ワールドトリガー 《ASTERs》 (うたた寝犬)
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第1章【物語の始まり】
第1話「地木隊」


コン……。

その部屋のドアが静かにノックされた。

 

「入りたまえ」

「失礼します」

部屋にいた界境防衛機関「ボーダー」の総司令官城戸政宗が入室を許し、1組の少年少女が部屋に足を踏み入れた。

 

「急に呼び出してすまないな」

城戸が静かな声でそう言い、

「いえ、気にしておりません」

片割れの少女がそう答えた。目上に対する失礼がないように毅然とした態度であった。

 

肩まで伸ばされた天然の茶髪に、愛嬌のある可愛らしい猫目。少々幼く見せる童顔。小柄な身体の割に手足の長い少女だった。

 

「そう急ぐ案件でもない。あまり気張らずに聞きたまえ地木君」

地木(ちき)と呼ばれた少女は城戸にそう言われ、雰囲気を少しだけ柔らかくした。城戸は続けて、

「月守君、君もだ……。むしろ君は、もう少し年相応に振舞ってもいいくらいだぞ?」

もう1人の少年に向かってそう言った。

 

サラサラとした黒髪に優しげな黒の瞳。線の細い身体に加えて中性的で整った顔立ちの、どこか不思議な雰囲気がある少年だった。

 

月守(つきもり)、と呼ばれた少年は、

「お言葉、ありがとうございます。善処はしますよ」

控えめな笑顔を浮かべてそう答えた。

 

しばらく間を空けてから、城戸はゆっくりと口を開いた。

「……まずは先日のラッド討伐作戦、ご苦労であった。諸君らの働きにより、ボーダーはようやく平常通りに戻ることができた」

それは労いの言葉であった。

 

先日まで三門市を騒がせていたイレギュラーゲート……。なかなか原因が掴めなかったのだが、ある隊員が掴んだ手がかりにより、原因は「ラッド」と呼ばれる小型のトリオン兵であることが判明した。

膨大な数のラッドが三門市内に潜んでいたが、ボーダーはそれを文字通り全戦力をもって駆逐することに成功した。

 

その労いの言葉を受け、

「……いえ、ボクたちはただ指示に従いラッドを討伐しただけですので、その言葉は勿体無いです。原因を突き止めた隊員にその言葉は送ってください」

地木はそう答えた。

 

「原因を突き止めた隊員、か……」

城戸はそう呟くと手元のキーボードを叩き、部屋のモニターにとある隊員の顔を映し出した。

メガネをした、真面目そうな少年だった。

 

「……?城戸司令、これは……?」

月守はその顔に見覚えがなく、城戸に尋ねた。地木も同じく見覚えがないようで、城戸の言葉を待っていた。

 

ゆっくりとした声で、城戸は質問に答えた。

「彼は三雲修。迅が言うには今回ラッドを見つけられたのは彼のおかげらしい。イレギュラーゲートの騒ぎの中、非常事態で訓練生で単独ながらもモールモッド2体を撃退している上に、今回の手柄の報酬という形で、今は正隊員に昇格している」

 

その説明を聞き、

「訓練生でモールモッドを単独撃破……!」

「へぇ、なかなか思いっきりの良さもあるんですね」

地木と月守はそれぞれ呟いた。

 

城戸は一呼吸とり、

「一見すると、非常に優秀だが……。彼の言動には不可解な点が幾つかあるのだよ」

そう言った。そしてそのまま言葉を続けた。

「我々は三輪隊の進言のもと、彼を今しばらく監視している。君たちを今回招集したのは、その三輪隊の補佐として監視を任せたいと思ったからだ」

どうやらこれが本題らしい、2人はそう認識した。

 

「引き受けてくれるかね?」

城戸は2人に問いかけた。

 

地木は横目で月守を見た。

『何か質問ある?』

その目がそう言っていたので、月守は控えめに挙手して、

「質問よろしいですか?」

そう発言した。

 

「許可する」

城戸の鋭い眼光をしっかりと見て、月守は口を開いた。

「この三雲くんに不審な点があるということでしたが……。城戸司令や三輪隊は、彼の行動の裏にどれほどのものがあると予想されているんですか?」

 

月守の質問に、城戸は僅かに押し黙った後、

「……人型ネイバーの干渉まで、十分にあり得ると踏んでいる」

しっかりとした声でそう答えた。

 

「……っ!」

まさかの答えに、今度は月守が押し黙った。

「他に質問はあるかね?」

城戸はそう尋ねるが、

「いえ、ありません」

月守はそう答え、質問を打ち切った。

 

城戸は声のトーンを下げ、再度問いかけた。

「引き受けるかね?」

 

さっきとは逆に、今度は月守が地木を見た。

『決めるのは君だから』

月守の目はそう言っていた。

 

彩笑は一呼吸おいて、

「ええ、やります」

城戸司令の目をしっかりと見て、任務を受諾した。

 

「では頼むぞ。地木隊」

城戸もそう言い、彼らに任務を託した。

 

*** *** ***

 

「……あー!疲れた!てか、すごい肩痛いんだけど!」

「気張らずにって言われても、ちょっと無理だよねー」

部屋を出て本部内を歩き、地木隊の作戦室にたどり着いたところで2人はようやく緊張の糸を解いた。

 

「もうっ、本当にそう!あの状況で力抜けるわけがないって!ボク2回は殺されるって思ったもん!」

地木は座った椅子の背もたれに体重を預けてぐぐっと寄りかかった。

 

彩笑(さえみ)、転ぶよ?」

咲耶(さくや)はお節介すぎー。このくらいじゃ転ばないから」

月守咲耶(つきもりさくや)地木彩笑(ちきさえみ)に向かって心配したように言ったが、バランス感覚に優れる彩笑に転ぶ気配は全く無かった。

 

「咲耶ー」

「なに?」

「肩凝ったー」

「だから?」

脱力しきった状態で彩笑は会話し、月守はそんな彩笑を見ながら会話をしていた。

 

「肩揉んでー」

彩笑のセリフを聞いた月守は呆れたようにため息を吐いた。

「やだよ。いい加減、マッサージチェア買えば?」

月守は言いつつも彩笑の後ろに回り肩もみを始めた。

 

「咲耶さ、やだって言う割には何だかんだいってやるよね」

「彩笑と争うことほど不毛なものはないって知ってるからな」

月守は淡々と答えた。するとそれを聞いた彩笑は嬉しそうに笑った。

「んー、今の発言はとうとう負けましたっいう宣言として受け取ってもいいのかな?」

「調子に乗んな」

そう言って月守はマッサージを止めた。

 

そこへ、

「あ、呼び出し終わりましたか?」

「お疲れ様、です」

作戦室のドアが開き、2人の少女が入ってきた。

 

「あー、2人ともおつかれ!」

「うん、呼び出しは終わったよー」

彩笑と月守はそれぞれ笑顔で、明るい声でそう答えた。

 

部屋に入った2人は、とりあえずいつもの椅子に座った。

そこで、

「あれ?真香(まなか)ちゃんその袋なに?」

彩笑が片方の少女に問いかけた。

 

和水真香(なごみまなか)

腰まで届く長い黒髪に、フレームレスのメガネに縁取られた瞳。彩笑とは逆に大人びた顔立ちであり、168センチという身長も相まってよく実年齢より年上に見られるのが少々コンプレックスな中学3年生だ。

 

真香はその袋をデスクに置いて、

「ああ、これですか?これは来る途中にコンビニに寄って適当に買ってきたお菓子です。みんなで食べましょう?」

そう言って袋に入ったお菓子を取り出した。

 

デスクの上に広がるお菓子を見て、月守は偏りに気づいた。少々、いや、明らかにチョコレート菓子が多かった。月守はクスっと笑い、

「これを選んだのは神音(しおん)かな?」

残る1人の少女を見ながらそう尋ねた。

 

艶があり、癖のない黒のショーヘア。僅かに碧みがかった黒い瞳。白く柔らかそうな肌。華奢な身体つき。無表情なのが勿体無く思える可愛らしい顔立ち。

 

しおん、と呼ばれた少女は、

「……はい。あの、なんで、分かったんです、か?」

不思議そうに月守に問いかけた。

 

「んー、なんとなく、かな?」

月守はやんわりと微笑んだままそう答えた。

 

神音はおっかなびっくりといった様子で、

「えっと、その、ダメ……、でしたか?」

月守の顔色を伺うように言った。

 

「ううん。むしろ甘いの好きだからオッケー。というわけでアルフォート貰います」

そう言って月守はアルフォートに手を伸ばした。

「え?咲耶アルフォート?じゃあボクはポッキー」

続いて彩笑がポッキーを手にした。

「しーちゃんどれがいい?」

真香がそう神音に問いかけ、

「あ、コアラのマーチが、いい」

神音はそう答えてコアラのマーチを手に取った。

「なら私はトッポいただきます」

真香が残ったお菓子からトッポを選び、ケンカすることなくお菓子が行き渡った。

 

お菓子を食べながら、彩笑は先ほど城戸司令から受けた任務の内容を説明した。

一通りの説明が終わったところで、真香が不思議そうに口を開いた。

「思うんですけど、もし本当にバックに人型ネイバーがいるって仮定するなら、なんで私たちが選ばれたんでしょうかね?三輪隊みたいにA級部隊を回せばいいのに……」

すかさず月守が答えた。

「多分、これ以上A級を割けないんじゃないかな?今は上位3チームが遠征に行ってるし、これでさらに監視任務にA級を当てたら通常業務が不安になるからだと思うよ」

「ああ、なるほど」

月守の答えに納得した真香は1つチョコを口に運んだ。

 

「ま!ざっくりまとめると、三輪隊と一緒に三雲くんを監視しようっていう任務だね」

「まあ、ざっくりまとめるとね」

本当にざっくりまとめた彩笑の意見を月守は肯定した。

 

そこで神音が控えめに、

「あの、でしたら、三輪隊と連絡、とります、か?」

そう意見した。

月守はそれと同意見だったようで、

「そだね。メインは三輪隊なんだし、連絡しよっか」

そう言い、素早くスマートフォンを取り出した。慣れた手つきで操作し、三輪の番号を見つけ出し早速電話をかけた。

 

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

プルルルル。

 

(長いなぁ)

三輪がなかなか電話に出ず、隊全員がそう思ったところで、

 

『……もしもし』

ようやく三輪が電話に出た。声からしてあまり機嫌が良くないであろうことが分かった月守は、手早く要件をすませることにした。

 

「監視任務は順調ですか?」

『冷やかしで電話をかけてくるな』

プツッ!ツー……ツー……。

しかし電話は速攻で切られてしまった。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

作戦室中に、なんとも言えない空気が漂った。

 

「咲耶……。三輪先輩に嫌われてるの分かってるのによく電話かけたね」

彩笑は憐れむような、同情するような、そんな声を月守にかけた。

 

「……いや、嫌われてはないはず。もう一回…」

月守はめげずに再度電話をかけたが、

プルルルプツッ!

今度はワンコールがなりきる前に電話が切れた。

 

「月守先輩、認めてください」

今度は真香がそう言ったが、月守はめげずに再度電話をかけた。

 

『おかけになった番号は電源が入っていないか、電波の届かないところにあります』

しかし電話口から帰ってきたのはそんな無情なメッセージだった。

 

「……あの、月守先輩……。元気、出して、ください」

「……ん。神音、ありがと……」

月守は辛うじて神音の言葉に答えられたが、そこで力尽き机に突っ伏した。

 

それからしばらくして、月守を除く3人にメールが届いた。

『城戸司令からオレたちの補佐をするように言われたんだって?サンキュー!助かるぜ!現状報告もあるし、この後適当なところで落ち合おうぜ!』

三輪隊のアタッカー、米屋陽介から地木彩笑に。

 

『和水。お前たちが補佐してくれるとなると大分心強くなる。協力、感謝する。』

三輪隊のスナイパー、奈良坂透からオペレーターの和水真香に。

 

『天音ちゃん。上から聞いたけど任務のヘルプに入ってくれるのよね?ありがとう。すごく助かるわ。三輪くんには後で私から言っておくから、天音ちゃんも月守くんに元気出してって伝えておいてくれるかな?』

三輪隊のオペレーター、月見蓮から天音神音へと、それぞれメールが届き、地木隊は任務参加を許可された。




ここから後書きです。

初めましての方は初めまして。
お久しぶりな人はお久しぶりになります。

この作品を読んでいただき、本当にありがとうございます。

本作には前身となった作品があり、これはそれをリメイクしたものになります。
前作を知っていても知らなくても、楽しんで読んでいただけたら幸いです。

少しでもお楽しみいただけるような物語を考えて、頑張っていきたいと思います。

本作は今のところ誰でも感想を書き込める作品ですので、疑問や違和感、純粋に質問等がありましたら感想に書き込んでください。

拙く未熟な部分もあると思いますが、本作を読んでいただけたら幸いです。


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第2話「トリガー、オン」

三雲が砲撃兼捕獲用トリオン兵「バンダー」の砲撃直後の隙を突き、ブレード型トリガー「レイガスト」で弱点である目の部分を斬った。

 

そしてその光景を、

「んー、テキスト通り……。普通の戦い方だね」

「そうだね」

監視任務に就いていた彩笑と月守が遠目から見ていた。

 

「でも悪くはないじゃん?」

月守が三雲の戦いを見てそうコメントしたが、

「でも普通だよ。あれでモールモッド2体を本当に撃破したのか、ちょっと疑問……」

彩笑は辛口なコメントを返した。

 

12月14日。世間一般では休日の土曜日だが、2人は学校の制服を着て三雲を監視していた。

地木隊と三輪隊はメンバーを混ぜながら監視任務を行っていた。さっきまでは他にも三輪と米屋がいたのだが、警戒区域にゲートが開きトリオン兵が攻めてくると同時に、

「最近まともに動いてないから、ちょっくら運動がてらバトってくるわ」

三輪隊のアタッカー、米屋陽介がそう言い防衛任務へと向かい、三輪秀次がそれに同行していった。

 

そのため、今いるのは彩笑と月守だけだ。ちなみに天音と真香は平日の防衛任務で出られなかった学校の模試を受けているためここにはいない。

 

2人が遠目で監視を続けていると、

「あれ、一般人?」

月守が思わずといった様子で呟いた。三雲に近寄る小柄な人影が2つ見えたのだ。

 

彩笑もそれに気付き、目を凝らしてよく見た。

「……みたいだね。2人とも小柄だし、小学生かな。遊んでて間違って警戒区域入っちゃったのかな?」

「あー、たまにいるよね、そういう子供」

月守が相槌を打ったところで、彩笑がある事に気付いた。

「男の子の方は髪白い!ハーフかな?」

「んー、どうだろ。アルビノって可能性もあるよ?」

「もしくは染めてるか脱色?」

 

2人はそんな雑談しながらも三雲たちから視線を逸らさず監視を続けた。彼らも会話をしているようだが、声までは聞こえず内容は分からない。

「……ねえ咲耶」

「ん?」

彩笑が思ったことを口にした。

 

「咲耶はさ、本当にあの三雲くんの背後にネイバーがいると思ってる?」

と。

 

月守は三雲たちから目をそらし、彩笑を見据えて答えた。

「……ここ数日見ただけじゃ、さすがに分かんないよ」

「だよねー」

そしてその答えを聞いた彩笑はケラケラと笑った。

 

「じゃあ予想!予想しようよ!そんで賭けよう!ボクはネイバーが居るの方に1票!」

「えー……、じゃあ俺は居ない方に賭けるしかないじゃん」

「負けた方は勝った方に飲み物奢るでどう?」

「あ、そんくらいならいいや。じゃあ俺カフェオレ」

「ボクはココアでいいよ」

 

2人の間で賭けが成立したところで、三雲たちに動きがあった。

「あ、彩笑。三雲くんたち動き出したよ」

「ありゃ、本当だ。……あの方向って、旧弓手町駅の方だよね?」

彼らの移動に合わせて2人も動き出し、彩笑は月守にそう尋ねた。

 

「おー、正解。方向音痴な彩笑にしては珍しく正解」

「咲耶、それ余計。そういう余計な事言うから三輪先輩とかに嫌われるんだって」

「はいはい、了解」

呆れたように言う彩笑に対して、月守は苦笑しながらそう答えた。

 

*** *** ***

 

ゲートから現れたトリオン兵を三輪と米屋は危なげなく駆逐した。

「おーおー、秀次いつになくイライラしてんなー」

三輪の戦いぶりを間近で見ていた米屋は戦闘を終えた三輪にそう言った。普段なら感じられないが、今日の三輪の剣には苛立ちが乗っていると米屋は感じていたのだ。

 

「すまん」

三輪は申し訳なさそうに謝り、

「別にいいって」

米屋も軽くそれを許した。

 

倒したトリオン兵の残骸を回収する回収班が到着するまでの間、米屋は三輪に質問した。

「にしても分かんねーな。なんで秀次はそんなに月守を……、いや、地木隊を嫌うんだ?」

三輪は数秒ほど考えた後、

「……別に嫌ってはいない。ただ、あいつらと行動すれば毎回毎回オレたちが振り回されるから嫌なんだ」

そう答えた。

 

(いや、それは偶然じゃね?)

米屋は内心そう思いながらも、再び尋ねた。

「ホントにそれだけか?」

と。

 

再度三輪は、数秒の間隔を開けたあと、口を開いた。

「……気に食わないんだよ。あいつらの、あの、どんな任務でもヘラヘラ笑って『楽しくやらなきゃ損だ』とでも言いたげな態度が、気に食わないだけだ…!」

 

確かに三輪の言う通り、地木隊は防衛任務にしろ今回のような監視任務にしろ、常に楽しそうに任務を遂行する部隊だった。よく言えばリラックスしているが、悪く言えば気が抜けている部隊である。そして三輪はその態度が気に食わないのだと言った。

 

ここで三輪はあえて言わなかったが、地木隊を嫌う理由がもう1つあった。しかし米屋もそれを知っているため、あえて口にすることはなかった。

 

「まあ、確かにそうかもな。でも、あの雰囲気あっての地木隊じゃん?それにあいつらはやる時きっちりやる奴らなんだから、そこは少し大目に見てやれよ」

米屋は三輪に言い聞かせるように、なだめるように言った。

それを聞いた三輪は、

(……確かに今それを言っても、仕方ない、か)

自身を納得させるように心の中でそう呟いた。

 

「……ああ。そうだな」

そして三輪がそう言ったところで、

 

『あ、あー。三輪先輩聞こえてますかー?』

三輪隊の通信回線に月守の声が届いた。

途端に三輪の顔は一気に不機嫌なものになった。

(こいつ、どうやって回線に割り込んだんだ……?)

三輪と米屋はそう思いつつ、通信に応じた。

 

「聞こえてる。用件はなんだ?」

それを聞いた月守は、その声だけで三輪か不機嫌だと感じ取り、手早く情報を伝えることにした。

 

『監視してた三雲くんなんですけど…、人型ネイバーと通じてるかまでは不明ですけど、彼の知人らしき人がボーダーの管理下にないトリガーを使ってるのを確認しました。とりあえずそれの捕獲を目的として戦闘を始めますねー』

と。

用件を伝えた月守はさっさと通信を切断した。

 

「……は?」

「うん?」

まるでその日の夕飯のメニューを伝えるかのようにあっさりと言われ、三輪と米屋はしばし停止した。

 

そして、

「……って、オイ秀次!こうしてる場合じゃねぇ!」

「分かってる!行くぞ陽介!」

その情報の意味を理解するなり同時に駆け出した。

 

トリオン体の身体能力を全開にした移動をしながら、三輪は苛立ちを口にした。

「だからあいつらと合同任務は嫌なんだ!」

 

*** *** ***

 

「これで千佳が狙われる理由は分かった。問題は、それをどう解決するかだ!」

廃墟となった旧弓手町駅のホームで三雲修はそう言った。

 

ここにいるのは三雲と、彼の友人でありネイバーの世界から来た白髪の少年「空閑遊真」と三雲の知り合いである「雨取千佳」、そして黒く小型の炊飯器のようなフォルムをした自立型トリオン兵であり空閑のお目付け役である「レプリカ」。

 

レプリカにより雨取のトリオン能力が非常に優れていることが分かった。トリオン能力が高いと、ボーダーやネイバーの技術である「トリガー」を扱う上で有利であるが、その反面ネイバーに狙われやすいのだ。

その高いトリオン能力によりネイバーから狙われる雨取をどうやって守るか。三雲はそれを考えようとしていた。

 

そこへ、

「やあ、こんにちは。ボーダーです」

三雲を監視していた彩笑と月守が現れた。

 

「「トリガー、オン」」

すかさず2人はトリガーを起動し、戦闘体へと換装した。一応話し合うつもりではあるのだが、三輪隊と事前に話し合ってこうすることになっていたのだ。

 

2人の戦闘体は、嵐山隊の赤い隊服を黒くカラーリングしたようなデザインのものだった。

 

「っ!?」

三雲と雨取は驚いたようで、そんな反応を見た彩笑は、

「あー、ごめんごめん。驚かせちゃったね」

そう言って笑った。

 

「……あんたら、ここしばらくオサムを監視してた奴らだよな?」

ここで、今まで沈黙してきた遊真が口を開いた。

 

彩笑は勿体振ることなく即答した。

「うん、そうだよ」

「……監視するなら、もう少し上手くやれば?オサムは気付いてなかったけど、あからさまだったよ?」

遊真の忠告を聞いた彩笑と月守は苦笑した。

 

なんか緩いな。と、遊真は2人を見てそう感じた。

 

苦笑が収まったところで彩笑は1つ咳払いをして問いかけた。

「まあ、それは置いといて……。君たち、さっきボーダーの管理下にないトリガーを使ってたよね?使ったのは誰かな?」

 

「……」

反応を返さない三雲たちを見て月守が、

「遠目だったけど、その小さい女の子がやたら大きいトリオンキューブを出してたように見えたよ」

そう答えた。続けて、

「やっぱり?ボクもそう見えた。……じゃあ、君がネイバーってことでいいのかな?」

雨取を見据えて、彩笑はニコニコとした笑みのままそう言った。月守も同様に雨取を見据えている。

 

ビクッ、と、雨取は思わず身体を強張らせて怯えた様子を見せた。三雲は雨取を庇うようにその間に立ち、

「ま、待ってください!こいつは……」

そう言いかけたが、

 

「ちがう、ちがう。ネイバーはおれだよ」

 

傍らにいた遊真がそう言葉を挟んだ。

 

彩笑と月守はその言葉に一瞬キョトンとしたが、すぐに問いかけた。

「……君がネイバー?間違いない?」

彩笑は念を押すように問いかけ、

「うん。間違いないよ」

遊真はそれを肯定した。

 

次の瞬間、

ダンっ!!

大きな踏み込みの音と共に、彩笑が一瞬にして遊真の眼前まで肉迫した。右手には、軽量級の攻撃手(アタッカー)が好んで使う軽量ブレードの「スコーピオン」がダガーナイフ状に展開され握られていた。

 

あまりにも突然の出来事に、

「な、何してるんですか!?」

三雲は叫んだ。しかし彩笑はそれには答えずに、遊真に問いかけた。

「君、今の見えてたよね?なんで避けなかったの?」

「あんたが当てる気ないの分かってたから」

冷たい瞳で彩笑を見つめて、遊真は淡々と答える。

 

その答えを聞いた彩笑は、唇を薄く舐めた。まるで、獲物を見つけたと言わんばかりに。

「へえ、なかなかいいね」

さっきまでのどこか緩い雰囲気など微塵もない、真剣そのものの声だった。

 

トトッ、と、軽くステップを踏み、彩笑は月守のそばに戻った。空いている左手にもう1本ダガーナイフを模したスコーピオンを展開し、それ構えて月守へと指示を出す。

「とりあえずボクが前衛やるから、バックアップよろしく」

「了解」

月守は武装を展開せずに左手だけを構えて答えた。

 

戦闘は避けられないと判断した遊真は、

「オサム、チカ、下がってろ。こいつらとは、おれ1人でやる」

2人に向かってそう言い、

「トリガー、オン」

指輪を模した形状で納めてあるトリガーを起動し、戦闘体に換装した。

 

黒を基調とした戦闘体へと換装した遊真を見て彩笑はクスッと小さく笑った。

「いいね。戦闘体もなかなか強そう……っていうか、なんか雰囲気あるなぁ。手強そうだし、全力で行こうかな」

 

その言葉を聞いた遊真は、彩笑への意趣返しを含めてクスッと小さく笑い、言った。

「おまえ、おもしろいウソつくね」

と。

 

彩笑は楽しそうに声を張り上げる。

「さあ!どうだろうね!」

 

そしてそれが戦いの始まりを告げる鐘であったかのように、彩笑は強く強く地面を踏み込んだ。

 

 




遊真VS彩笑&月守コンビです。
書いてて思いましたが、多分地木隊は監視とか潜入とかは向きませんね。

次話、戦闘開始です!


あと、お気に入り登録や感想をいただけて嬉しかったです!頑張っていこうって思えました!


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第3話「旧弓手町駅の戦い」

彩笑は最初の踏み込み以上の速度で遊真へと肉迫し、スコーピオンを振るった。並みの目ならば消えたと錯覚しかねないスピードだったが、遊真はそれに素早く反応し身体を捻って彩笑の1撃を回避する。遊真の回避により彩笑のスコーピオンは虚しく宙を斬ったが、

「いい反応!」

むしろそれを楽しむような声を上げ、追撃に移った。

 

素早いが1撃1撃の重さは大したことなさそうな彩笑の連続技を遊真は回避するが、その態勢が僅かに崩れる。彩笑はその隙を見逃さずにスコーピオンを右足に纏うように再展開し、遊真の肩を狙ってハイキックを放つ。なんとかそれすらも回避を試みた遊真だがほんの少しだけ擦り、その傷口から戦闘体のエネルギーとなるトリオンが漏れ出す。

「……」

遊真はひとまずバックステップで距離を取ったが、彩笑はすかさずその距離を詰める。

「まだまだ!」

そして笑顔のまま再度斬撃を繰り出した。

 

その戦いを見ている三雲や雨取からすれば、スコーピオンの切っ先がかろうじて見えるかどうかの速度になる彩笑の連続技を、遊真は対処する。だが、

 

(この人、速いな……っ!)

 

決してそれは余裕があるものではなく、むしろギリギリに近かった。

 

彩笑の斬撃はほぼ即興で繰り出す連続技であり遊真の回避動作に合わせて技を組み替えてしぶとく追撃してくる。それにスピードと手数の多さが相まって、遊真にしてみれば厄介なことこの上なかった。

 

彩笑が斬撃を繰り出し、遊真が回避する。その応酬がしばらく続いた頃、遊真の回避行動の精度が高まりだした。最初はそのスピードこそ驚いたが、徐々にスピードと攻撃のリズムに目も身体も慣れてきたのだ。

(よし、これなら……)

これなら捌ける。遊真がそう思った瞬間、

 

キィン!

 

遊真の目の前にいる彩笑の後方から、甲高い音が響いた。

(来るっ!)

直感的に攻撃が来ることを察知した遊真は、

盾印(シールド)!」

防御用の印である盾印を展開した。

 

遊真のトリガーは直接の武装は無いが、特殊な効果を持つ『印』というものを発動させて戦うというものだった。

 

展開された盾印は半球状に遊真の前方へ現れた。そこへ、

ガガガッ!

数え切れない程の大量の弾丸が彩笑の背後から放たれ、シールドに直撃した。

 

ここで1度彩笑はバックステップを取り遊真と距離を開けた。

それにより遊真の視界が開け、状況を把握することができた。

 

「おー、本当にやるじゃん。防がれるとは思わなかったよ」

そう言ったのは月守だ。周囲に小さなトリオンキューブを大量に配置していた。遊真はおそらく、それら1つ1つが弾丸なのだと予測した。

 

月守の隣にいる彩笑が口を開く。

「ちょっ、咲耶!防がれてんじゃん!」

「そうだねぇ。当たったと思ったんだけどさー」

少し不機嫌そうに言う彩笑とは対照的に、月守は苦笑いで答えた。

 

(仲間割れか?)

一瞬、遊真がそう思った矢先、

「バイパー」

月守が苦笑いを浮かべたまま、前触れもなく弾丸を放った。

 

不意打ちに等しい攻撃だったが、遊真は冷静に弾丸の初速からさっきと同速程度だと判断し、再度盾印を展開した。十分速いが問題なくシールドで防げるものだった。

しかしそれを見た月守は、困ったように笑いながら、

「さっきと同じだと思ったかい?」

そう言った。

 

「?」

遊真はすぐにはその言葉の意味が分からなかった。分かったのは月守の弾丸が遊真の展開したシールドにぶつかるその直前だ。

直線的な弾道が遊真のシールドにぶつかる直前に、カクカクっと弾道が曲がったのだ。

 

「おっと!」

遊真は慌てて回避に移ったが、あまりの弾数、不規則な軌道に圧倒され躱しきれずに被弾した。

ズガガガっ!

新たにできた小さな傷口から、さらにトリオンが漏れる。

 

遊真はその傷口に触れながら、冷静に思考する。

(……弾丸のコースを自由に設定してるのか。速いし多いけど、1発1発は軽いな)

そしてその考察は的を射ていた。

 

月守が使用したトリガーは「バイパー」。

ボーダーの射撃戦用トリガーの1つで、事前に弾道を自由に設定できるトリガーだった。

 

思考した遊真はまだ戦う意思があるように構えた。そしてそれを見た彩笑は嬉しそうに笑った。

「ははっ!いいじゃん!いいじゃん!!やる気十分って感じでいいね!」

身体をググッと沈め、さながらそれをバネのように解き放つ。さっきよりも一層速い踏み込みを持って、彩笑は3度遊真に肉迫した。

 

*** *** ***

 

遊真と地木隊の戦いを見ていた三雲はある疑問を抱いた。

「……どうして空閑は反撃しないんだ?」

 

三雲はこれまで、遊真の戦闘を2回見ている。1回目は警戒区域の中で大型の捕獲用トリオン兵「バムスター」を粉砕した時、2回目は学校にイレギュラーゲートが開き「モールモッド」が現れ、三雲のトリガーを拝借して戦った時だ。どちらも遊真は高い実力を見せており、その遊真が反撃らしい反撃をせずに防戦一方であることに三雲は強い違和感を覚えた。

 

『ユーマが反撃に出ないのには2つの理由がある』

その疑問に答える形でレプリカが説明を始めた。

 

『1つ目は単純に相手の実力が高いことだ。個々の戦闘能力だけでも厄介だが、あの2人はそれに加えて攻撃の主軸を交互に切り替え、時に織り交ぜてユーマが対応しきれないようにしている。これほどの手練れは中々久しぶりになるな』

遊真は捌いているが、彩笑と月守の連携による攻撃力は高い方である。もし仮に三雲がこの2人の攻撃を受けたなら、なす術もなくやられてしまうだろう。

 

レプリカはそのまま2つ目の理由を話した。

『だがそれ以上に、ユーマはオサムの立場を気にして反撃に出ないのだろう』

「僕の、ため?」

レプリカが言うには、遊真はB級に昇格できた三雲が自分のことをかばっていたとなれば罰則を受けるのではないのかと考えている。遊真はそれを避けるために相手を傷つけることなく無力化し、出来るだけ穏便に済む道を模索しているということらしい。

 

「そんな……!」

『オサム、心配しなくてもいい。ユーマはかつて今よりも困難な状況を何度も乗り越えている』

レプリカはそう言うが、三雲は心配せずにはいられなかった。

「でも……っ!そ、そうだ!彼らがボーダーの部隊なら、迅さんに止めてもらえば……っ!」

三雲はすぐさま迅に連絡をとった。

 

『はいはい。こちら実力派エリートの迅悠一。どうした、メガネくん?』

迅悠一。ボーダー本部において屈指の戦闘力を持ち、高い発言力と影響力も併せ持つ正隊員だ。

 

「じ、迅さん!助けてください!ボーダーの部隊が空閑を…!」

『知ってる。ていうか見えてる。彩笑ちゃんと咲耶だな』

その言葉通り、迅はこの戦闘を少し離れた地点から見ていた。

 

「な……っ!それなら!」

慌てる三雲に対して、迅は冷静に返す。

『落ち着きなよメガネくん。あの2人は確かにいいコンビだけど、遊真を倒すまではいかないよ……。あいつは特別だからな』

そして迅が見守る中、戦闘は動いた。

 

*** *** ***

 

「こりゃ穏便にってのは無理かな」

戦闘の最中に遊真はそう呟き、頭の中で考えをシフトさせた。

無傷で穏便に、ではなく、手傷を負わせて大人しくさせて話を聞かせる。そう決めた遊真はすぐに行動に移った。

 

強印(ブースト)!」

遊真は印の中から「強印」を選んだ。トリオン体の性能そのものや、トリガーの出力を上げる印だ。それを自身のトリオン体に付与し、パワーとスピードを1段階上昇させた。

 

スピードに乗ってきた彩笑の攻撃を掻い潜り、遊真は反撃の拳を振るった。その斬撃にカウンターを合わせるような1撃だったが、

 

ブゥン!

 

彩笑はそれをバックステップ1つで回避し、遊真の拳は虚しく宙を切った。辛うじてではなく、しっかりと見えている、余裕を持った回避だった。

(……!)

予想より彩笑の反応速度が高く、遊真は軽く目を見開いて驚いた。そして彩笑はやはり、楽しそうに言う。

「あっはは!やっと攻撃に出たね!」

一方的な攻撃だけでつまらないと感じ出した矢先の反撃であり、彩笑のテンションは上がる。

 

その彩笑の背後から、

「あんまり突っ込み過ぎるなよ彩笑!」

月守がそう忠告を発し、

「バイパー!」

攻撃に加わろうとしていた。

 

ここまで放った月守のバイパーは、遊真のシールドを巧みに躱し着実に遊真にダメージを与えていた。1発1発の威力が高くないため警戒の度合いが低かったが、ここまでの戦闘で遊真が受けたダメージの半分近くは月守のバイパーだった。

 

遊真はどうにかしてこのバイパーを防げないかと考え、そして1つの策を思い付き、実行に移した。

月守が周囲に散らしたトリオンキューブを放ったと同時に、遊真は掌を地面に叩きつけ、

強印+盾印四重(ブーストプラスシールドクアドラ)

印を2種類重ねて発動した。

 

遊真を中心にドーム状のシールドが彩笑ごと巻き込む形で展開された。

 

ズガガガガガっ!

 

さながら雨のように降り注ぐ月守のバイパーを遊真の全方位をカバーするシールドは全て遮断して防いでみせた。

シールドに閉じ込められた彩笑は周囲をキョロキョロと見回す。そんな彩笑を見据えて遊真は告げる。

「これなら、あんたの仲間の援護は届かない。連携は防いだぞ」

と。

 

しかし、彩笑は動揺することなく、

「……そう思う?ウチの咲耶を甘く見てると、痛い目見るよ」

不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

コン!

シールドの外で月守はノックでもするかのようにシールドを突ついた。

「……、やっぱ硬いな」

その確認をした後、盛大なため息を吐いた。

「だからあんまり突っ込むなって言ったのに……」

呆れたように言い、策を思案し始めた。

 

(内部は多分、彩笑とあの白い子がバトってるから内側から壊れるってのは無いな。外部から壊すってなると、バイパーの1点集中か……。いや、威力重視ならバイパーじゃなくて……)

月守の思考がそこにたどり着いたのとほぼ同時のタイミングで、

「月守!状況を説明しろ!」

事前に連絡した三輪と米屋が現着した。

 

すぐさま月守は、

「この中に例のネイバーと彩笑がいて、ソロで戦ってます」

手短に2人に説明をした。

 

「この中かっ!」

三輪はドーム状のシールドを見据えて言い、

「マジで!?人型ネイバーとソロ戦とか彩笑ちゃん羨ましいな!」

米屋は心底羨ましそうに言った。

 

2人を上手く乗せたと思えた月守は言葉を続けた。

「はい。今からこれ壊すために1発撃ちこむので、フォローお願いします!」

 

月守はシールドのそばで左手を構えトリガーを切り替えて、トリオンを込めて発動した。

 

「メテオラ」

(威力85の弾速10に射程5!分割無し!)

素早く設定を施し、狙いを定める。

 

「ふっ飛べ」

その一言と共にメテオラを放った。

 

メテオラ

炸裂弾の名前を貰うこの弾は、着弾と同時に文字通り炸裂する弾であった。

 

そして月守の放ったメテオラは、耳を塞ぎたくなるほどの轟音と共に炸裂した。

 

巻き上げた煙の向こうにあるシールドを月守は見据える。

(足りるか?)

一瞬だけ火力不足を心配した月守だったが、シールドに亀裂が入る音が聞こえた。

 

月守はそこからバックステップで距離を開けつつその場所を指差し、

「ここです!ここ目掛けてお願いします!」

頼れる先輩達に向かって言った。

 

「あいよ!」

「言われなくてもだっ!」

米屋と三輪はそれぞれそう言い、米屋は槍型の弧月を、三輪は通常の弧月を握りしめ、そのヒビが入った一点目掛けて全力で振るった。

 

バギンっ!

三輪隊2人の斬撃は脆くなったそのヒビを正確に捉え、シールドを破壊した。

 

シールドが破壊されたのは中にいた2人にも当然分かった。

「ね?痛い目見るっていったでしょ?」

崩れるシールドを見ながら、彩笑はいたずらっ子を思わせる可愛らしい笑みを浮かべてそう言った。

 

「なるほど。こりゃしんどい」

合流する彼らを見て、遊真は口元を拭いながら思わず呟いた。

 

その様子を察知した彩笑が遊真に問いかけた。

「まだやる?それとも大人しく投降する?」

戦力の上でボーダー側が増えたこのタイミングは、確かに交渉の上では有利だった。

 

しかし遊真の答えを聞く前に、

「その問答は意味がないぞ、地木。…ネイバーは、全て敵だ」

冷たく三輪が言い放ち、戦闘が再開された。




ここから後書きです。

久々に戦闘シーン書きました。
地木隊(主に彩笑)が存分(勝手)に動いてくれました。

遊真の印って思ってた以上に応用が利くなぁと、書いてて実感しました。



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第4話「規格外にしてランク外」

三輪隊の連携は白兵戦で相手の裏を取り続けるものであり、彩笑と月守のような前衛後衛を分断する連携とは異なる。さっきまとは全く異なる連携で攻められた遊真はそのことに戸惑い、ほんの一瞬反応に遅れた。

三輪はその一瞬の隙を突き遊真の背後をとり、銃弾を放った。さすがの遊真でも死角からの攻撃までは対処しきれず数発被弾し、身体を地面に伏せた。

 

遊真の動きが止まったところで、

「月守。改めて今の状況を簡単に説明しろ」

三輪が月守を睨みつけるようにして問いかけた。

 

今更ですか?と言いたげに月守は肩をすくめたあと簡潔に説明した。

「ほぼご覧の通りです。その髪白い子が自称ネイバーでして、俺と彩笑で捕獲を目的として戦闘していたところに三輪先輩達が合流しました」

 

一方遊真は、三輪の銃弾を受けうずくまったままで立ち上がれずにいた。

「く、空閑!大丈夫か!?」

思わずといった様子で三雲が叫んだ。遊真はなんとか身体をググッと起こしたが、

「重た。なんだこれ?」

身体にめり込むように生成された黒い六角柱が重りとなり、上手く身体を動かすことができなかった。

 

今遊真の戦闘体には、いくつもの重りが生成され行動が制限されていた。だがその遊真の戦闘体から、

 

ニョロン

 

と、そんな音を立てながらレプリカが細い管のようなものを鉄柱に接続させた。

『トリオンを重しに変えて相手を拘束するトリガーだ。直接的な破壊力が無い代わりにシールドと干渉しない仕組みのようだ』

レプリカは呟きつつ、それの解析を始めた。

 

それには気付かず、また、傍目には動きのない遊真を見て、

「お!これならあっさり任務完了する流れじゃん!」

三輪隊のアタッカー、米屋陽介はそう言った。

 

「米やん先輩、油断しない方がいいよー。この子、ボクと咲耶の連携をあっさり捌くくらいの実力はありますら」

米屋に忠告しながら彩笑は二刀流のダガーナイフスコーピオンを構えた。

 

「わーってるって!つか油断とか、彩笑ちゃんに1番言われたくないセリフだな!」

「ですねー」

「ちょっと!米やん先輩も咲耶もヒドイ!」

そんなやりとりをしつつ、米屋と月守も構えた。米屋は口調こそ軽いが油断など微塵もしていない臨戦態勢であった。

 

3人の空気を1つ締めるように、

「一斉攻撃でやるぞ、お前達」

三輪が弧月を構えつつ、全体に指示を出した。

 

武器を構えた3人は合図こそないがタイミングを合わせて一斉に動いた。月守も、間合いは詰めないが周囲にキューブを配置して攻撃準備を整えている。

 

「これで終わりだネイバー!」

三輪がそう叫ぶ。

もはや遊真の勝ち目は限りなく薄い。誰もが思ったのと同時に、

『解析完了。印は「(ボルト)」と「(アンカー)」にした』

レプリカが遊真に向けて言った。

 

「オーケー」

それを聞いた遊真は不敵に笑い、左手を構えて反撃に出た。

錨印プラス射印四重(アンカープラスボルトクアドラ)

構えた左手に印が重なるようにして現れ、そこから銃弾が放たれた。

 

「っ!?」

攻撃に出た三輪、米屋、彩笑は勝利がほぼ確定していたタイミングで、かつ至近距離ということも相まって反応が遅れた。

辛うじて彩笑は回避に転じたが間に合わず、3人共被弾した。そして、

「っ!?ウソでしょ!?」

彩笑は驚き、思わず叫んだ。

 

被弾した箇所からダメージを受け、トリオンが漏出するならまだ分かる。だが、彩笑を含め被弾した3人にダメージは無かった。代わりに、被弾した箇所に黒い六角柱が生成され重りとなって3人の動きを封じていた。

「オイオイっ!?」

「そんな、バカなっ!?」

米屋と三輪もやはり同じように驚いていた。

 

唯一被弾しなかった月守だけが、冷静さを保っていた。

「これ、三輪先輩の鉛弾(レッドバレッド)…?まさか、受けた攻撃をコピーしたのかな?」

 

「こちらの攻撃を何倍もの威力で撃ち返してきた……!他者の攻撃を学習するトリガー……、そんなふざけたトリガーがアリなのかっ!?」

三輪も月守と同意見のようだが、やはり信じられない様子を隠せなかった。

 

さっきの自分と同じように地面に伏した3人を見つめながら、遊真はググッと身体を起こし、

「さて、それじゃあ話し合おうか」

不敵にそう言った。

 

「クソっ」

「仕方ないかなぁ」

部隊を率いる隊長という立場にある三輪と彩笑は、この状況から勝利への可能性の低さとリスクの高さを秤にかけて、ひとまず遊真の提案に応じることにした。

 

そしてそのタイミングを見計らって、

「おー、なんだ遊真。けっこうやれてんじゃんか」

三輪隊のスナイパー2人を引き連れた迅が姿を現した。

 

「お、迅さん」

迅の登場に対し、遊真はほんの少し安堵したような声を漏らした。

一方、迅と共に現れた奈良坂は、

「すまん、狙撃しようとしたところを迅さんに止められた」

すまなそうに三輪へと謝罪した。

 

そのやりとりを聞いた後、

「な?秀次……、だから止めとけって言ったろ?」

迅は三輪へそう言った。

 

すかさず彩笑が抗議の声を上げた。

「えーっ!ちょっと迅さん!?ボクたちそれ聞いてないよ!」

「あれ?そうだっけか?」

迅はトボけたように答え、

「少し落ち着きなよー、彩笑」

月守がそう言ってなだめた。

 

三輪も内心、

(オレも言い忘れてたな……)

そう思いつつもそれを表に出さずに、会話を仕切り直した。

 

「迅、わざわざ、オレたちをバカにしに来たのか?」

迅は首を振って三輪の言葉を否定した。

「違うよ。お前らが負けるのも無理はない」

しっかりとした口調で、迅は三輪隊と地木隊が勝てなかった理由を告げた。

「なんせ遊真のトリガーは……、ブラックトリガーだからな」

と。

 

「……っ!?」

「マジで!?」

迅の言葉を聞き、三輪と米屋は驚きを隠せずに動揺した。彩笑と月守も言葉にこそ出さないが、驚いてはいた。

 

「……レプリカ、ブラックトリガーってなんだ?」

三雲は聞きなれないその単語の意味をレプリカに質問した。

『ブラックトリガーとは、優れたトリオン能力を持った使い手が死後も己の力を世に残すため、自分の命と全トリオンを注ぎ込んで作った特別なトリガーだ。作った人間の人格や性格が強く反映され、起動するにも相性があるが…、その性能は通常のトリガーとは桁違いだ』

 

レプリカの説明が済んだところで、迅は再び口を開き、

「ま、そういうわけだから、お前らこいつからは手を引け。ここの所、イレギュラーゲートやらでゴタゴタしてるのに、ブラックトリガーの相手までするのは厳しいだろ?」

説得するような言葉を続けた。

 

「その子がボーダーと対立する可能性は無いんですか?」

月守が迅に向かってまっすぐ問いかけた。さっきまでとは違う、真剣な表情だった。

 

「無い。なんなら、オレのクビや全財産を賭けてもいい」

月守同様、迅は真剣な表情で答えた。そして、

「……咲耶、それと彩笑ちゃん。忠告だけど、ここで君らは手を引いた方が、君らの目的に近付きやすくなる。オレのサイドエフェクトがそう言ってる」

そう、言葉を続けた。

 

その言葉を受けた2人は、

「……」

「……」

しばらく言葉を失ったが、

「……ま、ひとまずは引こうかな」

「だね」

迅の提案を受け入れることにした。

 

月守はほんの少し沈んだ表情を戻し、小さく笑った顔を三輪へと向けた。

「まあ、そういうことらしいですよ、三輪先輩」

どうしますか?そう言いたげな声だった。

 

「……ふざけるな!ネイバーは…、全て敵だ!」

三輪は自身の強い信念の元にそう叫び、

「ベイルアウト!」

ボーダーの正隊員についている緊急脱出機能により、1度本部へと帰投した。

 

*** *** ***

 

三輪隊全員の姿が見えなくなったところで、

「それじゃあ、一旦戻る?」

「とりあえずな」

彩笑と月守も1度本部へ向かうことにした。

 

「さっきの人たちと同じで、あっさり引くね」

拍子抜けするほど戦闘を引き上げる2人を見て、遊真は思わずそう尋ねた。

彩笑はニッコリと笑いながら、遊真の問いかけに答える。

「うん。だってとりあえず停戦でしょ?」

「まあ、それはそうだけど……」

遊真はやはり納得がいかないのか、歯切れ悪く口ごもった。

 

そんな様子を見せる遊真の頭を、迅は軽くポンポンと叩きながら言った。

「まあまあ。遊真、ここは大人しく納得しとけ。あの子はかなり気まぐれだから、機嫌を損ねればまた斬りかかってくるかもしれないぞ」

 

「もー、迅さん!さすがのボクでもそれはないから!」

迅の言葉に彩笑は抗議の声を飛ばすが、

「いや、彩笑ならやりかねないねー」

「咲耶まで!」

傍らにいた月守がケラケラと笑いながらそう言い、彩笑の怒り(?)の矛先は月守へと向かった。

だが、

「……あ!そういえばなんだけど、あの賭けはボクの勝ちだよね?」

彩笑はふと思い出し、月守にそう尋ねた。

 

「……あ」

月守は一瞬、何のことか分からなかったがすぐに思い出し、

「……なんのこと?」

そしてトボけた。

 

「今一瞬「あ」って言ったよね?ごまかされないから」

彩笑は楽しそうに笑いながら月守を問い詰めた。月守はすぐに観念し、

「分かってるって。えーっと、クガくん?だっけ?彼がネイバーなんだから、ネイバーが三雲くんに関わってるかどうかの賭けは彩笑の勝ち。ココアでいいんだっけ?」

苦笑いしながら彩笑に確認をとった。

 

「ココアでいいよ、むしろココア以外は認めない!」

ビシッ!という効果音が聞こえそうな勢いで彩笑は月守を指差しながら言った。月守はその彩笑の指先をペシッと軽く叩き逸らした。

 

「人を指差さないの」

「咲耶細かい。保護者みたいだね」

「今目の前にいる中学生くらいの子の保護者か?」

「ボクは高校生だけど?」

「制服着てないと分かんないよ。自称150センチ」

「自称じゃなくてちゃんと150センチあるから!」

そしてなぜか2人は口喧嘩を始めた。

 

遊真はそんな2人やり取りを見ながら、

「仲が良いんだな」

思わずそう呟いた。呟きに答える形で、迅が口を開いた。

「まあな。普段はあんな感じで緩いけど……、強いぞあの2人」

「うん、なかなかに強かったよ。もう少し本気で来られたらちょっとヤバかったかも」

「へえ、あれで本気じゃないって分かったのか?」

感心したように迅が言った。

 

「……2人とも、戦いながら手は抜いて無いけど余裕があったから。多分、まだ何か……、ううん、()()隠してるんでしょ?」

 

「さあ、どうだかな」

遊真の問いかけを、迅はそう濁して打ち切った。

 

「おーい、2人とも!」

そうして迅は2人に向かって声をかけた。

 

「はいー?」

「なんですかー?」

声を合わせて彩笑と月守は反応した。

 

「この後本部に行って報告するんだけど、どうせなら一緒に行かないか?三輪隊だけだと報告が偏るだろうからさ」

そう言われた2人は一瞬だけ何かを確認するように顔を見合わせた。

迅の誘いには月守が答えた。

「いえ、俺たちはあくまで三輪隊の補佐なのでこういう報告は三輪隊に任せることになってるんですよ。一応、俺たちが戦闘を開始する直前あたりからの音声を録音したデータはあるんで、それ渡しますね」

 

「了解だ」

迅はそう答え、月守からデータを受け取った。

 

「メガネくんはどうする?」

不意に声をかけられた三雲はとっさに、

「あ、じゃあ、今行きます」

そう答え、遊真と雨取には後で合流すると言って迅と共に本部へと向かっていった。

 

「じゃあ、ボクらも行こっか」

彩笑と月守もそれに合わせるかのように歩き出した。

 

「……ねえ」

そんな2人の背中に向かって遊真は声をかけた。

 

「んー?なに?」

彩笑はクルリと振り返り、遊真と視線を合わる。

 

「2人とも、何者?」

遊真はシンプルに尋ねた。

 

「地木隊!」

遊真の問いかけに、彩笑はとびきりの笑顔で答える。

 

「規格外にしてランク外!それがボクら地木隊さ!」

 

と。

 

彩笑の声は12月の寒空の下、廃墟となった駅のホームに響き渡った。




後書きです。

とりあえず戦いは遊真の勝利です。
この戦いには別のパターンも考えたのですが、その流れだと三輪先輩が登場すると同時にレッドバレットを撃って速攻で遊真にコピーされ、三輪先輩がすぐにベイルアウトするという『三輪先輩何しに来たの?』状態になってしまったので断念しました。

彩笑が最後に言った「規格外にしてランク外」の意味は出来るだけ早く本編で明かしたいと思います。


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第5話「ココア調達任務」

戦闘回があったので、今回はまったり回です。


「あった」

迅と別れた後、月守は彩笑との賭けの対象であるココアを調達しに来ていた。一応、ボーダー本部にも自動販売機はあり、ココアも販売されているのだが、

 

「ここのココアは飲み飽きた!」

 

その一言により、月守は本部自動販売機以外のココアを購入することになったのだ。

 

コンビニのドリンク販売コーナーの前をウロウロしながら、

(どうせなら美味いやつがいいなー)

どれがいいか月守は品定めをした。

 

すると、

「……月守先輩?」

背後からか細く、聞き覚えがある声が聞こえた。月守はクルリと振り返り、その声に答えた。

「やっぱり神音だ」

そこにいたのは地木隊のメンバーである天音だった。平日に任務で受けられなかった模試を受けてそのまま来たのであろう、制服姿だった。

 

「お買い物、ですか?」

天音は無表情ながらも問いかけた。月守は、

「まあ、そんなとこ。彩笑にココアを奢ることになっちゃったからさ」

穏やかで優しい声でそう答えた。

 

「そうですか……。あれ?そういえば、監視任務、どうなりました、か?今、お昼休み、ですか?」

 

「ああ、まだ連絡してなかったか。任務はちょっと中断になったんだよ。まあ、その辺は皆揃ってから……」

月守はそう言ってから、もう1人居るべき人が居ないことに気付いた。

 

「……真香ちゃんは別行動?」

「はい。真香は、着替えるから、一回帰り、ました。合流は、本部でいいって、言ってました」

「なるほどね」

月守は言われてから、和水真香が学校の制服が嫌いということを思い出した。本人曰く、「似合わないから」らしい。

 

そして月守がそんなことを考えている間に、天音は自然に月守の横に並んだ。

「ココア、選んでるんです、よね?」

「彩笑が飲みたがるようなやつをね。……神音ならどれ選ぶ?」

2人は陳列されているココアを見ながら会話を続ける。

 

「……んー」

天音は迷った素振りを見せつつも、1つを手に取った。

「それ?」

「はい。前に、地木隊長、このメーカーさんのお菓子、美味しいって、言ってたので、選ぶならこれかな、って」

「へえ」

感心したような声を月守は漏らした。そして、

「神音はやっぱり、皆のことよく見てるね」

そう言って天音の頭を撫でた。

天音の黒髪は柔らかく、撫でても指に全く絡まないので月守はその撫で心地を気に入っていた。

「……ん」

天音は無表情だがほんの少しだけ、どこかくすぐったそうにしていた。

 

「あの、月守先輩……」

その天音が、呟くように月守の名前を呼んだ。

「……ああ、こうされるの、嫌だった?」

苦笑いしつつ月守は言い、撫でていた右手を離した。

 

「えっと、そうじゃなくて……。むしろ、撫でられるのは、嬉しい……、でもなくて、えっと……」

「……?」

何かを言ったのは分かったが、小声過ぎて月守には聞き取れなかった。

 

ふう、と、一息ついてから天音は落ち着いた様子で話し出した。

「地木隊長、よくココア飲む、ので、どうせなら、粉タイプで買っていったら、どうでしょうか?」

「あ!それいいね。なんで今まで気付かなかったんだろう」

月守は天音の意見を採用し、嬉々として買い物カゴに天音が選んだココアを入れた後、粉タイプのココアやコーヒーが陳列されてるコーナーへと移動した。

 

天音は一足遅れてそれについて行った。

「おー、粉タイプでも色々あるねー」

笑顔で月守はそう言い、陳列されてる粉タイプのココアを買い物カゴに入れていた。そして軽く周囲を見渡して何かを探すようにまた歩き出した。

(月守先輩、こういうとき、楽しそう……)

そう思いながら、天音は月守の後ろをついて歩く。気付けば月守の持つ買い物カゴの中には、パックタイプと粉タイプのココア複数、蜂蜜、メープルシロップ、牛乳、ガムシロップといったラインナップが揃っていた。

 

「……これ、全部ココアに、使うんですか?」

「うん、そだよ。どうせなら彩笑が自分で飲みたい味にすればいいやって思ってさ」

月守はニコリとして答える。天音は、確かに一理あるとは思ったが同時に、

「……地木隊長、あんまり面倒な、手順とか、手間とか嫌いそう、なので、余分なものは、多分使わないと、思いますよ?」

そう思い、月守に向かって言った。

「あ……」

どうやら月守はそのことが盲点だったらしい。だがすぐに、

「まあ、彩笑が使わないなら俺が持ち帰って使えばいいや。ついでに神音、軽いものでも食べる?」

気を取り直して天音へと尋ねた。天音は頭をふるふると左右に振り答えた。

「お昼ごはん、学校で食べてきた、ので、私はいらない、です」

「りょーかい」

天音の答えを聞いた月守は迷いなくレジへと向かった。

 

*** *** ***

 

(……ボク、何かやらかしたっけ?)

彩笑はボーダー上層部が会議に使う部屋のドアノブに手をかけながら、呼び出された理由を真剣に考えていた。

(せいぜい不知火さんと一緒に、鬼怒田さんのパソコンに大量のダイエット食品のカタログを送りつけたくらいだけど…)

まさかそれがバレたか?そう警戒しつつ会議室に足を踏み入れた。

 

「来たか」

そこにいたのは4人。

本部の最高司令官である城戸政宗。

開発室長である鬼怒田本吉。

メディア対策室長である根付栄蔵。

外務・営業部長の唐沢克己。

ボーダー本部上層部主要メンバーが勢ぞろいであった。

 

(怖っ……!うう、心なしか城戸司令が睨んでる気がする…)

彩笑は内心わずかに怯えながらも、

「ご用件は、なんでしょうか?」

姿勢を正してそう言った。

 

本当は城戸司令さえ居なければ、

「鬼怒田さん、まーた丸くなりましたねー」

「鬼怒田さん、血圧大丈夫ですかー?」

などと、ケラケラと笑いながらそう軽口の1つでも言いたかったが、さすがに自重した。

 

「ご苦労。さっそくだが先の会議の結論を君に伝えよう」

重く渋みのある声で城戸司令が口を開いた。

(さっきの会議って……、あのクガくんに関する事かな?)

自然と彩笑は背筋をピンと伸ばして城戸司令の言葉を聞いた。

 

「君ら地木隊と三輪隊が交戦したブラックトリガー持ちのネイバーについてだが……、我々はそのブラックトリガーを手中に収めるつもりだ」

「はい」

彩笑は返事をしながら、

(城戸さんの言う我々って、いわゆる『ネイバーは絶対許さないぞ主義』の城戸さん派閥のことかな……)

頭の中で情報を整理していた。

 

ボーダーという組織には、大きく分けて3つの派閥が存在する。

城戸司令率いる『ネイバーは絶対許さないぞ主義』。

忍田本部長率いる『街の平和が第一だよね主義』。

林藤玉狛支部長率いる『ネイバーにもいいヤツいるから仲良くしようぜ主義』。

勢力的には城戸司令派閥が一番大きく主流である。

ちなみに、地木隊は強いて所属するなら本部長派閥である。本当に()()()所属するなら、であるが。

 

彩笑が情報を整理する中、城戸司令の説明は続いていた。

「しかし地木隊と三輪隊の2部隊をもってしても倒すことの出来ないブラックトリガーだ。我々はその捕獲任務を迅に託した」

「ブラックトリガーにはブラックトリガーを……、『風刃』をぶつけるということですか?」

彩笑は思わず口を挟んだ。

 

遊真が持つブラックトリガーは強力だが、ボーダーにもそれに対抗できるモノ、つまりブラックトリガーは2つある。迅がもつ『風刃』がその1つだ。

 

彩笑の言葉に城戸司令は頷いた。

「そうだ。だが、少しヘマをしてしまってな。恐らく我々が望むような結果には至らないだろう……」

一呼吸して、城戸司令は再び口を開いた。

「そこでだ。もうじき遠征中のトップチームが帰還する。トップチームと三輪隊、そして君ら地木隊をもって我々は確実にネイバーを倒し、ブラックトリガーを手に入れることにした」

その言葉に、彩笑は数拍の間を空けてから、

「……分かりました」

そう答えて頷いた。

 

しかしその内心は、

(なんか強盗みたいで、気が進まない展開になってきた…)

少なからず不機嫌ではあった。

 

第一、旧弓手町駅の戦闘でなんとなく彩笑は、迅が言った通りに遊真がそこまで危険だとは思えずにいた。城戸司令が言うように倒して奪うような展開は、面白くはなかった。

 

そこで今まで黙っていた鬼怒田が口を開いた。

「A級トップチームに加えて三輪隊にお前たちがいればやれんことはないだろう!お前たちには万が一になれば、『切り札』があるからな!」

と。

 

すぐに、

 

 

 

 

 

「なにか、言いました?」

 

 

 

 

 

 

彩笑はそう答えた。

普段のニコニコとした笑顔や明るい声など欠片もない、殺意が宿っているかのような低い声で、答えた。

 

「……っ!」

会議室に一気に緊張感が張り詰めたが、それはほんの一瞬だった。

 

彩笑はニコっと控えめに微笑み、

「あはは、皆さん顔つき怖いですよー。んー、なんか聞こえた気がしましたけど、多分ボクの気のせいですね」

殺意など無い、無邪気とすら思える声でそう言った。

 

1歩2歩と彩笑は下がり、

「ブラックトリガー回収任務、引き受けますよ。えっと…要件それだけでしたら、ボクは下がりますがよろしいですか?」

そう言って許可を求めた。

城戸司令達に引き止める理由などなく、彩笑は許可をもらい退室した。

「失礼しましたー」

 

彩笑の足音が完全に聞こえなくなったところで、唐沢が呟いた。

 

「はっはっは。子猫かと思っていたらいやはや……。猫を被るとはまさにこのことですかね」

 

*** *** ***

 

彩笑が会議室の空気を変えた頃、月守と天音は本部へ向かって歩いていた。

「……つまり、空閑くんは、ネイバー、で、ブラックトリガー使い、だったってこと、ですか?」

「そうそう。やっぱり強いよね、ブラックトリガー。俺と彩笑が全力出したとしても勝てなかったかな」

月守は後から聞くことになるとは思っていたが、それでもいいので、と天音が言ったため遊真と戦った経緯と内容、そしてその結果を話した。

 

月守はそこまで言ったところで、コンビニで小腹が空いたから買った唐揚げを1つ口にした。

「じゃあ、監視任務、どうなるんで、しょうかね?」

「んー……」

口にした唐揚げをごくんと飲み込んで、月守は答えた。

「とりあえず最初の目的の、『三雲くんはネイバーと関わりがあるかどうか』っていう点ならはっきりしたんだし、目標自体は達成されてるけど…。まあ、かと言って放置するのも無いだろうし継続かな?」

「継続、ですか」

「最終的には上の判断次第だけどね」

 

そう答えた月守は次の唐揚げに手を伸ばした。だが、

「それより神音…、さっきから唐揚げガン見してるけど……もしかして食べたいの?」

ふと、唐揚げを食べる前に天音に問いかけた。

「……え?あ、いや、大丈夫です。私、お昼ごはん食べたので、お腹は空いて、ないです」

天音はそう答えた。お腹は空いていないのは事実だが、隣の人が食べているものは何故か美味しそうに見える現象により、1つ食べたかった。だが、コンビニで遠慮した手前、それは言いにくかった。

 

そして月守は何となく、その事を察していた。

「本当に食べない?」

「はい」

確認を取るが、天音は否定する。

 

「本当の本当に?」

「……はい」

再度月守は確認を取る。どこか楽しそうですらある。

 

「本当の本当に、いいの?」

「…………………はい」

天音の否定する声は、消え入りそうなほどの小声である。

 

「今食べなくて後悔しない?」

「1つ、ください」

そうして最終的には天音が折れた。その言葉を聞いた月守はニコッと微笑み、

「はい、どうぞ」

唐揚げを爪楊枝に刺して差し出した。

 

月守が買ったのは箱に入った唐揚げに爪楊枝を刺して食べるタイプのものである。食べるには両手が塞がってしまうため、天音は月守が食べやすいように、コンビニで買ったものを持ってあげていた。

 

月守としては、爪楊枝を受け取って食べてもらおうと思っていたのだが、

「ん」

天音は爪楊枝を受け取ることはせず、直接爪楊枝の先に刺さった唐揚げを食べた。

 

小さな口をモグモグとさせて食べる姿はどこかリスを思わせ、心なしか幸せそうに見えた。ゴクン、と、唐揚げを食べきった天音は、

「…ごちそうさまでした。あ、でも、いただきます、言うの、忘れてた」

少しだけショボンとした様子でそう言った。

 

そんな天音に向かい、月守は言った。

 

「神音はアレだね。いつも俺の予想外の動きをしてくれるから、面白いや……」

 

「……?」

 

月守の言葉の意味を図りかねて、天音は小首を傾げた。

 

「あの、それは、どういう意味、ですか?」

「ん?特に意味は無いよ?」

天音の言葉に、月守は困ったような笑顔で答え、言葉を続けた。

「ちょっと急ごうか。そろそろ彩笑がココア飲ませろって駄々こねるかもしれないしさ」

「……ふふ、そうですね。急ぎ、ましょう」

 

2人はさっきよりもほんの少しだけ、足を速めて本部へと向かって行った。




ここから後書きになります。

最近コンビニにはあまり行かないのですが、どれを買うのか迷うほどココアがラインナップされているかはスルーしてください。




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第2章【黒トリガー争奪戦】
第6話「地木隊とA級上位部隊」


旧弓手町駅での戦いから4日たった日の昼。

 

『ゲート発生、ゲート発生』

1つのゲートが開いた。いつもならばここから、バムスターやモールモッドといったトリオン兵が現れるのだが、今回に限りいつも通りではない点が2つあった。

1つ目は、現れたものがトリオン兵ではなく、彼ら模したような乗り物であること。

2つ目は、現れた場所が警戒区域どころか、ボーダー本部のど真ん中であること。

 

それが意味することは、ボーダートップチーム…。遠征に出ていたA級上位3部隊の帰還であった。

 

そしてそれを待ち構えていたかのように、彼らは動き出した。

 

*** *** ***

 

遠征を終えて早々、ブラックトリガー回収任務を請け負ったトップチームはそれぞれ作戦決行の夜まで向けて一休みしていた。当然、A級1位の太刀川隊も例外ではなく、各隊にある作戦室で休息を取っていた。

 

しかしそんな太刀川の作戦室に、アポなしの来客があった。

 

「こんにちわー」

 

作戦室にいたのは隊長である太刀川慶と天才と称される射手(シューター)の出水公平、そしてオペレーターの国近柚宇の3人だった。

3人とも遠征上がりの疲れが残っているので、アポなしの不意打ちを受けた瞬間は追い返す気満々であったが、誰が来たのか分かると安堵の息を吐き受け入れた。

「よお、咲耶。久しぶりだな」

何やら手荷物を持って太刀川隊を訪れた月守にむかって、太刀川は声をかけた。

「お久しぶりですね、太刀川さん。それに出水先輩に国近先輩も。……あれ?1人足りませんけど、もしかして遠征先に置いてきたんですか?」

月守はキョロキョロと作戦室を見回しながら、問いかけた。

 

「唯我ならとっくに帰ったぞ」

問いかけに答えたのは出水だ。

それを聞いた月守は、

「ああ、それなら良かった」

と呟くように言った後、

「これ、差し入れです」

3人にそれぞれ紙袋を渡した。

 

紙袋を受け取るなり国近が、

「つっきー、これあったかいけど、もしかして食べる系の差し入れ?」

月守に向かってそう言った。ちなみに『つっきー』といつのは国近を始めとして月守より年上の女性隊員やオペレーターが月守を呼ぶ時のあだ名の1つだ。

 

(なんだか国近先輩にそう呼ばれるのが、すごく懐かしいな……)

ぼんやりとそう思いながらも月守はやんわりと微笑み、

「はい、食べる系の差し入れです」

そう答えた。

 

温かいうちにどうぞ、と言われ、3人はそれぞれ紙袋を開けた。

「お!相変わらず気が効くな!」

太刀川はそう言いながら、紙袋からコロッケを取り出し豪快に一口食べた。

「咲耶、やっぱお前分かる奴だな!」

太刀川に続き、出水も紙袋の中からエビフライを選び一口食べた。なお、袋の中にはコロッケも入っている。

「じゃがバターだー!つっきーありがとー!」

2人に続き国近が袋の中からアルミホイルに包まれたじゃがバターを取り出し、ホクホクと食べ始めた。

 

月守の差し入れとは、3人それぞれの好物であった。

 

「「「うまっ!」」」

同時に息の合った感想を言われた月守は、

「そろそろ帰還って聞いてたんで、それに合わせて材料買い込んだ甲斐がありました。ありがとうございます」

小さく笑いつつ丁寧にお礼を言った。

 

「え?じゃあ、つっきー?これもしかして手作り?」

興味津々といった様子で国近が質問し、

「もしかしなくても手作りですよ、国近先輩」

月守はサラッとそう答えた。

 

意外だな、と、前置きをしてから、今度は太刀川が問いかけた。

「咲耶、お前料理できんの?」

「一応自炊してますし……。あんまり難しいのは無理ですけど、これくらいならなんとか。ウチらの隊だったら真香ちゃんがぶっち切りで料理上手ですよ」

太刀川隊と月守の間で、そんな談話が始まった。

 

一方出水は、遠征帰還直後の好物をありがたく感じながら食べていたが不意にあることに気付いた。

(……紙袋3つしか持ってねぇけど、もし唯我いたらどうしたんだ?)

それを尋ねようとしたが、知ってどうにかなるものでもないかと思い直し、エビフライに次いでコロッケを頬張った。

 

「おい、咲耶。そういや地木と天音はどうした?」

他の2人より先に差し入れを食べきった太刀川が月守に尋ねた。月守はわずかに思案してから答えた。

 

「彩笑と神音ですか?とりあえず神音は定期検査に行ってて……、あ、もしかしてランク戦やろうとしてませんか?」

「バレたか。いやー、あの2人の剣技は中々のモンだからな。バトってて楽しいんだよ」

相変わらず戦闘大好きだなー、と月守は呆れつつそう思った。

 

「……吹っかけるなら彩笑だけにして下さいよ」

「了解だ。で、地木はどこにいる?」

太刀川が再度尋ね、月守は即答した。

「彩笑なら風間隊の作戦室に顔出してますよ。俺と同じで、差し入れ持って行きました」

 

*** *** ***

 

月守が太刀川隊に差し入れを持って行ったのと、ほぼ同時刻、

「お帰りなさーい!」

この上ないハイテンションで、彩笑は風間隊作戦室に突入した。

 

「来たか」

「げっ」

「相変わらずですね」

「彩ちゃん久しぶりね」

ハイテンションの彩笑を見て、風間、菊地原、歌川、三上がそれぞれの反応を見せた。

 

「ちょっとキクリン!久々なのにその反応は無いじゃん!」

まず彩笑はキクリンこと菊地原に絡んだ。ちなみに本部内で菊地原のことを「キクリン」と呼ぶのは彩笑だけである。

 

「君の声はキンキン響くから嫌なんだよ」

あからさまに迷惑そうな顔で菊地原は答える。

「失礼だなー、これはボクの平常運転なのに…。あ、それよりこれ、差し入れでーす」

むくれた菊地原の反応を見て彩笑は気遣ったのか、それとも無意識なのかは分からないが、声のトーンを少し下げて片手に持っていた和菓子の詰め合わせを差し出した。

 

風間はそれを受け取りつつ、

「……これを選んだのは月守か?」

彩笑にそう尋ねた。

 

「わ、すごい。正解ですよ風間さん。なんで分かったんですか?」

「地木が選ぶと大体がココア味の菓子だからな」

風間がサラッと答え、

「それもそうですね」

歌川がそれに同意した。

 

「あ、でしたら私、お茶淹れますね」

三上はそう言い、お茶の用意を始めた。

 

三上の姿が見えなくなったところで、彩笑は思い出したように小包を取り出した。

「何それ?」

小包を指差しながら菊地原が尋ね、彩笑は、

「ん?キクリンの誕生日プレゼント」

と、即答した。

 

「4日くらい過ぎてるけど?」

「今日ならセーフってことにしてよ」

菊地原は少しごねたが、風間と歌川の「受け取りなさい」とでも言いたげな目線と彩笑は強引さに根負けして受け取った。

 

「中身なに?」

「んー、内緒。帰ってから開けなよ」

彩笑はニコニコとしてそう言ったが、菊地原は言いなりになるのが癪だったためここで開けることにした。

 

それを見た風間と歌川は、

「……これも月守が選んだのか?」

「ですかね……」

半笑いで思わずそう言った。

 

菊地原が開けた小包から出てきたのはヘアゴムであった。風間隊の隊服と同じ色合いのゴムに、小さなコインのパーツがついた、ヘアゴム。

「……」

菊地原は無言でそれと彩笑を交互に見た。

 

「ちなみに、ヘアゴムにしようって提案したのは咲耶で、デザイン選んだのはボクだよ。キクリン髪長いし、いざって時に使うでしょ?」

彩笑がニコニコしてそう答えたところで菊地原が、

「ありがた迷惑って言葉知ってる?」

少々むくれつつも、まんざらでもないような声でそう言った。

 

*** *** ***

 

「あ、当真先輩。やっと見つけましたよ」

「ん?」

地木隊のオペレーター、和水真香は冬島隊の作戦室ではなく休憩室で休むNo. 1スナイパー当真勇をようやく見つけた。

 

「おー、和水ちゃんじゃん。久しぶり」

「お久しぶりです。遠征お疲れさまってことで、これどうぞ」

真香は控えめに微笑みつつ、綺麗に包装された箱を差し出した。

 

「これ何?」

当真は受け取りつつ尋ね、真香は答えた。

「バナナ味のお菓子詰め合わせです。当真先輩、バナナ好きでしたよね?」

「そうそう。サンキューな」

断る理由もなく当真は受け取り、さっそく包みを開けてお菓子を1つ食べた。

 

真香はなんとなく当真の隣に座り、問いかけた。

「遠征、どうでした?」

「んー、まあまあ面白かったな。最後は冬島隊長酔っちまってさー、今は真木ちゃんが医務室で休ませてるぜ」

「ああ、だから作戦室に誰もいなかったんですね」

真香はサラリと言ったが、当真は1つ疑問を覚えた。

 

(作戦室、鍵閉めたはずなんだけどな…)

しかし、

(まあ閉め忘れることもあるだろうし、多分閉め忘れたんだな)

と、当真は納得してその疑問を忘れることにした。

 

しばし沈黙が訪れ、話題も無くなったので当真は思いついた事を口にした。

「和水ちゃんさ、現場に戻んねーの?」

 

真香はしばし考えた後、

「……戦闘員って、ことですか?」

確認するように言い、当真は頷いてから答えた。

「そうそう。オレ未だにその、和水ちゃんがオペレーターの制服着てることに慣れねーんだよ」

「そうですか?」

 

当真が言うように、真香は元々戦闘員志望でボーダーに入隊した。実際正隊員にもなり防衛任務にも出たが、ある日突然戦闘員どころかボーダーまで辞めると言いだしたのだ。

 

真香は当真にそう言われ当時の事を思い出し、小さく笑った。

「懐かしいですねぇ。何回か当真先輩達と任務に出たんですけど、覚えてますか?」

「ああ、よーっく覚えてるぜ?オレの獲物をことごとく掻っ攫っていったんだからな」

「そうでしたっけ?」

真香は面白そうに笑った。それに合わせて、ポニーテールに結わえられた真香の黒髪が揺れた。

 

「安心してください、当真先輩」

笑いが収まったところで、真香は「ふう」と一息ついてから口を開いた。

「当真先輩は実戦ばっかりで訓練サボったりしてるので知らないと思いますけど、私、最近ようやく訓練に復帰できる程度にはなったので、ちょくちょく訓練には顔出してるんですよ」

「あ、そーなん?」

「はい。まあ、隊員としての登録はオペレーターなので成績とかランクには反映されませんけど……。そのうちまた、皆さんと一緒に戦場に立つかもしれませんよ?」

 

それを聞いた当真は、心なしか嬉しそうに、

「……そうか。いつかそういう日が来るの待ってるぜ」

そう、言った。

 

*** *** ***

 

日がどっぷりと暮れた後、太刀川隊、冬島隊、風間隊、三輪隊、そして地木隊が本部入り口に集合した。

「おっし、んじゃあ確認だ」

船酔いでダウンした冬島隊長を除き、メンバーが揃ったところで、今回の作戦を指揮する太刀川が口を開いた。

 

「目標は玉狛にいるブラックトリガー持ちのネイバー。そいつからブラックトリガーを奪取するのが今回の任務だ」

その言葉にこの場にいる全員が頷いた。

 

「敵の戦闘能力はだいぶ高い。フルメンバーじゃなかったとはいえ、三輪隊に地木隊を退けるレベル。油断は禁物だ…」

太刀川は意図的にそこで区切り、それから言葉を続けた。

 

「だが、はっきり言って今のメンツなら問題ない…。むしろ、少し戦力が過剰なくらいかもしれん。サクッと終わらせようや」

自信に満ちた、仲間を信頼した太刀川の言葉に、メンバーの空気がキュッと引き締まった。

 

「行くぞ」

太刀川のかけ声1つで、全員が同時にバックワームを起動し、動き出した。

 

行き先はもちろん、玉狛支部だ。

 

 

 

 

 

それぞれの思惑を胸に秘め、夜の警戒区域を疾走する。

 

戦闘の幕が開けるまで、あとわずか。




後書きです。

前話に続き、今回もまったり回でした。
地木隊と遠征部隊がわちゃわちゃする話です。

争奪戦開始を予想していた皆さん、すみません。
次話から争奪戦、本格スタートです。


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第7話「後悔したくないから」

先に謝ります。嵐山隊ファンの方々、申し訳ありません。


トップチームと三輪隊、地木隊は夜の警戒区域を疾走していた。

「目標地点まで残り1000」

ここまで障害らしい障害もなく、順調であった。

 

「おいおい三輪、もっとゆっくり走ってくれよ。疲れちゃうぜ」

太刀川は先導する三輪に向けて言った。それがただの軽口なのか、気持ちが高ぶる部隊を落ち着かせるためなのかは定かではないが、

(……やっぱりこの人は苦手だ)

三輪は太刀川のそういう所が苦手であった。

 

一方、

「やー、三輪先輩。もうちょっと早くしてくれても全然大丈夫ですよ?ダラダラしてるとボクのテンション下がりますし」

そんな太刀川とは逆の事を、彩笑はケラケラと笑いながらそんな事を言った。

「黙れ地木」

「はーい」

三輪はぴしゃりと言い、彩笑は素直に返事をした。三輪としては少々イラつく彩笑の言動だが、心なしかそのやり取りを経て、全体の雰囲気が柔らかくなったような気がした。

 

(こいつらも、やっぱり苦手だな)

三輪は改めてそう思った。

 

そんな会話を交わしつつも、彼らの足は止まることなく目標地点までの距離を詰めていた。

「目標地点まで残り500」

 

そして目標地点がもう目と鼻の先、そこまで近付いたところで、

「!!」

部隊を指揮する太刀川が、

「止まれ!」

そう、指示を出した。

 

足を止めた部隊の前に現れたのは、

「太刀川さん、久しぶり。みんなお揃いでどちらまで?」

ボーダーが誇る実力派エリート、迅悠一だった。

 

*** *** ***

 

「うーむ……。今日も3勝7敗が最高か……」

迅とトップチームが接触したころ、玉狛支部では遊真がボーダーにおいて師匠である小南との戦績を振り返っていた。

「腕があがってるのはあんただけじゃないのよ」

「ほう」

小南に言われて遊真は確かにその通りか、と、納得した。

 

「小南先輩から3本とれたら大したもんだろ」

傍らにいた烏丸京介がそう言ったところで、遊真はふと思ったことを口にした。

「そう言われても、まだボーダーのトリガーで戦ったのはこなみ先輩だけだし、いまいちピンとこないよ」

 

遊真がそう言い、烏丸と小南は思い出した。確かに遊真はボーダーの部隊と戦闘したとは聞いていたが、その時は遊真自身のブラックトリガーを使ったとも聞いていた。ノーマルトリガーとブラックトリガーでは性能が段違いなため、相手の強さに対する印象も多少変わるだろうと思い、烏丸は尋ねた。

「遊真。おまえがブラックトリガーで戦ったボーダーの部隊はどんな奴らだった?」

 

遊真はわずかに思案したあと、

「『重くなる弾の人』と『ヤリの人』。それから『速くて笑う人』と『カクカク曲がる弾の人』だよ」

そう答えた。

 

「重……、は?」

小南は誰のことを指しているか分からなかったが、

「ああ、三輪先輩に米屋先輩、それに地木に月守か」

烏丸は遊真の言った特徴からどれが誰なのかを正確に言い当てた。

 

面子を聞いた小南は確認を取るように遊真に尋ねた。

「三輪隊に地木隊ってこと?」

「ん、多分。『速くて笑う人』と『カクカク曲がる弾の人』は最後に名乗ってたよ。ちき隊だって」

その時のことを思い出して、遊真は2人に質問した。

「そうだ。あの時、『規格外にしてランク外』って言ってたけど、あれってどういう意味なの?」

と。

 

「……」

「……」

小南と烏丸は顔を見合わせ、どう説明するか、どこまで説明するかを悩んだ。

 

「……いくつか理由があるが」

声のトーンを少し落として、烏丸が口を開いた。

 

 

「まあ、1番の理由は、隊務規定違反だな」

 

*** *** ***

 

一触触発とはこのことか、と、誰かが思った。

「なんだ迅。いつになくやる気だな」

太刀川の声自体は穏やかに聞こえるが、その奥にある闘志はこの場にいる誰もが感じていた。

 

「模擬戦を除く戦闘はボーダーで禁止されている。隊務規定違反で厳罰を受ける覚悟はあるんだろうな?迅」

「ならうちの後輩だってもうボーダー隊員だよ。それならあんたらもルール違反だろ、風間さん」

「……!」

風間の言葉に、迅はそう答え、

「正式な手続きで入隊した正真正銘のボーダー隊員だ。誰にも文句は言わせないよ」

念を押すように言葉を続けた。

 

そこで、

「あの、すみません、迅さん。でも、その…、正式な入隊日は、まだ、ですよね?」

控えめに、だがはっきりとした声で天音は言った。

 

「……!」

ほんの一瞬、迅が驚いた様子を見せると同時に太刀川がニヤリと笑った。

「天音の言う通りだ」

隠密行動用に展開していたバックワームを解除しつつ、太刀川は天音の意見を補足し始めた。

「正式入隊日は1月8日。それまでは本部ではボーダー隊員だとは認めない。俺たちにとって、それまではおまえのその後輩はただの野良ネイバーだ」

完全にバックワームが解除されると同時に、

「仕留めるのになんの問題もないな」

まるで宣言するように、太刀川は言った。

 

隊務規定で遊真を守ることは出来なくなったが、それでも迅は、撤退を選ばなかった。

 

「あくまで抵抗を選ぶか……」

そんな迅を見据えて、風間は最後の通告のつもりで確認するように言った。

「迅。遠征部隊に選ばれるのはブラックトリガーに対抗できると判断された部隊だけだ。……おまえ1人で勝てるつもりか?」

迅はかぶりを振って否定した。

「おれはそこまで自惚れてないよ。遠征部隊に加えて、A級の三輪隊に、地木隊。おれがブラックトリガーを使ったとしてもいいとこ五分にもならないだろ」

 

迅はそのまま言葉を続けて、

「『おれ1人だったら』の話だけど」

そう言おうとしていた。

 

だが、

 

 

 

 

 

「そーなんですよねぇ」

 

 

 

 

 

そんな迅の言葉を遮って、彩笑が口を開いた。呆れたような、達観したような、楽しそうな、色んな感情が混ざり合った不思議な声で、そう言った。

 

「……?」

彩笑の傍らにいる月守と天音、それどころかこの場にいる全員の視線が彩笑に集まった。

 

彩笑は1歩前に踏み出し、言葉を続けた。

「任務前に太刀川さん言いましたけど、いくら相手がブラックトリガーだと言っても、さすがにこれは戦力注ぎ込みすぎだよね」

 

そんな彩笑の背中を見ながら、

「面倒な予感しかしない……」

「……ですね」

月守と天音は小声で呟いた。

 

そんな2人の声は届かず、彩笑は歩み続ける。1歩1歩、確実に迅の方へと向かいながら、言葉を紡ぐ。

「この任務、最初に聞いた時から思ってたけど、これって要は強盗と同じだよね?あの時はタヌキ……、じゃないや、鬼怒田さんの言葉にイラっとしたから思わず引き受けるって言ったけど……、やっぱりこう、ボクは納得いかない」

 

そう言い切ったところで、彩笑は迅の目の前まで迫っていた。

「……つまり?」

迅は言葉短く問いかけた。

 

「つまり」

くるっと回りながら、彩笑は迅の隣に並んだ。

 

笑顔で、楽しそうな声で彩笑は宣言する。

「ボクは、迅さん側に付くってこと」

と。

 

「……はぁっ!?」

誰かが思わず叫び、彩笑は面白そうに声を上げて笑った。

 

*** *** ***

 

「…隊務規定違反?」

遊真は言葉を反復した。

 

「ざっくり言えばルール違反なんだけど……。元々、隊長の彩笑ちゃんの性格も性格だし、メンバーもなんだかんだでクセがある子だし、細い違反はちょいちょいやらかしちゃってたのよ。そこに大きな事件が重なっちゃって、ランクから外されたの」

「まあでも、あれは向こうにも多少は非がありましたけど……」

 

どこか遠回しに「仕方ない」という小南と烏丸の反応を見て、

「……?」

遊真は更に疑問が深まった。

 

「……話を戻そう」

この話題を断ち切るかのように烏丸はそう言い、元々話題へと修正していった。

 

「地木と月守の実力だが、まあ、小南先輩ほどじゃないが、十分に強いぞ」

「ほう」

「そうね。今の遊真が正隊員のトリガーで挑んでもボコボコにされて終わるわ」

「ほうほう」

 

烏丸、小南の評価を聞き、遊真は地木隊に僅かながらにも興味を持ち、尋ねた。

「じゃあさ、そのちき隊はランキングから外される前は何位だったの?」

烏丸は一息ついてから、再び口を開いた。

「地木隊は、ランクから外される前……。ほんの1シーズンにも満たない短い間だったが7位だった。ただし……」

 

*** *** ***

 

「ふざけるな地木!」

迅の味方についた彩笑に向かって、三輪が声を荒げて叫んだ。

「ん?ふざけてませんけど?」

キョトンとしながら彩笑は答えるが、それがさらに三輪の神経を逆なでした。

「この……っ!」

思わず『弧月』を抜刀しかけたところを、

「落ち着け三輪」

「奈良坂……!」

同じ部隊の奈良坂が諌めた。

 

その効果なのか全体の動揺も一時収まり、それを見計らって風間が月守に向かって声をかけた。

「月守。お前のとこの隊長をどうにかしろ。あいつが向こうに付くとなると、面倒だ」

 

月守は盛大なため息を吐いてから、1歩前に進み、彩笑に向かって話しかけた。

「……何個か質問するぞ?」

「いいよー」

真剣そのものの月守とは対照的に、彩笑はニコニコとした笑顔で応じた。

 

「これは気まぐれで行動してるんじゃないよな?」

「もちろん」

彩笑は即答する。

 

「誰かに頼まれたとか、そういうんじゃなくて、自分で考えて行動してるんだよな?」

「ボクはいつでもそうだよ」

やはり即答する。そして逆に、彩笑が月守に向かって、

「ってか咲耶。そういう遠回しな質問はメンドいからいいよ。本当に聞きたいことは?」

そう言った。

 

月守はほんの少し間を空けてから、本当に聞くべきことを問いかけた。

 

 

「後悔しない?」

 

「後悔したくないから、今こうしてる」

 

 

それを聞いた月守は、もう一度大きなため息を吐いた。そして、

「……じゃあ、仕方ないな」

彩笑がしたようにくるっと回り、太刀川たちを見据えて、

「……すみません、皆さん」

謝罪の言葉を口にした。

 

合わせてその中から天音がゆっくりとした歩みで、月守の隣に並び、同じように太刀川たちを見据えた。

月守は申し訳なさそうに言葉を紡いだ。

「うちの隊長がああ言った以上、テコでも動かないっす。そんで、ああ言ったからには、俺はあいつを全力でサポートしきゃいけないんす」

困ったような笑顔で、月守はそう言った。

 

「……まさか」

その言葉の意味を風間が理解したところで、月守と天音は同時に後方へ跳躍し、彩笑の隣に降り立った。

 

一度収まりかけた動揺が、再び彼らに現れた。

 

「こういうこと、です」

天音のか細い声が届き、トップチーム連合全員が理解した。

 

それを代表するかのように太刀川が口を開いた。

「地木隊が敵に回ったか……!」

 

トップチーム連合の動揺が収まらないうちに、彩笑は迅に向かって言った。

「まあ、そういうわけで味方に付きますね、迅さん」

 

「あ、ああ。助かるっちゃ助かるが……、本当に良いのかい?おれはともかくとして、君たちには命令違反ってことで懲罰が出るかもしれないぞ?」

それに答えようとした彩笑に代わって、月守が答えた。

「いいんすよ、迅さん。俺たち懲罰食らってランク外にいるんすもん。もう1個重なったところで、今更って感じです」

「はい」

天音も月守の言葉に、頷きながら肯定した。

 

そんな2人に向かって、

「ごめんねー、ボクのワガママに付き合わせちゃって」

彩笑は苦笑いしながら謝り、

「え?今更?」

「もう、慣れっこ、ですよ」

月守と天音は呆れたように答えた。

 

あまりにもあっさり言ってのけ、ワガママを許してくれる2人に、

「…………ありがと」

彩笑は小さな小さな声でお礼を言った。

 

その一連のやりとりを見た後、迅はトップチーム連合に向かって警告した。

「これはまさかの展開だったけども……。こうなったならはっきり言ってこっちが勝つよ。おれのサイドエフェクトがそう言ってる。…別に本部とケンカしたいわけじゃない。退いてくれると嬉しいな、太刀川さん」

 

「なるほど。『未来視』のサイドエフェクトか」

警告を受けた太刀川は、左腰に差した弧月の柄を握った。そのままゆっくりと抜刀しつつ、言葉を続ける。

「ここまで本気のおまえは久々に見るな……、おもしろい。おまえの予知を覆したくなった」

 

前座はこれまでだと言わんばかりに、全員が戦闘態勢に入る。太刀川を中心にトップチーム連合は布陣を組み、迅もブレード型のブラックトリガー『風刃』を抜刀する。

 

地木隊も構えるが、不意に彩笑がこう言った。

「……ふふ。久々の本気の戦闘なのに、この服じゃ気合い入んないよね!」

心底楽しそうな言葉に、月守と天音も頷き、3人は声を合わせて言った。

「「「戦闘体、再換装」」」

 

地木隊3人の戦闘体が再換装される。特別な機能が付くわけでもない。ただ、身に纏う隊服が変わっただけだ。

 

黒を基調とした、軍服を思わせるデザインの隊服だった。

 

その姿を見た太刀川が嬉しそうに口を開き、

「ほお……。ってことは、俺たちもそのつもりで相手するぞ、地木隊」

ある1点を見据えた。

 

見据える先にあるのは、エンブレムだ。

放射状に広がる花びらが特徴的な、1輪の花が描かれたエンブレム。

 

エンブレムの中の順位や階級を示す部分には何も刻印されてはいない。

だがオリジナルのエンブレム……。それはA級に辿り着いたことがある証だ。

 

彩笑はスコーピオンを右手に展開し、天音は右腰に差した弧月を左手で抜刀し、月守は左手を掲げるようにそれぞれ構えた。

 

「あっはは!太刀川さんならそう言うだろうと思ってました!」

彩笑が心底嬉しそうに言い、戦いの火蓋が切られた。

 

 

*** *** ***

 

戦いの火蓋が落とされる少し前のとある通信記録より。

『あー、すまん嵐山隊。ちょっと予想外の展開になっちまったわ』

『ちょっと迅さん!オレの出番は!?必殺ツインスナイプを披露できる日がやっと来たのに〜!』

『佐鳥先輩うるさいです!』

『はいはい、木虎も落ち着いて』

『気にするな迅!万が一に備えて俺たち嵐山隊は控えてる!危なくなったらいつでも呼んでくれ!』

『……嵐山、お前のそういうとこ、ホント尊敬するわ。今度なんか奢るから、許してくれ……』




ここから後書きです。
前書きでも謝罪しましたがもう1度。
嵐山隊ファンの方々、申し訳ありませんでした。佐鳥だけでは間に合わず、まさかの嵐山隊の出番をごっそり削る展開に……。
おそらく後日、迅から事情を聞いた月守か真香ちゃん辺りがお菓子持参で謝罪しに行くことでしょう。

隊服についてサラッとすませましたが、イメージとしては『終わりのセラフ』の日本帝鬼軍の軍服が1番近いです。

ブラックトリガー争奪戦、本格的にスタートです。


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第8話「ダブルスタイル」

開戦と同時に軽量ブレード『スコーピオン』を展開した風間隊の3人が一気に間合いを詰めた。

「バイパー」

それを見た月守は素早く左手にトリオンキューブを出現させ、5×5×5の125分割して放つ。

 

複雑な軌道の月守のバイパーを確実に防ぐため、風間は足を止めてシールドを全方位に展開した。残る菊地原と歌川は果敢にも月守のバイパーの雨をかいくぐり迅に迫る。

だがそれを迎撃するように彩笑が菊地原、天音が歌川の前に立ちはだかった。

 

「っ!」

菊地原はとんでもないスピードで懐に入ってきた彩笑の下段からの斬撃を、スコーピオンの刃の側面を滑らせるようにしていなした。

「ありゃ、キクリン腕上げたね」

「生意気」

ニコニコとした彩笑とは対照的に、菊地原は不機嫌そうな声でそう言った。

 

「ふっ!」

一方歌川は、短く息を吐き天音へと斬撃を繰り出した。

 

ガギギギン!

 

しかし歌川の斬撃を天音は全て見切り、日本刀を模したブレード型トリガー『弧月』で受け切る。

「地木隊長の、方が、ずっと、速い、です」

受けながら天音はそう言い、歌川の斬撃後の隙を突き、左の片手持ちによる上段の一撃を放った。

受け切りからのその反撃は、流れるように淀みない動きであり、歌川はシールドでも回避でもなく受け太刀でそれを防いだ。

 

ドギンっ!

 

強度では弧月が勝るため、歌川のスコーピオンはあっさりと砕けた。すぐさま再展開するが、

(この子、やっぱり侮れないな……)

歌川は天音に対する警戒度を1つ上げつつ構え直した。

 

そして太刀川は、風間隊が地木隊の動きを止めたその一瞬で迅へと肉迫し弧月を振り下ろし、迅は風刃でそれを受ける。

すかさず太刀川は次の手を打つ。ほんの少し迅から距離を開け、弧月専用オプショントリガー「旋空」を起動した。

 

「「「「!」」」」

旋空は弧月のリーチを瞬間的に拡張するオプショントリガー。その拡張された太刀川の斬撃を迅と地木隊は瞬時に察知し、上へと跳んだ。

 

地上からの追撃を防ぐため月守は素早くメテオラを起動し、地面に向けて放った。

 

爆風で相手の視界を遮ったところで、

「よし、一旦距離をとろう」

「りょーっかい!」

1度民家の上に降り立った迅の提案に彩笑はそう返事をして、先導する迅に地木隊はついて行った。

 

遠ざかる4人を見て、太刀川は瞬時に次の手を考える。

「まとまってると殺しきれないな……。かといってやつらを放置する気はサラサラない。……三輪。米屋と古寺はまだか?」

「もうすぐ合流します」

 

全体の戦力を鑑みて太刀川は判断を下した。

「出水」

「はいはい」

「俺と風間隊、それからスナイパー3人は総攻撃で迅をやる。お前は三輪と米屋と組んで地木隊と戦ってくれ」

「了解」

 

指示通りに分かれ、敵の分断作戦を開始した。

 

*** *** ***

 

「多分次は、こっちを分断しに来そうだな」

トップチーム連合がいる方を眺めながら迅は呟いた。

 

「えっと、じゃあ、そうなったら、どうします、か?」

天音は迅の顔色を伺うように言い、

「別に問題はないよ。何人か地木隊で相手してくれれば大分楽になる」

迅はすぐさま答えた。

 

彩笑も迅同様の方向を見据えながら月守に向かって問いかけた。

「んー……、向こうは戦力をどう分けてくると思う?」

「太刀川さんは絶対に迅さんに行くとして、メンバーが揃ってて1部隊として機能してる風間隊も迅さん行き。でもそれだと近距離に寄り過ぎてるから、スナイパー3人がその援護かな」

あっさりと月守はそう答えた。

 

「スナイパーじゃ、なくて、出水先輩が、太刀川さんたちと、迅さんを攻撃、の、可能性は、どうでしょう、か?」

天音が控えめな声で疑問に思ったことを尋ねた。

「あー、それもゼロじゃないけど……。あの人弾数多過ぎて風間隊のステルス戦闘と相性悪いし、多分来るならこっちかな?」

 

「あ、なるほど……」

 

天音の疑問が解消し、彩笑が確認するように情報を整理した。

「つまり、迅さんには太刀川さんと風間隊、スナイパー3人。ボクたちは三輪先輩、米やん先輩、出水先輩の3人を相手にするってことだよね」

「まあ、予想だけどね。当真さん辺りは彩笑ほどじゃないけど自由な人だし、もしかしたらこっち来るかも」

月守の意見に彩笑も同調し、

「むー、確かにそうだね。奈良坂先輩とも馬が合わない時があるし、スナイパーの分断もありえるかな」

2人の意見を頭に入れた天音が、

「はい、了解、です」

言葉短く、そう答えた。

 

意見が固まったところで迅は小さく笑った。

「さっ、丁度来たぞ。うまいことやれよ、3人とも」

「はーい」

彩笑が笑顔で答え、迅と地木隊はそれぞれ動いた。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、予想通りのメンバーだね」

彩笑は月守の予想した三輪、米屋、出水の3人に向かってニコニコと声をかけた。

 

それを見た三輪は苛立ちがピークに達し、舌打ちをしたあとに怒気を含んだ声を向けた。

「地木……!どうしてお前らはいつもそう自由に動くんだ!他の隊の……、ボーダーの迷惑になると思わないのかっ!」

「……?いやだって、間違ってるとかおかしいって思いながら動いてもいい結果にならないと思いませんか?」

問いかけるような彩笑の言葉に、三輪が荒げた声で言い返す。

「間違ってるだと!?今回の任務のどこが間違ってるんだ!ネイバーの排除はボーダーの責務だぞ!!」

 

彩笑はやはり笑顔のまま再度言い返す。

「まあ、そりゃそうですけど……。でも、今のボクはそれを間違ってるって思ってますし、何より、その間違ってるって事に従っちゃうと絶対に後悔しますもん」

あははー、と、彩笑はそこで笑い、

「後悔したくない。これがボクの行動原理の1つですから」

明るい声ではっきりと言った。

 

三輪は悟った。

「お前との話し合いほど無意味なものはないな…」

と。

怨念のようなドロドロとした声でそう言った三輪に向かっ月守は声をかけた。

「あ、三輪先輩今頃気付きました?」

 

しかしそれにより、

「月守!お前もだっ!!」

三輪の怒りの矛先は月守に向いた。

 

「何故そんなのに従ってられるんだ!?そいつは当たり前のような顔でお前を振り回して、それがさも当然のように思ってるぞ!!」

そう言葉を投げかけられた月守はキョトンとしつつも答える。

「……そうですね。まあ正直、こいつマジでふざけんなって言ってやりたい時もありますよ?」

「だったら!」

「でも」

 

月守はしっかりと三輪の目を見据えて、答える。

「それでも、やんなきゃいけないことがあるんです。それを果たすまで、俺は彩笑に神音、そして真香ちゃんと地木隊としてチーム組みますよ」

 

それを聞いた三輪は、彩笑の時と同様に話し合うのは無駄である事を、悟った。

 

 

それを待っていたかのように、出水が動いた。

「戦うならさっさとやろーぜ。早くこっちを片付けて、太刀川さんに加勢しなきゃなんないからな」

シューターである出水は両手にトリオンキューブを出現させ、両攻撃(フルアタック)と呼ばれる状態にスタンバイした。

 

戦闘態勢に入った出水に習い、月守も左手を掲げてトリオンキューブを出現させた。

「いいこと言いますね、出水先輩。やっぱりシューター同士ですし、先輩とは気が合いますねー」

 

月守がそう言ったのと同時に鋭い銃声が鳴り響き、相対していた出水を銃弾が襲った。

 

「!?」

予期せぬ攻撃に三輪と米屋は驚いた。しかしその一方、攻撃を受けた当の本人出水は、

「……シューター同士?笑わせんなよ咲耶。今のお前は純粋なシューターじゃねえだろ?」

その銃弾を両攻撃と見せかけた両防御(フルガード)で防ぎ、攻撃を放った月守をニヤリと笑いながら見つめていた。

 

三輪と米屋が出水の視線を追うと、右手にハンドガンを持つ月守がいた。

 

月守は出水と同様にトリオンキューブで攻撃すると見せかけて、素早く右手にハンドガン型トリガーを展開し、出水目掛けて発砲したのだ。

 

その銃をクルクルと回しながら月守は言った。

「これ防ぐんですか?ずっとシューターの左手だけでバトってて完璧に決まったと思ったんですけど」

「その辺のツメがまだ甘ーよ。引っ掛けようとしてシューターってアピールが多過ぎだ。お前のダブルスタイルを知ってるオレにしてみれば、なんか狙ってんのがバレバレだぜ?」

出水は楽しそうにそう答えた。

 

*** *** ***

 

ボーダーの射撃用トリガーを扱うとなれば、大きく2つのスタイルに大別される。

 

1つ目が、ハンドガン型やアサルトライフル型等の銃型トリガーを用いて弾丸を放つ「銃手(ガンナー)」。

 

2つ目が、それらを用いず直接弾丸を放つ「射手(シューター)」。

 

どちらも一長一短があり優劣がつくものではないが、一般的に前者は安定・堅実であり、後者は自由な発想を反映しやすいと言われている。

異なるどころか、思想のベクトルが真逆に等しく通常は、自分の性格や思考に合っているどちらか1つのスタイルを選ぶ。

 

だが月守咲耶は右手がガンナー、左手がシューターであるダブル(ハーフ)スタイルを使う戦闘員であった。

 

*** *** ***

 

出水のアドバイスを受けた月守は言葉を投げかける。

「なるほど……。にしても出水先輩、フルアタックすると思わせといてフルガードとか、性格イヤらしいですね」

「はっはー。頭脳プレーと言え、頭脳プレーと」

 

楽しげに会話する2人に向かって、

「うん。とりあえずシューターやるような男の子は性格歪んでるっていうのがよく分かった!」

無邪気な声で彩笑がそう言い、

「「オイコラ」」

月守、出水の2人は声を合わせて彩笑を睨みつけた。

 

ぎゃーぎゃーとその3人が騒ぎ出し、それを見てオロオロする天音を見つつ三輪は静かに行動に出た。

『陽介、聞こえるか?』

『あいよ』

各隊ごとに使える通信回線を開き、三輪は米屋に指示を出し始めた。

 

『お前は地木を軽く挑発して、1対1の状況に持って行け』

『ん?連携しなくていいのか?』

『構わん。月守があのスタイルで戦うつもりなら、絶対に地木とは引き離さないといけないからな』

『ま、そりゃそうか』

『1対1に持って行ったら、存分に戦え。ただしベイルアウトしない事を最優先だ』

『了解!』

 

指示を受けた米屋はすぐに行動に移った。

「彩笑ちゃん分かってんじゃん。こいつら弾バカ族は基本的に性格悪りーよ」

「ですよね米やん先輩!」

投げかけられた米屋の言葉に彩笑は笑顔で答える。

「ま、つーことでオレたちはアタッカー同士仲良くバトろうぜ!付いて来い!」

米屋は大きく移動するために地面を強く踏み込み跳躍した。米屋を視線で追いつつ彩笑はグッと態勢を沈め、

「咲耶!神音ちゃん!ここは任せたよ!」

2人にそう指示を出して跳躍し、米屋を追いかけた。

「……、っ!彩笑ストップ!」

月守は何か違和感を覚えて彩笑に警告したが、もう遅かった。

 

彩笑が跳躍しきった所で三輪と米屋は同時に思った。

(あ、こいつ、こういう時はチョロいな)

 

そして彩笑の姿が見えなくなったところで月守は呆れた声で言った。

「あいつ、マジでふざけんなよ…」

 

*** *** ***

 

地木隊が戦闘を始めた頃、迅も太刀川、風間隊、スナイパー3人組との戦闘を始めていた。

 

「おい迅」

激しい斬撃と斬撃の応酬の最中、太刀川が迅に問いかけた。

「なんだい太刀川さん」

キン!と激しく互いの剣を弾き距離を取るが、会話は続いた。

 

「お前、本当に地木隊が出水達に勝てると思ってるのか?」

「さあ、どうだろうね?」

 

太刀川は両手に弧月を構えつつ、数ヶ月前の出来事を思い出しながら迅に向かって言った。

「あいつらは確かにA級に上り詰めたが……。あれはあの時だけの奇跡みたいなモノでもあっただろ。今の実力は、あの『切り札』を使わない限り、いいとこB級上位ってとこだ」

「……」

「だがあいつらは……、いや、地木と咲耶のやつは絶対にあれを使わない。そんなあいつらじゃあ、出水達には勝てないだろ」

迅は明確に答えることはせず、黙って風刃を構えた。

 

「それに……」

そして、まるでダメ押しをするかのように太刀川は1つ付け加えた。

「地木と咲耶の2人はそれぞれ……、致命的な『弱点』を抱えてることを、忘れたわけじゃないだろ?」

と。




後書きです。

月守のガンナーとシューターを併用する独特な戦闘スタイルがついに解禁されました。

この作品に向けたたくさんの感想やお気に入り登録をいただきました。とても嬉しかったです。これからも頑張ろうって、思いました。


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第9話「彩笑の弱点」

天音は鋭い踏み込みから三輪へと接近し、居合切りを思わせる動きで弧月を振るった。三輪はその1撃を弧月で受け太刀して防いだ。

ギィンッ!

と、決して軽くない、甲高い音が鳴り響く。

(……!)

三輪は自身の予想よりも重く、鋭い1撃を放った天音に軽く驚き、ほんの一瞬動揺した。

「ん」

天音はその一瞬を見逃さず、半歩下がり弧月を構え直してから攻撃に出た。文字通り、切り裂くような斬撃を連続で4度続けて振るう。スピードに乗ったいい斬撃ではあったが、

(モーションが()()大きい。これなら見切れる)

三輪は冷静にその斬撃を見切り、回避した。そして天音の連続技の最後の一振りを、三輪自身の弧月を振るい思いっきり弾いた。

「わっ」

天音の態勢が崩れ、三輪はそこに弧月で追撃をかけようとしたが、

ドンッ!

天音の背後から放たれた月守の銃弾が三輪の弧月を捉え、追撃を封殺した。

「ちっ」

三輪は舌打ちをして、後方に距離を取った。

「すまん、仕留め損ねた」

距離を取ったところで、出水に向かってそう言った。

「ワンセットで仕留めちまったら拍子抜けもいいとこだぜ。…にしても、月守の奴は相変わらずふざけた射撃の腕してんなー」

出水はそう言いつつ、地木隊の2人を見た。

 

2人とも戦闘態勢を整え、三輪と出水を見据えていた。

「さて、と。どうでる?」

「……しばらくこのままだ。正直、天音相手はやり難い。少し様子を見たい」

三輪の言葉に、出水は軽口で返す。

「へぇ、三輪は近距離メインの天音はやりやすいと思ってたから意外だな」

「普通ならな。だが天音は左利きなんだ。そこがどうしても違和感がある。慣れる時間をくれ」

「了解」

 

そして三輪と出水が打ち合わせをしていたのと同じように、地木隊も打ち合わせをしていた。

『三輪先輩たち、どう、来るかな?』

『んー、分かんないけどとりあえず向こうは警戒してるっぽいから、速攻はないと思うよ』

月守のその意見に、

『私も同意見です』

通信回線を繋いでオペレーターの真香も月守の意見に肯定を示した。

『真香ちゃん、他に根拠とかある?』

月守は素早く真香に意見を求め、

『根拠と言えるほどでは無いですけど……。三輪先輩はどちらかと言えば理詰めで戦う人です。なので序盤は情報を欲しがって様子見に出るかと思います』

真香も素早く答えを返した。

『ん、そうだね』

月守はそう言い、左隣にいる天音の頭にポンと手を置いた。

「……?」

キョトンとする天音を見て、月守はやんわりと微笑みながら問いかけた。

「神音……、『集団戦』で『理詰め』を相手にするときの戦法は覚えてる?」

「はい」

無表情だが、しっかりと月守を見据えて天音は自信を持って答えた。

 

「よろしい。じゃあ、それで行くよ」

「りょうかい、です」

『真香ちゃん、サポートよろしく』

『承りました』

 

イメージを共有した3人は再び三輪と出水に向かって攻撃を仕掛けた。

 

*** *** ***

 

米屋が彩笑との戦闘場所に選んだのは、近くにあったマンションの屋上であった。槍という長物を生かすにはある程度の広さが必要だからだ。

そして今、その屋上で2人のアタッカーによる激しい攻防が展開されていた。米屋は槍弧月を、彩笑は右手に握ったスコーピオンを高速で振るい、互いにダメージを与えていた。両者ともトリオン体には傷ができており、その攻防の激しさを物語っていた。

 

「オラァ!」

そんな中、米屋威勢良く槍弧月による突きを繰り出した。

「にゃっはー♪」

しかし彩笑はこの上なく高いテンションと楽しそうな声を上げながら米屋の攻撃を躱した。が、

「避けた……、と、思うじゃん?」

躱したはずの彩笑に向かって、米屋はニヤリと笑いながらそう言った。

よく見ると、米屋の槍弧月のブレードの先端の形状が変化していた。

 

オプショントリガー『幻踊』

米屋の使う槍弧月のオプショントリガーだ。槍の穂先のブレード部分を変形させ、変幻自在な攻撃を繰り出すことを可能にしていた。

一見彩笑は米屋の突きを避けたが、瞬間的に幻踊を使いブレードを変化させ、彩笑に追撃を仕掛けていた。

 

完璧に決まるはずの攻撃だった。

だが、

「当たった……、って思いました?」

彩笑はニッコリと笑ってそう言った。

よくよく見ると、変化したブレードの先端に、非常に圧縮されたシールドが展開され、防いでいた。

「うおっ!マジか!?」

「ふふーん、見えてましたよー、米やん先輩♪」

彩笑は楽しそうにそう言い、米屋から1度距離を取った。

 

十分に間合いを開けた両者は、お互いに一旦武器の構えを解いた。

「彩笑ちゃん、今の見えてたってのはマジ?」

「マジでーす」

「ウソん!?しかもそれで後出しでシールド展開して防ぐとか、相変わらずとんでもない反応速度だな!」

「あはは!褒め言葉ありがとうございます!」

会話をする2人は楽しそうに笑った。

 

地木彩笑はおおよそ、速さやスピードに類するものが他人よりも優れている。

反応速度。

トリガーの展開、解除の速度。

単純な機動力や、攻撃速度。

それらをフルに生かした高速戦闘が、彩笑の戦闘スタイルだった。

 

そんな彩笑に再度攻撃に出るべく、米屋は槍弧月を構えた。だが意外にも彩笑はスコーピオンを構えず、米屋に声をかけた。

「米やん先輩1つ質問いいですか?」

「いいぜ」

 

彩笑は手元のスコーピオンをクルクルと回しながら口を開いた。

「なんか、こう……、戦い方がいつもの米やん先輩らしくないですけど、何か三輪先輩から言われてるんですか?」

と。

 

米屋はどう答えるか迷ったが、素直に答える事にした。

「……まあな。秀次には色んな狙いがあんだろうけど、今回に限ってはベイルアウトしないようにって指示されてるぜ」

 

それを聞いた彩笑は、小さく息を吐いた。

「ベイルアウトしないように……?」

呟くようにそう言い、

「そうですか!ありがとうございました!」

なぜか急にお礼を言った。

 

まさかの展開に、米屋はずっこけそうになるのを堪えて口を開いた。

「今のは何のお礼なんだ?」

「え?先輩が質問に答えてくれたから、違和感の正体と三輪先輩の狙いが分かったので、そのお礼です!」

「秀次の狙い?」

米屋の口から出た疑問系の言葉を受け、彩笑は元気よく頷いた。

「はい!多分ですけど三輪先輩の狙いは、ボクのトリオン切れでしょうね」

彩笑はニッコニコと笑いながら答えた。

 

「トリオン切れって……、ああ、そういや彩笑ちゃんはトリオン量がビックリするくらい少なかったな」

言われて米屋は思い出した。

 

地木彩笑は圧倒的な速さの反面、トリオン量は正隊員の中でも最低クラスの量である。三輪はそこを突き、米屋にベイルアウトしないことを、言い換えればトリオン切れを狙った持久戦を指示したのだ。

 

弱点を突かれた戦法を取られた彩笑だが、慌てるどころかむしろ安堵しているように米屋には見えた。

「いやー、でも安心しましたよー、米やん先輩」

「安心?」

「はい!今の先輩の戦い方、すっごくつまんないですもん。もしかしたらスランプかなー、とか、悩み事でもあるのかなー、とか色々考えて不安になりましたけど、そういうのじゃなくて安心しました!」

彩笑は楽しそうな笑顔を見せて、クルクルと回していたスコーピオンをしっかりと握った。

 

「さて、と……。それじゃあ、米やん先輩、そろそろいいですか?」

可愛らしく小首を傾げて、彩笑は米屋に尋ねた。

「ん?何がだ?」

米屋はその意図が分からず、そう言った。

 

「あはは、もー、そんなの決まってるじゃないですかー」

彩笑はさも当たり前の事を言うように、さらりと言葉を続けた。

 

 

「そろそろボクはトップギア入れますよ?アップは済みましたか?」

 

 

*** *** ***

 

出水が両手にトリオンキューブを出現させ、フルアタックの用意に入った。

月守と天音は慌てずシールドを展開して出水の降り注ぐようなハウンドを防いだ。落ち着いていた甲斐もあり、出水のハウンドを陽動にして三輪が間合いを詰めて来るのが見えた。

 

「俺が三輪先輩に牽制するから、そこ狙って」

「はい」

2人は短く打ち合わせを済ませ、行動に出た。

 

シールドを解除すると同時に、2人は動く。

「バイパー」

月守は左手にトリオンキューブを出現させ64分割して放ち、天音はそれと同時に踏み込み三輪との間合いを詰めた。

 

「甘いぞ月守」

三輪は月守のバイパーを前面にシールドを張って防ぐが、それによりその足が一瞬だけ止まった。天音はそこを突き、

「ん」

そのシールド目掛けて弧月を振るい、シールドを割った。

 

バギン!

 

と、小気味良い音と共に割れたシールドには目もくれず、天音はそこから返す刃で三輪めがけて弧月を振るった。だが、その天音の一撃を、三輪は弧月でいなして防いだ。

三輪は反撃に出ようとしたが、天音は深追いせずにバックステップを踏んだ。

「逃がすか!」

追撃のため、三輪が天音を追う。

 

『よし神音。そろそろ使ってみて』

『はい』

月守から指示を受けた天音は迫る三輪に向かって右手をかざした。

 

「メテオラ」

その右手の手のひらからトリオンキューブが生成され、三輪は軽く驚いた。

(こいつもメテオラを使うのか!)

とっさのことながらも三輪は回避行動に移り、上へと跳んだ。

ドンっ!

と、足元で天音のメテオラが爆発する。

(なかなか威力が高いな)

三輪がメテオラに気を取られた瞬間、

「三輪!気を付けろ!」

サポートに入っていた出水の刺すような声が響いた。

 

「ちょーっと遅かったすね、出水先輩」

出水が叫んだのと同時に、月守は左の手のひらにトリオンキューブを5×5×5の125分割に生成、そして右のハンドガンで出水を狙い、同時に放った。

空中にいた三輪には大量のメテオラが、地上の出水には正確にトリオン供給器官を狙ったアステロイドの銃弾が、それぞれ襲いかかった。

 

2人ともシールドを張りなんとか防ぎにかかる。出水はある程度距離もあったため問題なく防げたが、空中にいた三輪はメテオラを防ぎきれず、途中でシールドが割れて、わずかに爆撃を受けた。

 

「三輪、大丈夫か?」

着地した三輪に駆け寄りながら出水が尋ねた。

「ああ、問題ない」

三輪は傷口を拭うような仕草をしながら相手の2人を見据えた。

 

一方、地木隊は、

『月守先輩、ごめんなさい……。メテオラ、上手く決まらなかった、です…』

『まあ、ちょっと惜しかったね。んー、単品で使うなら、もう少し弾速重視の方がいいかな』

『弾速重視……、了解です』

今の攻防について月守が天音にそうアドバイスをしていた。

アドバイスが終わった所で、

『さて、と。月守先輩、そろそろ三輪先輩達も本格的に攻めてくるんじゃないんですか?』

ここまでの戦闘の流れを把握する真香が通信で問いかけた。

『かもね。……ねえ、真香ちゃん。今の全体の状況をざっくりと教えてくれる?』

『全体の、ですか?』

そう言う真香の声に混ざって、キーボードを高速で叩く音が月守の耳に届いた。

 

すぐに真香から答えが返ってきた。

『米屋先輩と地木隊長が膠着状態。迅さんの方は、太刀川さんに風間隊、スナイパー組が交戦してますけど、ベイルアウトは未だ無しです。位置はバッグワーム使ってるスナイパー組以外は補足できてます』

『おー、ありがと』

その報告を受けた月守は違和感を覚えて、予測した。

(迅さん側のベイルアウト0も気になるけど、それ以上にこっちか。彩笑が1対1で10分近く戦闘はいくらなんでも長すぎる。となると多分、三輪先輩は米屋先輩にトリオン切れを狙った『逃げ』を指示したのかな……)

と。

 

今でこそボーダーで上位のアタッカーである彩笑だが、かつてこの『逃げ』の戦法によりソロランク戦で完全に封殺された時期があった。

 

ふう、と、月守はその結論に至り、ため息を吐いた。

「お!どうした咲耶!さすがのお前も地木無しでA級の相手は厳しいか?」

そしてそのため息を疲労によるものだと判断したのか、出水がそう言った。

「……」

月守は無言で相手2人を見据えた後、口を開いた。

 

「三輪先輩。あなたの狙いは彩笑のトリオン切れですか?」

そう言われた三輪は、即答した。

「ああ、そうだ。だが今更分かったところでどうする?通信で呼び戻すか?」

「いやいや、そんな事する意味は無いですねー」

月守は小さく笑いながら否定した。

 

その態度に三輪はわずかに苛立ちながらも、会話を続けた。

「だろうな。命令違反に、仲間からの制止を聞かず戦闘に移るような自分勝手な奴に何を言っても聞かないだろ?」

「あっはは……、ほんっと、その通りです」

月守はそこで一度言葉を区切り、一呼吸挟んでから言葉を流れるように紡いだ。

 

 

 

「自分勝手で、

ワガママで、

落ち着き無くて、

そのくせ無駄に地獄耳だし、

テスト前には毎回ノート借りに来るし、

変な事でヘコむし、

書類整理とか未だに人任せだし、

スタミナ少ないクセにはしゃぐし、

作戦室の片付け適当だし、

寝てる俺に落書きしますし、

自分勝手だし、

方向音痴だし、

彩笑は確かに、どうしようもないところはあります」

 

((((自分勝手って2回言った))))

 

それを聞いてた4人の声にならない突っ込みを受けた事に月守は気付く事なく、言葉を繋げた。

「でも三輪先輩……、それでも1つ言わせてもらいます」

 

穏やかに微笑み、

「ウチの隊長を舐めてると、痛い目見ますよ?」

月守はそう言った。

 

 

同時、

ズドンッ!

上から何かが落ちてきた。

 

「よ、陽介……!?」

「槍バカ!?」

落ちてきたそれが米屋だと分かり、三輪と出水は思わず声をかけた。

受け身も取れず落ちた米屋はなんとか身体を起こすが、そのトリオン体は左腕が無く、大小多くの傷が刻まれていた。

「あー、ワリィ、秀次……。彩笑ちゃん、抑えきれなかったわ……」

米屋が申し訳なさそうに言ったのと同時に、

 

「なーんか咲耶あたりがボクの悪口言った気がするけど、気のせい?」

月守と天音の前に、スコーピオンを両手に携えた彩笑が降り立った。

 

「おかえり、彩笑」

「ただいま、咲耶。まあ、それはさておき…。ねぇ神音ちゃん?咲耶は何か、ボクの悪口言ってた?」

彩笑は嬉々として天音に向かって尋ねた。

「えっと、その……」

言い淀む天音に代わって、

『はい、サラッと10個以上隊長の悪口言ってましたよー』

この場にいないオペレーターの真香が答えた。

「『ちょっ、真香ちゃん!そう言うのは言わないでおいてよ!』」

月守が慌ててそう言うが、

『プツッ』

真香はあっさりと(月守のみの)通信を切ってエスケープした(後ですぐに戻した)。

「逃げられた!」

月守はさらに慌てた。

 

「ほほぅ?」

彩笑はそんな月守とは逆に、楽しそうにそう言った。その目はまるで、『後で覚えとけー』と言わんばかりだった。

 

しかし彩笑は、フッと雰囲気を素早く切り替えた。

それを見た月守は、

(あ、コイツ、トップギアに入ってるな)

ぼんやりとだがそれを察した。

 

「咲耶、状況は?」

「こっち側は見たまんま。迅さん側も膠着状態だよ」

月守がそう言ったところで、

ドンッ!

その迅さん側の方で、誰かがベイルアウトした。

 

「誰か飛んだぞ」

「誰だ?」

出水と三輪が少し他人事のようにそう言った。

 

「……。咲耶、迅さん側が何だって?」

「訂正、向こうで1人ベイルアウト」

あっさりと月守は訂正し、

「ですね」

天音もそれに同調した。

 

『ベイルアウト1発目は菊地原先輩です』

少し遅れて真香が補足情報を伝えたところで、彩笑はスコーピオンを構えた。

「よっし!んじゃあ、そろそろこっちも仕事しよっか!」

月守もそれに習って構え、彩笑に問いかける。

「彩笑、残りのトリオンは?」

「あーごめん、4割切って3割近い」

「了解。ならそれが切れるまでに終わらせるよ」

「はい」

天音もそう言い、左手に持った弧月をしっかりと握った。

 

『了解しました。支援できる事があれば、何なりとどうぞ』

オペレーターからの頼もしい一言を貰ったところで、地木隊の戦闘準備は整った。

 

かつてほんの一時とはいえ、A級に上り詰めた地木隊の戦闘が、三輪たちに牙を剥いた。




後書きです。

当初の予定では月守の弱点も織り込んだ話にする予定でしたが、説明がやたら多くなる文章になるので、月守の弱点はまたいずれになります。
今でも説明が多いかもとたまに不安になりますが……。

今回は少し苦戦してますが、頑張ります。


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第10話「反撃」

「太刀川さんたちには、きっちり負けて帰ってもらう」

迅は風刃本来の能力を発動させながら、不敵にそう言った。

ここまでの太刀川たちのトリオン切れを狙った『逃げ』から、本格的な戦闘へと切り替えたのだ。

 

「……!」

ブラックトリガーを相手にする戦闘に空気を引き締めた太刀川に向かって、迅は言葉を投げかけた。

「そういえば太刀川さん。さっき言ってきた質問だけど…」

「ん?ああ、出水達に地木隊が勝てるかどうかってやつか?」

「そうそれ。……あの2人は確かに弱点があるかもしれない。特に彩笑ちゃんのトリオン不足っていうのは、大きな穴になるかもしれないな……」

迅はブレない、まっすぐな声で言葉を続けた。

「でも太刀川さん……、あんただって忘れてないか?」

「忘れる?何をだ?」

 

「……何をしてくるか分からない、地木隊の怖さを、さ」

太刀川の背中にほんの少し、寒気が走ったような気がした。

 

*** *** ***

 

「よっと!」

彩笑は掛け声と共に地面を強く踏み込み、三輪へと斬りかかった。

ギャンッ!

スピードが乗った攻撃が、受け太刀をした三輪の弧月からビリビリとした衝撃となって伝わる。

(コイツまで、斬撃が重くなってる……!?)

 

その三輪の背後の影から、米屋が現れる。

「オレはまだ戦えるぜ!」

残った右腕だけで槍弧月を振るったが、それに対して彩笑は反応しない。その彩笑の代わりに、

「ん」

弧月を携えた天音が米屋の前に割り込み槍弧月を防いだ。

 

「防いだ……、と、思うじゃん?」

「……!攻撃、来ます」

意味深な米屋の言葉を聞き、天音は瞬時に次の攻撃を視て、声をかけた。

 

「チッ!なんでバラすんだよ槍バカ!」

後方でキューブを展開した出水が大量の弾丸をばら撒いた。

 

『山なりの軌道だから多分ハウンド。警戒して』

月守は出水の弾丸を見てシールドを展開しつつ、ほぼ同時にバイパーを放った。複雑な軌道を引いたが、それは直前まで相手に狙いを絞らせないための小細工だ。狙いは、

「オレかよ」

片腕とトリオンを大きく失っている米屋だった。三輪達3人を平等に狙うと思われた軌道が、一気に米屋を囲むようなものへと変わった。

 

「陽介!」

「槍バカ!」

「わーってるよ!」

2人に声をかけられた米屋は全方位シールドを展開して月守のバイパーを防ぎきった。

 

月守のバイパーは、複雑な軌道と弾速に優れるが、その分威力に欠け、防ぐには強度に劣る全方位シールドでも十分であるというのが、彼らの認識であった。そしてそれは正しいが、今は罠だった。

 

「ここだよ、神音」

「はい」

シールドでバイパーを防ぎきった米屋を見て、月守は天音にそう指示を出した。

 

天音は右手をかざしメテオラを素早く放った。

 

派手な爆発音と共に攻撃が決まったように見えたが、

「そう何度も、同じ攻撃は喰らわないぞ」

直前で三輪が機転を利かせて米屋のシールドに自身のシールドを重ねてフォローした。

 

「あ……また、決まらなかった……」

少しだけショボンとした(ように見える)天音に彩笑が声をかける。

「惜っしい!一旦下がるよ、神音ちゃん!」

「はい」

天音が素直に頷き、月守も含めて地木隊は一度距離を取った。

 

『ねえ咲耶!どう出る!?』

バックステップを踏みながら、部隊の通信回線を開いて月守に問いかけた。

『仕込みは何個かあるけど、彩笑がトップギア入ってるならそれを活かそうかな。……神音、アレやってみよっか』

『あれ……?』

キョトンとする天音を見て、月守はクスッと小さく笑い、言い直した。

 

『新技だよ』

と。

 

*** *** ***

 

「……!三輪!地木隊が動いたぞ!」

レーダーをチェックしていた出水がそう言った。

三輪組はしばらく距離を取り続ける地木隊をレーダーで捉えて追いかけていた。が、急に地木隊が動きを変え、三輪達に攻撃を仕掛けようとしてきたのだ。

 

「全員、地木の早業に気を付けろ。月守のバイパーの軌道に惑わされず、各自全方位シールドで対処する。天音はオレが止めるが、メテオラには注意しろ」

「「了解」」

三輪が素早く指示を出し、出水と米屋は戦闘態勢に入った。

 

3人の戦闘態勢が整った直後、塀の影から彩笑が姿を見せ、右手だけにスコーピオンを持って斬りかかってきた。

「連携してやるぞ、陽介」

「おう!」

三輪と米屋は彩笑の死角を突くように左右に散る。

 

それを見た彩笑は素早く次の手を打った。

「グラスホッパー!」

空いている左手側のサブトリガーにトリオンを込め、グラスホッパーを展開した。

 

『グラスホッパー』

外見的には、青く薄っぺらい板に見える機動力戦用のオプショントリガーだ。踏み込むと加速するという性質を持ち、主に空中で足場を作るためであったり、ここ1番でスピードが欲しい時に使われる。

なお、彩笑のイメージとして、跳び箱のロイター板が近いと思っている。

 

そのグラスホッパーが乱雑に配置され、彩笑はそれを踏み込み加速する。

高速で行き交う彩笑を、三輪と米屋は辛うじて目で追い、逆に死角を取られないように注意した。

 

ギィン!

高速移動の合間に彩笑は攻撃も織り混ぜるが、防がれた。相手はさすがのA級部隊と言ったところだろう。

 

(これならまだ反応できるな)

何度か斬撃を受けた三輪がそう思った瞬間、彩笑が急に退いた。

 

それと同時に、

ギュオンッ!

彩笑が最初に出てきた塀の影から弾丸が放たれた。不意打ちかと思われたが、

「ツメが甘いな。レーダーでそこにいるのは分かっていた」

三輪達はレーダーをしっかりとチェックして、月守と天音の2人がそこに潜んでいるのを看破していた。

 

3人とも慌てず、事前の打ち合わせ通りに全方位シールドを展開した。三輪と米屋はこれを防ぎきったらすぐに反撃に出られるように構えた。

だがそんな中、

(……?なんだ、これ……)

出水だけが、月守の放った攻撃に違和感を覚えた。一見、さっきと同じバイパーであり、何が、と言われても分からない。ただ、シューターとして経験が何かおかしいと警報を鳴らした。

 

「……!三輪!槍バカ!気を付けろ!!」

出水はその違和感の正体は分からないが、そう叫んだ。

だが、それは少しばかり遅かった。

 

シールドを張った3人に、月守が放った弾丸が当たった瞬間、

ドドドッ!

その弾丸が、()()した。

 

「っ!?」

「はぁっ!?」

「これは……!!」

全員が悟った。

 

(これはバイパーじゃない!)

と。

 

その弾丸は3人のシールドを吹き飛ばし、爆煙により視界を遮った。

 

『真香ちゃん!視覚支援!』

『はい!』

相手にできた隙を、彩笑は逃さない。視覚支援により爆煙の中でもサーモグラフィーのように相手の姿を捉え、右手のスコーピオンを構えて、全速力でターゲットに肉迫した。

 

「っ!」

相手はかろうじて気づいたが、もう遅い。

「遅いっ!!」

彩笑は今出せる最速の一振りで米屋のトリオン供給器官をトリオン体ごと斬り裂いた。

 

「マジかよ」

そう呟くのと同時に、

『トリオン供給器官破損。ベイルアウト』

無機質な音声が米屋の頭に響き、トリオン体が砕け、

「あとよろしく〜」

そう言い残してベイルアウトしていった。

 

「槍バカ!?」

「くそっ!」

仲間のベイルアウトに動揺する出水と三輪の隙を突くように、

「まだまだ!」

彩笑は追撃をかけた。

 

だが、それを冷静に狙う者がいた。

「ここだな」

太刀川たちと共に迅を攻撃していたはずの、当真勇だった。独断により、迅ではなく地木隊を狙いに来たのだ。

 

ドンッ!

当真は追撃をかけた彩笑目掛けてい引き金を引き、狙撃用トリガー「イーグレット」による1発を放った。

胸部のトリオン供給器官を狙った1発は、これ以上なく正確な狙いだったが、

「っ!!?」

狙われた彩笑はそれに反応し、回避行動に転じるという早業に出た。しかし、

パァン!

さすがに躱しきれずに、トリオン体の右腕が吹き飛んだ。

 

「痛ったいなぁ、もう!」

思わずそう叫びながらも彩笑はとっさにスコーピオンを展開し、傷口を覆うようにしてトリオンの漏出を防いだ。

『彩笑、一旦下がって!』

『言われなくても!』

月守に通信越しに言われ、地木隊は再度距離を取った。

 

*** *** ***

 

『ふー、すまんな、仕留めきれなかった』

再び逃げるような動きをし始めた地木隊を追う三輪の通信回線に、当真からの声が届いた。

『いえ。当真さんの1発で地木の奴のトリオンはさらに削れました。十分です』

三輪は言葉使いこそ平静だが、内心ではさっきの攻撃の疑問が渦巻いていた。

 

「出水、確認するぞ」

「おう。さっきの月守の攻撃か?」

「そうだ」

三輪は1度、自身を落ち着けるように一呼吸したあと、出水に問いかけた。

 

「あれは、合成弾か?」

と。

 

「だな。ありゃ、バイパーの自由自在な弾道にメテオラの威力を掛け合わせた『変化炸裂弾(トマホーク)』だ」

出水はそう即答した。

 

合成弾。

2つのトリオンキューブを生成し、それを掛け合わせることにより生成された、2つの射撃用トリガーの長所を併せ持った弾丸のことだ。

生成に手間がかかり隙が生まれるため乱発はできないが、使えれば相当強力なカードになり得る。

 

月守ほどのレベルの技術があれば、使えてもなんらおかしくはない。

 

出水から肯定された三輪の意見だが、まだ疑問は残る。三輪はそれを尋ねた。

「たが出水…。さっきのが合成弾だとして、月守の奴はどうやって合成したんだ?」

と。

 

そう。当たり前だが、合成弾を作るためには2つのトリオンキューブが必要になる。だが月守はシューターとガンナーを併用するダブルスタイルであり、キューブは1つしか作れない。故に月守は合成弾は撃てないはずだった。

 

「それなんだけどさ……。一応、あるんだよ、方法」

三輪の問いかけに対して、出水は控えめな声で答えた。

「なに?」

「……まあ、これは言っちまえば簡単なんだよ。ただ、いざやるとなればスゲーむずい。つか、技術的に無理なはずなんだ」

「やけにもったいぶるが、結局どんな方法なんだ?」

急かすように言われた出水は、率直に結論を言った。

 

「ざっくり言えば、2人がかりで合成するんだよ」

と。

 

「……2人がかり?」

三輪の訝しむ様子を見て、出水の説明は再開された。

「そ。2人がかり。さっきのは多分、月守がバイパーで天音ちゃんがメテオラをそれぞれ合成したんだ。月守は普段通りの威力捨てたバイパーでも、その分天音ちゃんのメテオラを高威力に設定すれば、月守のバイパーの速度と弾道をそのままにしたふざけた威力のトマホークの出来上がりってわけだ」

 

説明を聞いた三輪は、

「ずいぶん便利だな」

思ったことを率直に言った。しかし、出水はすぐに口を挟んだ。

「便利じゃねーよ。言ったろ、ムズいって。2つのキューブを1つにするのって、どっちか片方にもう片方を混ぜるって感じなんだよ。元々ある物に、合流させる、みたいな感じな。……イメージとしてはアレだ、大縄跳びがイメージしやすいな」

言われて三輪は、大縄跳びをイメージした。

クル、クル、と規則的に縄を回す人と、それに自分がタイミングを合わせて跳び込む姿がイメージできた。

 

「……イメージはできた」

「おう。んで、それが1人で合成弾作る時のイメージな。これが2人ってなると、跳び込む方前もってバット回りして目が回ってる上に、目にハンパない曇りガラス付けて更に耳栓もしてるって感じだな」

 

「……」

三輪は目を閉じて、それを想像し、

 

「……無理だろ」

と、言った。

 

「だろ?」

出水は薄っすら笑いながら肯定して言葉を続けた。

 

「そう、本来無理なハズなんだ。

異なるトリオンを合成するなんてできるハズが無いし、やろうとすればトリオンが混ざり合って機能障害が起こる。やるにしても、呼吸と合わせなきゃ出来ないから、1人の時の何倍もの集中力が必要になる。そもそも、合成弾使いたきゃ両手シューターにすりゃいいだけだし、本来ならこの2人がかりの合成弾の実用性はほぼ無いんだよ」

説明を終えた出水は、呆れたようにこう付け加えた。

 

「実戦で使おうと思えば、途方もないくらいの練習の時間と、よほどの相性のいいトリオン同士じゃないと使えもしない技さ」

と。

 

*** *** ***

 

追いかけてくる三輪達から距離を保ちながら移動していた。

「地木隊長、腕、大丈夫です、か?」

「腕は別に大丈夫だけど、問題なのはトリオンかな。もう2割弱ってとこ」

彩笑の言葉を聞いて、月守は意外そうに言葉を返した。

「意外と残ってるね。とっさにスコーピオンで抑えたから?」

「まあね♪ボクの早業の賜物だよ」

「すごいです、地木隊長」

「神音ちゃんありがとー。……ってか、神音ちゃん凄かった!何あの合成弾!?あんなの出来たの!?」

 

「はい。月守先輩と、たくさん練習、しました」

天音はこの時、いつもの無表情をほんの少しだけ崩して、小さくはにかみながらそう言った。

 

その笑顔を見て、

(神音ちゃんの笑顔、久々!やっぱり可愛いなぁ)

(神音みたいないい後輩がいて良かった)

彩笑と月守はそれぞれそう思い、空気が和んだ。

 

もう少しこうして和んでいたかったが、月守は気を取り直して、この先の展開を思案した。

 

(米屋先輩は倒したけど、当真さんが合流してきたから、3対3は変わらない。むしろ、こっちは彩笑のトリオンが尽きそうだから不利だな。合成弾も向こうには見せたし、警戒はしてるはず…。まあ、成功したのがホントに奇跡みたいなものだったし、合成弾は手札として数えない方がいいな……)

 

自陣の状況と相手の状況を考えて、月守は幾つか策を思いついた。その上で、使う策を決めるために助言を求めた。

『真香ちゃん、ちょっといい?』

『はい、何なりとどうぞ』

月守は通信回線を開き、真香に1つ質問した。

 

『元スナイパーの真香ちゃんなら、このフィールドで俺たちを殲滅しようとしたら、どこに陣取る?』

と。

 

 

 

決着が着くまで、あと僅か……。




ここから後書きです。

今回登場した天音と月守2人がかりの合成弾は、割と構想初期段階からあったので、やっと出せて嬉しいです。ただ、天音は射撃用トリガーをメテオラしかセットしていないので、レパートリーはトマホークだけです。

そろそろブラックトリガー争奪戦、決着が見えて来ました。頑張ります。

追記。
2016年3月4日に発売したデータブックより、他人同士の合成弾は不可能となっておりました。もう書いてしまったものは仕方ないので、ここはこのままとして今後はワールドトリガー本編で2人がかりの合成弾が実現、もしくは可能になるまでは2人がかりの合成弾は地木隊で使わないことにします。


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第11話「決着の瞬間」

「ん?あいつら待ち伏せのつもりなのか?」

三輪はレーダーで地木隊の動きが止まった事に気付いた。

「レーダー見りゃ天音ちゃんだけバッグワーム使ってるな…。ってかこれ、絶対罠だろ」

『地木ちゃんのスタミナ残り少ないんだし、一気に決めたいんじゃないのか?』

出水と当真の意見を聞き、三輪はどう動くか考えた。

 

(確かに出水が言う通り、これは罠だろう。だが当真さんの言うことも一理ある。それに跳び込むのは愚かとしか言えないが……。どうせあの月守のことだ。いくつも策を練っていて、これはその内の1つに過ぎないんだろう)

三輪は判断に迷ったが、すぐにそれを迫られる事になった。

 

ドンっ!

ここではない場所で、ベイルアウトの音が響いた。

「ん。また誰か飛んだぞ」

「またか……、今度は誰だ!?」

三輪の声に、オペレーターの月見蓮が答えた。

『風間の歌川くんね。だいぶ粘ったけど、ブラックトリガー相手はまだ厳しかったみたい。それと太刀川くんもダメージが大きい。形勢はかなり悪いわね』

 

報告を受けた三輪は思わず奥歯を噛み締めた。

「……迅……!」

「こりゃマジで早く片付けないとヤバいぞ、三輪」

それとなくその方向を見つつ、出水が呟くように言った。

 

向こうの戦況を見て三輪は短期決戦を、つまりは地木隊の罠という誘いに乗る事にした。

「わかっている。行くぞ。奴らがどんな罠を張っていようが、全てねじ伏せる」

 

三輪と出水、そして当真の3人は地木隊がいる場所へと急行した。

 

*** *** ***

 

「ふーむ。弧月もスコーピオンも、どっちも捨てがたい……」

「アステロイド以外の射撃用トリガー……。今のぼくに扱えるかな…」

その頃玉狛支部では、ボーダーのトリガーについて宇佐美から説明を受けた遊真と三雲がその内容を整理していた。

 

「なんだ、使うトリガーについて考えてるのか?」

宇佐美の説明が終わってからこの場に来た玉狛支部の隊員、木崎レイジが宇佐美に尋ねた。

「そうなの。2人とも方向性は定まってるみたいだけど、具体性はまだ無いから、必死に考えてるみたいだよ」

「そうか。いいんじゃないか?悩むことは悪くない」

レイジは腕組みをしながらそう言い、言葉を続けた。

「本部にだって、まだ色々とトリガーの構成を変えてる隊員がいるだろ」

「んーっと、地木隊の天音ちゃんのこと?」

「まあな」

 

その2人の会話に、小南と烏丸も加わった。

「天音ちゃんって、まだスタイル固定してないの?」

「みたいっすね。会うたびにトリガー構成変わってる気がします。……B級に上がりたての頃は確か、太刀川さんと同じ弧月二刀流でしたよね」

と烏丸。

 

「でも地木隊に入ってしばらくしてからは、鈴鳴第一の鋼さんと同じスタイルだったわよ。レイガストを盾代わりにした弧月メインのアタッカー」

と小南。

 

「そういえばこの前本部に顔出したんだけど、その時は三輪くんと同じクロスレンジオールラウンダーのスタイルでソロランク戦やってたよ?レッドバレットまで使ってたっけ」

と宇佐美。

 

そんな3人の話を聞いたレイジが、

「噂だと、今度はシューターにも挑戦したらしいぞ。……と、まあ、あの天音でさえ、まだ戦闘スタイルが定まって無いんだ。三雲たちが悩むのなんて、むしろ当たり前なくらいじゃないか?」

そう言い、

「ですね」

それに対して烏丸が言葉短く同意した。

 

手元にあった飲み物に口を付けた後、宇佐美が嬉々として言った。

「天音ちゃんはどのポジションでも今の所こなせてるし、もしかしたらレイジさんみたいなパーフェクトオールラウンダーになっちゃうかもよ?」

 

そう言われたレイジはほんの少し唸った後、

「どんな答えに行き着くのかは本人次第だ。……ただ、オレ個人として言うなら、天音はパーフェクトオールラウンダーとして全距離で戦うよりも、クロスレンジオールラウンダーとしてオプションを絡めて戦う方がいいとは思うがな」

そう私見を述べた。

そしてそれを言い終えてから、

(……まあ、そんなことはオレなんかより、近くで見てるあの2人の方がよく分かってるんだろうけどな)

ぼんやりとそんな事を思った。

 

*** *** ***

 

「お待ちしてました〜」

公園跡で待ち構えていた月守は、追ってきた三輪と出水の姿が見えたところでそう言った。

 

「月守……っ!」

三輪が憎々しげに睨むが、月守は何食わぬ顔でそれを受け流す。

そんな三輪とは対照的に出水は普段通りに声をかけた。

「なー、月守。さっきの合成弾だよな?」

「はい。神音と2人がかりの合成弾です」

「やっぱりな。…んで?その相方はどこよ?」

「さあ?どこでしょうね?」

月守は困ったような笑顔を浮かべて、そう言った。

 

「大方、奇襲だろう。この近くに潜んでチャンスを探しているはずだ。周囲の警戒を怠るなよ、出水」

「あいよ」

三輪がこの場にいない天音を警戒するように言った。

 

それを聞いた月守はゆっくりとハンドガン型トリガーを構えながら口を開く。

「おお、さすが三輪先輩。いい読みしてますね」

「だから咲耶。そんなちょっと上からみたいな言い方するから、三輪先輩とかに嫌われるんだって」

「えー、だって実際いい読みしてるじゃん」

「そうだけどさー」

ごく自然に月守の言葉に対し彩笑が口を挟み、いつもの緩い地木隊の空気が流れた。

 

三輪はそんな地木隊を見て不意打ちを仕掛けようとハンドガンに手を伸ばしたが、

『止めとけ、三輪。今撃っても当たんねーよ』

通信回線から当真の声が届き、そう三輪に忠告した。

『当真さん。狙撃位置に付きましたか?』

『おう。その公園の東側にある建物の4階に陣取ったぜ』

『分かりました。……それで、当たらないというのはどういうことです?』

三輪は当真にそう質問した。

 

『簡単だよ。あいつらお互いに会話してるけど、内心がっつり警戒してるぜ。今オレが狙撃しても、彩笑ちゃんはまたギリギリで反応して即死は避けるし、月守のヤローに撃っても多分致命傷は避けられてカウンターが来るだろうな』

『肉を切らせて骨を断つ……、ということか』

生意気な、と、三輪は思った。

『出水、先に地木を狙うぞ。弾幕を張って地木のトリオンを削ってくれ』

『了解』

打ち合わせを済ませた三輪と出水は同時に動いた。

 

三輪は弧月を抜刀し彩笑に切り掛かり、出水はそれを援護するように後方からアステロイドを放った。

彩笑と月守はそれを受けることはせず、左右に散って敵の意識を分断させた。

 

それと同時に、2人は通信回線を繋いだ。

『それじゃあ咲耶。打ち合わせ通りに行こっか』

『了解』

たったそれだけを言い、2人は反撃に出た。

 

月守は素早く左手を構え、トリオンを込める。

「メテオラ」

生成したトリオンキューブを64分割し、それを周囲に散らしてから放った。

 

ドドンッ!

公園全体に、うっすらと爆煙が広がり視界が遮られる。

 

(これはさっきと同じような状況……!)

三輪と出水の頭に、米屋がやられた光景がフラッシュバックした。

 

「何度もその手を食うか!」

三輪はそう叫び、すぐに視覚支援をオペレーターの月見に要請した。出水も同様に視覚支援を得て、2人の視界は確保された。と言っても、鮮明に見えているというわけでは無く、その視界はサーモグラフィーのそれに近かった。

『煙の中でも人影がなんとなく分かる』

そんな状態だ。

 

その視界状態で、三輪は敵を捉えた。三輪に向かってくるその人影は、それほど速くは無かった。

「トリオンを失いすぎたな、地木。動きがトロいぞ」

三輪はそう言い、ハンドガンを構えた。スコーピオンの間合いに入る前に撃つつもりだった。

 

だが、

「そりゃあ、あいつに比べりゃ俺の動きは遅いっすよ、三輪先輩」

その人影はそう言った。そしてその声は、地木彩笑の声では無かった。

 

瞬時に三輪は悟り、口を開く。

「つきも……」

相手の名前を言い切る前に、相手が動いた。

 

ドンドンドンッ!

素早く構えたその右手から3度の銃声が響き、2発が三輪を穿ち、1発が三輪の持っていたハンドガンに当たり、弾き飛ばした。

「くっ!」

相手はアタッカーの間合いに入り込んだ。三輪は弧月をその人影目掛けて振るったが、

「遅いっ!」

そいつは三輪の斬撃を躱してその手首を掴んで動きを抑え、同時に三輪の眼前にハンドガンの銃口を突きつけた。

「少しでも動いたり、トリオンの反応が有れば、撃ちます」

まだ煙が晴れきっていない中、その人影はそう脅しをかけた。

 

三輪は苦虫を噛んだような表情と声で相手の名前を言った。

「月守……!」

と。

 

 

 

一方、

「うおっ、速っ!」

出水は高速戦闘を誇る彩笑の動きに対応できず、その一瞬を突かれた。

「よっと」

彩笑は態勢を低くして今できる最高速度で肉迫し、出水の足を払い態勢を崩した。

「うおぉう!?」

倒れる出水を素早く組み伏せ、右腕のスコーピオンを変形させて出水の喉元に刃の切っ先を当てた。

 

「出水先輩がボクに攻撃するのと、ボクが出水先輩に攻撃するのなら、ボクの方が速い。だから、大人しくしてくださいね?」

彩笑はニッコリと笑いながらそう言った。だが、その笑顔は出水には煙に遮られて見えていなかった。

 

 

 

 

煙が薄まる中、三輪は口を開いた。

「……オレはこの戦いで、ずっと天音か地木を相手にしていた。だからだろうな。向かってくる相手は無意識の内にお前ではないと思い込んでいたようだ」

と。

「ああ、なるほど」

目の前にいる月守が答える。表情まではまだ分からないが、どうせ笑い顔なのだろうと三輪は思った。

 

「どこまで狙っていた?」

「んー、難しい質問ですね。……三輪先輩たちが俺たちの誘いに乗ってくれた時点で、この作戦に決めました。視界を制限して、近くにいる相手をそれぞれ抑える……、打ち合わせ自体はこれだけです。三輪先輩が勘違いしてくれたのとか、俺のアステロイドが三輪先輩の銃を弾いたのとかは、偶然ですよ」

月守はそう答えたが、三輪としてそれが正しいのかすら疑わしいと思っていた。

 

一瞬勝負を諦めた三輪だが、すぐにあることに気付いた。

(……!この体勢なら月守も地木も動けない。当真さんがここを狙撃すれば、まだ勝機は十分だ!)

 

だが、

『あ、あー、三輪、すまん。天音ちゃんに見つかって抑えられちまった。喉元に弧月当てられて、お手上げ状態だ……』

その当真から、そう通信が入った。

 

「なっ!?」

驚愕する三輪と同時に月守が口を開いた。

「三輪先輩、そっちにも連絡行ったみたいですけど、ウチの神音が当真さん抑えました」

と。

 

天音がバッグワームを着て隠密行動を取った理由は、戦闘中に三輪たちに奇襲することではなく、潜んでいるスナイパーの当真を探し出して、抑えることだった。

 

そして、完全に煙が晴れた。

「俺たちの勝ち、ですね」

そう言う月守の表情は、やはり三輪の予想どおり、笑い顔だった。

控えめで、どこか申し訳なさそうな笑い顔を浮かべていた。

 

その直後、迅が太刀川たちを全てベイルアウトさせ、作戦中止の連絡が各オペレーターから告げられた。

 

*** *** ***

 

天音と、天音に抑えられた当真が公園に降りてきたところで、その当真が月守に質問した。

「それにしても月守……。どうしておれの居場所が分かったんだ?」

月守はハンドガンをホルスターに収めながら、

「ウチには、元スナイパーで優秀なオペレーターがいるんで、当真さんがどこに潜んでるか大体予想して貰いました。何個か候補あったんですけど、上手く見つけられて良かったです」

やんわりとした声でそう答えた。

 

なるほどねぇ、と、当真が納得したところで、

「んじゃあ、次おれ。なんで三輪とおれをベイルアウトさせなかったんだ?」

出水が続けて質問した。

そこで月守は質問に答えようと口を開きかけたが、

「あ、それは……」

意外にもそれより早く、天音が答えた。

「私が当真先輩、見つけられなかったら、当真先輩に撃たせて、抑える予定、だったので……。その……囮のため、です」

と、申し訳無さそうに答えた。

 

そんな天音をフォローするように彩笑が駆け寄った。

「神音ちゃんはちゃんと仕事したんだから、そんなに自信無さそうにしなくていいんだよ?むしろ『どうだ先輩方!』くらいに堂々としてていいのー」

そう言いながら神音の頭を撫でた。

 

そんな2人のやり取りを見つつ、月守は3人との会話を再開させた。

「……ま、そんなとこですね。三輪先輩は、何かありますか?質問とか、言いたいこととか」

 

月守のその言葉に三輪はわずかな沈黙を挟んだ後、

「……月守、いや、地木隊。ネイバーを庇った事を後悔する日がいずれ来るぞ。お前たちは分かってない。家族や友人を殺された人間でなければ、ネイバーの本当の危険さは理解出来ないんだ」

しっかりと月守の目を見て、そう言った。

 

「ネイバーの本当の危険さ、か……」

呟くように月守は言った後、ゆっくりとした口調で言葉を紡いだ。

 

「三輪先輩。あなたがネイバーを憎む理由は知ってます。そんで、俺たちはそれが全く理解できないってことは無いと思ってます。……俺たち地木隊だって大規模侵攻で、人であったり、住む場所であったり、思い出であったり、何かしらは亡くしてますし…。大規模侵攻じゃなくても、ネイバーの手で亡くしたものだってありますから」

 

「だったら!」

お前たちだって分かるんじゃないか!?

三輪はそう言葉を続けようとした。

 

「でも」

しかし月守はその言葉を遮り、自分の思いを告げた。

「俺たちには俺たちの考えがあるんです。憎しみよりも大きかった感情が、思いがあるんです」

と。

 

「…………!」

押し黙った三輪に向かって、月守は真剣な表情を向ける。

「理解してくれ、とは言いません。ただ、あなたとは違う考えを持って動く人がいるって事を、頭の片隅に入れててくれたなら、それでいいんです」

 

月守がそう言ったところで、残る全隊員に本部帰投への命令が下り、戦いは幕を閉じた。




ここから後書きです。

ブラックトリガー争奪戦、決着しました。
あまり上手く書けなかった、説明できなかった部分も多々あったと思います。これからも精進します。



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第12話「そして日常へ」

今回は少し短めです。


戦いから一夜明けた次の日の昼のこと。

 

「なあ咲耶、学食行こーぜ」

このセリフからもある程度分かるように、月守は今学校にいる。ボーダー正隊員と言えども、月守たちは学生だ。

まだ冬休みには少し日数があり、当然のように月守は学校に来ていた。

 

わざわざ席の近くまで来て声をかけてくれた2人に向かって、月守はほんの少しだけ呆れたような声を発した。

「出水先輩に米屋先輩……。なんでサラッと下級生の教室に入ってこれるんですか?」

月守に声をかけたのはクラスメイトでは無く、先輩である出水と米屋だった。2人とも何食わぬ顔で下級生の教室に入り、何食わぬ顔で月守に声をかけたのだ。

心なしかクラスメイトたちがざわついてるのは気のせいだと月守は思いたかった。

 

「まあ細かいことは気にすんなって」

米屋はサラリとそう言い、

「行こーぜ学食。あ、それともお前、弁当派?」

出水も同じように月守に話しかける。

 

机の上にあった4時間目の授業のテキストなどを片付けつつ、月守は答える。

「普段は弁当作ってくるんですけど、今日は無いです」

「お!だったら尚更だな!」

出水は嬉々としてそう言い、月守を学食に誘う。

 

月守としても今日は弁当が無く、学食か購買のどちらかにしようか迷っていたため、ある意味ありがたかった。

「わかりました」

そう言って、先輩2人と学食に行くことにした。

 

*** *** ***

 

「「「いただきます」」」

学食でなんとか席を確保し、注文したメニューが揃ったところで3人は昼食を摂り始めた。

 

「そういや、咲耶と彩笑ちゃんって同じクラスだったよな?さっき教室に居なかったけど、休みなのか?」

米屋がチャーハンを食べながら月守に質問した。

 

「いえ、来てますよ。ただあいつ、4時間目に爆睡して古文の先生に職員室に連れてかれて説教受けてます」

「地木ちゃんは授業中寝ちゃう子なのか?」

出水が続けて質問した。

 

月守は普段弁当だからという理由で選んだラーメンのスープを一口飲んでから答えた。

「普段は寝ないっすよ。ただ、夜間の防衛任務明けの時は寝ます」

その答えに先輩2人は「あー」という反応を返した。

 

「それ分かるわ」

「だよな。マジ眠い。あと遠征明けの学校も勘弁してほしい。せめて1日くらい休みあってもいいのに……」

出水はそう言うが、この中で遠征に行ったことがあるのは出水だけであるため、他2人の共感は得られなかった。

 

しばらくそうした会話をしつつ昼食を食べ進めた。

そして不意に、

「……それで?わざわざ俺を昼飯に誘った理由はなんですか?」

そう尋ねた。

 

「……」

2人は無言でお互いを見合わせ、アイコンタクトを経て出水が質問した。

「ぶっちゃけ、地木隊ってなんかペナルティあったのか?」

と。

 

「一応ありましたよ。詳細はまだですけど、大まかな内容はソロポイント減点、減給、部隊評価、あとは部隊ランキング復帰に関して少々ってところです」

「「復帰に関して?」」

月守の答えに対し、その項目だけピンと来なかったため、出水と米屋は声を揃えて詳細を尋ねた。

 

「えっとですね…。俺たち、あくまで予定なんですけど、来季あたりからチームランク戦に復帰するんです。で、その際実力試験的なやつを実施して、それで適切な順位で復帰する予定でしたけど、それが無くなりました。問答無用でB級最下位スタートです」

かいつまんで月守はそう答えた。

 

一通り説明を聞いたところで、米屋が言った。

「なんか、思ってたより軽いな」

「……まあ、色々あったってことにしといて下さいよ」

月守は苦笑しながら、そう言った。

 

*** *** ***

 

前日の夜。

風刃と引き換えに遊真の入隊を認めさせる取引が成立し、迅が会議室から退室するのと入れ違いに、

「失礼します」

「みなさんこんばんは」

彩笑と月守は会議室に足を踏み入れた。

 

「地木隊……!」

会議室に入るなり、上層部メンバーが2人を睨みつけた。

 

「あはは、皆さん表情険しいですね。せっかくA級上位部隊に匹敵する風刃が手に入ったんですから、もう少し嬉しそうにしたほうがいいですよ?」

あっさりと月守はそう口にした。

 

「な!月守君何故そのことを!?」

忍田本部長が慌てたようにそう言うが、

「あ、ごめんなさい忍田さん。そこに風刃が置いてあったのでなんとなくそうかなって思って適当に言ってみました」

月守は控えめに笑顔を浮かべてそう言い、

「なんかごめんなさい……」

珍しく彩笑が申し訳なさそうにそう言った。

 

「……何をしに来たのかね?」

「1つ言いたいことがあったので来ました」

城戸司令の言葉に、月守はそう即答した。しっかりと、月守は揺るぎのない瞳で城戸を見据えて、いや、睨みつけていた。

 

「言いたいことだと!?」

「命令違反をしでかした君たちの言葉など聞くはずがないだろう!」

鬼怒田開発室長と根付メディア対策室長がそう言い、それを庇おうと忍田本部長が立ち上がったが、

 

 

「ASTER」

 

 

月守は遮るように、ある名称を口にした。

 

 

「!」

その言葉を聞き、この部屋にいる全ての人間が息を飲んだ。会議室が静かになったところで月守は再び、ゆっくりと言葉を発した。

 

「……誰が、とまでは彩笑から聞いてませんけど、今回の任務に俺たちを加える際に言ったそうですね。

『いざとなれば切り札を使えばいい』

って。…それって、ASTERのことですよね?」

 

今の月守はいつものような人当たりの良い笑顔も、やんわりとした穏やかな声の欠片も無かった。心から大切なものを侮辱されたような怒りを内包した表情をしていた。

 

「……別に、そのことをどうこう言うつもりはありません。ただ、ASTERを……、そんな風に言うのはやめて頂きたい。言いたいことは、それだけです」

月守がそれを言い終えると、彩笑がそれに続けて、

「命令違反の処罰は甘んじて受けます。では、失礼しました」

丁寧に一礼をしながらそう言い、月守も同じように一礼して、2人は部屋を出て行った。

 

*** *** ***

 

昼食を食べ終えた月守は先輩2人と別れ、教室に戻ってきた。すると、

「さーくーやー……」

「説教お疲れ様」

月守の前の席の主である彩笑がグッタリとした様子で月守の名前を呼んだ。

 

「なんで起こしてくれなかったのー」

席に着くと同時に、彩笑が月守に向かってそう言った。

「いや、1時間目から3時間目までは起こしたじゃん」

「4時間目も起こしてよぉ。ってか、古文の先生の説教が長いのを知ってて、わざと起こさなかったんじゃないよね?」

「さー?どうだろうねー?」

彩笑がぶーぶーと文句を言い、月守はそれを難なく捌いた。

 

まだ文句は言いたかったが、ふと彩笑はある事を思い出して話題を変えた。

「そういえば、さっき本部から連絡あったよ。処罰の詳細決まったんだけど、今聞く?」

「聞く」

彩笑はスマートフォンを取り出し慣れた手つきで素早く操作して、内容を読み上げた。

 

「ボクはスコーピオン4000ポイント減点、

咲耶は射撃用トリガーがそれぞれ1500ポイント減点、

神音ちゃんは弧月2000ポイント減点。

給料は仲良くみんなで3ヶ月間1割減。

部隊評価は、『任務の遂行性に問題アリ』っていう評価が付け加えられましたー」

そして言い終えると同時に机に突っ伏した。

 

「落ち込んでる?」

彩笑の後ろ姿に向かって、月守は問いかけた。小柄だな、と、月守は改めて思った。

「んー、落ち込んでるっちゃ落ち込んでる。……スコーピオンのポイントが8000下回ったからマスターランクじゃ無くなったし……」

はぁ、と、ため息を1つついてから言葉を続けた。

「……何より、神音ちゃんにも真香ちゃんにも迷惑かけたし……」

「俺は?」

「咲耶はどうでもいい」

「オイコラ」

「ウソだよ」

彩笑はそう言い、月守の方に振り返った。

 

「みんなに迷惑かけたと思ってる……、ごめん」

そして申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「一言謝ってくれたから、それでいいよ」

そして月守はそんな彩笑に向かって、

「とりゃ」

ピコン!と、デコピンをした。

 

「痛ったー!?」

デコピンされた額を両手で押さえながら、

「何すんだよー!」

彩笑は月守に抗議した。

 

「ん?デコピンだけど?」

「それは分かるから!ボクは何でデコピンしたかって聞いてるの!」

「しおらしい彩笑が何か気持ち悪かったから」

「ヒドイよそれ!」

「自己紹介の時に、

『彩りある笑いと書いて彩笑』

って言うような奴なのに、笑ってないとか名前詐欺じゃん」

「親に言われた名前の由来なんだから仕方ないし!」

憤慨する彩笑だが、さっきまでの沈んだ様子は微塵も無く、むしろいつも通りと言ってもいい雰囲気になっていた。

 

「咲耶ありがと」

小声で彩笑はお礼を言ったが、

「ん?なんか言った?」

月守は上手く聞き取れず、聞き直した。

「ううん、なんでもない」

あえて彩笑はそれに答えず、ただにこやかな笑顔を見せた。

 

そうしていつも通りの2人の会話が続く中、不意に彩笑が、

「あ!咲耶咲耶!」

「何?」

「冬休み、暇な日ある?」

月守に問いかけた。

 

「むしろ暇な日しかないけど?」

「うわっ!寂しいそれ!」

即答した月守を見て、彩笑は思わず本音が出た。

 

「うるさいなー。いつ防衛任務入るか分かんないのに予定とか入るわけないじゃん」

「いかにもそれらしい理由だね」

まあいいや、と、一言挟んでから、

「冬休みにさ、みんなで色々やろうよ。遊びに行ったり、勉強会したりさ」

ニッコリと笑いながら提案した。

 

月守にはそれを断る理由が無く、

「ああ、いいねそれ。賛成」

当たり前のように、そう答えた。

 

 

 

地木隊はボーダー正隊員である前に、学生である。

地木隊はその事実を噛み締めるように、どこにでもある平凡な今を過ごしていた。

 




後書きです。

防衛任務のシフトは未だに謎ですけど、多分夜中の防衛に当たったら翌日の学校は大変だろうなぁと、思います。

次からしばらく、原作にないオリジナルの流れを混ぜたいなと思ってます。


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登場人物紹介

今更なのですが、地木隊メンバーの紹介です。

追記になりますが、トピアリーさんから素敵なイラストを頂きました!彩笑と天音のイメージイラストです!


地木彩笑(ちきさえみ)

隊長 アタッカー

女子

 

16歳(高校生)

5月15日生まれ

 

ねこ座 B型

身長 150cm(本人自己申告)

 

好きなもの

・ココア

・運動

・植物栽培

 

外見

・肩まで伸ばした天然茶髪

・可愛らしい猫目

・少々幼く見せる童顔

・小柄の割には長い手足

 

性格

よく笑う子。

基本的に自分に素直で、それに従って行動しがちなため、自由奔放な子。

『後悔したくない』という行動指針がある。

ちょっと戦闘狂の気がある。

 

・戦闘スタイル

スコーピオンを両手にセットしたバリバリのアタッカー。スピードに分類されるものが他人よりも優れていて、それを活かした高速戦闘が持ち味。戦闘は感覚でこなすタイプ。スタミナであるトリオンが少ないため、長期戦は向かない。

ブラックトリガー争奪戦時のトリガー構成は、

メイントリガー(右)

・スコーピオン

・シールド

・バックワーム

・カメレオン(フリートリガー)

 

サブトリガー(左)

・スコーピオン

・シールド

・グラスホッパー

・テレポーター(フリートリガー)

 

こんな感じでした。テレポーターはセットしてはいるけど、グラスホッパーの方がフィーリングに合うため、あまり使わない。カメレオンもセットしてはいるけど、トリオンの消費が大きいのでやはりあまり使わない。

彩笑は基本的にトリガー構成はこれで固定してます。

 

備考

地木隊のムードメーカー。

 

 

【挿絵表示】

 

 

*** *** ***

 

月守咲耶(つきもりさくや)

隊員 シューター兼ガンナー

男子

 

16歳(高校生)

9月28日生まれ

 

みかづき座 AB型

身長 172cm

 

好きなもの

・甘いもの

・気ままな散歩

・仲間と話すこと

 

外見

・サラサラとした黒髪

・優しげな黒の瞳

・中性的で整った顔立ち

・身体の線が細い

 

性格

優しい子です。

積極性は無いけど、積極性がある人(主に彩笑)をサポートする(させられる?)子。

時折イジワルにもなりますが、ある程度仲が良い人はそれを知ってます。

根っこには彩笑の『後悔したくない』と同様な『芯』になるものがあって、それに従って行動してます。

 

 

・戦闘スタイル

右がガンナーで左がシューターのダブルスタイル。

基本的にサポートメインの戦闘員です。

どちらかと言えばシューター派であり、両手シューターにして戦う時があります。

トリオン量は多め。月守≦出水です。

 

メイントリガー(右)

・ハンドガン:アステロイド

・ハンドガン:メテオラ

・シールド

・スタアメーカー

 

サブトリガー(左)

・バイパー

・メテオラ

・シールド

・バックワーム

 

ブラックトリガー争奪戦時のトリガー構成はこんな感じでした。ただし、月守はちょいちょいトリガーの構成を変えてきますので、固定はされていません。変わらないのはバイパーくらいです。

 

備考

地木隊で1番怒らせてはいけない人。

 

*** *** ***

 

天音神音(あまねしおん)

隊員 クロスレンジオールラウンダー(?)

女子

 

15歳(中学生)

6月4日生まれ

 

うさぎ座 B型

身長 155cm

 

好きなもの

・チョコレート

・苺

・褒められること

・地木隊のみんな

 

外見

・艶があり、癖のない黒のショートヘア

・わずかに碧みがかった黒い瞳

・色白な肌

・華奢な身体つき

・無表情なのが勿体無く思える可愛らしい顔立ち

 

性格

大人しい子。

喜怒哀楽が滅多に表情に出ない。

初対面だと『暗い子』だと誤解されがちだけど、根っこは素直で良い子。彩笑や月守、真香たちはその辺分かっているので普通に接してます。むしろ可愛がってます。

 

 

・戦闘スタイル

利き手である左側のメイントリガー以外はまだ定まっておらず、試行錯誤中。それゆえに戦闘力も不安定です。

地木隊の中では1番のスロースターター。

純粋な剣技のみに絞れば、太刀川に『中々のもの』と言わしめるくらいの実力は持ってます。

 

メイントリガー(左)

・弧月

・施空

・シールド

・無し(フリートリガー)

 

サブトリガー(右)

・メテオラ(フリートリガー)

・シールド

・バックワーム

・テレポーター(フリートリガー)

 

ブラックトリガー争奪戦時のトリガー構成はこんな感じでした。

割と多才なのですが、天音自身が自分の才能をまだフルに活かせていない感じです。実戦では月守がその辺をうまくフォローしてあげてます。

 

備考

地木隊メンバーにとことん愛されてます。

 

 

【挿絵表示】

 

 

*** *** ***

 

和水真香(なごみまなか)

隊員 オペレーター

女子

 

15歳(中学生)

11月18日生まれ

 

とけい座 A型

身長 168cm

 

好きなもの

・フルーツ全般

・読書

・買い物

 

外見

・腰まで届く長い黒髪

・ブラウンの瞳にメガネ着用(PC用)

・大人っぽい顔立ち

・身長の割には手が少々小さい

 

性格

穏やかな子。

感情豊かな方ですが、それを彩笑ほど表には出さない子です。

時折不思議な言動をします。

地木隊の縁の下から支えてくれる、良いオペレーターです。

 

 

・オペレーター

戦闘状況は浅く広くで常に把握している。

何か異変に気付いたり、メンバーからの疑問要望の対応はスムーズ。

元スナイパーということもあり、狙撃地点の割り出しの精度は優秀。ただし、突然のイレギュラーに対してバタつくことがあり、その辺はまだまだ先輩オペレーターには敵わない。

 

備考

地木隊で1番の常識人。

 



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第3章【冬休み】
第13話「コール」


プルルルル

 

冬休み前日の夜、自室で冬休みの課題に取り組んでいた月守の元に電話がかかってきた。

「もしもし?」

スマートフォンの画面すら確認せずに月守は電話に出た。

 

『あ、咲耶?ボクだけど』

電話をかけてきたのは彩笑だった。

 

「彩笑?なに?早速冬休みの課題に行き詰まったの?」

『ちがーう!ってか、そんなすぐにボクが冬休みの課題に手をつけると思ってるの!?』

「それもそうか」

月守は笑いながらそう言い、空いた右手でペン回しを始めた。

 

「それで?何の用?」

その問いかけに対して彩笑は即答した。

『んー、アンケート的な質問だよ』

と。

 

「アンケート?」

『うん。明日のお昼に、本部で各隊の隊長が集まって冬休み中のシフトの話し合いがあるんだけど、何か希望ある?この日は休みたいとか、この日はむしろ任務やりたいとか……』

そういえばそんな時期だったな、と、月守は思った。

 

どの隊も年末年始は休みたいために、この時ばかりは全隊長が招集されて、なるべく公平な状態にして休みの日を話し合うのだと言う。

 

ペン回しを続けながら月守は考えて、それから彩笑の問いかけに答えた。

「俺は特に無いよ。ただ、神音と真香ちゃんは今年受験生だし、冬休み中は毎回同じくらいの時間に防衛任務入れてあげた方がいいんじゃないかな」

『了解了解。……それにしても受験、懐かしいなー』

「ああ、去年は俺たちが受験生だったからね」

『咲耶覚えてる?防衛任務後に夕陽さんに呼び出されて何か急にテストやらされて……』

「覚えてる覚えてる。その2日後くらいに、『手が空いた時でいいから』って問題集渡されたやつでしょ?」

『そうそれ!それぞれの苦手なとこをピンポイントにまとめた夕陽さんお手製の問題集!』

 

2人はそうして去年の事をほんの少しだけ思い出すように語った後、話題を戻した。

『じゃあ、明日はそんな感じで会議出てくるから』

「ん、了解。頑張れ」

『頑張る。あ、そうだ!あと1個連絡あったんだ』

「何?」

 

月守はググッと体重を椅子の背もたれに掛けて、彩笑の言葉を待った。

『ちょっと急だけど、明日の10時から防衛任務入ったよ』

「了解……、って、あれ?明日の10時からって、確か玉狛支部が担当じゃ無かったっけ?」

明日のシフトを思い出して、月守はそう言った。

 

『うん、そうなんだけど……。それより咲耶、もしかして全部隊の防衛任務のシフト把握してるの?』

「んなわけない。たまたま覚えてたの。じゃあ明日の10時からってことは、代理?それとも合同?」

『合同。なんか明日運悪く防衛任務に入れるのが三雲くんしかいないみたいで、フォロー頼まれた。』

 

「……?」

その説明を受けた月守は少し疑問を覚えて、それを問いかけた。

「本当に三雲くん以外、任務に入れないの?」

『厳密に言えば、オペレーターの宇佐美先輩は大丈夫だって。レイジさんはボクと同じ会議で、迅さん、小南先輩、とりまるは皆手が離せない用事があるってさ』

「……ふーん。まあでも、どっちにしろ引き受けたんでしょ?」

月守は背もたれに掛けていて崩れていた姿勢を正しながら彩笑との通話を続けた。

 

『うん』

「だったらいいや。明日の10時でしょ?」

『そ。明日の午前10時ね。会議だからボクはいないけど、よろしく』

「了解。あ、そういえば、俺も1個連絡ある」

『うん?なになに?』

彩笑が真剣に耳を傾けたところで、月守はニコッと笑って言った。

 

「冬休みの課題は早めにやってね。夏休みの時みたく、ラスト一週間で片付けるとか無しだから」

 

『余計なお世話だよっ!あっ!あとついでに神音ちゃんには咲耶から連絡しといてねっ!』

電話の向こうの彩笑は楽しそうに笑い、電話を切った。

 

「連絡しといてって……、まあ、いいけど……」

月守はそのままスマートフォンを操作し、天音に電話をかけようとした。だが、

(ってか、今何時……?)

不意に月守は今が何時なのかを確認した。

 

スマートフォンの画面には、間も無く全ての数字が0に揃う直前の時間が表示されていた。

(……この時間だと電話って迷惑な気がする。ああでも、メールで気付かれなかったらそれこそ本末転倒だよな)

 

悩んだ末、結局電話をかけることにした。

 

プルルルル

 

そのコール音が、耳に当てたスマートフォンから何度も聞こえた。

「……寝てるかな」

コール音が10回を数え、月守は仕方ないと諦めてメールを送ろうとした。

 

その瞬間、

『ふぁい…………。どちらさま、でふか……?』

電話口から、眠そうでフワフワとした可愛らしい声が届いた。

 

月守は思わず破顔してから、言葉を紡いだ。

「月守です。こんばんは、神音。今、電話いいかな?」

 

『……………』

天音は月守の言葉に対して沈黙を挟んだあと、

『……つ、月守先輩ですか!?あ、あの、その……、こ、こんばんは!』

慌てた様子で答えた。

 

「神音、大丈夫?ビックリさせちゃったね」

 

『い、いえ、その……。ちょっ、ちょっとだけ、待ってください!』

天音の慌てた様子は収まらず、1度電話は切られた。

 

(……電話だけど、あんなに慌てた神音は久々だなー)

月守はそんな事を考えつつ、天音からの着信を待った。

 

1分ほどして、天音から折り返しの電話がかかってきた。

「もしもし?」

 

『……神音、です……。こんばんは』

電話口から聞こえてくるのは、いつものか細い天音の声だった。

 

月守は何となく、座ってた椅子から立ち上がって部屋の中をグルグルと回るように歩きながら天音との通話を続けた。

「夜遅くにごめんね。寝てた?」

 

『はい……。あ、あの……、何か用事、ですか?』

 

「うん。今、彩笑から連絡あってさ、明日の午前10時から合同の防衛任務入ったんだ。急だけど、いける?」

 

『……10時、ですか?えっと…、はい、大丈夫、です』

急な任務ながらも月守同様に天音は承諾した。

 

「ほんと?ありがとね」

 

『いえ、どういたし、まして。その他に、何か用事、あります、か?』

天音の確認するような声を聞き、月守は向こうから見えていないと分かっていても頭を振って否定した。

 

「ううん、用事はこれだけなんだ」

『あ、そうなん、ですね。了解、です』

今の天音の声は少しだけぼんやりとしていて、どこか眠そうであった。事情が事情とはいえ、起こして悪かったなと月守は思っていた。

 

「……起こしちゃって、本当にごめんね」

月守は申し訳なさそうに、再度そう言った。

 

『いえ、全然、大丈夫です……。けど……』

「……けど?」

言い淀んだ天音に対し、月守は続きを言うように促した。電話越しのせいか、気を抜けば聞き逃しそうなほどにか細い天音の声を、月守は聞き逃すまいと目を閉じながらその声を待った。

 

深呼吸するような音が聞こえた後、

 

『……目が、覚めちゃって、すぐには眠れそうに、ないです。なので、その……、もし良かったら、もう少し、お話しても、いいですか?』

 

天音はそう月守に懇願した。

 

 

懇願と言うには大げさな、天音の小さなワガママだった。

 

(んー、ワガママって言うと語弊があるかな…。なんだかんだで起こしたのは俺なんだし……)

月守はそんなことを考えつつ、

「……いいよ。それじゃあ少し、話そっか」

断る理由も無く、柔らかな声で答えた。

 

『ほ、本当ですか?ありがとう、ございます……!』

そう言う天音の声はさっきまでの眠そうな様子は無く、むしろ明るく弾んでるような気がした。

(神音の明るい声も、久々に聞いたな……)

そんな天音の明るい声につられるように月守の表情がやんわりとした微笑みのようなものへと変わった。

 

「何かある?聞きたいこととか、言っときたいこととか……」

 

『聞きたいこと……。んー……、あ……、月守先輩、冬休み中に、お暇な日、ありますか?』

 

「暇な日?」

以前彩笑にも同じ事を聞かれたなと、ぼんやりと思い出し月守は同じように答えた。

「防衛任務が入ってない日は暇だよ。それがどうかした?」

 

『えっとですね、その……。私、今年、受験生なんです、けど……、できれば勉強、教えてほしいなって、思って……』

 

「勉強?いいよ。俺で良かったら教えてあげるよ」

 

『あ、ありがとうございます……!あ、でも……』

 

「……?」

 

天音は躊躇ったような間を取ってから気恥ずかしそうな声で言った。

『その……、私、結構成績、ヒドいんです……』

と。

 

「……」

月守は一瞬だけ思案した後、

「ねえ、神音。今日の終業式が終わった後、どっかの部隊の隊長から呼び出しメールあった?」

そう問いかけた。

 

『……え?そんなメール、あったん、ですか?』

キョトンとした声で答える天音の反応を受け、月守は安堵した。

「ああ、だったら大丈夫。気にしなくていいよ」

『……???』

姿は見えないが、おそらく天音は意図が読めずに小首を傾げているのだろうと月守は予想した。

 

*** *** ***

 

あまり知られていないが、テストや受験時に成績がヤバイと判断が下された正隊員には呼び出しがかかる。正隊員の中でも成績優秀な者で編成されたチームによる、勉強会が開催されるのだ。

 

これは以前、A級1位に君臨する太刀川が大学の単位を落としそうになり、忍田本部長や風間が奔走する姿を目の当たりにした何人かが、

「太刀川さんの後を継ぐ者が現れる前にどうにかしなければ!」

「風間さんの負担を減らさなければ!」

という意思の元、自主的に立ち上げた取り組みである。

 

あくまでボーダーとしては非公式な取り組みであり、不定期な勉強会だが意外にも効果はあるようで、正隊員の中で致命的な赤点獲得者を生み出すことを防止できていた。

 

*** *** ***

 

月守はその取り組みに多少関わっており、それに天音が呼ばれていないなら、成績は大丈夫なラインなのだと判断した。

 

「……まあ、とにかく大丈夫だよ。明日、冬休み中のシフト決まるみたいだし、そしたら勉強会の日程決めようね」

 

『はい、分かりました。あ、それと……』

 

それから天音と月守は他愛もない話をしばらく続けた。

 

ここ最近の出来事や、どうでもいいような豆知識。

ついつい笑ってしまうような話や、思わず驚いてしまうような話。

トリガーの取り扱いや組み合わせ、思いつきの連携技。

 

本当に他愛もない話が続いた中、不意に天音が言った。

『……夜なのに、外、明るいですね』

と。

 

月守は部屋の中をグルグルと歩きながら通話していたが、天音に言われて窓の近くで足を止めて夜空を見上げた。

「ああ、本当だ。満月……じゃないな。ほんのちょっとだけ欠けてるけど、十分綺麗だね」

 

『満月は、昨日だった、みたいです。

……ねぇ、月守先輩。月って、幸せ者だと、思いません、か?』

無邪気な声で、天音は唐突にそう月守へと問いかけた。

 

「幸せ者……?」

訝しむように月守はその言葉の意味を尋ね、天音は無邪気な声のままそれに答える。

『はい。…ちゃんと、自分のことを、見てもらって、『綺麗だ』って、言ってもらえる、月は、幸せ者だと、思いませんか?』

 

「……そうだね」

月を見上げたまま、月守は天音の言葉を肯定した。

 

そしてわずかな沈黙を挟んだあと、

『……って、前に地木隊長が、言ってました』

天音は補足説明を加えた。

 

「え?本当?」

月守は困ったような笑みを浮かべて天音へと尋ねた。

 

『はい。といっても、地木隊長も、誰かの、受け売りだって、言ってました』

 

「あはは、だよね。ちょっと彩笑らしくないし」

笑いながら月守はそう言い、そしてそれにつられたのか、月守の耳には天音の笑い声も一瞬だけ聞こえたような気がした。

 

 

『……月守先輩、お話に付き合って、くれて、ありがとう、ございました』

月守の笑いが収まったところで天音がそう言い、電話を終わらせる意思を示した。

時間を見てみれば、電話を始めて30分ほどが経過していた。

 

「どういたしまして。……そろそろ寝ないと、任務に響きそうだもんね」

『はい…。任務、10時ですよね?』

「うん、そう。一応あとで、確認も兼ねてメールも送るよ」

『了解、です』

 

電話の向こうの姿は見えないが、いつもの天音の無表情を思い浮かべながら月守は電話を切るための言葉を紡いだ。

「……じゃあね。おやすみなさい、神音」

 

『おやすみなさい、です。月守先輩』

か細いその声が聞こえたところで、月守は電話を切った。

 

 

「……ふぅ」

月守は脱力するように息を吐きながらベットへ倒れこみ、天音への確認メールを送り、眠りについた。




ここから後書きです。

数話だけ原作で描写されていない冬休みの期間のエピソードを挟んだあと、正式入隊日の話に繋ぐ予定です。


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第14話「疑心」

『「……まあ、そんなわけで今日は玉狛との合同任務に参加することになりました。三雲くんに宇佐美先輩、今日はよろしくお願いします』」

「『よろしく、おねがい、します』」

 

翌朝の10時に差し掛かる、ほんの少し前に防衛任務の現場に到着した月守と天音は、先に現場にスタンバイしていた修と、サポートしてくれるオペレーターの宇佐美へと通信回線のチェックがてら挨拶をした。

 

『つっきーに天音ちゃん、こちらこそよろしく。急な頼み事なのにありがとね』

宇佐美の答える声は明るく、聞こえてくる音声もクリアなため回線の調子は良好であると月守は判断した。

 

「『いやー、全然大丈夫ですよ。任務入ってなきゃ、俺は基本暇ですからね』」

 

月守は小さく笑いながら答えたところで、

「あの……」

出会い頭から沈黙していた修が口を開いた。

 

「ん?何かな?」

 

「……いえ、なんでもないです」

何かを言いかけた素振りを見せた三雲だがそれを諦めて、

「今日の合同任務はよろしくお願いします」

しっかりと月守を見据えてそう言った。

 

月守はやんわりと笑みを作りつつも、

「こちらこそよろしくな、三雲くん」

修の目をしっかりと見て答えた。

 

握手を終えたところで時間を示す短針が10時を指した。

「月守先輩、10時です」

「ん、了解。それじゃ、防衛任務始めよっか」

 

玉狛支部と地木隊の合同任務が始まった。

 

*** *** ***

 

冬休み中のシフトを決める会議のために彩笑は本部内の会議室を訪れていた。意外な事に一番乗りであり、他にまだ人がおらず彩笑は寂しい思いを味わっていた。

 

(誰も来ない……。もしかして部屋間違えたかな……)

一番乗り特有の不安に彩笑は一瞬襲われたが、

「あら、彩笑ちゃん早いのね」

タイミング良く二番乗りとなる人物が部屋に入ってきた。

 

現れたのはボーダーA級6位加古隊の隊長である加古望だった。

「加古さん!おはようございます!」

「ふふ、おはよう」

彩笑はにこやかに笑いながら挨拶をして、隊服姿の加古は柔らかく微笑みながらそれに答えた。

 

加古は適当な椅子に腰掛けると同時に、

「今日は私服なのね」

そう彩笑に問いかけた。

 

今日の彩笑の服装は、ざっくりとしたニットにふんわりとしたスカート、ショートブーツという私服だった。

「はい。会議で私服ダメでしたっけ?」

「今日集まるのは隊長だけだし、別にいいんじゃないかしら?もしダメならトリオン体に換装して隊服着てる姿を選べばいいんだし」

「確かにそうですね」

そう言って彩笑はいつの間にか手元に持っていたトリガーホルダーをペン回しの要領でクルっと回した。

 

「彩笑ちゃんの私服って、何気に初めて見たかも……」

「あれ?そうですか?」

「多分……。彩笑ちゃんって、本部にいる時は学校の制服かチームの隊服じゃない?」

「確かに普段はその2択ですねぇ」

加古が言う通り、彩笑は本部にいる時は基本的に制服か隊服である。

 

「何か理由でもあるの?」

なんの気なしに加古は尋ねた。

 

彩笑は頬を掻きながら気恥ずかしそうに口を開いた。

「んー……、ケジメですかね」

「ケジメ?」

「はい。ボクは隊長っぽい振る舞いがあんまりできないので、せめて服装くらいはそれっぽくしようかなー、みたいな感じです」

 

苦笑いを浮かべながら言う彩笑に向かって、加古は呆れたような声を発した。

「振る舞いなんてあんまり気にしなくていいのよ。太刀川くんとか全然隊長っぽくないでしょ?」

「え、でも……。太刀川さんは戦闘指揮がすごく上手いですし….」

「それ戦ってる時だけじゃない。

戦闘以外の太刀川くんは色々とピンチよ。本人の名誉のために言わないけど、将来もし一緒にお酒でも飲む機会があればその辺りのエピソードを聞いときなさい。彼の逸話だけで一晩お酒飲めるから」

ズバッと切り捨てるように言ってみせる加古を見て、彩笑は思わず笑った。

 

そこへ、

「お、地木に加古さん。2人とも早いな」

タイミング良く噂の本人である太刀川が現れた。

 

「太刀川さんこんにちはー」

「おう。この前バトって以来だな」

「ですねー」

「あの時はしてやられたぜ」

「あはは、ごめんなさーい」

太刀川と彩笑はにこやかに笑いながら言葉を交わす。

 

「……この前?それっていつの話かしら?」

いつの話かピンと来ていない加古は2人に問いかけた。

 

2人が言っているのは、18日の黒トリガー争奪戦のことであったが、あれは一応極秘任務であったため加古が知らないのはある意味当然だった。

そして、

 

((あ、やっば。これって口に出したらダメなやつだった))

 

2人は同時にその事を思い出した。

 

なんとかしなければ、その思いで太刀川と彩笑はアイコンタクトを交わした。

(地木、なんとか誤魔化すぞ)

(あいあいさー)

意思疎通を果たした2人はアドリブで誤魔化すことにした。

 

「えっと……、この前ソロランク戦やったんです」

彩笑はとっさに一番怪しまれないであろう無難な案を出し、太刀川はそれに話を合わせた。

 

「あ、ああ。オレの任務終わった直後を狙われて、ちょっと焦ったぜ。まさか……、3本も取られるなんて思ってもみなかった」

「最終スコアは3対7ですし、ボクの負けですけどね」

「惜しかったけど、まだまだだったな」

即興にしては上手くいったような気がした2人は、加古の反応を待った。

 

「……ふぅん。そうだったのね」

とりあえず加古は納得したように言い、座った態勢でゆっくりと足を組んだ。

 

2人はひとまず誤魔化せたことにそっと胸をなでおろした。

 

しかしそれは罠だった。

 

加古はその様子を見てニヤリと笑い、

「2人とも、まだ嘘が下手ね」

虚をつくように言い放った。

 

「なっ……!?」

意表を突かれて太刀川は焦った。

(なんでだ?どこでバレた?)

太刀川の思考はグルグルと回るが、加古はそんな彼をあざ笑うかのように、

「……なんてね。カマをかけてみただけよ。でもその反応からすると、本当にウソついてたのね?」

にこやかに笑いながらそう告げた。

 

言われた瞬間、彩笑は脱力した目で太刀川に視線を送り、その太刀川は頭を抱えて近くの椅子に座り込んだ。

「こりゃ1本取られた」

「太刀川くんはまだまだね。その点、彩笑ちゃんはこれに引っかからなかったわ」

加古は横目で彩笑を見ながら感心したように言った。

 

彩笑は苦笑いを浮かべながら、引っかからなかった理由を口にした。

「最近はあんまりやらなくなりましたけど、その手のフェイクは咲耶がやるので、警戒してました」

「ああ、そういう事ね。昔、シューターの戦い方について研鑽してた頃、半分おふざけで月守くんにコレ教えたんだったわ」

自身のほおに人差し指を当てながら加古は懐かしむように言った。

 

「あ、そうだったんですか?」

意外なところで人と人とのつながりを見た彩笑は素直にそう口に出したが、

 

「うん、ウソよ」

 

加古はサラリと笑顔で答えた。

 

「………」

「………」

騙された太刀川と彩笑は目を見開いて唖然として加古を見つめた。

 

「……ぷっ!あっははははは!2人とも面白い顔してるわね!」

加古はその2人の視線に耐えかねて盛大に笑い出した。

 

「いや、加古さん流石にそれは無いわ」

「加古さんのイジワル!」

太刀川と彩笑に交互に抗議され、加古は両手をプラプラさせて反論した。

 

「ごめんなさいね。でも、最初に騙そうとしたのはあなた達よ?」

 

「ぐっ!」

「それはそうですけど……」

バツが悪そうに2人は視線を逸らす。

 

「……」

そんな2人を温かい目で見つめた加古は、柔らかな声で言った。

「まあ、何か事情があるみたいだし、それは聞かない事にするわ」

「ああ、サンキュー」

「加古さんすみません……」

 

それぞれ一言もらったところで、

「ああ、それと彩笑ちゃん。さっきの月守くんの話は本当よ。昔、ちょっとだけ指導してあげた時に教えたわ」

加古は訂正の言葉を付け加えた。

 

「……本当に本当ですか?」

「本当に本当よ。彩笑ちゃんは疑ってる顔も可愛いわね」

疑心暗鬼の表情をみせる彩笑だが、加古には人を警戒する子猫のように思え、たまらず頬を緩めた。

 

「ところで、その月守くんは元気かしら?」

話題を逸らすように加古は首を傾げながら質問した。

 

彩笑は依然としてむくれていたが、

「……ええ、まあ。今は玉狛支部と合同で防衛任務やってるハズです」

しぶしぶそう答えた。

 

*** *** ***

 

「はっくしょい!」

警戒区域内を巡回していた月守は不意にくしゃみをした。

 

傍を歩く天音が心配したように問いかける。

「風邪、ですか?」

「違うと思うけど……。まあ、気を付けとく」

「そうして、ください」

「了解……。っと、それで何の話だったっけ?」

月守は自身のくしゃみで逸れた話題を戻そうと天音とは逆側にいる修に尋ねた。

 

「……フォーメーションの話です。即興チームでどう戦うかっていう話でした」

「そうそれ」

修に言われて月守は思い出し、そのまま言葉を続けた。

 

「それでさ三雲くん。君って結局ポジションどこなのかな?装備的にはオールラウンダーっぽいけど、そういう扱いで考えていいの?」

月守は以前、監視任務中に修の戦い方を見ている。その時は、ブレードと弾を()()()()()戦闘員という印象であり、月守は修がどんなスタイルなのかまだ判断がついていなかった。

 

「……」

修は月守の問いかけにわずかな間を空けてから、

「えっと、気持ち的にはシューター……、のつもりです」

そう答えた。

 

(ポジションを言葉にすることに、躊躇いがある、か……)

月守は修のその言動に潜む意味を少々計り兼ねたが、今はそれを後回しにして話を進めることにした。

 

「シューターね。なら俺と同じだ。じゃあまずはポピュラーな布陣にしようか。神音がアタッカーの役割で前衛でメイン張って、俺と三雲くんでそれをフォロー。指揮はとりあえず俺がやる。これで1回様子を見るけど、それでいい?」

確認するように月守は尋ね、

「りょうかい、です」

「……分かりました」

天音と修はそれぞれ肯定した。

 

「ん、オッケー」

月守もそれに答え、3人の巡回は続いた。

 

 

「………」

「………」

「………」

会話も無く、3人は淡々と警戒区域内を歩きまわった。

 

「………」

「………」

「………」

一言も無く、3人は黙々と警戒区域内を歩きまわった。

 

「………」

「………」

「………」

無言のまま、3人は延々と警戒区域内を歩きまわったところで、

 

『宇佐美先輩助けてください。会話の糸口が掴めません』

月守は個別に通信回線を開いて宇佐美にヘルプを求めた。

 

『いやー、こっちでも観てたけど、ちょっとビックリ。天音ちゃんはともかく、つっきーはそんなに口数少ない子だったっけ?』

宇佐美は笑いの成分を含んだ声で月守の通信に応じた。

 

『話のネタならたくさんありますけど、三雲くんに話しかけられないです』

『うん?どゆこと?』

 

月守はポーカーフェイスのまま宇佐美の問いかけに答えた。

『……なんか、三雲くんが俺のことガッツリ警戒してるんです。こう、身構えるというか、俺の一挙手一投足を全部観察してる感じです』

と。

 

『警戒って……、なんで?』

『分かんないっす。しかも、彩笑がたまにやる露骨な警戒じゃなくて中途半端に隠された警戒なんで、余計謎です』

月守は困惑した様子で答えた。肩をすくめたいくらいであったが、それをすると天音や修に感づかれるため断念した。

 

相談を受けた宇佐美も真剣に理由を考え始めた。

(修くん、ちょっと大人しめだけど人見知りするような子ではないし、ましてやあんまり接点の無い人を警戒するような子でもない。となると、つっきーが何か言っちゃったのかな?でもそんなに変なことは少なくとも任務中は言ってないし……)

原因はもしかしたら月守の言動にあるかもしれない。宇佐美がそこまで考えついたところで、目の前のモニターにある表示とアラームが鳴り響いた。

 

それは仕事が始まる合図。

つまり、

『警戒して!近くにゲートが開くよ!』

ネイバーが警戒区域に現れる合図だった。

 

「今ばかりはネイバーが来てくれて助かった」

三門市を守るボーダー正隊員として、本来は言ってはいけないと分かっていても月守は思わずそう言い、そのまま指示をつなげた。

 

「じゃあ、2人とも。さっきの打ち合わせ通りにいくよ」

「りょうかい、です。月守先輩、フォロー、お願いします、ね」

「三雲、了解しました」

 

3人の視界にゲートが開き、それぞれが構え、戦闘が始まった。




後書きです。

加古さんがどういう性格なのかまだ掴み切っていないのですが、登場させてみました。戦い方を見ればそのキャラの性格が出るので、本格的に加古さんが戦う場面を早く見たいです。

あと先日、夢の中で奈良坂先輩にイーグレットで撃たれる夢をみました。しかも至近距離。これは出番を増やせということなのでしょうか。

読んでいただきありがとうございます。今後とも頑張っていきます。


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第15話「それぞれの思惑」

ゲートが開き、そこから現れるトリオン兵を月守は片っ端から把握していった。

(モールモッドが3体、バンダーが1体、バムスターが2体か……)

後衛でしっかりと構えて全体を把握する月守とは対照的に、天音は相手のことなどお構いなしと言った様子で、右腰に差した弧月に左手を添えて一気に間合いを詰めた。

 

間合いに侵入してくる天音に対応すべく、モールモッドが行動を始めた。

 

モールモッドは自動車ほどのサイズに4本の足と2本のブレードを装備した戦闘用トリオン兵であり、ブレードの高い硬度を活かした攻撃が持ち味だ。

 

天音を迎撃するために行動を始めたモールモッドとほぼ同時に月守も攻撃の用意に入った。

(バイパー)

構えた左手からトリオンキューブが生成され、それが64分割された。

 

(今動いてるのはまだモールモッドだけ。多分もう少ししたらバンダーが砲撃の用意に入って、バムスターは左右に散って動き出すかな……)

バイパーの弾道を設定しながら月守は全体の流れを予想するが不意に、

(ん?そういえば三雲くんはどこで何してる?)

把握し損ねていた修の存在を思い出した。

 

修がどこにいるのか、その意識が月守に沸いたとたん、辛うじて視界の端っこにフレームインしていた修に気付いた。

月守の右側にいたが、行動は特に開始していなかった。強いて行動を挙げるとしたら、レイガストをシールドモードにして展開していることくらいだった。

(様子見か?まあ、初見で連携組むって方が無理か……)

ひとまず修の行動を視野に捉えた月守は、天音をフォローすべくバイパーを放った。

 

天音は3体並んでいる内の真ん中のモールモッド目掛けて攻撃を仕掛けるが、それに反応した3体のカウンターの一振りが放たれる。しかし、

 

ドドドドドっ!

 

その一振りの初動を封じるように月守のバイパーがモールモッドに突き刺さった。決して高威力では無いが、タイミングを合わせたそのバイパーはモールモッドの動きを確実に止めた。

 

「ん」

ほんの一瞬、無防備に限りなく近い状態で動きを止めたモールモッド目掛けて天音は弧月を居合切りのように抜刀し斬りつけた。

 

ズガンっ!

と、天音の鋭く速い一太刀は目の前のモールモッドを両断した。

 

1体撃破の余韻に浸ることなく、天音は次の攻撃へと移った。

「施空弧月」

弧月を振り抜いたと同時に、弧月専用オプショントリガーの『施空』を起動し、右側にいるモールモッド目掛けて返す刀の要領で振るい、1体目と同様に両断した。

 

(これで残りは計4体)

月守は冷静に戦況を把握し、指示を出した。

 

「神音はそのままモールモッドと戦って。三雲くんはバンダーの砲撃を最警戒しつつ、バムスターの動きもそれとなく把握して」

「りょうかい、です」

「はい!」

 

指示を出し終えた月守は右のメイントリガーも起動し、ハンドガンを構え、同時に左のサブトリガーにも再びバイパーのトリオンキューブを生成しスタンバイさせた。

 

天音の追撃の動き出しよりも、ほんの一瞬だけ早く月守はモールモッド目掛けてハンドガンの引き金を引き、アステロイドを放つ。

 

放ったのは4発。月守の狙いはモールモッドの脚であり、放った4発の内の1発が脚の付け根を穿った。脚を損傷しモールモッドはグラッとバランスを崩し、

「ここ」

そのタイミングで天音はモールモッドの懐に潜り込み、弧月を下段から上へと振り抜いた。

 

鮮やかと言ってもいいほどの斬り口からはモールモッドの内蔵トリオンが勢いよく溢れ出し、活動は停止した。

 

(次!)

月守は次のターゲットに意識を向けた。

 

バムスター2体は左右に散るような動きでまだ攻撃してくる様子ではないが、バンダーは砲撃の態勢に入っていた。バンダーの砲撃に警戒するように言われた修は、レイガストのシールドモードを完全に盾として構え、その影でアステロイドをトリオンキューブ状にしてカウンターの用意をしていた。

 

(前見た時と同じか。ソロだったらそれが1番確実なんだけど……。まあ、いいや)

バンダーの狙いは修らしいことが分かったところで、月守はフリーに動いているバムスター目掛けてバイパーの弾道を引いて放った。

 

バイパーは正確にバムスターにヒットし、その2体の注意が月守へと向く。

2体の視線が月守へと向けられ、2体に共通の死角が生まれる。

 

「さすが、です」

天音はその死角にある民家の屋根の上にテレポーターで移動した。

 

バムスターの視界と意識の外にいる天音は慌てることなく、弧月を構えてオプションである『施空』を用意し、

「ん」

鋭い一振りを繰り出した。

 

施空によってリーチが延長され速度に乗ったその一太刀は、難なく、とまではいかないがバムスターを2体まとめて首を斬り落とした。

 

ゴトリ、と、バムスターの首が地面に落ちると同時に、残った1体であるバンダーの方も勝負がほぼ決まった。

 

ボッ!

