と、もう一つの可能性が浮上してくる。

 

「……あるいは、次元犯罪者の潜伏先であることも考えられますね」

 

 それは、この世界の情報を見た段階で削っていた可能性だ。そういった連中が潜伏するにはメリットが少ないのだ。

 管理世界の文明圏に近すぎる。それだけで管理局の巡航に引っかかる可能性は高くなり、身を隠す場所があるわけでもない。拠点を構えるにしても、この山林地帯では適さないだろう。

 管理局から放置されていることから、有用な資源が見つかっているわけでもない。資金源となり得るものがないのだ。それでは彼らも活動を続けることは難しいだろう。

 だから可能性は低いと考えていたのだが、どれだけ低くても0になることはない。たとえば、その犯罪者が管理局をもしのぐ技術力を持っていて、地中深くに拠点を作れた場合、そう簡単には見つからないのだ。

 少ないとはいえメリットがないわけではない。前述の通り豊かな森林には恵まれており、相応に食糧も手に入りやすい。植物が育つということは水も豊富だろう。単純に生存を考えるなら、不毛の土地よりは余程楽だ。

 目の前に人工物の痕跡を提示され、犯罪者との交戦の可能性が浮上してきた。オレ達自体は管理世界とは直接繋がりのない民間団体だが、犯罪者からしたら関係なく見敵必殺だ。

 それが分かっているから、恭也さんの持つ緊張感が増した。オレとしても、これは少し方針を変える必要が出てきた。

 

≪全員に通達。一度最初の場所に集合、見てもらいたいものがある≫

 

 ミステールの念話共有で召集をかけると、全員から了解の返事が返って来る。ここまで一切の問題が起きていないというのは幸いだった。

 

 やはりあれは人工物の痕跡であるという見解になった。そのため、少し隊列を変えることとなった。チーム編成は変わっていない。

 前線要員として、シグナム組、ヴィータ組、オレ達が探索を行い、やや離れたところからシャマル組とフェイト組がサポートを行う形だ。

 調査のメインチームが後方に配置されるため最初の目的である「調査」としては効率が落ちるが、突発の戦闘となった場合の対処がしやすい隊列とした。

 現在は例の痕跡が見つかった周辺を、後方チームを中心として三方に分かれて探索中である。

 

『……うーん』

 

 そんな中、右手に持つエールが唸った。オレを浮遊させ続けるので力を行使しっぱなしだから、疲れてしまっただろうか。

 

「疲れたのなら早めに言え。休憩を挟む」

『そんなんじゃないよ。このぐらいなら定期蒐集でもやってることじゃん。そうじゃなくて、さっきの痕跡の件で、なんていうか違和感っていうか……』

 

 違和感? 自然物の中に人工物の痕跡があるのだから、違和感と言えばそれは違和感だろう。だが、エールが言いたいのはそういうことではないようだ。

 ミステールに指示を出し、エールも念話共有に参加させる。改めてエールは、念話で自身の考えを述べた。

 

≪あれが人工物っていうのはボクも異論なしなんだけど、犯罪者かもしれないっていうのは気にし過ぎじゃないかなって≫

≪相変わらず可能性は低いが、無視できるものでもない。だから危険な方の可能性に合わせて隊列を組んだ。これは必要ない、ということか?≫

≪そこまでの判断は出来ないけど。なんて言ったらいいのかな……犯罪者だったとしても、危険の少ない犯罪者なんじゃないかなって≫

 

 どういうことだ? 次元世界を逃走するような犯罪者に、危険度の低いものなどあるのだろうか?

 あまり真面目な考えを述べることに慣れていないエールはしどろもどろになる。少し答えを急かし過ぎたか。慌てず考えをまとめろと告げる。

 もうしばらく待つと、彼はようやく自身の違和感の謎を突き止めた。

 

≪そうだ! 痕跡が原始的過ぎる! もし次元犯罪者だったら、それこそ魔法を使って痕跡を残さないことも可能なんじゃないかな!?≫

≪あ! 確かにそうなの! なのは達だって、皆空を飛んでるんだし!≫

≪魔力反応を残さないためじゃないかしら? 飛行魔法なんて使ったら、それこそ魔法使用の痕跡だらけになるわ。それに飛行魔法は適性が必要だから、魔導師なら皆使えるってものでもないし≫

≪そこはほら、恭也さんみたいな方法取れば反応もほとんど出ないんじゃねーの? あのぐらいの高さなら、飛行魔法が絶対必要ってわけでもないし≫

≪あんな人外みてーな真似をほいほい出来るわけねーだろ。飛行魔法のがよっぽど現実的だっての≫

≪む、確かに。あれは私でも難しいからな……≫

≪……ちゃんと訓練すれば、そう難しいことでもないと思うんだけどな≫

 

 話が若干恭也さん弄りに逸れだした。修正。

 

≪エールの考えも一理ある。だが、やはり次元犯罪者の可能性が無視できるレベルまで落ちるわけじゃない。そこに到るまではこの隊列に変更はなし、だ≫

≪そっか。……ごめんね、変なこと言って混乱させちゃって≫

≪構わない。どの道全て手探りの状況なんだ。そうやって意見を言ってくれた方が、こちらとしても助かる≫

『エール、いいこ。がんばった』

『そうじゃぞ、長兄殿。自分の考えを持つというのは尊いことじゃ。それが主殿の助けになることもあろう』

 

 ソワレとミステールがエールを励ます。

 正直に言ってエールの考えていたことはオレも既に考えていた。その上での判断であり、そういう意味では彼の意見によって状況が変化することはなかった。

 だがそれは別にして、オレは内心で感動していた。おふざけぐらいでしか発言できなかったエールが、真面目に考察して自分の考えを述べたのだ。

 有事にしか顕現されずあまり注目されていないが、彼も成長しているということなのだろう。同様に、胸ポケットの中にいるもやしも。

 

「焦る必要はない。お前達も、ちゃんと成長出来ている。自分のペースでいいんだ」

『ミコトちゃん……。……へへ、そうだね!』

「……ふふ。本当に、ミコトはいい顔をするようになったな」

 

 オレ達の様子を見ていた恭也さんが、微笑んでそんなことを言った。相変わらず、オレには分からないことだった。

 

 

 

 結論から言うと、次元犯罪者かもしれないというのは杞憂であった。ガイとヴィータが発見してくれたのだ。

 

「これは、なんとも……」

「樹上生活の文化を持っている、ということか」

 

 太い木々の上に作られた、小型ログハウスのような住居。それは紛れもなく一定の文明を持っている証だ。

 だがそこで生活しているのは人間ではない。白い毛に覆われた犬のような二足歩行生物。背丈は人間の子供ぐらい……ちょうどオレ達ぐらいか。魔力を持たない、この世界で独自の進化を遂げた種族だった。

 

「「亜人種」ってやつだね。あたしらも見るのは初めてだけど」

 

 オレ達は全員、シャマルのステルス魔法で姿を隠している。狼の姿をしたアルフも、これならば問題なく「村」に近づくことが出来るだろう。

 フェイトが解説してくれる。広い次元世界の中には、人類種のように文化・文明を持つ動物種が生息するところもある。こういった種族を「亜人種」と呼ぶそうだ。

 これらの種は人類ほど高度な文明を築き上げることはなく、自然の中で調和とともに生きる。「無人世界の住人」ということだ。

 当たり前かもしれないが、こういった種が存在する世界は非常に珍しく、管理世界で知られている亜人種は10にも満たないそうだ。

 彼らが運んでいる荷物の中に、先ほどの映像で見た木の実があった。つまりあの傷痕は、彼らが食糧を得る際に道具を使用した跡であったということだ。

 

「あれって、話をしてるのかな。ひょっとしたら、今発見されてる亜人種の中ではかなり高度な文化を持ってるのかも」

「少なくとも、樹上生活を可能とするだけの技術は持っているだろうな。一つの指標としては、金属の精錬技術を持っているかどうかだが……」

 

 彼らの住居は、木材と呼ぶには少々原始的な扱い方をしている。切った木をそのまま組み合わせて、隙間は葉っぱを乗せて塞いでいた。

 木を切り倒すだけなら、固い石を研いで斧を作れば何とか可能だろう。ざっと見たところ、炉を作れそうな場所は存在しない。

 恐らくは金属に依らない文明を築いているのだろう。イコール文明レベルが低いとはならないが、それでも原始的な生活を営んでいることから、大体は推しはかれる。

 

「「道具を作る」だけの技術が存在し、「言語や住居という概念」が存在する程度の文化レベルか。オレ達の国で言えば、縄文時代ぐらいだろうな」

「数が増えれば耕作が始まるかもってことか。なんつーか……管理世界に関わってから、一番ファンタジーな光景見てる気がする」

 

 確かに。人に似た、確かに人でない存在が、幻想的な光景の中で日々の営みを送っている。SFでない方のファンタジーだ。

 あの犬人間――差し当たってはコボルドと呼ぶことにしよう――の存在そのものが、オレ達の世界には存在し得ないものだ。正しくファンタジーだろう。

 

「とはいえ、あまり長居するものでもないな。必要な映像だけを撮ったら、さっさとここを離れよう」

「えっ!?」

 

 驚きの声はなのはから。何か問題でもあるのかと彼女を見た瞬間、言いたいことが分かってしまった。

 触りたい。……まあ、一女子として気持ちは分からないでもないが。

 

「いくらシャマルのステルスとは言え、さすがに近寄ればバレる。オレ達が彼らの文明に干渉すべきではないというのは、君でも分かるだろう」

「うっ。で、でもぉー……」

「いつもの蒐集で捕まえている小動物たちと同じで考えるな。あれらと違って、彼らは紛れもない文明・文化を築いている。他所の世界の文明を持ちこんでは、歪みを与えることになりかねない」

 

 コボルド達は彼らのペースで文明を成長させるべきなのだ。外部からの力によって急激に成長させたり、逆に抑制してしまっては、精神文化の成長と技術文明の進化に隔たりが出来てしまう。

 技術を扱うための精神が未成熟だと、「踏み込んではいけない領域」へと暴走し自分達の首を絞めてしまう。だからと言って技術を抑制すると、するべき進化すらできなくなってしまう。歴史がそう物語っているのだ。

 それだけでなく、コボルドは言ってしまえば「この世界の人間」なのだ。愛玩動物のように扱うというのは、筋が通っていないだろう。

 

「彼らを「愛らしい」と思う心があるなら、それを使って彼らのためにどうすべきかを考えろ。君なら答えを出せるはずだ」

「うぅ……我慢するの」

 

 よく出来ました。なのはを励ますのは、ガイに丸投げした。オレがやってもいいが、こっちの方がなのはにとってはご褒美になるだろう。

 他は特に異論はないようだ。相手が魔法を持たず戦闘行為に特化した存在でないことから、シグナムも暴走を起こしていない。

 そうしてオレ達は、コボルド達に気付かれない程度の距離から村全体を撮影し、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 後日、ハラオウン執務官にこの映像を見せたところ、やはり亜人種は驚かれた。

 

「気軽に調査してもらうつもりで出した依頼だったんだが、まさかこんな大発見をしてくるとはな。狙ってやってるんじゃないだろうな?」

「むしろこっちがマッチポンプを疑っているんだが。オレ達に成果を上げさせるために、実は調査済の無人世界を指定したということはないよな?」

「そんなことしたら真っ先に君が気付いてるだろう。……偶然って恐ろしいな」

 

 全くだ。

 

 その後の話だが、亜人種の発見は「匿名の民間団体によるもの」として公表され、「ラピス族」と名付けられた。

 また、件の世界は正式に無人世界として番号が振られ、第113無人世界「コボラント」の名で呼ばれることとなった。……名前を提案したのがはやてであることは言うまでもない。

 これらは管理世界での話であり、オレ達には関係のない話だ。管理局がラピス族に対し、オレ達と同じ判断を下すことを願うばかりである。

 

 

 

 ともあれこうしてオレ達は、ハラオウン執務官からの依頼を達成するという実績を上げられたのだった。




無人世界の番号とか超適当です。保護区にすると局員が常駐することになっちゃいそうだから、あくまで無人世界ということにしました。
ラピス族の元ネタはフリーゲーム「洞窟物語」に登場する種族「ミミガー」です。あれって結局何なんでしょうね?
ラピス族という名前は、狼を意味するラテン語「lupus」から、近しい発音のものを使いました。(ラピスラズリは関係)ないです。
なお、この世界、及びラピス族の出番は今回限りです。予定は未定。

実際にクロノ君からの依頼を遂行してみる話です。あくまで管理局ではなくクロノ君個人からの依頼である点がミソです。
つまり支払われる依頼料はクロノ君のポケットマネー。余ったお金を有効活用できるよ、やったね!(白目)
未来時点での語りで、ミコト達は少なくとも一回以上クロノ君の依頼を受けていることが示唆されていたので、早めにやってしまうことにしました。
内容に関しては、初回ということとミコト達のスタンスから、単純な調査依頼を選びました。なお、やたらとでっかい功績をあげてしまったのは完全に偶然です。

具体的な内容の方は、恭也さんがとうとう人間辞めた話、そしてあまり描写されていなかったエールも意外と成長していた話です。
「アリシアプロジェクト」改め「外付け魔法プロジェクト」は、現状インスタントデバイスを製造できる程度です。通常のものはストレージデバイスも作れません。
その程度でも使う人が使えば疑似空中移動が可能となってしまうという、デバイス紹介に見せかけた恭也さん人外説でした。
エールに関しては、「デバイスとは違う」という点をはっきり描写したいと考えました。彼はサポートの道具ではなく、ミコトの「相棒」なのです。
だからデバイスとは違い成長するし、これまでにも描写された通り感情表現も非常に豊かです。もしかしたら、今後の努力次第ではジュエルシード素体の召喚体を上回ることもあるかもしれません。

何だかんだ久々にまともにミコト視点で描写した気がします。やっぱりミコトがナンバーワン、可愛いは正義(オレっ子可愛い)
次回こそは彼女達の世界での閑話を描きたいと思います。
それではまたいつか。


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四十四話 運動会 前編

今回こそ日常話です。イベント回ですけど。
一話で終わらせるつもりが前後編となってしまいました。長い(確信)



ポケモンGO個体値厳選楽しい(白目泡吹)


 秋は短いとよく言うが、そのくせ二学期はイベントがてんこ盛りだ。この間夏休みが終わったばかりだと思ったら、もう来週の日曜は運動会だ。うちの学校は秋の運動会タイプなのだ。

 聞くところによれば聖祥の初等部・中等部は5月、つまりは晩春から初夏にかけての暑くなり始める時期に体育祭が開催される。高等部のスポーツ大会はオレ達と同じ10月だそうだ。

 夏休みが終わってからすぐにチーム分けがされ(全部で赤、青、黄、白の4チーム。クラスごとのくじ引きで決まる)、オレは白組。フェイトは残念ながら黄組で別チームとなってしまった。

 例によって駄々をこねたフェイトであるが、同じチームとなったはるか、及び鈴木と加藤の二人組に宥められ、何とかその結果を受け入れてくれた。

 はやてはオレと同じ白組となったが、まだ松葉杖をつかなければ歩けないので、今回は見学扱いだ。その関係で、3年2組の白組は男子女子ともに一人多い編成となっている。両方とも5人編成だ。

 他の面子は、赤組にあきらと亜久里、青組にむつき。オレ達と同じ白組にいちこが振り分けられている。見事にバラける形となった。

 

 チーム分け後は任意出場競技の選出。これは他クラスの同チームと話し合って決定する。オレは借り物競争に、いちこはリレーに出場することになった。妥当なところだろう。

 オレは体格面で言えば恵まれていない部類だ。運動能力は平均以上はマークしているつもりだが、体格差を覆せるほどの優位性はない。故に、頭脳など他の要素が要求される競技が望ましい。

 逆にいちこは、あきらと並んで学年トップクラスの運動能力を持つ。身長もそこそこ高い。となれば、加点の大きいリレーのアンカーを任せる他ないだろう。

 ――より細かく戦略を練るなら、競争の激しいリレー以外で確実に一位を取る人員配置にした方がいいのだろうが、そこまでするのはさすがに大人気ない。ただの学校行事なのだから、子供らしく楽しめばいいのだ。

 それに、戦略は練らないが戦術を練らないとは言っていない。全体参加の競技では、全力で作戦を組ませてもらった。連携訓練も行ってきた。抜かりはない。

 ともあれ、二学期に入ってからの体育の時間はチーム別競技と学年合同ダンスの練習であり、そうしているうちにあっという間に運動会目前となったのである。

 

 

 

「ふむ……はやて君が参加出来ないというのが残念だね。是非とも三人の勇姿を見たかったのだが」

 

 八神邸の食卓を一緒に囲んでいる時空管理局顧問官のギル・グレアム提督。だが今の彼の姿は、はやての手紙で見てきた通りに好々爺のギルおじさんだった。

 現在、第二回「夜天の魔導書復元プロジェクト」ミーティングを終え、前回同様しばらくこちらに滞在することになったギルおじさん一行と夕食中である。……さすがに今回はハラオウン執務官も普通に帰ったようだ。

 今回の成果は、こちらははやての魔法習得とインスタントデバイスの作成。向こうは「蒐集機能の作用機序」に関する資料だった。「修復」という面で見たら大きな成果ではないが、それでも有用な資料だ。

 これを紐解けば、もしかしたらはやてが夜天の魔導書の蒐集バグに対抗する手段を得られるかもしれない。もしそれが可能なら、定期蒐集すら必要なくなるのだ。はやての足も完治するだろう。

 食事が終わったら、シャマルとミステール、リーゼアリアとともに内容を確認しようと思っている。……それはそれとして。

 

「もしかして、参観に来るつもりですか?」

「もちろんだとも。去年と一昨年は見ることが出来なかったからね。今年こそはちゃんと予定を合わせて、この目で見るつもりだよ」

「いや、おじさんついこの間までわたしらに素性明かしてへんかったやん」

 

 はやての鋭い突っ込みはスルーされた。ギルおじさん的には、これまでの運動会も見たかったということなのだろうか?

 

「ほら、父さまってこれまで色々抑え込んでたから」

「うむ、その通り。やはり人間は正直が一番だ」

「はあ……少しは自重してくださいね」

 

 アリアはこめかみを抑えてため息をついた。ロッテの方は今のギルおじさんに順応しているが、彼女はそうでもないようだ。

 それが好ましくないというわけではなく、単純に取扱いに困るというだけなのだろう。ため息をつきつつも、アリアの表情は微笑みだった。

 

「……ギルおじさんははやての後見人だから、参観自体は可能だと思いますが。大丈夫なんですか、色々と」

「それこそ私の腕の見せ所だよ。「歴戦の勇士」と呼ばれたのは伊達じゃないということを証明してみせよう」

 

 英雄の称号がこんな私事で使われるなど誰が想像しただろうか。長らく溜め込んだ鬱屈した感情から解放されたせいで、頭のネジも一緒にぶっ飛んだようだ。

 ……管理局自体はどうなろうと構わないので、それで局が不利益を被る事態になろうが、おじさんが休暇をもぎ取ることに関して特に文句はない。釈然としないものはあるが。

 

「局の話は、まあ何でもいいですが。目立ちますよ」

 

 うちの学校で外国出身の生徒というのは、オレの知る限りフェイトのみだ。私立にはそれなりにいるらしいが、公立はそれほどでもない。

 故国を離れてこの国に長期滞在できるだけの経済力があるなら、子供を私立に行かせることも容易いということなのだろう。将来を考えれば、そちらの方が職業の選択肢も広がる。

 だから、イギリス人であるギルおじさんは参観に来る保護者の中で確実に浮く。他は全員日本人なのだ。

 それだけでなく、年齢的にもおじさんは「小学生の親」からは少し上にずれている。全くいないというわけではないが。

 さらには、彼自身が言った通り、おじさんは「英雄」である。この世界で知られていることではないが、それにしたってにじみ出るものは完全に消しきれない。纏う雰囲気が一般人とは違ったものになるだろう。

 オレ達が聖祥の生徒なら、それでも問題はなかっただろう。何せ向こうなら既に戦闘一家がいる。超ど級のお嬢様もいる。ギルおじさんの持つ英雄性も上手い事馴染むだろう。

 ごく一般的な日本の公立小学校のイベントに対し、彼の存在感は大きすぎるのだ。

 ……が、彼は自身が場にそぐわない存在となる可能性すらも意に介さなかった。そんなところで英雄性を発揮しなくていいから。

 

「目立てば、それだけミコト君とフェイト君に気付いてもらえるだろう。全力で応援させてもらうよ」

「そーそー! それに、リッターは応援に行くんでしょ? どの道同じだって」

 

 珍しくロッテが正論を述べる。確かに、三人増えたところで変わりないと言えばそうだ。彼女らもオレ達を応援する気満々だった。

 というか、当日は八神家全員で応援に来る予定となっていた。アルフとザフィーラも人型になって来るそうだ。不用意かもしれないが、オレは別に魔法がバレようが構わないのだ。

 

「ミコト! 裏切り者のフェイトなんか蹴散らしちゃえ!」

「う、裏切り者じゃないもん! わたしだって、ほんとはおねえちゃんと同じチームがよかったのに……」

「まーまー。わたしは、ちゃんとフェイトもおうえんするよ。はるかちゃんもおうえんしなきゃだもん」

「シアちゃんははるかちゃんと仲が良いものね。わたしも応援するから。元気出してね、ふぅちゃん」

「主ミコト。私も貴女のご健闘をお祈りします」

「……はあ。俺達は一体誰の騎士なのだろうか」

「細かいことはいいんだって。いい加減ザッフィーも諦めなよ」

「ザッフィー言うな」

 

 ヴォルケンリッターではやて「にのみ」忠誠を誓っているのは、今ではザフィーラ一人となっていた。どうしてこうなった。

 

「呵呵っ。これは、当日は賑やかな応援になりそうじゃな」

「応援で運動会を食いそうだ。ほどほどにしてくれ、まったく……」

「……ミコト、おうえんされるの、や?」

「そんなことは言っていない。ソワレが応援してくれるなら、百人力だよ」

「相変わらずソワレが絡むと鮮やかな掌返しやでぇ、ミコちゃん」

「うふふ。お弁当、頑張らなきゃですね」

「私も手伝うわよ。ブラン一人に任せたら、お弁当箱ひっくり返しそうだし」

「もうっ、アリアさんったら!」

 

 ドッと笑いが起きた。なんだかんだ、すっかり八神家に馴染んだギルおじさん達であった。

 

 

 

 

 

 そして迎えた運動会当日。はやてがメインとなって作ってくれた弁当を携え(本当はオレも参加しようと思ったのだが、競技に出るのだからと止められてしまった)、オレ達三人は登校した。

 運動会は日曜日に開かれ、翌日の月曜日は振替休日となる。普段は休日の曜日に通学路を歩くというのは、不思議な感覚を覚えるものだ。

 途中、ミツ子さんから激励された。彼女は応援には来れない。10月になり涼しくなり始めたとは言え、まだまだ日差しは強い。高齢のミツ子さんには長時間の直射日光を耐えるだけの体力がないのだ。

 素直に残念に思う。……最初は身分を証明してもらうだけの関係でいるつもりだったのに、いつの間にか彼女のことを「養母」と思えるようになっていた。多分、フェイト達のおかげだろう。

 だから「二人とも、頑張ってくださいね」と激励されるのは、やはり嬉しかった。いつかは満面の笑みを返せるようになりたいものだ。

 

 教室に着き、荷物を自分の机にかけて体操着に着替える。男子も同じ教室で着替えるのだが、オレとフェイトが着替える間、彼らは教室から締め出される。というか自主的に退室する。

 これは体育の前はいつものことなのだが、気が付いたら出来ていたルールだ。恐らく例の「抜け駆け禁止令」と似たようなものなのだろう。

 実際のところ、感情が未発達であった一年の頃ならいざ知らず、今のオレは彼らが見ている前で着替る気になれない。以前はよく平気だったものだ。いつごろからこうなってしまったのか、ちょっと思い出せない。

 なんにせよ、オレもフェイトも(ついでにむつきも)助かっているから、別に問題はない。石島教諭もこれについては理解を示しているようだ。

 ……まあ、一つだけ問題があるとすれば。

 

「おお、八幡さんのおみ足……いつ見ても美しい」

「妹さんも健康的で綺麗な太ももだなぁ……」

「ブルマー残した校長マジGJ……」

「ありがたやぁ、ありがたやぁ……」

 

 この学校の体操着が女子はブルマー着用なせいで、男子から下半身をジロジロみられることだ。あれでバレてないつもりなのだろうか。チラ見のつもりでガン見してやがる。

 確かに動きやすいのはその通りだが、こう見られたのでは不愉快極まりない。早急にハーフパンツに切り替えてもらいたいものである。

 あきらといちこが男子達との間に壁を作ってくれて、視線から逃れて一息つく。

 

「あ、ありがとう、あきら、いちこ……」

「全く、奴らはいつになったらアレをやめるんだ。飽きもせずよく続けられる」

「まー気持ちは分かるけどね。ミコトもフェイトも、肌綺麗だし。ほら、わたしと比べたら全然色違う」

「あきらちゃん、夏休みの間ちっぴーと外で遊んでたからねー」

 

 オレもフェイトも外に出なかったわけではないはずだが、クラスの女子の中では一番白かった。体質なのだろうか。

 どうにも、普段よりも見られている気がする。確かに体育の授業前はいつも見られているが、ちらり程度だ。あそこまでガン見はされない。

 

「運動会だから、皆気合入ってるんだろうね。で、ミコトちゃんとふぅちゃん見てさらに元気になる、と」

「人を栄養ドリンク替わりにされても困るのだが」

 

 額に指を当ててため息をつく。本当に、男という生物は度し難いものだ。ちょうどいい塩梅の奴はいないのか。

 横手から抱きしめられ、頭を撫でられる。亜久里、ではない。あきらでもない。

 

「よしよし。ミコちゃん頑張ってきたもんな。これからは、わたしも一緒に見られたるからね」

 

 オレの大切な相方、はやて。彼女の今の姿は、オレ達と同じ体操着。車椅子となって長らく体育不参加だったため、この姿となるのは一年生の時以来だ。

 見学ではあるものの着替えることは出来るので、こうしてオレ達と同じ格好をしているというわけだ。一人だけ普段着というのも寂しいものだろう。

 そんなはやての言葉に、あきらは辛辣に突っ込みを入れた。

 

「はやての足かー。別に普通過ぎて見る価値あんましないよね」

「なんやてー!? こんな薄幸の美少女つかまえて、ようそんなこと言えるな!」

「薄幸の美少女(笑)」

「はやてちゃんって逞しいから、ついつい病気設定忘れちゃうよねー」

「設定ちゃうわ!?」

 

 いちこと亜久里も混ざり、三人ではやてを弄り始めた。はやても楽しんでいるので、オレは止めなかった。

 フェイトははるかに宥められ、だいぶ落ち着いたようだ。開会式前から消耗するのもつまらない。このぐらいの空気でちょうどいいだろう。

 ……ところで、さっきからずっと気になっていることがある。

 

「今日はいつにもまして静かだな。緊張しているのか?」

 

 5人衆の中で一人だけ騒ぎに混ざらず、俯き気味で黙っているむつきだ。

 彼女ならば何か落ち込んでいるのかと思うところだが、どうにも様子が違っている。緊張している、というわけでもなさそうだ。

 オレの言葉を受けて、彼女はおもむろに顔を上げる。その表情は、緊張でも弱気でもなかった。オレが知る限り、およそ彼女にはもっとも当てはまらないと思える言葉だ。

 

「ミコトちゃん。わたしね……ずっと待ってたんだ。ミコトちゃんと、本気でぶつかり合える日を」

 

 その表情は……不敵な笑み。争いごとからかけ離れた彼女が、闘争心に満ち満ちた表情を湛えていたのだ。

 

「ずっと、あきらちゃんが羨ましかった。だってミコトちゃん、あきらちゃんに対しては一切遠慮しないんだもん」

「彼女には不要だからな。君に対しても、遠慮をしたことは一度もないと思うが」

「気は遣ってもらったよ。何度も、何度も。……わたしは、ミコトちゃんと対等な、「友達」になりたいんだ」

 

 知っている。彼女の口から聞いたことだ。「いつかオレの友達になりたい」と。だが今の彼女は、「自称友達」のあきらよりも手前だ。知人以上ではあるが、友達にはまだ遠い。

 だから彼女は、決意したのだ。オレが対等と呼べるほどに成長しようと。そして、今その成果を見せようとしているのだ。

 

「勝負の舞台は棒引きだよ。絶対に、わたし達が勝つ」

「その前に敗北しないことだな。組み合わせ上、君達と当たるのは二回戦だ。無論のこと、オレ達は優勝を狙っている」

 

 勝てるものなら勝ってみろと挑発を返す。オレとむつきの間に、心地よい緊張感が満ちた。……彼女とこんな空気を作れる日が来るとは。ちょっと感動だ。

 彼女は、5人衆の中で一番運動能力が低い(恐らくなのはとどっこいどっこい)代わりに、頭脳面ではオレに追従できるほどのものを持っている。

 つまり彼女は、オレの得意とする土俵で真っ向勝負を挑もうというのだ。決して勢い任せの無謀ではない、思考の末の決断だ。

 面白い。かつてオレの言わんとするところを知ろうとして敵わず、努力の末に面と向かって勝負出来るようになった。面白くないわけがない。

 もしかしたら、彼女を「友達」と呼ぶことが出来るかもしれない。なのはに対するものと意味は違うが、対等な立場で意見を交わせる存在になるかもしれない。

 だからオレは、彼女の挑戦を受け入れることにした。

 

「おー、むーちゃんが燃えとる。頑張るんやでー」

「は、はやては一応白組なんだよ? ミコトのことを応援しないと……」

「この二人の場合、わざわざ言葉にする必要もないんでしょ。妬けるわよね」

「あきらちゃんは拳を交わさないとダメだもんねー。それはそれで結構いい仲なんじゃない?」

「いちこちゃん、「殴り愛」って言いたいんだろうけど、別に面白くないからね?」

「……何でオチを先に言うのよー!」

「いやー、今のははるかちゃんのファインプレーですなー」

 

 和気藹々。その後、石島教諭が教室にやってきて移動の指示を出した。オレ達は校庭の入場門へと移動を開始した。

 

 

 

 オレ達の家族は、やはり目立っていた。入場行進を終え、白組の生徒達の待機場所に移動した直後に見つけることが出来た。

 ……というかアレは、オレの家族を知らない人でも何事かと見るだろう。競技はまだ始まっていないのに、全身に強烈な疲労を感じる。

 

「ね、ねえ。あれって、八幡さんの家族なの?」

 

 白組女子の上級生(名前は知らん)がソレを指差してオレに尋ねてくる。ここで首を横に振れたなら、どれだけ楽だったことか。

 

「誠に遺憾ながら、共同生活者という意味では家族に他ならない。一人は、正確に言えばはやての後見人だが」

「??? よ、よく分かんないけど、そうなんだ」

 

 上級生ではあるものの、5人衆とは違って訓練されていない小学生だ。オレの言葉の意味を正確にとらえられず、目を白黒させて引き下がった。

 そして件の後見人は、とてつもないドヤ顔で、とてつもなく常識はずれな格好をしていた。

 彼が今着ているもの。それははっぴだった。それもただのはっぴではない。でかでかと応援の言葉が書かれたものだ。

 「頑張れミコト」「負けるなミコト」「ファイトだミコト」etc... オレの名前がまるで隠されず自己主張していた。

 この学校で「みこと」という名前の女子は、オレの知る限りオレだけだ。それもカタカナ三文字ともなれば、ほぼ間違いなくオレだと特定できるだろう。

 そして以前にも触れた通り、オレはこの学校ではそれなりに顔と名が知れている。オレが知らずとも、オレのことを知っている人間は上級生下級生問わず多いのだ。

 その結果、彼らはまずはっぴを着たギルおじさんとシグナム(彼女も着ている)に視線が行き、次にオレを見る。全校生徒にほぼ等しい視線がオレに向いていた。

 

「……はやて」

「はいな」

 

 皆まで語らずともはやては理解してくれた。彼女的にもこれはないようだ。

 ややあって、ミステール経由の念話が通じる。相手は、この視線の元凶となっている二人。

 

≪やめてください。即刻、今すぐ、さあ早く≫

≪むぅ、ミコト君はお気に召さなかったかね。いい考えだと思ったのだが……≫

≪だ、ダメなのですか? これならば一瞬の隙もなく主を応援出来るのですが……≫

 

 脳筋のシグナムはともかくとして、大提督と呼ばれるギルおじさんまで何を考えているのか。大提督だからこそ常人が考えないことを考えるとでも言いたいのか。そういうのいいから。

 

≪やめなかったら今後口を聞きません。シグナムにも指示以外の会話はしない。オレはやると言ったらやる≫

 

 割とガチな(実際ガチだが)念話に二人から慌てた反応が返って来る。視界の中では、彼らが急いではっぴを脱いでいた。

 ロッテはおかしそうに笑っており、アリアは「だから言ったのに」と言いながら(口の動きから推測)呆れのため息をついていた。そう思うなら最初から止めてくれ。

 オレもため息をつく。元凶がなくなったため視線は少なくなったが、それでもオレを見る者は多かった。とんだ置き土産だ。

 ……もう一つ、ため息の原因がある。確かに生徒達が注目したのはオレ達の家族だが、家族でない同伴者もいた。

 

≪それと、何で高町家も来てるんですか≫

≪グレアムさんに誘われたんだよ。一緒にどうか、ってね。嫌だったかい?≫

 

 ミステールに指示を出し、同伴者の代表、即ち高町家の大黒柱である士郎さんに念話を繋ぐ。彼はいつも通り落ち着いていて、あっけらかんとした調子だった。

 別に嫌ではないが、これは大丈夫なんだろうか。確かに高町家は全員オレの関係者ではあるが、あくまで他人だ。防犯上の理由で入場拒否されてもおかしくない。

 一応、門前で入場者の確認をする教師はいる。彼らが通したということは、とりあえず問題なしと判断されたのだろう。

 まあ、実際に彼らが問題を起こすということはないのだが。人外の戦闘力を持つ高町家(但し桃子さん除く)であるが、ギルおじさんに比べればはるかに常識を介する人達だ。

 

≪せっかくいるんだったら、ギルおじさんの暴走を止めてください。イギリス人の間違った日本観で行動されて、被害を被るのはオレなんです≫

≪はは、そりゃそうだ。チーフの指示に従いましょう≫

≪……翠屋の外でそれはやめてください。あと、士郎さんはマスターでしょうに≫

 

 彼なりのジョークだったようで、もう一つ笑ってから念話は切れた。

 ……士郎さんが念話をするのはこれが初めてのはずだが、何であんなに堂に入ってたんだ。やはり高町家は何かおかしい(周知の事実)

 他の高町家の面々――桃子さん、恭也さん、美由希、そしてオレの現状唯一の友達であるなのはが、ジェスチャーでオレに激励をかけた。

 あれぐらいでいいのだ。自身の家族よりも友人一家の方が安心感が持てるというのも、おかしな話だ。

 

「へー、高町家も来てるじゃん。ミコっちが呼んだの?」

「あれもギルおじさんの暴走の産物だそうだ。もっとも、たかだか5人増えたところで大した差はないな」

「うちからは応援12人やもんなぁ。多分一番の大所帯やで」

 

 多分じゃなくて絶対そうだろうな。そもそもうちの家族関係は血縁に依らないのだから、そう考えれば数が膨れやすいのも不思議ではない。

 事情としては成り行きの部分が大きいが、八神家のエンゲル係数の高さと無関係な理屈ではないだろう。

 改めて人数を聞き、話に混じっていたいちこがカラカラと笑う。

 

「相変わらず多いよねー。あたしンちも皆来てるけど、たった3人だよ」

「お兄さん来てるんや。中学二年生やったっけ?」

「そだよー。あたしらが一年のときは、実はこの学校にいたんだよ」

「その割には全く絡まなかったな。……あのときは、そもそもオレの交流姿勢が整っていなかったか」

 

 噂に聞くいちこの兄とはニアミスしていたようだ。ひょっとしたら、向こうはオレのことを知っているのかもしれない。だからどうということもないが。

 

「ミコっちとやがみんのことは、あたしからは聞いてるけど、そこまで知らないはずだよ。二人が他の学年にも有名になったのって、一年の終わり頃からじゃん」

「いや、そんなことは知らないが。そうだったのか?」

「わたしら当事者やからなー。気が付いたら皆に顔と名前覚えられとったし」

 

 はやての場合は、車椅子であったことも大きかったのだろう。あれはどうしても目立つからな。……皆すぐに慣れて気にしなくなっていたような気はするが。

 ともあれ、いちこの例が代表するように、一般家庭というのはそこまで人数は多くない。一世帯当たり3~5人、多くて7人といったところか。

 八神家応援組の9(共同生活組)+3(普段は離れて生活組)+5(高町家)=17人は、応援の保護者の中では最大勢力に間違いなかった。

 それだけに、あんな格好をすれば悪目立ちし過ぎる。普通にしてて十分目立つのだから、余計なことをする必要などないのだ。

 

「強烈な家族だねー」

 

 苦笑した上級生の一言が、その全てを物語っていた。

 

 

 

 

 

 競技が開始する。まずは一年生による50m走からだが、生憎と今年の一年にオレ達の関係者はいない。誰が勝っただとか、気になる部分も特にないのでカット。

 得点はほぼ横並びで、若干赤組がリードしていた。体力的に有利な生徒が多かったのだろう。

 次は二年生。オレ達も去年やった、二人三脚だ。端数が出た場合は三人四脚になる。

 二年生の白組には矢島弟がいる。関係者と言えるほど深い間柄ではないが、あきらと親交がある以上無関係とも言い切れない。

 二年生出発時に、いちこが彼に向けて大声で激励した。それに倣い、オレも「やるだけやってこい」と軽く声をかけた。

 彼は顔を真っ赤にし――あきらの弟とは言え、性質はそこら辺の男子生徒と変わらないようだ――張り切って競技入場門へ向かった。

 オレが矢島弟に声をかけたとき、主に三年男子が敵意に似た視線を彼に向けたのだが、特に気にしている様子はなかった。あきらの弟というだけあって太い神経をしている。

 いざ競技が始まれば、彼らも矢島弟に声援を向けた。思うところがあろうが同じチームなのだ、勝って自分達の得点にしたいのだろう。

 彼は、張り切った。張り切り過ぎて二人三脚なのにほぼ一人で走った。相方の男子生徒(当然知らない奴だ)は涙目になり、半ば引きずられながら走っていた。

 そんなめちゃくちゃな走り方で一位を取ってしまうのだから、矢島家の運動能力の高さを思い知らされる。男女差はあるが、去年のあきらよりも高いかもしれない。

 二年の競技の結果、赤組のリードを追い越して白組がトップに躍り出た。

 

「ちっぴー、一等賞おめでとー! えらいぞーホレホレ!」

「ちょ、やめろよバカいちこ! 離せって!」

 

 白組の陣地に戻ってきた矢島弟を、いちこが抱きしめ(というか首しめ?)頭を撫でてほめた。彼は照れ隠しか、それとも本気で苦しくて嫌なのか、必死でそれを払いのけた。

 ちなみに彼は既にオレよりも身長が高く、いちことそう変わらなかった。……矢島家の遺伝子め。

 先ほどは応援に沸いていた白組男子だが、女子と仲良さげな様子の彼に再び敵意を再燃させる。忙しい連中だ。

 奴らに取り合う必要はない。一応、オレもねぎらってやろう。いちこ同様、オレも彼を激励したのだから。

 

「手法に問題ありだが、結果だけ見ればよくやった。これで少しは後続に余裕が出来るだろう」

「あっ、は、はい! ありがとうございます!」

 

 やっぱり顔を真っ赤にして、勢いよく頭を下げる矢島弟。相変わらずその反応の意味が、理屈は理解出来るものの、オレには分からなかった。

 要するに彼……というかこの学校の男子全般は、オレとの会話に照れるのだ。その理由がオレの容姿にあるということは、皆からの証言で分かっている。

 だがどうしてそうなってしまうのか、その感情がどうしても理解できない。外見など所詮は同一性の一つに過ぎない。ただの個体差に一喜一憂し、会話に支障をきたす意味が分からない。

 オレとの会話に照れるほど喜ぶというのなら、まずは普通に接しろというのだ。ガイやハラオウン執務官のように。

 ……そうは思うものの、やはり矢島弟とオレの接点はそこまで深くない。わざわざ指摘してやる義理もなければ、オレの意志もない。

 

「その調子で、個人参加の方でも成果を上げろ。ルールを逸脱しない範囲でな」

「はいっ! 頑張ります!」

「おーおー、ちっぴー調子いいねー。あたしのときと反応違い過ぎじゃない?」

 

 いちことやいのやいのやる矢島弟とは、それっきりで会話を切る。最低限の義理は果たしたのだから、これ以上は必要ない。

 

「なはは、わたしら以外が相手やと相変わらずやな」

 

 一連のやり取りを見ていたはやてが、楽しそうに笑いながら言った。今のやり取りに笑いどころがあったんだろうか。

 

「あきらの弟というだけあって多少は見所があるが、基本的にその他男子と同じではな」

「せやねー。ちひろ君も頑張っとるんやろうけど、まだ見えてへんからなー」

 

 一年のときの5人衆と同じだ。「結論を決めて」しまい、先が見えていない。現実にあるオレの存在を見ず、頭の中で作り出した偶像を見ている。

 攻撃性を生み出す偶像でない分マシだが、レッテル貼りをしているという点では変わりがないのだ。

 

「ま、男の子なんてそんなもんやろ。多分あれが普通なんよ」

「子供のオレが言うのもなんだが、子供だな」

 

 どうにも交流のある男子というのがレベルの高い連中だったせいで、それが基準になってしまっていた。考えてみれば、あれはごく一部の突出した連中なのだ。

 まずガイだが、"前身"の記憶を受け継いだことで精神年齢が高い。オレと似たような、それでいてもっと人間らしいものだ。同年代の男子と比べれば、物事を考えることが出来て当たり前だ。

 次にユーノ。管理世界という自立の早い社会で、さらに優秀と呼ばれる人種だ。思考能力は高く、客観視をすることも可能だろう。精神的には子供であるため、コントロール出来ているとは言えないが。

 ハラオウン執務官……は同年代ではないので除外。年齢的に見れば大人に近いし、そもそも彼の立場を考えれば立派に大人としての責任を果たしている。

 最後に、剛田少年と藤林少年。前三人には劣るが、それでも私立に通い将来を見据えている子供達だ。この場にいる男子連中に比べれば、ずっと大人だろう。

 彼らに比べれば、うちの学校の男子の方が歳相応なのかもしれない。だからと言ってオレが合わせる気はないのだが。

 

「トリビアの考察はこの辺にしておくか。そろそろオレの出番も近い」

「パン食い競争終わったら借り物競争やったな。けど、ふぅちゃんの出番までは見ていくやろ?」

「無論だとも」

 

 フェイトは任意参加の競技でパン食い競争を選んでいた。ちょうど次のレースだ。

 自チームである白組の選手は、3組の遠藤。何の因果かオレと同じチームに割り当てられていた。

 オレにやり込められて以来すっかりおとなしい文学少女と化した彼女にフェイトの相手は酷だろう。オレも期待はしていないし、応援もしていない。彼女には悪いが、身内の応援を優先させてもらう。

 スターターピストルが乾いた破裂音を鳴らす。4人の選手が一斉に走り出し、やはり先頭はフェイトだった。スピードが段違いだ。

 高速が生み出す慣性力を使い、高く跳躍する。そして器用に口でパンを掴み、着地と同時にまた走り出す。

 最終的にフェイトは二位以下の生徒と5秒以上の大差をつけてゴールした。なお、遠藤は四位だった。残当。

 

「うわー、八幡さんの妹さんはっやー……」

「あ、でもこれに出てるってことはリレーは出ないんだね。もったいないなぁ」

 

 白組女子の何気ない会話。だが、そうとも限らない。以前考えた通り、競争の集中するリレーを避けて確実に点を取りに行くというのは、選択肢としては十分あり得る。

 それに、いくらフェイトが速いとはいえ、リレーは複数人で走るものだ。他の面子が遅かったら、どれだけ差をあけても埋められてしまう可能性はある。

 ……もっとも、フェイトはそこまで考えていないようだが。

 

「ふぅちゃん、嬉しそうやなぁ。そんなにパン好きやったっけ?」

「米よりはパンの方が好きみたいだが、そこまででもないな。あれは単純に一着を喜んでいるだけだ」

「あはは、そうみたいやね。味方やなくてわたしらにアピールしとるわ」

 

 嬉しそうに笑ってこちらに手を振るフェイトを見て、胸に暖かいものを感じる。純粋にこの行事を楽しんでくれれば、それで十分なのだ。

 さて、そろそろ時間だな。

 

「オレもあの子の姉として、恥ずかしくない結果を出すとしようか」

「恥ずかしがるミコちゃんも可愛いから、それはそれでわたしに良しなんやけど」

「色々減るから却下だ。勝利に喜ぶオレを愛でてくれ」

「なんやそれ、ミコちゃんのキャラちゃうやん」

 

 つまりは普通に応援してくれということだ。珍妙な応援はギルおじさんとシグナムの件でもうお腹いっぱいだ。

 はやての方も冗談であり、オレ達にとっていつもの軽口のやり取りだ。……うん、やる気出たな。

 

「では行ってくる。期待してくれても構わないぞ」

「ほな、ミコちゃんの珍プレーと好プレーを期待しとくわ。いってらっしゃい」

 

 最後にもう一度軽口を交わして、オレは競技入場門へ向かった。

 

 

 

「お、八幡は借り物競争なんだ。ちゃんとフェイトちゃんの応援はしてきた?」

 

 オレの競争相手となる黄組の生徒は、一年の頃は先ほどの遠藤とつるんでいた加藤。可能性としては十分あり得ることだが、何とも因果なものを感じる。

 

「そういう君は、遠藤の応援をしたのか?」

「あはは、するわけないじゃん。あの一件以来、あの子とはあんまし仲良くないし」

「自分達のやったことを全て一人に押し付けるのはどうかと思うが」

「そういうんじゃないの。あの子すっかりおとなしくなっちゃったから、何を話せばいいか分からなくなったのよ」

 

 実際に痛い思いをした遠藤と違い、彼女と鈴木には警告を与えただけだ。現実の受け止め方が違ったのだろう。

 加藤と鈴木は、それまでに見られた品のない振る舞いを改めはしたが、性格は概ね変化なしだ。相変わらず群体であり、相変わらず中身がない。

 あの件で自分のやったことを痛みとして知った遠藤とは違う。オレは知っている。彼女が文学少女となったのは、オレの言葉の意味をちゃんと知るためであったことを。

 

「それは君達が彼女に及ばないというだけの話だ。本を読む、という選択をしたのは遠藤本人だ。何も選択しなかった君達とは違う」

「……何よ。ケンカ売ってんの?」

「厳然たる事実を述べているだけだ。オレはそんな体力の無駄遣いはしない。ただ、何もしなかった君が、選択をした遠藤を責めるのは筋ではないと言いたいだけだ」

 

 遠藤に対し、オレが思うところは特にない。彼女が選択をし、自分の道を歩き始めたところで、オレの生活に影響はない。離岸の住人だ。

 それでも、ただ見ているだけの人間が必死に道を探している人間を嗤うのを見て、いい気はしない。

 だがそれはオレの都合であり、加藤には関係ない。彼女はカチンときた様子で、表情をしかめた。

 

「そーよね。あんたはそうやって、人の気持ちを考えもしないで、ずけずけと物を言うやつよね」

「君も同じだろう。遠藤の変化の意味を考えず、自分の視点でしか見ていない。オレはちゃんと自覚している」

「あー言えばこー言う。ほんと、フェイトちゃんと違って性格悪いわ、あんた」

 

 むつきのときとは違う緊張感。一触即発の空気だ。まあ、加藤の独り相撲でしかないのだが。

 彼女の言葉は、軽い。オレに突き刺さる言葉は何一つなく、不愉快な風を散らすだけだ。それだけでしかない。彼女を一個の敵と見るほどのものでもない。

 

「もし君に悔しいという感情があるのなら、オレを負かしてみることだ。ちょうどよく、オレと君は借り物競争で対決することになる」

「はン、上等! 後になってベソかくんじゃないわよ!」

 

 彼女も実際に経験すれば、少しは変わるだろうか。……そんなことを考えてしまうあたり、オレも甘くなったものだな。

 彼女はフェイトと懇意にしているから、妹に悪影響がないように働きかけているだけだと、自己正当化をした。

 なお、巻き込まれた赤組と青組の生徒は、泣きそうな顔で怖がっていた。彼女達にはちょっと悪いことをしたかもしれないな。

 

 

 

 競技が始まれば、あとは早い。個人競技は他の学年も参加するが、一学年8組(男女それぞれ4組ずつ)で一年からスタート。オレ達は三年の第一走者だ。

 中にはゴールまでてこずった組もあったが、それでもあっという間だ。次はオレ達の番であり、現在前の組――二年生男子最終走者のゴール待ち中。

 最後通告とばかりに、隣で腕を回す加藤が言葉をかけてくる。

 

「今謝るんだったら、ちょっとぐらい手加減してやるわよ」

「無意味なことに思考を回しているなら、目の前の試合に集中するんだな。余計なことを考えて勝たせてやれるほど、オレは甘くない」

「あっそ! じゃあいいわよ!」

 

 彼女はまだ理解に至っていないのかもしれないが、オレはやると言ったらやるのだ。たとえ些末なことであれ、「恥ずかしくない結果を出す」とはやてに約束したのだ。

 だからオレは、全力で走るし考える。加藤の独り相撲に対し同情することは何もない。

 ようやく最後の二年生が借り物(バットを持っていた。何処から借りて来たかも気になるが、そんなお題を入れた教師陣の正気を疑う)を持ってゴール。なお、白組の生徒であった。

 号砲役の教師が位置に着く指示を出す。4人の女生徒は、それぞれの姿勢でスタートラインに足を乗せた。

 

「位置に着いて! ヨーイ……」

 

 火薬の弾ける音とともに、オレは走りだした。……単純な徒競走なら、どうやら加藤の方が早いようだ。

 オレも決して遅くはないのだが、いかんせん体が小さく一歩が小さい。同程度の身体能力を持った相手なら、体格の優れた方が有利になるのは自明の理だ。

 

「へっ、お先ぃっ!」

 

 一歩分先にお題の書かれた紙を拾う加藤。それが有利に働くわけではないと分かっていないのが、彼女の底の浅さだ。

 事実彼女は折りたたまれた紙を開き、硬直した。あれは「ハズレ」の紙だ。

 ――オレはこれまでの競技を、ただ漫然と見ていたわけではない。走者が拾ったお題と、書かれている内容の傾向を観察し続けた。

 全64パターンの観察の結果、簡単なお題と難しいお題の撒かれる位置に有意差があることが分かった。

 比較的簡単なお題――人探し系は、観客席に近い方に撒かれる。逆に確保の難しいことが多い物探し系は、放送席側だ。

 恐らくはお題を取った生徒が錯綜して衝突事故を起こさないための配慮。だが、そこに難易度の差が生まれることまでは配慮されていない。

 当たり前だが、人と物では物の方がパターンが多くなる。パターンの多さは難易度のバラつきに繋がり、一つ前の最後の生徒のようなことになるのだ。

 だからオレがすべきだったのは、加藤よりも先にお題を拾うことではなく、後ろからプレッシャーをかけて彼女を「物」側に押し出すこと。

 その作戦は上手くいき、オレは悠々と「人」側のお題を手に取った。

 

 そして、固まった。

 

「……何を考えている、教師陣」

 

 難しいわけではなかった。むしろオレには簡単過ぎるお題だ。ある意味オレが取るに相応しく、オレ以外が取ったら非常に困ったことになっただろう。これは小学生向きのお題ではない。

 開いた紙に書かれていたのは、たった四文字のカタカナだった。英語で言えば「ハンサムボーイ」。

 タイムロスになることも構わず、オレは額に指を当ててため息をついた。右の手には「イ ケ メ ン」とでかでかと書かれた紙を握ったまま。

 ようやく後続が追い付いてきた。……加藤は放置で問題ないが、他二人が簡単なお題を手にするとまずい。呆れてないでそろそろ動くか。

 オレは観客席の方に向き直り、一目散に走りだす。目標は一つしかない。即ち、オレの家族が陣取っている箇所だ。

 辿り着く必要はない。声が届く距離まで近づき、オレは大声で呼びかけた。

 

「恭也さん!」

「! 分かった!」

 

 皆まで言わずとも、我がチーム最強の戦力は意図を理解してくれた。その場で反転し、走り出す。後ろを見ずとも、恭也さんならあっという間に追いついてくるだろう。

 ものの数秒もせずに彼はオレに追いつき……先を走りながらオレの手を引いた。

 

「ちょ、恭也、さん! そこまで、しなくてもっ!」

「大丈夫だ、俺に任せろ!」

 

 任せたら不安なんです。その言葉を紡ぐことは出来なかった。彼のペースで走らされたら、オレの体力でまともにしゃべる余裕なんてない。

 さすがに御神の剣士の本領を発揮する非常識はなかったが、それでも小学生の体力なんぞものともしないスピードで、オレ達はダントツでゴール地点に辿り着いた。

 

「早っ!? じゃ、じゃあお題を確認しますね……って、八幡さん大丈夫?」

「ケホッ、大丈夫、に、見えますか……」

「む……ちょっと張り切りすぎたか」

 

 息も絶え絶えになりながら、用紙を三年一組担任に渡す。彼女はお題を見て恭也さんを見て、満面の笑みで合格を出した。

 これにて、オレ達の一着は確定した。多少予定外の事態はあったが、恥ずかしくない結果を出すことは出来ただろう。

 なお、ハズレ(内容は一輪車、校舎まで取りに行ったようだ)を引いた加藤はビリだった。ハズレ側に行くように仕組んだのはオレだが、さすがにちょっと哀れかもしれない。

 

「……こんなの運じゃん。あたしは負けてない!」

 

 キッとオレを見てそんなことをのたまう加藤。……一から十まで説明しても、この子は分からないだろうな。

 面倒を嫌ったオレは、「そうか」とだけ言って会話を切ろうとした。が、まだ観客席に戻っていなかった恭也さんが、オレと加藤の間に立つ。

 

「君とミコトの間に何があったかは知らない。だけどこれだけは自信を持って言える。ミコトは、運に頼らず自分の力で勝利をもぎ取ったはずだよ。そういう子だ」

 

 ポンとオレの頭に手を置き、乱暴に撫でる。髪が乱れるからやめていただきたい。……悪い気はしないが。

 実際のところ、多少は運の要素も絡んでいる。人系のお題が簡単というのは傾向の話であり、たとえば「母親」などというお題をふられた場合、オレは詰む。ミツ子さんは来ていないのだ。

 それでも出来る限り運の要素を排除する努力はした。だから、恭也さんの発言は訂正しなかった。

 加藤は年上の男性に声をかけられたことに驚き、ポケーっとした表情をしていた。

 恭也さんは、構わず続けた。

 

「この子は容赦がないせいで分かりにくいかもしれないけど、とても優しい子なんだ。邪険にせず、ありのままのミコトを見てやってくれ。兄貴分からのお願いだ」

「あっ、は、はい……」

 

 加藤が返事をしたことで、恭也さんは薄く笑みを浮かべ、「ダンスも楽しみにしてるから」と言って観客席の方へと戻って行った。

 ……全く。妹もお節介焼きだが、兄の方も相当なものだと、苦笑が浮かんだ。

 ようやく正気に戻った加藤が、何やら焦った様子でオレに尋ねてきた。先ほどまでの険悪さも何処へやらだ。

 

「ね、ねえ八幡! あの人誰!? あんたお兄さんいたの!!?」

「兄貴分と言っていただろう。オレの友人の兄だ。どうにもオレのことを妹のようなものとして見ているらしい」

 

 オレも兄のような人だと思っている、とは言わない。余計なことは言わなくていいのだ。

 加藤の焦りは続く。はて、この反応は……。

 

「な、名前なんていうの!?」

「高町恭也。私立風芽丘大学の一回生だそうだ」

「高町、恭也さん……大学生なんだ……」

 

 ああ、やっぱり恭也さんに対する一般的女子の反応だ。彼女の頬は運動後の興奮とは別の意味でほんのり朱に染まっており、彼への好意を表していた。

 いや、加藤だけじゃない。よくよく見ればゴール係をしている坂本教諭も恭也さんの方をチラチラ見ているし、ともに走った三年女子の二人も釘付けだった。

 ……同年代だけでなく、年上や小学生までも魅了するとは。本当に業の深いお人だ。

 兄のような人の無自覚女殺しっぷりに、本日何度目かのため息が漏れるのだった。

 

 なお、彼には恋人がいるという話をしたら、阿鼻叫喚となってしまった。最初に言っておくべきだったかもしれない。

 

 

 

 

 

 この後、五年生の組体操、六年の騎馬戦を経て、オレ達三年合同のダンスがあり、午前の部は終了した。

 一時間の昼休憩の後、戦いは怒涛の午後の部へと移っていくことになる――。




海鳴二小・秋の運動会話。なお、作中に出てきた聖祥の運動会については作者の創作です。特に資料がなかったのでああいうことにしました。多分描写する機会はない。

海鳴二小の女子体操着がブルマーとなっていますが、現実では既にブルマーは完全撤廃されています。あくまでフィクションです。
何故ブルマーにしたかというと、作者の趣味……ではなく、二十一話「お泊り会」でのミコトの独白との整合性を取るためです。
かつて彼女はこう言いました。「ズボンをはいたのは久々だ」と。
もし海鳴二小の体操着が現実と同じハーフパンツであると、この発言と矛盾してしまいます。そのため、ズボンとは言い難い形状(ショーツタイプという名称があるぐらいですし)のブルマーであることが避けられなくなってしまいました。
まあこれのおかげで恒例のお色気描写(微弱)につながったので、まぁまええわ(結果オーライ)

廃止と言えば、パン食い競争も衛生面の問題から姿を消して行っているそうです。まだギリギリあるのかな?
何故パン食い競争である必要があったかというと、ブルマー履いてて全力で走って力いっぱいジャンプして必死にパンをくわえるふぅちゃん可愛くないですか?(真顔) 作中描写はさらっと流しちゃってますけど。
運動会は女の子が輝く行事ってはっきり分かんだね(百合)

久々に元敵役モブ登場。今回はちょろっと元リーダー格とのその後を描写してみました。
実際に痛い思いをしたのとしていないのでは、結構差が出ていたというお話です。遠藤ちゃん(下の名前は未定)がおとなしくなったのは、最初は恐怖からでしたが、後々知性を磨いて、どれだけ自分がみっともなかったか気付いたからです。
これに対して加藤丸絵と鈴木友子は、自分達とミコト達の間にある差の大きさに気付いていない段階です。直視できない、これもまた恐怖の形なのかもしれません。
それでもフェイトのことは可愛がってくれているので、ミコトとしても多少の良感情は持っているはずです。だからこそ無視ではなく、軽く指摘をしたのです。
まあ何のために出したって、恭也さんに引っ張られて走るミコトを描きたかっただけなんですが。寝取りルートもありや(事案不可避)

なんかむーちゃんが不穏な空気を醸し出してますが、果たして……?

後編の投稿日は未定です。気長にお待ちください。


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四十四話 運動会 後編

前回の続き。閑話なのに長すぎィ!
棒引きの戦術部分は結構適当です。時間かかったのに申し訳ない。



デッデッデデデデ!(カーン)デデデデ!デッデッデデデデ!(カーン)デデデデ!
ぺーぺぺぺーぺーぺーぺーペペペペッペーペッペッペペペーペペペッペッペーペペー
イクゾー!


 午前の部が終わり、昼食へ。オレ達三人は一度教室に戻って弁当を取り、八神家応援組と合流した。

 5人衆は一緒ではない。彼女らは彼女らで家族が応援に来ており、各々別の場所へ向かった。オレ達の応援は数が多く、他の家庭のように校庭を使ったのではスペースを取りすぎる。

 そういうわけで、校庭の喧騒からいくらか離れた裏庭で、レジャーシートを敷いて昼ごはんである。

 

「ミコトちゃんもふぅちゃんも、かっこよかったの! 最後のダンスも、とっても可愛かったの!」

 

 午前の部最後の演目は、三年生によるダンス。男子は白軍手、女子はポンポンを持って行う応援ダンスだ。曲が何故か洋楽だったのは教師の趣味か。

 オレの感覚としても満足のいく出来であり、興奮が冷めやらぬ様子のなのはは、弁当に手を付けずオレ達を賞賛した。

 

「そうだな。ダンスはともかくとして、個人競技の方は思った以上に上手くいった。……結果オーライに近かったが」

「そういえば、結局お題は何だったの? 恭也さんが呼ばれたっていうことは、「お兄さん」かな」

「それやったらミコちゃんが呆れた説明がつかんやろ。大方「イケメン」とか書いてあったんちゃう?」

「ははは。何にせよ、今日来たことでミコトの役に立ったなら、それで十分だよ」

 

 内容の適不適はともかくとして、あのお題を引いたことで相当余裕を持ってゴールすることが出来た(楽とは言ってない) 勝利自体はオレの作戦通りだとしても、圧勝という結果は運によるところが大きい。

 それに、オレは運動能力で戦っていない。消耗していないというわけではないが、移動距離を最少に抑えている。「運動会」というイベントの意義を考えれば、評価されるべきことではないだろう。

 それならば真っ当に運動能力で圧勝したフェイトをこそ褒めるべきだ。

 

「フェイトはよく頑張った。同じチームではないから表立って応援は出来ないが、君の活躍を嬉しく思っているよ」

「そ、そうかな! えへへ……」

「むー。ふぅちゃんずるいの! なのはもミコトちゃんに褒められたい!」

 

 君は観客だろうに。それはまた別の機会を見つけてくれ。

 

「なのは君に全て言われてしまったが、私も感動したよ。やはり来てよかった」

「大げさすぎやしませんか。フェイトはともかく、オレは大したことをしてません」

「いや、グレアムさんの言う通りだ。ほんのちょっとの競技の中で、二人とも素晴らしいものを見せてくれた。店を閉めてでも来たかいがあるよ」

「その通りです、主。御謙遜なさらずに」

 

 高町家全員が応援に来ているということは、翠屋は当然お休みだ。個人経営だから出来ることなのだろうが、これでいいのだろうか。オレの記憶でも今日が休みにはなってなかったはずだが。

 どうにも「圧勝」という結果のせいで妙に褒められて収まりが悪い。もうちょっと接戦だったら、こちらの受け止め方もまた違ったのだろうか。

 ……どんな結果になろうが、シグナムは褒めてくるだろう。彼女の忠誠心は日に日に増しており、正直ちょっと重い。

 彼女がオレを主とすることに最早異論はないが、もうちょっと軽くていいのだ。それこそヴィータぐらいで。

 

「はやてが参加出来ないってのだけがほんと残念だよな。あたしは絶対応援したのに」

「なはは、そらしゃーないわ。今は体操着着られるようになっただけでも十分やよ」

「そういえば、ここもまだブルマーなんだな。最近は減ったと聞いてたんだが、意外とあるもんだな」

「ねー。うちも今年からハーフパンツになったし。ちょっと残念だよー」

 

 美由希が通うのは私立風芽丘高校であり、恭也さんの母校でもある。今の発言から、彼の時代は女子の体操着はブルマーが当たり前だったということだろう。

 しかしながら、最近は男女ともにハーフパンツを採用する学校も増えている。事実、風芽丘はブルマーを廃止したようだ。

 彼女はブルマーに思い入れがあるようだが、オレにはない。動きやすさは確かに大事だが、男子から不愉快な視線を受けてしまうのは重大な問題である。

 

「オレは君のような性癖は持っていない。うちもとっととハーフパンツを採用してほしいものだ」

「えー、なんでー? ブルマー楽でいいじゃん」

「その、わたし達って男の子たちからジロジロ見られちゃうんだよ……」

「確かに、そういう連中は結構いたな。お前みたいなガサツとは違うみたいだぞ、美由希」

「恭ちゃんっ!」

 

 恭也さんの美由希弄り。翠屋で休憩中は結構よく見る光景だ。親愛の証なのだろう。

 幸いというべきなのか何なのか、男子は例の抜け駆け禁止令があるため、オレ達に接触を行わない。直接的な行為につながらない分マシと言えばマシかもしれない。

 と、シグナムがオレの前で姿勢を正しひざまずく。

 

「主。御命令とあらば、私は主に害成す者どもを切り捨てる所存です」

「やめろ、バカ者。奴らはただ見ているだけで、害というほどのものはない。そもそも相手は何の変哲もない小学生だぞ。なのはとは違う」

「何でそこでわたしが出てきたの!?」

 

 最近なのはがガイにばかり構うために、なのは弄り分が不足しているからな。ここらで補給しておきたいところだ。これもまた恭也さん達と同じ、親愛の形の一つだ。

 シグナムなりの冗談……というわけではなく、結構ガチめの発言だ。目がマジだった。やっぱり忠誠心が重い。

 

「いい機会だから言っておくが、最近のお前は少し過保護だ。オレはそこまでされずとも、自分の身を保つことぐらいは出来る」

「……しかし、海のときのようなこともあります。騎士として、御身に危険が迫るならば、刃となって主を守ることが私の務めです」

「お前の主は一度起きたことを二度繰り返す愚か者なのか?」

 

 呻き、沈黙。オレの中でああいったトラブルに巻き込まれた際の対応マニュアルは出来ているのだ。必要とあらば彼女に助けを求めることはする。だから、必要以上に気を張ることなどないのだ。

 とはいえ、彼女の気持ちが嬉しくないわけではない。行き過ぎた部分はあるが、純粋にオレを思ってのことだ。そもそもの原因はオレがナンパされてしまったこと、つまりはオレの責任だ。

 だから責めるだけでなく、シグナムを安心させる言葉を紡ぐ。

 

「必要ならば命令を出す。お前は、いつでもオレ達の刃になれるようにしてくれるだけでいい。振りかざし続けることはない」

「私は……主に、ご迷惑をかけてしまったのでしょうか」

「迷惑というほどではない。男子連中の方がよっぽどだ。ただ、もうちょっと肩の力を抜いて生きてくれというだけのことだ」

 

 シグナムは少し目を潤ませ、頭を垂れた。……やれやれ、手のかかる騎士だ。バカな子ほどかわいいと言うが、これもそういうことなのかもしれない。

 苦笑。リッターの参謀も、オレと同じ表情を浮かべていた。ちなみにヴィータは呆れ、ザフィーラは平常であった。

 

「話を変えましょうか。ミコトちゃんとふぅちゃんの出番は、あとは三年全員参加の棒引きと、学年合同の大玉運びだけよね」

「そうだな。関係者だと、大玉運びの前のリレーにいちこが出るぐらいか」

「あ、白組はいちこがリレーなんだ。黄組はともこが参加するんだよ」

「何でフェイトちゃんがリレーじゃなくてパン食い競争だったの? 足の速さ考えたらリレーだよね」

「そりゃフェイトがリレーじゃ他の子がかわいそうじゃないか。魔法なしでも相当なもんなんだからね。優しいんだよ、うちのご主人様はさ」

 

 ロッテの疑問に答えたのは、当人のフェイトではなく使い魔のアルフ。主従関係である彼女には、フェイトの考えが分かっているつもりなのだろう。自信満々である。

 が、フェイトは苦笑しつつ。

 

「それもあるけど、一番はパン食い競争っていう競技が気になったから、かな。ただ走るだけじゃなくて、口だけでパンを取らなきゃいけないっていうのが面白そうだったから」

「ありゃま」

「違うじゃないの。主のことを分かってないんじゃ、使い魔失格じゃない?」

「あなたも人のこと言えないわよ、ロッテ」

 

 脳筋使い魔組は、「たはー」と言いながら後頭部をかいた。ツッコミを入れたアリアはオレの方を向く。彼女はニヤニヤと笑っていた。

 

「ミコトはミコトで容赦なかったわね。見てて「らしい」と思ったわ」

「君ならそう思うだろうな。それと、シャマルも分かっているんだろう?」

「ええと、まあ。どこからどこまでが作戦だったのかは分かりませんけど」

 

 なのはと美由希、フェイトとソワレが頭にはてなを浮かべる。彼女達以外は、概要までは分からずとも、あれが偶然でないことは分かっているようだ。

 四人の様子を見てミステールがカラカラと笑い、解説を入れる。彼女ならば全てを理解しているだろうな。

 

「主殿にはどこに何のお題があるか、ある程度は把握出来ておったということじゃよ。前を走る童を難しい方に誘導して、自分は簡単なお題を取ったというわけじゃ」

「そうだったの!?」

「っていうか何で分かったの!?」

「しっかり観察していれば傾向ぐらいは分かる。そこから帰納的に推察し、難易度の格差を考察しただけだ。難しいことは何もしていない」

「あの場面でそんなことを考えるのがそもそも難しいと思うんだけど……」

「ミコト、すごい!」

 

 なのはと美由希は脳筋故に、フェイトとソワレは純粋故に、それぞれ分からなかったようだ。同じ脳筋組でもシグナムとヴィータは、オレならば作戦を立てていると信じていたそうだ。

 

「恭也さんが該当してくれたのは、さすがに作戦外の牡丹餅だ。オレが考えたのは難易度の格差と、即座の判断が下せるアドバンテージだけだ」

「あの子も災難よね。自分がどれだけの大物を相手にしてるか分からないで突っかかってたんだもの」

「……ミコトちゃん、あの子……まるえちゃん、でしたっけ。あんまり仲良くないの?」

「一年の頃に少し、な。彼女があまりにも無成長だったから、少し喝を入れたくなってしまった。普段は可もなく不可もなくの関係だ」

 

 シャマルはオレの人間関係を気にしているようだ。お節介ではあるが、オレのような人間を見たら、彼女の性格なら黙ってはいられないだろう。

 加藤と仲良くしているフェイトは、少し悲しそうな表情だ。すかさずブランがフォローを入れてくれた。

 

「大丈夫ですよ、フェイトちゃん。きっといつか、まるえちゃんにもミコトちゃんの良さが伝わる日が来ますから」

「ブラン……うん、そうだね」

 

 オレの良さとやらが何なのかは分からないが、それでもその日が来るのは年単位で先のことだろう。今の彼女は、そもそもオレとの会話が成立していない。

 圧倒的に知性が足りていない。そして彼女の理解力を考えると、一朝一夕で埋められるものでもない。

 とはいえ、現実的な指摘で空気を悪くすることもない。黙って流すことにした。

 アリアにとって加藤の話はどうでもいいことらしく(当然だな)、それよりも先のことを気にしているようだ。

 

「で、棒引きではどんな作戦を立ててるのかしら?」

「今言うわけがないだろう。フェイトとは別のチームになっているし、第一面白みがなくなる」

「……わたし、白組とだけは当たりたくないよ。気が付いたら負けてそう」

 

 団体競技というものは、戦術によって結果が左右される面がある。個々の能力も重要ではあるが、戦術次第で能力差をひっくり返すことすらも可能なのだ。

 黄組はフェイト、赤組はあきらと、身体能力に優れた強敵を擁している。だが彼女達がどんなに頑張っても二人分以上にはならない。ただ身体能力を行使するだけでは、大きな効果にはなり得ない。

 それを考えると、注意すべきはむつきのいる青組。彼女はオレの土俵で戦おうとしている。即ち、戦術による場のコントロール合戦だ。

 今の彼女にどの程度それが出来るかは分からないが、少なくとも5人衆の中ではトップだ。その事実だけで警戒するには十分である。

 

「むつきから勝負を吹っかけられるとは思っていなかったからな。予想外に楽しめそうだ」

「むつきって言うと、あなた達と仲のいい五人組の、眼鏡の子よね。ふうん、なるほどね……」

 

 オレとアリアは、顔を見合わせて不敵に笑う。オレの方は口角をわずかに上げただけだが。

 オレ達が放つ妙な空気に、他が若干引き気味だった。いかんな、まだ早い。

 

「ともあれ、棒引きは必見とだけ言っておこう。どんな組み合わせになるにしろ、白組は青組とぶつかるはずだ」

「ぶ、ぶつかっちゃうんだ……」

 

 暗に黄組だろうが赤組だろうが、白組と青組には勝てないと言っているわけだ。フェイトに悪い気はするが、団体競技として考えると、それが厳然たる事実なのだ。

 だが彼女とてただでやられるわけではない。使い魔と妹の応援を受けて、オレ達の前に立ちはだかるのだ。

 

「あきらめちゃダメだよ、フェイト! わたしもアルフもおうえんしてるんだから!」

「そうさ! たまにはミコトにギャフンと言わせてやるんだよ!」

「う、うん。とにかく頑張ってみるよ。……あ、そうだった。はるかが障害物競走に出るから、応援してあげてね」

「もちろん!」

 

 平和な昼食の時間。午後の部に向けて、各々十分に英気を養うことが出来たようだ。

 

 

 

 

 

 午後の部は午前の部のラストと同様、競技ではない演目からとなる。六年生による応援合戦だ。

 三年生のダンスとは違う、硬派な印象を受ける応援だ。高校部活動の応援団を小型化したら、こんな感じになるだろうか。

 オレの近くに座り話しかけていた女生徒は六年生だったようで(それすら知らなかった)、出発前に「わたしもいいところ見せるからね」と言っていた。この行事を通してオレと仲良くなったつもりのようだ。

 無論のこと、錯覚でしかない。行事の熱で己の感覚を誤認し、主観で距離が縮まったように感じたに過ぎない。オレにとっての彼女は、離岸どころか存在を認識する事すら難しい他人だ。

 だから、応援合戦のときに彼女――木下という名字だそうだ――が何処にいるのか、オレには分からなかった。はやてが見つけてくれなければ、最後まで気付かなかっただろう。

 

「大見得を切って行った割には普通だったな」

「うっ……辛口。ちょっとぐらい褒めてくれたっていいじゃない」

「ミコちゃんにそれ期待したらあかんですよ。お世辞とか一切言わん子やもん」

「だから褒められると凄く嬉しいんだよね。本当に成果を残せたんだーって分かるから」

 

 ちなみに木下はパン食い競争に出ており、3着だったそうだ。全く印象に残っていない。

 六年の全体競技は既に終わっており、残る彼女の出番は最後の大玉運びのみだ。そしてそれはオレも参加するため、彼女がオレに勇姿を見せる機会はもうない。

 だが彼女に悔しそうな表情は見られず、オレとの関係性がそれだけ軽いものだったことを示唆している。当然だな。今日初めて会話をし、そして今後はその予定もないのだから。

 木下への評価と励ましははやてといちこに任せ、オレは競技フィールドの方を注視する。次は個別競技の障害物競走だ。

 この競技にははるかが出ると聞いている。のみならず、出場者を見る限りでは、亜久里とむつきも出ているようだ。

 近くの六年生に比べれば、この三人の方がオレとの関係性は断然強い。そして彼女達には評価できる部分も多々ある。

 はるかは言うまでもないだろう。アリシアとともにデバイスプロジェクトに参加している。この時点で一般的な小学生とは比較にならない技術・知識を持っている。

 恭也さんが身に付けるベクターリング開発の際も、彼女が持つ「この世界の魔法」の知識は大いに参考になったとアリシアは語った。忍氏の指導の下、メカニックの技術もメキメキ伸ばしているそうだ。

 亜久里は、一見すれば能天気なだけの少女だ。ぽややんとした空気を常に纏った、天然癒し系キャラとでも言えばいいか。

 その実、彼女の持つ精神力は図抜けている。ちょっとのことでは空気を崩さないことからも分かるし、何よりも怒ったときの恐ろしさにそれは顕れている。

 オレに有無を言わせないのだ。理路整然と正論を述べるオレの言葉を、感情の力のみで撥ね退けるのだ。その強制力は、恐らくはやてをも上回る。

 素養はあっただろう、だが初めから持っていた力ではない。オレとの関わりの中で彼女が見つけ、自分で育てた力だ。はるか同様、だからこそ評価に値する。

 そして、むつき。オレにとって、今日のメインの対戦相手。手を抜くことなどしない。失礼だからとかそんなことではなく、きっとそんな余裕はないから。

 その事実が、オレが彼女を認めている何よりの証拠だ。ずっとオレに追いつこうと走り続け、彼女は辿り着いたのだろうか。非常に興味がある。

 だからオレは、障害物競走をじっくりと観戦した。彼女達の成長のほどを確認するために。

 

 なお、むつきは大差を付けられての4着だった。……運動は苦手な子だからな、しょうがない。

 

 

 

 四年生の綱引きを間にはさみ、ようやくにしてオレ達三年生による団体競技・棒引きのときがやってきた。

 棒引きのルールは綱引きに少し似ている。違いは、引っ張り合うものが麻の綱ではなくアルミの棒であることと、1本ではなく10本あることだ。

 つまり、どれだけ多くの棒を自陣に運べるかを競う競技だ。それ故に戦術による効果が顕著となる競技なのだ。

 綱引きの場合、体力の配分や力学ベクトルの合成など多少の知恵が活きる部分はあるものの、基本的には単純な力勝負だ。力の総量が大きかった方が勝つ。

 これに対し棒引きは、10本を取り合うというルールのために、人員の配分や陽動などの戦術部分が発生する可能性を秘めている。

 たとえば力自慢の生徒一人に対し全員が引っ張れば、当然ながら数の暴力に勝ることは出来ない。だがそれをやると他の棒の防衛が手薄になり、勝敗確定量である6本を奪われてしまうことだろう。

 逆にどんな力自慢でも、一度に運べる数は一本まで。棒の一本一本は小学生でも一人で運べる程度の重さではあるが、何本も持てる重さではない。それに、そんなことをしたら狙い撃ちにされるのがオチだ。

 とにかく6本を自陣に運ぶか、あるいは時間切れまでに敵よりも多く確保すれば勝てる競技なのだ。バカ正直に体力勝負を挑む必要はどこにもない。

 その他の細かなルールとしては、開始前の陣地外移動禁止、陣地まで運んだ棒の奪取禁止、ラフプレー禁止ぐらいか。当たり前すぎてわざわざ語るまでもなかろう。

 制限時間は1分半だが、小学三年生の体力を考えたら1分半も全力で動き続ければ限界だろう。妥当な長さだ。

 

「初戦は赤組か……黄組と当たれれば一番楽だったんだがな」

「妹がいるチームなのに、相変わらず容赦ないね」

 

 作戦構築に情は不要だ。大事な娘にして妹であろうが、それは変わらない。必要なのは極限まで研ぎ澄まされた合理性、それだけだ。

 身体能力だけで言えば、はっきり言ってフェイトが学校全体でトップだろう。学年ではない、女子でもない、男女含めた学校全体でトップなのだ。

 当然というのも言葉が足りないほどの必然だ。彼女はオレの妹となるまで、ひたすら魔法を用いた戦闘の訓練のみを行ってきたのだ。魔法がなかろうが、体の鍛え方が一般的な子供とは異なる。

 それほどの身体能力を持っていても、彼女が限界まで動いたとして、魔法抜きでは1.5人分働くのが関の山だろう。それが人一人が持つ力の限界だ。

 そして黄組は彼女を除けば一般的な女子(この競技は男女別で行われる)のみ。運動が得意な者もいるだろうが、突出しているわけではない。

 フェイトが人並以上に動けたとしても、こちらを全員1.1人分の効率で働かせれば、十分圧倒出来る。ちょっと無理をさせればオレが動く必要もない。

 これに対し赤組は、フェイトほどではないが、身体能力が突出しかつ体格にも恵まれたあきらというパワーファイターがいる。そして小柄故に素早い亜久里の存在もある。

 選択肢が黄組よりも多いのだ。それだけで黄組より手強いと言うには十分な判断材料だ。

 もっとも、これはあくまで比較の話。3つの組の中で黄組と当たれれば一番楽だったというだけで、どれも気を抜けば敗北する。全力を尽くさなければならない。

 そして同様に、青組以外のチームならばどちらでも打倒は可能だ。

 それを盤石なものとするために、オレは自チームの女子15人に向けて最終ブリーフィングを行う。

 

「最後にもう一度確認だ。競技が開始したら、いちいち名前を呼ぶ余裕はない。事前に確認した背の順で呼ぶ。自分が何番か分からない者はいるか?」

 

 全員が首を横に振る。ちなみにオレは0番であり除外。一番小さいわけではないからな。オレより小さいやつも、一人だけどいるからな。

 主力となるいちこは、後ろから数えた方が早い13番。一番大きい15番は3組遠藤だった。……文学少女になったんだから身長は必要ないだろう。遺伝子め。

 このチームの中では一際大きい遠藤であるが、それでもあきらの方が一回り大きい。身体能力勝負になったらまず勝ち目はない。

 勝ち目はない……が、時間稼ぎぐらいは出来るだろう。オレが考える遠藤の役割は、言ってしまえば捨て駒だ。勝つために、その体の大きさを利用させてもらう。

 

「誰がどの棒に向かうかは適宜指示させてもらう。最初に番号、次に棒の位置。13番と14番、左の2、という形だ。左右については近い方を選択させてもらう。三年生にもなって右と左が分からない者はいないな?」

「お箸持つ方が右でしょ?」

 

 オレより背の低い女子が挙手をして言う。だからそれだとオレは逆になるんだと……まあ、知らないのだろうな。下手をしたら左利きという存在そのものを知らない可能性もある。

 オレの知る限り、三年で左利きはオレのみ。全員を知っているわけではないが、これまでに見る機会があった人間は全員そうだ。

 他の学校などを含めていいのならばなのはとアリシアも左利きだが、そんなことをこの学校の生徒が知るはずもない。

 

「全員、右手を挙げてくれ。……分からない者はいないようだな、安心したぞ」

 

 確認したところ、全員右利きか、少なくとも右がどちらかは分かるようだ。必然的に左も分かるということになる。

 左利きがオレしかいないのなら、わざわざマイノリティの事情を解説する必要もない。先に進めよう。

 

「指示は出す。が、基本的には自分の意志で行動してもらって構わない。出来るだけ指示には従ってもらいたいが、無理そうなら自分の判断を優先してくれ」

「それって……どういうこと?」

 

 オレの意図を推し量ろうとしてつかめない様子の遠藤。考えているだけ他の女子とは違う。

 質問には秘匿することなく正直に答える。

 

「オレは勝利することを目標として作戦を考えるが、全員が同じとは限らない。ただ競技を楽しみたい者、どうしても対戦したい相手がいる者。そういった意志を強制することはしたくない」

 

 言ってしまえば、ここにいる全員は「くじ引きで決定したから同じチームになった」だけの関係だ。目的はバラバラで、意志の統率など取れるはずもない。

 ならば意志をまとめる努力は無駄以外の何物でもなく、バラバラのまま作戦を考えた方がよほど効率的だ。

 

「指示に従う余裕のある者だけ従ってくれれば十分だ。もっとも、全員に無視されたらさすがに手の打ちようがないが」

「それでもミコっちならー……?」

「何とも出来るか。物理的に無理なものは無理だ」

 

 オレ達のやり取りがおかしかったか、チームの女子の数名がクスリと笑った。

 質問をした遠藤は、納得しつつ苦笑。「自分はまだまだ」とでも自己評価を下しているのだろう。その通りなので何も言わない。

 とりあえず、オレの指示が完全に無視されるということはなさそうだ。

 

「さて……時間だな。位置に着こう。全員、よろしくたのむ」

『はいっ!』

 

 文字通り全員から元気よく返事された。……春ごろから感じている、慣れ親しみたくない慣れ親しんだ感覚があった。

 ――結局「リーダー」に収まってしまっている辺り、それがオレの性分なのかもしれない。認めたくないものだが。

 

 

 

 対戦相手の赤組と対峙する。様子を見るに、あきらを中心としてまとまっているようだ。彼女らの中では最も身体能力が高いのだから、そういうことになるか。

 それだけに、戦術というものは一切ないだろう。あきらは決して頭が悪いわけではないが、性質が非常に直情的だ。下手な作戦を練るぐらいなら、全力でぶつかって来るだろう。

 そしてその選択は、彼女にとっては最適だ。オレと同じ土俵で戦えば、彼女には万に一つの勝ち目すらない。それを理解しているのだ。

 だからこそ、緒戦と言えど気を抜くことは出来ない。オレの方も、オレの全力をもって事に当たらせてもらう。

 

「位置に着いて! ヨーイ……」

 

 2組担任の石島教諭が号砲役。張った声に普段の粗雑な雰囲気はなく、厳粛に審判を務めていた。

 一拍の間。高まる緊張感が場を満たすのを、確かに感じ取った。

 そんな中、オレはひたすら冷静に観察を続けていた。他の生徒達がそれぞれに動き出しの構えを取る中、オレだけは直立不動。

 それで狼狽えることがないからこそ、審判役がオレ達の担任なのだろう。――思考の片隅でそんなことを思った。

 

 撃鉄が落とされる。巻き上がる鬨(とき)の声。オレを除くすべての選手たちが、一斉に動き出した。

 そしてオレは、その一瞬を見逃さなかった。見逃さないために、冷静に集中力を高めていたのだから。

 

「9番と15番、右3! 13番、左5! 1、4、6番、左1!」

 

 動き出しの一歩。それで向こうの要注意生徒(あきらと亜久里)がどの棒に向かうかを判断し、封殺すべく指示を出す。

 あきらが向かおうとしたのは、彼女から一番近い右から3番目の棒。だからそこに、動きの速い9番を先行させ、後のストッパーとして遠藤を向かわせる。

 素早い亜久里は一番左。だから比較的動きの速い3人を向かわせ、数の力で奪い取る。

 こちらで一番素早いいちこは、敵方が一番手薄となっていた真ん中の一本に向かわせ、確実に点を取らせる。

 これで2点は確実に取得でき、強敵あきらの足止めも可能だ。問題は、合戦状態となる7本だ。

 優勢となる数が多ければいいが、劣勢が5本以上だとまずい。特にこちらは強敵2人を抑えるのに5人費やしてしまっている。余剰戦力は向こうの方が多いのだ。

 だからオレは、即座に次の指示を出す。

 

「2番と3番、左3に向かえ! 7、8、11番、それぞれ左4、右5、右4! 9番、オレとともに右1へ!」

 

 合戦状態で圧倒的不利となっていた二つにかかっていた生徒達を、それぞれ拮抗している場所に向かわせる。また、遠藤が追い付いた9番を解放し、オレも出撃する。

 ここまで有利に進められれば、オレの思考リソースを運動に割いても問題はない。あとは制限時間いっぱいまで動くのみだ。

 

「ミコっち!」

「右5が不利だ、そこへ向かえ! 14番、右3を手伝え! 馬鹿力が自重を知らない!」

「だぁれが馬鹿力、よぉ!」

 

 棒を引き合いながら、出せる指示は出す。予め「基本は皆に任せる」と言っておいたため、指示待ち族はいなかった。

 

「やー、やっぱミコトちゃん相手は厳しいですなー」

 

 左1を早々に諦め右1へ走った亜久里が、ニコニコ笑いながらそんなことをのたまう。この子は力を入れているんだろうか。……入れてはいるようだな。足元の土が抉れている。

 彼女の言葉に答えを返さない。競技が終わるまでは、オレはそれだけにリソースを割いている。亜久里はつまらなそうに口を尖らせながら、やはり笑顔のままだった。

 

 赤組が取得出来た棒は、あきらが全力で引いた1本といちこが手伝えなかった2本。残り7本のうち5本を白組の陣地に引き込むことが出来、場に残された2本は一本ずつがそれぞれに加算。

 最終的には6対4でギリギリの勝利となった。小細工なしで来た分、手強かった。

 

「ちぇー。結構惜しかったんだけどなぁ」

「君をフリーにさせていたら、結果は逆だっただろうな。一つのことに執着したのが君の敗因だ」

「諦めるってのは嫌だったからね。ミコトも、それを分かってて作戦立ててたんでしょ」

 

 まあな。もし彼女が亜久里のように取捨選択できる性格をしていたら、作戦もまた違っていた。そしてそれをしなかったからこそ、ここまでの接戦だったのだ。

 彼女にしろ亜久里にしろ、自分の強みというものを理解しているのだ。……これから戦うことになるであろうむつきも同様に。

 

「皆、よくやってくれた。次の試合までのわずかな時間だが、息を整えておくといい」

「そ、そうさせてもらうわ。矢島の相手、キツかった……」

「右に同じく……」

 

 あきらは一人でこちらの高身長二人を相手にし、勝利したのだ。遠藤と14番の生徒は、息も絶え絶えという様子だった。……これは、次の試合ではあてに出来ないな。

 まあ、いい。それならば力には頼らない作戦に切り替えればいいだけの話だ。青組が勝ち上がって来るならば、それもまた可能だろう。

 ともかく、一旦オレ達の出番は終了だ。むつきの成長のほどを見せてもらおうではないか。

 

 そう、彼女の成長を楽しみにしていた面は確かにある。が、オレが思っていたよりもある意味楽しい成長の仕方をしてしまったようだ。

 

「……伊藤さんが持ってるアレ、何?」

「なんか、うちわみたいだけど……」

 

 気弱な印象が強かった彼女は、イメージにそぐわない不敵な笑みを浮かべていた。白組女子の言う通り、その手にはうちわ型の指揮道具が握られていた。

 軍配というやつだ。有名どころで言えば、武田信玄のような武将が使用するイメージがあるだろう。実際に戦で使われていたという、正式な指揮道具である。

 ……彼女は、結構形から入るところでもあるのだろうか?

 

「あれじゃあ棒を持てないのに。何考えてるんだろ」

 

 実際、自身が動く気はないのだろう。彼女が動いたところで大した働きが出来ないというのは、紛れもない事実だ。

 むつきは、オレとは違い完全に指揮のみに徹しようとしている。……運動会という行事の意義としてそれはどうなのかとは思うが、勝利を目指すという意味でなら間違いはない。

 さすがの石島教諭も、8人組の中では比較的大人しめな少女の奇行に頭を痛めているようだ。が、止めないあたり既に諦めはついているのか。

 相手となる黄組にも動揺が走っている。フェイトとはるかの二人のみ、余裕のない真剣な表情でむつきを見ていた。

 オレもまた、むつきの采配に全力で注視する。彼女達が勝ち上がって来た場合、オレはそれを相手にしなければならないのだ。

 教諭の号令。それでざわめき立っていた黄組陣営も、慌てた様子で体勢を整える。青組は……恐ろしいほどに静まり返っていた。

 白組とも違う、まるで一個の生命体のように統率された気配だ。「勝利」という目的のために、各人の意志を揃えている証拠であった。

 号砲。黄組が鬨の声を上げ、それでも青組は静寂を保ったまま動かなかった。あまりにも不気味であり、黄組の生徒達の表情にもそれが浮かんでいた。

 動きがあったのは、開始3秒後。一番早いフェイトが棒に辿り着いた瞬間だった。

 

「上翼集中攻撃、開始!」

『ハッ!』

 

 むつきが軍配を上げ、指示を出す。同時、むつきを除く青組全員が一糸乱れぬ動きで、彼女らから見て右側の3本に殺到した。

 ちょうどその3本に向かっていた黄組の生徒達は、面食らった様子で動きを止めた。そこからは、まるでパズルを見ているような光景だった。

 

「「重兵」、攻撃継続! 「騎兵」、下翼移動!」

『ハッ!』

「え、なになに!? どういうことなの!?!?」

 

 黄組の一人が悲鳴のような声を上げる。青組は背の高いグループと低いグループに分かれ、低いグループが左側にスライドして行った。

 ここに到り、オレはこの勝負においてむつきが何を考えたのか理解した。

 

「奇策、陽動、最後は正攻法か。上手い事をやる」

「……ちょっとわたしも意味わかんない。解説お願い」

 

 何故かオレの近くにいるあきらの求めに従い、オレの解釈を言葉にする。

 

「まずむつきが持っている軍配だが、あれはただのパフォーマンスというか、敵の注意を惹きつけるためのものだ。指揮そのものには関係ない」

 

 あんなものがなくとも、指示出し程度声一つで出来ることはオレが証明している。つまりは一つのディスプレイなのだ。

 あきらといちこ、亜久里の三人は理解出来たようだ。他は知らん。話を続けよう。

 

「自身に視線を集中させ、試合が始まっているのに全員動かない。そんな中で突然、小学三年生からすれば意味の分からない言葉を発する。しかも青組がそれに従って一斉に動き出す。知らなければ面食らうだろう」

「それが「奇策」ってわけね。んじゃ、「陽動」ってのは?」

「青組が「上翼」に集まったことで、黄組のほとんどが釣られてそちらに集まっただろう。あれはオレが遠藤を使ってやったのと同じことだ」

 

 即ち、体の大きい生徒にストッパーをやらせる。それを集団心理を利用して、複数人相手にやってのけたのだ。

 そして最後に、動きの素早い「騎兵」を主力として「正攻法」で戦う。競技の場では、既に4本が青組陣地に運ばれていた。フェイトも2本運んだが、多勢に無勢過ぎる。

 はるかは残念ながらフェイントに引っかかってしまった。すぐにそれに気付き、手薄になった棒に向かったが時すでに遅し。

 

「全軍突撃、中央突破!」

『ハッ!』

「なんなのこれー!? もういやー!!」

 

 黄組女子の悲鳴は、青組が発した鬨の声にかき消された。そうして時間切れを待たず、試合は終了。

 青組7本の黄組3本。なお、黄組の3本はフェイト一人で獲得した数だ。……たった一人でも、諦めずによく頑張った。後で褒めてやろう。

 勝利に沸く青組の中で、むつきだけは静かにこちらを見ていた。声が聞こえる距離ではないが、何を言いたいのかは分かった。

 

「わたしもこれだけ出来るようになったんだよ。ミコトちゃんにだって、負けないから!」

 

 ……確かに、成長した。驚くべきほどに。二年前の彼女からは想像もつかないほど、強烈に成長していた。

 オレは意識せず口角が釣りあがるのを抑えられなかった。

 

「しょうがないって分かってるけどさ。ちょっと、むーちゃんずるいって思っちゃう」

「相変わらずあきらちゃんはミコトちゃんのこと大好きだねー」

「それこそしょうがないでしょ。筋金入りなんだから。まーあたしはミコっちと一緒のチームだし、あきらちゃんの気持ちも背負って戦うよー」

「……あんた達、慣れ過ぎでしょ。八幡のことを信用してないわけじゃないけど、あたしは今から気が重いよ」

 

 つるんでる連中とそうでない面々で、かなりの温度差があった。さもありなん。

 

 

 

 そうして、最終決戦がやってくる。大げさな表現かもしれないが、オレとむつきの気持ちとしては、ここが今日のハイライトなのだ。オレと彼女の全力がぶつかるのだから。

 戦術の勝負であり、運動会の趣旨には反しているだろう。それでもオレ達は、こんな形でしか力を発揮することが出来ない。

 ――思えば、運動会で戦術が問われる競技というのは、これが初めてだ。

 一年生のときは徒競走。個人競技であり、求められるのはただの身体能力のみ。オレは一位だったが、単純すぎて不完全燃焼だったことを覚えている。

 二年のときは二人三脚。亜久里とパートナーを組み、やはり一着だった。多少のチームワークは必要だったが、それでも個人競技の域を出ない。

 そして迎えた三年の団体競技。初めての団体競技を前にして、オレに追いつこうとしていた少女が、見事強敵へと成り上がってくれた。

 だからオレはこんなにも胸が高鳴っているのだろう。もし彼女の成長が追い付いていなければ、やはり今年も不完全燃焼だったかもしれない。

 

「むつきには、感謝をしなければならないかもしれないな。こんなに「楽しい」と感じる運動会は、初めてだ」

「……あたしには二人の気持ちとかわかんないけどさ。ミコっちが楽しいって思えるなら、それだけで十分なのかもね」

 

 ああ。むつきは既に十分な成長を見せてくれた。チームを掌握し、戦術を組み立て、強敵を打ち破ってみせた。出来るだろうと思っていたが、こうして目の当たりにすると、また違ったものを感じる。

 認めよう。彼女はかつてない強敵である。それこそ、あの事件のときに対峙した5つの暴走体以上であると。

 

「八幡が楽しんでるのは分かったけど、作戦はどうするのよ」

 

 オレといちこ以外の生徒達は少々不安げな表情をしており、代表して遠藤が尋ねてくる。先の競技を見て、むつきの手の内が読めないことに若干の恐怖を持っているようだ。

 ならばオレはそれを解消せねばなるまい。それが、三年白組女子のリーダーを任されてしまったオレの責務だろう。

 

「平たく言ってしまえば、「むつきの作戦を潰す作戦」で行く。こちらが読み切れれば勝ち、読み切れなければ負けだ」

「行き当たりばったりってこと? そんなんで本当に大丈夫なの?」

 

 遠藤の口調は、若干糾弾しているようであった。表面的に見れば彼女の言う通りであり、緻密に作戦を練っている相手には不安を持つだろう。

 だが、それは逆なのだ。

 

「恐らく彼女は何通りかの作戦を持っている。状況に合わせて変えてくるはずだ。何か一つに作戦を決めてしまったら、それこそ向こうの思うつぼだ」

 

 彼女はオレとの付き合いが長い。それだけオレの思考パターンに触れる機会があり、固定的な作戦ならば想定していてもおかしくはない。

 だからこそ、あえての受け。こちらも流動的に作戦を切り替えて、手の内を読ませないようにする。この勝負は単純な棒の引っ張り合いではなく、手の内の読み合いなのだ。

 そして瞬間の判断力ならば、オレの方に分がある。彼女が何処までの判断力を備えているかは分からないが、「ここならば勝てる」とオレが自信を持っている分野ではある。

 

「だから、君達には指示に従うだけでなく、前回同様自分の意志で動くこともしてもらいたい。オレ以外の意志が混じれば、それは攪乱の手助けになる」

「何となくは、分かったけど。……いいわ、どうせ今のあたしじゃ考えたって分かんないし。小難しいことは、リーダーに全部丸投げさせてもらうよ」

「えっと……取りたい棒を取りに行ってよくて、八幡さんが指示を出したらそこに行けばいいんだよね。うん、それさえ分かれば大丈夫!」

 

 1番の生徒がオレの指示内容を総括してくれた。そのぐらいの表現が、皆には分かりやすかったか。

 白組全体に理解が伝播し、不安が一掃される。彼女が通訳してくれて助かったな。もっとも、彼女がやらなければいちこがやってくれただろうが。

 最終ブリーフィングを終了し、散開する。青組もちょうど作戦会議を終えたところだったらしく、同じタイミングで散らばった。

 ……改めて対峙して、理解した。青組の生徒達は、むつきに全てを託している。むつきの指示に従うことを絶対遵守としており、徹底している。

 一体どんなマジックを使ったのやら。これが終わったら、聞いてみることにしよう。

 今はただ戦うのみ。こちらも全力をもって、君の策謀の全てを粉砕してみせよう。

 

「ヨーイ!」

 

 号砲が鳴り響くと同時、こちらの白組の生徒達が一斉に駆け出す。対する青組は、先の試合と同じく待機。

 また奇策か? あの手の手段は一度しか通用しない。二度目以降は相手に心構えが出来る。だからもし彼女が奇策頼りだったとしたら、正直言って期待外れだ。

 もちろん、そんなことは思っていない。先ほどとは違う何かがあるはずだ。

 そして予感は的中する。

 

「前進攻撃、反撃体勢!」

『ハッ!』

 

 前回と違う号令とともに、青組の生徒は一直線に走り出した。それぞれが最短距離で到達できる棒に向けてだ。

 そして彼女らが取った行動は、白組の生徒が引き始めた棒にかじりつき、その場に引きとめるという行動だった。

 単純に見れば、ただの時間稼ぎ。それも徐々にこちら側に引っ張られているため、向こうにとってはジリ貧にしかならない。

 一体、何を……っ!

 

「13、14、15番、左2! 8、11、12番、右3! 他は待機! 無理に引こうとするな!」

 

 白組の生徒から若干の困惑が返ってきたが、いちこがすぐに従ってくれたことで全員が落ち着いてくれた。助かったぞ、いちこ。

 むつきの言葉、即ち「反撃体勢」。これは文字通り、相手に「攻撃」をさせて消耗を図り、然る後に自分達の「攻撃」を成功させる作戦だ。

 さっきの狙いは時間ギリギリまでこちらに消耗させ、最後に温存した力で一気に叩くというものだ。もし気付かなければ、全員蟻地獄にはまっていただろう。

 やってくれる。だからこちらもそれなりの対応をさせてもらった。若干バラけた位置に力を集中させ、すぐに指示を出せなくする狙いだ。

 一拍あって、むつきは次なる指示を飛ばす。

 

「両翼攻撃、中央防御!」

『ハッ!』

 

 今度はすぐに理解する。こちらが力を集中させた中央を消耗させ、かつその隙に両端の棒を奪取しようという魂胆だ。

 まだ確定ではないが、白組に対する彼女の基本方針は「疲弊」のように思う。こちらを消耗させ、自分達は温存するスタイル。

 何故か。これが作戦対作戦の勝負であることを理解し、こちらの作戦実行力そのものを奪う方針なのか。確かにいくら考えたところで、実行戦力が消耗してしまえば、実際に行動を起こすことは出来なくなる。

 ……そういうことか。これは、保険だ。彼女がオレの手の内を読み切れなかったとき、それでもなお勝利するための保険。推測ではあるが、本来は二段構えの作戦なのだろう。

 ならば、こちらがやることは決まった。

 

「1~3番、左3! 4~7番、左4! 9番と10番は右2! 他は捨てて構わん!」

「え、ちょ、八幡さん!?」

「5本取れば負けはない! 時間をかけさせるな!」

 

 短期決戦の布陣に持ち込み、5本に戦力を集中させる。今度は1番の生徒が素早く指示に従ってくれて、他もつられて動き出す。

 そのとき、むつきの顔に焦りが生まれたのをオレは見逃さなかった。保険ありの二段構えということは、どうあがいても長期戦覚悟なのだ。その前提を覆されてしまえば、保険すらも意味をなさない。

 それで慌てて指示を出さなかったのは素晴らしい自制心だ。その一瞬の隙を有効活用させてもらおう。

 

「自分の持ち分を処理出来たら、あとは好きにして構わない! 指示はここまで、存分に暴れろ!」

「! うっしゃああ!」

「ッ!?」

 

 オレの指示とも言えない指示に、いちこは気合の声を放ち、むつきはさらに困惑を深くする。自身の言葉を証明するがごとく、オレも中央の「重兵」が待ち構えている棒に吶喊した。

 最後の指示の理由は至極簡単。むつきに揺さぶりをかけ、短期決戦を確実なものとするためだ。作戦勝負だと思っている彼女にとって、オレの指示出し放棄は十分すぎる衝撃となる。

 はっきり言って、オレが遠藤クラスの身長の女子数人に一人で勝つことなど不可能だ。故にオレの行動もまた不可解なものとなり、むつきの立て直しを阻害する。

 状況が動いても指示が来ないことで、統率の取れていた青組に困惑の空気が生まれる。

 そして、そのときは訪れた。

 

「っ、このぉ!」

「あ、マリちゃんダメっ!!」

 

 向こうの一人――1組の杉本が、隊列を乱してしまった。むつきの指示を待たず、自分の意志で中央に向かってきた。

 むつきの作戦が、チーム全員が一丸となって動くことを前提としているなら、一人でも欠員が出てしまえばもう実行することは適わない。

 一人が自分の意志で行動してしまったということは、それは簡単にチーム全体に伝播する。隊列は崩壊し、ただの力勝負へと変貌する。

 そうなってしまったときにはもう遅い。既に形勢はこちらに傾いており、運任せの勝負でも十二分に勝算がある。

 

「お待たせ、ミコっち!」

「こんな小さい体でよく踏ん張ってたよ、ったく!」

 

 引っ張り合いに負けていたオレのところに、自分達の持ち分を片付けたいちこと遠藤がやってきた。力が有り余っているのか、棒はぐんぐん白組側に引っ張られていく。

 そうして半分を割ったところで、時間切れの号砲が上がった。

 

「白組8本、青組2本。よって、白組の勝利!」

 

 最終的には、オレ達の圧勝という結果に終わったのだった。

 

 競技が終わり、むつきはその場にへたり込んだ。自分達が負けてしまったという現実を受け入れるのに時間がかかったようだ。

 それでも受け入れ、泣きじゃくり始めた。

 

「み、皆……ごめんねっ。わたし、絶対勝つって、約束、したのに……!」

「っ、ち、ちがうよ! むつきちゃんは悪くない! あたしが、あたしがむつきちゃんの作戦を破っちゃったから……っ!」

 

 最初に隊列を崩壊させてしまった杉本は、むつきの様子を見て初めて自分のやらかしたことに気付いた。遅すぎるとは思うが、彼女ならば気付けただけでも十分か。

 勝利を喜ぶ白組から離れ、オレは青組……むつきのいるところまで歩いて行った。

 

「少々背筋が冷える場面もあったが、まだ君には負けていなかったようだ。残念ながら、対等に見るのはもうしばらくお預けだな」

「ミコト、ちゃん……」

 

 オレの言葉は、相変わらず感情を反映しない淡々としたものだった。それ故に知らぬ者からは反感を買いやすい。

 むつきと交友を持つ杉本は、オレの放った冷たい言葉に激昂する。

 

「むつきちゃんは、ミコトちゃんに勝とうとしてこんなことしたのよ! そんな言い方しなくてもいいじゃない!」

「何も知らない部外者は黙っていろ。今オレはむつきと話をしている」

 

 切り捨てるような言葉に、杉本は鼻白んだ。が、どうやらそれで引き下がる性格をしていなかったらしく、オレの胸倉をつかもうとした。

 

「マリちゃん、やめて!」

「むつきちゃん!? けどっ……」

「お願い、マリちゃん。お願い……」

 

 だがそれは当のむつきに止められ、渋々引き下がる。その顔には、オレに対する反感がありありと浮かんでいた。

 どうでもいい。彼女はオレにとって、離岸の住人でしかない。オレを忌避するようになろうが、一向に構わない。

 オレにとって今一番重要なのは、むつきと対話することなのだ。

 

「それで、君はどうする。敗北という結果を受け、挫折するのか。もう一度立ち上がり、再びオレに挑むのか。君が選ぶことだ」

「……そんなの決まってるよ」

 

 一瞬の迷いすらなかった。彼女は立ち上がり、涙をぬぐう。それでも涙が溢れてしまうので、あまり意味はなかったように思う。

 そうだ、それでいい。だからこそオレは、君を認めたのだ。

 

「次は、もっともっと考える。簡単に崩されないようになる。それで、今度こそミコトちゃんに勝つっ!」

「君がそうしたいなら、そうするといい。そうでなければ……オレとしても張り合いがない」

 

 最後はあっけなく決まってしまったが、それでも楽しかったのだ。だからだろう、オレの口はわずかに笑みの形を作っていた。

 むつきの涙腺が決壊した。涙を流しながら、彼女はオレに抱き着いた。

 

「ごめんね、ミコトちゃん! よわくて、ごめんね……!」

「君は十分強い。ネガティブになるのは君の悪い癖だ。直せ」

「難しいよぅ……!」

 

 彼女が泣き止むまで、オレはむつきの背中を撫でた。……杉本がばつの悪そうな顔でこちらを見ていたのが印象的だった。ひょっとしたら、彼女もこれがきっかけで変わっていくかもしれないな。

 なお、これらは全て全校生徒、教師、果ては保護者にまで見られている中でのことであり、彼らの拍手で現実に戻ってきたむつきは、恥ずかしさで真っ赤に染まってしまった。

 まったく、飽きさせないでくれる「友人」だ。そんなことを、思った。

 

 

 

 

 

 メインを終えた後は、流れるように時間が過ぎて行った。かろうじていちこがリレーで大ハッスルしたのを覚えているが、気が付いたら結果発表の時間になっていた。

 ……大玉運びはオレも参加していたはずだが、どうしたのだろうか。白組4着という結果は出ているが、具体的な内容はまるで覚えていなかった。別にいいか。

 

『赤組、1248点! 青組、1186点! 黄組、1080点! 白組、1236点! よって、赤組の優勝です!』

 

 行事としての勝利は赤組に持っていかれた。白組も健闘したが、わずかに届かなかったようだ。白組全体をコントロールしていたわけではないから、こんなものだろう。

 黄組が最下位だったことで、フェイトが泣いてしまった。転校してきて最初の運動会で、頑張ったのに負けてしまったという結果が堪えたようだ。

 オレは姉として母として、彼女を抱きしめてあやした。そのまま眠ってしまい、閉会式の前に起こすときは少し気が引けた。

 

 こうして、オレ達にとって三年目の運動会は、平和に幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 八神邸への帰り道。オレ達は再び八神家の三人となり、通学路を歩いていた。

 応援組は先に帰っている。ギルおじさん曰く、「お疲れ様会の準備をしておく」だそうだ。ブランとアリアがいるので出来ないことはないだろうが、そこまでしてもらう必要もないと思った。

 が、止めても聞かないことは分かっていたので、好きにさせることにした。嬉しくないわけではないからな。

 5人衆とは校門まで一緒で、既に別れている。彼女達とは帰り道が違うし、保護者が待っている者もいた。

 だから、オレとはやてとフェイトの三人だけ。身内だけだから、オレの口も軽くなったのかもしれない。

 

「なんというか……もう5人衆は「友達」でいい気がしてきたよ」

 

 「えっ」と驚くフェイト。「友情」について慎重なオレとしては軽率な言葉だっただろう、彼女の驚きももっともだ。

 はやてはからからと笑って答えた。「相方」には、オレの心境の変化が十分理解出来たのだろう。

 

「そらそうやろ。むーちゃんだけやなくて、あきらちゃんもさっちゃんも、いちこちゃんもはるかちゃんも、あの日からミコちゃんの友達になれるように頑張ってきたんやから」

「ああ、痛感した。きっかけはむつきの成長だったが、改めて全員を見て、気が付いたよ」

 

 オレはとっくに全員を「認めている」のだ。分野によってはオレ以上の力を発揮し、対等な目線で意見を交わせる。それは十分すぎるほど「友達」足り得るだろう。

 

 あきらは体格と身体能力ばかりに目が行きがちだが、それを支える誰よりも優しい心を、オレは既に体感している。裏打ちのある安定した「強さ」が彼女の一番の持ち味だ。

 安定ということなら、亜久里はもっと安定している。如何なることにも動じない強靭な「精神力」で、常に皆を見守り、時に茶化す。オレには出来ないことだろうな。

 はるかの「探究心」には、「コマンド」作成のときから今に至るまで、助けられ続けている。きっとこの関係は、プロジェクトを完遂した後も続いていくだろうという予感があった。

 いちこの強さは、他の皆とは少し違うかもしれない。彼女は基本的に、浅い。それは性分だからどうしようもないことだ。だがそれで格差を感じさせることがない。「馴染ませる」ことこそ、彼女の強みだ。

 そして今日見せつけられた、むつきの「諦めの悪さ」。彼女がオレと同じ分野で勝とうとするのは、結局はこの一言に尽きるだろう。

 無謀かもしれない。だがそれでも、彼女がオレに「面白い」と思わせたのは、紛れもない事実なのだ。

 

「全員、成長しているんだな。近すぎて気付かなかった」

「わたしの足のこともあるんやろな。ミコちゃん、ずっとそればっかり考えてたから」

 

 ああ、そうか。それも、去年までと今年で違うことか。今年のはやては、競技には参加できずとも、移動は一人で行えた。もうオレが世話を焼く必要はなかった。

 ……ちょっと、「寂しく」なった。いかんな、喜ぶべきことだというのに。

 

「まー皆が友達やゆーても、一番の「相方」はわたしなんやけどな!」

「それはそうだな。改めて言うまでもない」

「わ、わたしは妹で娘だよっ!」

 

 分かっているって。はやてに対抗してオレの腕をつかむフェイトを見て、頬がほころんだ。

 それからは他愛のない話をしながら、オレ達は家族の待つ八神邸へ歩いて行った。

 

 

 

「――ああ、幸せだな」

 

 そんなことを、思った。




5人衆が友達に進化した話。ってか今更すぎですね。あんだけ息のあった会話してて、どうして友達じゃなかったのか……。
決して友情の安売りではありません。事実、この話でそれなりの成長を見せつけた遠藤ちゃん(やっぱり下の名前不明)は、今後も「友達」になることはありません。それが彼女の限界なのです。
ミコトの下に集った5人衆というクラスメイトは、ある意味で類友だったのでしょう。平凡でありながら非凡である、「人が持つべき力」を強く持った5人だったのです。だからこそ、ミコトと3年間も付き合い続けられているのです。

作中で描写する機会がなかったので説明させてもらいますが、青組が伊藤睦月の命令に従っていたのは、ある取引によるものです。
別に違法的なものではなく、単にむつきが「わたしがミコトちゃんに勝たせてみせるから、協力してほしい」と約束しただけです。彼女と交友のあった杉本万理の協力もあり、見事に一個の集団になったのです。
約束は反故になってしまいましたが、それまでにむつきが見せた指揮により、全員ちゃんと認めてくれています。よかった(小並感)

ミコトとむつきの戦術の違いは、ミコトは「現場指揮」で具体的な配置を指示するタイプ、むつきは「後方指揮」で規定の作戦を指示するタイプです。この違いが表現出来ていたら幸いです。
二人の違いとして一番大きいのは、ミコトの場合「指示に従わないことも織り込み済み」であるということです。これは、ジュエルシード事件で散々ロードマップを破壊された経験によるものです。なんだかんだ彼女も成長しているようです。
なお、むーちゃん作戦実行時の脳内テーマは、ミンサガより「ナイトハルトのテーマ」でした。デッデッデデデデ!

あと一回、日常話を挟んでから、A's編の締めに向かおうと思います。
またいずれ。


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四十五話 日常オムニバス 複

小噺6連発+1です。正確にはオムニバスと言えるものではないですが。
今回は話毎に視点が変わります。けどメインはミコトのつもりです。



長すぎィ!!

2016/08/11 22:54 あとがきに追記
2016/08/12 20:13 あとがきに追記の逃げ道


1.八神家の食卓(ミコト)

 

 現在八神家には12人の家族がいる。オレ、はやて、フェイト、ソワレ、アリシア、ブラン、ミステール、アルフ、シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ。

 このうちアルフとザフィーラについてはペットポジション(ザフィーラは厳密には違う)のため、10人と2匹と言い換えることが出来る。

 10人。一家庭の食卓を囲むには、やや多い人数だ。このため、食事のときは大小二つのテーブルを使って、人数を分けて席に着いている。

 椅子を使った六人掛けのダイニングテーブルと、三人掛けソファ×2のミニテーブルの組み合わせだ。席次は決まっておらず、毎回それぞれの気分で席を取っている。

 来客があったときやギルおじさん滞在中は、少し席を詰めてダイニングテーブルに八人座ったりすることで対応している。

 オレとはやてのみのときには広い家だと感じていたが、これだけ人数が集まると少々手狭に感じる。もっとも、住む場所があるだけ恵まれているわけであり、文句を言うつもりなどない。

 

 はやてが車椅子だった頃は、常にオレが介助するために近くに座っていたが、松葉杖を使って自由に動けるようになったことで、時折離れた場所に座ることがある。

 そうなると「待ってました」とばかりにオレの隣の席を取り合う面子が、フェイト、アリシア、ソワレの娘組と、ヴィータ、シグナムの騎士組だ。

 ……ヴィータはシグナムとは違い宣誓こそ行っていないものの、オレをはやてと同じかそれ以上に「主」として見ている節がある。本人にも自覚があり、頻繁にオレのことを守ると言っている。

 シグナムにとっての主が「主君」であるとするならば、今のヴィータにとっての主とは「家長」なのだろう。そういう意味で言えば、確かにこの家の長と言うべきは、はやてとオレの二人だ。

 だから、実際に行動することの多いオレに従ってきたために、このような逆転現象が起きたのだろうと推測している。……最初からオレの方に懐いていたような気がしないでもないが、騎士としては違う。はずだ。

 ちなみにシグナムはちゃんとはやてが本来の主であると意識している。あくまでそれが存在原義なのだからと口を酸っぱくして教えたからな。

 話を戻すが、この五人はとにかくオレの隣に座りたがるのだ。さすがにはやてを押しのける真似はしないが、チャンスが転がり込んでくれば逃しはしない。

 ……愛されている証拠なのだろうが、ちょっとむずがゆい。贅沢な悩みではあるのだが。

 

「ヴィータはおとといいっしょにたべたでしょ! こんどはアリシアのばんだもん!」

「アリシアは先週おねえちゃんの膝に乗ってご飯食べさせてもらってたじゃない! だから今日はわたしの番だよ!」

「二人とも、よさないか。ケンカなどするものではない。ここは私が隣に座り、主のお世話をするべきだろう」

「さらっと要求してんじゃねぇーよ!」

 

 姦しく騒ぐ4人。何故4人かというと、ソワレは既にオレの膝の上に乗っているからだ。本当は自分の席で食べてもらいたいのだが、甘えん坊期間に入ってしまったようだ。まあ、おっぱいを吸われるよりはマシか。

 

「4人とも、その辺にしておけ。あまり時間をかけては、せっかくの料理が冷めてしまう。君達は冷えて固くなったハンバーグがお望みか?」

 

 今日はひき肉が安かったからハンバーグにした。大人組のおかげでワインが手に入るようになったので、最近はデミグラスソースで作るようにしている。

 オレ達が手間暇かけて作った料理を台無しにするのは気が咎めたようで、4人は静かになる。ちなみに騒ぎに参加していない面子はダイニングテーブルの方で既に食事を始めていた。

 最初に動いたのは、フェイト。

 

「……わたしはミコトの前に座る。おねえちゃんだもん、我慢できるもん」

「待てよ。そんだったらあたしもミコトの前だ。あたしが一番お姉さんだってこと忘れんなよな」

 

 触発されて動くヴィータ。年下扱いで譲られるのは、さすがに我慢ならなかったようだ。子ども扱いは彼女のコンプレックスなのだ。

 同じ騎士が遠慮をしたことで、将であるシグナムも筋を通す。

 

「ヴィータが自制したのであれば、私も倣わぬわけにはいくまい。私は主の正面に座る」

「おいちょっと待てよ。誰が真ん前まで譲るっつった!?」

「ヴィータだって、今回はわたしに譲ってよ!」

「えへへー、ミコトおねえちゃんのとなりだー」

 

 今度は誰が正面に座るかでもめ始めたところで、アリシアは全く遠慮せずに隣に滑り込んできた。末っ子扱い故に妙なプライドに拘る必要がないということなのだろう。

 そんなアリシアを3人は批難するが、彼女は聞く耳持たず。そもそもソファは三人掛けなのだから、少なくとも1人はこちらに座らなければならない。おかしなことではないのだ。

 結局3人は牽制し合ったまま、対面に座って食事を始めた。なお、正面に座ったのはヴィータであった。

 

「あの5人はほんま懲りんなー。前も似たようなことやっとったよね」

「これで4回目ね。やっぱり、ミコトちゃんの隣にははやてちゃんがいないとダメかしら」

「まさしく「相方」の定位置じゃな。ま、あれはあれで見てる分には面白おかしいがのう、呵呵っ」

「ダメですよ、ミステールちゃん。あの子達は真剣なんだから」

 

 食事自体はごくごく平和に進んだ。別に仲が悪いわけではないのだから、自然なことだ。

 仲が良いからこそ、譲らない。解決することがない贅沢な悩みに、苦笑とため息が漏れた。

 

 

 

 

 

2.お呼ばれして高町家(フェイト)

 

 今日はミコトとはやての三人で高町家に遊びに来ています。

 家の手伝いとかもあって、わたしはあまり友達の家に遊びに行ったことがない。すずかの家に一回と、いちこの家に呼ばれた三回だけ。

 ミコト達も高町家の中に入ったことは実はなかったらしくて(正確に言えば、ミコトは4年前に一度だけ入ってる)、念話でなのはから是非と誘われた。

 アリシアはプロジェクトの方に行っていて、ソワレとヴィータはお留守番です。あんまり大勢で行くのも迷惑だろうし、ソワレはちょっと嫌がってたんだよね。

 何でかって言うと、ソワレはなのはに少しだけ苦手意識があるみたい。元がジュエルシードで、なのはの乱暴な封印を見てしまったからだとか。……あの頃のなのはは駆け出しだったし、仕方ないかな。

 それで、ソワレ一人だけお留守番だと可哀そうだから、ヴィータも残ってくれた。「あたしはお姉さんだからな」って言ってた。でも、一番おねえちゃんなのはわたしなんだから。

 

 そして高町家に遊びに来て最初に案内されたのは、何故か道場でした。

 

「何か、お兄ちゃんがお姉ちゃんとの組手?を見てもらいたいんだって」

「そ、そうなんだ。……どうして?」

「なのはもわかんない。お部屋でおしゃべりしたかったのに」

 

 プンプンと可愛らしく怒って見せるなのは。武術一家な高町家の子供の中で、なのはだけは家の剣術に興味がないらしく、女の子らしい遊びをしたかったみたい。

 その分なのはは魔法の方で攻撃(というか砲撃)に傾倒してるところがあるから、結局士郎さんの血が出てるんだろうね。探査魔法は相変わらず苦手なのに、砲撃魔法はバリエーションが増えているなのはだった。

 妹の抗議に苦笑しつつ、恭也さんが意図を話す。

 

「大したことじゃないんだ。なのはが魔法訓練でミコトに助言をもらって、すごく助かったって話を聞いたからな。俺達も何か得られるんじゃないかと思ったんだ」

「特にわたしがねー。ジュエルシード事件があってから、恭ちゃんとの差が開くばっかりなんだもん」

「はあ。まあ、そういうことなら理解出来ないでもないですが。あいにくとオレは武術の心得などありませんよ」

 

 どことなく胡乱な目でミコトは返す。心得はないし興味もない、ということだろう。ミコトは、口調はこんなだけど、実際はとっても女の子らしい子だから。

 「気軽に見てくれればいいんだ」と恭也さんは軽く笑って、美由希さんと向き合う。美由希さんの方は既に構えを取っていた。

 対して恭也さんは……構えを取らず、自然体。え、この状態からスタートするの?

 

「最近恭ちゃんの人外度がほんと酷くってさー。掠りさえさせてくれないの。わたし才能ないのかなーって思っちゃう」

「腐るな。この構えにもちゃんと意味はあるんだ。別に美由希のことをナメてるわけじゃない」

「分かってます、よっ!」

 

 美由希さんが床を蹴り、突然組手が開始された。恭也さんと同じ剣を習得しているだけあって、一歩の速さが桁外れだ。

 だというのに恭也さんの方は微動だにせず、木刀小太刀を構えることすらせずに立っていた。

 そして美由希さんの剣が振るわれ……まるで蜃気楼でも切ったかのように、一撃は外れていた。え、なにそれ?

 

「なるほど、「無形の位」というやつか」

「知っとるんか、ミコちゃん!?」

 

 何かノリノリで実況と解説(?)を始めたミコトとはやて。二人とも、色々言いながら楽しんでない?

 

「あえて構えず「見」に徹することで相手の動きを全て把握し、最小限の動きで攻撃を回避する無刀の剣技……と、以前読んだ小説に書いてあった」

「小説かい! ってまあ、わたしらがそういう知識得るのは、普通に考えたらフィクションしかないわな」

「いや、けどそれって凄く理に適ってることだよ。消耗せずに攻撃を無効化出来るんだもん。本当に可能なら、これ以上の防御術は存在しないよ」

「ふ、ふぅちゃん?」

 

 何故かなのはが困惑していたけど、ミコトの解説で納得した。恭也さんはこの「ムギョウノクライ」っていう防御術を完全なものにしようとしてるんだ。

 

「凄い……これって剣術だけじゃなくて、魔法戦闘にも通じることだよ。シールドでの防御は魔導師の基本だけど、それすら必要ないなら戦闘を圧倒的有利に進められる!」

「ふ、ふぅちゃーん!? お願いだから戻ってきてー!?」

 

 涙目になったなのはにすがられてしまった。……ちょっと熱くなっちゃったかも。反省。

 道場の真ん中では、相変わらず美由希さんが恭也さんを捉えられずやっきになっていた。

 

「こんのっ……こうなったら!」

 

 美由希さんが後ろに飛んで距離を取る。彼女は額から汗を流しているのに対し、恭也さんは息一つ乱していない。消耗の差が明白だった。

 だから彼女は、必殺の一撃にかけることにしたのだろう。美由希さんが纏う空気が、張りつめたものに一変した。

 小太刀を引く構え。その姿は、まるで矢をつがえ引き絞られた弓のように見えた。

 そして彼女は、放たれた矢のようなスピードで恭也さんに肉薄した。同時放たれる、右の一閃。

 

「御神流・虎切!」

 

 前進とともに広範囲を切り裂く横の一閃は……外れ。既にそこに恭也さんの姿はなかった。

 大技を繰り出した美由希さんは隙だらけ。いつの間にか彼女の後ろに回り込んでいた恭也さんが、後ろ頭に小太刀の柄をコツンと当てた。

 

「はい、俺の勝ち。苦し紛れで奥義を使うな」

「無茶、言わない、でよっ……! こっちは、こっちで、必死だったん、だから!」

 

 あっさりと勝ちを拾った恭也さんに対して、美由希さんは倒れてしまうんじゃないかっていうぐらい息が切れていた。

 凄い試合だった。恭也さんはもちろんだけど、美由希さんも――ある程度戦えることは知ってたけど、ここまでだとは思ってなかった。

 多分だけど、桃子さんを除いた高町家の中で、魔導師であるはずのなのはが一番戦えない。そのぐらい、美由希さんの剣の腕は凄かった。

 総合戦闘力は魔法ありのわたしと同じか、ちょっと下ぐらいなんじゃないかな。もちろん、距離や環境によって変わってくるけど。

 パチパチと拍手をする。はやてもしていたけど、なのはは何故だか落ち込んでいて、ミコトは無言で考えていた。

 

「……最初に言った通り、オレは武術に関してはさっぱりです。だから、二人の技だとか、そういったものに対するコメントはできない」

「それはそうだろうな。むしろ出来るなら、ミコトにも御神の剣を教えたいぐらいだ」

「やめてくださいしんでしまいます」

 

 胡乱な目つきで拒絶するミコト。……ミコトの場合、わたし達に指示を出して動かしてくれるのが一番だと思う。わたしも、おねえちゃんに戦ってほしくはないな。

 恭也さんの方は冗談だったようで、快活に笑った。美由希さんは相変わらず息切れ中。

 

「その上で見て感じたことを率直に述べるなら、恭也さんは「危なっかしい」です」

 

 相変わらずズバッと切り込む意見で、わたしは驚いた。あんなに安定した戦い方をしていた恭也さんに対して「危なっかしい」だなんて。わたしはとてもそうは思えなかった。

 だけどミコトがそう言うなら、何かしら理由があるはずだ。恭也さんも表情を真面目なものにして続きを聞く。

 

「恭也さんが更なる剣の高みを目指しているのは伝わってきました。だけど、「無形の位」は御神の技ではないですよね」

「まあな。俺が扱う御神流は、ちょっと物騒な話になるけど、「殺られる前に殺る」剣だ。活人剣の手法である「無形」とは対極だな」

「だからでしょうね。オレには今の技と恭也さんの剣が、ケンカしているように見えました」

 

 全然、そんな風には見えなかった。……だけど言われてみれば、今の組手で恭也さんが手を出したのは一回だけ。ムギョウノクライ以外の剣技は一切使ってない。

 もしあれが、「使わなかった」のではなく「使えなかった」のだとしたら。その答えは、恭也さんのばつの悪そうな苦笑が示していた。

 

「より高みに上れば二つの技を融合させることも出来るのかもしれませんが、今の恭也さんにはまだ早いんじゃないかと」

「それが、「危なっかしい」ってことか。だけど、鍛錬を積まなきゃいつまで経っても出来なくないか?」

「……オレのたとえやすい話をしますが、和食の修行をしている料理人がフレンチとの融合を考えてそっちに手を出したとして、上手く行くと思いますか?」

 

 「なるほどな……」と得るものがあったのか、恭也さんは顎に手を当てて考え込んだ。

 

「とはいえ、これは武術を分からない素人の意見です。どう判断するかは恭也さん次第ですが……士郎さんの意見も聞いた方がいいのでは?」

「「お前の好きにするといい」って言われちゃったからなぁ。まあ、貴重な意見として参考にするよ。ありがとう、ミコト」

「大したことはしてません」

 

 やっぱり、ミコトは凄い。「武術は分からない」なんて言いながら、自分の分かる範囲で分析して、恭也さんが求めている回答を出した。

 そういうことが出来るから、誰よりも頼りになる。安心できる。だからミコトは、わたしの自慢のおねえちゃんなんだ。

 謙遜(本人は本心から大したことではないと思ってるんだろうけど)するミコトを褒める恭也さんを見て、自分が褒められたみたいに嬉しくなった。

 

「で、美由希だが……生きてるか?」

「だ、大丈夫。そろそろ息整ってきたから」

「そうか。君の場合はもっと簡単だ。落ち着け。以上だ」

「なにそれ!? ちょっと簡潔過ぎない!?」

「あ、それならわたしも分かるかも。当てられないって分かってるのに無駄な攻撃をして、体力を消耗しちゃってるってことだよね」

「そういうことだ。その辺りの判断は、フェイトの方がよっぽど出来ている。年長者としてもっとしっかりしてもらいたいものだな」

 

 頑張ったのに一切褒められなかった美由希さんは、悲しそうに項垂れた。慌ててフォローする。

 

「美由希さんの剣も、凄かったよ!? だ、だから元気出して!」

「……ぅう~、フェイトちゃんはいい子だなぁ~」

 

 抱きしめられてしまった。力はわたしよりもずっとあるので、抜け出すことが出来ない。ちょっと、苦しいかも……。

 

「むぅー……。もう剣のお話終わった? なのは、早く皆でおしゃべりしたいの!」

「なはは、わたしら完全に蚊帳の外やったなぁ」

 

 不満を漏らすなのはと、あっけらかんと楽しそうなはやて。話題に取り残されていても反応が違って、ちょっと面白かった。

 

 道場を出る際、最後にミコトが恭也さんに一言。

 

「そうそう。組手の内容とは関係ありませんが……嫌がる女の子を無理やり薄暗い部屋に連れ込むのは、どうかと思いますよ」

「なぁ!? ちょ、ミコト!?」

 

 恭也さんの抗議を無視し、ミコトは道場を後にし、わたしも慌てて着いて行った。

 多分、道場に連れてこられたのが嫌だったんだと思うけど……なんで恭也さんは狼狽えてたんだろう?

 

 

 

 

 

3.引き続き高町家(なのは)

 

 改めて、ミコトちゃん達をわたしのお部屋にご案内です。三人とも「わぁー」とか「ほー」とか「ふむ……」とか反応してくれて、それだけで誰が誰か分かるよね。個性的なの。

 わたしのお部屋は、すずかちゃんやアリサちゃんとは違って、そこまで広いわけじゃない。一人で行動する分には十分広いけど、4人だとちょっと狭いかもしれない。

 ベッドの上にお座布団を二つ。それから勉強机の椅子を引いて、わたしはパソコン机の椅子に座る。ふぅちゃんが椅子を使って、はやてちゃんとミコトちゃんはベッドに座りました。

 

「あんまり、お人形とか飾ってないんだね。なのはのイメージから、もっと飾ってるのかと思ってたよ」

「にゃはは、お人形さんも嫌いじゃないんだけど、どうしても実用重視になっちゃうっていいますか……」

 

 わたしは、小さい頃からあんまり人形や小物を集める趣味がなく、その代わりにパソコンみたいな実用品に興味が向く性格だったみたいです。

 全く集めてないわけじゃなくて、枕元のキツネさんや勉強机のネコさんみたいに、気に入ったものは飾っています。……そのぐらいだけど。

 

「まあ、高町家の子供だな。実用重視、大いに結構。オレは嫌いではない」

「わたしらの部屋も、あんま小物とか置いとらんからなー。そういうのはさっちゃんの十八番やで」

「そういえばさっちゃんって「可愛いもの大好き」って言ってるんだっけ」

 

 海鳴二小組の皆とはまだあんまり話を出来ていないから、全員のキャラクターを掴めているわけではない。さっちゃんのイメージは、ミコトちゃんより小っちゃくてのんびりしてる子って感じかな。

 ……この間の運動会では、明らかになのはより動けてました。仲間だと思ってたむーちゃんも、ミコトちゃんみたいなかっこいいことしてたし……。

 

「は、はやてちゃんは運動苦手だよね……」

「急にどーしたんや、なのちゃん。そらまあ、この足やから得意なわけないけど」

「大方運動会を思い出して危機感でも覚えたのだろう。ジョギングでも始めたらどうだ?」

「うぅ、魔法の朝練のときにちょっとはしてるんだよ……」

『Don't worry, Master. You have many advantages. Cheer up.(気にし過ぎてはダメですよ、マスター。あなたにはあなたの素晴らしいところがたくさんあります。元気を出してください)』

 

 首から下げたわたしのデバイス・レイジングハートが励ましてくれた。味方はレイジングハートだけだよぉ……。

 なのは達の様子を見て、ふぅちゃんがどことなく寂しそうに笑った。ほんのちょっぴり、だけど。

 

「なのははいいなぁ、レイジングハートが融通の利くデバイスで。バルディッシュなんて、そんな気の利いたこと言ってくれないんだから」

『...Sorry, Sir(申し訳ありません、サー)』

 

 言われてみると、レイジングハートと違ってバルディッシュはおしゃべりな感じがしない。何ていうか、必要なことだけを言葉にする「出来るひと」って感じ。

 別にレイジングハートが出来ない子ってわけじゃないんだけど、バルディッシュは雰囲気がかっこいいよね。レイジングハートはどっちかっていうと柔らかい雰囲気だから。

 自分のデバイスの話になり、今度ははやてちゃんが明るく笑った。

 

「返事してくれるだけ十分やって。今わたしが使ってるストレージは、AIがついてないからなーんにも教えてくれへんのやもん」

「そういえばそうなんだっけ。……それって、何だか寂しいの」

「言っておくが、向こうでは非AI型のデバイスの方が主流だぞ。AI型は値段が高いし、「勝手に魔法を使ってしまうことがある」から本来は上級者向けだ」

 

 そ、そうだったの? レイジングハートは色々助けてくれるから、てっきり初心者向けだと思ってたの……。

 ふぅちゃんが苦笑しながら教えてくれた。ミッドチルダでは、普通は杖型のストレージデバイスを使って魔法を習うんだそうです。それから本人の適性によって色々なデバイスに変えていくんだって。

 わたしは事情が事情だったので、最初からインテリジェントデバイスを使ってたけど、これはあんまり一般的じゃないみたい。ふぅちゃんも、実は最近までストレージを使ってたそうです。

 

「バルディッシュは、リニス……わたし達の先生が、いなくなる前に作ってくれたデバイスなんだ」

「ふぅちゃん……。ごめんね、悲しいことを思い出させちゃったよね」

「ううん、大丈夫。お別れの言葉を言えなかったのは残念だけど、今のわたしには大切な人がたくさんいる。こんなことでしょげてたら、リニスから怒られちゃうよ」

 

 ふぅちゃんは翳りのない笑顔でそう言ってくれた。……本当に強くなったよね、ふぅちゃん。初めて会ったときからは想像できないほどに。

 敵対してた頃のふぅちゃんの最初の印象は、「悲しい瞳の女の子」。だけど今の彼女にそんな様子は微塵もなく、毎日を楽しく生きていることが伝わってくる。

 だからわたしは、謝罪ではなく笑顔を返した。一緒に笑ってる方が、なのはもふぅちゃんも、はやてちゃんもミコトちゃんも、絶対幸せだから。

 

「うん! なのは、ふぅちゃんのこと大好き!」

「え、えへへ……ありがとう、なのは」

「なんや、アツアツやなぁ。わたしらもラブラブなとこ見せよか、ミコちゃん」

「対抗するな。人目をはばからずそういうことを言うから同性愛疑惑を持たれるんだ、まったく」

 

 ミコトちゃんも、口元は柔らかく笑ってました。

 

 それからわたし達は、色んなお話をしました。楽しいことからくだらないこと、男の子のことや趣味の話、本当に色んなお話でした。

 

「そういえば、ミコちゃんって高町家の中入るのは、これで二度目なんよな。一度目のときってなのちゃんの部屋まで上がったん?」

 

 話題の一つとして、はやてちゃんが「四年前の出来事」について尋ねました。それはなのはの恥ずかしい記憶にも繋がっているため、慌てて話題を変えようとしたんですが……。

 

「いや、リビングまでだ。あのときのなのはがオレを自分の部屋に上げるわけがないだろう。何せオレを男だと思っていたからな」

「にゃあああ!?」

 

 ミコトちゃんが鮮やかに切り返したため、逃げ道がなくなってしまいました。うう、ミコトちゃんのいじわるー!

