(未完作品)XenobladeX 焼却のワルキューレ (夏葵 涼)
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Chapter.A 戦女神の信託
Episode.01 ブラッディ・マズルズ


 【ワルキューレ(Valkyrie)】(注:架空の人物)北欧神話に登場する半神たちの総称。戦場において死を決定し、勝敗を決する女性的存在である。王侯や勇士たちの選別の末、ヴァルハラへ迎え入れて彼らを歓迎する役割を担っていた。

      →詳細はMANONDB「地球人>文化>創作>伝説>ギリシャ(ギリシア)神話」

        ―――マ・ノン人によるマ・ノン人のための地球百科事典(データベース版)

 

 

 

                ―――――2058 某日

 

『――――こちら司令部より全部隊、敵勢力を捕捉。概算GPSデータを送信する』

『偵察部隊ブラボーリーダーより全部隊に、警戒区域にて対象の熱源反応を感知。防衛隊は警戒体制に移行してください。繰り返します――』

『ヴァンダムだ。総司令官命令を発行する。現在より全部隊全ての武装凍結の解禁を許可する! 誤射だけは絶対に避けろ、それだけだ!』

 ―――ようやく、か。

 彼女は深く長い一息をつくと、それまで深く腰掛けていたリラックスな姿勢を前方に倒した。両腕を伸ばし、それぞれの五指に操縦桿を握る。金属の冷感と重量感を掌の皮膚に感じつつ、左側のそれを奥まで押し込んだ。

 カチャリという、無機質な音。

 同時にコックピット内をブルーライトが照らし、小さな青文字『SLEEP』だけが中央に映っていたスクリーンが、機械音と共に明転した。

『セーフティロック解除確認。スリープ解除。オールシステムスタンバイ。火器管制(FCS)リンク完了。コネクトオールグリーン』

 女性ものの合成音声が流れる。

 青文字が『ACTIVATION』に姿を変え、その下に入力欄とディスプレイタイプキーボードが表示される。右手でそれに指を滑らせて「▲▼▲▼▲▼▲▼(上下互い違いの三角)…」で隠された文字を十八個打ち込めば、省電力状態を保っていた360°オールスクリーンが明瞭になり、周囲の光景が一気に彼女を取り囲む。

『パスコード認証。デバイスオールアクティベート。使用許可を確認、これより装備されている全兵器が使用可能になります、ご注意ください』

「了解ッ、と」

 決して応答されることのない軽い返事をして、彼女はクリアになった前方に視界を向けた。

 ――原初の荒野、イーストゲートの平原。

 昨日の豪雨が嘘みたいに燦燦と日差しが降り注ぐどこか夢想的な蒼空には、雲が一切れも取り残されてはいない。一面を埋め尽くす草むらが微風に揺らめいて、ところどころの水溜りがその水面に揺れる陽を映す。いつもは意識しなくても、緊迫した状況の時はふとどうでもいいことを真剣に考えるものだ。

『司令部より』

 そんな空間に似合わぬ範囲無線が、不意にスピーカーを鳴らした。

『イーストゲート後衛部隊アルファ及びブラボーに告ぐ、前衛が敵勢力と接触した。交戦体勢に入れ。網を抜け出た子狐を焼き払い、防衛ラインを踏ませるな。もう一度言う、即刻交戦段階に移行しろ。以上だ』

『部隊アルファ、チーム・レイズ了解』

『同じくチーム・バルコフ、了解』

「部隊ブラボー、チーム・フィリア、了解」

 端的に返答し、操作パネルを弄る。

 機体と武器、待機状態にあった両者のシステムリンクが起動し、間もなくスクリーンの中央に橙色の照準が表示される。左腰に装備してあった射撃型ドールウェポンMDW-S220ME B-Rifle。画面下部から直線的に伸びる漆黒の銃身を、機体の両の五指がしっかりと掴んでいる。その左の人差し指がトリガーを押さえると同時に、彼女が握る操縦桿レフトレバーの前面にあるスイッチが赤く発光した。

 接続完了(コネクション)。このボタンを押し込みさえすれば、目一杯込められた200×50の連射弾倉からくり貫かれたドール用徹甲弾(APfD)が次々に直線を描いて飛翔する。

 試射はもう済ませた。円滑な射撃を確認済み――そう整備士に伝えられたのは既に二時間前のことだ。愛用の機銃は絶賛修理中のため、予備倉庫から持ってきた簡易式自動機関銃の初期型ではあるが、正規ブランド品のため破壊力は申し分ないだろう、心配無用だ。

 もっとも、現在一番彼女が気を遣うべきなのは前方で繰り広げられているであろう戦闘なのだが。

 緩やかな丘の向こうから聞こえてくる戦場の調べ。銃撃音と爆発音が大半を占めるその中には、コックピットに封じ込められて叫び声は聞こえない。悲鳴も、鬨の声も彼女には届かない。しかし確かにそこでは、残虐で冷血な死の連鎖が既に始まっている。

 その5000対5000の中から味方の防衛線をぶっちぎって進行してきた敵を()()()葬り去るのが彼女たちの役目だ。

 BLADEが、地球人が総力をかけて臨んでいる会戦だ。そう易々と引き裂かれはしまいだろう。

 そんな潜在的な思考に全身の筋肉が弛緩していた、矢先だった。

『き、緊急連絡! 司令部よりイーストゲート防衛隊チームブラボー!』

 只でさえ訛りのおかしい英語が早口に流れ、ロシア人で非ネイティヴの彼女は聞き返さねばならなかった。

「今何て? すっごい巻き舌!」

『前衛部隊が一部崩壊、防衛線突破! 間もなく特殊機と思われる敵機がそちらに接触します!』

 ――なんと。

 予期しなかったアクシデントだ。一体どういう状況で、同胞たちはそんな失態を犯したというのだろう?

「ハァ……。あなたね、そういうのはさ」

 ため息が冷めた閉鎖空間に流れ込む。

 まあどうでもいいか、と彼女は思った。自分の任務はそのミスのカバー。引っ張り出してきた借り物の銃くらいは、使ってあげないとね。

「もうちょっと詳細な――報告をするべきじゃないかしら、司令官?」

 思い切り両の操縦桿を腕が伸びきるまで押し込んだ。

 ヴァイオレット・カラーの彼女の機体(ドール)が全出力をかけて前進する。

 ストライド(歩幅)の広い助走を、徐々に狭め、代わりに回転数を高めていく。

 ――そんな走法が、”平地からの飛行(F.F.F.)”においては最も優れるとされる。

 背部に取り付けられた機構から左右にウィングが展開。両の肩甲から背面に突出したブレードが、それぞれ浅葱色に発光。

 間もなく流線型の筋を纏って軌跡に尾を引いたそれは、空間を揺るがすほどのエネルギーを撃ち放った。

 蹴りだした両足は地面のわずか三十センチ上で浮遊。速度は先程の何十倍にも膨れ上がって、機体は飛び立つ。

 ここまでわずか十秒足らず。

 全速力で推進を続ける機体は、もうすぐ丘を越える辺りに差し掛かる。

 そしてその時、彼女の戦場慣れした聴覚は確かに、直前から機械の駆動音を感知した。

 ――なるほど、十分”不意打ち”可能な速度のようだ。

「オーケー、予想範囲内」

 独り言を発した口元がわずかに嗜虐的な色をした笑みをたたえる。

 左手一本で支えている機銃は、照準がスクリーンからフェードアウトしている。システムはそれをアラートとして画面右下に表示するが、無視。

 右腕を前から右腰に振り下ろし、すれ違わせ様に固定してあった手榴弾をもぎ取った。

 一発で十分でしょ――と、軽く口笛を鳴らす。

 やがて差し掛かるのは丘の頂点。

 頃合いを見計らって、彼女は()()()の敵影に向けて大きく振りかぶった右腕を、真っ直ぐに振り下ろす。

 投擲された大型機用手榴弾MDK-S330SA Cracker-BMは直線的に飛躍し、直後丘陵の反対側から浮上した敵の中央にクリーンヒットした。

 ――サプライズ・アタック。即ち不意打ち攻撃は、距離的猶予がある場合の、敵軍先頭に対する有効な威嚇手段だ。特に、戦線突破に成功して調子に乗ってかっ飛ばしているような輩は、まさか丘を越えた瞬間に目の前から爆弾が突っ込んでくるなんて予測すらしないだろうから。

 一体こいつはどんな()()機だろ?

 そんな余裕綽々の楽観視に若干ながら好奇心を揺さぶられた彼女は、しかし一瞬しかその姿を観察することはできない。

 腰部に取り付けられたホルダーから外れた瞬間にピンも弾け飛ぶ即時(イミディエイトリー)使用型(・アヴェイラブル)。敵機の表面に触れた瞬間に時限装置が切れる位の計算は、感覚で済ませてある。

 今まで。完成されたこの戦場(いくさば)の勘というヤツを、外したことは一度もない。

 そうしてそれが起爆する頃には、彼女の機体は遥か十メートル上方まで急速浮上しきっていた。

 発光色は白。

 直後爆散する破壊エネルギーが、敵を吹き飛ばして球状に文字通り爆発した。

 ――――――が。

 平行視点では見えなかった、たった今彼女が爆撃した()()()特殊機の背後に隠れるようにして存在した、もう一機が、

 通常機が、射線をもってこちらに機関銃の銃口で狙いを定めていることに、気付いた。

「――――あっ」

 そのタールに浸かり過ぎた甲殻類のような指が。

 まだ回避も防御も挙動準備ができていない彼女の機体に向かって。

 胸郭中央部コックピットの一点を。致命的に装甲が薄くなっている一点を。

 集束した一つの照準に向けて――トリガーが、引き絞られた。

 

 

 

                     ―――4 hours ago

 

 彼らが膨大な数の座席に座するのに足元と天井の誘導灯しか要さなかったのは、規定された定位置がなかったからだ。ぼう、と朧げに瞬く最省電力のブルーライト、その小型が数百に渡って整列している様は、彼女に故郷の映画館を思わせた。

 いや、案外間違ってはいない。ムービーに特化した機能ではないが、前方の超大型スクリーンでそれを流すのは、決して難儀ではないだろう。スピーカーが設置されているかは知らないが。

 開始予定時刻は08:20。

 招集されたのは全てのチーム・リーダー。

 四、五人単位で構成されるチームはそれぞれ、請け負う任務の異なる八つの「ユニオン」いずれかに属しており、それと司令部をして、彼らが所属する民間軍事組織「BLADE(ブレイド)」が成立している。

 しかし明確に職務内容が違うだけで、階級差は殆どないと言っても過言ではないのが、通常の軍事体系にはなかった組織構造だ。”残された”そう多くはない総数の中で、上下関係の付きまとう規律正しい軍隊式の構造は、そう変革はしないであろう現状には不適当だと判断されたのだ。

『まもなく緊急全部隊ブリーフィングを開始します。ご着席を』

 オペレーターの落ち着いた、しかしわずかに堰き止め切れなかった焦燥感が見え隠れするハスキーボイスが響き渡る。

 その言葉に従うように、フィリア・メルクロヴァは中央付近右端の座席に腰を下ろした。長机という言葉に収まりきらないほど伸びたそれにタブレット端末を置き、開いてあったメモ画面を眼下に捉える。

 伸ばした腕を組み、容赦のない冷感を伝道するチタン製の長椅子に背中を預け、三白眼でスクリーンをおもむろに眺めた彼女は、あからさまに面白くないといった表情をした。

『えー、それではこれより緊急ブリーフィングを開始します。総員起立』

 何の前触れもなく流れたその言葉に、一同は殆ど同時に腰を上げる。特に格式ばった作法訓練をしている訳でもなし、全員がそこまで規律準拠の精神を貫いている訳でもなしいやむしろ過剰なまでのフリーダムさが蔓延しているこの組織に、どうしてここまで整った行動ができるのか。自覚症状などある訳がなく、特に新参者であるフィリアは尚更だ。

 むしろ知ったことではないと言うのが、彼女の見解に近い。

『総司令官に敬礼』

 瞬時に言葉通りの動作を完了する。

 やがてスクリーン手前を大股で闊歩してきた筋肉質の男に、全員の無遠慮な視線が集中する。

「敬礼やめッ」

 大量に蓄えた口髭の下から発せられた野太い声が、蚊の音一つしなかった大会議室に響き渡った。勿論全員即座に右腕を太ももに叩き付ける。

「おぅし、これから始める。ケツを下ろせ」

 場の緊張が霧散した。

 先程の規整された動作はどこへやら、それぞれが個人的なタイミングで席につくばかりか、各所から会話さえ聞こえてくる始末だ。どこからはビシバシやって、どこまではユルくやってよいのか、フィリアにはちっとも理解できない。

 恐らくその不規則の要因の幾割かは彼が担っているのだろう――先ほどのマッチョ大男を一瞥してから彼女の視線は下りる。

 ヴァンダム。彼は滅多に名字を明かさない。

 ブレイド総司令官にして事実上の最高責任者ツートップの一人。元は恒星間移民船「白鯨」のベテラン技師。彼がいなければ人類は生き残れなかっただろうと言ってもまあまあ過言ではない存在だが……。だとしても一人の人間に、多少”難”があると言ったらそれは個性に対する贅沢なのだろうか。

 とりあえず無難に腰かけると、再び腕組みをしてタブレットに指を下ろす。右サイドのタスクバーからメッセージアプリを開き、小さなウィンドウに表示させた。

『シェスカ:こっちは本格的にSWP(戦争準備開始)です 整備員以下総動員です』

 部下の簡潔な報告。ということは、一連の状況はかなり深刻ということか。

 それに”整備員以下総動員”、この言葉が示す現状は一つ。

 敵と武器をたがえるまで、もう時間がないということだ。

『フィリア:オーケー。今始まったlol』

 そうカラ元気な返信をした直後、その画面を覆うように朱色の通知が出現する。

『一件のファイルを受信 コマンド(司令部):〈56**12briefing.bouf〉』

 いわゆる会議資料というヤツだ。

 文字をタップすると、リーダーアプリケーションがそのファイルを読み取り、即座に内容を表示する。

 スクリーンはホログラム式の最新型だ。古参式の画面に表示する液晶型とは違い、画面から”空中に”内容を投射する主流な方式で、絶大なるコストパフォーマンスを誇る。

「えー、まずはクソッたれな状況を説明する」

 再びがなる大男ボイス。マイクを使っていないくせに、口の悪さだけはもう一級品だ。

「今回のブリーフィングは迅速な対処が必要だから簡潔に済ませるぞ。細かい部分はあとで隊別ミーティングでかメールでオペレーターに聞け。まず送信したファイルのページ2を開け」