と、放たれたバンダーを砲撃を修は盾としたレイガストでしっかりと防ぎ、控えていたアステロイドを放った。

 

(おお、前より正確な射撃……)

月守が以前見たときよりも射撃の精度が上がっており、一層正確にバンダーの目を撃ち抜いた。

弾痕からトリオンが吹き出し、バンダーの態勢が崩れる。まだ辛うじてだが活動は止まっておらず、追撃の必要があった。

 

「三雲くん!止めは任せた!」

止めは誰でもよかったのだが、距離的に修が1番近くにいたため、月守は修にそう指示を出した。

 

「分かりました!……『スラスター』、オン!」

指示を受けた修は盾として扱っていたレイガストをブレードモードに戻し、オプショントリガーである『スラスター』を起動させた。

『スラスター』はレイガスト専用のオプショントリガーであり、ブレードからトリオンを噴出することにより斬撃を加速させるトリガーだ。

 

スラスターにより加速されたレイガストを修は勢いよく振るう。

「うぉおおお!」

修のその一撃はバンダーの目を正確に捉え、見事に両断した。

 

(……斬撃、前に見たときはまだぎこちなかったけど、これもだいぶ良くなってるな)

月守は修への評価を固めつつ、全体をぐるりと見回した。

 

視界に入るのは活動を停止したトリオン兵が計6体であり、念のためレーダーをチェックするがトリオン兵の反応は無かった。

「殲滅完了っと……」

それを確認した月守は宇佐美に連絡を入れた。

 

『宇佐美先輩、とりあえず戦闘終わりました。回収班、呼んでもらってもいいですか?』

 

『了解〜。……と言っても、もう向かわせてるからちょっとだけ待っててね』

 

宇佐美の仕事の手際の良さに感心しつつ、

『了解です』

月守は短くそう返事をした。

 

「……えっと、2人ともお疲れ。回収班が今こっちに向かってるから、それまで現場待機ね」

「はい」

「分かりました」

ひとまず月守は天音と修にそう指示を出した。

 

「………」

「………」

「………」

再び3人の間に沈黙が訪れようとしたが、

 

「あ、神音、ちょっといい?」

「はい」

回収班が来るまでの間の時間を使って、月守はさっきの戦闘で気になった事を尋ねた。

 

「……さっきはアタッカーとして動いてって指示出したけど、どうだった?次からはシューターの選択肢が入っても行けそう?」

「あ、はい。…ちょっとまだ、ぎこちない、かも、しれないです、けど、やってみたい、です」

月守の問いかけに、天音は感情が読み取れない無表情ながらも、自信なさそうにそう答えた。

 

天音神音は未だに戦闘スタイルが定まっていない。あらゆるスタイルを試行錯誤しつつ、今はメインに弧月、サブ側にシュータータイプのメテオラというオールラウンダー型のスタイルを扱っていた。アタッカーとしての経験はそれなりの天音だが、シューターとしては1ヶ月も経っていない。今がちょうどシューターとしての技術をある程度覚え始めた時期であり、それを積極的に行使したいがために戦闘に柔軟性を損なう時期であった。

 

実際、先日の三輪たちとの戦いでも途中からシュータースタイルを絡めてからは戦闘がぎこちなくなり、月守の指示にいつも以上に頼る結果に繋がっていた。

 

そのためここ数日の任務では、あえて『アタッカー』か『シューター』とスタイルを明確に分けて戦っていたのだが、ここで天音は1度2つを合わせたオールラウンダーとしての戦闘スタイルに戻すことにした。

 

月守は天音の考えに反対することなく、肯定した。

「ん、オッケー。でも、任務中の戦闘は安全優先でいいから無理しないで。出来るだけフォローはするからさ」

「はい、分かりました。頑張ります、ね」

平坦な声で答える天音だが、それは普段からの平常運転なため月守は特に気にすることはなかった。

「あはは、頑張ってね」

ただそう言って、自然な動作で天音の頭をポンポンと撫でた。

 

心なしか表情が柔らかくなった(ような気がした)天音を見た月守は、続けて修とも少し話をしようとしていた。

 

だが、

「あ、あの……、月守先輩」

意外な事に、修から月守へと声をかけてきた。

 

背後から声をかけられた月守は一瞬だけ驚いたが、修の方へと振り返る頃にはやんわりとした笑みを作っていた。

「ん、何かな?」

月守の問いかけに、修は意を決したように答えた。

 

「……少し、話したいことがあるんですが、よろしいですか?」

と。

 

依然として警戒したままだなと、月守は感じつつもその笑みを崩さず、

「いいよ。俺も少し、君に言いたいことがあったからさ」

そう、答えた。

 

*** *** ***

 

トントントン、と、会議の進行役である沢村は資料の束を机で整えてから口を開いた。

「これより15分の休憩を挟みます。休憩後は割り振られたシフトの細かい調整や変更を行う予定となっております。……それでは、休憩にかかってください」

 

沢村の指示を受け、A級8部隊とB級20部隊、そしてランク外1部隊の隊長がそれぞれ休憩に入った。

 

「地木、ちょっといいか?」

休憩に入ると同時に、玉狛第一の隊長を務める木崎レイジが彩笑に近付き、声をかけた。

 

「はい、なんでしょう?」

ちょこんと小首を傾げながら彩笑はそう言い、木崎はそれに応じた。

 

「今回は防衛任務を手伝ってくれて助かった。まだその礼を言ってなかったから、今言っとこうと思ってな」

「あはは、別にいいんですよー、そんなこと。レイジさんはやっぱり真面目ですねぇ」

ケラケラと笑いながら彩笑は答えたが、声のトーンと声量を下げて言葉を続けた。

 

「……それに、ボクたちはそちらの空閑くんを狙ってたっていう負い目もありますからね」

と。

 

レイジもそれに合わせて声のトーンと声量を下げて会話を続けた。

「それは途中までなんだろ?迅から聞いたが、命令に逆らって三輪たちと戦ったんだってな」

「ええ、まあ。……ほとんどボクの独断ですけどね」

「それでも助かった。さすがの迅でも、遠征組に三輪隊、それに地木隊相手は無理だったろう。…特に、迅と天音は相性が悪いからな」

「……そうですね。でも、全盛期の神音ちゃんならともかく、今はスタイルがまだ噛み合ってなくて制限もありますから、多分勝てないですよ」

彩笑はそう言いながら、この話題はここまでだと言わんばかりにわざとらしく咳払いを1つ入れた。

 

「ま!とにかくレイジさんはあんまり気にしなくていいんですよー」

ケラケラと笑いながら彩笑はそう言い、完璧にさっきまでの話題を断ち切った。

 

レイジが小さくため息を吐いたのを見て、彩笑はさらに言葉を続けた。

「順調ですかね、防衛任務」

「……戦力的には問題ないだろう?」

「戦力的には確かに問題無いですよー」

そう言って彩笑は意味ありげな笑みを浮かべた。

それを意味深に感じたレイジはその意味を問いかけた。

 

「どういうことだ?」

「あはは、深い意味は無いですよ?ただ……」

彩笑は一度そこで言葉を区切り、その笑みのまま言葉を続けた。

 

「……仲良くできてればいいなぁ……って、思っただけですよ」

 

と。

 

レイジはその笑みの奥に、ほんの少しだけ心配するような色が浮かんでいたことに気付いたが、あえてそれを言わないでこの会話を終わらせた。

 

 

 

 

 




ここから後書きです。

最近、キャラクター同士の会話を考えると、いかにそのキャラクターについて理解が浅いかを痛感します。
「この子はこんなこと言うかな?」
とか、
「この子はどんなこと考えてるんだろう?」
とか、悩みます。

でもそこがまた楽しかったりします。

今回は更新に少し間が空いて申し訳ありませんでした。
おそらく今年はそう頻繁に更新できないかもしれませんが、頑張っていきます!


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第16話「鈍い人」

月守は修に言われるまま付いて行き、気付けば天音とはだいぶ離れた場所まで来ていた。

「なんかあれだね。体育館裏に呼び出される気分だよ」

「……呼び出されたことがあるんですか?」

なんの気なしに言った言葉に、修は律儀に反応した。

 

「男子と女子にそれぞれ1回ずつあるよ。男子の時は理不尽な言いがかりで、女の子の時は告白だったなー」

「……なんか、両極端ですね」

「いやー、あれはビックリしたよ。どっちも笑って躱したけどさ」

月守はその時の事を思い出しながらケラケラと笑った。

 

そうしたどうでもいいような会話の交わしつつ、2人は修が倒したバンダーの辺りまでやってきた。

 

「それで?話って何かな、三雲くん?」

月守は再び修に目線を合わせて、尋ねた。

 

その問いかけに対し、修は躊躇った素振りを見せた後、

「……す、すみませんでした!」

何故かいきなり、勢いよく頭を下げて謝罪した。

 

「……へ?」

まさかの展開に月守は驚き、思わず間抜けた声を発してから詳細を尋ねることにした。

 

「えーっと、み、三雲くん?話が見えないから順番に説明してくれるかな?」

慌てながら月守は自身を落ち着かせるのも兼ねて修にそう言った。言われた修はゆっくりと頭を上げてから、その理由を口にした。

 

*** *** ***

 

「……」

一方、月守と三雲に置いていかれた形になった天音はその場で待機していた。

 

「…………」

手持ち無沙汰になり、鞘に収めていた弧月を左手で抜き、腰に差していた鞘も右手で取り外し、それを曲芸のようにクルクルと回し始めた。

この手の曲芸は彩笑がたまにやるのを見よう見まねで天音は覚え、度々練習していた。もっとも、彩笑がやる時は弧月ではなくナイフ状のスコーピオンであるため、全く同じというわけにはいかない。似ても似つかない、天音オリジナルの曲芸だった。

 

そこへ、

『やっほー、しーちゃん元気ー?』

不意打ちに等しいタイミングで本日地木隊で唯一オフであったはずの真香から連絡が入った。

 

そしてそれに驚いた天音は思わず、曲芸を誤り鞘を掴み損ねて足元に落とした。

「あ……」

『ん?どうしたの?』

『「……ううん、なんでも、ないよ」』

天音は淡々とそう言い足元の鞘を拾い上げ右腰に戻し、弧月をそこへ納めた。

 

『そう?ならいいんだけど……』

『「……ところで、真香、どうしたの?緊急の、連絡?」』

『ううん?みんなそれぞれ仕事あるのに私だけお留守番させられて暇だから、暇つぶしに連絡しただけだよ?』

あっけらかんと真香はそう言った。

 

仮にも今天音たちは任務中ではあるので一種の妨害扱いに当たるのだが、

『「……今は、敵、いないから、いいけど。ゲート、開いたら、切って、ね?」』

『分かってるって』

曲がりなりにも天音は1人で放置され寂しかったためそれで手を打った。

 

天音が手近な壁にもたれかかったところで、真香が尋ねた。

『どう?玉狛の三雲くんとの防衛任務は?』

『「順調、だよ。さっき、6体同時に、攻めてきた、けど、問題、なかったから」』

先ほどの戦闘を思い出しながら天音は真香に報告した。

 

『6体同時?フォーメーションはどんな感じ?』

『「えっと、私がアタッカー、やって、月守先輩が、フォローしてくれて、それで倒し損ねた、やつを、三雲くんが倒す、感じだった、よ」』

『んー、まあ初めてで連携組むって方が難しいし、妥当だねぇ』

何故か通信越しの真香の声は楽しそうに聞こえるな、と、天音はぼんやりと思った。

 

『あ、ところでさ。こっちからレーダーの反応見る限りだとしーちゃんと月守先輩たちって離れてるけど、何かあったの?』

唐突に真香は話題を変えて天音に問いかけた。

 

『「なんか、2人でお話し、するって、行っちゃった」』

『話?なんの?』

『「分かんない」』

天音は首を振りながら答え、言葉を続けた。

『「でも、なんでか、三雲くんは、月守先輩を、警戒してた、から、もしかして、それが関わってる、かも……」』

 

警戒、という単語を聞いた真香はすぐに天音に問いかけた。

『ねえ、任務前とか任務中に、何か話した?』

『「うん。簡単な自己紹介と、フォーメーションだけ、話した、よ」』

『それだけ?』

『「うん」』

 

そしてその天音の言葉を受けた真香は、

『いや、だったら三雲くんが月守先輩を警戒するのは当然でしょ?』

と、当たり前の事を確認するようにそう言った。

 

あまりにもサラリと真香が言ってのけたので、天音は反応が遅れた。

『「え、え?な、なんで?なんで、真香、分かる、の?」』

『えー……、むしろ私からすれば分からない方がなんでって感じなんだけど…』

『「う、うそ……?月守先輩も、理由、分かって、なかったみたい、なのに……?」』

『はい!?ウソでしょ!?』

無表情かつ平坦な声だが、それなりの付き合いである真香には通信越しでも天音が狼狽えているのが分かったが、真香の驚きはそこではなかった。

 

『月守先輩もなんで分かんないかなー……?変なところで鈍いなぁ、あの人も……』

地木隊作戦室にいる真香は思わず突発的な頭痛により頭を押さえて、うな垂れた。

 

そんな真香に向かって天音は詳細を教えるように要求した。

『「ね、ねぇ真香。1人だけ、納得してないで、私にも、教えて」』

『まあ、教えるけど、これ本当はちょっと考えれば分かることだからね?』

そう前置きをしてから、真香はどうすれば分かりやすいか一瞬だけ思考し、天音に説明した。

 

『……まず、月守先輩と三雲くんの接点ってなんだと思う?』

『「えっと…、前に、任務で、監視してた、のと、されてた、こと?」』

 

確かに以前、地木隊は三輪隊と共に任務で修を監視していた時があった。接点はむしろ、それくらいしかない。

だが、

『半分正解だけど半分不正解、ううん、()()()。確かにそれもあるけど、もしそれが原因で三雲くんが警戒するなら、しーちゃんもの警戒の対象にならないとおかしいでしょ?』

『「あ、そっか……」』

『うん。でも目の付け所は悪くないよ、しーちゃん』

天音の考察を軽く褒めた真香は、その不正確な部分を正すことにした。

 

『じゃあ次ね。月守先輩にはあって、しーちゃんには無い三雲くんとの接点は何かな?』

『「……その任務中に、直接会ったか、会ってないか、かな?」』

『んー、惜しい。あと一歩進んで』

『「?」』

天音は真香の言われるままに一歩進んだ。

 

『いや、しーちゃん。そういう物理的な一歩進むじゃなくてね、比喩的っていうか思考的に一歩進んでほしくて私は言ったつもりなの』

『「あ、そういう、こと?」』

天音はキョトンとした声でそう言い、

『出たよ、しーちゃんの突然の天然ボケ』

真香はそんな天音が面白くて作戦室で1人笑っていた。

 

『「も、もう……。そこまで、笑わなくても、いいじゃん」』

ほんの少しだけむくれた声を天音は届け、真香は笑いながらも『ごめんごめん』と謝罪した。

 

『えーと……。まあ、しーちゃんの意見でほぼほぼ合ってるんだけど、より厳密に言うと《空閑くんと戦ってるか否か》ってことなんだよね』

『「……え?うん、まあ、そう、だけど…。それで?」』

確かに真香が言う通り、天音はその日は模試を受けていたため遊真とは戦っていない。戦ったのは月守と彩笑だった。

 

天音は再度壁にもたれかかりながら真香に続きを促した。

 

しかし、

『いや、それで?って言われても多分これが答えだよ、しーちゃん』

真香はそれこそが答えだと、言った。

 

『「……???え?な、なんで、それが、答えに、なるの?」』

至極真面目に天音はそう言ったのだが、通信越しの真香は盛大にため息を吐いた。

 

『あのね、しーちゃん。今から私が言うことを想像してね』

『「うん」』

そう言われた天音はより正確な想像のために、一度瞳を閉じた。

 

『……しーちゃんは休日に、月守先輩と地木隊長と一緒にお買い物をしてました』

『「うん」』

 

『途中で休憩したら、……んー、そうだな、いきなり人型ネイバーが現れました』

『「……あ、うん。はい」』

一緒戸惑いながらも天音は真香に言われたことをイメージし続けた。

 

『みんなは何とか説得しようとしたけど相手は聞く耳を傾けないで、いきなり戦闘を仕掛けてきました』

『「うん。相手は、どんな、トリガー、使うの?」』

純粋な疑問を天音はぶつけた。

 

(今そこは重要じゃないんだけどなー……)

真香はそう思いつつも即興で、

『んー……、なんかこう……、トランプ的なカードで戦う感じのやつ』

そう提案した。言いながら、

(これはないな)

と思ったが、

『「ん、分かった」』

天音はそれで納得したようで真香は話を進めることにした。

 

『相手は少なくとも、手は抜かないで戦闘を仕掛けてきて、しーちゃんたちはそれに応戦してる』

『「うん」』

『でも相手は急に戦闘を止めて、またまともに話を聞かないで帰りました』

『「え?……あ、うん。なんか、勝手、だね」』

『……そうだね』

真香としてここまで言えば分かるとは思ったのだが、通信越しの天音はまだピンときていないようだった。

 

(しーちゃんもだけど、月守先輩と地木隊長も妙に人との繋がりに関することは鈍いんだよね……。みんな、理由は違うだろうけど……)

そんなことを考えつつ、真香は天音に根気よく説明を続けた。

『うん、まあ、しーちゃんからすれば、勝手に見えるよね。じゃあ、そんな人がまた目の前に現れて、何食わぬ顔で一緒に任務をやるって言ったら、どう思う?』

『「あ……」』

天音はそこまで言われて、ようやく修が警戒する理由を理解できた。

 

真香の例え話は、修から見た地木隊を天音の視点で見えるようにした話だった。そんな天音(修)から見た人型ネイバー(地木隊)は、確かに良い印象ではなかった。いや、むしろ、最悪である。そんな相手と一緒に任務やるなど、警戒しない方が難しかった。

 

(少なくとも、私なら、警戒、する)

天音はそう思うと同時に、真香に通信を入れた。

『「月守先輩、三雲くんと、2人で、大丈夫、かな」』

 

『んー、どうだろうね……。

まあ、基本的に月守先輩は敵に回さない限りは警戒するのがバカらしくなるくらいに人畜無害な人だし、もしかしたら三雲くんも考えを改めてるかもしれないよー?』

 

真香はケラケラと笑いながらそう言い、あまり心配はしていないようだった。

 

*** *** ***

 

「……と、いうことです。今まですみませんでした!」

天音と真香が会話していた頃、修は一通り月守に話し終えていた。

 

「んー……」

月守は自身の理解が正しいかの確認も兼ねて、修の言ったことを要約することにした。

「つまり……。旧弓手町駅での戦い以降、三雲くんは俺のことを『いきなり戦闘を仕掛けてくる上に話を聞かない危ない人』として警戒していた。でも、今日一緒に任務をしてみたら案外そうでもないかも?って思い直してきて、そしたら今まで警戒していたのが申し訳なく思えたから謝りたくなった……、って、ことで、良いのかな?」

と。

 

真香の予想は見事に当たっていたのだ。

 

月守の要約を聞いた修は再び頭を下げながら、

「そうです。すみませんでした」

再度謝った。

 

だがそれを見た月守は、

「……いや、別に三雲くんが謝る必要、どこにも無くない?」

首を傾げながらそう言った。

 

「……え?」

「うん、無いだろう?だって三雲くんは今回の件に関しちゃ、被害者とかに当たるんじゃないかな?だから本当は俺と彩笑に文句の1つや2つくらい言ってもいいし、謝るならどっちかと言えば俺たちさ」

 

そこで真面目な顔を見せた月守は、

「……あの時は任務だったとは言え、君の友達を襲撃して申し訳なかったよ、三雲くん。後日、うちの隊長も連れて正式に謝罪に向かう」

そう言って深々と修に向かって頭を下げた。

 

「え、いや、あのその…」

月守の行動に今度は修が驚いた様子を見せた。

 

「えっと……、つ、月守先輩。とりあえず頭を上げてください」

言われてた通りに月守は頭を上げて、修をしっかりと見据えて口を開いた。

「言い訳っぽいんだけどさ……。俺はどうもその辺の感覚が疎くて、人に嫌われるのに慣れてしまってるというか……。とにかく、気づくのに遅れた上に、配慮に欠けていた。申し訳なかった」

どこか不器用な言葉ではあるが、その言葉に修は月守の意思を感じ取ったのか、

「……いえ、元はと言えば、ぼくの一方的な思い込みから始まったことなので…。ぼくの方こそ、申し訳ありませんでした…」

修もそう言い、月守同様に再び謝罪した。

 

しばらく2人とも相手を見据えていたが、

「……ぷ」

「は、はは」

「「あはははは!」」

どちらからというわけでも無く、何故かどこかおかしく思えて笑い始めた。

 

「なんだろうな、これ。お互いに変に気張ってたとか、そんな感じかな」

「そうかも、しれないですね」

お互いに力が抜けたのか、さっきまでの緊張感を緩めて2人は会話できていた。

 

「いやでも、本当に俺たちが悪かったからさ。いつかちゃんと謝りに行くよ」

「はい、分かりました」

「ありがとう、三雲くん。……とりあえず戻るか。うちの神音が心配してるかもしれないからさ」

月守はそう言いながら、ここまで来たルートを後戻りしていき、修もそれに付いて行った。

 

その途中で不意に、

「……あ、そういえば月守先輩も、何か言いたいことがあるって言ってませんでしたか?」

修はここに来るまでの会話を思い出して尋ねた。

 

「んー、そういえばあったなー、言いたいこと」

「それって、結局なんだったんですか?」

「うん、さっきの戦闘で気になったことだよ。まあ、三雲くんは集団戦で戦うのはあんまり経験無いだろうから仕方ないけど、あの状況でバンダーの正しい対処法は……」

月守が言葉を紡ごうとしたその瞬間、

 

警戒区域内に警報が鳴り響いた。

 

「お……」

「警報!?ということは……」

「敵さんのお出ましだ」

ちょっと頻度が高いなと思いつつ、月守は慌てずオペレーターの宇佐美へと通信回線をつないだ。

 

『宇佐美先輩、ゲートはどこに開きますか?』

『つっきーの近くに2つ、天音ちゃんの近くに1つなんだけど、ちょっとマズイかも……』

『……?どうしてですか?ゲート1つ分くらいのトリオン兵なら、神音は余裕で対処できますよ?』

その疑問に宇佐美は即答した。

 

『問題はそこじゃないの。もう回収班が来てるから、戦闘に巻き込んじゃうの』

『なっ……』

そういえばまだ回収班が来ていなかったと月守は思い出し、そこからすぐに頭を回して天音に指示を出した。

 

『神音聞こえる?』

『はい、聞こえて、ます』

『ん。宇佐美先輩が言ったけど、もう回収班来てるんだよね?』

『はい。もう、作業、取り掛かってて、すぐには、逃げられそうにも、ないです』

『うん。だからお願い。すぐに逃げられない回収班を守ってあげて。一応、彼らも護身用トリガーは持ってるはずだけど、油断しないでね』

『了解、です』

天音が了解したことを聞き届けた月守は続いて宇沙美へと指示を出した。

 

『宇沙美先輩。神音と回収班へのオペレートをお願いします。俺と三雲くんは気にせず、回収班優先で指示をお願いします』

これは月守が宇佐美に対して出した指示であり、当然ながら月守は返ってくる声は宇佐美のものであると思っていた。だが、

 

『了解です。宇佐美先輩にはあちらのオペレートをやって貰うので、月守先輩たちのオペレートは私がやりますね』

何故か返ってきた声は宇佐美では無く、いつも聞き慣れた地木隊オペレーターの和水真香の声だった。

 

『あれ?なんで真香ちゃん?』

『いやー、1人作戦室でお留守番が暇だったので、その暇つぶしにしーちゃんに連絡して遊んでたらこんな事態になりましたし?オペレーター1人では厳しい事態なのでお手伝いしようかなと』

驚く月守とは対照的に、通信越しの真香はイタズラが成功した子供のような笑い声だった。

 

しかし月守はすぐに思考を立て直しながら言った。

『……まあ、細かいことは後回しでいいや。じゃあ真香ちゃん、俺と三雲くんのオペレートよろしくね』

『了解です。三雲くん、よろしくね』

急に呼ばれた三雲はワンテンポ遅れたが、

『あ、はい!分かりました!』

そう返事をした。

 

警戒区域内に、黒い稲妻のようなものが走り徐々にネイバーが現れるゲートが形成されていく。

「ほぼ即興のタッグだから、作戦はシンプルに行くよ。俺が相手の態勢を崩すからそこを突いてくれ」

「はい!」

 

2人の態勢が整うと同時に、2つのゲートが完成しトリオン兵が姿を現わした。

先ほど相手にしたのと同じ『バンダー』が2体、そこにいた。

 

『相手はこれだけかな?』

すかさず月守は真香に問いかけ、即答した。

『これだけです。ちなみにしーちゃんの方はバムスター1体だけです』

『ん、ありがと』

そして月守はバンダーに意識を向ける。

 

「ちょうどいいや。三雲くん!アステロイドを用意して!」

バンダーを見据えたまま、月守は修に指示を出す。

 

「わ、分かりました!」

言われるまま修はアステロイドをキューブ状に展開した。その展開が終わると同時に、月守は続けて口を開いた。

 

「三雲くん、さっきの続きだけど」

バンダーの眼の部分が光り出し砲撃の用意が始まるのを見ながら、月守は構えた左手にトリオンキューブを出現させた。

 

「バンダーの砲撃をしっかりと防いでから反撃っていうのは対処法としては間違ってないんだけど、あれはどっちかといえばソロ戦での対処法だ」

バンダーは砲撃の用意を整えているが、しかし月守は慌てること無く言葉を紡ぐ。

 

「まあ、元を辿れば俺の『警戒して』って指示が悪かった。全員が全員、バンダーの砲撃を警戒してるわけじゃないから、ただの砲撃でも不意打ちになりかねない。だから……」

そこまで言ったところで、バンダーの砲撃用意がほぼ完了した。その長い首が、発射のために少し仰け反る。

 

そして月守はそのタイミングを突くように、

「砲撃前に潰すこと」

そう言いながら用意していたバイパーを放った。まるで矢のように速く、それでいて宙空を自在に駆け巡るバイパーは正確にバンダーの眼に当たり、砲撃をキャンセルさせた。

 

(……!さっきの戦闘でも思ったけど、月守先輩のバイパーの精度はすごく高い……!)

シューターはその性質上、弾の命中率は心許ないものであるはずだが、月守はそれに反して正確な射撃をしていた。

 

その事実に修は驚き動きを止めたが、

「よし、三雲くん、止めどうぞ」

月守はやんわりとした声でそう言い、止めのアステロイドを放つことを促した。

 

「あ……、はい!『アステロイド』!」

修は砲撃がキャンセルされ動きが鈍くなったバンダー2体目掛けてアステロイドを放つ。

 

ドドドドドッ!

 

その射撃は月守ほどではないが正確に眼を穿ち、致命傷を与えた。

グラリ、と、倒れていくバンダーを見ながら月守は、

「ナイス。いい腕してるね」

勝利を確信したように、そう言った。

 

 

*** *** ***

 

 

バンダーを倒した2人はすぐに天音と合流したが、そちらも何事もなく戦闘を終えていた。

「神音、大丈夫?」

「はい。問題無し、です」

天音は弧月を鞘に収めながら平坦な声で答えた。

 

倒されたバムスターに斬撃だけでなくメテオラの炸裂痕が残っているのを見た月守は、天音の頭を優しく撫でながら、

「うん、良し。よく出来ました」

幼子を褒めるようにそう言った。

 

表情こそ平坦だが、どこか嬉しそうに天音は、

「……はい。ありがとう、ございます」

月守の言葉を受け取った。

 

そして天音は少しだけ背伸びをしつつ更に声量を落として、

「…三雲くんと、仲直り、できました、か?」

月守の優しげな黒の瞳を見ながらそう問いかけた。

 

その言葉を聞いた月守は、一瞬だけ驚いたような表情をしたあと、クスっと笑い、

「うん、できたよ。ありがと」

と、小声でそう返した。

 

結局その日はもうトリオン兵が攻めてくることなく、バムスター、バンダー、モールモッドを各3体ずつの計9体討伐という戦果で防衛任務を終えた。

 

任務終了の別れ際、

「……じゃあ、そのうちそっちの方に顔を出すよ、三雲くん」

「分かりました。お待ちしてますね、月守先輩」

2人はそう言いながら軽く握手をして別れた。




後書きです。

私は戦術であったり戦闘に関する知識はまるで無いので、作中で月守が言った対処法が正しいかは謎です。
剣と銃と盾を切り替えて、喰べたり戦うハンティングゲームで乱戦時にああいう遠距離攻撃は嫌だなと思ったことがある程度です。

月守たちと修たちが仲良く出来たらいいなぁと思っています。

読んでいただき、ありがとうございます。


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第17話「お詫びのケーキとレプリカ」

「くしゅん!」

「神音、風邪?」

 

12月31日の夕方、防衛任務を終えた地木隊は三門市内を歩き、帰路についていた。月守は隣を歩きながらくしゃみをした天音に向かって、心配そうに尋ねた。

 

「あ、はい……。大丈夫、です。ちょっと、寒くて……」

天音は寒そうに手に息を当てながらそう答える。

 

「まあ、なんだかんだでもう年末だからね〜。神音ちゃんも真香ちゃんも受験生なんだし、風邪は引かないようにね」

「はい」

「ありがとうございます、地木隊長」

先行する形で歩いていた彩笑が反転してにこやかな笑みを見せながら天音の言葉に答えた。

 

「あ、ついでに咲耶も」

「ついでって何だよ」

「あはは、ごめーん」

思わず小突きたくなる気持ちを月守は抑えながら、寒さに耐えるようにマフラーをしっかりと巻きつけ直した。

 

いつものようにメンバーが会話を広げる中、不意に彩笑が、

「……もうすぐ年越しだけどさ、確か遊真にとっては初めての日本での年越しなんだよね?」

と、呟くように言った。

 

「ずっと色んなネイバーの国を巡ってたらしいから、そうなんじゃないかな?」

「ですねー」

「……遊真くん、元気、かな?」

4人はそれぞれそう言い、謝罪に行った先日のことを思い出していた。

 

*** *** ***

 

「おれはそこまで気にしてないよ」

 

修との防衛任務から数日たった後、地木隊は全員で玉狛支部へと謝罪しに行った。重苦しい空気の中、意外にも遊真はすっきりとした表情でそう言い放った。

 

「……思ったより、あっさりとしてるんだね」

頭を下げて謝っていた彩笑は、ゆっくりと頭を上げてそう言った。

 

「うん。過ぎたことだし、むしろオサムの方が気にし過ぎなくらいだよ」

「そ、そうかな……」

遊真は隣にいた修にも話題を振ったあと、言葉を続けた。

 

「親父の教えなんだけど……。

『兵は常に上の命令で動くものだ。受けた被害の責めを、その兵士だけに向けるのは筋違い』

だから、おれはここで恨むのはおかしいし、それに、ちき隊ってあの『重くなる弾の人』たちの補佐だったんでしょ?だったら、なおさらおれがちき隊を責める理由はないよ」

 

そもそも、ちき隊じゃあの時のおれは倒せなかったしね。と、遊真は付け加えるように言った。

 

合理的な、無理やり納得させられるような遊真の言葉を聞き、

「……ぷっ!アッハハハ!きみは面白いね、空閑くん!」

 

「建前とかじゃなくて、本心からそう言ってるのがまたいいね」

 

「はい」

 

「取り越し苦労で助かりましたね」

彩笑、月守、天音、真香はそれぞれ安堵したような色を含んだ声でそう言った。

 

笑い終えた彩笑は遊真の瞳を真っ直ぐに見つめて、口を開いた。

「許してくれてありがとう。あらためてちゃんと自己紹介させてもらうね。……ボーダー本部所属ランク外部隊地木隊隊長の地木彩笑です」

そう言って差し出された右手を遊真は握り返し、

「今はボーダー訓練生だからそんなにかたくるしくしなくていいよ。おれは後輩なんだし、遊真でいいよ、ちき先輩。これからよろしく」

同じように彩笑の瞳を真っ直ぐに見つめながら答えた。

 

「うん、わかった。じゃあこれからよろしくね、遊真」

 

その後地木隊全員が自己紹介をした。その頃には最初の重苦しい空気がまるで嘘だったと思うような、和やかな雰囲気がその場に広がっていた。

 

 

 

 

それからは、地木隊がお詫びとして持ってきたケーキをみんなで食べることになった。なお、防衛任務によりレイジ、烏丸、宇佐美はおらず、個人的な用事で小南は外出、会議のため林藤支部長と迅も本部におり、陽太郎もそれについて行ったため、メンバーは地木隊4人と遊真、修、千佳だけだった。

 

 

 

 

「へぇ、そっか。遊真はボクと同じスコーピオンでアタッカー界隈に殴り込みにくるわけだ」

 

「まあね。ちき先輩を追い抜くいきおいで頑張るよ」

 

「はっはー。アタッカーランキング7位のボクを抜くのは簡単じゃあないよ?」

 

「ほう。ちき先輩は本部で7位なのか」

 

「あ、正確には元7位ね。でもランクなんてあくまでポイントの多い順だし、ポイントと実力がマッチしてない人なんてたくさんいるよ」

 

「ふむ、そうなのか……。じゃあ、本部でちき先輩以上のスコーピオン使いっているの?」

 

「いるよー。影浦さんとか、あと、ボクの師匠もだね」

地木隊と遊真たちはすっかりと打ち解け、ケーキを食べながら談話をしていた。

 

遊真と彩笑がアタッカー同士の会話をする中、

「月守先輩、どうすればシューターであそこまで正確な射撃ができるようになるんですか?」

 

「んー、どうすればって言われてもな……。強いて言うなら、正確な射撃が必要になったからかな?」

 

「な、なるほど……。あの、具体的なコツなどもあれば、ぜひ教えてほしいです!」

 

「あー、コツ、ねぇ……」

 

「月守先輩、あの、私も、聞きたいことが……」

修と月守、そして天音はシューター同士の会話を広げていた。

 

そして仲間がいないと思われたスナイパーの千佳だったが、こちらはオペレーターでありながら元スナイパーの真香が話し相手になっていた。

「私、まだイーグレットしか使ったことがないんですけど……、イーグレットとそれ以外のスナイパー用トリガーって、撃った感覚とか違いますか?」

 

「うーん、まあ、多少はね。でも、3つのスナイパー用トリガーは全部コンセプトが違って、撃つ状況自体がそもそも異なることも多いから、私個人としてはあんまり気にならないよ」

 

「そうなんですね。あの、ちなみに、和水先輩のお奨めするトリガーとかありますか?」

 

「お奨めっていうか、好みになっちゃうけどアイビスかな」

今までレイジからしかスナイパーのノウハウを教わっていなかった千佳は、新鮮な気持ちで真香と話をしていた。

 

そんな中、不意に彩笑が、

「ああ、そういえばなんだけど……。結局、あの時千佳ちゃんが出したトリオンキューブって何だったの?」

その小さな口にケーキを運び咀嚼してから、そう言った。

 

彩笑が言ったのは、地木隊があの時旧弓手町駅で戦闘をするきっかけになったトリオンキューブの事だ。

つまり、

『あれはトリオン能力をキューブの形で視覚化したものだ。実害があるようなものではないので、安心したまえ』

レプリカのことだった。

 

「うわっ!?なにこれ!?」

突然の登場に彩笑は驚き、

 

「……黒い、炊飯器?」

「美味しいお米が炊けそうだねー」

天音と月守がのんびりとしてそう言い、

 

「いえ、でも……、あのサイズじゃ2人分炊けるかどうかじゃないですか?」

真香が至極真面目な表情で疑問を口にした。

 

『チキ隊の諸君、はじめまして。私はレプリカ。ユーマのお目付役だ』

レプリカは地木隊全員を見渡せるところにフヨフヨと移動してから自己紹介をした。

 

そんなレプリカを月守は興味深そうに見つめ、

「……トリオン兵?」

そう問いかけた。

 

『正解だ、サクヤ。よく分かったな』

 

「いえ、他に考えられるだけの知識と選択肢が無かっただけですよ」

月守は困ったように笑いながらそう言ったが、

 

「つきもり先輩、つまんないウソつくね」

 

それを刺すような、静かだが鋭い一言が遊真の口から放たれた。

 

月守は驚いたように、目を数回パチパチと瞬きしてから遊真に質問した。

「んー、まあ確かに、レプリカさんがトリオン兵だって予想できた知識はあったけど……。でも遊真、なんで俺がウソついたって思ったんだ?」

 

遊真はケーキを食べながらそれに答える。

「おれはそういうサイドエフェクトを持ってるんだ。『他人のウソを見抜く』っていう、サイドエフェクトをね」

 

「ああ、サイドエフェクトか……。なるほど。じゃあ遊真の前じゃウソついてもバレちゃうわけだ」

気をつけよう、と、月守はニコニコと笑いながらそう言ったが、

 

「いや、咲耶のウソなんてボクでも分かるよ?」

 

「あ、私も、分かります」

 

「私もです」

直後に他の地木隊メンバー3人が口を揃えてそう言った。

 

「え、なんで?」

予想外の事実に月守は一瞬椅子から腰を上げかけたが、すぐに戻した。

 

彩笑は一瞬だけでも狼狽えた月守を見てケラケラと笑いながら、疑問に答えた。

「気付いてないんだね。咲耶さ、嘘ついたり何かを誤魔化す時に癖があるんだよ。ボクたちはそれを知ってるってだけのこと」

 

天音と真香も付け足すように、

「でも、あれは、言われないと、分かんないと、思います」

 

「そうかもね。多分、気付いてるのは私たちと、夕陽さんと、白金先輩と……、あとは不知火さんくらいじゃないですか?」

と、言った。

 

「えー……。じゃあみんなの前でウソつけないじゃん」

月守はどこかわざとらしく言い、それがどこか可笑しくて3人はクスクスと笑った。

 

3人の笑いが収まったところで、月守は遊真の指摘に答えた。

 

「……さて、俺がレプリカさんがトリオン兵だって分かった根拠なんだけど…。本部で俺がよく知ってる、とあるエンジニアが簡易的なのだけどレプリカさんみたいなのを作ってるのを見たことがあってさ。それにちょっとだけ似てたから、トリオン兵かなって思ったんだ」

 

『ほう。それは興味深いな』

気のせいか、レプリカが一瞬笑ったようにみんなには見えた。

 

「本部でも、レプリカみたいなトリオン兵が作られてるんですか……?」

月守の言葉に修は食いついたが、月守はそれを笑って否定した。

 

「レプリカさんほどしっかりしたのじゃ無かったけどね。作った本人も、

『研究の合間の趣味みたいなものだ』

って言ってたし」

 

「あの、それって、やっぱり、不知火さん、ですか?」

天音が控えめに挙手しながら問いかけ、月守は頷いた。

「うん、そうだよ」

 

不知火さんというのは本部所属のエンジニアであり、とある事情から地木隊と強いつながりのある、半ば地木隊専属と言ってもいいエンジニアだった。

 

「まあ、不知火さんの話はさておき……。それじゃあレプリカさん。良かったら俺のトリオンも測ってもらっていいかな?」

 

『いいとも。これを握ってくれれば計測ができる』

レプリカは口から計測用の機器を伸ばし、月守は椅子から立ち上がりそれを掴んだ。

 

「……」

 

『計測完了。キューブにして視覚化するぞ』

 

直後、レプリカの頭上にトリオンキューブが現れた。大型の洗濯機を思わせる大きさのトリオンキューブが、そこには浮いていた。

 

「ねぇ、これはどのくらいの大きさなの?」

指標が分からず彩笑が小首を傾げながら尋ねた。

 

『これは私が今まで見てきた中でも、トップクラスのトリオン量だな。チカには数歩劣るが、これだけあれば万が一他国に捕虜にされても重宝されるだろう』

 

「なるほどね。ありがと、レプリカさん」

思いもよらずトリオン量を褒められた月守は、ほんの少しだけ嬉しそうに頬を緩めながら計測器から手を離した。

 

「どうせだし、彩笑も測ってみる?」

月守は流れでそう言い、

「面白そう!やってみたい!」

すぐに彩笑はそれに食いついた。

勢いよく手を上げながら言った彩笑の元に、レプリカはフヨフヨと移動し計測器を差し出した。

 

「おー、なんか不思議な感触……」

彩笑は物珍しそうに計測器をモニュモニュと触りながらレプリカの結果を待った。

 

『計測完了。サエミのトリオンをキューブとして視覚化しよう』

再びレプリカの頭上にトリオンキューブが現れた。

 

「あはは。予想してたけどやっぱり小さいや」

キューブを見て彩笑はすぐにそう言った。先ほど見た月守のキューブと比べたら確かにサイズは小さい。以前計測した修よりは少々大きいが、

「確かに。ネイバーに狙われたいならこれの1.5倍くらいは欲しいね」

遊真が言うように、やはりトリオン量としては多くは無かった。

 

だがそれをフォローするように、

『量は決して多くは無いが、よく鍛えられた良いトリオンだ。トリオンの質ならば、私の記録の中にある熟練の戦士と遜色無い素晴らしいものだ』

レプリカはそう告げた。

 

「レプリカさん、ありがとう」

 

『どういたしまして』

彩笑は笑顔で計測器を離してレプリカにお礼を言った。

 

計測器を出したままのレプリカを見た修は、

「あの……、せっかくですし天音さんたちも測ってみますか?」

と、残る2人に問いかけた。

 

だが、

「あの、ごめんなさい。私は、遠慮、しても、いいです、か?」

「すみません、私も……」

天音と真香は計測をどこかバツの悪そうな様子で断った。

 

「別に噛み付きゃしないよ?」

ほんの少し冗談めかして遊真は言ったが、天音と真香はやはり気が進まないと言った雰囲気のままであった。

 

このまま最初のように重苦しい空気が漂うかと思ったが、奇しくもそのタイミングで、

「なんか甘い匂いがするわ!」

出掛けていた玉狛支部の隊員、小南が帰ってきた。

 

「あ、小南先輩こんにちは!おじゃましてます!」

 

「お久しぶりです小南先輩。甘い匂いの正体はケーキですけど、食べますか?」

間髪入れずに彩笑と月守は小南に挨拶をし、

「あら、つっきーに彩笑ちゃんじゃない……って、え!?ケーキ!?食べる食べる!」

不意打ちで現れたケーキに心を踊らせながら小南はそう答え、いそいそと用意にかかった。

 

それから流れるように玉狛支部の隊員が支部に帰ってきたため、そこからは再び楽しいケーキタイムとなった。

 

修や遊真、レプリカは天音たちがトリオン計測をなぜ拒否したのかは気になってはいたが、それを聞くような空気では無くなっていたため、理由を尋ねることは無かった。

 

*** *** ***

 

帰路につく4人はそんな回想をしつつ、ある丁字路に差し掛かった。

 

「ここから帰り道違うよね?」

一歩前を歩いてい彩笑が肩越しに振り返って3人に向かって確認するように言った。

 

「そうだね。俺と神音は住宅街方面で、彩笑と真香ちゃんは商店街方面だっけ?」

ほんの少し自信なさげに月守は言ったが、

「合ってますよ」

すぐに真香がそれを肯定した。

 

ここまでは帰り道が一緒だったが、この先は二手に分かれる。今日が12月31日ということは、地木隊全員が今年のうちに揃っているのはこの丁字路までだ。

 

「じゃあここでお別れかな。みんな、お疲れ様」

いつものように明るい声で彩笑がそう言い、それにつられるように月守は笑顔を浮かべた。

 

「ん、おつかれ。あ、彩笑、正月だからって油断しないでちゃんと課題やってよ?」

 

「お正月くらいは休ませてよ!」

 

「えー、去年もそれ聞いたよ?それで去年、サボったよね?」

 

「ナ、ナンノコトカナー?ボク、チョットワカラナイナー?」

 

「なるほど。じゃあ後で彩笑の師匠にお前が課題サボってるってメールしとく」

 

「それは止めて!ボクのお正月休みが本格的に無くなるから!」

 

月守がさっそくその場でスマホを取り出しメールを作成し始めるが彩笑がそれを全力で阻止しながら言い争う光景を横目で見ながら、

「真香、今年一年、おつかれ、さま」

「しーちゃんこそおつかれ。っていうか、しーちゃんも休み中でも試験勉強してよ?志望校、ギリギリなんだから」

「う……。が、頑張り、ます……」

中学生2人もこの時期相応の話題で会話をしていた。

 

ちなみに2人とも志望校は月守や彩笑、出水や米屋といった面子が通っているボーダーと提携している普通校である。

正直、真香の方はもう1つの提携校で、宇佐美や奈良坂が通う進学校を余裕で狙える成績なのだが、

『わざわざ周りが成績でピリピリしてるストレス満載な環境で勉強するなんて嫌です』

という理由で普通校を志望校に選んでいた。

 

さらに余談だが、去年の月守も今の真香のように進学校の方を狙えるだけの成績はあったのだが、

『こっちの方が家から近いから』

という理由で普通校を志望し、無事に入学していた。

 

お互いに会話を終えるとその足は帰り道へと自然と向かった。

「じゃあ、来年もよろしく!」

「月守先輩、しーちゃん、お疲れさま。良いお年を」

商店街方面へ向かう彩笑と真香が手を振りながらそう言い、

「ああ、来年も頑張ろっか」

「良い、年越しを、お過ごし、ください」

住宅地方面へ向かう月守と天音も手を振りながらそれに答えた。

 

丁字路を曲がった彩笑たちが見えなくなった所で、

「……じゃあ、帰ります、か?」

天音が隣にいる月守の顔を上目遣いで見ながら、そう言った。

「そうだね、帰ろっか。途中まで、送ってくよ」

月守は天音の柔らかな黒髪を撫でながらそれに答えた。

 

 

落ちかけた夕日に照らされる道を、月守と天音は並んで歩いた。

「神音は毎年大晦日はどう過ごしてるの?」

 

「えっと……お母さんと、テレビ見て、過ごして、ます。普段忙しい、けど、年末年始は、毎年、お休みとって、くれる、ので」

 

「あはは、仲良い親子なんだね。じゃあ元旦は?」

月守はやんわりと笑顔を見せて天音に質問を続けた。

 

「元旦は……毎年、色々、です。家でゆっくり、する時もあれば、初詣に、行く時も、ありますし。この前は、初日の出、見ました」

 

「本当に色々なんだね」

 

「はい。……あの、月守先輩は、どんな、年末年始を、過ごしてます、か?」

咄嗟にそれが気になった天音は問いかけた。

 

それを受けた月守は困ったような笑みを浮かべつつ、

「んー、あんまり覚えてない、かな?」

と、答えた。

 

しかし、

「……月守先輩、なんで、誤魔化したん、です、か?」

天音はキョトンとしながら月守のウソを見破った。

 

月守は一瞬目を見開き、それから思い出したように言った。

「そっか。ウソついたり誤魔化したりしても皆分かるんだった…」

 

「ごめんなさい」

 

「ああ、いや。別に謝んなくてもいいよ。誤魔化した俺が悪いから」

こっちこそごめんね、と言いながら月守は再度天音の柔らかな黒髪を撫でた。なぜだか、ついつい撫でたくなる撫で心地の髪だな、と、月守は日頃から思っていた。

 

撫で終えた月守は、天音の僅かに碧みがかった黒の瞳を見ながら気まずそうに口を開いた。

「……聞きたい?」

 

「はい。ぜひ」

天音は即答する。心なしか、どこか楽しそうにしているように見えた。

 

少し間を空けてから月守は、

「記憶にある限りだと、毎年酔っ払いの介抱して過ごしてるよ」

苦笑しつつそう告げた。

 

「あ……」

それを聞いた天音は心覚えがあるのか、何かを察したように、

「……おつかれさま、です?」

若干疑問系で月守を労った。

 

「ん、ありがと。……頼むから、今年は節度を持ってお酒飲んできてほしいなぁ」

 

「お酒……私たちも、20歳になったら、一緒に、飲みましょう、ね」

切実に言う月守とは対照的に、天音は不思議と無邪気に言った。

 

「……そう、だね」

月守は天音ではなく沈んだ夕日を見ながら呟くようにそう答えた。

 

 

 

そうして会話をしている間に、2人は最後の分かれ道にたどり着いた。

 

「……月守先輩。今年一年、おつかれさまでした」

 

「うん、おつかれ。この一年、どうだった?」

 

「楽しかった、です。色々、ありました、けど、楽しかった、です」

楽しかった、と、天音は即答した。

 

「そっか。良かった」

 

安堵したような月守に向かって天音は問いかけた。

「あの、月守先輩は、どうでした、か?」

 

「俺?……んー、神音が言うように楽しかったってのはもちろんなんだけど……。それ以上に、あっという間だった、って感じかな」

 

「あっという間、ですか?」

 

「うん、あっという間。……去年の今頃は、まだ俺と彩笑は神音に出会ってなかったのにーって考えれば、そんな感じがしないかな?」

 

「あ、確かに、そうです、ね」

 

「でしょ?」

月守はクスっと笑いそう言った。

 

月守が言うように、天音と月守や彩笑が出会ってからまだ一年も経っておらず、ましてやチームを組み今の形になったのは2月のことだ。

この4人で『地木隊』となったあの日から今日の今日まで、あっという間でもあったが長かったとも思える不思議な感覚を感じていたが、それでもやはり、今年はあっという間であったと月守は言った。

 

 

 

もうすっかり沈んだ夕日ではなく街灯が照らす道で月守は、

「……今年一年間、ありがとう、神音。こんな頼りない先輩だけど、来年もよろしくね」

やんわりとした笑顔で天音を見つめながらそう言った。

 

天音は何も言わずそんな月守を見てから、小さく、本当に小さく微笑み、

「こちらこそ、ありがとう、ございました。私こそ、来年も…、そのまた来年も、できればずっと、よろしくおねがい、します」

ぺこりと頭を下げながら言い、その頭を上げると同時に、

「では、良いお年を……」

小さな声で言い、帰り道をパタパタとした小走りで駆けて行った。

 

「良いお年を……」

遠く、小さくなっていく天音の背中が見えなくなったところで、

「来年も、そのまた来年も、できればずっと、か……」

天音の言った言葉を反芻し、

「……そうできるように、頑張んなきゃな」

どこか悲しそうな声で、そう言った。

 

*** *** ***

 

地木彩笑。

月守咲耶。

天音神音。

和水真香。

 

2月に発足した『地木隊』にとって激動とも言えたこの一年はこうして幕を閉じた。

 

しかし、幕を閉じたと言っても、あくまでそれは小休止。

 

再び、物語が大きく動くまで、あと僅か。

 

 

 

 

 




ここから後書きです。

何気に玉狛第二やレプリカと地木隊が初めてしっかり絡んだお話になりました。

これを含めて、あと2話だけオリジナル展開のお話を載せた後、本編に戻ります。


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第18話「射手の王とおみくじ」

あらかじめ書きますが、射手の王がおみくじ引くわけではありません。


『一年の計は元旦にあり』

 

月守咲耶はこの言葉に多少なりとも説得力を見出している、という訳ではないのだが、毎年初詣には行くことに決めていた。

そうしようと思った理由は多々あるが、実質それをちゃんと決めてから来るのは今回が初めてである。

それまでは気まぐれで来たり来なかったりだった。

 

朝食と身支度を軽く済ませてた月守は自宅であるマンションの一室から三門市の神社に向かった。

 

もとより元旦は初詣をすると決めていたこともあり、月守の足は迷うことなく目的地の神社に辿り着いた。三門市一番規模の大きい神社であるため、それなりに人はいたが、それでもまだまばらだった。混雑がピークに達する昼前頃を避けて早朝の時間帯に来たことが功を奏したようだ。

 

月守自身、こういう場でのちゃんとした作法の心得は無いものの、参道の真ん中を歩かないことや、手水で手や口を清めるといった、うろ覚え且つ断片的な知識を元に神社の拝殿を目指した。

 

その途中のことだ。

 

「月守か?」

 

不意に、聞き覚えのある声で呼び止められた。

声のした参道の向こう側を見ると、やはりそこには見覚えのある人物がいた。

月守よりも10センチは高い背丈に、整ってはいるがどこか冷たそうな印象を持つ顔出ち。極めつきにはそのまま冠婚葬祭に参加できそうな黒スーツの()()を着たその青年は、

 

「二宮さん?」

 

二宮匡貴。ボーダー本部B級1位二宮隊の隊長にしてソロランキング2位、そしてNo. 1シューターとして君臨するボーダー隊員だった。

 

すでに参拝を終えたのか、月守とは逆方向の鳥居に向かって歩いていたのだが、二宮は参道を突っ切って月守の元に歩み寄ってきた。

 

「えーっと、あけましておめでとうございます、二宮さん」

 

「ああ。あけましておめでとう。これから初詣か?」

 

ポケットハンドをしたまま、二宮は月守に問いかける。月守は小さく笑みを浮かべて二宮の言葉に答える。

「まあ、そうですね。二宮さん、隊服のようですけど、これから任務ですか?」

 

「違う、逆だ。俺は夜間の任務明けの足でここに来たんだ」

 

二宮はあっさりとそう答えるが、その声には任務明けの疲れた様子はまるで無く、それだけでも月守は二宮との力の差を感じ取った。

 

「月守、お前この後時間あるか?」

 

「初詣が終われば時間ありますけど、それがどうかしましたか?」

 

「なら丁度いい。参拝が終われば向こうの休憩所に来い」

二宮はそう言い残し、先にその休憩所に向かって行った。

 

「了解です」

かつて二宮からもシューターの教えを受けた月守はその背中に向かって素直に答え、参拝のために拝殿に向かっていった。

 

*** *** ***

 

「今日は寒いからこれを飲め。あったまる」

初詣を終えて言いつけ通り休憩所に辿り着いた月守に向かって、二宮は紙コップに注がれた飲み物を差し出した。

 

「奢りですか?」

それを受け取りながら月守は問いかけた。

 

「いや、そこで配ってる甘酒だ」

二宮は一瞬だけ視線で方向を指示しながらそう答えた。月守も二宮の視線を追うと、確かに参拝者当てに無料で巫女さんが提供している甘酒があった。

 

「なるほど。ではありがたくいただきます」

内容はどうあれ差し出されたことに違いは無く、月守は甘酒を一口飲んだ。

 

「……言い忘れたが、ほんの少しだけアルコール入ってるぞ」

 

「それ、飲んでから言います?」

月守は苦笑しながらそう言った。含まれているアルコールは本当に微弱であるため酔うことはないが、それでもあまり飲むまいと、月守は決めた。

 

休憩所にある椅子に座り、二宮は世間話をするように月守へと話を振った。

「……初詣でなにを願った?」

 

「まあ、当たり障りない、ささやかな事ですね」

月守は座ること無く二宮の問いに答える。

 

「……大方、今年も4人で仲良くとか、そんなところだろ?」

 

「そんなところです。なんで分かったんですか?」

 

「お前の願う事なんてそんなものだろう」

二宮は甘酒を煽りながらそう言った。

それに倣うように月守も再び一口甘酒を飲み、

「そういう二宮さんは何を願ったんですか?」

逆に質問を投げかけた。

 

「……俺も当たり障りないことだ。何なら当ててみるか?」

 

「んー、遠慮します」

 

「そうか……」

 

そこから僅かな沈黙を挟んで二宮は、

「月守、俺のチームに入る気はないか?」

唐突にスカウトを始めた。

 

キョトンとした表情を月守は浮かべつつ、口を開いた。

「……二宮さん大丈夫ですか?まさか甘酒で酔ったとかじゃないですよね?」

 

「酔ってるように見えるか?」

 

「いいえ、至っていつも通りの二宮さんです」

 

「だろうな。つまりはそういうことだ」

つまり酔ったとか冗談とかでは無く、二宮は真面目に月守を二宮隊にスカウトしているということだ。

 

「……二宮さん、俺さっき、今年も地木隊4人で活動したい的なことを初詣でお願いしてきたばっかりなんですけど?」

 

「つまり、入る気は無いのか?」

凄みのある眼光を二宮は放つが、

「はい。無いですよ」

月守はやんわりとした笑みでそれを難なくかわしてそう答えた。

 

傍目からすればハラハラする空気が漂っていたが、

 

「……そうか。なら仕方ない」

 

二宮のその一言により、その空気は一気に霧散した。

 

無意識下で緊張していた月守は安堵の思いからか、二宮の隣に腰掛けて口を開いた。

 

「いきなり言うからビックリしましたよ二宮さん」

 

「……」

隣から見た二宮はどこか拗ねたような表情を浮かべながら、甘酒に口をつけた。

 

「なんでまた、スカウトなんかしたんですか?」

月守も暖まるために甘酒に口をつけながら二宮へと問いかけた。

 

「お前を俺のチームに入れてもいいと評価しているからだ」

 

「あはは、それまた随分シンプルな理由ですね」

 

「だがそれ以上に、お前が埋もれていることにイラついているからだな」

埋もれている、と、二宮は言った。

 

「……どういうことですか?」

 

「ふん……。月守、お前今ポイントはいくつだ?」

 

「ポイントですか?……アステロイド6811、バイパー6730、メテオラ5889ですけど、それが何か?」

 

「低すぎる。本来ならもっとポイントを取れてるだろう」

ポイントを聞いた二宮はそう断言したが、

「誰しも二宮さんみたいにシューター・ガンナーポジションでポコポコ点が取れるわけじゃないんですよ?」

月守は困ったように笑いながらそう言い返し、

「……というか、今の地木隊で俺が点をとる必要なんて無いですよ。俺はサポートで十分です」

と、言葉を続けた。

 

そしてそれを聞いた二宮は、

「……お前は丸くなった、というよりはつまらなくなったな。かつて『ロキ』と呼ばれたお前とは思えない口ぶりだ」

吐き捨てるようにそう言った。

 

『ロキ』

 

昔のあだ名を、通り名を唐突に出された月守は、うへぇ、と、苦笑した。

「随分懐かしいネタ引っ張ってきましたね。ってか、それ誰が言い出したか未だに謎なんですけど……」

 

「さあな。大方、中学生か高校生組だろう」

 

「いや、C級まで合わせたら何人いると思ってるんですか?見つかりっこないですよ」

 

「なら諦めろ」

ばっさりと切り捨てるように二宮は言った。

 

「はあ……」

月守は小さくため息を吐いた後、そっと二宮に手を差し出した。

 

訝しむような表情を浮かべた二宮は月守にその意味を問いかけた。

「…それはなんの手だ?」

 

「お年玉ください」

 

「断る」

二宮はそう言い、お年玉ではなく甘酒を飲み干して空になった紙コップを渡した。おそらく捨ててこい、ということなのだろう。

 

マジっすか?と言いたげな表情で月守は二宮を見たが、

「ちょうどいいところに手があった」

しれっとした顔で二宮はそう言った。

 

「……了解」

月守は子供ならではの臨時収入を諦めて紙コップを捨てに行った。

 

なお、この時月守はバックを置きっぱなしにしており、ゴミを捨てに行ってる間にこっそりと二宮はお年玉を忍ばせたのだが、月守がそれに気づいたのは帰宅してからだった。

 

*** *** ***

 

休憩所に人が埋まると、

「人混みに埋まるのはごめんだ。帰る」

二宮はそう言い月守と別れた。

 

逆に月守は、初詣に来たにも関わらずまだおみくじを引いていないことを思い出し、おみくじを引くべく神社の敷地内を埋めつくさんばかりの人混みへと紛れ込んだ。

 

だが、そもそも月守はどこでおみくじが引けるか把握しておらず、それに加えて予想以上の人混みにより移動すらままならない状況であった。

 

(思ったようにいかないな。ここは一旦ベイルアウトして……って、できないじゃん)

思わず生身でベイルアウトしようと考えてしまうほどに困難な状況だった。そもそも、月守は常日頃から混雑をできるだけ避けようと過ごす傾向があるため、こういった場面が苦手であった。

 

ひとまず自分の位置を把握しよう。月守はその思いでなんとか一時的に人混みから抜け出し、参道から外れることに成功した。

「……」

無言で、ゆっくりと進む人混みの流れを見て月守は思わず呟いた。

「……こんな時、真香ちゃんがいてくれればおみくじまでのルートを指示してるれるんだろうなぁ」

と。

 

すると、

「はい、分かりました。それでは今からこの人混みを通った上での、おみくじまでの最短距離をオペレートしましょうか?」

隣から、よく聞き慣れた声が聞こえた。

 

「ん、じゃあ、お願い、って、あれ?」

月守は驚き、隣を見ると、

「はい。月守先輩どうもこんにちは。あけましておめでとうございます」

そこには案の定、地木隊オペレーターの和水真香がいた。

ブラウンのダッフルコートに柔らかそうな生地のスカートを合わせた、普段あまり見ない私服姿であった。背が高いためか、とても様になっているように見えた。

 

「え、あ、うん。あけましておめでとう?」

 

「はい。今年もよろしくお願いします」

 

「こちらこそ……。というか、なんでここにいるの?」

あまりにも自然に会話が始まりそうになったが、月守はとりあえずそのことを尋ねた。

 

真香はクスクスと笑いながら、

「初詣です。ひとまず参拝が終わって、ここで一休みしていたら、やっとの思いで人混み抜け出してきたって感じの月守先輩と、たまたまバッタリ合流しました」

と、答えた。

当たり障りのないシンプルな理由だった。

 

「1人で来たの?」

真香の周りに身内らしき人がいないため月守はそう問いかけたが、

「……まあ、1人で、来ましたね」

視線を月守から逸らしつつ、ほんの少し、歯切れ悪く真香は答えた。

 

何か事情があるのかと月守は感じ取ったが、

「……そんなことより月守先輩。おみくじ引くんじゃなかったんですか?」

真香が確認するように言い、その事は後回しにすることにした。

 

「ああ、そうだよ」

 

「なるほど、そうですか。……ふふ、オペレート、必要ですか?」

イタズラっぽく微笑む真香に向かって、月守は小さくため息を吐いて言葉を返した。

 

「うん、必要だね。じゃあ、今から非公式の任務スタートだ。目標はこの敷地内にあるおみくじ売り場にたどり着くこと。できるだけ速やかにたどり着けるようオペレートを要請する。ただし、通信機能は使えないから、オペレートは俺の後ろか隣からでお願い」

 

「了解です」

2人は楽しそうに笑いながら、再び人混みの中に紛れ込んでいった。

 

 

月守と違い真香はしっかりとおみくじ売り場の位置を把握しており、2人は人混みに流されつつも、

 

「月守先輩、ちょっと流されてます。もう少し右です」

「了解」

そうして軌道を正しつつ、

「あ、ここは流された方が楽です。流れに乗ってください」

「ありがとね」

時には人の流れに乗り、順調におみくじ売り場へと向かっていた。

 

しかし、途中で人の壁に遭遇した。

「ここは待った方がいいかな?」

 

「ですね。これは参拝者のようですから、もう少しすれば列として進むので、それまで現場待機でお願いします」

 

「了解だ」

2人はその人の壁に対し、壁が動くまで待機するという選択肢を取った。

 

壁が動くまで無言なのもどうかと思い(周囲の話し声があるため静かというわけではないが)、月守は先ほどの二宮のように話のネタを真香に振ることにした。

 

「真香ちゃん、もう初詣は済んだんだよね?」

 

「あ、はい。この混雑のちょっと前になんとかできました」

 

「そっか。何かお願い事、した?」

 

「しましたよー。今年も地木隊4人で仲良くできますようにって」

真香の願い事を聞いた月守は一瞬止まったが、すぐに吹き出した。

 

「あ、先輩笑うなんて酷いですよ!」

 

「あっはは!ごめんごめん。だって、俺も同じことお願いしたからさ」

 

「もう。というか、やっぱり月守先輩も同じじゃないですか」

少々むくれつつ、真香は月守に向かってそう言い、

「……他にお願い事、無かったんですか?」

と、言葉を続けた。

 

「ん?他にって?」

月守としては他に願うようなことは無かったので、そう言って首を傾げた。去年は受験生だったので、合格祈願はしたが、今年は月守自身にそう言ったことは無く、心当たりが無かった。

 

そんな月守を見て、

「……いえ、無いならいいんです」

真香は小さくため息を吐いてそう告げた。そして月守に聞こえないような小声で、

「……これは手強いよ、しーちゃん」

と、呟いた。

 

 

 

人の壁は思ったより動かず、2人の会話も途切れ途切れになってきた。真香は手持ち無沙汰なのか、あたりをキョロキョロしたり、スマートフォンを操作し始めていた。そのため月守は自然と真香から視線を外して周囲を見渡すようになった。

 

だからだろう。

 

2人と同じように人の壁が動くのを待ちながら、その人の壁の向こう側を見ようと必死で背伸びをしている、見慣れた小柄で天然茶髪の女子を月守は発見できた。

 

月守の視線がそれに固定され、気付いた真香もつられてその方向を見た。

「……」

「……」

2人とも無言だが、視線の先にいるのが誰なのか分かっていた。

 

「よし」

月守は真香に追加の指示を出した。

 

「真香ちゃん、任務中に戦場に孤立してる仲間を発見したから救助にむかうよ」

 

「了解です」

日頃の任務の賜物か、イレギュラー要素が介入しても2人の行動は速やかなものだ。

人混みを縫うようにして、その小柄で天然茶髪の人物に近付き、

「グラスホッパーがあれば軽く飛び越えられるのにな」

そう声をかけた。

 

「ふぇ?」

その小柄な人物は声をかけた月守の方を見ると、表情を固めた。

 

「……咲耶?」

 

「なんで疑問形なんだよ、彩笑」

そこにいたのは2人の隊長である、地木彩笑だった。真香同様に、私服の上にコートとマフラーを装備した防寒優先の出で立ちだった。

 

「いやー、なんとなく?あ!あけおめことよろ!」

 

「あけましておめでとう、今年もよろしく」

月守がそう挨拶したところで、

「地木隊長、私もいますよ。あけましておめでとうございます、今年一年も、よろしくお願いしますね」

月守の背後にいた真香もそう挨拶した。

 

「あ、真香ちゃん!うん、ボクの方こそ今年もよろしく!」

月守に向けたものとは違う、ニコッとした笑顔で彩笑は真香に新年の挨拶をした。

 

「……で、2人はなんでここにいるの?」

 

「初詣に来たらたまたまバッタリ会ったの。今はおみくじ売り場に向かって移動してるとこ」

 

「ああ、ならボクと行き先は同じだね。一緒に行こうよ、っていうか案内して!さっきから同じところグルグル回ってるから助けて」

彩笑は堂々と迷子になったと宣言した。

 

新年早々迷子になる隊長を見て月守はため息を吐きそうになったが、月守も似たり寄ったりの状況であったのでため息は吐かなかった。隣にいる真香はそれを分かっているようで、クスクスと笑っていた。

「了解です、地木隊長。じゃあ、これから行き先をオペレートするので、一緒に行きましょう」

 

「真香ちゃんありがと!」

笑顔で答える彩笑を加えて、3人はおみくじ売り場へと移動を開始した。

 

 

案外、目の前にあった人の壁を抜けると道は空いていた。

「彩笑は初詣で何か願い事した?」

移動しながら、もはや本日の定番になった質問を月守は繰り出した。

 

「みんなで一緒にいられますように、って願ったよー」

 

「あはは、私たちと同じです」

3人とも同じ願い事をしていた事に対して真香は思わず笑みをこぼした。

 

そうこうしている間に、おみくじ売り場が3人の目に映った。

「目的視認!」

「だね」

「はい」

そう口々に言ったが、3人ともどこか物足りないものを感じていた。

 

「……あれだね。ここまできたら4人揃わないと絞まんない感じがする」

道の途中でその物足りない理由を彩笑は呟いた。

 

「そうですね……。一応、連絡は入れてみましたけど、今は返事が無いです」

真香もスマートフォンに目線を落としてそう言うが、

 

「まあ、でも、招集を事前にかけたわけじゃないんだし、来れなくても仕方ないよ」

 

月守が、そう残念そうに言った、次の瞬間、

「あ、見つけ、ましたよ」

3人の背後から、とても良く聞き慣れたか細い声が届いた。

 

月守と彩笑はその声のした背後を勢いよく振り返り、

「神音ちゃん!」

「神音!」

その声の主の名前を呼んだ。

 

白のニットワンピースに、ニーハイソックスを合わせた私服姿の天音神音が、そこにはいた。

「地木隊長、月守先輩、真香、あけまして、おめでとう、ございます」

天音はいつもの話し方で新年の挨拶をして、ぺこりと頭を下げた。

 

2人は天音との思わぬ合流に喜んだが、月守はすぐに違和感を覚えた。

(……『見つけました』ってことは、俺たちがここにいるのを知ってたってことか?でもなんで?)

1つの違和感に気付いた月守の頭は、それに類似するもう1つの違和感に気付いて、真香の方を見た。

 

「……一本取られたよ、真香ちゃん」

真香にだけ聞こえるような小声で月守は苦笑しながらそう言った。

 

「はて?なんのことですかね?私は嘘は言ってません。()()連絡が取れて無かったのは本当ですよ?」

トボけたように真香は答える。

 

「じゃあ、その前までは連絡が取れてたわけだ。で、神音が合流できるようにしたのかな?」

月守がやんわりと微笑みながら確認すると、

「だいたいそんなところです」

真香はそう言ってニコッと笑った。

 

「……んー、なんかこう、よく分かんないけど負けた気分」

 

「やった!よく分からないけど月守先輩に勝ちました!」

この2人の間にはよく分からない謎の勝負が広がっていたようだ。

 

そしてそのよく分からない勝利に浸っていた真香に向かって、

 

「あ、そういえば、真香……航治くんは、どうした、の?」

 

唐突に天音が爆弾となる一言を投下した。

 

ピキッ、と、真香の表情が固まったような音が聞こえた(ような気がした)。

 

「え?コウジくんって誰?」

彩笑は獲物の匂いを感じ取った猫のように、嬉々としてそう言った。

 

「え、いや、あの……」

どう説明しようか戸惑う真香を代弁するように、

「真香の、彼氏、です」

いつものような無表情で天音があっさりと口を割った。

 

瞬間、

「何々!?真香ちゃんの彼氏!?どんな子どんな子!?」

彩笑が見つけた獲物に喰らいつかんばかりに真香の元へと素早く移動した。

 

彩笑に捕まる直前、真香と天音はアイコンタクトで、

『なんで言っちゃうのー……』

『真香、ごめん。うっかり』

と、一瞬だけ会話をしていた。

 

恥ずかしそうに、でも嬉しそうに彩笑の質問に答えたりはぐらかす真香を横目に、天音はゆっくりと月守のそばに寄り添った。

「真香ちゃん、彼氏いたんだ」

 

「はい。同じ学校の、同級生、です」

呟くような月守の言葉に、天音は同じく呟くように答えた。

 

「んー、どんな子?」

 

「……背が高い、です。運動部で、礼儀正しい、感じの、人、です」

 

「そっか。2人は、仲良いの?」

 

「……多分。クラスの、人の、言葉を、借りるなら…」

天音は左手の人差し指を顎に当てて、少しの間を空けてから、

 

「えっと…、

『リア充爆発しろ』

……だそう、です」

 

「プッ!」

普段の天音からは想像のつかない言葉を聞いた月守はそれがツボに入り、思いっきり声を出して笑いそうになるのを堪えた。

 

「つ、月守先輩、大丈夫、ですか?」

天音はオロオロと心配そうに月守の背中をさすった。すぐに月守は、

 

「あはは、うん、大丈夫だよ」

 

その天音のほっそりとした手首を掴みながら、そう言った。

 

未だに彩笑に拘束される真香を放置しつつ、月守は天音をまっすぐに見据えた。

 

「……今年も1年間、よろしくね、神音」

 

「はい。私こそ、1年間、よろしくお願い、します」

ほんの少しだけ、その無表情を崩して頬を緩めた天音はどこか嬉しそうだと、月守にはそう見えた。

 

 

 

そしてこの後、4人はそれぞれおみくじを購入しその結果を真摯に受け止めた。ちなみに誰が、とは言わないが、引いたのは大吉、中吉、末吉、凶と、4人バラバラであった。

 

さらにその後、地木隊4人は月守と二宮がいた休憩所に行き、甘酒を飲んだ。

その時天音と一緒に初詣に来ていた天音の母親と遭遇し、3人はとある理由で驚愕するのだが、それはまた別の話……。




ここから後書きです。

二宮さん初登場です。ちなみに、この時の二宮さんはトリオン体ではなく、生身の状態で隊服を着ているという事になっております。

次からは原作に戻ります。とりあえずはボーダー入隊式ですね。


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第4章【正式入隊】
第19話「真香の狙撃」


正月休みの気分が抜けきった1月8日。この日は待ちに待ったボーダー隊員正式入隊日である。

 

入隊式の会場となるホールには、白を基調としたC級の隊服を着た新人たちがゾロゾロと集まって来ていた。

そんな将来有望な新人たちを、地木隊はホールの隅から見ていた。

 

「みんな初々しいね。この、ちょっと緊張してる感じが、ボクはとっても好き」

ホールの壁にもたれかかりつつ、彩笑は薄く笑いそう言った。

 

「……入隊式、私、ちょっとだけ、緊張、しました」

彩笑の隣にいた天音が、自身の入隊式のことを思い出しながら言葉を返し、

「あー、俺もそうかも」

月守は天音の言葉に同調した。

「そう?ボクは入隊式、緊張しなかったけど」

その言葉に彩笑はケラケラと笑いながら続けてそう言った。

 

「案外、そういうの気にしない子が上に上がっていくんじゃないかな。ほら、あんな子とかさ」

月守は、C級の白い隊服の中にいる黒い隊服の少年を指差して言った。

 

小柄な体格を包む黒い隊服に、それとコントラストを成すような白髪の髪。3人はすぐにそれが誰なのか分かり、声をかけることにした。

 

「やあ、遊真。元気?」

遊真の背後から彩笑はそう声をかけた。

 

遊真は振り返り、

「あ、ちき先輩。あけましておめでとうございます」

丁寧に一礼してそう言った。

 

「あはは、うん。あけましておめでとう。服装、似合うじゃん」

 

「そう?」

遊真は改めてといった様子で、自身の服装を見回した。小柄なせいか、その姿はどこか微笑ましく見えた。

 

月守はそんな遊真に向かって、

「まあ、なにはともあれ、今日から遊真も正式なボーダー訓練生だ。頑張れよ」

軽くエールを送った。

 

「頑張ります。具体的にはどうすればB級に上がれるの?」

素朴な遊真の疑問に、月守は答えた。

 

「左手の甲、見てみて。数字が入ってるだろ?」

 

「ん……、確かに。『1000』……?」

月守に言われるまま遊真は手の甲を確認し、そう呟いた。そのまま月守は説明を続けた。

 

「その数字は、C級が自分で選んだトリガー……、遊真ならスコーピオンか。それをどれだけ使いこなせてるかっていうのを示してるポイントだ。んで、B級に上がるにはそれを『4000』まで上げればいい」

 

「なるほど。ポイントを上げる方法は?」

 

「週二回の合同訓練か、ソロランク戦だな。遊真は戦闘経験十分だし、どっちでもポイントは稼げると思うけど、ランク戦の方が性に合うと思うぞ」

 

「ほうほう、なるほど。ご丁寧にありがとう、つきもり先輩」

遊真は再び丁寧に一礼をしてお礼を言った。

月守は小さく笑ってから、

「どういたしまして。……って言っても、お礼を言われるほどじゃないな。一応、これが今日の俺らの任務なんだし」

と、答えた。

 

「ほう?というと?」

 

「私たち、今日、入隊指導の、補佐、だから」

天音がそう答え、彩笑がそれに言葉を続けた。

「これから入隊指導があってね、それは主に嵐山隊が担当するんだけど、ボクたちはそのお手伝いなの。戸惑ってる訓練生に声かけて、説明してあげたりとかかな」

 

「なるほど」

納得したように遊真は腕を組んで頷いた。

 

ちなみに真香は元スナイパーという事もあり、スナイパー組の方の補佐を担当したため、ここにはいなかった。

 

彩笑は説明を続けた。

「あとは、まあ、態度の悪い訓練生を注意したりとかだね」

 

「へえ、やっぱりそういうのはいるの?」

何か心当たりがある様子で遊真は尋ねた。

 

「いるよ?……ちょっと前に、そういう子がいてね。その子は身動きできないくらいレッドバレット撃ち込まれて入隊指導が終わるまで放置されてたよ」

 

「それは怖いですな」

真面目な表情で答える遊真を見て、彩笑はケラケラと笑ったあと、

「でしょ?怖いよねー」

まるで他人事のようにそう言い、

「なー、本当に怖いよな」

月守もなぜか便乗し、同じく他人事のようにそう言った。

 

 

 

それから程なくして入隊式が始まり、忍田本部長のありがたいお言葉を経て、嵐山隊が担当する入隊指導が始まった。ボーダーの顔とも呼ばれる彼らはこの手のイベントはお手の物であるのか、淀みないスムーズな説明であった。

 

訓練生は嵐山の指示に従いポジション毎に分かれ、それぞれの訓練場所へと移動を開始した。

地木隊はその最後尾を担う形で訓練生について行った。具体的には、彩笑と天音が先行し、その更に後ろに月守が1人でいるといった状態だった。

 

そこへ、

「月守先輩。入隊指導補佐、お疲れさまです」

月守の更に後方にいた嵐山隊の木虎藍が月守に並びながら声をかけた。

 

「おー、木虎じゃん。お疲れさま。嵐山隊は相変わらず説明がスムーズでいいね」

 

「普段の広報任務の賜物です」

やんわりと微笑む月守とは対照的に、木虎は澄ました表情で会話に応じていた。

「……どう?木虎から見た、今期の新人の手応えはどんな感じ?」

とりあえず適当な話題を月守は木虎へと投げた。

 

「事前にポイントを見る限りだと、2000ポイント台が数人いるようなので、まあ、そこそこ優秀なのはいるという印象です」

 

「……2000ポイント台でそこそこ優秀って、木虎は相変わらず辛口だね」

月守は思わずそう呟いた。入隊時のポイントが3600だった木虎からすればそういう判断にもなるか、と、月守は納得した。

 

ちなみに、月守と彩笑は入隊時の上乗せポイントはあったが、2人とも1000ポイント台であった。

 

「ですが……」

そんな月守の思考を遮り、木虎は言葉を続けた。

「……ポイントや、この後の戦闘訓練の結果だけが全てじゃないのは、よく分かってます」

 

「へえ」

意外だな、と、月守は思った。

「何か思うところがあるのか?」

 

「入隊時1000ポイント、戦闘訓練結果20秒」

 

「……」

木虎は唐突に、とある正隊員の記録を口にし、月守はそれを黙って聞いていた。

 

「私と同期入隊の隊員の記録です。入隊時のポイントだけなら私の方がずっと上ですし、戦闘訓練結果なんて、緑川くんの4秒に比べたら全然遅いです」

 

「……」

 

「でも、私はこの子が同期の中で1番だと断言します」

 

「その理由は?」

月守は木虎へと問いかけた。実際、月守はこの隊員の事を知っているが、あえて、木虎に問いかけた。

 

「ポイントは事前の仮入隊に参加しなければ上乗せなんてされませんし……、戦闘訓練に関してはあの場にいた誰もが認めると思います」

 

「というと?」

 

「……この入隊訓練用のバムスターは耐久力重視ですので攻撃能力はほぼ皆無です。でも、彼女は攻撃能力がないバムスターが動き出すのを()()()()待っていたんです」

 

18秒間待機にも関わらず、戦闘結果は20秒。単純に考えて、その隊員の記録は実質2秒ということになる。

 

木虎は前方を歩いている、柔らかそうな黒のショートヘアの少女の背中を眺めながら、

「失礼、今は一応任務中でした。無駄話をしているヒマはありません」

その話を断ち切り、歩む速度を上げた。

 

月守のよりも数歩前に進んだ木虎だが、

「ああ、そういえば……」

不意に何かを思い出したように、月守に視線を向けて、

「今回は訓練生相手に『レッドバレット』を撃ち込むような事はしないで下さいよ、月守先輩」

と、警告した。

 

月守は苦笑しつつ、

「今はレッドバレットをセットしてないから、安心していいよ」

もっともな理由を口にした。

 

*** *** ***

 

その頃、月守たちとは別行動をしていた真香にも仕事が回ってきていた。

 

「ここがオレたちの訓練場だ」

嵐山隊のスナイパー佐鳥が10フロアぶち抜きの奥行き360メートルという、建物の中なのかと疑うような広さのスナイパー訓練場の説明をする後方で、同じくボーダーのスナイパーである東春秋、荒船哲次と並んでトリオン体の真香は立っていた。ちなみに、隊服は地木隊のものである。

 

『今期のスナイパー志望は8人で合ってるのか?』

佐鳥の説明の背後で、荒船が真香に向かって通信回線を開いて話しかけた。

 

『そうですよ。……ほら、小柄なのに後列にいるので見えにくいですけど、後ろにちゃんと女の子、います』

 

『ああ、ホントだな』

真香の指摘により隠れていた千佳を見つけた荒船は、腑に落ちたようにそう言った。

 

全体の人数を確認した東が真香に指示を出した。

『女の子が2人か……。じゃあ和水。すまないが女の子2人をメインに見ててくれるか?』

 

『了解です。……というか、私はそのために呼ばれたんですよね?』

 

『まあ、ぶっちゃけるとそうだ。最初は那須隊の日浦に頼むハズだったんだが、防衛任務が入ってしまってな。現役を退いた和水に頼むのはどうかと思ったんだが、……すまない』

東は少々申し訳なさそうにそう言った。真香がスナイパーを退いた理由を知っているだけに、東は心苦しいものがあったのだが、

『あはは、気にしなくていいですよ。別に、スナイパーが嫌になったわけじゃないですから』

笑い声で真香は東の心配を吹き飛ばした。

 

『そうか……』

東がそう言ったところで佐鳥の説明が終わり、8人の新人スナイパーはそれぞれ訓練に取り掛かった。

 

男子6人に比べて動き出しが少し遅くなった女子2人を、真香は手早く拾った。

「千佳ちゃん、出穂ちゃん、こっちおいで」

 

「あ!和水先輩!」

呼ばれた千佳は飼い主を見つけた子犬のように真香の元へと移動した。

 

「正式入隊、おめでとう。これから色々あると思うけど、まあ、とりあえず今日は緊張しないで、気軽に訓練して行ってね」

 

「はい!」

千佳はしっかりとした声で返事をしたが、その一方、

「あの……、アタシ、先輩とお会いしたことありましたっけ?」

あまりにもフラットに名前を呼ばれたもう1人の新人スナイパーの夏目出穂は戸惑っていた。

 

そんな出穂の態度とは裏腹に、真香は明るい笑顔を見せて、

「ううん?初対面だよ?名前が分かったのは、手元の資料に名前が載ってるからだよ、夏目出穂ちゃん」

片手に持ったクリップボードをヒラヒラさせながらそう答えた。

 

「あ、なるほど……」

 

「うん、そういうこと。あ、私の名前は和水真香ね。まあ、ひとまず私なんか気にしないで、訓練どうぞ?」

真香は適当な場所を勧めて2人に訓練を始めさせた。

 

 

2人の視界に入らず、それでいて背後も取らない場所に位置どった真香は、全体を見回しつつ、

(やっぱり、師匠がレイジさんなだけあって、千佳ちゃんの実力はこの中じゃ頭1つ抜けてるかな)

そう感想を抱いた。

新人たちの中には思うように的に当たらない子もいるくらいだった。

 

そして、

「うにゃー?なっかなか当たらないね」

真香が担当した出穂もその1人だった。実際には当たってはいるのだが、隣にいる千佳の精度と比べるとどうしても見劣りしてるだけであり、初心者にしては十分であった。

 

「うん?どうしたの出穂ちゃん?」

真香は見ただけでそれが分かったのだが、それでも一応声をかけた。

 

「あ、えっと、その、上手く当たらなくて……」

 

「ふむふむ。……ねぇ出穂ちゃん、試しに、右目で狙ってみてくれる?」

真香はそう指示を出した。

 

「え?右目、ですか?……やってみます」

出穂は言われるまま、イーグレットを構え直し、今まで見ていた左目ではなく右目でスコープを除き、照準を合わせて引き金を引いた。

 

ズドンっ!

ズドンっ!

ズドンっ!

 

と、放たれた弾丸はどれもさっきよりもターゲットマーカーの真ん中に近い場所を射抜いた。

 

「うわっ!?なにコレ!狙いやすい!」

撃った出穂自身が驚いたように言い、真香は安堵の息を吐いた。

 

「あの!なんでなんですか!?」

出穂が真香に、精度が上がった理由を尋ねた。

 

「利き目の問題だよ。利き手とか利き足みたいに、目にも利き目ってあってね。出穂ちゃんはそれが右目なだけってこと」

 

「えっ!?見ただけでそんなこと分かるんですか!?」

 

「ううん。でも、構え方とかは変なクセとか無かったから、多分そうなのかな?って思っただけだよ」

 

「ほへぇ……」

出穂は感心したようにそう言い、続けて、

「あの、試しに先輩、撃ってもらっていいですか?」

 

「え?」

 

「その……、本職の人の腕前を見たいと思いまして!」

 

と、真香に頼んだ。

 

それが聞こえた訓練場のメンバーは、全員が思わずその方向を見た。

 

「うん、いいよ」

真香は今まで掛けていた眼鏡を外してから、イーグレットをその手に展開して構えた。凛とした雰囲気すら漂う構えに、思わず訓練生たちは目を奪われる。

 

真香は照準を合わせ、薄く唇を舐めた。そして、

「ああ、出穂ちゃん。……さっき君が撃った的、ちゃんとスコープで見てて」

そう出穂に告げてから、3度引き金を引いた。

 

しかし、

「……え?全然真ん中当たってなくね?」

と、訓練生スナイパーの1人が言った。

そう、確かに真香の放った3発の弾は的の中心を撃ち抜いていなかった。

 

「え……、なんかがっかり」

「あんなので正隊員まで上がったの?」

「俺らが撃ったのと、大して変わんなくね?」

訓練生スナイパー達は、その背後にいる東や荒船、佐鳥が意味深に笑っていることに気付かず、口々にそう言っていた。

 

しかし、

「う、う、……ウッソーーー!!!?」

その騒めきを掻き消すほどの大声で出穂は叫んだ。

 

訓練生達がギョッとする中、出穂は真香に問いかけた。

「せ、先輩!あれって狙ってやったんですか!?」

 

「うん。もちろん」

 

「ま、マジですか!?」

出穂は驚き、再度スコープで真香が撃ち抜いた的を見た。

 

訓練生達は出穂が驚く理由が分からなかったが、

「……お前たち。あの2人が撃った的をよーっく見てみろ」

背後にいた荒船がそう指示を出し、訓練生は出穂と真香が撃った的を注目した。

 

そこには、中心を射抜かれておらず、()()の弾痕がある的があるだけだったが、

「……あっ!?」

訓練生たちはようやくその異変に気付いた。

 

真香は出穂があらかじめ3発撃った的に、さらに3発撃ち込んだ。しかし、その的には3発しか撃たれた形跡が無い。何故か?

 

答えは単純。

 

真香は出穂が撃ち込んだ3発の上に、狂いなく3発を重ねるように撃ち込んだのだ。

 

訓練生全員がその事に気付いたところで、真香は出穂へと声をかけた。

「こんな感じでいいかな?」

そう言う真香の表情は涼しく、爽やかな笑みだった。

 

*** *** ***

 

スナイパーとは別の、バムスターを討伐するという訓練をしていたアタッカー・ガンナー組は、いたって普通に進んでいた。

 

ただし、それは遊真の出番が来るまでだ。

遊真は速攻も速攻、1秒以下というタイムを叩き出し、さっきまでトップだったハウンド使いの58秒をあっさりと更新した。

 

「事情を知らない隊員がこれ見たら、スカウトが殺到するだろうね」

訓練室の階段の上からその様子を見ていた月守は、その鮮やかな動きに感心してそう言った。

 

「はい。すごく、速い、です」

「ね!言ったでしょ!」

遊真の戦闘を初めて見た天音も感心したように言い、逆に遊真の身のこなしをこの中で1番よく知っている彩笑は嬉しそうに言った。

 

そんな3人の元へ、

「地木、あれが迅の後輩か?」

風間が現れ、尋ねるようにそう言った。

 

「あ!風間さんこんにちは!キクリンにウタリョウも久しぶり!」

真っ先に反応したのは彩笑だった。声をかけてきた風間だけでなく、その背後にいた菊地原と歌川にも声をかけた。ちなみに彩笑は歌川遼のことを『ウタリョウ』と呼ぶ。

 

「命令守らない裏切りものがいるぞー」

彩笑を見た菊地原はわざとらしくそう言い、

「まともに出番来ないまま首を飛ばされた間抜けなA級隊員がなんか言ってる」

彩笑もわざとらしくクスクスと笑いそれに応戦した。

2人の間に歌川と天音が仲裁に割って入るが、しばらくこの口喧嘩は収まりそうになかった。

 

風間の問いには月守が答えた。

「ええ、そうですよ。あれが迅さんの後輩です」

 

「……なるほど。確かに使えそうなやつではあるな」

 

「風間さんも辛口ですね。でも、実際強いですよ?」

 

「だろうな。動きを見れば分かる。実力はおそらく、ポイント8000のマスタークラスはあるだろう」

新人でポイント8000相当。そんな人材が入隊するというのに風間はどこか不服そうであった。

 

「なにか不満でも?」

月守は風間ではなく訓練室でC級に囲まれる遊真を見ながら尋ねた。

 

「釣り合わんな、とは思ってる」

 

「というと?」

 

「迅が『風刃』を手放したことに加え、お前たち地木隊が命令違反をしてまで、あの迅の後輩とやらを入隊させるのは俺の中では釣り合わない」

 

「そうですか?でもポイント8000相当なんですよね?俺たち今、全員それに届いてませんし、丁度いいんじゃないですか?」

 

「とぼけたことをいうな、月守。命令違反のペナルティが無ければ、お前たちは全員マスタークラスだろう」

風間にたしなめられ、月守は苦笑した。

 

そんな月守を横目で見た風間は、階段を降りて訓練室に向かった。

 

「……?」

その行動に月守は疑問を覚えたが、どうやら風間の行動は下にいた嵐山も気付いたようで、声をかけた。

 

すると風間は嵐山に訓練室を1つ貸すように要求し、トリガーを起動させた。戦闘体へと換装しながら、

「迅の後輩とやらの実力を確かめたい」

と、言った。

 

C級は事情が掴めず困惑するが、嵐山は風間に対して模擬戦を取りやめるように言った。逆に遊真は受けて立つ気があるようだが、風間は遊真ではなく、

「俺が確かめたいのは……、おまえだ、三雲修」

修を指定した。

 

「………え!?」

 

その光景を見ていた地木隊に風間隊2人は、これは何かの冗談だと思いたかったが、この中で風間に意を唱えるものはおらず、修は選択を迫られる。

 

そして修が出した答えは……。




後書きです。

しばらくは正式入隊日や、大規模侵攻前までのお話を幾つか載せます。


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第20話「スコーピオン使いVS射手」

スコーピオン使いとシューターの戦いです。


結局、修は風間との模擬戦を受けた。

 

正隊員同士の戦闘が見られるかもしれないとC級は期待したが、残念ながら彼らが望むような戦闘にはならないだろう。

 

そのことを察したのか、嵐山隊の時枝がC級を移動させ始めた。

それを見た月守は、時枝へと通信回線を開いた。

 

『大丈夫か?』

 

『うん。ただ、正隊員同士の戦闘が見たいって子は何人かいるみたいで、残念がってる子が多いね』

 

『ふぅん……。なぁ、この後ってソロ戦用のブースとかにも案内するんだよな?』

月守は確認するように時枝へと質問した。

 

『そうだよ。ここは嵐山さんと木虎が残るみたいだし、地木隊はこっちについてきてもらってもいいかな?』

 

『了解だ』

今日の地木隊の役目は嵐山隊の補佐であるため、月守は時枝から受けた指示を2人に伝えた。

 

「ん、りょーっかい」

「はい、分かりました」

そうして3人は、修と風間の戦闘が始まった訓練室を後にした。

 

訓練室を出て、すぐに月守は彩笑へと個別の通信回線を繋いだ。

『彩笑。あの2人の模擬戦、どうなると思う?』

 

『風間さんの全勝で三雲くんの全敗でしょ?』

 

『はっきりと言うね』

 

『うん。だって、経験、トリガー構成、単純な戦闘力……。三雲くんが勝ってる要素なんて限りなくゼロだもん』

 

『なるほど』

残酷なことを言ってるようにも聞こえるが、月守もほぼ同意見であった。以前共に戦った時は成長の鱗片を感じ取ったが、それはあくまで最低限度の戦闘技術のことであり、今の修は平均的なB級隊員と比べてもまだ劣る。評価できるとしたら、射撃の精度が良いところだが、残念ながら今回の模擬戦でそれは武器にはなり得ないと月守は踏んでいた。

 

月守がそう思考をまとめたところで、

『で?咲耶、要件は何?』

彩笑がそう問いかけてきた。

 

『あ、なんか用事あるって分かるんだ?』

 

『こんなみんなでしてもいいような話を個別の通信回線でしてくるんだから、まあ、なんとなくそう思っただけ』

話が早くて助かる、と、月守は思った。

 

『うん、ちょっと提案があるんだけど……』

そう前置きをして、月守は彩笑に要件を告げた。

 

*** *** ***

 

「はい。ここがC級ブースね。1対1での戦闘ができて、勝った方が負けた方のポイントを少し奪えるところ。訓練生のみんなは、基本的にここでポイントを稼ぐことになると思うから、よく覚えておいて」

ソロランク戦用のブースに訓練生を連れてきた時枝は簡潔にそう説明をした。

 

「……ソロランク戦用の、ブース、久しぶりに、来ました」

 

「ボクらなんだかんだで、ここ1ヶ月くらいバタバタしてたもんね」

 

「そうだね」

天音と彩笑の言葉に月守は肯定を示した。

 

そうしてる間にも時枝の説明が続き、途中で質問を受け付けた。すると、

「すみません、あの大きなモニターは何に使うんですか?」

訓練生の1人がそう質問をした。

 

「お……」

「丁度いい質問だね」

月守と彩笑はどこか楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「……?丁度、いい?」

隣にいた天音はその意図がよく分からなかったが、それはこの後すぐに分かった。

 

「ああ、モニター?」

時枝はブースにある大きなモニターを見ながら質問に答えた。

「ここのブースは正隊員も使うからね。正隊員同士とか、みんなの参考になりそうな戦いがある時はこのモニターでみんなが観れるようになってるんだよ」

 

時枝の説明を受けた訓練生たちは感心したように「へぇ」と言った。

そしてそのタイミングで、

 

 

 

「せっかくだから、実演してもらおうか。

……じゃあ2人とも、よろしく」

 

 

 

 

地木隊の方を見ながらそう言った。

 

「……え?」

 

なんのことか分からず戸惑う天音とは対照的に、

「了解!」

彩笑は嬉々としてそう言い、ブースへと向かって歩き出した。

 

「え、え?」

一層戸惑う天音に向かって、月守は苦笑い見せ、

「ごめんね。彩笑と()()()()()から、ちょっとだけ待ってて」

小声でそう告げてからブースへと向かった。

 

「え?これ何?」

「正隊員同士のランク戦?」

「確かに見たいかも……」

「つか、あの女の先輩普通に可愛くね?」

「男の先輩も、よく見れば…」

 

いきなりの出来事に対し騒つく訓練生の間を抜け、2人は時枝の近くまできた。

「前振りはこんな感じで良かった?」

と、時枝は尋ねた。

 

「バッチリ。いきなりの提案なのによく通してくれたな」

 

「トッキーありがと!」

月守と彩笑はそうお礼を言った。

 

 

 

 

この展開は最初からあったものではない。月守が途中で思いついた、イタズラのようなものだ。

 

思いついたきっかけは時枝が言った、

『訓練生が正隊員同士の戦闘が見れなくて残念がってる』

という言葉だった。

 

(……なら、代わりに俺たちでやるか)

 

アイディアを閃いた月守はソロランク戦用のブースに行く途中に彩笑に話を持ちかけた。

『久々にソロランク戦やろう』

と。

 

幸いなことに状況から彩笑はすぐに月守の言いたい事を理解し、楽しそうな声で、

『いいね!やろうよ!』

月守のアイディアに便乗した。

 

そして2人は時枝へと通信回線をつなげ、半ば無理やり提案を押し通した、というわけだった。

 

 

 

 

ブースに入る前にトリオン体ながらも2人は軽く準備運動をしつつ、ルールを話し合った。

 

「咲耶、何本制にする?」

「んー、5……、いや、3本制。2本先取した方が勝ちで」

「オッケー。ステージは無難に市街地とかでいい?」

「いいんじゃない?あとは……、オプショントリガーはどうする?」

「全部有り」

「了解。……こんなところかな?」

 

「そだね」

一通りルールを定めた2人は準備運動を切り上げた。

 

その場でトントントンと、軽くつま先を叩いた彩笑は、

「ねぇトッキーからは何かある?」

一応、時枝からの意見も求めた。

 

時枝はあまり表情を崩さないまま、

「じゃあ、僕から一個だけ……。延長戦は無し。君たち、それを有りにすると延々とやるでしょ?」

と、言った。

 

「おっしゃる通りです」

「そだね」

2人は小さく笑ってから適当なブースへと入って行った。

 

ブース内で細々と設定を施す間、天音は時枝の側に移動して声をかけた。

 

「時枝先輩、これ、どういうこと、ですか?」

 

「見たまんまだよ。さっきの風間さんと三雲くんの戦闘が見れなかった代わりに、だってさ。せっかくだし、訓練生のお手本とか刺激になればいいかなって思ったんだ」

 

「……先輩たちの、戦闘は、ちょっと、変わってる、ので、お手本にならないと、思います」

天音は淡々とした声で言い、

「……言われてみれば、そうかもね」

今更ながらといった様子で時枝はそう呟いた。

 

「でも、僕も実際、久しぶりに見てみたかったからさ」

時枝はそう言葉を続けた。

 

「私も、です」

そう答えた天音は、最後に2人のランク戦を見たのはいつだったろうかと思い出そうとしたが、そうしてる間に2人の用意が整った。

 

 

 

 

訓練生はこの試合を浮き足立った、どこか軽い気持ちで観戦しようとしていた。

ほんのわずかではあったが訓練生から見た月守と彩笑の2人は仲の良いチームメイトといったものであり、事前のルールの打ち合わせも談笑しながら行っていたからだ。

 

軽い手合わせ程度のものだろう。と、思っていた。

 

だが、そんな考えは見積もりが甘かったのだと、試合が始まってすぐに思い知らされた。

 

*** *** ***

 

『ランク戦3本勝負、始め』

市街地に転送されると同時にアナウンスが響き、試合が始まった。

 

「「見つけた!」」

 

転送場所の関係上、2人は互いに視認できる場所にいた。

 

ほぼ同時に動き出したが、僅かに彩笑の方が速かった。身体を屈め、それをバネのように解き放ち月守へと接近する。それと並行して右に『スコーピオン』を展開し、左のサブ側から『グラスホッパー』を展開した。

 

彩笑から月守まで20歩ほど。その2人の間に彩笑は大量のグラスホッパーを配置したが、

「バイパー」

月守は構えた左手からトリオンキューブを生成しそれを細かく大量に分割して放った。『バイパー』は彩笑の展開した『グラスホッパー』を正確に撃ち抜いていくが、それは彩笑が月守の意識をそらしてその隙に接近するために仕向けた囮だった。

 

「フェイクだよ」

不敵に彩笑は笑いながら言うが、

「知ってる」

月守はあっさりと看破する。彩笑の狙いを見破り、次の手を打っていた。

放たれた『バイパー』の数は『グラスホッパー』の数より多く、撃ち砕くために放たれた『バイパー』以外は彩笑を攻撃するための軌道を引いていた。

 

(ありゃ、やっぱり読まれてる)

作戦が読まれてたことに彩笑は大して動揺せず、降り注ぐ『バイパー』に向かい、真っ向から突撃した。弾丸は細かく『グラスホッパー』を利用して回避し、避けきれないものはスコーピオンで斬り落とした。

 

「そっちで来たか」

月守はバックステップを踏みながら左手のトリガーを『メテオラ』に切り替えて放った。

 

放たれた『メテオラ』は派手な音と爆煙こそ巻き上げたが彩笑には当たっていなかった。

(っ!チャンスっ!ステルスオン!)

月守が放った『メテオラ』の爆煙の中、彩笑は姿を消す隠密用トリガー『カメレオン』を起動した。

 

『カメレオン』は姿を消すことができる非常に便利なトリガーだが、制約がある。このトリガーを起動している間は他のトリガーが使えない。早い話が、姿を消したままスコーピオンでザックリ、といったことはできないということだ。そしてあくまでこれは姿を消すだけであり、レーダーには映っていることに加え、消費するトリオンが多い。

トリオン量が少ない彩笑は普段はセットしていても使わないが、だからこそ月守の不意をつけると思った。

 

レーダーで大雑把ながらも方向を把握した彩笑は、高速移動を維持したまま煙の中から飛び出して月守へと接近した。

 

(いける!)

反応がやや鈍い月守を見た彩笑はそう確信を持ち、その左後方を取った。『カメレオン』を解除し、その右手にスコーピオンを展開して月守へと斬りかかる。

 

完璧に決まるはずだった。

 

月守が気付いた時、背後の彩笑はもうすでに斬撃のモーションに入っていた。

 

「遅いっ!」「罠だよ」

 

2人の言葉は同時だった。

 

その瞬間、月守を中心とした周辺に『バイパー』が降り注ぎ、彩笑の右手にあったスコーピオンを弾き飛ばした。

 

威力は高くないが、不意打ちにも等しいその攻撃に彩笑は動揺した。

そこへ、

「1本もらい」

月守は右手に構えたハンドガンの引き金を容赦無く引き、彩笑のトリオン供給器官を撃ち抜く。

 

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

その音声とともに、3本勝負はまず月守が先制した。

 

 

 

 

ボフンっ!

と、ブース内のマットに背中から叩きつけられた彩笑はすぐに起き上がりブース間の通信機能で月守へと問いかけた。

 

「『メテオラ』で目くらましを決めたと同時に『バイパー』に切り替えて罠を張ったの?」

 

『正解。上手くいって良かったよ』

彩笑の問いに、月守はそう答えた。

 

メテオラで目くらましを決めたと同時に、月守は左手のトリガーを再度バイパーへと切り替え、それを彩笑の視界から外れるように真上に放った後、しばらくしてから落下するような軌道を引いた。高速で動き回る彩笑の動きを少し制限できればいいか、くらいのものであったが思った以上に功を奏した結果だった。

 

「なるほどね」

彩笑もベイルアウトしてからマットに叩き付けられるまでの間になんとなくその予想を立てて確認したが、それは正解だったようだ。

 

納得した彩笑はすぐに気持ちを切り替えた。

「よし!次行くよ!サクッと1本取り返してやる!」

 

『そう簡単にサクッとはいかせないよ』

楽しそうな声で月守は答え、第二ラウンドが始まった。

 

 

 

 

彩笑が転送されたのは市街地の路地裏だった。先ほどとは違い月守を視認することは出来ず、ひとまずレーダーに頼ることにした。

 

(咲耶はどこかな……、あ、見つけた!)

レーダーで月守を捕捉できた彩笑は早速移動を始めた。

 

路地裏を人目につかないよう(咲耶の目につかないよう)巧みに移動する。その間もレーダーで月守の位置を確認し続けていた。

(うん?動かない?迎撃態勢ってことかな?)

レーダー上の月守は細々と動いてはいるが、向かってくる彩笑に対して逃げる様子は無かった。

(うわぁ、これ、がっつり罠張ってるじゃん)

彩笑はそれを警戒しつつもその口元には笑みを浮かべており、楽しそうにしていた。

 

 

 

 

「よし、こんなもんか」

一通り仕込みを終えた月守は、そう呟いた。

月守が選んだのは廃墟倉庫だった。出入り口になりそうなシャッターすら壊れているような廃墟倉庫であり、中はちょっとした体育館程度の広さがあった。

 

月守もレーダーで彩笑が来る方向は把握しており、それに合わせた迎撃用の罠を張っていた。

 

出入り口の内側……、外から来る彩笑から見たら死角となる場所に、月守は()()()()の『メテオラ』をいくつか用意した。狙いとしては、その壊れたシャッターから彩笑が倉庫内に侵入すると同時に、ハンドガンのアステロイドで彩笑ではなく『メテオラ』を撃ち抜き、爆発させる。それで倒せればそれでいい、倒せなくても隙が生まれることは必至であり、その隙をつけばいい。

それが今回の月守の策だった。

 

万全とまではいかないが、凝ってないシンプルな仕掛けゆえに決まれば成功しやすい策だった。月守には成功させる自信があった。

 

(さてと、彩笑はそろそろ着くかな……)

月守はレーダーを確認し、彩笑の位置を把握しようとしたが、

(見つからない……?)

レーダーのレンジが狭いためか、彩笑を捉えられていなかった。

 

(んー、もう少し広げて……、あれ?まだいない?)

レンジを広げたが、それでもまだ彩笑を捉えることが出来なかった。

 

(ちょっと、待て。流石にこれはおかしいだろ?……まさか!)

月守が疑問を持ち、その答えに至ると同時に、倉庫の壁に斬撃が走った。

 

「っ!!」

「咲耶見っけ!」

スコーピオンで斬り刻まれた壁からは、『バッグワーム』を纏った彩笑がこの上ない笑顔で侵入してきた。

 

「ちゃんと入り口から入れよ!」

「罠ガッチリ張ってるのにわざわざ入るかっ!」

もっともなことを言い返した彩笑はバッグワームを解除し、ググッと身体を屈めてタメを作った。そのモーションから月守は彩笑の突撃を予測しハンドガンを構える。カウンターの要領で撃ち抜くつもりだった。

 

彩笑がタメを解き放ち、月守がそれにカウンターを合わせるようにハンドガンからアステロイドを撃った。

 

しかし、アステロイドを放った次の瞬間、月守の首は何故か宙を舞った。

 

「は……?」

月守は舞い上がった視点から、首のない自身のトリオン体と笑顔でその背後に立つ彩笑を見て何が起こったかを理解し、

「ああ、なるほど」

そう言ったところで、

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

敗北を知らせる音声と共にベイルアウトした。

 

 

 

 

1戦目の彩笑同様にブースのマットに叩きつけられた月守は、そのままの態勢で、

「間合いを詰めると同時にテレポーター?」

そう彩笑に問いかけた。

 

『うん、当たり。踏み込みと同時にテレポーターで咲耶の背後に飛んでからの首斬り』

月守の予想は正しく、彩笑からはそんな答えが返ってきた。

 

マットから身体を起こしつつ、月守は口を開いた。

「……負けを取り返そうとして焦って、考え無しに入り口から突っ込んでくると思ったのになぁ。バッグワームまで使ってくるのは予想外だった」

 

『あんな露骨に罠張ってるのに突っ込むわけないじゃん!』

通信越しの彩笑の声は笑っていて、それにつられるように月守も笑い声を返した。

 

「さて、これでスコアは1−1だ。最終戦、いくよ」

 

『アッハハ!負けないよ!』

心底楽しそうな声で彩笑は応え、月守はスタンバイする。

 

スピードの彩笑と、計略の月守。

 

月守の罠を全てかい潜りスコーピオンで斬りつけるか、彩笑のスピードをもってしても避けられない罠を張るか。

2人の勝負は、そういう勝負だった。

 

互いに準備が整い、

『最終戦、開始』

無機質な音声と共に転送され、勝者を決める最終戦が始まった。




ここから後書きです。

この2人はチームなので戦闘シーンは多いのですが、普段は共闘なので書いてて新鮮でした。

この作品を読んでいただき、本当にありがとうございます。これからも更新頑張ります。


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第21話「入隊指導終了」

最終戦は市街地のビル群に2人とも転送された。距離は遠くはないが建物によって視界が遮られ相手が見えていない状態だ。

 

「「チッ!」」

ビル群という条件に2人は思わず同時に舌打ちをした。

 

ここのビル群は地形が少々複雑であり、変幻自在のバイパーや建物ごと破壊するメテオラがある月守が有利に思われるが、その複雑さの反面、出方次第では一気に彩笑は接近可能なため、両者共に一長一短といった条件だった。

 

「バイパー」

月守は右手にハンドガンを用意しつつ、左手でバイパーを放った。建物を縫うように放たれたバイパーが彩笑に襲いかかるが、

「そんな適当撃ちじゃ当たんないよ!」

彩笑はそう言い、あっさりとバイパーを回避しながら月守のいる方向へと高速で向かった。

 

バッグワームを使おうとも考えたが、小細工はやめた。あえて使わずまっすぐに攻めることで時間を与えず、真っ向勝負に持ち込むことにしたのだ。

 

バイパーの雨を3度搔い潜ったところで、彩笑は後退してビル群から抜け出そうとする月守を視認した。

「見つけた!」

 

彩笑はギアを1段階上げ、今までよりもほんの少しだけ早く月守へと肉迫する。月守は大量のバイパーを複雑怪奇な軌道で放ち迎撃しようとするが、彩笑はそのコースが分かっているかのごとく、危なげなく回避して接近していった。

 

だが、

 

「トラップ」

 

と、月守は小声で言った。今までの楽しげな笑みとは違う、低くて思わずゾクッと来るような声だった。

 

「っ!」

彩笑は月守の豹変に一瞬動揺したが、その言葉の意味に気付き、半ば反射的にグラスホッパーを足元に展開し大きく跳んだ。

 

それと同時に回避したバイパーが周囲の地形に着弾し、爆発した。

合成弾のトマホークではなく、あらかじめ周辺に仕込んであった弾速ゼロのメテオラに、彩笑が回避したバイパーがそれに当たるように月守はコースを設定していたのだ。

 

メテオラが、大きな音を立てて爆発する。その火力は並大抵のものでは無く、回避があと少し遅れていたらダメージは免れなかったと、彩笑は思った。

 

(最終戦はちょっと気合い入ってる、かな?)

試合開始からここまでの短いやり取りで、彩笑は月守の意図をそう解釈し、気持ちを切り替えた。

 

彩笑は着地と同時に意図的に短く一呼吸入れ、気持ちを切り替えた。手を抜いていた訳ではないが、より一層、真剣味を増した精神状態で月守へと対峙した。

 

「フッ!」

右手にスコーピオン、左手にはグラスホッパーを待機させて彩笑は月守へと再度間合いを詰めた。

 

「バイパー」

それに対し月守は左手を自身の身体を使って彩笑から見えないように隠した状態でバイパーを放った。左右、上空と彩笑の視界の外へとバイパーは広がっていき、それは一気に襲いかかる。

その軌道はやはり複雑怪奇で、見えているならまだしも死角からの弾丸まで避けられるとは到底思えない。

しかし、彩笑はそれを回避する。間合いを詰める速度を殺さず、最小限のグラスホッパーの使用と回避動作だけで躱していく。

数発被弾したがいずれも掠めた程度であり、この弾幕の中なら上々だと彩笑は思いつつ、月守に接近しアタッカーの間合いに持ち込んだ。

 

右手のスコーピオンを振るって月守へと斬りかかるが、

「危ないね」

その意味に反して全く危機感がこもっていない様子の一言と共にあっさりと月守は躱した。

 

「チッ!」

彩笑は小さく舌打ちをして再度斬りかかる。速度に乗った連続技だが、月守も、まるであらかじめどんな斬撃が来るのか分かっているかのように彩笑の斬撃をあっさりと躱してみせた。

 

ボーダー全スコーピオン使いの中でもスピードだけに限れば彩笑はトップクラスだ。この戦闘をモニター越しに見ている訓練生からすれば彩笑の斬撃速度は速すぎて、かろうじて目で追えるが回避は到底出来ないように思われたが、月守はその斬撃を全て回避し続ける。

 

「この……っ!」

思わず彩笑が大振りの斬撃を放とうとスコーピオンを振るったが、

「ん」

月守は自然とそのモーションの隙を突くようにに右手のハンドガンを構え、銃口を彩笑の額に向けた。

 

躊躇わず引き金を引いて銃弾を放ったが、その先に彩笑の姿は無かった。斬撃をキャンセルして回避に移り、月守から距離を取っていた。

 

膠着状態となり、彩笑は月守に向かって、

「相変わらず回避は上手いね」

と、言った。

 

月守は彩笑に向けてハンドガンを構えたまま答える。

「どっかのスコーピオン使いと訓練生時代に毎日ランク戦してたからかな」

 

「へぇ。じゃあ咲耶はそのどっかのスコーピオン使いには感謝しないといけないね」

 

「そうだな。この試合が終わったら感謝の気持ちを込めてココアでも奢るよ」

 

「やった!」

月守がどっかのスコーピオン使いに向けた言葉に対し、彩笑は我が事のように喜んだ。

 

そんな彩笑に対して月守は小さく笑みを見せ、

「彩笑こそ、死角から来るバイパーをよく避けられるな」

と、言った。

 

すると彩笑はにぱっと笑って、

「んー、どっかのバイパー使いと訓練生の頃、飽きるくらいにランク戦で戦ったからかな?弾道の癖とか、すっかり把握してるもん」

そう答えた。

 

「へぇ?じゃあ彩笑はそのどっかのバイパー使いに感謝しなきゃいけないね」

 

「やだ」

 

「オイコラ」

 

「アッハハ!おしゃべりはここまで!そろそろ終わらせるよ!」

彩笑は威勢良くそう言い、攻撃に出た。

 

両手にサイズがバラバラのナイフ状のスコーピオンを計8本展開し、その内の6本を上に放った。

 

(撹乱のつもり?)

 

月守はその軌道を見てから小さくため息を吐き、

「なにこれ?」

と、彩笑を見て問いかけた。

 

だが、彩笑はそれに答えず、両手に残した2本のスコーピオンを握りしめ月守へと肉迫していた。月守が上のスコーピオンに気を取られたほんの一瞬で一気に間合いを詰めていたのだ。

 

「っ!」

月守の反応は一瞬遅れたが、斬りつけてくる彩笑の斬撃を回避する。たとえ2本になろうとも、彩笑の斬撃なら躱せる自信があった。しかしその連続技の最中、彩笑が不意に左手のスナップを利かせてスコーピオンを上に放るように手放した。

そして、

「ボクの勝ち」

不敵な笑みを浮かべそう言った。それと同時に、()()()()()()()()()()()()()()持ち替えた。

 

「!!?」

それがさっき放ったスコーピオンだと月守は理解するも、そんなの御構い無しといった様子で彩笑は斬撃を再開した。

 

その振るった初撃が月守の頬を掠る。

(……っ!?掠った!?)

思わぬダメージに月守は動揺し、彩笑はそこを畳み込むように攻撃を続けた。

 

斬りつける。

 

スコーピオンを手放す。

 

別のスコーピオンを受け取る。

 

斬りつける。

 

スコーピオンを手放す。

 

別のスコーピオンを受け取る。

 

彩笑はこの工程を高速で繰り返し、月守にダメージを与え続けた。さっまで避けられたのがウソのように、月守には斬撃が決まっていく。

 

「くっそ!」

月守は予想外の展開に焦り攻撃のためのハンドガンを構えたが、

「甘いっ!」

彩笑はその高速の斬撃でハンドガンごと右手を斬り落とした。

 

月守は残った左手を構えて再度攻撃を仕掛けようとした。

「っ!メテオ「はい、お終い」

しかしアタッカーの間合いでシューターの攻撃を繰り出すのは無謀。ましてや相手は屈指のスピードを誇る彩笑だ。

 

月守は最後に一矢報いることも叶わず斬撃を喰らい、

 

『伝達系切断、月守ベイルアウト』

 

本日2回目のその音声を聞き、ベイルアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

ブース内のマットに倒れたまましばらくの間無言だった月守だが、

「最後のあれ、新技?」

ようやくといった様子で、そう言った。

 

『うん』

通信越しの彩笑の声は明るく、月守の問いかけに答えた。

『技名は《蠍の群》。放り上げたスコーピオンを連続技の途中で持ち替えて攻撃を続けるんだけど、()()()()()()()()()()()()()()()んだ』

 

「なるほど。そういうことね。そりゃ、戦闘中にポンポンと武器のリーチが変われば対応しきれるわけないか……」

 

その結論に至った月守は、ゆっくりと身体を起こした。

 

「それにしても、よくそんなの思いついたな」

 

『あはは、一応練習したもん。攻撃中にスコーピオン掴むの、意外と難しいんだよ?』

 

「だろうね」

 

『練習中は2回くらい失敗して頭に刺さったし』

 

「俺はそんな技に負けたのか……」

割と真剣な月守の声を聞き、通信越しの彩笑はケラケラと笑った。

 

「もう、単純な点取りじゃ彩笑に勝てないかな」

彩笑の笑い声が止まると同時に、月守は呟くように言った。

 

『そんなサポート重視のトリガー構成で点取り勝負を挑む方が間違ってると思う』

 

「かもな」

 

『うん。ねえ咲耶、次は点取り用のトリガー構成にしてよ。今でも楽しかったけど、ちょっと物足りなかった。この勝負はボクらの戦績にカウントしないから、次は全力の勝負、やろうね』

約束だから、と、彩笑は付け加えた。

 

それを聞いた月守は小さく微笑み、

「了解」

と、答えた。

 

そして、

「……ところで彩笑。この勝負を戦績にカウントしないってことは、戦闘中のことは無かったことにしていいのかな?」

不意にニヤリと笑みを浮かべて確認するように言った。

 

その意図を図りかねた彩笑は、

『え?……んー、まあ、そういうことで、いいんじゃない、かな?』

小首を傾げつつ、そう答えた。

 

その瞬間、

「りょうかーい。じゃあ、俺が試合中に言ったココアうんぬんとかも無しでいいよな?」

と、言った。

 

『……あ、あーーー!?』

試合中の会話を思い出し、彩笑は思わずそう声を上げた。

 

『な、ナシ!じゃなくて、それだけはアリ!ココア奢って!』

彩笑は慌ててそう言うが、

「んー、あれー?なんか通信状況悪いなー?まあでも、試合中の約束を反故にしてくた所まではしっかり聞こえたから、別に問題ない」

月守は鮮明に聞こえる彩笑の言葉に対して、楽しそうに言い返してブースから出て言った。

 

*** *** ***

 

2人が軽い言い争いをしながらブースから出ると、いつの間にか異常にテンションを上げていた訓練生に驚いた。彼らは口々に、

「速すぎてよく分からなかったけど、凄かったです!」

「弟子にして下さい!」

「感動しました!」

「さすがですね!」

「マジリスペクトっス!」

そんな事を言っていた。

 

3名ほどは、

『オレたちだってその気になれば……』

と言いたげな表情をしていたが、月守と彩笑は訓練生のテンションの高さに驚くあまり気付かなかった。

 

2人は訓練生をなんとか(無理やり)時枝に押し付けて、少し遠くにいた天音のもとに移動した。

 

「神音ちゃんゴメン!待たせちゃった!」

 

「いえ、全然大丈夫、です。あ、たった今、連絡2つ、入りました。聞きます、か?」

天音は耳に当てていた左手を離しながら2人に向かってそう言った。

 

「ん、ああ。そういえばボクら、戦闘中は通信切ってたんだっけ」

今更ながらに彩笑は思い出したようにそう言い、

「お、ありがとね、神音。それで、どんな連絡?」

月守はやんわりとした笑みで天音に連絡の詳細を尋ねた。

 

「えっと……、まずは、風間さんと、三雲くんの、模擬戦、終わりました」

 

「ああ、模擬戦?結果は分かりきってる気もするけど、一応教えてくれる?」

彩笑の問いかけに対して天音はほんの少しだけ躊躇ったあと、

「25戦やって、風間さんの24勝、1引き分け、です」

そう結果を告げた。

 

その途端、

「ウソでしょ!?師匠が引き分け!?」

と、彩笑が狼狽えた。

 

ボーダー本部内ではあまり有名ではないが、彩笑に剣技とステルス戦闘の基礎を教えた師匠は風間である。一時期、といってもほんの2週間ほどだが風間が教えたのだ。

風間からすれば、

「師匠と呼ばれる筋合いは無い」

と言うが、彩笑からすれば唯一と言ってもいい師匠だった。

 

その風間の実力をよく知る彩笑からすれば、たとえどんな経緯があったとはいえ、修が風間と引き分けたということがにわかには信じられなかった。

 

そんな彩笑はさておき、といった様子で、

「……もう1個の方の連絡は何だったの?」

月守は天音にもう1つの連絡事項について尋ねた。

 

「あ、それなんですけど……。スナイパーの、訓練の方で、何かあった、みたい、です」

天音の答えに、月守は首を傾げた。

 

「ん?何かって?」

 

「えっと、私もよく、分からない、です……」

どうやら天音自身も要領を得ていないようだった。

 

ならばと思い、月守は現場にいるであろう真香へと通信を繋いだ。

『あー、真香ちゃん、聞こえてる?』

 

『月守先輩ですか!?すみません、今ちょっと立て込んでて手が離せな……』

通信が繋がったのはいいが、すぐに通信は切れてしまった。普段の落ち着いた声とは違い、どこか慌てたような、そんな声だった。

 

「……真香、慌てて、ました、ね」

月守は今回、個別ではなく地木隊全員で共有している回線を使ったため、今の短いやり取りは天音と彩笑も聞いていた。

 

そこからの行動は素早かった。

「よし、じゃあ行こっか」

即決と言ってもいいレベルで彩笑がそう言い放ち、

「はい、了解、です」

「了解」

天音と月守はそれに肯定して行動を開始した。

 

去り際に月守は時枝と目が合ったが、時枝は引き止める事はせずに快く地木隊を送ってくれた。

 

*** *** ***

 

「ほんとうにごめんなさい」

そう言いながら土下座をする千佳と、それに対して土下座を返す佐鳥、そして訓練場の壁に空いた巨大な穴。

 

地木隊がスナイパーの訓練場に辿り着いて目にしたのはまずそれだった。

それを見た月守は大体の事情を察した。

 

以前の玉狛支部でのやり取りで月守はレプリカにトリオンを計測してもらった際に、

『チカには数歩劣るが、かなりのトリオン量』

という評価を貰っていた。

月守はその時漠然ながら、

(へぇ、このちっちゃい子、俺よりもトリオン多いんだ)

そんな事を考えていた。

 

確証は無いがそれらの事から月守は、

『ズバ抜けたトリオン量を持つ千佳がアイビスで基地の壁に穴を開けた』

大方そんなところだろうと予想した。

 

大した事件と言ってもいいのだが、今の地木隊の関心はそのことでは無く別の事に向いていた。

 

今の地木隊の関心は、同じ訓練場にいた真香と、

「お願いしますっ!アタシを弟子にして下さいっ!」

そう言いながら全身全霊をかけて土下座する夏目出穂に向いていた。

 

何があったか分からないながらも3人は真香たちに近付くが、どうやって声をかけようか判断に困った。

 

どうするか迷ったが、ひとまず、

「あのさ、真香ちゃん。何があったか知らないけど、とりあえず年下を土下座させちゃダメだよ?」

冗談めかした色を含ませた声で月守がそう声をかけた。

 

「あ!月守先輩に、隊長、それにしーちゃん……、って、あの!その言い方だと私が土下座させてるみたいじゃないですか!?」

 

「あれ?違うの?」

 

「違います!これはですね……」

そうして真香の口から事の経緯が語られた。

 

真香が新人の女の子2人の訓練を監督したこと。

途中で正隊員の腕前が見たいと言った出穂のためにイーグレットを起動したこと。

久しぶりの感覚にテンションが上がってちょっと格好つけたこと。

そしてそれに感激した出穂が真香の弟子になりたいと頼みだしたこと。

これが事の経緯だった。

 

その説明を聞いた3人は「ああ、そういうことね」と、納得した。

 

「やらないの?師匠?」

なんの気なしに月守は真香に向かってそう言った。

「そんな軽いものじゃないんです。…私、今、現役退いてオペレーターなんですよ?そんなに教えてあげる時間も機会も無くて、逆に出穂ちゃんに迷惑かけちゃいます」

 

「迷惑なんて思わないっす!」

真香のその言葉に、月守では無く出穂が反応した。

「お時間がある時でいいので!先輩のスケジュールに無理はさせないので!弟子にして下さいっす!」

 

必死に頼み込む出穂を見て、真香は困ったように言葉を返す。

「や、でも…。出穂ちゃんが知らないだけで、ボーダーにはすごいスナイパー、たくさんいるよ?ほら、佐鳥先輩だって、《ツインスナイプ》っていう必殺技が……」

そこまで言いかけた所で、真香の視界に必死で土下座する佐鳥が映り、言葉を切った。

 

「お願いしますっ!」

 

「だから、その……。私、ちゃんと出穂ちゃんに付いてあげられないから、一人前になるまでってなると、凄く時間掛かっちゃうし…」

 

「それでもいいっす!」

 

「それだと申し訳ないよ……」

本当に申し訳無さそうに真香はそう言った。

 

自分じゃどうにもできない、そんな様子で真香は珍しく困っているように見えた。

 

そんな状況を察した月守は、

「じゃあ、こうしようか」

やんわりと笑みを見せて提案した。

 

「ひとまず真香ちゃんは、しばらく出穂ちゃんの面倒を見る」

と。

 

「ちょっと、月守先輩!?」

真香は慌ててそう言うが、月守は落ち着いたまま言葉を続けた。

 

「ただし、時間の都合がつく時だけ。で、真香ちゃんは出穂ちゃんが変な癖とか付かないように、スナイパーの基礎をしっかりと教えること」

 

「……」

言いたいことはあるが、それは月守の説明が終わってからにしようと真香は決めて、大人しく説明に耳を傾けた。

 

「それで、出穂ちゃんが一人前とまではいかなくてもある程度まで形になったら、真香ちゃんが仲介して相性の良いちゃんとした師匠をつける。2人とも、これならどうかな?」

と、月守は穏やかな声でそう提案した。

 

月守の提案を受けた真香は少し悩んだ素振りを見せ、

「……うーん、それなら、まあ、いいかな?」

と、一応納得した様子でそう言った。

 

それを聞いた出穂は、ぱあっと笑顔を見せた。

「ほ、ホントっすか!?」

 

「あ、うん。その、出穂ちゃん、これでもいい?」

 

「はい!」

本当に嬉しそうにそう言う出穂を見て真香はホッと一息つき、月守へと通信回線をつないだ。

 

『月守先輩、ありがとうございます』

 

『んー、どういたしまして。……まあ、色々あるけど、頑張ってね』

 

『はい』

そう言う真香の表情は嬉しそうで、それだけで提案して良かった、と、月守に思わせた。

 

*** *** ***

 

この入隊式の日からボーダーにはいくつかの噂が流れた。

 

『戦闘訓練で1秒以下のタイムを出した新人がいる』

 

『B級に上がり立てで風間さんと引き分けた奴がいる』

 

『壁をアイビスで撃ち抜いた新人がいる』

 

そしてそれとは別に、主に新人隊員の間で、

『オリエンテーションの時自分たちを指導してくれた、地木隊ってチームが凄え』

という別の噂が流れていたのだが、本人達がそれを知るのはしばらくしてからだった。




ここから後書きです。

なんとか無事に入隊指導が終わりました。
地木隊4人が誰1人として新人たちに手を出さなかったことに安堵しています。

そろそろ大規模侵攻が見えてきましたが、もう少々話を挟んでからになると思います。



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第22話「研究室」

今回は今まで名前だけ出ていたオリキャラが1人登場します。


正式入隊日から数日経ったある日、月守は本部の研究区画のとある一室に足を運んでいた。

 

壁一面の棚には埋め尽くさんばかりの研究資料。

至る所に設置されたよく分からない機器やパソコン。

いかにも研究者、エンジニア然とした部屋に月守はいた。

 

この部屋には今、月守の他にもう1人いる。この部屋の主である女性だ。

その女性は月守に背中を向けながら、一心不乱とまではいかないが真剣な面持ちでモニターを見ながらキーボードを叩いていた。

 

「月守は弟子を取らないのかい?」

その女性が月守に対して質問してきた。特別大きな声というわけではないのだが、よく通るアルトボイスだった。

 

「……いや、弟子ってなんのことでしょう?」

 

「うん?いやほら、噂だと和水ちゃんが弟子を取ったと聞いたからさ」

モニターを見ながら、月守を一瞥もせずにその女性は世間話のように月守との会話を続けた。

 

「さすがに真香ちゃんのアレはレアなケースだと思いますよ。普通、俺たちの年ならまだ師匠に指導を受ける段階ですし」

 

「指導を受ける、ね……。和水ちゃんは誰の弟子だっけ?」

 

「……賢とかと同じだった気がしますから、東さんじゃないですか?」

月守はそう答えて、この部屋に入った時に出された缶コーヒーを一口飲んだ。

 

「かなり弟子が居るんだね、東は……。というか、賢って誰だっけ?」

 

「賢はアレです。嵐山隊のツインスナイパー」

月守は説明を聞いて、その人物は納得したような声を出した。

「ああ、佐鳥くん?そういえばそんな名前だったね。忘れてた」

 

「……他言無用にしましょうか?それ。あいつ、日頃からなんか影薄いとか思われるの嫌ってる節がありますから」

 

「ランキング5位の嵐山隊にいて影薄いって、ある意味才能だとワタシは思うよ」

 

「よく言いますね。忘れてたのに」

月守のたしなめるような声を聞き、モニターに向かうその女性の肩が揺れた。声には出さないが、笑っているようだった。

 

「人間は忘れる生き物だからねぇ。まあ、その際たる例が君だけどさ」

女性はそこで言葉を切った。

 

月守はどう答えるか迷い、困ったように笑った。

「……さて、何のことか俺にはサッパリです。それより、トリガーの調整、あとどのくらいで終わります?」

そして強引に話題を変えて、女性が取り組んでいる作業の進捗状況を尋ねた。

 

「すぐ終わるよ。君の今回のオーダーはそんなに手のかかるものじゃなかったし、確認を兼ねたちょっとした微調整だけだから」

 

「楽でした?」

 

「多少はね…。と、よし、終わりっと」

女性はそう言い、小気味好い音を鳴らしながらエンターキーを押した。

そしてそれが合図だったかのように月守は立ち上がり、女性の近くまで歩みよった。そしてその傍らには、月守のトリガーホルダーがパソコンに接続された状態で置かれていた。

月守はそれを指差しながら、

「トリガーからコード、外しても大丈夫です?」

と、尋ねた。

 

すると、今までモニターに向かっていた女性が月守の顔を見た。

肩まで伸ばした黒髪に、本人曰く遠い先祖の隔世遺伝だと言うエメラルドグリーンの瞳。日常的に着ているためか、白衣がとても似合う美人さんだった。

その女性はニコッと笑いながら口を開いた。

「スマートフォンの充電器外す感じでブチっとどうぞ」

 

「それ、分かりやすい例えですね」

それに反して月守は丁寧にコードを外してトリガーを手に持った。

 

「根が真面目だねぇ。ワタシはブチっとやって良いって言ったのに」

 

「20分もかけて調整してもらったのにそんな雑に扱えませんよ」

月守はやんわりと微笑みながらトリガーホルダーを懐にしまった。

それを見て女性はゆっくりと右手を伸ばして月守の頭の上にポンと置いた。

 

「良い子だねぇ、月守は」

そう言いながらその女性は月守の頭を撫でた。年の離れた姉弟を思わせる光景だった。

 

「はは。どうも。調整ありがとございました、不知火さ()

月守は褒められたことと頼んだ作業を無事に完遂してくれたことに対して、その女性の名前を呼びながらお礼を言った。

 

「……んー、どういたしまして」

お礼を言われた不知火はニッコリと笑い、とても楽しそうに言葉を続けた。

「でも月守。残念だけど、会話しりとりはワタシの勝ちだ」

と。

 

 

*** *** ***

 

 

不知火花奈。

本部所属のエンジニア。若いがその実かなりの古株メンバーであり、古参メンバーの1人である小南が言うには、

「あたしが入った時にはもう研究室に当たり前みたいな顔していたわよ」

とのこと。

 

広いジャンルの専門知識を持っているが、今はトリオンとトリガーの研究に重点を置いている。

特にトリガーに関しては、『カメレオン』や『レッドバレット』などの強力だが一癖あるトリガーの開発には必ず携わっているという凄腕のエンジニアだ。

 

とある事情で地木隊との繋がりがあり、度々手を貸している。逆に、地木隊も試作段階のトリガーのモニタリングを任されることもある。

 

両者の関係は今の所、持ちつ持たれつといった状態だった。

 

*** *** ***

 

 

そんな不知火は一仕事終えた後の一服と言わんばかりに、月守と同じように缶コーヒーを飲みながら研究室に備え付けてあるソファに移動していた。その向かいには、テーブル1つ挟んで月守が座っていた。

「いやでも、どっちにしろ俺の負けですよ。俺は所々悩んで止まるのに、不知火さんは仕事しながらなのに淀みなく答えるんですもん」

月守は潔く『会話しりとり』の負けを認めて、勝者である不知火に対してそう言った。

 

「はっはっは。まあ、女性の方が並行作業に向いてるからねぇ。ほら、世の主婦達はテレビを見て内容を頭にしっかり入れてるのにも関わらず、夕食の用意だって問題なくこなせる方が多いだろう?それの延長」

 

「ああ、なんか聞いたことあります。確かそれが理由でボーダーのオペレーターは女性が多いんでしたっけ?」

 

「そうそう。まあ、君のよく知るあの子のような多少の例外はいるけれども、それが理由でボーダーのオペレーターには女性……というか女の子が多いね」

わざわざ不知火は『女性』を『女の子』と言い直した。

 

すると手にしていた缶コーヒーをテーブルの上に置き、空いた右手で自身の顔を覆った。そして、

「……はぁ。若い子が羨ましい……」

心底羨ましそうにそう呟いた。

 

正直、どう反応すればいいのか月守は困ったので、

「まあ、不知火さんだってまだ十分若いんですし、あまり気にしない方がいいんじゃないですかね?」

と、言ってみた。

 

だが、

「……月守。試験で満点取った人から、

『あなただっていい点数じゃない。少なくとも、平均よりはずっといいわよ』

って言われても嬉しいって思える?」

 

「……いえ。少なくともイラっとしますね」

 

「でしょ?つまりはそういうことよ」

と、若干恨めしそうに言われた。どうやら月守の発言はこの場に不適切だったらしい。

 

(どう答えるのが正解だったんだろう…)

世の中の理不尽さの1つを月守は学んだ。

 

月守が反省したような雰囲気を出したところで、不知火は何て事ないように口を開き、

「まあ、さっきの例え話は、ワタシが高校生だったころに実際に言ったセリフなんだけどね」

と、言った。

 

「嫌な高校生ですね」

 

「ワタシは試験前にノート燃やされるっていう先制攻撃食らってたんだ。その反撃だから無問題」

しれっとした態度で不知火は言い放ち、

「ああ、だったら無問題ですね」

月守は納得したようにそう言い、2人は互いに笑った。

 

 

落ち着くためにコーヒーを一口飲んだところで、不知火は話題を変えた。

「……ところで月守。なんでまたトリガー構成を変え…いや、前の火力型の構成に戻したの?」

と。

 

今回月守が不知火に頼んだ事は、トリガー構成の変更だった。月守は1つのトリガーを極めるよりは複数のトリガーをバランスよく磨いて、その状況に合わせたスタイルを選ぶタイプだった。そのため、トリガー構成をちょくちょく変更していてそれを不知火に頼んでいるのだが、今回は勝手が少し違った。

月守が地木隊において担う役割は、彩笑と天音のサポートだ。そのためトリガー構成もそれに見合ったものにするのだが、今回の構成はいつものそれとは異なり、サポートと言うにはいささか攻撃的過ぎる構成だった。

 

すっかりぬるくなった缶コーヒーをテーブルに置き、月守は口を開いた。

「理由は、まあ、何個かありますけど、1番は大規模侵攻に備えてですね」

 

「ん、ああ。近々、ネイバーが大量に攻めてくるんだっけ?」

月守に言われて不知火は思い出した。

 

先日、ボーダー内で1つの発表があった。それは、

『近日中にネイバーによる大規模侵攻が起こる』

というものだった。

 

迅が持つ『未来視』のサイドエフェクトと、遊真とレプリカが持つ情報からの予測であり、その精度は信頼の置けるものであった。

 

その発表以来、ボーダー内の空気は少しピリピリとしている。来たる敵に備えてか、ソロ戦用のブースには普段よりも多くの正隊員が連日集まってランク戦をしていた。

 

地木隊の隊長である彩笑もここ数日はソロランク戦に顔を出していた。表向きには、

「つまんないイタズラをした駿の根性を叩き直してる」

と言っていて、毎日緑川のポイントが徐々に減っていた。

 

普段無表情でこういったことにも動じなさそうな天音も、訓練室で1人黙々と弧月を振るって個人練習をしたり、ソロランク戦に顔を出したりしていた。

 

そして月守もその空気に感化され、トリガー構成を変更しにきたという訳だった。

 

「……まあ、そういうことなら納得。実際、この構成ならサポートの面では劣るかもしれないけど、火力と攻撃の幅は今まで君が試した構成の中でも1番だ。()()()()()()()()()単騎でも問題なくいけるでしょ」

不知火はゆったりとした口調でそう言った。

 

それに対して月守は、

「……例え人型がいても、やれます」

と、いつになく真面目な声で答えて俯いた。

 

「……」

そんな月守を見て、不知火は1つため息を吐いた。

「……月守。まだ夕陽くんの件を引きずってるのかい?」

 

「……引きずってないと言えば、嘘になります」

 

「まあ、だろうね。まだ半年そこらでどうにかなってる方がおかしい。でも月守。人生の先輩として言わせてもらうけど、もし君がその気持ちを持ったまま今回の侵攻に当たるなら、それはただの八つ当たりだ。4歳5歳の子供の癇癪となんら変わらない」

不知火はそう言って、まだほのかに温かいコーヒーを一気に飲んだ。

 

「何より、君が生きてるのは過去じゃなくて今だ。向かうのは未来なんだ。捨てろ、とは言わない。その気持ちはまだ持ってていい。ただ、それを清算するのは今じゃない。分かるね?」

諭すような、優しい声だった。

 

それを聞いた月守はゆっくりと顔を上げた。その表情は、いつものようにやんわりとした微笑みだった。

 

「わかってますよ、不知火さん。その…夕陽さんには悪いと思いますけど、今の俺にはそれよりも大切にしたい理由があるんです。だから俺は、そのためにここに来たんですよ」

その声もいつもの月守となんら変わらない、穏やかなものだった。

 

(心配しすぎたね)

不知火は安堵して月守の言葉に答えた。

「うむ、よろしい。というかね、夕陽くんはその辺あんまり気にしないと思うよ?むしろそっちを優先してたら、

『おまえ、つまんない生き方してんなあ』

って呆れ顔で言うんじゃないかな?」

 

「ですね。ってか、不知火さん今のマネ、ビックリするくらい似てました」

 

「でしょ?昔から誰かの声真似は得意なんだよワタシ。他には…、

『咲耶ー、ココア飲みたいー』」

 

「自分で買って……、って、似すぎです!思わずいつも彩笑と話してるノリで答えるところでしたよ!」

不知火の特技に月守はただただ驚いた。

そんな月守の反応を見て、不知火は面白そうに声真似を続けた。

 

「あとは……。

『おい月守。お年玉の借りはいつか返してもらうぞ』

とかかな」

 

「ああ、二宮さんも似てる……っていうか!なんでお年玉のこと知ってるんですか!?」

思わず問いかける月守だが、不知火はそんな月守が面白くてケラケラと笑っていた。

 

「あー、お年玉?あの後ボーダーで新年会があってね。二宮くんもそれに参加してて、酔い潰してみたらそんな事言ってたからねぇ」

 

「マジですか……」

射手の王はエンジニアに敗北していた。

「あとついでに太刀川くんと風間くんも酔い潰した」

ソロランキングトップ3人がエンジニアに敗北していた。

「あわよくば東も潰そうと思ったんだけどね。いやーさすがに無理だった」

最初のスナイパーだけが生き残ったようだ。

 

「ついでにで被害者増やさないでください」

月守は呆れたように言い、不知火はただただケラケラと笑っていた。

 

「……早く君たち地木隊も20歳になりなさいな。そうすれば君たちとも楽しくお酒が飲める」

不知火は何の気なしにそう言った。

 

「……」

僅かな沈黙を月守は挟んだ後、

「俺と彩笑……、あとまあ、真香ちゃんはともかく、神音には手心加えてあげてください」

と答えた。

 

それを聞いた不知火はニコッと笑って、

「安心しなさいな。ワタシがちゃんとお酒を飲めるようにしてあげるよ」

そう、答えた。

 

 

それから2つ3つ話題を交わした後、月守は不知火の研究室を後にしようとした。

 

「もう行くのかい?」

 

「はい。コーヒー、ご馳走さまでした」

 

「はっはっは。どういたしまして。…ああ、そうだ。最後に1つ、伝言を伝えるように言われてたんだ。いいかな?」

 

「伝言?」

不知火は残った缶コーヒーを飲み干してから、月守に対して言った。

 

「可愛い子には旅をさせよ、だってさ」

 

「それ、誰からの伝言ですか?」

月守の問いかけに対して不知火は肩をすくめながら、

「実力派エリートからの伝言だよ」

と、答えた。

 

実力派エリート。ボーダー本部でそう自称する隊員を、月守は1人しか知らない。

 

(……何か未来が、視えてるのかな)

そんな予想を立てつつも月守は

「……了解です」

とだけ答えた。

 

迅が託したことわざの意味を考えながら、不知火の研究室を後にした。




ここから後書きです。

最近、文章書いたり打ち込んだりしてるときに『弧』という文字が出ると、次の文字を自然と『月』と書いてしまう現象に襲われています。
試験勉強のためにルーズリーフを見直すと、不自然なところに『弧月』と書かれてます。

追記。
2016年3月4日発売のBBFより、佐鳥は東さんの弟子ではないということが判明しました。会話中のしりとりの内容がおかしいことになりますが、月守はスナイパー界隈にはあまり詳しくないため、しょっちゅうご飯を奢ってもらっている光景を見て誤解していたという扱いにします。


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第23話「月の刀と蠍の刃」

今回は番外編的な気持ちで読んでもらって大丈夫です。


ここ数日、ソロランク戦用のホールは賑わいを見せていた。

理由は先日ボーダー内で発表されたネイバーによる大規模侵攻によるところが大きい。普段よりも規模の大きな戦闘が予想され、正隊員たちは少しでも腕をあげるべく連日ブースに詰めかけていた。

 

そんな中、

「あ」

「どうも。こんにちわ」

たまたま隣り合ったブースに入ろうとしてバッタリ目が合ったペアがいた。

 

片方の少年が記憶をたぐったような仕草をして、相手の名前を正確に呼んだ。

「えっと……、あまねしおん……、で名前合ってる?」

 

名前を呼ばれた天音はコクンと頷いた後、

「うん……、合ってる、よ、空閑遊真、くん」

いつもの無表情と平坦な声で答えた。

 

「遊真でいいよ」

 

「うん、分かった。私のことは、好きに呼んで、いいから」

 

「そっか。じゃあ、あまね」

2人はそう言葉を掛け合った。1対1でこの2人が話すのはこれが初めてだった。

 

ブースの扉に手をかけながら遊真は天音に問いかけた。

「今からソロランク戦やるの?」

 

「あ、うん。……遊真くんも?」

 

「うん。早くB級に上がらなきゃだからさ」

遊真はそう答えて左手の甲を天音に見えるようにかざした。

 

「……2301点。すごい、勢いで、ポイント、集めてるね」

 

「おれよりポイント高い人少なくなってきたから、最近はちょっとペース落とし気味だけどね」

 

「あ、そっか……」

かつて訓練生の頃を思い出して、天音はそう呟いた。

「……頑張ってね」

 

「あまねもね」

遊真は言葉短く言い、ブースに入っていった。

 

(……私も、ブース、入ろう)

それに僅かながら遅れて、天音もブースに入った。

入るなりすぐに天音はパネルを起動させ、下にある黒い四角をタッチした。

 

すると正隊員の証である4000ポイント以上の隊員もパネルに表示された。

(誰と、戦おう、かな……)

パネルに表示されるのはメイン武装1つとポイントだけなので個人名までは分からないが、大体見当はつく。

中には、

「……弧月(槍)で、マスタークラス…。これ絶対、米屋先輩……」

個性的な武装とポイントで個人が特定できるものもある。

 

せっかく目に付いたので、天音は米屋と戦おうとパネルを操作しようとしたが、

「……あ、指名、された」

それより早く指名された。

 

(……ポイント2301のスコーピオン?ブースは……隣。これって……)

もしかして、と、天音が思ったところで、

『対戦してもいい?』

ブースの通信機能により、天音に音声が届いた。

 

戸惑いつつも、天音はそれに答えた。

「えっと……、遊真くん、だよね?」

 

『うん』

 

「その…… 、いい、けど……。正隊員からは、ポイント、取れないよ?」

 

『知ってる。単純に手合わせしてみたかっただけだよ』

 

「……そっか。うん、いいよ。やろっか」

そう言って、天音は遊真の挑戦を受けた。

 

「ルール、希望、ある?」

 

『10本勝負がいい。いつもそれでやってるから。そっちは何かある?』

 

「……じゃあ、私から、2つ。

1つ目は、1本ごとに、2分のインターバルを、入れて、ほしい。

2つ目は、延長戦は、無し。10本勝負、終わったら、それで、お終い。

これでも、いいかな?」

 

『インターバルと、延長戦無し。オッケー、いいよ』

互いにルールを決めて2人はステージを選択し、ランク外対戦10本勝負が始まった。

 

*** *** ***

 

「よっし!ソロポイントマスタークラスまで戻した!」

別のブースにいた彩笑がガッツポーズと共に嬉々とした声で言った。

 

『地木先輩にポイントがっつり持っていかれたー……』

それに答えるように、ブース間の通信機能を使って緑川駿が力なく返した。

 

A級4位草壁隊所属の中学生アタッカー、緑川駿。スコーピオンとグラスホッパーを多用する軽量アタッカーのお手本とも言える戦闘スタイルを得意とする緑川だが、今は彩笑相手にソロランク戦を展開して見事に負けていた。

 

「がっつりって、トータルで見たら500ポイントくらいだよ?」

 

『500ポイントもだよー。オレが何したって言うのさー』

 

「この前ここで、つまんないイタズラしたでしょ?そのお仕置き」

彩笑はにこやかにそう言った。

 

確かに先日、彩笑が言うように緑川はここでちょっとしたイタズラをやらかしていた。

緑川が憧れるボーダー隊員の迅に誘われ玉狛支部に転属した三雲に嫉妬し、公衆の面前でランク戦を挑み圧勝してみせるというイタズラ(というよりは嫌がらせ)をしていた。この件に関しては、すぐに同じ玉狛支部である遊真が緑川をコテンパンにして謝罪させた上に三雲とも和解したので、すでに解決していた。

 

だがしかし後日その件を聞きつけた彩笑は、

「駿のやつ、またつまんないことしてるなぁ。よし、もう2度とそんな気を起こさないよう、ちょっと軽くシメ……、躾けてくるね♪」

と、にこやかに言い、それから連日緑川とランク戦を繰り広げていた。

 

ちなみにこの2人は師弟というわけではない。

さらに付け加えるなら、2人とも数勘定が大雑把なのでここ数日の移動ポイントにサバを読んでいる。トータルで800ポイントほど彩笑が持って行った。

 

そんなショボくれた緑川に向かって、彩笑はにこやかに声をかけた。

「まあ、今日はこの辺にしとこっか。疲れたでしょ?ココア奢ってあげるよ」

 

『えーまたココアー?昨日も一昨日もココアだったよー』

 

「ボク、ココア以外奢る気は無いよ?」

ココア至上主義の彩笑の前に緑川は抵抗を諦め、

『はーい』

大人しくそう返事をしてブースを出た。

 

 

ブースを出ると、ホールが騒然としていた。

「やっぱあの白チビやべーって」

「いや、でも。あの女の子だってスゲェよ」

ホールの訓練生は口々にそんなことを言っていた。

 

「なんか騒がしいね」

緑川は騒ついたホールを見渡して言った。

 

「うん、そうみたいだけど……。正隊員同士のランク戦じゃないの?」

ここ数日、訓練生の他に多くの正隊員がランク戦に訪れていたので彩笑はそう言った。

 

そして2人は、ホール中の視線がモニターに集まっている事に気付き、モニターが見える位置に移動した。すると、

「あれ!?遊真先輩!?」

「珍しい。神音ちゃん、練習試合やってるんだ」

よく知っているが、どこか意外な組み話合わせの2人がランク外対戦をやっていた。

 

さらにそのスコアは、10本中の半分である5本目に突入していて遊真が4本連取していた。当然ながら、天音は4連敗である。

 

モニターでは天音が弧月を、遊真がスコーピオンをそれぞれ振るい、激しく切り結んでいた。真意は分からないが、天音はスコーピオンしか使えない遊真に合わせてなのかオプショントリガーを一切使わず、純粋な剣の腕前だけで戦闘を繰り広げていた。

そして、僅かだが遊真が優勢に見えた。

 

その戦いを見つつ、緑川が口を開いた。

「……地木先輩さ、遊真先輩と戦ったことある?」

 

「うん?あるよ?まあ、(遊真は黒トリガーで、ボクは咲耶との2人がかりだったから)ちゃんとしたやつじゃないけどね」

しかしその事情を知らない緑川はそのまま、

「どっちが勝ったの?」

と、戦績を尋ねてきた。

 

(どう答えよっかなぁ)

彩笑は迷ったが()()()()()()()()大雑把な見立てで判断し、

「んー、途中で引き上げちゃったから予想だけど、多分10本目勝負をしたらボクが勝つかな」

そう答えた。

 

そして緑川は続けて尋ねた。

「ふーん。……じゃあさ、しお……、天音さんならどう?」

と。

 

「……それは何?この試合の結果の予想ってこと?」

確認するように彩笑が言い、

「うん。そう」

緑川がそれを肯定した。

 

「どうだろうね」

彩笑が試合の結果を真面目に予想しようとしたところで、2人の勝負に動きがあった。

 

遊真のスコーピオンが天音のトリオン供給器官を突き刺し、天音の弧月が遊真のトリオン伝達脳を真一文字に斬り裂いた。

試合を見ていたギャラリーはどっちの方が速かった、などと口々にして騒ついたが、

『完全同時。5本目、引き分け』

モニターから聞こえる合成音が示したのは引き分けだった。

 

現段階でスコアは遊真の4勝1分けであり、圧倒的に優勢であった。

 

しかしそんな状況でありながら彩笑は小さな声で、

「……んー、スロースターターな神音ちゃんはそろそろエンジンかかってくるかな。今日の調子次第だけど、ボクは神音ちゃんの勝ちに1票」

そう宣言した。

 

*** *** ***

 

5本目を終えた2分間のインターバルで、遊真は天音の分析を頭の中で纏めていた。

(弧月を使うアタッカー。

バランス型だけどどっちかといえばスピード寄り。

左利き。

弧月以外は使う気が無いらしい。

攻撃はどこかリズムがある。

防御は基本回避だけど受け太刀もできる……)

 

そこまで分析が終わったところで、

『インターバル終了。6本目を開始します』

ブース内に音声が響きわたった。それを聞いた遊真は座っていた椅子からゆっくりと立ち上がる。

「……とにかくあと1本でリーチだし、ふんばりどころだな」

遊真が言ったと同時に転送が始まり、6本目が始まった。

 

 

 

転送先は市街地の道路だった。距離と遮蔽物があり、互いにすぐには相手を視認出来なかった。

 

天音は転送されてすぐに、それでいてゆっくりと右腰に差した弧月の柄に触れ、抜刀した。落ち着つきのある凛とした所作で構え、意識を集中させる。

 

(……うん、もう、大丈夫。身体、ちゃんと、温まった。感覚も、冴えてきた)

 

そのまま意識を徐々にだが周囲へと広げ、向かってくるであろう遊真に備えた。

 

(遊真くんは、確かに、速い。けど、地木隊長、ほどじゃない。……それに、今日は、よく視える。もう、負けない)

 

自身に言い聞かせるようにしていた天音だが、その視界に遊真を捉えた。

 

 

 

「よし、いくか」

同じように天音を視認した遊真は持ち前のスピードを活かして、弧月を構える天音に接近した。

 

遊真の持つナイフ状のスコーピオンが振るわれるが、

「ん」

天音はそれを難なく身を引いて回避し、弧月による斬撃を放った。

 

遊真は回避したため天音の斬撃は虚しく宙を切ったが、さっきまでよりスピードが乗った斬撃だった。天音はそのまま弧月を振るい、遊真へ連続攻撃を仕掛ける。遊真は露骨に受け太刀はせず、身のこなしによる回避とスコーピオンでいなすような受けで天音の斬撃を全てやり過ごす。

 

しかしその内の1撃が、遊真の態勢を僅かに崩した。

「ここ」

天音はここぞとばかりに、強力な大振りの1振りを放とうとした。だが、

(釣りだよ)

それは遊真がワザと作った隙だった。態勢を崩したように見せかけて天音から大きな1撃を引き出し、その隙を殺しきるつもりだった。

 

崩したフリをした遊真は天音の攻撃を身を低くして回避した。

遊真はカウンターのように攻撃を放とうとしたが、その眼前には今しがた天音が()()()()()()()()()()があり、遊真を容赦なく斬り裂いた。

 

『伝達系切断、空閑ダウン』

その音声と共に天音はこの試合初の白星を手に入れ、反撃の狼煙を上げたのであった。

 

*** *** ***

 

結局、10本目勝負を終えた結果は途中で彩笑が宣言した通りのものになった。6本目から天音は遊真相手に1本も渡すことなく5本連取で逆転勝利を収めた。

 

『……うーむ、参った。あまねは強いな』

試合を終えた天音がブース内で一息ついたところで、遊真がブース間の通信機能を使って声をかけた。

 

「あ、うん。ありがとう。でも、私、今日はすごく、調子良くて…。だから、これは、まぐれみたいな、ものだから……。それに、遊真くんも、ちゃんと強かった、よ」

 

『むう。試合に勝ったのに相手を気遣う態度…。ニホンで言うところの「スポーツマンシップ」っていうやつか?』

 

「んー、どう、だろう……。でも、遊真くんが強かったのは、本当、だから」

天音自身、スポーツらしいスポーツをしたことは無いためこう答えるしかなかった。

それでも遊真は、

『……そっか』

短い言葉でそう返し、納得したようだった。

 

しかしすぐに、

『……ところで、あまねって両利き?』

遊真はそうやって次の話題を天音に投げかけた。

 

思わぬ問いかけに天音は一瞬驚いたが、すぐにかぶりを振って否定した。

「ううん、違うよ。なんで?」

 

『いや、途中で弧月を左手から右手に持ち替えたりしてたから、そうなのかなって』

 

遊真が指摘する通り、天音は試合の後半から弧月を時々持ち替えていた。

6本目の時の斬撃もそうだった。大振りの直前に左から右手に持ち替えて斬撃を放っていたため、遊真は回避のタイミングを完全に外されて一太刀を受けることになった。

 

しかし両利き、というわけではない。天音は遊真の問いかけに対して、

「私は両利きじゃ、ないよ。でも、ちょっと前まで、弧月の二刀流、使ってた時、あったから、弧月は両手で、使えるよ」

と、答えた。

 

『ふむ、なるほど。あ、じゃあついでにもう1つ質問。あまねはスロースターター?』

 

ブースに入る前に買っておいた飲み物を一口飲んでから天音は遊真の疑問に答えた。

「うん、それは、合ってる。いきなり、思いっきり、戦えなくは、ないけど……。ゆっくりとペース、上げた方が、上手く身体、動くから」

 

『ほう。1試合ごとのインターバルもそれが関係してるのか?』

 

「うん。1試合ごとに、今日の調子、確かめたかった、から……。私にとって、有利な条件、出して、ごめんなさい」

天音は隣のブースにいる遊真に向かってペコッと頭を下げた。

 

それに対して遊真はあまり気にしてない態度で答えた。

『謝るほどのことじゃないよ。それに、あまねはトリガー1つしか使えないおれに合わせて弧月だけで戦ってたから、条件はそれで五分だ』

だからこの結果はお互いの実力だ。と、遊真は付け加えるようにそう言った。

 

「……ん、そっか」

天音が遊真の言い分に納得したところで、

『おーい2人とも。話は終わったか?』

別のブースから通信に割り込みがあった。

 

『誰だっけ?』

聞いたことある気がするけど思い出せない、そんな様子で遊真は尋ねたが、

「あ、米屋先輩、こんにちは」

天音は声だけで分かったので、相手に挨拶をした。遊真もそれで思い出したようで、「ああ、やりの人か」と、呟くように言っていた。

 

『よう、天音ちゃん。途中からモニターで見てたけど相変わらずやるねぇ』

 

「……ありがとう、ございます。あ、もしかして、ソロ戦の、申し込み、ですか……?」

 

『……と、思うじゃん?でも今日のオレの目的は天音ちゃんじゃなくて白チビの方なんだよな〜』

 

『そういえばまだ約束の勝負してなかったね』

 

『そういうこと。つーことで、いっちょバトろうぜ。天音ちゃん、白チビもらってくけどいいか?』

 

「あ、はい」

もらうも何も、もともと天音に勝負を仕掛けたのは遊真なので天音の許可はいらないのだが、それでも天音はそう返事をして、

「遊真くん、頑張ってね」

とりあえずエールを送った。

 

遊真は「がんばってきます」とだけ返事を言い、すぐに米屋との試合にかかった。

 

 

 

通信が切れて、1人きりになったブースの中で天音は小さくため息を吐いた。

 

「……ごめんね、遊真くん。私にとって、有利な条件、もう1つ、あったんだ」

 

小さな小さな、それこそ自分にすら聞こえないほどの声で天音はそう呟いた。




ここから後書きです。

先日、身辺整理をしていたところ、この作品の初期設定資料的なものが見つかりました。今回の話はその中の1つを下地にしました。

もともとは天音と緑川が戦う話でした。

初期設定と比べると、地木隊メンバーの性格や戦闘スタイルが大分違っていて、逆に新鮮でした。

月守の下の名前を「咲耶」にするか「咲夜」にするかで迷ってた記憶を思い出しましたが、同時に、名前の響きはみんな最初から決まっていたことを思い出しました。


次話から新章になります。
まだ大部分が構想の状態なのですが、内容てんこ盛りになる可能性濃厚です。頑張ります。


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第5章【大規模侵攻】
第24話「迎え撃つボーダー」


大規模侵攻編、始まります。


(多分敵さんが攻めて来るなら今日だな)

その日の朝、迅はそう思った。自身のサイドエフェクトである『未来視』のおかげと言われたならばそれまでなのだが、それ以前に何か、漠然とした勘のようなものでもあった。

 

敵が攻めてくる。そう警戒する以上、今日1日は本部にいるべきだと思ったが迅の足は本部とは違う方向に向かっていた。

 

向かった先は花屋だった。そこそこ大きな花屋で、生花以外にも造花のたぐいも多数取り扱っていた。

「えーと、確か……、ああ、あった」

迅は目的の花を見つけるとホッと一安心する。

 

すぐにそれを購入しようとカウンターに持って行った。

「3150円になります。お包みしますね」

「どうも」

花屋のお姉さんはとても丁寧な手つきで迅が購入した花を包んでくれた。だが不意に、

「お見舞い用のお花ですか?」

静かな声でお姉さんが尋ねた。

 

思わぬ問いかけに迅は一瞬面を食らったが、すぐに苦笑して、

「ええ、まあ」

と答えた。そしてそのまま迅は言葉を続ける。

「よくわかりましたね。……この花、あまりお見舞いには…、というか病院では好まれない花なのに」

 

苦笑した迅と同じように、花屋のお姉さんも苦笑した。

「仕事柄、なんとなくわかるんです。皆さんががどういう目的で花を買っていくのかって。……お客さんの顔は、親しい人をお見舞いに行く顔をしてますので」

 

「はは、なるほど。その……友人のところに行くんです。そんでこの花は、そいつが特に好きな花なんですよ」

迅はそう答え、包まれた花をそっと受け取った。

 

「そうでしたか……。こちら、プリザーブドフラワーですので、取り扱いには十分気をつけてくださいね」

花屋のお姉さんは、その碧い瞳で迅の目をしっかりと見つめてそう言った。

 

「ええ、わかりました。ありがとうございます」

 

花屋を出た迅は購入した花を見て思わず呟いた。

「……夕陽。今日ほど、お前がいてくれたらって思った事はないぜ」

迅の言葉は、手元にある放射状に伸びた花弁をつけた花に吸い込まれ、誰にも届くことなく消えていった。

 

*** *** ***

 

シュー〜、という音と共に、作戦室の隅に設置した加湿器が頑張ってくれているおかげか、地木隊の作戦室はほどよい湿度が保たれている。

 

今日は平日だが、地木隊には昼からの防衛任務が割り当てられていて、そのために作戦室でスタンバイしていた。

 

「……咲耶ー、暇〜」

そんな中、隊長である彩笑は定位置とも言えるソファに座りながら月守にそう言う。

 

それに対して月守は、作戦室のテーブルでせっせと勉強するオペレーターの真香に目線を向け、言葉を返す。

「暇なら真香ちゃんの受験勉強見てあげたら?」

 

「……ボクの成績知っててそれ言ってるの?」

 

「真香ちゃんの志望校、俺たちと同じだからできるって。それに成績でいったら、彩笑の方が俺より英語は良いじゃん。英語だけでも教えてあげれば?」

 

彩笑と月守の成績は基本的に月守の方が優れている。だが、英語になるとそれが逆転する。知り合って3年に届くかどうかの2人だが、月守は英語の試験で彩笑よりも良い点数を取ったことがない。

 

いつも通りとも言える2人のやり取りを聞いて、真香はクスっと笑った。

「ふふ、地木隊長に月守先輩、気持ちは嬉しいですけど私は大丈夫ですよ」

そう言って右手に持ったシャーペンをクルッと回して、

「むしろ、勉強教えるならしーちゃんです。月守先輩が冬休み中に勉強見てあげたみたいですけど、まだ完全な安全圏にはいないので」

と、言葉を続けた。

 

ソファに座ったまま、彩笑がどちらともなく問いかける。

「神音ちゃん、そんなに勉強苦手なの?」

と。

 

「苦手って言うよりは、飲み込みがちょっとだけ遅いんですよ」

と、真香。

 

「でも、理解して自分のものにしたら応用も出来るし、なかなか忘れないって感じだよね?」

と、月守。

 

2人の意見を聞き、

「ああ、新しいトリガー構成の取り扱いを覚える時と同じってこと?」

確認するように彩笑が言い、

「そうそう」

「ですねー」

2人は同時に肯定した。

 

ちなみに当の本人である天音は今作戦室にいない。週一ほどのペースで不知火の元で受ける検査のため、不知火の研究室に足を運んでいるからだ。

 

 

天音以外の3人が作戦室で談話していたところで、

『ピピピっ!』

という電子音が、真香のオペレート用のパソコンから響いた。この音は他の部隊からの通信が届いている合図であり、音が鳴ったと同時に真香は行動を始め、

「諏訪隊からの通信です。繋ぎます」

そう言い、諏訪隊との通信回線を繋いだ。

 

『おう、ちゃんとスタンバイしてるか?地木隊』

作戦室に諏訪の声が響き渡った。

音声だけなのでお互いに表情はわからないのだが、諏訪の声に対して彩笑は軽く笑いながら答えた。

 

「1時間前くらいからスタンバイしてますよー」

 

『そうか……って、1時間前!?バカ野郎お前ら、さすがに早すぎるだろ!?』

思わずといった様子で諏訪が突っ込んだ。

 

「遅れるよりはいいじゃないですかー」

 

『何言ってやがる!学生の本分は勉強だぞ!ギリギリまで学校にいて授業受けとけ!』

 

「おおー、諏訪さんがいつに無く真面目に話してる」

 

『俺はいつも真面目だろ!』

 

「見た目は真面目とは程遠いですよ?」

 

『ほっとけ!』

と、テンポ良く隊長同士のやり取りが続いた。

 

そのやり取りを見つつ月守は個別で通信回線を開いた。

「あ、繋がった。通信状態、良好ですか?」

 

『おや、月守くんかい?』

月守が回線を繋いだ相手は諏訪隊の堤大地だった。

 

「あはは、どうも。防衛任務お疲れさまです」

 

『いやいや、それほどでも……。それにしても、なんでまたオレに連絡を?』

堤の問いかけに対して、月守は苦笑してから答えた。

 

「あー、その……。諏訪さん、何か連絡があって俺たちに通信回線を繋げたと思うんですけど、彩笑と普通に雑談始まっちゃったんで……。堤さんからその連絡受け取ろうかなーと思いまして」

 

『ああ、そういうことか』

そう答える堤の声も若干苦笑の色が混ざっていた。

 

『ただの定時連絡だよ。オレたちは地木隊に引き継ぎして交代することになってるからね』

 

「なるほど。それで、何か異変とか、ありましたか?」

 

『いや、いつも通りだよ』

堤はそう断言するように言いかけたが、

『……あ、いや。…んー、異変と呼べるほどのものじゃないが、1つあるな』

と、言葉を続けた。

 

「というと?」

 

『……警戒区域内で、カラスやハト、野良猫とかの動物を全く見てないんだ。ほら、昔から危険が迫る場所からは動物がそれを察したように逃げるだろう?だからまあ、気になったんだが……』

考え過ぎかな?と、堤は小さな声で付け加える。

 

月守は堤の報告を受け、少々考えるような仕草を見せた後、

「……警戒しないよりはいいと思いますよ。わかりました、俺たちも任務に入ったらその辺に気を配りますね」

いつもよりほんの少し硬い声で答え、通信を切った。

 

言い知れない違和感を月守は胸に秘めつつ、意識して1つ息を吐いた。

 

 

 

 

 

*** *** ***

 

そして、ボーダー正隊員が今か今かと警戒していたその時が、やってきた。

 

晴れていた空に急に雲が差したかと思えば、地鳴りのような音が警戒区域中に鳴り響く。

 

まるでそれが戦争の始まりを告げる大砲の音だと言わんばかりに、次の瞬間には数えることを放棄したくなるほどの大量のゲートが開いた。

 

*** *** ***

 

 

 

 

「ゲートの数38、39、40……依然増加中です!!」

本部作戦室では沢村が増えていくゲート数を報告し、忍田本部長がそれを受け指示を出した。

 

「任務中の部隊はオペレーターの指示に従って展開!」

指示を受けオペレーター各位は受け持つ部隊に的確な指示を出す。

 

「トリオン兵を殲滅せよ!!」

現場の戦闘員は戦いのためにそれぞれのトリガーを展開する。

 

「1匹たりとも警戒区域から出すな!!」

4年半前と同じ悲劇を繰り返すまいと、ボーダー全ての人材が戦う意思を示す。

 

「全戦力で迎撃に当たる!!」

力強く、鋼のように硬い意思を込めて忍田本部長はそう宣言した。

 

*** *** ***

 

忍田本部長の指示を受けるより早く、彩笑と月守は作戦室から飛び出し本部内の通路を疾走していた。

 

『先輩!しーちゃんと連絡つきました!』

真香が2人に連絡を回す。

 

「ありがと!それで?」

 

『それが検査終了までまだ時間がかかるみたいで、出撃は少し遅れるみたいです』

 

「ん、了解!じゃあ最初はボクと咲耶でトリオン兵倒すよ!」

 

「了解」

彩笑の隣を走る月守がそう答え、

『分かりました。オペレートは任せてください』

作戦室でオペレーターとしての仕事を受け持った真香がそう答えた。

 

2人は出撃用の門に向かって疾走する。

「ねえ、咲耶」

 

「何?」

 

「ボクが人生で2番目に後悔してることを教えるね」

不意に彩笑がそう言った。

 

「1番じゃないのかよ」

月守はいつものノリでそう問い返そうとしたが、口をつぐんだ。この2人の1番の後悔は同じなのだから、聞く意味は無かった。

 

何も言い返さない月守だが、彩笑はそんなの関係ないといった様子で言葉を続けた。

 

「ボクが人生で2番目に後悔してるのは、4年半前の大規模侵攻のことなんだ。あの時、まだ小さい小学生だったボクは必死で、避難場所に指定されてた市民体育館に向かって走ってたよ」

 

「……それで?」

 

「その途中、クラスメイトに会ったんだ。特別仲が良いわけじゃなかったけど、まあ、普通に話したり遊んだりするくらいのね」

彩笑は少し遠くを見つつ、言葉を紡ぐ。

 

「……逃げる途中、その子とちょっとモメたんだよ。どっちの道が近いみたいな感じでさ。結局2人とも、いつトリオン兵が来るかっていう恐怖で意見譲らなくて、それぞれ別の道で逃げた」

 

「……まあ、彩笑が今ここにいるって事は、お前は助かったんだろ?」

 

「うん。で、察しのいい咲耶なら気付いたと思うけど、その子は死んだ。トリオン兵に殺された」

そう言って彩笑はキュッと唇を噛んだ。

 

「……一緒に逃げれば良かったって後悔してるのか?」

横目でそんな彩笑を見ながら月守は尋ねたが、

「違う」

彩笑はそれを否定し、

「ボクの後悔はそれじゃない。トリオン兵から逃げることしか出来なかった、無力さなんだ」

キッパリとそう断言した。

 

(……彩笑らしいな)

その答えはどうしようもなく彩笑らしい答えで、月守は安堵した。

 

「……でも、もう大丈夫だろ」

 

疾走を続け、出撃用の門まであと少しとなったところで月守はそう言った。彩笑はいつもより好戦的な笑みを浮かべてその言葉に答える。

「うん!今なら、あの時と同じ後悔は絶対にしない!そう思えるくらいに力はつけた!」

 

「だな」

言葉短く月守は肯定した。そして、

「……あ、そういえば今の話で1個疑問があるけど、聞いていい?」

と、問いかけた。

 

「うん?いいけど?」

彩笑は小首を傾げてそれを許可した。

 

すると月守は、

「……小さい小学生って言ったけど、彩笑、小学生の頃今より小さかったの?」

と、質問した。

 

「ち、小さいって言うなぁ!」

途端、彩笑はそう反論した。

 

「えー、だって今でも中学生だと間違えられるくらい小さいのに……」

 

「た、たまにだよ!それにそれは身長関係無い!童顔だからだもん!」

 

「へー。でもたまに『年下に見えるのは嬉しい』とか思ったりするでしょ?」

 

「そうそう……、って、ちょっと咲耶ぁ!」

彩笑はそう言って憤慨する。と言っても、本気で怒っているわけではないのは月守もわかっていた。

 

『先輩たち緊張感足りないです!もう出撃用の門はすぐそこですから気合入れ直して下さい!』

真香に怒られ、2人は顔を見合わせて苦笑する。

すると目の前に、やっと目的の門が見えた。

 

2人は勢いよく門から飛び出す。

 

「咲耶、行くよ!」

 

「了解!」

 

飛び出すと同時に彩笑は右手にスコーピオンを、月守はトリオンキューブを出現させ、叫ぶように言った。

 

「「地木隊現着!これより戦闘を開始する!!」」

 

ボーダー全戦力をかけた防衛戦が、今、始まった。

 

 




ここから後書きです。

大規模侵攻がいよいよ始まりました。

地木隊は果たしてこの戦いをどう乗り切るのか。頑張って書いていきたいと思います。


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第25話「未知との遭遇」

トリオン兵は一見動物のように見える。

だが実際は定められたプログラムによって行動しているため、生物というよりはロボットに近い。

 

警戒区域に解き放たれた捕獲用トリオン兵『バムスター』は自らの使命である捕獲を遂行しようとターゲットを探す。

ギョロリ、と、視線を動かすと、人影を2つ捉えた。

バムスターはその2人を捉えるべく接近しようとしたが、

 

「アステロイド」

 

それよりも早く、人影の片割れである少年が右手をかざしてトリオンキューブを出現させバムスターめがけて放つ。

 

大型の捕獲用トリオン兵であるバムスターの装甲はそれなりに厚いのだが、少年のアステロイドはその装甲が脆いのではないかと錯覚しそうになるほど、あっさりと装甲を貫いていく。

グラリ、と、バムスターの態勢が崩れる。そこへ、

 

「はい、お終い」

 

いつの間にかバムスターの目前まで迫った片割れの少女が、トリオン兵の急所である「目」の部分めがけて高速でスコーピオンを振るった。

 

こうして、警戒区域に投入されたバムスターの1体はあっけなく活動を終えた。

 

 

 

 

 

 

「わかってはいたけど、多いな」

戦場となった警戒区域を走りながら、月守は呟くように言った。

 

「だね。ボクの記憶が正しいなら、4年半前より随分と多い」

隣を走る彩笑がそう答えた。

 

「そうなの?俺はわからないからなんとも言えないけど……」

 

「あー、そういえばそうだっけね」

彩笑はほおを掻きながら苦笑した。月守も釣られるように苦笑いを浮かべたのを見て、彩笑は言葉を続けた。

「ところで咲耶、久々のシュータースタイルの調子はどう?」

 

「うん、バッチリ。ここ2、3日、みんなに付き合って貰ったからいい感じに仕上がってるよ。ありがとね」

月守は両手をヒラヒラとさせながら答えた。

 

先日、月守は不知火の研究室にてトリガー構成を変更していた。その際、普段使っていた右手がガンナーで左手がシューターの『ダブルスタイル』では無く、太刀川隊の出水や二宮隊の二宮と同様の、両手共にシューターのスタイルへと変更していた。

 

月守がこのスタイルになるのはかなり久々であり、実戦投入に多少の不安はあったが、当の本人は問題無いと言った。聞いた彩笑はニッコリと笑い、

「気にしなくていいよー。むしろ大歓迎だったからね」

と、言った。

 

「大歓迎?」

 

「うん。咲耶が『ダブルスタイル』をどういう理由で使ってたかはもちろん知ってるけど…。ボクはやっぱり、普通の『シュータースタイル』を使う咲耶の方がいいな」

ボクの好みだけどね〜、と言って彩笑はケラケラ笑った。

 

「そっか……」

 

「うん。だからまあ、これは純粋な疑問なんだけど……何で今回はそのスタイルで戦うことにしたの?」

 

「理由、か……」

月守は一息入れてから言葉を続けた。

 

「今回の戦闘はいつもより規模が大きいし、敵の戦力だって未知数だ。本当に最悪な場合、俺たちがバラけて行動することだってあるかもしれない。もしそうなったら、連携向けの『ダブルスタイル』じゃなくて、火力と戦闘の幅が広いこっちの方がいいかと思ったんだよ」

 

そう答えた月守の表情を彩笑はじーっと見つめた後、小さなため息を吐いた。

 

「うん、まあ……、そういうのは事前に一言欲しかったなーとは思うけど、誤魔化してたりしてないみたいだからいっか」

 

「サンキュ。……っていうか、今更なんだけど、なんで彩笑たちは俺が誤魔化してたりするのがわかるの?」

月守は苦笑したまま質問を投げかけた。

 

すると彩笑はキョトンとした表情を見せ、

「うん?前に言ったよね?そういう時の咲耶、クセがあるって」

と、答えた。

 

「いや、そのクセを俺は知りたいんだよ」

 

「やーだー。教えないー。人のこと小っちゃい呼ばわりする咲耶には教えないー」

どうやら出現前のやり取りを根に持っているのだと月守は判断した。

 

「はぁ……。じゃあ後で神音に聞くからいいや」

 

「ふーん。……真香ちゃん、今の聞いた?」

 

『はい、バッチリです。しーちゃんに口止めしときますね』

 

「あっ!!」

迂闊なことに、月守はオペレーターの真香との通信回線を繋いだままな事を忘れていた。

 

彩笑はニヤリと笑い真香の意見を肯定した。

「うん、お願いねー」

 

『了解です』

 

「わーお。みんなのチームワークの良さに俺は感動しそう……」

月守がわざとらしくそう言ったところで、警戒区域内を走っていた2人の目の前に次の標的が現れた。

 

その瞬間、2人の雰囲気が豹変する。

『前方にトリオン兵!モーモッド2体にバムスター1体です!』

真香が素早くレーダーに写った情報を告げ、彩笑が指示を出す。

 

「咲耶、3体の装甲削って動き止めて。止めはボクが刺す」

 

「了解」

言うや否や、月守は両手を構えトリオンキューブを出現させる。

 

「アステロイド、バイパー」

右手から出現したアステロイドは真っ直ぐ3体の標的めがけ放たれ、左手から出現したバイパーは3体の視界から外れるように上空に放たれた後に急速に落下し、雨のように襲いかかった。

 

ガガガガガガっ!!

 

月守の放った弾丸はバムスターの装甲を穿ち、モーモッドの脚や胴体を抉る。

そこへ彩笑が高速で接近し、両手に展開したスコーピオンで目にも留まらぬ早業をもって3体に斬撃を刻み込む。

 

「ナイス、彩笑」

 

「咲耶もね」

あっという間に3体のトリオン兵を討伐し、2人は軽くハイタッチを交わした。

 

そのまま彩笑は通信回線を繋いだままの真香へ問いかけた。

「真香ちゃん、今の全体の状況、簡単に教えてもらえる?」

 

『はい、了解しました。……今のところ警戒区域全域に、主に北西、西、南西、南、東の5方向にトリオン兵が侵攻しています。西と北西はそれぞれ迅さんと天羽先輩が単独で防衛しています』

 

「おー、迅さんに()()()()()()か。あの2人ならノープロブレムだね」

彩笑は笑いの成分を含んだ声で言い、

「……天羽のこと『あもっちゃん』って呼べんの彩笑くらいだな」

月守は呆れたような声でそう言った。

 

通信越しの真香も苦笑しつつ、報告を続けた。

『残りの方向は先輩たちが今いるエリアも含めて、それぞれ部隊が到着しています。忍田本部長から各隊連携して任務に当たるようにと指令が出ています』

 

「ん、オッケー。じゃあとりあえず合流目標にしよっか。動いてる部隊、ピックアップしてもらっていい?」

 

『はい、了解です』

 

そう言うと同時に、2人の視界に表示されているマップに各隊の位置が輝点として表示された。

「真香ちゃんやっぱりいい仕事するね」

月守は素直に感心してそう言ったが、

『あはは、ありがとうございます。でも月守先輩?しーちゃんへの口止めちゃんとしますので褒めてもダメですよー』

真香はそれを深読みしてそう答えた。

 

2人のやり取りを聞いた彩笑はクスっと笑い、

「まあ、続きは移動しながらにしよっか。行くよ」

そう2人に言い、付近の部隊と合流すべく移動を開始した。

 

月守もそれに続くべく1歩踏み出したが、それと同時に、

 

 

バキリ……バキバキ……

 

 

という、何かを割るような音が聞こえた。

 

思わず2人はその音源に目を向けると、今しがた倒したはずのバムスターの腹部から、手のようなものが突き出ていた。

 

「……?」

「なに、あれ……?」

 

そう呟いた次の瞬間、それは全貌を2人の目に晒した。

 

 

*** *** ***

 

その頃、不知火の研究室では天音が落ち着かない様子でソファに座っていた。

「……ふふ、ちょっとは落ち着きなさいな」

パソコンのモニターに向かいながらキーボードを叩く不知火は、トリオン兵が大量に攻めてきているこの状況にも全く動じず、本当に落ち着いた声色で天音に向かってそう言った。

 

それに対し天音は、

「……な、……な、……なー……」

言葉を返そうとするが、うまく返せなかった。

 

すると不知火は肩を揺らして笑い始めた。

「なに、気にしなくていいよ。ワタシの研究室に来てもらったお客さんにはいつも仕掛けるこの『会話しりとり』だけど、大抵は天音ちゃんみたく言葉に詰まるのが普通だもの。だからまあ、もう普通に話そうか」

不知火はそう言いながら、今行っている仕事を急ピッチで仕上げていく。

 

「はい……」

会話しりとりを解除された天音はホッと一息吐き、不知火の言葉に答えた。

「あの、不知火さん……」

 

「んー?なにかな?」

 

「……トリガーの、変更と調整、検査のついでに、お願いして、ごめんなさい」

天音はか細い声でそう言った。

 

それに対して不知火は笑い声で答える。

「気にしない気にしない。……戦場に向かう子には、出来るだけ最善の装備を施してあげたい。だから、このくらい何てこと無いよん」

 

「……そう、なんです、ね」

 

「……出来ることなら玉狛支部みたいに正隊員1人1人に1点物のトリガー作るくらいまでしてあげたいんだけど……」

 

「……できない、ですか?」

率直な疑問を天音は口にした。すると不知火はケラケラと笑い、

「ちょーっと、厳しい……。やろうとすれば、ワタシが5人くらいいたら出来なくはないかもだけど……。ま、現実でやろうとしたらポン吉……、もとい、鬼怒田開発室長殿がストレスでヤケ食いを起こす可能性が濃厚だから、当面は無理だね」

と、答えた。

 

「鬼怒田さん、あれ以上、ふと……、丸くなったら、本当に、健康が、不安に、なります」

天音が呟くように言った言葉に対して、

「ずっと前からあの体型だし、よほどのことがない限り変化しないとは思うけど……」

不知火は昔のことを思い出しながらそう返した。

 

(ずっと、前から……。不知火さん、本当に、どれくらい前、から、ボーダーに、いるのかな……)

 

そんな事を天音が考えていると、

「よっし!変更と調整完了したよ天音ちゃん」

達成感すらある声と共に不知火が天音のトリガーを持ちながら振り返った。

 

天音はスクっとソファから立ち上がり、トリガーを受け取りに行った。

「ありがとう、ございます……」

心から大切な物のように、天音はトリガーホルダーを優しく手に収めた。

 

「……月守が言う通り、天音ちゃんはいい子だね」

 

「……?」

 

「いやなに。所詮トリガーなんてただの道具だろ、とでも言わんばかりにトリガーの扱いが雑な子が、たまにいるんだよ」

 

「そんな人、いるんですか?」

 

「うん、いる。そういうクソガキを見ると1発喰らわせたくなるんだが……。まあ、いいや。だから逆に、天音ちゃんみたいにトリガーを丁寧に扱ってくれる子を見ると、1エンジニアとしてはすごく嬉しい。つい、サービスしたくなるくらいにね」

不知火はそう言って、天音の頭を撫でた。

 

「……」

無言で見つめる天音に対して不知火はニッコリと笑う。

 

「……行っておいで。今頃、月守と地木ちゃんが天音ちゃんとの合流を待ってるはずでしょう?」

 

「……はい……!」

 

「うん、いい返事だ。でも、無茶だけはしないように。いいね?」

 

「わかり、ました」

送り出すような言葉を受けた天音は踵を返し、不知火に背を向けて歩き出した。そして部屋を出る前に1度だけ振り返り、

「……ありがと、ございました」

一言お礼を言ってから、天音は不知火の研究室を後にした。

 

 

 

1人研究室に取り残された不知火は、呟いた。

 

「……さて、と。……ワタシも、色々と準備しないとなー」

 

*** *** ***

 

パキン!

 

バムスターの腹部を破り現れたのは、月守と彩笑でも見たことのないトリオン兵だった。

 

「新型?」

 

「みたいだね。……ねえ真香ちゃん。レーダーの反応から種類の割り出しできる?」

月守は新型のトリオン兵の一挙手一投足を警戒しつつ、真香に尋ねた。

 

しかし数秒後、キーボードを叩く音と共に返ってきた答えは、

『……ダメです。過去の記録には無い、完全に新型のトリオン兵です』

だった。

 

「……ん、了解」

相手が完全な新型と聞いて月守はより一層、目の前にいるトリオン兵を観察した。

 

(大きさは……3メートル強。

4メートルはない。

形は人型。

ぱっと見、腕と頭は硬そう。

頭には触角みたいな耳か)

そこまで観察したところで、彩笑が右手にスコーピオンを展開した。

 

「咲耶、とりあえず様子見行くよ。ボクが間合い詰めるから、それ合わせて1発撃ち込んで」

 

「オッケー。反応の速度とタイプを確かめるってことな」

 

「そゆこと」

意思疎通をしたところで、月守は両手からトリオンキューブを出現させ、フルアタック構えを取る。そしてそれと同時に、彩笑が鋭く踏み込み新型トリオン兵に突撃した。

 

新型トリオン兵はそれに対して、ピクリと反応してみせる。

 

((こいつ、反応速度が他のトリオン兵より高い!))

 

2人はこの1モーションだけでそれを察知し、行動に出た。

 

彩笑はサブ側にスタンバイさせていたトリガーにトリオンを込める。

「グラスホッパー」

足元に展開したジャンプ台オプショントリガーであるグラスホッパーを踏み、彩笑は大きく揺さぶるように右へ跳んだ。

トリオン兵の視線がそのまま彩笑を追尾した所で月守は分割したトリオンキューブを放った。

「アステロイド」

放たれた弾丸は容赦なく目標へと降り注ぐが、トリオン兵はそれに反応し、腕を交差させるようにしてその全てを受け切った。

 

(お、硬いのな、こいつ)

次からはもう少し威力に割り振ろうと月守が考えたところで、新型トリオン兵が動いた。攻撃してきた月守めがけて突進を仕掛けようとモーションを取るが、

(ナイス陽動)

そのトリオン兵の背後を彩笑が静かに取った。

 

隙だらけの背中に向かって彩笑は全速力でナイフ状のスコーピオンを振るったが、それはトリオン兵の装甲に切れ目を入れるにとどまり、切り裂くまでには至らなかった。

「硬った!何コイツ!」

彩笑が驚きつつそう言った。するとそのトリオン兵は攻撃モーションを変更して、背後にいる彩笑へと向かって上からの殴りつけを繰り出した。

 

「遅ーい」

攻撃自体は彩笑のスピードを持ってすれば難なく躱せる。彩笑は軽やかにバックステップを踏んでそれを躱したが、その殴りつけの威力は尋常では無く、アスファルトの道路をあっさりと粉砕してのけた。

 

「「……!」」

 

彩笑は仕切り直しのつもりで、月守の隣に戻った。

「そこらのトリオン兵とは、パワーもスピードも強度も桁違いだね」

月守が呟くようにそう言い、横目で彩笑を見た。すると彩笑は、

「ハハッ!そうだね!」

楽しそうにそう言い、笑っていた。

 

戦闘を楽しむ余裕がある彩笑の態度を見て、月守もつられるように小さく笑った。

「はしゃぎ過ぎて攻撃喰らうなよ?」

 

「わかってる。うん、よし。じゃあ、とりあえず、真香ちゃんはこの新型のことを上に報告して。それと現時点でこれに上がってる情報があったら、それ片っ端から集めて」

 

『了解です。少し時間を貰います』

通信越しの真香がそう答えたときには、すでにキーボードを叩く音が混ざっていて、早速仕事に取りかかっているようだった。

 

「さてと、咲耶。支援は真香ちゃんに任せて、ボクらはもう少し様子見しよう」

 

「なんだ。珍しく大人しいね。いつもなら『とりあえずコレ倒すよ』とか言いそうなのにさ」

月守がそう言うと、彩笑はキョトンとした表情になった。

 

「……なにその顔」

 

「いや、咲耶こそ大人しいんじゃない?倒せるようなら倒すよ?」

一般常識だよね?とでも付け加えそうな様子で彩笑はそう言った。

 

それを聞いた月守は一瞬間の抜けた表情をするも、すぐにいつもの、やんわりとした笑みを浮かべた。

「そうだよね。了解だ」

 

月守が気を引き締めるように言い、戦闘は再開された。




ここから後書きです。

本文中にも書きましたが、大規模侵攻にて月守の戦闘スタイルはシューターです。弾バカ族です。

彩笑はいつもと変わらずスコーピオン二刀流の高速白兵戦スタイルです。スピードバカ族です。


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第26話「ランク外解除」

『彩笑。どう出る?』

両手を構え新型トリオン兵を見据えつつ、月守は彩笑と直接通信回線を繋いで問いかけた。

 

彩笑は右手に展開していたナイフ状のスコーピオンを、細剣状に展開し直しつつ月守の問いかけに答えた。

『とりあえずさっきの延長。ボクはアレの反応速度の限界を探るから、咲耶は強度を探って』

 

『了解』

 

行動指針を決めた2人は同時に行動に出た。

「アステロイド、メテオラ」

月守は両手からトリオンキューブを2つ出し、それを周囲に散らせるようにバラ撒いてから放った。

 

新型はそれを両腕を交差させるようにして防ぐ。

(出会い頭より威力に割り振ったけど、それでも腕にダメージを与えるのはキツイ、か)

 

新型が防御のために足を止めたその隙に彩笑は足元にグラスホッパーを展開し、新型トリオン兵へと細剣による刺突を繰り出すべく踏み込んだ。

 

最初よりも鋭い踏み込みでありスピードも十分に乗っていたが、弾丸を防ぎきった新型トリオン兵はそれにすら反応し、その硬い腕を使ったカウンターを繰り出してきた。

「ちっ」

それを見た彩笑は刺突をキャンセルしてステップを踏み、新型を撹乱するように動き回った。新型は動き回る彩笑に攻撃しようと腕を振るうが彩笑はそのことごとくを躱してみせる。

 

(……?)

躱しながら彩笑は何か違和感を覚えた。攻撃にしては何かがおかしいと感じたのだ。

(なんだろ、この感じ)

その違和感の正体に気付くより早く、

『彩笑、そのままバックステップで距離開けて』

月守からそう通信が入った。

 

新型の注意を惹きつけた彩笑は、徐々にだが新型の視界から月守が外れるように意識した立ち回りをしていた。そして今や、月守は完全に新型の背後を取っていたのだ。

 

『ん』

返事とも言えない返事を返して彩笑は後方へ跳んだ。当然新型もそれを追おうとするが、

 

「徹甲弾(ギムレット)」

 

その背後から月守が弾丸を放つ。彩笑が稼いだ時間で用意したのは、アステロイド同士の合成弾である『ギムレット』であった。

 

アステロイドよりも高い威力を誇るギムレットだが、それでも新型の装甲は削りきれなかった。多少表面を穿ったが、貫通までには至っていない。

「背中とかも硬いけど、腕ほどじゃないね」

薄っすらと微笑み、月守はそう言った。

 

新型の標的は彩笑から月守へと移り、一直線に突進を仕掛けてきた。

それを見た月守は、

「……、三雲くん、ちょっと技借りるよ」

と、この場にいない修に許可を求めるように呟き、右手にトリオンキューブを生成した。

 

そこから小粒で低速ながら、膨大な数の弾丸が月守と新型との間に放たれた。

 

『低速散弾』

 

修が以前、風間と模擬戦を行った際に編み出した技だ。大量の弾丸で相手の動きを制限することを目的とした技である。

 

しかし、今の状態でそれを選択するのは悪手であった。ここまで月守の弾丸は新型の装甲を貫いていない。いくら弾幕を展開しようが、新型の腕部分の装甲の前では月守の弾丸など有って無いようなものだ。よって、月守のこの選択には意味が無い。

 

()()()()()()()()()()()()()()、だが。

 

新型はその硬い装甲を活かして月守の弾幕に躊躇なく突撃した。

すると、

 

ガギンッ!

 

という奇妙な音と共に新型の身体に被弾した弾と同じ数の()()()()()が生成され、動きを止めた。

 

動きを止めた新型を見た月守は小さく笑い、

「うん、『鉛弾(レッドバレット)』は有効なんだね」

と、安心したように言った。

 

『レッドバレット』

威力の全て引き換えにして着弾した箇所に重石を生成して相手の動きを制限する効果を付与する、ガンナー・シューター用の汎用オプショントリガーだ。

以前、旧弓手町駅で戦闘を行った際に三輪が使ったのと同じトリガーである。

 

大量に生成された重石の重量に耐えかねて、新型の身体がその場に膝をついた。

そこへ、

「えげつないなぁ」

呆れ半分、感心半分といった様子でそう言いながら、彩笑が新型に斬撃を与えた。

 

触角のような耳を斬り落とし、腹部に深々とした傷を刻み、喉元を切り裂く。そして止めと言わんばかりにトリオン兵共通の弱点である目に細剣状のスコーピオンを突き刺した。

 

身動きが取れず勢いよくトリオンを漏出させる新型に一応の警戒を払いつつ、彩笑は口を開いた。

「倒せたけど、こいつちょっとヤバイね」

 

「だな。ギムレットで貫けないとか、二宮さんのシールド以来だよ。反応も良いし、まともに相手するだけ損だと思ってレッドバレット使ったけど……」

 

「ううん、咲耶の判断でいいと思う。今度からコレに遭遇したら今の方法でいこう」

 

「了解」

2人がそこまで会話したところで、新型からのトリオンの漏出が途絶え、完全に活動を停止した。

 

そこへ、

『すみません!やっと情報集まってきました!』

若干慌てた様子で真香が通信回線を繋げた。

 

「おつかれさま。それで、どうだったの真香ちゃん?」

彩笑の問いかけに対し、真香は1つ呼吸を入れてからそれに答えた。

 

『今交戦したトリオン兵の名称は「ラービット」。高い戦闘力を活かして()()()()使()()を標的にした捕獲用トリオン兵です』

 

「捕獲用……?じゃあ、あの攻撃はパンチじゃなくて掴もうとしてたってことなんだね」

戦闘中に彩笑が感じた違和感の正体はどうやらそれだった。倒すためではなく、掴むための動きだったのだ。

 

彩笑の納得したような声に続けて真香は説明を続けた。

『先輩達なら問題なかったみたいですけど、今現在交戦している他の部隊ではすでに被害が出ています。出会い頭の戦闘で東隊が分断され、小荒井先輩がベイルアウト。そして諏訪隊に至っては、諏訪隊長が捕獲されています』

 

「……っ、諏訪さんが!?」

まさかの事態に月守が動揺したようにそう言い、

「救援状況は?」

意外にも彩笑が落ち着いた様子で真香に救援状況の詳細を尋ねた。

 

『大丈夫です。諏訪さんを捕獲したラービットとはすでに風間隊が交戦しています』

 

「師匠が行ったなら大丈夫だね。……それで、上はどんな判断をしてるの?」

彩笑が本部の意向を確認するようにそう言うと、ザザザっ、という雑音のような音声が混ざり、

『それについては私が直接話そう』

今まで話していた真香ではなく、今回の防衛戦の全体を指揮している忍田本部長の声が返ってきた。

 

まさかの声に彩笑は咄嗟に言葉が返せなかったが、一分一秒すら惜しいと言わんばかりに説明を始めた。

『現在の状況だが芳しいものではない。新型トリオン兵ラービットによって各部隊が足止めを食らい、防衛ラインが大きく崩れてしまっている。そこで当初とは防衛体制を変更し、防衛を大きく2つに分けた。B級部隊は全部隊合同で一箇所ずつの市街地防衛に当て、新型トリオン兵はA級部隊で相手をすることにした』

 

忍田の指示を聞いた2人は納得と疑問を抱いた。

納得したのは新たな防衛体制だ。東隊、諏訪隊で被害が出ている以上、B級単隊では新型の相手は厳しいことが伺える。それを踏まえてB級は合同で戦力を集中させラービットへの対策を取った上で市街地の防衛に回し、肝心のラービットはA級部隊で止める。それは2人とも納得した。

 

『防衛体制の変更は理解しました。その上で1つ質問があります』

 

『なんだ?』

 

彩笑は感じていた疑問を忍田本部長へと尋ねた。

『A級でもB級でもない、……ランク外のボクたちはどうすればよいですか?』

と。

 

その質問に対して忍田は即答する。

『どの部隊よりも手早く新型を屠った君たちを新型に当てない手は無い。今回の防衛戦に限り、君たち地木隊をA級部隊と同等の扱いとする。新型を優先して討伐してきたまえ』

と。

 

「「『了解!』」」

2人は、いや、オペレーターの真香を含めた3人は力強く忍田本部長の指示を受け取った。

 

忍田本部長との通信を切ったところで、真香から現場の2人に指示が出される。

『それではこれより、ラービットの反応を優先してマップ上に表示します。それを元に移動及び戦闘を展開してください』

 

「オッケー!」

 

彩笑が答えるや否や視界のマップに一際分かりやすい輝点がポツポツと表示され始め、2人はターゲットの位置を確認しつつ素早く移動を開始した。

 

「どれから行く?」

民家の屋根を足場にしつつ、月守は前方を移動する彩笑に問いかけた。

「南西エリア!なんでか知らないけど、レーダー見る限りB級とC級で防衛してる!」

言われた月守は南西エリアの反応を確かめた。すると確かに、B級とC級がそれぞれ1名ずつで防衛している箇所を発見した。

そしてそこに近付くラービットの反応が1つ、あった。

「確かにそうだね」

 

「でしょ。運良くそんな遠くないから、まずそこ行くよ!」

目標を決めた2人は移動速度を一段階上げ、目的地へ向かった。

 

 

 

幸いにも本当に近くであったため、2人はすぐに目的地へとたどり着いた。だが、

「あーもう!戦闘始まってる!」

たどり着くなり彩笑が叫ぶようにそう言った。倒れる正隊員の上にラービットが覆うように立っていて、まさしく捕獲される寸前のように見えた。

 

それを見た2人はすぐに戦闘体制に入る。

「咲耶!まずは新型とB級を引き離す!突っ込むからフォローよろしく!」

 

「了解!」

月守は答えると同時に両手からトリオンキューブを生成する。そして月守が攻撃するより早く彩笑は動く。

 

「グラスホッパー!」

足元に展開したグラスホッパーを踏みつけ加速し、高速接近して右手に展開したスコーピオンを振り切った。

 

甲高い音と共にスコーピオンは弾かれるが、ラービットの意識は捕獲しようとしていたB級から彩笑へと向いた。そしてそこを突くようにして月守が弾丸を放つ、はずだった。

しかしそれより早く、

 

「ブースト・クインティ」

 

という静かな声と共にラービットへと蹴りを食らわせて、思いっきり蹴り飛ばした人物がいた。

 

「すごい蹴り……」

彩笑は思わずそう呟きながらその人物を見た。するとその人物は、

「あれ?ちき先輩じゃん」

何食わぬ顔で彩笑の名前を呼んだ。

そこにいたのは、普段の黒を基調とした訓練服では無く、黒地に赤のラインが入った戦闘体に換装した遊真だった。

 

「遊真?って、その格好、ブラックトリガー?」

 

「うん、そうだよ」

またもや何食わぬ顔でそう答えた。

と、そこでラービットに押しつぶされていたB級隊員が立ち上がった。

「空閑!ブラックトリガーを使ったら僕や林藤支部長じゃ庇いきれなくなるぞ!」

そしてそれは案の定、修だった。

 

「あー、なるほど。レーダーにあったB級の反応は三雲くんでC級の反応は遊真だったってことか」

そこへ月守もやってきてそう言った。抜かりなくと言うべきか、遊真蹴り飛ばしたラービットには事前に用意したアステロイドを打ち込んでいた。

 

「お、つきもり先輩もいる」

 

「やっほー遊真。それに三雲くん。とりあえず話すのは後だ。今はあのラービット狩るぞ」

月守はそう言って周囲に展開していた弾丸を放とうとしたが、

 

ドンドンドン!

 

と、銃声が聞こえ、銃弾が月守たちのそばにいた遊真を捉えた。

 

全員がその銃声がした方向を見ると、

「命中した!やっぱこいつボーダーじゃねーぞ!人型のネイバーだ!」

「本部!こちら茶野隊!人型ネイバーと交戦中!」

ボーダーB級19位の茶野隊2人がそこにはいた。

 

程よく整った顔立ちにそれぞれのイニシャルが刻印された缶バッチ、そして2人ともハンドガンがメインのガンナーという部隊だ。

月守と彩笑からすれば同い年であり割と話す程度の中だ。お世辞にも強いとは言えないが部隊全員根が真面目で、良い部隊である。

 

ただ、今に限ってだが月守はこう思った。

(こんな時に限って面倒な勘違いしないで!)

と。

 

重ね重ね言うが月守と彩笑は茶野隊を嫌ってはいない。コツコツ真面目に努力しているのは知っているし、いつか陽の目を見る日が来て欲しいとは思っている。

 

だが今だけは月守と同様に彩笑はこう思った。

(君らはいつもちょっとだけ間が悪い!)