 この話はふぅちゃんも気になる話題だったようで、ずいと身を乗り出している。味方がいないの。

 

「わたしにはいまだに理解できないよ。なのはは、どうしてミコトのことを男の子だと思ったの?」

「うぅ、そ、それはー……」

「桃子さんも言うとったよなー、最初から可愛い女の子やったって。一体なにしゃべり方がなのちゃんに勘違いさせたんやろうなー」

「答えを言ってるじゃないか」

 

 そうなんです。なのはもほとんど覚えてないけど、ミコトちゃんのことを男の子だと思った最大の理由は、「しゃべり方」だったのです。

 よくよく見れば(というかパッと見で十分だけど)女の子らしい顔をしていたはずだし、仕草や行動なんかも女の子がすることをしてたはずなんです。

 たとえば、歩き方。男の子はドタドタと歩く子が多いけど、ミコトちゃんはなんていうか、しなやかに歩く。これは今の話だけど、昔からそういう歩き方をしていた記憶が、本当にわずかだけど残ってる。

 あとは、髪のかき分け方なんかも手の甲でスッてやってて、今から思えばとっても「お嬢様」って感じでした。

 そういう一切合財を「この子は自分のことを「オレ」って言ってるから男の子なんだ」という先入観によって無視していたのです。

 

「オレとしては、非常に分かりやすい行動があったのに、それでもなのはが男だと思い続けていたという事実が驚愕だよ」

「え? そんなのあったの?」

 

 ミコトちゃんから驚愕の事実が明かされる。そんな分かりやすい行動あったっけ。

 

「簡単な話だ。「オレは女子トイレを使った」。男がそんなことをしたら、公園で遊んでいた幼児たちが大騒ぎ待ったなしだ」

「……あれ?」

 

 そ、そうだったっけ? 全然記憶にないの。っていうか、ミコトちゃんがおトイレに行ったっていう記憶自体が……。

 

「……まあ、あのとき君は砂場遊びに夢中だったから、大方聞き流していたのだろうが。如何にオレを見ていなかったかがよく分かる」

「うぅ、自覚してるの……」

 

 結局、最近に到るまでわたしはミコトちゃんの「イメージ」しか見ていなかったのです。わたしが勝手に作り出した、現実とは違うミコトちゃんの「イメージ」。

 とっても失礼な話で、こうやって時々弄られることなんか我慢しなきゃいけないぐらい酷い事をしました。なのはだって、何年間も男の子だと思われてたら嫌なの。

 だからミコトちゃんは……とっても優しい女の子だって思う。そんなわたしとだって、こうして友達になってくれたのだから。

 

「けど、勘違いを継続させたんはミコちゃんにも責任あるんちゃう? 一回で関係切らなかったら、間違いを正す機会はあったはずやん」

「当時のオレにそれを求められてもな。今は君のおかげで丸くなったが、あのときは感情が未熟というレベルじゃなかったんだ。もし続けていたら、多分オレはここにいない」

 

 そういえば、ミコトちゃんは(覚えてないわたしの提案で)うちの子になるかもって話があったんだっけ。……なのはにはよく分からないけど、ミコトちゃんが無理だっていうなら、重大な理由があったんだろう。

 なら、今の関係があるべき形であって、なのははミコトちゃんの友達になれた。それで十分なの。

 ……十分、なんだけど。

 

「? どうした、なのは。いきなり抱き着いてきて」

「えへへー。ミコトおねえちゃーん」

 

 ちょっと甘えたくなった。"ありえない可能性"でなのはのおねえちゃんになってくれたかもしれないミコトちゃんに、抱きしめてもらいたくなった。

 だって……それがなのはとミコトちゃんを繋ぐ、一番の"絆"だから。

 

「あー!? だ、ダメだよなのは! ミコトはわたしのおねえちゃんなのっ! 取っちゃダメー!」

「にゃははー、ミコトちゃんやわらかくていい匂いー」

「……はあ、まったく。やはり高町家の魔の手からは絶対に逃れられないみたいだな」

「と言いつつ満更でもなさそうなミコちゃんであった、まる」

 

 わたしは満足するまで、ミコトちゃんの暖かくて柔らかな匂いに包まれていました。

 

 この後、ふぅちゃんとはやてちゃんもミコトちゃんに抱き着きました。ちなみに、一番長かったのははやてちゃんでした。一番しつこかったのもはやてちゃんでした。

 

 

 

 

 

4.翠屋での一幕(ミコト)

 

 その日、翠屋のバイト(お手伝い)に入っていたのは、オレとなのは、そして恭也さんの大学の友人である須藤(男性)の三人だった。

 八神家のメイン収入源となっているシャマルとブランであるが、別に毎日シフトに入っているわけではない。彼女達にも安息日は必要だ。

 今日は平日であり、ピークを過ぎたこの時間帯はそこまで忙しくもない。ホールスタッフが三人だけでも十分回せる。

 

「ありがとうございましたー! またのお越しをお待ちしてまーす!」

 

 一組のお客さん(女性二人組)がお帰りの際、須藤が上機嫌にお見送りをした。恭也さんの友人という割には軽薄そうな見た目をしており、実際中身もお調子者である。

 他の知り合いと比較すると、ガイに近いタイプだ。奴との違いは、三枚目役を意図しているかしていないかだろう。あとは変態性の有無か。

 

「今のお客さんのテーブルを片付けたら、三人ともしばらく休憩してくれて構わないよ」

 

 客足が落ち着いたので、士郎さんから休憩の指示を出された。最初こそ業務中の休憩に難色を示したオレであるが、今はもう受け入れることにしている。気にするだけ無駄な労力なのだ。

 士郎さんの言葉通りテーブルを使えるように片付け、オレとなのはは飲み物(彼女はミルクたっぷりのアイスコーヒー、オレは水)を持ってそこに座った。

 そして何故か、須藤も同じ場所に座る。普段彼はオレ達と一緒の席には座らない。小学生と大学生、男性と女性で話が合わないからだ。

 

「今日俺ら三人だけだし、士郎さんも桃子さんとイチャつき始めたからさー」

「もー……、二人とも恥ずかしいの」

 

 話し相手になってくれそうな士郎さんが病気(人目をはばからずイチャイチャする病、はやてとなのはも患っている)を発症したためにこちらに来たそうだ。

 そういうことなら、邪険にするわけにもいくまい。というかする必要もない。オレ達と彼の間には、業務上の信頼関係は存在しているのだ。

 オレとなのははそれぞれの飲み物で口を湿らす。その動きを見て、須藤は何かに気が付いたようにごちる。

 

「そーいや、チーフってなのはちゃんと同じ左利きなんだよな」

「チーフ言うな。今更過ぎるぞ、オレがシフトに入って何ヶ月目だ」

 

 当たり前の話だが、オレは注文を受けるとき、右手に伝票を、左手にペンを持って記入している。その光景はこれまでに何度も展開されているはずだ。

 最初の日にアリサが(皆に後れをとって)言及したことでもあり、改めて触れるまでもない話題でしかない。

 ……が、この利き手の話題になると、なのはは嬉しそうな表情になる。どうにもオレとお揃いであることが嬉しいようだ。飽きもせずよく話す気になれるものだ。

 

「えへへ、そうなの! ミコトちゃんは、なのはと一緒なの!」

「……あっれー、なんでだろ。話振ったのは俺なのに、何だか凄い疎外感を感じるぞー?」

「自業自得だ、愚か者め。何故今更利き手の話を振った」

「ああそうだった。左利きって大変じゃね?って話」

 

 それは、まあそうだろう。世の中は右利きの人間が大半を占めており、必然的に社会の構造が右利き用に作られる。

 オレがそれを一番身近に感じるのは、包丁だ。料理をしない人間には馴染みがないかもしれないが、包丁にも右利き用と左利き用があり、使いやすさがまるで違う。

 八神家にははやての厚意によって左利き用の包丁があるのだが……右利き用に比べて値が張るのだ。安くても1.5倍程度割高となっている。

 だから一人暮らし時代は右利き用を無理やり使っていた。はやてに左利き用を買ってもらって初めて使ったときは、その扱いやすさに少々戸惑ったほどだ。

 こうした私生活関連だけでなく、公共施設の構造なども基本的には右利き向けとなっている。オレは使ったことがないが、駅の自動改札がいい例だろう。

 

「確かにそういった面はあるが、生きるのが困難というほどではない。少なくとも、オレは左利きで不自由したことは一度もない」

「なのはも、そうかな。もしかしたら、これから先困ることがあるかもしれないけど」

「んー、そんなもんかー。もっと大変なもんだと思ってたけど、考えてみりゃ本人にしたら当たり前のことだもんな」

 

 何か一人で納得している須藤。どうでもいいが、大学生の男が女子小学生二人と喫茶店で話している図は、端から見たらどう映るのだろうか。どうでもいいが。

 

「いやさ、そこまで大変じゃないなら、俺も左利きのままがよかったなーって思ってなー」

「あれ? ゆーやさんって右利きですよね?」

 

 ちなみにこの男、フルネームは須藤熊野(すどうゆや)という。なのはにとっては発音しづらいらしく、こうして伸ばして呼ばれている。どうでもいいが。

 

「実は小三まで左利きだったんだよ。習字で右に直されたんだけどさ」

「ああ、そういう話は聞くな。確か書道では右手で筆を持たなければいけないんだったか」

 

 うちの学校ではまだ書写の授業がないため、オレには無縁の話だが。海鳴二小では五年からだったはずだ。果たしてオレはどうなることやら。

 

「今は左でやってもあんまり怒られないらしいけど、俺のときって厳しくてさー。無理矢理右手で書かされて、気が付いたら何するのも右にされてたってわけ」

「……本当に今更だが、それは体罰に当たるんじゃないか? 本人の意思を無視した矯正だ。この国が基本的人権を保証している以上、教育の在り方として間違っている」

「なのはは難しいことは分からないけど、やっぱりおかしいって思います。ゆーやさんは左手の方が使いやすかったのに、そんな無理矢理右に直されるって……」

 

 オレの方は論理的に導出した結論だが、なのはは少し感情的になっていた。そんなつもりではなかったらしく、須藤は慌ててフォローする。

 

「ああいやいや! 右に直されたからって不自由はなかったし、別に文句があるわけじゃないんだよ。実際、文字って右手で書くように作られてるから、楽っちゃ楽だったし」

「だがお前はさっき「左利きのままがよかった」と言った。思うところはあるんだろう?」

 

 彼は苦笑し、頬をかく。図星……ということではないようだ。結局、何が言いたいんだ。

 オレとなのはの疑問に、彼は咳払いをしてから答えた。

 

「左利きの方が、モテそうじゃん」

 

 ……。沈黙するしかない。真面目な話をしているのかと思いきや、とてつもなくくだらない話だった。

 

「いやね、これ年頃の男としては死活問題。少しでも他の奴らと違うところ見せないと、マジで埋もれるのよ。つーか彼女ほしい」

「小学生の女子にする話ではないな。お前がモテない理由がよく分かった」

「も、モテなくはねーし!? 大学でも「須藤君っていい人ね」ってよく頼られてるし!?」

 

 「都合がいい」という意味だろう。こいつを心配する義理はないのだが、悪い女に引っかかるんじゃないかと将来を憂いてしまう。

 先ほどとは逆に、なのはが須藤をフォローする。

 

「そ、そんなに無理しなくても、ゆーやさんなら素敵な恋人を見つけられますって!」

「なのはちゃん……ほんっといい子だなぁ。どう? 今なら俺、フリーだけど」

「人の妹をたぶらかそうとするな」

 

 パカンと良い音を立てて、須藤の頭頂に拳骨が炸裂した。恭也さんが大学から帰ってきたのだ。

 彼とあいさつを交わし、恭也さんは再び須藤の方を向く。

 

「第一、なのはには好きな相手がちゃんといる。若干不安はあるが、俺も認めている相手だ」

「えーマジでー? 大人しそうな顔して、やるねぇ」

「にゃ、にゃはは……向こうは相変わらずなんだけど」

 

 本当にあの男はどうにかならんのか。お互いに気持ちが通じていて、なのはからこれだけのアプローチを受けて、何故首を縦に振らん。実はハーレム思考すら隠れ蓑で、本当はホモなんじゃないか?

 何処まで本気か分からない男故に、本音が何処にあるのかもよく分からなかった。理解する気も起きないが。

 

「ならさー、ミコトちゃんはどうよ? 俺、最近マジでミコトちゃんが本命になりつつあるんだけど」

「さて、110番に通報しなければ」

「待ってやめて俺が悪かったから!?」

 

 立ち上がりガチ目のトーンで(実際身の危険を感じた)放った言葉で、須藤が平謝りをしてくる。

 そして当然というか、オレのことを妹のように思っているこの人も黙っているわけがなく。

 

「須藤。お前がミコトに手を出そうというなら、俺は友を斬る覚悟すらある。そう覚えておけ」

「やだなぁ高町クン冗談だよ冗談だからそんな殺せそうな目で僕を見ないでくれよおねがいしますしんでしまいます」

 

 恭也さんの本気の視線を受けて、一般人である須藤が耐えられるわけもなく。冷や汗をだらだら流しながら、その場に平伏した。

 ……本当の妹のときよりも、妹的な他人のときの方が本気なのはどうなのだろうか。恭也さんに関しては今更の話であるが。

 須藤が実は矯正された元左利きであり、あの手この手で彼女を欲しがっているというくだらない事実を理解してしまったところで休憩は終了。

 それからは恭也さんと、少し遅れて美由希も加わり、五人でホールを回した。

 ――須藤は帰り際に、士郎さんからも威圧されていた。やっぱりオレ関連である。

 

「最低でも恭也より強い男でないと、ミコトちゃんは任せられないよ。本当に本命なら、それを覚えておいてくれ」

「……大人しく身の丈にあったところで探します」

「うん、それが賢明だ」

 

 とばっちりでユーノが目指すべきハードルが上がったわけであるが……オレの知ったことではないか。

 

 

 

 

 

5.聖祥大付属小学校、秋のレクリエーション大会(ガイ)

 

 本日は聖祥大付属・秋のレクリエーション大会の日。今年の内容は「海鳴ウォークラリー」だ。

 名門私立としてこの地域に名を知られる聖祥だけど、何も勉強しかしないというわけじゃない。生徒達の情操教育にも力を入れており、こういった課外活動や芸能鑑賞なども行われている。

 で、レクリエーション大会は春と秋の二回行われるんだけど、その内容は毎回違う。この課外活動は思考の柔軟性を養うためのものであり、同じことの繰り返しだと思考が硬化してしまうから……らしい。

 分からないでもないし、生徒達は楽しんでるから、理由なんて何でもいいだろう。俺もこの行事は毎回楽しみにしている。

 ちなみに今年の春はクラス対抗ドッヂボール大会だった。初等部の全学年が入り乱れて戦い、3年1組が優勝した。……すずかが大活躍だったと言っておく。

 正直なところを言って、春は個人的に失敗だったと思ってる。すずかのワンマンプレーで事が済んでしまい、ちょっと面白みがなかった。

 これがミコトちゃんみたいなスーパーリーダーが別チームにいたら、盛り上がったんだろうけどな。海鳴二小の運動会では大活躍だったってなのはから聞いてる。

 ま、過ぎたことをうだうだ言ってもしょうがない。今はウォークラリーについてだ。

 

 この「海鳴ウォークラリー」は、文字通り海鳴の各所を歩きまわってから聖祥へ戻るという簡単な競技……競技でいいか、一応順位はつくから。

 一風変わってるのは、チェックポイントが設けられておらず、回るコースも自分達で決めていいということになっている。

 そして通った場所を班ごとに配られたデジカメで撮影し、採点してもらうというルールになっている。

 あまり遠出しすぎてもタイムに影響が出るし、逆に近場だけだと大した得点にならない。最低限のルールだけで、生徒達の判断にゆだねられる部分が大きいのだ。

 乗り気でない生徒にとっては余計につまらないルールかもしれないが、俺はこっちの方が面白いと思う。決まりきったことをやるわけではなく、自分達で何をするか決めるのだから。

 俺だけでなく、少なくとも3年1組の生徒達には受けがよかったので、このルール設定は良かったんだろうな。

 

 んで、俺の班なんだけど、剛田と藤林の二人が当たり前に組んできた。確かに男子の中では仲のいい連中なんだけど、たまには別の面子で行動するのも面白いんじゃないかと思ったりもするんだが。

 まあ、結局この三人になった。そして当たり前にリーダーを任された。やめてくれよ……(震え声)

 いやさ、剛田はともかくとして藤林は翠屋FCのキャプテンだろ? そこんとこどうなのよ。「僕はまだ未熟だから、頼れる藤原君に任せるよ」? あ、そっすか……。

 正直言って、俺はリーダーなんてガラじゃない。どっちかっていうと、リーダーから命令されて「はい喜んでー!」っつって動く小間使いタイプだ。具体的にはミコトちゃんの指示な。

 なので、リーダーなんか任されても上手くやれる気はしないんだけど……任された以上は、手を抜けねえよなぁ?

 そんなわけで、下は海鳴臨海公園、上は桜台登山道までを練り歩く、男三人の歩き旅が始まったのである。

 

 

 

「ちょ、タンマ……これ、マジ死ぬる……」

「知ってたけど、お前バカだろ。知ってたけど。自分が歩けない行程考えるって何やってんだよ」

「だ、大丈夫、藤原君。ちょっと休憩はさもっか?」

 

 俺は決して体力がないわけじゃない。平均よりはあるはずだ。それでも、海から山までを歩くという行程はキツかった。速足で歩いてるからなおさらだ。

 そんな俺に対して、スポーツマン二人は余裕のよっちゃん。藤林の方は少し息が切れてるみたいだけど、ほんのちょっとだ。剛田に至っては汗一つかいてない。この人間ジャイアンが!(意味不明)

 

「あ、あそこ。ベンチがあるよ。あそこでちょっと小休止入れようよ」

「……仕方ねえな。おら、藤原。もうちょっとだけ気張れ」

「ひぃー……くやしいのぅ、くやしいのぅ……」

「何か、こいつ余裕ありそうじゃねえ?」

「藤原君は余裕なくてもネタを挟んでくるから分からないよ?」

 

 条件反射だからな。ジッサイ余裕はありません。息をするのもしんどいレベルです。

 剛田に肩を貸してもらいながら、ベンチまで歩く。座ると、これまで体にため込んでいた熱が一気に立ち上って、気温が一気に上昇したように感じた。

 今は十月半ば。そろそろ暑さも落ち着いてきたころだが、それでも日が差す昼間は暑い。外で運動していれば、それは顕著になる。一息つくと、汗がドバーッと流れ始めた。

 

「ちょっとスポーツドリンク買ってくるわ。リクエストあるか?」

「アクエリィ……(小声)」

「ゲータレードあったらお願い。なければ適当でいいから」

 

 剛田が好きなのはマッチだっけ。三人ともバラバラだなぁ。別にいいけど。

 藤林はベンチに座らず、屈伸運動やストレッチなんかをして、足の調子を整えていた。さすがはスポーツマン、俺はそんなマメにはなれねえな。

 

「……おん?」

 

 ベンチに背を預けて楽にしていると、左手の先に小学校と思われるものが見えた。……あれ、海鳴二小か?

 そういえばと気付く。地理的に見たら、この辺は八神家の近くだ。空から見てはいたが、こうして足で歩くのは初めてだった。

 今日は平日。聖祥以外の学校は普通に授業がある。あそこでは今、ミコトちゃんやはやてちゃん達が授業を受けているのだ。

 つまり、むつきちゃんもあそこにいるということだが……。

 

「ふーん……」

「? どうしたの、藤原君。さっきから唸って」

「んー。剛田にお節介かましてやろうと思ったんだけど、さすがに無理あるかなぁってな」

「???」

 

 藤林はむつきちゃんと剛田の関係を知らない。こいつは自分の彼女にかかりきりだから、他の連中の男女関係なんかに気を回してる余裕はないはずだ。っつーかそれ以前に空気読めないからな、こいつ。

 寄り道して海鳴二小を訪問したところで、都合よくむつきちゃんが校門のところに来てくれるわけじゃない。あの子が単独で念話出来るなら呼び出せたかもしれないけど、無茶な話だよな。

 ま、しゃーねーわ。今回は都合が悪かったってことで。

 

「ほいよ、ゲータレード。藤原はアクエリなかったから、H2Oで我慢しろ」

「ニッチ過ぎんぞ、おい!?」

 

 何でマイナースポドリ(偏見)が置いてあってアクエリはないんですかねぇ。コレガワカラナイ。

 水分を投げ渡してきた剛田は、さっきまで俺が見ていた方を見た。視線を細めて、じっと見続けている。

 

「そーいや剛田って家この辺だよな。海鳴二小の学区っつー話なんだから」

「そうだったの? 僕、その話聞いたことないなぁ」

「わざわざ言うことでもねーだろ。こいつが知ってるのは、まあ、ちょっとあったんだよ」

「こいつの幼馴染が海鳴二小通ってて、ミコトちゃんと知り合いだったんだよ。ほれ、海のときもいた眼鏡の子だよ」

「ああ、伊藤さん。だから剛田君は伊藤さんと親しそうだったんだ」

 

 藤林の空気読めてない発言に、曖昧に笑う剛田。……はー、こいつもなかなか踏ん切りつかねえやつだよなぁ。俺も人のこと言えねーけど。

 が、ここで藤林のナチュラルボーンKYが、思わぬ方向に運んでくれた。

 

「せっかく近くまで来たんだし、ちょっと海鳴二小に寄ってかない? 授業中だとは思うけど、校門前までならいいでしょ」

「え? いや、別に俺は……」

「そう遠慮しないで。藤原君、そろそろ行けそう?」

「ん、水分補給出来たし、とりあえずはオッケー」

「おい、藤原……」

 

 藤林の提案に乗る俺に小声で抗議する剛田。「ヒヒヒ」と笑ってそれを無視した。

 むつきちゃんに会わせてやれるわけじゃないけど、近くまで行って剛田の慌てる反応を見るのもまた一興、ってな。

 

「おーっし。んじゃ一旦進路変更して海鳴二小へー。せっかくだし、あすこの写真も撮っとこうぜ」

「いいね、僕達がズルせず海から山まで歩いた証拠になるかも」

「おい、だから俺は……人の話聞けよ!?」

 

 俺と藤林は剛田を引っ張って(こっそり足の裏に粘着シールド貼って踏ん張った)、海鳴二小の校門へと向かった。剛田の抗議はとことん無視した。

 

 偶然とは恐ろしいものである。

 

「マジかよ……」

「わーお……これは予想外」

「……あれって、チーフさんだよね。目立つから遠くからでもよく分かるなぁ」

 

 この時間、どうやらミコトちゃんのクラスは校庭で体育の授業だったようだ。縄跳びをやっており、藤林の言う通りミコトちゃんの長い髪が揺れて、めちゃくちゃ目立ってた。

 ミコトちゃんのクラスということは、はやてちゃんとフェイトちゃん、そして海鳴二小5人衆もその場にいるということだ。つまり、剛田が会いたくて会いたくないむつきちゃんもいる。

 それを理解した瞬間、俺の思考はすぐさま切り替わり、はやてちゃんに向けて念話を飛ばす。

 

≪アロー、てすてす。はやてちゃーん聞こえますかー≫

≪およ? ガイ君? なんでこんな時間に念話飛ばして来とん?≫

≪ちょいと校門のとこ見てくだせーな≫

≪……あらー。なしておるん? 一緒におるのって、たける君とユウ君やよね≫

≪秋のレクリエーション大会でウォークラリー中。ちょっと海から山まで歩いてる最中に近く通ったんで寄りました≫

≪何やっとんねん。かなり距離あるやないか≫

 

 だよねー。正直俺もミスったと思ってる。が、まあ今は結果オーライなのである。

 

≪それはそれとしてだぜ、はやてちゃん。ここに剛田がいて、そこにはむつきちゃんがいる≫

≪……つまり、挟み撃ちの形になるな≫

≪Bene(よし)! こっちは剛田引き留めとくから、むつきちゃんの方は任せたぜ!≫

 

 はやてちゃんはノリがいいから助かる。見学していた彼女は松葉杖をついて動き出し、むつきちゃんのそばに寄って行った。

 

「それにしても、チーフさんの人気凄いねー。ほら、男子がほとんど見てる。妹さんの方も見てるみたいだけど、チーフさん狙いが多いんだね」

「そらなー。フェイトちゃんも可愛いけど、なんつってもミコトちゃんには「色気」があるからな。ああたまんねえ」

「お、おい藤原。藤林も、もういいだろ。そろそろ行こうぜ」

「まー待てよ剛田よー。ミコトちゃんの体操着姿なんて滅多に拝めねえんだからさー、もうちょっと見させろよなー」

「おまっ……分かっててやってんだろ!?」

 

 さあなんのことだかなー。こっちに向かってきてる眼鏡の子なんて、俺は分からないなー。

 

「たける君っ! どうしてここに!?」

「あっ……や、やあ、むつきちゃん。お久しぶり……」

「こんにちは、伊藤さん。今日はレクリエーション大会なんだ。それで近くを通ったから」

 

 藤林が丁寧に説明しているが、もはやむつきちゃんの目には剛田しか映っていない。恋する女の子は強いですわ、ホント。

 にしても、剛田のやつ。ちゃんとむつきちゃんと会ってるのかと思ったら、全然だったなこの野郎。家近いんだから横着してんじゃねえよこの野郎。

 嬉しそうに話しかけるむつきちゃんに対して、剛田の狼狽えっぷりが凄まじい。普段の正義のジャイアンっぷりは何処行った。

 

「はやてからあらかたは聞いたが……お前達は何をやっているのか」

「あ、こんにちは、チーフさん。今日も可愛いですね」

「次に翠屋の外でチーフと呼んだらただでは済まさん」

 

 むつきちゃんに続いてこちらにやってきたミコトちゃん。息をするように褒めた藤林に、ミコトちゃんからはガチなトーンの脅しが返ってきた。基本的に空気読めないんだよなぁ、藤林。

 しかし……遠目だったから平気だったが、こう近くでミコトちゃんの体操着姿を見ると、なんというか……一部分がお元気になってしまう。具体的にはマーラ様。

 つつっと視線を斜めに逸らしながらミコトちゃんと話をする。太ももが眩しくて直視できません。

 

「こういうチャンスでもないと、剛田のヤローむつきちゃんと会わねーみたいだからさ。ちょっとお節介焼いたった」

「……まあ、むつきが嬉しそうだから、別にいいんだが」

「ちょっと、藤原君。海鳴二小に寄ろうって言ったのは僕だよ。それと、ちゃんと相手の目を見て話さないと失礼だよ」

 

 だあらっしゃい! ほんと空気読めてないな、このイケメン野郎は! さっきのファインプレーはまぐれか!

 藤林の抗議はガンスルー。ってかこいつはなんでミコトちゃんを直視して平気なんだ。不能者なのか? それとも彼女以外には反応しないってのか? 彼女持ちは爆発すればいいのに。

 

「そーそー、なのはから聞いたんだけど、運動会の団体競技で優勝したんだって?」

「まあな。もっとも、あれは白組女子全員の協力があって出来たことだ。オレ自身が優勝したわけではない」

「ははっ、ミコトちゃんらしい自己評価だな」

 

 ミコトちゃんは、基本的に自分への評価が低い。本人は「このぐらいが妥当」と思って評価してるみたいなんだけど、周りから見たら卑下してるんじゃないかって邪推してしまうぐらいに低い。

 彼女はなんていうか、「自分が手を下した内容」しか評価していないんじゃないかと思う。チームが成果を上げたとして、それは「チーム」が達成したことであり、自分は「コントロールしただけ」であるという感じに。

 「自己完結している」というミコトちゃんらしい評価ではある。だけど彼女を「リーダー」だと思っている皆からすれば物足りない。それが、俺達とミコトちゃんの評価の差だ。

 

「ま、ミコトちゃんが評価低い分、俺達が評価するからいいんだけどな」

「だからそうやって過大評価するなと毎回言っているだろう。何故そういうことになるのか、理解できん」

「えー、凄いじゃないですか! もっと素直に喜んでいいと思いますよ、チーフさん!」

「……ガイ、耳を塞げ。むつきは剛田の耳を塞いでやれ」

 

 あ、ガチでキレてるわこれ。俺は心の中で十字を切りながら、巻き込まれないように耳を塞いだ。

 

 数秒後、地面に突っ伏して白目を剥いて泡を吹きながらやばい痙攣をする藤林の姿がそこにはあった。南無い。

 

 ミコトちゃん達と別れた後、俺達は二人で藤林を運んでウォークラリーを続けたが……目標は達成できず、タイムも散々だったと言っておこう。

 なお、ミコトちゃんの女言葉を喰らって気絶した藤林であるが。

 

「二人とも、明日はウォークラリーだね。優勝出来るように頑張ろう!」

「こいつ……今日一日の記憶が飛んでやがる!?」

「相変わらず恐ろしい威力だぜ、ミコトちゃんの「括弧付け」……」

 

 無限ループってこわくね?

 

 

 

「何だったんだ、あの男達は……」

「俺達の女神・ヤハタさんと親しげだったぞ。……何たる冒涜ッ!」

「処すべきか爆するべきか、それが問題だ」

「あの制服は聖祥大付属のものだ。大至急身元を調べろ」

「畜生にも劣る下劣な行為……見逃すほどの腑抜けではないわァ!」

「生かして帰さんッ!!」

「貴様に朝日は拝ませねェ!!」

 

 ……なんか、背筋が寒くなってきた。しばらく夜は外を歩かない方がいいかな……。

 

 

 

 

 

6.はじめてのバニングス家(はやて)

 

 久々におじょーさまなお茶会にお呼ばれしたでー。今日の会場はアリサちゃんのおうちや。

 すずかちゃんちで予想はしとったけど、まー大層な豪邸やわ。一般庶民のわたしらにはちょっとハードルが高い。

 門から玄関までの距離が異様に長かったり、前庭に噴水があったり、邸内の移動がリムジンだったり。月村家が「地元の名士」やったとしたら、バニングス家は「お金持ち」やな。

 

「にゃはは、そんな緊張しなくてもいいのに」

「そ、そんなこと言われたって……わたし達こういうのは初めてなのよ!」

 

 もう慣れっこになってしまっているらしいなのちゃんに宥められても、あきらちゃんは落ち着けなかったみたいや。

 そう、あきらちゃん。海鳴二小の矢島晶ちゃんや。他にもさっちゃん、むーちゃん、いちこちゃんとはるかちゃんも来とる。今日は5人衆も一緒なんや。

 夏に海に行ったとき、アリサちゃんが「いつかうちに招待する」って口約束をしたらしいんや。で、意外に細かいアリサちゃんは律儀に約束を守って、わたしら全員を招待したってわけや。

 八神家からは小学生三人に加えて、シアちゃんとソワレ、ヴィータも一緒。子ども組勢揃いやな。

 これに本来の参加者である聖祥三人娘を加えた面子が、今日のお茶会メンバーや。

 なお、月村家のお茶会には参加するらしいガイ君は、今日はおらんかった。アリサちゃんのお父さんから目の仇にされてしまうため、バニングス家のお茶会には参加出来ないそうや。……グレアムおじさんと同じな予感。

 わたしら八神家組はすずかちゃんちで耐性があるから(ヴィータはないはずやけど、リムジンの外を眺めて「すげーすげー!」って言っとる)平気やけど、他の皆はそうではない。

 ……あ、いや、はるかちゃんだけは平気みたいや。ってシアちゃんのプロジェクトで月村家に出入りしとるし、そらそうやな。

 

「最初は落ち着かないかもしれないけど、その内慣れるよ。お茶会が始まる頃には気にならなくなってるんじゃない?」

「おお、はるかが眩しい……オトナのオンナだ」

「大げさなのよ。あんた達には馴染みがないかもしれないけど、ここはあたしの家よ。普通に生活出来る環境に決まってるでしょ」

「六畳一間の生活してたら、ちょっと馴染めないかもー」

「そんな生活はしてないだろうに。それは二年前のオレの部屋だ」

「ミコトちゃん、昔はどんな生活を……」

 

 さっちゃんはいつものペースを崩しとらんけど、ちょっと表情が固い。知らん人は分からんやろうけど、付き合いの深いわたしらには緊張を隠せていなかった。

 緊張が一番ひどいのは、むーちゃんや。カチンコチンに固まってしまってて、さっきから一言も発せてない。すずかちゃんが気にかけてくれとんのやけど、効果はないみたい。ひこうタイプにじめんタイプや。

 

「そんなに緊張するっていうなら、お茶会の前にうちの子達と遊んでく?」

「うちの子って、アリサちゃん子供おったん?」

「いるわけないでしょっ! うちで飼ってるワンちゃん達のことよ!」

 

 冗談に本気で反応を返してくれるアリサちゃん。いやー、楽しいなぁ。ガイ君がアリサちゃんをからかう理由、よう分かるわー。

 「ワンちゃん」という単語に強く反応したのは、わたしらの中では一番の犬好きであるいちこちゃん。

 

「アリサ、ワンちゃん飼ってるの!? たくさん!?」

「そりゃもうたくさんよ。皆大人しくていい子達よー。いちこ、興味あるの?」

「あるある、めっちゃある! ねえ、皆いいでしょ!?」

「いや、別にわたしは構わないけど……むーちゃんがなぁ」

「い、犬はちょっと、苦手……」

 

 対照的に唯一犬が苦手なむーちゃんが、さらに縮こまってしまった。……うちのアルフとザフィーラなら平気なんやけど、あの子らの場合は言葉で意思疎通が可能やから、また違うんやろうな。

 ちなみにわたしらの中で犬派はいちこちゃん、ふぅちゃん、わたし。猫派はむーちゃん、はるかちゃん、シアちゃん。可愛いもの大好きはさっちゃん。他は「どちらでもない」や。

 固まるむーちゃんを、なのちゃんが元気よく励ました。

 

「大丈夫なの! アリサちゃんも言ってたけど、本当に大人しい子ばっかりなの! 吼えたり噛んだりしないよ!」

「う……が、がんばってみる」

「なら、先に庭の方に行ってむつきの犬嫌いを直しましょうか。鮫島、聞いた通りよ」

「かしこまりました、アリサお嬢様」

 

 今更やけど、リムジンの運転手を務めてる鮫島さんは、アリサちゃん付きの執事さんだそうな。すずかちゃんにとってのファリンさんみたいなもんやな。

 わたしらの乗ったリムジンはゆっくりと迂回し、お屋敷の裏手にあるという庭の方へと徐行した。

 

 すずかちゃんちが猫屋敷だとしたら、アリサちゃんちは犬屋敷。そのぐらいたくさんのワンちゃんが、緑溢れる庭を駆けまわっていた。

 いちこちゃんから感激の吐息。目がキラキラ輝いとって、普段からは想像できないぐらい乙女な顔をしていた。

 

「ご、ゴールデンレトリバー! ね、ねえアリサ、触りに行ってもいい!?」

「はいはい落ち着きなさい。そんな慌てなくても、あの子は逃げやしないわよ」

 

 「おいで」とアリサちゃんが手招きをすると、体の大きなワンちゃんがのっしのっしとこちらへやってくる。あきらちゃんの後ろに隠れているむーちゃんが「ヒッ」と小さく悲鳴を上げた。

 せやけどアリサちゃんの言う通り、本当に大人しい子やった。飼い主の指示に従い、その場で伏せをし、鼻先をいちこちゃんの方に向けた。

 アリサちゃんに確認を取り、いちこちゃんはゆっくり手を伸ばし、ゴールデンレトリバー(エリザベスという名前の雌らしい)の体をわしゃわしゃと撫でる。

 大人しくされるがままのエリザベスに、感極まったいちこちゃんは思いっきり抱き着いた。それでもやっぱり、大人しいままやった。

 

「ああ……しあわせ~」

「ほんとにワンちゃん大好きなのね。いちこは飼ってないの?」

「そんなの無理ー。親が許してくれないよー」

 

 蕩けきった顔で間延びしたしゃべり方をするいちこちゃん。なはは、ほんと幸せそうやわ。

 いちこちゃんは気が済むまでエリザベスと戯れさせることにして、アリサちゃんはむーちゃんの方を見た。

 

「ほら、むつき。いつまでもあきらの後ろに隠れてないで、こっち来なさい。怖くないから」

「で、でもぉー……」

「やれやれ。君は勇猛なのか臆病なのか、よく分からんな。先日オレに挑戦した君は何処に消えた」

「そ、そんなのわかんないよぉ……」

「なのはがそんなこと言ってたわね。その勇気があれば簡単よ。一歩踏み出すだけなんだから」

 

 「さあ」と手を出すアリサちゃん。せやけどむーちゃんはどうしても怖いらしくて、ますますあきらちゃんを盾にする。間に挟まれたあきらちゃんは、困ったように頭をかいた。

 ミコちゃんもこういう場合にはいいアイデアが浮かばない。こういうときはわたしの出番や。

 

「アリサちゃん、小型の子を呼んでもらえへん?」

「? 別にいいけど。アルー、おいでー!」

 

 アルと呼ばれた小型犬(ポメラニアンやな)が、嬉しそうに駆け寄ってきた。尻尾を振りながらアリサちゃんの周りを走り回り、待ての合図でお座りする。

 本当はわたしが抱っこしてあげたいとこなんやけど、松葉杖なしじゃ歩けへんわたしには無理や。だから、手伝ってもらうことにする。

 

「ふぅちゃん、その子抱っこしたって。平気やね、アリサちゃん」

「ええ。アルは遊び盛りだけど、ちゃんと躾けてあるから大人しくしてくれるわ」

「じゃあ、ちょっと失礼して……」

 

 ふぅちゃんがかがみ、アルを抱き上げる。アリサちゃんの指示通り、大人しくふぅちゃんの腕の中に抱かれていた。

 ほんなら、次はいよいよご対面や。

 

「そしたらふぅちゃん、その子をむーちゃんのとこに連れてったって」

「え!? い、いいのかな……」

「だ、ダメぇ……ふぅちゃん、やめてぇ……」

「かまへんかまへん。この子なら、むーちゃんも絶対平気やから」

 

 自信を持って断言する。ふぅちゃんは半信半疑ながら、なおも隠れようとするむーちゃんのところへアルを連れて行った。

 あきらちゃんがさっとどいて、むーちゃんはポメラニアンと真正面から向き合った。「ひぅっ!?」と小さな悲鳴を上げて、涙目になる。

 

「ほら、むつき。全然怖くないよ。そんなに怖がったらこの子がかわいそうだよ」

「そうよ。動物は人間の気持ちに敏感なんだから。あんたが怖がったら、アルも怖いって感じるのよ」

「う、うぅ……」

 

 後ろはあきらちゃんから押されており、逃げ場を失ったむーちゃんに出来ることは、ふぅちゃんからアルを受け取ることのみ。

 こわごわ、恐る恐る、手を伸ばすむーちゃん。ふぅちゃんはアルが落っこちないように、丁寧にむーちゃんの腕の中に収めた。

 至近距離でアルと見つめ合うむーちゃん。その表情から、徐々に徐々に恐怖の色が消えていったのを、確かに感じ取った。

 

「ね、怖くないでしょ?」

「……うん。……可愛い」

「ま、こんなとこやな。むーちゃん、アルフとザフィーラは平気なんやから、犬そのものが苦手ってわけやないやん。安心安全って分かれば、他のワンちゃんも平気やろ」

「そういえばそうだったな。結局、吼えられたり噛まれたりするのが嫌だったということか」

「だからうちの子はそんなことしないって最初から言ってたじゃない。疑り深いわね」

「ご、ごめんねアリサちゃん。その……幼稚園の頃、犬に追い掛け回されたことがあって」

 

 それで苦手になったってわけかぁ。トラウマってほど深くなかったみたいやけど、そういうことならしゃーないんかな?

 ちなみにそのときは、たける君が追っ払ってくれたそうや。根っからのヒーロー気質なんやなぁ、あの子。

 まあともあれ、これにてむーちゃんの犬嫌い克服作戦は成功かな?

 

「あはっ、くすぐったいよ。アルって甘えんぼさんだね」

「そうでもないわよ。ちゃんと我慢できる子だし、もうだいぶ大きくなったからね」

「そうなの? ……あはは、ちょ、やめて、ほんと、お願い……」

 

 ……おや? 何か様子がおかしいような。

 

「あの、アル、ちょ、顔、舐めすぎ……」

「……なんかおかしいわね。アルがこんなに人に甘えることって、今までなかったはずなんだけど」

「それは知らないが、そろそろ止めた方がよくないか? またむつきが犬嫌いになってしまいそうだ」

「そうね。アルー、いい加減そのお姉さんから離れなさいー。……アルー?」

 

 アリサちゃんの言うことを聞かず、むーちゃんの顔を舐め続けるアル。尻尾がブンブン振られており、喜んでいることは間違いないんやけど。

 

「アル、やめてってば、ねえ、お願いだからぁ……」

「いかん、むつきが泣きそうだ。仕方がない、力ずくで引っぺがすぞ」

「ああもう、どうなってんのよ!?」

 

 その後、アリサちゃん、ミコちゃん、あきらちゃんの三人がかりで、ようやくむーちゃんからアルを引っぺがすことに成功した。

 ……アルに顔をこれでもかというぐらい舐められたむーちゃんは、よだれでベトベトになってしまった。

 後に知ったんやけど、むーちゃんは極端に動物好かれする体質らしく、幼稚園の頃に犬の追われたのも、じゃれつかれただけの可能性が高いということだった。

 

 むーちゃんはシャワーを借りてアルのよだれを洗い流した。結局、犬嫌いは克服できなかったみたいや。

 その代わりアリサちゃんちに対する緊張はなくなったから、一応最初の目的は果たせたってことにはなるかな。

 

 この後、アリサちゃんのお部屋でお茶会をした。予想通りというかなんというか、10人以上が上がってもまだまだ余裕があるぐらい広いお部屋やった。

 ソワレとシアちゃん、ヴィータなんかは、じっとしてられなくて走り回ってた。途中からさっちゃんといちこちゃんも混じって、部屋の広さを堪能しとった。

 あと印象に残ってるのは、お茶会の途中でアリサちゃんのお父さんとご挨拶したことや。ウィリアムさんっていうアメリカ出身の方で、大企業の社長さんとは思えないほど気さくな感じのおじさんやった。

 ただアリサちゃん曰く「極度の親バカ」だそうで、男の子を連れてきた日には厳戒態勢待ったなしなんやって。やっぱりグレアムおじさんと同じやないか(呆れ)

 それ関係やろうけど、ミコちゃんの男言葉を聞いたときに、一瞬だけ物凄い形相をしとった。ミコちゃんはどこからどう見ても女の子やから、すぐ普通に戻ったけども。

 確かにお金持ちかもしれへんけど、月村家よりもわたしらの生活に近い感じがする。それがバニングス家の感想だった。

 

 お茶会を終えて八神家に帰った後のこと。

 

「……エリザベス、アルフより、モフモフしてた。もっとモフモフして、アルフ」

「んな無茶な。一応あたしは元野生の狼だよ? 愛玩犬と比べられたって困るってば」

「あー、アルは可愛かったなー。それに比べてザフィーラの愛想のなさだよ。せめて小型化ぐらいしろっての」

「俺にそれを求めるな」

 

 アリサちゃんちのよく躾けられたワンちゃん達で味を占めたソワレとヴィータから、うちのペットポジションが無茶振りされとった。

 ――これが元で、後日「子犬フォーム」なる変身魔法が開発されたとかされなかったとか。真実は闇の中や。

 

 

 

 

 

7.チーム名決定(ミコト)

 

「……へえ。見事なものだな」

 

 次なる仕事の依頼を持ってきたハラオウン執務官が、オレの姿を見て感嘆を漏らす。オレ、というより、正確にはオレとミステールになるか。

 ミステールは現在、本来の姿となってオレの左腕に収まっている。そして彼女はとある魔法をエミュレート中だ。

 オレ達が管理世界で依頼を受ける際に必須とも言っていい魔法だ。これで今後は管理外世界の調査以外の案件も受けることが出来る。

 

『プログラムそのものは解析出来ておったからの。時間がかかったのは、どんな姿にするかの決定じゃよ』

「シャマルと三人で色々相談したんやでー。わたしのミコちゃんに変な格好はさせられへんからな」

「オレは別にどんな格好でも構わなかったんだが……」

 

 いつもより若干低い声。声も、今の姿に相応しい声質に変化させている。大人の女性らしい落ち着いた声質だ。

 そう。今のオレの姿は、身長160cm前後の大人の姿になっている。胸やくびれなんかもしっかりとある、大人の女性だ。ミステールがエミュレートしているのは変身魔法なのだ。

 長い黒髪は金色へ。瞳は青に。顔立ちは変化なしだが、それでもまるで別人のような印象を受ける。それほどに上手くカモフラージュされていた。

 

「あーかーん。可愛いミコちゃんが可愛いかっこしとらんかったら、変身の意味ないやん。そんなん認められへんわ」

「そもそもただのカモフラージュにそこまで凝る必要などあるのか……」

 

 ――オレ達が管理世界で活動するためには、身元を隠す必要がある。これは、オレ達の生活を管理世界のしがらみから切り離すには必須と言っていいことだ。

 それには容姿も含まれる。出身世界や身分を隠しただけでは、容姿・体格から追跡される可能性を無視することは出来ない。

 そのための変身魔法だ。本来の姿からかけ離れた姿をとることによって、追跡を避ける必要があるのだ。

 だから、極端な話をすれば「オレだと分からない姿」であればなんだっていいのだが、はやてはそれをよしとしなかったようだ。

 

「可愛さはミコちゃんの立派な個性やで。カモフラージュやからってそれを消していい理由にはならんわ」

「……はやてを説得できるとは思っていないさ。だからこうして完成を待ったんだからな」

「だが実際に似合っている。君の容姿で金髪碧眼はどうかと思ったけど、違和感がないもんだな」

 

 和風な顔立ちであるオレが黒髪黒目以外の色で平気なのかと思うところではあるが、主観としては違和感がない。他者からの視点でも、少なくともハラオウン執務官は違和感を感じないようだ。

 

「そのために顔は弄らなかったんやで。ミコちゃんの見た目レベルなら、色違いぐらいどうにかなるもんや」

「そんなものか。……実際そうなっているわけだが」

「君の容姿がズバ抜けているというのは僕も同意だ。君にだって、自覚はあるんだろ?」

「客観的認識として人目を引くことを知っているだけだ。ナルシストみたいに言わないでもらいたいな」

『主殿の場合、謙遜が過ぎて逆に嫌味になるかもしれんのう。呵呵っ』

 

 笑いごとじゃないぞ、まったく。周囲の認識との差の中でバランスを取るのも一苦労なんだ。

 

「ともかく、これでオレ達の側も管理世界での依頼を受ける準備が出来た。ミステールとシャマル、フェイトの三人で変身魔法を行使すれば、全員をカバー可能だ」

「そうみたいだな。とはいえ、次の依頼は主にヴォルケンリッター向けだから、全員で動く必要はないんだが」

 

 変身を解き、ソファの方に移動する。あっちの姿にも慣れなければいけないとは思うが、今はこちらの方が楽だ。視点が高くては落ち着いて話をすることも出来ない。

 彼は「ヴォルケンリッター向け」と言った。それはつまり、夜天の魔導書のイメージアップにつながる依頼であるということだ。ようやく調整がついたということなのだろう。

 

「今回の依頼だが、聖王教会騎士団の新人訓練をお願いしたいと思っている。つまり、ヴォルケンリッターへの特別講師依頼というわけだ」

「聖王教会……というとベルカ文化圏だったな。まずはホームを固める、ということか」

 

 以前話題にも上がった「聖王教」の宗教組織だ。時空管理局同様、管理世界に大きな影響力を持ち、かつベルカ圏ということでリッターへの理解も得られやすい場所ということになる。

 無論のこと、今回は夜天の魔導書のことは秘匿して行われる。あくまでただの「希少な古代ベルカ式の騎士」という扱いになっている。

 

「場所はミッドチルダ北部・ベルカ自治領内の聖王教会本部。管理局の影響が及びにくい場所というのも、この依頼のメリットだな」

「自身の所属する組織を悪く言っていいのか?」

「客観的認識として、今の段階で夜天の魔導書を管理局に知られるわけにはいかないからな。僕だって管理局全てが清廉な組織だとは思っていないよ」

「ククッ、言うようになったものだな」

 

 出会ったばかりの頃ならば、ここまではっきりと言うことはなかっただろう。彼もまた、オレとの関わりの中で変化しているということか。

 

「管理世界への正式な情報開示は、全ての保護体制が整ってからだ。ずっと先の話になるよ」

「その辺りは執務官殿の判断に任せよう。そういった政治的なことは、オレよりもお前の方が正確に判断が出来る」

「君ならば少し勉強すれば簡単に僕を追い越せると思うけどな」

「オレに出来るのは身の回りの判断だけだ。買いかぶるな」

 

 ともあれ、今は「その時」ではないという認識に違いはないようだ。話を先に進めよう。

 

「リッターが断ることはないと思うが、いつも通り彼らの意思確認をしてから返事を出す。それで問題はないな」

「ああ、大丈夫だ。先方にも「可能であれば」という程度にしか話をしていない。いつも通り、気負う必要もない」

 

 オレ達はこれまでの依頼を一切断っていない。これまで、と言ってもたったの二つだが。

 一つはシルバーウィークの無人世界探索。そしてもう一つは、つい先日行った遺跡探索だ。もやしアーミーが大活躍であった。

 報告の際に「動いてしゃべるもやし」という存在を初めて目の当たりにしたハラオウン執務官は、それはそれは面白いほど驚いてくれたものだ。

 彼が持ってくる依頼の報酬がうまあじなのは間違いなく、余程こちらに不利益・不都合がない限り断らない方が得である。

 

 依頼については以上だが、実は先日から決めかねていることが一つあった。

 

「それで……いい加減、君達のチーム名は決まったか?」

 

 これである。オレとしては、別にチーム名などなくとも「匿名民間協力団体」でいいと言ったのだが、残念ながら通らなかった。

 かといって今後も「チームミコト」とオレの名前を使った呼び名も困る。管理世界で活動するときは、名前も秘匿するつもりだ。

 そしてオレにセンスのある名前を考えられるわけがなく、結局これもはやてに丸投げとなってしまった。

 

「何個かアイデア作ってあるから、クロノ君の意見も聞きたいんよ。手伝ってもらえる?」

「構わないが……ミコトはいいのか?」

「ネーミングに関して、オレの出る幕はない。性質をそのまま表した名前しか付けられん」

 

 ハラオウン執務官は苦笑した。話のメインをはやてに移し、オレはソワレを抱きしめながら成り行きを見守ることにした。

 

「まず一つ目。「クロニクル・エディター」って名前なんやけど」

「この国の言葉に意訳すると、「歴史の編纂者」ってところか。どういう意味合いだ?」

「「夜天の魔導書を正す者」ってことや。今のわたしらがやってる内容から付けてみたんやけど」

 

 ふむ。音の響きは非常にいい名前だ。さすがは召喚体の名付け親であるはやてだな。

 しかしハラオウン執務官は、この名前に難色を示した。

 

「修復が終わったら解散するわけじゃないんだから、その名前は適切じゃない。それにデスクワーク専門みたいに聞こえる。君達の実態を考えると、そういう誤解は嬉しくないだろう」

「んー、そっかー。これも結構いい名前だと思ったんやけど」

「……あと、さりげなく僕の名前を入れてるところ。ヒストリーじゃなくてクロニクルを使ってる辺り、悪戯が過ぎる」

 

 「たはー」と頭をかくはやて。そういう意図もあったのか。

 ともあれ、第一案はなしということになり、はやては次の名前を提示する。

 

「二つ目は「エーデルリッター」。ベルカ語で「高貴なる騎士」って意味や」

「習ったばかりの言葉を使いたかっただけだろう。本家のベルカ団体から抗議を受けるから却下」

 

 こちらはあっさりと廃案になった。実際にオレ達は魔導師・非魔導師・騎士混成の団体であるため、ベルカの言葉で「高貴な騎士」と断定してしまえば、反感を喰らう可能性もある。

 この名前は結構自信があったらしく、あっさり却下されたことにはやては不満を持った。無駄な諍いの原因にはなりたくないので、オレからも説得して次に進める。

 

「そしたらあと一個しかないんやけど……「マスカレード」、仮面舞踏祭や」

 

 最後に出てきた名前は、前二つとは違い非常に単純だった。だからだろう、はやてはちょっと不満げだ。

 しかしこの名前……オレは悪くないと思う。管理世界で活動することになるオレ達の姿を端的に表しており、奇抜すぎもしない。単語も一つだけであり、ちょうどいい塩梅だ。

 ハラオウン執務官としても腑に落ちたようだ。これは、決定だな。

 

「えー。これにするん? それやったら「クロニクル・エディター」の方がかっこええやん」

「僕に対する嫌がらせか。リーダーが「マスカレード」でお気に召したんだから、それでいいじゃないか」

「せやけどー。パッと浮かんだ名前が採用されて、色々考えた名前が不採用ってのは癪やん」

「その辺にしておけ、はやて。「コマンド」のときと同じように、対外的には「マスカレード」と呼び、オレ達の内部では「クロニクル・エディター」と呼べばいいだけのことだろう」

「その手があったか!」

「僕としては、とっととその名前を捨ててほしいんだが……」

 

 それに、こんなものは書類上でオレ達を扱えるように記号付けしているだけのことだ。そこまで凝る必要はないのだ。

 最終的にはソワレの一番気に入った名前が「マスカレード」であったため、はやても納得してくれた。

 

 

 

「それじゃあ、「チームミコト」改め「マスカレード」。今後もよろしく頼む」

「互いの利害が一致している限り、な。こちらこそ、よろしく」

 

 ――匿名民間協力団体「マスカレード」の次の活動は、11月頭に決まった。




長すぎィ!!(二度目) 本編の日常話としては最後(の予定)だしま、多少はね?

これにて「チームミコト」の正式名称が決定いたしました。「マスカレード」、仮面舞踏祭です。ウェイクアップはしません(ロマサガ3)
作中でも語っている通り、変身魔法で素顔を隠し活動する彼女達の様子を端的に表したものです。コードネームはまだ考え中。
変身魔法でも顔は変えてない(はやての強い希望)ので、実際に活動する際は全員マスクで顔を隠すことになります。まさに仮面舞踏祭。

作中10月はあっという間に終わり(あれ、9月はいつ終わったっけ?)11月に。物語も最終盤です。
次回からいよいよ夜天の魔導書復元に向けた最終ステップが始まることになります。ミコト達は無事復元を完了できるのか、それとも……。
先がどうなるかは作者にも分かりません。祈りましょう(行き当たりばったりで書く創作者の屑)

リリカルなのは原作の方ではほとんど触れられなかったアリサの家について書いてみました。父親については資料が見つからなかったので、完全に創作です。
父はウィリアム、母はコーデリアという名前です。一体なにフロンティア2なんだ……(ナイツ家)
今更ですが、作者はサガシリーズ大好きです。サガフロリメイクあくしろよ。

今回は早く書き上がりましたが、次回以降は本当に未定です。
またいつか。

※追記
なのはWiki見たらアリサの父親は「デビッド」という名前であるとありました。小説版では(名前だけ)出てたんですねー。
とはいえ大勢に影響なしですし、この程度でも公開後の修正はNGなので(致命的な矛盾ではない)、この作品では「ウィリアム」がアリサの父親の名前とします。無意味なオリジナル設定が増えてしまい申し訳ない。

※追記の逃げ道
よくよく見てみたら「デビッド」じゃなくて「デビット」ですね。デイビッドのノリで間違えました。
無意味なオリジナル設定は避けられませんが、原作設定との差異を少なくするということで、アリサ父の名前は「デビット・W・バニングス」ということにしたいと思います。これなら「デビット」でも「ウィリアム」でもOKです。はやては「デビット」よりも「ウィリアム」の方を気に入ったということで一つ。
母親の方は変更なし。普通に「コーデリア・バニングス」です。やっぱりサガフロ2じゃないか(固執)


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A's章 終盤
四十六話 聖王教会


あらすじとタグの整理を行いました。シンプルイズベストとか言っときながら全然シンプルじゃありませんでしたからね。
ついでに、章構成を弄りました。A's編が長すぎたので、序盤・中盤・終盤に分類しました。

というわけで今回から終盤に入ります。はてさて、どうなることやら……。


 ミッドチルダ北部・ベルカ自治領内、聖王教会本部の応接室。オレ達は今、ここで依頼人を待っている。

 今回のチーム「マスカレード」の面子は、オレ(ソワレ、ミステールの二人は装備として一緒にいる。エールは基礎状態)とヴォルケンリッターの4人のみ。他のメンバーは参加する必要はないし、するべきでもない。

 確かに身元を秘匿するための術は完成したが、確実に隠せるわけではない。一部、特になのはがボロを出さないとも限らない。そうである以上、メンバーを制限することで追跡される確率を下げる努力はすべきだ。

 だからこうして、必要最低限の人員のみで、遠くミッドチルダまでやってきたのだ。

 ……実際、遠かった。ミッドチルダに着いてからの道のりが特に長かった。何せオレ達が降り立ったのは、こことは首都を挟んで正反対に位置するアルトセイム地方だったのだ。

 オレ達の身元を隠すためには、管理局の影響が届きにくい場所をアクセスポイントにしなければならない。首都のど真ん中に転移した日には、局員に取り囲まれた上に転送元を割り出されてしまうことだろう。

 それを避けるために最適と考えられたのが、フェイトの故郷であるミッド南部の辺境・アルトセイム地方であった。

 そこから交通機関が届いている場所まで移動し、レールウェイ(線路のない電車、恐らくリニア式)に乗り、乗り継ぎを三回ほどして、ようやくベルカ自治領の入り口に辿り着いた。

 それで終わりではない。自治領内はレールウェイが無く(観光地となっており景観を損ねないためらしい)、電動バスのみが移動手段であった。

 そうしてバスで1時間ほど揺られて、ようやく聖王教会に辿り着いたのだ。家を出発してから3時間ほどかかった。帰りも同じぐらい時間がかかると考えると、正直気が滅入る。

 くたくたになりながら辿り着いたオレ達を出迎えてくれたハラオウン執務官(仲介人として列席することになっている)に案内され、この部屋に通され、依頼人の到着を待って現在に至る。

 

「……ちょっと待たせ過ぎじゃねーの? こっちは遠くからはるばるやってきたってのに」

 

 移動時間の苦痛で気が立っているヴィータは、まだそれほど待っていないというのに苛立ちを隠せなかった。

 今の彼女の姿は、赤毛の少女ではなく茶髪のレディー。シャマルの変身魔法で姿を変えているのだ。騎士甲冑も、はやてがデザインしたゴシックカジュアルではなく鎧然としたものに変化している。

 身長の分迫力が増した彼女を、シグナムが窘める。

 

「だからと言って我らの品位を損なう真似をするなよ。お前が粗相をすれば、主の評価につながってしまう」

「んなこたぁ分かってるよ。移動だけで疲れたんだから、愚痴ぐらい見逃せよ」

 

 シグナムは髪が短くなっており、色も黒に変更。さらには容姿を弄って、より男装が似合いそうな顔つきになっている。これはこれでアリだな。

 大人組は身長で誤魔化せないため、容姿にも手を加えている。シャマルとザフィーラも普段とは違う顔になっているのだ。

 

「リラックスして待ちましょう。シグナムとヴィータは、この後新人さんに稽古をつけるんだから、こんなことで疲れたらつまらないでしょう?」

「"カピタナ"と"メッツェ"だ、"ドレッサ"」

「あ、ごめんなさいザフィー……じゃなくて、"ジャンドゥ"」

 

 普段より勝気な顔になっているのにおっとりしているシャマルと、所謂「イケメン顔」なのに表情に乏しいザフィーラ。どうしてこの顔にしたのかよく分からない。ミスマッチではないだろうか。

 二人の会話にあった通り、オレ達は現在コードネームで行動している。「コメディア・デラルテ」という仮面即興劇が元になっており、命名者はもちろんはやてだ。

 シグナムは"カピタナ"。ヴィータは"メッツェ"。シャマルは"ドレッサ"で、ザフィーラは"ジャンドゥ"。

 そしてオレは"プリムラ"(何故かオレだけ花の名前である。解せぬ)。この5つが、現在使われているコードネームだ。差し当たって必要になるメンバー分のみ考えたようだ。

 

「"ドレッサ"の言う通り、ここから先は「こちらの住人の監視下」だ。気を抜けるのは今だけなんだから、無駄に気を張って消耗することはない」

「……なんか慣れねえよな、コードネームって。この格好も肩凝るしさー」

「ヴィー……"メッツェ"と"プリムラ"は特にそうでしょうね。まだブラジャーが必要になる歳じゃないもの」

 

 変身魔法によって大人の姿になるということは、胸部を補正する下着が必要になるということだ。それ自体は変身の一部として提供されているが、やはり慣れぬ違和感は拭えない。

 ヴィータに至っては、本体が魔法プログラムである故に、長い年月をあの姿のままで過ごしたはずだ。違和感の大きさはオレよりも大きいかもしれない。

 一応この場にはザフィーラという男性がいるわけであるが、彼は瞑目して何も語らなかった。オレとしても、いい加減その程度のことを気にすることもなかった。……女としてはどうかと思うが。

 

「オレは近い将来の予行演習程度に考えている。あと2、3年もすれば、オレも普通に必要になるはずだ」

「えー。ミコトは今のままでいいよ。ちっちゃい方が可愛いし」

「"プリムラ"だ、ヴィータ」

「あなたも。"メッツェ"よ、シグナム」

「……本番ではボロを出すなよ」

 

 ザフィーラ以外、全然コードネームが馴染んでいないヴォルケンリッターであった。

 

 5分ほど待ち、扉の外から複数人の足音がする。依頼人が来たようだ。

 オレは指示を出し、全員にマスクを付けさせる。種々の動植物を模した、仮面舞踏用のマスクだ。

 姿を変えているのだから神経質な対応かもしれないが、オレやヴィータは顔つきは変えていないのだ。出来る限り素顔は晒さない方がいい。

 それに、これをチームの正装とすることで「マスカレード」という団体名に合理性を持たせることが出来る。二重の意味での目くらましということだ。

 オレが花を模した目元のみを覆う仮面をつけたところで、応接室の扉が開かれた。

 

「すまない、待たせたな」

 

 ハラオウン執務官が先行し、さらに三人が入室する。女性二人、男性一人だ。女性一人と男性は騎士甲冑を身に纏っていたため、警備要員であることが分かる。

 つまり、残った一人――華美ではないが華やかではある衣装を身にまとった少女こそが、件の依頼者ということになる。

 

「「マスカレード」の皆様、初めまして。わたくしはカリム・グラシア。本日あなた方に、騎士団の新人研修を依頼した者です」

 

 ……率直に言って、予想外だった。こんな若い少女が出て来るとは思ってもみなかったのだ。ギルおじさんぐらいか、もう少し若い程度の男性が依頼人だと思っていた。

 カリム・グラシアと名乗った少女は、見たところハラオウン執務官と同じか少し上程度。彼が実年齢よりも幼い見た目をしていることから、実際は少し下だろう。

 オレ達の世界で分かりやすく言えば、中学一・二年生ぐらいの少女が、聖王教会の要職に就いているということになるのだ。……だが、この世界の事情を考えればありえない話でもないか。

 ミッドチルダは、言ってしまえば超実力主義の社会構造だ。相応のスキルさえ持っていれば、中学生ぐらいの年齢で航行艦の責任者レベルになれることは確認している。

 つまりはこの少女も、見た目の柔和さからは想像出来ないほどのスキルを保有しているということだ。

 一瞬の動揺を仮面の奥底にしまい、続きを聞く。

 

「こちらはシスター・シャッハ。わたくしの身辺警護を担当している教会騎士でもあります。そしてこちらは、新人代表の騎士アルベルトです」

「……シャッハ・ヌエラと申します」

「アルベルト・アルトマンです。本日はよろしくお願いします!」

 

 シャッハ・ヌエラは、どうやらオレ達を信用していないようだ。当たり前か、全員マスクで顔を隠しているのだから。グラシア女史の決定にも、内心では納得していないのかもしれない。

 対照的にアルトマンは「単純な熱血漢」という印象だ。恐らくはハラオウン執務官が売り文句とした「古代ベルカの騎士」に憧れのような感情を持っているのだろう。

 注意すべきはヌエラと、何よりもグラシア女史ということだ。彼女はまだ一切手の内を見せていない。

 

「ご丁寧に、どうもありがとう。民間団体「マスカレード」代表、"プリムラ"だ。こちらから順に、"カピタナ"、"メッツェ"、"ジャンドゥ"、"ドレッサ"」

「ありがとうございます。それでは早速ですけど、依頼についてお話しましょう。と言っても、執務官から概要は聞いているでしょうけれど」

 

 仮面の上からでも分かる無表情のオレに対し、グラシア女史はにこやかな表情を崩さない。……なるほど、かなり出来るようだ。腹芸だけなら、ハラオウン執務官の上を行くか。

 互いに手の内の探り合い。向こうも、オレのした紹介が本名ではないことなど理解しているのだろう。その上であえて何も言って来ない。それをこちらも分かっている。

 久々に張り合いのある相手だと、内心で笑う。無論、オレがそれを表情に出すことはない。

 

「こちらが聞いているのは、今年入隊した新人騎士の戦技研修に"カピタナ"と"メッツェ"を貸し出す、ということだが。二人だけでいいのか?」

「ええ。あまり多くても、新人の子が参ってしまいそうですから。何せ、希少な古代ベルカ式の騎士ですもの」

「そんな方々に稽古をつけてもらえるなんて、私は感激であります! ……あ。すみません、騎士カリム。お話の最中に、つい……」

「いいんですよ、騎士アルベルト。あなたの熱き心、わたくしは誇るべきだと思っていますわ」

 

 委縮するアルトマンにグラシア女史が向けた表情は、慈愛そのもの。そこに裏はないように思う。そういう性格か。だからハラオウン執務官とギルおじさんも、この依頼を持ってきたのだろうな。

 そういうことなら、シャマルとザフィーラには補助をやらせるか。戦技研修なら怪我人は出るだろうし、動けなくなった者を運ぶ役割も必要だろう。

 向こうにもそのための人員はいるだろうが、二人に遊ばせておくというのももったいない話だ。多少はサービスになってしまうが、許容範囲だ。

 

「なるほど、分かった。だがこちらも余剰人員を連れてきてしまったから、残りの二人にはサポートを手伝わせたい。"ドレッサ"、"ジャンドゥ"。それで構わないな?」

「はい。主の御心のままに」

「右に同じく」

 

 ……内心でため息をつく。分かってはいる。これはあくまでカモフラージュのための「設定」に過ぎないと。

 オレの立場は、騎士の主。シグナムから宣誓を受けているわけで、少なくとも「騎士の主」であることに間違いはない。が、それが4人ともになると、少々気が重いというかなんというか。

 特にザフィーラは「主ははやてのみ」としているため、この設定のために無理矢理演技をしているということになる。そういう切り替えが出来ることは知っているが、それでも若干心苦しい。

 やっぱり表情には出さない。些細なことから気取られ、この関係を不審に思われてはいけないのだ。

 

「ふふ、さすがは4人もの騎士を従えている主ですね。クロノ執務官が一目置くのも頷けますわ」

「そうらしいな。こちらは「買いかぶるな」といつも言っているのだが、全く話を聞こうとしない」

「僕は相応の買い方しかしない。騎士カリムも、僕と同じ意見だと思うがな」

「ええ。まだ少しお話しただけですが、ただ者ではないことがひしひしと伝わってきます。今後も末永くお付き合いしたいですわね」

「それはあなた方次第だ。……それで、どうする?」

「はい。サポートの件、了解しました。お心遣いに感謝しますわ」

「こちらはこちらの都合で提案したまでだ。感謝は必要ないし、今することでもない」

 

 オレの切り返しに、グラシア女史はクスリと笑う。どうやらお気に召したようだ。

 

 具体的な内容は現場で聞き、判断する。そういうことになり席を立とうとしたところで、これまで静観を保っていたヌエラから待ったがかかった。

 

「やはり私は、この者達が信用なりません。素性は明かさず、素顔も見せない。本当に任せて良いのですか?」

 

 大体予想通りの反応だ。同時に理解する。こいつは「脳筋タイプ」の騎士であり、グラシア女史の警護しか頭にない。彼女が何を考えているか、まるで察せていなかった。

 シグナムとヴィータが反応しかけるが、オレは手でそれを制する。彼女達が動くまでもない。

 

「失礼ですよ、シャッハ。彼女達はクロノ執務官から紹介されてここに来ているのです。ギル・グレアム提督の推薦もあります。あなたはこのお二人のことも信用できないと言うつもりですか?」

「それは……っ、しかし、だからといって正体も分からぬ相手に新人を託すことなど出来ません!」

「これは聖王教会が発注し、執務官が仲介し、「マスカレード」が受注した正式な依頼です。あなた個人の感情で三者の信頼関係に傷を入れることになるんですよ。それを分かっていますか?」

 

 ぐぅの音も出ないほどやり込められるヌエラ。まあ、そうなるだろうな。少なくともグラシア女史に関しては、オレ達のことを観察したいようだから。

 彼女とても、全てを納得してこの案件を成立させようとしているわけではない。オレ達に対する不信感はそれこそヌエラ以上にあるだろう。ただ表に出していないだけだ。

 だから、実際に依頼を出して動向を観察し、見極めようとしている。身内だろうがそれを邪魔させる気はないということだ。

 ……このままヌエラの意見を封殺し、滞りなく依頼を遂行するのでも別に構わないのだが。

 

「あまりキツく言ってやるな、騎士カリム。我々が怪しいというシスター・シャッハの意見は、間違いではないだろう」

「あら、そんなことありません。仮面舞踏だなんて、お洒落じゃありませんか」

「世辞はよせ。ハラオウン執務官から、我々が何故こんな仮面をつけているのか、聞いているんだろう?」

 

 グラシア女史は笑顔を崩さない。無言の肯定。慈愛に満ちた性格かもしれないが、だからと言って「お花畑」というわけではない。

 脳筋には分からないだろうが、今オレとグラシア女史は駆け引きをしているのだ。互いにどれだけの譲歩を引き出せるか、どれだけの情報を引き出せるか。それがオレ達の戦い方だ。

 

「そちらが望まないと言うならば、こちらも無理に引き受ける気はない。仲介してくれたハラオウン執務官の顔に泥を塗ることにはなるがな」

「望まないということはありませんよ。シスター・シャッハも、内心では古代ベルカの騎士の手ほどきを受けたいと思っていることでしょう」

「彼女を知っているわけではないから、真偽は判断できないな。その口ぶりでは、彼女はベルカ式ではないということか」

「近代ベルカ式という、ミッド式でエミュレートしたベルカ式があります。教会騎士団の大半はこちらを使っておりますわ。ご存知ない?」

「生憎と。この通り、うちの騎士は全員古代ベルカ式なものでな」

「あらあら、羨ましいです」

 

 表面には表れない、水面下での情報戦。分かったのは、「希少な古代ベルカの騎士の手ほどきを受けたい」という欲求は真実であるということだ。

 教会の中に古代ベルカ使いがいないわけではないようだが、絶対数が少ないことが見て取れる。それはつまり、彼らの魔法が洗練されていないものである可能性を示唆している。

 簡単な話であり、競争相手がいなければ技術の向上は難しい。魔法という「個人技」ならばなおさらだ。もし洗練された技の使い手がいるなら、それを見て盗みたいと考えるのが普通だろう。

 グラシア女史はオレ達を見定めると同時、何とかして新人に古代ベルカを経験させたいと考えているのだ。とんだ食わせ者だ。

 

「ふむ。それは確かに、我々が新人に手ほどきをする意義につながるな。あなたの言葉に矛盾はないようだ」

「ご理解いただけまして?」

 

 さて、それならばこちらはどうしよう。それをすることはこちらにとって害にはならないが、このままでは利にもならない。向こうだけが得るというのは、取引の道理にかなわない。

 ならばこちらの望むものは何か。今回に限って言えば、ヴォルケンリッターのイメージ向上。突き詰めて言えば、オレ達への過剰干渉を妨げることだ。

 ではこうしよう。

 

「さりとて、反感を持ちながら訓練しても、得られるものは少ない。シスター・シャッハ以外にも、新人騎士の中で彼女のように考える者がいないとは限らないのではないか」

「……その可能性は、否定しきれませんね。そんなことはないと断言出来ればよかったのですが、シスター・シャッハが前例を作ってしまいました」

「うっ……」

 

 意訳、「シスター・シャッハが余計なことをするから、交渉の余地が出来てしまった」。思わぬところからの口撃にヌエラは縮こまった。

 なお、もう一人いる新人騎士代表は、既に話に着いてこれず目を回していた。これが新人代表……大丈夫なのか聖王教会、彼は十代後半のように見えるのだが。

 まあ、オレが気にしても仕方ないことか。構わずオレはこちらの「要求」を突き付けた。

 

「そこで提案だ。新人研修の前に、そちらの実力者……この場合はシスター・シャッハが適任か。彼女とこちらの騎士に模擬戦をさせる。実力を見れば、多少の不満は飲みこんでくれるだろう」

「……よろしいのですか? シャッハは、近代ベルカ式とはいえかなりの実力者。その後の訓練に影響を残してしまうのでは……」

「案ずるな、騎士カリム。この程度の若造に後れをとるほど、私は惰弱ではない」

「なんだと!?」

 

 シグナムの挑発めいた返答に、ヌエラは怒り牙を剥く。厳然たる事実として、彼女がこの程度の相手にそうそう後れを取ることはないだろう。

 断言できる理由は単純明快。彼女の武器――アームドデバイスは「双剣」。シグナムが目標とする好敵手である恭也さんと同じ武器だ。

 そうである以上、ヌエラが最低でも美由希クラスの剣腕を持っていない限り、勝負にならない。そしてこれまでの対応から、彼女が未熟であることは疑いない。

 故にオレはこの勝負を提案したのだ。能力のPR、乱用否定の意思表示、そして干渉させないための武力誇示。

 

「本人たちはやる気のようだ。受諾するかは責任者であるあなたの判断次第だ、騎士カリム」

「……分かりました。その提案をお受けしましょう。あなたもそれでいいですね、シスター・シャッハ」

「はい! このならず者どもを教会の外へたたき出してやります!」

 

 警護対象の意思を全く組まない修道騎士の気炎に、グラシア女史は頬に手をやりため息をついた。

 

「全く君は……ひやひやさせてくれるな。もうちょっと友好的にやれないのか?」

「向こうにその意志がない限り無理だ。オレが他人に合わせられないことぐらい、いい加減理解しているだろう」

「そりゃそうだが……はあ。何で依頼の仲介をするだけでこんなにハラハラしなきゃならないんだ」

 

 移動中、ハラオウン執務官が小声でそんな愚痴をこぼした。

 

 

 

 

 

 聖王教会裏手にある、教会騎士の修練場。教会に所属する騎士達が日夜己の技を磨き、高めるための場所だ。当然一般客が入って来れる場所ではない。

 恐らく今日の研修相手の新人であろう十数人の若人たちは、既に集まっていた。彼らは今、広場の中央をぐるりと囲むように円を作っている。

 彼らだけではなく、オレやシグナム以外のリッター、ハラオウン執務官、グラシア女史もまた、円の一部となっている。

 そして円の中、広場の中央で相対するのは、それぞれの得物を構えたシグナムとヌエラ。レヴァンティンの形状も少し偽装してある。さすがに剣という形状までは変えていないが。

 互いに表情は真剣。だがヌエラが張りつめて今にも切れてしまいそうな糸であるのに対し、シグナムの方は獰猛な笑みが浮かんでおり若干の余裕が感じられる。

 これは実力の差というよりは、それぞれの立場と性質の差だろう。ヌエラの方は教会のため、騎士のためという名目の下、オレ達を排除することが目的である。「敵前」であることが余裕のなさに顕れている。

 逆にシグナムは気にすることが一切ない。細々したことはオレやシャマルが引き受けている。だから純粋に彼女の好きな戦いを楽しむことが出来、バトルジャンキーの性質が表に出ているのだ。

 観衆である騎士たちは、新人とは言え荒事を生業とする連中だ。本日の講師役と彼らの先達が突然決闘を始めることに、疑問はあれど困惑はないようだ。

 せっかくなので審判は新人代表であるアルトマンに任せることにした。もしかしたらこの中で一番緊張しているのは彼かもしれない。

 

「ご両人とも、準備はよろしいでしょうか」

「無論。我が剣にて、我が主の偉大さを証明してみせよう。簡単に落ちてくれるなよ、若き騎士」

「……こちらも、問題ありません。賊まがいに後れを取る気はない。始めましょう」

 

 ガチガチに固まったアルトマンが、ゴクリと唾を飲み込む。これから始まろうとしている高位の決闘に、期待と不安が入り交じっているようだ。

 二人の間には一欠片ほどの油断もない。それこそ前触れなく開始の合図があっても、全く遅れなく動けるほどに。

 

 わずかな静寂。手を高く上げたアルトマンは、次の瞬間それを勢いよく下ろした。

 

「始めっ!」

「参る!」

「来い! お前の力を見せてみろ!」

 

 弾丸のような速度で地を蹴るヌエラ。やはりというべきか、彼女の得意距離は近接戦。そして双剣という武器の特性を活かすため、速度重視の戦い方だ。

 橙色と紫色、二つの魔力を付与した刃がぶつかり合う。と、予想外にもシグナムの剣が弾かれたように後退した。

 

「ほうっ! 中々面白い魔法を使う!」

 

 古強者であるシグナムは、その一合でからくりを理解したようだ。まあ、オレにも分かるぐらいあからさまではあるのだが。

 あれは高密度の魔力を刃に乗せて、インパクトの瞬間に炸裂させているのだ。双剣という武器はそれぞれの手に一本ずつ持つ関係上、どうしても一撃が軽くなってしまう。それを補うための魔法ということだ。

 そしてその程度ならば、今のシグナムにとっては児戯と言ってしまえるだろう。何せ、魔法なしでもっと鬼畜な真似をする好敵手の剣を時々受けているのだから。

 

「くっ!? 器用な真似を!」

 

 弾かれた勢いをそのままに、もう片方の剣閃に合わせるシグナム。双剣の素早い連撃を、逆に相手の魔法を利用することによって確実に受け止めている。

 簡単なことではないだろう。観衆の騎士からどよめきが上がったことからも、それは明白だ。普段から衝撃の乗った斬撃を受け止め続けた彼女だからこその技だろう。

 これではヌエラはジリ貧だ。自身の魔法を逆に防御に利用されてしまっている。シグナムの消耗は少なく、ヌエラはインパクト毎に相応の魔力を消費する。

 それを理解したか、次の一合は衝撃を発生させない、ただの魔力強化斬撃。その瞬間、今度はシグナムが攻撃に転じる。

 

「どうした! 私には後れを取らぬのではなかったのか!?」

「ぐぅっ……このぉっ!」

 

 軽い剣撃をレヴァンティンの重みで押し返す、攻防一体の攻撃。ヌエラは防戦一方を強いられることとなった。

 攻めてもダメ、引いてもダメ。勝ち筋を見つけることが出来なかったか、ヌエラは再び衝撃剣でレヴァンティンを弾き、高速移動で後ろに引いた。

 

「はあっ……はあっ……!」

「確かに弱くはない。が、強いと言うには程遠い。手段が一つ潰された程度で退いたのがその証左だ。精進が足りんな、修道騎士殿」

「抜かせ……っ! まだ、私の手は尽きていない!」

「ならば見せてみよ。私はお前の全てを受けきってみせよう!」

 

 思ったよりも早く決着がつきそうだ。ヌエラは奥の手を出す気でいる。刃に宿した魔力の光が増し、彼女の周囲で風の余波が渦を巻いている。

 シグナムは、最初と同じ剣を正眼に構えるスタンダードな姿勢。刀身に多少の魔力は込めているが、それだけ。まだまだ実力を出していない。

 

「……彼女、凄いですね。シスター・シャッハは決して弱くはありません。だというのに、恐らく半分以下の力であれほど優位に立っている。あれが、本物の古代ベルカの騎士……」

 

 オレの隣で観戦しているグラシア女史が、純粋に感嘆し感想を述べた。真実を言えば、あれはあまり古代ベルカは関係ない。どちらかというと、うちの世界産の「タチの悪いファンタジー」の影響だ。

 ……感心してくれるなら別になんでもいいか。「そうだな」と短く返し、決着の瞬間を見届ける。

 ヌエラが動き出す。その速度は先ほどに倍し、彼女の真骨頂が高速移動魔法にあるのだと理解する。

 その速度が生み出す衝撃。そして刃に込めた魔力の衝撃。二つの衝撃を合わせて叩き込む必殺技だ。

 

「烈風一迅!!」

 

 気合とともに彼女は、戦場を一瞬で駆け抜けた。巻き込まれた地面が抉れ、ドリルが通ったような跡を生み出す。シグナムは……それをかわそうとしなかった。

 いつの間にそんな技を覚えたか、シグナムは普段の「動」の剣ではなく「静」の剣で迎え撃ったのだ。……もしかしなくとも、剣道場の臨時講師のたまものだろうか。あそこは普通の町の剣道場だと思ったんだが。

 一歩。レヴァンティンとヌエラの双剣――ヴィンデルシャフトがかち合う。レヴァンティンの方が滑らかに倒れ、ヴィンデルシャフトの刃の上を滑る。

 二歩。シグナムの体が回転し、レヴァンティンが振り上げられた。かちあげられたヴィンデルシャフトは、まるで氷でも握っていたかのように、ヌエラの手から零れ落ちた。

 三歩。水平に戻ってきたレヴァンティンが、無防備となったヌエラの胴体を真横に薙ぐ。カウンターを叩き込まれたヌエラは、交通事故にでもあったかのような勢いで弾き飛ばされ、地面の上に投げ出された。

 

「……秘剣・流れ三段。これが今の私の力だ」

 

 残身とともに技の名前を紡ぐシグナム。全く聞き覚えのない技だった。御神流ではないし、古代ベルカの剣術でもないだろう。やっぱり出所があの剣道場ぐらいしか考えられない。

 ……まあ、いいか。それが彼女の糧となるなら、それはそれで喜ばしいことなのだろう。多分。

 

「そ、それまで! 勝者、騎士カピタナ!」

 

 審判のアルトマンから終了が宣告される。静寂から一転、歓声が上がった。今の決闘がそれだけ高レベルなものであった証だろう。

 シグナムは……彼らに反応を返すことなく、レヴァンティンを鞘に収めてからヴィンデルシャフトを拾い上げ、ヌエラのもとへと向かった。

 

「立てるか?」

「ええ、何とか。……完全に、私の負けです」

「ほう。もっと喰いついてくるものと思ったんだが、意外とあっさり認めるんだな」

「これだけはっきり勝敗が決して認めないなど、騎士として恥ずべきことだわ」

「その通り。騎士としての心得はあるようで何よりだ」

 

 ヌエラはこれ以上騒ぎ立てる気はないようだ。もっとも、その表情は悔しさに満ちており、心の底から納得できたわけではないのだろうが。

 ……彼女への対応はシグナムに任せるのがいいだろう。二人とも脳筋タイプだ。そういう輩は剣を合わせることで心を通じ合わせることが出来ると相場が決まっている。

 

「……教えてほしい。どうして私は、敗北したのですか」

「そうだな……。私の一意見となってしまうが、お前の方が私よりも「魔法に頼っていた」ことだろう」

「魔法に、頼って……? 魔法を使うことが、弱さだというの?」

「そうではない。魔法は、私達騎士の持つ「力」の一つだ。だが同時に、あくまで「力」の形の一つでしかない。だからあまりに過信すれば、足元をすくわれてしまう。……事実、私がそうだったからな」

「……あなたでも敗北したことがあるのね。私は、少し思い上がっていたのかもしれない」

「自分を省みるのは良いことだ。それが新しい「力」の発見につながる。私が見せた「剣技」のようにな」

「ええ。魔法なしの純粋な剣技で、最大の魔法を破られるなんて考えもしなかった。もっと視野を広げないとダメですね」

 

 二人の表情が穏やかになっている。どうやら何とかなったようだ。女騎士どもは互いに握手をし、友好を結んでいた。

 こっちはこっちで話を進めるか。

 

「これでこちらの騎士の実力の片鱗は感じていただけたと思う。新人たちの教育を、彼女達に任せていただけるだろうか」

「是非も無く。わたくしは元々賛成でしたしね」

「それもそうだ。では具体的な内容を決めていこう。騎士アルベルト、会議に参加してくれ。あなたの意見も聞きたい」

「は、はい! ただいま!」

 

 ――話し合いの結果、かなり実践的な研修内容となってしまった。先の決闘を見て、新米騎士達が「自分も是非」と声を上げたからだ。脳筋しかいないのか、ここは。

 グラシア女史と協力して具体的な人員配置について指示を出した後はオレ達に出来ることがなかったため、リッターに任せて現場を離れることとなった。

 

 

 

 通されたのは、グラシア女史の執務室。窓の外からは先ほどの修練場が見え、新人騎士達がシグナムとヴィータに切りかかり、あっさりと弾き飛ばされている。怪我人が多く出そうな光景だ。

 彼女は部屋に備え付けられているサイドテーブルで紅茶を煎れ、茶菓子とともにオレとハラオウン執務官に提供した。

 

「お茶はいつもシャッハにやってもらっているので、少し自信がありませんが」

「謙遜することはない。いい香りだ」

 

 率直な感想。紅茶はあまり飲まないので分からないが、爽やかな香りであり胸がすくものだった。

 三人そろって、紅茶を口に運ぶ。ほぅ、と一息つく。

 

「先ほどはシャッハが本当に失礼致しました。後ほど、わたしの方からも言って聞かせておきます」

 

 最初のときとは変わって、グラシア女史の口調は若干砕けていた。今は公ではなく私としての彼女、ということなのだろう。

 だがこちらは「マスカレード」を取ることは出来ない。彼女がどういう人物であれ、ハラオウン執務官やギルおじさんとは違う。「こちらの自由を保証する存在」ではないのだ。

 

「そこまでする必要もないだろう。彼女は彼女なりに、教会のことを考えての言動だった。こちらの感情を考えての判断なら、それこそ必要のないことだ。こちらは初めから何とも思っていない」

「……そうですか。寛大な御処置に感謝致しますわ」

 

 少しだけ残念そうな顔を見せて、グラシア女史は再び公の仮面を被った。やはり、こちらの仮面を取らせるのが目的だったか。

 それをするには、彼女との信頼関係が足りなさ過ぎる。オレは彼女を知らないし、彼女もこちらの意図を理解しているとは言えない。一歩を踏み出して、もろとも奈落に落ちる可能性もある。

 オレ達は互いにそれを理解し、黙した。――だが、それをよしとしない人物がいた。ハラオウン執務官だ。

 

「……君は、僕達のときと同じだな。教会という「組織」が信用できないのは仕方ないかもしれないけど、カリム「個人」は信用してやれ」

「クロノ執務官……いいのです。わたくしはまだ、彼女に全てを見せていません。警戒されても仕方ないのです」

「君の方の問題じゃないんだ。これは、彼女が今日ここにいる目的に関することなんだ」

 

 ハラオウン執務官は、仮面から覗くオレの目を真っ直ぐに見る。普段だったら狼狽えてすぐに目線を逸らすが、仮面のおかげで直視出来ているようだ。

 オレも、視線を逸らさない。オレの判断が間違っているという彼の説に興味があった。

 

「聞こう。何故、騎士カリムを信用することが、我々がここにいる目的につながる?」

「君が、君達が、「味方」を得るためだ。僕達がこの依頼を斡旋した最大の目的は、君達に「味方」を与えるためだ」

 

 だろうな。わざわざ管理局ではなく聖王教会という別組織の依頼を持ってきた時点で、想像はついている。「ベルカ」という繋がりをもって、ヴォルケンリッターを保護する準備なのだろう。

 だがそれは段階を踏んでやることだ。いきなり「我々は闇の書の主と仲間です」などと言えば、いくらベルカの組織と言えど警戒態勢は待ったなしだ。バグが解消されるまでは、あれが危険物であることに変わりはない。

 

「味方たり得るかどうかは、こちらで判断すべきことだ。あなた方が判断出来ることではない」

「そういうことじゃない。プロジェクトではなく、君達という「個人」の味方の話をしているんだ」

 

 ……それはつまり、彼女がハラオウン執務官やギルおじさんと同じになるということか? 組織の要職としてでなく、個人としてオレ達の自由を保証する存在になると。

 彼らとは、それこそ時間をかけて互いを理解し、今の協力関係を築けるだけの信頼を得た。今日知り合ったばかりの管理世界の住人に対して同じことをしろというのは、無茶が過ぎるのではないだろうか。

 オレの反駁に、彼は短く一言、告げた。

 

「カリムが仮面を取った意味を考えろ」

 

 つまり、あの行為に裏はなく、純粋に個人としてオレと話をしたかったということなのか。

 ……しばし、沈黙。カリム・グラシアという女性の像を、これまでの言動から構築し直す。

 若き騎士。同時に策士。オレと取引が可能な器であり、それでいて慈愛に満ちた……ああ、なるほど。

 理解した。彼女は利己主義によってオレ達を掌握しようとすることはないし、理想主義に走り拡散するようなこともない。「ちょうどいい塩梅」の権力者なのだ。

 

「……もう少し考えるべきだったな。ハラオウン執務官への信頼が足りなかったようだ」

「あまり僕を侮るな。まだ君には届かないが、それでもいつか届くように努力はしている」

 

 そういうことだ。彼は、「オレならばこう考える」という仮説を立て、それを踏襲した上で人材を発掘したのだ。彼一人ではなく、ギルおじさんも噛んでいるのかもしれない。

 だとすれば、オレが求める人材である可能性は非常に高く、そこまで神経質に見定める必要はない。まったく無警戒というわけにはいかないが。

 

「分かった。彼女を信用しよう。ある程度は、な」

 

 そう言ってオレは、目元を隠す仮面を取った。それは心に被せた仮面を一つだけ取り去る行為でもある。

 まだ全てを信用することは出来ない。それは今後、この関係を続けていった先に辿り着くべきものだ。今回はハラオウン執務官の信用分を流用しているだけなのだから。

 オレの素顔(変身魔法で目と髪の色は変化しているが)を見て、グラシア女史は柔らかく微笑んだ。だが次にオレが口を開いた瞬間、それは驚きに変わる。

 

「ちなみに、オレがヌエラに対して何も思っていないというのは事実だから、安心しろ。……いきなり呆けたな」

「君の容姿でその一人称は、初めて聞くとショックが大きいんだよ」

 

 これまで意図的に使用を避けていた一人称を聞き、グラシア女史がショックから立ち直るのに、少しだけ時間がかかった。

 

 

 

「……ごめんなさい。素のしゃべり方はもっと女性らしいと思っていたので。まさかそれが素で、一人称まで男性みたいだったなんて……」

「中々失礼な反応だな。ハラオウン執務官……、よし。『なら、こういうしゃべり方にしましょうか? 私はそれでもかまわないわよ』『あなたが耐えられるなら、だけどね』」

 

 「ヒィ!?」と小さく悲鳴を上げるグラシア女史。これでオレのしゃべり方について理解を得られたことだろう。ジェスチャーでハラオウン執務官に「もういいぞ」と告げる。

 

「な、何かのレアスキルでしょうか……」

「ただの生理的嫌悪感だよ。魔法的な要素は一つもない。本人曰く、「死ぬほど似合わないだけ」だそうだ」

「ちなみに男性だと血を吐いたり気を失ったりする。君のそれはマシな方だ」

「こ、これでマシな方……あなたは怒らせない方がよさそうね」

 

 魔法が隆盛を極める世界にて、魔法ではないただのしゃべり方が恐怖を呼ぶ。おかしな話があったものだ。

 

「今はこの程度の情報開示が限界だ。本当の姿や名前については、今後次第だ」

「想像はついていたけど、やはり変身魔法なのね。あの4人の騎士についても?」

「同様だ。組織というものはどうにも信用が出来ないからな」

 

 聖王教会だけでなく、時空管理局に対しても、オレは一切の信用をしていない。ハラオウン執務官や提督、エイミィ、ギルおじさんとリーゼ達への個人的な信用を、組織にそのまま適用するなどありえないことだ。

 同様に、グラシア女史に対して一定の信用は見せたが、聖王教会に対しては一切を開示する気がない。彼女に見せた偽りの仮面の下すらも。

 オレの判断は、グラシア女史も賛同した。組織に属する彼女にも、いやそんな彼女だからこそ、組織というものの不確かさを感じるのだろう。

 

「身内を悪く言いたくはないけれど、聖王教会内部にも派閥争いというものはあります。教義の解釈の違いや、ロストロギアへの向き合い方、あるいは組織運営としての意向。そういったもので」

「理解は出来る。人には己の主観しかない。極端な話、自分の都合が絶対であり、その他は邪魔者でしかない。だから派閥争いなどということが発生するんだろうな」

「……そういう浅ましい業から解き放たれるための聖王教なのにね」

 

 彼女は悲しげな表情をした。だが、それが人間の、というより生物の本質であり、そこから目を背けても意味はない。簡単に解き放たれるというなら、有史以来の戦争は全てなくなるだろう。

 教会に所属しただけで、あらゆる世俗の欲望から切り離されるわけではないということだ。

 ……少し話は逸れたが、組織としては信用していないという意思を改めて明示する。結局は聖王教会も、ベルカの遺産に理解があるだけの「人の化け物」なのだ。

 

「正直な気持ちを言えば、残念です。あの4人の騎士なら、人々のために何かを成せる大きな力となってくれたことでしょう」

「こちらにその意志はない。見ず知らずの他人に施しをするほど、お人好しではないのでな。自分達のことだけで手いっぱいだ」

「聖王教会に属すれば、あなた方の生活に対する保証も出来ると思いますよ」

「その代わりに精神的な自由が失われるのでは何の意味もない。オレ達は今の生活を気に入っている。それを捨てる気はさらさらないということだ」

 

 そんなことは初めから分かっているだろうに。まあ、彼女の方もあくまで確認程度のものなのだろうが。残念と言う割には表情に変化がなかった。

 これでオレ達の立ち位置ははっきりしただろう。オレ達は自分達の意思を持って動く集団であり、管理局にしろ教会にしろ、組織の都合でコントロールされるものではない。

 そして、「信頼のおける個人」ならば取引も可能であると。理解し、グラシア女史は微笑んだ。

 

「わたしも、いつかはあなたの信頼を勝ち取って直接依頼をしてみたいわ。一人の友人として、ね」

「いばらの道を行こうとする君に忠告だが、オレはそう簡単には友人と認めない。あまり深く踏み込もうとしない方が、互いにとって得だと思うぞ」

「そうかもしれません。だけど、わたし個人があなたと仲良くしたいと思うのは、悪い事ではないでしょう?」

 

 結局は彼女も根本的にはお人好しのようだ。そんな人間だからこそ、ハラオウン執務官から選ばれたのだろうが。

 「そう思うなら、君の好きにするといい」と返し、オレは温くなった紅茶を口に含んだ。グラシア女史は、やはり微笑んでいた。

 

 それからしばらく、オレ達は他愛もない世間話をした。

 彼女には義弟がおり――ヴェロッサ・アコースという。家名は残しているらしく、元は有力な家系なのだろう――彼の生活態度が騎士として相応しくないことが最近の悩みだそうだ。

 オレの方も最近引き取った妹が二人いる話をし、彼女達から愛される一方、愛情表現が行き過ぎて少し重いという悩みを打ち明けた。

 互いに贅沢な悩みであり、顔を見合わせて笑った。オレは相変わらず口元だけの笑みだったが。

 

 

 

 

 

 新人研修は滞りなく終了した。やはり怪我人は出たようだが、そこまで大きな怪我をした者はいなかった。ザフィーラの迅速な誘導、シャマルの適切な処置もあり、負傷者も明日からすぐに通常訓練に戻れるそうだ。

 やはりと言うべきか、シグナムは新人たちの人望を勝ち取ったようだ。特にヌエラとは(新人ではないが)互いに友人と呼ぶことが出来る仲になっていた。脳筋は単純で楽だな。

 シグナムと比べればヴィータは人気が少なかったが、それでも彼女のマルチロール能力は高く評価された。最後に、新人代表だったアルトマンからは「あなたのような騎士を目指します」と誓われていた。

 そんな風に思われるとは予想外だったらしく、ヴィータは顔を赤くしてそっぽを向いた。そういうところが、可愛い奴だ。

 オレもグラシア女史とハラオウン執務官の二人に別れを告げ、5人で長い帰路についた。

 

「でさ。アルベルトの奴、鼻血垂らしながら歯ぁ食いしばって突っ込んでくんの。あいつがマジだったってことは分かってんだけど、こっちは笑うの堪えるのに必死だったよ」

 

 バスからレールウェイへ。ヴィータは今日の新人研修の様子を、興奮したように話していた。なんだかんだ、彼女もアルトマンのことを気に入っていたようだ。

 既に仮面は取っているが、変身魔法は解くことができない。大人の姿のヴィータが普段通りに振る舞っている姿は、何だかおかしな感じだった。

 

「人の本気を笑うものではないぞ、ヴィータ。アルトマンは必死でお前に喰らいつこうとしたんだ。新人ながら、賞賛すべきことだと思わんのか」

「だから堪えたんだっつーの。お前もアレ真正面から見たら絶対噴き出すから。下手に元がイケメンだから、おかしいのなんのって」

「ヴィータは随分とアルトマンのことを気に入ったんだな。ああいうのが好みか?」

「バッ……違ぇーよ! きゅ、急に何言い出すんだよ、ミコト!」

 

 オレのツッコミに、顔を真っ赤にして否定するヴィータ。ヴォルケンリッターでも恋愛感情を持てる可能性は、既にシャマルが示してくれているのだ。

 それでもヴィータが彼に対してそういう思いを持っているかは不明だ。今のは単なる話のノリというか、からかっただけだ。

 

「あらあら、今日は帰ったらお赤飯かしら」

「シャマルっ! だから違うっつってんだろ! あたしはただ、あいつの根性は評価したってだけだよ!」

「騒がしいぞ。車内なのだから静かにしろ、ヴィータ。他の客の迷惑になる」

 

 ちなみに今いるのは、ハラオウン執務官が手配した特急の個室である。多少騒がしくしたところで、他の客の迷惑になることはない。なのでザフィーラの指摘は、やっぱりただの話のノリだ。

 

「何にせよ、実りある依頼になって何よりだ。二人とも得るものはあったんだろう」

「……まあ、そりゃな」

「シャッハの剣。私には通用しませんでしたが、学ぶべき点はありました。あやつとは良き友になれるでしょう」

「それでいい。君達がこちらの世界に信頼できる人物を作ることは、悪いことではない」

「ミコトちゃんも、あの後カリムさんとお話したのよね。どうだった?」

 

 シャマルはオレ達の参謀。つまりはオレ側の存在だ。同じような立ち位置にあるグラシア女史の方が気になっていたようだ。

 

「慈愛に満ちた策士だったよ。信頼までは出来ないが、彼女個人を信用することは出来る。組織の危うさをちゃんと理解していた」

「そう……やっぱり、聖王教会も危ないのね」

「多分、な。オレ達はオレ達で、この自衛方法を続けるしかないだろう」

「……次に依頼が来た時も、またこのカッコしなきゃなんねーのか。だりぃーな」

 

 これはどうしようもないことだ。オレ達がオレ達として活動するためには、組織に介入されてはいけない。絶つべきものは絶たねばならない。

 管理局にしろ教会にしろ、それは変わらない。理解を得る必要はあるが、深入りしてはいけない。これは絶対則と言っていいだろう。

 

「すまんな、ヴィータ。窮屈な思いをさせてしまう」

「別にいいよ。ミコトと、はやてのためだもん。……いや、あたしのためでもある。あたしだって、変な横やりで今の生活を壊されたくない」

「……私も同じ気持ちです、主。二人の主のお側で、皆の日常を守りたい。これが私の偽らざる思いです」

「翠屋でアルバイトをして、家事を手伝って、皆で一緒にご飯を食べて、新しい朝を迎えて。そんな毎日が、わたしは好きよ」

「……同感だ。お前は何も間違ってはいない。胸を張れ、ミコト」

 

 ザフィーラに言われ、気付く。自分の中にあった「本当にこれでいいのか」という不安だ。

 決断をするときにはいつだってついて回る感情。絶対などどこにもない。どれだけ合理的に下した決断であっても、たった一つの予想外によって崩れ去ることがある。

 シグナムは、ヌエラと友好を結べた。ヴィータは、アルトマンに憧れを抱かれた。その関係は、オレの決断次第で簡単に引き裂かれてしまう。

 彼女達にとって本当に大切なものを、こちらの都合で捨てさせてしまうかもしれない。割り切っているつもりでも、オレはもうこの感情を知ってしまっていた。

 ふぅ、とため息をつく。どうやらオレは、思っていたよりも気を張っていたようだ。

 

「安心出来たよ。少なくとも、家族を守る選択は出来ているようだな」

「私は、主の選択を疑ったことなどありません。……恥ずかしながら、主を主と認めてからは、ですが」

「チッ、ツッコんでやろうと思ったのに」

 

 笑いが起きる。オレが守れるものなど、そう多くはない。オレ達の居場所を守る。その程度のことだ。

 なら、全力でそれを遂行するまでだ。やるとなったら容赦しない。それが、八幡ミコトなのだから。

 

 それからはまた、ヴィータが新人研修の感想を語りだした。やっぱり、大体はアルトマンについてのことだった。

 

 

 

 

 

 ――オレはまだ、気付いていなかった。オレ達のこれからは、当たり前に続いて行くと思っていたんだ。

 

「やれやれ、すっかり暗くなってしまったな。ただいま戻ったぞ」

「っ、ミコト! ミコトぉ!」

 

 リビングから飛び出してきたフェイトが、オレの胸に飛び込んでくる。変身は既に解いているため、覆いかぶさるという表現の方が正しいかもしれない。

 一日オレがいなくて寂しかったのか。そう思って頭を撫でようとし……彼女の様子がおかしいことに気付く。

 彼女は、震えていた。まるで何かに怯えるように。

 異常を感じたオレは、すぐさま頭を切り替えた。彼女の体をオレからはなし、真剣な目で彼女を見る。

 

「何があった」

 

 簡潔にして明快に。フェイトが冷静に答えを返せるように、冷静に問いかける。

 そして――オレが冷静でいられたのは、ここまでだった。

 

「はやてが……はやてが、たおれた。きゅうに、くるしみだして……っ!」

 

「………………え?」

 

 

 

 ――オレはまだ、気付いていなかった。終わりの時は、もうすぐそこまで近づいていたことに。




急転直下。はやてが倒れないように定期的に蒐集を行っていたにも関わらず、倒れてしまいました。闇の書に原因がありそうですが……。
今の闇の書には少々おかしなところがあります。たった数ページの蒐集で管制人格が一時稼働したり、はやてが夢の中で見た紫色の輝きなんかもありました。このあたりが怪しそうです。
今回の件により、ミコト達にはタイムリミットが設けられてしまいました。具体的にはまだ分かりませんが、はやてのリンカーコアが浸食され切る前に、決断をしなければなりません。
はやてとともに封印されるのか。それとも、蒐集バグを抑える妙案を思いつくのか。それが決定するとき、この物語は収束に向かうことでしょう。

作中でもある程度描写しましたが、5人の変身後の姿を記します。

・ミコト
髪は金、瞳は青。身長160cm程度。それ以外は特に弄っておらず、今回は服装もソワレの黒衣をそのまま使用。
仮面は花を模したもので、コードネームである"プリムラ"にちなむ。なお、プリムラ・マラコイデスの花言葉は「運命を開く」。

・シグナム
髪も瞳も黒。身長変化なし。ボーイッシュな雰囲気を強くした風貌となっており、髪が短い。イメージは「とある魔術の禁書目録」の神裂火織をショートカットにした感じ。
レヴァンティンは和風な野太刀に近い形状になっており、この状態では変形機能を使用することが出来ない。
コードネーム"カピタナ"は、コメディア・デラルテのストックキャラクター「イル・カピターノ(戦士)」より。仮面は鷹を模したもの。

・ヴィータ
髪は茶色、瞳は赤。顔は変えていないがミコトと同じように160cm程度まで身長を伸ばしている。イメージは「Rosenkreuzstilette Freudenstachel」のシェラハ・フューラーをヴィータの顔にした感じ。
グラーフアイゼンは通常よりも大き目なハンマーとなっており、やはり変形機能は使えない。
コードネーム"メッツェ"は「メッツェッティーノ(トリックスター)」より。仮面は虎を模したもの。

・シャマル
髪も瞳も茶色。顔は勝気な印象のある女性。イメージは「THE IDOLM@STER DearlyStars」の日高舞。中の人繋がり。
クラールヴィントは色が赤に変わっているのみ。性能に制限はない。
コードネーム"ドレッサ"は「イル・ドットーレ(医者)」より。仮面は薔薇を模したもの。

・ザフィーラ
髪も瞳も黒。所謂イケメン顔で、イメージは「NAMCO x CAPCOM」の有栖零児。
コードネーム"ジャンドゥ"は「ジャンドゥーヤ(農民)」より。仮面は狼を模したもの。

ついでに技解説。

・流れ三段
元ネタはルーンファクトリーに登場する必殺技(ルーンアビリティ)。適性武器は両手剣。
本来は突き、切り上げ、払いの三段攻撃だが、今回は防御と攻撃を流れるように行うカウンター技となっている。
ミコトの推測通り、アルバイトで臨時講師をやっている剣道場の道場主に気に入られて教わった技。但し彼女のアレンジは入っている。

ではまた。


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四十七話 宣告

Roundabout(yes)のターン。

2016/09/07 「クロノへの報告」パートを全てカギ括弧で括りました。
2016/10/27 誤字報告を受けたので修正。
急激の→急激に こういう系の誤字って実は結構多そう。


「……そこから先は何があったか、断片的にしか覚えていない。フェイトからの報告があまりに寝耳に水で、思考がショートしたんだろうな。

 覚えているのは、オレ達が駆けつけたときには既にはやては気を失っていたこと。帰宅の1時間前、夕飯の支度をしている最中に苦しみだしたと聞いたこと。速やかにお前達に連絡をするよう言ったこと。それぐらいだ。

 お前達が来たときには小康状態になっていたわけだから、シャマルに応急処置の指示を出したか、あるいは彼女が自身の判断でそれをしたか。推測できるのはそのぐらいだ。

 多分……オレは、油断していたんだろうな。「夜天の魔導書のバグは落ち着いているから、はやては安全だ」と。そうやって油断して、はやてに回す意識を緩めた結果がアレだ。

 分かってるさ。オレは、全てが終わった後に必要なことを先んじてやっていた。無駄に時間を過ごしていたわけじゃない。ちゃんと理解出来ている。

 だが、それも「全てを終わらせられれば」という前提条件の下での話だ。終わらせられなければ、結局全ては無駄に終わってしまう。オレは、優先順位を振り間違えたんだ。

 ただ、自分のミスを認めているというだけだ。今更過ぎたことをグダグダ言う気はない。……それはもう終わらせてきたからな。

 

 以降の話は、お前も知っての通りだ。

 はやては治療のためにアースラに運ばれ、オレ達八神家もそれに同行した。連絡を入れたなのはと恭也さん、ガイの三人も、すぐに集まった。

 はやてが倒れた原因は、急性の魔力虚脱症。一般的には大魔法などを行使し魔力を消耗しすぎた場合に起こる症状、だったな。

 幸いにしてそのときは命に別状はなかったが、その原因はやはり、夜天の魔導書による魔力簒奪だった。

 定期蒐集により落ち着いていたはずのバグが急激にその活動を増して、はやてが構築していた防壁を抜いて魔力を奪った結果、リンカーコアが圧迫されてはやては気絶した。

 ……これも未報告だった、というか報告する機会がなかったんだが、はやてはあの時点で魔力簒奪に対抗するプログラムのプロトタイプを構築出来ていた。あの件の一週間ほど前から、実際に行使していた。

 お前達から提供された資料で、夜天の魔導書の蒐集のロジックというのが「コア境界の同化による疑似一体化」だということが分かっていたので、コアを覆う形でダミーターゲットを用意するという手法を用いていた。

 実際にそれは功を奏し、はやての足の麻痺はみるみる回復していった。あの依頼があった日、はやては試験的に松葉杖を手放して動いていたはずだ。……倒れたはやての周りに、杖はなかったと思う。

 少し話は逸れたが、検査を行ったときには魔力簒奪も小さくなっていた。だが確実に以前よりも強くなっており、予断を許さない状況であることは明白だった。

 オレ達にはタイムリミットが課せられ……とうとうプロジェクトの期限を切るときがやってきた」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 まだ頭の中がグルグルしている。様々な取り留めのない思考が、意味がないと分かっているのに浮かんでは消える。自分で自分をコントロールできなかった。

 今は次元航行艦「アースラ」にて、はやての処置を待っている。……この艦に簡単とは言え医療施設が存在して本当によかった。

 シャマルの診断で魔力消耗による虚脱であることと、はやてのリンカーコアに強い圧力がかかったことは分かっている。だがあの場で出来たことは、コアを圧迫しないように外側から魔力を供給することだけだった。

 もしもコアが損傷していたら、すぐに治療を行わないと取り返しのつかないことになりかねない。魔法使用の面でもそうだし、肉体面でも何らかの後遺症が発生する可能性が十分にある。

 何の医療器具もないあの場でコアの治療など出来るわけがない。だからハラオウン執務官に連絡を取り、早急にアースラに運んでもらった。そうやって何とか本格的な治療までこぎつけることが出来た。

 ……もしあのまま何も出来なかったら、はやてはどうなってしまっただろう。よくて麻痺の拡大、最悪命の危険もあった。それを思うと、背筋が震えた。

 そして今もまだ、予断を許す状況ではないのだ。

 

「っくそ! どうなってやがんだ! 今朝まではやては元気だったじゃねえか!」

 

 ダンッとアースラの壁を叩き、ヴィータが吐き捨てる。その疑問に答えられる者は誰もいない。いくつか仮説を立てることは出来ても、自信を持って答えることは出来ない。

 こういうことを嗜めそうなザフィーラも、今はヴィータを止めない。同じ思いだからだろう。どうしてこうなってしまったのか。

 シグナムはオレを支えてくれている。正直、彼女の支えがなかったら崩れ落ちてしまっているかもしれない。自分の体が自分のものでないかのように、力が入らない。

 皆の視線は、「処置中」のランプが点灯する医務室へと向けられている。あそこでは今、シャマルとミステール、アースラの医療スタッフが懸命に治療を行ってくれている。

 フェイトとアリシアは、互いの体を抱きしめて震えをこらえていた。アルフは、そんな二人を守るように人型となって抱きしめる。

 オレとはやての娘であるソワレは一番悲しんだ。今は泣き疲れて眠っており、ブランが彼女を背負っている。……ブランもまた不安を隠せていない。

 

「皆! はやてちゃんはっ!?」

 

 通路の方から、三人の仲間が走ってくる。なのは、恭也さん。それからガイも。彼らにも、はやてが倒れたという報告は行ったようだ。

 オレは答えられず、代わりにシグナムが首を横に振る。ここまで必死で走ったのだろう、なのはは疲労と心労により膝から崩れた。

 それを支えたのは恭也さん……ではなくガイ。恭也さんよりも素早くなのはの異変を察知し、滑り込むように肩を貸した。

 一瞬驚いた恭也さんは、頷いてからオレの方に近づく。シグナムの肩に手を置き、「お前も少し休め」と言って役目を交代した。

 

「……はやてを信じろ、ミコト。あの子は、「相方」を残して逝くようなタマか」

 

 恭也さんから力強く励まされる。……以前のオレなら、「無根拠な励ましは求めていない」と突っぱねたかもしれない。

 だけど今は分かる。この人がどれだけオレのことを思ってくれているか。「無根拠な励まし」が誰のために向けられているか。

 もしかしたら、それが今一番欲しかった言葉だったのかもしれない。……まったく、天然女殺しが奇妙なところで役に立つものだ。

 

「少し、気が楽になりました。ありがとうございます」

「ああ。もっと俺を、俺達を頼ってくれ。何もかもをお前一人が抱え込む必要はない」

 

 その通りだ。オレに出来ることなどたかが知れている。今はこうして心配することしか出来ないように。だったら、出来ないことは人に任せて、出来ることをするまでだ。

 混乱状態にあった頭を鎮める。……まだ完全とは言わないが、ある程度は制御が戻ってきた。ならば考えよう。オレにはそれしか出来ないのだから。

 

 何故はやては倒れてしまったか。急性の魔力消耗による虚脱症。これはつまり、原因が夜天の魔導書の例のバグにある可能性が非常に高い。

 今まで沈黙を保っていたバグが何故急に活性化したのか。やはり仮説はいくつか立てられるが、現段階で確定することは無理だろう。判断材料が足りなさ過ぎる。

 たとえば、蒐集バグに対抗するための「防壁プログラム」がバグを刺激してしまい、それが原因で活発化したとしよう。

 それならば、魔力簒奪の勢いが衰えた理由が分からない。もしこれが一時的なものでなかったら、今頃はやては……考えるな。今それを考えて何になる。

 思考をクリア。ともかく疑問点への答えがないため、仮説一に過ぎない。

 あるいはガイが語った「作品の世界線」と同じ形に世界そのものが収束しようとしたとする。そういう力もないわけじゃない。

 だがこれもおかしい。何故なら、オレ達のいる時間軸は「作品の世界線」が満たすべき可能性を振り切っている。こうなってしまえば、所謂世界の修正力とでも言うべきものは、効力を発揮することができない。

 戻るべき基準が存在しないのだ。あるいは、戻るべき基準が違うとも言える。基準が違えば、収束する結果もまた違う。つまり、「作品の世界線」への収束は最早ありえないのだ。

 とはいえ、「前例」ではある。故にバタフライエフェクトが連鎖した結果として、似たような結果に収束することはありえるかもしれない。やはり仮説二でしかないわけだが。

 結局今ある現実というのは、はやてが魔力簒奪の活発化によって倒れてしまったという事実のみ。原因を考えるのは、今すべきことではないな。

 考えるべきはこれからのことだ。均衡は破られてしまった。つまり、これまで無期限ということになっていたプロジェクトに、明確な期限が発生することとなる。

 それがいつになるかは分からないが、現段階で修復の目処は立っていない。……最悪のパターンが起こり得るものとして現実味を帯びてきた。

 

「っ……それは、いや、だな……」

「ミコト……?」

 

 はやてとともに封印されること。それは次善策としてオレ自身が望んだことでもある。もし修復が叶わないなら、せめてはやてと永劫をともにしたいと。

 だけどそれは、当たり前だが、他全てとの別れを意味する。オレの家族。オレの友達。オレの仲間。オレの知人。

 そういったもの全てを、簡単に切り捨てられるのか。……以前も簡単ではなかったが、今よりは簡単だった。何せオレはあのとき、「寂しい」という感情を知らなかったのだから。

 だけど、知ってしまった。大事なものは増え、弱さを得てしまった。以前ほど冷徹に切り捨てることは出来なくなった。

 皆と永遠の別れをすることが……今のオレには、明確に嫌だと思えた。

 

 なら、どうするのか。最高の結末を迎えるしかない。その可能性を、最後まで捨てない。そして考える。そのためにはどうすればいいか。

 最悪の結末はもう用意したのだから、これ以上考える必要はない。そのときが来てしまったら……騒がず、受け入れるだけの話だ。

 オレは本当に出来ることを全てやってきたのか。出来ないことは人任せにしてきたが、その間オレはオレに出来ることをやり切っていたのか。

 資料の解読はミステール任せにしていたが、本当にオレに出来ることはないのか。あるいは「コマンド」が役に立つことがあるのではないか。

 もう一度精査すべきだ。オレに出来る可能性を、全て洗い出す。そして成し遂げるのだ。

 

 決意を改めたところで、医務室のランプが消えた。全員が弾かれたようにそちらを見ると、扉が開き騎士甲冑姿のシャマルとミステールが出て来た。

 

「シャマル! はやては!?」

「……大丈夫よ、ヴィータちゃん。後遺症も特になし。今は麻酔が効いてるけど、あと数分もすれば目を覚ますと思うわ」

「わらわもちと疲れたわい。湖の騎士殿は、存外人使いが荒いようじゃな」

 

 二人とも疲れた顔をしていたが、表情は安堵のものだった。ミステールなどは冗談を交える余裕も戻ってきたようだ。

 ヴィータはそれだけ聞くと、一目散に医務室の中へと駆け込んだ。フェイト達、なのはとガイがその後に続く。

 オレは彼女達には続かず、シャマルとミステールから詳細を聞くことを優先した。

 

「原因は?」

「やっぱり、夜天の魔導書のバグで間違いないでしょう。はやてちゃんが使っていた防壁が、跡形もなく消し飛んでいた。あんなことが出来るのは夜天の魔導書ぐらいのものだわ」

「起こり得る可能性としても、じゃな。そんなことが自然に起こり得るなら、魔導師はおちおち眠れやせんじゃろう」

「……それで」

「詳しいことは分かってないけど……ある一瞬に蒐集の力が強烈にかかった可能性が高いわ。それがはやてちゃんの魔力まで奪い、無防備になったコアは魔力簒奪の影響を強く受けることになってしまった」

 

 つまり、バグが活性化したのはほんの一瞬であり、その一瞬でダミーターゲットが消滅し、コアにまで影響を及ぼしたのか。……防壁プログラムが使われていなかったらと思うと、ゾッとする。

 

「それ以外には、何か」

「……これはまだ事実確認できていないけど、夜天の魔導書の中に、"何か"がいるわ。あの子と防衛プログラム以外の"何か"が」

 

 曰く、はやてのコアに残されていた魔力の波長に、おかしなものが混じっていたとのことだ。それは魔導書のものではないし、防衛プログラムとも思えないものだそうだ。

 

「防衛プログラムは、わたし達守護騎士とは違って、ただのプログラムに過ぎないはずなの。つまり、それを動かすもとになる魔力は夜天の魔導書から供給されることになる。波長がそれほど変化することはないのよ」

「ところが今回検出されたそれは、大幅にずれておった。たとえるなら、真っ白であるはずのものが漆黒に染まるほど、といったところじゃ」

「……"夜天の魔導書に封じ込められた闇"、ということか」

 

 また一つ明らかになった事実に頭を痛める。確かに事実が明らかになるのは喜ばしいことだ。だが、防衛プログラムというただでさえ頭を痛める事柄が既にあるのに、お替りが来た日には苦しくもなる。

 ともかく、バグが急激に活発化した原因は、その"闇"にありそうだ。……そういうことならば。

 

「分かった。そちらに関してはオレの方で調査を進めよう。君達は気にしなくていい」

「ミコトちゃん? で、でも……」

「"封じられた闇"と呼称しよう。これは、バグそのものではない。バグの原因と決まったわけでもない。つまりは調査したところで直接的に修復の役に立つものとは限らない」

「じゃから、わらわ達は今まで通りバグを直すことだけを考えろということか。……主殿は分かっておろうが、一人でどうにか出来るようなものではないぞ」

「だからこそ、だ。優先順位を間違えるな。正直に言って、調査という面で考えた場合、オレは君達の足元にも及ばない。こんなものは、わずかでも可能性を増やすためのものでしかない」

 

 0.1%か、0.01%か。あるいは百万分の一の確率か。そんなものに、調査の主力を割り当てるわけにはいかないのだ。

 

「もう、時間は残されていない。……君達はとっくに気付いているだろう」

「それ、は……っ。どうして、もっと早く気付けなかったのかしらね……」

「表面上は平穏じゃった。慢心しておったのは、わらわも同じじゃ。時間さえあれば何でも出来る、とな。……こんな体たらくで、何が"理の召喚体"か」

「あまり自分を責めないでください、ミステールちゃん。あなたにそんなことを言われたら……何も出来ないわたしには、何も言えなくなってしまいます」

 

 自己嫌悪に陥ったミステールを、悲しげな顔でブランが窘める。ミステールはそのまま黙り込んでしまった。

 ……皆、同じなのだ。平穏を望むあまり、最悪の事態を想像することを怠ってしまった。それでどうにかなったとは限らないが、危機感はもっと違っただろう。

 オレがこのチームのリーダーだと言うのなら、オレがかじ取りを間違えたことが原因なのだ。そのことについてまで、皆が責任を感じる必要はない。

 

「分かっているなら、今反省会をするな。全てが終わった後で……どういう形になるかは分からないが、そのときで十分だ」

「……分かり、ました」

 

 冷たく切り捨てるような言葉だが、シャマルには理解出来たようだ。考えるべきことは、どうにかして時間内に夜天の魔導書を元の形に戻すことなのだ。何故気付かなかったか、ではない。

 今得られる情報はこんなものか。ミステールとソワレのことはブランと恭也さんに任せ、オレも医務室の中へと入ることにした。後ろから、シグナムが従うように着いてきた。

 

 

 

 はやては既に起きていた。体を起こし、ヴィータに抱き着かれている。表情はいつものあっけらかんとした明るいもの。

 だけどタイムリミットが迫っていることを知ったオレには、それが胸を締め付けるほど辛いと感じられた。

 

「あ、ミコちゃん。心配かけて悪かったな。もう大丈夫や」

「……そうか。足は、動くのか?」

「あー……またちょっと鈍なっとるわ。せっかく杖なしで歩けてたのになぁ」

 

 後遺症はなかったが、防壁がなくなったことによって再び魔力簒奪の影響を受けている。リンカーコア圧迫の影響による麻痺が出てしまったようだ。

 今この場に松葉杖はない。帰りは誰かの肩を借りるか、あるいは負ぶって行くしかないな。

 はやての表情に陰りはない。オレなどより、よほど強く現実を受け止めていた。

 

「大丈夫なの!? ほんとのほんとに、痛くないの!?」

「なのちゃんは心配性やなぁ。さっきから何ともないって言うとるやろ? 一瞬苦しかっただけやって」

「でも、たおれたんだよ!? あんな、バタンって……!」

 

 目の前でそれを見ていたフェイトは気が気でなかっただろう。さすがのはやてもばつが悪そうに笑いながら、彼女の頭を胸に抱く。

 

「ほんとごめんなぁ。けど、ふぅちゃんのおかげで助かったんよ。倒れたとき、ずっと手を握ってくれとったやろ。安心できたわ」

「うぅ、はやてぇ……」

 

 アリシアはアルフに負ぶわれていた。緊張の糸が切れて眠ってしまったようだ。小さな体には、この時間まで起きていることだけでも酷だったろうに。

 そしてガイは……悔恨の表情で顔を下に向けていた。

 

「……すまねえ、はやてちゃん。すまねえ、ミコトちゃんっ。俺が、俺が蒐集を提案したばっかりに……!」

「ガイ……」

 

 彼は、今回の事態が自分の提案が招いたことだと自身を責めていた。実際のところ、それが原因なのかはまだ分からない。

 彼にとって微量の蒐集の継続は「イレギュラー」な行為だったのだろう。だから予想外の事態が全て自分の責任だと思ってしまっている。

 

「お前の責任ではない。お前の話では、蒐集を行わなくてもはやては倒れていたんだろう。少なくとも定期蒐集の結果として、はやてはある程度回復した。お前が自分の提案を悔やむ必要は何処にもない」

 

 それに、実行を決断したのはオレだ。彼は提案しただけであり、それが有用であると判断したのは、他ならぬオレなのだ。

 だからやはり、全ての責任はオレが背負うべきなのだ。リーダーを任されている以上は、それが必然だ。

 

「背負う必要のない責任に思考を巡らせるな。下手の考え休むに似たりと言うだろう」

 

 こいつはヘラヘラ笑って茶化しているぐらいでちょうどいい。……オレも、なんだかんだとそれに助けられてきた面はあった。

 すぐには切り替えられないだろう。彼の近くになのはが寄り添い、支える。この二人も、互いに支え合う関係になれたようだ。……お似合いじゃないか、本当に。

 しばらく二人にしておくのがいいと思い、オレは改めてはやての方に行く。

 

「今、ハラオウン執務官がギルおじさん達に連絡を取ってくれている。今すぐは無理だろうけど、明日か明後日ぐらいには来てくれるはずだ」

「おじさん達にも心配かけてまうなぁ。……今後のことでも」

 

 やはりはやてにも分かっているか。この子は非常に聡明だ。その程度の理屈が、分からないはずがない。

 

「それで、その間は学校を休んで、はやてはアースラで看てもらおうと思っている。ここなら何かあってもすぐに処置が出来るからな」

「そこまでせんでもええやろ。わたしのことで艦の皆に迷惑かけられへんわ。他にもお仕事あるんやから」

 

 この艦のスタッフは、全員ハラオウン提督の息がかかっている。信頼は出来ずとも信用だけならそれなりに出来るはずだ。最悪夜天の魔導書のことが明るみになったとしても、艦内だけで止められるだろう。

 逆にこの艦以外で管理世界の医療施設を使おうとなると、どうしても情報の秘匿が難しくなる。だから、この艦がはやてを治療できる唯一の医療施設と言ってもいい。

 

「またはやてが倒れたら、どの道ここに駆け込むことになる。急患と入院患者、どっちの方が病院にとって楽か考えてみろ」

「アースラを病院扱いしないでもらいたいな。僕達に出来ることはそのぐらいしかないのかもしれないが」

 

 ハラオウン執務官が医務室に入ってきた。ギルおじさん達への連絡が終わったようだ。

 

「無限書庫にこもっているユーノにも連絡をして、明日来るそうだ。会議室は既におさえてある。手間を考えたら、今日一日はここに泊まってもらった方がこっちにとっても都合がいい」

「だ、そうだ。はやて、どうする?」

「……しゃーないなぁ。学校はちゃんと行っときたいんやけど」

 

 それについてはオレも同意見だが、こればかりは仕方がないことだ。オレとフェイトも、なのはと恭也さんとガイも欠席することになる。

 彼らもそれで異論はないらしく(ガイは何とか返事が出来る程度にはなったようだ)、この日は全員アースラに泊まることになった。

 

 

 

 

 

 翌日早朝(と言ってもアースラ内では日の出が分からないため、時刻での判断だ)ギルおじさん達はやってきた。……ギルおじさんと、リーゼロッテのみだ。

 ユーノが無限書庫のかなり深い場所で調査をしていて、アリアがそれを呼びに行っており時間がかかるとのことだ。そういうことならば仕方がないか。

 ともあれ、今いるプロジェクトメンバーのみで会議室を使用し、一応盗聴対策をしてから緊急会議を始める。

 

「皆さん既にご存知の通り、昨晩8時頃、はやてちゃんが倒れました。原因は魔力消耗による虚脱。検査の結果から、夜天の魔導書の魔力簒奪が一時的に激化したために発生したと考えられます」

 

 まずは治療を行ったシャマルが発言者となる。全員、真剣な表情で聞いており、空気が張りつめている。

 

「何故バグが活性化したのか、今のところは判断できませんが、夜天の魔導書内部に管制人格・防衛プログラム以外の「第三のプログラム」の存在が示唆されています」

「……また新たな障害が発生したということかね」

 

 シャマルの報告に、重々しく口を開くギルおじさん。やはり"封じられた闇"については、彼も知らなかったようだ。表に出てきているのはあくまで防衛プログラムの影響なのだ。

 「残念ながら……」と言葉を区切り、表情を仕切り直してシャマルは続ける。

 

「以降はこれを"封じられた闇"と仮称します。"封じられた闇"のバグそのものとの因果関係は不明であり、これについてはミコトちゃんが調査を進めることを予定しています」

「ミコト君が?」

「調査の主力をバグ解消から外すわけにはいきません。現状で調査作業が可能であり、かつ余剰となっているオレが動くのが妥当であると考えました」

 

 ギルおじさんの疑問に、オレが捕捉して答える。理解は出来たようだが、納得はいかない様子だ。

 

「だがそれだとミコト君一人に負担が集中してしまわないかね。君はチーム全体の指揮という役割も担っているだろう」

「……その件については、現場判断に任せて大丈夫かと思います。もう、方向性は決まっていますから」

 

 「指揮」という言葉にはツッコミを入れず(言いよどんだが)、ギルおじさんの懸念に解答を示す。

 一度彼から視線を外し、全体に向けて今後の方針について提示する。

 

 

 

「今後は、夜天の魔導書の完成に向けた蒐集を行う。可能であるなら、665頁までだ」

『えっ!?』

 

 なのはとフェイトが驚きの声を上げる。他は……何となく理解していたようだ。

 二人の驚きを今は放置して、オレは理由を述べた。

 

「バグの活性化は、いつまた起きるか分からない。そしてはやてがいつまでそれに耐えられるかも分からない。……耐えられなかったとき、夜天の魔導書は新たな主を求めて転移することになる」

「つまり、我々が協力するための「利害の一致」が破綻してしまう。そうなる前に、次善策の方に移らなければならない。そのためには夜天の魔導書が完成目前になっていることが前提となる。……そういうことだね」

 

 ギルおじさんが引き取った説明に、頷いて肯定を示す。次善策――完成した夜天の魔導書の暴走に取り込まれ、オレとはやてごと凍結封印を行う。だからいつでも移れるように、魔導書は完成間近でなければならない。

 今の今まで思考の外に追いやっていたのだろう、二人は「それ」が現実に起こりうることだと認識し、悲しみを表情に浮かべた。

 

「そんなのっ! わたしは嫌だよ、ミコトちゃん! ミコトちゃんともはやてちゃんとも、お別れしたくないよぉっっ!」

 

 涙交じりの叫び。……オレだって嫌だ。だけど、可能性は可能性だ。そこだけは割り切らなければならない。

 崩れそうになる表情を取り繕い、オレは言葉を紡ぐ。

 

「まだ諦めるとは言っていない。だが、次善策を視野に入れなければならない状況になった。いざそのときが来て何の準備も出来ていなければ……はやてを無駄死にさせたいのか」

「っ……! やらなきゃ、いけないんだね……」

「ふぅちゃん!?」

「なのは。わたしも、家族を失いたくなんかない。でも、もし復元に失敗して、そのときに書の準備が出来ていなかったら……本当の意味で、はやてを失っちゃうんだ」

 

 ……誰一人、次善策と言いつつも、それを選択したいなどとは思っていない。ギルおじさんも、表情こそ無を貫いているが、手が白くなるほどに握りしめられている。

 それでも、やらなきゃならない。そのときが来てしまったら、個人の感情など関係がない。

 それを理解し、なのはは静かに泣いた。……もう反論はないようだ。

 

「完成を目指すということになれば、必然的に目標は大型魔法動物に移ることになる。危険は大きくなるが、人間から奪うわけにはいかない。シャマル、効率はどの程度になる?」

「通常の大型で2頁前後、大物で5頁、竜種なら10頁ほど。古代竜なら100頁以上も可能だけど……そもそもの遭遇率からして現実的ではないわね」

「なら竜種は狙わなくていい。現在5頁で、残りは660頁。一日20頁ずつ蒐集出来れば、およそひと月で完成目前まで持っていける」

 

 竜種ともなれば、下位種でも相応の苦戦を強いられることになる。それでは逆に効率が悪くなってしまう。面倒でも特殊性のない大型を狙うべきだ。

 万全のバックアップ体制さえあれば、ヴォルケンリッターならば十分に戦えるだろう。

 

「あとは無理のないスケジュールさえ組めば、現場判断のみで十分こなせるはずだ。オレのような足手まといがわざわざ前線に出る必要はない」

「……これだけは言わせて。ミコトちゃんは、足手まといなんかじゃないわ。わたし達の頼れる指揮官。後ろにいてくれるだけで安心できる、わたし達全員のリーダーよ」

「そう言ってもらえるだけで十分だ」

 

 オレの自己評価が納得できなかっただけで、シャマルは異論なし。心情的に納得できているかは別問題だが。

 ヴォルケンリッターは皆同じ。納得はできない、それでも従うしかない。そういう表情だった。……そんな顔をさせてしまって、本当にすまない。

 

「高町兄妹とガイ、それからフェイトとアルフについては、協力出来るときだけで構わない。君達には……どんな形になったとしても、確実に明日が残されている」

「っ、ミコト、ちゃん……」

 

 なのはがポタポタと机の上に涙をこぼす。けれど、それが現実だ。彼女達の日常は、たとえオレ達が封印されても続く。蔑ろにするわけにはいかないのだ。

 フェイトも泣きながら、なのはを抱きしめた。……彼女達を見ていたら、オレまで零してしまいそうだ。

 

「今後の現場判断はシャマルに任せる。オレは、無限書庫を当たるか、これまでの資料をもう一度精査するか、ともかく情報面で動かさせてもらう。これがオレの考えです」

 

 改めて、ギルおじさんの方を向く。彼も分かっている。もう次善策の準備に入らなければならない段階まで来ていることを。分からないはずがない。

 だからその現実をしっかりと受け止めてから、頷いた。

 

「……分かった。ミコト君に、無限書庫の使用許可を与えるように手配する。気が済むまで調べるといい。……辛い戦いになるぞ」

「ありがとうございます。覚悟の上ですよ」

 

 これで、やることは決まった。ヴォルケンリッターは夜天の魔導書完成に向けた蒐集、なのは達はその手伝い。ミステール達は、バグ除去の方法確立。

 そしてオレは――

 

 

 

「その決定、待ってください!」

 

 ズバンという激しい音を立てて、会議室の扉が開かれた。……なお、扉は自動ドアなので手で引く必要はない。壊れていないだろうな。

 そんな非常識な真似をしたのは、扉の向こうで肩を上下させている、巨大なバックパックを背負った筋肉質な少年。オレ達の、最高の守護者。

 

「話は、ロッテさんから、念話経由で、聞きました!」

「無茶よ、ミコト。あなたは無限書庫を甘く見てるわ。検索魔法もなしで太刀打ちできるところじゃないわよ」

 

 ユーノの後ろから、彼よりはゆったりとしたペースで走ってきたアリアが、会議室に入ってくるなりそう言った。

 

「無駄骨に終わることも織り込み済みだ。当たれば儲け程度にしか考えていない。この段階になったら、もうオレに出来ることは残っていない」

「あるわよ。ちゃんと最後まであなたのチームを導くこと。それがあなたに出来る最大の仕事じゃない。どうしてそれを放棄しようとするの」

「オレにそんな大それた力はない。自分の都合で振り回しているに過ぎない。全ては結果論だ」

 

 はあ、とため息をつくアリア。そしてツカツカとオレに歩み寄って来て、前触れなしに頭にゲンコツを落としてきた。……結構痛い。

 

「あなたの自己評価が低いのは分かってるけど、私達からの評価まで否定しないでくれる? あなたのチームは、あなたを中心として集まって、あなたを中心にまとまっているの。その現実を、ちゃんと見なさい」

 

 姉のような叱責。事実、この数ヶ月で彼女はオレにとって歳の近い姉のような立場になっていた。実際はかなり離れているのだが、そんなことはどうでもいい。

 彼女は、オレと同じようにものを見る。出来る限りフラットに、現実を客観的にとらえようとする。だからこその言葉だった。

 

「皆、あなたの言葉には従ってしまう。だってあなた以上の判断が出来ないんだもの。あなたが考えに考えた末の結論だから、それを尊重してしまう。どれだけ納得がいかなくてもね」

「それが、悪いと言うのか?」

「ええ、悪いわ。意見の多様性が生まれなくなっちゃうもの。一種類の考えしかなかったら、予想外には対応できないわ。あなただって、例外じゃない」

 

 それは……その通りだ。先のジュエルシード事件で、オレは自分のロードマップを尽く粉砕された。"真の召喚体"までたどり着かなかった理由だ。

 もしオレが他の誰か、たとえばガイの意見に耳を貸すことをしていれば、あの事件は全く違った様相を呈していただろう。あるいは、プレシアの病気を治すことだって出来たかもしれない。

 つまり……「最高の結果」を引き寄せるためには、意見の多様性が不可欠だということになる。

 

「だが、それならば対立意見を出してもらわなければならない。この場合は、オレが調査をしなくてもいいという意見だ。それを成立させる根拠とともに」

「だからユーノが慌てて駆け込んだんじゃない。……いい加減息整った?」

「はい、大丈夫です」

 

 対立意見を持っているのは、アリアではなくユーノのようだ。……聞こうじゃないか。

 ずいと一歩前に出て、彼ははっきりとこう言った。

 

「"封じられた闇"の調査、僕に任せてもらえませんか」

 

 ……それは、先にオレが潰した「調査戦力の浪費」だった。論外だ。議論の余地もない。

 

「同じことを何度も言う趣味はないが、もう一度だけ言う。お前は調査の主力の一人だ。「余談」の調査に割くべきではない」

「なら、その前提を覆させてもらいます」

 

 そう言って彼がバックパックから取り出したものは、一冊の古ぼけた資料。かなり分厚く、表紙にはベルカの言葉でタイトルが書いてある。

 

 

 

「……Nacht Wal(ナハトヴァール)? ……運用システム、自動、防衛……っ!」

 

『!?』

「ついに見つけました。夜天の魔導書の、防衛プログラムの詳細な資料です!」

 

 ガタガタと音を立てて全員が立ち上がる。それは、夜天の魔導書を修復する上で最も重要になる資料の一つだった。

 夜天の魔導書に手出しが出来ない最大の理由は、この防衛プログラム……今名前が明らかになった「ナハトヴァール」のせいだ。

 書に対する魔法的なアクセスに対し自己破壊を起こすという、何処が防衛システムだと言いたくなる対処法をもって阻害してくる。そして無作為転移という厄介な移動方法により所在を掴めなくしてしまう。

 どれだけバグを直す方法を考えても、この防衛プログラムを突破する手段がなければ、手の出しようがないのだ。技術班にとって最も頭を痛めていた問題だった。

 それを打開するための資料が、ついに見つかった。ユーノは……オレ達が右往左往している中で、しっかりと目標を見定め、達成したのだ。

 オレは……気が付いたら、声を出して笑っていた。生まれて初めて、顔全体が表情を変えて、腹を抱えるほど笑った。

 

「み、ミコトちゃんが……」

「わらった……」

「あっはっはっは! 何だこれは!? おかしすぎないか!? ユーノが有能過ぎるぞ、あはっはははは!!」

「お、親父ギャグまで……」

 

 息が苦しくなってくる。立っていられない。膝を着き、それでも笑いが止まらず、涙が出てきた。

 凄いやつだ。今まで鎮痛だった空気が、一瞬にして明るいものに塗り替えられてしまった。本当に、なんて凄い……"最高の守護者"。

 

「だ、大丈夫なんですか、ミコトさん!?」

「くくっっ、こ、これが大丈夫に見えるなら、お前は眼科に行けっ……くふっ。こんなに、笑わされたことは、はやてにだって、ないぞ」

「えっ、と……えへへ?」

 

 はにかんだ笑いを浮かべる女顔の筋肉だるま。はやてでさえ、ポカンとした表情でオレ達を見ていた。

 ようやく笑いが収まってきた。まだちょっとしたことで腹筋が痙攣しそうだが、ユーノの手を借りて何とか立ち上がる。

 

「ふぅっ……まったく、タイミングがいいにも程がある。実は今まで隠してたんじゃないか?」

「そんなことしません! ミコトさんが探していたものなのに、どうして隠したりする必要があるんですか」

「冗談だ、怒るな。……助かったぞ、ユーノ。ありがとう」

 

 微笑みは多分、顔全体ですることが出来た。ボンッと音が出そうなほどの勢いで顔を真っ赤にするユーノ。これで本人は自分の気持ちに気付かれていないつもりだというのだから、彼も鈍いものだ。

 オレが大笑いするという事態が予想外だったようで、全員呆けていた。とりあえずミステールを起こし、その手に資料を掴ませる。

 

「これがあれば、何とかなるか?」

「あ、ああ……うむ。これでようやく五分と言ったところじゃ。主殿が挑戦しようとしていた無理ゲーに比べれば、随分とマシじゃがの。呵呵っ」

 

 言ってくれるな。オレだって無茶だったことは分かっていたんだから。まあ、アリアの反応からしてオレが想定するよりもずっと無茶だったのかもしれないが。

 打開できたのだから、何だっていい。オレは改めてユーノに向き、いまだ現実に戻って来ない彼に告げる。……ニヤニヤしててちょっと気持ち悪い。

 

「起きろ、ユーノ。ともあれ、お前の働きで技術班にかなり余裕が出来た。ここからは"封じられた闇"に関する資料を探し、プロジェクトの成功率を上げることを考えてもらいたい」

「あっ、と……はい! 任せてください!」

 

 分厚い胸板をダンッと叩く彼は、以前とは比べ物にならないほど、頼りがいのある"男"だった。

 ――今気にするべきことではないかもしれないが、胸の真ん中がキュッと狭まった。オレは今初めて、彼に"異性"を感じたんだなと、直感的に理解した。

 まあ、いい。いいったらいいんだ。そういうことにしておけ、オレ。

 

「ギルおじさん、あなたも帰ってきてください。そういうわけだから、申し訳ないですがさっきのは撤回させてください」

「う、うむ、全く問題ない。……ミコト君、笑えばもっと可愛らしいじゃないか。普段からそのぐらいでもいいんだよ?」

「そういうのは後にしてください」

 

 先ほどとは一変した空気。暗い雰囲気はなく、重苦しいものは残っていても、そこにはたしかに希望の光が差し込んでいた。

 ギルおじさんが復活する頃には、全員意識を会議に戻していた。

 ユーノがやってくれたのだ。オレもいい加減、腹を括ろう。

 

「決定を変更して申し訳ないが、蒐集にはオレも同行する。確実に、無理なく、それでいて迅速に遂行する。散々オレを指揮官と呼んでくれたんだ、異論は挟ませんぞ」

「是非も無く。貴女がいてくれるだけで、私達は何倍も強くなれる。最後までお供させてください、我が主」

 

 やはりと言うか、最初に応えたのはシグナム。触発されたように、ヴィータもまた気を引き締める。

 

「あたしは絶対、はやてとミコトを諦めねえ。たとえ夜天の魔導書を完成させることになっても、防衛プログラムだろうが"封じられた闇"だろうが関係ねえ、ぶっ飛ばしてやる。あたしは絶対、家族を守る!」

「全面的に同意ね。……相変わらず安心出来ない状況だけど、ミコトちゃんが後ろにいてくれるだけでも、それだけなのにずっと違うわ。これからもよろしくね、わたし達のリーダー」

「……大した奴だ。これはいよいよ、俺もミコトを主と認めねばならないか」

 

 ザフィーラ、お前はそのままでいてくれ。頼むから。

 シャマルの言った通り、防衛プログラムの資料が見つかったからと言ってはやてのタイムリミットが伸びるわけではない。相変わらず、いつ終わりのときが来てもおかしくない。

 だから蒐集は進めなければならず……それが示す現実に、なのはやフェイトは心の底から納得できていない。

 

「本当に、蒐集はするしかないの?」

「現実的な限界が目の前にある以上、次善策を選択できる準備はしなければならない。運を天に任せて失敗した場合は……二度は、言いたくない」

「っ……ごめんなさい」

「……、そう暗い顔すんなよ、なのは。ミコトちゃんだって、夜天の魔導書を完成させる選択肢を選ぶ気はないんだよ。それにヴィータちゃんも言ってただろ。もしそうなっても、防衛プログラムを叩き潰すって」

 

 実際にそれが可能かどうかはまだ分からない。「ナハトヴァール」の資料を読み解き、こちらも対策をしておくべきだろう。

 が、それはガイの言葉には関係ない。彼は彼で考えているのだ。どうすれば「最高の結果」を手繰り寄せられるか。オレはそれを尊重したい。

 

「俺らは俺らで、出来る限りのことをしようぜ。なーに、いざとなったら恭也さんが無敵の御神流で何とかしてくれるって」

「俺にだって出来ないことぐらいある、と言いたいところだが……妹分を守るためなら、無理ぐらい通してみせるさ」

「な、なんかお兄ちゃんなら本当に出来ちゃいそうなの……」

「う、うん。凄く、頼もしいかも」

「……自分で振っといてなんだけど、おいしいところ持ってかれた気がする。やっぱイケメンは敵だチクショー!」

「何をやっているんだか……。僕達も、防衛プログラムの対策はしておこう。ミコトにいなくなられて困るのは、僕も同じだ」

 

 「マスカレード」の面子ではない、ハラオウン執務官もまた触発される。復元プロジェクトに関しては、彼も参加者の一人だ。おかしいことではない。

 ただ、その根拠となっているのが魔導書ではなくオレであるというのは、どうかと思うが。

 

「おおー、クロノ君ってばだいたーん。皆の前で愛の告白?」

「なっ!? そういうことではない! 単純に取引相手としてだなぁ!」

「クロノォーッッッ! 君って奴はァーッ!」

「落ち着け筋肉!」

 

 案の定、エイミィにからかわれてユーノに詰め寄られた。ハラオウン提督は慈愛に満ちた表情でそれを見ていた。

 さて……色々と混沌としてきたが、今度こそ方針は決定した。オレ達は蒐集を行い、次善策の準備をする。ハラオウン執務官達は次善策のブラッシュアップ。

 ユーノは引き続き無限書庫で"封じられた闇"の資料を探し、プロジェクト全体の成功を盤石なものにする。

 そして、ミステールとアリシア達の技術班は、「ナハトヴァール」を無力化してバグを解消する方法の模索。

 

「これからはわたしもいっぱい手伝うよ、ミステール。デバイスのほうはあとまわし! いまはミコトおねえちゃんとはやておねえちゃんのほうがだいじだもん!」

「及ばずながら、身の回りのお世話は任せてください。わたしには、本当にそのぐらいしか出来ませんから」

「何言ってんのさ。それも大事なことだよ。あたし達が気兼ねなく全力を出せるのは、ブランが家のことをしっかりやってくれるからじゃないか」

「ブラン、えらいこ。もっと、じしん、もっていい」

「じゃの。光の姉君よ、ぬしは主殿が与えた役割を立派に果たしておるよ。もっと誇ってもよいことじゃぞ?」

 

 今後はオレも家を空けることが多くなるため、またブランに頼ることになるだろう。彼女がいるから、オレは安心して家を空けられるのだ。

 この場に「無力」な者はいない。全員が、何かしらの役割を担ってくれている。

 多分、それが「チーム」ということなのだ。

 

「みんな頼もしいなぁ、ミコちゃん。不安なんてどっか行ってしまいそうやわ」

「……まったくだ」

 

 まさにはやての言う通りだった。

 

 

 

 

 

「期限は12月末まで。全員、ここが正念場だ。最後まで諦めず、必ずプロジェクトを成功させよう」

『はいっ!』

 

 こうして、オレ達の「夜天の魔導書復元プロジェクト」は、最終局面へと突入することになった。

 結末はまだ、分からない。




鬱話だと思った? 残念、一転攻勢でした! ユーノは有能ってはっきり分かんだね(Yuno is God)
っていうかここまで入念に準備進めて鬱展開とかないですわ。もっとも、まだ完全に鬱回避されたわけではないのですが。
引き続き、ミコト達はハッピーエンドに向けて疾走します。満面の笑みで終わりを迎えるために。

ミコトちゃん大爆笑(爆笑というのは複数人が大笑いすることであり、一人が大笑いする場合に使うのは誤用である。ミコトちゃんは複数人いた可能性が微レ存……?) ここまで表情を崩したのは、恐らく無印最後の話以来でしょう。ユーノ君、やったぜ。
なお、一過性のものであり完全に表情が変わるようになるにはまだまだ時間がかかるでしょう。しかしきっかけにはなるかもしれません。
どうやらミコトはとうとうユーノに異性を感じたようです。そして上げた好感度を男への嫉妬で下げるホモの鑑(Yuno is not God) 本編完結までは恋愛話を書けないから仕方ないね(ユーノは犠牲になったのだ……話の都合の犠牲にな)

実は四十二話にもちょろっと出ていたアレの存在が明確に示唆されました。もちろん正体はアレです。アレだよアレ。
多分以降の話で描写することになるとは思いますが、予め言っておくと、ガイ君はアレの存在を知りません。元の人物がゲーム未プレイ勢です。
なので話が進めば「あれ?」と思うかもしれませんが、現段階で彼がそのことに気付くことはありません。
なお、作者はゲーム未プレイのため相当な独自設定が盛り込まれる可能性が高いです。先に謝っておきます。ごめんなさい。

この物語の終焉がどんな形になるか。それは作者にも分かりません(行き当たりばったりで書く創作者の屑)
ここまでお付き合いいただけた皆様には、どうか最後までお付き合いいただき、結末をご覧になっていただければ幸いと思っております。
それではまた、いつか。


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四十八話 晩秋

(何で冬に夏の話書いて、夏に秋~冬の話書いてんだっけ?)

2016/08/18 18:09 脱字修正 バトルジャキー→バトルジャンキー ジャキーってなんだ……ビーフジャーキー?