 ”資料”と大きく銘打たれた一ページ目をスワイプしてめくると、一面にマップデータが表示された。地図検索アプリケーションと連動して、リーダー上でも位置情報ファイルが地図として映るようになっている。間もなく正面スクリーンにも同様の画像が表示された。 

「およそ二時間前の06:44、黒鋼の大陸にてグロウスの勢力の進行が確認された。正確な場所は鳥飼虫の孤島の敵軍拠点。詳細の座標は端末に送信した通りだ」

 黒鋼の大陸――冷却されたマグマによって構成された大地。しかし至る所でまだ超高温の溶岩が流れ出し湖さえ形成している有様のそこは、各所に敵勢勢力の拠点が乱立する危険地帯となっている。

 鳥飼虫の孤島は、その南部に位置する離島だ。断崖絶壁がそびえ、凶暴な原生生物が多いこの場所だが、以前から上空でのグロウス兵の巡回が確認されていたとはいえ――

「だがここはこれまでほとんど戦略拠点としての動きが見られなかった場所だ。それが唐突にクッソ狭い断崖絶壁の上にひしめき合って集結した。しかも大型兵器は一つもなし、ドール級の陸戦兵器が全てを占めていやがる。あんまり敵さんのおつむがマトモじゃねえみてえだが、とりあえず現状は、そこから出立した敵勢力が一直線にこっちへ一斉に進行してきているという事実だ。お前たちには、それを迎え撃ってもらうわけだ」

 ははあん。やっぱり。

 全面戦争(A-O.W)――いわゆるオールアウト・ウォーな訳か。

 さほど難くない予測が的中して、けれど気分の乗らないフィリアは色白の額で眉根を寄せた。

「付近のBC(ベース・キャンプ)で撮影された敵影画像は四ページを開け。通常のクムーバ()()が概算一万体、特殊型の存在は不明。奴らは海上で部隊を二分割し、それぞれ東西からここ、ニューロサンゼルスを挟み撃ちにするつもりだ」

 まるでゴキ●リの大群のように漆黒の滑面を纏った異形の兵器が、何列にも連なって連帯飛行している様子が鮮明に浮かび上がる。

 殆どのブレイドが緊張感に表情を引き締める中、フィリアはその身勝手なイメージに露骨に「オエッ」という顔をした。

 ”クムーバ”とは、一般にグロウス機飛行型と呼称される。両腕に銃器の埋め込まれた鋼鉄の鋏を武装し、特殊合金と抗弾コーティングの施された外殻にコックピットを包まれた全長二十メートルのヒト型ロボット兵器だ。一体ならば決して斃すのは難儀ではないにしろ、目を欺き死角から銃撃してくる集団戦法を用いるばかりか、幾機かに一機の確率で固有の武器を武装した特殊機が紛れているので、うかつな戦い方をすると案外簡単にやられてしまうものだと、BLADE訓練施設の教官は再三口にするらしい。

「俺たちは総力をもって我らが人類に仇名す敵性勢力による攻撃を阻止し、波及しうる危険を排除しなければならない。

 よって只今より、特別軍事的措置Aを発行する!」

 その言葉が持つ威圧感に、誰もが背筋を奮い立たせただろう。

 ブレイドのツートップさえも司令部チーフ全員との綿密な会議のうえ決めねばならない、ある意味危険な策、それが特別軍事措置A。

 ――”ありとあらゆる武力を総動員し、民間人の防衛を最優先として、人類の存続が危ぶまれる脅威を撃破せよ”。

 つまりはこの瞬間、普段は民間軍事組織の一員である彼らを、”兵士”として戦地に送り込むこと。

 そう、戦争の開始が公式に宣言されたのである。

「イーストゲート・ウエストゲート両所に第二級防衛戦闘配置を設置。区分けは偵察部隊・前衛部隊・本隊・後衛部隊・最終ライン防衛隊・対空警戒待機部隊とする。」

「フン。どうせ後衛だっ」

 そのフィリアの呟きを耳にした隣のブレイドが、驚きのあまりこちらを振り返った。

 むしろ兵士は誰もが戦死(KIA)率の高い前線に立つことを忌避するはずだというのに――

 恐らくは彼もそんな平凡な思考を持つ一人なのだろう。

「ではこれから詳細の説明に入る。六ページを開け――」

 そうしてかれこれ15分間で、細かい戦況報告及び各チームの部隊配当などのミーティングは終了。

 解散の号令で一気にガヤガヤとけたたましくなった大会議室には、戦の前だというのにどこかデイリーな雰囲気が立ち込めていた。

 

 

「おーい、聞こえてるかい」

 ブリーフィングを後にし、帰途の廊下で剥き出しの金属の壁にもたれ掛りながら、フィリアはタブレットにたった今表示された顔に話しかけた。

 音声通話などもう古流中の古流。どんな些細な事柄でもホログラムを用いたビデオ通話で伝達するのが、数年前からのアースリング(地球人)・カルチャーのトレンドなのである。

『なんですかリーダー』

 鮮明に投影されている勝気そうな彼女はシェスカ・アッシュフィールド。茶髪をポニーテールに束ね、吊り目というか猫目をぱっちり見開いていてもうホントに猫の一族なんじゃないかとフィリアは考えている。

「リーダーとか格式ばった呼び方はナンセーンス。ヒルダは近くにいるかい」

『ヒルダさんはゲームしてます』

 おい。

「そ、そうか、ところで私は近くにいるかいと聞いたんだが」

 苦笑いしながら、もう一度同じ質問を繰り返す。全く、どうしてうちのチームにはこうも扱いにくい人材しか来ないのだッ。

『ヒルダさんの場所ですか? 私の真ん前です』

「オッケー手間が省けた。ヒルダに顔を出すよう言ってくれ」

『了解です。ヒルダさん、リーダーがお呼びですよ』

 フィリアから目線を外したシェスカが再びそれを戻すと同時に、彼女の肩越しに不満げに覗きこむ女性の顔が映っていた。

「ヒルダぁ、出撃前だぞ、ゲームなんてしている暇あるのか」

 そういう彼女の口調でさえも戦闘を控えた緊張は微塵も感じられないが。

『パッドでドールのシミュレーターしてただけだって。試射場は満杯だったから』

 反省なんて露知らず、切り揃えたショートカットの黒髪を弄って明後日の方向を見やる彼女はヒルデガルト・エリオス・シラサギ。常に無感情なクールフェイスは、地球時代からの親友であるフィリアにとっては見飽きたと表現してもいいレベルだ。

「へえ、私も後で行こうと考えてたのに残念だなーとは思うがそれだって一応はゲームだかんな。理解して」

『承知しました、リーダー』

「ヒルダまでやめてよその呼び名。あと言い方かしこまり過ぎ」

 "I see"とか"OK"でいいところを"That would be fine"なのはいかがなものか。

「補充要員がまだ配属されないので、今回もこの三人で任務に就くことになるから」

『えーっ』

『えーっ』

「口を揃えんでいい!」

 いつも通りの説明にいつも通りの反応。フィリアとて好きでメンバー集めを怠っているわけではないのである。

「もういい、詳しいことは隊別ミーティングを終えて合流したら話すから! とりあえず私たちはね、イーストゲート付近にて後衛部隊だ! 戦線のど真ん中だぞ、一時間後に戦闘配置につかなきゃならない」

『具体的な座標は』

「この後貰ってくるから。私が到着するまで、試射場の待機列にでも並んでおいてくれ!

 つまりだ、私が戻ってくるまで、みーんな交戦に向けた入念な準備以外にやることがないということだ! オーケー? 分かったね?」

『んー、了解ですリーダー』

『了解。ところでフィリア、君のドール用自動機関銃、壊れてなかった? レンタルシステムがいま混み合ってるから、早めに申請しといた方がいいと思うけど?』

「おっと、いけない。それ忘れてたよ。じゃあお願いできる?」

『ラジャー』

「よっし、じゃあ解散! 各自戦に備えよ!」

 適当な決め台詞を言って通話をぶっちぎり、ハァ、というため息とともにフィリアは天井を仰いだ。

 ほんっと、扱いにくい奴らめ。

 まあでも、どこかしら会話に齟齬は禁じ得ないものの、悪い奴らではないのは確かだし、先ほどのように気が利く時もあるし、特に戦場では頼りになる面子だ。

 接近戦に長けたシェスカ。混戦では負けなしのヒルダ。

 多分これまで一緒に任務をこなしてきた奴らの中で、最も背中を預けても安心以上の成果を上げてくれる、ベストメンバーだ。

「フフッ」

 だから、たとえ死が連鎖する呪われた戦場でも。

 戦慣れしたこの腕が的を外し、敵にずだずだにされて爆炎の中でこの一生の終焉を迎えることなどあり得るはずがなかった。死への恐怖心がないとは言わない。しかしそれは明確に定義できるほどさえ至らない、リスクへの気配り程度に過ぎない。そうしたメンタル的問題はほんの少しも顧みる必要はない。

 フィリア・アレクセーエヴナ・メルクロヴァは敵と武器を交えるのを臆しない。

 第一に確信。来たるべき成功と生存と勝利へのそれは、慣れ始めの愚か者の油断などとは一線を画す論理的な結論だ。全要素に対する信頼から来る心理的な猶予に他ならない、絶対的自信の最上級。

 第二に使命感。自らが死ねば、斃すはずだった敵が生き永らえて味方に脅威を及ぼす。その連鎖はやがて戦争における窮地を引き起こす。そうなれば何人も何人も死ぬのだから死ぬ訳にはいかない。生きて殺し殺し殺し殺し殺せば、仲間たちはその分生き残る。

 彼女にとって戦勝の定義は、同胞の犠牲の抑制による人類への貢献だった。

 ――そうした心理が無意識下に定着している彼女の自我は、しかし唯一感情的に抱くモノが脳の片隅に駐留していた。戦場における、あらゆる判断の思考プロセスが経由するレベルで重要視されているそれは、

 決して紛うことなき仲間の――戦友の――同胞の存在に他ならなかった。

 それはリーダーとしての務め以上の信託に因るモノで、結局のところ彼女が戦場に立つ際に思いを馳せるのは、傍らで自分の命を懸けて共闘してくれる、脳幹の心髄から信頼のおける部下たちだけだった。

 

 

 

                       ……killingfield...⏎...re:

 ――――そう。私には、仲間がいるのだから。

「ヒルダッ」

 ――只し、自分の身は自分で守る。

 既に撃ち放たれた敵弾。

 この時点で、大抵こちらの被害は彼女の推測の中で確定する。

 けど、それは逆に、その銃弾がこちらに着弾するまでに、わずかながらも時間があるということ。

 撃てる。一秒未満でも時間があるなら。けれど、狙いを定める余裕はない。

 そしてそんなものは、全くもって必要ない。

 フィリアは左手の機関銃を豪速で振り下ろす。

 その振り下ろし様に、刹那的に、軽微な握力がトリガーを引いた。

 乾いた弾薬の弾ける音は、操縦席までは届かない。

 一発目は一発目に―――最接近している敵弾の弾頭に正面衝突させる。

 二発目も二発目に―――一弾目からわずかに下方にずれた敵二発目にこれもまたぶつけ、破壊する。

 三発目は、破砕した一、二弾目に後続する次弾の連鎖を潜り抜け、そして、敵のかき鳴らしている機銃の下部に引っ掛けられた人差し指に――

 トリガーもろともぶち壊す。

 あとは単純だ。敵の初弾と次弾をハジいた訳だから、三弾目が着弾するまでに作った時間の猶予をフル活用し、急浮上を続けて残りの連弾を全回避する。それだけ。

 一定距離を確保。回避完了。そしてここからが、連携という最重要手段の出番だ。

 フィリアが敵の持つ機関銃の引き金を破壊した刹那、彼女の機体のすぐ下を硝煙が尾を引いた。

 それは放物線を描いて落下し、途中で引っ掛けた銃弾もろとも、二機に着弾。

 MDB-XS3333BA SimpleMissile試作型、簡易輸送ミサイル新型の炸薬はその瞬間に破裂する。

 破壊的なエネルギーの炸裂。手榴弾とは比べ物にならないほどに振動する空間と、着弾点で沸き起こる大規模なエクスプロージョン。例えるなら獄炎だ――と、自分の顔に映りこんだ火の色彩をどこか退廃した詩的に解釈するフィリア。