と。

 

「茶野!落ち着け!今はまず新型を……」

月守はひとまず戦闘中のラービットを倒すべくそう声をかけたが、そのラービットが茶野隊の背後から忍び寄り2人まとめて掴み取った。

 

「新型……!?しまった!!」

緊張感を滲ませてそう言う茶野を見て、月守は用意していたレッドバレットをいつでも撃てるようにスタンバイして、

「茶野!藤沢!後で解除するから許せ!」

そう叫び、ラービットめがけて間合いを詰めた。

 

レッドバレットは強力な反面、弾速・射程も大きく下がるため、確実に当てるためにはそれなりに対象に近付く必要があった(桁違いのトリオンを込めた場合を除く)。

 

月守は茶野隊を体内に格納しようとしているラービットめがけてレッドバレットを放った。ラービットもろとも茶野隊2人にも当たるが、ラービットの手から2人を引き剥がすことに成功した。

 

「彩笑!止めは……」

任せた。そう言葉を月守が繋ごうとした次の瞬間、目の前にいたラービットに斬撃が走った。

 

だがそれは彩笑では無い。まだ彩笑は月守の後方にいるからだ。そして何より斬り裂いた人影は、地木隊の黒い隊服ではなく赤い隊服であったからだ。

「目標沈黙……。月守先輩、今度は訓練生ではなく正隊員にまでレッドバレットを撃ち込むようになったんですか?」

ラービットを斬り伏せた人物は月守に向かってそう言った。

 

それに対して月守は、

「木虎……今のは不可抗力みたいなものでしょ?シューターの俺に嵐山隊レベルの射撃の腕を求めないでほしいよ」

と、困ったように笑いながらそう答えた。ラービットに止めを刺したのは、嵐山隊の木虎だった。

 

そこへ、

「木虎ちゃんナイス!」

本来、止めをさすはずだった彩笑がやってきて、木虎にそう言ってハイタッチを求めた。

木虎は少々渋ったような間を空けてから、

「……ありがとうございます」

と、小声で言い彩笑とハイタッチを交わした。

 

そして彩笑とほぼ同時に木虎のチームメイトである嵐山と時枝も現れていた。

「嵐山さん、お疲れさまです」

月守が軽く頭を下げつつ嵐山に挨拶をした。

「ああ、お疲れさまだな、月守くん。上から今聞いたが、君たちもラービット討伐任務を受けているのかい?」

 

「ええ、まあ、そうです」

 

「そうか……。なら、手柄を横取りするような形になってしまったな」

どこか申し訳なさそうに言う嵐山を見た月守は、

「あはは、別に気にしてませんよ。まあ、今のは前に出番をもらった分の借りを返されたってことにします」

小さく笑いながらそう告げた。

 

月守がそう言うと同時に、

「お、オイ月守!早くレッドバレット解除してくれよ!そこにいる人型ネイバーに狙われる!」

レッドバレットを撃ち込まれたままだった茶野が叫ぶようにそう言った。

 

声を聞き2人の元に近付いた月守はレッドバレットを解つつ、やんわりとした声で言った。

「落ち着けって。確かにアレはボーダーのトリガーじゃないけど、あの子は俺たちの味方だ」

 

「み、味方!?」

 

「ああ」

 

月守と茶野隊とのやり取りを見つつ、嵐山隊は本部に連絡を入れた。

「本部!こちら嵐山隊!新型を1体排除した!」

ラービットを討伐した旨を伝えたが、まともな返事は聞こえず、ノイズががった音声の向こうからは慌てたような声が断続的に聞こえてきた。

 

その時、

「本部上空!」

いち早くそれに気付いた彩笑は本部の方向を指差しながら叫ぶようにそう言った。

 

全員が本部の方向を見ると、そこには巨大な魚を思わせる形を模した、爆撃型トリオン兵「イルガー」が本部へ特攻をかける姿があった。

 

(マズイ!)

誰もがそう思ったがイルガーは止まらず、内臓トリオン全てをかけた捨て身の爆撃を本部へと突撃し、目がくらむほどの閃光と爆音を警戒区域中に轟かせたのであった。




ここから後書きです。

本文中で書き損ねましたが、地木隊は普段、B級と同じ扱いです。作戦室の間取りや給料等、B級と同じです。

茶野隊にはいつか大成してほしいなぁと思ってます。





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第27話「敵の狙い」

自爆モードに入ったイルガーの爆発はとてつもない威力であったが、本部はなんとか持ち堪えていた。

 

本部作戦室で爆発の衝撃により倒れた鬼怒田が机に手をかけながらなんとか態勢を起こしつつ、

「この前の外壁ぶち抜き事件以降、装甲の強化にトリオンをつぎ込んで正解だったわい」

と、呟いていた。

 

鬼怒田を始めとして本部作戦室にいたメンバーは無事だったが、敵の攻撃はまだ終わらなかった。

「第二波来ます!三体です!!」

モニターを見て本部長補佐である沢村が追撃を知らせる。

 

それを聞いた忍田本部長の判断は素早かった。一般職員を避難させる指示を出しつつ、本部に突撃してくるイルガーの内の1体に基地からの砲撃を集中させた。

しかし、

「忍田本部長!耐え切れるのはあと1発分までじゃ!2発は保証せんぞ!」

装甲の耐久度を把握している鬼怒田が必死の形相でそう叫んだ。

 

だが忍田本部長は動じる事なく、

「いや、これで大丈夫だ」

そう断言した。

 

そして次の瞬間、

 

ズバッ!!

 

モニターに映っていた2体のイルガーの内1体が、X状に切り裂かれた。

「……!?」

何が起こったか分からないと言った様子の者が何人もいるが、イルガーを斬り伏せた人物はすぐにモニターに映った。

 

黒のロングコートに2本の弧月を携えたその人物はソロランク1位の強者、太刀川慶だった。

 

「太刀川!」

「おお!」

本部の窮地を救ってみせた太刀川に向け、鬼怒田と根付は思わず声を上げる。だがイルガーはまだもう1体いる。それを警戒して、

「もう1体が直撃します!ショックに備えて下さい!」

本部長補佐の沢村が再度注意を促した。

 

だが、

『はっはっは。大丈夫ですよ、沢村さん』

太刀川が本部へと繋いだ通信で笑いながらそう言い、

()()()()()()()()

と、確信に満ちた声でそう言った。

 

すると、

 

ズパンッ!

 

残る1体のイルガーが本部に直撃する直前、その身体を真一文字に切り裂かれ、落下していった。

 

窮地を完全に脱した本部作戦室には安堵したような空気が流れたが、すぐに、

「い、今のは誰じゃ!?」

鬼怒田が今の斬撃の主を尋ねた。

 

一瞬、太刀川が2体斬り裂いたのかと思ったが、それにしてはタイミングが明らかに遅かった。

叫ぶような鬼怒田の問いかけに答えたのは、

『あ、あの……、私、です』

イルガーを一刀両断した者とは思えないほどの、自信の無さそうな、か細い声だった。

 

その声が聞こえたと同時に、モニターにその斬撃の使い手の姿が映った。

黒を基調としたジャージタイプの隊服に、柔らかな黒髪。その黒と対をなすような、雪のごとく白い肌。左手に弧月を携えたその人物は、やはりか細い声で申し訳なさそうに、

『天音、です。ごめんなさい、遅刻、しました』

名前と謝罪の言葉を口にした。

 

*** *** ***

 

「はっはっは。いやー、やっぱりいい腕してるぜ天音ちゃん」

 

「上手くいって、よかった、です」

 

「ああ、いい太刀筋だったぜ。ま、そんなわけで、今度ランク戦どう?10本勝負でいいんだけど」

 

「え……、それは、遠慮、します。太刀川さん、10本じゃ、終わらない、ですから」

本部上空でイルガーぶった斬りをやってのけた2人は重力に従いながら落下しつつ、そんな会話をしていた。

 

「いやいや、そう言わずに。本当に10本で終わるからさ」

 

「うー……、でも……」

一度天音にランク戦を断られた太刀川は粘り強く交渉を続けていたが、

『太刀川さーん。嫌がってるボクの部下にあんまりちょっかい出さないでもらえますー?』

天音の上司である隊長の彩笑が2人へと通信回線を繋いで、笑いながらそう告げた。

 

「地木か」

 

『はい、地木です。太刀川さん、ランク戦ならこの戦いが終わった後にボクがいくらでも付き合いますから、神音ちゃんに絡むのはその辺にしてください』

 

「お!マジか!」

約束だからな!と、太刀川が念を押すように言ったところで、

『慶!無駄話はそこまでにしておけ。おまえの相手は新型だ。斬れるだけ斬ってこい!』

防衛戦の指揮官であり、太刀川の師匠でもある忍田本部長から太刀川へと命令が下された。

 

太刀川はその指示を素直に聞き入れた。

「了解了解。さっさと片付けて昼飯の続きだ」

そう言ってサブ側のトリガーをグラスホッパーへと切り替え、

「じゃあな、天音ちゃん。ほどほどに頑張りなよ」

天音を一瞥してそう言い、太刀川は斬るべき獲物を求めて警戒区域の空を駆けて行った。

 

1人上空に取り残された天音だったが、

『神音、聞こえる?』

先に防衛戦に参加していた月守から通信が入った。

 

「はい、聞こえ、ます……。あの、遅れて、ごめんなさい…」

 

『あはは、気にしなくて大丈夫だよ』

 

「はい……。あ、この後、ひとまず、合流、ですよね?」

 

『うん、そうだね。今、真香ちゃんに頼んで合流できそうなポイントを表示してもらってるから、とりあえずそのポイント目指して移動しよう』

月守からそう指示を受けた天音は頷きながら、

「了解、です」

と、答えた。

 

指示を終えた月守だが、ふと思い出したように、

『あ、もう聞いてると思うけど、戦闘力がやたら高い新型トリオン兵がいるから、合流するまでにそれに遭遇したら注意してね。無理に倒そうとしないで、俺と彩笑が合流するまで、引き気味に戦って時間を稼ぐこと。できる?』

そう指示を付け加えた。

 

「わかりました。先輩たちとの、合流、優先しますね」

 

『うん、よろしい。じゃあ、行動開始』

月守から行動開始の指示を受けた天音は、先ほどの太刀川と同様にグラスホッパーを展開して、警戒区域の空を駆けて合流地点めがけて移動を開始した。

 

*** *** ***

 

天音が移動を開始したのとほぼ同時に、彩笑と月守も嵐山隊や遊真たちと別れて移動を開始した。

その際、嵐山隊と遊真、そして地木隊は警戒区域内のラービットを討伐を優先して討伐する事、茶野隊はB級合同との合流、修と木虎は南西地区のC級の援護に向かう事をそれぞれ確認して各自行動に移っていた。

 

「ねえ、レプリカさん。ちょっと質問があるんだけどいいかな?」

移動の最中、不意に月守が呟くようにそう言った。

 

別行動に移る際に、

「連れて行って損はないよ」

と、遊真に言われて小型のレプリカを月守たちは受け取っていたのだ。

 

『なんだ?サクヤ?』

答えるレプリカに対して月守は、

「…敵の狙いはなんだと思いますか?」

そう問いかけた。

 

「え?トリガー使いの捕獲じゃないの?」

 

月守の言葉に、レプリカでは無く彩笑が口を挟んだ。彩笑はそのまま言葉を続ける。

「敵は前のラッド騒ぎの時と同じ国なんでしょ?その時のデータを基にしてこっちの戦闘力と人数に大雑把なメドをつけてトリオン兵を散らすように投入して、こっちを分断。バラけてトリオン兵の群れに対応するようにしてラービットを出して戦闘員を捕獲するのが、敵の狙いだってボクは思ってたけど……」

違うの?とでも言いたげな顔で彩笑は月守とレプリカを見た。

 

 

 

ボーダー内で多少誤解されてはいるのだが、彩笑は戦局を見渡して思考するのは苦手ではない。普段はその手のことが得意な月守や真香に丸投げするだけであって、内心ではしっかりと考えているのだ。

 

 

 

 

『確かにその可能性はあるだろう。だが……』

 

「それにしては攻め方も狙いも雑なんだよ」

彩笑の言葉を受けたレプリカと月守はそれぞれそう答えた。

 

「というと?」

キョトンとする彩笑に対して月守は自身の予想を口にした。

「基地に特攻したイルガーも、俺たちが討伐したラービットもだけど、多分かなりのコストをかけたトリオン兵だと思う。それに加えて、普段見るようなトリオン兵も相当数いるのに、それぞれの行動の狙いがバラバラなんだ」

 

『サクヤの言う通りだ。先ほどラービットを解析してみたが、あれ1体にとてつもないトリオンが投入されている。他のトリオン兵と合わせると、自国の守りがおろそかになり得るほどのコストをこの侵攻に費やしているのだ』

 

レプリカが月守の意見を補足したところで、月守は言葉を続けた。

「にも関わらず、敵が今までやってることはいつも通りの市民狙いの侵攻とトリガー使いの捕獲、それと本部への特攻だ。どれか1個に絞ればある程度の戦果が出そうなのに、ワザとかと思うほどに相手は色んな方面にコストを割り振って戦力を散らしてる。意図が読めない」

月守がそう言い切り、レプリカもそれに同意した。

『私もサクヤに同意だ。これらとは別に、敵の真の狙いがあると考えるべきだろう』

 

「あ、レプリカさんもそんな予想なんですね」

 

『うむ。力になれず申し訳ないな、サクヤ』

 

「いやいや、大丈夫です。考えの方向性が固まっただけで十分ですよ」

 

そんな2人の言葉を聞いた彩笑は、

「うーん、まあ、確かに…。そう言われたらそんな感じはするね」

納得したようにそう答えた。そして呆れたように、

「それにしても……。レプリカさんはとにかく、咲耶はよくそこまで考えられるよね。」

と、言った。

 

それを聞いた咲耶は軽く笑った。

「予想の域を出ないけどね」

 

「考えられるだけでも十分だよ。……ねぇ咲耶、隊長交代しようよー」

 

「えー……。なんで?」

2人と1機(?)は移動のペースを落とすことなく合流地点を目指しつつ、会話を続けていた。

 

『失礼を承知で私も言わせてもらうが、正直初めて君たち2人に会った時、サクヤの方が隊長だと思っていた。あとでコナミたちから聞くまで誤解していた』

 

レプリカの言葉に彩笑は反応する。

「ですよねー。ボクたちよく言われるんですよ。

『お前ら2人、隊長と隊員逆だろう』

って」

 

「最近はあんまり言われなくなったけど、地木隊結成時は毎日のように言われてたな」

月守は付け加えるようにそう言った。

 

苦笑いを浮かべる2人を見たレプリカは問いかけた。

『差し支えなければでいいが、なぜサエミが隊長なのか聞かせてもらっても良いだろうか?』

すると彩笑が口を開き、

「別にいいですよ。まあ、すごくバカらしい理由なんですけどね。……はい、というわけで咲耶、どうぞ」

理由の説明を咲耶に丸投げした。

 

説明を丸投げされた月守は、『俺がするのかよ』と言いたげな表情を一瞬浮かべつつも、一呼吸取ってから理由を語ろうとした。

「理由は2つありましてね。1つは……」

だがそこまで言ったところで、

 

『地木隊長、月守先輩。緊急事態です。合流地点の到着直前に、しーちゃんがラービットと遭遇しました』

 

通信回線を繋いだままの真香からそんな連絡が届いた。

 

「合流地点の付近だね。数は1体かな?」

彩笑が素早く現状把握にかかり、真香はそれに答える。

『1体です。そこからですと1分少々の距離です』

 

「「了解」」

そう答えると同時に、2人の視界に表示されていたマップに分かりやすく輝点が表示された。

場所が分かった2人は移動のギアを1段階上げ、一層速やかな合流を目指した。

 

*** *** ***

 

目の前に現れた新型トリオン兵ラービットを見据えて、天音は右腰に差した弧月の柄に指をかけた。

 

(合流するまで、無理は、しない。引き気味に、戦う)

月守に言われた指示を頭の中で反復しつつ、ゆっくりと弧月を抜刀して構える。ラービットも天音を標的として見ており、まだ様子見のように動かずに構えていた。

 

睨み合いのうような状態の中、不意に天音は呟いた。

「……それにしても、このトリオン兵、色、不思議。なんか、毒々しい色、してる」

と。

 

天音はラービットを見るのはこれが初めてであったため知る由もなかった。今対峙しているラービットの色が、これまで他の部隊が戦った白いものと違い、紫色をしている色違いであることに。

 

そんな膠着状態の中、動きがあった。

(来る)

天音は認識するのとほぼ同時にバックステップを踏み、その場を回避する。するとほんの一瞬前までいた場所に、下から生えるような形でブレードが生成された。

よくよくラービットを観察すると腕の一部が液体のように変質していて、そこから地面を介して攻撃したように天音には見えた。

 

(風刃、みたいな攻撃。でも、ゆっくり、してる)

構え直した天音はラービットの攻撃を暫定的にそう定めた。

同時に、

(……うん。今日は、すごく、調子が、良い。遊真くんと、戦った時よりも、()()()()()()()()

今日の自身の調子をそう確信した。

 

天音は反撃と言わんばかりに踏み込み、ラービットとの間合いを詰めにかかった。下段からの斬り上げを放つが、ラービットはそれを硬い腕で防いだ。ラービットはそこから逆の腕を振りかぶり拳を放つが、

「これも、視えてる」

天音は小さな声で呟きつつ、それを身を引いて回避し、すぐさまオプショントリガーを起動した。

 

「テレポーター」

 

瞬間移動を可能にするオプショントリガー『テレポーター』により、天音はラービットの背後を取った。いささか弧月の間合いにしては遠かったが、天音の狙い通りの位置だった。素早くオプショントリガーを切り替え、弧月を構える。

 

「施空弧月」

 

弧月のリーチを瞬間的に拡張するオプショントリガー『施空』を使い、天音は高速の一閃を放った。腕を切り落とすつもりの斬撃だったが思った以上に硬く、切断までには至らなかった。だがそれでも、トリオンを漏出させるだけの切り傷を与えることが出来ていた。

 

(腕は、すごく、硬い。斬るなら、腕以外……。でも……)

天音はラービットの情報を1つ、また1つと頭で整理していく。

 

だがそこまで頭に入れたところで、戦闘に動きがあった。天音に意識の全てを割り振っていたラービットの背後から、

「レッドバレット」

大量のレッドバレットが撃ち込まれた。

そして撃ち込んだのは当然、合流にやって来た月守だった。

 

「あ、月守先輩」

 

「お待たせ、神音」

重さに崩れ落ちるラービットには目もくれず月守はそう答え、

「待たせちゃったね」

2本のスコーピオンをラービットの目に突き刺して止めを刺した彩笑がにこやかに笑いながら言い、地木隊3人(プラスアルファでちびレプリカ)がようやく合流することができた。

 

この後の行動を軽く確認し始めた3人だが、その動向が見られていることなど思ってもいなかった。

 

*** *** ***

 

「ラービット・モッド体、戦闘不能になりました」

防衛する側のボーダーでは無く、侵攻する側の国の遠征艇作戦室で、紅一点である女性が地木隊とラービットとの戦闘結果を報告した。その頭部には角のようなものが生えていた。

 

「ああ!?んなモン見りゃ分かんだよ!つーか、オレの能力持ってる割にはアッサリ負けすぎだろコイツ!」

女性の報告を受け、黒髪の若い男が不満そうにそう言った。この青年も先ほどの女性と同様に、形は多少違えど頭部に角が生えている。

 

「いやはや。先ほど戦闘員を捕獲したラービットを撃破した部隊と言い、玄界(ミデン)のレベルはここ数年で随分上がったようですな…」

苛立つ青年とは反対に、この中で一際年を召した男性が感心したように呟いた。この老人は頭部には角は生えていないが、纏う雰囲気は歴戦の戦士のものだった。

 

「仰る通りです。今回の遠征任務は気を引き締めるべきでしょう」

老人に同調するように、この中で1番若い男性が口を開いてそう言った。まだ少年と言ってもいいような年齢に見えるが、その眼差しや纏う雰囲気はすでに戦場を経験している兵士のそれである。そしてこの少年もまた、頭に角が生えていた。

 

「油断大敵、というやつだな」

立派な体格の男性が豪快な声でそう言った。本当に油断していないのか問いただしたくなる男だが、それを問うものはここにはいない。

男は角のついた頭ごと動かし、まだ発言していない最後の1人へと視線を向けて口を開いた。

「兄……、いや、隊長。このまま作戦は続行か?」

 

隊長と言われた男性は、小さな小さな笑みを作り、

「ああ、作戦に変更はない。もう少し惑乱したところで、次の段階へ作戦を移行する」

そう指示を出した。

自身の頭部に生えた角にそっと触れたあと、男性は言葉を続けた。

 

「多少のイレギュラーがあろうと問題ない。ミデンが足掻いたところで、我々アフトクラトルの真の狙いを防ぐことなどできはしないのだから」

 

と。

 




ここから後書きです。

文中でもありましたが、私自身も書いてて何度も、
「彩笑と咲耶って隊長と隊員逆な気がする…」
と、思います。
なぜ彩笑が隊長で咲耶が隊員なのかは、この大規模侵攻編で書く予定です。


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第28話「地木隊の選択」

警戒区域での戦闘が激化する中、本部内の研究区画ではあるものの解析が進められていた。

 

何人ものエンジニアが見据える先にあるのは、1つのトリオンキューブだった。しかしその中身は、ラービットに捉えられた諏訪である。ラービットは捉えた隊員をキューブの形にして体内に格納しているらしく、風間隊が討伐したラービットから諏訪キューブを奪還し、諏訪隊の隊員である堤と笹森が本部の研究区画に運搬した、というのが現状である。

今は諏訪キューブの解除に向けてエンジニア達が必死に解析を進めている。

そしてそんな中、堤と笹森は研究室の外の廊下でその結果が出るのを静かに待っていた。

 

そこへ、

「ほう。堤くんがここにいるって事は、諏訪くんのキューブ化の解除はここでやってるのかな?」

レディースの黒スーツに白衣を羽織った不知火が現れ、飄々とした声で堤に問いかけるように言った。

 

「し、不知火さん!?」

堤は驚いたような表情を見せて立ち上がった。

「やあ、久しぶりだねぇ。新年会以来だ」

 

「お、お久しぶりです……。あの、なんでこんな所に不知火さんが?」

 

「うん?流石の緊急事態ともなればワタシだって動くよ。今回はポン吉……、もとい、鬼怒田さん直々に命令されたのさ。『キューブにされた諏訪を解除しろ』とね」

そう言って不知火は薄く笑った。

 

そこへ会話に取り残されていた笹森が加わった。

「堤さん……、この人は?」

 

「そうか、日佐人は会うのは初めてだったな。この人は……」

と、堤が紹介しようとしたところで2人の間に不知火が割り込んだ。

「どうも、笹森日佐人くん。ワタシは不知火花奈。本部のしがない女性エンジニアだ」

 

「は、はあ……、どうも……って、あれ?オレ、フルネームを言いましたっけ?」

不思議そうに言う笹森を見て、不知火はやんわりと微笑んだ。

 

(……この人の笑い方、誰かに、似てる……?)

 

笹森は内心そんな疑問を抱くが、不知火はそんなのお構い無しといった様子で言葉を投げかけた。

「君のことは諏訪くんから聞いているよ。堤くんにもだが、君は大層可愛がられているそうじゃないか」

 

「え、ええ、まあ」

どう反応すればいいのか若干戸惑う笹森に向かって、不知火は言葉を続ける。

「ふふ、いいねぇ。なんだかんだで諏訪くんも面倒見が良い」

楽しそうに言った不知火はそこで笹森との会話を止め、解析が行われている研究室の入り口へと足を進めた。不知火が研究室に入る直前、堤が尋ねた。

 

「不知火さん……、諏訪さんは戻せるんですか?」

入り口の取っ手に手をかけたまま、不知火はやんわりとした笑みのまま、ゆっくりと堤の方を見て答えた。

 

「戻す。エンジニアの意地にかけて、ね」

 

そしてすぐにその表情を至極真面目なものに変え、

「そして何より、諏訪はワタシの酒飲み仲間だ。うまい酒を飲むために、ワタシは何が何でも諏訪を戻す」

そう言葉を続けた。

 

それを見た笹森は内心、

(セリフと表情が逆な気がする……)

そう思いつつも口には出さず、そのまま研究室に入っていく不知火を横目に、堤に声をかけた。

「堤さん、あの人大丈夫なんですか?」

 

「はは……。そう思うのは仕方ないけど、大丈夫だよ。あの人、腕は確かだからさ」

 

「そうですか……」

まだ信じきれず、笹森は釈然としない様子でそう言った。

 

そして不知火が研究室に入った瞬間、中にいたエンジニア達が、

「お疲れ様です!不知火副開発室長!」

そう挨拶をしたのだが、堤との会話に意識を向けていた笹森の耳にはその不知火の地位は聞こえなかった。

 

 

*** *** ***

 

「3体目!」

彩笑はそう言うと同時に、レッドバレットによって動きが鈍くなったラービットの目に細剣状のスコーピオンを突き刺して止めを刺した。一応の警戒は解かず、軽くステップを踏んでラービットのリーチから外れ、そのまま後方にいた月守と天音のそばに移動した。

 

「色が付くと攻撃パターン変わるね」

何気なく彩笑が呟き、

「みたいだね」

 

「そう、です、ね」

月守と天音も同意見だったためそれに同意した。

 

ラービットの傷口から噴出するトリオンが止まったのを見て、彩笑は真香に1つ連絡を入れた。

「真香ちゃん、今の全体の状況を大雑把に教えてくれる?ちょっとラービットに意識割きすぎてわかんなくなっちゃった」

 

『分かりました。まず各方面の防衛状況ですが、西と北西は天羽先輩単騎で完封してます。人的被害は無いですけど、更地が拡大しているそうです』

真香はそれを初めとして、情報を伝えていった。

 

迅が天羽に西の防衛を任せて何か動いていること。

C級の避難誘導状況。

各地で色違いのラービットが現れていること。

地木隊と同じく風間隊と嵐山隊がラービットを狩っていること。

太刀川が東部地区に向かって移動していること。

南西地区のC級の援護に向かった木虎と三雲がトリオン兵と交戦していること。

 

そういった情報を真香が通信を介して3人に伝える中、月守は2人に気付かれないようにそっと離れつつ、レプリカを手招きで呼んだ。

『なんだ?』

 

「あー、えっと……、ちょっと聞きたいことがありまして……」

月守は歯切れ悪くそう切り出し、言葉を続けた。

「……レプリカさんと遊真って、この前まで近界(ネイバーフット)にいたんですよね?」

 

『そうだが……、それがどうした?』

 

「……向こうの世界にはたくさんの国があるってのは、理解してますけど、その上での質問です」

月守はレプリカの目をしっかりと見据えて、

「ここ1年以内で、どこかの国が強力なトリガー……、それかブラックトリガーを手に入れた……、とか、そういう話を聞いたことがありますか?」

と、問いかけた。

 

『……』

レプリカは自身の記憶を手繰り寄せるような沈黙を挟んだ後、

『すまないが、ここ1年でそういった情報は無いな』

そう答えた。

 

月守はそれを聞き、ほんの一瞬だけ表情を歪めてゆっくりと1つ呼吸をした。

「そうですか」

 

『ああ。だが、私もネイバーフットの全ての国を知っているわけでは無い。もしかしたら私の知らない国ではそういったことがあったかもしれないな』

補足するようにレプリカはそう言い、

『しかし、なぜそんな質問を?』

続けて疑問の言葉を口にした。

 

月守は苦笑しつつ、その質問に答える。

「……探し物です。大切な人の形見というか、大事な物、なんですよ」

探し物が強力なトリガー、ブラックトリガーであり、それが形見にも等しい大切な物だと月守は言った。

 

それを聞いたレプリカは考える。

(身内や大切な人が遺したブラックトリガー、か?)

と。

 

しかしそれを尋ねるより早く、月守が口を開いた。

「あと、それとは別の質問を1つ、いいですか?」

 

『ああ。構わない』

 

「まあ、多分無いと思ってますけど……。こっちの国よりも技術が……具体的には、医療方面で発展してる国ってありますか?」

 

二つ目の問いかけに対してレプリカは即答した。

『無い。あれば私とユーマは先にその国に向かい、ユーマの身体の治療をしていた』

と。

 

遊真の身体は普通の生身の身体では無い。生身の身体は以前参加していたネイバーの戦争中に瀕死の状態になっており、遊真の父親が遺したブラックトリガーによって生身の身体は封印され、普段の遊真の身体はそれに代わるトリオン体であった。

 

月守は以前玉狛支部に行った時に遊真の身体の事情を聞いていた。

前置きで「無いと思っている」と言ったように、月守はその考えには至っていた。だから今の問いかけは、確認だったのだ。

 

自身の予想が正しかった事を知った月守は、

「……そう、ですか」

そうお礼を言って頭を下げた。感謝の気持ちがあったからだが、何より今の表情をレプリカに見られぬように、頭を下げた。

 

そして月守が頭を上げると、そこにあるのはいつものやんわりとした笑みだった。

「質問に答えてもらってありがとうございました、レプリカさん」

 

『どういたしまして、サクヤ。……今の2つの問いかけが、君の戦う理由かね?』

 

「まあ、そんな所です。あ、この話、出来るだけ内緒でお願いしますね」

 

『心得た』

2人の会話が落ち着いたと同時に、一方的な通信として聞いていた真香から、

『たった今、木虎から新しい情報が回ってきました!敵の狙いはC級隊員です!』

一際大きな声でそう連絡が入った。

 

(C級……?……っ!まさか、C級はベイルアウト出来ないのがバレてるのか!?)

月守がその考えに至ると同じタイミングで彩笑もその考えに行き着いたようで、

「C級の援護行くよ!」

よく通る声で叫ぶように言い、移動を開始した。

 

「了解」

「りょうかい、です」

月守と天音もすぐにそれに続き移動していった。

 

移動しながら天音が尋ねた。

「あの、どこの、C級の、援護に、行きますか?」

 

「ちょっと遠いけど三雲くん達のとこ!東は風間隊と太刀川さんいるから大丈夫!南はB級連合がいるから任せられる!でも南西は玉狛だけだし、敵が狙いをC級に絞ってるならケタ違いのトリオン能力持ってる千佳ちゃんに狙いが集まるから!」

 

「同感。それに南西は避難がなまじ進んでる分、援軍を送りにくいだろうし、狙いがC級ならラービットも集まる。それなら俺たちの任務だし、なおさら向かわなきゃね」

 

彩笑と月守の意見を聞いた天音は納得したように、

「そう、ですね。わかり、ました」

そう言った。

 

全員が意思の疎通をして針路を南西に向けたと同時に、真香から追加で連絡が入った。

『……っ!緊急事態!南西、南、東地区で人型ネイバーが確認されました!しかもこれは……!』

 

『角つきだ』

真香の言葉をレプリカは先読みした。南西地点にいる修と共にいる自身の分身と情報を共有したのだ。

『ラービットの時点でほぼ確定していたが、もはや疑問の余地はない。角を模したトリオン受容体による技術はアフトクラトルの軍事機密事項である以上、今回の敵はアフトクラトルだ』

 

アフトクラトル。『神の国』と呼ばれるネイバーフットの中でも最大級の国である。

 

 

南西に向けて移動する地木隊の前に、トリオン兵の群れが現れた。ラービットはいないようだが、数がとても多く、なおかつ進む道にいるので無視するわけにはいかず戦闘を始めた。

 

月守が両手からアステロイドとメテオラのトリオンキューブを生成し、群れを分断するような攻撃を仕掛けながら口を開いた。

「確か角があると、普通の人よりトリオン能力が高いんだっけ?」

 

月守が分断した2つの群れに彩笑と天音はそれぞれ飛び込み、スコーピオンと弧月を振るい猛烈な勢いでモールモッドやバムスターを駆逐していった。戦闘をおろそかにせずに彩笑は答えた。

「そう聞いてる。量とか質が変わるみたい」

 

「へぇ。じゃあ彩笑、つけてもらえば?」

 

「咲耶こそつけてもらえばいいじゃーん」

 

会話をしつつも、2人の戦闘は衰えない。そしてそれは天音も同様だった。

迫り来るモールモッドのブレードを難なく躱し、弧月を振るい致命傷を与えながら、

「角がある、人は、トリガーの造り、少し変わってる、みたい、です」

何てことないように会話に参加した。

 

そんな地木隊の戦闘ぶりを見つつレプリカは、

(若いのに大したものだな)

若干感心しつつ、

『付け加えると、角つきでブラックトリガーに適応していればその角は黒く変色している。そうでなくとも角つきの戦闘力は段違いと考えるべきだ』

と、言った。

 

それを聞いた彩笑は笑顔で返事をする。

「レプリカさんありがと!……ってか、このトリオン兵の群れ多すぎ!全然減らないんだど!」

返事をしつつ、駆逐が終わらないトリオン兵の群れに対して不満を言った。

 

群れの外にいて全体を見ていた月守は群れが減らない理由気付き、声を上げた。

「……っ!彩笑!神音!ちょっと聞いて!」

 

「なに!?」

 

「なん、でしょう?」

2人の反応を受け月守は言葉を紡ぐ。

「さっきからどうも、周囲のトリオン兵がこの辺に集まってる!このままペースだと、ここで足止めされる!」

 

月守の言うように、地木隊が最初に群れに突撃をかけた時より、トリオン兵は数を増していた。3人の処理能力より速く、周囲のトリオン兵がまるでここを狙っているかのように集まって来ているのだ。

 

『微力ながら私も手を貸そう。多少の攻撃なら可能だ』

このままでは動けなくなるのはレプリカも察したようでそう言ったが、

「あ、大丈夫、です」

意外なことに、彩笑でも月守でもなく、天音が否定するように口を開いた。

 

『……?』

訝しむレプリカとは対照的に彩笑は小さく笑いながら尋ねた。

「神音ちゃん、身体暖まった?」

 

「はい。なので、ここからは、私も、本格的に、動きます、ね」

天音はそう言いつつ、目前のトリオン兵たちから数歩下って構えた。そして、

 

「……サブトリガー、弧月、オン」

 

か細い声で呟き、戦闘直前に変更したトリガーを起動した。

 

ブヴゥン!と音を立てながら天音の左腰に2本目の弧月が現れ、それをを素早く抜刀する。二刀流となった天音は眼前のトリオン兵の群れへと突撃した。

 

その突撃に対して1番近くにいたモールモッドが反応するが、天音はそれよりも速く弧月を振るい、モールモッドのブレードのつけ根を斬り裂いた。

「ん」

そのまま天音は身体を捻るようにしてタメを取ってからそれを解放し、モールモッドをあっさりと両断した。そこから流れるようにモーションを繋ぎ、

「施空弧月」

リーチを拡張した斬撃で、自身より大きなバンダーやバムスター数体を首ごと切り落とす形で絶命させた。

落ちてくるトリオン兵の首を見据えた天音は、小さく膝を曲げて跳躍して手近に落下していたバンダーの首を空中で足場として大きく跳んだ。

そこから天音は空中で施空弧月を放ち、トリオン兵を切り刻む。

 

 

天音が二刀流になってからの動作は1つ1つが素早く、動作間の繋ぎが驚くほど滑らかで無駄がない。さっきまでとは、まるで別人の動きだった。

 

『ここまで豹変する戦闘員は初めて見たな。スロースターターというだけでは説明がつかない』

その差に驚くレプリカを見て、月守は2人への援護射撃を絶やさずレプリカに説明した。

 

「神音は本来、ポテンシャルは凄く高いんです。多分、才能とか今後の伸びしろなら、俺や彩笑よりずっと上です」

月守の説明の間にも、天音は静かに、それでいてとてつもない勢いでトリオン兵を屠り続ける。

 

「ちょっと不器用な所はありますが、神音は天才です。本人は否定しますけどね」

天音と同様に彩笑も持ち前のスピードを活かした戦闘で危なげなくトリオン兵を倒している。

 

「ただ、まだ神音は才能をフルに扱えるだけの経験が足りてないんです。だから今は、色んなトリガー構成を試して、その構成を使い熟したらまた構成を変える、それをずっと繰り返してます」

月守はアステロイドを細かく分割して放ち、トリオン兵を倒すというよりは動きを制限するような攻撃でサポートしつつ、2人が取りこぼした獲物を逃さず止めを刺していた。

 

「今使ってる『弧月二刀流』型は、神音が正隊員になってから1番最初に使い熟した型……。それと同時に、今現在使い熟した型の中で最大の戦闘能力を発揮した型です」

 

月守がそう言うと同時に、天音はトリオン兵の群れの中に潜り込み、両手の弧月に同時に『施空』を付与して振るった。

そして次の瞬間、天音の周りにいたトリオン兵に斬撃が走り、その全てが身体を両断され絶命した。

 

その光景を見た月守は、

「それと、今日は体調もサイドエフェクトも、調子が凄く良い日みたいですね。多分、いつも以上に()()()()()()のかな」

と、誰にも聞こえないほど小さな声でそう言った。

 

スイッチが本格的に入った天音の戦闘力を得た地木隊の殲滅速度はトリオン兵の合流による増加速度を確実に上回っており、進めるようになるのは時間の問題となっていた。

 

*** *** ***

 

地木隊が南西へと移動してトリオン兵の群れと接触した頃、警戒区域内を疾走していた迅の足が止まった。

「……なるほど。そういう未来か」

迅は自身の『未来視』のサイドエフェクトにより、この先の未来を視た。今まで無数に分岐していた未来だが、地木隊が南西に向かうことを決めた時点で幾つかに未来が絞られたのだ。

 

「どう動くか……」

絞られた未来から自身の取るべき行動を模索していると、戦場でまた動きがあった。

東部でブラックトリガーと戦闘をしていた風間がベイルアウトしたのだ。

 

迷っている時間は無く、迅は取るべき行動を選択した。

 

「あの3人がそっちに行くとなると、オレや遊真の動きが変わってくるな…」

変わった未来を受けて、迅は行動を開始した。そして小さな溜息を吐き、

「……あの時の夕陽といい、今の地木隊といい、どうしてしんどい未来を進んじまうんだろうな……」

陰りのある表情でそう言い、嵐山隊と共にいる遊真との合流を急いだのであった。

 

 




ここから後書きです。

地木隊の戦う相手がほぼ確定しました。
大規模侵攻で地木隊をどこで誰と戦わせようか、すごく悩みました。

改めて自分で書いた話を読み直すと、1話1話の文字数の割にストーリーの進みが遅いなぁと思いました。ゆっくりとしたストーリー進行であっても読んでくださる読者の皆様に、この場をお借りして改めて感謝の言葉を申し上げます。
これからも頑張ろうと、思いました。


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第29話「地木隊の相手」

諏訪キューブの解析を進めていた研究室では、その解析が大詰めを迎えていた。

「ここをこうして、ここはこう。あとは……」

解析を引き受けた不知火は諏訪キューブに接続されたキーボードに指を躍らせ、解除へと近付いていた。

 

その光景を見て思わずエンジニアの1人が呟いた。

「……すげぇ」

と。

最初こそ全員で作業を進めていたが、途中から不知火は他のエンジニアを圧倒する理解力と解析力を持ってして解除を進めた。エンジニアたちは今不知火が行っている作業を辛うじて理解できているが、理解が辛うじて追いつくだけであり同じように解析は出来ないと断言できた。

 

そんな高速での解析が、ようやく終わりを迎えた。

「解けた」

不知火がほんの少し満足そうに言うと同時に、諏訪キューブが発光した。そして次の瞬間、

「ぷはぁ!戻れたぜ!」

キューブが形を変え、そこにあったのはB級10位部隊の隊長を務める諏訪洸太郎の姿だった。

 

調子を確かめるようにトリオン体を動かす諏訪に向かって、不知火はやんわりとした笑みを向けて声をかけた。

「御機嫌よう、諏訪くん。調子の方はいかがかね?」

 

「おう!バッチリですよ不知火さん!キューブから解放してくれてサンキューな!」

 

「おや?キューブになってても意識はあったのかい?」

 

「本当にうっすらとぼんやりとなんすけど……。最後の方は解除の直前だったからか、その辺はなんとかわかりやした」

 

「ふぅん。それはそれで興味深いねぇ」

不知火はそう言って喉を鳴らしながらクツクツと笑った。

「いやでも、本当に助かりました、不知火さん。今度何かでお礼しやす」

 

「ふふふ。それはありがたい。じゃあお酒を頂戴」

 

「本当に酒好きな人だよな、あんたも。ちなみにリクエストとかあんのか?」

 

「ロマネコンティ」

 

「それは勘弁してくれっ!!」

サラリと言った不知火のリクエストを諏訪は叫ぶように言って土下座する勢いで断り、その光景を見てエンジニアたちは思わず笑ってしまった。

 

そこへ、

「諏訪さん!」

そう言いながら研究室の外で待機していた笹森と堤が研究室に入ってきた。

 

隊長と隊員の再会を見てホッと一安心した不知火は、上司である鬼怒田に連絡を取った。

「ポン吉。ワタシだ」

 

『ワシの事をそう呼ぶなと何度も言っとろう!』

不知火の呼びかけに鬼怒田は怒鳴るように答え、それを聞いた不知火はクスクスと笑った。

「いやー、つい昔からのクセで……。まあ、そんな瑣末なことはどうでもいい。ご命令の通り、キューブ化は解いたよ」

 

『そうか。よくやった。引き続きキューブにされた隊員が現れた場合は、お前たちで対処してもらうぞ』

 

「1人救出につき、ワイン1本」

 

『真面目にやらんか!』

 

「ポン吉のケチー」

 

エンジニアたちがそのやりとりを見て思わず苦笑した。

だが、安堵の瞬間を狙っていたかのように、事態は動いた。

 

轟音がしたかと思った次の瞬間、赤い警告のランプとアラームが本部中に響き渡った。

「ポン吉、何があった?」

 

『くっ……!敵のブラックトリガーが本部に攻めてきおった!通気口から侵入して通信室がやられとる!』

鬼怒田の報告を受け、周囲のエンジニアがざわついた。通信室からここの研究室は、さほど遠くないからだ。

 

だがそんな中、不知火は、

「ほう。ブラックトリガー、ねぇ」

ただ1人、心底嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

*** *** ***

 

その頃、C級を連れて人型ネイバーから逃げていた修と烏丸は警戒区域の外から本部へと続く連絡通路の入り口にたどり着いていた。だが、

「……ダメです!ドアが開きません!」

開かない扉を前にして修はそう言った。

 

まさかの事態にC級は動揺を見せるが、烏丸は落ち着いてオペレーターの宇佐美へと連絡を取った。

「宇佐美先輩。これなんで開かないんですか?」

 

『うーん、わかんない。さっきから本部と連絡が繋がんないんだよね……。通信室に何かあったのか連絡取れないし…。さっきのイルガー特攻で不具合でも起こったのかな?』

 

「そうですか。なら、別の連絡通路を試すか、直接本部に向かうしかないですね」

烏丸がこの先の行動指針を決めたところで、C級達の中に千佳が何かに反応した。

「……すごい速さで2人、追いかけてきます……!」

 

「……どういうことだ?」

驚く烏丸の問いかけに、修が答えた。

「千佳のサイドエフェクトです。敵が近づくのを感知できるんです」

 

「マジか。オレたちを逃すために残って戦ってたレイジさんがベイルアウトしてから、そんなに時間は経ってないぞ」

烏丸は若干信じられなかったが、今まで逃げてきた方向の上空から、さっきまでレイジが足止めをしていた2人の人型ネイバーが現れた。

 

「ほっほ、追いついた。さすが最新鋭のトリガーですな」

杖を持った角なしの老人が感心したように言い、

「恐縮です」

角つきの少年が淡々とした声でそう答えた。

 

追っ手の2人を見据えて、修に付いていたちびレプリカが補足するように言った。

『老人の方はブラックトリガーだ』

 

相手との戦力差を見て烏丸は厳しいと感じつつも修に指示を出す。

「迅さんとの合流地点まで退くぞ。C級を連れていけ」

 

「は、はい!」

修とC級は逃げるために動き出した。

 

そしてその動きを見て、杖を持った老人ヴィザが相方の少年ヒュースへと指示を出す。

「ヒュース殿は手はず通り雛鳥を……。戦闘員は私が斬りましょう」

 

「了解しました」

2人の攻撃が始まる、その瞬間、

 

 

 

 

 

「やあ、こんにちは。アフトクラトルのみなさん」

 

 

 

 

 

まるで最初からそこにいたかのような自然な口調で、烏丸たちとヴィザたちの間に高速で割り込む形で現れた彩笑は、にこやかに挨拶をした。

 

「ほう……!」

「地木!?」

ヴィザと烏丸がそれぞれ驚いたように口を開き、その反応を受けた彩笑はニッコリと微笑んだ。そして背後にいる烏丸に内部通話を繋いだ。

『やっほー、とりまる。聞こえてる?』

 

『聞こえてる。とりあえず、なんでここにいる?地木隊の仕事はラービット討伐じゃないのか?』

 

『そだよ。C級が狙われるなら、ここにラービット集まるかなーって思ったけど……。トリオン兵集団の次は人型ネイバーとはね』

 

『強いぞ、こいつら』

 

『うん、分かってる。まあ、来ちゃったものはしょうがない。ここはボクたちで引き受ける。時間稼ぎくらいにはなるだろうから、さっさとC級連れて基地に向かって』

 

『……ああ、了解だ』

烏丸の返事を聞いた彩笑はそこで通信を切り、目の前にいる敵2人へと話しかけた。

「悪いですけど、ここから先は通しません。ボク()()が、貴方がたの相手になりますからね」

 

戦闘の意思を彩笑が示したのを受けてヴィザとヒュースは構えたが、同時に、

((ボクたち?))

という複数形の表現に違和感を覚える。次の瞬間、2人の上空から雨のごとく大量のアステロイドが降り注いだ。

 

「っ!蝶の楯(ランビリス)!」

数瞬遅れて、ヒュースが自身のトリガー『ランビリス』を展開して傘のような盾を形成し、アステロイドの雨を防いだ。

 

雨が止むと同時に、彩笑の隣に1人の少年が降り立った。

「なんでバラしちゃうんだよ、彩笑」

降り立つなり、月守は困ったような笑みを浮かべつつ彩笑にそう言った。

「ついうっかり」

テヘペロといった様子で彩笑は答える。

 

月守の登場によりヒュースの意識はそちらに向いたが、すぐに次の手を打った。

ランビリスを銃のような形状に展開し、そこから1発の銃弾を千佳に向けて放った。だがそれは修が身を挺したことにより防がれた。

 

月守はそれを横目で見ながら修を褒めた。

「ナイスだよ、三雲くん。まあ、そのまま逃げてくれ。ここは俺たちに任せていいからさ」

 

「わ、分かりました!その…気を付けて下さい!」

この状況下でも他人を気遣う修の態度を受けて、月守は苦笑した。

 

逃げ出すC級たちを見て、ヴィザが動いた。

「これ以上逃げられるのは……御免蒙りたい」

そう言って自身の武器である杖を持ち上げようとしたが、

 

「「動くな」」

彩笑と月守はそれを同時に制するように、武装を展開した。彩笑は右手に細剣を模したスコーピオンを、月守は素早く周囲にトリオンキューブを散らした。

その動きを見て2人の練度の質を計ったヴィザは楽しそうに笑い、動きを止めた。

「ほう…。中々に楽しめそうですな」

 

一方ヒュースは、逃げるC級めがけてランビリスの弾丸を放とうとした。だが、

 

ギィンッッ!!

 

と、自身のすぐ上で響いた金属音に驚き射撃をキャンセルして上に目を向けた。するとそこには、杖を模したブラックトリガー『星の杖(オルガノン)』で3人目の敵による斬撃を防ぐヴィザの姿と、ヒュースを倒すために全力で剣を振るった黒髪の少女の姿があった。

 

斬撃を防いだヴィザは、これまた楽しそうな声を出した。

「ほっほっほ。援軍は2人だけと思わせてからの奇襲という作戦も見事ながら…。お若いのに素晴らしい太刀筋の持ち主ですな、お嬢さん」

 

お嬢さんと呼ばれた天音は淡々とした声で答える。

「おじいちゃんこそ、すごい、ですね」

両者はそこで剣を大きく弾き、間合いを取る。

 

初撃が決まらなかった天音は空中でグラスホッパーを展開して彩笑と月守のそばに降り立った。

『ごめんなさい、月守先輩。奇襲作戦、失敗、しちゃいました』

無表情ながらもしょぼんとしたような天音の声を聞き、月守は苦笑する。

『あはは、いいよ、大丈夫。決まればラッキー、ぐらいの策だったからさ』

 

『だね。むしろ今のは軽い挨拶。ここからが本番だよ、神音ちゃん』

 

『……はい……!』

 

3人は戦闘態勢を整えつつ、作戦を練り始めた。

『……さてと、とりあえず分断で行こうと思う』

彩笑の案にレプリカが賛成した。

『それが得策だろう。相手は磁力で敵を捕らえるトリガーと、特殊な斬撃のブラックトリガーによる連携を使っている。組ませるのは危険だ』

 

『磁力に、特殊な斬撃……か』

確認するように彩笑が言ったところで、月守が立候補するように意見を出した。

『なら、磁力は俺がやろう。どうも話を聞いてる限りだと「頭使う系」の相手だし、搦め手の戦闘なら俺のジャンルだ』

 

それに続き、天音も意見を出した。

『おじいちゃんの、方は、私が、行きます』

珍しく積極的な天音に、月守と彩笑は驚いた。天音はそのまま、言葉を続ける。

『攻撃の正体、分からなくても、私の、サイドエフェクトなら、対応できると、思う、ので』

と。

 

その言葉を聞き、彩笑が若干心配したような声をかけた。

『……まあ、確かに神音ちゃんのサイドエフェクトがあれば心強いけど……。神音ちゃん、いいの?自分のサイドエフェクト、好きじゃないんだよね?』

 

心配するような彩笑の言葉を聞いた天音はかぶりを振り、言葉を紡ぐ。

『嫌いです。大嫌い、です。けど、そうも言って、られない、状況、ですし……。それに、なにより……』

そこで天音は言葉を区切り、躊躇ったような素振りを見せた後、こう言った。

 

『なにより……。あのおじいちゃん、すごく強いん、です。さっきの動きを、見る限り、多分、剣士、です。……私は、あのおじいちゃんと、剣士として、戦ってみたい、です』

 

と。

 

彩笑と月守、そしてこの会話を聞いている真香は知っていた。普段天音は、自己主張が全くと言っていいほど無いが、極々稀に意見を強く主張する時がある。そして主張した時は、何が何でもそれを譲らない事を、3人は知っていた。

 

そんな天音の主張を受け、最終的な判断をする隊長の地位にいる彩笑は腹をくくり、指示を出した。

『……オッケー。じゃあ若いのは咲耶。おじいちゃんの方はブラックトリガーだし、ボクと神音ちゃんで行こう。真香ちゃん、大変だけど2つの戦況のサポート、お願いね』

 

『『『了解!』』』

 

指示を受けた月守は、分断するための1撃の狙いを慎重に定め始めた。

 

そんな月守を見て、彩笑は1つ息を吐いてから言った。

『……任せたよ、「ロキ」』

 

しばらく呼ばれてなかった名で呼ばれた月守は、彩笑と同じように息を吐き、言葉を返した。

『ヘマするなよ、「マンティコア」』

と。

 

2人が今呼び合ったのは、かつての通り名だ。正隊員に昇格した後、気付いたら付けられていた、通り名。

 

『この名前、嫌いなんだよなぁ』

 

『ボクだってコレで呼ばれるの嫌だよ。呼ばれたての頃、どんな意味なんだろうって思ってネットで調べたとき、正直引いた』

 

『まあ、女の子につける通り名じゃないな』

 

『本当にね。ボク、付けられるなら神音ちゃんみたいなのが良かった』

 

『あ、それはわかる。神音の通り名は綺麗だし、俺はすごく好き』

唐突に話題が飛んできた天音は若干驚きつつ、

『え、でも…。あれは、その…、恥ずかしい、です…』

本当に恥ずかしそうな声で答え、2人は小さく笑った。

 

戦闘態勢が整った3人は、最後の仕上げとも言うべき用意を同時に行った。

 

「「「戦闘体再換装」」」

 

その声と同時に、3人の戦闘体が再換装された。

 

今の今まで着ていた黒いジャージのような隊服が換装され、以前、三輪たちと戦った時と同じく、黒を基調とした軍服を模した隊服に切り替わった。当然、エンブレム付きのものだ。

 

3人の換装を見たヴィザは構えた。

「来ますぞ、ヒュース殿」

 

「承知しております」

同じく戦闘用意が整ったアフトクラトル2人を見て、月守が動いた。

 

「メテオラ、アステロイド」

左右に出現させた別々のトリオンキューブを放つ。

爆煙と粉塵を撒き散らすメテオラと鋭い弾道のアステロイドは相手に一瞬の動揺を作り出し、すでに真香からの視覚支援を得て爆煙の中でも敵を捉えている彩笑と天音が高速でヴィザに肉迫して2人がかりの斬撃を振るった。

ヴィザはそれを防いだが、衝撃で大きく弾き飛ばされた。

「そう来ましたか……。お嬢さん方を斬るのは、実に忍びないのですが……」

しみじみとそう言うヴィザに対して彩笑は笑い飛ばすように言い返した。

「油断してると嚙みついちゃうよ?おじいちゃん」

と。

 

「ヴィザ翁!」

ヒュースは攻撃を受けたヴィザに声をかけて追いかけようとするが、

「君の相手は俺だ」

そのヒュースの眼前に月守が現れて言い、トリオン体の身体能力をフルに活かした蹴りを放った。

 

奇襲に等しい月守の蹴りに対してヒュースはランビリスの展開が間に合わず腕で防御したが、それでも軽く吹き飛ばされ、ヴィザと分断される形になった。

「やってくれるな……」

ヒュースは大量のパーツを磁力によってコントロールするトリガー「ランビリス」を周囲に展開しつつ、月守を睨みつけてそう言った。

 

そんなヒュースを見て、月守は笑う。普段は見せないような、好戦的な笑みを浮かべ、

「じゃあ、戦おうか優等生くん」

周囲に大量のトリオンキューブをバラ撒き、

「ここに攻めてきた事を後悔させてやるよ」

開戦の言葉を告げた。




ここから後書きです。

大規模侵攻において、月守VSヒュース、そして彩笑&天音ペアVSヴィザとなりました。

何気に月守とヒュースは同い年で身長もほぼ一緒でした。
彩笑&天音はワールドトリガーにおいて最強クラスのヴィザおじいちゃんとの対決です。



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第30話「激化する戦闘」

「アステロイド」

月守は周囲に展開したアステロイドを放った。

 

ヒュースはそれを見て冷静にランビリスを盾のように展開して対応し、アステロイドを全て弾いた。そしてその弾いたアステロイドは幾つかのランビリスのパーツを経由して月守へと牙をむいた。

「おっと。あやうく自分の弾丸でダメージ食らうところだったな」

月守は戻ってきたアステロイドを難なく躱し、考察を始めた。

 

(反射盾……。跳弾を繰り返して撃ち手に返すって感じか)

考察している月守に対して、今度はヒュースが攻撃を仕掛けた。

「ランビリス」

磁力によって細かなパーツを幾つも結合させてクナイのような形状をとり、それを土台となる大量のパーツと反発させて弾丸のように放った。

 

月守はそれを見切って躱す。ボーダー内で弾バカと言われる出水や、1発1発が高い威力を誇る二宮、変幻自在な弾道のバイパーを操る那須、本部屈指のハウンド使いの加古といったシューターとの戦闘経験を待つ月守からすれば、この程度の回避は造作も無かった。そのまま反撃しようと思ったがその前に、オペレーターの真香に連絡を入れた。

『真香ちゃん。この辺のマップデータとかってある?』

 

『ええ、ありますよ。転送しましょうか?』

 

『うん、頂戴。あ、できれば立体のやつがいいな』

真香にマップの提供を要請しつつ月守はアステロイドを牽制のように放ち、手を叩きながらヒュースから距離を取った。

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」

 

「ちっ!逃さん!」

わかりやすい挑発だが、ここまで先手を取られ続けているヒュースはそれに乗り、月守を追った。

 

受け取ったマップデータをもとに移動しつつも月守の考察は続く。

(射撃じゃなくて間合いを詰めにかかるのか……)

徐々に徐々に、月守の頭の中にはヒュースとそのトリガー「ランビリス」についてのデータが蓄積されていく。

 

ある程度彩笑たちと距離が取れた月守は再度真香に連絡を入れた。

『マップデータありがとね、真香ちゃん。こっちの情報支援はこのくらいでいいよ。ここから先は余程の事がない限り俺から連絡入れないし、真香ちゃんからも入れなくていい。彩笑たちの支援に集中して』

 

『了解です。ご武運を』

 

『あはは、ありがとね』

月守は笑いながらお礼を言い、通信を切った。

 

月守の目の前、といってもそれなりに距離がある地点に陣取ったヒュースはランビリスを周囲に展開しながら口を開いた。

「随分余裕のある態度だな、ミデンの射手」

 

ミデンってなんだろうと月守は一瞬思ったが、おそらく向こうの国からみたこっち側の名前だろうと判断して会話に応じた。

「焦ってもいいことはないからな。君こそ、やけにあっさり分断に応じてくれたじゃん」

 

「ふん……、貴様は分かっていないのだ。あの方の……ヴィザ翁の実力をな」

 

「……」

月守は黙ってヒュースの言葉を聞いていた。

「あの方は国宝『星の杖(オルガノン)』の使い手だ。お年を召されて全盛期に比べると一歩劣るが、それでも今回の遠征部隊では随一の実力者となる」

 

「オルガノン……。星の杖、ね……」

月守の呟きなど関係ないと言わんばかりに、ヒュースの言葉は続く。

「貴様の部下も大層な実力者なようだが、所詮はノーマルトリガー……。2人がかりとは言え、ヴィザ翁に勝てはしない。オレは貴様を倒せるようなら倒す。それが無理なら、ヴィザ翁と合流するまでに時間を稼げればいい。だからこの稚拙な分断に応じた。それだけの話だ」

 

言い切ったヒュースの言葉を受け、月守はようやく言葉を返した。

「……まあ、君の言い分はわかったけど、その上で3つほど訂正をさせてくれないか?」

月守は話しながら左右の手からトリオンキューブを出現させ、ヒュースもそれに応じるようにランビリスを動かした。

 

「まず1つ目……。君はやたら向こうのおじいちゃん……ヴィザ翁さんの実力を押すけどさ。こっち側の2人だって実力者だよ。そう簡単に勝負は決まらないぜ」

 

「……」

先ほどとは逆に、今度はヒュースが黙って月守の言葉を聞いていた。

「2つ目…。君はあの2人を俺の部下って言ったけど……残念ながら逆。俺たちの隊長は向こうの小ちゃい茶髪の奴だよ」

 

「……!」

ヒュースは驚いたように目を見開き、

「人選ミスじゃないのか?あんなのに隊長が務まるとは思えない」

と、言った。

 

彩笑の随分な言われように月守は思わず笑った。

「あっははは!はっきりと言うなぁ、君は。……うん、どうやら俺と君とじゃ、隊長に求める条件が違うみたいだな」

楽しそうに笑ったあと、月守は一呼吸取り、ヒュースに伝えるべき3つ目の訂正を口にした。

 

「3つ目の訂正だ。君は俺を倒せれば倒すし、無理なら引いて戦って時間を稼げばいいと思っているみたいだけど……」

月守はそこで1度言葉を区切り、笑みを浮かべた。

楽しそうにも、虚ろにも、邪悪にも見える、言い知れぬ何かを覚える笑みを浮かべ、言葉を繋げた。

心底不思議そうに感じてる声色で、

 

「どうして君は、俺に負ける可能性を考慮しないんだ?」

 

と。

 

途端、ヒュースの背に寒気が走った。

(……っ!?コイツ、さっきまでと雰囲気が違うっ!)

そう思ったと同時にヒュースは動いた。

「くっ!黙れッ!」

先ほどと同じようにランビリスをクナイ状にして飛ばし、それと並行して自身の右腕にパーツを集めて銃の形状を模して銃弾を放った。

 

攻撃に移るヒュースを見て、月守は尚、笑う。

「さて、いくか……」

小さくそう言い、周囲に散らせていた弾丸を放ち、2人の撃ち合いが幕を開けた。

 

*** *** ***

 

少年2人の戦闘と並行して、剣士3人の戦闘も展開されていた。

激しく金属音を連続で打ち鳴らせ、目まぐるしい速度で攻防が繰り広げられていた。

 

(ふむ……)

杖のように見せかけた鞘からブレードとなるオルガノンを抜刀して2人がかりの連携攻撃を防ぎながらヴィザは思考する。

 

(茶髪のお嬢さんはとてもスピードに優れている。攻撃速度もさることながら、こちらからの攻撃に対する反応速度も高い。トリオン体の限界に迫る速度だ)

 

彩笑のスコーピオンを大きく弾くと、そのタイミングを補うように天音がヴィザへと斬りかかる。

 

(黒髪のお嬢さんはスピード寄りのバランス型…。もう1人と見比べるとどうしてもスピードには劣りますが、それを補うように一太刀一太刀が鋭く、的確……。使っているのは左手の刀のみですが、もう一振りあることも踏まえると、おそらく純粋な剣技のみならこちらのお嬢さんの方が上ですな)

 

ヴィザは天音の弧月も大きく弾くと軽くバックステップを踏み、オルガノンの能力を起動した。

 

キィィィン、という音を鳴らしながらオルガノンのブレード部分の周りに小さなリングが複数生成された、次の瞬間、

 

キンッ!!

 

と、鋭い音と共にヴィザを中心とした周囲に斬撃が走った。

 

アフトクラトルの国宝と呼ばれるブラックトリガー『オルガノン』の能力は、広範囲無差別瞬間即死斬撃。具体的には、周囲に伸ばした円の軌道上にブレードを走らせて斬る、というものだ。

言葉にすればそれだけのものだが、オルガノンから放たれる斬撃は威力、速度、射程、どれを取っても高い能力を発揮する。

 

しかし、広範囲に及ぶ必殺の威力と高速を誇るその斬撃を、彩笑と天音は躱していた。

「あっぶな!警戒して距離取って大正解!」

 

「……円を伸ばして、その上を、ブレードが、走る、トリガー、みたいです」

そして天音に至っては、今の一瞬でオルガノンの能力を見抜いてみせた。

 

能力を的確に言い当てた天音を見て、ヴィザは驚嘆する。

(バカな……。初見で躱してみせるだけでなく、性能まで言い当てた……?)

 

コンッ!と、オルガノンのブレードの切っ先を地面につけて、ヴィザは口を開いた。

「お嬢さん方……、どうやらただ者ではなさそうですな」

 

ヴィザの言葉を聞き、彩笑は右手のスコーピオンを逆手に持ち替えて答えた。

「お褒めの言葉をどうもありがとうございます、アフトクラトルのおじいちゃん」

 

「おじいちゃん……、ほっほっほ」

おじいちゃんと呼ばれて笑い出したヴィザを見て彩笑は小首を傾げ、ヴィザはそれを見て言葉を続けた。

「いや失礼。本国ではそのように呼ばれないため、ついつい微笑ましく思えて笑ってしまう……」

 

「じゃあ、なんて、呼ばれてるん、ですか?」

純粋な興味で天音はそう尋ねた。当然ながら、この会話の中でも3人とも微塵も気を抜かずに警戒心を張り詰めて構えたままである。

 

自身の呼び名を問われたヴィザは少し思案してから、

「……国宝の使い手、と、呼ばれておりますな」

そう、答えた。

 

「国宝の……」

 

「使い手?」

 

ヴィザの言葉を補足するように、2人に付いていたちびレプリカが言葉を加えた。尚、このちびレプリカは分断して月守の方にも1体いる。

『この老人が使っているブラックトリガーは「オルガノン」と言い、アフトクラトルでは国宝と言われているほど強力なトリガーだ』

 

『へぇ…。ちなみにオルガノンってどういう意味なの?』

 

『こちら風に言うなら……星の杖、だ』

 

『『星の杖……?』』

レプリカの言葉に彩笑と天音は同時に反応し、彩笑はクスッと笑いを入れた。天音はいつも通りの無表情だが、心なしか表情が緩んでいるような気がしないでも無かった。

『どうした?』

思わずレプリカが問いかけ、彩笑がそれに答える。

『いやー……、ボクたちがこのオルガノンと戦うのは、ちょっとした縁みたいなものかなぁと思いまして……』

 

『……?』

彩笑の言葉の意味が理解できず、レプリカは不思議そうな雰囲気を醸し出した。

 

そこで彩笑は右手のスコーピオンの形状を変えた。細剣からいつものダガーナイフへと変え、それを手元でクルリとまわす。

ニコリと微笑みヴィザを見据え、彩笑は天音に内部通話を繋いだ。

『神音ちゃん、連携のパターンを変えるよ。ボクが前衛を専門にやるから、神音ちゃんは中距離からの施空弧月とヒットアンドアウェイでボクのフォロー、よろしく』

 

『分かり、ました。……あの、おじいちゃんの、攻撃をもう少し、()()、分析します、から、回避優先を、お願いしても、いいです、か?』

 

『オッケー。回避優先ね』

天音のリクエストを受けて、彩笑は動き出した。

「グラスホッパー」

サブ側にスタンバイさせていたグラスホッパーをヴィザの周囲に乱雑に配置する。その内の1つを自身の足元に展開し、それを踏み砕かんばかりの勢いで彩笑は踏み込み加速して肉迫する。

 

グラスホッパーを踏み続け加速する彩笑を辛うじて捉えるヴィザは素直に思った。

(素晴らしい)

と。

 

何十年という戦闘の記憶を手繰っても、これほどの動きをしてみせた剣士は片手で数えるほどしかいない。

(それをこの若さで体得し、実戦に用いる……。いやはや、世界はやはり広い)

こういった経験ができるのか遠征の楽しみだと、ヴィザは思っている。

 

だが、

「それでも私にその刃が届くかは別ものですぞ、お嬢さん」

彩笑の全速力の『乱反射(ピンボール)』での斬撃も、ヴィザは全て防いでいる。視覚のみならず、経験則や第六感とも言われる感覚を駆使してヴィザは彩笑のスピードに対応する。

 

「まだまだっ!」

彩笑はそう言いスコーピオンを振るうが、ヴィザはその1撃を完璧に捉えて弾いた。態勢を崩した彩笑に向かい、オルガノンの広範囲斬撃を放とうとした。その瞬間、

 

「旋空弧月」

 

いつの間にかヴィザの死角に回り込んだ天音が必殺の威力を誇る一振りを放った。

 

しかし、

「伸びる斬撃とは、面白い」

ヴィザはそう言いオルガノンの軌道を直前に変更し、防御のための斬撃を走らせた。

 

ギャンッ!

と、激しい音と火花を散らした両者の斬撃だが、軍配はヴィザに上がった。天音の施空弧月は防がれ、彩笑にも紙一重といっていいほどに迫った斬撃を放たれていた。

 

一連の攻防を経て、

「……純粋に凄いって思ったのは、久々だなぁ」

彩笑はそう呟いた。

 

普段のランク戦でも、凄いと感じることは何度もある。

 

太刀川の二刀流。

二宮の圧倒的火力。

風間のステルス戦闘。

当真の狙撃。

 

いずれもボーダートップクラスの猛者の戦闘であり、これは確かに凄いと彩笑は日頃から思う。

だが、今のヴィザが見せた対応、攻撃、機転……。それは今までのものとは一線を画すような、何かがあった。

 

プロサッカー選手を目指す少年が観客席の最前線で憧れる選手のスーパープレーを見たような、感情。

 

同じ土俵、同じ道を進む者として、純粋な尊敬の念があった。

 

彩笑から見てヴィザの向こうに見える天音も、無表情ながらも彩笑と同じような感情を抱いていた。

 

畏敬に近い感情を抱いた2人だが、同時にこうも思った。

((だからこそ、勝ちたい))

と。

 

彩笑と天音は目を合わせただけでその気持ちを共有し、

『絶対勝つよ!神音ちゃん!』

 

『はい……!』

強大な敵であるヴィザに再度斬りかかった。

 

ヴィザは楽しそうな笑みを浮かべ、

「どこまでもお相手しましょう。ミデンの幼く、可愛らしい剣士たちよ」

堂々と2人を迎え撃った。




ここから後書きです。

30話になって、ようやく月守が本性を垣間見せました。ある意味、天音以上のスロースタートです。

先日発売されたBBF買いました。
読んだ上でここからいくつか思ったことなど色々書かせていただきます。

まず読んでショックだった(というよりはやらかしたー、と思った)ことを。
それは、別々の人同士で出した弾丸で合成弾を作るのが不可能だという事でした…。
黒トリガー争奪戦時に披露した月守と天音のトマホークは不可能だったという、この事実。一応、第10話は少々書き換えました。使った事実は変わりませんが、『使えたのが奇跡レベル』という扱いとしました。

次に嬉しかったこと。
各隊員の能力値のグラフ、数値化は嬉しかったです。その手の数字が大好きな人間ですので、感涙ものでした!

次に驚いたこと。
ヴィザ翁、能力値高すぎるっ!!?
圧倒的としか言えない、高い能力値。戦わせておきながらあれですが、彩笑と神音はとんでもない人と戦ってますね。しかもそんな人をおじいちゃん呼ばわり。

そして、「お?」と、思ったこと。
それはB級の吉里隊です。
苗字と家族構成の一致ぶりを見る限り、ゾエさんの弟さんと蓮さんの妹さんかな?

最後に、読んで思った総合的な感想。
買って良かった!ワールドトリガーを好きで良かった!もっとワールドトリガーを好きになった!

長々とした後書きを失礼しました!
次話は月守とヒュースのバトルになります!
執筆、頑張ります!


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第31話「月守の弱点」

今回は独自解釈・独自設定入ります。
途中で長い説明があります。ご了承ください。


月守はヒュースに対して、アドバンテージであるマップ情報を活かして立ち回っていた。物陰に隠れる月守をヒュースは追う。

 

「ちっ……。なかなかに厄介な機動力だな」

ヒュースが角を曲がった瞬間、やんわりと笑う月守と目が合った。

「メテオラ」

そしてそこには幾つものメテオラが展開されており、月守の合図と同時に放たれた。

 

ヒュースも攻撃が来るのを予想していたので、すぐに手を打つ。

「ランビリス」

磁力を操作して盾を形成し、月守のメテオラをやり過ごす。攻撃というよりは周囲の地形に当てての目くらましが目的だったようで、直接盾に当たることは無かった。派手に煙が立ち込めており、月守は再びヒュースから遠ざかるように距離を取っていた。

 

「またか」

逃げ続けるような動きを取る月守に苛立ちを覚えつつ、ヒュースは1歩踏み出す。しかし、

「……なるほど。そういうことか」

ヒュースが足を置こうとしたそこには足場が無かった。寸前で気付いたため踏み外すことはしなかったが、月守のメテオラによって道は壊され、地下道がぽっかりと口を開けていた。

(オレを落とすつもりだったのか…?この程度の高さなら、トリオン体にさしてダメージは無いが……)

それでもヒュースは、この辺一帯に地下道がある事を頭に入れて月守を再度追った。

 

追いかけながら両者は射撃戦を展開する。

月守はアステロイドを放ち、ヒュースはそれを反射盾で弾きつつランビリスによって作ったクナイや銃による攻撃を織り交ぜている。

 

ここまでの戦闘で、ヒュースは月守に対する分析を進めていた。

(やつの攻撃方法は、トリオンキューブを生成しての射撃によるもの。使っている弾は2種類。どちらも弾道は直線だが、片方は着弾と同時に爆発する弾。射程は今の所オレのランビリスと同等だが、これは最低ライン……まだ伸びるがそれを隠している可能性も捨てきれない……)

 

ヒュースが使うトリガー『ランビリス』は、アフトクラトルで開発されたトリガーでもほぼ最新と言ってもいいものであり、その性能自体は優秀である。

射撃戦はもとより、パーツごとに磁力を発生させ相手を捕縛・妨害することも可能。射撃を弾く反射盾という防御手段もあれば、パーツを大量に展開して発射台を生成しての移動もできる。

幅広い戦術が可能がゆえに、このトリガーを使いこなすのは一苦労である。そしてヒュースはランビリスの扱いを持ち前の真面目さで習得した。あくなき実技の反復練習と実戦、そして膨大な知識の全てを頭と身体に叩き込み、ヒュースは遠征部隊に選ばれるだけの実力を手に入れていた。

 

ヒュースの強みはランビリスによる戦術幅の広さと、その過程で得た知識や頭脳といったところにある。

ここまであらゆる攻撃を試しつつ、ヒュースは月守に対する分析を行っていたのだ。

 

間合いを取り続ける月守に対して、ヒュースは解析を次の段階に進めようとしていた。だがそのためには、

(どうにかして奴に接近しないとな……)

今の間合いより、少々距離を詰める必要があった。

 

いくつかパターンを考えたヒュースは、その中から1つの手段を選択する。

(広範囲に渡ってトリオンを使うが……、これが最も確実に奴の足を止められる攻撃だ)

ランビリスによるクナイを多数生成し、並行して右手に銃を作り出す。2人が道角を曲がり、ある程度のスペースがある空間に出たところでヒュースが攻撃に出た。

「ランビリス」

生成したクナイを放ち、月守がそれに反応して躱す初動を確認したヒュースはタイミングをズラして銃からの1撃を放った。月守は銃弾にすら反応してみせるが、それはヒュースの罠だった。

 

(磁力発生)

 

ランビリスを操作し、今放った銃弾と先に放ったクナイに強力な磁力を発生させ、引き合わせた。正面からの銃弾と、躱したはずの背後からのクナイが月守に襲いかかる。

 

だが、

「……!?シールド!」

咄嗟に月守が背後のクナイに気づいてシールドを張った。

 

最初の数発でシールドは敗れたが、それにより回避の時間が生まれた月守はヒュースの攻撃を食らわずに済んだ。

「へぇ……。玲ね……那須先輩のバイパーみたいな攻撃だな」

そう言う月守だが、動く足は緩めざるを得なかったため、結局はヒュースの思惑通りで間合いを詰められていた。

 

間合いを詰めながらヒュースは次の攻撃の用意にかかるが、同時に何か違和感を覚えていた。

(こいつ、もしや……)

ヒュースはその違和感の正体を確かめるために動いた。

 

ザアァァァァァ……

 

さざめくような音と共に、間合いを詰めたヒュースと月守を十分に囲える程度の範囲に、ランビリスのパーツが広がっていく。

 

「何か次の手に移るのかい?」

月守は笑みを浮かべながらそう言い、

「答える義理はない」

ヒュースはバッサリと切り捨てるように言った。

 

「ふぅん。まあいいや。アステロイド」

間合いを詰めてきたヒュースめがけて、月守は動きながらトリオンキューブを素早く散らして多角的な射撃を行った。

パーツの大半を次の攻撃に回していたヒュースだが、手元に残っているパーツを駆使して反射盾を形成する。

さすがに月守に弾き返すまでは至らないが、被弾を防いだヒュースは攻撃を仕掛けた。

 

仕組みそのものは先ほどの攻撃と同じであり、周囲に漂わせたランビリス同士をタイミングをズラして引き合わせるものだった。今回は手数を増加してダメージを与えることに主眼を置いたものだ。

「シールド」

しかし量が多いのは事前にパーツを展開していたことでバレバレであり、月守は冷静に回避をしつつ、死角からのものにはシールドを()()()()と張って対応した。

 

回避と防御を織り交ぜながら、月守は攻撃を放つ。右手からのメテオラを周囲で爆発させてヒュースの視界を遮り、トリガーを切り替えてアステロイドで攻撃する。

視界を遮られたヒュースはアステロイドの出所を全て把握できず、仕方なしに自身を覆うような小さな半球状にランビリスを展開して防いだ。反射させるのはできなかったが、被弾はしていない。

 

爆煙が晴れると、ヒュースは慎重に盾を解いて月守を見据えた。ランビリスの弾丸は月守の回避とシールドによって阻まれ、シールドに防がれたパーツは弾丸の形を崩してカケラごとに周囲に散らばっていた。

 

月守はトリオンキューブを周囲に漂わせつつ、口を開いた。

「君のトリガーはできることが多くて随分と便利だね」

 

「ふん……」

 

「でも手数に重点を置く攻撃を見るに、火力は足りなさそうだな。そこが惜しいね」

どこかわざとらしく言う月守を見て、ヒュースの眉がピクリと動いた。

「火力不足だと……?」

そう呟くと同時に、ヒュースは手元にあったランビリスのパーツの磁力を操作して結合させ、巨大な車輪を思わせる形状に組み替えた。

 

「わお。見るからに攻撃力高そうな形……」

月守は巨大車輪から距離を取るかのように一歩下がったが、その巨大車輪はミスディレクションだった。

 

下がるために月守が足を動かした瞬間、

(ここだ)

ヒュースはランビリスにトリオンを流して磁力を発生させ、月守が1度防いで周囲に散らばったランビリスのカケラを月守目掛けて放った。

 

発射のためのちゃんとした土台も無い上に、散らばったカケラをそのまま放つので威力も速度も落ちた射撃だが、ヒュースはそれでも構わなかった。

「っ!?」

背後からの攻撃に気付けた月守がこれに気付けないわけがなく、ヒュースの予想通りシールドを展開した。

 

カケラを防いだ月守が大きく跳躍してその場を離れると同時に、月守か張っていたシールドが砕けた。

そしてそれを見たヒュースは確信した。

 

(こいつには、弱点がある)

 

と。

 

大きく間合いを取った位置に着地した月守に向かって、ヒュースは口を開いた。

「ミデンの戦士。まず褒めよう。貴様はなかなかの腕前だ」

 

「そりゃどうも……。でも、どういう風の吹きまわしだい?アフトクラトルの優等生くん?」

 

「……オレはこの勝負の勝ち筋が見えた。だがオレが勝つ前に、先に貴様の健闘を讃えておこうと思ってな」

 

「勝ち筋?ハッタリかな?」

そう言われたヒュースは周囲に散らしていたランビリスのパーツを自身の元へと集め円の形状を取り、自分を中心に守るように展開した。

「ハッタリではない。ここまでの戦闘で、オレは貴様の弱点を看板した」

 

「……」

無言ながらも表情に僅かな感情の乱れが現れた月守に向かい、ヒュースは看破した弱点を口にした。

 

()()()()()()()()()()

 

と。

 

*** *** ***

 

ヒュースの指摘は、文句のつけようが無いほどに正解であった。

 

月守自身がこのことに気付いたきっかけは、正隊員に上がって初めてのソロランク戦の時だった。

 

相手はガンナー。しかもハンドガンというおおよそ強大な火力とは思えないトリガーを使っていた。近接戦になった際、月守がサブ側にシールドを展開しつつメインのバイパーで止めを刺そうとしたその時、銃弾を受けたシールドがやけにあっさりと割れたのだ。

発揮するべき強度を見せずに割れたシールドに月守は動揺しつつも、そのランク戦は火力ゴリ押しで勝った。

 

ランク戦終了後、月守は急いで不知火の元に行き、トリガーホルダーを差し出して、

「シールドに不具合があるから調整してください」

と、言った。だが調べた不知火の答えは、

「シールドに不具合は無いよ。至って正常さ」

というものだった。

 

しかしその後も、月守の展開するシールドはやたら割れた。

 

おかしいと思った月守は、再度不知火に調整を依頼したが、その時不知火が発想を逆転させた。

 

「もしかしたらおかしいのはシールドじゃなくて咲耶のトリオンかもしれない」

 

と。

 

そして月守のトリオンを詳しく調べた結果、月守のトリオンにはそういう欠落があることが分かった。

 

不知火曰く、

 

「一般的には、

『トリオン能力=トリオン量』

という認識だが、それは正確じゃ無い。

確かに量がトリオン能力の大きなウエイトを占めているのは事実だが、厳密に言うと量以外の要素もある。まあ、その辺の要素は基本的に量と比例するから、トリオン能力=トリオン量っていう認識で問題無いけど……。

というか咲耶、比例って分かる?中学一年で習うっけ?ああ、分かるの?じゃあそのまま説明続けるね。

トリオンシールドにおける強度は、トリオンの量と密度と結合力で決まる。それで……、うん?結合力の説明?……んー、専門用語満載になるからすごく簡略化するけど許してね。

トリオンで構成されたものは、すごく細かいトリオンの粒がくっついてることで形を保ってる。で、今ここに居るワタシと咲耶をそれぞれ1つのトリオンの粒として…。咲耶、右手出して。そう。で、こうやって握手するでしょ?この繋いでる、握ってる強さが結合力。

なんとなく分かったって顔してるね。

それで本題。咲耶のトリオンはどうも、この結合力がやたら弱い。生まれつきの性質だろうね。トリオン同士が結びつく力が弱いから、硬さがものを言うシールドはもろくなる……、ってところだね。

まあ、事情が事情だし、ポン吉に許可もらって君のシールドを少しイジろうか。シールド形成に必要なトリオン量を多めに設定するのもアリだけど……。咲耶のトリオン結合力から平均的なシールド硬度に達する量を算出すると、破格のトリオン量を持つ君でもあっという間にガス欠になる。

だから毎回咲耶が自分で量を設定できる仕様に変更する。強度があるシールドを作るのに多少時間とトリオンを必要とするけど…。

うん?なに?トリガーを弄るのはA級に上がってからじゃないとルール違反?他の隊員と比べるとズルしてる気になる?ああ、大丈夫大丈夫。シールドは普段、展開する時に持ち手のトリオン量から適量を得て生成されるけど、元々は使い手が毎回トリオン量を自分で割り振ってたんだ。でも毎回作るのに手間暇かかるから今の自動徴収式が一般化したんだ。だから改造っていうよりは設定を変更するって感じだ。

なに?それでもやっぱり申し訳無い?A級に上がってからにする?…まあ、咲耶がそう言うなら弄るのはやめよう。

変なところで強情だねぇ、咲耶はさ」

 

ということらしい。

 

不知火に助けられたとは言え、月守はその身に『防御が困難』という1つのハンデを背負っていた。

 

*** *** ***

 

「貴様はトリオンが脆い」

ヒュースに弱点を指摘されて月守は数秒間止まっていたが、やがて、

「……うん、そうだよ。正確だ」

ヒュースの言葉を肯定し、それを讃えるように拍手を送った。ヒュースの言葉はまだ続く。

「どうやら、多量のトリオンを込めれば硬度は確保できるようだが咄嗟のときにはそうもいかないようだな。不意打ちの類いが有効だ。加えて、これは貴様らのトリオン体そのものの性能なようだが、同時に使えるトリガーは2つまでだ」

 

「はは、よく見抜くねぇ」

月守はそう言い、ヒュースの次の言葉を待つように口を閉じた。

「……これだけの優位があれば、有効な戦術などいくらでもとれる。オレの勝ちだ、ミデンの戦士」

ヒュースは静かに、そう言った。

 

ヒュースの洞察は的確であり、その指摘は確かに月守にとって不利なものであった。

 

勝機を得たヒュースは攻撃に出た。

「ランビリス」

磁力によってパーツを操作して弾丸を形成し、それを月守を取り囲むように展開した。

 

「……」

無言でそれを見据えていた月守に向かって、ヒュースはその弾丸を放つ。

月守はそれを回避するが、四方八方からの攻撃の全てを回避することはできない。そのため、回避できない分を補うためにシールドを張った。

 

月守が一時期ながらもA級であった時期にシールドは改造されており、トリオンを多量に組み込んで量と密度によって耐久力を確保する機構が組み込まれている。

 

先ほどと同じように多量のトリオンを込めたシールドを背面に展開し、死角をカバーした状態でヒュースの攻撃をしのぎつつ周囲にトリオンキューブを展開する。

「アステロイド」

多角的な射撃を行うが、ヒュースはそれをやはり反射盾で難なく防ぐ。

 

一見すると、両者ともに互いの攻撃を防いだ状態での射撃戦だが、その内容は月守にとって不利なものであった。

 

攻撃に割くトリオン量は仮に互いに等しいとしても、防御に割くトリオン量は月守の方が何倍も多い。強化したと言っても、それでも月守のシールドは脆い。事実、射撃戦の最中でも月守はシールドを割られぬように何度もシールドを展開し直している。

 

攻防が互角を示すため、これはスタミナの勝負になる。

ヒュースの狙いはこれだった。

 

撃ち合いながらヒュースは思案する。

(奴のトリオンがどれだけのものかは知らないが……。この攻防で消費するトリオンは間違いなく奴の方が圧倒的に多い。先にガス欠を迎えるのは、間違いなく奴だ)

と。

 

そしてヒュースのこの考えは、正しい。

月守のシールドが脆いという弱点がバレた当時は、月守への対策として今のヒュースのような撃ち合いに持ち込む隊員が多くなり、そしてそれは一定の成果を見せた。

 

撃ち合いながら月守は間合いを開けようとメテオラで目くらましをするような攻撃を放ち、やっとのことでヒュースの攻撃から一時的に脱却することができた。

ヒュースとの攻防の激しさを物語るように、月守は顔を僅かに俯かせ、息も多少上がっていた。

 

不利になった月守を見て、傍にいたちびレプリカが意見した。

『このままの撃ち合いはサクヤが不利だ。一旦立て直しのためにこのまま大きく間合いを取るべきだ』

 

「……」

 

『活路を開くためなら、私も力を貸そう。ユーマの使う「強印(ブースト)」を付与すれば、あるいはこの形成を崩すきっかけになるかもしれない』

 

「…………」

 

『……サクヤ?聞こえているか?』

返事のない月守を心配したレプリカが、その俯いた表情をしたから覗き込むようにして見た。

すると、

 

「……聞こえてますよ、レプリカさん」

 

かなり遅れる形で、月守はそう答えた。

そしてそう言った月守の表情は、笑顔だった。

その笑顔は、戦う前にヒュースに向けたものと同じだった。

楽しそうにも、虚ろにも、邪悪にも見える、言い知れない何かがある、そんな笑みを月守は浮かべてレプリカとの会話に応じた。

「お気遣い、ありがとうございます。でも大丈夫です。レプリカさんはそこで見ててもらうだけで結構ですよ」

 

『勝機はあるのか?』

レプリカの問いかけに対して、月守は笑みを崩さずに答える。

「ええ。というかそれ以前にイライラしてるんですよ、俺。昔の嫌な思い出引っ張りだされて」

目は全く笑っていない笑みで、月守は言葉を続ける。

 

「……どうも向こうの優等生くんは俺の弱点を暴いていい気になってるみたいですけど」

そこまで言った月守は俯いていた顔を上げ、ヒュースを見据えて言葉を続けた。

 

「……それだけで勝った気になるなんて、頭固すぎて笑えますね」

と。

 

ヒュースの戦法は間違っていない。相手の弱点を突くのは戦いの鉄則である。だが、そのヒュースの選択を月守は『頭が固い』と、鼻で笑った。

 

月守は一歩を踏み出す。やっとの事で開けた間合いを詰めながら、ヒュースに向かって口を開いた。

「なぁ、アフトクラトルの優等生くん……」

 

「なんだ、ミデンの戦士」

 

「君は2つの事を見抜いた。俺自身の弱点であるトリオン能力の欠落と、こっちのトリオン体そのものの性能を見抜いた。それは確かに正しいし、確かに君にとってはアドバンテージになるだろう」

月守はヒュースの考察が正しいと肯定する。

 

だが、その上で月守は何てことないように、ヒュースに確認するように言った。

 

 

 

「……()()()()()()()

 

 

 

 

と。

 

「何だと?」

その言葉の意味を計りかね、ヒュースは訝しむように言った。

 

そんなヒュースを見て、月守は言葉を投げかける。

「いや、だからさ……。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……、ってことだよ」

月守の言葉を受け、ヒュースの背に寒気が走った。

 

何か取り返しのつかないことが、自身の知らないところで進んでいたかのような。

そんな、嫌な予感がヒュースの脳裏を掠めた。

 

 

 

月守は頭の中で、パキパキと殻が割れていくような幻聴を聞いていた。

 

月守は思う。

(いつもは彩笑が伸び伸びと動けるようにするのが俺の役目だ)

 

(でも、今は彩笑はいない)

 

(いつもは神音に気持ちよく攻撃させるのが俺の役目だ)

 

(でも、今は神音もいない)

 

(真香ちゃんも、多分もうすっかり向こうのオペレートに入ってる)

 

(…なら、もういいか)

 

()()()()()()()()()()()()()()()()……)

と、月守は思った。

 

掴みかけた勝利が揺らいだように思えたヒュースとは対象的に、月守の瞳には勝ちへの道筋が見え始める。

 

月守は右手を構え、トリオンキューブを出現させる。

「覚悟しろよ優等生。反撃開始だ」

そう言うや否や、左手側でオプショントリガーを起動する。

 

「グラスホッパー」

普段彩笑がやるような、足元に出現させるのと同じようにグラスホッパーを展開し、それを踏み込み間合いを詰める。

 

本性を覗かせた月守咲耶の反撃が、始まった。




ここから後書きです。

途中で長々と書きましたが月守の弱点は、
「シールドが脆い」
これだけ覚えて頂けたら大丈夫です。

不知火さんの解説ですが、あれは私の独自解釈です。
物質の硬度を決める要素は作中の説明とは異なるようですが、あまり現実に準ずるとシールドマスター犬飼くんの柔軟かつ頑丈なアレとかが説明できなくなりそうなので独自解釈・独自設定のものにしました(それ以前に私が理系ダメダメでちゃんとした知識が無いというウェイトの方が大きいです)。化学・科学をもっと勉強すれば良かったと今日ほど後悔した日はありません。


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第32話「月守の本質」

BBFで公開された情報を一部組み込みました。


グラスホッパーによって踏み込んだ月守はそのまま続けてグラスホッパーを展開し、先程までとは比べものにならない高い機動力を発揮してヒュースの攻撃を避けつつ隙を窺うような動きを続けた。

 

それを見たヒュースは呟く。

「なるほど。防ぐのでは無く、機動力を持ってして攻撃を躱すのか」

 

「当たり前だろ。身近にアホみたいなスピードで動き回るのがいるから、シールド使えない時点でこの発想にはすぐ行き着いたよ」

久々に実戦で使うグラスホッパーの感覚を確かめた月守は間合いを開けるように後方に跳び、そこから攻撃に移った。

 

その右手から放たれたトリオンの弾丸はまっすぐヒュースに向かうが、

「ランビリス」

ヒュースはそれに対して当然のごとくランビリスによる反射盾を展開して防ぎにかかった。

 

だが、

「甘いよ優等生」

反射盾を展開するヒュースを見て月守はそう言った。

 

月守の放った弾丸が反射盾に着弾した瞬間、その弾丸が爆発した。

「ぐっ……。炸裂する弾丸を攻撃に回してきたのか」

爆煙が立ち込める中、ヒュースは冷静に言い、

「正解」

月守はニコリと笑って答えた。

 

ここまでのヒュースとの戦闘で月守が使っていたのは、アステロイドとメテオラの2つだ。だが攻撃に用いていたのはアステロイドのみで、メテオラは視界を遮るための爆煙狙いで地形に放つだけであり、ヒュースに向けてはまだ1度もメテオラを放っていなかった。

 

煙が薄っすらと晴れる中、月守は口を開く。

「その反射盾、弾丸を受けて跳弾を繰り返すことで撃ち手に返す仕組みだろう?一見、弾丸に対して強いけど、着弾したと同時に爆発されたら反射のしようもない。違うか?」

 

月守の問いかけに対し、ヒュースは舌打ちをしてから答える。

「確かにそうだ。だが、それだけで貴様はこの盾を無効化したつもりか?」

 

「まさか。確かに反射こそされなかったけど、結局君にはダメージを与えられてない。これじゃあ、攻略とは言えないさ。だけど…」

 

そこで月守は1度言葉を区切って右手からトリオンキューブを生成する。

ヒュースを見据え、月守は宣言した。

 

「アフトクラトルの優等生。先に言っておく。俺は合計で7種類の弾丸を扱える。そんで俺はその7種類、()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

と。

 

「……なんだと?」

ヒュースの口は冷静にそう言ったが、内心は驚きと疑心に満ちていた。

(まだ他に弾丸が5種類あるだけでも驚きだが、その全てでオレの反射盾を無効化するだと?そんなの出来るわけがない)

 

「まだ5種類あるのもビックリだけど、その全部で反射盾の無効化なんて出来るわけない…、とか、思ってる顔してるよ、優等生くん?」

 

「っ!?」

心の内を見透かされた言葉に驚き、ヒュースは動揺した。そしてその動揺を突くように、

「グラスホッパー」

月守は再度突撃した。

 

「ラ、ランビリスっ!」

動揺により反応が遅れたヒュースだが、ランビリスの弾丸をなんとか月守に向かって放つ。月守はそれを回避しながら周囲に弾丸を漂わせつつ、口を開く。

「動揺しすぎだ、優等生。アフトクラトルじゃその辺のメンタルトレーニングは疎かなのかな?」

 

「黙れっ!!」

 

「嫌だね」

月守は舌を出しつつそう言い、キューブが生成された右手を構える。

真正面にいる月守からの攻撃に備えてヒュースは反射盾を生成するが、

「はい、残念賞。アステロイド」

その言葉と共に放たれた弾丸をヒュースは反射させる事ができなかった。

 

厳密には、()()()()()放たれたアステロイドは反射させたが、事前に周囲に展開されていたアステロイドは反射させられずに終わったのだ。

それを受けたヒュースは、

「くそっ!貴様、角度を……!!」

月守を睨みながら反射させられなかった理由を口にした。

 

ヒットアンドアウェイの要領で距離を取った月守はヒュースの言葉に答える。

「そういうことだ。その反射盾は表面を滑らせるようにして防いでる。なら撃ち込む角度をズラしてやればいい。盾に対して90度で撃ち込めば、ベクトルを真逆に変換する機能でもない限り反射させられない」

説明しながら次の手であるキューブを用意した月守は、3度目となる接近を仕掛けた。

 

それを見たヒュースの対応は素早かった。

「させるかっ!」

2度もグラスホッパーによる接近を許しており、なおかつ防御手段を崩されているヒュースは月守の接近を警戒して間合いを詰められ過ぎる前にランビリスを右手に纏わせて銃の形状を取り、そこから弾丸を月守めがけて放った。

 

弾速こそ速いが直線的な軌道。読むのは容易く回避することもできたが、月守は最小限の身のこなしで軌道から身体を外し、軌道にそっとキューブを添えるようにした。

そしてランビリスの弾丸とトリオンキューブが接触した瞬間、

 

ガギンッ!

 

という音と共に弾丸に黒い六角柱が生成され、鈍い音を立てて落下した。

「なっ……!?」

その光景を見たレプリカが口を開いた。

『これは「錨印(アンカー)」の元になったトリガーか?』

 

「レプリカさん正解。あの時三輪先輩が使ってたのと同じ鉛弾(レッドバレット)だよ」

月守が使ったのは相手に重石を与えて動きを制限するトリガー「レッドバレット」だった。ランビリスの構成パーツが弧月などと同じ形質であると予想して放ったこの1発も有効だった。

 

事実、ヒュースはレッドバレットによって重くされたパーツを持ち上げようと磁力を発生させているが、プルプルとわずかに動くだけで持ち上がりはしなかった。

 

「これも有効みたいだな、優等生くん?」

挑発するように月守は言い、

 

「調子に乗るなっ!!」

 

ヒュースはそれに対して声を荒げて、自身から間合いを詰めにかかった。

 

月守は後退しつつ、左手から生成したキューブから弾丸を放ちながらその効果を確認することなく道を曲がり、ヒュースの視界から姿を消した。

どんな弾丸なのかヒュースは警戒するが、月守のように躱せるだけの身のこなしはできないため、結局反射盾で防ぐしかなかった。

 

ヒュースは着弾の瞬間を全力で警戒したが、今回の弾丸は難なく反射させることができた。

 

今回はなにも無かったとヒュースが安心した、その次の瞬間、反射させたはずの弾丸がカクカクと曲がりヒュースへと襲いかかった。

「これは……っ!?」

幸いにも威力は低い上に狙いも乱雑で、アフトクラトルメンバーが着用しているマントの防御力によって大きなダメージは無かったが1発だけマントで覆えていない足に被弾し、僅かながらトリオンを漏出させた。

 

反射を繰り返すという特性の反射盾であるため、ヒュースは一瞬反射の計算を間違えたかと思ったが、すぐにそれを頭で否定し、答えにたどり着いた。

「あの時の曲がる弾丸か……!」

と。

 

ヒュースの予想通り、今月守が放ったのはバイパーだった。月守と戦う前に玉狛第一の烏丸と戦ったヒュースはバイパーを身を以て体験していた。ただし、烏丸はバイパーを盾に当てないようにしたのに対して月守は盾に当てて反射された後に弾道が変わるように設定しており、ヒュースを惑わせることに成功した。

その結論に至ったヒュースは内心に苛立ちを抱えつつ、角を曲がった月守を追った。

 

追いながら、ヒュースはあることに気付く。

(さっきの戦闘痕が残っている……。どうやらあいつはこの辺をグルグルと回るようにして逃げ回っていたんだな)

と。

事実、周囲には月守が放って出来たメテオラによる爆発の跡がいくつも残っていた。

 

角を曲がると、月守が両手に生成したトリオンキューブの合成を終えたところだった。

「足からトリオンが漏れてるところを見ると、今のも有効だったみたいだな。あ、もしかして転んでできた傷だったりする?」

 

「貴様の攻撃で出来た傷だ」

 

「思ったより冷静だね。もしかして知ってる弾丸だった?」

月守は笑みを絶やさぬまま会話しつつ、完成させた合成弾を放った。

 

月守の手元から放たれた弾丸は、縦横無尽な弾道でヒュースへと牙を剥く。

その軌道からヒュースは先ほどと同じ性質を持つ弾丸だと推測し対策を取る。

(同じ()は……食わない!)

反射は諦めて烏丸と戦った時と同様に全方位を覆う半球状に展開した。反射はできなくなるが、強度的には問題なく防げることは烏丸との戦いで折り込み済みだった。

 

しかし……、いや、やはりと言うべきか。月守の攻撃はヒュースの対応の一歩先を進んでいた。

全方位にランビリスを展開したヒュースを見て、月守は笑った。

「どんなコースで来るか分からないと、盾を広げて満遍なく防ごうとするよな。でもそれだと、強度には劣る。その劣った強度で、()()()は防げないよ」

 

『コブラ』

アステロイドとバイパーによる合成弾。変幻自在な弾道を誇るバイパーに、4種の弾丸の中で最も威力の高いアステロイドが掛け合わされた合成弾だ。

 

月守の言った通り、合成弾コブラはランビリスの装甲を穿った。ただし、わずかに威力が足りなかったようで盾を貫通するまでは至らなかった。

「一点集中にすればよかったかな」

 

そう言って月守は足を止め、再び合成弾を練り始めた。

ヒュースはなんとなくだが、月守のやっていることを理解していた。

(2つの弾丸を掛け合わせて、強力な弾丸を作っているのか……?ならば……!)

その合成が終わる前に攻撃を仕掛けて妨害する。ヒュースがその作戦を取ろうとした瞬間、

「完成」

月守の合成が完了した。

 

 

*** *** ***

 

 

月守の弱点は防御力の脆さだが、そんな分かりやすい弱点を抱えた人間が生き残れるほどボーダー正隊員は甘くない。

その弱点を補って余りある長所が、月守にはある。

 

銃手・射手としては高い機動力。

 

合成弾の名手と言われる出水に迫る合成弾の生成速度。

 

対象の特性を的確に把握できる解析力。

 

そしてなにより、掴んだ敵の弱点や欠点に罪悪感の欠片も持たずに攻めることができる、内に秘めた一種の残虐性とも言える性質だった。

 

 

*** *** ***

 

 

 

「ぐっ……!?」

またしても先手を打たれたヒュースは愕然とし、その隙を突くように月守は間合いを詰めにかかる。

 

動揺、ダメージ、未知数な敵の手札。あらゆる要素が重なり、もはやヒュースには通常時ほどの冷静さやトリガー制御能力は発揮することが困難になっていた。

 

筋が鈍ったランビリスの弾丸を、月守はあっさりと躱してヒュースへと肉迫する。

 

「ぼーっとしてるね。色んなとこに気を配って頭回せよ優等生」

困ったように笑いながらそう言った月守はアタッカーの領域かと思うほどに接近し、その至近距離で用意した弾丸を放った。

 

「ギムレット」

月守が第6の手段として選んだのは、アステロイド同士の合成弾であるギムレットだった。月守のギムレットはシューターの間合いで用いてもラービットの装甲を穿つだけの威力がある。そして今回に限り、月守はボーダー射撃用トリガー3要素の威力・弾速・射程を操作して、射程を大きく削って威力に割り振り、尚且つそれを分割せずに放った。

 

そしてそれは当然のごとく、ランビリスの盾を大きく穿ち、ヒュースへとダメージを与えた。

ランビリスによって威力は削がれ、軌道も逸らされた上にアフトクラトル製のマントにより致命傷とまではいかないが、それでも先ほどのバイパーよりは大きなダメージをヒュースは受けた。

 

「そんなっ……!!?」

驚愕に目を見開くヒュースに向けて、月守は薄く笑った。

「大したもんだな、君のトリガー。今の1撃、真香ちゃんのアイビス並みの威力だったんだけど、それでも致命傷にはならないか…」

追撃を恐れて、月守は急いでグラスホッパーを展開して距離を取った。

 

遠くに着地する月守を見るヒュースの動揺はピークに達していた。

(オレのランビリスの性能をこの僅かな時間で見抜いて、手持ちのカード全てで対策を立ててみせた…!いや、それだけじゃない…!オレが弾丸を受け、その後に立てる対策を全て読んだ上で、さらにそれを凌駕する手段を当然のように切ってくる…!)

 

「何なんだ……」

笑みを浮かべる月守が、もはや不気味にしか見えないヒュースは思わずといった様子で叫んだ。

 

「貴様は一体、何者だっ!!」

 

と。

 

そしてその問いに対して、月守はあの笑みを浮かべる。

楽しそうであり、虚ろであり、邪悪にも見える、得体の知れない笑みを浮かべた月守は、ヒュースの問いかけに答えた。

 

「わざわざ敵に名乗る奴がいるかよ」

 

そしてそのまま、ぺろっと舌を出したあとに言葉を続けた。

 

「まあ、何かで呼びたきゃ『ロキ』って呼べばいいさ」

 

と。

 

 

 

 

 

 

『ロキ』

とある神話に登場する神々の1人。

狡猾であり、本質を掴ませない行動をとる、トリックスター。

 

そしてかつて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()につけられた、月守の悪名とでも言うべき通り名だ。

 

 

 

 

ヒュースの質問に答えた(つもりの)月守は、ダメ押しとも言える手を打った。いや、()()()()()()()()

 

1つ息を吐いた月守はヒュースに向けて言った。

 

「ああ、今更だけどさ…。この辺の地下一帯には広大な地下道があるんだ」

 

「……?」

 

「それがどうした?って言いたげな表情だな」

困ったような笑みを浮かべた月守は、忘れたのかと言わんばかりに言った。

「俺が使う弾丸は7種類って言ったけど…。まだ1つ、君は見てないだろ?」

と。

 

月守がそう言った瞬間、

 

ドンッッッ!!!

 

と、ヒュースの足元で大きな爆発が起こった。

 

「なっ……!?」

空高く吹き飛ばされたヒュースを見て、月守は『してやったり』と言わんばかりに笑う。

 

月守が最後に切った7つ目の弾丸は、バイパーとメテオラを掛け合わせたトマホークだった。ヒュースをバイパーで足止めした一瞬で、コブラより先にトマホークを合成し、開戦時からメテオラでいくつも作っていた地下道への穴にトマホークを放った。コースは事前に真香から得ていた立体のマップ情報から引き、最終的に爆発させるべきポイントにヒュースを誘導して、足元で爆発させることによりヒュースを上空に吹き飛ばしたのだ。

 

舞い上げられるヒュースに向かって、

「蝶の楯、だっけか?その脆い羽根、今すぐ毟ってやるよ」

月守は容赦なく止めを刺しにかかった。

 

*** *** ***

 

月守とヒュースとの戦闘は、敵国アフトクラトルの遠征艇内のモニターで監視されていた。

 

遠征艇にいるのは3人。

隊長であるハイレイン、オペレーター役でもあるミラ、そしてすでにボーダーに敗北したランバネインの3人だ。

 

「ヒュースの敗北が濃厚ですが……。どうなさいますか、ハイレイン隊長?」

劣勢に立たされたヒュースを見て、紅一点であるミラが隊長であるハイレインに指示を仰いだ。

「そうだな…。『金の雛鳥』が見つかったが、ミデンの底力は侮れない。確実に捕獲できる確証がない以上、まだヒュースは……」

いくらか悩んだ素振りを見せたハイレインだが、1つの決定を頭の中で下し、それを実行するべくミラへと指示を出した。

 

「ミラ……。ヒュースの近くに窓を開けてくれ」

 

「構いませんが…。それはつまり……」

 

「兄……、隊長どのが直々に戦場に出るということか?」

実弟であるランバネインの言葉を受け、ハイレインは苦笑する。

 

「少しだけだ。オレがほんの少し、あのミデンの悪神と戯れ、ヒュースに指示を与えて立て直させるだけだ」

 

「分かりました。それでは、大窓を開きます」

ミラがそう言うと同時に目の前に大きな黒い穴が現れ、ハイレインはその穴に姿を消して行った。




ここから後書きです。

二宮さんが引き抜きスカウトを狙う月守の全開戦闘を披露した話となりました。
ただ、月守が張り切りすぎたので、まさかのハイレインさん登場となります。

活動報告の方に、月守のトリガー構成とBBF的パラメータ載せました。あの手の設定を考えるのは楽しいです。


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第33話「隊長として、持つべきもの」

空高く撃ち上げられたヒュースめがけて月守は止めを刺すためにアステロイドのフルアタックを仕掛けた。さっきまでなら反射盾による反撃も考慮していたが、もはや今のヒュースはそこまで対応するだけの余裕はない。そうなるように、月守が仕向けていたからだ。

 

「アステロイド」

 

放たれた弾丸はとてつもない密度の弾幕となりヒュースへと襲いかかる。月守が勝ちを確信した、その瞬間、

 

卵の冠(アレクトール)

 

そう呟くような声が聞こえ、大量の魚を模した何かがアステロイドとヒュースの間に割り込み、月守のアステロイドを片っ端からトリオンキューブへと変えていった。

 

「援軍?」

落下してアスファルトに叩きつけられるヒュースに意識を割きつつ、月守は魚の出処に目を向けた。するとそこには、ヒュースと同じようなマントを纏い、頭部に角を生やした人物が1人、いた。

 

「いい腕だな。ミデンの悪神よ」

右手に大きな卵の形態のトリオンを生成しながら、その人物は月守に向かって言った。

「そりゃどうも……。で、どちら様?そこの優等生くんの仲間ですか?」

月守は話しかけつつ、右手にシールドをスタンバイさせ、左手からトリオンキューブを生成した。戦闘態勢を維持したまま問いかける月守に対し、その人物もまた、卵型トリオンからハトを生成しながら答えた。

 

「ああ……。オレはハイレイン。今お前たちミデンが戦っている、アフトクラトルの遠征部隊を率いている者だ」

 

「へぇ。そんな人がわざわざ俺の前に来るなんて、光栄ですな」

 

「それほどでもないさ」

そう言ったハイレインは、生成したハトを解き放った。それを月守はバックステップで距離を開けつつ、左手に生成したキューブからバイパーを放つ。千変万化の軌道をとるバイパーだが、ハイレインが放ったハトに当たると、そのことごとくがキューブへと形を変えた。

(あらゆるものをキューブに変換するって感じか……。これ多分、食らったらトリオン体でもキューブにされるよな?)

思考する月守だが、状況は止まらずに動き続ける。両者の攻撃は互いの弾丸をある程度撃ち墜としつつ、数発はそれをすり抜けて相手にダメージを与えるために向かっていた。

 

ハトの動きを見た月守は身のこなしだけの回避は困難と判断し、

「……シールド」

自身から距離を開けた位置にシールドを展開して防ぎにかかった。そしてやはり、ハトが被弾したそばから月守のシールドはキューブへと形を変えて無力化されていった。

かろうじてシールドで敵のハトは防ぐことはできたが、それは相手も同様だった。ハイレインは自分を取り囲むように大量の魚を巡らせて月守のバイパーをあっさりと防いでいた。いやむしろ、敵の方が確実に防いでいるように見える以上、月守が不利だ。

 

敵のトリガーの性能の良さを目の当たりにした月守は、再度形勢が不利になったのを感じた。そしてよくよく見ると、ある事に気付いた。

「黒い角ってことは、あんたブラックトリガーだな?」

 

「ほう……。どこからか情報が漏れているようだな」

そしてそう返すハイレインの言葉は、遠回しにだが肯定を示していた。

 

月守はすぐに、オペレーターの真香に連絡を取った。

『真香ちゃん、緊急事態』

 

『えっ?あ、はい!何がありましたか?』

 

『……南西地区で敵の大将でブラックトリガーの使い手に遭遇。能力は生き物の形をしてて、バイパー並みの軌道で敵を確実に狙ってくる性能の弾丸。そんで、それに当たると問答無用でキューブにされる』

 

『な、なんですか、そのトリガー!?反則もいいところじゃないですかっ!?』

 

『うん。で、コイツはここに釘付けにしたいけど、取り逃がしちゃうかもしれないから、今の情報は広く伝えてくれるかな?』

 

『り、了解です!』

真香はそう答えて、上へと連絡を始めた。

 

そして、月守と真香が通信を交わしている間、敵もまた会話をしていた。

「ハイレイン隊長……」

 

「派手にやられたな、ヒュース」

自身の失態を見られ、ヒュースは申し訳なさそうに頭を下げ、

「申し訳ございません」

と、謝罪の言葉を口にした。

 

だが、

「いや、お前が謝ることはない」

しかしハイレインはそれを咎めることはせず、ヒュースに向かって言葉を続けた。

「こいつはかなりの使い手だ。そして、こいつを自由にすると我々の任務に支障をきたす…」

 

「そ、それは……。金の雛鳥を取り逃がすということでしょうか?」

 

「そうだ。だが本国の事情を鑑みると、雛鳥を取り逃がすのは大きな痛手だ。任務遂行を確実にするためには、こいつを自由にするわけにはいかない」

そこまで言い、ハイレインはヒュースの任務を更新した。

「…ヒュース。お前はここでこいつを足止めしてくれ。勝つ必要は無い、この使い手を自由にしないことに重点を置くんだ。そのうち、ヴィザも合流するだろう。倒すのは、それからでもいい」

と。

 

隊長であるハイレインの指示に逆らう理由など無く、

「承知しました」

ヒュースは素直にその任務を承った。それが合図だったようで、ハイレインの前には再び移動のためのミラのトリガーによる大窓が開かれた。

その中に姿を消しながら、ハイレインは一言付け加えた。

「お前はトリガー(ホーン)によってトリオンを拡張した人材の中で、過去最高の性能を発揮している逸材だ。お前ならやれると、オレは信じているぞ、ヒュース」

と。

 

ヒュースの言葉を聞くまでもなく、ハイレインが入ったその窓は閉じた。

新たな任務を受けたヒュースはスクっと立ち上がり、月守と対峙した。

それを見た月守は真香にブラックトリガーを取り逃がした旨を伝えたあと、内心舌打ちをした。

(くそ。せっかくいい感じに優等生くんのメンタル崩せたのに、あっさり立て直しちゃうのかよ…。しかも本人は早々にどっか行ったし……)

 

過ぎたことは仕方ないと割り切り月守は呼吸を整え、同時にさっきまでの好戦的になっていた気持ちも1度リセットした。

 

「今のが君のリーダー?」

 

「そうだ。遠征という過酷な任務を任されるだけの力量を持ち、その任務を何としても成功させるための広い視野に判断力、そして責任感を持ち合わせている、我らのリーダーだ」

 

「ふぅん……」

月守はハイレインを一見して、

(確かに強いけど、なんか胡散臭い……。平然と人を騙せる、俺と同じ匂いがするけどな)

と、思っていたが、それは口にしなかった。

 

代わりに、ヒュースに質問した。

「力量に視野と判断力、それに責任感……。それが君が隊長に求める資質かい?」

 

「そうだ。貴様の隊長に、その資質はあるか?」

ヒュースはそう問うた。

彩笑には、力量、視野、判断力、そして責任感。この要素があるかと、月守に問いかけた。そして月守はそれに対して即答する。

 

「あんまり無いな」

と。

 

「……」

無言で睨むヒュースに向かって月守は笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「まあ、そりゃ必要最低限はあるよ。実力だってアタッカーの中じゃ上位に食い込んでるし、視野だって何気に広い。判断力は……、あいつの独特な感性が働くことがあるからイマイチか。責任感も、まあ……、ある……かな?」

自信無さそうに言う月守を見て、ヒュースは内心苛立ちを覚えた。月守の態度もそうだが、そんな奴が隊長であることに、苛立った。

 

ゆえに、ヒュースは質問した。

「ならば何故、あんな奴が貴様の上にいる?」

 

そして月守はその質問を受け、ヒュースの目をまっすぐ見据えて口を開いた。

「戦う前に言ったろ。俺と君とじゃ、隊長に求めるものが違うってさ」

 

「……」

 

「別に俺は、隊長やるやつが必ずしも強い奴じゃ無くてもいいと思ってる。視野だって、あんまり狭くないなら問題無いし。判断力は……、ここ1番でちゃんと判断できるならそれでいい。責任感なんてほどほどでいいと思ってるよ」

 

月守の語る隊長像が理解できず、ヒュースは核心に踏み込む質問をした。

「ならば貴様が求める隊長とは、どんな奴なんだ?」

と。

 

その質問に月守は即答する。

 

「ついて行きたいって思わせる何かがあるかどうか」

 

と。

 

「みんなを安心させる強さでもいい。

誰かのために頑張れる優しさでもいい。

仲間を信頼してくれる純粋さでもいい。

周りから頼られる人望でもいい。

思わず助けたくなるような弱さでもいい。

……本当に、なんでもいいんだ。ただ、

『ついて行きたい』

って、思わせるならな」

月守は迷うこと無く、そう答えた。

 

「お前の隊長は、そう思わせる何かがあるということか?」

 

「まあな。あいつは……」

月守はそこで1度言葉を区切った。地木隊結成時を、いや、それよりずっと前のことを思い出していた。

 

その頃の彩笑は、ある壁にぶつかっていた。その壁を彩笑はどうしても越えられず、ドン底まで落ちた。

正隊員にはバカにされ、訓練生にも笑われる、そんなドン底まで、落ちた。

だが彩笑はそこから這い上がった。

その光景を月守は誰よりも近くで見ていた。

 

その時の事を思い出した月守は、言葉を繋いだ。

「……俺はあいつが笑ってる裏で泣いてたのを知ってる。

自分の能力以上のことをやろうとして頑張りすぎることを、知ってる。

でも、そんなの止めろっては言えないんだ。

そんな時のあいつが誰より真剣なのも、知ってるから。

だからせめて、そばにいて力を貸してやりたい。

危なっかしい道を進むことになっても、俺はあいつについて行きたいんだよ」

 

と。

 

そう言う月守の目を見て、ヒュースは悟った。

(……形は違えども、こいつはオレと同類だ)

と。

 

ヒュースには隊長であるハイレイン以上に忠誠を誓う、ある人物がいる。その人物に対して自分が向ける感情と、月守が隊長である彩笑に向けている感情を同様に考えるのは癪であるし、はっきりとした共通点など無い。それでも何かしらのシンパシーをヒュースは感じ取った。

 

ヒュースはそれを悟り、ほんの少しだけ、親近感にも似た何かが湧いた。

 

だが、

 

(それでもオレとこいつは敵同士だ)

 

だからこそ、ヒュースは一層強くそう思った。

 

周囲に散らばったランビリスに、ヒュースは再びトリオンを込めて操作する。ハイレインが出した指示通りに無理はせず、足止めのための持久戦の構えを取った。

 

「こい、ミデンの戦士……、いや、ロキ。全身全霊をかけて、オレは貴様を足止めする」

 

守りの姿勢のヒュースを見て、月守はトリオンキューブを周囲に出現させ、

「……いいねぇ。そういう割り切った目は、嫌いじゃないや」

やんわりと笑ってから、戦闘を再開させた。




ここから後書きです。

大規模侵攻の途中で彩笑と月守がレプリカさんに言い損ねた理由の1つが、やっと書けました。
隊長というかリーダーに必要な資質って色々ありますし、どれが正解なのかは、それこそ個人の考えかなと思います。


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第34話「本部防衛戦」

前回が短かったからというわけではないですが、今回は長めです。今現在書いた中で、1番長いです。
今回はBBFの情報に加え、オリジナル要素も入ってます。


風間を正体不明の攻撃で撃破したアフトクラトルのブラックトリガー使い、『エネドラ』。彼の持つブラックトリガーの能力により、エネドラは自身を液体のようにして通気口を通ってボーダー本部へと侵入した。

 

これはアフトクラトルの指揮官である『ハイレイン』の指示によるものではなく、

「本部を潰せば敵の戦力なんざ取り放題だろ」

というエネドラ本人の判断による独断専行だった。

 

通信室のオペレーター数人を殺害した上で、設備そのものにも壊滅的被害を与えたエネドラは次の獲物を求めて本部内を移動した。

細い通路を歩いていると、逃げ遅れたらしい数人を見つけた。

「おーおー、能無しの猿どもがウヨウヨいるな」

ニタリとした笑み作ったエネドラは歩きながら逃げ惑うボーダー職員を追った。

 

すると、

 

ガシャッ、ガシャッ!

 

という音と共に通路の床からトラップの自動銃座が展開され、エネドラ目掛けて攻撃を始めた。だが、自身のトリオン体を液体化させる能力により、通常攻撃の殆どを無力化するエネドラに効果は無かった。

銃弾をすり抜けながら、エネドラは呟いた。

「……さすが猿の国。罠も猿レベルだな、オイ」

そしてそれを破壊しようと手を動かした、次の瞬間、

 

「ほう。侵入者目線から見てもやはりここの罠はチープなのだな」

 

と、エネドラの呟きに答える声があった。

「あ?」

思わず手を止めたエネドラの前に、1人の女性が現れた。肩まで伸ばした黒髪に、エメラルドグリーンの瞳。レディースの黒スーツを着て、その上から白衣を羽織った、研究者然とした女性だった。

 

「誰だ、てめぇ」

イラついた声でエネドラは尋ね、銃座の向こう側にいる女性は白衣のポケットに両手を入れたまま答えた。

「不知火花奈。ここのエンジニアさ」

 

「ほー、そうかい。覚える気はねぇ」

名乗らせておきながらそう言い放ったエネドラは、銃座ごと不知火を攻撃するつもりで、液体を硬化させたブレードを振るった。だが、

「オイオイ、つれないじゃない」

不知火は軽くそう言い、生身の身体ではあり得ないほどの身体能力を持ってして後方へと大きく跳躍し、エネドラの攻撃を回避した。

 

「ああ?なんだてめぇ、トリオン体なのか。つーことは戦闘員だな?」

 

「本当に記憶してないんだね、君は。言ったろう、ワタシはここのエンジニアだ」

トリオン体の不知火は危なげなく着地し、エネドラはそれを追って通路を進んでホールへと出た。

 

ホールに出ると同時に、エネドラは上から銃弾を受けた。相変わらずノーダメージだが、攻撃の方向を見ると、銃を持った男2人と、剣をもった1人の少年がいた。

その3人に向け、不知火は声をかける。

「ナイスな攻撃だ、諏訪くん。残念ながら効果は無いようだがね」

 

「分かってますって!くそっ!復帰早々めんどくせー相手だぜ!」

エネドラは諏訪を一瞥した後、不知火に視線を向けた。

「てめぇとは違って、あっちは戦闘員か?」

しかし不知火はその問いには答えない。ただ不満そうに言葉を返す。

 

「さっき名乗ったのに、『てめぇ』っていうのは止めてくれるかい?あ、もしかして名前が長くて覚えられなかったのかな?じゃあ仕方ない。ワタシのことは『ドクター』、もしくは『ラウフェイ』とでも呼んでくれたまえ」

 

不知火はそう言ったが、自身が出した質問の答えが返ってきていないことにエネドラはイラつき、

 

 

 

「ごちゃごちゃうるせーぞ、ババア。さっさとオレの質問に答えろよ」

 

 

 

と、言った。

 

エネドラは言ってしまった。不知火には、というか、若い女性に基本的に言ってはいけないワードを言ってしまった。

 

「……は、はは、ははは……」

力なく笑った不知火はそっと耳に手を伸ばし、諏訪隊との通信を繋いだ。

『オイ、洸太郎』

そう呼んだ不知火の声は静かだが純粋な怒りに満ちていた。

『は、はい……!?』

 

『さっきキューブから戻した代わりに酒を寄越せって言ったが……、アレは撤回だ』

首の骨をコキ、コキと鳴らしながら、不知火は言葉を繋げた。

『その借りを今返してもらう。……この黒スライム消すから手ぇ貸せ』

そう言い切ると同時に、不知火は周囲にトリオンキューブを展開し、遅めの弾速で放った。

 

「ほぉ……」

エネドラはそれを興味深そうに見たが、

「弾けろ」

不知火がそう言いながら指パッチンをすると、放たれたメテオラが爆発した。

 

エネドラの身体が爆煙に隠れる中、不知火は跳躍して諏訪隊のそばに着地した。

「ついて来い、諏訪隊。ただし洸太郎、大地、お前ら2人はアレの気を軽く引くように銃弾を放て」

荒っぽい言葉で指示を出しつつ、不知火はとある場所に向かって走り出した。諏訪と堤は指示通りに牽制しつつ、不知火の後をついて行った。

 

エネドラは当然ながら4人を追う。逃げ惑う中、今更ながらの疑問を笹森がぶつけた。

「あ、あの、不知火さん!」

 

「なんだ、日佐人くん?」

 

「その……、貴女は戦えるんですか?」

笹森の疑問はもっともだった。そもそもエネドラの侵入を許した時点で、ひとまず諏訪隊が応戦することになったのだが、

「ブラックトリガーなんて最高の研究サンプルを逃す研究者がどこにいる?ワタシもついていく」

不知火はそう言って強引についてきたのだ。

 

笹森がエンジニアである不知火を心配するのは当然のことであったが、

「それなら全然問題ねーぞ!日佐人!」

笹森の質問に諏訪が答えた。諏訪はニカっと笑いながら、

「この人はな!4年半前の大規模侵攻でバリバリの戦闘員だったんだ!忍田本部長と組んで戦ってたこともあるから戦闘力は心配すんな!」

と、答えた。

 

「……え?」

まさかの答えに笹森は驚くが、そんなの御構い無しと言わんばかりに不知火は指示を出した。

「大地は制御室に行け!」

この指示により諏訪隊は不知火の考えを理解した。

「了解です!」

堤は指示通りに制御室に向かって3人と別れた。

 

それとほぼ同時のタイミングで、

「チョロチョロ逃げんな!猿ども!」

攻撃のリーチに3人を収めたエネドラが硬化させたブレードを振るった。

「どあっ!?」

そのブレードを避けきれずに諏訪の腕が切られるが、もう問題は無かった。

 

3人はとある部屋に逃げ込み、エネドラはそれを追って同じ部屋に入った。それを確認した不知火は制御室にたどり着いた堤に合図を送る。

『大地!やれ!』

 

『はい!仮想戦闘モードON!!』

堤がプログラムを起動すると同時に、()()()にいる3人とエネドラのトリオン体がコンピュータと連動し、擬似トリオンとなった。

 

仮想戦闘モード中はトリオン切れ無しの状態になり、ダメージがキャンセルされた。

「……!?腕が、戻りやがった!?」

切断された諏訪の腕が修復されるのを見てエネドラは驚く。その反応を受けた不知火はニヤリと笑う。

「へぇ……。そういう間抜けたバカみたいな表情もできるんだ」

 

「ああ!?」

イラつくエネドラをさらに挑発するように、

「かかって来なよ、ブラックトリガー。エンジニアと女性の意地にかけて、君を解析してあげよう」

周囲に無数のトリオンキューブを出現させてそう言った。

 

*** *** ***

 

まさかの不知火の参戦に、本部作戦室はどよめいていた。

「あんの、お転婆娘が……!」

不知火の直属の上司である鬼怒田は呻くように言い、頭を抱えていた。

 

エネドラを訓練室に閉じ込めたと同時に、忍田本部長が行動に出た。

「城戸司令。しばらく指揮をお願いします」

 

「……いいだろう」

指揮権を城戸に移した忍田は司令官としてではなく、戦闘員として動き出した。

 

「かつての同僚が心配かね?」

忍田の背中に向け城戸が問いかけ、忍田は振り返りながらそれに答える。

「心配が無いと言えば嘘になります。彼女が今使っているトリガーは、戦闘用ではありませんので」

言い放った忍田は作戦室の扉を開けた。

 

背を向けたまま、忍田は自身の補佐官に声をかけた。

「あとを頼むぞ、沢村くん」

 

「はい!忍田本部長!……お気をつけて!」

一瞬だけ目を合わせ、忍田は作戦室を出た。

 

*** *** ***

 

不知火のトリガーは、改造・試作トリガーの宝庫である。技術的問題が残されていて一般実用にはまだ届かないが、チューニングさえしっかりとすれば戦闘に使えるトリガーがいくつかセットされている。

 

「弾けろ」

指パッチンと共に、エネドラの周囲で爆発するこのトリガーもその1つだ。

爆発自体はメテオラである。不知火が使っているのはガンナー・シューター用汎用試作オプショントリガー『クロック』。加古隊の隊長である加古望にリクエストされて作った試作トリガー『タイマー』の類型である。これはボーダーの射撃用トリガーの三要素である威力・弾速・射程に4つ目の要素『時間』を付与するものだ。使うトリガーによってどんな時間的要素が加わるのかはバラバラだが、メテオラに付与すると設定した秒数後に爆発させることができるというものになる。

そのため、指パッチンが合図という訳では無い。ただ不知火がタイミングを合わせて指パッチンをしているだけである。

 

爆発を受けてもエネドラにはダメージは無いが、爆発の度に視界が遮られるためにストレスは蓄積されていく。

「ウッゼェェェ!!!」

エネドラは叫びながら広範囲に渡って無差別にブレードを発生させた。数こそ多いが適当な場所に生成されたものがほとんどであり、避けるのにそうそう苦労はしなかった。

 

「……」

不知火は飛んできたブレードや、その大元である液体にそっと指先を当て、何かを確かめるような仕草を見せていた。

 

(液体だねぇ。ということは……)

不知火の頭の中ではエネドラのトリガーがどんなものか、どんどん解析が進んでいった。

 

だがそれを悟られぬよう、

「短気だねぇ、君は」

小馬鹿にするようにエネドラめがけてそう言った。

 

「ああ!!?」

激怒するエネドラは不知火に標的を定め、正面から大量の硬質化ブレードを振るった。

不知火はそれを見てトリガーを切り替え、つま先を軽く地面にぶつけた。

 

「エスクード・β」

 

選択したのは防御用トリガー・エスクードの改造版だった。地面から強固なバリケードを生成するトリガーだが不知火はそれも手を加えていた。低コストの運用を前提としているこの改造版は、1つのエスクードを分割して生成する上にサイズをある程度にコントロールできるようになっていた(分割するほど一枚の強度は下がる)。独自改造したエスクードを巧みにコントロールして、エネドラの硬質化ブレードを防ぐ。

 

エスクードの合間から僅かにエネドラのブレードが抜けて来たが、不知火はそれに対しても手を打った。

「スパイダー」

不知火の合図と同時に、展開されたエスクード同士を繋ぐように、ワイヤーを展開するオプショントリガー「スパイダー」が張り巡らされた。

 

エネドラの液体化には効果が無かったようで、不知火はステップを踏んで躱した。今回は不発だったが、もし普通のトリオン体相手ならば確実に動きを絡め取っていたであろう手段だった。

 

「すごい……」

 

「な?言ったろ?」

前線を離れた人間とは思えない戦闘を展開する不知火を見て笹森は感心したように言い、諏訪は戦闘前と同じようにニカっと笑って言った。

 

そこへ、1つ通信が入った。出会い頭にエネドラとの戦闘でベイルアウトし、作戦室にてこの戦闘を見ていた風間からだった。

『諏訪、攻撃の手が止まってるぞ。相手は普通のトリオン体とは違い、伝達脳と供給器官の位置が異なる。だがお前のショットガンなら奴の身体に広範囲の攻撃が可能だ。早く奴の弱点を洗い出せ』

 

『ああ!わーってる、ぜ!』

風間の言葉を受けた諏訪はショットガンをエネドラには向けて撃った。すると、

 

ガギンッ!

 

と、今までに無い反応があった。

 

その手応えを受けた不知火は諏訪の隣に移動し、

「良くやった、洸太郎。当たりだ」

諏訪を褒めるようにそう言った。

 

制御室にいた堤も解析を進め、硬質化したトリオン反応を確認し、その反応をマークした。

 

諏訪たちの対応を見て、エネドラは得心がいったように頷いた。

「あーあー、なるほど……。そういうことか……」

 

「解析されたからって負け惜しみかい?」

不知火はエネドラを見据えながらそう言い、左手からトリオンキューブを生成する。

追尾弾(ハウンド)

分割されたハウンドがエネドラに飛んでいくが、

 

ガキキキキンっ!

 

着弾した全てのハウンドからそんな音が聞こえた。

「なにっ!?」

「なんでっ!?」

驚く諏訪と笹森だが、

「ダミーを生成したのか」

不知火は冷静にエネドラの行動を言い当て、

『そのようです!硬質化反応多数あります!』

堤も補足するように言った。

 

そんな3人を見て、エネドラは愉快そうに笑う。

「頑張って弱点を見つけたのに、無駄足になったなぁ」

 

エネドラの態度に笹森は悔しそうに弧月を握りしめ、斬りかかろうとした。だが、

「ところで日佐人くん。潜熱と顕熱……、もしくは融点と沸点って知っているかい?」

不意に不知火がそんな言葉を笹森に投げかけた。

 

「ゆ、融点と沸点……ですか?」

 

「そ。融点と沸点。理科の授業で習うと思っていたのだが…」

不知火は言いながら白衣のポケットから何かを探すようにゴソゴソとしている。笹森はその行動を気にしつつ、不知火の質問に答えた。

「えっと……。物体が固体から液体に変わる時の温度……。それと液体から気体に変わる時の温度ですよね?」

 

「ピンポーン。正解だ」

正解を告げた不知火はニコリと笑い、言葉を続けた。

「そして、おそらく……。それこそがあのブラックトリガーの本質だろうねぇ」

と。

 

不知火の言葉を聞いていた風間が納得したように補足を始めた。

『つまり、相手のトリガーの能力は状態変化……。液体だけでなく、気体にも変化できるということですか?』

 

『ふふ、さすが風間くん、正解だ。そうでもしないと、君がベイルアウトした体内からのブレードに説明がつかない。傷口からの浸入や直接口から飲んだわけじゃないなら、残るは呼吸の際に空気に混ざっていたしか考えられないよ』

不知火はクスクスと楽しそうに笑いながら説明を続ける。

『まあ、大穴として、奴のトリガーの能力が幻覚系であったり、空間転移するような類の能力を併せ持つ可能性もゼロではないんだが……。あの性格の荒れっぷりで、わざわざ相手の体内にトリオンを転送して斬るなんてまどろっこしいことはしないだろうから、ほぼ当たりだろうね』

不知火がそう言うと同時に、風間隊のオペレーターである三上がレーダーのとある反応に気づいて声を上げた。

『……!敵のトリオン反応が訓練室中に充満していきます!』

 

『ほう。それは好都合。どれ、ちゃんとワタシの仮説が正しいか証明してこよう。洸太郎、日佐人くん、君らはこれを着けて、念のため息を止めていてくれたまえ』

不知火はそう言って白衣のポケットから普通のマスクを取り出して投げつけ、自身はエネドラに向かって距離を詰めて行った。

 

それを見たエネドラはニヤリと笑う。

「お?一騎打ちか?」

 

「あはは、そんなところだねぇ」

不知火はそう答え、あえて意図してトリオン体で大きく呼吸を取りつつ攻撃の用意にかかった。

「ハウン……」

 

「はっ!遅え!」

しかしハウンドを放つ直前、エネドラのブレードが不知火の体内から発生し、ダメージを与えた。

だがダメージを受けてなお、不知火は笑い、呟いた。

「……トリオン体は出来る限り人体構造に準じている。流石のワタシでもこの状態から正確に攻撃された部位は割り出せないが……かつて胃カメラを飲んで生活してた時の、胃に受けたストレスとは明らかに部位の感覚が違うから、体内に侵入した君のトリオンは気体となって呼吸器系に行ったようだな」

 

確信を持った不知火はエネドラから距離を取り、訓練室をコントロールしている堤に連絡を入れた。

『大地、仮想戦闘モードは解除してくれ。情報が揃ったし、もうじき本部最強の虎が来る。決めにかかるぞ』

 

『了解しました!』

堤は素早く仮想戦闘モードを解除した。すると擬似トリオンによって戦闘していたエネドラの気体ブレードによる不知火のダメージはキャンセルされ、逆にそれ以前に与えられた諏訪にはダメージが戻り、腕が再度消失した。

 

仮想戦闘モードが終わると同時にエネドラは派手な攻撃を放ち、訓練室の壁を壊した。

「なんだぁ?無敵モードはもう終わりかよ?暇つぶしにしかなんなかったぜ!」

 

「……その余裕、いつまで持つかな?ブラックトリガー」

不知火がニヤリと笑ってそう言ったのと同時に外壁が大きく破壊され、1人の剣士が現れた。

 

「旋空弧月」

 

上空からその剣士は弧月を振るい、エネドラを切り刻んだ。ダメージは無いが確実に動きは止まり、その間にその剣士は諏訪隊と不知火のそばに降り立った。

 

「やぁ、忍田先輩。こうしてトリオン体で会うのは久しぶりだねぇ」

かつての相方であり、先輩に向かって不知火はやんわりと笑ってそう言った。

 

そして忍田の姿を確認した不知火は、とあるトリガーを起動した。

 

本部長の地位に立ってから、名前の後に『本部長』が付くのが普通になっていた忍田は、不知火の呼ばれ方に懐かしさを感じた。

「……ああ、久しぶりだな。色々と言うべきことはあるが、それは後にしよう。まずは、こいつを倒すのが先だ。サポートを頼むぞ、不知火、諏訪隊」

 

「あいあいさー」

 

「了解です」

 

忍田は不知火と諏訪隊に向けて言ったが、それが聞こえていたエネドラが反応した。

「ああ!?この程度でオレを倒すだぁ!?やってみろよ!ミデンの猿!!」

 

「当然だ。貴様ようなやつを倒すため、我々は牙を研いできた」

 

忍田はそう言い、すでにマークされて視界に表示されているエネドラの硬質化パーツに向けて施空弧月を振るった。圧倒的な数のダミーもあるが、忍田はそれを全て斬るつもりだ。エネドラも硬質化させたブレードで反撃するが、剣に関しては忍田が何歩も上であった。

 

「圧倒的な剣技は衰え知らずのようだ」

不知火は忍田の背後でそう言い、堤に空調を全開にするように指示を出した。

 

『忍田先輩とあの黒スライムの位置関係が良い。空調を全開にしてしまえば、風下にいる奴の気体化は無力化できる』

 

『分かりました!』

そうして得た空調により、忍田は敵の気体化を気にせず攻撃できるようになったが、1つ誤算があった。

 

「ダミーの生成と忍田本部長の攻撃が拮抗してるなんて……!」

それに気付いた笹森がそう言った。

 

ボーダー側の誤算は、エネドラのダミー生成のスピードが思った以上に早かったことだった。忍田の攻撃とエネドラのダミー生成速度が拮抗していた。これではトリガーの性能で劣るボーダー側が不利だった。

 

『……くっ!』

忍田もそのことを理解しているのか、若干厳しい表情を浮かべていた。

 

「残念だったなァ!ミデンの猿共!オレはブラックトリガーなんでな!」

エネドラは勝ち誇ったように言うが、それを見た不知火がクスっと、笑った。

 

「この程度で勝った気になるなんて笑わせるねぇ」

不知火は両手にトリオンキューブを生成しつつ、忍田に向かって言った。

 

「忍田先輩。奴のダミーをいくつかまとめて破壊する。そのために15秒間、無防備になるワタシを守ってくれるかい?」

 

「ああ、任せろ!」

 

「即答とは男前だね。ワタシはなぜ先輩が結婚できないかが理解できないよ」

不知火はそう言って、両手に生成したキューブの合成を始めた。

 

明らかに何か仕掛けている不知火を見て、エネドラはそれを潰しにかかった。

「何してやがるババア!」

しかしその凶刃を、忍田は全て斬り伏せる。だが不知火の守りに入ったことにより忍田の負担は増え、確実に劣勢にはなっていた。

 

(あと7秒!)

忍田は不知火の手を信じて弧月を振るう。

 

(あと6秒!)

どれだけ不利であっても、忍田は全力でエネドラのブレードを斬って捨てた。

 

(あと5秒!)

だが、それでも15秒は辛い。

「くっ!不知火!あと5秒は稼「ああ、ごめん。思ったより早く完成したからもうおっけーだよ先輩」

不知火は笑いながら忍田の言葉を遮るように言い、その背後から大きく横に跳んでキューブを放った。

 

「ハウンド+メテオラ」

不意を突かれたエネドラはそれに反応できていない。自身の放った軌道を見ながら不知火は呟くように言った。

「サラマンダー」

と。

 

不知火が放ったのは、敵を追尾するハウンドと爆発する高い火力を持つメテオラを掛け合わせた合成弾の『サラマンダー』だった。

 

サラマンダーはエネドラのマーキングされた部位を正確に捉え、ヒットする。もともと高い威力を誇る「サラマンダー」だが、今回はそれに加えて不知火の切り札付きの特別製だった。

 

不知火が忍田の姿を確認すると同時に起動したのは、試作トリガー「ストック」。ストックはバッグワームのように起動中は使用者のトリオンを消費し、それを()()するのだ。そしてその貯蔵したトリオンは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

言うなれば、トリガーの威力を増加させる、それがストックの効果だった。

 

「ぐぉっ!?」

ストックにより大幅に威力を増した「サラマンダー」は、エネドラのダミーを8割ほど破壊し、大きな隙を生み出した。忍田がその隙を突いて全力で踏み込んで剣戟を叩き込んだ。だが、

(くっ!1つ外したっ!)

それでもエネドラの硬質化パーツの全ては破壊出来なかった。そして運悪く、その残った1つがエネドラの急所だったのだ。

 

パーツが残ったエネドラは笑った。

「今のが最大火力の技か?だが、残念。まだ残ってるぜ!」

エネドラがそう言い切った次の瞬間、

 

「じゃあ、それはぼくたちでもらうね」

 

背後からそう呟くような声が聞こえ、残りの1つが破壊された。そしてそれは当然、破壊されぬように守っていたトリオン供給器官とトリオン伝達脳だった。

 

「な……っ!?」

驚愕にエネドラは目を見開くと、そこには最初からカメレオンで姿を消していた風間隊の菊地原と歌川がいた。

(こいつらは……!あの時のチビども……最初っから姿を消して……!)

エネドラがそこまで理解したところでトリオン体に限界が訪れて爆散し、エネドラは敗北した。

 

「ふぅ……」

強敵の撃破に一息ついた忍田の元に、不知火が寄ってきた。

「お疲れ様だ、忍田先輩。助かったよ、ありがとう」

 

「不知火……」

そうして側に寄ってきた不知火を見た忍田は、弧月を持っていない左手を上げて、

「危ないことはしない約束だろう」

と言って、不知火にデコピンをした。

 

「……むぅ。危なくは無いさ。トリオン体だよ?」

デコピンされた額をさすりながら不知火は抗議するが、忍田は鋭い口調で指摘する。

「君が今使っているトリガーは研究用であって、戦闘用では無い。ベイルアウトの機能がついていないのにブラックトリガーとの戦闘なんて、危険すぎるぞ」

と。

 

ベイルアウト機能が無いのに戦っていたという事実に諏訪隊はギョッとしたが、不知火はそんなの知ったこっちゃないと言わんばかりに笑っていた。

「まあ、正直に言うと確かに序盤は……、訓練室に入る前までは内心ヒヤヒヤだったよ。守りが諏訪と堤だったし」

 

「ぐっ……、悔しいけど言い返せねぇ……」

 

『ホントですねぇ』

諏訪と堤は苦笑する。そんな2人を横目で見て、ケラケラと不知火は笑った後に言葉を続けた。

「まあでも、忍田先輩が来てからは安心したよ。ワタシは先輩の剣を昔から見ているから、大丈夫だって思ってたもの」

と。

 

そう言われた忍田は、

(例えそうだとしても、それが安心する理由にはならないだろう)

内心そう思ったが、その思いはため息と共に吐き出した。

 

そんな忍田を見て、不知火は薄く笑う。

「……ところで先輩?何か言い忘れてる事とか無いかな?」

 

「ワザとらしいぞ、不知火」

 

「はて?何のことかな?」

どこまてもトボける不知火に忍田は根負けし、その言葉を口にした。

 

「サポート、感謝する。ありがとう」

と。

 

「ふふ、どういたしまして」

そう言って不知火は満足そうに笑った。

 

 

 

 

この後、倒したエネドラを捕虜にしようとボーダーは動いたが、アフトクラトルのミラが現れ、敗北したエネドラを殺害。そしてエネドラのブラックトリガーである『泥の王(ボルボロス)』だけを回収して消えていった。

 




ここから後書きです。

エネドラの性能をちょっとアレンジしました。原作よりダミー生成早めです。

あと、ステルス組の決め方もちょっと変わりました。笹森くんの出番減りました。

おそらく「ASTERs」において、不知火さんが1番何でもアリなキャラです。

次話からは、剣士3人のバトルになります。


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第35話「天音のサイドエフェクト」

彩笑と天音が挑むヴィザとの戦闘は苛烈を極めていた。オルガノンによる広範囲斬撃を彩笑は掻い潜り接近してヴィザと切り結び、タイミングを見計らって天音が施空弧月を見舞う。

 

2人がかりの剣戟を受けても余裕を崩さぬヴィザの剣捌きを見て、彩笑は天音に指示を出す。

 

『次は「死角回し」やるよ』

 

『はい』

指示を受けた天音はすぐに動き、彩笑の後方に位置取り左手に弧月を構えた。

『行きます』

 

『オッケー』

彩笑の声を聞いた天音はオプショントリガーを起動する。

 

「旋空弧月」

弧月のリーチ拡張による斬撃が彩笑の向こうにいるヴィザめがけて振るわれ、彩笑は天音に斬られぬようタイミングを計って躱す。ヴィザの視界から彩笑が消えると同時に、その死角にいた天音の斬撃が襲いかかるが、

「ほっほ。良い連携です」

それでもヴィザは崩れない。天音は弧月を弾かれたが、そのまま踏み込みヴィザに斬りかかる。

 

激しい金属音と共に天音は連続技を繋ぐが、そのことごとくが決まらない。だがそれで良かった。剣を振るうヴィザの背後から、カメレオンを起動して視認されなくなった彩笑が迫っていた。

彩笑は天音の旋空を躱してヴィザの視界から外れると同時にカメレオンを起動し、このタイミングに攻撃を仕掛けたのだ。

 

天音の目は真香の視覚支援を受けているため、ステルス化してきる彩笑がしっかり見える。

 

これは流石に避けられない。

 

2人はそう思ったが、

「む?」

彩笑がステルスを解除してスコーピオンを展開する直前、ヴィザは横に大きく跳んで回避した。

 

虚しく彩笑のスコーピオンが宙を切り、同時にヴィザがオルガノンの能力を起動する。広範囲の斬撃を、2人はギリギリで回避してオルガノンの間合いから大きく外れて態勢を整えた。

 

スコーピオンを手元で回した彩笑はヴィザに向かって声を上げた。

「おじいちゃんは背中にも目がついてるのかな?」

 

その問いかけにヴィザは「ほっほっほ」と笑ってから答えた。

「私の目はこの2つだけですぞ?」

 

「じゃあ、なんで今の、避けれたん、ですか?」

天音が質問し、ヴィザは少し思案した素振りを見せた。

「……黒髪のお嬢さんの不自然な視線と、猫目のお嬢さんの並々ならぬ殺気を感じ取ったからですな」

ヴィザの答えに彩笑は、

「達人かっ!」

思わず突っ込んだ。

 

3人の会話の音声を拾っている真香も、

『そんな漫画にしかいないような芸当が本当にできるなんて……』

と、驚きを見せていた。

 

彩笑は表情こそ笑っているが、内心では焦りが顔を覗かせていた。

(キッツイなぁ……。攻撃決まる気配が全然ない……)

と。

 

序盤の段階で個人の実力ではヴィザに到底及ばないことを悟った2人は連携技で勝負に出ていた。2人の連携の練度は風間隊には及ばないものの、東隊の奥寺と小荒井や三輪隊の三輪と米屋に並ぶものだ。

だがそれでも、ヴィザには届かない。圧倒的な実力差があるヴィザは余裕を持てども油断は微塵もせず、2人の連携技を1つ、また1つと確実に潰していき、2人が崩れるのを淡々と待つ構えを見せていた。

 

事実、ヴィザから攻め込むことはほとんどない。心の内を見せぬ笑みを浮かべたまま、2人が攻めてくるのを待っていた。

 

(どうするかな……)

そろそろ連携の手が無くなりそうに思えたその時、天音が一歩前に出た。

『神音ちゃん……?』

 

『お待たせ、しました、地木隊長』

そう言って天音は右手で弧月を抜刀し、二刀流となり言葉を続けた。

『おじいちゃんの、ブレードの、限界本数と、その間合い。ようやく、視えて、来ました』

と。

 

*** *** ***

 

《攻撃予知》

天音が生まれ持ったサイドエフェクトは、そう呼ばれるものであった。天音の視界には敵が繰り出そうとしている攻撃の軌道が、あらかじめ見えているのだ。

本人曰く、

 

「攻撃、というよりは、『危ない場所』が、色で視えるん、です……」

 

ということらしい。

 

便利か不便かと問われたら万人が「便利」と即答しそうだが、そんな上手い話があるわけがなく、それなりに限度や制限もある。

 

読めるのはどれだけ長くても数秒先、それもムラがあり、直前になってやっと視えることだってある。

強力な攻撃ほど読み逃しが減るが、それでも攻撃を読み逃すことだって多い。

 

正直、気休め程度の精度である。

 

何より最大の制約が、

「自分に当たる攻撃しか視えない」

というものだった。

 

それでも、戦闘のためだけにあるようなサイドエフェクトゆえに、優位さは変わらない。その反面、代償とでも言うべきものもあれば、持った者にしか分からない苦悩もあった。少なくとも天音は、その優位さゆえに同輩からは疎まれていた。

 

勝てば「反則」と言われ、負ければ「手抜き」と罵られる。

 

このサイドエフェクトが知れ渡った当時の天音は、疎まれていたということに加えて、別の理由で心を病ませた。

生まれつき視えていたこの景色がサイドエフェクトによるものであるとボーダーで診断され、

『自分に当たる攻撃しか視えない』

言い換えれば、

『自分に当たらない攻撃は視えない』

という制約を聞いた天音は、こう思った。

 

「私は自分だけが助かればいいんだと、心の底で思っているような最低な人間なんだ。だからこんな、自分だけに有利なサイドエフェクトなんだ」

 

と。

 

そう思えて仕方なかった訓練生時代の天音は、毎日が嫌で嫌でしょうがなかった。とある日にある人物に出会い、ある一言を告げられる、その瞬間までは……。

 

*** *** ***

 

鋭く踏み込んだ天音を見てヴィザは構える。

 

それと同時、天音の瞳から視る世界にヴィザの攻撃が予測されて映し出される。

(例の、広範囲ブレード。数は、3本、タイミング、ズラして、もう1本)

ブレードの軌道を視た天音は、それに当たらぬようにグラスホッパーで間合い詰める。あと数センチ逸れたら斬られる、そんなギリギリでオルガノンを躱してヴィザへと斬りかかる。

 

今日何度目になるか分からないほどの剣戟を交わしながら、ヴィザは言葉を投げかける。

「……速すぎる反応。もしや、何かしらのサイドエフェクト保持者ですかな?」

 

「はい」

天音は即答する。あまりの素直さにヴィザは苦笑した。その隙を突くように天音の鋭い1撃が振るわれるがヴィザはそれを弾き、両者は同時に間合いを取るように飛び退いた。ヴィザはオルガノンによる追撃を狙うが、

「させないよっ!」

そのモーションを取ると同時に彩笑がスコーピオンを投げつけて牽制した。

 

やろうと思えばヴィザはそこからも攻撃できたが、無理をする必要は無かったため反撃せずに態勢を整えた。

 

追撃をかけないヴィザを見て、彩笑は舌打ちした。

『本当に持久戦の構えだよ、あのおじいちゃん……』

 

『はい。あ、でも……、今のやり取りでも、4本以上同時は、ありません、でした……』

 

『4本ね……。ならやっぱり、上限は4本なのかな?』

2人が言う「4本」というのは、ヴィザが使うオルガノンの広範囲ブレードが同時に使える最大本数の予想だった。確かにブラックトリガーは強力だが、無敵というわけではない。切り崩すための突破口として、何かしらの上限があるはずと考えた真香は同じブレード型の「風刃」を参考にして、

『広範囲ブレードには同時に展開できる本数、もしくは展開するインターバルがあるのでは?』

と、予想して進言した。

 

ヴィザのオルガノンの練度は流石としか言えずインターバルに関しては全く掴める気がしない(そもそもインターバルがあるかどうかすら謎だ)が、天音のサイドエフェクトを駆使した視界には、4本を越す攻撃は視えなかった。

 

天音からの予想を得た彩笑はスコーピオンをクルッと回しつつ思考する。

(発生させる上限が4本だとして……、切り崩すなら攻撃が視える神音ちゃんが前衛でおじいちゃんの4本を引き出して、その隙を突く感じでボクが斬りかかるしかない……。まだボクはトップギアを抑えてるけど、もう行こうと思えばいつでもトップギアを出せる。最悪、上限が4本より多くても、まだ見せてない奥の手のテレポーターで回避できる)

動きを止めた彩笑たちを見ても、ヴィザは自分から斬りこむことはしない。やはり、堅く守りながら2人の攻撃を凌ぐ魂胆のようだった。

 

(……どうせこのままならジリ貧だ。ボクのトリオン量だと長引けば長引くほど不利。なら……!)

結論を出した彩笑は、決定を2人に告げた。

 

『……うん、じゃあ、次で決めよっか。作戦伝えるね』

 

と。

 

*** *** ***

 

地木隊がアフトクラトルの使い手たちを足止めしてる頃、修はラービット2体から全力で逃げていた。

 

アフトクラトルの狙いはやはり規格外のトリオンを持つ千佳に集まり、トリオンで構成されたものをキューブ化させるトリガー『アレクトール』を持つハイレインもそこへ赴き、戦闘が繰り広げられていた。

 

戦闘の最中、修の1つの判断ミスによりハイレインは千佳にアレクトールの弾丸を当て、千佳をキューブ化させた。サポートに駆けつけた出水や修の先輩である烏丸の奮戦によりハイレインの手は逃れたが、ラービット2体の手が、キューブとなった千佳を抱えて逃げる修へと迫っていた。

 

磁力のラービットに囚われ、砲撃のラービットに狙われながらも修は千佳を守る一心でシールドを展開する。到底防げるものではないが、そんなことは修の頭に無い。ただただ、必死だった。

 

修が張ったシールドめがけて砲撃が放たれる、その瞬間、

 

「ブースト・プラス・シールド・トリプル!」

 

修とラービットの間に小柄で黒い人影が割り込み、強固なシールドを展開して砲撃を防いだ。その背中を見て、修はその名前を呼んだ。

「く、空閑!」

 

「無事か、オサム?」

砲撃を防いだ遊真は振り返りつつ問いかけた。

「ぼくは無事だ……、でも……、千佳が……」

 

「ん、わかった」

その一言と差し出されたキューブを見た遊真は状況を察し、選択した。

「ここはおれが止める。だからレプリカ、オサムとチカを守れ」

 

『心得た』

遊真の取った選択は、ブラックトリガーという強大な戦力である自分が囮となり敵を惹きつけ、その間にレプリカを護衛として修を基地に辿り着かせる、というものだった。

 

にゅうん、と、音を立ててレプリカは遊真の左手から分離し修に移動を促した。

『急ぐぞ、オサム。ここの戦闘もそうだが、南西でアフトクラトルの精鋭2人を止めているチキ隊にも負担が大きくかかっている』

 

「わ、分かった!」

ここで繰り広げられている戦闘も、地木隊の戦闘も、全ては千佳を本部に辿り着かせるためのものになっている。それを理解した修は走る。最後に一度、修は相棒を見て声をかけた。

 

「空閑!無理はするなよ!」

 

「オサムこそな」

 

かけた言葉は短くとも、それでよかった。

 

2人はそれぞれ、やるべきことのために一歩踏み出す。

「……基地に行く!サポートを頼む、レプリカ!」

『心得た』

修は基地に向かい走る。

 

「さて……。いっちょやるか」

遊真は残されたちびレプリカと共にラービットを倒すため、そしてブラックトリガー使いハイレインを止めるために戦闘を始めた。

 

*** *** ***

 

正直なところ、ヴィザはこの戦いに本気で勝とうとは思っていなかった。というのも、今のヴィザに与えられていた役目は足止めだったからだ。

 

金の雛鳥が見つかってすぐにヴィザとヒュースで派手な攻撃を仕掛けることで、腕の立つ使い手をおびき寄せる。ブラックトリガー使いと戦いになる者はそう多くいるものではなく、ヴィザとヒュースはこの時点でラービットやハイレインが動きやすいように大きな貢献をしていたのだ。

 

ゆえにヴィザは、地木隊とじっくり腰を据えての戦闘ができていたのだ。

 

作戦の打ち合わせを終えた地木隊は動いた。

(左右に散る動き……。人数で勝る時の基本ですな)

ヴィザは思考しつつ両者の動きに意識を払う。ここまで前衛を多く張っていた彩笑に視線を向けたと同時、

 

(む?背後からの殺気……)

 

死角となる背後からの気配を感じ、ヴィザは振り向きざまにオルガノンを振るった。甲高い音とともに天音の弧月に当たるが、天音もそれは予想済みだったようでそこから最小限の動作でバックステップを踏み攻撃を繋げる。

「旋空弧月」

両手の弧月それぞれに施空を付与し、2本の牙を思わせる斬撃がヴィザに遅いかかる。

「オルガノン」

しかしヴィザもそれに対応する。オルガノンのコースを2つ設定し、それぞれが確実に天音の弧月を弾く。

 

攻撃がことごとく決まらないが、天音は退くことなく再度ヴィザに接近戦を挑んだ。その踏み込みを見たヴィザは違和感を覚えた。

(攻撃のパターンが変わった……。何かを狙っている……?)

と。

 

 

 

 

そしてそう思ったのとほぼ同時、ヴィザの耳元に小さな黒い穴が現れ、ある言葉が伝えられたのであった。

 

 

 

 

ヴィザと剣を交える天音を見ながら、彩笑は虎視眈々とその機会を待っていた。

彩笑の立てた作戦は、

『広範囲ブレードの4本同時攻撃を()()()()、その隙を突く』

という、至極シンプルなものだった。

 

シンプルだが、彩笑はそこに、というかそこにしか勝機は無いと考えていた。

 

圧倒的な実力差に、どんどん潰されるこちらの技。加えて戦況全体の動き……。真香からの連絡により、この戦いはキューブにされた千佳を本部に届けられるかどうかの戦いになっていると迅が言っていることが判明している。そして何より、底をつきそうな彩笑自身のトリオン量があった。

 

なら勝機が完全に無くなる前に、その僅かな勝機に全てを賭けることにしたのだ。

 

勝算はゼロではない。

彩笑のスピードは今でも十分速いが、まだ最高速のトップギアはヴィザに見せていない。

仮にヴィザが攻撃を読み切ったり何かしらカードを隠していたとしても、こちらもまだ使っていない『テレポーター』がある。

 

咄嗟の事態に対応するときは、目の前の事態に対応力の全てを注ぐ。

 

トップギアの速度でほんの一瞬揺さぶることができれば、勝てる。彩笑はそう思っていた。

 

そのためには、何としてもヴィザのオルガノンによる4本同時攻撃を使()()()()()ならない。だが彩笑は決める一瞬を逃すわけにはいかず、攻撃参加は厳しい。それに4本を事前に見切るためには天音のサイドエフェクトしかない。

 

ゆえにこの作戦のキモは、天音1人でヴィザに4本同時攻撃を出させることができるか、ということだった。

 

自分より圧倒的に格上にも関わらず微塵も油断していない上に、こちらの策を警戒している達人から最上位の攻撃を引き出す。

まず間違いなく、天音がボーダーに所属してから1番の難易度を誇る任務である。だが彩笑がそれを提案した時天音は、

 

『分かり、ました。やります』

 

と、何の迷いも無く、即答した。

 

困難なオーダーをあっさり引き受けてくれた天音のためにも、彩笑はこの1撃は何が何でも外さないと誓った。

 

彩笑の視界にはヴィザと切り結ぶ天音の姿が映る。時折距離を開け、隙と呼ぶには際どいギリギリのモーションの旋空弧月を放ち、オルガノンの広範囲ブレードを誘う。

しかし天音から合図は無い。ヴィザはまだ4本同時のブレードを天音に向けて放つことはしなかった。

 

それでも天音は諦めず、再度踏み込み斬りつける。ただただ勝利のために、彩笑が決めてくれると信じて剣を振るっていた。

 

(……こいっ!)

早く放てと、彩笑の心は叫ぶ。

 

そして、2人の剣戟が10回を数えたその瞬間、その時は来た。

『次のブレード、私に向かって4本、来ます……!』

『分かったっ!』

天音の合図を受け、彩笑は素早く、それでいて静かに刺突による一閃のために構えた。

 

もう踏み込む前から分かる。今から自分が放つ攻撃は、今日1番どころかここ最近でも最速の1撃になる。彩笑はそう確信していた。

 

オルガノンによる広範囲ブレードのモーションとなる円状の軌道が彩笑の目にも見えた。集中力が極限にまで達した今の彩笑は理屈など抜きの感覚で、踏み込むべきタイミングを掴んだ。

 

(ここっ!!)

足元に展開したグラスホッパーを踏み砕くほどの強い踏み込みで彩笑はヴィザの死角から肉迫した。同時にオルガノンの広範囲ブレードが天音に襲いかかったが、天音はそれを辛うじて躱してみせた。

 

完全な無防備とも言えるヴィザの背後を、彩笑は間合いに捉えた。

 

(決まる!)

攻撃する彩笑も、それを見ている天音もそれを確信した。

 

 

 

 

 

 

だがそんな彩笑の視界は、確信と同時に真っ二つに裂けた。

 

 

 

 

 

「…………え?」

その光景をしっかりと見ていた天音は思わずそんな言葉が漏れ、ヴィザは口元に笑みを浮かべた。

 

「本当に素晴らしい。だが申し訳ございません。私の任務が先ほど更新され、我らの大将の援護に向かわねばならなくなりました。ゆえに、温存していた()()()のブレードを使わせていただきました」

 

 

 

そう、彩笑の踏み込みのタイミングは完璧であったし、そのスピードは文句無しのものであった。だがヴィザはこれだけハイレベルな戦闘の中、まだブレードを1本温存していたのだ。しかし彩笑もその可能性は考慮していた。だから万一に備えて、グラスホッパーを踏み砕いた直後にトリガーをテレポーターに切り替えて緊急回避手段を残していた。

 

それでも彩笑はブレードを避けられなかった。

 

その理由を彩笑は、自身が斬られたと認識したと同時に理解した。

(このおじいちゃん、ブレードの本数だけじゃなくて速度も抑えてたっ!!)

と。

 

そう、ブレードを避けられなかった理由は、

『彩笑の反応速度よりもヴィザのブレードか速かった』

という、シンプルなものだった。

本気……、少なくともさっきよりは本気になったヴィザのオルガノンの攻撃速度は、至近距離では彩笑が反応できないものであった。

 

 

ピキピキ、と、トリオン体にヒビが入る。あと数秒で彩笑のトリオン体はベイルアウトになるが、

(届けぇっ!!)

彩笑は最後のトリオンを振り絞ってスコーピオンを伸ばした。

 

それはB級2位の影浦隊の隊長である影浦が使う技に似ていた。彩笑が見よう見まねで模倣したそれは影浦に比べればリーチは短くまだまだ雑だが、速度のみに限ればオリジナルを凌駕していた。

 

そのスコーピオンがヴィザの足を僅かに抉った。

「ぐっ!?」

ほんの少しだがダメージにより苦悶の表情を見せたヴィザに向かい、彩笑は笑って言ってやった。

「次は負けないから……!」

と。

 

そう言った直後に彩笑のトリオン体は限界を迎え、無念のベイルアウトとなった。




ここから後書きです。

天音のサイドエフェクトですが、迅さんと同類のようなものです。マイナーチェンジです。

本文中の、
「オルガノンの広範囲ブレードの本数」
は、
「ブレードを走らせる軌道の本数」
です。書き終えてから読み返して、ちょっと分かりにくいかなと思ったので、一応。

活動報告の方に、彩笑のトリガー構成とパラメータ載せました。よろしければ参考までにと思います。


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第36話「ASTER」

前書きです。
今回の話は、読んで下さる皆様に受け止めてもらえれば幸いです。






ソロランク戦以外で彩笑がベイルアウト用のマットに落とされたのは久々だった。

 

反省しかないような戦闘であり、正直泣きたかったが彩笑はすぐに立ち上がりオペレートしている真香の元に駆け寄った。

「神音ちゃんは!?」

 

「まだ交戦中です!」

彩笑は真っ先に天音の安否を気にかけ、真香はその問いかけに即答した。すぐに彩笑は頭を回してこの先の指示を考えた。

 

(今は千佳ちゃんキューブを運んでる修くんが基地にたどり着けるかどうかの勝負だから……)

「真香ちゃん、修くんは今どの辺にいるの!?」

彩笑の質問に真香はキーボードに指を走らせながら答えた。

「もう基地の近くまで来てます!あと……5分少々だと思います!」

 

「そっか。真香ちゃん、咲耶に繋いで!」

 

「了解です!」

素早く真香は月守に通信を繋ぎ、彩笑が音声を飛ばした。

 

『咲耶、聞こえてる?』

 

『聞こえてる。……やっぱ、ブラックトリガー強いな』

 

『強かった。トリガーだけじゃなく、持ち主も、強かった。……でもそれは今どうでもいい。今戦ってる磁力使い、あとどれくらいで倒せる?』

 

『検討がつかない。さっき勝負決まりかけたけど、向こうの大将に邪魔された。そっからコイツ、勝ちは捨てて俺の足止めに徹してる。技を見せすぎた上にトリガーの性能が良すぎるから、こっちの手にもどんどん対抗してくる』

 

『そっか、分かった。キツイと思うけど、勝ってよ』

 

『了解。一旦、通信切るぞ。集中する』

 

『うん』

月守の状況を頭に入れた彩笑は一瞬だけ眉間にしわを寄せて思考を続ける。

 

(レーダー見る限りだと、近くに援護できそうな隊員はいない。咲耶の支援も望めないし……、いやでも、5分くらいなら今の神音ちゃんなら……、ううん、無理。おじいちゃんのブレードは至近距離じゃボクが反応できないくらいに速い。神音ちゃんの予知は精度100パーセントじゃない。読み逃しが致命傷になるんだから、5分なんて無理)

 

彩笑が危惧しているのは、ヴィザが地木隊防衛ラインを突破して出水や烏丸、遊真の戦っているエリアに向かうことだ。ボーダー正隊員は決して弱くない。だが、ヴィザの戦闘能力を垣間見た彩笑は、ヴィザの介入により戦況が大きくアフトクラトル側に傾くことを確信してしまった。

 

だから今、地木隊がすべき事はヴィザを何としても南西で止めることだった。だが、今の手札では止めるだけの力が絶対的に足りない。

 

止めようがない。

 

その結論に彩笑が至ったと同時に、

 

『地木隊長、お願い、が、あります』

 

戦闘中の天音から、そう通信が届いた。

 

*** *** ***

 

守りに徹していたヴィザが戦闘スタイルを切り替え攻撃重視になった途端、天音は防戦一方に立たされた。

 

サイドエフェクトである『攻撃予知』はちゃんと働いているが、それでも反撃の隙を見出せないほどの剣速と手数の多さであった。

 

その戦いを見ているちびレプリカも、これだけの猛攻を仕掛ける使い手は初めてであった。

 

天音は至近距離で右手側で施空弧月を発動し、ヴィザに反応させる。それからタイミングを僅かにズラして左手側でも施空弧月を発動させて振るい、ヴィザにそれを弾かせた。隙と呼べるほどではないが、その僅かな時間で天音はヴィザから距離を取り、彩笑にあるお願いを求める通信を入れた。

 

『お願い?なに?』

天音が構えると同時に彩笑がそのお願いの詳細を尋ねた。ふう、と、一呼吸取ってから、天音は内容を告げた。

 

『……アレ、の、許可を、ください』

 

『ダメっ!』

 

だが詳細を言った途端、彩笑は否定した。

『私も賛成できないよ、しーちゃん』

通信を聞いていた真香も同意見であり、鋭い口調でそう言った。この通信を聞いていないが、おそらく、いや絶対に月守も許可を出さない。それだけのモノの許可を、天音は求めたのだ。

 

再び始まったヴィザの猛攻を凌ぎつつ、天音は通信を続けた。

『でも、このままじゃ、負けます』

 

『負けたっていい!相手はブラックトリガーだよ!?ボクたちが時間を稼げた時点で、ホントはもう十分なの!!ここで負けたって誰も責めないっ!』

 

『ここを、突破される、と、三雲くん、とか、他が危なくなるんじゃ、ない、ですか?』

 

『そうだけどっ!でも神音ちゃんがそこまでして止めなくてもいいのっ!!』

彩笑は天音の意見を取り乱しながらも真っ向から否定した。口は挟まないが、真香も同じ意見であった。

 

ヴィザの攻撃はどんどん激しくなり、天音のトリオン体には浅いが幾つかの斬撃が決まっていた。ダメージに対して表情は微塵も崩さず、天音は彩笑に頼み込んだ。

『お願いします』

 

『だからダメっ!』

 

『お願いします』

 

『ダメだって……!』

何度断られても、天音は何度も許可を求め続ける。

 

やがて、

『……どうして、そこまでして戦おうと思ったの…?』

否定を続けていた彩笑が、天音にそう問いかけた。

 

オルガノンの広範囲ブレードを躱しつつ、天音は答える。

『地木隊長と、おんなじ、ですよ』

と。

 

『…………』

 

天音の言葉の続きを待って沈黙する2人に向かって、天音は言葉を続けた。

『……私、ボーダーで、みんなと過ごす、毎日が、すっごく、楽しい、です。一緒に任務、やって、作戦室で、ミーティングして、たまにみんなでお出かけする……。そんな毎日が、ボーダーが、ここが大好き、なんです……』

 

ヴィザの攻撃を受け流し、なんとか間合いを開けた天音は結論を言った。

 

『私が、全力を出せないで、突破されて、それがボーダーに、大きな打撃に、なったとしたら……。私は多分、ずっと後悔、します。大好きな居場所で、そんな思いは、したくないん、です』

 

そして天音は再度懇願した。

 

『だから地木隊長……、彩笑先輩、お願い、します…!』

 

と。

 

天音の言葉を聞いた彩笑は悩み、全てを天秤にかける。

 

普段なら彩笑は、後悔しないと思う選択をする。

 

しかし、今回ばかりはそうもいかなかった。

 

今回は、どんな選択を取っても誰かが後悔するとしか思えなかった。

 

ならば。

 

『……神音ちゃん』

 

『はい』

 

彩笑は判断を下した。

 

誰かが必ず後悔するなら、最も気持ちが強い者の気持ちを汲むべきだと。

 

たとえそれが、彩笑が一番後悔する選択であったとしても。

 

下されたのは苦渋の決断でもあった。

 

『……修くんが、基地に辿り着くまでだから』

 

『じゃあ……!』

 

『ただしやるからには、時間稼ぎとかそんなこと絶対にしないで。勝つつもりで戦うなら、全力を……、ASTER(アスター)の許可を出します』

 

と、彩笑は言った。

 

ASTERの許可を、全力での戦闘の許可を受けた天音は、

『分かりました。ありがとう、ございます……!絶対、勝ちます……!』

そう彩笑にお礼を言った。

 

許可をもらった天音を見て、ちびレプリカは問う。

『アスターとは?』

 

天音は答える。

『切り札、です』

 

弧月を構え、ヴィザを見据えつつ天音は音声によってプログラムにアクセスした。

 

「アスターシステム・オフ」

 

*** *** ***

 

足にダメージがあるのは痛手だが、負ける気はしなかった。というのがヴィザが天音と戦っていた時の正直な感想だった。

 

天音は確かに強いが、それはまだ強さとしては「浅い」ものだった。言うなれば経験が圧倒的に足りず、剣技はどこか薄っぺらいものがあった。

 

(もう少し経験を詰んだなら、もっと楽しい戦いになったと思うのですが……。残念ですな)

天音の今後の伸びしろに思いを馳せたヴィザはこの勝負を決めにかかった。更新された任務のため、ここで天音を倒してヒュースの援護を済ませた後、ハイレインのもとに向かうつもりだった。

 

だがその瞬間、

 

「アスターシステム・オフ」

 

呟くように、それでいてはっきりと天音がそう言った。

 

「む……?」

何か手を隠していたのか?と、ヴィザが警戒した次の瞬間、

 

「旋空弧月」

 

天音はヴィザの眼前まで迫り、弧月を振りかぶっていた。

 

(バカなっ!!)

ヴィザは驚愕しつつも天音の施空弧月に対応してオルガノンで大きく弾いた。大きな音を響かせながら弾くことには成功したが、剣を伝ってくる衝撃は重く鋭く、さっきまでとは比べ物にならない威力を物語っていた。

 

「ほう、面白い……!」

年甲斐もなく楽しげな笑みを見せたヴィザだが、

「面白いって思えるの、今だけですよおじいちゃん」

無表情で淡々とした声で天音はそれを制するように言い、続けて攻撃に出た。

 

剣技自体はそこまで劇的に変わってはいない。だが先程までとは違い、天音の剣にはヴィザも気を抜けば斬られかねないほどの速さと、真っ向から受けては押し負けそうな重さが加味されていた。

「むぅ……っ!」

本調子ならいざ知らず、足を負傷したこの状況での斬り合いをマズイと判断したヴィザは剣戟の中、オルガノンの広範囲ブレードを起動した。

(オルガノン!)

だがヴィザが攻撃を仕掛けようとしたと同時、

「視えてますから」

天音は高速でバックステップを踏みヴィザとの間合いを調整し、オルガノンの軌道から完璧に外れた。コースを読まれたオルガノンの広範囲ブレードは虚しく宙を斬り、その隙を突くように天音は再び施空弧月を振るう。ヴィザは防御用として用意していたブレードを起動してその施空弧月を防いだが、

 

パリンッ!!

 

と、オルガノンの広範囲ブレードと施空弧月が砕け散った。

 

「なんと……っ!」

「ん」

まさかの威力にヴィザは驚きつつも、砕けたブレードを修復した。さすがと言うべきか、高い性能を持つブラックトリガーゆえに、この程度はあっさりとやってのけた。

 

「ああ、やっぱり、戻るんですね、それ。全部壊しちゃえば楽、って思ったんですけど……」

そんな簡単にはいかないですね、と、天音は言い、弧月を再度生成した。その生成された弧月は先程までとは違い、僅かに刀身は伸びており、そして刃の側面には何かの紋様を思わせる黒く妖しい筋が幾つも走っていた。

 

そんな天音を見てヴィザは考える。

(明らかに先ほどまでとは一線を画す戦闘能力……。トリオン体とトリガーを後付けで強化する機構か……?いや、それにしては違和感がないほど、お嬢さんは今の状態に馴染んでいる。強化というよりはむしろ、()()()()()という方がしっくり来るような……)

考えている間にも戦闘は止まらない。天音は再度踏み込み、彩笑と同等かそれ以上の速度でヴィザに肉迫し、弧月を振るった。

 

*** *** ***

 

戦闘中にヴィザが行った思考は、的を得ていた。

 

ASTER(アスター)は天音のためだけにある特別な機能だ。

天音の身体能力やトリガーの性能は今、飛躍的に上がっている。その結果だけ見れば、玉狛支部の烏丸が使用するトリガー「ガイスト」に似ている。

ただ、その効果は真逆である。

ガイストは莫大なトリオンの消耗によりトリオン体を強化しているが、アスターは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものだ。

 

天音のトリオンは本来、とてつもなく強大である。それこそ月守や出水、二宮を凌駕するだけの性能がある。だが()()()()()で、天音は全開戦闘を許されていない。アスターはそのためにあり、常時発動しているトリガー(レーダーなどと同じく、トリオン体に組み込まれている基本トリガーと同様の扱い)である。

 

だがそのアスターを、天音は解除した。

 

枷を外した今この状態が天音の本来の実力であり、正真正銘の全力であった。

 

*** *** ***

 

どんどん威力と速度を増す戦闘の中、ヴィザは今の天音の状態に覚えがあった。

(……はて?この感じ、過去にも覚えがありますな)

ヴィザは半世紀にも及ぶ戦闘の記憶を辿り、答えを探す。そして、

(思い出しました。この感じは、あの時の……)

ヴィザは思い出した。かつてとある小国を攻め落とした時、天音とよく似た雰囲気の戦士と剣を交えたことが、1度だけあった。

 

そしてまた、この戦闘を見ているちびレプリカも、天音の今の状態には覚えがあった。同時に、

(……そうか。だからあの時、アマネはトリオンの計測を拒否したのだな)

と、理解した。

 

両者の剣は激しくぶつかり合い、鍔迫り合いの状態になった。そこでヴィザは口を開いた。

「大したものです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ですが」

ヴィザの言葉で、天音は相手が言いたいことを理解し、

「反則だって、言いたいんですか?」

そう言葉を返した。

 

ヴィザはかぶりを振って否定の意思を示したあと、

「いえ……。運命とは残酷なものだ、とは思いますが」

と、答えた。

 

天音はその碧い瞳でヴィザを1度しっかりと見たあと、

「そうですか」

言葉短くそう言い、オルガノンを大きく弾いた。

 

「変な同情とか、いりません。私は全力で貴方を倒し……、いえ、殺します」

明確な意思を告げた天音は弧月を構える。

 

膨大で強力な天音のトリオンはトリガーに多大な影響をもたらし、その効力を改変してみせる。

 

「絶空弧月」

 

先程まで使っていた旋空を大きく超える威力を伴ったその一振りは、ヴィザの命を刈り取るべく襲いかかる。

 

「オルガノン」

ヴィザは広範囲ブレードの軌道を3本重ね、天音の絶空を受ける。

 

バギャンッ!

 

両者の剣は、再び砕け散った。

 

互いに武装を再展開し、構える。

 

もはや今のこの2人の戦いに割って入れる者など、アフトクラトルにもボーダーにもいなかった。

それだけの実力と殺気が伴った戦いが、幕を開けた。




後書きです。

今回の話は「ASTERs」という物語を考えた時点で、形はどうあれ絶対に書こうと決めていたお話でした。


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第37話「近づく決着の時」

三輪は強い信念を持ち、ボーダーに所属している。

かつての第一次侵攻で姉を喪ったことから、ネイバーに対して強い憎しみを持っていた。

 

あの日のことを彷彿とさせる今回の大規模侵攻にて、三輪は普段よりずっと気が立っていた。加えて、以前迅から告げられた予知が三輪のメンタルに多少なりとも影響を及ぼしていた。

 

そんな中、本部付近にいた三輪はゆっくりと弧月を抜刀し、

「……標的を確認した。処理を開始する」

敵の大将であるハイレインを見据えて、そう言った。

ハイレインは出水や烏丸、空閑が足止めしていたが、敵のトリガーのワープで抜けてきたとあらかじめ三輪は報告を受けていた。

今の三輪がやるべきことは、もうじきやって来る仲間の米屋の援護だ。キューブにされたC級を本部に運ぶ際に、この人型が妨害すると考えられるため、それを止めるのだ。

 

今、ここにいるのは三輪とハイレインだけではない。キューブにされた千佳を運ぶ修もいた。

この状況を見た三輪は、奥歯を噛み締めながら舌打ちをした。というのも、迅が告げた予知というのが、

「この戦いのどこかで修がピンチになるが、その時助けられるのが三輪しかいない。だから助けてやってくれないか?」

という内容のものだったからだ。

そしておそらく、迅が視たのは今、この状況だった。

 

しかし三輪は迅の思惑に乗る気などサラサラ無く、ハイレインとの戦闘を開始しようとした。その時、

「み……三輪先輩!」

修がその手に持ったキューブを差し出しながら三輪に頼み込んだ。

「千佳を……、こいつを頼みます!キューブにされたうちの隊のC級です!」

と。修はここでハイレインを食い止めるので、三輪に千佳を助けてほしいと、頼んだ。

 

そんな修を見た三輪の脳裏に、あの日の光景がよぎった。

 

雨の中、死にかけた姉を助けてと迅に頼み込んでいた、あの日。無力だった自分の姿がほんの一瞬だけ、今の修と重なって見えた。

 

そして三輪は、

 

ズドッ!

 

と、思いっきり修を蹴り飛ばした。

驚く修とハイレインの視線を集めながらも三輪は吐き捨てるように言った。

「知るか。他人に縋るな」

と。

 

修に向けて、そして、あの日の自分に向けて三輪は言った。

 

 

そしてこの状況を上手く飲み込めなかったハイレインは尋ねた。

「なんだ?おまえはあいつの味方じゃないのか?」

 

「黙ってろ、ネイバー」

三輪は力強く弧月の柄を握りしめ、殺気だった声で言った。

「どちらにしろ、おまえは俺が殺す」

と。

 

そのまま三輪は踏み込み、ハイレインとの戦闘を開始した。

 

*** *** ***

 

「絶空弧月……!」

「オルガノン」

異常であり過剰なトリオンによって改変された天音の旋空弧月と最高位のブラックトリガーであるヴィザが使うオルガノンの広範囲ブレードが激しく火花を散らす。

 

ヴィザは今、任務によりハイレインの援護に向かわねばならない身である。だがもう、ヴィザはそんなのどうでもいいとまでは行かないが、それに近い感情を抱いていた。

未知の相手との戦闘を好むヴィザにとって、今の天音はここ数年で1番楽しめている闘いだった。

 

剣本来の間合いでの斬り合いに天音は持ち込み、ヴィザはそれに答える。その斬り合いの最中、ヴィザは口を開いた。

「どんどん剣技が洗練されていきますな、お嬢さん」

 

「どうも」

 

「敵対する戦闘でなければ、いつまでも見ていたいと思わせる美しい太刀筋でございます」

 

「そうですか」

天音は凛とした声で答えて一歩下がり、弧月を刺突を繰り出せるように構え、絶空を起動した。言わばノーモーションの刺突であり、ヴィザの不意を突いた。加えて天音は弧月の切っ先を相手の目線に合わせるという「青眼」と呼ばれる状態に構えたため、ヴィザは遠近感が一瞬だけ狂わされ回避のタイミングが遅れた。

「むぅっ!」

 

「まだですよ……!」

頭を逸らして回避したヴィザを天音はさらに追撃する。ヴィザは致命傷こそ回避するが、天音と同様に浅い斬撃は幾つかもらっていた。

 

弧月を弾き、両者は仕切り直すように構えた。そこへ、ハイレインからヴィザへと通信が入った。アフトクラトルの紅一点であるミラが使う空間転移のブラックトリガー『窓の影(スピラスキア)』によるものだ。

『ヴィザ。貴方ともあろう方が手こずる程の相手ですか?』

 

「ええ。私が全盛期の頃に出会えなかったのが惜しいと思わせるほどの相手です」

そう答えるヴィザの声は年甲斐もなく戦闘を楽しんでいるように思え、ハイレインはヴィザによる援護を諦めた。

『分かりました。こちらの方は私とミラで対応しますので、そちらは存分に戦ってもらって結構です』

 

「ほっほ。お心遣い、感謝しますぞハイレイン殿」

そう言ってスピラスキアによる通信用の小窓は閉じた。同時に天音は踏み込みヴィザへと肉迫し、弧月を振るった。

「電話は、終わりましたか?」

 

「ええ。お待ちいただき誠にありがとうございます」

口元に笑みを作りつつ、ヴィザはオルガノンの広範囲ブレードを展開した。

 

もはやボーダートップランカーであっても即死しかねない速度と威力をオルガノンは発揮しているが、天音は最小限の動作によって紙一重でありながら無駄なく回避する。

普段はムラのある「攻撃予知」の精度向上に加え、身体能力の上昇、そしてトリオン体の反応速度もほぼ限界まで達した今の天音に攻撃を加えるのはヴィザであっても至難の技であった。

 

このままでは、国宝の使い手であるヴィザでも勝利を掴むのは容易ではない。しかしヴィザは気付いて……、いや、知っていた。今の天音の状態が長くは続かないことを、かつての経験から知っていたのだ。

 

天音がその身に宿した宿命を、ヴィザは知っていた。

 

*** *** ***

 

月守はヒュースとの戦闘に苦戦を強いられていた。

内容だけならば月守が一方的に攻撃を仕掛けてヒュースがそれを捌くという形であり、一見すると月守が圧倒してるように思える。しかしその実、ヒュースはこの勝負で勝ちを求めていない。ただひたすらに月守の攻撃を凌ぎ、月守の足止めをしているのだ。

そういう意味では、相手の思惑にはまっている時点で月守の負けだと言えた。

 

戦いの最中、背後を始めとする死角から襲いかかってくる月守の弾丸に対応して盾を展開できるようになった時、ヒュースは違和感を覚えた。

(……?こいつ、攻撃が少し雑になったか……?集中力が切れた……、というよりは、何か別のものに意識を割いているような感じだ……)

と。

 

ヒュースの考察の通り、月守は今、ヒュースにだけ向けていた集中が削がれている。

漠然とした胸騒ぎが、ずっと止まらないのだ。

(……おかしい。なんで神音がベイルアウトしない?)

月守が疑問に思っているのはそれだった。

 

月守は天音の実力を把握している。それから考慮すると、彩笑を倒せるだけの実力を発揮したブラックトリガーの使い手を相手にした天音が、こんなにも勝負を長引かせられるはずが無いのだ。

 

その疑問はどんどん嫌な予感へと膨れ上がり、たまらず月守は彩笑たちに連絡を入れた(天音への連絡はすでに試したが、何故か繋がらなかった)。

 

『彩笑、質問いいか?』

 

『な、なに、咲耶?』

そう答えた彩笑の声はいつもと違って、月守の頭の中で嫌な予感がさらに膨らんだ。

 

月守はその予感の中で、最悪というか、1番違って欲しいものを尋ねた。

 

『……まさかとは思うけど…。神音にアスターの解除許可とか……、出して、ない……、よ、な……?』

そう言った月守の声は、途中から震えていった。自分で口にしながら、これだけはあってほしくないものだったから。

 

そしてその問いかけに、彩笑は答えた。

 

『…………………ごめん、ごめん咲耶……!ボク、許可、だしちゃった……!!』

 

と。

 

それを聞いた月守は、

「……っ!!」

いつも微笑んでいる表情を一瞬だが、この上なく歪めた。

 

『ごめん………っ!ごめんよ、咲耶……っ!』

月守は押し黙り、彩笑は何度も何度も謝罪の言葉を繰り返す。

 

謝る彩笑の声は、月守が通信を繋いだ時からもう泣いていた。

 

一体どんな経緯があって彩笑が天音のアスターの解除許可を出したのかは、月守には分からない。

 

ただ、その決断を下すまでに葛藤したのも、今はどうしようもないくらいに後悔しているのは、彩笑の泣き声で分かった。

 

だから、月守は言う。

『……泣かなくて、いいから』

と。

『元々、神音が1人になった時点でアスターの取り扱いは神音に一任されるんだ。多分、彩笑が許可出さなくても、神音が使うと決めた時点で、もう、止められ無かったんだ。……神音がああなったからには、俺じゃないともう止められない。俺が、この磁力使いを倒して行くよ』

 

『さくやぁ……っ!』

 

『だから、謝らなくていいし、もう、泣かなくていい。言いたいことは、みんな揃ってからにしよう』

月守は困ったように笑いながら、通信越しで泣きじゃくる彩笑に向かってそう言い、

『……あとさ、こっちから神音に通信、繋がらないんだ。多分、トリオンの影響でどっかおかしくなってると思うから、そっちの方で呼びかけてもらっていい?作戦室からの方が、電波安定するから繋がりやすいんだ』

と、彩笑と真香に頼んだ。

 

『うん、分かった……!』

 

『うん、頼んだ。神音に通信繋がるまで、俺の方は繋がなくていいから、頑張って繋いで』

 

月守の頼みに彩笑と真香は2人で声を合わせて答え、さっそく天音に通信を繋ごうと試みた。

 

「…………」

作戦室からの通信が完全に途絶えた所で、月守は意識して大きく呼吸を入れた。

 

月守が表情を崩したことや、今の意図した呼吸を見たヒュースは、

「どうやら、何か貴様らに取って不利な事態が進行しているようだな」

半ば予想だったが、そう問いかけた。

 

だが月守はその問いかけには答えず、

 

 

 

 

 

「うあああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!!!!何でだあァァァァァァ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

今しがた吸い込んだ酸素を全て吐き出す勢いで、叫んだ。

 

「っ!?」

 

『サクヤっ!?』

いきなり叫び出した月守を見てヒュースは驚きのあまり目を見開き、レプリカも思わず声をかけた。

 

そんな2人のことなど、今の月守の意識には届かない。

 

「何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で!!!!!」

月守は壊れたように叫ぶ。

「どうして君が!!!!そこまでして……っ!!!絶対にアスターはっ!!!!解除しちゃいけなかったのにっ!!!!!!」

その叫ぶ表情は両の手で覆われて誰も見ることは叶わない。

 

狂ったように、嘆くように、月守は叫ぶ。

「なんで君がっ!!!そんなに辛い思いをっ!!!苦しい思いをっ!!!しなきゃいけないんだよっ!!!!」

「他は何してんだ!!!いつもやってるランク戦はこのためだろうがっ!!!今戦わなきゃ!!!みんなは!俺はっ!!!何のために力つけたんだよっっ!!!」

行き場のない、どうしようもない怒りに似た感情に月守は燃やされぬよう、叫ぶ。

そして燃やされないためにも、月守はその感情に矛先を与えた。

 

両手をどけた月守は、負の感情が巡り血涙すら浮かびかけている瞳でヒュースを見据えた。

「……っ!」

剥き出しの感情を向けられたヒュースは、ほんの一瞬怯んだ。月守はそこに言葉を投げつける。

「お前らが、攻めてこなけりゃ……。こんなことにはならなかったんだよ……!」

ドロドロとした怨念じみた声を月守は出した。

 

頭では分かってる。

今自分が言ってることが八つ当たりに近いものだということも、この感情を向けるべきなのは目の前にいるネイバーじゃないこと。

 

自分が間違ってしまっている事を、月守は分かっている。

 

でももう止まらない。止めてはいけない。

 

そうしなければ、戦い続けることも、天音を助けに行くことも出来なくなるほどの怒りが自分に向き、自分自身が焼かれてしまうから。

 

月守は感情に身を任せ、ヒュースを倒すべく戦闘を再開させた。

 

(とにかく最速で、こいつをブッ殺すっ!!)

 

7種の弾丸で反射盾を無効化した時よりも、その後の戦闘の時よりも月守の頭は情報を高速で処理し、効率や安全、確実性を度外視して最速でヒュースを倒すための策を練り上げた。

 

ギィンッ!

構えた右手からトリオンキューブを生成し、

「メテオラァ!!」

それを乱雑と言ってもいいほど、バラ撒くように放った。

 

ヒュースは周囲に薄く盾を作りつつも視界が爆煙で制限される中、後退した。月守がメテオラで目くらましをした時は何か仕掛けてくることを把握していたヒュースとしては、その仕掛けが済む前にその場から逃げ出すつもりであった。

 

だが、

 

(読み通りだよ優等生っ!!)

 

それすら折り込み済みだった月守は、ヒュースとの戦闘に捨て身の覚悟で王手をかけた。

 

*** *** ***

 

ハイレインと三輪との戦闘は互いの相性や、ちびレプリカ(三輪曰く豆粒)のフォローもあり互角といってもいい状況だった。

 

修としては今のうちに本部に千佳を運び込むべきだったが、アフトクラトルのブラックトリガー使いミラの的確すぎる先回りワープによって妨害されていた。

あまりのワープの精度に、レプリカはようやく気付いた。

『オサムが受けた磁力使いの弾丸……、これはマーカーか……!』

 

「気づくのが遅かったようね」

ミラはそう言うが、

『いや、そうでもないようだ』

レプリカはそう言い返した。その言葉と同時にミラの視界に人影が映り、その場からワープで回避した。そして数瞬前までいたその場所に、激しい音を立てながら遊真が飛来した。

 

「ちっ、ちょっと甘かったか……」

回避したミラを見据えて遊真はそう言った。

遊真の後ろ姿を見た修は声をかける。

「空閑!追いついてきてくれたのか!」

 

「おう。ワープで逃げられた時はちょこっと焦ったけど、なんとか追いつけた」

好戦的な声で遊真は言い、

「次はワープさせる隙も与えない。だからオサムは、チカを連れて基地に逃げてくれ」

再度修に先を行くよう促した。

 

「分かった!今度こそ、任せてくれ!」

 

「何度でも任せるさ、オサム」

基地に向けて移動する修には目もくれず、遊真は再度ミラを見据える。

 

「大した信頼ね」

一連のやりとりを見ていたミラが問いかけた。

「おれの隊長だからな」

 

「あら、そうなの?」

ミラは小首を傾げて微笑み、不意打ちのつもりでスピラスキアによる『小窓』を使った攻撃を仕掛けた。

 

だが、

「それじゃ、おれは殺せないよ」

遊真はあっさりと回避して、ミラとの間合いを詰めて言った。

 

そんな遊真を見て、ミラは答える。

「ええ、そうね。私のトリガーとあなたは相性が悪いみたい。だから……」

そこまで答えたところで、近くにあった民家から、壁を壊しながら戦っていた三輪とハイレインが現れた。

 

「あ、『重くなる弾の人』だ」

 

「ちっ!玉狛のネイバーかっ!」

遊真と三輪が目を合わせてそう言い、ミラは途中で途絶えた言葉を続けた。

「だから、私はあなたと違って、隊長と連携してあなた達を倒すわ」

と。

 

*** *** ***

 

ドクンっ!

と、トリオン供給器官が脈打つごとに、天音の動きは洗練され、サイドエフェクトの精度も上がっていく。

 

だが上昇していく戦闘能力とは反対に、

(熱い……。腕も痛いし、意識も飛びそう……。そろそろ、限界近い…)

天音のトリオン体は、徐々にだが異常をきたし始めていた。

 

繰り広げる激しい剣戟の中、ヴィザはオルガノンを起動しようとした。しかし、

(ああ、もう、完璧に視えるし、見える)

天音の碧い瞳は、ヴィザが攻撃を仕掛ける意思を持つ前から攻撃の軌道を完璧に見切り、その予知した軌道上を通るブレードの形状すらハッキリと見えた。理論上の限界に限りなく近づいたトリオン体はオルガノンの神速の斬撃を文句のつけようもないほどの動きで回避してみせる。

 

(……これほどとはっ!)

流麗と言ってもいい動きにヴィザが思わず心奪われたその一瞬、

「絶空!」

天音が左手に握った弧月がヴィザを捉えた。

 

ボッ!

 

と、鋭いその一太刀はヴィザの左腕を切り落とした。だがヴィザとてタダでは腕をやらない。

「駄賃として貰いましょう」

 

「っ!!」

弧月の斬撃にカウンターを合わせる形でオルガノンを振るっており、ヴィザと同様に天音は右腕を斬られていた。

 

嫌な汗とトリオンが噴き出る中、天音は必死の思いでバックステップを踏んで大きく後退し、すぐに左手中段の状態で弧月を構えた。

 

それに応えるように、ヴィザもオルガノンを構える。

互いに相手を見据え、互いに悟った。

((トリオンの漏出が多い。限界はすぐにくる))

と。

 

戦いの終わりが見えたヴィザは、天音に敬意を表した。

「……未熟な経験を補ってあまりある高い戦闘技術に、溢れる才気。そして美麗な剣技。これほどまでに戦いを楽しめたのは本当に久しぶりでしたぞ、ミデンのお嬢さん」

 

「どうも」

素っ気なく答える天音だが、すぐに、

「……私の方こそ、おじいちゃんみたいな強い人と戦えたのはいい経験に、なると思います」

ここまで全力を尽くして戦ったヴィザに向かい、そう言った。

 

ほっほっほ、と、笑ったヴィザは、

「ありがたきお言葉ですな」

と言い、

「……ですが1つだけ、わからないことがございます」

そう、疑問の言葉を続けた。

 

「…………?」

首を僅かに傾げてみせる天音に向かい、ヴィザは口を開いた。

「私は過去に、あなたと同じような者と剣を交えたことがあります。滅びゆく国と最期まで共に生きた、気高い意思を持った素晴らしい剣士でございました」

 

「…………」

天音は黙って、ヴィザの言葉を待った。

 

そして、核心を突く問いを、ヴィザは発した。

 

「……お嬢さん。貴女は何故、命をかけてまで私と戦ったのですか?何が貴女を、そこまで突き動かしたのか……、それを教えてもらってもよろしいですかな?」

 

と。

 

天音がここまで戦った理由。

それはアスター解除のために天音が彩笑に言った、

『大好きな居場所で後悔したくない』

というもの。

 

そして、()()()()()()()()

 

もう1つ、それよりも大切な理由があった。

 

構えに全くのブレを見せないまま、天音は、もう1つの理由を答えた。

 

「大切な人が、いるんです」

天音はヴィザをまっすぐ見据え、言葉をつなぐ。

「その人は優しいんですけど、実はちょっと意地悪なところがあって……、でもやっぱり優しい人です。仲間のためなら、知らないうちにすごく、無茶したり、必死になれる、そんな人です……」

 

「……」

 

「……私はその人に、助けてもらったんです。多分あの人は、助けたなんて思ってなくて、すごく当たり前なことだったと思うんです。でも……」

 

弧月の柄をぎゅっと握り、天音は言った。

 

 

「あの人は私の、世界を変えてくれた人なんです」

 

 

そう言った天音の脳裏に、まだ訓練生だった頃の、あの日の光景がよぎった。

 

 

 

 

 

サイドエフェクトゆえに周りから疎まれ、悪意ある言葉や視線に埋もれていた毎日。

自己否定・自己批判・自己嫌悪……。とにかくあの頃の天音は自分のことが嫌いで嫌いで仕方なかった。

 

死のう、

とは思わなかったが、

生きるのが嫌だ、

とは思った。

 

そんな底なし沼にいるような毎日だったが、その人物は唐突に現れ、あっという間に天音の世界をひっくり返した。

 

 

 

 

意識を現実に戻した天音は、ヴィザの問いかけに対する答えを口にした。

 

「大切な人が……、あの人が守っている世界を、私も守りたい。それこそ、全てを賭けて…。これが、私の戦う理由ですよ、おじいちゃん」

 

「……さいですか」

 

それを聞いたヴィザは思う。

(危ういほどに純粋な心ですな……。折れてしまわぬか、邪なものに染められぬか、心配になるほどに……)

だが同時に、羨ましいとも、思った。

これほどに純粋な思いは、とうの昔に忘れたがゆえに、ヴィザには眩しく映った。

 

そして、

(なにより、このお嬢さんにそこまで想われる人物……。1度お会いしてみたいものですな)

そう、心の片隅で思った。

 

 

そこで示し合わせたわけではなかったが、2人は同時に剣を構え直した。

この戦いを終わらせるために、最後の剣を振るうために構える。

 

「……お嬢さん。最後になりましたが、名乗っておきましょう。

私はアフトクラトルの国宝『オルガノン』が使い手、ヴィザでございます。

名も知らぬミデンのお嬢さん。貴女の剣に敬意を評して、最後の一太刀を振るわせていただきます」

 

構えたヴィザに対して天音は、

「……そうですか」

言葉短くそう言ったあとに、ヴィザに習い、名乗った。

 

「……界境防衛機関『ボーダー』戦闘部隊『地木隊』所属の天音神音です。

……『雪月花』の通り名にかけて、最後の一太刀に全身全霊を込めます」

 

互いに名を知った2人は決着をつけるべく、ゆっくりと、だが確実に踏み込んだ。




ここから後書きです。

今回はちょっと場面の変更が多い上に、途中で月守が発狂するので内容が詰め詰めになりました。

そろそろ大規模侵攻も終わりが見えてきました。
決着に向けて頑張ります。


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第38話「王手」

三輪はハンドガンを構え、遊真は左手を構えた。

「レッドバレット」

「アンカー・プラス・ボルト」

示し合わせたわけではないが、ハイレインに向けて三輪と遊真は同じ攻撃を仕掛けた。

レッドバレットとアンカーは弾丸の性質上、ハイレインの使うアレクトールの生物弾丸に防ぐ事は出来ない。その防御網をすり抜ける攻撃を、ハイレインはなんとか回避する。

 

当たらない攻撃を見た三輪は舌打ちをした。

「マネをするな、ネイバー」

「いや、おれの方が威力高いし」

三輪の言葉に遊真はしれっと言葉を返した。三輪はそれを受けてさらに舌打ちをして言葉を続けた。

 

「そういうことじゃない。レッドバレットは奴の弾丸では防げない以上、有効策なんだ。ならオレの隣で撃つな。角度をつけて避けられないようにしろということだ」

 

それを聞いた遊真は一瞬、ポカンとした表情を見せた。

「……なんだ、その顔は?」

三輪がそれに突っ込み、遊真が答えた。

「いや、協力できるなんて意外でさ。おれのこと、嫌ってると思ってたから」

 

「ああ、嫌いだな。ネイバーと手を組むなんて怒りで気が狂いそうだが……。今はこいつを倒すのが先だ。おまえはそれまで後回しだ、玉狛のネイバー」

 

形はどうあれ協力できることが判明した遊真は薄く笑った。

「玉狛のネイバーじゃなくて、空閑遊真だよ、重くなる弾の人」

 

「……三輪秀次だ。手を貸せ、奴を殺すぞ」

 

「あいよ、ミワ先輩」

一時的に同盟を組んだ2人は左右に分かれハイレインを追い詰めにかかった。

 

そんな2人を見ながらハイレインはミラと連絡を繋いだ。

 

『ミラ、金の雛鳥はどうなった?』

 

『はい。ミデンのブラックトリガーの妨害により追撃は断念しましたが、補足はできています』

 

『そうか。運び手の足はオレのアレクトールによって死んでいる。この邪魔者2人を先にやるぞ』

 

『承知いたしました』

打ち合わせの末、ハイレインとミラの狙いは修から外れ、三輪と遊真に向かった。

 

そして修はそれを感じ取ったのか、はたまた偶然なのか、そのタイミングで動いた。

意識が切り替わった瞬間に動かれたため、ミラの反応が一瞬遅れた。

『運び手が出ました!』

 

『そのまま待て』

ハイレインはミラに指示を出すと同時に、アレクトールの弾丸を修に向けて放った。しかしそれは、修についていたレプリカが対処した。

『シールド』

レプリカは的確にシールドを張り、弾丸を防いだ。

 

だが、その隙を突くようにハイレインは次の手を撃つ。

『ミラ、捕まえろ』

その指示と同時に、修にミラのトリガーによる攻撃が突き刺さり、修の動きは確実に止められた。

「ぐっ……!」

さらに追撃としてハイレインのアレクトールが修に襲いかかる。

 

だが、修はここまでは想定済みだった。迫り来るアレクトールを見て、修は腹をくくった。

「勝負はここからだ!トリガー、オフ!」

意志を持って修はその言葉を口にしてトリオン体の換装を解いてミラの攻撃から抜け出し、本部へと全力で駆けた。途中でアレクトールが当たるが、それは当たったそばから霧散していくだけで修をキューブにする事は出来なかった。

 

これはハイレインの使うブラックトリガー「アレクトール」の欠点の1つだ。キューブに出来るのはトリオンで構成された物だけであり、生身の修には何の効果も無かった。

 

そんな修を見てハイレインは苛ついた表情を見せつつも次の手を打とうとした。

「ミラ、奴を……」

「おまえらの相手は俺だ!」

そしてその言葉を遮るように、弧月を構えた三輪が2人へと肉迫する。

 

「煩いぞ」

ハイレインとミラは三輪と遊真を仕留めるための技を放った。アレクトールの弾丸をミラのスピラスキアを通してワープさせ、三輪たちの背後に転送した。

2人はこの技で、烏丸を仕留めていた。

 

だが、三輪は事前にその技の情報を聞いており、そこに勝機を見出した。

「来たな馬鹿が!それはもう知っている!」

「おれもだよ」

遊真に至っては烏丸がやられる光景を見ていた。2人はすぐに対策を取る。

 

「バイパー!」

三輪は背後のワープゲート目掛けて拳銃を構えてバイパーを放つ。そしてその弾は当然、繋がっているハイレイン達の元へ届き、敵のトリオン体を穿った。

 

「ボルト!」

遊真も同様にワープゲートに向けて弾丸を放った。三輪のように反撃まではいかないが、出てくる全てのアレクトールを無効化することはできた。

 

バイパーによって態勢を崩したハイレイン達を見て、2人は勝負を決めにかかった。

 

「くたばれ!」

「終わりだ」

 

だが次の瞬間、2人の目の前は真っ暗になり、気付けばそれぞれが本部の遠くに飛ばされていた。

 

『ワープにより基地の遠くへと飛ばされた』

2人についていたちびレプリカが簡潔に状況を説明する。

 

このタイミングで距離が大きく開いたのは致命的だ。だが、

「くそ!これで勝った気になるなよ、ネイバー!!」

 

「レプリカ!多重印やるぞ!!」

 

2人は諦めず、最後まで相手を見据えていた。

 

*** *** ***

 

爆煙の中、ヒュースは身構えた。

(奴はこの状況でも決めにくるつもりだ)

互いに視界は遮られているが、月守はこの状況でも攻撃を当ててくる。ヒュースはどこから来るか分からない月守の攻撃を警戒した。

(どこだ。頭上や背後の死角か……?)