 夜天の魔導書専用自動防衛運用システム「ナハトヴァール」。この国の言葉に直すと「夜の鯨」を意味する。元々は、主以外の第三者による攻撃から書を守るためのシステムとして導入された。

 自動防衛の名の通り、このプログラムは「主や書の意思に関わらず自動運用」される。主が目を離し、書が休眠しているときのことを想定していたのだろう。

 自動制御ということから分かる通り、このプログラムに思考・判断能力はない。シャマルが語った通り、「書を防衛する」という目的を機械的に実行するだけの「ただのプログラム」だ。

 資料によれば、主な迎撃方法は「書に記録されている魔法の使用」となっている。これはつまり、自動制御のプログラムながら書へのアクセス権限を持っていることになる。

 恐らくは、この「仕様ミス」が全ての始まりだったのだろう。

 防衛プログラムは防衛のためだけのものなのだから、本来は管制人格よりも下位にあるべきだ。しかしこの権限によって、自動制御のプログラムが管理者並の実行力を持ってしまった。

 書を構成する一プログラムに過ぎないものが管制人格すらも管理し、また書への改竄や仕様追加の影響をダイレクトに受ける存在へと変貌したことを意味する。それが改竄の影響をスパゲッティにした最大の原因である。

 たとえば、武力による人の支配を目論んだ主がいたとする。彼/彼女は書に対し、攻撃性を増すプログラムを付与するだろう。すると「ナハトヴァール」の攻撃性が増し、それは蒐集機能にまで波及する。

 恐らくはそんな感じで、「主に対する恒常的な蒐集」などというわけのわからない仕様が生まれてしまったのだろう。もしかしたら転生・無限再生機能も、同じようにして生まれたのかもしれない。

 

 さて、そんな「ナハトヴァール」の唯一の弱点というべきものが、「主による魔導書へのアクセスは許可する」というものだ。このプログラムで唯一原型をとどめている「防衛機能」とでも言うべきか。

 逆にこれのせいで、これまでの主による改竄を許してしまう結果になったわけでもある。もっとも、主すらアクセスできなかったら、一体このプログラムは何を防衛しているのかという話になってしまうわけだが。

 ともかく、このシステムの穴というべきものを通せば、夜天の魔導書の修復は可能である。通せるのであれば。

 資料によれば、この主の認識というのがリンカーコアの繋がりによって行われているようなのだ。つまり、どれだけ魔力の波長を誤魔化したところで、主であることを偽装することは出来ない。

 主であるはやてと修復担当のミステールが完全に同期して作業を行えるならば話は別だが、そんな神業を長時間連続してやることなど、出来るわけがない。

 でははやてが修復を行えばいいかというと、彼女にそんな技術はない。今から学ぼうにも、デッドラインの12月末までにはとてもじゃないが間に合わない。

 開発した当人は妙案だと思ったのかもしれないが、本当に厄介なシステムを組み込んでくれたものだ。

 だからと言って諦めるわけにはいかない。資料はあるのだから、まだ方法は考えられる。ミステールならば、因果さえ組めれば何だって出来るのだ。

 そんなわけで、「ナハトヴァール」の防御を抜く方法を考えるのはミステールに任せている。オレが考えているのは、別のことだ。

 

 あの日明らかになったもう一つの存在、仮称"封じられた闇"。確かにバグとは無関係と思われるが、バグに全く影響を与えていないかと言われたらそうではない。

 これはまだオレの中での仮設だが、"封じられた闇"の正体は「エネルギー供給のためのプログラム」ではないかと考えている。理由は、爆発的に力を増したはやてへの魔力簒奪だ。

 これまでにも書からはやてへの魔力簒奪は行われていたはずだが、もし"封じられた闇"の波長が残っていたなら、シャマルが気付いているはずだ。だが、これまでに彼女からその情報を聞いたことはない。

 あの日あの時あの瞬間のみ、"封じられた闇"の魔力が使われたのだ。結果、魔力簒奪バグは一気に活性化し、はやての防壁をぶち抜いた。

 効果が一瞬であったのは、"封じられた闇"の活動が不安定なのか、それとも魔力供給路が一時的に確立したものだったのか。それは分からないが、常に使われるものではないようだ。

 ともあれ、書が持つ通常以上の魔力を供給するためのプログラムという分析結果になる。それを「悪用」されたというわけだ。

 もし"封じられた闇"の活動を抑える、または「ナハトヴァール」による魔力使用を阻害することが出来るなら、はやての安全は確保される。また期間を伸ばすことが出来るのだ。

 あるいは、次善策に到ったときに「ナハトヴァール」を弱体化することも可能かもしれない。そうすれば、「封印せずに倒す」という選択肢も現実味を帯びてくる。

 いずれにせよ、バグそのものではないがプロジェクトの成否を左右する要素ではあるかもしれない、というのがオレの考えだ。

 

 

 

 そう頭の中を整理しながら、目の前の惨状を見る。決して現実逃避ではない。決して。

 

「にゃあああああ!?!? 来ないでー! た、たすけてぇー!!」

「なのはーっ!?」

「チッ、世話の焼ける奴だな!」

 

 後ろから追ってくる大型の怪鳥に魔力弾を撃ち込みながら必死で逃げるなのは。フェイトが慌てて助けに行こうとしたが、より近くにいたヴィータが間に入る。

 

「アイゼン!」

『Tödlichschlag.』

 

 赤い魔力に覆われたアイゼンが怪鳥の胴体に入り、大きく弾き飛ばす。しかし怪鳥は空中で体勢を整え、何事もなかったかのようにホバリングをした。

 ヴィータの一撃が悪かったわけではない。相性の問題だ。打撃系の攻撃は、分厚い羽毛に阻まれてしまう。

 

「だぁーっ! 涼しい顔しやがって、ムカつくなぁ!」

「頭に血を上らせるな、ヴィータ。ムカつくのは同意だが」

 

 彼女達に合流し、オレはため息とともにヴィータを諌めた。怪鳥はこちらを嘲笑うかのように「クケケケケケ!」と鳴き声を上げており、聞いているだけで非常に腹が立つ。

 ああいう輩にはエネルギー系攻撃と相場が決まっているのだ。焼き鳥にしてくれる。

 

「ヴィータ。もう一度近付いて、連撃で奴の動きを止めろ。なのははバインドで補助。動きが止まったところで、フェイトがサンダースマッシャーを叩き込んでくれ」

「おう! 野郎、ぶっ潰してやる!」

「うぇ!? あ、はいなの!」

「分かった!」

 

 指示を出せば、彼女達は一斉に動き出す。そして先ほどまでの苦戦が嘘のように、あっさりと怪鳥を追い詰める。

 そしてフェイトが放った電気変換付与の砲撃魔法で、見事焼き鳥が完成したのだった。……殺してはいないぞ。

 

 

 

 第85無人世界「ディーパス」。原生林のジャングルに砂漠、大海と、極端な環境の多いこの世界では、大型の魔法動物が多数観測されている。最近オレ達が蒐集に利用している世界である。

 大型の数と種類が豊富であることに加え、管理局の目も届きにくいという穴場(?)だ。オレ達の住む第97管理外世界からは、次元座標的には隣の隣ぐらいに位置するという近さも利点である。

 今回で4回目を数える大型蒐集。夜天の魔導書は、本格的に蒐集を始めてから既に100頁ほどを埋めている。一週間でこの結果は上々と言えるだろう。

 このペースならば期限までに余裕を持って蒐集完了することが出来る。前線要員にも十分な休息を与えられているので、今のところ大きな事故等は起きていない。あくまで今のところは、だが。

 

「思った以上になのはが戦えていないな。これは布陣を見直した方がいいかもしれない」

「うう、ごめんなさい……」

 

 蒐集係を兼任するシャマルの到着を待つ間に、今の戦闘の反省会を行う。

 何が起きたか簡潔に言うと、今回初参加のなのはが先ほどの怪鳥に単独で遭遇して、パニックを起こしてしまったのだ。はっきり言って彼女が実力を十全に発揮出来たら、砲撃一発で落とせる雑魚が相手だ。

 ただ、無理もない面もある。彼女はこれまで、魔法の訓練は行ってきたが、「戦闘訓練」は一切行ってきていないのだ。ジュエルシード事件のときも、明確に「戦闘」と言えるのは一回だけだった。

 ぶっちゃけて言えば心構えが全く出来ていないのにいきなり実戦に放り込まれている状況なのだ。基本へいわしゅぎしゃである彼女に、それは酷だろう。

 

「責めているわけじゃない。布陣が間違っていたとすれば、それはオレのミスだ。君が気に病むことじゃない」

「で、でも、ふぅちゃんはしっかり戦えてるのに、なのは全然役に立ってないの……」

「わたしは戦闘訓練の経験があるから。それに、今もときどきシグナムと訓練してるし」

「それだけがあたしは納得いかねえんだよ。フェイトって普段気弱なのに、何故か微妙にバトルジャンキーなんだよな」

 

 ちなみにヴィータは脳筋ではあるがバトルジャンキーではない。むしろバトルジャンキー達を見て辟易とする側だ。間違えてはいけない。

 戦力バランスと、あとは戦闘経験・相性を考えて、フェイトとヴィータになのはを見てもらっていたのだ。……しかし考えてみれば、フェイトもヴィータも、人のことまで気にする余裕はないか。

 二人とも、精神的に幼いのだ。ユーノの資料によって希望は見えたが、それでも先行きに暗雲が立ち込めている状況に変わりはない。そんな状況でなのはの面倒まで見てくれというのは、少々酷だったか。

 

「……少々シャマルの負担が大きくなるが、なのははシャマルと組ませた方がいいか。彼女なら上手い具合になのはを補助してくれるだろう」

「え、だ、ダメだよ! シャマルさんはお兄ちゃんを見てくれてるんだから!」

 

 シャマルは現在恭也さんと組んでいる。恭也さんに非殺傷攻撃法が存在しないため、治癒術を持つ彼女と組むことが必須なのだ。決して他意はない。

 なのははシャマルが恭也さんを見ていると言うが、実際には恭也さんがシャマルの面倒を見てくれている。攻撃力を持たない彼女の護衛までしてくれているのだ。

 なので、現状でシャマルの負担というのは、恭也さんが相手を傷つけてしまった場合の治療と、捕獲完了した組の蒐集作業のみ。なのはの世話が増える程度、大したことではないはずだ。

 ……その場合問題となるのは、なのはよりもフェイトとヴィータだ。賑やかしがいない。先述の通り、二人とも心に重い物を抱えている。それを軽くしてくれる誰かが必要だ。

 この二人にとって、その役割として最適だったのがなのはなのだ。ガイのノリだとフェイトが着いてこれないし、ヴィータは手が出てしまうだろう。

 同じような理由で、ガイはシグナムと組ませている。ザフィーラはアルフとだ。この二組については特に心配をしていない。戦力も精神も安定している。

 ……もう一つ、なのは達の組を戦力として安定させる方法がある。

 

「やはりオレが君達について指示を出した方がいいんじゃないか?」

 

 先ほどの件からも分かる通り、なのはは全く戦えないわけではなく、指示を出されれば迅速に行動できる。それを自分で判断するとなると、経験のなさからどうしても遅れてしまうのだ。

 だから彼女が慣れるまで、オレが外から判断・指示を出してやれれば、もう少しマシになるはずだ。

 

「そりゃ嬉しいんだけど……ミコトが他の奴らの面倒見れなくなるじゃん。ミステールがいないから、念話通じないし」

 

 ヴィータの言う通り、今オレはミステールを使用していない。彼女には「ナハトヴァール」の資料を読み解くことに集中してもらっており、蒐集の現場に連れ出すことが出来ない。

 このため、オレと恭也さんは念話を行うことが出来ず、連携が若干低下している。それを補うために、オレは頻繁にそれぞれの組の間を移動し調整に努めている。

 果たしてそれを放棄しても大丈夫かどうか、まだ判断することが出来ない。……念話用のインスタントデバイスが必要だったな。アリシア達に発注しなかったオレのミスだ。

 

「……やはり調整が微妙なラインだな。こいつの蒐集が終わったら、一旦集合して相談しよう。シャマルの意見も聞きたいところだ」

「あら、何の話?」

 

 計ったようなタイミングでシャマルが到着した。もちろん恭也さんも一緒だ。

 

「なのはの様子から察してくれ。こいつの分が終わったら、一旦全員アースラに戻って休憩だ。そう念話で伝えてくれ」

「あらら、了解。初めてならしょうがないわ。気を落とさないでね、なのちゃん」

「俺は、なのはに戦闘をしてほしいわけじゃない。……やっぱり家で待ってた方がいいんじゃないか」

「なのはも何かの役に立ちたいもん! っていうか、お兄ちゃんこそ大丈夫なの? シャマルさんに迷惑かけたりしてない?」

「先ほど見た限りでは、全く問題なかったな。あの程度の大型なら恭也さんの技は十分通用すると、君も知っているはずだろう」

 

 彼の剣は対人の技であるはずなのだが、巨獣相手の戦い方をジュエルシード事件のときに確立してしまっているのだ。全くもって人外剣である。

 それを思い出し、なのはは「わたしの家族って……」とお決まりの落ち込み方だった。

 

「とはいえ、俺の方も加減が難しいというのは事実だ。あまりやり過ぎるとシャマルでも治療できなくなる。早いとこコツを掴みたいもんだ」

「……恭也が最大戦力って頭では分かってんだけど、あたしはいまだに慣れねーよ。なんであんな武器で魔法もなしに大型を落とせんだ?」

「あ、あはは……恭也さんだからね」

 

 インスタントデバイスの補助ありとは言え、空中戦闘すら可能になってしまったからな。その内「飛ぶ斬撃」とかやり出しそうで、困ったものだ。

 

 ややあってから、シャマルが蒐集を完了した。これで110頁強。ペースが若干落ちているみたいだ。

 予定通り休憩の指示を入れ、オレ達は一時アースラへと帰還した。

 

 

 

 本格的な蒐集をするに当たり、チーム「マスカレード」の拠点は八神家からアースラに変更となっている。ハラオウン提督・執務官の厚意による提供だ。

 「ディーパス」は極端な環境が多いため、休憩できる場所がない。だからと言って休憩のたびに八神家に戻ると、それだけで移動コストがバカにならない。近場とは言え次元は離れているのだ。

 そこで、近くの次元宙域を航行している(蒐集に合わせてスケジュールを組んでくれているのだろう)アースラを中継拠点とし、適宜休憩を取ることにしている。

 さすがにここまですれば一般クルー全員に隠しておくことは出来ないだろうが、彼らはオレ達のプロジェクトに賛同してくれているのだそうだ。ハラオウン提督の目利きのたまものといったところか。

 そういうわけで、オレ達は食堂の一角を堂々と陣取り、軽食を取りながら会議を行っていた。

 

「疲労はないのですが……やはり、これまでと少し勝手が違いますね」

「警戒されているのかもしれない。やりやすい相手ではあるが、そろそろ場所を変えるべきかもしれんぞ」

 

 シグナムとザフィーラからの意見である。それはあるだろうな。奴らも、そこまで知能が低いわけではないのだから。

 なのはが単独になったところで襲われたのも、それが関係しているかもしれない。一番トロそうなのを狙ったということだ。

 ムカつく顔をした怪鳥は「普通の大型」であり、一匹当たりの蒐集量は2頁前後。主クラスで5頁強だ。遭遇率も低くはなく、蒐集に適した相手だったのだが。

 しかしザフィーラの意見にはアルフが反駁する。

 

「いや……これはあたしの野生の勘になるけど、一度捕まった奴は別として、他の連中は警戒なんてしてないんじゃないかな。なんていうか、捕まる奴が悪い、みたいな感じかな」

「種の協調はない、ということか。確かに奴らは個で行動しているし、それは十分あり得るな。だがそれなら、未捕獲の個体が警戒していないというのは違うだろう」

 

 捕獲されないということは、それだけ元々の警戒心が強いタイプか、あるいは慎重に狩りを行うタイプかのどちらかだ。個で行動しているならば、余計に個体差は出る。

 ……結局はもうしばらく様子を見て結論を出すしかないか。まだ時間は残されているのだから、急いて仕損じることはない。

 

『外側から見てた意見として、やっぱり今一番の課題は未経験者組じゃないかな。なのはちゃんもそうだったけど、ガイ君もぎこちなかったよ』

「マジで? 俺としては結構動けてたつもりだったんだけどなぁ」

 

 エールも意見を述べる。彼の言う通り、なのはよりはマシではあるが、ガイも普段の蒐集に比べて動きが固いところがあった。

 全く動けないということはないのだが、平たく言って「考えすぎている」のだ。そのせいで魔法の発動が一拍遅れており、シグナムのリズムが若干崩れている。

 それで致命的な隙を作ることはないのだが、経験不足による手探り感は否めなかった。

 

「高町にしろ藤原にしろ、魔導の才はあっても戦士の才があるわけではない。一朝一夕に戦い方を身に付けるというのは無理な話だ」

「あー……そらそっか。そういえばそっちの訓練はからっきしだったなぁ」

「私情で発言させてもらうが、二人が戦闘技術を身に付けることには、俺は反対だ。そういう面倒事は、年長者である俺が背負えばいい」

「もう、お兄ちゃん一人で頑張りすぎなの! また膝壊すよ!?」

 

 恭也さんが少し気負い過ぎというのはその通りだが、彼の意見にもまた同意だ。少なくとも現在のところ、なのはとガイの二人に「戦士」としての適性はない。ずっと平和の中で生きてきたのだから当たり前だ。

 そして目先のことだけを意識して戦闘技術を身に付けようとしても、シグナムの言う通り間に合わない可能性が高い。それだけでなく、今後に影響を残すことにもなってしまう。

 フェイトを見れば分かる通り、幼くして戦闘技術を身に付けるということは、精神に与える影響が大きい。それはオレ達の日常からはあまりにかけ離れた事象なのだ。

 武道のように習うならともかく、戦闘を学ぶことはさせたくない。

 

「こういうのはあまりよくないかもしれないが、オレはなのはに「作品の世界線」のようにはなってほしくない。今のなのはの良さが消えてしまいそうだ」

 

 それもまた未来の形の一つなのだろうが、オレの友達であるなのはは「争いが泣くほど嫌いな女の子」だ。なのはが、「なのは」のように戦い続ける必要はないのだ。

 彼女としても戦うのは嫌であるらしく(そりゃそうだ)、それでも力になれない現状に不満を感じるというジレンマを抱えているようだ。

 

「ミコトちゃんの指示があれば、迷わず動けるんだけどなぁ」

「同じく……」

「やれやれ。オレがこちらに着くことにしたのは正解だったということか」

 

 アリアの言う通りであり、もしオレが現場指揮を放棄していたら、なのはとガイの二人は何もできなかったかもしれない。

 いや、最悪二人で無理に戦闘技術を学んで、生活に支障をきたしていたかもしれない。それはオレの望むところではない。

 ……仕方ない、か。

 

「なのは、ガイ。君達は今後オレと行動し、全体調整と適宜補助を行う。ザフィーラはシグナムと。アルフはフェイトとヴィータのところへ。組数は減ることになるが、今はこちらの方が効率がよさそうだ」

 

 布陣を組み直し、安定性を重視したものにする。シャマルも賛成意見を出し、全員異論はなかった。

 ――この後の蒐集では、先ほどと打って変わってなのはとガイが大活躍し、この日は40頁分蒐集出来たことを記しておく。やれば出来るんじゃないか。

 

 

 

「と、そうだ。「作品の世界線」の話が出たことだし、ガイに聞いておきたいことがあった」

「ああ、"封じられた闇"のことか」

 

 先の会議では――ほぼ身内同然とはいえ――局員の目があったために出来なかった話だ。今も局員がいる場所ではあるが、話に参加しているわけではない。

 彼は「作品」の出来事として「闇の書」の詳細を知っている。ここの夜天の魔導書にどれだけ適用できるかは不明だが、それでもヴォルケンリッターや防衛プログラムについてはピタリと当てていた。

 だから今回のことも何か情報はないのかと思ったのだが……確認程度でしかない。もし彼が知っていたなら、もっと早くに彼から何らかの情報提示があったはずだ。

 そして案の定。

 

「俺もそんなのがあったなんてのは初耳なんだよ。「前の俺」が見落としてんのか、それとも「作品の世界線」との差異なのかは分かんねえけど」

「やはりそうか。この件に関しては、他のことと違ってお前が黙っておく理由がないから、そうではないかと思っていた」

 

 「だよな」と笑うガイ。そういうことならば、考察をしながらユーノの資料を待てばいい。ガイの持つ情報が万能でないことなど、とうに分かっていることだ。

 

「まあ、俺もこの世界の全部を知ってるわけじゃないってこったわな」

「そんな人間がいるなら是非お目にかかりたいものだ。「プリセット」を持つオレとても、全てを識っているわけじゃない」

「結局、地道に進めていくしかないってことね」

 

 シャマルが苦笑しながら引き取った言葉が全てだった。どんなことでも、最終的にはそれが一番の近道なのだろうな。

 

 

 

 

 

 蒐集と並行して、オレ達の日常も続けている。こちらも捨て置けない大事なことだ。もっとも、最近は2、3日に1日のペースで欠席しているのだが。

 学校側には「はやての足の治療とその付き添い」ということにしている。よくよく考えれば突っ込みどころ満載な理由なのだが、うちの担任は物分りのいい石島教諭だ。問題にはなっていない。

 

「わたしはシアちゃんの手伝いでそれなりに事情知ってるけど……大丈夫、なんだよね」

 

 休み時間。例によって5人衆+八神家で集まり話をしているとき、はるかが不安げにそう尋ねてきた。

 現在「外付け魔法プロジェクト」のメンバーは、全員でミステールを助けてくれている。その関係で、はるかは復元プロジェクトの期限が切られたことを知っていた。

 オレ達は明言を避けていたが、この分では全員が既に知っているのだろう。あきらが思い出したように怒った。

 

「ミコト! 失敗なんかしたら、承知しないんだからね! 勝手にいなくなったりしたら、本当に絶交するんだから!」

 

 中々無茶苦茶な言い分である。彼女の前から消えてしまったら、こちらは絶交されても分からない。もちろん彼女もそれは分かっている。

 オレが黙っていた理由は想像出来ているようで、彼女は追及しない。だからこその激励だった。

 

「わたし達には何にも出来ないかもしれないけど……必要だったら、いつでも声をかけてね。絶対、力になるから」

「同意ー。まあ、あたしはむーちゃんと違って力仕事ぐらいしか出来ないけど」

「あたしはクマちゃん貸せるよー」

「なはは、皆ありがとうなぁ。大丈夫やで、いざとなったらミコちゃんが無敵の「グリモア」で何とかしてくれるから」

「だから「命霊」だってば」

「「チートコード」ー」

「め、「命術」……」

「あ、あの……「ミコト式魔法」ってどうかな?」

「ふぅちゃんアウトー。それ、いちこちゃんと同レベルだから」

「えー。いいじゃん、「ミコっち魔法」。このセンスが分からないとは、はるかもまだまだだね」

 

 さりげなくフェイトも呼び名合戦に参加している。……もう好きにしてくれ。

 

「はやての無茶振りはともかくとして、オレは可能な限り手を尽くしている。オレだって、今更君達とお別れする気はない」

「ミコっちがデレた……だと……?」

「熱は……ないね。どうしたのよ」

「偽らぬ本心を語ったまでだ。……オレがそういう反応で傷つかないとでも思っているのか?」

「ご、ごめんねミコトちゃん! びっくりしちゃって……」

 

 ……まあ、気持ちが分からないわけではない。以前のオレなら、厳然たる事実のみを言葉にして、気持ちを語ることはあまりなかっただろう。

 だが、彼女達は既に「友達」なのだ。簡単に繋がりを切り捨てられる間柄ではない。そんな相手に対して、本心を黙っておく趣味はない。

 もっとも、彼女達に面と向かって「友達」と言うのは、まだ先にしているのだが。……最悪の場合の傷は、少ない方がいい。

 オレの衝撃カミングアウト(というほどのものでもないと思うが)に驚かなかったのは、八神家組に加えて図太いことに定評のある亜久里だ。

 彼女はごくごく自然な動作で、オレの背中から抱き着いてきた。最近はフェイトが標的になっていたので、何気に久しぶりだ。

 

「えへへへー。やっぱりミコトちゃんがナンバーワンだよー」

「何のナンバーワンなんだか。相変わらず君は軽いな」

「あたしの中かわいいものランキングー。二番目はソワレで、三番目はふぅちゃんだよー」

「わ、わたしもランクインしてるの!? しかも結構高ランク……」

「ふぅちゃんって意外と自覚ないよね。校内美少女ランキングでトップ争いしてるのに」

「はるかちゃんはほんと何処からそういう情報持ってくるの……?」

 

 ……亜久里は亜久里なりに、覚悟を固めているのかもしれない。最悪の結果になっても、受け入れて前に進むために。

 彼女がそうすれば、皆もそれを見て倣うことが出来るだろう。彼女達もまた、日常の中で戦っているのだ。

 

「そろそろ次の授業だな。君達も席に戻った方がいいんじゃないか。特にいちこは、宿題を終わらせていないんだから」

「ギクッ!? な、何故それを……」

「昨日わたしの部屋に来てたって話から推測したんでしょ。ほら、わたしの写させてあげるから」

 

 いっそ教諭のゲンコツで済ませようとするいちこをはるかが引きずって行く。内容は算数ドリルの掛け算と割り算なので、写すまでもないとは思うが。その程度の労力を惜しむ理由が分からない。

 それを皮切りに、三々五々に自分の席へと戻って行く。唯一オレの後ろであるはやてのみが移動せず。

 

「……ほんと、頑張ろうな、ミコちゃん。一緒にこの日常を続けていこうな」

「……ああ。一緒に、頑張ろう」

 

 オレも、この日常を終わらせたくない。本心からそう思った。

 

 

 

 

 

 またある日のことだ。

 

「……どうだ?」

「……ダメじゃ。この方法でも防衛プログラムに引っかかってしまう。所詮ダミーはダミーということじゃな」

「そっかー。わたしのコアもどきやし、上手くいくと思ったんやけど」

 

 今日は蒐集の日ではない。八神家にて、ミステールとともに「ナハトヴァール」を騙す方法を模索している。

 実際に試すわけにはいかないので、因果操作によるシミュレーションを用いて実験を行っている。今回試したのは、「はやてのダミーコアを通して命令を出す」というものだ。はやての発案である。

 さすがにはやて自身のコアを通して書を操作することは出来ず(生体ハッキングに近く、はやてに重篤な影響が出る可能性がある)、代わりに防壁プログラムに使用するダミーコアを使うという方法を試してみたのだ。

 だが、やはり書と繋がりのないダミーコアではアクセスを偽装することが出来ず、失敗に終わってしまったのだ。これで通算37通りを試したことになる。

 

「今までで一番上手くいったのって、「シンクロ法」だっけ?」

「成功率と持続時間を度外視すれば、じゃがの。修復を小分けに出来るならそれも可能じゃろうが、デッドラインがあるからのぉ……」

 

 協力者はもう二人。「外付け魔法プロジェクト」より、アリシアとはるか。忍氏はオレが注文した「念話用インスタントデバイス」の作成にかかっているそうだ。

 ミステールの念話共有に比べれば使い勝手が悪くなってしまうが、間に合わせならばそれで十分だ。

 

「それに小分けにした場合、魔導書側の自動再生も問題だ。直したそばからもとに戻されたんじゃ、修復の意味がない。正常であると判断されるブロック単位での修復が必要不可欠だ」

「そうなんだよねー。ミステール、がんばってどのぐらい?」

「……80文字100行ブロックの命令を5文字、といったところじゃ。現実的な数字ではないな」

「あーもう。このプログラム作った人、ほんとに夜天の魔導書に選ばれた魔導師だったの? こんな仕様ミス、わたしみたいな素人だってやらかさないわよ」

「あはは、はるかちゃんが素人ってのはどないやろうなぁ」

 

 はやての言葉通り、「デバイスマイスター」として見たならば、はるかの方が「ナハトヴァール」の開発者よりも優秀だろう。魔導師として優秀だからと言って、デバイスに精通しているとは限らないのだ。

 はるかが言いたいのは「ナハトヴァール」の過分な影響範囲に加えて、「メンテナンスモードが存在しないこと」だ。資料の何処にも記載がないのだ。

 結果として書への改変がダイレクトに反映される形となってはいるが、本来ならば「ナハトヴァール」にも機能改修は必要だろう。それが主でさえ不可能というのは、どう考えても仕様ミスだ。

 恐らくは魔導師の感覚として、つまり通常の魔法行使と同じ感覚で設計したのだろう。だがそんなものが一度デバイスに記録されてしまえば、以降一切の改修が不可能となってしまうのだ。

 過ぎた能力を持った魔導師が未習熟なデバイス分野にまで手を出した結果、取り返しのつかないことをやらかしてしまったというわけだ。そんな負の遺産を後世まで残さないでもらいたいものだ。

 

「故人に不平不満を言っても仕方がないだろう。……少し頭を使い過ぎたな。そろそろ休憩にしよう」

 

 ミステールに疲労の色が見え始めたので、小休止を入れさせる。オレとはやてで人数分のお茶を出す。短時間ならはやてが松葉杖を手放せるようになったので、こんなことも出来るようになった。

 

「やっぱり、"封じられた闇"の資料を待った方がいいかもねー。バグとは無関係っていうけど、絶対影響はあるでしょ」

 

 ソファに背を預けだらしなく足を伸ばしたはるかが、お茶を片手にごちる。確かに影響はあるのだろうが、それで「ナハトヴァール」の穴を突けるようになるわけではない。

 

「過剰防衛をやらかしているのは「ナハトヴァール」だ。"封じられた闇"の詳細が分かっても、そもそもそれに手出し出来るかどうかという問題が残る」

「あー、そっかー。……それって、どうしようもなくない?」

「そうでもないぞ。もし"封じられた闇"が主殿の見立て通りであったとして、エネルギーパスを切ることだけなら容易い。該当部分を0埋めするだけじゃ。それこそ「シンクロ法」でも何とかなるじゃろうな」

 

 それが何処にあるか分かればの話だ。そのために"封じられた闇"の資料があると助かるが、現状では助かる程度でしかないのもまた事実だ。

 結局、"封じられた闇"が何なのかは資料が来るまではっきりしないのだ。過剰に期待するのは危険だろう。

 はるかは5人衆の中で、最も理系思考が得意だ。ミステールの解説を正確に理解し、「なるほどなー」とお茶をすすった。他の面子では、むつきでもこうはなるまい。

 

「でも、なんでむかしの主さんは、"ふうじられたやみ"を夜天のまどうしょにいれたんだろうね」

 

 アリシアからの素朴な疑問。オレの見立て通りなら、夜天の魔導書の出力増加を見込んだということになる。実際には魔導書ではなく、防衛プログラムが勝手に利用しているようだが。

 オレの回答に対し、しかしアリシアは疑問を深めたようだ。

 

「でもそれだと、「ナハトヴァール」がいつもはつかってないっていうのが、よくわからないんだよね」

「"封じられた闇"が上手く稼働してないってこと? 未完成のプログラムを突っ込んだとかじゃない?」

「それにしては、稼働時のエネルギー供給が尋常ではない。安定状態にあったはやてを一瞬で昏倒させるレベルだぞ」

「いや、10秒ぐらいは意識もっとったと思うよ? ふぅちゃん達が駆け寄ってくれたのはしっかり覚えとるし」

 

 それにしたって、一瞬でそれだけ消耗させたのだ。見落としていたが、アリシアの疑問はもっともだ。

 

「……もしかすると、「イレギュラー」なのかもしれんぞ。本来は書に入れる予定はなかったが、何らかの理由でそうせざるを得なくなったとか。これなら、完成度の割に安定しないというのもあり得る話じゃろう?」

「あー、あり得るかもね。夜天の魔導書の中で稼働する設計じゃないってことか。でも、何らかの理由って?」

「作ったはええけど、入れもんがなかったとかとちゃう? で、急遽手元にあった夜天の魔導書に組み込むことにしたとか」

「……「ナハトヴァール」もそうだけど、むかしの主さんっておバカさんなのかな?」

 

 勝手な想像で言っているが、事実ほとんどは愚か者だろうと推測している。そうでなければ、偉大な魔導書をこんなバグだらけにしたりはしないだろう。

 今いくら想像を膨らませたところで、正解は分からない。こんなものは休憩中の話題に過ぎない。

 ……休憩中にしては、本筋に絡みすぎている気はするが。将来アリシアがワーカーホリックになってしまわないか、少々心配である。

 

 だが、ヒントとは意外とそういうところに隠されているもののようだ。

 

「まあ、いざとなったら本人に聞けばいいんじゃない。近いうちに出来るようになるんでしょ?」

「本人? 誰のことじゃ」

「いや、夜天の魔導書の管制人格よ。確か400頁で人格だけなら稼働可能だったよね? したら、話を聞けるじゃない」

「――それだっ!」

 

 思わず大きな声が出た。そうだ、オレ達はすっかり忘れていた。完成させずとも、夜天の魔導書の本来の管理者は起こせるのだ。

 ミステールはオレの大声に驚き、しばし後に気が付いた。

 

「そうかっ! その手があったか!」

「お手柄だぞ、はるか!」

「え? な、なになに。二人ともいきなりどうしたの!?」

「アリシアたちにもわかるようにはなしてよー!」

 

 「彼女」を起こすというのは、これまでのオレ達のやり方では不可能だった。以前に一度だけイレギュラーが発生したが、それ以来はやての夢にも出て来ていない。

 だが、方針を転換した今、状況は変わっている。書を「完成目前」の状態にするということは、その過程で「彼女」を起こすことが出来るのだ。

 そうすれば、あるいは書の内側から防衛プログラムにアクセスすることが出来るかもしれない。

 

「つまり、「彼女」が「ナハトヴァール」にセキュリティホールを作ることが出来れば、復元の可能性は一気に広がるということだ」

「あ、そっか! 夜天の魔導書そのものからのアクセスなら、防衛プログラムに引っかからないってことね!」

「すごい! やったね、ミステール!」

「ああ、本当に凄い発見じゃぞ! 管制人格に手伝ってもらうなど、考えもしなかったわ!」

「専門的な話はよう分からんけど……よかったなぁ、ミコちゃん」

 

 若干話についてこれず、他人事のように微笑むはやてであった。……本格的なメカニックの話ではどうしようもないか。

 それが本当に可能かは、「彼女」が起動するまでは分からない。皮算用かもしれない。それでも、何もしないよりはずっと可能性があることだ。

 

「ぃよーっし! それじゃ、続き考えよっか! どういうセキュリティホール作ってもらうかも考えなきゃだし!」

「焦るな。一歩ずつ、確実にだ。ついでに言うなら、もう少しミステールに休憩させてやれ」

「わらわならもう十分じゃぞ、主殿」

「ダメだよ、ミステール。ちゃんとやすまないと、つかれとれないんだから」

「ほしたら、糖分でも持ってこよか。頭使ったときはやっぱ糖分やで」

 

 また一つ、希望の光が見えてきた。

 

 

 

 

 

 そうやって残された日々は過ぎていく。秋から冬へ、季節は移り替わる。その時間の全てを、オレ達は無駄にすることなく使えたと思う。

 そして11月は終わり、全頁の半分以上を蒐集出来た頃、それはやってきた。

 開発コード「アンブレイカブル・ダーク」。特定魔力連環エネルギー炉「システムU-D」と、その外部制御プログラム「紫天の書システム」。"封じられた闇"についての詳細な資料だ。

 

 残された期間は、あとひと月。




終焉に向けた準備の回。なのちゃんの戦闘経験のなさが浮き彫りになりました。もしかしたら発生するかもしれないナハトヴァール戦では、上手く戦えない可能性が非常に高いです。
それでも彼女はそこに立つでしょう。友達と過ごす平和な日常を、最後まで諦めないために。それが彼女の「強さ」です。
原作と比べれば、なのちゃんもふぅちゃんも非常に弱体化しています。ヴォルケンリッターと最初から仲間であったため、デバイスにカートリッジシステムが付与されていません。なのちゃんに至っては、「PT事件」で経験するはずだった戦闘が尽く回避されています。訓練すらしていません(魔法の練習は別)。
しかし、彼女達は原作にはない「チーム力」によってそれを補います。一人で戦えるようになる必要は何処にもなく、全員の力を合わせて困難を打破するのが彼女達なのです。

ナハトヴァールに関する考察は、ほとんど独自設定です。もしかしたら原作設定と競合する部分があったりするかもしれませんが、世界間の差異ということで許して超次元ペルソナ。
そしてとうとう出てきました、「システムU-D」と「紫天の書」。何度も言いますが、作者はなのポ未プレイです。当然GoDも未プレイです。
しかしながらこの設定は「夜天の魔導書修復」となるとどうしても避けられない要素であるため、採用することにしました。現在ゲーム動画等でお勉強中です。
最初は無視することも考えたんですけどね。それをやると「ご都合は出来るだけ省く」っていう理念に反すると思った次第です。
一つだけ言えることは、フローリアン姉妹は涙目になるしかないということですね(出番なし)

あと一回準備回があってから、とうとう決戦(?)のときです。
それではまた。


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四十九話 名前

独自補完設定増し増し。一応ゲーム動画見たりサイト見たり二次創作見たりして勉強した結果を整合性取れそうな感じに整形した次第です。
原作設定との乖離があっても泣かない。


「特定魔力の無限連環生成プログラム「システムU-D」。……これが"封じられた闇"の正体で、間違いないと思います」

 

 再び、アースラ会議室にて。ユーノが無限書庫より発掘(表現はおかしいが的確ではある)した資料をもとに対策会議を開いている。

 「ナハトヴァール」の資料発掘の際に、無限書庫の古代ベルカ領域を大体把握したようで、今回はあまり時間がかからなかった。いくつか見つけた資料の中から、さらに精査する時間もあったようだ。

 

「言い換えれば「永久機関」ということか。俄かには信じがたいが」

「「エグザミア」と呼ばれる結晶を用いて魔力を連環するシステムを構築しているみたいなんですが……細かい作用機序までは分かりませんでした」

「ああ、なるほど。錬金術で言うところの「賢者の石」を使っているのか。それなら納得だ」

 

 一転したオレの意見にユーノは苦笑を返した。確かに扱いが難しいものではあるだろうが、そう考えれば不可能ではないのだ。

 さすがに今のミッドの科学では再現することは不可能だろうが、古代のオカルトならどうか分からない。事実として、"封じられた闇"という高エネルギー炉の存在は推定されているのだ。

 細かい部分はオレが一人で納得しておけばいい。どうせこの「知」を伝達する「識」は持っていないのだ。気にすべき論点はそこじゃない。

 

「資料によれば、「闇、掴むこと能わず。夜のうちに沈め、目覚めのときを待つ」とありました。僕の解釈では、「システムU-D」は制御不能なプログラムだったんじゃないかと思います」

「オレもその解釈で間違いないと考えている。連鎖式の永久機関など、どう考えても危険物だ。下手に放置すれば、それこそ幾つもの世界を巻き込んでの「だいばくはつ」だろうな」

「……そこで、広大なストレージと堅牢な保護機能を持つ夜天の魔導書が目を付けられたというわけね。誇ればいいんだか、呆れればいいんだか……」

 

 件の魔導書の一部であるヴォルケンリッターの参謀は、なんとも表現しづらい表情だった。喜怒哀楽のどれでもあってどれでもないような、そんな感じだ。

 "封じられた闇"がどういうものかは分かった。だがこの話には続きがある。

 

「そして後に開発された「システムU-D」制御用プログラム。それがこちらの、「紫天の書システム」です」

 

 ユーノが取り出したもう一つの資料。そこに描かれているのは、夜天の魔導書と酷似した、色だけが紫色になっている本だった。

 

「「マテリアルズ」と呼ばれる三基の自律型プログラムによって夜天の魔導書の深部にアクセス、その後魔導書ごと「システムU-D」を制御する計画だったようです」

「過去に魔導書が乗っ取られる危機があったということか? ……我々を、何だと思っているのだ」

 

 身勝手な過去の主に対し、憤りを感じるシグナム。今更と言えばそうなのだが、それでも思わずにはいられないのだろう。今の主が優しい分、余計に。

 ヴィータは「落ち着けよ」とぶっきらぼうに言い、シグナムを宥める。彼女の方は「過去は過去」と割り切っているようだ。実際、その通りだしな。

 

「この計画は、幸か不幸か「ナハトヴァール」インストール後に行われたもので、結果は防衛プログラムに阻まれての失敗。三基も夜天の魔導書に取り込まれ、眠りについたようです」

「自業自得と言えばそれまでだが……同情はする」

 

 ザフィーラは話の内容に不快を感じた様子ながら、静かに瞑目した。人の都合で生み出され、いいように振り回された「紫天の書システム」という存在に、シンパシーを感じたのかもしれない。

 

 ともかく、時系列をまとめよう。まず初めに、夜天の魔導書という大規模ストレージデバイスが開発される。この時点では、まだただの高機能ストレージに過ぎなかった。

 その後、記録した魔法の管理のために管制人格が生み出される。さらには補助のために、守護騎士システムが付与された。

 そこまでは良かったが、記録の手間を省こうとした時の主が「蒐集」という機能を付けてしまった。これが転機となり、それから後の主は様々な攻撃的な機能を付けてしまう。

 その合間に、どういう事情が夜天の魔導書にアクセス可能な第三者が、「システムU-D」の退避場所として夜天の魔導書を選ぶ。その後、「ナハトヴァール」が追加されてしまう。

 時が経ち、「システムU-D」を制御する目処が立った彼の人物の遺志を受け継いだ誰かが、「紫天の書システム」を夜天の魔導書にインストールする。

 だがそのとき既に書は「ナハトヴァール」の管理下に置かれてしまっており、防衛プログラムはこれを正しく迎撃。数あるバグの中の一つとして、役目を果たせぬままに沈黙する。

 時間の経過とともに愚かな主達が欲望のままに改竄を行い続けた結果、「ナハトヴァール」は手の付けようのない化け物へと進化を遂げてしまう。

 そして最後にはやての手元へと渡り……現在に至る。

 

 

 

「これが、僕の調べた夜天の魔導書の、過去から現在までの概要です」

「…………、……なんと、まあ」

 

 本当に、それしか言えない。今に至るまでの長い歴史に。最初の理念から大きく逸れてしまった現状に。人の欲望の大きさに。犠牲となった、多くの人達に。様々なことに対し、「なんと、まあ」だ。

 想像も及ばない大きさに眩暈を覚える。目を瞑り、頭の中の混沌とした情報をまとめる。

 

「「システムU-D」は、「ナハトヴァール」の管理下にあるわけではないんだな」

「はい。システム保護のために隠ぺいを施しているようなので、本来なら稼働すら出来ないはずです。……机上の空論でしかないってことですね」

 

 その通り。「ナハトヴァール」、というか魔力簒奪バグ(結局は繋がっているわけだが)が「システムU-D」の魔力を使用した以上、稼働できない「はず」でしかない。

 ただ、隠ぺい自体に効果がないわけではないだろう。少なくとも本来の性能は出せておらず、恒常的に使用可能なものでもない。

 隠ぺいされたまま、自己判断能力を持たない防衛プログラムが、あくまで機械的に使用しているということだ。まだはっきりしないが、ここに付け入る隙がありそうだ。

 

「もう一つ気になっていることが、「システムU-D」が持つ「無限連環再生能力」だ。現在の夜天の魔導書が持つ転生・無限再生機能と、あまりにも酷似している」

「はい、それは僕も気になりました。多分……「ナハトヴァール」が吸収してしまったんでしょうね」

 

 あるいは逆に、システムU-Dの側が夜天の魔導書本体を自身の一部であると誤認する事で、一緒に再生しているのかもしれない。

 これに夜天の魔導書が本来持つという「旅」の機能が組み合わさることで、主の資質を持つ者の手を転々としながら「ナハトヴァール」が力を吸収し、破壊をばら撒くという悪循環となったわけだ。

 全ては、過去の主達の手による自業自得。夜天の魔導書はあくまで被害者なのだ。「システムU-D」や「紫天の書システム」、果ては「ナハトヴァール」までも。

 ……余計なことまで考えてしまった。オレ達に何とか出来るかもしれないのは夜天の魔導書までだ。それ以上は、手を出しても失敗するのがオチだ。割り切らなければならない。

 頭を振り、余計な思考をカットする。

 

「となれば、いずれは「システムU-D」と「紫天の書システム」を除去することを考えねばならないが、今のところは「ナハトヴァール」に利用されないようにするだけで十分だ」

 

 というかそれ以上のことをやりようがない。相変わらず防衛プログラムをどうにかしないことには、書へのアクセスもままならないのだ。

 できれば今すぐにでもミステールにエネルギー供給路を断つ作業をしてもらいたいところだが……ここで「システムU-D」の隠ぺいが邪魔になる。

 

「標的が分からぬのでは、さすがに厳しいのぅ。これは予想外じゃった」

「判別論理を組むというのは?」

「出来ぬことはないじゃろうが、「シンクロ法」しかない現状では行使する余裕もなかろう。他の方法を考えるか、さもなくば大人しく魔導書殿の人格起動を待つのが無難じゃろ」

 

 やはり、今すぐは不可能か。隠ぺいのおかげで「ナハトヴァール」も自由に利用することは出来ないが、こちらも手出しすることが出来ない。「システムU-D」は味方というわけではないのだ。

 本格的に管制人格の起動待ちだ。少なくとも「彼女」が起きれば、現在書の内部がどうなっているかは分かるはずだ。

 

「分かった。現在夜天の魔導書の蒐集量は341頁。あと59頁で人格起動が可能だ。今週末にはこぎつけられるだろう」

「……相変わらずとんでもないスピードだな。こっそり人から蒐集したりしてないだろうな」

「するか。どれだけ効率がよかろうが、しがらみを生むなら願い下げだ」

 

 当たり前かもしれないが、夜天の魔導書が記録――蒐集する魔法というのは「人が使う魔法」だ。獣と人とでは、蒐集効率に天と地ほどの差がある。

 定期蒐集で大変お世話になったモコモコ(仮称、正式名称は不明)を例に取ってみよう。奴らは1匹当たり1行に満たない程度の蒐集量だが、同じだけの魔力の人間だった場合、1頁程度まで跳ね上がる。

 そう考えると、それなりの戦闘が必要ながら2~5頁しか蒐集出来ない大型動物は、実は非効率な蒐集方法なのだ。同じだけの魔力を持った人間なら、一人頭20頁は下らないだろう。

 が、何度も言うようだが、こちらは管理世界のしがらみに巻き込まれるつもりは毛頭ないのだ。そんなことをして管理局からマークされたくはない。

 まあ、ハラオウン執務官も分かっていてジョークで言っているのだろうが。センスのないジョークだ。

 

「優秀なメンバーに囲まれ、安定した狩場を提供され、バックアップ体制も万全。これで蒐集できていなかったら、指揮官として無能なんじゃないのか?」

「……それもそうだ。君なら、出来て当たり前のことだったな」

「分かっているならいい。ついでに、今後も協力願えると非常に助かる」

「お安い御用さ、指揮官殿」

「……ぐぬぬ、おいしいところをっ……!」

 

 オレとハラオウン執務官で軽口をたたき合い、ユーノが嫉妬する。これはもう一つの様式美なのかもしれないな。

 

 さて。これにて長らく無限書庫にて調査を行ってくれたユーノが、ようやく解放された。プロジェクト開始前の7月から、約半年だ。

 

「本当に、よく色々と調べてくれた。感謝する」

「いえ……ミコトさんのためなら、なんのそのです!」

 

 グッと力瘤を作ってみせるユーノ。実際歳不相応な力瘤であるから、彼の努力(の迷走)のほどが見て取れる。

 ……ユーノ当人は気にしていないだろうが、オレはこれを立派な借りだと思っている。何か返さないことには、あまり気分がよろしくない。最悪の結果になったときは踏み倒すことになってしまうのだから。

 

「そうだな……お前はこれから、どうしたい?」

 

 本人の意向を聞いてみることにする。オレではろくな考えが思い浮かばない。彼が何を欲するかを想像することが出来ない。

 だから差し当たって何かしたいことはあるかと聞いてみたのだが。

 

「もちろん、ミコトさんの指揮下に入って、蒐集をお手伝いします!」

「いや、そういう意味ではなかったのだが……まあ、助かることは助かるか」

 

 彼は引き続きプロジェクトに参加するようだ。……考えるまでもなく、彼ならばそうするか。意思確認は必要だったが、聞くまでもなく分かっていたことだ。オレが聞きたいのはそういうことではない。

 

「そうだな、質問を変える。オレからお前に出せる報酬は何だ?」

「必要ありませんよ。僕は、ミコトさんの指示で動けることが嬉しいんです。それが望みなんです。強いて言うなら、その望みを叶えてくれることが一番の報酬です」

 

 狼狽えることなく真っ直ぐ返してきた。……視線がむずがゆくて彼を上手く直視できず、オレから目を逸らした。動悸も少し早い。

 それを悟られぬよう、努めて平静に返す。

 

「そうか。余計なことを聞いたな。悪かった」

「いえ。とてもミコトさんらしいなって思いました。あなたはそのままでいてください。……ずっと、僕達の指揮官でいてください」

「……厄介な役回りを任されてしまったものだな」

 

 ヘタレめ。心の中で一言付け加える。彼に"異性"を感じられるようにはなったかもしれないが、魅力を感じられるかどうかは別問題のようだ。

 それならそれで別にいい。ユーノにはもっと頑張ってもらうだけだ。何を頑張るかは、彼次第だが。

 

「分かった。そういうことなら、今後は「マスカレード」の実行部隊としてよろしく頼む。事実として、お前の補助魔法があるのは心強い」

「任せてください!」

 

 これで彼の方針は決まった。次いで、時折彼のサポートを行ってきたアリアが動く。

 

「私の方も、本格的に次善策に向けて動かさせてもらうわ。……そんなことにはならない方がいいけどね」

「それでも準備は必要だ。今行っている蒐集はそのためでもある。言うまでもないと思っていたが」

「ええ、分かってるわ。たとえプロジェクトが失敗しても、次善策だけは絶対に失敗が許されない」

 

 失敗するということは、オレ達の犠牲が無駄になるということだ。さすがにそれはオレも許容するわけにはいかない。相応の成果を出してもらわないことには困る。

 アリアはオレから視線を外し、ハラオウン執務官へと歩を進める。そしてポケットからカード型の待機形態となったデバイスを取り出す。

 それは次善策の要である特注デバイス。氷結の杖「デュランダル」だった。

 

「……どういうつもりだ、アリア」

「どうもこうもないわ。これはあなたに託す。あなたなら、使いこなせるでしょう」

「ふざけているのか。それは君の役割だったはずだ。ここに来て、それを放棄するというのか?」

 

 もしものとき、オレとはやてが「ナハトヴァール」に取り込まれた後、凍結封印を行うのはアリアの役目だった。このプロジェクトチームの中で、ミッド式魔法を一番上手く制御できるのが彼女なのだ。

 ここに来て、その役割を二番手に託すと言っているのだ。譲られたみたいで、ハラオウン執務官としては納得がいかないだろう。

 だがアリアの様子を見て、そうではないと分かった。彼女は……デュランダルを持つ手が震えていた。

 

「……見れば分かるでしょ。私にはもう、無理なのよ」

 

 彼女は……彼女だけじゃない。ロッテも、ギルおじさんも。彼らは既にオレ達八神家の家族同然だ。家族と言えるだけ深い付き合いをしてしまった。

 そんなアリアに家族を手にかけるということは……長年管理局で犯罪者と戦い続けた彼女でも、耐えられることではなかったのだ。

 

「こんなの、考えてもみなかったわ。だって、私達は元々はやてを犠牲に闇の書を封印しようとしてたのよ。ちょっと一緒に生活したぐらいで、意志が揺らぐことなんて、ありえないって……思って、たのに」

 

 ポタポタと涙がこぼれる。必死に自制しているのだろう、彼女は肩まで震えている。ハラオウン執務官は、師匠の弱々しい姿に、何も言葉を返せなかった。

 

「知ってる? はやてって、ミコトと一緒にいるとき、本当に幸せそうに笑うのよ。ミコトも、仏頂面ばっかりじゃなくて、ソワレには優しく微笑んだりして、本当に幸せそうなのよ」

「アリア……」

「知っちゃったら、もう無理よ。私の手で、あの幸せを壊すなんて、出来ない。……妹を殺すなんて、私には、……っ」

 

 彼女は、もう言葉を紡げなかった。嗚咽を必死に耐え、ただ涙を流し、ハラオウン執務官がデュランダルを受け取るのを待っている。

 ……作戦として見ても、彼女の行動は正しい。もう彼女は、「オレ達を封印する」という状況下において、一番の魔導師ではない。彼女の想いが重しとなって、チャンスを逃してしまうだろう。

 そんなことは……ハラオウン執務官にだって分かるだろう。だから彼は、迷いなくデュランダルを受領した。

 

「君の意志は僕が受け継いだ。もう、背負わなくていい」

「……ごめんね、クロノ。あなたに背負わせてしまって。こんなダメなお姉ちゃんで、ごめんね……」

 

 しばらくアリアは泣き続けた。ハラオウン執務官は、甘えてくる姉をあやす弟のように、彼女を慰めた。

 ……アリアの本当の妹であるロッテの方は先ほどから号泣しており、ギルおじさんが困ったように頭を撫でていた。彼女も同じ想いであったということだ。

 彼女達が泣き止むまで待つ。それほどかからず、アリアは気持ちを立て直した。ロッテの方はまだぐずっているが。

 

「見苦しいところを見せてしまったわね。……私達は、次善策になったらもう役に立てない。だから準備の段階で全力を尽くさせてもらうわ」

「うぉぉ゛……はや゛てちゃ゛んもミコ゛トちゃん゛も、い゛なくなっちゃ゛やだぁ……」

 

 気持ちは嬉しいんだが、女性としてそのうめき声はどうなんだ、ロッテよ。姉を見習ってとっとと立ち直れ。

 

「私も、二人と同じ気持ちだ。こんな策を提案した手前何をと思うかもしれないが……どうか、最後まで諦めないでほしい」

「言われるまでもありません。オレは、やると言ったらやるんです」

「……そうだったね」

 

 ギルおじさんは寂しそうに、だけどわずかな希望を込めて微笑んだ。

 あとひと月。無駄にせず、考えよう。オレ達が明日を迎えるための妙手を。

 

 

 

「そういえばスクライア。お前はこれから自由に行動できるが、剣の話はどうする?」

 

 会議が終了した後、シグナムがユーノに話しかけた。海水浴のときに、シグナムがユーノに剣を教える約束をしたらしい。

 何をやっているのか。そりゃ体を鍛えただけじゃ使い物にならないだろうが、そこで何故剣という選択肢になった。そういうキャラじゃないだろう、お前は。

 内心で突っ込みつつ、二人の会話を聞く。

 

「そうですね。なんだかんだ、これまで調査が忙しかったからお邪魔できませんでしたし。ご迷惑でなければ、お願いしたいです」

「そうか。調査が忙しかったという割には、体は衰えていないようだな」

「あはは。バックパックって結構重いですから。上手くやれば、調査しながら筋トレも出来るんですよ」

「なるほどな。……お前は、私や恭也とはまた違ったタイプの剣士になりそうだ。それもまた面白い」

 

 結局、剣の稽古はつけるようだ。……彼がそれで納得しているなら、別にいいか。オレの知ったことではない。

 

 それから数日の間、八神邸の庭から少年の悲鳴が絶えなかったことを記しておく。

 

 

 

 

 

 ユーノが参加したことで、蒐集範囲を拡大することになった。いくら大型の数が豊富とはいえ、あまり一ヶ所でやっては既蒐集個体に当たりやすくなり、効率が悪くなってしまう。

 そこでユーノはフェイトと組ませ、海洋の方で蒐集を行わせることにした。ヴィータにはなのはとガイを見てもらっている。

 

「フェイト、あそこだ!」

「分かった! バルディッシュ!」

『Photon lancer.』

 

 ユーノが索敵した場所に向けて、フェイトが魔力の槍を放つ。すると、それに反応し回避した魚群(?)が水面から顔を出し、一斉に彼らに向けて襲い掛かってくる。

 だが既にユーノは頑強なラウンドシールドを複数枚展開しており、大トカゲのような大トビウオどもの牙はシールドに阻まれる。

 

「今だ! チェーンバインド!」

 

 それだけにとどまらない。ユーノがさらに複数展開した魔法陣から緑色の鎖が飛び出し、憐れにも「罠」にかかったトカゲ魚を縛り上げていく。抵抗はしているが、奴らに彼のバインドを破れるほどの力はない。

 そうして捕獲した中型の水棲魔法動物を、近場の陸に「水揚げ」していく姿は……適当なたとえかは分からないが、漁師のようだった。

 

「よいっしょぉ!」

「……よく働いてくれるものだな。こちらとしては助かる話だが」

「あ、ミコト。どう、結構捕まえられたよ」

 

 フェイトがオレに気付き声をかけてくる。念話用のインスタントデバイスである程度やり取りは出来るようになったが、やはりミステールの念話共有には届かない。今もこうして各組を渡り歩いて様子を確認している。

 彼女の言う通り、「魚河岸」には釣り上げられたばかりのトカゲ魚がビチビチと跳ねている。数十を数えるほどだろう。蒐集量は大型に劣るが、圧倒的な数でカバーしていた。

 

「見事なものだ。ミッド式魔法の扱いに一日の長があるだけはある」

「うん。分かってたけど、シールドとバインドの制御が特に凄いんだ。捕獲っていうミッションなら、ユーノが一番凄いかもしれない」

「ふぅ、これでよしっと。あ、ミコトさん!」

 

 「水揚げ」を終えたユーノもこちらにやってくる。……「水揚げ」の方法は魔法的なものではなく、チェーンバインドを手でつかんで力任せに引っ張るというものだ。もうちょっとスマートな方法はないのか。

 

「大型ではありませんけど、これで足しになりますかね」

「十分だ。こいつら全員を蒐集出来れば、10頁程度にはなるだろう。……ところで、こいつらは陸に放置して大丈夫なのか?」

「あまり長時間は放置できませんけど、蒐集の間ぐらいならもちますよ。そろそろシャマルさんを呼ぼうかと思ってたところです」

 

 個体数が多くなれば、それだけ蒐集には時間がかかる。時間当たりの蒐集量に換算したら、大型には圧倒的に劣るだろう。

 だから少しでも効率を上げるために、ある程度数が揃うまで溜め込んでおいたそうだ。その判断に間違いはない。

 

 間違いがあったとすれば、この世界の生態を完全に把握していなかったことだ。彼だけでなく、オレも、管理局も含めて。

 突如として轟音。大地が揺れる。トカゲ魚どもが恐怖したようにビチビチと跳ねている。

 異変を察知し、オレはすぐさまユーノに指示を出した。

 

「こいつらを岸から退避させろ! 海の方からだ!」

「了解! ずえりゃあああ!!」

 

 彼は何本かのチェーンをひとまとめにし、力任せに森の方へとブン投げる。転送魔法を使え、それがお前の得意技だろうが。

 ……いや、違うか。それでは間に合わないのだ。転送魔法「トランスポーター」で一度に運べる数はそう多くない。一回にかかる時間もバカにならない。

 だから、手っ取り早く物理的な方法で退避させている……のだと思う。決して鍛えた肉体を使いたいだけじゃないはずだ。多分。……少し自信がなくなってきた。

 ユーノの行動は迅速だった。フェイトも、いつ海から怪物が現れても対応できるよう、既にフォトンランサーを待機状態にしていた。

 

「これでラス、とぉ!?」

 

 最後の3匹を投げた瞬間、水柱が起きた。そこから伸びた黒い影が、中空に投げ出されたトカゲ魚どもに喰らいつく。

 チェーンバインドごと、その3匹は噛み千切られた。……被害が3匹で済んだだけよしとするか。

 

「……うそ、なんで竜種が……」

「管理局め、調査を怠ったな。何が「竜種は存在しない」だ」

 

 事前情報ではそのはずだった。この世界は大型が多数存在するが、竜種の存在だけは確認されていない。そのためにこの世界を選んだはずだった。

 それを、目の前の現実が否定する。水柱の奥から現れたのは、巨大な甲羅と長い首を持つ海竜だった。

 水柱が起きた瞬間に、フェイトはフォトンランサーを全弾射出していた。だというのに全く効いた様子はない。固い甲羅で弾かれたか、それとも鱗に阻まれたのか。

 

「これは、まずい……ですよね」

「オレ達だけでは、まず無理だな。攻撃力が足りない。……他の邪魔はしたくなかったが、仕方ない」

 

 逃げるのも難しい。奴は既にオレ達を見ている。襲って来ないのは、警戒しているのか、あるいは余裕からか。

 待ってくれるなら、その時間を使うまでだ。インカム型の念話用インスタントデバイスをオンにして、全体に通達する。

 

「こちらミコト。ユーノ・フェイト班が竜種と遭遇、現在交戦待機中。手を貸してもらえると助かる」

『なのはです! 三人とも、大丈夫なの!? 急いでそっち行くから……にゃあああ!? なんでなのはばっかりぃ!?』

『くっそ! 女の子ばっか狙ってんじゃねえよ、このロリコンドルがっ!』

『ヴィータだ! 聞いての通り、こっちはちょっと時間かかる! 終わったらすぐに向かう! 海岸だったよな!?』

 

 ヴィータ達は、またしてもなのはが狙われて苦戦中のようだ。すぐの増援は期待できない。

 次いで、シグナムから念話が入る。

 

『主、ご無事ですか!? 今私が助けに参り……ええい、鬱陶しいわァ!』

『アルフだよ。ごめん、こっちも竜種だ。ったく、何処が竜種はいないんだよ! 群でいるじゃないか!』

『愚痴っている暇はないぞ。ザフィーラだ。こちらも遅くなる。……なるべく早く駆けつける。それまで耐えてくれ』

 

 あっちでもこっちでも竜種か。向こうについては、アタッカーが二人いるから心配ないだろう。群ということは、一体一体はそう強くないはずだ。

 そして最後の一組。恭也さん達は、念話が入る前に到着した。シャマルの転送魔法だ。

 

「なるほど、手ごわそうだな。これは、俺の剣が通用するかどうか……」

「わたしのランサーは弾かれちゃった。あの甲羅が厄介です」

 

 これでアタッカー二人のディフェンス一人、アシスト一人。……相手の防御力を考えると、もう一人アタッカーが欲しいな。

 

「ソワレ、やれるか」

『……こわいけど、がんばる』

 

 仕方がない。ここは純粋な火力が必要になる。オレ達がその役割を務めるしかないだろう。

 ――オレが戦線に加わると、指示出しがほとんどできなくなる。というのも、忍氏から提供された念話用デバイスは、受信は完璧だが発信に口頭での入力が必要という仕様だったのだ。

 これは、オレ達非魔導師には「リンカーコア経由でデバイスに命令を出す」という本来の使い方が出来ないことが理由となっている。あくまでニュートン系での事象で入出力を行わなければならない。

 たとえば恭也さんが使用しているベクターリングは、筋電位によって作動する。筋電位のパターンによって、魔法陣の発生位置制御等を行っているのだ。

 頭の中だけで済ませられない分、必要になるリソースが増える。それこそ、後方で指示のみに徹さなければ無理だろう。

 

「ミコト、お前は……」

「シグナムかヴィータが合流出来たら下がります。それまでは、オレが砲手をやります」

「……分かった」

 

 恭也さんが異論を唱えようとしたが、彼も攻撃戦力が足りないことは理解している。飲み込み、前を向いた。

 オレ達が構えると同時に海竜が吼えた。こちらの準備が整うまで、律儀に待っていたのか。……行動パターンがよく分からんな。

 海竜が動く。各々空中に回避行動を取った直後、先ほどまでオレ達がいた場所が爆ぜた。動作から考えて、恐らくはブレス攻撃か。

 

「もう一度、バルディッシュ!」

『Yes sir. Photon lancer.』

「ソワレ!」

『うん。バール・ノクテュルヌ』

 

 怯まず、フェイトとオレからの射撃攻撃。雷の槍と夜の魔弾。海竜は巨躯に似合わぬ旋回速度で動き、甲羅でそれらを受ける。炸裂の煙幕が晴れた後には傷一つなかった。

 

「なるほど、確かに甲羅は固いようだな。だが、それ以外の部分はどうだ?」

「おおおおっ!!」

 

 オレ達の射撃は、あくまで牽制。本命は恭也さんによる近接斬撃。今のは接近の隙を作るためだけのものだ。

 そうして彼は奴の長い首に、すれ違いざまの一閃。ギィンという金属同士をこすり合わせたような音が響く。

 衝撃を受けたのか、海竜は少しだけのけぞり、再び旋回して尻尾で恭也さんを撃ち落とそうとする。だが、回避するまでもなく緑色のシールドが発生し、その一撃を大きく逸らす。

 彼の足もとに翡翠色のベルカ式魔法陣が発生し、転移魔法でシャマルの横まで退避する。連携は上々。だが……やはり防御が固い。

 

「恭也さんの剣でも傷が入らないなんて……」

「鱗が厄介だ。鋼並の固さを持っている上に滑る。ただの剣じゃ、通すことは難しいな」

 

 無理ではないのか。いや、確かに恭也さんなら出来ても不思議じゃないと思えてしまうが。……気にしないことにしよう。

 恭也さんは今の一撃でさらに海竜を分析していた。

 

「「斬」は通じなかったが、「徹」は効果があった。鱗に衝撃吸収の能力まではないんだろうな」

「つまり、甲羅以外の部分は意外と脆いということか。……遠距離からの射撃では、難しいな」

 

 奴は巨体に似合わず動きが鈍重ではない。遠くから撃ったのでは、出を察知されて防御されてしまう。零距離からの砲撃か……逃げ場のない攻撃が必要になる。

 

「ソワレ。奴に「爆発する棺」を当てられるか」

『……わかんない。あいつ、けっこう、うごく』

「皆で一斉攻撃して、動きを止められないかしら」

「……無理だろうな。その気になれば、海中に逃げられる。それなりに知能はあるようだからな」

 

 目の前で作戦会議をしているというのに、海竜は動かない。やはり、何を考えているか分からない。余裕なのか、それとも別の何かなのか。

 これだけ隙を見せてくれるなら逃げられるか。……森の中のトカゲ魚を回収しなければいけない。捨てれば逃げられるかもしれないが、出来ればそれは避けたい。

 ……ダメ元で試してみるか。

 

「とはいえ、現状で出来ることはそれしかない。上手く動きを縫いとめてくれ」

「分かった。……無理はするなよ」

「こちらの台詞ですよ」

 

 再び散開する。こちらが動き出すと、海竜も動き出す。狙いは……恭也さん。

 

「ほう、俺を敵と認めたか! ならば、御神の剣士として受けて立とう!」

「む、無茶しちゃダメですからね!」

 

 少し離れたところでいつでも転送退避させられるように待機するシャマルが、心配そうな声色で叫んだ。

 オレは海竜の攻撃が届かないところまで浮き、ソワレに指示を出す。

 

『ル・クルセイユ』

 

 戦場に「夜」の粒子が集まり始める。ほの暗く、光を曲げる重力の粒子が。

 海竜はすぐに異常に気付いたのだろう。急旋回して「夜」から逃れるよう移動を始めた。

 

「この、止まれぇ!」

「ぐっ、ぎぎっ、ぃ!」

 

 フェイトはフォトンランサーを撃ち、動きを止めようとする。しかし海竜は首を甲羅の中に引っ込めることで防御した。ランサーは固い甲羅に弾かれ、不発。

 ユーノもチェーンバインドで絡め取り、何とか止めようとしているが……人と竜では膂力に差があり過ぎる。

 予想通り効果範囲から逃げられてしまった。これ以上「夜」をとどめておく意味はなく、ソワレは技を解いた。やはり、発動時間がネックだな。

 

『ミコト、ごめん……』

「気を落とすな。別の方法を考えよう」

「……けど、本当にどうしましょう。早く何とかしないと……」

 

 恭也さんが交戦している様子を見て、シャマルが焦る。危なげなく戦っているように見えるが、たった一回のミスで全てが終わるのだ。

 だからと言って焦って判断を誤れば、もっと彼を危険にさらすことになる。オレ達は冷静でなければならないのだ。

 そうだ、冷静に考えろ。今必要なのは何か。今成したいことは何か。どうすればそれを成せるのか。

 

「足りないのは、火力。補おうとすると、時間が足りない。時間、火力……速さ?」

 

 速さは、フェイトが持っている。だが彼女では火力が足りない。いや、集中すれば十分な火力を出せるかもしれないが、オレと同じように時間を犠牲にする。

 では、もし彼女の速さをそのままに、火力を補うことが出来たとしたら。

 

「フェイト、ユーノ。一旦集まってくれ。……恭也さん、少しの間辛抱してください」

『気にするな。このぐらいなら、軽いものだ!』

 

 海竜の角をかわしながら、通信を返してくる恭也さん。彼はお返しとばかりに、海竜の眉間に蹴りを入れた。その一撃に大きくのけぞる巨獣。

 ……本当に大したことなさそうに見えるから困る。実際に強がりなどではないのだろうが。

 

「ミコト、何か思いついたの?」

「ああ。ちょっとばかり、無茶なことをな」

 

 オレの表情を見て、若干引き気味の三人。そんなに悪い顔をしていただろうか。

 ともあれ、思いついたことを三人に説明する。話が進むにつれ、だんだんとシャマルとフェイトの表情が引きつった。

 

「ほ、本気でやるんですか?」

「今あるものを活かすとなったら、これぐらいしか思い浮かばなかった。無論、実行するかしないかは君達の意見を尊重する」

 

 特に、ユーノの。これを実際にやったら、一番危険を伴うのは彼なのだ。

 彼は、一点の迷いもなく頷いた。

 

「やりましょう」

「え、ええ!? そんなにあっさり……」

「あの……ユーノ君、ほんとに危ないですよ? ミコトちゃんにいいところ見せたいなら、別の機会で……」

「ち、違いますよ! そういうことじゃなくって!」

「コントはいいから、決断は早く頼む。いつまでも恭也さん一人に任せておくわけにはいかない」

 

 確かに安定はしているが、決定打を打ち込めない。消耗する一方なのだ。時間をかけるだけ、恭也さんの危険は増していく。

 オレの叱責に、三人は少し慌ててから、やはりユーノは頷いた。

 

「やらせてください。僕はミコトさんの判断を信じます」

「判断というほど高尚なものでもない。ただの思いつきだ」

「それでもです。僕は……「ミコトさんの力」に、なりたいんです」

 

 酔狂なことだ。お前がそれを望むなら、そうすればいい。

 

「……分かりました。本当は止めたいところだけど、当のユーノ君がこれじゃ言っても止まらないだろうし」

「うぅ、責任重大だよ……」

 

 「運び役」をすることになるフェイトは緊張の面持ちだった。

 この「作戦」の成否には、三人の「連携」が不可欠だ。誰一人かけてはならない。

 彼女の緊張をほぐすべく、エールを持っていない左手でフェイトを抱き寄せ、額にキスをする。

 

「あっ……」

「フェイトならきっと上手くやれる。……大丈夫だ」

「……うんっ!」

 

 気合が入ったか、フェイトは満面の笑みだ。これで、本当に大丈夫だろう。

 ……何物欲しそうな顔してんだ、筋肉。お前にしてやるわけないだろう。

 

「覚悟が決まったなら、早速作戦実行だ。……三人とも、頼むぞ」

 

 ユーノはちょっと残念そうな顔をしていた。

 

 まず、フェイトが動き始める。

 

『Sonic move.』

 

 高速移動魔法により一瞬で最高速に達したフェイトは、見る間に海竜との距離を縮めていく。

 海竜は当然それに気付く。彼女に向けて、雷撃のブレスを放ってきた。しかしフェイト一人ならば十分回避可能だ。

 そのために、彼女一人でトップスピードに乗る必要があったのだ。

 

「行きますよ、ユーノ君!」

「いつでもOKです!」

 

 余所見をした海竜の横っ面に恭也さんが蹴りを入れる。その隙に、今度はシャマルがベルカ式の転移魔法を発動する。対象は……ユーノ。

 彼は一瞬にして海竜のすぐ近く――フェイトの進行方向に出現する。直後にシャマルは恭也さんに転送魔法を発動させ、こちらまで退避させる。

 

「フェイト!」

「うん!」

 

 ユーノの手を、最高速のままフェイトが掴む。かなりのGがかかるだろうが、肉体を鍛え上げた彼ならば耐えられる。以前の彼のままだったら、この作戦は不可能だっただろう。

 最後に、ユーノはシールド魔法を発動させる。自分の前方を覆うように。十分にフェイトの速度が乗った時点で、彼女はその手を離した。

 フェイトの速度+シャマルの転送+ユーノの固さ。全てを合わせて一瞬の「火力」に変換する連携技。それがこの作成の内容だった。

 

『ギゥォ!?』

「これでぇっ」

 

 海竜が気付いたときにはもう遅い。ユーノは奴の顔面目掛けて襲来する砲弾となった。

 

「終わりだあああっ!」

『ッッッゴガアアアア!?!?』

 

 ドォン!という衝撃がここまで響く。それほどの一撃を露出した急所に受けては、さすがの海竜もひとたまりもなかった。

 巨体がグラリと傾く。シャマルの転送によってユーノが回収された後、奴は巨大な水柱を立てて海に倒れた。

 視界が晴れるのを待つ。奴は海面に首を浮かばせてぐったりしており、気を失っていることは明白だった。

 

「……ふぅ。何とかなったか」

「フェイトの速度を攻撃力に転化したのか。上手いことを考えたもんだな」

『名付けて、「南斗人間砲弾」だよ!』

 

 勝手に作戦を命名するエール。何故そんな作戦名になったかは知らない。

 

「ともあれ、せっかくだ。あの海竜からも蒐集させてもらおう。生き残った魚類と合わせれば20頁にはなるはずだ」

「これだけ苦労させられたんだもの、そのぐらい欲しいわ。……ほんと、竜種って割に合わないわね」

 

 だからこそ「竜種がいない」というこの世界を選択していたのだが。……アースラに戻ったら、ハラオウン執務官に報告しておくか。

 

 どうやらオレ達が捕獲した海竜は大物だったようで、一気に20頁ほど埋まった。

 だが、戦闘が長引きすぎたせいで半数ほどのトカゲ魚が蒐集不能になってしまい、こちらは思ったほど蒐集量が伸びなかった。結果だけ見れば、予定よりも多く蒐集できたことにはなるのだが。

 蒐集出来なかったトカゲ魚は、海竜に責任を持って処理してもらうことにした。美味そうに食べていたところからして、好物だったようだ。

 ……もしかしなくとも、オレ達からトカゲ魚を横取りするために戦闘を仕掛けてきたのだろう。そう考えれば、戦闘中の不可解な行動にも納得が行く。要するにオレ達の逃走待ちだったということだ。

 食事を終えた海竜は、満足したように海へと帰って行った。

 

 

 

 

 

「そうか、竜種が……どう考えても先遣隊の手抜きだな、こりゃ」

 

 「ディーパス」で起きた出来事を伝えたところ、ハラオウン執務官は呆れたようにため息をついた。

 同じように竜種(飛竜)の群に襲われたシグナム達であるが、彼女が本気でキレたら全部逃げてしまったそうだ。その潔さをオレ達が遭遇した海竜にも分けてほしかったものだ。

 当然ながら、「竜種がいない」ということになっていた世界の竜種なわけだから、新種である。いつぞやの依頼に引き続き新種発見の栄誉をいただいた(いらない)。

 

「危険な目にあわせてしまったな。本当にすまなかった」

「謝ってもらう必要はない。お前が調べたわけではないんだからな」

「それでもこの世界を紹介したのは僕だ。全員無事だったとはいえ、その責任を放棄する気はない」

 

 真面目なことだ。それが彼の良さでもあり、融通の利かないところでもあるのだろう。

 彼は「代わりとなる世界を探す」と言ったが、そこでオレが待ったをかけた。

 

「今後の蒐集も「ディーパス」を使おうと思っている。そこまでしてもらう必要はない」

「……本気か? 君も経験しただろう。竜種は、たとえ下位でも厄介なのが多い。今回上手くいったからと言って、次も無傷で済むとは限らない」

「そのリスクを補って余りあるメリットがあるということだ。事実として、ひと月で管制人格起動に必要な400頁を達成できたという結果がある」

 

 確かに竜種が出てきたら厄介だが、それならば遭わなければいいだけの話だ。今後は広域索敵が可能なユーノとシャマルを主軸に布陣を考える。それで万事解決だ。

 

「それに、今から場所を変えたのではアースラの巡航スケジュールも変更しなければならないだろう。さすがにそこまでの借りを作る気はない」

「……分かった。それを出されてしまったら、君を説得する術はない。いい加減、僕も学習したよ」

「懸命だな」

 

 多少の危険はあるだろうが、極論を言ってしまえば、大型を狙うならば何処だって大差ない。近場であり管理局の目が届きにくい大型の楽園は、捨てるには惜しいのだ。

 それに、何事もやり様であることがよく分かった。使い方次第ではユーノやガイを直接戦力としてあてにすることだって出来る。

 今回の「事故」は、オレの中で確かな経験となったのだ。オレ個人としては、労力に見合った収穫を得させてもらった。

 

 

 

「それで……400頁を超えたわけか」

 

 さっきちょろっと言ったが、今回の蒐集量は竜種のおかげもあって60頁に届いた。これまでの分と合計して、401頁だ。

 あとははやての承認さえあれば、人格起動が可能だ。

 

「……これでようやく、この子とお話が出来るんやな」

 

 シャマルから受け取った黒い魔導書を胸に抱え、はやては目を瞑り、万感の思いを込めて呟いた。不確かな夢の中ではなく、現実として言葉を交わせるのだ。

 彼女に贈り物をすることに決めてから3ヶ月。長いようで短く、やっぱり長かった。

 

「……はやて」

「うん。それじゃ皆、準備はええか?」

 

 この場にいる全員――チーム「マスカレード」のメンバー。プロジェクトに参加しているアースラの三人。皆が頷く。

 はやては、一歩前に出る。皆に夜天の魔導書が見えるように。夜天の魔導書が皆を見られるように。

 

 そしてはやては、言葉を紡いだ。

 

「夜天の魔導書、管制人格起動承認」

『Ja.』

 

 短く応答し、魔導書は十字飾りを輝かせる。はやての手を離れて宙に浮き、ひとりでに頁を開く。

 これまでに蒐集した全ての頁を開き終え、魔法陣を展開する。「彼女」のルーツである、ベルカ式の魔法陣。

 パキンと何かが弾ける音がして、魔法陣は消える。機能のロックが一つ外れた証だった。

 魔導書は、再びはやての手元に戻る。そして人格が正しく起動した証を発した。

 

『……闇の書、管制人格の起動を完了しました。おはようございます、我が主』

 

 話には聞いていたが、初めて聞く彼女の声は……はやての言う通り、どことなくオレと似ていたかもしれない。声質ではなく、雰囲気だろうか。

 はやては「あはは」と一つ笑ってから、書に向けてデコピンを繰り出した。「彼女」は困惑した声を出す。

 

『あ、主……?』

「まーたこの子は。言うたやろ、闇の書なんて呼ばんって。あんたは、「夜天の魔導書」や」

『主……覚、えて……』

「全部やないけどな。あんたが闇の書なんて呼ばれたくないってこととか、あんたが実はキレーなお姉さんやったとか、そのぐらいや。ほんとはもっと覚えときたかったんやけど」

「……おい、どういうことだ?」

 

 小声でハラオウン執務官が尋ねてくる。何を……って、そうか。彼にはまだ、はやてが夢の中で「彼女」に会ったことを話していなかったのか。すっかり忘れていた。

 

「あとで話す。タイミングが悪くて伝え忘れていただけだ」

「……そうか。ならいい」

 

 改めて、意識をはやてと「彼女」に向ける。はやては一度話を区切り、咳払いをした。

 

「あとは、あんたの新しい名前。……あー、新しいも何も、あんた自身に名前はない言うてたっけ?」

『主……、我が、主……。どうして、あなたは……』

「気合や気合。気合があれば何でもできるんや。あんたを元の姿に戻してやることだって。皆が気合出せば、絶対に出来ることなんや」

 

 「な?」とこちらに振ってくるはやて。……オレ個人の意見としては、根性論は採用したくない。効率度外視の迷信だから。

 だが、はやてが言いたいのはそういうことじゃないし、「彼女」を元に戻したいと思うこの気持ちに効率は関係ない。

 

「そうだな。だが、オレ達にはまだ力が足りない。それを確実に可能にするためには、君の協力が必要だ。君も「気合」を出してくれ、夜天の魔導書」

『……我が、もう一人の、主。あなたも……どうして……』

 

 ……。今、物凄く聞き捨てならないことを言われた気がする。よりにもよって夜天の魔導書本人から、「アナザーマスター」扱いされなかったか。公認されなかったか。

 最後の砦であるザフィーラを見る。彼は……無言無表情を貫きながら、グッと親指を立てていた。承認。最後の砦、あっさり陥落。

 ――これによりオレは、「もう一人の夜天の主」となってしまったのである。閑話休題。閑話休題ったら閑話休題。

 

「どうして、と問われても分からない。どうしての後に何が続くのか、オレは知らない。だからオレの判断で答える。……諦める気がさらさらないからだ」

『……っ』

 

 「彼女」が息を呑む気配を感じる。どうやっているのかは知らないが、書の中では人と変わらない感覚を持っているのかもしれない。

 構わず、続ける。

 

「君が何処まで知っているかは分からないが、オレはやると言ったらやる。やめるという選択肢はない。やめるぐらいなら、初めから手を出さない。勝算があるからやるんだ」

 

 はやての足の件も、もし「プリセット」という能力がなければ手を出せなかっただろう。あったから、そしてはやてがオレにとって大切な人となったから、オレは始めたのだ。

 結局オレは、自分本位なのだ。出来なければ、大切なはやてのことだったとしても、何もしないのだ。今も昔も変わらず。

 

「「どうして私を助けようとするのか」。簡単だ。助けられる可能性があるから。可能性がなかったら、オレはとっくに君を破壊している」

『……そんな、可能性は……』

「ない、とは言わせん。オレはそのためにプロジェクトを動かしてきた。蒐集で時間を繋ぎ、資料を集めさせ、君の力を借りるために人格を起動させた。それを……否定するか?」

 

 どうしても言葉が厳しくなってしまう。「彼女」がネガティブシンキングに囚われているからだ。オレは、こういうときに優しい言葉を持ち合わせていない。厳しい言葉で奮い立たせることしか出来ない。

 

「君が……コアの繋がりのない、魔法の素質すら持っていないただの少女を、もう一人の主と認めた君が……否定出来るのか?」

『主……もうひとりの、あるじ……!』

「そうだ。オレは君のもう一人の主。そしてオレは君を直すと宣言した。だから……少しはオレを、信じてくれ」

 

 そこからの「彼女」の声は、完全に涙声だった。泣かせてしまったか。やはり、「優しい言葉」は難しいものだな。

 

『ごめんなさい、主……! ごめんなさい……』

「謝らなくていい。ただ、オレを信じて、少しだけ「気合」を出してくれればそれで十分だ」

『ごめんなさい、ごめんなさい……!』

 

 ふう、とため息をついてはやての顔を見る。彼女は……微笑みながら苦笑するという、中々難しい表情をしていた。

 

 

 

『……ごめんなさい、主……』

「だから謝る必要は……ふう。エンドレスになりそうだから蒸し返すのはやめよう」

 

 泣き止んだ「彼女」は、それでも謝り続けた。これはもう素の性格がそういうものだと思うしかないだろう。改善には時間がかかるので、今は捨て置く。

 

「それで、力を貸してくれるのか否か。それを表明してもらわないことには何も始まらない」

『……私は……』

 

 しばしの沈黙。書の中にいる「彼女」の表情は分からないため、何を思っているのか推し量ることは難しい。

 ただ、待つ。彼女の意志が何処にあるか、それを知るために。

 

『私は、ずっと諦めていました。この破壊の連鎖を止めることは出来ないと。永遠に続く悲劇を、止めることなど出来ないと』

 

 「永遠に続くものなどない」と言いたいところだが、黙って先を聞く。彼女にはそれだけの重さだったのだ。

 

『……もう一人の主が「可能性はある」とおっしゃられても、私は信じ切ることが出来ませんでした。あなたを主と認めたのは、私の意志なのに……』

「気にしていない。続けてくれ」

『……魔導書のくせにと思われるかもしれません。ですが……先ほどのもう一人の主の声を聴いたとき、私は……信じられたのです』

 

 何を、とは彼女は言わなかった。彼女も、分かっていないのかもしれない。非常に感覚的なことだったのだろう。

 

『主は……我がもう一人の主は、無根拠な気休めなど絶対に言わない。可能性があると言ったら、それは本当にあるのだと。……心の底から、震えたのです』

 

 そうか、と短く返す。もう答えは言ったようなものだが、彼女の口から意志を聞かないことには意味がない。

 一拍の間。そして彼女は、これまでで一番力強く応えた。

 

『我がもう一人の主・八幡ミコト。不肖の我が身を修復しようとされる尊き御意志に従います。私の力が必要なときは、なんなりとお申し付けください』

 

 それは紛れもない宣誓だった。正式に、夜天の魔導書がオレを主として従うという宣誓。

 ……何となく気配で分かっているが、ゆっくり後ろを振り返る。予想に違わぬ光景がそこにあった。

 

「我ら夜天の下に集いし雲の騎士」

「一同、あなた様をもう一人の主とし、従うことを誓います」

「この身尽きるまで、我らは御身の手足なり」

「最期まで我らがもう一人の主、八幡ミコトの下にあり」

 

 予想通りとは言え、ちょっと眩暈を覚えた。夜天の魔導書がオレをもう一人の主と呼んだり、ザフィーラが陥落した辺りで想像はついていた。

 だがこうして実際に、シグナム個人だけでなく、「ヴォルケンリッターを含めた夜天の魔導書の全て」が「オレの騎士」となる宣誓を受けると……胃がもたれる。

 

「……君達の宣誓、確かに聞き届けた。略式ですまないが、場所が場所なので勘弁してくれ」

 

 忘れてはいけない。ここはアースラの会議室だ。無人の荒野ではないし、八神家のリビングでもない。よそ様のお宅だ。というか、君達もそういうのは帰ってからにしてくれ、まったく。

 顔を上げたヴィータが、「へへへ」と悪戯っぽく笑ってオレに抱き着いてきた。……分かっててやったな、こいつは。

 

「それでは、帰ったら早速ミステールとアリシアを交えて会議だ。「気合」を入れてくれよ、夜天の魔導書」

『お任せあれ、我がもう一人の主!』

 

 彼女の声に、もう憂いはなかった。

 

 

 

「って何綺麗に締めようとしてんねん! まだわたしの話終わっとらんわ!」

 

 会議室を出ようとしたオレ達を、はやてのキレッキレの突っ込みが止めた。……そういえば途中で話の腰が折れてたな。

 

「だが折ったのも君だ。オレに話を振った結果、こうなったんだから」

「うっ。そらそうなんやけど、なんかこう……あるやん?」

 

 分からん。何があるのか知らないが、早く話してくれ。急に止められたもんだから、入口のところがつっかえて大変なことになっている。

 はやてはコホンとまたしても咳払い。

 

「夜天の魔導書ちゃん! あんたに、新しい名前を授けたる!」

「ああ……そういえば言ってたな。帰ってからでよくないか?」

「なして!? 何か今日のミコちゃん、対応がしょっぱい!?」

 

 正直早くミステール達と話し合いたくてうずうずしてるからな。はやてには悪いと思うが、何事にも優先事項というものはある。

 が、なのはが喰いついた。その様は今日のトカゲ魚を思い出す。まさに「釣れた」といったところか。

 

「そうなの! なのはも夜天の魔導書さんの新しいお名前、聞きたいの! いつまでも夜天の魔導書さんだと呼びにくいし!」

『よ、呼びにくい。そんな理由で……』

「でも、大事だよ? これから一緒に生活していくんだから、早く新しい名前に慣れた方がいいかもね」

 

 フェイトはなのはの援護に回った。なんだかんだで彼女も気になっているようだ。

 次いで、ガイ。

 

「んー。確かにはやてちゃんがどんな名前を付けるかは気になるよな。なんかスゲー気合入ってるみたいだし」

「んっふっふ。ものっそいかっこかわいい名前やでー。なにせ、決めるのに一ヶ月かかったからなー」

 

 そうか。「作品の世界線」でも、「はやて」は「彼女」に名前を与えたはずだ。ガイは、それを知っているということだ。そして同じにはならないことも知っている。

 ともかく、複数人が聞きたいようだ。ならばとっとと聞いて、さっさと帰ろう。

 はやて、三度目の咳払い。よほど自信があるらしく、気が済むまでもったいぶった。

 

 

 

 偉大な魔導書には、新しい名前が与えられた。

 

 

 

「あんたは、「トゥーナ」や。ベルカ語で「夜」を意味する「ナハト」と、「光」を意味する「リヒト」。ひっくり返して「トゥーナ・トゥーリ」。夜空に輝く星の光ってことで、「トゥーナ・トゥーリ」や!」




ル ー ン フ ァ ク ト リ ー 3
というわけで夜天の名前は「トゥーナ・トゥーリ」となりました。「トゥーナ・トゥーリ」で一つの名前です。中黒入れないとゲシュタルト崩壊しそう。
もちろん由来は「ルーンファクトリー3」のヒロインが一人「トゥーナ」ですが、作者がミコトの声を脳内再生するときの声がこのトゥーナだったりします。これをもとにそれっぽい理由付けして名前を構築した次第です。
これだとベルカっぽい名前に聞こえる……聞こえない?

「ディーパス」の世界は無人モンスターハンター(偽)です。何故(偽)かというと、作者はモンハンをプレイしたことがなく(だからPSPないんだってば)、知人からの情報提供でイメージを構築しているからです。
前回出てきたムカつく顔の鳥は一応イャンクック先生がモデルです。原型ないですけどね(こっちは紛れもない鳥類ですが先生は一応竜です)
トカゲ魚はガノトトスがモデルで(これもただの凶暴な魚ということにしてます)、海竜はラギアクルス+玄竜先生(ロマサガ3)です。
いずれもあくまでイメージをお借りしているだけなので、本家の強さや行動そのままというわけではありません。ご了承ください。

システムU-D及び紫天の書システムについて、資料提示及び考察しています。現段階では、あまり役に立たなさそうな情報ですね。
しかしながら、彼女達は一つのゲームの題材になった存在、一筋縄でいくはずがありません。果たしてどう絡んでくるのか……。

ミコトについては……順当です。普通だな!(ゲスい)

次回、いよいよ決戦開始! ……できたらいいなと思ってます(準備回延長の可能性)
ではまた。


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五十話 決戦前夜

ようやく時間軸が現在になります。長かった……。

2016/08/21 18:36 あとがきをちょろっと修正。まーたやりやがったよこいつ。


「へー。「あっちのわたし」は、トゥーナに「リインフォース」って名前つけたんや」

「あー、やっとネタバレ出来たぜ。変なこと言ってはやてちゃんの考えに手ぇ出したくなかったから、黙っとくの大変だったよ。気ぃ抜くと「リインフォースさん」って言いそうになるし」

「どっちもいいお名前だけど、なのはは「トゥーナさん」の方が好きかな。可愛くてかっこいいの!」

「あはは……。わたしも、やっぱり「トゥーナ・トゥーリ」の方がいいかな。ベルカの言葉を元にしてるからそれっぽいし、わたし達の家族はトゥーナだから」

「「リインフォース」……「reinforce」だよな。確か、「補強する」とかそういった意味の英語だったはずだが。「作品の世界線のはやて」はどういう意味合いで名付けたんだろうな」

「「支えるもの、祝福のエール」だったかな。ちとうろ覚えだけど。「あっちのはやてちゃん」はいきなりで考える時間なかったはずだし、凝る余裕もなかったんじゃねーかな」

「むむ。「あっちのわたし」も結構侮れへんな。一瞬でそれだけ考えられるとは……わたしも負けてられへんわ!」

 

 八神家のリビングにて、テーブルの方が名前談義で盛り上がっている。高町兄妹、ガイ、はやてとフェイトだ。実際の夜天の魔導書復元には携われない面々と言おうか。

 正直、本来の主であるはずのはやてが向こうに行っているのはどうかと思うのだが。「ミコちゃんも夜天の主って認められたやん」と言われてしまった。

 その通りではあるのだが、オレのそれは意志的なものであり、リンカーコアで繋がっているはやてとは意味合いが違う。やはり当事者は参加した方がいいと思うのだが。

 ……まあ、今回は以前よりもさらに専門的な話になるから、はやてが着いてこれない可能性は多分にある。そう判断するのも間違いではないのかもしれない。そういうことにしておこう。

 

「……つまり、トゥーナでも「ナハトヴァール」に穴をあけることは出来ないということか」

『ある程度活動を抑え込むことなら、出来るでしょう。しかしセキュリティホールを作るとなると……今の私には、参照権限しかありません』

 

 トゥーナからの情報提供。今の彼女はあくまで人格起動をしただけであり、書の中身を知ることは出来ても、書き込んだり実行したりすることは出来ない。

 もし彼女がセキュリティホールを作るとなると、書を完成させて完全稼働状態にする必要がある。……それは即ち、「ナハトヴァール」を暴走させることと同義である。

 

「ぬぁー。本当に厄介な仕組みにしてくれたものじゃのう。あちらが立たずばこちらも立たず、こちらを立てればあちらも立つ。防衛プログラムなのに権限持ち過ぎじゃて」

『"理の召喚体"……私の力が及ばず、申し訳ない』

「「ミステール」じゃよ、"魔導書殿"。お互い、奥方から与えられた名で呼びあおうではないか」

『……そうだな。私はトゥーナ・トゥーリです、ミステール』

「応ともよ、トゥーナ」

 

 彼女ははやてとオレ、ヴォルケンリッター以外の家族とも、すぐに馴染んでくれた。ずっと書の中にいたというから人見知りを懸念したが、そんなことはなかったようだ。

 和やかになった雰囲気を、すぐに引き締める。

 

「じゃあ、やっぱり書にアクセスする方法は、相変わらず「シンクロ法」しかないってことですよね」

「それで直せんのか? 確か、持続時間がめっちゃくちゃ短いんだよな」

「わらわが本気で奥方に合わせて、2秒が限界じゃ。まあ無理じゃろうな」

「現実的な方法ではない。既存のセキュリティホールを使用する方法で、「ナハトヴァール」に引っかからないように抑えられるか?」

『波長のみを我が主に合わせるということですか。……伸ばせて、10秒でしょう。防衛プログラムは力をつけすぎた』

 

 10秒、か。……だがそれならば、「システムU-D」のエネルギー伝達路を塞ぐことぐらいは出来そうだ。

 

「トゥーナ、「ナハトヴァール」が「システムU-D」からエネルギー供給を受けている箇所は分かるか?」

『……申し訳ありません、我がもう一人の主。私には、そもそもの「システムU-D」が判別できません。巧妙に欺瞞しているようで、恐らくは基幹プログラムの何処かとしか……』

「よい、それだけ分かれば十分じゃよ。こちらで判別式は組んでおいた。あとは8秒を使って特定し、2秒で0埋めするだけじゃ」

 

 上出来だ。これで「ナハトヴァール」の脅威は、若干程度だが減るだろう。念のためアースラが使えるときに実行しよう。

 「システムU-D」と「紫天の書システム」。この二つは、「ナハトヴァール」を無力化してからじっくり対処する。頭が痛い問題ではあるが、「ナハトヴァール」ほどの緊急性はないのだ。

 

「これを材料に期限延期……は、厳しいだろうな」

「何故ですか? 「システムU-D」の魔力を使用できなくなれば、少なくとも前のように主はやてが倒れることはなくなるはずでは……」

「……以前とは違って、「トゥーナが起動出来るだけ蒐集してしまっている」ということですよね」

 

 シグナムの疑問にはシャマルが答え、オレはそれを肯定する。「蒐集が完了しなければ防衛プログラムの暴走はない」という保証は何処にもないのだ。

 

「蒐集を本格的に進める前も同じことだが、「ナハトヴァール」の機能から考えて、蒐集を進めれば進めるだけその脅威が増大することは間違いない」

 

 推測であるが、完成と同時に「ナハトヴァール」が暴走する理由というのが、書に記録された魔法を奴が処理しきれないことにあるのではないか。

 トゥーナに元々与えられた役割は、「記録された魔法の管理」。つまりはそれだけ特化した存在でないと管理しきれない量だということになる。

 いわんや、「ナハトヴァール」の本業は「防衛」である。「管理」ではない。にもかかわらず、書に記録される膨大な魔法を使える権限を与えられてしまっている。オーバーフローを起こすことは想像に難くない。

 だから、完成により書の機能が稼働し始めると同時に「ナハトヴァール」もフル稼働、防衛機能維持のリソースが足りなくなり暴走する、というのが推論になる。

 

「無論、「ナハトヴァール」に刺激を与えなければ暴走しないということにはなるが……オレ達がやっていることを考えたら、望むべくもないだろう」

『……すみません、我がもう一人の主。私がしっかりと「ナハトヴァール」を抑え込めれば、主が頭を痛めることもなかったのに……』

「謝るのはなしだ、トゥーナ。それをして状況がどうなるものでもない。余計な情報は排し、必要なことを考えよう」

『……はい』

 

 ともあれ重要なことは、現状出来ることは魔力簒奪バグ激化を防ぐことと、「ナハトヴァール」が起動したときの脅威を減らすことぐらいか。

 ……待てよ? 「ナハトヴァール」の脅威を、減らす?

 

「……ガイ。ちょっとこっちの話に参加してくれ」

「おん? 俺が真面目な話に参加するって珍しいな。悪い、なのは。ちょっと行ってくる」

「うん。お仕事、頑張ってね!」

 

 新婚夫婦気分を味わうなのは。その表情は、はにかみながら満面の笑みである。当然というか、ガイは苦笑した。

 兄と友達にからかわれ、恥ずかしがりながらも嬉しそうななのはを尻目に、ガイはこちらのテーブルへとやってくる。

 

「「作品の世界線」の話だ。確かお前は、彼の世界の最後では、夜天の魔導書に取り込まれた「はやて」は「気合」で抜け出したと言っていたな。仔細を話せるか?」

「……何か不穏な感じだな。「前の俺」の記憶だから不鮮明だし、時間も経ってだいぶうろ覚えだけど、それでいいか?」

「構わん、話せ」

 

 「了解」と彼は言って、しばし言葉をまとめる。

 

「……順を追って話すと、まず夜天の魔導書起動のところからだな。「あっち」のヴォルケンリッターがこっそり蒐集を行ったことで、書は完成直前の状態になってた。そんな折、管理局勢とリッターが偶然遭遇する」

 

 管理局勢……とまとめているが、恐らくその内の一人は「なのは」なのだろう。「作品の世界線」では、彼女は「主人公」のはずであるから。

 

「確執のある二者は「はやて」ちゃんの目を離れて、あわや対決ってところで乱入者があるんだ。仮面の男達。正体は、変身魔法を使った「リーゼ姉妹」」

「この世界ではオレ達が変身魔法を使っているというのに、因果な話があったものだ」

 

 もっとも、変身魔法の提案はアリアによるものだったわけだが。こちらの彼女達も、最初はそうやって暗躍するつもりだったのかもしれない。

 

「皆知っての通り、「あっち」の「グレアム」さん勢は「闇の書」に――トゥーナさんのことじゃないから気を悪くしないでくれよ。とにかく、復讐の念を持ちっぱなしで、管理局にも黙って行動してたんだ」

 

 一歩間違えば……ガイによる情報開示がなければ、こちらでも同じことになっていた可能性はある。あのときの彼の判断は正しかった。

 

「そんなもんだから、「リーゼ姉妹」は奇襲で「闇の書」を奪って、追ってきた「はやて」ちゃんの目の前で「ヴォルケンリッター」から蒐集を行い、書を完成させてしまう」

「……マジかよ。じゃああたしら、消えたのかよ……」

「他所の世界の話だ。自分に当てはめて考えるな、ヴィータ」

 

 ……だが、この世界でも過去にその方法を行った主はいるかもしれない。「リーゼ姉妹」がそれを知っていたということは、「守護騎士からの蒐集」を見た可能性を示す。

 知らず、拳に力が入る。……狼の姿であるザフィーラが、オレをも宥めるように、その柔らかくも逞しい毛並を、オレの足に摺り寄せた。すまない、大丈夫だ。

 

「目の前で「唯一の家族」を奪われた「はやて」ちゃんは、自暴自棄になって「闇の書」を起動、暴走させてしまう。「リーゼ姉妹」がわざわざ「はやて」ちゃんの目の前で蒐集したのはこのためだな」

「……我らの知る彼女達からは想像出来んな。そのような悪辣な真似が出来るとは……」

 

 真実、こちらのリーゼ姉妹、とりわけアリアは、必要ならば実行できるだろう。オレ達……家族に対しては、そんなに非情になれないだけの話で。

 前置きが長くなってしまったが、オレが知りたいのはここからだ。

 

「暴走した「闇の書」……防衛プログラムは、世界に絶望した「はやて」ちゃんを取り込んで、現実から守るべく「幸せな夢」を見させる。絶望した「はやて」ちゃんも、身を委ねてしまう」

「そこから立ち直るのに、「気合」が必要だったわけか」

「Exactly!(その通りでございます) つっても、これは彼女一人で出来たことじゃない。外側から「なのは」が、戦闘中に取り込まれちまった「フェイト」ちゃんも内側で戦った結果だ」

 

 「フェイト」もいたのか。「作品の世界線」では犯罪者としてミッドに送られていると聞いていたから、てっきり戦線外だと思っていたのだが。

 ……ミッドの、というよりも時空管理局の体制にきな臭いものを感じる。覚えていたら、後々ハラオウン執務官に尋ねてみるか。プロジェクトが完遂した後の話だ。

 これでオレの知りたいことは分かった。後は蛇足みたいなものだ。

 

「夢から脱出した「はやて」ちゃんが「リインフォース」さんを起動承認して、上手い事防衛プログラムを抑え込んだところに「なのは」が全力の砲撃魔法を叩き込んで無事分離。以上、めでたしめでたし」

「分離した防衛プログラムを何とかして、が抜けているな。……「リインフォース」、さっきお前達が話していた「作品の世界線」のトゥーナだったな」

「俺はどっちの名前も好きだけどねー。「リインフォース」ってのも綺麗な名前だし、「トゥーナ・トゥーリ」ってのはすげーベルカって感じがしてしっくりくるし」

『主から賜った大事なお名前……褒められて光栄だ、盾の魔導師殿』

「あはん! 盾の魔導師殿だなんて他人行儀な! 気軽にガイって呼んでくださいっスよ、トゥーナさん!」

『あ、ああ……』

「トゥーナが困惑しているだろう、バカ者。もう用はないから戻っていいぞ」

 

 真面目モード終了のお知らせ。こうなると手が付けにくいので、ガイは飼い主(なのは、逆も可)のもとへと返す。

 推定美女であるトゥーナに色目を使った罰として、ふくれっ面のなのはがガイをポカポカ叩く。……あれが「作品の世界線」だと一騎当千の戦士になるという。想像だに出来んな。

 さりとて、知るべき情報は得た。あとは実現可能性だが……。

 

「主殿よ。一体どんな無茶を考えておる」

「復元の次善策、と言ったところか。期限までに上手い修復方法が見つからなかった場合の、次善策中に行う最後の修復手段だ」

 

 ミステールの表情が険しい。今の話から嫌な予感を感じ取った、といったところか。

 あながち、間違いではない。特に彼女は負わなくていいリスクを負うことになる。

 

「もしオレ達が取り込まれたとして、「作品の世界線」のように「ナハトヴァール」の影響を振り払うことが出来れば、書の中を自由に動き回れることになる」

「……まさか、主殿」

 

 もう彼女も想像がついたようだ。構わず口にする。

 

「取り込まれる際、オレがミステールを装備しておけば、彼女も一緒に中に入れる。内側からの修復が可能になるということだ」

「でも、それじゃあミステールちゃんが……!」

「ああ。失敗した場合には、オレとはやてとともに、封印されることになる」

 

 それがこの作戦のネック。いたずらに犠牲を増やしてしまうことになりかねない。だからこそ、本当に実現できるのかという可能性が必要になる。根性論に頼る必要のない可能性が。

 ヴォルケンリッターが息を呑む。当事者であるミステールは……わずかな逡巡すら見せずに笑った。

 

「呵呵っ、何を言い出すかと思えば。その程度の無茶なら、とうに覚悟できておるわ。むしろ主殿がその程度も気付いていなかったことが心外じゃよ」

「……軽い話じゃないぞ、ミステール。君はまだ生まれて一年も経っていない。そんな君を、死地に赴かせることになるんだ」

「構わん構わん。主殿はちとわらわを侮りすぎじゃな。わらわは、悔いを残すような生き方などしておらん。たとえそれが短い生涯だったとしてもな」

 

 凛としたたたずまいで、ミステールは歌うように口ずさむ。彼女は……どうやらオレなどより、よっぽど「生きて」来たようだ。

 そしてそれは彼女だけでなく、オレ達の娘もまた。

 

「……ソワレも、いっしょに、いく」

「起きていたのか。……オレは、出来ることなら、君達を連れ出すことはしたくない。もちろん失敗する気などないが、万一のことを考えると……」

 

 オレの膝の上で眠っていたはずのソワレが、オレの瞳を真っ直ぐ見て真摯に告げる。

 

「ソワレ、ずっと、ミコトとはやてといっしょ。それが、ソワレのいちばん、やりたいこと」

 

 彼女は……彼女に与えられた理念は、「オレの傍らにある存在」。故に彼女のその思いは、甚だ創造理念の通りである。オレは……そこまで考えて、彼女にこの理念を与えただろうか。

 罪悪感が湧く。ソワレが愛しければ愛しいほど、自分の都合で生み出したのだという事実が重くのしかかる。

 だけど彼女は、そんなオレの浅はかな考えを一蹴する。

 

「ソワレ、ミコト、いちばんすき。はやて、そのつぎにすき。だから、ずっといっしょ」

「ソワレ……」

「呵呵っ、愛されとる主殿じゃ。……主殿を愛しているのが姉君だけじゃと思うな。わらわとて同じよ。生み出された恩義以上に、与えられた理念以上に、わらわの心が主殿を愛するのじゃ」

 

 「否」とミステールは言葉を区切る。

 

「八神家の家族全員が、主殿を愛しておる。主殿の友が、仲間が、主殿に関わる大勢の人達が、主殿を愛しておる。もっと愛されておることを自覚すべきじゃよ」

「ミステール……。オレは、そこまで愛されるべき人物なのか?」

「……呆れた主殿じゃ。これだけ多くの人から愛された傑物が、よもや皆の愛の深さを理解しておらんとは。皆からも何か言ってやれい」

「主ミコト。私があなたをお守りしたいと思うのは、ただの忠義ではありません。あなたを……あなたと主はやてを、真に愛おしいと思うからこそなのです」

 

 ミステールに焚き付けられ、一番に反応したのはやはりと言うべきか、シグナムであった。真っ直ぐに愛を説かれ、さすがにちょっと狼狽する。

 

「……なんでうちの将はこう思い立ったら一直線かな。こっ恥ずかしいとかねーのかよ」

「ふふ。でも、ヴィータちゃんもミコトちゃんのこと、大好きでしょ? わたしは大好きよ」

「そりゃあ……まあ、大好きだけど」

「どうやら、我らの中に主ミコトに愛を持たぬものはいないようだ。なあ、トゥーナ」

『……その通りですね、"蒼き狼"』

 

 ヴォルケンリッターに続き、アルフと遊んでいたアリシアが駆け寄ってくる。

 

「わたしも、ミコトおねえちゃんだいすきだよ! はやておねえちゃんもだいすきだし、フェイトもアルフもだいすき! みんな、みんなだいすきだよ!」

「子供の愛情表現ってストレートだよねぇ。だけどあたしのラブって、実はあんまり伝わってなかったのかい? ちょっとショックだよぉ、ミコト?」

「クスッ。ちゃんと言葉にしないからだよ、アルフ。……あのね、おねえちゃん。わたしは、大好きだよ。……ミコトママっ」

 

 フェイトもやってくる。最後はちょっと勇気を振り絞ったようで、ちょっと顔が赤い。

 タタタッと走ってきて、ソファ越しに背中から抱き着いて来るなのは。

 

「あのね、あのね! なのはもミコトちゃんのこと、大好きだよ! お父さんもお母さんも、お姉ちゃんも、絶対大好きだよ!」

「俺の分も言ってくれ。俺がミコトに「好きだ」と言うと事案になる」

「大人は辛いっすね。ま、俺は同じ子供だから言っちゃえるんだけど。ミコトちゃん好きだー! パンツ見せてくれーっプゲラ!?」

 

 阿呆なことを始めたガイは、はやてが何処からともなく取り出したスリッパで叩き落とす。ナイスセーブ。

 給仕をしていたブランも、いつの間にかやってきていた。

 

「聞いての通りですよ、ミコトちゃん。わたし達はみんな、あなたのことが大好き。だから……せめて一人で寂しいところへ行こうとしないでください」

「ブラン……、……本当に、君には心配ばかりかけてしまうな」

「いいんですよ。それがわたしの役割で……そうやってミコトちゃんを支えたいと思っているんですから」

「……そうか」

 

 微笑む。多分、今回はちゃんと笑えているだろう。自然とそんな気持ちになれた。

 先ほどからポケットの中が騒がしい。エールも一言物申したいようだ。

 なのはを離れさせ、ポケットから鳥の羽根を取り出す。そして、「コマンド」を発動。

 

「『"風の召喚体"エール、その姿を顕現しろ』」

『ミコトちゃん! まさかボクを置いて行こうなんて考えてないだろうね!? もしそんなこと考えてたら、たとえミコトちゃんでも、本気で一生恨むからね!?』

 

 顕現と同時、まくしたてるような勢いで主張するエール。……ああ、そうだな。それはあまりにも不義理だ。

 何より、彼もオレを愛してくれているのだ。オレを守りたいと……心の底から、思ってくれているのだ。

 

「それは困るな。お前はオレの大切な飛翔手段なのだから。反旗を翻されると、非常に困る」

『だったら、分かってるよね? ボク達は何処までも一連托生。そうでしょ、相棒!?』

 

 ああ、そうだとも。これからも……そう、これからもよろしく頼むぞ。……相棒。

 

 かくしてオレは、多くの人達から向けられた愛の深さを知り……それに全力で応えたいと思った。そう思えるように、いつの間にかなっていた。

 最後の修復手段。夜天の魔導書の内側からの修復の際には、エール、ソワレ、ミステールの三人を同行させることが決定した。

 

 

 

 しまった。話が大幅に逸れた。

 

「そうじゃなくて、実際にこの方法が実行可能かという話をしたかったんだ。どうして誰も止めてくれない……」

「そら野暮ってもんやろ。わたしも、ミコちゃんがわたし以外にもちゃーんと思われとるんやでって教えたかったしな」

 

 「一番愛しとるのはわたしやけどな!」と松葉杖をつかずに仁王立ちするはやて。……まあ、間違いなくそうだろうけども。

 ええい、いい加減話を戻すぞ。

 

「それで、ガイが語った「夢に落とす」という防衛手段だが、これは現実の「ナハトヴァール」も取り得る手段か?」

『……はい。「ナハトヴァール」が防衛プログラムである以上、主に直接的な危害を加えることはありません。バグの産物としての間接的な方法は別ですが』

 

 魔力簒奪バグはあくまでバグであり、「ナハトヴァール」の意思(そもそも存在しないが)は関係ないということだ。あれの運用はあくまで防衛のために行われる。それが過剰な破壊をまき散らすだけの話だ。

 だから、書の中に「退避」させた主に対して、「守る」ために眠らせるという手段は十分考えられることだと言う。

 

「なるほど。トゥーナがそれを阻止することは可能か?」

『……半々、と言ったところでしょうか。私の全機能稼働承認が間に合えば、たとえ夢に落ちてもお起こしすることが可能でしょう』

「タイミングがカギか。ここに関しては、出来れば確実な方法が欲しいところだが……」

 

 タイミングを失敗すると、やはりオレとはやて、ミステールが自力で目覚めなければならなくなる。1か0だ。

 それに、あまりここに時間をかけたくもない。外から修復の進行状況なんて確認しようがないだろう。時間制限を設け、それを過ぎたら封印というやり方になる。起きたはいいが修復時間がありませんじゃ話にならん。

 

「ミステール。奴の催眠魔法に対抗するための論理……は無理か」

「作用機序も分かっとらんような魔法が相手じゃからなぁ。「ナハトヴァール」の資料にもなかったことから、自己進化で獲得した能力なんじゃろうな」

 

 厄介な進化を遂げてくれたものだ。人が最も抗いにくい潜在意識を操作してくるのだから。

 だがまあ、対処法が存在するだけ良しとするか。実現の可能性という意味ならば十分だ。あとは手繰り寄せればいい。

 

「次に、修復中の外の様子だ。ガイの話からして、トゥーナの体を使って好き勝手暴れまわるようだが」

『防衛プログラムが本格的に暴走するまでは、そうなります。暴走が本格化すると、書の中の情報を使って古今東西の武器・怪物を具現化させ、巨大なキメラのような暴走体を形成します』

「……が、それは「システムU-D」という動力炉があってのことじゃ。これを抑えることで、少しはマシになったりするんじゃないかの?」

『それは……私には何とも。確かに防衛プログラムは「システムU-D」の力を使った過去があるやもしれませんが、私の目にも映らぬほどに欺瞞されたプログラム。果たして自動制御の防衛プログラムに利用できるか……』

「だが、無限再生は高確率で「システムU-D」由来のものだ。これがないだけで随分と楽になるはずだ」

 

 楽だとは言ってないが。この方法を行うのは「ディーパス」になるだろうが、だからと言って荒らしていいわけじゃない。暴走による被害を食い止めるのは必須だ。

 これはギルおじさんからの情報だが、防衛プログラム「ナハトヴァール」の脅威は、行使される魔法以上に「周囲を同化することによって得られる無尽蔵の魔力と体力」だ。

 「システムU-D」……より正確には「エグザミア」と呼ばれる「賢者の石」の力を使っていることが容易に想像出来る。でなくして「無限同化」などという破綻したシステムを実現できるわけがない。

 やはり「システムU-D」を抑えることで防衛プログラムが使えるリソースを限定することが出来るのだ。そうすれば、全てを飲み込むほど巨大なキメラを形成することは不可能だ。

 

「試算としては、人間大+α程度の防衛プログラムを抑え込めばいいはずだ。とはいえ、夜天の魔導書自体が十分な魔力を備えている以上、油断出来る相手ではないが」

「よーするに過去の暴走は、無理ゲー+無理ゲーの超無理ゲーを相手にしとったわけか。そりゃどうにもならんはずじゃよ」

 

 思わずミステールと顔を合わせて苦笑してしまう。まして対応していたのは管理局員。対応マニュアルは膨大かもしれないが、マニュアルを外れると何もできなくなる常識的な存在だ。

 非常識には非常識を。管理世界の常識外には、管理外世界の常識を。何とも奇妙で、妥当な巡り会わせだったということか。

 さて……そうなると懸念はあと一つ。

 

「ヴォルケンリッターは、防衛プログラム戦に参加出来るのか?」

『可能です。守護騎士プログラムの核である私が自我を失わない限り、彼らのコントロールを奪われる心配はありません』

「それを聞いて安心した。彼らが戦えなかったら、布陣を大幅に変えなければならないところだった」

 

 リッターは、恭也さんに次ぐオレ達「マスカレード」の重要戦力なのだ。全員合わせれば重要度は彼を超える。それが丸々抜け落ちてしまったら、厳しいことになっていた。

 

 これで勝機は出来た。あとは決めた目標に向けて、全員で最大限の努力を尽くすのみ。

 

「もちろん最後まで事前の修復は諦めないが、一番可能性が高いのは「最後の修復」だ。厳しい戦いになるとは思うが……皆、協力してくれ。頼む」

「はーい! ミコトちゃんのためなら、なのはは最初から最後まで、全力全開なんだから!」

「うん。それがわたしのやりたいことだから。わたしの力は……ううん、わたし達の力は、ミコトの力なんだ」

 

 なのはとフェイトの言葉に、全員が同意する。――ああ。本当にオレは、「愛されている」んだな。

 こぼれそうになるうれし涙をこらえながら、オレは皆に微笑みを返した。……上手く笑えているといいな。

 

 

 

 

 

 「師走」という言葉通り、12月は駆け抜けるように過ぎていった。

 「システムU-D」対策は、翌日には完了した。ミステール曰く「使うのか使わんのかよく分からんパスがいくつもあったから、片っ端から潰した」そうだ。

 幸いというか、これに「ナハトヴァール」が反応することはなかった。トゥーナに確認してもらったところ、潰した経路も復元はしなかったようだ。喫緊の問題は回避できたと言っていいだろう。

 蒐集の方も、冬休みが始まる前には残り5頁まで進めることが出来た。欲を言えば簡単な蒐集一回で済ませられる665頁ギリギリまで進めたいところだったが、妥当な範囲ではあるだろう。

 蒐集とは別に、防衛プログラム対策の合同訓練も行った。戦闘訓練というよりは、主に連携の訓練だ。

 あの海竜戦のときに、連携次第で後衛組が攻撃に参加したり、あるいは盾要員が必殺の手段になることを知った。だから色々試してみたのだ。

 没も多かったが、何個かはものになった。実際の作戦時にはシャマルが指示出しをすることになる。彼女ならば上手く使ってくれるだろう。

 管理局組も、次善策に向けて着々と準備を進めた。オレ達の「最後の修復」の待ち時間の決定や、封印先世界の選定、それも失敗した場合の「アルカンシェル」の準備などだ。

 特に「アルカンシェル」の話をしたときは、アリアは泣きながらだった。その場合、オレ達の存在はこの世から確実に消滅する。あれはそういう兵器なのだ。

 トリガーを持つのは、ハラオウン提督。やはりギルおじさんには引けそうもなかったそうだ。それにアースラの艦長は彼女なわけで、そうするのが道理であろう。

 ハラオウン提督の旦那さんに「アルカンシェル」を撃ったのはギルおじさんだ。そう考えると、彼の"娘達"に砲門を向けるのが彼女であるというのは、因果な話である。

 ……だから、その因果はオレ達が終わらせるのだ。彼らのためではなく、オレ達のために。オレ達が、日の差す明日を迎えるために。

 

 さて。12月と言えば、オレの誕生月だ。まあ予想はしていたが、オレの知らぬ間に翠屋貸切の誕生日パーティが企画されていた。仕掛け人はもちろんはやて。

 八神家、高町家、聖祥組、海鳴二小組。さらには石田先生やギルおじさん、アースラ組までもが参加し、盛大に祝われた。「そこまでするか」と思ったが、オレの誕生日はクリスマスイブ。つまりはそういうことだ。

 なのはなどは「誕生日がクリスマスイブなんて、とっても素敵なの!」と言っていたが、実際そうであるこの身としては複雑な気分だ。

 内容については……割愛でいいだろう。おおよそはやてのときと同じだ。違いと言えば、前よりも参加者が多いこと、ヴォルケンリッターが正しく「家族」になっていることと、トゥーナが起きていることぐらいだ。

 シグナムが甲斐甲斐しくオレ達の世話をしようとしたり、アリシアにからかわれて店内を走り回ったり。

 その隙にヴィータが抱き着いてきたり、それにフェイトとソワレが抗議したり。

 シャマルが恭也さん絡みで忍氏に牽制されたり、ザフィーラとアルフが店の外でいちこにモフモフされていたりして。

 その一部始終を、夜天の魔導書――トゥーナ・トゥーリが静かに見守る。これは最早、いつもの光景なのだ。

 

「……守ろう。オレ達の日常を。はやてと一緒に」

「うん、ミコちゃん。一緒に、守ろうな」

 

 パーティが盛り上がり過ぎて放置されたオレは、隣のはやてと手を絡める。

 そして誰も見ていないことを確認してから、未来を誓い合うように、優しいキスをした。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「――……そして現在に至る、と。何をまた顔を赤くしてるんだか、ムッツリーニ執務官め」

「いや、……最後のくだりは必要だったか?」

 

 アースラ内・執務官室にて。ハラオウン執務官とデスクを挟んで対面しながら、長い長い報告を終えた。最終作戦実行前の、最後の報告だ。

 結局、事前に出来る修復は「システムU-D」の無力化以外なかった。「ナハトヴァール」が神経質なほど堅牢であったため、外側からでは手出しのしようがなかったのだ。

 だから、「最後の修復」にかけることになったが……正直に言って目覚めることさえできれば非常に勝算は高い。八割以上、いや九割を超えるかもしれない。最大のネックが、書に取り込まれた後のこちらの防御だ。

 なお、これでもダメだった場合は「作品の世界線」同様、防衛プログラムを分離して叩くことになる。オレ達が犠牲になるのは、予定時間までに目を覚ませなかった場合のみだ。確率としては……20~30%程度だ。

 

「そんなものはお前をからかうために決まっているだろう。お前から受けた辱めを忘れたわけではないからな」

「はあ……あの一件がここまで尾を引くとは。君は思っていたよりもしつこいな」

「当たり前だ。女の子はそういう生き物なんだ。お前との交流が続く限り弄ってやるつもりだから、覚悟しておけ」

 

 そうは言うものの、彼の表情は苦笑。なんだかんだで適応してきているようだ。つまらん。

 

「女の子と言えば……僕が一番驚いているのは、君がユーノの気持ちに気付いていたことだな。全然そんなそぶりは見せていなかったじゃないか」

「当たり前だ。何故オレがユーノの気持ちに応えてやる必要がある。彼がちゃんと告白出来るまで、その可能性は微塵もない」

「ククク……あいつも手強い女の子に惚れたもんだ。前途多難だ」

 

 そこは彼の自己責任というか、女の趣味が難儀だったということだ。オレは知らん。

 それに、それを言ったらお前はどうなんだ、ハラオウン執務官。

 

「その歳で早くも仕事が恋人では、ユーノよりも余程難儀だ。エイミィと浮いた話の一つでもないのか?」

「やめてくれないか。彼女とそんな仲になるなんて、考えただけで寒気がする。ただの士官学校時代からの腐れ縁だよ」

 

 ふむ。ロッテは「絶対脈ありだよ!」と言っていたが、そうでもないのか、あるいは彼が演技上手なのか。……そういえば役を決めれば演じ切ることは出来るタイプだったな、こいつ。

 まあ、何でもいいか。彼の恋愛事情にオレが絡むことなどない。はずだ。多分。……何故微妙に言いきれないのか、自分でも疑問だ。

 

「余談はこれぐらいにして、さてこの内容をどう報告書にまとめたもんか……秘匿しなきゃならない部分が多すぎて嫌になるな」

「それはオレ達が関わっているのだからどうしようもないことだ。そちらがオレ達の情報保護を考えなければ簡単だろうがな」

「冗談はよしてくれ。何で僕が一度口にしたことを曲げなきゃならないんだ。そっちの方が、報告書作成よりもよっぽど苦痛だよ」

「ククッ。だからこそお前を信頼出来たんだよ、ハラオウン執務官。お前は馬鹿正直だが……それで判断を誤るほど、愚かではない」

 

 長い報告で疲れたか、口が軽くなっているようだ。よもや彼の目の前で彼を褒めるような言葉を口にするとは。

 彼は目をパチクリとしばたたかせた後、照れたように頬をかいた。キモい。

 

「前にも言ったように、政治的な判断はムッツリーニ執務官に任せよう。知識がないというのもそうだし、管理外世界の人間であるオレが口出しするようなことでもない」

「……そのムッツリーニだか何だか知らないが、そろそろ勘弁してくれないか? 最近アースラのスタッフからもそう言われるようになったんだが」

「お前がムッツリスケベである限りは仕方ないだろう。悔しければ、スタッフたちとスケベ本でも見せ合うんだな。それはそれで軽蔑するが」

「どうすればいいんだよ……」

 

 男は皆狼だってことだよ、諦めろ。

 弁明しておくと、オレは別に男嫌いというわけではない。事実恭也さんは好きの部類に入るし、ユーノやハラオウン執務官、ガイも、なんだかんだで好意的に見ている。

 ただ、男性の性質とも言うべき色欲というか、そういったものがオレに馴染まないだけだ。歳を重ねれば、寛容になれるだろうか。

 ……そんなことを考えたからか。ちょっとだけ、この世話になった執務官に報いたいと思った。

 

「では、オレはお前を何と呼べばいい? やめてほしいと言うなら、代替案を示してもらわなければな」

「……せめていつも通り「ハラオウン執務官」と呼んでくれ。それなら問題ないだろう」

「ふむ……だがそれではオレが面白くないな。却下だ」

 

 まあ、こんなものはちょっとした意地悪だ。オレと彼の、いつも通りのコミュニケーション法。

 

「ともあれ、お前にはまだ働いてもらわなければならない。復元プロジェクトが終わった後も、夜天の魔導書を管理世界に開示する準備は終わらない。先にも言ったが、依頼の斡旋は任せたぞ」

「ああ、それが僕達にとっての利益でもあるんだから。……まさかその歳で学費を自腹で払おうとしてるなんて、考えもしなかったけどな」

「そういうことだ。だから……頼んだぞ、「クロノ」」

 

 今度こそ、彼は目を点にして硬直した。オレは彼の再起動を待たず、執務官室を後にした。呼び止めるような声が聞こえたけど、「オレには何も聞こえなかった」んだ。いいね?

 

 オレは、失敗の可能性を微塵も考えていない。当たり前だ。未来を掴むための作戦なのに、どうして失敗を考えて行動しなきゃならない。もうその時間は過ぎたのだ。

 準備は万端。コンディションもオールグリーン。成すべきことは成してきた。あとは、結果を出すだけだ。

 この短い人生の中で得た、オレが信じることの出来る仲間達とともに。

 

 鼻歌を歌い、スカートを翻し、優雅にブーツを鳴らしながら。オレは転送ポートへと歩いて行った。




ようやく物語冒頭の語りの時間軸に追いつきました。ほんと長かった……どうしてこうなった?
元々この話ってひと月ぐらいで本編終了するつもりで書き始めたはずだったんですけどね。実際にはひと月で無印しか終わらなかったっていう。そして無印と比較にならないほど長いA's編。これもう(作者が何やりたいか)わかんねえな。
あと一話でほぼ確実に100万文字突破してしまうというこの状況。(短編のつもりで100万文字突破は)まずいですよ!

最初の話と比べてみると、ミコトは明らかに感情豊かになっています。最初の頃のミコトなら、鼻歌を歌って楽しそうにすることなんてなかったでしょう。
全ては、はやてとの交流で「愛」を育めたおかげです。ミコトが本当は愛に溢れた少女だからこそ、これほどまでに皆から愛されているのです。
この物語は、愛を知らなかった少女が、少しずつ愛を知っていく物語です。それを描くことが出来たならば幸いです。

何か最終回みたいな雰囲気になってますが、もちろん最終戦は描写します。しかもその最終戦は、これまでみたいに「確定した未来」が存在しない戦いです。
散々丁寧に可能性を探ってきた物語ですが、唯一「ミコトが生存しクロノに報告出来るだけの未来」は確定していました。これからはそれすらありません。
とはいえ、作者はビターエンド以上未満を好まないハッピーエンド至上主義者なので、バッドエンドだけはありませんのでご安心を(フラグ)

準備回が一回延長してしまいましたが、次こそいよいよ最終決戦です。
それでは。


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五十一話 最終決戦 その一

呪! 100万文字突破!(白目)

2016/08/23 23:48 誤字修正しようと思ったんですが、結局誤字だったのか不明なので元に戻しました。つまりは変更なしです。紛らわしくて申し訳ない。


 ――そして、決戦の日はやってくる。

 

 

 

 明けて12月27日火曜日、午前10時02分。第85無人世界「ディーパス」、砂漠地帯。

 オレ達は現在、フルメンバーで「最後の蒐集」に当たっている。対象は、この砂漠地帯に住む巨大な砂クジラ。

 大型の中でもかなりの大物であり、竜種でないにも関わらず竜種並の魔力を持っている種。砂の中を泳ぎ、その勢いと大量の呼気により強烈な砂嵐を巻き起こしながら進む砂漠の主だ。

 何故こんな竜種と遜色ない厄介さを誇る相手から蒐集を行おうとしているかと言うと、夜天の魔導書の起動をこの場で行うためだ。

 オレ達が「ナハトヴァール」に取り込まれた後、しばらくの間は確実に戦闘が発生する。その際に周辺の動物を巻き込まないために、生命の存在が少ない場所が望ましい。

 それだけなら海洋でも条件を満たすのだが、足場がない。はやてが飛行魔法を習得していない関係上、足場のある場所という条件が必須となる。

 そしてこの砂漠で残りの頁数を埋めきってくれる動物というのが、あの砂クジラぐらいしかいないのだ。小物をチマチマ狙っていては、そちらの方が余程体力を消耗してしまう。

 

「なのちゃん、補助するわ!」

「はい、シャマルさん! 行くよ、レイジングハート!」

『All right, Master. Divine buster.』

「こっちも……アルフ、バルディッシュ!」

「はいよ! ぶち抜け、雷撃!」

『Thunder smasher.』

 

 なのはとフェイト、アルフの砲撃が砂クジラに目掛けて発射される。桜と黄金、橙色。三色の砲撃は、しかし砂嵐に巻き込まれて着弾したかどうかが分からない。

 ……シャマルの表情から、どうにも外したか防がれるかしたようだ。遠距離からしか攻撃しようがないというのに、厄介なことだ。

 

≪三人とも、今は砲撃をするな。このままでは効果が薄い。先のことも考えると、下手に消耗するわけにはいかない≫

≪っ、分かった! 追跡を続けるよ!≫

≪うぅー、自信あったのにー!≫

≪しょうがないよ、次だ次!≫

 

 三人から了解の念話。とはいえ、遠距離攻撃が通じないことにはどうしようもない。まずは遠距離攻撃が通じる状況を作り出す必要がある。

 ……恐らくは砂塵の中に紛れる岩石が砲撃を受け止めてしまうのだろう。つまり、砂嵐を止めるか、あるいは岩石のみを取り除ければ、砲撃も普通に通じるようになるのだ。

 砂嵐の原因は、奴の移動以外に呼気もある。あの砂クジラが生きている以上、砂嵐そのものを止めることは難しいだろう。殺すわけにもいかない。

 では、岩石のみを取り除くにはどうすればいいか。……対症療法的なやり方しかない。浮かび上がってくる岩石を、片っ端から「受け止める」のだ。

 

≪ユーノ、ザフィーラ。相当な無茶を頼むことになるが、砲撃の邪魔になりそうなものを取り除けるか?≫

≪……難しいですね。もちろん、出来る限りの努力はしますけど≫

≪同じく。我らが全力で対応したとても、確実に砲撃を届かせることは適わぬかと≫

 

 ……中々ザフィーラの丁寧な言葉遣いに慣れない。オレを主と認めてしまったため、急激に変化したからな。それは置いておくとして、だ。

 確実ではないが確率を高めることは出来る。ならば数撃ちゃ当たる戦法で行くという手もあるが……それだとどうしても後衛四人の消耗が大きくなる。出来れば避けたいところだ。

 と、ここでガイが提案をする。

 

≪ちょっと試したいことがあるんだ。もしかしたら、あいつを空中に浮かせられるかもしれない≫

≪……それが出来れば、前衛組の「連携」で一発で沈められるな。手短に説明してくれ≫

≪「ジャンプ台」を設置しようと思うんだ≫

 

 ……なるほど、そういうことか。奴自身の推進力を利用しようというわけだ。それなりに硬いシールドが必要になるが、ガイならば十分可能だろう。ダメならユーノとザフィーラも使えばいい。

 オレは瞬時に布陣を構築し、念話を使って全体に共有する。

 

≪ユーノ、ガイ、ザフィーラは転移魔法で指定位置にトラップを設置。なのはとフェイトでターゲットの追い込み、シャマルとアルフはその補助。止めはシグナム、ヴィータ、恭也さん≫

 

 「了解!」と威勢の良い念話が人数分返って来る。先日の連携訓練もあって、全員が淀みなく動くことが出来ている。

 盾組の三人は、ユーノの転移魔法で姿を消す。前衛組はそれを追って、合流地点へと空を駆ける。そして後衛組は射撃魔法を駆使して砂クジラの進路を誘導する。

 ほどなくして奴は、前方にガイたちを捉える。ザフィーラとユーノが前に立ち自分達を守るシールドを展開、後ろのガイが「ジャンプ台」を設置したようだ。

 そして、奴の巨体が「ジャンプ台」……地面に斜めに突き刺さったシールドに乗り上げ、自身の生み出した勢いで10数mの高さまで投げ出される。

 

『……ォォ……!?』

「この一撃にて葬る!」

「殺すな! だけどぶっ倒す!」

「悪いが、少しの間眠っててくれ!」

 

 前衛は三人とも準備完了。あとはオレが号令を出すのみ。

 そして、最高のタイミングでゴーサインの念話を放つ。

 

≪連携発動! コード「デルタスパイク」!≫

 

 まず、恭也さんが動く。彼は巨大なクジラに向けて、刃ではなく蹴りを放つ。

 

「御神流・雷徹!」

 

 とても人間の脚力とは思えない一撃――正確には二連撃を受け、巨体は落下方向をヴィータへと向ける。彼女は動かず、代わりにグラーフアイゼンに魔力を帯びさせて真横に構えていた。

 

「テートリヒシュラーク!」

 

 一撃。打撃の威力だけなら先の恭也さんの二連蹴りを上回るだろう。衝撃音を響かせ、巨体の落下をわずかな上昇に変化させる。

 そこに、大上段にレヴァンティンを構えたシグナムが、必殺の一太刀を放った。

 

「紫電、一っ閃!」

 

 紫色の炎刃は、過たず砂クジラの胴体中央に炸裂する。奴は再び落下運動を始め、盾組が避難した後の砂漠に墜落した。地響きと、砂柱。

 全員まだ気を抜かず、しばし待機。砂煙が収まった後にターゲットが沈黙しているかを確認するまでは、戦闘は終わらない。

 やがて、奴の巨体に比例した砂煙は晴れ、大地にあおむけで気絶する砂クジラの姿を映しだした。……ひとまずは、作戦終了だ。

 

≪皆、ご苦労だった。次のミッション開始までのわずかな時間だが、休憩していてくれ≫

≪『はい!』≫

 

 これでようやく、一ステップクリア。次は最後の蒐集と、魔導書の起動だ。

 

 

 

「お見事やったでー、ミコちゃん。わたしの考えた連携技の名前もばっちし決まっとったし」

 

 アースラで待機していたはやて、及びクロノを呼び寄せると、いつものお気楽な調子ではやてがそんなことを言った。

 ……先の連携コードだが、当然名前を考えたのはオレではなくはやてだ。あんなハイカラな名前、オレが付けられるわけがない。出来てせいぜい「近接三連撃」だろう。

 連携コード「デルタスパイク」は、前衛陣による近接三連攻撃だ。三角形の頂点に人員を配置し、中央に対象を閉じ込める形で行う。

 特徴はなんといっても破壊力・殺傷力の大きさだ。あの巨大な砂クジラがたったの一連携で落ちたことからもお察しだろう。

 欠点は、相手が行動不能状態でないと成功しないこと。一発目が防がれれば続かないし、当たっても入りが悪ければ逃げられる。陣形構築の時間もある。

 ターゲットが大きな隙を晒せば絶大な効果を発揮するが、そうでもなければ使い道のない連携だ。逆に使いどころさえ間違えなければ、今回のように最低限の消耗で最大の結果を得ることが出来る。

 そういう意味では、今回はガイの大手柄だろう。奴のシールドは意外なところで活躍してくれる。

 

「オレというより、ガイを褒めてやってくれ。発案者はあいつだ」

「そうみたいやけど、作戦を成功させたんはミコちゃんやん。素直に褒められー」

 

 今回に限りオレ達の念話はアースラに筒抜けになっている。最大限のバックアップを受けるために、連絡の手間を省く必要があるのだ。

 たとえば現地戦力が足りなくなった場合の待機戦力としてアリアとロッテが控えているが、いちいち連絡をしていたら到着に時間がかかってしまう。向こうで判断出来ることは、向こうで判断してもらいたい。

 ……彼女達はこの場に来ることすらもつらかったようだ。出来ることなら、彼女達は待機戦力のままで終わらせたい。もっとも、それはオレではなくシャマル次第なのだが。

 

「ミコトなら成功させて当たり前みたいなところがあるから別に驚かないが……やっぱり恭也さんは何かおかしいよな」

「言うな。言ったところで第97管理外世界の七不思議が解けるわけじゃない」

 

 クロノはオレ達に比べれば恭也さんの理不尽に慣れていない。魔法なしの純粋な脚力で、数tではきかなそうな巨体を蹴り飛ばすという事象に頭を痛めていた。

 ――実際には蹴りの瞬間にベクターリングで威力を増加させているそうだ。どちらにしろ脚力がおかしいことに違いはない。

 

「それで、いつ蒐集を行うんだ?」

「あと5分待ってから、皆に念話を入れて実行する。気持ちの入れ替えぐらいさせてやれ」

「急かしたつもりはなかったんだけどな。むしろ5分はストイックすぎないかと思うぐらいだよ」

 

 現在オレ達――オレ、エール、ソワレ、ミステールと、はやて、シャマル、そしてクロノ以外の全員は、少し離れたところで休憩を取っている。蒐集後はクロノの転移魔法で向こうへ移動することになる。

 まさかこの砂クジラを巻き込むわけにもいかない。だから蒐集が済んだらこちらから離れるというわけだ。

 蒐集を行ったらあとは最後までノンストップだ。休憩の時間はない。最大で1時間は作戦継続となる。

 

「……本当に、1時間しか待たなくていいのか? 暴走激化の危険は抑えたんだから、3時間ぐらい見てもいいんじゃ……」

「原因を取り除いたわけじゃない。「ナハトヴァール」が新たに「システムU-D」とのパスを繋いだら元の木阿弥だ。それに、全員が3時間も戦い続けられるとは思えない」

 

 連携訓練の際、最初に限界が来たのはなのはだった。それが1時間。ガイはなのはより5分多く、アルフが1時間30分、フェイトで2時間。他は最後まで集中が続いていたが、3時間の間にこれだけ脱落するのだ。

 残りで抑えられないかと言われればそんなことはないと思うが、それでも万全の状態よりは危険度が増す。だったらいっそ1時間とはっきり期限を切った方が、こちらも「気合」が入るというものだ。

 

「「安全に戦える時間」は1時間しかないんだ。我が身かわいさで皆を危険にさらせるほど、オレは厚顔ではないんだよ」

「……ああ、知ってるとも。君は貸し借りをとても大事にするからな。そんな借りを作るような真似を好むはずがない」

「分かっているなら納得しろ。それに、今更作戦変更などと言い出しては、皆の足並みを崩すだけだ」

「それもそうだな。……それが全部独自に構築した論理だっていうんだから、とんでもない話だよ」

 

 そう言ってクロノは苦笑する。こんなもの、当然の理屈に従って考察すれば誰だって行きつく結論だと思うが。……相変わらずよく分からんな、この「感覚の差」というやつは。

 

「心配せんでも、何とかなるって。ミコちゃんが寝こけてるようやったら、わたしがおはようのキスで起こしたるからな」

「……君達はまさか、毎日そんなことをしてるのか? いや確かにミコトの報告で、ちょくちょくしてるみたいな描写はあったけど……」

「毎日ではないが、ちょくちょくというほど間を開けていないぞ。二日に一度、朝か晩にしている程度だ」

 

 オレとはやて二人がかりのからかいで、クロノは顔を真っ赤にさせる。本当に耐性がないやつだな。面白っ。

 三人の様子を見て、シャマルは苦笑に近い質の微笑みを浮かべた。

 

「ダメよ、二人とも。女の子の秘密を男の子に話しちゃ。クロノ君ぐらいの年頃の子は、すぐ興奮しちゃうんだから」

「うわ、クロノ君わたしらにヨクジョーしたん? 実はロリコンなん?」

「違うっ! 君達まで僕をムッツリスケベ扱いするな!」

『ダメだよークロノ君! ムッツリはダメだ! 時代はオープンスケベなのさ!』

『長兄殿も自重めされよ。ムッツリじゃろうがオープンじゃろうが、おなごからすれば大差ないわ』

『クロノ、えっち、さいてー』

「うがああああ!?!?」

 

 何かと思ったら彼女も混ざってきただけだった。……シャマルも、緊張しているようだ。

 結局、最悪のパターンの確率を0にすることは出来なかった。どれだけ上手くやっても、オレ達が封印、あるいは消滅する可能性が2、3割は残ってしまう。

 高くない確率だが、無視できるほど低くもない。しかもそんな状況で、シャマルはオレの代わりまでしなければならない。彼女の緊張もむべなるかな、だ。

 ならばオレがやることは決まっている。すっかり定着してしまった「指揮官」の役割を務めるまでだ。

 

「ふむ、そうまで言うなら仕方ない。この作戦が終わったら、アースラのシャワー室で執務官殿のお背中を流して差し上げようじゃないか。日頃の感謝を込めてな」

「やめろォ!? 確実にアースラのミコトファンから殺されるっ!?」

「いつの間にアースラにもファンが……ミコちゃん、さすがやでぇ」

 

 突拍子もない発言に、シャマルは一瞬驚いた表情を見せた。だがオレが目配せをしたときには意図を察したようで、普通に微笑んだ。少しは緊張が取れたか。

 

 あっという間に5分は過ぎ、作戦開始の時刻だ。

 

≪ただいまから蒐集を行い、そちらに転移する。全員、心と体の準備をしておいてくれ。何かあるなら、今のうちに聞く≫

 

 念話で向こうの全員に確認を取る。了解多数。むしろミッション開始を今か今かと待ちわびていた雰囲気すらある。そのぐらいの方が頼もしいな。

 ……一人だけ、了解の前に一言付した。恭也さんだ。

 

≪ミコトも、あまり気負うなよ。もしお前が目覚められないようなら、俺達が呼びかけてやる。なに、寝坊した妹を叩き起こすのには慣れている≫

≪にゃっ!? な、なのは、そんなにお寝坊さんじゃないもん!≫

≪黙っときゃバレないのに。美由希さんのことかもしれないだろ? 妹としか言ってないんだから≫

≪にゃあああ!? そ、そうだったの!?≫

 

 分かってるんだか分かってないんだか、ガイとなのはの夫婦漫才。ガイは狙ってるかもしれないが、なのはの方は素だろうな。

 それでいい。肩に力が入り過ぎるよりは、少しリラックスしているぐらいが一番いいのだ。向こうは全く問題なさそうだ。

 

≪それでは、ミッション開始だ。皆、よろしく頼む≫

≪了解! ……がんばってね、おねえちゃん≫

 

 最後にフェイトから応援を受け、念話を切断する。こちらは既に準備完了。シャマルに口頭でゴーサインを出す。

 

「蒐集!」

『蒐集、開始』

 

 夜天の魔導書……その管制人格であるトゥーナが、最後の蒐集を始める。砂クジラの巨体から、体の大きさに比例した巨大なリンカーコアを抜き出し、情報を伴った魔力を吸収する。

 この血塗られた行為も、これで最後だ。今日をもって蒐集という機能は修正される。人を傷つけない、元の記録の機能へと。それでいいのだ。

 白紙だった最後の5頁に、勢いよく記述が追加される。さすがは竜種に匹敵する巨獣と言ったところか。

 残り1頁。そろそろだ。

 

「クロノ、転送待機」

「了解!」

 

 彼の手に握られるデバイスは、彼がいつも使っていたS2Uではない。ビル数件分にもなる巨額の費用を投じて開発された、氷結変換支援用ストレージデバイス、デュランダル。

 魔法を扱えぬオレにはどれだけ扱いにくいか感覚的には理解出来ないが、少なくともなのはやガイではお話にならなかったようだ。興味本位で使わせてもらっていたが、基本的な魔法の発動すらできなかった。

 今のクロノが魔法の使用に苦慮しているようには見えない。扱いこなせるだけの経験を積んでいたか……今日に間に合わせるために訓練したかのどちらかだろう。

 彼の目には見えない努力に思いをはせるうちに、蒐集は完了する。もちろん、そのことから意識を離してはいない。

 

『蒐集完了』

「はやてちゃん!」

「はいな!」

「転送、開始」

「トランスポーター発動!」

 

 無駄のない一続きのアクション。夜天の魔導書が輝くと同時、シャマルは本来の持ち主へと受け渡す。それを確認するかしないかのタイミングで合図を出し、転移魔法は瞬時に発動した。

 景色が一変し、前方にチーム「マスカレード」の実行メンバーが勢ぞろいする。シャマルとクロノもそちらへ移動し、書の近くにいるのはオレ達とはやてのみ。

 そしてはやては、承認を下す。

 

「夜天の魔導書、起動! 管制人格、全機能解放!」

『Ja. Buch der Dunkelheit, veröffentliche eine Funktion.(闇の書、機能を開始します)』

 

 夜天の魔導書は輝きを帯び、はやての手から離れる。それは黒い心臓のようで、ドクン、ドクンと脈を打っているようにも見える。

 光は形を変える。本を包み込み、人の形へと変化させる。長身の女性のシルエットだ。

 シルエットは質感を持ち、実体へと変化する。光が消えて表れたのは、長い銀髪を風にたなびかせる、スタイリッシュな美人だった。

 これが、トゥーナの活動形態。……だが、その主導権はまだトゥーナにはない。

 目が開かれる。彼女の赤い瞳は、色を映していない。自動制御のシステムがその体を動かしていることは明白だった。

 

「ある、じ……わタしが、おさえテいるうちニ……」

 

 それでも彼女は、オレ達の家族であるトゥーナ・トゥーリは、必死に抑え込んでくれている。彼女もまた戦っているのだ。

 その言葉に応えずして何が家族か。最高の結果を生み出せずして、何が指揮官か。

 彼女は黒い靄を生み出した。恐らくはそれが書の中へと通じる道。あの中に飛び込んだら、あとは時間と自分との戦いだ。

 はやての手を握る。彼女も、オレの手を握り返してくれた。

 

「皆、外のことは任せたぞ」

「わたしらは、ちょっとこの子の病気を治療してくるわ。シャマルの言うこと聞いて、いい子にして待ってるんやで」

「ああ! お土産、待ってるからな! はやて、ミコト!」

 

 ヴィータが応える。それは日常を繋ぐ言葉であり、これから始まる戦いへの鬨の声でもある。

 はやてと顔を見合わせる。彼女の顔には、一切の不安が浮かんでいなかった。だから……絶対に、大丈夫だ。

 

 オレとはやては駆け出す。目の前に広がる、一筋の光すら見えぬ闇の中へと。そうして視界いっぱいに黒が広がり――

 

 

 

 気が付いたときには、オレの意識は既になかった。……意識がないのだから、気が付いたも何もないか。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 ――ゆさゆさと体を揺さぶられる。それで意識が半覚醒し、眠気の中でまどろむ。もうちょっとだけ眠っていたくて寝返りを打つ。

 

「……ん、……ちゃん」

 

 大切な彼女の声。それも何処か遠く感じられて、眠りの世界が手を伸ばしてくる。それに身を委ねて沈んで行けたら、どれだけ気持ちがいいだろう。

 だけどそうもいかなくて。

 

「ミコちゃん! もう朝やで! はよ起きんと遅刻するよ!」

 

 彼女は布団を引っぺがす。あまりにも起きないものだから、強硬策に出たみたいだ。

 ごろんとベッドの上に投げ出される。……この季節に布団がなければ、さすがに寒くて目が覚めた。

 

「ふぁ……おはよう、はやて」

「おはようやないて! もう7時半やで!? はよご飯食べて学校行かんと、遅刻してまうわ!」

「……もうそんな時間? おかしいな、いつもだったらもっと早く……」

「そんなこと言っとる場合やないよ! 大人は皆出勤してもうたし、ふぅちゃんも待っとるんよ!?」

 

 妹が待っている。それを聞かされ、一気に意識が覚醒した。こうしちゃいられない。

 

「急いで着替えなきゃ。あー、それよりも先にご飯かな?」

「どっちでもええからはよ! もぉーん、最近ミコちゃん気ぃ抜けすぎやよ!」

 

 「あはは」と笑ってごまかす。はやての言う通り、気が抜けているみたいだ。

 つい最近まで気を張っていたから、その反動かな。……なんで気を張っていたんだっけ。ちょっとよく分からない。

 まあいっか。頭の中の疑問を投げ捨て、パジャマを脱ぎ始める。既に着替え終えているはやてが手伝ってくれたおかげで、2分もしないうちに普段着に着替え終わった。

 白のカジュアルと、黒のロングスカート。はやてとお揃いの、バッテンの髪留め。

 

「うん! 今日もミコちゃんは可愛い!」

「えへへ。ありがと、はやて。はやても可愛いよ」

 

 大切な彼女と、互いに褒め合う。……今日は時間がないから、髪はストレートのままかな。どうせ学校で皆に弄られるんだから、別にいっか。

 はやてに手を引かれ、リビングに急がされる。テーブルでは、フェイトが朝ご飯に手を付けずに待っていた。

 

「もう、遅いよおねえちゃん! わたし、お腹すいちゃったよ」

「ごめんごめん、つい二度寝しちゃって。でも、先に食べてればよかったのに」

「……おねえちゃんと食べたかったんだもん。皆もそうだったんだよ。用事があったり我慢できなかったりで、先に食べちゃったけど」

 

 それは皆に悪いことをしてしまった。今日の晩に何かして埋め合わせないといけないな。

 妹のいじらしさにクスリと笑い、はやてと二人で席につく。

 

『いただきます』

 

 あまり時間はないけれど、朝ごはんはしっかり味わって食べた。美味しいパンケーキだった。

 朝食を終え、急いで玄関に向かうと、もう一人の妹がタタタッと駆け寄ってくる。

 

「ミコトおねえちゃん、おはよう! きょうはアリシアのほうがはやかったよ!」

「おはよう、アリシア。ちゃんと起きれて偉かったね」

「うん!」

 

 頭を撫でると、アリシアは本当に嬉しそうに目を細めた。見ているだけで、こっちも心が癒される。

 だけどそうすると、姉の方がブスッとする。

 

「わたしも、おねえちゃんより早く起きたもん! アリシアばっかり……」

「ごめんってば。フェイトも、よく出来た妹で嬉しいよ」

「……えへへ」

「仲良し姉妹やなー。はやておねえちゃんも仲間に入れてーな」

「うん、いいよ! ミコトおねえちゃんも、はやておねえちゃんもだいすき! もちろんフェイトもね!」

「わたしも、アリシアが大好きだよ。はやても、ミコトも。皆大好き」

「せやけど、ミコちゃんのこと一番大好きなんはわたしやで? これは大好きなふぅちゃんシアちゃんにも譲れへんわ」

「あ、はやてずるい!」

 

 キャイキャイと騒ぐ、大切な彼女と妹達。なんだかおかしくて、自然と笑みがこぼれる。

 だから愛おしい気持ちが口を突いた。

 

 

 

「「わたし」も、皆のこと大好きだよ。家族全員、愛してるよ」

 

 わたしの顔には、きっと満面の笑みが浮かんでいることだろう。

 

 

 

 学校へ行くと、まず最初に親友のあきらから声をかけられる。

 

「ミコト、おっはよー! ギリギリだったけど、寝坊でもした?」

「あはは……おはよ、あきら。ちょっとね。はやてに起こしてもらわなかったら、遅刻してたかも」

「珍しいですなー。夜更かしでもしたのー?」

 

 席に着くと同時に背中から抱き着いて来るさちこ。かわいいものに抱き着くくせがあるらしく、わたしもかわいいもの認定されている。それ自体は嬉しいけど……ちょっと苦しい。

 

「さちこ、ちょ、締めすぎ……」

「相変わらずあきらちゃんとさっちゃんはミコっち大好きだねー。おはよ、お三方。早速だけど宿題見せてくんない?」

「いちこ、また宿題忘れてきたんだ……」

「やればできるくせに、めんどくさがるのよ。わたしの部屋来て勉強の邪魔するんだもん」

「そうは言いつつ部屋に上げてくれるのがはるかだもんねー。優しい幼馴染であたしゃ幸せですよ」

 

 ぞろぞろといつものメンバーが集まってくる。いつもは余裕を持って登校してるのにギリギリだったから、皆気になってたみたいだ。

 特に、心配性のむつきにはかなりの心配をかけてしまったみたいだ。反省。

 

「体調、悪いとかじゃないよね? 熱ないよね?」

「大丈夫だって。わたし、生まれてこの方風邪もひいたことないのが自慢なんだから。心配してくれてありがとう」

「そ、そんなお礼を言われるほどのことは……」

「ふふ。むつきは可愛いね」

 

 わたしよりも少しだけ「小さな」女の子をギュッと抱きしめる。むつきは耳まで真っ赤にして恥ずかしがった。ほんと、可愛い子だよね。

 女の子同士でイチャイチャ騒いでいると、それを破る無粋な教師が入室してきた。いつの間にか始業のベルが鳴ってたみたいだ。

 

「おらー、そこの百合集団。非生産的な会合してないで、とっとと席に着け」

「センセ、この歳で百合言われても何の隠語が分かりませんて」

「お前らなら分かるから言ってんだよ。さっさとしねえと一人一人席に運ぶぞコラ」

 

 暴力の正しい使い方を心得てる先生だから、それは決して強権行使ではない。わたし達は素直に従い、席についた。朝の会が始まり、あっという間に終わる。海鳴の町は今日も平和みたいだ。

 

 学校の生活も、楽しい。大好きな友達がいて、尊敬できる先生がいて、授業は……ときどき苦痛なときもあるけど、それも日常のスパイスで。

 だからわたしは学校が好きで、守るべき日常の一つだって……、……大げさなこと言ってる。なんでこんなこと考えてるんだろ。

 少し違和感があったけど、大したことじゃない。結局は日々の営みの中に埋もれる、若気の至りだ。

 そうしてわたしは、今日も皆と楽しい一日を過ごす。昨日と変わらない、楽しい一日を。

 

 

 

 

 放課後になり、今日はいちこの家で遊ぶことになった。新しいゲームを買ったから皆で遊ぼうとかなんとか。

 わたしは、あんまりゲームをやらない。うちにはゲーム機がないし、そんなものがなくてもアリシアやフェイトと遊んでいれば退屈なんかしない。何より、はやてがいる。

 それに、そんなことをしている時間は……、……あるね。別に家事が忙しいわけじゃないんだから。なんだろう、妙に違和感を感じる。

 まあいっか。こんなものは気の迷い。今日は皆とゲームをして遊ぶんだから。

 いちこが買ったゲームはパーティゲームで、結構盛り上がった。盛り上がりすぎてうるさくなって、途中でお兄さんが文句を言いに来たんだけど、女の子だらけの部屋を見てそそくさと引き下がった。

 それもまたおかしくて、皆で大笑いした。今度はあきらの家で遊ぶのもいいかもしれないって。そういえば、あきらにも弟がいるもんね。

 そうして楽しく時間を過ごしたら、いつの間にか日が暮れていた。時間は5時。そろそろ帰らないと、家の人が心配する。

 いちこはもっと遊びたかったみたいだけど、他の皆も同じだったので、今日はそこでお開きになった。わたしとはやてとフェイトの三人は、手を繋いで家に帰った。

 

 

 

 家の前に一人の女性が立っていて……――硬直した。

 

「? あら、フェイト。ミコトとはやても。今帰ったの?」

 

 彼女は親しげにわたし達に微笑みかける。「あまり寄り道しちゃダメよ」と叱る姿は、まさに母親そのもので。

 

 

 

「プレシア母さん! おかえりなさい!」

 

 紛れもない、フェイトとアリシアの母親だった。

 

 なんで? どうして? 何故彼女は、ここにいるの? 何故そのことに、誰も疑問を持っていないの?