 噴煙はまだ収まらないので確認できないが、そうするまでもなく確実に二機は跡形もなく破壊されているだろう。もう特殊機への観察願望などどうでもいい。

「――ナイス、ヒルダ!」

 再現したら親指が筋断裂を起すレベルのグッジョブを心の中でしながら、そう伝える。

『いつも言ってるだろ、油断大敵。全く、超兵器を無駄にしちゃった』

 その通信と共に、フィリアの右隣に浮上してきた機体は、肩に担いだミサイル発射砲を背中のアタッチメントに固定した。

「なーによ、ミサイルの本数の方が大親友の命より大事って言いたい訳?」

 冷静で無感情な彼女の反応に、少しだけムッとする。

『何が言いたいのかっていうと、真正面からの不意打ち攻撃なんてハイリスクなこと、調子に乗ってやるもんじゃない、ってこと』

「はんっ! そうですかぁ、おめでたいことで」

『ヒルダさんは凄くリーダーが心配なんですけど、上手く気持ちを伝えられないからそういうクールな言い方になっちゃうんですよねー』

 無線に割り込んできた冷やかすような声はシェスカのもの。気が付けば、彼女の機体も左隣まで移動してきている。当人と似て細身な軽量型。

『別にそんなことはない』

 相変わらずの起伏のない音声め、嘘がバレバレだ。長年付き合ってるんだからそのちょっとした違い位分かるんだよ、へーんだ。

「へえー、そうなんだヒルダぁ、私嬉しいなぁぁ~」

 オーバーな感情表現で、一気に立場が逆転したイジられ役に向かってそう告げる。

『そんなことはないと言っている』

『ヒルダさん照れちゃって』

『照れる要素なんてどこにもないからな』

「そういうのも全部照れ隠しのくせにー」

『そうですよ』

『わかった。そういうことでいいから、まず君らは状況把握を怠っているのを今すぐにやめるべきだ』

 それまで流れかけていた穏やかな雰囲気を消し止める一言。

 フィリアは速やかに視線を丘陵の向こう側へと移す。

「……敵集団捕捉。通常機七体のみ」

『楽勝ですね』

 どこか不満げなシェスカ。

『先手でいこう、フィリア』

 機体の両腰に固定された二丁拳銃を鮮やかに抜き払うヒルダ。

「オーケー。ゴメンね、次はもうあんなギリギリなことはしない。ヒルダ、」

 操縦桿を操作、機関銃を腰のアタッチメントに引っ提げて、ウェポンリンクを一時カット。火器管制をSR表示に切り替える。

 フィリアは背中に機械で構成された右腕を伸ばし、右肩から腰部にかけて伸びている武器を取り外す。左手で銃身を支えて安定、右手で銃把を握り、トリガーに指をかける。

「私がスナイプで先攻する。シェスカが接近戦で確実に撃破、ヒルダはシェスカの左右から援護」

『了解、リーダー!』

『了解。フィリア、今度こそ周囲索敵は完璧に』

「承知ッ!」

 型番MDW-S750SA Sniper――――文字通りの、スナイパーライフル。

 遠距離狙撃。彼女の専門戦法であり、他のどの技術よりも扱い慣れた本領発揮だ。

『シェスカ、行くよ』

『はい!』

 両脇から二人が発進し、敵団との距離を詰めるのを確認して、フィリアは満足げな笑みを浮かべた。

 やっぱり――信頼に足る部下たちだ。

 彼女たちがいなければ、自分もここまでやって来れたか、生きて来れたかすら分からない。

「カウントスタート。5―――4――」

 真っ直ぐ、敵の先頭の機体中心目がけて、照準を引き絞る。

「3――2――」

 眼光を突き刺せ。そう、スナイプの恩師に言われたことがある。

 この長距離でも、僅かに狙いを合わせる時間さえあれば、非常に正確な位置に着弾させることができる。敵の動きはまだ二人を捕捉していないためか明らかに鈍い。

 欠伸をするより簡単だ。人差し指の形をしたマニピュレーターを操作――

「1」

 スイッチ。

 ファイア。

 鮮血の色をしたレーザーが、一直線に飛翔した。

 



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Episode.02 ゴーン

                   ......Few hours later

 

 死屍累々。

 例えそれが外殻に覆われた無機質な柩でも、しかしその内にはあったはずの鼓動は失われている。なるべくして葬られた存在だとしても、憎まれ排除されるべき対象だったとしても、事実としてそれは、何千の生命の喪失なのだから。

 永遠に。

 死は、この場所に、この空気に、この情景に沁みついて消えない。

 

 鋼鉄の殺人機械たちの亡骸が埋め尽くした平原は、穏やかであるはずの世界を不気味に塗り替えていた。それが日没ならば尚更だ。

 完璧な円を描くたおやかな月たち。純黒な夜空に散らばった星屑の厳かな明かり。

 その下で風に撫ぜられているのは山川草木ではなく、虐殺を試みた害悪の成れの果てだ。

 ――それらを眺めても、決して戦勝の達成感を感じることはなかった。

 戦闘の真っ最中は敵機撃破、としか感覚しない。しかし冷え切った戦場跡ではその戦勲でさえも、幾つもの血の通った生命の息の根を止めたという事実の、重みが伸し掛かってくる。

 折り取った花と血を奪い去る蚊の他に、初めて意識的に生命を奪ったのはBLADEに来てからだ――

「何をぼーっとしてるんだ、シェスカ」

 ふと背後から届いた声の主は、気付けば既に彼女の隣に腰を下ろしていた。Cセクションの回収班誘導を担当していた彼女は、ネイビーのタンクトップにワークパンツというアームズの整備員がやるような出で立ちだった。

「ヒルダさん……終わりましたね」

「ああ、呆気なくな」

 遠方を眺めて頬を掻くヒルダ。端的な物言いですね、と思いながら、腰かける岩盤に両手を着いた。

 目の前を、両肩に電磁クレーン・コンテナをコネクトした残骸回収班のドールが通過する。中程度の歩行速度でも、その巨躯が押し退けた空気が作る風圧は、うなじで纏めた私の後ろ髪をそよがせるのに十分だった。

「やっぱり、こうも一気に、しかも大量駆逐した戦闘って、任務というよりも殺戮に思えてしまうんですが」

「ちょっと違うよ。殺戮っていうのは、残忍な手段で大量の命を奪うことだから。今回のは単なる戦争。単に相手が――ぞっとするほど弱かっただけ」

 飄々とした声色で、人間辞書的に告げる。

「それはそうですけど、でもなんか、私は空しくなっちゃいます」

 旧態依然とした道徳観に縛られた発言であることはわかっている。そうした私のメンタリティが実力を引っ張っていることも。

 でも、それでずっとやってきたんだ。

「まあ、仕方ないよ。どう足掻いても段々慣れてくるもんだから」

「んん、でも、それはそれで……――!?」

 そう不満げに開いたシェスカの口に、唐突に固形の物体が押し込まれた。それが一体何なのか確認する暇もなく激烈なまでの甘味が口腔に広がり、前歯が物体をサクリと噛み切る感覚があった。

 その疎らなサイズの破砕されたアーモンドと頭がくらくらするほど甘ったるいチョコ・コーティングは、間違いなくNLAマートの安物クランチチョコバーだった。

「ほら、奢りだよ。深く考えてても仕方ないだろ?」

 好物を餌に勝手に話題を切られたことに恨めしそうな目をヒルダに向けるも、その麻薬的なテイストに咀嚼を止めることができない。いつも無表情なくせして、多分この人はブレイドで五本の指に入る策士だ、とシェスカは思う。

「この後祝勝会がダイナーであるんだから、食い()()ないでよ」

 それはもっとあるってことですか!

 十八歳という年齢を鑑みる余地などなく、頬をモキュモキュと動かしつつ「もう一個」と左手を差し出す。

「ん」

「全く……」

 ヒルダがほんの少しだけ口角を上げる。間近で見てようやくはにかんでいるとわかる角度だけど、その判別ができるようになってくるといかにそれが希少でかつ神秘的なモノかも理解できてくる。温かい微笑みというのはそういうことだ。

 と、彼女が二本目を取り出すべく腰のポーチに手を入れようとした時、その中身から唐突に女の人の叫び声が空気を劈いた。

 思わず顎が硬直し、呆然としてそちらをただ見やっていると、平然としてヒルダが取り出したのは携帯デバイスだった。

「着信来ちゃった。ちょっと待ってて」

 よく思い返せば、あれはハードコアなメタルバンドの女性ボーカルがシャウトしてる部分だった気がする。そういうの疎いからよくわかんないけど。

「あ、はい、ヒルダです」

 画面の着信ボタンを押して、デバイスに顔を向ける。自動顔輪郭認識(AFCL)がトリミングした女性のバストアップ映像が投影され、彼女はもはや不要となった電話口での挨拶というヤツを口にした。

『もしもし、イリーナだけど』

 イリーナ・アクロフ中尉――チーム・フィリアの所属するユニオン「インターセプター」の代表的なチームの一つを率いる敏腕リーダーで、男勝りな口調と性格とは裏腹に、結構話しやすい先輩だ。

「ああ、イリーナさん。今日はお疲れ様でした」

『お世辞はやめてよ。あんたらだって、今からNLA三周しろって言われても余裕綽々だろ?』

「そこまでは……」

 ――私ができそうなんだから、あんたらができないわけないって。

 何の悪気もなくにこやかにそう言い放つイリーナの顔が思い浮かぶ。

『まあいいさ。今回の祝勝会、来る?』

「ええ。三人でお邪魔するつもりです」

『そっか、オッケー。いやあ、フィリアにかけてもつながらないからさ。滅多にないことだから、何処にいるか知ってる?』

 ……微妙な緊張が空気に走ったのを、シェスカは感じ取った。それが何に起因するのかはわからなかったが、ヒルダの瞳孔がわずかに動揺を隠しきれず小刻みにぶれたのをその高精細な視力は捉え逃さなかった。

「――ええと、いや私もよく知らないんですよね、六時には帰ると言ってました」

 良くあることだ。

 統合政府軍時代からの親友であるという二人は、シェスカにも、誰にも決して明かさない秘密を持っていて、また同時に現在も()()()している。配属後から薄々感付いてはいたが、妙に詮索するのも後ろめたく、ただ、それがあまりよろしくないことであるとは勘付いていた。

『そか。じゃあ遅れないようにな』

「はい。失礼します」

 画面に指を滑らせ、通話を終了。イリーナの顔画像と"talking"の文字が表示されたホログラム・ウィンドウが空中から消失する。さっきの女の人の金切り声は、絶対この通話の着信音だ。

「……ヒルダさん」

 「ん?」とこちらを向いたヒルダに「忘れてないですよね」と二度目の手を突き出すアピール。

「ああ、オッケー」

 端末をポーチにしまい、二本目のチョコバーを取り出した彼女は、慣れた手つきでそのビニールパッケージを剥く。露わになった芳香を放つ暗褐色に唾液が溢れ出しそうになるのを堪えようともせず、シェスカはお目当てに直接噛みつこうと首を伸ばした。

 ――が、それは顎が閉じた瞬間にスッと前方に引き戻された。

 二本目が味わえると疑いもしていなかったシェスカが歯応え無く閉じられた口をぽかんと開けて困惑するより早く、ヒルダは自らの口腔にそれを運んだ。

「あっ」

 真珠に引けを取らないほど白さを保った前歯が、その柔らかい固形物を噛み切る。

 サクッと、軽快で、しかし取り返しのつかない音がその事実を確定させた。

「うん、相変わらずクスリみたいな味」

 咀嚼を一段落終えたヒルダがどうとも捉えられない微妙な感想を告げても、ショックのあまり正常な思考が停止したシェスカは、ずっと彼女の継続的に微動する唇を瞬き一つしない双眸で見つめ続けていた。

 

 

 

 17:22、状況終了。

     司令部は脅威の完全な終息を判断、即時26分に戦後処理開始――

 イーストゲート後衛部隊ブラボーチーフ:チーム・フィリアは敵機32機を撃破。被害は皆無。唯一破られた戦線をオールカバーした後、バックアップで三時間以上待機。作戦終了後の処理配当はなし。

 逆を言えば後衛部隊は彼女ら以外に出る幕がなく、敵勢力はその殆どを前衛部隊と本隊の一部により掃討、逃走エネミーも一機残らず戦闘不能に仕上げたところで本戦は終了した。

 経過時間は四時間少々。敵兵10000機に対してこの数字は、異例中の異例にも程がある。それもそのはず、敵軍全滅に対し――こっちは死者すら片手の指で足りるのだ。

 まるで、獰猛な獣の被り物を着込んで虚構の勇気を獲得したアリの集団が、その本物の一団に無謀な争いをけしかけたような、言うなれば当然の殺戮。作戦的に見れば圧倒的かつ絶対的な”脅威の排除(ETT)”。そして確実な、一つの勝利だ。

 だが異常なまでの不自然さは、彼らの疑念となってこの後の数か月、尾を引き続けることとなる。

 そして全ての懐疑が消し払われたその時、今は誰も知る由のない、彼らの網膜に映るはずの何か。

 ――まだ、やがて迫りくる峠は厚い巻雲に閉ざされたままだった。

 

 

 

                     ...at night   

 

『――では、現時点での今回の戦闘の総括報告をさせていただきます』

「うむ」

 本作戦における記録担当リーダーからのビデオ通話に、ヴァンダムは無機質な白塗りの壁に寄りかかって応答していた。その奥に扇状に広がった二段の巨大なオペレーターデスクには三、四人だけが疎らに残って、黙々と事務作業を進めている。

 そのため照明は彼らのデスクライトの他は殆ど落とされ、隅に佇むヴァンダムの周囲は特に薄暗かった。手にした携帯デバイスのホログラム・スクリーンの青色光が、そのごつごつと盛り上がった強面を浮き上がらせる。

 現在時刻は20:22。

 戦場処理担当もしくは司令部所属以外の大抵のブレイドは、NLA商業エリアの各所で宴を繰り広げていることだろう。しかしヴァンダムがそうしないのは職務に追われているからではなく、単純に戦勝を祝う気にはなれなかったからだ。

 続けて、担当ブレイドがゾンビチックな抑揚で文字列を読み上げる。眠いのかてめえは。

『今回の敵軍総数はクムーバ通常機凡そ10000、内特殊機30。その大半を前衛部隊・偵察部隊・本隊で駆逐。戦闘時間は4時間6分。唯一イーストゲート中央の戦線が突破されましたが、直ぐに後衛部隊が鎮圧。被害は非常に少なく、残党は未確認です。今回の戦場は平原地帯だったので、探索班が見逃す可能性は極めて低いと思われます』

 平地戦。

 障害物が非常に少ないフィールドでの交戦は、両者が射程距離に入った瞬間に本格的な銃撃戦が始まる。であればそのリーチが遠距離であれば遠距離であるほど有利な訳で、ただでさえ数少ない特殊機の内にもミサイルやスナイパーライフルを武装しているかすら分からないグロウス機と、十分なドールの馬力と相応の金額さえあればグレネードランチャーでも超高出力レーザーガンでも何でも換装し放題なブレイドのドールでは、どちらが先制し主導権を握るかは言わずもがなだ。

 ――その程度の明白な戦力差くらい、グロウスの指揮官も簡単に推察できたはずだ。これまでほんの小競り合いから戦争規模の一大会戦まで、何百何千と兵器を交えて来た因縁の異星人組織。とっくにスーパーデータベースすら破裂(BAN)させられるほどの戦術データを与えているはずだし、実際こちらも厳選の上厳重にストックしている。