ここまでの戦闘で月守の性格(の悪さ)を認識したヒュースは死角からの攻撃に神経を割いた。

 

そしてその読み通り、爆煙の中、月守の放ったバイパーがヒュースの背後を突くように襲いかかった。

視界が悪い中、かろうじてそれが見えたヒュースはそれを目線で追いかけてランビリスを展開した。

 

だが最後の最後まで、月守はヒュースの裏をかいた。

「チェックメイト」

ヒュースは月守が勝利を確信した声を、()()()()()()()から聞いた。

 

「くそっ、そっちか……!」

ヒュースは思わずその声の方向を見ると、そこにはアタッカーの間合いにまで肉迫した月守がいた。バイパーで意識を散らしたその一瞬でグラスホッパーを使って月守は一気に間合いを詰めた。

 

至近距離まで迫った月守は右手でヒュースの顔面を掴み、

「アステロイド」

高い威力でかつ零距離のアステロイドを放った。

 

「ランビ…」

 

当然防げるはずも無く、月守のアステロイドはヒュースの頭部をトリオン伝達脳ごと破壊し、トリオン体を爆散させた。

 

生身になったヒュースには目もくれず、月守はグラスホッパーを展開して全力で駆けた。天音が手遅れになる前に助けるために、全力で駆けた。

 

同時に、月守の視界によく見知った人物が現れた。

「よくやった、咲耶。あいつはオレが拘束しとくよ」

「頼んだぞ迅!」

年上であり先輩でもある迅を呼び捨てにして、月守は加速した。

 

真っ直ぐ全力で駆けたが、傍らにいるちびレプリカが月守に向かって言った。

『サクヤ、アマネの戦闘が大詰めだ。このままでは間に合わない』

 

「くっそっ!!だったら…!!」

間に合わないと告げられた月守は一瞬で判断し、近くにあった建物の屋上目掛けて跳躍した。

『何をする気だ?』

 

「間に合わないなら、ここから撃つ!!」

屋上降り立った月守は両手を構え、キューブを生成した。

 

*** *** ***

 

そして奇しくも、この3人の狙いは同じであった。

 

 

遊真はバウンドにより空高く跳んだ。

 

三輪は切り札を使うために一旦トリガーを解除した。

 

月守はその構えた両手のトリオンキューブの合成を始めた。

 

 

その3人が同時に叫ぶ。

 

「レプリカ!!」

「豆粒!!」

「レプリカさん!!」

 

 

「「「敵の位置を教えろ!!!」」」

 

 

敵の位置情報を得た3人は、それぞれが相手を倒すためのカードを切った。

 

「ブースト・プラス・ボルト・クインティ!!!」

 

「風刃・起動!!!」

 

「トマホーク!!!」

 

彼らが望む未来のために、その攻撃は放たれた。

 

*** *** ***

 

最後の一太刀を振るうため、天音とヴィザは一歩目を踏み出した。

 

互いに最速の踏み込みで剣を振るうために、助走をつけるように少しずつ加速していく。

 

だがそんな状態の中、天音はもうほぼ限界だった。

(足が痛いし、弧月も重く感じる……)

天音の極限状態は、距離が詰まってきたヴィザも感じとった。しかしヴィザはそれに情けなどかけるつもりは毛頭無かった。

(ここまでの貴女の戦いに応えるため、私は全力で剣を振るいましょう)

と。

 

この最後の一太刀は、ヴィザが勝つであろうことは、当人たちが一番良く分かっていた。

 

天音の視界には、予知によって危険を知らせる色が…、毒々しいまでの紅色が視えていた。しかし天音は迷いなくその紅色目掛けて進み、自身の敗北へと踏み込んだ。

 

ヴィザにはこれまでの経験や今日まで積み上げた実力から、敗けるイメージは微塵も湧かなかった。ゆえに、自らの勝利目掛けて踏み込んだ。

 

 

そしてその瞬間、ヴィザの死角から撃ち手の執念が宿る変化炸裂弾が襲いかかった。

「なんと……っ!」

直撃こそしなかったが思いもよらぬ攻撃に、ヴィザの動きは鈍った。加えて巻き上げられた粉塵により視界が僅かながらに制限された。

 

そしてそれが来ることをあらかじめ知っていたかのように、天音は最高のタイミングで踏み込んだ。

しかし、

(見えてますぞ)

ヴィザは限られた視界の中でも、天音が踏み込んだのを見逃さなかった。カウンターを合わせるべくヴィザは剣を振るおうとしたが、その瞬間、

 

 

天音の姿が、消えた。

 

 

と、同時に、ヴィザは背後から真一文字に斬られ、その視界が大きく崩れた。

 

(一体何がっ!?)

ヴィザには何が起こったかは、分からない。だが、背後から斬ったのは天音である事は間違い無かった。

 

*** *** ***

 

天音が使ったのは、遊真たちの正式入隊日の時、彩笑が月守と行ったランク戦で使った技だ。踏み込んだ直後に背後にテレポーターで移動して斬るという、ほぼ初見殺しと言ってもいい技だ。だが、天音は限界寸前でまともなスピードは無く、まして圧倒的な戦闘経験を持つヴィザならこれですら防げる可能性も高かった。

 

しかしそれでも決まったのは、ヴィザの万全とも言えた構えをほんの少しでも崩したトマホークのおかげだった。

 

天音は誰がトマホークを撃ったのか確認する術は無い。だが誰が撃ったか分かっていた。

 

だから天音は、心の中でお礼を言った。

(ありがとうございます、彩笑先輩、月守先輩……)

と。

 

 

【挿絵表示】

 

 

*** *** ***

 

その天音は弧月を振り切りヴィザの前に現れ、それでも尚構えを崩さずヴィザへと向かい合い残心を示した。

 

何が起こったかは、分からない。

だが、天音の油断の無い綺麗なその構えを見たヴィザは、こう言った。

 

「お見事……」

 

と。

ただ勝者である()()()を讃えたヴィザのトリオン体は限界を迎え、派手な音とともに爆散した。




ここから後書きです。

原作とはちょっと違う決着です。

大規模侵攻の戦闘パートはこれで終わりです。


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第39話「晴天の雨」

ガンッッッ!

 

大きな音と共に天音は弧月を地面に突き刺して杖代わりとしつつ、

「ハァー!ハァー!ハァー…!」

限界を突破したトリオン体と極限の戦闘から解放されたことによって乱れた息を何とか整えた。

 

とてもではないが、今の天音に生身のヴィザを拘束することなどできそうになかった。

 

落ち着いてきたところを見計らい、ヴィザは口を開いた。

「……敗北したにも関わらず、これほど清々しい気持ちになったのは十数年ぶりのことでございます……」

 

そんなヴィザの言葉に天音は答えた。

「……どうも、です。……できれば、最後の最後まで、真正面から、正々堂々と、勝ちたかった、です、けどね……」

 

「ほっほ。貴女方は最初からチームで戦っていたのですから、この戦果で恥じる必要など何処にもございませんぞ?」

 

「……、そう、ですね」

そこまで答えたところで、

「……ッ!?」

天音は激しく咳き込んだ。これが生身であったならば吐血するのではないかと思うほどに、辛そうな姿だった。

 

何とか会話できる程度になったところで、天音はヴィザを見据えて言った。

「……次に、戦う時は…、今度こそ、実力で、勝ちます、から……」

だがそこまで言えた所で、天音は再度激しく咳き込んだ。

 

そんな天音を見つつ、ヴィザは呟くように言った。

「……ギアトロス」

と。

 

「ぎあ、とろす……?」

ボヤける目の焦点を何とか合わせつつ、天音はヴィザの言葉を聞いていた。

 

「ええ。お嬢さん……いえ、雪月花殿。もし貴女が私との再戦を望むのであれば、まずはギアトロスという国に行くといいでしょう。少々見つけるのが困難な国ではありますが……、もし辿り着けたなら、必ずや貴女の救いになるものがございます……」

 

「…………」

天音はどう反応していいか分からなくなり、ポカンとしていたが、そんな天音を見てヴィザは「ほっほっほ」と笑い、

「年寄りの独り言だと受け流しても結構ですぞ」

と、言葉を続けた。

 

だが天音はその言葉が何故か嘘だとは思えず、

「ありがとう、ございます……」

そうお礼を言った。

 

それに対してヴィザはやはり「ほっほっほ」と笑った。

 

この話はここまでだと言わんばかりに、ヴィザは唐突に話題を変えた。

「……最後の援護射撃からの連携は見事でございました。いつの間に打ち合わせをしておられたのですか?」

 

ヴィザの問いかけに対して、天音は頭を振って否定した。

「打ち合わせ、してない、です…」

 

「なんと……。それにしてはタイミングが合っておりましたぞ?」

素直に驚いたヴィザに向かい、天音は答えた。

「打ち合わせ、は、してない、です、けど……。何か、起こるのは、分かって、ました……」

 

「……どういうことですかな?」

再度問いかけられ、淡く微笑んで天音は言葉を続けた。

 

「……あの人は……、私が、辛くて、苦しくて、本当に、助けてほしい、時に……、絶対に助けて、くれるから……」

 

と。

 

そしてそれと同時に、

「ヴィザ翁!」

ヴィザの隣にゲートが開き、そこから仲間のミラがヴィザを呼んだ。

「おお、ミラ嬢。任務の方はどうなりましたかな?」

 

「申し訳ございません、金の雛鳥は回収できませんでした。加えて敵の攻撃により、遠征艇は強制帰還を余儀なくされています」

 

「それはそれは……。私も含め、今回は完敗でございますな……」

ヴィザは残念そうだが楽しそうにも聞こえる不思議な声で言いながら艇へ乗船した。それを横目で見たミラは、憎々しげな目でヴィザを撃破したであろう天音を睨んだ。

 

残量トリオンは残りわずかだが、このままいいようにやられて帰るのが癪であったミラは、無意味だと知りつつも『小窓』による攻撃を天音に向けた。

 

それを視た天音は、思う。

(攻撃、来るけど……、もう、足、動かない、なぁ…)

と。

天音は回避も防御も諦めた。だが、攻撃が当たるなど微塵も思っていなかった。

 

動けぬ天音に向けてミラの小窓による突き刺すような攻撃が放たれる直前に天音は呟いた。

「……こういうこと、できちゃう、から、ズルい、です……」

と。

 

そしてミラの攻撃が放たれたが、それは天音に当たることはなかった。

 

何者かが天音の身体を抱きかかえて跳び、ミラの攻撃を躱したのだ。

 

抱きかかえられた天音は、途切れた言葉を誰にも聞こえないほどの小さな声で繋いだ。

 

「……月守先輩……、本当に、助けて、くれる、から…。また、好きに、なっちゃいます、よ……」

 

恩人である先輩の顔を見て、天音は安心しきった声でそう言った。

 

*** *** ***

 

(間に合ったっ!)

月守がトマホークによる援護射撃後に全力で駆けた甲斐があり、ミラの攻撃を受けそうになった天音を抱きかかえて回避することは間に合った。

 

トリオン体である今ならやられてもベイルアウトするだけだが、そんなのは今の月守にとっては関係なかった。ただもう、これ以上天音に負担をかけてはいけないという思いで一杯であった。

 

天音が何か言ったような気がしたが、月守の意識は今、攻撃を仕掛けたミラへと向いていた。

「撤退するなら潔く撤退しろよ、角付き共」

 

「……今回の勝利で驕らないことね」

ミラはそう言い残してヴィザを回収したゲートを閉じ、強制帰還となった遠征艇を出航させた。

 

そしてそれが合図であったかのように、この戦いが始まってから上空を覆っていた雲が吹き飛び、まるで今までの戦いすらも嘘だと思いたくなるほどの眩い太陽の光が三門市を照らした。

 

 

 

*** *** ***

 

 

 

 

帰還の道へと舵を切ったアフトクラトルの遠征艇の中で、ヴィザは足りない人員に気付いた。

「おや?ヒュース殿は……?」

 

その呟きのような問いかけにハイレインは答えた。

「金の雛鳥を捉え損ねた。ヒュースは連れて帰れない」

と。

 

ヴィザはその一言で事情を察した。あれほどの人材を捨ててしまうのは勿体無いと思いつつも、本国アフトクラトルのこの先の事を…、ハイレインの考えるシナリオを知る者にとってはヒュースの存在がどんな障害になり得るかわかっているので、ヴィザはそれで納得した。

 

ヴィザが思考する内に会話は進み、ハイレインは言った。

「金の雛鳥を逃したのは惜しいが……。エネドラとヒュースの件を含めて()()()()()()()()()()。……みんな、よくやってくれた。本国へ到着するまで、各自休んでいてくれ」

と。

 

そうして残ったメンバーがそれぞれ休息に移ろうとする中、

「……ところでヴィザ翁。貴方が敗北するなど、一体どのような強者だったのですか?」

ハイレインはヴィザに問いかけた。

 

その疑問は誰も口にはしなかったが、この場の誰もが気になってはいた事だ。ヴィザは口元に笑みを浮かべて、ハイレインの疑問に答えた。

「……儚くとも美しい剣士でございました。もし、我が国に生まれたならば、私は何が何でもあのお嬢さんを弟子に取ったでしょう。……そしてゆくゆくは、私の後継者としてオルガノンを託してもいいと思えるような……、それほどの腕を持ち合わせた剣士でございます」

 

それを聞いた3人は思いがけない高評価に驚いた。

「……それほどの剣士がミデンにいたのですか?」

 

「ええ。……願わくば私が死ぬまでにもう一度、剣を交えてみたいものです」

近年稀にみる高評価をヴィザは下し、先に休ませてもらうと呟いて遠征艇の作戦室を後にした。

 

「……」

遠征艇の窓から見える、ネイバーフットの夜の海を眺めながらヴィザの頭はぼんやりと思考した。

 

(雪月花……。確か、自然の美しさを表してみせた言葉でしたな……)

考えていたのは、天音が最後に名乗った通り名についてだった。

 

(雪……、おそらく見た目でしょうな。新雪を思わせるあの綺麗な肌の事を指していたのでしょう)

通り名の由来を、ヴィザは考察していた。

 

(月……、これは武器であったあの剣の事でしょう。戦いの最中、私と同様に戦いを共にする剣の名前を、何度も何度も呼んでいた)

そっとオルガノンを見てヴィザは考察を続けた。

 

(花……、これは……)

最後のワードでヴィザは詰まったが、すぐにピンときた。

(なるほど。それ故に雪月花ですか……)

通り名の意味と由来に気付いたヴィザは「ほっほっほ」と、楽しげに笑っていた。

 

*** *** ***

 

「……」

 

「……」

アフトクラトルが完全に撤退しても、月守と天音の2人はしばらく無言だった。

 

それを破ったのは天音だ。

「あの……、月守先輩…。もう、降ろして、もらって、大丈夫、です……」

いつも以上に、か細い声で天音はそう言った。

 

「……」

月守は無言ながらも、丁寧に天音を降ろした。

 

トン、と、天音の両足が確実に地面に着いたと同時に、月守は天音の碧みがかった黒い瞳をしっかりと見据えながら、

「……アクセス・アスターシステム・オン」

天音のトリオン体に組み込まれているアスターを起動した。すると、

「あ……」

天音のトリオン体はまるで糸の切れた操り人形のようにその場に倒れこんだ。

 

だが、

「無茶しすぎだよ、神音……」

そうなることがあらかじめ分かっていたかのように月守は倒れこむ天音のトリオン体を支えた。

そしてそう言う月守の声はいつもより低くて、彼が怒っているのだと天音は否が応でも分かった。

 

(足に、力、入んない……。身体が、鉛、みたいに、重い……。思うように、動けない……)

自身の状態を確認していき、天音はこの戦いで本当に無理をしたのだと自覚した。

 

1人では立てないような状態の天音は月守に体重を預け、月守の言葉に答えた。

「……ごめん、なさい……」

その言葉は、怒っている月守に対してのものだった。

 

次の瞬間月守が動き、そして、

 

「……ぇ?」

 

天音の口からは間の抜けた声が漏れた。

 

月守が取った行動はとてもシンプルであり、支えていた神音をグイッと引き寄せて抱きしめたというものだった。

 

「……っ!?」

天音は今の状態をなんとか認識したが、驚きのあまり何も言えずに目をパチパチと瞬きさせることしかできなかった。

 

抱きしめたまま、

「……神音、よく頑張ったね……」

そう、天音を褒めた。

 

てっきり怒られると思っていた天音は思わず、

「怒らない、です、か……?」

と、問うた。

 

月守は即答する。

「そうだよ…!本当は最初に、俺は君を叱らなきゃいけないんだよ…!なんでこんなに、無茶しちゃったんだって…、怒らなきゃいけないんだよ……!」

そう言う月守の表情は抱きしめられている天音には見えないが、その声には所々に嗚咽のような涙の成分があるように思え、きっと泣きそうな表情なのだろうと、天音は思った。

 

言葉を返さぬ天音に向かって、月守は言葉を続ける。

「でも、その前に言わせて。彩笑も俺もいなかったのに……、1人でブラックトリガー相手によく頑張ったね……」

そう言った月守は天音の柔らかな黒髪を優しく1度だけ撫でた。

 

それを受けた天音は、

「……ありがと、ございます」

照れくさそうに、はにかんだ笑顔で答えた。

 

そしてそこで、

「ごめん……!ごめん、神音……!」

今度は月守が不意に謝罪の言葉を口にした。

 

「……え?」

なんで先輩が謝るんですか?という疑問が天音の頭をよぎるが、月守は天音の華奢な身体を大切に抱きしめて言葉を続ける。

 

「君に…、君にそこまで無茶させて……、ごめん……!」

 

「……」

 

「無茶させないって……、俺も、彩笑も、真香ちゃんも、みんな決めてたのに……!ごめん……!」

 

「…………」

 

「助けてあげられなくて…、謝ることしか、できなくて……、本当にごめん……!」

月守はただただ、何度も謝った。

 

無力さを噛み締め、泣きながら月守は何度も謝った。

本当に、今の月守にはそれしかできなかった。

 

謝り続ける月守に向かい、天音は苦笑して、

「月守先輩は、優しい、ですね。結局、怒れなくて、謝って、ばっかりです……」

穏やかな声でそう言い、言葉を紡ぐ。

 

「先輩が、謝る必要、なんて、どこにもない、ですよ……。私が、隊長に、ワガママ言って、私の、意志、で、全力、出しただけ、です……。……ちょっと、無茶、しちゃった、ので……、この後が、辛い、かも、ですけど……」

天音のその言葉を聞いた月守は、戦闘中に天音がアスターを解除したと知らせを受けた時と同じように、表情を歪めた。「ごめん」の言葉と共に、月守はまた大切そうに天音の身体を抱きしめた。

それに対してやはり天音は、

「だから、謝らなくて、いいんです、よ……」

と、力なく穏やかな声でそう言った。

 

そしてそのタイミングで、2人に通信が入った。

『不知火だ。天音ちゃんか月守。どっちでもいいから応答してもらえるかい?』

 

『……こちら月守です。神音もそばにいますよ、不知火さん』

通信には月守が応じた。それに伴って月守は抱きしめていて天音から離れて、さっきまでのように天音が倒れないように支えた。

 

『うん、2人が近くにいるのはレーダーで分かってる。あと、天音ちゃんがかなり無理して病気の進行を進めたのも分かってる』

 

『不知火さん。神音はあまり責めないで……』

 

『誰が悪いとか、今はそういう話ではないよ月守。今は天音ちゃんの容体が優先だ。……天音ちゃん、聞こえてるよね?』

不知火に問いかけられ、

『はい、聞こえて、ます……』

天音はそれに答えた。

 

『うむ、だいぶ無茶したようだね。ワタシは今、君たちの作戦室にいる。戻ってきたらすぐにワタシのラボに移動して処置に移れるように準備してある。……戻ったらすぐに反動で意識を失うと思うし、その後も色々あると思うが……。もう限界だ、ベイルアウトしなさい』

 

『……わかり、ました。ご迷惑、おかけ、します……』

 

『気にしなくていいよ。……準備できたらベイルアウトしておいで』

不知火はそう言って通信を切った。

 

天音は虚ろになった瞳の焦点を月守に合わせて口を開いた。

「……じゃあ、私、先にベイルアウト、します、ね……」

 

「俺もついていくよ。もう、戦いは終わったんだから」

月守は力なく困ったような笑みでそう言ったが、天音は小さく首を左右に振り、

「もー、ダメ、ですよ、先輩……。まだ、戦いは、終わってない、のに、ウソついて、早く切り上げちゃ、ダメです……」

と、月守のウソを見抜いた。

 

そう、確かにまだ戦いは終わっていない。人型ネイバーが撤退しただけであり、警戒区域やその先の三門市内にはまだトリオン兵が残っているし、戦闘の余波で崩落した建物には取り残されて救助を必要としている人だっている。

 

救助はともかく、トリオン兵の駆逐はボーダーにしかできないのだから、最低でもトリオン兵を全て倒し切るまでは戦いが終わったことにはならないだろう。

 

月守はそれを知った上で、戦いは終わったとウソをつき、天音は月守のウソを見抜いた。

 

ウソを見抜かれた月守は申し訳なさそうな表情を見せた。

「確かに終わってはないけど……。でも……」

言葉を続けようとした月守だが、

「終わって、ないなら……、まだ先輩は、ベイルアウトしちゃ、ダメ……です、よ……」

少し強引ながらも天音がそう言い、月守の言葉を制した。

 

「……っ」

月守は言葉につまり、天音はそこに言葉を重ねる。

「私の分、まで、先輩に、託します、から……。この戦い、最後まで、頑張って、ください……」

 

「……」

 

「先輩は、優しい人、です……。でも今は……、その優しさを……、私じゃ、なくて、三門市の、人たちに、向けて、くれますか……?」

弱々しく天音は小首を傾げて月守に頼み、

「……ああ、わかった……」

俯き、小さな声であったがしっかりとそう答えた。

 

そしてそれを見た天音は満足そうに和んだ表情を浮かべて、

「ワガママ、言って、ごめんなさい、先輩……」

表情とは裏腹に申し訳なさそうに謝り、

 

「ベイルアウト」

 

消え入りそうな声で緊急脱出機能であるベイルアウトを起動した。

 

天音のトリオン体が爆散し、そこから本部へ向けて飛んでいく軌跡を目で追った月守はやがて、両膝を地面につけた。

 

身体から力が抜けたその体勢で、月守は呟くように口を開いた。

「違う、違うんだよ神音……!」

と。

 

月守は分かっている。

自分自身が優しい人間ではない事を分かっている。

それでも天音や彩笑、真香に優しくできる理由は分かっている。

 

知らず知らずのうちに、月守の口からはその理由が漏れていた。

「俺は……、ただ怖いだけなんだ……っ!みんなが、俺が知っている誰かが……っ、俺を俺にしてくれたみんなが傷つくのが、いなくなるのが、怖いんだよ……っ!」

怖い、という言葉と共に月守の瞳からは涙がこぼれた。

 

自身の無力さを呪うその涙は足元に雨のような痕を作り、無力さに耐えかねた両手の拳がそれを叩いた。

 

晴れ渡る空の下で、月守の慟哭が響いた。




ここから後書きです。

これから数話ほどかけて、色々とこの物語の全貌(?)をお見せしていく予定です。

今まで肝心なキーワードに当たる部分が欠けた状態にも関わらず、ここまで本作を読んでいただいていた皆様には本当に感謝いたします。


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第40話「救われた過去」

C級の白い隊服を着た天音はソロ戦用のブースを出て、人気のない場所にある自販機に向かって歩いていた。

移動する中、いつもの言葉が遠巻きに聞こえてきた。

 

「ああ、例の反則サイドエフェクトの持ち主じゃん」

 

「攻撃予知だっけ?事前に攻撃分かるとかズルじゃね?」

 

「勝てないでしょ、そんなの」

 

「つか、そんなんなら早く上に行けよ」

 

「わかる。戦うの上手いし、ここは天職だろ」

 

「いやでも、たまに負けるぜあの子」

 

「え?来る攻撃視えてるなら避けれるでしょ?なんで?」

 

「さあ、手抜きじゃね?」

 

毎日形を変えて言われ続ける、妬みや攻撃性を含む悪意ある言葉だった。

本人たちは聞こえてないと思ってるのだろうが、天音の耳にはしっかりと聞こえていた。そして、

「うるさい……」

天音は呟くようにそう言った。

 

攻撃が視えるのはウソじゃない。

でも見逃すこともあるし、むしろその方が多い。

 

負けることだってある。

シールドがないから接近前に弾幕を張られたらどうしようもない。

 

手は抜いてないけど全力じゃない。

勝っても負けても文句を言われるのだから、本当に真面目にやるなんてバカげてる。

 

天音は俯いてその感情を奥底に沈めて、

「みんな、うるさい……」

ただ、そう呟いた。

 

毎日毎日、天音はこの悪意ある言葉に埋もれて過ごしていた。

 

用もなければ誰も来ないような所にある自販機に辿り着いた天音は、何を飲もうか迷った。寒かったから、あったかいものにしようと思い、ココアを買った。

ボタンを押すと、赤いランプが点灯し、

「売り切れ」

の文字が浮かび上がった。

 

(なんか、申し訳ない……)

と、天音が思いながらココアを取ると同時に、

「ああ、あったあった」

そんな事を言いながら、普段誰もいないこの場所に人が現れた。

 

その人物を天音はチラッと見た。

(Bの刻印……、正隊員……)

隊服の刻印で正隊員なのを判断し、出会い頭の声で男子だと判断した。背丈が高すぎず低すぎずの細身だし、顔立ちが整った中性的だったので、声を聞かなければ性別の判断にちょっと迷うと思った。

 

「ココアココア……って、あれ?」

その正隊員は硬貨を自販機に入れてココアを求めたが、すぐに「売り切れ」の文字に気付いた。同時に天音が持つココアにも気付いた。

 

「…………」

 

「…………」

2人に気まずい空気が流れ、その空気に正隊員の方が折れた。踵を返し、別の自販機のココアを求めて歩き出した。だが、

「あの……。私、まだ飲んでませんので、どうぞ」

天音がその背中に向けてそう言った。すると、その正隊員は足を止めてその場でしばらく葛藤した後に振り返り、

「……いや、いいよ。別にこの自販機のココアじゃなきゃダメってわけじゃないし」

と、言葉を返した。

「いえ、私こそ別に、ココアじゃなくて、いいので」

 

「いやでも……」

互いに意見を譲らず、天音は軽くため息を吐いた後、

「じゃあ、私に飲み物、買ってください。ココアと交換、しましょう」

と、提案した。

その正隊員はその意見を飲み、天音はコーヒーを受け取りココアと交換した。

 

ココアを受け取った正隊員は、

「うん、ありがとうね、天音さん」

と、お礼を言った。

 

同時に、

「……なんで、私の名前、知ってるんですか?」

自身の名前を相手が知っていたことに対して、天音は反応した。

ここ最近、C級のみならず正隊員にも天音のサイドエフェクトは伝わってきているようで、度々勧誘されることも増えていた。中には少々強引な勧誘もあるので、天音は正隊員に対しても気が立っていた。

 

軽く凄んで見せた天音を見た正隊員は、やんわりとした笑みを浮かべた。

「ああ、良かった。名前は間違ってなかったんだね」

 

「質問を、はぐらかさないで、ください」

分かりやすく警戒心を剥き出しにして、天音は言葉を投げつける。

 

正隊員の少年はやんわりと笑い、天音の質問に答えた。

「えーと、天音さんの名前を知ってる理由ね。……俺さ、一応君が入隊する時の案内役だったんだ。その時、君とバムスターの戦闘を見て、

『ああ、面白い子だなぁ……』

って思ったから、覚えてたんだ。どう?これで納得したかな?」

 

それを見て、

(胡散臭い……)

と、天音は思ったが理由には納得できたので、

「……まあ、一応」

ひとまずそう答えた。

 

ほっと一安心したように胸を撫で下ろした少年は、

「ついでに、ここ最近C級に腕は立つしサイドエフェクト持ちの黒髪の女の子で弧月使いの天音さんって人の噂と動画が出回ってるのもあって名前を覚えた」

と、後出しで付け加えるように言った。

 

「………」

その説明で一気に不機嫌になった天音は、ただ無言で少年を睨みつけ、

「……あなたも勧誘しに来たんですか?」

と、この年頃の女の子が出すにしては低い声で問いかけた。

 

すると、

「ううん?うちの隊長のワガママでココア買いに来ただけ。うちの作戦室からここの自販機近いし」

キョトンとした表情で少年は答えた。なんとなくだがウソだとは思えず、天音はそれを信じた。

(掴み所がない人だ……)

少年に対し、天音はそんな風に思った。

 

そんな天音を見つつ、その少年はココアの缶を上に軽く放り、それをキャッチしてから、

「ココアありがとね。そのお礼になるか微妙だけど、1ついいかな?」

 

「……なんですか?」

 

「……天音さん、今の気持ちのままならボーダー向かないから辞めた方がいいよー、っていう忠告」

少年はあっさりとそう言い、

「……は?」

天音は思わず、口からそんな声が出た。

 

というより、今までそんな事を言われたことがなかったのだ。

 

早く上に行け。

正隊員になって、うちのチームに来てくれ。

将来有望な子だ。

 

そんな風に、形はどうあれ上に行く事ばかりを言われ続けていた。しかし逆に、

 

辞めろ

 

とは、一度も天音は言われた事がなかった。

自分でも戦うのは他よりも上手いと思っていて、上に行くとは考えても辞めることを考えたことは、天音自身なかった。

 

今までとは反対のことを言われ、天音は多少なり動揺した。

「なんで、私が辞めなきゃ、ダメなんですか?」

天音は睨みつけて食ってかかった。

 

「ダメとは言ってないよ?ただ、入隊した時よりも目が……、こう……、死にかけた魚みたいになってるからさ。嫌なら辞めればいいよーってだけ」

 

「別に……、嫌じゃ、ないですから」

 

「そう?……たまにいるんだよ。ネイバーから街を守りたいって気持ちで入隊したはいいけど、訓練のランク戦の過程で、

『人を傷つけるなんて無理です!』

っていう、優しさと甘さを履き違える甘ったるい子がさ」

 

「……」

 

「まあ、天音さんは優しくても甘くはなさそうだし、取り越し苦労かもね……」

その少年は、そう言った。

 

天音の事を、優しい子と、言った。

 

「……はは」

俯いたままの天音は小さく笑った。

 

その「優しい」という言葉が、天音は自分に一番似合わないと思っていたから、天音は笑った。

 

「うん?俺、何か変な事言った?」

問いかけられた天音は、再度笑ったあとに顔を上げた。

 

「……勝手なこと、言ってくれますね……!私が、優しい……!?見る目、無いですよ、先輩……!」

天音は普段なら表情の変化に乏しいが、今ばかりはその表情に明確な色をつけていた。

 

「……というと?」

続きを促した少年に向け、天音は言葉を投げつけた。

「私のサイドエフェクト、知ってますか!?

『自分に当たる攻撃を予知するサイドエフェクト』

です。言い換えたら、

『自分に当たらない攻撃は予知できないサイドエフェクト』

なんですよ!?」

 

どうして見ず知らずの他人に天音はこんな事を言い始めたのか、感情を爆発させたのか、天音自身分からなかった。

 

おそらく、限界だったのだろう。

入隊してから溜め込んできた何かが、今ここで、爆発した。

 

天音は、まっすぐと言葉をぶつけた。

 

「みんな、口を揃えて便利だって、言います。でもこれは、そんなに便利じゃ、ないですよ。視えたり視えなかったり、ムラが多すぎて、イライラします!ジャマ、なんです!いっそ、視えない方が、ずっと良かった!みんなと同じ方が……、ずっと良かった!」

 

「……」

少年は、いきなり取り乱した天音の言葉を、ただ黙って聞いていた。

 

「……っ、私は、私のサイドエフェクトが、大っ嫌いです!なんなんですか、自分に当たる攻撃しか、視えないなんて……!まるで、自分だけ助かればいいみたいな、そんな能力じゃ、ないですか!

こんなの、要らなかった!みんなに、疎まれるくらいなら、こんなの要らなかったです!」

 

手に持っていた缶コーヒーを落としたが、今の天音と少年にとってはどうでもよかった。

 

「……どうして、私だけなんですか……!?どうして、他の人のは、視えないんですか……!?私のしか視えないなら、それはきっと、私が心の奥で、

『自分だけ助かればいい』

って、思ってるような人間だから、です…!」

 

いつの間にか、いつからか、天音はその碧みがかった瞳を潤ませ、顔を俯かせて吐き捨てるように言葉を絞り出した。

 

「そんな私は、優しい人なわけ、ないんです……!だからっ!私は私が、大っ嫌いです!」

 

天音が今まで心の中で思っていた事を、全て吐き出した。

自分が優しくない、人の事を思いやれないような人間だと認め、最大の自己否定をも口にした。

 

そんな天音の言葉を聞いても少年は黙ったままで、天音は俯いた顔を上げて、

「何か言ったら、どうですか……!」

半ば怒鳴りつけるように言った。

 

するとその少年は、穏やかな表情で天音に向かって言った。

 

「天音さん。君はやっぱり、優しい子だよ」

 

それを聞いた天音は思う。

この人は私の話を聞いていたのか?

と。

「どこが、ですか?先輩、今の話を、聞いてなかったん、ですか!?」

 

「聞いてたよ。その上で俺は、君は優しい子だと、思った」

 

「だから!どこがっ!?」

人気のない廊下に天音の声が響き、少年は答えを口にした。

 

「君は、自分のサイドエフェクトが嫌いだと言ったね。

『他人に降りかかる攻撃が視えないから嫌だ』

って。

でもそれは、

『他人に降りかかる攻撃を防げないから』

『自分以外を助けられないから』

とか、そんな考えがあるからでしょ」

 

少年はやんわりとした笑みで、天音をまっすぐ見ている。

 

そして、

 

 

 

「誰かを助けられないことを嘆くことができる。そんな子が優しくないわけがない。だから天音さん、君はとても優しい子だよ」

 

 

 

と、言った。

そして少年は天音に対して、深々と頭を下げて謝罪した。

「怒らせちゃって、ごめんね」

 

「…………」

天音は何も答えなかった。

 

悔しいくらいに、この言葉に納得してしまったから。

納得したと同時に、心に暖かい何が満たされていくのを感じたから。

そして何より、満たされ、こみ上げてくる何かに負けて、声が、出なかった。

 

それでも少年は気にせずに踵を返してココアを持って部隊の作戦室に向かって歩き出した。

 

遠くなるその背に向かって、天音は問いかけた。

「……あ、あの……!お名前、教えて、ください!」

すると少年は振り返り、やんわりと笑いながら所属部隊と名前を名乗り、何処かへと消えて行った。

 

その姿が完全に見えなくなったところで、天音は落とした缶コーヒーを拾い、プルタブを開けてコーヒーに口をつけた。

 

「……苦い。頼む、んじゃ、なかった…」

初めて飲んだコーヒーに対しての感想を言いつつ、天音はボロボロと泣いた。

 

心と頭の中で、

『君はとても優しい子だよ』

と、まっすぐと自分を見ながら言ってくれた少年の言葉と顔が、何度も巡った。

 

このサイドエフェクトを知ってから自己批判と自己嫌悪ばかりで、天音は苦しくて仕方なかった。

そんな天音にとってその言葉は、とても暖かくて、どうしようもなく心地良かった。

 

大げさかもしれないが、救われたと、思った。

 

自己嫌悪ばかりだった天音が、無意識のうちに一番欲しかった言葉を、あの少年は天音にくれた。

 

この時の少年がどんな気持ちで天音に言葉を向けたかは分からない。深い意味などあったようには思えず、思ったことを素直に言葉にしただけのようではあった。

 

ただそれでも、この言葉によって天音は確実に救われたのだ。

 

天音は名乗ってくれた少年の言葉を、一字一句違わずに繰り返した。

 

「夕陽隊…、じゃなくて…。地木隊。俺は地木隊の、月守咲耶だよ」

 

と。

 

月守咲耶。

天音神音はこの名前をしっかりと、頭の中に刻み込んだ。

 

自分を救って許してくれた人の名を忘れぬよう、心にも刻み込んだ。

 

*** *** ***

 

「……」

まどろみの中で見た懐かしい記憶から意識が覚醒した天音の目に入ってきたのは、白い天井だった。

「……病院?」

その色合いと独特な匂いから、天音はここが病院であることを判断し、なぜ自分が病院にいるのかを考えた。

 

(……えっと……、ベイルアウトした、後は……、作戦室の、ベットに、落ちて……。ああ……、地木隊長も、真香も、泣いてた……。不知火さんも、必死な、顔、してた……。みんなの顔、見た後、私は…)

天音の記憶は、そこで途切れていた。おそらく、そこで気を失ったのだろうと、天音はぼんやりと予想した。

 

途切れた記憶の後に何があったのか考えようとしたところで、タイミング良く病室のドアが開いた。気付けば、病室は個室だった。

 

「あ!神音ちゃん起きた!」

ドアを開けて入って来たのは、20歳前後の若い女性だった。顔立ちがどことなく天音と似ていて、瞳の色など瓜ふたつだった。

 

「椛さん……」

その人を天音はよく知っていた。

 

土屋椛。

昔からよく知ってる天音の従姉妹にあたる人で、三門市立大学に通う学生である。出身は県外であり、大学に通う間は天音家に住んでいる。天音家は母子家庭な上に母は仕事で家を開けることが多いことに加え、天音はボーダー、土屋は花屋でのバイトをしているため、天音家に住む3人が自宅で揃うことはあまりないというのが天音家の日常であった。

 

「もー、ボーダーさんから神音ちゃんが倒れたーって連絡来た時はびっくりしちゃったよー」

バイト先の花屋から購入してきたであろう花を窓際に飾りながら土屋は安心したように言い、

「……心配かけて、ごめんなさい」

天音は土屋に向けてペコリと頭を下げて謝った。

 

ベットの隣にある椅子に腰掛けた土屋は天音の黒髪を撫でながら、

「……ごめんなさいは、天音ちゃんのチームメイトに言いなさい」

と、言った。

 

「チームメイト……」

 

「うん、そう。えーっと、地木隊……、だよね?」

土屋の確認するような口ぶりに対して、天音はコクンと頷いた。土屋は病室に届けられた沢山のお見舞いの品を見ながら言葉を続けた。

 

「毎日ねー、いろんな人が神音ちゃんのお見舞いに来てくれたのよ。えっと……、まずは嵐山隊の人たちでしょ。私と同じ大学に通ってる人だと……、ダメ川……じゃなくて太刀川くんに風間先輩……、それから加古さんとかね」

天音は一瞬聞こえた太刀川の名前に笑いそうになりつつも土屋の言葉を聞いていた。

「あとは名前わからないから特徴になるけど……。神音ちゃんと同じ学校の3人組……、男の子1人に女の子2人のね」

漠然としているが、おそらく黒江、緑川、武富の3人だろうと天音は予想した。

 

「あとは……、もさもさしたイケメンの子と、前髪分けてるのにわざわざ両目にかけてる男の子とカチューシャの男の子、とても落ち着いてる男の子ね。みんな学ランだった」

烏丸先輩に出水先輩、米屋先輩とあと三輪先輩かな…、と、天音は思った。三輪だけ自信が無かった。

 

「同じ学ランだと、おでこ出しててキリッとした侍みたいな子もいたよ。髪の毛すごいボサボサの男の子と、身体大っきいのに優しそうな男の子もいたわね。なんか、沢山いちごを差し入れてくれてたよ」

村上先輩と影浦先輩、それにゾエさんこと北添先輩だと、これはすぐに分かった。荒船先輩もいそうだけど……、と、天音が思ったところで、

「その3人と一緒に、1人だけ制服違う子がいたわね。髪の毛にちょっと型がついてたから、多分普段帽子を被ってる子よ」

土屋が付け足すように荒船のことを言った。

 

「それから、えーっと……、オペレーター?っていうのをボーダーでやってますーって子たちがまとまって来てたよ。沢山の飴を持ってきた子と、よく分からない手作りの人形を置いていった子に……、高級なミネラルウォーターと塩昆布を差し入れた子……、あと和菓子を差し入れてくれた子でしょ……。それと、片目隠れてるけどお姉さんオーラが凄い子、髪が綺麗でツヤツヤしてる子、ちょっと眠そうにしてる子……。性格もスタイルもふわふわしてる子に、小柄だけど頼れるお姉さんオーラ全開の子、とか、かな……」

小佐野先輩、加賀美先輩、志岐先輩、今先輩、人見先輩、冷見先輩、仁礼先輩、国近先輩、三上先輩と、これは自信を持って天音は分かった。

 

「……あとは、ボーダーの本部長さん?だったかな……。モテそうだけど鈍くて結婚できなさそうな人」

忍田本部長に少々残念な評価を下したところで、土屋は何か思い出したように、

「あとお客さん……、じゃなくて……。玉狛支部?って所の迅くんって子。それと、その子と一緒に、車椅子の子も来てたよ。その2人は、

『申し訳ない』

って、謝ってた」

と、言った。

 

(車椅子……、じゃあ、夕陽さん、かな……)

天音の様子を見つつ、土屋は言葉を続けた。

 

「本当に色んな人が来てくれてたけど……、地木隊の子たちは毎日来てたわよ」

 

「毎日……」

 

「そ。学校とか、防衛任務以外の時間は、本当に面会時間ギリギリまで毎日ね。毎日、神音ちゃんのお見舞いに来ては、一応身内の私に頭下げて謝ってたわね。もう、泣きながら……」

 

「……そっか」

伏し目がちに言う天音に向けて言うべきか土屋は迷ったが、付け加えるように言った。

 

「あとね……。何日かは、若葉さんも来てたよ」

それを聞いた途端、天音は驚いたように目を少し見開き、

「……お母さん、が?」

と、確認するように尋ねた。

 

「うん。土曜日と日曜日。今日が火曜日だから、一昨日までね」

そう言われて天音は日にちと時間を確認した。今は大規模侵攻から一週間少々経過した1月28日の午前10時だった。

 

そのまま土屋は話を続けた。

「若葉さんにも、地木隊のみんなと、あと……、不知火さんだっけかな、美人なお姉さんも頭下げて謝ってたよ」

 

「……お母さん、みんなに、何か、言ってた?」

 

「んー、聞きたい?」

 

「うん」

そう答えた天音に向かい、土屋は苦笑しながら言った。

「……『この子が自分で選んだんですから、皆さんは気に病まなくてもいいですよ』……って、バッサリ切り捨ててたわね」

 

「あー……、お母さん、なら、言いそう……」

天音はその光景を想像して、思わず呟いた。

 

ちょっと冷たいようにも思えるが、天音若葉という人はそういう母親だと、天音神音は15年少々の人生で学んでいた。

 

土屋も思わずと言った様子で苦笑しており、天音が寝ているベットの隣にある棚の引き出しを指差しながら言った。

「若葉さんからの手紙がそこに入ってるから、後で見てみるといいよ。私はお医者さんに、神音ちゃんが目を覚ましましたよーって言った後に大学の方に行くから。何かあったら連絡ちょうだいね」

 

「あ、はい」

荷物をまとめた土屋は「お大事に」と言い残して、天音の病室から出て行った。

 

「…………」

1人残された天音は医者が来るまで、病室に置かれた見舞いの品を一通り見た後に、母が書いた手紙を読んだ。

 

読み終えた天音が、

「……お母さん、相変わらず、不器用、だね」

と、感想を呟いたところで、連絡を受けたであろう、天音を担当していると思われる医者と手伝いの看護師、そして不知火が天音の病室に足を踏み入れた。

 

 

 




ここから後書きです。

冒頭は、ヴィザ戦で天音が語った過去のお話でした。
サイドエフェクトについて悩みすぎてどうにもならなくなった天音を上手く書きたかったのですが、書いてる私自身が妙な方向に行きかけました。いや、これは妙な方向に行きました。もう、上手く皆様に伝わってくださいと願うばかりです。


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第41話「紐解く秘密」

前書きです。
今回ちょっと長めです。


大規模侵攻を終えて一週間。三門市はまだその傷跡を残しつつも、それ以前の日常が戻ってきていた。そして当然、正隊員の大多数を占める学生たちは当たり前のように学校にいた。

 

「「……はぁ」」

1つ授業を終えて、彩笑はため息を吐いた。唯一月守に成績で勝てる程の得意科目である英語の授業だったが、入院していて意識が戻らない天音のことを思うとどんな授業であっても身が入らなかった。月守も同様であり、彩笑と同タイミングでため息を吐いていた。

 

そこへ、

「月守」

1人のクラスメイトが月守に声をかけた。

 

「天羽……」

声をかけてきたのは、天羽月彦だ。ボーダーに3本しかないブラックトリガーの内の1本を所有するS級隊員であり、月守と同じく三門市立第一高等学校の1年Aクラスに籍を置くクラスメイトだった。

 

天羽を見て、月守は疲れた声で言った。

「……あんま学校サボるなよ」

 

「今、登校してるだろ?」

 

「大規模侵攻の後、普通にサボってたじゃん。その間、俺と彩笑でクラスメイトに質問攻撃に対応してたんだからな」

月守がそう言い、

「あもっちゃん、お久〜」

彩笑もその会話に混ざった。

 

それをあまり気にすることなく、天羽は会話を続けた。

「……で、質問攻めってなんだ?」

 

「んー、ほら……、今回はいつもより規模がずっと大きかったし、ボーダー内部に死傷者出したくらいだから、みんな面白半分……、とまでは言わないけど、色々知りたがってね……」

彩笑がそう答え、

「あとついでに……。多分C級あたりから、今回の論功行賞の情報が漏れたんだろうな……。大金の使い道を聞かれた。誤魔化したけどさ……」

月守がげんなりしてそう言った。

 

「……大変だったな」

天羽は少々他人事のように言った。クラスメイトである2人には、これが天羽の平常運転だとわかっているのであまり気にしなかった。

 

そして、今度は天羽が質問した。

「……まだ、あの変わった色の子は目を覚まさないのか?」

と。

 

天羽の言っているのは天音のことだ。色というのは、天羽の持つサイドエフェクトによるもので、天羽はどうやら人やトリオン兵のトリオンを色として強さや性能を認識できるらしい(月守や彩笑はその事について踏み込んだ質問はしないため、これは定かでは無く詳細は分からない)。

 

その天羽の問いかけに対して2人は顔を見合わせて、力なく頷いた。

「そうか……」

天羽がそこまで言った所で休み時間を終えるチャイムが鳴り、3人は急いで授業の準備にかかった。

 

 

 

授業は古典だった。どちらかと言えば文系の彩笑にとっては得意な方であり、成績が1年生で上位にいる月守にとっても苦手ではない科目である。尚、天羽はぐっすりと寝ていた。

 

そんな天羽の後ろ姿を見た月守にも眠気が若干伝播してきた頃、

 

『ピピピッ!』

 

と、音が鳴った。一瞬、誰かのスマホが鳴ったのかと思い、授業をしていた教師も、

「誰のだ?」

と言いかけた。だがそれを遮るかのように、

 

「咲耶っ!早退して病院直行!!」

 

月守の前の席にいる彩笑が声を張り上げた。鳴ったのはボーダー正隊員に支給されている端末だったようだ。

ギョッとしたクラスメイトの視線が集まる中、驚いた月守はとりあえず抗議した。

「ちょっ、彩笑!んな理由も無しに早退とか……」

 

「神音ちゃん起きたって!」

 

「授業なんて受けてられるか!」

2人は素早く意思疎通をして、テキストやらなにやらを各自リュックやバックに詰め込んだ。

 

「2人とも、一体何が……」

古典の教師が事情を尋ねようとしたが、荷物をまとめた2人は止まらない。

「すみません!ボクたち早退します!」

「天羽!あと頼んだっ!」

彩笑と月守はそれぞれそう言って教室を後にした。

 

2人の後ろ姿を、眠たげな目で見た天羽は呟いた。

「やっぱ、あの2人はあの色じゃなきゃな…」

 

*** *** ***

 

意識覚醒後の診察やら何やらを全て終えた天音は、ゆったりとした足取りで1人屋上へと向かった。辿り着くと、そこには見知った2人がいた。

「三雲くんと、遊真くん……」

声をかけると2人とも気付き、

「天音さん」

「お、アマネだ」

それぞれ挨拶を返した。

 

天音はやはりゆったりとした足取りで2人に近づいた。

「あ、2人とも、聞いたよ。三雲くんは、一級戦功。遊真くんは、特級戦功、貰ったん、だよね」

修の隣にちょこんと座りながら天音は尋ねた。遅れながらも「隣、いい?」と聞いたところ、修は「どうぞどうぞ」と許可をくれた。

 

そして天音の言葉に対して、

「特級ってすごいの?おれ、よく分からん」

 

「寝てる間に貰ったから、全然実感無いんだよね…」

2人ともそれらしい事を言った。

すると今度は修が天音に向けて言った。

「それを言うなら、地木隊もだよね?」

 

「あ、うん……。一応……」

 

「宇佐美先輩が褒めてたよ。

『部隊単位での特級は久々に見たよ』

って」

 

「ん、ありがと……」

天音はどこか気恥ずかしそうな、か細い声でそうお礼を言った。

 

 

天音もついさっき不知火から聞いたのだが、今回の大規模侵攻にて地木隊は特級戦功をもらっていた。

 

ラービットにより浮き足立つ中、どの隊よりも素早くラービットを討伐した彩笑と月守。

その情報を広く伝達した真香。

太刀川と共に、本部へのイルガー特攻を防いだ天音。

部隊合流後も手早く交戦に移り、計5体のラービットを討伐。

ブラックトリガー含む2体の人型ネイバーと交戦して1体を撃破し、もう1体を無力化して捕虜化できたこと。

人型撤退後も、残った月守は最後までトリオン兵殲滅に当たり、殲滅後は民間人の救助活動に加わった。

というのが、戦功をもらった理由だと天音は聞いていた。

そして紆余曲折を経て、天音が実質単騎でブラックトリガーを倒したということになっているらしい。

 

「正直、個人の手柄もあるが、それらを分割するのが手間だったろうからまとめて特級にしたんだろうねぇ……」

というのが、天音に報告した不知火の見解だった。

 

 

 

「アマネ。質問いい?」

戦功の話によって、ある疑問を思い出した遊真が天音に問いかけた。

「うん、いいよ」

天音は質問の内容を聞かずにそれを承諾し、

「その代わり、後で、遊真くんには、ちょっと、協力、してもらうね」

という条件を付け足して、遊真の質問を受けた。

 

前置きなどせず、遊真は、

「アマネって、トリオン過剰活性症候群?」

と、いきなり核心をつく質問をぶつけ、

「うん、そうだよ」

天音もごまかすことをせず、遊真の予想を肯定し、そのまま言葉を繋げた。

「……なんで、そう、思ったの?」

 

「アマネが、実質1人でブラックトリガーを倒したって聞いて、もしかしてと思った。普通のトリガーでブラックトリガーを倒せたとなると、よっぽど相性が良かったか、アマネが普通のトリガー以外の切り札を持ってたか、その2択だった」

 

「……それで、その結論に、なったんだ」

 

「これが1番それっぽい理由だったからさ」

 

「……そっか」

このやり取りで、2人の疑問は解消した。

 

だが、

「く、空閑……、なんだ、今のその……、トリオン過剰活性症候群って……」

修だけは現状を理解できず、遊真に向けて素直な疑問を口にした。

 

修の疑問には、当の本人である天音が答えた。

「三雲くん。結論から、言うとね……。私、そういう、病気なんだよ」

と。

 

「び、病気……!?」

 

「うん」

当たり前のように天音はそう言い、説明を始めた。

「んー……、すごく簡単に、言うと……」

 

天音は自身の心臓の隣……、見えない内臓と言われているトリオン器官のあたりにそっと手を当て、言葉を紡ぐ。

「私の、トリオン器官は、すごく調整下手、なの……。放って、おけば、使いきれない、くらいの量の、トリオンを、生成、し続ける」

 

話す天音の口調はいつものように淡々としてものであり、悪い言い方をすれば機械のようであった。

「それで、そのトリオンは、とても活発。そのまま、使うと、トリガーと、トリオン体を、狂わせて、変質させて、改変しちゃう、くらいに…。純粋に、性能面で見ると、強力、だけどね……」

 

まっすぐに修と遊真の目を見て、天音の説明は続いた。

「……普段は、薬と、トリオン体に、組み込んだ『アスターシステム』で、抑えてる、けど…。今回、ブラックトリガー、相手に、その抑えを、外したの……。勝てたのは、それが理由、だよ」

 

そこまで言った天音は、

「……んっと。三雲くん、何か、疑問、ある?」

と、小首を傾げて修に問いかけた。

 

疑問と言われて、修は素直に質問した。

「……いやその、疑問は沢山あるんだけど……。この病気は、身体にどういった害が起こるんだい?」

と。

 

害、と言われて、天音はどこまで言うべきか迷った。だが迷ったのはほんの一瞬だった。

「私の、場合は……。そのトリオンが、毒、みたいに、になって、軽い頭痛とか、目眩……。時々、発作みたいなの、起こって、内臓が、上手く働かなく、なったりとか、だけど……」

そこまで言った天音は、修に気付かれない程度に小さく遊真に視線を送った後、言葉を続けた。

「……でも、そんなに、酷くは、ならないよ。無茶しちゃうと、今回、みたく、寝込んだり、するくらいは、あるけど…。1日2日で、死んじゃうとか、そういうは、ないから、大丈夫だよ……」

と。

 

そんな天音の言葉を受けた修はひとまず納得したようで、

「そうか……」

と、小さく呟くように言った。

 

「どう?納得、できた?」

 

「あ、ああ、うん」

 

「そっか、よかった……。私、説明、下手だから、上手く伝わって、安心、した」

そう言って天音は、本当に小さく、注目していなければ気付かれない程度に苦笑した。

 

ひとまず修への説明が終わってようで、そのタイミングを見計らって遊真が天音に声をかけた。

「……んでさ、アマネ。質問に答える代わりに協力してほしいことってなに?」

 

「あ、うん。その前に、ちょっと確認、なんだけど…」

それは天音が質問に答える代わりにと出したら交換条件だった。天音は、ボーダー正隊員に支給される端末を取り出しながら遊真に尋ねた。

「遊真くんの、サイドエフェクトさ……。記録動画、からでも、ウソって、見抜ける?」

 

問いかけられた遊真は天音に近寄りながら、答える。

「程度によるけど、できなくはないよ」

 

そして天音にだけに聞こえる小声で、遊真は言った。

「……アマネ、悲しいウソつくね」

と。

 

*** *** ***

 

学校を堂々と抜け出した彩笑と月守は途中で真香とも合流し、天音が入院している病院に到着した。

平日の昼間という事もあり、制服姿の3人はとても目立つがそんなの気にすることなく、ここ1週間毎日通った病室めがけて急いで移動した。

 

だが、そこには天音の姿は無かった。病室に入った3人は、この部屋に天音がいないことを確認した。天音がいない代わりに書き置きのメモがあり、

「散歩してきます」

と、書かれていた。

 

それを見た真香がため息をつきながら言った。

「とりあえずフラフラ歩ける程度には元気みたいですね」

 

「どこ行くと思う?」

彩笑がメモの裏側も確認しつつ問いかけ、

「お腹すいたから購買部に行ったか、電波が使える中庭、それか空を眺めに屋上……、くらいじゃないの?」

月守が即答した。

 

日頃のクセなのだろう。情報が揃った真香と月守は効率良く探すためのプランを立て始めた。

「月守先輩、とりあえず分担で探しますか?」

 

「だね。ひとまず3人バラけて、そこに天音がいたらそのまま天音と待機して、いなかったらここの病室に戻ってくる。そうすれば……」

 

「戻ってこない人の所に、しーちゃんがいる事になりますね」

 

「そゆこと。彩笑、オッケー?」

 

「オッケー。じゃあ……」

探しに行くよ。そう彩笑が言いかけたその瞬間、

 

 

「あれ、今日、みんな、学校休み、ですか?」

 

 

と、この3人が今1番聞きたかった声が、病室の入り口の方から聞こえて来た。

3人とも反射的に入り口に目を向けた。するとそこには案の定、入院着姿の天音がキョトンとした様子で立っていた。

 

「神音ちゃん!」

「神音!」

「しーちゃん!」

 

それぞれが天音の名前を呼び、呼ばれた天音は軽く驚いた様子を見せつつ、何か言おうと口を開きかけた。だがそれよりも早く、彩笑と真香が天音をギュッと抱きしめた。

「ふわぁ!?」

今度こそ驚いて、そんな間の抜けた声を天音は発した。

 

驚く天音とは対照的に、抱きついた2人は嬉し涙を流していた。

「良かった……!目が覚めて、本当に良かった……!」

「ずっと起きないからぁ……!すっごくしんぱいしたんだから……!」

その2人の言葉を聞いて、天音は本当に心配をかけたのだと改めて自覚し、

「彩笑先輩、あの時、ワガママ言って、困らせて、心配もかけて、ごめんなさい」

「真香にも、迷惑、たくさん、かけたよね。ごめんね……」

それぞれに向けて、天音はそう言った。

 

天音を抱きしめる2人の後ろから月守が近寄り、手を伸ばして天音の頭を優しく撫でた。

「……とにかく、また会えて良かった……」

月守は安堵しきったような声で言い、

「……月守先輩、聞きました。最後まで、私の分まで、頑張ってもらって、ありがとう、ございました」

天音はそんな言葉を返した。

 

しばらくその体勢だったのだがやがて、

「……あの、真香、そろそろ、離れて、もらって、いい?」

遠慮がちに天音が言い、真香と彩笑が抱きしめていた手を離した。

「あ、ごめんね、しーちゃん。仮にも病人だもんね。苦しかった?」

 

「あ、うん。それも、ちょっとは、ある、けど……」

天音がそこまで言ったところで、

 

 

グゥゥゥ〜……

 

 

と、その天音のお腹からそんな音が鳴った。

 

それが聞こえ、思わずといった様子で真香と彩笑が軽く笑った。

「しーちゃん、お腹空いたの?」

真香が尋ねると天音は小声で、

「……ちょっと、だけ」

と、答えた。

 

「あはは、じゃあ、何か食べよっか?」

ここ1週間、他の誰よりも長くこの病室に見舞いに来ていた3人は病室の冷蔵庫の中を把握しており、彩笑が冷蔵庫から消化に良さそうなフルーツを取り出したが、月守が思い出したように口を開いた。

「あ、彩笑。この病院、あと1時間弱で昼食の時間になるよ」

 

「そうなの?」

 

「ここの元入院患者が言うから間違いない」

 

「むー。というかアレだよ。それ以前に、神音ちゃんは普通に食べても大丈夫?お医者さんから何か言われてる?」

彩笑が天音に問いかけると、

「あ、えっと……。とりあえず、お茶とか、スポーツドリンクなら、飲んでもいいって、言われ、ました」

思い出したようにそう答えた。

 

じゃあ、とりあえず何か飲もう。

 

そんな空気になった途端、3人が動いた。

「咲耶、ボクはココア」

 

「あ、私はオレンジかアップルジュースでお願いします」

 

「月守先輩、私は、スポーツドリンクで……」

彩笑、真香、天音の3人がさも当然のようにリクエストし、

「オッケー」

月守もそれを当然のように承った。

 

地木隊メンバーには暗黙のルールとして、

『作戦室のお菓子やジュースは各自が自由に補充する。ただし、緊急で必要になった場合は月守が買いに行く』

というルールが存在していた。

 

そして月守はそのルールに従い、4人分の飲み物を買うべく病室を出て購買部へと向かった。

 

*** *** ***

 

迷うことなく購買部にたどり着いた月守はリクエストされた飲み物を購入した。

(ココア、アップルジュース、スポーツドリンク2種類……。神音が飲まなかった方を俺が飲めばいいか……)

買い物袋に入った飲み物を確認して、天音の病室に向けて移動したその瞬間。

 

「だーれだ?」

 

月守の視界は背後から誰かの手で覆われ、そんな問いかけを受けた。

 

「…………」

正直、声と手の感触で誰なのかはすぐに分かった。だが相手はそれを制するように言葉を重ねた。

「あ、名前を直接言うのは禁止。君が思うワタシがどんな人なのかをひたすら言えばいい。合ってたらちょっとずつ手を離してあげるけど、間違ってたりワタシが気に食わない答えが飛んできたら逆に手に力を込めるからそのつもりでー」

 

何の茶番だ、と、言いたかったが月守はそれに乗った。

「えーと、まずはボーダー本部所属のエンジニア」

 

「ピンポーン」

相手の手の力が少し緩んだ。

 

「今回の戦いで、ブラックトリガーを倒した」

 

「あー、相手に回収されてサンプルにできなかったのが残念だなぁ……」

力が強くなった。これはダメだったのだと月守は認識した。

 

「……お酒大好き」

これは力が緩んだ。

 

「白衣が似合う美人さんって言われてる」

これも緩んだ。

 

「年齢不詳」

これはなぜか力が強まった。やはり女性に年齢の話はダメだと月守は学習した。

 

「今回の戦いで、一応論功行賞を貰った」

これは緩んだ。小声で、

「このお金で美味しいお酒が飲める」

と、呟いていた。

 

「エンジニアでもあるけど、医学も齧ってる」

「一応、医大生でもあったからねぇ……」

しみじみと言いながら、力は緩んだ。

 

「トリオンを医学分野に転用する研究を進めている」

「おお、いいね」

これも緩んだ。

 

ここで、あと一息だと思った月守は油断し、

「……婚期を逃しかけてる事を一応気にしてる」

半ばふざけて地雷を踏みにいった。

 

すると、

「生意気言うじゃないか」

両目を抉られるのでは?と思うほど手に強い力が込められた。

 

「ちょっ!痛い痛い!」

 

「いいかい咲耶。女性に向かって年齢と体重と結婚……、この3つは大抵が地雷だ。学習したかい?」

 

「学習しました!」

 

「ならよし」

そう言って月守の目にかけられていた力は消えて、視界が明るくなった。

案の定と言うべきか、そこにいたのは地木隊が非常にお世話になっているエンジニアの不知火だった。

 

やんわりと笑った不知火は、痛そうにまぶたの上から目をさする月守を見て言葉を投げかけた。

「制服ってことは……。天音ちゃんが目を覚ましたって知らせを聞いてサボってきたな?」

 

「居ても立っても居られなくて……」

 

「……ん、まあ、今回は多めに見よう。というかここで多め見ないと太刀川くんを取り締まらなきゃいけなくなるね」

ケラケラと笑う不知火につられ、月守も笑っていた。

 

2人はそのまま天音の病室に向けて移動しつつ、会話を続けた。

「咲耶から見た、復活後の天音ちゃんはどうだい?」

 

「んー、ちょっと痩せたかな……」

 

「1週間ほど点滴だったし、そりゃそうさ。内面的にはどうだい?」

 

「普段通り……、と言いたいんですけど。…あれ、何か隠してます」

月守の考察を受け、不知火は、

「というと?」

続きを促すようにそう合いの手を入れた。

 

考えられるのは、と、前置きを入れてから月守は不知火にしか聞こえない程度の声量で言った。

「病気の悪化……、ですかね」

 

その言葉を受けた不知火は、

「半分正解だ」

と、答えた。

 

(半分?)

月守は内心そう思いつつも不知火の言葉を待った。

 

「目が覚めてすぐに検査をしたよ。昏睡状態の段階からある程度は分かっていたが、やはり、あの子のトリオン過剰活性症候群は悪化していた。戦闘中に活性したトリオンがベイルアウトの後に大きな負担をかけて、内臓の機能が危うくなっていたよ」

 

「どの程度、悪化したんですか?」

問うべきか迷ったが、月守は質問せずにはいられなかった。

 

不知火は隠すことなく、答えた。

 

「この病気で怖いのは、トリオンがまるで毒のように作用して引き起こされる、内臓の機能不全だ。病気の進行に合わせて、その度合いがどんどん酷くなる……。今はまだ、軽くて、頻度の少ないもので済んでいるが、このままだと……、あと5年もしないうちに、致命的な発作が起こるね」

 

と。

 

宣告されたのは、決して長いとは言えない時間の命だった。

圧倒的な力を持つブラックトリガーと渡り合えるだけの力を、何の代価も無しに得るなど都合のいい話など無く、今回の戦いでやはり病状を天音は悪化させてしまっていた。

 

トリオン過剰活性症候群である15歳の天音に残された時間は、不知火の言葉を信じるならあと5年も無かった。

 

 

不知火の言葉を聞いた月守は、心の中に芽生えた不安を不知火にぶつけた。

「そう、ですか…。不知火さん、その……。疑うわけじゃないですけど……、本当に治せるんですか?」

 

「……正直、厳しいかな。事例が天音ちゃんしかないから、治療にかけられる情報と時間が少ない。最善は尽くすが、こうなると運が絡むね」

偽ることなく、不知火は現状を月守に伝えた。

 

 

 

不知火と地木隊の関係は、トリガーを作り出すエンジニアとトリガーを使う正隊員というものだ。

だがそれとは別に、医者と患者という、また別な側面での関係も彼らにはあったのだ。

 

 

現実を受け止めようとしている月守に、不知火は言葉を重ねた。

「あと、天音ちゃんの病気関連で伝えとくよ」

 

「なんですか……?」

 

「アスターについてだ」

不知火は月守の返事を待たずに説明を続けた。

「知っての通り、天音ちゃんの病気は放っておけば一気に悪化する。それを防ぐために、ワタシが開発したのがトリオン抑制システム『アスター』だ。まあ、命名は君だけどさ」

 

「一応、そうですが……。それで、アスターがどうしたんですか?」

 

「うん。今まではアスターの解除・起動権限は当の本人である天音ちゃんと、咲耶、そして隊長の地木ちゃんの3人に一任されていた。だが、今回の件を受けてその取り扱いに慎重になろうって意見が出た。まだ決定までは至ってないが、おそらく今後は取り扱いに忍田先ぱ…、忍田本部長の許可も絡むだろうね。まあ、これは今後正式に通達が届くよ」

 

「分かりました……」

月守がそう返事をしたところで、不知火はため息を吐いた。

「湿っぽくなっちゃったね」

 

「ですね。でも、教えてくれてありがとうございました」

 

「……余命宣告だっていうのに、君たちは同じ事を言うね」

 

「君たち?」

月守が首を傾げてそう言い、不知火はそれに言葉を続けた。

「……天音ちゃんだよ。まあ、その辺は本人から聞きなさいな」

 

そこまで言った不知火は、ググッと伸びをした。

「ワタシが言うべきことは伝えたし、そろそろ戻ろうかな」

 

「本部にですか?」

 

「そう。事後処理が多いし、午後からの記者会見にポン吉が出るから、その分ワタシに仕事が回ってきたんだよ」

そこまで言った不知火はため息を吐いた。

「というか、ポン吉から回された仕事の量が尋常じゃない。いや、多分この量であの人は平常なんだろうけど……」

 

ブツブツと呟く不知火を横目に月守が苦笑したところで、それぞれの行き先に向かってタイミング良く別れた。

 

別れ際、どちらかと言えばいつも笑っている月守の表情がほんの少しだけ歪んでいた。

だが不知火は、悲しげに笑う月守に気付かぬふりをして、その歩みを止めることをしなかった。




ここから後書きです。
どうも説明がくどくなるあたり、まだまだ未熟者です。精進いたします。



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第42話「紐解く意味」

天音の病気が発覚したのは、去年の5月末だった。

その時の地木隊は全てが上手くいっていたと断言できるほど順調であった。

 

元々チームメイトであり、高いレベルの連携を持つ彩笑と月守を軸として、急成長を続けるルーキーの天音の戦闘力が加わり、地木隊は結成からワンシーズンでA級入りを果たした。

 

そんなある日、防衛任務を終えた天音が、まるで糸の切れた人形のようにパタリと倒れた。

彩笑も月守も真香も、何が起こったか分からなかったが、みるみる顔色が悪くなる天音を見て医療班を呼び出した。最初は医療班も不知火も何が起こったか分からずなす術が無かったが、かつてネイバーフットに行ったことがある林藤がこの病状に見覚えがあった。

「これは、トリオン過剰活性症候群だな」

林藤はそう言うなりかつての記録を探し出し、それを基にして医療班と不知火が治療に当たり、病気の悪化を遅らせつつ一命を取り留めることに成功した。

 

一命を取り留めて意識が覚醒した天音は、メンバーに向かって申し訳なさそうに言った。

 

本当は、ちょっと前から違和感があったこと。

訓練室で個人練習している時、たまにトリガーの性質が変化したこと。

言おうにも、チームの空気を壊しそうで言えなかったこと。

この、楽しい時間をずっと過ごしていたかったこと。

 

そんなことを、天音はボロボロと泣きながら何度も何度も言った。

 

だから地木隊は決めた。

 

天音がそういう病気を持っていることは忘れない。だが、それを忘れてしまうくらいに楽しい毎日をみんなで過ごすことを。

現状では遅延が精一杯のこの病気を、何が何でも治療できるための手がかりを探し出すことを。

 

そしてこの日から、これが地木隊の活動方針となった。

 

*** *** ***

 

月守が天音の病室に戻ると、どうやら3人は仲良く会話をしていたようで、いつものような雰囲気が病室に漂っていた。

 

「咲耶おそーい」

開口一番に彩笑がそう言った。

 

「途中で不知火さんに会ったんだよ」

そう言いつつ、月守は彩笑にココアを渡し、真香にアップルジュースを渡した。

両手にスポーツドリンクを持って月守は尋ねた。

「神音、どっち飲む?」

 

「えっと、左の、方です」

月守は言われるまま左手に持った飲み物を差し出したが、

「あ、ごめんなさい、月守先輩。私から見て、です」

 

「ん、ああ。普通に考えればそうだよね」

天音の指摘を受けて、月守は右手の方の飲み物を天音に渡した。

 

それぞれが一口飲んだところで、彩笑が口を開いた。

「どこまで不知火さんから聞いた?」

と。

 

軽く驚いて月守はスポーツドリンクを吹き出しそうになるのを、なんとか堪えた。小さく咳をしてから言葉を発した。

「ストレートすぎる聞き方だな」

 

「うん。だってもう、咲耶が飲み物買いに行ってる間に、ボクらは神音ちゃんから全部聞いたもん」

 

「全部って……、病気の悪化とアスターについて?」

月守がそう言うと、なぜか3人に笑われた(天音だけはクスッとした小さな微笑みだった)。

 

「ちょっ……、なんで笑うんだよ……」

月守としては、暗い話題なのに笑われたのが理解できずにそう言ったのだが、

「ああ、ごめんごめん。不知火さん、咲耶にキツイ部分しか言わなかったんだなーって思ってさ」

 

「キツイ部分?」

 

「うん、そう」

彩笑はそう言い、ボーダー正隊員に支給されているタブレットを取り出した。しかも背面に地木隊のエンブレム付きのタイプだった。

「……何するの?」

月守が問いかけ、

「動画を見る」

と、彩笑が答えた。

 

何故に動画?と、月守は思ったがとりあえず彩笑の行動を見ていた。

 

テキパキと準備を済ませた彩笑は動画を再生した。タブレットの画面を4人で見る。月守は今さらだが、このタブレットは天音のものであったことに気付いた。

(彩笑、自分の使えばいいのに……)

どうでもいい事を思いつつも動画に意識を向けた。

 

そこに映し出されたのは、大規模侵攻でのとある戦闘だった。

「これ…、神音と、あのおじいさんの戦い?」

月守が問いかけると天音がそれを肯定した。

「はい。不知火さんに、お願いして、動画にして、もらいました。……アスターを、解除してから、の、戦いです。もう、終盤、です……」

 

天音が言うように、画面には彩笑が写っていないことから戦闘はアスター解除後であるのは判断できた。

 

天音の視点から見た映像と音声を記録として動画としたものであり、戦闘の激しさが伺えた。

月守には正直この高速戦闘を目で追うには少々厳しかった。当の本人である天音と、高速戦闘を常日頃からしている彩笑はケロッとした表情で見ているが、月守と同様に真香は目が追いつかない様子だ。

 

途中、両者が相打ちのような形で互いの手を斬り飛ばした。生身では無いとはいえ、トリオン体の戦闘に慣れていなければかなりショッキングな映像だった。

「真香、大丈夫?」

天音が呟くように言った。月守がそれにつられて真香に目を向けると、若干嫌な汗をかいていた。

元戦闘員であるとはいえ、経験が浅く戦線を退いて長い真香にとっては辛い映像だったが、

「うん、大丈夫。続けていいから」

それでも真香は気丈に答えた。

 

動画はそのまま続き、やがて両者の対話が始まった。

すると、

「あ、あの、地木隊長……、この辺は、その、飛ばしても、大丈夫、ですから……」

急に天音がどこか慌てた様子で彩笑に提案した。

 

それを聞いた月守は、

(雰囲気的に俺以外はこの動画見てるみたいだし、天音がそう言うなら飛ばしてもいいのかな)

ぼんやりとそう思った。

 

だが彩笑は、

「そう?むしろここ大事じゃない?」

楽しそうに、いたずらっ子のような笑みを浮かべて天音に向けて言った。

 

すると、

「や、だめです!ここは、飛ばしても、いいんです!」

と、天音にしては珍しく声を張り上げて意見を主張した。

 

すると彩笑は観念したのか、動画にミュートをかけて音声を消した。

その状態で彩笑はニヤリと笑い、月守に向けて、

「あ、咲耶。あとでこの動画送るから、ここ、ちゃんと見ておいてね。神音ちゃん、可愛いこと言ってるから」

と、言った。

 

「ん、ああ、わかった」

月守がそう返事をしたが、

「月守先輩!あの!見ちゃ、だめです!」

それに被せるように、何故か顔を若干赤くした天音が言い、月守の言葉を塗りつぶした。

いつもとは違う天音に気圧された月守は思わず、

「り、了解……」

そんな返事をした。

 

そんな慌てる天音をよそに、肝心の動画に動きがあった。ヴィザがオルガノンを構え、それに応えるように天音も動いた。

 

剣士同士の一騎打ちを思わせる対峙だが、そのヴィザの背後からトマホークが襲いかかる。

(ああ、俺が撃ったやつだ)

自身が撃った弾丸だと月守が認識したのとほぼ同時に天音の視界が大きく切り替わった。

「テレポーター?」

 

「はい」

月守が問いかけ、天音が即答した。

 

動画はさらに進み、戦闘後に両者が交わした会話が始まった。

ここにきて月守が呟いた。

「……で、この動画は結局何なの?」

 

「咲耶黙って。大事なのはここだから」

彩笑がそう言い、動画の音量を上げた。

 

天音の視界に映るヴィザのセリフが、響いた。

『……もし貴女が私との再戦を望むのであれば、まずはギアトロスという国に行くといいでしょう。少々見つけるのが困難な国ではありますが……、もし辿り着けたなら、必ずや貴女の救いになるものがございます……』

と。

 

彩笑はここで動画を止めた。

「そういうことだよ咲耶」

自信満々に彩笑がそう言い、

「もうちょい説明してくれ」

月守が詳細を説明するように頼んだ。

 

2人の会話のテンションは普段通りのものであることに真香は苦笑し、天音も心なしか和んでいた。

彩笑はそんな空気の中、説明を始めた。

「説明も何もヴィザおじいちゃんが言ってるじゃん?」

 

(ヴィザおじいちゃん?)

驚くほどフレンドリーな呼び方に月守は疑問を覚えつつも、月守は言葉を返した。

「確かに『ギアトロスって国に行けば治るかもしれない』みたいなニュアンスで言ってたよ。でもそもそも、なんでこの人は神音が病気だって見抜いたみたいな、ピンポイントな情報を言ってくれたの?」

 

月守の疑問には天音が答えた。

「あの……、この動画では、言ってない、ですけど……」

 

「ううん、それはこの動画でも言ってたよ?しーちゃんが恥ずかしがってミュートかけた部分」

 

「あれ?そう、だっけ?」

 

「あ、しーちゃん疑ってる?地木隊長、もう一回動画流しましょう」

 

「よしきた」

真香の意見に賛同して、いそいそと動画の準備にかかる彩笑を見て、

「あの!流さなくて、いいです、から!」

天音がやはり止めにかかった。

 

そのやり取りを見た月守は、

(一体どんな会話なんだろう……)

俄然、その部分の会話が気になってきた。

 

ひとまずそれは後回しにして、月守は会話の流れを戻した。

「まあ、それで?」

 

「あ、はい。その……、どうやら、ヴィザおじいちゃんは、昔に、私と同じ、病気の人と、戦ったことが、あるみたい、なんです」

 

「だからそのヴィザおじいちゃん?は、神音の病気を見抜けた……、ってこと?」

 

「おそらく……」

天音の説明を受けて、月守は仮にそうだと頭の中で仮定して話を進めることにした。

「うん。じゃあそうだとして。これはどのくらい信憑性があるの?」

 

 

 

月守はこの時、内心かなり疑わしい話だと思っていた。

というのも、月守は大規模侵攻の最中にレプリカに尋ねているのだ。

「ネイバーフットに、ここよりも医学が優れている国があるかどうか?」

と。

それに対してレプリカは、

『ない』

と、即答していた。

 

 

 

その前提があった上で、月守は信憑性があるかと質問した。

すると、これにも天音が答えた。

「この動画、遊真くんにも、見てもらい、ました。そしたら、遊真くん、『このじいさん、ウソは言ってないよ』って、言ってました」

 

「それってどういう……。ああ、サイドエフェクトか」

月守は言いながら遊真のサイドエフェクトを思い出した。

 

かつて月守は身をもって遊真の『嘘を見抜く』というサイドエフェクトを経験していた。

その遊真が、ウソをついていないと言った。信憑性をより確実にするかのように、真香が付け加えた。

「月守先輩、ついでになんですけど……。遊真くんとレプリカさんが提供してくれたネイバーフットの軌道配置図には、『ギアトロス』という国はありませんでした。私たちが、完全に把握していないネイバーフットの国という可能性……、とは、考えられませんか?」

 

「……なるほど」

そう言われて、月守はレプリカとの会話を更に思い出した。

確かにレプリカは月守が探しているような国は無いと答えた。だがそれより前に、

『私もネイバーフットの国を全て知っているというわけではない』

とも、言っていた。

 

 

 

それを思い出した月守は決心し、それを実現するために必要な事を口にした。

「……じゃあ、まずはA級に上がんないとな」

と。

 

その答えを聞き、3人の空気がはっきりと明るく変わった。

 

彩笑がクスッと笑って言った。

「遠征部隊に入って、ギアトロスって国に行こうってことだね」

 

月守は頷き、やんわりと笑って答える。

「うん。今ある情報の中じゃ、そのギアトロスって国に向かうのが、神音を救けるのに1番良さそうだから」

 

真香も小さく微笑んで意見を加える。

「ですね。行き先がランダムなネイバーフット遠征ですけど、行っちゃえばこっちのもんです。行き先で得られるであろう多少の自由を使いましょうか」

 

当たり前のように意見を固めていく3人を見て、天音は口を開いた。

「……みんな、その……。ごめん、なさい……」

 

なぜか謝罪の言葉を口にした天音を見て、彩笑が問いかける。

「なんで神音ちゃんが謝るのさ?」

 

伏し目がちにした天音が、いつも以上にか細い声で答える。

「だって、その……。私、みんなに、いつも迷惑、かけてます、よね?」

 

「迷惑?ねぇ、咲耶、真香ちゃん。そんなことあった?」

彩笑が2人に向けてそう問いかけると、

「全然」

 

「これっぽっちもないですー」

2人はニコニコと笑って答えた。

 

そんな2人を見て、天音はかぶりを振った。

「……そんなわけ、ないです」

 

すると彩笑は、穏やかに微笑み、それでいて天音の言葉を否定した。

「神音ちゃん。確かにボクたちは神音ちゃんの病気を治したいと思って、今、色々考えてる。でもね、ボクたちはそのことに関して迷惑だなんて、一切思ってないよ」

 

「でも……」

 

「じゃあさ、逆に……。もし咲耶が変な病気にかかったとしたら、神音ちゃんはどうしたい?」

 

「助けたいです」

半ば反射的に、理屈など抜きにして気持ちが先走り、天音は答えた。

 

「そういうことだよ、神音ちゃん」

彩笑は穏やかに微笑んで、天音へと言葉を続ける。

「今の神音ちゃんはさ、きっと理由とか、理屈とか抜きで、ただ純粋に『助けたい』っていう気持ちがあって、それが真っ先に口から出たよね」

 

彩笑は自然に天音の手を握りながら、その碧みがかった黒の瞳を見つめて、言葉を紡ぐ。

「理由なんて、いくらでも言える。でもそれより前に、ボクたちはみんな、そんな理由とか理屈抜きで神音ちゃんとまだまだ一緒にいたい。だから、助けたいんだよ」

 

そう言われた天音は、

「……はい。……あの、さっきの、訂正、します……。その、ごめんなさい、じゃ、なくて……。本当に、ありがとう、ございます……!」

嬉し涙を浮かべつつ、そう、答えた。

 

それを見た月守は思う。

(こういう所は、ほんと彩笑に敵わないな…)

 

彩笑はその人柄なのだろうが、言葉が相手にまっすぐに届く。自身の気持ちを偽らずに相手に届けることに関しては、月守は一生彩笑に敵わないと思っていた。

 

天音に気持ちを届けた彩笑は、ニコッと笑って宣言した。

「よし!これからのボクたち地木隊の目標を発表するよ!

まずはB級最下位としてスタートする来シーズンのランク戦を、できるだけ早く勝ち上がってA級入りすること!」

 

その宣言に月守が言葉を繋ぐ。

「A級入りの後は、遠征部隊になるための選抜試験を突破することだな」

 

補足するように真香が口を開く。

「B級トップの二宮隊に影浦隊に加えて、昇級試験でもある現A級との対決も難易度高いですよ」

 

だがそれに怯むことなく、天音が告げる。

「大変、だけど……。また、みんなでランク戦、できると、思ったら…、ちょっと、楽しみ、です」

 

地木隊4人の意思が固まったところで、彩笑が言う。

「じゃあ、改めて地木隊始動だ!」

 

全員が次の目標を定めたのと同時、

「天音さーん、お昼ご飯の時間ですよー」

病室のドアを開けて看護師さんがそう言い、天音の昼食となった。

 

*** *** ***

 

1週間も寝たきりで点滴生活だった天音の昼食はお粥だった。幸いにも胃腸にダメージはあまり無く、明日には普通の食事がとれるとのことだった。

 

彩笑、月守、真香は元々学校だったので自前のお弁当で昼食となった。途中で天音が、

(一口欲しい……)

というのを3人に目で訴えかけたが、事情が事情なので3人とも心を鬼にして、

「「「だめ」」」

ちゃんとそう言った。

 

「もうすぐボーダーの記者会見だねー」

彩笑がそんな事を言いながらテレビのチャンネルを変えていく。

 

「あの……、すごく今更な質問、いいですか?」

不意に、呟くように天音がそう言った。

 

「いいよー」

リモコンを置いて彩笑が言い、天音はちょっと躊躇った素振りを見せてから、質問を口にした。

 

「その……。私の、トリオンを、抑えてる、『アスターシステム』、なんですけど…。『アスター』って、どんな意味、で、名付けたん、ですか?」

と。

 

病室内の空気がほんの少し変わったのを察しつつも、天音は言葉を続けた。

「えっと……、不知火さんに、聞いたら、命名は地木隊の、誰かだからって、はぐらかされ、ました……」

 

その言葉を受け、彩笑と真香はあからさまに月守に視線を集めた。気まずそうで、ほんの少し困った表情をする月守を見て、天音は尋ねた。

「……月守先輩が、名付けたん、ですか?」

 

「んー、まあね」

苦笑しながら月守が肯定した。

 

基本的に、新しく開発されたトリガーは、その開発者に命名権がある。故に天音のためだけに作られた『アスター』も、開発した不知火に命名権があるのだが、どうやらそれに反して命名したのは月守のようであった。

 

その月守の瞳を見つめながら、天音は問いかけを重ねる。

「あの……。もし、良かったら、教えて、くれますか?」

小首を傾げて問われた月守は小さな声で、

「大したものじゃないけど」

と、前置きをしてから、名付けたときのエピソードを語った。

 

「不知火さんが作った時に言ってたんだ。

『このトリガーは、天音ちゃんのためだけにあるトリガーだ』

って。それで、

『どうせなら、天音ちゃんにとって特別な意味を持つ名前にしてあげたいね』

とも、言ってたんだ。でもまあ、その……。あの人、ネーミングセンスが壊滅的で……」

月守はそう言って冷や汗を浮かべた。

 

「……あの、もし、不知火さんが、命名してたら、どんな名前、だったんですか?」

興味本位で天音が尋ねたが、

 

「「「聞かない方がいいよ」」」

 

かなり真剣な表情で3人は声を合わせて、それを拒否した。

「は、はい……」

素直に天音はそれを諦め、月守は由来の説明を再開した。

「それで、まあ…。そんなわけで不知火さんに代わって色々考えた結果、『アスター』にしたんだ」

 

経緯を説明すると、月守は病室にあったメモ帳の1ページを破り、ペンを走らせた。

「アスター。スペルはA、S、T、E、R…。これ、ある国の言葉で、2つの意味があるんだ」

 

「2つの、意味、ですか?」

 

「うん」

やんわりと微笑んだ月守は、1つ目の意味から説明し始めた。

「1つ目が、『星』。…神音さ、俺たちの周りにいる人たちの苗字に、不思議な共通点があるのは気づいてた?」

 

月守に問いかけた天音は頷いた。

「水、金、地、火、木、土、天、海…、それと、月…。惑星と衛星、ですよね?ちょっと、欠けてます、けど…」

 

「そう。っていうか、気付いてたんだね」

月守がほんの少し意外そうに言うと、天音がどこか申し訳なさそうに口を開いた。

 

「あの、その……。前に、夕陽さんと、お話、した時が、あって……その時、聞いたんです。月守先輩は、地球より上に、衛星がいたら、ダメだから、彩笑先輩に、隊長を、任せてるんだ……、って」

 

すると今度は彩笑が笑った。

「でた!咲耶がボクに隊長任せてる下らない理由!」

 

「ちょっ、下らないは言い過ぎでしょ」

月守が抗議するも、

「いやだって……。実力とか適正とかなら分かるけど、名前が要因なのはちょっと、ねぇ……」

 

「珍しく地木隊長の意見がもっともです」

 

「実際、それを、話してくれた、時、夕陽さん、すごく、笑ってました」

残念ながら月守の意見は劣勢だった。

 

月守としては、

「彩笑は地球と木星の2つを持ってるから」

という意見もあったのだが、この空気では言っても通じないと諦めた。

 

わざとらしく咳払いをしてから、月守は口を開いた。

「まあ、とにかく……。1つ目が星なの。でも、どっちかと言えば2つ目の理由の方が本命の理由なんだ」

 

「2つ目の、理由、ですか?」

 

「うん。……1つ目の意味が星。それで、その星を思わせる形をしてるからって理由で、ある花のことを指してるんだ」

 

「花……。私でも、知ってるような、花、ですか?」

天音がそう言うと、月守は意味ありげに微笑み、

「知ってる。絶対に知ってるし、この部屋にもあるよ」

と、答えた。

 

「……え?」

この部屋にあると言われた天音はキョロキョロと部屋を見回す。しかしあるのは、土屋が飾っていった花しかない。

そして、お世辞にも花に詳しいとは言えない天音は見ただけで花々の名前を当てられる自信が無い。

 

それでも知ってる花があるかもしれないと思い天音は花を一輪一輪観察する。だがそんな天音を見て、

「あはは、しーちゃん。そんな所には無いよ〜」

楽しそうな声で真香がそう言った。

 

「え、でも……。他に花、なんて……」

無いよ?と言いかけながら天音が視線を花から外すと、

「本当に無い?」

彩笑が心底楽しそうな笑顔を見せつつ、タブレットの背面が天音に見えるように持っていた。

 

そこに描かれているのは、地木隊のエンブレム。

放射状に花弁が広がっている一輪の花。ただそれだけが描かれたシンプルなエンブレム。

 

そして、その花の名前を天音は知っていた。

 

まさか、と、思った天音の瞳は大きく見開かれる。

「あの、月守先輩……。その花の、花言葉とか、教えて、もらえますか……?」

すでに答えは分かったも同然だったが、天音は確認するかのように問いかけた。

 

「君のことを忘れない、だよ」

 

穏やかに微笑んだ月守が、当然のように答えた。

 

それを聞いた天音は、信じられないと言いたげな表情を見せた後、呟いた。

 

「私の、名前と、同じ響きの、花……、紫苑、ですね」

 

「正解」

 

月守が優しい声で神音を褒めるように言い、褒められた神音は、いつもの無表情の面影を全く感じさせない笑顔を見せた。

 

 

淡くとも可愛らしい、まさに花開いたかのような綺麗な笑顔だった。

 

 

とっくにボーダーの記者会見は始まっていたが、誰もすぐ気づかなかった。

ただ、紫苑の花をモデルにしたエンブレムを背面に描かれたタブレットだけが、まるでテレビ画面を見るように病室の棚に立てかけられていた。




ここから後書きです。

地木隊の今後の活動目標が定まりました。

後半の名前の部分は、いつかやりたいなーと、長々と構想していた部分でした。何人かまだ名前が足りませんが、書くタイミングを完全に失う前に書いちゃおうという気持ちで書きました。
ヴィザ戦での伏線も回収できたので、まあいいかなと。

多分、大規模侵攻編はあと1話か2話で終わります。

読んでくださる皆様には、本当に感謝です。


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第43話「求める未来のために欲するもの」

『ぼくはヒーローじゃない。誰もが納得するような結果は出せない。ただその時やるべきことを、後悔しないようにやるだけです』

テレビに映る修が、噓偽りなどない本心からの言葉を紡ぐ。

 

『反省の色が見えない』

『罪の意識はないのか』

 

記者たちの反感を買うが、修は毅然とした態度で答える。

 

取り返しに行くと。

責任など言われるまでもなく、当たり前のことだと。

 

*** *** ***

 

「三雲くん、随分思い切ったこと言ったね」

天音の病室で途中からだが記者会見を見た月守が、楽しそうな声でそう言った。

 

「そう、ですね。途中、根付さん、慌てて、ました」

ベットで上半身を起こした状態で、天音が月守に言葉を返した。

「あれ、完全に予想外だったんだろうな」

 

「だと、思います。たぶん、仕掛けたのは、唐沢さん、あたり、でしょうか?」

 

「唐沢さんか、迅さんかな。記者会見に出てた人は軒並み慌ててたし」

2人はゆったりとしたテンションで、そんな会話をしていた。

 

ちなみに、今病室にいるのはこの2人だけである。

記者会見が終わると同時に、

「面倒ごとの臭いがする……。緊急の隊長会議とかあるかもしれないから、ボクは本部に行くよ。あ、咲耶はしばらく病室に残っててね。これ、隊長命令だから」

彩笑がそう言い残して病室を出て行き、

「しーちゃんが寝てる1週間の間に溜まりに溜まった受験用の問題集持ってくるね。なので月守先輩、さっきみたいにしーちゃんがフラフラ散歩しに行かないように見張っててくださいね」

真香もそんな事を言い、病室を出て行った。

 

時々沈黙が混ざりつつも、2人はポツポツと会話を続けていた。

「神音、特級戦功の話は聞いた?」

 

「はい。ポイントは、ともかく……褒賞金は、びっくり、しました。使いきれなさそう、です……。みんな、どう使ってる、のかな……」

 

「えーっと……、とりあえず彩笑が作戦室にマッサージチェアを買い込もうとしてて、真香ちゃんはオペレート用のパソコンの設備投資を考えてるみたいだよ」

 

「2人とも、ちゃんとした、使い方、しますね」

感心したように天音が言い、そのまま質問を重ねた。

「月守先輩は、どうやって、使いますか?」

 

「俺?……んー、貯金かな」

困ったように笑いながら月守は答えたが、

「本当は、何に、使うん、ですか?」

天音は月守の嘘を見抜き、小首を傾げて再度問いかけた。

 

またもや嘘を見抜かれた月守は、小さなため息を吐いた後に誤魔化すことなく、正直に使い道を答えた。

「全額じゃないけど、一応寄付したよ」

と。

 

「寄付……、ですか?」

 

「うん。……第一次侵攻で家を壊されたりして、仮設住宅とか、ボーダーの支援を受けて生活してる人とか、まだいてさ。そんな人たちの助けになればと思って、寄付に回したよ」

ほんの少し気恥ずかしそうに月守は答えた。それを聞いた天音は、

「……あの、私も、寄付に、使いたい、です」

月守に同意するようにそう言った。

 

すると月守は苦笑いを浮かべつつ答えた。

「んー……。本当に使い道が無かったら、くらいでいいんじゃないかな。ほら、なんだかんだで高校入学の時ってお金かかるし、その辺に回したらどう?」

 

「あ、そうですね」

褒賞金の使い道の例をいくつか出された天音は、身の周りで必要であったり、欲しかったものがあったことを思い出していった。

 

どこか楽しそうに褒賞金の使い道を考え始めた天音に向かい、月守は質問した。

「ねぇ、神音。聞きたいことがあるんだけど、いい?」

 

「あ、はい。どうぞ」

答えてもらえるかは疑問だったが、月守は尋ねた。

「その……。なんでみんなはさ、俺が嘘ついたのをすぐに判断できるの?」

と。

 

すると天音はそれに答えようか少しだけ迷った素振りを見せたあと、

「……ほんとは、地木隊長と、真香から、口止め、されてました、けど」

と、小さな声で前置きをしてから「よいしょ」と言いながら態勢を動かして、月守に少しだけ身体を寄せ、囁くような声で答えた。

 

「月守先輩は、嘘ついたり、誤魔化したり……。多分、誰かを騙してる、って、自覚してる時、笑うんです」

 

「笑う?」

 

「はい」

天音は無表情を少しだけ崩して、ちょっとだけイタズラっぽく微笑んで答えを告げた。

 

「困ったみたいな笑顔に、なるんです」

 

問いかけに答えた天音は人差し指を自身の唇に当てて、

『ナイショですよ?』

声に出さずに、そう言った。

 

答えを聞けた月守は満足したのか、天音と同様に声には出さずに、

 

『了解。教えてくれて、ありがとね』

 

と、答えて、ほんの少し近寄った天音の頭に手を伸ばして優しく撫でた。

撫でられて無表情をほんの少しだけ崩した天音の口が、また声にならない声を発したように動いた。ただ、本当に小さな動きで月守は読み取れ無かったので気付かぬふりをしたが、

(神音、ほんのちょっとだけ笑ってるみたいだし、まあ、いいかな……)

月守はぼんやりとそう思った。

 

1週間分の課題を抱えた真香が戻ってくるまで、2人は話せなかった1週間分を補うかのように、楽しそうに会話を交わしていた。

 

*** *** ***

 

「たっちかっわさーん!」

ボーダー本部に到着した彩笑はとりあえず緊急で会議が無いことを知ると、元気よくA級1位部隊の作戦室に突撃した。

 

「うおっ!?……って、なんだ地木か」

アポ無しの登場でソファでくつろいでいた太刀川は一瞬驚いたが、それが彩笑だと分かると安堵の息を漏らした。

 

「ちょっともう、なんですかその反応ー」

彩笑はケラケラと笑って、自然と太刀川の向かい側のソファに座った。

 

「いや、とうとうサボりが忍田さんか風間さんにバレたのかと思ってな」

 

「いやー、サボってるのに作戦室にいちゃすぐに見つかりますよー」

 

「甘いな。作戦室にいれば大規模侵攻の時の書類を処理してるっていう言い訳がまだ使えるんだよ」

 

「その発想はなかったです!……って、あの、まだ書類終わってないんですか?ボクたち、速攻で終わりましたよ?」

 

「いや、俺だって頑張ったからもう終わってる。だが普段の俺たちなら、本来まだ終わってないんだ。だからこそこの言い訳が本当だと思わせられるんだ」

 

「な、なんと……。そこまで計算してサボるなんて、大学生は一味違いますね!」

自身に無い発想に驚く彩笑を見て太刀川はドヤ顔をして見せた。

 

「まあ、それはさておきだ……。地木、何でまたここに来たんだ?」

太刀川がそう尋ねると、彩笑はニコリと笑って答えた。

「あー、そうです!太刀川さんに用事があって来たんですよ!」

 

「用事……?」

 

「はい!というか、約束を忘れちゃいましたか?」

 

「約束……?あ!ランク戦か!」

 

「あはっ!さすが太刀川さん!バトル物に関しては抜群の記憶力ですね!」

彩笑はニコニコと笑いながらそう答えた。

 

2人が言っているのは、本部へのイルガー特攻を太刀川と天音が防いだ後の通信で交わした約束だった。太刀川が、

「ランク戦どう?」

と天音に誘い困っていたところに彩笑が、

「ランク戦ならボクがやりますよー」

そう言って代わりに引き受けたのであった。

 

忘れかけていた太刀川はそれを思い出し、俄然テンションが上がってきた。

「いやー、そうかそうか!そういえば約束してたな!」

 

「ここ1週間はちょっとできなかったんですけど、まだこの約束有効ですか?」

 

「問題無しだ。じゃあ、とりあえずブース行くか」

ソファから立ち上がり、ブースめがけて一歩踏み出した太刀川が、

「何本勝負にする?」

と、彩笑がから視線を外して問いかけた。

 

すると彩笑は、

 

 

 

「んー、そうですねぇ……。どっちかがぶっ倒れるまでの無限ラウンドとかどうですか?」

 

 

 

そう答えた。

 

サラリととんでもないことを口にした彩笑に驚いた太刀川は軽く笑いながら、

「オイオイ地木。さすがにそれは冗談……」

再び彩笑に視線を合わせて言いかけたが、その言葉が途中で止まった。

 

沈黙が訪れる前に、彩笑が口を開いた。

「あはは。冗談じゃなくて、割と本気ですよー?」

ゆっくりと立ち上がり、彩笑は言葉を繋ぐ。

「……太刀川さん。ボクたち、やることができたんです」

 

「やること?」

 

「はい。でもそれは、今のボクたちにはちょっと……いえ、かなり厳しいんです。太刀川隊に風間隊……、ボーダー精鋭部隊を倒さなきゃいけないので」

 

「遠征か」

 

「そうです」

事情をなんとなく飲み込めてきた太刀川は普段より真面目な態度で彩笑に接した。

「なるほど。それで実力アップを狙って、オレとランク戦って訳か」

 

「……ダメですか?」

 

「それ以前に、倒さなきゃいけない相手に鍛えてくれって頼むのはどうなんだ?」

太刀川の言葉に、彩笑はムッとした。太刀川の言うことはもっともであり、彩笑とてそれは考えていたからだ。考えた上での行動であり、太刀川ならそれでも戦ってくれると思っていた。

 

「わかりました。ならいいです。他、当たりますので」

そう言って彩笑は踵を返すように作戦室から出て行こうとした。

すでに頭の中には候補が何人もいる。

 

だが、

「おい、待て地木」

そんな彩笑の背中に向けて太刀川は声をかけた。

 

「なんですか?」

 

「まあ、確かに俺の言い方じゃ誤解を招くが勘違いするなよ」

言いかけた太刀川はニヤリと笑い、言葉を続けた。

「俺はなりふり構わず強くなろうとする心意気は嫌いじゃあ無い」

 

「……つまり?」

 

「ああ。地木の希望通り、どっちかがぶっ倒れるまで戦ろうや」

楽しそうな笑みを2人は浮かべ、作戦室を出てブースへと移動を始めた。

 

移動しながら、安堵した彩笑は口を開いた。

「てっきりダメかと思いましたー」

 

「そうだな。いつもの地木だったら、バトったとしてもここまでとことんやろうとは思わなかったろうな」

 

「なんでとことん付き合ってくれる気になったんですか?」

彩笑が問いかけると、太刀川は少し遠くを見て答えを告げた。

「……ぶっ倒れるまで闘うのが割と本気だと言った時の地木の目がな、ギラギラしてたんだよ」

 

「ぎ、ギラギラですか?」

 

「ああ。今よりもまだまだ未熟だったが、地木が1番おもしろかった時期……」

太刀川はそこで一旦言葉を区切り、一息入れてから言葉を再開した。

 

「地木と咲耶……。お前ら2人が、夕陽隊にいた頃と同じ目だったからな」

 

「……そうですか」

あの頃は確かにおもしろかった、と、彩笑は一瞬だけ回想した意識を現実に戻してブースに辿り着き、太刀川との特訓とでも言うべきランク戦を開始した。

 

 

 

 

なお、このランク戦を開始して30分ほどしたところで、2人とも学校をサボっているのがバレたため風間によるお説教があったのはまた別の話。

 

 

 

*** *** ***

 

「うー……」

天音は病室で唸っていた。体調が悪化したわけではなく、

「何回、やっても……、計算、合わない……」

月守と入れ替わる形で病室に戻ってきた真香が持ってきた1週間分の課題に対してだった。

 

「しーちゃんそこ計算ミス」

唸る天音の原因を真香は指摘して、天音は再び問題に取り掛かった。

 

カリカリカリ……

天音がペンを走らせる音と、

ペラ……ペラ……

真香が本のページを捲る音が、静かな病室に響く。

 

しばらくお互いに何も言わなかったが、それを天音が破った。

「ねぇ、真香……」

 

「うん?なに?」

 

「私たち、遠征に、行けると、思う……?」

 

「今のままじゃ、多分無理」

天音の問いかけを真香は即座に否定した。すると、

「……やっぱり?」

その答えがあらかじめ分かっていたかのように、天音がそう言った。

 

真香は本に目線を落としたまま言葉をつなげる。

「まだランク戦が始まってないからなんとも言えないけど……。今の私たちならB級中位あたりならまだ行ける。上位もそこそこまでは行けると思う。でも、今のB級2トップは厳しい。当然、A級もだし、遠征部隊に入ろうとしたら太刀川隊、冬島隊、風間隊に並ぶってことだから、厳しいなんてものじゃないよ」

 

淡々とした口調で真香は言うが、冷静な現状判断だった。

 

かつて地木隊はA級入りはしたが、当時のB級上位には二宮隊や影浦隊のような実力が飛び抜けた部隊はおらず、ほぼ横並びの状態で地木隊は勢いと成長速度という未知数の要素をフルに生かしてB級トップに上り詰めた。A級昇格試験であるA級部隊との戦闘も、十分に対策を練ってその戦闘に照準を合わせてなんとか突破した、という状況だった。

 

事実として当時のことは自他共に、あの時は奇跡だと思っていた。

 

(あの時と今では状況が違いすぎる)

真香はそう思っていたし、多分、この病室で今後A級を目指すと言った時も全員心の中で差があれども、その目標を達成するのが困難であるのは自覚していたと真香は思っていた。

 

真香の言葉を受けて天音は沈黙した。

(しまった……)

そんな天音を見て、真香は内心焦った。この先を見据えた現状の壁は天音の命と直結してるとまではいかなくとも、それを大きく左右するものではある。無自覚のうちに真香は天音に対して残酷なことを言ってしまったと思った。

 

「真香」

 

「う、うん、なに?」

天音はまっすぐに真香を見据えて頼み事をした。

「私が、退院したら、教えてほしいこと、あるんだけど……」

 

「教える?なにを?」

その碧みがかった黒の瞳で真香を捉えた天音は、

 

「……スナイパーの、戦い方を、教えてほしい」

 

と、言った。

 

天音の言葉に、真香は目を丸くした。

「スナイパーに転向って、わけじゃないよね?パーフェクトオールラウンダー目指すってこと?」

確認するように言うと、天音は小さく、それでいて躊躇いなく頷いた。

「うん……。その、射程が伸びれば、戦術の幅、広がる、から」

 

見据える瞳や頷く動作からは迷いは一切なく、

(それができるって、確信に近い自信があるんだろうな……)

真香は天音のそんな心の内を読み取った。

 

ニコッと笑い、真香は答えた。

「うん、いいよ」

 

「ほ、ほんと?」

 

「でもしーちゃん。今やってるシュータースタイルはもうオッケーもらったの?」

 

「うん。月守先輩に、この前、一人前認定、もらったよ」

 

「えー本当?月守先輩甘くない?」

 

「メテオラ、だけ……だけど……」

わざとらしく視線を逸らして、天音はそう言った。

 

どこか、イタズラのバレた子供を思わせる天音の姿を見て、真香はクスッと笑った。

「ちゃんと他のもオッケー貰いなさい。もうちょっとシュータースタイルを物にしたら、スナイパーの戦い方を私が教えてあげる」

 

「うー……。目安、どのくらい?」

 

「月守先輩くらいにバイパー使えるようになったらとか、どう?」

 

「それは、無理。真香、月守先輩の、バイパーの、弾道設定方法、知ってて、それ言ってる、よね?」

 

「うん。状況によって事前設定とリアルタイム設定の使い分けでしょ?」

サラリと言うが、そんな真香を天音は一瞬だけジト目で見て、言葉を続けた。

「月守先輩の、記憶してる、弾道パターン、どのくらいあるか、知ってる?」

 

「え、それは知らないけど……。どのくらい?」

 

「普段、よく使うのは、20パターン、くらいだけど……。パターンだけ、なら、軽く100は、超えてる、よ」

 

「それほんと?」

頷く天音を見て、真香はそれが嘘ではないことを理解した。ほんの少し冷や汗を浮かべつつ、条件を提示する。

「ま、まあ、他のアステロイドとかハウンドとかもシュータースタイルで十分扱えるようになったらってことで……」

 

「ん。分かった」

やくそくだから、と、天音は呟くように言ってから勉強へと戻っていった。

 

天音の横顔を見つつ、真香はぼんやりと考える。

(射程が伸びれば戦術の幅が広がる。だからパーフェクトオールラウンダー目指そうって発想が出るのは分かるけど……。どれだけ難しいことをやろうとしてるか理解した上で言ってるんだろうなぁ)

手元にある本のページをめくりつつ、真香の思考は続く。

(入隊時に全トリガーで適正有りって言われたり、その日初めて持った弧月でバムスターを実質2秒で倒したり……。たぶん、天才ってこういうことなんだろうなぁ)

本の重要部分にマーカーを引き、その内容に自分なりの考察を真香は書き加える。

(月守先輩も、バイパーの弾道パターン100以上とか……。さすが元A級の夕陽隊だけあって、いい具合に変態です)

真香は月守のことを『変態』と称した。しかしこれは、主にスナイパー界隈で高い狙撃能力を持ってして、針の穴を通すような精密射撃や空中を飛び交う弾丸を撃ち墜としたりするといった芸当を発揮する人たちに対する1種の褒め言葉である。

 

そして真香が今読んでいるのは、その『変態』と呼ばれる人物の1人である東からお薦めされた、戦術に関して記載された本だった。

内容は中学生には少々難しいものもあるが、そこは他の本と組み合わせたり、根気よく繰り返し読んだり、先輩に教えを請うなどして、真香は理解を進めていた。

 

真香は今回の大規模侵攻を終えて、自身のオペレーターとしての未熟さを知った。戦場にいる戦闘員に満足な情報支援ができたとは到底思えず、歯がゆい思いをした。

経験不足と言われればそれまでかもしれない。だが、それで済ませてしまうと、経験さえ積めば、時間さえあれば自然と結果がついて来てしまうことになる。

 

(でもそんなのおかしい。技能や知識を身に付けようとしないのについて来た結果なんて紛れでしかない。私はそんなの認めない)

 

真香はそう思い、今の自分に足りない知識を吸収することにした。

役に立つかは分からない。でも、役に立つべき時に助けられないのは、もう嫌だった。

 

現状、地木隊は真香と月守が隊長である彩笑に策を提案して、そこから彩笑が策を選ぶという方法である。

(もっと戦況に合わせた策を練られるようにならないと……。せめて、戦闘員と策士を両立させてる月守先輩の負担を減らして、戦闘に集中してもらえるようになれば……)

と、真香がそこまで考えた所で思考が横道に逸れて、ある疑問が生まれた。

 

そしてそれを、天音に問いかけた。

「あ、ところでしーちゃん」

 

「ん、なに?」

問題を解きながら天音は声を返し、

 

「月守先輩と2人っきりになってどうだった?」

 

真香はそこへストレートに話題を投げ込んだ。

 

すると、

パキッ!!

と、天音の持っていたシャーペンの芯が勢い良く折れ、

「ま、まな、真香……!ど、どど、どうって、どういう、こと……!?」

天音は目に見えて動揺した。

 

(あ、これは良いことあったかな?)

ニヤニヤと笑いながら真香は天音の言葉に答える。

「えー?いやだから、私と地木隊長でわざわざしーちゃんと月守先輩を病室で2人っきりにしてあげたけど、どうなったかなー?ってことだけど?」

 

「あ、あれ、狙って、やってた、の?」

 

「うん。まあ、それはさておき。その様子だと良いことあったみたいだねー、しーちゃん?」

教えなさい、と言いたげな表情で真香は天音に詰め寄る。

「べ、べつに、なにもなかった、よ?」

 

「ほーんーとーにー?」

 

「な、なかった……、もん……」

 

「言わなかったら、しーちゃんのうたた寝写真コレクションを月守先輩に送るよ?」

 

「い、言うから、送らないで!」

観念した天音は、落ち着くために数回意図的に呼吸してから口を開いた。

「その、ちょっと、お話、して……」

 

「うん」

 

「そしたら、その……なんで、そうなったのかは、省略する、けど……」

 

「うんうん」

 

少しタメを作ってから、天音は小さく、本当に小さく笑って言った。

「月守先輩に、頭、撫でて、もらえたよ……」

と。

 

それを聞いた真香は、

「うんうんうん。それで?」

続きを聞こうとした。

 

だが天音はキョトンとして、

「……え?それくらい、だよ?あとは、いつもみたいに、お話してたら、真香、来たけど……」

と言って報告を終えた。

 

「…………………」

 

「…………………」

 

長い沈黙を挟み、

 

「頭撫で撫ではいつもしてもらってるでしょう!?」

 

真香はそう突っ込みを入れ、そのまま言葉を続けた。

「そもそもしーちゃん!私たちが病室に入った時にもう撫で撫でしてもらってたじゃん!?」

 

「そ、そうだけど……。1日に、2回も撫でて、もらえるなんて、あんまり、ないから……。それに、2回目は、1回目より、12秒も長く、撫でてもらえたよ」

表情の変化こそ小さいが、嬉しそうを通り越して幸せそうに微笑んでみせる天音を見て、真香は少し話題を変えた。

「他にもいろいろできることあったでしょうに……」

 

「……例えば?」

 

「んー……2人とも種類は違っても飲み物スポーツドリンクだったんだし、飲み物置いてるテーブル一緒だったでしょ?さりげなくペットボトルを隣同士に置いてからお話して、うっかり取り間違えたって装って間接キス狙うとか……。

あとは、病み上がりっていうのを利用して、起きるの久々だから疲れたって見せかけてベットに横になって先輩の反応見るとか、もしくは先輩にもたれかかるとか……」

 

「真香、そういうの、考えるの得意、だよね……」

 

「そう?しーちゃんは苦手?」

 

「んー、苦手、というか……」

天音は小首を傾げつつ、答える。

 

「月守先輩の、そばに、いると……。それだけで、嬉しくて、幸せ、だから、そこまで、考え、回らない……かな?」

 

と。

 

そんな天音を見て、真香は呟くように、

「ピュアだなぁ……」

それでいて羨ましそうに、そう言った。

 

しばらく2人は自分がするべきことなど忘れて、どこにでもいるような中学生らしい、楽しげな雰囲気でお喋りをしていた。

 

 

 

*** *** ***

 

 

 

清々しいほどの青空を病院の中庭ベンチに座って月守は見上げて、ため息を吐いた。

「遠征部隊、か……」

 

それは先ほど、天音の病室で定められた地木隊の今後の目標だった。

 

実のところ、月守は過程はどうあれA級入りは可能であると踏んでいる。

かつて地木隊がA級に上がったのもそうだが、それ以前に所属していた部隊でもA級だった経験を持つ月守は、A級入りをそこまで悲観していない。

問題はその先の遠征部隊入りだ。遠征部隊入りの経験を持たない月守は、それが途方もなく高い壁のように思えた。

 

その壁を乗り越えるためにはどうするべきか、月守は考える。

(実力、経験、戦術眼、部隊単位の練度…。足りないものは色々あるけど、一朝一夕に済むものは1つもない。それを補うには……)

足りないものを補うためにはどうすればいいか。

 

そう考えた時、月守の手は自然とスマートフォンを取り出していた。

(あの人……、病院の中にいたら電話通じないけど、院外のリハビリ施設にいるなら電波通じるはず……)

相談してどうにかなるようなものでも無いとは思いつつ、月守はスマートフォンを操作した。

 

連絡先から『柾さん(マサキサン)』という人物を選んで、コールする。

 

ワンコールもしないうちに電話が通じた。

『そろそろ電話かけて来る頃だと思ったぜ』

電話に出たのは、月守よりも低い青年の声だった。

 

ため息を挟んで月守は電話の声に答える。

「適当なこと言わないでくださいよ。どうせリハビリの休憩時間にスマホいじってたら、たまたま俺から電話が来たとかそんなオチでしょう?」

 

『お前何で分かるの?エスパー?』

 

「伊達にあなたの相方務めてたワケじゃないってことですよ」

 

『見舞いに来てくれない奴なんて相方じゃねーやい、この腹黒シューターめ』

 

「元相方に訂正します、怪物レイガスター」

月守はバッサリ切り捨てるように言い、小さく笑った。そして、電話の相手もつられるように笑っていた。

 

互いの笑いが収まったところで、電話の相手が会話を再開させた。

『まあ、その口ぶりを聞く分には元気そうだな、咲耶』

 

「まあ、元気ですよ柾さん……、いえ、夕陽隊長」

わざわざ名前を言い直された夕陽柾は、月守には見えていないのが分かりつつもニヤリと笑った。

 

『……お前がオレの事を隊長呼びするってことは、なんか相談とか頼み事がある時だよな』

 

「ええまあ……。正直、相談して解決するようなものでも無いですけど、一応……」

 

『いいぜ、聞くだけ聞いてやる。とりあえず、こっちに来い。話はそれからだ』

電話口の夕陽が言ったと同時に、

 

ゴツンっ!

 

と、何か鈍い音が聞こえ、それに続いてスマホが落ちる音が聞こえてきた。

「ま、柾さん?何がありましたか?」

月守がそう問いかけるより早く、

 

『こっの怠け者!つっきーちゃん動かさないでマー坊がつっきーちゃんの方に行けばいいじゃない!』

 

『ああ!?咲耶がどこにいるか分かんねーのに、そんなことできるか!つかシロ!お前病人の頭ど突くなんて正気か!?』

 

『そんだけ元気に叫べる奴を気づかう必要無しっ!!マー坊が動け!』

 

『ふざけんなっ!つか、マー坊言うなっ!』

電話口の夕陽と言い争う女性の声が聞こえてきた。

 

しばらく言い争う声が続き、そしてそれが止む気配が無かったので月守は電話を切った。

「相変わらず、柾さんと白金先輩は仲良いな」

月守は口元に小さな笑みを作りつつ、2人へとメールを打った。

 

『こちらから向かいます』

 

ゆっくりとベンチから立ち上がり、月守は歩き出した。

 

目的地であるリハビリ施設へと足は向かい、口からは頭で思ってたことが自然と漏れて出た。

 

「これで彩笑もいたら、夕陽隊全員集合だったな」

 

その言葉は誰にも聞こえることなく、青空へと吸い込まれるように消えていった。




ここから後書きです。

一応、ここで「ASTERs」における大規模侵攻編は終了です。

活動報告の方にもコメントを書いているので、そちらの方も見ていただければ幸いです。

本編関係ないのですが、ワールドトリガーアニメ最終話での修特訓後の木虎のセリフがツボでした。朝から笑いました。


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番外編【三門市立第一高等学校文化祭】
文化祭午前の部


大規模侵攻で戦闘シーンが多く、かつラストでは重めな話になったので、お口直し的な番外編です。

基本的には地木隊が三門市立第一高等学校の文化祭を回るだけです。

※注意※
文化祭テンションということで、数名ほどテンションが高いです。テンションが高くなくとも「あれ?こんな人だっけ?」という違和感を抱く可能性があります。ご了承ください。

それではどうぞ。



「2人とも今週の日曜日はヒマかな?」

 

夏が終わり過ごしやすい秋らしい天気が続いたある日、地木隊作戦室で休憩していた天音と真香に向かい彩笑はそう尋ねた。

 

「ひま、ですよ」

「私もです」

2人の日程を確認した彩笑は「もしよかったらなんだけど」と、前置きをしてから本題を切り出した。

 

「ボクたちの学校の文化祭に、遊びに来ない?」

 

と。

 

それを聞いた2人は思い出した。

ここ数日、一部の高校生隊員が防衛任務の他にも忙しそうに何かの準備をしていたのだ。詳細は教えてくれなかったが、どうやらそれは文化祭の準備であったようだ。

 

2人に彩笑の誘いを断る理由など無く、

「行きたい、です」

「行きます」

ほぼ即答で参加の意思を示した。

 

そしてあらかじめその答えが分かっていたかのように、彩笑は文化祭のパンフレットを2人に渡して、

「じゃ、ボクは最後の仕上げに行ってくるから!」

そう言い残して作戦室を後にした。

 

*** *** ***

 

文化祭当日も、気持ちの良い秋晴れだった。

「しーちゃんごめーん!遅くなっちゃった!」

 

「あ、真香」

待ち合わせである高校近くのバス停で、どこか居心地悪そうにベンチに座っていた天音のもとに、待ち合わせ時間ギリギリになって真香が姿を見せた。

 

ゆったりとしたチノパンに、淡い青と白のボーダー柄の細めのトップスという私服姿の真香は軽く息を整えつつ、天音に声をかける。

「やー、ごめんね。ちょっと家出るときにバタバタしちゃってさ」

 

「ううん、大丈夫。私も、ほんとに、ついさっき、来たから」

ショートパンツに淡い白色のシャツに合わせてロングカーディガンを羽織るように着た私服の天音は、いつものように無表情でそう答えた。

 

「……もう、行く?」

 

「んー、そだね。行こっか」

2人は歩いて数分先にある三門市立第一高校に向けて移動を始めた。

 

周りには同じ行き先だと思われる人達が何人もいた。中には知り合いもちらほら見つけることができた。

「あ!奈良坂先輩!」

真香が見つけたのは、三輪隊のスナイパーである奈良坂透だった。

「和水。それと天音もか」

 

「どうもこんにちは」

「どうも、です……」

天音はともかくとして、真香は元スナイパーであり奈良坂とも交流があったため声をかけた。

「奈良坂先輩も、文化祭に遊びに来たんですか?」

 

「ああ。陽介の奴が来てくれってしつこくてな。あとで章平も来る予定だ」

 

「三輪隊も仲良しですねー」

真香はニコニコと笑ってそう言い、言葉を続けた。

「ところで奈良坂先輩、ちょっとお願いがあるんですけどいいですか?」

 

「なんだ?」

 

「そのー……、できればこのまま高校の中に入るまで一緒に行ってもらってもいいですか?多分、しーちゃん目当てだと思いますけど、よろしくない視線が集まってるので」

 

「……なるほどな。さっきからの違和感はこれか」

奈良坂は言われてから、先ほどから感じる奇妙な視線の正体に気づいた。意識してみれば、確かに付近の男どもからの不躾な視線があることが嫌でも分かった。

 

奈良坂は1つため息を吐いた。

「ボーダー内ならこんな事はあまりないのにな」

 

「本当です。威嚇がてらにアイビスの1つでも出せればいいんですけどね」

割と物騒なことをサラリと言った真香を横目で見つつ、諌めるように言った。

「和水、冗談でも一般人にトリガーを向けるなんて発想はするな」

 

「すみません。……ちょっとカッとなりました」

 

「分かればいい。……高校の敷地に入るまででいいのか?」

 

「え、ああ、はい。入ってすぐの所で地木隊長たちと待ち合わせてるので……あの、一緒に行ってくれるんですか?」

 

「行き先は同じなんだ。むしろ行かない理由が無いだろう?」

あっさりと要望を承諾し、真香は小さく微笑んだ。そんな真香を見て、奈良坂は控えめに付け加えるように言った。

「あと、和水。余計なおせっかいかもしれないが、この視線の先には和水も含まれてるんじゃないのか?」

と。

 

真香はその言葉の意味を図りかねて数回ほど瞬きをした後に、

「……奈良坂先輩はそういう事言っても違和感無いのが凄いですね」

と、年相応の笑顔を見せて答えた。

 

 

 

そうこう会話している間に3人は目的地にたどり着き、高校の敷地へと足を踏み入れた。入ってすぐの場所に受け付けのテントが設けられており、そこにいる知り合いを見て3人は軽く驚いた。

 

「当真さん?」

「国近先輩?」

「あ、今先輩、こんにちは」

 

そこにいたのは、奈良坂を超える実力を持つスナイパー当真勇、A級1位部隊のオペレーターの国近柚宇、ボーダー支部鈴鳴第一のオペレーターである今結花の3人だった。

 

「おー、奈良坂じゃんか」

「なごっちゃん、おはよ〜」

「天音ちゃん、こんにちは」

 

3人はそれぞれ奈良坂たちに挨拶を返した。

奈良坂が当真に向かって声をかける。

「…当真さんが真面目に受け付けの仕事やってるなんて、なんか意外です」

 

「いやー、オレら普段は防衛任務で準備には満足に参加できねーだろ?だから正隊員は軒並み当日労働なんだよ」

するとそれに付け加えるように国近が口を開いた。

「そーなんだよー。で、普段学校をサボりがちな当真くんとー、授業中居眠りしがちな私が、ちゃんと参加してるのが分かるようにってー、受け付けを任されたのー」

そして結花が苦笑しつつ、

「それでまあ、私が2人の監視役ね」

補足するようにそう言った。

 

それを聞いて奈良坂たち3人は納得した。

 

当真は普段のスナイパーの訓練でも独自でユニークなルールを設けて参加するほどの自由人であり、お世辞にも真面目とは言えない。

国近もオペレーターとしては非常に優秀ではあるが、学業面ではボーダー業務や趣味に時間を割き過ぎる故か、少々心もとない。

そんな2人の学校生活をサポートしている結花がこの配置となれば、確かに2人はサボらずに受け付け業務をするだろう。

 

事実、当真は受け付け業務を開始した。

「んじゃまあ、3人ともパンフレットとか持ってきてるか?」

 

「ああ、これですね」

「私もですよー、当真先輩」

「私も、あります」

 

「おし。ならオッケー。別にそれ無くても入れるけど、持ってると割引とかサービスしてくれるところもあるらしいから無くすなよ?」

 

そして当真と同様に、国近もアドバイスをした。

「あとねー、奈良坂くん。1ーCで射的やってるけど、ボーダーの現役スナイパーは問答無用で出禁だよー。それから射撃トリガー6000ポイント以上には弾数制限かかってるから、天音ちゃんも気をつけてねー」

 

ありがたいアドバイスを受けた奈良坂と天音は、

「「了解です」」

と、声を揃えて言った。

 

2人がサボらず仕事をしたのを見た結花は、

「まあとにかく……。3人とも、文化祭楽しんでね」

にこやかにそう言って3人を文化祭へと送り出した。

 

 

3人が文化祭の雑多に足を踏み込んで少ししたところで、

「真香ちゃん見つけたー!」

人混みに紛れ込んだ彩笑が真香の背後からしがみつくようにして現れた。

真香は一瞬驚きつつも彩笑のテンションに合わせて対応した。

「あはは、見つかっちゃいましたー」

 

「真香ちゃんは人混みでも見つけやすいね!」

 

「地木隊長が探すの上手いんですよー」

ニコニコしながら2人は会話し、それとは別に、

「神音も見っけ」

 

「あ、月守先輩」

彩笑と行動を共にしていた月守も天音を見つけて声をかけた。

軽く天音に挨拶をした月守は、そばにいた奈良坂を見た。

「奈良坂先輩も、こんにちは」

 

「ああ。久しぶりだな、月守。……ところで、地木はオフだとこんな感じなのか?」

奈良坂は普段よりも若干テンションが高い彩笑を指差しながら尋ねた。

「んー、多分文化祭で舞い上がってるんだと思います。普段はもうちょっと抑えめです」

 

「そうか……。楽しいもんな、文化祭」

 

「はい。奈良坂先輩は米屋先輩たちに呼ばれたんですか?」

 

「まあな。あいつらのクラス、どんな事をやってるんだ?」

 

「えーっと確か、2ーBはお化け屋敷です。昨日の一高生だけの文化祭で、それなりに好評でしたよ」

それを聞いた奈良坂は小さく笑い、

「ほう。それは楽しみだな」

そう言い残して早速2ーB目指して歩き出した。

 

移動し始めた奈良坂に気づき、その背中に向けて真香が声をかけた

「奈良坂先輩!ありがとうございました!」

お礼を言われた奈良坂は振り返らず、右手を振ってそれに答えて人混みの中へと消えて行った。

 

 

 

彩笑のテンションがひと段落した所で、地木隊の文化祭攻略会議が始まった。

「さてと……。とりあえず適当に回る?」

彩笑がニコニコしながら提案し、

「そだね。知り合いのところを見つつ適当に行こっか」

月守がそれに賛成した。

 

ここで、天音が2人の顔を見つつ控えめに質問した。

「あの……。地木隊長と、月守先輩は、クラスの、出し物とか、無いん、ですか?」

それに真香も同意のようで、

「そうですよ。お2人とも、ずっと居られるわけじゃなくてクラスの出し物のシフトとかありますよね?」

と、尋ねた。

 

すると質問された2人は意味深に笑い、彩笑が答えた。

「んー、基本的には大丈夫だよ。ボクら、今日は文化祭を回るのが仕事だしさ」

と。

 

「……?どういう、こと、ですか?」

その言い方が引っかかり、天音がさらに質問を重ねた。

2つめの疑問には月守が答えた。

「俺たちのクラス、出し物がケードロなんだよ」

と。

 

「「ケードロ?」」

 

中学生2人が声を揃えて月守の言葉を反復した。

それを見て月守は、やんわりと微笑んで説明をした。

「そ、ケードロ。もしくはドロケー。俺らのクラスがやるのはそれを基本にした出し物なんだ。簡単に言うと、Aクラスの教室を刑務所に見立てて参加者がケーサツ役。Aクラスの生徒がドロボー役というか犯罪者役で、その刑務所から脱走したって設定。ケーサツは文化祭を自由に満喫してるドロボーを見つけ出して刑務所に連れ戻すってルールね」

彩笑が月守の言葉に続けて説明する。

「ケーサツはドロボーの人相書きと逮捕状と手錠を渡されて、それを頼りに文化祭を満喫してるドロボーを見つけて手錠をかければオッケー。その時点でドロボーは大人しく刑務所であるAクラスに戻って、ケーサツは豪華賞品がもらえるんたけど……。つまり!見つからない限りドロボーは文化祭を楽しんでいいの!」

ニコニコとして彩笑はそう言い切った。

 

説明を受けた真香は再度質問した。

「それ、よく出し物として認可されましたね」

ストレートな言葉に月守は苦笑した。

「俺たちのクラス貧乏くじ引いちゃって、文化祭の会場設営も任されててさ。だから多少無理な提案でも押し通せたんだよー」

月守がそこまで言った所で、彩笑が一度手を叩いた。

 

「まっ!細かい事は気にしない気にしない!文化祭、楽しもうよっ!」

 

いつも以上に楽しそうな笑顔で彩笑が言い、地木隊の文化祭巡りが幕を開けた。

 

*** *** ***

 

「お好み焼きはどうですか?3ーCの」

3年Cクラスの教室の外では、特徴的な話し方の人物がメガホン片手にクラスの宣伝していた。

「焼きそばもあります、色んな味の」

それは狙撃に特化した荒船隊所属である倒置法スナイパーの穂刈篤だった。

 

穂刈は真面目に宣伝をしているが、時間帯がまだ早いためか成果が今ひとつだった。

(難しいな、宣伝)

その成果に悩んでいたが、そこへテンション高めの4人が穂刈の視界に映った。

 

 

 

一方その頃、3年Cクラスの中ではお好み焼きと焼きそば作りを担当する2人が真剣に道具のチェックや食材の下ごしらえを行っていた。

「なぁカゲ」

 

「なんだ、鋼」

 

「野菜の下ごしらえってこんなものでいいか?」

 

「ああ?見せてみろ……」

その2人とは、ボーダートップクラスアタッカーの影浦雅人と村上鋼だった。このシフト中はお好み焼き屋の次男坊である影浦がメインとなって作り、サイドエフェクトの「強化睡眠記憶」によってしっかりと予習した村上がサポートするという形になっていた。

 

野菜の下ごしらえをチェックした影浦は、ぶっきらぼうに言った。

「……まあ、こんなモンだろ。さすが鋼だな」

 

「カゲの教え方が良かったんだよ。ありがとな」

村上もそれが影浦の通常運転なのがわかっているので、笑顔でそれに答えた。

 

一通りチェックが終えて、あとは客が来るだけの状態になったと同時に、影浦が何かに気づいたように顔を上げた、次の瞬間、

 

「カゲさーん!鋼さーん!お好み焼きとソース焼きそばと塩焼きそばをそれぞれ1人前下さーい!」

 

文化祭テンションの彩笑が勢い良く3ーCの教室に突撃した。

それに少し遅れて、

「影浦先輩、村上先輩、こんにちは」

真香が小さくお辞儀をしながら教室に入り、

「おじゃま、します」

「こんにちはー」

天音と月守が続いて教室に入った。

 

教室に、というか影浦に突撃した彩笑を見て3年Cクラスの生徒が動揺したが、

「ハッ!来たなァ、地木!よし鋼!お好み焼きにソース焼きそばと塩焼きそば1人前だァ!」

「分かった。サポートは任せろ、カゲ」

影浦と村上は素早く動いた。

 

伸縮自在のスコーピオン捌きを見せる普段の影浦のそれとはまた別の動きを見せるヘラに合わせて、村上が完璧にサポートして調理は進む。

 

「美味しそう」

「はい……」

彩笑と天音がその調理の鮮やかさに目を奪われている間に月守が会計を済ませ、それを見た真香が小さな声で月守に尋ねた。

「私の分だけでも払いますよ?」

 

「ん?いらないよ?2人は今日お客さんだもの。できる限りは俺と彩笑で払うよ」

 

「や、それはちょっと悪いです……」

申し訳なさそうに言う真香を見て、月守は少し思案してから答えた。

「んー、じゃあさ、こうしよう。どうしても真香ちゃんが気になるなら後で払っていいし、俺はそれ受け取るけど……」

 

「…けど?」

 

「その代わり、今日は文化祭を思いっきり楽しんでくれるかな?」

月守の提案を受けて、真香は一瞬キョトンとしたがすぐに、

「……ふふ。了解です、先輩。その条件なら今日の文化祭、めいいっぱい楽みますよ」

楽しそうに笑いながらそう言った。

 

(……真香ちゃん、彩笑の文化祭テンションの影響受けてるな)

月守がぼんやりそう思ったところで、

「ヘイお待ち!」

「割り箸は4人分でいいか?」

影浦と村上によるお好み焼きとソース&塩焼きそばが出来上がった。

「ありがとうございます!」

お好み焼きと焼きそばを受け取りながら彩笑はお礼を言い、地木隊一行は教室内に設けられたイスに移動して、早速食べることにした。

 

作り立てで美味しそうな匂いをこれでもかと漂わせるお好み焼きを彩笑は箸で4等分し、それぞれ一口食べる。

 

そして、

「美味しいっ!」

「旨っ!」

「たしかな、まんぞく……」

「おいしいですねぇ……」

4人がそれぞれ感想を言った。

 

それを見て村上が満足そうに笑い、隣にいる影浦に向けて言った。

「はっはっは。ああ言ってもらえると嬉しいな」

 

「だろ?」

影浦も満更では無いといった風な表情をしていて、2人ともそのまま会話を続けた。

「……こういう時だけは、このサイドエフェクトも良いもんだって思えるぜ」

 

「ん……、ああ、なるほど。作った人に向ける感情と、表情とか言葉が一致してるかどうかってことか?」

 

「そういうこった」

影浦は次の準備にかかりつつ、そう言った。

 

影浦雅人の持つサイドエフェクトは「感情受信体質」というものだ。それにより影浦は他人が自分に向ける感情をチクチクと刺さるような感覚として肌で感じ取ることができる。そのため影浦は、相手の心の内を感じ取ったり、その言葉が嘘か真かの判断がある程度可能なのだ。

 

普段はこのサイドエフェクトに対してイライラさせられることが多いが、それ故に今の地木隊のような噓偽りの無い「美味い」という言葉を聞くと、素直に嬉しいと影浦は思えた。

 

そして、そんな美味しそうに食べる地木隊の姿が教室の外から見えたのか、はたまたソースの匂いによるものか分からないが、次のお客さんはすぐに来た。

 

来店した客を獲物のように見定めた影浦は、村上に指示を出した。

「鋼、気を付けろ……。ここからバンバン客が来るぜ……!」

 

村上は頭に手ぬぐいを巻き付けながらそれに答える。

「ああ、了解だ……!」

 

 

 

 

それから最低1時間ほどの間は客足が途絶えることなく、3年Cクラスは猛烈な速度で売り上げを伸ばして行ったのであった。

 

*** *** ***

 

地木隊が3年Cクラスでお好み焼きに舌鼓を打っていたころ、1年Aクラスには2人の大学生が訪れており、このクラスの出し物の説明を受けていた。

「……なるほど。脱獄して文化祭を楽しんでるコイツを捕まえればいい、ということか?」

その人物は受け取った人相書きと罪状に目を落としつつ、看守役であり説明係でもある男子生徒に問いかけた。

「は、はい!そうです!」

 

そして続けて片割れの大学生が質問を重ねた。

「タイムテーブルを見る限りだと、所々にステージ発表があってその間は体育館に出入り禁止らしいが……。ドロボー役が体育館に籠城することはあり得るのか?」

鋭い視線で問われ、男子生徒は思わず背筋を伸ばして答えた。

「そ、それはありません!体育館前には監視があるという設定ですので、ドロボー役は体育館だけは絶対に行きません!」

 

看守の説明を受け、その大学生2人は小さく笑った。

「いかにも月守が考えそうな設定だな」

「地木め……。味な真似をするな」

ドロボーを……いや、標的を定めたケーサツは動いた。

 

 

 

 

彩笑と月守は、すっかり失念していた。

 

 

自分たちが、狩られる側だということを。

 

*** *** ***

 

「へーい!ヘイヘーイ!いらっしゃいいらっしゃい!1年Cクラスは射的だよっ!射的の他にもストラックアウトに輪投げ、そしてダーツの4種類で遊べるよっ!」

1年Cクラスの前では、普段の広報任務で培ったスキルと知名度を如何なく発揮してお客さんにアピールする嵐山隊のスナイパー佐鳥がいた。

 

三門市における嵐山隊の知名度は流石と言うべきで、

「あー、嵐山隊の人だー」

「ボーダーの人」

「嵐山さんも来てるのかなっ!?」

「木虎ちゃんももしかしてっ!?」

「時枝くんならさっきいたよ!」

「2年生エリアで綾辻さんの目撃情報があったぞ!!」

佐鳥を見て、道行くお客さんが次々とそんな声を上げていた。

 

そんな中、

「佐鳥、頑張ってるな」

佐鳥に声をかける人物がいた。

「あ!東さんじゃないですか!」

声をかけたのはボーダーにおいて名スナイパーであり名指揮官であり名指導者である東春秋だった。

 

東はCクラスの看板を見て、出し物が射的だと知った。

「ほー。佐鳥のクラスは射的なのか」

 

「そっす!おれの他にも半崎と太一もいるんで、このクラス以上に射的に相応しいクラスは無いっすよ!」

 

「それは面白そうだな。どれ、ちょっと荒かせ……、遊んでいくかな」

東は意気揚々と腕まくりをして参加しようとしたが、

「あー、すみません東さん……。ボーダーの現役スナイパーはみんなここで荒稼ぎしてくのが予想されたんで、スナイパーは軒並み出禁にしたんす……」

佐鳥は申し訳なさそうにそう言った。

 

「む、そうなのか……」

腕まくりを戻しつつ気も取り直した東はチラッと時計を見て時間を確認し、

「まあ、そういうことなら仕方ないな。じゃあ、オレはちょっと早いけど昼飯にするよ」

少々早めのランチを取ることにした。

 

「あ、了解っす!」

そして背を向けて歩き出した東に向かってそう言う佐鳥の視界の死角を突き、隠密任務さながらの忍び足で彼らは1年Cクラスの教室へと足を踏み入れた。

 

 

 

教室に入ってきた彼らに真っ先に気付いたのは、半崎だった。

「うわ……。ダルいのが来たな」

彼の口癖である「ダルい」を聞き、

「ハーフザッキー、お客さんに向けてそれは無いでしょー」

彩笑はケラケラと笑いながらそう言った。

 

半崎によって地木隊の来店に気付き、他のボーダー隊員も寄ってきた。

 

「あー!和水ちゃん久々ー!」

「別役先輩、どうもお久しぶりです」

鈴鳴第一のスナイパー別役がスナイパー仲間ということで真香と挨拶し、

「よう月守、来たのか」

「おう笹森、荒稼ぎに来たぜー」

同い年の男子高校生仲間ということで諏訪隊のアタッカー笹森が月守と挨拶した。

ちなみに天音はそんな月守の後ろにピッタリとくっついていた。

 

それぞれの挨拶が終わったところで、半崎が口を開いた。

「そんじゃお客さん、うちのクラスは射的だ。ダルいけど、4種類の中から1つ選んでくれ」

 

このクラスは4種類の的当て遊びができるようであり、選べと言われて彩笑が速攻で決めた。

「ボクはダーツやる!」

 

「彩笑、ダーツの点数勘定できる?」

 

「真ん中のブル50点を取り続ければ計算なんて関係ないね」

 

「理屈はそうだが、お前はダーツを甘く見過ぎだぞ。あとついでに、最高得点は20のトリプルだから60点だ」

 

「あー、そういえばそだね」

彩笑はそう言ってダーツ係の生徒から矢を受け取りつつ、的の前まで誘導されて行った。

 

彩笑がダーツを選んだことを受け、月守は一瞬迷ったそぶりを見せたが、

「じゃあ、俺はストラックアウトにしよう」

9つの的を射抜くストラックアウトをチョイスした。

 

やろうとしていた種目を月守が選んだため、天音は慌てて口を開いた。

「あの……じゃあ、私、輪投げ、やります」

輪投げ担当は太一だったようで、太一がすぐに対応した。

 

 

そして必然的に残った真香は、

「なら、私が射的ですね……。半崎先輩、現役スナイパーは出禁らしいですけど、元スナイパーで現オペレーターはセーフですか?」

射的を担当しているであろう半崎を見て問いかけた。

 

すると意外にも、

「…まあ、いいか。ただし、弾数制限ありな」

半崎はそう言って許可してくれた。

 

射的用のコルクガンに弾を込めつつ、真香は口を開いた。

「許可してくれるなんて、ちょっと意外でした」

 

「それがさ、思ったよりみんな射的下手なんだよ。そのうち、取れない仕様のインチキとか言われるのもダルいし……。ならいっそ、和水が今のうちにいい景品持って行ってくれ」

 

「あー、なるほど。なら遠慮無く撃ちますね」

弾を込めて準備が整った真香は、銃を構えた。

元スナイパーだけあって、その構えはとても綺麗だった。

獲物を狙うスナイパーの目をした真香は、状況を冷静に整理した。

 

(弾丸は3発。

獲物を棚から落とすタイプじゃなくて、獲物に張られた紙のマーカーに当てればいいのね。

安い景品はマーカーが大きいけど、高い景品はマーカーが小さい。なら……)

 

獲物を狙撃するべく、真香は引き金を引いた。

ボーダーの狙撃用トリガーと比べるとあまりにも頼りない音と共に弾丸が放たれ、そしてそれは無情にも真香の狙いから逸れた。

 

(このコルクガン、真っ直ぐ飛ばねぇんだよな……)

 

弾の軌道を見た半崎はそんなことを思いつつ、呟くように言った。

「あと2発だな」

「……」

真香は無言で弾を込め、同じように構えて、同じ獲物めがけて、同じように引き金を引いた。

1発目となんら変わらぬ狙撃であり、同じように狙いから弾は逸れて行った。

 

「……あと1発だ」

半崎が念を押すように言うとの同時に、

「あ、真香……、射的、やってる、の?」

輪投げを終えた天音が真香のそばにやってきてそう言った。

 

真香は弾を込めつつ、天音の言葉に答えた。

「うん、そうだよ。しーちゃんは輪投げどうだった?」

 

「んー、思ったより、難しい、ね。でも、ヘッドホン、もらった」

 

「あはは、何気にいいものもらったんだねー」

笑いながら真香はそう言い、弾を込め終えた。

 

最後の1発を放つべく、真香は構える。そして同時に、天音に尋ねた。

「……ねぇ、しーちゃん。欲しい景品、ある?」

 

「え?……、じゃあ、あの、くまさんの、ぬいぐるみ」

天音はそれなりにいい景品を選択した。

獲物を捉えた真香は薄く唇を舐め、

「オッケー」

迷い無く引き金を引いた。

 

銃口から放たれたコルク弾丸は真っ直ぐは飛ばない。しかしその弾道はまるで引きつけられるかのようにくまのぬいぐるみへと飛んでいき、

 

パァン!

 

と、小気味良い音を鳴らして、ぬいぐるみのおなかに設けられた紙のマーカーにヒットした。

 

しばらく教室には沈黙を挟んだが、やがて半崎が仕留められたぬいぐるみを回収して真香へと渡した。

「……はいよ。景品3位のぬいぐるみだ」

 

「どうもでーす」

 

「……最初の2発で、銃のクセを把握したってところか?」

 

「あはは、そんなところです。ついムキになりました」

にこやかに言う真香を見て、半崎はつられるように苦笑してから言った。

 

「現場には、まだ戻れないか?」

 

と。

 

問いかけられた真香は、受け取ったぬいぐるみを天音に渡してから半崎を見て、

 

「んー……。今はダルいんでご遠慮しますね」

 

半崎の十八番であるセリフを借りて答えた。

 

それを受けた半崎はトレードマークである帽子を被り直しつつ、

「……こりゃ1本取られた」

そう言いながらダルそうに笑っていた。




ここから後書きです。

3年Aクラス「受け付け」
当真さん、国近さん、今さんの3人が受け付け担当でした。ちゃんとクラスでも出し物はあるものの、今回は受け付けを担当してもらいました。

3年Cクラス「お好み焼き」
影浦さん、村上さん、穂刈さんが所属する3年Cクラスはお好み焼き屋をやらせてみました。影浦さんが文化祭テンションにより、ノリノリでお好み焼きを作ってます。村上さんは数日で頑張ってお好み焼きの作り方を覚えましたが、鈴鳴第一支部で眠る村上さんの口から「お好み焼き……」という寝言が聞こえたとかそうでないとか。

1年Cクラス「射的」
佐鳥、半崎、別役、笹森らによる射的。スナイパーを3人も抱えるクラスだったので射的。この3人が射的のコルクガンで試し撃ちをした結果、ボーダー現役スナイパーを出禁にする決定が下された。

1年Aクラス「ケードロ」
彩笑、月守、天羽が所属するAクラスは、まさかのケードロ。実際に出し物として認可されるかは甚だ疑問。地木隊全員で文化祭を回らせてあげたいので、生徒参加型の出し物を私が考えた結果がケードロでした。ちなみにボツとしたアイディアは「男女逆転喫茶」。



この高校、男子は三輪や米屋を見る限りだと学ランのようですが、女子の制服デザインが謎……。おそらくセーラー服かなと思いながら書いてました。原作で見落としてるかもしれないと思うと、思い出せないのが悔しい……。


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文化祭昼の部

午前午後で終わるかと思ったら、収まりきらずにこうなりました。

※注意※
コミックスではまだあまり出番の無いキャラが出ます。性格や立ち振る舞いなど、コミックス収録前の本誌や想像などで補ってあります。
ご了承ください。
そして前回に引き続き文化祭テンションです。キャラクターの言動に違和感を覚える可能性があります。
ご了承ください。


「よーし!1年生で売り上げ1位目指すぞー!」

文化祭一般公開である日曜日の朝、喫茶店をすることになっている1年Eクラスはそう意気込んでいた。

 

クラスメイトが意気込む中、

(……本気でそう言ってるなら、コイツら本当バカね)

どこか冷めた目で教室の窓から外を見つつ、香取隊の隊長を務める香取葉子はそんなことを考えていた。

 

香取がそう考えるのは、ちゃんと根拠があった。

1年生の中で飲食系の選択をしたのはEクラスとBクラスだった。内容的にもほぼ同一の喫茶店。条件は同じであるように思えるが、Bクラスには抜群の知名度を誇る嵐山隊のメンバーである時枝と、飲食系のアルバイトの経験値と「シフトに入ると女性客を倍増させる」というスキルを持つ玉狛第一の烏丸がいる。

 

内容丸被りで人材面で大きなハンデがある以上、Bクラスに売り上げで勝てない。それが香取の予想であり、事実それは当たっていた。

現在は喫茶店が一番儲かる昼時だが、集客は明らかにEクラスが負けていた。

 

(ほら、やっぱりこうなった……)

香取は自分の予想が正しかったと思いつつ、

 

「お客さまお待たせしましたー。サンドイッチのAセットとBセット、それからお飲み物のコーラとカフェオレになりますー」

 

ほぼ棒読みで接客をしていた。

 

フロアを歩きつつ、設置された姿見に映るロングスカートのウェイトレス姿となった自分を見て、香取は考える。

(どうしてこうなった……?)

と。

 

しかし考えても考えても、ここに至ったクラスでの会議や話し合いの経緯が全く思い出せない。

 

香取はちゃんと会議や話し合いの場に参加していたのだが、その実、眠かったり面倒だったので意見を振られても、

「んー……、私はそれでいいわよー」

「面倒いし、それでいいわー」

と、適当に返事をしていたので、気付けば文化祭当日にウェイトレスとなってフロアを担当することになっていた。

 

そういった理由がある以上、香取が思い出せないのはある意味当然だった。

 

思い出す事を諦めた香取は気を取り直して時間を確認し、

(私のシフトはあと1時間……。なんとかボーダー関係の奴らにこんな恥ずかしい姿を見られないように祈るばかりだわ)

そう意気込んだ。

 

だがそんな香取の願望は無情にも、フラグのようにへし折られた。

 

チリンチリン!

 

来客を知らせる扉のベルが鳴り、香取は振り返りつつ、

「いらっしゃいませ。何名様です……か……」

そう言いかけて、言葉が途中で止まった。

 

そこにいたのは、

「4名でーす!」

「席空いてる?」

「香取先輩、こんにちは」

「ここ、香取先輩のクラスなんですね」

香取が来るなと願ったボーダー所属である地木隊の4人だった。

 

 

周囲から、

「あれ?カトリンちゃん、知り合い?」

という視線を向けられた香取は、素早く空いてる4人用のテーブル席へと地木隊4人を案内して、

「速やかに注文して、食べて、出て行きなさい……!」

彩笑と月守にメニューを叩きつけて、オーダーを取った。

 

香取の性格を知り、今の表情を見た月守は香取の心の内をなんとなく察し、指示(?)に従ってメニューに目を走らせた。

 

しかし香取の要望に沿って動いたのは月守だけであり、他3人は普段とは違う姿の香取をじっと見ていた。

 

(………〜っ!もう!さっさとメニュー選びなさいよこの3人っ!)

 

3人の視線に耐えかねた香取が、

「言っとくけど、コレは趣味とかじゃないし。そこは誤解しないでよね」

聞かれても無いのにそう言った。

 

だがそれでもなお、視線を逸らさない3人に向けて、

「……なに?物珍しい姿を面白がってるの?」

少し棘のある口調で言った。

 

すると、彩笑が首をフルフルと振ったあと、

「あ、ううん。カトリン、ウェイトレス姿かわいいなーって思って見てただけー」

ニコニコと微笑んでそう言った。

 

「は、はぁ!?」

彩笑のまさかの言葉に香取は動揺し、そこへ天音がいつもの無表情で香取を見ながら、淡々と言った。

「香取先輩、スタイル、良いですし、すっごく、似合ってます、よ?」

 

「え?ちょっ、ちょっと……!?」

 

そこへ真香が若干気恥ずかしそうに、

「あの、香取先輩。すごく絵になると思うので、良かったら写真撮ってもいいですか?」

スマートフォン片手にそう言った。

 

「あ、あぅ……」

まさかのベタ褒めという予想外の状況下で、B級上位部隊香取隊を率いる香取が取った選択は、

 

「そ、その……!注文が決まったら呼びなさいよねっ!」

 

そう言って席を離れるという、戦略的撤退ベイルアウトだった。

 

香取の後ろ姿が厨房エリアへと消えて行ったと同時に、彩笑がやはりニコニコしながら口を開いた。

 

「カトリン可愛かったー!」

 

「最後、お顔真っ赤でしたもんね」

 

スマートフォンを残念そうにバックに収めつつ、真香も笑顔を浮かべて言い、

 

「ウェイトレス姿、可愛かった、です」

 

天音も2人に同意するように言った。

そんな3人の会話の間に注文を決めた月守は真香にメニューを渡しつつ、

(……なんだかんだ言って、香取も内心満更じゃなさそうだったしなー)

ぼんやりとそんな事を思っていた。

 

厨房エリアから香取が復活すると、早速地木隊メンバーに呼ばれた。

「決まった?」

香取がそう尋ねると、

「サンドイッチのAとBセット、それとタマゴサンドとハムレタスサンド。飲み物はココアとカフェオレとイチゴオレとリンゴジュース……、以上で」

月守がまとめてオーダーした。

 

香取は伝票にオーダーを書きつつ復唱し、

「……、月守。他の人には、ここのこと言わないでよね」

と、小声で念を押すように言った。

 

それを受けた月守はやんわりと微笑みつつ、

「りょーかい」

そう答えた。

 

そして香取は、さらに声量を下げて、

「あと、その……、ありがと」

顔を真っ赤にしながらも、褒めてくれた3人に向けてお礼を言い、厨房エリアへと戻って行った。

 

月守はその香取の後ろ姿を見ていたが、その一方3人の視線は不自然な方向を見ていた。

 

そして3人は心の中で、

(やっば!もう知り合いに宣伝しちゃった!)

(つい、桜子に、メールで、教えちゃった)

(うっかりスナイパー組の皆さんに拡散しちゃった……)

香取の警告がもう遅かったことを悟っていた。

 

その後地木隊(月守以外)は届けられたサンドイッチを急いで平らげて喫茶店を出て行き、それと入れ違いになるようにボーダー関係者が立て続けにEクラスの喫茶店に現れ、香取は顔から火が出るような思いでシフトを終えた。

 

 

 

 

そして後日、月守はソロランク戦ブースにて(事情を勘違いした)香取に(理由も分からずに)ボコボコにされたのだが、それはまた別の話。

 

*** *** ***

 

1年Eクラスの喫茶店を出た地木隊は2年生の階に来ていた。

 

(なんかみんな早足だな)

月守はそんな事を思いつつ、

「次はどこに行く?」

と、彩笑に問いかけた。

 

数回意図して呼吸して気持ちを落ち着けた彩笑は、

「んー、そだね……」

どこに行こうか迷う素振りを見せた。迷う彩笑を見て真香が提案した。

「あ!2年Bクラスのお化け屋敷とかどうですか?」

 

「お化け屋敷……、面白そう」

天音も真香に同意した。

 

だが、

「お、お化け屋敷……?」

彩笑が確認するように、その単語を繰り返した。心なしか、いつもの笑顔も引きつっているように見える。

 

それを見た月守が、彩笑のある事を思い出したところで、

 

「楽しんでるようだな、地木」

 

聞き慣れた声で、彩笑が呼ばれた。

 

声の方向を見ると、そこにはA級3位部隊の隊長を務める風間がいた。

「風間さん!お疲れ様です!」

かつてスコーピオンとカメレオンの使い方を風間から学んだ彩笑は、人懐っこい子犬のように風間に駆け寄った。

 

「地木。初めての高校の文化祭はどうだ?」

 

「すごく楽しいです!あ、見てくださいよ風間さん!これ、Cクラスの射的で取った景品なんですよ!」

彩笑はそう言いながら、ダーツで獲得した景品のフォトフレームを取り出した。なお、月守もサイズ別ブックカバーセットを獲得しており、何気に地木隊は射的で稼いでいた。

 

楽しそうにする彩笑を見て、心なしか風間の口元が緩んだ。

「そうか。楽しんでるならそれでいい。過ぎてしまってからでは、高校生活は楽しめないからな」

 

「おおー、さすが風間さんです!」

彩笑が風間のセリフに関心したところで、

「ああ、そういえば地木。話は変わるが……」

と、話題を変えにかかった。

 

「はい、何ですか?」

彩笑が小首を傾げて言葉を待ったところで、風間の手が素早く動き、

 

ガチャン!

 

そんな音と共に、

 

「逮捕だ」

 

風間は彩笑に手錠をかけた。

 

「……ふぇ?」

「え?」

「これは……?」

 

その行動を受けて、彩笑、天音、真香は一瞬何が起こったか分からずにキョトンとしたが、即座に月守が状況を推理して苦笑いした。

「あー、なるほど。彩笑を追いかけるケーサツ役が風間さんだったんですね?」

 

月守の言葉を受けて風間は、

「正解だ」

と、即答した。

 

状況を理解した彩笑は力なく笑った。

「風間さんから逃げれるわけないじゃないですかぁ……」

 

「こういうこともあるものだ」

風間は小さく笑い、咳払いをした後、

 

「手元の逮捕状によると、お前がやったのは強盗であり、まぎれもない犯罪だ。言いたいことがあれば署で聞こう。まずはお前を連行する」

 

どこかワザとらしくそう言った。

 

彩笑は驚いたが、これはケードロである以上、風間が警察官の役を演じているのだと察した。そして面白い事が大好きな彩笑は、

「ま、待ってくださいー。これは何かの間違いだー。冤罪だー」

風間の演出に悪ノリした。

 

どこからどう見ても演技だと分かる2人が刑務所であるAクラスの教室に向かって歩き出したところで、

 

「刑事さん!待ってください!」

 

何故か真香がその演技に参加し始めた。

 

「「「「!!?」」」」

風間は当然ながらチームメイトである3人も驚いたが、真香は演技を続けた。

「確かに地木隊長は、作戦室を散らかしっぱなしで片付けませんし、報告書をまとめてる時も寝落ちしてヨダレ垂らしますし、一緒にお買い物に行っても気づいたら迷子になってるような人です!」

思わぬタイミングで日頃の失態を暴露された彩笑は恥ずかしそうに風間から目をそらした。真香の演技はまだ続く。

「でも、人の道を外れるようなことは絶対にしません!これは何かの間違いです!」

 

真香の演技を受け、さらに悪ノリした風間は答える。

「ほう……だったらどうするんだ?」

 

「私が隊長についていって無実を証明します!」

 

「ふっ、いいだろう。なら、貴様も署に同行してもらおう」

 

「望むところです!」

そして何故か真香も2人と共に刑務所であるAクラスの教室に同行する事になった。

 

同行する直前に、

「そういうわけで私は地木隊長と一緒に行くから、しばらくしーちゃんは月守先輩と文化祭回っててー」

真香はそう言い残して、3人はAクラスへと行ってしまった。

 

取り残された2人はしばらく無言だったが、やがて月守が口を開いた。

「……真香ちゃん、たまによく分からない行動するよね」

 

「はい……。私、真香が、時々、分からなく、なります」

 

「謎、だね」

 

「なぞ、です」

真香の行動は謎だった、という結論になったところで、2人は文化祭巡りを再開した。

 

月守は隣を歩く天音に尋ねた。

「どこ行く?」

 

「んー……。あ、じゃあ、お化け屋敷、行きたい、です」

 

「お化け屋敷ね。オッケー」

行き先を決めると、通い慣れた月守が迷う事なく目的地である2年Bクラスの教室に辿り着いた。

 

『入口』と書かれた方の扉には受け付けらしきエリアが設けられており、そこで受け付けを済まそうとした瞬間、

 

「どぅわあぁぁ〜!」

 

もう1つの『出口』と書かれた方の扉が勢いよく開き、そこから2人の知り合いがガチの半泣き顔で飛び出してきた。

「茜?」

「日浦ちゃん?」

2人は那須隊所属の、帽子を被ったボーダー最年少女子スナイパーである日浦茜の名前を呼んだが、

「ひ、ひぃっ!?」

お化け屋敷でよほど怖い目に遭ったのか、驚かれてしまった。

 

怯える茜を見て天音は困惑し、事情はどうあれ年下女子に怖がられた月守が軽くショックを受ける中、

 

「あ、眩しい……。茜ちゃんごめんね。そんなに怖がるなんて思わなくって」

 

茜の隊長である那須玲がゆっくりとした足取りでお化け屋敷の出口から現れた。那須を見た茜は、

「那須ぜんばいー!」

そう言いながら那須に抱きつき、

「茜ちゃん、本当にごめんね」

那須はそんな茜の背中をさすった。

 

そこで那須は2人に気付き、

「あら?さく……、月守くんに天音ちゃん、こんにちは」

儚い微笑みを浮かべつつ、2人に挨拶した。

 

「こんにちは、那須先輩」

天音はペコッと頭を下げつつ挨拶を返し、

「那須先輩、今日は体調大丈夫ですか?あの、というか熊谷先輩と志岐さんは一緒じゃないんですか?」

月守は病弱な那須の身体を気遣うように言った。

 

那須は天音にお辞儀を返した後、月守の言葉に答えた。

「今日は調子いいの。無理しない限り大丈夫よ」

 

「……ならいい、ですけど。辛くなったら保健室かトリオン体に換装ですよ」

 

「ふふ。ありがとね、月守くん。あと、くまちゃんと小夜ちゃんは今クラスの出し物を頑張ってるわ」

那須への気遣いが終わったところで、月守は産まれたての小鹿のようにプルプルして怯えている日浦に視線を向けつつ、

「ところで那須先輩。このお化け屋敷、そこまで怖いやつなんですか?」

と、問いかけた。

 

「えっと……」

すると那須は気恥ずかしそうに笑い、説明を始めた。

「お化け屋敷も、確かに怖かったのよ。もう、茜ちゃんは途中から私にぴったりくっついちゃうくらい。それでもなんとか最後まで辿り着いてね。そしたら茜ちゃんが早く出ようとして走り出しちゃって、それを見て……、その……ついね、

『わっ!!』

って、後ろから驚ろかしちゃったの。そしたら……」

こうなりました、と、那須は小声で言った。

 

事情を把握した月守は一瞬だけポカンとしたが、すぐに苦笑した。

「……那須先輩、変なところでイタズラ好きですよね」

 

「うぅ……。だって、茜ちゃんの怖がりっぷりが立派すぎて、つい……」

反省したようでショボンとする那須を見つつ、天音が同い年繋がりということで茜に声をかけた。

 

「茜、大丈夫?」

すると、

「あ"ま"ね"ぢゃん"ー!!ごわ"がっだよ"ー!!」

ガチ半泣きの茜はそう言って天音に抱きついた。

 

「あー、うーん……。よしよし?」

対応に迷いつつも天音はそう言いながら、那須と同じように茜の背中をさすった。

 

「……」

月守は黙ってその光景を見ていると、茜から解放されて立ち上がった那須が小声で話しかけてきた。

「……ところで、さく…、月守くん。今日は天音ちゃんと文化祭デートかしら?」

 

「たまたま彩笑たちと別行動なだけで、デートのつもりは無いです」

 

「そうなの?」

 

「そうです。まさかとは思うけど玲ね…、那須先輩、ケーサツ役ってことはないですよね?」

月守がそう尋ねると、

「けーさつ?なんのこと?」

那須は小首を傾げてそう言った。

 

それを見て、

(あ、これは絶対に何も知らない人の反応だ)

月守はそう確信し、

「いえ、なんでもないです。忘れていいです」

と、言った。

 

なんとか泣き止んだ日浦が天音から離れ、

「……恥ずかしい姿をお見せしました」

ぺこりと頭を下げて月守と天音に向けてそう言った。

 

「その……、大丈夫。他の人、には、言わない、から」

「それに、ほら。理由はどうあれそこまで怖がってくれたなら、お化け屋敷側としても嬉しいんじゃないかな?」

天音と月守のフォローを受けて茜はホッとした表情に変わり、再度お辞儀をして那須と共に歩いて行った。

 

那須隊の姿が見えなくなったところで2人はお化け屋敷の入口へと目を向けた。

「怖いみたいだねー、お化け屋敷」

「はい。それじゃあ、入り、ましょう」

 

受け付けにいる生徒に入る旨を伝えると、

「暗いですので、こちらをどうぞー」

そう言われて懐中電灯を1つ渡され、2人はお化け屋敷へと足を踏み入れた。

 

「あ、確かに、暗い、です」

天音が言うように、お化け屋敷の中は確かに暗かった。

 

月守が見る限りだと、どうやら黒い衝立のようなもので進むべき道が示されているようだった。衝立は高さが異なり、低いものは腰の高さ程度だが、高いものは天井まで届いていた。演出なのか、血痕を思わせる赤い斑点やら手形やらが無数に描かれていた。

「神音、懐中電灯持ってていいよ」

月守は持っていた懐中電灯を天音に渡した。

「はい。思ったより、灯り、弱い、ですね」

実際に点灯してみると、それは申し訳程度の、随分弱いというか儚い灯りだった。

 

頼りない灯りをもとに、2人は衝立に沿って進んで行った。

天音からすれば目を凝らさなければ不安を覚える道を、月守は迷いなく進んで行く。

「つ、月守先輩、歩くの、ちょっと、早い、です…」

「ん、ああ、ごめんね」

呼び止められて止まった月守に、天音が追いつこうと進むペースを上げた瞬間、

 

ドンドンドンッ!

 

と、天音の両側の衝立から勢いよく叩く音が響いた。

 

「うぉ……」

月守はそんな声を出して驚き、

「…………」

声には出ないが、天音も驚いた。

 

音が収まったところで、懐中電灯片手の天音は月守の側に寄った。

「びっくり、しました」

「だね。神音って、声出さないで驚くタイプ?」

「はい。あ、でも、不意に、触れられると、声、出ます」

天音がそう説明すると、暗がりの中で月守は小さく笑い、

「どれどれ」

そう言いながら、懐中電灯を持っていない天音の右手を掴んだ。

 

「ひゃう!?」

不意に触れられた天音は、自身が言った通りに声を出して驚いた。

 

「あ、本当だった」

月守が言うと、天音は本当に少しだけムッとした表情を見せ、

「……月守先輩、いじわる、です」

と、言った。

 

「んー、ごめんね。でもほら、こうして手を繋いでれば、俺が先に行っちゃうってことは無くなるでしょ?」

「……はい」

優しそうに微笑んでみせる月守を見て、天音は頷いた。

 

手を繋いだ2人は、ゆっくりと衝立に沿って進んで行った。

歩きながら天音が月守に質問した。

「月守先輩は、なんで、こんな暗くても、迷わないで、進めたん、ですか?」

「ん?ああ、だって入る前に暗順応してたから」

「……あんじゅんのう?って、なんです、か?」

小首を傾げて問いかける天音に対して、月守は少し思案してから答えた。

 

「目って、いきなり暗い所に来ると全然見えないけど、だんだん見えるようになるでしょ?」

「あ、はい。今も、ちょっとずつ、見えるように、なって、きました」

「うん。で、俺はお化け屋敷に入る前から片方の目を閉じて、あらかじめ暗さに目を慣らしておいたんだよ」

「……?」

今ひとつピンと来ていない天音を見た月守は苦笑し、

「また今後、分かりやすく教えてあげるね」

空いている右手で天音の頭を優しく撫でた。

 

進んで行くと、少し広いスペースに出た。

するとそこには、

「……無い。……無い」

そう言いながら、白装束姿の人影が床に落ちた何かを探すような仕草を見せていた。

 

普通ならここでどう動くべきか迷うところだが、

「その声は出水先輩ですね?」

「あ、やっぱり。聞き覚え、ある声、だと、思いました」

2人ともあっさりと仕掛人を見破ってしまった。

 

「あーもう!なんで普通に話しかけちゃうんだよ!」

そしてその人影は月守の予想通り出水であり、立ち上がって不満そうにそう言った。

 

「すみません、つい」

「ったく……。さっき茜ちゃんと那須さん来たけど、あの2人の方がまだ上手く驚いてくれたぜ」

出水は小さな声で「働き損だ」と付け加えるように言った。

 

出水に懐中電灯の光りを当てつつ天音が尋ねた。

「ちなみに、本当は、どんな手順で、驚かす、予定、でしたか?」

「ああ。お客さんの動き次第だけど、オレがお客さんに、

『すみません、探すの手伝ってください』

って言ってから……」

言いながら出水は白装束の前を開き、

「こう……、

『オレの内臓を……』

みたいな感じで驚かすんだよ」

その下に隠していた作り物の内臓を見せつけた。

 

作り物でニセモノだと分かってはいても、なかなかにグロテスクな姿だなと2人は思った。

「日浦ちゃんとか驚いたでしょう?」

月守が思ったことを尋ねると、出水は楽しそうに笑って答えた。

「おうよ。あと知り合いだと、奈良坂とかも軽く驚いてたな」

 

「三輪先輩は、来なかったん、ですか?」

 

「来たけど不評だった。嵐山隊も来てたけど、木虎にめっちゃ怒られた」

 

「怖かったのを隠したかったんじゃないんですか?」

月守がそう言うと、

「いや、多分そうやってオレが茶化したせいだな」

出水が服装を直しながら答え、月守はケラケラと笑った。

 

出水と別れた後も、2人は問題なくお化け屋敷を攻略して行った。

古典的なコンニャク。

曲がり角に何かあると思わせてその手間でフェイントをかけたお化け。

衝立の道を操作されてグルグルと周回させられたり、謎の冷気トラップ。

何も言わないが、ひたすらつきまとう白装束お化け。

通路の途中で足を掴まれるトラップは、驚きに乏しい天音が唯一(?)苦手とするもので、その時ばかりは可愛らしい悲鳴がお化け屋敷に響いた。

 

お化け屋敷も終盤になった所で、月守が思い出したように言った。

「彩笑がいないのが残念だな……」

「そうです、ね。どうせなら、4人でも、参加、してみたかった、です」

すると月守が苦笑し、言葉を続けた。

「まあ、それもあるんだけど……。彩笑さ、実はこの手の暗くて驚くタイプのやつが、本当に苦手なんだよ」

「え?そうなん、ですか?」

「うん、そう。前にボーダーで停電を想定した不意打ちの避難訓練があって、暗くなった時の怖がりっぷりがすごかった」

その時のことを思い出してか、月守は楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「言われて、みれば……。お化け屋敷って、聞いた時、地木隊長、顔、引きつって、ました」

「でしょ?」

彩笑の意外な弱点が暴露されたところで、2人の目に血のように真っ赤な文字で『出口』と書かれたドアが見えた。

 

「出口って、ことは、もう終わり、ですね」

「みたいだね。途中で出水先輩と会っちゃったからか、あんまり怖くなかったね」

「はい。でも、知らない人、なら、あれは、すごく怖いと、思います」

 

2人はいつもの緩いテンションのまま、出口へ向かって歩き、スライドさせるタイプのドアに月守は手をかけた。

「お……、なんかドアが重い」

そのドアは立て付けが悪いようで、なかなか開かなかった。

月守が少し力を入れてようやくドアが動いた、その瞬間。

 

「もう終わった………と、思うじゃん?」

 

2人のすぐ後ろから、肩に手を添えられつつそんな声が聞こえた。

 

「うわっ!?」

「きゃうっ!?」

完全に油断していた月守は驚き、また、苦手である不意の接触を受けた天音も驚いた。

 

そんな2人の反応を見て、驚かせた白装束姿のお化けはケラケラと笑った。

「お!2人ともいい反応してくれるじゃん」

そしてそれは案の定というべきか、出水と同様に仕掛人である米屋だった。

 

お化けが米屋だと分かると2人は安堵し、会話に応じた。

「もー米屋先輩、最後の最後で来たのでビックリしましたよ」

「それが狙いだ。さっき那須さんと茜ちゃんが来たけど、茜ちゃんがスゲー勢いで出てったからオレの出番無くてな。お前らがいい反応してくれたから働き損しなくて済んだぜ」

「米屋先輩、すごかった、です。後ろに、立たれたの、全然、気付かなかった、です」

「ははっ。天音ちゃんにそう言ってもらえるとありがたいわ」

 

会話しつつも月守はドアを開け、3人はようやくお化け屋敷の外に出ることができた。

「あれ?米屋先輩も出るんですか?」

月守が問いかけると、米屋は、

「オレのシフトはここまでだからな」

と、答えた。

 

「2人とも、オレらのクラスのお化け屋敷はどうだった?」

米屋から感想を尋ねられ、月守は正直に答える。

「ぶっちゃけ、途中で知り合いがいるって安心感があったせいか、あんまり怖く無かったです」

 

「月守は生意気言うな。天音ちゃんは?」

 

「私も、です。あ、でも、お化け屋敷、自体は、よく出来てた、と、思います。特に、途中の、驚かすわけでも、ないのに、ついてくるお化けは、すごくリアル、でした」

 

天音がそう言うと、月守もそれに同意した。

「そうですよ米屋先輩。お化け屋敷、全体的に良く出来てましたけど、あのお化けだけは群を抜いてリアルでした!」

 

2人の感想を受けた米屋は少しテンポを開けたものの、

「……お、おう!だろ!?よく出来てただろ!」

誇らしげにそう答えた。

 

お化け屋敷に満足した2人が文化祭の雑踏の中へ姿を消したのと入れ違いに、同じくシフトを終えた出水が中から出てきた。そんな出水に向かって、米屋は尋ねた。

「なあ、弾バカ」

 

「なんだよ槍バカ」

 

「……ここの中にさ、驚かすわけでも無く、ただついて回るだけのお化け役って、あったっけ?」

 

「いや、そんなの無いだろ。それがどうした?」

当たり前のように言う出水の言葉を受けた米屋は、

「…………だよな」

大量の冷や汗をかき、青ざめた顔をしつつも、なんとかそう言葉を返した。




ここから後書きです。

1年Eクラス「喫茶店」
そこそこ強いはずなのにガロプラに「真ん中くらい」と評価されてしまった香取隊長が登場。14巻の初登場シーンと、公式データブックの「モテるキャラグラフ」の位置がツボに入ったお気に入りなキャラ。同じクラスにいる小夜子さんは裏方参加で小荒井はシフトの時間が違ったことにしてます。

2年Bクラス「お化け屋敷」
米屋&出水が所属するクラス。定番中の定番。後に米屋は、
「本物でも怖がらないあの2人をお化け屋敷で怖がらせるのは不可能だった」
と語る。


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文化祭午後の部

前書きです。
半ば生存報告を兼ねた投稿になります。


月守と天音はお化け屋敷を出た後、3年Bクラスのクレープ屋に来ていた。

「チョコクレープ1つください」

「イチゴクレープ、1つ、お願いします」

2人がそれぞれ注文すると、

「チョコとイチゴだね。オッケー、ゾエさん頑張って作っちゃうよ」

注文を受けた影浦隊所属のガンナーの北添尋がクレープを作り始めた。

 

北添は190センチに届きそうな高い身長とがっしりとした体型を持つが、その実走れて踊れる上に生身での戦闘能力も玉狛のレイジと並ぶだけの性能を併せ持つハイスペックな人材である。加えて誰にも分け隔てなく優しいという性格も相まって、老若男女から支持を得る愛されキャラである。

 

そんな北添が今、クラスの出し物であるクレープを作っている。

(ゾエさん先輩、なんでもできるなぁ)

(イチゴクレープ……。イチゴクレープ……)

そんな北添の後ろ姿を2人はそれぞれそんなことを思いながら見ていた。すると、

 

「今日は2人でデートなのかな?」

 

制服にエプロン姿で売り子役をしていた3年Bクラスの生徒であり、東隊のオペレーターを務める人見摩子がニコニコ(というよりはニヤニヤ)とした笑みを2人に向けてそう言った。

 

「人見先輩、こんにちは」

天音がペコっと頭を下げて挨拶し、

「今日は地木隊でも別行動なんですよー」

月守がやんわりとした笑顔で答えた。

 

2人の反応から本当にデートでは無いと察した人見は少し頬を膨らませた。

「あらら、つまらないわね」

「あははー、ごめんなさい」

月守が申し訳なさの欠片も込めずに言い、

「あの、人見先輩。あそこの、オブジェは、加賀美先輩が、作ったん、ですか?」

天音が教室の入り口付近を指差しながら尋ねた。

 

そこには人の腰程度の高さの、どこか独創的で不思議と人目を集める奇妙な人型のオブジェが複数体あった。

 

その奇妙な人型のオブジェを製作したのは、今この場にいないが3年Bクラスに所属している、荒船隊のオペレーターである加賀美倫だった。美大への進学を志望している彼女は作戦室の机の中にカラー粘土を常備し、日頃から創作に勤しんでいる。

 

天音は普段の加賀美が作る作品と、視線の先にあるオブジェにどことなく共通する何かを見出して、人見へと尋ねた。

 

それを見ながら人見は小さく笑みを見せた。

「あー、まあね。正直私にはよく分からないけど、さっきここに来た荒船くんはあれを見て、

『文化祭を楽しんでるようでなによりだ』

って言ってたから、多分上出来な作品だと思うよ」

 

「荒船先輩はあれの良し悪しが判るんですね」

 

「日頃から見てるからかしらね」

 

月守はそのオブジェをじーっと見つめた後、呟くように言った。

「俺には良し悪しとか判らないです」

 

「なんでもそつなくこなしそうな月守くんにしては意外だね。美術は苦手なのかな?」

 

「この学校で俺が留年する可能性が唯一存在するのが美術ですので」

苦笑しながら言う月守を見て、天音は月守の美術センスのひどさを思い出していた。

 

そんな会話をしている間に、

「できたよー」

ゾエさんがチョコとイチゴのクレープを完成させた。

 

「ゾエさん先輩ありがとうございます」

「ありがとう、です、ゾエさん先輩」

 

2人はそう言い、月守は笑顔で、天音は無表情ながらもほんの少しだけ目を輝かせてクレープを受け取った。なお、地木隊メンバーは北添のことをある種の親みを込めて「ゾエさん先輩」と呼んでいた。

 

2人は混雑している教室を出て校内の所々に設けられた休憩スペースに移動し、そこにあるベンチに座りそれぞれのクレープを食べた。

 

(美味い)

チョコクレープを食べた月守は正直に思った。

午前中に食べたお好み焼きを始めとして文化祭だと思って甘く見ていたが、どこも値段から予想される味を軽く凌駕するものばかりであった。

 

月守が高評価をしつつ隣に座る天音を見ると、夢中になってイチゴクレープを食べていた。

「神音は美味しそうに食べるね」

 

「ふぁい?」

話しかけられた天音は口の中に少しクリームを含みつつ月守を見て答えた。

「だって、美味しい、です、から」

 

「あはは、だよね。……神音のクレープ、一口食べていい?」

月守が自然にそう問いかけ、

「あ、はい、どう……ぞ……?」

天音もいつものように深く考えずにクレープを差し出しつつ、その許可を出した。

 

そして天音がその許可の持つ意味に気付きかけたところで、

「じゃあ、いただきます」

なんの躊躇いもなく、月守は天音のクレープを持つ手を空いてる左手で支えつつ、小さな口で齧られた跡のあるクレープを一口食べた。

 

「あ…」

天音が無意識のうちに意味の持たない言葉を発したが、その間に月守はイチゴクレープを味わい、

「甘いけど、ちょっとだけ酸っぱいね」

と、感想を言った。

 

天音は食べられたクレープと月守の顔を落ち着かない様子で交互に見た。

「ん?どうしたの?」

 

「え、あ、いえ、その……」

月守の問いかけに対して天音は口ごもり、うつむいた。

それを見た月守は小さく首を傾げた後、何かを察したようで、

「一口食べる?」

と、言いながら自身の持つチョコクレープを天音に差し出した。

 

「え……?」

無表情ながらもほんの少し動揺したような神音を見て、

「あれ?てっきり、チョコの方も食べてみたいのかなーって思ったんだけど…、違った?」

やんわりと微笑みながら月守はそう言った。

 

「………っ」

声にこそ出ないが天音は慌てふためいたようにパタパタとした動きをしてみせた後、

「……じゃあ、一口だけ、もらい、ます」

いつも以上にか細い声で言い、差し出されたクレープをパクッと一口だけ食べた。いや、食べたと言うには齧ったという方がしっくりくるくらい、小さな一口だった。

 

それを見た月守は苦笑しながら口を開いた。

「神音、そこはクレープの皮だけだよ?味無いでしょ?」

 

「そ、そんなこと、ない、です……」

 

「ダメ。ちゃんとチョコとかクリーム付いてるところ食べなさい」

苦笑したまま、月守は再度天音にクレープを差し出した。

 

天音は月守の顔とクレープを何度も見て、瞳の奥には大きな動揺の色を覗かせて、かなり躊躇った素振りを見せたものの、

「……ん」

パクン、と、今度こそちゃんとクレープを食べた。

 

「美味しい?」

モグモグと口を動かす天音に向かって月守は尋ねた。天音はクレープを飲み込んでから答える。

「……ごめん、なさい。味は、今、ちょっと、わからない、です……」

 

「そう?だいぶ分かりやすい、甘い味付けだと思うけど……」

月守が不思議そうに言い首を傾げ、天音は月守から顔をそらしつつ残ったクレープをパクパクと食べ進めた。

 

 

 

しばらく無言で食べ進めたところで月守が問いかけた。

「神音、次はどこ行きたい?」

 

「えっと……あと、知ってる人、いるクラスとか、ありますか?」

 

「ある程度まとまってるってなると、三輪先輩のクラスかな。でも、確か2年Dクラスは確か演劇だから、俺行けないや」

 

「え……?あ、月守先輩、ドロボー役だから、行けない、でしたっけ?」

 

「そー。ごめんねー」

やんわりと微笑みつつ、月守は天音に謝った。

 

月守が所属するクラスの出し物であるケードロにおいて月守が担うドロボー役の人間は基本的に文化祭の会場内ならばどこにいてもいいが、体育館で行われる出し物には参加してはいけないという制約があった。人がごった返すため、中に入られては見つけるのが困難になりケードロの難易度が上がるという理由であった。

 

「だいじょぶ、です」

天音はいつものように無表情でそう言い、そのまま言葉を続けた。

「あの、じゃあ、月守先輩の、行きたいところに、行ってみたい、です」

 

「……俺が行き先選んでいいってこと?」

 

「はい」

頷きながら天音はそう答えた。

 

すると、月守は困ったような表情を浮かべ、

「とは言っても行きたいところはもう回ったし……。あとは校庭でやってる屋台系くらいなんだけど、そこは彩笑も行きたがってたし、まだいいか……」

ブツブツとつぶやきながら行き先を思案し始めた。

 

行き先の定まらない月守を見て、天音はぼんやりと考える。

(月守先輩、珍しく、悩んでる)

彩笑ほどではないにしろ、割と普段から即決する傾向にある月守であるため、悩む姿は少しだけ珍しく思えた。

 

と、そこへ、

 

「しょくん、ちょうどいいところにいたな!」

 

聞き覚えのある、幼い声がかけられた。

 

「おー、陽太郎じゃん」

「陽太郎くん、こんにちは」

座る2人の目の前にいたのは、林藤陽太郎という5歳の子供だ。ボーダー玉狛支部所属のS級お子様であり、ボーダー在籍歴に関しては2人の先輩にあたるお子様である。

普段は玉狛支部で飼っているカピバラの雷神丸と共に行動しているが、今日は居なかった。月守は椅子から降りて陽太郎に目線を合わせつつそのことについて問いかけた。

 

「陽太郎。雷神丸は留守番か?」

 

「うむ。レイジにいわれてきょうはらいじん丸はるすばんなのだ」

 

「そっかそっか。ところで、そのレイジさんはどこにいるのかな?陽太郎が1人で来たわけじゃないだろ?」

月守がそう質問すると、陽太郎は腕組みをしながら答えた。

 

「レイジといっしょにきた。けど、レイジがまいごになった」

 

と。

 

その一言で2人は状況を理解し、

(いや、迷子なのはお前だ)

(迷子なの、は、陽太郎くん、だよ……)

同じことを思った。

 

「んー、そっかそっか」

月守はやんわりと微笑みつつ言いながら天音にアイコンタクトを送り、意思疎通を図った。

(神音。迷子になった陽太郎を玉狛支部の誰かに預けるよ)

(了解、です)

 

行動指針を決めた2人はすぐに動いた。天音も月守と同様に椅子から降り、陽太郎に視線を合わせて口を開いた。

「陽太郎くん、じゃあ、迷子になった、レイジさん、探そっか」

 

「おう!」

元気よく陽太郎が答える傍らで月守はスマートフォンを操作し、レイジ、烏丸、小南、宇佐美、林藤支部長に迷子になった陽太郎を保護した旨の連絡を回した。

 

すぐに返事は届かず、月守はスマートフォンに気を配りつつも制服のポケットに入れて天音と陽太郎に目を向けた。

すると早速目が合った陽太郎がいつもの調子で口を開いた。

「さくや!まずはどこをさがすんだ?」

 

「んー……。レイジさんとか玉狛の人が居そうな場所が何個かあるからさ、とりあえずそこに向かってみてもいいかい?」

 

「よし!いいだろう!」

許可を得た月守はやんわりと微笑んだ。

 

意気揚々と陽太郎は1歩を踏み出したが、

「おっと。陽太郎、ちょっと待て」

そんな彼の手を月守は掴んだ。

 

「む?なんだ?」

 

「あー、ほら。今日は人が多いだろ?もしかしたら俺たちが陽太郎を見失っちゃうこともあるかもしれない(また陽太郎が迷子になるかもしれない)から、手をつなごうか」

実際、陽太郎は迷子になっているのだから月守が言うような可能性は十分にある。だが、

「しんぱいむようだ!おれがそんなへまをするわけがない!」

当の本人は自信満々にそう言ってのけた。

 

(いや、実際にヘマしてるから)

月守は内心苦笑しつつも、このS級お子様をどう説得するものかと思案した。すると、天音がタイミング良く助け舟を出した。

「あ、じゃあ、陽太郎くん。君を、肩車しても、いい?」

 

「?」

「むむ!?なぜだ!?」

頭にクエスチョンマークを浮かべる2人に対して、天音はいつものように無表情で理由を口にした。

「えっと……、陽太郎くん、本部に来た時、米屋先輩に、肩車してもらう、でしょ?それを見て、私も、やってみたいって、思ったんだけど、ダメかな?」

 

陽太郎は本部に来くると米屋が面倒を見ていることが多い。これは米屋が玉狛所属の宇佐美の親戚であることに加え、名前に「陽」の字がつく「陽仲間」だからだ。そしてその2人が本部を移動する際には、天音が言うように陽太郎を米屋が肩車していた。

 

天音の申し出を受けた陽太郎は少しだけ唸ったあと、

「……だめだ」

と、否定した。

 

「そっか…、残念。でも、なんでかな?」

天音は小首を傾げて問いかけ、陽太郎はそれに答える。

「おんなのこにせおわれるなど、おとことしていっしょうのはじだからだ……」

その答えを聞いた月守は、

(俺にはイマイチよく分からんけど……。まあ、そういうお年頃なんだろうなぁ…)

ぼんやりとそう思っていた。

 

しかしその答えを受けた天音は、まるでその答えが分かっていたかのように言葉を続けた。

「うーん。じゃあ、その代わりに、手なら繋いでくれる、かな?」

 

陽太郎は葛藤の末に、

「……かたぐるまよりなら、手をつなぐほうをえらぶ」

そう言って天音の提案を受け入れた。

 

「ありがと」

天音はそう言い、陽太郎の小さな手をそっと掴み、同時に月守へとアイコンタクトを送った。

(……ん、ああ、なるほど)

すぐに月守はその意図に気付き、陽太郎の空いている片手を掴んだ。

 

「なぜさくやも手をにぎるのだ!」

陽太郎は少々憤慨するが、

「はっはー。男たるもの油断する方が悪いんだぜ、陽太郎」

月守はケラケラと笑いながら陽太郎の意見を受け流し、

「よし、じゃあ行くよ」

普段見ることのない組み合わせで文化祭を歩き始めたのであった。

 

*** *** ***

 

そして早速結果となるが、月守の当てにしていたレイジが居そうな場所、もとい、玉狛所属の誰かが居そうな場所は、全て外れだった。

中でも一番当てにしていた、烏丸が所属するクラスの出し物である喫茶店に烏丸が居なかったのは大き過ぎる誤算だった。彼は午前中と昼間に莫大な売上を叩き出すことに貢献して、午後は文化祭をエンジョイしているらしい。

 

校舎の外を歩きつつ、月守と天音に挟まれる形で手を握られる陽太郎が口を開いた。

「さくや、つぎはどこだ?」

 

「うーん、そうだなぁ……」

困ったように笑う月守は思案するふりをしつつ、

(誰からも連絡来ないし、こうなったら生徒会本部に行って迷子の放送をかけてもらうしかないか……?)