 だって彼女は、わたし達の目の前で……。

 

「ミコト? どうしたの、そんな幽霊でも見たような顔をして。外は冷えるわ、あまり長居しては風邪を引くわよ」

 

 「さ、中へ」と言って彼女はわたしの手を取り……オレはそれを振り払った。

 

「……ミコト?」

「……残酷な、夢だ」

 

 そう。これは夢。夜天の魔導書の防衛プログラムが……「ナハトヴァール」が見せる、優しく残酷な夢。

 オレに「プリセット」の能力がなく、普通の女の子として育つことが出来た可能性。はやての足が最初から健康で、何の悲劇もなかった可能性。

 そして、プレシアが生きていて、フェイトとアリシアとともに、オレの家族と……母親となっていた可能性。ありえないIFを夢として見せているのだ。

 どんなに焦がれても、もう届かない可能性。プレシアは事切れ、オレ達の前で埋葬された。観測してしまった以上、覆すことのできない可能性。

 プレシアは表情を消した。はやても、フェイトも。彼女達は本人ではなく、オレの記憶から構成された登場人物でしかないのだから。

 

「何故、オレにこんな夢を見せた。こんなつぎはぎだらけの異様な夢を」

「……あなたが望んだのよ。私に生きていてほしかったと。「ナハトヴァール」は、それを叶えただけ」

 

 ああ、望んだとも。プレシアもリニスも生きていて、アリシアが本当の意味で生き返ることを夢に見なかったわけじゃない。

 オレがこんなしゃべり方じゃなくて、もっと女の子らしいしゃべり方の出来る、普通の女の子であることを考えなかったわけじゃない。

 望んだとも。だけど……幻にすがって現実を覆そうなどと考えたことは、微塵もない。

 

「ふざけるなよ、「ナハトヴァール」。オレを舐めるな。オレは現実から目を逸らし続けるほど、愚かではない」

「現実は辛い事ばかりよ。私は決して生き返らない。アリシアも、"偽物"でしかない」

「――その口を閉じろ、紛い物」

 

 プツンと、頭の中で何かが切れた。分かっている、あれは「ナハトヴァール」が作り出した虚像だ。プレシア本人ではない。

 だけど……だからこそ、許せない。プレシアの姿を使って、プレシアの声を使って、アリシアを……"命の召喚体"を"偽物"と断じさせた。オレには、許せない。

 

「プレシアは、それでも「自分の娘だ」と言った。フェイトにも「生きろ」と言った。二人が本物であると、認めたんだ。だから、オレに託したんだ」

 

 その姿に……オレは尊い「母親」を見たんだ。オレのような若輩では届かない、娘のために生き続けた母親の姿を。

 オレが最も尊敬する「母親」を貶めたのだ。許せるはずがなかった。

 

「訂正など求めん。お前は所詮自動プログラム。最初に与えられた役割の通りにしか動けない。オレのこの気持ちなど、分かるはずもない」

 

 "プレシア"は何も答えない。答えられない。自分で考える機構を持たないこいつには、オレの言葉に対する反応を考えられない。

 ……終わらせよう。この悪趣味な夢を。――これが最後の別れになろうとも。

 

「……さようなら、プレシア。それでもアタシは、現実を生きる」

 

 一筋の涙とともに、オレは頭の中でスイッチを切り替えた。「コマンド」、発動。

 

 

 

「『夢よ、オレの声を聞け。解けろ。そして目覚めろ』」

 

 夢の世界が崩れていく。はやてとフェイトも、最初からそこにいなかったかのように消えていく。見慣れた八神邸が蜃気楼のように消え、ただの闇が広がっていく。

 最後にプレシアが口を開き……何を言うこともなく消えていった。

 これで、「ナハトヴァール」の干渉は振りほどいた。第二ステップクリア。……っ。

 

「プレシア……っ。アタシは、あなたに、生きてほしかったよ……、っ!」

 

 周囲にはやて達の姿はない。オレは一人、涙を流し続けた。

 

 いつまでもそうしていられるわけではない。時間には限りがある。涙を拭き、立ち上がる。

 ちょうどそのタイミングだった。

 

「ミコちゃん! よかった、見つけたで!」

『ご無事ですか、我がもう一人の主!』

 

 上の方からはやてが――何やらバリアジャケットのようなものを纏っている――降りてきた。トゥーナの声もしたが、姿はない。

 どうやら突入直後にオレがはぐれたみたいだな。今まで探してくれていたみたいだ。

 

「ああ、もう問題ない。……三人はまだ眠っているみたいだがな」

「自力で起きられたんか、よかった。なんや、「ナハトヴァール」がミコちゃんだけに反応したみたいやったから、大丈夫かなって心配しとったんよ」

『リンカーコアで繋がっている我が主と違い、もう一人の主は彼奴にとって異物でしかなかったのでしょう。あなたが優先対象となったために、何とか我が主だけは保護することが出来たのですが……』

「結果オーライだ。こうして目覚められたのだから問題ない。……作戦開始から何分経っている?」

「5分とちょっとや。いいペースやな」

 

 長い夢を見ていたと思ったが、それほど時間も経っていなかったか。……まあ、夢などそんなものか。

 

「あれ? ミコちゃん、何か目ぇ赤くなってない?」

「……少し、な。悪趣味な夢を見せられて、辟易としていたところだよ」

「おーよしよし、怖かったなぁ。もうわたしとトゥーナがおるから、大丈夫やで」

 

 抱きしめられて頭を撫でられた。今の彼女は両足でしっかりと立っているから、オレよりも身長が高い。……何故だ。

 

『……申し訳ありません、我がもう一人の主。私がお守りできなかったばかりに……』

「蒸し返すな。今はこの通り万事問題ない。ここから先の修復は、君の力も必要になるんだ。そちらのことを考えてくれ」

『はい、仰せのままに』

 

 シグナム同様従順すぎるのはどうかと思うが、素直に切り替えてくれるのは嬉しいところだ。

 ……ところで、さっきから気になっていることが一つ。

 

「はやてのその姿と、トゥーナの姿が見えないことは関係しているのか?」

「せやでー。これがトゥーナの秘密パワーや!」

『そのような大層なものではありません。私は夜天の魔導書というストレージデバイスであると同時に、管制人格という"ユニゾンデバイス"でもあるのです』

 

 初めて聞く単語だ。ギルおじさんやクロノの話にも出てこなかった。管理世界でも特殊な存在だということか。……そもそもの夜天の魔導書自体がロストロギアなわけだから、当たり前だな。

 ユニゾンデバイス。融合騎とも言って、古代ベルカ技術の中でも特に謎の多いデバイスだそうだ。その最大の特徴は、マスターと一体化してデバイス兼騎士となる「ユニゾン」という能力だ。

 今のはやてはまさにこの状態であり、髪と目の色が変化している。鮮やかな茶だった髪は白みがかっており、瞳は緑色に。夢に入る前に見たトゥーナの特徴を合わせた感じだろうか。

 バリアジャケット……いや、騎士甲冑か。これは前々から考えていたのか、ソワレのドレスの色違いだ。オレは黒だが、彼女は白。背後に浮いている黒い翼は、トゥーナの飛行魔法だそうだ。

 

「トゥーナが手伝ってくれるから、魔法がめっちゃ使いやすいんよ。今までが古くなって軋んだドアやったとしたら、今は油塗って滑りが良くなり過ぎたドアやな」

「あまり調子に乗って事故を起こすなよ。君は戦闘訓練などしてきていないんだから」

『主が無茶をせぬよう、私が見守っておきます。だからご安心を、我がもう一人の主』

 

 それならまあ、いいか。トゥーナならどこぞの忠誠バカと違って、自制心も働くだろうし。

 ……あまり長話をする時間もない。とっとと三人を起こそう。

 

「エール、いつまで眠っている。起きろ。ソワレと、ミステールも」

『ムニャムニャ……あれ? ミコトちゃん、ナイスバディーは?』

 

 ブン投げた。ここに地面があるかは知らないが、それでも何かにぶつかって「あいたぁ!?」と悲鳴を上げるエール。目は覚めたようだな。

 

「誰がペッタンコのちんちくりんだ。叩き折るぞ」

『言ってないよ!? っていうかミコトちゃん、気にする歳じゃないよね!?』

「お前が失礼な夢を見ているからだ、バカ者め。オレをどういう目で見ているかよく分かった」

 

 「ナハトヴァール」の見せる夢は、オレの件からも分かる通り、本人の願望を反映する。つまりはそういうことだ。

 思い当たるところがあったか、エールは「うっ」と呻いて黙った。余計なことは考えなくていいと意志を込めつつ、彼を拾い上げた。

 今の騒ぎでソワレも目を覚ます。

 

『……ミコト、おっぱい……』

「……ソワレは、まあ、いつものことか」

『うぅ、なんでソワレちゃんは良くてボクはこんな扱いなんだ……』

「女の子と男の子の差やな。エロスはほどほどにやでー」

『あの、そろそろミステールも起こした方が……』

『わらわなら先ほどからとっくに起きておるぞ、トゥーナ』

 

 いつから起きていたのか、ブレスレットの目を開くミステール。狐のくせに狸寝入りとは。

 そんなタヌキツネの顔は悪戯っ子のように笑っていた。

 

『なんじゃ主殿、夢の中でおなごらしいしゃべり方でもしておったのかの?』

「……いつから起きていた」

『主殿が目を覚ます少し前じゃな。起こそうと思ったら主殿も目を覚ましたんじゃよ。……呵呵っ、「アタシはあなたに生きてほしかったよ」か。優しい主殿で何よりじゃ』

 

 ……君も地面に投げつけてやろうか。そう言うと彼女は「おお怖い怖い」と、今は存在しない肩を竦めた。ちくしょう。

 ミステールの話を聞いて、はやてが神妙な顔をしている。何かあったか?

 

「なあミステール。それ聞いて、ゾワッと来たりせぇへんかったん?」

『……そういえば何ともないのう。主殿の女言葉と言えば、長兄殿ならSAN値直葬レベルのはずじゃが』

『もしかして、夢の中でコツを掴んだとか? ねね、ミコトちゃん。もう一度やってみてよ』

「やらん。見世物ではないし、万一エールに障害が出たら移動が困難になる。というか起きているならいい加減修復を始めるぞ」

 

 「おっとっと」と言って表情を引き締めるはやてとミステール。トゥーナの反応がなかった辺り、彼女はとっくに準備出来ていたのだろう。

 今のしゃべくりで消耗した時間は5分程度。作戦限界までは50分も残っている。これは、十分に修復可能な時間だろう。

 

『では……始めるぞ、トゥーナよ』

『はい、ミステール。夜天の魔導書、アクセス開始。権限付与、対象ミステール』

 

 修復が始まる。はやての内側にいるトゥーナと、オレの左腕にはまっているミステールが、それぞれに作業を開始した。

 時折はやてのリンカーコアの部分が光り、応じるようにミステールが輝く。恐らくはそれで情報のやり取りをしているのだろう。

 内側からでも、修復は見た目に表れてこない。だが肌では感じられる。重い闇が暖かい夜に変わっていく感覚。ソワレがついついまどろみそうになる。

 修復が上手くいっている証拠だ。ほどなくして外で暴れているはずの「ナハトヴァール」の攻撃性も失われることだろう。

 

 しかし、万事上手くいくというわけでもないようだ。

 

『むぅ……なんじゃこりゃ。直しても直しても、一瞬で元通りになるぞ。もしかしてこれが「システムU-D」かのぅ』

『恐らくは……しかし、厄介な場所に隠れていますね。よもや、「ナハトヴァール」との接合部とは』

 

 どうやら「システムU-D」が見つかったようだが、その部分だけ修復が効かないようだ。恐らくは「無限連環再生」が悪さをして、「修復という変更」から再生させてしまっているのだろう。

 では今は無視していいかというと、「ナハトヴァール」と繋がってしまっているようだ。これではいつまた暴走激化が始まるか分からない。

 

『……切り離してしまうか?』

『やめた方がいいでしょう。逆に「システムU-D」が暴走しかねません。そうなったら、被害は「ナハトヴァール」の比ではない』

『そりゃそうか。……ううむ、ここまで上手くいっておったのに。歯がゆいのう』

 

 二人にも上手い手が見つからないようだ。だが、そこではやてが妙案を思いつく。

 

「せや! それやったら、「紫天の書システム」に任せたらええやん。「システムU-D」の制御プログラムなんやろ?」

『その通りなんじゃが、「紫天の書システム」が何処にあるか分からん。ついでに言うなら、それをやると夜天の魔導書が乗っ取られる危険もある』

「きっと話せばわかってくれるって。な、ミコちゃん」

「そう上手くいくとは……ああ、そういうことか」

 

 はやてのウィンクで言いたいことを理解した。そこはオレの仕事だということだ。

 「紫天の書システム」は自律プログラム。つまり、ヴォルケンリッター同様意志を持つプログラムだ。交渉の余地がある。

 彼らに上手く首輪をかけ、利害を一致させれば、「システムU-D」の制御のみを行わせることも可能だ。それこそオレの得意分野である。

 

「そしてはやては「紫天の書システム」の在りかに心当たりがある。違うか?」

「おー、さすがミコちゃん。わたしの「相方」やなぁ」

『なんじゃと!? 一体どうやって……! まさか、あの夢か!』

 

 ミステールも思い出したようだ。はやてが夢で夜天の魔導書にアクセスしたことを。そう、はやてがここに来るのは二度目なのだ。

 そのときのことを思いだし、怪しい何かを見ていたとしたら。彼女の洞察力ならば、何か気になっていたはずだ。だからこの提案につながるのだ。

 オレの予想は、是。

 

「夢から醒めるときに、なんや紫色の変な光見たこと思い出してな。今から思えば、あれが「紫天の書システム」だったんやないかなーって」

『紫色の……? 私にはそんなものは見えませんでしたが……』

「つまり、それがイレギュラーの正体だったということか。「紫天の書システム」が状況の打開のために、夢の中のはやてをここに導いたというわけだ」

 

 何故それが起きたのかまでは、さすがに分からないが。休眠させられた「紫天の書システム」が活動期に入り、今回の主が魔導書の復元に意欲的であることを知ったとかだろうか。

 彼らがプログラムである以上、その存在意義には忠実だろう。つまり、「システムU-D」の制御だ。それを達成するためならば、主を利用するぐらいはあり得る。

 そして彼らは書とは別個のプログラムだから、蒐集状況に応じて稼働する必要はない。「ナハトヴァール」の目を逃れて活動出来る可能性も十分にある。

 オレの推測は的外れでもないようで、トゥーナは「確かに……」と考え込む。ともかく、試してみる価値はある。

 

「分かった、はやて。案内してくれ」

「りょーかいやで。えーっと確か……こっちやったかな?」

 

 黒い羽がパタパタと羽ばたき、はやての体が上昇する。オレもソワレの翼にエールの風を受け、彼女の後に着いて行った。

 

 

 

 二、三度ほど迷ったが、オレ達は無事辿り着くことが出来た。正直オレには景色が変わらないから何も分からなかったが、トゥーナと融合しているはやてにはアドレス的なことが分かったのだろう。

 そこには、三つの光が浮かんでいた。一つは強く、二つは弱く。一際輝くそれが、紫色の輝きをしていた。

 

「あんたが「紫天の書システム」……「マテリアル」で合っとるか?」

『……フン。やはり我の見込んだ通り、嗅ぎ付けたか。どうやら天は我を見放さなかったようだ』

 

 男性のようであり、女性のようでもある声。守護騎士達よりもプログラム寄りの存在らしく、性別はないようだ。

 第一印象としては、不遜な賊。自身が夜天の魔導書のハックシステムであるにも関わらず、本人を前にしてこの対応だ。中々に太い神経をしている。

 彼/彼女の発言からして、オレの推測は当たっていたようだ。外の様子も、全てではないが知ることが出来るみたいだな。

 こちらの確信は持てた。あとはオレが話をしよう。

 

「質問に答えていただこうか」

『なんだ、貴様は? 何故魔導の才も持たぬ小娘が、このような場所に入り込んでいる』

「三度は言わん」

『……いかにも。我こそは「紫天の書システム」の君主。闇統べる王。名を「ディアーチェ」という』

「八幡ミコト、今回の夜天の主・八神はやての「相方」。現在は、夜天の魔導書に蓄積したバグを解消するために、内部に侵入している」

 

 お互いの存在をはっきりさせる。これをしなければ、交渉どころではない。こちらの問いにも答えてもらわなければ、対話が成立しないのだ。

 ディアーチェが空気を震わせる。嘲笑しているようだ。

 

『ククク。魔導の才を持たぬ貴様が、この魔導書を修復する。何の冗談だ? それとも貴様は、それほど優れたデバイスマイスターなのか?』

「手段については黙秘させていただく。だが、冗談かどうかは現在の書の状態を見てから判断してもらおうか。少なくとも、先ほどよりは修復されている」

 

 嘲笑が止まる。確認しているのか、しばし言葉も紡がれない。視線は分からないが、彼/彼女から嘲りの気配が消えるのを感じた。

 

『どうやった?』

「黙秘すると言った。同じ質問を繰り返すのは阿呆のすることだ。よもや闇の王ともあろう者が、その程度も分からないとは言わせんぞ」

『……よかろう、我に対する非礼も特別に許してやる。して、何か用があるのであろう』

「「システムU-D」」

 

 ピクリと紫の光が震える。さあ、ここからが正念場だ。

 

『そこな子鴉が我らのことを知っていたのだ、今更驚くまい。だが、アレは我らのものだ』

「それは重畳だ。こちらも連鎖式永久機関などという第一種危険物を書の中に残しておきたくはない。そこで提案がある」

『提案だと?』

 

 闇の王がオレに興味を持った。油断なく、しっかりと確認した後、オレは「提案」の内容を告げた。

 

 

 

「あなた達をここから解放する手伝いをしよう。のみならず、「システムU-D」のところまで案内する。その代わり、夜天の魔導書そのものには一切手出ししないことを約束してもらおう」

 

 ――作戦限界まで、あと30分。




マテリアル娘。達に関しては姿が決まっていないようなので、これまたどうなるか分かりません。が、躯体を作る際に魔法的なリソースを使っているはずなので、「リンカーコアを持つ存在」の姿が基本になるかと思われます。なのでそう原作を外れた姿にはならないのではないかな、と。
今回はディアーチェのみ登場。シュテルとレヴィは後ろでお休み中です。現段階では彼らに性別は存在しないはずなので、あんな感じの描写となりました。原作とは違い、既に寝ぼけ状態ではありません。かなり早期に覚醒していたようです。
ディアーチェは外の様子が全て分かるわけではなく、ミコトが何をしてきたかを知らないので、まだ侮ってます。まあどうせすぐデレるんですけどね(さすミコ)

ミコトちゃんに夢を見させました。実はこの話で一番やりたかったところはここです。一度でいいから普通に女言葉でしゃべらせてみたかったんや!
一人称を「アタシ」に変えたときミステールに拒絶反応が出なかったのは、実はエールの言う通り夢の経験でコツを掴んだからです(副作用がないとは言ってない)。但し本人は「オレ」でしゃべる方が楽みたいです。
夢の中に召喚体もリッターも出てこなかったのは、「プリセットが存在しない」、「夜天の魔導書が存在しない」世界だからです。

最後の蒐集相手のモデルは、やっぱりモンスターハンターから「ジエン・モーラン」です。あっちでは古龍となっていますが、この作品ではただの砂クジラです。やっぱりパチモンじゃないか(憤怒)

とりあえず二人の生存はこれにて確定となりましたが、まだまだ難関が待ち構えております。が、次回はその前に、一度外の様子に移りたいと思っています。
では。


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五十一話 最終決戦 その二 ☆

今回はなのは視点です。



先に謝っておきます。やっちまいました、ごめんなさい。


 二人がトゥーナさんの生み出した黒い靄に突入すると、靄と二人の姿は消えた。上手く夜天の魔導書に入りこめているといいんだけど。

 トゥーナさんが目を閉じる。はやてちゃん達のサポートに向かったんだろう。だから今ここにいるのはトゥーナさんじゃなくて、トゥーナさんの体を使った「ナハトヴァール」。

 彼女は一度全身をビクンと震わせた。そして再び目を開く。赤い瞳は、もはや何も映していない。

 

「警告、敵性体を確認。物理防衛モードを起動します。……エラー、メモリ領域が足りません。データ保護機能を停止します。……エラー、メモリ領域が足りません。内部防衛機能を停止します。……エラー」

 

 何度もエラーを繰り返す防衛プログラム。……ミコトちゃんの言った通りだった。防衛プログラムは、夜天の魔導書の機能を使うには処理能力が足りないんだ。

 やがて何度目かのエラーを吐き出した後、「ナハトヴァール」は完全にエラーを起こした。

 

「※〒*¥は%#$を+{@}=ぺぺぺぺ……」

「うわぁ……、ここまでバグってやがんのかよ」

 

 生理的な嫌悪感を催す、意味のない音の羅列。ガイ君の言葉が皆の気持ちを代弁していたと思う。

 ……こんなものに、今まで多くの人が犠牲にされてきたんだ。歴代の主だけじゃなくて、蒐集の犠牲になった人たち、暴走に巻き込まれた人達も。

 許せない。わたし達の友達を、トゥーナさんを「闇の書」なんて呼ばせるこの存在が。今もヴォルケンリッターの皆を苦しめるこの存在が。

 絶対に、負けられない。負けたくない。レイジングハートを握る手に力がこもる。

 そして「ナハトヴァール」は、とうとう機能の全てを「破壊」に向ける。彼女の背中に、巨大な竜の翼が展開された。

 

「物理防衛モード、起動確認。闇の書の防衛を開始します」

「っ……それは「闇の書」なんかじゃない。夜天の魔導書だよ! あなたみたいなのが操っていいものじゃない!」

 

 ソレの放った言葉で、わたしは気持ちが爆発した。この存在を……「闇の書の闇」を許すもんかって。

 全員が地面を離れる。飛行魔法、転移魔法、跳躍、それぞれの方法で。

 戦いが始まった。

 

 

 

 まず最初にわたし達が取った行動は、攻撃ではなく防御。気持ちとしては砲撃したいところだったけど、「ナハトヴァール」の出力が分からないから迂闊な行動は禁物ってミコトちゃんから言われてる。

 それに、今はシャマルさんの指示に従わなきゃ。わたし達の強みは、なんといっても「チームであること」なんだから。

 

≪陣形、フォースシールド!≫

 

 念話を通じたシャマルさんからの号令。わたし達の前にガイ君、ユーノ君、ザフィーラさんの三人が集まり、巨大なシールドを形成する。攻撃戦力をシールドの後ろに隠して温存する防御陣形だ。

 同時に、攻撃を防いだらすぐに反撃に移るための速攻陣形でもある。動きの速いふぅちゃんとお兄ちゃんが最前列に、追撃役のシグナムさんとヴィータちゃん、アルフさんがその次に。

 そしてわたしとシャマルさんは最後尾で砲撃を行う。動く相手にはまだ上手く当てられないけど、シャマルさんが補助してくれるなら当てられるようになった。

 ……わたしは、暴力が嫌いだ。痛くて悲しい気持ちになるから。砲撃魔法は好きだけど、それを人に当てようなんて思ったことは、それこそガイ君ぐらいにしかない。たとえ非殺傷設定があっても、それは変わらない。

 だけど今日だけは別。全力全開で撃ち抜く。わたしの友達を侮辱されて黙ってられるほど、なのはは大人しい子じゃないの!

 ――ちなみにクロノ君は連携訓練に参加していなかったからか、単独で行動中。それに彼の役割は……最悪のときの封印。下手に手を出して消耗するわけにはいかない。

 こちらの陣形が整うと、「ナハトヴァール」はゆらりと動く。開かれた夜天の魔導書を左手に、右手をこちらの方に向けている。

 

「……煉獄の矢」

 

 轟轟と音を立て黒い炎が巻き起こる。それは一塊の球体となり、次に何本もの弓矢を作り上げた。多分、この世界で蒐集した動物のどれかが持っていた魔法だろう。

 それらは、何の溜めもなく発射された。シールドにぶつかり、衝撃と熱が吹き荒れる。シールドに阻まれてこちらに被害はない。

 それほど強くない攻撃だけど、次弾の装填が早い。防いだと思ったらもう次の一陣が目の前にあり、シールドを叩いた。……これじゃ、攻撃に移れない!

 

「シャマルさん!」

「大丈夫よ、なのちゃん。心配しないで」

 

 シャマルさんはわたしの方を見ず、ひたすら前を見続けていた。相手の隙を伺うために。……わたしが邪魔をしちゃいけない。わたしも、前を見る。

 シャマルさんは……頬に一筋の汗が流れていたことに気が付いた。彼女でも、この人数を指揮するのは非常に神経を削るという証だった。……如何にわたし達がミコトちゃんの指示におんぶにだっこだったかが分かる。

 だけど今ミコトちゃんはいない。この作戦で最も大事な部分を担っている。ただ戦えばいいだけのわたし達が音を上げるわけにはいかない。

 前を見る。「ナハトヴァール」の攻撃は間断なく続いている。ここからでは炎に遮られて彼女の姿は見えない。

 それでもシャマルさんは、考えに考えて、指示を出した。

 

≪連携発動! コード「クロスブレイド」! 恭也さん、ふぅちゃん、お願いします!≫

≪応!≫

≪了解!≫

≪なぁ!? おいシャマル! 本気かよ!?≫

 

 シャマルさんの指示に、ヴィータちゃんが念話で反論した。だけど前衛の二人は躊躇せずシールドを迂回し、二つの方向から「ナハトヴァール」に迫った。

 ヴィータちゃんの言いたいことは分かる。まだ彼女の攻撃は止まっていない。お兄ちゃんとふぅちゃんが迎撃されてしまうかもしれないと心配しているんだ。

 だけど、このまま待機していてもいずれやられてしまう。盾組のシールドは確かに固いけど、無限に防御し続けられるわけじゃないから。

 ヴィータちゃんの懸念通り、「ナハトヴァール」の攻撃は二人にも向けられてしまう。……だけど二人は怯まず、当たることもなく、交差する軌道で「ナハトヴァール」に迫った。

 

≪ヴィータちゃんも! 中衛、連携準備!≫

≪お、おう! ったく、無茶しやがる!≫

≪だが、あの二人ならば……!≫

≪フェイトはあたしのご主人様だよ! やってくれるさ!≫

 

 二人の攻撃が当たることを信じて、ヴィータちゃん達も次の攻撃の準備を始める。そして、二人の刃が一つの地点で交錯した。

 

「御神流・斬!」

「ハアアアアッ!」

『Scythe slash.』

 

 バルディッシュのサイズフォームから放たれるふぅちゃんの一閃と、お兄ちゃんの小太刀の二閃。それは「ナハトヴァール」が展開したプロテクション(?)によって阻まれてしまう。

 ……だけど、届いた。彼女の攻撃が、一瞬だけど止む。シャマルさんの指示は、そのためのものだった。

 「クロスブレイド」は、速攻要員(ほとんどの場合ふぅちゃんとお兄ちゃん)が二方向から同時に攻撃を仕掛けて相手を崩すための連携技。決して相手を倒すための連携じゃない。

 それはここから。シャマルさんは、既に次の指示を出し終えている。

 

≪連携発動! コード「トリプルラッシュ」!≫

「喰らいなぁ、バリアブレイク!」

 

 三人のシールドが消え、一直線に飛び出したアルフさんがまず一撃。それで「ナハトヴァール」の展開したバリアは破壊される。

 次にヴィータちゃん。彼女は威力と速さを両立させるべく、カートリッジを一つ消費してデバイスをラケーテンフォルムに変化させていた。

 

「ラケーテンハンマー! ぶっ飛べェ!」

 

 バリアがなくなり無防備となった「ナハトヴァール」の胴体に、鋭角なスパイクが刺さる。……いや、その前にシールドを使われた!

 不発。「ナハトヴァール」が反撃しようと、黒い炎を躍らせる。だけどその背に水色の刃が迫り、彼女は防御を優先させる。クロノ君の援護射撃だ。

 その隙にヴィータちゃんは離脱。入れ替わり、シグナムさんが肉薄した。

 

「助太刀感謝する! ……紫電一閃っ!」

 

 シグナムさんの得意とする、炎を纏った必殺の一撃。それが再びナハトヴァールのシールドを破り、今度こそ一太刀を浴びせる。

 「ナハトヴァール」の体勢が崩れた。今っ!

 

「なのちゃん!」

「はい! なのは、行きます!」

『Divine buster.』

 

 一連の連携の最後の一撃は、わたしの砲撃。最高のタイミングで放たれた一撃は、過たず「ナハトヴァール」を魔力の奔流に飲み込んだ。

 しばし照射し続け、皆が戻ってきてからやめる。「ナハトヴァール」は、全身がちょっと煤けていた。効果は……あったかな。

 

「思っていたよりも攻撃が苛烈ではないな。手強くはあるが、チームでなら対処可能な程度だ」

 

 今の攻防をお兄ちゃんが分析する。その目は「ナハトヴァール」の行動を見逃さないように彼女を見ている。

 彼女の攻撃は十分脅威だったと思うけど……時空管理局が危険視してきたと言うほどではない。わたし達で十分対処出来ているのがその証だ。

 

「ミコトちゃんの言う通り「システムU-D」を使えなくしたことで弱体化したのか……あとは人から一切蒐集を行わなかったのも大きいかもしれませんね」

「単に暴走の初期段階だからという可能性もある。油断するな」

 

 クロノ君もこちらに合流した。単独行動だと消耗が激しいみたい。さっきも、一人で炎の矢を防いだり回避したりしてたもんね。

 現在で作戦開始から、5分が経過。「ナハトヴァール」に目に見えた変化は起きていない。ミコトちゃん……はやてちゃん……。

 

「クロノは心配性だね。見てたろ、あたし達の連携を。あいつが一人でしかないんなら、絶対負けないよ!」

 

 アルフさんは自信満々でそう断言した。クロノ君はため息をつき、だけど何も言わなかった。

 

「奴さん、回復が終わったみたいだぜ。どうする、シャマルさん」

 

 陣形を維持したまま「ナハトヴァール」を観察していたガイ君からの注意喚起。先ほどまでの煤けた様子は消え、最初と同じ万全の「ナハトヴァール」の姿があった。

 シャマルさんは一拍だけ考えて、答えを出す。

 

「このまま「フォースシールド」を維持しましょう。同じ攻撃を繰り返してくれるなら、今の連携手順で削りきれます」

「相手が自動プログラムだからこその戦法だな。……いや、待て。どうにも様子がおかしい」

 

 クロノ君が表情を険しくする。「ナハトヴァール」は、先ほどと違って複数の魔法陣を展開した。大型動物がスッポリ入ってしまいそうな、大きな魔法陣を。数は5。

 

「……怪鳥、召喚」

 

 彼女がそう言葉を紡ぐと同時、魔法陣から生まれた闇が形を作る。顔の回りにヒレのようなものがある、特徴的な鳥。

 わたし達がこの世界で主に蒐集対象とした巨大な怪鳥だった。

 

「チッ、数を増やしてきたか。有象無象とはいえ、厄介な」

「竜種やさっきのクジラでなかっただけマシよ。でも……これじゃ「フォースシールド」はダメね」

 

 あの陣形の欠点は、相手が各個撃破出来る程度の戦力でないと逆に削り落とされてしまうこと。防御方向が一つに限られること。対多数には向いてない。……って、ミコトちゃんが言ってました。

 ギャアギャアと鳴く影の怪鳥。……あまり待ってくれそうにない。

 

「仕方ないわ、陣形「フリーファイト」! しばらくは個々の判断で戦って、お願い!」

「やはりそうなるか! 仕方ない!」

 

 シャマルさんの号令で、わたし達は散開した。同じくして怪鳥が襲い掛かってきて、「ナハトヴァール」からの攻撃も再開した。

 ……上手く、やれるかな。若干の不安が、わたしの心の中に生まれた。

 

 

 

 怪鳥自体は大した脅威にならなかった。元々捕獲が比較的簡単だという理由でメインの蒐集対象にしていたわけだから、それは当然かもしれない。さらに今回は手加減をする必要もない。

 シグナムさんの剣が怪鳥を真っ二つに両断して闇に還す。同じタイミングで、お兄ちゃんは別の個体をバラバラにした。個別で戦うとなったら、やっぱりこの二人は別格だった。

 ……お兄ちゃんがほぼ魔法なし(移動だけ)で戦ってるっていうのが、どうしても納得いかないけど。多分これは納得しちゃいけないと思うの。

 ともかく、怪鳥自体は問題じゃない。わたしも遠距離からの砲撃で十分戦える。……だけど、「ナハトヴァール」にとって怪鳥はただの捨石でしかない。

 

「恭也さん、危ねえ! どありゃぁ!」

「っ、すまん! 助かったぞ、ガイ!」

 

 怪鳥を囮に、お兄ちゃんに向けて高出力の水レーザーを放つ「ナハトヴァール」。幸いガイ君が気付いてシールドで防いでくれたので、お兄ちゃんに怪我はなかった。

 シグナムさんの方にも攻撃は行っていたけど、ザフィーラさんが防いでくれた。

 「ナハトヴァール」は、お兄ちゃんたちに大きな隙が出来る瞬間――攻撃の瞬間を正確に狙ってきた。初めからそのつもりだったのか、暴走の結果としてそうなったのかは分からない。

 お兄ちゃんたちに斬り捨てられて数が減った怪鳥を、彼女は再び召喚して補う。数は再び、5。

 

「倒しても倒しても、キリがない! 何とかならないのかねぇ!?」

「……とにかく、数を減らそう! 今はそれしかない!」

 

 アルフさんとふぅちゃんは、二人で連携している。使い魔と主の関係であるためか、非常にスムーズな連携だった。

 まずふぅちゃんが先行してサイズスラッシュで攻撃。怯んだところに間髪入れず、アルフさんがフォトンランサー。最後にふぅちゃんのサンダースマッシャーで一体を撃破した。

 阿吽の呼吸っていうか、お互いがお互いのしたいことを分かってる感じの連携。……ふぅちゃん、凄いな。

 あんなこと、わたしには出来ない。わたしは……なのはは、砲撃魔法が得意なだけの、ただの小学生だから。

 今日に備えて連携の訓練はした。魔法の練習も欠かしていない。だけど「戦闘」をするってなったら、指示がなければ何をすればいいか分からない。

 別に戦闘訓練をしたかったわけじゃないし、ただ魔法を楽しもうって決めた自分の判断に後悔はしていない。

 それでも、今この状況で大した力になれないことだけは、悔しかった。

 

≪……ごめんね、なのは≫

 

 頭の片隅でそんなことを考えていたら、ユーノ君から申し訳なさそうな念話が飛んできた。彼は今、クロノ君と背中合わせになりながら、緑色に光る剣を構えていた。魔力で作った武器みたいだ。

 怪鳥が襲い掛かってくる。爪の一撃を剣で弾き、返す刃を突きたてる。そうして怯ませたところにクロノ君が振り返りもせず放ったスティンガーブレイドでとどめを刺した。

 

≪どうしてユーノ君が謝るの?≫

≪……君がここにいるのは、元をたどれば僕の責任だ。僕が、君にジュエルシード回収を依頼してしまったから……傷つけることに悲しむ優しい君を、戦場に立たせることになってしまった≫

 

 念話をしながらも、ユーノ君は戦闘態勢を取り続ける。いつの間にか彼は、剣で戦える立派な男の子になっていた。傷付いた小動物の姿だったあの日の面影は何処にもない。

 だから……弱っていた頃に選択せざるを得なかったことを悔やんでいるのかもしれない。

 ……違うよ、ユーノ君。

 

≪なのはがここにいるのは、なのはがここにいたいって思ったからだよ。ユーノ君のせいじゃない≫

≪なのは……ごめん≫

≪謝らないでよ。なのはね……ちょっと怖いし、大した力になれなくて悔しいけど……それでもやっぱり、嬉しいんだ≫

 

 不謹慎かもしれないけど。なのはは今、ガイ君と同じ時間を共有出来ている。ふぅちゃんと同じ場所に立てている。大好きな皆と一緒にいられる。たとえ少しだったとしても、その力になれている。

 だから、それがただの自己満足でしかなかったとしても、やっぱり嬉しいんだ。

 

≪それって、ユーノ君がなのはを見限らないでくれたおかげなんだよ。ユーノ君の「おかげ」で、なのははミコトちゃんのお手伝いが出来てるんだよ≫

≪なのは……≫

≪だから、ユーノ君がごめんって言うのじゃなくて、わたしからありがとう、なんだよ≫

 

 魔法を教えてくれて、ありがとう。守ってくれて、ありがとう。ミコトちゃんの言う通り、ユーノ君は"最高の守護者"なんだね。

 ユーノ君は、ちょっと照れたみたい。それから「こちらこそ、ありがとう」という念話が返ってきた。

 

≪君達、雑談とは余裕だな。ユーノは随分と剣に自信があるみたいだし、恭也さんやシグナムみたいに突撃してみたらどうだ?≫

≪あの二人と比べないでくれるかな? 僕のはまだ、ただの力任せの剣だよ。……雑談したのは、悪かったけど≫

≪しつれーしました! 集中っ!≫

 

 クロノ君が念話に割り込んできて、わたし達に注意した。確かに、そんなことしてる場合じゃなかったね。

 ……ちょっと重くなってた気持ちが、すっかり軽くなった。本当にありがとう、ユーノ君。

 

 陣形が「フリーファイト」になってから早10分。戦況は膠着状態だった。

 「ナハトヴァール」が暴走を激化させる様子は見られないけど、衰える様子もない。こちらの集中も続いているから、被害は出ていない。

 だけどこの状態があまり長く続くのはよくない。特にわたしやガイ君の集中力が持たなくなる。訓練のときは1時間だったけど、実戦ではもっと早いかもしれない。

 それに、今回はさっきのクジラさんからの連戦。皆が疲労してしまう前に、何とか抜け出さないと。

 

「……シャマルさん、「あれ」、行きましょう!」

「なのちゃん……でも、「あれ」はなのちゃんに物凄く負担がかかるわ。何とか、それ以外の方法を考えたいんだけど」

 

 「あれ」は、なのはとシャマルさんの合体魔法。シャマルさんの制御とわたしの砲撃を組み合わせた必殺技だ。

 そしてシャマルさんの言う通り、とても魔力を消費する。さすがにスターライトブレイカーほどじゃないけど、この後のことを考えるとちょっとキツいかもしれない。

 だけど、それでいいと思う。

 

「なのはは、砲撃しか出来ません。はっきり言って、皆みたいに色々な魔法で戦術を助けることが出来ません。だから、わたしが消耗するだけで皆が助かるなら……!」

 

 きっとミコトちゃんならそういう作戦を組むだろう。わたしの勝手な予想だけど、そう外れてはいないと思う。……もしかしたら、もっととんでもない作戦を考えるかもしれないけど。

 シャマルさんはわたしの視線を受けて、一瞬だけ悲しげな顔をした。だけど彼女も分かってる。それが一番安上がりな方法だと。

 だから彼女は決断して。

 

≪その作戦、ちょっと待ったァ!≫

 

 指示を出す前に、ガイ君から念話が飛んできた。びっくりして周りを見ると、ガイ君はさっきと変わらない場所でお兄ちゃんの盾役をやっていた。

 ……どうやってわたし達の会話を知ったんだろう。まさか、聞こえたの?

 

≪恭也さんが読唇術で教えてくれた! やけっぱちになってんじゃねーぞ、なのは!≫

≪ど、読唇……。やけっぱちじゃないよ。役に立てないなのはが役に立つためには、こうするしか!≫

≪それがやけっぱちだってんだよ! なのはが役に立てない? だったらシールドしか出来ない俺はどうなるっつーの!≫

≪ガイ君はさっき大活躍だったじゃん! なのはは遠くから砲撃魔法撃っただけだもん! 全然役に立ってないよ!≫

≪何処がだよ!? めっちゃ切り札じゃねーか! お前、俺が大活躍だったっつーけど、シールドだけだから絵的に地味なんだよ!≫

≪ガイ君の分からず屋ー!≫

≪二人とも! 今は痴話喧嘩してる場合じゃないでしょう! そういうのは全部終わってからにしなさい!≫

 

 シャマルさんから怒られてしまった。……深呼吸して落ち着こう。

 

≪……いいか、なのは。お前の砲撃は、必殺技だ。切り札だ。起死回生の一手だ。だからこそ「ここぞ」って時まで温存しなきゃなんねえ。そう易々と切っていい札じゃねえんだよ≫

≪そんなこと、ないもん≫

≪あるからシャマルさんも迷ったんだろうが。こんなロリコンドル落とす程度に、お前の魔法は役不足なんだよ。あ、役不足の意味ちゃんと分かってるか?≫

 

 難しい熟語は使わないでほしいの。ガイ君曰く、「役割に対して人物が立派過ぎること、力不足の逆」だそうです。役者不足は造語だとか何とか。……国語は苦手なの。

 

≪ともかく、自分の魔法を過小評価すんな。一発逆転のためにスタブレ撃ちたいのに「魔力が足りません」じゃ話になんねーだろ≫

≪じゃあ、どうするの。皆、余裕なさそうだよ≫

≪そんなときのための「ジョーカー」だろ。「エース」の出番はまだ先だ≫

 

 そう言ってガイ君は、一度念話を切る。再び念話が繋がり、今度は全体に向けて。

 

≪皆! このクソ鳥どもを出来るだけ一ヶ所に集めてくれ! 俺が何とかする!≫

≪何か考えがあるんだな? 期待してるからな、意外性No1!≫

 

 ヴィータちゃんが率先して動き、一体の怪鳥をアイゼンで弾き飛ばす。彼女の攻撃は分厚い羽毛を持つ怪鳥と相性が悪いけど、弾くだけなら非常に効率よく行える。

 触発されて皆が動く。シグナムさんとザフィーラさん。ふぅちゃんとアルフさん。クロノ君とユーノ君。そしてお兄ちゃんも、怪鳥を蹴り飛ばして移動させた。

 まとめあげられた怪鳥の群れに向けて、ガイ君は飛行シールドから魔力の帯を迸らせて加速する。その手元には、別の魔法陣が組み上げられていた。

 

「見さらせ! こいつが俺の必殺技!」

 

 赤紫色の魔力が収束する。それとともに空気の温度が下がり、ガイ君の魔法陣の周りに霧のようなものが発生した。……これって、まさか!

 

「喰らえ、「アイスシールド」!!」

 

 盾としては奇妙に角ばったそれが怪鳥に触れた瞬間、全部をまとめて氷漬けにしてしまった。やっぱり、凍結変換! すごい、いつの間にそんなことが出来るようになってたの!?

 皆、驚いている。だって凍結変換は、魔力変換の中では一番難しいと言われている魔法のはずなのに。しかも盾を単独で攻撃方法に使用してしまった。

 ガイ君は、凄い。……だから、なのはも!

 

「シャマルさん、チャンスです! やりますよ!」

「え、ええ!? あ、そ、そうね!」

 

 勢いで押し切る。ガイ君は温存しろって言ったけど、あんなものを見せられて黙ってられるなのはじゃないの。

 幸い、「ナハトヴァール」は動きを止めている。状況を処理しきれていないのか、それとも別の理由があるのか。砲撃魔法を当てるなら今しかない。

 シューティングモードのレイジングハートを構え、シャマルさんの補助魔法で照準を合わせる。

 

「ディバイィーン……バスター!」

 

 桜色の魔力の砲撃が放たれた。いつもより多く魔力を込めたため太さは倍あるけれど、速さは若干落ちている。

 それでなくとも、さすがに砲撃が迫れば「ナハトヴァール」は防御をする。……狙い通り、ラウンドシールドタイプ!

 

「レイジングハート! シャマルさん!」

『Multiway.』

 

 「ナハトヴァール」が展開したシールドに直撃する直前、砲撃はいくつもの光条に別れた。ディバインバスターのバリエーションの一つ、「ディバインバスター・マルチウェイ」。

 だけどわたしだけだと本当に分解することしか出来なくて、狙った的に命中させることが出来なかった。そこでシャマルさんが追加制御してくれる。

 

「クラールヴィント!」

『Induktion.』

 

 一度逸れたディバインバスターは、再び進路を「ナハトヴァール」へと曲げ、上下左右360°から襲い掛かった。さすがに全弾命中とはいかず一部シールドで防がれてしまったけど……ダメージはある!

 自己修復のために「ナハトヴァール」は攻撃を停止する。その隙に全員が集合した。

 

「ったく、結局撃ちやがったな。何のために俺が奥の手出したと思ってんだよ」

「だからだよ。ガイ君に負けたくないって思ったんだもん」

「あのなぁ……今は意地張ってる場合じゃないだろ? ミコトちゃん達が頑張ってんだから、外にいる俺達で「ナハトヴァール」を抑えるのが仕事だろ」

「結果としてちゃんと抑えられたんだから、問題なしだよ。ちょっとはなのはのこと信用してほしいの!」

「はいはい、だから痴話喧嘩は後にしなさい。わたしが泣くわよ」

 

 な、なんでシャマルさんが泣くんですか? ……ザフィーラさんが「痴話喧嘩をする相手がいないんだ、察してやってくれ」と、こっそり答えを教えてくれた。そ、そうですか……。

 

「だけど、ガイ君のおかげでかなり魔力消費を抑えられたわ。……凍結変換なんて、いつ覚えたのかしら。魔力は大丈夫?」

「へへっ、皆をびっくりさせたくてずっと黙ってましたからね。魔力は、そこまででもないっす。消耗が激しい魔法ってわけでもないし」

「シールドしか使えずとも、工夫で攻撃に転用する、か。その発想力には脱帽だ」

「なのはも、いつの間にかあんな魔法を使えるようになってたんだね。……相変わらず砲撃一辺倒みたいだけど」

 

 し、仕方ないでしょ! 砲撃魔法、好きなんだから! 一応リングバインドも使えるもん!

 魔法の成長を褒めてくれるユーノ君だったけど、評価が微妙で素直に喜べなかった。……うー、ガイ君ずるい。

 

「スクライアよ。剣の基本は、体に染みついてきたようだな。だがまだまだ剣筋が甘い。あの程度の敵なら一撃で撃ち落とせねば、ベルカの騎士の名が泣くぞ」

「あの、僕、騎士ではないんですけど。いや確かにベルカ古流剣術は習ってますけど、魔法はミッド式ですし」

「私なりの冗談だ。実戦初投入にしては上出来だ。その心を忘れずに精進しろよ」

「……はい、師匠!」

「弟子の成長が嬉しいのは分かるが、状況を忘れるなよ。まだ気を抜いていいわけじゃない」

「分かっているとも。それとも、私がその程度を怠るとでも思ったか?」

「俺なりの冗談だ」

 

 「ふふふ」と不敵に笑いあう武術家二人。……なのはには分からない世界なの。ユーノ君も、半分以上そっち側に足を踏み入れちゃってるし。なんだか遠いところへ行っちゃったなぁ。

 

「お気楽なもんだなぁ、さっきまで結構やばかったってのに」

「いいじゃない。気を張りっぱなしよりはずっといいわ。……ろくな作戦が立てられなくて、ごめんなさいね」

「気に病むな、シャマル。お前はあの場で最適な判断を下せた。……というか、主ミコトと比較するな。あの方は俺達が「主であると認めた」お方だ。その意味はお前が一番分かっているはずだろう」

「そうなんだけど……ミコトちゃんが指揮を任せた身として、妥協は出来ないわ」

 

 そう言って気を引き締め直すシャマルさん。……そうだね。ミコトちゃんが、安心して修復を進められるように。わたし達も頑張らなきゃ!

 「ナハトヴァール」の自己修復が終わる。彼女は……すぐには動かなかった。

 

「? どうしたんだろう。もう動けるはずだよね」

「さあね。判断能力もバグってるみたいだし、予想がつかないよ」

 

 アルフさんの言う通りだ。「ナハトヴァール」は、目につくものを手当たり次第に攻撃するかと思いきや、何もせずに棒立ちしていることがある。攻撃方法もまちまちだ。

 最初に使った炎の矢を初め、水の刃、雷の弾丸、竜巻攻撃に魔力弾による攻撃もあった。はっきり言ってとりとめがない。

 判断能力も迎撃のための魔法使用メモリに割り当ててしまったせいで、使用判断が出来ないんだと思う。かろうじて「近付くものを攻撃する」「攻撃は防御する」程度だ。

 ただしそれも曖昧みたいで、何処まで近付くと反応するのか、優先的に攻撃する相手は誰かというのもその時々で違う。まったく読めなかった。

 ……だけど、今の状況になっている可能性は一つある。

 

「もしかして、ミステールちゃんの修復が始まった?」

「! じゃあ、ミコトとはやてはちゃんと起きられたんだな!?」

 

 ヴィータちゃんが喜びを露にする。もしそうだとしたら、二人が封印されることはもうない。最悪でも「ナハトヴァール」だけ分離して叩くという手段になる。

 良かった……本当に。クロノ君も、やっぱり自分の役割を重く感じていたようで、少しだけ表情が緩んだ。

 

「だが、まだ確定じゃない。アレが停止するか、二人が外に出て来るまで、作戦は続行だ。……どうやら、完全に攻撃性が失われたわけじゃないらしいからな」

 

 さっきまでに比べれば動きは鈍いものの、「ナハトヴァール」は魔法陣を展開した。凝りもせず怪鳥召喚の魔法だった。

 だけど迎え撃つわたし達の気持ちがさっきまでと違う。先の見えないマラソンじゃなくて、ゴールが見えた戦いだ。

 気持ちに余裕が持てたシャマルさんは、新しく陣形指示を出した。

 

「陣形「マルチカウンター」。さっきもこうしておくんだったわね」

 

 「フォースシールド」と同様、防御を前に置く陣形。違うのは、チームが三つに分かれること。盾の三人を起点とした反撃陣形だ。

 ザフィーラさんの後ろに、シグナムさんとヴィータちゃん。ユーノ君の後ろに、お兄ちゃんとアルフさん。ついでにクロノ君。

 そしてガイ君の後ろには、ふぅちゃんとなのはとシャマルさん。それぞれ防御・前衛・後衛という布陣になる。

 怪鳥は邪魔だけど、脅威にはならない。「ナハトヴァール」も動きが鈍り始めた。この陣形で十分戦えるはず。

 

「それじゃあ……散開!」

 

 シャマルさんの号令の下、ザフィーラさんチームが前進を開始する。向こうも怪鳥が一斉に襲い掛かってきて、「ナハトヴァール」が黒い魔力の弾丸を撃ってきた。

 ユーノ君のチームがザフィーラさん達の後ろに付き、彼らを補助する。わたし達も遠距離からの攻撃を開始した。

 

 

 

 それから10分が経過し、20分が経過する。ミコトちゃん達は、まだ出てこない。「ナハトヴァール」もときどき動きを止めたりするけど、それ以上の目立った変化はない。

 ……修復、上手くいってないのかな。攻撃の途中で止まったりするから、全く修復出来てないっていうことはないんだろうけど。

 作戦時間はもう半分を切っている。現状の最後の手段、「ナハトヴァール」だけを分離して叩くなら、いざとなったら「アルカンシェル」を使えばいいから、ギリギリまで待っても出来るはずだけど。

 「アルカンシェル」。アースラみたいな次元航行艦が装備できる最終兵器みたいなもので、過去にも暴走した「ナハトヴァール」を魔導書ごと消し去った実績がある。

 ただ、この方法には問題があって、周囲に与える被害が尋常ではないそうです。わたしのスターライトブレイカーなんかの比ではなく。

 なんでも、空間歪曲と反応消滅によって対象の防御力を無視して周辺の空間ごと無に還してしまうとか何とか……とにかく、恐ろしく広範囲を消し飛ばしてしまうということだけは分かりました。

 この世界、「ディーパス」にも生物はたくさんいます。さすがに星を消し飛ばしてしまうことはないと思うけど、それでもあまり被害は出したくない。出来れば「アルカンシェル」には頼りたくないのが本音です。

 もし修復が上手くいかないようなら、ここは分離撃破の方向に切り替えて、あとからじっくり修復してもらいたいところなんだけど……。

 

「フォトンランサー、ファイア!」

「なのはも行くよ! ディバインシューター!」

「ここはわたしも……風矢の射手!」

 

 わたし達は現在、皆の後方支援をしています。シャマルさんも珍しく攻撃に参加して(出来たんだ……)射撃魔法で怪鳥を牽制している。

 数が減ったそばから召喚されるため、相変わらずキリがないけど、上手く陣形を組めた今回は先ほどよりも少ない消耗で戦えている。

 

「テートリヒシュラーク! 任せたぞ、シグナム!」

「応とも! 紫電一閃!」

「はいよ恭也さん、次はこいつだ!」

「分かった! ……御神流・虎乱!」

 

 わたし達が後衛を請け負ったことで、前衛も出来るヴィータちゃんとアルフさんが前に出て、とどめをシグナムさんとお兄ちゃんが刺す形になっている。

 時折「ナハトヴァール」から飛んでくる攻撃は、ザフィーラさんとユーノ君、クロノ君で防いでくれる。

 

「鋼の障壁! 我らの後ろには欠片たりとも通さん!」

「右に同じく! ラウンドシールド・プラス!」

「熱血は性に合わないんだけどな……やれやれだ! スティンガーレイ!」

 

 なお、ガイ君はお休み中です。ガイ君の飛行魔法は「シールドで無理矢理飛ぶ」から、浮かんでいるだけで消耗してしまう。今は魔法陣を展開して、その上に立っています。

 本人は平気だって言ってたけど……飛行魔法を消したときに結構息が上がってたから、実際には相当消耗してたんだと思う。もう、強がりなんだから。

 

「……ミコト」

 

 ふぅちゃんが「ナハトヴァール」を見て、心配そうにつぶやく。二人が出て来る様子はない。「ナハトヴァール」も、相変わらず取り留めのない攻撃魔法を使ってくる。

 ……そりゃ、心配するよね。なのはだって心配してるけど、それ以上に。だってふぅちゃんにとって、ミコトちゃんはおねえちゃんで、ママなんだから。ミコトちゃんとはやてちゃんとトゥーナさんの家族なんだから。

 ちょっとだけ。シャマルさんに許可を取って、レイジングハートを待機形態に戻す。ガイ君も念のためにシールドを展開してくれた。

 空いた両手でふぅちゃんを抱きしめる。

 

「なのは……?」

「不安になるよね。……なのはだって、そうだもん。修復が上手くいってないのかなとか、色々考えちゃう」

「……ごめんね、作戦中なのに」

 

 連携訓練のとき、ふぅちゃんはなのはよりも長くもった。だけどやっぱり心はわたしと同じ、小学生の女の子だから。不安を消すことなんかできない。

 だから、一緒に支える。なのはも抱えてる不安も、一緒に支えてもらいたい。支え合いたい。だってふぅちゃんは、ふぅちゃんも、なのはの大切な、大好きな友達だから。

 

「一人で抱え込まないで。なのはも、一人で抱えないから。皆で一緒に支え合おう?」

「なのは……、……そうだね。ミコトのこと、信じてるんだけど……万一のことってあるから」

 

 そうだよね。ミコトちゃんだって、絶対無敵ってわけじゃないんだから。出来ないことだってあった。……プレシアさんを、助けられなかったように。

 

「それで……もし作戦限界までに脱出できなかったらどうしよう、とか。本当はまだ目覚められてないんじゃないのかな、とか。どうしてもそんなことを考えちゃう」

「うん。そうだよね」

「分かってるんだ。そんなことを考えても、どうにもならないってこと。ミコトのことを思うなら、おねえちゃんの負担が少しでも少なくなるように、「ナハトヴァール」を抑えるべきだって。……でも」

 

 「ミコトがいないだけで、こんなに背中が心許なくなるなんて、知らなかった」と。ふぅちゃんは、なのはと同じ気持ちを語った。

 シャマルさんの指揮が悪いわけじゃない。むしろ凄く助かってる。ただの素人のわたしがこの場に立てているのは、間違いなくシャマルさんのおかげだ。

 ただミコトちゃんが持っているものをシャマルさんが持っていないという、それだけ。グレアムさんが語った、ミコトちゃんの「カリスマ性」。

 そこにいてくれるだけで安心できて、全力で身を預けられる。何があろうと絶対に打開策を見つけてくれるという安定感。そういったものに……わたしだけじゃなくて皆が、いつの間にか頼り切ってしまっていた。

 ミコトちゃんにその自覚はないかもしれない。だけど間違いなく、わたしとふぅちゃんはそう思っている。だったら……なのは達もミコトちゃんを支えなきゃ、ダメだよね。

 

「ね、ふぅちゃん。地球に帰ったら、ミコトちゃんにお菓子を作ってあげよう? なのはも一緒に作るから」

「え……なのは?」

「ミコトちゃん、「贅沢は敵だ」って言ってるけど、翠屋のシュークリームは大好きだよね。きっと甘い物は好きなんだよ。女の子だもん」

「う、うん。本人がそう言ってたから……」

「じゃあ、作ってあげようよ。ふぅちゃんが作ってあげたら、ミコトちゃん絶対喜ぶよ。ね?」

「なのは……、うん。約束だよ?」

 

 小指を結ぶ。ゆびきりげんまん。ふぅちゃんの表情は、少しだけ軽くなった。

 こんなことでミコトちゃんの負担を軽く出来るかは分からないけど、これが今のなのはの精一杯。大事なのは「支え合いたい」って思うこと。いつかそれが本当になるように。

 インターバルはおしまい。レイジングハートをデバイスモードに戻す。そして前を向くと、ガイ君がこっちを見てニヤニヤしてた。

 

「……なに?」

「いやいや、ナイス百合シーンごちそうさまってな。やっぱなのは君の……百合を……最高やな!」

「わけわかんない。下手な関西弁使ってると、またはやてちゃんから怒られるよ?」

「おっと、そりゃ勘弁だわ。あの子怒るとこえーんだもん」

 

 同感なの。ふぅちゃんの生活態度を叱ったときはほんと怖かったもん。

 非日常の場での、日常の何気ないやりとり。思わずクスリと笑ってしまう。

 

「さあ、泣いても笑ってもあと15分! 最後まで、全力全開だよ!」

「涙の結末はもう十分経験したよ。わたし達は……笑顔で明日を迎える!」

「おうよ! 可愛い子には笑顔が似合う! そいつのためなら、男の子はどこまででも頑張れるのさ!」

 

 三者三様。だけど皆で同じ方向を向く。前方、皆が戦っている場所。その中央に、「ナハトヴァール」。

 わたし達は再び、射撃魔法による牽制を始めた。ガイ君は、遠隔シールドを使って皆の防御を開始した。

 ……シャマルさんがわたし達を見て微笑んだ。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 ――残り時間が10分となったとき、変化は起きた。

 

「? なんだ、怪鳥の動きが……」

「消えていく……? ! じゃあ、「ナハトヴァール」は!?」

 

 際限なく現れ続けた怪鳥が、突如として動きを止め、溶けるように姿を消していく。召喚魔法が解けた証だ。それはつまり、「ナハトヴァール」が魔法の行使を止めたということ。

 それの意味するところは、「ナハトヴァール」の攻撃性が完全に失われたということ。だから皆、彼女の方を見た。

 彼女は……動かなかった。宙に浮いたまま、微動だにしていなかった。攻撃魔法を使う気配もない。

 しばし、砂漠の風の音だけが耳に届く。先ほどまでの戦いの喧騒が嘘のように静かだった。

 そして。

 

「っ!? まぶしっ!」

 

 「ナハトヴァール」が光り輝く。じっとそちらを見ていたわたしは、そのあまりの眩さに目がくらんでしまった。

 輝きの間、わたしは目を開けられなかった。皆がどうだったかは分からないけど、多分直視は出来なかったと思う。

 やがて輝きは消え、恐る恐る目を開けると……「ナハトヴァール」の姿は消えていた。

 

「あ、あれ? 何処に行っちゃったの? み、ミコトちゃん達は!? 出てきたんじゃないの!!?」

 

 本当に、誰もいない。「ナハトヴァール」も、トゥーナさんも、ミコトちゃんもはやてちゃんも。忽然と姿を消してしまった。

 わたしの心に冷たい何かが流れる。――それを、背後から吹いた風がかき消す。

 砂漠の風でない、清涼で清浄な風。ミコトちゃんが空を飛ぶ時に使う、エール君が巻き起こす風。

 振り返る。そこには、わたし達が心待ちにした姿があった。黒衣となったソワレちゃんを身にまとい、ブレスレットのミステールちゃんを腕にはめ、右手に鳥羽の剣を逆手に持った女の子。

 

「ミコトちゃんっ!」

「遅くなってすまなかった。少々、手間取ってな」

 

 わたしの大事なお友達が、威風堂々と浮いていた。思わず彼女に抱き着く。色々張りつめてたものが一気に噴き出した。

 

「うぅ、み、ミコトちゃぁん! よかった、よかったよぉ! ずっと、ふあん、きえなくって!」

「悪かった。……ついでに言うと、ある意味不安は的中している」

「……ふぇ?」

 

 どういう意味? と聞こうとしたところで、ミコトちゃんがわたしの体を強く引く。一瞬前までわたしがいたところに、紫色の魔法の刃が通過した。

 え、ええ!? なに、なんなの!!?

 

「控えろ、下郎めが! 我が妃に手を出そうなど、分際を弁えよ!」

 

 声のした方……わたしから見て右手側の方を見る。そこには、バリアジャケットを身に纏ったはやてちゃんの姿があった。……はやてちゃん? いや、なんか違う。そもそもしゃべり方が全然違う。

 っていうか、「我が妃」? ミコトちゃんのこと? ……魔導書の中で何があったの!?

 

「誰が妃だ。あなたが勝手に言っているだけの話だろう。オレは誰の所有物でもない」

「その気の強さがまた良い。じっくり我が妃としての自覚を持たせるのも、また一興か」

「……まったく。誰のせいでこの七面倒くさい状況になったか、自覚がないのか? 人に自覚云々を問う前に、まずはそこを自覚してもらいたいものだ」

 

 と、とりあえず「我が妃」っていうのは、この子(この人?)が勝手に言ってるだけで、ミコトちゃんの意志は関係ないみたい。よかった……のかな?

 けど、「この七面倒くさい状況」ってどういうこと? 夜天の魔導書の修復は終わったんじゃないの? そもそも、この子誰?

 なのはの疑問に答えが出る前に、わたし達と彼女の間に一人割って入ってくる。今度こそ、はやてちゃんだった。

 

「くぉら、ディアーチェ! 何好き勝手言っとんねん! ミコちゃんはわたしのお嫁さんやって言うとるやろうが!」

「ふん、本人が否定したではないか。ならば我が妃として迎えてなんの問題がある? うぬにもう用はない、子鴉よ。下がるがよい」

「っああああ、もう! 自分と同じ顔しとるのがまた腹立たしさ倍増やわ! 肖像権の侵害で訴えるで!?」

「え、えっと。はやてちゃん、とにかく落ち着いて。なのは、何がなんだかさっぱりなの」

「……トゥーナ、そこにいるの? どういうことか説明してもらえる?」

 

 シャマルさんも若干混乱しているようで、こめかみに指を当ててトゥーナさんを呼んだ。トゥーナさんの姿はどこにもないみたいだけど……。

 

『……信じられないかもしれないが、"コレ"が「紫天の書システム」の核だ。私も、信じられないというか信じたくないというか……』

「わっ!? トゥーナさんの声がするの!」

「ユニゾンデバイス、だそうだ。彼女は現在はやてと融合し、はやての中で魔法の制御を行っている。……何故黙っていた、ガイ」

「いや、俺はてっきりトゥーナさんから聞いてるもんだと思ってたから。……つーか、ようやく分かったわ。「紫天の書システム」って、「ゲーム」の方か。そら「前の俺」が知らねえわけだわ……」

 

 なんだかよく分からない言葉が飛び交って、なのはは絶賛混乱中です。だ、誰か解説してー!

 

「解説してやりたいところだが、実は割とのっぴきならない状況になっている。後回しだ」

「……修復は、完了したわけではないんですか」

『3割程度は進んだんだが、そこで問題が発生した。そのために「紫天の書システム」の力が必要になったのだが……まさかこんなことになるとは』

 

 トゥーナさんの声が緊張感を持ちながら、どこか気が抜けた感じがして判断に困る。これは、なのはも緊張感を持った方がいいのかな?

 

 どうやら、緊張感を持った方がよかったみたいです。

 

『……ッッッ!!?』

 

 本当に突然、背筋が凍るほどの魔力が、さっきまで「ナハトヴァール」がいた場所から発せられた。それは「ナハトヴァール」の比ではなく、かつて海鳴の海を襲ったジュエルシードの暴走すら小さく見えるほど。

 わたしだけでなく、ふぅちゃんもシャマルさんも、ガイ君も、他の場所の皆もそちらを見る。

 いつの間にか、そこには人型のナニカが浮かんでいた。そのナニカは……今もなお魔力を高めている。限界など存在しないかのように。

 

「あ、あれって一体……」

「あれが、「システムU-D」……「砕け得ぬ闇」だ。信じられないかもしれないが、な」

「う、うそ!? だってあれ、どう見ても女の子だよ!?」

 

 そう。人型のナニカは、年端もいかない少女の姿をしていた。長い金の髪を風にたなびかせ、白い肌には染み一つない。目を閉じ宙に浮き、ただ魔力を高め続けている。

 「魔力を高め続けている」という一点がなければ、とてもじゃないけどあれが「永久機関」だなんて信じようがなかった。

 ……っていうか、なんでそんなものが外に出て来てるの!? 危ないんじゃなかったの!?

 

「この王気取りの賊風情がやらかした。……だからオレは「状況を考えろ」と言ったんだ」

「この程度、何ほどでもないわ。何故なら我はアレを制御できる唯一の存在! そして我にはそれを助ける臣下がおる!」

「簡単に言ってくれますね。私は彼女の意見に賛成したのですが」

 

 空から降りてくるように、また一人の人物が現れる。多分、あの子――ディアーチェちゃんが「臣下」と言った人物。つまりは彼も「紫天の書システム」のマテリアルの一人。

 彼は……髪を赤くしたクロノ君の姿をしていた。ただしその表情は、無というか空虚だった。

 

「"理のマテリアル"シュテルと申します。「天秤座の断罪者(シュテル・ザ・パニッシャー)」。以降、お見知りおきを」

「あ、はい。ご丁寧にどうも……あの、何でクロノ君の姿なの?」

「躯体を作る際に近くの魔法リソースを用いました。私に一番適合した人物が、あなたの言う「クロノ」という人物だったようです」

 

 丁寧に説明してくれるシュテル君。……なんだろう、この物凄い「取られた」感。「理」って言うなら確かにクロノ君は一番ピッタリだと思うんだけど。

 以前受けた説明では、マテリアルは全三基。ディアーチェちゃんとシュテル君と、あと一人。

 

「いーじゃん、久々に暴れられるんだよ! 僕は王様にさんせー! シュテるん、かたく考えすぎだよ!」

「あなたと一緒にしないでください、年中脳筋。……失礼。彼は"力のマテリアル"レヴィ。「鉄拳の破壊者(レヴィ・ザ・グラップラー)」。見ての通り、脳筋です」

 

 物凄く投げやりな紹介をするシュテル君。紹介されたレヴィ君は……やっぱりわたし達の知ってる人物の姿。ユーノ君(筋肉)だった。こちらも髪の色が違って、彼は水色。

 

「……なんだろう、このすごく「取られた」感。彼とは初対面のはずなのに……」

 

 フェイトちゃんもわたしと同じことを感じたみたいです。ほんと、なんでなんだろう……。

 ――後にガイ君から、「別の作品の世界線」で彼らは彼女らで、わたし達の姿を元にした存在だったと聞きました。……何でこの世界では男の子だったんだろう。

 レヴィ君は……多分あまり深く考えてないんだと思う。だから、ちょっと許せない発言をした。

 

「時々防衛プログラムが暴れてるの見てたけど、僕も一度ああいうことやってみたかったんだー。ちょうどいいじゃん!」

「なっ……!」

「失言ですよ、レヴィ。彼女達が夜天の魔導書を復元しようとした意味を考えなさい。……彼の無神経な発言をお許しください。何も考えていないのです」

「ちょっとちょっとシュテるんー、何も考えてなくはないよー。さっきから僕に対してだけ風当たり強くない?」

 

 シュテル君が間をとりなしてくれるので、何とか衝突せずに済む。……ディアーチェちゃんもそうだけど、あまり仲良くしたいと思える相手じゃなかった。

 ……自己紹介をされたのだから(「自己」紹介はシュテル君だけだけど)、こっちも返さなきゃ。

 

「高町なのはです。ミコトちゃんとはやてちゃんのお友達で、小学生兼魔導師です」

「同じく、フェイト・T・八幡。ミコトの妹で、はやての家族。……あんまりよろしくしたくないけど」

「ミコトちゃんは俺らの大事なリーダーなんだ。取らねえでもらえるかな。俺は藤原凱」

「ご丁寧にどうも。それは、我が王の意向次第です。……私としても、彼女のことは好ましく思っております」

 

 「ふふふ」と無表情に笑ってみせるシュテル君。本気なのか本気じゃないのか、よく分からない。

 皆が集まってくる。大体の事情はシャマルさんから念話で聞いたようで、一様に複雑な表情をしていた。

 

「……この者達の意向はともかくとして、今なお魔力を高め続ける……いや、精製し続ける「システムU-D」を止めるために、協力しなければならないのですね」

「その通りだ。不本意は重々承知、オレも同意見だ。だが、やらなければこの世界に爪痕を残すことになる」

「フン! 我の悲願を果たすために力となれることをありがたく思うのだな、愚民ども!」

「なお、この大バカ色ボケ愚鈍無能王が失敗したときは、「アルカンシェル」でこいつごと消し飛ばす。そこだけは心配しなくていい」

 

 「なあ!?」と表情を驚愕に染めるディアーチェちゃん。ミコトちゃん……よっぽどディアーチェちゃんのこと気に入らないんだね。

 

「それが嫌なら、余計なことを考えずに「システムU-D」の制御だけを考えろ。ほら、オレの好感度を上げるチャンスだぞ」

「ぐぬぬ……! よ、よかろう! 事が終わった後には「王様素敵、抱いて!」と言えるようにしてやろう! 楽しみにしているがいい!」

 

 ミコトちゃんはディアーチェちゃんに反応を返さなかった。それはそれでさすがに酷い気がするけど、今回ばかりは何も言わない。自業自得だもんね。

 と、アリアさんとロッテさんが現れる。状況の変化を見て参戦を決意したみたいだ。

 

「……無事でよかったって言いたいところだけど、まだ全然無事じゃないのよね」

「その通り。見ての通りの相手だ。今度こそ、総力戦になる」

「っしゃあ! はやてちゃん達を封印しなくて済むなら、もう気にすることは何もないわ! 全力で潰すよ、アリア!」

「まったく、現金なんだから。……けど、わたしも気持ちは同じなのよね!」

 

 それを号令として、全員が戦闘態勢を整える。わたしも……疲労はあるけど、まだ戦える。ミコトちゃんの力になれる!

 「システムU-D」の瞳が開かれ、魔力が急激に収束する。

 

「……システム「アンブレイカブル・ダーク」、出力増大、現在5%。状況安定のため、戦闘行動を開始します」

 

 ――今度こそ、最終決戦が始まった。




おめでとう! マテリアル娘。はマテリアル息子。に進化した!(白目)
というわけで、シュテルとレヴィの姿が変更となりました。ディアーチェのみは変わらず。一応理由はあります。
まずシュテル。原作ゲームの方ではなのはの姿を取るはずでしたが、このなのはははっきり言って砲撃オンリーの魔導師です。戦闘経験もほぼなし。コピーする意味がほとんどなく、時空管理局執務官として経験を積んだクロノの方が相対的に適合率が高くなってしまいました。
レヴィの方は適合率の問題ではなく(フェイトは普通に強いので問題なく適合します)、本人の趣味趣向です。要するに「凄いぞ強いぞかっこいいぞー!」ということ。
コピー元が異なるため、名前も微妙に違っています。クロノシュテルは殲滅者ではなく断罪者、ユーノレヴィは強さを求めるという意味で破壊者の名を当てました。
可愛いマテリアル娘。を楽しみにしてた方、ごめんなさい。

現在のなのちゃんは単独戦闘出来ない程度に弱いですが、砲撃魔法のレパートリーは多いです(原作以上)。本人も言及している通り、「砲撃魔法が楽しい」という理由で新しい砲撃魔法を開発しているのが原因です。
今回登場した「ディバインバスター・マルチウェイ」以外にも複数個のディバインバスターバリエーションがあります。但し実用性はお察し。
本人の意思が「強くなりたい」ではなく「魔法を楽しみたい」であるために、このようなことになりました。ある意味原作よりも真っ当かな?(トリガーハッピー)

ガイ君のねんがんの新魔法「アイスシールド」は、触れたものを凍結させるシールド魔法です。名称はロマサガ及びミンサガの両手剣「アイスソード」から。なにをするきさまらー!
彼は「シールド魔法しか使えない代わりに、シールドなら発想次第で何でも出来る」ことから、魔力変換系のシールドにも非常に適性が高いです。凍結変換も映像を見せてもらったことで独自に習得しました。
ただ、魔力変換とシールドの親和性がそこまででもないので、使い道は接触反撃程度しかありませんが。それでも彼にとっては貴重な攻撃手段です。

とうとう現出してしまったシステムU-D、砕け得ぬ闇。これこそがA's章最後の敵となります。今度こそラスボスです。フローリアン姉妹涙目(出番なし)
これを制御するために紫天の書を目覚めさせたはずなのに、どうしてこうなったのか。何で王様がミコトを嫁(妃)呼ばわりしているのか。そしてナハトヴァールはどうなってしまったのか。
ちょっとした謎(自明の理)を残したところで、次回に続きます。


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五十一話 最終決戦 その三

今回は戦闘シーンから「決戦!サルーイン(ミンサガ版)」を聞くと臨場感があるかもしれません。



長すぎィ!(普通だな!)


 まずは時間を少し遡ろう。

 

 

 

 

 

 オレがした提案に、ディアーチェはしばし沈黙した。沈黙の後、再び笑い出す。

 

『フハハハハ! 何を言い出すかと思えば! この我に、この魔導書を諦めろと申したか! 片腹痛いとはまさにこのこと!』

「それは「解放したら夜天の魔導書を乗っ取る」という宣言として受け取るが、よろしいか?」

『知れたことを。我らはそのために生み出されたのだ。この魔導書ごと「砕け得ぬ闇」を手に入れ、全てを手中に収める。それが我の、王としての矜持よ』

 

 取引を前にして偽りの回答で誤魔化さない辺り、「王」としての誇りを持っていると感心すればいいのか。それとも堂々と泥棒宣言をすることに呆れればいいのか。盗人猛々しいとはまさにこのことだろう。

 ……まあ、いい。彼/彼女の目的自体はどうでもいいのだ。大事なのはそれを知り、状況をコントロールすることなのだから。

 

「ならばあなたは何も得られないまま、魔導書の中で朽ちる時を待て。利害が一致しない以上、我々があなたの力を借りることも、あなたが我々の力を借りることも能わずだ」

『ほう、いいのか? その様子では、「システムU-D」に手を焼いているのだろう。我なくしては制御出来ぬのではないか?』

「制御しなければいいだけの話だ。多少の被害は出るだろうが、切り離して外部に捨てる。適当な宇宙空間で消滅させれば、再生したとてそう簡単には戻って来れないだろう」

 

 ブラフであるが、彼らの力を得られないときにオレ達が出来る最善策でもある。無限連環再生により完全に滅びることはないだろうが、それでも周辺になるべく被害を出さずに事を収められる。

 闇の王から再び笑い声が消える。オレの言葉が単なるその場しのぎの嘘でないと認識できたか。

 

『……貴様、何を考えている。無限の力を自ら捨てると言っているのだぞ。分かっているのか?』

「そんなものは初めから求めていない。夜天の魔導書の修復も、力を求めるために行っているわけではない。平穏な日常に戻るために、無差別な破壊を食い止めているに過ぎない」

『ハッ! 無限の力を持つ魔導書に、平穏な日常だと? そんなものが本当に可能だと思っているのか』

「可能にするために修復している。それとも闇の王は不可能を証明することも出来るのか?」

『歴史が証明しておるわ。力を持つものの周りには人が集まり、それを求めて争いを起こす。醜い人間の争いを、書を通して何度も見てきたわ』

「オレは不可能を証明できるのかと聞いている。争いが起こることを証明しろなどとは言っていない」

 

 事実として、ディアーチェの言っていることは理解出来る。たとえ今修復出来たとしても、遠い未来でオレ達の寿命が尽きた後に、それでもトゥーナ達が保護されるとは限らない。また同じことが起こるかもしれない。

 だがそうではないかもしれない。か細い可能性ではあるが、未来はいつだって不確定なのだ。そうなることを否定出来るのは、それが過去のものになってからだ。

 つまり今の時点ではどの未来も否定することが出来ない。彼/彼女の語る未来も、オレ達の望む未来も、等しく起こり得るのだ。

 

「もしここで不可能だと断ずるなら、あなたは未来の不確定さを理解出来ない狭量な王であることを証明することになる。よく考えて発言することだ」

『……口の減らぬ小娘だ。だが、少し貴様に興味が湧いた。光栄に思うがいい』

「それはどうも。話を戻させてもらう。あなた方の力を借りられずとも、被害を度外視すればやりようはある。その上であなたに交渉を持ちかけていることを、まず理解していただこう」

『はったり……ではないようだな。貴様からは「やると言ったらやる」スゴ味を感じる。……ならばもし、我らが解放された後、約束を反故にして魔導書を乗っ取ったとしたら、どうするつもりだ?』

「あなたがそんな狡い手を使うとは思えないが……そのときは、あなた方から魔導書を奪い返すまでだ。あなた方を消滅させてでもな」

 

 またしても闇の王は笑った。だが今度は先ほどまでと意味合いが違う。単純な愉悦の笑いだった。

 

『クハハハハ!! 魔導の才を持たぬただの娘が、ここまでの胆力を備えているとはな! いい! 実にいい!気に入ったぞ、娘!』

「もう一度名乗ろう。八幡ミコトだ。小娘でも娘でもない」

『ならば我も、そちに敬意を込めてもう一度名乗ろう。我こそは闇統べる王、ディアーチェ。ロード・ディアーチェだ』

 

 交渉相手と認められたと見ていいだろう。そうなれば、後は早いはずだ。

 

「こちらからあなた方に提示できる条件は、書からの解放と「システムU-D」の所有権のみ。夜天の魔導書は既にオレ達にとって重要なものだ。手放すわけにはいかない」

『ふむ。我らとしては闇の書……否、夜天の魔導書も手中に収めたいところではあるが、それでは取引は成立せぬということか』

「理解が早くて何よりだ。あなたはここから解放されたくて、はやてに自身の存在をアピールしたのだろう」

『一縷の望みをかけて、だったがな。この様子では、子鴉ではなくそちが主導となって我らの存在を突き止めたようだな』

「っていうか、わたしが王さんのこと思い出したの、ここに来てからやで。もうちょい記憶に残るアピールしてくれへん?」

 

 「なん……だと……?」と驚愕するディアーチェ。一縷の望みと言ったくせに、割と自信はあったようだ。それではただの慢心だろう。

 まあ、別にいいが。彼/彼女ではなく、「システムU-D」の方が強烈に"アピール"したおかげで結局は辿り着いたのだから。ディアーチェの空回りなどどうでもいい話だ。

 

「まだ答えを聞いていない。それで、どうする?」

『……いいだろう。そこが落着点のようだ。それに今は手に入れられずとも、後々我が手中に収めればいいだけの話だ』

「言い忘れていたが、手出し禁止の期限はなしだ。もし夜天の魔導書を乗っ取ろうというそぶりを見せたら、その時点で消滅させる。覚えておいていただきたい」

『ぐぅ、しまった……』

 

 こっちがその程度を考えていないとでも思ったのか。甘いわ。

 ともあれ、首輪を付けることには成功したようだ。ミステールと念話を繋ぎ、解放作業の指示を出す。

 少しの間があってから、彼らの周囲でパキンと何かが弾ける音がした。「紫天の書システム」が「ナハトヴァール」の檻から解放された証だ。

 紫色の光の向こうで弱弱しく輝いていた二つの光――紅蓮と水色が強さを増す。「起きた」のだろう。

 

『ふわあぁ~……あー、よく寝た。あ、王様おはよう!』

『起き抜けに叫ばないでください、頭に響きます。……ああ、私達に頭はありませんでしたね』

『情けない臣下どもだ。客人の前だぞ、もう少しシャキっとせんか』

 

 やはり、どちらも男性とも女性ともつかぬ声だった。ただ、青の方は年少のイメージがあり、赤の方は歳経た印象を醸し出す落ち着いたものだった。

 大体の関係性を理解する。正直、交渉するなら赤マテリアルの方がよかったと内心嘆息する。

 ディアーチェの「客人」という言葉を聞き、青マテリアルの方がオレ達の周囲を飛び回る。

 

『うわー! こんな場所に人がいる! すごいすごい! こっちの子、人形みたいで超可愛い!』

『こら、レヴィ! その娘は我のものだ。勝手に手を出すでない』

「ちょっと待て、オレはあなたのものになった覚えはないぞ。勝手なことを言わないでもらいたい」

「そうやで! ミコちゃんはわたしのお嫁さんや! あんたなんかに渡すかいな!」

 

 妙なことを言い出したディアーチェに対抗するはやて。だからそんな事実はないと。

 

『なぬッ、そうだったのか!? その歳にして伴侶持ちとは、侮れぬ……』

「違う。はやては「相方」だと最初に言ったはずだ。そういう間柄ではない」

『相方……漫才等のパートナーを意味します。芸人の方でしょうか』

「ちゃうわ! 赤さん天然系かいな!?」

『私の名は「シュテル」と申します、夜天の主殿』

 

 紫がリーダーでシステムの核となる「ディアーチェ」、青が実働担当の「レヴィ」、赤が参謀の「シュテル」。推測するに、そういう役回りだ。

 これで「紫天の書システム」は解放したのだ。いい加減働いてもらいたい。……本当にこいつらに任せていいのかという疑念は尽きないが。

 まあ、キャラクターは性能に関係ないのだろう。多分。きっと。そこはかとなく。

 

「久々の他人でしゃべりたくなる気持ちは仕方ないかもしれないが、そろそろあなた方を解放した目的を果たさせてもらおう。あまりこの場に長居できるものでもない」

『まあそう急くな、ミコトよ。我が妃となる者ならば、もっと余裕を持たねばな』

「誰がなるか。……オレ達が脱出しなければ、あと20分ほどで書の凍結封印が始まる手筈になっている。巻き込まれたいというならゆっくりしてもいいが」

『な、何だと!? 中にそちらがいるのにか!?』

「そういう作戦だ。ちなみにオレもはやても納得してここにいる。犠牲になる気はさらさらないがな」

 

 ようやく危機感が出てきたディアーチェ。……最初からこうしておくべきだったか? いや、さっきの段階でそれは危なかったな。逆に足元を見られる可能性があった。これが最善だ。

 

「書とともに氷漬けになりたいなら、ゆっくり茶でも飲んでろ。それが嫌なら急げ」

『そ、そうは言うが!』

『その前によろしいでしょうか、お妃様』

「……、……なんだ」

 

 突っ込みたかったが、突っ込んだらまた時間を消費する。ぐっとこらえてシュテルの先を促した。

 

『このままだと我々は書の外部で活動が出来ません。「システムU-D」を外部に運び出すためにも、躯体を作る時間をいただきたく存じます』

「……確かに、それは必要だ。分かった、だが早くしてくれ」

『御意に。……このデータがよさそうです。躯体、構築』

 

 シュテルの赤い光が書の中の魔力を吸収し、人の形を成す。……中々派手にやらかしているが、大丈夫だろうか。「ナハトヴァール」に感づかれないか?

 まあ、ここまで自由に行動出来ているということは、外でシャマル達が頑張ってくれているのだろう。戻ったらねぎらってやらねば。

 

「……躯体構築、完了。"理のマテリアル"「天秤座の断罪者(シュテル・ザ・パニッシャー)」。稼働、開始」

 

 シュテルが構築した躯体は、クロノの姿だった。髪が赤になっているのは、シュテルのパーソナルカラーが現れているのだろう。

 ……妥当なところか。勝手に姿を使うのはどうかと思うが、「参謀」としての判断は間違っていない。

 

「さあ、レヴィと王も急いでください」

『おー、シュテるんかっこいい躯体選んだね! じゃあ僕も、凄くて強くてかっこいい躯体にするぞー!』

『こ、こら! 何故うぬらが先に躯体を作っている! こういう場合は王たる我が……』

 

 皆まで言わせず、レヴィは「へんしーん!」と掛け声を出し、躯体を構築した。……もたもたしてるからだ、愚か者め。

 レヴィの躯体は……見た瞬間、頭が痛くなった。何故よりにもよって"コレ"を選んだのか。

 

「ふふふ、どうだー! 凄くて強くてかっこいいぞ、僕!」

「見事な肉体美です。"力のマテリアル"に相応しい姿ですね」

「おー! "力のマテリアル"「鉄拳の破壊者(レヴィ・ザ・グラップラー)」! 僕より強い奴に会いに行く!」

 

 筋骨隆々の少年。つまりはユーノの姿だ。髪の色だけが違い、水色になっている。シュテルはまだイメージを離れていないが、彼はユーノの性格と違い過ぎる。違和感が酷い。

 ちなみにこの躯体を選んだ理由というのが、「筋肉=強い=かっこいい」という連想だったそうだ。……彼については、考えるだけ無駄なのだろう。脳筋だから。

 最後に残った闇の王、ディアーチェ。彼/彼女は、自身の部下が先走ったことに大層腹を立てていた。

 

『だから何故我を後回しにする! うぬらリソースを食い荒らし過ぎだ、この……バカ者ども!』

「えー。王様がもたもたしてるのがいけないんじゃーん」

「文句を言うぐらいなら、解放された直後に躯体を作ればよかったのです。相変わらずウスノロなんですから」

『ウスノ……!? シュテル、貴様今我のことを侮辱しなかったか、おい!?』

「してませんよ。いつでものんびり出来てうらやましいなぁと言ったんです。ふふふふふ」

『んがあああああ!?!?』

「コントは後にしろ、大バカ者どもが。時間がないから早くしろともう一度言わなきゃ分からんのか、ええおい?」

 

 さすがにイライラしてきたので、言葉で急かした。そこまで怖くしたつもりはなかったが、レヴィが怯え、シュテルがその場で平伏した。……妙な力関係が出来上がりつつある気がする。

 

『うぅ、リソースがあまり残っておらん……近場で妥協するしか……ええい、仕方あるまい!』

 

 わずかな葛藤の後、やはり氷漬けは嫌だったようで、ディアーチェは躯体を構築した。

 紫色の光が人型となり、質感を持つ。現れたその姿は……髪色が銀になったはやてだった。それを見て、オレもはやてもちょっと顔をしかめる。

 

「……本当はミコトに見合うだけの男を構築したかったが、致し方ない。今はこの貧相な姿で我慢、して……」

 

 不機嫌を露にしたディアーチェは、突然言葉を区切り、自分の股間に手をやる。そしてわなわなと震え出し。

 

「子鴉、貴様……女じゃないかッ!」

「はぁ? 今更何言うてん。どっからどう見ても可愛い女の子やろが」

「ミコトを嫁などと言い出すから、てっきり女装趣味の男かと思っておったわ! これではミコトを妃に出来ないではないか! どうしてくれる!?」

「知るかァ! あんた、失礼にも程があるわ! 貧相言うたり男言うたり、あんたの都合なんか知るかいな!」

『あ、主……どうか落ち着いて……』

 

 ため息が出た。これはもう、許されるよな。

 オレは口ゲンカを始めた二人にツカツカと歩み寄り、二人の頭に拳を叩き落とした。

 

「あだぁ!?」

「いたっ! み、ミコちゃん?」

「いい加減にしろよ、バカども。これで三回目だ。ぐだぐだやってる時間はないんだよ」

「み、ミコちゃん……ごめん……」

 

 自分でもついヒートアップしてしまったことが分かっているはやては、シュンとなった。……ちょっと言い過ぎたかもしれないけど、本当に時間がないのだ。

 ディアーチェは……まだ納得がいっていない顔だった。それでもオレの言い分は分かるからか、何も言ってこなかった。……少し悪いとは思うが、注文をさせてもらおう。このままではオレの精神がもたない。

 

「……ディアーチェ。その髪留めは取ってくれ。正直不愉快で仕方がない」

「髪留め? ……このペケ印のことか。これがどうした」

「それはオレとはやての絆の証だ。何も理解していないあなたに付けてもらいたくはない」

 

 彼女ははやての姿をコピーしたため、髪留めまで同じだった。だけどオレも付けているこれには、二人の想いがつまっている。形だけの模造品など、見ていてイラつくだけだ。

 事実、ディアーチェは何も理解出来ていない。「こんな安物の何が大事なんだか」と言いながら、髪留めの部分を消した。

 欲を言うならば、はやての姿もやめてもらいたいところだが……今はそれを望むべきではない。これ以上無駄な時間を費やすわけにはいかないのだ。

 

「準備が出来たなら行くぞ。……はやて、頼む」

「むー。色々納得出来てへんけど……時間、ないもんな。我慢するわ」

「こちらの台詞だ。まったく、何が悲しくてこんな貧相な娘のボディを使わねばならんのか……」

 

 ぶちぶち言い出したディアーチェを無視し、オレ達(彼女を除くマテリアルも)は空を飛び「システムU-D」のある場所へと向かった。しばらく経ってから、慌てたディアーチェが追い付いてきた。

 

 

 

 先ほどの場所へと戻ってくる。やはり、オレの目には何も見えない。はやての目にも、トゥーナにもだ。ミステールのみ、修復の感触として知っている。

 だが対「システムU-D」の制御プログラムとして作られた「紫天の書システム」には、その存在を間近に感じられたようだ。

 

「おお……感じる! 感じるぞ! 震えるほどの暗黒を! 我が求めた忌まわしき無限連環機構が、すぐそこにあるぞぉ!」

「やかましい。悲願を目の前にしてテンションを上げるのはいいが、ちゃんと制御できるんだろうな?」

「ふん、今更何を! 我は「砕け得ぬ闇」を制御するための存在ぞ! 誰に物を申しておる!」

「ディアーチェとかいう人の話をまともに聞くことも出来ないド阿呆に、だ。シュテルに交代できないのか。彼の方が安心できるのだが」

「な、何故だミコト!? 我はそんなに頼りないというのか!? やはりこのボディなのか!? ちんちくりんなのがいけないのか!!?」

「やっかましいわ! 誰がちんちくりんや! ミコちゃんよりは身長あるわ!」

「重ね重ね我が王がご迷惑をおかけして申し訳ありません。……謝罪ついでに、「紫天の書システム」の核である紫天の書は、王にしか使用できません。私も代われるものなら代わりたいのですが」

 

 またしても口ゲンカを始める二人を無視し(はやてには悪いが余裕がない)、シュテルの応答を聞く。やはりコレに頼らなければならないのか。……不安だ。

 不安の原因というのは、ディアーチェの頼りなさもそうなのだが、何よりもこいつの「斜め方向に突き抜けた感じ」がヤバい。首輪はつけたが、それだけでは不十分だったかもしれない。

 今一番怖いのは、「制御不能な予想外」が起こることだ。時間的余裕がないこの状況では、それが発生した時点で現段階での修復を諦めなければならない。

 無論のこと、そうなったらそうなったで「ナハトヴァール」を分離・打倒してから修復を行えばいいだけなのだが、その「ナハトヴァール」に「システムU-D」がくっ付いている状態なのだ。何が起こるか分からない。

 だからこそ「システムU-D」を唯一制御できるディアーチェに頼らざるを得ないのだが、そのディアーチェが別の予想外を発生させそうだというのだからタチが悪い。

 本当に、開発者はなんでこんな性格設定にしたんだか。

 

「なら仕方がないか。おい、そこの大バカ愚鈍王。油を売るのはその辺にして、ここに来た目的を果たしてもらおうか」

「大バカ愚鈍王ってなんだ!? ……ま、まあよかろう。ミコトだから特別に許す。して、我が「砕け得ぬ闇」を制御するとしても、まずはこの厳重な隠ぺいを解いてもらわねばな」

「それだけならば私でも可能です。しばしお待ちを……「ルシフェリオン」」

 

 シュテルが手にするデバイス(ルシフェリオンという名前らしい、形はS2Uにそっくり)が宝玉部分を明滅させ、辺りを覆う闇を歪ませる。

 歪みは収束していき、球体を形成する。一際濃い闇色の部分が、恐らくは「システムU-D」が隠れている部分なのだろう。

 空間の幕が、一枚一枚はがれていく。闇は、だんだんと明るい色彩を映し出していった。そして最後の一枚がはぎとられ、ようやく「システムU-D」の姿が露となる。

 ……オレにとってもはやてにとっても、マテリアルズにとっても予想外であった、「システムU-D」の姿が。

 

「こ、これは……人間型、だと? 「砕け得ぬ闇」が人の姿をしているなどとは聞いておらぬぞ!!?」

「どういうこと、なのでしょうか。お妃様は、何か詳細を?」

「……知らん。資料にもそこまでのことは書いてなかった。長い歴史で欠落したのか、それとも製作者が意図的に隠したのか……」

「この子、本当にプログラムなんかな。……なんや、キナ臭くなってきたわ」

 

 はやての言う通りだ。これは、プログラムであるようには思えない。ヴォルケンリッターやトゥーナ、マテリアルズとは違い、最初から人の――少女の姿をしている存在だ。

 緩くウェーブのかかった長い金髪。深窓の令嬢を思わせる白い肌。身に纏う白を基調としたフリルのついた衣装が、眠る少女のあどけなさを演出する。

 もし「システムU-D」が年端もいかない人間の少女に「エグザミア」を埋め込んで構築されたシステムだったとしたら、その事実を隠ぺいされる可能性は十分にあるだろう。……なんだか、嫌な感じだ。

 

「ねー。「砕け得ぬ闇」の起動、まだ終わらないのー?」

 

 レヴィの何も考えてなさそうな声で現実に引き戻される。……今は考察をしている時間ではなかったな。

 ちなみにそのレヴィだが、さっきから倒立やらバク宙やらをして遊んでいる。実行戦力である彼は、防衛プログラムの目が外に向いている現状ではすることがないのだろう。

 

「そうだった。少々予想外ではあったが、やることに変わりはない。ディアーチェ、やるからにはきっちりとやれよ」

「わ、分かっておるわ! ちょっとびっくりしただけだ! ……、よし」

 

 彼女は手にした紫色の魔導書――紫天の書を開く。右手に持った杖状のデバイス(はやてが持つものと酷似)を「システムU-D」の本体の胸元に向けた。

 そのまま深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。何のかんの言いながら緊張している辺り、実は小心者なのか。いや、ただ集中するためとも考えられるか。結局よく分からない。

 待つことしばし。そして彼女は「システムU-D」の制御を――始めなかった。

 

「ミコトよ。始める前に、その……ほっぺでいいからチューしてくれんか?」

「寝言は寝て言え。真面目にやらんか、大バカ色ボケ愚鈍王」

「増えた!? い、いや、しかしだな。やはりご褒美があった方が励みになるというか、我もやる気が出ると思わんか?」

「報酬なら先に提示した。今更条件を変えるつもりか? それでは王の器が知れるぞ」

「王、私からも提案します。これ以上お妃様の好感度を下げる前に、「砕け得ぬ闇」の制御を実行した方がよろしいかと」

「う、うぅ、だがなぁ……」

 

 先ほどまでの不遜な態度は何処へやら。今の彼女は駄々をこねる少女以外の何者でもなかった。……もしかしたら、はやての体をコピーした際に思考が影響を受けたのかもしれない。

 だがしかし、それで手心を加えるわけでもない。この手合いは一度甘い顔をしたらつけあがる。強気の対応を取り続けなければならない。女の子の唇はそんなに安くないのだ。

 

「状況を考えろ。もう時間がないと何度も言っている。あと10分だ」

「ちゅーかミコちゃんにチューしてもらおうとか、いくらなんでも調子に乗りすぎやわ」

「ええい、さっきから黙って聞いていれば好き放題言いおって! 貴様に言われる筋合いはないぞ、子鴉!」

「やかましゃあ! ミコちゃんはわたしの「相方」や! わたしが認められんような相手にミコちゃんの唇やれるかい! 大体、どの辺が黙ってたんや! ピーピー喚いとったやないか!」

「あの、お二方。本当に、その辺にしておいた方が……」

 

 シュテルが止めるが二人は聞かない。……ディアーチェは論外だが、はやてもはやてだ。何故こうも彼女に突っかかってしまうのか。姿をコピーされたからだろうか。

 ともかく、ディアーチェは何度時間がないと言えば理解出来るのだろうか。もう数えるのも嫌になってきたぞ……。

 仕方ない、また実力行使で言うことを聞かせよう。――そう思ったときだった。

 

 突如として、夜天の魔導書の中が揺れ出す。これまで外での戦闘の影響が一切なかった魔導書の中に、空間そのものを揺らしたような震動が伝わってきたのだ。

 

「な、なんだ!? 一体どうしたというのだ!」

「……王。大変残念なお知らせです。「砕け得ぬ闇」が起動暴走を起こしました。隠ぺいを解いたのにしばらく放置してしまったのが祟ったようです」

 

 シュテルが無感情・無表情で状況を告げる。だが彼の目だけは、間違いなくディアーチェを蔑んでいた。……オレも同じ気持ちだ。こうならないためにこいつらに助力を求めたというのに。

 今になって慌てだしたディアーチェが、再び「システムU-D」の制御に向かおうとする。が、「システムU-D」はそれを拒絶するかのように、黒い闇の中に包まれてしまった。……これで完全に制御不能だ。

 

「おい、この大バカ色ボケ愚鈍無能王。どうしてくれるんだ、ええおい」

「お、落ち着くのだミコト! ま、まだ万策尽きたわけでは……」

「いえ、万策尽きました。残り時間内に「システムU-D」を止めて制御プログラムを打ち込む術はありません。ああ、防衛プログラムも取り込み始めたようです。全部あなたのせいですね、この大バカ色ボケ愚鈍無能王」

「ぬああああ!?!?」

 

 事態はどんどん悪化していく。もう、オレ達に出来ることは一つしかなかった。

 

≪……ミステール。こうなったら仕方がない。「システムU-D」を書から切り離してくれ≫

≪それしかないか。じゃが、かなりごっそり行くことになるぞ。トゥーナにどんな影響が出るか……≫

≪構いません。主達を危機に晒すぐらいならば、多少の傷は厭いません。やってください、ミステール≫

≪……分かった。ぬしの覚悟、しかと受け取ったぞ!≫

 

 ミステールに指示を出し、因果操作による修復……否、システムの切り取りを行う。膨れ上がる黒い闇が空間ごと削り取られ、その向こうに明るい光が現れた。外の空間へとつながる出口だ。

 

「こちらでシステムの切り離しは行わせてもらった。取引は続行だ。一緒に外に出てもらう。「システムU-D」の暴走を止め、その後制御を行う。……今度ミスしたら二度と口を聞かんから、そのつもりでいろ」

「了解です、お妃様。行きますよ、ディアーチェ。次にお妃様の御不興を買う真似をしたら、私があなたを焼きます」

「うぬは誰の臣下なのだ!?」

「わーい! 久々の外だー! いっちばんのりー!」

「……はあ、頭痛い。どうしてこうなったんやろな」

 

 それはオレも知りたかった。

 

 

 

 

 

 何が悪かったと問われれば、一言では言い表せないだろう。

 「紫天の書システム」に期待しすぎた。ディアーチェに舐められないためにやり過ぎた。「システムU-D」がここまで不安定だとは想定していなかった。余計なことで時間をかけ過ぎた。などなど。

 先ほどはついディアーチェに当たってしまったが、最終的にオレの責任に行きつくことは理解している。方針を立てたのは他でもないオレなのだ。

 それでもどうしても思ってしまうのだ。「ディアーチェがもう少し真面目だったら、こうも七面倒くさい状況にはならなかった」と。

 

≪陣形「ディフェンシブスフィア」。絶対、迂闊に手を出すな≫

 

 対象を取り囲む防御陣形。全員が防御態勢となることで守りを固める「見」の陣形だ。まずは「システムU-D」の攻撃範囲と方法・威力を知らなければならない。

 連携訓練に参加していなかったクロノ達は、自分達の判断で防御を固めることにしたようだ。対照的にマテリアルズは攻めの姿勢。

 ――ここまで、マテリアル達に召喚体の存在を教えることはしていない。特にディアーチェがあの性格なので、信用に値しないのだ。

 だから、ミステールの念話共有も彼らには行っていない。ある意味、彼らがいるからこその「ディフェンシブスフィア」と言ってもいいかもしれない。

 

「行くぞ、シュテル、レヴィ! 何人たりとも、我らの覇道の邪魔はさせぬ!」

「おー! スーパーでスペシャルな僕のパワー、見せてやるぜー!」

「御意。……皆様に「よく御観察ください」とお伝えください」

「……気を付けて行けよ、シュテル」

 

 シュテルのみはオレ達の意図を理解していたようだ。苦労をかける。……彼はディアーチェの臣下のはずなんだがな。

 先陣を切るのはレヴィ。他二人とは違いデバイスを展開せず、肉体一つで戦うつもりらしい。元となったユーノにそんな経験はないはずだが。

 

「いっくぞー! 雷神拳!」

 

 パチパチと水色の火花を散らす魔力。どうやら彼は電気変換資質を持っているようだ。……本当に、何故ユーノを元にした。フェイトの方が適合率が高いんじゃないのか?

 火花を拳に纏い、「システムU-D」に叩き込む。しかしそれは彼女に届くはるか前で、見えない壁に阻まれ弾かれた。かなり分厚い障壁みたいだな。

 

「次は私です。……フレイムスロワー!」

 

 一方シュテルは、遠距離からの射撃魔法。彼の方は炎熱の変換資質か、もしくは炎熱変換プログラムを習得しているのか。彼の場合はどちらでもあり得そうだ。

 彼の攻撃は、攻撃というよりは障壁の形をはっきりとさせるためのものだ。複数個の炎の塊を異なる方向からぶつける。……本体を中心に、半径1.5m程度。やはり、分厚い。

 そして最後は、彼らの王。ロード・ディアーチェによる砲撃。

 

「温いぞ貴様ら! 攻撃とはこうやるのだ! 黒竜波!」

 

 デバイスから放たれる黒の衝撃波。……察するに、彼女の魔法は夜天の魔導書に記録されたものを元にしているのだろう。リソースが足りないと言っていた割には、結構余裕があったようだ。

 砲撃は障壁にぶつかるとともに、周辺を飲み込む黒い渦へと変化した。近くにいたレヴィが巻き込まれたようだが……退避しろよ。

 渦にのまれ、「システムU-D」の姿は目視で確認できなくなる。が、確認するまでもなく通用していないだろう。あれは多分、ただの力押しでどうにかなる相手ではない。

 

「っぺっぺ! ちょっと王様ー! 僕まで巻き込むなよー!」

「近くにおったうぬが悪い。それに、"力のマテリアル"ともあろう者があの程度の余波でどうにかなるものかよ」

「……まだ油断してはダメですよ、レヴィ、王」

 

 脳筋のレヴィは別としても、リーダーであるディアーチェに隙が多すぎる。紫天の書が非常に高性能であることは分かったが、過信していると言っていいだろう。

 特に今回の相手は、「無限連環機構」などという化外の存在が相手なのだから。過信は、命取りとなった。

 渦の中から黒い爪のような刃が伸びてくる。まずレヴィが腹部を貫かれ、大きく投げ飛ばされた。進行方向にいたアルフがそれをキャッチ。

 反撃は当然、シュテルとディアーチェにも及ぶ。警戒を続けていたシュテルがディアーチェのそばに飛び、ラウンドシールドを展開して防御した。

 

「……かふっ」

「レヴィ、シュテルっ!? ……おのれぇ!」

 

 闇色の爪はあっさりとシールドを貫通し、シュテルにも突き刺さった。彼が身を挺してかばったおかげで、ディアーチェは無傷で済んだようだ。

 ……攻撃範囲も、かなり広い。どうやら背後に浮かんでいる赤黒い二つの球体が、形を変えて攻撃を行うようだ。射程は最低でも20mで、360°全方位を薙ぎ払えると見ていいだろう。

 近付くことは危険だ。まずは遠距離から攻撃するしかない。

 

≪なのはと管理局組は遠距離から砲撃を行ってくれ。フェイト、シグナム、恭也さん、ヴィータは、引き続き「見」で奴の攻撃を見切ってもらいたい。シャマル、彼らの治療を行ってくれ。他は全員防御≫

≪『了解!』≫

 

 はっきり言って、この攻撃で障壁を破ることは不可能だ。まずは近接組が安全に攻撃に移るための土壌を作る必要がある。全てはそこから。

 砲撃が始まる。何発かは障壁に命中するが、「システムU-D」はびくともせず、ただ砲撃の方向を見ていた。

 ディアーチェが戻ってくる。シュテルに肩を貸し、彼の方は腹部を抑えている。……血が流れないあたり、肉体を完全にエミュレートしているわけではないようだ。やはりヴォルケンリッターとは違う。

 それにしても、何のかんの言いながらディアーチェは臣下のことを大切に思っていることが伺える。慢心と色ボケさえどうにかしてくれれば、こちらもストレスがたまらずに済むのだが。

 

「大丈夫か、シュテル」

「はい。私達はプログラム故、肉体的な損傷自体はさほど問題になりません。……痛みは別ですが」

「無理をするでない、シュテル! 今我の魔力を分け与えて……」

「その必要はありません。この程度なら、自力で修復できます」

「シュテルの言うことを聞いておけ。あなたには重要な役割がある。大局を見誤るなよ」

「っ……くっ!」

 

 ディアーチェは己の浅はかな判断を悔やんでいるようだが……オレも彼らを捨石にするような判断をしている。何を言えるものでもないだろう。

 ただ目的を達することだけを考えるべきだ。何とかして「システムU-D」の活動を停止させ、ディアーチェに制御プログラムを打たせる。それが今の目的。

 だから、ディアーチェを消耗させるようでは本末転倒なのだ。

 

「お待たせしました、ミコトちゃん! 今その子も治療します」

 

 レヴィの治療に向かったシャマルが戻ってくる。回復したレヴィは、性懲りもなく「システムU-D」に吶喊していた。……彼については自己修復任せでよかったかもしれない。

 ディアーチェとシュテルの足元に、翡翠色のベルカ式魔法陣が展開される。シャマルの治療魔法なのだが、ディアーチェは警戒しているようだった。

 

「……どういうつもりだ、守護騎士。何故我らを助ける」

「協力するという話だったでしょう。……あなた達が夜天の魔導書を乗っ取るつもりだったこと、気にしてないって言ったら嘘になるわ。でも……あなた達だって、過去の主の被害者だもの」

 

 シャマルは分かっている。彼らが「人の都合で生み出され、振り回された存在」であることを。同じ「ナハトヴァール」の被害者であることを。

 だから、思うところを飲み込み、オレの指示に従ってくれている。命令をすれば従わせることは出来るだろうが、あくまで彼女達の意思で、判断で、従ってくれているのだ。

 シャマルは治療を進めながら、「システムU-D」を見る。レヴィは爪を回避したが、拳のようなものを避けきれず殴り飛ばされた。彼が頑張ってくれているおかげで、砲撃部隊は攻撃を受けていなかった。

 

「あの子も同じ。あの子だって、好きで夜天の魔導書に沈められたわけじゃない。誰にも扱えなかったから、保管場所として夜天の魔導書が選ばれただけ。……出来ることなら、日の当たる場所で過ごさせてあげたい」

「お優しいことだな。それで我らが心打たれ、夜天の魔導書を諦めると思ってのことか?」

「そもそも夜天の魔導書に手を出すのは契約違反だがな。闇の王は物忘れがひどいと見える」

 

 「うぐっ!?」と呻くディアーチェ。よく考えて発言しろ、バカ者が。

 シャマルは、しかしディアーチェの言葉に、首を横に振る。

 

「ただわたしが満足したいから。そうやって、ここまでの長い旅路が無駄じゃなかったって納得したいから。「わたし達の都合」なのよ」

 

 「ね?」とオレに微笑みかける。……ああもう、オレの周りはお人好ししかいないのか。わざわざオレに確認を取るな。

 

「こうなってしまったからには、全部助ける。夜天の魔導書も、「紫天の書システム」も、「システムU-D」も。その方がいっそ手っ取り早い」

「……ということ。それに、主の命に従うのは騎士の誉れなのよ」

 

 ディアーチェは、信じられないものを見るような目でオレ達を見た。オレの滅茶苦茶な発言にか、それとも守護騎士がオレを主としていることにか、それは分からない。

 ベルカの魔法陣が消える。シュテルの治療が完了したようだ。彼はディアーチェから離れ、一人で浮かんだ。

 ディアーチェは……笑った。豪快に、オレを認めたときのように。

 

「クハハハハッッ!! 我が目に狂いはなかったようだ。否、我が思っていたよりもはるかに大きな器だった。ミコトよ、そちは何者なのだ?」

「ただの小学生だ。魔導の力はなく、戦えるだけの力も持たず、小賢しく考えることしか出来ない……それで夜天の魔導書に「もう一人の主」と認められただけの、ただの小学生だ」

「それは最早「王」の在り方よ。ショウガクセイが何かは知らぬが、卑小なる民草とは比するべくもない。よかろう、我が「盟友」よ。今は貴公に従おう」

 

 オレの扱いがコロコロ変わる。忙しい奴だ。だが、期間限定でも従ってくれるというなら、助かることに間違いはない。有効活用させてもらうまでだ。

 

「よろしい。それでは早速だが、あなたの配下に危険な役回りを担ってもらおうか」

「……やってくれるか、シュテル」

「是非もなく。王のため、お妃様のためならば、喜んで捨石になりましょう」

 

 初めからオレの言葉に従っていたシュテルだが、もしかしたらこうなることを予見していたのかもしれない。だとしたら、とんだ食わせ者だ。

 だが、一つだけ言わせてもらおう。

 

「布石にはするが、捨石にする気はない。オレの「チーム」を侮らないでもらおうか」

「……ふふふ。失礼致しました」

 

 ――君の行動は十分に見させてもらったぞ、「システムU-D」。そろそろこちらも攻撃に移らせてもらおう。

 

 

 

 ディアーチェに念話で指示を出させ、レヴィに内容を通達する。彼に与えた指示は単純明快、「周りは気にせず死ぬ気で殴れ」。

 彼はユーノを元にしたためか、それとも元のプログラムが実行担当だからか、かなり頑丈な作りになっているようだ。先ほどの治療も、シャマルはほとんどやることがなかったと言っていた。

 刺されても斬られても殴られても、数秒後には何事もなく吶喊している。これで、「システムU-D」が持つ攻撃手段の一つは潰せている。

 彼女が持つ黒球は二つ。つまり、同時に攻撃出来る対象は二つまで。そのもう一つを、シュテルに埋めさせる。

 

「私はこちらですよ、「砕け得ぬ闇」。バスターフレア!」

 

 炎熱の砲撃が「システムU-D」の障壁を叩く。オレは魔力が感じられないから威力は分からないが……見た目クロノのブレイズキャノンと同等程度か。かなり頼もしいな。

 それでも障壁を破るには至らない。可視化されていないことから、実体ではなくエネルギー性の障壁と思われるが、相当な高出力だ。無限連環機構により生み出された余剰エネルギーなのだろうか。

 「システムU-D」の目がシュテルを捉える。左の黒球が形を変え、シュテルを迎え撃つ槍となった。

 今だ!

 

≪連携発動! コード「アタックチェーン」!≫

 

 オレの号令を受けて、近接攻撃組が動く。「システムU-D」へと向けて、別々の方向から一斉に襲い掛かった。

 まず最初に攻撃したのは、フェイト。

 

「やあっ!」

『Scythe slash.』

 

 すれ違いざまの一閃。魔力の刃が障壁をひっかき、火花を散らす。次いで、恭也さん。

 

「御神流・斬徹!」

 

 斬撃と衝撃の合わせ技。速攻でありながら、かなりの威力を誇る一撃だろう。それでも障壁を破ることは出来ない。

 もう一発、「システムU-D」の障壁に蹴り(恐らくは「徹」)を入れ、その反動で離脱する。入れ替わるようにヴィータが吶喊した。

 

「ラケーテンハンマー! 吹っ飛べぇ!」

 

 ヴィータお得意の回転打突撃だ。それだけの威力であれば、障壁にかなり深く食い込むことが出来た。が、そこまでだ。まだ届かない。

 ここで満を持して、シグナム。

 

「出し惜しみはせん! レヴァンティン!」

『Explosion.』

「紫電一閃ッ!」

 

 カートリッジをロードして増幅された一撃。射程ではなく威力に炎が注がれたその一発は、「システムU-D」を大きく弾き飛ばす。

 多少は障壁を削れただろうか。ともかく、この作戦の肝を投入する。

 

≪砲撃、開始!≫

「ディバイィーン、バスター!」

「ブレイズキャノン!」

「続くよ、ロッテ!」

「あいさー! チップ、オープン! ブレイズキャノン・プラス!」

「あたしもやるよ! サンダースマッシャー!」

 

 砲撃魔法が使用可能なメンバーからの集中砲撃。それを受けて、シュテルとディアーチェも砲撃に参加する。

 色とりどりの魔力光の爆発により、「システムU-D」の姿が見えなくなる。……これで、多少なりともダメージが入っていると楽なんだがな。

 近接攻撃に参加したメンバーがオレの周りに戻ってくる。その後、砲撃組と彼らを防御していた盾組も戻ってきた。シュテルとレヴィもだ。

 

「ヒットアンドアウェイで的を絞らせなかったのか。大した策だ」

 

 ディアーチェが今の連携について評価する。ちゃんと理解していたようだ。

 「アタックチェーン」は複数人によるヒットアンドアウェイの連撃だが、どうしても初撃の危険が高い。本来なら最初に盾役を投入するのだが、今回の場合敵の出力の高さによりそれも難しい。

 そこでダメージをある程度は無視できるマテリアルの二人に、「システムU-D」の迎撃手段を一時的に潰してもらったのだ。

 

「皆様、見事な連携でした。刺されたかいがあったというものです」

「ぶー。僕一人でもやれたのに」

「……自分と同じ顔の奴が槍にぶっ刺されるのって、何か嫌だな」

「君はまだマシだよ。僕似の方なんて、刺されて斬られて殴られてだよ。原型とどめてるのが不思議なぐらいだよ……」

 

 彼らのオリジナルであるクロノとユーノは精神的なダメージを負ってしまったようだが。そこまでは考えてなかった。

 さて、肝心の「システムU-D」の方だが……ようやく視界が晴れてきた。

 

「……うっそでしょ。あれだけの砲撃を受けて無傷とか……」

「予想はしていたが、外れてくれればよかったな。嫌な予感ばかりが当たる」

 

 ロッテが愕然と呟いた通り、「システムU-D」は傷一つなく浮いていた。今の攻撃に何を思ったか、その表情からうかがい知ることは出来ない。

 だが……彼女の対応から、こちらを「危険因子」と判断したことは理解出来た。

 

「……戦闘対象、危険度修正。システム「アンブレイカブル・ダーク」、出力上昇。……7%。状況安定のため、戦闘行動を続行します」

「ッ! また魔力が……!」

 

 オレでも感じられたプレッシャーで、クロノが表情を険しくする。いや、この場にいる全員が。

 ……これは、厳しいな。

 

「レヴィ、すまないがまた奴の注意を惹きつけてくれ。他は陣形「フォースシールド」。念のためアルフとヴィータも防御に回ってくれ」

「はーい! 行って来ます、お姫様!」

「あたしらで、アレを何処まで防御出来るか分からないけど……」

「弱気になんな。あたしらの主は、ぜってー何とかしてくれる」

 

 ヴィータが信頼してくれるのは嬉しいが……いや、何とかしなければならないな。オレは、「やる」のだから。

 ……ただ闇雲に攻撃しているだけでは、今の繰り返しになってしまう。必要な情報を分析しなければならない。シャマルとアリア、シュテルがオレの周りに集まる。

 

「奴の障壁はエネルギー性。恐らくは「システムU-D」の余剰エネルギーによるもの。つまり、削ったそばから「修復」されているということになる」

「だからあれだけ近接攻撃を加えた後だったのに、砲撃が届かなかったのね。……打開策はありますか?」

「エネルギー性ということは、瞬間最大出力で上回ることが出来れば突破可能なはずだ。つまり……なのはなら可能性がある」

「ふぇ!? わ、わたし!?」

 

 指名され驚くなのは。彼女は……戦闘経験こそないものの、砲撃魔法の才に関してだけはピカ一だ。恐らくは現時点で、最大出力だけならこの中でも最高峰。

 ただ、現状ではこの作戦には大きな問題が発生している。なのはの残り魔力だ。

 

「なのはは先の砂クジラ、および「ナハトヴァール」との連戦で間違いなく消耗している。残りの全魔力を注いだとして……あの障壁を突破出来るかは分からない」

「……だ、大丈夫です! なのは、いっぱい頑張るから!」

「厳しい事を言うようだけど、それは「大丈夫」の根拠にはならないわ。わたし達が求めているのは「確実性のある打開策」であって、根性論の運試しが許される状況じゃないの」

 

 アリアが厳しくなのはの意見を切り捨てる。……その通りだ。彼女はオレの意志をよく分かってくれている。今は打ちのめされたなのはの姿に心を痛めている場合ではないのだ。

 それでも方法の一つではある。バクチのような手段ではあっても、いざとなったら頼らざるを得ないだろう。

 

「なのは、今はとにかく魔法を使わず休憩しろ。シャマルの魔力回復と合わせれば、あるいは可能性もある」

 

 あまりシャマルに頼り切るわけにはいかない。彼女には、誰かが怪我をしたときの治療という大事な役割がある。そのときに魔力が尽きていては、命に関わることもあり得るのだ。

 落ち込むなのはを慰めるのは、フェイトに任せる。なのはは最後の切り札として、別の起死回生の一手を考えなければならない。

 そこで、一人の手が挙がる。……ずっとオレの後ろで戦場を見ていた、はやてだった。

 

「わたしなら、トゥーナが手伝ってくれれば、威力だけならなのちゃんぐらいの砲撃魔法が出来るんとちゃうかな」

「はやて……。でも、あなたは……」

「うん。分かっとるよ、アリア。わたしは戦いの訓練も、連携の訓練もしとらん。なのちゃんと違って、実戦で魔法を使った経験もない。正直見とるだけで足ガクガクもんやで」

 

 「あはは」と笑ってみせるはやて。精一杯の強がりだった。……それでも、彼女はとても強い女の子だから。

 

「せやけど。何か出来るかもしれんわたしが、ミコちゃんが頑張ってるのに、何もせぇへんで見てるだけって……そっちの方が、辛いんよ」

「はやて……。……オレは以前、君に戦ってほしくないという話をしたよな。初めての魔法訓練のときだ」

「うん、覚えとるよ。あのときのミコちゃん、泣いちゃって可愛かったなぁ」

「うるさいよ。……それは、今も変わっていない。はやてには、ずっと戦いなんて知らないでほしいって、思ってる」

「そうやろな。ミコちゃん、優しいから」

「覚悟は決めたつもりだった。もし「そのとき」が来たら、一緒に戦おうって。だけど……実際にそうなると、本当に辛いものだな」

 

 胸が締め付けられる。気を抜けば、また涙を流してしまうかもしれない。今は戦闘中であるため、そんな余裕はないけれど。

 分かっているのだ。はやての魔力ならば……夜天の魔導書を完成させ、魔力簒奪の影響を受けなくなった今のはやてならば、立派な「戦力」になり得ると。そう冷静に考えてしまう自分が、どこまでも嫌だ。

 はやては……オレのことを抱きしめた。体全体から震えが伝わってくる。目の前に戦いに恐怖を抱き、それでも立ち向かおうとしている証拠だった。

 

「……一緒に戦おう、はやて。オレも、戦うから」

「うん。一緒に、やで。わたしらは、「相方」なんやから」

 

 心を決める。文句を言いそうなディアーチェも、不愉快そうな顔をしながら、今は何も言わない。オレ達が心を決めるために必要なことだと分かってくれているのだろう。

 そしてこれも、オレ達が勇気を得るために必要なこと。

 

「ミコちゃん……」

「んっ……」

「なぁっ!? こ、子鴉、貴様ァ!?」

 

 唇を合わせる、オレ達の「儀式」。互いの気持ちを通わすための、親愛のキス。ディアーチェが何か怒っているが、気にしない。

 シャマルは微笑み、アリアは苦笑。クロノは顔を真っ赤にし、同じ顔のシュテルは無表情ながら驚いている様子。状況にそぐわぬ種々様々な楽しい反応だ。

 唇を離すと、はやての震えは止まる……とは言わぬまでも、かなりマシになっていた。

 

「うん、勇気百倍や。一緒にがんばろ」

「ああ。……頼りにしてる」

「離せ、シュテル! あの間女に王の鉄槌を下さねばならぬのだ!」

「まあ落ち着きましょう。どちらかと言えば間女は王ですし」

 

 次の作戦は、はやてを主軸としたものになった。

 ――これらが全てアースラに映像として中継されていることは、すっかり忘れていたオレであった。

 

 

 

 

 

 「システムU-D」が出力を増大したため、連携を変えることになった。それでなくとも相手は「ただのプログラム」ではない。同じことが何度も通用するとは思えない。

 

≪連携発動! コード「バレットストーム」!≫

 

 今度の連携は、周囲一定距離からの一斉射撃による牽制と削り。レヴィには一旦距離を取らせ、シュテルとともに射撃に参加してもらっている。

 「システムU-D」はその場から動かず、黒球を二振りの大剣に変化させて周囲を薙ぎ払っている。攻撃と防御を兼ねているのだろう。

 奴の射程はある程度理解している。こちらは一定距離より近付かないように徹底させており、被害はゼロ。万一の場合に備えて盾組も向かわせている。

 控えは、なのはとガイの二人。ガイも、やはり相当消耗していた。こいつは飛行するだけで消耗するのだからしょうがない。むしろよく今まで戦ってくれているものだ。

 シャマルには、彼らの回復を手伝ってもらっている。あまり頼ることは出来ないが、回復を後押しする程度なら問題ない。

 

「……上手く、狙えるやろか」

 

 ごくりとはやてが唾を飲み込む。はやてが砲撃魔法を使うのは、これが初めて。かなりの距離があり、しかもターゲットは煙幕に包まれて姿が見えにくくなっている。

 はやてが漏らした弱音に、ディアーチェが荒っぽく告げる。

 

「この我が火器管制補助をしてやるのだ、当ててもらわなければ困る。重ねて言うが貴様のためではない、我が盟友のためだ。勘違いするなよ」

『大丈夫です、我が主。私もお手伝いします。ご自分を信じてください』

 

 強い言葉で叱咤するディアーチェとは対照的に、優しく支えようとするトゥーナ。……はやてが心配するようなことはないだろうが、それでも初めての砲撃に不安を持つのは仕方のないことだ。

 狙うのは、確実に当てられる瞬間。黒球が完全に「システムU-D」を離れ、無防備になる瞬間だ。そのためには、やや危ない橋を渡らなければならない。

 いくら周囲から射撃を放ったところで、その程度では彼女にとっては「鬱陶しい」だけであり「脅威」ではない。迎撃に全力を割くことはありえないだろう。

 今までと同じく近接攻撃に彼女の意識を向けさせ、隙を作る必要がある。そしてその役割を負うのは、恭也さんとフェイト。

 シュテルとレヴィではダメだ。彼らは回避能力が高くない。「システムU-D」に差し向けられる弾幕を回避した上で、彼女からの攻撃も回避して打撃を加えることが出来ない。

 だからこそ、この二人でないとダメだ。剣で受けるタイプのシグナムでも、シールドで弾くタイプのヴィータでもダメだ。普段から回避が主体の恭也さんとフェイトでなければならない。

 ……オレに不安がないと言ったら嘘になる。恭也さんには魔法的な防御手段がないし、フェイトも防御魔法はそれほど得意ではない。もししくじった場合には、よくて戦闘不能、最悪死が待っている。

 それでも、二人なら十分可能であるという信頼と、最低限のコストで最大効率を出す「指揮官」の思考がかみ合っている。だから、やるのだ。

 はやての方は既に魔法の準備が出来ている。あとは「システムU-D」のタイミングのみ。

 彼女は荒々しく大剣を躍らせている。それでも射撃の雨全てを切り落とすことは出来ず、何発もの魔弾が障壁を叩いている。

 やがて黒球は、面積の大きい拳のようなものへと変化した。今だ!