特に今回交戦したバイアス人は、大して人類と知能差がある種族ではない。今までで恐らく最大の決戦であったNLA防衛戦でも、こちらは商業エリアまで侵攻された上にその激戦でさえ全て陽動作戦で、あえなく引っかかった人類は貴重な研究対象を侵奪されたのだ。

 今日だって、その時と同じ最大レベルの戦力で挑んだのだ。

 それがこのような結果に落ち着くとは――――

『今回の”ダブル・ゲート掃討作戦”は当初の警戒レベルMAXから大幅に引き下げ、CまたはC-帯の戦闘であったと判断します』

 C+~C-帯の警戒レベルの定義は”多少の死者・被害はあっても、敵軍を完全に屈服させ、残党などのカバーできなかった要素による事後被害の想定も殆ど考慮されない場合”である。大してMAXは全面戦争――オールアウト・ウォーによる人類の存亡を賭けた全面戦争のこと。

 つまりは敵兵総数など完全にこけおどしで、それに見合わずほどに相手があまりに弱小だったと、そういうことなのだった。

 ”戦”の名すら冠されず作戦と称されているのも、恐らくはその小規模さによるのだろう。

『総被害は死者5名、負傷者12名、破損ドールは22機。被害総額は、本月度予算の余剰金で十分補えるレベルです。敵軍残骸の回収作業は原生生物の襲撃の危険があるため22:00には打ち切るので、今週いっぱいかかるものと』

 ……予想以上にこちらは何ともないな。

 ため息すら出ないほど無駄に戦力を総動員したものだと、いくら看破できそうもない敵性だったからとはいえ、ヴァンダムは自らの手腕を顧みて意気消沈せざるを得なかった。

『あと、それに関して戦場処理担当・回収班、対グロウス対策室から捕捉だそうです。回収前に全残骸を一通り確認しましたが、これといって解析すべき装備は発見できませんでした。確認した特殊装備は既にサンプル回収・研究済みの自爆装置、ガトリングガン、キャノン換装ボディパーツ、ミサイルポッドのみで、どれも旧型のままだそうです』

 知るか。

 いくら元白鯨の技術師であるとはいえ、ヴァンダムが精通しているのは兵器類ではなく主に駆動機関全般のメカニカルなのだから。

「そこまで詳しくなくていい」

『す、すみません。これで報告は以上です』

「わかった。仕事に戻っていいぞ」

『了解です。失礼いたします』

 電子音と共に通話が切断され、画面がブラックアウトする。

 今度こそ微量に残っていた全身の緊張が解け、怒涛の勢いで押し寄せる疲弊感が彼の岩塊のような巨躯を地面まで引きずり降ろそうとする。しかし決して外部からの重力ではないという点で、忍耐力と筋力の塊であるヴァンダムはそれに決して屈することはない。

「――どうやらだいぶお疲れのようね」

 ふと、聞き覚えのある声が、優しい言葉が染み込むように彼の左耳を通り抜けた。

「おお、エルマか。お前は祝勝会に行かなくていいのか?」

「夕飯はチームで食べてしまったわ、リンのお手製のをね。三人――いえ、二人と一匹? ああ、ノポン人だから人で数えていいのよね、たまに忘れてしまうわ――皆そういう打ち上げに参加する気はなかったみたいでね。そういうあなたは、報告を受けるだけならお酒を煽りながらでも構わないんじゃないかしら?」

 銀髪に透き通った碧眼、浅黒くも女性的な肌を持つ彼女は、チームエルマのリーダーとして多くのブレイドに尊敬されている女大佐。その微塵も揺るがない冷静沈着さ、そして判断力と洞察力は、地球時代、統合政府軍にヴァンダムと共に属していた頃からずっと変わらない。特殊車両教導隊(通称:ドール隊)で教鞭を振るっていた彼女は人脈も広く、ドールの操縦技術はお手の物だ。

「ここは俺のホーム・ポジションなんだ、気にするな」

 140×68ミリサイズのデバイスをズボンのポケットに押し込んで、剛毛な口ひげを弄る。

「それはもしかしてゲームの用語かしら」

「気にすんな。それで、何の用だ?」

「あら、用がなければあなたを訪ねちゃいけないのかしら? あることにはあるのだけれど」

 エルマは腕組みをして壁に肩から体重を預けた。いつの間にか多くの人に神秘的と形容されるその微笑みが、深刻な顔つきに引き締められている。

「例の()()、どこかのチームに所属させた方がいいと思うの」

「……ああ」

 そうか、その案件はエルマも関わっていたな。

「今の状況はどうなってる?」

「大きな変化はないわ。相変わらずB.B.メンテナンスセンターの閉鎖病棟で眠ってる。片手に手錠をかけられたままね。最近は食欲もあるそうよ」

「俺は彼女の経歴について全く知らないんだが……その、まず第一に、喋れるのか?」

 最初は本当に()()()()()さえあやふやだったというのに。

「ええ、不便なくね。ボランティアの人たちが基礎的な知識も習得させたし、日常生活に支障はないはずよ。ただまあ、感情表現は少し、苦手みたい」

「そいつはブレイド入隊を承諾しているのか?」

「ごめんなさい、それはまだ。でも了承はするはずよ。あの時はあなたも見ていたでしょう?」

 それは10日前、彼女が白樹の大陸から司令部宛にモニタ共有した映像のことだ。

「そうか、エルマのチームが止めたんだったな」

「ええ、あの時とは比較にならないほどの落ち着きようよ……。

 もちろん強要はしない。あの子自身のことも考えてあげなくてはいけないし、リスクが伴うのもわかってる。一応監視役も必要だけれど、あの戦闘能力を使わない手はないわ」

 そう言ってのけるエルマを、ヴァンダムは小難しい視線で見返した。

 例え利用価値の高い人材が病み上がりであっても、さも前線で費やすべき駒のような扱いか。

 少しだけだが、けれど確実にミラに堕ちてから変わったな――その沈着冷静な判断力から、彼女は在って然るべき感情を余計に差し引いてしまったのだろうか。

 生存危機に瀕する機会も多いこの惑星でそれは当然の適応ともいえるし、またそれだけ人類の平穏の崩壊が深刻であることを示していた。

「制御はできるのか」

「私が候補として考えているチームでは十分に個々で対応可能だわ」

「そうか……」

 通常はオペレーションルームとして機能するこの高層階は、二ケタを超えるオペレーターが昼夜常駐し、全ブレイドの通信中継点となって指令を行う、いわばBLADEの心臓部だ。

 しかしその優秀なオペレーターたちを総動員しても、膨大な数のブレイドたちが各所で活動しているのを総てモニタリングするのは不可能だ。そのため大抵の任務は現場レベルの判断を強いられることが多い。特に情報探査機であるデータプローブ未設置の、つまり今のところ外部データ収集ネットワーク「フロンティアネット」に接続できない未開拓地では。

 つまりもし力量不足のチームが()()の暴走に巻き込まれれば、応援を呼ぶ甲斐なく全滅し、その上危険な状態で位置も特定できぬまま野放しにされることになる。そうなれば只でさえ存亡の危機が間近に迫っている人類は、同じ人間を相手に警戒態勢を敷かねばならないのだ。

「もう明日には環境だけは整えるつもりでいるわ」

 彼女の端的な通告を背中に受けながら、ヴァンダムはおもむろに前方に歩き出すと、オペレーターデスクに両手を着いて、およそ今の会話とは関連しないモノを見つめた。

 夜景。漆黒の空に散らばる無数の星と月があれば十分明度を確保できるだろうと思うが、この街では殆どの車道沿いに等間隔に街灯が整列している。

 NLA=ニュー・ロサンゼルス。模倣したカリフォルニア州の大都市の名を冠するそれは、地球から脱出した恒星間移民船「白鯨」の居住ユニットとしての役割を終え、今ココに人類唯一の領域拠点として鎮座している。

その内で最も高い建築物、ブレイドタワー。BLADEの中でも重要な部署が詰め込まれているそこは、上部に巨大なオレンジカラーのホログラムで数字が羅列されているシンボルがある。それが意味するところはBLADEの中でもごく少数の古参兵しか認知していないが――。

「ヴァンダム?」

「……ああ。いいだろう、お前に任せた」

 こちらを振り向くヴァンダムの輪郭が暗夜に溶け、端的に言って”ガサツな筋肉バカ”というエルマの経験則的なイメージと著しく乖離した凛凛しい立ち姿が、そこにはあった。

「わかったわ。B.B.や登録情報の細部は私の方で勝手に専門に委託しても?」

「構わない。全面的にエルマ、お前さんが担当してくれ。俺は決して口出しせん」

 ブレイド最高司令官としての、機密事項対策案の許可。

 恐らくこれが、今日の最後の仕事になるだろう。

 帰ったらウイスキーとビールのどちらを引っかけるか考えながら、ヴァンダムは最後に尋ねる。

「きっちりやってくれよ。それで、その候補のチームとは? どこなんだ?」

 それにエルマは、いつも通りの微笑みを浮かべて答えた。

「それは――――――――――」

 

 

 

 NLA――ニュー・ロサンゼルスは大まかに五つのエリアに分かれる。

武器・兵器開発を担うユニオン、アームズ総合管理の下様々な製造・開発ラインが立ち並ぶ「工業エリア」、様々な店舗・娯楽施設がNYばりの碁盤の目状に整列している「商業エリア」、住民が予算相応のマイホームを区画別に並べ立て、教会や公園なども設置されている「住宅エリア」、そしてミラ不時着後に到来した地球人と友好条約を締結済みの”マ・ノン人”生活区画である彼らの宇宙船をNLA防壁の上に固定した「マ・ノン宇宙船エリア」。

そして実質的に地球人軍と化している民間軍事組織BLADEの各施設がブレイドタワーを筆頭に高層ビル街を形成し、対異星人兵器の人型ロボット”ドール”特別整備区画のハンガーや、BLADEが包括的な管理体制を敷く人工生体――|B.B.(ブルー・ブラッド)のセンターを含めた極めて軍事的な区域である「ブレイドエリア」。建設中の地点も多く、まだ発展途上のこの街は既に、人類最後の市街地として半永久的な持続を図っていく方針で進化を続けている。

 ……個人的には別大陸に比較的大規模な拠点(まち)でも建設した方が気分転換になるよ、と身勝手なことを考えている。けれどもお偉いさん方は、ミラ各所に点在する”居住・整備ファシリティなどの総合遠征拠点兼フロンティアネット管理・区域監視施設”「ベースキャンプ(BC)」の普及率に満足しきっているようだ。

 全く。もうちょっと楽観的で娯楽的な視点を持つべきだろ。

「――なーにーを神経質な顔してるんスかぁ」

 そんな至極どうでもいい思索に耽っていたフィリアはどうやらしかめっ面をしていたようで、表情筋の緊張を解くと、その呂律のはっきりしない声の主を見上げる。

「グイン……一体何杯飲んだんだ」

「いやあ~やっぱりバーボンは最ッッッ高ッス!」

 無造作に左後方に流した茶髪の下には、それと対照的に真っ赤な顔が破顔している。

 イリーナチーム所属の優等生、グインは統合政府軍時代からエルマとイリーナの部下として活躍してきた古参兵だが、その年齢はまだ彼らに若造と言わしめる域だ。幼さの残る顔はブレイドの女先輩たちに結構人気なのだが、フィリアはどうしてもミニチュアダックスフンドが生まれ変わりに人間になりきれなかったような印象を受ける。かなり失礼だけど。

 そう言えば、お酒にめっぽう弱いことで有名でもあった。

「フィリアも一杯どうスか? 残り少ないんスって、バーボン!」

「いらない。強いのは好みじゃないんだ」

「え~~~! そりゃあ人生損してるっスよ! さあさあ一杯だけでも!」

 どうやら彼の酩酊具合は深刻なようだった。

「そんなことより、向こうでイリーナが腕相撲トーナメント勝ち抜いてるぞ。行って来たら?」

「え、マジっスか! じゃ、俺行ってくるんで! バーボン飲んどいてくださいね!」

 彼女の誘導にまんまと引っかかって、グインはブレイドたちでごった返す店内を人垣の奥へと歩いていく。

コルクが密閉を果たしていたから三割程度残っている中身は零れずに済んだものの、彼が危うい手つきでテーブルに置いた瓶は間もなくぐらりと揺れて、なす術もなく横倒しになった。幸いなことに、カラリとしたガラスの透き通る音にヒビの入った感触はない。

「全く……」

 それを立て直すと、ちょっとばかり首をもたげた好奇心が右手を伸ばし、掴んだコルクが軽快な音と共に抜けた。

 ダイナー(DINER)

 バーアンドグリルを謳うこのレストランは、手軽に飲めるうえに宴会場も設営してあるとあって、ブレイド一ポピュラーな酒場となっている。飲食店が両手で数えるほどしかない工業エリアにあり、またNLA外へと通ずるウエストゲートに近いこともあって、仕事終わりのアームズや任務から帰還したブレイドが比較的寄り易い店舗となって、入り浸る者が出るほど繁盛している。

 現在は、インターセプターの祝勝会が貸し切りで行われていた。

 本当はユニオン一つ分の人数が入りきるほど広くはないのだが、その二割ほどが残党探索(索敵)班に動員されていることもあって、イリーナチームの幹事のもと残りの殆どが一堂に会していた。毎度ユニオン同士で壮絶な争奪戦が行われるダイナーの宴会場だが、聞くところによると今回はNLA自治政府軍務長官であるナギ・ケンタロウのコネを利用したようだった。

 そうして周囲はバカ騒ぎしている荒くれ者や陽気な奴やキザったらしいのが、あちこちで乾杯のグラスがぶつかる音を響かせている。チームの区別なく知り合いのいるテーブルに赴き、談笑しながらカクテルでもスピリタスでも何でもござれと酒をあおり、甘辛ソースのローストチキン・レッグを頬張って一段落すると他のテーブルに移動する。横の繋がりが広いブレイドではそんな渡り歩きスタイルが宴会のメジャーで、そして大抵最後は幹事の掛け声で、全員同時に乾杯してスコッチを飲み干すのだった。