内心は最終手段を取るべきかどうか、割と真剣に悩んでいた。

 

言い淀む月守を見て、天音が再び助け舟を出した。

「陽太郎くん、お腹、空かない?」

 

「すいてきたぞ」

 

「食べたいもの、ある?」

 

「たいやきがたべたい!」

陽太郎がそう言うと月守は半ば反射的に、

「確か校庭の屋台にあったかな」

たいやきが購入できる場所を口にした。

 

すると天音は陽太郎へと向けていた視線を月守へと向けてから言った。

「じゃあ、私、買ってきます、ね」

 

「んー、まあ、いいけど。大丈夫?場所とか分かる?」

 

「はい。大丈夫、です」

天音はそう言い、ててて、と歩きながら高校の中庭に展開されている屋台エリアへと向かって行った。

 

残った2人は文化祭用に設置された近くのベンチに座って天音を待つことにした。

「さくやさくや!」

しかし座るなり、陽太郎は元気よく月守の名前を呼んだ。

頻繁にではないが玉狛支部に顔を出す地木隊は陽太郎にも覚えられており、玉狛メンバーほどではないにしろ、陽太郎は地木隊にそこそこ懐いていた。

 

「どうした?」

そして名前を呼ばれた月守はそれに応える。

どちらかと言えば子供が苦手な月守だが、何度かコミュニケーションを取れた甲斐があってか陽太郎はそこまで苦手ではなかった。

 

そしてそんな陽太郎は月守に向けて、

「さくやはしおんのことが好きなのか?」

そう言った。

 

意外な問いかけに月守はパチパチと数回瞬きをしたが、すぐに口を開いた。

「んー、そうだね。好きかな」

と。

 

そしてそのまま陽太郎を見据えつつ、言葉を繋げた。

「あ、神音だけじゃなくて、彩笑も真香ちゃんも、地木隊の皆が好きだよ」

 

「むむ。さくやはみんなが好きなのか。よくばりだな」

 

「陽太郎だって、玉狛のみんなが好きだろ?」

 

「あたりまえだ!たまこまはさいこうのメンバーだからな!」

 

「それと一緒。彩笑とはボーダー入った時からの仲だし、真香ちゃんは細かいとこまで気を配れるいい後輩だ。神音は……」

天音のことを言おうとして月守はほんの少し言葉を詰まらせたが、やがて、

 

「…、可愛い妹みたいな感じかな。実際にはいないから分かんないけど…。でも、少なくとも俺の後輩にしては勿体無いくらいにいい子だよ」

 

と、困ったように笑いながらそう答えた。

 

 

しばらくそうして2人は会話をして時間を潰していたが、なかなか天音が戻って来なかった。

「しおん、おそいな」

 

「そだね。……捜しにに行くか?」

 

「おう!」

どうやら陽太郎はじっとしてるのが苦手なのだなと月守はなんとなく思い、その小さな手を握りながら校庭の屋台エリアの雑踏へと足を踏み入れた。

 

屋台をやっているのは月守たちがこれまで見てきた学年別のクラスとは違い、主に運動部だった。中には文化部もチラホラいるが、基本的に屋外屋台は運動部が多くを占めていた。

そんな中を、月守は陽太郎の小さな手を引きながら歩きつつ、キョロキョロと見渡して天音を探す。

 

そして、

(あ、見つけた)

月守はあっさりと天音を見つけた。だが、

(……なるほど。だからなかなか戻れなかったんだな)

同時に天音が戻って来れなかった理由を理解した。

 

天音のもとに向かいながら、そのそばにいる見慣れぬ数人の(不良っぽい)男たちの会話を月守は意識して拾った。

 

「あの、ですから、困り、ます……」

 

「ちょっとくらいいいだろ?オレらと遊ぼうぜー」

「てか君さ、無表情だし言うほど困ってないんじゃないのー?」

 

「……どいて、ください。先輩を、待たせてる、ので」

 

「へー、先輩?それって女の子?」

「もし男だとしたら後輩にたいやき買いに行かせるとか最低じゃね?」

 

聞こえてきた会話の内容からすると、おそらく天音がこの数人の男たちにナンパされているのだろうということが月守には容易に想像することができた。

 

そんな男たちの1人が手を伸ばし、ニヤニヤと笑いながら天音の華奢な肩に手を置いた。咄嗟に天音は身体を身構えて口を開きかけたが、それより早く、

 

「その手、放してもらっていいですか?」

 

月守が男の手を掴み、冷さを感じる笑みを浮かべつつ、鋭い声で言い放った。

 

その挑発的な言動を受け、男たちの視線が月守へと向いた。

「お前だれ?」

 

「この子の先輩」

 

「チッ。先輩って男かよ」

月守は彼らの言葉を聞き流しつつ、その手に力を込めて天音の肩に置かれた男の手を無理やり退かした。

 

天音は素早く月守の背後に隠れるように回り込み、

「月守先輩……、その、ごめんなさい」

そのか細い声で呟くように言った。月守はチラッと天音に目を向け、

「あははー、気にしなくていいよー」

優しい声でそう答えた。

 

細身な腕にしては予想外の腕力であり、腕を掴まれた不良は忌々しげにそれを払った。

「いきなり現れて喧嘩腰とか舐めてんな」

 

「先にちょっかい出したのはあんたらだろうが」

今の月守は普段の穏やかさの欠片もない、まさしく喧嘩腰で彼らに対峙していた。

 

その荒っぽい空気を感じ取ったのか、周囲の視線が徐々に彼らに集まる。その中で、月守は言葉を繋げる。

「…女の子1人相手に複数で声かけるとか、情け無いな」

 

「ああ!?」

分かりやすい挑発により激怒した男は月守の胸ぐらを掴みあげた。月守はそれを振りほどくことはせず冷たい笑みを浮かべたまま、

「情け無い上に短気ときたか」

更に挑発するような物言いを続けた。

 

足元では陽太郎が、

「さくやをはなせー!」

と喚いているがその声にだれも答えることはせず、月守の胸ぐらを掴んだ男の拳が無情にも殴りかかろうとするように動いた。

 

だがその瞬間、

「狙いがあからさますぎだ」

そう言いながら、とある人物が殴ろうとした男の手を掴み止めた。

 

その人物に見覚えがあった月守は、さっきまでの冷たい笑みが嘘であったかのように、いつも通りのやんわりとした笑顔でその名前を呼んだ。

「あ、二宮さんこんにちは」

そこにいたのはボーダーの同期入隊であり、非凡なトリオン能力と高い攻撃力によりNo.1シューターの座に君臨する二宮匡貴だった。

 

月守の挨拶に対し、二宮は男の拳を掴み止めたまま応えた。

「月守。お前は相変わらずだな」

 

「なんのことでしょうか?」

 

「トボけるのか?」

しかし2人の会話に、拳を止められた男が無視するなと言わんばかりに口を挟もうとした。だが、

「陽太郎。こんなところにいたのか」

このタイミングで騒ぎを聞きつけたのか、月守たちが探していたレイジが現れて男の言葉をかき消した。

 

「レイジ!どこにいっていたのだ!まいごになるとはなさけないぞ!」

 

「迷子になったのはお前だろ」

レイジは月守たちが言えなかった事をサラリと言ってのけ、陽太郎の小さな身体をひょいっと持ち上げて、「落ち着いた筋肉」の異名を冠する自身の肉体の肩に乗せた。

 

そんな彼らを見つつ、月守は思った。

(パーフェクトオールラウンダーのレイジさんに、ソロランク2位の二宮さん……。もしトリオン体でこの2人が敵として現れたなら、勝てる気がこれっぽっちもしない……)

だがすぐに、生身でも勝てる気はしなかったと月守は思い直した。

 

そんなボーダートップランカーのただならぬ雰囲気(主にレイジの筋肉)に圧倒されたのか、天音をナンパした男たちはこそこそと去って行った。去り際に小声で、

「覚えてやがれ」

と、言っていたのが聞こえた月守は彼らを一瞥だけしてすぐに視線を外して、ずっと背後に隠れていた天音に合わせた。

 

「たいやき、買えた?」

 

「はい……。あの、でも……、こんなこと、で、迷惑、かけちゃって、ごめん、なさい」

天音は申し訳なさそうに頭を下げ、月守も伏し目がちにして口を開いた。

「いや……。こういうのに神音は狙われやすいのに、1人にさせちゃった俺が悪かったよ」

 

どうしたものかと迷いつつ、月守は手を伸ばしてその頭を優しく撫でた。

「……次からはちゃんと気をつける」

 

「あ……私の方、こそ、気をつけます、から……」

すると天音はほんの少しだけ頭を上げて、上目遣いで月守の表情を見た。天音の碧みがかった瞳がしっかりと月守の黒い瞳と視線が合ったところで、

「その、えっと……。とりあえず、陽太郎くんに、たいやき、渡してきます、ね」

慌てたように天音がそう言い、月守のもとを離れて陽太郎とレイジの方に歩いていった。

 

「あの連中、放っておいていいのか?」

天音が月守から十分離れたところで、二宮が月守に声をかけた。

「あの程度のチンピラなら問題無いですよ。そのうち、札束持った小柄な中学生とかがボッコボコにするんじゃないですかね」

 

「予想が具体的すぎるな」

 

「他意も深い意味も無いですよ?」

月守はケラケラと笑いながらそう言った。二宮はそれに対して小さな沈黙を挟んだ後に、

「一応の確認だが」

と、前置きをしてから月守に尋ねた。

 

「……もし仮に俺たちが来なかったら、お前、あいつらの腕の骨くらいは折るつもりだったな?」

 

「さて、どうでしょうね?」

問いかけに対して、月守は困ったような笑顔を浮かべつつ、はぐらかすように答えた。

 

そんな様子を見て呆れたような反応を二宮は見せ、

「別にお前がどこで、どんな問題を起こそうが俺には関係無いが……。あの時のように、俺の手は煩わせるなよ」

まるで警告するようにそう言った。

 

「その節はお世話になりました」

月守は二宮に聞こえないほどの小声で言い、

「了解です」

それを打ち消すかのように、しっかりと言った。

 

会話は終わったと思ったが不意に二宮が何かを思い出したかのように口を開いた。

「ああ、そういえば月守。お前に用があった」

 

「用?なんですか?」

思わず月守は1歩近づくと二宮は何の躊躇いもなく、

 

「逮捕だ」

 

そう言って月守に手錠をかけた。

 

月守は思わず目をパチパチとさせたが、すぐに状況を理解し、笑った。

「まさかのケーサツ役が二宮さんでしたか」

 

「ああ。本当ならすぐに捕まえるつもりだったが……」

 

「……だった?」

言葉を詰まらせたのを見て月守は首を傾げ、二宮は吐き捨てるようにして言葉を繋げた。

 

「あの甘ったるいのを見せられると声をかけるのも億劫になった」

 

と。

 

「……?」

月守にはなんのことかピンと来なかったが、「甘い」というワードから二宮が言いたいことを予想した。

「もしかして二宮さん、俺たちがクレープ食べてた時から見てたんですか?」

 

「ああ」

 

「……甘いってあのことですか」

月守の言葉を受けて二宮は自分の言わんとすることが伝わったのだと感じた。

「多少は自重しろ」

 

「えー……、いやいや二宮さん、ダイエット中の女子じゃないですし、甘いものをどれだけ食べようが個人の自由に委ねてくださいよー」

 

「お前、何を言ってるんだ?」

二宮が割と本気で疑問の言葉を投げかけ、

「え?甘いクレープの食べる量を減らせってことじゃないんですか?」

月守はキョトンとしてそう答えた。

 

「……月守。俺をおちょくってるわけじゃないだろうな?」

 

「え!?違うんですか!?……まさか、二宮さんの前でクレープ食べるな、とかじゃないですよね!?」

 

真面目にそう言葉を返す月守を見て、二宮は心底呆れた表情で言った。

「地木の奴も、難儀な奴らを部下にしたもんだな」

 

「ええ!?これも違うんですか!?どういうことですか二宮さん!」

話せば話すほど正解から遠のいていく月守に二宮はこれ以上言う気が失せ、

「黙れ。もうお前を連行する」

手錠をかけたまま月守を引きずるようにして移動して行ったのであった。

 

*** *** ***

 

「……ん」

月守はまどろみから意識を覚醒させた。周囲を見渡すと、そこは見慣れた地木隊の作戦室の中で、当然のようにメンバーが揃っていた。

(……ちょっと懐かしい夢だったな)

そんなことを思いつつ少しだけボーッとしていたが、月守が起きたことに気付いて作戦室にいた天音が、ててて、と、寄ってきた。

 

「月守先輩、起きました、か?」

 

「あー、うん」

そう答えるものの、月守の声はまだ少し寝ぼけているようにボヤけていた。

「何か飲んだり、食べたりします?」

それを見て、オペレーター用のモニターに向かい合っていた真香が尋ねた。

 

「……クレープ?」

さっきの夢の影響で月守の口が半ば勝手にそう答えた。すると、

「ありゃ?咲耶、珍しく寝ぼけてるね?」

物珍しいものを見たような声で、彩笑が笑いながら言い、

「かもね」

月守もそれにつられるようにして笑った。

 

「えっと、クレープは、ないです、から、代わりに、なにか、持ってきます、ね」

天音はそう言い、作戦室にある冷蔵庫に向かって歩いて行った。

 

そんな天音の後ろ姿を見つつ、月守はぼんやりと思考する。

(……夢、中途半端なところで覚めたな。あの後はまた皆で文化祭回って……ああ、そうそう。あの時、二宮さん、貰った景品のインスタントカメラをいらないって言って、俺に渡したんだよな)

 

月守はそこまで思い出したところで、ゆっくりと首を動かして、作戦室に設置した資料用の本棚へと目を向けた。

 

そこにあるのはフォトフレームに納められた1枚の写真だ。

 

お世辞にも写真の出来が良いとは言えないが、そこに映る4人は混じり気の無い、楽しさしか含まれていない笑顔であった。




ここから後書きです。

3年Bクラス「クレープ屋さん」
ゾエさん、倫さん、摩子さんによるシンプルなクレープ屋さん。真面目に倫さんが作る作品を見てみたいです。

2年Dクラス「演劇」
三輪先輩、仁礼先輩、三浦先輩が所属するクラスによる演劇。内容はポピュラー作品のアレンジらしい。

1年Aクラス「ケードロ」
月守を追いかけていたのは二宮さんでした。ボツにした案で、二宮さんがケードロにガチになって二宮隊を招集して捜査線を組む案がありましたが、今以上に収集が付かなくなったので断念。

*** *** ***

お久しぶりになります。
「え?ゴールデンウィークって何?美味しいの?」
状態のうたた寝犬です。

4月半ばから生活環境が激変するという旨の事は以前書いたのですが、本当に激変しました。4月末に関しては、本作の執筆どころか本作のネタを頭で考えることすらできないくらいに困難な状態でした。

なんとかの思いで番外編の文化祭編を(無理やり)収拾しました。なんかもう、話が転がりすぎて読みにくいとは思います。ごめんなさい。

執筆ができない、進まないような状態ではありましたが、合間を縫ってハーメルンをチェックするとお気に入りが増えていたり、感想・評価も頂いていて、素直に嬉しかったです。

しばらくはかなりのスローペースになりますが、なんとか本作の投稿を続けます。

次回からは本編に戻って、B級ランク戦を始めます。

後書きで長々と失礼しました。

読んでくださる皆様には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
めげずに頑張ります。


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第6章【B級ランク戦・開幕】
第44話「オープニングゲーム」


前書きです。
いよいよB級ランク戦です。
公式データブックことBBFの情報が組み込まれています。


ボーダー正隊員にとっての1番重要な仕事は、ゲートを開いて攻めてくるネイバーから三門市を守ることである。ほとんどの者はそれを志してボーダーに入隊している。

 

だが入隊後、三門市の防衛に勝るとも劣らない価値を持つものがあることを知る。それが隊員の実力向上を目的とした「ランク戦」だ。

 

ランク戦には2種類ある。

1つ目が自由な時に専用のブースを使い、それぞれが1対1で戦うことでトリガーの持つソロポイントが増減する「ソロランク戦」。

2つ目がシーズン毎に複数の部隊が三つ巴・四つ巴の形で戦闘し、部隊単位でポイントが増減し順位が変動する「チームランク戦」。

 

2つのランク戦に差異はいくつかあるが、その中の1つは階級の昇格についてである。

 

ボーダーには大きく分けて正隊員のA級とB級、そして訓練生のC級の3つにランク分けされる。S級というのもあるが、それは少し毛色が違い除外されているため、実質3つのランク分けと思っていいだろう。

 

そしてボーダー正隊員…、つまりA級とB級というランク分けは個人ではなく、チームで評価されている。正隊員に上がった者がさらに上を目指すならば、チームを組み、仲間と共にそのチームランク戦を勝ち上がらねばならない。

 

そして、まだ1月に起こった大規模侵攻の傷跡が残る2月1日。新たなるチームランク戦のシーズンがやってきた。

 

*** *** ***

 

『はいはーい、みなさんこんにちは〜。太刀川隊オペレーターの国近柚宇でーす』

試合の開幕を今か今かと待ちわびるギャラリーのざわつきがあるランク戦の観覧席で、国近がアナウンスで声を響かせた。

『いよいよB級ランク戦が始まったよ〜。記念すべきこの開幕試合の解説役を紹介するね〜』

 

国近はチラリと横に目線を移して隣に座る人物に向けて言葉を続けた。

『解説役1人目はA級アタッカーにして、

「……と、思うじゃん?」

のセリフでおなじみの米屋くんだよ〜』

 

『どーもー』

紹介された米屋は片手を上げてギャラリーに向けて挨拶をした。

 

『そしてもう1人の解説は、この試合で2シーズンぶりにランク戦に復帰する地木隊メンバーの天音ちゃんでーす。今日はちょっと事情があって試合に不参加ということで、解説席に呼んじゃいました〜』

 

『……ど、どうも、です』

マイクを使わなければ聞こえないほどの小声で天音はそう言い、ペコっと控えめに頭を下げた。

緊張気味の様子を漂わせる天音に米屋が声をかけた。

 

『天音ちゃん、解説席の座りごごちはどーよ?』

 

『あ、えっと……。ちょっと、硬くて…、普通の席、と、あんまり変わらない、です…』

 

『えーっと……、本当の座りごごちじゃなくて、こういう場合は気持ち的な事を言う場面だからな?』

 

『そうなん、ですか?』

天音はキョトンと首をかしげてそう言った。

 

そんな天音を見てギャラリーから穏やかな笑い声がチラホラと聞こえてきたところで、国近がその話題を広げた。

『そういう米屋くんは解説席の座り心地はどーお?』

 

『悪くないっすね。普段は秀次とか奈良坂、古寺に解説役が行くんで、ちょっと新鮮っすわ』

米屋の言葉を聞き、ギャラリーからは天音の時とはまた少し違う種類の笑い声が起こった。中には、

「勉強しろ槍バカー」

という声も混ざっており、

「うっせーぞ弾バカー」

米屋は笑いながらそう言い返していた。

 

開幕戦ということもあり、国近がB級ランク戦についての説明を始めた。

『ほいほーい。じゃあこれから始まるB級ランク戦について軽くおさらいしよっか〜。米屋くんよろしく〜』

 

『ういっす。つってもまあ、難しいことはそんなに無い感じだなー』

米屋は机の上に手を置きつつ説明を続けた。

『今いるB級部隊は今期から参加する玉狛第二と、ランク戦復帰した地木隊を加えた22部隊。その中でうまい具合に上位、中位、下位って3つのグループに分けて、3つ巴、4つ巴のバトルをして得点を獲っていく。よその部隊を倒せば1点、最後まで生き残った部隊には生存点2点。これが週に2回のペースで3ヶ月続いて部隊に順位が付くわけだ。んで、B級の1位と2位にはA級への挑戦権が与えられる。……まあ、こんなもんじゃないっすかね』

 

『おおー、米屋くんちゃんと説明できたねー。その手元にあるカンペが無かったら完璧だったよ〜』

国近がそう指摘すると米屋は若干慌てたそぶりを見せ、

『ちょっ、柚宇さんそれはスルーしてほしかったな』

苦笑いしつつそう答えた。

 

ギャラリーもそれにつられて笑ったところで国近が補足するように、

『付け加えると〜、前のシーズンの順位に応じてポイントに初期ボーナスついてたりとか〜、ソロポイントも増減するとか色々とあるけど……。まあ、その辺は各自で確認しておいてね〜』

と、言った。

 

試合開始が近づいて来たのに合わせて、国近は今回の対戦カードの説明に移った。

『さてさて〜、B級ランク戦初日昼の部・下位グループの対戦カードは18位海老名隊、19位茶野隊、20位常盤隊、22位地木隊の4つ巴だよ〜。じゃあ天音ちゃん、それぞれがどんなチームか軽く説明できるかな?』

 

『あ、はい。えっと、海老名隊は、隊長の海老名さんが、オールラウンダーで、隊員2人がスナイパーと、アタッカーの、割とバランス型の、編成です。茶野隊は、ガンナー2人で、中距離戦闘が得意な、チーム、です。常盤隊は、戦闘員4人全員が、サイレンサーを、セットしてる、ちょっとしたコンセプトチーム……。地木隊は……、国近先輩、地木隊も、私が説明、するんです、か?』

 

『あー、ううん。地木隊だけは私が紹介しちゃうね。今回の地木隊はアタッカーの彩笑ちゃんと、シューターの月守くんの戦闘員2人に加えて、ここにいる天音ちゃんと、元スナイパーの和水ちゃんがオペレーターを担当してるチームだよ〜。復帰戦ってことで最下位スタートになってるけど……、この前の大規模侵攻で唯一部隊単位で特級戦功をもらってるチームだよ〜』

国近の言葉に、ギャラリーがざわついた。

 

「部隊単位で特級?マジかよ」

「あのチーム、前A級にいなかったか?」

「なんで最下位スタートなんだ?」

 

そんな言葉が飛び交う中、国近は米屋にも話題を振った。

『それじゃあ米屋くん、今回の試合はどんな風になるか予想してみて〜』

 

『そっすねー。まあ、普通にやれば地木隊の勝ちだと思うな。試合の順位が1番下のチームが決めることができるステージも、奴らが選んだのはシンプルで地形戦の要素が少ない市街地Aだし、地力のゴリ押しでも十分いけるって判断だと思うなー。ただ……』

 

『ただ?』

 

『地木隊がこの中では頭一つ二つ飛び抜けて強いってのは他のチームもわかってるだろうし、無理して勝ちにいかなくても時間切れまで逃げ切ることも、なんなら他のチームで一時的に徒党を組んで地木隊に挑むって手もある。まあ、本気で勝ち手を考えるなら、地木隊はスナイパーがいねーから遠距離戦は苦手なんだし、スナイパーがいるチームはそこを付けば勝ち目はゼロじゃねーしなー』

 

『んー、つまり……。ぶっちゃけ試合が始まらないとわからない〜ってこと?』

 

『まあ、ぶっちゃけるとそうっす』

 

米屋の答えを受けて、国近は今回は天音にも同じ話題を振った。

 

『天音ちゃんはどう思う?』

すると天音は国近と米屋をまっすぐ見据えて口を開いた。

 

『どんな展開に、なるかは、わからない、です。でも、その……、先輩たちが、負けることは、無いと、思います』

無表情のままで天音は言い、再度会場がどよめいた。

 

天音はそのまま淡々とした口調で言葉を繋いだ。

『あと、米屋先輩、1つだけ、訂正、いいです、か?』

 

『ん、ああ、いいぜ』

 

『米屋先輩は、市街地Aを見て、地力のゴリ押しって、言ってました、けど……』

天音はそこで意図して一呼吸を取ってから、

『……月守先輩と、真香は、ちゃんと、意味があって、市街地Aを、選んでました、よ?』

そう、言った。

 

*** *** ***

 

観覧席でそんな会話が交わされる中、地木隊作戦室では最後の作戦確認が行われていた。

 

作戦会議用の資料をテーブルの上に広げつつ、3人の確認は滞り無く進んでいた。

「まあ、色々言ったけど、多分肝心になるのは戦闘開始直後だよ。そうなると真香ちゃんがちょっと忙しいけど……」

月守が何かを問いかけるようにして真香を見たが、

「はい、大丈夫ですよ、月守先輩。私が提案した事なので、ちゃんと責任を持ってやり遂げますから」

真香はあっさりとそう言い、それを見た月守は頷いてから視線を彩笑に向けた。

「彩笑は、まあ、なんだかんだいっていつも通りかな」

 

「だね。序盤を決めた後は、サポートよろしく」

 

「りょーかい」

最終確認を終えたところで、彩笑が少し落ち着きの無い様子でテーブルの上にあったボールペンを持ち、クルクルとペン回しを始めた。それを見て真香は尋ねた。

「……地木隊長、緊張してますか?」

 

「え?ううん、全く。ただ、久々にチームランク戦だーって思うと、張り切っちゃって落ち着かないんだー」

 

「あはは、気合十分なんですね」

 

「うん」

彩笑は楽しそうな笑みを浮かべ、月守へと声をかけた。

「咲耶はどう?緊張してる?」

 

「んー、どうだろうね。全く想定してなかった展開になったらと思うと少し不安かな」

 

「変なとこを心配するね。ま、大丈夫大丈夫。咲耶がヘマしてもボクがちゃんとリカバリしてあげるよ!」

 

「いや、どっちかというと普段リカバリしてるのは俺の方だから」

彩笑と月守はお互いに軽く笑みを浮かべて、言い合いを始めた。

 

「というか、初めてのランク戦の時、開始直前まで泣きそうな顔してた彩笑が緊張してないとか、言うようになったねー」

 

「ちょっと咲耶!」

月守がサラリと言ったエピソードが初耳だった真香は軽く驚き、思わず尋ねた。

「え?そうなんですか?」

 

「うん、そうだよ。それにいざ試合が始まったらテンパって変な動きしてたし……」

 

「あ、あの頃のボクは……」

彩笑が慌てて何か言いかけたが、月守はそれに被せるように、ついでにと言わんばかりに口を開く。

「挙げ句の果てには相手から狙われたら足を止めちゃうし……」

 

「うわぁ……」

今の彩笑からは想像もできないエピソードを次々と知った真香は素直に驚いた。そして、

「あーもう!咲耶!あの頃の事は言いっこ無しって決めてたじゃん!」

半ば黒歴史をカミングアウトされた彩笑がとうとう憤慨してテーブルを叩きつつ叫んだ。

 

「いやー、ついうっかり」

月守が困ったように笑いながらそう言ったが、

「はいダウト!咲耶は今のを狙ってやってた!わざとバラした!」

その嘘を見破った彩笑は人差し指を月守に向けて言った。

 

「バレたか」

 

「当たり前だよ!許さないからソロ戦用のブースに行くよ!300ポイントくらいは強奪してやる!」

 

「行くよって……。もう試合始まるけど?」

 

「なら試合終わってから!真香ちゃん、ブース確保しといてね!」

彩笑は憤慨しつつ……、とは言っても、小柄な体格と怒り方のせいなのか、その姿はどことなく拗ねた子供のようであった。妹がいる真香にしてみれば、今の彩笑の姿はその妹と重なるものがあり、微笑ましく感じた。

 

「了解です。ブースの予約、しておきますね」

真香はニコリと答えつつも、内心は今の2人を見て、呆れるような気持ちがあった。

 

(2人とも、これから試合が始まるのに、もう試合が終わった後のことを考えてる。緊張感無いなぁ……)

 

だが同時に、感心するような気持ちもそれと同じくらいにあった。

 

(でも、試合に対して油断は微塵もしてない。地木隊長は個人特訓の合間を縫って入念に相手の試合記録動画をチェックしてた。月守先輩は試合の流れを十何パターンも想定して私との打ち合わせしてたし、トリガー構成まで調整してた……)

 

真香の思考が進む中、試合開始まで残り1分を切り、作戦室のモニターと真香のオペレート用パソコンの画面でカウントダウンが始まった。

それを見て、騒いでいた2人の空気が変わった。

 

「……そろそろか」

「ん、そだね」

 

2人は言葉短くそう言い、転送のための所定の位置へと移動した。2人の移動が終わると試合開始まで残り30秒を切り、そのタイミングで真香が2人へと言った。

「地木隊長、月守先輩」

 

「うん?」

「何かな?」

 

それぞれがまっすぐに真香を見据えてそう言い、真香もそれに応えるようにまっすぐ見据えて言った。

 

「その……、絶対勝ってくださいね」

 

と。

 

すると2人は一瞬だけキョトンとしたが、すぐに彩笑は笑みを浮かべ、

「ははっ!当たり前だよ真香ちゃん!」

自信に満ちた声と表情でそう言ってのけた。月守もそれに続くようにやんわりと微笑んで口を開く。

「それにさ、真香ちゃんもチームの一員なんだし、『勝ってくださいね』じゃなくて、『勝ちましょう』じゃないかな?」

 

違うかな?とでも言いたげな雰囲気の月守を見て、真香も一瞬の間を空けてから2人と同じように笑った。

 

「……ふふ、そうでした。序盤は私に任せてください。しっかりと決めてみせるので、一緒に勝ちましょう」

 

真香の頼もしい一言を聞き、2人は再度笑顔を見せた。

 

そしていよいよカウントダウンが終わり、戦闘員2人のトリオン体を光が包み込むようにして転送が開始された。

 

 

*** *** ***

 

 

今期のB級ランク戦は、通常の目標であるA級へと昇格もそうだが、その先にある近界(ネイバーフット)への遠征部隊入りも視野に含まれるものになっている。

 

上を目指す者。

A級を目指す者。

遠征を目指す者。

順位に興味の無い者。

目的を見失いかけた者。

現状を維持する者。

戦いを楽しむ者。

 

それぞれがそれぞれの思惑と思いを胸に秘め、交錯する中、波乱のB級ランク戦が開幕した。




ここから後書きです。

常盤隊が全員装備してるサイレンサーってどんなオプショントリガーなんでしょうね。最初は銃トリガーにつけて発砲音を抑えるのかと思いましたが、銃トリガーなしの人でも持ってるあたりを見ると違う様子…。

本作において、原作とはB級ランク戦の上中下のグループ分け方が異なります。地木隊参戦によって綺麗に22チームを三等分できないため、書き手である私のさじ加減でどこのグループが多くなるのかがちょくちょく変わります(本編においては、8チームになるグループを固定すると一部のチームで負担が増えて公平性を欠く可能性があるため、その都度調整が入っている、ということにします)。



どうでもいい話になりますが、私には悪い癖があります。
それは人の誕生日を忘れるというものです。プレゼントを送るような仲の人ならばそんなことはないのですが、メールや電話で一言言う程度なら、くらいの仲の人ならば、よく忘れます。
タチの悪いことに誕生日の数日前までは覚えているくせに当日になると何故か忘れ、後日不意に思い出すというもので、非常にタチの悪い癖です。
何が言いたいのかというと、この話を投稿した5月15日は地木彩笑の誕生日だということです。

本作を読んでくださる皆様に感謝の気持ちを忘れることなく、これからも更新頑張ります。


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第45話「予測」

市街地A。

ボーダーのランク戦においてポピュラーであり基本的なステージの1つであるこの市街地Aに、4部隊の計11名の隊員がランダムに転送された。茶野隊が他の隊に比べて隊員同士の転送位置が近いが、その他の隊は程よくばらけていた。転送と同時に居場所を知られては大きく不利になるスナイパー(海老名隊の乙川隊員と常盤隊の斎藤隊員)はレーダーに映らない効果を付与するオプショントリガーの『バッグワーム』を起動する。

 

(さて、地木隊はどう出る?)

 

自分と仲間の位置を把握しつつ、地木隊以外の9名がそう思った。チームランク戦ではその試合において順位が最も低いチームがステージを選択し、作戦を仕掛ける立場にあるため、仕掛けた側の意図を読まなければならない。それを読み外したり、読み取りが遅れると一気に仕掛けた側の展開にはまり、あっという間に総崩れというのも十分にあり得るからだ。

 

各隊の隊長は相手の意図を読みつつも隊員にひとまず合流の指示を出し、隊員はそれに従う。

 

だがその次の瞬間、大量のトリオン弾丸がある一箇所から空を覆い尽くさんばかりに放たれ、各隊員へと雨のごとく降り注いだ。

 

*** *** ***

 

その光景をモニターで見ていた実況役の国近が軽く驚いたような声を出した。

『おお〜、いきなり仕掛けたね〜。これは月守隊員のフルアタックハウンドかなー?』

 

『まあ、今回の面子でこれだけのトリオン持ってるのは月守だけだろうな〜。にしても、なんだかんだでこいつも弾バカ族だな』

解説役の米屋がそう言ったところで、もう1人の解説役であり月守のチームメイトである天音が、

『月守先輩が、ハウンド使うの、ちょっと珍しい、です』

呟くように言った。

 

その間にも戦闘は進んでいく。狙われた各隊員は雨を防ぐような傘を思わせる形状にシールドを展開し、ハウンドを防いだ。米屋が言うように月守のトリオン能力は基本的に高いが、ステージ全体に散らばるように転送された隊員全員を標的にするほどに射程を伸ばして設定したハウンドの威力と弾速はたかが知れている。面食らったような反応をしつつも全員がハウンドの雨を防いだ。

 

そして防ぎきったと同時に各隊が行動を再開し、国近がそれを実況する。

『月守隊員のハウンドをやり過ごした3部隊が一気に動き出したよ〜。スナイパー2人と地木隊長はバッグワームを起動してるみたい。どうやら3部隊とも合流するつもりかなー?』

 

『バラけてる、と、火力を集中した、月守先輩の、弾丸を、防ぐのは、大変、ですから……』

 

『だな。そんでもって合流後は、とりあえずどこも地木隊に照準を合わせて行動ってとこか?』

 

『んー、多分そうじゃないかな〜?戦うのか時間切れまで逃げるかは各隊の判断しだいだけど、少なくとも地木隊は全部隊に攻撃かけたし、攻める気満々だもんね〜』

実況解説の3人がそう言う中、試合に早速大きな動きがあった。

 

*** *** ***

 

ハウンドの出所にいた月守が自分たちめがけて動き出した事を、レーダーをチェックしていた茶野隊がいち早く気付いた。

「げっ!月守の奴、俺たちを狙ってるぞ!」

 

「マジかよ!」

転送位置の運がよく、スムーズに合流できた事を喜んでいた茶野隊長と藤沢隊員だが、月守が近付いて来るのがわかるや否や一気に焦りを見せた。

『茶野くん、どうする?』

そんな中、2人より1つ年上のオペレーター十倉恵が茶野に思考を促した。促したといっても、十倉の声は落ち着いたものであり、それに感化された茶野は自身を落ち着けるように1つ呼吸をしてから作戦を決めた。

 

相方である藤沢と共に小走りで移動しつつ、決めた作戦を十倉へと伝えた。

「一旦距離を取ります。十倉さん、他の隊がいる地点までオペレートしてくれますか?」

 

『他の隊の所までって事は、乱戦に持ち込むつもりなの?』

 

「そうです。悔しいですけど、今の俺たちじゃ地木隊相手にまるで歯が立たないはずで、正直、長時間逃げることも困難です。だったら複数隊を巻き込んで月守の注意が他にそれるまでなんとか生き延びて、そこから立て直します」

茶野はそう言った。

 

消極的なようにも思えるが、先日の大規模侵攻で勇み足を踏みすぎたあまりに、強力な射撃トリガーを扱う人型ネイバー『ランバネイン』にあっさりと撃ち抜かれてしまった反省を活かして、茶野は少し様子を見ることにしたのだ。

 

十倉も藤沢もその事は理解しているため反対せずに茶野の意見に従うことにした。

『分かったわ。じゃあ近くの部隊めがけてルートを指示するわよ』

 

「ありがとうございます、十倉さん」

茶野はそうお礼を言い、続けて藤沢にバッグワームを起動するようにと指示を出した。月守には変幻自在のバイパーがある。一度視認されると、リアルタイムで弾道を引いてしつこく追跡することが可能であるため、茶野はバッグワームでレーダーから姿を消して月守の視界に映るのを少しでも遅らせようとしたのだ。

 

そして2人がバッグワームを完全に展開し、

『ルートを指示するわ』

十倉がそう言って逃走ルートを指示しようとした、その瞬間、

 

 

「まず2点」

 

 

背後から、淡々としているが殺気のこもった声が聞こえた。

 

「「っ!?」」

 

2人が驚き振り返ろうとしたものの、鋭い痛みと共に2人の首が宙を舞い視界が大きく揺らいだ。そしてその揺らぐ視界に、小柄な体格にバッグワームをまとい、右手に片刃のスコーピオンを握った人影を収めたところで、

 

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

 

2人同時にその音声が響き、茶野隊は戦場からベイルアウトして姿を消した。

 

ベイルアウトの光跡を追いつつ、彩笑は月守へと通信を入れた。

『咲耶、ナイス陽動』

 

『どういたしまして。真香ちゃんの方も準備できたみたいだし、それに従って打ち合わせ通りに行くよ』

 

『りょうかーい』

それと同時に2人の視界に表示されるマップデータに、数個の輝点と赤、黄、緑の3色で彩られるエリアが発生した。

『お!真香ちゃんナイスタイミング!』

彩笑がそれを見て真香を褒めるように言い、

『あくまで予測ですけどね』

控えめな声で真香はそう答えた。

 

マップを見つつ、月守が彩笑に尋ねた。

『彩笑。この色の意味は覚えてるよね?』

 

『赤い所に入らなきゃ問題無し!』

自信満々に答える彩笑の声を聞き月守は苦笑し、

『まあ、そんなとこだね』

そう言ってバッグワームを展開し、彩笑同様に隠密行動を開始した。

 

*** *** ***

 

茶野隊を彩笑が鮮やかとも言っていい動きで撃破し、バッグワームを装着したまま再度動き出したところで、観覧席側ではようやく今の動きの実況解説に移った。

『お見事〜、としか言えない動きだったね〜』

 

『月守が派手に攻撃して陽動役。注目を集めたのを見計らって地木ちゃんがバッグワーム起動して茶野隊に急接近して、背後からの首切りか。なあ天音ちゃん、これってあの2人が事前に打ち合わせてたのか?』

米屋が尋ねると、隣に座っていた天音はコクっと頷いてから答えた。

『はい。今のは、先輩たちが、打ち合わせ、してた、序盤の流れの、うちの、1つ、です』

 

『考えたのは月守か?』

 

『これは、月守先輩が、考えた流れ、でした』

 

『おー、やっぱりか。じゃあついでに訊くけど、今オレが言ったこと以外で月守はこの流れに対して何か言ってたか?』

その問いかけに対し、天音は少しだけ思い出すような仕草をした後に答えた。

『んー……、米屋先輩の、意見で、だいたい合ってます。けど、強いて付け加える、なら……茶野隊は、大規模侵攻で、人型ネイバーと、交戦してました、よね?』

 

『ああ〜、そうだね。ほら、米屋くんたちが連携して倒した空飛ぶ奴だよ〜』

 

『あー、あの空飛ぶ弾バカ族か』

国近に言われ、米屋は自身が仲間と共に連携して撃破した人型ネイバーのことを頭に浮かべ、天音に説明の続きを促した。

『……それで?』

 

『えっと…、月守先輩が、言うには…。派手な弾幕で、攻撃を仕掛ける、と、茶野隊は、あの時のことが、つい頭をよぎって、弾幕を張った、月守先輩に、注意を全部、向けてしまうはず…。って、言ってました』

 

『言われてみればそんな気がすんなー』

天音が告げた月守の意見を聞き、米屋は納得したように言った。ここで国近が思い出した疑問を天音に問いかけた。

『そういえばなんだけどさー。天音ちゃんが試合前に言ってた、地木隊が市街地Aを選んだ理由ってなんなの〜?』

 

その国近の問いに、天音はモニターに一瞬視線を送りつつ

『……多分、そろそろ、わかります、よ』

と、答えた。

 

*** *** ***

 

スナイパーである海老名隊の乙川隊員と常盤隊の斎藤隊員は、地木隊2人がバッグワームを展開したことに対して舌打ちをした。というのも試合前の打ち合わせで、明らかにB級下位の実力を凌駕する地木隊2人を倒すとなると、乱戦に持ち込んでイレギュラーを誘うか、不意をついた狙撃のどちらかしかないことを、2部隊とも確認していたからだ。

前者は味方のリスクが高いが、後者は上手くいけばほぼノーリスクで2人を倒すことができる。ゆえにスナイパーには、

『チャンスがあれば地木隊を狙え』

というオーダーが出ていた。

 

しかしバッグワームにより補足が困難になり、互いのスナイパーはほぼ同タイミングで隊長へと指示を仰いだ。

スナイパーが援護射撃できる位置にいる海老名、常盤の両隊長も地木隊の動きにどう出るべきか悩んだようだが、狙撃の期待ができないため、もう1つの案である乱戦に持ち込むことを選んだ。

 

ただし海老名隊長は地木隊を気にしすぎて崩れるよりなら常盤隊から点を取ろうという考えであり、常盤隊長は地木隊の狙いがバッグワームによる奇襲作戦と仮定して、海老名隊と交戦してそれを狙ってきた地木隊を誘い出すという考えだった。

 

理由は違えども結論は同じであり、両隊長は互いに交戦することを選択した。そしてスナイパーにもそれ相応の指示が出された。

『地木隊の動きにも目を光らせつつ、海老名隊(常盤隊)と交戦するオレたちを援護してくれ』

 

『了解』

両スナイパーはそれを受諾し、互いのチームは相手部隊と交戦するために動き出した。

 

交戦するであろう地点へと目とイーグレットの銃口を向けて、常盤隊スナイパーの斎藤は呟くように言った。

 

「あんだけ強えくせにバッグワームで隠密行動とか、地木隊の奴らは卑怯くせぇな。もっと堂々と姿晒せよ」

 

「いやだって、そうすると君らに狙撃されちゃうじゃん?」

 

「あー?それを狙って……、って、はぁ!?」

 

狙っているんだ、と、言おうとした斎藤は数テンポ遅れて、自身の呟きに答えているのは誰だ?という疑問が頭をよぎり、慌てて振り返った。そして誰が自分の呟きに答えたのか視認したと同時に、

キィン!

という音が響き、

「それだけスナイパーを警戒してたんだよ」

やんわりと微笑んだ月守が容赦なく右手に展開したアステロイドのトリオンキューブを8分割して放った。

 

咄嗟のことに斎藤隊員はシールドを展開することすらできずに被弾し、アステロイドはトリオン伝達脳とトリオン供給器官を破壊した。

 

トリオン体の2つの弱点を射抜かれた斎藤隊員に戦闘続行ができるわけなく、

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

その無機質な音声と共にトリオン体が爆散し、ベイルアウトした。

 

「ふぅ……」

月守が一息つくと同時に、もう一箇所からもベイルアウトの光跡が見えた。一応の確認のために月守は彩笑へと連絡を取った。

『そっちもスナイパー片付けた?』

 

『もちろん!』

彩笑はあっさりと肯定し、地木隊全員にこの通信が聞こえるように設定してから言葉を続けた。

『真香ちゃんのスナイパー位置予測、ドンピシャだったよ!』

 

『ありがとうございます、地木隊長。ちょっと自信なかったですけど、上手くいって良かったです』

一仕事終えた真香の声は安心したような声であり、それを聞いた月守は、

『真香ちゃん、お疲れ様』

真香に労うような言葉をかけたあと、再び彩笑に向けて言葉を投げかけた。

『彩笑、ここからは俺たちの仕事だな』

 

『あはは、そだね。こっから先は細かいことは無しの、純粋な実力勝負』

レーダーで2部隊の動きを見つつ彩笑は言い、試合開始時点から起動していたバッグワームを解除した。

解除して空いたサブ側にグラスホッパーをスタンバイさせ、彩笑はスナイパーが潜んでいたビルから飛び降り、

『咲耶。残った海老名隊と常盤隊を全滅させるよ』

月守にそう指示を出した。

 

『了解だ』

その指示を受けた月守もそれが当然と言わんばかりにあっさりと受諾し、同じくバッグワームを解除して、フリーになった両手にトリオンキューブを生成した。

 

高レベルなスコーピオン使いである高速アタッカー彩笑と、バイパーを始めとしてあらゆる攻撃を駆使するシューターの月守。

 

A級にいてもおかしくない2人の牙が、海老名隊と常盤隊へと向けられた。

 

*** *** ***

 

観覧席側のモニターでは、彩笑と月守が海老名隊と常盤隊の2部隊相手に乱戦を仕掛けた様子が映し出されていた。

その光景を見て、米屋が呟くように言った。

『……こう言うと海老名隊と常盤隊にはわりー気がするけど、もうほぼほぼ決まったな』

 

『そうかもね〜。あの2人のあの間合いの戦闘を受けるには、B級下位だとちょっと力不足かも〜』

国近が同意するように言った後、今の地木隊の動きを見て頭に浮かべた予測を確かめるように天音へと問いかけた。

『天音ちゃん。地木隊が市街地Aを選んだのは、この流れにするためなのかな?』

 

『はい』

天音は飾らぬ言葉で答え、国近は納得しつつも苦笑いを浮かべた。

 

一方、国近の思考、もとい、地木隊の仕掛けた意図の全てを読み切れない米屋は頭にクエスチョンマークを浮かべつつ声をかけた。

『えーっと……、天音ちゃんに柚宇さん、2人だけで納得してないで、オレとギャラリーにも分かるように説明してください…』

 

米屋の言葉を受け、天音がそれに答え始めた。

『んっと…。国近先輩は、わかったみたい、ですけど…。月守先輩と、真香が、市街地Aを、選んだ理由は、いち早くスナイパーを、倒すため、だったん、です』

 

『いやー、でもさ…。スナイパー有利な市街地Cまで行くと極端だけど、狙撃地点を予測するなら高低差と開けた場所が何個かある河川敷とか工業地区とかの方がいいんじゃねーの?』

 

『確かに、そう、ですけど……。月守先輩が、言うには、

「地形戦を挑んでると感づかれると、敵の動きが複雑化する」

らしい、ので……だから、えっと……』

天音は月守や真香の言った作戦を理解してはいるが、それをどう説明すればいいのか戸惑い、言葉に詰まった。そこへ、地木隊の狙いを看破できた国近が助け舟を出した。

 

『順を追って説明するね〜。まず市街地Aっていうステージなんだけどー、このステージは可もなく不可もなくって感じで、どんなポジションでもある程度公平な条件で戦闘できる条件が整ってるステージなんだよ〜』

 

『まあ、そうっすね。ソロランク戦でもとりあえず市街地Aで戦う、みたいな雰囲気ありますし、そこは納得っすわ』

 

『うんうん。そんな市街地Aでもスナイパーが狙撃に使いやすいような高さのある建物の数って、ある程度限られるっていうか、絞られるんだよー』

国近の言うように、あらゆるステージ要素を平等に詰めたとも言える市街地Aでも、本格的に狙撃に使えるような高さのある建物はそこまで多くはない。両手の指で数えるには少々多い程度だが、逆にその建物の高さやそこから狙撃でカバーできる範囲というのはどこも同じ程度である。

 

米屋はそこに気づき、指摘を入れた。

『……だとしても、なんであの2人はピンポイントでスナイパーの位置を割り出せたんすか?そりゃー、地木隊オペレーターの和水ちゃんは元スナイパーだって言っても、あそこまで正確に絞り込むにはちょっと無理があるように思うっすけど……』

その疑問は(一部を除いた)ギャラリー達も感じていたようで、彼らはその答えを聞くべく耳を傾けていた。

 

その疑問には天音が答えた。

『真香が、言ってたん、ですけど……。市街地Aで、チームランク戦を、すると、ある傾向が、多いそうなん、です』

 

『ある傾向?』

 

『はい。多分、ステージに、あまり捻りが、ないからだと、思うんです、けど……。市街地Aの、チームランク戦では、合流を優先する、チームが、すごく多いん、です』

 

『言われてみればそうかもな』

 

『荒船隊みたいな、そもそも合流しない、チームは例外、ですけど……。大体のチームが、開戦直後に、ひとまず合流、する事が、多いみたい、です』

 

『実際に今回も、地木隊以外の3チームは合流してたもんね〜』

国近と天音の意見を聞き、米屋はようやくピンときたようで答えを口にした。

『つまり、各隊の合流地点から狙撃ポイントを逆算したってことっすか?』

 

『あ、米屋先輩、それで、正解です』

 

『っしゃ!』

正解と言われた米屋は素直に喜び、小さくガッツポーズをした。

そんな嬉しそうな米屋を見つつ、

 

(あと付け加える、なら……。真香は、位置予測を、さらに正確にするために、この2チームの、試合のログを、何回も見て、狙撃手の配置傾向を、まとめてたし……。わざわざこのために、狙撃を警戒する、エリアを、色付けしたり、してたん、だよね)

 

天音は内心、そんな事を考えていた。

しかしその事を言う必要は無いと判断した天音は、モニターへと目を向けた。

 

そこに映っていたのは、国近や米屋の予想通りの光景であり、彩笑と月守が連携を取って海老名隊と常盤隊の2部隊を相手取り、なおかつどう見ても優位に試合を進めている姿だった。

 

(桜子には、悪いけど、私たちの勝ち、かな……)

 

友人である海老名隊オペレーターの武富桜子に心の中で謝りつつも天音は勝利を確信した。

 

*** *** ***

 

蓋を開けてみれば、結果は圧倒的なものであった。

乱戦の最中に意地を見せた海老名隊長が常盤隊の計良隊員を撃破した以外は、得点の全てを地木隊が獲得するという結果に終わった。

2シーズンぶりにランク戦に復帰した地木隊は撃破した8得点と生存点である2点を加えて10得点を獲得。一気に中位グループに食い込むという結果で初戦を飾った。




ここから後書きです。

どうもオリキャラ同士の絡みが多いためなのか、原作キャラクターを書いていると『なんかコレじゃない感』を私自身がすごく感じます。今回だと特に米屋先輩がそうです。原作の読み込みが足りないのだろうかと思い、ちょくちょく読み直してます。

今回戦闘シーンは割とサックリめです。がっつり書きたい思いもあるのですが、海老名隊と常盤隊の顔や戦闘スタイルが不明ですのでサックリさせました。


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第46話「隊長トーク」

地木隊の圧倒的というべき結果がボーダー内に広がるのにそうそう時間はかからなかった。

今回の試合で得点のほとんどを叩き出したのは隊長でありチームのポイントゲッターである彩笑だ。

 

他の追随を許さぬ機動力により、さながら狩人のごとき活躍だった。

 

しかし試合が終われば、その姿は一変する。

 

「ふにゃー……」

地木隊作戦室にて、彩笑(生身)はマッサージチェアに座りながら、意味を持たない言葉を吐いた。なお、そのマッサージチェアは特級戦功にて得た褒賞金で購入したものだ。

 

リラックスを通り越して完全に脱力しきった姿からは先ほどまでの試合の活躍振りなど想像できず、日向ぼっこをする猫を思わせるものがあった。

 

そんな彩笑を見て、トレーニングルームから出てきたばかりの月守(トリオン体)が声をかけた。

「くつろぎすぎだろ」

 

「ボク達の作戦室なんだしいいじゃん」

月守の言葉に対して彩笑はそう答えた。

 

あと1時間もすれば、B級ランク戦夜の部が始まる。今後の試合相手になるチームが出るのだから2人はそれを観戦することにしていた。

なお、天音は念入りな検査のため不知火の研究室に足を運んでおり、真香は諸事情によりここにはいなかった。

 

彩笑はマッサージチェアからゆったりと立ち上がりつつ、口を開いた。

「ねえ、咲耶。どっちの試合観に行くの?」

 

「次の相手になり得る中位グループは当然観たい。上位グループは真香ちゃんに任せてあるから、そこはいいんだけど……」

作戦室のソファに座った月守はそこで言葉を止めた。冷蔵庫から缶のお茶を取り出した彩笑が月守めがけて軽い放物線を描くようにして投げながら問いかける。

「遊真がいる玉狛第二の試合が気になるの?」

 

「まー、ぶっちゃけ」

お茶を受け取った月守は素直に答えた。

 

彩笑はついでにココアを取り出し、再びマッサージチェアに座って月守との会話を再開させた。

「結局両方とも会場で観たいよねー」

 

「だな」

月守は苦笑いを浮かべてそう答えた。

 

基本的に、各試合はデータが残されてログとして後から見ることはできる。だが観覧席からの実況・解説に関する音声は記録されない。試合の解説役を担当する人物によっては大変有意義な内容を聴くことができるため、それを聴くには直接会場に足を運ばなければならないのだ。

中には各試合の実況・解説までもログとして残して夜な夜な作戦室で聴くという人物もいるが、それは例外であり月守も彩笑も除外して考えている。

 

そして試合内容もそうだが、解説も聴きたい2人はどっちの試合を観に行くか迷っていた。

 

ちなみに上位グループは、オペレーターである真香が実況役として呼ばれているため2人は真香に(実況解説付きの)ログを頼んでおいた。

 

「彩笑、どうする?」

月守は缶を片手に問いかけた。

「むむむー……」

彩笑は迷った様子を見せつつもすぐに、

 

「うん。咲耶は中位グループ観に行ってよ。ボクは下位グループの試合を観に行くから、後で内容を報告し合えばいいや」

 

と、結論を出した。

 

「オッケー」

それを聞いた月守はすぐさまそれを了承しつつも、

「一応訊くけど、その分け方に理由とかある?」

と、尋ねた。すると、

「え?無いよ?強いて言うならなんとなく」

彩笑はケラケラと笑ってそう答えた。

 

呆れたような気持ちは月守にあったが、彩笑がこういう性格なのは今に始まったことではない。ゆえに月守はこう答える。

「彩笑らしいな」

そして彩笑はそれに対して、

「ボクはボクだからね〜」

と、やはり笑いながら答えた。

 

*** *** ***

 

2人は作戦室で試合開始時刻まで時間を潰してから移動を開始した。各会場への別れ道に差し掛かったところで、2人(トリオン体)はピタリと示し合わせていたように足を止める。

「じゃあ、咲耶は中位グループをお願いね」

 

「了解。彩笑は下位グループの試合だけど……。大丈夫?会場まで迷子にならない?」

 

「失礼なっ!さすがのボクでも3年もいるところで迷わないから!」

 

軽く憤慨した彩笑に対して月守はやんわりとした笑みを見せ、

「じゃあ、試合終わったら作戦室で合流な」

そう言って試合会場へと向かって行き、

「はーい」

彩笑は笑顔で返事をして、下位グループの試合が観戦できる部屋へと向かって歩きだした。

 

 

 

 

そしてその5分後、

「次はこっちのはず……?」

月守が危惧したように、彩笑は迷子になっていた。

 

本部の廊下に彩笑は佇み、周囲をキョロキョロを見渡す。

(んーっと……、ここはどこかな?多分もうちょっとで試合会場にたどり着けるような気がしないでもないんだけど……)

本人の心の中ではまだ認めていないが、完全なる迷子である。

 

おそらくこっち、多分ここを曲がる、といった勘を頼りに彩笑は廊下をウロウロと彷徨う。すると、

 

「怪我はもういいのかね?」

 

「はい。来週からはランク戦にも復帰します」

 

聞き覚えがある声による会話が、彩笑の耳に届いた。

 

(この声……)

彩笑は声のする方向に進むと、そこにはボーダー最高司令官である城戸と、先日の記者会見で大いに注目を集めた三雲がいた。

 

ただならぬ…、というほどではないが、第三者が介入するような会話ではないと彩笑は雰囲気で判断し、2人に気づかれないように廊下の曲がり角に隠れつつ聞き耳を立てた。

拾えるのは断片的だが、

 

「先日の記者会見」

「あの件」

 

といった単語から、大規模侵攻についての記者会見についての話をしているのだろうと彩笑は判断した。

しかし会話の内容を理解しきる前に2人の会話は終わってしまったらしく、1人分の足音が遠ざかるのが聞こえた。

 

廊下の角からチラッと見ると、この場を去っていったのは城戸司令のようで、三雲がその背中を見ていた。

 

城戸司令の姿が完全に見えなくなったところで彩笑は廊下の角から歩きだして三雲のそばに近寄った。そしてその背後から、彩笑は三雲に声をかける。

「やー、城戸司令は相変わらず怖いねー」

 

「うわっ!?って、地木先輩!?」

足音を消して近寄っていた彩笑に三雲は気づかず、大げさと言ってもいいリアクションを取って驚いてみせた。

 

「あっはは!驚かせてごめんねー」

彩笑は楽しそうに笑いながらそう言った。その声には申し訳なさの欠片も無く、イタズラ心100パーセントだったのが伺えた。

 

「全然気づかなかったです」

 

三雲はそんな彩笑に気づいていないのか気づいた上でスルーしているのか定かではないが、そのまま会話を続けた。

 

「でしょ?ボク、かなり本気で気配と足音消してみたし」

 

「な、なんでそんなことを?」

 

「ビックリする三雲くんが見たかったから!」

ケロっとした表情で彩笑は言い放ち、三雲は自由すぎる様子を見せる彩笑に対してどう対応すればいいのか決めかねていた。

 

そんな三雲の心中をなんとなく察した彩笑は、笑顔のまま会話を進めることにした。

「まあ、それはともかくとして。三雲くんが隊長の玉狛第二は、今日がデビュー戦だよね?出なくていいのかな?」

 

「あ、その、ぼくの参加はケガの影響で来週からなんです。今日の試合は空閑と千佳の2人で戦います」

 

「なるほど。参加できないのはウチの神音ちゃんと似たような理由ね。でも三雲くん、試合は観るんでしょ?」

 

「はい。観覧席で解説役として観る予定になっています」

その言葉を聞いた彩笑は内心でラッキーと思いつつ、笑顔を崩さずに言った。

 

「じゃあ、一緒に行こっか。ボクも下位グループの試合を…、ううん、君たちの試合を観に行く予定だったからさ」

 

「わかりました」

 

わざわざ言い直した意味を三雲は計り兼ねたが、彩笑からの申し出を断る理由など無く、そう答えた。

 

 

 

会話をしながら2人の隊長は試合会場に向けて足を進めていく。

「へぇ。地木先輩って末っ子なんですね」

 

「そそ。長女なんだけど上にお兄ちゃん2人いるから、3人兄妹の末っ子だよ」

 

「もしかして、自分のことを『ボク』って言うのもその辺りが関係してたりするんですか?」

 

「んー、どうだろ?気付いたらボクはボクのことをボクって言ってたし…。あー!そうそう!昔は咲耶も自分のことを『ボク』って言ってたんだよ!」

 

「月守先輩がですか?」

 

「うん!あーでも、イメージ的にはカタカナっていうよりも漢字っぽい発音だったかなぁ…?『ボク』っていうよりは『僕』って感じで……」

内容は取り留めのないもので、基本的に三雲がほぼ聞き役で相槌返しつつたまに質問をして、彩笑が楽しそうにいろいろと答えるような形であった。

 

今まであまり接点の無かった2人だが、彩笑の平均以上のコミュニケーション能力によって、三雲は年上と話す時の緊張感をほぼ感じること無く会話ができていた。

 

そんな中、不意に三雲が思い出したように彩笑に問いかけた。

「そういえば昨日、B級ランク戦の試合日程を見ていたら『地木隊』が22位として登録されていたんですけど……。ランク外から復帰したんですか?」

 

「うん、そうだよ。あれ?知らなかった?」

彩笑は小首を傾げて答え、三雲はそこに言葉を重ねていく。

「はい。そもそもぼくは、地木隊がどんな理由でランク外にいたのかすら、きちんと知らなかったので…」

 

「そうなの?……うーん、べつに隠してるわけじゃ無かったけど、言いふらすようなことでも無かったし、わりかし最近入った三雲くんとかなら知らなくても無理ないのかなー」

彩笑はそう言ってからクスクスと控えめに笑いつつ言葉を途切れさせた。

 

そして三雲はほんの少し躊躇い、

「あの、よかったらなんですけど、その……理由とか、教えてもらっても構いませんか?」

と、尋ねた。そのどこか申し訳なさそうな態度の三雲を見て彩笑はキョトンとしたが、すぐに、

 

「うん、いいよ」

 

さっきまでと同じような笑顔を浮かべて、呟くようにして理由を話し始めた。

 

「んー、全部話すってなるとごちゃごちゃするから、ざっくりとした説明になるんだけど……。

ボクたちがランク外になっちゃったのは、去年の5月の末。……5月の末に、ちょっと問題起こしちゃってね。そのペナルティとして、あの時の順位……A級7位のランクと、チームランク戦に参加する資格を没収されちゃったんだよ」

 

笑顔のまま彩笑は説明を続け、三雲は軽く驚きはするものの、黙ってその説明に耳を傾けていた。

 

「強制解散までは言われなかったし、部隊エンブレムも残してくれたあたり、かなりの恩情だと思うんだけどさー。んーっと、それで……。ああ、ランク戦復帰できた理由も言わなきゃだね。まあ、こっちもそんなに大したものじゃないんだ。ランク戦参加資格は剥奪されたんだけど、それについては最初から、『いつか返す』って上層部から言われてたの。どうも予定だと今回か、この次の時期のランク戦開幕に合わせて返すつもりだったみたいなんだけど、この前の大規模侵攻でのことが考慮されて、今回からの復帰になったんだよ〜」

彩笑は三雲の問いかけに対して、そう解答した。

 

答えを聞いてなお、沈黙し続ける三雲に向けて彩笑は再度小首を傾げて、口を開いた。

「んっと、すっごくざっくり言えばこんな感じなんだけど……。どう?」

 

「あ、はい。納得はできました。でも、その……」

 

「その?」

三雲は言い淀む素振りをしたが、疑問半分好奇心半分のそれを、思い切って尋ねることにした。

 

「その……。答えてもらえなくてもいいんですが……」

 

「うんうん。なにかな?」

言いながら尋ねてもいいのかという葛藤を続けている三雲の心情を彩笑はなんとなく察しつつ、その上でそれを促した。

 

そして踏ん切りをつけたように、三雲がそれを口にした。

「一体、どんな問題を起こしてランク外になったんですか?」

と。

 

その問いかけに対して、彩笑は一瞬だけ答えに迷った。

しかしそれは本当に一瞬であり、彩笑は迷ったことを三雲に全く悟らせずに答えた。

 

「暴力行為だよ」

 

と。

 

「ぼ、暴力行為……?」

 

「うん。暴力行為。パンチパンチ!」

冷や汗を流す三雲にニコニコとした笑みを向けつつ彩笑は言葉を続ける。

「そのうち、どこかでこのことを聞く機会とかあると思うし、詳しくはその時に聞けばいいと思うよ」

勿体振り、はぐらかす彩笑に対して三雲は何かを言いかけたが、それより早く彩笑が歩く速度を上げて三雲の前に出た。

何事かと三雲は思ったが、すぐに理解した。

 

会話をしながら歩いていた甲斐があり、2人は目的地である観覧席にたどり着いていたのだ。

 

「そんなことより試合会場に着いたよ。時間にあんまり余裕無いし、三雲くんは解説席に急いだ方がいいよ〜」

 

にこやかに彩笑は言い、三雲の返答を待たずに扉を開けて観覧席へと入って行った。扉の向こうに消えた彩笑の後ろ姿を見て、三雲は呟いた。

「……地木先輩、もしかして質問を切り上げるタイミングを見計らって歩いていたのかな…?」

そんな考えがついつい口から漏れたが、すぐに頭を振って否定した。

 

(さすがに考えすぎかな)

 

そして彩笑に言われたように、時間ギリギリとなったことによりわずかに焦りを覚えつつ三雲は観覧席に足を踏み入れたのであった。

 

 

*** *** ***

 

 

三雲より少し早く観覧席に入って、空いている席に座った彩笑は試合を映し出す大きなモニターを見ながらぼーっとしながら考えた。

(意外とボクらの事件って知られてないんだなぁ)

 

彩笑自身が言ったように、地木隊メンバーは特にランク外になった理由を隠すような事はしていないし、言いふらすような事もしていない。質問されたらできるだけ答えるようにはしているが、質問されるような事がそもそも稀なことであるため、地木隊のランク外についての扱いの詳細はここ半年で入隊した者ならば知らないことの方が、ある意味当然だったのだ。

 

(それにしても……。あの時は本当にびっくりしちゃったよ)

当時のことを彩笑はぼんやりと思い出していた。

 

すると、

「相変わらず派手な試合だったな」

「あ、三輪先輩こんちわ!」

不意に聞こえた隣からの声に対し、彩笑はにこやかに対応した。いつの間にか、というよりは彩笑がぼーっとしていて気づかなかっただけなのだが、隣に座っていたのはA級7位部隊の隊長を務める三輪だった。

 

「あれ?でも三輪先輩から声かけてくるなんて、ちょっと珍しいですね」

彩笑は素直に、思ったことをそのまま口にして、三輪はそれに答える。

「普段はわざわざ話すようなことがないからだろ」

 

「そうかもですね。あ!そういえばボクたちの復帰戦解説米やん先輩でしたよ!」

 

「ああ。さっきまで作戦室にいたが、あいつずっとお前たちの試合の話をしてたぞ」

 

「そうなんですか?」

 

「ログを流しながら、ここでの地木の体捌きが上手いだとか、月守がこのタイミングでアステロイドを使うのはどうだの、ずっとそんなことを語ってたな」

 

「あはは、米やん先輩らしいです」

なんだかんだで戦闘好きな米屋は戦術面での解説よりも、戦闘術に関する解説の方がはるかに上手い。地木隊復帰戦前半部分の解説は不完全燃焼気味だった米屋だが、後半の乱戦部分では生き生きとして解説していたらしく、そのテンションは三輪隊作戦室に戻った後も続いていたようだった。

 

この試合の実況役である海老名隊の武富桜子と、解説役を務める嵐山隊の佐鳥賢とさっき彩笑と話していた三雲のトークをBGMとして三輪と彩笑の会話は続いていく。

「そういえばなんですけど……。三輪先輩って三輪隊なんですか?」

 

「は?」

彩笑の問いかけの意味がわからず三輪は困惑したが、彩笑がすぐに言い直した。

「あー、えっと……。三輪先輩が大規模侵攻の時に『風刃』を使って人型ネイバーを撃退したって聞いたのでS級に昇格したのかなーって思ってたのに、作戦室に行ってるって話を今聞いたので、ちょっと確認……、みたいな感じです」

 

「そういうことか」

その説明を受けて三輪は彩笑の質問の意味を理解した。

 

ボーダー正隊員のランクにおいて、A級の上にS級というものが存在する。しかしそれは個々やチームでいくら研鑽を積んだとしても辿り着けるものではない。

 

AとSの違いは、使用するトリガー……ノーマルトリガーかブラックトリガーかの違いである。ブラックトリガーの性能はノーマルトリガーのそれとは一線を画す。強すぎゆえにランク戦に参加することすら許されないほどである。

 

三輪は彩笑の言うように、大規模侵攻の最終局面にてブラックトリガーである風刃を使用している。だからこそ彩笑は三輪が風刃の正式な持ち主としてS級に昇格したと思っていたのだが、実際には事情があり、それは誤りであった。

 

三輪はことの詳細を語り始める。

「地木の言うように、俺は確かに大規模侵攻の時に風刃を使った。だが、正式な持ち主というわけじゃない」

 

「ん?どうゆうことです?」

 

「実際に使ってみてわかったことだが、風刃の性能は攻撃に寄りすぎている。視界が届く限り……というよりは意識が届く範囲に斬撃を伝搬させる能力に加えて、ブレード単体の性能も、弧月を上回る斬れ味に耐久力、そして重さがほぼゼロと言ってもいいスコーピオンよりも軽かった」

 

「スコーピオンよりも軽いんですかっ!?」

彩笑は思わず声を荒げた。普段から愛用し、重さのストレスを感じずに振るっているスコーピオンよりも軽いということが信じられなかったのだ。

 

軽く惚ける彩笑に向けて、三輪の言葉は続く。

「風刃は武器として強力だが、その性能を発揮させることができる局面は限られる。だから俺は城戸さんに風刃を返却し、

『適合者が多いという利点から基本的に本部預かりのトリガーとし、戦局に応じて風刃を投入するべきです』

と、進言した」

 

「えっと。つまり、風刃はレンタルできるトリガーってことですか?」

独特な理解を示した彩笑だが、あながち間違っていないと三輪は判断し、

「そういうことだ」

彩笑の言葉を肯定した。そのまま彩笑は思ったことを続けて口にした。

 

「レンタルできるブラックトリガー……延滞料とか高そうですねぇ」

 

映画やドラマを借りて観るような感覚での認識らしいが、三輪はそれをわざわざ正すことはしなかった(とういうより面倒だった)。

 

2人が会話をしている間に試合が始まっていたらしく、モニターでは転送された隊員が行動を開始していた。モニターに目を向けつつ、三輪は彩笑に向けて言った。

「……まだ正式な決定では無いようだが、そのうち適合者に向けた風刃の扱い方について、迅が指導する機会があるらしい」

 

「迅さんが?……なんというか、自分で手放しておいてアフターサービスが充実してますねー」

ケラケラと笑う彩笑を横目で見て三輪は付け加えるように、

 

「他人事じゃないだろう」

 

と、言った。

 

そして彩笑はそれには答えなかった。あえて答えなかったというのもあるのかもしれないが、どちらかと言うと彩笑の関心が三輪との会話から、モニターの向こうで吉里隊をほぼ瞬殺で蹴散らす遊真に向かったという側面の方が大きかった。

 

「あっは!遊真容赦ないなー!」

 

楽しそうに言う彩笑の隣で、

(どの口がそれを言ってるんだ……?)

先ほどの試合が頭をよぎった三輪はそう思ったが、その疑問は建物に隠れて遊真を迎え撃とうとしていた間宮隊の作戦をあっさりと撃ち砕いた千佳の大砲とも言えるアイビスのインパクトによって掻き消されてしまった。

 

何が起こったか訳がわからない様子の間宮隊を、遊真の高速の刃が切り裂いた。地木隊の時とは違いこの試合は三つ巴戦であるため、試合は玉狛第二の完勝という形であっという間に終わってしまった。

 

予想外すぎる試合の結果にギャラリーがどよめく中、三輪はすぐに立ち上がり出口に向かって歩き出した。その背中めがけて彩笑が声をかける。

「すぐに帰るんですか?」

 

「長居する理由がないからな」

 

「三輪先輩つれなーい」

茶化すように彩笑は言うが、それに対して振り返った三輪の表情は至極真面目なものだった。

 

「……地木」

 

「はいはい?」

 

「この先の試合で手を抜くなよ」

まさかの言葉に彩笑はキョトンとしたが、すぐに笑顔に戻って三輪との会話を再開させる。

「三輪先輩にしては珍しくエールですか?」

 

「違う。……お前たちはA級に見合うだけの実力は持っているんだ。…二宮さんのチームや影浦さんのチームがBにいるのと同じで、階級に見合うだけの評価を受けていないのは、正直あまり気持ちのいいものじゃない」

そこで三輪は一呼吸おいて、言葉を繋げた。

 

「だからさっさとA級に戻って来い」

 

と。

 

三輪のエール(少なくともそう解釈した言葉)を受けた彩笑は、ニコッと笑い、Vサインを三輪に向けつつ口を開いた。

「当ったり前ですよ三輪先輩!さっさとA級に戻るどころか、その先に行く気満々ですから!」

 

「……取り越し苦労だったな」

三輪がため息混じりに言うと同時に、モニターに第2戦の組み合わせが全て表示された。上中下の組み分けに加えて、昼と夜の部の日程なので、計6試合分の表示だ。そこには当然、今試合を終えた玉狛第二の名前も、ランク戦復帰を遂げた地木隊の名前もあった。

 

組み合わせを見て、三輪がそのうちの1つを呟いた。

「諏訪隊、荒船隊、玉狛第二……、三つ巴か」

 

「ですねー。さーてと、ボクらの相手はどこかなー?」

三輪の呟きに答えた彩笑は自分たちの次の対戦相手がどこなのかを確認した。だが、

 

「……げっ」

 

それを確認するや否や、彩笑は思いっきり眉間にシワを寄せて苦々しい表情となった。

 

「……?」

三輪はなぜそうなったのか分からず、見つけた地木隊の対戦カードを読み上げた。

「鈴鳴第一、地木隊、漆間隊、那須隊の四つ巴か」

そして読み上げたところで、彩笑が本気の苦笑いを浮かべて呟くように言った。

 

「次の試合、キッツイなぁ……」




ここから後書きです。

試合と試合の合間にどんなエピソードをどの程度挟むべきか悩み中です。うまい塩梅で出来ればいいのですが。

本編とはあまり関係の無い話なのですが、1クラス40人で考えると、生徒同士の誕生日が1組くらいは被っている確率というのが高いらしいです。話を聞いたときはどうにも信じられなかったのですが、確率の計算をしていくと確かにそういう計算結果になりました。
何が言いたいのかというと、この話を投稿した6月4日はB級2位部隊の隊長を務める影浦さんの誕生日であり、天音神音の誕生日でもあるということです。

今後も更新、頑張ります。


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第47話「日曜日の午前」

ランク戦初日の次の日である2月2日日曜日に、月守はボーダー本部に足を運んだ。表向きは防衛任務などの仕事は何も入っていない上に隊長である彩笑も特に指示を出していないため休日だが、日頃の習慣というか長年の癖というか、月守は特に用が無いにも関わらずボーダー本部に来ていた。

 

(完全オフの時に本部に来るのは、少し久々だな)

 

日曜日の午前中ということもあって、いつもよりもエンジニアや事務職にあたる大人職員の姿は少なめだが、その反面ブースなどにはC級隊員の数が多かった。最初はソロランク戦でもやろうと思っていた月守だが、そのC級隊員の多さをブース手前の物音で判断をして引き返し、普段多くの時間を過ごす地木隊の作戦室に向かうことにした。

 

セキュリティである暗証番号を入力して扉を開くと、

「あ、月守先輩おはようございます」

そこには当然の顔で、オペレーターである和水真香が仕事モードの時にしか着ないオペレーターの制服姿で自身の仕事用デスクに座っていた。パソコンも起動している上に、部屋の暖房もすっかり温まっているのでだいぶ前からここにいたことが伺えた。

 

その事に軽く驚きつつ、月守は真香の挨拶に答えた。

「おはよう、真香ちゃん。もしかして朝早くからいたの?」

 

「はい。といっても、2時間半くらい前からですけどね」

真香は何てこと無いように言うが今は午前9時なので6時半頃からいた事になる。ボーダーという組織は仕事柄どんな時間帯でも本部への出入りができるようになってはいるが、常識的に考えて休日の朝6時半は早い時間帯だ。

「さらっと言ったけど、早起きだとしてもその時間は早いよ…。休みの日に来るにしてもあと1時間くらい家でのんびりしてから来ればいいのに……」

月守は作戦室にある椅子に座りつつそう言ったが、真香は備え付けの時計に目を向けながら言った。

 

「え?でもあと30分で作戦会議始まりますよ?」

 

「は!?うそ!?俺それ聞いてないけど!」

まさかの事態に月守は慌てるが、

「はい、嘘ですよ。今日は完全オフな日です」

真香はニッコニコと笑い、そう答えた。

 

「……」

 

「……」

作戦室にたっぷりと沈黙が訪れた後、

「……びっくりしたぁ」

心底安堵したように月守は椅子の背もたれに体重を預けつつそう言った。イタズラが成功した真香はクスッと笑い、月守に言葉を投げかける。

「ドッキリ大成功です」

 

「そういうドッキリは良くないよ」

 

「あはは、飲み物用意するので許してくださいよ。何飲みますか?」

 

「冷蔵庫にあるのなら何でもいいけど……」

 

「ああ、そうなるとココア1択ですね。昨日帰るとき、地木隊長がいそいそとココアを冷蔵庫に詰め込んでましたから」

真香はそう言って冷蔵庫を開けると、そこには言った通りにココアが内部を占拠していた。それを見た月守は呆れたように言った。

「あんのバカ……。冷蔵庫の占拠はやめろって何回も言ってるだろうが」

 

「詰め込みすぎると冷却効率落ちますもんね。とりあえずココアで良いですか?」

 

「いいよ。1つちょうだい」

 

「はい」

冷蔵庫から缶のココアを2つ取り出し、真香は1つを月守に渡した。

「ありがと」

 

「どういたしまして」

言葉を交わした2人は同時にプルタブを開け、ココアに口をつけた。

 

月守はココアを半分ほど飲んだところで、真香に問いかけた。

「次の試合の情報収集してたの?」

 

「はい。3チームの試合のログと、ソロランク戦のデータ、訓練のデータとか、集められる分集めて目を通してました。まだ集めた分全部は見てませんけど、午前中には見終わる予定です」

 

「それ全部見ると疲れるから少し絞った方がいいと思うよ」

月守は気遣うように言葉をかけたが、

「疲れるのがわかるってことは、月守先輩は見たんですね?」

それに対して真香は凛とした声で言い返した。

 

「……まあ、ね」

月守の答えが示すように、真香の予想は当たっていた。月守は前日の時点で真香が今見ているデータをチェックし終えていた。その苦労を経験したからこその気遣う言葉ではあったが、真香はそこから逆算するかのごとく見抜いたのだ。

 

真香はココアをキーボードの隣に置き、月守を見据えて言った。

「このくらいやらせて下さいよ、月守先輩。去年の私はオペレーター初心者みたいなもので、作戦立案とかは月守先輩に頼りっきりでしたけど……。さすがに1年もいてそれだとマズいですから」

 

「……そっか」

その言葉を聞いて月守は思った。

(真香ちゃん、最近変わったな)

 

月守がここ1年で感じ取っていた真香の印象は、控えめながらも仕事はしっかりする子、というものであった。受け身になりがちではあるものの、戦闘中に情報支援を求めるとすぐに対応するというのが基本スタンスであり、あらゆる可能性を考慮して対策できるようにしつつも、決してそれを押し付けないオペレーターであった。

 

だがここ最近、具体的には大規模侵攻を終えた後から真香は少しずつ変わっているように思えた。ランク戦初戦の作戦を立てている時に、真香は自ら敵のスナイパーの位置を予測する事を提案したのだが、今までの真香ならばその作戦を考える事まではしたとしても自分から言うことは無かった。

そういった細かい変化が、最近の真香にはあった。その変化は敢えて言うのであれば、

「自立してきた」

という表現が一番近いものであった。

 

そんなことを月守は考えつつ、真香に言葉を投げかける。

「そう言ってくれるのは頼もしいけど…。あんまり無理はしないでね。来月は一高の入試あるでしょ?」

 

「模試ではずっとA判定なので大丈夫です」

 

「わお」

これには月守も再度驚いた。成績優秀なのは聞いていたが、A判定を維持し続けているのは知らなかったのだ。

「勉強もボーダーも隙なしだね。せめて勉強の方の優秀さだけでも彩笑に分けてあげてほしいよ」

 

割と本気で言う月守を見て、真香はクスクスと笑った。

「私はしーちゃん1人で手一杯ですよー。地木隊長は月守先輩にお任せです」

 

「任されちゃったよ……。まあ、それは今に始まったことじゃないけどさ」

 

「あはは、そうですねぇ」

互いに苦労しているような内容だが、それでいて楽しそうに2人は笑いあって会話をしていた。そこで不意に、真香が素朴な疑問を投げかけた。

「ところで月守先輩。どうしてわざわざ何もない休日に作戦室に来たんですか?」

 

「…………」

月守はその問いかけに対して無言のまま気まずそうに視線を逸らしたあと、

「理由とかない、けど……。なんか気付いたら本部に来てた」

どこかぎこちない口調でそう答えた。

 

それを見た真香は容赦なく思ったことをそのまま口にした。

「暇でやることないのに作戦室に来るのは、ちょっとどうかと思います」

 

「そ、それは重々承知してるけど……」

 

「ちなみにですけど、午後も予定が無いとか言わないですよね?」

なぜか楽しそうな笑みを浮かべて真香は問いかけ、月守はそれにつられて苦笑いをしつつも慌てて口を開く。

「そんなわけないよ?予定あるから」

 

「ですよね。さすがにそこまで先輩は暇じゃ無いですもんね。ちなみにどんな予定です?」

なおも続く真香の追求を受け月守はとっさに、

「お見舞いに行くよ、夕陽さんの」

と、答えた。

 

「夕陽さんのお見舞い……、ですか?珍しいですね」

 

「そ、そうかもね。ほら、昨日のランク戦の結果とか一応報告しとこうかなーって思ってさ」

 

「ああ、なるほど。それもそうですね」

 

「でしょ?」

 

「はい。……ちゃんと、予定があるみたいでよかったです」

真香は笑顔であるが、今の月守には何故かその笑顔がとても怖いように感じてしまい、それから逃げるようにそそくさと作戦室を後にした。

 

*** *** ***

 

一方その頃、彩笑はソロランク戦用のブースにいて、絶賛対戦中だった。

 

仮想フィールドである市街地を駆け抜け対戦相手と対峙し、スタンダードな片刃タイプよりもリーチが短く取り回しの効くダガーナイフ状のスコーピオンを振るった。

 

「おっとっと。危ない危ない」

 

対戦相手はアタッカー1位にしてソロランキングでも1位である太刀川慶だ。彩笑の高速のナイフ捌きを、太刀川は得意スタイルである二刀流の弧月による最低限の受け太刀と回避技術で凌ぐ。

 

「くっ……」

スピードでは勝っているにもかかわらず攻撃を捌かれ続け、彩笑の攻撃が少しだけ乱れた。太刀川はその隙を見逃さず反撃に出る。

 

キィンッ!

 

弧月とスコーピオンがぶつかる甲高い音が鳴り響いたと思えば、彩笑の態勢は崩れていた。彩笑が放つ連撃の最中の一太刀に太刀川は完璧にタイミングを合わせて弾いたのだ

 

「あーもう!()()()!」

 

彩笑は悔しそうに言い、

 

「まだまだだな」

太刀川はどこかまったりとした声でそう言った。口調こそまったりとしているがその間にはもう、2本の弧月による猛攻が始まっていた。

 

スピードでは彩笑が勝っているが、逆にその他の分野……、単純な攻撃力や剣術の技量などは太刀川の方が上である。

 

持ち前のスピードを生かした回避技術で太刀川の攻撃を凌ごうとするものの、ソロランク1位の強さは伊達ではなく、彩笑のトリオン体に徐々にだが斬撃が決まる。そしてついに回避しきれなくなり思わず彩笑は受け太刀を取った。

 

だが太刀を受けた瞬間、スコーピオンが砕け散った。

 

太刀川の使う万能型ブレードである弧月に比べ、彩笑の使う軽量型ブレードであるスコーピオンは強度という点で大きく劣る。ゆえにこのように剣戟になり斬り合えば、スコーピオンは破壊されることが多くなり不利になる。

 

「やっば!」

思わず彩笑はバックステップを踏んで太刀川から大きく距離を取りスコーピオンを再展開した。

 

だがその瞬間を太刀川は逃さない。

 

彩笑のバックステップと同じタイミングで太刀川は弧月を構えており、スコーピオンを再展開したのと全く同タイミングでオプショントリガーを起動した。

 

「旋空弧月」

 

彩笑のチームメイトである天音も愛用する弧月専用オプショントリガー「旋空」。日頃から見慣れたその伸びる斬撃が容赦なく彩笑に襲いかかった。

 

「っ!」

回避を試みるも一歩……いや、半歩間に合わず彩笑の戦闘体は切り裂かれて、視界が大きくブレた。

 

それと同時に勝者と敗者が決まったことを知らせる音声が両者に届き、試合が終了した。

 

 

 

 

 

 

 

「太刀川さんやっぱり強い〜……」

 

「はっはっは。後輩にはまだまだ負けらないからな」

試合を終えた2人は小部屋から出てブース内で休憩していた。それぞれ自販機で買ったココアとお汁粉を飲みつつ、意見を交わす。

「36対14か……。まあ、こんなもんだろ」

 

「むぅ。前半は割りと互角だったのにー」

 

「地木の新技がやっとモノになってきたからだな。でも後半は集中力が切れたのか?動きが単調になってたぞ?」

太刀川の指摘を受け、彩笑は気まずそうに視線を逸らしつつ答えた。

「その……。新技をもっとスムーズに使えるかと思っていろいろ試そうとしてたんですけど……。上手くいかなかったです」

 

「あー、なるほど。最後の勝負の()()()ってそういうことか」

 

「はい」

 

「なるほどなるほど。でも確かに、あのタイミングで決まったら面白そうだな……」

 

「でしょでしょ!」

自分の発想に理解を示してくれた太刀川を見て彩笑は嬉しそうにそう言ったが、

「でも特定の技を狙いすぎて動きが鈍くなるのは本末転等だろ」

 

「うー……。も、もっと練習するし」

すぐに厳しい指摘をされて、再度視線を逸らした。

 

年相応にというか、子供じみた彩笑の態度を見て太刀川は笑った。

 

 

 

「次の試合は少し厳しそうだな」

互いに飲み物を飲み干したところで、太刀川がさっきまでの試合についてでは無く、彩笑たちが水曜日に控えているチームランク戦についての話題を持ち出した。

 

「まあ、そうですね。村上先輩が厄介なので厳しいとは思ってますけど」

彩笑は素直に考えを述べ、太刀川はそれをさらに掘り下げるように言った。

「村上か。純粋な実力なら、地木と村上にそう大差はないと思うが……」

 

「実力じゃなくて相性の問題なんですよ〜……。正直、村上先輩と勝負したら太刀川さんと戦うより負ける自信ありますもん」

 

「こればっかりはどうにもならんな……。ちなみに俺はどっちと勝負しても勝ち越せる自信がある」

 

「ノーマルトリガーで太刀川さんに勝ち越せるなんて忍田本部長だけじゃん。五分五分の勝負に持っていけるのもニノさんと迅さんくらいだし…」

 

「二宮か……。あ、今思い出したが、次のお前たちのランク戦の解説は二宮が担当するらしいぞ」

 

「ニノさんが……?……咲耶がボロボロに言われそう」

 

「あいつの解説は辛口だからな」

太刀川が笑いながらそう言った瞬間、

 

「お前の解説は逆にぬるいんだよ」

 

その背後から、冷たく淡々とした言葉が投げかけられた。

そこにいたのは今話題に出ていた二宮匡貴だった。下手なホラーより肝が冷えそうな場面だが、太刀川はなんてことないように言葉を交わした。

「なんだ、いたのか」

 

「悪いか?」

 

「悪いわけないさ」

何か思うことがあるのか太刀川は意味深に言うが、その隙を突くように彩笑が二宮に声をかけた。

「ニノさ……二宮さんこんにちは!じゃなくておはようございます!」

 

「ああ。休日にわざわざソロランク戦で特訓か?」

 

「休日じゃ無くてもソロランク戦には顔だしてますよー」

 

「熱心なことだな……。ちゃんと勉強もしろよ、地木。じゃないとコイツみたいになりかねん」

 

「オイコラ」

さらりと言われた太刀川は抗議しようとしたが、

「二宮の言う通りだ」

二宮でも彩笑でもない第四の人物が太刀川の背後でその言葉に答え、そのまま太刀川を組み伏せた。

 

「痛った……、って、風間さん!?」

 

「やっと見つけたぞ太刀川。二宮、発見と連絡感謝する」

太刀川を背後から組み伏せたのは、A級3位部隊の隊長である風間蒼也だった。体格こそ小柄であるが、熟達したスコーピオンの腕前と姿を消す隠密トリガー「カメレオン」を高いレベルで使い熟す上に高い指揮能力も持ち、「小型かつ高性能」を体現するボーダー隊員である。

 

なお、彩笑は以前風間からスコーピオン剣術についてとカメレオンの取り扱いについて指南を受けた事があり、一応師匠に当たる人物でもある。

 

一癖も二癖もある隊員が多い中、風間は比較的まともな部類に入る隊員である。そんな彼が出会い頭に太刀川を組み伏せたのには、ちゃんとした理由があった。

「ちょっ、どういうことですか風間さん」

太刀川は抗議するものの、風間は冷静に言い放つ。

 

「太刀川お前……。また大学の単位が危ういらしいな」

 

と。

 

ボーダー正隊員の多くは、というかほとんどが学生である。大抵のメンバーは学業とボーダーを両立させているのだが、極一部には学業面で危うい人材も存在する。

そして残念なことに、その代表格が太刀川である。20歳である彼は現在三門市立大学の学生であるが、度々留年の危機に晒されている。ゆえにそのリスクを回避すべく、太刀川には日頃からできるだけ講義への出席(聴いてるかは別として)と課題であるレポートの提出(仕上がりの内容は別として)をしっかりするようにと言われていたのであった。

 

風間の言葉に対して太刀川は冷や汗を流す。

「な、なんのことか……」

 

「裏はもう取れてる。近々提出するレポートにまだ手をつけていないそうだな」

 

「ど、どうしてそれを……!」

 

「認めたな?」

風間はそう言うなりとある人物に通信を繋いで報告をした。

「『忍田本部長、言質は取れました。太刀川を連れて行きます』」

 

『ご苦労。よろしく頼むぞ、風間』

連絡先はボーダー本部長である忍田真史だった。忍田から剣を教わった太刀川は未だに忍田には頭が上がらず、実力主義の風潮があるボーダーにおいて太刀川に堂々と物を言い従わせることができる数少ない人物だった。

 

忍田から許可を得た風間は太刀川を文字通り引きずっていこうとした。それでもなお太刀川は抵抗を見せる。

「ちょっと待ってくれよ風間さん。俺は今、地木とランク戦の途中なんだ」

 

「ランク戦?地木と?」

その言葉を受けた風間は彩笑へと目を向けた。そしてそれは何かの合図であったかのごとく彩笑はニコッと笑い、

 

「ステルスオン」

 

風間直伝のカメレオンを起動して姿を消した。

 

「なっ!ちょっ、おい!地木!」

 

「太刀川。今、オレの目に地木は見えない。適当な事を言って逃げようとするんじゃない」

何食わぬ顔で風間は言い放ち太刀川を引きずって移動していく。

 

ブースの出口に差し掛かり、その姿が見えなくなる寸前、

「地木ィ!覚えてろよ!」

太刀川はトップらしからぬ捨て台詞を吐いていった。

 

「……」

(俺はあんな奴にソロランキングで負けているのか…)

残された二宮は無言ながらもそんな事を考えていた。すると、

「太刀川さん見てると、ホント勉強って大事だなぁってしみじみ思います」

姿を消したまま二宮の隣に移動していた彩笑がカメレオンを解除してそう言った。

 

「あっさり太刀川を見捨てたな」

 

「だって、怒ったら太刀川さんより風間さんの方が怖いですもん」

 

「だな」

 

「はい」

ケラケラと笑って言い放つ彩笑を見て、二宮は近くの椅子に座って会話を続けた。

「……太刀川から聞いたようだが、次のお前たちの試合は俺が解説を担当することになった」

 

「相方はどなたです?」

 

「知らん。まだ未定だ」

 

「なるほどなるほど」

彩笑は笑顔を崩さず二宮と会話を続けた。

「二宮さんは次の試合はどんな風になると予想してます?」

 

「解説役に予習用として送られたデータは一通り目を通したが……。よほど()()()()()()()()お前たちに勝ちの目はない。そういう試合になるだろうな」

 

「あはは、はっきり言いますね」

 

「事実だ」

 

「んー、そうですね。次の試合はちょっと厳しいです」

珍しく弱音のような事を言ったが、彩笑はすぐに言葉を続けた。

「まあ、意地でも負けませんけどね」

 

「そうか」

彩笑から一度視線を外してから二宮は言った。

「……月守に言っておけ。つまらん試合はするなと」

 

「わかりました。でも、自分で言わないんですか?」

 

「そこまでお前たちのために骨を折る義理はない」

二宮はそう言い、椅子から立ち上がってブースを後にした。

 

その背中を見送った彩笑は1つ伸びを入れてから、

「さてと。太刀川さん連れてかれちゃったし、別な練習相手探さなきゃ!」

のんびりとした口調でそう言い、次の対戦相手を探してブース内をうろつき始めたのであった。




ここから後書きです。

今回は久々に真香ちゃんが生き生きしてるなーと思いながら書いてました。

先日やっと単行本15巻買えました。テンションだだ上がりでした。



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第48話「2人の先輩」

前話から時間が空きましたが、よろしくお願いします。


三門市立総合病院の中の、とある個室型の病室。

 

「………」

 

「………」

 

その病室にて、1組の男女が向かい合っている。まだ20歳そこそこといった容姿の青年はベットに腰掛け、大人と子供の境目を思わせる年頃の少女はパイプ椅子に座って足を組みながら無言で向かい合っていた。やがて、

「一応弁解の機会はあげるよ。何か言いたいことはある?」

少女の方が、冷たい声色で青年へと問いかけた。

 

「………」

切り揃えられた黒の短髪に、強い意志を伝える鳶色の瞳。入院着姿にもかかわらず、あまり痩せ細っていない身体つきのせいか、病人らしい印象を全く受けなかった。

 

青年は、精悍さを感じさせる顔立ちに真剣さを帯びた表情を浮かべ、口を開く。

「悪かったとは思ってる。そりゃ、オレにも非はあったと言わざるを得ない」

 

「うん」

 

「だが、オレは間違ったことはしていないと思ってる。……シロ。お前に入院中してる患者たちの、時間を持て余してしょうがないこの気持ちが分かるか?」

 

シロ、と呼ばれた少女は思案する素振りを見せる。

しっかりと手入れされた長い黒髪に、赤みを帯びた黒の瞳。スラリとした体型に、知的さを思わせる整った顔は青年に言われたことを考えているためか真剣そのものの表情になっていた。

 

やがて、

「……うん。まあ、マー坊の言うことは一理あるとは思う。確かに、退屈そうだね」

少女は青年の言葉に同意したようにそう言った。すると青年は、ニヤリと笑みを浮かべた。

「分かってくれたか……」

 

「多少はね」

 

「そうかそうか。だったら、今後、この退屈を忘れるために定期的にご近所の病室に赴いての麻雀大会の許可を……」

青年は安心したようにそう言いかけたが、

「それとこれとは話が別よ!バカ!」

少女は自然な動作で青年の頭を叩いた。

 

叩かれた部分を抑えつつ、青年は抗議を始めた。

「痛ってぇっ!だからシロ!お前はなんで病人の頭を叩くんだよ!オレは病人だぞ!?」

 

「うっさいバカ!だいたい、入院中に大人しくしてないで麻雀やる人がどこにいるのさ!」

 

「ここにいる」

 

「ドヤ顔で言わないでよ!」

少女は激怒しつつ再度青年の頭を叩いた。

 

そんな言い合いを続ける彼らを、病室の入り口から見ている人物がいた。その人物は、お見舞いに持ってきたフルーツの詰め合わせを片手に、クスクスと笑いながら病室に足を踏み入れた。それに対して言い合いをしていた2人は気づき、同時にその人物を見ながら声をかけた。

「お、咲耶じゃん」

「つっきーちゃんだ」

 

名前とあだ名を呼ばれた月守は苦笑しながらもそれに答えるように、

「どうもです。夕陽さんに白金先輩」

と、彼らの名前を呼んだ。

 

青年の名は『夕陽柾』。少女の名は『白金澪』。

 

かつて月守と彩笑が所属していた『夕陽隊』。

部隊結成において絶対に欠かすことのできない隊長とオペレーターを担っていたのが、この2人であった。

 

*** *** ***

 

2人の喧嘩を途中からしか見ていないため、月守は何が発端で喧嘩になったのかという経緯を知らない。そのため月守は喧嘩を続ける2人をなだめてそれぞれを病人用ベットと備え付けのパイプ椅子に座らせて話を聞くことにした。

 

「……つまり、夕陽さんが勝手に近くの病室に麻雀しに行った挙句に騒ぎすぎたってことですか?」

そして一通り話を聞いた月守は、お見舞いに持ってきたリンゴを果物ナイフで剥きながら、要約してそう確認した。

 

「そういうこと。バカでしょ?思わずナースステーションに突き出すところだったよ」

白金が呆れたような表情で言い、

「退屈で仕方なかったんだ」

あっけらかんとした表情で夕陽は答えた。

 

2人にウサギカットしたリンゴを渡した月守は少しだけ唸った後、

「うーん……。元患者として夕陽さんの言い分は分かりますけど、悪いのは夕陽さんですかね」

と、軽く笑いながら言った。

 

「咲耶までそう言うのかよ!」

夕陽が思わず詰め寄るように言うが、月守は表情を変えずに答える。

「病院は静かにしないとダメです。というか夕陽さん、ボードゲームとか全般的に弱いのになんで麻雀するんです?」

 

「強いから遊ぶんじゃなくて、楽しいから遊ぶんだよ」

 

「そう言われるとそうですけど……。前に『あやつり人形』でボロ負けしてスネた人が言うセリフとは思えませんね」

 

「アレはお前が悪いだろ!」

 

「『天文台』と『図書館』を建築するのにどれだけ運とコストが必要だと思ってるんですか?それよりも、『大学』と『ドラゴンの守り』を引いてそれを建築した白金先輩の方が俺はビックリでしたけどね」

月守は苦笑しつつ目線を移すと、クスクスと笑った白金が口を開いた。

 

「あの時は引きが良かったから。……負けてスネるで思い出したけど、マー坊は『ニムト』でもスネてたよね?」

 

その確認するような言葉に月守は反応して、当時のことを思い出した。

「そうですね。俺と白金先輩の無言の連携で毎回夕陽さんに55とか得点の高いやつばっかり押し付けてたらスネてバックれたんでしたっけ?」

 

「そうそう!」

楽しそうに2人が言い、

「お前ら!やっぱりアレはグルだったんだな!おかしいと思ったよ!」

夕陽はその事実を目の当たりにしてベットに倒れこみ、2人はそれを見てケラケラと笑った。

 

隊長イジリが済んだところで、白金が月守へと話しかけた。

「B級ランク戦の開幕試合の動画見たわ。圧勝だったね」

唐突な話題だとは思ったが、月守は白金という人間がどういう人間なのかを知っているためそこには触れずに、会話することを選択した。

「耳が早いですね。ボーダー引退したのにどこからそんな情報が届くんですか?」

 

「そこは企業秘密……、って言いたいけど、現役オペレーターの子とか、沢村さんとかのツテがあるから、それ経由だよ。というか、私は引退じゃなくて休隊だから」

 

「そうでしたね。白金先輩から見て試合の出来はどうでした?」

月守が白金に意見を求めようとしたところで、

「ちょっと待て!オレはそれ聞いてないぞ!」

倒れていた夕陽が起き上がり、軽く抗議した。

 

((器用に起き上がるなぁ……))

2人は同じことを思いつつ、ひとまず白金が夕陽の抗議に答えた。

 

「だって、マー坊には言ってないし」

 

「教えてくれても良かっただろ」

夕陽の言葉に対して白金は、

 

「……言おうとして今日来たのに、病室に居なかったのはどこの誰かな?」

 

冷たく淡々とした声と表情で、そう問いかけた。

 

「うっ……」

夕陽隊時代の経験から、夕陽は半ば反射的にたじろいだ。そこへ白金は言葉を重ねる。

 

「病室に居なかった挙句、近くのおじさんたちと楽しそーに麻雀やってたのは、どこの誰かな?」

 

「ううっ……!」

そう言い放つ白金の機嫌が悪いのは火を見るよりも明らかであった。月守は物音を立てずにそっと離れつつ、2人のやり取りを見守った。

 

「ど・こ・の・だ・れ・か・な?」

一音一音はっきりと白金が尋ねたところで、夕陽が観念した。

 

「す、すみませんでした……。悪かったのは、病室に居なかったオレです……」

夕陽は年下である白金に対して申し訳なさそうに謝り、それを見た白金は楽しそうに笑った。

「うんうん。分かれば良し。さてと。つっきーちゃん、どんな話だったっけ?」

 

キョロキョロと見渡して月守を見つけた白金が問いかけ、月守はそれに答える。

「白金先輩から見てどんな試合だったのかっていう話ですね」

 

「あー、そうそれ……。うーん、私が今講評してもいいんだけど…」

そう言いながら白金は椅子の傍に置いていたバックを探り、タブレットを取り出して、

「どうせならコレで試合をみんなで観てからにしよっか」

先ほどのように有無を言わさぬ笑顔を浮かべてそう言い放ち、

「「……はい」」

男2人は大人しくそれに従うことに決めた。それを見た白金は、嬉しそうにセットしたタブレットを慣れた手つきで操作し、昨日の地木隊の試合のムービーを再生させた。

 

その画面を見つつ月守は、

(もうコレ観てる白金先輩はとにかく……夕陽さんには対戦相手の情報を教えた方がいいかな)

と思い、隣にいる夕陽に向けて対戦相手の情報を伝えようとした。

 

「夕陽さん、対戦相手は……」

だがそこまで言ったところで、月守は言葉を止めた。ログを見る夕陽の表情は、先ほどまでのどこかとっつきやすい人とは思えぬほど真剣なものであり、声をかけることを躊躇わせるには十分だったからだ。

 

月守は視線を画面に戻し、ログを見ながら思った。

(戦線を離れても、夕陽さんは変わんないな……)

と。

 

 

 

一通りログを見終えたところで3人は画面から目を離し、夕陽は軽く伸びをして、白金は病室の冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出した。白金がそれを紙コップに注いで配るまでの間に、夕陽が月守に向けて問いかけた。

「この試合の作戦立てたのは和水ちゃんか?」

 

「まあ、半分くらいはそうですけど……。なんで分かったんです?」

軽く驚きつつ月守はそう質問を返した。配られたお茶を一口飲んで夕陽は質問に答える。

「少なくとも一から十まで全部お前が立てた作戦じゃないってのは、見てわかる」

 

「だね。つっきーちゃんは対スナイパー戦術は『釣り』か『炙り』を取ることが多いから、序盤のスナイパー位置予測は見てて、『アレ?珍しい』とは私も思ってたよ」

白金からも意見された月守は苦笑した。

 

「一見しただけでよく分かりますね」

 

「おいおい咲耶。オレはお前の師匠だぜ?そんくらいはわかる」

夕陽は若干ドヤ顔で言ったが、

「え?俺は夕陽さんを師匠だと思ったことは無いですよ?」

「つっきーちゃんに明確な師匠はいないでしょ?」

月守と白金は真顔で言い返した。

 

「あっれぇ!?」

その返しに夕陽は驚き、

「俺、技術は色んなシューターの人たちから教えてもらったり、協力したりして磨きました」

「戦術は私と不知火さんで教えたよ」

2人はやはり真顔でそう言い返した。

 

「というか、夕陽さんは俺とポジション全然違うのに師匠もなにも無いでしょう?」

 

「それにマー坊って感覚派だし、基本指導とか向いてないよね?感覚派の人は指導とか連携の精度に難アリの傾向にあるし」

 

「ですね。でも白金先輩、俺も一応感覚派です」

 

「つっきーちゃんはほら、自分の感覚をちゃんと他の人も分かるように伝えられる感覚派だから大丈夫。マー坊みたいに、

『ここはこうズパッと来て、ガッとやってからドンっ!』

みたいな意味不明な説明にならないでしょ?」

 

「そうですね。夕陽さんの説明は本当に意味不明で……」

 

「意味不明だよね。勉強はそこそこできるのに……」

2人はどこか哀れむような目を夕陽に向けつつ会話を続け、

「もういい!寝る!」

若干スネた様子で夕陽はベットにモゾモゾと潜って行った。

 

その様子を見て、月守と白金はクスクスと笑った。

 

隊長である夕陽を隊員である月守、白金、彩笑の3人が協力していじり倒し、それに根負けした夕陽が軽くスネて、それを見た3人がしてやったりと言わんばかりに笑う。夕陽隊時代からの恒例である流れを一通り終えたところで、白金は1つ咳払いを入れてから話題を元に戻した。

 

「今後の対スナイパー戦術はこの位置予測方法をメインにするつもりなの?」

 

「いえ。毎試合この精度の予測を立てると真香ちゃんの負担が大きいので、基本的に俺と彩笑での釣りと炙りの補助として組み立てていくつもりです」

 

「うん、それでいいと思う。あと序盤はともかくだけど、珍しく今回は力押しというかゴリ押しに出たね」

 

「それは彩笑のリクエストですね。久々のチームランク戦だから暴れたいって言ったので、後半は彩笑に伸び伸びやらせるように作戦立てたんですよ」

 

「あははー、相変わらずお転婆なんだねぇ、彩笑ちゃん」

 

「ええ、本当にそうです。まあ、俺も初戦だしちょっと派手に行こうかなっていう狙いはあったんですけど……。白金先輩はこの試合に評価をつけるとしたら、どんな感じですか?」

 

「うーん……」

白金は視線を一瞬だけ明後日の方向に向けてから、

「内容には合格点あげるけど、個人的には後半の乱戦がちょっといただけなかったね。乱戦・混戦になるとイレギュラーも起こりやすくなるし、格上相手はともかく格下相手にそれ仕掛けたのだけがちょっとマイナスポイントかな」

と、評価を下した。

 

評価を受けた月守は、自分もまだまだだなと思いつつ口を開いた。

「評価してもらって、ありがとうございます」

 

「うん、どういたしまして。マー坊は何かある?」

お礼を言われた白金はベットに潜ったままの夕陽へと意見を振った。潜った時と同じようにモゾモゾとベットから出てきた夕陽は、

「シロの言ったことと大体同意見だな」

どこかユルさを感じさせる口調でそう言った。

 

それを聞いた月守は苦笑した。

「味気なさすぎますよ、夕陽さん」

 

「思ったことそのまんまだったしな。戦闘技術に関しても、まあ、2人とも腕上げたなーとは思ったぜ」

なんとも甘口である夕陽のコメントを聞き、月守と白金は、大雑把だと言わんばかりに苦笑した。それに釣られて夕陽もほんの少し笑みを零すが、すぐにその笑みを消して白金に向けて口を開いた。

「シロ」

 

「ん?なに?」

 

「……ワリーんだけど、下の売店から缶コーヒー買ってきてくれるか?」

夕陽はそう言って白金にいくらか金額が入った小銭入れを渡した。

「……」

白金はそれを黙って受け取り、

「すぐ戻るから、待ってて」

そう言って席を立った。

 

コツ、コツ…、コツ……。

 

白金の足音が遠ざかった所で、夕陽は1つ意図して息を吐いた。

「さて。シロがいなくなったし、サシで少し話すぞ」

 

真剣な口調で言う夕陽を見て、月守は呆れたような表情を浮かべた。

「素直に席外してって言えばいいのに、また回りくどい方法使いましたね」

 

「バレてるのかよ」

 

「元相方を舐めないでください、怪物レイガスター」

 

「はっはっは。言うじゃねぇか、腹黒シューター」

お互いに挑発するようではあるものの、楽しそうな口調で言い合い、会話は進んでいく。

「というか、わざわざ白金先輩に席外してもらう意味あったんですか?」

 

「あいつがいると、なんでかオレがしたい話から脱線していくからな」

 

「確かにそうですけど……、ちなみに夕陽さんがしたい話ってなんですか?」

 

「色々あるが、とりあえずはランク戦についてだ」

 

「言うことないって言ってたじゃないですか」

 

「今回の試合はな。言い方悪いが、Aにいたお前らが下位グループ相手に負けることなんて万が一にも無いし、言うことなんてもっと無い。オレが聞きたいのは次っつーか、今後のことについてだよ」

 

「ああ、なるほど」

 

「そういうことだ。2、3個質問するぞ」

納得した様子を見せた月守へと夕陽は質問を始めた。

 

「まず1つ目。次の対戦相手はどのチームだ?」

 

「鈴鳴第一、那須隊、漆間隊の4つ巴戦です」

 

「おーおー。これまた相性が悪い対戦相手と当たるな。まあでも、ステージと転送の運がよほど悪く無い限りは負けんだろ」

薄っすらと笑う夕陽に対して、月守は手に持った果物ナイフを手元でクルクルと回しつつ答える。

 

「逆に言えばステージと転送の運がよほど悪かったら負けるので、対策はしっかり立てますよ」

 

「良し。その考えができてるならオッケーだ。んじゃ次の質問行くぞ……つか咲耶、その前にその果物ナイフ回すのやめろ。危ないから」

注意された月守が果物ナイフを空いた皿に置いたのを見て、夕陽は質問を再開させた。

「今回の試合で天音ちゃんが出てなかったが……。例の病気のせいか?」

 

「……」

その問いかけに対して月守は無言を挟んでから、

「そうですよ」

肯定の言葉を返した。

 

「そんなに酷いのか?」

夕陽は素直に疑問に思ったことを口にして月守へと問いかけ、月守はそれに答える。

「いえ、不知火さんが言うには、だいぶ落ち着いてきたみたいです。ただ、まだ検査とか調整に時間が必要らしくて、しばらくは休暇って扱いにしてます。次の試合も、神音は休みです」

 

「不知火さんが言うなら大丈夫なんだろうが……。まあいい。お大事にって伝えといてくれるか」

 

「了解です。……というか、同じ病院についこの前まで居たんですし、その時に言えば良かったじゃないですか」

月守が何の気なしにそう言ったのだが、

「そりゃあ、そうなんだが……」

なぜか夕陽は口ごもった。

 

「…………?」

その言動に月守は違和感を覚え、夕陽はそんな月守を見て慌てて言葉を発した。

「あー、ほら。言いに行けなかったんだよ。オレって何でか女子隊員に警戒されるからさ」

 

「そりゃあ、夕陽さんが女子隊員にセクハラするからでしょ」

 

「その言い方だと語弊があんだろーが。オレが誰かと話してる所を迅の奴が狙っていくんだよ。オレは女の子に対して直接何かするような奴じゃねぇ」

 

「まあ、確かに…。夕陽さんは男子隊員同士の、『女子隊員の誰々が可愛い』とかの話題で盛り上がるような人ですけど…。それでたまに際どい内容の話とかしてましたよね?アレ、意外と女子隊員に筒抜けになってたんですよ?」

 

「マジで!?ちくしょう……、誰だよ情報をリークしてんのは…」

夕陽は悔しそうに言い、

「まあ、俺ですね」

月守は何食わぬ顔で答えた。

 

「お前かよ!」

 

「いやー、つい口が滑っちゃうんですよねぇ」

困ったような笑みを浮かべる月守に対して、夕陽は溜め息を吐いた。

「……やっぱ、お前を味方に置きたくねーわ」

 

「そうですか」

 

「でもそれ以上に、敵にはもっと回したくねぇ」

 

「あはは、褒め言葉として受け取っておきます」

夕陽の言葉に対して月守は笑顔でそう答えた。

 

 

そんな月守を見て、夕陽はとても自然に、

「……咲耶。お前、ちゃんと笑えるようになったな」

と、言った。

 

「……」

ちゃんと笑えるようになった。その言葉を月守は頭で反芻してから口を開いた。

「俺、ちゃんと笑えてますか?」

 

「少なくとも、お前をオレの隊にスカウトした頃のやんちゃだった時に比べたら別人みたいだぞ」

茶化すように夕陽は言い、

「あの頃の俺は荒れてましたから……」

月守はちょっとした黒歴史を掘り返されて遠くに視線を向けていた。

 

そこへ夕陽は言葉を重ねる。

「あと、オレが()()()()()()()()()直後に比べたら、だいぶマシになったな」

と。

 

その言葉を聞いた月守は一瞬固まったものの、すぐに姿勢を正して頭を下げ、

「……すみませんでした」

そう謝罪の言葉を口にした。

 

謝罪を受けた夕陽は努めて冷静に言葉を発する。

「気にすんなって何回も言ってんだろうが」

 

「………」

 

「あの日、あの時の選択に後悔は無い。こうなる以外の選択肢は無かったって思ってるし…。迅の奴も、オレたちが()()()()を受けた時点でこうなる未来は避けられなかったって言ってた」

 

「………」

紡がれる言葉に対して無言を返し続ける月守を見て、夕陽は尚言葉を続ける。

 

「だからな、お前が気にする必要はねーよ」

 

「でも……」

 

「でも、じゃねぇ」

絞り出した月守の言葉を制するように夕陽は言葉を重ねた。

「オレなんかに気を使ってつまんねー生き方すんなよ、咲耶」

と。

 

つまらない生き方。

かつて夕陽の元で何度も何度も聞いたその言葉は、ある種の安心感を月守に抱かせるものであった。月守が安堵したのを夕陽は察した。

「吹っ切れたか?」

 

「とりあえず今は吹っ切れました」

 

「だったら、それでいい…。つーか咲耶。お前、オレを心配して気を使うくらいなら、その気づかいを天音ちゃんに回してやれよ」

意味深に言う夕陽に向けて、月守はほんの少し首をかしげた。

「どういうことですか?」

 

「いや、なんつーか……近くにいるからって油断してると、思わぬ見落としがあるかもなって話だ」

 

「はあ……」

月守は夕陽の意図が今一つ読めず、再度首を傾げた。困惑する月守を見て、夕陽は真剣な表情で言葉を紡ぐ。

「あの子はこの先、まだまだ成長するぞ」

 

「ええ、それは分かってます。大規模侵攻では披露する機会が無かったですけど、神音は着々と新しいトリガーと戦闘スタイルは身に付けてますよ」

月守はどこか嬉しそうにそう言ったが、何故か夕陽は、

「違う。そういうことじゃないぞ、咲耶」

そんな月守を諭すように、目をしっかりと合わせてそう言った。

「え?」

 

「え?じゃない、咲耶。オレが言いたいのはそんなことじゃあ無いんだ」

夕陽の言葉を聞き、月守は考えた。

(戦闘技術に向かって、『そんなこと』……?戦闘面以外で、それ以上に重要な要素があるのか…?)

 

考えても答えが出ず、月守はその疑問を解消すべく問いかける。

「じゃあ夕陽さんが言いたいことってなんですか?教えてください」

 

「聞きたいか?」

 

「はい。今後のために是非」

月守は自分に見えていないが夕陽に見えているものについて知ろうとした。

(俺は夕陽さんの事を師匠だなんて思っちゃいない。でも、この人が俺より上なのは確かなんだ。俺とこの人の差……。それを埋めるヒントがここにあるのかもしれない……)

 

そんな事を思い、月守は座っていた姿勢を正して夕陽の言葉を待った。

 

たっぷり10秒は間を空けてから、夕陽はこの上なく真剣な表情を月守に向けた。

 

 

 

「天音ちゃん……。あの子は……」

 

 

 

 

再度間を空け、月守が緊張感を1段階上げたタイミングで、夕陽は告げた。

 

 

 

 

「着痩せするタイプだから分かりにくいが、スタイル良いぞ……!」

 

 

 

 

と。

 

 

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

静寂。そうとしか表現しようが無い時間が数秒流れたところで、月守は口を開いた。

 

「夕陽さん……」

 

「なんだ、咲耶」

真剣さから一転し、自信満々のドヤ顔を見せつける夕陽に向けて、月守は、

「今すぐ両腕折られる。もしくはセクハラで訴えられる。この2択ならどっちがいいですか?」

無表情ながらも、トリオン体の時以上の殺気を漲らせてそう言った。

 

「ちょっ!待て待て待て咲耶!その2択は無いだろ!」

 

「2択は無し?じゃあ両方でいいですか?」

 

「それはもっと無しだっ!つか、お前は冗談抜きでそれやりかねないだろ!」

夕陽はベットの上で慌てふためきつつそう言うが、それに対する月守はとても冷静で、ただただ殺気を飛ばして言葉を投げかける。

「20歳になったような人が女子中学生の体型について語る時点で俺的にはアウトです」

 

「心は今でも17歳のつもりだっ!」

 

「黙ってください。せめてもの情けです。どっちの方を先にやるのかは選ばせてあげます」

 

「いつの間にか2択とも確定してるっ!?」

月守の殺気を受けてなんとか逃げようと夕陽は試みる。しかし夕陽に逃げ場は無く、今の彼は調理されるのを待つ食材のようであった。

 

そしてそんな食材に向けて月守は何気無く言う。

「……そもそも、そんなことは知ってますよ。去年の夏、地木隊みんなで海行きましたもん」

と。

 

「……海、だと……っ!?」

海。うみ。ウミ。

 

その単語が夕陽の頭を何度も巡った末に、彼は瞳を閉じて月守に対して足掻くのを辞めた。

「どうしました?夕陽さん」

 

「咲耶。オレのことは煮るなり焼くなり好きにしていい。ただ……」

 

「なんですか?」

言葉の続きを促された夕陽は頭を下げて、言い放った。

 

 

「その時のみんなの水着姿について詳しく説明してくれェ!」

 

 

それを聞いた月守は、

(ああ、この人もうダメかもしれない)

一筋の疑いも無くそう思った。そんな思いを込めて、月守は口を開きかけた。だがその瞬間、

 

「随分と楽しそうなお話をしてるねぇ」

 

そんな声が月守の背後から聞こえた。

 

月守と夕陽はその声に同時に反応し、その声の主を視界に捉えた。そこにいたのは、一見微笑んではいるものの見方によっては怒気を大いに滲ませたものにも見える、さながら般若の面のごとき表情を浮かべた白金だった。

 

((あ、やべぇ))

買い物から戻ってきた白金の機嫌がよろしくないのは火を見るよりも明らかであり、全く同じタイミングでそう思った彼らの行動は素早かった。

 

「ま、待てよシロ!話せば分かる!」

夕陽は彼女に和解するべく交渉を始めた。そして、かつて彼の相方を務めていた月守は夕陽がそういう行動に出るのを予測…、いや、確信していた。だからこそ、

「夕陽さん、説得は任せました。俺は逃げますね」

月守は夕陽にこの場を託した戦略的ベイルアウトを選択した。

 

「さ、咲耶ーっ!?」

自身の荷物を素早く掻っ攫うようにして回収した月守は、夕陽の悲痛な声を聞き流して病室から脱出した。

 

*** *** ***

 

その後、月守は悪いとは思いつつも夕陽の病室に戻らなかったため、何があったのかは知らない。ただ、風の噂程度ではあるものの、三門市立総合病院のとある個室病室から、

「絶壁を絶壁と言って何が悪い!」

 

「人のコンプレックスを連呼するなバカーッ!」

という、不毛な男女の言い争いの末に、そこの入院患者であった男性(20)が顔に打撲を負った末に意識を失ったらしい、という話を月守は聞いたのであった。




ここから後書きです。

今まで名前だけ出てた2人の紹介の回になりました。オリキャラばっかりな上に、書き直しをかなり重ねたので読みにくいかとは思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。

活動報告の方に、軽いアンケート的なものをのせましたので、ご協力いただけたら嬉しいです。

末尾になりましたが、更新を待っていただいて本当にありがとうございます。今後も、頑張ります。


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第49話「混成部隊」

防衛任務は正隊員で構成された部隊にて行う。中には1人で1部隊とカウントされるとんでもない隊員が数名いるが、基本的には5部隊ずつが3交代制で配備されている。順当にローテーションを回せば2日に1回の頻度で任務が回ってくるが、時間的余裕がある隊員や、より給料が欲しいという隊員、正隊員ではあるもののチームに所属していない隊員などで即興で構成される、いわゆる『混成部隊』も度々配備されるため、実際の勤務感覚は案外まちまちである。

 

今回はそんな、普段見られない組み合わせメンバーで構成された混成部隊での物語。

 

*** *** ***

 

警戒区域内にゲートが開いたことを知らせるサイレンとともに、ゲート付近にいた混成部隊メンバーに通信が入った。

『ゲート開きました。西に350メートルくらいですけど、そこからゲートを視認できますか?』

 

その通信に対してメンバーはそれぞれ答える。

『こちら月守。こっちからは見えてるよ、真香ちゃん』

 

『こちら村上。和水さん、俺からも見えてる』

メンバー2人の言葉を受け、オペレーターの真香は判断を下す。

『了解です。そのゲートは私たちで担当するので、そのままゲート付近に急行してください』

 

『月守了解』

『村上了解』

真香の凜とした声で出された指示に、月守と村上は同タイミングで答えてゲートめがけ走り出した。2人が動いたことを作戦室のレーダーで確認した真香は、追加で指示を出した。

『当真先輩。動いてないのはこちらで確認できてますよ?そこからじゃ建物で射線切れてるので狙撃は不可能です。あまりサボってないで狙撃ポイントを確保してください』

しかしその指示は月守でも村上でも無く、もう1人の混成部隊メンバーであるスナイパーの当真勇に向けられたものであった。

 

当真は民家のベランダから空を見上げつつ、真香の通信に答える。

『和水ちゃん、これは断じてサボってるわけじゃないんだ。俺たち3人が今開いてるゲートに向かったとして、もしこの後連チャンでゲート開いたらどうする?そんな万が一に備えて待機してるんだよ』

 

『なるほど。それで本音は?』

 

『この前の新型でも来ない限り村上と月守で十分だろ。俺はここでサボらせてもらうぜ』

 

『当真先輩!』

 

『わっはっは』

根が真面目な真香は当真に注意を促すが、スナイパー界でも屈指の自由人である当真はその注意を笑って流した。

 

そんな2人の会話を聞き、月守と村上は苦笑する。

「うちのオペレーターが騒がしくて申し訳ないです、村上先輩」

月守は軽く村上に対して謝罪するようにそう言った。

 

村上鋼。

県外からのスカウトで1年前に入隊。強化睡眠記憶というサイドエフェクトに弧月とレイガストを巧みに使いこなす技量、そこにストイックな性分と彼に対して深い理解を示してくれる恵まれたメンバーの存在が相まって、瞬く間にアタッカー4位に上り詰めた隊員である。

 

月守と村上は走る速度を落とさずに会話を続ける。

「和水さんは凄いな。先輩に対しても物怖じせずに指示が出せるのか」

 

「んー、そこは人によるみたいです。二宮さんとか嵐山さんは苦手みたいで、一緒に任務に出ると少し大人し目ですよ」

 

「二宮さんに萎縮してしまうのは分かる気がするが、嵐山さんも苦手なのか?」

 

「苦手というか、爽やかすぎて近寄りがたいらしいです」

 

「……随分珍しい理由だな」

 

「あははー、そうですねー」

程よく力の抜けた状態で会話する2人であったが、

『当真先輩!サボっちゃダメです!』

 

『和水ちゃんは本当に真面目だな』

それとは対照的に、真香は自身のペースを崩さぬ当真に向けてより一層ヒートアップしていった。

「月守くん、このままだと戦闘が始まってもオペレーターの指示を受けられそうにないね」

 

「まあでも、トリオン兵相手で1戦だけなら真香ちゃんの支援が無くても多分大丈夫ですよ」

 

「仕方ないな。作戦はどうする?」

 

「即興メンバーですし、役割をしっかり分けましょう。村上先輩、メインお願いしてもいいですか?」

月守の提案を受けて、村上は答えるより早く自身の武装である弧月とレイガストを抜刀した。

「ああ、それでいい」

簡潔に答えた村上の視線は月守では無く前方に向いており、ゲートから現れたトリオン兵を捉えていた。月守も村上と同じ方向を向いており、捉えているトリオン兵を視認できていた。

 

標的を認識した両者に軽い緊張感が走り、その状態で村上は口を開く。

「俺がメインを張る。フォローは任せた」

 

「了解です」

そう答えると同時、村上はトリオン兵の群れへと踏み込んだ。

 

(モールモッドが2体、バムスターが1体か…)

村上の背中を見つつ月守は全体を把握し、それと並列して左手からトリオンキューブを生成する。

 

踏み込んだ村上が振るった弧月と戦闘用トリオン兵モールモッドのブレードがぶつかり、火花を散らす。すかさずモールモッドは空いているもう片方のブレードを村上へと向けるが、村上は落ち着いてレイガストをブレードモードからシールドモードへと素早く切り替えてその1撃を防いだ。

 

そして一連の攻防から次の攻防へと移る一瞬の空白を、月守は逃さない。

「バイパー」

ベストなタイミングで月守は用意していたトリオンキューブを分割し、バイパーを放った。

 

見ている者を惑わせるような複雑怪奇な軌道と回避困難な弾数、十分な速度を持ったバイパーがモールモッドに直撃する。直撃のタイミングは文句無しだが倒し切るだけの威力には欠けており、モールモッドの動きをほんの少し止める程度であった。

 

だが、

「ナイスだ」

モールモッドと対峙する村上にはそれでも十分すぎる援護になった。

 

「スラスター・オン」

ブレードの動きを加速、補助することができるレイガスト専用のオプショントリガーであるスラスターを村上は起動してモールモッドを押すようにして、月守の攻撃で動きが鈍ったモールモッドの態勢を大きく崩すことに成功した。

 

そこを村上は逃すことなく、

「1体目」

淡々とした声でそう言ってトリオン兵の弱点である目の部分に弧月を振るって両断した。

 

1体目撃破の余韻に浸ることなく、村上の意識は次の標的へと切り替わる。

(どっちを先に片付けるべきか……)

ほんの一瞬、村上はその判断に迷ったがそれはすぐに解決した。残るモールモッドとバムスターだが、その2体の視線は月守に向いており、村上は完全にノーマークの状態だった。

 

チャンスとばかりに村上は手近な方だったバムスターへと背後から斬りかかる。大きな体躯こそ持っているがバムスターは捕獲用トリオン兵であり、反撃らしい反撃をさせずに村上はバムスターを屠った。

 

残り1体になったところで、月守が村上に通信を入れた。

『村上先輩、モールモッドの動き止めましょうか?』

 

『いや、そのまま気を引いてくれるだけでいい』

 

『了解です』

軽い打ち合わせを終えた途端、村上は動いた。左手に持ったレイガストを通常のブレードモードに戻して振りかぶり、

「スラスター・オン」

そう言いながら全力で投擲した。

 

投げられたレイガストは、生身より圧倒的に高い身体能力を発揮することができるトリオン体での全力投擲に加えて、専用オプショントリガーであるスラスターによってとてつもない速度を発揮し、容赦なくモールモッドへと突き刺さった。

 

威力は申し分ない1撃であり勝負は決まったかのように思えたが、

 

「しぶといな」

「即死は避けたって感じですかね」

 

モールモッドはその1撃を受けてなお、動きを止めなかった。しかしあと一押しすれば倒せるのは誰が見ても明らかであった。

 

(この距離なら近いし、止めは俺が刺そう)

月守はそう判断し、止めを刺すために左手にトリオンキューブを生成した。そしてそこから攻撃を繰り出そうとした瞬間、

 

パァンッ!

 

と、鋭い銃声が鳴り響き、モールモッドへと引導を渡した。

 

眼前で起こった光景に月守は一瞬面を食らったが、すぐに何が起こったか理解し、落ち着いた状態でトリオンキューブを解除して確認も兼ねて通信回線を繋いだ。

『当真先輩、相変わらず見事な狙撃ですね』

 

『あんな止まったも同然の的になら、外す方が難しいぜ』

月守の予想通り、最後の1撃は当真による狙撃だった。

 

お疲れ様と言いながら投擲したレイガストを回収しに来た村上に軽く手を上げて挨拶を返しつつ、月守は当真へと問いかける。

『見事でしたけど…。この程度なら俺と村上先輩に任せて休むんじゃ無かったんですか?』

 

『そのつもりだったんだが……。ま、まあ、アレだ!和水ちゃんの言うように、サボりはダメだよなって思ってな!』

 

『……まあ、そうですけど』

明らかに動揺している当真の声を聞き、月守は真香に個別回線を開いた。

『真香ちゃん、当真先輩に何て言って仕事させたの?』

 

『仕事ちゃんとしないと真木先輩に言いつけますよって言ったら、快く仕事してくれました!』

 

『あー、なるほどねぇ…』

真香の答えを聞き、月守は苦笑した。

 

 

 

真木理佐。

当真の所属するA級2位冬島隊のオペレーターである。16歳という年齢は隊の中で1番下であるものの、元々エンジニアであった冬島を半ば無理矢理スカウトし現場に転属させ、ボーダー入隊後ダラダラしていた当真に対して「働け」と言って働かせたという人物(当時中学生)だ。隊の作戦室には彼女以外立ち入り禁止の書斎が設けられているなど、現在でもチーム内の権力は大きい。

 

そんな彼女に仕事をサボっているなどと報告されたら当真は非常にマズイことになることを想像したのか、真香の指示に従って仕事をすることにしたようだった。

 

 

 

討伐したトリオン兵を回収する回収班が来るのを現場で待機していると、ふと思い出したように真香が問いかけた。

『そういえば月守先輩。戦闘中にトリオン兵が不自然に先輩を追いかける動きがあったんですけど、アレはどういう方法でコントロールしたんですか?』

 

「ああ、モールモッドとバムスターを村上先輩から引き離したやつ?アレはコントロールとか、そんな大層なものじゃないよ」

月守は穏やかな声で疑問に答える。

『村上先輩と戦ってたモールモッドにバイパー撃ったんだけど、それと同時にあの2体にもバイパー撃って気を引いただけ』

 

『ああ、なるほど。レーダーだとすっごい不自然な動きに見えたんですけど、それなら納得です』

月守の解答を聞き、真香は納得した声でそう答えた。

 

2人の会話が終わったところで、

「今までも何度か組んだことはあるが、月守は本当にサポートが上手いな」

手持ち無沙汰になったのか、村上が世間話でもするかのようにそう言い、月守は彼に目線を合わせて会話に応じた。

「どうもです。というか、それ言ったら村上先輩の戦闘スタイルの安定感は流石としか言えないです」

 

「そう言って貰えると有り難いが……。オレのスタイルは月守のチームメイトとは異なるタイプだから、合わせ辛かっただろう?」

 

「案外そうでもないですね。慣れ不慣れの問題を抜きにしたら、村上先輩はかなり合わせやすかったです。神音はとにかく、彩笑との連携はシビアなので」

やんわりとした、人の良い印象を与える笑みを月守は浮かべてそう言った。

 

一見するといい人同士の会話のように聞こえるが、

(鈴鳴と地木隊って次のランク戦で戦うんだよな?なら月守のやつ、暗に村上の動きは見切ってるって言ってんのか?)

両者が次の試合で戦うことが頭に入っている当真は月守の言葉にそんな裏があるのではないかと思えてならなかった。

 

しかしそんな当真の考えなど知らない2人の会話は続く。

「地木さんか……。そういえば、今日は別々の混成部隊で防衛任務に参加しているんだな」

 

「そうですよ」

月守はそれとなく視線を動かして彩笑たちが防衛している方向へと向け、

「迷惑かけてなきゃいいんですけど……」

冗談と真剣さが半々ほど篭っている声でそう呟いた。

 

*** *** ***

 

雲ひとつない青空に、小さな影がいくつも差した。

 

バド。

飛行能力と最低限の射撃能力を備えたトリオン兵である。飛行と射撃と聞くと厄介に思えるが、サイズとしては他のトリオン兵より比較的小柄であり、同じ飛行能力を持つ大型のイルガーと比べたなら討伐の難易度は遥かに下である。

 

当然ながら、ボーダーの上位アタッカーたちと対等に渡り合えるだけの実力を持つ彩笑にとって討伐するのに全く問題は無い。どれだけ高く飛ぼうが、グラスホッパーを使えば逃さない自信があった。

 

だが、

「うへぇー……。これは流石にちょっと面倒いかなー」

上空を覆いつくす、とまではいかなくとも、10を軽く越える数のバドを見て彩笑は苦笑した。

バドの厄介なところは、空を飛んでいるの1点に限ると彩笑は思っている。自在に空中を動かれては追いかけるにも撃ち落とすのも一苦労である上に、そこに数が加われば視野と包囲網を広げざるを得ない。1体でも取り逃がしてしまえばあっという間に警戒区域を突破されてしまうだろう。警戒区域を突破されたら負けともとれる防衛任務において、バドはある意味最も厄介なトリオン兵である。

 

それゆえに地木隊は任務中にバドが現れた場合、優先的に倒すことになっている。月守が地上から弾丸を放ちダメージを与える。それで倒せればそれで良し、倒せなくとも当たれば飛行能力が鈍るのは確実であるため、そこを彩笑と天音でしっかりと仕留める。

 

月守の腕前では(ハウンドを使わない限り)上空にいるバドへの命中率は数にもよるが7割ほどであり、その中でも仕留められるのは半分程度であるため、彩笑はなんだかんだで毎回バドを仕留めるために跳び上がっている。

半ば反射的なものになっているバドへの戦法を実行するため、彩笑はグラスホッパーをスタンバイしつつ跳び上がるために膝を少し曲げた。だが、

 

「何してんの?」

 

そんな彩笑を諌める声があった。

 

「え?直接バド斬りに行こうかなーって」

 

「何それ?効率悪。地上から撃ち落とせばいいじゃない」

そう言ってハンドガン型トリガーを展開したのは、B級上位を二期キープしている部隊を率いる香取葉子だ。2人とも機動力を生かした戦闘スタイルを得意とするが、ブレード型トリガーであるスコーピオンしか攻撃手段を持たない彩笑と違い、香取はスコーピオンとハンドガンを扱うオールラウンダーであるため、バドを撃ち落とすという選択が可能であった。

 

構えた両手のハンドガンからハウンドとアステロイドを放ちバドを撃ち落としていく香取を見て、彩笑は口を尖らせて言う。

「カトリンは撃ち落としてるけど、近距離戦1択のボクには無理なのー」

 

「カトリン言うな。ってか、あんただって遠距離攻撃できるでしょ。スコーピオンぶん投げるやつ」

 

「できるけど、でもこの距離だと命中率悪いし、投げたのが当たっても致命傷になんないよ?しかも失敗したら落ちてくるよ?カットリーンの頭に刺さっちゃうかもだよ?」

 

「カットリーンって言うなっ!ならアレは!?スコーピオン伸ばすやつ!」

 

「アレも難しいよ〜。カゲさんみたいな射程出ないし。ってかさ、バド少しずつ上に逃げてバラけてない?カトリーヌの攻撃、微妙に届いてなくない?」

 

「うっさい!分かってるわよ!」

香取の苛立ちは攻撃が当たらないバドへのものか、次々と変わるニックネームへのものかは定かではないが、とにかくバドがまだ10体は残っており、それが動き続けている。数体は市街地方面に向けて飛行しており、状況は悪化している。

 

悪化しているのだが、

「怒鳴ったカトリーヌ怖ーい」

 

「ならそのニックネームで呼ぶのやめなさいっ!」

 

「えー……、もしかして発音悪いのが不満?」

 

「発音は関係無いっ!」

 

「またまた〜。Catherineはツンデレだね〜」

 

「ツンデレじゃな……、その無駄に綺麗な発音は何っ!?」

 

「普段使い道の無いボクの特技だよー」

現場には(主に彩笑のせいで)和やかな雰囲気が流れていた。

 

そんな2人の会話は開きっぱなしである通信回線によりチーム内に筒抜けであり、

『あはは〜、2人とも仲良しさんだね〜』

 

『そうね。ついつい和んじゃうわ』

今回の混成チームのオペレーターを務める国近柚宇と、残る1人の戦闘員である那須玲は思わず笑顔を浮かべていた。

バドが自在に動き回る空を見上げながら、那須は国近に問いかける。

『でもどうしますか?このままだと最悪の場合、警戒区域を突破されてしまいます』

 

『そうだねー……』

国近の口調はまったりとした普段通りのものであるが、作戦室でモニターに向けている目は真剣そのものであり、頭の中では現場の状況やメンバーの能力・トリガー構成などから適切な策を構築されていた。

 

『んー……、那須さんのバイパーでまとめて殲滅しちゃうのが1番手っ取り早いんだけど、厳しいかな?』

 

『さすがにここまで広がってしまうと厳しいですね』

 

『だよねぇ。じゃあ、市街地方面に向けて飛んでる2体は香取ちゃん、その他のやつは那須さんと地木ちゃんって具合に分担しよっか』

メンバー全員が通信回線から出された国近の指示を受けて、即座に自分のやるべき行動を理解した。

 

「地木!ニックネームの件は後でケリつけるから!」

香取は割と本気の剣幕で彩笑に向けてそう言うや否や警戒区域方面へ飛んでいくバドを見据え、グラスホッパーを複数展開して迎撃に掛かった。

その背中を横目で見送った彩笑もすぐに駆け出し、すでにトリオンキューブの生成を始めている那須の隣へと素早く移動した。

「那須先輩、このままバド撃ち落とすんですよね?」

 

「ええ。でも何体か残ると思うから、その時は地木ちゃんにお願いするわね」

 

「了解です」

軽く打ち合わせを済ませた彩笑は膝を軽く曲げ、跳び上がる用意をした。それと同時に、那須が用意していたトリオンキューブを細かく分割し、

「バイパー」

那須が最も得意とするバイパーが、バドめがけて放たれた。

 

大量のバイパーが空を自在に飛ぶバドを捉えて穿ち落とすが、中にはそれが致命傷に至らない個体が数体残り、飛行を続けていた。

(2……、ううん、3体!)

那須は撃ち漏らしたバドを把握し、すぐにそれを隣にいる彩笑に伝える。

「彩笑ちゃん!」

 

「任せてくださいっ!」

しかし皆まで言わなくとも彩笑は行動に移った。

 

(グラスホッパー!)

足場となるグラスホッパーを展開すると同時に跳躍し、彩笑は素早くそれでいて軽やかに空を駆け、一気にバドと同じ高さまで上り詰める。

 

「こんにちはっ!」

同じ視線の高さになり、目が合ったバドに向けて彩笑はにこやかにそう言ってから攻撃を開始した。スタンダードな片刃タイプの形状にしたスコーピオンを躊躇いなく振るいバドを両断する。

(あと2体っ!)

スコーピオンを振り切った彩笑の視界は、次の標的を捉える。

標的との間合いを把握した彩笑は、再びグラスホッパーを展開して間合いを一気に詰め、その勢いを利用した刺突を繰り出しバドを仕留める。

(ラス1っ!)

仕留めたバドを足場にして突き刺さったスコーピオンを抜き切ると同時に、彩笑は最後の1体を視界に収める。彩笑の方が高い位置におり高低差としては優位だが、間合いはガンナーやシューターのものでありアタッカーである彩笑からすれば接近する必要がある距離であった。

 

だが、

(この距離ならギリギリ当てられるかな)

その間合いと自身の技のレパートリーを踏まえて彩笑はそう判断し、攻撃に移る。

 

足場としてバドを足場にしていた彩笑は、スコーピオンを軽く目の前に放った。そして次の瞬間、彩笑自身も足場にしていたバドから跳躍し、

「ここっ!」

目の前に放ったスコーピオンの柄をまるでサッカーボールのように右足で蹴った。

 

一球入魂ならぬ、一刃入魂として蹴られたスコーピオンは吸い込まれるようにバドへと飛んでいき、貫いた。そのスコーピオンは正確に目の部分を射抜き、バドのトリオンを瞬く間に漏出させる。そして重力に従いながら落下する彩笑は、そのバドから漏出するトリオンが止まったことを、止めを刺せたことを確認すると小さく笑い、

 

「はい、お終い」

 

そう一連の戦闘に幕を閉じる一言を告げた。

 

 

 

 

 

「何よ最後の技は?」

撃破したバドの残骸が周囲に散らばる中で回収班の到着を待っていると、香取が彩笑に向けてそう尋ねた。

「スコーピオンシュート」

 

「いや、名前じゃなくて……」

 

「Scorpion・shoot」

 

「なんで発音良く言い直したのよ!」

 

「あれ?気に入らない?ならボツにしたやつだけど、蹴刃壱之型・蠍牙(しゅうじんいちのかた・さそりきば)に改名するよ?」

 

「そういうことでもな……ってか今なんかすっごいダサい名前聞こえたんだけど!?」

 

「不知火さん渾身のネーミングだったのにー」

苦笑しながら彩笑はそう言った後、技の解説に移った。

「まあ、技って言っても、ただスコーピオン蹴るだけなんだけどね」

 

「それは見たら分かるわよ。アタシが言いたいのは、あんな技があるなら最初の段階で使わなかったのよ、ってこと」

 

「やー、この技、最近考えたばっかりでね、まだまだコントロールに難アリなの」

 

「なに?つまりは練習不足ってこと?」

 

「うん、そういうこと。一回すっぽ抜けて、咲耶に刺さって怒られた」

彩笑は笑いながら言ったが、

 

「いや、そりゃ怒られるわ」

「彩笑ちゃん、それは怒られるわよ」

『それはつっきーでも怒るよ〜』

 

満場一致で怒られて当然と言われて、彩笑も流石に少し落ち込んだ。

 

ショボーンとしている彩笑に向けて、那須が淡い微笑みを浮かべつつ声をかけた。

「ねぇ彩笑ちゃん。さ……月守くんは元気?」

 

「咲耶ですか?んー……、とりあえず元気ですね。今朝は元気に落花生配って歩いてました」

 

「……何で落花生なのかしら?」

 

「本人曰く、今日が節分だかららしいです」

 

「ああ、なるほどね。確か、地方によっては炒豆じゃなくて、落花生のところもあるのよ」

 

「「へぇー……」」

那須から教えられた豆知識を聴き、彩笑と香取は素直に関心した様子を見せた。

 

なお、地元三門市以外からスカウトされて入隊した国近はその事に理解があったらしく、

(そっかー、今日節分だっけ。後でつっきーから落花生貰おっと)

太刀川隊作戦室でそんな事を考えていた。

 

そしてふと、国近は先ほどの戦闘で気になっていた事を彩笑に尋ねた。

『あ、彩笑ちゃん。太刀川さんが最近、彩笑ちゃんが面白い新技考えたって楽しそうに言ってたんだけど……』

 

「あー、それとスコーピオンシュートは別物です。太刀川さんが言ってる新技は対人戦用なのでトリオン兵には使えないんですよ〜」

 

『ほうほう、なるほどなるほど』

 

「近々お披露目できるかもですので、楽しみにしてて下さいね」

ニコニコと笑いながら彩笑は国近の言葉に答えた。

 

だがそんな彩笑の反応を受けて、

(……なんでコイツは次の対戦相手の真ん前でそういうこと言えるのかしらね)

いつの間にか仏頂面になった香取が、突き刺すような鋭い視線を向けていた。

何か考えがあるのか?香取は彩笑の言動の裏に何かあるのではと予想するが、

 

「あ!那須先輩!」

 

「なにかしら?」

 

「次の試合はどんな作戦で行きますか?」

裏どころか正面、ど真ん中にストレートを投げ込むかのごとく彩笑は那須にそう尋ねた。彩笑の表情は、ウソをついたり裏をかこうといった事を邪推するのが馬鹿らしく思えるほど屈託の無い笑顔であり、それを見た香取は悟った。

(ああ、ただ残念な子なのね……)

と。

 

一方、那須は少しばかり彩笑の愚問に対して戸惑ったものの、すぐに穏やかな笑顔を浮かべた。

「うーん。ごめんなさい、彩笑ちゃん。次の対戦相手じゃなかったら教えてあげられたんだけど……」

そう答える那須の声は、割と真面目に申し訳なさそうであり、

(この人も真面目ね……)

彩笑の愚問に対してもしっかりと対応する那須に、香取はほんの少しだけ同情に似た感情を覚えた。しかし同時に、彩笑の言動の意図が読めない香取は、ある人物へと個別の通信回線を繋いだ。

 

『はい、どちら様?』

 

『月守、あんたのとこの隊長が意味不明な行動を取ってるんだけど説明して』

香取が連絡を取ったのは月守だった。一応声で連絡を取ってきたのが香取だと判断できた月守は、その意味不明な言動の詳細を尋ねた。そして聞き終えると同時に、笑いながら答えた。

『それは彩笑なりに探り入れてるだけだよ』

 

『こんな方法で引っかかるやついないでしょ?』

 

『去年のことなんだけど……』

 

『うん』

 

『上位グループ戦の時、どうしても動きが読めなくて対策立てられないチームがいてさ。それで作戦会議が難航した時に真香ちゃんが半分ふざけて神音に、

「相手の隊長に、次の試合の作戦聞いてきて」

って言ったんだよ。そしたら神音、それを真に受けて本当にその隊長に聞きに行ったんだって』

 

『……マジ?』

 

『ホントホント。で、次の試合で相手チームの動きは神音が聞いてきたのと大体合ってた』

 

『は?』

 

『それ以来、そんな方法でも作戦聞き出せるかもって思った彩笑はダメ元承知でそんなふざけた探り入れるようになったんだよ。まあでも、それ以上しつこく彩笑は聞かないから、軽い気持ちでスルーしていいよ』

通信回線越しの月守の声は苦笑しており、香取は思わず脱力した。

 

『……あんたも大変ね』

 

『それほどでも無い』

 

『どうだか。ちなみに、去年引っかかった人って誰なの?』

 

『本人の名誉のために()()()言えないけど…。試合終わった後、その人もそれに気付いたのか、直接うちの隊……というか俺に軽く文句みたいなのは言いに来てたな』

 

『何て言われたの?』

 

『確か……、

「あんなカワイイ子使うとかズルない?あんなん、なんでも正直に答えてまうやろ」

って言われた』

 

『……月守』

 

『なに?』

 

『今のはわざと言ったのよね?』

 

『なんのことやら』

月守はそう言って香取との通信を切った。

 

*** *** ***

 

「連絡は終わったかい?」

香取との通信を終えた月守に向かい、村上が問いかけた。

 

「ええ。長々とすみません」

 

「気にしなくていいさ」

そう言って村上は警戒区域の見回りを再開した。そして前を行く村上の背中を見て、月守は1つ意識して呼吸を取ってから、口を開いた。

 

「村上先輩」

 

「ん?なんだい?」

呼び止められ、振り返った村上に向けて月守はやんわりとした笑みを浮かべて言葉を紡いだ。

 

*** *** ***

 

「……ふぅ」

 

「カトリーヌ、電話終わったの?」

月守との通信を終えて一息ついたところを逃さず、彩笑は香取へと声をかけた。

「だからカトリーヌって言わないで。ムカつく奴を思い出すから」

 

「……りょうかーい」

仏頂面を崩さない香取だが、彩笑は何かを感じ取ったのかあっさりと香取との会話をそこで終わらせた。

 

だが、ふと、彩笑は何かを思い出したような素振りを見せたあと身体をクルッと反転させ、那須へと向かい合った。

「そういえば、那須先輩に言おうと思ってたことがあるんですよ!」

 

「……私に?」

 

「はい!」

キョトンとする那須を見て、彩笑は楽しそうな笑顔を浮かべて言葉を紡いだ。

 

*** *** ***

 

 

 

「「次の試合、負けませんから」」

 

 

 

*** *** ***

 

そして迎えた2月5日水曜日。

 

B級ランク戦ラウンド2・開幕。




ここから後書きです。

また前回から長く時間が空きました。すみません。

今回は地木隊と他の隊のメンバーを組み合わせた混成部隊でのお話でした。
当真、村上、国近の3人は、おそらくこの時期の高校3年生は進路さえ決まってれば自主登校だろうなと思ったので混成部隊に参加させました。那須さんは研究の一環という扱いで参加。香取はサボりたい授業があったので参加という扱いにしてます。

月守がいた混成部隊は近中遠揃っててバランス良さそうです。臨時の隊長はメンバー間での遠慮と話し合いの末、真香が担当してました。
彩笑のいた混成部隊は戦闘員全員隊長なので、ある意味バランス悪いです。どうせなら草壁さんにオペレーターやって頂こうと思ったのですが、未だに姿すら登場してないので断念。

ちなみに天音はドクターストップのため、大人しく学校に行きました。授業中にスヤスヤと居眠りをして、後から学校に来た真香に怒られました。

次回はいよいよ試合開始(の予定)です。

更新されてない期間でも、お気に入りや感想、評価を頂いて嬉しい限りです。頑張れます。


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第7章【B級ランク戦・2人の戦い】
第50話「ラウンド2」


前書きです。
本作の前身となった作品を私がハーメルンに投稿し始めたのが1年前の今日でした。1年も投稿をなんだかんだで続けられたのも読んでくださる皆様がいたからこそです。ありがとうございます。
まだまだ私は未熟ではありますが、これからも本作を読んで楽しんで下されば幸いです。


二宮は激怒した。

 

正確には激怒という程ではないが、彼の苛立ちメーターはその寸前まで一気に跳ね上がった。

 

しかし二宮は自分を何とか落ち着かせ、ランク戦解説中に飲もうとしていたジンジャーエールが入った紙コップを握り潰してしまうのを堪えた。

「二宮さん、大丈夫ですか?」

そこにタイミング良く声をかけたのは、玉狛支部所属のオペレーターである、宇佐美栞だった。二宮は極めて普段通りに近い体を装って、隣の席に座っている宇佐美に対応する。

 

「ああ、問題ない。ランク戦の実況、よろしく頼むぞ」

 

「ええ、分かりました。こちらこそ、よろしくお願いしますね」

二宮と宇佐美はそう簡単に挨拶を交わした。

 

普段ならあまり接点のない2人だが、今日はお互いにB級ランク戦昼の部の実況・解説を担当しているため、こうして行動を共にしている。

 

ランク戦の解説。現在B級1位の部隊を率いるだけでなく、シューターランク1位、ソロランクでも2位という地位にいる二宮にとってはそれなりに適任ともいえる仕事だ。実際、二宮本人もそこまで嫌いな仕事では無い。

 

ではなぜ彼は苛立っているのか。

その理由は、彼の隣に座るもう1人のランク戦解説者のせいであった。

 

彼女はとても楽しそうに、二宮へと声をかける。

「おやおや〜?二宮くん、ワタシには挨拶してくれないのかい?」

 

「何故貴女がここにいる?」

 

「この席に座っているのにランク戦解説以外の仕事があるとでも?」

 

「解説は太刀川のやつが引き受けたと聞いていたんだが?」

 

「太刀川くんは大学の単位を獲得するために絶対越えなきゃならない山場が今日らしくて、解説任務からベイルアウトしたよ。まあ、ワタシは代理みたいなものさ」

 

「貴女はもう戦闘員じゃないだろう、不知火副開発室長」

二宮はあえて肩書きをつけて不知火の名前を呼んだ。その声を聞くだけで二宮が内心穏やかでない事は、ランク戦を観戦するために会場に来ていたギャラリーにも伝わった。だが肝心の本人、不知火花奈はそんなの知ったこっちゃないと言わんばかりにやんわりとした笑みを浮かべて、二宮との会話に応じる。

「元戦闘員だし別にいいじゃないか」

 

「前線を退いた貴女に解説ができるのか?」

 

「現ボーダー設立から今日の防衛体制が整うまでの期間、ソロで1部隊と同等の扱いを受けていたワタシの実力を疑うのかい?」

 

「あの頃と今とでは戦力のレベルと規模が違う。あの頃の常識は今では通用しない」

 

「ほほう、言うねえ」

不知火は肩を揺らしながら笑ったあとに言葉を続けた。

 

「……じゃあ、本当に通用しないか今すぐ試そうか?射手の王」

 

と。

 

ピリッとした空気が会場に張り詰めて、会場にいるほとんどの者の脳裏に嫌な予感がよぎった。

 

まさに張り詰めた空気が破裂する、その直前、

「まあまあ二宮さん、それに不知火さんもひとまず飲み物でも飲んで落ち着いて」

2人をなだめるように宇佐美が声をかけた。

 

その声で少し落ち着きを取り戻したのか、二宮は1つ息を吐いてからジンジャーエールを口にした。不知火もそれに続くように、湯気の立つホットコーヒーを一口飲んだ。

 

二宮は昔から不知火に対して苦手意識に近い感情があり、それゆえに不知火と会ったり話したりするだけで簡単に気が立ってしまうのであった。

ちなみに不知火としては、一見すると真面目な二宮の奥に潜んでいる天然感やチョロさを引き出すためにからかっているため二宮に対しては苦手意識など全く無く、むしろ面白半分で絡んでいる。

 

そうして2人が一息入れたのを見計らって、宇佐美が遅ればせながらも今日のランク戦についての説明を始めた。

 

『さあ、開始前に一悶着ありましたが……。B級ランク戦ラウンド2・昼の部が間もなく始まります。実況は私、玉狛支部所属のオペレーターの宇佐美。解説はNo. 1シューターの二宮さんと、開発室所属の不知火さんです』

 

『『どうぞよろしく』』

ランク戦前の半ばお約束になりつつある挨拶を済ませたところで、宇佐美は不知火に視線を向けて口を開いた。

『えー、会場にいる皆さんにとってボーダートップランカーの二宮さんはおなじみだと思いますが、開発室所属の不知火さんはイマイチどんな人かピンと来てない人も多いと思います。なので不知火さん、軽くでいいので自己紹介をお願いできますか?』

 

『自己紹介?』

不知火はほんの少し戸惑った様子を見せつつも、自己紹介を始めた。

『不知火花奈。現在は本部勤めのエンジニアだけど、以前は正隊員と兼業して防衛任務にも参加していた……まあ、今のチームランク戦のシステムを導入する直前にエンジニア1本に絞ったけどね。正隊員時代のポジションは……一応、オールラウンダー』

 

いつの間にか取り出した自前のメモ帳にボールペンでとんでもない速度で何かを書きつつ、不知火は自己紹介を続ける。

 

『現役時代はソロが多かったからこのチームランク戦特有の戦術面の解説は少し自信が無いが、その分戦闘面での解説は頑張らせてもらうよ。……宇佐美ちゃん、こんなもので良いかな?』

 

『はい、大丈夫です。二宮さんから不知火さんに何かありますか?何も無かったら試合情報の整理に移りますけど……』

 

『……いくつか質問がある』

 

『どんと来い』

不知火は笑みを崩さず、二宮の質問を受け付けた。

『ランク戦の解説役はA級かB級上位の隊員が担当することが多いが、何故今回エンジニアである貴女が解説役代理として呼ばれたんだ?』

 

『ふむ、端的に言うなら現場視察だね』

 

『現場視察……?』

 

『ああ。ワタシ達エンジニアが作ったトリガーが現場でどんな風に使われているのかを見るのは勿論だが、実際に戦っているところを見ることで、

「こんなトリガーがあれば戦闘が有利に運べる」

という発想が出るかもしれない。ちなみに解説役が出来るほどの実戦経験があるのがワタシと雷蔵くんくらいしかいなくてね、厳正なるコイントスの結果ワタシが今回選ばれたというわけさ』

不知火はそう答えて、再度コーヒーを口にした。

 

しかしその説明を聞いた二宮は思った。

(答えになってない……。現場を見て考えるという考えは理解できるが、わざわざ解説者として出張る意味がわからない。極論、ギャラリーとして試合を見れば済むことだ)

二宮はそのことを不知火に追求しようとした。だがそのタイミングで不知火は今まで書いていたメモを二宮に見えるような位置にそっと置いた。

 

(……メモ?)

訝しみながらも、そのメモに書かれている内容を二宮は目で追った。

 

【それっぽいことを言って誤魔化そうとしてみたけど、きっと頭の切れる二宮くんはそこからも疑問を持つだろう。だけど今はその事に関しては目を瞑ってくれるとありがたい。色々と事情があるんだ】

 

メモにはそう書かれていた。

しかし二宮はそれに従うつもりはあまり無かったため、メモの指示に反して質問を続けようとした。だが、

(……?)

よく見るとメモはそこで終わりでは無く、下隅の方に何やらまだ続きがあった。

 

【裏返して】

 

よくよく見ると、裏面にも文章が書かれているようで、文字が表にうっすらと裏写りしていた。

(短時間でよくここまで書いたな)

二宮は少し見当違いな関心をしつつ、メモを裏返した。案の定、そこには更に不知火からのメッセージがあった。

 

【全然全くこれっぽっちもランク戦には関係ないことだが二宮くん、君は新年会でワタシに酔い潰されていたね。20歳になったばかりにしては呑めた方だと思うが、まだまだだ。もう少し呑む練習をしなさい。今でもたまに、酔っ払ってしまった君の姿を収めた動画を見て笑ってしまうよ。そしてなんと、今ワタシが持っているスマートフォンにはその動画が記録されている。安心したまえ。何も試合中に見たりして解説をおろそかにするつもりなど全くない。精一杯、解説を頑張るよ。といってもワタシは解説が不慣れだから君からも協力して話題を振ってくれたりすると、とても助かる。もし君がワタシのことを戦力外と判断して1人で仕事をする気になったとしても、ワタシはそれを自身の力不足として受け入れて、大人しくスマートフォンをポチポチして邪魔にならないように待機してるよ。ただスマートフォンは最近機種変したばかりで操作が不慣れなんだ。もしかしたら万が一うっかりたまたま、君の酔っ払い動画がボーダー内ネットワークに流出する可能性がある。

というわけだ。一緒に解説を頑張ろうね。

不知火花奈】

 

それを読み終えた二宮は淀みなくメモを握りつぶして不知火を見た。

「おや、どうしたんだい二宮くん?」

白々しく言う不知火の表情はこの上無く楽しそうな笑顔であり、二宮は内心激怒した。

 

(この子供じみた手口に毎度毎度腹が立つ……!)

 

だが二宮はそれを表情に出さない。何か不知火のカンに触る態度を取ったら最後、彼がここまで積み立ててきた威厳が全て失われてしまうレベルの動画が流出するからだ。だからこそ、二宮は平静を装って対応する。

 

『現場視察という事情は分かりました』

 

『分かってくれたようで助かるよ。他に質問は?』

 

『いえ、解決しました』

 

『うむ、よろしい。じゃあ宇佐美ちゃん、この試合の対戦カードとかの説明に移ってもらっても良いかな?』

 

『あいあいさー。本日の対戦カードは…』

宇佐美が対戦カードを始めとする試合に関する情報を説明し始めた傍ら、二宮はテーブルの陰でスマートフォンを操作し、ある人物へとメールを送ったのであった。

 

*** *** ***

 

「……あれ、二宮さんからメールだ」

ランク戦開始前の最終ミーティングの最中、月守はスマートフォンに届いたメールに気付いた。

「ニノさんから?」

「珍しいですね」

彩笑と真香がそう言い、月守はメールの内容を確認して読み上げた。

 

「勝ち負けは問わん。さっさと試合を終わらせろ……だって」

 

そのメールの意図が分からず3人は頭にクエスチョンマークが浮かんだ。それとほぼ同時に、再度月守のスマートフォンにメールが届いた。

「今度は不知火さんから」

 

「不知火さんからも?」

「これまた珍しいですね」

月守も届いたタイミングのためか多少訝しんだが、内容を見て、再び読み上げた。

 

「今日は厳しい試合になりそうだね、焦らずじっくりやりなさい……だって」

 

「エールかな?」

「……ですかね?」

それでも彩笑と真香はどこかスッキリしない様子でそう呟いていた。しかし月守はなんとなく事情を察した。

(多分、不知火さんに二宮さん捕まったんだろうなぁ……。まあでも、不知火さんも二宮さんがブチ切れるまで遊ぶことは無いし、大丈夫大丈夫)

 

月守は一息ついてから、ミーティングを再開させた。

「よし、じゃあミーティングの続きね……。今回はラウンド1と違って、ステージ決定権は俺たちじゃなくて那須隊が持ってる。だからステージと那須隊の作戦を見つつ、対応していこう。まあ、試合始まったらひとまず合流だけど」

 

「りょうかーい。……でもさ、多分那須隊が仕掛けてくるのは射撃戦か乱戦だよね?」

彩笑に合わせる形で真香もテーブルの資料を見つつ意見を口にした。

「はい。那須隊はここまで鈴鳴第一のエースアタッカーである村上先輩を抑えきれずに負けるという形で5連敗してます。村上先輩を倒すにはエース兼隊長の那須先輩を起点とした射撃戦、もしくはイレギュラーを引き起こしやすい乱戦に持ち込むと思います」

 

真香の考えを聞き、同意であった月守は頷いてからミーティングを進めた。

「うん、そうだね。射撃戦か乱戦なのはほぼ確実。射撃戦ならステージは河川敷か工業地区もしくは展示場あたり。乱戦に持ち込むなら市街地系のステージで来ると思う」

 

「……なんで乱戦狙いだと市街地なんですか?」

 

「うん?なんだかんだでみんな戦い慣れてる基本ステージだから動きを予想しやすいし、誘導もしやすいから」

 

「なるほど……」

真香は納得した様子を見せるが、

「それ、咲耶独自の理論じゃん。ボクは極端なステージ設定にして焦らせた方が動きの予想しやすいと思うし、次やってみようよ」

彩笑は納得せずに反論した。

「……彩笑、それ前にやって大失敗したじゃん」

 

「そうだっけ?」

 

「ほら、夕陽隊にいた頃の……」

 

「……あー、前の東隊とやった『真夜中の工業地区猛吹雪』戦?」

 

「それ」

 

「懐かしいね。視界制限させた上に、咲耶と夕陽さんで建物壊しまくってスナイパーに全力で嫌がらせしようとしたやつだよね?」

 

「まあ、あの試合にスナイパーは東さんしかいなかったけどな」

月守と彩笑は笑いながら当時のことを語り出した一方、そのことを知らない真香は2人に質問した。

「あの……そこまでしてスナイパー封じを徹底したステージにしたのに大失敗ってことは、負けたんですよね?なんで負けたんですか?」

その質問を受けた2人が顔を見合わせたあと、彩笑が理由を語った。

「試合が始まってすぐに夕陽さんが三輪先輩と戦ったんだけど…。夕陽さんがレイガストをシールドモードに展開したら、吹雪の風圧に対抗して身動き取れなくなっちゃったんだよねぇ」

 

「あー……シールドモードだと表面積広いですし、風をまともに受けたら、それは、まあ……」

 

「うん。で、そこにレッドバレット大量に撃ち込まれて動けなくなって、夕陽さんはそれでベイルアウトしちゃった」

苦笑しながら彩笑はそう答えた。

 

真香としては、なんで事前にその辺のことも考えてステージを設定しなかったのかと思いつつも、質問を続けた。

「……まさか先輩達も似たような形でベイルアウトですか?」

その質問には月守が答えた。

「ううん、普通に伝達脳破壊されてベイルアウトだったんだけど……」

 

「……だけど?」

 

「……2人とも、ヘッドショットで破壊されたんだよ」

ヘッドショットという言葉を聞き、真香は一瞬で顔色を変えた。

「……っ!まさか、そんな状況で東さんは狙撃成功させたんですかっ!?」

月守は苦笑しながら頷いて肯定を示した。

「信じられません……」

 

「だよねー。さすがにこれじゃ狙撃無理って思ってたんだけどさ、試合終わった後東さんに、

『面白かった。またやろう』

って涼しい顔で言われた……」

 

「うわぁ……スナイパー上位の人たちって、やっぱり変態ですね」

スナイパー上位者の技術力の高さに再度畏れ慄いたところで、月守はわざと咳払いを入れて作戦の確認に移った。

「で、話戻すよ……。那須隊の動きを見つつ合流するわけだけど、合流はできるだけ手早くいこう」

 

「ん、りょうかい。もし合流前に敵と遭遇した場合は?」

 

「それこそ状況見て臨機応変で」

 

「オッケー。今回はなんかアバウトだね」

 

「……考えようと思えばどこまでも作戦練れるけど、やりすぎても逆に迷うからさ。事前準備とアドリブの加減を今の内に調整しておこうと思って、今回はアドリブ多めにしてみた」

 

「あー、なるほどね。了解」

月守の考えに彩笑は同意した。打ち合わせはこれで終わったようで彩笑はソファに座り、月守もテーブル近くの椅子に座って待機してランク戦開始までの時間を潰すことにした。

真香もそんな2人に習い、オペレート用のデスクにスタンバイしてモニターの最終チェックを始めた。

 

*** *** ***

 

地木隊をはじめとして各隊の最終ミーティングと並行して、観覧席側では実況・解説役の試合展開の予想が始まっていた。

『この試合のステージ決定権を持つのは14位の那須隊、そして9位の鈴鳴第一、10位の地木隊、12位の漆間隊が那須隊に対応する形になっています。那須隊はギリギリまでステージを隠しておくようですが、どんな試合になると思いますか?』

 

宇佐美の質問に対して、先に不知火が口を開いた。

『一見すると仕掛ける側の那須隊が有利だと思ってしまうけど、その那須隊に対して5連勝してる鈴鳴第一がいるからね。試合のログを見る限り那須隊は鈴鳴に対して有効な対策を見出しているとは言い難いし……。ステージや作戦、転送位置の良し悪しにもよるけど鈴鳴がわずかに優勢かなとワタシは思うな。二宮くんはどうだい?』

 

『鈴鳴が優勢という点は同意だな。エースのNo.4アタッカーの村上はB級レベルの隊員では手に余る。実力や戦闘スタイル・ポジションから見て、まともな1対1になるのは地木ぐらいだろう』

 

『地木ちゃんのメイントリガーはスコーピオン。ポイントこそ村上くんには及ばないけど、実力的には上位アタッカー陣とだって渡り合えるだけのものはあるからね。となると、那須隊としては鈴鳴と地木隊をぶつけたいところかな?』

 

『それができたら那須隊にとっては理想的な展開だろうな。フルメンバーの地木隊ならまだしも、今は天音が病欠している。そこに動きの読めない漆間が介在すればどう転ぶか読めなくなるからな』

 

『ほうほう、なるほど』

そこまで言った2人は、とりあえずここまでと言いたげに互いに飲み物を口にした。その間をつなぐように、

『ちなみに地木隊所属の天音隊員ですが、本日は風邪ということでお休みになります。インフルエンザではないようです。皆さん、この時期の体調管理には十分に気をつけてくださいね』

宇佐美はにこやかにそう説明した。

 

しかしその裏で、二宮と不知火は飲み物を飲みながらトリオン体の通信回線を繋いで会話をしていた。

《事前に風邪だと言うようにと指示があったが、これで良かったか?》

 

《オッケーオッケー。天音ちゃんの病気のことは君みたいな一部の隊員しか知らない秘密事項だからね。体調不良やらなんやらで上手いこと誤魔化さなきゃいけないんだ》

 

《トリオンの存在自体、正隊員以上の隊員やエンジニアしか知らないのに、それに関連した病なんて公表できんからな。内部のC級はともかく、外部にまで話が漏れたら面倒でしかない》

 

《全くだ。まあ、とにかく助かった。この場にいない天音ちゃんに代わってお礼を言うよ、ありがとう》

 

《ふん……》

 

ゆったりとした動作で飲み物を飲み、時間を稼ぎつつ2人の声なき会話は続く。

 

《ところで二宮くん。さっきは鈴鳴の村上くんに焦点を当てて予想を展開していったけど……君の得意の中距離戦を担当するガンナー・シューターの戦いはどうなると思う?》

 

《来馬は単体での戦闘能力が高いとは言えん上に、漆間のやつがどう出るか今ひとつ読めない以上、安定して那須が中距離を制するだろうな》

 

《月守は?》

 

《毎試合トリガー構成を変えるような奴を、予測に組み込むだけ無駄だ》

 

《わかってるじゃないか。あの子らのトリガーを弄っているのはワタシだけど、月守は前の試合とはトリガー構成をガラッと変えてきたよ。ハウンドすら外してる》

 

《ハウンドの扱いが下手なあいつなら当然だろう》

 

《そりゃ、君や加古ちゃんから見たら下手に見えるだろうね。それにしても、君はハウンドの使い方が本当に上手くなったね。昔は見ていてとてもつまらないゴリ押しだったのに》

 

《同じスタイルを生業とした貴女にだけは言われたくないセリフだ》

 

《お、生意気言うようになったね。でも気をつけたまえ。それ以上生意気言うようなら、ワタシの手がうっかりたまたま滑って、いくつかの動画がボーダー内ネットワークに流れるかもしれないよ》

 

涼しい顔でホットコーヒーを啜る不知火に対して、割と本気でギムレットを打ち込みたくなった二宮だが、その気持ちをジンジャーエールと共に身体の中に流し込んだ。

 

二宮が苦渋を舐めたところで、観覧席のモニターで試合開始までのカウントダウンが始まった。それと同時に、モニターには那須隊が選択したステージが表示され、宇佐美がそれを読み上げた。

『那須隊が選択したのは、「河川敷B」ですね。東西に流れる川を境としてステージが南北で2分割されています。河川敷Aと違って川を渡るための橋が3本あるのが特徴ですね』

 

マップを頭に思い浮かべた二宮は、つぶやくように口を開いた。

『厄介なマップだな』

 

『どういうことですか?』

 

『選択肢が多いのさ』

宇佐美が二宮の真意を尋ねたが、それに答えたのは二宮ではなく不知火だった。不知火はそのまま言葉を続ける。

『3本の橋というのもそうだけど、北側はビル街、南側は市街地になっているステージだから、色んな戦いができる。ゆえに仕掛けた那須隊の思惑が読みにくいし、戦闘中も色んな可能性を考慮して戦う必要がある。チームの指揮を担当している隊員の腕が試される試合になるだろうね』

 

『那須、来馬、漆間の3隊長と月守の駆け引き戦になるな』

腕組みしながら二宮がそう言ったところでカウントダウンが二桁を切り、試合の始まりが目前となった。

 

『さあ、那須隊の狙いが成功するのか、はたまた鈴鳴、地木、漆間隊がそれを跳ね除けるのか!』

宇佐美が仕上げと言わんばかりに盛り上げるように言い、ギャラリーの目は一斉にモニターへと向く。

 

すべての視線がモニターに集まったところでカウントが丁度0となり、

『各部隊転送開始!』

B級ランク戦ラウンド2が、始まった。




後書きです。
ランク戦解説担当を二宮さんと誰にするのか迷った結果、不知火さんにしました。おそらくこの試合に限っては不知火さんがいた方がスムーズに進むと思います。

不知火さんが二宮さんに渡したメモですが、先に酔っ払い動画について書かれた裏面を最初に書いて、その後に質問を切り上げるように書いた表面を書いたことになってます。どうでもいいことですけど、そうしないと不知火さんの筆記速度がとんでもないことになっちゃうので。

ステージの河川敷Bはオリジナルステージです。コミックス11巻で使われているのは河川敷AらしいのでBもあるかなと思いました。

前書きでも触れましたが、1年間なんとか続きました。
完結までどれくらいかかるのか不明ですが、ひとまず次は来年の今日まで続けることを目標に頑張ります。
これからも本作をよろしくお願いします。


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第51話「翼をもがれて尚、彼女は笑う」

転送完了と同時に月守は視界にマップとレーダーを表示した。

(俺がいるのは北側で彩笑がいるのは南側。南北どっちもトリオン反応は俺ら込みで3人分。バッグワームで消えてる3人はスナイパー2人と……ソロの漆間さんかな)

予想込みではあるが素早く現状を把握し、事前の打ち合わせ通り彩笑と合流するべく動いた。

 

移動していると彩笑から通信が入った。

『咲耶!お互い真ん中のやつが1番近い橋だから、合流はそこにするよ!』

 

『了解。スタート直後はスナイパーの態勢もまだ整ってないから、狙撃に捕まる前に合流だ』

 

『オッケー。あっ、咲耶咲耶!カメレオン持ってるボクなら姿消せば狙撃気にしないで橋渡れるから、ボクがそっち行くよ!』

 

『ナイス。どんなに腕のいいスナイパーでも見えないものには当てられないからな』

 

『でしょー!』

 

『彩笑ってたまに頭良い発想するよね』

 

『遠回しに頭悪いって言われてる気がするけど、許す!』

合流の算段を整えたタイミングで、全体を見ている真香から2人へと報告が入った。

『同じ橋に向かって動いている反応が南北それぞれ1つずつあります』

それを聞いた月守がレーダーを確認すると、確かに同じ橋に向かって動く反応があった。

『どうする?』

 

『そのまま行くよ』

 

『なら俺もこのまま変更無しで行く』

 

『りょーっかい!』

通信を終えた月守は思考する。

(多分今、レーダーに映ってるのが来馬さん、村上先輩、那須先輩、熊谷先輩。どれが誰なのかは不明。北側も南側も、動いてる反応それぞれが合流しようとしてないから、恐らく敵同士。なら一方的に狙われることは無い。戦闘になったら、彩笑が渡りやすいように少し橋から離れた場所に誘導して戦うか)

一通り思考を整えたところで月守は再度レーダーを確認し、

(さて……どう来るかな?)

このステージを選んだ那須隊の意図を読み取ろうと考えを巡らせた。

 

*** *** ***

 

(そこの角を曲がれば視界開けて橋見えるけど、ほとんど同時に敵とぶつかっちゃうなぁ…。まあ、透明化して素通りするから関係無いけどさ)

疾走しながら彩笑はレーダーを確認し、そう判断する。

 

カメレオンを用いた透明化ならばスナイパーによる狙撃の心配は減るが、その反面、透明化している間は他のトリガーが使えないためシールドで弾丸を防いだりスコーピオンで斬撃をいなすことが出来ない。

 

そのため、村上や熊谷が使用する『弧月』のリーチを拡張する『旋空』を用いた横薙ぎの斬撃や、来馬がセットしているトリオン反応を探知して追尾するトリガー『ハウンド』による銃撃、シューターである那須ならではの広域弾幕。これらを防ぐことが出来ない。

 

しかし、彩笑はそのデメリットをデメリットと捉えていなかった。

 

出会い頭の相手がステルス化している事を瞬時に見破ることができる戦闘員が何人いるだろうか(彩笑は数人しか知らない)。ましてや相手は、今、その角から飛び出してくる戦闘員が彩笑だということすら知らない。その状況なら、彩笑は相手がそれを見破るまでの間に橋まで確実にたどり着く自信があった。

 

自信があるゆえに、彩笑はカメレオンを起動して透明化し、躊躇なく曲がり角を飛び出した。

(よし、視界クリア!)

開けた視界には当然ながら渡るべき橋が見えた。目標を視認した彩笑は横目で、同じ橋に向かって来た敵が誰なのかを確かめた。

(あっぶな。村上先輩だったんだ……)

同じ橋めがけて移動していた敵は、鈴鳴第一のエースである村上鋼だった。なるべく1対1を避けたい相手であっただけに彩笑は少しだけ焦ったが、すぐに意識を切り替えた。幸いにもまだ村上は見えるはずの彩笑の姿が見えていない理由を看破していない。もう少し距離が近ければ先制攻撃に切り替えても良かったが、間合いがガンナー・シューターの距離だったため、彩笑は素直に橋を渡ることにした。

 

透明化しつつ全力疾走する彩笑が橋にたどり着いたのとほとんど同時に、

「……カメレオンかっ!」

村上が彩笑のカメレオンを看破した。

 

「正解です!」

彩笑は透明化を維持しつつ、笑って答えた。

 

「くっ!」

村上は彩笑を追って踏み出すが、彩笑はすでに橋の4分の1程渡っていた。

 

(よしっ!このまま村上先輩振り切って咲耶と合流できる!)

彩笑が確信した、その瞬間、

 

ドドドドドッ!

 

彩笑が渡っていた橋に、大量のメテオラが降り注いだ。

 

「っ!!?」

まさかの事態に彩笑は動揺したが、このまま落ちてはならないと咄嗟に判断してカメレオンを解除してグラスホッパーを展開し、南側へと引き返した。

 

着地した彩笑の視界に、無残に破壊された橋が映った。

(うわ……がっつり壊されちゃった。この感じはメテオラ……)

だがそこで彩笑の思考は1度止まった。止まると同時、ほぼ無意識下で彩笑は片刃型のスコーピオンを展開して振るった。

 

そのスコーピオンは、間合いを一気に詰めて彩笑へと斬りかかろうとしていた村上の弧月と激しくぶつかり火花を散らした。

「まさかいきなり当たるとはね」

 

「ビックリですね、村上先輩!」

鍔迫り合いによる力比べに持ち込まれる前に彩笑は一瞬だけ脱力し、スコーピオンで弧月を軽く弾いてバックステップを踏んで間合いを外した。

 

サブ側にもスコーピオンを展開し、彩笑は二本のスコーピオンを逆手に持って構えた。右手に弧月、左手にレイガストを構えた村上の出方を窺っていたところに、月守から通信が入る。

『橋と一緒に落ちてないよな?』

 

『落ちてないけど状況は悪い』

 

『村上先輩に捕まったのか』

 

『そう。そっちの状況はどう?』

 

彩笑の問いかけを聞いた月守は通信回線越しに笑った。

『橋を壊すような怖いお姉さんに捕まった』

 

*** *** ***

 

観覧席のモニターに映し出される光景を見て、二宮は呟いた。

『序盤から展開が早いな』

 

『そうですね。ここで、試合開始からの流れをおさらいしましょう』

宇佐美はそう言い、転送完了からここまでの全体の動きを整理し始めた。

『ステージの北側に来馬隊長、那須隊長、漆間隊長、月守隊員とミドルレンジで戦うガンナー・シューター組が転送され、南側には地木隊長、村上隊員、熊谷隊員、別役隊員、日浦隊員とアタッカーとスナイパー組が転送。試合開始と同時にスナイパー2人と漆間隊長がバッグワームを展開してレーダー上から姿を消しました。事前に打ち合わせをしていたのか、地木隊がいち早く合流のために動き出しましたが、地木隊長が橋を渡っていた所を那須隊長がメテオラを放ち橋を破壊。地木隊長は落水こそしませんでしたが南側に残り村上隊員と交戦を開始し、北側では那須隊長と月守隊員のにらみ合いになりました』

試合の流れを見て、解説担当の不知火と二宮は各隊に対しての考察を始めた。

『合流する際に地木隊長が起動したカメレオンはリスクを差し引いても好手だったとは思うけど、橋ごと破壊して合流を防いだ那須隊長の度胸もあっぱれだね』

 

『いや。那須のあの躊躇いの無さを見る分には、おそらく橋を壊すのは事前の打ち合わせだったんだろう』

 

『橋を壊した狙いは、やっぱり合流の妨害かな。連携で戦う鈴鳴と地木隊からすれば痛手だけど……』

 

『だがそれは那須隊も同じだ。他にも何から狙いがあるんだろうが……この展開は地木隊にとって部が悪いな』

 

『だろうねぇ。少なくとも、あの2人が避けたかった展開のうちの1つなのは間違いない』

解説担当の2人の言葉の意味をギャラリー達が考える中、試合が動いた。

 

*** *** ***

 

「怖いお姉さんだなんて失礼しちゃうわ」

那須はバイパーのトリオンキューブを周囲に円を描くように展開しつつ、月守を見据えてそう言った。ほんの少しだけ拗ねたように言う那須に対して、月守も左手からトリオンキューブを展開して会話に応じる。

「いきなり橋壊すような人を怖くないって言えるほど、人生経験豊富じゃないものでして」

 

「あら。アクション映画だと定番よ?」

 

「映画もあんまり観ないんですよ」

河川敷の土手で2人は世間話をするかのように対峙していたが、月守は前触れもなくバイパーを放った。しかし那須はシュータートップクラスの機動力で躱し、躱しきれない分をシールドで対応した。防ぎきったのと同時に那須はバイパーを放ち、今度は月守がそれに対応する。

 

(相変わらず変幻自在な弾道……)

月守はそのバイパーを可能な限り目で追い、弾道を予測して回避する。那須には及ばないものの月守の機動力はシューターの中では高い部類に入る。だが完全リアルタイムで引かれる那須のバイパーを躱し切るまでは至らず、那須と同じように躱しきれない分はシールドを展開して防いだ。

 

(薄く、シールドにヒビ入ってる……)

 

被弾こそ防いだが軽くヒビ割れたシールドを1度解除し、月守は小さな声で呟いた。

「やっぱりちょっと、骨が折れますね」

そして言い終えるなり、月守は左手を川の方に向けて構えた。

 

「だから、一旦逃げます」

 

苦笑いを浮かべながらそう言った月守は、左手からキューブではなく青い球体を川に向けて放った。するとそれが薄い板を形取った。

 

(グラスホッパーね)

それを見た那須は、瞬時に青い板の正体が機動力を拡張するオプショントリガーであるグラスホッパーだと見抜いた。それと同時に月守が川に向かって一歩踏み出した。

 

(グラスホッパーを足場にして川を渡り切って逃げるつもりかしら?)

グラスホッパーと月守の初動を見て那須は瞬時にそう判断し、すぐに手を打つ。

「バイパー!」

素早くバイパーを展開し、弾道イメージを構築して放つ。変幻自在な軌道をとる大量の弾丸は川に向かって放たれ、雨のように川に降り注いだ。バイパーは多くのグラスホッパーを射抜き、足場としての役割を封殺する。グラスホッパーはまだいくつか残っているが川を渡るには厳しく、そうでなくともこのバイパーの雨を渡るのは至難の技であった。

 

那須の判断は好手であったがそれを実行した後、軽く後悔した。なぜならバイパーの弾道を引くために川に目を向けたその一瞬、月守のことが意識から消えており、弾道を引き終えた後に月守に視線を戻そうとしたが、そこには月守の姿が無かった。

だが完全に見失ったというわけではなく、レーダーを見る限りでは川とは反対方向のビル群の方に逃げたようであった。

 

(複数のグラスホッパーと踏み出す1歩目で川を渡るように見せかけたフェイント……でも本命は川じゃなくてビル群に逃げ込むことだったのね)

那須は落ち着いて現状を整理しつつも、月守を追って動き出した。動き出すと同時に、チームメイトとの通信回線を開いた。

『くまちゃん、そっちはどう?』

 

『村上先輩と彩笑ちゃんが早速戦い始めたわよ。私はいつでも参戦できるわ』

 

『わかったわ。仕掛けるタイミングはくまちゃんに任せるから、茜ちゃんはそのサポートをよろしくね』

 

『り、了解です……』

那須の指示を受けて返事をする熊谷と日浦だが、日浦の声にはどこか精彩に欠けていた。その理由を知っているメンバーの空気が、少しだけ重くなった。そしてそのことに日浦はすぐに気づき、慌てて言葉を紡いだ。

『あ、えっと……!その!ま、まだ決まったわけじゃないですから!帰ったらもう一回、お兄ちゃんと説得するのでだいじょぶです!』

日浦は明るくそう言うが、その声はいつもの明るさとは違うものであると、メンバーは痛いほどにわかった。

 

わかっていながらも那須は今はあえてそれ以上追求せず、話の焦点を試合へと戻した。

『そうね……今はひとまず、試合に集中しましょう。私はさ…、月守くんをこのまま追うわ。小夜ちゃん、全体のフォローよろしくね』

 

『わかりました』

オペレーターである志岐小夜子の返事を聞いたところで、那須は逃げた月守を追ってビル群へと飛び込んだ。

 

*** *** ***

 

彩笑は片刃型のスコーピオンを両手で持ち、二刀流で村上を攻め立てる。

「ふっ!」

短く息を吐いてから繰り出されたその剣撃の速度は並大抵のものではなく、レイガストをシールドモードにして防いでいる村上も一種のリスペクトに値する感情を抱いていた。

 

だが、

「それでも、まだ見える」

その高速の剣撃をもってしても突破できないほど、村上鋼の守りは強固であった。連撃の一瞬の隙を突き、村上はスラスターを起動させて彩笑の態勢を崩しにかかる。

 

「っ!」

レイガストに押された彩笑は素早くサブ側のスコーピオンをオフにしてグラスホッパーに切り替え、それを足元に展開して後方に跳んで間合いを開けた。

着地と同時にスコーピオンを構え、再び村上に向かい合った。

 

互いに相手の僅かな動き出しを狙うような睨み合いの中、彩笑は次の一手を考える。

(まだ遅い。最低でもあと一段階ギア上げなきゃ、突破できないんだろうけど……。村上先輩相手にこれ以上は……)

だがそこで彩笑はその判断に迷った。

 

その迷った隙を、村上は逃さない。

 

鋭い踏み込みで間合いを一気に詰め、弧月で彩笑に切り掛かる。

(ヤッバ、気ぃ抜いてた!)

彩笑は慌てて対応し、村上の太刀筋をほんの少しズラすような状態でスコーピオンで受け太刀し、斬撃をいなした。そこから彩笑は淀み無くスムーズに反撃に出る。受け太刀の状態からそのまま斬撃を繰り出すが村上もそれに反応する。だがそれはフェイクだった。斬撃と並行して彩笑はサブ側に用意したままであったグラスホッパーを足元に展開して踏み付け、再度後方に跳んだ。

さっきと全く同じ動きであり、当然村上も反応して追撃をかける。

 

しかし、それも込みで彩笑は次の手を打った。

(これに付いてくるのまで想定済み。本命はこの後!)

着地と同時にグラスホッパーを周囲に乱雑に複数展開した。

 

展開されたグラスホッパーを見て、村上の足が止まった。

(ピンボールか……)

瞬時に村上は彩笑が仕掛けようとしているのがグラスホッパーを連続で踏みつけて加速しつつ攻撃を加えていくピンボールだと看破した。だが看破したところで、すでに攻撃のために踏み出した彩笑からはもう逃れられない。

 

村上の周りから、彩笑がグラスホッパーを力強く高速で踏み続け加速する音が響き続ける。その間攻撃を受けるが、村上はその全てを防いでみせる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、的確な防御であった。

 

そして彩笑のピンボールによる最後の一撃と同時に、村上は弧月を構えた。その構えた弧月の切っ先に、まるで吸い込まれるように彩笑が飛び込んで行く。

「っっ!!」

あわや串刺しになるその寸前、彩笑は無理やり身体を捻って弧月の切っ先を躱した。だが高速行動中に無理な挙動を取ったため着地に失敗し、地面にぶつかり1回転半してからなんとか態勢を立て直した。

 

(村上先輩やっぱりボクの動きを……ってうわ、口に砂利入った。じゃりじゃりして気持ち悪)

口の中に不快感を覚えるが、彩笑はそれを意識の外に追いやってスコーピオンを構える。

 

対する村上は彩笑にほんの少しだけ近づき、間合いを調整したところで口を開いた。

「地木は確かに速い。その速さを存分に活かした高速戦闘はスコーピオン使いの、1つの完成系とすら思う。だが……」

 

少し間を空け、両手に持ったそれぞれの武器を構え直して言葉を続けた。

 

「だからこそ、オレはその動きを読める。高速戦闘では、オレには勝てないよ」

 

と。

 

そして宣言するような村上の言葉を聞いた彩笑は、

「きっついなぁ、もう……」

そう言って思わず苦笑いを浮かべた。

 

*** *** ***

 

全体の動きを把握している観覧席側で試合を見ている二宮が口を開いた。

『さっそく綻びが出たな』

 

『そうだね。まずは地木ちゃんの方か……』

不知火がそう相槌を返し、そこに宇佐美が現状を整理するように言った。

『南側でいきなり衝突した鈴鳴第一の村上隊員と地木隊長の両エースですが、地木隊長より村上隊員が優勢に見えますね。地木隊長が得意とする高速戦闘をものともせずに戦っています』

 

『村上くんは地木ちゃんにとって、天敵とも言える存在だからねぇ』

苦笑いを浮かべながら言う不知火に対して、実況役の宇佐美が観客の多くが感じているであろう疑問を投げかけた。

『そもそも、なぜ村上隊員は地木隊長の高速戦闘についていくことができているんでしょうか?』

 

『ふむ……村上くんが地木ちゃんを追えている理由は2つある』

指を二本立てた不知火は、1つ目の理由を口にする。

『まずは、地木ちゃんの高速戦闘の弱点を村上くんが的確についているということだ』

 

『高速戦闘の弱点……ですか?』

 

『そうだ』

答えながら不知火は、同じくその仕組みを理解しているのにあえて疑問として聞いてくる宇佐美の実況役としての上手さを嬉しく思いつつ答えを告げる。

『高速戦闘の弱点。それは速さゆえの動きの読まれやすさなんだ』

と。

 

だが不知火の解答を聞いても、観客生のギャラリーの大半が今ひとつピンときていないようで、多くの人数が首をかしげていた。それを見た二宮は、不知火の解答にフォローを入れた。

『……生身の肉体でより速く走るためには、速く走るためのフォームがある。より正確なボールを投げるためには、そのためのフォームがある。身体能力が大幅に高まる戦闘体であってもそれは変わらない。一見サラッとやっている地木の高速機動だが、アレにも当然、フォームというか型と言うべきものがある』

 

『二宮くんナイス。そう。二宮くんが言うように、地木ちゃんの動きにはある種の型のようなものがある。まあ、あれだけの速さで動いていると当然だけど、動作中に次の動作を考えているだけの時間がほとんどないんだ。型というよりはクセやパターンと言った方がいいかな』

フォーム、型、クセ、パターンという単語をまとめて宇佐美は話を進める。

『ということはつまり、地木隊長の動きのクセさえ把握できればあの高速戦闘にも対応できるということですか?』

 

『理屈上はね。でも地木ちゃんが次の動きを考えてる余裕がないってことは、当然対応する側だって同じさ。完璧に対応するなら、地木ちゃんの動きのクセを全て把握して躊躇うことなく動かないといけない。地木ちゃんのクセを読んで対応するなんて芸当が可能なのは、長年彼女の隣に居続けた月守、地木隊で彼女と全く同じトレーニングをやってのける天音ちゃん、地木隊の前身である夕陽隊隊長の夕陽柾、彼女に剣とステルス戦闘の手ほどきをした風間くん、そして……』

 

1拍空け、不知火はモニターを見ながら最後の1人を口にする。

 

『1度得た体験や知識を一眠りすることで、ほぼ100パーセント習得することができる強化睡眠記憶のサイドエフェクトを持つ村上くんくらいだろうね。はっきり言って、地木ちゃんはこのまま戦っても勝てないよ』

と。

 

そして不知火が言うように、エースアタッカー2人の戦いは明らかに村上に分があり、彩笑のトリオン体は徐々に斬撃が決まり、トリオンが漏れ出ていく。

 

高速戦闘という彩笑の強みが、村上には通じない。

誰が見ても、この先に待つ勝敗は明らかであった。

 

だがそんな状況で、

 

空を飛ぶための翼をもがれたような状況でも尚、

 

「……はは、キツすぎて笑いしか出ないや」

 

地木彩笑は笑っていた。




ここから後書きです。

今回の本編は、どちらかと言えば彩笑がメインな話です。
実際、彩笑の高速戦闘の対処方法としては村上先輩や月守がやっている「動きの先読み」というのは当たれば大きいけど外れたら即死タイプの対処方なので、多分邪道ですね。黒トリ遊真や太刀川さんのように、自身の反応速度や実力で斬り合う方が多少のダメージがあっても大崩れしないタイプの対処方なので、こっちの方が王道です。
さて。今回スポットが当たったのは彩笑なのですが、この話を投稿した9月28日は月守咲耶の誕生日でした。

これからも更新頑張ります。不定期ですが、今後とも読んでくだされば幸いです。


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第52話「逃げ惑って尚、彼も笑う」

前書きです。

正方形に縦横4本の線を引いて25分割します。上から下へABCDE、左から右にabcdeとします。

Aのcに月守、Aのeに来馬さん、Bのbに那須さん、Bのdに漆間さん、Dのbに村上先輩、Dのdに熊谷先輩、Eのaに太一、Eのcに彩笑、Eのeに茜ちゃんがいる状態でランク戦が始まりました。

Cが川です。Cのa、c、eが橋です。Cのcは壊されてます。

原作で見るマップ付きランク戦って全体の動きが分かりやすくていいなと、本作を書いてて思いました。

またもや時間が空きましたが、それでも尚、本作をお楽しみいただけたら幸いです。


僕には悪い癖というか、嫌な体質というか、習慣のようなものがある。

 

それは夜眠っている間、僕の薄っぺらいこと極まりない過去の夢を見るというものだ。

 

頻度としては、週に1度。多くて2度程度。

 

最近のものからずっと前のものまで、記憶からランダムにエピソードを選択され夢として再生されている。だけど全くの無作為というわけでは無いらしく、何個か特定のエピソードが何度か選ばれている。どれもこれも、僕の人格形成に多大な影響をもたらしたと思えるようなエピソードばかりだ。

 

その中でも一番古く、それでいて多分最も多く再生されたエピソードがある。

 

僕は人工的な白い施設の中を行く当てもなく歩き回っている。幼い僕は、白衣を着た大人の人から逃げている。彼らが、僕にはどうしようないほどに恐ろしかった。彼らの言葉を聞くたびに、僕が何者なのかを突き付けられるようで、怖かった。僕は自分が何者なのかを認めるのが怖くて、彼らから、そしてその事実から逃げるように歩き回っていた。

そんな中、僕に1人の少女が声をかけた。

「君はいつも、元気に歩いてるね」

儚くて淡くて、そして僕を追いかける彼らには無い綺麗な笑顔を向けてくる、そんな少女だ。

 

「おねえさん、だれ?」

僕は問いかける。そして少女はその綺麗な笑顔のまま、名乗る。

「私は…」

 

 

 

 

 

でも大抵、そこで夢は覚めて俺は現実に引き戻される。夢は覚めても、俺の記憶の中には続きがちゃんとあるから、その後の出来事が自然と頭に浮かぶ。

目が覚めた俺は、

「…貴女は優しすぎたよ」

彼女のことを思い、いつもそう言っていた。

 

 

*** *** ***

 

 

背の高いビル群の間を、月守は全力で駆ける。だがレーダーに映る輝点は、そんな月守の疾走を嘲笑うかのように距離を徐々に詰めていた。

(相変わらず走るのが速い人だな)

シュータートップクラスの機動力に軽く驚きつつも、月守は手を打った。

 

「メテオラ」

 

月守はメテオラを放つが、周囲にはトリオンキューブ1つない。那須が追ってくる事を前提として、ここまでの道中にキューブを仕込み、それを放ったのだ。置き弾と呼ばれる技術だが、本来は相手の注意を自分に向けたところの不意を突く方法で使われることが多い。仕込んだ弾丸を見えていないところで放つのは外れるリスクが大きく、トリオンの無駄使いでしかないが、平均的な隊員よりも多くのトリオンを持つ月守ならさほど問題にならない量だった。

 

放ったタイミングから少し遅れて、メテオラの炸裂音が響く。

 

だが月守の視界に映るレーダーの輝点は消えていない。多少の足止めになった程度で、那須の反応はすぐに月守を追って動き出した。

(まあ、このくらいで倒せたら苦労は無いか)

レーダーレンジを広げつつ、月守は戦況を把握する。だがその途中、真香からの通信が入った。

『わかってたことですけど、那須先輩本当に速いですね』

 

『トリオン体の速度を決める要素は使い手のイメージと生身の運動神経の良し悪し、あとは本人のウエイトだからね。那須先輩はバイパーの弾道をリアルタイムで引けるからイメージする力は十分だし、あと見るからに軽そうだし、多分病弱ってだけで運動神経いいんじゃないかな。見かけより運動できるっていうか……あ、神音と同じタイプ』

 

『しーちゃん、生身の運動神経半端ないですもんね』

雑談を挟んで軽く笑ってから、真香は本題を切り出した。

『わかってると思いますけど、那須先輩の射程距離内です月守先輩。いつバイパーが飛んできてもおかしくない状況ですよ』

 

『ん、そうだね。ねえ真香ちゃん、少し頼みごとしてもいい?』

 

『頼みごとですか?』

 

『そ』

全力疾走しつつ、月守は真香に頼みごとをした。

『1つ目はスナイパーの位置予測。前みたいに高い精度じゃなくてもいいから、何カ所かポイントを絞ってほしい』

 

『わかりました』

 

『2つ目。マップ全体の動きを見て、誰がどんな風に立ち回ってるかを報告してほしい』

 

『了解です。……月守先輩。これって、各隊の思惑を読むために必要な情報……ってことですよね?』

慎重な様子で尋ねる真香に対して、月守はやんわりとした声で答える。

『そうだよ。少なくとも、那須隊は何か狙ってる。行動の戸惑いの無さをみる限り、おそらく最初から橋を壊すのは狙ってたんだと思う。意味なく壊す筈がない以上、その奥には狙ってる何かがある』

 

『それを見破って、対策を立てるんですか?』

 

『そういうこと。でも俺は那須先輩にマークされてあんまり余裕ないから、正確に読み切るのはちょっとしんどい。だから、真香ちゃんの方でも予測立ててもらっていい?』

 

『はい、了解しました!任せてください!』

躊躇いなく承る真香に月守は思わず苦笑してから、

『うん、任せたよ』

そう言って、1度通信から意識を戦場へと完全に切り替えた。と同時に背後から嫌な音が響き、月守は素早く振り返った。

(完全に射程圏内に捕まったか……)

振り返った視界に映ったのは、月守を取り囲むような軌道で迫ってくる数え切れないほどのバイパーだった。

 

『鳥籠』と称される那須のバイパー弾幕を、月守は体捌きで全て躱しきった。だが躱すために進む足は一瞬だけ緩み、その隙に那須が追いつき、建物の陰から姿を見せた。

「無傷なんて凄いわね」

 

「レーダーの位置情報だけを頼りに仕掛けるバイパーなら、精度は落ちるからね。それなら躱しきれるよ」

 

「そう……」

レーダーとはどれだけ正確な情報を映せるようになったとしても、所詮はレーダーなのだ。場合にもよるがことバイパーの弾道を引くことに関しては視覚で得た情報に勝るものはない。リアルタイムで弾道を引く技術には正確な距離感・空間認識能力が求められるので、見えていない場所にいる相手を狙おうと思えば、必然と精度は落ちる。

 

そして精度が落ちた鳥籠なら月守は躱せると言い、実際に躱しきってみせた。だが逆に言えば、

「じゃあ、こうやってしっかり見えてる状態なら躱しきれないってことね?」

本領を発揮した鳥籠から逃れるのは困難の極みである。

 

那須は言い切るや否や周囲にバイパーのキューブを円を描くように展開した。それとほぼ同時に月守も左手からバイパーのキューブを大量にばら撒くように展開する。

 

「「バイパー」」

 

図ったように同じタイミングで放たれた互いのバイパーは一瞬だけ交錯し、相手へと襲いかかる。相手を包囲するような弾道を引いた那須のバイパーを月守は機動力と体捌きで回避することを選択した。だが、ボーダー屈指のバイパー使いである那須が放つ攻撃の回避はそう容易いものではなかった。

 

(体捌きどうこうじゃ躱しきれない密度の弾幕を張ってきたのか……)

 

どれほど身体を上手く扱える技術があっても、弾と弾の間に身体を割り込ませるほどの隙間がなければ躱せる道理は無い。回避しきれないと即座に判断した月守はシールドを展開して弾幕を防いだ。防ぐことには成功したが、最初の撃ち合いの時と同様でシールドにはヒビが入っていた。

 

「……」

 

その割れかけたシールドを見た月守は、すぐに那須へと目を向ける。那須も月守と同じように回避とシールドを併用してバイパーを防ぎきっていたが、その表情は月守よりも涼しく、余裕すら感じられた。

「余裕そうだね」

 

「あら、そう見える?」

 

「見える見える」

困ったように笑いながら会話をする月守は那須に対して半身に構え、さりげなく左手を身体の陰に隠してキューブを生成し、バイパーを放った。不意打ちに等しいタイミングのバイパーだが、那須はそれを冷静にシールドを張って対応した。しかしそれは陽動であり、月守はその一瞬の隙をついて、再び逃走した。

 

「相変わらず、威力低めで弾速速めに設定するのが好きね」

初動こそ遅れたものの、那須はすぐに月守を追うべく走り出した。

「好きというよりはクセ。彩笑に合わせようと思えば、自然と速い弾丸が多くなるからさ」

追いながら呟く那須の言葉に対して、月守は律儀に答える。周囲の建物を使って撒くような逃げ方をしているものの、2人の距離は会話ができてしまう程度には近く、そしてそれは完全に那須の射程であった。

 

逃げる月守の動きの先までイメージし、それを加味した弾道イメージを那須は引いて放った。そして月守は那須がバイパーを放った事を、キューブの分割音や射撃音で判断して回避に転じる。

(グラスホッパー)

左手からグラスホッパーを生成し、月守は鳥籠に捕まる寸前に踏み込むことで大きく跳躍して回避に成功した。そして続けて左手からさらにトリオンキューブを生成した。

「メテオラ」

普段の月守が好んで使う細かく大量な分割ではなく、大雑把に8分割されたメテオラは周囲のビル群を巻き込むように乱雑に放たれ那須へと襲いかかった。

 

(崩落に巻き込こむことを狙っているのかしら?)

 

しかし那須は崩れてくるビル群を前にして冷静であり、またその対応もしっかりとしていた。

 

(シールド)

 

向かってくるメテオラには爆風の余波を考慮して、自身から十分な距離を開けてシールドを展開して防いだ。間髪開けずに襲ってくるビル群の崩落に対しては、軽く跳躍して()()()()()()()()()()()()()()()、まるでそれを足場のようにして駆け、危なくなったら次のビルの欠片に跳躍して再びそこを走るという芸当を数回繰り返して、崩落の嵐を乗り切った。

 

那須が月守の攻撃をやり過ごすし、再度月守に意識を向けると、またその姿を見失っていた。一瞬、死角からの攻撃を警戒した那須だが、レーダー反応を見るとどうやらまた逃げ出したようで、ビル群を縫うように走っていた。

 

「また逃げ……?」

 

繰り返すような月守の行動パターンを受け、那須は追いかけつつもその意図を考え始めた。

(やけに消極的ね。私の意識から何度か外れていることを気付かない子じゃないし、そこを狙って攻撃の1つや2つ入れてきそうだけど、それをしない……。ということは、今回は最初から逃げるのが狙いなのかしら?)

那須はすぐに月守を射程に捉えるほど距離を詰めたが、確実に当てるためにさらに距離を詰めることを選択した。

(そういえば、今回はトリガー構成が妙ね。ここまで使ってきたのは全部サブ側で、種類はバイパー、メテオラ、シールド、グラスホッパー…。別にこれ自体はそうおかしくないけど、気になるのはさっき、()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()……。どうしてサブ→サブだったのかしら?アタッカー用トリガーを使ってるのは見たことないから、メイン側も射程があるトリガーのはずなのに……)

那須がその奇妙な行動に違和感を覚えたのと同時に、逃げてきた月守に追いつき、その背中を視界に捉えた。

 

(まあでも、あの子が奇妙なのはいつものことよね。あの表情の下で、何を考えてるのかわからないのは、昔からだもの……)

 

そう割り切った那須は再びキューブを生成し、攻撃を再開させようとした。

 

*** *** ***

 

那須が月守を追う姿を観ている観覧席側では、解説役の2人が意見をそれぞれ述べていた。

『月守が押されているな』

 

『そうだねぇ。月守のソロでの基本スタイルは走って建物で射線を切りながら策を弄するもの……言うなればラン&トラップってところかな。普通に戦うなら厄介というか、面倒くさいタイプのスタイルだ』

 

『ガンナーやシューターは射線を通すために月守を追うが、追いかけた先には置き弾や合成弾が待っている。月守より機動力のあるアタッカーが追いつけたところで、視界の外から襲いかかるバイパーやゼロ距離射撃が待ってるからな』

 

『遠くからハウンドで牽制しようにも、あの子はそれを察知すればすぐさまバッグワームを起動するからね。実際、月守の戦闘スタイルはほとんどの隊員に対して有効だけど、数少ない例外が那須ちゃんだ』

不知火はコーヒーを一口飲んでから言葉を続けた。

『月守の戦闘スタイルを崩すには、何かを仕込ませる隙を与えずに常に攻撃を仕掛ける、もしくは常に視界に月守を収め続けることだ。マップデータさえあれば那須ちゃんはバイパーを使って月守を牽制できるし、そもそも機動力でも那須ちゃんの方が上』

 

『地木にとって村上が天敵であるように、月守とっては那須が天敵といったところか』

二宮の言葉を受けて、不知火は控えめに笑った。

『そうだねぇ。純粋なバイパー使いとしても、月守は那須ちゃんの方が上だと言っているし、天敵という表現は的を射てるね』

 

『実際に月守の方が下だろう。かつてバイパー使いと言えば月守と出水だと言われていたが、那須が来てからは月守が追いやられたからな』

不知火と二宮がそこまで言ったことろで、宇佐美が口を挟んだ。

『つまり、この勝負は那須隊長が勝つ……ということでしょうか?』

 

勝敗について問われ、不知火は少し唸ってから言葉を返した。

『これがソロのランク戦だったなら、那須ちゃんが勝つね』

那須が勝つという不知火の見解を聞くと、澄ました表情でモニターを見ていた二宮は、

『同感だな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

と、不知火と同意見ながらも含みを持つ答えを返した。

 

*** *** ***

 

那須の放つバイパーは徐々に、それでいて確実に月守を捉えていた。

(この感じだと、かなり俺の動きを予習してきてるのかな。動きのクセとか、読まれてる感じがする)

グラスホッパーを細かく使った回避技術を主軸にして、要所要所にシールドを織り交ぜて防いでいるものの、危ない橋を渡るような場面が少しずつ増えていることに、月守は焦りを感じていた。

 

そんな少しだけ平静が崩れた時、

『さっくやー、生きてるー?』

底抜けに明るい声で、隊長からの通信が入った。

 

一瞬だけキョトンとした後、月守は苦笑しながら答えた。

『生きてるよー。そっちは?』

 

『それなりにキッツい!村上先輩と熊ちゃん先輩に挟まれた上に、来馬さんが村上先輩の援護してるからキッツい!』

 

『点取れそうも無い感じ?』

 

『取れなくは無いけど、バグワ組の奇襲怖いじゃん!』

 

『奇襲警戒して守りに入ってるってことか。その割には楽しそうだな』

 

『楽しそうにでもしてなきゃ集中切れるもんっ!』

通信の最中でも那須のバイパーは飛んでくるが、不思議と話している時の方が身体が軽くなったような感覚になり、月守はバイパーを余裕を持った上であえて紙一重で回避し切った。ついでに那須からの追撃を少しでも防ぐためにメテオラをばら撒くように放った。しかし那須の反応は淡々としたもので、苦もなくメテオラを防いで追撃をかけてきた。

 

『っていうかさ!咲耶の方はどうなの!』

 

『こっちもしんどい。那須先輩とはちょっと部が悪い』

 

『なんで?』

 

『いや、なんでって……バイパー使いとしても、機動力にしても、那須先輩の方が上だし……』

 

『ふーん?』

その言葉を聞いた通信越しの彩笑は何故か不機嫌そうで、月守はその理由を尋ねた。

『なにその反応』

 

『咲耶咲耶』

 

『シカトかよ。で、何?』

 

『咲耶が自己評価をどうしようが知ったこっちゃ無いんだけど…』

彩笑は1拍とってから、言葉を続けた。

 

 

 

 

『ボクは、咲耶が1番凄いバイパー使いだと思ってるよ』

 

 

 

 

と。

 

『…………』

その言葉を聞いた月守は反応に困り、思わず言葉に詰まった。そしてそこに、彩笑は言葉を重ねる。

『だから咲耶。あと5分待つから、それまでにこっちに来てよ?』

 

『……それは命令?』

 

『Of course!』

彩笑の答えは、無駄に発音が良い英語だった。

そう言われた咲耶は彩笑には見えていないのは分かっている上で、不敵に笑った。

『……了解!すぐにそっちに向かうから、それまでにベイルアウトすんなよ!』

月守はそう言って彩笑との通信を一旦切り、すぐさま真香へと通信を切り替えた。

『真香ちゃん、ここまでの南側の動きをざっとまとめて説明よろしく』

 

『了解しました』

通信の間にも飛んでくる那須の鳥籠を防いで反撃しつつ、月守は真香からの報告に耳を傾けた。

『アタッカー3人がメインになって南エリアの中央部で乱戦をしてますが、地木隊長が一方的に標的にされてる状態です。来馬さんが西側から村上先輩を援護する射撃をしてて、地木隊長が東側に逃げようとしても熊谷先輩の足止めが上手くて逃げ出せないみたいですね。乱戦になるのとほとんど同じタイミングで、東側の橋を北側から渡る反応がありました。漆間さんだと思うんですけど、渡りきったあとにバッグワーム使ったみたいで、その反応は今レーダーから消えてます』

 

『なるほど…。来馬さんは最初、どっち側にいたか分かる?』

 

『恐らく北側です。途中で北側の反応が1つ消えたんですけど、南側の乱戦に来馬さんが混ざるのと同じタイミングで輝点の数が揃ったので……』

 

『乱戦になってるって言ってたけど、戦闘になってるエリアの広さはどのくらい?』

 

『アタッカー組がメインなのでエリア自体は小さいですけど、中心にいるのが地木隊長なので常にエリアが動いてますね。それも含めると、南側中央部で東西に分断できる程度になります』

月守は真香からの情報を吟味するような思考を続ける。

『スナイパーの位置予測は?』

 

『できてます。先輩の視界に表示しても大丈夫ですか?』

 

『いいよ、ちょうだい』

キーボードをせわしなく叩く音のあとに小気味好くエンターキーを押した音が通信越しに聞こえたと思った次の瞬間、月守の視界に元々出ていたマップデータに茜と太一がいるであろうポイントがいくつか表示された。

 

「………」

 

そしてそのマップデータを見た月守はゆっくりと笑った。

 

(真香ちゃんナイス。欲しい情報をピンポイントで送ってくれたおかげで、()()()()()()

 

必要なカードが揃った月守の頭の中には、戦況を打開して勝ちに辿り着くための道が見え始めた。

 

『月守先輩、那須隊の狙いは読めましたか?』

 

『多分ね。真香ちゃんはどう?予測できた?』

 

『はい、できました』

迷いなく真香はそう言い、その言葉には確かな自信があった。

 

それを聞いた月守は思う。

(真香ちゃんも神音も、どんどん成長していく……後輩が育ってくれるのって、こんなに嬉しいことなんだ。俺と彩笑の特訓に付き合ってくれた夕陽さんと白金先輩の気持ちも、今ならちょっと分かる)

 

後輩が育つ頼もしさと嬉しさを噛み締める月守は自然と笑顔になり、楽しそうな声で、

『それじゃあ真香ちゃん、答え合わせしよっか』

そう、言った。




ここから後書きです。

チームランク戦って戦いっていうよりはルールがある分、やっぱりスポーツみたいだなと思います。楽しそうですし。

亀且つ不定期更新になりつつありますが、今後とも更新していきます。読んでくださる皆様には本当に感謝です。


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第53話「新技炸裂」

月守から指示された情報をまとめる真香はそれと並行して、那須隊の意図を探るような思考も行っていた。そうして情報を集めて編集するうちに、1つの答えにたどり着いた。

 

答え合わせをしようと言った月守の言葉に返事をして、真香はまず結論から述べた。

『那須隊の狙いは、もうほぼ達成されています。南側で発生してる乱戦こそが、那須隊がこの試合でやりたいことです』

 

そしてその結論を聞いた月守は、戦っている那須にも気づかれぬように小さく、本当に小さく笑った。

『どうして乱戦狙いだと思った?』

 

『橋の破壊と、狙撃しないスナイパーからです』

月守の問いかけに答えから返した真香は、それに付け加えるように説明を始めた。

『試合開始直後、那須先輩は躊躇いなく橋を壊しました。月守先輩の言う通りで、あんまりにも躊躇いがなさ過ぎて、何か狙いがあって橋を壊したのは明確です』

 

『じゃあその狙いっていうのは何かな?』

 

『各チームの合流の阻害して遅らせることです。鈴鳴と那須隊、それに今回に限っては私たちもですけど、チームで連携して戦うタイプの部隊です。合流のために使い勝手がいい中央の橋が壊されても、残る東西の橋を使って合流しにかかるのは十分予想できます』

 

『そうだね。実際、最初は北側にいたっぽい来馬さんも東橋経由で南に向かったし、漆間さんだって南に行ったみたいだからね』

 

『はい。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

自信に満ちた声で説明を続ける真香を頼もしく思い、那須のバイパーを凌いでいる月守はそこに自身の見解を告げた。

『橋壊して合流の選択肢を狭めたにも関わらず、狙撃しないっていうのは確かに不自然だからね。まあ、漆間さんは橋渡る時にバッグワーム外してた理由はカメレオン使うためだと思うし、狙撃は元から無理があったかな』

 

『茜ちゃんも別役先輩もアイビス持ってますし、フルガードしようとしてた可能性も有りです。でもリスクの天秤にかけたらやっぱりカメレオン使う方が無難ですね』

漆間について2人は少し議論を交わし、すぐに本題へと戻った。

 

『那須隊の狙いが乱戦ってことは俺も同意見だ。試合前にチーム単位での射撃戦も予想したけど、射撃戦の要になる那須先輩は北側で時間稼ぐみたいな緩い射撃ばっかりだし……。大方、頃合いを見て南の方にシフトして全部隊巻き込んだ乱戦に持ち込むつもりかな』

 

『ですね。次にスナイパーの位置予測ですけど、月守先輩の予想配置はどんな感じですか?』

真香に問われ、月守は那須との距離をバイパーによる射撃で牽制して調整しながら答えた。

『スナイパー2人は北側にはいない。隠れてるのは南側だ』

 

『やっぱりそうなりますよね』

 

『ああ。さっきからこの辺で狙撃に使えそうなビルを片っ端からメテオラで壊して炙りにかけてみたのに、那須先輩の反応は淡々としてるし、鈴鳴もノーリアクション。気にかける必要が無いって感じだから北側にスナイパーはいないよ』

言葉には出さないものの月守は可能性の1つとして那須隊・鈴鳴第一がポーカーフェイスを装っている演技も視野に入れていた。

 

月守の思考を知りえない真香は、そのままスナイパーの位置予測を続けた。

『そうなると茜ちゃんは東側、別役先輩は西側でしょうか?』

 

『熊谷先輩は東、村上先輩と来馬さんが西側を庇うような感じで立ち回ってるみたいだし、そうじゃないかな』

 

『橋の件はとにかくとして、なんで撃たないんですかね……』

 

『彩笑が多少のダメージ受けてもいいって気になれば、乱戦を無理やり突破してスナイパー狩りに行けるからかな』

 

『あ、なるほど……現役の頃、模擬チームランク戦で地木隊長と戦ったことありますけど、居場所が割れたスナイパーを狩りに行く地木隊長は冗談抜きで怖かったです』

 

『スナイパー組は基本的にその怖さ知ってるからね。それとスナイパーじゃないけど、バッグワーム起動してる漆間さんは多分、隠れて奇襲狙い』

 

『今のところはそれしかないです。鈴鳴はいつも通り連携で確実にって感じがします』

 

『村上先輩は点取りと壁役の二役できるから戦法もシフトしやすいし、倒すならこっちも連携か』

そうして2人は全メンバーの立ち回りからそれぞれの思惑を推測していった。

 

そしてそのタイミングで、

『はいはーい。2人ともその辺で話まとめてー』

彩笑が回線に割り込んできた。

 

『あれ?これ彩笑にも繋がってたの?』

意外そうに月守が言い、彩笑はプリプリと憤慨した様子で言葉を返した。

『真香ちゃんが途中からそっちの音声だけ繋いでくれたの!なんでボク抜きで作戦会議してんのさ!』

 

『いやいや、ただの確認だから作戦会議じゃない』

 

『屁理屈っ!っていうか戦いながらそこまで予想できる咲耶が相変わらず気持ち悪いっ!』

 

『気持ち悪いは言い過ぎだろ!』

自由すぎる彩笑の発言に対抗してみせた月守に、フォローを入れるように真香は発言した。

『地木隊長ダメですよ。男の人って女の人にそういう風に言われるの案外気にしちゃうんですから』

 

『むー、そういうものかな?』

 

『そういうもだと思いますよ。前にスナイパー合同訓練に参加した時に佐鳥先輩の技術を褒めたつもりで、

「変態ですね」

って言ったら、次の1発をあり得ないくらいに誤射してましたから』

 

何気なく言った真香の発言を聞き、

 

『ああ〜』

 

『それは辛いな』

 

『でも被害者がサトケンで良かったね』

 

『もし東さんとかだったら次会った時に土下座して謝んなきゃいけない』

彩笑と月守はどこか呆れたように言い、真香は気恥ずかしそうに笑った。

 

そして真香の笑いが止まると同時に、3人は雰囲気を変えた。

 

『さて。彩笑、必要な情報は揃ったよ。どうする?』

先程とは比べものにならないほど真剣味を帯びた声で、月守は隊長である彩笑に意見を求めた。

 

両手に持ったスコーピオンで村上の斬撃を捌きつつ、尚且つ敵に通信していることを悟られぬように彩笑は答える。

『どうするも何も、ボクたちはもう那須隊の作戦の中なんでしょ?』

 

『私たちの予想が正しかったら、そういうことになります』

那須隊の術中にハマっていることを強く認識した彩笑は、戦闘の最中で笑った。獲物を見つけて歓喜する獣のそれに近いものを感じさせる笑みを浮かべた彩笑は、

『一回ハマったやつから抜け出すってしんどいよね?だからさ…』

楽しそうに前置きをしてから、

 

『乱戦に乗った上で、ねじ伏せよっか』

 

作戦とは到底言えない、大雑把なオーダーを発表した。

 

*** *** ***

 

当然ながら地木隊メンバーの会話はトリオン体に装備された通信機能によるものであり、交戦している那須や村上たちにはその内容は聞こえていない。それどころか、月守と彩笑は3年に届く実戦経験の賜物により、通信していること自体を悟られていなかった。通信中彩笑は笑顔になったりしているが、元々よく笑う人柄なので村上たちはあまり気に止めていなかった。

 

だが最後に見せた好戦的な笑みだけは、違った。少なくとも解説者の二宮はその笑みが持つ意味に、気付いた。

『地木隊が動き出すな』

気付くと同時に発した言葉に対して、もう1人の解説者である不知火が口を開いた。

『おや?どうしてそう思ったんだい?』

 

『地木隊の前身である夕陽隊の頃から、地木の奴は反撃に出る狼煙だと言わんばかりに、あの笑い方をしていた。あの笑い方が出てからの奴らは、化けるぞ』

 

『化ける……ですか?』

二宮の表現に対して、実況役の宇佐美がそれを掘り下げるように会話を誘導した。かつての夕陽隊や地木隊を知る宇佐美は二宮の言葉の意味を知っていたが、解説のためにあえて問いかけていた。

二宮も不知火もそれを知りつつ、宇佐美が作った流れに乗った。

『アタッカーの地木は当然だが、月守もオフェンシブな戦い方が本来のスタイルだ』

 

『そうだねぇ。ちょいちょいポカをやらかすおかげで現在のポイントこそ低いけど、地木ちゃんの最高ポイントは確かマスタークラス通り越して1万点越えてるし、月守だってポイント全盛期はそのくらい持ってたよ』

アタッカーならいざ知らず、シューターである月守のポイントが1万点を越えていたという事を聞き、観覧席が大きく騒ついた。そしてそんな彼らを見つつ、二宮は言葉を続ける。

『今の今まで防戦に徹してた奴らがオフェンスに回るんだ。地木隊どころか、試合ごと動く』

 

そして二宮の言葉を聞いていたかのようなタイミングで、南側で保たれていた乱戦の均衡が、崩れた。

 

*** *** ***

 

村上の二刀を躱し、来馬の銃弾をシールドで防ぎ、熊谷の斬撃をスコーピオンでいなす。そしてその都度、狙撃に使える高い建物からの射線を遮るように高速機動で立ち回り、狙撃のリスクを減らして彩笑はここまで凌いでいた。

 

反撃出来ない程ではないが、四面楚歌の状態であるため、中途半端に手を出して状況を悪化させる可能性を彩笑は無意識のうちに危惧して防御に専念していた。

 

高い機動力と反応速度を併せ持つ彩笑が本気で防御に回ったならば、攻撃を当てることは並大抵のことではない。しかし気質的に防戦一方というのは、あまり気持ちの良いものではない。

 

苛立ちが溜まりかけたそのタイミングで、頼もしい仲間が読み取った那須隊の作戦を彩笑は知った。

 

ねじ伏せると言った彩笑は、続いて月守に指示を出した。

『咲耶、こっちに来れそう?』

 

『すぐにでも行けるけど、出来れば一押し欲しい』

 

『分かった』

2人はその短いやり取りで互いの意図を察し、行動に移った。

 

意識して一呼吸取った彩笑は戦場を一瞬だけ見渡し、

(突っかけるなら、熊ちゃん先輩かな)

那須隊のアタッカー、熊谷にターゲットを定めた。

 

村上と来馬の攻撃の隙を掻い潜り彼らの間合いから大きく外れ、彩笑は一気に村上へと肉迫してスコーピオンを振るう。だがその一撃は、改良の施された鍔付きの弧月を巧みに操る熊谷にあっさりと防がれた。

 

熊谷友子はソロポイントこそ高くないが、エースである那須の防御役ということもあり、弧月両手持ち+シールドを基本スタイルとして捌きや返し技を主軸に置いたディフェンシブな戦い方にかけては周囲から一目置かれている存在だ。かく言う彩笑もそんな熊谷の防御術にかけては一種のリスペクトを送っており、チームメイトの天音も弧月での受け太刀に関しては熊谷を1番参考にしたと言っている。

 

ゆえに彩笑は、この一撃が捌かれるのは想定済みであり、次の攻撃に繋げるために熊谷の返し技をあえて受けた。

 

返し技の一撃目を斬撃の最中に旋空を織り交ぜられてもギリギリ反応できる紙一重だけの距離を開けて躱し、続いて繰り出された下から振り上げるような斬撃を右手に持ったスコーピオンで受けた。

 

強度で劣るスコーピオンでの受け太刀は好手とは言えず、スコーピオンを愛用する彩笑は当然そのことを知っている。彩笑は折れないように受け太刀の瞬間に手放し、片刃型のスコーピオンが宙に舞った。熊谷の三撃目を彩笑は後ろに飛びつつバク転して躱し、そのまま2、3度バックステップを踏んでアタッカー同士の基本的な間合いから少し外れる程度の距離を取った。

 

態勢が整うと同時に落下してきたスコーピオンを右手でキャッチし、再び意識して呼吸をした。そして呼吸が整うと同時に、牽制代わりに左手のスコーピオンを村上に投擲し、来馬を射抜くような視線で睨んだ後、

(さて……上手くいくといいな!)