 

≪連携発動! コード「クロスブレイド」!≫

 

 恭也さんとフェイトが動き出す。前衛陣の中でトップスピードを誇るこの二人は、瞬く間に「システムU-D」との距離を縮めていく。

 それでも、彼女が二人の存在に気付くだけの時間はある。

 

「……魄翼、迎撃」

 

 黒球が二人への迎撃を優先させ、再び形を変える。今度は槍。恐らくは人が回避しづらい点での攻撃を選択したのだろうが、この二人に対しては悪手であろう。

 

「はあああっ!」

「御神流・虎乱! っぜぇい!」

「……!?」

 

 槍の周囲で螺旋軌道を描きながら、迎撃の槍をさらに迎撃する近接のエキスパートたち。ここにきて、初めて「システムU-D」の表情が変化した。驚愕。

 攻撃手段をあっさり回避され、無防備となった「システムU-D」に二本の刃が迫る。

 

「バルディッシュ!」

『Ax bomber.』

 

 フェイトは打撃力を重視したようで、サイズフォームではなくデバイスフォームから斧の一撃を見舞う。バチィと激しく火花が散り、「システムU-D」の障壁を深く抉る。

 間髪入れず恭也さんが、同じ場所に一閃。二刀の技ではなく、いつだったか美由希が見せた一刀で行う御神流の裏奥義。

 

「御神流・虎切!」

 

 美由希が見せたものとは錬度が違った。斬線を全く視界に映さぬほどの神速の一閃。障壁が不可視であったためどれだけのダメージを与えたかは分からないが、通常ならば抵抗もなく真っ二つになっているだろう。

 そして、ヒットアンドアウェイ。二人は「クロスブレイド」という連携の意義をしっかりと果たしてくれた。即ち、「崩し」。

 

「はやて!」

「うん! トゥーナ、ディアーチェ!」

『我が主達の御心のままに!』

「狙いは任せよ! うぬらはただ撃てばよい!」

 

 はやてが手にした金十字の杖の先端に、まばゆく輝き周囲が黒く見えるほどの白が集まる。夜天の魔導書に記録された獣達の魔法から、トゥーナが新たに組み上げた極大の砲撃魔法。

 

 

 

「行くで! 白竜の……戦哮!」

 

 竜の咢を思わせるバックファイアとともに、高エネルギー・高密度・高収束三拍子そろった砲撃が放たれた。あまりのエネルギー量に、高周波を伴い耳が痛くなる。

 はやてと夜天の魔導書の莫大な魔力を存分に生かした砲撃は、ディアーチェの制御によって「システムU-D」をロックする。

 

「……っっ!!」

 

 彼女の表情は、間違いなく引きつっていた。この一撃なら、障壁を突破出来る。そう確信した。

 黒球は槍として放ったために手元にない。障壁は、たった今突き破られた。最早彼女に為す術はない。

 「システムU-D」の本体は、輝く竜の吐息に飲まれた。

 

「っっ、ぷはぁっ! や、やったか!?」

「何故フラグを立てようとする。……今度こそ間違いなく、本体に命中したよ」

 

 さすがにあれだけの砲撃魔法を使用すれば、はやての魔力と言えどもかなり疲労したようだ。緊張もあいまって、汗がダラダラと流れていた。

 しかしそのかいあって、「システムU-D」には確実にダメージを与えられた。問題は、ダメージの深度だな。修復のために機能停止するレベルであれば、制御プログラムを打ち込む余裕もあるが。

 砲撃の軌跡に彼女の姿はなかった。回避したというわけではないし、まさか消し飛ぶということはあるまい。砲撃の圧力で遠くに流されてしまったようだ。

 ……凄まじい一撃だった。はやてに、こんな力を持たせたくはなかったな……。

 

「バカ魔力再び、だな。スターライトブレイカーとどっちの方が恐ろしいだろうか」

「あれは収束砲撃だから、条件によって違ってくるよ。ただ、初期威力ははやての方が上だろうね」

 

 少し沈みかけた意識を、戻ってきたクロノとユーノの声が浮上させる。……感傷に浸るのは後だ。今はまだ、作戦継続中なのだから。

 

「俺の方でも命中を確認した。あの様子なら、ダメージは通っただろうな」

「凄い魔法だったよ、はやて、トゥーナ。……魔法の先輩としては、ちょっと悔しいかも」

「なはは、付け焼刃やから威力だけやよ。ふぅちゃんの方が凄かったで。くるくるーって避けて、かっこよかったわ」

「そ、そうかな……えへへ」

「……ところで、こちらの御仁には誰かが魔力強化を行っているのでしょうか。先ほどの攻撃も、魔法を使用した気配は感じられなかったのですが」

「信じられないかもしれないが、純粋な剣技だそうだ。彼に関しては僕達や君達の常識で考えない方がいい」

 

 魔法なしでフェイトと同等以上の動きをした恭也さんに、シュテルがカルチャーショックを受けたようだ。さもありなん、早く慣れてくれ。

 ターゲットが離れたことで、全員集合する。総勢17人がオレの前にいた。……いつの間にこんな大所帯になってしまったのか、よく分からない。

 

「「システムU-D」は、方角的に考えて海の方に飛ばされただろう。クロノ、アースラで捕捉しているか?」

「大正解だ。現在は洋上で停止、恐らく自己修復中とのことだ。制御プログラムを打ち込むなら今がベストだ」

「分かった。シャマル、ユーノ、アルフ。転移魔法を頼む。クロノ、彼らに座標を教えてやってくれ」

 

 淡々と指示を出す。シャマル達はよどみない動きでオレ達全員を包めるだけの魔法陣を展開し、転移魔法を発動させた。

 

 

 

 視界が切り替わる。陽光の厳しい砂漠から、黒雲が覆う時化の海。その上空に、ところどころボロボロになった「システムU-D」が、俯いて浮かんでいた。

 黒球は消えている。修復に集中するために消しているのか。それなら、問題なく近付くことが出来る。

 マテリアルズを伴い、「システムU-D」に近づく。彼女はピクリと反応した。

 

「……戦闘対象の出現を確認。自己修復、優先度低下。戦闘態勢……」

「待て。そちらが戦闘行動をとらないなら、こちらにも戦闘を行う意志はない。自己修復を優先しながら話を聞いてくれ」

 

 彼女は言葉を止め、自己修復を続けた。どうやら会話は成立するようだな。……「動力炉」に会話が成立する時点で、おかしな話ではあるのだが。

 今は都合がいいので捨て置く。オレは言葉を続けた。

 

「ここにいる「紫天の書システム」は、君を……「システムU-D」、著しくは「エグザミア」を制御するためのプログラムだ。君を傷つけるための存在ではない」

「……「紫天の書」……シュテル、レヴィ、それに……ディアーチェ?」

「知っているのか。何故知っているかは知らないが、知っているならそれはそれで都合がいい。我々は、争いを望まない。もし君が己を御することを望むなら……彼らにその手伝いをさせてもらえないだろうか」

 

 力ずくではダメだ。彼女は自己修復を捨てて戦闘を行おうとした。彼女が納得しないことには、ここで制御プログラムを打ち込むことは適わない。

 彼女は……頷かない。否定はしなかったが、肯定もしなかった。

 

「……我々を拒絶する理由を聞かせてもらえないだろうか。それをしないことには、こちらも納得のいく答えが出せない」

「……ダメなんです。私は、全てを壊してしまう。自分でも、どうすることも出来ない。だから魔導書の中で永遠に醒めない眠りについたのに……そのはず、だったのに」

 

 破壊衝動、ということか。……それは「エグザミア」を制御したらおさまるものなのだろうか。すぐには答えが出せない。「エグザミア」が具体的にどういうものなのか、オレは知らない。

 さらに厄介なことに、彼女の言葉には続きがあった。

 

「声が、するんです。「あだなすものを壊せ」「何者も近付かせるな」って……誰かが、そう叫んでいる。……頭が割れるように痛い……」

「っ、「ナハトヴァール」。この期に及んで邪魔をするか」

 

 夜天の魔導書から削り取られた奴は、最早「闇の書の防衛プログラム」ですらない。暴走した破壊プログラムだ。それが今度は、「システムU-D」の精神を蝕んでいる。

 彼女は無の表情を変化させた。悲壮で悲痛で悲嘆に満ちたものへ。

 

「逃げてください。私が私を保てるうちに。そうじゃないと……私は、あなた達を破壊しつくしてしまう」

「破壊されるためにここまで来たのではない。破壊の宿命を終わらせるためだ」

 

 ……どうやらもう1ラウンド残っているようだ。そして多分、これが最終ラウンド。

 「システムU-D」の背後に黒球――「魄翼」が生み出される。それは武器の形を取らず、「システムU-D」を取り込みながら徐々に肥大していく。トゥーナが語った異形を形成していく。

 マテリアルズとともに皆のところまで下がる。皆ももう分かっているようだ。アレを破壊しないことには、ミッション達成は成しえないことを。

 オレはあえて言葉に出して皆に告げる。今回のミッションの達成条件を、チーム全体に共有する。

 

「――「破壊するもの」を、破壊せよ」

 

 決戦の最終幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 洋上に出現した「それ」は、「古今東西の武器を合わせたキメラ」という表現が相応しかった。巨大な戦艦のようであり、それでいて生物のように触手をうごめかせている。

 傷ついた「システムU-D」から主導権を奪い返した「ナハトヴァール」の姿だ。恐らく彼女から無限連環生成される魔力も奪っていることだろう。「無尽蔵の魔力と体力を持つ化け物」だ。

 ただ、こいつは既に夜天の魔導書から切り離された存在だ。つまり、魔導書に記録されたプログラムを使用することは出来ない。単純な攻撃と防御しか出来ないというのが、ある意味救いか。

 

≪陣形「マルチカウンター」。まずはこいつの攻撃力を削ぐぞ≫

≪『了解!』≫

 

 巨体となったことで攻撃力・防御力は増しただろう。だが反応速度が低下している。どれだけ体を巨大にしようと、動かしているのは暴走したプログラムに過ぎないのだ。

 近付くことは簡単であり、触手や砲台、種々の武器を破壊することも難しくない。3隊に分かれて、進撃を開始する。

 

「御神流・虎乱!」

「アークセイバー!」

「シュランゲバイセン!」

 

 恭也さんは「ナハトヴァール」の表層を駆けまわり、すれ違いざまの斬撃で破壊していく。フェイトはバルディッシュの鎌を飛ばし、シグナムはカートリッジをロードして蛇腹剣の一閃。

 そこまですれば、さすがに「ナハトヴァール」の知覚範囲に入る。無事な砲門や触手が、彼らに向けて襲い掛かる。だからこその「マルチカウンター」だ。

 

「鋼の障壁ッ! 後ろは任されよ!」

「行かせないよ、チェーンバインド!」

「凍っちまいなぁ! アイスシールド!」

 

 強固な盾を持つ三人が、それぞれの方法で攻撃を食い止める。……ガイの奴、いつの間に凍結変換なんか習得したんだか。

 後衛組も射撃魔法で武装を破壊し、「ナハトヴァール」の無力化を進める。だが、「無限の体力」は伊達じゃない。壊したそばから再生成してキリがない。

 再生速度を上回れれば、無力化も可能だろうが……難しいところだ。何か手を考えなければならない。

 苦戦するオレたちを見ていたクロノが、何かを決意する。

 

「手伝ってくれ、アリア、ロッテ!」

「……なるほどね。元々は凍結封印の手段だったわけだけど……」

「こういう使い方もありってことね! 皆離れて! あたし達が何とかする!」

 

 アリアとロッテがカード型の補助具を取り出し、それらは光の粒となって虚空に消える。同時、彼らの周囲を覆うように巨大なミッド式魔法陣が展開される。

 中央にいるクロノの手に握られるのは、凍結変換補助用のデバイス。つまり、彼らがやろうとしていることは。

 

「リーブラス、ジャスティス! 悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えよ!」

「妨げるものには刹那の凍結を、触れるものには永久の終焉を!」

「我らが告げるは凍れる安らぎ! 眠れ、零度の腕に抱かれて!」

『エターナルコフィン・アブソリュートゼロ!!』

 

 瞬間、海面が凍りつく。海面だけではない、「ナハトヴァール」の表面も。全ての武装が凍り付き、全く身動きが取れなくなる。

 それで終わりではない。「ナハトヴァール」を包むように、巨大な氷柱が形成されていく。奴の温度を奪い続ける氷の棺が完成した。

 本来は、オレとはやてを封印するための魔法だったはずだ。それを頼もしく感じるとは……皮肉なものだ。

 

≪見事なものだ。今まで出し惜しみしなければ、もっと早く終わったんじゃないか?≫

≪消耗が激しいんだ。僕とリーゼ達は、これでほぼ使い物にならなくなる。……まだ終わりじゃないんだろう?≫

≪その通り。だが、おかげで奴の攻撃力は封じることが出来た。ここからは一気呵成で行く≫

 

 奴のエネルギーは「システムU-D」を取り込んだせいで無限に生成される。そのため、絶対零度の棺に閉じ込めるこの魔法でも、すぐに限界が来てしまう。あくまで攻撃封じのための檻だ。

 彼なりにオレの指示を解釈し、最短でたどりついてくれたのだ。……感謝するぞ、クロノ。

 

≪陣形変更、「スペキュレイション」。全員、これで終わらせるつもりで頼む≫

「ミコちゃん。わたしも、出るよ」

「はやて……、……分かった。攻撃戦力は多い方がいい。……ごめんね、はやて」

「ええて。ミコちゃんの力になれて、わたしは嬉しいんやから」

 

 はやては微笑む。一度砲撃を撃ったことで、震えは止まったようだ。……今ははやての気持ちを受け止めよう。

 皆が陣形再編成のために戻ってくる。シュテルとレヴィにも大まかな指示を出し、攻撃に参加してもらう。ディアーチェには「システムU-D」を助け出した後に仕事が待っている。

 「スペキュレイション」。矢じりの形を作り、速攻を仕掛けるための超攻撃陣形。意味は、スペードの「エース」。

 普段は防御を担う盾役も、このときばかりは攻撃に参加する。シールドしかできないガイもだ。彼に攻撃手段がないなどとは誰も言っていない。

 先頭を務めるのは、"烈火の将"シグナム。その後ろには、"紅の鉄騎"ヴィータと"御神の剣士"恭也さん。

 中衛。"蒼き狼"ザフィーラを筆頭に、"結界魔導師"ユーノ、"盾の魔導師"ガイ、"フェイトの使い魔"アルフ。そして"力のマテリアル"レヴィを配置し、攻撃の要とする。

 後衛は、"砲撃魔導師"なのはを置いて他にない。彼女をサポートすべく、"風の癒し手"シャマルもここに配置。"戦闘魔導師"フェイトと、"理のマテリアル"シュテルも同じく。

 そして最後衛として、"夜天の主"はやて、"闇統べる王"ディアーチェを配置。これで、「スペキュレイション」の完成だ。

 全員、オレのゴーサインを待っている。……誰一人として、乗り遅れた者はいないようだ。

 ――では、征こう。

 

 

 

「……全軍、突撃」

 

 静かに言った一言で、誰のものか鬨の声が上がる。前衛、中衛が進撃を開始した。

 だがまずは氷の棺をこじ開けなければならない。狙いは……「システムU-D」が取り込まれた、上部中央。「艦橋」部分だ。

 

「連携発動! コード「マーベラスカノン」!」

「了解! アルカス、クルタス、エイギアス……撃ち抜け轟雷!」

『Thunder smasher.』

「……バスターフレア!」

「いいわよ、なのちゃん!」

「はい! ディバイーン、バスター!」

『Marvelous.』

 

 後衛による、一斉同時砲撃。進撃する仲間を追い越し、氷柱に着弾する。天高くそびえるそれが折れ、海面の氷に突き刺さった。

 「ナハトヴァール」は機能を停止していない。露出した部分から、新たに武装を形成しようとする。だが……前衛の方が早い。

 

≪連携発動! コード「シヴァトライアングル」!≫

 

 既に「ナハトヴァール」を取り囲むようにデルタを形成していた三人が、同時に必殺の一撃を放つ。

 

「飛竜一閃・一心一刀!」

「ギガントシュラーァァァク!」

「御神流奥義……薙旋!」

 

 「デルタスパイク」とは比較にならない、必殺連携。連撃ではなく同時攻撃。三人の生み出した破壊力が集中し、形勢途中だった武装が形を維持できず、崩れ落ちる。

 まだ、終わらない。

 

≪連携発動! コード「シールドラッシュ」!≫

「まずは……一発ッ! シールドプレス!」

 

 ガイが手元に発生させた「シールドの塊」を、「ナハトヴァール」目掛けて押し飛ばす。射撃魔法とも言えない不格好な「シールド攻撃」だ。

 元々攻撃用魔法ではないから、単純な質量でしか攻撃出来ない。そしてこんなもの、「ナハトヴァール」にとっては毛ほどの痛痒もないだろう。

 それが、一発なら。忘れてはいけないが、ガイはガイでシールドに関しては天才と呼べる魔導師なのだ。それも、なのは並の魔力を持っている。

 

「まだまだァ! オラオラ無駄無駄無駄オラ無駄オラァ!!」

 

 連発。一秒間に4個のペースでシールド弾を投げ飛ばす。かなりの硬度を誇るシールドは、さすがにそれだけやれば何発かはめり込んだ。

 続けて、ユーノ。彼はシールドでもバインドでもなく、魔力の剣を構えている。シールド造形魔法だ。

 

「師匠直伝! 紫電、一閃っ!」

 

 ベルカ式ではなくミッド式で魔力を上乗せし、力任せに叩き切る。シグナムとは比べるべくもなく、「紫電一閃」と呼べるものでもないが……それでも、ダメージは通る。

 それでいいのだ。彼らは、「一撃」までの繋ぎなのだから。

 

「ぬゥン! 守護の牙拳!」

「ライトニングブラストォ!」

 

 守護獣と使い魔による体術連撃も加わる。そして中衛組の攻撃の要が、準備を終える。

 "力のマテリアル"レヴィが、拳どころか全身に雷撃を張り巡らせ、「ナハトヴァール」に突撃した。

 

「行くよー! 雷神滅殺極光ォーーー拳ッ!」

 

 全体重を乗せた魔力雷の一撃。それは拳から「ナハトヴァール」へと伝わり、鈍い音とともに不定形な「艦橋」をへし折る。……怪力だな。さすが"力のマテリアル"だけはある。

 ……次でラスト。

 

「なのは、行けるか?」

「うん、いつでも大丈夫」

『No problem.』

「……はやて?」

「こっちも、準備OKや」

「我が手伝うのだ、手抜かりなどありえん」

 

 最後衛に待機させたはやてとディアーチェ、それからなのはにもう一度砲撃を行わせる。残った全てを込めた、最後の一撃を。

 レイジングハートの先端には、この場から収束された魔力が圧縮されている。金十字には、白の輝きに加えて黒の魔力が混じっている。ディアーチェが魔力を貸したようだ。

 この一撃で終わる。そう確信できる迫力を感じた。

 左手を上げる。なのはとはやてが、デバイスを「ナハトヴァール」に向ける。近接攻撃に回った皆は、既に退避していた。

 

 

 

「砲撃、開始!」

 

「スターライト、ブレイカァーッッッ!」

 

「白竜の息吹!」

「黒竜の吐息!」

『逆巻け、双竜破っ!』

 

 

 

 号令一下、極大の砲撃が放たれる。桜色の収束砲撃と、黒白の螺旋砲撃。破壊の権化を破壊し尽くす、純粋な魔力の暴力。

 三色の奔流の飲まれ、「ナハトヴァール」の一部分が消し飛ぶ。「システムU-D」を飲み込み、内側に収めた「艦橋」部分だ。

 周囲を覆う闇色の拘束が失われたため、彼女の体は虚空に投げ出された。「ナハトヴァール」が再び彼女を回収しようと、残った触手を伸ばす。

 だが、こちらの方が早い。オレの意図したことを正しく理解したシャマルが、転送魔法を使って「システムU-D」のみをこちらに移動させたのだ。

 

「ディアーチェ、今度こそ失敗するなよ」

「分かっておるわ! ……今助けるからな、「砕け得ぬ闇」!」

 

 紫天の書を片手に、黒十字の杖を「システムU-D」の胸元に向けるディアーチェ。その表情は真剣そのものであり、先の慢心は欠片も残っていなかった。

 

「沈まぬ黒き太陽、影落とす月よ! 我が力もて、胎動の時来たれり! 闇は明け、暁となり、ともに紫色の天を織りなさん! 我こそは闇を統べる者、ロード・ディアーチェなり!」

 

 書が薄く輝き、ディアーチェを経て黒十字に伝う。稼働を一時停止し眠る「システムU-D」の胸元――永遠結晶「エグザミア」に、制御のための楔が打たれたことを確信した。

 これで、「システムU-D」は脅威足り得ない。ディアーチェの存在がある限り、無限連環機構が暴走することはない。それ以外のことは、彼女次第だ。

 オレは再び視線を「ナハトヴァール」に向ける。先の極大砲撃で「システムU-D」とは完全に切り離されたようで、再生できずに黒い断面をうごめかせていた。

 

「……無様な姿だな、「ナハトヴァール」。これが、多くの人間の命を奪ってきた暴走プログラムの末路か」

 

 醜く削られながらも「外敵の排除」を遂行しようとするその姿に、憐みのような感情が湧く。奴はあくまで定められたプログラムを遂行しているだけなのだ。

 ……終わりにしよう。虚しい破壊の連鎖を。奴に永遠の休息を与えてやろう。それが……オレが奴に与えてやれる、唯一の「救い」だ。

 

「ソワレ」

『うん。ル・クルセイユ』

 

 「夜」が集まる。残った「ナハトヴァール」の体全てを覆うほどの、莫大な量の「夜」が。

 奴は氷漬けになっていて動けない。だから、溜めに時間のかかるこの技でも、最大級の威力で放つことが出来る。奴を、一瞬で葬り去れるだけの威力で。

 「ナハトヴァール」……「夜の鯨」。ならばせめて、この広大な夜の中で、安らかに眠ってくれ。

 

『……エクスプロージオン!』

 

 こぅ!という空間がひずむ音。あの巨体が、一瞬にして掌サイズまで圧縮された音だった。空気すら飲み込む勢いで、「ナハトヴァール」の大質量は小球体となっていた。

 それは逆に、内側から耐えられないほどの圧力を生み出す。ピシピシビシリと、崩壊の音を奏でた。

 そして――爆発。故に、「爆発する棺」。「夜の鯨」がその最期を迎える場所としては……頓知が利いているだろう。

 

 いつの間にか、黒雲には切れ間が出来、暖かな日の光が差していた。時化も去り、穏やかな凪の時間が訪れた。

 

 

 

 それはまるで、夜天の魔導書が永い闇を抜け出すことが出来たと暗示しているかのようだった。




決着ゥ!!

というわけで最終決戦は、「ナハトヴァール」→「システムU-D」→「真・ナハトヴァール」という流れになりました。
最後の真・ナハトヴァール戦でバリア描写をしませんでしたが、これは本格稼働前に夜天の魔導書から切り離された影響で、バリア展開プログラムが作動しなかったためです。っていうかそうしないと戦闘シーンがくどくなりすぎますし……。その前に散々ミコトの戦闘指揮は見せましたので、あとは皆の無双シーンだけで十分かなと。
また、ソワレの一撃で真・ナハトヴァールを葬ることが出来ていますが、この作品ではナハトヴァールの再生能力をシステムU-Dに依存させています。なのでシステムU-Dが切り離された段階で「巨大なだけの怪物」に成り下がり、通常攻撃でも十分消滅可能です。他の皆が消耗していたので、ソワレが手を下すこととなりました。

今回は陣形・連携技がたくさん出ました。中にはサガからそのまま持ってきたものもあります(スペキュレイション、シヴァトライアングルetc) 別にサガクロスとかは考えてないのでご安心(?)を。
また、はやて&マテリアルズの技が原作とは異なります。これは、原作と違って蒐集対象に人間が含まれなかったことや、オリジナルとなる人物が異なることによる影響です。ユーノレヴィに至ってはバルニフィカス使ってませんしね。
夜天の魔導書に記録されている魔法が原始的なものしかないので、トゥーナ(リインフォース)が再構築して使う必要があります。応用性は広いかもしれませんが、デバイスとしての長所は完全に殺してしまっています。致し方なし。

これにて事件は終了と相成ります。この物語も残すところは、事後処理と後日談のみ。長かったような短かったような……休載期間が長すぎましたね。
ここまでお付き合いいただけた皆様には、是非とも最後までお付き合いいただければ幸いです。

なお、その後の日常編やIF分岐編は普通に書くつもりです。不定期だけど。


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五十二話 再誕

 目を覚まして最初に視界に入ったのは、機械的な建材で作られた天井だった。判然としない思考の中、それがアースラのものであることを理解する。

 オレは、船内の乗員室か何処かのベッドに横たわっていた。医務室でないということは、怪我をして運び込まれたとかではないのだろう。

 エール、ソワレ、ミステールの三人は既に手元にいない。……いや、エールのみはベッドの横に立てかけられるようにしてすぐ近くにいたか。

 

『あ、ミコトちゃん。気が付いた?』

「……オレはどうしてここにいる。何があった?」

『大したことじゃないよ。いや、普通に考えれば大したことなんだけど……』

 

 エールが説明してくれる。どうやらオレは戦いが終わった後、気が抜けたのか突然気を失ってしまったらしい。それも、エールとソワレの力で空に浮いている最中に。

 手から力が抜けてエールを取り落としたオレは、海に向けてまっさかさまに落下を始めた。もしそのまま海に落ちていたら、運が良くて医務室、悪ければ即死だっただろう。

 すぐに気が付いたフェイトによって、オレは助け出された。エールは恭也さんが回収してくれたそうだ。

 そうしてアースラに担ぎ込まれたオレは、ハラオウン提督の指示によって使われていない乗員室に運ばれ、今目を覚ますまで眠り続けていたということだ。

 

『皆、凄く心配したんだからね。あとでちゃんと謝るんだよ?』

「ああ、そうする。……オレはどのぐらい眠っていた?」

『1時間ぐらい、かな。ソワレちゃんは、ミコトちゃんが眠る邪魔をしないようにってはやてちゃんが連れてったよ。ミステールちゃんは、トゥーナちゃんの修復の続き』

「そうか。ようやく、終わるんだな……」

 

 魔導書の中にもぐらずとも修復を行えるようになった。それはつまり、「ナハトヴァール」を葬ることが出来た何よりの証だ。

 夜天の魔導書への改竄を複雑にする原因だった「ナハトヴァール」が消えたということは、修復はほどなく終わるだろう。それをもって、「夜天の魔導書復元プロジェクト」は完遂となる。

 無論、まだ安心することは出来ない。ミステールが全てのバグを取り除けるかという問題はあるし……「システムU-D」と「ナハトヴァール」を切り取った影響がどうなるか分からない。

 ミステールは「ごっそり行く」と言っていたから、恐らくは浸食をうけた魔導書の一部もかなり切り取ったはずだ。そこも完全に修復出来るかどうかは、怪しいところだ。

 

「分かった。オレも皆のところへ行こう。……看ていてくれてありがとう、エール」

『どういたしまして。ボクはミコトちゃんの相棒だもの、当然だろ?』

 

 そうだな。エールの柄を手に取りながら、オレは微笑んだ。微笑むことが、出来た。

 

「『"風の召喚体"エール、在りし姿に戻れ』」

 

 エールを基礎状態の鳥の羽根に戻してから、乗員室を後にした。

 

 

 

「あ、ミコトちゃん!」

 

 皆は医務室の前に集まっていた。あまり広い場所ではないのに大勢が集まっているため、人口密度が酷い事になっている。

 オレが来たことに最初に気付いたなのはが、涙目で駆け寄ってきて抱き着く。彼女にも心配をかけてしまったようだ。

 

「すまなかったな。どうやら気が抜けて眠ってしまったみたいだ。体に別状はない」

「うぅ、よかったよぉ。いきなり気絶しちゃうから、心配したんだよぉ……」

「本当だよっ。空を飛んでるときに気を抜いちゃいけないって、ミコトが言ったことなのに……」

 

 「非殺傷攻撃の危険性」を説明したときに例示したことだったな。確かに、当のオレがこの体たらくでは、説得力があったものではないな。

 フェイトも抱きしめ、「ちゃんとここにいる」と実感させる。……心配かけて、ごめんね。

 ソワレを抱っこしたはやてが、自分の両足でこちらに歩いてくる。もう麻痺は完全に解けたようで、これまでのリハビリのかいもあってちゃんと歩けるみたいだ。

 

「いきなりでそんなに足を酷使して、大丈夫なのか?」

「平気やよ。なるべく松葉杖に頼らんようにしてたから、足の筋肉もしっかりついたみたいや。さすがに走ったりとかは出来へんけど」

「そうか。……もう、平気なんだな」

 

 オレの悲願は達成された。はやての足は完治し、「コマンド」はその存在意義を全うしたと言っていいだろう。ここまで……本当に長い道のりだった。

 気を抜くと涙腺が緩みそうだ。だけどまだ完全には終わっていないし、ギャラリーが多すぎる。ここはぐっとこらえるところだ。

 

「トゥーナのことはミステールに任せるとして……「システムU-D」の件はどうなった?」

「ご安心を、お妃様。この通り、安定状態に持ち込むことが出来ました。暴走の心配はありません」

 

 医務室前の大集団に当たり前のように混ざっていたマテリアルズの二人。クロノの顔をしたシュテルが、抑揚のない声で淡々と告げる。

 「システムU-D」はディアーチェの後ろに隠れ、恥ずかしそうにこちらを見ていた。……彼の言う通り、非常に安定しているようだ。

 

「レヴィは?」

「退屈だから暴れてくると言って、トレーニングルームへ行きました。武装局員の方々がお相手をしてくれております」

「うちは託児所じゃないんだぞ、まったく……」

 

 シュテルのオリジナルであるクロノは、呆れたようにそう言った。オレ達の件からも分かっていたことだが、アースラスタッフはどうにも面倒見がいい傾向にあるようだ。

 ……あるいは、「システムU-D」戦・「ナハトヴァール」戦で見せた彼の活躍に、武装局員が触発されたと考えることも出来るか。そう考えておいた方が平和……平和か? まあ、なんでもいいか。

 

「ところで、その姿はどうにかならないのか、シュテル。自分と同じ顔がいるのは、正直落ち着かないんだが」

「躯体を変更すれば可能ですが……あまり気は進みませんね。あなたのデータは非常に優秀でした。今躯体を変更すると、私の戦闘力が著しく低下してしまいます」

「そういうことなら、無理にとは言わないが。……褒められているはずなのに喜べないって、妙に収まりが悪いもんだな」

 

 シュテルは姿を変える気がないようだ。事実、クロノの優秀さは証明されている。「参謀」たるシュテルが各方面に秀でたクロノをコピーするのは、非常に合理的ではあるのだ。

 レヴィについては……多分変える気はないんだろうな。あの筋肉を気に入っているようだし。戦闘の最中も徹頭徹尾楽しんでいた。今後のこととしては、無意味に戦闘を求めないでくれればいいが。

 そして、ディアーチェ……彼女も、はやての姿のままだ。だが彼女は、今の姿を気に入ってはいなかったはずなのだが。

 

「ディアーチェは、躯体を変えないのか?」

「我としては、そうしたいのも山々なんだが……」

「……ディアーチェ、姿、変えちゃうんですか……?」

「……というわけだ。こやつが納得するまでは、無理であろうな」

 

 そういうことなら仕方がない……のか? まあ、ディアーチェは何のかんの言いながら臣下の面倒見がいい奴だったな。制御下に置いた「システムU-D」を蔑ろには出来ないか。

 それにしても、「システムU-D」は随分とディアーチェに懐いているようだ。何をしたのか。

 

「……「エグザミア」を制御したことと、目覚めるまでそばにいたことで、王に気を許したようです。あとは、王が名を与えたことが最大の要因でしょう」

 

 シュテルがこっそりと耳打ちしてくる。名前……そういえば、いつまでも「システムU-D」では呼びにくくて仕方がないな。

 

「ユーリよ。いつまでも我の後ろに隠れておらず、挨拶をせぬか。この娘は、我が妃となる盟友であるぞ」

「誰がなるか。まだ諦めていなかったのか」

「当然であろう。我は王の中の王。手に入れると決めたからには、必ず手に入れてみせる。如何な障害があろうともだ」

 

 ため息が漏れる。大バカ色ボケ愚鈍無能王ではなくなったが、大バカ色ボケ愚鈍王ではあるようだ。本当に、どうしてこんな性格設定にした、開発者。

 「ユーリ」と呼ばれた彼女は、ディアーチェから半ば無理矢理前に押し出される。それによって彼女は、オレと正面から対面する形となった。

 彼女は……どうやら人見知りのようだ。あっという間に顔が真っ赤に染まり、しどろもどろになる。ここだけを見れば、とても「永久機関」であるなどとは思えない。

 

「……し、「システムU-D」駆動機関、ユーリ・エーベルヴァイン、です……」

 

 この名前は、戦闘の後にシュテルが思い出した一つの出来事がきっかけとなったそうだ。彼らが夜天の魔導書に沈められる、少し前の出来事だ。

 他の二人は覚えていなかったようだが、"理のマテリアル"であるシュテルのみが、かろうじて記憶にとどめていたその出来事。とある老人の言葉。

 

――ユーリを頼む。あの子を、どうか永劫の闇から解き放っておくれ。

 

 「エーベルヴァイン老」と呼ばれていたその人物の言葉を、彼は「システムU-D」のことを示していると推測した。

 「ユーリ・エーベルヴァイン」。それが、「システムU-D」――「砕け得ぬ闇」に与えられた名前だ。

 「紫天の書システム」は、永い時間をかけて、ようやく老人の言葉を成就することが出来たのだ。

 

「君には名乗っていなかったな。八幡ミコト、カタカナ三つでミコト。そこにいるはやての「相方」だ。あとは、このチームの「指揮官」を、何故か任されている」

「ど、どうもです……、……あ、あのっ」

 

 恥じらう彼女は、意を決してオレに自分の思うところを述べた。それだけのことでも、彼女には勇気が必要だったのだろう。

 

「ディアーチェ、取っちゃダメです!」

「こ、こらユーリ、何を言い出す!?」

「ああ……心配せずとも、オレはコレの伴侶になどなるつもりはない」

「ミコトォ!? 何故だ! 「砕け得ぬ闇」を制御したのに、何故我の好感度が上がっておらん!!?」

「それまでの行いが酷かったせいかと。自業自得ですね、大バカ色ボケ愚鈍王」

「ぬあああああ!?!?」

 

 今後はオレが相手をする必要もなかろう。ユーリが彼女のことを気に入ってくれている。だったら、彼女に任せればいいのだ。

 笑いが起こる。空気が弛緩している。オレ達が勝ち得た平穏が、今ここにある証だろう。

 

 医務室の扉が開かれる。中からトゥーナを先頭として、ミステールとシャマルも出て来る。修復作業が終わったのか。

 ヴォルケンリッター、それからはやてとフェイトとアルフが、トゥーナに駆け寄る。彼女は優しく微笑みながら、皆を迎えた。この光景のためにひた走ってきたのだから、オレとしても感無量だ。

 なのはは当たり前のように感涙し、のみならずガイまで号泣していた。……そういえば、「作品の世界線」でどういった結末を迎えるのか、詳しく聞いていなかった。彼の様子からして、これは「待望の結末」のようだ。

 まあ、いいさ。「あっち」がどうだろうが、この世界のトゥーナはこうして元気な姿を見せることが出来た。それだけで、いいのだ。

 ……が、それだけでは済まされないのだと、ミステールとシャマルの表情が物語る。

 

「良いニュースと悪いニュース、どちらから聞くことを望む?」

「まずは良いニュースを。覚悟を決める時間がほしい」

「分かった。……わらわが把握しておった全252か所の改竄点のうち、198か所を元の形に修復。残り54か所についても機能を失くすことによって、書への悪影響を排除することに成功。ほぼ完治、と言っていいじゃろう」

 

 "蒐集"の機能は元の"記録"へ、攻撃性を高めるためのインストールプログラムは完全停止。「ナハトヴァール」も消え、夜天の魔導書……いや、「闇の書」が秘めていた危険性は全て排除されたと言っていい。

 だが、「ほぼ」完治でしかない。やはり、書の一部を切り離した影響を無視することは出来なかった。

 

「夜天の魔導書の強力な自動修復機能が失われてしまった。ページ破損などの重大な障害を修復するには、外部からのメンテナンスが必要になる。以前のように破壊され尽くしても復活するなど、願うべくもない」

「最後の一点に関しては、元々システム……いや、ユーリの力によるものだろう。最初から考慮に入れていない。……だが、自動修復そのものが失われてしまったか」

 

 元々デバイスが持つ自動修復程度ならば残っているが、脱落したページを修復するほどの機能はなくなってしまったようだ。これはつまり、夜天の魔導書が機能停止する危険性が高まったことを示す。

 とはいえ、「注意すれば回避できる問題」ではある。今後は……今後も、トゥーナやはやてを危険にさらすような真似をしなければいいだけの話だ。そうそう起こり得ることでもない。

 次の問題は、もう少し厄介だ。

 

「守護騎士システムの保存機能に障害が発生しておる。現在稼働中の守護騎士が重大な損傷を受けて一旦姿を消してから再度生成された場合、記憶等がリセットされる可能性が高い」

「それは……少し、困るな。昔のシグナムとのあのやり取りをもう一度繰り返すのは、正直辛い」

 

 ああ、本当に辛い。それならいっそ、守護騎士の再起動はしたくないと思うほどに。

 オレの顔を見て、シャマルが悲しげに眉をひそめた。どうやら表情に出てしまっているようだ。

 ヴィータがオレに抱き着いてきて、言った。

 

「あたしは、それでいいと思う。はやてやミコトと過ごしてるあたしは、「今のあたし」だ。「次のあたし」がどうするかなんてのは、そいつが決めればいいんだ」

「ヴィータちゃん……、そうね。わたし達は、「今のわたし達」だもの。普通の人と同じになったって考えればいいのよ」

「……そうか。君達がそう言うなら、仕方ないな。だが、それなら大怪我などしてくれるなよ。刺々しかったころのシグナムに戻られたら、今更やりづらくてかなわない」

「そ、その件については触れないでください……」

 

 ザフィーラもまた、泰然として事実を受け入れている。……本当に強いな、オレ達の騎士は。

 ミステールは少し微笑んでから、表情を締めて「最後の問題点」を告げた。

 

「現状では……奥方が、「最後の夜天の主」ということになる。夜天の魔導書の「主選定」の機能が、完全に影も形もなくなってしまった」

「……それって、わたしがいなくなってしもうたら、トゥーナ達を扱える人が誰もおらんくなるってこと?」

「同時に、夜天の魔導書が機能を失うということでもあるか。……すぐに問題となることではないが……」

 

 いずれは必ず訪れることだ。オレ達人間は、長くても100年そこそこしか生きられない。トゥーナ達が存在してきた年月に比べれば、ごくごく短い期間だろう。

 それを過ぎれば、夜天の魔導書は起動不能に陥り停止する。二度と目覚めない眠りにつくことになる。……プレシアのときの出来事が、脳裏を駆けた。

 トゥーナは……やっぱり優しく微笑んでいた。ヴォルケンリッターと同じように、事実を受け入れている。

 

「私は……私達は、優しく強い主達のおそばにいられるだけで、幸せです。主達の生涯を、ともに歩ませていただけるならば……主達とともに逝かせてもらえるならば、私にとっては過分な幸福です」

「謙虚なものだな。だが、本当にそれでいいのか? 君達が「闇」に囚われていた年月を考えれば……」

「――時間ではないのですよ、我がもう一人の主」

 

 オレの言葉を途中で遮り、トゥーナは優しく告げる。オレの前まで歩み寄り、目線をオレに合わせ、抱き寄せられる。

 それは……オレがプレシアの件から引きずり続けていた疑問への、答えの一つだった。

 

「幸せは、時間に比例しない。たとえ私どもの生涯に比すればわずかな時間でしかなくとも……主達と過ごす日常は、黄金にも代えがたい価値がある。だから……十分なのですよ、我がもう一人の主」

「トゥーナ……」

 

 オレを納得させるための言葉ではない。本当に彼女は、それで十分だと、満足だと感じている。目線を合わせた瞳から、ダイレクトに感情が伝わるかのようだった。

 彼女の手を掴み、目を閉じる。心の奥底で、何かが解ける感じがした。

 

「……そうか」

「はい」

 

 彼女達の想いを受け止め、目を開ける。オレの心は決まった。

 トゥーナがオレの体を離し、立ち上がる。再びミステールと向き合った。

 

「全く、悪いニュースを運んでくれたものだ。「復元プロジェクトは終わっていない」ということなのだからな」

「……主?」

「これはオレの勝手な感傷からの行動だ。君達の覚悟がどうこうという話じゃない。「オレが納得するため」の行動だ」

 

 「最高の結果を目指す」。それが、オレが決めたことだったはずだ。だから今はまだ、「最高の結果の途中」でしかない。

 「最高の結果」と言うならば……やはり、夜天の魔導書が「完全復元」されて然るべきだろう。

 ミステールは、オレならばそう言うとでも思っていたのか、既に苦笑をしていた。

 

「次の目標は「欠落した機能の修復」だ。最優先は、守護騎士の保存機能の回復。ここからは無限書庫を使えない。頼んだぞ、ミステール」

「任されよ。もとよりこの身は「知の探究」を理念としておる。それが新たな知につながるならば、望むところじゃ」

「……まったく、君は諦めが悪いな。僕達はこれ以上付き合いきれないぞ。この件に関しては、こちらの目的は達成できたんだからな」

 

 呆れた調子のクロノ。何はともあれ、夜天の魔導書の危険性は排除されたのだ。彼らとの利害の一致は果たされた。ここから先は、彼らの協力を得られない。

 そんなことは最初から分かっている。だから「無限書庫を使えない」と言ったのだ。

 

「オレとミステールのライフワークのようなものだ。お前が気にする必要はない」

「やれやれ、面倒な趣味をお持ちのお嬢さんだ。ユーノに同情する」

「ちょ、クロノ!? 余計なことは言うなよ!?」

「む? なんだ、うぬは我の敵か? 敵なんだな? よかろう、相手になってやる! 身の程を知るがいい!」

「王、こんな場所で暴れるのはやめましょう。迷惑です」

 

 後ろから襟を締められ、ディアーチェは「ギュェ!?」と奇妙な悲鳴を上げた。

 そう……ただ、「最高の結果」を目指したいだけなのだ。皆が今の結果に納得し、オレ自身納得しようとも、目指すことを諦められない、ただそれだけ。

 だって、それが今日までオレを動かし続けた、最大の原動力なのだから。そう簡単に、諦められるかよ。

 

 そんな風に姦しく騒いでいると、空間モニターが投影され、エイミィの顔が大映しになった。

 

『クロノくーん、艦長が呼んでるよー。ミコトちゃんとはやてちゃんとトゥーナさんと、あと紫天の皆さんもだって。あれ? ユーノ君似の子は何処行ったの?』

「ああ、準備が出来たのか。レヴィはトレーニングルームだ。もうそろそろ帰って来てもいい頃だと思うが……」

「ただいまー! ここの兵隊さん、タフだねー! 楽しかったー!」

「兵隊じゃなくて武装局員だ。全員揃ったことだし、向かうとするよ。他の皆は、食堂辺りでくつろいでいてくれ。先に帰りたい人は、エイミィに言ってくれれば転送ポートを使えるから」

「はーい! 行ってらっしゃい、皆!」

 

 なのはに元気よく送り出され、オレ達はクロノの後をついて艦長室へと向かった。

 ……「リンディ茶」を出されなければいいが。心の中で、ひそかに戦慄した。

 

 

 

 

 

 アースラの艦長室は、相変わらずの「間違った和風」だった。とりあえず和のものを片っ端から詰め込んだような違和感。茶室をイメージしているつもりだろうが、茶室に盆栽棚はない。それは庭の方だ。

 そしてハラオウン提督、緑茶に砂糖を入れるな。緑茶はそうやって飲むものではない。苦味や渋み、そのなかにあるほのかな甘みを楽しむものだ。そのままで飲めないなら最初から飲むな。

 ……と、心の中で突っ込みを入れる。趣味趣向など個人のものだ。オレが口出しをすることではない。それがどれだけ滑稽であろうが、本人が納得しているならそれでいいのだろう。多分。

 

「うわっ、話には聞いとったけど、これは酷いわ……」

「あら、はやてさんはお砂糖いらない?」

「あはは、結構ですわ。ゲテモノ趣味はないんで」

 

 割とどストレートな意見を述べるはやて。ハラオウン提督は「おいしいのに……」と若干すねたご様子。

 まあこんなものは本題に入る前の、軽い会話のジャブだ。お互いに。

 

「まずは皆さま、「ナハトヴァール」の打倒、お疲れ様でした」

「うむ、苦しゅうない。ま、我が力を貸したのだから当然の結果だがな!」

 

 王様気質のディアーチェが意味もなく居丈高となる。事実として、彼女が「ナハトヴァール」を倒す大きな力とはなった。はやての砲撃制御、さらには合成魔法まで行使してくれた。

 だがそれはクロノ達の凍結封印、なのは達の砲撃、シグナム達の連携にレヴィの一撃があってのものだ。チームで戦ったからこその勝利と言えた。

 だからハラオウン提督は曖昧に笑うだけで、彼女の発言には特に触れなかった。

 

「まずは夜天の魔導書について。今回の件で夜天の魔導書の危険性は皆無となりました。遠からず、第一級捜索指定ロストロギアからは外れることになるでしょう」

「つまり、「危険物ではない」と認識されるということか。主の匿名性などは確保できているだろうな?」

「絶対、とは言い切れませんが、現状で知っているのは私達とグレアム提督達のみです。アースラスタッフは、さすがに勘付いているでしょうけど……」

 

 だろうな。それでも今のところ、アースラスタッフからシグナム達が排斥される様子はない。「明かせない理由」をちゃんと理解してくれているのだろう。さすがはハラオウン提督の目利きと言ったところか。

 大体、アースラに「アルカンシェル」を搭載したり、わざわざこの宙域で待機したりしているのだ。「ド級のロストロギアを相手にしています」と宣言しているようなものだろう。

 

「……正直、「アルカンシェル」を使わなくて済んでよかったわ。被害の面でもそうだけど、情報秘匿もやりにくくなってしまうところだったから」

「「アルカンシェル」はそれだけの超兵器ということか。使うだけで始末書決定といったところか?」

「それで済めばいい方ね。悪くて艦長の降格処分、最悪責任を取って辞職よ。そうなったら、あなた達をサポートできなくなってしまうでしょう」

 

 上手く言ったのだから失敗したときの話をしてもしょうがない。閑話休題。

 

「先ほどエイミィから報告を受けました。夜天の魔導書の危険性は除かれましたけど、完全修復には至らなかったそうですね」

「その通りだ。どこぞの大バカ色ボケ愚鈍王がやらかしてくれたおかげで、切り離すことになってしまった部分が悪さをしている」

「うっ!? そ、それは確かに我が悪かったが、何もそこまで言わずとも……」

「諦めるんだな。ミコトはこう見えて、結構しつこい」

 

 過去のやらかしで弄られ続けるクロノが、ディアーチェに若干の同情を示した。……真実を言えば、こいつがやらかさなければ上手く言ったかというと、必ずしもそうではないのだが。

 ユーリの力が弱まったときに「ナハトヴァール」が彼女を取り込んだことから分かる通り、条件次第では「ナハトヴァール」の力が上回ってしまうのだ。そして彼女は、あの時点では「ナハトヴァール」と繋がっていた。

 つまり、ユーリの制御に成功した直後に「ナハトヴァール」が彼女の力を取り込み、凶悪進化していた可能性もあるのだ。そうなっていたら……果たして勝てただろうか。

 とはいえ、やはり仮定の話だ。もっと上手く修復が完了していた可能性だってある。ディアーチェのアレは功績であり、やらかしでもあるのだ。

 さて、ハラオウン提督の言いたいことは理解出来た。

 

「我々の助力は、必要ですか?」

「いや、いい。別に差し迫った問題というわけでもないし、今後はミステールと二人でゆっくりやるさ」

「そうですか。……残念ね」

 

 苦笑。つまりは、助力を対価にオレ達の協力を取り付けようとしたのだ。具体的には、オレ達が管理局の傘下に入ることか。

 もっとも、ハラオウン提督としても「ダメで元々」だったようだ。今まで通り、彼女達の依頼を受ける関係性でも、別に問題はないのだ。

 

「あとは引き続き、主の身元につながる情報を断ち切ってくれれば、こちらから言うことは何もない。……信頼してるからな、リンディ提督」

「あら……うふふ。ミコトさんにそこまで言われてしまっては、頑張らないわけにはいかないわね」

 

 リンディ提督は柔らかく微笑む。お気に召したようで何よりだ。

 彼女は改めて、トゥーナと向き合う。ハラオウン家にとっては……夜天の魔導書自体が、「仇」なのだ。

 だがリンディ提督の顔に険はない。ただ、トゥーナの解放を喜んでいる笑みだ。

 

「……永い間、本当に苦労しましたね。今回のこと、心よりお慶び申し上げます」

「いえ……。あなたの御主人は、過去に私が暴走したために亡くなったと聞いた。罵詈雑言を浴びせられても受け入れるべきだと思っている」

「あなたのせいではありません。まして、防衛プログラムのせいでもない。……故人を悪く言うのも、しのびないですわ」

「……あなたは、本当に優しい人間なのだな。そして、強い。あなたに育てられた執務官殿が何故強いのか、少し分かった気がする」

 

 親を褒められ自分を褒められ、クロノは視線を外して頬をかいた。照れるな、キモい。

 これで本当に、オレ達に対する話は終了だ。次は、紫天の書組の処遇について。

 

「まさか今回の件で「紫天の書システム」や「システムU-D」まで解放されるとは考えていなかったため、あなた様方の身分証明等に関して、全く準備できていません。こちらの不手際をお許しください」

「よい。我も、まさかこうも簡単に外に出られるとは思っていなかった。うぬが予想出来ずとも仕方あるまい。面を上げよ」

 

 相変わらずの居丈高なしゃべり方に、同じ顔のはやてが不快そうな顔をする。無理もない。

 リンディ提督は丁寧な対応を続ける。

 

「それで私どもとしては、しばらくの間あなた様方をアースラの賓客として迎え、然る準備が出来た後にミッドチルダにおいでいただきたいと考えております」

「ふむ。我を讃えるその姿勢は褒めるが、ミッドチルダ……うぬらが住む世界か。我らがそこへ行く理由とは何だ?」

「私どもの住む「管理世界」は、現在「時空管理局」という組織が運営・保守・管理を行っております。私どもも、この組織の一員です。ミッドチルダは管理世界の中心に位置し、時空管理局の地上本部が存在します」

「つまり、首都であり王城が存在するということか。うぬは我に城を献上しようというのか?」

「いえ……私にそこまで権限はありません。私があなた様方にお願いしたいのは、管理世界での身分証明の対価として、時空管理局の活動にご協力いただくことです」

 

 「ふむ」とディアーチェは顎に手をやり考える。本当に考えているのかは分からない。はやてと同じ顔ではあるが、中身は大バカ色ボケ愚鈍王だからな。

 

「シュテル、どう考える」

「この時代のことがまだ分からないので、難しいところです。しかしそれを含めて、この提案を受けるのはありだと考えます」

「ほう、その心は?」

「「砕け得ぬ闇」を手中に収めた今、我々には次の行動目的が存在しません。それを決めるにも、あまりに世界のことを知らなさ過ぎる。ですから、世界を運営する組織に所属し、情報を得る必要があります」

 

 さすがは参謀、ちゃんと考えている。彼らからすれば、身分証明を得て自由に動き回るためには、管理局という組織は都合がいいのだ。

 管理局自体は規則だらけで身動きがとりづらいが、管理世界における身分証明手段としては最高に手堅いものだ。実態がプログラムであり身分を立証しづらい彼らにとって、それだけで所属するに足り得るだろう。

 

「だが、それは人の下につくということだろう。我は王だ。人を下につけることはあっても、人の下につくことなどあってはならん」

 

 ここでディアーチェの特性「王気質」が発動。単にマテリアルの王という役割を与えられているだけであって、王そのものではないのだから、気にするほどのことでもないと思うのだが。

 シュテルも意見を述べただけで、最終決定はディアーチェに任せるつもりのようだ。なお、レヴィは早々に話から脱落してお茶と格闘している。

 

「そうですか……。あなた様方のお力添えがあれば、ますます管理世界の平和を確固としたものに出来ると思ったのですが」

「ふん。うぬには悪いと思うが、我はそのようなものに興味はない。我が求めるは何物にも縛られぬ自由、そして未来の我が妃・ミコトのみよ」

「だからならんと言っている。あなたが本来は男性でも女性でもないことは知っているが、そういう問題ですらない。せめて性格設定をどうにかしてこい」

 

 彼女の性格がもうちょっとマシなら少しぐらい考えたかもしれないが、それでも人とプログラムだ。他がどうかは知らないが、オレにそういう趣味はない。

 にべもなくディアーチェを切り捨てると、今度は何故かはやてがドヤる。同性愛の趣味もないからな。

 残念ながらリンディ提督のラブコールは、どちらも切り捨てられたようだ。「残念です」と頭を下げる。

 ……ここで、一石が投じられた。ユーリ・エーベルヴァイン。

 

「私は……やって、みたいです」

「ユーリ? 何を言っている。我はやらぬと言ったぞ」

「でもっ……やってみたい、んです。私の、力が……破壊することしか出来なかった、私の力が、誰かのためになるなら……破壊だけじゃないって、言ってくれるなら……」

「ユーリ……」

 

 それは彼女の切なる願いだった。破壊の因果から解放され、成すべきことのなくなった彼女が、初めて見つけた「やりたいこと」。

 それが自分以外の誰かのために力を使うことだというのは、少しどうかと思うが……彼女の場合はそれぐらいでちょうどいいのかもしれない。

 今まで話に全く参加していなかったレヴィが便乗する。

 

「いーじゃん王様、やろうよ! この船の兵隊さん、僕と遊んでくれたし、結構好きだよ!」

「だから武装局員だ。管理局は軍隊じゃないんだよ……」

 

 彼については「暴れられれば何でもいい」んだろう。……マテリアルズを管理局に迎えるのは構わないが、コントロールは大変だと思うぞ。知ったことではないが。

 

「王、どうしますか。ちなみに私の意見は、先ほど申した通りです」

「……むぅ。臣下を大切にするのも王の定めだからな……、仕方あるまい」

「では……」

「だ、が! 我は人の下にはつかん。故に人の指示で動くこともない。管理局とやらに所属しようと、それは変わらん。例外は我が盟友たるミコトぐらいだと思え」

「分かりました。あなた様の寛大なご判断に、感謝致します」

 

 そのぐらいなら何とか出来るということだろうか。とにかくディアーチェは、マテリアルズとユーリが管理局に籍を置くことに決定した。

 ユーリは控えめに喜び、レヴィは分かっているのかいないのか、「ひゃっほう!」と騒いだ。

 ディアーチェがオレの方を向き、不敵に笑う。何だ?

 

「というわけで、今後は同僚となるわけだな。貴公の我に対する好感度をガンガン上げていくつもりだから、覚悟しておくのだぞ」

 

 ……? ……、ああ。

 

「勘違いしているところ悪いが、オレは別に管理局には所属していないぞ。どころか、管理世界に住んでいるわけでもない」

「………………は?」

 

 ディアーチェが呆ける。渋っていた割にはやけにあっさり決めたと思ったら、そういうことだったか。「オレと一緒に仕事が出来る」と思っていたようだ。

 そんな上手い話があるわけないだろう、阿呆め。

 

「先ほどのリンディ提督の「助力は必要か」という発言を聞いていなかったのか? あの時点で、オレと彼女達が別の勢力圏であることは明白だろう。違うか、シュテル」

「その通りです。まさか王がこんな簡単な事実に気付いていないとは、驚愕です」

「!?!? しゅ、シュテル貴様ぁ!? 分かってたなら言わんか、バカ者! ええい、やめだやめだ! この話はなかったことに……」

「ディアーチェ……ダメ、ですか……?」

 

 ユーリの泣き落とし(素)。ディアーチェに対するこうかはばつぐんだ。ディアーチェはたおれた(陥落した)。

 

「う・ぐ・ぐ……、……休暇は、好きなときに取らせてもらうぞ。我にはミコトの好感度を上げるという大事な使命があるのだからな!」

「お安い御用です。改めて王の寛大さに感謝の念を述べさせていただきます」

 

 そう言いながらリンディ提督は頭を下げ……その途中でチラリとオレの方を見て微笑んだ。目は語る。「こういう交渉のやり方もあるのよ」と。

 ……恐ろしい人だ。オレも、少しでも弱みを見せていたらこうなっていたのだろう。過去の自身の対応に、心底安堵を覚えるオレであった。

 

 こうして、紫天の書チームは一時アースラ預かりの身となった。書類の準備ができ次第、管理世界に住民登録されるそうだ。

 今後彼女達が管理局員として活動するなら、オレ達が受ける依頼とブッキングすることもあるだろう。彼女の求愛を受けるつもりはないが、アタックしたければそのときに勝手にすればいいのだ。

 まあ、大勢には関係のない些末事だ。オレにとって大事なのは……家族や友達と過ごす、オレ達の世界での日常なのだから。

 

 その後、オレは一旦食堂へ行き、待っていた皆と合流した。結局誰も帰らずに待っていたようだ。

 オレ達はアースラ組に別れを告げ、第97管理外世界・地球の日本国内、某県海鳴市へと帰ったのだった。

 

 

 

 

 

 家に帰りつく頃には既に5時を回っており、暗くなり始めていた。暑い砂漠から空調の効いたアースラ、冬の海鳴とジャンプしてきたもんだから、ちょっと気温差が辛い。

 

「みんな、おかえりなさい!」

「お疲れ様でした。晩御飯、用意出来てますよ」

 

 留守番をしていたアリシアとブランが出迎えてくれる。今日一日、オレ達を心配しながらも家を守ってくれた大事な家族達。

 何となく抱きしめたくなって、二人をギュッと抱きしめる。二人ともびっくりしていた。だけど、嬉しそうだった。

 家の中に入ると、いつの間にか姿が見えなくなっていたアリアとロッテ、さらにはギルおじさんまで待っていた。飾り付けをし、パーティの準備をしていたようだ。

 仕事を放置して何をしているのかと呆れる反面、オレ達全員を本当に大事にしてくれていることが伝わってきて、嬉しかった。……本当に、嬉しい。

 

「さあさあトゥーナ君、ここに座りなさい。今日の主役は君なのだからね」

「え、あ、はあ……。あの、本当にいいのですか?」

「当たり前でしょ、めでたい日なんだから。今日は主だとか従者だとか、固いことは言いっこなし」

「素直に喜んでくれた方がこっちも嬉しいのよ。はい、笑って笑って!」

 

 かつては憎み復讐を誓った魔導書に対して、笑顔で祝福を述べるギルおじさん達。オレ達は、ここまで成し遂げることが出来たのだ。

 だから、トゥーナが困惑しながらも受け入れて、はにかみながら笑い、そして皆が笑顔でいられるこの時間が、本当に嬉しくて。

 

 

 

『トゥーナ・トゥーリ、お誕生日おめでとう!』

 

 この日、夜天の魔導書"トゥーナ・トゥーリ"は、改めて生まれたのだ。




事後処理と日常への繋ぎの話。これにて、「闇の書事件」は完了です。お疲れ様でした。
実際のところ「事件」ではないんですよね。最初期にミコトが「復元プロジェクト」を立ち上げたおかげで、事件は一切発生せず、こうしてプロジェクトは一先ずの完了を迎えることが出来ました。
しかし完全復元は出来なかったので、今後も復元のための努力自体は続きます。とはいえ、今までと比べればずっとスローペースなものになるでしょう。もう誰かが傷付くことはないのだから。

はやてが歩けるようになっていることが割とさらっと流されていますが、そもそも足が動くようになり始めたのは銭湯で電気風呂に入ったときのことです。
そのときからリハビリを始め、彼女自身の魔法習得などの努力もあり、松葉杖なら問題なく、なしでも数分程度なら歩けるようになっていました。
なので、今回歩けたのは夜天の魔導書復元の象徴というよりは、彼女の努力の集大成でしょう。

紫天一家はアースラ預かりから管理局入局です。ある意味ミコト達のスケープゴート(ほんとひで) まあ、彼らに関してはそれ以外の道があんまりないんですけどね。
何せ原作ゲームの方で彼女らを連れて行くはずのフローリアン姉妹なんて影も形もないし、かと言って地球で受け入れるのも難しいでしょう。八神家パンク寸前ですし。
まあ、なんだかんだで逞しい四人ですし、何処でも生きていけるでしょ(無責任)
なお、ミコトが寝てる間に紫天組は召喚体についての説明は受けました。隠すだけ無駄と判断したようです。ミコトの側も、ソワレやミステールに疑問を持っていないことから、「ああ話したんだな」程度で認識しています。描写する機会がなかったのでここで補足しておきます。

残すところはエピローグのみ。1話で終わるかな……。


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エピローグ 新しい季節 前編

 季節は巡り、春。今日はアリシアの入学式だ。本日より彼女はピカピカの一年生となり、オレ達も四年生として上級生の仲間入りをする。

 

「おねえちゃんたちー、はやくはやくー!」

 

 既に準備を終えたアリシアが、玄関からオレ達を呼ぶ。これから毎日一緒に登校することになるというのに、彼女は早くも待ちきれない様子だ。

 

「そう慌てずとも、まだ時間はある。アリシアももう一度、忘れ物がないかチェックした方がいいぞ」

「だいじょーぶ! ハンカチももったし、なふだもふでばこもカバンにいれたよ!」

 

 まあ、入学式なのでそんなに色々持つ必要はない。確認するほどのことでもないかもしれないな。

 だが今後は教科書だとか体操服だとかを持っていかなければならないのだ。今のうちにチェックするくせを付けておく方がいいだろう。

 

「アリシア君、もうちょっとだけ待ってくれ! アリア、ビデオカメラが動かないんだが……」

「電池切れてるじゃない。父さま、昨日ちゃんと充電した? こっちのカメラは魔力じゃ動かないのよ?」

「はいはい、ちゃんと予備のバッテリー用意してあるから。足りなくなったらアリアがステルスサーチャーで録画すればいいでしょ」

「む、すまないなロッテ。あとこっちのICレコーダーなんだが、操作方法がいまいち分からないんだ。ちゃんと録音できてるか分からなくて……」

「もー! 何で全部昨日のうちに確認しておかないのよ!」

 

 ……少なくとも、こんな風に当日になってあれやこれや騒ぐようにはなってほしくない。顧問官やってるときは出来る人なんだけどな、ギルおじさん。

 本日の入学式には、在校生であるオレ達以外に、ギルおじさんとリーゼ姉妹、それからミツ子さんも参観に来る。

 ミツ子さんについては、高齢による体力的な不安はあるものの「是非」と言って引かなかった。……オレのときには、オレ自身が断ってしまったからな。止めることなど出来ようはずもない。

 ギルおじさんに関しては語るまでも無いだろう。いつもの親バカだ。冬のあの一件が終わって以降、拍車がかかったように思う。今回も当たり前のように休暇を取り、三日前からこちらに滞在していた。

 本当はシャマルも来たがっていたのだが、あまり大勢で参観しても周囲の迷惑になるだろう。ギルおじさん達を優先し、彼女は翠屋のシフトを入れた。

 

「朝から賑やかなことじゃのう。主殿は、忘れ物の確認をせんで良いのか?」

「ギルおじさん達と違って昨日のうちに準備を済ませたし、さっきのうちに終わらせた。あとはフェイトの着替え待ちだ」

 

 そのフェイトなのだが、何故かアリシアよりも緊張して寝られなかったようで、見事に寝坊してしまった。ほんの10分前に起きて、大慌てで朝ごはんをかきこんだ。今はヴィータとはやてが手伝って着替え中だ。

 狼の姿で器用に頭に本を乗せるザフィーラが、喉をグルルと鳴らす。彼は相変わらずミステールの秘書をやっていた。

 

「仕事面で優秀な人物というものは、案外プライベートでは頼りない傾向にあるのかもしれません」

「それは暗にわらわのことを責めているのかの、ザフィーラや」

「言われたくないのなら、読み終えた本を投げっぱなしにするのはやめてくれ。この姿では片付けるのも一苦労だ」

「律儀だな。誰も気にしないのだから、人型に変身すればいいじゃないか」

「……この姿の方が、アリシアやソワレが喜びますので。あと、主はやても」

 

 そのソワレだが、日向で丸くなっているアルフをモフモフしている。アルフの方も尻尾を振っており、お互い楽しんでいるようだ。

 同じペットポジションでありながらこの差である。……皆、もうちょっとザフィーラをねぎらってやってくれ、本当に。

 と、奥から誰かが出て来る。フェイト達……ではなく、シグナムだった。

 

「おや、主? まだ出なくて大丈夫なのですか?」

「もともとミツ子さんの体力を考えて、余裕を持った予定だ。時間的には問題ない。……今はまだ、な」

 

 「ああ……」と苦笑し、騒いでいるギルおじさん達を見るシグナム。彼女は竹刀袋を背負っており、道場出勤スタイルだ。

 

「お前もまだ時間には早くないか? 道場は10時からだろう」

「ええ。ですが、その前に師範に稽古をつけてもらおうと思いまして。最近恭也の奴がとみに腕を上げて、差を開けられる一方なのです。スクライアの師として、恥ずかしいところは見せられません」

「勤勉なことだ。オレには理解出来ない世界だな」

「……もしご意志がおありなら、私は主に剣をお教えすることにやぶさかではありませんよ?」

「勘弁してくれ、そんなことをされたら死ねる」

 

 脳筋の世界に引きずり込もうとしてくるシグナム。あいにくとオレは武術等に興味はないのだ。文化系活動の方が性に合っている。

 「残念です」と言いながら微笑むシグナム。彼女は玄関で待つアリシアの頭を撫でてから、「それでは行ってまいります」と言って外出した。

 ほどなく、ドタドタという音とともにフェイトがやってくる。

 

「ご、ごめん皆、お待たせ!」

「もー、フェイトはおねぼうさんなんだから。でもゆるしてあげる! アリシア、きょうからおねえさんだもん!」

「わ、わたしの方がおねえちゃんだもん!」

「アリシアが言っているのは「今日から小学生」という意味だ。変に対抗するな」

 

 よほど焦って着替えたか、息を切らせているフェイト。深呼吸をして落ち着かせる。彼女に対し、はやてとヴィータは落ち着いた様子で歩いてきた。

 

「だからそこまで慌てんでもええって言うとるのに。まだ時間に余裕あるんやから」

「焦って服を前後ろ逆に着るし、かえって時間かかってんじゃねーか」

「そ、それは言っちゃダメっ! わたしのおねえちゃんとしての威厳が……」

 

 そんなものは初めからないというのに、フェイトはいまだに諦めていないようだ。懲りない妹だと苦笑する。

 フェイトがやってきたことを受けて、ギルおじさん達も玄関に集まる。三人ともスーツ姿だ。さすがは時空管理局のエリート、ビシッと決まっている。

 ……表情やら何やらについては、触れないことにする。そもそも撮影機材を持ち込みすぎだ。テレビか何かの撮影か。

 

「もう、最低限ビデオの準備は出来たんだから、元気出してよ父さま」

「そもそもICレコーダーなんか何に使うつもりだったのよ」

「むぅ……アリシア君の自己紹介を録音して、仕事の合間に聞いて癒されようと思っていたんだ。たかだか録音がこんなに難しいとは……」

 

 親バカが極まっていて頭が痛い。大体、ミッドでもっと高度な機械に慣れているはずのギルおじさんが、どうしてこうまで機械音痴なのか、これが分からない。……操作とか必要ないのかもしれないな、向こうは。

 いつまでも落ち込まれていても仕方がない。ここは皆で元気付けるか。

 

「オレ達の声が聞きたければ、この家に帰ってくればいいんです。それでも足りないというなら、後で録音すればいいでしょう。そのぐらいの労力なら、何ほどでもない」

「そうやで。おじさんかて家族なんやから、なんも遠慮する必要なんかあらへん。気軽に頼めばええやん」

「元気出せよ、グレアムのおっさん」

「……君達」

 

 目をにじませるギルおじさん。安い感動があったものだ。……だからこそ、尊いのだけど。

 キッチンの方で朝食の後片付けをしていた三人が、見送りにやってきた。ブラン、シャマル、それと……トゥーナ・トゥーリ。

 

「三人とも、片付けを任せてしまって悪かったな」

「気にしないでください。ミコトちゃん達は学校に行く準備があったんだから」

「それに、トゥーナが家のことを手伝ってくれるようになってから、随分楽になったわ。これからは、全員揃ってる時でも大した負担にならないわね」

「日常の場では、私はまだまだこのぐらいのことしか出来ませんから。これから出来ることを増やしていきたいと思っています」

「その心意気があれば十分だ。ゆっくり覚えていけばいい」

「わたしも教えたるから。一緒に料理作ろうな、トゥーナ」

「……はい、我が主達!」

 

 ちょっと遅れて、アルフの背に乗ってソワレがやってきた。最近はすっかりそこが定位置になってしまったな。

 皆に見送られて、オレ達もまた、学校に向けて出発した。

 

 ミツ子さんは既にアパートの前で待っていた。よそ行き用の格好であり、オレは初めて見る。……着る機会をオレが尽く潰してしまったのだから、知っているはずもなかった。

 

「お待たせして申し訳ありませんでした、ミツ子さん」

「いえいえ、お気になさらず。グレアムさんも、皆と積もるお話があるでしょうから。またすぐにお仕事に出られてしまうのでしょう?」

「ええ。本当はもっと長くこちらに居たいのですがね。お気遣い感謝します。それでは、参りましょうか」

「いっしょにいこ、おばあちゃん!」

「あらあら。ええ、アリシアちゃん。一緒に行きましょうね」

 

 アリシアはギルおじさんとミツ子さんと手を繋いで歩いた。まるで歳の離れた親子のように見え、微笑ましい。

 オレの隣を歩くロッテが、小さな声で話しかけてきた。

 

「……ミツ子さんって、ミコトちゃん達と一緒に生活しないの? 今ならもう平気よね」

 

 トゥーナの一件が解決するまで、オレ達には余裕がなかった。今なら一緒に生活するだけの余裕もあるというのは、ロッテの言う通りだ。

 だが、彼女と別々に生活をしている理由は、それだけではないのだ。

 

「あのアパートは、ミツ子さんの旦那さんが建てたものだそうだ。老後は二人でアパートを経営しながらゆっくり過ごそう、とな。残念なことに、彼はその夢の半ばで亡くなってしまったが」

「思い入れがあるのね……。じゃあ、今も旦那さんのことを想い続けてるってことか」

 

 そうなんだろうな。そうやって、亡くなっても想い続けられるほど、旦那さんのことを愛していたのだろう。……今更ながら、オレも一目見てみたかった。

 だが、ロッテの思うところはそうではなかったようだ。

 

「ほら。父さまとミツ子さんって、お似合いだと思わない? 父さまって、あれでいまだに独身なのよ。使い魔としてはいい加減幸せになってほしいって思うんだけど」

「こーら、ロッテ。そういう余計なこと言わないの。そういうのは私達が決めることじゃなくて、父さま達がどう思うかでしょ? 外堀から埋めようとするんじゃないの」

 

 今の話に聞き耳を立てていたアリアが妹を嗜める。「てへー」と、ロッテは悪びれず舌を出した。

 ……ギルおじさんがミツ子さんと、か。オレにとっては、どちらも親同然の人達だ。ロッテの言ったように、二人がくっ付いたからといって特に文句があるわけではない。

 だが、そうなるとミツ子さんは、必然的に管理世界を知ることになる。彼女の余生に面倒事をもたらさないために、今まで黙ってきているのだ。そう考えると、少し複雑だ。

 

「まー、とりあえずは今のままでええんちゃう? 二人がその気になったら、そのときは応援すればええだけやで」

「うん。わたしも、そう思う。……そうなったらわたし達、本当に姉妹だね」

 

 おかしそうに笑うフェイト。家族でありながら他人でもあるオレ達が、本当の姉妹になる。それは……確かに面白いな。

 あの事件のとき、アリアが涙ながらに言った言葉を、今でも覚えている。「妹を殺すことなんて、私には出来ない」。オレとはやては、彼女に「妹だ」と言われたのだ。

 最初は監視する側とされる側で、出会いは衝突。だけどそれは和解を経て、付き合いが生まれ、いつしか本当に家族のようになっていた。

 それが、本当の家族に……姉と妹になるとしたら。それはきっと、素敵なことだろう。

 だから、皆で顔を見合わせて、本当におかしくて笑った。

 

「もー、おねえちゃんたちおそいー! なにしてるのー!?」

「急かしてはいけないよ、アリシア君。時間はまだまだあるのだから、ゆっくり行こう」

「ええ、そうですね。アリシアちゃん、おばあちゃんとお話しながら、皆を待ちましょうか」

 

 ――そう遠くない未来、この予感は現実のものとなる。今はまだ、知る由もないが。

 

 

 

 入学式と始業式を経て、オレ達は四年生の教室へと向かった。ギルおじさん達とミツ子さんは、アリシアのいる一年の教室に着いて行った。

 ……やはり4人とも目立っていた。運動会のときと同じように、保護者の中でしっかりと(?)浮いていた。その程度は覚悟の上だったわけだが。

 

「相変わらずはやてン家はキャラ濃いね。保護者席見たとき「あ、来てる」って思わず言っちゃったわよ」

 

 その感想をあきらが述べる。三年から四年はクラス替えがないため、オレ達8人はまた同じクラスだ。……多分、五年になっても同じなんだろうが。教諭の監視的な意味で。

 彼女の意見に残りの4人が苦笑しつつ同意し、今度は新入生の席についての感想。

 

「あと、やっぱりシアちゃんも目立つよね。なんと言っても、一人だけ金髪だったし」

「ぶっちゃけ八神家組で一番ふつーなのって、やがみんだよね」

「言うてくれるな、いちこちゃん。その通りや」

「み、認めちゃうんだ……」

 

 自虐なのかそうでないのか、はやては胸を張る。実際のところ八神家の面子でこの国出身の人間はオレとはやてだけなので、ある意味順当であった。

 オレも……まあ、人目を集めてしまうからな。普通とは言えないのだろう。甚だ納得いかないが。

 と、5人衆でも八神家でもない者が、会話に参加してくる。

 

「やっぱりあれがフェイトちゃんの妹なんだ。ほんとそっくりだったね。まるで双子みたいだったよ」

「あはは、まあね。でも、性格は全然違うんだよ。あの子ってば、ほんとにいたずら好きなんだから……」

 

 加藤丸絵。運動会での衝撃(恭也さんに一目惚れ&秒速失恋)以降若干の落ち着きを見せた、フェイトと交友関係のあるクラスメイトだった。

 相変わらず落ち着きのない鈴木とは別行動を取ることが多くなったようで、今は一人だ。彼女にとってはいい傾向なのだろう。

 アリシアのいたずらは、不定期に行われる。さすがに食卓をいじる真似はしないが(はやての雷が落ちる)、同じ部屋を使っているフェイトやヴィータは、たびたび被害にあっているようだ。

 一番最近だと……フェイトの勉強机にセキュリティデバイスが仕掛けられていたことか。パスワードを解かないとシールドが解除されないというもので、家の中でバルディッシュを展開する騒ぎになった。

 ただのいたずら好きな子供ならまだいいのだが、彼女には優秀なデバイスマイスターとしての素質と、それを現実に活かすだけの資金力を持った友人がいる。

 そんなわけで、フェイトの視線は共同デバイス開発者の一人であるはるかの方に向けられる。彼女は目を逸らし、吹けもしない口笛を吹いて誤魔化した。

 

「ふーん。でも見た感じからして活発そうだったよね。フェイトちゃんみたいに運動神経もよかったり?」

「それはないかな。あの子、意外とインドア派だから。一緒にジョギング誘っても、色々理由付けて逃げるんだもん」

「君のジョギングがジョギングの域を超えているだけだと思うが。1時間で10kmはオレだってキツい」

 

 そんなものだったとは思っていなかったらしく、加藤は「え゛」と言って硬直した。ちなみにこれは、フェイトやシグナムにとってはウォーミングアップ程度でしかないらしい。

 まだまだ、彼女の知らないことが世の中にはあるのだ。

 

「補足しておくと、インドア派なのは確かだが運動神経が悪いということはない。言ってみれば、亜久里タイプだな」

「むふふー。あとでシアちゃん捕まえに、一年生の教室に行くのだー」

「壮絶な追いかけっこになりそう……」

 

 「可愛い」と思ったものを捕獲するときは謎の運動能力を発揮するんだよな、彼女は。フェイトですら捕獲されてしまう。

 教諭が教室に入ってくる。会話もそこそこに、それぞれの席に散って行った。時に退屈であり、時に刺激的であり、平凡で大切な学校生活が、また始まるのだ。

 

 始業式の日は授業はなく連絡事項のみなので、それほど長くはかからない。学級活動が終わると、待っていたとばかりにアリシアが教室の中に飛び込んできた。

 彼女はオレの位置を確認すると、一直線に飛び込んできた。

 

「えへへー、ミコトおねえちゃん、いっしょにかえろー!」

「……違う学年の教室だろうが構わず突っ込むか。実に君らしい」

 

 いきなりのことにほとんどのクラスメイトが目を点にする。驚かなかったのは、彼女のキャラクターを知っている面々だ。

 大人しめのフェイトによく似た少女が、はつらつと飛び込んで来ればそうもなるか。なお、真っ先に反応したのはそのフェイトである。

 

「こら、アリシア! おねえちゃんが動けないでしょ! ちゃんと準備出来るまで待ちなさい!」

「えー? だいじょーぶだよ、アリシアかるいもん。ねー、ミコトおねえちゃん」

「確かに動けないほどではないが、動きづらいことは確かだ。せめて椅子から立つまでは待ってほしかったな」

 

 あとフェイト、今更姉の威厳とやらを出してみても遅いぞ。とっくにクラスメイトは君のキャラクターを理解している。

 アリシアはオレから離れず、足をパタパタさせている。……一応、アリシアへの注意喚起でもあったんだが。

 

「まあ、あれだ。アリシア、後方注意」

「へっ?」

「うへへへへー、シアちゃんゲットー」

 

 隙だらけとなったアリシアを、亜久里が後ろから抱えるようにさらった。「ひゃー!?」と悲鳴を上げるアリシア。

 その小さな体の何処にそんな力があるのか、亜久里はアリシアを抱えたままくるくる回った。

 

「シアちゃんの方から来てくれるなんて、一年の教室に行く手間が省けたよー」

「ひゃー、めがまわるー!? た、たすけてー!」

「ようこそ海鳴二小へ。歓迎しよう、盛大にな!」

「あ、あははひゃひゃはひゃ!? い、いちこちゃん、わきはだめぇっ!」

 

 いちこが悪乗りしてアリシア弄りに加わった。オレはあえて助けず、帰り支度を優先した。

 これまで留守番ばかりだったのだ。今は5人衆と心行くまで触れ合うのがいいだろう。

 

「八幡さん妹ミニ! そういうのもあるのか……」

「うーん、ちっちゃ過ぎねえ? あと妹さんみたいな儚さがないと……」

「そうか? 俺は割と活発な女の子も好きだけど」

「お前らはまだ分かっていない……八幡さんと妹さん、さらにその妹さんをセットで想像してみろ!」

「……、ありだな!」

「ふりかけがほしい!」

「やはり天才か……」

「バカやってねえでとっとと帰れよ。今日は12時には校門閉まるからなー」

 

 男子が何やらバカをやって、呆れた様子の教諭が退室する。オレ達も、いつまでもぐずぐずしていられないか。

 

「亜久里、アリシアを外まで運んでやってくれ。ギルおじさん達を待たせておくわけにもいくまい」

「らーじゃ! お外に出ましょうねー、シーアーちゃーん」

「やーん! ミコトママー!」

「!? お、おい! 聞いたか!? 「ミコトママ」って言ったぞ!」

「八幡さん……やはりあなたは聖母だったのか……」

「知 っ て た」

「……相変わらず、男子はバカねぇ」

 

 あきらがため息をつきながら言った言葉が、状況を総括していたように思う。うちの学校の男子にはバカしかいないのだ。

 

 

 

 

 

 訂正、よその学校にもバカしかいない。

 

「ガイ君ってば、酷いの! 一緒に帰ろうって誘ったのに、剛田君と遊ぶの優先なんだよ!? 信じられないの!」

「ユウ君もそっちに行っちゃったのよねー。わたし、ユウ君と付き合ってるはずなんだけど……」

 

 始業式を終えて翠屋に集まった聖祥組(3人娘に加えて鮎川もいる)が姦しく騒ぐ。騒いでいるのは主になのはであるが。内容は聞いての通り、想い人への愚痴だ。

 どうにもあの男子三人はよくつるむようになったらしく、女子からのお茶のお誘いを断ってガイの家でゲームをしているそうだ。剛田はともかく、ガイと藤林は何をやっているのか。

 ガイは建前上「ハーレムを作る」と言っているのだから、女子のお誘いはちゃんと受けなきゃダメだろう。最近そのことを忘れてただの変態になってるんじゃないだろうか。

 藤林に至っては論外だ。彼女を軽視するなど彼氏失格。既に知っていることだが、奴は悪い意味でマイペース過ぎる。何とか修正してもらわねば、いずれ鮎川が泣くことになるだろう。

 海鳴二小の男子とは別方面のおバカさに、ため息も出ようというものだ。

 

「お待たせいたしました。激辛トムヤンクンパスタです、アリサお嬢様」

「そんなの頼んでないわよ!? っていうかあんたが「アリサお嬢様」とか言うのやめなさい!」

 

 本当は注文通り、ただのペペロンチーノだ。ガイがいないのでオレが彼女を弄ったまでである。

 オレは現在、翠屋の「お手伝い」に来ている。お昼のピークであり、最も人手が必要な時間帯なのだ。一緒にホールに入っているのは、シャマル、恭也さん、美由希、それから須藤だ。

 始業式の日からシフトを入れなくてもいいじゃないかと思われるかもしれないが、逆だ。学校が早く終わる始業式の日こそ、長くシフトを入れられる。この稼ぎ時を逃す手はない。

 

「美由希、そっちはやっておくから外の列整理を頼む。シャマル、3番テーブルだ」

「りょうかーい!」

「ただいまご注文をお伺いしますね」

「……相変わらずミコトちゃんは名チーフだなぁ。同い年なのに、凄いよね」

「あいつの特技なんでしょ、人に指示出すの。他のことなら負けないわよ」

「にゃはは、アリサちゃんも相変わらず負けず嫌いだね」

「でも、ほんとに気の毒だねー。「ユーノ君」」

 

 鮎川がそう言ってキッチンの方に目線をやる。ちょうど、話題の人物が完成した料理を運んでくるところだった。

 

「1番ペスカトーレ、2番カルボナーラとシュークリーム、お待たせしました!」

「恭也さん、お願いします。須藤も」

「ああ。4番、ボロネーゼとボンゴレロッソ、AセットとBセットだ。頼むぞ、ユーノ」

「こっちも、5番ジェノベーゼとシュークリーム。よろしくなー」

「は、はいただいまー!」

 

 新たな注文を受けてキッチンに下がる筋肉少年。紛れもない「ユーノ・スクライア」その人だ。

 ミッドチルダ人であるはずの彼が何故この世界にいて、何故翠屋でキッチンの手伝いをしているのか。その理由とは……。

 

「こっちにホームステイが決まったはいいけど、希望してたところが取れなくて高町家が引き受けることになったんだっけ」

「本人は海鳴二小に行きたかったのに、高町家は学区外だし、そもそもあそこが留学生募集してないから、結局聖祥になっちゃったんだよね」

「うちはホームステイでもうちの子扱いだから、例外なく翠屋のお手伝いをするの」

「でもってあの筋肉でお客さんびっくりさせちゃうから、キッチンを手伝うことになったのよね。ミコト目当てだったはずなのに、色々不憫だわ……」

 

 ……ということである。解説どうも。

 より詳細に説明すると、彼が「夜天の魔導書復元プロジェクト」に参加することへの見返りというのが、こっちに定住することだったのだ。彼がギルおじさんに願い出たことだという。

 アリサが語った通り、オレの近くに居たいという感情からの行動なのだろう。短絡的だとは思うが、彼の望みにオレが口出しをすることでもないだろう。

 彼はどうも、最初は八神家でホームステイする気満々だったようだ。だがそんなことを親バカに定評のあるギルおじさんが許すはずもない。そして、士郎さんと共同防衛ラインを形成した。

 結果、彼は去年の春と同じく高町家に滞在することになり、なのはと同じ聖祥に通いながら、高町家の子として翠屋の手伝いをすることになったのだ。南無い。

 ちなみに、なのは達と同じクラスだ。つまりはガイ達とも同じクラスであり、本来なら彼もゲーム遊びに誘われていたはずだ。ますます南無い。

 

「3番季節野菜のラタトゥイユ・パスタ、4番スパゲッティ・ネーロ、お待たせしました!」

「ありがとう、ユーノ君。助かるわ」

「次、8番ボンゴレビアンコとシュークリーム。よろしく頼むぞ、ユーノ」

「はいっ! ただいまー!」

 

 オレが注文の品を取るついでにオーダーを伝えると、それだけで体力が回復したかのように動き出すユーノ。現金なやつだ。

 彼も男の子なのだ。御多分に漏れず、おバカなのだろう。そう思うと、ついつい苦笑が漏れてしまった。

 

「あ、チーフさん今ちょっと笑ってた! やっぱり可愛いなー」

「最近ほんと表情増えたわよね、あいつ。年が明けてから、特によね」

「はやてちゃんの足が完治して、気持ちに余裕が出来たのかもしれないね」

「ごちそうさまでしたっ!」

「なのは、食べ終わったならヘルプに入ってくれ。悪いが今は猫の手も借りたい」

「にゃあああ!? 早まったの!?」

 

 この後滅茶苦茶給仕した。

 

 そうして、午後3時頃になればピークも過ぎる。今日は入学式の日ということもあり、その足で食べにくる客が多かった。いつも以上に忙しかった。

 結果、まだ慣れていないユーノと体力に優れないなのはの二名が、休憩時間に翠屋の客席でテーブルで突っ伏すという状況が出来上がったのだった。

 

「まったく情けないぞ、ユーノ。その筋肉は見た目だけか?」

「これ、筋肉、関係ないと、思うんですけど……」

 

 ユーノが任されている仕事というのが、出来上がった料理の運びだしと皿洗い、オーダーの伝達だ。キッチンと言っても料理に携わるわけではない。

 力仕事であればその逞しい筋肉を活かすことも出来ようが、生憎と翠屋のキッチンはそこまでの力仕事を必要としない。桃子さんが取り仕切っているわけだから、当然と言えば当然だ。

 その代わり、仕事量が半端ではない。特に今日は客が多かった関係で、ホールとキッチンの中継点となったユーノの負担が大きかったわけだ。ちなみに士郎さんなら苦も無くこなす。

 なのはに関しては……単純な体力不足。運動音痴も相変わらずで、安心すればいいのか呆れればいいのか。

 

「本当に、少しは体力を付けたらどうだ。君の方がユーノよりも先輩のはずなのに、明らかに仕事量が少なかったぞ」

「うう、そんなこと言われてもー……」

「そう考えると、ユーノってやっぱり優秀なのね。まだシフトに入って一ヶ月よね?」

「えっと、そうだね。最初の一ヶ月をこっちの生活に慣れるのに使って、その後からだから」

 

 アリサの確認に、彼は起き上がって答えた。回復早いな、おい。

 ユーノがこちらに引っ越したのは、二月の頭だ。それから聖祥に編入し、翠屋を手伝うようになったのは三月から。仕事に慣れるには短い期間だが、それでもあの忙しさには対応できている。

 

「ほんと凄いよね。編入直後の期末テストで、早速学年一位だもん。ちょっとはユウ君にも見習わせたいよ……」

「……あはは。ユウは、ね。サッカーでいい点取ってるから、それでいいんじゃないかな」

 

 笑ってごまかすユーノ。実際のところ、彼に今更小学校の勉強は必要ない。ミッドの方で大学卒業相当の資格を持っているそうだ。こちらの飛び級とは比較にならない優秀さを誇るのだ。

 それを全て捨ててまでこちらの世界にやってきたのは……オレのそばにいるため、なんだよな。ちょっと重い。

 そういう裏事情を知っているためか、負けず嫌いのアリサもこの件に関してユーノに突っかかる気はないようだ。突っかかるだけ虚しいのだ。代わりになのはが突っかかる。

 

「ガイ君も負けてないもん! 二位だったもん!」

「なんであの変態のことなのにあんたが対抗してんのよ。……考えてみると、四馬鹿の中で本物のバカって藤林だけなのよね。剛田のやつも、毎回十位以内には入ってるし」

「四馬鹿って……もしかしなくともそれ、僕も含まれてるよね?」

「あはは……はぁ。わたし、ユウ君の勉強ちゃんと見てあげてるはずなんだけど」

「全教科半分を下回ってたんだっけ……」

 

 変態バカと正義バカとサッカーバカに加えて筋肉バカ。四馬鹿とは言い得て妙な表現だ。学力はともかくとして、精神的にはユーノもそう変わらないのかもしれない。

 そう考えれば、これは彼にとってちょうどいい機会だったのかもしれない。ミッドという実力社会の中で置き去りにしてしまった幼少期を取り戻すという意味で。

 そう考えれば、オレが責任を感じる必要はないのだ。そういうことにしておこう。

 

「聞けば聞くほど、藤林が何故聖祥に通っているのか分からなくなるな。学力的にはうちの平均とそう変わらないんじゃないか?」

「皆が皆公立の生徒より勉強出来るってわけじゃないわよ。あんたの周りと比較したら、見劣りもするんじゃない?」

「はるかちゃん、凄いよね。うちのお姉ちゃんとシアちゃんとで、いつも怪しげな発明してるんだよ。わたしも見せてもらったんだけど、全然分からなかったよ」

「へー、そうなんだ。……って、アリシアちゃんって今日から一年生だったよね? そっちの方が凄いんじゃ……」

「あの子は紛れもない「天才」だよ。オレとしては努力で彼女達についていっているはるかの方が凄いと感じるな」

 

 アリシアの能力を考えれば、彼女は聖祥に通うべきだろう。だが、そうすると八神家で一人だけ聖祥ということになってしまう。それは可哀そうだ。

 学費に関しては、現在は自腹で何とかしている。それが出来るだけの収入源が整ったのだ。全員が聖祥に移っても、なお余裕があるだろう。

 まあ、だからオレとはやてとフェイトが聖祥に編入し、アリシアもそちらに入学するという選択肢もなくはなかったが……オレ達にその意志がなかった。

 何故と言ったら至極簡単、オレ達は海鳴二小を気に入っているのだ。愛着を持っていると言ってもいい。……それに、5人衆と違う学校になるのも嫌だったしな。

 オレ達はこれからも変わらず、公立小学校で騒がしくしていればいい。それで、いいのだ。

 

「多分、中学からは全員聖祥に行くことになるだろう。そのときは、よろしく頼むぞ」

「そ、そうか! 中学からは皆一緒の学校に……」

「残念だけどユーノ、聖祥は中学から男子部と女子部に別れるわよ。あんたが海鳴二小組と同じクラスになることはないわ」

「……なんて時代だ!」

 

 ユーノ以外で笑いが起こる。これで気持ちを隠しているつもりだというのだから、彼も大概ニブちんである。

 ここで、なのはから提案があった。

 

「あ、そうだ! ねえミコトちゃん、今週末のお花見、海鳴二小の皆も一緒に来ない? なのは、久しぶりに会いたいの!」

 

 四月の第一週。今は桜が満開で一番の見頃だ。高町家とバニングス家、月村家は毎年この時期に花見を行っているそうだ。今年は藤原家も一緒で、さらに剛田、藤林、鮎川の三人も来ることになっている。

 なのはが海鳴二小の皆と最後に会ったのは、ユーノ歓迎会兼期末テストお疲れ様パーティのときだ。先述の通り、聖祥は私立であるため小学校ながら期末テストが存在する。

 あれは三月中旬の出来事だから、久しぶりというほど間は空いていないが……彼女にとっては十分久しぶりになるということだろう。翠屋で顔を合わせるオレ達とは違うのだ。

 なのはの意見には、全員が賛成。特に鮎川の賛成が大きかった。

 

「わたし、皆ほど向こうの皆に会えてないから。また色々お話したいなあ」

「そういえばそうだったか。ふむ、オレも特に異論はない。皆の予定が合うようなら、参加を呼び掛けてみよう」

「やったー! 皆が来てくれれば、絶対、もっと楽しいの!」

 

 嬉しそうに大はしゃぎするなのは。そこまでかと苦笑する。……喜んでくれるなら、オレも嬉しく感じるな。

 

「シャマル。勝手に決めてしまったが、大丈夫か?」

「ええ、うちの皆もきっと喜びますよ。今週末だったらグレアムさん達もまだいるわね。誘ってみる?」

「おじさん来てるんだ。……って、アリシアの入学式なんだから当たり前だったわね。あれはうちのパパと同類だわ」

「あはは、リチャードさんはアリサちゃんが可愛くてしょうがないんだよ」

「……あれ? アリサちゃんのお父さんってデビットさんじゃなかったっけ」

「わたしが聞いたときはウィリアムさんだったような……?」

「……全部合ってるわ。デビット・リチャード・ウィリアム・ナイツ・バニングスよ。無駄に長ったらしいんだから」

 

 そういえばそんな名前だったな。はやてはめんどくさがって「ウィリアム」しか覚えなかったが。

 ファーストネームはデビットであり、リチャードは祖父、ウィリアムは曾祖父から譲り受けたミドルネームだそうだ。ナイツは母方の家名だとか。……やはり長い。

 アリサの父親の名前は置いておいて、ギルおじさん達なら誘えば来るだろうな。……ふむ。

 

「せっかくだし、クロノにも声をかけてみるか。どうせ明後日うちに来るんだしな」

「な、なんでクロノの奴が八神家に!?」

「落ち着いて、ユーノ君。いつものお仕事の話よ」

「「クロノ」君、でいいの? わたし、会ったことないよね」

「あたし達も、去年の夏休みに偶然会っただけよ」

「そっか、もうそんなに経つんだね。わたしも、久しぶりにお話してみたいかな」

「にゃはは、賑やかになりそうなの。楽しみだなー」

 

 クロノは休暇が合わなければ無理だが……どうせ有給が大量に残ってるだろうな。何とかなるだろう。

 ――後日この話を聞いたギルおじさんが、半ば強制的にクロノに有給を取らせ、彼もまた花見に参加することになるのだった。まあ、いつものことだな。

 

 

 

 

 

 図らずも、オレが紡いできた繋がりが集まるイベントとなった。……忘れられない花見になりそうだ。



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エピローグ 新しい季節 後編

 この時期の桜台登山道は、その名の通り桜の花が満開となりピンク色の山道を作り出す。海鳴市でも人気の花見スポットの一つだという。

 もう一つの人気スポットは海鳴臨海公園。山と比べれば花の数は劣るが、アクセスのしやすさと、同時に海を臨めるという立地条件が人気の要因となっているそうだ。

 が、今回オレ達が花見をする場所は、そのどちらでもない。何故かと言えば、二つの人気スポットは人気というだけあって人でごった返しているのだ。それではゆっくり花を愛でる余裕もないだろう。

 では何処か? 答えは、「別に街中の公園でも花見は出来る」。オレ達の町には、そんな都合のいい公園が一つあるのだ。聖祥組からも海鳴二小組からも、アクセスが容易な公園だ。

 

「中央の大楠のイメージが強いが、ここも意外と桜の木が植えられているんだな」

「満開の時期に来るのは、実は初めてやねー」

 

 正式名称不明の、地元民からは「クスノキ公園」の愛称で呼ばれる公園。魔法訓練を行うことさえ出来るこの公園は、当然花見も可能だ。オレ達以外の花見客もちらほら見かけられる。

 知る人ぞ知る花見スポットなのか、一団体が一本の桜を独占できる程度の客数だ。あるいは、街中であるためそこまで派手には騒げないのが原因か。

 オレ達はそこまで騒ぐ気がないので、ここで十分だ。わざわざ遠出をするメリットが薄い。

 

「こらー、アリシアー! 意地汚い真似しないのー!」

「キャハハー! アルフ、もっとはやくー!」

「(ごめんよフェイト。あたしもちょっと食べたいんだよ)」

 

 それに、ここならアリシア達が遊ぶことだって出来る。山道や臨海公園ではこうはいかないだろう。……アリシアが取ったのは、オレが作った玉子焼きか。そんなことしなくても、まだたくさんあるだろうに。

 アルフの背に乗り逃げるアリシアを追うことを諦め、フェイトは「まったくもー……」とつぶやきながらオレの隣に座る。

 

「そう厳しくしてやるな。あの子は今まさに遊びたい盛りなんだ。少しぐらいの悪戯なら大目に見てやれ」

「分かってるけど……おねえちゃんの玉子焼き、楽しみに取っておいたのに」

「まーまー、まだあるやん。ほれ、ふぅちゃん。あーん」

「えっ!? い、いいよそんなこと。恥ずかしいよ……」

 

 「ほなしゃーないなー」と言って、はやては箸の軌道をオレへと向ける。オレは抵抗なく玉子焼きを口の中に入れた。……うん、上出来だ。

 

「玉子焼きが上手な女の子は、いいお嫁さんになるんやで」

「それは知らないが、さすがにはやてには敵わないな。このから揚げ、味も揚げ加減も絶妙だ。オレにはここまでのものは作れない」

「あはは、一つぐらいは女の子らしい部分でミコちゃんに勝ちたいやん?」

 

 女の子らしさというなら、それこそオレでははやてに敵わないと思うが。オレがそういう言葉からかけ離れているということは、自分自身がよく理解している。

 むしろ、オレに女の子らしい部分などあるのだろうか? ……自分ではちょっと思い当たらないな。

 

「そういうことなら、逆にオレが料理ではやてを追い抜かなきゃな。一つぐらいは女の子らしい部分がなければ、また男と間違えられかねない」

「あはは……そんなことするの、なのはぐらいだと思うけど」

「ふぅちゃん、なのはのこと呼んだー?」

 

 フェイトの発言の一部を耳ざとく聞きつけ、なのはがやってくる。やや遅れて、シャマルもやってきた。

 自分から弄られにくるとは。奇特な趣味を持っている少女だ。

 

「人の性別間違えるんはなのちゃんのお家芸やって話やで?」

「う゛ぇ!? そ、そんなに頻繁に間違えたりしてないもん! 一回だけだもん!」

「……あれ? でも確か、ユーノが変身魔法解いた時に勘違いしかけてたよね」

「にゃあ!? な、なんでそんなこと覚えてるのぉー!?」

「あらら、なのちゃんってばおっちょこちょいね。可愛いんだから」

「そういうシャマルは、いつになったら料理のドジがなくなるんやろうな。この間やっと上手くいったと思ったら、塩と砂糖間違えるなんてベタなことしとったし」

「う゛!? ま、まあそんなこともあるわよね……」

 

 ないと思うが。感触が全然違うんだから、すくった時点で分かるものだろう。何故シャマルは料理になると途端にドジになるのだろうか。この分野に関しては、ブランの方が余程落ち着いている。

 まあ、ちょっとずつではあるが彼女も成長している。魔法プログラム体だからと言って変化がないわけではないのだ。いずれはちゃんとした料理が作れるようになるだろう。いつになるかは分からないが。

 

「と、ところでトゥーナは何処かしら!? あの子にも楽しんでもらえてるといいんだけど!」

「露骨に話逸らしたな。まあええけど。わたしらにべったりやったから、他の人とも交流取らなあかんよって、5人衆に任せたわ。その後どうしたかは知らんけど」

 

 トゥーナはどうにもシグナムと同じ傾向がある。即ち、オレやはやての世話を焼きたがるのだ。そんなことをされずとも、オレ達は自分のことは自分で出来るのだが。

 シグナムの方は恭也さんに任せた。彼女も好敵手の言葉なら素直に聞くようだ。二人の時間を邪魔されて、忍氏が不満そうではあったが。

 花見の規模が大きいため、さすがに誰が何処にいるかを逐一把握はしていない。……オレもそろそろ席を移動して、皆に顔を見せに行くか。

 

「そうだな。少しトゥーナやシグナムの様子を見てやるか。放り出してそのままはさすがに忍びない」

「あ、せやったらわたしも行くわ。入れ違いでごめんなー、なのちゃん」

「ううん、平気! なのは、ふぅちゃんとおしゃべりしてるの!」

「二人とも、行ってらっしゃい」

「この子達のことはわたしが見ておくから、安心してね」

 

 フェイトとなのはをシャマルに任せ、オレとはやては他の小集団をめぐることにした。

 

 

 

 まず最初に、アリサと月村、それからヴィータとソワレがいるところを訪れる。月村の傍らにはファリンが控えていた。……彼女と顔を合わせるのも、何気に久しぶりだな。

 

「あ、ミコトちゃんにはやてちゃん。楽しんでますかー?」

「まあな。ファリンがこういうイベントに顔を出すのは珍しいな。ノエルも来ているのか?」

「はい! お姉ちゃんは色んなお席を回って、食べ物や飲み物の補充をしてるんですよー」

 

 また律儀な。まあ、パーフェクトメイドの形容が似合いそうな彼女らしいとは思う。このぽややんとした妹の方とは違って。

 彼女は月村のお世話係りというよりは、普通に会話を楽しんでいるのだろう。そもそもこの場で世話をするようなことがあるのかという話だ。

 

「なーミコトー。ファリンのやつ、大丈夫なのか?」

 

 何やらヴィータが尋ねてくる。大丈夫か、と聞かれても、オレもあまり彼女のことを知っているわけではないのだが。どういうことだろうか。

 

「メイドって要するに、従者だろ? ミコトとはやてにとってのあたしらじゃん。こんなボケボケで勤まるのか?」

「ヴィ、ヴィータちゃん酷いですぅ!? これでも食材の買い物とかお部屋のお掃除とか、色々任されてるんですよぉ!?」

 

 同じような立場にあるため見かねて、ということのようだ。オレ達としては、ヴォルケンリッターもトゥーナも普通に家族として見ているから、ファリンに当てはめること自体違和感を感じるのだが。

 だからと言って「メイドとして大丈夫か」と聞かれたら、疑問ではある。お茶会のときやお泊り会のときに、ドジを見ているからな。

 

「雇い主が彼女で文句ないなら、それでいいんだろう。月村はどう考えている?」

「わたしも、ミコトちゃん達みたいな感じだよ。ファリンもノエルも、従者っていうより家族だって思ってるから」

「うぅ、すずかちゃん優しいです~」

「すずからしいわね。あたしは、従者は従者って割り切ってるけど。そうしないと判断出来ないことだってあるわよ」

 

 同じお嬢様でも、環境によって考え方に差異が出る。アリサの場合は「大企業の跡取り」として帝王学的なことを学んでいるのだろう。理屈として間違っているわけじゃない。

 対照的な二人であり、だからこそ波長が合うのだろう。なのはの話では、アリサは最初ジャイアンだったらしいが。

 

「ファリン、ぽかぽかしてるから、すき」

「ソワレちゃん……ありがとうですー」

「ファリンさんにはファリンさんの味ってもんがあるやん。こうやって空気をゆるーくするのがファリンさんの仕事なんや」

「メイドってのも色々あんだなー」

 

 とりあえず、ヴィータの疑問には答えられたようだ。なお、根本的な問題の解決にはなっていないのだが、誰も突っ込まなかった。

 

「で、あんた達は何してんの?」

「なに、せっかくだからあいさつ回りだ。はやての元気な姿も見せてやりたいしな」

「おかげさまですっかりよくなりましたーってな。自分の足でちゃんと歩けるって最高やで」

 

 もう知らない人はいないだろうが、それでも自分の足で不自由なく歩いている姿を見せてやりたいのだ。ある種の自慢かもしれないが、「ちゃんと成し遂げてみせたぞ」と見せつけてやりたい。

 ぺしんと自分の足を叩くはやて。それを見てアリサと月村、ファリンの三人は表情を緩めた。

 

「ミコトちゃん、本当に頑張ってたもんね。わたしも、シアちゃんやミステールちゃんがうちに来るのを見てたから、ちょっとだけ分かるよ」

「君の、というか月村家の助力がなければ成し遂げられなかった。そういう意味では、オレは君にも感謝をしている」

「……感謝なんて。わたしなんて、ただ見てただけだよ?」

 

 苦笑し、少々自虐気味な月村。この子は中々変わってくれないな。一応努力はしてるみたいなんだが。

 多分、決定的なやり方が見つからないんだろうな。あるいは前に出ようとしても、抑制の方が強く働いてしまい上手くいかないのか。

 はやてとしても気にかけているし、何より彼女は「オレの友達」の大事な友達だ。置いて行かれないように相応の結果を出してもらわないと困る。

 

「それを言ったら、オレなどただ偉そうに指示を出していただけだ。結局ほとんどのことを人任せにしてしまった。結果的には、それがよかった」

「……どういうこと?」

「オレが何でもかんでも自分でやろうとしても、出来ないことだってある。資料探しだって、オレが手作業でやっていたら、多分いまだに一つも見つかっていなかっただろうな」

 

 だから、出来る奴に任せた。オレなどよりよっぽど上手くやってくれる奴に仕事を振った。オレが下手に手出しするより、そっちの方が効率がいいのだ。

 

「君は「見ていただけだ」と言うが、それは「手を出さない」という選択をしたということだ。実際問題、ろくな知識を持たない君が参加したところで、足手まといになっただけだろうな」

「ちょっとミコト、そんな言い方しなくても……」

「アリサちゃん、しっ。最後まで聞いてや」

「つまり君は、結果的にではあるが、正解を選択したということになる。だからオレは、君に感謝を述べているんだ。彼女達を研究に集中させてくれてありがとう、と」

 

 そして願わくば、次の機会には意識して正解を選んでほしいものだ。それは今回と同じではなく、助力という形でも構わないのだ。

 月村は驚いた表情のまま何も言わない。すぐに言葉が出てこないようだ。急かさず、それを待つ。

 

「……わたし、何も、出来なかったんだよ?」

「「何も出来ない」と正確に自己分析出来ていたということだ。何か出来るなら、君はそれとなく手を貸す。そういう性格だ」

「それ、は……そうかも、だけど」

「君がアリサのようになる必要はない。なのはのようになる必要もない。まして、オレのような人でなしになる必要などあるはずもない」

 

 最近はだいぶ人らしくなってきたと自負しているが。それはそれとして。

 

「君のやり方でいい。堅実に「出来ることをする」君のやり方で。それは、何も恥ずべきことではない」

 

 ポロッと、月村の目から涙の粒がこぼれた。……しまった、これでも厳しかったか?

 

「ご、ごめんね! そんな風に、肯定されるなんて、思ってなくて……」

「肯定も何も、オレは見たままの君を口にしただけなんだが……君の自己嫌悪癖は随分根が深いと見えるな」

「う、ご、ごめん……」

「責めているわけでもない。ただ、それを改善したいと思うなら、ちゃんと改善する意志を持つことだ。そうすれば、君には「出来る」んだから」

 

 言葉にならず、月村はこくこくと頷く。これだけ言えば、さすがに彼女も変わってくれるだろう。前に向かって、歩き始められるだろう。

 緊張の面持ちで見ていたアリサとファリンが、ふはぁと息を吐いて弛緩した。

 

「もー、あんた心臓に悪すぎ! 何でそう容赦のない言葉しか使えないのよ」

「そういう性分だからだ。「やると言ったらやる」、それがオレのやり方だ」

「けど、ミコトちゃん凄いです! かっこよかったですよ! さすが「指揮官」です!」

 

 すっかり定着してしまった役柄に、オレもため息をついてしまう。本当に、どうしてこうなった。

 少しだけ待つと、月村は深呼吸をして気持ちを落ち着けた。そして、告げる。

 

「ミコトちゃん、はやてちゃん。アリサちゃん。ヴィータちゃんとソワレちゃんも。今度、月村邸に来てください。ちゃんと、全部話します。なのちゃんとふぅちゃん、ガイ君とユーノ君にも」

 

 彼女の――すずかの顔には、確固とした覚悟が現れていた。もう逃げない、立ち向かう、と。

 ――そうしてオレ達は、「夜の一族」に纏わる秘密を知ることになるわけだが……皆ちゃんと受け止められたのは、語るまでも無いことだろう。

 すずかがこれからもなのは達の……いや、オレ達の「友達」であることは、きっとそう難しいことではない。彼女にはその意志があるのだから。

 

 

 

 思ったよりも込み入った話になってしまったが、気を取り直してオレ達は次を回ることにした。回る場所は多いのだ。

 次の場所は……大人組。各家庭の親が集まり、談笑している場所だ。相応にアルコールも入っている。

 

「あら、ミコトちゃんとはやてちゃん。どうしたの?」

 

 アルコールの入っていない桃子さんが、オレ達に気付く。他は会話に熱が入っているようで気付いていないようだ。

 

「はやての健康アピールとあいさつ回りです。例のプロジェクトの関係者も多い事ですし」

「高町家の皆様にも、ほんとお世話になりましたー」

「あらそんな。協力出来たのは、恭也となのはだけよ? わたしや士郎さんなんて翠屋の切り盛りでいっぱいいっぱいだったんだから」

 

 おかげで八神家の家計が助かっているので、彼女達はそれでよかったのだ。確かに士郎さんが戦力として加われば強力だっただろうが、それで翠屋の経営に影響を与えては本末転倒だ。

 桃子さんはオレの顔を見て微笑む。

 

「ミコトちゃんが翠屋のお手伝いに入ってくれたおかげで、お客さんが増えたのよ」

「別にオレは関係ないと思いますが。もともと翠屋は人気があったのだから、口コミで広まっただけでは?」

「そうだけど、ミコトちゃんが入ってからお客さんから「サービスの質が上がった」って言われるようになったの。関係なくはないと思うわよ」

 

 まあ……そういうことなら、確かにオレが弄った部分ではあるのだが。小学生の浅知恵程度で来店数が増えるものなのだろうか。ちょっとよく分からない。

 

「本当に……ミコトちゃんが翠屋のお手伝いの話を受けてくれて、嬉しかったわ」

 

 ふっと、桃子さんは母親の顔を見せる。……もしかしたら、オレを高町家に引き取れなかったことを、ずっと引きずっていたのかもしれないな。

 彼女が愛情に満ちた母親であることは、今のなのはを見ればよく分かることだ。そんな彼女であれば、孤児院でも居場所がなく自力で保証人を探そうとする児童を放っておけなかったのは、想像に難くない。

 そしてオレは、彼女が差し伸べた手を振り払った。オレの都合で、彼女の心遣いを切り捨てた。そのおかげでなのはに目を向けられたと桃子さんは語ったが、それでもショックは大きかっただろう。

 だから少し、気になった。

 

「……桃子さんは、今でもオレのことを高町家の子供にしたいと思っていますか?」

「ミコちゃん?」

「……そうね。思ってないって言ったら、嘘になるわ。ミコトちゃんのことをうちで引き取りたかったのは、紛れもないわたしの本心よ」

 

 多少の打算はあっただろう。当時は翠屋が軌道に乗る前であり、大黒柱も怪我で倒れ、桃子さんが働くしかなかった。そんなときにオレがいれば、なのはの面倒を見てくれるに違いない、と。

 だがそれ以上に、彼女が子供に対する愛を持っていたのだ。これから自分の子になるかもしれない子供に対しても、惜しみなく与えられるほどに。だからこそ、オレは切り捨てたのだ。

 当時のオレは、愛を受け入れられなかった。返せる愛がないから。貸借バランスは、今も昔も変わらず、オレの中で大切な判断基準なのだ。

 桃子さんは、くすりと笑った。

 

「わたしね、あの一件で思い知らされたのよ。わたしは子供が好きなだけで、子育て上手ってわけじゃないんだなって」

 

 それは人が陥りやすい思考の罠だ。「好きこそものの上手なれ」。だけど「下手の横好き」という言葉もある通り、好きと得意は等号では結ばれないのだ。そこを勘違いしやすい。

 

「なのはだけでも優先順位付けに失敗しちゃってたのに、ミコトちゃんまで引き取ってたら……多分、取り返しのつかないことになっちゃってたでしょうね」

「……否定はしません。当時のオレは、高町家の家庭環境を破壊する可能性もあった。それこそ、実力行使に訴えてでも」

「だからわたし達は、やり方を変えることにしたの。わたし達がミコトちゃんを引き取るんじゃなくて、ミコトちゃんとちょうどいい距離感で接してくれそうな人を探すって方向に」

 

 その結果、ミツ子さんに行きついたというわけだ。長年ボディーガードで人を見てきた士郎さんの目利きは正確だった。

 

「ミコトちゃんがうちの子だったら嬉しいのは確かだけど……わたしは、自分の選択に後悔してないわ。だってミコトちゃんは、こんなにいい子に育ってくれたんだもの」

「……突っ込みたいことではありますが、褒め言葉として素直に受け取っておきます」

「ふふ、そうしてちょうだい。それに、ミコトちゃんはフェイトちゃんとアリシアちゃんの大事なおねえちゃんだもの。取ったりなんかできないわ」

 

 確かに。オレも薄く笑い、桃子さんの意見に同意した。

 会話が一段落したところで、士郎さんも話に混じってくる。

 

「やあ、ミコトちゃん。今グレアムさんと話してたんだが、最近はミツ子さんに会いに行く機会も増えたそうだね。いいことだと思うよ」

「……人のいないところで何を話してるんですか、ギルおじさん」

「子供のことで盛り上がるのは親の習性というものだよ。君もいずれ分かるさ」

 

 分かるのだろうか。……いやまあ確かに、オレもソワレ達がいないところで彼女達の話で盛り上がったりすることはあるが。

 問い詰めるほどのことは話していないみたいだ。むしろそんなことを話していたら、オレはしばらくギルおじさんと口を聞かないだろう。

 

「はやてのことが落ち着いたから、空いた分のリソースを今まで出来なかったことに使っているだけです」

「それをミツ子さんのために使えることが何よりさ。君の成長を間近で感じられて、俺は嬉しいよ」

「はやて君、疲れはないかね? 足が治ったと言っても、まだ日は浅い。あまり無理をしてはいけないよ」

「おじさん、心配し過ぎやて。リハビリ自体は夏からやっとったんよ? へーきへーき」

 

 ギルおじさんは、オレやはやてにとって、今や親同然の人だ。だが高町夫妻も、親のような感覚を持って接している部分がある。はて、オレにとって本当に親だと言えるのは、一体誰なのだろうか。

 

「……「親子」とは、何なんでしょうね」

 

 思った言葉がそのまま口を突く。事故で実の両親を失ったはやてはともかく、オレは本当の両親の顔さえ知らない。自分が何故孤児院に預けられることになったのか、その理由も分からない。

 その程度の事実でしかない。だけど「親子」ということを考えると、この謎が気になってしまう。「親子」とは一体何なのか、考えるほどに分からなくなる。

 桃子さんはオレの体を抱きしめ、優しく包み込んだ。

 

「「こういうこと」よ。わたしと士郎さんはあなたのことを育てられなかったけど、それでも自分の子供と同じように思ってる。それはきっと、グレアムさんやミツ子さんも同じ」

 

 オレは……ほとんど一人で育ってきたようなものだ。差し伸べられた手を撥ね退け、貸し借りを作らないことに腐心し、自力で生きることに注力した。

 だけど、決して一人で生きていたわけではない。ミツ子さんは常に近くで見守ってくれていたし、桃子さんと士郎さんも思ってくれていた。ギルおじさんも、監視という形ではあったけど、ずっと見てくれていた。

 そうして気持ちが繋がっていれば、「親子」でいい。それが桃子さんの答えだ。……なるほど、そういう考え方もありか。

 

「これからは、もう少し高町家にもお邪魔することにします。「お手伝い」や家事もあるから、そう頻繁には無理ですが」

「ええ、歓迎するわ。ね、士郎さん?」

「もちろんだ。何なら、ミコトちゃんもうちの剣術を習いに来るかい?」

「やめてくださいしんでしまいます」

「そのネタもう恭也さんがやった後なんよなぁ……」

 

 知らずに二度ネタをやってしまった士郎さんが驚きで表情を崩し、皆が笑う。

 ここで乱入者が一人。大人組であり、この場に集まったもう一人の親バカ。デビット・R・W・K・バニングス氏。

 

「シロウ、ギル! 今度は私の娘自慢を聞いてもらうぞ! 私達のアリサが一番可愛いということを、君達にも理解させてやる!」

「おっと、そりゃ聞き捨てなりませんね、デビットさん。それなら俺も、なのはの父親としてあの子の可愛さを語らなきゃならない」

「まあ待ちたまえ、士郎。私はまだミコト君の話しかしていないよ。はやて君とフェイト君とアリシア君とソワレ君の話がまだあるのだよ」

 

 親バカ三人は、それぞれの娘自慢に戻ってしまった。……男親というのは皆こうなのだろうか。ちょっと、よく分からない。

 彼らと入れ違いに、オレと面識のない一組の男女が挨拶に来る。恐らくは、藤原夫妻か?

 

「娘がいるところは盛り上がるねえ。君達がミコトちゃんとはやてちゃんでいいのかな? ガイの親父の藤原隆(リュウ)だ。うちのバカ息子がいつも世話になってる」

「母の藤原さくらです。ガイと仲良くしてくれて、ありがとうね」

「どうも。八幡ミコトです。こちらは、一緒に住んでいる八神はやて」

「こちらこそ、ガイ君にはお世話になってますー。去年は色々借りさせてもろて、本当にありがとうございました」

 

 ガイの話では、両親には管理世界絡みのことをちゃんと打ち明けているんだったか。はやての言葉を正しく理解した様子だ。柔らかく微笑む。

 

「俺は話程度でしか聞いてないけど、はやてちゃんの足を治すのに一役買ったんだってな。男はそうじゃなきゃいけねえよ。困ったことがあったら、これからもジャンジャン使ってやってくれ」

「……あなた方が思っている以上に、オレは彼を危険にさらしています。責められても仕方ないと思っていましたが」

「ふふ、本当に面白いしゃべり方ね。あの子が決めたことだもの。それにわたし達が文句を言うのは筋違いだわ。もちろん、あんまり危ないことはしないでほしいと思ってるけど」

「男は多少危ないことに手を出すぐらいでちょうどいいんだ。俺もさくらも、昔は結構やんちゃしたもんだよ」

 

 奥さんも? ……言われてみると、二人ともただものでない空気を醸し出している気がする。なんと言えばいいか……「拳闘士」が一番しっくりくるか?

 さくら氏は黙っておきたかったのか、リュウ氏の脇腹に高速で肘を入れた。ドスッという音がここまで聞こえる。……どうなってるんだ、この町は。

 

「ごめんなさい、この人の言うことは気にしないでね」

「いてて……別に隠すようなことじゃないだろ。昔ちょっとストリートファイ……」

「あなた頭に蜂が!」

 

 リュウ氏の顔面に右のいいのが決まった。なるほど、ガイがむやみやたらと頑丈なのも頷ける話だ。両親がともに「ケンカ屋」だったとは。

 彼らがガイの「前世」を知っているかどうかはわからないが、たとえ知ったとしても笑って受け入れるだろう。それぐらい逞しい両親だ。

 一般人ならノックアウト必至の一発を受けても、リュウ氏は平然と立ち上がる。そのやりとりを、桃子さんは笑顔で見ていた。彼女も強い。

 

「……あはは。わたしが思っとったよりも、ガイ君って"すごい"子だったんやね」

「同感だ。これを「普通の家庭」と称するんだからな。彼も大概感覚が狂っている」

 

 また一つ新たな事実を知り、オレもはやても苦笑するしかなかった。

 

 

 

 奇妙な組み合わせがあった。クロノ、エイミィ、それから美由希という三人組だ。三人組、というかエイミィと美由希の二人にクロノが絡まれている感じか。

 

「随分と楽しそうだな、クロノ。両手に花か?」

「……ハエトリソウとウツボカズラだけどな。こちらとしては遠慮願いたいところだ」

「えー、その扱いはひどくない? こんな可愛い女の子二人を侍らせて」

「そうだよークロノ君。そんなんじゃモテないぞー?」

「モテなくていいからそっとしておいてくれ。君達二人を同時に相手するのは疲れる」

 

 はあ、とため息をつくクロノ。この二人が初めて顔を合わせたのは去年のクリスマスパーティ(兼オレの誕生日会)が初めてだが、そのときから意気投合していた。性格が似ている二人なのだ。

 ただ、エイミィには美由希ほどの隙はない。美由希はただの天然だが、エイミィは計算してやっている節がある。ソワレが言った「ちょっとオレに似ている」というのは、そういうところかもしれない。

 つまり、ハエトリソウ(エイミィ、積極的に弄る)とウツボカズラ(美由希、本人に悪気なし)ということだ。それは確かに嬉しくない両手に花だな。

 

「まったく……これじゃ何のために有給を取ったのか分からないよ。全然ゆっくり出来てない」

「休養のためだけに休みを取るようになったら、人間おしまいだと思うが。たまにはレクリエーションでもして、心と体の両方をリフレッシュしたらどうだ?」

「……そういう風に遊んだことがないから、やり方が分からないんだよ。悪かったな」

「ね、つまんないでしょ? だからお姉さん達が一緒に遊んであげるって言ってるのに」

「そーそー。手始めにクロノ君の気になる子の話を聞こうとしてるのに、「そんなものいない」の一点張りなんだよー」

「実際にいないんだから、それ以外に答えようがないだろう。大体、それで楽しいのは君達だけだ」

 

 仕事が恋人の残念男なら仕方がない。この先彼が恋人を作れる日は来るのだろうか。今のままだと永遠に無理そうな感じだが。

 三人の話を聞き、はやてが不思議そうに尋ねた。

 

「クロノ君が気になってる子って、ミコちゃんとちゃうの?」

「はぁっ!? どうしてそうなった!?」

「おお! 新情報キタコレ!」

「はやてちゃん、その話詳しく!」

「いや詳しくって言うても、クロノ君ってよくミコちゃんに対抗しとるやん? それって典型的な「好きな子の前で素直になれない男の子」の反応やないですか」

 

 「そういえばそうだ!」と何かを得た様子のお調子者二人。それは何か違くないかと思わないでもないんだが……というか話がオレに飛び火している。

 はやてに指摘されたクロノは、顔を真っ赤にして否定する。その反応はアウトだぞ、クロノ。

 

「そういうことじゃない! 僕は単純に彼女のリーダー能力を評価して、一つの目標として定めているだけだ! 言わば好敵手として見てるだけだよ!」

「またまた。そんな風に取り繕わんと、素直になった方がええよ。最近はユーノ君もちょっとずつ頼りになってきとるし、後悔することになるかもしれんよ?」

「え、なになに!? ミコトちゃんユーノ君と進展あったの!?」

「いや、別にないが。彼は基本的に相変わらずのヘタレだからな。そこのヘタレ執務官と同じように」

「誰がヘタレだ! あのヘタレスケベ筋肉フェレットもどきと一緒にしないでくれ!」

 

 「筋肉」というワードを聞いて美由希が落ち込む。可愛い小動物の姿をしていたユーノが、筋肉質な少年の姿になって帰ってきたことにショックを受けていたな。そのときのことを思い出したようだ。

 はやてが言いたいのは、可能性の話だ。今後ユーノが男として成長し、オレが魅力を感じられるようになる可能性はゼロではない。事実、こっちに来てからの彼は少しずつ成長しているからな。

 翠屋の仕事でもそうだし、精神面でも同い年の子供とのふれあいの中で何かを得ている。以前よりも安定感を感じられるようになった。それはクロノから受ける依頼のときにも現れていた。

 それでも、彼がヘタレであり続ける限りはありえない可能性だが。いつになったら、彼は一歩を踏み出せるのか。

 

「クロノがオレをどう見ているかというのはこの際置いておくが……正直なところ、今のクロノにユーノをどうこう言う資格はないな」

「……それは聞き捨てならないな。どういう意味だ?」

 

 切り込んだオレの言葉で、クロノは冷静さを取り戻す。少し剣呑な空気だ。

 構わず、オレは先を続ける。

 

「オレに伝えられているかどうかは別として、彼は自分の感情を知り、そのために行動を起こした。そんな彼を、感情を理屈で覆い隠すことしか出来ないお前が、どうして揶揄できる?」

「僕が自己分析を出来ていないと、そう言いたいのか?」

「分析は出来ているだろう。だが、それを感情を表す言葉にしていない。お前はオレを「好敵手」と呼んだが、それはどの感情に当たるんだ?」

 

 彼は黙り、考え込む。エイミィも真面目な顔でクロノを見ていた。美由希は……さっさと生き返れ。

 

「……分からない。尊敬している。負けるものかと対抗している。話をしていると楽しい。からかうのは勘弁してほしい。だけど、僕が君をどう「思って」いるかは……分からない」

「そういうことだ。それはどんなに言葉を尽くしても届かない。「感情」とはそういうものだ。ユーノはそこに手が届いた。クロノはまだ届いていない。同じヘタレでも、ヘタレの度合いはお前の方が上だ」

「真面目な話だったのにいきなり腰を折らないでくれ。だが、まあ……考えさせられたよ」

 

 「考えている」段階じゃダメなんだが……まだ彼には早いか。結局彼も、程度の差こそあれど、オレと一緒だ。思考が先走り感情を置き去りにしてしまっている。まずはそこに気付かなければな。

 こんな場であまり真面目に考察しても疲れるだけだ。この話はここまでにしよう。……さっきのすずかの件といい、どうしてこうなるんだか。

 

「あー、なんや。クロノ君って小学生レベルやなくて、幼稚園児レベルだったんかいな。期待して損したわ」

「ちょっと待てどういうことだ!?」

「はやてちゃん、的確だねー。ぶっちゃけクロノ君って、頭でっかちなんだよね。ミッドにはそういう子多いんだけど」

「うぅ……ユーノ君なんで筋肉になっちゃったのよぉ」

 

 美由希、いい加減帰って来い。

 

 ガラッと話の内容を変える。

 

「そういえば、ディアーチェ達は来れなかったのか? リンディ提督も来ていないようだが」

「ああ……あいつら、早速好き勝手やってるからな。始末書の嵐と、提督は謝罪行脚。訓練場にクレーターが出来るのが日常茶飯事だよ」

「そうか。元気にやっているならそれでいい」

 

 「それでいいのか」と頭を抱えるクロノ。管理局の事情まではオレの知ったところではないのだ。

 今回クロノを誘うにあたり、エイミィがいることからも分かる通り、他の管理世界の面々も誘った。結局来れたのはエイミィだけだったようだが。

 正直に言えば、ディアーチェとはあまり顔を合わせたくない。はやての顔で大バカ色ボケ愚鈍王をやられると、それだけでストレスを感じてしまう。愉快なものではないだろう。

 だけど……だからと言って、彼女達との間に出来た繋がりを否定する気はない。彼女がオレを気に入り、嫁にしようとするのを止めることはしない。相手にはしないが。

 彼女達が元気にバカをやれているなら、今はそれを知れただけで十分だ。加減はそのうちに覚えるだろう。

 彼女達――「紫天の書システム」と「システムU-D」の存在は、夜天の魔導書を「闇の書」でなくせた証だ。それがふっと頭によぎる。

 

「もし夜天の魔導書が「闇の書」のままだったら、今頃どうなっていたんだろうな」

 

 「作品の世界線」のことは、既にガイから聞いている。「闇の書事件」の最後の悲劇を。

 彼の世界では、防衛プログラムを分離し「アルカンシェル」で消滅させたまではよかった。だがその後、夜天の魔導書は防衛プログラムを自動修復してしまう未来から逃れることが出来なかった。

 その結果取ることになった回避策というのが……夜天の魔導書の、完全消滅。「リインフォース」の犠牲によって、物語は締めくくられるのだ。

 とても残酷な物語だった。「登場人物」は終始戦いに縛られ、得られる結果は苦すぎるビターエンド。まるで釣り合いが取れていない。

 もしオレがそんな結果を突き付けられたら……ひょっとしたら、壊れてしまうかもしれないな。あるいは、壊してしまうかもしれない。

 

「分からないが……こんな風に呑気に花見をするなんてことは、出来なかっただろうな。僕は多分、罪悪感でこの世界に寄り付けなくなってたと思う」

「そういえば、もしもの場合の凍結封印を請け負ってたのはお前だったな。その後、デュランダルはどうしたんだ?」

「……グレアム提督に返そうと思ったんだが、「それはもう君の物だ」って受け取ってもらえなかった。それどころか、いつの間にか書類上でも僕の登録デバイスがS2Uとデュランダルの二つになってたよ」

「それはまた、何と言うか……」

 

 体のいい厄介払い、というのはさすがに酷か。実際デュランダルは、ピーキーながら性能はいい。今後も彼の力になることは間違いない。……クロノにかかる負担は計り知れないが(開発費のプレッシャー的な意味で)。

 もっとも、単純な値段の話をするなら、こっちはプライスレスのオンパレードだ。ワンオフのインテリジェント、ロストロギア、及び古代ベルカの魔法プログラム体複数……考えると怖いのでやめよう。

 

「だけど、急にどうしたんだ? 君達は夜天の魔導書の復元に、不完全とは言え成功した。今更そんな話をするなんて、君らしくもない」

「選ばれなかった可能性に思いをはせることぐらいはするさ。「違う世界線」でオレははやての「相方」になれたのか、とかな。とはいえ、お前の言う通り考えるだけ無駄な夢想ではある」

 

 そう、考えるだけ無駄なのだ。オレは平穏な日常を守るために、戦いを避けるための戦いをする。「作品の世界線」がどうであろうと、この世界でそれは「起こり得ない」のだ。

 オレは「向こうのはやて達」ほど強くないのだから、彼女達のような状況に陥らないようにする。それだけのことだ。

 オレの言いたいところが理解出来なかったようで、クロノは頭にはてなを浮かべる。ガイの話を聞いていないなら、分かるはずもないか。

 ふぅと一息つき、彼から視線を外す。……いつの間にか、はやては近くにいなかった。エイミィと美由希も姿を消している。

 

「クロノ。はやてが何処に行ったか見ていたか?」

「ん? あれ、エイミィと美由希も消えてる。何処か行くなら一言ぐらいかけろっての……」

 

 どうやら彼も見ていなかったようだ。少し物思いにふけり過ぎたか。

 辺りを見回し最初に目に入ったのは、恭也さんとシグナム。おまけで不機嫌そうな忍氏。

 

「お、ミコト。クロノと一緒だったのか」

「主ミコトに不埒な真似をしていないだろうな、クロノ・ハラオウン」

「してないから出会い頭に竹刀を突き付けるのはやめてくれないか?」

 

 二人はどうやら互いの型を見合っていたようで、恭也さんも木刀小太刀を持っている。忍氏の不機嫌の原因はこれのようだ。まあ、花見の席ですることではないな。

 

「お前には、主ミコトを辱めた前科がある。そう簡単に信用を取り戻せると思うな」

「あんなことが二度も三度もあるわけないだろ……」

「それはともかく、恭也さん達ははやてを見ませんでしたか? さっきまで一緒だったんですが」

「いや、俺達は型稽古に集中してたから分からないな。忍、何か知らないか?」

「さあねー。恭也が知らないなら、わたしも知らなーい」

 

 適当な遊具に腰掛け、恭也さんに視線を合わせない忍氏。恋人の不機嫌な態度に、さすがの恭也さんも困り顔だ。こういうことに武術の強さは関係ないのだ。

 

「な、なあ、そう怒るなよ。シグナムにも花見を楽しんでもらいたいって、忍も納得してくれただろ?」

「いや、これは花見の楽しみ方ではないような気が……」

「いーんじゃない、二人は剣を楽しんでれば。わたしは一人寂しく花を愛でてればいーのよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らす忍氏。取り付く島もない。どう考えても恭也さんが悪いわけだが。

 

「……大人しく謝っておいた方がいいと思いますよ、恭也さん。一女子の意見として言わせてもらいますが、彼女を放っておいて他の女性と剣に夢中になるなんて、彼氏失格ですよ」

「うっ。そ、そうか?」

「私にはよく分かりませんが……主が言うなら、そうなのですね」

 

 オレの忠告で、恭也さんはシュンとなった。シグナムの方は恭也さんに「ダメじゃないか」と言っている。お前にも責任はあるんだよ、バカ者。

 「ほら」と恭也さんの背中を押す。彼はちょっとだけ逡巡したが、すぐに覚悟を決めた。

 

「忍、すまなかった。お前のことを蔑ろにするつもりはなかったんだけど、結果的にはしてしまったってことだよな。……今後精進していくから、この不甲斐ない彼氏をどうか許してほしい」

 

 真摯に訴える恭也さん。忍氏は彼を見て、顔を赤らめてから視線を外した。口元がにやけてるのでどう思ってるかは丸分かりだ。

 

「じゃあ、デート一回。わたしが喜ぶデートをしてくれたら、許してあげる」

「分かった、任せてくれ。最高のデートをプレゼントしてやる」

 

 「やったー!」と破顔し、恭也さんに飛びつく忍氏。……熱い熱い。砂糖を吐き出してしまいそうだ。

 シグナムはよく分かっていないようで、首を傾げてはてなを浮かべる。……こいつは女ではなく騎士という生き物なんだろうな。

 クロノを見る。彼はちょっと顔を赤くし、イチャつき始めたカップルから視線を逸らしていた。相変わらずのムッツリスケベである。

 付き合いきれないので、いい加減本題に入らせてもらおう。

 

「それで、忍氏。はやて、あるいはエイミィと美由希を見なかったか?」

「見てないわよ? 言ったじゃない、わたしも知らないって」

 

 ……頭痛がする。結局この茶番はなんだったんだ。スルーして別のところに行けばよかった。

 

「姉の方は相変わらずポンコツ、と。行くぞ、クロノ。邪魔して悪かったな、月村姉」

「ちょっと待って! 今明らかにわたしの扱い下降したわよね!? なんで!? どうしてなの、ミコトちゃん!?」

「お供します、主。この男と二人きりにさせるわけにはいきません」

「だから何もしないって言ってるだろ。少しは信用してくれよ……」

「ミコトちゃーん!?」

 

 知らんな。

 

 

 

 狭くはない公園を歩いていると、日除けの下でオレ達の家族が談笑していた。アリアとロッテ、ミステールとザフィーラ。

 

「あ、ミコト! 今ちょうどあなたの話をしてたところなのよ」

 

 アリアが気付き、オレに声をかけてくる。オレもはやてが何処に行ったかを知っているか聞きたいので、話を聞くことにする。

 

「クロ助、おっす! ミコトちゃんをエスコートしてるとは、感心感心!」

「そういうわけじゃないんだけどな。人探し中なんだ」

「ロッテ、こいつが主ミコトと一緒にいることを推奨するんじゃない。私はこの男を主ミコトに相応しいと認めていないぞ」

「相変わらず信用されとらんのう、執務官殿。ま、これも一つの「因果」応報じゃの、呵呵っ」

 

 弄られため息をつくクロノ。で、何の話をしていたんだ?

 

「……主の持つ"魔法"を、有効活用できないかという話です。せっかくあるのにもったいない、と」

「そう大したことはできないんだがな。「召喚体の作成」については、単に技術との相性がよかっただけだ」

「でも、探せば他にも使い方ってあるんじゃない? そういうの、あなた全然調べてないでしょ」

 

 まあな。元々「コマンド」ははやての足を治すために作ったのであり、使い方もそのためだけに追及してきた。他の使い方を調べる必要などなかったのだ。

 そして今やその役目も終え、依頼のためにエールやもやしを顕現するとき以外には使用していない。……というか、だいぶ前からその二つだけが使い道になっていた。

 

「だが、普通に生活している限り必要になるものでもない。依頼に関しては、皆が力を貸してくれるだけで十分遂行出来る」

「そうかもしれないけど、出来ることが広がれば依頼の幅も広がるじゃない。わたしは、ミコトには色々経験してほしいと思ってる」

「……姉みたいなことを言うな」

「姉だもの、当然よ」

 

 フッと軽く笑う。実にその通りだ。

 

「それでクロノの報告書を読んで、わたしなりに何が出来るか考えてみたのよ。思い付いたのは、やっぱり召喚体絡みなんだけどね」

「根本的な技術がこの世界の"魔法"……"オカルト"だからな。そちらの理解もなければ、応用は難しいだろう」

「そっちは完全に手付かずだったのが痛いわね。まあ、とりあえず考えた内容だけど、「召喚体に新しい能力を付与する」って、出来ないかしら?」

 

 それは……どうだろうな。召喚体は受肉した概念ではあるが、その在り様は生物と似ている。学習することは出来ても、機械的に付与するというのは難しいのではないだろうか。

 

「元になった式神術を学べば、ひょっとしたらそういう手法も見つかるかもしれないが。現段階でオレが言えることは、「安易に手を出すべきではない」だな」

「あー……そっか。存在そのものを弄っちゃうことになるのね。それはちょっと危ないわね」

「ん? それじゃあ、「召喚体の追加操作」なんてことは無理なのか?」

 

 何でもない思い付きのように、クロノが言う。……いや、それなら可能だ。

 

「そもそも基礎状態と顕現状態の行き来に使っているのは、コマンドを用いた「召喚体の状態操作」だ。ソワレみたいに拒まなければ、理論上はいける」

「理論上は……って、何か問題でもあるの?」

「大したことじゃない。「コマンド」そのものはそれほど大きな力を持っていない。だから、オレが召喚体を操作したところで彼らが起こせる事象には到底届かないということだ。意味がないんだ」

 

 たとえば、オレが「コマンド」を用いてミステールの因果操作を行使したとする。それで起こせるのは、せいぜい粒子運動が関の山だ。何も起こせないも同然なのだ。

 そう、普通に使えばそうなのだ。だが、少し思い付いた。ポケットからエールの羽根を取り出し、「コマンド」を行使する。

 

「『"風の召喚体"エール、その姿を顕現しろ』」

「な、ちょ!? こんな場所で、そんな大っぴらに!?」

「構わん構わん。この辺の住民なら、今更この程度で驚きやせんよ。主殿が実験で派手にやっとるからの」

「そもそもこれは「この世界の魔法」なわけだから、知られたところで気にする必要はないってことね。……だからってあんまり大っぴらにやらないでよ。取材とか来られたら、わたし達も困るんだから」

 

 「コマンド」自体は関係ないが、そこから芋づる式にアリア達、ひいては管理世界につながる可能性もあるか。……今後は少し自重するか。

 

『面白そうだね。何をする気なのさ、ミコトちゃん』

「ちょっと、な。もしかしたら、先の事件のラストみたいな事故を防げるかもしれない」

 

 そう言ってから、再び「コマンド」を発動する。

 

「『"風の召喚体"エール、その体を弓としろ』」

 

 「コマンド」を通じた命令に従い、エールの体が変化していく。いつもの鳥剣の姿から、羽をグリップの形とした小型のアーチェリーへと。

 成功。今は試しに弓としてみたが、アクセサリーなどの形にすれば身に付けることも出来るだろう。そうすれば、空を飛ぶ時にエールを手で持つ必要がなくなる。

 

『おー。ボク、こんなこと出来たんだ。いつもと違う姿って、何か変な感じだー』

「もっと早くに試しておくんだったな。完全に盲点だった」

「そっか。これなら形状を弄ってるだけだから、召喚体に負荷がかからない。手に持つ必要がなければ、取り落すこともなくなるってわけだ」

「クロ助、お手柄だねー」

「そ、そうなのか? 僕は完全にただの思い付きで言っただけなんだが……」

 

 ロッテから褒められて目を白黒させるクロノ。シグナムが盛大に舌を打った。嫌いすぎだろ。

 今後はエールを剣以外の形態にしよう。使い勝手のために剣の姿にしていたわけだが、剣の心得がないオレにとっては正直使いにくい。この姿にしておく意味がなかった。

 

「エール、どんなアクセサリーがいいと思う?」

『ブレスレットはミステールちゃんがやっちゃってるしねー。あ、そうだ! ボウガンとかどう? 腕にはめるタイプのやつってあったよね』

「アクセサリーではないが、それもまたありか。よし。『"風の召喚体"エール、その体をクロスボウとしろ』」

 

 再び形を変え、エールはオレの右腕に収まった。二、三振ってみて、外れないことを確認する。とりあえずはこれでよし。

 

「今度、ソワレと一緒に飛行テストをしてみよう。大丈夫そうなら、この形態で行く。それでいいか?」

『問題なし! こっちの方が、ミコトちゃんとの密着感が楽しめるもんね!』

「呵呵っ、抱き着いとるようなもんじゃからな。主殿から投げ飛ばされん程度にせいよ、長兄殿」

 

 エールの軽口は聞き流し、アリアに成果を見せる。彼女は満足そうに頷いた。お気に召したようだ。

 と、次にロッテが動く。

 

「じゃあさじゃあさ、ミコトちゃん。次はこっち!」

「これは……もやし? もやしアーミーで何をしろと?」

「決まってるじゃない。合体よ、合体!」

 

 エッヘンと胸を張るロッテ。……言わんとしてることは分かったが、何故ドヤってるのかが分からない。ロクなこと考えてないな、こりゃ。

 彼女以外の全員で呆れながら、リクエストに応えてやってみる。数秒後、彼女は地面に両手両膝を着いて項垂れた。

 

「ちがう、そうじゃない。あたしが見たかったのは、こんなキモカワイイ系のマスコットキャラじゃなくてー!」

『失敬であるぞ、妹猫殿。我はマスコットではなく、誇り高き兵士なのである!』

「だから「コマンド」はそこまで強力じゃないと言っただろう。そんな劇的に体積が変わるわけがない」

 

 どうやら彼女は怪獣と戦えるようなサイズの巨大もやしを見たかったようだ。実際に出来たのは、一抱え程度の手足が生えて顔のついたもやしであった。使い道は……特になし。

 こんなはずじゃなかった現実に打ちのめされる彼女を丁寧に無視し、ここに来た目的を果たす。結局、彼女達もはやての姿は見ていなかった。

 仕方なし、オレはボウガンとなったエールを右手に、もやしボールをシグナムに抱えさせ、はやて探しを続けることになった。

 まったく、何処に消えたのやら。

 

 

 

 

 

 そうして、ようやく手がかりをつかんだ。

 

「はやてちゃんですか? 買い出しの帰りに、公園の入り口で皆と何かしてるのを見ましたけど」

 

 教えてくれたのは、ブランだった。姿を見ないと思ったらノエルと一緒になって買い出しに行っていたそうだ。

 彼女らしくはあるのだが、もっと花見を楽しんでほしいとも思う。去年彼女が生まれたときは、もう桜はだいぶ散ってしまっていたのだから。

 

「そうか、ありがとう。色々と任せてしまってすまないな」

「いえいえ、わたしのやりたいことですから。皆さんの笑顔を見ることが、わたしの幸せなんですよ」

 

 何だこのいい子は。眩しくて直視できないぞ。さすがは"光の召喚体"と言ったところか。

 

「それにしても……エール君ももやしさんも、随分と姿が変わりましたね」

『へへっ、でしょ? これでもうミコトちゃんを危険な目にあわせたりしないよ!』

『この姿は動きづらい。運んでもらわねば動けぬとは……もやし、一生の不覚であります』

 

 一緒に花見を楽しんでもらうために顕現したままにしている召喚体達。もやしの方は元の姿にしてもよかったんだが……これで中々愛嬌がある。もうしばらくこのままでいてもらおう。

 ともかく、これではやての場所は分かった。ブランに礼を告げ、公園入口まで行く。クロノとシグナム(もやし付き)も着いてきた。

 入口近くの茂みの中に、その一団はいた。

 

「……君達はこんなところで何をやっているんだ」

「(あ、ミコちゃん、しっ! 後ろの二人も、こっち隠れて!)」

 

 そこにいたのは、はやてを初めとした海鳴二小組とトゥーナ。それと、聖祥男子組に鮎川が加わったものだった。

 ……いや、これは正確じゃない。正確には、むつきと剛田の姿がない。

 とりあえず、はやてに言われた通り茂みに身を隠す。茂みの隙間から、入口がよく見えた。

 そこには一組の男女がいた。体の大きな少年と、小柄な少女。剛田とむつきだった。

 

「(どういうことだ?)」

「(剛田の野郎がやっと覚悟決めたんだよ。ここまで来んのマジ大変だったぜ)」

 

 オレの疑問にガイが答える。……そうか。ようやく、むつきの想いが成就するのか。だが……。

 

「(むーちゃん、ちゃんと受け止められるかね。一回告白失敗してる相手なのに……)」

「(彼女を信じるしかないだろう。……オレに立ち向かえた彼女なら、大丈夫だ)」

「(そだね。……って、シグナムさん何ソレ?)」

「(もやしアーミーが合体したものだ。主ミコトが新しく試みた「召喚体の追加操作」の産物だ)」

「(わー。なんかキモいけど可愛いー)」

 

 亜久里がもやしボールを受け取り、可愛がり始めた。何のかんの言いながら、もやしはご満悦そうだった。結局は彼も男の子のようだ。

 不可思議物体を見て、事情を知らない聖祥カップルの目が点になった。……あとで「コマンド」についてだけは教えてやるか。

 

「(だが、何故トゥーナまでいるんだ? 君にはあまり関係のないことだろう)」

「(はい、私もそう思ったのですが……)」

「(トゥーナも色んな経験せなあかんよ。告白なんてそうそう見る機会ないんやから、逃す手はないやろ)」

「(それもそうだな)」

「(我がもう一人の主まで……)」

 

 彼女は何処に目をやればいいか分からないようで、あちこちに視線が泳いでいる。顔も若干赤くなっており、恥ずかしがっているのが分かった。

 なるほど、はやての言う通りだ。ちゃんとこういうことにも耐性を付けさせないと、うちの可愛いトゥーナが悪い男にだまされてしまうかもしれない。経験は必要だな。

 

『(そーそー、こういうことはもっと楽しまないと! 色恋は蜜の味なんだよ、トゥーナちゃん!)』

「(え、エール? その姿はどうしたのですか?)」

「(先ほどシグナムが説明したものの成功例だ。というかこっちが本命で、あっちはロッテの無茶振りが原因だ)」

「(あはは、けどもやしさん人気みたいやで。キモカワイイ感じがええな。もちろん、エールもかっこよくなってるよ)」

『(ありがと、はやてちゃん!)』

「(はあ……君達は本当に遠慮がないな。事情を知らない一般人の前だってのに)」

 

 そんなことを気にしたところでどうなるものか。どんなに隠そうが、バレるときはバレる。それが親密な間柄ならなおさらだ。だったら、気にせずいつも通りにしていればいい。

 開き直りとも言えるオレの意見に、クロノはやはりため息をついた。

 

「(……なんでクロノがミコトさんと一緒にいるんだよ)」

「(いちゃ悪いか、筋肉フェレット。成り行きだよ。文句があるなら、僕達を放置してどこかに行ったはやてに言ってくれ)」

「(なはは、クロノ君がミコちゃんを意識出来ればええなー思って、美由希さん達と共謀したんよ。そうやないと、フェアちゃうやろ?)」

「(はやて、何してるのさ!?)」

 

 何がフェアなんだか。おかげでこっちは探し回る羽目になったんだからな。……得るものはあったが。

 しかし、こんな風に隠れる意味はあるんだろうか? どう見ても剛田は初めからいることを知ってるし、むつきも確実に気付いている。雰囲気出しだろうか?