 残念なことに、フィリアはアルコールにそれなりに弱い体質だった。

 今は店員の女の子に頼んで作ってもらったウーロンハイを、ワイングラスに注いでちびちび飲んでいた。よく「ロシア人にしては珍しく虚弱体質だね」なんて言ってくる輩は彼女に、仕事帰りシックな雰囲気のバーに訪れてカウンターでピンクカクテルのグラスでも揺らしているOLみたいと印象を受けていたりするのだろう。

「リーダーさん、バーボンなんて飲んでる」

 ふと声が掛けられ、ようやくフィリアは自分がそいつを空けてしまっていることに気が付いた。

 唯一残った厚めのガラスが構成する曲線を取り上げ、ラベルをしげしげと観察したヒルダは「うっわ、度数45!? 何やってんの!?」と驚嘆した。

「……今気づいた」

 心なしか、そいつを飲み干した記憶が一切ない。

「久しぶりにメルクロヴァ()()相当のバカっぷりを見たよ」

 ため息をついて、そういう自分も十分頬を紅潮させているフィリアは向かいの椅子に腰かける。手にしているのは缶ビール。腕相撲の次はレスリングと、男たちの熱気で室温が六度くらい上がっても、彼女は濃紺のタンクトップの外に脱ぐものはなく、首筋を伝う汗は尽きず雨ざらしの車のフロントガラスのような流れ方をしていた。

 比較的付近のテーブルで「乾パァイ!」と猛々しい合唱。成人男性十数人分の大声は蒸している空気を振動させ、寒いからと店員が頑なに開放しない窓枠で、挟まったガラスがわずかな隙間を飛び跳ねる。

 不意にヒルダは手にした缶を突き出した。

 目線の交錯で――(何で?)(別に、そういう気分になったから)――執り行われた意思の疎通は一秒とかからず、ニヤリと笑いを浮かべた二人の間で、まだ水溜り程度に残っていたワイングラスとアルミニウムがコツン、と軽い音を奏でる。

「……グラスハープ、懐かしいね」

「覚えてるよ~。一人づつやったね、一番上手だったのはマサアキだっけ」

「何言ってるのフィリア、私の完璧な『星に願いを』に決まってる」

「あーゴメン覚えてないや、アハハッ」

 自分の冗談にフィリアは声をあげて失笑する。いつもはこれほど大っぴらに歓談することはないのにな――と、不満げな視線を送りながらも微笑ましく思うヒルダは、すっかり炭酸の抜けた毎夜の嗜みを啜った。

「それ、ビールだ」

 無意味な発言だという自覚はない。

「そうね」

「なぁんの」

「アサヒって知ってる?」

「ん~変な発音。外国語?」

「日本語。アサヒ・スーパードライ」

「何でさワインじゃなくてビールがドライなんの」

 間違えて舌をかみそうな程度のちょっとした呂律の愚鈍さは、言葉の呈を崩すには至らない範囲内。酔いが回っていても、通常の英語でドライを辛口という意味で使うのはワインに限る、という知識を動員するのに苦労はしなかった。

「和製英語ってやつでしょう。飲み心地が普通に意味通り辛いから、命名した日本人はそう思ったんだよ」

ジャパニーズピクルス(梅干し)でも入ってるんだよきっと。絶対そう。こう、丸ごと、ドバンと」

 相変わらずつまらない冗談を言う。

 フラフラの手つきでよく分からないジェスチャーをするフィリアを眺めて、ヒルダは呆れ顔の中にも微笑みをたたえていた。

「それ梅酒っていうんじゃない?」

「そうなの」

 最後に彼女が酩酊したのはもう五年も前、ロサンゼルスのクラブのカウンターで、アイリッシュを十五杯も消費して――終いには泣き出してしまったのを、背中を擦って慰めた記憶がある。その時のアルコールの量は、バーボン一瓶よりずっと多いはずだ。制止する甲斐もなく乱暴にグラスをひっくり返す、あの頃の彼女の衝動は今はもう無い、過剰なまでのストレスの連鎖によるものだった。自殺の意思がなかっただけマシだったな――

 いや、思い出すのはやめよう。そうすべきでないのは二人とも分かっている。

「今日もお疲れさん」

 沈鬱な後味のする追憶を振り払うように、ヒルダは親友に労いの言葉をかける。

「ぜーんぜん。これから風上要塞掃討作戦もう一回やれって言われても余裕」

「そのグデグデ具合じゃ、味方を誤射しちゃっても文句言えないね」

「今日のお疲れさんは整備員の皆様方でーす。あんだけ頑張って調整した機体の六割が動きさえされずに戻ってきて『レベルA-以上の戦闘後のため使用された全兵器のメンテナンス義務』が課せられるんだもの」

 ハンガーに大量に常駐しているアームズ直属整備員は、普段でさえ朝から晩まで専ら任務に出向くブレイドたちの武器兵器類メンテナンスでかなり多忙な身だというのに、今朝彼らがBLADE所有の全兵器を完璧にアクティヴな状態に仕上げるために与えられたのはたったの四時間だった。

 つまりはそれほど敵軍到達までの期間が短かったのだ。まあ確かにそれだけではなく、少々伝達の遅延があったようだが、いつ敵に取り囲まれるか分からないレベルのリスクを背負いながらもごく少数で長期間、危険地帯に出向いている――特に今回の黒鋼の大陸はその最たる区域で――監視員の怠慢を疑うのはあまりに不憫だろうと、暗黙の了解が彼らの共同意識として存在していた。

「私たちが処理した箇所以外は、全部前衛部隊が仕留めてくれたんだってさ」

「ありがたい話だね、我々の大半は蠅たたきを持ち上げさえせずに済んだわけだ」

 唇で挟んだグラスに皮肉のため息を注ぎ込む。

「本当に」ヒルダはオークの四枚刃がのろのろと回転する天井を仰いだ。「何であんなミジンコの餌にもならない史上最もな雑魚部隊出してきたんだろうね、完全に武力の無駄じゃないか。一体何のために」

「意味があるとも限らないよ。異星人の脳の構造は我々地球人とは根本的に違うのだから、私たちが定義する無駄は彼らにとって、もしかしたら娯楽的なのかもしれない」

 カクテルの尽きたグラスをテーブルに下ろして、彼女は気だるげに頬杖を突く。

「ただ、私がそれをやるとすれば――要らなくなった駒の処理か、実験だけどな」

 ”敵を知り、己を知らば、百戦危うからず”とは座学のお勉強に欠かせない『孫子の兵法』の言葉。崩して言えば、敵の立場に自身を仮定して予測するというよくある思考法だが、フィリアはそれに非常に長けていた。統合政府軍時代のオペレーターであった彼女の、あらゆる確定・不確定要素を考慮した上で的確なオーダーを出す能力は、現在もチームリーダーの才幹として重々に発揮されている。

 完全に――作戦を立案する時の無表情に転化した彼女は、酔いの混迷などどこかに吹き飛んだかのように、いつもの澄んだ声色を堅苦しい言葉に形取り始めた。

「要らなくなった駒?」

 アップダウンの激しい話題の変容ぶりに同調するヒルダ。長年フィリアの説く戦術論から零した愚痴までが鼓膜に浸透している彼女は、そのペースに寄り添うことに感覚野が慣れてしまっている。

「例えば指揮官Aに反抗した部隊。無礼な態度に腹を立てた指揮官は、しかしその兵量や普段の品行方正な評価あるいは自分の中途半端な権限では、彼らに思うように制裁を下すことはできない。そこである日、彼らに大作戦を与える――敵軍に突っ込め、君たちだけなら多大なる功績をあげられるチャンスだ、この多勢なら負けることなしだ、と」

「で、唆された羊質虎皮たちはあえなく荒野に散ったと……」

「有り得なくはないだろ? もう一つは実験か。まあ真面に受けずに聞いてくれ」

 伏し目がちになる長い睫毛が、彼女の予期している事態の深刻さを如実に表していた。

「正直に言って、彼奴らの純正クムーバのスペックで、黒鋼の大陸から原初の大陸まで四時間で到達するのは高高度直線距離でも不可能に近い。対策室のメンバーも訝しんでいた。確かにバイアス人の科学技術は侮れないが、危惧すべき程度ではない……しかし他の異星人組織のそれを奪ったのなら、その評価は妥当とは言えなくなる。事実としてそんな事例も何度か報告されているだろう。

 つまりだ。私が言いたい可能性は、彼らは何らかの技術を使って移動時間を短縮したのであり、今回はその大量治験を、同時に不要な兵力の削ぎ落としとして実行に移したしたのだと――――」

「あー、二人とも、なぁにを辛気臭い顔でちびちび飲んでんですか!」

 唐突に話を遮られた二人は怪訝な顔で、両手を腰に当ててテーブルの傍らで直立しているつり目の女性――いや、少女と言っても何ら違和感のない佇まいだが――を見やった。

「シェスカ……そのだな、第一にお前、未成年者じゃなかったっけ」 

 困り果てた顔付きのヒルダが指差すのは、シェスカが左手に握る、例の小麦色の液体がなみなみと注がれたビールジョッキだ。

「ちょっとくらい、いいじゃないですか! それより大の大人であるお二人がしかめっ面しててどうするんですか! 私だって大っぴらにお酒飲みたいのに」

「私はあまり飲めないんだが……」

「でも任務帰りにたまにコンビニでノンアルコール買ってくじゃないですか! 私がお会計に行ったらもう身分証身分証、ノンアルだってばおじさん!」

 ……どうやら鯖を読んで実は結構飲んでいるのか、そうでなくても虚弱体質なのか分からないが、いつしかのレジのやり取りを全身を使ってドラマチックに表現している辺りあまり強くはなさそうだ。

「みんな、聞いてくれ!」

 唐突の声がけに急速に喧騒は静まり、店内の全員の視線が奥側の席の椅子に乗っかっている女性に集束する。彼女の純色プラチナブロンドヘアは無造作に肩口の辺りまで伸ばされ、顔付きからも滲み出る男勝りな雰囲気は至る所作に表れている――例えば、片手を腰につく堂々とした立ち姿。

 イリーナ・アクロフはその張りのある声で幹事としての締めの役割を果たす。

「今日はお疲れ! 活躍した者はおめでとう、活躍してないモノもまた別の機会にな。取り敢えず、今日は大きな勝利だった! 我々インターセプターもかなりの戦績だ、こんなことは滅多にない! 明日からまた通常任務が始まるけど、締まっていこう!

 そういう訳で、今回の勝利を祝って! 乾杯(cheers)!」

 全員の声色が混じり合って「乾杯(cheers)」の発音すらあやふやな大合唱と同時に、一斉に掲げられた何百の(さかずき)が、同じ高度にズラリと勢揃いした。

 フィリア班は三杯のグラスをかち合わせて、同様にしている周囲に同調する。

 文字通りの満天の星空の下、工業エリアの隅のその小さなレストランの掛け時計は、大宴会場予約時間の22:00を指し示していた。

 

 

 

 

 純粋に綺麗だ、と感じた。

 月というモノはこの世界のどんな空を繋ぎ合わせてもたったの一個、だとそういう記憶があるのだけれど、どうやらこの世界では二つの大きさの異なる満月が隣り合っているなんて現象は全く珍しくないようだ。

 そしてそれを引き立てるように取り巻く密度の濃い星屑。窓ガラス越しでも全く輝きが減退して見えることはない、人知の及ばぬ先の摂理だ。

 けれどそれはここに来てからもう数十回目で。

 案の定一分とかからず飽きのやってきた彼女は視線を外し、ベッドサイドテーブルからタブレットを手に取った。スリープを解除すると、ブックリーダーが読みかけの電子書籍のトップページを表示した。

 『シャイニング』――モダン・ホラーの巨匠スティーブン・キングの幽霊小説。そのベタ塗りな洋館の描かれた表紙は、ある意味で不気味さを禁じ得ない。イラストにしてもこちらを不安にさせるほどの無機質さは意図的なものだろうか、それとも。

 就寝前の読書に種類は選ばない。付け合わせにピーナッツという文化も生憎。こんなガチガチのホラー小説の時もあれば、『マリー・アントワネットの一生』から『ドイツ軍の戦闘規範の歴史』まで、彼女の持っていた端末にはもともと二百冊以上のデータが入っていたらしい。しかし内容は殆ど()()の彼方にあるので、目覚めてからはそれを再度脳にインストールし直しているというわけだ。

 読後感が不快で寝られないということはない。カミュでもカフカでもどんとこいだ。

「――失礼するわね」

 引き戸のドアの向こうでした優しい声色を、上巻154ページを捲ろうとしていた彼女は聞き取った。

「どうぞ」

 エルマは廊下の明るみから、スタンドライトの照らすベッドの枕元以外は真っ暗なこの病室に、コツコツと足音をさせて立ち入った。

「夜分に申し訳ないわね、明日明後日と忙しいものだから、今日中に決めてもらえてよかったわ」

「いいえ、迷うことではないので」

 タブレットの画面を暗転させ、傍らに置いた彼女は上半身を起こし、ベッドの隣の椅子に腰かけたエルマの表情を見やる。

「じゃあ、正式に了承してもらえるのね? ――BLADE入隊を」

 彼女はそれに頷いて答えると、

「よろしくお願いします」

 そう軽く頭を下げる。

「オーケー。で、()()()()()()()()()()()()()()()()()。あなたは明日から――インターセプター、チームフィリアに所属してもらうことになるわ。詳しい説明は本人たちに聞いてね」

「はい、わかりました」

 暗がりで判然としない中、エルマは右手をまっすぐこちらに向けて差し出した。

「こちらこそよろしくね――リジー」

 そう呼ばれた彼女ははい、としかし無表情に答えた後、その皺一つない精緻なディティールを、そっと握り返した。

 



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Episode.03 ガール・オブ・メモリロスPART1

『――NLA発足以来初の映画製作会社に期待が高まっています。ライフに収められているデータベースも、今後より多く発見されるといいですね。

 続いては、今朝のニュースです。皆さんご存知の通り、昨日NLA近域で展開された”ダブル・ゲート掃討作戦”は、我々地球人側の圧倒的勝利に終わりました。BLADE側の被害は極めて軽微で、敵軍駆逐は完全に完了され、緊急事態宣言は三時間後に解除されました。現在は交戦地の敵機残骸の撤去が進められています。NLAへの被害は皆無、マ・ノン宇宙船に一時避難した住民の帰還も今日の午前中までには終わる見込みです――』