スコーピオンの柄をギュッと握り、鋭い踏み込みで熊谷へと突撃した。

 

踏み込み自体は確かに速い。

 

しかしどれだけ速くとも、真っ直ぐ突撃するその動きは熊谷からすれば読みやすく、防ぎやすいものであった。熊谷はグラスホッパーによる仕掛けを警戒しつつも動きそのものには迷いは無く、彩笑が振るうであろう右手のスコーピオンの軌道上に弧月を構えて防ぎにかかった。

 

*** *** ***

 

実のところ、月守と真香が予測した那須隊の作戦や行動はほぼ正解だった。

 

試合開始直後に橋を落としたのは各隊の合流を妨げ、乱戦を誘うため。

日浦茜がここまで狙撃しないのは、彩笑に捕まらないため。

那須が月守の相手をしているのは、頃合いを見て月守ごと南へ誘導して全部隊入り乱れた乱戦に持ち込むため。

 

那須隊が乱戦を選択したのは、正隊員の中でも上位の戦闘力を持つ村上、地木、月守を警戒してのことだった。

 

1対1の勝負では実力の要素が大きく、イレギュラーというのは起きにくい。

しかし戦闘に参加する人数が増えれば増えるほど、イレギュラーの要素が増え、地力の戦力差を覆すような結果が出ることがある。

 

ここ数試合で那須隊は村上を擁する鈴鳴第一に連敗している事に加え、A級に所属していた経験のあるメンバーが揃っている地木隊が参戦している。相性が悪い相手と、格上である2チームを相手取るこの試合は那須隊にとって旗色の悪い戦いである。

 

ゆえに那須隊は地力の差を補うべく、乱戦に持ち込む事を選択した。

 

そして実際、那須隊の作戦は上手く決まっていた。

序盤に発生した彩笑と村上のアタッカー対決に熊谷が参戦して三つ巴の構図となり、そこへ来馬が合流。村上と来馬がいる以上、チームで戦う鈴鳴なので彼らを援護できる場所にスナイパーの太一がいることは容易に想像できる。

漆間も姿こそ消しているものの南側に渡ってきているのは橋を監視している日浦が確認している(実際はカメレオンを使っていたため見てはいないが、レーダーにはしっかりと映っていた)。

そして鈴鳴と同様かそれ以上に警戒するべき地木隊の片割れである月守は那須が足止めし、意図して合流を遅らせていた。

 

那須隊はここまで完璧とまではいかなくとも、十分に上手く試合を運んでいた。

 

だがそれによる心理的なゆとりは無く、むしろ決壊しないように細心の注意を払いながらの戦いを那須隊はしていた。特にそれが顕著だったのは熊谷だ。

すでに連携している鈴鳴や上位アタッカーである彩笑と比べると熊谷単騎の戦力はこの中で最も下であり、ましてや乱戦の中心にいるという事を加味すれば、那須隊の中で最も負担のかかっている状態であった。

 

『くまちゃん、大丈夫?』

メンバーもその事は分かっており、隊長である那須は熊谷を心配して通信を入れた。

『大丈夫よ、玲。運良く鈴鳴もまずは彩笑ちゃん狙いみたいで、あたしにはそこまで攻撃来てないわ』

 

『そう……もう少しだけ粘って。そろそろこっちも、南に移るわ』

 

『了解』

気を張った状態で通信による会話を交わして立ち回る中、彩笑が突撃を仕掛けてきた。

(相変わらず疾いっ!けどまだ見えてる!)

彩笑の太刀筋に対して正確な防御を取り、反撃に出る。受け太刀した彩笑のスコーピオンが宙を舞うが、直後に彩笑はバック転とバックステップで距離を取った。ちゃっかりスコーピオンの落下地点を見極めていたようで、何てことないように落ちてきたスコーピオンをキャッチしてみせた。

 

(まだまだ余裕って感じね……)

崩れないメンタルに辟易したその直後、彩笑は村上と来馬に牽制攻撃をした後、再度熊谷へと突撃をかけた。

 

(さっきより疾いけど、まだ対応できる!)

その速度は想定を超すものでは無く、落ち着いて熊谷は、彩笑がスコーピオンを居合斬りを思わせるような構えで持っていたことから斬撃の軌道を判断し、それを防ぐように愛刀の鍔付き弧月を構えた。

 

彩笑の斬撃は確かに速い。しかし幾ら速くともその軌道とタイミングさえ読めれば防ぐことは十分可能だった。

 

熊谷は彩笑の斬撃を防げるはずであり、本人も実況解説役の3人も、果てにはギャラリーさえもそう確信していた。

 

 

 

 

だが一足一刀の間合いから更に踏み込んで繰り出された彩笑の居合斬りは、

 

「………は……?」

 

絶対の自信を持っていたその防御を物ともせず、熊谷のトリオン体を斬り裂いた。

 

その攻撃を受けた熊谷、そして弧月による防御を()()()()()彩笑の斬撃を見た村上と来馬は驚きのあまり動揺し、防御出来なかった熊谷に至っては、ほんの一瞬冷静さを失ってしまった。

 

(な、何で……!?あたしは確かに受け太刀したはずなのに……っ!?)

 

そしてそこに生まれた隙を、彩笑は逃さない。左手にもスコーピオンを展開し、熊谷のトリオン供給器官とトリオン伝達脳に神速の刺突を放ち、破壊した。

 

「しまっ……!?」

熊谷の意識が戻る頃には時すでに遅く、ベイルアウト寸前だった。

 

ピキピキとトリオン体にヒビが入る音を聞きながらも何も出来ない熊谷に対して、

 

「これがボクの新技……」

 

彩笑は屈託の無い笑顔で、

 

「ブランクブレード」

 

自ら編み出した新技の名を告げた。




後書きです。

彩笑の新技の名前は少し悩みました。ブランチブレードと字面的に似てしまうので変更するか迷いましたが、ブランクブレードに命名しました。

昔は誕生日というのが純粋に嬉しかったのですが、好きなキャラクターの年齢を越した頃から複雑な気持ちになるようになりました。本作を読んでくださる皆様にもそれぞれ誕生日には何かしらの思い入れがあると思いますが、このお話を投稿した11月18日は和水真香の誕生日でした。

あと、真香ちゃんの誕生日を記念して的なノリも込めて、「チラシの裏」に本作の番外編を投稿しました。
多分ですけど、本作の過去編に当たるお話もそこに投稿していくと思います。


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第54話「総力戦」

スコーピオンは形状を自在に変化させることと、身体のどこからでも出し入れ可能という2つの特性を活かした技が多数存在している。

 

足からスコーピオンを発生させて地面を通して相手を突き刺す「もぐら爪(モールクロー)」。

脚そのものにスコーピオンを纏う「脚ブレード」。

直接持たずに体内で枝分かれさせてブレードを増えたように錯覚させる「枝刃(ブランチブレード)」。

 

スコーピオンを使わない隊員であってもそのほとんどの技は、

「こんな技がある」

程度には認知されている。

 

しかし今回彩笑が繰り出した「ブランクブレード」は、ほぼ全ての隊員が知らない、まさしく新技であった。

 

そしてそれは、解説者である二宮も同様だった。

 

『拮抗していた戦闘が動きました!乱戦の中で地木隊長が熊谷隊員を目にも留まらぬ早業でベイルアウトさせて、地木隊が1点先制です!』

 

実況役である宇佐美の言葉を聞きつつ、二宮は考える。

(なんだ、あれは……地木のスコーピオンが熊谷の弧月をすり抜けたような……)

記憶を漁るが、そんな技は全く知らなかった。

 

そうして二宮はある1つの可能性に至り、隣に座る不知火に声をかけた。

『まさかとは思うが……地木の奴にスコーピオンのオプショントリガーでも作って渡したのか?』

と。

 

有り得ない話ではない。不知火は使える使えないはさておき、試作トリガーを度々作っては個人的に隊員に声をかけてはテスターをさせている。実際、二宮自身も「ストック」というトリガーのテスターをやったことがある。

 

もしかしたら今回もそうなのかもしれないと思った二宮は不知火にそう尋ねたが、

『いや?ワタシは地木ちゃんにそんなトリガー渡してないよ?ちょこちょこっとトリガー構成変えたりチューニングしてあげたりはしたけど、断じて試作トリガーなんて渡してないさ』

やんわりと笑いながら不知火は問いかけを否定した。

 

1番有り得た可能性が潰えた二宮は、そのまま不知火に意見を聞くことにした。

『オプションじゃないとしたら、アレは何だ?』

 

『オプションじゃない以上、アレは地木ちゃんの純粋な技術によるものだね。仕組みは大体予想がついたけど、確証が無いし発案者であろう地木ちゃんの許可もとってないから、ここでは言わないでおこう』

ケラケラと笑いながら不知火は控えめに言ったが、たった一度モニター越しで見たこの時点で不知火は弧月をすり抜けたスコーピオンの仕組みを看破していた。

 

しかし看破していながら、その答えに自信が持てなかった。

(あの技の仕組みは恐らく、とてもシンプルなはずだ。シンプルゆえに理論上は誰でも使えるけど……()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()かな……)

そしてもし答えが合っているとしたら…。そう考えた不知火は自然と、

 

『兎にも角にも……地木ちゃんの……いや、あの子たちの3年は、やっぱり無駄にならなかったね』

 

音声が拾われぬほどの小さな声で、そう呟いていた。

 

その呟きは誰の耳にも届く事なく、誰にも気付かれぬまま、展開が変わっていく試合に飲み込まれていった。

 

*** *** ***

 

拮抗していた四つ巴の戦いは熊谷のベイルアウトによって一気に動き出した。

 

まずは北側の、月守対那須のシューター対決に変化があった。

(くまちゃんがベイルアウト……!?)

合流を約束した直後に熊谷がベイルアウトしたことにより、那須に少しの動揺が走る。

 

そしてあらかじめ南側で彩笑が何かアクションを起こすことを知っていた月守は、これがそのアクションなのだと瞬時に見抜いた。

 

(分かりやすいので助かった)

 

那須の動揺を見逃さず月守は左手からメテオラを生成し、ほとんど狙いをつけず、まさしく乱雑に放った。

 

「っ!!」

 

那須の反応は少し遅れたが、それでも自分に向かって飛んできたメテオラは辛うじてシールドで防ぐことに成功した。しかし爆風と巻き上げられた粉塵によって那須の視界は遮られ、月守を見失った。

『那須先輩、レーダーから月守くんの反応が消えてます』

そこへオペレーターである小夜子から連絡が入り、月守がバッグワームを展開してレーダーでも見失った状態になったのだと那須は認識した。

 

(相手の隙を見て視界を遮って、そこからの攻撃はあの子の得意技の1つ……)

同じバイパー使いとしてだけでは無く予習などで月守の戦闘パターンをよく知る那須は月守の奇襲を警戒した。だが、視界が確保できるだけ煙が晴れても、月守からの攻撃は来なかったが、那須は視界がクリアになって尚、月守の攻撃を少しの間警戒していた。

 

那須の対応は正しい。1年近くチームランク戦をしていなかった月守と那須が戦う機会などソロランク戦か、ボーダー職員が企画する1DAYトーナメントしかない。もし今のシチュエーションがそのどちらかの戦いであったなら、月守は相手が視界を確保して警戒を緩めて相手を探そうとして意識を切り替える瞬間を狙う。那須の対応は間違ってはいない。

 

だが、これはソロランク戦でも1DAYトーナメントでも無く、チームランク戦なのだ。月守が選んだのは、ソロでは出来ないチーム戦ならではの行動。

 

そして那須はその月守の行動を、チームメイトであり南東の民家に潜んでいたスナイパーの日浦茜からの通信によって知った。

『な、那須先輩っ!月守先輩が東橋を走って渡ってきてますっ!』

 

(しまったっ!)

通信を聞いた那須はすぐに自身の悪手を悟り、東橋に向けて駆け出した。

月守が行ったのはターゲットの変更であり、チーム戦ならではの戦略ではあるものの、特別珍しい戦略ではなかった。仮に茜からの連絡が無くとも、那須はあと数秒もあればこの戦略は予測できていた。しかしそれが数秒遅れたのは、ここまで個人戦に限りなく近い状況で戦い続けたことに起因して行動の選択肢が自然と個人戦思考に近寄ってしまったことと、1度南側の乱戦へと思考を向けた直後に北側の個人戦に再度思考を向けさせることで「余所見してる余裕は無い」と那須が印象付けられた為であった。

 

月守がそれをどれほど意識して狙っていたのかは那須には分からず、また分かる必要も無かった。とにかく今の那須がすべきことは、東橋を渡ろうとする月守をどうにかして止めることであった。

 

 

*** *** ***

 

 

那須が駆け出した頃、茜は軽い恐怖を覚えていた。

茜は移動中に敵に見られるようなヘマはしていないし、ましてや狙撃すらしていない。茜個人の行動で居場所がバレる要素など何一つ無い。

 

だか、それにもかかわらず、バッグワームを纏い東橋を全力疾走して渡る月守は正確に茜のいる方向を見据えていた。厳密にはまだ完全に捕捉されてはないようで視線が若干彷徨っているものの、それでもイーグレットのスコープを隔てて茜の視線と月守の視線は確実に交差していた。

 

慌てた茜だが、月守の視線がまだ彷徨っていることから完全に見つかったわけではないのだと判断し、少し冷静さを取り戻した。そして落ち着いたところで、月守が橋を移動しながらトリオンキューブを橋の上にバラ撒いていることに気付いた。

 

置き弾かと茜が警戒した時、月守は橋を渡りきった。と同時に走りながら纏っていたバッグワームを掴み、橋の方へと投げ捨てた。対電子戦用のステルストリガーであるバッグワームを脱ぎ捨てた月守の反応は当然のようにレーダーに表示されたが、月守はスナイパーからの射線を切るように建物の陰へと身を隠した。

(普通に解除すればいいのに……)

茜は居ることがバレたであろう狙撃ポイントを変えつつ、月守の行動に疑問を覚えたその瞬間。

 

連続した爆発音が橋の方から響き渡った。

 

驚いた茜は反射的に音の方に目を向けると、そこにあったのは連続した爆発を続け、みるみる壊れていく東橋が見えた。

 

橋の破壊。

 

開戦とほぼ同時に那須隊が行った戦法を、月守は行った。

 

橋を爆破した方法は那須と同じくメテオラだが、シンプルに橋に叩きつけることはせず、弾速0の細かいメテオラを橋の上に敷き詰めるように配置し、投げ捨てたバッグワームをその中の一つに当てることで起爆させて連鎖的に爆発を起こすという、手法が無駄に凝ったものになっていた。しかも細かく分割したため一つ一つの火力は足りず、多少水に足を取られる覚悟があれば川を渡れる程度には橋の破片が川に残っていた。

 

わざわざ無駄に手の込んだ方法でなくとも、月守には確実に橋を壊す手段はいくつかあった。だがあえてこの方法を選んだのは、理由が2つある。

1つ目は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を最大限に発揮するために残るメイン側のトリガーを極力隠すためであること。

そして2つ目は、無理をすれば橋を渡れるという状態にして那須の判断を迷わせ、動きを鈍らせるためだ。

 

月守による橋破壊に間に合わず、北側の那須は橋の手前でほんの少し躊躇した。そんな那須を見て、月守は申し訳なさそうな笑みを浮かべ、

 

「これでほんの少しでも那須先輩を……()()()()を迷わせて足止めできたらいい方かな」

 

と、呟き、那須の視界から逃げるように南側の市街地エリアへと姿を消していった。

 

 

 

そして単独で北側に残された那須は、一つため息を吐いた。距離はあったが南側へ渡り橋を壊した月守が見せた申し訳なさそうな笑みを見て、那須は漠然とだが月守の狙いが読めた。読めたからこそ、ため息を吐いた。

 

那須は呆れたような声で、

「悪ぶった方法使ったくせにそんな表情しちゃうなんて……。やっぱり月守くんは……ううん、()()()は優しい子ね」

そう呟き、崩れてまともな足場の確保が難しい橋を急いで、それでいて慎重に渡り始めた。

 

*** *** ***

 

彩笑は右手にスコーピオンを持ち、左手側にグラスホッパーをいつでも展開できる状態で村上へと斬りかかった。強化睡眠記憶というサイドエフェクトを持つ村上には、彩笑がこの日までに使った技、そして無意識下で多用していた動きのパターンなどがほぼ全て記憶され読まれているため、彩笑は得意の高速戦闘を一度止め、意識的に戦闘スタイルを切り替えた。

 

確実に制御できるレベルに落とした速度。

細かく左手を動かしてグラスホッパーを警戒させるフェイント。

手数を落として一撃のウェイトを上げた剣術。

 

彩笑本来の戦い方では無いため総合的な戦闘力としては得意の高速戦闘より劣るが、今回の対村上に限っては十分有効なものになっていた。村上を利用して来馬の射線を切るように立ち回っている彩笑と村上が斬り合い、互いのブレードが火花を散らす。

「さっきの技はなんだ?」

 

「新技です」

問いかける村上に対してにこやかに彩笑は答えてバックステップを踏み、少し間合いを開け、居合切りを思わせる構えを取った。

 

それは熊谷に新技「ブランクブレード」を使った時と同じ構えであり、それを最警戒した村上は大きく距離を取り、援護射撃をする来馬の側まで下がった。

 

間合いの遠さゆえか攻撃を一度諦めた彩笑がスコーピオンを構え直すのに呼応するように村上は弧月とレイガストを構え直し、

(厄介だな……)

心の中でそう思った。

 

記憶力に自信がある村上であっても、彩笑が使った新技は全く覚えが無いどころか、仕組みの取っ掛かりすら検討がつかなかった。技の仕組みが判断できないため対策を取ることもできず、彩笑の攻撃全てに警戒を強いられた村上の神経は普段の戦闘より早くすり減っていた。

 

手の打ちようがないと思ったと同時に、隊長の来馬が彩笑に聞こえない程度の声量で話しかけた。

「鋼、大丈夫かい?」

 

「いえ、ちょっとキツイですね。あの技の仕組みが分からない以上、下手なことはできませんから」

No.4アタッカーであることやチームのエースといった立場に見栄など張らず、村上は素直に心境を吐露した。弱音を吐く村上に対してチームメイトは責めることなく、前向きに現状を打開するための策を考え始めた。

『おれ、もう狙撃しましょうか?』

ここまで隠密行動に徹していた別役太一が真っ先に意見したが、すぐにオペレーターの今結花が自身の考えを口にした。

『地木ちゃん相手に狙撃はちょっとリスク高いわよ。避けられて居場所が割れたら太一が真っ先に狙われそうだし、まだ隠れてた方がいいんじゃないかしら?』

そして今の意見を補足するように、隊長の来馬が音声を飛ばした。

『「そうだね。太一はこのまま隠れて、地木さんの気を散らすことに専念してて。月守くんも南側に渡ってきたみたいだから、今まで以上に慎重に隠れるようにね」』

 

『了解っす!』

来馬はここで内部通話へと切り替えて村上に声をかけた。

『地木さんの新技だけど、あまり警戒しすぎる必要も無いと思うんだ』

 

『来馬さん、それはどういう事ですか?』

 

『確証は無いんだけど……あのすり抜けるスコーピオンは多分、そう簡単に使えるものじゃ無いと思うんだ。もし使うのが簡単だったらここまでの戦闘で使わないのは不自然だし…。それに、倒しにくい鋼じゃなくて熊谷さんに使ったって事は、使うのに何かしらの条件とかがあるのかもしれない』

その説明を聞いた村上は素直に納得した。

 

もし彩笑がブランクブレードを息をするように使えたのだとしたら、ここまでの戦闘どころか、初めに村上と接触した時点でなぜ使わなかったのかという疑問が生じる。

(来馬さんが言うように、地木の新技は乱用できるタイプじゃないのかもしれないな……もちろんそう思わせるためのフェイクだって可能性も十分にあるから、警戒するに越した事はないが……)

村上は来馬の助言を受けて一度冷静になり、彩笑の新技に対する認識を改めた。

 

そしてエースの村上が落ち着いたのを見て、隊長である来馬が全体に指示を出した。

『よし。じゃあ、無理はしないで、みんなで連携して確実にいくよ』

来馬が選んだのは普段の鈴鳴第一の戦い方であり、最も勝率が高い王道なものだった。

 

エースである村上をメインに据え、来馬と太一がフォローするこの型は使い慣れただけではなく安定感もあり、B級中位グループレベルでは十分に強力な型である。

 

来馬の指示に従い村上が動く。エースとして敵を倒し、盾として味方を守る。その役割を果たすべく彩笑との間合いを詰めようとした瞬間、

『来馬さん!鋼さん後ろっ!』

2人よりよりずっと広い視野で戦場を見ていた太一が叫んで警告した。

 

「っ!」

来馬より村上が先に反応し、振り返りつつ反射的にレイガストをシールドモードに切り替える。シールドが完成すると同時に、

「メテオラ」

バッグワームを纏い2人の背後を取りかけていた月守が、左手から生成したメテオラのトリオンキューブを投げつけるようにして放った。

 

シールドモードに切り替えた村上は当然だが、それに少し遅れながらもシールドを展開できた来馬も月守のメテオラを防いだ。追撃を警戒する2人だが月守は攻撃を単発に留め、彩笑の隣に降り立った。

「咲耶おそーいっ!遅刻だよっ!」

 

「これでも全速力で来たんだけど?」

バッグワームを解除して構えつつ、月守は憤慨する彩笑の言葉を笑って流した。彩笑は右手のみにスコーピオンを持った状態のまま視線を月守へと向けて、言葉を投げかける。

「でも意外。咲耶の性格なら、東側にいるっていう茜ちゃん倒してから来ると思ってた」

 

「最初はそのつもりだったよ」

 

「装備的に抵抗出来なくて、逃げ惑う女子中学生相手を嬉々として追い詰めようとしてたってこと?」

 

「そう言うと、なんか犯罪っぽいな」

わざわざボケる彩笑に対して月守は突っ込む。会話によって相手の警戒に揺さぶりをかける2人の常用手段なのだが、鈴鳴はそれに引っかからなかった。

 

(んー、警戒解いたフリしてみたけど、引っかかんないや)

 

(向こうはこっちの手をちゃんと調べてるみたいだな)

 

話しながらも相手に警戒心を向けていたが、効果の無さを実感した2人は揺さぶり目的の会話を止め、村上と来馬に対して構え直してから通信回線を使った会話へとシフトした。

『なんで茜ちゃん狙わなかったの?』

 

『日浦さん狙ったら引き離した那須先輩にまた狙われるし、そっち相手にしてる間にお前がベイルアウトしたら勝てるもんも勝てなくなるからな』

 

『でもスナイパー残ってると面倒いよ?今から隙作るから、突破して片方でいいから倒してきてよ』

彩笑はオーダーを出したが、

『ああ、スナイパーはあんまり問題無いよ』

やんわりとした笑みを浮かべた月守は茜がいるであろつ東側に一瞬意識を向け、

()()()()()()()()()()()()()()()()()

そう答えた。

 

その瞬間、東側で爆発が起こった。

 

爆音に月守以外の3人がわずかに反応し、唯一爆発があるであろうことが予想できていた月守は左手からバイパーを生成して攻撃に出た。

 

「くっ……!」

咄嗟の事態でありながら村上は来馬のフォローに入り、シールドモードに展開したままのレイガストを振るいバイパーを薙ぐようにして防いでみせた。

 

「さすが村上先輩。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

左手を掲げたまま月守はそう言い、そこへオペレーターの真香が回線に割って入った。

『漆間さんは上手く見つけれたみたいですね』

 

『そうだね』

それだけで納得する2人へと彩笑は問いかけた。

「え?あれって漆間さんがやったの?」

 

「そ。どうも漆間さんもあの辺にスナイパーいるって予想してたみたいで、ばったり遭遇しちゃってさ。で、狙いは同じだって察したから、俺は全速力で逃げて漆間さんに日浦さん譲ってきた」

しれっと言った月守だが、その説明を聞いた彩笑はクスッと小さく笑った。

「譲ったんじゃなくて、那須先輩ごと押し付けてきたんでしょ?」

 

「見方を変えるとそうだな」

 

「性格わるーい」

 

「自覚してる」

茶化すように彩笑は言い、月守はどこか人の悪そうな笑みを浮かべてそう答えた。

 

2人が会話している間に鈴鳴第一も戦況を把握したようで、村上と来馬の意識が完全に彩笑と月守へと向いた。戦場の流れを現場よりずっと広く把握しているオペレーターの真香は、そのタイミングで全体の流れを2人に伝えた。

『茜ちゃん追いつめた漆間さんですけど、那須先輩に捕まりました。全体だと漆間さん対那須隊、私たち対鈴鳴第一の構図になってます』

 

『真香ちゃんありがと!わかりやすい!』

 

『どういたしまして』

彩笑が底抜けに明るい声で真香を褒め、褒められた真香ははにかんだように笑い、嬉しさを素直に表情に出していた。

 

その間にトリオンキューブを生成して相手を牽制していた月守が、彩笑に向けて口を開いた。

「そんじゃ、反撃開始だな」

 

「ん」

肯定した彩笑は右手のスコーピオンをクルクルと軽く回した。ある種のルーティーンになりつつある動きをしたことにより彩笑の集中が少し深まり、笑顔ばかり浮かべていた表情に真剣味が加わった。

「布陣はいつものやつね」

 

「了解」

2人は全く同じタイミングで真逆に動いた。彩笑は数歩前へ、月守は数歩後ろへそれぞれ動き、戦うための構えを取る。

相手に先手を取られぬよう一挙手一投足を見ている彩笑は少し膝を沈め、踏み込む準備を整える。同時に村上もレイガストを少し前へ構える。

 

ピリッとした空気が張り詰める中、彩笑は何気なく呟くように月守にオーダーを出した。

「あと咲耶。()()()()()()()使()()()

オーダーを受けた月守は右手を横に伸ばすと同時に、メイン側のトリガーを展開した。

「言われなくてもそのつもりだ」

言い終えると同時に右手に現れたのは、1つのアサルトライフルだった。

 

銃手の右手と射手の左手。

 

月守にとって火力型であるシュータースタイルと対をなす、シューターとガンナーが混在するサポート型とでも言うべき『ダブルスタイル』を、月守はここまで隠して戦っていた。

 

立ち位置と役割をハッキリと分ける、この2人の安定した連携の型は鈴鳴第一と類型のものでもあった。この類型同士が対決した時に問われるのは、型を構成するメンバーの力量と連携の総合力。言うなれば、純粋な実力勝負である。程度の差はあるものの、この場にいる全員がそれ理解していた。

 

「行くよっ!」

 

「任せろ」

互いに鼓舞するように声を掛け合う地木隊は、言い終わると同時に彩笑が一層深く膝を沈めた。

 

「来馬さん、太一、今さん、援護頼みます」

全くの同タイミングで村上は後ろの2人にサポートを託し、レイガストのオプショントリガーであるスラスターを起動した。

 

同タイミングで踏み込んだ両エースの激突により明確な優劣がつく戦いが、始まった。激しい金属音を打ち鳴らせた彩笑と村上による両エースの激突は、村上に軍配が上がった。装備や当人の重量の関係上、彩笑は押し負けて態勢を崩した。

 

(もらった)

 

その好機を村上は逃さずに突くが、まるでそれが分かっていたかのようなタイミングで曲がる弾丸が村上へと襲いかかった。剣戟の音に合わせて銃撃を行ったことにより村上の反応がほんの少し遅れたが、村上はすぐに攻撃をキャンセルして間一髪弾丸から逃れた。

 

「惜しいな」

 

月守は淡々とした声で言い、手元のスイッチを切り替えて銃口を来馬に向けて発砲した。直線的な軌道の弾丸は狂いなく来馬へと向かうが、来馬はメイントリガーであるアサルトライフルを構えたままサブ側のシールドを展開して防いだ。

 

着弾とほぼ同時、

 

「グラスホッパー」

 

来馬が反撃をするより早く彩笑は来馬の周囲にグラスホッパーを数枚配置した。ピンボールとまでは行かなくとも、スピードに乗ったトリッキーな高速移動攻撃を彩笑は繰り出したが、いち早く隊長の危機を察知した村上がフォローに入り彩笑の一撃をレイガストで防ぎ、そのまま反撃に出た。

 

村上の弧月と彩笑のスコーピオンは激しく火花を散らすものの、相手にダメージを与えるまでは至らない。両エースの斬り合いに、アサルトライフルを構えた2人の銃撃が変化を与える。

 

互いにアサルトライフルのスイッチを切り替え、引き金を引く。

来馬が放ったのは相手を追尾する「ハウンド」であり、彩笑は持ち前の機動力で村上から距離を取った上でシールドを展開して対処した。月守が放った弾丸は変幻自在な弾道で村上へと襲いかかるが、シールドモードにしたレイガストを盾として使い、危なげなく銃撃を防ぎきった。

 

そこで彩笑は一度仕切り直しのつもりで月守の隣まで下がり、声をかけた。

「仕込みは?」

 

「もうちょい」

 

「手早くね」

 

「了解」

最低限の会話であっても相手の意図を間違えずに汲み取り、彩笑は再び突撃した。

 

 

 

 

仕切り直しで彩笑が下がるのと同時に鈴鳴第一もまたメンバー間で言葉を交わしていた。

『月守くんは今回ダブルスタイルなのか』

 

『みたいですね。これ以上厄介になる前に対処しないと……』

実際に対峙している来馬と村上との会話に、オペレーターの今が提案するように言った。

『いっその事、月守くんを先に倒しちゃう方がいいかしら?』

しかしそれに対して、村上が難色を示した。

『あれだけ離れてる月守を先に倒すのは少し骨だな。まだ地木の方が倒しやすいと思う』

 

『彩笑ちゃんトリオン少ないし、最悪トリオン切れを狙うって手も有りね』

 

『いざとなれば、おれ狙撃しますよ!』

太一が狙撃を提案したタイミングで彩笑が突撃をかけ、村上が素早くその対処に当たる。No.4位アタッカーの頼もしい背中を見て、来馬は指示を出した。

『陣形と作戦はこのまま変えないでいこう。攻撃は地木さんを優先していくよ』

 

『『『了解』』』

息がぴったり合った隊員たちの返事を聞いた来馬は、アサルトライフルを構え、引き金を引く。

 

中盤を過ぎ終盤へと差し掛かり、試合はチームの総合力を問う本当の意味での総力戦となった。




ここから後書きです。

今回の話を書いてて、女子スナイパーってチーム戦で(心理的に)落としにくいなぁと思いました。狙撃ならまだしも、距離を詰めるとやりにくそう。

またもや長々と時間が空いた投稿になった上に、話自身はあまり進まず申し訳ありません。頑張らなきゃなと、思います。


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第55話「常識破り」

月守がアサルトライフルから放った銃弾が村上を取り囲むような軌道で迫るが、村上は難なくシールドとレイガストで防ぎ、月守へと斬りかかった。しかしそこへ彩笑が割り込み応戦し、その間に月守が再度距離を取り来馬との銃撃戦へと応じる。

 

「メテオラ」

 

彩笑が村上との斬り合いから間合いを開けたのと同時に月守は左手から遅めのメテオラを乱雑に放った。鈴鳴第一はメテオラを一瞬警戒したが、狙いが明らかに外れているのが分かるとその警戒を緩めた。

 

(緩めたな)

 

それを察知した月守は右手に持つアサルトライフルを上空に向けて、引き金を引いた。2種類の弾丸がセットされたアサルトライフルは銃口が上と下の2つあり、下の銃口から放たれたその弾丸は宙空を自在に曲がり先に放たれていたメテオラを穿った。

 

意識から外れていたメテオラが爆発したことにより驚いた村上と来馬に、十分な隙が生まれた。

 

(咲耶ナイスっ!)

 

その隙を逃さず、彩笑は高速で踏み込んで、扱い慣れたダガーナイフ状のスコーピオンで村上へと斬りかかった。

 

反応がわずかに遅れたものの村上はそれに反応し、レイガストで防ぎにかかる。

 

キィンっ!

 

甲高く鳴る音が示すように、辛うじて村上の防御は間に合い、彩笑の刃は届かなかった。

 

「あーもうっ!」

 

悔しげに彩笑は言って追撃をかけようとしたが、村上を援護する来馬がハウンドを放ったのを見て攻撃を断念して再び下がった。

 

月守はアサルトライフルのスイッチを切り替え牽制代わりに来馬に向けて上の銃口から放たれる直線的な軌道の弾丸で攻撃したが、来馬はサブ側に用意していたシールドで難なく防いだ。

 

数発撃って射撃をやめた月守の隣に、彩笑が並んだ。

『なんでさっきカメレオンとかテレポーター使わなかったんだ?』

 

『もうカメレオン使ってるだけの余裕がないし、テレポーターはそもそも外してるし』

 

『あー、俺のシールドの件と同じ理由だったな。すまん』

互いに武装を構えたまま、月守と彩笑は確認し合うように言葉を交わす。

『じゃあ新技は?』

 

『やろうとしたけど、やっぱ無理だった。そっちは?』

 

『んー、あと少し』

 

『りょうかーい』

声には出さぬ通信越しでの会話であったが、2人はそれを隠すことなく表情に出していた。相対している村上や来馬には、次の策を打ち合わせているようにも見えるため、殊更警戒する。

 

『悔しいですけど、攻撃のバリエーションは向こうの方が完全に上ですね』

 

『そうだね』

2人の様子をうかがいつつ、村上と来馬は地木隊を攻略するための打ち合わせを始めた。

『あとはやっぱり、月守の援護射撃が厄介です。地木の隙をカバーするような、的確な射撃で攻撃のリズムを崩される』

 

『タイミングと射撃の精度がずば抜けて高いからね。アステロイドはともかく、弾道を自分で引くバイパーであそこまで正確な射撃をされると、やり辛いかな』

 

『はい。せめてどっちの弾丸か区別がつけば、まだやりようはありますけど……』

 

『弾丸の区別はつくよ。上の銃口がアステロイドで、下の方がバイパーだ』

 

『そうなんですか?』

 

『何回か見てたけど、合ってると思う。それと、普段月守くんはあまりアサルトライフルを使わなくて慣れてないからか、弾丸を切り替えるスイッチを切る時に、銃身が一瞬ブレてる。それも、1つの目安になるよ』

似た系統の銃を扱っているためか、来馬の考察には十分な説得力があるように感じられ、村上は頷いた。

『了解です。ただ、月守は地木を使ってオレからは見えない、それか見えにくい角度から撃ってくるので、オレには一瞬で判断するのは厳しいです。来馬先輩、出来る限りでいいので月守が撃つ弾丸を教えてください』

 

『分かったよ』

 

『ありがとうございます。それさえ分かれば、勝機は十分です』

鈴鳴第一に勝利への道が見えたそのタイミングで、地木隊が攻撃を仕掛けた。

 

彩笑が鋭い踏み込みで村上へと肉迫し、レイガストで村上が迎撃する。そして踏み込みとほぼ同時に、月守が銃を構えた。

 

(どっちだ……?)

 

来馬は村上に頼まれたように、月守のアサルトライフルを観察し、弾丸の判別に努めた。引き金に指をかけた月守が攻撃にかかる直前、アサルトライフルの銃身が僅かに、それでいて確かに揺れ、下の銃口が煌めいた。

 

『バイパーだ!』

 

そしてそれを認識すると同時に、来馬は村上へと弾種を叫んだ。返事こそしなかったが村上は来馬からの情報をしっかりと聞き入れ、彩笑との剣戟に臨んだ。

 

レイガストを右手に持ったディフェンシブなスタイルで彩笑の高速の剣技を尽く防ぎ、カウンター気味で左手に持った弧月を振るった。しかしその弧月は虚しく宙を切る。彩笑が村上の剣に反応して躱した。必要最低限の引きであり、村上は追撃を仕掛けようとしたが、

 

(だがこれは釣りだ)

 

瞬時に思いとどまり、追撃をキャンセルした。すると次の瞬間、月守が放ったバイパーが村上へと襲いかかった。もし追撃に掛かっていたら反応が確実に遅れ、対応のために生まれる隙を作ることに繋がっているであろう銃撃だった。

 

しかし来馬の指示によって射撃が来ることと、その弾種を知りえた村上は、それにも対応して見せた。レイガストを持つ手に力を込め、スラスターを起動しつつ薙ぐように振るい、月守のバイパーを防ぎきった。

 

(よし。タイミングと弾種さえ分かれば、なんとかなる)

 

村上は今のやり取りでそれを確信した。明確な勝機を見つけた瞬間だったが、それは同時に今まで張り詰めていた緊張感が揺らいだ瞬間でもあった。

 

 

そしてその瞬間を、油断と呼ぶには短すぎる刹那の揺らぎを、彩笑は逃さなかった。

 

 

瞬時に彩笑はサブ側に常にスタンバイさせていたグラスホッパーを足元に展開し、それの完成を待つ間も無く踏み込み、村上へと斬りかかった。

「なっ……!?」

意識と意識の間の、息継ぎにも似た瞬間を狙われた村上は反応が遅れたが、咄嗟に回避を試みた。下から振り上げる神速の一太刀ではあったが、村上が瞬時に回避に転じたことと、ダガーナイフ型というリーチの短さが相まって、彩笑の剣は村上のトリオン体をうっすらと斬る程度に留まった。

 

「短いか」

 

そしてやはり彩笑は深く追撃せずに後退し、月守の側まで移動してスコーピオンを構え直した。

 

ニコニコとした笑みの彩笑を見て、村上は静かに思う。

(スピード自体はさっきとあまり変わらないが、オレが勝機を見つけて油断した一瞬を的確に突かれたな。こういった一撃は感覚派の奴らと戦ってる時は何度かあるが…。相手の隙を見つけて穿つための感覚……嗅覚とでも言うべきそれが、地木は他の感覚派と比較しても頭一つは抜き出てる)

 

彩笑が持つ天性の直感力の高さを感じ取った村上は、今一度剣の柄をしっかりと握りしめて集中力を高めた。

 

 

村上が一層真剣味を深めたその一方で、地木隊は再度通信回線を使って会話をしていた。

『村上先輩、お世辞抜きで凄いな』

 

『だよね。咲耶のはともかく、ボクの不意打ちは完璧に決まったと思ったのに』

 

『彩笑、ソロだと完璧に抑え込まれるんじゃないか?』

 

『そんなことないもんっ!……けど、次村上先輩と当たるときは神音ちゃんに任せる…』

今は不在の天音に村上を押し付けようと考えたところで、東側で爆発音と共に2人分のベイルアウトの光跡が見えた。

「『真香ちゃん、今のは誰がベイルアウトしたの?』」

彩笑の問いかけに対して真香は間髪入れずに答える。

『漆間さんと茜ちゃんです。残った那須先輩にもそこそこダメージはあるはずですけど、構わず私たちの戦いに参加するつもりで移動してますね』

 

「『ん、了解!』」

那須の参戦という情報を得た彩笑は、ここでの戦闘をあまり長引かせるのは得策ではないと瞬時に判断した。

 

横目で一瞬だけ隣にいる月守に目を合わせて、彩笑は尋ねる。

『咲耶、仕込みは?』

 

『今の攻防で完成した』

淡々としつつも自信に満ちた声と、長い付き合いの者にしか分からない嬉々とした笑みで答える月守を見て、彩笑は一層楽しげに微笑んだ。

『オッケー!じゃあ、次で決めよっか!』

そう言うや否や、彩笑はもう何度目になるかも分からない突撃を仕掛けた。

 

鋭く速い突撃ではあるが、すでにこの試合だけでも10を越える回数の剣戟を交わしている村上からすれば、十分にその速度に慣れて対応できるだけのものになっていた。

スコーピオンとレイガストが激しく音を立てて交錯し、見る者を惹きつける速度による剣技の応酬が繰り返される。一太刀ごとに加速していく彩笑の剣だが、それでも村上の守りは崩せない。それどころか速さを増せば増すほどに彩笑の動きにはクセやリズム、パターンが如実に現れ始める。

 

そしてついに、村上は彩笑の動きの致命的な隙を見出した。先ほど仕掛けられた意識と意識の隙を突かれた攻撃のような、動作と動作の繋ぎにある隙を突く攻撃を、今度は村上が仕掛けた。左手に持った弧月は彩笑のトリオン体を斬り裂くべく、迷いなく振られる。

 

「っ!」

 

動作間の隙という回避したくとも回避出来ないような状態でありながらも、彩笑は無理矢理にでも躱すべく身体を捻る。だが無慈悲とも言うべきか、村上の弧月は彩笑のトリオン体に決して浅くは無い傷を負わせた。

 

「つぅっ!」

 

痛みに顔をわずかに歪ませながらも、彩笑はサブ側のスコーピオンの形態を瞬時にコントロールし、以前当真からの狙撃を受けた時のように傷を覆う形でスコーピオンを展開してトリオンの漏出を最小限に留めた。留めたものの、これまでの戦闘で消費・使用して少なくなったトリオンも合わせると、トリオン量が少ない彩笑にとっては大きな損失であった。

 

村上としては彩笑を追い詰めたに等しい状況だが、油断に類するような気の緩みは微塵も無かった。なぜなら、今の剣戟と並行して月守が村上の視界から外れるように動き、彩笑に致命傷を負わせる一太刀を振るったと同時に月守のアサルトライフルから弾丸を放ったのが辛うじて見えていたからだ。そして今までと違い、今回の射撃は月守の位置取りが甘く、村上にもアサルトライフルの銃口が見えていた。

 

(上の銃口か!)

一瞬で村上はそこから弾種をアステロイドだと判断した。そして村上と同様に来馬も弾種の把握に成功していた。

 

『アステロイドだよ!』

来馬は再度村上へと指示を飛ばす。

『了解です』

弾種の情報を得た村上は瞬時に判断を下し、銃弾と自身の間にシールドを展開して防御を整えた上で、彩笑にとどめを刺すために弧月を振るおうとした。

 

痛みが残る影響なのか彩笑の動きは普段ほどの精彩が無く、村上の斬撃を避けるには速度が足りなかった。

 

だがそんな状況下で尚、いや、こんな状況下であるからこそ、彩笑は笑う。

 

呆れたように笑った彩笑は声に出さずに、

(やっぱり咲耶は性格悪いや)

相方である月守が実行した策略についてそんな感想を下した。

 

彩笑と相対している村上にはひどく不自然に思える笑みだったが、村上には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

なぜなら、村上が弧月を振り切ろうとしたその瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(なっ……!?)

村上の表情には驚嘆が浮かび、心には驚きと動揺が入り混じる。明らかに平静ではない村上へ向けて、来馬が叫んだ。

「鋼!一旦退くよ!」

叫びながら来馬はハウンドを乱射し、それに乗じて村上は一度来馬のそばまで寄り東側へと後退を始めた。少しばかりの距離を稼いだところで村上は来馬に尋ねた。

 

「来馬さん、一体何が……」

 

そして村上は尋ねたところで、来馬のトリオン体にもいくつかの弾痕があることに気付いた。村上と同様に、来馬も月守の銃弾を受けていたのだ。

 

問いかけながら村上は、月守のアステロイドが自分や来馬のシールドを貫いたのだと思ったが、すぐにそれを否定した。着弾する瞬間こそ見ていないものの、村上が張ったシールドは割れた反応は無かった上に、ここまでの戦闘で月守のアステロイドは来馬のシールドを突破していないからだ。

村上はなぜ月守のアステロイドを防げなかったのか理解できなかった。まるで彩笑の新技のように、弾丸がシールドをすり抜けたとしか思えなかった。

 

だがそんな村上へ向けて、月守の銃弾をしっかりと見ていた来馬が、驚きの答えを告げた。

「……ったんだ」

一度言い損ねた来馬は、今一度はっきりとその答えを口にした。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

と。

 

*** *** ***

 

「騙し弾か……?」

モニター越しに試合を見て解説をする二宮は、珍しく自信のない様子でそう呟いた。

 

「騙し弾……ですか?」

二宮の答えが自信なさげだと分かりつつも、実況役の宇佐美はあえて二宮が呟いた単語について追求するように会話の流れを誘導した。二宮は月守に対する疑問を一度棚上げし、「騙し弾」という単語についての解説を始めた。

「ああ。正式な名称ではなく、主にシューター同士で用いられる言葉だ。簡潔に言えば、対戦相手に弾丸の種類を誤認させる類いの技術のことで……アステロイドと言いながらメテオラを撃ったり、ハウンドを連発した後に合成弾のサラマンダーを使ったり……。まあ、やり方は様々だな」

 

「なるほど。ということは、今しがた月守隊員が使ったのも騙し弾ですか?」

宇佐美の問いかけを受け、二宮は少し思案してから口を開いた。

「恐らくそうだろう。村上や来馬の対応を見る分には、アステロイドだと思った弾丸がバイパーだった、と言ったところなんだが……」

そこまで言って二宮は言葉に詰まった。試合に目を向けつつも、声なき思考を続ける。

 

(いや、確かに今のはアステロイドだったはずだ。アサルトライフルに装備できる弾丸は2種類。片方は奴が得意とするバイパー。もう1つはガンナーやシューターの基本装備と言ってもいいアステロイド。実際、月守のライフルも上の銃口がアステロイドで、下の銃口がバイパーだった。そして月守が撃ったのは上の銃口……つまりアステロイド……。俺だけじゃなく、村上も来馬もそう判断したからこそのシールドだったが……アステロイドがシールドに当たる直前、確かに曲がった。ということはアステロイドではなくバイパーだったんだろうが……どうやってあいつはアステロイドをバイパーだと思わせたんだ?)

 

二宮は経験を元に考えるが、答えは見つからなかった。思考したのはほんの数瞬だったが、一度考えが詰まった二宮は、少し癪ではあるもののもう1人の解説担当の不知火へと話題を振った。

「不知火さん……貴女はどう見ている?」

しかし二宮が問いかけると同時、いやそれ以前から不知火は面白そうにニヤニヤと笑っていた。その笑みは答えを知っているのだと、白状するような笑みだった。そして不知火はその笑みのまま、二宮の問いかけに答える。

「どう見るも何も、今回月守のトリガーをあの子の要望通りセットしたのはワタシだからね。当然、ワタシは今の騙し弾の正体を知ってるよ」

 

「やはり騙し弾か……念のために訊くが、オリジナルのオプショントリガーというオチじゃないだろうな?」

 

「ないない。そもそも月守のトリガーはメインサブにそれぞれ攻撃用弾丸2つずつとシールド、それからメイン側のバッグワームとサブ側のグラスホッパーでもうカツカツだよ?オプションを捩込む隙間なんてないさ」

 

「それもそうか」

月守のトリガー構成の説明を受けた二宮はそのことに納得した。オプションでは無い以上、彩笑のブランクブレードと同様に月守自身の技術によるものだとアタリをつけた二宮は、思考を再開させようとした。

 

「だったら月守のやつはどうやって弾丸を偽装……」

 

だがそこで、二宮はある発想に行き着いた。

その発想は、月守が村上や来馬だけでなく二宮すら欺いた騙し弾の答えだったのだが、言われても信じられないような、荒唐無稽なものであった。事実、答えに至った二宮はその答えを疑った。

 

 

ありえない。

無駄だ。

意味が無い。

 

 

ボーダー正隊員として、何よりシューターとして培った経験がそう叫ぶが、二宮にはそれ以外の答えは見つからなかった。

 

「まさか、バイパーを両方にセットしたのか…?」

 

二宮が思わずと言った様子で口を開き、

 

「正解だよ、二宮くん」

 

不知火は穏やかな口調で、そう言った。

 

*** *** ***

 

ランク戦前日に月守は不知火の研究室を訪れ、ある技を試すために不知火へと模擬戦を申し込んでいた。

 

そしてその技というのは、ランク戦で月守が村上や来馬に放ったものであり、不知火も2人と同じように月守の騙し弾を回避できずにダメージを負った。

 

殺風景な訓練室で技が決まった月守はやんわりと笑い、

「よし、上手くいった」

どこか満足げにそう呟いた。

 

「……」

不知火は貫かれた自身のトリオン体を黙ってしばらく見つめた後、

「なるほど。随分とバカなことを考えたねぇ」

月守と同じようにやんわりと笑ってそう言った。

 

「今の一回で仕組みを見抜いたんですか?」

 

「まあね。少し時間が掛かったけど、君がやりそうなことを考えていったらすぐにわかった」

 

「さすが不知火さん……ってところですね」

 

「褒め言葉として受け取ろう」

お互いの腹の内を探るような会話を交わした2人は、そこで模擬戦を切り上げた。不知火の研究室でお茶を飲んで一息ついたところで、2人の会話は再開した。

「……で、さっきは思わず言ったけど、もう一回言うよ咲耶。随分とバカなことを考えたね」

 

「あんまりバカバカ言わないでくださいよ。第一、不知火さんはそんなバカな考えに引っかかったじゃないですか」

 

「まったくだ」

不知火は額に手を当てて己の愚かさを悔いるような口調で、

 

「だがね、普通考えない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

騙し弾の正体を明かして、それを聞いた月守はイタズラが成功した子供のように笑った。

 

 

銃手(ガンナー)が扱うハンドガンやアサルトライフルといった銃型トリガーは、弾丸トリガーを2つセットすることができる。2つセットする時の組み合わせは色々あるが、通常弾(アステロイド)を主軸とし、そこに追尾弾(ハウンド)や炸裂弾(メテオラ)もしくは変化弾(バイパー)を加えた構成がポピュラーである。中には当然、アステロイドをセットせずに2枠を埋める隊員もおり、銃手は自分に合った組み合わせを考える。

 

だが月守が思いついた組み合わせは銃手どころかボーダー隊員がするべきトリガーセットの思考の枠組みから外れた、()()()()()()()()()()()()()()()()()というものであった。

 

これがメインとサブに同じトリガーをセットしているならば意味はある。シールドを2枚同時に使用して防御力を高める「両防御(フルガード)」や、太刀川や風間、彩笑が使う二刀流のように実例があるからだ。一方、月守が行った片側に同じトリガーという組み合わせは意味が無い。トリガーは専用オプションでは無い限り片側で使えるのは1つだけであり、2つセットしところで同時使用や性能アップなどということはできないからだ。利点など、1つもない。

 

 

誰もやるはずがない組み合わせ、だからこそ、月守はこの騙し弾を思いついた。

「誰も使うはずがないって思ってるからこそ、好都合なんですよ」

 

「まあ、実際にワタシも騙されたし……。コレは明日のランク戦で使うつもりなの?」

 

「もちろんです。普通に戦ったなら旗色が悪いものになりそうなので、ならいっそ、奇策を持ち込んで先の読めない戦いに引きずり込みます」

 

「それまた咲耶らしい考えだね。でもさ、コレを成功させるには相当な数撃って相手にアステロイドとバイパーだって誤解させる必要があるよね?その途中にシールドで防いだ感触とかでバレる可能性があるよ?」

 

「複数の敵を相手取る局面まで温存する予定ですし、ターゲットを完璧に区分けして悟らせませんよ。戦況にもよりますけど村上先輩や那須先輩には変化するバイパーで、それ以外にはストレートバイパー。途中でサブ側のメテオラとかと織り交ぜれば少しは誤魔化せると思います」

 

「となると、使えるのは1回きりだね。ちなみに、地木隊メンバーはこのこと知ってるの?まさかこれをぶっつけ本番でやるわけにはいかないでしょ?反対されなかった?」

 

「とりあえず彩笑には今言ったことはだいたい伝えましたよ。ちょっと口論になりましたけどね」

苦笑しながらそう言った月守を見て不知火は少し思考を巡らせたあと、

「地木ちゃんなら多分……、

『うっわ出た!咲耶得意の捻くれ戦術!』

とか言ったんじゃないかな?」

彩笑の口調を真似して、彩笑の言いそうなことを口にした。

 

「あはは。彩笑が言ったことそのまんまです」

素直に感心した様子で月守は言い、そのまま言葉を紡ぐ。

「……自覚はありますけど、それをはっきり言われると……こう、思うことはありますね」

 

「自覚があるのは進歩してる証さ。……話を戻すけど、口論になったのにここに来たってことは、彩笑ちゃんの許可は下りたんだね?」

 

「下りましたよ。そしたら、

『今すぐ不知火さんに頼んでトリガー構成変えてきてっ!』

って作戦室から叩き出されました」

 

「ほほう、叩き出されたか」

将来、月守は嫁の尻に敷かれるタイプだなと不知火は頭の片隅で思いつつ、月守のトリガー構成を変更するための準備を始めた。トリガーホルダーを受け取り機器に接続したところで、モニターを見ながらいくつか確認を取るべく問いかけた。

「変更するのは右のトリガーだけでいいのかな?」

 

「えっとですね、右はアサルトライフル型にバイパー2つとシールドとバッグワーム。左はシューター型にバイパーとメテオラ、それからグラスホッパーとシールドをお願いします」

 

「オッケーオッケー。他にオーダーはあるかい?可能な限り答えよう」

 

「ありますけど……というか不知火さん、今更なんですけど特定の部隊に肩入れして大丈夫なんですか?」

諸事情により半ば地木隊専属エンジニアのようになりつつある不知火だが、本来ならば月守の言うように特定の部隊に肩入れするのはあまり好ましいものではない。しかしそんな月守の質問に対して、不知火は何てことないように、

 

「肩入れするも何も、ワタシは君たちがそういう依頼をするから応えてるだけだよ?もし他の隊員がワタシのところに来てトリガーに関する依頼をしたなら、大概のものは応える。たとえ、それが君たちに不利になるようなものだとしても、ね」

 

そう解答した。

 

それは今まで築いた信頼関係を崩しかねないものだったが、発言を聞いた月守は少し間を空けてから笑った。

「……まあ、よくよく考えたら、基本的に俺たちから不知火さんに依頼してるわけなんで、肩入れっていうのは語弊がありましたね」

 

「そゆこと。さて、いらない心配が消えたところで、他に何かオーダーはあるかい?」

嬉々として尋ねる不知火に向けて、月守は迷わず、

「アサルトライフルの形を少し弄りたいです」

と、答えた。

 

不知火はそのオーダーを聞き、首を傾げた。

「……んーっと、普通のアサルトライフルだと取り回しがイマイチ悪いからとか、そういう感じかな?」

 

「そうじゃなくてですね……ほら、アサルトライフルってセットする弾丸トリガーによって形が変わるじゃないですか」

 

「そうだね」

 

「でも俺が使いたいバイパー2つだと、該当データがなくてアステロイド+バイパー式の形になるんですよ」

 

「それもそうか。ポン吉や他のチーフエンジニア達も、こんな構成をする隊員がいるなんて想定してないだろうし、データがないのは当然だ」

オーダーの意図に合点がいった不知火はすぐにアサルトライフルの形状についてのデータの調整を行うべく準備を始めた。

「デザインはワタシが丸々やってもいいの?」

 

「それはやめてください。この手のデザインを不知火さんに任せて成功したこと殆ど無いんで」

ネーミングセンスには劣るものの壊滅しつつある不知火のデザインセンスを知る月守は苦笑いでそう言い、自身の要望を口にした。

「リクエストとしては、あんまり形を変えすぎると騙し弾が不発に終わる可能性が出ちゃうので……。

『一見するとアステロイド+バイパー式だけど、よくよく見たらそうじゃないんだよ』

くらいのデザイン変更をお願いします」

 

月守の口調や声のトーンこそ控えめではあるものの、思いっきり相手を騙す気に満ちているオーダーであった。

 

「相変わらず、いい性格してるね」

 

「不知火さんほどじゃないですよ」

互いに皮肉を言い合う2人は、とてもよく似た意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

*** *** ***

 

(まさかここまで綺麗に決まるなんて思ってなかった)

月守が来馬と村上に騙し弾を決めたところで、彩笑はそんな感想を抱いた。騙し弾の仕組みを事前に聞いた時は、何を馬鹿なことを考えてるのかと憤ったが、こうしてそれを実行して成功させる月守を見ると呆れつつも感心してしまう。

 

(こうやって馬鹿みたいなことをサラっと実行できるのが、咲耶の凄いところなんだよね……)

3年間隣に並びつつも彩笑が直接指摘したことのない月守の長所を再度認めたところで、月守が左手からトリオンキューブを生成した。

「押し切るぞ」

 

「当然!」

鈴鳴第一に対して勝機を見出した2人は、一気に動いた。

 

東側へと後退し続ける標的に向けて、月守は分割したメテオラを放つ。普段なら相手の意識を散らす牽制として使いがちなメテオラだが、月守はそれをここぞとばかりに得点するために使った。威力と爆発範囲にトリオンを割り振ったメテオラを来馬と村上はシールドで防いだものの、威力の高さと爆発によって巻き上げられる粉塵により、防御後の動きが鈍った。

 

(ここっ!)

 

この試合でようやく相手が見せた、決定的な隙を彩笑の嗅覚はしっかりと捉えた。

『真香ちゃん!視覚支援お願い!』

 

『はい!』

殆どタイムラグゼロで彩笑のトリオン体に真香が視覚支援を施し、彩笑は粉塵の中でも視力を確保した。

 

(グラスホッパーっ!)

分割して数枚のグラスホッパーを生成した彩笑は、それを来馬と村上の周囲に展開する。ここまでの戦闘と先ほどの村上の斬撃でトリオンを大きく失った彩笑だったが、ここにきて残りのトリオンを気にする必要はなかった。ただ全力で2人を狩るべく、彩笑は全速力で踏み込んだ。

 

文字どおり風を切るほどの速さで彩笑は2人へと肉迫する。

「「っ!」」

斬りつける直前で彩笑は2人に気付かれたが、彩笑はそのことを想定した上でグラスホッパーを配置していた。カウンターを仕掛けられる直前、彩笑はあらかじめ展開していた斜め上向きのグラスホッパーを踏みつけ、2人の頭上を飛び越した。そして跳躍が最高点に達するところに配置してきた下向きのグラスホッパーを踏みつけ、急速落下にて2人の背後を取った。

 

淀みなく流れるような彩笑の高速機動は観客を魅了し、対峙する者には何が起こっているのか悟らせずに終わりを告げる。

 

背後を取った彩笑は2人を倒すために容赦なくスコーピオンを振るった。

 

「ぐあっ!」

「くっ!」

だが感じた手応えはそれぞれ異なった。来馬は反応が間に合わずにトリオン体を斬られ致命傷を負ったが、村上はなんとこれにも辛うじて反応してレイガストで防いだのだ。

 

(村上先輩冗談抜きでヤバいっ!)

彩笑は何度目になるか分からない村上への驚きを覚えつつも、勝負を決めるべく追撃をかけることにした。

村上は辛うじて防いだことにより追撃を捌くには態勢が不十分であり、さらにはサポートの来馬もトリオン体に大きなダメージがあるため、ほぼ無力化できた状態である。反対に、彩笑は振り抜いた初動から次の攻撃に移行する態勢は整っている上に、サポート役の月守も健在である。

 

この試合で、おそらくこれ以上ない最大の好機であり、彩笑はここに勝負を賭けた。

 

(行けるっ!)

勝利を確信した彩笑は二撃目のスコーピオンを振るった。

 

 

だがその瞬間、

 

「彩笑伏せろっ!」

 

焦りと焦燥に満ちた月守の声が、彩笑の耳に届いた。

 

しかし月守の警告は、少し遅かった。

 

 

パァンッ!

 

「っ!!?」

月守の警告と当時、彩笑がその警告を認識するよりほんの少し早いタイミングで、彩笑の小柄なトリオン体が背後からの狙撃によって撃ち抜かれた。




ここから後書きです。

今回登場した「騙し弾」という名称はオリジナルの名称になります。「ダミーバレット」にするか「騙し弾」にするか悩みましたが、「ダミーバレット」だとトリガーっぽくなるので「騙し弾」にしました。今後、原作でこの手の技術について名称が出た場合は修正します。

月守の二重バイパーについての説明は当初、二宮さんと不知火さんにしてもらう予定でしたが、公衆の面前にも関わらずあんまりにも2人が特定の隊員(月守)のことをバカバカ連呼したり愚か者と言って罵る感じになって観客から印象が良くないものになったので回想シーンにしました。


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第56話「信頼」

遅ればせながら、今年初投稿になります。


「地木隊に点を取られるのは、仕方ないと思うんだ」

 

試合前日のミーティングにて、鈴鳴第一の隊長である来馬辰也はメンバーを前にしてそう言った。

「来馬先輩!弱気になっちゃダメですよ!」

その発言を受けてチームのマスコット的存在の別役太一は来馬を励ますように言ったが、

「別に弱気になってるわけじゃないよ」

来馬はいつもと変わらない、仏のような穏やかさで太一をなだめた後、言葉を続けた。

 

「えっと、前の試合を見ても分かると思うけど、地木隊はメンバー同士が噛み合ったときの攻撃力が凄いよね」

 

「そうですね。月守が相手を崩して地木が点を取る……シンプルですけど、攻撃力は条件が揃えばA級と並ぶレベルです」

チームのエースである村上がそう言い、

「ここに天音ちゃんが加わったら、攻撃力だけなら全部隊でも3本の指に入るんじゃないかしら」

オペレーターの今が補足するように発言した。

 

実際、鈴鳴第一が行う地木隊への考察は正しい。昨年の2月から4月にかけてのB級ランク戦にて、地木隊は彩笑と天音の2人をエースに据えた「ダブルエース」と呼ばれた攻撃と連携に特化した布陣を敷き、乱打戦とも言うべき点の取り合いを制してA級入りを果たしている。

 

今回の試合では当時ほどの攻撃力は無いにしても、B級中位レベルの攻撃力を軽く凌駕していることは確実であり、来馬の発言はそれを根拠としたものであった。

「だから……っていうこともあるんだけど、地木隊にある程度点を取られるのは想定しなきゃいけないと思うんだ」

全員が地木隊の攻撃力を認識したところで、来馬は1拍間を空けてから、試合の作戦を口にした。

 

「この試合は、()()()()()()()()()()()()()()

 

と。

 

*** *** ***

 

背後からの銃弾を受けた彩笑は、態勢を崩しながらも咄嗟にサブ側のスコーピオンの形態を変化させ、傷口を急いで覆った。だが元々村上の斬撃で出来た傷を覆っていた分を削ることになり、トリオンの漏出を完全に止めることは出来なかった。

 

(狙撃っ!?あれっ!?でも……っ!?)

 

いきなりの事態に彩笑は慌てて状況を飲み込もうとするが、眼前に村上がいる状態でそんな悠長な余裕は無かった。今の狙撃によって彩笑が応急処置を取った一瞬で村上は態勢を立て直し、剣戟へと持ち込もうとした。

 

彩笑はそれに反応するが、態勢を崩している状況では回避が間に合わない。

 

(やばっ……)

 

斬撃を食らうのが確実だと彩笑が認識した瞬間、首根っこを掴まれ背後に引かれ、斬撃をスレスレで回避した。

 

「咲耶っ!?」

 

当然ながら彩笑を助けたのは月守だった。彩笑が被弾したのとほぼ同時に駆け出し、間一髪でヘルプが間に合ったのだ。

 

「まだ来るぞっ!」

月守は叫ぶのと同時に2人の視界に一筋の閃光が走った。それは紛れもなく狙撃用トリガー「イーグレット」によるものであり、そして当然のようにイーグレットの弾丸は月守を穿つべく飛んできた。

 

(シールドっ!)

 

相方との連携で培われた反応速度によって月守は狙撃に対して後出しでシールドを展開した。だが、

 

パリンッ!

 

ガラスが砕けるような音と共にシールドはあっけなく割れ、月守の右腕を銃弾が吹き飛ばした。

 

(しまった……!つい、いつもの感じでシールド張った!)

 

自身の悪手を後悔しつつ、月守はすぐに思考を切り替えて指示を出した。

「『彩笑は走れっ!真香ちゃんは逆探っ!』」

 

普段穏やかな彼からは掛け離れた、真剣そのものな声で出された指示を聞き、

「任せてっ!」

彩笑は躊躇いなく答えて駆け出した。

 

『……っ、逆探知にかかりますっ!』

少し間を空けて真香も月守からの指示を受け、それを実行する。

 

 

走り出した彩笑を逃すまいと、村上は瞬時に反応して弧月を持った左手を動かそうとしたが、

 

「させません」

 

月守は宙空に舞っていたアサルトライフルを左手で掴み、淀みない動きで引き金を引いた。銃口が敵の方向を向いていなくとも、セットされているのは弾道を自在に設定できるバイパーであるため、放たれた弾丸は急角度で曲がり村上へと襲いかかる。

 

「くっ…っ!」

 

一手を争う攻防ゆえに村上はここまで見せていた完璧とも言える守りを発揮するには至らず、回避とシールドを混ぜつつも数発被弾した。

 

村上のダメージを確認した月守は、本来の間合いであるミドルレンジで戦うために距離を取った。同時に村上も月守からの射撃から逃れるために間合いを開け、両者には十分過ぎる距離が開いた。

 

少しばかりの余裕が出来た月守は一呼吸取り、村上以外にも意識を広げた。

(来馬先輩はダメージが大きいし、もうじき何もできずにベイルアウトだろうから、とりあえずこっちに1点追加だな。となると、得点は俺たちが2点、鈴鳴0点で他が1ずつ。……けど、狙撃された彩笑の傷はでかいし……鈴鳴に1点持ってかれたか)

 

川を背にした月守は村上と、その背後に守られるように陣取る来馬が彩笑を追わないように警戒しつつ、狙撃についての思考を巡らせた。

 

(今の狙撃……()()()()だったな。日浦ちゃんはベイルアウトしてんだから撃ったのは太一だよな。でも、あいつの普段の位置取りの癖とか地形条件とかを考慮して立てた俺と真香ちゃんの予想だと、あいつがいるのは西側のはず……)

 

片腕を失った月守は無意識のうちに左手に持ったアサルトライフルを手放し、本来の戦いであるシュータースタイルへと移行して、村上への牽制も兼ねてメテオラのトリオンキューブを展開した。

 

(中央で俺たちはドンパチしてたわけだし、その間に西側にいた太一がここを掻い潜って東側に移動した…、のは違うな。わざわざ危ない橋を渡る必要が無いし、それをさせるために鈴鳴が特別奇妙な立ち回りとかもした様子も無い。ってことは……)

 

そしてその結論に辿り着いた月守は、悔しさと苛立ちが混った舌打ちをして、

 

()()()()()()()()()()()()()()()。太一はおそらく序盤から東側に身を潜めて、ずっと狙撃の機会を待ってた。なまじ、那須隊のスナイパー位置予測と立ち回りがビンゴだったから、鈴鳴も那須隊と同じだと俺は勝手に決めつけてたんだな……)

 

と、予測能力の高さに溺れていた、自身の怠慢を呪った。

 

*** *** ***

 

鈴鳴第一が試合前に立てた作戦とは、いわゆる『肉を切らせて骨を断つ』である。

 

来馬が地木隊についてのログを見て気付いたことは攻撃力の高さだけではなかった。今季の第1戦がそうであったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。彼らが狙撃手を警戒する理由は様々あるのだが、兎にも角にも地木隊が狙撃手を警戒しているということを看破した来馬は、そこから作戦を立てた。

 

「今回の試合、太一にはとにかく隠れてて欲しい」

 

「か、隠れるんですか……?いつもみたいに撃たなくてもいいんですか?」

直々に指示を出された太一は軽く驚き、来馬にその指示の意図を訪ねた。

「うん。でも全く撃たなくてもいいってわけじゃないんだ。当真くんみたいに外さない確信が持てるまで、隠れててほしい」

 

「確信が持てるまで隠れて、一撃を確実に決めるってことっすね。了解しました!」

太一が来馬からの指示を受けたところで、オペレーターの今が質問を挟んだ。

「でも、地木隊には元スナイパーの真香ちゃんがいるから、太一が隠れてても前の試合みたいに見つかっちゃいませんか?」

 

指摘を受けた来馬は少し自信が無さそうにしながらも、

「それはぼくも考えたんだけど……前の試合で地木隊があれだけ正確にスナイパーの位置を割り出せたのは、ステージ決定権があったからだと思うんだ。でも今回のステージ決定権は那須隊にあって、どんなステージになるかわからない。だから、前の試合ほど正確な予測は出来ないと思ったんだけど…。どうかな?」

と、事前に立てた予想を話した。

 

「オレもそうだと思います」

自信の無さそうな来馬をフォローする形で、村上が口を開いた。

「来馬先輩の言うように前回の試合で見せた位置予測は、出来過ぎなくらいの精度でした。今回の試合も太一の位置が予測されると思いますけど、それは『他の隊に比べて少し精度が良い』くらいの認識でいいと思いますよ」

 

「そう言われるとそうね」

村上のフォローを聞いた今は納得したように頷いた。

 

全員が納得したところで、

「位置予測がある事を意識して立ち回りや位置取りを普段と少し変えれば、すぐには見つからないと思うから、太一は試合本番その事に気を付けてくれれば良いよ」

来馬は付け加えるようにそう言い、作戦の説明を続けた。

 

「試合本番は太一の狙撃が鍵を握ることになると思うけど、問題はそれを確実に使える場面が回ってくるかどうかなんだ。その場面が回ってこないとこの作戦を立てた意味がないからね」

来馬が言うようにこの作戦は狙撃が確実に使える場面が回ってこなければ、スナイパーの攻撃力を落とすというデメリットを抱えている。ゆえに作戦を成立させるには、狙撃を確実に使える場面を回すための策が必要になる。そして当然、発案者である来馬はそこまできちんと考えていた。

「狙撃を確実に使うための場面をどうやって回すか考えたんだけど……みんな、ぼくがさっき言ったこと、覚えてるかな?」

 

「地木隊に点を取られるのは仕方ない……ですよね?」

 

「うん。だから……」

来馬は少し間を溜めてから、

「ぼくが囮になって地木隊に点を与えたところを、太一に狙撃してほしい」

そう答えた。

 

その作戦を聞くとメンバーは一様に驚いた表情を見せ、太一と村上が慌てて口を開いた。

「く、来馬先輩!そこまでしなくても、おれちゃんと狙撃してみせます!」

 

「そうです。それに地木隊の攻撃力がどれだけ高くても、オレが防げば問題は無いです」

2人の言葉は違えども、内容は来馬の囮作戦を拒否するものであった。

 

鈴鳴第一は隊長の来馬辰也を中心とした強い結束力を持つ部隊である。戦闘中に隊長の来馬が窮地に陥れば真っ先に助けに向かうほどの隊長思いなメンバーばかりであるがゆえに、来馬の提案をすぐには受け入れることはできなかったのだ。

 

そして2人の反対を受け、仏の心を持つと言っても過言では無い来馬の良心が迷いを見せる。

「……確かに、2人の言う通りかもしれないね」

 

 

 

先の大規模侵攻にて、鈴鳴第一は二級戦功を得た。来馬はB級合同部隊という括りのもとで東の指揮下にて戦い抜いた。それ自体は何ら恥じるものではなく、それで戦功を得ることに関しては全く問題は無い。しかし大規模侵攻の最中に人型ネイバー「ランバネイン」と対峙した際、来馬は戦闘らしい戦闘が全く出来なかった。圧倒的とも言うべきランバネインの火力を前にして、太一や茶野隊、荒船隊の穂苅や半崎がベイルアウトしていくのをなす術なく見届け、その後の戦闘では合流したA級隊員の出水、緑川、米屋をサポートする形で参戦していた。

 

そしてそれに続く先日のB級ランク戦ラウンド1で、絶対的エースとも呼べる村上を擁しながらも、鈴鳴第一は諏訪隊に敗北している。諏訪隊は近距離と中距離の中間ほどの間合いから放つショットガンでの射撃に徹し、村上の間合いに入らない形で鈴鳴第一を撃破していた。村上のみに照準を合わせたと言ってもいいこの作戦は、裏を返せば「村上さえ押さえれば勝てる」と諏訪隊が判断していたことにつながる。

 

この2つの戦闘を経て、来馬の中に奮起にも似た感情が現れた。もちろん来馬とて、戦闘員に色々なタイプがいるのは重々承知しており、自分が村上のような点を取れるエースになれるなど自惚れてはいない。しかし、「ぼくはこのままでいいのだろうか……」という気持ちが芽生え、「なにか変わらないといけない」という思いが湧き出ているのは事実である。

 

 

 

何かを変えるきっかけになればと思い、今回は普段ならば取らない囮作戦を来馬は提案したのだ。

「……やっぱり、ダメかな?」

しかし反対された来馬は、気弱にそう答えた。

 

そこで1度会話が途切れ作戦室に沈黙が漂ったが、

「私はそれでもいいと思いますよ」

オペレーターの今がその沈黙を破った。

 

「今ちゃん……?」

 

「いや、私も基本的には来馬先輩が囮になるのは反対なんですけど……」

今はそう前置きをしてから意見を続けた。

「でも、それくらい思い切った作戦を取らないと地木隊を崩すのは厳しいですし。それに何より、普段安全第一に考える来馬先輩が囮作戦を提案するってことは、きっと何か特別な理由があるんですよね?」

はっきりとした確信があるわけでは無いが、いつもとどこか違う来馬を見て今はそう感じていた。

 

後押しするような今の意見を聞き、最初は反対であった2人も意見を改める。

「……分かりました。でも、来馬先輩をベイルアウトさせる気はありません。オレが完封する気で守ります」

 

「おれだって来馬先輩を犠牲にする気はさらさらないっすよ!しっかり当ててみせますから!」

 

「みんな……ありがとう」

いつもの自分ならまず提案しないような作戦だが、それを了承してくれたメンバーを前にして、来馬は目頭が熱くなった。

 

彼らへの感謝の思いを胸に来馬は、

「次の試合、絶対勝つよ」

自信に満ちた声で、そう言った。

 

*** *** ***

 

結果、来馬の作戦は見事に成功した。

予想通り止められなかった地木隊の得点にて生まれた隙を、試合終盤まで温存した太一の狙撃は逃さずに捉えた。彩笑は戦闘体活動限界間際まで追いやられるダメージを受け、月守はガンナーとしては生命線である腕を1つ失った。仕留める、という最良の結果までは届かずとも、十分に成功と言える戦果である。

 

彩笑の斬撃により漏れ出るトリオンが視界に映りながらも、来馬は心の中で作戦成功を喜んだ。

(よし、これなら行ける。ぼくはもう限界だし、太一には地木さんが向かってるからもうダメだと思うけど、鋼にはまだダメージらしいダメージは入ってない)

勝ちが見えた来馬は残りの力を振り絞り、試合の行く末を託すべく村上へと声をかけた。

 

「鋼、あとは……」

 

任せたよ、と、来馬は言葉を続けるつもりだった。

 

その一言を来馬が言おうとしたその瞬間、

 

「……っ!メテオラっ!」

 

様子見の構えを取っていた月守が、事前に展開していたキューブで慌てて攻撃を仕掛けたからだ。攻撃に移行するまでの手際こそ速いものの、いつでも攻撃が来てもいいように構えていた村上はシールドを展開して月守の攻撃を防いだ。

 

しっかりとメテオラを防いだ村上は背後にいる来馬を見て、

「来馬先輩、あとはオレに…」

任せてください、と伝えようとした。だがそんな村上の目に映ったのは、

 

「なっ……」

 

無情にも、背後からバイパーで撃ち抜かれた来馬の姿だった。

 

「来馬先輩っ!」

 

バイパーにやられたと村上が認識すると同時に、

 

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

 

来馬のトリオン体が限界を迎えて爆散し、ベイルアウトした。

 

立ち込める爆煙の中でベイルアウトの光跡を思わず目で追った村上だが、追撃を警戒した咄嗟の判断でそこから大きく飛び退いて視界を確保する。メテオラを放った月守を見つけ、警戒心を向けた。

(メテオラを目眩しにした月守のバイパーか?いやそれにしては攻撃がやけに早かったような……)

 

しかしそんな思考をする村上に、オペレーターの今が叫んで警戒を促した。

『鋼くん後ろっ!那須さん来てるっ!』

 

「っ……!」

村上が慌てて振り向くと、そこには両手からトリオンキューブを生成してフルアタックの構えを取った那須の姿があった。

 

(いつの間に……っ!じゃあ、さっきのバイパーは月守じゃなくて那須かっ!)

ほぼ一瞬で村上が現状を把握したところで、

「バイパー!」

那須が攻撃を仕掛けた。村上を取り囲むような弾道のバイパーは那須の代名詞とも言える『鳥籠』にふさわしいものであり、村上は反応が一歩遅れつつもスラスターを使った緊急回避で鳥籠を脱した。

 

回避に成功した村上は、すぐに構えて態勢を立て直す。アタッカーの村上は攻撃のためには大きく踏み込まねばブレードが届かず、また、シューターの2人にしても決定打を与えるには距離が開きすぎている遠めの間合いで、3人は相手の出方を伺う。

 

川を背にした村上と大きな民家を背にしている那須をそれぞれ見て、月守は顔をしかめた。

(限りなく最悪な状況だな……。俺は右手飛ばされてトリオンかなり失ったし火力も落ちたから、2人倒すにはキツイ……。しかも那須隊に来馬先輩のポイント取られたから、点数的にも不利。彩笑もほとんど限界……考えれば考えるほど最悪な状況だ)

 

なんとか状況を打開すべく月守は思考を続けるが、良い手は中々浮かばない。頭の中で目まぐるしい速さで展開される思考の中、一瞬思考が脇道に逸れ、

(そっちもキツイだろうけど……任せた。1点、取ってくれ)

小柄な身体に大きなダメージを負いながらも駆けて行った隊長へと、エールを送った。

 

*** *** ***

 

ボーダー正隊員はポジション毎に存在する界隈によって、住み分けのようなものができている。

各界隈にはあらゆる噂が流れており、

「あの隊員のサイドエフェクトは厄介だ」

「あの隊員が急成長している」

「あの隊員が留年の危機を迎えている」

「あの隊員が新しいトリガーに手を出した」

「あの隊員が酔っ払ってポストと戦った」

と言った具合に、隊員間での口コミネットワークになっている。

 

そしてスナイパー界隈に流れる噂の中に、

「地木彩笑の狙撃は難しい」

というものがある。

 

正隊員屈指の高い機動力と反応速度、そしてある種の野生とも言うべき勘の良さを併せ持つ彩笑を狙撃するのは難しい。その噂を聞いたスナイパー以外のほとんどの隊員はそう()()する。確かにそれだけでも当てるのは難しいのだが、スナイパー上位ランカーともなれば変態的高技術を誇るため全く仕留められないということは無く、上位ランカーでなくとも当てるだけなら十分可能である。

 

ならばなぜ、彩笑の狙撃は難しいのか。

 

その理由を鈴鳴第一のスナイパー別役太一が今、骨身に染みるように体感し、

 

「怖ええええええええええええっ!」

 

そして絶叫しながら脇目も振らずに逃げていた。

 

今の太一は狙撃と真香の逆探知によって隠れていた居場所が割れ、追撃をかけてきた彩笑から逃げている状況である。追撃をかけられた直後こそライトニングで反撃に出た太一だったが、

 

「1点ちょーだい!!」

 

凄絶な笑みを浮かべながら彩笑はライトニングの弾丸の全てを見切って躱し、とんでもない速度で距離を詰めていた。

 

彩笑への狙撃の難易度が高いと言われる理由は、この追撃である。

 

一撃で決めることがベストである狙撃だが、彩笑は持ち前のスピードや勘、反応速度が相まって、物理的にも精神的にも死角になっている局面でない限り回避に転じ、致命傷を避けることができる。そして狙撃によって居場所が割れたスナイパーに対して、彩笑は追撃をかける。

 

狙撃によって腕が飛ぼうが御構い無し。足が吹き飛ばされ、胴体に風穴が開こうと、スコーピオンで補い駆ける。スナイパーが反撃に移ろうとも、居場所が割れた位置からの狙撃ならば彩笑はその尽くを躱してみせ、執念すら滾らせて彩笑はスナイパーの下へと駆けるのだ。

 

狙撃後のスナイパー追撃成功率において彩笑は全隊員中トップの数値を誇り、彩笑を一撃で仕留められなかったスナイパーはほぼ詰んだに等しいと言われている。そんな彩笑の事をスナイパーは恐れ、スナイパー界隈では、

 

『追撃の小人』

 

という異名を轟かせている。なお、彩笑はその異名を嫌っており(大概付けられる異名を彩笑は嫌うのだが、その中でもトップクラスで嫌いな異名である)、そのことがスナイパーの追撃に一層の執念をかけていることはあまり知られていない。

 

兎にも角にも、追撃の小人こと彩笑は全速力で太一との距離を詰め、あっという間に60メートル圏内に入り込んだ。ランク戦において対戦相手との60メートル以内だとベイルアウトが不可能になるため、この時点で彩笑と太一の一騎打ちとなった。

 

しかし一部の例外を除き、ほとんどのスナイパーは近・中距離での戦闘を想定したトリガーをセットしていない。そして太一はその『一部の例外』ではなく『ほとんどのスナイパー』であるため、ブレードやハンドガンなどを持ち合わせていない。ゆえに、

 

「あはっ!太一見っけっ!」

 

可愛らしいにも関わらず何故か恐怖感を煽る笑顔で迫る彩笑に対する対抗策は、無かった。

 

「ぎゃーーっ!?」

 

太一は無我夢中で、ライトニングの銃口を彩笑に向けて引き金を引いた。スコープは覗いてはいないものの、すでに2人の距離は20メートルを切っており、運が良ければ当てられる間合いだった。そして今回は太一に取って運良く銃弾は放たれ、彩笑に向かって一直線に飛んでいった。

 

至近距離で放たれたスナイパーライフル最速であるライトニングの弾丸は彩笑の左腕を撃ち抜くが、

「いっったいなあ!もう!」

もはや獲物を狩ることしか考えていない彩笑は止まらず、残った右手にスコーピオンを構えた。

 

彩笑がとどめを刺すべくスコーピオンを構えた瞬間のことを、別役太一は今後2度と忘れない。限りなく「死」に近く似通ったこの瞬間を脳だけに留まらず細胞全てが記憶したところで、目で追うことすら叶わない速さで振るわれたスコーピオンが太一の首を胴体から切り離した。ベイルアウトすることが確定した倒され方をされた太一はベイルアウトする間際に、

 

「来馬先輩……すみませんっ!」

 

自分に作戦の要を任せてくれた隊長に対する謝罪の言葉を、申し訳なさが込もった声で口にした。

 

トリオン体が爆散して描かれるベイルアウトの光跡を目で追った彩笑は、先ほどまでのハイテンションが嘘かと思えるほど力無く、その場に膝をついた。しかし、それは当然のことであった。彩笑の視界に表示される残存トリオン量は「0」の値を示しており、正真正銘ガス欠である。

 

(あーもう、トリオンゼロ……スッカスカー……)

 

そんなことを思う彩笑のトリオン体にはすでに無数のヒビ割れが現れており、トリオン体が限界に達していることを示す証だ。

この身体がもってあと数秒だと悟った彩笑は視線を中央エリアへと向け、

 

「あとは任せた。もう、咲耶らしくやっちゃえ」

 

エース級2人を相手にしている相方へと、信頼の言葉を送った。

 

そしてそれを言い切ると同時に、

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

3年ですっかり聞き慣れてしまった、終わりを告げる無機質な音声が鳴り響き、彩笑のトリオン体は砕け散りリタイアしていった。




ここから後書きです。

最近、気まぐれかつ直感で購入した本が3連続くらいで『一見するとバッドエンドだけど、よくよく考えるとハッピーエンドだよ』的な恋愛モノで、幸せだけど泣きたくなるような気持ちになってた、うたた寝犬です。

ようやく時間に余裕ができたので、ご指摘されていた誤字脱字の類の修正に入れます。



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第57話「不完全燃焼」

飛び交う無数のバイパーと、それを捌く弧月とレイガスト。

那須玲、村上鋼、そして月守咲耶。この3人が織り成す戦闘は、1つの気も抜けない激戦となっていた。

 

一見すると互角だが、その中でも月守は先の狙撃で腕を吹き飛ばされた影響で戦闘の幅が制限され、旗色の悪い戦いとなっていた。本来の戦闘スタイルを取ることが出来ないというのは大きな枷となり、月守は普段とは違う類いの集中力を要求され、そこから更に戦闘のリズムが崩れる悪循環に陥りかけていた。

 

バイパーのキューブを細かく分割してタイミングや弾道をズラしながら放ち、相手の隙を作るような射撃を月守は試すが、那須はシュータートップクラスの機動力とシールドを併用して防ぎ、村上も危なげなくシールドモードのレイガストで受けることで対処していた。

 

月守がボーダーに入隊してから、3年。その3年間で身につけた攻撃パターンを出し惜しみすることなく駆使しているものの、その攻撃は敵の守りを崩すには至らない。そんな現状に対して月守は冷や汗をかきながらも、思考を始める。

 

(やっぱ、片手シューターじゃフルアタックとか合成弾使えないし、火力勝負にはいけないな……)

 

那須を確実に視界に収める位置と、村上が一足で攻め込むには遠い位置という2つの条件を常に満たしたまま戦闘を続けながら、月守の思考は続く。

 

(今の俺単体で2人倒すのは多分無理。なら、どっちかにもう片方を()()()()か……)

 

シナリオの方向性を決めた月守は現状整理から始めて、この先にあり得る可能性を模索する。

 

(得点は、ウチと那須隊が2点、鈴鳴と漆間隊が1点……。動く点は撃破の2点と生存の2点、計4点。なら取らせるのは鈴鳴だ。どっちも倒しにくいし倒せる自信もイマイチないけど…、残るとしたら村上先輩の方がまだ倒しやすい。乱戦に持ち込んでダメージ入れば、勝機はまだある。上手く誘導できるかが不安要素だけど、多分それがベスト。得点的にも4点2点2点1点になって、点差も作れるし)

 

現在の手札で実現可能な範囲で最高のシナリオを組み上げた月守は、それを実行すべく左手からトリオンキューブを生成した。

 

そして、

(……まあ、上手くできたら儲けもの、くらいだけど……。ミスった内容次第じゃ()()()が厳しくなるし、引き際の見極めだけは慎重になろう……)

しっかりと保険も用意したところでキューブを放った。

 

変幻自在な弾道でバイパーは村上と那須へと襲いかかるが、2人とも回避技術やシールドを使い、あっさりとバイパーを防ぐ。防がれるのは予測済みだった月守は動揺することなく、次の行動に移る。

 

(グラスホッパー)

 

足元に展開したグラスホッパーを踏んで月守は大きく移動し、今までと位置取りを変える。さっきまでとは違い那須との距離を詰め、シューターにしては愚策と言える近距離戦へと持ち込んだ。

 

(……やるか)

 

張り詰めた緊張感に飲まれぬよう気を引き締め、月守は慎重に戦況のコントロールにかかった。

 

*** *** ***

 

『さあB級ランク戦R2昼の部もいよいよ終盤!各隊が勝利を目指し、激しい乱戦となりました!』

漆間、茜の両隊員のベイルアウトから一気に得点が動き出したこともあり、試合観戦会場のボルテージは上がっていた。宇佐美はそれに拍車をかけるような声の調子で実況をするが、その一方で解説役の2人はとても落ち着いていた。

 

『さて……点数的にはどこが勝ってもおかしくない状態だけど、二宮くんとしてはどのチームが勝つと思う?』

不知火が予想を尋ね、二宮は迷うことなく答える。

『鈴鳴第一だ。普通のシューターはソロで点を取るのは厳しい。なら、単騎で得点力があるアタッカーかつ上位ランカーの村上に軍配が上がる』

 

『そうだねぇ……当然ながらシューター2人はそのことを承知していると思うけど、一時的に共闘して村上君を撃破する可能性はあるかな?』

 

『ほぼ無い。共闘をしたあとは残る2人での戦闘になるが、そうなると相性と戦闘体の状態で劣る月守が露骨に不利だ。那須に村上の分も合わせて2点取られた上に生存点も持って行かれる可能性があるこの場合、月守は絶対に那須と共闘はしない。ある程度組む側の実力や戦績が拮抗している、もしくは利害が一致していない限りは共闘にはならない』

 

『おー、さすが。東の指導のおかげで、ちゃんと考えてるじゃないか』

褒めるように言う不知火に対して二宮は少しムッとしつつ、質問を返した。

『貴女も同じ予想か?』

 

『まあね。鈴鳴第一がなんだかんだで勝ちに一番近いかな』

鈴鳴第一が優勢という見解が一致している2人に対して、宇佐美は見解を掘り下げるような質問を投げ込んだ。

 

『お二人共鈴鳴第一が優勢との事ですが、残る2チームについてはどう思いますか?』

 

その問いかけに対して2人はわずかに思案して考えをまとめた。年長者への敬意として二宮は不知火に対して「先にどうぞ」と目線で示し、不知火は「ではお言葉に甘えて」と言いたげに視線を返した後、残る2チームについての予想を口にした。

『もし鈴鳴第一が勝ちを逃すようなことがあるとすれば、その逃した勝ちを掴み取れるのは那須隊かな。ミドルレンジの戦闘に持ち込めれば、村上くんはもとより月守に対しても優位に立てるし』

 

『なるほど……月守隊員は片腕を失っているのでダブルスタイルの本領である多彩な攻撃性を発揮できませんし、那須隊長が確かに優勢ですね』

 

『んー、多彩と言ってもトリガーの8分の3がバイパーなんだけどね』

やんわりとした笑みで不知火がそう言ったところで、

『月守は攻撃の多彩さが理由でダブルスタイルを使ってるわけじゃないがな』

そこに割り込む形で二宮が口を挟んだ。

 

『おや、二宮くんも理由を知ってたのかい?』

少し意外そうな表情で不知火は問いかけ、二宮は相も変わらぬ涼しげな表情のまま答える。

『前に本人から直接聞いた。地木と連携をする上で速度を追求していった結果、シューターでは越えられない速度の壁にぶつかった。それを越えるために、ガンナーのノウハウを取り込んだのだろう』

 

『正解。撃つたびにいちいち弾丸の設定を施すシューターより、あらかじめ決められた性質の弾丸を引き金を引くだけで放てるガンナーの方が、素早く攻撃に移れるからね』

不知火はそう言った後、「ま、月守に限ってその差は微々たるものなんだけどね」と呟くように付け加えた。

 

 

 

 

2人が言うように、月守咲耶が射手と銃手の両方を併せ持つ「ダブルスタイル」を扱う理由は、攻撃速度を補うためである。月守の攻撃速度(キューブを生成してから射撃までの速度)は、本来なら十分すぎるほど速く、シューターの中でなら1、2番を争うほどの速さである。

だがその速さはあくまでシューターとして考えたものであり、月守の相方であるボーダー最速クラスのアタッカーである彩笑からすれば、それでもまだ遅い。普段2人が連携を取る際はその速度差を、互いのクセや雰囲気から次の手を予想し合って補っているが、とっさの場面や態勢が整っていない時、単純に距離が開きすぎている時など、どうしても間に合わない局面が存在する。

月守は初めの頃こそキューブの取り扱いを向上させて攻撃速度を簡略していったが、

 

キューブ生成→性質調節(+分割)→射撃

 

このプロセスを削るのには限界があり、シューターとしての速度の壁にぶつかった。余分なものを限りなく削ぎ落とし洗練した上でぶつかった壁だったが、それでも月守の速度は彩笑の最速に届かなかった。

そして自身の、シューターとしての1つの限界に行き着いた月守が悩みと試行錯誤の末に辿り着いたのがガンナーとしての道であり、そこからさらに()()()としての最適を求めた結果がダブルスタイルだった。

実際、彩笑から見ても月守が扱うダブルスタイルはサポート面だけならば文句は無い。瞬間的な火力に欠けるものの、それを補って余りある精度と速度でフォローとなる弾丸が欲しい時に来るので、ある種の理想形ですらある。

しかし理想の形というのは、あくまで()()()()()として見た時のみ。サポート特化のスタイルであるため()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ダブルスタイルでの月守自身の戦闘能力はそのトリガー構成にもある程度左右されるものの、エース級の隊員と比べるとどうしても見劣りする。

もちろん実力だけで勝負は決まらないが、今月守が相手にしているのはアタッカートップクラスの実力を誇る村上鋼と、スタイル的に相性が限りなく悪い那須玲であり、勝機は限りなく薄い。

 

 

 

 

当然、二宮も不知火もその欠点を知っている。そのため2人は月守の勝機はほぼゼロだと思っている。だが、だからこそ、

(この手の……明らかに決まった状況から抜け出すのがあいつの真骨頂なんだがな)

と、二宮はそれでもまだ隠し玉のようなものがあるのではないのかと疑う。

 

不知火も形は違えども二宮と同じく、この状況に疑問を抱く。

(さぁて、咲耶。まさかこのまま、ただ負けるなんてことは無いんだろう?)

そして抱える疑問と同じか、それ以上に期待が孕んだ目で試合を観る。

 

そんな中、モニターに映し出される試合が大きく動いた。

 

*** *** ***

 

やり辛いと、戦闘中の那須は思った。

 

当たり前だが、シューターが得意とする間合いは弾丸の設定を施せるだけの余裕がある距離であり、なおかつ対象から離れすぎてない距離、つまりは中距離である。そのためシューターは、動き回ったり地形を利用したり、仲間との連携を駆使してその間合いを確保し続けるのが鉄則である。

 

普段の那須ならば、チームメイトであるアタッカーの熊谷がいわゆる「盾」役となって間合いを保っていられるが、その熊谷はベイルアウトしているため普段のように間合いを取ることが困難になっていた。

 

盾役がいない那須めがけて、村上は踏み込み弧月を振るう。シューターの間合いではない近距離戦だが、トリオン体の操作が上手い隊員からすれば躱せないものではなく、那須は村上の斬撃を躱して牽制代わりに素早くアステロイドを放ち間合いを空けるため後方へと跳んだ。

 

だが十分な間合いを空けるより早く、

「バイパー」

淡々とした呟きと共に放たれた月守のバイパーが那須の行動を阻んだ。

 

「くっ……」

思うように行動できないことを苦々しく思いつつ那須はシールドを展開してバイパーを防いだが、その間に村上が再度間合いを詰めて近距離戦を仕掛けにかかる。

 

那須がやり辛いと感じているのは、シューターが2人いるにも関わらず繰り広げられている、この近距離戦である。

 

ただでさえシューターは攻撃に手間取る上に、那須の主力は弾道まで設定しなければならないバイパーであるため、近距離戦になるとその真価を十分に発揮することが出来ない。

 

だがその悪条件は同じポジション同じトリガーを主力にしている月守にも適用され、()()()()()諸刃の剣である。それにも関わらず月守が近距離戦を仕掛けた理由は、この悪条件が自分にはそれほど適用されないからである。

 

 

 

 

月守は訓練生時代、対戦数をカウントするのが馬鹿らしく思えるほどに何度も彩笑と戦闘を積み重ねた。

本来訓練生のアタッカーとシューターが戦闘をすればシューター側はシールドが無いのをいい事に弾幕を張ってアタッカーを寄せ付けないという戦法を取りがちになるが、当時訓練生で中学生の月守は、

『正隊員に上がってから使えなくなる戦法なんだから、経験を積む機会を自分から潰す愚行』

という考えのもと、アタッカーに対して弾幕を張ることを一切しなかった。

そのため月守が彩笑と行った戦闘は全て近距離高速戦闘であり、それに適応していった結果として月守はアタッカーの間合いで戦う術を身につけた。

 

 

 

 

 

今展開されている近距離戦は月守は苦手では無い。近距離戦を本職にする隊員には劣るものの、十分実用レベルの技能は持ち合わせている。

 

そして当然ながら近距離戦はアタッカーの領分であり、本来中距離からの弾丸を掻い潜って接近せねばならない立場にある村上にとってはその手間が省けるため、願っても無い状況である。

村上とて自分にとって有利すぎるこの状況に疑問を抱かないわけではなく、当然何かあるのではないかと警戒はしている。しかし村上にとって真に最悪なのは、射手二人に結託され接近すら出来なくなる状況である。違和感があれども自身に有利な近距離戦と、手の打ちようがなくなる中距離戦の2つを秤にかけ、村上は近距離戦を選択した。

 

接近戦を仕掛けることにより那須の長所を封じ、なおかつ村上の行動を誘導した月守は機動力と射撃で戦況を制御しつつ、思案する。

 

(これで那須先輩の戦力は抑えたし、村上先輩もこっちの思惑に乗せることが出来た。間合いをこれ以上空けないように注意すれば那須先輩は倒せるとして、残る問題は村上先輩。片手使わずに勝てるほど甘くないし、ましてや相手は手足揃った万全状態。……この先、那須先輩がいる内に村上先輩にダメージ入れなきゃ、俺は勝てない)

 

戦況をコントロールして拮抗させているのは月守だが、それが出来ているのは村上や那須がまだ月守の思惑通りに動いているからだ。この二人のどちらかが現状に痺れを切らして一か八かの手に出ればその瞬間、月守はこの乱戦のコントロール権を失う。

 

月守は左手から生成したトリオンキューブを48分割し、それぞれを那須と村上に向けて放った。真っ直ぐ向かうと見せかけて途中で曲がり、相手を囲むように設定されたバイパーだったが、二人はそれを予想していたらしく的確なシールドで防いだ。しかしこれは防がれるのが織り込み済みの、二人の行動を抑えるための牽制であるため、月守は動揺せずに思考を続ける。

 

(このまま戦況を維持し続けるつもりは、毛頭ない。けど、今の俺には火力や手数やらでこの二人を崩して戦況を動かすだけのことはできない。……この戦況を俺がコントロールしてる間に崩すには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かな)

 

崩すためにに自らが崩れる。コントロールするためにコントロールを手放す。矛盾めいた考えだが、勝利を目指すならそれしか道が無いと月守は判断した。

 

やる事を決めた月守は通信回線を繋いで、小声で真香へとオーダーを出した。

「『真香ちゃん、視覚支援の用意を頼んでいいかな?』」

 

『了解です、今すぐにでも発動できますよ』

 

「『ん、ありがと』」

控えめな声で感謝の言葉を口にして、月守は行動に移った。

 

左手のトリガーを切り替えて足元にグラスホッパーを展開し、それを踏んで後方へ移動して二人から少しだけ距離を取った。近距離と中距離の境目のそこで、月守は意図して一度呼吸を取って腹を括り勝負を仕掛けた。

 

(メテオラっ!)

 

サブ側のグラスホッパーをメテオラに切り替えてキューブを生成し、一気に踏み込む。二人の意識と視線が一気に月守へと向き、その瞬間を逃さずに月守はメテオラを分割せずに放った。そのメテオラは那須と村上目掛けてでは無く二人の足元に向けたものであり、ダメージ狙いでは無く爆煙と巻き上げられた粉塵で視界を制限するのが狙いであった。

 

「『視覚支援!』」

 

月守のオーダーに対して真香からの返事は無かったが、返事の代わりに視界に変換が訪れ、視界不良の中でも相手の姿を捉えることができる視覚支援が発動した。

 

メテオラによって視界を奪い勝負をかける。

それはかつて遊真のブラックトリガーを巡った争奪戦にてA級部隊や、先の大規模侵攻にてアフトクラトルの新鋭ヒュースにも有効だった策であり、この試合でも何度か使っている。メテオラによる視界制限は月守にとっては半ばパターン化された戦法であり、その足運びは迷いなく村上へと奇襲を仕掛けるべく動く。

 

月守の動作自体は淀みない。

しかしパターン化され、無意識の内に使ってしまう型であるからこそ、

 

(やっぱりそう来たな、月守)

 

(そうくると思ったわ、月守くん)

 

村上鋼と那須玲は月守のその一手を読み、()()()()()()()()()()待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

月守のメテオラによる視覚遮断攻撃はある種のクセでもある。

会話の中で繋ぎとして「あー」「まあ」「えー」という意味の無い言葉を何度も使ってしまったり、戦闘を開始する前に特定の口上を発っしてしまうような、自覚の無いクセである。

気付かなければスルーされるが、少し意識すれば見逃すことの無い、無意識下のクセ。

 

二人は月守のこの奇襲がこのタイミングでピンポイントで来ることまで予想したわけでは無い。ただし、おそらく使ってくるであろうと軽く警戒はしていた。傾向として月守は勝負の終盤や戦況を動かしたり打開したい場面でこのメテオラを多用することは、事前にログを見たことで看破していたため、二人は素早く対応にかかった。

 

 

 

 

相手が備えている事など知らない月守は、再度メテオラを用意しつつ村上目掛けて間合いを詰めた。そして攻撃のためにキューブを分割しようとした、その瞬間、

 

(……っ!?これはヤバいっ!!)

 

月守は罠にかかったことを、漠然とした感覚で察知した。

 

しかし気付いたものの時すでに遅く、攻撃が守勢かの判断に迷った月守へと村上はカウンターを仕掛ける形で切り込み鋭い斬撃を繰りした。

 

「っ!!」

 

月守はその斬撃を紙一重で躱す。村上の斬撃は彩笑と比べると遅く、鋭さは天音の斬撃に近い。しかし彩笑と天音には無い『重さ』がその斬撃に込められており、連続で空を切る斬撃の音がそれを物語る。

 

(このまま回避続けるのは無理……っ!どっかで詰むっ!)

 

シールドによる防御が脆い月守は体捌きのみの回避を続けるのを困難と判断し、とっさに左手に展開していたメテオラを半ば無意識に放った。

 

しかし至近距離にいる相手に向けてメテオラを、言うなれば爆弾を放てば当然使用者もダメージを受けるのは道理である。

 

「なっ……!」

「しまっ……!」

 

村上は至近距離でメテオラを使われるという意外性に驚き、月守は不用意にメテオラを使ってしまったことに対して、それぞれ声を上げた。だがそんな声も虚しく、メテオラは地形や村上のシールドレイガストに当たり派手に爆発した。

 

爆風により軽く吹き飛ばされたことにより月守は運良く村上と距離を取ることができたが、

 

(不用意過ぎんだろ俺!自分のメテオラで左手飛ばすとか間抜けかよっ!)

 

その代償として月守のトリオン体は左手(具体的には肘から先)を吹き飛ばされていた。自身の悪手を悔やむ月守だが、長々と後悔してる余裕など与えないと言わんばかりに次の攻撃が放たれた。

 

『先輩っ!止まっちゃダメですっ!』

 

真香からの警告と同時に爆煙を切り裂くような那須のバイパーが月守を取り囲んだ。

 

(このタイミングで鳥籠……っ!しかももう捕まる直前っ)

 

那須が放ったであろう全方位型バイパーを見て、月守はすぐに行動に移る。

 

「グラスホッパー!」

 

足下にグラスホッパーを展開するのと並行してメイン側のシールドを展開し、グラスホッパーを踏みつけて後方に跳んだ。

 

本来であれば那須の鳥籠は捕まりかけた時点でシールドでしっかりと受け切るのが正しい対処法だが、シールドが脆い月守はそれが出来ない。そのため多少のダメージは覚悟の上だが鳥籠に完全に捕まる前に脱出するという手段に出た。

 

跳んだ先に待っていた鳥籠に、月守のシールドがぶつかる。フルアタックで練り上げられたであろう鳥籠を受けて月守のシールドにはあっさりとヒビが入り、あっという間に貫いた。

 

「つぅっ……!」

 

シールドを砕き、バイパーは月守のトリオン体を容赦なく穿つ。鳥籠を突破できたものの、数発被弾した上にそのうちの1発が月守の右足を貫いており、誤差の範囲と切り捨てられないだけの量のトリオンと機動力を失った。

 

(……このまま戦闘しても勝てる望みはない。なら……)

 

現状の手札、相手の状態、その全てを秤にかけ、月守は即決で判断を下した。

 

1つ息を吸い、爆煙の向こうにいる村上と那須にも聞こえるように、

 

「バッグワーム、オン」

 

月守はハッキリとそう言った。

 

*** *** ***

 

(バッグワーム?このタイミングで?)

 

(まだ奇襲狙いか?)

月守の声と共にトリオン反応が消えたことにより、那須と村上は月守が本当にバッグワームを使ったことを確信した。そのまま再度奇襲されることを警戒し月守がいる方向に視線を向けるが、グラスホッパーを踏む音と共に遠ざかり物陰に消えていく人影が見えたことにより、月守が1度この場から離脱したのだと判断した。

 

その判断を下すのはほぼ同時であり、すぐさま戦闘を再開すべく二人は構えた。

 

那須は両手から生成したキューブを細かく分割し、自身を中心として円を描くように展開する。しかしそれを那須が放つより早く、村上は果敢に踏み込み弧月を振るう。

 

那須は攻撃を1度キャンセルし、バックステップを踏んで村上の斬撃を回避した。アタッカー有利な1対1だが、那須は諦めていなかった。

 

(部が悪い近距離戦を避けて、遠巻きにバイパーを絶やさないように撃ち続ければ……)

 

その思いでバイパーの弾道をイメージし、放つ。放つのは当然のように弾幕全方位型のバイパーだ。

 

避けようがない密度とコースで迫り来るバイパーを見た村上だが、それを全て防ぐ気は無かった。

 

(本当はしっかり防ぐのがベターだが……)

 

自身の選択が最適ではないことを村上は自覚しつつ左手に持つレイガストをシールド代わりにしてスラスターを起動し、先ほどの月守と同様に捕まりかけた鳥籠から抜けるために突撃をかけた。

 

(ここで足を止めたら、多分取り逃がす。ダメージがあっても距離が縮まってるこの瞬間に勝負をかける!)

 

多少擦りはしたものの村上は鳥籠を突破し、そのまま那須との間合いを一気に詰める。時間ギリギリの長期戦を計画していた那須は村上の接近に対して反応がわずかに遅れたが、間合いを調整するために再度バックステップを踏んだ。だがその機先を制するように、

 

「旋空弧月」

 

村上は右手に持つ弧月に旋空を付与して斬り上げるように振るった。普段多用しない旋空だが、それが那須の裏をかく攻撃となり斬撃が届いた。

 

(そんな……っ!!)

 

左肩を深々と斬られた那須は一瞬動揺するが、すぐに切り替えてバイパーを放った。鳥籠ではなく村上を進ませないために正面から降り注ぐようなバイパーであり、さすがの村上も歩みを止めた。ほんの数秒程度ではあったが、那須にとっては貴重すぎる数秒だ。その間に村上の一足一刀の間合いから逃れるべく、全力で駆けた。

 

この時那須はほぼ無意識に、目についた近くの建物の陰に向かった。普段の自身の戦闘スタイルやバイパーの特性、そして現状から考えれば間違いと言える選択ではない。

 

しかし、結果として那須は間違えた。

 

奇しくもと言うべきか運悪くと言うべきか、那須は月守が逃げた経路を追う形で走り、建物の陰に移動していた。そして月守は逃げる際、その建物の陰に隠れるように1つの罠を張っていた。月守としては罠という認識で仕掛けたわけではないがそれは紛れもなく罠だった。

 

村上から距離を取るべく走った那須が建物の陰を勢いよく曲がったところで、それは那須の視界一杯に飛び込んできた。

 

それは言うなれば、『水無き機雷』だった。

弾速ほぼ0で道を埋め尽くさんばかりに大量に設置された細かなメテオラが、そこにあった。

 

弾トリガーは見ただけでは弾種の判断はできないものの、圧倒的な数に驚き那須の動きが鈍った。

 

こんな大量に。

なぜ。

どうして。

 

那須の脳裏にそんな疑問が文字として浮かぶ前に、その空中機雷が容赦なく牙を剥いた。目の前に気を取られた那須だが、足元にも小さなメテオラが用意されており、那須は気づかぬうちにそれを踏んでしまい、メテオラが炸裂した。

 

1つの爆発が次のメテオラに誘爆し、さらにまた次のメテオラが誘爆する。敷き詰められた大量のメテオラはそのサイクルを高速で繰り返し最初の爆裂から1、2秒足らずで全てが爆発した。1つ1つは小さくとも数の多さが相まって大規模な爆発となり、当然ながら至近距離にいた那須はその爆発をモロに受けた。

 

「きゃっ……!」

 

反射的にシールドを展開していたため大ダメージは防げたが、誘爆の起点となった右足が吹き飛ばされていたことによりバランスが保てず、爆発に押されて態勢を崩した。慌てて那須は態勢を起こそうとするが、

 

「残念だが、終わりだ」

 

那須が吹き飛ばされ態勢を崩している間に村上が完全に間合いを詰め、弧月を構えた状態でそう言った。

 

決定的なまでに詰んだ状況下でありながらも最期まで那須は諦めず行動に移ろうとしたが、村上は迷いなく弧月を振るい那須のトリオン体を両断した。

 

その斬撃を受け那須のトリオン体にはヒビ割れが広がり、無機質な音声が届く。

 

『トリオン供給器官破損、ベイルアウト』

 

敗北を告げる音声が終わると共に那須のトリオン体は限界を迎えて爆散し、ベイルアウトとなった。

 

ベイルアウトの光跡を一瞬だけ目で追い、村上は逃走した月守を仕留めるためにすぐ動き出した。

 

「『今、月守が隠れてる位置を予想できるか?』」

 

バッグワームで隠れているであろう月守の位置を知るべくオペレーターの今結花に通信を入れたが、それに対する今の答えは少し意外なものだった。

 

『鋼くん……予想する必要は無いわ』

 

その言葉の意味がわからず、村上は続けて問いかける。

「『どういうことだ?』」

 

『……那須さんがメテオラ踏みつけた時点で、月守くんは自発的にベイルアウトしたわ。1点取り逃がしたけど、試合は終わり。私たちの勝ちよ』

今はどこか悔しそうな声で、そう答えた。




ここから後書きです。

気づけば半年ほど書いてた戦いにようやく決着がつきました。ラストは詰め込み気味な内容になり反省です。

タイトルにもあるように、この話はどこか不完全燃焼気味な後味になりましたが、その辺は次話で実況解説の3人が説明してくれると思います(執筆途中なのですが、また不知火さんが二宮さんを弄りだしそうです)。

更新ペースが曖昧でまだまだ未熟な本作ですが、読んでくださりありがとうございます。拙いながらも精一杯頑張ります。


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第58話「前に進む前に」

村上が那須を倒したところで勝敗が完全に決まり、モニターに表示されていた各隊の得点表に生存点込みの点数が出たところで、宇佐美は勝敗を口にした。

 

『村上隊員が冷静な太刀筋で那須隊長を撃破したところで、試合終了!最終スコアは4対2対2対1!鈴鳴第一が終了間際に生存点込みの3得点を獲得し、逆転勝利となりました!』

 

スコアの内訳は鈴鳴第一が4点、那須隊と地木隊が2点、漆間隊が1点となった。暫定順位が更新されるものの、この後に控える夜の部の試合結果ですぐまた更新されるため、宇佐美は順位についてはあえて触れずに解説担当の二人へと講評を尋ねた。

 

『中盤戦から南側での激しい乱戦が続いた本戦ですが、振り返ってみていかがでしたか?』

 

宇佐美の問いかけるに対して、先に不知火がやんわりとした笑みを浮かべながら答えた。

『ん〜……。チームランク戦素人のワタシが言っても説得力欠けるだろうけど、中盤の乱戦に関しては地木隊が主導権を取ってたって感じだったねぇ…』

 

『なるほど……具体的に、そう感じられた場面などありますか?』

 

『具体的にってなると、まずは地木ちゃんの新技かな。技自体も驚いたけども、アレがきっかけで地木隊が一気に動いたからね』

不知火の説明を受けながら宇佐美はさりげなくモニターを操作し、その場面を映し出した。モニターを見ながら不知火の意見に二宮が解説を加える。

『熊谷のベイルアウトとほぼ同時に月守が動いている。事前に打ち合わせしていたのは当然として、この時点で地木隊はステージ選択権がある那須隊の思惑やバッグワームで隠れてる隊員の位置を予測できていたんだろうな』

 

『戦いながら相手の思惑を読むのは程度に差があれども誰でもやることだけど……。月守は昔から、対戦チームの仕掛けを予想して妨害することにかけては病的に上手かったからね。まあ、その辺は実際に戦ったことのある二宮くんなら重々承知だろう?』

 

『ああ……』

言われて二宮は、かつて東隊にいた頃の記憶を思い出した。

(昔、東さんが秀次に作戦立案をさせたことがあったが、あの時は運悪く対戦相手に夕陽隊がいて、月守の奴にことごとく作戦を読まれて妨害を受けたな…。それで試合後、東さんが落ち込んでる秀次を励ましてた時に月守が、

『東さん、今日どうしたんですか!?あんな雑な作戦組むなんて東さんらしく無いですよ!体調悪いんじゃないですか!?』

って遠慮なく言ったな。東さんは笑ってごまかしたが、秀次は内心ブチ切れて……あれ以来、秀次は無駄に月守を目の敵にするようになったんだが……)

 

今でこそ旧東隊メンバーの笑い種になる話題だが、この時の出来事が原因で月守は三輪から嫌われていることを月守本人は知らない。ちなみに現東隊で作戦立案をしている小荒井と奥寺に対しても似たようなことをしてしまい、それが理由でコア寺コンビから嫌われていることも月守は知らない。

 

一度思考が逸れた二宮はすぐに頭を切り替えて、話題を修正した。

『不知火副開発室長が言うように、地木隊は乱戦に関して一時的な主導権は取ったのは確かだ。途中、来馬に一撃当てるまでは完全に地木隊の流れだった』

二宮の解説に合わせて、宇佐美はモニターを操作して場面を変更する。変更された場面は彩笑が高速機動で来馬と村上の背後を取り、斬撃を繰り出す場面だった。

『こうして見ると、地木ちゃんの動きは速いだけじゃなくて鮮やかだね。これ、現役隊員最速なんじゃないの?』

 

『どうだろうな。少なくとも、地木本人は頑なに最速を認めようとしないらしいが……』

 

『なんでまた?』

 

『知らん』

バッサリと話題を切り捨てた二宮であったが、彩笑が頑なに『ボーダー最速』を名乗らない(認めない)ことに関してはアタッカー界隈では有名な話であり謎でもあるのだが、そのことを知らない二人に対して宇佐美が軽くフォローを入れた。

『それはアタッカー界隈でも度々話題になってるみたいですよ。色んな憶測が飛び交ってますけど、地木隊長からハッキリとした答えを聞いた隊員はいないみたいですね』

 

『ふーん、なるほど。じゃあ今度、直接訊いてみるよ』

 

『教えてくれますかね?』

 

『美味しいココアをチラつかせれば、地木ちゃんは大抵何でも話してくれるさ』

笑いながら不知火が冗談めかして言ったことにより、宇佐美やギャラリーの空気が少し和んだ。そうしてる間にもモニターで再生される場面は進み続け、鈴鳴第一の別役太一が狙撃した場面へと移った。

 

『だが地木隊がペースを握っていられたのも、この狙撃までだな。狙撃によって陣形を分断せざるを得なくなり、そこから崩れていった……というところだ』

 

『んー……ま、これはシンプルに別役隊員の狙撃が見事だったね。息を殺して姿を潜めて決定的な隙を狙い撃つ、スナイパーの基本に忠実ないい狙撃だった』

 

『タイミングが良かっただけに、仕留め損ねたのが勿体無いな』

 

『二宮くん辛口だねぇ……仕留め損ねたとは言うけど、地木ちゃんはこれが致命傷となってベイルアウトしてるし十分じゃないかな』

 

『……まあ、そういうことにするか』

含みがある様子ではあるものの、二宮はそこで一度話題を区切った。長すぎず短すぎない程度に間をとってから、宇佐美が次の話題を切り出した。

『最終的に乱戦を制して勝利を勝ち取ったのは鈴鳴第一でしたが、その勝敗を分けたポイントはどこにあったのでしょうか?』

 

宇佐美が切り出した次の話題に対して不知火は思案に入った。しかしそんな不知火とは対照的に、

『チームとしての実力とチームランク戦の経験値、その差だ』

前もって答えを用意していたかのように、間髪入れずに二宮は答えた。

 

(ほう……)

手際の良さに関心し、またその答えに興味を持った不知火は続く二宮の解説に耳を傾けた。

『今回勝った鈴鳴第一は、明らかに作戦を立てて動いている。別役の立ち回りが普段とは大きく異なるのが最たるもので、その他にも事前に打ち合わせたような動きがいくつもある』

不知火だけでなく会場全ての人間が静まり、二宮の解説へと聞き入る。

『今回、形としては鈴鳴第一の作戦勝ちだ。人によってはそれを工夫だと捉えることもあるだろう。だが……』

 

意図して間をとった二宮は小さく息を吐き、

『今回鈴鳴がやったことに特別なことは何もない。あくまで自分たちの実力を把握し、対戦相手の実力や戦闘スタイルに合わせて作戦を練った、ただそれだけの、当たり前のことだ』

そう言い切った。

特別なことではない、当たり前のことだと言い切り言葉を続けた。

 

『当たり前のことをしている以上、モノを言うのはそのチームの戦術レベルや地力に経験の深さ、あとは対戦チームとの相性だ。今回鈴鳴第一が勝利したのは、妥当な結果だ』

 

その意見を聞き、不知火は頭に浮かんだ疑問を問いかけた。

 

『二宮くん、質問いいかな?』

 

『……貴女でも誰かに何かを尋ねることがあるのか?』

意外そうな表情を浮かべる二宮に対し、ケラケラと笑ってみせた。

『ワタシは自分で考えても分からないことはあっさり他人に尋ねる主義だよ。で、質問よろしい?』

 

『構わない』

 

『どうも。二宮くんは「チームランク戦の経験値」の差が勝敗を分けたと言ったけど、それは少しおかしくないかい?地木隊の2人はボーダー部隊制度が導入された初期からチームを組んでるんだよ?今回の組み合わせの中じゃ、あの2人が一番のベテランだと思うけど……』

 

『経験値は積んでいるから優れているというものでは無いだろう』

 

『……?』

首を傾げる不知火を見て、二宮はどこか呆れた様子で口を開いた。

『試合開始前にも、似たようなことを言ったんだかな…』

と。

 

『……んー、試合前?』

そう言われた不知火は記憶を手繰り、試合前に交わした会話や出来事を思い浮かべる。

 

(えーと、試合展開の予想をして、その前に二宮くんをお酒のネタでこっそり弄った、それでその前は自己紹介で、さらにその前は…)

一通り思い出したところで、

『ああ〜、あれかな?君がドヤ顔で言った、「あの頃の常識は通じない」ってやつかな?』

不知火は納得したように呟いた。

 

『そうだ』

あえて二宮は不知火の小ボケには触れずに解説を続けた。

『確かに地木と月守が持つチームとしての経験値は、今回の面子の中では群を抜いているだろう。だが奴らはランク戦に不参加だった分、ランク戦そのものの経験は去年で止まっている。その間に他のチームはランク戦を積み重ね、地木隊には無い最新の経験値を持っているんだ。その差が、今回の勝敗を分けた』

 

『あはは、そこまで言われると納得だ。予想だけど、今回のランク戦に当たって地木隊は対戦チームのログを見直しただろう。月守の事だし、多分、全チームのログを最低でも1シーズン分は漁ったと思う。そこから各隊の傾向を割り出して対策を練ったとしても、他のチームは身を持って相手との戦闘を経験してる分、そんな段階はとっくに過ぎてる。地木隊が全チーム分の対策を練らなきゃいけないのに対して他のチームは、

「地木隊以外はいつものように」

で済ませて地木隊の対策をじっくり練れるもんね。そりゃあ、差がつくわけだ』

饒舌に話す不知火を見て、よくもそんなスラスラと考察が口から出るものだと二宮は感心し、さらに意見を加える。

『場合によっては経験が無いことが功を奏して奇策が成功する場合もあるがな。……それを考慮すれば、途中で月守との戦闘を避けた漆間の判断は懸命だ。不確定な戦闘を避けて情報の獲得につとめ、獲るところで点を獲った。今回、一番クレバーな選択をしたと俺は思ってる』

 

『はー、そういう見方もあるわけだ。ランク戦って、奥が深いねえ』

 

しみじみと納得したように言う不知火を見て、なんだかおばあちゃんみたいだと宇佐美は思いながら解説のまとめに入った。

 

『結果としては鈴鳴第一が勝利を収めましたが、展開次第ではどのチームが勝ってもおかしくない試合内容でしたね。では最後に、今後に向けて各チームにそれぞれ何かありますか?』

 

そう尋ねられた不知火は少し唸ってから、

『まー、とりあえず単純なレベルアップかな?いくらチーム戦と言っても、個人の実力が高いに越したことはないし、シンプルにそれぞれの技能を磨くべきだとワタシは思うよ』

と答え、それに続けて二宮もそう講評した。

『各人の鍛錬は当然として、それぞれの戦術の見直しや強化、それと対戦相手のスカウティングだ。基本的なことだが、そこをしっかり抑えてるチームはちゃんと伸びる』

 

2人のまとめを聞いた宇佐美はニッコリと微笑み、この場の締めくくりにかかる。

『それではこれにて、B級ランク戦ラウンド2昼の部を終了します。二宮さん、不知火さん、解説ありがとうございました!』

 

『いやいや、こちらこそだよ宇佐美ちゃん。()()()()()()()()()()()()

宇佐美の態度に応えるような、やんわりと微笑んだ不知火の言葉をもってして、ラウンド2昼の部は幕を閉じたのであった。

 

*** *** ***

 

試合後の解説が終わったその頃、地木隊作戦室は、かつてないほど重苦しい空気に包まれていた…。

 

「みにゃああ!!負っけたーーーー!!」

 

ということもなく、彩笑は隊室のソファーに座りジタバタしつつも、いつものような底抜けに明るい声で叫んでいた。

 

「ち、地木隊長……」

負けて地団駄を踏むという子供っぽすぎる上司の言動を見て、オペレート用のパソコンの前に座る真香はなんとも言えない表情を浮かべたが、その一方で月守は彩笑の意図を汲み取った。

 

「暴れすぎだろ、彩笑」

ベイルアウトしてマットに叩きつけられたままだった身体を起こし、苦笑いを浮かべながら2人のそばに近寄ると、彩笑はまくしたてんばかりの勢いで口を開いた。

「だって悔しいもん!あのタイミングで村上先輩落とせてればとか!序盤からブランクブレード使ってればよかったとか!色々反省点いっぱいだよ!あーもう!めちゃんこ悔しい!」

 

「いやまあ、そりゃ俺だってそうだよ。左手自爆したのなんか、2年ぶりくらいだし」

 

「うわ、ダッサ」

 

「やかましい」

生身の左手をさすりながら答える月守に対して、彩笑はふと思い出したことを問いかけた。

「そういえば、咲耶。最後バッグワーム着ながら逃げてた時、なんで途中にメテオラばら撒いたの?あれ、意味わかんなかったんだけど」

 

「あー、あれね。その前にくらった狙撃とか乱戦で結構ダメージ入っててさ。あのままベイルアウトしたら、トリオン漏出からのベイルアウトと似たようなダメージ判定で鈴鳴に点入っちゃうとこだったんだよ。だから……」

 

「ガス欠寸前になるまで、わざとトリオン使ったってこと?」

 

「そういうこと。鈴鳴からのダメージで失ったトリオン量より、俺自身が攻撃で使ったトリオン量を多くしとけば、ルールというかシステム上は点動かないし」

月守の説明を聞いた彩笑は笑い、思ったことを口にした。

「あはは、なんかセコい」

 

「誰しもがお前みたいに、正々堂々と挑めると思うなよ」

彩笑に言われたことを自覚しつつも月守はそう答えて、彩笑と同じように笑った。

 

2人はそうして笑い合っていたが、そこへ、

「……あの。す、すみません、でした……」

と、真香がこの上なく申し訳なさそうに、謝罪の言葉を発した。

 

深々と頭を下げて謝る真香を見て、彩笑は笑みを浮かべたまま言葉をかけた。

「んー?なんで真香ちゃんが謝るの?」

 

「だって、私が……!」

 

「うん」

 

「その……私の、スナイパー位置予測が間違ってたから、先輩たちは狙撃を受けたんじゃないですか。……さっきの解説でも、狙撃されるまでは私たちのペースだったって言ってましたし……」

 

「ニノさんが言ってたね。まあ、位置が分かってても完璧に防げるとは限んないし、あんまり気にしないでも……」

穏やかな声で彩笑は話していたが、

「でもっ!」

それに反比例するかのように、真香の声は険しいものになっていた。今の真香にとっては、彩笑のその穏やかで優しいその態度がどうしようもないほど辛く、自然と声が荒ぶった。

「私、何も出来ませんでした……。私のせいで、負けたようなものじゃないですか……!」

うなだれ、今にも泣きそうな声で話す真香を見て、彩笑はピョンとソファーから降りて真香へと近づいた。

 

そして、

「真香ちゃん!」

と、穏やかな声から一変し、まるで叱りつけるような強い声で真香の名前を呼んだ。

 

「っ!」

真香は咄嗟に怒られると思い、ギュッと目を閉じた。昔の経験がフラッシュバックし、叩かれるとすら思った。

 

そうして怯える真香に対して彩笑は、

「そんな泣きそうな顔は禁止〜。笑おうよ」

俯いた表情を見上げるようにしゃがみ込み、真香の両頬に手を当て、ニッコリと微笑みながら柔らかな声でそう言った。

 

「ふぇ……?」

キョトンとする真香に向けて、彩笑は怒った様子など微塵も見せずに言葉を続けた。

「そりゃまあ、確かに真香ちゃんの位置予測は外れちゃったけどさ、それは同じ予想した咲耶だって同じだよ?むしろここは、2人の予想を上回ったベッシーのことを、素直にすごかったって認めちゃお」

 

「……ベッシー?」

 

「ん?ああ!太一のこと!別役太一だからベッシー!」

にぱっと笑いながら彩笑はそう言うが、

(なんで別役太一でベッシーなんだろう?)

と、真香は彩笑のネーミングセンスについて疑問を覚え、そして月守に至っては、

「彩笑、太一のことは名前呼びじゃなかったか?」

ツッコミを入れた。

 

「さっきまでは名前呼びだったけど、ベッシーはボクを仕留めたからね。健闘を讃えてアダ名を付けた!」

 

「……それ、なんか違わないか?」

 

「いーの!咲耶細かい!」

月守との会話を無理やり切り上げ、彩笑は再度真香を見て会話を再開させた。

「真香ちゃんは狙撃されたのが悔しいかもだけどさ、でもそこまでは完璧だったじゃん。仕掛けた側の那須隊の作戦を見切ったし、ほぼステルス化してた漆間さんの動きも読めてたじゃん!ふつーはさ、これだけでもう十分だよ」

 

「でも……」

 

「でも、じゃないの」

前を向けていない真香に対して、彩笑は底抜けに明るい笑顔で向き合い続ける。

「真香ちゃんが、自分の未熟なとこを認めたくないっていうか、許せないのは分かるよ。どうして負けたのかって、思うよね。ボクだってそうだもん」

 

「……なら」

 

「けど、そうやって負けたことにばっかり目を向けちゃうのは、ダメ。どうしても気持ちが重くなっちゃうし、何より勝者に敬意を向けられなくなるから。…今の真香ちゃん、試合に勝った鈴鳴第一に対して、敬意を払えてる?」

 

「……っ」

言われて真香は自覚する。

 

自分が、勝者である鈴鳴第一に敬意を払うどころか、それ以前に自らのミスを悔やむばかりで鈴鳴第一の勝利に目を向けてすらいなかったことに、気付いた。

 

そして、まるでそれを見透かしたかのようなタイミングで彩笑は口を開く。

「どう?できてた?」

 

「……いいえ」

真香は小さく首を振り、否定を示した。

 

そこから反省の意を見て取った彩笑は、優しく諭すように言葉を続けた。

「負けたことを悔やむのは大事だけど、それより前に勝った相手に敬意をちゃんと払うこと。そうしないと相手に失礼だし、何より……」

彩笑はそこでもったいぶるように間を空けてから、

「……そうした方が、後でちゃんと強くなれる。相手に敬意を払って、良いところをまず認める。それから、自分の未熟だったとこを反省するの。……分かった?」

そう言った。

 

それを聞いた真香は、思う。

 

(地木隊長、強い……。普段は1番年上なのに1番子供っぽい……そんな人だけど……絶対にブレない芯があるから、負けもちゃんと受け入れて、進んでいける……どこまでも、まっすぐに進んでいける人なんだ……)

 

今まで見えていなかった彩笑の一面が見えたように感じた真香だが、それをすぐに心の中で否定した。

 

(ううん、違う。私はもっと前……1年前から、地木隊長がそういう人だって、知ってた)

 

1年前。より正確には1年と1ヶ月ちょっと前の日の記憶が、真香の脳裏を一瞬だけ駆け抜けた。

 

*** *** ***

 

ボーダー本部の廊下に佇み今にも泣き出しそうな真香を下から見上げ、彩笑は真剣そのものの表情で怒鳴りつけるように言った。

 

−それでも、いいの!−

−戦えなくなったのなんて、関係ない!−

−周りがなんて言うかとか、もっと関係ない!−

−ボクは、君が!−

−他の誰でもなくて、君がほしい!−

−和水真香が、ボクの作るチームに居てほしいの!−

 

*** *** ***

 

「……ふふ」

懐かしい記憶を思い出した真香は、無意識に笑いに似た声が漏れていた。

 

そんな真香を見て、

「ま、真香ちゃん!?何そのなんとも言えないリアクションは!?ボク、変なこと言った!?」

彩笑は少し慌てたようにそう言った。会話の流れからすれば、彩笑が問いかけた答えとして真香が笑いを返した形になるので彩笑が慌てるのも無理はないが、真香はそうして慌てる彩笑にしっかりと目線を合わせて口を開いた。

「いえ、その……なんでも無いです」

 

「……ホント?」

 

「はい、本当です」

 

「ホントにホント?」

 

「もお、本当に本当ですよ、地木隊長」

彩笑と言葉を1つ交わすごとに、真香の沈んでいた雰囲気は普段のものへと戻っていき、その表情には笑顔が戻った。

 

「……地木隊長の言う通りです」

 

話し方や声のトーン、背筋をピンと伸ばした綺麗な姿勢や優等生然とした雰囲気、その他諸々。全てが完全にいつも通りに戻った真香は、言葉を紡ぐ。

「まず、相手の勝ちをしっかりと認めて敬意を払って、それから自分の未熟さを反省する…。当たり前ですけど、大事なことですよね」

 

「分かってくれた?」

 

「はい」

 

「うん!だったら良し!」

真香の答えを聞いた彩笑は満足そうな表情を見せながら、はつらつとした声でそう言った。

 

そしていうや否や立ち上がり、パンパンと数回手を叩いた。

「よし!じゃあ早速ログ見て今の試合を振り返ろっか!こういうのは早い方がいいし!」

 

「だな。真香ちゃん、試合のログってもう観れるかな?」

彩笑の意見に同意した月守が真香に問いかけた。すると、

「ええ、観れますよ。でもどうせなら、実況解説付きのログの方がいいですよね?」

真香はそんな提案を月守に返した。

 

「あー、そうだね。でも実況解説付きのログってなると基本、竹富持ちだよね?そんなすぐに用意できるものなの?」

 

「できてると思いますよ。竹富ちゃんの所属してる海老名隊、私たちと同じ昼の部の試合で、もう試合終わったみたいなので、早速録画まとめてると思います」

 

「そっか、ならいいんだけど……ってか、海老名隊のとこ終わるの早くない?勝ったのどこのチーム?」

 

月守の質問に対して真香はオペレート用のパソコンを操作し、試合の結果を確認してから答えた。

「えっと……柿崎隊です」

 

「あ、ザキさんたちか。なら納得。柿崎隊は順位と実力が噛み合ってないだけで、本当はちゃんと強いとこだからね」

 

「はい」

 

2人が納得したように言ったところで、彩笑が再び口を開いた。

「じゃあ、ボクがログ貰ってくるよ。2人はここで待ってて!」

 

そう言っていそいそと彩笑は作戦室を出ようとするが、

「彩笑ストップ」

月守は彩笑の細腕を掴んで引き止めた。

 

「え?どしたの?」

キョトンとしながら彩笑がそう尋ね、

「彩笑はここで待機な。じゃないと迷子になる」

間髪入れずに月守は答えを返した。

 

迷子になると言われた彩笑は、すぐにプンプンと憤慨した。

「ボクが迷子になると思ってるの!?」

 

「うん、思ってる」

 

「失礼なっ!」

そう怒る彩笑に対して、月守は努めて冷静に対応する。

「……海老名隊の作戦室に行くためには、ここを出て右と左、どっちに進む?」

 

「右!」

 

「彩笑、最初から違う。まずは左」

 

「え!うそ!?」

彩笑は全力で疑いの目を月守へと向けるが、答えは月守の言うようにまずは左である。

 

警戒心剥き出しの猫を思わせる彩笑から月守は視線を外し、真香に声をかけた。

「真香ちゃん、そういうわけだから竹富のとこに行ってログ貰ってきてくれるかな?俺が行ってもいいんだけど、俺が行くと、

『あげますけど、その代わりにランク戦の実況やってください』

って言われるから」

 

「あはは、了解です」

笑いながら軽く敬礼した真香は、デスクから立ち上がり作戦室を出ようとした。

 

そんな真香の後ろ姿に向けて、

「そうだ。一応、ログ受け取れたら連絡ちょうだい」

月守は取って付けたようにそう言い、

「あ、わかりましたー」

真香は一瞬だけ振り返り、作戦室を後にした。

 

 

 

 

 

足音が遠のき、真香が完全に作戦室から離れてたことを確認した月守は、ゆっくりと作戦室の扉を閉めた。閉めると同時に彩笑は脱力し、勢いよくソファーへと座り込み、そのまま横になった。

左手で自身の視界を覆った彩笑は、か細く呟くような声で月守へと声をかける。

「……真香ちゃん、行った?」

 

「行ったよ」

 

「そう……」

 

「……咲耶」

 

「なに?」

 

「……もう、いい?」

 

その問いかけに対して、月守は振り向かないまま、

 

 

「悔しいなら、泣いとけ」

 

 

と、言った。

 

すると次の瞬間、

「…う、わあぁぁ…。わぁああぁぁ…!あああぁぁ……!」

堰を切ったように、彩笑は泣き出した。

 

 

 

 

 

彩笑を知る人に、

『地木彩笑はどんな人物か?』

と問いかけると、ほぼ間違いなく、

『よく笑うやつだ』

そんな答えが返ってくる。

 

確かによく笑う。それは間違いではないが、ボーダーの中で最も付き合いの長い月守に言わせれば、その答えは不正確である。

 

彩笑は『よく笑うやつ』ではななく、『感情表情が豊かなやつ』だと、月守は知っている。

 

嬉しかったり楽しければ、笑う。

間違ったものや不条理があれば、怒る。

納得できなかったりイライラすれば、拗ねる。

悔しかったり悲しかったり、寂しければ、泣く。

 

地木彩笑はそういうやつだと、月守咲耶はよく知っていた。

 

 

 

 

 

「………」

泣き続ける彩笑の声を聞き、どうするか迷いながらも月守はソファーの肘掛けへと腰を下ろして、口を開いた。

「……よく、泣くの我慢したな」

 

「だっでぇ……」

彩笑は目元の涙をグイッと無理やり拭き取り、言葉を続ける。

「ボクがベイルアウトして戻って来た時……真香ちゃん、顔真っ青で、今にも泣きそうだった……。あの顔見たら、がまんしなきゃって……泣いちゃダメだって、思ったんだもん」

 

「予想外したのが……いや、負けたのが、よっぽど悔しかったんだな」

 

「ん……。真香ちゃん、すっごい真面目だもん。きっと、自分のミスで誰かに迷惑かかるの、ダメなんだと思う」

 

「……だよな」

 

「うん……」

 

そうして会話が途切れると、彩笑は再び泣き出す。幼子のように、自身の感情に従い素直に、彩笑は泣く。

 

 

 

 

 

ソロランク3位にしてA級3位部隊を率いるトップランカーの風間蒼也は、

『落とされて学ぶことがランク戦の存在意義だ』

と、語る。実際、ランク戦は負けてナンボの戦いである。たとえランク戦に負けても、多くの隊員はすぐに次を見据え、行動に移る。そうすることが勝ちへと繋がることを、身を以て経験しているがために、それができる。

 

そして彩笑とてそれは例外ではない。

 

それどころか、彩笑は基本ソロランク戦でトップランカーに好んで挑む上に、一時期は敗北を重ねに重ねた結果、正隊員でありながらソロポイントが2000を切っていた時期すらある。

ゆえに負けることに関して、少なくとも負けた回数に限れば彩笑は同期・同年代の中では頭一つどころか群を抜いている。

 

しかし。

どれだけ負けようが、悔しいものは悔しい。

負けを認めて受け入れた瞬間、その悔しさは一気に溢れ出る。

何度負けようが、彩笑はその感情に慣れることができなかった。

 

 

 

 

 

とめどなく、彩笑はいつまでも泣き続けるのではないかと思った月守は、小さな声で問いかけた。

「席、外そうか?」

 

「……うん」

 

「わかった……」

言われて、月守はゆっくりと立ち上がった。

 

そして一旦作戦室から出るために扉に手をかけたところで、

「……何か俺に、言っとくこと、ある?」

振り向かずに扉を見たまま、彩笑に尋ねた。

 

「いいたいこと……」

彩笑は目を擦り、とめどなく溢れる涙で目元をぐしゃぐしゃにしながら、

「……咲耶さ。もう、ダブルスタイル使うの、やめてよ……」

と、言った。

 

「………」

無言で何も反応を返さない月守だが、彩笑はそれでも言葉を続ける。

「咲耶が、ボクと神音ちゃんのために、ダブルスタイルを使い出したのは、知ってる。それは嬉しいし、感謝もしてる……」

 

「………」

 

「でも……!そのせいで!咲耶は自分の実力、発揮できないじゃんっ!」

涙の成分が多分に含まれる声で、彩笑は吐き捨てるように叫んだ。

「ダブルスタイルの所為で!咲耶のすごいところ、全然活かせてないっ!咲耶がっ!自分の実力をちゃんと出せれば!!もっとすごいのに…っ!それが、全然できないじゃんっ!!!」

 

「………」

 

「そんなの、ボクやだ。ボクのせいで……ボクのためにダブルスタイル、使わせてるせいで……。咲耶のすごいところ、ダメにするのは……いやだよ」

 

「………」

 

「……おねがいだから。もう……ダブルスタイル、使わないで………」

 

ダブルスタイルを使わないでと、彩笑が言い切ったところで、

「……わかった」

小さく、彩笑に辛うじて聞こえるかどうかというほどに小さい声で、月守は答えた。

 

月守はそのまま、

「……とりあえず、不知火さんのラボに行ってくる」

と言い残して、作戦室を去っていった。

 

 

 

*** *** ***

 

 

 

1人、作戦室に取り残された彩笑は、ソファーに横たわりながら天井を見上げる。視界は涙で滲んでいるが、それを拭うつもりは起きなかった。

 

しん、と、静まった作戦室で、彩笑は震える声で呟く。

 

「…ぼく、さいてーだ」

 

と。

 

 

 

 

彩笑は月守に向かって、ダブルスタイルをもう使わないでと懇願した。

 

咲耶の本領はダブルスタイルでは発揮できない。

ダブルスタイルが、咲耶を駄目にしている。

 

口ではそう言ったものの、彩笑は心の奥深い部分では、それとは異なる暗い思いがあった。

 

その思いとは、

咲耶が本領を発揮すれば、この試合は勝てた。

咲耶がダブルスタイルで実力を発揮しなかったから、負けたんだ。

という、思い。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()、という、暗くて醜い、思い。

 

 

 

 

その暗く醜い感情に襲われ、彩笑は自己嫌悪の海に浸る。

そして海に溺れぬよう、それこそ藁にもすがる思いで、

「……ごめん…!ごめんよ、さくやぁ……っ!」

1人何度も、謝罪の言葉を繰り返した。

 

 




ここから後書きです。

彩笑らしくないようで彩笑らしくなったお話でした。

途中で少し触れましたが、真香ちゃんの過去編も書き進めなきゃなと思いました。

少し重たい話になりましたが、次回もよろしくお願いします。


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第59話「研究室にて」

久々の投稿になります。



地木隊作戦室を出た月守は、彩笑に告げた通りに不知火の研究室に向かっていた。入隊して3年もの月日を経た月守の頭の中には本部内の通路がほぼ完璧に記憶されており、迷うことなく歩き続ける。

 

しかし不意に、

「お、月守じゃないか」

そう背後から声をかけられたことにより、月守は足を止めて振り返り、

「あ……林藤さん、こんにちは」

と、声をかけてきた林藤匠に挨拶をした。

 

 

 

 

林藤匠。

ボーダー玉狛支部支部長という地位を持ち、旧ボーダーから籍を置く古株の1人。現ボーダー三大派閥の一角『ネイバーにもいい奴いるから仲良くしようぜ主義』の筆頭であり、そこに古株としての権力や発言力が相まって組織内ではどこか不思議な立ち位置にいる人物だ。

そして諸事情により、月守咲耶はボーダーに入隊する以前から林藤と顔見知りであり、多少なりとも2人には交流が存在していた。

 

 

 

月守の挨拶に対して、林藤は軽く手を上げて言葉を返した。

「久しぶりだな」

 

「そうですね。最近は、あまり玉狛支部にも遊びに行かなくなりましたし」

 

「はっはっは、気にすんな気にすんな。そりゃ前みたいにとは言わないが、陽太郎が喜ぶから、たまには顔見せに来てくれよ」

 

「わかりました。そのうち、お邪魔します」

穏やかな笑みで、月守はそう答えた。

 

 

少しの間を空けて、月守は林藤へと問いかける。

「それにしても、林藤さんが本部の…、ましてや開発室区画に来るなんて、ちょっと珍しいですね。特別な用事でもあるんですか?」

 

「ん、まあな。ちょいと不知火に用事だ」

 

「不知火さんに、ですか?なら俺と同じですね」

 

「そうか。だったら、一緒に行くか」

 

「ですね」

 

行き先が合致していた2人は、目的地に向けて歩きながら会話を続けた。

「見てたぞ、ランク戦」

 

「あはは、そうですか。負けましたし、お恥ずかしい出来でした」

 

「そうか?俺はお前たち2人の新技が見られて面白かったぜ」

明るい声で言う林藤に対して月守は軽く頭を掻きながら、

「ありがとうございます。まあ…、俺のやつは彩笑のと違って、技というよりは姑息なモノですけどね」

と、若干卑屈そうな雰囲気を漂わせてそう答えた。

 

(姑息、か……)

そんな月守の言動に林藤は僅かに思うところがあったが、

「あー……その辺はあんまり気にすんな。でもまあ、鬼怒田さんあたりはちょいと騒ぐだろうな」

少し会話の切り口を変えた。

 

林藤が言いたいことを月守は察して、苦笑いを見せる。

「でしょうねぇ……武器のデザイン変更が可能ってことになると、アステロイド+メテオラ型の形状なのにセットされてるのはアステロイド+ハウンドとか……そういうのを考える奴が絶対出てきますよね」

 

「ああ。当然エンジニア的にもそうだし、ランク戦のシステムというか目的の面からも避けたい事態ではあるな。断るにも、お前という前例がいる以上、断りにくいし……。つーかぶっちゃけ、もう何人かそういう申請が届いてるらしいぞ」

 

「あー、やっぱり……なんか俺、また勝手なことして迷惑かけてますね」

すみません、と言いながら月守は頭を下げたが、林藤はそれを笑い飛ばした。

「はっはっは。とか言いながら月守……お前さんのことだ。武器のデザイン変更を考えついた時から、こうなるのも見越してたんじゃないのか?」

その問いかけを聞いた月守は少し間を空けてから頭を上げ、林藤を見据えた。そして、

「ええ。正直、こうなるのは予想してました」

人の悪い笑みを浮かべて、そう言った。

 

「悪だなぁ、お前」

 

「いえいえ、林藤さんほどではないですよ」

2人はまるで、時代劇に出てくる悪代官のようなやり取りを繰り広げた。

 

目的地である不知火の研究室までは何も話さないには気まずくなる程度の距離がまだあったため、林藤はなんの気無しに問いかけた。

「そういや、今日は珍しく地木と一緒じゃないんだな」

 

「珍しくって……。まあ確かに、彩笑とはいつもつるんで行動しがちですけど…」

何せ同じ部隊というだけでなく、通う学校もクラスも同じであり、クラスの席が男女混合の五十音順ということもあり席の位置が前後ろという2人なのだ。自然と、共に行動する時間は長い。

 

しかしスケジュールの都合などで別行動する時も、当然ある。

 

そして現在、月守は作戦室で泣いている彩笑を放置している状態である。そのため、今は彩笑と一緒に行動出来ない、というのが月守の偽らざる本音であった。

 

「それでも、一緒に居たくない時だってありますよ」

 

「ほお……一緒に居たくないときたか」

 

「あ……」

つい月守の口から漏れた失言を林藤は見逃さなかったが、同時に何か事情があるのだろうなと察した。

「ま、何があったかは聞かないけどな。もしお前さん自身に少しでも非があるようなら……謝るなり何なり、早めに行動しとけよ」

 

「……解りました」

林藤の言葉を聞いた月守は了承の言を取りつつ、彩笑に対して何をするべきだったのかを考えた。

 

(慰めたり、謝ったり……するべき事はある、とは思う。けど、慰めも謝罪も何かしっくりこない)

 

答えが見えない、もやもやとした気持ちのまま歩く月守だったが、そこでちょうど目的地である不知火の研究室が見えてきた。そして見えてきたのとほぼ同時に、

 

「こんの、ばっかもーーんっ!!」

 

研究室の中から、そんな怒声が響いた。

 

その声に聞き覚えがあった2人は顔を見合わせて軽く笑いつつ、研究室の扉を開き(16桁の暗証番号式ロックがあるが、月守が難なく解除した)、足を踏み入れた。するとそこには、

 

「ポン吉。お説教する分には構わないけど、叫ぶのは控えた方がいいんじゃないかな?血圧上がっちゃうよ?」

 

「やかましいわいっ!」

 

「あとついでに、怒りすぎて顔が真っ赤だよ?食べ頃のタコみたい……あ、タコ刺し食べたい!」

 

「おまえは少しは反省せんかっ!」

顔を真っ赤にして怒鳴り散らす鬼怒田本吉と、笑いながら床に正座してその怒声をやり過ごす不知火花奈の姿があった。

 

来客に気付いた不知火が、2人を見据えた。

「おや、月守に林藤さん、いらっしゃい」

 

「どうもです」

 

「邪魔するぜ」

月守と林藤が挨拶を返すと、鬼怒田が鬼の形相で月守を睨みつけた。

「月守ぃ!」

 

「はい、どうかしましたか?」

 

「どうかしましたか?じゃないわいっ!貴様のおかげで開発室は大騒ぎになっとる!」

怒鳴りつける鬼怒田とは裏腹に、月守は困ったように笑いながら答える。

「えっと、開発室の皆さんを困らせるようなことに関して心当たりがないです。あ、それより鬼怒田さん!今後のためにガンナー用のトリガーで、同じ系統の弾トリガーをセットした場合の銃のデザイン案について相談があります!」

 

「それじゃっ!貴様!分かって言っとるな!」

 

「はい、もちろん」

月守がサラリと答えたところで、

「こんの、ばっかもーーん!!!」

この日、鬼怒田本吉による特大の雷…、もとい怒声が、ボーダー本部中に響き渡った。

 

*** *** ***

 

鬼怒田が不知火の研究室で雷を落としている頃、天音神音は自宅にて地木隊敗北の報せを真香から受け取った。

 

(……先輩たちでも、勝てないこと、あるんだ)

 

ボーダー正隊員に支給されるタブレットに目を落とした天音は、たどたどしい手つきで文字を打ち込み、真香へと返事を送る。

 

『つぎのあいて、どこ?』

 

すぐに真香からの返事が届く。

 

『まーだ(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾

夜の部の結果次第でしょo(`ω´ )o』

 

『あ、そっか。よるの部、中位グループ、くみあわせは?』

 

『諏訪隊、荒船隊、玉狛第二だよ( ^ω^ )。

ステージ選択権あるのは玉狛!』

 

『わかった』

組み合わせを聞いた天音は、勝ちチームの予想を始めた。

 

(んっと……諏訪隊と、荒船隊は、それぞれの間合いで、戦えた方が、勝つから……んー…多分、半々くらい……。玉狛は……よくわかんない、けど……遊真くん、エースだから、近距離戦が多分、メイン。だから……)

勉強机に座りながらブツブツと呟いて思考を進めた天音は、程なくして、

 

『たぶん、勝つの、玉狛だと、おもう』

 

と、試合結果の予想を打ち込んだ。

するとその数秒後、天音のスマートフォンに着信が入った。驚いた天音だが、画面に表示された『まなか』の文字を見て安堵し、着信に応じた。

「も、もしもし」

 

『変わった予想だね、しーちゃん』

なぜわざわざ電話に切り替えたのか疑問に思いながらも、天音は真香との通話を続けた。

「そう、かな?」

 

『ちょっとだけね。いや、玉狛第二が……空閑くんが強いのは私だって知ってる。でも、チームとして見たらやっぱり諏訪隊と荒船隊に軍配上がると思うよ』

 

「んー、そっか……」

天音としては予想が外れて残念という思いがあったが、この手の頭を使う系統の物事に関して真香に勝てた試しがほぼ無いため、素直に受け入れた。

 

「……ねえ、真香」

 

『なに、しーちゃん?』

 

「その……月守先輩も、同じ意見、だよね?」

恐る恐るといった様子で天音は問いかけた。真香の意見を疑うわけではないが、ただなんとなく、そう質問した。天音の質問に対して、真香は軽くため息を吐いた。

『わかんない。月守先輩いなくなっちゃったから、訊くに訊けないし……』

 

「……?どういう、こと?」

現状が分からない天音に、真香は現状の内容を掻い摘んで説明し始めた。

『試合終わった後に、実況解説付きのログ観ながら反省会みたいなのやろうってことになってね。2人を作戦室に残して、私が海老名隊……というか、竹富さんのとこにログ貰いに行ったの』

 

「ああ、桜子の、とこ……。タダで、ログ、もらえた?」

 

『ううん、取り引きした』

 

「だよね……ランク戦の、実況とか、解説とか?」

 

『そんなところ。時間ある時でいいから、私たちの中で実況解説頼まれた。まあ、しーちゃんと私はこの前やったから、地木隊長と月守先輩かな』

 

「ん、わかった……」

ほんやりと自室の天井を眺めながら、天音は思う。

 

(地木隊長……あんまり解説、やってくれない、けど…。私は隊長の解説、好きだから、聞きたい……。月守先輩は、すごく丁寧に、解説してくれるし、わかりやすいし……解説、関係なしに、月守先輩の、声、聞きたい……)

 

天音が無言で思考に入ったために会話が不自然に途切れたが、真香はなんてことないようにそれを再開させる。

『しーちゃん、起きてる?』

 

「起きてるよ……」

 

『ああ、なら良かった。しーちゃん、電話とかメールしてる最中でも普通に寝ちゃうからさ。寝ちゃったかと思った』

 

「……それは、夜だけだから、大丈夫、だもん」

楽しそうでどこか茶化すような真香の言葉に対して、天音はムッとして言い返した。ほんの少ししか変化せず、ほぼ平坦にしか聞こえない天音の声だが、真香はその少しの変化を聞き逃さなかった。しかしそれに対して怒ったり謝ったりはせず、むしろより一層楽しそうに言葉を紡いだ。

『あははー、だよね。ならどうしてぼーっとしてたのかってことなんだけど……。ま、大方、月守先輩に会いたいとか、一緒に出かけたいとかそんなこと考えてたんでしょ?』

 

「ち、違うよ。ただ声、聞きたいって、思っただけ」

と、はっきりと否定して真香の言を正す天音だが、それを聞いた真香は天音に見えていないのをいいことに、ニマニマと笑っていた。

 

(あーもう。しーちゃん、サラッと自爆しちゃうから、ついからかっちゃう)

 

真香の沈黙を不審に思った天音だが、その沈黙ゆえに自身の失態に気付いた。あたふたと慌てる天音の様子は電話越しであっても真香に伝わったが、あえて真香はそれに触れないことにした。

『とうしたの、しーちゃーん?』

 

「な、な、なんでもない……。あ、それより、その、桜子から、ログデータ貰った、あと、どうなった、の?」

上手く躱したなと真香は思い苦笑して、天音の疑問に答えた。

『そう、それでね。ログデータ貰って、作戦室に帰ったら、2人ともいなくなってた。どこか行くとか私は聞いてないし、書き置きもメールも無かった』

真香の説明を信じるならば彩笑と月守は忽然と消えたことになるが、天音は然程危機感を覚えなかった。というよりも、2人が断りもなくどこかに行くのは割と常習だからだ。そして常習であるため、その時の行き先も大体予想がつく。

 

(……そういう、時って、大体…。地木隊長は、ソロランク戦……それか、本部で、迷子……。月守先輩は、不知火さんの所……。じゃなかったら、ちょっとわかんない、けど……)

 

しかしそこまで思い至った天音は、この発想が真香に出来ない筈がないとすぐに気付く。

「……真香、探さない、の?」

 

『探すよー。というか今、探してる最中〜』

 

「そうなの?」

 

『うん。とりあえず二人にメール飛ばして、本部の中探索してる。まあ多分、月守先輩は不知火さんの研究室だろうけど…。地木隊長はちょっと読めないからねー』

 

「そう、だね……」

明るく楽しそうな声で話す真香に対して言葉を返すが、

 

(……なんでだろ。真香、ちょっと、辛そう)

 

不思議とその中に辛さのようなものを、天音は感じ取っていた。

 

*** *** ***

 

「鬼怒田さん。コーヒーに砂糖かミルク入れますか?」

不知火の研究室でお叱りを受けた月守だが、鬼怒田開発室長が一通り言いたいことを言い切ったタイミングを見計らって、コーヒーの用意にかかっていた。

 

「……ふん」

 

鬼怒田としてはまだ説教が終わっていないのだが、ここにきた目的は説教ではないため今回はここまでで留めることにした(むしろ、あまり反省の意を示さない不知火と月守に根負けした)。

 

「無糖……いや、砂糖を少しもらおうかの」

 

「わかりました、適当に入れますね。あ、林藤さんと不知火さんはどうしますか?」

 

「俺は何も入れなくていいぞ」

 

「ワタシはどっちも入れて。分量は砂糖多めで」

3人のオーダーを聞いた月守は行動に移った。

 

不知火の研究室にはやろうと思えばそこそこ手が込んだ食事も作ることができる程度のキッチンスペースが設けられており、月守はそこでてきぱきと準備を進める。その後ろ姿を見て、

「手慣れたものだな」

感心したように鬼怒田が呟いた。

 

「そりゃそうだろう。なにせあの子は、ワタシよりここのキッチンを使ってるからね」

不敵な表情で不知火が言い、

「いやー、不知火。それは得意げに言うことじゃないぜ」

林藤はそれを軽く窘めた。

 

面目ない、と言いながらわずかに首をかしげた不知火だが、

 

「まあ、そんな瑣末なことは置いといて。人も揃ったことですし、ちゃっちゃと済ませましょう」

 

不意に、真剣みを帯びた真面目な表情へと切り替えた。

 

不知火は応接用のテーブルを挟んで並んで座っている鬼怒田と林藤に、テーブルの下に潜めていた紙の資料をまとめて渡す。

 

「やっとか……」

ようやくと言った様子で鬼怒田は資料を一枚一枚、しっかりと目を通していく。一方林藤は、資料の読み込みは軽く目を通すだけに留めて、不知火に話しかけた。

「よくもまあ、こんな短期間で仕上げたもんだ」

 

「開発室側からデータは存分に貰ったからね。ま、それぞれ破損してた部分は上手く補って、それでも足りなかったところはワタシが少しアレンジしただけさ」

 

「だけって言うが、そんな簡単なモンなのか?」

 

「コツさえ掴めれば、別にワタシじゃなくても出来るよ」

当たり前のように、疑いなく不知火は妖しい笑みを見せながら言うが、

 

(こいつ、自分の才能に関して無自覚なんだよなぁ……。自覚してるつもりでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を分かってねえというか……)

 

林藤は不知火の底知れなさを垣間見て薄っすらと肝を冷やし、まるでそれから目を背けるように再度資料の読み込みを始めた。

 

部屋の空気が重くなったような錯覚が起こったが、そこへ、

「コーヒー、用意できました」

やんわりとした笑みを浮かべながら、月守が3人のコーヒーを差し出した。それぞれのコーヒーを各人が手に取りやすい位置に置いたところで、

「ありがとう、月守」

不知火は柔らかな声でお礼を言った。林藤と鬼怒田もお礼の言葉を口にしたが、すぐにまた資料の読み込みに没頭していった。

 

「どうもです。……あれ、というか不知火さん。今日は会話しりとりやらないんですか?」

 

「いや、今日はいい……。というか、さっきポン吉とやって負けた」

 

「へぇ。不知火さんが会話しりとりで負けるなんて珍しいですね」

月守はコーヒーを運んできた丸いお盆をクルクルと回しながら、不知火との会話を楽しそうに続ける。

「いやそれがさ、聞いてよ月守」

そして不知火もまた、さっきまでの空気とは打って変わり、明るく月守に声をかける。

「ポン吉ったら非道いんだよ。会話しりとりで『る』攻めをしてくるんだよ」

 

「しりとりでは王道ですけど、会話しりとりだと一層厳しいですね」

 

「だよね。ワタシだって基本的にはやらないのに……」

 

「基本的にってことは、仕掛ける相手はいるんですね?」

 

「うん。ぶっちゃけ、月守のことの和水ちゃん」

意外にも身近な人の名前が出てきたことに月守は驚いたが、すぐにハッとした表情をみせた。

「あー、なるほど。だから真香ちゃん、あんまりここに来たがらないのか……」

 

「来るたびに熱戦さ。和水ちゃんは凄いよ。『る』攻めされても10分は普通に保たせるし」

 

「普通に頭いいですから、真香ちゃん。前に木虎が、模擬試験で負けたって悔しそうな表情してたって佐鳥から聞きました」

 

「はは、それはまた優秀なことだ」

肩を揺らしながら不知火は愉快そうに笑い、コーヒーへと口をつける。要望通り砂糖が多めで、ミルクによって優しい味わいになったコーヒーを堪能した不知火は、今更なことを問いかけた。

「そういえば、月守はなぜここに来たのかな?」

 

「あ……その、トリガーの変更や調整とかをお願いしようかと思って……」

 

「ふむ、やはりか」

要件を聞いた不知火はゆっくりと立ち上がり、月守に手を差し出す。そしてその手に月守がトリガーホルダーを乗せると、不知火は歩き出した。

「オーダーは?」

 

「右がアステロイド、ハウンド、シールド、バッグワーム。左がアステロイド、バイパー、シールド、グラスホッパーで、どっちもシューターでお願いします」

 

「Rアスハウシーワームの、Lアスバイシーグラス入りまーす」

 

「なんで飲食店の符丁風なんですか?」

 

「なんとなく」

ケラケラと楽しそうに笑いながら不知火はモニターの前に座り、作業に移った。

 

専用の工具でトリガーホルダーを分解して内部のチップを入れ替えていく。手に収まるほどの大きさしかないトリガーホルダーに内蔵されているチップはより小さいため、それなりに精密な作業であるはずだが、不知火はそれを得意料理でも作るかのような軽やかな手つきで進めていく。

 

「ところで、どうする?」

不知火が脈絡もなく月守に問いかけた。

 

「何がですか?」

きょとんと首を傾げる月守に対して不知火は手元から目線を外さないまま、要件を伝える。

「銃型トリガーのデザイン変更を利用した騙し弾戦術について」

 

「ああ。新戦法に飛びつくのが一定数いるとは思ってましたけど、さっきの鬼怒田さんの話を聞く分には思ったより多かったですね」

 

「だろう?ワタシとしてはどうだっていいんだが……咲耶はどうするつもりかな?」

月守は悩む事なく、答えを口にする。

「先が無い戦法のために開発室に苦労かけるわけにはいかないので、すぐに火消しにかかります」

 

「ふむ。先が無い、ね……」

チップの入れ替えを全て終わらせた不知火は専用の機器にホルダーを接続し、月守のトリオンに照準を合わせた微細なチューニング作業へと移る。よくわからない文字列やら数字がモニターの中を流れ、その都度不知火は手元のキーボードを軽やかに叩く。

「昨日、あの騙し弾を見た直後は面白いと思ったが……少し冷静になれば弱点だらけと言うか、付くべき隙がいくらでもある戦法だったね」

 

「ええ。アレが最大の効果を発揮するのは、アレの存在を相手が全く知らないのが大前提です。正直、警戒された時点で効果は半減かそれ以下ですし……」

 

「第一、騙し弾を決めようとして温存してる間は戦闘の幅が狭まって戦闘力自体が下がるし、そもそも上手く決まる保証もない。ついでに、読み合いより直感を重視する隊員や後の先を取れる隊員、純粋にレベルが高い相手には効かないからね」

 

「はい。太刀川さんとかに通じるイメージ、全然湧かないです」

他にもこの騙し弾が通じない相手の顔が数名思い浮かんだ月守だが、わざわざ口にすることでもないと思い、そこで一度押し黙った。

 

鼻歌混じりにも関わらずとんでもない速度でチューニングを進めていく不知火は、月守に問いかける。

「ま、火消しのやり方は咲耶に任せよう。協力は必要?」

 

「……いえ。ひとまず1日あればなんとか……。あ、ちょっと待ってください」

そう言いながら月守はスマートフォンを取り出し、メールを打ち始めた。1分も経たない内にメールを作り終え送信した月守は、軽く息を吐いた。

「お待たせしました」

 

「今ので火消しになるのかい?」

 

「なりますね。色んなところから、さっき言った戦術の欠点の情報が流れるようにお願いしたので……1日もあれば広がると思います」

自信を匂わせる月守に対して不知火は、

「上手くいくといいねぇ」

楽しそうに言葉を返した。

 

 

 

そこで一旦二人の間の会話は止まり、研究室にはキーボードを叩く音と紙の資料をめくる音だけがしばらく続いた。

 

「……」

しかしやがて、その沈黙に耐えかねた形で月守が口を開いた。

「不知火さん」

 

「ん、なに?」

不知火はモニターから目を逸らさず、淡々とした声で答える。

「さっきの試合、俺たちの敗因って何だと思いますか?」

 

「敗因?いや、それはさっきの解説で言ったよね?」

 

「言ってましたけど……でも実際、あれは訓練生向けのマイルド仕様じゃないですか」

 

「あはは、マイルド仕様か。なんかカレーっぽい表現だね」

マイルド仕様という表現が愉快に思えた不知火はクスクスと笑い、それにつられるように月守もわずかに笑った。

 

「確かに、表現という意味ならマイルド仕様だったよ。実際あの後少し……5分くらい、二宮くんと真面目に意見をぶつけたんだけど……」

 

「…それで、どうなったんですか?」

 

「んー、特別変わったことは無かった。ただ試合後にお互いが言った内容を掘り下げただけなんだけど……」

そこまで言った不知火は一瞬だけ月守に目線を向け、すぐにモニターへと戻しつつ、

「……そばで聞いてた宇佐美ちゃんがその議論を聞いて、

『訓練生の子達が聞いたら泣きそうなくらいの酷評ですね』

って、言ってたよ」

楽しそうに笑いながらそう言った。

 

嬉々として無邪気に酷評を下す不知火と、仏頂面で空になったジンジャーエールのケースを片手に持ち酷評を下す二宮の姿がすんなりイメージ出来た月守は、思わず苦笑いした。

 

「それで……ああ、地木隊が負けた理由を改めて聞きたいんだっけ?」

 

「ええ、まあ……」

そこで一度不知火は作業の手を止め、回転式椅子をクルリと回して月守に向かい合った。

 

 

 

「敗者が敗者たり得る理由はいつだってシンプルだよ、咲耶」

そしていつになく真剣な表情で、

「弱いから負けた。それだけでしょ」

地木隊が敗北した理由を告げた。

 

 

 

反論しようがない、この上ない正論を告げられた月守は思わず唇を噛み締めた。悔しがるようなそぶりを見せる月守に、不知火は言葉を重ねる。

「たらればの話になるけど……咲耶は序盤、那須ちゃんと当たったね。那須ちゃんとしてはあのタイミングでやりたかったのは南側での戦闘が混戦化していくまでの時間稼ぎだけど、咲耶はすぐそれに気付いたんじゃないのかい?」

 

「戦いながら、可能性の1つとしては考えてましたよ」

 

「でも少なくとも、那須ちゃんが咲耶の撃破を第一にしてないってことは分かったわけだよね?」

 

「はい。……それで?」

 

「別に。ただ……」

 

真面目、というよりは見下す・蔑むと表現するのがしっくりくる表情で不知火は、言葉を紡ぐ。

 

「もしさっきの試合、咲耶があの時点で那須ちゃんを倒せてたら地木隊は余裕で勝てたのにね」

 

「……」

突き刺さるようなその言葉を聞き、月守は考える。

自分が、那須に勝てた可能性について、考えた。

(そりゃ、可能性はゼロじゃないけど……でも合成弾かオプションをいくつか絡めれば……勝てたかもしれない、いや、勝てた)

 

月守が結論に至るのとほぼ同時、

「勝てただろう?」

まるで直接頭の中を覗いてるのではないかと思うほど正確なタイミングで、不知火は問いかけてきた。

 

「……どうでしょうね」

 

「惚けるのが下手だね、咲耶。少なくともワタシと二宮くんの見立てだと、夕陽隊全盛期の咲耶……『ロキ』と呼ばれてた頃の咲耶の戦闘なら間違いなく那須ちゃんに勝てたと踏んでいるんだが……」

しかしそこまで言った不知火は言葉を止めてかぶりを振り、

「まあ、いいや。今のはあくまで、たらればの話だ。忘れなさい」

心底つまらないと言いたげな表情を見せてからモニターに再度向き合い、トリガーのチューニング作業へと戻っていった。

 

 

 

再びキーボードを叩く音と、紙の資料をめくる音が研究室を支配する。淡々としたリズムにも感じ取れるそれをBGM代わりにして、

「静かじゃないか。凹んだかい?」

不知火は呟くように月守へと問いかけた。実際、不知火としてはあまり返答を期待してはいなかったが、月守は一拍の間を空けてから答えた。

「それなりには……でもそれ以上に、『本部最凶』の言葉には重みがあるなぁと思ってました」

 

「ふふ、懐かしいフレーズを出すじゃあないか。ワタシとしてはその呼び方は少々不本意だが……先に昔のことを引き合いに出したのはワタシだしね。大目に見よう」

そう言った2人は、互いに何かを誤魔化すように笑いあった。そして不知火が笑い終えたのと同時に、

「ほい、完成」

月守のトリガーのチューニングが完了した。

 

「早いですね」

 

「ここ1ヶ月、何回も弄ったもの」

機器からホルダーを外した不知火は月守に向けてそれを差し出した。

 

「どうもです」

月守は当然それを受け取ろうとするが、

「……」

受け取る直前、何か思い留まったかのように動きが止まった。

 

「……うん?どうした?受け取らないのかい?」

ホルダーをフラフラと揺らしながら不知火が尋ねるが、月守は受け取らなかった。そして、その代わりと言わんばかりに口を開く。

「不知火さん」

 

「なに?」

射抜くような、鋭い視線で月守は問いかける。

「この後、時間ありますか?」

 

「あったら、どうする?」

それに答えるかのように、不知火は飢えた獰猛な獣のような目線を送り返す。

 

そして月守はゆったりとした手つきでトリガーホルダーを受け取りながら、

 

「久々に、稽古をお願いしてもいいですか」

 

そう頼み込んだ。

 

稽古を頼まれた不知火は意外そうに、それでいてどこか嬉しそうに口角を上げて目を細めた。

「稽古……ふふ、これまた懐かしい。昔の君はワタシに手も足も出なくて、ただひたすら四肢をもがれてたねぇ……」

 

「昔の話です」

苦々しい過去の思い出だが、それをもう一度記憶の奥に押し込み月守は言葉を続けた。

「……稽古、つけてくれますか?」

再度頼み込む月守だが、

 

「え?やなこった」

 

不知火はそれを嘲笑うかのように(実際に嘲笑いながら)、その頼みを断った。苛立ちが表情に出かけた月守だが、それを制して不知火は口を開く。

「理由は2つ。まず1つ目」

右手の人差し指を立て、不知火は理由を語る。

「単純に、稽古つけるだけの時間がワタシには無い。どうせやるならガッツリつけてあげたいけど、しばらくまとまった時間が取れそうにもなくてね」

 

「……」

 

「んで、2つ目」

続けて右手の中指を立て、次の理由を不知火は語る。

「稽古をつけるってことは、つまりはレベルアップを図るってことだ。でも、()()()()()()()()()()()()にいる。だから稽古をする意味がない」

 

「それ以前の段階……?」

 

「そう。ま、ちょっとした精神的なものっていうか気の持ち方みたいなもんだから、あまり気にしなくていい」

 

「いや、気になりますよ」

 

「大丈夫大丈夫。どうせ気にしたところで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、知るだけ脳細胞の無駄遣いさ」

 

そう言った不知火は立ち上がり、トリガーホルダーを持った月守の手を掴み有無を言わさずに引いて、今まで自分が座っていた椅子に強引に座らせた。

「ちょっ、不知火さん!?」

 

「トリオン体に換装して、そこに座ってなさい。間違っても立ち上がらないようにね」

驚く月守に向けてそれだけ言い、不知火は背中を向けて歩き出した。黙々と資料を読み込んでいた鬼怒田と林藤の元へと移動し、そして、

 

「へーい2人ともー!いい加減資料読み込んだでしょー!」

 

親しい友人に話しかけるかのようなフランクさで声をかけた。不知火から見て鬼怒田と林藤は上の役職の人間であるため失礼にあたるが、2人はもう慣れたものなようで、

「一通りな」

 

「あー、やっぱ俺は帰ってからじっくり読むわ」

不知火の口調を咎めることなく会話に入った。

「ざっとは読んだわけでしょう?どうだった?」

 

「よく出来とる……と言いたいが、実際に見てみんことにはなんとも言えんな」

 

「ふむふむ。林藤さんも同じ意見かな?」

 

「ん、まあな。いや、不知火の仕事にケチつけるってわけじゃねえが……やっぱ、実際に見て確認するのが一番だとは思うわな」

 

「ですよねぇ」

大人3人の会話を断片的に聞く月守はそこから、

(……新型トリガーの試作品の話かな?)

と、ぼんやりと内容を予想していた。

 

しかしそんな月守のことなど御構い無しに不知火はにっこりと笑い、話を進めていく。

「ポン吉と林藤さんが言うことは最もだ。実際、ワタシも自分で試してみたけど……。結局は自分で組んだものだから、今ひとつチェックが甘くなるというか、見逃しがちになる。そこでだ」

そこまで言った不知火は後方にいる月守のことを親指で指差した。

「あそこに座る、優秀なモルモ……もとい研究補佐員にサンプルを取ってきてもらおうと思う」

 

「今、サラッとモルモットって言いかけましたよねっ!?」

不穏な単語を聞き逃さずに抗議した月守だが、

「アデュ〜」

そんな抗議など知ったこっちゃないと言わんばかりに、不知火はいつの間にか手に持っていたリモコン(のようなもの)のスイッチを押した。

 

同時に、

『仮装訓練空間へ転送を開始します』

と、椅子に座っていた月守(トリオン体)の頭に無機質な音声が直接響いた。そこで月守の視界は一度途切れ、強制的に仮想空間へと転送されていったのであった。




ここから後書きです。

前回からかなり、というか3ヶ月近く空いての投稿になって申し訳ありません。春先にぶっ倒れて入院したのが思ったより響きました。睡眠はしっかり取りましょう。睡眠、甘く考えたらいけません。

数日間の入院で、友人が「リィンカーネーションの花弁」という漫画を差し入れてくれたのですが、これが超面白い。首切った後の灰都さん、マジかっけぇ。そしてそれ以上に、項羽さんがとにかくカッコいい。


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第60話「ケルベロス」

前書きです。

今回のお話で、不知火さんのぶっ飛びっぷりが伝われば幸いです。


月守の視界が戻ると、そこは街中の景色が広がっていた。

 

(市街地系のステージ……だけど既存のものじゃないな)

周囲を見渡してステージの把握に努める月守だが、記憶にあるステージと符合せずに軽く戸惑った。そこへ、

『あ、あー。テステス。やあ月守、聞こえてるー?』

やたら陽気な声で、不知火からの通信が入った。

 

しぶしぶと言った様子で月守は耳に手を当て、通信システムを起動した。

「聞こえてます。音声クリアです」

 

『おっけー、こっちもクリア』

 

「なら、質問いいですか?」

 

『ウエルカム。バッチコーイ』

とにかくノリノリな不知火に対して月守は苛立ちつつも、いくつか質問を始めた。

「このステージ、どこですか?おそらく初見なんですけど」

 

『ステージ?ワタシお手製のオリジナルステージだよ。名付けて『不知火タウンX』さ』

 

「……まさかとは思いますけど、AからZまであるんじゃないですよね?」

 

『惜しい。それプラスαからΩだ』

暇人か、と、突っ込みたい気持ちを堪えつつ、月守は次の質問に移った。

「とりあえず、俺はこの不知火タウンXで何をすればいいんですか?まさか探索するだけでいい、なんて言わないですよね?」

 

『はは、まさか。でもまあ、やることは単純だよ。ただ出てくる敵を倒せばいい』

 

「敵、ですか」

 

『そそ。待ってて、今すぐ君の眼の前に送ってあげる』

言い切ると同時に、道路の真ん中に立つ月守の前方に英数字の羅列が現れ、1体のトリオン兵を形どった。

 

人型でありながら3メートル強の体躯。

白いボディながら見るからに硬さを感じさせる頭部と腕。

頭部から生えた耳を思わせる触覚。

 

そして月守はその姿に、見覚えがあった。

 

先のアフトクラトルとの戦いで圧倒的な戦闘力と捕獲力を発揮した、新型トリオン兵。

 

「……ラービット」

 

トリガー使いを標的にしたトリオン兵、『ラービット』だった。

 

(……ああ、てことは、さっき不知火さん達が話してたのはラービットのことだったのか。多分、前の戦闘で残ったラービットの残骸から行動データを拾い集めて繋ぎ合わせて、ボーダーのトリオン兵のデータに組み込んだんだろうけど……で、大方これは、正式実装前のプロトタイプってとこか)

そこまで瞬時に推測した月守は無意識に口元に笑みを作り、

 

「悔しいけど、これは確かにモルモット役だ」

 

皮肉げにそう呟き、構えて戦闘態勢に入った。

 

 

実体化が完了したラービットは、早速月守に攻撃を仕掛けた。

10メートルほどあった間合いを数歩で詰め、その頑強な腕を存分に活かして殴りつけてきた。

 

「おっと!」

 

だが月守はそれを難なくバックステップで躱す。そのまま右手からアステロイドのキューブを8分割して放ったが、ラービットはそのまま腕でガードし、追撃にかかった。

 

硬く、リーチのある両腕を存分に振るいラービットは月守へとラッシュを仕掛けるが、月守はそれすら躱す。

 

(やっぱり大振りな分、読みやすいな。彩笑の攻撃に比べたら、出だしを見てからでも充分躱せる)

 

数発見て、次の攻撃のためにラービットが腕を引いた瞬間、

「アステロイド」

月守は素早くアステロイドを放った。1発目と違い分割しなかった上に威力と速度に重点を置いたその一撃は、ラービットの動きを確実に止めた。

 

その隙に月守は左手側のグラスホッパーを展開し、後方へと大きく跳んだ。硬い外装を持つラービットを射抜くためにかなり距離を詰めていなければならないが、その近距離はもろにラービットの間合いでもある。一旦ラービットの間合いから外れて様子見をしようと思った月守だが、

 

「……ギ、ギ」

 

駆動音とも取れそうな声に似た何かがラービットから発せられ、次の瞬間には再度月守へと突撃をかけてきた。

 

(なんか、違和感あるな)

 

高い膂力を持つラービットは距離を開けようとする月守に追いつき、殴りかかってきた。相変わらず回避してみせる月守だが、その顔には疑問の色が浮かんでいた。

 

「不知火さん。このラービット、ちょっと追撃がしつこいです。アフトクラトルのオリジナルラービットと行動パターンが微妙に違うのは、そういう仕様ってことでいいんですか?」

 

『鋭いね。今感じてる差異は、ワタシのアレンジによるもので間違いない』

 

「なんでパターン変えたんですか?」

 

『変えたっていうか、変えざるを得なかったんだよ』

ラービットの動きを観察し、攻撃を回避し続けながら月守は不知火の説明に耳を傾ける。

『今戦ってるラービットはこの前の大規模侵攻で討伐した残骸からデータを拾い集めて継ぎ合わせたものなんだけど……、ラービットの肝とも言える捕獲機能の『キューブ化』を司っていたであろう部分の欠損が、どの個体も損傷が大きすぎてね。上手く再現出来なかったのさ』

 

「上手く、ってことは、部分的には再現出来たんですね?」

 

『まあね。ただ、キューブ形成まで時間がかかりすぎるんだ。で、少しでもそれを短縮しようとした結果、絵面が酷くなったから保留にした』

 

「不知火さんでも出来ないことがあるんですね」

 

『仕方ないだろ。君ら、ほんとキレーにキューブ化を司る部分をぶっ壊してたんだから。主に太刀川くん』

どこか拗ねた雰囲気を漂わせる不知火の声を聞き、月守はほんの少し笑った。

「……なるほど。つまり、ラービットにとって1番の行動理念になる捕獲が出来ないから、行動プログラムを変えなきゃならなかったってことですね」

 

『そゆこと。今戦ってる個体は、攻撃的な性格を設定してみた個体だ』

 

「了解です」

必要な情報を得た月守は素早く息を整え、ラービットを倒すための策を練った。

 

(ラービットが相手って分かってたら、メテオラとかレッドバレッドを入れとけば良かったな)

 

少し手札に不満を持ちつつも、ひとまずの策を月守は立てた。

 

ラービットのラッシュの合間を縫うように、鋭いバックステップを踏み瞬間的に間合いを開けた。当然、ラービットはその間合いを詰めにかかるが、距離が詰まるより早く月守は攻撃に転じた。

 

(右アステロイド、左バイパー)

 

アステロイドを四角錐方式で6分割して直接ラービットめがけて放ち、正四角形方式で27分割したバイパーをラービットの側面を抜けるようにそれぞれ放った。ラービットは腕を交差して防御の構えを取り、アステロイドを確実に防ぎにかかった。

 

動きが止まったのは、ほんの一瞬。すぐさまラービットはガードを解除して追撃にかかろうとした。たが、ピクン、と、レーダーの役割を果たす耳が反応し、続く第2波を察知した。

 

ラービットは瞬時に身を屈め口を閉じ、先ほどよりも強固な防御姿勢を取った。防御姿勢が完成すると同時に、月守がアステロイドと同時に放ったバイパーがラービットに着弾する。一度わざと当てずに死角を取ったところで曲がるようにコースを設定したバイパーだったが、タイミングを合わせるために射程を長く設定していたがために威力が足りず、ラービットの足をほんの数秒止めただけだった。

 

アステロイドとバイパーで稼いだ数秒で、月守はグラスホッパーを使いさらにラービットとの距離を開けて左折し路地に入り、ラービットの目から一時的に逃れた。そしてそこで一度足を止めて両手を構え、キューブを生成し、

 

(アステロイド+アステロイド)

 

すぐにその2つの合成を開始した。

 

月守の合成弾生成速度はその日の調子にもよるが、およそ3秒から5秒。合成弾の始祖であり名手である出水には劣るものの、使い手の中ではトップクラスの速度を持ってして月守はアステロイド同士の合成弾である『徹甲弾(ギムレット)』を完成させる。

 

(完成、あとはタイミングだな)

 

いつでも撃てる用意を整えた月守は身を屈めて、タイミングを計る。タイミングを計った次の瞬間、月守を追う形でラービットが路地に入り込んで来る。そして、それこそが月守が望んだタイミングだった。

 

対象を視認したのと同時に月守は、踏み込んで間合いを一気に埋めにかかる。ラービットは迎撃のために拳を振るうが、月守はそれをしっかりと見た上で、あえてスレスレの紙一重で躱す。

もはやアタッカーの間合いと言ってもいいほど接近した月守は、続くラービットの一撃が来るより早く、

 

「ギムレット」

 

その手に構えたギムレットをラービットの顔面に向けて投げつけるように放った。要領としてはお笑い芸人がやるようなパイ投げに近く、8分割されたギムレットはラービットの顔面を正確に捉えた。ラービットはとっさにコアでもある『目』を守るために口を閉じたが、ギムレットはその装甲を穿ち、ヒビを入れた。

 

そこに月守は勝機を見出し、追撃をかける。

 

投球の要領で右腕を振るったため引いていた左手にキューブを生成し、素早くアンダースローの動きで左手を振るいアステロイドを放ち、ヒビ割れた装甲を完全に破壊した。

 

「よし、壊れたな」

 

淡々とした声で言った月守は、ラービットが両手で合掌する要領で握りつぶすような攻撃を仕掛けて来るのを察知し、すぐさま後退した。

 

パァン!と、大きな音を立てて攻撃を空振ったラービットを見て、月守は勝負を決めにかかった。両手からそれぞれハウンドとバイパーを生成し細かく分割し、ばら撒くようにそれらを放つ。本来、硬い装甲を持つラービットにとって細かく分割したハウンドやバイパーは効果が薄い。だが今はコアでもある『目』を守る装甲が破壊され弱点が露呈しているため、ラービットは四方八方から襲いかかる弾丸の全てを防ぐべく、目を硬い両腕で覆い隠す。

 

確実で堅実な防御姿勢で攻撃を凌ぐラービットだが、月守の追撃は止まらない。

 

ラービットが視界を覆うと同時に間合いを詰めながらギムレットを合成し、強固な腕…、正確には動きの支点となる肩関節の部分めがけてギムレットを放った。至近距離でラービットの足が止まっているがゆえに、速度と射程を大幅に削ぎ威力に割り振った分割無しのギムレットは、鉄壁の守りを発揮していた腕に大きなヒビを入れた。

 

損傷し、パフォーマンスが落ちるであろうラービットを見て、

 

「念のため、もう1本壊すか」

 

月守はそう言って静かに笑った。

 

*** *** ***

 

ピンポーン

 

来客を知らせるインターホンの音が作戦室に響いた。それとほぼ同時に部屋の主はリビングルームから移動して扉を開き、来客に応じた。

「どちらさま……ってあら。地木ちゃんのところの和水ちゃんじゃない」

 

「こんにちは、加古さん」

にこやかな笑顔で真香を迎えたのは、A級6位部隊を率いる加古望だった。3年の経験を持つ20歳のベテラン隊員であり、トリオンを球体状にして扱う独特なスタイルのシューターだ。加えて、身長168cmの真香からすれば珍しく自分より背が高い女性でもある。

 

物理的に上からの目線で、加古は穏やかに微笑みながら真香に話しかける。

「和水ちゃんがここに来るなんて珍しいわね。何か用事かしら?」

 

「用事というほどでもないんですけど……」

どことなく真香は不安そうな表情で尋ねる。

「先輩を探してるんです。昼のランク戦が終わったあと、どこかに行ったみたいで探してるんですけど、見ませんでしたか?」

 

顎に手を当て、加古は考えるそぶりを取ってから、その問いかけに答えた。

「……見てないわ。平日の昼だし、学校に向かったんじゃないかしら」

 

「学校には行ってないと思います。作戦室に、お財布とかリュックとか置きっぱなしだったので……」

 

「そう。でも荷物があるってことは、地木ちゃんは本部から出てないってことよね」

 

「はい、おそらく……。今はソロランク戦のブースとか、他の隊の作戦室とかを見て回ってるんですけど、見つからなくて。心当たり、ありますか?」

再度問われた加古は小首を傾げた後、

「無いことはないけど、私より普段地木ちゃんの近くにいる和水ちゃんなら、私が思いつきそうな場所はもう探されちゃってると思うわ」

と答えた。

 

もっともな加古の回答を受けた真香はしばらくの沈黙を経てから、納得したような表情を見せ、ぺこりと頭を下げた。

「わかりました。もう少し、捜してみます。お時間取らせてしまって、すみません」

 

「ううん、私こそ力になれなくてごめんなさいね」

生来の(突然変異的に生まれ持った)セレブオーラを纏った加古の謝辞を聞き真香は「いえいえこちらこそ」と丁寧に言い、踵を返し歩き出した。

 

しかし数歩歩いたところで真香は足を止めてクルリと振り返り、

「あ、それでも…」

どうでもいいことを思い出したかのような気軽さで、柔らかな笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「もし先輩を……()()()()()()()()()()連絡してくれると助かります」

 

そしてその笑顔を見て、加古はクスリと笑い、

 

「ええ、分かったわ。()()()()()()()()()()()、和水ちゃんに連絡するわ」

 

なんてことないように、ごく自然な様子でそう答えた。

 

*** *** ***

 

「はは、完全に壊れたな」

数度の攻防を経て月守はラービットの両腕を完全に破壊した。厳密には肩部分にギムレットを数発撃ち込み、もぎ取った形である。

 

攻守の要を担う両腕と、コアを守る装甲の両方を失ったラービットに、月守は止めを刺しにかかった。

 

「ハウンド!」

ラービットを囲むかのように、細かく分割したハウンドをゆったりとしたモーションで大量に放つ。1つ1つの威力としては微々たるもので、本来ならばラービットに対して牽制にすらならないような攻撃だ。しかし今は強固な両腕も堅牢な装甲も破綻しているため、ラービットにとっては襲いくるハウンドの全てが致命傷になり得る状態であり、否が応でもそちらに警戒を向ける。

 

ラービットの警戒心がハウンドに移ったその一瞬を狙いすまし、月守は左手からトリオンキューブを生成した。

 

(アステロイド)

 

そしてアステロイドを生成とほぼ同時に、ラービットに気づかれるより早くノーモーションで放った。

 

分割せず、それでいて威力は最低限。目測で割り出した距離から、弾丸の射程をラービットに届くギリギリに設定。そうして威力と射程を限りなく削ぎ落として弾速に特化したアステロイドは、狙撃用トリガーで最速を持つ『ライトニング』には劣るものの、十分な速度でラービットに放たれ、コアである『目』を穿つ。

 

「……っ」

呻き声に似た音がラービットから聞こえ、その動きが大きく鈍った。月守は念のためにキューブを再度生成しラービットの動きを注視した。だが数秒後にラービットはゆっくりと倒れたことにより、その警戒は杞憂に終わった。

 

「終わり、ですよね?」

 

キューブを霧散させつつ、月守は通信回線を使って不知火に尋ねた。

 

『討伐タイム、4分13秒。随分慎重じゃないか』

 

「大規模侵攻の時は見つけたら問答無用でレッドバレッド撃ち込んでたので、討伐目的の戦闘はこれが初なんですよ」

 

『ふーん。ならそういうことにしよう』

楽しそうな声で話す不知火だが、質問に答えてもらえなかった事に対して月守は溜息を吐いた。再度同じことを月守は尋ねようとしたが、

 

『ああ、ところで月守。ケルベロスって知ってるよね』

 

脈絡もなく不知火が奇妙な質問を放った。

 

「……?」

 

訝しみながらも、月守は質問に対して答え始めた。

 

「ギリシャ神話に登場する、3つ首の魔犬ですよね。冥界から逃げようとする死者を捕らえることから、別名『地獄の番犬』。冥府の王ハデスに対しては忠犬で、甘いもの好き。基本一頭、というかどれか1つの頭が寝てる状態ですけど、音楽を聴くと3頭仲良く眠るとか。確か某魔法学校でも賢者の石の……」

 

『オーケー月守、そのくらいでいい』

話し始めたことによりいい具合に記憶が刺激され、芋づる式に思い出してきた月守だったが不知火に止められた。

『中々語るじゃないか』

 

「このくらい一般教養じゃないんですか?」

 

『ま、それもそうか。………と思ってたけど、ワタシの後ろにいる2人が、「ケルベロスの生態が一般教養であってたまるか」みたいな顔をしてるから、どうやら一般教養じゃないみたいだ』

ケラケラと笑う不知火につられて、月守も微苦笑を漏らした。

「それで、ケルベロスがどうしたんですか?」

 

『ん?特別な意味は無いよ。ただ……』

言葉を紡ぎながら不知火はキーボードを叩き、別のプログラムを用意する。そして、

『冥府から逃げようとして、かの番犬を目の当たりにした亡者はどんな表情をするのかな……って思っただけさ』

その言葉とともに、次なるプログラムを起動した。

 

起動したことそのものに関して月守は気付かなかったが、先ほどと同じように目の前に英数字の文字列が生じたことにより、戦闘態勢の構えを取った。

 

構え方こそ同じだが、月守の警戒心と緊張度はさっきの比ではない。なぜなら、目の前に出現した英数字の文字列は等間隔に開いており、明らかに1体分ではなく3体分だったからだ。

 

しかしこの時点で月守は、

(ギリギリ倒しきれる)

と踏んでいた。

 

時間はかかるし、手傷は負う。腕の1本は飛ぶだろうし、トリオンも枯渇寸前まで使う。決して勝てたと堂々と言えるような出来にはならない。だが、それでも3体倒しきれる。

それが月守が実体化しきる前の3体を見た時の、正直な見立てであった。

 

しかし、

(……っ!ノーマル仕様じゃないっ!)

月守の予想は実体化が完了した3体を見た瞬間に瓦解した。

 

先ほど月守と戦闘していたのはボディが白いノーマル体(月守が知るよしもなかったがアフトクラトルでいうところのプレーン体)だったが、今月守の目の前に現れた3体は色違い(アフトクラトルでいうところのモッド体)であった。

 

月守が知る限りモッド体は3種類存在する。

薄い黄色を基調としたボディの『磁力型』。

灰色を基調としたボディの『飛行・砲撃型』。

紫を基調としたボディの『液体攻撃型』。

 

先の大規模侵攻の際に開戦から終戦、その後の救助活動まで行っていた月守だがその3種類以外のモッド体は見ておらず、またボーダー全体でもその3種類以外のモッド体は把握していない。

 

にも関わらず、月守の眼前にいる3体のモッド体はそれぞれ、()()()()()()()のボディの個体であり、既存の3種類に当てはまらない個体であった。

 

完全な新種が3体同時という事態に面し、月守の内心に動揺が走る。しかしそんな動揺など知ったこっちゃ無いと言わんばかりに3体のラービットは戦闘態勢に入る。そしてその瞬間、月守の動揺がピークに達した。

なぜなら3体が戦闘態勢に入ると同時に、赤褐色の個体と紺色の個体からそれぞれ、

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

聞こえてはいけないはずの音声が発せられ形態変化を始めたからだ。

 

「ウソだろ……っ!」

言いながら、月守の身体は強張った。

 

冗談であってほしいと願った。笑った不知火から、「なんちゃって、音声だけだよ。これぞ不知火ドッキリ!」とか小馬鹿にしたような通信が届いてほしいと願った。

 

だがその願いは、明らかにさっきのプレーン体を凌駕する速度と脚力を持ってして、たった1歩で間合いを詰めて殴りかからんとして拳を振りかぶる紺色のラービットによって砕かれた。

 

「ッ!」

 

月守はその拳を、ほぼ反射的に回避した。回避しきったところで思考が身体の動きに追いつき、足元にグラスホッパーを展開して踏みつけ、大きく後方に跳んだ。

 

とにかく一度距離を取らなければ、という一心での行動であったが、距離を開けて広くなった視界に無数の弾丸が飛び込んできた。

「フルアームズの弾幕……っ!」

言いながら月守はシールドを展開し、防ぎにかかる。

 

しかし圧倒的物量を誇る弾丸を前にして、シールドはあまり期待できないと判断した月守は、対戦相手であるラービット達に背を向けて全速力で逃げた。紺色のラービットはしつこく追撃してくるが、月守は細い裏道のような路地に入り込みラービットを惑わせる。そして一時的にラービットの視界から完全に逃れたところでバッグワームを起動し、近くにあった民家の壁に背中を預ける。

 

(反則だろあいつらっ!)