 

「(お! 皆、剛田がいよいよ告白するみたいだぜ!)」

 

 ガイが注意喚起する。それまでさわさわと話をしていた皆が、一斉に食い入るようにむつき達の方を見た。トゥーナも、クロノもだ。シグナムは何だか分かっていないようだ。種族:騎士め。

 

「……むつきちゃん。俺は今日、君に言いたいことがあるんだ」

「うん。なに、たける君」

「去年の夏、俺はむつきちゃんから告白されて……断った。他に好きな子がいるからって、勇気を出したむつきちゃんを無下にした」

「……仕方ないよ。好きな子が、いたんだから」

「だけど、その子は俺の親友のことが好きで……俺も失恋した。むつきちゃんは多分、俺の何倍も辛かったんだよな。だから……中途半端な気持ちで、伝えたくなかった」

 

 この期に及んでうだうだと言う剛田。そういう細かいことはいいんだ。とにかく言え。お前の気持ちを言葉にして、ちゃんと伝えろ。

 だが女の子の心と男の子の心は違う。女の子は単純でありながら複雑であり、男の子は複雑に考えるくせにその実単純だ。

 やきもきしてしまうのはどうしようもない。むつきは、ちゃんとその差を受け止めて、剛田の言葉を待った。

 彼は、しばし沈黙する。目を閉じ、自分の心をもう一度確認するかのように。

 そして彼は、目をかっ開いてこう言った。

 

 

 

「好きだ、むつきちゃん! 俺のお嫁さんになってくれ!」

 

 それは実に男らしい告白で――見ているオレまで、思わず赤面してしまうほど。あのシグナムまでもが「むっ?」と唸って赤面したのだ。見事な告白であった。

 むつきは、しばらくじっと剛田を見た。剛田も決して視線をそらさず、むつきを見続けた。

 やがてむつきは……彼女のトレードマークと言ってもいい眼鏡を外した。そして次の瞬間、剛田の告白のインパクトすら消し飛ばす大胆な行動に出た。

 

「んっ!」

「!?」

『………………ぇええ!?』

 

 身長差のある彼の顔を引っ張り寄せ、キスをした。見ていた全員が、隠れていることも忘れて思わず声を出してしまう。

 オレもはやてと頻繁にキスをしているが、女の子同士、親愛を表現するためのものだ。こんな……男と女の、恋愛を意味するキスは見るのも初めてだった。

 だから、衝撃だった。見ているオレ達でこうなのだから、剛田の受けた衝撃はその比ではなかっただろう。

 だけど彼は、決して狼狽えなかった。驚きは一瞬。その後むつきの体を優しく抱き返し、彼の方からキスを返した。

 たっぷり、1分ほどキスをしてから、二人は離れた。むつきは恥ずかしそうに笑いながら、それでも幸せそうで。

 

「ずっと、待ってたんだからね」

「……ごめん、意気地なしで。でも、後悔させたくなかったから」

「うん、分かってる。わたしが大好きなたける君は、そういう人だから。そんなたける君だから、わたしは好きになったんだよ」

「ごめん……じゃねえな、ありがとう。俺を、好きになってくれて」

「うん、大好きだよ。だから、わたしの答えは前とおんなじ。わたしを、たける君のお嫁さんにしてください」

「……ありがとう、むつきちゃん。本当に、本当にありがとうっ!」

 

 剛田はもう一度、むつきの体を抱きしめた。むつきも彼の体を、本当に愛おしそうに抱き返した。

 ――そして、宴会の合図が上がった。

 

「野郎ども、突撃ィ!」

「おうとも!」

「いよーし!」

「……え、これ僕も行った方がいいのか?」

 

 ガイが上げた号令で、聖祥男子の三人と、少し遅れてクロノが剛田に駆け寄った。さすがに彼は驚き――筋書きにはなかったガイのアドリブか――むつきの体を離した。

 男三人が、剛田の背中をバシバシ叩く。空手で打撃に慣れているとは言え、掌で張るように叩かれれば痛むらしく、「いて、いて!」と言いながら逃げる少年。しかしクロノが回りこんでいる。

 

「めでてえなこの野郎! 祝ってやる、祝ってやる!」

「いてえよバカ! 藤原てめえ、ほんとに祝ってんのか!?」

「感動したよ剛田君! 僕からも祝福だ! えーい!」

「いってぇ!? 藤林、力こめりゃいいってもんじゃねえからな!?」

「この一発に、僕の祝福の全てを込める……!」

「やめろォ!? ユーノそれマジ死ねるやつ! 俺でもさすがに死ぬ!」

「……よく分からないけど、僕からもお祝いだ。そらっ!」

「あっだぁ!? 細腕なのにいてえ!? ってか誰だあんた!?」

 

 四人の男が、笑顔で少年の背中をひっぱたく。あれが彼らなりの祝福の方法らしい。……剛田も、痛いと言ってる割に顔は笑っていた。

 男は男に任せよう。オレ達はむつきの方に駆け寄る。いちこが勢いよくむつきに抱き着いた。

 

「むーちゃん、おめでとおぉ! うあーん、よかったあぁ!」

「えへへ。ありがとう、いちこちゃん。わたし、頑張れたよ」

「ぐすっ。むーちゃんよかったね。ちゃんと、報われて」

「もう、あきらちゃんまで。泣かないでよ」

「何言ってるのよ、むーちゃんだって泣いてるじゃない」

「え? ……あ、ほんとだ。緊張の糸、緩んじゃったみたい」

「泣いちゃダメだよーむーちゃん。ほら、もやしさん見て笑ってー」

『むぅ、何故だか我も目から水分が出ますぞ……』

「え……え? もやしさん? なんか随分イメージチェンジしたような……」

「新形態やて。おもろくて涙引っ込んだやろ?」

「どうやらもやしはお前よりも役に立ったみたいだぞ、エール」

『そんな!? むつきちゃんを喜ばせるために色々考えてたのに!』

「や、やっぱりむつきちゃんももやしさんとエール君知ってるんだ……」

 

 意外ともやしが役に立ち、皆すぐに笑顔になれた。こういう場は、やはり涙よりも笑顔の方が似合っている。

 

「……あなたはいかないのか、烈火の将」

「私のような分かっていない女が立ち入っては無粋だろう。お前こそあの輪に加わりたいのではないか、トゥーナ」

「私も、分かっているとは言い切れない。主達と同じ喜びを分かち合えないのは少し悔しいが……これから少しずつ理解していきたいと思っている」

「そうか。なら我々は見守ろう。優しき主と強き主、そのご友人達の喜びのひと時を」

「そうですね」

 

 こうして、去年の夏からオレ達が見守り続けた一組の男女は、ようやくカップルとして成立したのだった。……これで一息、だな。

 

 

 

 

 

 イベントは、それで終わりではなかった。

 オレ達が揃って花見の場所に戻ろうとした時、一人だけ戻ろうとしなかった男がいた。

 

「ミコトさん」

 

 それは……ユーノ・スクライア。オレ達のチームの、最高の守護者。ただオレのそばにいるだけのために、全てを捨ててこの世界にやってきた少年。

 振り返り彼を見て、オレは悟った。――ああ、ようやくか。嬉しいような寂しいような、不思議な感覚だった。

 

「なんだ?」

「僕も、ミコトさんにお話があります」

 

 「そうか」と短く返す。他の皆も空気を察し、言葉を挟まない。彼の顔に表れているのは、先ほどの剛田と同じもの。即ち「覚悟」。

 

「僕は、以前ミコトさんに言いました。「また、僕の指揮官になってほしい」って。それは、叶いました」

「こちらは不本意だったがな。お前達は尽くオレを買いかぶる。オレに出来る判断など、そう多くはない」

「それでも僕は、あなたの命令だったら聞くことが出来る。……何故だか、分かりますか」

「分からん。言ってみろ」

 

 後ろには事情を知らない剛田達もいるわけだが……もう今更だな。クロノも文句を言って来ないから、諦めたのか何なのか。

 剛田のときと同じように、じっくりと溜めを作ってから、ユーノは告げた。

 

 

 

「あなたのことが、好きだからです」

「いや、そんなことは知っているが」

 

 ずるっと、何人かがこけた。ユーノもだ。本当に気付かれていないと思っていたのだから恐れ入る。

 

「聞くが、お前が指揮官と認めた女は、あんなあからさまな態度を見せられて気付けないほど鈍いのか?」

「……あはは、そりゃそうですよね。もしかしたらって思ってたけど、ミコトさんなら、気付きますよね」

 

 彼がオレに気付かれてないと思った理由は、多分オレの感情の未熟さだろう。実際、オレがその感情を知ったのは、彼から告白紛いを受けてのことだ。

 だが同時に、彼もオレの変化を見ていたはずだ。だから、気付かれているかもしれないと、可能性は考えていたのだ。少々小さかったようだが。

 

「本当は、あのとき言いたかったのは、「指揮官」じゃなくて「恋人」です。あのときから、僕はずっとあなたのことが好きなんです」

「それも知っている。お前がちゃんと言えるようになるまで、気付いてないふりをするのは大変だったぞ。ポーカーフェイスも楽じゃない」

 

 もちろん、ジョークだ。オレは普通にしていたらそれだけでポーカーフェイスになってしまう。本当に表情が作りにくい顔だ。

 彼もそれを分かっているから、軽く笑って流した。

 

「それで?」

「えっ?」

「それで、どうするんだ。お前は、どうしたいんだ。オレはまだ、お前の口からそれを聞いていない」

 

 話の腰を折ったのはオレだが、それでも彼がオレに伝えたい言葉はあるはずだ。

 意表を突かれた彼は、一瞬だけ驚いた。だけど、既に言葉を持っているのだ。あとは伝えるだけであり……今の彼ならそれが出来るという、奇妙な信頼があった。

 予想通り、彼はすぐに表情を固めた。最初と同じ、覚悟の表情。

 

 そして彼は、オレに告げた。

 

「ミコトさん! 僕と……、僕と一緒のお墓に入ってください!」

「……は?」

 

 割と、いや予想のかなり斜め上を行く告白だった。それって……要するにアレだよな。剛田が言ったのを、婉曲的にした……。

 

「あ、あれ? も、もしかして意味通じてないですか? おかしいな、この国ではこう言うって書いてあったのに……」

 

 こちらが停止した意味を理解出来ず、ユーノは唸りだした。

 オレは……たまらず笑い出した。

 

「くく、はははは。お前は相変わらず、オレの予想を変な形で超えてくれるな。小学生なら、もうちょっと直球で来い。……ふふふふ」

「え、ええ? あの、僕何か間違えてしまったでしょうか?」

「いいや、間違ってはいないさ。間違っているとしたら、対象年齢だ。今のお前には十年は早い」

 

 それは「死後も一緒にいましょう」という、永遠を誓うプロポーズだ。たかだか9歳の子供が使うには早すぎる。

 

「……早くなんか、ないです。僕は、本気なんです」

 

 彼の震える言葉で、笑いがピタリと止まった。それぐらい、その言葉には力がこもっていた。

 

「あなたと一緒に、泣いたり笑ったり、怒ったり悲しんだり、色んな時間を共有して……いつか家庭を築いて、一緒に子供を育てて、巣立ちを見守って、一緒に歳をとって……土に還ったその後も、一緒にいたいんです」

「……そうか。そのぐらい、本気なんだな」

 

 重い。はっきり言って、小学生の男子が持つ愛にしては重すぎる。だけどそんなことは分かってたはずだ。そのぐらいの気持ちでなけりゃ、ミッドチルダを捨ててこの世界にやってこない。

 先ほどの「プロポーズ」は、ユーノの偽らざる本心なのだ。……笑ったりして、ちょっと悪かったかな。

 

「……あなたの答えを聞かせてください、ミコトさん」

 

 彼は、オレを真っ直ぐに見ていた。かつての弱々しかった少年の眼差しではない。それは間違いなく、「男」の目だった。

 心臓が狭くなる感覚。自分が、どうしようもなく「女」だと感じる。ここにいるのは、一人の「男」と一人の「女」なのだ。

 ――ああ、だからオレは、夏の海でユーノに迫られたとき、夏祭りでクロノに口説かれたとき、ちょっとだけ嬉しかったんだ。彼らはオレを「女」として見てくれているから。

 理解した。そしてオレの答えも、決まった。

 オレは口を開こうとして――

 

 

 

「――待てよ」

 

 もう一人の少年の声で止められる。振り返ればそこには、オレと関わりの深い男がいた。

 クロノ・ハラオウン。オレを「好敵手」と呼んだ、いまだ自分の感情を知らない少年。彼は、自分の気持ちを見つけることが出来たのだろうか。

 

「割り込む真似をして悪いな、ユーノ。だけど……君の話を聞いていて、僕も黙っていられなくなった」

「クロノ……やっぱり君は」

「ミコトが好きだ。……って、断言出来ればよかったんだけどな。やっぱり、僕には分からなかった。僕にとって八幡ミコトって女の子がどういう存在なのか……分からなかった」

 

 声には若干の落胆が込められていた。それは、自分自身の幼さへの苛立ちだったのかもしれない。

 「だけど」と言葉を繋げる。

 

「ミコトが君のものになるって考えたとき、僕はどうしようもなく嫌だった。それだけは事実だ。だから、僕は君の邪魔をする。……最低だろ?」

「自分で最低だって分かってるやつを止めることなんかできないよ。卑怯な奴め」

「後悔しないためだったら、卑怯にだってなってやるさ。僕は自分の気持ちを知る時間を稼ぐために君の邪魔をするんだ。知って、ミコトが好きじゃなかったら、君に譲る。そうじゃなかったら……絶対譲らない」

 

 オレを挟んで目線で火花を散らす二人の「男」。オレは……盛大な、本当に盛大なため息をついた。

 

「いい加減にしろよバカヤロウども。当人の気持ちを無視して勝手に色々言ってるんじゃないよ」

 

 「うっ」と呻くバカ二人。彼らの言い分は、オレがここでユーノになびくことを前提にしている。オレはそんな流されやすい女なのか。そんな流されやすい女が、お前らは好みなのか。

 

「ばっさり行くぞ。お前ら両方とも、男としての魅力なし、だ。全然ときめかない。恭也さんを見習って出直してこい、半人前どもが」

「うぅ!?」

「本当にばっさり行ったな……」

 

 そもそも二元論なのか? 世の中お前らよりいい男が存在するんじゃないのか。恭也さんという事例はあるんだ。可能性は否定できないのだ。

 ばっさり行かれた二人は、片方は地に手を着くほど落ち込んだ。もう片方はそうでもなかったが。……それでもこの二人は、少なくともオレが「男」と感じられたのだ。

 つまり、この二人は両方とも可能性があるのだ。この二人にも、十分可能性はあるのだ。

 オレは二人から離れるように歩き出す。二人の顔をちゃんと見れるように。

 

「だが、それでも。お前達が、こんな面倒くさい事極まりない女に、これだけ言われてなお諦められないどうしようもないドMどもだったとしたら……」

 

 ――二人の少年は、一歩を踏み出したのだ。だったらオレも、一歩を踏み出さなきゃ嘘だろう。そうじゃなきゃ……釣り合いが取れてない。

 振り返る。ユーノとクロノの顔がよく見える。ギャラリーはいつの間にか、最初の茂みに戻っていた。まあ、いいか。

 オレは、オレに出来る最大級の勝気な笑みをたたえ、二人の男に向けて、言ってやった。

 

 

 

 

 

「アタシをその気にさせてみなっ!」

 

 オレは――アタシはこれからも歩き続ける。こうやって一歩ずつ、未来に向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユーノォ!? しっかりしろ、傷は浅いぞ! くそ、どうしてこんなことに……!」

「やべぇ、どんどん脈が弱くなってる! ユーノの血液型ってなんだ!?」

「うふふ……どうしたの皆、何をそんなに慌ててるの? ほら、ここはこんなに暖かいんだから、ゆっくりして逝こうよ……」

「逝くなバカ、戻って来い!」

「クロノ君の反応消失! もう魔法バレにかまってる場合じゃないよ! シャマルさん呼んできて! 早く!」

「トゥーナさんお願い! 無敵の夜天の魔導書の力で何とかしてよぉ!」

「そ、そんなことを言われても……治癒魔法は構築していないんだ、時間がかかる」

「にゃあああ!? 何これ、殺人現場なの!?」

「これは……急いでアースラに運ばなきゃ! アルフ、ふぅちゃん、手伝って! 応急処置はわたしがするから!」

「わ、分かった! ……うぅ、一面血の海だよぉ」

「なるべく見ないようにするんだよ、フェイト! これ全部鼻血って、何したらこんなことになるんだよ……」

「……「アタシ」もやめような、ミコちゃん」

「うぅ、自信あったのに……」

 

 結局、オレは「オレ」しか使っちゃダメらしい。……ちくしょう。



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あとがき

 ああ、やっと本編が終わったんやなって……。

 

 ドーモ、作者です。ここまでお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました。これにて「不思議なヤハタさん」、本編完結でございます。

 元々短期の連載のつもりで書き始めた作品だったのですが、気が付けばいつの間にか(作者にとってはいつも通り)分量爆発を起こして100万文字を超える始末。短編の定義壊れる。

 「センセンシャル!!」名義では初の作品ですが、私の作品全ての中ではこれで(過去の黒歴史も含めれば)10作目ぐらいになるでしょうか。なお、過去の作品をハーメルンで投稿することはありませんので、ご了承ください(とてもお見せできたものではないですし)

 私は、書き始めるとやりたい放題やり過ぎて、地雷要素だろうが何だろうが詰め込み放題になってしまうため、普段は自分の巣でひっそりと公開をしております。今回「センセンシャル!!」名義で書くにあたり、それだけはやらないように意識しました。

 言うなれば「比較的人目に晒せる作品」として、本作を書き上げた次第であります。拙作にここまでお付き合いいただけた皆様には、本当に感謝の一言につきます。

 

 えー、それではお決まりの完走した感想ですが、「どうしてこうなった」と言うしかありません。

 以前にもあとがきで触れたことがあったと思いますが、本作品は書き始めた当時、1ヶ月で本編を完了するつもりでした。間に長期休載があったため9ヶ月かかってしまっていますが、それでも連載期間にすれば3ヶ月を超えています。なんだこれは、たまげたなぁ……。

 2月から5月の長期休載は本当に申し訳ありませんでした。リアル事情の方でちょっと冗談抜きで執筆を考えてる余裕がなくなり、執筆速度も落ちて来ていたからちょっぴり休憩するつもりで筆を止めたら、モチベーションが帰って来なくなり再起動に時間がかかってしまいました。

 そして5月から6月も、更新が遅くて申し訳ありませんでした。止まったエンジンを再び回転させるにはどうしても時間がかかってしまい、その状態で無理矢理書いたから、内容も微妙だったかもしれません。ちょうどA's章中盤の中ごろ辺りでしたね。

 でもそのおかげで、中盤終わりから終盤にかけては、エンジンフル回転状態に持ち込むことが出来ました。最後は勢いに乗ったままフィニッシュが出来て、よかったと思っています。

 何が言いたいかというと「原作で二期に渡った作品に安易な気持ちで手を出してはいけない(戒め)」ということです。もしこれでStSまで本編に含めていたら、どうなっていたことやら……。

 

 「どうしてこうなった」と言えば、ストーリーやキャラクターなんかにも言えます。これは、作者にとってはいつものことなのですが。

 私は「実執筆時の感覚」というものを非常に大事にしており、たとえ事前のシミュレーションと異なる結果になろうとも、執筆のときに別の感覚を感じたらそちらを優先することにしております。

 これが一話二話程度の話ならそこまで大きな差にもならないのですが(それでも内容によっては劇的な変化を生みます)、「リリカルなのは」のようにアニメで二期に渡るような作品を描けば、最初からは想像もつかなかったような結末を生み出します。

 たとえば、「ミコトの役回り」。彼女は元々指揮官になる予定はありませんでした。初期にエールという装備型の召喚体を生み出している通り、彼女もまた戦士の一人となる予定でした。

 ところが、話を進めていくうちに彼女の戦闘適性の低さが浮き彫りになり、その代わりに手持ちの戦力に的確な指示を出して「ゲーム」を作り上げていく現場指揮のスタイルが確立していきました。

 彼女は「物語の展開が作り出した指揮官」であり、またこれが彼女の「自分は指揮というほどのものをしていない」と思う根拠ともなっています。気付いたら指揮官になってたわけですからね。

 また、ユーノやクロノが彼女の「ヒーロー」になることも、当初の予定にはありませんでした。あくまではやてがヒロインのガールズラブ作品になるはずでした(ノーマルラブもありましたけど)。

 彼らをミコトと触れ合わせていくうちに、ミコトの指揮官的特性と彼らの性向(あくまで本作品の彼らですが)が非常にマッチして、結果としてエピローグのような形になりました。ひな形自体は無印章の時点で完成していましたが。

 マテリアルズやユーリも、作者がゲーム未プレイ勢のため、出す予定はありませんでした。ですが「ヤハタさん」のコンセプトの一つである「丁寧に可能性を潰す」を考えた際、彼らを出さないというのはおかしかったので、結局は出すことにしました。不勉強な部分で違和感があったら申し訳ないです。

 ですが、彼らを出すことでラストバトルは非常に盛り上がってくれました。もし彼らがいなかったら(=防衛プログラムのみが相手だったら)、そもそもラストバトルが発生せずにずるずる物語が続いていったことでしょう。そういうストーリー上の都合もありました。ある種の逆ご都合主義でしょうか。

 そんな感じで、執筆時の感覚に従って書いた結果当初の予定を大幅に超える分量となってしまいましたが、その代わり少なくとも作者は納得のいくストーリー運びになったと思っています。皆様にもご納得いただけるストーリーであったなら幸いです。

 

 さまざまなオリジナル設定もありました。はやての松葉杖設定を皮切りに、海鳴二小、なのはの性格変更、恭也さんの戦闘参加、フェイト達の処遇、プレシアの結末、グレアム勢の家族化、ユーノの筋肉、リインフォースの名称変更、果てはマテリアルズ二体のコピー元変更まで。

 これらのオリジナル設定の中で当初予定されていたものはたった三つ。はやてと海鳴二小、なのはだけです。他は全て、ストーリー展開が生み出した結果としてのオリジナル設定です。私が表現したかったものの一つでもあります。

 「過程が違えば結果も当然違ってくる」。よく二次創作なんかで見られる、「オリ主が参加しているのに事件の大まかな流れは一緒」というのが、私はどうにも納得が出来ないんです。それが悪いということではないのですが、それでも「この展開に妥当性はあるのか?」という流れがよくあることは事実です。

 だから「ヤハタさん」では、それらを無理に原作に合わせるのではなく、思い切って変更しています。これが作中で何度か語られている「バタフライエフェクト」の表現となります。

 たとえば、なのはは幼少期にミコトと出会いました。この際色々あって、ミコトは高町家の家庭環境に一石を投じることになります。その結果なのはの幼少期の寂しさが解消され、その後原作のように魔法に触れて、原作と同じような意志を持つでしょうか? 持つかもしれませんし、持たないかもしれません。

 どちらにしろ、それを成り立たせるための「根拠」は必要となります。本作品では「皆を守りたい」ではなく「大好きな人たちを守りたい」という意志に基づき、事件への参加を表明しました。

 この「抱え込まないなのは」は、ユーノの念話を受けた際に「自分が何とかしなきゃ」などとは思いません。だから当たり前のように大好きで頼りになる父と兄に協力を求めたのです。

 本作は、このような「原因が違うために起こる結果の相違」がたびたび出てきます。だから最終的になのは達は管理局に所属しませんでした。意志すらありませんでした。そんなことをせずとも、彼女達は大好きな家族や友達から、「そこにいてほしい」と求められているのですから。

 

 ここからは、二人のオリジナルキャラクターについて語りましょう。まずは、この作品のキーパーソンでもある「転生者」藤原凱。

 本作は最初から神様転生タグがついていた通り、彼は出す予定の人物でした。彼は「この物語の世界線である根拠」でした。

 作中描写であった、ガイの前身である人物が観測者に選択させてもらった世界線は、「原作登場人物の皆が幸せになる可能性のある世界線」です。この時点で、原作世界線から外れることになりました。

 この作品でもそうですが、特にプレシアは「詰み」の状態から物語がスタートします。病は既に治療不可なレベルまで進行し(確か末期ガンだったはずです)、娘を蘇生するにはおとぎ話にすがるしかない。そんな彼女に幸せな結末を与えるためには、転生者が神通力的なものを持つか、それが可能な世界線に移すしかありません。

 ガイは、転生者と言いながら転生者ではありません。一風変わった前世の記憶を受け継いだだけの、この世界の子供です。当然ながら末期ガンを治すなどという超常的な力は持ち合わせていません。

 だから、ひたすら考え抜き必要とあらば"魔法"の開発すら行う「八幡ミコト」という少女が存在する世界線が選ばれたのです。もちろん、これ以外の可能性もありました。ただ選ばれた可能性がこれだったというだけです。八号ちゃんマジお茶目。

 これが以前あとがきで語った、ガイがミコトの存在の根拠であり、ミコトが存在するからガイもいるという言葉の真意です。

 

 ガイは最初、よくある「ハーレム転生者」のような描かれ方をしますが、もちろんこれはミスリードです(とはいえ、勘のいい読者諸兄ならば初見でおかしいことに気付くでしょうが) 彼はあくまで「ハーレム転生者のように振る舞っている」だけでした。

 その道化の仮面は、その次の回で早くもはがれます。ユーノの迂闊な発言に真面目になって窘めてみたり、わざと道化っぽく振る舞ってみたり、それでなのはを気遣ったり。あまり引っ張ると鬱陶しいだけになりそうだったし、何よりも彼の本質が「ハーレム」にはないのだから、さっさとバラすことにしました。

 作中で語られている通り、彼は普通に「いい子」です。元ストリートファイターな両親に逞しく育てられ、「前世の記憶」も相まって、歳の割に他人を慮れる「漢(おとこ)」です。作者が予想していたよりもはるかにいい男になってくれました。

 考えてみれば、「皆の笑顔を守れる道化になる」なんて志を打ち立てるような奴が生半可な男なわけがないんですよね。

 そんなわけで、当初の予定通り彼はなのはから好意を寄せられることとなりました。非常に順当な組み合わせです。

 まあ、彼の方が肝心なところでヘタレであったため、本編完結までのらりくらりとかわしているのですが。この変態野郎が自分の気持ちに正直になれるのは、まだまだ先のようです。

 

 もう一人のオリジナルキャラクター。本作主人公の、八幡ミコト。彼女については、やりたいことを全部やり切った感じです。

 初っ端の性別不詳描写は、作者が意図したこの作品最初のどんでん返しです。彼女は初めから女の子として描写されています。

 第一話、最後のシーン。ここで彼女は「前の席があきらで、後ろの席がはやてだ」と明確に言及しています。これは彼女が女子の列に座っていることを明示しており、この時点で彼女の性別はほぼ確定しているわけです(一部の学校では男女交互に列を作るところもあるそうなので、完全に確定とはいきませんでした。残念)

 些か知識が必要ですが、もう一つヒントがあります。彼女が自己紹介のときによく言っている「カタカナ三つでミコト」というのは、美少女ゲーム「CLANNAD」のヒロインの一人「一ノ瀬ことみ」の台詞が元になっています。「ミコト」という名前も、彼女をもじって作ったというのが真実です。キャラは全然違いますが。

 その後、長い髪を弄られたり、はやてと一緒に普通にお風呂に入ったり、当たり前に女子の集団の中にいたり、男子から憧れられてたりと、描写のあからさまさは加速します。それでも、性別の明示はしませんでした。

 そこで満を持してのなのはの登場。彼女は幼い日に出会ったミコトのことを「彼」と表現します。再会したミコトも、その時点では性別がよく分からない格好をしています。

 「あれ? やっぱりあいつ男なのか?」と思わせたところで、可愛い女の子やったー!という流れでした。

 あとがきでも書いた通り、このタイミングでの暴露は予定より早いものでした。しかしながらその先もバレないようにするというのは非常に難しく、何より物語としての説得力が皆無なので、再会させた時点で性別を暴露することとなりました。おかげでその後の描写は非常に楽でした。

 また、このタイミングで暴露することにより、温泉回やプール回でのお色気要員に起用することが出来ました。やっぱりミコトちゃんの……微エロシーンを……最高やな!(ゲス顔)

 

 先にも述べた通り、ミコトは当初「戦士の一人」となるはずでした。ところが「コマンド」という"魔法"の説得力を持たせるために色々な制限をかけていくうちに、彼女が全く戦力にならないことが分かりました。

 「コマンド」の使用には長い命令文の出力が必要であり、速効性もないので威力を出そうと思ったら非常に長いチャージ時間が必要になる。出来ることは多いけど、はっきり言って戦闘には向かない。

 じゃあ肝心の彼女自身はどうかというと、平均よりは運動能力がある程度の普通の女の子。おまけに身長もそれほど高くなく、格闘技の適性も低い。出来ることと言えば相手の不意を打っての関節破壊ぐらい。

 召喚体は、一番古参のエールは出力が低すぎて攻撃力にはならない。ソワレは攻撃力はあるけど、経験がなさすぎて加減がきかない。ミステールは「コマンド」と同じような弱点を持っている。

 結果、彼女は「戦士」ではなく「指揮官」としてしか生き残ることが出来なくなり、これが大正解でした。彼女の等価性・合理性追求と、観察力・瞬間判断能力は、指揮官として非常に適性が高いものでした。

 そうやっていくうちに、彼女はそれが本分であったかのように才覚を発揮していきます。チーム運営、方針決定、作戦構築、現場指揮。現在のチーム「マスカレード」が産声を上げました。

 彼女は自分の力だけに頼ることを諦めたおかげで、生来のカリスマ性を発揮し、皆から愛される名指揮官となり、そして当初の目的を達成することが出来ました。

 もちろん、全てが上手くいったわけではありません。「ジュエルシード事件」のときには方針を尽く変更する羽目になるし、目標だった召喚体は揃わなかったし、プレシアの命を助けることは適いませんでした。

 「夜天の魔導書復元プロジェクト」でも、「ナハトヴァール」は葬ることしかできなかったし、完全な復元には至りませんでした。それでも、明日を繋ぐことはできました。

 彼女が「戦士」ではなく「指揮官」であったから、物語は大団円を迎えることが出来たとも言えるでしょう。

 

 「コマンド」……著しくは「プリセット」という能力について。実はこれは、「召喚体」という存在から逆流して作られた設定だったりします。最初に作者が考えていた設定は召喚体だけでした。

 ここから逆流していき、召喚体の構築に必要な手段、さらにはその手段を構築するための土壌として、"魔法"と"能力"は生まれました。

 「コマンド」は霊術の性質と言霊の技法、召喚体の作成には式神術までが含まれています。これらの資料を皆で集め、ミコトが作用機序を理解して、「プリセット」から新たに組み上げたものが「コマンド」という"魔法"です。

 そして「プリセット」は、クロノが推測した通り、StS編で登場するインヒューレントスキルの一種です。だからと言ってミコトが実は古代ベルカ王族の生き残りとかではありませんが。彼女のバックグラウンドについては特に考えていませんので、皆さまのお好きなように想像していただければ幸いです。

 「プリセット」という能力は、「世界を構成する要素が知としてプリセットされている」だけのものであり、それ自体は何の力も持ちません。応用法としても、自然現象のシミュレーションや技術基盤の開発といったごく限られたものにしか使えません。

 ただ、この能力があったためにミコトは幼い頃から「知を言葉で表す術」を学ぶことになり、膨大な知を最初から持っていたためにあんな性格になってしまいました。

 だけどそれがために八幡ミコトという名指揮官が生まれ、この結果に到りました。なんとも因果なものです。

 

 彼女を特筆すべきもう一つのことと言えば、「孤児であった」ことでしょうか。孤児院については一切描写していませんが、まあ普通の孤児院でした。単にミコトという巨大すぎる存在を受け入れられなかっただけのことです。

 彼女が孤児であった理由というのは、経緯はともかくとして、作品としての理由は「はやてと一緒に生活をさせるため」でした。当たり前だよなぁ?

 これがないと彼女は事件に関わり得ない性格です。というか魔導の才能がないので関わることがまずありえません。偶然ジュエルシードを拾ったところで、「さっさと回収して消えろ」の一言で終わりでしょう。

 また、この作品ではやての足を治すために必要であった「夜天の魔導書の復元」には、彼女がミステールを生み出すことが必須でした。早い段階で関わり合いにならないと、「コマンド」の作成が間に合いません。そのため彼女は、海鳴二小で「相方」八神はやてと出会うことになるのです。

 そしてこの出会いは、彼女を成長させました。感情を理解できない、表情の乏しい女の子は、愛を知り、愛を与えられるほどに成長したのです。

 この物語は、不思議な少女が一人の少女と出会い、触れ合いの中で愛を知り、自分の中にある愛情を育む物語でした。

 

 やっぱりガールズラブじゃないか(歓喜)

 

 他にも色々語るべきことはありますが、そろそろくどいですね。これも作者の欠点の一つです。だが私は改めない(開き直る二次創作者の屑)

 このあとがきで「そうだったのか!」と思われた方は、もう一度読み直すと新たな発見があったりするかもしれません。っていうか作者も見直すたびに自分でも気づかなかった発見をしたりします。

 まさに、物語は積み重なる偶然という名の必然で出来ていると言っても過言ではないでしょう。……過言じゃなくない?

 

 

 

 これにて「不思議なヤハタさん」の本編はおしまいです。しかしこの後も、不定期になる予定ではありますが、「その後の日常章」「分岐IF・恋愛章」「分岐IF・ベストパートナー章」「親愛章」、興が乗れば「StS時代章」なども書くつもりでいます。

 もしこの作品を思い出したときは、たまに覗いてみてください。ひょっとしたら、こっそり更新しているかもしれません。

 

 ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。最後に、最終話終了時点での「マスカレード」面々のロマサガ風捏造ステータスをもって、ご挨拶とさせていただきます。

 では、またいつか。

 

 

 

 

 

高町なのは

砲撃魔導師    性別:女

物理防御56 魔法防御48

HP 95 LP10/10

  技   6/  6

  術  60/ 60

腕 力  8 剣・大剣 0

器用さ 18 斧・棍棒 0

素早さ 12 槍・小剣 0

体 力  6 弓    0

魔 力 30+3体術   2

意志力 30 ミッド式20

魅 力 22

 

原作主人公にして、本作ではミコトの「初めての友達」。人を傷つけることが泣くほど嫌いで、皆のことが大好きな優しい女の子。

砲撃魔法が得意だが、その優しい性分と相まってあまり役には立っていない。但しガイには本気で向ける。彼なら受け止めてくれるという、ある種信頼の証。

将来の夢は、ガイと結婚して翠屋を継ぐこと。現在は母からお菓子作りを教えてもらって勉強中。

 

 

 

ユーノ・スクライア

結界魔導師    性別:男

物理防御 5 魔法防御 5

HP380 LP20/20

  技  36/ 36

  術 102/102

腕 力 24 剣・大剣10

器用さ 20 斧・棍棒 0

素早さ 13 槍・小剣 0

体 力 26 弓    0

魔 力 22 体術  12

意志力 18 ミッド式33

魅 力 18

 

チーム「マスカレード」が誇る"最高の守護者"。シールドや結界だけでなく、補助魔法、さらには剣術まで扱いこなす、攻防の要。

いつの間にか筋肉自慢になってしまったが、頭脳も決して衰えていない。実は優良株であり、学校での女子人気は高かったりする。

本人はミコト一筋。彼女の気持ちを自分に向けさせるため、今日も自慢の筋肉で迷走する。

 

 

 

フェイト・T・八幡

ミコトの妹    性別:女

物理防御20 魔法防御25

HP250 LP10/10

  技  35/ 35

  術 102/102

腕 力 16 剣・大剣 5

器用さ 18 斧・棍棒10

素早さ 30+2槍・小剣 0

体 力 20 弓    0

魔 力 28+1体術   0

意志力 18 ミッド式33

魅 力 30

 

ミコトに引き取られ八幡家に養子入りした、おねえちゃん大好きっ子。八神家の中では、実はソワレに次ぐ甘えん坊だったりする。本人に自覚はなく、自分はしっかりしたおねえちゃんだと思っている。

誕生してすぐから戦闘を仕込まれたため魔法戦闘能力は高いが、日常生活の能力は落第点。そろそろ自分も料理ぐらい出来なきゃまずいかもと思っている。

趣味は読書と運動であり、よくシグナムと模擬戦をやっている。……運動ってなんだっけ。

 

 

 

アルフ

フェイトの使い魔 性別:女

HP400 LP18/18

物理防御25 魔法防御25

  技 117/117

  術  30/ 30

腕 力 30 剣・大剣 0

器用さ  8 斧・棍棒 0

素早さ 25 槍・小剣 0

体 力 30 弓    0

魔 力 15 体術  39

意志力 12 ミッド式10

魅 力 12

 

八神家のペットポジション。大体は日がな一日ひなぼっこをし、ソワレやアリシアに弄られている。運動をしたいときはザフィーラを誘って徒手で組手なんかもしている。

いざ戦闘になれば、野生の狼の膂力とリニスから習った魔法で活躍する。元々の気性か、割とこっちも楽しんでいる様子。

もっとも彼女としては、これからも戦いなんか起こらなければいいのにと思っている。家族の未来の幸せを心から願いながら、気ままなペットライフを送る。

 

 

 

クロノ・ハラオウン

時空管理局執務官 性別:男

物理防御45 魔法防御48

HP350 LP18/18

  技  40/ 40

  術 120/120

腕 力 16 剣・大剣 0

器用さ 22 斧・棍棒10

素早さ 19 槍・小剣 0

体 力 20 弓    0

魔 力 25+2体術  10

意志力 20 ミッド式40

魅 力 16 増幅   8

 

厳密には「マスカレード」の一員ではないが、管理局内の協力者ということで記す。

執務官というエリートについているだけはあり、あらゆる面での対応力が非常に高い。ミコトほどではなくとも指揮も出来る。

結局自分はミコトを好きなのか、それともただの友人なのか。答えを出せるのは、まだまだ先になりそうだ。

 

 

 

藤原凱

盾の魔導師    性別:男

物理防御 5 魔法防御 5

HP320 LP18/18

  技  36/ 36

  術  75/ 75

腕 力 18 剣・大剣 0

器用さ 14 斧・棍棒 0

素早さ 16 槍・小剣 0

体 力 22 弓    0

魔 力 30 体術  12

意志力 32 ミッド式25

魅 力 19

 

「原作」を知る転生者。但し彼自身はこの世界で生まれた魔法の才能を持つだけの子供であり、正確には「記憶継承者」とでも言うべきだろう。

シールド魔法の才能が抜群であり、その代わりそれしか出来ない。それだけで、並の魔導師ならば圧倒できるだけのシールドバリエーションを持っている。地味に両親に体術を仕込まれているが、本人は気付いていない。

道化の仮面の下に「男の中の男」と言えるほどの男気を持っているが、なのはの好意に対してはヘタレ。せめて中学ぐらいまでは、今の関係を続けたいと思っている。

 

 

 

高町恭也

御神の剣士    性別:男

物理防御 5 魔法防御 5

HP555 LP18/18

† 技 226/226

  術   0/  0

腕 力 25 剣・大剣47

器用さ 20 斧・棍棒20

素早さ 30 槍・小剣18

体 力 25 弓    9

魔 力  0 体術  38

意志力 28

魅 力 25

 

チーム「マスカレード」が誇る最強戦力の非魔導師。近接の鬼。なお、彼よりも強い父親がいる。高町家は今日も平和ですね。

外部手段ながら飛行戦闘能力を手に入れたことで、「もうあいつ一人でいいんじゃないかな」となることがしばしば。但し完全に近接のみなので、遠距離手段が必要な場合には無力。次はここを何とかしようとしている。

相変わらず無自覚に女を落とし、恋人の忍をやきもきさせている。だが、本人は彼女一筋のつもりであり、大学卒業後は結婚まで考えている。リア充爆発しろ。

 

 

 

シグナム

烈火の将     性別:女

物理防御32 魔法防御28

HP440 LP10/10

  技 134/134

  術  90/ 90

腕 力 23+2剣・大剣32

器用さ 22 斧・棍棒 0

素早さ 20 槍・小剣 0

体 力 24 弓   20

魔 力 25 体術  18

意志力 20 ベルカ式30

魅 力 16

 

種族:騎士と揶揄されたヴォルケンリッターの将。八神家における立ち位置としては、普段はダメ人間だが有事には頼れる姉。

「二人の主の偉大さを証明するため」と、日夜剣技の研鑽に余念がない。魔法と剣技を融合させた彼女の技は、教会騎士のベテランでさえ掠らせることさえできずに打倒してしまう。

今度聖王教会の依頼があるときに、恭也も連れて行ってシャッハに会せようと思っている。目下、忍の一番の怨敵である。

 

 

 

ヴィータ

紅の鉄騎     性別:女

物理防御50 魔法防御46

HP500 LP12/12

  技 126/126

  術  66/ 66

腕 力 25+3剣・大剣 0

器用さ 16 斧・棍棒42

素早さ 15 槍・小剣 0

体 力 25 弓    0

魔 力 22 体術   0

意志力 18 ベルカ式22

魅 力 18

 

はやて以上にミコトに懐く、ヴォルケンリッターの切り込み隊長。「抱き着いたときにはやてよりミコトの方が気持ちいいから」だそうだ。但しあくまで比較であり、どちらも大好きである。

実はあまり戦闘を好まない性格をしているが、ひとたび戦闘が始まればチームの敵を率先してぶっ飛ばす血の気の多さも持つ。本人はミコトに喜んでもらいたいと思ってやっている。

ポジション的には「ミコトの娘組」だが、本人は騎士のつもりでいる。他の家族からは完全に娘組扱いであるが。

 

 

 

シャマル

風の癒し手    性別:女

物理防御18 魔法防御40

HP180 LP 8/ 8

  技   0/  0

† 術 135/135

腕 力 10 剣・大剣 0

器用さ 15 斧・棍棒 0

素早さ 12 槍・小剣 0

体 力 18 弓    0

魔 力 23+2体術   0

意志力 16 ベルカ式45

魅 力 20 増幅  15

 

ミコトの知恵袋として大事な役割を担う、ヴォルケンリッターの参謀。リッターの中では日常生活で最も活躍している。但し料理だけは勘弁な。

治療や補助に加え、少しだけなら攻撃も可能。だがほとんどの場合なのはの砲撃補助を担っており、彼女とセットで行動することが多い。それもまた重要な役割である。

さりげなく恭也に思いを寄せているが、多分ダメだと分かっている。分別をつけられる性格な分、ストレスをためやすい。頻繁にザフィーラに愚痴っているとか何とか。

 

 

 

ザフィーラ

蒼き狼      性別:男

物理防御25 魔法防御25

HP700 LP36/36

  技  60/ 60

  術  75/ 75

腕 力 18 剣・大剣 0

器用さ 16 斧・棍棒 0

素早さ 14 槍・小剣 0

体 力 35 弓    0

魔 力 15 体術  20

意志力 35 ベルカ式25

魅 力 12

 

様々な意味で堅固な、ヴォルケンリッターの盾。狼の姿でミステールの秘書をやっているうちに、どんどん器用になっている。

シールド魔法の硬さはガイよりも上であり、何よりも本人のタフネスさが群を抜いている。いざとなれば身一つでも主を守る意志を持つ。

実はミコトへの忠誠心がシグナムよりも上。主と認めるまでも、本心では彼女のことを「従うべき主君」として見ていたようだ。

 

 

 

八神はやて

夜天の主     性別:女

物理防御40 魔法防御50

HP110 LP 8/ 8

  技   0/  0

† 術  47/ 47

腕 力 12 剣・大剣 0

器用さ 23 斧・棍棒 0

素早さ 12 槍・小剣 0

体 力 10 弓    0

魔 力 35 体術   0

意志力 30 ミッド式14

魅 力 20 ベルカ式 5

 

八神家のおかん。夜天の魔導書を操る唯一の存在ではあるのだが、彼女自身に戦う意志がそれほどないので、有事以外にその力が行使されることはないだろう。

なのはすら凌ぐ莫大な魔力を持っている。それを砲撃に注ぐことによって、山すら貫通する威力の砲撃を放つことが出来る。というか現状で攻撃はそれしか出来ない。

彼女にとって大事なのは、魔法よりも何よりも、大切な「相方」と過ごす平穏な日常なのだ。

 

 

 

八幡ミコト

コマンダー    性別:女

物理防御42 魔法防御42

HP125 LP 8/ 8

  技  37/ 37

  術   0/  0

腕 力 12 剣・大剣 2

器用さ 25 斧・棍棒 0

素早さ 18 槍・小剣 0

体 力 15 弓    5

魔 力  0 体術  10

意志力 20 コマンド32

魅 力 35 増幅  48

 

皆が愛した指揮官(コマンダー)。本作主人公。彼女が後ろにいるだけで、「マスカレード」は全力以上の力を振るうことが出来るという。

自身はほとんど戦うことが出来ないが、その指揮の効果は絶大。全員無傷で竜種を捕獲などという真似もしてみせた。だがやはり一番の特徴は、その驚異的な魅力(カリスマ性)だろう。

彼女は、今日も自分達の穏やかな日常を守るため、戦わない戦いをする。そうやって、未来を紡いでいく……。

 

 

 

 

 

__END__



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おまけ
技能一覧


お久しぶりです。わたしです。
上手い事執筆にモチベーションがいかないため、これまでに登場した技能をまとめてお茶を濁します。
登場順に並んでおり、最新話分まで含みます。一応閲覧注意。
基本的にはオリジナルの技能のみ。一部原作登場技能も含みます。
抜け・漏れなどがあったら、感想・活動報告・メッセージ等でご報告いただければ幸いです。



凡例

難易度評価
E:誰でもできる
D:ちょっと練習すればできる
C:平均的なレベル
B:普通は習得につまづく
A:一流じゃないとムリ
S:できたら天才
SS:よっぽどの天才かよっぽどのバカのどちらか
SSS:え、やだなにそれこわい……



威力評価(攻撃系統のみ)
E:なんだそのあわれなこうげきは……
D:チクッとする程度
C:普通に痛い
B:かなり痛い
A:痛いんだよォ!(マジギレ)
S:(あ、これアカンやつや)
SS:やべぇよ……やべぇよ……(絶望)
SSS:あいてはしぬ

2017/07/23 EX.4で登場した技能を追加


「コマンド」(仮称)

使用者:八幡ミコト

種別:特殊

難易度:C(ミコト以外はSSS)

ミコトが生み出した"魔法"。「口頭命令による事象の操作」という技術であり、決まった形式を持たない。

使用には「対象となる事象の直接的理解」が必要となるため、世界の普遍的法則のストレージである「プリセット」を持つミコト当人以外にはほぼ使用不可。

起こせる事象の規模もそれほど大きくはなく、「コマンド」そのままではあまり使い道がない。定性的な事象の操作にその真価を発揮する。

余談だが、正式名称が決定する日は多分来ない。

 

 

 

「召喚体」

使用者:八幡ミコト

種別:使い魔精製(?)

難易度:A

「コマンド」を用いて「受肉した事象」を生み出す技術。第97管理外世界固有の"魔法"である「陰陽術」における「式神」を元ネタにしているが、技術的な繋がりはない。

核となる物体である「素体」に、受肉する本体となる「基本概念」を同化させ、思考・行動の方向性である「創造理念」を与えることで生み出される。素体は基本概念と結びつきの強いものが必要となる(但しジュエルシードは例外)

生み出された召喚体の能力の方向性は基本概念に、強度は素体に左右される。性格の決定に関しては詳しく分かっていないが、恐らく創造理念の影響が最も強いと考えられる。

 

 

 

「おっぱいシールド」

使用者:藤原凱

種別:防御魔法・シールドタイプ

難易度:SS

防御専門の魔導師である藤原凱が"最初に開発した"オリジナル魔法。ある意味で彼の性格をよく表しているお遊び魔法の一つ。

形状のこだわりもさることながら、触ったときの質感にも非常にこだわっており、シールドとしては全く役に立たないくせにユーノですら再現不可能なレベルを誇る。最終的にはブランの全身を再現するに至った。

これを簡易化・強化したものが、後々彼らが使うことになった「形状変化シールド」である。頭おかしい。

 

 

 

「遠隔シールド」

使用者:藤原凱、ユーノ・スクライア

種別:防御魔法・シールドタイプ

難易度:A

通常は手元に発生させるシールドを、ある程度距離の離れた任意座標に発生させる技術。シールドを呼吸と等しく発生させる程度の技量を必要とし、実は高難度技術。

作中では、魔法資質の特性上シールドに関してだけは超絶天才であるガイと、元々非常に優秀な結界魔導師であったユーノの二人だけが使用できる。クロノですら使用不可である。

但し、如何に彼らと言えど複雑なシールドを遠隔発生させることは出来ず、この技術で使用可能なのはラウンドシールドのみである。

 

 

 

「シュートバレット」

使用者:高町なのは、ユーノ・スクライア、フェイト・T・八幡、他多数

種別:射撃魔法・直射型

難易度:E

威力:D

StSで登場した魔法ではあるが、無印・A'sでは未登場だったためここに記す。ミッド式射撃魔法では最も基本となるもので、なのはが三番目に覚えた入門魔法である(プロテクション、封印魔法の次)

成形した魔力の弾丸を放つだけの単純な代物であり、効果は大したことないものの速射性に優れている。が、これを攻撃手段としたのは初期のなのはのみである。人員足りてたからね、しょうがないね。

なお、ガイは使用できない。難易度Eでありながら習得できなかったというところが、彼の魔法資質の異質さを表しているだろう。

 

 

 

「風圧弾」

使用者:エール

種別:射撃・直射型

難易度:E(エール以外はC)

威力:E~C

空気を圧縮した塊を発射する攻撃方法。エールの本体は"風"であるため、彼にとっては息をするのと同じぐらい簡単なことである。魔法などの手段で実現しようと思うと、それなりの難易度になる。

限界まで圧縮した空気塊をぶつければ、軽自動車を吹き飛ばす程度の威力は出せる。ただ、そのためには溜め時間が必要になるし、周囲にその程度なら簡単に出来る連中がいたため、使用されることはなかった。

実はこの攻撃方法を鑑みると、彼の形状が剣であったことは合理的ではなかった。ミコトの試行錯誤の表れの一つと言えるかもしれない。

 

 

 

「気流加速」

使用者:エール

種別:補助・移動

難易度:E(エール以外はB)

所有者の周囲の気流を操作することで移動を補助するパッシブ能力。彼自身の感覚としては「何となく心地いい感じにしたい」という気持ちで無意識的に操作している。

全ての動作が加速されるため、やはり他の手段で実現しようとするとそれなりの難易度になってしまう。召喚体という存在の性質が最も表れている点である。

なお加速状態のミコトでも、フェイトや恭也の方が速かったりする。お前ら何やねん。特に素の身体能力のみの恭也。

 

 

 

「ディバイドシールド」

使用者:藤原凱

種別:防御魔法・シールドタイプ

難易度:S

二つのシールドを鋭角に組み合わせ、エネルギーや流体を分割して受け流すシールド。その性質上、エネルギー性の攻撃には絶対的な防御性能を誇る。

反面、物理的な強度は落ちており、質量体による攻撃を防ぐことはできない。また受け流すという行為の関係で、どうしても後方に被害が出るため、大人数を守護するのには向かない。そのため、集団戦が基本となった後半は使われなくなってしまった。

亜種に分割面を増やした「ディバイドシールド・改」、"返し"をつけて受け流し方向を前方にした「ディバイドシールド・改二」が存在するが、燃費はあまりよろしくない。基本こそ至高ってはっきりわかんだね。

 

 

 

「バール・ノクテュルヌ(夜想曲の弾丸)」

使用者:ソワレ

種別:射撃・直射型

難易度:E(ソワレ以外はA)

威力:B

"夜"、つまり光を排除した空間の塊を投げつける質量弾攻撃。ソワレの基本攻撃方法でありながら、その破壊力はかなりのものである。

「空間を投げる」という攻撃方法であるため、非殺傷程度に威力を絞ることが難しい。無益な殺生を好まないミコトは、余程の相手でない限りソワレにこの攻撃を行わせなかった。

そして余程の相手の場合、この攻撃程度ではどうしようもないため、作中で光る場面はあまりなかった。微妙に残念。

 

 

 

「ル・クルセイユ・エクスプロージオン(爆発する棺)」

使用者:ソワレ

種別:広域攻撃

難易度:D(ソワレ以外はSS)

威力:SSS

ターゲットを"夜"で包み込み、最終的に押し潰して爆散させる超凶悪な空間攻撃。冗談抜きで相手は死ぬ。作中でこの攻撃がまともに機能して耐えられた者は存在しなかった。

これほどの攻撃が簡単に発動できるわけがなく、長い溜め時間や一度決めた座標変更の不可など、制約も多い。そのため、大一番の決め技としての側面が強い。

真に恐ろしいのは、この攻撃はソワレにとって「それほど負担にならない」ということである。ジュエルシード素体の召喚体は伊達じゃない。

 

 

 

「フライアーフィン」

使用者:高町なのは

種別:移動魔法・飛行

難易度:A

駆け出し魔導師・高町なのはの使用する飛行魔法にして"現状唯一の移動魔法"である。原作登場魔法であるが、ここの違いのためだけに記述。

高速移動魔法などを習得していないなのはにとって、この魔法は本当にただ空を飛ぶためだけの魔法である。戦闘中の回避機動など望むべくもなし。

そういう意味では、このなのはは「空戦魔導師」ではない。空を飛べて砲撃が出来るだけの魔導師である。

 

 

 

「エルソワール(宵の翼)」

使用者:ソワレ

種別:移動補助・飛行形態

難易度:E

ソワレが変身した姿である宵闇のドレスを、エールの風を受けて空を飛ぶために羽を出した形態に変化させる技。……技?

不定形型であるソワレにとって、自身の形を変化させるのは当たり前に出来ることであり、わざわざ技の形を取る必要もないのだが、某ミコトの相方によってこの名が与えられた。

あえて魔法に当てはめれば「バリアジャケットの形状変化」ということになるか。それもなんだか違う気がするが……。

 

 

 

「飛行気流制御」

使用者:エール

種別:移動補助・飛行制御

難易度:E(エール以外はC)

エルソワールと合わせて空を飛ぶための手段。ある意味彼の本領を発揮している技である。

そもそもエールの能力が「ノータイムでの気流制御」であるので、彼の能力をそのまま使用しているだけではあるが、飛行という形である以上それなりに気を遣っているらしい。

飛行中は風を発生させ続けることになるが、それで大きく消耗するということはない。そのため、飛行魔導師と一緒に行動することが可能となる。

 

 

 

「ピエス・ソンブル(暗い部屋)」

使用者:ソワレ

種別:防御・バリアタイプ

難易度:E

周辺に球形の"夜"を展開して、緩い防御フィールドを形成する技。攻撃を弾くほどの効果はなく、せいぜいが気体や流体の侵入を防ぐ程度。

防御というよりは環境保持のための技であり、作中では海中のジュエルシード・シリアルIを封印する際にこっそり使われたのみ。名前が出たことも無い。

実は海竜戦で奇襲用に使わせようかと思ったりもしたが、ミコトがあくまで"指揮官"であったために矢面に立たせることが出来ず、数少ない出番はなくなってしまった。合掌。

 

 

 

「リドー・ノワール(黒いカーテン)」

使用者:ソワレ

種別:防御・シールドタイプ

難易度:D

任意方向に布状の"夜"を展開して受け流す防御技。ソワレは空間を押し固めるのには向いていないため、防御力はそれほど高くない。咄嗟の防御手段程度のものである。

他の技に比べて"夜"の濃度がやや高いため、これを通した状態で視認することが難しい。そのため、目くらましとしての使い方も可能である。むしろこっちがメインかもしれない。

やはりミコトが前線要員ではなかったため出番は少なかったが、ピエス・ソンブルよりは活躍の場があった。慢心、環境の違い……。

 

 

 

「念話共有」

使用者:ミステール

種別:補助

難易度:C(ミステール以外には使用不可)

自身が念話の中継点となり、参加者全員を電話会議のように繋ぐ高等念話技術。念話の"因果"を紐解き独自に構築したものなので、現状ではミステール以外には使用できない。

念話の方法がリンカーコア経由ではないため、非魔導師でも参加できるという非常に強力なアドバンテージを持つ。ミコト達の連携を繋ぐ要と言っていいだろう。

作中では戦闘から日常まで広く使われており、これ一つで彼女は存在意義を満たしていると言っても過言ではない。

 

 

 

「リングバインド」

使用者:フェイト・T・八幡、アルフ、高町なのは、ミステール、他多数

種別:捕獲魔法・バインドタイプ

難易度:D

バインド魔法の中では最も基本となるもので、当然原作にも登場している。やはりなのはのバインド魔法習得の差異のために記述。

なのははこの魔法を覚えるまで、攻撃と封印以外はプロテクションとフライアーフィンしか使えなかった。この魔法をきっかけとして、砲撃以外のことにも少しは興味を向けたらしい。

また、ミステールが使った場合は魔力以外で構成することが出来、基本魔法ながら様々な形での発動が可能となっている。これはプロテクションにも同様のことが言える。

 

 

 

「バインドシールド」

使用者:藤原凱

種別:捕獲防御魔法・シールド+バインドタイプ

難易度:B

バインドでありながらその実シールドであるという、ガイの魔法特性を応用した形である。実態は形状変化シールドのバリエーション。

シールドであるので、拘束力に関しては通常のリングバインドにも劣るが、破壊の困難さは高度バインドの比ではない。使い方次第では大化けする可能性のある捕獲魔法、否防御魔法である。

ガイは「あらほらさっさー」などと言いながら気楽に作っているが、師匠のユーノには出来ない。繊細なことを簡単にやってのける変態である。

 

 

 

「ドニ・エアライド」

使用者:藤原凱

種別:移動防御魔法・シールド+飛行タイプ

難易度:S

魔力噴射による高速移動が可能なシールドを作り出し、それに乗って移動する飛行魔法。「シールドなら発想次第で何でも出来る」を地で行く、他に類を見ないシールド魔法。多分こんなことする奴は管理世界にいない。

当然というかなんというか、通常の飛行魔法に比べて無駄が多いため、燃費は非常に悪い。それでもガイが飛行を行う唯一の方法であるので、習得以降は何度も使用されている。

ちなみに飛行シールドそのものは地味に固く、これを使って攻撃を防ぐことも可能。下方からの対空攻撃に強いという、飛行魔法の弱点を補うような強みがある。

 

 

 

「スティンガーブレイド・ジェノサイドシフト」

使用者:ギル・グレアム

種別:広域殲滅魔法

難易度:S+

威力:S

クロノが使う奥の手「エクセキューションシフト」のさらに上の魔法。合計一万を超える断続的な刃の嵐で敵軍を殲滅する対軍魔法。間違っても個人への制裁用に使うようなものじゃない。

作中では存在を示唆されるだけで使われることはなかったが、もし今後使われることがあったとしたら、ユーノはその先生きのこることができるのだろうか。

当然ながら、如何にSランク魔導師と言えど大きな消耗は避けられない魔法である。娘のために命を削る父親の鑑(親バカ)

 

 

 

「ミラーシールド」

使用者:藤原凱

種別:防御魔法・シールドタイプ

難易度:C

ガイのお遊び魔法の一つ。魔法を反射するのかと思いきやそんなことはなく、ただ単に鏡のようなシールドを発生させるだけ。作中ではアリサへのセクハラに使われた。

彼はこの他にも、質感を操作した「トランポリンシールド」や、粘着性を付与した「ホイホイシールド」、ゴムのような柔らかさのサンドバッグ「ラバーシールド」などのお遊び魔法を幾つも開発している。難易度はどれもC前後である。

ミッドチルダでこのような魔法の使い方をしている人間はいないだろう。もしかしたら、彼のような人間こそが管理世界には一番必要なのかもしれない。それはそれで世も末である。

 

 

 

「砲撃制御」

使用者:シャマル

種別:補助魔法・インクリースタイプ

難易度:B

砲撃魔法の威力は高いが、命中精度に難のあるなのはを補助するために、シャマルが新たに構築した魔法群。通常の砲撃魔導師は単独で狙いを定めるため、このような役割を果たしたのは彼女が初めてだろう。

これがきっかけで彼女達は「砲撃時の役割分担」を行うようになり、砲撃後の誘導制御や砲撃に別種の魔法を乗せるなどの応用が可能となった。

基本的に後方支援であるシャマルが、間接的にではあるが攻撃力につながるという、画期的な魔法でもあった。

 

 

 

「トラクターフォース」

使用者:ベクターリング(インスタントデバイス)、ミッドチルダの魔導師多数

種別:移動魔法・物体移動

難易度:E

ミッドチルダでは重機代わりに使われる物体移動の魔法。原理としては任意方向に重力場に似た力場を生じることで加速度を発生させるというもの。非戦闘魔導師の多くが習得している簡単な魔法である。

人間の移動は想定しておらず、実際ミッドチルダでこの魔法を使って移動補助を行おうとする人間はいない。あくまで重機代わりなので、大味な操作しか出来ないのである。

つまり何が言いたいかというと、こんな魔法で空中戦闘をこなす恭也さんマジ人外。

 

 

 

「無形の位」

使用者:高町恭也

種別:回避技法

難易度:A

ここに来ていきなり魔法じゃなくて剣技の話になる摩訶不思議。剣を構えず自然体で構えることによって、相手の攻撃を見切り体裁きで回避する、超高等技法。活人の剣技に分類される。

本来的に殺人剣である御神流との相性はあまりよろしくなく、恭也も完全に扱いきれているとは言い難い。が、この技術があってこそ魔法なしで魔法を回避するという離れ業を可能にしている面もある。

ぶっちゃけこの構えを取った状態の彼に攻撃を当てることは、フェイトはおろかシグナムでもできない。彼からも攻撃できないので千日手ではあるのだが。

 

 

 

「変身魔法」

使用者:ミステール、アルフ、シャマル、他多数

種別:補助魔法・変身

難易度:B

自身や指定した対象を任意の姿に変身させる、ある意味最も魔法らしい魔法。実体はあるものの幻術に近いものである。これで胸を大きくしても、実際に胸が大きくなるわけではない。いいね?

ミコト達が管理世界で行動するためには必須とも言える魔法で、これをミステールが習熟したことで初めて管理世界での依頼を受けられるようになった。

なお、管理世界においてはみだりに変身魔法で偽装を行うことは違法であるらしいが、ミコト達は管理外世界の住人であるため法律の適用外である。それを分かった上でやっている。

 

 

 

「流れ三段」

使用者:シグナム

種別:剣技(両手剣)

難易度:B

威力:A

シグナムが道場講師の仕事を通じて師範から教わった技。突き・切り上げ・払いを一連の動作で行う静の剣技。カウンターで使ったときに最も効果を発揮する。

魔法ありきの剣であるベルカの技を使う彼女が覚えた、魔法に頼らない剣技である。その威力は近代ベルカの騎士を圧倒するという形で見せつけられた。

元ネタはルーンファクトリーシリーズのルーンアビリティ(必殺技)。現状この技は魔法に組み込むことが出来ていないが、将来的には何らかの形で活用したいと思っている。

 

 

 

「ダミーコア」

使用者:八神はやて

種別:防御魔法・特殊

難易度:A

夜天の魔導書の蒐集バグに対抗するために作った魔法。蒐集の作用機序を利用することで、蒐集先を誤認させるダミーターゲットを用意するというものである。

実際にこれは有効な結果を出し、バグが残っている段階でありながら、短時間であっても歩けるようになるほどに回復した。

もし予想外の出来事さえ起こらなければ、はやては夜天の魔導書の修復を待たずに足を完治させることが出来ていただろう。

 

 

 

「南斗人間砲弾」

使用者:シャマル+フェイト・T・八幡+ユーノ・スクライア

種別:近接連携技

難易度:B

威力:A+

記念すべき初連携がこれとか。名前に頓着しないミコトがエールの発言をそのまま拾ってしまったため、このような名前になってしまった。

フェイトが加速を得てから、シャマルが指定座標にユーノを転移、その加速度をユーノに伝え、シールドを纏ったユーノが超高速体当たりを仕掛けるという質量攻撃。相手の意表を突くという意味でも非常に効果の高い連携技。

この偶然がきっかけとなって、最終決戦に向けて様々な連携技が生み出されることとなった。

 

 

 

「デルタスパイク」

使用者:(高町恭也、アルフ、シグナム、ヴィータ)×3

種別:近接連携技

難易度:A

威力:S

近接要員三人が連続で高威力攻撃をしかける連携技。攻撃のたびに次の攻撃者の方向に弾き飛ばすため、単発よりも威力が上がる。人員を正三角形に配置することからこの名が付いた。

欠点は、ターゲットを正三角形の中央に捉えなければならないため、相手が動いていると成功しないこと。その条件さえクリアすれば、非常に燃費のいい決め技となる。

作中では恭也、ヴィータ、シグナムの三人で行われたが、アルフが参加することも可能。ただ、高威力を求めるならばやはり前者の組み合わせがベターである。

 

 

 

「煉獄の矢」

使用者:ナハトヴァール

種別:射撃魔法・直射型

難易度:B

威力:A

炎熱変換を行った魔力の矢を複数本放つ魔法。夜天の魔導書が蒐集を行った野生動物たちの魔法を用いて、書にインストールされていた攻性魔法形成プログラムが組み上げたものの一つである。

単純な魔法ではあるものの破壊力は中々のものであり、速射性も高い。動物でこれなのだから、もしこれが人間から蒐集を行っていたらどうなっていたか、推して知るべし。

陣形「フォースシールド」で前方に配置された巨大シールドがなかったら、それなりに苦戦していただろう。

 

 

 

「クロスブレイド」

使用者:高町恭也+フェイト・T・八幡

種別:近接連携技

難易度:B

威力:C

速攻要員二人で行う切り込み攻撃。威力よりも相手の体勢を崩すことを主眼としており、ヒットアンドアウェイである。また、この二人を同時に対処しなければならない困難さも"崩し"を確実なものにしている。

その性能は暴走状態のナハトヴァールはおろか、自我を保てていたユーリですら完全に体勢を崩された。ここを起点とした攻撃もまた、彼らの必殺パターンの一つだろう。

難点としては、高威力近接要員の恭也、高火力砲撃要員のフェイトをそれぞれ使用すること。残念ながらシヴァトライアングルやマーベラスカノンに繋ぐことは不可能である。

 

 

 

「トリプルラッシュ」

使用者:アルフ+ヴィータ+シグナム

種別:近接連携技

難易度:C

威力:B

近接要員三人による連続攻撃。デルタスパイクとの違いは、主にシールド等の破壊を目的としていること。火力面ではデルタスパイクには到底及ばない。

バリアブレイクを持つアルフ、ラケーテンハンマーの貫通力のヴィータ、純粋な火力のシグナムの三枚板で確実にバリアを抜く。但し隙が大きいため、安易な使用はできない。

クロスブレイド同様、高火力近接連携に繋ぐことはできないが、砲撃連携は可能である。

 

 

 

「怪鳥召喚」

使用者:ナハトヴァール

種別:召喚魔法

難易度:A+

夜天の魔導書に記録されたコアの持ち主を形成する召喚魔法の一種。魔導師等を蒐集した場合に彼らを召喚できるのかは不明。

このケースでは、ミコト達がメインで狩っていて最も数の多かったディーパスの怪鳥たちが召喚された。恐らくは大人数を相手取るのに数が必要であると判断されたと思われる。海竜とかじゃなくてよかった……。

召喚された一匹一匹は大したことはなかったが、その数の多さによる目くらましでシャマルの作戦構築を阻害した。ミコトがいたらどんな指示を出していただろうか。

 

 

 

「ソードバリア」

使用者:ユーノ・スクライア

種別:防御魔法・シールドタイプ

難易度:A+

形状変化シールドのある種真骨頂。シールドを剣状に成形することで、防御魔法ながら攻撃力を得ている。元が防御魔法なので防御力も結構高い。

シグナムから古代ベルカの剣術を習ったユーノは、自慢の筋肉から剛剣を繰り出す。その威力に耐えうるという意味でも、この魔法は非常にマッチしている。

もちろん彼はその上で生来の補助魔法の巧さも失っておらず、実はチームの中で最も将来性があったりする。さすがは「最高の守護者」である。

 

 

 

「アイスシールド」

使用者:藤原凱

種別:防御魔法・シールドタイプ

難易度:S

こちらは防御専門魔導師の奥義とでも言うべきか。凍結変換を付与したシールドで、触れたものを氷漬けにする超高等魔法。ガイが持つ魔法の中で、唯一まともな攻撃力を持つ魔法である。

凍結変換そのものは最も難しい魔法形態であるが、「シールドである」ということを軸に習得することが出来た。つまりはシールドにしか適用できないものだが、どの道彼はシールドしか使えないので問題なし。

但し、やはり無理な魔法であることに違いはなく、現状では即時発動とはいかず制御に時間がかかってしまう。防御後即反撃で氷漬けなどの使用方法は難しいだろう。

 

 

 

「ディバインバスター・マルチウェイ」

使用者:高町なのは(+シャマル)

種別:砲撃魔法・拡散制御型

難易度:A+

威力:B~S

なのはの砲撃遊びで生まれたディバインバスター・バリエーションの一つ。この他にもいくつかのバリエーションが(有用性度外視で)作られている。

発射時は通常のディバインバスターと同じく直射型(速度は少し落ちている)だが、任意のタイミングで拡散させることができる。が、今のなのはでは拡散することしかできない。

このため、相手に命中させるという目的を達成するためにはシャマルの補助が必要不可欠となっている。っていうか普通に遠距離から命中させるのにもシャマルの手助け必要だしね。

 

 

 

「雷神拳」

使用者:レヴィ・ザ・グラップラー

種別:近接魔法・打撃

難易度:B

威力:A+

電気変換を付与した魔力を拳に纏い殴り抜く、ただそれだけの魔法。大仰な名前がついてる割には単純だが、彼の性格を考えたら致し方なし。

ユーノ(筋肉)をオリジナルとしており、元々の「力のマテリアル」としての性能を遺憾なく発揮できるため、ただの打撃と言えど馬鹿にならない威力を持つ。

本来オリジナルとなるはずだったフェイトとは電気変換で相性がよかったかもしれないが、こっちはこっちで結構悪くないのかもしれない。少なくともレヴィは筋肉を楽しんでいるようだ。

 

 

 

「フレイムスロワー」

使用者:シュテル・ザ・パニッシャー

種別:射撃魔法・誘導制御型

難易度:A

威力:B

ある程度の操作性能を持った炎の塊を投げつける射撃魔法。元となっているのはおそらくスティンガースナイプだろう。

こちらはこちらでなのは弱体化のあおりでクロノをオリジナルとすることになったが、マテリアルズでの彼の立ち位置を考えれば、この選択もあって然るべきものだろう。

炎という殲滅的な力を持ちながら、繊細な魔法を使えるこのシュテルは、もし戦闘相手となったら非常に厄介な存在だろう。

 

 

 

「黒竜波」

使用者:ロード・ディアーチェ

種別:砲撃魔法・直射型

難易度:A

威力:A

はやてをコピーし、夜天の魔導書に記録された動物たちの魔法から彼女が組み上げた新魔法。竜種の魔法を構成要素とし、威力もさることながら命中後に発生する渦も強力。

大味そうな見た目とは裏腹に、意外と自由に効果を変化させることができ、後述のはやてとの協力魔法にも使用された。

こうして能力だけを切り取ってみれば非常に優秀な王に見えるのに、何で実物はあんなに残念な感じになってしまったんだろう……。

 

 

 

「バスターフレア」

使用者:シュテル・ザ・パニッシャー

種別:砲撃魔法・直射型

難易度:A

威力:A+

シュテルの炎熱付与砲撃魔法。元はブレイズキャノンであり、違いはほとんどない。強いて言うならばこちらの方が炎っぽい形をしていることか。

手練手管で戦うシュテルにしてみれば、この砲撃魔法も大技ではなく手段の一つでしかない。もしかしたらミコト達との連携と非常に相性がいいのかもしれない。

そういうこともあって、彼はミコトを気に入っているのかもしれない。残念ながら王がアレなので、それが実現するのはずっと先のことになりそうだ。

 

 

 

「アタックチェーン」

使用者:(高町恭也、フェイト・T・八幡、アルフ、ユーノ・スクライア、シグナム、ヴィータ、ザフィーラ)×n

種別:近接連携技

難易度:C

威力:C

連続ヒットアンドアウェイによる攪乱を目的とした"繋ぎ"の連携技。クロスブレイドと同じく、攻撃力は目的としていない。

最初の一人は危険が大きくなるため、通常は恭也かフェイトが先陣を切る形になる。作中で使われた際は、マテリアルズの二人を囮とすることで最初の一人の危険度を下げた。

上手くいけば一度離脱した者が再び攻撃に参加することで延々と攻撃を続けることも可能。別名集団リンチ。

 

 

 

「バレットストーム」

使用者:(高町なのは、フェイト・T・八幡、アルフ、ユーノ・スクライア、シャマル、ヴィータ)×n

種別:遠距離連携技

難易度:C

威力:C

アタックチェーンの射撃魔法版みたいなもの。近付く必要がないためこちらの方が安全だが、射撃魔法が前提であるために消耗が大きい。

攻撃範囲が広く、対複数にも使用が可能。その分消耗も加速することになるので、陣形を上手く組んで立ち回ることが要求される。

様子見に使えそうな連携であるが、その場合は早めに見切りをつけなければどんどん自陣が消耗してしまう。ある意味で指揮官の腕が問われる連携。

 

 

 

「アクスボンバー」

使用者:フェイト・T・八幡

種別:近接魔法・打撃

難易度:C

威力:B

バルディッシュのデバイスフォームから放つ魔力付与打撃。彼女が得意とする高速戦闘には向かない魔法であるが、威力はこちらの方が大きい。

この魔法は元々使用していたものではなかったが、様々な剣技を覚えるシグナム、自身の剣技をさらに磨く恭也に触発されて、自分に足りないものを補う形で作った。

こういうところが彼女のバトルジャンキーたる所以であるが、普段は(パッと見)大人しい少女なので、何とか釣り合いは取れているのだろう。多分。

 

 

 

「白竜の戦哮」

使用者:八神はやて

種別:砲撃魔法・直射型

難易度:A+

威力:S

ミコトが望まなかったはやての攻撃魔法。故に彼女が使える攻撃魔法はこれ一つ。その代わりというかなんというか、威力がべらぼうに高い。

特徴として、砲撃のバックファイアが竜の咢に似ており、さながら竜のブレス攻撃のように見える。バックファイアは高過ぎる魔力の余剰であり、実はこれにも若干の攻撃力があったりする。

はやてとしても戦闘を望んでいるわけではないが、この魔法を覚えたことで相方の隣にいられることを喜んではいるようだ。

 

 

 

「エターナルコフィン・アブソリュートゼロ」

使用者:クロノ・ハラオウン+リーゼアリア+リーゼロッテ

種別:凍結封印魔法

難易度:SSS

威力:SSS

クロノが術の発動と制御を、リーゼ姉妹がその補助を担うことによって実現した「完全凍結封印魔法」。もし相手が無限連環再生などという規格外でなければ、封印解除は不可能なほどだっただろう。

これほどの大魔法を、ナハトヴァールの完全殲滅準備のための繋ぎに使ったというクロノの判断こそが、最も注目すべき点かもしれない。

それはとりもなおさず彼の"目標とすべき好敵手"への絶対の信頼の表れであり、そういう意味でも象徴的な魔法と言えるかもしれない。

 

 

 

「マーベラスカノン」

使用者:高町なのは(+シャマル)+フェイト・T・八幡

種別:遠距離連携技

難易度:A

威力:S+

高火力砲撃魔法による連携技。ただのブッパと違うところは、指揮官の指示の下「確実に当てられるタイミング」で放たれることと、完全にタイミングを合わせて放つことによる威力の相乗である。

その性質上人数が増えれば増えるほど難しくなる連携だが、実戦で飛び入り参加のシュテルを含めて見事に成功させた。

ちなみにこの際になのはが放つ砲撃は「ディバインバスター・フルパワー」であるが、レイジングハートは何故か「Divine Buster Marvelous」と発言する。

 

 

 

「シヴァトライアングル」

使用者:高町恭也+ヴィータ+シグナム

種別:近距離連携技

難易度:S

威力:SS+

高威力近接攻撃による連携技。マーベラスカノンと同じく、完全同時攻撃による破壊力の集中でとんでもない威力になる。文字通りの必殺連携。

この連携はデルタスパイクとは違ってアルフでは実現できない。この三人が揃わない限り発動不可能な、一発必滅の大技である。

なお、マーベラスカノンともども、名前の元ネタはロマンシング・サ・ガ3の陣形技である。中身は全く違うが。

 

 

 

「一心一刀」

使用者:シグナム

種別:剣技(両手剣)

難易度:A

威力:A+

ここにきていきなりの剣技。流れ三段と同じく、シグナムが覚えた魔法を使わない剣技の一つ。気合とともに突撃をしかけ、その勢いのまま敵を薙ぎ払う大技。元ネタはやっぱりルーンファクトリー。

この技は流れ三段と違って魔法に組み込むことができ、その結果生まれたのが「飛竜一閃・一心一刀」である。シュトゥルムファルケンを差し置いてのシグナム最強技と化してしまった。

とはいえ対応距離が違うので、完全にファルケンを食ったわけではない。が、チームで戦闘することを考えると、彼女がロングレンジ組に入るのは難しいだろう。

 

 

 

「シールドラッシュ」

使用者:藤原凱+ユーノ・スクライア+アルフ+ザフィーラ

種別:中距離連携技

難易度:B

威力:B

防御陣による中~近距離攻撃連携。堅牢な防御力を持つが故に攻撃範囲まで接近可能であるという特徴を活かした突撃戦法。とはいえ、他の本命の連携に比べればやはり繋ぎの意味合いが強い。

それでも、防御が専門であっても、彼らには十分な攻撃力が備わっており、相手次第ではこれで攻め落とすことも可能だろう。

この連携が選択されるのは、他に手が空いていない場合か、あるいは総力戦かのどちらかの場合である。

 

 

 

「シールドプレス」

使用者:藤原凱

種別:防御射撃魔法・シールドタイプ

難易度:C

威力:C

不定形のシールド塊を投げつける、魔法とも言えない不格好な射撃技。「投球」である以上飛距離は短く、その射程は数十mしかない上に命中精度も低い。威力だけはシールドの硬さで結構痛い。

シールドラッシュ専用にガイが作り出した攻撃方法であり、そもそもこの方法でダメージを与えることを目的としていない。ぶっちゃけただの嫌がらせ魔法である。

敵に攻撃させない・敵の攻撃を弾くための魔法。彼はどこまで行ってもシールド魔導師であり、守ることしか出来ないのである。

 

 

 

「守護の牙拳」

使用者:ザフィーラ

種別:魔力付与攻撃

難易度:D

威力:B

時折付き合わされるアルフとの組手の中で編み出した攻撃用魔法。拳にトゲ付きナックルのようなシールドを形成して殴り抜く魔法で、彼の体術能力と相まって、難易度の割に攻撃力は高い。

だがやはり彼も"守護獣"であり、その性能は攻撃力よりも防御力に割り振られている部分がある。敵を斃すための魔法ではなく、仲間と自分を守るための魔法である。

それはとりもなおさずミコトの方針である「誰一人、怪我なく」を順守している証左であり、最も怪我をする可能性の高い自分は絶対に傷を負ってはならないという、彼の忠誠心の高さを表している。

 

 

 

「ライトニングブラスト」

使用者:アルフ

種別:近接魔法・打撃

難易度:B

威力:B+

インパクトと同時に電気変換魔力を流し込む内部攻撃技。リベロ扱いのアルフは防御陣であると同時に攻撃陣でもあり、シールドラッシュの攻撃力の中核を成している。

その真価はこの魔法にあるというよりも、普段から暇つぶしに組手をしているザフィーラとの息の合ったコンビネーションで、確実に有効打を叩き出すところにある。

「誰一人、怪我なく」は彼女も賛同していることであり、その上で「ザフィーラなら怪我なんか絶対にしないだろ?」という信頼をもって彼を盾にする。

 

 

 

「雷神滅殺極光拳」

使用者:レヴィ・ザ・グラップラー

種別:近接魔法・打撃

難易度:B

威力:S

拳どころか全身に雷撃の魔力を纏い、全力前進で突撃をかます捨て身タックル。単純な攻撃方法のくせに、それだけで威力Sを叩き出す頭の悪い魔法。

オリジナルは迷走の果てに脳筋みたいな真似をしたが、彼は素でこれである。オリジナルの聡明な部分はコピーしなかったようだ。

ユーノに徒手技能が存在しなかった以上、彼の格闘技術もお察し。単純な力押ししか出来ないからこそ「力のマテリアル」なのである。

 

 

 

「双竜破」

使用者:八神はやて+ロード・ディアーチェ

種別:合成砲撃魔法・直射型

難易度:S

威力:SS

はやてとディアーチェによる、同時砲撃合成魔法。はやての魔力光である白と、ディアーチェの黒で生み出された二匹の竜が螺旋を描くように突撃する。

バカ魔力由来の威力もさることながら、貫通力が非常に高い。破壊範囲はスターライトブレイカーに遠く及ばないが、単純な攻撃力だけならば比較にもならないだろう。

とはいえ、二人が協力しなければならない魔法にも関わらず犬猿の仲なので、今後この魔法が使われる機会があるかどうかは不明である。

 

 

 

「烈風剣」

使用者:ゲオルグ・ハーマン

種別:射撃魔法・直射型

難易度:B

威力:A

教会騎士団長の一人ゲオルグ・ハーマンが使う基本的な射撃魔法。デバイスの刀身に魔力を纏わせ、斬撃とともに飛ばすという単純なもの。

それでありながら威力が高いのは、ひとえに彼の魔力硬化技術の高さと純粋な剣腕によるもの。陸戦の騎士でありながら、決して空戦魔導師に劣るものではないのである。

彼の基本戦法はこの魔法で削り落とす、焦れて突撃したところを返り討ちにする、もう一つの特技でまとめて殲滅するの三種類。とことん拠点防衛に向いた騎士である。

 

 

 

「大震撃」

使用者:ゲオルグ・ハーマン

種別:広域攻撃魔法

難易度:A

威力:A+

地面を伝った広域攻撃魔法。通常ならば飛行手段を持たない魔導師はこの攻撃を使われた時点でアウトなほどの威力と範囲を誇る。彼が陸戦においてどれだけ優秀か、端的に証明する魔法である。

さらに、彼の大雑把そうな見た目や言動とは裏腹に、効果範囲を緻密に指定することができ、乱戦状態でも敵のみを的確に殲滅することが出来るという器用さも併せ持っている。

恭也に通用しなかったのは、腕前の差ではなく発想力の差。恭也の状況想定力がわずかに彼の上を行っていたため、虚をつかれることとなった。

 

 

 

「無刀取り」

使用者:高町恭也

種別:回避・反撃技術

難易度:SS

無手にて相手の剣を制し勝負を制する技。「無形の位」の上位に位置する技であり、やはり恭也では完全には扱いきれない。本来なら大げさに剣を弾く必要などなかった。

未熟な技でありながらゲオルグに勝利することができたのは、前述の通り状況想定の差によるもの。実のところ、圧倒的に彼の実力が上回っていたということではない。

既にチーム最強戦力である恭也であるが、彼は今なお成長し進化しようとし続けている。そろそろ自重してください。

 

 

 

「サンダースキン」

使用者:アルフ

種別:防御魔法・フィールドタイプ

難易度:A+

自身に薄い電撃の膜を纏い、一度だけ直接攻撃に反撃する攻性防御魔法。威力はそれほど高くなく、せいぜい感電で一瞬動けなくなる程度。

主に近接戦闘を行うアルフが上手く使えれば非常に強力な魔法なのだが、発動座標や効果維持が非常にデリケートな魔法であり、現状上手く使いこなせていない。

ミコトの指示で反射的に使用する程度の練度はあるようなので、彼女の指揮の下での戦闘ならば有効手段となり得るだろう。

 

 

 

「南斗人間砲弾」(アナザーバージョン)

使用者:高町なのは(+シャマル)+藤原凱

種別:近接連携技

難易度:B(シャマル補助の場合C)

威力:A+

始まりの連携技のなのは・ガイバージョン。フェイト・ユーノ版とは方法が異なり、こちらはこの組み合わせでしか出来ない。

加速の方法がなのはの砲撃であり、威力と範囲を調整したディバインバスターを飛行シールドに受けて加速、そのままぶつける。ある意味彼らの関係性がそのまま表れた連携となっている。

なのは単独で安定して命中させられるのが数十m程度、シャマルの補助があればキロ単位まで延長する。三人そろえば超遠距離から連携を行うことも可能である。




(なんで設定資料まとめるだけで10000文字超えてんだろ……)


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登場人物一覧

お茶濁し再び。オリキャラ含めて登場人物が多くなり過ぎたのでまとめることにしました。
が、人数が多すぎる上に各人にそれなりのバックグラウンドを付けちゃったもんだから、ただまとめるだけでも時間がかかります。
なので、一日3人追加を目安に投稿していくつもりです。とりあえずは序章登場人物とジュエルシード回収初期メンバーまで。

並び順は登場順ですが、都合により前後したりします。
各種ステータスはフィーリングでふわっと。

2017/07/25 アリサ、すずか、剛田を追加
2017/07/26 フェイト、アルフを追加
2017/07/27 エール、もやしアーミーを追加
2017/07/28 ブラン、ソワレ、ミステールを追加
2017/07/29 クロノ、リンディ、エイミィを追加
2017/07/30 プレシア、アリシアを追加

次はちょっとお休みしてから別ファイルを作ります。


八幡ミコト(♀)

12月24日生(正確な誕生日は不明)

一人称:オレ(デフォルト)、『私』(括弧付き女言葉時)、アタシ(ナチュラル女言葉時)

経歴:孤児院「どんぐりの里」→八幡ミツ子の養子として自活→八神はやての同居人

所属:海鳴第二小学校1年1組→2年1組→3年2組→4年2組

   匿名民間団体「マスカレード」統括指揮官、コードネーム"プリムラ"

容姿:黒髪ロング、純和風美人顔、「よくできた和人形のような可愛らしさ」

身長:4年生春の時点で128.6cm

体重:「『ヒ・ミ・ツ☆』」

成績:学年トップ、聖祥の生徒でも通じるレベル(というかあっちでもトップになれる)

身体能力:平均よりちょっと上程度

戦闘能力:低い

特殊技能:

インヒューレントスキル「プリセット」(世界の普遍的法則のストレージ)

インヒューレントスキル「確定事象」(プリセットを用いた高精度シミュレーション)

オリジナル魔法「コマンド」(仮称、別紙参照)

人物評:

本作主人公。オレっ子。女言葉でしゃべると周囲に甚大な被害をもたらすが、本編終了時点でナチュラルな女言葉も使えるようにはなった(但し一部には被害が出る)

保有技能の関係で非常に論理的思考に強く、そのせいで子供らしくない言動を取る。容姿のよさがなかったら排斥されていた可能性もあるぐらいやばい。

その実、中身は普通に女の子らしく、本人は認めないもののとても優しい性格をしている。皆のママは伊達じゃない。

友人を愛し、家族を愛し、相方のはやてを心から愛する、愛に満ちたリーダー。その事実を知っている人物はまだ少ない。

実戦的な戦闘能力は皆無と言っていいレベルだが、高度な指揮能力を保有しており、類稀なカリスマ性でチームを率い勝利に導く指揮官である。

 

「大切な相方や。これからもずぅっと、ミコちゃんと一緒に暮らしていきたいと思っとるで」(はやて)

 

「最高のリーダーであり、僕にとっては憧れの人です。いつか、彼女の隣に立つに相応しい男になれるよう頑張ってます」(ユーノ)

 

「人を弄ってくるところは難点だが、あれも彼女なりのコミュニケーションなんだろう。……一応、まだ"目標とすべき好敵手"だとは思ってるけど、本当のところはどうなんだろうな」(クロノ)

 

「とっても大事なお友達なの! その、……昔は勝手に男の子だと思いこんで憧れてたけど、今はそんなの関係なくて、やっぱり大好きなお友達!」(なのは)

 

「わたしを救いだしてくれた人で、頼りになるおねえちゃんで、厳しいけどやさしいママ、かな。わたしも、いつかミコトみたいなママになれるかな」(フェイト)

 

 

 

八神はやて(♀)

6月4日生

一人称:わたし(「うち」ではない)

経歴:数年前に両親を事故で亡くし一人暮らし、後見人にギル・グレアム→ミコトと同居

所属:海鳴第二小学校1年1組→2年1組→3年2組→4年2組

   匿名民間団体「マスカレード」名誉団員(炊き出し係)、コードネーム"リリィ"

容姿:明るい茶色のショートカット、京風美少女、「おっとりしてそうで割と活発」

身長:4年生春の時点で135.5cm

体重:「乙女の体重を知ろうなんて、許されへんでー」

成績:学年トップクラス、余裕で聖祥に編入できるレベル

身体能力:平均には届かないが悪くない

戦闘能力:一発持ち、素質はあるが磨く気はない

特殊技能:

ロストロギア「夜天の魔導書」のマスター

ミッドチルダ式防御魔法(初歩のみ)

ミッドチルダ式補助魔法(初歩のみ)

ベルカ式防御魔法(初歩のみ)

ベルカ式補助魔法(初歩のみ)

ベルカ式砲撃魔法(「白竜の戦哮」のみ)

人物評:

原作ヒロインの一人にして、本作最重要人物であり「ミコトの相方」。夜天の魔導書修復時点である程度は自分の足で歩けるようになっており、春時点で既に完治している。

ミコトとともに八幡家・召喚体・ヴォルケンリッターさらにはグレアム勢を合わせた大家族である八神家の要である(主に食事面で)

相方と同じく優しい少女ではあるのだが、ある意味ではミコト以上に冷徹な部分を持っており、ミコトや家族・友人たちと関わりのないところで起きた出来事については、一切の興味関心を持たない。

逆に身内が絡めばとことんまで突っ込んでいく気質であり、それだけ彼女にとって家族と友人が大事であることの裏返しでもある。

一流魔導師・騎士の素質を持っているので、潜在的な戦闘能力は非常に高い。もっとも、その素質が開花する日は恐らく来ないだろう。彼女達が求める日常には、そんなものは必要ないのである。

 

「大切な相方だ。彼女がオレの生きる意味だったと言っても過言ではない。……最近は、大事なものも増えたがな。それでも一番大事な人であることに変わりはない」(ミコト)

 

「主ミコトともども、私がお守りすべき最愛の主だ。もし主達の日常を脅かす影が現れるならば、たとえ敵がどれほど強大であろうとも、私は剣を取り戦うだろう」(シグナム)

 

「もちろん大好きだし、ちゃんと主だと思ってるぜ。けどミコトのことも大好きだし、ミコトの指示で戦うのってなんだかんだ楽しいし……ああもう、よく分かんねえよ!」(ヴィータ)

 

「主であるっていう認識はあるんだけど、わたしにとっては「可愛い妹」って感じかしら。魔法を教えてるときも興味津々で色んなことを聞いてくれて、楽しかったわ」(シャマル)

 

「諦めていた私に名と希望を与えてくれた、優しき主。彼女と我がもう一人の主の行く末を見守ることが出来る今は、私の長い生の中で最も幸せな時間です」(トゥーナ・トゥーリ)

 

 

 

八幡ミツ子(♀)

11月4日生

一人称:私

経歴:数十年前に八幡家に嫁入り(子供はなし)、数年前に夫と死別→現在は一人で彼の残したアパートを管理している

所属:中丘老人会会員

容姿:年齢相応に老いているが背筋はシャキッとしている、白髪だがツヤのある髪、「普通に優しいおばあちゃん」

身長:154.1cm

体重:「秘密ですよ、フフフ」

成績:学生時代は優秀だった模様、数学系の強さがアパート経営に活かされている

身体能力:相当衰えていて、日差しの下に長時間いることが出来ない

戦闘能力:なし

特殊技能:なし

人物評:

最初にミコトの行く道を決定づけた、御年70過ぎの老婆。ミコト、フェイト、アリシアの養母であり未亡人。娘達を引き取ってからちょっと元気になった。

若い頃は色々あった模様で、人との距離の取り方が非常に上手い。その能力を見込まれて、士郎からミコトの引き取りを持ちかけられた。

ミコトに対する第一印象は「綺麗な顔をした子だけど、どこか寂しい空気を纏っている」だった。彼女との数少ない会話で、過干渉は危険と理解し、アパートの一室を使わせるという決断を下した。

本当はもっとミコトと触れ合いたかったようだが、彼女では娘の心を開かせることが出来ず、その目標が達成されたのはミコトが八神家で生活をするようになってからだった。

現在は娘達のほど近くで彼女達を見守り、天寿を全うするその日までそばに居続けるつもり。管理世界絡みのことは薄々気づいていても、事情を聞く気も口出しする気もない。ただ見守るのみである。

 

「この世で最も尊敬する母だ。……そうは思われないかもしれないが、本当のことだ。はやて以上に、彼女のことを尊敬している。当時のオレを引き取るなんて、桃子さんにも出来なかったことだからな」(ミコト)

 

「ご近所の優しいおばあちゃんや。一人暮らしのときから気にかけてもらって、今思えば結構助けられてたんよね。……あのときは、そんなこと気にする余裕なんかなかったけど」(はやて)

 

「お母さんっていうよりは、やっぱりおばあちゃんかな。今のわたしにとってママはミコトだし、ミツ子さんはミコトのお母さんなんだから、間違いじゃないよね?」(フェイト)

 

「おばあちゃん大好き! やさしいし、お話たのしいし、いろんなおうたやあそびを知ってるんだよ! おばあちゃんちいくと、いつもおいしいおかしくれるし!」(アリシア)

 

「私がこれまで出会った中で、最も素晴らしいと呼べる女性だよ。ミコト君が健やかに成長出来たのは、他でもないミツ子さんのおかげだろう。私もミコト君と同じように、彼女を尊敬している」(グレアム)

 

 

 

矢島晶(♀)

4月2日生

一人称:わたし

経歴:一般家庭の矢島家の長女、一つ年下の弟に千尋がいる

所属:海鳴第二小学校1年1組→2年1組→3年2組→4年2組

容姿:「でかぁーーーい、説明不要!」 セミロングの黒髪をポニーテールにしていて、顔は可愛い系

身長:4年生春の時点で151.2cm

体重:「重いんじゃなくて身長があるだけよっ!」

成績:学年トップ組の中では中間ぐらい、特に文系科目に強い傾向がある

身体能力:平均より高く、身長も相まって学年トップクラス

戦闘能力:なし

特殊技能:なし

人物評:

海鳴二小5人衆と呼ばれるグループの一人。4年生の中では男女合わせてトップの身長を誇るが、学外だと彼女より高いのが近場に一人いたりする。

ミコトの親友を自称し、そう認められるように努力を続け、とうとう友人として認められた。実はミコトの心の成長に最も深く関わったMVPである。

魔法の才能がなく戦闘にも関われないが、管理世界絡みの事情に理解を持つ。「コマンド」の構築に携わっていた関係で、ミコトから情報共有されたためである。

身体能力は高いが、本人曰く「運動の才能があるわけじゃない」らしく、その道に進む気はないようだ。

自分の身長が他より高いことを自覚しており、ミコトがこれも才能の一つと言ってくれたことを何気に喜んでいる。これを活かして何か出来ることはないか、模索している。

 

「強引な少女という印象だ。あの身長もあって、強くこられると威圧感が酷い。彼女の本質はそこではなく、その奥にある力強い優しさだと思っているがな」(ミコト)

 

「あたしの対極だねー。もちろん見た目的な意味でね。でもあきらちゃんもかわいいんだよー。あれで結構、少女趣味なところあるし」(さちこ)

 

「あきらちゃんとふぅちゃんとで体育とかで勝負すると、いい感じの勝負になって楽しいんだよね。二人も一緒にサッカーやろうよー」(いちこ)

 

「身長は俺の方がでかいはずなんだけど、なんであんなに威圧感があるんだろ。八幡さんもだったけど、そういえばむつきちゃんも……女の子って皆そうなのか?」(たける)

 

「自慢の姉ちゃんなんだけど……今はどっちかっていうと超えるべき目標って感じだな。姉とは言え、女に負けてちゃかっこ悪いだろ?」(ちひろ)

 

 

 

伊藤睦月(♀)

1月16日生

一人称:わたし

経歴:一般家庭の伊藤家の一人娘、家が近所の剛田猛とは幼馴染→交際中

所属:海鳴第二小学校1年1組→2年1組→3年2組→4年2組

容姿:茶色みがかったショートボブ、眼鏡っ子、「気が弱そうに見えるけど、やるときはやる」

身長:4年生春の時点で131.4cm

体重:「み、見ちゃダメぇ!」

成績:ミコトに次ぐ学年二位の実力、算数と社会が得意

身体能力:なのはよりはマシだが平均を大幅に下回る

戦闘能力:なし

特殊技能:なし

人物評:

海鳴二小5人衆の一人にして唯一の良心。暴走しがちなあきら、いちこ、さちこの三人を必死で止めようとするが、上手くいくことは稀である。

かつてミコトに憧れ、ミコトのようになりたいと思い、その一心で努力を重ねた結果彼女に認められた努力家。今では対等に意見を交わせる大事な友人である。

気弱そうな見た目や眼鏡っ子という属性の通り、運動は非常に苦手。反面、頭脳面で公立小学校の生徒とは思えないほどのキレを見せ、ミコトとはまた違った指揮官適性を持つ。

また、普段は見た目通り気弱で臆病だが、やると決めたときの行動力は5人衆随一。それが彼女達の中で唯一恋人を持っている最大の要因である。

将来の夢はたけるのお嫁さんになり、ミコトのように愛されるお母さんになること。

 

「どう思ってるって……付き合ってるんだから分かるだろ。……分かったよ言うよ! そ、その……世界で一番、愛してる」(たける)

 

「わたしも勉強は出来る方だって思ってるけど、むーちゃんには敵わないんだよね。いやほんと、あの子は凄い子だと思うよ。ミコトちゃんとは別方面でさ」(はるか)

 

「むーちゃん、可愛いよね。あの5人の中だと、一番可愛がられてるんじゃないかな。……運動音痴仲間だと思ってたら、運動会で指揮役やって大活躍してたの。ずるいの」(なのは)

 

「彼女は最初から、オレの言葉の意図を探ろうとしていたな。きっとオレが気付かなかっただけで、元々聡明な子だったんだろう。今にして思えば、彼女に気付かされたことも多かったんだな」(ミコト)

 

「最初はポワポワして可愛い女の子だなーって思ってたんだけど、それだけじゃないんだよね。運動会のときはほんと凄かったよ。……いつかミコトちゃんに勝たせてあげたいよね」(マリ)

 

 

 

田井中いちこ(♀)

8月5日生

一人称:あたし

経歴:一般家庭の田井中家の長女、5つ離れた兄の茂がいる、家が隣の田中遥とは生まれたときからの幼馴染

所属:海鳴第二小学校1年1組→2年1組→3年2組→4年2組

   翠屋FCメンバー

容姿:黒髪で男子と変わらないショートカット、ボーイッシュな少女、「アホの田井中」

身長:4年生春の時点で145.3cm

体重:「えっとねー、さんじゅう」『ストォーーップ!』

成績:5人衆の中ではドベだが全体的に見れば学年トップ勢、聖祥にもギリギリで編入可能なレベル

身体能力:海鳴二小4年の中では文句なしのトップ、藤林裕には若干及ばないレベル

戦闘能力:なし

特殊技能:なし

人物評:

「アホの田井中」で全てを語れる、海鳴二小5人衆の一人。見た目のボーイッシュさもさることながら、言動も年頃の少女らしくなく大雑把であり、男子からは女の子として見られていない。人気はある。

1年生の頃にミコトに切り捨てられたとき、自分の軽率な行動で彼女に被害を与えてしまったことを悔いた。それを教訓に彼女は「行動の先を考える」ということをするようになった。それでもアホは直らなかったが。

ミコトに憧れ、彼女のそばにいるためにはどうすればいいかを考えた結果、幼馴染のはるかに勉強を見てもらい学年トップクラスの成績を取れるだけの思考能力を得た。但し学業に対する姿勢は不真面目な模様。

5人衆における彼女の役割は、突出した彼女達をクラスの異物とさせるのではなく、環境になじませること。日常と非日常の懸け橋として、重要な役割を持つ。

現在は翠屋FCに入り選手として練習を始めた。駆け出しながら筋がよく、5年生になる頃にはレギュラーになっているかもと言われている。

 

「男子からは女じゃないとか色々言われてるみたいだけど、いちこちゃんだってちゃんと女の子だよ。……うんほんと、生活態度から変えないとダメかも」(はるか)

 

「初めて会ったのは俺が小学校入る前で、姉ちゃんが他の友達と一緒にうちに連れてきたんだっけ。ときどきクスノキ公園で一緒に遊んでるぜ。……アホのいちこに惚れるとか、ほんとないから」(ちひろ)

 

「いちこちゃん? 俺は普通に可愛い子だと思うけどなー。ノリとかいいし、俺は楽しい女友達だと思ってるよ。向こうは俺のこと変態っつって毛嫌いしてんだけどねー」(ガイ)

 

「そういえば「ふぅちゃん」っていうあだ名をつけてくれたのはいちこなんだよね。今ではこのあだ名も気に入ってるし……うん、いちこも凄い子だと思うよ」(フェイト)

 

「田井中さんは将来有望なサッカー選手です。もしかしたら、いつか僕を超える日が来るかもしれない。もちろんキャプテンとして、そう簡単に抜かれる気はありませんけどね」(ユウ)

 

 

 

田中遥(♀)

10月11日生

一人称:わたし

経歴:一般家庭の田中家の一人娘、家が隣の田井中いちことは生まれたときからの幼馴染

所属:海鳴第二小学校1年1組→2年1組→3年2組→4年2組

   「外付け魔法プロジェクト」メンバー

容姿:長すぎず短すぎずな黒髪、大きな特徴はないがそれなりに整ってはいる顔立ち、「普通」

身長:4年生春の時点で136.1cm

体重:「はい、いちこちゃん勝手に見なーい」

成績:むつきについで学年三位、特に算数と理科が得意

身体能力:平均的な女子レベル

戦闘能力:なし

特殊技能:

ミッド式ストレージデバイスメンテナンス

ミッド式インテリジェントデバイスメンテナンス

ミッド式インスタントデバイス作成

人物評:

初期はいちことセットの影の薄い子だったが、デバイス弄りという趣味を見つけたことで一気に存在感が濃くなった5人衆が一人。

元々オカルト関係に興味のある子で、ミコトの「コマンド」構築の際は幼い頃から集めた資料の数々で彼女を助けた。

いちこ同様、かつてミコトに切り捨てられたショックで対人恐怖を患いかけたが、どんな苦境にも決して屈することのないミコトに勇気づけられ、決意を改めてミコトとの交流を再開した。

元々は繊細な子だったが、ミコト達との交流でカルチャーショックを受け続けるうちに図太くなってしまった。今では(デバイスが絡まない限り)常に冷静な突っ込み役である。

アリシアが主催する「非魔導師が魔法を使うためのデバイスプロジェクト」の参加メンバーの一人。他二人のメンバーほどデバイス技術はないが、柔軟な発想で力になっている。

 

「はるかちゃんがどんな子かって言われると、困るなぁ。いちこちゃんを支えてるようで支えられてたり、常識人なようでオカルトやデバイスが絡むと人が変わったり……一言で表現できる子じゃないなぁ」(はやて)

 

「すごいおねえちゃんだよ! わたしやしーのんが気付かないようなことに気付いたり、何気ないひとことがじゅうようなことだったり……"てんさい"ってああいうことじゃないかな?」(アリシア)

 

「子供の学習能力って凄いわよね。初めの頃はわたしとシアちゃんについて行くので精一杯だったはずなのに、いつの間にかわたし達の方が教えられてることがあるし。年上として、負けられないわね」(忍)

 

「私はそれほど交流がないからよく知らないんだけど……管理世界で不可能と言われることも、この世界では可能かもしれないのね。いえ……これが子供の可能性、なのかしら」(リンディ)

 

「大切な幼馴染だよ! デバイスに手を出してから色々難しいこともやってるみたいだけど、あたしが部屋に行ったときは一緒にだらーっとしてるしね。今も昔も、変わらないよ」(いちこ)

 

 

 

亜久里幸子(♀)

2月24日生

一人称:あたし

経歴:一般家庭の亜久里家の一人娘

所属:海鳴第二小学校1年1組→2年1組→3年2組→4年2組

容姿:人懐っこそうな顔つき、ぽややんとした表情を常に浮かべている、「マスコットコンビの片割れ」

身長:4年生春の時点で125.2cm

体重:「軽いよー」

成績:5人衆の中では下から二番目だが、わざと珍答を書いている節があるため正確には不明

身体能力:実は結構高い、小柄な体格を活かしてちょこまか動く

戦闘能力:なし

特殊技能:なし

人物評:

可愛いものが大好きなマスコット系キャラクター。表情、性格、纏っている雰囲気の全てが争いごととは無縁。彼女の周りは常に平和な空気が保たれている、5人衆のバランサーのような存在。

普段はまず怒ることなどありえない能天気な性格をしているが、その分ひとたび怒りを露にすると逆らえる者は誰一人いない。ミコトでさえ逆らうことが出来ない力強さを内包している。

言動も能天気そのものであるが、現実が見えていないということではなく、目の前の出来事を客観的に俯瞰しつつマイペースを崩していないのである。海鳴二小組最強の精神力を誇る。

その性質上傍観者に回ることが多く、友人を弄ることはあっても彼女が中心になることはあまりない。特に彼女の中の可愛いものランキングトップ勢であるミコト、むつき、フェイトの三人をよく弄っている。

実は氏名が名前・名前の組み合わせになっている。単純に作者のミスです、ごめんなさい。全国の亜久里さんには深くお詫び申し上げます。

 

「紙一重という言葉が一番似合うな。恐らく本気になれば相当優秀な人間になれるんだろうが、本人にやる気がないみたいだ。まあ、彼女らしくはあるか」(ミコト)

 

「元々わたし達と一緒で背が低いけど、さっちゃんは特に成長が遅いんだよね。最初はミコトちゃんの方がちっちゃかったんだよ。本人は気にしてないみたいなんだけど」(むつき)

 

「何だかわたしってさちこに気に入られてるみたいで、よく抱き着かれるんだよね。ミコトやむつきもなんだけど……おねえちゃんとおそろい、えへへ……」(フェイト)

 

「担任教師の認識としちゃ、問題児どもの要だな。あいつを暴走させなければ小さな騒ぎで済むけど、あいつまでバカ騒ぎに参加させると収集がつかなくなる、そんな感じだ。八幡も同じ認識なんじゃないか?」(石島)

 

「正直苦手なんだよな。あたしって何だかんだであいつと顔を合わせる機会が多いんだけど、そのたびによくわかんない動きで抱き着かれるんだよ。ほんと、あいつって何者なんだ?」(ヴィータ)

 

 

 

石島鉄平(♂)

7月19日生

一人称:俺

経歴:海鳴大学卒業後、公務員試験を経て教師に→現在転勤3校目、独身

所属:海鳴第二小学校1年1組担任→2年1組担任→3年2組担任→4年2組担任(3年以降は八幡姉妹・八神コンビ+5人衆の監督のためにクラスを指定)

容姿:頑固一徹、古臭い中年教師、「正しい暴力の使い方を知っている」

身長:172.6cm

体重:75kg(結構筋肉質)

成績:学生時代は平均的であったが、最近になって(ミコト達のせいで)妙に伸びてきた

身体能力:生徒達に体育の授業をするために高い

戦闘能力:柔道の段位持ち(二段)

特殊技能:なし

人物評:

1年の頃からミコト達を担当している海鳴二小の教師。この人員配置が彼の後の運命を決定したと言ってもいい。苦労人ポジ的な意味で。

ただの苦労人ではなく、これまでの教師生活の中で培った生徒との接し方で、ミコトのような問題児とも支障なく触れ合うことのできる教師の鑑。ミコト達がクラスから外れずに共同生活出来た理由の一人。

あまりに騒がしくすると手が出ることがあるが、あくまで教育的指導の範疇である。当然本気で殴っているわけではなく、痛くはあっても怪我をしない程度に絶妙に加減している。子供達側からも不満はない様子。

特に男子生徒達から「てっぺー」の愛称で呼ばれるなど、人望のある教師。休み時間は生徒達から遊びに誘われることもある。

40を前にして独身。学生時代は交際経験もあったが、教師になってからはその手の話は一切ない。そのことについて、さりげなく5人衆から心配されている。

 

「いい先生だよ。多分、誰に聞いても同じ答えがかえってくるんじゃないかな。ミコトやわたしらみたいなのでも特別扱いしないで、本当の意味で公平に扱ってくれる、凄い先生だよ」(あきら)

 

「よく見えてる、って感じかな。1年の頃のあの事件も、本当は誰がやったのか分かってたみたい。ミコトちゃんが自分で対処しなかったら、先生が何とかしてたんじゃないかな」(むつき)

 

「手ぇ出るの早いんだよ、あの先生。特にあたしとあきらちゃんに! 一応女の子ですよこっちは! あ、叩かれるときは自分が悪いって分かってるから、文句はないよ」(いちこ)

 

「てっぺー先生、かっこいいって言うよりはかわいい感じだよね。見た目はくまさんだけど、愛嬌があるっていうのかな。あたしが大人になっても独身だったら、アタックしよっかなー」(さちこ)

 

「……あの事件の後、あたしが捻くれなかったのは、先生のアドバイスがあったからだよ。おかげで加藤や鈴木とは疎遠になっちゃったけど……あいつらもいつか気付くときがくるだろうね」(遠藤)

 

 

 

高町なのは(♀)

3月15日生

一人称:なのは(普段)、わたし(真剣な時)

経歴:高町家次女、聖祥大付属小学校へ進学、ジュエルシード事件で魔導師として覚醒

所属:聖祥大付属小学校1年1組→2年1組→3年1組→4年1組

   匿名民間団体「マスカレード」団員(後衛担当)

容姿:栗毛のツインテール、ふっくらして可愛らしい顔立ち、「女の子女の子した女の子」

身長:4年生春の時点で133.2cm

体重:「ヒミツなのっ!」

成績:理数系が非常に得意だが文系科目が壊滅的であり、合わせて平均的になっている

身体能力:全登場人物の中で最低クラス

戦闘能力:強力な砲撃魔法の数々を使えるが、戦闘訓練を行っていないため高くはない

特殊技能:

インテリジェントデバイス「レイジングハート」マスター

ミッド式防御魔法(プロテクションのみ)

ミッド式捕獲魔法(リングバインドのみ)

ミッド式移動魔法(フライアーフィンのみ)

ミッド式射撃魔法(シュートバレットとディバインシューター)

ミッド式砲撃魔法(ディバインバスター・バリエーションズとスターライトブレイカー)

人物評:

戦闘面で言えば原作からの劣化が著しい原作主人公。ミコトの最初の友達。なのはさんじゃなくてなのちゃん。将来は多分なのちゃんさんって呼ばれる。

ミコトのキッツイ一言のせいで両親に蝶よ花よと大事に育てられ、戦士としては使い物にならないレベルでへいわしゅぎしゃに育った。やるときゃやるけど、やったら泣く。あだ名は「泣き虫なのは」。

ミコトが一番最初に出会った「才覚を持つ子供」であり、色々とヒドイ勘違いもあったが、その記憶は今でもなのはの宝物である。

クラスメイトであるガイとは、最初は彼のエキセントリックな言動に困惑させられ、慣れた後は適当にあしらっていた。しかし彼の根底にあるものに自覚なく触れており、いつの間にか彼に惹かれていった。

将来の夢はガイと結婚して翠屋二号店を開くこと。それに向けて、現在は母からお菓子作りを教わっている。

 

「初めて会ったときから、彼女はどこか普通の子供と違っていたな。もちろんオレとも違った。だからこそ、彼女はオレと友達になれたんだろう。……本当に、感謝している」(ミコト)

 

「可愛い妹、なんだが……父さんと母さんが少し甘やかし過ぎたのかもしれない。優しい子に育ってくれたのは嬉しいんだが、いい加減泣き虫は直してもらいたいもんだ」(恭也)

 

「最初に彼女に頼らざるを得なかったとき、巻き込んで申し訳ないって思ってた。だけどあの子はちゃんと糧にして、自分だけの道を見つけ出した。とても強い女の子だよ」(ユーノ)

 

「なのは、やさしいとおもう。……けど、やっぱり、こわい」(ソワレ)

 

「あいつのおかげで、俺は俺に「なれた」んだ。だから俺にとってのなのはは……やっぱり特別なんだろうな。ま、もうしばらくは今の関係のままでいたいけどな!」(ガイ)

 

 

 

藤原凱(♂)

9月10日生

一人称:俺

経歴:他世界線の迷子が記憶のみを残して分解→ストリートファイター夫婦の一人息子として誕生、聖祥大付属小学校へ進学、ジュエルシード事件で魔導師として覚醒

所属:聖祥大付属小学校1年1組→2年1組→3年1組→4年1組

   匿名民間団体「マスカレード」団員(防衛担当)

容姿:黒髪の猫っ毛、父譲りの精悍な顔つきを緩くした感じ、「将来はイケメンになるかもしれないどこにでもいる少年」

身長:4年生春の時点で141.4cm

体重:41kg(意外と筋肉があって重い)

成績:ユーノが来るまでさりげなく学年トップだった(それ故に言動の中身で教師を困らせていた)

身体能力:優秀な部類、「聖祥の四バカ」の中では最下位(他が高過ぎるだけ)

戦闘能力:強靭なシールド魔法の数々を使えるが、攻撃力は一部を除いて皆無、基本的に防御能力のみ

特殊技能:

ミッド式防御魔法(数々のオリジナルシールド、実は結界も防御魔法の一部)

継承された記憶(約20年分の情報、「作品の世界線」の情報を含む、ロマサガ2の伝承法みたいな感じ)

人物評:

転生者もどき。彼が受け継いだのは前身の記憶のみであり、彼の個は彼自身が育てたものである。その結果がこの変態だよ!

最初の頃は前身の記憶に振り回されており、自分の住む世界を「作品の写し絵」として見ていた。しかし「作品」とはあまりにも違い過ぎるなのはの姿に、自分の身勝手な考えを省みた。そして彼も世界の一員となった。

女の子と見ればなれなれしく話しかけ、ごく自然にパンツの色を聞いたり、当たり前に下ネタを挟んだりする変態。しかしその実態は「皆の笑顔を守れる道化」を目指すという、非常に男前な信念に基づいた行動である。

ミコトのリーダーシップに惚れ込んでおり、彼女のお仕置きを受けて恍惚の笑みを浮かべるドM。ちなみにこっちは素である。これもう(まともなのか変態なのか)わかんねえな。なお、恋愛感情はないもよう。

なのはと相思相愛のはずなのに、何故かフェイクのハーレム思考をやめない。彼女と恋人関係になる勇気がないだけなのかもしれない。本当のところは、彼自身にすら分かっていない。

 

「あの変態ね……わたし達はあんまり交流ないからただの変態にしか思えないんだけど、ミコトが信頼してるみたいだからね。一応、友人っていうくくりに入れてやってるわよ」(あきら)

 

「1年の頃から同じクラスだけど、よく分かんねえ奴だよ。普段はバカばっかやってるくせに、時々大人みたいな顔して皆を引っ張ったりしてさ。分かんねえけど、男友達の中では一番仲良くさせてもらってる」(たける)

 

「優秀なバカ弟子、矛盾した言葉だけどこれが一番しっくりくるかな。シールドに関しては僕ですらできないことが出来るのに、使い道がおかしいんだよ。なんだよ、おっぱいシールドって」(ユーノ)

 

「なのはを任せるなら彼しかいないってぐらい、しっかりした子だよ。確かに今は未熟かもしれないけど、大人になったらきっと恭也より頼れる男になるだろうね。我が娘ながら、いい男を捕まえてくれたよ」(士郎)

 

「大好きだよ! ……ただ、もっとなのはのことを見てほしいって思うの。なのははガイ君のことをちゃんと見てるのに……ちゃんと恋人になれたら、わたし以外には目が行かないようにしてやるんだから!」(なのは)

 

 

 

ユーノ・スクライア(♂)

8月12日生(公式設定なし)

一人称:僕

経歴:スクライア一族出身の孤児、ミッドの魔法学院卒業→考古学に進み遺跡発掘に従事→グレアムの協力で第97管理外世界のイギリス籍を取得、高町家にホームステイ、聖祥大付属小学校に編入

所属:魔法学院→フリーの考古学者→聖祥大付属小学校3年1組→4年1組

   匿名民間団体「マスカレード」団員(防衛・補助担当)

容姿:「筋肉モリモリマッチョマンの変態だ」 金に近い茶色の髪を短く切りそろえている、顔自体は少女と間違われるほどの可愛い系で体付きとのギャップがひどい

身長:4年生春時点で148.7cm

体重:62kg(言わずもがな、筋肉の重量)

成績:魔法学院を卒業できるレベルなので当たり前に成績優秀、聖祥編入直後に学年トップに躍り出た

身体能力:四バカの中では下から二番目だが、たけるとの差はあまりない

戦闘能力:高い防衛・補助能力で最後の防衛ラインを守る「最高の守護者」、さらには自慢の筋肉で剣状シールドを叩き込む近接能力持ち

特殊技能:

ミッド式防御魔法(各種バリア・シールド・フィールド魔法)

ミッド式捕獲魔法(チェーンバインドを多用するが使えるものは多岐にわたる)

ミッド式補助魔法全般(移動、回復、バフ・デバフに探知や変身と何でもござれ)

ミッド式結界魔法(これ一つで飯が食えるレベル)

ベルカ古流剣術(シグナムから伝授)

人物評:

原作ではなのはの相棒役だったのに、どうしてこうなった。なのはとガイを魔導師の世界に引き込んだ張本人であり、今では逆に管理外世界の住人として引き込まれている。

ジュエルシード事件の折、ミコトの指揮を受けてその素晴らしさに感銘を受け、いつしか彼女に恋愛感情を抱くようになる。その結果、迷走の果てに「体を鍛える」というわけのわからない結論に辿り着き筋肉化。

一応その「体質改善」は全くの無意味ということはなく、地球の魔力要素が体に合わなかった彼が問題なく生活出来ていることに貢献している。基本的に攻撃力の低かった彼が局員を打ち倒すだけの戦力にもなっている。

使える魔法の数がマスカレードメンバー最多であり、彼自身の努力とシグナムのしごきが合わさって近接能力もメキメキ向上している。元々知能も高く、将来性は間違いなく高い。

管理外世界の戸籍を得たことで、事実上管理世界籍は失っており、地球に骨を埋める覚悟をしている。そのときは永遠にミコトの隣にいたいと思っている。(愛が)重すぎィ!

 

「オレとの会話で照れる男連中は多かったが、はっきりとした感情を向けたのは彼が初めてだった。そういう意味では、彼もまた他と一線を画す認識だよ。……オレが応えるかは別問題だ」(ミコト)

 

「なのはのもう一人のお兄ちゃんなの。翠屋歴はわたしの方が長いはずなのに、なのはの方が面倒みられることが多くて、お父さん達も頼りにしてるし……むーっ! もやもやする!」(なのは)

 

「頭の固かった師匠だなー。俺らと付き合っていくうちにそういう部分が柔らかくなって、今は歳相応にバカやれるようになったと思うぜ。……無限書庫、司書長、ルート壊滅……うっ頭がっ」(ガイ)

 

「ミコちゃんを狙う男その一や。あの子の相方として、そうそう簡単には認めてやらへんで。グレアムおじさんもそこんとこは厳しく見てるみたいやし」(はやて)

 

「一応はライバルってことになるんだろうけど、どうにも彼とはそんな感じじゃないんだよな。僕は普通に友人だと思っているよ。弄りはするけどな」(クロノ)

 

 

 

高町恭也(♂)

9月26日(公式設定なし)

一人称:俺

経歴:父の結婚で不破から高町と苗字が変わる、私立風芽丘高校→私立風芽丘大学運動科学部、高校時代に知り合った月村忍と交際中

所属:私立風芽丘大学運動科学部一回生→二回生

   永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術師範代

   匿名民間団体「マスカレード」団員(前衛担当)、コードネーム"あるるかん"

容姿:文句なしのイケメン(但し仏頂面常備)、本人の高スペックも相まって翠屋の女性客に大人気、「男の敵」

身長:二回生時点で178.2cm

体重:72kg(肉体から弄っているので見た目以上の力持ち)

成績:悪くはない、はず……(中学留年は武者修行のせいやし……)

身体能力:頭おかしいレベル、素の身体能力オンリーで近接戦闘魔導師や騎士を上回る戦闘能力を叩き出す

戦闘能力:上述の通り、非魔導師ながらマスカレード最強格の前衛、及びフェイトと並ぶ切り込み隊長

特殊技能:

永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術(御神流)

模倣・柳生新陰流(一部の活人の技を模倣、本家には遠く及ばない)

人物評:

魔法の世界に関わってしまったため人外の技を極めることとなった最強剣士。古代ベルカの騎士でも魔法ありでようやく互角って頭おかしいんとちゃいます?