「よかったですね、リジーさんは。B.B.メンテナンスセンターの設備資料保管物の早期復旧に合わせて、こっちの病棟も昨晩中に帰還整理の優先順に追加されて」

「……ああ、そうなんですか」

「ねえヒメリさん、いい加減そのカレー味分けてくださいって」

 朦朧としていた意識がふと取り戻され、視覚野が再び判然とした風景を認識し始める。

 清潔なベッドの向かい側の壁面に、天井のスマートプロジェクターから広角ホログラムが投射されて、有志が設立した民間報道機関によるニュース番組が順繰りにトピックを辿っていく。手前の広いスペースでスツールに腰かけた三人は、ディップソース付きのクラッカーを食みつつその様子を眺めている。

 何を取り決めた訳でもなく、まだ眠気も醒めぬ曙の刻、唐突にこの客人たちは乗り込んできたのだった。

 住民間の問題解決を生業とするユニオン、コンパニオンで随一の業績を誇るヒメリ・アランジは黙々とクラッカーを食べ進め、等間隔に顔を上げて微笑んではちょっと話題性を孕んだ場を和ますテイストの発言をする、「NLAの聖女」の二つ名に相応しい甲斐甲斐しさを発揮していた。

 対してその左隣で度々ヒメリの肩を突っ突いては、その無反応にムッと頬を膨らませるミーアは、どうやら引き当てた塩水味が至極ご不満のようだった。多くのブレイドが好む正装「ライトスーツ」に身を包んだ彼女は、ちょっと前までは行方不明で偉く酷い目に遭っていたのだという。

 彼らの右端で、寝起きの睡魔の余韻に抗いながら、リジー・ヒューストンは慌ただしく原稿を捲る新人ニュースキャスターに視線を合わせた。

『大量の敵機残骸は今だ戦地に残されており、現在もブレイドの担当班による回収が続けられています』

「実は私、回収班今日担当なんだけど、サボっちゃおうかなー」

「駄目ですよ、確かに報酬は勧めの雀の涙くらいらしいですけど、こんなちょっとした任務でもれっきとした人類への貢献なんですよ」

 両膝に両肘で頬杖を突くミーアに正論を説いて納得させようとするヒメリ。病棟に入院して以来度々来訪してくるようになったこのコンビは、性格が拮抗している割にかなり親密な仲のようだった。

「ヒメリちゃんがカレーディップくれたら行くー」

「そういう問題では……」

 他の手段でミーアを義務的任務に向かわせるよう誘導するよりも、明白で簡潔だけれど自分にちょっとした損失のある方法を取るべきか思案するヒメリは、見て取れるようにかなり自己犠牲的な面がある。他人への気遣いのためなら自らなど省みない彼女だからこそ、相談屋として多くの住民に慕われるのだろう。

 そんなことを考えながら、リジーはクラッカーの最後の一口を嚥下した。

 ――こうやって分泌された唾液と共に咀嚼して、消化器官の経由中に蓄えられた栄養分を搾り取って、その残滓が腸管を下り行く――遥かに遠い過去からずっと、生物に必要不可欠な生理的構造とその機能であった消化というそれは、もう神の創られし肉体とか人知の及ばぬ既製品とかではなく、たとえ模倣に過ぎずとも既に生理学技術はその全容を掌握しているのだった。

 こうして撫ぜる自らの肌の質感も、備え付けの触覚も、全て人工皮(アーティフィシャル)(・スキン)だと説明されても、元々の自分の身体という()()()()()を感覚的に記憶していないリジーはその差異も違和感も全く釈然としない。ただし唯一この躯体が作り物だと(ジョン・S・バルメトロ曰く「私は私の入ったワタシ」――『文学的視点から叙述する50年代の宇宙進出』より。ただし正確には”入った”というより”操る”である)実感できたのは、ちょっと前に病室に設えられたキッチンで包丁を手の甲に滑らせた時だった。

 予期しなかった光景を目にし唖然とした私はたまたま病室を掃除していた看護婦に応急処置を受け、ついでにこの不可解な現象について、

『我々の義体の内部構造の大半においては疑似素材が構成しているに過ぎず、もし抉ったり切り裂いたりすると噴出するのは鮮血などではなくオイル色の生体循環液です。血液の殆どの作用を分子レベルで再現するだけではなく、外部通信に対応した電気的なアクセスを可能にした最先端の輸液代替品は、その有用さの代償として少々解剖時の見栄えが良くありません。しかし色素の合成よりもずっと重要視されている事柄としては、例えば先ほどの場合でしたらお手元の端末一本ですぐに神経接続カットし痛覚を遮断いただける上に早急に止血していただくことができます』

 というどこいらの医学生がプレゼンするような小難しくて長ったらしいご解説を頂戴した。それに納得した私に押し寄せたのは、その看護婦への憐憫(誰にでもそういう言葉のチョイスで話すのだとしたら貴女友達いないでしょ……)よりも先に、じんわりと薄く滲んだ悲壮感だった。

 ああ。

 ここには誰も、本当の息をしていないんだな。

 ――私自身でさえも。

 隣で談笑する二人を横目に見て、あの後、しばらく誰を見ても、何を見ても付き纏って来た陰惨なイメージがふと蘇る。

 

 ――生気のない表情をしたマネキンが行き交う町。

 気味が悪いまでに病的な肌の色が、人間的ではない骨格の駆動と腱の伸縮が、しかし全ての人間社会らしい摂理を執り行っている。

 日が昇っても暗闇が訪れても雨ざらしになっても攻め込まれても。瞳のない白玉は虚空を見つめて、不協和音で会話が成立する。

 彼らは―――私は――――――――――私たちは。

 私たちのコピーだけが、人間らしく生きている。

 器を失くした私たちは、その無機質でぎこちない風景を、傍から見守っているのだろうか。

 それとももう、この思考でさえ、意識でさえ、自我でさえ、

「私」でさえ、複製なのだろうか。

 

「――あっいけない、リジー、そろそろ行かないと。もう七時だわ」

 ……思い過ごしか。

「はい」

 どうやらカレーディップを譲ってもらったらしいミーアがせっせとそれを食している横で、端末を弄るヒメリにリジーはそう返した。

 まあ、そんな妄想はどうでもいいのだ。

 自嘲気味に悲しく笑って、リジーはおもむろに腰を上げる。

 ――生きる目的さえない私には、何かしらの義務が必要なのだった。

 

 

 

 

 人工生体ブルーブラッド――通称B.B.。

 人体における殆どの生理機能を再現した義体(サイボーグ)は、NLA全ての――いや「白鯨」時代から――人類の、魂の器となっている。

 何故人類は自らを義体化せねばならなかったのか。それを説明するには、まず我々がこの惑星(ほし)にいる理由から話さなくてはならない。

 

 西暦2054年7月、人類は地球を失った。

 地球圏宙域での、突然の異性文明同士の戦闘。未知のテクノロジーによる大規模な破壊の連鎖は、地球全土に完膚なきまでの被害をもたらした。

 それを事前に察知していた統合政府は”地球種汎移民計画”を発動。各主要都市から数多くの恒星間移民船が飛び立つも、その大半は脱出しきれずに撃墜された。

 ――運良く離脱出来た内の一隻、それが「白鯨」だった。

 無残に大破した地球を後にし、当てもなく流浪すること早2年が経過したある日、ついに異文明の追跡部隊に発見され、襲撃を受けてしまう。

 防衛隊が懸命の応戦を試みるも、甚大な被害により主機関が機能停止。航行能力を失った白鯨は、なす術もなく未開の地「惑星ミラ」に不時着した。

 そうして今ここに拓かれているのが、モデルとなった都市の名前を取って――ニュー・ロサンゼルスだ。

 

 何故――B.B.を全人類に適用する必要があったのか。

 その由縁は、前記した地球種汎移民計画まで遡る。

 地球から離脱した後、大人数が居住可能な惑星を発見する――人類の叡智を持ってしても叶わなかった奇跡そのもの。それを探し当てるまでに、何十年、何百年かかるかなど予測がつくはずもなかった。

 そういう訳で生身の人体はコールドスリープによって永久保存される運びとなった。”ライフ”そう呼ばれる柩に「白鯨」全搭乗員の生体を、

  ”セントラルライフ”に意識体を。魂を、託して。

 人工感覚器官からの入力はセントラルライフまで送信され、そこに息づく中枢神経系が下した理解感情意思決定が、再びリターンしてB.B.を稼働させる。ラグが一切発生しないこの通信技術は、数年前に解明された自律神経系のメカニズムを応用して構築された。

 ライフには人体組織とそのOS以外にも、膨大なデータベースが収められていた。大量の書籍情報をはじめとした人類の叡智の記録の結集が小分けにされていて――そして、そのもっとも重要かつ大量の組織化記録媒体が保存されている”セントラルライフ”は最重要にして最大のポッドとして、白鯨の中心に、最厳重機関として保管されていた。

 唯一――B.B.再設定が可能なシステムが搭載されていた、施設だった。

 移民船「白鯨」のクルーとして、時の流れに身を委ねながら、小さな希望の光を追い求める。その意思が人類から損なわれないように、統合政府が全世界の研究機関を結集させて完成させた技術の完成形。それがこれら一連のシステムとして人類の常識となっていた。

 そしてその放浪が二年という短期間で済んだ代償として。

 人類は大量のライフを失った。

 グロウスの追撃部隊の威力は圧倒的で、人類は民間人を護ることだけで精一杯だった。

 白鯨内の民間人用居住区域――絶妙な軟度と硬度を生理学的に調整された(ハイパー・)緩衝素材(バッファード・ゲル)に因って唯一無事に不時着した設備、それが現在のNLAとなっている。

 しかしその他の機関は全て破損・離散し、人類が再び宇宙に飛び立つ日は夢のまた夢となってしまった。

 ライフの躯体はライフポッドと呼ばれ、小規模のそれはミラの各地で次々に発見されたものの、まだ大半が未開の地に取り残され――残りは、破壊された。主にグロウスなどの異星人組織、そして原生生物の攻撃対象とされたポッドの多くは守り切れずに、焼却された素材をミラの地に還した。

 その中で最悪の喪失であったセントラルライフは後に発見されたのだけど、その内部$

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能な状態であった。これはまだ限られた人物にしか公開されていない情報で、現状では探索隊の面々にも緘口令が敷かれている。その深刻さを全人類にあけっぴろげにするにはあまりにリスクが高すぎたのだ。

 

 

 ようやく落ち着いた平穏の中にも、過去の喪失は依然として沁み付いている。

 残された希望でさえ儚い、そんな現実が、人類には突きつけられていた。

 

 

 

 

『最後にお約束の広告です。人類唯一の民間軍事組織「BLADE」は随時隊員募集中! マ・ノン人もオルフェ人もザルボッガ人も、NLAも護りたいという意思がおありの方は、ぜひ入隊希望をブレイドタワー1Fサポートデスクまでご提出ください! また、疑問・要望等ございましたら次の番号にコールしてください――――』

 聞き飽きた数字の羅列が聞こえる前に、ラジオのスイッチを落とす。

 ニュースが終わるってことは、もうすぐ午前の七時だ。

「――シェスカ? 休憩しよ」

 ヒルダはヘッドセットの両耳をを手で押さえながら、突出したマイクにそう話しかける。

『いえ――もうちょっと――あと三分一本で――お願いします』

 息切れの混ざった彼女の通信を傍受して、軽いため息をつく。

 工業エリア西部・BLADE認可トレーニング施設「DePth」模擬戦演習室No.109。昨日中にオーダーしておいたサバイバルフィールド035「カーボン・ラビリンス」と人型ドローンのエネミーセットは既に大半を消費しており、ヒルダが陣取る横長のたわんだ指令室はそのフィールドを上から見下ろす形になっていて、その窓側に取り付けられたデスクには幾つものマイクとモニターとコンソールが埋め込まれている。

 シェスカが好むこのフィールドは冠する名のとおり炭素繊維製の高さ1.5メートルの塀が迷路状の地形を演出しており、銃撃戦にはもってこいのカスタムだが、実際にこのような地点で交戦することは少ないとしてあまり人気がないらしい。

 ただ、そのシンプルな構造は設営・撤収時間もコストも抜群で、単純な相性とかの問題ではなくシェスカは自分に気を遣ってくれているのかもしれない――と、ヒルダは何百と並ぶスイッチ類を素早く切り替えながら推察する。あの子ならあり得ないことではない。

「じゃあエネミー搬入口を南に切り替えるよ。エネミーレベルMAXを五体、ゲートが閉じたらカウント開始」

 廉価なAI戦闘ヒューマノイドは想定エネミーレベルの設定ができ、レベルMAXは「ブレイドの数チームが逃げきれずに幾人かの死傷者を出す」と銘打たれた文字通り最高ランクのAIを有している。ただしそれを併記として実戦投入できるレベルの実用性はなく、起動とペイントガンとの接続だけで出力は手一杯、電子的なリンクによってエイミングが調整されているために、AK一つ担ぐことができない。

 そしてそのぺインドガンといえば、30種類のカラーバリエーションに加え、拳銃から重機関銃(HMG)まで何十種類と豊富なカスタム要素が用意されている。被訓練者がB.B.にインストールする被着色彩識別(DCI)システムはそのペイント弾の着弾速度、被弾範囲と位置する身体部位を読み取ってダメージ計測をする。それが死亡判定の閾値に達すると、コンソールに「Trainee Alpha : defeated」と表示され、そうすればヒルダは少しばかりの驚嘆を添えて「珍しいね、撃破されたみたいだよ。訓練終了だ」とシェスカに伝えなくてはならない。

 そしてその当の本人は、フィールドの中央の壁にもたれ掛ったまま、脱水症状を窺わせるレベルに苛烈な発汗をしているようだった。そして彼女のヘッドセットから届く、断続的に反復される感覚の狭い呼吸音が一瞬乱れて、直後継ぎ接ぎの音声を構成する。