 

内心毒づきつつ、無意識のうちに昂ぶっていた呼吸と鼓動を月守はゆっくりと落ち着かせた。

 

そして落ち着いていくにつれて、あの3体のラービットについて頭が半ば勝手に考察を始めていた。

 

(あいつらは多分、不知火さん独自のラービット……アフトクラトルのトリガーをそのまんま再現させられなかったのか、おふざけなのかは分からないけど、ボーダーのトリガーをラービットにくっつけたんだ)

 

月守の考察は、概ね正しい。3体のうち2体が使ってきた『フルアームズ』と『ガイスト』はボーダーのトリガーだ。

 

全武装(フルアームズ)は通常左右1つずつの計2つまでしか同時使用できない、という制約を突破するためのトリガーであり、装備しているトリガー全てを同時に展開することができる。

 

ガイストは莫大なトリオンの消費と時間制限でベイルアウトするというデメリットと引き換えに、白兵戦特化(ブレードシフト)、射撃戦特化(ガンナーシフト)、機動戦特化(スピードシフト)など、特定のスタイルに特化した戦闘体と武装を得ることができるトリガーだ。

 

どちらもボーダーのトリガーだが、月守は1つ疑問を抱く。

 

(問題は、なんで()()()()()()()()()()()()()を本部所属の不知火さんがラービットに搭載してんだってことなんだけど……)

 

フルアームズとガイストは、現ボーダー最強部隊とも言われる玉狛支部所属玉狛第1部隊の隊長である木崎レイジと、隊員の烏丸京介にのみ与えられた、彼ら専用の一点物である。このトリガーには玉狛支部の支部長である林藤が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の技術を使用しているため、本部では規格化・量産どころか設計のメドすら立っていないはずである。ゆえに、本部所属の不知火が作れるはずがないのだが、月守は疑問を抱くと同時にいくつかの仮説も立てていた。

 

(でもまあ、不知火さんだしなぁ……。大方「なんとなくそれっぽく作った」とかかもしれないし……。それか、飲み会とかで林藤さんとか玉狛エンジニアのクローニンさんとかとベロンベロンになるまで酒呑んで設計プロセス聞いたとか……それか案外、堂々と玉狛に取引持ちかけたのか……)

 

と、いくつか仮説を立てたものの、どれ1つとして確証はない。だが結論として、

『あの人なら作っても不思議じゃない』

という奇妙な納得感だけが月守の中に残った。

 

仮説を立てたことが丁度いいガス抜きになったのか、月守の呼吸と鼓動、そして動揺はだいぶ治まっていた。視界の右隅にデフォルトで表示しているレーダーを見て遠くにいる敵の位置を確認しつつ、意図してゆっくりと一呼吸取って思考を完全に切り替える。

(いきなりで驚きはしたけど……大丈夫。あいつらが玉狛のトリガーを搭載してるなら難易度は生半可じゃない。けど、一体ずつ、ヒットアンドアウェイで時間さえかければ、まだなんとか倒せる)

それは、だいぶ甘い希望的観測が含まれた、都合のいい作戦だった。かと言って他の作戦も思いつかず、月守はそれにすがるような気持ちで、戦うために1歩踏み出した。

 

『表情に余裕があるね。勝てると思ってるのかな?』

 

動き出すのを見計らっていたようで、不知火からの通信が入った。どこからモニタリングされているのか分からない月守はひとまず路地を伝い塀に潜みつつ、少し視線を上げて何もない宙空を見据えて、それに応じる。

「余裕なんてないです。1つしくじったらすぐに戦闘不能ですし」

 

『だろうね。それと1つアドバイスだけど、ラービットに搭載しているレーダー機能はボーダー式だからバッグワーム自体は有効だよ』

 

「お気遣いどうもです」

アドバイスを受け取った月守は、素早く動き出した。正直なぜ玉狛製のトリガーをラービットが搭載しているのか気になるところではあったが、その疑問を後回しにして月守は前を見た。

レーダーに映る輝点は2つ。離れた位置にあるため奇襲をかけて即撤退……という計画を立てたと同時。繋いだままの通信回線越しで不知火は笑った。

 

『君が言った通り、本来ケルベロスは3つ首のいずれかが眠っている』

 

「……?」

急に何を言い出すのかと疑問を覚えるが、不知火の言葉は途切れず続く。

 

『でもそれは、ギリシャ神話においてのケルベロスの話だ』

そして不知火はまるで宣言するかのように、

 

 

『ワタシのケルベロスは眠らない』

 

 

と、言った。

 

 

そしてその次の瞬間、内臓を揺さぶられるような鈍い音とともに、月守は()()()()()()()()()()()

 

「っ!!!?」

 

殴り飛ばされた月守は民家や塀をいくつか貫通したところで停止し、態勢を立て直した。生身ならば即死確実だったが、頑丈なトリオン体ゆえに軽い脳震盪に似た小さな揺らぎだけで済み、月守はなんとか立ち上がった。瓦礫の中に舞う粉塵を吸い込んだことにより咳き込みつつ、月守は思考を展開する。

 

(いやちょっと待てっ!なんで俺は今殴られたんだっ!?)

 

その疑問はもっともなものである。

戦闘の基本は、位置情報の把握だ。目視できればそれに越したことはないが、全方向360度をカバーするなどできるはずもなく、遮蔽物があれば尚更目視で全てを把握するのは不可能である。当然ながら視界が及ばない範囲に関してはレーダーや聴覚に頼るしかない。

 

そして月守は視界の右側に常時レーダーを展開しており、それの監視を怠っていない。一手を争う場面や複数の敵に対処する乱戦の最中ならまだしも、これから襲撃しようという局面で殴打が出来るほど接近した敵の存在に気付かないわけがない。実際、殴られる瞬間まで月守はレーダーを見ていたのだ。

 

だが、それでも月守は敵の接近に気付かず、殴られた。一瞬、

(小南先輩がそんな小技的なトリガーを使うかな……)

と考えたが、別に不知火製ラービットが全部玉狛トリガーを用いたものとは限らないと気づいた。レーダーに映る2つの輝点が接近してくることに焦りつつも思考を一旦白紙に戻し、リセットした思考で月守は柔軟に分析を始める。

 

(不意打ちされるとしたら背後からバッグワーム。次点で乱戦カメレオンと遠距離テレポーター。レーダーに反応なかったからバッグワーム機能を持ったラービットか。でも殴られたのは真横。見えるし気がつく。不知火さんとの通信に気を取られてたから拾い損ねた。違う、それで音を聞き流すことはあっても、見逃すなんてことは万に1つもないだろ)

 

接近を許した原因が掴めない月守は対策のメドが立てられず、焦りは加速する。そしてその焦りを嘲笑うかのように、

 

ジャリっ

 

と、月守の目の前でしっかりと地面を踏みしめたような足音が鳴った。

 

「ちょっ……!?」

 

音に乗った殺気にも似た何かを感じた月守は、咄嗟に腕を交差させてシールドを2枚重ねて防御の構えを取ると同時、そこに狙いすましたような一撃が繰り出され、再びいくつかの民家や塀を貫通するほどの勢いで飛ばされる。身体的ダメージそのものは薄いが、動揺が大きく態勢を立て直すのにもたついてしまう。

 

やっとの思いで立ち上がった月守は、今のラービットの仕組みを確信した。

(今のもレーダーにラービットは映ってなかった。なら、そういうことか……っ!)

荒唐無稽な答えだか、これしか考えられない。

盛大な舌打ちをして、月守は通信回線の向こうにいる不知火に怒鳴りつけるように叫んだ。

 

「流石にカメレオンとバッグワーム機能の併用は反則じゃないですか!!」

 

と。

 

『あっははははっ!!』

月守の怒鳴り声とは対照的に、不知火は楽しそうな声で盛大に笑い返した。

『よく見抜いたね』

 

「ありえないとは思いましたけど、それしか考えられなかったので。にしても、マジでシャレにならないですよ」

 

『いや、そうでもない。2つのステルスを両立させる代償として機能自体の容量がめちゃくちゃかかるし、ステルス完全起動まで30秒はかかる。普通の戦闘体で使おうとすれば、スロットを6枠喰う規格になるし、起動中もとんでもない勢いでトリオンを使う。理論上は二宮くんであっても69秒しか保たないよ』

それを聞いた月守は、そこに勝機を見出す。

 

(トリオンの消費が激しいなら、ステルスが切れるまでなんとかしのげれば……)

 

『あ、ちなみに君と違って、今戦ってるラービット達は戦闘用トリオン無限仕様だからステルスは切れないよ』

 

「ちくしょうっ!」

月守が見つけた勝機を握りつぶされたのと同時、再び眼前で足音が聞こえた。3度めのステルスラービットの襲撃を察知した月守は、一か八かで右に跳んだ。跳んだ次の瞬間、月守がいた場所が大きく陥没し轟音が響いた。

 

かろうじて回避できた月守はステルスラービットがいるであろう場所を睨みつけつつ、今度こそ、そこに勝機を見出す。

(姿を消すカメレオンとレーダーステルスのバッグワームの組み合わせは反則だけど、音までは消せてないっ!音さえ拾えば……っ!)

戦える。

 

しかしその希望は、

『フルアームズ・オン』

『ガイスト・ガンナーシフト』

斜め後方の左右からそれぞれ聞こえた音声により、またもや潰える。

 

考えるより早く月守は振り返りシールドを展開する。

 

しかしシールドを生成しきるより早く、大量の弾丸が月守を襲った。

肩や腕にロケットランチャーやガトリングを装備した赤褐色のフルアームズラービットと、腕を巨大なライフルに形態変化させた紺色のガイストラービットの火力に為すすべ無く月守のトリオン体は撃ち抜かれ、そこで一度視界がホワイトアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

『トリオン供給器官と伝達脳破損、ついでにトリオン多量流出の三重苦。豪華なワンキルだったね』

 

気づけば月守は仰向けに倒れており、憎らしいほどの青空を見上げていた。

「つぅ……」

視界が戻ると同時に不知火から通信が入り、確かに豪華な負けっぷりだったと月守は思った。実際のところ、月守が記憶している限り今回に勝る敗北はなかった。

 

態勢を起こすと再び眼前には三体のラービットがいたため月守は驚くが、動きが不自然なほどピタリと止まっていたため、不知火が外部からプログラムを止めているのだと判断して冷静さを取り戻した。

「…国近先輩風に言うなら、ムリゲーってやつですかね」

 

『くにちか……あ、太刀川くんのとこの柚宇ちゃんか』

 

「親しげですね」

 

『気晴らしがてら作戦室にお邪魔して、たまに一緒にゲームする程度だよ』

仕事中に何をしてるんだと突っ込むべきか迷ったが、月守はそれをスルーした(というよりも突っ込む気力がなかった)。

『うん、それはさておき…。ひとまず月守的には難易度が高いって認識でいいのかな?』

 

「少なくとも、俺にはキツイです」

 

『うんうん、そっかそっか』

にこやかな声で月守の意見を聞いた不知火は、

 

『さてと、それじゃあ月守。ワタシこれから会議やら何やらでしばらく席外すからさ。ワタシが戻ってくるまで、ひたすらエンドレスでラービットと戦っててくれるかな』

 

さらりと、あっさりと。月守にそう言い放った。

 

「は?」

 

『ラービットの挙動の他にもステージそのもののデータも欲しいからさ、何戦か戦ったら別のとこにランダムで変わるように設定しとくよ。そうすれば飽きないだろう?』

 

「いや、ちょっと不知火さん……飽きるとか飽きないの問題じゃ……」

 

『んー、バトりっぱなしもしんどいだろうし、適当に休憩時間が入るようにもしてあげよう』

 

「ちょっ、不知火さんっ!」

無理やり会話の流れを止めるべく月守は鋭い声で叫んだが、不知火はさして特別慌てる様子もなく会話に応じた。

『何か不満でも?』

 

「不満も何も、むちゃくちゃじゃないですか、こんなの」

 

『あはは。こんなのって言うけどね、ぶっちゃけこの程度もこなせない奴に稽古をつける気はないよ』

 

「………」

笑いながら言う不知火の言葉を聞き、月守は再びため息を吐いた。

「……ってことは、これをこなせたら稽古をつけてくれるってことですね?」

挑発するような声と表情の月守に呼応するように、不知火も挑発するような声と表情を浮かべた。

『つけてあげるよ。ま、この子達を攻略した上で稽古が必要って言うなら、だけど』

 

「上等です。正直キツイですけど、何戦かやれば攻略の糸口ぐらい掴んで見せます」

胸の前で、右手で拳を左手の手のひらに打ち付けつつ、月守は気合いを入れた。

『はは、やる気になっただけで随分と余裕のある表情になるね』

クックと喉を鳴らした不知火は、やる気を見せる月守にとっておきの爆弾を投下した。

 

『でもあんまり長々と戦うのはオススメしないよ月守。今、その仮装空間は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を適用させてある。いつか勝てれば……なんて心構えで戦ってたら、あっという間にポイント持ってかれるよ』

 

と。

 

「…………え?」

冗談だろうと、嘘だろうと、月守は思った。

「……っ!」

しかし同時に、喉元に刃を添えられたような危機感を感じとり、慌ててソロポイントを確認した。

月守はトリガーのソロポイントやランキングは、記憶こそしているものの固執してはいない。一時期は訓練生に降格しないならいいや、と、思い全く執着しなくなったこともあった。だが先日の大規模侵攻で獲得した特級戦功にて左手のバイパーが久々にマスタークラスの目安である8000ポイントを越えたのが柄にもなく嬉しく、ここ最近は気にかけるようになっていた。

 

しかし、戦闘前には8104ポイントあったはずのバイパーが、

「7995……」

確かに、減っていた。

 

(待て待て待てっ!?一回の負けで109は減りすぎだろっ!いや違うっ!俺は一回ラービットに勝ってるから、その分も含めるとそれ以上のポイントが……っ!)

トリオン体に血液は通っていないが、血の気が失せたように月守の顔はみるみるうちに青ざめていく。

「……さすがに、()()は冗談……ですよ、ね?」

藁にもすがる思いで月守はなんとか言葉を絞り出したが、

 

『さあ、そう捉えてもいいよ。そう思うならそう思ってればいい。そんで訓練生からやり直せ』

 

突き放すように残酷さを滲ませた声で不知火はそう言い放ち、通信回線を遮断した。

 

「ちょっ、不知火さん?不知火さんっ!?」

 

月守は通信回線の接続を試すが、繋がる気配は全くない。再度接続しようと試みるが、

 

『フルアームズ・オン』

『ガイスト・オン。スピードシフト』

『パーフェクトステルス・オン』

 

まるでそれを拒むかのように、ラービット達が行動を開始した。

 

動き出した3体のラービットを必死の形相で睨みつける。

「……理不尽すぎんだろ……っ!」

この空間に放り込まれてから感じた全ての理不尽に対する感情をその言葉に押し込め、月守はトリオンキューブを生成する。

 

のちに『ケルベロスプログラム』と名付けられることになる、理不尽極まりない戦闘が、始まった。




後書きです。

私の記憶力はそれなりに歪です。
今回の話を書きながら、
(そういえば、ケルベロスみたいな名前のクリーチャーがデュエルマスターズにいたなぁ)
と思ったのですが、そのクリーチャーが闇文明で7マナでパワー8000でダブルブレイカーで種族デーモンコマンドで闇文明以外のクリーチャーの召喚コストを2マナ増やすという能力持ちということを思い出せても、肝心の名前を思い出せません。

次回のお話は説明回になると思われます。不知火さんのぶっ飛び行動の意図が多分語られます。

本作を読んでいただき、本当にありがとうございます。この日に投稿できて良かったです。


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第61話「地獄の中で足掻く者」

色々謝らなければならないことはたくさんあるのですが、何よりも先に、長らく時間が空いたことを謝らせてください。この夏は色々とデスマーチでした。

途中、なんにも書けなかった期間があって文章に違和感を覚えられるかもしれません。すみません。

本編、どうぞ。


『戦闘体活動限界、月守ダウン』

 

抑揚のない無機質な音声により、月守は自身の敗北を否が応でも認識して舌打ちをした。

「言われなくても分かってるっての……っ!」

敗北後にランダムな地点へと無造作に転送された月守は態勢を立て直してバッグワームを起動しつつ、左手の甲に目を向けてポイントを確認した。

 

(7131……っ!くそ、ポイントの減りが早過ぎるっ!)

 

みるみると減っていくポイントを目の当たりにして、月守の胸の内には焦燥が渦巻き続ける。3体のラービットを相手に戦闘を繰り広げる月守だったが、今のところ突破口になり得るものは何1つ掴めておらず、それがまた月守の焦燥を加速させ、

 

(どのタイプもノーマルな奴に比べて若干装甲は薄いみたいだけど、それでも十分硬い。しかも3体とも戦い方が別物だから、まとまってくると対処が追いつかない。第一、ステルスラービットがマジで反則なんだよ)

 

内心、そう毒づいた。

 

3体とも厄介だが、月守はその中でもステルスタイプのラービットを特別警戒していた。使ってくるのが姿を消すだけのカメレオンならばトリオン反応を追尾するハウンドを主軸にして応戦できるが、バッグワームの機能が付加されたステルス(不知火製ラービット曰くパーフェクトステルス)の前ではハウンドも無効化され、打つ手がなかったからだ。

 

ハウンドが無効という結論に辿り着きラービット達の攻略に行き詰まるものの、それとは別に月守の中にはある考えが……否、違和感が芽生え始めでいた。それは例えるなら、迷路の途中で分岐点を間違えゴールに届かない道を延々歩いているような、感覚。長い英文を解読する途中で重要な単語の翻訳を間違えて意味が通じなくなった文を読み進めているような、感覚。

 

突き詰めるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、月守は全身を包まれていた。

 

しかし月守が分かるのはそこまでだった。

 

自分は何かを間違えている、だがそれが何なのか分からない。月守はその先に思考を進めようとしたが、それは叶わなかった。

 

視界に常に表示し続けているレーダーが2体のラービットを捉えたことにより、月守は思考を無理やり止めて意識を切り替えた。

(レーダーには映ってないはずなのに、やけにピンポイントで集まってくるな……)

そんな疑問を抱きつつ、月守はゆっくりと一歩踏み出し、勝ち目のない戦いへと足を再び踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

そんな月守の戦いを、不知火は開発区画にある会議室にて、自前のタブレットで観察していた。本来ならば研究室にてじっくりと観察していたかったのたが、今から始まる開発室班長会議を筆頭にスケジュールが目白押しという都合上それが叶わなかった。

 

3体のラービットを相手に必死の戦闘を繰り広げる月守の姿を見て、不知火は口元を緩め、

(勝ち目がないって思いながらも足掻いてるって感じだね、咲耶。けど、それでいい。死ぬ気で足掻きなさい)

声にこそ出さないものの、エールを送った。

 

「楽しそうだな」

そんな不知火を見て、同じく会議室に移動していた鬼怒田が声をかけた。

「あはは、だろうねぇ。実際、楽しいし」

 

「……あんな戦闘を観てそう言えるお前は、相変わらず性根が歪んどるな」

不知火がタブレットで観ているものの中身を知っている鬼怒田は、どことなく不機嫌そうな表情をしていた。鬼怒田にとって、月守は基本生意気で小憎い隊員といった認識であり、特別擁護するような隊員ではない。しかしそうだとしても、3体のラービットを相手にして一方的に敗北を重ねていく姿を見れば多少同情していまうのが人情というものである。

 

月守への同情心から鬼怒田は「性根が歪んでいる」と言ったのだが、それを聞いた不知火は肩をすくめた。

「ポン吉、まさかとは思うけどさ。ワタシがサディスティク的な性格をしてるからってだけで、意味もなくあの子をラービット達と戦わせてると思ってるんじゃないよね?」

 

「……もちろん、そうは思っとらん。だが何か理由があるとは言え、それを抜きにしてもやりすぎとるとは思っとる」

 

「うーん……むしろ今回はやり過ぎないと足りないくらいなんだけどね」

 

「どういうことだ?」

疑問を投げかける鬼怒田を見て、不知火はやんわりとした笑みを浮かべ「他のメンツが来るまで説明してあげる」と前置きをしてから、今回の戦闘の意図を話し始めた。

 

「いきなりだけどさポン吉。月守って不安定だと思わない?」

 

「それは、戦闘員としてか?」

 

「そうそう、戦闘員として。強い時と弱い時と言うか……戦闘力の幅が、あの子はちょいと大きすぎる。最近だと、大規模侵攻で人型ネイバーと戦った時が桁外れに高かったけど、その反面今日のランク戦とかはお粗末というか……ひどい出来だっただろう?」

そう言われて、鬼怒田は大規模侵攻の時のことを思い出した。

 

大規模侵攻時に現れたアフトクラトルの人型ネイバーは、6人。ブラックトリガーやアフトクラトル独自の強化トリガーを用いていた彼らに対してボーダーは大きな打撃を受け、いいように掻き回されていた。いずれも複数隊、もしくは精鋭たるメンバーを数名当てて対処していたが、そんな中、月守咲耶だけは単騎で人型ネイバーを撃破するというある種驚異的な戦果を残していた。

そしてその時の月守を基準にして考えれば、今日のランク戦の出来は確かにお粗末なものだと、鬼怒田は納得した。

 

理解した様子の鬼怒田を見て、不知火は1つの疑問を提示した。

「さてそうすると、月守はなんであんなにも戦闘力が不安定なのかっていう疑問がでるよね。そこにはちゃんと、理由がある」

ニコリと笑って不知火はその理由を語り出した。

「その理由はずばり、トリガー構成。未だに構成を固定しないで何度も変えてるから、安定しないのは当然と言えば当然だね」

 

「優柔不断なやつだな」

 

「それは否定しない。けど、固定できない理由はそれだけじゃない」

 

「……大方、8枠では足りんのだろう」

 

「その通り」

鬼怒田の予想を、不知火は指パッチンと共に肯定した。

「月守は本職のオールラウンダー達とはまた違った意味合いで万能型だからね。きんに……レイジ君みたいに14枠ぐらいで構成を組みたいって言うのが、あの子の本音だろう。多分月守の感覚的に、8枠だと両手の中指から小指を縛られて日常生活するようなものじゃないかな?生活できなくはないけどちょっと不便、みたいな感じ」

 

「……言い分はわかったが、奴をそれで特別扱いはできんぞ」

 

「あはは、だろうねぇ。そもそも月守に関しては、ボーダーに居られるってだけでもう十分特別扱いみたいなものだしね」

クスクスと笑う不知火を見て鬼怒田は1つため息を吐いた。

 

「トリガー構成が決まらんことと戦闘力が安定せんことが繋がっとるのはわかった。しかし、それが今回のラービットとの戦闘と、どう繋がる?」

 

「どう、どころかがっつり繋がってるよ」

言いながら不知火はタブレットの画面を鬼怒田に向け、相変わらず負け続ける月守の姿を見せた。

「現状、ポン吉はこの月守の状況をどう見る?」

 

「勝ち目がない戦いに放り込まれて、とんでもない早さでポイントが失われていく事に焦りながら、必死に足掻いているようにしか見えんわい」

 

「ふふ、実際はあの仮想空間限定で見かけ上ポイントが増減するだけで、本当は1ポイントたりとも変わらないんだけどね。でも、ポン吉の見方は良いよ。月守はただ足掻いているように見えるだろうけど、当の本人にしてみればその足掻きは文字通り死に物狂いだ」

タブレットの縁をなぞりながら不知火は語り続ける。その姿はまるで、獲物に狙いを定めたヘビを思わせ、鬼怒田はほんの一瞬だけ小さく身震いした。

「死に物狂いで足掻き続けるなら、余計なものは持っていられない。本当に必要なものだけを残して、それ以外は削ぎ落とす。そして削ぎ落とされて手元に残ったものを使い続けることで、それはより一層洗練される」

 

そこまで言った不知火はやんわりと微笑み、

「……追い込んだその先で、あの子はギフトを最大限に活かせる8枠のトリガーを見つけ出すよ。それらの最適な使い方もね」

そう断言した。

 

それを語る不知火の穏やかな声からは一片の曇りもなく、月守がそうなることを確信している事を思わせた。

 

そして不知火の説明が終わるとほぼ同時に、

「あれ、2人とも早いですね」

これから始まる会議の出席者の1人である、寺島雷蔵が現れた。雷蔵を見て、不知火は挨拶のつもりで声をかけた。

 

「やあサンダー寺島。また丸くなったんじゃないの?」

 

「大きなお世話っす。というか、エンジニア勢の中でもぶっち切りでめちゃくちゃな生活してるの副長が1番健康体ってのがおかしいんす」

 

「健康の秘訣は体内アルコール消毒」

 

「いや、それってつまりは酒ですよね?」

 

「イエス」

ケラケラと笑いながら話す不知火につられる形で、雷蔵は呆れたようなものではあるが笑みを見せた。すると雷蔵はふと思い出したような表情をして、

「あ、そういえば鬼怒田室長。会議の前にちょっと確認したいことが……」

鬼怒田と軽い打ち合わせを始めた。

 

そんな2人の姿を見ながら、不知火はぼんやりと思考を巡らせる。

 

(ポン吉にはそれっぽく言ったけど、実際咲耶の戦闘力にムラっ気があるのはトリガー構成の他にも、殆どの戦闘が手抜きっていう別の理由の方が大きいんだけどね。ポン吉に言ったら面倒になりそうだから言わないけど……)

 

タブレットの画面を消し、他の班長が集まるのを待つことに手持ち無沙汰感を覚えつつ、その理由についての考察を続ける。

(完全に無自覚だろうけど、あの子は殆どの戦闘で手を抜いてる。まあ、A級4位の夕陽隊だった時とか、去年の5月にあんな事件を経験しちゃった咲耶からすれば、B級ランク戦や防衛任務はちょいと物足りない戦闘だろうから、本気を出せないって表現の方が正確かな)

 

思考の大半を考察に割きながらも不知火の手は半ば勝手に動き、空いている隣の席に携帯式の小型ブーブークッション(自作)を仕掛ける。

(そしておそらく、あの子の中にはそうした経験を基にした『本気で戦う時はこうであるべき』みたいな基準が……言うなればスイッチが出来上がってる。しかもタチの悪いことにそれに関して無自覚だし、その基準ってのは大規模侵攻の時みたいに戦況依存してるのが大きいみたいだから、あの子は自分で本気になるスイッチを押せない)

 

ブーブークッションを仕掛け終えた不知火は誰が座るのかワクワクしている事を全く表情に出さず、ただ仕掛けが決まるのを待ちながら、

(本来ならその事をきちんと説明した上で、その辺のコントロールが上手くなるように指導するのがいいんだろう。けど、そんな悠長な事をしてるヒマはワタシにもあの子にも無い。だから荒療治だけど手抜きなんてできない戦闘に身を置き続けて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

月守に対する考察を、そう締めくくった。

 

しばらくすると他の出席メンバーである班長たちが徐々に集まり、会議が始まった。尚、イタズラでセットしたブーブークッションに座ったのは雷蔵であり、引っかかった本人を筆頭にどよめく中、不知火だけは盛大に笑った。本日2度目となる鬼怒田の落雷(お説教)を食らうことになったが、不知火は案の定と言うべきかその落雷を、笑いながら華麗に捌き続けていた。




ここから後書きです。

不知火さんが月守に何故理不尽なメニューを課したのか?ということの説明回です。本当はこの後に別場面のエピソードが続くのですが、収まりが悪いので2話に分割させていただきました。
ダッシュで手直しを済ませます!

そして最後に。
時間が長く空いたにも関わらず読んでいただき、本当にありがとうございます。またその間に、感想を送ってくださった方々には感謝してもしたりないくらいに感謝しています。へこたれそうな時に感想を読んで、何度も助けられました。

ありがとう。


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第62話「魔法の一言」

月守が不知火の研究室で3体のラービットを相手取っていた、その一方……。

 

*** *** ***

 

「ほらもう、泣いてないで元気出しなさい」

A級6位部隊の隊長を務める加古望はその作戦室にて、

「……泣いてないもん」

目を真っ赤に腫らした地木彩笑の隣に座り、彼女を励まして…、というよりはあやしていた。

 

加古は、拗ねたように顎を机に乗せた彩笑の髪の毛を指先で弄りながら言葉を投げかける。

「それにしても、『匿ってください』ってメール来た時はビックリしたわよ」

 

「……ごめんなさい。平日のお昼だから、大学生くらいじゃないと暇してないかなって思って……」

 

「ああ、ううん、匿うのはいいのよ。事情はさっき一通り聞いたしそれは別に構わないわ。でもその前に彩笑ちゃん?大学生は別に全員が全員、暇なわけじゃないわよ?」

 

「……太刀川さん、平日のお昼でも作戦室とかソロランク戦のブースとか、本部でウロウロしてるから」

 

「学科試験を目前にして死にそうな顔になってる人を模範的な大学生にしちゃダメよ」

ピシャリと断言した加古は1つ咳払いをして、話題を元に戻した。

「まあでも、本当に匿うのは別にいいのよ。泣き止むまで、ここにいなさい」

 

「だからもう、泣いてないってば」

 

「あら。じゃあ、さっき追い払ってあげた和水ちゃん、ここに呼んじゃおうかしら」

笑顔でスマートフォンを取り出す加古を見て彩笑は慌ててそれを止めにかかる。

「や、それはダメ!」

 

「どうして?」

 

「……さっき真香ちゃんに、泣かないでって……笑おうよって言ったばっかりだから……。今、真香ちゃんに会ったら、泣いてたの絶対にバレちゃう……」

スマートフォンを奪おうとする彩笑を空いている片手であしらい、加古は口を開く。

「冗談よ、じょーだん。笑いながら人の弱みにつけ込むほど、私はひどい人じゃないわよ」

 

「……もし握った弱みが、太刀川さんとかニノさんとかのだったら?」

スマートフォンを奪うのを諦めた彩笑がジト目で問いかけ、

「迷いなくつけ込むに決まってるじゃない」

加古は清々しいほど躊躇いなく即答した。

 

あまりの潔さと即答ぶりに彩笑は一瞬面を食らったような表情を浮かべたあと、力の抜けた苦笑いを見せた。

「もー、加古さんってやっぱりイジワルだね」

 

「彩笑ちゃんのところの月守くんほどじゃないわ。さっきランク戦の動画見たけど、あのバイパーは相当性格悪いじゃない」

 

「あはは……うん、確かに咲耶はイジワルなところもあるけど……それ以上に……」

そこまで言った彩笑は一度言葉を止め、少し迷ったそぶりを見せたあと、どこか気恥ずかしそうに言葉を続けた。

「いいやつだから」

 

「……いいやつ、ね」

気恥ずかしそうながらも真っ直ぐなその言葉を受け、加古は彩笑から視線を逸らしてから会話を再開させた。

「うん、月守くんがいいやつなのは知ってるわ。……昔、彩笑ちゃんのために……重い懲罰があるのを覚悟した上で、本気の本気で怒ってくれたくらいだものね」

 

「うん……。あ、でも今思えば、あの時の咲耶はちょっと…、というかかなり、やりすぎだったかな」

 

「あんな悪ガキ供にはあれでもまだ足りないくらい……って言いたいけど、実際あのランク戦を観て気持ち悪くなる子がたくさんいたし……。上層部でも、ランク戦中はいつでもベイルアウトできるルールにするべきだって意見が出てきちゃうくらいには問題になったし……。まあ、そう考えるとやりすぎだったのかしら」

 

「んー、今の咲耶なら、

『神音に見られたら教育に悪いじゃん』

とか言って、絶対にやらないと思う」

 

「過保護ねぇ」

 

「咲耶は基本誰にでも優しいけど、神音ちゃんには特に優しいもん」

どこか他人事のように言う彩笑を見て、加古は深く考えずに思ったことをそのまま口にした。

「彩笑ちゃんも十分に優しいわよ」

 

「……」

しかしその『優しい』という言葉を聞いた彩笑は数回パチパチと瞬きをした後、自嘲的な笑みを浮かべた。

「加古さん、ボクは優しい人じゃないよ」

 

「そう?」

 

「そうだよ」

躊躇いなく断言した彩笑は、視界がジワリと滲むのを感じながら、

 

「だって、本当に優しい人なら……助けてくれた人に向かって、あんなひどいワガママ……言ったりしないもん」

 

震える声でそう言い、そして言い切るや否や瞳から大粒の涙をボロボロと零し、再び泣き始めた。

 

加古はそんな彩笑を宥めるため、その小さく華奢な背中を撫りながら声をかけた。

「その……彩笑ちゃんが言うワガママって、さっき月守くんに言った『ダブルスタイルを使わないで』……のことよね?」

 

「……ん」

言葉短く、小さく頷いて肯定を示した彩笑を見て、加古は首をわずかに傾げた。

 

(でも、彩笑ちゃんが言うことは最もじゃない?)

 

加古には彩笑が言うことがそこまでワガママだとは思えなかった。あくまでチームメイトからの忠告、要望のレベルであって、ワガママというには程遠いように思えた。

 

「ねえ彩笑ちゃん。それは、本当にワガママなのかしら?」

 

「ワガママだよ」

 

「そうかしら?」

頑なにワガママだと言い張る彩笑を、加古は崩したいと思った。

 

ただ意地を張っているだけなのか、それともそう言い張れるだけの何かがあるのか、知りたいと思った。

 

(……それこそイジワルかもしれないけど、ごめんね、彩笑ちゃん)

心の中で加古は謝罪し、彩笑に食ってかかった。

「月守くんは銃手と射手両方いける技術も適性もあるけど、あの自由豊かな発想力は明らかに射手向けよ。大規模侵攻の時も射手スタイルで戦って結果を出してるし、戦闘力の面で見てもそっちを使ってる時の方が高いじゃない。今日のランク戦だって、月守くんが射手スタイルで戦ってれば勝てたって見方をする人が大半じゃないかしら?」

 

そこまで言った加古は一度言葉を止め、彩笑の反応を伺った。出続ける涙に構うことなく、彩笑は小さく口を開いた。

「加古さんも、そう?」

 

「……?」

 

「加古さんも……今日のランク戦で、咲耶がダブルスタイルじゃ無かったら、ボクたちが勝てたと思う?」

 

「……勝敗までは断言できないけど、少なくとも那須ちゃんや村上くんをもっと追い詰めたり苦しめたりはできたと思ってるわ」

口調こそ静かで穏やかだが、その内に自信を秘めた答えを加古は彩笑に告げた。

 

(さあ、彩笑ちゃんは何て言うのかしら)

 

好奇心が多分に混ざった目で彩笑を見つめ、答えを待つ。

 

そして数秒の間を開け、彩笑は、

 

「……うん、そうだね。()()()()()()()()()()()()()()

 

予想に反して、加古の答えを肯定した。

 

「……へ?」

思いがけず間の抜けた声が出た加古だが、それに構うことなく彩笑は言葉を続けた。

「射手スタイルの咲耶、ホントにすごい。トリオンいっぱいあるだけでズルいのに、フルアタックに合成弾も使えて火力あるし、置き弾とか騙し弾、それに自由自在なバイパーみたいなテクニックもあるから攻撃の幅がすっごい広いでしょ。枠の制限あるから取っ替え引っ替えだけど、レッドバレッドとかスパイダーとかオプショントリガーもバッチリ使えるし、オマケにボクほどじゃないけどグラスホッパー使えて機動力だってある。それになにより、頭いいの!組んで戦えばわかるけど、ホントにもう『何手先まで何パターン考えてんのっ!?』って感じ」

涙はまだ止まりきっていないが、それが時間の問題だと思えるほど彩笑は楽しそうに饒舌に月守について語り続ける。

「やろうと思えば接近戦もできるし、点だって取ろうと思えば取れちゃう。あの、よくわかんない体質?のせいでシールドが脆いから防御が苦手ってこと以外、欠点らしい欠点無いんだ。おんなじ射手として、加古さんはどう思う?」

そんな彩笑に気押されながら、加古はなんとか反応を返した。

「そ、そうね……。改めて言われると確かに、いい射手ね」

 

「でしょ!」

まるで自分のことを褒められているかのような、心底嬉しそうな声で彩笑は答える。それから気恥ずかしさを隠すように左右の指を組み合わせつつ、

「……咲耶、ホントにすごいの。なんていうか……。ボクが男の子だったらっていうか……生まれ変わったらあんな風になりたいなって感じの……」

これまで自らの胸の内に秘めていた、

「……憧れ」

何1つ飾らない本音を、吐露した。

 

他の感情や雑念が何1つ混ざることなく、純粋な尊敬の念だけが宿った彩笑の瞳を見た加古は、

「羨ましいわ」

彩笑にも自分にも、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。

そこまで純粋に、隣にいる人を尊敬できる彩笑のことが、どうしようもないほどに羨ましく思えたのだ。

 

同時に、なんとなく加古には理解できた。

 

彩笑が月守に出す要望の、どこが、何がワガママなのか。何故それを口にしたと同時に涙を流したのか、なんとなくのようでいてはっきりと、理解できてしまった。

 

理解が追いつくと同時に、答え合わせをするように彩笑が言葉を再開させた。

「…なのに、なのにだよ…。ホントはそんなにすごい咲耶なのに…っ。ぼくの…、せいで…、それが全然出せないんだもん」

つい数秒前までの明るい声は再度震え、その瞳には涙と薄暗い感情が宿り始めた。

「…咲耶と一緒に戦ってる時ね、ボク、割と好き勝手に動いてるんだ。咲耶なら…、こんな風にフォローしてくれるはず、くらいには思って動くけど、それを声とかサインで伝えるとかは、何もない」

 

そして涙と同じように、内からとめどなく溢れる嫌な感情を言葉の端々に滲ませながら、

「さっきの試合もそう。咲耶は、ボクが欲しい時に、最高のタイミングで弾丸をくれる。くれるけど…、それは咲耶本来のスタイルじゃない。本来のスタイルを捨てて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()

そう言い切った。

 

泣きながら話す彩笑の言葉を聞いた加古には、その心の内にある思いが痛いほどに伝わった。

「そうね。憧れる人が自分のためだけに用意してくれたものなのに、『前の方が好きだから戻して』って言うのは、確かにワガママね」

 

「うん…。ひょっとしたら、咲耶にはダブルスタイル自体に特別な思い入れはないかもしれない。ボクが動きやすいようにって、ことだけを追求してくれた、機能だけを…求めてできたスタイルかもしれない」

いつの間にか、手のひらに爪の痕が残るほど強く握り込んでいたことに彩笑は気付いた。痛みはあるしこのまま握り続ければまず間違いなく血が滲むだろうが、そんなのはどうでもいいと思えた。

 

「咲耶の足、引っ張ってるのに…。やりたいように、やっていいよって、ずっと…、ずっと言わなきゃ、いけなかったのに…。ても、咲耶がボクのために使ってくれるのは、嬉しくて…。だけどやっぱり、使わないでほしくて…。嬉しいけど、嫌で、それがもうぐちゃぐちゃで…」

 

この今、胸の内にある己の醜さが詰まりきった感情を言葉に乗せて吐き出すことに比べたら、全てがどうでもよかった。

 

何も加工されていない彩笑のまっさらな感情が言葉に乗り、部屋に虚しく響く。

 

「恩人なのにっ…!憧れなのにっ!大切なのに!なのに、なのに…っ!さくやに、あれだけは言っちゃだめだって、決めてたのに…」

 

「どれだけ損しても、周りからどんなにひどいこと言われても、隣にいてくれるさくやに、ずっと助けてもらってたのに…」

 

「思わず笑っちゃうくらい、いいやつなのに…」

 

「なにより、そんな…。さくやに向けて、そんなこと思っちゃうボクが嫌だ。自分で自分が嫌だよ。気持ち悪くて、もう…」

 

「…消えちゃいたい…」

 

方法など知らない。自殺とはまた違う気がするし、明確なビジョンがあったわけではない。

それでも彩笑はこの時、消えてしまいたいと、心の底から願った。

 

*** *** ***

 

和水真香は1人寂しく本部内を歩きまわり、彩笑の行方を捜し続けていた。

(地木隊長、やっぱりいないな。結局他の作戦室にもお邪魔したけど見つからないし、ソロランク戦のところにもいない。あと他には、屋上とかかな)

思考をまとめつつ、未捜索な場所をしらみつぶしに捜して歩く。なお月守に関しては先ほど不知火に連絡を取ったところ、

『ワタシの研究室でタダ働きさせてるよ。終わったら返してあげる』

という返事が届いたので、真香は安心して彩笑の捜索に専念していた。

 

「きっと、屋上にもいないんだろうけど……」

無意識にそう呟きながら、真香の足取りは屋上に向かっていた。するとその途中、知り合いの後ろ姿を見つけ、思わず声をかけた。

「双葉ちゃん?」

 

「和水先輩。お疲れさまです」

後ろから声をかけられた黒江双葉は振り返り、軽く頭を下げて真香に挨拶をした。ボーダーだけでなく同じ中学校の後輩でもある黒江の隣に真香は並び、にこやかに話しかけた。

「うん、お疲れさま。学校終わって直接来たの?」

 

「はい。このまま一回、作戦室に顔出そうかなと……」

 

「そっか。じゃあ途中まで一緒だね、私屋上に行くからさ」

 

「屋上……?」

 

「そ。迷子の子猫を探してね〜」

地木隊で猫を飼い始めたのかと疑問に思った黒江は、1つ提案をした。

「本部内で放送かけてもらえれば、すぐに見つかるんじゃないですか?」

 

「……っぷ、あはは!それもそうだね!でもね、うちの子猫は恥ずかしがり屋さんだから、放送されたら余計出てこなくなっちゃうかな」

 

「……えっと、放送かけてもらって探されてるのがわかるってことは、その子猫って人の言葉がわかるんですか?だとしたらすっごいお利口な子猫ですね」

 

「あはは。双葉ちゃん、案外言うね〜」

 

「…………?」

黒江は今話していることに関して何か決定的な齟齬があると感じ始めたため、この話題を切り上げることにした。

「えっと、子猫はともかく……和水先輩はランク戦終わってから学校行かなかったんですか?」

 

「まあね。午後からの授業だけってのもあったし、3年生はもう授業ないようなものだから……早い話、サボっちゃった」

あっけらかんと言い放つ真香を見て、黒江はどこか不思議そうな表情を浮かべた。

「おんなじ学年1位で姉妹でも、こんなに違うんですね」

 

「真綾のこと?そういえば双葉ちゃん、同じクラスだよね」

 

「ええ。……今日最後の授業が体育でちょっと話したんですけど、真綾、怒ってましたよ。『授業に出ないとか、あの人は受験生の自覚ない』って」

 

「うわー、相変わらずはっきり言うなぁ、真綾は……。あ、というかごめんね、うちの妹が愚痴っちゃって」

 

「いえ、それはいいんですけど……」

笑顔を絶やさない真香と話せば話すほど、似てない姉妹だなと黒江はつくづく思った。

「……あ、そういえばランク戦観ましたよ。その……惜しかったですね」

 

「んー、負けは負けだけどね。でも今回で課題見えてきた。やっぱりスナイパーをどう攻略するかがキモだね」

 

「うちのチームもスナイパーいるところと戦う時は、加古さんちょっと頭を悩ませてます」

 

「あ、やっぱり。1人でもスナイパーいたらカウンタースナイプ警戒してくれるから楽になるんだけど……」

そこまで言った真香は苦笑し、

「私が出れたら、多分それが1番手っ取り早いんだろうね」

控えめな声でそう付け加えた。

 

「まだ、出られないんですか?」

窺うような黒江の問いかけに、真香は少し悩んでから答えた。

「多分ね。狙撃訓練は問題無いし、B級ランク戦は……我慢すればいけるはず。防衛任務は……ちょっと無理かな」

 

「そう、ですか」

わずかに不安げな様子の黒江を見て、真香は一転して明るい笑顔を浮かべた。

「まあ、私の状態に関わらず防衛任務は無理だから大丈夫だよ。上層部もそうだけど、それ以上にモンペがうるさいし」

 

「モンペ……?」

 

「モンスターペアレント」

 

「あ、なるほど…。あの、というか私今でも納得いかないです。あの時、和水先輩悪いこと何もしてないじゃないですか。むしろあの状況で、あれ以上の正解なんて無いですよ」

瞳に熱を宿らせて話す黒江を見て、真香は落ち着いてと言わんばかりに頭を撫でた。

「そう言ってくれるのは嬉しいよ、双葉ちゃん。…でもそもそもね、あの状況になっちゃった時点で私の落ち度だし…。それに何より…」

話しながら真香は優しく撫でる手を止めずに、

「……今更何を言っても、私が子供に向けてアイビスを撃った事実は変わんないよ」

穏やかな笑顔で事実を口にした。

 

「和水先輩……」

名前を呼ばながら、黒江はその笑顔の下にどんな思いが隠れているのか考えずにいられなかった。しかしその考えが纏まるより早く、真香は再び口を開いた。

「でもどの道、私はスナイパーできないよ。ほら、私がスナイパーやったら、誰かが代わりにオペレーターやんなきゃいけないしさ」

 

「……それもそうですね。でも正直、地木先輩はオペレートよりはやっぱり実戦って感じですし、天音先輩も……オペレーターにするには勿体無いですよね」

 

「まあね。しーちゃん、機械の扱い得意じゃないし……」

 

「となると、月守先輩ですか?」

 

「かなぁ。月守先輩指揮るの上手いし、思考もロジカルとラテラル両方やってるっぽいし、適任な気はする」

 

「ですよね。あれ、ということは……」

そこまで話した黒江はあることに気付き、そのことを躊躇いなく口にした。

「月守先輩がオペレーターの制服着ることになりますね」

 

「そういうことになるね。月守先輩が……オペレーターの制服を……」

 

「………」

 

「………」

2人はしばし沈黙し、どちらともなく顔を見合わせた。

「オペレーターって、男子用の制服ってありましたっけ?」

 

「あるかもしれないけど……見たことないね」

 

「あたしもです。……え、じゃあ、スカートなんですかね、月守先輩」

 

「スカートかもね、月守先輩」

 

「………」

 

「………」

 

「この話はなかったことにしましょう」

 

「うん、そうしよう。記憶の奥底にしまっておく」

2人はそう言い、この話題を無かったことにして会話を断ち切った。

 

そのまま会話が途絶えるかのように思えたが、そのタイミングで歩きながら会話していた2人は廊下の分岐点にたどり着いた。

「和水先輩、屋上に行くならここで別れますよね?」

 

「そうなるね。それじゃ、またね双葉ちゃん」

ひらひらと手を振りながら真香にそう言われた黒江は「ではまた」と再度軽く会釈をして、背を向けて歩き出した。

 

最年少A級隊員であり所属する加古隊では切り込み隊長の役割を担っている黒江の細く華奢な背中を見て、真香は少し胸が痛んだ。

 

(……本当は私も戦場にいて、双葉ちゃんみたいな後輩を守ってあげなきゃいけないんだけど…)

 

戦場に立たない自身の不甲斐なさを胸中で呪いながらも、真香はそんなことを表情の欠片にも出さずにこやかな笑みを浮かべる。そして、

「そうだ双葉ちゃん!加古さんに一個、伝言お願いしていい?」

その笑顔のまま、黒江に1つの伝言を託した。

 

*** *** ***

 

消えてしまいたいと呟いた彩笑は、今日何度目になるかわからない涙を流した。そんな彩笑に、加古は優しく声をかける。

「彩笑ちゃんは、本当に月守くんが大切なのね」

 

「……うん、大切」

 

まるで幼子のように素直に答える彩笑に対し、加古はただただ優しく言葉をかけ続けた。

「そうね。それはもう、今の彩笑ちゃんの話を聞いてて、痛いくらいに伝わってきたわ」

 

「……うん。なのにボク、咲耶にひどいこと、言っちゃった……」

 

「そう……。だったら彩笑ちゃん、月守くんに謝ってきたらどうかしら」

 

「え、でも……」

 

「でもじゃないでしょ。こういうのは後に回せば回すほど言いにくくなるし、引きずるものなの。パパッと謝ってきた方が良いわよ?」

 

「うぅ……それはわかってる……けど……」

 

「けど?」

 

「……咲耶、怒ってるかもだし……あれだけ言っちゃったから、会うのが気まずい……」

月守に会いに行こうと思えない彩笑を見て、加古は内心わずかに呆れた。

(月守くん、このくらいで怒らないと思うけど……。そもそも今回のことだって、彩笑ちゃんが一方的に言いすぎたと思ってるだけで……ああもう、こうなった時の彩笑ちゃんってとことんネガティヴになって厄介なのよね)

ため息が出そうになるのを堪えながら加古は俯く彩笑を見ながら思考を進める。

(まあでも、そこも含めて彩笑ちゃんだし、それがまた魅力でもあるんだけどね。これでイニシャルがKなら迷わずスカウトするのに。彩笑ちゃんを部下に持ってた夕陽くんが羨まし……)

そしてそこまで考えたところで、かつて共に肩を並べて戦っていたこともある夕陽柾が話していたことを、加古は思い出した。

 

*** *** ***

 

『隊長になったら、あの2人が欲しい?』

『やめとけやめとけ。あいつら、ああ見えて歪なんだよ。お互いにこう……精神的にちょっと脆いっつーか不安定っつーか……』

『良い時は良いけど、落ちた時はとことん落ちるっつーか駄目になるからな』

 

−そうなった時、夕陽くんはどうしてるの?–

 

『そういう時のあいつらにはな、一言自信満々にこう言えばいいんだよ』

『あいつらに前を向かせる、オレからの魔法の言葉だ』

 

*** *** ***

 

(夕陽くん、その言葉ちょっと借りるわよ)

懐かしい思い出した加古は、口元に小さな笑みを見せた。

「彩笑ちゃん」

 

「……はい」

 

「今の彩笑ちゃんを見たら、ある人はきっとこう言うんじゃないかしら?」

 

「………?」

 

「『おまえ、つまんない生き方してんなあ』……って」

 

「……それ、夕陽さんの……!」

借りた言葉をなぞっただけで口調や声色は本人にも似ても似つかない加古の言葉だが、その一言は確かに彩笑に響き、わずかながら表情に明るさが挿した。

「きっと今、ここに夕陽くんがいたらきっとそう言うんじゃないかしら」

 

「……うん、きっと言われちゃう。それでその後……『おまえみたいなのがウジウジ悩んでも時間の無駄だっつーの。とにかく動け!』って、あのちょっとムカつく上から目線で言われちゃう」

 

「あはは、言いそう言いそう。……それに夕陽くんじゃなくても……私からみても、悩んで止まっちゃうよりガムシャラ気味に動いてる方が彩笑ちゃんらしくて好きよ」

 

「うー、加古さんひどい。ボクだって、ちょっとは考えてるのに……。でも、今回は確かにちょっと悩みすぎちゃった」

悩みすぎたと言った彩笑はわずかに俯き、両手で軽く自らの頬を数回張った。

「……よっし!」

動作と共に気合も入れなおした彩笑は、さっきまでの落ち込み具合がまるで嘘だったかのように明るい笑顔を浮かべていた。

「加古さん、たくさん愚痴っちゃってごめんなさい!怒られるかもだけど、まずは咲耶に謝ってくる!」

そう話す彩笑は完全にいつも通りの、周りの人間が思わずつられて笑顔になってしまう明るい地木彩笑そのものだった。

 

「うん、行ってらっしゃい。怒られたら、また来なさい」

その彩笑の笑顔に加古はさっそくつられて同じような笑みを作り、ひらひらと手を振りながら送り出し、

「ありがと加古さん!行って来ます!」

彩笑は今日一番の笑顔でお礼を言い、加古隊作戦室から旋風のように出て行った。

 

 

 

1人となった作戦室にて、加古は椅子にもたれかかり天井を見上げた。

「夕陽くんか……。ほんと、惜しい人を無くしたわね、私たち……」

最近顔もほとんど見ない夕陽のことを思った加古は、今度お見舞いに行こうかと思った。

「久々に顔見に行こうかしら。二宮くんとか太刀川くんも誘って……」

そこまで考えたところで、作戦室のドアが開いた。小柄なシルエットは一瞬、彩笑が戻って来たのかと思ったが、そこにいたのは隊員の黒江双葉だった。

 

「加古さんお疲れさまです」

 

「あら、お疲れ双葉」

挨拶をした黒江は学校の荷物をロッカーに入れながら加古との会話を続けた。

「加古さん、今日はチームで何かやりますか?」

 

「あー、今日は特になし。私、ちょっと野暮用というか……人に会ってくるわ」

 

「わかりました」

加古が自らの予定を話すのは少し珍しいなと黒江は思いつつ、ロッカーに荷物を仕舞い終えた。それと同時に、黒江は真香から託された伝言を思い出した。

「そういえば加古さん、地木隊の和水先輩から伝言頼まれてました」

 

「伝言……?」

 

「はい。えっと……『今回は騙されておきます』って、言ってました」

真香からの伝言を聞いた加古は、少し間を置いてから破顔した。

「ふふ、そっかそっか」

 

「……あの、騙されたってなんのことですか?」

 

「んー、双葉は知らなくていいのよ。でも和水ちゃん、やっぱり分かってたのね……」

満足そうな表情を浮かべた加古は、

 

「ほんと……。イニシャルKならみんな欲しいわねぇ、あのチーム」

 

とても幸せそうに、そう言った。




ここから後書きです。

人の悩みとは不思議なもので、後々振り返ってみると「なんであんなことで悩んでたんだろう」ってなることがほとんどだと思うんですよね。今回の彩笑が話していた苦悩もいつか「ボク、なんであんなに悩んでたんだろう?」ってなってほしいなと思います。
あと今回真香と黒江が話していたパートは最初全然違うキャラ同士の語らいが書かれていて、その時に「月守ルパン化事件」というものが浮上しました。案外書ききれてない小ネタ的な話もたくさんあるので、いつかそのあたりも日の目を見させてあげたいなと思いました。


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第63話「ゆまちがゆまちでゆまゆまち!」

前書きです。
今回のお話を書いてる間、頭の中で彩笑が笑顔でずっと「ゆまちがゆまちでゆまゆまち!」って言い続けてました。多分、この言葉には意味とかは無いと思います。


(ふーむ。ちょっと落ちつかないな)

ランク戦ラウンド2夜の部の試合を控えた遊真は、ソロランク戦のブースに来ていた。遅刻しないようにという三雲の配慮の元余裕を持って本部に到着したが思った以上に早く着いてしまったため、遊真は『時間になったら呼んで』と三雲に言い残し、迷いながらも1人でソロランク戦のブースにたどり着いた。しかし、着いたのはいいものの丁度良い対戦相手もおらず、遊真は1人で大画面のモニターが見えるベンチに座り、両足をプラプラとさせていた。

 

そうして1人寂しくしていた遊真の背後から、

「あれ?もしかしてもしかしなくてもゆまち?」

聞き覚えがある声で話しかけられた。

遊真が振り返ると、そこには特徴的な猫目を細めてニコニコと笑う彩笑がいた。

「お、ちき先輩だ。こんにちわ」

 

「あははー、こんにちわ、ゆまち。今、1人?」

 

「うん。多分あとちょっとしたら、オサムが呼びに来る」

 

「これからランク戦だもんね〜」

話しながら彩笑は軽やかな動きで遊真の隣に座った。そして辺りをキョロキョロと見回したあと、遊真に近づき耳打ちをした。

「ところでゆまち。うちの咲耶と真香ちゃん見なかった?」

 

「んっと、つきもり先輩となごみ先輩?見てないよ?」

 

「そっか。んー、どこ行ったのかなぁ……」

首を傾げながら彩笑は遊真から離れ、考え込むそぶりを見せた。

「つきもり先輩となごみ先輩を探してるの?」

 

「まあね。会うのはちょっと気まずいけど、会わなきゃいけないんだ」

 

「……?」

今ひとつ事情を飲み込めない遊真はちょこんと首を傾げた。そして顔を合わせてからずっとニコニコしている彩笑に向けて、遊真は気になっていた疑問を投げかけた。

「ところでちき先輩。さっきから言ってる『ゆまち』っておれのこと?」

 

「うん?そうだよ」

問いかけられた彩笑は、自信満々な様子で答えた。

「ボクが考えた、遊真のあだ名だよ!『遊真っち』を短くして『ゆまち』!あ、ひらがなっぽく発音するのがポイント!」

 

「ほうほうなるほど。ゆまち……ゆまち……」

1音1音、丁寧に発音する遊真を見て、彩笑は下から覗き込むようにして声をかけた。

「えっと……気に入らなかった?嫌なら普通に、名前で呼ぶよ」

 

「ううん。いやじゃないよ、ちき先輩」

いやじゃないと言われた彩笑は安堵の息を漏らし、少し力の抜けた笑みをこぼした。

 

「あはは〜。うん、嫌じゃなくてよかった〜。ところでゆまち、今時間ある?」

 

「時間?たぶんあるけど……それがどうしたの?」

確認を取った彩笑はぴょこんと椅子を降り、遊真の正面に回り込み背後にある大画面のモニターを親指で指し、

「ほら、ゆまちこれからランク戦でしょ?だからアップがてら、ちょっと身体動かしたいんじゃないかなーって思って。ボクで良かったら、相手してあげる!」

爽やかな笑顔で、遊真にソロランク戦を申し込んだ。

 

唐突な申し入れをされた遊真は一瞬戸惑ったもののすぐに好戦的な笑みをみせ、

「うん、いいね。やろうよ、ちき先輩」

そう言って対戦を了承した。

 

 

 

彩笑が適当に選んだ部屋の隣に遊真は入り、すぐにパネルを起動した。

(えーと、隣の部屋で、ちき先輩のメインはスコーピオンだから…)

そして探し始めてすぐに、それは見つかった。

 

「127番のスコーピオン……9408か……」

予想はしていたが、正隊員になりたての自分よりはるかに上の、マスタークラスの数値が示されていた。するとその127番から通信が入った。

『ゆまち!何本勝負にする?』

 

「10本。いつも10本だから」

 

『オッケー。ステージはどこがいい?』

 

「どこでも……あ、待って。市街地Cがいい」

 

『C?いいけど、なんでまたそんなマイナーなステージなの?』

 

「まいなー?」

 

『んーと、人気ないってこと。まあいいや、Cね』

音声と共にキーボードを叩く音が届き、彩笑がステージの設定をしているのがわかった。

『よっし、設定完了!すぐにやる?』

 

「うん、やる」

そう遊真が返事をするや否や彩笑は言葉を返すより先にランク戦を開始させ、遊真は市街地Cの仮想フィールドへと転送された。

 

転送が完了すると同時、遊真は周囲を確認した。

 

(やねの上からか)

 

今回の市街地Cは高低差があるのが特徴のステージであり、遊真は中腹あたりにある民家の屋根の上に転送された。そして遊真がそれを認識しきったのと同時、背後から微かながらも鋭さが込もった音が聞こえた。

 

「っ!」

右手に片刃型のスコーピオンを展開しながら振り返ると、目前に迫った彩笑の姿が視界いっぱいに広がっていた。

 

(やっぱり速いな)

1度目にしたことがあるとはいえ圧巻のスピードを誇る彩笑に再度驚きつつ、遊真は彩笑の繰り出す高速の連続技を遊真は後手に回りながらもなんとか防ぎ続ける。

 

そんな中、彩笑がほんの少しだけ溜めの大きい一撃を放ち、遊真はそれをスコーピオンで受太刀した。強度に劣るスコーピオンだが彩笑の攻撃は一撃のウエイトが軽かったため遊真のスコーピオンは砕けることなく、鍔迫り合いに持ち込んだ。

「あっは!ゆまちやっぱり反応いい!」

 

「ちき先輩こそ相変わらず速いね」

 

「まあね♪」

その一言を掛け声にし、彩笑は鍔迫り合いに掛けていた力具合を変えて遊真の態勢をほんの少し崩し、そこを起点として足払いを仕掛けた。

「おお?」

予想外の技だったため遊真の反応は遅れ、彩笑の足払いは綺麗に決まり遊真の軽いトリオン体が宙に浮いた。その滞空は本当に一瞬だったが彩笑はそこに追撃の一太刀を放った。

 

「あっぶな」

 

しかし遊真はそれにも反応して右手のスコーピオンで斬撃を受けたものの、屋根から塀に左右を囲まれた路上へと落とされた。そして路上で態勢を立て直そうとするが、それが完了する前に彩笑が更なる追撃を仕掛けた。

 

同じ目線の路上に降り立ち、大振りの一撃を放てるよう構えながら高速で接近してくる彩笑を見て、回避の態勢が整っていない遊真は受太刀を選択した。さらなる追撃を対処するにも逆に反撃を仕掛けるにも、まずはこの一撃を確実に防いでからと瞬時に判断した遊真だったが、受太刀の構えを見た彩笑は口元に笑みを浮かべた。

 

そしてその笑みと共に放たれた彩笑の一撃はその防御をまるで無意味だと嘲笑うかのように、遊真のトリオン体に深々とした傷を負わせた。

 

「……っ!?」

食らうはずのないダメージを受けた遊真は動揺し、加えて彩笑の一撃は伝達系にもダメージを与えていたため、遊真は次の行動に移るのが遅れた。

 

「遅いっ!」

彩笑はその隙を逃さずもう一度斬撃を繰り出し、伝達系に致命傷を負わせ遊真を戦闘不能に追い込んだ。

 

『伝達系切断、空閑ダウン』

音声と共にトリオン体は完全に破壊され、遊真は一度ベイルアウトし小部屋のマットへと叩きつけられた。

 

「……今のなんだ?」

むくりと身体を起こしながら、遊真は今受けた一撃について考えた。完全にスコーピオンで受太刀したと思ったが、彩笑が放った一撃はその防御をすり抜けて遊真へと襲い掛かってきたのだ。

 

『まずはボクの先制だよ、ゆまち』

考え込む遊真をよそに彩笑は通信を入れ、先制したことを勝ち誇るように言った。

「すぐに取り返すから気にしてないよ。ところでちき先輩、今のすり抜ける技なに?」

 

『ああ、ブランクブレードのことね。仕組みは……そうだなぁ、ゆまちがボクに勝てたら教えてあげる』

わずかに挑発的な声色で彩笑にそう言われた遊真は、一層好戦的でそれでいて楽しそうな笑みを浮かべた。

「はは、いいね。がぜん、やる気が出てきた」

 

 

*** *** ***

 

「……空閑と連絡が取れない」

一雫の冷や汗を垂らしながら、三雲修は遊真を探していた。試合前最後の確認ミーティングのため遊真に連絡を取ろうとしたところ、どういうわけが遊真は全く電話に出ず、三雲は直接の捜索に踏み切ったのが10分前のことだ。

 

おそらくソロランク戦のブースにいるだろうと当たりをつけ、作戦室からブースへの移動と捜索を並行して行いながら、三雲は内心焦っていた。ブースにいなかった場合の可能性が頭をよぎりつつ、居てくれという願いを込めて三雲はブースにたどり着き、中へと踏み込む。するとそこには、

「え、じゃあちき先輩あれは?あの、スコーピオンたくさん出したやつ」

 

「ああ、あれ?あれもコツ掴めば簡単簡単。んっと、ゆまちさ、粘土分かる?」

 

「わかる。あの、ぐにゃぐにゃする柔らかい土のことでしょ?」

 

「そうそうそれ!んでスコーピオンたくさん出すコツはね、大っきな丸い粘土を手に持ってぎゅーっと握るのをイメージするの。そうすれば粘土が指の隙間からはみ出るでしょ?そのイメージでスコーピオン出すの」

 

「ほう、なるほど。……あ、なんかいけそうな気がしてきた」

 

「ほんと?これですんなり伝わったの久々だよ〜。やっぱりボクとゆまちって、考え方とか似てるのかも」

と、椅子に並んで座りながらスコーピオンについて意見交換を交わす遊真と彩笑の姿があった。

 

無事に見つけられたことに安堵のため息を零した三雲は、2人に近づいて声をかけた。

「空閑、捜したぞ」

 

「オサム。あれ、もう時間?」

 

「まだ時間はあるけど、最後のミーティングをしようと思って……」

三雲が話している最中に遊真は自分のスマートフォンにたくさんの着信が届いていたことに気がつき、

「うお、たくさん電話きてる。気づかなくてすまんな、オサム」

話の腰を折る形で謝った。

 

「空閑、人の話は最後まで……」

聞くんだぞ、と三雲が遊真に注意しようとしたが、

「あー、ごめんよミック。ゆまちが電話に出れなかったのはボクとランク戦してたせいだから、あんまり怒んないであげて」

今度は彩笑が遊真に続き、三雲の言葉を遮った。

 

「あ、いや……」

三雲としては怒っていた気はほとんどないのだが、

「ミックごめんね。ここはひとつ、ボクの顔に免じて許してあげて。このとおり、このとーり」

などと言いながら両手を合わせてペコペコと謝る彩笑を見ていると、許してもいいかなという気持ちになってしまい、

「えっと……まあ、そういうことなら……」

気づけば口から自然とそんな言葉が出ていた。

 

今ひとつ曖昧なその言葉をお許しの言葉として受け取った彩笑はニコッと笑みをみせた。

「ミック〜、許してくれてありがとね!」

 

「いえ、もともと怒っていたわけでは……。あのそれより、さっきから言ってる『ミック』っていうのは……」

 

「三雲くんのあだ名だよ。三雲修だからミック!」

某ファストフード店を連想させる発音のあだ名を授けられた三雲は反応に困り、引きつり気味の苦笑いを返した。

 

2人の会話に区切りがついたのを見て、遊真が三雲に尋ねた。

「オサム、もう行くか?」

 

「あ、ああ。行こうか」

三雲の返事を聞いた遊真は椅子から降り、視線を彩笑に移した。

「それじゃちき先輩、またね」

 

「うん、またね。あ、2人ともランク戦頑張ってね、応援してるから!」

これから始まる試合へのエールをもらった2人は彩笑に笑顔を返し、ブースから出て行った。

 

 

 

 

ブースから完全に出たところで、三雲は遊真に話しかけた。

「空閑、地木先輩とランク戦してたって言ってたけど……その、勝ったのか?」

 

「ん、ギリギリね。10本やって、6対4でおれが勝った」

 

「そうか……。やっぱり空閑は凄いな」

感心したように三雲は言った、それに対して遊真はかぶりを振って否定した。

「今回はおれ勝てたけど……ちき先輩は本気じゃなかったよ」

 

「そうなのか?」

 

「たぶんね。技の数がすごく多いのに、それをちょっとずつしか出さなかったんだ。もし一本一本の勝負でいろんな技を出されてたら、とてもじゃないけど読みきれなかった」

そう話す遊真の横顔は真剣そのもので、三雲はそれを通じて彩笑の強さを朧げにだが感じ取った。

「……地木隊は今、ぼくたちと同じ中位グループだし、同じくA級を目指してるんだ。遠くないうちにきっと戦うぞ」

 

「ふーむ。ちき隊にはつきもり先輩もいるし、あまねもいる。なかなか大変な戦いになるな」

 

「ああ……でも今は、目先の一戦に集中だ」

 

「はいよ、オサム」

そうして今一度気合を入れ直した2人は、少しばかり足早に作戦室に向けて歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

ひらひらと手を振る彩笑の視界から遊真と三雲の姿が完全に消えたのと同時に、

「地木隊長、手加減してたんですか?」

いつの間にか背後に立っていた真香が、彩笑の華奢な両肩に手を当てながら問いかけた。

 

「あ、真香ちゃん!」

座ったまま首だけ動かして彩笑は真上を向き、笑顔で真香の名前を呼んだ。呆れ顔をしながら、真香は彩笑との会話を始める。

「探しましたよ」

 

「ごめんねー。その……ちょっと色々あって、真香ちゃんに何にも言わないで作戦室出ちゃった」

 

「……まあ、別に地木隊長がどこ行ってもいいんです。ただ……」

そこで一度言葉を止めた真香は、もの寂しそうな表情を浮かべ、

「せめて、一言。『いってきます』くらいは言ってほしいです」

静かにそう言った。

 

普段とは違う真香の雰囲気に彩笑は一瞬キョトンとしたものの、すぐにまた表情を綻ばせた。

「ん、わかった。次からは何か一言、言う。だから、今回は許してくれる?」

 

「はい、許します」

 

「ありがと!」

ハツラツとした声でお礼を言った彩笑は軽やかに椅子から降りた。

「あ、そういえば真香ちゃん、咲耶どこ行ったか知らない?」

 

「月守先輩なら、不知火さんに捕まって何か手伝わされてるらしいです。終わったら返してくれるようですけど……」

 

「そっか、りょーかい」

 

「月守先輩に、何か用事ですか?」

 

「まあ、そんなこと。……でもそうなると、咲耶の用事が終わるまで暇だなぁ……」

形の良い顎に手を当てて考え込む彩笑に向けて、真香は提案した。

「時間も時間ですし、ランク戦夜の部を見ませんか?」

 

「それもそっか。じゃあ真香ちゃん!一緒に中位グループの試合見に行こ!」

言葉と同時に右手を差し出した彩笑だが、真香はそれを受け取らず1つの疑問を投げかけた。

「前みたいにメンバー分けて、上位グループの試合見に行かないんですか?」

 

「そうしようとも思ったよ。けど今日の試合やってみて、中位グループから抜け出るのもそんな簡単じゃないって分かった。だから確実に突破するために、中位の偵察しっかりやりたいなって思ったんだ」

説明を終えた彩笑は、差し出した右手をさらにほんの少し伸ばし、

「だから真香ちゃん。一緒に中位の試合、見に行こ」

再度真香にそう提案した。2度の提案を受け、真香は彩笑の小さな右手をとった。

「わかりました、地木隊長。一緒に見ましょう」

 

 

 

 

そうして2人仲良く歩いて観戦会場に向かう途中、彩笑はふと思い出したように口を開いた。

「そういえば最初、真香ちゃんはボクがゆまちとのランク戦で手を抜いたのかって言ってたね」

頭一つ分ほど下から発せられた言葉に、真香は頷いた。

「はい。私、後半から観てましたけど、色んな小技を使ってて、地木隊長本来のスピード溢れる戦闘じゃなかったので……」

 

「あー、後半から観てたならそう思うかもね。んっと、最初の3本までは全力とまではいかなくても本気だった。でも、だからって後半の方が手抜きってわけじゃなよ。ただ後半は……ちょっと疲れちゃった」

気恥ずかしそうに頬っぺたを人差し指で掻きながら、彩笑は笑顔で語る。

「やっぱりね、順位がかかったチームランク戦って精神的な疲れが全然違うや。圧勝ならまだしも今回は村上先輩たち相手にかなり神経すり減らす戦いやってたし……その疲れがちょこっと、ゆまちとの試合に出ちゃった」

 

「えっと、疲れてるなら休みますか?」

 

「ううん、休むほどじゃないよ〜。実際、ゆまちとの試合もやろうと思えばいつもの戦い方できたし。だから、あの後半戦は半分くらいはワザとなの」

 

「ワザと……つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()ってことですか?」

 

「そういうこと。実際に剣を合わせて伝わってきたんだけど、ゆまちとボク、多分考え方っていうか発想の方向性が似てると思うんだ。だからきっと、ゆまちはボクの技を使いこなせるし応用だってしてくれる」

両手の指を絡ませて腕をググっと上に伸ばしながら彩笑は真香に視線を向けて、

「そうなったら、楽しい対戦相手がまた1人増えるでしょ?」

いたずらっ子を思わせる笑みを浮かべながら、そう言った。

 

彩笑の言い分を聞いた真香は、穏やかな表情のままため息を吐いた。

「月守先輩も人に技術をあっさり教えちゃうようなところありましたけど、地木隊長も案外敵に塩を送るのが好きですよね」

 

「うん、好き。だってさ、今は確かにゆまち達は敵だけど、この前の大規模侵攻みたいな時は味方なんだよ?」

ワクワクという効果音が付きそうなほど明るい声で、彩笑は言葉を紡ぎ続ける。

「ランク戦でバチバチ戦ってた人が味方になってくれたら、すっごい心強いし楽しいじゃん!だからボクと咲耶は、敵に塩を送るのが大好きなの!」

 

屈託のない笑顔でそう言い切る彩笑を見て、真香はキョトンとした後に表情を崩して微笑んだ。

「地木隊長みたいな人が沢山いたら世の中が平和で、もっと上手く物事が回りそうですね」

 

「いやいや〜、そんなことないよ。ボクが何人もいて仕事してるところ、想像してみてよ」

言われた真香が、彩笑が何人も企業にいることろを想像してみたところ、

「あ、無理ですね。倒産まっしぐらです」

数秒前の意見を翻してしまった。

 

倒産まっしぐらと言われた彩笑は不満そうに頬を膨らませた。

「真香ちゃんひどいー、そこまではっきり言わなくてもいいじゃん!」

 

「つい口が滑りました。後で美味しいココア買ってあげるので機嫌直してください」

 

「それならよし!」

気分屋の妹と、それをあやす姉のような会話を続けながら歩き続けた2人は、10分近い余裕を持ってランク戦観戦会場へとたどり着いた。

 

 

B級ランク戦ラウンド2夜の部開始まで、あと僅か。




後書きです。

各話のタイトルは毎回それなりに頭を悩ませますけど、悩まずすんなり出てきた時の方が個人的には良いものというか、後から見返した時にその1話の要点・本質を捉えたものになっていることが多いです。
しかしその理屈でいくと、今回は悩むことなくこのタイトルに決まったので「ゆまちがゆまちでゆまゆまち!」がこのお話の要点ということになります。

投稿ペースが安定せずお恥ずかしい限りですが、本作を読んで頂いて本当にありがとうございます。こらからも頑張ります!


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第64話「進化する好敵手・前編」

『B級ランク戦新シーズン!2日目夜の部が間も無く始まります!』

観戦会場で試合開始を目前にした時、もはやランク戦実況が本職なのではないかと噂される海老名隊のオペレーター武富桜子がマイクを取った。

 

『解説席には先日の大規模侵攻にて一級戦功をあげられた、東隊の東隊長と草壁隊の緑川くん……の予定でしたが緑川くんに代わって地木隊の地木隊長にお越し頂いています!』

 

『どうぞよろしく』

『どもども〜』

東と共に彩笑がにこやかに挨拶をする中、観戦席の一角では肩を落とした緑川がおり、その隣には苦笑いを浮かべる真香がいた。

「地木先輩に解説席取られた」

 

「ごめんね緑川くん、こっちの都合で解説係代わってもらって……」

 

「あ、大丈夫だよ、そんなに気にしてないし!それにこれ終わったらランク戦してくれるって地木先輩言ってたし!」

明るく言い放つ緑川だが、真香は心の中でますます申し訳ないと思った。

 

真香の心労をよそに、実況解説の3人は会話を続けていく。

『さて東さん。前回玉狛第二は1試合で8点も獲得していますが、これはあまりお目にかかれない大量得点ですね』

 

『ええ、かなりの高得点です。それだけ玉狛第二が新人離れしているということでしょう』

東のコメントに、隣に座っていた彩笑が素早く手を上げながらコメントを付け加えた。

『ゆまち……玉狛第二の遊真は強いよ!さっきボク、ランク戦してきたけど4ー6で負けてきました!』

 

普段通りの笑顔でサラリと言ってのけた彩笑だが、その言葉に観客に軽いざわめきが起こった。観戦会場には非番で試合観戦に来ていた正隊員達が数名おり、彼らは彩笑の実力をよく知っているだけあって遊真の実力がいかに高いのか、より一層伝わった。

 

中でも特に驚いていたのが、最年少A級隊員の黒江双葉だった。

「地木先輩相手に4ー6……!」

思わず呟いた黒江の言葉に、隣に座っていた三輪隊の米屋が反応した。

「地木ちゃんに負けっぱなしな黒江ちゃんからすれば衝撃だよな」

 

「負けっぱなしなのはたまに訓練でやる鬼ごっこの話です』

 

「そうだっけ?」

 

「そうです。……というか、地木先輩の鬼ごっこの強さが異常なんですよ。韋駄天使っても捕まえられないってどいうことですか」

 

「トリガーの性能っつーより、単に地木ちゃんが鬼ごっこ得意ってだけなんじゃね?なんか、子供の遊び全般が得意そうじゃん」

偏見が多分に入った米屋の言葉だが不思議とそれには説得力があり、黒江は「そうなんですかね……」と呟きながらもひとまずそれを受け入れた。

 

会場の片隅で囁かれたその会話に彩笑は反応しかけたが、それより早く武富がそれぞれのチームの紹介に移った。

『地木隊長一押しの玉狛第二の本日の対戦相手は、接近戦の諏訪隊に遠距離戦の荒船隊と、スタイルが明確な部隊です』

 

『順位が低い玉狛第二にはステージ選択権があるので、まずは地形で有利を取りたいところですね』

東がそうコメントしたところで玉狛第二がステージを決定し、それがモニターに映し出された。そして映し出されたのと同時に、武富がそれを読み上げた。

『玉狛第二が選んだのは……市街地C!坂道と高低差がある住宅地です!』

市街地Cという選択に東は怪訝な表情を見せ、そこに武富は疑問を投げかけた。

『しかしこれは、スナイパー有利なステージでは?』

 

『スナイパー有利……、ですね。道路を間に挟んで、階段状の宅地が斜面に沿って続いてる地形です。登ろうと思えばどこかの道路を横切る必要があるので射程の長いポジション……特にスナイパーが高台を取ると有利です。逆に下からは建物が邪魔をして、身を隠しながら相手を狙うのが難しい』

 

『玉狛には砲撃とも言える一撃を持つスナイパーがいるので、高台さえ取れば……ということでしょうか?』

武富の提案に、東は考える素振りを見せつつ答える。

『うーん、どうだろう……。スナイパーの熟練度を考えれば、普通にやれば部が悪い戦いになりますね』

スナイパーが活躍するだろうという空気の中、彩笑がケラケラと笑いながら言った。

『こんなステージにされたら、スナイパーいないボク達とか諏訪隊には辛いよ〜。多分今頃、諏訪さんめっちゃ怒ってるんじゃないかな?

「はぁ!?市街地C!?ざっけんなクソマップじゃねーか!大人しくAかBにしとけよ!」

って感じでさ!』

声そのものはあまり似ていないものの、いかにも諏訪が言いそうなセリフだったため会場の正隊員を中心にしてクスクスとした笑い声が漏れ出た。

 

そして今度は、その笑い声につられて口元に小さな笑みを浮かべた東が口を開いた。

『荒船隊は自分たちに有利なステージということで、逆に戸惑っていると思いますが……荒船は優秀な男なのですぐに落ち着いてメンバーに指示をしてるでしょう』

 

『試合開始までのわずかな時間でも、各隊の特色が見て取れますね。さあ、そうこうしているうちにカウントは残りわずか!いよいよ各隊の転送が始まります!』

武富の言葉とともに会場の視線は全てモニターへと移った。残り数秒となったカウントはあっという間に0となり、試合が始まった。

 

 

 

 

 

開始と同時にモニターの画面が切り替わり、中央部に3チーム全員と全体を捉えたマップが表示され、その脇に個別の動きを写した画面が複数表示された。

 

切り替わると同時に、真香は全隊員の位置を把握する。

(1番高いところに半崎先輩、その少し下に笹森先輩と堤さん……と穂刈先輩、あとは大体同じかそれ以下の高さに転送。諏訪隊が東側にまとまり気味だから合流しやすそうな配置。玉狛は少しバラけてるから、合流・単独どっちでもいけそう)

真香が認識した情報を頭の中で文字に置き換えていく間にも、試合は動き続ける。転送が完了すると荒船隊の荒船、穂刈、半崎の3名と玉狛第2の雨取がバッグワームを起動し、相手のレーダーから姿を消した(会場のモニターにはバッグワーム起動のタグが付いただけで対象の反応が消えずに問題なく観戦可能)。

レーダーから姿を消した荒船隊は、やはりと言うべきか全員がアドバンテージたりえる高台を目指して走り出した。そしてそれを追う形で、諏訪隊の笹森が市街地を駆け上がる。

 

真香はその動きを把握する傍ら、集結していく玉狛第2へと意識を向けた。

(玉狛は追いかけないで合流か。でもそれ、私たちみたいな近接メインの戦いをするならともかく、全員の攻撃レンジが全然違うのに集まるのはどうかと思うな)

玉狛の行動を真香は悪手と判断したが、同じタイミングで東と彩笑がこの合流についてコメントを出した。

『転送直後は一番無防備な時間帯ですからね。合流するのはありです』

 

『玉狛はフルメンバーでのランク戦はこれが初だから、連携取るって意味でも合流で正解だとボクも思うよ!』

2人の意見を聞き、真香は素直に感心して考えを改めた。

(そっか、ポジションだけじゃなくて戦闘スタイルとか練度も考えれば合流でいいんだ。この方がオペレータも指示しやすい……というか宇佐美先輩、どこまで細かく指示出してるんだろう。地木隊長と月守先輩だったら大まかな指示でも細かい所は補完して動いてくれるし、しーちゃんも現場で2人がサポートしてくれるから、指示が通らなくて困るってこと殆ど無いかな……)

いつか今度、機会があれば他のオペレータともその辺りについて意見交換を交わしたいなと真香は思った。

 

 

 

試合の序盤は、荒船隊が優位を得た。スナイパーの射程を活かして味方をフォローし、玉狛第二、諏訪隊を抑えて高台を陣取った荒船隊としてはここまでの出来は文句なしであった。

しかし荒船隊優勢の態勢が整った刹那、玉狛が行動に出た。

 

荒船を捉えていた画面で派手な爆発が起こった。破格のトリオン能力によって威力に膨大な補正がかかった雨取千佳の『アイビス』による急襲だ。初見ならばあまりの威力に動揺するほどの規格外な一撃だが、事前に玉狛のデータを予習していた荒船はすぐさま反撃に転じる。砲撃が飛んできた方向を見据えて雨取を捉え、左手に構えた万能型スナイパー用トリガー『イーグレット』を素早く構えて放つ。

その一撃を、アイビスと隠密用トリガーの『バッグワーム』を併用して展開している雨取に代わって遊真と修が『シールド』と『レイガスト』のシールドモードを重ねて防いだ。

 

しかし間髪入れずに、荒船隊は追撃を掛ける。砲撃により位置が完全に割れた玉狛に向けて、3人がかりの集中放火を仕掛けた。玉狛も反撃するものの地形と弾数の不利が重なり、受けに回りがちになっていった。

 

 

 

派手な撃ち合いが映し出されるモニターを見て、武富が口を開いた。

『この威力!もはや狙撃というよりは爆撃です!玉狛第2は意外にも本職相手に撃ち合いを挑んできました!東隊長、この展開はどう思われますか!?』

話題を振られた東は納得したような表情を浮かべつつ質問に答えた。

『玉狛の部が悪いですね。あれだけの威力があっても、やはり地形で大きなハンデがあります。撃てば撃つほど荒船隊は位置を掴むのに対して、玉狛からはどうしても荒船隊の動きが掴みにくいので、手数と正確性に差が出てきます。シールドをいくら張っても、崩されるのは時間の問題でしょう』

東が話す間にも攻防は続き、その解説を証明するかのように修が張っていたレイガストにヒビが入り、武富がコメントを出した。

『東隊長の解説の通りに玉狛が一方的にダメージを受けていく!やはりスナイパー相手にこの勝負は無謀だったのか!?』

会場にいるギャラリーのほとんどが武富と同じことを思ったが、正隊員を始めとした数名は違った。そしてその数名の考えを代弁するかのように、彩笑が声を出して笑った。

『んー、この作戦考えたのはミック……三雲隊長なのかな?』

 

『おそらくそうだと思われますが……やはり地木隊長もこの作戦は失敗だと思いますか?』

確認するような武富の質問に対して、彩笑は意地の悪い…、時折月守が見せるのとよく似た笑みを浮かべながら答えた。

『成功か失敗かはともかく……この作戦考えたのがミックなら、ウチの咲耶と話が合いそうだとは思うよ』

その曖昧な答えに多くの観客が不思議そうな表情を見せたが、その疑問はすぐに解決した。

 

 

 

玉狛に向けて狙撃を続けていた荒船だが、オペレータの加賀美倫が刺すような鋭い声で警告を入れた。その甲斐あって、荒船はギリギリのところで横から接近してきた諏訪に気付いたが、気付くと同時に諏訪がショットガン形式の銃型トリガーでアステロイドを放った。

 

回避が遅れ一発だけ脚に被弾した荒船は今の状況を悟った。地形の有利こそ取ったが、不利を背負った2チームを相手取る2対1だと。

 

 

 

両隊長が対峙したのを見て、緑川が隣に座る真香に窺うように問いかけた。

「玉狛は最初からこうするのが狙いだったの?」

 

「うん、きっとそうだね。ステージで荒船隊に有利を取らせて、2対1の構図にする。思惑通りに動かすためにメリットとデメリットを上手く使って……確かにちょっとだけ月守先輩っぽいかな」

 

「そう?月守先輩って、どっちかと言えば相手の妨害が上手いイメージあるんだけど……」

 

「ああ、それは受け身に回ってる時かな。こっちから仕掛ける時は相手の動きをコントロールしようとするよ」

手段はまちまちだけど、と、真香は小さな声でそう付け加えた。

 

東と彩笑が玉狛の作戦について解説する中、真香は思う。

(ランク戦って、やっぱり奥が深いなあ……。こうして全体見てるだけで気付くことは色々あるし、東さんと地木隊長の解説もすごい為になる。欲を言えば月守先輩からも意見聞きたいけど……やっぱりまだ用事、終わってないのかな。一応、地木隊長と一緒にいるってメールはしたけど……)

今この場にいないもう1人の先輩へと意識を一瞬向けたが、すぐに矛先をランク戦へと戻した。後で意見を交わす時に少しでも有意義な事が言えるよう、たった1つの動きすら見逃すまいと真香はランク戦へと集中していった。

 

*** *** ***

 

「今日のお仕事終了〜」

時を同じくして、不知火花奈は半ば自室でもある研究室に戻って来た。ランク戦の解説任務から始まり、ついさっきまで会議が続いていた為、すっかりお疲れモードであった。

 

常に羽織っている白衣とスーツの上着をひとまずハンガーに掛け、不知火の足はそのまま冷蔵庫に向かい、中からお目当のものを取り出した。毎日の生き甲斐であり本人曰く健康の源でもあるお酒である。

 

手に取った缶ビールのプルタブを人差し指で起こそうとしたが、その寸前でふとある事を思い出した。

「ああ、そういえば……咲耶を放置したままだったね」

そう呟いた不知火は一度テーブルの上にヒールを置き、月守の状態を確認するべくキーボードに指を走らせてモニターへと目を向けた。

 

「途中からタブレットでもチェックして無かったけど……さてさて、どうなったかな〜?」

この時の不知火は、スマートフォンで遊べるような設定だけ施して後は時間が経てば勝手に育つ放置系の育成ゲームを確認するような軽い気持ちであった。しかしモニターに現在の月守とラービットの戦闘状況、ラウンド数、見かけ上変化するように設定したソロランクポイントを表示した瞬間、その軽い気持ちは一気に吹き飛んだ。

 

「……、はは!こりゃ凄いっ……!」

予想を超えるその結果に、不知火の目はキラキラと輝いた。

 

結果を受け止めた不知火は、ここまでの戦闘の様子をじっくり確認しその上で月守本人からも話を聞きたいとも思った。兎にも角にも、不知火は一度プログラムを終了させるべくキーボードを叩いたが、不意にその手が止まった。

 

「あー……途中で終わらせるの出来ないようにしてたんだっけ。書き換えて無理やり終わらせよう」

 

自ら設定したプログラムに面倒臭さを覚え、ため息を吐いた。プログラムを変更して強制終了させようと思ったが、書き換えを始めようとしたところで思い直した。

「……いや。試したいものもあるし、こっちで行こう」

そう言うや否や不知火はスーツのポケットに手を入れ、自前のトリガーホルダーを取り出した。以前、本部に攻めて来たアフトクラトルのブラックトリガーの使い手であるエネドラと戦った時に使った実験用のものでは無く、本部のレギュレーションを無視して改造を重ねた戦闘用のものである。

 

手にしたトリガーホルダーを軽く上に放り、クルリと一回転したところを掴み取り、

「トリガーオン」

久方ぶりに不知火は戦闘用トリガーを起動した。

 

 

 

 

市街地ステージにて、月守と対峙したガイストタイプのラービットが構え、その身体のどこからともなく音声が発せられた。

『スピードシフト』

その一言と共に戦闘スタイルを切り替えたラービットは月守との間合いを一気に埋めた。

 

疲労とは全く無縁なラービットの機敏な動作に対して、月守はもはや死に体に近かった。

 

数時間に及んで続いた戦闘で精神は磨耗し、身体の構えは前のめりとなり、両腕もダラリと垂れている。足取りもフラつき気味であり、とても戦えるようには見えない。そんな状態でありながらも両眼は死んでおらず、その奥に闘志を滾らせながらしっかりとラービットを捉えていた。

 

接近したラービットが拳を繰り出す。上位アタッカーに届く速度の攻撃を月守は紙一重で躱す。序盤に見せていたような余裕を持った回避とは違い、フラフラとした…、それこそ倒れかけた結果たまたま当たらなかったと言われても信じられそうなほど、危なっかしい回避であった。

 

ダウン寸前の月守にラービットは強襲を掛ける。その体躯と速さを十二分に利用したラッシュを放つが、月守はその全てを避け切った。一連の攻撃を終えたラービットは、すかさず次の攻撃に移ろうとしたが、その行動の繋ぎの部分で月守が動いた。

 

「グ…スホ…パー」

 

掠れた声を絞り出すと同時に足元にグラスホッパーを1つ展開し、それを踏みつけて後方に跳んでラービットとの距離を稼いだ。そして跳びながらトリガーを切り替え、その垂れた両手をわずかに動かす。

「アス……イド…、ア…テロ…ド」

弱々しい声とは裏腹に両手からはしっかりとアステロイドのトリオンキューブが生成され、着地と同時に2つを無造作にぶつけるようにして合成を開始した。

 

反撃が来ると察したラービットはすかさず間合いを埋めに掛かり、それに応えるように月守も踏み出した。ラービットが拳を構えるのと、月守の合成弾が同時に完成し、共に相手を仕留めるべく腕を振りかぶった。

そして両者が相手を間合いに捉えて攻撃に移り、拳と弾丸が交差する瞬間、

 

「悪食弧月」

 

その一言と共に放たれた何かにより、月守とラービットの腕は綺麗に切断されて宙に舞った。

 

予期せぬ一撃に怯んだラービットはすかさず距離を取るが、月守は見覚えがある一撃と聞き慣れた声によって、すぐに何が起こったのか理解し、攻撃が来た方へと視線を向けた。

「あくじき、こげつ……」

 

「久々に見ただろう?」

月守の声に答えたのは、戦闘用のトリオン体に換装した不知火だった。本部長である忍田真史を彷彿とさせる黒のロングコート姿で歩み寄りながら、不知火は月守に言葉を投げかける。

「言いたいことは色々あるだろうが、まずはここから出よう。終了プログラムを起動してるから、今いるラービットを倒せば無事に戻れるよ」

 

「……、わかりました」

長い戦いがやっと終わるという安心感よりも疲労感が大いに勝る月守は無表情でそう言い、残るラービットを倒すために戦闘態勢に入ろうとした。だがそれを見た不知火は、穏やかな声で制した。

「ああ、咲耶はもう休んでなさい。あとはワタシがやるから」

そう言い切ると同時に別エリアにいたフルアームズタイプのラービットが現れ、不知火は会話中ずっと肩に携えていた武器を2体のラービットに向けて構えた。

 

弧月に改造を積み重ねて大鎌の形状を取るに至った不知火の専用トリガー『弧月歪之型(こげついびつのかた)禍月(まがつき)』。身の丈ほどの大きさの長物ということに加えて重心の位置も高く、扱いには一癖も二癖もある一品である。事実として細身な不知火が禍月を構えるとその姿にはアンバランスさを感じずにはいられない。

しかし、自らが使いやすいように改造しただけでなく、数多の訓練と戦闘を共にした禍月は不知火の手によく馴染み、アンバランスな見た目とは裏腹に、構えそのものに不安定さはまるで無かった。

ほんの少し懐かしさと、この上ない頼もしさを感じていた月守を背にして、不知火は1つ質問をした。

「ところで、ステルスラービットはもう倒してあるかい?」

 

「いえ、まだ……」

 

「ふむ、そうか」

そう言い切ると同時に、構えていた禍月を体幹を活かして左腕で振るった。反時計回りで周囲を薙ぎ払うようなその一撃は何もない空間を空振ったように思えたが、禍月の切っ先が8時の方向に差し掛かったところで、衝撃と鈍い音を伴いながら止まった。

「悪い子みーつけた」

凄絶な笑みを浮かべながら不知火は悪い子ことパーフェクトステルス型のラービットから禍月を引き抜く。

 

相変わらずパーフェクトステルスによって姿そのものは見えないが、傷口から漏れ出るトリオンの煙がラービットの動きをハッキリと示した。傷を負ったラービットは不知火から距離を取り、仲間である2体のそばに降り立った。

 

3体揃ったところを見ても尚(実際は2体しか見えないが)、不知火の笑みは止まらない。

「雁首揃えてくれちゃって……狩ってくれと懇願してるようにしか見えないね」

不知火の言葉と並行してラービットたちも動く。ガイストをガンナー戦用にシフトし、フルアームズを展開するが、それよりも速く不知火は禍月を振るった。

 

「悪食弧月」

 

その言葉と共に放たれた一撃は高い重心と遠心力を活かした高速の薙ぎであり、一瞬にして3体のラービットに4本の刀傷を刻みつけた。

 

容赦ない一撃を受けた3体のラービットの傷口からは勢いよくトリオンが溢れ出し、あっけなく膝をついて倒れた。それと同時に、

『ターゲット撃破確認。プログラム終了までしばらくお待ちください』

という音声が流れ、ラービットを仕留めたことを確信した不知火は構えを解いた。

数時間に及んだ戦闘が終了することに月守は安堵の思いであったが、それ以上に苦戦していた相手をあっさりと倒されたことが胸中にわだかまりを残していた。

 

そしてそれが表情に出ていたようで、振り返って月守を見た不知火は思わず笑みをこぼした。

「はは、ぶーたれた顔してるね。そんなにショックだったのかい?」

 

「ショックはショックですけど……。それよりさっきの、何なんですか?」

話題を逸らされたことに不知火は気づきつつも、戦闘を乗り切ったご褒美として質問に答えた。

「何って、『悪食』だよ。ワタシが作った弧月専用オプショントリガー。咲耶だって知ってるだろう?」

 

「知ってますけど、だからこそ聞いてるんです。俺の知ってる不知火さんの悪食にはあそこまでの威力は無かったです。……まさかトリオン能力が成長したんですか?その歳で?」

 

「なんだ、冗談が言えるくらいには元気じゃないか。どれ、もう一晩くらいプログラムを延長するかな」

 

「すみませんでした」

年齢という最大の地雷を会話の中で踏みつけた月守は不知火の脅しに対して速やかに謝罪した。

「よろしい」

謝罪の言葉を満足げな表情で受け入れた不知火は、禍月を肩に担ぎながら快く解説を再開させた。

「種明かしをすれば至極シンプルなんだが、『ストック』を使ったのさ」

 

「……確か開発中のトリガー、ですよね。溜め込んだトリオンを次に使うトリガーに付与するっていう……。最初から……じゃないな。俺と話してる時にストックを起動して、トリオンを溜め込んでたんですか?」

 

「正解。少しずつだけど規格化の目処も立ってきたし、正隊員に正式なトリガーとして配られる日も遠くないよ」

嬉々として語る不知火に対して、月守はもう1つの疑問を問いかけた。

「ストック使ってたのは分かりましたけど、そうなると分からないことがあります」

 

「うん?何かな?」

 

「……禍月とストックを併用してトリガーの使用枠は埋まってたのに、どうやってパーフェクトステルスのラービットの居場所を掴んだんですか?」

月守の疑問とは、視覚でもレーダーでも居場所を掴めないステルスを看破した方法についてだった。この数時間の戦闘の中で、月守もパーフェクトステルスに対する対抗手段をいくつか見つけたが、その中のどれを用いても不知火のように正確に攻撃を当てるのは難しい。故に、自分以上に正確に位置を掴む術を目の当たりにし、その方法を知りたいと思ったのだ。

 

問いかけられた不知火は少し悩んだ素振りを取った後、気まずそうな表情を見せた。

「咲耶、教えてもいいけど、コレは参考にはならないよ。ワタシ以外にできる人、いないだろうし。まあ、そうだとしても聞きたいんだろうけど」

 

「はい、知りたいです」

迷いなく即答した月守には本当に申し訳ないと思いつつ、不知火は答えを口にした。

 

「勘」

 

たった一言に纏められた答えを聞き、月守は思わず数回瞬きをした。

「誤解がないように補足するけど、完全な勘ってわけじゃあない。ほら、このラービットってワタシが直接行動プログラムを解析したり組み替えたりしたから、この場面ならこう動いてくるっていうのが大体分かるんだよ。だからあの場面でステルスラービットならこう攻めてくるはず……っていうのを予想して動いたというわけさ」

 

「理屈としてはそうかもしれませんけど……それだけであんな綺麗に攻撃が決まるんですか?」

 

「いや、決まったのはたまたまだ。空振ってたら、ただ意味もなく禍月を振り回しただけに終わってたさ」

堂々と言い放った不知火は歩いて月守に近寄り、担いでいた禍月を解除して空いた右手で月守の頭を撫でた。

「まあ、なにはともあれ……お疲れさま。頑張ったね」

幼子を褒めるような暖かい表情を浮かべる不知火には、この戦いを始める前に見せていた冷酷さはまるで無かった。

そしてその言葉と表情が長い戦いで張り詰め続けていた月守の緊張の糸を断ち、月守はお礼の言葉を返す前に意識が薄らいでいった。

 

そして意識が完全に途切れる直前、淡々とした無機質な音声が月守の頭に響き渡った。

 

 

 

 

『プログラム終了。

戦闘時間316分

トータル86ラウンド

メイントリガー最終ソロポイント11309』




ここから後書きです。
本来ならもう少し後にしようと思っていた、不知火さん戦闘用トリガーがちょこっと登場しました。補足ですが不知火さんは別に中二病というわけでは無く、
「1発で覚えられるような名前が良い」
的な感じで禍月やら悪食という名前になっています。

不知火さんが名付けたもので中二病っぽくなくて地木隊メンバーに好評な名前は1つだけです。


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第65話「進化する好敵手・後編」

「……」

途切れていた意識が覚醒した月守は、どうやら自分がどこかに横たわっているらしいと朧げにも認識し、無言で身体を起こした。周囲を確認すると見覚えがある場所…、というよりも戦闘に放り込まれる前にいた不知火の研究室だった。

 

「思ったより早いお目覚めだね」

月守が眠っていたのは研究室にあるソファの上であり、その肘掛け部分に座っていた不知火が月守の覚醒に気づき、透明な液体が入ったグラスを差し出した。

「飲むかい?」

 

「……これ中身なんですか?」

 

「勘ぐっているようだけど、ただの水さ」

ただの水と言われても尚月守は警戒したが、飲んでみると本当にただの水であった。一気に水を飲みきった月守は、不知火に空のグラスを返しながら問いかけた。

「俺、気を失ってたんですか?」

 

「うん、まあね。と言っても、意識がなかったのはほんの数分だよ。仮想空間から戻ってきてトリオン体が解除された咲耶をソファに運んで……というか咲耶、太った?前より重くなってたんだけど」

 

「……背が伸びた分、だと思いますよ。まだジワジワと伸びてますし」

 

「それもそうか。去年の今頃は、和水ちゃんと同じくらいだったのにねえ」

しみじみと言う不知火に向けて「おばあちゃんですか?」と言いかけた口を月守は慌てて閉じた。さっき踏んだばかりの地雷を暴発させるところであり、月守は万が一にも不知火に気付かれるのを避けるために話題を変えようとした。

そうして話題を探すために思考巡らせようとしたが、答えを探し出すより早く、不知火が月守に向かって右手を差し出した。

「……?あの、この手は……?」

 

「うん?トリガーホルダー貸してっていう手。トリガー、変更したいだろう?」

 

「……!」

心の中を見透かされたような気持ちになった月守だが、すぐに見抜かれた理由に思い至り、素直にトリガーホルダーを差し出してメインとサブの構成を伝えた。

 

オーダーを受けてモニターに向かい合い、嬉々として作業に取り掛かる不知火の背後に向けて月守は話しかけた。

「結局、今回は何から何まで……不知火さんの思惑通り、でした」

 

「ワタシの思惑?」

 

「ええ。限界超えて無茶しなきゃどうにもならない……そんなレベルの戦闘に放り込んで、俺に本当に必要なトリガーと……気持ちの持ち方を解らせようとしたんでしょう?」

 

「ふむ、まあ概ねその通り。荒療治だったけど、このくらいが丁度いいだろう?」

 

「はい」

頷く月守を背後に感じながら、不知火は言葉を続ける。

「トリガーの方は今さっき咲耶が言ったモノが答えだし、戦闘を乗り切った時点で気持ちの方も改善されただろう。……ついでに訊くけど、他に何か収穫はあったかい?」

 

「……技術とか立ち回りとか色々ありますけど、1番大きいのは……」

 

「大きいのは?」

 

「……いや、技術と立ち回りですね」

一度言いかけたことを誤魔化した月守だが、不知火はそこを目敏く追求しにかかった。

「さーくーやー?明らかに今誤魔化したね?」

 

「言い直しただけですよ」

 

「ほう、言うね。ならばワタシも相応の処置を取ろう」

ニヤリと笑った不知火は一度作業の手を止め、1つのトリガーホルダーを白衣から取り出した。

「今ワタシの手元には君のトリガーホルダーの他に、明日から復帰する天音ちゃんのものがある。そして、君たち地木隊のトリガーは全てワタシが調整している。さて、この2点を踏まえてワタシはどんな処置を取ると思うかね?」

その言葉を受け、月守は表面上冷静さを取り繕いながら考えを述べた。

「……トリガー構成をめちゃくちゃにするつもりですか?」

 

「それもありだね。でも、ほとんどのトリガーを一通り扱える咲耶と、ある種天才の天音ちゃんには効果が薄いだろう」

 

「トリガー構成以外……?通信とかレーダーみたいな機能に手を加える気ですか?」

 

「それも違う。第一それだと防衛任務に支障が出る」

 

「なら、何なんですか?」

月守がギブアップしたところで、不知火が煽るように笑った。

「なーに、大したことじゃあない。ただ、君たちがトリオン体に換装する際に、メイド服にしかならないよう設定するだけさ」

 

「しれっと、とんでもないこと言いますね。沢村さんと忍田本部長に言いつけますよ」

 

「おっと、それは困る。なら仕方ない。気になるのはやまやまだけど、今はいいや。咲耶が言いたくなった時に聞くことにしよう」

思いの外不知火はあっさりと食い下がり、作業へと没頭していった。

 

「………」

疲労感が全身に残る月守はソファに横たわり天井を見上げて、独り言を語るように言葉を紡ぎ出した。

「収穫って程じゃ無いですけど……彩笑については考えさせられましたよ」

月守の独白に対して不知火は何も聞こえてないかのように作業の手を止めずに、そっと耳を傾けた。

「今日みたいにしんどい戦いの時だったり、辛い時……神音が倒れた時とか夕陽さんの事件の時……。逆に、嬉しかった時とか楽しかった時。ここ数年分の、色んな時のことを思い出した時、いつも隣に彩笑がいて……俺の中ですごく大きな存在になってるんだなって、改めて思い知らされました」

 

「大きな存在、ね……。ふふ、あんなに小ちゃいのにねぇ」

 

「ちびっこいですよね」

16歳ということを疑うほど小柄な彩笑のことを思い、2人はクスクスと笑みをこぼした。

「さっきだって……どんなトリガー構成ならこいつらを倒せるかって考えるより先に、彩笑が隣にいてくれたらなって思いましたし。……きっとこの先、戦友として俺の前に彩笑以上の相方は現れないと思えるくらいのやつです」

 

「それはまた……」

モニターから目を離していない不知火には月守の表情は見えないが、おそらく臆面も無く真剣な顔をしているのだろうと想像しながら、口元に小さな笑みを作った。

「なんというか、言葉の端々から地木ちゃんをどれだけ好いてるのかが伝わってくるよ」

 

「好いてる……まあ好きは好きですけど、それだけじゃないんです」

天井に備え付けられたLEDの灯りを遮るように開いた右手を伸ばし、指の隙間から届く明るさに目を細めながら、月守は本心を話す。

 

「好き以上に……俺にとって彩笑は憧れなんですよ」

 

 

月守の口から羨ましさが込められた言葉が紡がれる。

「小さい身体な上に最低クラスのトリオン能力なのに、スコーピオン1つでどんな相手にも勝負を挑む生き様が」

 

「明るく分け隔てなく、どんな奴ともすぐに打ち解けられる性格が」

 

「困った時に周りから自然と手を差し出してもらえる、その人望が」

 

「そして何より、どんなに辛い思いをしてる奴であっても……見るだけで、思わずつられて笑わせてしまう、あの笑顔が出来る彩笑自身が」

 

「その全部が、眩しくて羨ましい。きっと俺が、人生を何百回やり直しても持ち得ないものを全部持ってる彩笑が、俺は羨ましくて仕方ないんです」

力なく笑いながら、月守は心の底にしまい込んでいた偽らざる本音を吐き出した。

 

その独白を聞いた不知火はゆっくりと手を止め、椅子を回して月守へと向き合い、

「それが本音だとした上での意見だけど、その気持ちは危ういね。それだけの思いを抱いていれば……ふとした拍子に、その憧れは妬みに変わって呑み込まれるよ」

刺すような鋭い目で不知火はそう忠告した。

 

「妬み……」

忠告を受けた月守はソファから身体を起こし、同じように不知火に向き合って、やんわりとした笑顔を見せた。

「正直なところ彩笑には憧れだけじゃなくて、嫉妬してる部分も、俺の中には確かにあります。妬ましく思う時だって、そりゃありますよ」

 

すでに危うさを自覚する月守の言葉を聞き、不知火は尚更強く忠告をしようとした。

「だったら……」

「でも」

しかしそれを遮るように月守が言い、笑顔のまま言葉を続けた。

「そうなる前に……嫉妬で心が食い潰される前に、あいつはこう言ってくれるんです。『任せた』って。……心底憧れてる奴から、あんな真っ直ぐな目で言われたら……。あの期待は、裏切れないです」

 

月守の思いを聞いた不知火は沈黙し、十二分に吟味してからそれを言葉にした。

「それは信頼を通り越して、もはや呪縛だよ」

 

「呪縛……なんかそれ、しっくり来ました」

好ましい言葉で形容されなかったものの、不思議とその言葉は月守の胸の中に収まった。

「はは、皮肉ったつもりも多少あったのに、随分と満足そうな顔するじゃないか」

 

「あはは、そんな顔してます?」

 

「ああ、地木ちゃんの笑顔と比べたら可愛げやら愛嬌とかがすこぶる欠けるけど、上手く笑うのが苦手だった頃の君と比べれば大分良い笑顔だよ」

 

「それはどうも。というか不知火さん、口ばっかりじゃなくて手も動かさないとお酒飲む時間が遅くなりますよ」

 

「おっと、それはいただけないね」

クスッと小さく笑った不知火は作業に戻り、とんでもない速度でトリガーの変更及び調整を進めていった。

 

調整が終わるのを待とうとした月守が視線を不知火から逸らすと、テーブルの上に置きっ放しになっている未開封のビールに気付いた。

(……飲もうとして取り出したけど、先にこっちの戦闘に乱入してきたんだろうな)

ぼんやりとそう予想した月守は、このままではビールがぬるくなることを危惧した。月守は未成年のためビールは飲まないものの、以前何かの拍子に二宮が、

「あの野郎……、ぬるいビール入れやがって」

と呟いていた事を記憶しており、ぬるいビールはあまり美味しくないのだろうなと思っていた。

 

月守はゆったりと身体をソファから起こして歩き、置きっ放しのビールを手に取った。缶の側面に水滴が浮かんでおり、今はまだ冷たさを保っているものの、このままではぬるくなることは火を見るよりも明らかである。それを防ぐため月守は1度このビールを冷蔵庫に戻そうとしたが、その瞬間、

「よし終わった。咲耶、その手に持ってるビールを渡したまえ」

仕事を終えた不知火が万歳をしながらビールを要求してきた。

 

「早いですね」

驚きながらも月守はビールを渡し、不知火は待ってましたと言わんばかりの笑みで受け取った。

「ふっふっふ、ワタシが本気になればこんなものさ」

 

「ならいつも本気でお願いします」

 

「ワタシが本気を出すのは興味深いものか、お酒を目の前にした時だけだ」

堂々と言い張る不知火に対して月守は思わず苦笑いをした。

 

手渡されたビールと交換する形で不知火は調整が済んだトリガーホルダーを差し出し、月守はそれに手を伸ばして受け取ろうとした。しかしトリガーに手が触れる寸前、不知火は口を開いた。

「辛い戦いを乗り越えて心機一転したんだ。いい機会だし、決意表明の1つでもどうだい?」

 

「決意表明ですか?」

コメントを求められた月守はわずかに思案し、すぐに答えた。

「今まで俺は、誰かの2番手でした。バイパーが得意だって言っても、那須先輩には及ばない。合成弾を速く生成出来ても、出水先輩よりは遅い。点は取れても、二宮さんには敵わない。そんな感じで、俺はいつまでも誰かの2番手で……1番にはなれないってずっと思ってました」

そう話す月守は自らの弱さを認めながらも、声には力が込められ、その奥にはしっかりとした自信が潜んでいた。

「けど、それはもう……そう思うのは辞めます」

言葉と共に月守はトリガーホルダーを手に取り、確かな闘志に燃える瞳を不知火に向けながら、

「もう、2番手に甘んじることはしません。俺はボーダーで1番のシューターになります」

そう、宣言した。

 

*** *** ***

 

市街地Cで繰り広げられる諏訪隊、荒船隊、玉狛第二の三つ巴戦は混戦にもつれ込み、諏訪隊と玉狛第二の2チームを相手に回す形になった荒船隊の3名は全員の位置を捕捉され、劣勢に立たされていた。

 

劣勢になる中、荒船隊の半崎義人が動いた。精密狙撃の名手と呼ばれる程の腕前の半崎は、荒船を追いかける諏訪を狙った必中必殺のヘッドショットを放った。しかし諏訪は範囲を狭め強度を上げたシールドをピンポイントで頭部に展開してその1撃を防ぎ、半崎の位置を割り出した。

「げっ、マジ?」

少し読み違えれば即死の博打を目の当たりにした半崎の口から、思わずそんな言葉が出た。

 

すかさず諏訪はチームメイトの堤大地に半崎を追うようにと指示を出す。

 

位置が割れ、間合いを詰められながらも半崎は冷静だった。不利な状況ではあるが、それ故にこの状況には慣れがあった。半崎は落ち着いて逃走ルートを走ったが、そこへオペレーターの加賀美から1つ通信が入った。

『下から来る!気をつけて!』

「見えてますよ、堤さんでしょ?」

淡々と答えた半崎だが、加賀美は鋭い声を返した。

『違う!玉狛よ!』

 

 

 

 

半崎の背後を取る形で下層から接近した遊真は跳躍して手摺に身を乗り上げ、半崎に気づかれると同時にバッグワームを解除して攻撃に移った。

小柄であることを活かし、高速で接近して急所たる胸部めがけて斬撃を放ったが半崎は反応して身を反らし、致命傷を回避した。着地した遊真は追撃をかけようと踏み込みかけたが、追いついてきた堤が半崎を射程に捉え、両手に構えた2丁のショットガンの引き金を引きアステロイドを放った。避けようのない散弾を受けた半崎のトリオン体にはあっと言う間にヒビ割れが広がり、

「こりゃダルいわ、すいません」

口癖である『ダルい』の一言を最後にベイルアウトした。

 

 

 

 

 

半崎の離脱から間を開けることなく、遊真と堤の一騎打ちが始まった。堤が放つ散弾を遊真は避けつつ思考する。

(おれの動きをちゃんと追ってる。たぶんこの人もさっきの人と同じく、おれがどれくらい動けるのか知ってるな)

事前に調べられていることを予想した遊真は、1撃を加える前に1つ崩しが必要だと判断し、攻撃に移った。

 

散弾を避けるために跳躍し、空中に躍り出る。すかさず堤は反応して銃口を遊真へと合わせるが、それを見て足場が無く身動きが取れない格好の的を演じることが出来た遊真は小さく笑った。

(粘土のイメージ、だったな)

頭の中にそれを思い浮かべた遊真は右手にイメージを反映させ、スコーピオンが形を変えた。

 

それぞれの指の間から展開された、計4本のスコーピオン。形にバラつきや歪さはあるものの、それはまさしく試合前に彩笑から教わった技だった。

 

予想外の技術を目の当たりにした堤の目が、驚きのあまり僅かに開いた。

(これは、地木ちゃんの……!)

その挙動を見て動揺を誘うことに成功した遊真は、堤の意識から完全に外れた左手側のサブトリガーから『グラスホッパー』を1枚展開して踏み込み、空中で切り返す。

 

2つのイレギュラーが重なり、堤の体勢が大きく崩れる。遊真はその隙を逃さずに鋭く踏み込み間合いを詰め、4本のスコーピオンで斬りつけた。胴体を両断とまでは行かずとも深々とした4本の傷は十分に致命傷であり、堤は早々に退場することを心の中で詫びながらベイルアウトしていった。

 

遊真はベイルアウトの光跡を目で追ってから4本のスコーピオンを解除した。

(4本同時はちょっと持ちにくいな。今度ちき先輩に持ちかえのやり方も相談しよう)

次の課題を思い浮かべつつ意識をランク戦へと戻し、遊真は次の敵を目指して移動を始めた。

 

 

 

 

 

観戦会場のモニターで一連の戦闘を観ていた武富が遊真の動きを実況した。

『空閑隊員が空中から見事な動きで堤隊員を撃破しました!今の動きや技は地木隊長を連想させるものがありましたが、どう思われますか?』

話題を振られた彩笑は、楽しそうな笑みを浮かべながら答える。

『ボクがちょくちょく使うディビジョンスコーピオンからのグラスホッパーで、スピードに乗ったいい動きだったね。ディビジョンの方はボクが教えたからいいとして、グラスホッパーの方はタイミングとか身体運びはボクのとはちょっと違うかな。駿っぽい』

 

そこまで言った彩笑は会場をキョロキョロと見渡し、真香の隣に座っている緑川に向かって声を張り上げた。

『ねえ!ゆまちにグラスホッパー教えたのって駿?』

問いかけられた緑川はクルッと振り返り彩笑に視線を合わせた。

『うん!オレが教えた!』

『やっぱり!いつ教えたの?』

『昨日!』

『昨日!?普通に覚えたてじゃん!』

『ってかそういう地木先輩こそ、いつ遊真先輩に教えたのさ!』

『さっき!試合前!』

『試合前!?』

テンポ良く会話する2人だが、遊真が直前に覚えた技をほぼぶっつけ本番で使ったという事実と、自らの技術をあっさりと教えてしまう2人に対して周囲は驚いた。

 

楽しそうに話す彩笑を横目にして、もう1人の解説担当の東は静かに思った。

(新人は……いや、下の世代は着実に育ってるな。それも仲間を蹴落とすんじゃなく、互いに良い影響を与えながら……。この感じだと、俺が現役を退く日も遠くないのかもしれないな)

 

現役最年長の正隊員は未来へと明るい想いを馳せるが、そんな中でも試合は止まらず進み続け、玉狛第二と諏訪隊に追い詰められた荒船隊が絶体絶命の窮地に立たされた。

 

 

 

 

民家の屋根の上にいる荒船隊の穂刈に狙いを定めた遊真は、迷わず一気に距離を詰めにかかった。穂刈は完全にアタッカーの間合いでの戦闘を避けるべくイーグレットを放つが、遊真はそれに反応しシールドで防ぎ、スピードを落とすことなく階段を駆け上がった。

このまま自らの間合いに持ち込める、遊真がそう思った次の瞬間、側面の塀に刃の鋒が見えた。不意打ちの斬撃を遊真は足を止めて身を屈めて回避し、すぐさま斬撃の主へと意識を移した。

 

斬撃を繰り出したのは、ボーダーきってのアクション派スナイパー荒船哲次であり、その左手には普段持つ狙撃用トリガーイーグレットでは無く、万能のブレード型トリガー弧月が握られていた。

 

弧月を構えた姿を見て、遊真は荒船が生半可な剣士では無いことを瞬時に感じ取った。

「いいね、面白くなってきた」

口元に思わず笑みを浮かべながら呟く遊真を見て、荒船も口角を吊り上げて弧月を握る手に一層力を入れた。

「クソ生意気なルーキーだな。ぶった斬ってやる」

 

互いの口上を合図代わりとし、エース同士の刃がぶつかり火花を散らした。遊真は持ち前のスピードを活かして立ち回り、逆に荒船は後方にいる穂刈に遊真を向かわせないよう意識して最小限の動きで遊真の前に立ちはだかる。

踏み込まねば剣戟に持ち込めない間合いを探る遊真だったが、その間合いを把握する前に荒船が動いた。展開したままのバッグワームを翻して遊真の視界を制限し、逆手持ちの弧月で刺突を行なった。意表を突く攻撃だったが、それを遊真は躱して反撃を試みる。しかしそのタイミングで穂刈が援護射撃を行い遊真を牽制して動きを鈍らせ、荒船がその隙を逃さずに弧月を振るった。

 

避けきれ無いと判断した遊真はスコーピオンで受太刀したが、刀身が僅かに欠けヒビが入った。

(あらふねさんが攻めて、ほかりさんが援護……。シンプルだけど、だからこそ厄介だな)

荒船隊の攻撃を受けた遊真はそう分析し、動きのパターンを変えた。撹乱するような機動を減らし、穂刈から見て小柄な自らの身体を荒船の陰なるような立ち回りに切り替え、荒船隊の攻撃力を削りにかかった。

(これでどうだ?)

この切り替えがどう出るか伺った遊真だが、そのタイミングで修から通信が入った。

『空閑!穂刈先輩は笹森先輩が捕まえた!ぼくもすぐに射程に捉えて牽制するから、そのまま荒船先輩と戦え!』

仲間からの朗報を受けた遊真は、荒船に聞こえないよう小声で答えた。

『サンキュー、オサム。こっちは任せてくれ』

 

通信を終え、遊真は攻勢に再度移った。

打ち合いに持ち込まれぬよう動き回り、ヒットアンドアウェイやカウンターの動きを駆使して荒船と切り結ぶ。荒船の技量は高くダメージは受けるものの、遊真はそれ以上のダメージを与える。

 

これなら行ける、遊真がそう思った瞬間、1発の銃弾が遊真に襲いかかり左肩を抉った。一瞬だけ遊真が銃弾が飛んできた方向に視線を向けると、笹森に深々と斬りつけられる穂刈の姿が映った。

(捨て身の1発か)

その1発を避けようの無かったものとして割り切った遊真は、すぐに荒船に意識を向け直した。

 

遊真の負傷を好機と見た荒船は踏み込み、攻めに転じた。それに対して遊真はバックステップを踏みながらグラスホッパーを1枚上向きにして足元に展開した。グラスホッパーを見た荒船の挙動が、一瞬ブレた。遊真の背後に塀の壁が待ち構えている以上、グラスホッパーで跳躍して上空に逃れようとしていると判断して荒船は対応しにかかる。しかし荒船のその動きを、遊真は読んでいた。遊真はグラスホッパーでは無く背後の壁を強く蹴り荒船に特攻を仕掛けた。

 

「!!」

特攻を見た荒船は驚いたものの、その特攻に対して後出しで弧月で防御できるように構えた。

(いい動きだがこちとらクソ速い地木の奴と何十回とランク戦してんだ!追いつけはしなかったが高速機動には慣れがあんだよ!)

その思いで荒船は防御の構えを取り、遊真の斬撃を防ごうとした。

 

 

 

だが荒船のその目論見は、

 

「確か()()だよね、ちき先輩」

 

そう呟きながら放たれた遊真の()()()()()()()()()()()崩された。

 

「っ!!?」

荒船のトリオン体に何十ものフィルターを通したような、生身の肉体と比べて大幅に落とされた痛覚による痛みが走る。その痛み自体は今まで何度も受けたものであるため動揺することは無いが、完全に防いだはずの攻撃を受けたことが荒船を動揺させた。

 

遊真が放ったのは試合前に彩笑とのランク戦で勝利したことにより伝授された、すり抜ける斬撃『ブランクブレード』。

 

荒船は試合前に微かな噂として耳に入れただけであり、まさかこの試合で体感するなど露ほどにも思っていなかった。それ故に動揺もしたが、ただやられたわけでは無い。斬撃を受ける瞬間、荒船はブランクブレードの仕組みを()()()()()、理解した。

 

(この場面でフェイントのためだけにグラスホッパー使った上に、あんな技まで……!?このチビ戦い慣れしすぎだろ……!!)

 

致命傷ではないが深く刻まれた傷口から大量のトリオンが流れ出る中、荒船は内心そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

防がれたはずだった遊真の斬撃が決まった瞬間、モニターで観戦していた多くの観客に衝撃が走った。

『な、何が起こったーっ!?完璧に防いだはずの荒船隊長の防御を、空閑隊長のスコーピオンがすり抜けてダメージを与えてしまいましたっ!?』

会場の疑問を的確に言葉にする武富の隣で、技を伝授した彩笑1人だけは、ガッツポーズを取りながら遊真へと賛辞を送っていた。

『ゆまちナイスっ!』

 

『地木隊長、もしや今の技が噂の新技「ブランクブレード」なんですか?』

思わずといった様子で武富が問いかけ、彩笑はキョトンとした表情で答えた。

『うん、そうだよ。これもさっき、ボクがゆまちに教えたんだー』

 

『なんと!ということはこれまた空閑隊員ぶっつけ本番で新技を使ってきました!』

 

『ゆまち、肝が座ってるよね〜』

テンションが上がる武富と対照的に、どこかまったりとした様子で受け答えをする彩笑に向けて、東が質問をした。

『地木、もしよければその新技……「ブランクブレード」とやらの仕組みを説明してくれるか?どうやら編み出したのは地木のようだから、言いたくないなら別に言わなくていいが……』

 

『解説するのは別に構わないですよ東さん。だってここで言わなかったらゆまちに贔屓したみたくなっちゃうし』

そう言ってニッコリと笑った彩笑は、自らが編み出した『ブランクブレード』についての解説を始めようとしたが、

『でもその前に、今は試合見なきゃですよね?あ、ホラ!ゆまち達のとこに諏訪さんが乱入してる!勝負所勝負所!!』

モニターに指をさしながらそう言い観客や東、武富の意識をランク戦へと引き戻していった。




ここから後書きです。

ここ数話を書いてて、月守と彩笑はやっぱり2人でセットだなと改めて思いました。


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第66話「空白の剣」

彩笑から伝授された新技「ブランクブレード」で荒船に致命傷を負わせた遊真は、ここまで出来過ぎだと頭の片隅で思った。

 

隊長の修が組み立てたプラン通りに試合が進み、実際に今、自分たちが優位に試合を進めている。限りなく勝ちに近づいているものの、かつて積み上げた戦いの経験が詰めを怠るなと警鐘を鳴らす。

 

そして遊真の予感は的中し、荒船との戦闘に紛れて接近してきた諏訪が民家の屋根の上で高さの利を確保した状態でショットガンの引き鉄を引いた。広範囲に及ぶアステロイドの散弾だが試合中盤で脚を狙撃されバランスを崩した諏訪は狙いをつけることに四苦八苦し、遊真と荒船は回避とシールドを併用して攻撃を凌いだ。

 

反撃を仕掛けようと試みた遊真だが、少し離れた場所にいて戦場を把握していた修がチームに通信を入れた。

『空閑!笹森先輩がそっちに向かった!カメレオンを起動してる!宇佐美先輩、位置情報を!』

 

『OK!遊真くん、真後ろのちょっと左!すぐ来るよ!』

 

『了解』

2人からの情報を得て、遊真は自らを囮にして笹森を釣り出すことにした。来る方向さえ分かっていれば攻撃に移る瞬間に殺せる確信があった遊真だが、その目論見は他のトリガーを使わずカメレオンを起動したまま羽交い締めを仕掛けた笹森の好手により崩された。殺傷を目的としない笹森の行動に驚いた遊真は反応がわずかに遅れ、後手になりながらも背中を起点としたブランチブレードで笹森に反撃した。仕留めたものの、ここで遊真の足は完全に止められ、的同然となった遊真に諏訪が銃口を向けた。

 

勝ちを確信した諏訪だが、ここで玉狛が潜めていたカードを切った。序盤の数発以降は隠密行動に徹していた雨取が、再びアイビスを放った。建物を破壊しながら飛んでくる雨取のアイビスには射線など有って無いようなもので、諏訪、笹森、荒船、遊真がいる地形条件をガラリと書き換えた。

 

この時点で遊真からの一撃で多くのトリオンを失っていた荒船は生き残ることを放棄し、トリオンが尽きる前に素早くイーグレットを構えて雨取へとカウンタースナイプを仕掛け、命中させる。そして遊真を捨て身で止めた笹森のトリオンがここで尽き、雨取と笹森はほぼ同時にベイルアウトしていった。

 

その一方で遊真と諏訪、エースと隊長による最後の一騎打ちが展開されていた。諏訪の放つ散弾アステロイドを遊真はトリオン体のフットワークを活かして回避し、接近する。遊真からすればスコーピオンで斬りつけるための当たり前の行動だが、片足を失い機動力が低下した諏訪にとっては、近づいてくる遊真の動きは実にありがたかった。

 

ギリギリまで遊真を近寄らせた諏訪は、ここまでの試合から遊真の動きを予測し、駆け引きに出た。空中に身を躍らせた遊真に銃口を向けると、遊真はセットしていたグラスホッパーを展開して空中で切り返した。だがその切り返しは諏訪が予想した動きそのものであり、ショットガンの銃口は遊真を捉えて離さなかった。

引き金を引いた諏訪は、今度こそ勝利を確信した。しかしその確信ゆえに諏訪は無防備となり、そのタイミングでこれまで攻撃らしい攻撃をしていなかった三雲が諏訪の死角からアステロイドを放った。

 

『諏訪さ……』

先にベイルアウトし、作戦室からレーダーを見ていた堤が警告したが時すでに遅く、三雲のアステロイドは諏訪のトリオン体を貫いた。

 

(最後の最後で……、エースを囮にしたのか……!)

ちゃっかりシールドを展開して諏訪のショットガンを防いでいる遊真を見た諏訪は、ここまでが玉狛が描いていたシナリオだったことを悟った。

 

素直に完敗したことを諏訪が内心認めたところでトリオン体に限界が訪れ、強制的にベイルアウトとなった。そしてほぼ同じタイミングで傷口からトリオンが全て流れ出た荒船もベイルアウトとなり、玉狛の勝利となった。

 

満身創痍の状態である遊真の元へ修は駆け寄った。

「空閑……その、無茶をさせたな」

身体を張ってくれた遊真に向けて修は申し訳なさそうな表情をするが、それに対して遊真はひらひらと手を振った。

「別にへーきだよ。それより、今回も勝ったぞオサム」

 

「……!ああ、そうだな」

そう言った修は遊真のそばで屈み、互いの頑張りを讃えるように拳を合わせ、今一度勝利を噛み締めたのであった。

 

*** *** ***

 

諏訪、荒船の両隊長がベイルアウトしたことにより、試合が決着した。

『ここで決着!最終スコア6対2対1!デビュー2戦目も大量の6得点を挙げ、玉狛第2の勢いが止まりませんっ!』

実況の武富が言うように玉狛のスコアは中位グループの試合としては大量得点の部類に入る。それが玉狛の強さを裏付けでもあり、そのことを実感している多くのギャラリーからは騒めきが絶えず発せられていた。

 

『……さて、振り返ってみてこの試合、いかがだったでしょうか?』

武富が解説担当の2人に話題を振り、すぐに東が口を開いた。

『玉狛が終始作戦勝ちをしていた、という印象ですね。相手の得意な陣形を崩すこと、そしてそこへ空閑を上手く当てる。これを徹底した結果が、6点という大量得点に繋がってると言えるでしょう』

東は玉狛の立てた2つの策を示すように2本指を立て、隣に座る彩笑みはそれを真似しながら東のコメントに続いた。

『玉狛第2と諏訪隊を敵に回した状態になっちゃった荒船隊はお気の毒に〜、って感じだけど、玉狛が荒船隊を警戒してたのが伝わってきたかな』

 

『荒船隊は当然ですが、諏訪隊にとっても辛い試合だったと言えますね。連携を売りにしてる諏訪隊ですが、今回は試合展開上別行動を強いられ、本来の強みを出せなかったのは不本意な結果でしょう』

 

『諏訪さんと堤さんに組まれてショットガン撃たれたら厄介だからね。序盤に堤さん落ちなかったら、試合の展開全然違ったんじゃないかな』

東と彩笑がテンポ良く解説を進める中、会場内で試合を見ていた黒江双葉が隣に座る米屋陽介に、ふと、疑問を口にした。

「米屋先輩」

 

「あん?どうした?」

 

「玉狛の作戦ってそんな意味があったんですか?単に、クガって人が強かっただけに見えたんですけど」

特別大きな声で発せられた訳ではないが、不思議とその声は会場にいた人の耳に届いた。そしてそれは地獄耳の気がある彩笑にも届いていた。

『ちゃんと意味はあるよ、ヌヌちゃん』

 

「……地木先輩、ぬぬちゃんって呼ぶのはやめてくださ…」

 

『ゆまちは確かに強いけど』

双葉の抗議も虚しく、彩笑は玉狛がとった作戦の重要性を話し始めた。

『フツーのステージでイーブンな条件なら、玉狛は苦戦を避けられなかったはずだよ。経験値の差が大きいし、何より荒船隊が全員自由に動けたらどこから撃ってくるか警戒するだけで動き硬くなっちゃうでしょ?』

会場中の注目が集まるが、彩笑はそんな中でも堂々と自らの意見を語った。

『だから玉狛はステージ設定で、荒船隊の動きに方向性が付くように仕向けた。狙撃に有効で、分かりやすいアドバンテージにもなる「高台」っていうゴールを争うような展開に、全部隊を巻き込んだの。あとついでに、序盤から的になって荒船隊の位置を割り出してたのも大きいかな』

会場中の注目に応えるかのように、彩笑はにこやかな笑みを見せた。

『地形を使って、相手を動かす。凄く大切で奥が深い、でもそれでいて地形戦の基本だよ、ヌヌちゃん』

 

「……ありがとうございました」

再度ヌヌちゃん呼ばわりされることには納得いかないものの、解説にはひどく納得してしまった黒江は彩笑に向かってお礼を言った。

 

そして黒江がお礼を言った直後、会場の一角にいた緑川駿が、隣にいる和水真香に向けてヒソヒソ声で問いかけた。

「ねえ和水先輩」

 

「なに?緑川くん」

 

「地木先輩って勉強できそうな感じ全然無いのに、何でこういう時は頭いいの?」

 

「月守先輩が言ってたんだけど……。地木隊長普段……というか戦闘中は考えるより先に動いたりとか直感で動くことが多いけど、落ち着いて考えればそれなりに地頭あるんだって」

 

「へー、なんか意外」

 

「あと単純に、興味が有るか無いかも大きいみたい。地木隊長、5教科の中で英語が特に好きで、英検の準一級待ってるんだって」

 

「ウソでしょっ!?」

意外な成績に驚き、思わず大きな声を出してしまった緑川へと周囲の目が集まるが、

『いやいや、ウソじゃないよ〜』

ちゃっかりこの会話も聞いていた彩笑は淀みなく答え、再び周囲の注目を集めた。

「ちょっ、地木先輩なんで聞こえてるの!?」

 

『キクリンほどじゃないけど、ボク耳が良いんだ。咲耶曰く地獄耳!』

ドヤ顔で言い放つ彩笑が周囲の笑いを誘ったところで、今日1日の各隊の得点集計が終わり、更新された暫定順位がモニターに記され、武富がそれを読み上げた。

『本日の結果を受け、暫定順位が更新されました!玉狛第2は8位に浮上し、早くも中位グループのトップに立ちました!逆に諏訪隊と荒船隊は10位と12位にそれぞれダウンしました』

 

『あっ!ボクたちと荒船隊、得点一緒だけどスタート位置のせいで順位負けてる!13位!』

悔しがる彩笑を横目に、武富は苦笑しながら言葉を続けた。

『次戦も変わらず下位グループが8チーム、中位と上位は7チームという組み合わせのようですね。公平を期すために時折上中下の内訳が変わるとのことですが、今のところ下位グループが8チームのままです』

 

『みたいだね。あ、対戦カードも出た!中位グループは……玉狛第2と鈴鳴第一と那須隊の三つ巴と、荒船隊と諏訪隊と柿崎隊とボクたちの四つ巴だね!』

発表されたカードを見て、東が興味深そうな表情を浮かべた。

『三つ巴は面白い組み合わせになりましたね。いずれのチームも前衛中衛後衛がそろった3人編成……、今回と違って順位からしてマークされ、ステージも選べない玉狛の真価を図る一戦になりそうですね』

続いて四つ巴に参加する当の本人である彩笑が、自らの対戦カードについてコメントした。

『四つ巴の方は、遠距離、近距離、万能……、みんな見事にジャンルがバラバラだから、やりたいことをやれたチームが勝つ感じになりそう』

 

『地木らしい見方だな。それとついでに聞くが、荒船隊は遠距離、諏訪隊が近距離、そして柿崎隊を万能とするなら……、お前たち地木隊は何になる?』

 

『うーん……色々あるけど、あえて言うなら』

東の問いかけに対して彩笑はちょこんと首を傾げてからクスッと笑い、

『爆発力!』

自信満々に、そう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合が終わり、順位が更新され対戦カードも発表されたため、観戦会場からは徐々に人が消え始めた。人がまばらになってきたところで彩笑は体重を椅子の背もたれに預けて、息を吐いた。

「ふあー……緊張した〜」

力の抜けた声でそう言う彩笑を見て、武富が小さく笑った。

「緊張したと言う割には堂々としてましたね」

 

「その裏で心臓ばくばくだから。もー、こういうの何回もサラッとやってて武富ちゃんも東さんも凄いね」

彩笑は言いながら机の上にダラリと身体を伸ばしつつ2人に視線を向けた。その動作にどことなく猫っぽさを感じながら、東は口を開いた。

「こういうのは慣れてしまえば、どうってことないさ。地木もこの手の仕事を月守にばかり押し付けないで、やってみたらいい」

 

「東さんそれ誤解ですよ〜。ボクが押し付けてるんじゃなくて、咲耶が自分からこういうの取っていくの」

 

「そうなのか?その割には、月守が会場にいないが……」

 

「不知火さんに拉致られてる」

 

「ああ、なるほど」

端的な説明で事情を察した東は気の毒そうな表情を浮かべた。その東を横目に、彩笑は笑顔で武富へと話しかけた。

「さてと、武富ちゃん!約束通り例のブツを……」

 

「なんでそんな怪しい言い方するんですか!明日にでも今日の試合動画、解説付きのやつあげますよ」

 

「あはは、サンキュ!」

解説任務という労働の対価を得た彩笑はスクッと立ち上がり、

「東さん、武富ちゃん、おつかれさま!今日はすっごくためになりました!」

そう言ってぺこりと一礼した。そしてすぐさま身体を翻し、

「それじゃボク、これからソロ戦の約束あるので!」

快活さを思わせる笑顔を2人に見せてから去って行った。

 

小柄な後ろ姿が見えなくなったところで、武富が東に話しかけた。

「ほんと、地木先輩っていつでも元気ですよね」

 

「そうだな。アレが地木らしさではあるが……」

 

「ですよね。そういえば東さん、結局聞けませんでしたね」

 

「聞けなかった……ああ、ブランクブレードのことか」

 

「はい。試合後に話すって言ってましたけど、地木先輩行っちゃいましたし……」

 

「そうだな」

そんな会話をしつつも東は、

(確認のために聞こうとしただけだから、別に問題は無いけどな。というか、あれは名前自体がもう答えみたいなものだが……)

内心密かに、そう思っていた。

 

 

*** *** ***

 

 

試合が終わった遊真は観戦会場にいた緑川と合流し、グラスホッパーを教えてもらった見返りとして約束していたランク戦を行うために、ソロランク戦用のブースに来ていた。

「よし、んじゃやるかミドリカワ」

 

「いいよ遊真先輩。何本にする?」

 

「うーむ……」

そうして2人がランク戦のルールを決めているところへ、

 

「おー、遊真に緑川。丁度いいとこにいたな」

 

やんわりとした笑みを浮かべながら現れた月守が声をかけた。

「お、つきもり先輩だ。こんにちは」

「うげ、月守先輩……」

リラックスしながら挨拶する遊真とは対照的に、緑川はどこか焦った様子で半歩後ずさりした。そんな緑川を見て、月守はなぜか楽しそうに話しかけた。

「うげってなんだよ緑川」

 

「いや、だって……」

 

「まさかまだ、レッドバレット事件のこと根に持ってるのか?」

 

「いやいやいや!そんなことないから!」

ブンブンと手を振って緑川は否定し、月守は一層楽しそうな笑顔を見せた。

「ん、そうか。そんじゃちょっと付き合ってくれ。今丁度レッドバレットセットしてるから」

 

「丁度って何さ丁度って!あーもう!遊真先輩、おれ先にブース入ってるからね!」

冷や汗を浮かべた緑川はそう言って、近くの空き部屋へ逃げ込むように走って行った。

 

普段とは違う様子の緑川を見て、遊真は月守に問いかけた。

「つきもり先輩、ミドリカワに何かしたの?」

 

「んー、昔……緑川が入隊した時に、ちょっとレッドバレットを撃ち込んだことがあってな」

 

「あ、おれが入隊した時に言ってたやつ?あれ、つきもり先輩だったんだ」

 

「それそれ」

当時のことを思い出し、月守は肩をすくめて言葉を続けた。

「言い訳になるけど、あの時期はA級昇格とか高校進学とか色々ゴタゴタが重なって、ちょっとイラついてたんだ。だから形としては八つ当たりになるな」

 

「八つ当たりは駄目だぞ、つきもり先輩」

 

「面目ない。まあ、それはさておき……。さっきの試合、途中からだけどタブレットで観たよ。勝ったじゃん」

言いながら月守は右手を伸ばし、遊真の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「かなり上手く試合を運べたのもあるけど……。直前でちき先輩から色んな技を教えてもらったおかげでもある」

 

「彩笑から?ああ、そういやブランクブレードとか使ってたもんな。あれ、難しくないか?」

 

「タイミングさえ合えば、意外といけるよ。というかその感じだと、つきもり先輩は仕組み知ってるんだね。うさみ先輩とか、かざま隊の人とかは知らないって言ってた」

月守は彩笑のブランクブレードがつい先日形になったことを知っているため、

(そりゃ知らないだろうなぁ……)

内心微笑しながらそう思った。

 

そして彩笑のことが話題に上がったところで、月守は思い出したように口を開いた。

「そうだ。ところで遊真。彩笑、どこにいるか知らない?」

唐突な問いかけだったが、遊真は慌てずに答えた。

「ちき先輩ならそのうち来ると思うよ。ミドリカワとランク戦する約束してたみたいだし」

 

「なるほど。じゃあ、ここで待とうかな。ちょいと話さなきゃならないこと、あるし」

そう言って月守は近くの椅子に座り、軽く腕を伸ばした。

「あと遊真。俺から声かけといてなんだけど、緑川はいいのか?多分、遊真来るの待ってるよ」

 

「おっと、いけね。んじゃつきもり先輩、ちょっと行ってくるよ」

 

「おう、行ってらっしゃい」

手を振って遊真を見送った後、月守は正隊員に支給されるタブレットを取り出し、さっきまで行われていた玉狛の試合動画を選択した。その中から遊真と荒船が切り結んでいる場面を再生させ、遊真がグラスホッパーを囮にしてブランクブレードで荒船を斬りつける場面になると動画をスローモードに切り替えた。そして遊真のスコーピオンが荒船の弧月に防がれる瞬間に動画を一旦止めて、荒船が斬られる瞬間までコマ送りで再生した。

 

一連の動きを見て、月守はゆっくりと息を吐いた。

「……よくもまあ、こんなとんでもない技を決めるもんだよ」

誰かに聞かれることを想定していない独り言だったのだが、

「決めるよ。だってたくさん練習したから」

背後からよく聞き慣れた声が飛んできた。

 

不意をつかれた月守だが、不思議と慌てることなく、ゆっくりと振り返って相手を見た。

「俺が驚いてんのは、直前に教わったっていう遊真がぶっつけ本番で決めたことだよ。お前が……彩笑が努力してるのは俺が1番良く知ってる」

いつの間にか月守の背後を取っていた彩笑はその言葉を聞き、口元を綻ばせた。

「あはは、褒められた」

 

「褒めたつもりはないんだけどな。単に、頑張ってるのを知ってるよって言っただけ」

 

「それでもボクは褒められたって思ったの。咲耶、そういうの無自覚にやるよね」

 

「無自覚にって……。他にもやってたっけ?」

 

「教えない〜」

ケラケラと笑いながら彩笑は月守の隣に座り横から小さな手を伸ばし、その細い指先でタブレットを操作して同じ場面から通常速度で再生した。

「ってかさ、わざわざスローにしなくても見えるよ?」

 

「分かるかよ。どんな動体視力してんだ」

会話しながらも動画は流れ続け、あっと言う間に遊真がブランクブレードを決めた。そこで彩笑は動画を止め、下から覗き込むように月守の顔を見た。

「ね?見えたでしょ?」

 

「まあ、ギリギリな。このタイミングってわかってたし。だから逆に、言われなきゃ分かんないだろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

月守がそうブランクブレードの仕組みを話すと、彩笑は悪戯っ子を思わせる笑みを返した。

 

 

 

 

 

 

ブランクブレードの仕組みは、スコーピオンの展開と解除を高速で行なうという、言葉にすればそれだけのシンプルなものである。

 

これ見よがしにスコーピオンで斬りかかり、相手が受太刀しようとブレードを構えたのを確認してタイミングを計り、こちらのスコーピオンが相手のブレードに当たる瞬間にスコーピオンを解除する。そして何も持っていない状態で相手のブレードの内側に入り込んだところで再びスコーピオンを展開し、斬りつける。

 

誰もが当たり前に行なうトリガーの解除と展開を突き詰めて高速化させた技術こそが『空白の剣(ブランクブレード)』の正体だった。

 

 

 

 

 

 

彩笑の悪戯っ子のような笑顔を見ながら、月守は言葉を紡いだ。

「最初はそんな高速展開とかできんのかって思ったけど……よく考えればみんなシールドとかはパパッと展開してるし、カゲさんあたりも見失うくらいの速度でスコーピオン伸ばしたりしてるもんな」

 

「まあね。でも普通は戦闘前に武器構えたいから、案外みんな武器系トリガーは高速展開しないんだよね。ゆったり展開する人多い」

 

「弧月とかレイガストあたりは鞘付きで出てくるし、普通は高速展開しないだろうな。仕組み、発表すんの?」

月守は内心答えは分かりきっていたが、あえて訪ねた。そして彩笑はそれを裏切る事無く答えを返す。

「当たり前」

「だよな。……今後スコーピオン使いに当たる時は、警戒する技が1つ増えそうだ」

「そう?初見だったら驚くだろうけど……、少し考えれば弱点なんてたくさんある技だよ?」

そう言った彩笑は月守から目線を外し、壁に備え付けてある巨大なモニターに目を向けた。

「とりあえず、これ終わったら駿に教える」

 

「そうか……10本勝負だとして、何対何になると思う?」

 

「7対3でゆまち。咲耶は?」

 

「……なんだかんだで遊真が勝つかな。6対4にしとく」

 

「そこまで競るかな」

そう言って彩笑は椅子に深く座り直し、床から浮いた足をパタパタさせながら口を噤んだ。言葉を発さないのは月守も同じで、2人は遊真と緑川のランク戦が始まるまで、無言だった。

 

正隊員同士の対戦が映されたモニターにギャラリーの目が集まってきたところで、彩笑はやっとの思いで口を開いた。

「……咲耶、あのさ。ボク、咲耶に言わなきゃなんないこと、あるんだ」

 

その言葉を聞いた月守は目線をモニターから彩笑へと移した。

しおらしいという表現が当てはまるような申し訳なさそうな表情を浮かべていた彩笑に、月守は小さく笑った。

「へぇ、奇遇だね。俺も彩笑に言わなきゃならないこと、あるんだ」

 

「え、そうなの?なになに?」

 

「言ってもいいけど……」

興味津々といった様子で彩笑は問いかけるが、月守はすぐには答えず、1つ提案をした。

「その前にさ、ランク戦やろうよ」

 

「ランク戦……?」

その提案は、普段あまりランク戦に積極的ではない月守にしてみれば珍しいものであった。

地木隊作戦室のトレーニングルームにてポイントが動かない模擬戦ならば2人は普段から行なっているが、ポイントが変動するランク戦は、それこそ1ヶ月前の入隊式で戦った時以来だった(ラウンド1の後にランク戦の約束は取り付けていたもののその時は結局戦わなかった)。

 

珍しい提案をしてきた月守の意図を彩笑は尋ねた。

「別にいいけど……なんでまた?」

 

「なんとなくかな。ほらこの前の入隊式の時、そんな約束したなあって、今思い出したから」

そんな理由を()()()()()()()()()()()月守を見て、彩笑はため息を吐いた。

「そんな下手な笑い方して嘘つかないでよ。本当の理由は?」

 

「あー、嘘ついてるのはバレたか。本当の理由かー……」

のらりくらりとしながら答えることをはぐらかす月守を見て、彩笑は僅かな苛立ちを覚え、食ってかかろうとした。より一層問い詰めようとして話そうとした、その時、

 

 

 

「強いて言うなら、その作り笑いにイラついたからだよ。下手な笑い方とか言われたけど、大根役者よりも嘘くさい作り笑顔してる今の彩笑には言われたくないな。見ててイライラする」

 

 

 

 

月守が怒気を混ぜた声で彩笑の機先を制した。声に引っ張られ、怒りの色が混ざった表情を見せる月守は、普段の柔らかな印象とのギャップで数割増しで怒って見えるため、普通なら思わずたじろぐほどの迫力があった。しかし彩笑はたじろぐことなく、むしろその月守の豹変ぶりに対して怒りをあらわにした。

「はあ?何それ?せっかくボクが謝ろうとしてたのに、その態度なに?イライラすんのはこっちなんだけど?」

「お前が何に対して謝ろうとしてんのか知らねえけど、辛気臭い表情で謝られても迷惑なだけだな」

「はあぁーっ!?咲耶、調子乗ってんの!?超むかつくんだけど!」

「むかつくのはこっちも同じだ」

一歩も引かず互いに怒りや苛立ちを言葉にしてき、同時に立ち上がった。

 

野生の獣を思わせる鋭い目つきで睨む彩笑は、月守の胸ぐらを掴んだ。

「先にケンカ売ってきたの咲耶だからね」

「なにそれ何の確認?グダグタ言ってないでやろーぜ、ランク戦」

「ーーっ!!……わかった、やるよっ、ランク戦!!そんでボッコボコにして、調子乗ってごめんなさいって謝らせる!」

 

「出来るもんならやってみろ」

売り言葉に買い言葉でランク戦を承諾し、それぞれが空いているブースへと入った。そして入るなりすかさずブース間で通信を繋ぎ、ルールの取り決めを始めた。

『トリガー制限無しの10本勝負!ステージは毎回ランダムで、引き分けなら延長!』

マイクに向かって怒鳴りつける彩笑に対して、月守は表面上冷静に答えた。

『それでいいよ。まあ、引き分けにはならないだろうけどな』

『へえ、勝つ気満々じゃん。ソロ戦サボってばっかのくせに』

『言ってろ』

軽く柔軟をして準備を終えたところで彩笑がタイミングよくランク戦を申請を行い、躊躇わずに月守はそれを受諾するが、彼はその一瞬、物思いにふけった。

 

*** *** ***

 

自分らしくない挑発だと思う。

でもどうしてもそれをしなきゃいけなかった。

というより気づいたら挑発していた。

 

訓練で昂ぶった心持ちだったからかもしれなけど、もしかしたらそれは関係ないのかもしれない。

 

心の中で渦巻くこの感情に名前を付けるなら、『許せない』が1番近いと思う。

 

下手な笑い方に下手な嘘とお前は言う。俺のことを見透かしたようにそう言うけれど、それはこっちだって同じだ。

 

心から申し訳なさそうにしているお前が本気で謝りたいって思ってることくらい、言わなくたって分かってるんだよ。

 

だけど。

 

羨ましくて憧れるお前(彩笑)が、そんな姿を俺に見せていることが、きっと……どうしようもなく許せなかったんだ。

 

*** *** ***

 

そして、遠慮も気づかいもない、手加減無しの戦闘が、始まった。




ここから後書きです。

先日、今までなんとなく敬遠してたワイヤレスイヤホンを買ってみました。めっちゃ便利ですね、なんで今まで使わなかったんだろう。

本編ではやっとブランクブレードの仕組みを書けて一安心しました。以前公式見解と反する「2人がかり合成弾」を書いて以来、オリ技出すときはいつも戦々恐々とします。チラシの裏に投稿してる番外編の方でも色々とオリ技っぽいの出してますけど、中々慣れませんね(巧妙なステマ)。

投稿する度に書いててありがたみが薄れてしまっているかもしれませんが、何度でも書きます。
本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!
次話も頑張ります!

*** *** ***

「咲耶が何を思って彩笑に戦いを挑んだのか」という事は読む方の解釈にお任せしたいと思っていたのですが「月守が何を思ってそうしたのか分からん」という指摘を以前いただいたので、文章を追加しました。


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第67話「交わす約束」

ランダム機能によって選ばれた最初のステージは市街地Aだった。

 

(市街地A。この景色からすると、中央よりちょっとだけ北東あたりかな)

慣れ親しんだステージの1つでもあり、彩笑は周りの景色を見ただけで現在地を把握した。

 

彩笑が自身の状況を把握したと同時に、上空から山なりの軌道の弾丸が無数に飛んできた。

「ハウンドで速攻?咲耶にしては珍し……」

言いながら彩笑は最小限の動作でハウンドを回避したが、外れた弾丸が地面についた瞬間、それが爆発した。

 

「ハウンドじゃなくてサラマンダー!?」

爆撃をモロに受けた彩笑のトリオン体は大きく損傷し、そこかしこからトリオンが漏れ出ていた。

(頭から合成弾にもビックリだけど、それより合成を完成させるのがいくらなんでも速すぎ……っ!)

 

傷口を覆うようにスコーピオンを彩笑は展開するが、ダメージが大きく、カバーが明らからに追いついていなかった。スコーピオンの展開と並行して彩笑はその場から大きく飛び退く。サラマンダーによって居場所が割れていることを考えるより先に理解したためだが、

 

「コブラ」

 

その彩笑の行動を先読みし、なおかつ死角となる場所に位置取った月守が、アステロイドとバイパーの合成弾であるコブラを放った。

彩笑の着地地点へとピンポイントで放たれたコブラは、小柄な彩笑ですら避けきれる隙間がないほど密集したコースを引かれており、防御も回避もさせずにとどめを刺した。

 

 

 

あっさりと一敗し、ブースのマットに叩きつけられた彩笑だが、すぐに身体を起こしてブース間の通信機能を使って月守に話しかけた。

「さっきまでとトリガー構成どころか、戦闘スタイルも違うね。不知火さんのとこで何してきたの?」

『噛み癖が酷い駄犬と遊んでた』

「あは、答える気は無いってことね。……次行くよ!」

完敗した悔しさから闘志を剥き出しにして彩笑は言い、

『よしきた。かかってこい』

余裕を持った声で月守は答えた。

 

*** *** ***

 

「あー、こりゃだめだ。やればやるほど勝てなくなるなー」

「よしよし、だんだんわかってきた」

30戦というキリが良いところで一度勝負を切り上げ、緑川と遊真がそれぞれブースから出てきた。

 

「遊真先輩さ、なんか戦い方が地木先輩っぽかった」

「そう?ちき先輩から教わった技使ってたからかな」

「かもね。遊真先輩もスピード系だし、地木先輩の戦い方は参考になると思うよ。スコーピオンでスピード系って限定すれば、多分地木先輩が本部で1番だから」

「ふむ。じゃあまた、ちき先輩と手合わせしてみるか」

 

そうして意見を交わしていると、近くのベンチに米屋、古寺、修、荒船、そして真香の5人が座っているのが目に入り、2人はトコトコと歩いて彼らの近くに寄って行った。

「ねえ、よねやん先輩。今のオレと遊真先輩の勝負、トータルで何対何だった?」

「今の試合か?トータルで21対9だな」

「えーと、それ10本勝負だったらどのくらい?」

「あー……7対3…だな。荒船さん、合ってますよね?」

意見を振られた荒船は迷わず答えた。

「合ってる。というか米屋、そのくらいの計算で不安になるな」

「すんませーん」

頭に手を当てて謝る米屋に向けて小さくため息を吐いた後、荒船は遊真へと向き合った。

「空閑遊真、だったな」

「うん。ゆうまでいいよ、あらふね先輩」

「お、そうか。それじゃ、遊真。今日の試合はしてやられたが、次はこうはいかねえぞ」

「ん、わかった。でも次やるときも、うちが勝つよ」

挑発するような小生意気な態度の遊真だが荒船は嫌な思いはせず、むしろその態度が気に入ったようで口角をわずかに上げた。

「はは、言ってくれるな、遊真。お前みたいな面白いアタッカーに会ったのは久々だぜ。地木のやつが目をつけるのも頷けるな」

「ほうほう、ちき先輩か……」

そうして彩笑の名前が出たところで、遊真はキョロキョロと周囲を見渡した。

「ねえ、あらふね先輩。ちき先輩見なかった?もうとっくにここに来てたと思ってたんだけど……」

彩笑の所在を訊かれた荒船は気まずそうな表情を浮かべながら、モニターの方を指差した。

「地木なら今、ランク戦してるが……。このスコアは、少し意外だな」

「……?」

荒船の言葉に引っかかりを覚えつつ、遊真は指差されたモニターへと目を向けた。するとそこには、戦闘の様子と対戦のスコアが記されており、それを見た遊真は瞬時に荒船の言葉の意味を理解した。

「…なるほど。」

そう言いながら遊真の目線は、激しく息を切らせながら対戦相手である月守を睨みつけている彩笑と、その下に記された、

 

『8対1』

 

という大差で彩笑が負けているスコアを、しっかりと捉えていた。

 

*** *** ***

 

ランダムによって再度選ばれた市街地Aの住宅地の真ん中に、月守はいた。

「スコアで見れば勝敗はとっくに決まってるけど……まだやる?」

月守の言葉は、近くにてバッグワームを展開して身を潜めている彩笑に向けてのものだった。10戦目開始早々に遭遇した2人は戦いの中でこの住宅地へと移動し、膠着状態へと陥っていた。

 

状況からすれば彩笑は月守の言葉に答えずにひっそりと行動するべきだったが、あえて彩笑はそれに答えた。

「やるよ……やるに決まってる!」

答えると同時に彩笑は足音を立てず、それでいて素早く移動を始めた。

 

彩笑とは異なり月守はバッグワームを使わずにいるため、レーダーで月守の位置を把握しながら彩笑は隙を突くべく物陰を移動して回った。

 

速度を維持したまま、彩笑は思考した。

(やるとは言ったけど、正直今の咲耶は倒せる気がしない。さっきは1勝もぎ取ったけど、あれは完全に偶然だったし……)

 

だがその思考を遮るようにトリオンキューブを生成する音と分割する音が続けて響き、レーダーに映る月守の反応が動いた。その動きは驚くことに、まるで彩笑の位置が分かっているかのようにピンポイントで向かってくるものであった。彩笑は慌てて距離を取ろうとしたものの、その逃げ道を塞ぐように大量のバイパーが飛んできた。

 

「ムカつくくらいに冴えてるじゃんっ!」

居場所がバレたため彩笑はバッグワームを解除し、右手にスコーピオン、左手側にシールドを用意してバイパーの迎撃に当たった。大半を回避しながら、避けきれないものをスコーピオンで切り落とし、手が回らなければシールドで防ぎ、彩笑は全てのバイパーを防ぎきった。しかしバイパーの雨が終わると同時に、

 

「見つけた」

 

淡々とした声で言いながら、月守が追撃に現れた。

最短のルートで無駄なく間合いを詰めて躊躇なくアタッカーの領域へと踏み込んできた月守めがけて、彩笑は横薙ぎにスコーピオンを振るった。

しかし月守はその一撃を躱さずに剣の軌道に左手を割り込ませ、

「シールド」

その一言と共に手の先に極小のシールドを展開して防ぎ、そのまま最低限のモーションで攻勢に移った。

「アステロイド」

月守は右手に展開したキューブを分割せずに放ち、彩笑はそれをワンステップで躱してから足元にグラスホッパーを展開し、上に跳び民家の屋根に着地した。月守は彩笑を追う形でグラスホッパーを展開して跳躍したが、同時に彩笑も民家の屋根を踏み込み、スコーピオンを構えて月守に肉薄した。

 

カウンターの要領で攻守を一瞬で入れ替えて空中戦を仕掛けた彩笑だが、

「甘えよ」

月守は呟くように言いながら、彩笑が振るったスコーピオンを空中で身体を捻り無理やり躱し、その右手首を掴んだ。

「ちょっ……!?」

トリオン体とは言え無茶な体捌きを見せた月守に対して彩笑は驚愕したが、月守はそれに構うことなく、彩笑が踏み込んで生じた空中での運動エネルギーと一撃を躱した自身の身体の捻りを合わせて、彩笑の小柄な身体を地面目掛けて投げ飛ばした。

 

一連の動きは淀みが無く、彩笑は空中での対応が間に合わずコンクリートの地面に激突した。

「痛ったいなあ、もう!」

思わずそんな言葉が口から出るが、月守が空中でトリオンキューブを生成したのが視界の端に映り、彩笑は即座に態勢を立て直してその場を飛び退いた。その動作から一瞬遅れる形で、月守は右手を振るいメテオラをばら撒くように放ち、複数の民家もろとも破壊した。

 

「………」

月守が無事な民家の屋根の上に降り立って爆煙を無言で見つめていると、その中から彩笑が飛び出し、月守とは別の民家の上に着地した。

 

睨みつけてくる彩笑に対して、月守は右手をかざした。その右手には小さな穴が複数開いており、そこに一瞬視線を向けてから月守は口を開いた。

「さっき掴んだ時、一旦スコーピオン解除してブランチブレードに切り替えた?」

「そーだよ。さっき試合でゆまちが使ってたの見て頭に残ってたから、すぐに使えた」

「なるほど」

納得した月守は小さく笑った。

 

その笑みを見て、彩笑は舌打ちをした。

「勝ってるからって、随分余裕そうじゃん」

「余裕ってわけじゃないけど……まあ、気持ちにゆとりはある」

「それを余裕って言うの!」

月守の言葉が癪に触った彩笑は右手に再度スコーピオンを展開し、素早く踏み、跳んだ。空中でグラスホッパーを展開して二足目を踏み、加速した彩笑はレイピア状のスコーピオンを月守めがけて突き出した。

 

速さはあれども直線的な動きは読みやすく、月守はその刺突をあっさりと躱した。彩笑の攻撃はそこで終わらず連撃を繰り出した。

攻撃のことごとくを躱す月守に向けて彩笑は内部通話を繋いだ。

 

『咲耶さあ!そんだけ強くてなんで負けるの!?』

『負けるって……いや、今勝ってる……』

『今じゃなくて!さっきのランク戦!!』

 

言葉に合わせて彩笑の動きがブレたが、月守はあえてその隙を突かずに回避を続けた。

 

『それだけ……それだけの実力あるなら!さっきの試合負けなくて済んだよ!……勝てなかったとしても……あんな……、あんな情けない終わり方しなくて済んだじゃんっ!!』

『実力って言っても……。これ、不知火さんのところで特訓したから身についたもの……』

 

月守はどこか申し訳なさそうに答えたが、

 

「『違うっ!!』」

 

彩笑はその答えを、喉が裂けんばかりの声で叫び、否定した。

 

その声に月守は思わずたじろぎ、慌ててバックステップを踏んで屋根から路地に降りた。距離を開けようとした月守だが、彩笑はほぼアタッカーの間合いを保ったまま追跡し、月守に反撃を許さぬまま再度攻撃を仕掛けた。

 

「『確かに不知火さんのところで身につけたものはあるよ!ボクの知らない動きあったし、見たことない技も使ってた!!』」

 

言いながら速さが乗った刺突を繰り出した彩笑はそこで一旦手に持ったスコーピオンを解除し、右脚へと再展開して身体を捻り蹴りへと繋げた。

 

「『だけど!今の咲耶の実力が、全部新しく身につけたものじゃないっ!ほとんどは…、咲耶が元から持ってたものだよ!!』」

 

月守は剣戟とは違う足技による独特の攻撃を全て避けた上で、黙って彩笑の言葉を受け止める。

 

「『本当は咲耶、すっごく強いんだよ!!それこそボクが…、必死にならなきゃ置いてかれるくらいに、強いんだよ!!』」

 

一際大きな薙ぐような蹴りを放った後、彩笑は脚に纏っていたスコーピオンを解き、右手側に最も愛用するナイフ状に再度形成して斬りかかった。容赦無く放たれる下段からの斬り上げを紙一重で躱した月守は、閉ざしていた口を開いた。

 

「もし彩笑の言う通りなら、俺は今までランク戦とかで手を抜いてたことになるな」

「そうかもしんないけど、そんなのどうでもいいよ!!」

 

普段彩笑が無意識に保つ最適なリーチより更に入り込み、2人は言葉とトリガーを交わし合う。

 

「隊長が部下の手抜きを認めていいんだ?」

「どうでもいいって言ってんだろ!!」

 

荒くなる怒気に同調するように彩笑は強く踏み込んでスコーピオンを振るい、

 

「手抜きだったのとかは別にいいんだよ!ただ、それで……!それ以上に!そのせいで!!咲耶の実力がちゃんと評価されないのは嫌だよ!!」

 

涙を湛えた真剣な眼差しで月守の黒い瞳を見据えながら、心からの本音を叩きつけた。

 

言葉と共に駆り出された一撃はついに月守を捉え、胴体を切りつけ、刃が深く食い込んだ。

 

血の代わりに噴き出るトリオンには目もくれず、月守は彩笑の右手を掴んだ。しかし投げ飛ばした先程とは違い、しっかりと押さえつけるように手を当て、動きを止めた状態で会話を続けた。

 

「……まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「3年前のお返しだよ」

「2年半だろ?」

「う…、し、四捨五入で3年前!」

 

そうしてゴネる彩笑を見て月守は思わず苦笑してから、言葉を紡いだ。

 

「……悪かった」

「その謝罪はなんの謝罪?」

「諸々だけど……1番は手抜きしてたこと」

「それはどうだっていいって言ってんじゃん、バカ」

 

彩笑はグイッと体重を月守に預け、刃をより深く食い込ませる。トリオン体の機能により自動的に塞がりかけていた傷口が広がるが、月守はやはりそれに構わず会話を続けることを選んだ。

 

「でも俺には、謝る以外どうすればいいのか分からなかった。謝る以外に正解はあるとは思ってたけど、どれだけ考えてもそれが見つからなかった」

「だから、謝るの?」

「うん」

「そっか。なら、許す」

「許すんだ?」

「うん。ムカつくけど許す。正解じゃないけど、咲耶が考え抜いた答えがそれなら、仕方ない。許してあげる」

 

瞳に溜まった涙を零しながら、彩笑は月守に言葉を贈った。

 

「許してあげるから、1つ約束して」

「守れる範囲で頼む」

「守れるよ。だって……これから先の戦い咲耶自身の価値を落とすようなことはしないでってだけの、簡単なお願いだから」

 

彩笑の願いを聞いた月守は、少し困った表情を浮かべた。

 

「簡単だけど、難しいな」

「どうして?」

「それをやろうと思ったら、周りに……彩笑に、神音に、真香ちゃんに遠慮しないで、戦わなきゃいけないから」

「うん、いいよ。遠慮しないで、咲耶がやりたいようにやっていい」

「お前はともかく、神音と真香ちゃんに嫌われるかも……」

「はー?2人とも、とっくに咲耶の性格悪いことなんて知ってんだから、今さら嫌われないよ?」

 

小馬鹿にするような態度の彩笑を空いた左手で小突いた後、月守は心から安心した表情を見せた。

 

「……わかった。ならそれ、約束するよ」

「破ったら、咲耶のある事ない事を学校とボーダー中に言いふらす」

「おいこら」

「大丈夫でしょ?だって破る日なんてこないんだから」

 

悪戯っ子のような笑みを浮かべる彩笑を見て、月守はため息を吐いた。

「……約束守るから、俺からも1ついいか?」

「守れる範囲でお願い」

「ああ、だったら問題ないな。……いつも笑っていてほしいっていう、いつもお前がやってることだから」

「あはは、そんなんでいいの?」

「できるか?」

「よゆ……気持ちにゆとりがある!」

「それを余裕って言うんだよ」

 

さっき使った言い回しを月守が返されたところで、傷口から漏れ出るトリオンが枯渇し、全身にひび割れが広まり始めた。

「限界だな」

「いえーい、ラスト勝った」

「スコアは俺が圧勝だろ」

「終わりよければ全て良し!」

 

自信満々にそう言い放つ彩笑を見て、

 

(やっぱ、こいつには敵わないな)

 

月守がそう思ったところで、

 

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

 

今日、何度も何度も聞いた無機質な音声が、響渡った。

 

 

 




後書きです。

唐突に勃発した喧嘩は、唐突に仲直りして決着です。
そしてやっとラウンド2が終わりました。次からようやく日にちを進められます。

本作を読んでいただき、本当にありがとうございます。
これからも引き続き、地木隊を描いていきたいと思います!


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唐突な番外編【星を見に行こう】
星を見に行こう!


前書きです。

今回は本編一切関係ない番外編です。
先日深夜と早朝の間に叩き起こされて外を歩いていたら思いついたというか纏まった話です。

番外編ということで遊び心がそこかしこに散らばっています。

それではどうぞ。


「みんな、明日ヒマ?」

8月半ばのある日、防衛任務を終えて作戦室に地木隊全員が揃うと、彩笑がどことなくワクワクした様子で切り出した。

 

「明日?暇だけど……」

真っ先に答えたのは月守だった。夏の暑さが堪えているようで冷えたお茶を片手にして答えた月守に向けて、彩笑はケラケラと笑いながら言葉を返した。

「うん、咲耶はヒマしてるだろうなって思ってた。もし他の隊員が防衛任務に出られなくても穴開けないようにって言って、手が離せなくなるような用事入れないし」

「お盆時期だけだよ。他の時期は用事入れてる」

「ふーん?例えば?」

ニヤニヤとして追求された月守は言葉を詰まらせてから、

「……そ、そこらへんに遊びに行ったりとか」

困ったようなぎこちない笑みを浮かべて、そう答えた。

 

月守が困ったような笑い方をする時の意味を知っている他のメンバーは小さく苦笑いをした。

 

そんな月守を助ける形で、オペレーターの真香が会話に入った。

「私は暇ですよ。親戚とか来てますけど、防衛任務があるって言えば問題なく家出れます」

「いやいや真香ちゃん、それはヒマって言えなくない?」

彩笑が首を傾げたが、それに対して真香はげんなりした表情を向けた。

「暇なんです。お酒飲んだ叔父の話し相手になったり、幼い従姉妹たちと遊んだり、ちょっと真面目な叔母から進路考え直しなさいとか言われるのが面倒とかではなくて、暇なんです。逃げようとしても母に捕まって家の手伝いやらされますし、何もやってなかったらやってないで父親に勉強しろって言われますし……」

 

「わかったわかった!ヒマなんだね!真香ちゃんもヒマなのは分かったからその辺でストップ!」

その言い分を聞いた彩笑は慌てて真香にストップをかけた。放っておけば延々と愚痴を話し続けそうな真香を止めたところで、メンバー最後の1人である天音が控えめに挙手して口を開いた。

「わ、私もひま……です。お母さん、仕事ですし……。従姉妹のお姉さんも、実家、帰ってるので」

 

「ん、わかった!」

そうして全員の暇を確認したところで、彩笑は少し勿体ぶってから、

 

「じゃあさ、みんなで明日、星を見に行こーよ!」

 

そう提案した。

 

*** *** ***

 

『ペルセウス座流星群』

 

年間三大流星群の中で夏に観測できる流星群であり、彩笑はこれをみんなで見に行こうと言ったのだ。

少々唐突だと月守は思ったのだが、

 

「観測スポットは任せて!穴場知ってるから!」

「ちょっと遠いけど電車とバスで行けるよ!」

「専門的な道具とかもいらないから!」

「行こーよー!みんなで行きたいのー!」

 

色々と理由をつけて最後には「行きたいから!」という願望の一点張りに押され、月守は首を縦に振った。なお、天音と真香は何の躊躇もなく参加を決めていた。

 

そして話が持ち上がった翌日……つまり流星群観測当日の昼過ぎ、月守は集合場所として指定された三門駅に向けて、のんびりと歩いていた。

 

すると途中で、

「お、月守か?」

ジャージ姿でランニングをしている落ち着いた筋肉…、もとい、玉狛支部所属の木崎レイジとばったり会い、声をかけられた。

「レイジさん、おはようございます。ランニング中ですか?」

「ああ、そんなところだ。そういう月守は……旅行にでも行くのか?」

背負ったリュックに目を向けて話すレイジを見て、月守はかぶりを振った。

「いえ、天体観測……じゃなくて、流星群観測に行くんです」

「ほお、お前にそんな趣味が……というか多分、地木の提案だろう」

「あはは、鋭いですねレイジさん」

「大抵お前が普段と違うことをしてる時は、8割方地木か夕陽のやつの思いつきに付き合ってる時だからな」

「8割どころか9割くらいですかね」

「大変だな」

「人を振り回すのに長けた2人なんで、誰か1人くらいはいいように振り回されてなきゃいけないんですよ」

やんわりと笑いながら月守がそう言うと、木崎は肩を竦めた。

「まあ、どんな理由にせよ、流星群を見に行くんだろ?夜遅くまでなるだろうから、安全には十分気をつけて来いよ」

年下の月守を案じるような言葉を残して、木崎はランニングに戻って行き、月守はそんな木崎に一礼してから目的地に向けて再度歩き出した。

 

 

 

 

駅近くまで来たところで、月守は見知った人を…、というよりは同じ目的で同じ目的地に向けて歩いているメンバーを見つけた。

「真香ちゃん、早いね」

声をかけられた真香は振り向き、ニコリと笑って挨拶を返した。

「月守先輩こそ。私、さすがに早く来すぎたと思ったんですけど、先輩も来るの早かったですね」

「まだ時間まで25分くらいあるもんね。まあ、遅れるよりはいいってことで」

「あはは、そうしましょうか」

 

時間に余裕があった2人は、のんびりと歩幅を合わせて会話を進めていった。

「真香ちゃん、神音と一緒じゃなかったんだ」

「はい。だって三門駅集合ってなってるなら、三門駅で合流するべきですし……。それなのに、その集合場所にすらみんなで行く人ってたまにいるじゃないですか。特に女子」

「いるねぇ、女子に限らず男子にもいるし……。それ以前に、真香ちゃんも女子だけどね」

「ならクラスの女子です。私、あの手の人たち嫌いなんですよ。なら集合場所の意味ないじゃんってなりません?」

 

グイグイと意見を押して来る真香に気圧されながら、月守は涼しい表情で対応した。

「そうなるね。だったら最初からそう言えばいいのにとは思うけど……でもまあ、仲の良い人とできるだけ一緒に行動したいっていう気持ちも分からなくは無いけどね」

その解答を聞いた真香はわずかに考えるそぶりをした後、再び口を開いた。

「それはそうですけど……なら月守先輩は、その友達とやらと合流するために合流場所近くに住んでる人が1番遠い人の家までわざわざ迎えに行くことにも理解はあるんですか?」

「いやそれは無い」

月守はそう即答し、

「ですよね!」

同意を得られた真香はほんの少しだけ嬉しそうにそう言った。

 

 

 

目的地が目と鼻の先になったところで、月守が1つ疑問を尋ねた。

「ところで真香ちゃん、そのクーラーボックスは?」

 

月守が気になっていたのは、真香が肩から下げているクーラーボックスだった。

 

事前に彩笑から観測スポットは小山であるという連絡があったため月守は低地登山を想定し、キャップに七分袖Tシャツ、ロングパンツ、スニーカーにリュックというシンプル装備だった。

服装自体は真香も似たようなもので、オーソドックスタイプのハット、速乾性を重視したTシャツ、ショートパンツにインナーとして薄手のタイツを合わせ、登山用向けシューズに小ぶりなリュックサックというものだった。

明確に違うのはクーラーボックスの有無であり、月守はそれについて尋ね、真香はにこやかに答えた。

「え、ああ。これ晩ご飯です。地木隊長にご飯について聞いてみたら、なんとかなるとは思うけどもしかしたら各自になるかもって言ってたので、だったら私が全員分用意しますって言ったんですけど……」

 

その答えを聞いた途端、月守は顔を覆いながらため息を吐いた。

「月守先輩?どうしましたか?」

「……やられた。俺もその辺気になってさ、彩笑に聞いたんだよ。そしたらあいつ、

『ご飯の心配はノープロブレム!』

とか言うから、てっきりどっかで食べるものだと思ってて……」

「あー、きっと私の方が先に連絡してたんですね」

「多分そう。……真香ちゃん、かかった材料費とか諸々後で俺に請求してくれ」

「しませんよ!?私が好きでやったことですし、先輩は何も気にしなくていいですから!」

 

慌ててそう話す真香を見て、月守は心の中で申し訳ないと思いながらもお礼を言うことにした。

「……りょーかい。じゃあ、今日は遠慮なく美味しく頂きます」

感謝の言葉を送られた真香は心底嬉しそうに、

「そうしてもらえると嬉しいです」

柔らかく微笑みながらそう言った。

 

*** *** ***

 

集合場所である三門駅に到着した月守と真香は、驚愕のあまり目を見開いた。

「……うそ、だろ」

「そん、な……」

信じられないものを見たとでも言いたげな2人を見て、

「2人ともその反応ひどくない!?ボクたちだってたまには時間前には来るから!」

2人より先に駅で待っていた彩笑がプンプンと憤慨し、

「……地木隊長、落ち着いて、ください」

隣にいる天音が淡々とした声で彩笑に制止をかけた。

 

遅刻常習犯とまではいかなくとも、彩笑と天音は普段から集合時間ギリギリに来ることが多く、今回のように集合時間よりも20分近く前にスタンバイしていることは、かなり珍しい出来事なのだ(月守と真香の記憶が正しければ3ヶ月ぶり)。

 

時間前行動という殊勝な行為に対して驚愕の目を向けられた彩笑は内心まだ落ち着いてはいないものの、メンバーが揃ったということで行動に出た。

「よし、んじゃみんな揃ったね。これから流星群観測のために電車に乗るよ。電車乗ってバスに乗り換えだからね」

全体の流れを彩笑から聞いたところで月守は早速切符を買うために(普段電車をあまり使わないためカードを持っていない)、サイフを取り出そうとしたが、それを見て彩笑はストップをかけた。

「あ、咲耶お金はいいよ。今日使うお金はみんなでコツコツ貯めた、部隊の共通サイフから出すから、お金の心配は無しで行くよ!」

堂々と宣言した彩笑は、ポーチから橙色を基調とした生地に可愛らしさを思わせる猫が小さくプリントされた二つ折り財布を取り出した。

 

地木隊には共通の口座が存在し、メンバーは給料の一部をその口座に毎月振り込んでいる。この口座は『チームで何かする時』にだけ使うという約束であり(大抵は作戦室の家具の購入に使われる)、使う時は今彩笑が持っているオレンジ猫サイフにお金を入れて使うことになっていた。

 

彩笑と月守が以前所属していた夕陽隊から受け継いだシステムであり、その時と同じサイフであるため月守は懐かしさを覚えた。

「んじゃ、人数分の切符買って来るね!」

ニコニコと笑いながら切符を買いに行こうとする彩笑に月守は近づき、小声で話しかけた。

「彩笑、いくらサイフに入ってるの?」

「え?5万くらい?」

「ごま……っ、つか、くらいってなんだくらいって!」

「え?もともとサイフに残ってたのと合わせればそんくらい」

ケロッとした表情で言い放つ彩笑の金銭感覚が心配になった月守だが、今日これからのことを考えると野暮なことは言うまいと、喉から出かけていた言葉を飲み込んだ。

「……大事に使えよ」

「わかってるって!」

可愛らしい外見とは裏腹に凶悪な金額を蓄えたサイフを持った彩笑が人混みの中に消えていったところで、月守は天音と真香のそばに戻っていった。

 

「月守先輩、地木隊長と、何話してたん、ですか?」

ちょこんと首を傾げて問いかける天音に対して、月守は苦笑しながら答えた。

「いや、サイフ落とすなよって言っただけ」

「ああ、やっぱり」

「先輩って、本当に心配性ですね」

天音と真香はいつもと変わらない月守の答えを聞き、安堵したような声でそう言った。

 

そうして3人で雑談をしていると、天音が見知った人影を見つけて声をあげた。

「ん?どうしたの神音?」

「……あそこにいるの、村上先輩と、国近先輩と…、生駒さんかなって、思って……」

天音が指差した方向を見ると、確かにその3人がいた。

 

「珍しい組み合わせだと思ったら、スカウト組ですね」

思い出したように真香がそう言い、月守は納得した表情を浮かべ、天音は肯定するようにコクンと小さく頷いた。

 

見かけたのに声をかけないのはどうかと思い、月守はゆったりとした足取りで近寄って声をかけた。

「みなさんお疲れさまです」

声をかけると、真っ先に生駒が反応を示した。

「おお、咲耶やん。なんでここにおるん?」

「チームみんなでお出掛けです」

「仲ええな。ウチらの隊、昨日から休暇入れたらみんな俺置いて帰ってもうた」

「あはは、でもランク戦になったら生駒隊は息ぴったりじゃないですか」

月守がランク戦に話を振ると、生駒は月守と肩を組み、周りに聞こえないようにして会話を続けた。

「ああ、ランク戦やねんけど……。咲耶、前のアレはズルない?」

「アレって……神音が生駒さんから次の作戦聞き出したやつですか?」

「色々やけど、とりあえずそれやな。あんなんズルやて。あの、こう……捨てられた仔犬みたいな目で見られたらなんでも話してまうやろ!」

「まあ、本当にやるとは思ってなかったんで。その節はすみませんでした」

軽く頭を下げて月守は謝罪し、生駒も過ぎたことだと割り切って謝罪を受け入れた。

「いつまでも言うことやないし、この話は終わろか」

「はい。お互いに非があったということで終わりましょう」

「せやな。……にしてもアレや。天音ちゃん、このままやと将来無自覚で男振り回す子になるで?」

この人は真剣な顔で何を言ってるのだろうかと月守は思いつつも、

「そうならないように気をつけさせます」

人当たりの良い笑みを浮かべてそう答えた。

 

生駒との会話が終わったところで、国近柚宇と村上鋼が会話に入ってきた。

「なになに〜?2人で何話してるの〜?」

「ただの雑談ですよね、生駒さん?」

「おお、そやそや。ただの雑談や」

白々しく雑談と言い切る2人には怪しさが満載だったが、それが露骨だったゆえに国近は逆にスルーすることにした。

「そっか〜、じゃあそういうことにしとくよ。……ところでつっきーちゃん達、どこに行くの?」

「えーと、どっかの山です。彩笑がなんか流星群見たいって言い出したので。……みなさんは地元に帰省するんですか?」

月守の問いかけには、村上が答えた。

「ああ。上手くシフトを調整してもらって、スカウト組は大体この時期にまとまって休みをもらえるんだ」

「お盆時期に合わせてって事ですね。……仕事が仕事なんで親御さんも心配してると思うんで、のんびり地元で羽伸ばしてきてくださいね」

やんわりと月守がそう言うと、

「ふふ、ではでは遠慮なく休んでくるね〜」

「そう言ってくれるとありがたいな」

「おおきにな」

三者三様、それぞれ感謝の言葉を口にした。

 

*** *** ***

 

無事彩笑が人数分の切符を購入し、目的の電車にもスムーズに乗ることができて、順調な滑り出しであった。空いているボックスシート式の席を見つけ、4人で座ったところで電車が動き出した。

「ここまでは順風満帆だね」

満足そうに彩笑が言い、月守が言葉を返した。

「このまではな。それで、どこで降りるんだ?」

「終点の一個手前。1時間くらい」

「1時間……それでそっからバスなんだよな」

「うん、そう。待ち時間も含めて50分くらい。そっからちょっと歩きで山登るんだけど……まあ山っていう山でもないからね。すぐすぐ!」

彩笑の説明を聞き、暗くなる前には目的地に着けそうだと判断した月守は小さく安堵の息を漏らした。

 

月守が安心したのもつかの間、彩笑が次の行動に出た。

「んじゃ、着くまでトランプでもする?」

「他のお客さんいるから、やるなら静かにな。というか彩笑、トランプ持ってきてるの?」

「ううん、ボク持ってない」

ならなぜ提案したのだと月守は内心突っ込んだが、

「トランプなら私持ってきてますよ」

そう言って真香がリュックからトランプを取り出した。

 

「真香、用意良い、ね」

「トランプは暇潰しの王道だからね」

感心したように天音が言い、真香は口元に笑みを作って答えた。真香はそのままトランプをシャッフルしながら全員に向けて問いかけた。

「何やりますか?」

「とりあえずババ抜きじゃない?」

「彩笑、顔にもろ出るからババ抜き弱いじゃん」

ババ抜きを否定された彩笑は唸ってから次の案を出した。

「むむ、じゃあ大富豪!」

「大富豪にしますか?大富豪なら私負けませんよ」

すると真香が自信満々に言い、

「真香、大富豪、本当に強い、です。前、2時間くらい、連戦連勝、やってました」

天音がそれを裏付けるエピソードを語った。

 

真香の大富豪の強さを前にして彩笑は再度唸り、見かねた月守が提案した。

「ポーカーはどう?」

「ポーカーかー……お金賭けるのは無しで」

「当たり前だろ」

「いやなんか、ポーカーイコールギャブルみたいなイメージない?」

ブツブツと言いながらもポーカーを彩笑が了承したことろで、真香が山札を置き、全員が5枚ずつ引いた。

 

ペアを狙うか柄を揃えるか数字を並べるかそれぞれが考える中、月守が何の気なしに呟いた。

「ポーカーやってると、前に俺と出水先輩と加古さんと二宮さんでポーカーやってた時、ドヤ顔でカード広げて『キングのファイブカード、俺の勝ちだ』って言ってきた二宮さんのことを嫌でも思い出す」

 

唐突に語られたエピソードを聞き、思わず彩笑と真香が苦笑いした。天音は顔を背けており表情はわからないが笑いを堪えているようにも見えた。

「何そのエピソード。ボク初知りなんだけど……」

「言ってなかった?」

「聞いてないよ」

彩笑が抗議する傍ら、真香が何か閃いたように口を開いた。

「もしかして『射手の王』って異名、それが由来だったりしないですよね?」

「由来ではないけど……一端くらいはあるんじゃない?」

しれっと言う月守を見て、一同は再度声を潜めて笑っていた。

 

 

 

なおこの後行われたポーカーは、驚異的な引きを発揮した天音の圧勝であり、のちに月守は、

「ロイヤルストレートフラッシュなんて一生見ることがないと思ってたのに……」

と、語った。

 

*** *** ***

 

電車を降りバスに乗り換えてしばらくした頃、事件が起きた。

 

「あー……こりゃ完全に寝てる」

月守は観念した様子で右隣に座っている彩笑が熟睡してしまったことを認めた。

 

バスに乗り換えて一同が奥の5人がけの席に座ってしばらくすると、ここまで元気いっぱいといった様子で騒がしさすらあった彩笑が突然眠ってしまったのだ。幸いにも降りるのは終点だと聞いていたためそこは問題はなかったが、別の問題が発生していた。

 

すぴー……すぴー……

 

規則正しい寝息を立てて眠る彩笑は左隣に座る月守に身体を預けており、月守は身動きが取れなくなっていた。

「下手に動くと体勢崩れて起こしそう……神音、助けて?」

月守はわずかにおどけた口調で左隣に座る天音に助けを求めたが、

「す、すみません、月守先輩……。こっちも、真香、完全に寝てる、ので、助けられま、せん……」

淡々とした声の中にわずかな困惑の色を含ませた天音が、同じように左隣で眠って寄りかかる真香を見ながら、そう答えた。

 

両隣の2人が身体を預けて眠ってしまったため、挟まれている月守と天音はあまり身体を動かさないように気をつけながら、ポツポツと会話を始めた。

「……神音、大丈夫?」

「なにが、ですか?」

「ほら、今回も彩笑がこういうこと急に言い出したから、準備とか忙しかっただろうし……こう……無理してないかな、って」

「あ、それは大丈夫、です。確かに、ちょっと急、でしたけど……、地木隊長に、いろんなことろ、連れてってもらえるの、全然嫌じゃ、ないんです」

身体の前で両手の指を合わせながら、天音は1つ1つの言葉を丁寧に紡いだ。

「私、1人だと、こういうところ行こうとか、多分思わない、ので……。1人じゃ、見れない景色、見せてくれる、地木隊長が……、地木隊のみんなが、大好き、です」

「……そっか」

天音の言葉を聞いた月守は表情を和らげ、自然と天音の頭を撫でていた。

 

(神音、少し髪伸びたな)

ほんの少しくすぐったそうに撫でられる天音を見ながら月守はそう思いつつ、今日会ってから疑問だったことを尋ねた。

「ところで神音。今日は低いとはいえ山登るみたいなんだけど……その格好で登るの?」

 

言われた天音は一瞬キョトンとしたものの、すぐに月守の疑問がなんなのかを理解した。

「……これ、ですか?」

言いながら天音はボトムスの裾……月守から見れば丈が膝より上のスカートの裾をちょこんと摘んだ。

 

今日の天音は柔らかそうな素材のシャツの上に薄手のカーディガンを羽織り、靴もある程度の登山でも十分に対応できそうなものをチョイスしていたり、動きやすさを重視しているのだが、月守はその中でもボトムスにチョイスしたスカートに目を引かれてしまった。

 

天音の指摘を受け、月守は頷いた。

「うんまあ、それ。……可愛らしいし、動きやすそうだとは思うけど……スカートはその……」

口調がしどろもどろになっていく月守は天音からすれば珍しい光景であり、思わず普段の無表情がわずかに崩れて口元に小さな小さな笑みができた。

「月守先輩、これ、ぱっと見はスカートなんですけど、ラップショーツなんです」

「ラップショーツ……というと、スカートっぽいけどスカートじゃないやつ?」

「はい」

 

天音の言葉で疑問が解けた月守は、そっと胸をなでおろした。

「普段、神音は制服以外であんまりスカートじゃないからさ、今日会ってからずっと『珍しくスカートなんだな』って疑問に思ってたんだ」

「ああ、そういうこと、ですか。スカート、可愛くて好き、なんですけど……やっぱりちょっと、着てみると、気恥ずかしい、から……。普段、あんまり着ないん、です」

「あはは、なんか神音らしい理由だね」

しどろもどろだった状態から徐々に戻っていくのを感じた天音は、心の中に生まれた小さな悪戯心から、1つ月守に質問することにした。

 

隣にいる真香を起こさないよう気をつけながら、月守に身体を寄せ、囁くように問いかけた。

 

「…先輩、もし私が、スカートだったら…、目のやり場に、困ってました、か?」

 

安心しきっていた月守にとって、それは会心の一撃だった。何故ならその疑問は、月守が危惧していたことそのものだったからだ。

どう答えようか迷った月守の脳は先程会った生駒のことを思い出し、

 

(イコさんがさっき言ってたこと、あながち当たるかも…)

 

そんなことを思う月守に対して、天音は無言ながらもどこか楽しそうに見つめ続けるのであった。

 

*** *** ***

 

バスを無事に降りて案内された山は、彩笑が言うように山という山ではなかった。少し木々が生い茂っているように見えるが山頂付近にはあまり木があるようには見えず、また高さもそれほどではない。ちょっとしたハイキングにはお手頃といった具合の山であった。

 

30分ほど休憩を挟んでから地木隊一行は山を登り始めたが、

「ご、ごめんなさい、ちょっときついです……っ!」

登って早々に真香が弱音を言い始めた。

 

先頭を歩く彩笑が足を止め、真香に向けて声をかけた。

「真香ちゃん、大丈夫……じゃないね。時間には余裕あるし、ペース落とそっか」

「すみません……。うう、トリオン体ならどうってことないのに」

会話ができる程度に歩くペースを落としてもらったところで、真香のボーダー隊員ならではの本音を吐露した。それを聞いた月守は同意のつもりで苦笑いを浮かべた。

「トリオン体ならスイスイ登れるのにね」

「月守先輩、生身でもスイスイ登ってるじゃないですか」

「いや、ちょっとだけ無理してる。……多分、足取りを見るに神音が1番余裕あるんじゃないかな」

話を振られた神音は、気まずそうに間を空けてから口を開いた。

「……多分、そうです。……正直、このくらいだと、普通の道、歩いてるのと、ほとんど変わらない、です」

「うわ、出た、天然フィジカルモンスター発言。……校内の球技大会で引退直後とはいえバスケ部相手に引き分けまで持ち込むような人は、言うことが違うね……」

真香の言葉を受けて、彩笑が確かめるような口ぶりで会話に割り込んだ。

「駿とか桜子ちゃんから聞いたけど、それホントだったんだ」

「本当です。もともと、しーちゃんと私は人数合わせでバスケだったんですよ。なんか私たちいない間に割り振り決められてたので」

「ああ〜、ボーダー隊員あるあるだね。任務の間に学校行事の割り振りされてるやつ」

 

一歩一歩確実に登りながら、地木隊は楽しそうに会話を進めていく。

 

「そんなんだったので、基本ベンチスタートだったんです。それでその試合も前半はベンチで、私としーちゃん、10点ビハインドで後半から出たんです」

「そこから引き分けまで持ち込んだの?」

興味津々といった様子で月守が追求すると、真香は楽しそうに答えた。

「ええ。しーちゃん、すごかったんですよ。ハーフラインからスリーポイントシュート決めたり、適当に投げてるようにしか見えないのにシュート決めたり、普通にドリブルしてるようにしか見えないのに相手が道を開けるみたいに転んでいったり…」

話を聞きながら彩笑と月守は、

((10年に1人の逸材が同じ世代に集まった漫画に似たようなプレーがあった気がする))

と思いながら、自分の話を聞くのを恥ずかしいようで足を早めた天音の華奢な背中を穏やかな目で見ていた。

 

*** *** ***

 

日が傾き太陽の光が和らいだ頃、一同は山頂へと到着した。下から見た通り木はあまり生えていなかったが程よい長さの草花が一面に広がる広場のようで、居心地の良い場所だった。

 

「山頂とうちゃーく!」

元気よく彩笑が言うと、月守がリュックの中を漁り、ブルーシートを取り出した。

「早速敷く?」

「敷こっか。にしても咲耶、もうちょっと可愛いやつなかったの?」

「4人で十分な広さってなると、これしか無かった」

「まあ、いいけど。リュック四隅に置いて重石代わりにするよー」

彩笑の指示を受け、メンバーはテキパキと動いてブルーシートをセッティングを始めた。するとそこへ1組の老夫婦が近寄り、彩笑に声をかけた。

「おや珍しい。この時期にピクニックかい?」

嗄れつつも温かみのあるお婆さんの言葉に対して、彩笑はニコニコとした笑顔を向けた。

「ううん、流星群見に来たんです!今日あたり綺麗に見えるって聞いてたんですけど……。あ、もしかしてここってブルーシート敷いちゃダメでした?」

「いんや、別にいいんだよ。……それにしてもそうかぁ、君たちも星を見に来たんかい」

しみじみと話す老夫婦を前にして、彩笑は嬉しそうに笑いながら会話を進めていった。

「君たちもってことは、おじーちゃん達も?」

話しを振られたお爺さんは、彩笑の笑顔につられる形でニコッと笑いながら答えた。

「そうだよ。ワシらは毎年、ここで星を見とるんよ」

「へー!そうなんですね!やっぱり綺麗ですか?」

「ああ、綺麗だよ。……何年経っても、何回見ても、綺麗だって思えるねえ」

「うわぁ、素敵です!今日も流れ星、たくさん見れるといいですね!」

「そうだねえ。……ここは昔、地元の人たちがよく集う場所で、あの頃はよくみんなで星を見にきたもんさ。でもしばらくから、この辺りでキャンプやらなんやらをする他所の者が来るようになってから、あんまり人も来なくなってねえ。多分今日も、ほとんど人は来んじゃろ。たっぷりと星を楽しみなさい」

そうして彩笑が老夫婦と話す間に、他の3人はブルーシートの設置を終えて小声で話し始めた。

 

「月守先輩、地木隊長の老若男女問わず秒で打ち解ける、あのコミュ力なんなんですか?素で羨ましいんですけど」

「俺だって羨ましいね。考えてやってるわけじゃないみたいだし、あれはもう才能とか性質の域かな」

「すごい、ですよね」

 

3人が素直に彩笑のコミュニケーション能力を羨ましがっていると、当の本人が颯爽と会話に入り込んできた。

「何話してんの?」

「なにも」

「ふーん……一応、あとの予定は真香ちゃんが用意してくれた晩御飯食べて、星を見て、帰るだけなんだけど……」

そこまで言った彩笑は気まずそうに、申し訳なさそうに月守に目線を送り、

「ちょっと予定、追加してもいい?」

許可を求めるように、そう言った。

 

 

 

 

山頂に備え付けられたベンチに老夫婦が座っていると、地木隊メンバーが散らばり、何かをし始めたことに気づいた。

「あの子達、何をしてるんでしょうね……」

お婆さんはそう言いながら、すぐに彼らが何をしているか気づいた。同じく何をしているか気づいたお爺さんは、思わずと言った様子で口を開いた。

 

「ゴミを拾っとる……」

 

地木隊が始めたことは、山頂のゴミ拾いだった。登頂したばかりの彼らはゴミを何1つ出していないため、もともとここにあったゴミである。

今日は人がいないものの、この山頂はキャンプなどにもってこいの場所であり、それらの客が落として行ったであろうゴミがちらほらと残っており、地木隊はそのゴミを拾っていたのだ。

 

ここ数年で一段と鈍くなった身体を動かし、老夫婦は彩笑のそばに歩いて行った。

「別にいいんだよ、君らが出したものじゃないだろうに」

真剣にゴミ拾いをする彩笑にお爺さんがそう言うと、彩笑は人懐っこさを思わせる笑みを向けて答えた。

 

「あはは、そうですよね。でも、せっかく綺麗な星空を見た後に、こういうのが目に入っちゃうと、ちょっとヤな気分になりそうだから、先に片付けておくだけです!」

 

彩笑は軽やかに立ち上がり、言葉を続けた。

 

「誰かのためにやってるんじゃなくて、ボクたちのためにやってるの。だから、おじーちゃん達は何にも気にしなくていいよ!」

 

そこまで言ったところで残る3人も彩笑のそばに集まり出し、柔らかな表情を浮かべながら月守が言葉を発した。

「とか何とか言いながら……本当はさっきおじいさん達と話た時、キャンプする人たちが増えてから地元の人たち来なくなったって聞いて、何かできないかなって思ったんだろ?」

月守の言葉に真香が続いた。

「今から地元の人たちを呼ぶことは出来ないけど、せめて今夜見る星を少しでも綺麗に見せてあげたいって思ったんですよね?」

そして最後に天音が淡々とした声で締めくくった。

「地木た……地木先輩、いい人、ですから」

 

今さっき会ったばかりの老夫婦を前にして心の内を暴露された彩笑は気恥ずかしさで頰を赤く染め、そのまま憤慨した。

「あーもう!みんなしてボクをいい人にしようとする!」

「なんだそのキレ方。別にいいじゃん」

「いいけど、その……っ!あっ!ていうか、みんなゴミ拾いサボらないでよ!暗くなったら拾うの大変なんだから、日没までに終わらせなきゃだからね!」

必死になって急かす彩笑だが、その姿はなぜか可愛らしく、3人はあっさりと解散した。そしてそれぞれがゴミ拾いに戻って行ったところで彩笑は振り返り、老夫婦に早口でまくしたてるように言った。

「そ、そんなわけだから、ボク、ゴミ拾いに戻りますね!あくまで自分たちのためなので!」

 

自分たちのためということを強く主張した彩笑は早足で老夫婦のそばを離れ、ゴミ拾いに戻っていった。

 

ゴミ拾いに没頭する彩笑の小さな背中を見て、老夫婦はどちらともなく呟いた。

「……いい子たちだね」

 

*** *** ***

 

日没から完全に陽が見えなくなるまでの薄明時間になって、地木隊はようやく晩御飯にありついた。なお集めたゴミ袋は山の麓に正式なゴミ捨て場があったため、そこに月守と天音が持って降りた。

 

真香が全員に紙皿や紙コップなどを準備する間、彩笑は少し不機嫌そうにしていた。

「もー、地木隊長。いい加減機嫌直してくださいよ」

真香が苦笑いしながらそう言うと、

「……悪くないもん」

彩笑は明らかに機嫌が悪い声を返した。

 

その様子を見て月守は、彩笑の機嫌をどうやって直すか気を揉んでいたのだが、考えがまとまる前に真香が、

「では地木隊長には、こちらのサンドイッチをどうぞ。隠し味にココアパウダーを使ってるので、地木隊長のお口に合うと思いますよ」

そう言いながらサンドイッチを差し出すと、

「わーいありがと!真香ちゃん大好き!」

一瞬で彩笑の機嫌は元に戻った。

 

気苦労が一瞬で水泡に帰ったことに肩透かしを覚えるものの、気を取り直して月守と天音も真香お手製のお弁当を食べ始めた。

クーラーボックスの中身は彩り豊かな様々なサンドイッチであり、まるで宝箱を開けるような気分で晩御飯を食べ進めていった。

 

王道なハムサンドやタマゴサンドもあれば、イチゴサンドやチョコバナナサンドなどメンバーの好みを取り入れたもの、中には金平ごぼうサンドや鮭フレークサンドなどの変わり種もあった。しかし総じて味は文句なしに美味しく、食べ終わる頃には全員がすっかり満足していた。

「やー、真香ちゃんにご飯任せて正解だった!」

彩笑に続き、月守と天音も同意の言葉を発した。

「だね。どれも美味しかった」

「うん。真香、ありがと」

 

3人の反応を見て料理が成功だと判断した真香は、安堵したような、力の抜けた笑みを見せた。

「美味しかったみたいで何よりです。……ちょっと急だったので、家にあったあり合わせのやつがほとんどだったので、不安はあったんです」

 

「え?てことはその場に……家にたまたまあったやつだけであんなに美味しいサンドイッチをたくさん作ってきたの?」

真香の言葉をそう解釈した彩笑に対して、真香は頷いてみせた。

「はい、たまたまあったやつだけで作りました。……せめて知るのがもう1日早かったら、ちゃんと準備できたんですけど」

控え目にそう話す真香を見て、月守と天音は思わず突っ込んだ。

「女子力たっか」

「真香将来、絶対良いお嫁さんに、なるね」

 

2人のニュアンスに多少の違いはあれども、褒められたことを真香は嬉しく思い、

「ありがとう」

と、素直に感謝の言葉を口にしていた。

 

 

 

 

晩御飯の片付けが終わったところで、真香が呟いた。

「ここ、外灯がほとんどないですね。星を見るぶんにはいいと思いますけど、少し心もとないというか……」

気弱になっている真香の言葉を聞き、月守は再度リュックを漁った。

 

そして、

「なら、小型ランタン使う?」

通常のランタンよりも幾分小ぶりなランタンを取り出した。

 

「ブルーシートが出てきたり、人数分のポリ袋が出てきたり、果てにはランタンまで……。咲耶のリュックは何でも入ってるね」

「何でもは無いな。必要なものだけだ」

言いながら月守はランタンを灯し、柔らかな色合いの明かりがメンバーを照らした。

「明かりがついたのはいいけど、多分これに虫寄ってくるから虫対策もしとかなきゃね。虫除けスプレー、持ってきてる?」

月守が問いかけると、

「「「当たり前」」」

残る3人が声を揃えて各々が用意した虫除けスプレーを構えていた。

 

「あは、流石に準備いいね」

そう言いながら月守やんわりと微笑み、火を使わないタイプの蚊取り線香をランタンのそばに置いたのであった。

 

 

*** *** ***

 

完全に陽が落ちて夜空が十分に見えるようになると、4人は自然と夜空を見上げていた。

「そろそろ見えてきますかね」

待ち遠しそうに真香が言うが、残念ながらまだ流星は見えていなかった。

 

言葉には出さないものの彩笑と天音も待ちわびているようで、そんな3人を見た月守は少しでも気が紛れればと思いながら口を開いた。

「夏の大三角でも探そうか」

すると真っ先に彩笑が答えた。

「3つの星の名前すら分かってないボクにそれ言っちゃう?」

「まあ、彩笑は知らないだろうとは思ってた。神音は?」

話を振られた天音は少し考えるそぶりを見せた。

「……デネブ、アルタイル、ベガ……ですよね?」

「正解。よく知ってたね」

「名前だけ、です。どこにあるのかは、わかんない、です……。真香、わかる?」

すると真香は右手を夜空に向かって伸ばし、天音を呼び寄せた。

「あれとあれとあれ」

「……どれとどれとどれ?」

天音は真香の指差した先を見るが、そこにあるのは無数の星々であり、その判別ができなかった。

 

絵に描いた方がいいのかなと真香が思い始めたところで、今度は月守が天音を呼び寄せた。

「神音、おいで」

「え、あ……はい。あのでも、月守先輩、星を指差しても、よく、わかんない、です」

天音の言葉を聞きながら月守は右手でピストルのポーズを作り、それを空に向けた。それを見た真香が、感心したように言葉を発した。

「ああ、なるほど。トランジット方式なら指摘しやすいですね」

「そういうこと。人差し指と親指を結んだ先にあるやつがアルタイル……わし座を作ってるうちの1つね。次が……」

 

月守はそうして1つ1つの星を丁寧に天音に教えていった。

 

 

 

 