メタ的に言えば、なのはがへいわしゅぎしゃとなってしまった分の足りない戦力を補う存在。補うという割には相当な過剰戦力である。これにミコトの指揮による連携が合わさるのだから、もう目も当てられない。

皆の兄貴分役であり、実の妹であるなのは以外にミコト、はやて、フェイト、アリシア、ソワレのことも妹分として見ている。もしこの6人に手を出す輩がいようものなら、容赦なく斬滅するだろう。

ガイについて、初めは彼の表面的な言動にとらわれ「なのはに手を出そうとする不埒な奴」という認識だったが、その深淵に触れて将来の義弟と認めた。目下の頭が痛いところは、彼が中々腹をくくらないこと。

現月村家当主である月村忍と結婚を前提にしたお付き合いの真っ最中。勝ち組。しかしシャマルからも愛人ポジを狙われており、修羅場待ったなしの火薬庫状態であることに、彼はまだ気付いていない……。

 

「大好きなお兄ちゃんだけど、ちょっと過保護なの。なのははそんなに弱い子じゃないもん。もっと信用してくれたっていいんじゃないかな」(なのは)

 

「皆の頼れるお兄さんって感じ。ミコトも、恭也さんのことはお兄さんとして頼りにしてるみたい。時々シグナムと一緒にやってる戦闘訓練に参加してくれて、とっても勉強になるんだ」(フェイト)

 

「我が最大の好敵手であり、ともに主を守る同士だ。彼の者の剣の技を超えることこそが、今一番の目標だ」(シグナム)

 

「騎士の中にゃ恐れてる連中もいるみたいだが、俺はああいうの好きだぜ。セオリーをぶち壊してくれるってのは爽快なもんだ。シスター・シャッハや騎士カリムも似たようなもんさ」(ハーマン)

 

「彼女として大事にしてくれてはいるはずなんだけど……何だか最近、ミコトちゃんの件にかかりきりだったりでおざなりにされてる気がするのよね。シャマルさんも怪しい動きしてるし、油断はできないわ」(忍)

 

 

アリサ・バニングス(♀)

5月12日生(公式設定なし)

一人称:あたし

経歴:貿易会社であるバニングス社社長の一人娘、聖祥大付属小学校へ進学

所属:聖祥大付属小学校1年1組→2年1組→3年1組→4年1組

容姿:若干癖っ毛のある金髪、勝気な美少女、「アメリカ系日本人」

身長:4年生春の時点で137.2cm

体重:「バカなこと聞いてんじゃないわよ!」

成績:大会社社長令嬢ということもあって非常に優秀だが、ガイに勝てないことに納得出来ていない

身体能力:平均より上、ミコトとどっこいどっこい

戦闘能力:なし

特殊技能:なし

人物評:

ご存知なのはの親友の一人。強気な方。性格的に弄りやすいタイプで、なのは達と友達になってからはよくガイからおちょくられている。

御多分に漏れず小学生とは思えない優秀さを誇るが、他のなんかおかしい連中に比べてちゃんと小学生らしいところがあり、最初はガイやミコトの本質に気付けていなかった。

しかしプライドが高い彼女はそれをよしとはせず、ミコトに対等な友人であると思わせるために努力を重ね、ついには彼女に認めさせた。聖祥版あきらである。

ジュエルシード事件勃発直後は魔法のことを知らなかったが、ガイがミコトに進言したことによって情報共有が行われ、教えなかった親友に呆れながらも激励し、彼女を信じて背中を押した。

血筋は純粋な西洋人だが、生まれも育ちも日本なので精神的には完全に日本人である。温泉大好き、和食大好き。

 

「アリサって打てば響くっつーか、反応がいいから弄ってて楽しいんだよな。最近はそれやるとなのはが拗ねるから、以前ほど弄れなくなったのがちと寂しいかな」(ガイ)

 

「最初はわたしもなのちゃんも泣かされちゃったけど、あれってアリサちゃんなりの「仲良くしたい」の照れ隠しだったんだよね。今はちゃんと分かってるよ。親友だもん」(すずか)

 

「なのはとすずかの二人と比べると突出した部分はない、所謂「普通」の少女だ。本質としては鮎川に近いだろう。それで妥協せず、常に自分を高めようとするところが、彼女らしい部分なんだろうな」(ミコト)

 

「学校が違うからあまりお話出来てないけど、わたし達もお友達だと思ってるよ。また一緒に遊びたいな。……おうちに遊びに行くのは、ちょっと怖いけど。犬コワイ……」(むつき)

 

「翠屋の常連さんですね。週に5回はすずかちゃんと一緒に遊びに来てくれますよ。ミコトちゃんとも仲良くしてくれて、本当にありがたいです」(ブラン)

 

 

 

月村すずか(♀)

11月11日生(公式設定なし)

一人称:わたし

経歴:旧家の月村家次女で次期当主候補、吸血種族「夜の一族」、聖祥大付属小学校へ進学

所属:聖祥大付属小学校1年1組→2年1組→3年1組→4年1組

容姿:光の当たり加減で紫に見えるウェーブのかかった黒髪、おっとり優しそうな美少女、「エロそう」

身長:4年生春の時点で141.6cm

体重:「ダメだよ?(にっこり)」

成績:アリサ同様非常に優秀だが、やはりガイには敵わない(比べる相手が悪い)

身体能力:飛びぬけて高い(一族の血が原因)、素の身体能力のみなら魔導師や騎士を上回る(魔法を使われると逆転する)

戦闘能力:戦闘技能は習得していないが、身体能力のおかげである程度は対処できる

特殊技能:血族の関係で精神干渉能力の素養を持つ(訓練はしていない)

人物評:

二次創作で色々設定を弄られる(メメタァ)なのはの親友。物静かな方。実は弄られるよりも弄るタイプであり、ガイに加勢することがしばしば。最初から彼に好意的だった(恋愛感情かは不明)。

恋愛話に並々ならぬ興味を持ち、ミコトやなのはのストロベリーな話題に聞き耳を立てる。もしかしたら翠屋に足しげく通うのはそれが原因かも……。

アリサと同じく初期に魔法の存在を知らされ、それが遠因となって最終的に自身の出自を明かすことを決意した。本編の頃は自分のことで割と手いっぱいだった模様。

親は仕事の関係で別居中で(年に数回会っている)、歳の離れた姉が当主の代理をしている。彼女が大人になったら移譲する予定であり、すずかもそれで納得している。

さりげなくルーツは西洋である。なんちゃって西洋人のアリサよりも、実は西洋系。でも温泉は大好き。

 

「意地悪した理由? あの頃のすずかって、皆から一歩引いてて暗かったのよ。それで腹が立ったっていうか、あたしが構わなきゃって思ったっていうか……今更こんなこと言わせないでよ!」(アリサ)

 

「すずかちゃんはなのはのお友達だけど、お兄ちゃんの彼女さんの妹さんでもあるんだよね。お兄ちゃんが忍さんと結婚したら、すずかちゃんとも家族なの。とっても素敵なの!」(なのは)

 

「なのはとアリサは弄れるけど、すずかは無理だな。ああ見えてガード固いんだよ。二人と違って表情から考えを読みにくいし。それならそれで一緒に二人を弄るから、別にいいんだけどな!」(ガイ)

 

「読書が趣味の子やから、そういうところでわたしやミコちゃんと波長が合うな。但しペットの趣味だけは永遠に相容れんわ。犬こそ至高やで」(はやて)

 

「一族のことや当主のことで、あの子には色々背負わせてしまったわ。全部わたしがふがいないせいなんだけど……それでも強く前を向いてくれた、わたしにはもったいないくらいの自慢の妹よ」(忍)

 

 

 

剛田猛(♂)

4月5日生

一人称:俺

経歴:一般家庭の剛田家の一人息子、聖祥大付属小学校へ進学、家が近所の伊藤睦月とは幼馴染→交際中

所属:聖祥大付属小学校1年1組→2年1組→3年1組→4年1組

容姿:体が大きく力も強いイケメン顔、空手の関係でスポーツ刈り、「正義のジャイアン」

身長:4年生春の時点で153.5cm

体重:52kg(ユーノより軽いが、十分鍛え上げられている)

成績:アリサとすずかの間ぐらい、実は成績優秀

身体能力:ユーノとどっこいどっこい、すずかには適わないが非常にタフである

戦闘技能:この年齢で空手の段位持ち(初段)

特殊能力:なし

人物評:

かなり初期の段階から名前の出ていたオリジナルキャラクター。なのは達のクラスメイトであり、ガイが最も親しくしている男友達。互いに苗字呼びなのは男友達だからで、親しさには関係ない。

なんだかんだでガイの奇行に付き合ってくれる面倒見のいいヤツ。幼い頃から変わらないその男気にむつきは惹かれ、振られてもなお一途な彼女に彼も惹かれるようになった。

元々はなのはのことが好きだった。理由は「自分みたいな無骨な男にはないものを持っている」から。一目惚れに近かった。彼女とナチュラルに接することが出来るガイを羨ましがり、また尊敬もしていた。

ガイ、ユーノ、ユウの三人と合わせて「聖祥の四バカ」を形成するが、サッカーバカのユウを除いて全員成績は優秀である。何故バカと言われるかと言えば、大半の原因はガイである。彼も脳筋ではあるのだが……。

体の大きさばかりに注目されがちだが、子供らしい一面も持ち、赤色のキャラ物パンツを好んではく。「赤は戦隊リーダーの色だから」だそうな。

 

「世界で一番頼りになる、大好きな恋人だよ。たける君と一緒だったら、怖いものなんかないよ。……あ、ちょっと! 犬はやめて!?」(むつき)

 

「なんだかんだでこいつとの付き合いも4年目になるんだなぁ。いつもつるんでる男連中では最長だぜ。一生バカやれる友達でいてほしいもんだ」(ガイ)

 

「ガイもそうだけど、剛田があの見た目で頭いいって、ほんと納得いかないわ! 試験のときとかあたしに迫る点数取ってくるし! ふざけんじゃないわよ!」(アリサ)

 

「なのはのことを好きになってくれた男の子。わたしは応えてあげられなかったけど、むーちゃんと上手くいってくれて本当によかったよ。ずっと二人で、幸せでいてね」(なのは)

 

「スクライアのような、中々筋のよさそうな目をしていた。彼奴も魔法の存在は知ったのだし、相応の使い手に成長したときは手合せを願いたいものだ」(シグナム)

 

 

フェイト・T・八幡(♀)

5月5日生(ということにしている、正確な生年月日は資料が残っていないため不明)

一人称:わたし

経歴:アリシア・テスタロッサのクローンとして誕生、アリシアの記憶を埋め込まれ(これは後に削除)、プレシアの私兵として教育される→八幡ミツ子の養子として八神家に同居、海鳴第二小学校に編入

所属:海鳴第二小学校3年2組→4年2組

   匿名民間団体「マスカレード」団員(前衛・遊撃担当)

容姿:絹のような金髪、西洋人形のような綺麗な顔立ち、「海鳴二小美少女姉妹」

身長:4年生春の時点で142.6cm

体重:「えっと、見せない方がいいんだよね」

成績:非常に優秀な頭脳を持つが、国語と社会が若干苦手(総合するとあきらよりやや上程度)

身体能力:私兵として教育されたため高いが、魔法使用を前提としたものであるため、素の状態ではいちこに劣る

戦闘能力:全距離対応可能、特に近接戦闘能力が高い(恭也とともに切り込み隊長を務める)

特殊技能:

インテリジェントデバイス「バルディッシュ」マスター

魔力変換資質「電気」

ミッド式防御魔法(あまり得意ではなく、初歩的なもののみ)

ミッド式捕獲魔法(リングバインド、ライトニングバインドなど、発動が速く効果の高いものを使用する)

ミッド式探知魔法(エクスプロア系を使用、サーチ系は苦手)

ミッド式移動魔法(飛行魔法、高速移動魔法など、近接戦闘の要)

ミッド式近接魔法(魔力斬撃、魔力付与打撃が使用可能)

ミッド式射撃魔法(フォトンランサー・バリエーションズが非常に強力)

ミッド式砲撃魔法(なのはほど得意ではないが十分強力)

ミッド式広域攻撃魔法(電気変換資質の真骨頂を発揮する)

人物評:

八幡となるまでステを戦闘能力に全振りしてきたため、かなり世間知らずな天然ちゃん。元々はジュエルシード探しの敵対者であったが、紆余曲折を経てミコトの妹(娘)となる。

かなり重い生い立ちであるはずだが、その事実を真正面から受け止めて笑顔を失わなかった。彼女の強さというよりは、彼女が属したコミュニティの暖かさのおかげだろう。

八神家で生活をする頃には既におねえちゃん大好きっ子(ママっ子)になっていた。これは、実の母から与えてもらえなかった愛を、ミコトには惜しみなく与えてもらえたから。

彼女のオリジナルであるアリシア(厳密には少々異なる)の方が本来ならば姉であるはずなのだが、熾烈な争いの末フェイトが姉ということで落ち着いた。

いちこから「ふぅちゃん」なるあだ名をつけてもらい、なのはやはやてなどからはそう呼ばれている。最初の頃は恥ずかしがっていたが、今ではすっかり気に入った模様。

 

「可愛いご主人様さ。あたしにはザフィーラみたいな「忠義」ってやつはないけど、そんなの関係なくあの子を守るよ。ま、今はあたしが守る必要もなくなっちゃったけどね」(アルフ)

 

「フェイトってクールなかおしてけっこううっかりさんだよね。かわいいおねえちゃんって言えばそうなんだけど、いもうととしてはどうかなーっておもうよ。……いまからでもおねえさんこうたいしない?」(アリシア)

 

「ふぅちゃん大好き! ミコトちゃんみたいに綺麗なお顔だけど、ちょっと抜けてるところがすっごく可愛いの! 魔導師の先輩で、仲間で、とっても大切なお友達!」(なのは)

 

「"作品の世界線"の詳細を知ってるやつの意見として言うけど、一番バタフライエフェクトの恩恵を受けた子じゃないかな。「救済」ってこういうことを言うんだろうな。ほんと、ミコトちゃんパネェわ」(ガイ)

 

「あたしの中可愛いものランキングトップ3だよー。一番はミコトちゃん、二番目はソワレで、三番目がふぅちゃんなんだよー」(さちこ)

 

 

 

アルフ(♀)

不明(野生の狼であるため記録なし)

一人称:あたし

経歴:生後間もなく病気が原因で群れから捨てられ、死の間際にフェイトに保護され使い魔となる→主人の八神家入りに伴い八神家のペットとなる

所属:匿名民間団体「マスカレード」団員(前衛・遊撃・防衛担当)

容姿:赤毛の狼で額の宝石のような結晶器官が特徴的(狼時)、長身の赤毛女性(変身時、可変)、「モフモフだけどペット犬に比べるとモフモフが足りない」

身長:体長126cm(狼時)、158.9cm(変身時、可変)

体重:45kg(処理が面倒なため、変身魔法使用時も体重は変えていない)

成績:魔法使用が可能なため意外と知能は高いが、元が野生の狼なのである程度はお察し

身体能力:人間とは一線を画する、特に腕力値が高い

戦闘能力:遠距離戦も不可能ではないが近接戦に比べると幾分も劣る、「攻撃は最大の防御」タイプ

特殊技能:

フェイトの使い魔(契約内容は「ともに生きること」)

魔力変換資質「電気」(フェイトと共有)

ミッド式防御魔法(フェイトよりは得意、ギリギリで防衛組に入れるレベル)

ミッド式捕獲魔法(リングバインドのみ)

ミッド式変身魔法(変身魔法は使い魔の嗜み)

ミッド式攻撃補助魔法(バリアブレイクは十八番)

ミッド式射撃魔法(絡め手としての使用が前提)

ミッド式砲撃魔法(射撃に同じく)

ミッド式近接魔法(彼女の格闘技能とシナジーすることで真価を発揮する)

人物評:

初期はフェイトの心の支えとして重要な役割を担っていた明るい性格の使い魔。八神家入り以降は自分以外(特にミコト)がその役割をはたしてくれているため、お気楽なペットとしての日々を満喫している。

言動や見た目の印象通りノリがよく、アリシアやソワレを背中に乗せてご近所を走り回っている姿が頻繁に目撃されている。さりげなく近所の子供達に大人気。

マスカレードのメンバーとしては、数少ないマルチロール能力を持った遊撃担当として重宝されている。何かと特化型が多い中で実は比較的オールマイティ。

同じペットポジションであるザフィーラとは仲が良く、彼女とは違ってミステールの手伝いやらで忙しい彼を「暇だ」と誘っては人型になって組手なんかもしている。

野生の狼という荒々しい出自でありながら日がな一日ひなたぼっこをしている彼女の姿は、平和の象徴と言ってもいいだろう。

 

「プレシア母さんのところにいた頃は、アルフにもいっぱい心配をかけちゃったよね。苦労をかけた分、これからは楽しく過ごしてほしいって思ってる。もちろん、わたしも一緒にね」(フェイト)

 

「家族、というよりは同僚の方が感覚としては近いな。彼女との組手は、なんだかんだで俺も参考にしている。こちらとしても鍛錬相手になってもらって助かっている」(ザフィーラ)

 

「アルフ、おっきい。モフモフ、きもちいい。せなかのってはしってもらうと、たのしい」(ソワレ)

 

「アリシアやソワレ、ヴィータからよくおもちゃにされているのを見かけるが、彼女も満更ではないようだ。戦闘訓練だけでなくそういうことに時間を使えるというのは、いいことだろう」(ミコト)

 

「人型のときは頼れるお姉さんって感じだけど、あたしはやっぱり狼のときの方が好きだね。なんてったって大きいし、モフモフしてるし、可愛いし! うちも犬飼いたいー!」(いちこ)

 

 

エール(♂)

1月5日生

一人称:ボク

経歴:ミコトの「コマンド」によって生まれた"風の召喚体"、基本概念は「風」で素体は「鳩の羽根」、創造理念は「ともに歩むミコトの手足」

所属:匿名民間団体「マスカレード」団員(指揮官補佐)

容姿:鳥の顔のついた柄に羽根を模した剣が生えた姿、本編終了間際に羽根が弓の形になったクロスボウ型に変化、「お調子者のおしゃべり鳥」

身長:剣のときで80cm程度、クロスボウは40cm程度(開閉可能)

体重:100g(元が羽根であるため非常に軽い)

成績:生まれてそれほど経ってないためあまり賢くはないが、学習能力はある方

身体能力:皆無、装備型のため自力では動けない

戦闘能力:風圧弾を撃てるがそれほど強力ではない

特殊技能:

"風の召喚体"、装備型

風圧弾の射出(低威力から中威力まで)

気流操作(パッシブとアクティブの両方)

人物評:

人、物……? ミコトが一番最初に生み出した"召喚体"と呼ばれる存在。彼に到るまでには何度も失敗があった。もし"炎の召喚体"が成功していたらどうなってしまっていたのか……。

無印編開始時点で、実は生まれてほんの3ヶ月程度だった。ソワレやミステールほどではないにしろ、生まれてすぐあれだけの鉄火場に立たされていたということになる。ミコトちゃん人使い粗いです。

それでも創造理念の通り、彼はミコトへの協力を惜しまない。どれだけ過酷な環境に連れ出されようと、彼女の手足となることを厭うことはない。ミコトの相棒ポジションは自分だけのものだと思っている。

風という概念を用いたためか、性格が非常に軽くおしゃべり。冗談を交えた軽妙なトークは、時としてミコトの反感を買うこともある。それで改める性格ではない。

エールという名前はフランス語で「羽根」を意味し、この名を与えてくれたはやてをミコトと同じだけ大事に思っている。

 

「生み出してからずっとオレの手足として従ってくれている、大切な相棒だ。彼に支えられた部分も多々あるだろう。……感謝はしているが、オレの成長のことで弄るのはやめろと言いたい」(ミコト)

 

「エール君とは気が合うんですよ。ジュエルシード素体の子達と違って常に顕現しているわけじゃないけど、時々ミコトちゃんに頼んでお話をさせてもらってます」(シャマル)

 

「ミコトは「大した力はない」って言うけど、魔導師的に見ればとんでもないことを平然とこなすだけの能力を持っているんだよな。特化した分野の違いなんだろう。事実、戦闘力は大したことがないからな」(クロノ)

 

「エールも大事なうちの子やで。あの姿やし、何かあったときにミコちゃんを手伝わなきゃならんから、いつも姿を出すってわけにはいかんやろうけど、それでも大切な家族の一員や」(はやて)

 

「エール君ともやしさんには、ほんとびっくりさせられたよ。あんな存在が現実にいるなんて知らなかったもん。けど……ミコトちゃんならありえるかもって、なんか納得出来たなぁ」(あゆむ)

 

 

 

もやしアーミー(♂)

不詳(毎回素体から作り直されるため明確な誕生日はない、個は連続している)

一人称:我・我ら

経歴:ミコトの「コマンド」によって生まれた"群の召喚体"、基本概念は「群体(軍隊)」で素体は「もやし」(1パック19円)、創造理念は「忠実なるミコトの僕」

所属:匿名民間団体「マスカレード」団員(広域捜査員、兼通信士)

容姿:通常のもやしに絵のような目と口が付いている、漫画からそのまま飛び出したような存在、「芸風ばかりが上達する一人軍隊」

身長:もやし一本分(合体すると40cm程度のボールになる)

体重:もやし一本分(合体するともやし1パック分になる)

成績:真面目なのだが脱線しやすいせいで学習能力はそこまで高くない

身体能力:極端に体が小さく軽いため、どんな隙間でも簡単に侵入することが出来る(合体すると身動きが取れなくなる)

戦闘能力:踏まれるだけで潰れてただのもやしに戻る

特殊技能:

"群の召喚体"、自律行動型

複数個体間の意識共有(もやしの数だけ体はあるが、意識は一つだけ)

人物評:

人物じゃなくて野菜だこれ! ある意味この作品のマスコット。表面的には真面目な性格だが、ある意味エール以上のお調子者。本人(?)に自覚はない。

ミコトが「召喚体の素体探し」のために生み出した探索用の召喚体で、他の者に比べて少々特殊。基礎状態という召喚体としての性質を封じた素体の姿に戻ることが出来ず、むしろ素体そのままの姿で動く。

顕現していないときは"群の概念"としてミコトを通して観測し、必要なときだけ生み出される存在。使い終わって元のもやしに戻った体は、ちゃんと食卓に上っている(慣れないと食べづらい)。

複数の体は全て同一の存在であり、意識共有を通じて異なる個体間で情報の伝達が可能。これはどれだけ距離を開けても、世界を超えていても可能であり、元が概念故の魔法にはない強みとなっている。

探索においては無類の有能さを発揮するが、普段はやることがないため滅多に顕現されない。それでも時折1体だけで顕現されて、八神家会議に参加したりする。

 

「もやしさんは、召喚体の中で唯一わたしが名前をつけんかったんよね。別に手抜きとかやなくて、もやしさんはもやしさんなんや。もやしは万能食材なんや(調教済み)」(はやて)

 

「僕が知る限り、ミコトの"魔法"の中で最もファンタジーな存在だよ。遺跡探索の依頼でもやしパックを見せられたときは正気を疑った。その後に自分の目を疑うことになったけどな」(クロノ)

 

『ボクと一緒でミコトちゃんの手足となるべく生み出された子だね。……何気にジュエルシード以外の素体を使った召喚体って、ボクともやし君だけなんだよ。そういう意味でも仲間だよね』(エール)

 

「顔がついて動き回ってたもやしが食卓に並ぶって、最初は割とショッキングな光景だったよ。多分あれがあったから、あたしもフェイトもすぐにこの世界に馴染めたんだろうねぇ……」(アルフ)

 

「探索っていう部分で僕と役割が被る部分があるんだけど、もやしさんは魔力を感じ取る方法がないから、そういった方面では僕の方が強いよ。……ミコトさんの隣を勝ち取るためには、彼にも勝てなきゃね」(ユーノ)

 

 

ブラン(♀)

4月12日生

一人称:わたし

経歴:ミコトの「コマンド」によって生まれた"光の召喚体"、基本概念は「光」で素体は「ジュエルシード・シリアルXX」、創造理念は「ミコト達周辺の環境維持」

所属:匿名民間団体「マスカレード」団員(拠点維持担当、要するにハウスキーパー)

容姿:金髪碧眼でロングヘア、おっとり柔らかそうな女性、「見た目だけは出来るお姉さん」

身長:155cm

体重:「ヒミツです♪」

成績:元がジュエルシードという規格外の遺物なので、全般的な能力水準が高め、当然知力も高い

身体能力:上記の通り、おっとりした見た目と裏腹にミコト以上に動けたりする

戦闘能力:基本能力は高いはずなのだが、戦闘を前提とした生み出され方をしていなかったり経験がなかったりで、実際の能力は低め

特殊技能:

"光の召喚体"、自律行動型

光に纏わる事象の起点となることが出来る(これまで使われたことはない死に設定)

人物評:

ミコトがジュエルシード探索に加わる際、はやての身辺警護のために生み出された召喚体。同時にジュエルシードの召喚体転用実験の成果でもある。

素体のおかげで非常に高スペックな能力を持っているのだが、彼女がやっているのはそれが活かされない家事全般である。元々が緊急時用の能力だったからね、しょうがないね。

初めの頃は固いしゃべり方で融通も利かなかったが、はやてにほぐされてほんわかお姉さん(0歳児)に変化。ドジッ娘の本性を現した。

その性格故か、ときどき自分が「ジュエルシード素体の高スペック召喚体」であることを忘れている。というか普段の姿を見て誰が彼女を「元・爆弾級の劇物」であると見抜けるだろうか。

その役割上、何かあったときにミコト達と行動をともにすることができない。だが彼女が家を守ってくれているからこそ、ミコト達も帰る場所を失わずに済むのである。

 

「召喚体の中で、彼女には一番苦労をかけてしまっている。そういう目的で生み出したというのはその通りだが……いつか彼女の働きに報いたいものだ」(ミコト)

 

「八神家の癒し枠やな。見た目はおねえさんやけど、中身はまだ生まれて一年しか経ってない子供や。皆であの子の成長を見守ってやらなあかんよ」(はやて)

 

「彼女を知った時、「ジュエルシードにこんな使い方があるなんて」と衝撃を受けました。……あれの使い道は「爆弾」ぐらいしかないんだから、全部ミコトさんにもらってほしかったぐらいだよ」(ユーノ)

 

「家族であると同時に、翠屋バイトの同僚でもあるわ。もしかしたら、ミコトちゃんよりもわたしの方がブランさんと一緒にいる時間は長いかもしれないわね」(シャマル)

 

「わらわにとっては実の姉ということになるか。もっとも、姉というには少々頼りないがの。まったくもって可愛らしい姉君よ、呵呵っ」(ミステール)

 

 

 

ソワレ(♀)

4月17日生

一人称:ソワレ

経歴:ミコトの「コマンド」によって生まれた"夜の召喚体"、基本概念は「夜(空間)」で素体は「ジュエルシード・シリアルXIV」、創造理念は「ミコトの傍らにある者」

所属:匿名民間団体「マスカレード」団員(指揮官補佐)

容姿:基本的な姿は小さくしたミコト(可変)、常に眠たそうな目をしている、「魔法少女のマスコット」

身長:108cm

体重:「……おしえない」

成績:実は舌っ足らずなしゃべり方からは想像できないほど賢い

身体能力:能力方面に割り振っている部分が大きいため、ブランほどは高くない

戦闘能力:非常に高く危険、但し性格の問題で単独戦闘は不可

特殊技能:

"夜の召喚体"、自律行動型を基本とした不定形型

夜を通じた空間操作が可能(光を排除した空間を作り出し操る)

人物評:

ミコトがジュエルシード事件を戦い抜くために生み出された召喚体だが、どこをどう間違ったか「ミコトとはやての娘」という認識を持つ。今では皆がそう認めている。

非常に甘えん坊な性格をしており、これまでの経験で多少はマシになったものの、今でも時折ミコトのおっぱいをせがむ。心が満たされて落ち着くらしい。

その性質上、エール同様ミコトが鉄火場に立つときは常に同行する。そのときは自身を黒いドレスの姿にしてミコトの衣装となる。バリアジャケット並に頑丈であり、身を挺してミコトのことを守っているのである。

非常に強力な攻撃能力を持ち、マスカレードの最後の切り札的な扱い方をされている。反面、細かな調整が苦手で普段の戦闘ではあまり役に立たない。

ミコトやはやてにべったりしている姿が多いが、他の家族達との仲も良い。優しい皆のことが大好き。

 

「同じ"夜"の名を冠する者として、彼女には特に親しみを感じている。優しき主を守ろうとするところも、とても共感しています」(トゥーナ)

 

「家にいるときは、小さな姿になってあたしに乗っかって昼寝したりしてるよ。可愛くて頼りになる子だよ」(アルフ)

 

「ソワレちゃんかわいい! ……んだけど、何でかなのはってソワレちゃんに怖がられてるの。以前よりはだいぶ平気になったみたいなんだけど……なんでなんだろう」(なのは)

 

「わたしとミコちゃんのかわいいかわいい娘や。少なくとも、わたしとミコちゃんはそう思っとるよ。ソワレも遠慮せず、もっと甘えてええんやでー」(はやて)

 

「はやてはああ言っているが、オレとしては少し手加減がほしいところだ。とりあえず、おっぱいに吸い付くのはやめてほしい。まだ子供なんだぞ、オレは……」(ミコト)

 

 

 

ミステール(♀)

4月27日生

一人称:わらわ

経歴:ミコトの「コマンド」によって生まれた"理の召喚体"、基本概念は「因果」で素体は「ジュエルシード・シリアルVI」、創造理念は「知の探究者」

所属:匿名民間団体「マスカレード」団員(指揮官補佐、兼通信士)

   「外付け魔法プロジェクト」メンバー

容姿:人型のときは狐耳と狐尻尾の巫女姿、アメジスト色の髪と瞳、「何か企んでそう」

身長:109cm

体重:「腕輪のときは100g前後じゃのう、呵呵っ」

成績:創造理念の影響で非常に貪欲に知識を吸収するため論理に強い、反面発想の柔軟性にやや難あり

身体能力:ほぼ能力全振りのため、せいぜいがミコトとどっこいどっこい

戦闘能力:現状あまり高くはないが、「やり方さえ理解すれば何でも出来る」ため成長の余地あり(但し本人に意欲はない)

特殊技能:

"理の召喚体"、装備型を基本とした不定形型

原因と結果を結ぶことで事象を引き起こせる(但し一意に決定される因果のみであり、複雑な現象を引き起こすには手間がかかる)

人物評:

ある意味「コマンド」の集大成とも言える、万能ツールのような召喚体。通常は人型で活動を行っているが、本来の姿はアメジスト色のブレスレット。

能力が魔導師が使う魔法に似ており、彼らの魔法を因果操作でエミュレートすることが可能。但し魔力を持っているわけではないので、魔力量が関係する魔法は据え置きの効果しかない。

最も特徴的な能力の使い方が「念話共有」と呼ばれる因果操作術であり、自身が中継点となることで非魔導師を含めた念話ネットワークを構築することが出来る。これによりミコト達の連携能力が飛躍的に向上した。

「風の翼の直系」を自称し、自身はエールの妹であると認識している。事実、全ての召喚体は彼の弟妹であり、その中で特に彼女がエールを尊敬しているということである。

「夜天の魔導書の修復」という大役を果たした後、ミコトの目指す完全な修復に向けて知識を吸収し続けている。もしかしたら、八神家の中で最もブレない存在かもしれない。

 

『自慢の妹ってところかな。あの子みたいに何でも出来る子が、一つのことしか出来ないボクを慕ってくれてるんだ。だったら、せめて"風"の分野ではあの子が誇れる兄でありたいよね』(エール)

 

「わたし達技術班も、ミステールちゃんとは一緒することが多いんだよ。知識量は確かに凄いんだけど、ちょっと頭が固いなーってときがあるかな。まだまだ経験が足りてないんだろうね」(はるか)

 

「夜天の魔導書を修復する要となってくれた。今の私があるのは、彼女がいたからこそだろう。我が主達と同じぐらい、彼女にも感謝をしている」(トゥーナ)

 

「何が凄いって、あの子って元々「はやてちゃんの足を治す」って目的で生み出されたんだよな。それなのに、足とは直接関係ない魔導書修復なんてことも出来ちゃうってのが、対応力高ぇよ」(ガイ)

 

「確かに優秀ではある。しかし彼女を近くで見ていると、また違った面も見えてくる。知識以外に対してはずぼらなところとかな。……どれだけ大人びていても、本当はまだまだ子供なのだろう」(ザフィーラ)

 

 

クロノ・ハラオウン(♂)

9月6日生(公式設定なし)

一人称:僕

経歴:ミッドチルダ・時空管理局士官学校卒業→武装局員→執務官

所属:時空管理局所有次元航行艦「アースラ」付執務官(一佐相当)

容姿:黒髪黒目、歳の割に身長が低いが生活習慣の改善で徐々に伸びてきた、「将来堅物になりそう」

身長:15歳春の時点で144.9cm

体重:42kg(バランスのとれた体格)

成績:秀才、一度覚えたことは決して忘れず、応用力も高い

身体能力:局員の中では高い部類だが、マスカレードの前衛と比べると何段か劣る

戦闘能力:魔導師の理想形の一つ、あらゆる状況に対応できる

特殊技能:

ストレージデバイス「S2U」マスター

ストレージデバイス「デュランダル」マスター

ミッド式魔法全般(近接、中距離、遠距離、防御、補助の全てが可能、特に捕獲魔法の練度が高い)

人物評:

ミコトを"目標とすべき好敵手"と定めている、時空管理局の割と偉い子。その立場を使って、ミコト達に依頼を斡旋する重要な役割を担っている。マスカレードと管理局の緩衝剤。

直接戦闘、指揮、交渉、デスクワークとあらゆる分野で高い能力を持つ努力家。その代わりプライベートはおざなりにしがちであり、そういう意味では不器用な少年である。

実は登場時点では(一応)原作と差異のないキャラクターであった。恭也の戦闘能力とミコトの交渉能力が異常に高かったため、「現地の民間人」ではなく「自警団体」として扱うことになり、あんな感じになった。

その後なんやかやで彼女達と行動をともにし、彼女の指揮官としての能力の高さに尊敬と憧れを抱き、彼女を目指すうちに淡い感情が芽生え始めた模様。

ライバル的立ち位置のユーノとは違って、まだはっきりとした感情には育っていない。それでもミコトとの波長は合っており、今後も友好的な関係を続けたいと心から願っている。

 

「確かに優秀ではある。しかし感情面でオレと似たような成長の遅さがあるな。あの立場になるまで、わき目も振らず走り続けたんだろう。そういう部分は共感できるかもしれないな」(ミコト)

 

「ミコちゃんを狙ってるかもしれない男の子やな。まーユーノ君と違って自分の気持ちにも気付いとらんみたいやし、まだ成長を見て楽しむ時期やろ。本気になったらどうするか分からんけど」(はやて)

 

「士官学校時代からの知り合いで、なんだかんだで付き合いが続いてる友人かなー。クロノ君は腐れ縁って言ってるけど。一応、ミコトちゃんとのことは応援してるよ。友達としてね」(エイミィ)

 

「クロノには時空管理局に勤めさせるんじゃなくて、普通の学生として学ばせるべきだったんじゃないかって、最近はよく思うわ。……ミコトさん達に当てられちゃったかしらね」(リンディ)

 

「敵だよ。色んな意味で。そりゃもちろん依頼の斡旋だとかで色々世話にはなってるけど、僕の心情としてはやっぱり敵だよ。……絶対、負けるもんか」(ユーノ)

 

 

 

リンディ・ハラオウン(♀)

6月26日(公式設定なし)

一人称:私

経歴:クライド・ハラオウンとの間にクロノを儲ける、その後夫が殉職し管理局員として復帰→現在は提督としてアースラ艦長を務める

所属:時空管理局所有次元航行艦「アースラ」艦長(階級は中将)

容姿:エメラルドグリーンの長い髪、クロノとは似ても似つかない温和な顔立ち、「見た目に騙されるべからず」

身長:156.5cm

体重:「知らなくていいこともあるんですよ?」

成績:天才タイプ、論理的な思考よりも直感の方が強い

身体能力:最盛期の8割程度、元々肉体派ではない

戦闘能力:実は結構高いが、どちらかというと補助向き(それでも武装局員平均よりは上)

特殊技能:

ミッド式防御魔法(艦船のシールドを身一つで発生させられるレベル)

ミッド式補助魔法全般(種類はユーノに及ばないが、彼にはない強力なものが多数含まれる)

ミッド式射撃魔法全般(状況に応じて複数種類の射撃魔法を使いこなす)

人物評:

女狐。もちろん穏やかな性格は本物であるのだが、犯罪者と戦う組織の重役であり魑魅魍魎が跳梁跋扈する管理局上層部にいる彼女が、ただの優しいおb……お姉さんなわけがない。

ミコトとは違った交渉能力を持ち、他者の感情を上手くコントロールして目的を達成するタイプ。ミコトと対峙したときは、彼女が徹底的に論理のみで交渉をしたため通用しなかった。

艦長という全体指揮を行う立場にいるため、前線に出ることはほぼない。それでも時空管理局の一員として、いつ戦場に立たされても大丈夫なようにトレーニングは欠かしていない。

クロノに比べて動きにくい立場の人間であり、あまり地球に顔を出せていない。一応、クロノが斡旋する依頼の絞り込みという形で、マスカレードとの関係は保っている。

将来有望な魔導師であるなのはやフェイト達よりも、ミコトのことを買っている人。クロノに頑張ってもらってミコトを義理の娘にしたいと思っている。

 

「上の方では腹黒だのなんだの言われてるらしいけど、それは腹黒どもを相手にしてるからそうなってるだけだ。プライベートでは優しい母さんだよ。それこそ何処にでもいるような、ね」(クロノ)

 

「クライド亡きあと、たった一人でクロノを育て上げた強い女性だ。……本当に素晴らしい人を娶ったものだよ、あいつは」(グレアム)

 

「わしらアースラクルーは、全員リンディ提督のお声掛けで乗船した。ふんぞり返ってるだけの頭でっかちとは違う「本物の提督」だ。クライド艦長もあの世で鼻が高いだろうな」(フェルディナント)

 

「あの人とはそんなに顔を合わせてないけど、何だか親近感が湧くのよね。いつかゆっくりお話をしたいものだわ」(桃子)

 

「そういえば、わたしのことを引き取るのがミコトじゃなくてリンディさんだったかもしれないんだって。クロノがわたしの処遇でごねたってミコトが言ってた。そうなってたら……どうなってたんだろうね」(フェイト)

 

 

 

エイミィ・リミエッタ(♀)

9月7日(公式設定なし)

一人称:わたし

経歴:ミッドチルダ・時空管理局士官学校卒業→管理局所属通信士→執務官補佐(通信士は継続)

所属:クロノ執務官付補佐官、時空管理局所有次元航行艦「アースラ」オペレータ

容姿:茶髪のショートカット、一目で明るい性格であることが分かるめりはりのある少女、「アースラ影の権力者」

身長:156.3cm

体重:「教えてあげてもいいけどねー」

成績:十分に優秀、特に情報処理能力が高く生粋のオペレータタイプ

身体能力:局員合格レベル(割とギリギリ)

戦闘能力:後方支援専門、魔法資質はなし

特殊技能:なし

人物評:

恐らく原作と比べて最も割を食った人物。提督夫人の地位が約束されてたのになぁ……。クロノへの感情が恋愛に変わる前だったので、精神的なダメージはなし。

クロノや他オペレータ、武装局員までをも弄る享楽家。刹那的というわけではなく、長い目で見た人付き合いの潤滑油であったり、他者へのアドバンテージだったりを考えての行動。そういうところがミコトと似ている。

非常に面倒見のいい性格であり、士官学校時代に気の合う友人だったクロノに何かと世話を焼き、その縁で執務官補佐まで務めている。ミコトとの出会いがなかったら恋愛感情に発展したのも頷ける話である。

リンディ同様あまり地球に赴くことがないが、そのコミュニケーション能力の高さで、アースラメンバーで最もマスカレードと友好的に接している人物。現地の友人もいる。

ミコトのことは単純に「可愛い女の子」として気に入っている。突出した能力面でなく人間性の方を強く見ているあたりが、彼女の性質をよく表している。

 

「ソワレが彼女のことを気に入ったのが、最初に目をやったきっかけだった。今ならソワレが気に入った理由がよく分かる。あれは、ある意味オレと同族だ」(ミコト)

 

「確かにミコトとエイミィは似ている部分を感じる。もしミコトがエイミィと同じぐらい感情を表に出したら、ほとんど同じになるんじゃないか。……ありえない話か」(クロノ)

 

「もしミコトさんと出会わなかったら、きっとクロノは、いつかエイミィに惹かれていたでしょうね。そのぐらい波長の合うコンビよ。それは今も変わらず、頼もしいクルーだわ」(リンディ)

 

「アースラスタッフには二つの不文律があります。一つは、リンディ提督のお茶には付き合うな。そしてもう一つが、リミエッタ補佐官を怒らせるな。彼女を怒らせて失脚した提督がいたらしいですよ」(ハーバート)

 

「管理世界の人だからあんまりこっちこれないけど、大事な友達の一人だよ。今度こっち来たら、一緒にショッピングとかしようねー」(美由希)

 

 

プレシア・テスタロッサ(♀)

12月18日生(公式設定なし)

一人称:私

経歴:ミッドの魔法学院卒業後、アレクトロ社専属の研究者として雇われる→「ヒュードラ」の事故で娘を失い辞職、その後表舞台からは姿を消す→「ジュエルシード事件」後、アースラ拘留中に死去、末期がんだった

所属:なし

容姿:何年経っても色艶を失わない妖しい黒髪、魔女と呼ぶにふさわしい妖艶な美女、「30代にしか見えないけど還暦」

身長:157.2cm

体重:「何を調べようとしているのかしら?(書置き)」

成績:紛れもない天才、但し才能故に一度思考のどつぼにはまると抜け出せない

身体能力:低い、生粋の研究者肌

戦闘能力:次元を超えて超威力の魔法を撃てる、遠距離戦なら敵なし

特殊技能:

条件付きSランク魔導師(魔力炉への接続)

ミッド式防御魔法

ミッド式補助魔法

ミッド式射撃魔法

ミッド式砲撃魔法

ミッド式広域攻撃魔法

ミッド式儀式魔法

(全て詳細は不明)

人物評:

全ての元凶。26年前に最愛の娘を失ってから、ミコトとジュエルシードが起こした偶然の奇跡に救われるまで、ずっと暗闇の中で狂っていた。その人生の最後に希望の光を見て、安らかな心で眠ることが出来た。

無印章での登場から現在に至るまで、ミコトに多大な影響を与え続けている「偉大な母」。やっていたことは犯罪だったが、その尊き母の愛にはリンディですら敬意を評している。

最後までフェイトのことを「娘」と感じることは出来なかったが、そんな自分に対しても変わらず「母」として接してくれた彼女に深い感謝を抱いた。最期の瞬間まで、娘と彼女の幸せを願っていた。

長い間自分が気付かなかったことに気付かせてくれたミコトに対して、次代の未来を見た。だからこそ彼女は大事な娘達を引き取ってもらう先として、リンディではなくミコトを選んだ。

実はこの世界線ではどうあがいても生き残ることは出来ず(準備期間が絶対的に足りない)、ミコトが与えた最期は紛れもない「最良の結果」であった。プレシアは生きている間に救いを感じることが出来たのだから。

 

「ミコトはママだけど、母さんは母さん。代わりの人なんていないよ。この先何があっても、わたしの母さんはプレシア・テスタロッサただ一人だよ」(フェイト)

 

「本当のとこ言えば、プレシアさんも助けたかったんだけどな。生きてるに越したことはないし。……だけどあんまし贅沢言って、何もかも台無しにするわけにはいかないだろ」(ガイ)

 

「……もしオレが、もっと医術について深く知ろうとしていれば、「コマンド」で彼女を助けられたかもしれない。それを選ばなかったのは他でもないオレなのだから、言っても詮なきことか」(ミコト)

 

「鬼婆、って思ってたんだけどね。今じゃそんなことちっとも思えないよ。フェイトに冷たく当たってたって事実は消えてないのにさ。おかしな話だよ……」(アルフ)

 

「変な話かもしれないけど、僕はプレシアさんに感謝しています。彼女が「ジュエルシード事件」を引き起こさなかったら、僕はミコトさんに出会えなかったんだから。……安らかに眠ってください」(ユーノ)

 

 

 

アリシア・T・八幡(♀)

5月5日生(フェイトと同じ、召喚体としての誕生日は5月4日)

一人称:わたし

経歴:ミコトの「コマンド」によって生まれた"命の召喚体"、基本概念は「命」で素体は「アリシア・テスタロッサの遺体」及び「ジュエルシード・シリアルI」、創造理念は「アリシア・テスタロッサそのもの」

所属:匿名民間団体「マスカレード」団員(拠点維持補佐、ブランのお手伝い)

   「外付け魔法プロジェクト」リーダー

容姿:フェイトと瓜二つの美少女、但し肉体年齢は彼女より3つほど下、「天真爛漫な女の子」

身長:1年生春の時点で115.1cm

体重:「おんなのこにそんなこときいちゃダメなんだよ!」

成績:母譲りの頭脳を持つ、0歳児にしてデバイス弄りのプロフェッショナル(但し国語だけは勘弁な)

身体能力:割と高い、特に体力が異常に高く(召喚体としての特性)、シグナムが根負けするまで逃げ続けられる

戦闘能力:なし

特殊技能:

"命の召喚体"、特殊な自律行動型(人間と同じように成長・代謝を行う)

ミッド式ストレージデバイスメンテナンス

ミッド式インテリジェントデバイスメンテナンス

ミッド式インスタントデバイス作成

ミッド式ストレージデバイス作成

ベルカ式アームドデバイスメンテナンス

ベルカ式ストレージデバイスメンテナンス

ベルカ式ユニゾンデバイスメンテナンス

人物評:

ミコトが与えた希望。アリシアの遺体とジュエルシードから生まれた新しい存在。アリシア本人ではないが、彼女の人格・記憶・経験を完全にコピーしている。

身体能力や魔法の才能についても(傷病が事実上発生しない点を除けば)元のアリシアと同じであり、「アリシアが歩むはずだった未来」という言い方も出来る。プレシアが救われた最大の要因である。

前述の通りアリシア本人ではないため、実質的には他の召喚体と同じく0歳スタート。一応5歳相当の肉体と精神を持っていたので、戸籍上ではそこからスタートさせている。これが「フェイトが姉」の根拠となっている。

世間知らずの姉とは違い、5歳まではしっかり生きたアリシアの記憶を持っているため、結構しっかり者。但し元5歳児ではあるので相応に幼く、言葉遣いもやや舌っ足らず。

ミコトの妹にして娘として生活し、はやてから「シアちゃん」というあだ名を与えられ、友人にも恵まれ、さらには「非魔導師でも魔法を使えるようにするプロジェクト」なんかも立ち上げ、充実した毎日を送っている。

 

「シアちゃんは凄いですよ。あの歳でとても頭がいいし、デバイスメンテナンスの腕は一流で通用するし。家族としても技師としても、なくてはならない存在です」(シャマル)

 

「わたしの方がおねえちゃんなのに。アリシアって、隙あらばおねえちゃんぶろうとするんだもん。ちゃんとおねえちゃんとして扱ってほしいよ」(フェイト)

 

「デバイスの先生で、年下の親友かなー。デバイスが絡んでも絡まなくても、シアちゃんって話が弾むんだよね。とってもいい子だよ」(はるか)

 

「うちの可愛い末っ子や。上の子達よりしっかりしとるけど、やっぱり小さな子供なんや。おねえちゃんたちがちゃーんと可愛がってやらなあかんのよ」(はやて)

 

「色々とイレギュラーではあったが、彼女も大切な「オレの子供」だ。フェイト達と同じだけ大切で、切り捨てることのできない大事な家族だ。……プレシア、あなたの娘達は健やかに育っているよ」(ミコト)




(設定資料なのに)長すぎィ!!


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番外編・その後の日常章
EX.1 趣味


原作なんて関係ねぇ番外編、はぁじまぁるよー。


 ある日あるとき、八神家のリビング。オレは最早やる必要のない、だけど習慣となっておりやめることの出来ない内職をしながら、ため息をついた。

 

「どしたん、ミコちゃん。そんな大きなため息なんかついて」

「……大したことではないんだが」

 

 言いながらもオレの手は止まらない。長年(四年間)の経験で染み付いた内職の動作は、意識するまでもなく手が動いてくれる。「確定事象」をトレースする必要すらない。

 器用さにはそれなりの自信がある。「プリセット」を用いたシミュレーションを正確にトレース出来るオレが作った造花は、取引先からも評価が高いそうだ。それもまた、オレがいまだに内職を続ける理由の一つだろう。

 造花作りを続けながら、オレは最近抱えている贅沢な悩みを、大切な相方に打ち明けた。

 

「なんというか、張り合いがないんだ。満たされてはいるけど、リソースに遊びがあり過ぎて落ち着かないというか……」

「あー……」

 

 はやては苦笑し、オレの言いたいことを理解した。要約してしまえば、「目指すべき大きな目標がない」のだ。

 

 三年前の冬、オレが決意した「はやての足の完治」。それは年末に行った「夜天の魔導書復元」で完遂することが出来た。

 細々したことは残っている。夜天の魔導書の完全復元を目指すこととか、管理世界への情報開示に向けた準備とか、あるいは生活のための糧を得る活動だとか、そう言ったことは継続して行っている。

 だけど、一番大きかった目標は達成してしまった。いまやはやては自分の足一つで何処へだって行くことが出来る。体育の時間も、男子に負けないぐらい元気いっぱい走り回っている。

 それがオレの目指したことであり、達成出来たことに文句などあるはずがない。はやてが元気な姿を見れば、それだけで嬉しい。日々喜びをかみしめている。

 ……大きすぎる目標を達成出来た刺激が強かったのかもしれない。またあの達成感を味わいたいと、自分でも気づかないうちに考えてしまっているのかもしれない。

 以前のオレならそんなことはありえなかっただろうけど、今のオレはそうもいかない。家族や友人との触れ合いで、色々な感情を学んだ。「成功体験の反復」は十分あり得る。

 ともあれ、オレが今の生活に満足しながら満足できないという、相反する感覚を持っていることは事実だ。

 

「かといって、厄介事に自分から首を突っ込む気はないし。どうしたものか……」

 

 クロノやギルおじさんに意志を伝えれば、彼らは本格的な案件を持ち込んでくれるだろう。そして我がチーム「マスカレード」ならば、それも遂行可能だという信頼がある。

 だがそれをしては、今まで何のために管理世界を切り離して活動してきたか分かったものではない。自分から管理世界の厄介事に巻き込まれようというのでは、本末転倒だ。

 はやては本を開いたまま、「んー」と考えるように宙に視線を向けた。

 

「なんか、趣味でも持ってみたらどうや? ミコちゃんって今まで趣味らしいものなかったやん」

「……造花作りは、趣味みたいなものなんだがな」

 

 先述の通り、今は内職に収入を頼る必要がない。ギルおじさんからは毎月多額の仕送りが来るし、オレ達の翠屋バイト(お手伝い)、シグナムの剣道場講師によって、貯金する余裕すらある。

 それでもオレがミツ子さんに内職の斡旋をお願いしているのは……先方のリクエスト以上に、オレ自身の手慰みなのだろう。

 オレの意見を聞いて、はやては「あかん」と返した。

 

「そんなんじゃ趣味って言えへんよ。もっとこう、打ち込めるものやないと」

「ふむ。なのはで言えば、魔法みたいなものか」

 

 オレの最初の友達の名前を出す。「ジュエルシード事件」で魔法と出会った彼女は、今なお魔法の腕を磨いている。それは何かの目的があってのことではなく、色々な魔法を覚えるのが楽しいからだそうだ。

 事実として、彼女が魔法を研鑽する必要性は皆無だ。今の彼女の力でも十分依頼はこなせるし、この世界で生活するなら魔法は使い道がない。必要だからではなく、研鑽そのものが目的なのだ。

 オレにとってそういう「趣味」と言われたら、確かに返せる答えはなかった。

 

「せやね。ふぅちゃんにとっての戦闘訓練、シグナムにとっての剣の鍛錬や。……言うてて思ったけど、わたしらの周りって殺伐とし過ぎちゃう?」

「言うな、オレも思ったけど言わなかったんだから」

 

 いやまあ、彼女らのアレは「運動」に無理矢理括ることも出来なくもないはずだ。そういうことにしておこう。

 ともかく、今はオレの趣味の話だ。オレが「それをすること自体に楽しみを見出せるもの」と言ったら、一体何なのか……。

 

「ミコちゃんは指揮官やし、将棋とかチェスとかはどうや?」

「やれば出来るとは思うが、別に指揮官をやりたくてやってるわけじゃない。いつの間にか任されただけだ」

 

 会う人皆がそう言うので、オレに指揮の才能があるらしいということは、客観的認識として認めることにはした。が、やりたいことではない。指揮を続けるなら勉強することもあるだろうが、趣味としては無理だろう。

 オレが好きなことは何なのか、まずはそこから入らなければならない。

 

「好きなこと、か。人なら簡単に思い浮かぶんだが」

「さらっと恥ずかしいこと言うとるで?」

「実際そうだからな。それに、好きな相手に好意を伝えることを躊躇う性格じゃない」

 

 さすがに男女関係になったらどうかは分からないけど、今は関係ない。……関係ないから頭に浮かんでくるんじゃない、ミッドチルディアンズ。

 逆にはやての方が照れたようで、少し顔を赤くして笑った。本を置き、オレの後ろに回って抱きしめてくる。

 

「手芸なんかも似合いそうやね。造花と似とるし」

「なるほど、それはそうだな。だが、それだと結局手慰みということにならないか?」

「そうなんよねー。ミコちゃんの場合、頭使う系やないとどうしても余るんよね」

 

 「確定事象のトレース」があったからこそ出来るものもあっただろうが、それが原因で手持無沙汰になるというのは、何とも因果なものだ。

 ……ここは発想を転換してみよう。オレは体を動かすことがそれほど得意というわけではない。平均よりも動けるだけで、フェイトやあきら、いちこのように突出しているわけではない。

 

「あえてスポーツに手を出してみるというのはどうだろうか。オレの能力的に、適度な難易度になると思うんだが」

「スポーツなー。それでも、気軽に出来るものやと意味ないやろ? 体育の授業程度なら、ミコちゃん軽くこなしてまうし」

 

 その通りだ。平均よりも動けるということは、平均がこなせる前提で課される授業は大して難しくない。それなりの運動強度は必要だ。

 だからといって、某筋肉フェレットもどきのように安易に武術に手を出す気はないが。今日も彼はシグナムにしごかれていることだろう。

 オレは「武力で相手を打ち負かすこと」には興味がない。武術は、自己研鑽の面もあるだろうが、どうしても「相手を倒す」という目標が発生する。そこが相容れない。

 だから武術をやる気はないが……「技を競う」程度のスポーツならやってもいいかなという気にはなる。

 

「とりあえず、何かスポーツをやってみる方向性で考えてみよう。相談に乗ってくれてありがとう、はやて」

「どういたしましてやで。せや、ヴィータがゲートボールやっとるし、まずはヴィータの話を聞いてみるのはどうや?」

「そうだな。風呂に入るときにでも聞いてみることにするよ」

 

 ちょうどよく今日はヴィータが一緒に入る番だしな。話がまとまったところで、オレは内職を、はやては読書を続けた。皆が帰ってくるまでは、まだ時間があった。

 

 夜、ヴィータと一緒に風呂に入りながらゲートボールについて聞いた。彼女は結構楽しんでいるようで、かなり熱のこもった弁を振るってくれた。

 ……残念ながら、オレがやることはなさそうだが。競技の性質上「プリセット」との相性が良すぎた。それでは内職や手芸と大差ないだろう。

 はてさて、何をやったものやら。

 

 

 

 

 

 翌日の翠屋バイト……もといお手伝いで、休憩時間に話を聞いてみる。

 

「趣味、ねぇ。あたしの場合はワンちゃん達の世話や躾けが趣味になるけど、あんたの家じゃそれは無理よね」

「躾けるまでもないからな。彼らを通常の犬猫と同列に扱うのは間違いだろう」

「あはは、そうだね。読書はどうかな? ミコトちゃんも、はやてちゃんと一緒で結構本は読むよね」

 

 今日も今日とて翠屋に顔を出している聖祥三人娘改め四人娘。すずかの言う通り、オレも読書はそれなりに好きな部類に入るが、趣味と言えるほどのものではない。

 

「オレの場合は知識の収集という面が強い。「プリセット」も言語化できなければ使い道が少ないからな」

「ミコトちゃんも特殊能力持ちなんだよね。でも管理世界は関係ないんだっけ。……中々慣れないなぁ」

 

 苦笑する鮎川。先の花見で起きた大惨事によって、彼女を含む聖祥の一般人たちは管理世界のことを知った。なのはやガイが魔法という技術を扱う魔導師であることも理解した。

 そのことに彼らは大層驚きながらも納得した。一般人ではあるだろうが、私立に通えるだけの理解力に富んだ優秀な子供達でもあるのだ。

 とはいえ、それまでの常識と異なるものを持ちこまれてすぐに馴染めるわけでもない。第97管理外世界にある「裏側の技術」にすら触れていなかった彼らにとって、異世界の技術は感覚に結び付けにくいようだ。

 

「いっそ、なのはちゃんみたいに特殊能力を鍛えるのってどうなの? よく分からないけど」

「生憎と「プリセット」も「コマンド」も鍛えられるような代物ではない。「魔法」のような定量的な技術ではなく、定性的な技能だ。それ以前の問題として、鍛えて何になるという話だがな」

 

 鮎川は理解がおっつかなかったようで、疑問を顔に貼り付けた。彼女はまだまだ「コマンド」と魔法の違いを理解出来ていないようだ。

 魔法は「リンカーコアを用いて魔力をコントロールする技術」であるのに対し、「コマンド」は「事象と繋がり命令する技術」だ。鍛えたからと言って、繋がった事象以上に大きな現象を起こせるものではない。

 何よりも、「コマンド」はもう意義を果たした。新しい目的が発生した場合に活用することはあるかもしれないが、なのはのように活用方法を模索して楽しむ性格でもない。

 ……鮎川が理解できるように説明するのも面倒だな。時間がかかりそうだし、今は捨て置こう。

 

「鮎川は、何か趣味を持っていないのか?」

「ユウ君を隣で支えることかな。趣味って言えるかどうかは分からないけど」

 

 ノロケ乙。趣味らしい趣味は持っていないということだろう。一応塾に通ったりピアノを習ったりはしているらしい。

 アリサがニヤニヤ笑いながらオレを見ている。……言いたいことは大体理解した。

 

「オレはユーノと付き合う気はないから、鮎川の意見は参考にならんぞ」

「いやー、その場にいられなかったのが残念だわ。めちゃくちゃ女の子らしかったみたいじゃない?」

「あのときのミコトちゃん、すっごく可愛かったんだよ。すぐにユーノ君達が鼻血で大変なことになっちゃったけど」

「凄惨な現場だったよね……もったいない」

「す、すずかちゃん目が赤くなってるの……」

 

 あのときを思い出して、「夜の一族」とやらの血がうずいたようだ。月村家は、吸血遺伝子を持った人種の末裔なのだそうだ。ファンタジックに言ってしまえば「吸血鬼」というものだ。

 とはいえ、彼女達の吸血行為は科学的に説明可能なものであるし、栄養摂取は輸血パックで十分なため人を襲う必要はない。彼女達が友好の意思を持っているのだから、敵視する必要は何処にもないのだ。

 この話を聞いたとき、「月村すずかを生涯の友とする」という盟約を結んだが、所詮は形式上のものだ。そんな盟約がなくとも、彼女達もオレも、友であることに変わりはないのだ。

 まあそれはそれとして。……あのとき、オレがユーノの告白を断り、代わりに挑発の言葉を返したときのことを思い出す。自然と不満の気持ちが胸の内に湧いた。

 

「これでも、結構自信あったんだぞ。なのに何なんだあの反応は。何で鼻血なんだ。まるで意味が分からん」

 

 あいつらが反応したのはオレの「女言葉」であることに間違いない。経験上、そしてタイミング的にそれ以外にないと確信している。

 だが、こっちはかなり自然に出来た手応えがあったんだ。「ナハトヴァール」が見せた夢の経験を活用し、こっそり練習もしておいて、最高に自然な「女言葉」が出来たんだ。

 その結果がいつも以上の過剰反応と来たら、もう自信を失くすしかない。「括弧付け」以上に危険であるために禁止とまで言われてしまった。おかげでいまだにこんな言葉遣いだ。

 鮎川となのはがオレを宥める。アリサは相変わらずニヤニヤ笑い、すずかだけが何やら思案していた。

 

「反応したのは二人だけだったんだよね? 他にも男の子はいたのに」

「……そうだな。ユーノ以外の聖祥男子は無傷だった。二人の共通点と言えば、ミッド人であることぐらいだ」

「もう一つあるわよ。あんたへの想いが深い。結局、クロノもあんたのことが好きだったんでしょ?」

 

 アリサはそう言うが、実際のところどうなのかは分からない。彼がオレに何らかの想いを向けていることは確かだが、それが好意なのか、それとも別の何かなのかは、彼自身が把握出来ていなかった。

 あのときの言葉は、ユーノに対抗する意識もあっただろう。忘れてはいけないが、クロノはオレ達よりも6歳上。こっちで言えば高校一年生に相当する。

 そんな彼が、小学生に先を越される焦りもあったんじゃないかと分析している。ともあれ、アリサのお説には一つ穴がある。

 

「それならはやてやあきらも鼻血を噴いてないとおかしいだろう。自分で言うのもなんだが、彼女達もオレのことは深く想ってくれている」

「女同士と異性では勝手が違うでしょうが。あんた自身いつも言ってるじゃない、自分は同性愛ではないって」

「……それはまあ、そうだが」

 

 となると、オレに何らかの想いを持つ男子限定であんな反応になるのか? ……それはそれで、日常生活で使うには危険が大きすぎる気がするが。

 オレのような面倒な女に好意を持つ男がそんなにたくさんいるとは思えないが、それでもゼロでないことは証明された。一人でも大出血を起こせば、それだけで大惨事だ。本当にそれが条件である確証もない。

 だというのにアリサは、構わず続ける。

 

「ものは試しで、今日一日女言葉で過ごしてみなさいよ。それで結果が出るでしょ?」

「バカを言え。また大量出血者が出たら、今度こそ命に関わるぞ。今日はアースラが近くに来ているわけじゃないんだから」

「まあまあ、それならせめて今だけでも!」

 

 すずか的にはアリサに賛成なようだ。否、なのはと鮎川も。……士郎さんは奥に引っ込んでるし、近くに男性はなし。

 そこまで言うなら、仕方ない。後悔しても知らないからね。

 

「いい加減脱線しまくってるから、話を戻すよ。アタシは何を趣味にすればいいの?」

「……おー、ほんとに女の子言葉だ。全然気持ち悪くないわね」

 

 アリサだけでなく、すずかとなのはも感心してる。なのはに至っては、目がキラキラしているように感じた。感動してるってことなんだろうか。

 だから、話戻すって言ってるでしょうが。いきなり脱線させないでよ。

 

「おっと、そうね。昨日のはやてとの相談では、スポーツをやってみるってことになったのよね?」

「アイデアの一つとして、ね。別にスポーツに拘る必要はないよ。何だろうとアイデアは多い方がいいんだから」

「けど、スポーツはいいアイデアだよね。ミコトちゃん、結構運動神経いいし」

 

 見た目よりはね。アタシは今ここにいる中で一番小さいけど、多分すずかの次ぐらいに動けると思う。すずかとの差はありすぎるんだけど。

 スポーツ以外のアイデアとしては、楽器。ちょうどさっき鮎川が少しだけ触れた話題だ。

 

「あたしもすずかも、バイオリンを習ってるわ。あゆむはさっき言った通りピアノね。そういう「習い事」っていうのも、悪くないと思うんだけど」

「悪くないけど、楽器は手先を使うでしょ? 知ってると思うけど、アタシは頭でシミュレーションした通りに体を動かせるから、あんまりやる気は起きないよ」

 

 もちろん、動きを理解するまでは上手くできないだろうけど、出来るようになってしまえばあとは容易い。

 とはいえ、音楽の場合は「動きだけ」で何とかなる世界じゃないと思う。大事なのは手の動きではなく「音としての表現」なんだから、「音楽の表現を理解する能力」が必要になってくる。それはアタシにないものだ。

 だから、本気でやるなら決して悪い選択肢じゃない。習い事レベルなら微妙だけど、将来の選択肢として考えるなら……それだと今度は重すぎる。いい塩梅になってくれない。

 それに何より、アタシが楽器は難しいと考える切実な理由がもう一つあった。

 

「リコーダーとかならともかく、楽器って高いじゃない。確かにうちの家計は楽になったけど、アタシが消費するっていうのはちょっと……」

「……相変わらず貧乏性ね。そんなの、おじさんに買ってもらえばいいじゃない。あの人なら喜んで買うと思うわよ?」

「アタシがそんな「借り」を好む性格だと思ってる?」

「あ、あはは。しゃべり方が変わっても、やっぱりミコトちゃんはミコトちゃんなんだね」

 

 当たり前でしょ。あくまで表現を変えてるだけなんだから。本質的な部分に変化はないし、判断基準も同じのまま。未熟な感情もそのままだ。

 だから余計に分からない。以前の(今も狙えば出来るけど)形式だけの女言葉と違って、この言葉遣いはアタシの思考を的確に表現している。多分、元の言葉遣いよりも今の思考に近い。

 それなのにあの二人があんな反応になってしまった理由というのが、どうしても想像出来なかった。

 

「けど、とっても可愛いの! 前のしゃべり方もミコトちゃんらしくて素敵だったけど、今はとっても女の子らしくて可愛いの!」

「……男と勘違いさせるほど女の子らしくなくて悪かったね」

「にゃああ!?」

 

 なのは弄りの鉄板ネタ。彼女もいい加減慣れてよさそうなものなのに、相変わらずいい反応をしてくれる。これだからなのは弄りはやめられない。

 

「まあけど、楽器は候補の一つとして参考にさせてもらうよ。最有力は、やっぱりスポーツか……」

「それなら、ミコトちゃんも翠屋FCでサッカーをやってみるかい?」

 

 何の気配もなく、いきなり士郎さんが現れて皆がびっくりした。いつから聞いてたんだ、この人。

 っと、言葉遣いを戻そう。大丈夫だとは思うが、士郎さんも男性だ。万一のことは考える必要がある。

 

「オレは女子ですが、大丈夫なんですか?」

「あれ、しゃべり方戻しちゃったか。そのままでよかったんだけど」

「念のためです」

 

 なのはを含む全員から士郎さんへブーイングが飛んだ。娘達からの予想外の反応で、士郎さんはちょっと狼狽えた。

 

「はは、邪魔するつもりじゃなかったんだけどね」

「構いません。それで?」

「少年草サッカーだから、男女の区別なく参加可能だよ。プレイヤーが少ないのは事実だけどね」

 

 スポーツ人口の男女比を考えると、どうしてもそうなってしまうのだろう。翠屋FCでは今のところ女子選手はいないようだが、他のチームにはいたりするそうだ。

 ……もしオレが翠屋FCに参加するとして、女子が一人というのはちょっとキツいかもしれない。鮎川はマネージャーだし。

 

「なのは……は論外として、アリサとすずかはどうする?」

「ひどいの!? た、確かにサッカーなんて無理だと思うけどー……」

「あたしも、男子に交じってサッカーを進んでやる気にはならないわね。授業とかならまだしも」

「わたしの場合、なのちゃんとは逆の意味で迷惑かけちゃいそうだから、集団競技は無理かな」

「すずかちゃん、今年のレクリエーションでも大活躍だったんだよね……」

 

 聖祥女子陣は全滅か。だが海鳴二小でも確認して、もしやってみたいと思う奴がいるなら、一度ぐらい経験してみてもいいかもしれない。

 せっかく士郎さんが誘ってくれているのだから、何も経験せずにノーというのも無粋だ。合わなければ遠慮するが。

 

「すぐには決めかねます。うちの学校の連中にも声をかけてみて、それから決めさせてください」

「そうかい? 女の子一人だからって、別に気兼ねする必要はないんだよ」

「……士郎さんは女性用下着売り場に一人で入れますか?」

「うん、仲の良い女の子を連れてきなさい!」

 

 分かってもらえて何よりだ。

 その後、お客さんが来店し、オレとなのはは接客に戻った。

 ……はたしてどうなることやら。

 

 

 

 

 

「今日一日、翠屋FCの練習を体験することになった子達だ。皆、仲良くするようにね」

「海鳴二小四年二組、矢島晶! 手加減とかはいらないから、よろしくね!」

「同じく、田井中いちこでーす。以下同文!」

「え、えっと、フェイト・T・八幡です。……よ、よろしくお願いしますっ」

 

 海鳴二小四年二組の8人組から、運動が得意な面子が参加を表明した。フェイトがこういうことに参加するとは思わなかった。目立つのは苦手な子だからな。

 参加を希望した理由は「オレがいるから」なんだろうが。三人とも運動は好きだが、オレの知る限りサッカーに特別な興味を持っているわけではないはずだ。

 

「八幡ミコト。フェイトの姉だ。今日はよろしく頼む」

 

 礼儀として頭を下げる。反応はない……というか、大半は出来ないのだろう。翠屋FCの選手が全員男子であるということは、例のアレが発生するということだ。もう慣れた。

 分かる限りで平静を保っているのは、顔見知りであるキャプテンの藤林。彼は終始人のよさそうな笑顔を浮かべている。

 練習に使われる市民コートのベンチでは、マネージャーの鮎川を初めとした聖祥四人娘に加え、5人衆からむつきと亜久里、八神家からははやて、ソワレ、ヴィータ、そしてトゥーナが見学していた。

 翠屋FCの普段の練習では考えられない女性人口だ。それもまた、彼らを浮足立たせる要因となっていることだろう。……実は藤林以外の「聖祥の四バカ」も見学に来ているのだが、彼らの目には入っていないようだ。

 

「こ、この子達って、あれだよな。去年の夏に観戦に来た……」

「覚えてる、めっちゃ可愛かったし。何だよこれ、夢か?」

「やべえよ……やべえよ……」

「ほら、皆! ちゃんとあいさつするよ! 今日一日はチームメイトなんだから!」

 

 そんな彼らに喝を入れるキャプテン藤林。普段のアホの子っぷりが嘘のようにシャキッとした姿だ。これがあるから鮎川は愛想を尽かさないのかと、何となく理解した。

 慌てて姿勢を正し、こちらにあいさつを返す翠屋FC選手一同。練習が始まる前から忙しいことだ。内心嘆息する。

 

「それじゃ、早速練習を始めよう。まずはいつも通りランニングから。声出していこう!」

『オーっ!』

 

 整列し、士郎さんを先頭にして走り始める翠屋FC。オレ達飛び入り参加組は最後尾について、彼らの作法を観察しながら走った。

 

 翠屋FCは草サッカーチームであるが、サッカーの練習はボールを蹴るばかりではない。足腰を鍛えるための走り込みとか、動きを覚えるためのステップ練習とか、オレが知らないものも色々とあった。

 中には細かな動作を要求されるものもあり、そういったものは大味なあきらやいちこよりもオレの方が上手く出来た。それでも、普段から練習をしている選手各位には及ばなかったが。

 男女差以上に練度の差だろう。そも、オレ達の年齢では男女に力の差はない。経験したかそうでないか、練習しているかそうでないか、主にそこで差が出る。

 

「なるほど、甘く見ていたかもしれない。サッカーは意外と複雑な動きを要求されるんだな」

「うん。学校の体育でやるときよりも難しいね。奥が深いよ」

 

 ラダートレーニングの順番待ちをしているとき、フェイトと少し会話をした。運動が得意な彼女でも、初回で彼らに勝つことは出来なかったようだ。足運びを知ったばかりなのだから、当たり前の話だ。

 慣れればどうか分からないが、少なくとも今は体を動かすときに余計なことを考える暇がない。それがサッカーの楽しみ方だとは思わないが、フェイトの言う通り奥が深いことに違いはない。

 この上、彼らは試合に勝つために連携プレーなどの戦術を考えているのだ。……少し、面白みを感じたかもしれない。

 

「おっ? ミコっち、笑ってるね。楽しいの?」

「まだ分からんよ。こんなものは触りだろう。本格的な練習が始まらないことには、実際のところは分からん」

「けど、ちょっとは楽しいってことよね。ミコトが翠屋FC入るなら、わたしも入るわよ。負けっぱなしは癪だし」

「あきらは負けず嫌いだね。でも、わたしも同じかな。おねえちゃんと一緒に頑張れたら、絶対楽しいもん」

 

 初っ端は全員好感触。だが、先のことはまだ分からない。ラダーが終わればボールを使ったドリブル練習が始まる。実際に球に触れ、全てはそこからだろう。

 ……それはそれとして、練習そのものには全く関係のないことが一つ気になっていた。

 

「ハーフパンツなど久々にはいたが……どうにも落ち着かないな。隙間から下着見えたりしないか、これ」

「覗こうとでもしなけりゃ見えないわよ。気にし過ぎじゃない?」

「あたしやあきらちゃんは普段からズボンだからねぇ。スカート派のミコっちやふぅちゃんよりは違和感ないと思うよ」

「あはは、そうかもね。……それにしても、何でわたし達にサイズぴったりの練習着があったんだろう」

 

 練習着を用意したのは士郎さんだが……彼は彼で何でもありな気がするので、考えるだけ無駄だろうな。

 

 

 

 ボールを使った基礎トレーニングなどを終え、一旦休憩が挟まれる。オレ達は給水のためにベンチに向かった。

 

「綺麗でしたよ、ミコトさん。皆もしっかり動けてて、さすがだね」

 

 そう言って汗を拭くためのタオルを渡してくる筋肉少年。普通は逆じゃないか、これ。

 

「基礎の動きだけで言われてもな。まあ、褒め言葉はありがたく受け取っておく。運動の評価としてはどうかと思うが」

「実際そう感じましたから。ミコトさんは一つ一つの動きがとても綺麗なんですよ。そこがまた、魅力的です」

 

 花見での告白によって吹っ切れたか、ユーノは照れなくオレを褒めるようになった。もっとも、オレがその程度で心動かされることはないんだが。

 ……嬉しくないのかと聞かれたら、もちろん嬉しい。オレだって女の子だ。自分の女としての部分を褒められれば嬉しいに決まっている。それでも、今の彼では足りないのだ。

 

「そういうお前は、早くオレに魅力を見せてみろ。でないと、他の男になびくかもしれんぞ」

「ミコトさんが認めるような男性がそう簡単に現れるとは思えないんですけど……努力はしてます」

「頑張れ、ユーノ君。僕は応援してるよ!」

 

 キャプテン藤林がスポーツドリンクの入った紙コップを手渡してきながら、ユーノを激励した。彼女持ちの余裕が表れているように感じる。だからか、ユーノは彼に苦笑を返した。

 考えてみると、聖祥の四バカの中で彼女持ちでないのはユーノだけだ。一応ガイも彼女持ちではないが、彼の場合は内定しているも同然だ。今もなのはと仲睦まじく会話をしている。いい加減覚悟を決めろというのだ。

 そして、先の花見でめでたくカップルが成立した剛田とむつきはというと……。

 

「たける君もサッカーやってみない? わたし、たける君のかっこいいところ見てみたいよ」

「球技はあんまり得意じゃないから、かっこ悪いとこしか見せられねえよ。むつきちゃんには、格好いいところだけを見せておきたいな」

「大丈夫だよ。どんなときだって、たける君はかっこいいもん。わたしのヒーローは、たける君だけだよ」

「なら、俺のお姫様はむつきちゃんだけだ。君がピンチのときには、何処にいたって駆けつけるから」

 

 これだ。二人揃うとガイとなのはに匹敵するバカップルぶりを発揮して砂糖をまき散らしている。二人とも単体ならそこまででもないのだが。

 おかげで二組のカップル周辺に距離が取られている。誰だって糖死(?)はしたくなかろう。

 

「お疲れやで、ミコちゃん。結構楽しんどるみたいやな」

「ミコト、かっこよかった」

 

 ソワレを抱きしめトゥーナを伴ったはやてがオレに声をかける。ヴィータは亜久里にまとわりつかれて鬱陶しそうにしていた。

 オレはソワレの頭を撫で(本当はオレも抱きしめたかったが、汗臭いのは嫌だろう)、小さく笑って答えた。

 

「ああ、思った以上にな。意外と性に合っていたのかもしれない」

「サッカーは戦術面もあるし、ミコちゃんとの相性はええんとちゃう? それ言うたら他の集団球技もそうやけど」

「まだそこまでは触れていないし、ど素人丸出しの新入りに任せられることでもないだろう。今はまだ、表面的な部分だけだよ」

「あ、それだったら後でミニゲームのときにチームリーダーやってみませんか? チーフさんなら、きっと上手くやれると思いますよ」

 

 ……藤林、オレはこれまでに何回「翠屋の外でチーフと呼ぶな」と言った。もう一度昏倒させないと覚えないのか、こいつは。

 

「それで周りが納得するなら別に構わないが。とりあえず、チーフ言うな。次言ったら容赦しない」

「あ、あれ。何か寒気がする……」

「サッカー以外はおバカさんやな、ユウ君。あゆむちゃんの苦労をお察しするわ」

「あはは……」

 

 はあ、と鮎川はため息をついた。まあ、なんだ。生きろ。

 

「トゥーナは、楽しめているのか。見学しているだけなのに、こう聞くのも変な話だが」

 

 バカップル三組目(一組目?)は放置するとして、意識をトゥーナに向ける。彼女は穏やかな微笑みを浮かべているのみで、ここまで一切発言がなかった。

 元々それほど饒舌な方ではないし、オレやはやての後方に控えて世話を焼こうとする性分である彼女は、オレと同じく趣味を持っていない。ここがシグナムと違うところだ。

 

「はい、我がもう一人の主。主達の元気なお姿を見ているだけで、私は心が満たされます。私のことはお気になさらず、どうか心行くまでサッカーを楽しんでください」

「オレ達としては、君にも主体的に楽しめる何かを見つけてほしいものだが。ザフィーラでさえ、なんだかんだでミステールの手伝いを楽しんでいるようだからな」

「最近のあの二人、ツーカーやもんね。だらしない研究者の娘と世話焼きおとんって感じやな」

 

 ちなみにこの二人、今日はアリシア(付き添いでアルフも)やはるかとともに月村邸で「外付け魔法プロジェクト」に精を出している。彼女達の挑戦は、非魔導師が魔法を使えるようになるまで終わらないのだ。

 ともあれ、ヴォルケンリッターは全員、何かしら「自分のやりたいこと」を見つけている。シグナムならば剣技の研鑽、ヴィータならばゲートボール、シャマルは家事に情熱を燃やしている。

 その中でトゥーナだけが「自分のやりたいこと」を持っていないというのは……何とかしたいと思ってしまうのは家族として間違ってはいないだろう。

 

「何はなくとも、トゥーナには色々と経験してもらわないとな。その中で、是非とも熱中できる何かを見つけてもらいたい」

「その前にミコちゃんが見つけへんと、説得力ないで?」

「クスッ。是非見つけてください、我がもう一人の主。サッカーをするあなたは、とても楽しそうでしたよ」

 

 そうか。それもそうだなと、オレもまた笑った。

 士郎さんがホイッスルを吹いた。休憩終了みたいだ。

 オレ達は見学組の皆に「また後で」と言って、コート中央に向かった。

 

 

 

 休憩後はパス練習やシュート練習など、より本格的な動きの練習が行われた。本格的な動きということは、オレ達と翠屋FCメンバーの差がより顕著に表れるということでもある。

 当たり前かもしれないが、パスの精度やスピード、シュートの威力がまるで違った。それは力の差ではなく技術の差であり、未経験のオレ達が敵うべくもなかった。

 それは何となく、依頼遂行時のオレと前線メンバーの差と同じように感じられた。あれは彼らの才能あってのものではあるが、経験による裏打ちもまた大きい。

 同様に、彼らは才能の有無はあるだろうが、等しくサッカーの練習をしてきた。その経験が、彼らを屈強な少年へと育てているのだ。

 ……そのことに「何か」の引っかかりを感じた。言葉にならないというのはもどかしいものだ。

 

「集合!」

 

 士郎さんの号令で、またコート中央に全員が集まる。これから5人チームに分かれてのミニゲームが行われる。

 オレ達飛び入り組は別々のチームとなった。固まっていても大したことは出来ないのだから、妥当なところだろう。

 フェイトやあきらはごねたが。彼女達は、当たり前にオレと一緒だと思っていたようだ。それでは体験練習の意味がなかろう。

 さて、オレが組んだチームだが……5年生が一人、4年生がオレを含めて三人、あとの一人は3年生だ。

 

「よ、よろしく……」

「ああ、よろしく頼む」

 

 まあ、普通の男子だな。海鳴二小でも見かけるような、オレと上手く話せない小学生男子だ。仲間内で話しているときは、気さくな感じのする少年たちだったのだが。

 オレとしては、こういう扱いは好きではない。もっと適当でいい。あきらほど、とは言わぬまでも、いちこ程度の気軽さで話してくれれば十分だ。

 ちなみにあきらといちこはすぐにメンバーと打ち解けて、まるで男子同士みたいに話をしていた。フェイトは、彼女自身が少し引っ込み思案なところがあるが、それでも暖かく迎えられている。

 オレのいるチームのみが妙な緊張感を生み出してしまっていた。彼らの問題ではなく、オレの問題なのだろう。そうさせる雰囲気を、オレが出してしまっているということだ。

 

「そう固くなるな。最初に藤林が言っていたが、今日一日はオレはお前達のチームメイトだ。他の連中と同じように接してくれ」

「い、いやでも……」

「なんか、恐れ多いっていうか……」

 

 はあ、とため息が漏れる。男子目線での意見は何気に初めて聞いた気がするが、そういう風に見られているのか、オレは。

 客観的事実として、オレの見た目が魅力を持っているということはいい加減認めている。が、それがどの程度のものなのかは分からない。オレ自身のことなのだから、分かるわけがない。

 彼らの反応を見る限りでは「触れたら壊れてしまいそう」と思われているのだろう。オレはそこまで華奢ではないし、脆い心でもない。身分としてもただのThe・庶民だ。

 

「侮るなよ。オレはこれでも、それなりに修羅場をくぐってきた。多少の怪我を厭うほど惰弱な精神はしていない」

「しゅ、修羅場って……大げさな」

「大げさなものかよ。実際に命がかかっている状況がいくつもあった。……少なくとも、女子相手に尻込みをしてしまうお前達よりは肝が据わっている自信がある」

 

 どうにも埒があかなさそうなので、方針を変えることにした。彼らのプライドを刺激し、反発の心を起こさせる。

 真っ先に反応したのは、5年生の男。年上だけあってあきらよりも大柄だ。オレからすれば、二回りも三回りも大きい。

 

「あんた、ちょっと偉そうだぞ。女だからと思って優しくしてやってりゃつけあがりやがって。そこまで言われる筋合いはねえよ」

「オレは事実のみを語っている。つけあがっているつもりはないし、優しくされる気もない。オレは他と同じように接しろと要求した。その程度も理解出来ないから、言い訳ばかりのチキン野郎だというのだ」

「っ、てめえ!」

 

 5年生がオレの胸倉をつかみ、4年生二人が慌てて止めに入った。だが、これで思惑通りだ。

 

「どうだ? これでもまだ、オレが脆いと思うか?」

「……ちっ、分かったよ。そんだけの大口を叩いたんだから、後で泣いたりするんじゃねえぞ」

「男の前で涙など流すものか。女の子の涙は、そんなに安くないぞ」

 

 手を離され、練習着の皺を伸ばす。頭に血が上りかけた5年生は、冷静になると今度は顔に血を上らせ、恥ずかしそうに視線を逸らした。……やれやれ、こちらはどうしようもないか。

 騒ぎにならず、4年生二人は安堵の息を漏らす。今まで反応のなかった3年生はというと、ぼーっとした表情でオレ達のやり取りを眺めていた。

 退屈しないミニゲームになりそうだと、内心で苦笑をした。

 

「ッ!? ……なあ、なんか今、一瞬だけ冷えなかったか?」

「別に普通だったけど。タッちゃん風邪か?」

「また腹出して寝てたんじゃないの?」

 

 全くの余談だが、5年生の男子に殺意の視線を向けている筋肉バカがベンチにいたとかいなかったとか。さもありなん。

 

 オレ達の相手は、いちこがいるチームだった。彼女は翠屋FCのキャプテンである藤林のチームだ。他は全員3年生。

 一見すれば5年生のいるオレ達のチームの方が有利に思えるが、藤林は3年時点でキャプテンを任されている実力者だ。普段はともかく、サッカーに関しては他と一線を画すと見ていいだろう。

 また、いちこは運動能力だけを見れば同年代の男子平均を上回る。この時点でオレという穴を抱えるこちらは、総合力で劣ることになる。

 それが分からないほどの楽天家がチームにいなかったのは幸いだったと言うべきか。腐っても士郎さんの教え子だろう。

 

「まずはお手並み拝見と行こう。指示出しは任せたぞ、上級生」

「上島竜也(かみしまたつや)だ。あんたはフォワードを頼む。あんたの体格じゃ、さすがにディフェンスは任せられねえ」

「もう一度自己紹介しておこう。八幡ミコト。妹もいるから名前で呼べ。指示、了解した」

「あ、俺は彦根太一(ひこねたいち)。こっちは谷口一平(たにぐちいっぺい)。藤見一小っす」

「よろしくね、ミコトちゃん。一緒に頑張ろう」

 

 4年生二人は、さっきのやり取りで少し意識のバリヤーが取れたようだ。まだ固いが。

 まとめよう、5年生が上島で、4年生の大きい方が谷口、小さい方が彦根。……3年生はどうした。

 

「おい、シュウヤ! お前もちゃんと自己紹介しろよ!」

「……藤見一小3年3組、黛秋夜(まゆずみしゅうや)。よろしくー」

 

 彦根に促されて自己紹介をした黛少年は、無表情でピースサインを作る。マイペースな奴だ。これは、亜久里タイプだな。

 藤見一小は、確か高町家の近くにある公立小学校だ。地元民組と言ったところか。ちなみに上島は聖祥だそうだ。翠屋FCは聖祥率が地味に高い。

 ともあれ、全員の姿と名前を頭の中で紐付ける。ゼッケンでも付けていれば番号で呼べたんだが、ないものねだりをしても仕方ない。

 

「……、……で。作戦は?」

 

 オレが上島の言葉を待ち、彼は何も言わないのでこちらから尋ねる。しかし彼は「何を言ってるんだ?」と言わんばかりの表情でオレを見る。

 

「ミニゲームでそこまで考えるわけないだろ。全員全力でぶつかって、点をもぎ取るだけだよ」

「……お前、それは本気で言ってるのか?」

 

 頭痛がした。なるほど、上級生でありながらキャプテンを任せられないわけだ。思考が単純すぎる。本当にこいつは聖祥の生徒なのか?

 オレの態度で再びカチンときた様子の上島。とはいえ、オレも最初は彼に指示出しを任せると決めている。

 

「まあ、いい。オレに代替案があるわけでもなし、人にはそれぞれのやり方があるものだろう。前言を撤回する気はない。まずは任せる」

「……何か引っかかる言い方だけど、手ぇ抜いたりすんなよ。もしやる気ないプレーしたら、口だけ女って呼ぶからな」

「別に構わん。チキン野郎に何を言われたところで痛くもかゆくもない」

 

 「こんにゃろ……」と頭に血を上らせる上島は、またしても彦根と谷口に宥められる。単純な上に短気で、結果は見るまでもなく明らかだった。こいつに任せたら失敗する。

 だからオレは、相手チームの動きを観察する。藤林達に勝利出来る作戦を練るために。そのためにしばしの時間を使わせてもらおう。

 

 最初はこちらボールからのスタートだった。こちらの布陣は、オレと彦根がフォワード、黛がハーフ、谷口と上島がディフェンダー。

 コートの4分の1を使って行うミニゲームは、相応にゴールが小さい。ゴールキーパーなど許可してしまったら、お互いに点が入らなくなってしまう。

 まずオレが彦根にパスを出し、走って前線に上がる。向こうチームの藤林を除く男勢が、彦根に向けて殺到した。狙いはパスコース潰しだろう。

 

「バック!」

 

 上島が彦根に指示を出す。既に黛が走り込んでおり、彼に向けてパスが出される。後ろに向けてのパスはさすがにカット出来ない。

 そして、こちらのチームで一番の曲者は、やはり黛であると確認した。

 

「っ、ダイレクト!?」

 

 彼はボールを受けると同時、前線にいるオレに向けて浮き球でパスを出したのだ。狙いは粗いが、それでも十分に捕球可能な範囲だ。難なくトラップ。

 素人の女子相手にそんなガチなプレーを要求するとは思っていなかったのだろう、彦根にプレスをかけた連中は完全に虚を突かれたことになる。そうでなかったのは……オレを良く知るいちこ。

 

「へへん、ミコっちなら来ると思ってたよ!」

「オレも、君なら待ち構えていると確信していた!」

 

 彼女はオレの器用さを知っている。シュートやパスの練度こそ正規のプレイヤーと比べるべくもないが、「球を止める」程度なら可能だと踏んだのだろう。

 あるいは、ただオレと一騎打ちをしたかっただけか。彼女の場合こちらも十分ありそうだからタチが悪い。

 ともあれ、オレといちこによる一対一の構図。強引な方法では突破出来ないだろう。彼女の方が、運動能力も体格も優れている。

 ならどうするかと言えば、答えは実に簡単だ。

 

「っ!」

「おっとぉ!」

「学習能力が足りないな!」

「おろぁー!?」

 

 フェイント。左に行くと見せかけて右に切り返しただけだ。それだけで彼女はあっさりと引っかかってくれる。彼女の長所でもある愚直さは、一年生の頃から変わりなかった。

 これで残すは、ディフェンスを務める藤林のみ。彼と対峙し……無理だと悟った。足が止まる。

 

「……普段とサッカーで、こうまで変わるか」

「通しませんよ、チーフさん!」

 

 正面から見て肌で感じた。彼は、オレの一挙手一投足を決して見逃さない。フェイントだったとしても、その動きの不自然さを決して見落とさない。今のオレに、彼を超える手立ては存在しなかった。

 だからと言っていつまでも止まっていられない。すぐにいちこが追い付いて来るし、残りの連中も戻ってきている。まさに前門の虎、後門の狼だ。

 どうするのが一番被害が少なくて済むか、一瞬で思考する。藤林にボールを渡すのは論外だ。本来はゴールキーパーである彼は、だからといって他のポジションが出来ないわけではない。全ての能力が高いのだ。

 特攻は悪手。ここは引くのが正解だ。

 

「よし、いちこ!」

「おうよ! ってちょっと待て!?」

 

 あえていちこにパスを出す。彼女は反射的に受け止め、しかしいきなりのことに意味が分からず困惑した。

 その隙にプレスをかけ、彼女からボールを奪い返す。これで袋小路からは離脱……!?

 

「っ!?」

「もらった!」

 

 オレがいちこからボールを奪った瞬間、今度は藤林がスライディングでボールだけを的確にかっさらっていった。奇策すら通用しないか。

 バランスを崩し、転倒する。ファールはない。藤林は巧みにパスを繋ぎ、こちらのゴールに迫った。

 

「ちっ! イッペー、後ろ任せた!」

「わ、分かった!」

 

 上島が藤林に一対一を仕掛けるが、彼はこれをパスワークで回避。迷いのない判断であり、苦し紛れの上島にどうにか出来るわけがなかった。

 そして谷口も抜かれ、ボールがゴールラインを割った。向こうの得点だ。

 

「ミ、ミコトちゃん大丈夫か!? 派手に転んでたけど……」

「衝撃を殺すために自分から飛んだだけだ。受け身は取ってある」

 

 青い顔をして駆け寄ってくる彦根に答えながら、起き上がって芝を払う。擦り傷すらない。芝生のコートで助かった。

 あれが、翠屋FCのキャプテンか。オレが知らなかった一面だ。サッカーにおいてはあそこまでの傑物だとは、思いもよらなかった。

 相手チームが彼らの陣地に戻ってくる。藤林もまた。

 

「怪我はしてませんか、チーフさん」

「問題ない。ボールだけを見事にかっさらわれたからな。素人相手にも容赦のない奴だ」

「僕はチーフさんのことを凄い人だと思ってますから。そんな失礼なことはしませんよ」

 

 分かっているやつだと、つい笑ってしまう。ああ、認めよう。藤林裕。お前は確かに、「聖祥の四バカ」の一人だ。

 だから、ここからはオレも全力を出す。オレの持てる全力で、お前達に対抗しよう。

 彦根を伴って自陣へ戻る。上島が渋い顔をして待っていた。

 

「引いた上にあっさり取られてんじゃねえよ。何がやりたかったんだよ、あんた」

「観察だ。どこかの上級生は根性論しかないようだから、オレが考えるしかなかろう。素人に頭を使わせるんじゃないよ、チキン野郎」

「……言ってくれるじゃねえか、口だけ女。ならあんたは、藤林に勝てるだけの作戦とやらを考えられたんだよなぁ?」

「無論だとも」

 

 きっぱりと断言する。上島は言葉を失い、何も言い返せなかった。のみならず彦根と谷口も驚き、黛でさえ少し目を見開いている。

 四人の男の視線が集中する中、オレは一人不敵に笑った。

 

「お前達にも見せてやろう。皆からリーダーと呼ばれたオレの「指揮」というものを」

 

 さあ、反撃開始と行こうじゃないか。

 

 今の攻防の観察結果として、相手チームで注意すべきなのは藤林裕であり、逆に言えば彼だけ注意すればそれで全てが事足りる。

 いちこは初めから個人プレーをしているし(そもそも飛び入り参加の彼女が連携できるわけがない)、他のメンバーについてはキャプテンの指示を全力でこなしているだけだ。普通を逸しない。

 年長者とトリックプレイヤーを有するこちらのチームをたった一人で圧倒する藤林裕が、サッカーにおいてはどれだけの傑物であるかを物語っている。だからこそ、そこに付け入る隙がある。

 

「……本当にそんなので何とかなるのかよ。失敗したら……」

「何もせずとも敗北する。同じ敗北ならば、勝ちの目にかけた方が価値はある」

 

 こちらのメンバーに端的に作戦を伝えると、上島は予想通り難色を示した。格上に勝利するためには、どうしてもリスキーな戦法を取らざるを得ない。

 他も、黛以外は苦笑というかそんな感じの表情。彼のみは相変わらずの何処を見ているか分からないマイペースな無表情だった。

 

「けどさぁ……」

「たかがミニゲームなんだから、何もそこまでしなくても……」

「その意志がお前達と藤林裕を隔てる壁だ。彼が「たかがミニゲーム」などと考えてプレイしているか?」

「そ、それは……」

 

 言葉に詰まる彦根と谷口。ここで黛が口を開いた。

 

「僕は、お姉さんのアイデア、ありだと思う。面白そうだし」

「シュウヤ、お前まで……」

「……確かに、一度ぐらい藤林のヤローにギャフンと言わせてやりてえよな」

 

 上島は腹をくくったようだ。いくらキャプテンとはいえ、下級生にいいようにされて面白いわけがないだろう。

 彼らの兄貴分が意志を決めたことで、同学年の二人も顔を見合わせて苦笑し、頷いた。

 

「分かった。ミコトちゃんの指示に従うよ」

「シュウヤの言う通り、面白そうではあるしな」

「その代わり、失敗したら責任は取ってくれるんだよな?」

「ジュースを奢ってやろう。変なことは期待するんじゃないぞ、ケダモノ」

 

 オレが軽く笑って返してやると、上島は顔を真っ赤にして言い訳を始めた。4年生二人からは「タッちゃんのドスケベー」とからかわれた。

 とにかく、これで準備は完了だ。あとは実行するのみだ。

 再びこちらボールからのスタート。彦根がトスをしオレが受け取る。すぐには攻め込まず、そのまま待機する。

 

「これは……!?」

 

 その間に、こちらの全員が向こうの藤林裕以外に一対一でマークにつく。必然、オレと彼の一対一の形が作られる。

 彼からすれば意味が分からないだろう。オレでは彼に敵わないのは、先の激突で理解出来ている。にもかかわらず、一見すれば彼との真っ向勝負の布陣なのだから。

 当然、彼は警戒する。普段はアホの子を地で行く藤林裕であるが、ことサッカーにおいては回転が違う。これが何らかの策であることを理解しただろう。

 だから彼も切り込んでは来ず、それがオレにフィールドをじっくり観察する時間を与えた。

 これで第一段階はクリア。あとは、こちらの全員がオレの作った経路をたどることができるかどうか。賽を投げよう。

 

「谷口!」

 

 やや後ろめの位置で向こうの男子一人をマークしていた谷口にパスを出す。上島を除く三人の中で、最も体が大きい彼が起点となる。

 彼はパスを受け、当然ながらマークをしていた一人からプレスを受けることになる。だが彼の体格ならば比較的余裕を持って制することが出来るだろう。

 ボールを手放したオレは、先ほど同様前線に上がる。藤林裕と、黛にマークされるいちこがそれを阻もうと動き出す。

 彼らはオレの動きに警戒したが、それはオレが意図したミスディレクションだ。

 

「彦根へ!」

「タイチっ!」

「何っ!?」

 

 藤林裕の意識が手薄になった彦根に対し、浮き球のパスが出される。若干トラップにもたついたが、3年生との一対一の状況下ならば4年生のアドバンテージでボールの支配を手放さずに済む。

 藤林はオレから見て右側、彦根は左側。フリーではないが、十分シュートを撃てる状況だ。当然、藤林裕は彦根のシュートコースを塞ぐように動く。再びオレがフリーとなる。

 

「こちらへ!」

「ミコトちゃん! 任せたぜ!」

「くっ、早い……!」

 

 如何に藤林裕が天性のサッカープレイヤーだったとしても、彼自身は一人でしかない。そして他メンバーが能力的に上回っているのなら、彼一人を封殺することで全てが上手く回転する。

 オレはダイレクトパスで黛にボールを渡す。いちこがオレの方に動いて来てくれたので、彼がフリーになった。トリッキーな彼をいちこにぶつけた理由がこれだ。

 彼だけが、藤林裕との一対一で活路を見出せる可能性があった。だから彼にフリーでボールを持たせる必要があり、マークを外しやすいのはどう考えても素人のいちこだ。

 藤林裕は早々に彦根のマークを外し、ゴール前に戻って来ていた。黛がドリブルで勝負を仕掛ける。

 そしてここで、最後の秘策が発動する。

 

「上島、ゴー!」

「うおああああああっ!!」

 

 この場にいる最上級生が、3年生のマークを振り切って全速力で前線に上がる。藤林裕と対峙する黛に追いつき、あっという間に二対一の構図に変化する。

 彼が脳筋だというのなら、脳筋の強みを最大限活かせばいい。彼にとっては、それが他の何にも勝る強さとなるのだから。

 さすがの藤林裕も、これには鼻白んだ。その一瞬の隙を逃さず、黛は上島に向けて浮き球のパスを出した。

 走り込む勢いのまま、上島はヘディングシュートを決める。ゴールネットに突き刺さり、こちらの得点だ。

 

「っっっしゃあああ! 見たかオラアアア!!」

「すげー! マジか、タッちゃん!」

「本当にキャプテンから点取っちゃったよ!」

 

 喜びの雄叫びを上げる三人の男達。黛のみがこちらを向いて、ブイサインを作った。無表情ながら、何処か嬉しそうだった。

 オレも小さく笑って、サムズアップを返してやった。……喜ぶのはいいんだが、実は大きな問題が残っているんだよな。彼らはそれを分かっているのか分かっていないのか。

 

「お前ら、とっとと戻って来い。次は向こうの先制だぞ」

「お、そうだな! 次はどうすりゃいい?」

「死ぬ気でボールを奪え。以上だ」

 

 喜びに沸いていた男達の目が点になった。攻撃に関しては彼らを封殺する手段があったが、藤林裕からボールを奪うことが至難の業なのだ。

 「藤林裕に勝つ作戦」は立てた。しかし「ゲームに勝つ作戦」はいまだ立たず。というか使えるリソースが足らなさ過ぎる。

 

「恨むなら己の未熟さを恨め。……来るぞ!」

「え、ちょ、待っ……、……ア゛ッーーー!?」

 

 ――藤林裕を止めることは出来ず、彼らが得点したところで試合終了。結果は1-2で向こうの勝利ということになった。

 

 

 

 

 

 ミニゲームのあとは、翠屋FCの面々もある程度オレ達に慣れたか、それなりの交流を取ることが出来た。練習に対する遠慮もなくなっていたと思う。

 練習を終えた後、オレはミニゲームで同じチームだった連中に話しかけられた。

 

「その……ごめん。あんたはあんた自身が言う通りのすげえ奴だった。見た目で判断して悪かった」

 

 上級生、上島竜也はバツが悪そうな顔で謝った。謝られても、オレの方は気にしてすらいないんだがな。

 

「構わん。それに、お前もそう間違ってはいない。オレはそこまで運動が得意というわけではない。苦手でもないがな」

「だけどその、なんつーか……サッカーのプレイじゃないところで、格の違いを思い知らされたっつーか」

 

 作戦構築等の頭を使う分野に関しては、聖祥に通う上級生だろうと負ける気はない。彼の言う通りではある。

 が、それは彼の戦うべき場所ではない。土俵違いなのだ。

 

「お前はお前のフィールド……サッカーの、とりわけ体力勝負のところで戦えばいい。それを徹底すれば、藤林裕にも勝てていた」

「……やっぱすげえ人だよ、あんた」

 

 苦笑し、後ろ頭をかく上島。「分かった」と言って、彼は謝罪を引っ込めた。

 

「タッちゃんの言う通りだぜ。ミコトちゃん、マジ凄かったわ。俺らでキャプテンから点が取れるなんて、考えもしなかった」

「うん。やり方次第で、俺達でも十分通用するんだね。自信が持てたよ」

「それは重畳だ。だが同じやり方が何度も通用するとは考えるなよ。あんなもの、素人の生兵法だ。二度目はなかっただろうな」

 

 そのときは別のやり方を考えるだけだが。オレは彼らと違って、そういう戦い方しか出来ないのだ。

 練習着の袖を引っ張られる。黛が、変わらぬ無表情ながら物欲しそうな顔というおかしな表情で、オレを見ていた。

 

「お姉さん、これからも一緒にサッカーやろ。今日、いつもより楽しかった」

「そうだよ。ミコトちゃんなら、絶対レギュラーになれるよ。もしかしたら翠屋FC初の女キャプテンが誕生するかも」

「俺、ミコトちゃんの指示なら喜んで受けるわ。なんてったって可愛いしな」

「タイチ、お前って奴は……。まあ、入るなら俺も歓迎する。あんたがいるといい刺激になりそうだからな」

 

 いつの間にかオレは、翠屋FCのメンバーから歓迎されていたようだ。……どう答えたものかな。

 オレが予想外の歓迎に少しばかり戸惑っていると、士郎さんもやってきた。

 

「俺から見て、ミコトちゃんも楽しんでたと思うよ。皆も賛成みたいだし、俺の意見で言えばミコトちゃんのチーム入りは大歓迎だよ」

「僕も同じ意見です。谷口君の言う通り、キャプテンを譲ることもやぶさかじゃありません。チーフさんなら、きっと僕よりもいい方向にチームを導いてくれますから」

 

 藤林裕も。彼の後ろには鮎川が控えており、彼女も頷いて笑みを浮かべる。

 ……これだけ歓迎されると、オレの出した答えを口に出すのは憚られる。が、ちゃんと言わなければならない。

 彼らは誠意を示してくれたのだから、オレも誠意で応えなければ嘘だろう。偽らぬ本心で答えた。

 

「申し訳ない。やっぱり、オレは翠屋FCには所属できません」

「そんな……」

 

 谷口が悲しそうな呟きを漏らす。士郎さんは無言でオレの先を促した。

 

「今日一日練習に参加して思ったことです。オレは「プレイヤー」ではない。気質として、それは向いていないことなんだとはっきり分かりました」

 

 忌まわしいことに周囲がオレを「リーダー」だの「指揮官」だのともてはやすのは、至極道理だったのだ。オレはそういうことに向いている気質をしているのだから。

 無論、今日のように必要とあらば自分を駒として動かすこともする。だけどそれは必要だからそうしているだけであり、オレ自身はやっぱり「指揮官」なのだ。

 

「サッカーにおいて、それは監督の役割です。そして翠屋FCの監督は士郎さんであって、オレがとって変わることは出来ない。いくら士郎さんでも、オレに監督を譲る気はないでしょう」

「それはそうだね。これは俺が好きでやってることなんだから。だけどそういうことなら、ユウ君みたいにフィールド上で司令塔をやるという選択肢もあるんじゃないかな」

「彼はプレイヤーとしても一級品です。オレの「指揮官」としての判断は、オレという穴を作ることを望まない。だからオレは、プレイヤーには絶対になれない」

 

 士郎さんは目を瞑り、オレの言葉を受け止めた。……オレなんかを歓迎してくれたのだ、無念な思いだろう。

 オレの周りに集まった男子も、沈痛な面持ちで俯いた。彼らの気持ちが表面的なものではなかった証明だった。正直、悪いことをしたと思っている。だけどそれがオレの本心なのだから、どうしようもないことだ。

 そう。今日の練習を「楽しい」と感じたのもまた、オレの本心である。

 

「ですから……時々でいいので、練習に参加させていただけないでしょうか」

 

 ハッと皆が顔を上げる。彼らとともにサッカーをするのに、何もオレがチームに所属する必要はない。それが可能であるならば……今日のように練習に参加するだけで十分なのだ。

 そして士郎さんならば、認めるだろうということも分かっていた。だからこんなものは確認でしかない。

 

「もちろんだとも。いつでも、好きなときに遊びに来てくれ」

「ありがとうございます。……そういうわけだ。今日の借りをいずれ返せるよう、お前達も努力を怠るんじゃないぞ」

「あんた……、おう! 絶対だからな、ミコト!」

 

 わっと喜ぶ翠屋FCの面々。この程度で喜んでくれるとは、安いものだ。……だからこそ、オレも嬉しいんだがな。

 ――結局サッカーはオレの趣味にはなり得なかったが、彼らを勝利に導くのは楽しみにはなり得るのだ。今はまだ、それで十分だった。

 

 

 

 話を終え、いい加減更衣室で着替えをしようと思ったとき、彦根が何気なくオレに質問を投げてきた。

 

「ずっと気になってたけど、ミコトちゃんって何で男みたいなしゃべり方なんだ? いや不思議と似合ってはいるんだけどさ」

「そうだよな。あんた、見た目はちゃんと女の子らしいのに、しゃべり方とのギャップがすげえんだよ。最初はそれで面食らったってのもあるぜ?」

 

 上島が続く。しゃべり方を改善すれば、オレももう少し取っつきやすくなると言いたいのだろう。

 だが事情を知る士郎さんと鮎川は、引きつった笑顔で固まった。……そうだな。

 

「藤林裕以外、全員耳を塞ぐように。特に男子は、死にたくないなら絶対そうしろ」

「え? え??」

「み、皆! ミコトちゃんの指示に従って! 早く!」

「……やっぱり怒ってたんだなぁ、ミコトちゃん」

 

 困惑する男子達。彼らは言われた通り、藤林裕以外の全員が耳を塞ぐ。彼のみ、わけがわからずおろおろしていた。

 オレは何度も言ったはずだよな、「チーフとは呼ぶな」と。だからこれは、お前自身が招いた悪因悪果だ。

 

 

 

「『ユウ君。私言ったよね、チーフって呼ばないでって。お願い聞いてくれないと、ミコト怒っちゃうぞ☆』」

「ガフッ!?」

『キャ、キャプテぇーーーン!?』

 

 かくしてオレは藤林裕へのささやかな復讐を果たし、市民コートを後にしたのだった。




ドーモ、皆=サン。作者です。お久しぶりの方はお久しぶり、オリジナルの方を読んでいただいた方はこの間ぶりです(姑息な宣伝)
「不思議なヤハタさん」は本編が終わったため、まるで自重しない番外編が始まります。
え? 元々自重なんてしてなかっただろって? ははは、こやつめ、ははは(ごめんなさい)

早速ぶっとばしてます。オリキャラ乱発です。でもしょうがない、原作の方ではA's以降は舞台がミッドに移るせいで地球に焦点当たらないから。
「だったらアリサとすずかを出せばいいだろ!」と思ったあなた。一応この話の中盤以降はずっと出てます。サッカーのシーンではベンチ温めてるせいで出番ないがな!
「だったらミッドを描写すればいいだろ!」と思ったあなた。この章は「その後の日常章」です。あとは……分かるな?(無慈悲)

うそです。多分次回はミッドの方(というか依頼の方)に焦点が当てられます。多分ね。

新登場のモブについては、今後登場するかは分かりません。今回限りかもしれませんし、意外に出番があるかもしれません。全てはノリ任せです。
ミコト達はミッドではなく地球で日常を過ごすので、チャンスは多いはずです。何のチャンスかはお察し。
なおいちこは普通に翠屋FCに入った模様(描写なし)。目指せなでしこ。

オリジナルもやっているので不定期になるとは思いますが、今後もお付き合いいただければ幸いです。


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EX.2 お得意さん

 本日は「依頼」の日だ。

 場所はミッドチルダ北部・ベルカ自治区の中心地、即ち聖王教会の騎士団訓練場。今回で既に三回を数える彼らとの合同訓練だ。お得意さんと言ってもいいだろう。

 ――夜天の魔導書、否、「闇の書」の悪評を払拭するためという名目で始められた「依頼」の斡旋は、当然ながら今なお続けられている。復元出来たからと言って、そのまま人々の意識に結び付けられるわけではない。

 こちらはまだまだ初期段階であり、夜天の魔導書の情報を開示出来ているのは初期メンバー、つまりアースラ組とギルおじさん達。あとは「闇の書」の構成要因であったマテリアルズ+ユーリのみだ。

 ぶっちゃけ何も進展していない。さすがにそれは言い過ぎかもしれないが、それでも「オレ達の味方」として十分に信頼できる人間が増えていない状況に変化はなかった。

 だからこそ、まずは夜天の魔導書の発祥元であるベルカの文化圏に働きかけているのだ。あと数回もすれば、グラシア女史にはほのめかすぐらいのことは出来るんじゃないかと思っている。

 

 だから、今回のコレは少々性急に過ぎると思うんだが……。

 

「ここまで来て今更「帰れ」はなしやで。聖王教会さんの依頼料がうちの家計の足しになっとるんやから、家主としてご挨拶するのは筋やん?」

「まあ、それはそうかもしれないが……」

 

 現在ベルカ自治区に入ったところだ。会話の通り、今日ははやても一緒に来ている。元の姿を隠すために変身魔法を適用しており、今のオレと同じ程度の身長・髪の長さになっている。

 髪色は少し白くなっており、これはつまり彼女がトゥーナとユニゾンしていることを示している。夜天の魔導書組全員出動ということだ。

 確かに、はやての言うことも一理ある。彼女はオレと同じく、八神家の家長と言っていい存在であり、得意先に顔を出す理由には十分なり得る。

 だが先述の通り、もっと後で十分だ。今はまだ、はやてやトゥーナの存在を管理世界に知られたくはなかった。多少の危険も抑えたいのだ。

 それでもはやては聞かなかった。「皆がどういうお仕事しとるのか見てみたいやん?」と言って、リッターを味方に付けて押し通した。多数決を取られてしまえば、オレに反対する術はなかった。

 はあ、とため息をつく。そんなオレを、もう一人の新しい顔が、苦笑しながら諌める。

 

「あまり気にし過ぎてもよくないぞ。はやてとトゥーナはあくまで見学なんだから、危険はないだろ?」

「身体的な危険はありませんけど、情報漏えいの方を気にしているんです。恭也さんも、あまり派手に御神の技を使わない方がいいですよ」

 

 そう、恭也さん。シグナムがどうしても参加させたいと連れ出してきたのだ。彼自身も乗り気だった。

 分からないでもない。彼の剣は、魔法なしで魔法を圧倒するという管理世界から見ればバカげた技だ。魔法に頼り切った騎士の根性を叩きなおすならば、恭也さんはまさに理想の教師だろう。

 だが彼にしても、その技は第97管理外世界のものであり、あまり見せすぎれば源流を辿られる可能性はある。……彼ならばその程度のことは分かっているだろうが、時々抜けてるから心配だ。

 ちなみに恭也さんの姿は、元のものと同じ黒髪黒目ではあるが、容姿がかなり変化している。同じ美丈夫でありながら、洋の東西を変えるだけでこうまで印象が変わるかという感じだ。

 

「そのつもりだが、向こうが本気を出したら、こっちも本気で応えるさ。そこは許してくれ」

「剣士としての矜持というやつですか。オレには分からないな……」

「ご心配なく、主ミコト。恭也の腕ならば、大半の騎士は本気を出す必要もないでしょう。私でさえ此奴に本気を出させるのは一苦労なのですから」

「おいおい、あんまりハードルを上げるなよ? これでも魔法を使う奴の相手は結構気を遣うんだからな」

「フェイトに掠らせもせず勝利した者が何を言うか」

 

 不敵に笑いあう剣術バカども。っていうかいつの間に恭也さん模擬戦に参加してたんだ。しかもフェイト相手に掠らせもせずって……普通に想像出来るからタチが悪い。

 脳筋を無理にコントロールしようとするのが間違っているか。無理矢理納得することにし、やはり頭痛を感じた。

 

「今回も現場はシャマルに任せることになるだろうが……苦労をかけてすまないな」

「わたしにとってもやりたいことですから。ミコトちゃんは、はやてちゃん達の方をしっかりとお願いしますね」

「おめーら、ミコトに心配かけてんじゃねーよ。これは仕事だってこと忘れんじゃねーぞ」

 

 ヴィータから水を差され、むくれるシグナムと苦笑して頭をかく恭也さん。ザフィーラにも監督をお願いしたいところだが、彼は前回から主に徒手タイプの騎士の訓練を見ているから、難しいだろう。

 "盾の守護獣"ということであまり注目されないが、ザフィーラも徒手格闘においては結構なやり手だったりする。時折アルフに付き合わされて「運動」をすることで、その技も鋭さを増しているのだとか。

 前回スリーマンセルの模擬戦を行ったときは当然ザフィーラも参加したのだが、まあ酷いいじめだった。連携するまでもなくこちらの戦力が上回っているのに、それに加えてシャマルが指揮を執ったのだ。

 結果、開始直後のファストトリックで相手の前衛が崩れ、連携技で各個撃破という大人気ない圧勝を飾った。年末の一件は、間違いなく彼らは連携力を高めているのだ。

 この際ザフィーラの徒手が教会騎士達の目に止まり、是非教えてほしいと請われ、彼もまた戦技教導を行うことになったのだ。

 

「難しいでしょうが、私も出来る限り目を光らせておきます故。主達は、成すべきことに集中していただきたい」

「ありがとう、ザフィーラ。だが無理はしなくていい。誰一人怪我なくという方針に変わりはない。お前は「盾」かもしれないが、それでも怪我をされたら悲しいということを忘れないでくれ」

「……もったいなきお言葉です」

 

 ザフィーラの表情が少し緩んだ。訓練とはいえ怪我をする可能性はあるのだから、気を付けてもらいたいものだ。ザフィーラだけでなく、皆にも。

 

 

 

 クロノが紹介役を務めたのは初回だけであり、二回目から彼は参加していない。時空管理局執務官という責任ある立場なのだから、そうそう暇が取れるものでもないだろう。

 向こう側の責任者であるグラシア女史との間でビジネス上での信頼関係は出来上がっているのだから、彼には仲介をしてもらうだけで十分だ。……責任者が彼女だけであるならば。

 

「本当に彼らは信用できるのかね、騎士カリム。素性は明らかでなく、今も全員仮面で顔を隠している。やましいところがあるのではないかと思わずにはいられませんな」

 

 中途半端に頭がはげた中年男性。華美な衣装を着ていることから、聖王教会の重役であることが伺える。その顔つきはイタチかキツネを思わせ、相互理解とは程遠い。

 いつぞやかグラシア女史が話していた「教会内の派閥」。彼女が革新だとすれば、彼は保守。現行の体制を崩すことを好まない部類なのだろう。穿った見方をすれば「権力にしがみついている」と取ることも出来る。

 少なくとも騎士からの人望があるようには思えない。グラシア女史の護衛でもあるヌエラと新人主席であるアルトマン、さらにはベテラン組の代表からも好ましくない目で見られている。

 

「彼らは時空管理局提督及び執務官から推薦された団体で、十分信頼できる方たちです。前二回の訓練においても、騎士達からの評価は非常に高い。あまり疑っては失礼ですよ、マイヤー司祭」

 

 なるべく穏やかな感じで説得するように、その実抗議をするグラシア女史。彼女がどう思っているかまでは、ポーカーフェイスの上からは分からなかった。

 この司祭の参加は事前に知らされておらず、彼の独断による飛び入りであることは明白だ。恐らくは最近動きの激しい革新派への牽制と言ったところか。

 グラシア女史の穏やかな抗議に対し、司祭は不遜で高圧的な態度を崩さない。

 

「それは絶対の信頼になり得るのかね? もし万一のことがあった場合、被害を受けるのは我が教会騎士団なのだ。君にその責任を取れるというのかね」

「責任を取ることが私の仕事ですよ。そこまで考えた上で私は彼らに指導をお願いしているのです」

「……そもそも、騎士団の運営は騎士カリムに一任されている。あなたが口出しするのは越権行為ではありませんか、マイヤー司祭」

 

 今まで黙っていたヌエラだったが、我慢できなくなったか彼女も抗議する。グラシア女史よりも明確に、嫌悪の感情をはっきりと乗せたものだった。

 初回の訓練で分かっていたことだが、彼女はどうにも頭に血が上りやすいようだ。脳筋故致し方なしと言えばそれまでだが、もう少し落ち着きを持ってもらいたいものだ。

 

「私は教会の未来を考えているのだよ、シスター・シャッハ。もし仮に騎士カリムが騎士団を私物化して暴走しようとしていたら、司祭である私達にはそれを止める義務がある」

「い、いくらなんでも言い過ぎです、マイヤー司祭! 騎士カリムがそのようなことをするはずがありません! それは暴言ですよ!」

「良いのです、騎士アルベルト。マイヤー司祭の懸念は至極当然のもの。もし逆の立場なら、私も同じことを言うでしょう」

「し、しかし……」

 

 もう一度「良いのです」と優しくたしなめられ、アルトマンは口を噤んだ。もう一人のベテラン代表は目を瞑って終始無言。彼のスタンスはまだ分からない。

 司祭は相変わらず不遜な態度を崩さない。もしそれが崩れるとしたら、それは彼が「敗北」したときの話だ。彼とグラシア女史は、水面下で派閥争いをしているのだ。……こちらからしたらどうでもいいことこの上ない。

 無論のこと、グラシア女史のような理解者は重要だ。そういった理解者を増やすために依頼を受けているのだから、彼女が除かれることは極力避けたい。

 だが彼女が除かれることさえ避けられるならば、教会をどちらの派閥が牛耳ろうが知ったことではないのだ。オレにとっては茶番以外の何物でもなく、時間の無駄でしかない。

 

「その辺りの議論は後で内々でやってくれると助かる。我々は依頼を引き受ければいいのか、それともそちらが依頼を取り下げるのか。結論をはっきりさせていただきたい」

「それを決めるためにこうして議論しているのだよ、君。そもそもの原因が君達が怪しすぎることにあると理解していないのかね?」

「建前の話はどうだっていい。あなただって、我々を知るためにわざわざ首を突っ込んできたんだろう。そうである以上、我々が怪しいかどうかなど些末なことだ」

 

 要するにこの男は「信用できないから自分も監視する」という名目で訓練に居合わせ、オレ達を品定めするつもりなのだ。あわよくば自分達の派閥に利用するために。

 そういう意味で言えば、グラシア女史と差はない。違いがあるとすれば、こちらへの譲歩の有無だ。グラシア女史はオレ達の都合を考えてくれるが、彼らはそんなものは切り捨てるだろう。それが普通だ。

 この手合いへの対処法もちゃんと考えてある。だから、やはりこの議論は時間稼ぎの茶番でしかないのだ。

 

「騎士カリム。我々をそこまで"守って"いただく必要はない。"自衛手段"はちゃんと用意してある」

「……そうですか。分かりました。マイヤー司祭、彼らが信用ならないというのであれば、どうぞご自分の目で確かめてください」

「ふむ……いいだろう。本日の訓練は私も監査させていただく。問題が起こらないよう、十分留意していただきたいものですな」

 

 そう言って彼は「マスカレード」の面々を睥睨した。当たり前かもしれないが、オレの騎士達も彼に嫌悪の視線を返した。

 

 

 

「すみませんでした、プリムラさん。不愉快な思いをされましたよね」

 

 訓練場に出てから、アルトマンから謝罪を受けた。一騎士に過ぎない彼から謝られる必要はないが、真面目な彼は教会の一員として同胞の無礼を謝らずにいられないのだろう。

 ヌエラは早々にシグナムのところへ行ってしまい、ベテランの代表(結局名前すら聞けていない)は会話もないままだ。グラシア女史は司祭への牽制のために動けない。

 だから彼が動いたのだろうが、新人が頭を下げるべきことでもない。

 

「あなたが気にするべきことではない。それに、我が騎士達はどうか分からないが、個人として不愉快を感じたわけではない。頭を下げられても困る」

「そ、そうですか……出過ぎた真似をしてしまいました」

「まーまー、そう言わんと。わたしらに気を遣ってくれてありがとなー、アルベルトさん。ミ……やなかった、"プリムラ"ちゃんも口ではこんなん言うとるけど、内心では感謝しとるはずやで」

 

 はやてが百合をかたどった仮面の上からでも分かるぐらいの笑顔で、アルトマンを宥める。今何気に危なかったな。

 変身魔法を使ったはやての見た目は、アルトマンより少し年上に見える。真面目な弟を褒めるおおらかな姉のような構図だ。実際には、オレもはやてもアルトマンよりかなり年下なのだが。

 アルトマンははにかみ笑いを浮かべながら、「ありがとうございます、リリーさん」と言った。"リリー"がはやてに与えられた(というか自分で考えた)コードネームだ。オレと同じく花がモチーフになっている。

 

「リリーさんは、訓練には参加されないのですか?」

「あはは、無理無理。わたし戦闘とかできんもん。ミ……"プリムラ"ちゃんと同じく見学や」

「彼女は魔力こそ膨大だが、戦闘訓練を一切していない。彼女自身にその意志がなく、また誰もそれを望んでいない。魔力イコール戦力と誤解しないでいただきたい」

「そ、そうですね。騎士メッツェからも、そう教わりましたし……」

 

 シグナムではなくヴィータを引き合いに出すあたり、彼はかなりヴィータに惹かれているようだ。ヴィータも彼を悪くは思っていないし、可能ならばプライベートの付き合いを持たせてやりたいものだが……難しいな。

 こちらが内心で歯がゆい思いをしていると、彼は気を取り直して視線を移す。恭也さんだ。彼は現在、シグナムからヌエラに紹介されているところだった。

 

「彼からは魔力を感じられませんが、それでも我々騎士に匹敵するということなのでしょうか」

 

 シグナムやヴィータから「魔法以外の戦力」を教えられても、魔法を全く使わずに戦うということは想像出来ないのだろう。

 彼が未熟だから、ということではない。彼のような人間は管理外世界でも稀だろう。ある意味、古代ベルカ式の騎士よりも珍しいかもしれない。

 

「匹敵するどころか、彼は「マスカレード」における最大戦力だ。魔法の訓練には向かないため、今まで声をかけなかっただけだ」

「最大って、騎士カピタナよりも強いのですか!? 魔力をほとんど持たないのに!」

「ほとんどやなくて皆無なんやけどな。きょ……もとい、"あるるかん"さんはわたしらから見ても何か間違っとるで」

 

 ざわっと騎士達が騒ぐ。アルトマンの大きな声が届いてしまったのだろう。シグナムの強さが彼らの間でも理解されていることの証明でもある。

 "あるるかん"は恭也さんのコードネーム。「アルレッキーノ」のフランス語読みで、「ハーレクイン」と言った方が通りがいいかもしれない。

 道化師の起源とも言われ、軽業師という意味もある。高速で凶悪な攻撃を連続で繰り出す彼にはぴったりのコードネームだろう。

 

「ほ、本当なのですか、騎士カピタナ!?」

「ああ。以前話した「挑戦している相手」というのが、他でもないこいつのことだ。私はまだ一度も一本を取れていない」

「魔法なしでは、だけどな。見ての通り俺は魔導師でも騎士でもないから、非殺傷の攻撃方法を持ってない。加減のきくところでやらないとお互いに危ないんだ」

「抜かせ。魔法ありになったところで焼け石に水だ。そもそもお前は当たってくれないだろうが」

 

 ヌエラが本人に確認を取り、唖然とした。シグナムの言葉を疑っていたわけではなかろうが、何気なく紹介された魔力を持たない男性が、実はシグナムよりも強かったという事実を受け止めきれていないようだ。

 ここで、一人の人物が動いた。先ほどの会議にも参加していた、ベテラン組の代表。それはつまり、教会騎士団の中でもトップクラスの実力者であるということを意味する。

 

「……面白いじゃねえか。どうだい、お兄さん。一つ俺と手合せをしちゃくれねえか?」

 

 言いながら彼はアームドデバイスを起動する。巨大な斧剣だ。筋骨隆々な見た目通り、パワーファイターのようだ。騎士団のトップ勢ということはそれだけではないだろうが。

 彼は口元に薄く好戦的な笑みを浮かべてはいるが、目は非常に鋭く恭也さんを射抜いていた。なるほど、先ほどずっと黙っていたのは、彼を品定めすることに注意を向けていたからか。

 対する恭也さんは、全く動じることなく肩を竦める。

 

「そう焦らなくても、訓練が始まれば手合せをすることもあるだろう。それまで待てないか?」

「ああ、待てないね。最初からあんたはただ者じゃないと思っていたが、今の話を聞いちゃもう我慢できねえ。あの騎士カピタナが挑む相手ってのが、どれほどの高みにいるのか知りたくてたまらねえ」

 

 騎士という荒事を前提にした職であることを考えれば、彼のような性格も珍しくはないだろう。経験に裏打ちされた実力を伴うとなればなおさらだ。

 このベテラン騎士は、シグナムと恭也さんの言葉を全く疑っていない。疑わず、その上で戦ってみたいと言っているのだ。とことんバトルジャンキーのようだ。

 恭也さんが目線でオレに確認を取る。オレは、グラシア女史に向けて視線を送り、彼女は首を縦に振った。司祭のことは特に気にする必要はないらしい。

 

「許可しよう。但し、双方ともにこの後訓練が控えていることを忘れないように。ここで大怪我をしようが、訓練にはしっかりと参加してもらう。それがお互いの仕事だ」

「サンキュー、嬢ちゃん。なぁに、俺なら腕がもげようが足が取れようが、ちゃんと訓練に参加してやるさ」

「やれやれ。そういうことなら仕方ないな。ちゃんと訓練が出来る程度で済ませてやるとするさ」

 

 恭也さんの挑発とも言える言葉に、ベテラン騎士はさらに笑みを深くする。……いい加減名前を教えてもらいたいものだ。

 

「戦いの前に名乗ろう。聖王教会騎士団、第十一部隊隊長、騎士ゲオルグ。ゲオルグ・ハーマンだ」

「……チーム「マスカレード」所属、前衛担当の"あるるかん"だ。こちらには細かな役職はないんで、簡素な自己紹介ですまないな」

 

 バトルジャンキーとは言え騎士は騎士。礼儀に則って戦いの前に名乗りを上げてくれた。……うちも外部紹介用の役職でも作るか? 「ごっこ」にしかならないとは思うが。

 二人が名乗りを上げる間に、シグナムとヌエラが彼らから距離を取る。他の騎士達も、シグナム達の勝負を観戦するときのように人波が引き、円形のバトルフィールドを作り上げていた。

 ハーマンが斧剣を構えたのに対し、恭也さんはまだ構えを取らない。何か考えているようだ。

 

「戦う前に一つ聞きたい、騎士ゲオルグ。あなたは空戦は出来るのか?」

「残念ながら陸戦限定だ。あんたは騎士でも魔導師でもないって話だが、まさか空戦可能だったりするのか?」

「インスタントデバイス頼りの外部的な手段だがな。そういうことなら……」

 

 そう言って彼は、彼が空で戦うために必要なインスタントデバイス「ベクターリング」を腕から引き抜いた。そして、オレの方に投げ渡してきた。預かっていてくれということか。

 わざわざ条件を揃える必要はないと思うが、これもまた「剣士としての矜持」なのだろう。オレには理解出来ない世界に、嘆息が漏れる。

 

「これでお互い陸戦限定だな。先に言っておくが、あなたを舐めているわけじゃない。俺には近距離攻撃しかないから、陸戦同士なら空戦手段は意味がないってだけだ」

「……なるほどな。あのデバイスに記録されてるのは、本当に移動手段だけってわけだ。ますますもって面白い!」

 

 恭也さんが本当に「魔法なしで騎士と戦える剣士」であることを確信し、口の端を釣り上げるハーマン。どころか、いつの間にか恭也さんも楽しそうな笑みを口元に浮かべていた。

 どうしようもないバトルジャンキーどもに頭痛を覚え、もう一度ため息をついた。

 

 

 

 

 

 最初に動いたのはハーマンの方。動いたと言っても移動はせず、その場で斧剣を振り下ろしただけだ。

 その軌跡に沿って青緑色の魔力が刃を描き、恭也さんに向けて真っ直ぐ飛ぶ。デバイスに付与した魔力を飛ばす魔法のようだ。

 恭也さんはまだ刃を抜かず、紙一重で、しかし危なげなく回避する。そうすると魔力の刃は観戦する騎士達のところに届くわけだが、彼らは彼らでシールド魔法を展開して防御した。

 

「お二人とも、私の後ろに下がってください。流れ弾は私が防ぎます」

 

 アルトマンがオレ達の前に出て構えを取る。オレ達も防御手段がないわけではないが、本職に任せるのが無難だろう。はやてとオレは、彼が防御しやすいように一ヶ所に固まった。

 さて、今の攻撃から分かったことが一つ。ハーマンは移動を得手としていない。攻撃を飛ばして撃ち落とすか、相手が攻めてきたところを迎え撃つ「受け」タイプの騎士と考えられる。

 恭也さんにとって相性の悪い相手と言えるだろう。彼は遠距離攻撃手段を持たず(飛針は魔導師相手には攻撃力不足だ)、一撃を通すためにはどうしても近付かなければならない。

 それでも彼なら、相手の練度が低ければ相性の悪さなどものともせず圧倒するだろう。だが今相手にしているのはベテランの騎士。未熟さは期待できない。近付くことには多大なリスクが伴ってしまう。

 だから彼は、迂闊に攻め込むことはせず、まずは見に徹している。得物はいまだ構えていなかった。

 

「ほぉう! 確かに避けるのは上手いみたいだな! だがそれだけで俺は倒れんぞ!」

 

 再びハーマンから魔力の斬撃が飛ぶ。今度は複数、恭也さんの回避経路を潰す形で放たれた。巨大な斧剣だというのに軽々振り抜くため隙がない。

 魔導師や騎士ならば回避ではなく防御に切り替えるところだろうが、恭也さんにそれは出来ない。彼は魔力を持たず、シールド魔法など使えないのだから。

 そしてだからこそ、彼にとっては「回避可能な攻撃」でしかない。余裕のステップで斬撃の間のわずかな隙間を潜り抜け、幾本もの刃をやり過ごす。うち一発がこちらに飛んできて、アルトマンが展開した障壁を叩く。

 

「くっ……!」

「だ、大丈夫かアルベルトさん!?」

 

 黒紫色の壁が大きく揺れて、アルトマンは一瞬だけ苦悶の表情を浮かべた。無造作な魔力飛ばしのように見えて、その実かなりの威力があるようだ。一発でもまともに喰らえば、それでおしまいだろう。

 彼は「も、問題ありません!」と強がって見せた。新人でありながら実直な騎士は、守る対象の前で弱音を吐くことをよしとしないのだろう。

 それは賞賛すべきことであるが、訓練の依頼を受けた身としては今消耗されても嬉しくない。恭也さんにはなるべく早く決着をつけてもらいたいものだ。

 

「派手にやるな。お仲間に流れ弾が飛んでるようだが、いいのか?」

「この程度で音を上げるような軟弱者は、うちの騎士団にいねえよ。だが、この方法じゃ埒が明かねえのも事実だな」

「降参するか?」

「抜かせ!」

 

 ハーマンは獰猛な笑みを浮かべ、斧剣を高く振り上げた。デバイスに纏う青緑の魔力は先ほどよりも濃さを増しており、あの状態で斬撃を飛ばせば強烈な一撃となるだろう。

 だがそれでは恭也さんには当たらない。威力を上げようが、やっていることが同じならば攻略法も変わらない。その程度のことは、ベテラン騎士たる彼にも分かっているだろう。

 だから彼は、魔力を飛ばさず斧剣を地面に叩きつけた。

 

「レディ!」

『Erdbeben.』

 

 斧剣のコアが光り、刀身に纏った魔力が地面を伝う。雷のように広がった魔力の亀裂は、地面から吹き上がるように石畳を砕いた。下方向からの範囲攻撃だ。

 もちろん、恭也さんはその瞬間には効果域から逃れている。威力と範囲は申し分ないが、発動までに時間がかかっており、これでも恭也さんを仕留めるには至らない。

 

「恐ろしい技だな。だが当たらないなら、さっきまでと何も変わらないんじゃないか?」

「勘違いするなよ。今のは軽く撃ってみせただけだ。本気の「大震撃」は周囲数十mを吹き飛ばす。逃げ場なんてものは存在しねえ」

 

 さすがにそこまでの威力では撃たないだろうが。そんなことをしたら、観戦している騎士や司祭、オレ達もろとも吹き飛ぶことになる。その程度の分別はついているだろう。

 だがそれでも、騎士達が囲む円形の「闘技場」に逃げ場はない。そして、恭也さんの余裕も一切崩れない。

 

「確かに、それだと防御手段のない俺はひとたまりもないな」

「どうだ、降参するか?」

「冗談だろう。今までと同じ、当たらなければいいだけの話だ」

 

 ハーマンの言葉を疑うわけでもなく、恭也さんは「当たらない」と言っているのだ。それでプライドを刺激されることもなく、ベテラン騎士は豪快に笑う。

 

「よくぞ言った! ならば……その言葉、虚言でないことを証明してみせろ!」

 

 これまでで一番の魔力を纏わせながら、ハーマンは斧剣を振り上げる。そして恭也さんは、ここに来て初めて構えを取る。剣ではなく、徒手での構え。

 どうやら彼はこの勝負で剣を抜く気はないらしい。余裕の表れ、というわけではないだろう。彼は、こんなときにまで己に鍛錬を課しているのだ。

 全てはさらなる剣の高みを目指すため。彼らしい求道の姿勢に、感心とも呆れともつかぬため息が漏れた。

 ハーマンは斧剣を振り下ろす。青緑の雷が、彼を中心にして「闘技場」のギリギリまで広がった。

 

「行くぞ、レディホーク!」

『Erdbeben-Sauberung.』

 

 彼が持つ斧剣型アームドデバイス「レディホーク」のコアが輝く。次の瞬間、石畳がめくれあがり、強烈な衝撃が彼を中心に噴き上がった。

 恭也さんは……動かなかった。動いたところで、衝撃波は円形に広がっているのだから逃げ場などない。地上にいる限り回避は不可能だ。

 ならば彼はどうやってこれを避けるのか。答えは……簡単にして単純であり、それ故に人外染みたものだった。

 

「そ、そんな方法で!?」

 

 アルトマンが驚愕の声を上げる。それは、観戦をしていた多くの騎士の内心を代弁していたことだろう。

 恭也さんが取った回避手段。それはもちろん、上に逃げることだ。だがベクターリングの助けがない状態で、彼が衝撃波を乗り越えるだけの跳躍力を得ることは不可能だ。

 だから彼は、衝撃波に「乗った」。衝撃によりめくれ上がる石畳を蹴り、「足場」を何度も跳躍することで、魔力の壁を乗り越えたのだ。

 しかもそれで終わらない。ハーマンに続く石畳の足場を蹴り、三次元的な軌道をとって高速で彼に迫る。これが恭也さんの「空戦」だ。

 歴戦の騎士の顔に、初めて驚愕の色が浮かぶ。恭也さんが何らかの方法で攻撃を回避することは考えていたかもしれないが、これは予想外だったようだ。

 それでも彼は戦意を喪失せず、すぐさまレディホークを引いて迎撃の姿勢を取る。さすがはベテラン騎士だ。

 

「ぬぅぇい!」

 

 斧剣を軽々と振るった一撃は、たとえ非殺傷だったとしても直撃すれば骨を砕くだろう。威力だけで言えば、先ほどの「大震撃」とやらを上回るだろう。

 だけど恭也さんには当たらず……その後は一瞬過ぎて、オレの目には何が起こったのか見えなかった。

 ただ結果として、レディホークはハーマンの手を離れて空中を舞い、恭也さんの拳がピタリとハーマンの胸元に置かれていた。

 

「「無刀取り」という剣技がある。剣を持たず、相手の剣を制することで打ち克つ活人の技だ。もっとも、俺は修行中の身だから無理矢理弾く程度のことしか出来んが」

「……騎士カピタナの言う通りだな。卓越した技は魔法を打ち負かすことすらある。あんたは大した剣士だよ、あるるかん」

 

 レディホークが地面に突き刺さり、ハーマンは「参った」と敗北を宣言した。

 

 騎士達は静まり返った。高レベルな戦いに湧き立つでもなく、同胞の敗北に奮起するでもなく。彼ららしくない反応ではあるが、それだけ衝撃的だったということだろう。

 恭也さんは、本当に魔法の力に一切頼らなかった。頼れなかったとも言うが。完全に純粋な技術のみで、本気を出すことなく魔法の力を制したのだ。

 かつてシグナムがヌエラを下したときとは明らかに違う。文字通り管理世界の常識を根底から覆す戦いをしてみせたのだ。

 常識を破壊され、彼らは何を思うだろうか。反応を見る限り、恐らく多数派は「恐怖」するグループだろう。もしかしたら恭也さんを危険視しているかもしれない。

 ……彼を連れてくるのは時期尚早だったか。荒事専門の騎士達ならこうはならないだろうと思っていたんだが。

 だが、オレの懸念を払拭するが如く、敗北したハーマンは豪快に笑った。

 

「ガッハッハ! 俺はあんたを気に入ったぜ、あるるかん! 強い奴は嫌いじゃねえ!」

「そいつはどうも。皆からは歓迎されていないようだが、いいのか?」

「構うこたねえよ。騎士カピタナや騎士メッツェの教えをちゃんと理解できてねえバカどもに合わせる必要はねえだろ」

 

 あまりと言えばあまりな発言だ。一部の騎士達はプライドを傷つけられたようで、ハーマンに向けて批難の視線を向ける。

 だが彼はそれに一切取り合わなかった。見た目通り、懐の深い人間のようだ。

 

「あんたが見せたのは人間の可能性だ。魔力が弱かろうが、リンカーコアがなかろうが、やり方一つでそんなものは簡単に覆せるって証明してみせたんだ。腐れた常識に風穴を開けたんだよ」

 

 どうやら彼は、管理世界の「魔法資質による能力の階層化」を快く思っていないらしい。これはある種の「生来の才能による選別」であり、他にも不満を持つ人間はいるだろう。

 そのやり方が全くの見当はずれというわけではない。魔法の才能というのは、分かりやすい能力指標の一つだ。戦闘技術を一切身に付けていないはやてでも、運用次第で戦力となり得ることからも明白だ。

 だがこれは、ややもすれば全てを魔法という要素のみで一元化することに繋がり、そのほか人が持ち得る有用な技術全てを無視することにつながりかねない。実際、これまでに見た管理世界の人間はそういう傾向にある。

 オレから見て、「魔法に対する過剰な依存」は管理世界が抱えている問題の一つであろう。それがハーマンのような人間の不満の温床となっていることに疑いはない。

 彼は言った。「残念ながら陸戦限定だ」と。飛行不可というだけで「魔導師・騎士として不利」という認識が一般的であることを示している。

 そうではないのだ。その分彼は、地上における迎撃に非常に優れている。恭也さんには敵わなかったものの、その土俵でやればヌエラより強いだろう。

 これは適材適所の問題であり、飛行可能だから有利などという理屈はない。出来ることが若干広がるだけであり、それ以外のことも出来なければ結局は何の役にも立たない。

 同じように、魔法の強弱などというものはその他の要素で簡単……とは言い難いが、埋めること自体は可能なのだ。魔法は絶対の基準とはなり得ない。

 ゲオルグ・ハーマンという騎士は、その事実をちゃんと認識したということだ。彼だけではない、ヌエラもそうだ。アルトマンも、特に新人はまだ思考が固まっていないから、柔軟に受け止めることが出来ただろう。

 ハーマンの言葉で、先ほど恭也さんに向けて恐怖を向けた何人かが、ハッとした顔をして彼を見た。……まだまだ恭也さんを恐れる騎士は多いようだが、味方が皆無という状況は避けられたようだ。

 

「言うほど簡単ではないけど、あなたの言う通りだ。魔力が弱いなら技を鍛えればいい。体が弱いなら知恵で補えばいい。"カピタナ"と"メッツェ"は、ちゃんとそうやって教えてるんだな」

「あの人らは魔法も普通につえぇけどな。……あんたの影響なんだろうな」

「多分な」

「大したものです。騎士カピタナの言葉を疑っていたわけではありませんが、この目で見るまで信じられませんでした。本当に、このような人がいるのですね」

「そう言ったろう。結局此奴は本気を出さなかったがな。何故剣を抜かなかった、"あるるかん"」

「騎士ゲオルグの力を見たかったってのが一つ。もう一つは、この後の訓練のことを考えて。俺が真剣を抜いたらどうなるか、分からないわけじゃないだろ?」

 

 もし彼が小太刀を抜いていたら……最初の一撃の隙に神速でハーマンの懐に潜り込み致命打を与え、それで終了していただろう。なるほど、そういう意図もあったのか。

 二人と入れ違いでハーマンはレディホークを拾いに行った。オレも、はやてとアルトマンの二人とともに恭也さんのところへ向かった。

 

「気は済んだか、騎士ゲオルグ」

 

 恭也さんにベクターリングを返しながら、発端のベテラン騎士に向けて問う。

 

「おう。我儘聞いてくれてありがとよ、嬢ちゃん」

「俺も何だかんだで楽しめたよ。機会があったら、またやろう」

「ああ。次こそは剣を抜かせてやるから、覚悟しておけよ!」

「バトルジャンキーどもめ。なら、いい加減訓練を始めよう。シスター・シャッハ、騎士ゲオルグ、騎士アルベルト。騎士達の整列を頼む」

「了解しました、プリムラさん」

「はいよ。……改めて思うけど、嬢ちゃんも大物だよなぁ」

 

 当初の予定よりは遅れたが、ようやく合同訓練の準備を始められそうだ。

 ちらりとグラシア女史達の方を見る。司祭の表情を見て……ここからはオレの戦いであることを理解した。

 

 

 

 

 

「やはり、危険ですな」

 

 ある程度訓練を見てから訓練場を引き上げ、最初の会議室にて司祭はのたまう。今この場にいるのは、「マスカレード」の非戦闘要員とグラシア女史、そして彼のみ。

 彼が何がしか難癖をつけてくることは予想の範囲内だ。それは先の彼の表情が物語っていた。

 

「訓練の監査をするのではなかったのか、マイヤー司祭」

「それについては代わりの者を寄越しました。今重要なのは、そちらの真意を知ることだ。話を逸らさないでもらいたいね」

 

 意訳、「恭也さんの戦いを見ただけでも利用価値は十分あると判断した」。代わりに寄越されたという修道士を少し見たが、何も分かっていなさそうなボンクラだった。あれでは監査の意味がないだろう。

 彼らの試合の後、司祭は口元を笑みの形に歪めていた。オレに見られていると気付いたからかすぐに引っ込んだが、あれがこちらにとって好ましい笑みでないことぐらい分かっている。

 こうして会議室までオレ達を連れ出し、こちらの情報を引き出そうとしていることが、オレの推測がかなりの精度で当たっていることを裏付けている。

 

「あの若者、"あるるかん"と言いましたか。彼は騎士ではなく、魔導師でもない。そういうことでしたが、私にはとても信じられませんな」

「だが事実だ。あなたにもリンカーコアはあるのだから、少なくとも彼が全く魔力を使用していなかったことぐらいは分かるだろう」

「ステルスプログラムを使用している可能性もある。そうやって騎士達の目を欺き、彼らに取り入ろうとしているという推測も可能でしょう」

「もしあなたの推測通りだったとしたら、あなたは自ら騎士団を「ペテンも見抜けない未熟者の集まりだ」と言っていることになる。口は災いの門だな」

「……これは失敬」

 

 今のは確認だろう。「自分の常識の外側の存在があの場にいた」という確認を取ろうとしたのだ。忌々しいことに、その方が彼にとっては都合がいいだろう。

 

「だが依然として君達が危険であることに変わりはない。あれだけの戦力を持っていながら、管理局にも教会にも属していない。何か企んでいるのではないかと疑わざるを得ませんな」

「探せば他にもそういった集団はいると思うがな。皆が皆、管理局や教会の理念に諸手を上げて賛成するわけでもあるまい。単に我々がそういった集団であり、たまたま戦力が大きかっただけの話だ」

「ではなぜ騎士カリムの依頼を受けているのだね。君の話が真実ならば、教会の理念に賛成しているわけではないのだろう?」

「正確に言うならば、我々が受けているのは時空管理局のクロノ・ハラオウン執務官の依頼だ。騎士カリムが彼に仲介を依頼し、彼が承諾し、我々が引き受けている形だ」

 

 司祭がクロノの仲介を知らなかったのは、グラシア女史が黙っていたからか。もしそうだったとしても、クロノの名前を出すところまではセーフだ。彼はオレ達の「防波堤」を買って出ているのだから。

 

「我々とクロノ・ハラオウン執務官の間には利害の一致があり、だから依頼を引き受けている。我々の目的と言われたら、「飯のタネ」としか答えようがないな」

「……何たることだ。そのような低俗な理由で、あの騎士達は利用されているのか」

「マイヤー司祭、彼らは彼女を主と認めて従っているのです。その発言は彼らに対する侮辱となりますよ」

 

 グラシア女史がオレの援護射撃に回る。最初のときは「ふり」だけだったが、今は本当に彼女達の主となってしまっており、彼女の言葉は裏のない真実となった。

 司祭は怯まなかった。「大義は我にあり」と言わんばかりにふんぞり返っている。

 

「彼ら……"あるるかん"という青年を除いた4人は全員ベルカの騎士。彼らが行使するのは聖王の魔法。その力は次元世界の平和のために使われるべきなのです。私利私欲を満たすための利用など、あってはならない」

 

 実に教会らしい謳い文句だ。美辞麗句過ぎて吐き気がする。こんな現実の見えていない妄言を平気で吐けるのは、余程の阿呆か余程の悪人か、どちらかだろう。

 これ以上はもう対話になり得ないが、あえて乗ってやろう。訓練が終わるまでの退屈しのぎにはちょうどいい。

 

「なるほどな。確かに我々は「日々の糧を得る」という私利私欲を満たすために力を使っている。それはあなたのおっしゃる通りだ」

「君達ではない、君がそうなのだ! 彼らは騎士、即ち弱き民草を守る聖王の使徒! 彼らの力を私欲に使わせているのは、主である君なのだ!」

「……なんやのこのおっさん。ほんま腹立つわ」

 

 ボソッとはやてが文句を言う。ヒートアップした司祭の耳には届かなかったようだ。矛先をはやてに向けられたら困ったので、それは素直に助かった。

 グラシア女史は困惑した様子でオレを見ている。これはオレの暇つぶしなので、彼女がオレを助ける必要はない。手でそっと制した。

 

「これまでの行いを省みるのです! さすれば、君にも何をすべきかが自ずと分かるでしょう! どうするのが最良なのかを!」

「……そうだな。確かに、この身は自分を第一に考えてきた。自分本位であったと、自覚しているよ」

「分かりましたか! そう、今こそ聖王教に帰依するときなのです! さあ!」

「だが断る」

 

 ズバッとぶった切ってやると、司祭は力が抜けたかその場でずり落ちた。彼のずっこけには構わず、オレは言葉を畳みかける。

 

「あいにくと自分本位は性分なのでな。変えられるものではないし、人に言われて変えるものでもない。ついでに、自分本位を悪と思ったことすらない」

「な、なんだと……」

「その代わりに貸しと借りの釣り合いを取るようにしているのだ。騎士達にしても"あるるかん"にしても、彼らの納得を得た上でやっていることだ。強制したことなど一度もない」

 

 オレの性質から言えば、「弱き民草を守る」などという無償奉仕は論外だ。それは貸借バランスが崩壊している。一方的に与え、与えられるだけの関係性は、いつか天秤を破壊する。

 実際のところ、教会はお布施とか寄付とかで民衆との間に釣り合いを取っているのだろうが、それがどの程度騎士達に還元されているのかは分からない。権力者というのはピンハネが好きだからな。

 まあそれはオレには関係のないことなので捨て置こう。今は如何にこの司祭が自爆発言過多な愚か者であるかということだ。

 

「その点で言えば、あなたは強制が多かったな。「騎士は平和のために力を使わねばならない」「聖王の教えに従わねばならない」。我々が聖王教に属しているわけではないと、あなたが言ったことだ」

「そ、それは一般的な倫理として……」

「あなた方の倫理と我々の倫理は同じなのか? 属している社会が違う相手に倫理を解くなど、おかしな話だ。そんなものは文化次第で変化するというのに」

「ぷ、"プリムラ"さん……ノってますね」

「こうなったら相手を屈服させるまでは止まらんで。カリムさん、隅っこに避難しとこ」

 

 グラシア女史ははやてに連れられて、部屋の端の方で談笑を始めた。そのぐらいでいい。この司祭との会話など、取るに足らないことなのだ。

 

「そも、あなたは私利私欲という言葉を使ったが、我々よりもあなたの方が適した言葉に思えるのだが」

「な、それは私に対する侮辱だぞ! 撤回しなさい!」

「ならば何故我々の危機感をあおるような発言を繰り返した? もしあなたが先ほどの言葉通り「管理世界の平和」を考えているならば、正々堂々理念の通りに交渉すればよかった。あれでは下手くそな扇動家だ」

「こ、この……! 人が甘い顔をしていれば、調子に乗りおって!」

「全然甘い顔しとらんかったやん。何言うとんの、あのおっさん」

「この段階でしゃしゃり出て来るような人ですから……お察しください」

 

 グラシア女史の反応からして、この男は想定していた以上の小物だったようだ。……考えてみれば当然か。

 彼が少ない情報で表に出てきたということは、「無所属のベルカ騎士という手駒が手に入りそうだ」という安直な打算で行動を起こしたことになる。裏を取るなど一切していなかっただろう。

 そもそもの話、教会騎士達から(新人のアルトマンからすらも)あそこまで露骨に嫌がられていたのだ。あの時点で察するべきだったか。

 

「キサマ、訴えてやるぞ! 名誉棄損、教会転覆の疑惑! 二度とその偉そうな口を叩けなくしてやる!」

「出来るものならどうぞ。もっとも、管理世界に戸籍のないオレを訴えるなど、出来ないとは思うがな」

 

 決着をつけるべく、オレは話を収束させる。司祭と、グラシア女史が驚愕の表情を浮かべた。

 オレは一度はやて達に視線を向け、耳を指でトントンと叩いた。はやては頷いたので、彼女には意図は通じたようだ。

 再び司祭を向く。仮面を取り、瞳と髪色が変わっただけの素顔を晒す。トラウマは多い方がいいだろう。

 

「ま、まさかキサマ、管理外世界の……」

「『女の子のヒミツを詮索するとモテないゾ! 私のことは秘密にしてね。プリムラとの約束だよ、おじさまっ☆』」

「ゴッハァ!?」

 

 彼は盛大に吐血し、会議室のテーブルに突っ伏した。ビクンビクンと痙攣をしており、ダメージが非常に深かったことを示していた。……少しやり過ぎたかもしれない。

 

「うわっ、派手にやらかしたなぁ。大丈夫なん、これ」

「さあな。人を呼んで、病院にでも運んでもらおう。彼にはゆっくりとした休養が必要だ」

「と、とりあえずわたしが応急処置をしておきます。……相手が悪かったですね、マイヤー司祭」

 

 VS聖王教会保守派の一戦目は、無事勝利を飾ることが出来たのだった。

 ――余談だが、後に病院を退院したマイヤー司祭は、それまでの陰湿さが嘘のように消えて、寛大で穏やかな司祭に相応しい人物に変貌したそうだ。浄化されたんだろうか?

 

 

 

 

 

 場所を移し、グラシア女史の執務室。三人で紅茶を飲み、ホッと一息をついた。

 

「本日は本当に失礼しました。わたしの抑えが足りなかったばかりに……」

「気にするな、グラシア女史。あれはあれでいい退屈凌ぎになった」

「相変わらず舌戦ではイキイキするんよな、ミ……"プリムラ"ちゃんって」

 

 「相手を言葉で負かす」ことが好きなんだろうか。自覚はないんだがな。

 今はオレもはやても、仮面を取って素顔を晒している。はやても顔の作り自体は弄っていないから、素顔と言っていいだろう。

 ……個人的には、グラシア女史相手と言えどはやてが素顔を晒すのは好ましくないのだが。まだ「闇の書の主」のことを知られるべきではないのだ。

 はやての「気にし過ぎ」という意見はその通りだ。だが可能性が少しでもある以上、気にし過ぎぐらいでちょうどいいはずだ。

 

「それにしても、驚きました。"プリムラ"さんは管理外世界の方だったのね」

 

 だというのにオレの方が勢い余ってバラしているのだから、世話のない話だ。いや、近いうちにグラシア女史に話すつもりではあったが。

 

「内密に頼む。これだけでオレ達の居住場所を突き止められるとは思わないが、念のためにな」

「もちろんです。あなたの仮面の下やそのしゃべり方も、シャッハですら知りません。……ロッサには教えてあげたいんだけど」

「カリムさんが引き取った弟さんやっけ。そのぐらいなら教えてあげてもええんちゃう、ミ……"プリムラ"ちゃん」

 

 その本名の頭文字が出て来るのをどうにかしてくれ。心臓に悪くて仕方がない。

 

「グラシア女史の弟ということは、まだ小さな子供だ。情報を守るということを考えた場合、そういった子供にこそ注意すべきだ」

「えー。けどこっちの子って成長早いんやろ? もうそのぐらいの分別はつくんとちゃう? ちなみにカリムさん、その「ロッサ」君って何歳や?」

「呼び捨てで構いませんよ、"リリー"さん。今年で13歳になります。弟と言っても、歳は一つしか離れていないの」

「わたしのことも呼び捨てでかまへんよ。ってことは、カリムは今年で14歳なんか。発育早いなぁ……」

 

 はやての言う通り、グラシア女史は年齢よりも発育が良い。こっちで言えば高校一年生ぐらいの体格だろう。体質は西洋人に近いのか。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。グラマーな体付きだった。

 とはいえ、予想を外れているわけではなかった。日本人との発育の差も考慮しての予想だったので、当然だな。

 そしてヴェロッサ・アコースは全然小さくなかった。オレ達より年上だった。それなら別にいいかと思わなくもないが、彼は不真面目という話だからな。実際に彼を見ないことには、許可を出していいか判断に悩む。

 

 年齢の話は、迂闊だったかもしれない。

 

「そういえば、お二人は何歳ですか? もちろん、見た目通りではないと分かってますけど」

 

 グラシア女史が、少し身を乗り出して尋ねてきた。表情は微笑みであり、純粋な好奇心からの質問のようだ。

 オレはまだ年齢も明かしていない。わざわざ大人の姿をしているのは身元を隠すためなのだから、当然のことだ。彼女も答えを得られるとは思っていなかっただろう。

 オレも、答える気はなかった。なかったのだが……。

 

「二人とも9歳やで。わたしがもうすぐ10歳」

「………………は?」

 

 オレが止める間もなくはやては答えてしまい、グラシア女史の目が点になった。ティーカップがガタガタ震えており、彼女の動揺のほどが見て取れる。

 

「そ、そうなんですか。9歳……年齢、一桁ですか……」

「せやでー。ほんまはわたしら、ちんちくりんのお子様なんや。今は魔法でこんなんなっとるけど」

「……もうちょっと警戒心を持ってくれ、"リリー"」

 

 ため息が漏れた。いくらなんでもあけっぴろげ過ぎる。確かにいずれは話すことだが、まだ話す気はなかったんだって。

 グラシア女史の動揺は、初対面の印象や先ほど司祭をやり込めた事実に対し、オレの年齢がまだ一桁だという非情な現実に折り合いを付けられないからだろう。

 

「ミ……"プリムラ"ちゃんが最初に依頼受けたのって、まだ誕生日前やったから8歳やったよね」

「だからもうちょっと警戒心を持ってくれと言っている。何故そうやっていらん情報開示をする」

「は、8歳……あれだけの取引が出来て、8歳……」

 

 さらなるショックを受けるグラシア女史。……初対面のときは、かなりいいようにしてしまったからな。それが今頃きいているようだ。

 彼女は一度頭を振って気を取り直す。落ち着いてから笑顔を浮かべたが、それはまだ引きつっていた。

 

「ふ、二人とも、とっても発育がいいのね」

「この姿は魔法だと知っているだろう。全然落ち着いてないじゃないか」

「だ、だって……あの対応で8歳なんて誰も思いませんよ!?」

「せやけどカリム、ミ……"プリムラ"ちゃんはリンディさんやクロノ君が対等って認めてるんやで? 歳なんか関係あらへんよ」

「……それは、そうなんでしょうけど」

 

 彼女は震える手で紅茶を口に運ぶ。残りの紅茶を全て飲み干し、ふぅと息を吐き出した。

 

「「マスカレード」で一番の常識外れは"あるるかん"さんかと思ったけど、そんなことはありませんでしたね。やっぱり"プリムラ"さんが一番おかしいわ」

「オレは彼ほど常識にケンカを売っていない。常識外れは否定しないが」

「そのきょ……"あるるかん"さんに言うこと聞かせられるのは、ミコ……"プリムラ"ちゃんやで」

「さっきからわざとやってないか?」

 

 もうほとんどオレの名前を言ってるようなもんじゃないか。彼女はオレをあだ名で呼ぶから、名前の部分は全部言ってるぞ。

 オレの叱責に、何故かはやてはふくれっ面を返してくる。

 

「コードネームって呼びにくいんやもん。それにミコちゃんの可愛い名前呼べないんは辛いっ!」

「君が考えたんだろうが。とうとう普通に呼んでしまってるし……」

 

 まあ、グラシア女史には既に色々バレてしまってるし、オレの名前程度は誤差の範囲だろうが。だからこそ、オレも半ば諦めていたのだ。

 グラシア女史は苦笑を浮かべていた。はやてが自分からコードネームの意義を否定しているのがおかしかったのだろう。

 

「それがあなたの本当の名前なんですね、「ミコ」さん」

「……「ミコト」、だ。ついでに、呼び捨てで構わない。さっき言った通り、オレの方が君よりも年下だ」

「分かったわ、ミコト。これからわたし達だけのときは、そう呼ばせてもらいますね」

 

 オレの名を知れたのがそれほど嬉しかったのか、彼女はにこにこと笑う。……もう好きにしてくれ。

 

「ほしたらわたしは「はやて」やで、カリム。わたしの本当の名前は「はやて」や」

「……ちょっと待て。それはさすがに待て。君の名が知られるのは大問題だろう」

「もう教えてもうたもん。大丈夫やて。カリムはわたし達を悪いようにはせえへん」

「彼女はそうかもしれないが、彼女が知るということは「管理世界に漏れる可能性が高まる」ということだ。分かっているのか?」

「そのときはそのときや。それでもミコちゃんは、何とかしてくれるやろ?」

 

 ……ああもう、この「相方」は!

 

「あなた達が何をそんなに気にしているのかは分からないけど……わたしはあなた達が望まないようなことはしたくない。それでは、ダメですか?」

「ほら、カリムもこう言うてくれとるし」

「……その約束、違えるなよ。もし違えたときは、相応の報いを覚悟してもらう」

「構いません。……けど、一つだけ条件があります」

 

 彼女はコホンと一つ咳払いをし、ひどく真面目な顔でオレに要求を突き付けた。

 

「ミコト。わたしのことを、「カリム」と呼んでください。グラシア女史ではなく、騎士カリムでもなく、ただ「カリム」と」

「……オレにとっては随分と重い要求だ。名前で呼ぶことがオレにとってどれだけ困難か、君は分かっているのだろうな」

「ええ、分かっています。わたしは、あなたの特別な一人に……「友達」になりたいのだから」

 

 一見すればバカバカしい要求だろうが、彼女にとってはとても重要な要求なのだ。そう、感じることが出来た。

 やれやれとため息をつく。彼女のことは、もっと時間をかけて見定めていくつもりだった。取引の一線を超えるつもりもなかった。その二つは、最早適うことはないだろう。

 はやては本当に困った……素敵な「相方」だ。

 

「いいだろう。カリム。オレは友に要求するハードルが高いから、覚悟しておけよ」

「っ! はい、もちろん!」

 

 彼女は本当に、心の底から嬉しそうな笑顔を見せた。そこには裏などなく、「騎士カリム」ではなく14歳の少女「カリム」としての笑顔だったのだろう。

 こうしてオレ達は、オレとはやてとカリムの三人は、密かな友情をむすぶことができたのだ。

 

 

 

≪やれやれ、素直じゃない主殿じゃな。本当は最初から騎士女史と仲良くしたかっただろうに≫

≪それが我らの主の愛しいところですよ、ミステール。今は静かに、我が主達の憩いのときを見守りましょう≫

≪ミコトもはやてもカリムもうれしそう。よかった≫

 

 声を出すわけにはいかないトゥーナ達の間で、そんな会話があったとかなかったとか。




というわけで管理世界サイドの話でした。現状教会絡みしか書けません。管理局に属してるわけじゃないからショウガナイネ。

ミコトはちょっと気にし過ぎではありますが、話す相手を選ばなければならないというのは事実です。そうしないと、彼らの力に群がる人間は必ず出ます。
その端的な例として司祭を出しました。彼については二度と出番ないでしょう。浄化してしまったようだな(イーノック)
再度になりますが、管理局だろうと教会だろうと、アンチ的な描写をするつもりはありません。それぞれ組織の維持に必死なだけです。

前の教会話から引き続きのオリキャラと新オリキャラ登場。原作の方で教会勢力ってカリムとシャッハしか出てないからオリジナル増えるのはショウガナイネ。
二人とも「ロマンシングサガ」の主人公が元ネタです。アルベルトの方は同名のキャラ、ハーマンの方はキャプテンホークです。容姿はミンサガ版を考えていただければ。
アルベルトは細剣を使う器用さタイプの騎士です。出来ることは多いけど、まだまだ器用貧乏な感じ。だからマルチロール能力の高いヴィータに惹かれるわけですね。
一方のハーマンはバリッバリのパワーファイター。斧剣型アームドデバイス「レディホーク」から放たれる一撃はまともにもらえばアウトです。恭也には当たらなかったけど。

恭也の変装姿は西洋風の美丈夫で、他は特に弄ってません。仮面は獅子を模したもの。コードネームは"あるるかぁん!!"(からくりサーカス)
はやては髪型をミコトっぽくしてあとはユニゾン任せ。仮面は百合を模したもの。コードネーム"リリー"は百合を意味します(ガチ百合じゃないですか!)
二人ともスポット参戦的なつもりだったのに、恭也はハーマンに気に入られるし、はやてはカリムとお友達になっちゃうし。今後も参加しなきゃ(使命感)

次は多分地球に戻ります。ではまたいつか。


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EX.3 健康診断

改めてお久しぶりです。わたしです。

前回お茶を濁したことがいい感じのリハビリとなったようで、ようやく筆が進んでくれました。(随分前の)予告通り、地球での日常回です。
だいぶ間が空いてしまったため、書き方の感覚を思い出しながらだったので、違和感を感じられるかもしれません。その場合はごめんなさい。
また、久々の投稿なので今回は若干控えめな内容となっております。予めご了承ください。
それではどうぞ、ご覧ください。

2017/07/17 この話には関係ないですけど、タグとあらすじでのミコト性別バレをやめました。大したものではないとはいえ、折角仕込んだギミックですしね。一話バイバイ上等の精神でいきます。
2017/07/18 あとがきの身長表を修正。本編中の表記と齟齬が発生してました。なんでシグナムよりトゥーナの方が高身長やねん。


 4月。それは別れと出会いの季節。終わりと始まりの時期。桜の開花とともに最上級生は去り、新入生が加わる。旧年度から新年度へと切り替わる月だ。

 とはいえ、オレ達在校生にとっては大きく環境が変化するものでもない。教室は変わるが、3年生から4年生はクラス替えもなく、周囲に集まる人間に変化はない。

 さりとて新年度・新学期である。休み明けの影響か、それとも一つ上の学年になることへの期待か、4月の間は学校中から浮ついた空気が離れることはない。

 3年間小学生をやってきた経験で、ゴールデンウィーク明けには元の空気に戻ることを理解している。自然に収まるものなのだから、わざわざオレが何かを言って空気を冷ますほどのことでもない。

 ――オレはこれまで、彼らのように新学期に向けてテンションを上げたことがなかった。過去は感情が未発達であったために、そして今はそのことに大きな変化を感じられないために。余計なことを知り過ぎてしまった。

 いずれにしても歳相応の子供として無邪気にはしゃげないというのは、今となっては少し残念に思うところだ。……そう振る舞う自分をシミュレートして「ないな」と1秒で考えを改める。

 何にせよ、彼らがどれだけ現実と乖離した理想に期待を膨らませようとも、オレには関係のない話だ。オレは、進級という事柄に期待など持ち合わせていないのだから。

 

 

 

 そうだ。何も期待していなかったとも。わざわざ測定する必要もなく、目測で自分の成長がどれだけ遅いかなど、自分自身が一番理解しているとも……!