『了解、お願いします』

 

 そう応答して、平常に戻りかけている心拍を肌の上から撫で下ろす。

 全身の肌面からの溢れ出すような発汗が、インナーを雨ざらしのように濡らして、しかしまだ熱を宿したまま貼り付いている。気持ちの悪い感覚ではあるが、戦場ではそんなこと言ってられない。インナー類の上には上半身に白のタンクトップ、下半身に膝上のワークパンツだが、汗水はそれをも沁み出す量で、身体の輪郭がかなり際どく浮き出される。こういう時つくづく、チームに男性がいなくてよかったな、という実感が湧いてくる。

 史上最も多くの人命を奪ったと言われるAK-47を模したペイントガンの底部に、ベルトから抜いたインクバレット・カートリッジ(マガジン)を押し込む。

『ゲート開放。エネミー投入。訓練開始まで5――』

まもなく、けたたましいブザーがフィールドに響き渡った。

 銃身に左手を添え、トリガーに人差し指を差し込んで、いつ何時標的が現れても即時射撃できるようにしておく。

『4、3、2、1』

 頭の中を完全に切り替える。

 ”敵になるべく発見されないように敵を撃破する”ことに全身全霊を掛ける。所謂スニーキングというやつであり、シェスカが最も得意とする任務のカテゴリだ。そして想定レベル最高値の模擬敵歩兵は悉く、その隠密行動を見透かしてくる。発見されては潜伏するという連鎖の中で、先に隙を見せた方が受傷する。その究極が撃破による戦闘不能であり、その交錯に賭されるのが「個」としての人間にとって最重要項目である生命であるというスリル性の他は、単純な肉体と兵器同士の駆け引きに過ぎない。

 それはシェスカにとっては至極シンプルだ。作戦行動の機軸を総て己の本能のみに委ねている彼女は、作戦行動におけるあらゆる一挙一動が、ある種自明な選択だ。感情。気分。そういったエモーショナルな干渉を完全に排した動物的な状態に適応するのは難しいことではない。思考を捨てなくてはならないのではなく、思考する必要がないということ。ただ、高卒の脳のキャパシティに、ロジカルシンギングを並行させられるだけの余裕がないということなのかもしれないが。

 ――やがて、無感覚が全身を支配する。疲労や痛覚などの不利益な受容のみを鈍らにできるほど器用ではない。ただ極端な例で言えば、腿が裂けても関節の限界まで開脚ができるとか、そういうことだ。

『戦闘開始』

 刹那、飛来した銃弾が――真鍮の外皮を纏った鉛の塊が――仰け反って躱したシェスカの頭上を掠め、非殺傷性兵器(ノンリーサルウェポン)運用に対応した耐久度を練り込まれていた壁面に、小口径の、けれど容赦のない威力の確かな証左となる、口径7.62mmの弾痕を穿った。

 

 

 

「どうも。私がフィリアだ。フィリア・アレクセーエヴナ・メルクロヴァ。よろしくね」

 そう告げてにこやかに右手を差し出す女は、大して上背があるでもなく、軍閥出身という肩書に似つかわしくない細身であるというのに、パリパリの軍服に身を包みプログラミングされたヒューマノイドじみた秀逸なグースステップを披露する(この至極身勝手なイメージは、デバイスのライブラリに保存されていた幾つかの前世紀のミリタリームービーに起因する)ような、並の軍人にも劣らぬ威容を醸し出していた。とはいえデフォルトであれば怜悧さがうかがえたであろう精緻な顔立ちに浮かぶ笑みはどこかうきうきとしていて、口角の吊り上がり方が猫を連想させる。五指をいっぱいに開いた手はぴんと伸ばされて、反対の腕は腰に当てているが、手首から先がぴくんと外側にはねているのは愛らしい仕草ではある。

「――リジー。リジー・マスクグレイズ」

 名を告げて、流麗な締まりを帯びた白肌の掌を握り返す。その体温の低さに、少しぞっとする。

「……よろしくお願いします」

「うん。今日から君はわがチーム・フィリアの一員だ。申し訳ないが残りの二人のメンバーはトレーニング中でね――新人歓迎のためにちょっとくらい時間を割いてあげる甲斐性がないものだから」

「いえ、わざわざ私のために足を運んでいただくのも忍びないですから」

「そ」とリジーの儀礼的な返しはかなりあっさりと受け取られ、「まあ、NLAを案内しつつBLADEのイロハをざっくばらんに教えるだけだから。そのあとは練兵場で――ああ、この言い方は古いな――訓練施設で君の実力を測らせてもらう。戦闘経験は?」

「ええ、と―――――わからない、です」

「…………?」

 嬉々とした微笑みのまま小首を傾げる彼女に、リジーは何とかして上手く説明しようと思案する。

「――記憶喪失、なんですよ。リジーさんは。B.B.メンテナンスセンターの病室で目を醒ますまでの、ね。名前だって、偶然記録のあったライフポッドが回収されていたから判明したんですから」

 隣で見守っていたヒメリがそうフォローを入れ、哀愁に細められた目で私の顔を気遣うように覗き込む。それにおずおずと首肯するリジーは、自分が必要以上に憐憫を買っていることに複雑な心境を抱いた。記憶障害の当人にとっては、自らの過去の喪失という事実にそれほど明確な感情は湧かない。失くした物の価値が実感できず、またその欠陥はリジーの現状に殆ど支障をきたしてはいないが故、事の重大性を理解するのはなかなかどうして難儀に近いのだった。

「そうだったのか。それは災難だったな……私は君の外見的特徴――つまりピクチャだが――に加え君の姓名以外は何も事前情報を与えられていなかったから、知らなかったのだ。すまない」

 悪戯っぽい微笑だというのに、これほどまでに発言に合わせて同情を表現できるものなのか、と軽い驚愕に包まれる。場合によってはこちらが何が可笑しいのかと激情に駆られそうな表情はしかし、摩訶不思議とリジーに包容力のある優しさを感じさせていた。

「それって……いくらなんでもほんの一握りじゃないですか。本件の担当ってエルマさんですよね」

 訝しげな表情を浮かべたヒメリは言い、意見を窺うようにフィリアに向き直る。

「ああ。急な通知で、追及のコールも受信しなかった。確かにらしくないといえばらしくないな」

「普段のエルマさんは正反対ですよね。仔細な情報量を意識されていたと」

「そういう不自然な事柄は≪機密によるもの≫って決めつけちゃうのが一番手っ取り早いんだがな。どうやらその可能性は十分に残されている出自であるようだし」

 そこで初めて、フィリアが自分に向ける視線に品定めするような妖光が伴っていることに気付く。

「まあ、納得はできますが……それってつまり、上層部は彼女について、何か公にできないような秘匿事項を保持してる、ってことですか――――あっ」

 発言してから、酷く後ろめたそうにこちらに目をやるヒメリ。なるほど、この小動物的な愛らしさは異性どころか、同性にまで軽く衝撃を与えるに違いなく、かなりの人数に偶像視される閾値に達しているのは明白だ。

「……ごめんなさい、当の本人を差し置いて、喋ってしまって」

「いえ、全く」

「まあリジー、案ずるな。うちのお上は決してブラックな構成じゃない。むしろ人類存続の功労者トップ数十名をそのまま持ってきた形だからな。隠してるとしても、根拠はあるだろう。それも」

 次の句が吐き出される直前、フィリアのタイトスカートの右ポケットから徐に古風なジャズ・ブルースの一節が流れだした。

「――ちゃんとした理由がな」

 言いながら取り出したのは携帯端末(モブ)で、恐らくワンタッチで通話ボタンを選択した彼女は、反対の手で五指をピンと伸ばして私に向けて謝罪のジェスチャーをすると、その筐体を眼前に持ってくる。

「私だ。どうした」

『緊急事態だ。観光案内中かもしらんがすぐ来てほしい。そこにいるのならごめんね、新人(ニューフェイス)

 てっきり指向性だと思っていた通話音声は、5フィートほど離れたリジーたちでも明瞭に聞き取れる。ただしそれは平静な応答ではなく、単語間が頻繁に区切れ、その度継がれる荒々しい息遣いは、咽頭が訴える悲痛な軋みをたたえていた。

 彼女の通信から滲み出る焦燥感は、言語化されていない状況報告だ。

「……は、はい」

 反射的に返答するが、マイクの集音性能が広域か狭域か不明なことに後から気づく。

「状況は」

 淡々と、緩んだ表情を正さないままフィリアがそう訊く。

『地点はいつもの訓練施設。現在火器交戦中。フィールドにシェスカが取り残されてて、私はモニタールームから援護してるが――窮地に立たされてる。何が起きたのか全く分からないんだが、訓練ヒューマノイドが』

 直後ガラスらしき破砕音が次の句を遮り、ノイズ・キャンセリング機能が一時無効となった相手側のマイクが、戦闘区域の銃声と破壊音の連鎖を拾って音量制御を施さないまま辺りにそれを撒き散らす。思わず両耳を塞ぐリジーとヒメリだが、部下の苦境を静かに推察したフィリアは、おもむろに――そう、まさしくおもむろに――玄関口の自動ドアへと踵を返す。

「施設備品の暴走で、非殺傷性兵装のみ持ち込み可能なトレーニングルームで実弾銃による交戦に巻き込まれているということか――応答を。ヒルダ、ヒルデガルト。応答を」

 だが言葉はおろか呼吸音でさえも届かない。

 スタッフや入院患者が仰天して皆立ち竦んでいる合間を縫って、澄む靴音を残しながら彼女は外へと向かう。

「ヒルダ」

 唱えるようにそう名を呟く。追いかけようと咄嗟に腰を上げたリジーは、それが呼びかけだと気付くのが遅れる。

「フィリアさ――」

「ヒルダ返事」

 鈍く外界との遮断を開放し始める扉の隙間を抜け、またも朗読のような抑揚のない発声をする。

「わ、私も行きます」

 そう半ば叫ぶように告げて彼女に追いついたリジーは、背面からその表情と手元を覗き見て、脊椎の神髄から震撼した。

 眉を憤怒にゆがめて宙を睨むでもなし。逆に、今までと変わらぬ不敵な笑みを絶えず浮かべているでもなし。

 批難がましく半分塞がれた瞼の下で昏い光を発する死んだ瞳の先で、官製デバイスが流血も厭わず五指をめり込ませて握り潰されていた。レアメタルリサイクル施設の中途半端な作業過程のように筐体をひしゃげさせてもなお緩められない握力で、精巧な人形じみた二の腕が不穏な震えを発している。

「ヒルダ」

 もう一度、彼女は繰り言を力なく空気に拡散させる。

 

 

 

 限界が近づいているのは自明だった。

 頭蓋にどうにか深い穿孔を抉りとって機能停止に追い込んだ一体のヒューマノイドの残骸に身を隠して、奪い取ったAKの装填弾数を確かめながら、シェスカは肩で圧迫したカナル型ヘッドセットに囁く。

「ヒルダ――どうしたの? 援護射撃をお願い。南東に引き寄せて」

 適する応答を返すには十分に過ぎる時間の空白が経ち、背筋を意地悪な悪寒が襲う。

 昨今の通信機器は話者の発声だけを明瞭に拾い取り、周囲の無関係な雑音はほとんど完全に除去することができるテクノロジーを大抵備えている。音声通話に画期的な利便性をもたらした2040年代を代表する技術革新の一つだが、この状況ではそれが仇となって、シェスカの不安を悪化させる。相手側の環境音から状況を推測することが不可能だからだ。機器の不具合、妨害電波の干渉。考慮し得る通信途絶の要因は幾らでもあるが、判断材料はノイズが走らないことぐらいだ。

 先ほど私がこちらに誘き寄せた暴走――軍備系においてこの語は本来の意味に限らず、本来の使用意図に反した危険性を発現した状態を指す――ヒューマノイドたちが、カーボンウォールを薙ぎ倒す音が響く。幸いサーモセンサーを搭載していない訓練用カスタムでも、この残骸からわずかでも身をはみ出した刹那、探知した排除対象に叩き込まれるのはふざけたカラフルな絵の具の塊ではない、人肉をミンチにするための鉛玉だ。水鉄砲のお遊びは本来の目的を取り戻したというわけだ。過失か、あるいは誰かの謀略によって。

 そのため、シェスカは同僚がいるはずの反対側を目視で確認できない。「プライベート・ライアン」でミラー大尉が銃剣にガムで鏡を接着したお手軽ハンドミラーのような便利器具も生憎持ち合わせていない。繰り返すが通信でも安否は判別できない。敵数の報告がない以上、無闇な手は打つことができない。身体を任せていた本能でさえ混乱している。思考が柔軟性を完全に失う。

 どうしたらいい。

 どうすればいいの。

 選択を迫られる。このまま座視して状況の好転を待ちあぐねるべきなのか。それとも無茶苦茶でもいいから飛び出して応戦したらこの窮地から脱することができるだろうか。

 まあまあ落ち着けシェスカきみはまず心拍数を抑えよう。焦燥に気圧される呼吸を調整しよう。

 冷静に状況を判断しろ、できるだけの楽観視をもって、目前の価値を過大評価しないこと。そうだな、先ほどの二択を失敗した場合、当然の帰結としてシェスカはママの台所でダニー坊やが悪戯心で調理前の生肉をアイスピックでぼこぼこにしたような様相を呈するだろう。シェスカ・アッシュフィールドはあえなく骸となり、加減を知らないAI電脳は無際限にこの肢体にグロテスクな穿孔を掘り続ける。彼らの人工知能は不特定多数の撃破を旨とする実戦用ではなく、単純に相手を叩き潰すことに特化した対戦用に過ぎない。敵兵がシェスカ一人だと通告されている彼らは()()()殺害を試み続ける。対象の死亡を確認する機能を持たないからだ。

(私は受け入れられない)

 唐突に私の内に沸き起こるその思いは切実だ。

 こんないつも通りの辛くもない訓練にちょっとしたトラブルが起こっただけで絶命すると? たかが人の形に似せられた機械ごときに実戦の前に肉塊に仕上げられると? そう、たかが訓練で死ぬだなんて、そんな痴態とても曝せない。