 

「あー……ミコちゃん130cm到達ならずかー」

「去年より結構伸びたのにねー……」

 

 養護教諭より返された身体測定の結果を見て項垂れるオレの後ろから、はやてとむつきが覗きこんできた。彼女達も決して大きいとは言えないが、それでもオレよりは身長がある。二人は130cmを超えていることだろう。

 測定の結果、オレの身長は128.6cm。測定誤差も考慮に入れればオレの目測とほぼ一致する。「プリセット」を用いたシミュレーションが行えるオレにとって、こんなものは再確認でしかない。

 

 本日は海鳴第二小学校4年生の健康診断の日。身長・体重の他に座高、視力、聴力の測定、さらには内科医と歯科医による検診までが行われる。

 二学期・三学期とは違い、一学期の健康診断は身体測定のみではなく、体の隅々まで異常がないかを調べる。事前提出の検査項目も含めるならば、尿検査も行われる。

 そのため、一日に全校生徒全員を見ることは出来ず、二学年ずつ3日に分けて行われる。今日は3・4年生の診断日ということだ。

 これもまた、新年度特有の行事と言えるだろう。……そしてオレが身体測定の結果に打ちのめされるのは、最早年中行事である。チクショウめ。

 

「勝手に覗かないでもらおうか」

「せやかて、どーせわたしは家で見せてもらうやん。遅いか早いかの違いだけやって」

「で、でも、去年の結果より7cm以上も伸びてるんだよ! すぐにわたし達と同じぐらいになるよ!」

「その言葉は去年も聞いた。……君達も同じスピードで成長しているのだから、それではいつまで経っても追いつけないだろう」

 

 ちなみに去年の今頃は121.4cmだった。昔と違って病的な低身長というわけではないが、それでも平均値を大きく下回っている。栄養状態は改善しているにも関わらずだ。

 同じ食生活を続けているはやてやフェイトと、どうしてこうまで差が出るのだろうか。

 

「ミコトちゃんはちっちゃくて可愛いから、これでいいんだよー」

 

 にゅるりと後ろから抱き着いて来る亜久里。オレよりも小さい君に小さいと言われたくはない。

 彼女は自身の小ささに頓着していない。測定結果をあけっぴろげに持っており、125cmと書かれていた。間違いなくこのクラスの女子で一番小さかった。

 彼女を皮切りにして、いつもの面子がゾロゾロとやってくる。彼女達も身長と体重の測定を終えてきたようだ。

 

「ミコトはどのぐらい伸びたの? わたしは去年より6cm伸びてたよ」

「……てことは、151cmか!? あきらちゃん、大きすぎやろ」

「まったくだ。その身長を少しぐらいオレ達に分けてもバチは当たらないぞ」

 

 成長率では勝ったが、元々の身長に差がありすぎる。現時点で顔一つ分以上彼女の方が大きい。勝者の余裕か、彼女はかんらかんらと笑う。

 オレの表情がムッとしたのを感じ取ったか、慌てた感じでフェイトが割って入る。

 

「わ、わたしは142cmだったよ! 編入のときに測ったので137cmだったから、5cm伸びたみたい」

「ふぅちゃんって見た目大きい感じだけど、実際はそこまで身長高くないよね。あ、あたしは145cmー」

「いやいや、わたし達からしたら十分大きいから。今の時期で140cm超えてるって、相当だよ?」

 

 はやてと同じぐらいの身長だから決して小さいわけではないはるかだが、クラスの高身長組の中にいると小さく見えるから不思議なものだ。ちなみに彼女は136cmだそうで、まあ平均的なところだろう。

 いちこの言う通り、フェイトの身長はパッと見だと145cmを超えているようにも感じる。しかしそれは彼女の横幅がほっそりしていることによる目の錯覚であり、実際はあきらと10cm近く身長差がある。

 こうして改めて見てみると、オレ達の一団というのは、身長的に見れば分散している。小さい組のオレ、亜久里、むつき。平均のはやてとはるか。高身長のフェイト、いちこ。巨大すぎるあきらと言ったところか。

 別に身長が近ければ波長が合うというものでもないが、こうも見事にばらけていると、それはそれで見事なものだという感想を覚える。

 

「あきらはそれ以上大きくなってどうするつもりだ。東洋の魔女にでもなるつもりか?」

「バレーボールだっけ、それ。んー、別にスポーツでプロ目指す気はないのよね。運動神経は悪くないつもりだけど、そこまで才能あるわけじゃないのは分かってるし」

 

 ちなみに「東洋の魔女」は過去のオリンピック・バレー日本女子代表の異名であり、オリンピックは"アマチュアの祭典"である。つまりオレの発言はプロスポーツ選手にかかっているものではない。

 そう指摘してやると、あきらは「細かいことはいいのよ!」と一蹴した。こちらとしてもただのジョークなので、そのまま流す。……オレ達の周囲にいる何人かが「そうだったの!?」と驚いていたが、気にしない。

 

「スポーツはどっちかっていうと、いちこちゃんの領分でしょ。結局、あのまま翠屋FC入ったんでしょ?」

「おうともさ! なんのかんの結構楽しかったからね。次にミコっちが遊びに来るまでに上手くなって、びっくりさせてやるのだー!」

「宣言されたら驚くも何もないと思うが。……楽しみにはしているさ」

「最近ミコトちゃんのデレが多くなったよね。心に余裕が出来たから?」

「わたしの足のことで随分心配かけてたからなー。ええことやん」

 

 そこ、はるかとはやて。生暖かい目で見ない。

 あきらの言う通り、先日の体験練習が終わってから、いちこは即日翠屋FCに入った。オレにとって翠屋FCに顔を出す理由が増えたとも言えるだろう。

 翠屋FCに女子選手が入ったのは彼女が初である……が、先日の練習のときも、彼女は女子として扱われていなかったように感じる。見た目もそうだが、性格がざっくばらん過ぎである。

 もっとも、彼女自身がそれを気にせず快く受け止めているのならば、オレがどうこう言うことではない。

 

「その身長は立派な才能だと思うがな。本人にやる気がないならしょうがないか」

「そーゆーこと。わたしはまだ、将来何になりたいってのはないかな。っていうかそんなのがはっきりあるのって、この中じゃむーちゃんだけでしょ」

「へぇ!? な、なんでわたし!?」

「そりゃーもちろん、カレシ君のお嫁さんでしょー? こないだもすっごいアツアツだったしねー!」

 

 むつき弄りに話題がシフトし、彼女はボンッと顔を赤らめた。……あれだけ周囲を気にせず自分達だけの空間を作りだせておいて、初々しい反応をするものだ。悪くない。

 ちなみに、先ほどもそうだったが、オレ達の周囲には他の女子生徒もいる。「むつきちゃんって彼氏いるの!?」「やばくない!?」「コワイ!!」という反応が聞こえて……何故「怖い」になるんだ?

 ともあれ、明日には4年生中に「むつきには恋人がいる」という噂が広まっていることだろう。合掌。

 

 

 

 この後、騒がしくした原因ということで、オレ達全員石島教諭のゲンコツを戴くことになった。……スゴイ=イタイ。

 

 

 

 

 

「あはは……ご愁傷さまだね」

 

 その日の翠屋お手伝い。休憩時間中にその話題を出し、オチを語ったところでなのはは苦笑した。

 本日のホールスタッフはオレとなのは、それからシャマルとブラン。オレにとっては一番楽なシフト構成である。言わずもがな、「マスカレード」のメンバーだ。

 ブランのみはハウスキーピングの役割があるため一緒に作戦行動をとることはないが、それでもジュエルシード素体の"光の召喚体"。オレの指示を受けてその通りに動く程度のことは難なくこなせる。

 彼女達も、いい加減オレとの付き合いもそれなりの期間になっている。指示を出すよりも先に、オレの意を汲んで動いてくれることが多い。

 今日も客が少なかったわけではないが、あまり疲労を感じていないのはそういうことだ。

 

「オレ自身、無駄に騒いでしまったという自覚はあるからな。自業自得だ」

「けど、何だか珍しい感じなの。ミコトちゃんがそういう風に、皆でわいわいやるイメージってないから」

「確かにその通りだが、オレだって羽目をはずすときぐらいある。今はもう大きな心配事を抱えていないから、特にな」

「そっか。でも、健康診断のときは静かにしてなきゃダメなんだよ?」

 

 これまであまりやらかさなかったオレの失態に、なのはがドヤってダメを出す。何故彼女が得意げなのかわからないが。他の子供達同様、新年度でお姉さんになった気分なのだろうか。

 当然のことながら、聖祥の方でも新年度の健康診断はあったらしい。なのはの身長は133cmで、やはりオレの目算と大差はなかった。

 

「ミコトちゃんちっちゃいって思ってたけど、実はわたしと5cmしか変わらないんだね」

「君だって大きい方ではないだろう。それに、君は去年から4cmの成長だ。ちゃんと差は縮まっている」

「な、何故それを……」

 

 去年の今頃――「ジュエルシード事件」で彼女と出会ったときは、オレよりだいぶ大きい印象を受けていた。今では少し大きい程度まで縮まっている。

 同じくなのはが小さいと評するむつきは、今回の測定で131cmだった。もはや彼女のことを小さいなどとは言えない程度の差しかない。

 

「あ、あれー? ひょっとしてなのは、皆より成長遅いのかな……」

「個人差はあるだろうが、君の場合は去年のゴタゴタのせいかもしれないな。巻き込んでしまった手前、何とも言い難いが」

「そ、そうなのかな……。でも、なのはは巻き込まれたなんて思ってないよ。わたしが、ミコトちゃんのお手伝いをしたかったんだもん」

「……そうか」

 

 ふっと小さく微笑む。なのはは満面の笑みを返してくれた。空気が柔らかくなり、何となし水の入ったコップに手を伸ばす。

 と、チリンチリンというドアベルの音。来客のようだ。少しの名残惜しさを感じながら手を引っ込め、椅子から立ち上がり応対へ向かう。

 

「いらっしゃいま……ってなんだお前か」

「やっほいミコトちゃん。お仕事頑張ってるかーい?」

「あ、ガイ君!」

 

 来客はオレ達の顔見知り。そしてなのはの想い人でもある藤原凱だった。それと、もう一人。

 

「どもっす」

「剛田もいるのか。お前達が翠屋に来るとは、珍しいんじゃないか」

「僕が呼んだんですよ、ミコトさん。家の手伝いで中々一緒に遊べないから、こうして来てもらったんです」

 

 カウンターの奥からキッチンの手伝いをしていたユーノがやってくる。聖祥の四バカの三人が揃っていた。

 そういえば以前ぼやいていたな。「ガイ達が遊びに誘ってくれるんだけど、中々都合が合わない」と。

 彼は翠屋の手伝いに入っていない日は、シグナムが道場講師として勤めている道場で剣を習っているそうだ。さらには魔法の腕を錆びつかせないために魔法の訓練も欠かさず行っており、それでは確かに暇がないだろう。

 士郎さんと桃子さんなら、事情を話せば休みにしてくれると思うが。……想いを寄せられている身として、彼が休まない理由を察してはいる。

 

「お前、マジに働いてるんだな。誇張入ってると思ってたよ」

「大したことはしてないよ。料理の運び出しと、皿洗いぐらいだし。ピーク時はそれだけでも手いっぱいになるけどね」

「あ、ミコトちゃん。俺アイスコーヒーブラック、ユーノのおごりで」

「ちょ、何勝手なこと言ってるんだよ、ガイ!?」

「じゃあ俺はアイスミルクティー、やっぱりユーノのおごりで」

「たけるまで!?」

「ご注文を復唱致します。アイスコーヒーブラックがおひとつ、アイスミルクティーがおひとつ。ユーノのおごりで。以上でよろしいでしょうか」

「ミコトさぁん!!?」

 

 ガイが作り出したユーノ弄りの流れに乗る。ドッと笑いが起こり、彼らとしてもほんの冗談だったのだろう。

 

「ガイ君、シュークリームは頼まないの? お母さんのシュークリームはとっても美味しいんだよ!」

「さすがにそこまでの出費はなぁ。一応小遣いはもらって来てるけど……ってなのは、何で隣に座ってんの?」

「なのはも一緒にお話するの!」

 

 流れるようにガイの隣の席に滑り込んだなのは。恋する乙女は強い(確信)

 今度はガイが慌て出し、先ほどまで弄られていたユーノと剛田がニヤニヤする。

 

「い、いやさ! お前まだ業務時間中だろ!? お客さんはいるんだし、仕事に戻った方がいいと思うんだよな!」

「あら、大丈夫よガイ君。わたしとブランさんがいるもの。遠慮なんかしなくていいのよ?」

「はい! なのはちゃんとユーノ君の分までバリバリ働きますよぉ!」

「うわー頼りになるなー!(白目)」

 

 退路を断たれて天を仰ぐガイ、満足顔で頬を赤らめるなのは。お互いに好き合っているくせに、何故こうも反応が違うのか。

 微笑ましいんだかなんだかよく分からない光景を眺めつつ、オレは手早くオーダーを通した。

 

 

 

 士郎さんに言ってなのはの休憩は延長させ、オレは仕事に戻る。と言っても、今はそれほど忙しい時間帯でもないので、オレも時々彼らの会話に参加したりしている。

 

「だからさ、お前らが脱ぐと俺ら一般男子が貧弱ボーイに見えるんだよ。女の子の視線を集めるとか、そういうの俺の役目だからァ!」

「そんなこと言われても……僕達にその気はないし」

「っていうかお前、高町さんの前でそういうこと言うなよ。悪いとか思わないのかよ」

「大丈夫だよ、剛田君。どうせ口だけだから」

「そ、そんなことねーし!?」

 

 ガイのハーレム思考がただのパフォーマンスだというのは、知人たちの間ではもはや周知の事実である。彼もそれは分かっているだろうに、よく続けるものだ。

 今の話題はどうやら健康診断絡みの続きのようだ。オレ達は私服のままだったが、聖祥では体操着で診断を行うようで(考えてみれば聖祥の制服は健康診断には不向きだ)、そうすると着替えが発生する。

 その際、ユーノと剛田はその鍛え上げられた体を惜しげなく見せつけたそうだ。……想像するだけでむさくるしい絵面だな。

 

「今更言ってもしょうがないことだが、二人とも小学生なのに鍛えすぎだ。将来成長に困っても知らんぞ」

 

 小さいうちに筋肉を鍛えすぎると身長が伸び悩むというのはよく聞く話だし、骨が成熟しきっていないのに強い力がかかるようになれば骨格が歪むことにもなりかねない。

 もちろんそうならないように気を付ければ避けられることではあるが、リスクを背負うことに違いはない。……身長云々に関しては、オレの言えた義理ではないか。

 

「あはは……。僕は大丈夫ですよ。身長はしっかり伸びてましたし、体も至って健康って言われました。対策はちゃんと効果あるみたいです」

 

 ユーノの言う対策というのは、以前言っていた治療魔法の応用のことだろう。もとより優秀な結界魔導師であるのだから、そこらあたりのことは下手な医者がやることより効果的なんだろうな。

 と、剛田がソファに背中を預け、不満そうな顔でユーノを見やる。

 

「去年の夏はもっと差があったはずなのに、縮まってやがんだもんな。魔法ってずるいわ」

「僕は僕の持ってる技術を最大限利用しただけだよ。同じ魔導師でも、なのはやガイに同じことは出来ないはずだしね」

「うっ。だ、だって補助魔法って難しいんだもん……」

「俺に至ってはシールドしかできねーもんなぁ。まあ、確かにユーノみたいな真似はできねーけど、逆にユーノも俺らが出来ること出来なかったりするしな」

 

 砲撃魔法の天才だったり、シールドであれば何でもできたり。そんなのが万人共通だったら、魔導の世界は魑魅魍魎だらけだ。

 大局的な視点で見れば、彼らは少し人と違うことが出来るだけに過ぎない。オレも似たようなものなのだ。

 

「隣の芝を羨んでも仕方ないことだ。それを言ったら、今ここにいる男達の中で彼女持ちはお前だけだろう。この場に藤林裕はいないんだから」

「うっ。そ、それは、まあ……」

 

 頬を赤く染めて視線を泳がせ頭をかく巨大少年。せっかくなので剛田も弄ることにした。先ほどの仕返しとばかりにガイとユーノがニヤニヤ視線を剛田に送る。

 が、今度はなのはがやや不満顔だ。言外に「まだガイの恋人ではない」という意味が含まれているのを感じ取ったか。事実なのだからしょうがない。

 どうせ陥落するのも時間の問題なのだから、そんな顔をする必要もなさそうなものだが。やはり感情というのは理屈ではない。

 

「そうだよ(便乗) お前、ちゃんとむつきちゃん大事にしてんのかー? 家近いんだから、毎日会いに行かなきゃダメだぜ」

「お、おう。最近は毎朝むつきちゃんが起こしにきてくれてるけど……」

「それじゃダメだよ。ちゃんとたけるの方から会いに行かなくちゃ。むつきのことを大事にしてるんだって、行動で示さなきゃ」

「そ、そうか……。で、でも、用事も無いのに会いに行ったらおかしく思われないか?」

「何寝ぼけたこと言ってんだ。彼氏が彼女に会いに行くのに特別な理由なんかいらねえだろ。「顔を見たくなった」で十分だろ」

「そ、そうなのか……」

 

 手を組んで畳み掛ける男二人にタジタジになる剛田少年。……しかしこの二人、誰かと付き合ったこともないくせにやけに詳しいな。イメージトレーニングは欠かしていないのか?

 むつきの惚気はよく聞いているが、男視点での話というのは初めてだな。剛田の評価は、男気はあるが彼氏としては未熟といった感じだ。

 

「精進しろよ、剛田。オレ達はお前に、大切な友人を任せたんだ。あの子を泣かせるような真似をしたらただでは済まさんぞ」

「う、うっす。……八幡さんに言われると、なんか迫力あるんだよな。背はちっちゃいのに」

「そらお前、俺らの指揮官サマだもんよ。ちっちゃ可愛くてすごーい!のがミコトちゃんだろ」

「何だかIQが溶けそうな評価だね……。ミコトさんは、僕達の最高のリーダーなんだよ。言われたことをしっかりと胸に刻んでおくんだよ」

「お、おう……」

 

 特にユーノの勢いに圧され、剛田は首を縦に振った。彼のオレに対する信頼が重い。人知れず、小さくため息をつく。

 先ほどから発言のなかったなのはが、ガイの発言を聞いて、彼の手の甲をつねった。

 

「いてて! な、なんだよ急に」

「むー! なのはもガイ君に可愛いって言われたい! 最近全然言われてないの!」

 

 どうやらやきもちを焼いたらしい。オレに対しての発言でそんなことを思われても困るのだが。そういう意味で言うならば、オレもガイも、互いにどうとも思っていないのだから。

 だからガイが浮かべた表情は苦笑。彼は少女のやきもちを受け止めるだけの度量を持ち合わせている。相変わらずわけの分からん奴だが、無駄に心の広い人間であることは、いい加減オレも理解している。

 

「すねるなって。なのはだって、ミコトちゃんのことは可愛いって思うだろ? それ以上の意味はねーよ」

「むー……ほんと?」

「それ以上の意味があっても、こっちが困るな。既に厄介な男ども二人に言い寄られているんだ。変態の追加は受け付けていない」

「辛辣ゥ!」

 

 言いながらもガイの表情は笑い。つまりはそういうことである。

 ようやく理解し、なのはは表情を笑顔に戻す。ちなみに彼女の要求が通っていないことはすっかり忘れているようだ。この辺がいまだに彼を陥落させられない所以だろう。

 ……見ていて面白い、もとい、オレが指摘してやるのは筋ではないだろう。彼女自身が気付くまで、オレは黙っているつもりだ。

 さて、流れ弾が当たった厄介な男の一人、すなわちユーノは、苦笑しながら頭をかいていた。

 

「他を羨むのなら、お前もそれを手に入れられるように努力しろよ。生憎オレは自分を安売りする気はない」

「もちろんです。絶対、振り向かせてみせますから!」

 

 期待して待っているぞ。そう言ってオレは彼らのテーブルを離れ、空いたテーブルの片付けに戻った。

 

「……前はよく知らなかったから軽い気持ちで応援してたけど、これって思ってた以上に無理ゲーなんじゃねえか? 八幡さん手強すぎだろ」

「んなもん当たり前だろ。なんせ、あのミコトちゃんだぜ。現状俺らの周りで釣り合い取れそうなのって、恭也さんぐらいじゃね?」

「なのはも、今のユーノ君とクロノ君じゃ、まだミコトちゃんは任せられないって思うの。もちろんユーノ君のことは応援してるけどね」

「あはは……やっぱり平坦じゃないなぁ。自分で選んだ道だから、不満はないけどさ」

 

 彼らは声を潜めて相談を始めた。対象となっているのが自分だと分かっているから何とも言えない気持ちだったが……こういうのも、悪くはないか。

 

 

 

 

 

 晩御飯、入浴、学校の宿題と明日の準備、そして歯磨きを終えてから、本日の健康診断の結果をシャマルに見せる。後方支援を担当する彼女は医学にも通じており、普段から八神家の健康管理に気を配ってくれている。

 昨日のアリシアの健康診断の結果もこうして見てもらっており、健康優良児の鑑であるとの評価をいただいている。

 

「……はい、三人とも健康状態に問題なし。ふぅちゃんは去年の初めごろの栄養状態が悪かったって聞いてたからちょっと心配だったけど、順調に体が大きくなってますね」

「そ、それはその……今はちゃんと食べてるもん」

 

 彼女が八神家入りする前、八幡になる前は、レトルト食品やカップ麺で誤魔化していたらしいからな。今もほっそりとしてはいるが、あの頃に比べて肉付きはよくなったし、何より血色がいい。

 "命の召喚体"として傷病と無縁のアリシアには敵わないにしても、フェイトもまた健康優良児と言って問題ないようだ。オレについては、生まれてこの方風邪一つ引いたことがないのが密かな自慢である。

 そして、長年「蒐集バグ」によってリンカーコアを蝕まれていたはやては。

 

「はやてちゃんについては、こちらでもリンカーコアの追加検査をしてみましたが、全体的に異常なしです。夜天の魔導書とつながったパスから稼働に必要な魔力が流出してますが、完全に正常な範囲です」

「せやろうなぁ。あの頃と違って体軽いし。わたし自身の感覚としても、皆揃って健康体やで」

 

 ある意味今回の健康診断で一番注目すべきだった彼女は、経過良好……というよりも十分完治していると言って差し支えなかった。

 去年の夏ごろから歩くためのリハビリをし、オレは「コマンド」を用いて、シャマルは補助魔法で。石田先生による指導もあり、皆の力で彼女の治療を行ってきた。

 もちろんオレは彼女はもう完治していると思っていたが……こうして健康診断の結果として表されると、感無量だ。

 

「ってか、はやてって意外と背高いよな。車椅子だったときの印象が強くて、中々慣れねーよ。135cmもあんのか」

 

 空気が弛緩し、シャマルが手に持つはやての健康診断票を覗きこむヴィータ。実際のところ、はやてははるか同様、この時期の女子の中では平均的な背丈である。高いというほどではない。

 しかして、ヴィータは今のオレとほぼ同じぐらいの身長だ。オレにとってはやてが「ちょっと大きい」なのだから、彼女にとっても同じということになる。

 ……オレとしても、ヴィータと同じ気分だ。特にオレは、彼女達が現れる前からはやての車椅子を押していた。その感覚がまだ抜けておらず、はやての顔をやや見上げる構図に違和感を覚えてしまう。

 

「主達もフェイトも、健やかにご成長なさっているようで何よりです」

「……お前に言われると皮肉のように感じてしまうな。お前ほどとは言わないが、将来はせめてシャマルぐらいの身長はほしい」

「えー、ミコトはちっちゃいまんまでいいよ。そっちの方が可愛いし」

 

 人型となったときのザフィーラを除けば八神家トップの長身であるシグナム。彼女とは身長差が大きいため、どうしてもひざまずかれる形での会話となる。……そういう理由ではないかもしれないが。

 どうしても主呼びの直らない彼女であるが、それならばせめてこういう対応を堅苦しくなくさせたいものであり、そのためにもやはり身長は必要だ。

 ……いっそ、変身魔法で身長を伸ばしてしまうか。無意味とは分かっていても、ついそういう考えが頭に浮かんでしまう。

 

「また虚しいことを考えておるのぅ。変身魔法など所詮は一時の幻だと、主殿も分かっておろうに」

「……何のことだ」

 

 ミステールに胸中を言い当てられ、すっとぼける。彼女は分かっているから、「呵呵っ」と笑って追及してこなかった。

 先日もそうだったが、ミッドチルダでの依頼のとき、オレは変身魔法で大人の姿になる。かりそめとはいえ、高い視点・長い手足で歩く感覚というのを知っている。

 そして魔法を解く時の虚しさも心に染みている。ユーノのように根本から弄るような魔法でなければ、文字通りの幻でしかないのだ。そんなものにすがる気は、今のところない。

 

「まあまあ。ミコトちゃんも、ちゃんと大きくなってるじゃないですか。きっと、来年にははやてちゃんと横並びになってますよ」

「そう願いたいものだ。さて、用件も済んだことだしそろそろ寝よう。まだ寝支度を済ませてない者はいないな?」

 

 ブランの励ましで気を持ち直し、話題を打ち切る。それぞれでやいのやいのとやり始めたが、今は就寝前なのだ。あまり会話に熱を入れても睡眠に差し支える。

 確認し、「おやすみ」と言ってはやてとともに自室に戻ろうとしたところで、パジャマの裾を引っ張られた。

 ソワレだった。いつもの眠たげな目で、しかし期待に満ちた目でオレを見上げていた。

 

「ソワレも、けんこうしんだん、したい」

 

 どうやら皆が身長や成長の話題で楽しそうに話していたので興味を惹かれたようだ。

 確かにソワレはオレとはやての娘という扱いであるが、それでも彼女の本質は召喚体だ。アリシアのような例外を除き、召喚体は元が「現象」であるが故に、肉体的な成長・変化を起こさない。病気の心配もない。

 だから、健康状態や成長を測る必要はない。測ったところで、問題と変化の全くない結果が出るだけだ。そう、分かってはいるのだが……。

 

「……はあ。今からか?」

「んっ!」

 

 最近はあまり起こらなくなっていた、久々のソワレの甘えん坊。これが彼女の愛情表現であることが分かっているから、それを無下にすることなんてできなかった。

 目線ではやてに「すまない」と送ると、彼女は穏やかに笑いながら首を縦に振った。

 

「シャマル、納戸にメジャーがあるから、取ってきてもらえないか。シグナムは洗面所から体重計を持って来てくれ」

「はい、分かりました!」

「主の御心のままに」

 

 楽しそうに答えるシャマルと、相変わらず仰々しいシグナム。そんなオレ達を優しい目で見守るトゥーナ。

 すると、ヴィータが名案とばかりに手を叩いた。

 

「あ、じゃあさ! リッターと召喚体の皆の健康診断も、一緒にしちゃおうぜ! 皆一緒の方がぜってー楽しいって!」

「いけませんよ、紅の鉄騎。あまり我らが主達にご迷惑をかけるようなことは……」

「こんなん迷惑にもならへんよ。トゥーナのことも、しっかぁりと測ったるからなぁ」

「あ、主? その、手の動きが不穏なのですが……」

 

 はやてに飛び火した。これは……止まらないな。フェイトとアリシアと視線を合わせ、互いに苦笑した。

 

「おらおらザフィーラ、犬型から人型になりやがれっての。一番でかいお前が測るのが、一番楽だろ」

「狼だ。寝入りばなだったんだがな、まったく」

「せっかくだから、アルフも測っちゃおう? アルフだけ測らないのも、何だか寂しいし」

「お、そうかい? いやー、なんか悪いねぇ」

「アリシア、じゆうちょうとってくるね! みんなの身長と体重をかかなきゃ!」

 

 それぞれ思い思いに動き出し、やがて第一回八神家健康診断が開始したのだった。

 

 結局、眠りについたのは日付が変わってからだった。あまりよろしいことではないが……たまには、こういうのもいいだろう。

 

 

 

 

 

 そして、今回のオチである。

 

 その週の土曜日のこと。先週聖王教会の依頼を受けたばかりなのだが、早くもクロノが次の依頼の話を持ってきた。連続して教会の依頼ということはありえず、今回は管理局サイドの依頼ということになる。

 また無人世界の調査か、あるいは遺跡の発掘補助か。聖王教会と違って管理局絡みの依頼は、現状そんなものしか受けられない。局員と絡む必要がないものに限られている。

 こればかりはまだまだ準備のための時間が足りていないのだから仕方のないことだ。オレもそのことに文句はない。

 では何が問題であったかというと、話を持ってきたクロノ自身だ。

 

「今日はやけに機嫌がいいじゃないか。正直、気持ち悪いぞ」

「……そこまで言わなくてもいいだろ。まあ、機嫌がいいっていうのは正解だよ。ちょっといいことがあってね」

 

 今日のクロノは、やけに頬が緩んでいる。普段なら、依頼の話をしているときはクソが付くほど真面目な表情を崩さないくせに、今日に限っては緩みを隠しきれていない。

 「ちょっといいこと」の内容を、オレが聞きもしないのに、彼は話し始めた。

 

「先日、アースラ職員合同の健康診断があったんだ。その結果が予想以上によくてね」

「管理局もこの時期に健康診断を行うのか。しかし結果がよかったとは、健康不安でも抱えていたのか?」

「そんなんじゃないさ。もっと単純で、僕が渇望していたことだよ」

 

 彼が渇望している。その言葉で察する。彼とオレは、その分野に関しては、同じく欲している同士だ。

 言われてみて、頭の中でシミュレートする。出会った頃の彼は、確かに今より小さかった。成長期が仕事をしていないと言ってはいたが、それでも全く成長しないわけではないようだ。

 普段は他人の成長などあまり気にすることではない。「プリセット」の恩恵を受けているからと言って、いつもいつもシミュレーションを行っているわけではないのだ。

 

「それはよかったな。オレも、この間の健康診断で7cmほど伸びていた。まだ小さい方だが、そのうちに平均を超えてみせよう」

「7cmか……さすがにそこまでは伸びてなかったな。僕は5cmだったよ」

 

 彼の年頃の男性としては少ない方か。いや逆に彼の年齢ならば既に成長しきった者も多いか。だとしたら、それは十分に成長していると言える数字だった。

 

 

 

 それが、一年間で成長した数字だったならば。

 

 

 

「先月までは0.1cmとか0.2cmとか、そのぐらいだったからな。一気に5cmは上出来すぎる」

「……、……? ……は?」

 

 彼の言葉の意味が一瞬分からず、理解し、ありえず、困惑の音が口から漏れる。

 思考が傍白と化したオレに対し、彼は相変わらず引き締まり切らない微妙にニヤけた表情を浮かべていた。ムカつく表情であった。

 

「僕は何も一年で5cmとは言ってないよ。一ヶ月だ。君達に色々言われて休息の時間をしっかり取るようにしたからか、とうとう効果が現れたみたいだよ」

「いっ……かげつ、だと……?」

 

 一ヶ月で5cm。急成長なんてレベルじゃない。激変と言っていいレベルの成長速度だ。まるでこれまで生活習慣のためにせき止められていた成長の波が、一気に押し寄せているかのようだ。

 驚愕で表情筋が停止したオレの脳は、反射的に先月の彼と今月の彼を比較していた。その身長差は、きっかり5cmであった。

 「プリセット」を用いた高精度シミュレーション「確定事象」は、環境ノイズが混じらない限り間違うことはない。それはオレが一番分かっているはずなのに、目の前の非情な事実を信じることができなかった。

 

「ははっ。さすがの君もこの成長には驚いたみたいだな。僕自身、測ってみてびっくりしたぐらいだからな。最近やたら視点が高くなったと思ってたけど、ここまでだとは思ってなかったよ」

「……確か先月までのクロノの身長は139.4cm、ということは今は……144.9cm、だと? バカな、早すぎる……幻術なのか?」

「信じがたいのは分かるけど、紛れもない事実だよ。いつでもフラットに現実を見る君らしくないな。まあ、それだけ驚かせられたってことかな?」

 

 やたら爽やかな笑顔を浮かべるクロノ。非常にイラッと来た。

 

「よし、クロノ。アースラに戻って自慢の凍結魔法で自分の成長を凍結してこい」

「いきなり何を言い出すんだ君は。そんなこと出来るわけないだろう」

「じゃあオレが「コマンド」でその成長を止めてやる。覚悟しろ」

「本当に出来そうで怖いからやめろ!? 何をそんなに怒ってるんだ。別に君の不利益になることじゃないだろ?」

「その勝ち誇った笑みが気に食わない。嫌味かコノヤロウ」

「いや、君だって一年で7cmも伸びたんだろう。十分成長してるじゃないか」

 

 一年で7cmと一ヶ月で5cmじゃ桁が違う。彼の口調もどこか自慢げであったので、当然自覚はあるのだろう。やはり、気に食わなかった。

 身長というオレ達にとってはセンシティブな話題であったからか、それとも相手がクロノであったからか、口論はヒートアップしてエスカレートする。

 

「オレの歳ではこれが普通だ。周りが同じだけ成長しているのに、7cm程度で気休めになるか」

「君は容姿の面で大きなアドバンテージがあるじゃないか。僕は平均的な顔だから、せめて身長がなきゃ男として格好がつかないんだよ」

「地味男め。だったら尚更、身長が目立たない程度で調和が取れるだろう。お前など156cmで十分だ」

「なんでそんな中途半端なんだ!? せめて170cmぐらいは許してくれ! いやそもそも、何で僕の成長に君の許可が必要なんだ!?」

「お前がオレに惚れているからだ。オレが上、お前は下だ」

「横暴だな!? っていうかまだ惚れてない! 「かもしれない」の段階だから!」

「このロリコンめ。正直引く」

「君が言い出したんだよな!? しかも自分からロリって認めるのか!?」

 

 ――周りから散々、最近緩くなっている(意訳)と言われているオレだが、少々緊張感を失い過ぎていたかもしれない。このときばかりはそう思った。

 

「アタシだって、別に好きでロリやってるわけじゃないんだから! ……あっ」

「ぶっ」

 

 思わず女言葉(ナチュラル)でしゃべってしまい、直撃を受けて鼻血を噴き出すクロノ。彼が咄嗟に取り出したハンカチが、瞬く間に赤に染まっていく。……やってしまった。

 

 その後、シャマルを呼んで治療してもらい、この日は大事をとってアースラに帰還してもらうことになった。依頼の話はまた後日ということになった。

 ……さすがに反省しよう。そう思うばかりであった。




作中の原作キャラ・オリキャラの身長等に関しては、独自解釈・独自設定です。特にクロノ君は、彼の歳にすれば病的に小さいことになってしまっています。
ま、今後170cm以上まで成長する予定だし、多少はね……?(震え声) 成長痛ひどそう(小並感)

体重は永遠の乙女の秘密。聞いてはいけない、いいね?



各人の身長記録(適当)

もやしボール……40cm
エール(剣)……80cm
ソワレ……108cm
ミステール……109cm
アリシア・T・八幡……115.1cm
亜久里幸子……125.2cm
八幡ミコト……128.6cm
ヴィータ……129.1cm
伊藤睦月……131.4cm
高町なのは……133.2cm
鮎川歩……134.4cm
八神はやて……135.5cm
田中遥……136.1cm
アリサ・バニングス……137.2cm
藤原凱……141.4cm
月村すずか……141.6cm
フェイト・T・八幡……142.6cm
クロノ・ハラオウン……144.9cm
田井中いちこ……145.3cm
藤林裕……146cm
ユーノ・スクライア……148.7cm
矢島晶……151.2cm
剛田猛……153.5cm
ブラン……155cm
アルフ……158.9cm
シャマル……159.4cm
トゥーナ・トゥーリ……160.2cm(そのバストは豊満であった)
高町美由希……160.8cm
シグナム……163.8cm
高町恭也……178.2cm
ザフィーラ……184.6cm

これで主要な面子は全員かな? 抜けとかあったら適当に足します。


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EX.4 模擬戦

お ま た せ 。やったぜ。(本領発揮)

2017/07/21 脱字修正
       誤字報告を適用


 惨劇(?)の翌日。体調に問題がないことを確認したクロノが、改めて依頼の話を持ってきた。

 

「想像がついていると思うけど、今回の依頼は管理局絡みのものだ。聖王教会としては、連続して依頼を出すこともやぶさかじゃなかったみたいだけど」

「それはそれで問題だ。彼らはあくまで「取引相手」であって、身内ではない。そこら辺の線引きをしっかりしてもらいたいものだ」

 

 カリムのみはオレ達――オレとはやての友人(仮)と言ってもいいが、他はそうではない。取引・依頼の線引きを曖昧にするのは、現段階では危険と言わざるを得ない。

 オレ達が聖王教会という組織の一部分としてなし崩し的に組み込まれてしまう可能性もあるし、認識の齟齬による不和も生みかねない。融通をきかせるにしても、彼らがオレ達の立ち位置をしっかり理解してからだ。

 もちろん、それでもなおオレ達は「あくまでも依頼を受けているだけ」という形を崩すことはない。それがオレ達の望む、今の生活を続けるために必要なことだ。

 

「それならば、ものによってはリッターを動かさなくても済むかもしれないな。命じれば動くだろうが、彼らは先日働いてくれたばかりだ。しばらくは穏やかに過ごさせたい」

「お優しいことだな。だけど、僕らが出す依頼は彼らのイメージ改善の意味もある。彼らが動かないと、それは果たせないんじゃないか?」

「いずれは果たさなければならないことだが、必要以上に焦ることでもない。それに、聖王教会に比べて管理局は不透明な部分がどうしても多い。規模の差を考えれば仕方のないことだがな」

「まったく、耳の痛いことだ。僕自身その通りだと思っているから、返す言葉もない」

 

 苦笑するクロノ。上位の構成員にこうまで酷評されるあたり、管理局の闇は教会の派閥争い以上に深そうだ。もし管理局絡みで先日の司祭のような人間がいたとして、簡単にあしらえるとは考えない方がいいだろう。

 だからこそ、ある意味で管理局の依頼は教会以上に慎重にならざるを得ない。クロノ達が防波堤を務めてはくれているが、オレ達自身も自己防衛を怠ってはならない。

 ……大事な話ではあるが、これからの話に直接関係することではない。軽口はこのぐらいにしておこう。

 

「実のところ、今回の依頼は「マスカレード」にというより、ミコト個人へのものに近いんだ」

 

 話を区切り本題に入る。クロノからもたらされたその言葉は、若干ではあるがオレに驚きを与えた。

 

「「魔法の組織」が、「魔法」を使えないただの小娘に依頼か。冗談にしては面白みが足りないな」

「冗談ではないからな。それに、君が「ただの小娘」だとしたら、僕達は「ただの公務員」になってしまう。それこそタチの悪い冗談だ」

 

 相変わらず無駄にオレへの評価が高いやつだ。……それはオレの周囲の大勢に言えることか。彼だけ特筆することではなかった。

 ある意味ことの真理を突いた発言を横に置き、クロノは続ける。

 

「今回の依頼主は、「アースラの武装局員たち」なんだ」

 

 そして彼は、詳細を話し始めた。

 

 まず大前提として、二つの事柄がある。一つは、「教会騎士団は管理局に人員を派遣することがある」ということ。もう一つは、「アースラの職員は多少なりともオレ達を知っている」ということだ。

 前者について、これはクロノが聖王教会の依頼を持ってきたことからも想像できることだ。両者の間に明確なつながりがなければ、カリムという教会の上層部から直接依頼を受けることなど出来るはずもない。

 事実として、カリムは彼女の持つレアスキルで、彼女のお付きであるヌエラや騎士団長ハーマンなどは直接戦力として、管理局の行う事件捜査に協力した過去を持つ。

 代わりに管理局からは資金援助であったり、ベルカ自治区の独立法制といった見返りを提供している。……一応は対等な取引関係なのだろうが、間違いなく管理局の方が上の図式だな。規模の差故、致し方なし。

 そして後者に関しては語るまでもないだろう。「ジュエルシード事件」での一時的な協力、そして「夜天の魔導書復元プロジェクト」。あれだけ派手にやって、オレ達の存在を隠すことなど、出来るはずがない。

 さすがに「コマンド」や「召喚体」といったオレ達のトップシークレットや、修復していたロストロギアが何なのかまでは、彼らとて知らされていない。そこは最後の一線として守られている。

 それでも「マスカレード」という事件解決の立役者チームが存在することは、確固たる事実として知っている。

 この二つの前提が、今回の依頼の発生――「アースラ武装局員の要望」につながったというわけだ。

 

「一月ほど前になるんだが、ミッド近隣の管理世界でベルカ文明のものと思われる遺跡が見つかってね。僕らが捜査に当たり、教会に騎士団の派遣を要請したんだ」

 

 餅は餅屋、ベルカにはベルカを。オレ達、というかヴォルケンリッターに依頼がこなかったのは、これが比較的大きな案件だったからだろう。どこまで行ってもオレ達は「個人」だ。組織ではなく、限界がある。

 彼らが一緒に仕事をするのは、これが初というわけではないそうだ。これまでにも何度かあり、局員と団員の間で多少の交流も存在する。

 そして、その話題の中で武装局員たちは知ったのだという。「マスカレード」というチームが、教会騎士団に稽古をつけていることを。

 

「依頼のことは僕達だけで完結していることだから、局員たちには特に話してなかったんだ。「聞いてない」って詰め寄られたよ」

「事実、聞かせる必要のないことだからな。彼らもその辺はさすがに分かるだろう」

「説明して理解は得られたけど、納得はしてもらえなかったよ。で、「自分達も一緒に訓練したい」ときたもんだ」

 

 さすがにクロノも呆れたらしく、疲れた顔でため息をついた。オレも似たようなものだが、表情は動かなかった。

 ……しかし、だとすると分からないことがある。

 

「それで何故、「オレへの依頼」になるんだ? そういうことならば、フェイトやユーノ、なのはとガイ……はちょっと特殊過ぎるか。ともあれ、魔導師への依頼になるだろう」

 

 教会のときも、彼らは「古代ベルカの騎士の手ほどきを受けられる」ということで歓迎してくれた。ならば管理局は、ベルカ式をミッド式に置き換える、即ち優秀な魔導師の指導を受けることを望むのではないだろうか。

 この疑問に対し、クロノの答えはもっともであった。

 

「君から見たら穴だらけの組織かもしれないが、管理局も無駄に大きいわけじゃない。魔導師としての教導や指導のノウハウはある。いくら彼らが才能豊かだからって、それだけで教えを請いたいと思うわけじゃないさ」

「なるほど、それもそうか。だが、それならば余計に分からない。オレ達と訓練をすることに、武装局員側のメリットが見えてこない。さすがに感情の問題だけで依頼を持ってきたわけじゃないだろう」

 

 如何に武装局員が騒ぎ立てようが、実際に依頼を出すクロノが妥当性を見出せなければ、この依頼はオレのところに届かなかったはずだ。

 クロノが見つけたアースラ側のメリット。それは、オレにとって理解はしていても、いまだ納得できていないことだった。

 

「彼らが知りたいのは、君達のチーム力の秘密。とりわけ君の指揮能力だよ。極端な話、君が行って座学を行うだけでもいいんだ」

「……オレは戦術や指揮を専門として学んだわけではないぞ。全て独自考察だ。いくら管理局でも、そういうことを専門に行っている指導員はいるだろう」

「確かにいるけど、君はその思考と発想で彼らの上を軽々飛び越すからな。「個人」でジュエルシードを集め切ることも、夜天の魔導書の危険性を失くすことも、普通は出来ることじゃない」

 

 だからそれはオレの功績ではないと何度も言っているのだが……、彼が言いたいのは「そういう形に導くことができた」という点を評価しているということなのだろう。理解はしているとも。

 だがやはり、オレの感覚として、どうしても合致しない。周りに優秀な人材がいて、それを適切に動かすことができれば、それこそ「誰でも」これぐらいできるだろう。オレは「誰でもできること」しかやっていない。

 

「君は分からないかもしれないが、その「適切に動かすこと」が誰にでも出来ることじゃないんだ。確かに誰にでも出来得るかもしれない、だけど実際にはそうじゃない」

「可能性があるのと、実際に可能性を掴めるかは別問題ということか。そんなもの、果たして教えることができるのか。究極的には感覚の問題だぞ」

「何かのとっかかりになるかもしれない。少なくとも、何もしないよりはずっと可能性がある。それこそ、掴めるかどうかは彼ら次第だよ」

 

 ……正直に言って、この依頼については遠慮願いたい。オレは結果として指揮を行ってきたが、その能力に自信があるわけではない。まして、誰かに教えるようなものでもない。

 だというのにクロノも、彼の後ろにいる武装局員たちも、非常に乗り気になってしまっている。感情が発端ではあったとしても、彼らなりにメリットを見出して客観的に依頼を持ってきた。

 それに対しオレが感情で突っぱねるというのは、果たして貸し借りの釣り合いが取れているのか。……答えは分かり切っており、今度はオレの口から疲れたため息が漏れた。

 

「一応、考えはする。やり方等に関して、ミステール達と相談する。それでダメそうなら諦めてくれ」

「君達への依頼の鉄則、「君達の意思が最優先」というのは、これについても同じだ。十分だよ」

 

 満足そうに頷くクロノに、オレはもう一度だけため息をついた。

 

 

 

 

 

 結果、今回はオレ(いつも通りエール、ソワレ、ミステールも装備として着いて来てくれた)の他に、フェイトとアルフ、なのはとガイ。そしてユーノという、主にミッド式魔導師で構成された面子となった。

 最初オレは一人でこの依頼を受けるつもりだったが、ミステールから「指導経験のない主殿では、ついてこれない者のフォローができんじゃろう」というもっともな指摘を受け、実戦形式で見せることとなった。

 そして今回の相手はミッド式の魔導師。ならば同じミッド式魔導師への指示を見せるのが、彼らにとっても分かりやすいだろうということになり、このような構成になった。

 ……もちろんシグナムは最後までごねた。特に彼女はクロノのことを(オレが絡むと)まるで信用しておらず、「御身にもしものことがあったら」と無理にでもついて来ようとしていた。

 だが先述の通り、オレは彼女達にも休息を取ってもらいたかった。最終的に彼女は弟子であるユーノに「奴が妙なことをしないよう、しっかりと主をお守りするのだ」と命令を出すことで妥協した。

 今回ははやての見学もなし。彼女は家で夕飯の支度をしている。さすがにブラン一人にシャマルの抑えを任せるわけにはいかないからな。……いい加減彼女も、料理時のうっかりを直してもらいたいものだ。

 

「本日は僕達の無茶な依頼を引き受けてくれて本当にありがとう。よく来てくれた」

 

 アースラ転送ポートにて、クロノとリンディ提督が出迎えてくれる。その後方に、見覚えのある(本当に見覚えしかないが)武装局員が3人。

 この様子からして、恐らくはその3人が件の嘆願者なのだろう。いかつい大男、眼鏡の優男、金髪の軽そうな男という取り留めのない組み合わせだった。

 

「民間団体「マスカレード」より、本件の受諾を正式に宣言させてもらう。本日はよろしく頼む」

「……そこまでお固くやる必要はないんじゃないか? 一応、ここにいる全員が訳知りなんだから」

 

 形式的に対応するオレに、クロノは苦笑を浮かべた。確かにその通りではあるが、こういうところをなあなあにするわけにはいかない。彼らがオレ達の「身内」と呼べたとしても、少なくとも今は「局員」なのだから。

 オレがそう答えることが分かっていたのか、クロノと違ってリンディ提督は穏やかで人のよさそうな笑みを崩さなかった。……あの表情の奥で何を考えているのか分からないから、油断ならない人なのだ。

 

「それでは本件の依頼者である、本艦の専属クルーである武装局員を紹介します。左から順に、フェルディナント・アームストロング三尉、ハーバート・マクミラン一尉、ジェイスン・リー三尉です」

「代表して、ハーバート・マクミランです。我々の嘆願を聞きいれていただき、クルー一同感謝しております」

 

 リンディ提督に促され、真ん中の眼鏡が前に出る。どうやら彼がまとめ役のようだ。まあ、印象通りではある。

 この男は他二人よりも見覚えがある気がするが、どこでそんなに印象に残ったんだったか……、ああそうか。「ジュエルシード事件」のときに、クロノの代わりに指揮を執り行っていた男だ。あのとき眼鏡はなかったが。

 時空管理局の階級制度に詳しいわけではないが、それでも聞く限りでは彼は両隣の二人より上だった。指揮を任されたことからも分かる通り、所謂「キャリア組」というやつなのだろう。

 つまり、彼こそがオレの指揮(と皆が言い張るナニカ)を学びたいと考えた張本人ということになる。

 

「まだ感謝を受け取るわけにはいかない。失望に変わるかもしれないからな。あまり期待はしないでもらいたい」

「……フフ。そのご年齢でそれだけの返しが出来るのだから、期待するなというのは無理な話です。我々は全員、あなた方に魅せつけられているのですから」

 

 やれやれと軽くため息を漏らす。ギルおじさんが語った「カリスマ性」とやらも、思った以上に影響範囲が広い。所詮は異常性の結果論でしかないというのに、困ったものだ。

 こんなところで長々と立ち話するものでもない。ハラオウン母子に言われ、オレ達は訓練施設の方に移動することになった。

 と、その前に金髪男からの質問があった。

 

「あのー。今日はそちらさんのサムライマスターさんって、いらっしゃらないんっすかね?」

 

 サムライマスター。一瞬誰のことか分からなかったが、すぐに思い至った。どう考えても恭也さん以外にありえなかった。

 軽そうな見た目だとは思ったが、口調も軽かった。アースラ武装局員として勤められているのだから、それだけではないのだろうが。

 

「彼は今日は来ていない。本日の案件に、彼は適さないと考えた。彼一人いれば大体のことが解決してしまうからな」

「あー、そりゃ確かに。あの人魔法使えないはずなのに、カタナで砲撃魔法も斬れるって噂っすからねー」

「いや、そんなところは見たことないが……彼の場合出来そうで怖い」

「……わたしの家族ってー!」

 

 いつも通りのなのはの嘆き。だが彼女も、最近は一歩分ぐらい彼の領域に足を踏み入れていることを、まだ自覚していなかった。彼女の心の平穏のためにも、気付かぬことを祈るばかりだ。

 金髪男――リーは、眼鏡のマクミランにたしなめられた。

 

「ぶしつけですよ、リー三尉。彼女達にも事情というものがある。無遠慮に踏み込んでいいものではありません」

「えー、別にいいじゃんさーハーちゃんよー。せっかくだからサムライマスターさんの剣技も見たかったんだし。ハーちゃんも見たかったべさー?」

「……変な呼び方をしないでください。私はハーバートです。そもそも勤務中の呼称は家名と階級の組み合わせを使うべきであり……」

「細かいことを気にするな、ハー坊。そんなことを気にしてるのは、この艦じゃお前さんと執務官殿だけだ。もっと大きく構えんと、将来はげるぞ」

 

 彼らのまとめ役は、いじられ役でもあったようだ。階級はマクミランの方が上のようだが、この大男――アームストロングの方が古株らしく、頭が上がらない様子だ。

 生真面目眼鏡は何かに耐えるように震えながら眼鏡の位置を直し、カツカツと足音を立て、無言で廊下を進んで行った。大男と金髪は、顔を見合わせてやれやれと肩を竦めた。

 

「以前はそれどころではなくて気付かなかったが、中々愉快なクルーをお持ちのようだな」

「リンディ提督が直接声をかけた連中だからな。あれで有事には頼もしい。……で、誰が将来はげるって? フェルディナントさん」

「おっと、聞こえとったか。なぁに、言葉のあやってやつよ。最近はクロ坊も、誰かさんの影響で、余裕が出てきたからな。ハー坊ほどはげる心配はなかろうよ」

「……他に人のいるところでクロ坊はやめてくださいよ。一応、執務官としての立場はあるんだから」

 

 クロノの言葉は額面通りではなく、単なる照れ隠しなのだろう。ちょっと顔を赤くしながら、彼はそっぽを向いた。このアームストロングという男は、どうやら相当の古株であるようだ。

 ――訓練施設に着くまでリーが饒舌に語った内容によれば、アームストロング(通称ディーさん)は元々、エスティアのクルーだったそうだ。つまり、クロノの父のかつての部下だ。

 例の一件よりも前に艦を降りていたため、あの悲劇に直接は遭遇していないらしい。だがその後、母親一人で奔走するリンディ提督を見かねて、アースラのクルーとして現場復帰することを決めたそうだ。

 言うなればギルおじさんと同じようなもの。そのやり方がもっと直接的であり、彼らのすぐそばで見守っているのだ。彼もまた、クロノがオレのように屈折しなかった理由の一人なのだろう。

 

「わしはこの歳で嫁さんも子供もおらんからな、いい加減諦めておる。目下一番気になってたのは、クロ坊がちゃんといい人を見つけられるかどうかだったんだが……予想以上に大物で、わしびっくり」

「あ、そーそーそれそれ! 俺っちも気になってたんすけど、リーダーさんと執務官って今どれぐらい進んだんスか!?」

 

 彼らの弄りの矛先がオレの方を向いた。やや後方に付いてきているユーノが表情を険しくしているのを、チラリと見て確認する。

 

「現状では箸にも棒にもかからないレベル、と言ったところだ。彼自身、自分がどう思っているか分からないそうだ。まったくもって幼稚園児レベルのヘタレ男で困ったものだ」

「誰が幼稚園児だっ! いや確かにまだ分かってないけども!」

「えー、まったまたぁ。執務官、ことあるごとにリーダーさんのこと引き合いに出して、俺らにハッパかけるじゃないっすか。控え目に見て憧れの人としか思えないっすよ」

「はあぁ~……こりゃひ孫の顔を見られるまで、先は長そうだなぁ」

 

 ユーノが出張るまでもなく、オレ一人で十分あしらえるレベルだった。所詮クロノだからな。

 だがユーノ、ホッと一安心している場合じゃないぞ。お前もどんぐりの背比べでしかないのだから。

 

 

 

 アースラは全長500mを超す巨大な戦艦(オレの感覚として。管理局の平均的な艦船のサイズなど知らん)であり、その巨体の中に模擬戦を行うための訓練フィールドも存在する。200m四方の立方体の空間だ。

 通常はただの四角い殺風景なだけの部屋なのだが、オペレータが操作することで各種フィールドの形成や仮想ターゲットを出現させるなどができ、様々な種類の訓練に対応している。

 アースラの巡航に常勤する武装局員は約20名。事件の捜査に当たるときは倍以上に膨らむこともあり、彼らのコンディションを常に最高に保たなければならないのだから、艦内にこれだけの訓練施設があることも頷ける。

 本日はここで模擬戦を行い、オレ達の戦い方を見てもらうことになる。……より正確に言うならば、戦闘行動におけるオレの指示出しを、か。

 

「はぇー……ひろーい! アースラにこんな場所があったんだ!」

「なー。一応、まともな訓練が出来る設備があるのは知ってたけど、こりゃすげーわ。よく船の中にこんなもん作ったな」

 

 なのはとガイ。彼らについては、「まともな戦闘行動」は無理だろう。戦闘訓練など受けて来ていないし、人間を相手にすることに至ってはほぼ経験がない。心の準備が出来ているようには見えない。

 そもそもなのはは、シャマルがいなければろくに砲撃を当てることが出来ない。室内で距離に制限が設けられるとは言え、「いつも」のスペックは望むべくもない。あてにすることはできない。

 つまり、今回オレが主力として動かすのは、フェイトとアルフ、仕上がり次第ではユーノも。……あまり姉としてフェイトに無茶をさせたくはないが、このやり方では彼女に頑張ってもらうしかない。

 

「……大丈夫だよ、おねえちゃん。わたしは平気。それに、久しぶりにミコトの力になれるから……ほんとのこと言うと、嬉しいんだ」

 

 表情は動かしていないつもりだったが、妹として、娘として、同じ時間を過ごしてきたフェイトは、オレの胸中を察したようだ。……本当によく出来た妹で、姉としても鼻が高いよ、まったく。

 彼女が手に取ったオレの左手を、軽く握り返す。オレも大丈夫だと言葉なく伝える。人型になっているアルフが、笑顔でオレ達の肩を抱いた。

 

「僕もですよ、ミコトさん。こういうときにあなたの力になるために、僕はシグナムさんから剣を習ったんです。……師匠命令だけでなく、僕の気持ちとしても。今日は僕があなたの剣になります」

 

 剣状シールド「ソードバリア」を展開し、オレの騎士達がやるようにかしずくユーノ。意外とサマになっている辺り、シグナムから練習させられたのかもしれない。何をやっているんだか。

 ……いいだろう。そこまで言うなら、お前のことも戦力としてあてにさせてもらう。無様を晒すことは許さんぞ。

 諸所の要件により戦力外となる二人を除き、こちらは準備万端の様子。そんなオレ達を見て、マクミランが微笑を浮かべた。

 

「この光景だけで、あなたがどれだけメンバーに愛された指揮官なのかがよく分かります。私の目に狂いはなかった」

「時折愛が重すぎる連中もチラホラ見かけられるがな。それに、決めつけるのは早計というものだ。まだ模擬戦は始まっていない」

「あなたは既にいくつもの実績を積み重ねている。それを可能にしたのは何か……私はそれが知りたいのです」

 

 意外と言うかなんというか、マクミランは思ったよりも野心家であるようだ。否、向上心が強い、と言った方が近いか。

 猜疑というほどではないが、彼のイメージからは若干離れており、疑問を持つ。オレが聞くまでもなく、彼は答えを語る。

 

「私は、クロノ執務官と同期です。年齢も同じ、今年で16になります。それ故と言えばいいか、彼にはシンパシーのようなものを感じるのですよ」

「そうだったのか。……お前が老けているのか、クロノが小さいのか、とてもそうは見えないな」

「身長の話はするな。それに今のペースで伸びれば、数ヶ月後にはハーバートよりは大きくなるはずだ」

 

 そのペースで伸びればな。……抜け駆けは許さんぞ、絶対に。

 オレの視線にこもった力にクロノは身震いし、理由が分からず困惑した。その鈍さだから幼稚園児レベルだというのだ。

 身長の話は冗談のようなものだったのだが、マクミランは「まさにそれです」と指摘した。

 

「ご存知の通り、クロノ執務官は年齢の割に成長が遅い。それが休息の欠如によるものだということは、我々の間でも問題となっていました。彼の優秀さに甘えていた、ということですから」

「なるほどな。つまりお前は、彼の負担を軽減するために、指揮官としての成長を考えているということか」

「……部下からの思いやりに喜べばいいのか? それとも身長ネタを真面目に考察されて困ればいいのか?」

 

 手札が強化されるのだから喜んでおけ。それに、これは単純に身長だけの話ということではない。

 要するにこの男は、「自分達がふがいない」「一人に依存する環境を何とかしなければならない」と問題意識を持っているということだ。アースラという「集団」を健康に保つためには、必要不可欠なことだろう。

 なるほど、このあおり耐性のない男も、やはりリンディ提督がスカウトした人材だということだ。決して、数が取り柄の有象無象ではない。

 別に心を打たれたというわけではない。あの人のよさそうな女性が、やっぱり中身は狡猾な狐であったことを再確認しただけの話。

 さりとて、今日の依頼は彼らへの……彼への「技術伝達」だ。

 

「アースラチームが出来る限り存続することは、こちらにとっても望ましいことだ。少しでもオレから学べることがあるなら、自力で掴み取れ。生憎とオレには教導のノウハウなどないのでな」

「リーダーさんのオレっ子入りましたー! やっぱ聞いてて気持ちいいっすよねー、これ」

「リー三尉! ……大変失礼を致しました、ヤハタ殿」

「別に気にすることではない。ただの事実だからな」

 

 空気を読まずに話に入ってきたリー。オレの周りの奴らも似たようなものなので、今更騒ぎ立てるようなことでもなかった。

 

 ほどなくして、アームストロングが3人の武装局員を連れてきた。3人ともここ一年で加入した新人であり、階級は一~二等空士。先の3人を合わせた合計6人が、本日の模擬戦相手となる。

 クロノは不参加のようだ。……正直、この面子で彼に参加されたらどうしようもなかっただろうな。いくらなんでもこちらの手が足りなさ過ぎる。

 

「最終確認だ。模擬戦はチーム戦で行い、全員の戦闘不能、または指揮官の撃墜・降参宣言で決着する。試合時間は30分、時間内に決着がつかない場合は、クロノ執務官、リンディ提督、エイミィ補佐官の判定で勝敗を決する。異論はあるか?」

「問題ありません。勝敗の決定も非常に分かりやすく、妥当な形式でしょう」

「主に指揮を見せるという依頼内容を鑑み、見通しの良い戦闘フィールドで行う。また、分析のための映像記録は許可するが、これはアースラ外に持ち出すことを禁ずる。アースラスタッフ以外に見せるのも禁止だ」

「え、そうなんすか?」

 

 模擬戦のルールをすり合わせていると、リーが心底驚いた様子で口を挟んだ。オレ達の方針を考えれば、すぐに分かる程度に当たり前のことだと思うんだがな。実際、マクミランとアームストロングは理解している。

 

「我々は「匿名の民間団体」というスタンスを崩す気はない。当然、この姿を管理世界の人間に広く知らしめる気もない。それは我々の身元を特定する可能性に繋がり、悪手だ」

「彼女達が「そう」であるというのは、クロノ執務官からもリンディ提督からも、口を酸っぱくして注意されたことでしょう。もったいないというのはその通りですが、それで彼女達との仲を険悪にしては本末転倒です」

「人には人それぞれ、事情ってもんがあるんだ。察してやらねえと、いい男になれねえぞ」

「あー、そういやそうっすね。アルの奴に自慢してやろうと思ったのに……」

 

 なるほど。つまりは彼が今回の件の発端――聖王教会の騎士から話を聞きだした張本人ということか。

 しかし、「アル」か。……どうにもヴィータ(変身魔法使用)にやたら懐いている細剣使いの新人騎士が思い浮かぶのだが。確かに口止めはしていなかったが、口が軽すぎやしないだろうか。

 次回の訓練依頼のときには少し灸をすえるようヴィータに言っておくか。

 

「「マスカレード」に依頼を受けてもらった、程度のことなら言っても構わん。要するに我々の身元につながる情報を無闇に広めなければ問題はない。個人情報の保護は重要なことだろう?」

「うーん、まあしょうがないっすかね。リーダーさんが不特定多数に知られるのは、確かに嫌だし」

 

 もっと渋るかとも思ったが、割合あっさり納得してくれた。……先のマクミランの発言通り、彼も「魅せつけられた」クチなのだろうか。

 アームストロング、それから新人空士たちも、リーの言葉に「うんうん」と頷いて同意している。彼らの中でのオレの扱いが非常に気になる一幕である。

 ……今は気にせずにおくのが精神衛生上よろしいかもしれない。

 

「納得したなら話を戻すぞ。とは言え、あとは当たり前の内容だけだ。危険行為の禁止、即ち殺傷設定魔法の使用禁止。ミッド式の魔導師ならば、普段から心がけていることだろう」

「ええ。アースラスタッフには近代ベルカ式すらおりません。かの文化の殺伐とした風習とは無縁ですよ」

 

 本当に殺伐としてるからな、ベルカの騎士どもは。訓練だと言っているのに殺気をたぎらせて立ち会うのだから。それに笑って応じていた恭也さんも十分にアレだったが。

 ともあれ、そういうことなら心配はないだろうが、念のためにもう一つ。

 

「非殺傷だからと言って双方油断はしないことだ。魔法に弾かれた質量体や、飛行中の意識の喪失による墜落は、非殺傷とは無関係にダメージが発生する。絶対に安全なものなど存在しないと肝に銘じてもらいたい」

「……最も忘れがちな事柄ですね。滅多に起こらないと油断したときが一番危険である。我々も意識徹底させていただきます」

 

 これにて確認は完了だ。マクミランは「では後ほど」と言って、模擬戦に参加する武装局員たちを開始位置へと連れて行った。

 オレ達もそれに倣い、自分達の開始位置へ移動する。同時、戦闘前最後の作戦会議を行う。

 

「事前に言った通り、こちらの主力はフェイトを軸にアルフが補助、ユーノに単独遊撃を行ってもらう形になる。なのはとガイ、特になのはは、絶対に無理に攻撃を仕掛けようとするな」

「うぅ……分かってるけど、それだとなのは、何もすることがないの」

 

 今のなのはに出来ることは、単独では扱いきれない砲撃の数々に覚えるだけ覚えた誘導制御射撃、硬さだけはそれなりのプロテクション、一応補助で練度の低いリングバインドが使える程度だ。

 彼女は魔法の才能を「遊びに使うもの」と割り切っているところがある。つまり、日常の訓練(遊びの研究)は実用性など考えていない。実用を考えたところで、彼女には扱いきれないからだ。

 なのはは、高町家特有の戦闘の才能と裏腹に、その性格がとことんまでに戦闘に向いていない。ガイは特別な信頼があるから別として、それ以外の人間に砲口を向けることなど出来ないだろう。

 そもそも彼女の夢は翠屋のパティシエールを継ぐことであり、ガイと一緒に翠屋二号店を家族経営することだ。戦闘技能を育てたところで、せいぜいが有事に困らない程度にしかならない。

 今の状況にしても、オレ達への依頼に協力してくれているのは彼女の厚意であり、必須ではない。須らく彼女が魔法戦闘の能力を磨く必然性にはつながらない。

 それでもオレは、彼女が何もできないとは思わない。本当に何もできないなら、この場に連れて来てはいない。

 

「攻撃をしろとは言わないが、砲撃をするなとは言ってない。無論、人に向けて撃てとも言わない。いつも通り、砲撃で「遊んで」くれれば十分だ」

「へ? それって、どういうこと?」

『つまり、攪乱と陽動。お主の役割は目くらましとこけおどしじゃよ』

 

 局員が離れたことでミステールが口を開く。オレの言いたいことをなのはが分かるレベルに噛み砕いて伝える。

 なのはの砲撃は、見た目が派手だ。当たればそれなり以上の威力がある。さらにはバリエーションが豊富で、実用性にさえ目を瞑れば、砲撃の分野だけはアリアすらも超えている。

 たとえ当たらないと分かっていても、それを見せつけられれば相手は警戒せざるを得ないだろう。それで怯まないのはベルカの戦闘狂か、もしくはこちらの手の内を読み切っているかだ。

 

「君がすべきことは、フェイトとアルフ、ユーノを信じて、砲撃魔法を撃ち続けることだ。相手の注意を惹きつけられれば、それだけ勝率は上がる」

「そうだね。わたし達も、なのはが陽動をしてくれればきっとやりやすくなる。頼りにしてるよ」

「ふぅちゃん……、うん! なのは、がんばります!」

「あんまし張り切りすぎて魔力切れ起こすなよー。んでミコトちゃん、俺の役割は?」

 

 今の話はなのはの役割についてのみ。ガイについては触れていない。

 そしてなのはには悪いが、ガイには前線に出てもらうことになる。彼にはフェイトとアルフの護衛を務めてもらう。

 

「お前はオレ達の生命線の保護だ。分かっているだろうが、恭也さんもシグナムもいない今回、オレ達の攻撃戦力はほぼフェイトとアルフだけだ。ユーノもがんばってはいるようだが、あの二人のようにはいかないだろう」

「それはそうですね。一朝一夕であのレベルに到達できるなら、誰も苦労はしません」

 

 ユーノも色々と迷走はしているが、それでも彼は自己分析が出来ている。そういう生来の優秀さは、筋肉だるまになっても変わりないようだ。

 ガイではなくユーノにフェイト達の防御を頼むというのも選択肢ではあるが、今回は攻撃戦力がとことん限られている。駆け出しレベルとは言え前衛適性があるのだから、遊ばせる手はない。そのための遊撃だ。

 

「それだとミコトちゃんが丸裸にならねえか? ……ミコトちゃんの丸裸、ハァハァ」

「しばくぞ変態。オレはなのはの指示出しのために彼女と行動をともにする。基本は彼女のプロテクション任せ、臨機応変にユーノに対応してもらう」

 

 不適切な発言をした変態にはユーノがチョークスリーパーをかけた。ゴツゴツした腕でがっちり極まったようで、ガイは本気で苦しそうな顔でタップした。

 手段を選ばなければ、ソワレの「黒いカーテン」や、ミステールがプロテクションを張ることで防御は可能だが……さすがに局員の前で大っぴらに使うわけにはいかない。

 彼ら、特にマクミランあたり、全く気付いていないということはないだろうが、それでも「公表する気はない」という意思表示は必要だ。そも、今回は指揮を見せるのであって"魔法"を教えるのではない。

 なので、今回はミステールの念話共有にも頼らない。彼女がいなかったときに使っていた念話用のインスタントデバイスを使用する。

 

『わらわ達の役割は、あくまで万一に備えて、じゃ。主殿に傷の一つでもついたら、奥方が怒り狂うのでな』

『責任重大だよー、ユーノ君。なんせシグナムさんの役割だからね!』

「分かってるよ。師匠直々に言われてるんだから。絶対、ミコトさんには指一本触れさせません」

「自分の役割を間違えるなよ。お前には遊撃を任せたんだから、攻撃できるなら攻撃をしろ」

「あはは……。でも、うん。一緒にミコトちゃんを守ろうね、ソワレちゃん」

『んっ!』

 

 何のかんの言いながら、割といつも通りの空気になった。このぐらいが一番実力を発揮できるだろうから、それでいいのだろう。

 

 

 

 

 

 訓練フィールドの中央に投影された仮想ディスプレイのランプが、黄色から青へ変化する。それが模擬戦の開始を意味し、武装局員たちは行動を開始する。

 マクミランの指示によって彼らは陣形を作る。アームストロングを先頭に、その後ろにリーが追従し、さらに後方に新人たちが広く展開した。どうやら、まずはミッド式の基本的な戦術で来るようだ。

 即ち、シールドによる防御と、砲撃・射撃魔法による遠距離からの狙撃。現段階では彼らの近接戦闘能力は分からないが、ミッド式魔導師だけあってミドル~ロングレンジにはそれなりの自信があるようだ。

 そして、読み通りでもある。初っ端から突撃戦法はないと踏んでいた。だからこそ、こちらの方が早く行動を起こせる。

 

「派手にやれ、なのは!」

「了解! お願い、レイジングハート!」

『All right, Master. Divine Buster Fireworks.』

 

 向こうが砲撃で攻撃するためには、プログラムを構築し、狙いを定め、魔力を通すという行程が必要になる。余程の達人でもない限り、この行程には数秒の時間を必要とする。

 これに対しなのはは、砲撃プログラムの構築に関しては尋常でなく素早く行うことが出来(ガイのシールド構築をも超える)、狙いを定める必要がない。こけおどしなら魔力を多くを使う必要もない。

 だから、開幕1秒でいきなり砲撃ブッパなどというキチガイ染みた戦法を可能とするのだ。向こうの陣営、特に新人たちに動揺が走ったのを間違いなく視認した。

 

『Ignition Burst.(爆散)』

 

 彼らの中で唯一不動であったアームストロングが赤銅色のシールドを展開した瞬間、なのはの砲撃は大量の煙をまき散らして爆発した。これまた派手にやったものだな。

 「ディバインバスター・ファイアワークス」。なのはの砲撃遊びで生まれた、「砲撃の煙花火」とでも呼ぶべき代物だ。「マルチウェイ」でも使われている自壊プログラムを組み込んだ、遠隔制御砲撃魔法。

 爆散した時点で砲撃魔法としての性能は失われ、その性質上攻撃力は皆無。代わりに、本来攻撃力となるはずだった魔力が膨大な煙幕に変化し、視覚での認識を阻害する。要するに派手な目くらましだ。

 砲撃の慣性に乗って、桜色の煙幕は彼らの周囲を吹き抜ける。これでしばらくの間、彼らは単純に目で見ることが出来なくなった。

 これの対処法は三つ。一つは、彼女以上の魔力による爆風を起こして煙幕を取り払う方法。彼らの中にそれだけの魔力を持つ者がいるかは分からないが、この方法を行うならば溜めが必要になるだろう。

 フェイトの素早さならば、その行動を起こされる前に攻撃態勢に入ることが出来る。彼女はもう一つの対処法を使って敵の位置を把握しているはずだ。

 もう一つの対処法。サーチャーを使って魔力反応を探るという、ミッド式魔導師ならではの方法だ。これならば視界を塞がれても魔導師の存在を認識することができ、事実彼女は迷いなく敵陣に突っ込んでいく。

 

「……防げ、ガイ!」

「おうよ! ディバイドシールド・改!」

 

 どうやら相手も対処法に気付いたようだ。煙幕の中で魔力の灯りがともり、彼らに向けて射撃魔法(恐らくシュートバレット)が三方から放たれる。

 ガイは飛行シールドを操作してフェイトの前に躍り出て、多面体シールドを使って射撃魔法を受け流す。直後、前方から砲撃魔法。エネルギー性攻撃にはめっぽう強いそのシールドは、それでもびくともしなかった。

 だが、弱点がないわけではない。あれは物理的な力に弱い。だからオレはすかさず次の指示を出す。

 

「スイッチ!」

「うおわ!? あっぶ!?」

「ここはあたしが! おりゃあっ!」

 

 煙の中から鋼の巨人と見紛うほどの迫力で、アームストロングが突撃を仕掛けてきた。

 どうやら彼は近接戦闘が可能なようで、汎用ストレージデバイスの先端に赤銅の光を宿していた。恐らくは、魔力付与打撃。その一撃を受けて、ディバイドシールドはガラスが割れるような音とともに砕け散った。

 煙の動きで三つ目の対処法、即ち煙幕からの脱出を試みる者がいるかを注意していたが、正解だったな。すかさず出したオレの指示で、アルフが先頭に立ち徒手にて攻撃を仕掛ける。ガイはギリギリで難を逃れたようだ。

 アームストロングはシールドを展開……はせず、デバイスの柄の部分でそれを受け止めた。恐らくは魔力で強化しているのだろう、アルフの魔力付与打撃を受けて、多少たわむ程度で止まる。

 ……ふるつわものは伊達ではない、か。彼の階級から考えて魔導師としてはそこまで優秀ではなかったのかもしれないが、その経験に裏打ちされた強さは、現時点で最も警戒すべき相手だ。

 

「ここを通りたくば、わしを倒して行けぃ!」

「ちぃ、厄介な! シールドだったらバリアブレイクの餌食なのにさぁ!」

 

 恐らくはアームストロングもそれを警戒していたのだろう。近接戦闘において、シールドは逆に穴となりやすい。そのことを、彼は経験上知っていたのだ。

 フェイト達の行く手を阻む巨人。もしこれが彼一人ならば、それでも強行突破は可能だろう。問題は彼の後ろで火砲支援の態勢に入っている新人たち。彼を意識しすぎれば、集中砲火の的だ。

 ここが次の札の切り所だ。オレはインカムを通して、フェイト達とは別の方向から攻め込んでいるもう一人に指示を出す。

 

「砲手を何とかしろ。方法は問わん」

『了解! チェーンバインド!』

 

 ユーノが魔法陣を展開し、そこから極太の鎖が幾重にも絡み合い、巨大な壁となってアームストロングと後方部隊を分断する。上手い使い方をするものだ。

 これで巨人は孤立する形となった。このままでは後方に手出しできないが、まずは現状で一番厄介な相手を処理することを優先する。

 その旨をフェイト達に伝えようとし……オレの勘に引っかかるものがあった。違和感、とでも言うべきか。

 それは、先のガイが防いだ砲撃魔法。あれは他の射撃魔法と比べて練度が高かった。つまり、あの魔法を撃ったのは新人ではない。三尉以上の3人の、残り2人のどちらかによるものだ。

 マクミラン……ではない。直感でしかないが、彼はここまで直接手出しを行っていないと思われる。つまり、金髪軽薄男のリーが下手人だ。そして彼は、あの砲撃から目立った動きを見せていない。

 ……もしオレがマクミランの立場だったとして、この状況でリーを留め置くだろうか。いや、逆に好機と考えるはずだ。ほぼ全員の注意が巨体へと集中し、指揮官の周囲が手薄になるこの瞬間は、間違いなくチャンスだ。

 

「なのは、プロテクションだ!」

「は、はいなの!」

 

 オレとなのはを覆う形で桜色のプロテクションが張られた直後、黄土色の砲撃がバリアの側面を叩いた。破れることはなかったが、衝撃がオレ達を襲う。

 

「きゃあ!?」

「くっ」

『だ、大丈夫ですか、ミコトさん!』

「うぇーい、今の防ぐっすか。っかしーなー、気付かれてないと思ったんだけど」

 

 いつの間にやら、リーはフェイト達の後方、オレとなのはの前方30mほどの上空に浮かんでいた。

 なるほど、あの砲撃はガイのシールドを抜くための攻撃ではなく、こちらがやったことをそのままお返ししたというわけだ。すなわち、煙幕を逆に利用した隠密行動。

 マクミランの指示だろうが、彼は実行してみせた。軽そうな見た目と裏腹に、とんだ食わせ者だ。なるほど、クロノの言う通りだ。これだけの実力者たちならば、有事にはとても頼もしいことだろう。

 

『すぐにそっちに向かいます!』

「いや、来るな。お前はそのまま敵戦力を叩け。こっちはこっちで何とかしてみせる」

『っ、分かりました! すぐに終わらせますから!』

『ありゃりゃ。いーんすか? そっちのピンクのおじょーちゃんのバリアは確かに固いみたいだけど、本気でやりゃあ破れないほどじゃあねっすよ?』

 

 わざわざ念話デバイスに念話を送ってくるリー。盗聴に周波数解析、相当器用な奴だな。アームストロングが正統派な戦士だとしたら、彼はトリックスターか。なるほど、アルトマンと気が合うわけだ。

 余裕なのかただの素なのか、彼はすぐには攻撃を再開せずにオレとの会話を試みる。……待ってくれるなら、利用しない手はない。

 

「この状況でなのはに防御役を任せるほど、お前達を侮ってはいない。そもそも彼女は、まともな戦力としてはカウントしていないからな」

『そーなんすか? 砲撃の才能はすげーあるっぽいすけど』

「砲撃だけで何とかなるほど、世の中甘くはないだろう。彼女は母親にお菓子作りを習っている方がよっぽど似合っている」

『はは、ちげーねえっす。こんな子供が戦場に出るなんざ、あっちゃあならねーっすよね』

 

 軽く言っているようで、その言葉には力がこもっていたように思う。何となく、彼のバックグラウンドが透けて見えた気がした。だからどうということでもないが。

 

「だが、何事も使いようだ。彼女に戦う意思はないが、伊達や酔狂でこの場にいるわけではない」

『へえ。さっきの砲撃煙幕もマジでびっくりしたけど、今度は何を見せてもらえるんすかね』

「もちろん、「子供の遊び心」だ。大人が失った柔軟な発想、とくと見るがいい」

 

 会話をしながら、オレはなのはに指示を出していた。彼女はちょっと迷ったが頷き、レイジングハートを構える。その向きは……後方。

 オレは左手で彼女に腹から抱える形でしがみつき、それを確認してなのははバリアを消した。即座に展開される次の魔法陣。

 

「ディバインバスター・アフターバーナー!」

 

 コウッという音とともにレイジングハートの先端に極太の光が灯る。同時、なのはとオレは、リーのいる場所に向けて勢いよく射出された。高速移動魔法もかくやという速度だ。

 なのはは、フライアーフィン以外の移動魔法を習得していない。「ジュエルシード事件」のときに高速移動魔法を覚えようという案はあったらしいが、必要になる場面がなさそうだったために見送り、そのままになった。

 それ以前の問題として、なのははあまり運動神経がよろしくない。高速移動魔法を覚えたところで、フェイトほど巧みに使えるようにはならないだろう。

 だから彼女は、「魔法で遊ぶ」という意思も相まって、そのリソースを砲撃に全振りすることとなった。そして、砲撃のバリエーションで疑似的な移動魔法を実現するに至ったのだ。

 ディバインバスター・バリエーションの一つ「アフターバーナー」。射程を極端に短くする代わりに自身にかかる反作用を大きくし、その勢いで高速で空を飛びまわるという珍妙極まりない砲撃魔法だ。

 誰を真似しているかなど考えるまでもないだろう。ガイの飛行魔法を見て、「自分にしか出来ない工夫」を試行錯誤した結果が、この通常は使い道が全くない「高速移動砲撃魔法」だ。

 この魔法の性質上、なのはは後方に向けて加速することになる。つまり、彼女一人だと移動を制御しきれないのだ。魔法自体は砲撃だが、結局は高速移動魔法と同じ課題にぶち当たることとなった。

 だからオレが制御する。そのために、オレは前を向いて彼女にしがみついたのだ。

 

「はぁ!? 何ソレェ!?」

 

 こんな砲撃の使い方を想定していなかったか、それともオレ達が高速移動したことが想定外だったか、リーの顔に驚愕が浮かぶ。

 どうやら彼は近接戦闘の心得はないようで、慌てた様子で射線から逸れた。実際のところ、この移動方法はGがすさまじく、オレ達の方も攻撃に移る余裕がないので、正直言って助かった。

 が、せっかくなので一泡吹かせてやろう。すれちがいざまの一瞬で右手をリーに向け、照準を合わせる。環境ノイズさえ混じらなければ、オレの射撃は百発百中なのだ。

 

「ショット!」

「ぶはっ!? なにごとっ!?」

 

 右手の甲にクロスボウ型で収まるエールから、威力のない風圧弾が発射され、それはリーの顔面に命中した。彼はいきなり顔面に風が吹いたことに驚き、目を白黒させた。

 満足いく結果を得られ、しかしオレの勝負はここからだ。上手くなのはを制御し、フェイト達に合流しなければならない。

 蛇行、急降下、滑空、上昇。ほんの短い間にアクロバティックな動きを連続させ、時折エールの風で軌道を修正する。……ソワレの補助がなかったら、とてもじゃないが掴まっていられないな。

 だが、何とか制御に成功する。オレ達はフェイト達の後方10mほどのところに、派手に軟着陸することに成功した。

 

「うぅ、気持ち悪い……」

「……これも課題事項だな。フェイト、リーの対処を任せる。アームストロングはオレ達に任せておけ」

「分かった! アルフ、お願いね!」

「はいよぉ! ミコトママはあたしに任せな!」

 

 ちょっと顔を赤らめてから、フェイトは先ほどオレ達がいたところに飛び立った。彼が近接戦闘を苦手とするなら、フェイトをぶつけるのが一番効率的だ。

 逆に、経験に裏打ちされた強さを持つアームストロングに対しては、純粋な火力で押し潰すのが最も手っ取り早い。

 とはいえ、相変わらずなのはは直接的な攻撃力にはならない。この距離なら外さないだろうが、それでも彼女が人に砲撃を向けられないという問題が残っている。

 だから彼女には、また砲撃で一工夫してもらう。

 

「これで最後だ。だからもう少しだけ、力を貸してくれ」

「……ううん、違うよ。なのはの力は、ミコトちゃんの力! 貸すとかじゃなくて、一緒に頑張るの!」

「そうだったな。では……覚悟はよろしいな、フェルディナント・アームストロング三尉」

「応ともよ。ハー坊の方が決着する前に、わしらも決着をつけようじゃないか」

 

 言って彼は、デバイスを斧かハンマーのように構える。彼の纏うバリアジャケットはところどころに傷が入っており、フェイトとアルフを相手に激戦を繰り広げたことが伺えた。

 彼と相対するのは、引き続きアルフとガイ、そしてオレとなのは。アルフを先頭に、両脇をなのはとガイが固める形で立ち、オレはその後方から全体を俯瞰している。

 アルフが雄叫びを上げる。アームストロングも応じ、獣のような咆哮を上げた。そして始まる白打戦の応酬。

 純粋な身体能力のみで見た場合、当たり前だがアルフに軍配が上がる。人と狼では何から何まで違い過ぎる。

 だがアームストロングは、その身に戦いの経験を蓄積させている。彼女がどこを打つか、どういう種類の攻撃を行うか、どこを守るかの全て把握し、的確に防ぎ、攻撃してきた。

 彼をあれだけ消耗させられたのは、やはりフェイトと二人がかりだったからだろう。一人になれば均衡は崩れ、アームストロングが優勢となる。

 そこで、なのはとガイを上手く使う。それぞれ得意分野が違い、得意分野のことしか出来ないこの二人は、だからこそ組み合わせることで超一流のプレイヤーへと変貌する。

 

「タイミングはこちらで指示する。自分達の技量を疑うな。この程度は、クリスマス前に何度も成功させてきただろう」

「わ、分かってるんだけど……やっぱり緊張するの」

「人に向けてってのは初めてだからなぁ。ま、なるようになるっしょ」

 

 ガイは軽口を叩いたが、表情は固かった。こればっかりは経験値の問題だから、仕方がないか。成功させてくれればそれでいい。

 オレはオレで、やることがある。必殺のタイミングを逃さないために、アルフとアームストロングの攻防から目を離さず、ひたすら観察を続けた。

 

 やがてそのときは訪れる。アルフの攻撃を防いだアームストロングが、デバイスを槍のように回転させて攻撃に移る、その一瞬。

 

「アルフ、サンダースキン!」

「っ! らぁ!」

「むおっ!?」

 

 オレの指示に従い、反射的にアルフが反撃魔法を発動させる。体の表面に電撃の膜をまとい、一度限りの攻性防壁として機能するものだ。

 この魔法は威力の割に難易度が高いらしく、アルフの場合発動中は身動きが取れなくなってしまう。能動的に攻撃を行う彼女にとっては、使い道の非常に限られる魔法だろう。

 だが、今は確実にアームストロングの動きを止められることの方が重要だ。アルフがオレの意図を理解し離脱すると同時、なのはとガイに向けて合図を出す。

 

「連携発動! コード「南斗人間砲弾」!」

『了解っ!』

「っつーか何でこの名前かなぁ!」

 

 エール命名の連携名にぼやきながら、ガイは飛行シールド「ドニ・エアライド」を加速させる。アームストロングは、まだ痺れが残っているだろうに、無理矢理に体を動かしてガイを迎え撃とうとする。

 だがここで彼にとっての予想外が起こる。それが、ガイ・なのは版の「南斗人間砲弾」だ。

 

「ディバインバスター・クイックシュート!」

 

 威力と効果範囲を絞った砲撃魔法が、ガイに向けて放たれる。味方に向けての砲撃魔法なのだから、初見は意図を理解できないだろう。

 なのはは、基本的に人に向けて砲撃魔法を撃てない。というか、暴力全般を人に向けることが苦手だ。必要とあればするだろうが、その後は決まって大泣きをするそうだ。

 基本的にはということは、例外がある。それがガイ。彼に対しては暴力は愚か、砲撃魔法を撃つことさえ躊躇いがない。

 それは彼への信頼の証。彼ならば受け止めてくれる。彼ならば絶対に大丈夫という、時間が育んだ底抜けの信頼故の、愛の形。

 高町の血を引いていることがよく分かるエキセントリックな愛を飛行シールドに受けて、ガイは急加速を得る。それはふるつわものの想定を優に超え、シールドがストレージデバイスとかち合い、跳ねあげた。

 

「なんと……!」

「これで終わりだよ! ライトニングブラストォ!」

 

 丸腰になったアームストロングに再び肉薄したアルフが、電気変換魔力を彼に叩き込む。疲労状態で内側からの衝撃はさすがに耐えかねたようで、とうとう彼はその場に昏倒した。

 ちょうどそのタイミングで、壁のようにそそり立っていたチェーンバインドが解け、消滅する。その向こう側に現れたのは、気絶して倒れる新人魔導師たち。

 

「終わりました! お怪我はありませんか、ミコトさん!」

 

 そして剣状シールドを突き付けられて降参するマクミランと、ほぼ一人で決着をつけてしまった筋肉少年の姿だった。

 ……オレ達の激闘は何だったのかと言わざるを得ない結末に、何とも言えない気分だった。

 

 

 

 

 

 大局的に見れば、ユーノがアームストロング(とリー)を分断出来た時点で、あとは耐えるだけで勝利条件を満たしていたようだ。

 ユーノは、剣士として見た場合は、確かに駆け出しレベルだ。だが魔導師として見た場合は、クロノに迫るレベルのベテランだ。

 各種補助魔法のレベルはそこらの新人では相手にならず、鍛え上げられた筋肉からソードバリアで剛剣を振るう。攻撃手段がなかったら話は違ったのだろうが、これではただのいじめにしかならない。

 

「なんというか……協力してくれた新人には悪いことをしてしまったな」

「ヤハタ殿はお気になさらず。こちらの未熟が原因であって、あなた方に非はありません」

 

 それでもマクミランは、新人たちとは違ってそれなりに戦闘になったようだ。彼はユーノと似たようなもので、補助魔法に特化しているそうだ。

 魔法の割り込みによる発動阻害や予兆のないバインドなど、対魔導師戦を考えれば非常に高度な能力を持っており、ユーノも魔法のみで戦っていたら苦戦を免れなかっただろうと語る。

 

「彼は凄まじいですね。あの歳であれだけの魔法能力に加え、あの肉体とあの剣技。管理局でも滅多にお目にかかれないほどの逸材ですよ」

「個人的には、あの筋肉の発達はまだ納得がいってないんだがな。彼がどこを目指しているのか、一応リーダーと呼ばれているはずのオレにも分からん」

 

 いやまあ、彼が何を求めてそうなったのかは分かっている。だが正直あの筋肉には引く。オレに対しては逆効果だったと言っておこう。

 ……感想は感想として、依頼の件についてだ。一応、オレは一定の指揮(と思われるもの)は見せたはずだ。だがあの程度で、何か分かるものだろうか。

 

「そうですね……何とも、言葉にしづらい感覚です。あなたはあなたのおっしゃる通り、当たり前のことをやっただけなのでしょう。ですが私には、やはりそれが非凡なものに感じられるのです」

「何故かそういう評価をよく受けるから、今更反論する気はない。……だが、何故非凡に見えたのか、そこには興味がある」

 

 人それぞれ、ものの見方というのは違う。オレにはオレの、クロノにはクロノの。そしてマクミランには彼にしか見えない世界がある。

 彼の世界において、オレはどう普通ではなかったのか。どこがそれほど「指揮官」であったのか。それは、純粋に気になっていることだ。

 彼は「少々お待ちを」と言って頭の中で考えをまとめる。急かさず、彼の中で言葉になるのを待った。

 

「……これは、あなた一人というよりは、あなたを取り巻く環境を含めてなのかもしれません。あなたのチームメンバーの戦い方は、魔導師のセオリーを外れていることが多い」

「それはあるだろうな。知っての通り、うちは本来、魔導師・非魔導師混成のチームだ。魔法使用が前提の連携は成り立たないことが往々にしてある」

「異なるものをまとめあげるというのは、非常に難しいことです。それをあなたは、当たり前にこなしてしまっている。そういうところに、我々は非凡な才覚を感じるのではないでしょうか」

 

 そういうものなのか。オレは基本的に、その人物の能力を評価し、鑑み、適切な場所に適切な役割で配置するよう努めているだけだ。それは果たして、「まとめあげている」と言えるほどのものだろうか。

 卑下ではない、純粋な疑問。マクミランは再び思考し、言葉を紡ぐ。

 

「たとえばですが、タカマチ嬢とフジワラ殿。彼らは、成長の余地はあると思いますが、少なくとも現段階では「戦力にならない」と普通は判断します。ですがあなたは、そうはなさらなかった」

「それは少し違う。オレも彼らは「戦力」として換算していない。彼らには「それ以外の役割」があった、ただそれだけだ」

「まさにそこです」

 

 何処だよ、とは突っ込まない。彼の言わんとするところはオレにも理解出来た。「普通は戦闘の場面で戦力以外の役割を考えることはない、あるいは稀である」ということだ。

 情報戦などの場合はまた違うだろうが、直接戦闘の場面で戦闘能力以外のスキル(後方支援はまた別)を持っていても使い物にはならない。そう考えるのが普通なのだろう。

 だがオレは、使えるものならば何でも使う。それがシールドオンリーだろうが、人に砲撃を撃てない砲撃バカだろうが、何がしかの能力があるならば使い道を見出し、自分の望む道を作り出す。

 オレ自身は何もできないから、周りのものを使い倒すという他力本願の極みが、結果として普通ではないものに映るのだ。……本来は褒められることではないはずなんだがな。

 

「見様によってはあなたのおっしゃる通りに見えるかもしれません。しかしあなたは、実際に結果を出している。手段を問わず、ご意志を実現なさっているのです」

「それもまた恣意的な見方である気もするが……褒めてくれる相手の意見を否定するのも、あまりよくないか。そういう見方もある、と思わせてくれ」

「……フフ。クロノ執務官の愚痴もよく分かります。賞賛を素直に受け取ってもらえないというのは、もやもやしますね」

 

 慢心は危険だからな。性分故、仕方のないことだ。

 何はともあれ、彼も何がしかの手応えを得ることが出来たようだ。依頼は十分達成出来たと言っていいだろう。

 

「質問等がないようなら、オレもそろそろシャワーを浴びに行く。指揮とは言えそれなりに体を動かしたから、汗を流したい」

「はい。お時間をいただきありがとうございます。どうぞ、ごゆるりとおくつろぎを」

『ほいほーい。それじゃあミコトちゃん、シャワールームに案内するねー。ハーバート君、覗いちゃダメだよー』

「覗きませんよ、エイミィ補佐官。私はクロノ執務官とは違います」

 

 彼の悪評は武装局員の間にも広まっているようだ。生真面目そうなマクミランでこうなのだから、もはやアースラで知らない人間はいないのだろう。

 これも彼の悪因悪果。彼自身が招いた結果なので、オレがフォローできることではない。こちらは被害者なのだから。

 マクミランは一礼をし、オペレーションルームを退出した。オレは仮想ディスプレイの案内に従って、シャワールームへ向かった。

 

 

 

 ――これで終わっていれば、この依頼はまあまあ充実したものだった程度の感想になっていただろう。むしろそうなるのが普通だ。

 そうならなかったというのは、呪われているのか、あるいはお約束なのか。……こんなお約束は心底願い下げだ。

 原因を語り出せばきりがない。双方の不注意、不慣れな施設で手探り状態だった、オレの気が急いていた。今回については、オレにも原因があったと言えなくもない。

 脱衣所に入った時点で仮想ディスプレイを消せばよかったのだ。それを「消したら出す方法が分からないし、後でいいか」と放置したのは、間違いなくオレの判断ミスだ。

 これが通信端末にもなっていることは、分かっていたはずなのに。

 

『すまない、今回の依頼について、書いてもらわなきゃならない書類、……が……』

 

 エールを基礎状態に戻し。ミステールとソワレの装備を解除し。彼女達を人型に戻し。

 ソワレの脱衣を手伝い、ミステールとともにシャワールームに向かわせ、今度はオレ自身が脱衣をしている途中で。

 

 

 

 パンツの横に指を入れ、脱ごうとしたところで。仮想ディスプレイにクロノの顔が大写しとなった。

 

 ……。

 …………。

 ………………………………。

 

 っっっっっ!!

 

『す、すまない! 本当に、わざとじゃないんだ!』

「わざとだったら今すぐぶち殺してやるところだ。いいからとっとと通信を切れ。野郎に裸を見せる趣味はない」

 

 大声で叫びそうになるのをすんでのところで抑え、押し殺した声で告げる。人間、感情が限界を振り切ると逆に冷静になるものなのだと、思い出したくもないことを思い出した。

 それでも、オレが耐えがたい恥辱を感じていることは紛れもない事実であり、目の端に涙の粒が浮かぶのが止められない。

 クロノは画面の中で、目のところを手で覆い、視線を背けていた。だが完全にディスプレイから外れているわけではなく、彼の内心の葛藤が表れているようだった。

 オレの冷え切った声で弾かれたように動き、映像が途切れ「Sound Only」の文字が浮かぶ。通信ではなく映像中継のみを切ったようだ。

 

『そ、その、帰る前に書いてもらいたい書類があったんだ。それで急いで連絡をしたんだが、まだシャワーを済ませていないとは思わなくて……』

「言い訳はいい。というか通信を切れと言ったはずだ。二度も言わせるな、この変態」

『ま、待ってくれ! 本当に悪かったと思ってるんだ! あとでちゃんと謝らせてくれ! お詫びも、何でも言うことを聞くから!』

 

 心底必死なクロノの声色で、オレの感情が少しだけ落ち着いた。彼は……どうやらオレに嫌われたくないらしい。当然か。彼はオレに惚れている「かもしれない」のだから。

 だからと言って、この恥辱と怒りが消えるわけではない。今すぐ彼を許してやれるほど、オレは寛容にはなれない。

 

「乙女の尊厳を踏みにじった罪。同じことを繰り返した学習能力のなさ。人の言うことを聞かなかったことと、ついでに確認を怠ったこと。ひっくるめて貸し4だ。本来なら絶交ものだが、これで勘弁してやる」

『わ、分かった。それで済むなら安いものだ。その、本当に、すまなかった。……チョットセイチョウシテタ』

 

 最後に小声の呟きを残し、今度こそクロノとの通信は切れた。

 ……緊張の糸が切れ、その場にへたり込む。まだちょっと体が震えて、顔が熱を持っている。ため息が漏れてしまう。

 

「また、見られちゃった……」

 

 あのときとは違う。今の彼はオレに……アタシに、何らかの感情を持っている。そんな男に、裸を見られてしまったのだ。

 それを意識すると、羞恥と怒り以外の何かで、心臓の鼓動が速くなる。この動悸はしばらく収まりそうにない。

 

「クロノは、ただの依頼の仲介人。そのはずなんだから……」

 

 彼はアタシにとっての何なのか。ユーノは、何なのか。

 自分がそのことに明確な答えを持っていないことに気付けるほど、アタシはまだ大人ではなかった。

 

 しばしあって、ミステールが様子を見に来て、ようやくオレは動ける程度に回復した。

 シャワーの後、改めてクロノから土下座で謝られた。彼は頭に包帯を巻いており、自分でアースラの壁に頭を打ちつけていたそうだ。彼なりの良心の呵責があったのだろう。

 もちろんそれで許されるわけがなく、彼は女性陣からは糾弾され、武装局員からはムッツリーニ執務官と呼ばれ、ユーノからはチョークスリーパー(ガチ)の制裁を受けた。

 

「ちょ、ま、これ、しぬっ……!」

「そのまま死んでしまえェ! ミコトさんの裸を二度も見るなんて……羨ましいんだよコンチクショオーーー!」

「最近ユーノ君もオープンな感じになってきちゃったの。……絶対、誰かさんのせいだよね」

「てへぺろー☆」

 

 やれやれ。何かの感情を覆い隠すように、オレは大きめのため息をつくのだった。




今回はなのちゃんの砲撃で色々と遊ばせてもらいました。「ヤハタさん」のなのちゃんは、ほとんど砲撃しかできない代わりに、砲撃のバリエーションだけは非常に豊富です。今回書き切れなかった魔法もあったりなかったり。
「マスカレード」と言えば、やはり連携技あっての彼らでしょう。とはいえ今回は主戦力封印状態で挑んだので、出せたのは始まりの連携技「南斗人間砲弾」のみでした。別名「ラブラブ人間砲弾」。なにこの愛の形、怖すぎ……!
ユーノ君がその将来性の片鱗を露にしました。実際のところ、彼の近接戦闘能力は、現段階ではフェイトに遠く及びません。しかし将来は分からず、現時点でも補助魔法を主軸に戦えば、十分拮抗することが可能です。間違いなく、未来の「マスカレード」主戦力でしょう。

二度ネタ、クロノの覗き。今回も事故ですが、前回と違ってクロノが半ばミコトへの好意を自覚した状態で起きたことです。彼と彼女の受け取り方も、前回とはまた違っているでしょう。
ミコトちゃんも、ただ恥ずかしかっただけでなく、クロノの様子から何かを受け取った様子。短時間ではありますが、乙女回路も発動しました。
自分にとっての彼らは何なのか。その答えを理解出来たとき、初めて彼女は恋をするための準備が全て整うことでしょう。

着替え覗かれて覚醒する乙女心ってのも酷い話だな(愉悦)


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EX.5 母親

お待たせしました、久々の温泉話です!


 4月の連休。ゴールデンウィークを目前とした(人によってはゴールデンウィークの一部でもある)この休日に、高町家と月村家、バニングス家は、毎年温泉旅行に出かける。

 去年はオレ達八神家組、ユーノとガイの男勢も――ジュエルシード事件の最中であったというのに――参加した。……後々プラスとなる出来事もあったし、結果オーライではあるか。

 では今年はどうなるのか。オレの気持ちとしては、「温泉には行きたいがこの人数をねじ込むのは無理がある」だった。

 以前のときの八神家組は、オレとはやて、ブランとソワレの4人しかいなかった。ミステールは生まれる前であり、アリシアは生まれ直す前。フェイトとアルフは別勢力で、ヴォルケンリッターも目覚めていなかった。

 それが今では13人。ギルおじさん達も含めれば16人という大所帯となってしまっている。三家+ガイの総人数が10人なので、たとえおじさん達の予定が合わなかったとしても、オレ達で過半数を占めてしまうことになる。

 主催は三家であるというのに、さすがにこれは厚かましいのではないかということ。そしてさすがに出費がバカにならないということで、オレは今回は見送るつもりでいたのだ。

 

 ……「つもり」でしかない結果になったのは、語るまでもないだろう。

 

「ミコトちゃん達が来ないなんて、ありえないの! また一緒に行こうねって約束したもん!」

「それはそうかもしれないが……よくこの人数で部屋を確保出来たな。どこの団体様だ、これは」

 

 温泉宿に向かう車の中で、オレの対面に座るなのはがはしゃぐ。「本当にオレ達が参加してよかったのか」という疑問に対する答えは、無邪気な笑顔であった。

 今回の参加人数は32人。前回の倍の人数の原因は、もちろん八神家組の増加が大半を占めているが、それだけではなかった。

 まず、今回はガイの両親が参加している。これはつまり、元々三家合同の旅行だったものが、今や五家合同になったということだ。ちなみにオレ達も、他者の旅行に乗っかるだけでなく、ちゃんと旅費を捻出している。

 次いで、前回は予定が合わず不参加であったアリサの両親も、今回は参加しているということ。これはどちらかと言えば、前回がイレギュラーだったということになるか。

 それに伴い、アリサ付きの執事の鮫島氏も、彼女の世話係としてついてきている。……アリサの表情が怫然としていたので、本当は旅行先では世話を焼いてほしくないのだろう。だから前回は来ていなかったのだ。

 八神家はフルメンバー(ギルおじさん達含む)での参加なので、10+16+5で31人。32人目は、オレにとって予想外の人物だった。

 

「だけど、ミツ子さんに温泉を楽しんでもらえるんだから、いいことなんじゃないかな?」

 

 そう。フェイトの言う通り、最後の参加者はオレ達の養母。オレ達の苗字である「八幡」を与えてくれた、八幡ミツ子さんだった。

 

 オレとフェイト、アリシアは、法律上はミツ子さんの娘ということになっている。だが実際には、オレ達はミツ子さんの元を離れ、八神家の一員として過ごしている。

 もちろん、オレ達に「ミツ子さんは親である」という意識はちゃんとある。……オレについては、そう思えるようになったというのが正確なところだが。

 ミツ子さんは既に70を過ぎており、あまり動き回ることが出来ない。オレ達も、学校や家事、友人達との交流に翠屋の「お手伝い」、果てはクロノからの依頼をこなしたりで、ミツ子さん宅に向かうことが少ない。

 結果、オレ達は「親子」というにはあまりに交流を取っていなかった。……アリシアのみ、ヴィータとアルフとともに頻繁にお邪魔しているようだが。彼女ならばさもありなん。

 そういう意味で言えば、今回の旅行はちょうどいい機会だったと言える。普段あまり接することの出来ない養母に、慰安旅行を提供できるのだから。

 ……ちなみに、ミツ子さんを旅行に連れ出すというのは、彼女の娘達(つまりオレ達)の発案ではない。

 

「グレアムさんも粋なことするよねー。あの人がミツ子さんを誘ったんでしょ?」

 

 美由希がオレの手持ちから一枚引き、顔色を青ざめさせた。バカめ、それはジョーカーだ。

 彼女の言う通り、ミツ子さんに声をかけたのはギルおじさんだった。「自分達も都合を合わせるので、ご一緒にどうですか」と、それはそれは紳士的に誘ったそうだ。

 ……ギルおじさんがミツ子さんにどういう感情を抱いているのかは分からないが、娘視点から見てお似合いの二人だとは思う。年齢的にも、ミツ子さんの方が少し上だが、十分釣り合いは取れているだろう。

 だが、ミツ子さんの心には今も亡くなった旦那さんがいるはずだ。あの体でアパートの管理は相当な労力が必要になる。それでも続けているのだから。

 二人ともオレにとって「親」と呼べる人達ではあるのだが、だからこそ誰かが傷付く結果にはなってほしくないとも思う。……ままならないものだ。

 

「ミコトの「母親」ねー。話だけは前から聞いてるけど、どんな人なのかちょっと想像がつかないわよね。はやては昔から知ってるのよね?」

「ご近所さんやったからなぁ。ふつーに優しいおばあちゃんやで? わたしが一人だったときも気にかけてくれとったし」

「そうだったんだ。あ、じゃあひょっとして、はやてちゃんの方がミコトちゃんよりミツ子さんとの付き合いは長いのかな?」

「そうなるな。と、すずか。感謝する、上がりだ」

 

 すずかの手持ちから一枚引き、ペアが出来上がり手札がなくなる。トップ上がりは逃したが、ここまでビリはなし。総合なら一位で勝ち抜けられるだろう。

 「あちゃー」と舌を出すすずか、「何やってんのよ!」と負けがこんで焦っているアリサ。つかまされたジョーカーを何とか手放そうと必死になっている美由希。現在アリサと美由希でビリ争い中である。

 この二人は(なのはもそうだが)ポーカーフェイスが苦手だ。ババ抜きなどという表情で戦うゲームは向いていないだろう。

 ちなみになのはがオレより先に上がったのは、すずかにコントロールされてのことだ。彼女はあえて場に残り、アリサと美由希のビリ争いをあおっているように思う。……中々いい性格になったようだ。

 

「うえーん、アリサちゃんジョーカー取ってよー!」

「絶対取りません! これ以上負けられないんだから!」

「あはは、二人とも大変だねー。あ、わたし次で上がりだね」

『なぁーっ!?』

「……みゆき、アリサ、こえがおっきい」

「やれやれ。ババ抜きはこんなゲームだったか。もっと静かに駆け引きを行うものじゃなかったのか」

「海鳴二小でやると、いちこちゃんが狙い打ちにされるんよね。むーちゃんとふぅちゃんですらカモるからなぁ」

「だ、だっていちこって分かりやすいんだもん。あれは負ける方が難しいよ」

「にゃはは……ふぅちゃんも結構染まってるよね」

 

 和気藹々。この時間を純粋に楽しめるようになっただけ、オレも成長したのだろう。

 

 

 

 

 

 現地入りと同時、恭也さんが運転する車に乗っていた(免許を取ったらしい)アリシアとヴィータに引っ張られ、さっそく温泉に連れられた。やれやれ、最初は荷物を置いてゆっくりお茶でも飲みたかったんだが。

 とはいえ、一つの車に全員が乗れなかった関係で別々となった彼女達の気持ちを察せないでもない。シグナムに荷物を任せ(すまないと言ったらむしろ喜ばれた)甘んじて受け入れる。

 

「……なんだか、不思議な感じ。去年の今頃は、またこんな風にここに来られるなんて思ってもみなかったよ」

 

 オレ達についてきたフェイトが、服を脱ぎながらそんなことを言い、笑っていた。そういえば、彼女と初めて本格的に言葉を交わしたのは、まさにここだったか。

 あの頃はまだ彼女と敵対していて、直前にやり込められたオレに対し警戒をしていたんだったか。今思えば、むしろオレの方こそ警戒すべきだったというのに。

 

「きっと、逆だろう。去年ここで会ったから、こうして再び皆で旅行に来れたんだ。あれがなければ、きっと今はなかった」

「……そうだね。きっと、あれが一番最初だったんだね」

 

 フェイトとオレのつながり。今では姉妹であり、同時に母娘であるというこの不思議な関係は、あのときに種がまかれたのだ。無論、当時のオレ達はそんなこと知る由もなかったのだが。

 

「あたしらが起動する前の話か? そういやフェイトって、最初はミコトの敵だったんだっけ」

「敵……だったのかな。今から思うと、わたしって敵としてさえ見られてなかったんじゃないかな。ミコトなんか再会しても無警戒だったし」

「カテゴリとしては"敵対者"だったが、そう言われてみると"敵"ではなかったかもしれないな。そういう言葉を使うにしては、君の方に害意がなかったからな」

「それはそうだよ。本当は誰かを傷つけてまでジュエルシードなんか回収したくなかったんだから」

 

 フェイトは、たとえ戦闘教育しか受けてこなかったとしても、オレなんかよりもずっと優しい女の子だ。もしなのはのように育てられていたら、暴力を忌避するへいわしゅぎしゃになっていたかもしれない。

 だからこそ、オレは警戒をしなかったのだ。彼女が強硬手段に訴える短絡的な輩には見えなかったから。そういった互いの判断が関係を築き上げ、今に至る道筋となったのだ。

 

「そのときにあたし達が起動してたら、フェイトなんかけちょんけちょんに負かしてやってたのに」

「あ、言ったね? それじゃ、今度の戦闘訓練はヴィータも参加だよ。そう簡単には負けてあげないんだから」

「……仮定を想像しても、現実は現実か。フェイトのバトルジャンキーは矯正できないかもしれない」

「こまったいもうとだよねー。フェイトとヴィータはほっといて、いっしょにおふろ入ろ!」

「アリシアてめえ! ずりーぞ!」

「わたしの方がおねえちゃんなんだからね!」

 

 ちなみに一緒に来たソワレだが、既に浴場の方でなのはに体を洗われていた。ソワレは嫌がってたんだがな。

 

 皆で温泉に浸かり一息つく頃、脱衣所の方がガヤガヤと騒がしくなる。男湯の方でも変態の奇声が聞こえてきたので、荷物を置きに行った皆がやってきたのだろう。

 

「あら、もう皆温泉に入ってるのね。ちゃんと体は洗った?」

「ヴィータがやらかしかけましたが、洗わせました。御心配なく」

「ちょ、ミコト!? 言うなよっ!」

 

 桃子さんがオレ達に気付き、声をかけてくる。彼女の後ろには藤原夫人――ガイの母であるさくら氏が付き添うように立っていた。

 ……花見のときの話で想像はついていたが、無駄のない引き締まった体をしていた。旦那さんもそうなのだろうが、現役時代は相当腕のいいストリートファイターだったのだろう。

 母親同士、そして将来は親族になるかもしれない二人は、楽しげに会話をしながら洗い場へ向かう。話の内容がガイの外堀を埋める感じのものだったが……今更埋める掘など残っているのだろうか。

 次に入ってきたのは、アルフと美由希。この組み合わせは今まで見なかったものだが……余り者同士、というのは少々酷か。

 そのすぐ後ろには月村姉とミステール、すずかとアリサ、それからはやてとシャマルが続いており、女子の子供組は全員揃ったようだ。無論、月村姉と美由希は子供組判定である(異論は受け付けない)。

 

「……今ミコトちゃんの方から失礼なことを考えてる気配がしたんだけど」

「紛れもない事実を頭に浮かべただけだ。疑うものではないぞ、月村姉」

「ねえ! なんですずかは「すずか」なのに、わたしは「月村姉」なの!? せめて「忍」って呼んでよ!」

「それは無理な相談じゃのう、月村の姉君よ。おぬしはまだ主殿に認めさせておらんのじゃ。ま、普段のおぬしは色ボケ大学生だから仕方ないがの、呵呵っ」

 

 「なんでよー!?」と嘆く月村姉。恭也さんとの付き合いに浮かれるのは勝手だが、それを他のことにまで引きずられても困るのだ。その線引きの甘さが、彼女を認められない理由だ。

 正直に言って、あれでは当主の責務を果たすにも支障をきたすと思うのだが(特に月村家は「夜の一族」という特殊な家系なのだから、なおさら)。エンジニアとしては優秀かもしれないが、当主としては失格だろう。

 もしかしたら、将来はすずかに当主権が移る可能性もあるかもしれない。――後に聞いたところ、月村姉の当主はあくまで代理であり、すずかが大人になるまでの繋ぎだという。それならまあ、分からないでもないか。

 「よよよ」とわざとらしく崩れる月村姉を、アルフと美由希が苦笑いでなだめながら洗い場へ連れて行った。アリサたちも「あとでね」と言って後に続く。湯につかる前のかけ湯はマナーなのである。

 それから、トゥーナとシグナムがブランの解説を受けながら浴場に入ってくる。そういえば、シグナムは公衆浴場を利用した経験があるが、トゥーナは初めてだったな。

 もうちょっと気を回すべきだったかと反省し、カバーしてくれたブランに感謝をする。……この三人は戦闘力(意味深)が高いな。絵的に未成熟なオレにはダメージがでかい。

 くだらないことを考えてしまい、軽く頭を横に振る。オレだって数年後には彼女達に劣らない体を手に入れているはずだ。クロノに出来てオレに出来ないはずがないのだ――。

 

「? ミコトちゃん、どうしたの?」

「いや……思い出さなくていいことまで思い出してしまっただけだ。君が気にすることじゃない」

 

 連鎖的に先日あった「事件」を思いだし、ちょっと頬に朱が差したのを自覚する。なのはが気付いたが、彼女も温泉で思考がとろけているようで、さほど気にすることなく流してくれた。

 だというのに、わざわざそれを拾う真似をする性悪猫が一匹。

 

「そういえば、クロノの奴またやらかしたんだって? あの子も懲りないわよね」

「……アリア、かけ湯はもう済ませたのか?」

「その辺は抜かりないわよ。ロッテじゃあるまいし」

 

 いつの間にやら湯につかり、オレ達のすぐそばにいたリーゼアリア。彼女は確か、ミツ子さんのお世話をしていたと思ったのだが。

 

「コーデリアさんと気が合っちゃったみたいで、あっちで話してるわ。邪魔するのもなんだし、わたしはこっちに来たの」

「アリサの母親だったか。君達は行きの車がバニングス家だったな、そういえば」

 

 バニングス家の車と言えば、以前の邸内で乗ったリムジンもそうだったが、無駄に乗り心地がいい。高齢のミツ子さんに負担をかけないため、彼女はそちらに乗ってもらった。

 それに伴い、ミツ子さんを連れ出したギルおじさんにアリアとロッテも、鮫島氏の運転するバニングス家所有車に乗って来ている。その際にアリサの母親とも面通しを済ませたようだ。

 アリアが指差した方では、アリサによく似た妙齢の女性が、アリサによく似た勝気な表情でミツ子さんとロッテと楽しげに会話をしていた。……ロッテはともかく、ミツ子さんはどの辺が気が合ったんだろうか。

 何にせよ、楽しめてもらえているみたいだ。せっかくの旅行なのだから、それが何よりだろう。

 オレはそれで話題を流そうと思ったのだが、この姉気取りはオレの弱点をグイグイついてくる。このあたり、クロノの師匠であることをうかがわせる。

 

「それで、クロノのことよ。一度でも十分アレだったし、二度目はもう擁護できないと思うんだけど。ミコト的にはどう思ってるの?」

「……貸しはつけた。それでこの件はおしまいだ。オレとしても、こんなものをいつまでもズルズルと引きずっていたくはない」

 

 視線を逸らす。オレの言葉は偽りのない本心だ。羞恥の記憶を思い出したいと思う人間はいないだろう。特殊性癖なら話は別だが、そういう意味ではオレはノーマルだ。

 だというのに、アリアは「分かってない」とばかりに首を横に振る。ちょっとイラッとした。

 

「人間、そんな簡単に割り切れるものじゃないでしょう? あなただって、引きずりたくないってことは、今はまだ引きずってることを自覚してるってことじゃない」

「時間が解決する。お互いに話題に出さなければ、自然と忘れていくだろう。だから君も無闇に話題にするんじゃない」

「それは問題の棚上げよ。あなたなら気付いてると思ったけど、やっぱりこっちの方はまだまだ子供みたいね」

 

 ……いや、気付いてはいるとも。だからと言って問題を解決するために動くのが、必ずしも正解とは限らないだろう。特にこの件に関しては、深みにはまりそうだ。

 オレの反論は、尽くアリアに潰される。「それでいいじゃない」と彼女はあっけらかんと語る。

 

「子供なんだから、ちょっとぐらい躓いたって許されるわよ。特にあなたは、なまじ優秀な指揮官だから躓いた経験が少ないでしょう。今のうちに起き上がり方を覚えないと、将来苦労するわよ」

「これでもそれなりに失敗は経験している。監視してたんだから知っているだろう。同じような失敗を繰り返すなら、それでは経験の意味がない」

「恋愛問題は未経験だったと思ったけど?」

「……これはそんな色っぽいものじゃない。依頼仲介人との人間関係の問題、ただそれだけだ」

 

 少なくともクロノがそういった感情を向けて来るまでは、恋愛の問題にはなり得ないはずだ。ユーノと違って、彼はまだ答えを探している段階なのだから。

 アリアは「あー……」と頭を抱えた。彼女のお説を、弟子が足を引っ張る形で崩されたからだろう。何とかギリギリで逆転できたか。

 

「ほんとにもう! 何処までもバカ弟子ね、あの子は!」

「それはオレ以上に君の方が知っているはずだろう。……感情の問題については、絶交も考えたが何とか踏みとどまった、そこで察してくれ」

「んだよー! ミコトの着替え二度も覗くとか、ぶっ殺されても文句言えねーよ!? 甘すぎだって!」

「そうだよ! くろすけくんには「いしゃりょう」をせいきゅうするべきだよ!」

「こら、アリシア! ヴィータも、クロノの依頼のおかげでうちの生活も助かってるんだよ。ミコトはそう判断したんだよ。……わたしだって、全然、許してないけど」

「ふ、ふぅちゃん目が怖いの……」

「クロノ、えっち、さいてー」

 

 何とか、オレが抱えるもやもやした感情は隠すことが出来たようだ。……本当にこれは何なんだろうな。

 

 

 

 

 

 温泉に来たからと言って、温泉だけを楽しむわけではない。周辺の商店を回ったり、観光をしたり、レジャーを楽しむのもまた温泉旅行である。

 去年のときはエンゲル係数が危機的状況にあったため土産など買う余裕もなかったが、今回は5人衆向けに何か用意できそうだ。せっかく友人になれたのだから、このぐらいはしてもいいだろう。

 ソワレとアリシアに引っ張られながら商店周りをし、無駄遣いをしそうになる二人を嗜め、お揃いのキーホルダーを人数分購入する。数が数なので結構な出費であったが、この程度なら家計に打撃を与えるほどではない。

 二人に温泉まんじゅうを与え、旅館で待つ皆の分も持って帰ると、卓球場が異様な熱気に包まれていた。

 

「……なんだこれは。何があった」

「あ、ミコちゃん。ほら、わたしらって運動神経いい人が多いやろ。それで卓球大会を開いとったんやけど……」

 

 熱気の輪から少し外れたところで佇んでいたはやてに声をかける。オレのいない間にそんなことをしていたのか。いや別に大して興味はないから問題はないが。

 はやての言う通り、この団体は運動神経のいいのが揃っている。高町家の面子(なのはを除く)は当然として、アリサも悪くないし、すずかは血筋の関係で異常なまでの身体能力を誇る。

 八神家からはフェイトとヴィータ、シグナムが参戦。「マスカレード」でも前衛を担う彼女達の運動能力について、今更語るまでもないだろう。

 それに加え、前回はフェレット姿で療養中だったユーノも参加出来る。ガイも、ストリートファイターの息子なだけあって運動神経は悪くない。

 なるほど、大会を開けばそれなりに盛り上がるだろう。だがそれにしたってこの熱気は異常だ。それに、大会を開いていたにしては少し様子がおかしい。

 何故なら、立っている人間は一人しかおらず、他の皆は疲弊しきっているのだ。あの恭也さんですらも、だ。

 そして立っている一人というのは、先ほど挙げた中の誰でもない。彼女は余裕ある勝気な笑みを崩さず、ラケットを右手の中で弄んでいた。

 

「ふふん。皆凄いって聞いてたからどれほどかと思ったけど、案外大したことないのね」

「いいぞ、コーディー! 最高だ!」

「ま、ママ……容赦なさすぎ」

 

 そう。立っていたのはアリサをそのまま大きくしたような女性。彼女の母親のコーデリア・バニングスだった。

 その姿を見て最初に覚えた感想は「大人気ない」。アリサのあの性格は、彼女から受け継がれたのだろう。

 子供達(他の親組は不参加)に混じって卓球で無双したコーデリア女史を囃し立てる彼女の夫、デビット・リチャード・ウィリアム・ナイツ・バニングス氏(しかし長いな)。夫婦仲はいいのだろう。

 そんな大人気ない夫婦に対し、実の娘であるアリサからの視線は冷ややかであった。自分の親が子供相手に無双して悦に浸っているのだから、そうもなるか。

 だが実際に、彼女がフェイト、ヴィータ、シグナム、恭也さん、さらにはすずかまでをも負かしたというのは、驚愕の事実である。見たところそこまで突出した運動神経を持っているようには思えないが……。

 

「コーデリアさんは、昔卓球の世界大会に出たこともあるそうですよ」

 

 と、はやてのそばにいたミツ子さんが語ってくれる。……そうか、そこでミツ子さんと気が合ったのか。確か彼女も、学生時代は卓球をやっていたと聞いたのを覚えている。

 ミツ子さん自身は「そこまで上手くはなかった」(本人談)そうだが、それでも過去に卓球をやっていた者として、通じるものがあったのだろう。

 そして、温泉のときにロッテは一緒にいながらアリアだけ離れた理由も理解する。アリアは頭脳担当、ロッテは脳筋担当だ。あとは多くを語るまい。

 で……今の話を聞いて、オレの気分もげんなりする。世界大会に出場するほどに卓球という分野に秀でた彼女が、如何に身体能力が高かろうが卓球は素人である子供達を圧倒して喜んでいるのだ。

 その実力は確かに凄かろうが、やっていることが子供っぽ過ぎる。世界レベルの実力を使って何をやっているのかという話である。

 

「まるでバイクレースの大会にジェットエンジンを積んだF1カーが出場するようなものですね」

「あら、いいたとえするわね。あなたがミコトちゃん?」

 

 オレの率直な感想は、何故かコーデリア女史に好意的に受け止められる。彼女はオレの存在に気付き、近付いて話しかけてきた。

 

「八幡ミコト。一応、あなたの娘さんの友人をさせてもらっている」

「あはは、あの子の言う通り面白い言い回しをする子ね。改めて、アリサの母のコーデリア・バニングスです。アリサと仲良くしてあげてね」

 

 アリサ同様子供っぽくはあるが、彼女よりは落ち着きというものを持っていた。……まあ、この歳で彼女と同じでは色々と問題あるだろうが。

 コーデリア女史にお願いされるまでもなく、オレの中でアリサは既に友人である。彼女は、それだけの「成長」をオレに見せた。頑なに「知人」であることを維持するつもりはなかった。

 ちなみにそのことをアリサ当人に言ったことはなく、彼女は目を点にして驚いていた。そして次の瞬間には「ミコトがこわれた!?」と失礼なことを言いやがった。オレだって成長しているんだ、たわけめ。

 

「ふーん。うちの子に聞いてたよりも取っつきやすいわね。それとも、そう「なった」ってこと?」

「以前よりはマシになったでしょう。無論、その影響を与えた中にはあなたの娘も含まれている」

「あら、あの子も意外とやるじゃない。表面ばっか繕って中身が成長してないかと思ってたけど、そんなことないのね」

「ちょ、ミコト!? ママも、そういうのやめてよ!」

 

 顔を真っ赤にしてオレと母親を止めようとするアリサ。だが、残念だったなアリサ。これは「母親の会話」だ。子供である君に出る幕はない。

 

「出会ったばかりの頃はそんな感じだったが、オレや妹達との付き合いの中で変わったようだ。あなたの娘も、ちゃんと成長している」

「嬉しいこと言ってくれるじゃない。気に入った、今度またうちに来なさい! この私が直々に接待してあげる!」

「ちょ、コーディー!? それはさすがにちょっと……」

 

 コーデリア女史の発言にデビット氏が反応する。……ここまでの言動で忘れがちだが、彼女は社長夫人である。そんな彼女が、公的には何の立場もない小学生女子に接待するというのは、世間体的にまずいのだろう。

 別に彼を助けるつもりではないが、オレとしてもそこまでしてもらう気はない。

 

「気持ちはありがたいが、遠慮させてもらう。あまり派手に歓待されても気が休まらないのでな。以前のように普通に遊びに向かわせてもらう」

「うーん、私としてはあなたとは腹を割ってじっくり話してみたいんだけどねぇ……」

 

 どうにもオレは彼女に目を付けられてしまったようだ。こういうのは失礼かもしれないが、厄介な話だ。

 と、彼女は妙案を思いついたとばかりにラケットの面を掌で打つ。

 

「そうだわ! それじゃこうしましょう。これから私とあなたで卓球勝負をする。私がマッチポイントを取ったら、あなたは私の接待を受ける。それまでの間に、もしあなたに1ポイントでも取られたら、この話はなし」

「随分な自信だな。まあ、ここの死屍累々を見れば納得できる自信ではあるか」

 

 さすがに彼女も、自分の実力と周囲の開きは自覚しているようで、単純な卓球勝負を言い渡されず助かった。すずかですら相手にならないのでは、オレに勝ち目などなかっただろう。

 だが……たとえ1ポイントを取る程度のことだとしても、楽には勝たせてもらえないだろう。これでも五分とは言い難い勝負内容だ。

 もう少し勝負になるようハンデを付けてもらわなければならない。……そうだな。彼女が右手に持つラケットを見て、思考をまとめた。

 

「いくつか試合条件を付けさせてもらう。サーブは全てこちらから。ドロップショットの禁止。そして、あなたはラケットを左手で使うこと」

「え、ちょ、ミコト!?」

「ふぅん、そんなもんでいいの? もうちょっと無茶な条件付けられるかと思ったけど」

「これでも器用さにはそれなりに自信がある。これ以上ハンデを付けたんじゃ、さすがに"家族"が見ている手前、格好がつかないでしょう」

 

 子供の様に駄々をこねては、オレの騎士達からの信頼に背くことになる。命がかかっているわけでもないのだから、このぐらいで十分だろう。

 アリサは何故か「やめなさいよ!」と言ってくるが、これが適正なハンデ(にも程遠いかもしれない)であることぐらい分かっているだろう。

 最終的に彼女は「これは私と彼女の勝負よ。あんたは下がってなさい」と母親に言われ、すごすごと引き下がった。

 

「本当にこれでいいのね? 私は別に、もっとハンデを付けてくれて構わないわよ」

「くどい。こちらにも諸々の都合というものがある。どうせこの後にまた温泉に入ることになるんだから、さっさと終わらせよう」

「そ、分かったわ」

「……あーあ、知らないわよ、もう……」

 

 アリサは諦めたように天を仰いだ。……さっきから彼女は何が言いたいんだろう。オレは、何かを見落としているのだろうか?

 娘の反応には取り合わず、彼女はポジションに着く。オレもコーデリア女史に倣い、行こうとした。

 

「ミコトさん。あなたがこんなに成長してくれて、私は嬉しいですよ」

 

 その背に、ずっとにこやかに笑っていたミツ子さんからの激励がかけられる。……そういえば、彼女の前でこんなに人と会話をしたことは、今までなかったな。

 あまり多くの言葉を返すことは出来ないが。

 

「ありがとうございます。行ってきます、お母さん」

「ええ、行ってらっしゃい。愛しい私の娘」

 

 そうして、オレもまたコーデリア女史の対面に立つ。ミツ子さんのおかげで、オレの気合は十分だった。

 対戦相手の彼女は、右手でピンポン玉を卓球台の上に弾ませ、コツコツ音を鳴らした。やはり、逆の手でもラケットは扱えるか。そのぐらいでなければ世界レベルにはなれなかっただろう。

 オレがポジションに着くと、彼女はピンポン玉をラケットで弾き、こちらに渡した。サーブは全てこちらからという条件だからな。

 ……最初のサーブで卓球台の角を正確に狙うことが出来るなら、それだけで決着を付けられる。二回目以降は通用しないだろうが、いきなりで反応は無理だろう。

 そしてオレには、それを可能とするだけの能力がある。世界の普遍法則のストレージ「プリセット」、これを用いた高精度シミュレーション「確定事象」、そして自分の行動への正確無比なトレース。

 オレの持てる武器の全てをぶつけるつもりで、ピンポン玉をトスする。落下までの間に、「確定事象」によるシミュレーションを実行。軌道、空気抵抗、台の細かな凹凸。そして入力となるオレのサーブ。

 それら全てを短い時間に処理し終え、理想的な軌道を描く角度と力で、オレはピンポン玉をサーブした。玉はシミュレーション通りの軌道を描き、右の端――彼女から見て左の端の角に弾かれた。

 

 やった、と思ったのはほんの一瞬のことだった。その一瞬で、オレはまざまざと見せつけられた。

 「世界レベル」というものを。そして、己の失策を。

 彼女はオレの考えなど読んでいた。そも、まともに彼女と戦って勝つ方法など、偶然角に弾かれるぐらいのハプニングしかないだろう。それを狙ってやっては、読まれてしまうのもまた道理。

 コーデリア女史は、深く踏み込むと素早く左手を振るい、――オレの目にはっきり映ったのはそこまでだった。

 いつの間にか、ピンポン玉はオレの左側に飛ばされていた。オレの思考の冷静な部分が、彼女がオレのサーブをやり返したのだということを結論付ける。

 

「なん……だと……」

「あなたならそう来るだろうと思ってたわ。ま、本気出せばそんな小細工は通用しないんだけど」

 

 あまりにも速すぎる打球。かろうじて玉の軌跡の残滓が目に残っている程度でしかない。なんだこれは。皆は、こんな怪物を相手にしたのか。

 そしてオレは、もう一つの失策を教えられた。

 

「だから「やめなさいよ」って言ったのに。……ママはあんたやなのはと同じ、サウスポーなのよ」

 

 オレだけでなく、ギャラリー……先ほど彼女と戦った皆から、驚愕の声。彼女は先ほど、右手にラケットを持っていたはずだ。

 それはつまり、利き手ではない方であの人数全てを相手にし勝利したということであり。

 

「まあ、さすがに右手だったら今のは無理だったかもしれないわね。恨むなら、確認を怠った自分のミスを恨んでね」

「……まったく、迂闊だった」

 

 オレの勝利の可能性が、億に一つもなくなったことを意味していた。

 

 

 

 

 

 あの後、勝機がないなりに頑張ってはみたが、圧倒的な実力差を埋めることは出来ず惨敗。まさか去年アリサにやったパーフェクトゲームを、その親に返されるとは思わなかった。これも因果応報なのだろうか。

 コーデリア女史は上機嫌に「楽しみに待ってるわよ」と言って、いつかオレが(アリサではなく)彼女のところへ遊びに行くことを約束した。そういう条件だったから、仕方がない。

 

「いやー……ミコトちゃんがあそこまで見事に負けるの、初めて見たわ」

「あれはどうしようもないよ。僕達じゃ手も足も出なかったんだから。世界でもトップレベルの卓球プレイヤーに善戦できたんだから、十分凄いことだよ」

 

 汗を流すために温泉に入り、今は休憩所で水分補給を行っている。ぐだぐだやっているうちに人が集まり、いつの間にか子供達は全員集まっていた。

 温泉、というか公衆浴場では男女が別となるため、異性と話をする機会はそう多くない。ガイとユーノも(さっきは死んでたので)この旅行が始まってから初めて会話をした気がする。

 ユーノはオレの健闘をたたえてくれたが、オレの戦果も彼らと大差ない。誇ることの出来るものではないだろう。

 だが俺の意見に恭也さんは首を横に振る。

 

「そうとも言い切れないぞ。俺達相手には、あの人は本気を出さなかったってことだからな」

「あれで左利きってまだ信じられないんだけど。……でも実際に、ミコトちゃんとの勝負のときはとんでもない動きしてたもんね。世界って広いなぁー」

 

 知らずにいた身近な超人の存在に、美由希は苦笑する。これまでの旅行で彼女がここまではっちゃけたことはなかったようだ。

 今回コーデリア女史が動いた理由は「運動神経がいい子が多いらしいから、実際に勝負してみたかった」だそうだ。人が増えたが故に明らかになった事実だったのだろう。

 

「……わたし、実は最後の方、高速移動魔法使ってズルしてたんだよ。なのに普通に追いついてくるんだもん。アスリートって凄いよ」

「そんなことしてたのかよ。……まあ、実はあたしも身体強化魔法使ってたんだけど」

「私は最初から全力だった。それであの体たらく……主に勝利を捧げられず、不甲斐ないばかりです」

 

 彼女と戦った魔導師・騎士からはそんな逸話まで飛んできた。……恐らくは卓球限定なのだろうが、まさに超人と呼ぶにふさわしいな。

 ……と、そうだった。

 

「アリサ。君は両親に魔法や管理世界のことは話しているのか?」

「話してないわよ。家族や友達が関わってる話じゃないんだし、あたしの親にまで言う必要はないでしょ?」

 

 妥当な判断だろう。アリサとすずかに情報共有を行ったのだって、ガイがそう進言したからだ。「親友に何も言わないで危ない事をしてるのって、なんかスッキリしねえんだよな」と。

 もちろん当時のユーノは難色を示した。管理外世界の住人に管理世界のことを教えるのは、一部の場合を除いて罪に問われることになる。今は関係ないかもしれないが、当時のユーノは管理世界の住人だったのだから。

 それをあの手この手で説得し(「このままだとなのはが潰れるかもしれない」と言われたのがかなり効いていた)、最終的にこの世界の住人であるオレの手で明かすならば問題ないという結論に至った。

 そういう経緯があって知ったアリサとすずか、そしてオレのやっていることを明らかにする約束をしていた5人衆とは、立場が違うのだ。娘の友人の事情まで知り尽くしている必要はない。

 すずかも同様であり、仕事の関係で遠方に住む両親には、このことは話していないそうだ。月村家で知っているのは姉とメイド姉妹だけらしい。

 

「そうか。関係者が多いし、どこまで開示可能なのかを一応確認しておきたかった。そういうことならば、アリサの両親とミツ子さんの前では、魔法の話はなしだ」

「……ねえ、ちょっと疑問に思ったんだけど。なんでミコトは、ミツ子さんにこの話をしないの?」

 

 少し視線を鋭くし、アリサが尋ねる。彼女の言う通り、オレは……オレ達は管理世界のことをミツ子さんに明かしていない。

 他の関係者……高町家と藤原家の家族全員が知っている中、オレだけは「親」であるミツ子さんに話をしていない。そのことが、アリサは気になったのだ。

 

「一年前のことやクリスマスのこと、それから普段の依頼もそうだが、お世辞にも穏やかな内容とは言い難いからな。無駄に心労を増やす真似はしたくない」

「あんたねえ……親ってのは、意外と見てるもんでしょうが。黙ってても、ミツ子さんはきっと察してるわ。だったら、黙ってるよりもちゃんと言った方が、ミツ子さんだって安心でしょう」

 

 それは……どうなんだろうか。アリサの言う通りである気もするし、オレの考えが間違っているとも思えない。少なくとも、ミツ子さんはこのことを知らずに、今も笑顔でいてくれる。

 あの笑顔は、表面を繕っただけのものではない。娘達を慈しみ、オレ達を取り巻く環境を見守り、幸せな日々が続くことを祈る、そんな笑顔だ。

 ならば、わざわざ穏やかな水面に小石を投げ入れ、波立たせる必要などあるのだろうか。

 うちの事情は、それこそなのはやガイとはまた違っているのだ。ミツ子さんは、そういう立ち位置を「選んでくれた」のだ。

 もし話をするとしても……それはギルおじさんとの関係が変化したときで十分だ。今はまだ、焦って事を仕損じる時期ではない。

 

「……なんか納得いかないけど、あんたの考えは分かったわよ。けど、あんまし抱え込むんじゃないわよ? あんたって全部一人で解決しようとしそうだし」

「お、アリサちゃんよう分かっとるなぁ。それでアリアに怒られたこともあるんやで」

「はやて、余計なことは言わなくていい」

 

 空気が弛緩し、話題が流れる。アリサも、ひとまずはこの結論で勘弁してくれたようだ。

 話が移ろおうとして――アリシアから何気なく差し込まれた。

 

「おねえちゃん。たぶんだけど、おばあちゃんはぜんぶ分かってるよ。おねえちゃんが何にかかわってたかとか、アリシアがほんとうは"人間"じゃないってことも」

「……そう、なのか?」

 

 「アリシアが"人間"ではない」。これは紛れもない事実だ。彼女は、"アリシア・テスタロッサの遺体"と"ジュエルシード・シリアルI"から生み出された、全く新たな存在なのだから。

 だけどその見た目は人間そのものであり、創造理念も「アリシア・テスタロッサそのもの」という「人間であること」を目的としたものだ。故に彼女は限りなく人間である。

 それでもミツ子さんは見抜いているのだと、アリシアは語る。……いや、確かにミツ子さんならばそれも十分考え得ることだ。

 あの人は、人との距離感が非常に鋭敏だ。そうでなくて、排他の極みにあった当時のオレを引き取るなど出来るわけがない。彼女は、人を見る目が非常に鋭い。

 それならばオレが気付かないぐらい小さな違和感を見つけ出し、アリシアの正体が"人間に近い何者か"であることを見抜けるかもしれない。同様に、それを成したオレの動きも把握していたかもしれない。

 アリシアの意見に、彼女とともにミツ子さん宅をよく訪問するヴィータが同意した。

 

「そういえば、あたしのことも何となく分かってるっぽかったな。「私からは何も聞きませんよ」って言ってたし。ミコトの判断を信用してるんだってさ。すげーばあちゃんだよな。さすがはミコトの母ちゃんだよ」

「……本当にな。オレなど彼女の足元にも及ばないのだと、再確認したよ」

 

 母親として。プレシアも、リンディ提督も、そしてミツ子さんも。多少成長したところで、彼女達のレベルには至らない。一朝一夕で成し遂げられるものではないのだ。

 オレは、フェイトの、アリシアの、ソワレの母である。彼女達が誇れる母であるよう日々努力をしているつもりだ。

 だけど同時に、オレは娘だ。ミツ子さんの、ギルおじさんの。そして桃子さんと士郎さんにとっても、同じような扱いを受けている。

 母親とは何か。娘とは、何か。……考えれば考えるほど、答えなど出なくなりそうだ。

 

「母は強し、か。よく言ったものだ」

 

 本当に。オレも、もっと強くならなければな。あの子達の母として。そして……一人の女として。




(但しエロ回とは言ってない)
次の話はまだ考えてないので、これで温泉終わるかもしれないし続くかもしれません。(続けたい気持ちは)そこそこですね。まだミコトちゃんの可愛いシーン見てないんだし、当たり前だよなぁ?

以前のあとがきでちょろっと名前の出ていたキャラクターが登場、アリサの母親です。容姿は大人版アリサをちょっと小柄にした感じでイメージしてます。性格はアリサを強烈にしてマイルドにした感じ。
卓球で無双してますが、別に特別身体能力が高いわけではありません(低くはないけど)。動きの緩急や相手の動作の先読みと言った技術的な面で、マスカレード前衛メンバーを打ち取りました。しかも利き手じゃない方で。
こんな性格なので、当然専業主婦などではありません。普段は夫と一緒に世界中を飛び回って貿易商品を探してます。

本格的にミツ子さんを絡ませる回。なのですが、肝心のミツ子さんの立ち位置がアレで当人はあまり出てこない始末。これもう(何がやりたかったのか)分かんねえな。
ちょっと前にお茶濁しで投稿した登場人物一覧でも書きましたが、ミツ子さんは何となくミコト達の事情を察しています。管理世界などの言葉は知らずとも、イメージ的なものでかなり正確にとらえています。
ミツ子さんは観察が得意な方なので、ミコトが自分を慮って黙っていることをちゃんと理解してくれています。だから自分からは何も聞かないし、少なくとも今はまだ聞くべきではないと思っているのです。

次は男視点で続き書くんじゃないですかね(無責任)


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