 曝せ()()ない。

(私が巻き込んでしまった先輩に――)

 選択は決定される。

 恐慌状態から復帰した思考が覚悟を抱き始める。無意識下で演算(シミュレート)されたプロトコルが整然なパターンとして脳髄に染み込んでゆく。

 半世紀前の虐殺兵器のレプリカを両手で構え、悠然と、シェスカは険しい顔を上げる。

 

 

 

「背面だ」

 言い放ったフィリアが、通りかかったブレイドに借り受けた短機関銃(SMG)を投げて寄越すのを、リジーは両腕で抱えて受け止める。

「君は私の背後を警戒しておいてくれ。万一のためだ、敵は全部私が殺るが、もしもの時は自衛しろ。撃鉄は下りてるから、トリガーを優しく引くだけで連射される。運用には気を付けろ」

 漆黒の塗料が陽光を反射し、厳然とした殺傷力の塊としての畏怖を私に押し付ける。腕にかかる重量にはいくらか、そうした視覚情報によって勝手に演算されたイメージが含まれているだろう。

「それはそうと、これは後々言おうと思ってたことなんだが――正確には初任務前のつもりだった」

 フィリアはセンター前に駐車してあったオフロードバイクに近づくと、デバイスを掲げてロックを解除する。バイクの胴部の左側に引っ掛けられているアタッシュケースを確認すると頷いて、滑らかなレザーのサーフェスが高級感を醸し出す座面に跨った。

「私たちは端的にいうところの精鋭班だ。最少人数で編成されている。女性しかいないのはただの偶然だ」

 差し出される手を取って、車高と自らの脚長の差を跳ね飛んで乗り越えると、指示通りにフィリアの腰に両手でしがみ付く。

「私たちは所属兵科に起因する優遇制度を受けている。金にも困らないし、上層部にも対等に張り合えるほどの発言権を有している。戦線は私たちを取り囲むように組まれ、後方の切り札として残される。有用性に見合った待遇を享受する対価として、私たちは十分な働きをしなくてはならない。わかる?」

「は、はい」

「インターセプター所属フィリア班」

 エンジンが掛かり鈍重なキックバックがバイクを揺らす。

「だがそれは名ばかりだ。私たちは実質的にはそのヒエラルキーには組み込まれてさえいない。BLADEの構成そのものである8ユニオン制と、形式上以外では何の接点も持たない。エルマが何を思ったのかは知らないが、君は大変な部署に配属されたことになるぞ――恨みを買い、常に相手の裏を窺わねばならず、時には集中的に命を狙われる場合だってある。技術は後でいくらでも追いつける。今君に必要なのは、覚悟だ」

 フィリアの発言が指すところを捉えかねて怪訝な顔をしているリジーに、振り向いた彼女の視線が宛がわれる。

「私たちは内部監視局(CIB)。――人呼んで”プロヴィデンスの眼”」

 そしてフィリアは、薄く微笑みを色味のない唇で形取った。

 それは適した感情の付随していない、どこか儚げな悲しさをたたえた、愛想に過ぎなかった。

 

「歓迎しよう、リジー。ようこそ、裏切り者たちの公益事業へ」

 



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Episode.04α ガール・オブ・メモリロスPART2(未完成)

(※長文となります)
今回はサブタイトル通り、未完成のエピソードとなります。
当分の間は、「焼却のワルキューレ」最後の投稿となるでしょう。

「焼却のワルキューレ」は不定期の更新休止期間に入らせていただきます。

まずは謝辞を。ここまで、未熟な本作に貴重なお時間を割いて閲覧してくださった皆さん、本当に本当にありがとうございました。そして、本当に、申し訳ございません。

今までキチンとした形でご報告することなく、放置という最もじれったい形態をとっていた、自分の無責任さを痛感し、心底より反省しております。この場を借りて打ち明けさせていただくと、前々から判明していたことなのですが、本作品は完成の見込みがつかなくなってしまいました。
Episode.01を上梓したのは、実に一年前ほどの時期のことだったと記憶しています。当時の自分の執筆計画(計画と呼べるほどのものはどこにもなかったのですが)は放縦、耽溺の一途を辿っており、そのなれの果てとして、現状のように無様な垂れ流しの状況となってしまいました。なし崩し的な結末として、当然の帰結のように思えます。
本来であるならば、ケジメとして本作の完結を優先するべきなのですが、ストーリーとして今後の展開に破綻が生じてしまい、続投は非常に難儀だと思われます。悩み悩んだ末、少なくとも当時の自恣からは脱却し、幾分かは小説書きとして成長したであろう現在の自分による完全新作の計画的な連載をもって、誠に勝手ながら、これまでの多大なる不義とご迷惑に、お応えさせていただこうと思います。
今まで本当に、ご迷惑をおかけしました。

今話を、事実上の最終回とさせていただきます。

以下のシーンは今年の晩春に書き下ろしたものです。進展が一切見られないので詰まらないとは思いますが、一瞥でもくれていただければ幸甚に存じます。


 朦朧とする意識が徐々に回復し、霞んで揺蕩う視界も鮮明さを取り戻していく。呻き声さえ掠れて音にならない。頬にべったりと貼り付いた黒髪が鬱陶しく、指を滑らせると怖気の走る感触があった。眼前に掌を翳すと――やはり、B.B.循環液のオイル色だった。ヒルデガルト・シラサギの傀儡。肉体の複製品を巡る血液は、そのあらゆる機能をナノマシンで代替しているため、わざわざ赤血球の原色に倣い染め上げる必要性、人体の表面的な容貌以外の見栄えに拘るプライオリティーはかなり低かった。むしろサージカルなグロテスクさと縁を切り、かつ全身のサイボーグ機能への常態的にアクセシブルな中継点として大きな利便性を獲得したと当時称賛を得たこの代物は、ヒトが心身一体という概念を超越し、肉体をただの精神の器に過ぎないという認識を得た2050年代未来人のスピリチュアルなパラダイムシフトを象徴する産物となった。

 その夥しい放血の泉源は、五指の隙間から穿孔を覗かせていた。ヒルダの下腹部を貫くパイプ。パンケーキ大もの直径。衝撃で激しく暴れたのか、傷口は裂き広げられ、臓腑はずくずくに攪拌されていた。どう身を折ろうと耐え難い峻烈な痛覚は、端末による外部アクセスがないとマスキングしようがない。どうやらパイプはヒルダを貫通して背後の壁面に突き刺さっているらしく、身動きをとるのは至難の業だった。パイプを溶断する手段の到来を待てないのなら、片腹を引き裂くしかない。

 どうにかしてこの悲惨な状況を打破すべく思索を巡らすのとパラレルに、脳髄を劈く空前絶後の激痛への慟哭がヒルダの痩躯を痙攣させていた。伝い落ちる鮮紅色の混淆した唾液を飲み込む余裕すらなく小刻みにがくがくと唇を震わせ、時折押し殺しきれない喘ぎが漏れる。焦点も虚ろな双眸は涙だけを必死に堪え、両手で胸郭を鷲掴みにしてえづきを抑える。その甲斐なく、やがて濁流のような吐血が口蓋から溢れ出した。

 どうして、どうしてこうなった――記憶の混濁。真っ先に脳裏に浮かぶのは、数秒前まで言葉を交わし合い共闘していた仲間の安否。シェスカはどうなった。私が援護しなくては、やられてしまうというのに、これでは――

 その刹那、状況を理解した。指令室の訓練フィールドに面する壁面は爆破され、ヒルダの真っ向の範囲が大きく穿たれており、構造体を剥き出しにしている。周囲には粗削りな瓦礫が散在し、破砕したコンソールから黒蛇の奔流のように潤滑油まみれのケーブルが溢れている。急速な追憶――数刻前――突如AKをかなぐり捨てた戦闘ヒューマノイドの一人が、こちらに向けるまた別の吸い込まれるような銃口――目測約70mm――対戦車擲弾発射機(RPG)といったところか。しかし、そんなものを携帯しているなら目立つはずなのに、何故最初の接敵で警戒できなかった――

 ふと物音がし、反射的に身構える。破孔の淵から突き出す拉げた鉄骨にフックが引っ掛かっている。ロープで登攀を試みる気か。周辺を見回すも、先ほどまで援護射撃に用いていた実弾装填のSMGは見当たらず、咄嗟に筐体のひしゃげたラジオから前世代的なアンテナをもぎ取ると、既に延伸仕切っているそれを後ろ手に、もう一方の手に瓦礫の破片を握る。まもなく「よっこらしょ」などとふざけた掛け声と共に両手が縁部にかかり、ヒルダは石飛礫を投擲すべく――――――――――――――は……?

 喋った、のか―――――?

 細身の敵は一息に跳躍し軽々と飛び乗ってくると、問答無用でヒルダの投げ出された右大腿部に亜音速弾を撃ち込んだ。驚嘆に一瞬挙動が硬直したヒルダは被弾の衝撃と激痛に、振りかぶっていた左手から石片を取り落とす。

「――――――――――――っぐ」

 思わず息を飲むが、瞬時に思考を切り替え右腕をしならせてアンテナを擲つ。芯のぶれない銀灰の弾道を描き、無骨な頭蓋に不穏に耀く緋色の右眼に向けて先端部が切迫する。だがそいつは避ける素振りさえ見せず、軽合金のダーツは菱形のレンズを叩き割ってから、乾いた音と共に落下した。

「……あー」くぐもった男声が漏れる。「痛ぇなー。こりゃ破片で眼球裂けてるわ」

 呆然とヒルダが瞠目する中、そいつは両手で頭蓋を掴むと、おもむろに引き抜いた――まるでヘルメットを脱ぐかのように。

 露わになった男の顔は、その言葉通りガラス片が幾つも突き立つ隻眼からだらだらと流血しながらも、薄汚い無精髭の中に剣呑な嗤いを浮かべていた。

「…………貴様は――」

「おうおう心配なさんな。トレーニング用のヒューマノイドに扮装するなんざ、酔狂な俺しかやらんよ。下のポニーテールのお嬢ちゃんは残ってる()()()どもと仲良く遊んでやってるさ」

 能天気で小馬鹿にしたような口調にふつふつと憤激が沸き起こるが、今度は銃口が真っ直ぐヒルダの額に狙いを定めているため微動だにできない。

「狂人さんが、ご高説どうもありがと。へらへらと戯言を……なぜ? 何の目的……」

「いやあ、ちょっと君に用があってさ、ミス・シラサギ。血の通った状態で連行しろとのお達しでね」

「へえ、なるほどね。生きてさえいればどのような傷害を追っていようと構わないと―――――――っ!」

 次の瞬間、男は再びヒルダの大腿部に銃弾を撃ち込んだ。あまりにあっさりとした作業に、度重なる痛苦に気が触れてしまいそうになる中、彼の暴力への垣根の低さに慄然した……いや、おそらくこいつは、刃傷沙汰自体を嗜好しているのだ。

「ご名答。さあ、ここで肉体的かつ精神的な拷問に興じるのも結構だが、一緒に来てもらいたいねぇ。その朱唇皓歯なお首がふっ飛んだあとは、あっちの娘を屠殺しに行っちゃうだけだしね」

 作業工程を説明するかのように淡々と告げた男が懐から取り出したのは、コンパクトなレーザーカッターだった。

 

 

 仮想火兵戦トレーニング施設(ガンズジム)「DePth」は工業エリアの外環部沿いに位置する、無骨でメタリックな外観の構造体に居を構えている。名称通り非殺傷調整された火器を用いた模擬戦を専門的にサポートする訓練施設で、インスタントでフレキシビリティの高いカスタマイズ性がブレイドたちに好評を博している。

「――ただ」

 そこまで概説し終えてから、商業エリアと工業エリアを跨ぐ架橋を驀進するオフロードバイクの座面上で、ハンドルを握る彼女は嘆息した。フィリア・メルクロヴァ――数分前に顔合わせしたばかりの、リジーが所属となった班の頭目の女性。

「施設経営に携わっているのはBLADE隷下の教練管理部ではなく、キナ臭い民間企業だ。確か数か月前に違法B.B.売買組織との関連が疑われコンパニオンによる社屋捜索が行われたが、未解明に終わっていた。業務や管理は殆ど外注化、どれもBLADE関連アームズカンパニーだ。だから私もセキュリティの多少の杜撰さには目を瞑ってきたんだが……」

 はぁ、と短いため息の直後、絶え間なく耳朶を打つ風切り音に軽快なポップメロディが混じり始めた。フィリアは激しく波打つスエード製らしきスカートに右手を突っ込み、ポケットから携帯端末を引き抜く。コバルトブルーのタッチパッド。

「―――えっ」

 つい先刻彼女自身が常人離れした握力をして圧潰させたはずのその筐体は、新品同様の滑面を保持している。裂傷の痕跡すら見当たらない。

「ああ、二台目だよ。メンテナンスセンターで壊しちゃったのは()()()専用。特殊な独立回線を使用していて、BLADEの通信総合管理システムとのコネクトは遮断してある――フィリアだ。今顔を出せない。どちら様?」

 端末を耳殻と肩口で挟み、電話口の相手に応答する。

「ああマードレスか――そう、以前うちのシェスカが訓練に誘ったろ。そこであってる。利用状況はロビーの掲示板で確認できるから、先にトレーニングルームに突入しておいて……」

 

 

 

 

the story is unfinished......




本作品の続投の可能性は極めて低いですが、万が一僕の心変わりで残りのシーンを上梓できるようになるとしても、ずいぶん先のことになりそうです。

ブックマークしていただいた方々、感想をいただいた方々はもちろんのこと、閲覧していただいたすべての皆さん、900以上のアクセス数を記録できたり、これまでにない経験をいただき、心より感謝しています。そしてなにより申し訳なさで胸中がいっぱいです。

これまで応援してくださった方々には本当に申し訳ないですが、前書きにて前述のとおり、改めまして、本作品を当分の間「未完」扱いとさせていただきます。

拙作に最後までお付き合いいただき、誠に、誠にありがとうございました。




さよなら、皆さん。

さよなら、惑星ミラ。

また、どこかで会いましょう。

                     2016/10/13 Ryo Natsuki
            (Ep01~Ep03投稿時名義:Ryo Hinatsuki)


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