天音に夏の大三角を教え終えた月守が一息つくと、北の方向を真剣に見つめる彩笑の姿が目に入った。

「何してんの?」

「うん?いやぁ、死兆星、見えないかなって思って探してた」

「見えちゃダメなやつだろ」

月守は冷静に突っ込むが、

「あ、月守先輩知らないんですか?実際は死兆星、見えた方がいいんですよ?」

真香がこれまた冷静に答えを返した。

「え?そうなの?」

「はい。詳細は忘れちゃったんですけど、確か死兆星が見えるっていうのは視力を図る基準の1つだったらしいんです。それが視力の低下……まあ老眼ですね。老眼で見えなくなると死期が近くなってきたっていうことで、死の前兆の1つだったそうですよ」

「へえ……」

月守は感心した声を漏らしたが、一連の流れを聞いていた天音は思ったことをそのまま口にした。

 

「昔の死の前兆は、今はメガネ1つで、無くなるん、ですね」

 

死の前兆を退けるまでになった文明の利器の発達は素直に素晴らしいと地木隊全員が思った。

 

 

*** *** ***

 

 

そうして雑談を繰り返し、当初の目的が何だったのかわずかに薄れたころ、()()は訪れた。

「あっ……!」

真っ先に声をあげたのは天音だったが、気付いたのは全員同時であり、すぐに声を揃えて言った。

 

「「「「流れ星!」」」」

 

そしてその1つがまるできっかけだったように、1つ、また1つと流れ星が夜空を駆け始めた。

 

空に飾り付けられた宝石が落ちてくるようなその光景は人の心を惹きつけるのに十分な魅力があり、4人は心からこの美しい光景を楽しんでいた。

「……月並みな言葉しか出てこないけど、きれいだな」

「月並みって、月守だけに?」

「それは言いっこなしで頼む」

月守の感想を彩笑は笑顔で茶化した。

 

その傍で、天音は真香に声をかけた。

「真香、高台、行こ?高台で、見てみたい」

「ああ、さっきゴミ拾いしてる時に見つけたとこね。いいよ、行こ」

そうして2人は立ち上がり、彩笑と月守に居場所を告げて歩き出した。

 

そして月守から十分に離れたところで、真香は天音に耳打ちした。

「しーちゃん、この後で月守先輩も誘って高台に行きなさい」

「……ふ、2人っきりって、こと?」

「もちろん。せっかくバスの中で寝たふりしてあげたのに、しーちゃん何もしないからつまんなかった」

「ねね、寝たふりだった、の?」

「まあね」

 

話しながら2人が十分離れたところで、彩笑と月守もまた、2人に聞かれたくない話を始めた。

「……これも、思い出作りなの?」

「うん、そんなとこ。単純にボクが見たかったってのもあるけど」

変わらず星空を眺めながら、彩笑は言葉を紡いだ。

「……夕陽隊のころみたいで、懐かしかったでしょ?」

「まあな。俺たち、夕陽さんにいろんなとこ連れてかれたもんな」

「そうそう。たまーに危ない橋もあったけど……。大抵、楽しかったじゃん」

「楽しかったな」

「うん、楽しかった」

 

同じ夜空を見上げながら同じ思い出を共有する2人は、1つ1つの思い出をなぞりながら言葉を交わし合う。

「だからさ、ボクが隊長になった時、これはやろうって決めてたんだ」

「これって……色んなところにみんなで行くこと?」

「うん、そう。自分で経験した楽しいことは後輩にも伝えなきゃなって思ったってだけなんだけど……。でもボクは、これを伝統とかにして2人に押し付ける気は無いよ。いつかあの2人が隊長になったり誰かを率いる立場になった時に、やりたかったらやればいいよ、くらいの気持ち」

 

本心を語る彩笑を見て月守は喉まで出かけてた言葉を飲み込んだ。

(いつの間にか、立派な隊長になってんな、こいつ)

飲み込んだその言葉は一瞬で消える流れ星のように、あっという間に月守の中へと溶けて消えていった。

 

そうして満足げな表情を浮かべる月守を見て、彩笑はパンっと背中を叩いた。

「いってえ!何すんだよ」

「あはは、なんとなく。……咲耶さ、2人のとこに行ってあげなよ」

「……ああ、なんだかんだ言って中学生2人だと危ないからな。ちゃんと見とくよ」

そう言って立ち上がり、高台に向かった2人を追う月守を見て、彩笑は苦笑し、

 

「普段は言わなくても伝わることの方が多いのに肝心なやつだけは、伝わらないんだもん。……我ながら、厄介な部下を持っちゃったなあ」

 

誰にも聞こえない独り言を呟いたのであった。




ここから後書きです。

先日の流星群を見て、猛烈に描きたくなったのが今回の話でした。

本作はフィクションなので地木隊メンバーだけで山に登って流星群を見ていますが、通常はこの場合保護者に付き添ってもらった方が良いです(当たり前ですが)。何かあってからでは遅いのです。



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コミックス裏風キャラ紹介

前書きです。

そういえばまだ書いてなかったなぁと思い、思いつきで投稿です。


小型の笑顔量産機『さえみ』

 

スマイル0円を体現するボーダー屈指のスマイルホルダー。周囲からはおバカキャラだと思われがちだが英語の成績だけはブッチ切りで優秀で、定期テストの度に英語だけ負けて悔しがる月守に渾身のドヤ顔を見せつけている。猫っぽいと隊員間で言われているが暗い所が苦手という事実はあまり知られておらず、昔、本部が抜き打ちで行った停電時を想定した避難訓練では涙目だった。尚、本人は自宅でゴールデンレトリバーを飼うほどの犬派。

 

*** *** ***

 

あなたの無茶振り、答えます『さくや』

 

戦闘、買い物、片付け掃除、肩もみ等々、何だかんだ言いながらも無茶振りに答える、ナチュラルボーン部下。表面上は人畜無害を装いながらもその下には深い闇が。大体の隊員はそれに気づいてるっぽいが、怒らせなきゃいいや、くらいに思ってスルーしている模様。当の本人はそんな周りに気づいていないようなので、案外ちょろい。夕陽隊時代に不知火さんに『せっかく「さくや」って名前なんだし』と言われてトリガーをスコーピオン(ナイフ)に固定されて銀髪メイド服のコスプレをさせられた過去を持つ。

 

*** *** ***

 

病気に負けずに旋空弧月『しーちゃん』

 

1発言辺りに含まれる句読点の数が異様に多い、ちょっと話すの上手くない系アタッカー。多分、戦闘に他の才能が持ってかれ過ぎてる。病気については、上層部とA級経験がある正隊員あたりは把握してて、それ以外は知ってる人は知ってるし知らない人は知らない状態。キャラの原案時はナチュラルにデカいハサミを持ち歩いたり、鍵壊して屋上で昼寝したり、C級に面と向かって「ザコ」と言っちゃうようなとんでもガールであり、血迷ったうたた寝犬はそのまま行くつもりだった。ちょっと待て、それがなぜこうなった?疑問に思いつつも、多分結果オーライだから良し。

 

*** *** ***

 

メガネはファッション『まなか』

 

オペレーターというサポート職と勉強できるという特性を持ちながらもメガネは伊達という、なんちゃってメガネキャラ。宇佐美先輩との仲は普通。学業、職業、家事、あらゆる面で優秀であり、彼氏持ちというリア充だったが大規模侵攻前に彼氏が『俺とボーダーどっちが大事なんだよ』という女々しい質問をしてきたことにキレて破局している。描写こそ無いものの弟子に取った出穂は順調に成長しており、指導者としても優秀さを見せていて、ゆくゆくは東さんのように全体を指導できるような隊員になることを上層部は期待しているが、将来の夢は小学校の先生。姿勢が綺麗なCカップ。

 

*** *** ***

 

お酒大好きエンジニア『しらぬい』

 

ASTERsにおいて、今のところ1番なんでもありな人。過去の経歴は朝の通勤電車のように詰め詰めであり、彼女の履歴書を見た人は口を揃えて『なぜボーダーにいる?』と言う。イタズラとお酒をこよなく愛する人であり、組織に被害者が多数いて、そのうち会が結成される見通しがあるとかないとか。なんだかんだ言いながらも、頼まれ事は問題なく熟すし、機会は多くないが隊員や開発室の人たちと食事に出て代金を全額払ったりするなどの行いにより、人望はそれなり。有能な人物だが早くも寄る年波に恐れをなし、毎年『若さを保つための研究』という名目で予算を本部長に要求するもの、悉く却下されている。




ここから後書きです。

本編じゃなくてすみません。

前は「アマネ・バックドラフト」の後にありましたが、移動してこっちに来ました。移動の際に、不知火さんの分も追加しました。


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第8章【B級ランク戦・開花】
第68話「新しい隊服」


前書きです。

あけましておめでとうございます。
2017年以上にこの2018年が素晴らしい年になることを祈りつつ、今年の初投稿をお届けします。


B級ランク戦ラウンド2を終えた翌日、平日であるため当然のように学校があり、彩笑と月守は平常通り登校した。午前中の4時間授業を乗り切り昼休みに突入し、机を並べて、ある意味1番の楽しみにともいえるお昼ご飯であるお弁当を広げたところで、彩笑はおもむろに口を開いた。

 

「新しい隊服が欲しい!」

 

彩笑の向かい側の席に座り同じく弁当を広げた月守は「また何か言い出したな、こいつ」と思いながら、それに答えた。

 

「隊服ならあるじゃん、ジャージタイプとA級なった時に仕立てた軍服みたいなやつ」

「あるけど、それとは別のやつが欲しくなったの。ほら、ジャージのやつって、こう……薄着じゃん?春夏秋は良くても、冬だと見た目寒くない?」

「トリオン体だとその辺関係無いし、冬でもジャージタイプの隊服なところ一杯あるじゃん」

「そうだけど……」

 

口ごもる彩笑を見て、月守はため息を吐いた。

「大方、玉狛の……つーか多分、遊真の隊服見て新しいの欲しくなったんだろ?」

「うわ、まさにそれ!咲耶なんで分かったの?エスパー?」

「適当。んじゃ何?仮に新しい隊服作るとしたら、遊真のやつみたいなニッカポッカにするの?」

「え?あれってサルエルパンツじゃないの?」

 

2人が弁当をつまみながら隊服についての意見を交わしていると、

 

「どうでもいいけどあんたたち、なんでその話をアタシのクラスに来てするわけ?」

 

わずかに不満そうな表情を浮かべた香取葉子が口を開いた。

 

 

 

彩笑と月守はA組だが、今いるこの教室はE組である。4時間目が終わったのとほぼ同時に彩笑はE組の教室に突撃し、

「カトリーヌ!一緒にお昼食べよ!」

ハイテンションでそう言いながら(香取の意思を確認することなく)月守と連携を取りながら早業で机を並べ替え、昼食に持ち込んだのだ。

 

 

 

香取の問いかけに対し、彩笑は一瞬キョトンとした表情を見せたあと、すぐににこやかに笑って答えた。

「カトリーヌの意見も聞きたかったからだよ」

「はあ?なんでアタシなの?」

「ほら、カトリーヌのとこって男女混合チームじゃん。他にも混合チームはあるけど、ジャージタイプじゃないのってカトリーヌのところくらいだし」

ボーダーには男女混合の部隊は珍しくないが、その多くの部隊の隊服はジャージ式である。

 

彩笑と香取の会話を聞きながら、月守は思考した。

(他のところで混合でジャージじゃないってなると、第1の方の玉狛と……ニノさんのとこか。でも玉狛の方はバラバラでフリーダムな感じだし、ニノさんとこのスーツは……二宮隊のメンバーだからこそ似合う感じがするな)

弁当の蒸しササミを食べながら考えていると、彩笑が再び話を振って来た。

 

「ねえねえ、咲耶はどう思う?」

「何が?」

「新しい隊服のデザイン。なんでもいいから意見ちょうだい」

 

いつのまにか新しい隊服を作ることが前提になっていたが、月守は半ば諦めて意見を出した。

 

「……色は黒」

「えー、また黒?ジャージも軍服も全部黒だよ?たまには違う色使おーよー」

「んじゃ何?オレンジ色のコートにする?」

「それ夕陽隊の時じゃん。ってか今更だけどあれはない。目立つからスナイプされまくったし」

 

夕陽隊時代の思い出が連鎖的によみがえる前に、月守は話題を変えた。

「そもそも、俺が何言っても最終的な決定権は彩笑が持ってるんだし、まずは彩笑が意見出してよ」

「え、いいの?それじゃあさ、男子のやつは置いといて、ボクと神音ちゃんの隊服は那須隊のとかカトリーヌのとこみたいに脚見せたい!」

意気揚々と彩笑が出した提案に対して、

 

「お前さっきジャージですら寒いとか言ってたよな?」

「アンタさっき見た目寒いから新しい隊服欲しいって言ってたじゃない」

 

月守と香取は同時にツッコミを入れた。

 

2人がかりのツッコミに凹むことなく、彩笑は自らの意見を主張した。

「それとこれは別。ボクはともかく神音ちゃんの脚、超綺麗なんだよ?細さ、形、肌艶の三拍子文句無しのパーフェクトだよ?隠すのはもったいない!」

「なに?アンタって脚フェチなの?」

「違うよ?強いて言うなら神音ちゃんフェチ!」

清々しい笑顔で言い放つ彩笑を見て、香取は呆れ顔を返した。

「ホント、アンタはあの子を可愛がるわね」

「うん!だって実際、神音ちゃん可愛いもん!カトリーヌもそう思うでしょ?」

「いや別に?そもそもアタシ、あの子のことあんまり知らないし」

「えー、もったいないよカトリーヌ。神音ちゃんの可愛さを知らないなんて、人生の半分損してる!」

 

キラキラした表情でそう言う彩笑を見て、これは何を言っても無駄かもしれないと香取は思った。

 

彩笑は弁当のメインディッシュたるエビフライを幸せそうな表情で食している間に、香取が月守に話しかけた。

「アンタら昨日ケンカしたって聞いたけど、案外普通ね」

「昨日……ああー、ソロランク戦のやつ?」

「そう。夜に雄太から『どうしよう!地木さんと月守くんがケンカしてるよ!』ってコメント付きでアンタらのランク戦の動画送られてきたわ」

「ケンカしてるって……ランク戦の動画って基本音声ないから普通の戦闘にしか見えないだろ?」

「なんか下の方に字幕で色々セリフが出てたのよ。『ねえ!ボクとあの子のどっちが大事なの!?』『待ってくれ誤解だ!話を聞いてくれ!』みたいな感じのやつ」

「おいなんだそれ、全然違うぞ?」

「そんなとこだろうと思ったわ。多分、誰かがふざけて作ったやつね」

「よし、作った奴見つけたら軽くシメる」

月守は意気揚々とそう言うが、後にその動画を作ったのが酒に酔った女性エンジニアであることを知り、逆にシメられたのはまた別の話。

 

「まあ、それはそれとしてアンタはどうなの?」

「何が?」

「いや、隊服のデザイン。まさかアンタも脚出すつもりなわけないでしょ?」

「そりゃあね。というか香取、相談に乗ってくれるんだ」

「ただの気まぐれよ」

「あはは。それでも助かるよ、ありがとう」

 

やんわりとした笑顔でお礼を言った月守は、少しだけ考えるそぶりを見せてから答えた。

 

「……と言っても奇抜なデザインじゃなきゃいいくらいで、特に希望は無いかな。ああ、でも、手袋は欲しいかも」

「手袋?ああそういえば、アンタ達全員素手よね」

「そうそう。逆に香取のところは全員手袋ってかグローブだっけ。やっぱりこう……感覚的なやつが素手とは違うの?」

「アタシはあってもなくてもいいけど、麓郎はつけてる方がしっくりくるって言ってたわ」

「そっか。握った感じが安定するのかな……」

「かもね。てか何?アンタ、ガンナーとかアタッカーに転向すんの?」

「え?しないよ?シューターに絞る」

本気のキョトン顔で答える月守に対して、

「アンタ何にも持たないのに何で手袋欲しいの!?」

香取は思わず本日2度目のツッコミを入れた。

 

2人のやり取りを見て、エビフライを飲み込んだ彩笑が笑いながら会話に割り込んだ。

「手袋だけど、つけるなら咲耶だけでお願い」

「なんで?」

「だってほら、黒い隊服に手袋だと王子隊と被るじゃん」

言われて月守と香取はB級上位部隊である王子隊の隊服を思い浮かべた。

 

王子隊の隊服は黒を基調としてどことなく軍服を思わせるデザインで、戦闘員全員がグローブを着用しており、確かに見た目は似通う部分はあった。

「ね?被るでしょ?」

「まあ確かに。でもそんなこと言ったらジャージタイプなら大体被るだろ?」

「うー……他のところと被ってもいいけど、王子隊と被るのはイヤ」

王子隊と被ることを嫌がる彩笑を見て、月守は珍しいと思った。それは香取も思ったようで、弁当をちょこちょことつまみながら質問した。

「アンタも王子隊嫌いなの?」

「ん?嫌いじゃないよ?オージー先輩とは色んな人のあだ名考えたりしてるし……例えば、カトリーヌは2人で考えたやつだよ!」

「ふーん、そう。月守、アンタもう二度とこの2人を引き合わせないで」

香取は瞳の奥にうっすらと殺意を潜ませた目で睨みながらそう言い、

「善処はするよ」

困ったように笑いながら月守は答えた。

 

香取からの要望を聞き入れた月守は話を戻した。

「それで、なんで王子隊と被るの嫌なの?」

「えー、だってボクら王子隊とキャラ被ってるのに見た目まで被ったらアウトじゃん?」

「そう?」

「被ってるよー。まずボクとオージー先輩は我が道走る隊長でしょ?んで、咲耶とクラッチ先輩は冷静キャラ装いながら戦闘じゃアクセルガンガン踏むタイプじゃん?神音ちゃんとカシオンはまだまだ成長の余地ある中学生で、真香ちゃんと橘高先輩は落ち着いててスラっと背が高いお姉さん的オペレーター。ほら!全員見事に被ってる!」

彩笑は自信満々に断言し、

「言われなきゃ気づかなかった」

「因縁つけるチンピラみたいね」

それを聞いた2人は遠回しに気にしすぎだと言った。

 

「うー、そうかな……そうかなあ……?」

2人に意見を否定された彩笑はしょんぼりとしながら弁当の卵焼きへと箸を伸ばしたが、それを見た香取がワンテンポ遅れてからわずかに慌てて口を開いた。

 

「地木、ちょっと待って。何しれっと月守の弁当食ってんの?」

 

そう、彩笑が我が物顔で自然に箸を向けたのは自分の弁当ではなく月守の弁当だった。だが部下の食物に手を付けた隊長は全く悪びれることなく、

「ボクのお弁当はボクのもの。咲耶のお弁当もボクのもの!」

日本一有名なガキ大将と同じことを語った。

 

その物言いを聞いた香取は弁当を食べる手を止め、げんなりした目を月守へと向けた。

「……アンタさあ、いい加減隊長を甘やかすのやめなさい」

「何回か注意したけど、言い終わった直後に『今日のメインは鶏肉だったから、明日は魚メインの弁当な!』って具合にリクエストされるから諦めた」

「清々しいレベルのワガママね。ってかアンタ、自炊してるんだ」

しかし香取の呟きに対して、彩笑が反応した。

「咲耶ー、それ言ったのボクじゃなくて夕陽さん!」

「夕陽……アンタ達の前の部隊の隊長の……。弁当はあの人のリクエストだったわけね?」

「そうだよ。ボクは『卵焼きはもうちょっとフワッとしてる方がいい!』とか卵焼きについてしか言ってないもん」

「やっぱアンタもリクエストしてんじゃない!」

思わず机を叩きながら香取はツッコミを入れた。

 

彩笑は強奪した卵焼きを食べながら自らの言い分を語った。

「だって咲耶の作る卵焼き、超美味しいんだよ?料理の腕自体はそこそこだけど、卵メインの料理になればツーランクくらいレベル上がるよ?咲耶の作る卵焼きの美味しさを知らないなんて、カトリーヌは人生の半分損してる!」

「アンタこの10分でアタシの人生全否定したわね……」

自由気ままに振る舞う彩笑を相手にすることに疲れ、声のトーンが下がってきた香取を前にして彩笑は閃いたような表情を見せた後、再び月守の弁当に箸を伸ばして卵焼きを1つ摘んで香取の口元へ近づけた。

「ちょっ、地木……!?」

「一口食べてみてよ」

「食べてみてよって言われても……」

「程よい塩加減が絶妙だよ?」

「アタシ、卵焼きは甘い味付け派なんだけど……」

「まあまあ、ここは騙されたと思って食べてよ〜」

公衆の面前で友人の弁当を食べさせられるという状況に香取は気恥ずかしさを覚え、月守に助けを求めようとして視線を向けたが、

「香取、食べたら感想ちょうだい」

月守に至極真面目な表情でそう言われて、逆に行動の選択肢を潰されてしまった。

 

それでも尚、強引に拒否するという選択肢もあったが、

「カトリーヌ。あーんして、あーん」

屈託無く笑いながら卵焼きを差し出す彩笑に根負けし、腹をくくって卵焼きを頬張った。

 

もぐもぐと数回味わって咀嚼し、ごくっと卵焼きを飲み込んだところで、

「ね?美味しいでしょ?」

と、彩笑が柔らかな笑みで問いかけた。

 

その問いかけに対して香取はたっぷり間を開けてから、

「……甘い味付け派から寝返ってもいいくらいには」

ほんの少しだけ悔しそうにそう答え、それを聞いた2人は小さく笑みをこぼした。

 

 

しばらく3人は弁当を食べ進め、香取が大方を胃袋へと納めたところで1つ疑問を投げかけた。

「月守、アンタはそもそも女子2人が脚見せるような隊服に賛成なの?」

「うーん。ノーコメントっていうのは……」

「ダメ、認めない。答えなさい」

有無を言わさず香取の物言いに対して、月守はかなり躊躇ったそぶりを見せてから、

「……節度をちゃんと守った範囲なら、良いと思います」

ぎこちない言葉遣いでそう答えた。

 

しかしその答えを聞いた女子2人は、月守に厳しい視線を向けた。

「咲耶、なんか……裏がある優等生っぽい答え」

「男子なんて所詮そんなもんよ地木。真面目に見えても、どうせムッツリスケベなの」

「咲耶ムッツリだったんだ……」

「地木、英語でムッツリとかそういうニュアンスの言葉ないの?」

「んー……『You are lustful at heart!』かな。キミ実はスケベだよね、的なニュアンス」

「アンタなんで他の教科壊滅なのに英語だけ出来るわけ?」

「他の教科が壊滅になるくらい英語勉強してるもん!」

「捻りもない答えね」

真面目に答えた結果、厳しい指摘をされた上に英語でなじられた月守は静かに弁当を片付け始めた。

 

「もう食べ終わったの?」

香取の問いかけに対して月守はいつもと変わらぬ様子で答える。

「まあね。4時間目が隣のBクラスと合同体育だったから腹減ってた」

「ああ、そういう……って、何気に地木も食べ終わってるし」

気づけば香取は1人だけ弁当が残っている状態だった。

 

そうして2人が弁当を片付け終えた丁度その時に、声をかけられた。

「ああ、月守、やっと見つけた。探したぞ」

月守が声をかけられた方向を向くと、そこには玉狛支部所属のA級隊員、烏丸京介がいた。

「お、どうした京介」

「用事があったから探してたんだが、なんでここにいたんだ?」

「昼飯」

「いや、昼飯なのは見れば分かるが……てっきり自分のクラスか食堂にいると思ってな」

「文句はこのちびっこいのに言ってくれ」

「誰がチビだよ、このムッツリ」

「ムッツリ……?」

 

会話の流れを知らない烏丸は言いながら首を傾げたが、月守は「こっちの話だから気にするな」と言って本題を尋ねた。

「それで京介、用事ってなんだ?」

「ああ……。月守、今日ウチの支部に来てくれるか?」

「今日?まあ、今日は夕方空いてるからいいけど……なに、俺なにかやらかしたっけ?」

「やらかしたというか……ほら、大規模侵攻の時にお前が迅さんに丸投げした手柄があるだろ?それ関連だ」

「ああ〜」

脳裏に大規模侵攻での戦いが蘇り、烏丸の要件を月守は大体察した。

「それは確かに行かなきゃな」

「来てくれるか?」

「おお、行く。学校終わってからでいいよな?」

「当たり前だろう。学校サボるなよ」

クギを刺された月守は苦笑いをした後にゆっくりと立ち上がり、

「んじゃ、そっちの支部行く代わりに……」

そっと、烏丸にしか聞こえないように近づいて耳打ちし、1つの条件を提示した。

 

それを聞いた烏丸は訝しむ表情を見せた。

「別に構わないぞ」

「おー、サンキュ!」

ニコっと、普段よりもどことなく幼く年相応の少年のような笑顔でお礼を言った月守は、烏丸が購買で売っているパンを手にしている事に気付いた。

 

「もしかして昼飯まだか?」

「まあ、先に要件を伝えようと思ってな」

「なんかすまん」

友人の昼飯を遅らせてしまったことに対して、月守は謝罪した。

 

そして謝罪したところで月守が彩笑に軽く、それでいて素早く足蹴された。身に覚えがない足蹴を受けた月守は彩笑に視線を向けるが、その彩笑は香取を指差していた(香取からは彩笑の身体が邪魔で見えない角度)。

 

彩笑の指先に導かれ自身の視界に香取を捉えた月守は、彼女の表情が烏丸が登場する前までとはまるで違うことに気付いた。

嬉しそうな幸せそうな気恥ずかしそうな…、言ってしまえば「恋する乙女」という表現がピッタリな甘酸っぱい表情をしていた。

 

(ああそういえば、香取は鳥丸狙いだって噂聞いたことあるなあ……)

 

そこまで思い出した月守に向けて、彩笑が珍しく人の悪い笑みを浮かべながら、何やら意味ありげな目配せを送った。

 

その笑みと目配せの2つで、3年間相方を勤め続けた月守は彩笑の意図を察し、白々しい笑みを見せた。

「よし彩笑、昼ご飯も食べ終わったし、さっさと退散するか」

「そうだね。あれ?とりまる、お昼まだなの?」

「ああ。というかそれ、さっきも言…」

「だったら丁度いいね!」

烏丸が話すのを遮る形で言いながら彩笑は立ち上がり、

「とりまる、ここ座ってカトリーヌと一緒にご飯食べなよ!」

今日一番の笑顔でそう言い放った。

 

「ち、地木!?ちょっと待って!」

慌てて彩笑に異議を唱えようとした香取だが、優れたサポート技術を持つ月守がそこへ割り込んだ。

「今から他のとこ行っても大体のやつ食べ終わってるだろうし、丁度いいだろ。食べてけ食べてけ」

「つ、月守まで……!?」

ボーダー屈指の連携を誇る2人の口撃を受け追い込まれて劣勢となった香取だが、そんな彼女へ容赦なく、

 

「確かに、一人で食べるのもな……香取、良かったらここで食べていっていいか?」

 

ボーダーが誇るイケメン烏丸はトドメの一言を告げた。

 

元A級、現A級3人がかりの口撃を受けたB級上位部隊の隊長は、

「…うん。い、いいよ…」

普段の尖った態度とは打って変わった、しおらしい雰囲気で烏丸の頼みを受け入れた。

 

一連のやり取りを見て作戦が上手くいった2人は内心ニヤニヤニヤニヤニヤと笑いたい気持ちで一杯だったが、そこをグッと堪えて、

「それじゃカトリーヌ、またね!今日は相談乗ってくれてありがと!」

「京介、じゃあ放課後にまた」

それぞれそう言って、Eクラスの教室を後にした。

 

 

 

 

この後何があったのか、2人は知らない。だがその日の夜、月守が混合チームとして担当した防衛任務にてメンバーだった香取隊の三浦雄太は、

「今日のヨーコちゃん、なんかすっごい機嫌よかった!」

と、幸せそうに語っていたため、ひとまず上手くいったのだろうと月守は思った。

 

 




ここから後書きです。

ボケ倒す彩笑と月守に突っ込む香取という形の68話でした。
スマートフォンでもパソコンでも、予測変換で単語とか言葉出るじゃないですか。本編書いてる時、「恋する乙女」って打とうとしたら「こいするおとめ」って最後まで打ち込まないと「恋する乙女」って予測が出てこなかったのがなんか軽くショックでした。『こいするお』まで打ち込むと『恋する俺』という自分に酔ってるの?と言いたくなるワードは出てきました。


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第69話「囚われの優等生」

玉狛支部は変わった立地である。

 

もともと川の水質検査を目的として建設されたという建物を買い取って支部へと改造したため、支部の下には川が流れている。橋の真ん中に建つ支部、という形だ。

 

烏丸と共に玉狛支部へ向かい、支部そのものが見えたところで月守は率直な感想を述べた。

「来るたびに思うけど、なんか不思議な感じがするよな」

「毎日来れば慣れるさ」

「そんなもんかな」

話しながら橋を歩いていると、橋を下ったところに玉狛支部のS級お子様隊員・陽太郎と玉狛支部で飼われているペット(?)のカピバラの雷神丸を見つけ、月守は軽い足取りで近寄った。

 

どうやら釣りをしているらしく、月守はひとまず釣果を尋ねることにした。

「やあ、陽太郎。釣れてるか?」

「むむ、さくやか」

声をかけられた陽太郎は一度釣りを中断して月守の問いかけに答えた。

「だめだ、ぜんぜん釣れない。このままでは今日のよるご飯が……」

「まあ釣りなんてそんなもんだろ。ちなみに陽太郎、お前釣りは誰に教わったんだ?」

「ボスだ」

「林藤さんか」

玉狛支部支部長林藤匠から陽太郎は釣りを教わったというが、月守は彼が魚を釣り上げた姿をとんと見たことがなかった。

 

月守からわずかに遅れて隣に来た烏丸が陽太郎に声をかけた。

「陽太郎、暗くなる前に戻ってこいよ」

「うむ、こころえた」

アフトクラトルの遠征隊と共に消えたレプリカを思わせる言葉使いで答えた陽太郎の頭を、月守はポンと一回撫で、2人はその場を後にした。

 

 

 

支部の中に足を踏み入れるとそこには三雲、遊真との2人がおり、来客に気付きそれぞれが挨拶した。

「あ、月守先輩こんにちは」

「昨日ぶりだね、つきもり先輩」

2人に対して、月守は軽く手を挙げて答えた。

「2人ともお疲れさま。それにしても、支部に来るの早いな」

「あ……ぼくたちもう学校は自由登校なので……」

「ああ、なるほど。2人ともボーダー推薦で進学するのか。一高?」

「はい、2人揃って一高です」

「あはは、そっかそっか。んじゃ2人とも春からは俺らの後輩になるわけだ」

楽しみだ、と、月守は小さな声で付け加えた。

 

会話に一区切りついたところで、烏丸が月守に問いかけた。

「茶でも飲むか?」

「いや、いいよ。先に用事済ませてくる」

「そうか。場所は……」

「分かる、大丈夫だ」

やんわりとした笑みで月守はそう答え、キョロキョロと確認するように見回してから歩き出した。

 

「確かここを……」

呟きながら記憶をなぞって歩くと、支部の地下へと続く階段を見つけ、1つ呼吸をしてからその階段を下った。

 

地下にもいくつか部屋があったが、月守はすぐに目的の部屋に辿り着き、数回ノックした。

「……誰だ?」

部屋の奥から聞き覚えのある声で問われ、月守はわずかに思案してから答えた。

「俺だよ、()()()()()

「チッ。入れ」

舌打ちの後に入札を許可され、月守はクツクツと喉を鳴らして笑ってからドアノブを捻り扉を開けた。

 

そこにいたのは、月守と同年代の少年だった。鋭い目つきに、戦場をいくつも潜り抜けてきたような雰囲気、そして何より頭部に生えた2本の角が特徴的な少年。彼を目の当たりにしたことで月守の脳裏には先日の大規模侵攻の記憶が一層鮮明に蘇った。そこに付随する感情を押し沈めつつ、月守は彼の名を呼んだ。

「元気してたかな優等生くん。いや、ヒュース」

名前を呼ばれたアフトクラトルの戦士ヒュースは静かに、だが明確に月守に視線を向け、

 

「……久しぶりだな、ロキ」

 

忌々しげに、月守の通り名で呼びかけた。

 

*** *** ***

 

時を同じくボーダー本部の不知火研究室では、不知火が愛用する椅子に腰掛けながら仕事用タブレットを片手にし、目の前の来客用椅子にちょこんと座る天音に向かって口を開いた。

「うん、よし。ひとまずはおめでとう天音ちゃん。今をもって、天音ちゃんのトリオン体への換装及び防衛任務・ランク戦への参加を許可しよう」

「ありがと、ございます……」

おずおずと頭を下げてお礼を言う天音に、不知火は優しい声で注意事項を告げた。

「とは言っても、あくまで戦闘ができるように調整できたというだけで、病気そのものが良くなったわけではないからね?ASTERシステムも変更してあるから、そこの加減は天音ちゃん自身でちゃんと把握すること。リハビリ必要だから、今日いきなりソロ戦とか防衛任務はダメだよ?あげた薬もちゃんと飲んで、定期検診もサボらないこと。よいかな?」

「よ、よいです」

「よろしい。あと、何かしら違和感があったら遠慮なく言うこと。というかむしろ、ボーダーに来たらまずここに来て欲しいくらいだね。それで毎回色々チェックしたいけど……よいかな?」

「よ、よいですけど……あの、チェック……って?」

小首を傾げて問いかける天音に、不知火はキョトンとしながら答える。

「うん?まあ健康診断的なやつだよ。身長体重座高、聴力、握力、血圧と……血糖値、あと諸々血中のホルモン情報とか欲しいから、ちょこーっとだけ採血したりとかかな」

「あ、それくらい、なら……よいです」

正直必要ないデータがあるのでは?と天音は疑問に思いながらも許可したところで、不知火はニヤリと笑い、

「あと3サイズね。それとお肌を直接触って諸々とチェックしよう」

怪しげに空いている片手を動かしながらそう言った。

 

ここまで不知火の言葉に素直に受け入れていた天音だが、流石にセクハラ全開の健康診断を要求されて身の危険を覚え、慌てて答えた。

「いや、それはさすがに、ダメ、です」

「どうしても?」

「は、はい……」

「ふーむ」

不知火はまだお巫山戯を続けるか真剣に悩んだが、諦めて1つ名残惜しそうに嘆息した。

「なら仕方ない。採血だけにしよう」

「すみません。あ、でも、ありがと、ございます」

「いやなに、天音ちゃんにちょっかい出して地雷を踏むのは、ワタシとしても避けたいね」

「地雷……ですか?」

「うん。わ……いや、月守だね。天音ちゃんにセクハラなんかしたら、月守の雷が落ちる」

月守の名前が出たと同時に天音の無表情がほんの少し揺らいだが、すぐに元に戻り、会話を続けた。

「月守先輩、優しいです、から、ね」

「ふふ、そうだね。月守は優しいけど……天音ちゃんに対しては、特に優しいんじゃないかな?」

「そう、ですか?……別に、普通だと、思いますけど……」

「普通、ねえ。あの子が普通にできるってだけで……」

不知火が意味ありげに言葉を続けようとしたが、

 

「しっらぬっいさーん!お邪魔しまーす!」

 

そのタイミングで彩笑が元気な声と共に不知火の研究室に乱入して来た。

元気よい声と明るい笑顔に毒気を抜かれた不知火は、つられるように笑みを浮かべて口を開いた。

「すんなり入って来たね。パスワード、教えてたっけ?」

「結構前に教えてもらってましたけど、覚えてなかったです!だからさっき、咲耶に聞きました!」

「頼りになる部下を持ったねえ」

「ええ、頼りになる部下です!」

テンポよく不知火と会話を進めた彩笑は、一層嬉しそうな笑顔を見せるや否や椅子に座っていた天音に一直線に向かい、抱きついた。

「ふあ……!?」

「神音ちゃん久しぶり!」

「えっと、久しぶりって言っても、2日ぶりくらい……」

「あれ?そう?なんかすっごい長い間会ってなかったような気がしてさ!」

屈託無く笑いながら抱きついてくる彩笑にされるがままの天音を見て、不知火は自然と柔らかな表情を見せた。

 

「スキンシップを堪能してるところで申し訳ないけど……。地木ちゃん、何か用事でもあったのかい?」

「いかにもですよ不知火さん!今日は不知火さんに折り入っての頼み事があって来ました!」

「頼みがあるなら、ひとまず聞くよ。ただまあ、ワタシも忙しい……。時間が許す限りで対応してあげる」

不知火はしっかりと彩笑に視線を向け、面白がっているような笑みで彩笑の頼み事に備えた。

 

だが、

「………」

待てど暮らせど彩笑はその頼み事を口にせず、

「………っ」

それどころか必死に何かを考え込んで口を閉ざし、

「…………っ!」

そして悩みに悩んだ挙句、

「あーもう無理!降参です不知火さん!」

部屋に入ってから始まっていた会話しりとりの降参を宣言した。

 

クスっと笑ってから、不知火は楽しそうに言葉を紡いだ。

「だいぶスムーズに会話を成立させるようになってきたねえ。でもこのままポコポコ進むのもつまらなかったし、定番の『る』攻めをしてみたよ」

「やっぱりる攻めは厳しいですよー」

負けたことでしょぼくれる彩笑に対して、

「あはは、これは頭の体操みたいなものだし、勝ち負けを気にしてもしょうがないよ。お遊びの域さ」

やんわりとした笑みでそう言った。

 

優しくフォローされながらも、依然としてしょぼくれ続ける彩笑が、空いている椅子を2人の近くに持って来て座ったところで、不知火は本題を尋ねた。

「さて地木ちゃん。しりとりで中断しちゃったけど、結局何しにここにきたのかな?」

「ああ、それなんですよ。えーと……」

本題を問われた彩笑は少し考え込むそぶりを見せてから、

「噛み癖のひどいワンちゃんと戯れに来ました?」

何故か疑問形でそう答えた。

 

今ひとつ要領の得ない答えを聞いた不知火は首を傾げてから、言葉を繋いだ。

「えーと、地木ちゃん?ワンちゃんと触れ合いたいならペットショップとかに行った方がいいと思うよ?」

「いや、ボクだって本当にワンちゃんと戯れに来たわけじゃないですよ!」

「ふむ、じゃあなぜ?」

「だって……咲耶が、そう言ってたから……」

「うん?なんでこのタイミングであの子の名前が出てくるのかな?」

ますます困惑する不知火は質問を重ねると、彩笑はじれったそうに口を開いた。

「なんでもなにも、咲耶に昨日、不知火さんのところで何して来たのって聞いたら、噛み癖がひどい犬と遊んでたって答えたから…」

 

そしてその答えを聞き、不知火は全てを理解した。

 

(ああ、なるほど。戦う前にケルベロスの話をしたから……だとしても、ラービット三体を『噛み癖の悪い犬』って言う、あの子のセンスはどうかと思うが……)

 

内心クスクスと笑ったあと、不知火は答えた。

 

「なるほど。地木ちゃんの言いたいことはわかった。要は、昨日あの子がやったプログラムを地木ちゃんもやりたいってことだよね?」

「はい、ズバリそれです!」

キラッキラとした目を向けてくる彩笑だが、それに対して不知火はこの上なく申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「地木ちゃん。悪いけど、その要望は叶えられないかな」

「ええー……なんでですか?理由言ってくださいよ、理由を。咲耶にだけ贔屓ですか?」

「いやいや、そういうわけじゃ……」

「ズルしちゃダメですよー」

「あっはは、地木ちゃんは言い方がいちいち可愛らしいね」

言いながら不知火は手を伸ばして彩笑の頭を撫でた。

 

「……そういうところ、ほんとそっくりですね」

「そりゃそうだろうね」

 

頭を撫でるのをやめて、不知火は話を戻した。

「それで地木ちゃんをウチのワンちゃん達と遊ばせてあげられない理由なんだけど……あ、言っとくけどワンちゃんってのは本当の犬じゃないよ?」

「咲耶が適当にごまかしたやつですよね?分かってます」

「よろしい。それで、詳細はここでは言わないけど……月守には昨日、とあるプログラムを6時間くらいやってもらったんだ。それでそのデータを忍田本部長に提出したんだけど……。まあいわゆる事後報告という形になってしまったし、内容をチェックした本部長に怒られてしまったんだよ。

『君は隊員を殺す気かっ!』

ってね」

「こ、ころ……?」

唐突に出て来た不穏な単語に対して身構える2人を見て、不知火は明るい声で言葉を続けた。

「いや、大丈夫大丈夫。仮想訓練モードのトリオン体だし、実際に死ぬことはないよ」

死ぬことは無いと断言した不知火だが、

(まあ昨日の記録映像を見る限り、あの子も2時間経ったあたりで気が狂いそうな顔になってはいたけどね)

声には出さず、心の中で付け加えた。

 

「兎にも角にも。結果としてそのプログラムは忍田本部長が危険すぎるということでストップがかけられてしまったんだよ。仕様を変更したりなんなりすればいいとは言われたけど、1日2日じゃどうにもならないし、そもそもオッケー自体が出ないだろうね」

「つまり……咲耶が昨日やったやつは、ボク今日できないんですか?」

「ぶっちゃけそういうこと」

正直な不知火の答えを聞き、彩笑は再度しょぼくれた。

 

その分かり易過ぎる落ち込みぶりを見て、不知火はわずかに考えたあと、時計を見てから口を開いた。

「仕方ない。30分だけ大サービスしてあげよう」

「やってもいいんですか!?」

許可を出した不知火に向けて、花開くような明るい笑顔を向けた彩笑だが、それに対して不知火はゆっくりと立ち上がりながら否定した。

「いや、そのプログラム自体を体験させてあげることは出来ないよ。だけど、その代わりになるものを提供してあげる」

「代わりになるもの、ですか?」

「そう。いや、もしかしたらそれ以上かもね。だってあの子はもともと()()()()()()()()()()()

言いながら不知火は白衣のポケットに手を入れ、自らのトリガーホルダーを取り出した。そして、

 

「さあ地木ちゃん、戦闘体に換装しなさい。スケジュールの都合で30分しか時間が取れないけど、ワタシが直々に稽古をつけてあげよう」

 

凄絶な笑顔で、そう言った。

 

*** *** ***

 

扉にもたれ掛かりながら月守は雑談のつもりで、ベッドに腰掛けるヒュースに語りかけた。

「ここの生活は快適か?」

 

「捕虜としては快適だ」

ぶっきらぼうに答えるヒュースに対して、月守はやんわりとした笑みを浮かべた。

「だろうな。ベットはふかふかだし、そもそもこの扉に鍵自体付いてないもんな。この部屋じゃなく、支部で軟禁してるようなもんだろ」

「やろうと思えば脱獄すら容易だ。セキュリティが甘すぎる」

「はは、言うね」

肩を揺らして笑った月守は、通学用のリュックから買い物袋を取り出した。

 

「これ、差し入れ。お前の好み分かんなかったから、適当に買ってきたぞ」

「……」

訝しみながらも、ヒュースは慎重な手つきで袋を受け取り、中身を確認した。

「なんだ、これは?」

袋の中にある、彩り豊かなラインナップを見てヒュースは月守に詳細を尋ねた。

「駄菓子。そっちの国にも無かったか?こう……小さな子でも買えるような、安くて子供の好奇心をくすぐるようなお菓子」

「……なるほど」

一通り差し入れられた駄菓子に目を通したヒュースだがこの場では口にせず、そっと傍に置いた。

 

挨拶と差し入れを前置きとして、月守は本題を切り出した。

「それで、何の用?京介から、お前が俺と話をさせろって言ってるって聞いたから、今日来たんだけど」

 

「……」

月守の問いかけに対して、ヒュースはしばし沈黙した。

 

今日月守が玉狛支部に呼ばれたのは、先の大規模侵攻にて月守が撃破し捕虜として捕えたヒュースと面会するためであった。本来ならば月守は本部所属の正隊員であるためヒュースの身柄は本部が拘束するはずなのだが、大規模侵攻の際に月守はヒュースを撃破したと同時に現れた迅に全てを任せた(丸投げした)為、大規模侵攻以来ヒュースは玉狛支部の監視下で拘束されていた。

月守としてはヒュースが玉狛支部で拘束されていることを心の片隅で気にかけてはいたものの、大規模侵攻の戦いで意識を失った天音のことや、それからすぐに開幕したランク戦に時間を割かれ、なかなか面会に来ることができなかった。

 

問いかけられたヒュースが無言を保つ間、月守は思考した。

(そもそも、こういうのって面会とかするべきなのかってのも疑問だったんだよな。向こうからすれば、自分を倒した奴に面会に来られても嫌味かって言いたくなると思うし。あと来るべきだとしてもタイミング無かったし……)

そして月守がそこまで考えたところで、ヒュースが口を開いた。

「特に、話すことなど無い」

 

拍子抜けする答えを聞き、月守は肩透かしをくらった。

「いや、無いのかよ。じゃあなんで呼んだんだ?」

「毎日、ヨータローや迅が何か必要なものはないかとしつこく聞いてくるからな。だから仕方なく、貴様との面会を希望しただけだ」

「暇つぶし気分で人を呼びつけるなよ。そういうのはウチの隊長くらいで十分だ」

言いながら月守は内心安堵していた。

 

だがその安心しきったところへ、ヒュースは思い出したように口を開いた。

「話すことは無いが、言っておきたいことはある」

「ん、何かな?何か欲しいものでもあった?」

「違う。言いたいのは、昨日の戦いのことだ」

昨日と言われ、月守は一瞬だけ考えて答えに行き着いた。

「昨日の……ランク戦のことか?」

「そうだ。いくら同じ組織内の模擬戦とは言え、随分と粗末な出来だったな」

「それについては……いや、ちょっと待て。そもそもなんで昨日のランク戦のこと知ってんだ?」

慌てて月守が尋ねるとヒュースはしれっと答えた。

 

「ヨータローが次のタマコマの対戦相手だと言って、記録映像を見せてきた」

「次の……ああ、那須隊と鈴鳴か。それにしてもログも見せるとか、捕虜に優しすぎるぞ玉狛支部……」

額に手を当てて嘆く月守をよそに、ヒュースは言葉を紡いだ。

「昨日の戦い……アレは、なんだ?ヴィザ翁と斬り結んだ黒髪の剣士がいなかった事を抜きにしても、酷いものだったな」

 

ストレートな物言いを受け、月守は苦笑した。

「昨日の試合に関しちゃ、何言われても仕方ないな」

「ふん……オレはこんな奴らに負けたんだと思うと、腹ただしいを通り越して呆れたぞ」

視線を外して吐き捨てるように言うヒュースだが、それゆえに彼は見逃した。

 

その一言を聞いた途端、月守の表情が一瞬だけ変わったことに、ヒュースは気づかなかった。

 

「……そうか」

呟くように小さく、それでいて確かに月守は言い、静かな足取りでヒュースに近寄った。

「確かに昨日の試合の出来は、酷いもんだったよ。それで気を悪くしたなら、謝ろう」

「謝罪などいらん」

「あはは、それはどうも。まあでも、不快な気分にさせたのには変わらないな。だから、謝罪代わりになるもの、用意させてもらうよ」

「ほう」

ヒュースの前に立った月守は、1つ呼吸を置いてから、言葉を繋げた。

 

「次のランク戦も、見とけ。こいつらになら負けても仕方ない、どころか……喧嘩売る相手間違えたって思えるような試合を見せてやる」

 

普段とは異なる挑発的な言葉を、わずかに笑みを浮かべながら言う月守をヒュースは一瞥して答えた。

 

「期待せずに待つぞ、ロキ」

 

「ああ」

言葉短く返事をした月守はヒュースから離れ、扉に向かって歩き出した。そして部屋から出るためにドアノブに手をかけたところで振り返った。

 

「ヒュース、今更になるけど……」

「なんだ?」

 

訝しむヒュースに向けて、月守は小さく笑ったあと、

 

「あの時ロキって呼べって言ったのは俺だけど……俺の名前はロキじゃなくて、月守咲耶だよ。覚えといてくれ」

 

遅ればせながら、自らの名前を名乗った。

 

 

 

 

 

月守が地下室から出て来てリビングに向かうと、そこには遊真と修の姿はなく、烏丸だけがいた。

「速いな。何か収穫はあったか?」

どんな会話になったのか気になった烏丸が尋ね、月守は素直に答えた。

「何もないよ。差し入れして、雑談して……ダメ出しされて、最後に名乗って終わった」

「やけに曖昧な……待て、ダメ出しってなんだ?」

「ダメ出しはダメ出しだよ」

 

それ以上詳細を話すつもりがない月守は、肩をすくめて会話を続けた。

「特別変わったことはしてないし、真新しい情報とかを引き出せたとは思えない。むしろ何か得たとしたらヒュースの方かな。俺を呼び出せるくらいには、自分の要望が通るってわかったんだから」

「なるほど。ならやっぱり、今日お前を呼ぶべきじゃなかったか?」

烏丸の懸念と共に深まる深刻そうな空気を、月守は乾いた声で笑い飛ばした。

「そんなことはないだろ。ヒュースが誰かを呼ぼうにも知ってるやつなんてたかが知れてる……せいぜい玉狛メンバーと俺たち地木隊、個人名知ってるとしたらこのくらいだ。あとは呼ぼうにも『あの時部隊全体を指揮してた奴を出せ』とか『この組織の最高責任者を出せ』とかになるだろうし、そもそもそうなったら流石にそっちで面会させないってなるだろ」

「それもそうだな」

 

心配の種を摘み取った月守はリビングの椅子に座り、烏丸に問いかけた。

「ところで京介、三雲くんと遊真は?」

「修は作戦室にこもって、次の対戦相手のログをチェックしてる。遊真は今さっき帰ってきた小南先輩と特訓中だ」

「2人とも熱心だな」

 

他人事のように話す月守に向けて、烏丸は小さくため息を吐いてから会話を続けた。

「お前はいいのか?修たちと同じで、土曜日にはランク戦だろ?」

「俺は対戦相手のログチェック済みだし、彩笑も案外その辺は抜かりなくチェックしてる。真香ちゃんもさっき一通りチェック済んで作戦立案に移るって連絡あったし、大丈夫。神音は今日から復帰だけど……多分1日2日は個人の調整で精一杯だから、土曜日になるまで色々お預けだ」

「……意外だな。地木隊は案外、スカウティングは全員でやるものだと思ってた」

「読み込む量とかポイントが全員バラバラだからな。例えば、俺と真香ちゃんは全体の流れというか、『この人、この隊はどんな要因が元でこの判断をしたのか』みたいなとこ重視して見るけど、彩笑と神音は個人の一挙手一投足っつーか、動きのクセとかを見たがるから、一緒に見るとチャンネル争い的な感じになるんだよ」

「なるほど」

 

地木隊のスカウティング事情に烏丸が納得したところで、月守は軽く手を叩いた。

「さてと、京介に頼まれた用事は済んだんだし、次は俺が学校で頼んだやつの番ってことでいいかな?」

「ああ。俺はいつでも構わないが……」

烏丸の許可を得た月守は、ニコッと笑った。その月守を見た烏丸は、どことなく彩笑を連想させる笑みだなと、思った。

 

そんな烏丸をよそに、月守は学校で耳打ちして伝えた要件を再度言葉にした。

「じゃあ、やろーぜ模擬戦。10本勝負、そんでもって京介は……」

そこまで聞いた烏丸は月守から言葉のバトンを引き継ぎ、模擬戦の条件を続けて話した。

「ガイスト無制限……トリオン切れのない状態でガイストを使い続けていい、だったな」

「おう」

「ひとまず模擬戦やるならトレーニングルームに行くか。002が今空いてる」

烏丸の言葉に従い、月守は空室だという訓練室に足を向け、烏丸も並んで歩き出した。

 

歩きながら烏丸は感じていた疑問を投げかけた。

「改めて聞くと、俺に有利すぎるな。なんでまたこんな勝負を持ちかけたんだ?」

 

模擬戦の真意を問われ、月守は間隔を開けずに答える。

「昨日のランク戦やってみてな、どうにも俺は1対1のシチュエーションで敵を倒すビジョンが掴みきれてないなって思ったんだよ。周りの条件を整えたり、どこかかしら他力本願なとこがあった。だから対策として、次の試合までに1対1でもちゃんと戦えるように鍛えとかないとなって思っただけだ」

「なるほど。それで俺を選んだ理由は?」

「たまたま、だな。鍛えたいなって思ったのが今日の午前中で、元々は昼飯食べ終わったら香取にその話持ちかけようとしたけど、その前に京介が来たから……そんだけ。ガイスト無制限ってのは、特訓するくらいなら、強すぎるくらいが丁度いいって思っただけだな」

月守の言い分を聞き、烏丸はひとまず納得した上で口を開いた。

「わかった。相手になるが……ガイスト無制限ってのは無しにしてくれ。俺も、この前の大規模侵攻でガイストの取り扱いに関して反省点があった。そこを見直したいんだ」

「ん、オッケー。玉狛第一メンバーとは普通試合組まないし、そのくらいの条件なら喜んで飲むよ」

 

 

 

模擬戦の条件を整え、市街地を模した仮装フィールドの中で向かい合った2人は、どちらからともなく視線を合わせた。

「……そういえば、こうして京介と1対1で戦うの初めてじゃないか?」

「いや、初めてじゃない。随分、久しぶりになるがな」

「あはは、そっかそっか」

月守は口元に笑みを浮かべながらトリガーホルダーを取り出し、烏丸も同じようにトリガーホルダーを手に持った。

 

そして両者同時に、

 

「「トリガー・オン」」

 

トリオン体へと換装し、戦闘を開始した。




ここから後書きです。

大規模侵攻以来音沙汰ないヒュースどうなったん?という説明を込めた回でした。本来ならもっとサクサクと本編が進んでる予定だったのですが、ここまで遅れました。申し訳ありません。

この話も大筋を友人という名の悪友にチェックしてもらいました。今回の彼の感想第一声は、
「ラストの部分、キリトとエイジの『オーディナル・スケール・起動』じゃね?」
でした。それに対して、
「どっちがキリトでどっちがエイジ?」
と私が言い返すと彼は口を閉ざしてしまいました。

月守はどうやら主人公成分が足りないようです。

割とガチでナーヴギアかオーグマーが開発されるのを心待ちにしてます(笑)。あの世界が現実になったら、多分私は迷わずリンクスタートすると思います(笑)。

本作を読んでくださり、ありがとうございます。
まだまだ書きたいことだらけですので、これからも頑張ります!


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第70話「彩笑の課題」

トリオン体に換装を終えると同時に、月守は烏丸へ向けて間合いを詰めた。同時に右手からキューブを生成して分割し、それを放るように空中にばら撒いた。

 

いきなり間合いを詰めてくる月守を見て、烏丸は開戦と同時に素早く弧月を抜刀して構え、迎撃を選択した。スタートダッシュから揺さぶりをかけようとしていた月守だが、迷わず間合いを詰めるために踏み込もうとする烏丸を見て感心した。

 

(さすがA級、対応に迷いがないな)

 

そして烏丸が踏み込み前に移動した瞬間、

 

「アステロイド」

 

月守はばら撒いたキューブを放ちながらバックステップを踏んで後方へと切り返した。

 

「シールド」

月守の放ったアステロイドを烏丸はシールドを張って防いだ。アステロイドは空間を埋めるように散り散りに放たれていたため防ぐのは容易で、烏丸はそのまま足を止めずに間合いを詰める。

 

(射撃戦をさせない気か)

距離を詰める烏丸の意図を月守はそう仮定し、それに乗った上で主導権を握りにかかった。

 

「メテオラ」

月守はメテオラのキューブを8分割し、近くにあった高めの建物めがけて並べて線を描くように放った。旋空弧月ほどは綺麗にいかなかったものの、建物はメテオラで砕けた部分を起点にして烏丸と月守の間を遮るように倒れ始めた。

 

倒れてくる建物を見て烏丸は判断に迷った。

 

この崩落を見逃せば確実に月守に間合いを取られ、射撃戦の土俵に上がらねばならない。それを防ぐためには、建物が地面に叩きつけられたと同時に跳躍して接近するか、ガイストを起動して機動戦特化(スピードシフト)で機動力を上げて建物の下をくぐり抜けて急接近するかの二択だった。

 

1つ目の選択肢は安全確実に間合いを詰めることができるが、崩落によって生じた粉塵によって視界が遮られ、月守が得意とする視界を制限された状態での奇襲の恐れがあった。

 

一方2つ目の選択肢はより速く接近戦に持ち込むことができるが、烏丸はその選択を躊躇した。理由は接近を迎え撃つように構える月守の姿が目に入ったからだ。月守は半身に構えキューブを生成した右手側を前にして、まるで接近することを待ち構えているような表情を見せていた。このまま接近すれば、至近距離でのアステロイドないしメテオラが放たれる、リスキーな状況だった。

 

(どっちも月守の狙い通り、だな)

 

たった数手のやり取りでこちらの選択肢を制限し、自らの得意分野へと持ち込ませる手腕を目の当たりにして、烏丸は素直に脱帽した。しかし烏丸は諦めず、月守の狙いから外れるべく動いた。

 

(これは本末転倒だが、あいつが頭に描いた筋書きを乱すには丁度いいか)

 

腹を括った烏丸は右手に持つ弧月を一度解除し、アステロイドを展開して突撃銃を構え、ガイストを起動した。

 

「ガイスト起動(オン)・銃撃戦特化(ガンナーシフト)」

『カウントダウン開始・ベイルアウトまで230秒』

 

その一言と共にガイストを起動して右手に持つ突撃銃を巨大な銃へと作り変えた。烏丸は開戦から狙っていた接近戦が、月守に対策を練られたことを受けて狙いを変更し、月守の専門分野である射撃戦に持ち込んだのだ。

 

あえて相手の得意分野に挑むためリスクは大きいが、烏丸のその選択は功を奏し、接近戦を想定していた月守の虚をついた。

 

ガイストを起動して銃を構える烏丸を見て、月守は構えながらも重心を僅かに落とした。

(そう来るのか、京介!)

心の中でそう思いながら策を組み直す月守だが、崩落した建物が地面に叩きつけられると同時に烏丸が射撃を開始した。

 

烏丸が放ったアステロイドはガイストによって威力を大幅に強化され、ブラインド代わりにした建物をいとも簡単に貫いた。烏丸からは建物に阻まれて月守の姿は見えないため、レーダーを頼りにして動き回る月守の位置に予想を付けて射撃を続けたが、レーダーに映る動きは全く鈍らなかった。

 

このまま射撃を続けるか、再び距離を詰めるか。烏丸の脳裏にその選択肢がよぎった途端、月守が反撃に出た。

 

「っ!」

 

横たわる建物の上を越してきた形で飛んできた弾丸トリガーに烏丸はいち早く気づき、射撃を一旦止めた。

(山なりな軌道……ハウンドか?)

警戒する烏丸は後方に避ける動きをしつつシールドを展開したが、その瞬間弾の軌道が真下へと急速に角度を変え、地面に接触したと同時に爆発した。

 

「なっ…」

 

烏丸は慌ててシールドを広げて対応したが、その足がわずかに止まった。

 

(山なりの軌道でハウンドに見せかけて急速落下する軌道に設定してたトマホークか……!)

 

一瞬で攻撃の正体を見破った烏丸に、月守は追い討ちをかける。

 

「ありゃ、ちょっと手前にコースを引きすぎたな」

 

そう言いながら月守は建物を飛び越える形で現れ、バッグワームを解除した。

 

「上か」

爆煙でうっすらと曇る視界の中でも烏丸は声が聞こえた方向に目を向け、ぼんやりとした月守の輪郭を捉え、素早く銃口を向けてアステロイドを放った。

 

「グラスホッパー!」

無数に放たれる強化アステロイドを、月守は空中でグラスホッパーを展開して回避した。烏丸は空中を裂くように動く月守を追って銃口と視線を動かして攻撃を続けたが、次の瞬間、視界の外から飛んできた無数の光の筋が烏丸のトリオン体を貫き、鈍い痛みが走った。

 

「これは……っ!」

 

予想外の攻撃を受けた烏丸は一度自らの攻撃を中止し、月守から距離を大きく取りつつ自らの傷口に目を向けた。

「飛び出す直前にバイパーを撃ったのか?」

烏丸は推測を口にしたが、

「いや、もうちょっと手間かけてるよ」

着地と同時に月守は烏丸の推測を否定した。

 

やんわりとした笑みを見せた月守は右手を構えつつ言葉を繋げた。

「一連の解説言おうか?」

「終わってからでいい。時間がないからな」

言いながら烏丸はガイストを操作した。手の甲に浮かぶ『特・斬・射・甲・機』の五文字を頂点とした五角形が形を変え、それに呼応してガイストによるトリオン配分が切り替わり武装が銃から剣へと形を変えた。

 

『白兵戦特化(ブレードシフト)』

 

膨大なトリオンが注がれ強化された弧月を構えて烏丸は全速力で踏み込んだ。月守は半身に構え、策を考えた。

(さて。10戦やる間に、色々試さなきゃな)

思い浮かぶ策を気取られないよう好戦的な笑みに隠し、月守は烏丸を迎え撃った。

 

*** *** ***

 

烏丸と月守が模擬戦を繰り広げている頃、彩笑は不知火直々の稽古を受けていた。

市街地を模した仮装空間を彩笑は駆け、身にまとったバッグワームを翻す。建物と建物の隙間を縫いつつ、ステージの中央に立ちながら愛用する鎌型ブレードトリガーの禍月を構える不知火の姿を捉えた。

 

(見つけた!)

 

不知火の位置を確認した彩笑は攻撃に出た。左手にスコーピオンをナイフ状に3本形成し、高速起動を維持したままその内の2本を上空に放り投げた。

投げた位置とは異なる場所から彩笑はすぐに動ける態勢を取ったまま観察し、不知火が上空から落下してくるナイフに反応した瞬間動いた。

 

不知火の死角である建物の隙間から音も無く飛び出した彩笑は、間合いが十分に詰まったところでグラスホッパーを足元に展開して踏み付け、更に加速する。だが、

 

『本命の攻撃の前にフェイントを置くのは結構だけど、レパートリーがちょっと貧困だね』

 

不知火は落下してくるスコーピオンを手堅くシールドで対応して、迫り来る彩笑に禍月を振るってカウンターを繰り出した。

「っ!!」

彩笑は振るわれた鎌の切っ先を身体を思いっきり捻って躱したものの、スピードが大きく落ちて攻撃のリズムが崩された。

 

「よく躱したね、いい反応だよ」

口元に笑みを浮かべながら、不知火は連続で禍月を振るった。鎌という独特な形状と、普段戦わない不知火の攻撃のリズムが掴みきれない彩笑は回避に専念し、反撃に転じる隙を伺った。

そんな彩笑に向けて、不知火はトリオン体の内部通話を使って話しかけた。

『地木ちゃんと手合わせしたのは久々だけど、前よりだいぶ動きが良くなったね。速さもキレも、夕陽隊だった頃より一層増してるよ』

『どうもです!』

 

言葉に合わせて生まれた隙を突き彩笑は反撃を試みたが、不知火は鎌の持ち手の部分で彩笑の一撃をあっさりと弾いた。彩笑はめげずに追撃を仕掛け、態勢を前のめりにするが、

『けど、それだけかな。速いだけじゃあ、勿体ない』

ニッコリと笑った不知火は左足の踵を地面にわざと当てると同時に、サブ側のトリガーを起動した。

「エスクード」

不知火が起動したのは地面から盾を生成するエスクードだった。エスクードは彩笑の一歩前から展開され、前のめりになっていた彩笑の腹部を思いっきり叩いた。

 

「かはっ…!」

 

不意打ちに等しい状態で腹部に衝撃を受けた彩笑は口から空気を無理やり吐き出され、小柄な身体が衝撃で宙を舞った。

 

(エスクードにこんな使い方があったなんて……っ!)

 

宙を舞った彩笑はエスクードの使い方に関心しつ、足元にグラスホッパーを展開してひとまず態勢を立て直そうとした。しかし踏みつけた彩笑の右足に不知火の魔の手が伸びる。

 

「悪食弧月」

 

旋空とは異なる仕組みで間合いを伸ばした不知火の禍月の刃が彩笑の右足を空中で切り落とした。

 

「あっ!」

 

態勢を立て直すことが出来なくなった彩笑めがけて不知火は跳躍し、

「王手♪」

とても楽しそうに笑いながら、彩笑にとどめを刺した。

 

 

 

 

 

30分の稽古を終えて仮想空間から不知火の研究室に戻ってきた彩笑は、力尽きたように椅子に座り込んだ。そこへ、

「地木隊長、お疲れさま、です」

研究室に残っていた天音が、彩笑の好物であるココアを差し出した。

差し出されたココアを、彩笑は笑顔で受け取った。

「神音ちゃん、ありがと。……って、もしかして全部見てた?」

「あ、はい。えっと、30分間、ずっと見てました」

「ええー……もう、恥ずかしい。全然手も足も出なかったし……神音ちゃんに恥ずかしいところ見られちゃったー」

 

椅子の上で彩笑はわかりやすく項垂れた。動きは大げさながらコップに注がれたココアを零さない彩笑に感心しつつ、天音は口を開いた。

「や、でも、地木隊長、すごかったです。不知火さん、相手に、あと一歩でした」

「それでも10戦全敗だよ?完全に遊ばれてたもん」

そうして拗ねる彩笑に向けて、同じく研究室に戻ってきた不知火がやんわりと微笑みながら声をかけた。

「遊んでたのは事実だけど、ワタシは本気のトリガー構成だったからね。そこは誇っていいよ」

「ほらやっぱり遊ばれてた!」

不知火としてはフォローしたつもりだったが、余計な一言があったがために彩笑は再びダメージを受けた。

 

がっくりと肩を落とす彩笑は一旦放置して、模擬戦を見ていたという天音に不知火は問いかけた。

「さて天音ちゃん、今の模擬戦を見て、気付いたことはあるかな?」

「気付いたこと、ですか?」

「そう。なんでもいいから言ってごらん」

「………」

 

何から話すか天音は数秒考え、不知火がモニター前の椅子に座ったところで口を開いた。

「速さ、です。地木隊長の方が、不知火さんより、数段、速いです」

「うん、そうだね。地木ちゃんの戦闘スタイルを語る上では速さは欠かせない。生身とは比べものにならない身体機能を使()()()()()()()()のはトリオン体で活動する上で1番大事な基礎だけれども、地木ちゃんのそれは群を抜いている。ワタシもトリオン体を扱ってそれなりになるけど、速さはこの辺で打ち止めだ。せいぜい、アタッカー寄りのオールラウンダーレベルさ」

「不知火さんも、だいぶ速い、ですけど……地木隊長と比べると、やっぱり、遅く見えます」

「ふむ。トリオン体の速度を決定する要因は、当人の運動神経の良し悪し、重量、あとはイメージ力だけど……地木ちゃんはその全てに高い適性がある。生身以上の身体能力を持つトリオン体でも違和感なくスムーズに動けてるし、自分がどれだけの動きができるかしっかり把握できてるから、明確に自分のやりたい動きをイメージできてる。そしてなにより、重量。軽いのはスピード型アタッカーにとって重要なファクターではあるんだけど……地木ちゃん、ぶっちゃけ何kg?」

 

にっこりとしながらも有無を言わさぬ迫力を纏う不知火の問いかけに対して、彩笑は抵抗を試みた。

「えーと…、言わなきゃダメですか?」

「うん?言わなくてもいいよ。だってその気になればトリガー起動時にやってる実体スキャンのデータをちらーっと覗いてグラム単位で知ることもできるからね」

「えー!何それズルイ!」

「そうだねぇ……でもこれは手荒い手段になっちゃうし、できればあまりやりたくない。だから、この場でポロっと地木ちゃんが言ってくれれば、グラム単位で知ることは勘弁してあげよう」

 

追い詰められた彩笑は迷いながらも、気恥ずかしそうに答えた。

「……、よ、40kg、切るか切らないかくらいです」

 

ごにょごにょと口ごもりながらも発せられた答えを聞いた瞬間、不知火はギョッとした形相になり、天音もまた普段の無表情を崩して目を丸くした。

「本当に軽い……素直に驚いたよ。天音ちゃん、正直女子としては羨ましいよね」

「はい、羨ましい、です」

「ね。しかも見る限りだけど肌と髪の状態も良いし、栄養不足ってわけじゃないんだよね。地木ちゃんはアレかな、食べても太らない体質?」

 

羨ましそうを通りとして若干恨めしそうに不知火が質問したが、彩笑は首を左右に振った。

「いやいや、そんなことないです。むしろ食べても太らない体質は咲耶と神音ちゃんで、ボクは食べた分、運動して消費してるんです。体重が極端に増えたり減ったりすると変な感じするので、あんまり変わらないようにはしてますけど……」

 

体重の増減で違和感を覚えるという彩笑の言い分を聞き、不知火は一瞬だけ目を細めた。

(ささいな体重増減で違和感を覚えるか。地木ちゃんはどうやらワタシが思ってた以上に自分の身体を把握する能力……というよりセンサーか。とにかくそれの精度が高い。そこがまた、地木ちゃんのスピードに繋がってるのかもね)

 

そう結論付けたところで、不知火は話題を元に戻した。

「話がだいぶ脇道に逸れたけど、言いたかったのは地木ちゃんはスピード系アタッカーとしての素質は比類ないものがあるってこと。ネイバーフットに遠征していくつかの国を見てきたけど、そこでも地木ちゃんレベルでの高速機動が出来る人はいなかった。だから地木ちゃん、そのスピードに自信を持っていいよ」

そう語る不知火の言葉は、紛れもなく本心からのものだった。

 

事実、ランク戦や訓練の結果等からの評価で彩笑の機動力は高い評価を得ている。そして最近では訓練生や正隊員でもスピード系アタッカーでお手本にするなら彩笑の名前が挙がるほどに、彩笑の速さは周囲から十分に認められている。

 

しかし、どれだけ周りから評価を得ようとも、彩笑は満足していなかった。現に今、不知火に褒められても彩笑は不満げな表情をしていた。

「それでも、まだ足りないんです」

心の中に巣食う不安を混ぜて、彩笑は言葉を発した。

「それでもまだ、遅いんです。大規模侵攻の時も、この前のランク戦も、今も…。ヴィザお爺ちゃんに、村上先輩に、不知火さんに、ボクの攻撃は通じなかった……」

 

周囲から確かな評価を得ている一方、彩笑は1つの壁にぶつかっていた。彩笑は3年かけて自らのスピードを活かした戦闘スタイルを成長させてきた。毎日鍛錬を積み重ね、強敵とのランク戦やそれ以外の実戦などあらゆる場面で彩笑は自らの成長の手応えを感じ取っていた。しかし最近、その感じ取れていた手応えが薄らぎ、そしてチームランク戦が開幕した頃には手応えは完全に消えていた。

全く成長していないわけではない。事実として彩笑はランク戦が始まってからブランクブレードという新たな技術を身につけた。しかしその反面、自分自身の能力が伸びているかと問われると首を縦に振ることはできなかった。

 

もがいてももがいても進むことが出来ずに停滞している感覚が心の中に巣食う不満の正体であり、彩笑はそれを言葉にした。そしてそれを言葉の端から感じ取った不知火は、1つ助言をする事にした。

「さっき自信を持ってと言った手前だから少しバツが悪いが、速さに固執しすぎてもいけないよ」

「そ、それはそうかもですけど……でもボクにはもう、スピードを極めるしか……」

「そうかな?地木ちゃんは自分じゃ気付いてないだけで……いや、きっと速さ以外にも武器になるものがあることに気付いてるんでしょ?」

 

助言を受けた彩笑は僅かに考えてから、隣にいる天音へと視線を向けた。しかし、

「地木ちゃん、答えを聞くのはナンセンスだよ。その答えは地木ちゃん自身で掴まなきゃダメ。天音ちゃんも、教えちゃダメ」

助言を貰おうとした彩笑の心を見透かし、不知火はそれを制した。

 

「うー……どうしてもですか?」

「提出寸前に宿題の答えを写すようなものだよ?」

「わっ、すっごい分かりやすい例えですね」

「はは、ということは実際にやったことがあるとみた」

「よく咲耶の写させてもらってます!」

「自信満々に言うセリフじゃないだろうに…」

 

屈託無く笑う彩笑につられて、不知火は力の抜けた柔らかな笑みを返した。

「さて、ワタシはそろそろ行こうかな。スケジュールが押してきた」

「あー、30分はとっくに過ぎて……今すぐボクたちも出ます」

「うんにゃ、地木ちゃん達はここでのんびりしてってもいいよ。ここ、オートロックだし」

不知火は軽く柔軟した後、壁に掛けてある白衣を手に取った。

 

白衣を羽織る不知火を見ながら、彩笑はなんの気なしに言葉を投げかけた。

「会議とかたくさんあって、幹部は大変ですね」

「大変だよー、もう。おかげさまで寝不足気味だ。そろそろ纏まった休暇を申請しようかな」

「不知火さん、平日はお家に帰らないみたいですし、土日でも普通に本部にいますよね」

「与えられた研究室に物を持ち込んだりするうちに、居心地が良くなってしまったんだ。帰ろうと思っても移動時間が手間に思えてしまうし、何か思いついた時にすぐ実行に移せる研究室の方が都合が良くてね」

ある種の物ぐさだね、と言いながら不知火は肩をすくめた。

 

その様子を見て彩笑は乾いた声で笑った。

「たまには帰ってあげてくださいよ」

帰るように指摘された不知火は困ったように首を傾げた後、

「まあ、そのうちね」

なんとも曖昧な答えを返し、自らの研究室を後にした。

 

*** *** ***

 

4勝5敗。それが10戦中9戦を終えた月守のスコアだった。

 

訓練室での模擬戦であるため敗北してもベイルアウトせず、『ダウン』のコールが鳴ったところで仕切り直すシステムだった。

トリオン体に刻まれた深々とした切傷に手を添え、月守は眼前に居る烏丸に言葉を向けた。

「今の1発…、完全に動き読まれてたな」

ガイスト白兵戦特化状態のまま、烏丸は弧月を肩に乗せて答えた。

「完全にってほどじゃないが…、今のは予想の範囲だった」

「そうか。…普段から彩笑を見てるから速い系の相手には慣れてると思ってたけど、やっぱ微妙に違うな。やり辛い」

「やり辛い、か…。なあ月守、地木と俺、正直どっちが速い?」

「最高速度なら京介だけど、加速性なら彩笑」

「なるほど」

 

講評を得た烏丸は、手の甲に刻まれたガイストの残り時間に目を向けた。

「すまん月守、あと30秒待ってくれ」

「いいよ。一回起動したら解除できないってのも大変だな」

「仕組み上仕方ないらしい。万一の事態を考えて、終盤の使い所まで取っておきたいな。でも使うタイミングを気にするようになってからは、戦況全体を見る能力は上がったぞ」

「はは、良かったじゃん」

月守はクスッと小さな笑みを見せたあと、1つ疑問を投げかけた。

「今回京介が見直したかった大規模侵攻の反省点ってのは、その制限時間が関係してるんじゃないか?」

問いかけに対して、烏丸は驚いたように目を丸くした後、頷いた。

「まあ、そうだな。やっぱりどうしても時間制限が気になって、起動中は立ち回りが雑になる。焦りやすくもなるし、大規模侵攻の時も詰めが甘くなって、決定機を逃した」

「決定機か……あの反則級のブラックトリガー相手にその機会があったってだけで、十分な戦果だとは思うがな」

「……そういえば月守も、アレと戦ったんだったな」

「多分、こっち側で1番早く戦ったのが俺だな」

お互いに共通の敵に一杯食わされたことを認識したところで、烏丸のガイストが時間切れとなり、2人ともニュートラルな状態へと戻った。

 

「よし、解けた。それじゃあ10戦目、やるか」

「だな。もう俺に勝ちは無いけど、引き分けには持ち込んでやる」

言いながら2人は数歩離れ、アタッカーにしては遠く、シューターにしては近い間合いを取った。

 

「いくぞ、京介」

「こい、月守」

 

短く言葉を交わした言葉を合図として、2人は戦闘を開始した。

 

開戦と同時、

「ガイストオン・ブレードシフト」

烏丸は初手からガイストを起動した。

 

時間制限があり、一度起動したらトリオンが尽きるまで解除できない諸刃の剣。しかし烏丸は使い所を見極めると言った会話を布石として、月守の意識の不意を突いて勝負に出た。

 

だが、

(ブラフが下手だな、京介)

月守はそれを見切り、グラスホッパーを踏み込んで烏丸へと高速接近した。

 

明確な根拠があったわけでは無い。ただ、交わした会話にほんの少しの違和感を覚え、烏丸が何かしらの策を講じていると予想し、それを実行される前に手を打とうとしたに過ぎない。しかし結果として、ガイスト起動のため動きを止めてしまった烏丸に接近することに成功した。

 

接近する月守はこの千載一遇のチャンスを前にして勝負を決めにかかろうとしたが、寸前であることに気付いた。

(久々に、アレをやろう)

やるべきことを決めた月守は無意識のうちに口元に笑みを作り、それを実行しにかかった。

 

烏丸のガイストが起動しきる前にアタッカーの間合いまで一足で詰めていた月守は烏丸へと手を伸ばし、ブレードシフトが完成するよりほんの一瞬早く、烏丸のトリオン体に触れた。瞬間、

「レッドバレッド」

その一言と共に、月守が触れた箇所から黒い六角柱が形成され、烏丸の態勢が大きく沈んだ。

 

「重……っ!」

押し付けられた重量に驚き、烏丸は思わず顔をしかめた。そこへ、

「悪いな、京介。ちょっと耐えてくれ」

堂々と月守はそう宣言し、とっておきの策を実行した。




ここから後書きです。
先日何を思ったかネットで地木隊メンバーの姓名占い的なものをやってみました。メンバー全員が五行の運勢に何からしら難がありました。あと狙ったわけではないのですが女子3人は揃って総画数31でそのページではとても良いとされる画数でした。逆に月守は総画数的に少々よろしくないようで、苦労するでしょう的なお言葉を貰いました。


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第71話「月蝕」

烏丸の左手を掴んだ月守は、ただ一言呟いた。

 

「スナッチ」

 

と。

 

そしてその一言と同時に、烏丸のトリオン体の視界は薄い赤黒いフィルターがかかったように変わり、アラームの音と警告音生が流れた。

『警告、外部から不正なアクセスを受けています』

 

「不正なアクセス……っ!?」

普段ならほとんど耳にすることのない音声を聞いた烏丸は、慌てて月守の手を振りほどこうとしてもがいた。すると月守の手は拍子抜けするほどあっさりと振りほどけた。しかし、

 

「ちょっと遅かったな」

 

月守は烏丸から手を離して数歩下がってから、余裕を持ってそう言った。月守に間合いを取られたところで、烏丸は自らの異変に気付いた。

 

目眩い、吐き気、気怠さ…、そのどれとも違う、言い表しようがない不快感が烏丸の全身を駆け巡っていた。そしてなにより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

不快感に襲われながらも、烏丸は重い足取りで月守から更に距離を取ってから、何が起こったのか予想し始めた。

 

不正なアクセス。

月守が呟いた「遅かった」という言葉。

全身を巡る不快感。

解除されたガイスト。

そして、「スナッチ」という単語の意味。

 

全てのピースが烏丸の頭の中で繋がるより早く、月守が両手を脚に添えながら答えを披露した。

「ガイストオン・機動戦特化(スピードシフト)

『カウントダウン開始・ベイルアウトまで423秒』

その言葉と共に月守の両脚に膨大なトリオンが流れ込み、禍々しい黒の双脚へと姿を変える。

 

それはまさしく、烏丸だけが持つワンオフトリガー『ガイスト』そのものだった。

「月守、お前それは……っ!」

「悪いな京介、時間制限があるから質問は終わってからだ」

言うや否や月守は小さなモーションで足に力を溜め、解き放つ。ガイストで強化された両脚は普段のトリオン体の身体能力とは一線を画す膂力を発揮し、たった1歩で2人が開けた間合いを埋めた。

 

「ははっ!動きやすいな!」

嬉々とした笑みを見せる月守は右手にキューブを生成し、8分割して放った。

 

ここまでの戦闘で烏丸は月守のメイン側にセットされているのはアステロイドとメテオラであることを看破していた。弾種の区別はつかないものの不規則な軌道を取ることは無いと判断し、烏丸は盾型トリガーのエスクードを自身の目の前に展開して、それを防いだ。着弾と同時に弾丸は爆発し、粉塵と轟音が烏丸を襲う。

(使ったのはメテオラか)

なんとか烏丸は冷静に弾種を判断し、反撃を始めようと試みた。だが、

「もう一丁!」

速さを強化された月守はその速度にモノを言わせて烏丸の背後に回り込み、もう一度メテオラを撃ち込んだ。

 

烏丸は咄嗟にそれに反応してシールドを展開しながら回避動作を取ろうとしたが、直前に月守に押し付けられたレッドバレッドが動作を妨げたことに加え、一手前に展開したエスクードが烏丸の退路を塞いだ。

(しまった!)

烏丸は自らの悪手を悔やみ次善の行動に移ろうとしたが、実行する前に月守が放ったメテオラがシールドに当たり爆発した。

 

1発目とは違い、2発目は分割せずに威力を高めに設定されたものであり、烏丸のシールドは威力に耐えきれず砕け散った。その衝撃で烏丸は飛ばされ、背後のエスクードに叩きつけられた。叩きつけられた瞬間、キューブを分割した音が微かに烏丸の耳に届いた。そして、

「アステロイド」

月守は弧月の間合いの外からアステロイドを放ち、烏丸を敗北へと追い込んだ。

 

 

 

 

 

10本の模擬戦を終えると同時に002号室の訓練モードは解除され、2人はトリオン体を解いた。

 

「月守、アレは何だ?」

開口一番に烏丸はそう尋ね、月守はトリガーホルダーをクルクルと手元で回しながら答えた。

「スナッチのことか?」

「そうだ。不知火さんあたりが作った新作か?」

「そう思うのは無理ないかもしれないけど……スナッチは一応、技術だよ」

トリガーではなく技術と言われ、驚きに目を見開く烏丸に向けて月守は説明を始めた。

 

「京介、トリガーの臨時接続は知ってるよな?」

「ああ。戦闘中、万が一の場合を考慮して他人が展開したトリガーでも使用者の許可、もしくは手放してある状態なら本人以外でも使えるシステムだろ」

「そうそう。まあ、普通は自分が使い慣れてるトリガーでいたいだろうから、あんまし積極的に使われるものじゃないけどな。そんで俺が使ったスナッチってのは、その臨時接続を応用したものだ」

臨時接続を応用したもの、という言葉を聞いた烏丸は首を傾げた。

「臨時接続って……いや待て。俺はガイストの使用許可なんて出してなかったぞ」

「俺が触った時、なんか警告音とか出なかったか?」

「……確かに、不正なアクセスってやつが出たな」

「だろ?ざっくり言えばさ、アレは京介のトリオン体にちょこっと干渉して、ほんの一瞬だけガイストの接続を剥がしたんだよ。その剥がした一瞬で、臨時接続を仕掛けてガイストを拝借した……これが、スナッチのカラクリらしい」

 

スナッチの仕組みを聞いた烏丸は考える素振りを見せたあと、月守に質問を始めた。

「言葉の通り、まさしく強奪だな。だがなぜ、今までそんな便利な技術を使わなかったんだ?」

「理由は色々あるけど…」

 

言いながら月守はポケットにトリガーホルダーを収め、それから烏丸に見えるように指を1本立てた。

「まず第1に、使える状況が限られる。さっき接続を剥がすって言ったが、これ自体がまずネックだ。銃型トリガーなら弾丸になるエネルギー供給のため、ブレード型トリガーならオプションのため……それぞれのトリガーと使用者の接続ってのは仕様が違うから、スムーズに接続を剥がせる可能性は高くない。仕掛けるには相手に触る必要があるんだが、剥がそうとしてる間に反撃食らってもおかしくないし、そもそもそこまで接近できたなら普通に攻撃した方がいいからな。ハイリスクでローリターンなんだ」

 

自虐的に笑いながら、月守は2本目の指を立てた。

「第2に、この『剥がす』って過程そのものだ。他人のトリオン体に接続ってのはトリオン体の機能だから誰でもできるけど、その先に干渉するってのは……使ってる俺ですらどういう仕組みなのかちゃんとわかってないんだよ」

「分かってないって……じゃあ、なんでできるんだ?」

「俺としては相手のトリオン体に接続した瞬間にトリオンを一瞬だけ流し込んでるだけなんだけど、なんでそれで剥がせるのか分からない。不知火さんの予想だと、『鍵穴に適当な針金入れてガチャガチャしたら運良くロックを解除できてるようなもの』らしい。とにかく、この『剥がす』ってやつが今のところ技術として確立できるようなもんじゃない。理屈だって、俺と不知火さんがそう言ってるだけで、もしかしてら全然違うものかもしれない。そんなものをランク戦とかで使うと面倒になりそうだからって理由で、不知火さんと夕陽さんに禁止されてた」

 

自分ですらよく分かっていない技術を使えるという月守に対して、烏丸は奇妙な感情を抱きつつも言葉の続きを待つと、月守が3本目の指を立てた。

「そして3つ目。京介、今ちょっと気持ち悪くないか?上手く言い表せない不快感というか……そういうのあるだろ?」

「ああ、あるな」

「だろ。その不快感が3つ目の理由。これもどういうわけか知らないけど、このスナッチを仕掛けると、食らったやつだけじゃなくて俺自身もその不快感が湧き上がってくるんだ。今回は軽めだし大丈夫だけど、前使った時は気持ち悪すぎて吐いた」

涼しげな顔で話す月守を見て、烏丸はこれでも軽い方なのかと訝しんだ。

「理由はこんなところだけど、納得できたか?」

「ひとまずな」

「そっか」

 

2人は話しながら歩き出し、訓練室を出てリビングに向かった。月守が烏丸の許可を得て適当な椅子に座ったところで、会話を再開させた。

「それにしても、トリオンで作られた物質が脆かったり、他人のトリオン体に干渉できたり、お前は不思議なやつだな」

「不思議だけど得してる気分は、ほとんどないな。だけど、俺はこれが出来るお陰で理論上不可能に近いって言われた2人がかりの合成弾が成功したみたいだし、そこだけは良かったって思ってる。けど、それでも奇異な目で見られるから、あんまり広がって欲しくない」

「だったらなんで、俺にスナッチを見せたんだ?」

「京介はそんな目で見ないからだよ。俺個人の考えだけど、一回でも遠征行った人ってなんか価値観広がってる感じがするんだ。良いものか悪いものかじゃなくて、それ自身がどんなものかちゃんと見てくれるっていうか……」

「それは……そうかもな。最近だと、風間さんが遠征に行く前と後で考えが変わってるかもって林藤さんが言ってたな」

 

言われて月守は風間の事を頭に思い浮かべ、遠征前後で何か変わったことがないか思考した。

(俺は風間さんより、風間隊自体が変わった感じがするな。慌てても、芯の部分はブレなくなった気がする)

そう思いながらも月守は烏丸の言葉に「そうかもな」と肯定して、話題を変えた。

 

「とりあえず今日は、京介と模擬戦出来て良かったよ」

「こっちこそ。勝負勘を養いたいみたいなことを言ってたが、参考になったか?」

「十分。これでこの先の試合で前みたいなヘマしないだろうし、何より次戦からは神音が復帰する。ほぼ万全で、俺たちはこの先戦えるよ」

チームのコンディションを話す月守がどことなく嬉しそうに見えて、烏丸は小さく安堵の息を吐いた。

 

「そうか。地木隊が完全復活するのは頼もしいが……ランク戦に限っては複雑だな」

「ああ、玉狛第二が勝ち上がるのが難しくなるからか?」

「まあな。月守、お前は玉狛第2をどう見てる?」

烏丸に問われ、月守は少し考えてから言葉を紡いだ。

「素直に答えれば、遊真のワンマンチーム。雨取ちゃんの規格外のアイビスは厄介だけど、あれだけ威力があった遊真か三雲くんに接近してれば封じれる……他のスナイパートリガーなら勝手は違うけど、対策は無いわけじゃない。三雲くんの戦況をコントロールする能力は中々だけど、自分から流れを作れるだけの何かはまだ無いっぽい。遊真の得点力はさすがだけど……マスタークラス以上で遊真と相性の悪いスタイルの奴が対戦相手にいたら、しんどいと思う。遊真以外の得点源があれば良いだろうな」

「……対戦相手じゃないのにしっかりと研究してるな」

「そのうち戦うこともあるだろうし、直前の相手を分析するついでだよ」

やんわりとした笑みでそう言った後、月守は席を立った。

 

「行くのか?」

「まあな。夜間に防衛任務のシフト入ってるし……絶対に外せない用事ができたから、行くよ」

月守は烏丸の言葉にそう返事をして、玉狛支部を後にした。

 

*** *** ***

 

不知火の研究室を出た彩笑と天音は、別行動を取っていた。彩笑はソロランク戦のブースへ、天音は地木隊作戦室へとそれぞれ移動していた。彩笑は天音も誘ってソロランク戦のブースに行こうとしていたのだが、天音はその誘いを断った。本当は彩笑と不知火の訓練を見ていたあたりから混ざりたくてウズウズしていたのだが、不知火の『今日いきなりソロランク戦とか防衛任務はダメだよ』という言いつけに従い、天音は彩笑の誘いを丁寧に断った。

 

そうして1人寂しく本部を歩くこと数分、天音は通い慣れた地木隊作戦室へとたどり着いた。久しぶりに作戦室の扉を開くと、そこにはモニターと睨めっこしてメモを取る真香の姿があった。

 

「あ、しーちゃんだ」

作戦室にやってきた天音に気付いた真香はモニターから視線を移し、天音を見て破顔した。

「ただいま、真香」

「おかえり。不知火さんのとこ行ってきたんでしょ?どうだった?」

 

作戦室において定位置である自らの椅子に座り、天音は真香の問いかけに答える。

「許可、出たよ」

「おー、良かったね。じゃあ今日、早速ソロ戦とかする気?」

「したいのは、やまやま、なんだけど……その前に、リハビリしなきゃ、だから」

言いながら天音はトリガーホルダーを取り出し、大事に握りしめながら真香に尋ねた。

「真香、トレーニングルーム、使っていい?」

「もちろん。シンプルなやつでいいよね?」

「うん、お願い」

天音の頼み事を聞くや否や、真香はテキパキとトレーニングルームに設定を施して用意を進めていった。

「トレーニングルームの中に何か設置する?」

「んーと、とりあえず、モールモッド、1つ」

「オッケー、モールモッド設置しとくよ」

真香が天音の要望通りにトレーニングルームの設定にモールモッドを追加したところで、思い出したように口を開いた。

 

「あ、そうそう。私はちょっとやる事あるから……。中から出る前には呼びかけてね」

「ん、わかった」

淡々とした声で返事をした天音は、久しぶりにトリガーを起動して仮想空間であるトレーニングへと潜り込んだ。

 

 

 

 

 

真香が設定したトレーニングルームは、本人が言うようにシンプルなものだった。青白いタイルのような足場が延々と続くだけのフラットなステージであり、壁のようなものはなかった。よく目を凝らせば20mほど先に黒い格子状の模様が存在しており、そこが広さの限界なのだと天音は判断した。格子模様は天音を中心として円を描くように展開され、その円の中には天音と1体のモールモッドしかいなかった。

 

目が合うと同時に、モールモッドは動き出した。4本の足を動かして接近してくるモールモッドに対して、天音は間合いを保とうとして後退しようとした。

 

何もない、ただひたすらに平面なステージ。しかし後退のために動かした天音の足は不自然にもつれ、尻餅をつく形で転んだ。

「あ……」

天音はすぐに立ち上がろうとするが、その動作はどこかぎこちなく、緩慢だった。その間にもモールモッドは淡々と距離を詰め、ブレードの攻撃範囲に天音を捉える。

 

モールモッドが攻撃体制に入ると同時に天音は立ち上がり、辛うじて回避行動に移ってモールモッドの攻撃を躱した。

(危な、かった。思った以上に、動きにくい、かな……)

息と思考を整えながらも天音の目線はモールモッドを捉え、繰り出される攻撃を回避し続けた。

 

回避自体は成功するものの、動きは精彩を欠いていた。彩笑や月守が行うような反撃をスムーズにするため、あえてギリギリで避けるものとは違い、今の天音の回避は本当にギリギリで避ける危うさが伴っていた。

 

その動きの鈍さは半月ほど空いたブランク、そして天音の病を抑えているアスターシステムが原因であった。

 

天音のトリオン体に組み込まれているアスターシステムは、病がもたらす異常なトリオンを制限しているが、それに巻き込まれる形で伝達系等のトリオン体の働きを鈍くするという副作用があった。アスターシステムに阻害されたトリオン体は天音がイメージする通りの動きが出来ず、伝達脳が下す指示と実行される動きにはズレが存在していた。

 

粘り気のある空気の中を動くような阻害感。か細い糸が身体に巻きつくような動きにくさの中、天音は自身のトリオン体の反応を一つ一つ確かめる。イメージ上の動きと、実際の動きのズレをひたすらに擦り合わせるが、その修正は容易ではなかった。

大規模侵攻にて天音は自らの病を悪化させており、アスターシステムを管理する不知火は対抗するためにシステムの制御を引き上げた。結果、病気の進行速度は大きく抑えたものの、代償として天音のトリオン体はトリオンの出力と伝達系の働きをより一層制限された。

 

以前にも増して動きにくくなった身体を必死に動かしてモールモッドの攻撃を避け続けた天音だったが、その精度が徐々に上がってきた。

 

(うん、いける。もっと、いける)

 

動きに手応えを感じ始めた天音は、全ての動作のスピードをほんの少しだけ上げた。最初の数歩こそぎこちなくなったものの、天音は再び生じたズレをすぐに修正し、適応してみせた。

 

修正して、変速して、再び修正する。それを幾度となく天音は繰り返し、繰り返すほどに動きの不自然さは消えていく。天音は誤差修正は無意識下に染み込んでいくまで…、初めから誤差など無いと錯覚するまで、モールモッドの攻撃を躱し続けた。

 

迫り来る一撃を、躱す。

一定の距離を保ち、躱す。

反撃することなく、躱す。

薄く碧みがかった瞳で見据えて、躱す。

 

無言で延々と動き続ける天音の姿は、ある種の恐怖と狂気を思わせるものがあったが、それを指摘する者はここには誰もいなかった。

 




ここから後書きです。
元々1話だったのをぶった切ったので、話の引きがいつも以上に中途半端です。続きはできるだけ早く投稿したいなと思います。

公式設定では不可能とされる2人がかり合成弾が使えた件について、どうにか設定してみよう、と考えた末の今回のお話でしたが結局ゴチャっとしただけでした。

後半の天音のアスターシステムの誤差についてですが、思った通りの物が出力されないって案外気持ち悪いんですよね。昔友人が用意した、音がほんの少し遅れて鳴る電子ピアノを弾いた時、超気持ち悪かったです。


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第72話「その涙を見ることに、彼は耐えられなかった」

前書きです。
作品には一応念のためのつもりで、R-15と残酷な描写のタグつけてましたが、今回はちょっとそこに触れるかもです。


『しーちゃーん!いつまでやってるのー!?』

延々と続いた天音のリハビリは、外から真香が呼びかけによってようやく止まった。真香がモールモッドのプログラムを停止させたところで、天音がキョトンとした様子で口を開いた。

 

「えっと……気がすむまで?」

『気がすむまでって……しーちゃん、もう延々3時間はやりっぱなしだよ?張り切るのはいいけど、初日から飛ばし過ぎ』

「もう、3時間も、経ったの?」

天音はいつものように無表情で、なんてこと無いように言った。

 

外部からトレーニングルームをモニターする真香は、そんな天音を見てため息を吐いた。

『呆れた。時間の感覚無くなるくらい没頭してたんだ』

「集中してたから、かな」

『その集中力を勉強にも発揮してくれたら助かるんだけどね』

軽く笑いながら紡がれた真香の言葉に、天音は気まずさを覚えて慌てて話題を変えた。

「真香、その……休憩いらない、から、モールモッド、また、動かしてよ」

『まだやるの?やりすぎてもいいこと無いし、今日はこの辺で上がりなよ』

「うー……でも……」

物足りなさそうに駄々をこねる天音だが、その反応を見た真香は1つため息をついた。そして1つ、天音に脅しをかけた。

 

『私の手元にしーちゃんが大好きな苺のショートケーキがあるけど、今すぐ出てこないと食べさせてあげない』

 

「うん分かった、今すぐリハビリ切り上げて食べに行くね」

 

喜んで脅しに屈した天音は普段よりはるかに滑らかな口調で答え、いそいそとトレーニングルームを後にした。

 

 

 

転送されてトレーニングルームから作戦室に天音が戻って来た、その瞬間、

パーンッ!

と、火薬が弾ける音と色鮮やかな紙テープが天音の視界を覆った。

 

「ひゃっ……」

いきなりの出来事に対して流石の天音も無表情を崩して、わずかながらに驚いた表情をみせた。そこへ、

「神音ちゃん!復帰おめでとっ!」

「おかえり、神音」

「待ちくたびれちゃったよー、しーちゃん」

彩笑、月守、真香の3人がそれぞれ手にクラッカーを持ちながら温かい言葉を天音に送った。

 

「地木隊長に、月守先輩まで……。え、でも、なんで」

予想外の出来事に戸惑う天音を見た彩笑はクラッカーをポイっと投げ捨てて(床に落ちる前に月守がキャッチした)、穏やかで優しげな笑みを見せた。

「なんでも何も…。やっとみんな揃ったんだから、お祝いしなきゃだよ」

「お祝い、ですか?」

「そうそう!本当はねー、大規模侵攻のやつとか、特級戦功貰った時のやつとか、神音ちゃん退院祝いとか、ランク戦ラウンド1勝利記念とか色々お祝いしたいことあったんだけど…」

1つ1つを指折りで数える彩笑は心底楽しそうに言葉を続けた。

「今日はそういうの全部!メンバー全員揃ったから、神音ちゃん復帰記念に合わせてお祝いするよ!」

 

屈託無く心底楽しそうな笑みで話す彩笑だが、それを見た天音の心の中には罪悪感が現れた。

(たくさんの、お祝い、あったのに……私が、いなかった、から……)

罪悪感の正体を自覚した天音は無意識に顔を下げ、謝罪の言葉を口にしようとした。

「あの、地木隊長、ごめんなさ……」

しかしそれを言い切る前に、

「はいストーップ!」

彩笑は素早く天音の前に移動し、その口を塞ぐように人差し指を天音の唇に当てた。

 

そうして天音の言葉を止めてから、彩笑はにこやかに笑った。

「神音ちゃん、多分今謝ろうとしたと思うけど!今日はそういうの禁止!ごめんなさいとか、すみませんとか、そういう謝る系の言葉は、今日禁止だからね!」

「き、禁止、ですか……?」

「うん、禁止。これは隊長命令だから!」

自信満々に宣言する彩笑に続き、月守が苦笑しながら補足する形で会話に参加した。

「神音の謝りたいって気持ちは、分かるよ。でも今日はみんな、神音の無事をお祝いしたいから、そういうのはナシにしよう」

「そういうこと!湿っぽくなっちゃうような謝る系の言葉は、全部明日に後回しにしようってことで!」

 

先輩2人に諭され、天音は顔を上げた。

「……わかり、ました」

心の中にある罪悪感は消えたわけでは無いし、きっと明日になったら沢山謝ってしまうと思う。でも2人が言うように、今だけは謝るのを止めようと思った。

 

謝ることが出来なくなった天音は、何を言おうか少し考えた。そうして、1番初めに浮かんだ言葉を素直に選んだ。

 

「ありがとう、ございます」

 

天音の飾らない感謝の言葉を受け取った彩笑は、今一度ニコリと笑った。

「どういたしまして!」

「言わせた感があるけどね」

「咲耶その一言いらない!ノーサンキュー!」

憤慨しながら抗議する彩笑に対して、月守はそれを軽く受け流した。

 

見慣れた2人のやり取りを見た天音は、心の底から安堵した。

(……ああ。やっと……やっと、ここに戻って、これたんだ)

温かい気持ちが天音の中を満たしたところで、テーブルの前にいた真香が手を叩いた。

「はーい、ケーキ切れましたよー。みんなで食べましょう」

「わーい!ケーキだケーキ!」

真香の声につられて彩笑は素早く席に着き、それを見た3人は小さく笑ってからそれぞれの席に座った。

 

少々小ぶりだが、ふわふわな雲を思わせるクリームと色鮮やかな苺のコントラストが映える苺のショートケーキを見て、天音の口元がほんの少し緩んだ。

「ケーキ、本当に、あったんだ」

「その言い方だと、しーちゃん疑ってたんだ」

「うん、ちょっとだけ」

会話をしながら真香は5等分されたホールケーキを一切れずつ皿に乗せて、それぞれの席に配った。

「ありゃ?真香ちゃん、この残った1切れ分は誰の分?」

不思議そうに彩笑が尋ねると、真香はハッとした表情を見せた。

「あー…、つい、いつもの癖で5等分してました。5人家族なので…」

「癖だとしても、丸いのをここまで綺麗に5等分するの凄くない?」

上にあるデコレーション部分で多少の誤差はあるものの、スポンジの体積に限ってはほぼ等しく区切られた5切れのケーキに、彩笑は今更ながら驚きを示した。

 

「この1つ、どうしよう……」

真香が途方に暮れるが、彩笑はすぐに意見を出した。

「不知火さんにあげよっかな。なんか最近、助けてもらってばかりだし。お礼的な意味を込めて。どうかな?」

 

彩笑の提案を受けて、天音と月守は同時に頷いた。

「不知火さんには、今回、たくさんお世話に、なったので……。いいと、思います」

「うん、そうだね。俺この後夜間に防衛任務入ってるから、その前にでも持っていくよ」

残る1切れの処遇が解決したところで彩笑は両手を合わせ、3人もそれに倣い、手を合わせた。

 

「えーと、それじゃあ!神音ちゃんの復帰を祝って!かんぱーい!」

 

景気良く音頭をとった彩笑だったが、それを聞いた月守は思わず苦笑いを浮かべてツッコミを入れた。

「乾杯するなら手を合わせるんじゃなくて飲み物持てばよかったのに」

「あはは、それもそうだね!あれ?というか飲み物は?」

「すみません、準備してませんでした」

率先して動き出す真香を見て、月守は冷蔵庫を指差した。

「飲み物、冷蔵庫の中のココアで良いよ」

「了解です」

冷蔵庫を開けてココアを取り出す真香だが、テーブルでは彩笑が月守に向けて抗議を始めた。

「ちょっ、咲耶!それボクのココアじゃん!」

「これだけ買い込んでるんだし、4本くらいいいじゃん」

「別にいいけどさ!そもそも、咲耶用意してないの?お祝い用のやつ買ってきてって言って、樋口さん1人渡したよね?」

「あー、アレって飲み物も含めてだったんだ。ケーキしか買ってこなかった」

「ケーキだけって……。まあボクの言い方も悪かっ……って待って待って!?咲耶、ケーキしか買ってきてないのに、お釣りさっきので全部なの!?」

「全部。平等院鳳凰堂一軒でお釣りは全部」

「バカじゃないの!?」

「だったら俺に任せないでくれよ」

彩笑と月守との会話からケーキの値段を察した真香は体の動きが止まり、天音は瞳の奥に驚きの感情を浮かべてた。そして3人はケーキを凝視し、

 

(((これ、絶対美味しいやつだ……!!!)))

 

心の中で全く同じことを思った。

 

*** *** ***

 

入院生活というのは退屈との戦いだと、夕陽柾は半年近い入院生活を経て理解した。

 

朝の診察を終えれば、リハビリやらの一部の用事を除けばやることはほとんど無く、食事の時間までどうやって時間を潰すものかと頭を悩ませる。読書やテレビが専らの暇つぶしなのだが、それだけではどうしても飽きてくる。自発的に行動することが制限されているため選択肢が狭いのだ。

そんな入院患者にとって1番の退屈しのぎが、お見舞い客の訪問である。自分が知りえない外部のことを聞けるのは楽しいし、担当医や同室の入院患者と言った慣れ切った面子以外との会話による刺激はことさら脳が喜ぶからだ。

 

そんなことを脳裏に浮かべながら、夕陽は口を開いた。

「オレは基本的にお見舞い客は大歓迎なんだが、貴が来るのはちょっと意外だったぜ」

 

夕陽の病室を訪れていた二宮匡貴は足を組んでパイプ椅子に座りながら会話に応じた。

「ここに来たのは2回目だしな」

「薄情だよなぁ。ボーダーであんなにしのぎを削った中なのにさ」

「お前が競ってた相手は太刀川だけだっただろ」

「慶が一方的に絡んで来ただけだよ。同期だし、入隊前からの付き合いだったからよくバトってただけ。まあ、ポイントは持っていかれ気味だったけどな。あいつ、どうせ今でもバトルジャンキーなんだろ?」

「ソロポイントが4万越えたぞ」

「うっわ!どんだけバトってんだよあいつ!」

 

かつての同僚の武勇伝に驚きながらも、夕陽はかつての同僚であり同級生へと質問した。

「つか、貴はどうなんだ?」

「ソロポイントか?」

「いや、それもそうだけど……。オレが訊きたいのはチームランク戦の方だよ。どうせ、貴のとこは相変わらずB級1位だろうけどさ」

「当たり前だ」

「んで、カゲのとこが2位」

「合ってる。影浦隊が2位だ」

 

B級上位2チームを確認した夕陽は肩を揺らして笑みをこぼした。

「Aにいても十分通用するお前らがトップ2にいるなんて、他のB級上位にとっちゃキツイな」

「かもな」

二宮は静かな声で答えた後、1つため息を吐いた。

「それでもまだ、A級レベルが混ざってる中位グループに比べればまともな方だろう」

中位グループにいるA級レベルと聞き、夕陽は嬉しそうな表情を浮かべた。

「あいつらか」

「ああ。お前が手塩にかけて育てた、地木と月守のチームだ」

かつての部下の顔を思い描きながら、夕陽は答える。

「手塩にかけた覚えは無いな。オレはただ、あいつらをおちょくってただけだ」

戯けた言葉を選んだ夕陽だが、それを聞いた二宮は一瞬だけ眉間にしわを寄せた。

「お前は遊び半分であいつらをあのレベルまで引き上げたのか?」

「さあ、どうだろうな。でもきっと、オレがいなくてもあいつらは今の強さには届いてたと思うぜ。差があるとすれば、それは早いか遅いか……それと()()()()()()()()()()()()()……その2つだ」

 

どれだけ歪まずにいられるか、という言葉を受けて二宮は首を傾げた。

「どういうことだ?」

「うーん……ざっくり言えば、性格だな。あの2人、理由は真逆だけど変なところで脆いというか、不安定だから…。何かの拍子に歪まないか心配してたんだ」

「月守のやつはもう十分歪んでるだろう」

元部下に向けられた辛辣な言葉を聞き、夕陽は思わずといった様子で笑った。

「はは!貴にはそう見えるのか!」

「その言い方だと、お前は違うようだな」

「ああ、違うね。オレに言わせれば、あいつは不器用なだけの優しい奴だ。見返りなんか関係なしに誰かのために頑張れちまう、優しい奴。だけど時々、その辺の制御がおかしくなるだけさ」

 

夕陽の言葉から、二宮は2つの出来事を連想した。

「それは、あいつが起こした2回の暴力事件のことか?」

「違うよ、貴。あいつが起こした暴力事件は天音ちゃんの時だけだ。彩笑の時のやつは……、ランク戦中の事故だろ」

話しながら夕陽と二宮の頭には、当時の事件が鮮明に蘇っていた。

 

*** *** ***

 

チームランク戦の黎明期であった当時、1つのチームが注目を集めていた。隊員の数が今より少ない中で戦闘員4人を揃えている上に、対戦相手の弱みを徹底的に突くという戦闘スタイルのチームだった。個々の実力は平凡なものであったが、弱点を攻めることを徹底した結果、格上の相手を倒すことも珍しくなく、高いトリオン能力という才能を持つ相手をチームで打ち負かすという構図は『やれば出来る』と思わせるには十分であり、隊員や訓練生の中で話題となった。

 

しかしそんな彼らには1つ問題があった。

 

訓練生時代、彼らはいち早く正隊員に上がりたいが為に、手っ取り早くポイントを稼ぐ手段を実行した。特定の訓練生に狙いをつけ、物理的・精神的手段を問わずにソロランク戦のブースに閉じ込めて延々と戦闘を仕掛ける、早い話がイジメである。ブースに閉じ込められた者はいつ終わるかも分からない中、ローテーションで勝負を仕掛けてくる彼らと戦い続けポイントを奪われ続け、時間と共に戦う気力と歯向かう志しを折られた。

彼らはそれを繰り返し4人全員が正隊員へと昇格した。昇格後は彼らのイジメの頻度は落ちたものの、一度覚えた甘い蜜は止められるものではなかった。

 

しかしそんな彼らの仕業に、気付いた者がいた。当時、特定のチームに所属せずフリーの正隊員だった彩笑だ。彩笑は彼らのイジメを止めるために行動に出たが、それが原因で目をつけられ、ターゲットにされた。

「止めて欲しければ、実力でこい。お前が挑み続ける限りは他の奴を狙わないし、ソロランク戦で勝ち越せば、止めてやる」

そう言われた彩笑はそれを信じ、彼ら4人に挑み続け、そしてカモにされ続けた。今よりさらにトリオン量が少なく、短期決戦型の戦闘しか出来なかった当時の彩笑に、彼らはトリオン切れを狙った長期戦を仕掛け続け、ポイントを奪い続けた。

相手が1人だけなら、どうにかなったかもしれない。しかし相手は4人でローテーションを組んで挑んでくるため、度重なる疲労と不得意な戦闘によって精神的な疲労は彩笑の方が早く迎えた。

 

勝ち目がないことなど、誰が見ても明らかであった。事実勝負を挑んだ日、当時の彩笑は為すすべもなく彼らに敗北した。だが、それでも彩笑は折れなかった。

 

ここで自分が折れれば、他の誰かが狙われるから。

彼らは間違ったまま、上に進んでしまうから。

 

それを止めなければと思っていたから、彩笑はその正義感を胸に、折れずに再び戦いを挑んだ。

 

何日も何日も、挑み続けた。

日々の防衛任務や彼らとの戦闘以外でソロポイントを手に入れ、それを勝負賃として何度も挑み、何度も負けた。

彼らは彩笑が挑み続けるように仕向けるために、時折わざと負けたり、負けそうになる演技をして、彩笑に『勝てるかもしれない』という仮初めの希望を与えた。

 

あと少しで、勝てる。

 

そう信じて彩笑は長い間1人で彼らとの戦い続け、緩やかに心を削られていった。

 

そして身も心もボロボロになった彩笑に、ある日彼らは唐突に言った。

「ソロポイントが2000を切ったお前で稼ぐのは、もう効率が悪すぎる。次のターゲットは決めたから、お前との勝負はもう受けない」

と。

 

その言葉は、長い時間をかけて傷つけられた彩笑の心を折るには、十分すぎるものだった。

 

ソロポイントが正隊員降格のラインである1500を間近に控え、膨大な敗北は勝ち方を忘れさせ、信じていた希望は全て砂上の楼閣だった。

 

積み重なったそれらを彩笑は一気に認識し、気付けば本部の中でも人がほとんど来ない所で、1人肩を抱いて泣いていた。

彩笑が負った傷は立ち直るのが困難だと思えるほど深いものだった。放っておけば、本当に心が壊れていてもおかしくないくらいに、深かった。

 

自業自得ではあるものの、そう簡単に自業自得と言って切り捨てられるものではなかった。

 

1人で泣く間に痛みは心を覆いつくし、彩笑の口からは知らず知らずの内に、

 

「…たすけて」

 

という言葉が漏れた。

 

誰にも頼らなかった彩笑が、手遅れ寸前になってようやく助けを求めた。誰にも届かないと思われたその声は、隊長のおつかいでたまたまその通路を通りかかった1人の少年に届いた。

 

「こんなところで、何泣いてんだよ」

 

その少年は、彩笑と同時期にボーダーに入り、訓練生となった。

その少年は、彩笑と毎日顔を合わせては、ソロランク戦を繰り返した。

その少年は、彩笑と共に正隊員へと昇格し、同時に夕陽柾という隊員にスカウトされた。

その少年は、彩笑がソロとして活動する間、夕陽柾と共にランク戦を戦い抜いてきた。

 

そして……月守咲耶という少年は、泣きながら助けを求める地木彩笑という少女の手を取った。

 

*** *** ***

 

それぞれが事件のことを思い出してきたところで、夕陽が沈黙を破った。

「あのクソガキ共がやってた、悪質なポイント集め。その最後の被害者が彩笑だった。それを知った咲耶はブチ切れて……あいつは、オレらがチームランク戦でそのガキ共とぶつかった時に、その報復をした。言葉にすれば、あれはただそれだけの事件だよ」

「何が……ただそれだけの事件だ。ランク戦記録上唯一の没収試合だろうが」

「あ、やっぱりあれ以降、没収試合って無いのか?」

「無い」

きっぱりと断言された夕陽は、起こしていた態勢を崩してベットに横たわった。

「まー、無いだろうな。いくらトリオン体とは言え、対戦相手の両目抉って耳千切って手と足をスパイダーで縛って動き抑えて、拷問まがいのことするような奴なんて、そうそういないだろうし」

「思いつきはしても、ランク戦という舞台で実行に移す奴はいないだろうな。あの頃ら今ほど観戦や実況解説が充実してたわけじゃないが、大勢の観衆にモニターされている前だぞ」

「今思うとヤベー奴だな、咲耶。オレはその試合に出てたから後から聞いたんだけど、何人か試合の途中で出ていったり、気持ち悪くなったりした奴がいたんだって?」

 

面白おかしく尋ねる夕陽に対して、二宮は不謹慎だと言わんばかりに表情を険しくしながらも、問いかけには答えた。

「泣きながら謝る相手の顔面を容赦なく蹴りつけるような場面を延々と見せられたんだぞ。むしろ当然の反応だろう」

「だな。あ、でも1個訂正すると、あいつら泣いてはいたけど謝ってはないぞ。咲耶の奴、あいつらに拷問まがいのこと仕掛けながら謝れって言ってたくせに、いざ相手が謝ろうとした瞬間に顔面、というか口に蹴り入れて黙らせた上で『聞こえねえ』とかほざいてたからな」

理不尽極まりない出来事を夕陽はさらりと語った。

 

当時、観戦室でその試合を見ていた二宮はその時の出来事を思い出し、深いため息を吐いた。

「よくあいつはボーダーを辞めさせられなかったな」

「最初はその方向だったけど…、そこで奴らがやってたことが明るみに出てたんだよ。彩笑が、咲耶にあそこまでさせちまったことに責任感じて、声を上げたんだ。それをキッカケで被害に遭った奴らが団結して上に意見して、咲耶はクビだけは免れたんだよ。キツイ処分はあったけどな」

 

事件の全貌を知った二宮は、足を組み替えてから言葉を返した。

「それを聞けば、地木が頑なに月守を信頼してるのも頷けるな」

「まあな。……あいつらは互いに相手を尊敬してるし、それぞれが相手に恩がある。だから、あいつらの繋がりは強いんだ」

2人のことを思い出しながら話す夕陽の表情は穏やかで、夕陽と彼らの間にも信頼があるということを二宮は改めて感じた。

「……大した信頼だな」

「ああ。目には見えないけど、あの信頼は間違いなくあいつらの強さの1つだ。ランク戦で当たる時は厄介だぜ?」

 

忠告してくるような口調の夕陽の言葉を聞き、二宮は口元に小さな笑みを浮かべた。

「昨日、あいつらの試合を解説したが。あの手際の悪さなら、上に来るのは相当遅くなるぞ」

「ああ、聞いてる。来馬のとこと那須ちゃんのとこに負けたんだろ?」

「誰から聞いた?」

「昨日、望が見舞いに来てくれてな。差し入れてもらった手作りのチャーハンおにぎり食べながら昨日の結果を聞いたよ」

元チームメイトである加古が作ったというチャーハンおにぎりを想像した二宮の背筋に、寒気が走った。

「よく無事だったな」

どことなく心配そうに話す二宮を見て、夕陽は破顔した。

()()()()普通に美味かったよ」

「そうか。だが、昨日のは、ということは……まさか……」

「ああ、察しの通り。たまに外れのチャーハンおにぎりを貰うこともある」

 

愕然とした表情で話す夕陽を見て、二宮は心の中で手を合わせた。

「足が動かないから逃げられないんだな」

「おうよ。差し出されたものは食うしかなくてな。医者からは『食べなければ退院はもう少し早かっただろうに』って言われてる」

「だったら食べなければいい話だろう」

「病院食が続くと違うもの食いたくなんだよ。外れのリスクはあっても、望のチャーハンは食いてえ」

 

明るい声で入院生活の苦悩を話した夕陽は、話題を元に戻した。

「飯はさておき……。貴、あいつらは近いうちに上に行くぜ。昨日望から聞いたけど、上位と中位の境目は今のところ14点で、あいつらは今12点。勝ちチームは生存点込みで大体4、5点取るから、今の8位チームが仮に5点取って19点だったとして、あいつらが必要な点は7、いや、初期順位が最下位だから8点か」

単純な数字の足し引きとは言え、淀むことなくランク戦の得点計算をしていく夕陽を見て二宮は感心しつつも口を挟んだ。

「次の試合、あいつらは4つ巴。相手は諏訪隊、荒船隊、柿崎隊だ」

「動く点は3×3の9で生存点抜きにして6点取れれば、あいつらは上位に食い込めるわけだな」

「6人倒すのは厳しいぞ」

二宮はそう言いながらも1試合で6人倒したルーキーがいることと、地木隊が初戦でそれ以上のスコアを取っていたことには触れなかった。

 

チームランク戦黎明期から戦っていた夕陽には当然、二宮の言いたいことに対して理解があった。

チームランク戦において大量得点が難しいのは、実力に応じて3つの階級に分けられていることと、敵にも味方にもなり得る他のチームがいることだ。圧倒的な実力差があるならまだしも、自分たちと同レベルの相手を倒さなければならないことに加え、倒そうとしていた相手を他のチームに先に倒されてしまうこともある。

 

単純な自分達VS敵チームという構造にならないがための、難しさ。

 

そのことが夕陽の中には知識と経験という形で存在しており、6人を倒す難しさは身をもって知っていた。

 

しかし、それでも夕陽は断言した。

「確かに厳しい。でも動きとコンディションが噛み合った時の咲耶と彩笑は、ボーダー屈指の名コンビだし、そこに訓練生の時点でオレから1本取るレベルの攻撃力があった天音ちゃんが加われば、中位クラスじゃ止められない。だから、あいつらの攻撃が上手くハマれば、6点は不可能な数字じゃないよ」

と。

 

1つの疑いもなく断言する姿を見て、二宮の脳裏に現役だったころの夕陽の姿が蘇った。

 

どれだけ悪い状況でも夕陽柾は決して折れず、いつだって自信に満ちた表情と言葉で味方を鼓舞し、先陣を切って戦場を駆けていた。レイガストを携え勇猛果敢に戦うその後ろ姿を、二宮は共に戦った時は頼もしいと思いながら守ってきた。

 

「レイガスト1つで戦っていた頃と変わらないな。お前がそう言えば、本当にそうなりそうだ……」

 

「うん?何か言ったか?」

 

二宮が呟くように言った言葉が聞こえず夕陽は聞き返したが、二宮は首を振った。

「気にするな、ただの独り言だ」

「そうか、ならいいや」

追求することを夕陽はあっさりと止めたが、その代わりと言わんばかりに1つ提案した。

 

「なあ、貴。1つだけ頼みがある。引き受けてくれるか?」

「引き受けるのは構わないが、それは俺じゃなきゃダメなのか?」

「ダメだ。お前じゃなきゃ、ダメなんだ」

頑なに態度を変えない夕陽を見て、二宮はひとまず話を聞くことにした。

 

「……内容による。とりあえず言ってみろ」

 

「サンキュ。それでな、次にあいつらと対戦した時に……」

 

そうして夕陽柾は、二宮匡貴に1つの願いを託した。




ここから後書きです。

唐突でしたが、書けそうだったので月守と彩笑の過去のお話をちょこっと書きました。本来はもう少し書いていたのですが、お話の大筋を聞いた私の悪友が、
「月守がやってる拷問シーン、もうちょっとマイルドにした方が、いや、してください」
と言うのでその辺り削りました。

本来なら地木隊が美味しくケーキを頂くところまで書くつもりでしたが、キリが悪くなりそうなので、また次話に持ち越しです。最近どうも、苦手だった話の引きや切り方が輪にかけて下手になってきた気が。

いつもいつも、本作を読んでいただきありがとうございます。感想やお気に入り、評価を頂く度に頑張ろう!って思います。これからも本作のご愛読、ぜひお願いします!


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第73話「作戦会議」

真に美味しものを食べた時、美味しい以外の感想は要らない。それが世の中の真理の1つだと思えるほど、彼らが食べたケーキは美味だった。

 

「はー…、幸せ。咲耶、さっきはバカって言ってゴメンね。ケーキ超美味しかったから許す」

「あはは、許された」

幸せそうな表情を見せながら椅子にもたれ掛かりながら彩笑はそう言い、月守は穏やかな口調で答えた。満足そうな雰囲気の中、真香がほんの少し不満げに口を開く。

「確かに美味しかったですけど…。このケーキの味を知っちゃったら、他のケーキ美味しく食べられないですよ。月守先輩、どうしてくれるんですか?」

「ええー…。真香ちゃん、それは理不尽じゃない?」

「理不尽じゃないです。というわけで、これから定期的にこのケーキ奢ってください」

「破綻しちゃうから勘弁して…」

 

割と真剣に破綻すると言う月守を見て、彩笑と真香は小さくクスっと笑った。2人につられて笑みをこぼした月守に向けて、天音は遠慮がちに声をかけた。

「月守先輩、あの…、ケーキ、すごく美味しかった、です。ありがとう、ございます」

ぺこりと頭を下げてお礼を言った天音を見て、月守は軽く手を振って言葉を返した。

「どういたしまして。今日の主役に喜んでもらえて何よりだよ」

言いながら月守は天音の頭を撫でたいと思ったが、席に着いた状態では手が届かないという物理的な理由で諦めた。

 

ケーキの余韻が一息ついたところで、彩笑は何気なく提案した。

「ちょうど今みんな揃ってるし…、次の試合の作戦会議でもしない?」

彩笑の提案を受けて、

「それいいね。やろっか」

「さっき予習も終わりましたし、私も賛成です」

「私も、やりたい、です」

3人はそれぞれ肯定の言葉を返し、2日後の試合の作戦会議が開催された。

 

真香がオペレート時に使うパソコンを操作して作戦室のモニターに対戦相手の画像を表示し、3チームの確認から始めた。

「次の試合も、前回と同じ4つ巴戦です。相手は諏訪隊、荒船隊、柿崎隊で、ステージ選択権は柿崎隊が持ってます」

 

相手チームのメンバーを思い浮かべたところで、月守がまず意見を出した。

「前回と違うのは、どのチームにも攻撃の軸になるエース的存在を置いてないことかな」

 

「その通りです。一応どのチームも隊長が攻撃の主軸という見方ができますけど、かといって隊長を倒しても露骨な攻撃力ダウンには繋がらないと思います」

 

作戦参謀となる2人の言葉を聞き、彩笑は思ったことを素直に口にした。

「…ってことは、前の試合と違ってエースを抑えたりとか避けたりとかしなくて済むってことだよね。その方がなんとなくボクは好きだよ」

 

効率か非効率ではなく好きか嫌いかで判断する辺りが彩笑らしいと月守は思いながらも、1つ意見を付け加えた。

「彩笑の言うように、前の試合みたいにエースを優先的に狙う必要はないけど…。かといって、倒すことに優先順位がないわけじゃないよ」

 

月守の意見が今ひとつピンとこなかった天音は、小首を傾げて問いかけた。

「えっと…、月守先輩。相手にエースが、いないなら、誰を倒しても、同じじゃ、ないですか?」

「同じじゃないんだよ、神音。各隊には優先して倒すべき隊員が、それぞれ1人ずついる。…真香ちゃん、誰だか分かるかな?」

 

話を急に振られた真香だが、淀みなく答えを口にした。

「諏訪隊は笹森先輩、荒船隊は荒船先輩、柿崎隊は虎太郎くんです」

 

真香の答えを聞いて月守はニコリと笑った。

「正解…、というよりは、俺と同じ考えだね。さて、神音。なんで狙うならこの3人なのか、分かるかな?」

 

質問された天音はモニターに映る彼らの画像を見ながら、頭を悩ませた。考え込む天音を見て、真香が助け舟のつもりでモニターに相手のトリガー構成を表示したところで、天音は3人の共通点に気付いた。

 

「あ…。その3人、同じ隊の人と、トリガー構成の感じが…。それぞれ1人だけ、違いますね」

 

天音の言うように、諏訪隊は笹森以外の2人はショットガン型アステロイドを装備したガンナー、荒船隊は荒船以外の2人はイーグレットメインの純スナイパー、柿崎隊は虎太郎以外の2人はアサルトライフルと弧月を装備したオールラウンダーとなり、名前が出た3人は他のメンバーとのトリガー構成の毛色が違っていた。

 

天音の出した答えに、月守と真香は頷いた。

「そう、それなのしーちゃん。そこが…、というよりは、戦闘スタイルが違うってところがミソなの」

「トリガー構成が同じ隊の2人と異なるこの3人は、その隊の戦闘の幅を広げてるんだ。笹森はガンナー2人を守る盾役か相手の守りを崩すアタッカー役。荒船さんは純粋なスナイパー役と弧月を持てば近接戦闘ができて敵の注目を引く囮役。虎太郎は近距離でアタッカーとガンナーの役割を担ってる。攻撃力じゃなくて、攻撃の幅を広げてるキーマンだよ」

 

2人の意見を聞いて納得した様子を見せる天音だが、そこへ彩笑が補足を挟んだ。

「まあ仮にその3人を追い出せたとしても、諏訪隊の火力は十分怖いし、荒船隊の狙撃はキツイし、柿崎隊の柔軟さはまだまだ健在だからね。倒せたとしても油断しちゃダメだよ」

「はい」

 

4人は言葉を交わしてお互いの考えを共有し、認識を深める。倒す相手に優先順位をつけたことで、彩笑は疑問を投下した。

「ステージはどこになると思う?選択権持ってるのは柿崎隊だけど、どこ選んでくるかな?」

 

ステージ決定権はチームランク戦において順位が1番下のチームが持つ。今回は柿崎隊が該当するため、他の3チームは柿崎隊が選びそうなステージを想定して打ち合わせを行わなければならない。そのため彩笑の疑問は当然のことなのだが、ステージに関する話題になった瞬間、月守は苦悶の表情を浮かべて頭に手を当てた。

「それがさ…、全っ然予想できないんだよね…」

堂々と月守がそう宣言すると、

「ああ、やっぱり…。月守先輩もそうでしたか…」

真香も疲れた表情を見せながら、力無くそう言った。

 

お手上げ状態の作戦参謀2人を見て、彩笑は慌てて理由を尋ねた。

「ふ、2人ともなんでそんなに疲れてるの!?ザキさん先輩のとこの予想立てるの、そんなに難しいの!?」

 

「「難しい」」

声を揃えて2人は答え、それぞれその理由を語った。

「そのチーム毎に差はありますけど、ランク戦のステージを選ぶにはいくつかの基準になる考えがあるんです。大別すると、自分たちの戦闘スタイルを活かしやすいステージにするか、相手チームが苦手とするステージにするか、です」

真香の意見を聞き、月守がそこへ自らの意見を足す。

「今回、他のチームがステージ決定権を持ってると仮定すれば…。諏訪隊は連携しての近〜中距離戦闘メインで遠距離戦が苦手、だから連携しやすいというか合流しやすいような狭めのステージかつ立体的で狙撃を制限できそうなステージ…、市街地Bあたりって予想できる。荒船隊はその逆みたいなものだから、射程を活かせる河川敷あたり…。こんな風に、長所短所を考えれば予想は立つんだよ。だけど…」

 

月守は一度会話を止めて間を作って一息取り、真香と顔を見合わせてから声を揃えて、

「「柿崎隊はなんでも出来るから予想が立てられない」」

と、結論を述べた。

 

柿崎隊の戦闘員は、隊長の柿崎国治と隊員の照屋文香が弧月とアサルトライフルを用いるオールラウンダー2名と、ハンドガンを主力にひつつも弧月を使った近接戦闘もこなせるガンナーの巴虎太郎の計3名。3人とも近距離も中距離も熟せる装備と能力を持つため、幅広い状況に対応することができる。

 

万能な編成の柿崎隊の出方が読めず頭を悩ませる月守を見て、彩笑はクスクスと笑った。

「咲耶をここまで悩ませるなんて、ザキさん先輩すごいね」

「…うん、柿崎さんは凄いよ」

月守は静かな声だが、力強く柿崎のことを凄いと言い切った。

 

実際、柿崎は凄い人だと月守は思っている。

理由はいくつかあるが、その最たるものは彼が掲げるチームの戦闘スタイルだ。柿崎隊はチームの連携を大事にしている。そのため試合開始後は合流を優先し、合流後も無茶をしてメンバーが欠けるような危ない橋を渡らず、勝負所まで粘り強く耐えて勝負に出る。しかし、メンバーが欠けることを避けるあまり格上相手には強すぎる警戒を示して勝負所を逃す時がままにあり、ランク戦での勝利はなかなか得ていない。

勝ち星を重ねることができない柿崎隊のことを臆病だと言う訓練生がいるが、月守はそんな訓練生を見る度に彼らがいつの日か考えを改めてくれればと願っていた。

 

 

 

彼らはきっと…。

防衛任務の最中に、味方がベイルアウトしてしまった時の恐怖を知らない。

市民の安全を…、命を守る境界線に自分1人だけが残され、ネイバーと戦う時の怖さを知らない。

共に戦っていた仲間が、どれだけ自分に安心を与えていたのかを知らない。

街の平和を守りきった上で、仲間を誰1人犠牲にせずに防衛任務を終わらせる難しさを知らない。

防衛任務にて柿崎隊は毎回誰1人として欠けずに帰還していることを知らない。

それが1年以上続いていることを知らない。

普段の何倍…、かつての第一次侵攻の8倍もの物量のトリオン兵と、イレギュラーな人型ネイバーとの戦いで1人として欠けずに最後まで戦い抜くことが、どれだけ困難なのかを知らない。

開戦から終戦まで…、常に戦力として最前線に立ち、オールラウンダーの特性を活かしてどんなチームとも連携が取れる柿崎隊の頼もしさを、知らない。

 

常に戦場で、全員が揃っているということの凄さを、柿崎隊を臆病だと言う彼らは知らないのだ。

 

 

 

柿崎隊の姿を頭に思い浮かべた月守は、静かな声のまま言葉を紡いだ。

「何でもできて、フルメンバーでの帰還率が異様に高い…。柿崎さんの…、というか柿崎隊の凄さは合同チームとか防衛任務で発揮されるタイプだよ」

 

月守が呟いた柿崎隊への賞賛を聞きいた彩笑は元気よく頷いて肯定した。

「うん、それはボクも思った!…もしも、トリオン体にベイルアウト機能が無かったらとしたら、毎回誰1人も欠けずに帰ってくるってことのすごさが伝わるのにね」

 

「あんまりしたくない仮定だけどな…。今後、柿崎隊がこの戦果のままA級に昇格したらさ、『生きて帰ってくるから』って理由で遠征任務に行けると思う」

 

「確かに!」

 

手放しで柿崎隊の良さを語り合う先輩2人を見て、真香は苦笑いしながら嗜めるような口調で声をかけた。

「地木隊長に月守先輩が言うように柿崎隊の凄さは分かってますので…、そろそろ話を戻してもいいですか?」

 

2人はどことなくバツが悪そうに会話をやめたところで、真香が脱線する前の話題を口にした。

「ステージ選択権を持つ柿崎隊がどこを選んでくるかなんですけど…。近距離に中距離、加えてそれなりのレベルで機動力と防御力を持っていて遠距離戦闘に持ち込むことが難しい柿崎隊に、布陣的な死角はほぼ無いです。なので、柿崎隊にステージ的な得意不得意は無いと思います」

「そうだね。自分達に得意不得意が無いなら、相手の苦手なステージを選べばいいって話になるけど…」

先程真香が話した基準に当てはめて話を進めた月守は、ここで言葉に詰まった。

 

そのことを不思議に思った彩笑と天音だが、すぐにその理由に気付いた。

「あ…。今回の、チーム…、得意不得意が、バラバラ、ですね」

 

今回、柿崎隊から見た対戦相手は3チームとも戦闘スタイルが異なるのだ。天音の言葉に続き、彩笑が軽く唸ってから口を開いた。

「近めの距離でバンバン撃ってくる諏訪隊に、遠くから一撃必殺狙ってくる荒船隊。…ねえ、他の隊から見たボクたちってどんなチーム?」

 

他所から見える自分達の姿を疑問に感じた彩笑の問いかけには、月守が答えた。

「ランカークラスの彩笑がエース貼ってる、近距離型のチームじゃないかな?神音はオールラウンダー気味になってきたけど、多分みんなからはまだアタッカーっていう印象が強いだろうし、俺だって2人のサポート役だしね」

 

「うーん、多分そんなことかな!」

月守によるチーム評価に納得した彩笑は、ニコッと笑いながら、それを良しとした。

 

実際は、

「毎試合毎試合何をしてくるか予想が立てにくいからあんまり戦いたくない」

という評価があることを、4人は知らなかった。

 

話し合いが難航する中、口数が少なかった天音が意見を出した。

「あの…。柿崎隊が、選んでくる、ステージの予想、ですけど…。市街地Cは、どうでしょう?」

 

市街地Cという予想を聞き、真香がすぐに反応した。

「昨日の玉狛が取った作戦と同じことを、柿崎隊がしてくるかもってこと?」

 

「うん…。どう、かな?」

 

確かめるように真香の目をしっかりと見つめて天音はそう言ったが、真香は軽く頭を掻いて答えた。

「それは私も考えなかったわけじゃないけど…。荒船さんって超真面目だから、多分次戦までには何かしら対策を立ててくると思うんだよね」

 

「うーん、そうだね。俺も同じ考えだ。神音の予想は悪くないけど、多分柿崎さんも荒船先輩の性格を見抜いて同じ考えになると思うから、市街地Cは選ばないと思うよ。…まあ、柿崎さんが市街地Cで荒船隊を抑えられる確信がある作戦を持ってるなら、話は別だけど…」

 

2人の意見に納得した天音は、

「そう、ですね…。予想って、難しい、です」

無表情ながらも、どことなく落ち込んだ様子でそう言った。

 

話し合いが難航して空気が重くなる中、彩笑が「じゃあさ!」と前置きしてから意見を出した。

「予想は、市街地Aで立てようよ!」

 

「市街地A…、ですか?」

発言の意図を読みきれない真香が不思議そうに尋ねると、彩笑は頷いてから理由を語り始めた。

「うん!市街地A!だってさ、市街地Aって本当に基本になるステージでしょ?だからここで、柿崎隊がどう動くかなって予想するの。白兵戦メインで来るのかなー、とか、どっかのチームを狙いにきてるなー、とか色々考えて、作戦の骨組みにしちゃえばいいじゃん!本番で市街地Aを選んでこなくても、そのステージの特徴から白兵戦狙いじゃないとか、特定のチームに照準合わせて来た!とか判断して動けば良いと思わない?細かいところは本番で調整ってことで、さ!」

楽しそうな笑みを浮かべた彩笑は意見を言い終え、作戦参謀である2人の反応を待った。

 

わずかな間を開けてから、

「…それいいね、採用」

「地木隊長頭柔らかいですね」

月守と真香は感心したように言い、

「ふっふーん!どんなもんだい!」

彩笑は渾身のドヤ顔を返した。

 

ステージが仮決定ながらも市街地Aとなったことで、真香はパソコンを操作してモニターに市街地Aのマップを映し出した。

「改めて見ると、可もなく不可もなくって感じのステージですね」

 

独り言のような真香の言葉を、天音が拾った。

「うん。…、試合が始まったら、荒船隊以外は、合流…、かな?」

「基本そうだと思うよ。…柿崎隊、諏訪隊が合流、荒船隊がバッグワーム起動して狙撃地点に移動…。あ、一応市街地Aでの狙撃ポイント、出しますね」

 

真香は手早くキーボードを叩き、ラウンド1で使ったスナイパーの有効な狙撃地点を表示した。

 

ある程度有効な地点から伸びるいくつもの射線を見て、彩笑は「ふにゃー」と言いながら息を吐いた。

「改めて見ると、スナイパーの射程長過ぎ!ズルくない!?」

 

「見方の問題だろ。向こうだってきっと、至近距離でとんでもない速度で動き回れる彩笑のことズルいって思ってるぞ」

 

「それはそうかもだけどさー」

ぶーぶーと不満(のようなもの)を話す彩笑をよそに、真香はジッとマップを見つめて思考を続けていた。そして、

「ステージの特徴を無視すれば…、色々と見えて来ますね」

 

考えがまとまったところで、それを一つ一つ口にしていった。

「柿崎隊が合流したとして、そこからの選択肢は…。

①他チームに接近しての白兵戦。

②他チームとある程度距離をとっての射撃戦。

③他チームの出方を見るために待機。

④そもそも合流しないで単騎戦。

案外、初手はそのくらいであんまり多くはないと思います」

 

真香が提示した4つの選択肢を聞き、月守は頭の中で検証しつつも意見を口にした。

「初手は、そんな感じだろうね。極端だけど、作戦なんて突き詰めていけば突撃、奇襲、待ち伏せ、逃避のどれかに分類されるし」

 

「本当に極端ですね…。ちなみに月守先輩、その知識の出所は?」

 

「経験則。チームランク戦黎明期から色々試して、身についたこと。ちゃんと勉強すれば、また違うとは思うから、信憑性は薄いけどね」

 

「いえいえ、十分参考になります」

 

参考になると思った事を真香が手早くメモに残したところで、彩笑が気付いたことを口にした。

「でもさ、律儀に柿崎隊が合流するのを待つ理由なんて無いよね?むしろ合流されたら厄介なんだし、合流前にどうにか崩せた方がいいよね?」

 

「わざわざ向こうの戦力整うまで待つ必要無いし、俺は彩笑に賛成だよ」

彩笑の意見に同意した月守は、そのまま言葉を続ける。

「理想としては、相手の3チームがそれぞれの布陣を整える前に、最初に出た優先して倒すべき隊員を倒して優位を取ることかな。開戦直後になるべく早く、俺たち3人が周囲にいる隊員を把握して単独であっても奇襲をかけて先手を打てれば、今回の序盤としては満点だと思うよ」

 

「よし、んじゃ序盤はそれで行こっか。神音ちゃん、真香ちゃん。それでいい?」

目を細めて柔らかな笑みで彩笑は問いかけ、

 

「はい、それで良い、です」

 

「それでいきましょう」

2人は躊躇うことなく、そう答えた。

 

*** *** ***

 

序盤の方向性が定まった後は、チームの意見は滞ることなくまとまっていった。奇襲が上手くいった場合、失敗した場合などを含め、いくつかの場面や展開を予想してそれぞれに作戦を立てていった。

 

そうして作戦会議が終わると、彩笑は軽く手を叩いた。

「じゃあ、だいたいこんなところかな。作戦は色々話したけど、結局は試合が始まらないとどうなるか分かんないから、当日は臨機応変に行こうね」

珍しく隊長らしい発言をした彩笑を見て、3人はそれぞれ頷いた。

 

その反応を見て彩笑は席から立ち上がり、ググッと伸びをした。

「よーし、それじゃあ今日はもう解散!次に会うのは、明日の夕方の防衛任務の時だね!」

 

「あ、忘れてなかったんだ」

茶化すような口調の月守の言葉を聞き、彩笑はわざとらしく不満げな表情を作った。

 

「忘れるわけないじゃん。正隊員はランク戦よりも防衛任務が大事なんだから!」

 

「そうだったね。…さてと、それじゃ俺は、その大事な防衛任務に行こうかな」

 

「ん、行ってらー…。って、咲耶最近、また防衛任務の回数増やしてきてない?」

 

「まだ週5くらいだよ」

 

「ちゃんとセーブしてよ?咲耶ほっとくと週7にしちゃうじゃん」

 

「1回、俺の申請ミスと上の確認ミスで週8とかあったよ」

 

「どんなミスなのそれ!?」

1週間という時間の枠組みを越えたエピソードを聞いた彩笑は思わずギョッとした。

 

会議解散後もそうして彼らは会話を弾ませ、月守が防衛任務に出るギリギリの時間までそうしていた。




ここから後書きです。

個人的に敵チームの攻略方法を話し合うことが好きなので、今回みたいな話になりました。

ケーキ食べるだけだと超短い話になったので。

ケーキと言えば。

年明けに友人達と集まる機会がありました。その中にその日誕生日だった人がいたので、私はケーキを買っていきました。そしてそのケーキを食べてる時、久々に会った友人に声をかけました。
「久しぶりだね。ケーキ、どう?」
「うーん、あんまりよくねえな」
友人の返しに私は軽く驚く。甘いもの苦手だったっけと思いつつ、友人の言葉は続きます。
「年末にでかい仕入れはあるけど、それ以外だとあんまりよくはねえんだよなあ」
(……年末にでかい仕入れ?クリスマスケーキのことかな?)
などと疑問に思う中、私は気付きます。
(ああ、『ケーキ』じゃなくて今自分がいる業界の『景気』の話をしてるのか!)
訂正しようか迷いましたが、結局直せないまま会話は終わりました。
日本語って難しいですね。


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第74話「不知火花奈の1日」

不知火花奈の朝は早かったり遅かったりする。

自宅は三門市内にあるマンションなのだが、そこまで帰るのが手間と言い張り、ボーダー本部内にある自身の研究室か職員や隊員用の仮眠室に寝泊まりする彼女は、毎朝起きる時間帯がまちまちだった。

 

2月7日金曜日の朝、不知火は6時前に起床した。前日は半ば自室となっている研究室にあるソファベッドで寝たのだが、酒を飲んでいたため記憶が少々曖昧で、寝る前の出来事があまり思い出せなかった。

 

(うーむ…。飲みすぎたか。でもそれにしては、ソファの周りに酒の缶やら瓶やらパックが無いな……)

疑問に思った不知火だが、テーブルの上に置いてあった1枚の置き手紙に気付き、そしてそれを読んで納得した。

 

置き手紙の筆跡は月守のものであり、内容は、ケーキの差し入れをしたことと、部屋が少し散らかっていたので研究と関係のなさそうなものだけ片付けた事の2つだった。

 

(真面目というか何というか……。まあ、今度何かで返さなきゃな……)

 

そうして不知火は月守へのお礼(という名目のイタズラ)と今日のスケジュールを頭に思い描きながら、仕事の準備を始めていった。

 

*** *** ***

 

起床から1時間後、身支度を済ませて仕事着とも言える黒スーツの上に白衣を羽織った不知火は食堂に来ていた。メニューが格安で提供されている上に職場から移動しなくて済むという理由で、不知火は基本3食をここで済ませていた。

 

「いただきます」

ほぼ定位置と化した場所に座った不知火は静かに手を合わせ、朝食を食べ始めた。艶のある白米にしじみの味噌汁、焼きジャケに海藻を基本としたサラダを食べ進めていると、

「副開発室長、お疲れさまです。隣、いいですか?」

開発室のチーフエンジニアの1人、寺島雷蔵が声をかけてきた。身振りで不知火は許可を出し、寺島は不知火の左隣に座った。

 

「相変わらず朝は眠そうですね。また、夜遅くまでトリガー弄ってたんですか?」

 

「いや、昨日は呑んでた。サンダー寺島こそ、朝から本部というのは珍しいんじゃないかい?」

 

「昨日は例のラッドの件で色々ありまして…」

 

「あー……」

例のラッド、というワードを聞き、不知火は一旦食べる手を止めた。

「…あのラッドについては、やっぱり実際に見てみたいな。今日にでも見に行こう」

 

「ダメです。鬼怒田さんから、不知火さんだけは絶対にラッドに会わせるなって言われてるんで」

 

「ケチだなあ。報告書だけじゃ物足りないんだよ」

 

「報告書ということなら、自分だって大規模侵攻の時の報告書見ましたよ。不知火さん、ラッドの中身が()()だって知ってるなら、私怨丸出しで接するでしょう?」

 

「当たり前さ。人のことをバ…、お年寄り扱いしたあの黒スライムに地獄を見せてやる」

すでに私情を多分に挟んでいる不知火を見た寺島はため息を吐き、

「だから許可が出ないんすよ」

疲れた様子でそう言った。

 

*** *** ***

 

不知火の仕事内容は毎日変わる。トリガー開発や改良、仮想空間のメンテナンスにトリオン兵のプログラミング、トリオンを用いた医療技術、トリオンそのものについての研究など、受け持っている業務が…、というよりは不知火本人がやりたがって取ってきた仕事多数に及ぶためだ。

 

研究室に戻ってきた不知火はモニターの前に座り、一呼吸取った。

「さーて…。期限が近いのは、『ストック』の一般隊員向けプロトタイプの完成と、実装の目処が経ったラービットのプログラミング修正…、かな。この2つが特に近い」

スケジュール帳から仕事の期限が特に近い2つを確認し、作業に移った。

 

モニターにはまず不知火が開発中のトリガー『ストック』のプログラムが表示された。夥しいほどの英数字の文字列を不知火は読み取り理解し、問題点を修正して『誰でも使いやすいように』手を加えていく。

(やはりネックなのはトリオンの吸引速度だね。一昨日ワタシが使った分には丁度良かったけど…、実際はポジション毎、いや、使う人と状況によって最適な速度は変わるだろう。吸引速度を完全マニュアルで設定できるようにするか…、いや、それだと使い勝手が悪いし、別トリガーを作った方がいいレベルだな。なら、速度を三段階くらい作ってそれを切り替えられるようにするか。それぞれの速度を弱、中、強として、弱はバッグワームレベル。中は…)

思い描いた修正点を不知火は手元のキーボードを叩き、プログラムへと反映させていき、ものの20分程で、とりあえずの修正が完了した。

 

「でーきた!」

作業を終えた不知火は問題が解けた子供のような声で完成を喜んだ。そして直後、顎に手を当てて考え始めた。

「出来たはいいけど…。やっぱり実際に使ってみないことにはどうにもならないねえ。また別の問題が出てるかもしれないし…。どれどれ、どこかにいいモルモ…、実験協力者はいないかな?」

呟いてから不知火は、プロトタイプのテストをしてくれる協力者がいないものかと考え始めた。いつもなら月守に、

『学校もしくは防衛任務が終わったら研究室に来なさい』

とメール一本送れば済む話なのだが、その月守は先日ようやく自分に合うトリガー構成を見つけたため(当たり前のように構成は8枠一杯だった)、今彼のトリガーに『ストック』を組み込む余地は無かった。

 

お手軽なモルモットが使えなかったため、不知火は他のアテが無いものかと考えて出した。

(ある程度自分のスタイルが固まってる子がいいな。とりあえず何人かに連絡を…、ああ、その前に一応本部長に許可を取らなきゃね)

思い立った不知火は、本部長である忍田に連絡を入れた。

 

忍田から返事が来るまでの間、不知火はしばし暇になった。期限が近いもう1つの仕事であるラービットのプログラム修正をするべきなのだが、こちらもストックと同じく、他の隊員による協力が必要な状態だった。

というのも、不知火はほぼ全て自前でラービットのプログラムを組んだため、その挙動を客観的な目線で見ることができなかったのだ。そのため他の隊員によるテストプレイ…、できれば大規模侵攻時にラービットと戦闘をした隊員による協力がほしいところだったが、一昨日月守を『ケルベロスプログラム』に放り込んだところ忍田から「隊員を大切にしろ!」という旨のお叱りを受けてしまい、ラービットのテストプレイはしばし控えるよう指示を受けていた。

しかし不知火としては、もはやラービットの完成はテストプレイと修正を繰り返すような段階に来ているため、何が何でもテストプレイを実施したいところだった。

 

そうして2つの仕事の納期が重なった不知火は、思いついた。

 

「そうだ、どうせならストックのテストとラービットのテストを同時にやろう」

 

と。

 

ストックのプロトタイプを使いに来てくれた隊員をラービットが待ち構える仮想空間に放り込めば、2つのデータが取れて一石二鳥だと。

 

本来ならば正確なデータのために別々に取りたいところであり、不知火としても正直やりたくない手段なのだが、この際仕方ない割り切った。あとからまた、別のデータもちゃんと取るからと、自分に言い聞かせていた。

 

(ちゃんと送ったメールにもラービットの件は書いてあるし、騙すことにはならない…、はず)

 

そんな風に結論付けた不知火だが、依然として暇なのは変わっていない。まだ期限が遠い別の仕事を進めるというのも1つの手段だが、それに没頭してしまうと肝心の2つの仕事が遅れる恐れがあったため、別の仕事を進める気にはなれなかった。

 

時間をほどほど潰せる何かがないかと不知火は悩んだが、幸いにも悩みはすぐに解決した。

 

『不知火、いるか?』

タイミングよく、扉に備え付けてあるインターホンから聞こえてきた音声に、不知火は答えた。

『ワタシはイルカじゃないけどねえ』

 

『何を言って…、ああ、そういうことか。つまらないシャレは要らないぞ。扉を開けてくれ』

 

『はいはい』

軽く笑いながら不知火は扉のロックを解除して、外にいた人物…、先ほどメールを送った忍田真史を研究室へと招き入れた。

 

「何か飲むかい?」

 

「何でもいいが…、いや、アルコール以外だぞ?」

 

「ひどいなぁ。流石にワタシだって仕事の時間帯にアルコールは出さないよ」

肩を竦めた不知火は「まあ適当なところに座ってて」と忍田向けて言ったあと、備え付けの冷蔵庫から缶コーヒーを取り出した。

「事前に来ると連絡くれたら、あったかいのを準備してたんだがね」

 

「すまん。連絡を貰った時、たまたまこの区画の近くにいたものだからな」

 

「あはは、じゃあどの道あったかいのは準備出来なかったかもねえ」

不知火は忍田とテーブルを挟んで向かい合わせになる形でソファに座り、適当な話題を放り込んだ。

「遠征の目処は立ちそうかい?」

 

「ひとまずはな。その前にやるべき課題は山積みだが…。目下のところ、正隊員全体のレベルの底上げが優先されるだろう」

 

「ほう、そりゃまたどうして?」

問いかけながら不知火は、そういえば会話しりとり仕掛けるの忘れたと思いつつ、忍田の言葉を待った。

「今回の遠征は、前回よりも大規模なものになる見通しだ。遠征部隊に求められるハードルも上がる事に加え、3チーム以上が防衛任務に参加できなくなったとしても、安全に防衛任務を回さなければならない。遠征期間中にこの前のような大規模な侵攻が無いとも限らない。そう考えれば、正隊員の実力向上はどうしても急ぐ必要がある」

 

「ふーむ、なるほど。…なら、遠征期間中はワタシも隊員として動こうか?エンジニア業務はその期間お休みにしたっていい」

 

「嬉しい申し出だが…」

 

「…だが?」

途絶えた説明の続きを不知火は促し、忍田はどことなく申し訳なさそうな表情で言葉を再開させた。

「…不知火。まだ決定ではないが、今回の遠征任務で、君を遠征艇のエンジニアとして乗せるべきという意見があるんだ」

 

「遠征艇のエンジニア、ね…。前回の任務で、冬島がやってた戦闘員兼遠征艇のメンテナンス要員として乗ってくれってことかな?」

 

「そういうことだ。もちろん他にも、エンジニアは搭乗させる予定だが…。どうだ不知火…、今現在の気持ちで構わないが、参加してもいいと思えるか?」

忍田は慎重な態度で、そう質問した。

 

遠征任務は普段の防衛任務やランク戦より、遥かに危険度が高いものである。未知の世界に踏み込みイレギュラーな状況が多数想定される上に、ベイルアウト機能も満足に機能しない。少しのミスが容易に死に繋がりかねない任務であるため、忍田は慎重に質問したのだが、

 

「ん、いいよー。指示してくれればいくらでも参加するさ」

 

不知火はそんな忍田の気苦労を嘲笑うかのように、あっさりと参加の意思を示した。

 

ちょっと友達ん家行ってくるわー、くらいの気軽さで答えた不知火を見て、忍田は一瞬目を見開き、そしてすぐに肩の力を抜いた。

「…君のことだ。危険なのは重々わかった上で、そう言ってるんだろうな」

 

「まあね。そもそもワタシ、遠征任務何回か行ってるし、忍田本部ちょ…、忍田先輩が心配しすぎなのさ」

 

「まて、なぜ今一回言い直した?」

 

「ふふ、やっぱりワタシにとって貴方は本部長ってより先輩だからねぇ…」

目を細めて楽しそうな笑みを浮かべて、

「第一…、トリオン体の速度なら川の上走れるかもって思って試してた所を18歳の小娘に見られて通報されかけてた人を本部長として見るのが難しいじゃないか」

忍田の黒歴史の1つをサラリと口にした。

 

脈絡も無く暴露された過去を聞き、忍田は思わず眉間に皺を寄せた。

「ぐっ…。まだそれを言うのか…っ!」

 

「当たり前だろう?しかも通報されそうになったら焦って、

『事情は説明するから通報するのは勘弁してくれ!』

って言ったり、挙げ句の果てには、

『秘密を知ったからには我々の仲間に加わってくれないか!』

なんて言ってきたんだよ?ちょっと話を聞いただけで強制入隊なんて、とんでもないと思わないかい?当時、その子がどれだけ震えていたか、忘れたわけじゃないだろう?」

 

「忘れたわけじゃないが…。私の記憶が正しければ、その時の子…、というか君は、未知の世界と技術に触れられることを喜ぶあまり震えていた気がするんだが…」

 

「お、よく覚えてるね」

答えを肯定した不知火は、喉を鳴らしてとても楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 

 

 

コーヒーが空になるまで一通り雑談したところで、不知火がいよいよ本題を切り出した。

「さて、長々と前置きをしたけど…。忍田先輩、メールは見てくれたね?」

 

「当然だ」

 

「うん、なら話は早い。ストックのプロトタイプは概ね完成したし、今月中に仮想空間のシステムに組み込みたいっていうラービットも大体完成してる。あとは実際に使ったり戦ったりして微調整すれば、この2つは搭載可能だよ。そういうわけだから、テストプレイのために正隊員を何人か貸してくれるかい?」

不知火の要求を聞いた忍田は、腕を組んでわずかに考えてから口を開いた。

「正隊員なら、誰でもいいのか?」

 

「希望が出せるなら、大規模侵攻でラービットと実際に戦った隊員が望ましいね。ストックのデータも取りたいから、戦闘スタイルがバラけてると有り難い」

 

「そうか、わかった。任務扱いということで、大規模侵攻でラービットと戦った隊員に声をかけよう。何人集まるかは保証できんがな」

忍田はそう言って、あっさりと許可を出した。

 

思ったよりすんなりと解決したことに驚き、不知火は問いかけた。

「一昨日禁止されたから、もっと許可貰うには時間がかかると思ってたよ」

 

「私が禁止にしたのは、精神的に隊員を追い詰めるマネをしたことに関してだ。ラービットや新型トリガーの研究とは、また別だ」

 

「ふーん。まあ、なんにせよ許可が出てワタシは一安心さ」

安堵した不知火が座ったまま両腕をググッと伸ばしたところで、忍田が1つ追加の条件を出した。

「ただし…、正隊員の前に、私が直々に試させてもらおう」

 

「はは、そのくらいお安い御用さ。試すのはラービット?ストック?それともどっちも?」

 

「両方に決まっている」

スクっと立ち上がった忍田はスーツの内ポケットからトリガーホルダーを取り出し、不知火に手渡した。

「バッグワームを外して、その試作段階のストックをセットしてくれ」

 

「了解。あ、ストックの取り扱いマニュアルを作ったから、トリガーをセットしてる間、それに目を通してね」

数枚のマニュアルを忍田に手渡した不知火は、テキパキと忍田のトリガー構成を変更し始めた。

 

数分かけてマニュアルを目を通した忍田は、素直な感想を口にした。

「これは…、うまく扱えたなら、強力なトリガーになるぞ」

 

「お、やったね。忍田先輩のお墨付きを貰えたよ」

 

「ただ、取り扱いが難しそうなトリガーだが…」

 

「その難しさをどうにかするために、ワタシたちがこれからテストするんだろう?」

トリガーチップをセットし終えた不知火は、忍田にトリガーホルダーを手渡した。受け取った忍田は早速トリオン体に換装しようとしたが、ふと、今の言葉の違和感に気づいた。

「…ワタシたち、ということは、君もやるのか?」

 

「まあね。どうも遠征時期にはワタシも動かなきゃならないようだし、ボチボチ勘を取り戻さなきゃいけないだろう?」

話しながら不知火は白衣からトリガーホルダーを取り出し、忍田と同時にトリオン体へと換装した。

「ふむ、やはり忍田先輩はスーツよりも黒コートが似合う」

 

「そうか?…君は、白衣の方が似合うと思うが…」

 

「ほうほう、忍田先輩は白衣がお好みか。どれ、先輩を狙う女性方に教えてあげようかな」

 

「ふざけるのは大概にしてくれ。さっさと始めよう」

 

「ふふ、りょーかい」

戯けた雰囲気で不知火はそう言ってからプログラムを起動し、2人のトリオン体は仮想空間へと送られた。

 

 

 

 

送られた直後、忍田は絶叫した。

「8体同時なんて聞いてないぞっ!」

そこには、不知火の手が加えられた彩り豊かなラービットが8体並んでいたからだ。

 

「ふっふっふ、『ケルベロスプログラム』を上回る『ヤマタノオロチプログラム』さ!全滅させれば勝ちだけど、この子達は倒しても一定時間で復活する仕組みだから、ある程度まとめて倒さないとこのプログラムは終わらないよ!」

不知火がしれっと話したシステムに戦慄した忍田は思わず、

「貴っ様ーーー!!!」

ヤケクソ気味に叫びながら弧月を抜刀しラービットの群れに突撃していき、

「フォローは任せたまえよ、セーンパイ」

数歩遅れて、不知火は禍月を構えて後に続いた。

 

*** *** ***

 

昼過ぎ、やっとの思いでプログラムを終えた不知火は軽く忍田のお説教を受けた後、昼食を取ろうとして食堂に来ていた。天ぷら蕎麦定食を受け取った不知火は空いてる席を探してキョロキョロと周囲を見渡すと、空いている席と共に見知った顔を見つけた。

 

「やっほー、東。隣良いかな?」

見つけたのは、ベテラン隊員の東春秋だった。東は人当たりのいい笑みを見せて、不知火の言葉に答えた。

「ええ、もちろん。どうぞ」

 

「では遠慮なく」

座った不知火は朝と同じく静かに手を合わせて「いただきます」と呟いてから、食事を始めた。

 

不知火が蕎麦を数口食べたのを見て、東は会話を始めた。

「午前中、大学のラボの方にいましてね。例の実験をしてたんですよ」

 

「ほう、例のやつだね」

 

東はボーダーが提携している大学の研究室にて、トリオンに関して本部とは別ベクトルの研究を進めている1人だった。トリガーに転用する研究ではなく、『そもそもトリオンとはどういうモノなのか』という研究であり、それにも興味がある不知火はそちらの研究にも積極的に手を貸していた。

 

今2人がしている会話は、その研究に関することだった。

「それで、どうだった?」

 

「詳しくは後で資料を届けますけど…。1つ、仮説通りの結果がありましたよ」

 

「ほうほう、それはそれは…。ちなみに、当たってたのはワタシの仮説かね?」

嬉々として尋ねる不知火に対して東はバツが悪そうな表情を浮かべて、答えを返した。

「いえ…、当たってたのは俺の仮説です」

 

「むう、外したか…。トリオンの謎を1つ知ると、そこからまた謎がいくつも広がっていく…」

 

「先はまだ長いですよ」

 

「望むところさ」

未知に対して大きな興味を向ける不知火を、東は頼もしく思った。しかし当の不知火は東の気持ちを知る由もなく、何気なく天ぷらを口にして、

「それはそうと東。ワタシはせっかくサクサクに揚げた天ぷらを液体に投入する行為は如何なものかと思うんだけど、これについて君の見解を聞かせてくれないか?」

とてもどうでもいい疑問を投げかけてきた。

 

そして東は、

「そうですね…、しなびた天ぷらにも、また違った良さがあるんじゃないですかね?」

生産性の無い疑問に対しても真面目に答えたのであった。

 

*** *** ***

 

午後、不知火は暇を持て余した。

天音のアスターシステムのデータ整理や、個人的に飼育しているネイバーフット産の植物の管理、溜まっていた書類の処理、昔作った掃除機能がついた改造小型モールモッドのメンテナンスなど、今やるべきことをほぼほぼ片付けた不知火は、暇になった。

 

仕事や仕事に必要な知識の習得など、やるべきことが全くない訳ではないが、ひどく気分が乗らなかった。

 

時間を確認すると、15時を回ったところであり、仕事を切り上げるにはまだ早い時間帯だった。

(別にこのまま今日はお開きにしてもいいんだけど…)

少し悩んだ不知火は、気分転換を兼ねて散歩に出た。特に目的を定めることなく本部内をウロウロと歩き、時間を潰しながら脳をリフレッシュさせていると、小柄で白髪な隊員の後ろ姿が彼女の視界に入ってきた。

 

報告書や人づてに聞いてはいたものの、実際に会うのは初めてになる人物に、不知火は話しかけた。

「迷子かい?空閑遊真くん?」

話しかけられた遊真は振り向き、怪訝そうに会話に応じた。

「道に迷ってはいるけど…。おねーさん、だれ?」

 

「おっと、自己紹介が遅れたね。ワタシは不知火花奈。本部所属のエンジニアだよ」

不知火がそう名乗ると、名前に聞き覚えがあった遊真が手をポンと叩いた。

「シラヌイ…。ああ。前につきもり先輩が言ってた人か」

 

「へえ、月守から既にワタシの事は聞いていたのか。じゃあ、ワタシと同じだね」

 

「つきもり先輩からおれのこと聞いたの?」

 

「うん、そうだよ。…君は、遊吾さんの息子さんなんだってね」

不意に父親の名前を出され、遊真の雰囲気が少し変わったところで不知火はやんわりとした笑みを見せて、

「君の目的地に向けて…、歩きながら話そうか」

そう提案した。

 

 

 

遊真が目指していたのは、ソロランク戦のホールだった。今いる区画とはほぼ真逆の方向であり、不知火は遊真の迷いっぷりに苦笑してから、道案内を始めた。

歩き出してすぐに、遊真が問いかけた。

「しらぬいさんは、親父のこと知ってるの?」

 

「まあね。ワタシが入隊してすぐの頃…、少しだけ、お世話になった。トリオン体の基礎…、の、そのまた基礎を教えてくれた人だ」

 

「そっか」

遊真はそこで一度、会話を止めた。

 

(父親の過去を、あまり聞きたがらないか…。聞く気がないのか、敢えて聞かないのか…)

その判断に迷った不知火は、会話を再開させて遊吾についての話題を振った。

「遊吾さんのその後のことは、林藤さんを通じて聞いたよ。…君のその指輪が、遊吾さんなんだね」

 

「そうだよ」

言いながら遊真足を止めて、左手の人差し指に嵌めた指輪を不知火に見せた。

「これが…、親父のブラックトリガーだ」

 

「…ブラックトリガー、か。…意識のようなものは無い、とは分かっているんだけど…」

呟くように言った不知火は、フロアに右膝を付けて態勢を低くして、指輪に目線を合わせた。

 

そして、

「…遊吾さん、おかえりなさい。次に会う時はお酒を飲み交そうって約束してたのに…、これじゃあ約束、守れないね」

どことなく幼い雰囲気で、今は亡き遊吾と交わし、守ることができなくなった約束を物悲しそうに口にした。

 

数秒間、そうして不知火は固まっていたが、1つ長い瞬きをして立ち上がった。

「すまないね、遊真くん。初対面にもかかわらず、しおらしい姿を見せてしまった」

遊真に謝罪する不知火に先ほどまでの雰囲気は欠けらも無く、遊真はその切り替えの早さに軽く驚きつつも言葉を返した。

「べつにいいよ、気にしてないし」

 

「ふふ、それは助かる。さて、じゃあまた歩こうか」

そう言って不知火は颯爽と歩き出し、遊真はそれに続いた。

 

 

2人は移動中、他愛もない雑談を続けていた。

「そういえば遊真くんは…、遊吾さんからサイドエフェクトも受け継いだんだってね」

 

「そうだよ」

 

「嘘を見抜く、遊吾さんのサイドエフェクトか…。どれ、1つその精度を確かめようかな」

 

「確かめるって…、何かするの?」

クスッと笑い、不知火は人差し指を立てて提案した。

「いや何、難しいことはない。今からワタシが言う言葉を、嘘か本当か見抜いてくれればいいだけだよ」

 

「それなら簡単だよ」

淡々と遊真は言うが、その奥には確かに見破ることができる確信にも似た感情があった。それを見抜いた上で、不知火は言った。

 

「じゃあ、いくよ。…遊真くん、『()()()()()()()()』。さて、嘘かな?本当かな?」

 

問いかけに対してサイドエフェクトが働き、遊真はそれが真実かどうかを見抜いた。

 

「…うん、ウソはついてないね。だから、しらさんはウソつき…、ん?あれ?」

しかし答えを口にした途端、遊真は自分の言葉に違和感を感じて戸惑った。そして戸惑う遊真の様子を見て、不知火は満足そうに笑った。

「クックック、これは嘘つきのパラドックスと言ってね。ちょっとした言葉遊びさ」

 

「むう…。ウソはついてないのにウソつき…。しらぬいさんは、面白いウソつくね」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

そう言って不知火は、不敵な表情を見せていた遊真の頭をポンと軽く、一撫でした。

 

 

そうして雑談を重ねていくうちに、2人は目的地であるソロランク戦のホールに辿り着いた。

「到着だよ」

 

「おおー、やっと来れた。しらぬいさん、案内してありがとうございます」

 

「大したことじゃないさ」

丁寧にお辞儀をする遊真に対して、不知火は気にするなと言いたげにヒラヒラと手を振った。

 

そのまま踵を返してブースに向けて歩いていく遊真を見届けた不知火は、ほんの少し名残惜しそうな表情を一瞬だけ浮かべてから踵を返し、再び気ままに歩いて行った。

 

*** *** ***

 

日がどっぷりと暮れた時間になると、不知火のテンションは上がる。

世間一般の仕事が終わる時間に合わせて、仕事を切り上げた。仕事終わりのシャワーを済ませて、服装やら気分やら諸々を切り替え不知火は、冷蔵庫で冷やしていたお宝…、酒を取り出した。

 

 

 

 

 

不知火が酒の美味さに目覚めたのは、20歳の誕生日だった。

良識のある大人たちに周囲を固められて、不知火は20歳になるまで一滴も酒を飲んだことがなかった。

そして迎えた20歳の誕生日、良い機会だからと林藤に言われて不知火は初めて酒(ビール)を飲んだ。

 

飲んだ瞬間、不知火は思った。

 

苦い。

 

しかし同時に、

 

だが美味い!

 

と、確信した。

 

説明しようがないがコレは美味い!

不知火はそんな言い知れない感覚の正体を確かめるべく、お酒デビューしたその日に持ち込まれた酒のほとんどを飲んだ。飲めてしまった。常人離れした肝機能を彼女は持っていたのだ。

本来なら酔い潰されるはずの立場にいた不知火は、逆に居合わせた旧ボーダーの大人達のほとんどを…、いや、全員を酔い潰した。

 

最高責任者である城戸は、

「しらぬいくん…、さけは、のんでも…、のまれては、いけないぞ………」

と言い残して潰れた。

 

当時戦闘でコンビを組んでいた忍田は、

「む、むりだ…、わたしは、もう……、のめん……」

その言葉を最後に気を失った。

 

酒を勧め、メンバーの中では最も酒に強かった林藤ですら、

「おれぁ……、とんでもねえかいぶつを……、よんじまったの、かもなぁ………」

無残に散ってしまった。

 

それ以来不知火は酒の美味さに取り憑かれた。

幸いにも早い段階で重度の二日酔いを経験し、その状態では大好きな研究が手につかないことに気づけた不知火は節制も覚えた。城戸司令が言い残した『飲んでも飲まれるな』がきちんと出来たのであった。

 

 

 

 

兎にも角にも、不知火は無類の酒好きである。

出前(不知火が食堂に頼み込んで採用させてもらったシステム)で注文したおつまみが届くまでまだ時間はあるが、それすら待ちきれない彼女は、

(もういいや、開けちゃえ)

脳内でゴーサインを出して、プルタブに指をかけた。

 

しかしその瞬間、

「しーらーぬーいさーん!聞いて聞いてー!」

前触れも無く、元気と笑顔がトレードマークの地木彩笑が研究室に特攻をかけてきた。

 

彩笑の特攻に気づいた不知火はプルタブを開ける寸前で止めて、彩笑へと目を向けた。

「手短に頼むよ、地木ちゃん」

 

「あれ?今日は会話しりとりやらないんですね」

ワザと名前を呼んでしりとりを切り上げた不知火をに対して、彩笑は研究室にあるソファに座りながら問いかけた。不知火はプルタブが開く寸前のビールの缶を持ち上げながら答える。

「まあ、ご覧の通り、ワタシはこれからお酒を飲むからね。お酒を飲んじゃいけない未成年が同じ部屋にいる状態で飲むのは、世間体がよろしくない」

不知火は至極真面目にそう答えた。ここ2日間で、未成年にビールを持って来させたり、飲み散らかした部屋の片付けを未成年にしてもらった人とは思えない程度には真面目に見えた。

 

事情を理解した彩笑は申し訳なさそうに口を開いた。

「えーと…、じゃあボク、出てった方がいいですよね?」

 

数秒の間を開けて、不知火は優しくため息を吐いてから答えた。

「…もうすぐ出前が来るから、それまでなら聞いてあげるよ」

 

「やったー!」

許可をもらった彩笑は、ぱあっという効果音が付きそうな勢いで笑顔になった。しかしすぐに、その表情は不機嫌そうなものに変わった。

「それでね!聞いてよ不知火さん!」

コロコロと表情を変える彩笑をユニークに思いつつ、不知火は会話に応じる。

「はいはい、言ってごらん」

 

「さっき咲耶に、神音ちゃん取られました!」

 

「…うーん?」

彩笑の言葉は端的過ぎて、不知火は話が掴めなかった。話の全貌を確かめるべく、不知火は彩笑に問いかけた。

「地木ちゃん、順を追って説明してもらえるかな?」

 

「えっと…。さっきまでボクたち、チームで防衛任務だったんです」

 

「夕方の時間帯にシフト入ってたもんね。それで?」

 

「で、その防衛任務終わった後、神音ちゃんの特訓に付き合うことにしたんてすよ!」

 

「防衛任務の後なのに特訓とは、天音ちゃんは熱心だねえ」

 

「あ、神音ちゃんは防衛任務に参加してないんです。まだ動きに違和感あるからって」

 

「ああ、なるほどね」

テンポよく会話しながら、不知火は話の全貌を朧げに理解し始めた。

「それで特訓に付き合うことにしたのはいいけど…、そこで咲耶と何か揉めたんだろう?」

 

「そうなんですよ!明日のランク戦、神音ちゃんはオールラウンダーで出るつもりなので、ボクがアタッカーの動きを、咲耶がシューターの動きをそれぞれ確認して、明日は連携取っていこうなったんですけど…」

言いながら彩笑の身体はワナワナと震え、不知火はそこからほんの少しの怒気を読み取った。

 

そして彩笑は中途半端に止めた言葉の続きを口にした。

「その順番を咲耶に持っていかれました!先にアタッカーの動きを見てあげた方がいいって言ったのに!ジャンケンで負けたからボク後回しにされました!」

 

「…ふふ。ああ、だから取られたって事ね」

話の全貌を理解した不知火は、呆れ半分微笑ましさ半分の笑みを零した。

「要は地木ちゃん、大好きな天音ちゃんとの特訓をお預けされて拗ねてるわけだね」

 

「…うう、そうともいう……」

しょぼんと落ち込む彩笑に向けて、不知火はわずかに考えてから言葉を紡いだ。

「地木ちゃんの言う、先にアタッカーの動きを見た方がいいっていう言い分は分かるよ。人間、どうしても一番はじめに手をつけたものの記憶が残りやすいから、先に特訓したポジションの方が明日の試合に色濃く影響が出るだろうね。天音ちゃんはいろんなポジションを熟せるポテンシャルがあるけど、軸になっているのはアタッカーだ。軸がしっかりしてれば、他も必然と引っ張られて良くなるものだから、地木ちゃんの言い分は最もだね」

 

「ですよね!」

意見を肯定された彩笑は力強くそう言うが、不知火は反対の意見も出した。

「でも逆に、シューターを先に教えることのメリットもある。天音ちゃんのリハビリがまだ終わってないって事は、不完全で、本調子じゃないってこと。でも試合はもう明日で時間がない。アタッカーの動きが絡むシビアな連携よりは、シューターの方が連携の難度は低いから合わせやすい。ひとまず明日の試合に照準を合わせるなら、先にシューターの動きを見るのにも、一理あると思わないかい?」

 

「むむ…」

2つの意見にとりあえず納得した彩笑は、軽く唸った。

「じゃあ結局、どっちが良かったのかな?」

 

「どっちも一長一短があるからねぇ…。でもどちらかを選べと言われたら、天音ちゃんがやりたい方をやらせてあげるのがいいんじゃないかな」

不知火がそう結論付けたところで、頼んでいた出前が研究室に届いた。

 

時間切れだよと言って不知火は追い返そうとしたが彩笑は「一口だけ!」とゴネた。渋々不知火は彩笑の口に出来立ての鶏の唐揚げを1つ押し込んだところ、

「あっふーい!れもおいひい!」

と、大層幸せそうに言って研究室を出て行った。

 

 

「…よし、もういいよね」

研究室で1人に戻れた不知火はようやくと言った様子で缶ビールのプルタブを開き、間髪入れずに口をつけて一気に嚥下した。

 

キレのある苦味が口から喉を通り胃に流れ込む。あっという間に500mlを半分以上飲んだ不知火はテーブルに勢いよく缶を叩きつけるように置き、

「あー!美味しい!最高!」

心の底からそう叫んだ。

 

「ワタシはこの一杯のために働いてると言っても過言じゃないよ!」

と、不知火は誰に向けて言っているのか分からない言葉を吐き、残ったビールを飲み干し、食堂から届いた鶏の唐揚げに端を伸ばした。

 

カロリー?そんなの知ったことではない!

 

とでも言いたげに不知火は酒を飲み食べ物を口にする。お世辞にも身体には優しくない暴飲暴食である。

唐揚げを筆頭に、食堂のおばちゃんが調理して運んでくれた枝豆やらお刺身がみるみるうちに減り、冷蔵庫や戸棚にあった酒もそれに比例して減っていく。

 

まるで数人がかりで飲み食いしているペースを不知火は一人で楽々再現してみせる。そしてほんの少しアルコールが身体を回り、心地よさを覚えてきた頃、高らかに言った。

「ワタシの夜は、これからだー!」

 

界境防衛機関ボーダー所属のエンジニア、不知火花奈の1日はこうして終わりを迎える。

 

 

 

そうして1日が終わる不知火だが、そこに付け加えるならば、

「この前片付けたばっかりなのに、もう散らかしてますね」

定期的に月守が研究室に足を運び、そんなことを言って呆れつつも研究室の片付けをしているのであった。




ここから後書きです。

前話からしばし間が空いて申し訳ありません。
スマートフォンを触るのが朝起きる時と夜に目覚ましをセットする時だけ、みたいな生活がしばらく続いてました。
加えて私の悪友が、
「お前なら絶対面白がって読むから!読んでみ!」
と言ってSAOAGGO全巻を渡してきたのがいけません。超面白かったです。なぜ私は地木隊にガンナーとスナイパーを配置してないのかと後悔するレベルで面白かったです。

今回は不知火さんの1日でした。少し変わった日常回を書きたいなと思い、こんな話になりました。

暴飲暴食をする不知火さんを書いておいて説得力に欠けますが、暴飲暴食は絶対にやめましょう。健康ないし体型に影響が出ます。あと、お酒は20歳になってから、これ絶対です。

次話から本格的にランク戦ラウンド3になると思います。

本作を読んでもらって、本当にありがとうございます。
感想やお気に入り登録や評価を1つもらう度に、頑張ろうって思えます。


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第75話「朝の戦い・前編」

前書きです。
以前にもやった二話同時投稿です。その時に、なぜ一話に纏めないのかと突っ込まれましたが、セットで読むべき話だと思ってしまったので同時に投稿します。


家に居たくないから、という理由で真香は早朝からボーダーにやって来る。B級ランク戦ラウンド3の朝もそれは変わらず、真香は7時に本部に着いた。彼女にしてみればこれでも少し遅めなのだが、他の隊員や職員たちからすれば十分早い。

 

「おはようございます」

 

真香は通路ですれ違う職員に、性別問わず挨拶を送る。元々笑うのがあまり上手いとは言えなかった彼女だが、チームの隊長がお手本のような笑顔をいつもするため、次第に真香自身の笑顔も影響を受けて改善された。結果、挨拶された職員は大抵気持ちよく挨拶を返してくれる。

 

ただ時折挨拶に混じって、

 

「はー…、若いっていいわぁ…」

「これだけで今日も頑張れそうっす」

「ありがとうございます!」

 

などの言葉が聞こえてくるあたり、本部の職員は激務なのだろうなと、真香は笑顔の裏で思い、冷や汗をかいていた。

 

もはや毎日と言っていいレベルで通う地木隊作戦室に辿り着いた真香は、いつものように暗証番号を入力して扉を開けた。いつもなら真香が一番乗りだが、今日は違った。

 

「あ、真香、おはよ」

真香よりも早く足を運んでいた天音が、淡々とした声で挨拶をした。

 

「おはよう、しーちゃん。掃除は…、終わってるね」

コートを脱ぎながら真香周囲を見渡して作戦室の掃除が済んでいることを天音に確認した。

「ん。終わった」

 

「あはは、早いね。何時からいたの?」

 

「1時間前、くらい」

 

「寝坊しがちなしーちゃんにしては珍しいね」

ロッカーにコートと手荷物を収めた真香は冷蔵庫を開き、昨日入れていた野菜ジュースを取り出して、ストローを刺した。

野菜ジュースを飲む真香を見ながら、天音は答える。

「なんか…、落ち着か、なくて」

「しーちゃんでも緊張するんだね」

「あ、当たり前…。…逆に、真香は、いつだって、緊張しない、感じする、よ?」

「へえ、しーちゃんからはそう見えるんだ」

力無く笑った真香に対して、天音はひとまず頷いた。

「うん、そう見える」

「そっか…。むしろ私、しょっちゅう緊張してるよ?」

「例えば?」

「そうだね…、みんなをオペレートしてる時とかかな」

答えを聞いて、天音は意外だと思った。天音からすればオペレートしている時の真香こそ自信に満ちていて、細かいところに気を配ってくれる良いオペレートだからだ。

「なんで、オペレートで、緊張する、の?」

素直に天音が尋ねると、

「しーちゃん。今度、最速のアタッカーと底が測れないシューターに指示出してみる?」

真香は遠巻きに『じゃあやってみなさい』と伝え、

「や、むり。遠慮、する」

その意図が伝わった天音は首をブンブンと左右に振って、真香の苦労に理解を示した。

 

飲み終えた野菜ジュースのパックをゴミ箱に捨てたところで、真香は天音に問いかけた。

「地木隊長からのメール、読んだ?」

「うん。ランク戦昼の部、みんなで観よう、ってやつ、だよね?」

「そうそれ。…しーちゃん、それまでどうする?トレーニングルームとか使う?」

 

真香の提案を聞いた天音は頷きかけたが、考え直して首を振って否定した。

「ううん、使わない」

「あれ、意外だね。てっきり、午前中はずっと、また黙々とリハビリするつもりだと思ってた」

「そうしようとは、思ったけど…。…あ、逆に、真香は何か、したいこと、ある?」

 

質問された真香は少し悩んだあと、

「…そうだなぁ……。弟子もいることだし、あんまり情けないこと見せないためにも、狙撃の練習でもしようかな」

オペレーター用の物とは違うトリガーホルダーを取り出して、にこりと笑った。

 

 

 

そうして作戦室から出て歩くこと数分。真香と天音はスナイパー専用の訓練室に移動した。

「相変わらず、広いね」

全長360メートルという広さを見て天音は素直に言い、

「そう?欲を言えば、500メートルは欲しいんだけどね」

同じ360メートルを見た真香もまた、素直にそう言った。

 

真香は移動中にトリオン体へと換装しており、普段のオペレーターの制服とは違った、戦闘用のトリオン体の彼女の姿を、天音はじっと見つめた。

 

隊服は地木隊のものとは違い、灰色に近い黒色のボトムスに、ボトムスと同じ色をベースにした迷彩柄が施された薄手のジャケットだった。そして、それらより一層深い黒色のブーツと、同じ色で人差し指のみ切り取られた手袋。右脚には小物が収納できそうなポーチが巻き付けられており、よく見るとジャケットの首元にはフードが格納されていた。

 

天音の視線に気づいた真香は、柔らかく笑った。

「しーちゃん、どうしたの?」

「あ、うん。…真香の隊服、なんかこう…、独特、というか、自由だね」

「かもね。私、しーちゃんと違って正隊員の頃はずっとソロだったから、他の人より隊服にうるさくなかったし…。あと、他の部署に従兄弟がいるから、ちょこっとだけ融通が利いたのもあるよ」

「え、なんか、ズルい」

「なら、しーちゃんもする?その代わり、チームには所属できなくなるよ?」

「じゃあ、やらない」

天音がふるふると首を振って否定したところで、真香はトリガーを起動してイーグレットを展開した。適当に空いているブースを見つけ(早朝なのでほぼ全てが空いていた)、真香はそこにあるパネルを慣れた手つきで操作し始めた。

 

(この時間帯の訓練室の地形設定は市街地か…。まあ、ひとまず10発撃とう)

設定を終えた真香はイーグレットを構えようとしたが、

「ねえ、真香。今のは、何を設定、したの?」

この訓練室のシステムに不慣れな天音が、設定の詳細を尋ねてきた。

「んー…」

真香はイーグレットを台に立て掛け、天音の質問に答えた。

「私が今設定したのは、弾数だよ。漫然と撃ち続けてもダラけるだけだから、10発毎で区切るようにして、その都度得点を算出してもらうようにしたの」

 

得点を算出、という言葉を聞いて天音は疑問を尋ねた。

「得点…?命中率じゃ、なくて?」

「当たるのは当然だから、命中率はいらないよ」

サラリと言われた解答を聞き、真香も変態スナイパー(褒め言葉)だったのだなと天音は今更ながらに思い出した。

そんな天音をよそに、真香は説明を続けた。

「得点は、狙った的が狙いやすいか狙いにくいかで計算されるよ」

「狙いやすい、か、狙いにくい…。遠くの、的の方が、点数高い、の?」

「基本的にはね。近くの的よりは遠くの的の方が点数高いし…、あとはそれぞれの場所から角度が悪い的とか、壁の向こうにいる的とかも点数高いよ」

言いながら真香は点数が高い的をいくつか指差した。遠くにある的や、建物の窓から僅かに見える的を見た天音は淡々と呟いた。

「こんなの、狙って、当てられる、気が、しない」

「そうかな?」

普段の天音のリーチは旋空弧月やシューターによる弾丸トリガーのものであるため、距離にしておよそ15〜40メートルだ。弾丸トリガーの射程とは別に、天音が狙ってある程度の精度で当てることができ、自身が『攻撃』として有効だと思っている距離としては40メートルが限界だった。

真香が指差した的は、どれもその射程を越えていた。どんなに近くても、200メートルはあった。天音としては自身の射程の5倍以上の距離なので当てることはとても困難なように思えた。

 

しかし真香は普段かけている眼鏡を外してから、この程度の距離など問題ないと言わんばかりに淀みない動きでイーグレットを掴み、立射に構えた。そして、

「むしろ、近い」

その一言と共に引き金を引いた。

 

銃声、マズルフラッシュと共に放たれた1発は、あっさりと200メートル離れた人型の的の頭部の中心に当たった。

なんてことないように当てた真香を見て天音は驚いた。

一方、当てた本人である真香は次の的に視線を向けて、

「んー、ちょっとズレた。次」

天音には識別できないほどの小さなブレを修正していた。

 

*** *** ***

 

「…いい天気だな」

真香が狙撃に勤しんでいる頃、月守は朝日の眩しさに目を細めながら、三門市内をゆっくり歩いて本部へと向かっていた。

 

彩笑がランク戦観戦のために指定してきた時間にはまだ大分余裕があるため、特に焦ることなくのんびりとしていた。本部へ向かう道すがら、月守の目にコンビニが入った。

 

(朝メシ食べたけど…、なんか摘むか)

 

小腹を感じた月守はそのコンビニに入り、その僅かな空腹を満たすものを探し始めた。

 

(今朝は白米だったから…、菓子パン…、いや、サンドイッチでいいや。飲み物は…、カフェオレ…というか、こう…、牛乳とコーヒーが混ざってるやつならなんでもいい)

始めのうちは自分が飲み食いするものだけだったが、

(後は…、みんなが好きそうなやつでも買ってこう。彩笑は甘いやつなら大抵なんでもいいし、神音はイチゴ系、真香ちゃんはちょっとカロリー控えめなやつ。それとついでに…)

気付けば周囲の人への差し入れまで月守は買い物カゴに入れていた。

 

そして買い物カゴが程よい重さに達したところで月守は商品をレジに持っていき、受け取った店員が会計を始めた。その間に月守はサイフを持ち、必要な金額を取り出していった。買い物カゴに入れる時点で計算をして今回の買い物は『1684円』だと合計金額を導き出していたが、あいにく小銭が足りず、仕方なく千円札2枚で払おうとした。

 

しかし、いざ店員の会計が終わると、

「合計で1797円になります」

月守の計算は僅かにズレていた。

 

(あれ?計算間違えたか?)

内心そう訝しみながらも、月守はそのまま2000円を渡してお釣りとレシートを受け取り、コンビニを後にした。

 

そうして歩きながら受け取ったレシートを見ると、計算のズレの正体に気付いた。

「…なんか、カゴに入れた覚えのないココアを買ってる」

レシートには月守が選んだ覚えのない紙パックのココアが追加されており、ビニール袋の中を確認すると、そこにはやはり買った覚えのないココアがあった。

 

レシートをポケットに入れて、空いた右手で月守はココアを手に取った。

「…まさか無意識のうちにコレ買ってたのか?」

呟きながら月守はとうとう自分がボケ始めたのかと思ったが、

「そんなわけないじゃん」

背後からそんな呟きが聞こえると共に小さな手が伸び、ココアを掻っ攫っていった。

 

まさかの事態に一瞬慌てたが、ココアを奪った犯人の姿を見ると同時に月守は呆れたようなため息を吐いた。

「おはよう、彩笑」

 

「あはは!咲耶おはよ!」

屈託無い笑顔で挨拶を返した彩笑は月守の隣に並び歩き始めた。

 

パックの口を開ける彩笑を見て、月守は尋ねた。

「…いつから居た?」

 

「んー、最初から。コンビニ入ったら咲耶が買い物してたから、こっそりカゴにココア入れた!」

 

「お前の仕業かよ」

自分がボケたわけではないことが発覚した月守は安堵して、ほっと胸を撫で下ろした。

 

「焦った?」

「それなりに」

「ごめんごめん!お金払うから許して!」

「いや、別にいいよ。ついでにほら」

言いながら月守は彩笑のために買ったシュークリームを差し出した。

「貰っていいの!?」

「元々みんなと食べようと思って色々買ってきたやつだし、遠慮しないで食え」

「わーい!作戦室でみんな揃ったら食べる!」

子供のような笑みで彩笑は言い、それにつられた月守も小さく笑った。

 

朝から思わず甘味を手にした彩笑は嬉しそうな声で月守へと話しかける。

「なんか咲耶、夕陽さんに似てきたね」

「そう?」

「似てきたというか…、ほら、夕陽さんもよくみんなに差し入れ買ってきたじゃん」

「買ってきてたな。まあ、あの人は差し入れというか甘いものが好きなんだろ。一時期、『甘いものが欲しければ夕陽隊作戦室に行け』なんて格言があったくらいだし」

「あー!あったあった!」

のんびりと歩きながら、かつての隊長の思い出に花を咲かせる。そして、

「ねね、咲耶咲耶」

「なに?」

「今日さ、ランク戦勝ったら夕陽さんに報告しに行こうよ」

「2人で?」

「んー、そうだね。まあ、神音ちゃんと真香ちゃんが夕陽さんにセクハラされてもいいって咲耶が言うならべつに「いや、2人で行くか。なんなら俺1人で行ってくる」

食い気味で意見してきた月守を見て彩笑は面白可笑しそうに笑った。

 

 

2人が話しながら歩き続けていると、徐々に周囲から人の気配が減っていき、やがてそれが完全に消えた頃、市街地と警戒区域の境界線が見えた。

「咲耶。いっつも思うんだけど、正隊員なら警戒区域突っ切って行った方が地下通路通るより早く着くよね?」

「俺も思うけど、それはやるなよ。絶対やるなよ」

「振りかな?前振りなのかな?」

ワクワクといった様子でトリガーホルダーを取り出しながら彩笑は確認するように言ったが、月守は真面目な表情で、

「やるなよ」

と言って諌めた。

 

「はーい…」

おふざけが過ぎたと反省した彩笑はしょんぼりしながら返事をした。

 

するとそこへ、

「あれ、地木に月守じゃないか」

聞き覚えのある声が話しかけてきた。

 

「あ、太刀川さん!こんちわ!」

声をかけてきたのは太刀川慶であり、彩笑はペコっと軽く頭を下げながら挨拶をした。そして月守は、太刀川ではなくその隣にいた人物に向けて話しかけた。

「太刀川さんはともかく…、迅さんまでいるのは珍しいですね」

太刀川の隣にいたのは、元風刃使いの迅悠一だった。

「ちょっと、やる事があってな…。そういう2人こそ、随分早い時間からいるんだな。ランク戦は夜の部だろ?」

 

「昼の部の試合を観るつもりなので」

月守が答えると、太刀川と迅は納得したように頷いた。

 

「なるほどな」

「じゃあ、おれたちと同じか」

2人の言葉を聞いて理解した彩笑はポンと手を打ってから口を開いた。

「そういえば今日の解説は太刀川さんと迅さんでしたっけ?」

「そういうこった」

「えー…、迅さんはともかく、太刀川さんにちゃんと解説できるの?」

「出水にも似たようなこと言われたが、心配するな。バッチリ決めてやるぜ」

自信満々に太刀川が言うと、

「彩笑にも出来たくらいだし、太刀川さんなら出来ますよ」

月守がフォローするようにそう言った。同時に、

「ちょっと咲耶!ボクにもって言い方は酷い!」

サラリと貶された彩笑はプンプンと憤慨した。

 

小さな隊長の抗議を躱しながら、月守は話題を晒すために迅に話しかけた。

「でも…、いくら解説をやるからと言っても、流石にこの時間から本部に行くのは早いですよね?もしかして、迅さんの言うやる事って、解説以外ですか?」

問いかけられた迅は肩をすくめた。

「さすが月守。鋭いな」

「どうもです。もし良かったら、その詳細を聞いてもいいですか?」

首を傾げながら月守が言うと、迅は正隊員に支給される端末に目を落とし、時間を確認した。

 

そして、

「…来るとしたら、そろそろかな」

ほんの少しだけ表情を険しくして呟いた。

 

同時に、警戒区域の中で一際大きな爆発音が響き、

『『『『緊急事態発生!』』』』

その場にいた4人の端末が鳴り響いた。

 

「ちっ、来ちゃったか」

苦々しく迅は言い、4人は端末に表示される文字を目で追った。

 

『南西地区防衛ライン崩壊、トリオン兵は市街地へ向け侵攻中。急行可能な隊員は直ちに現場へ向かうこと。繰り返す。南西地区…』

緊急事態の内容を理解した彩笑は、すぐにある事に気が付き、

「南西地区って、ここじゃん!」

思わず叫んだ。

 

 

稀に、極稀にだが防衛ラインが崩壊することはある。

明確な基準という訳ではないが、一度の防衛任務に配備される5チームの内訳は、

A級1チーム。

B級は上位、中位、下位からそれぞれ1チームずつ、又はそれらに相当する戦力を持つメンバーで構成される、3チーム。

残り1チームはフリーのB級やチームに所属しながらも追加で防衛任務を志願した隊員による混成チームなどによるその他枠。

と、なっていることが多い。

 

防衛任務を任せられると判断された隊員たちではあるが、コンディションの不調や、捌き切れないほどの敵が一度に襲撃してくるなどのイレギュラーが重なると、防衛ラインが崩壊するという事態が発生することがある。

 

年に数回しかない非常事態ではあるが…、今その非常事態は、4人の目の前で起こっていた。

 

「迅、わざわざ朝早くから俺を起こしたのは、これが視えてたからなのか?」

横目で迅を見ながら太刀川は尋ね、

「まあね。起こる可能性が限りなく低い未来だったけど…、備えあれば憂いなしってね」

端末をポケットに乱雑に収めつつ迅が答え、

「話すのは後にして、ひとまず俺たちで防衛ラインを立て直しましょう」

「賛成!安全第一!」

市街地へと向かってきたトリオン兵を視界に捉えた彩笑と月守が好戦的な声でそう言った。

 

4人は素早くトリガーホルダーを取り出して構え、

「「「「トリガー・オン!」」」」

声を揃えて戦闘体へと換装した。

 

『こちら太刀川。本部、応答願う』

換装するやいなや、太刀川が通信機能を起動して本部へと連絡を取った。

『慶か。今どこにいる?』

『南西地区にいますよ、忍田さん。このまま交戦して、防衛ラインを死守します』

『わかった、頼む。援軍は必要か?』

援軍の派遣を尋ねられた太刀川は隣にいる3人に目を向け、小さく笑った。

『要りませんよ。むしろ…、この面子に戦いを挑む相手の方が可哀想だ』

 

太刀川が通信を切ると同時に、迅は額に掛けていたサングラスを下ろして、しっかりと装着した。

「さてと…、やろうか」

「そうだな。俺と迅で前衛、地木は遊撃、月守は少し下がって全体のフォローを頼む」

年齢、ランク共に一番上である太刀川が出した指示に3人は素直に従い、素早く布陣を組んだ。

 

アタッカー、ソロ総合、部隊の3つの分野で1位の、太刀川慶。

単騎で一部隊とカウントされる数少ない戦闘員、迅悠一。

最速と名高い高速アタッカーの、地木彩笑。

 

数歩下がり、警戒区域のボーダーライン上に立った月守は、その3人の背中を見て頼もしさを覚える。

 

そして、

「負ける気がしないな」

小さく月守が呟いた言葉が開戦の合図となり、3人は鋭く踏み込んだ。

 




ここから後書きです。
先日、私が読みたくて仕方なかった漫画の新刊が発売されました。ヤンジャン本誌を買い損ねていた時期に掲載されていた体育祭編が完全収録されていて嬉しかったです。会長が、こう書くべきだろう!と言って反省文を上書きしてくれたシーンは格好良すぎて夜中にもかかわらず「ふおぉぉおお!」と叫び、隣人に怒られました。

本編ですか、このまま後編に続きます。


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第76話「朝の戦い・後編」

前書きです。
以前にもやらかした二話同時投稿です。先に一話前を見てくだされば幸いです。
お手を煩わせて申し訳ありません。


6体のモールモッドと4体のバンダー、そして8体のバドが南西地区を侵攻していた。これらを相手にしていたのは、先日正隊員に昇格したばかりの新人を含む、ソロB級数名の混成チームだった。

敵の物量、経験値の低さ…、突破された原因は色々と思いつくが、月守は思考を頭から一度除外し、眼前の戦闘へと向けた。

 

迫り来るモールモッドへ、3人のアタッカーが間合いを詰める。持ち前のスピードで彩笑が2人より速く前に出て、先頭にいたモールモッドの間合いへと侵入する。

モールモッドは間合いに入り込んでくる彩笑目掛けて、2本のブレードを振るった。時間差を持たせた攻撃であり、初手を受ければ続く攻撃に捕まるが、

「よっと!」

彩笑は急ブレーキをかけてその場にピタリと停止して一撃目を空振りさせて、

「そっりゃ!」

続く二撃目は再加速して下に潜り込み、右手に展開したスコーピオンで切り上げて、ブレードの腹を叩き上げてモールモッドの動きを妨害した。

 

「ナイスだ地木ちゃん」

斬り上げを受けて態勢を乱したモールモッドへと一気に間合いを詰めた迅は、両手に持った2本のスコーピオンでトリオン兵共通の弱点である目を切り刻んだ。

ターゲットの絶命を確認することなく、最後に来た太刀川は指示を出す。

「地木、上に飛ばす。バドを任せるぞ」

「りょーかいっ!」

指示を受けて彩笑はその場で真上に跳躍する。ノーモーションの跳躍だが、トリオン体の身体能力と小柄な体格ならではの軽さが相まって、彩笑の身体はあっさりと2メートルは浮いたが、バドがいる高さには到底届かない。

だがそんな事は折り込み済みだった太刀川は素早く彩笑の落下地点に、抜刀した弧月の腹を差し出した。そして重力に従って落ちてきた彩笑は器用に弧月の腹に着地し、

「「せーのっ!!」」

声を合わせながら、太刀川は弧月を真上に振り抜き、彩笑は思いっきり跳躍した。

 

2人がかりの大ジャンプで近くのバドまで一気に接近できた彩笑はサブ側のグラスホッパーを展開し、空中戦を開始した。

 

彩笑を空中に送り込んだところで、太刀川は次の指示を出した。

「上は地木に任せて、俺たちは下を叩く。月守、バンダーの砲撃を封殺してくれ」

「了解です」

答えながら月守は両手にトリオンキューブを生成し全体を見渡す。

(バンダー、砲撃のモーションに入ってるのが1体、入りそうなのが2体、撃たずにただ構えてるのが1体。モールモッド、迅さんがいる右側に2体、太刀川さんがいる左側に3体、それぞれ接近して交戦目前。バド、彩笑が完全に引きつけてるから無視)

あえて戦況を脳内で言葉に置き換えてから月守は行動に移った。

 

「アステロイド」

右手側のキューブを分割し、砲撃モーションに入っているバンダーと、右側にいるモールモッド1体、左側にいるモールモッド2体に向けてそれぞれ放ち、

「ハウンド」

数歩動いて射線を調整しながら左手側のキューブを分割し、砲撃モーションに入っていない3体のバンダーと、左右のモールモッド1体ずつに放った。

 

最初に放ったアステロイドは砲撃直前のバンダーに直撃して攻撃を妨害し、モールモッドの動きを足止めした。続けて放ったハウンドを受けた3体のバンダーと2体のモールモッドはわずかにダメージを受け、月守へと警戒を向けた。

 

月守の攻撃の直後、

「ここだ」

左側でハウンドを受けたモールモッドを射程に捉えた太刀川が旋空を起動させながら弧月を薙ぎ、一刀両断した。同時に、

「サンキュー月守!」

迅が一気に加速し、モールモッドが次の行動に移るより速く懐に潜り込み、キレのある斬撃であっさりと屠った。

 

(モールモッドがハウンドでこっちに警戒を向けた一瞬を、キッチリ仕留めてくれたか)

こちらの意図を汲んだ攻撃というよりは、目の前に好機が転がったから仕留めた、というような攻撃だったが、それがまたトップランカーたる2人らしいものだと、月守は思った。

 

太刀川と迅は続けてモールモッドへと斬りかかる。それぞれ1体目は月守の援護を受けて倒したが、この2人ならば本来の実力だけで問題なく倒せる相手だった。

(モールモッドも無視していい。なら、残るはバンダーだけだ)

改めてバンダーに意識を向けると、3体のうち2体が砲撃のモーションに入っていた。

モーションを見た瞬間、月守は距離を詰めながらキューブを生成し、砲撃の瞬間と現在の距離と自身の弾速を計算してタイミングを合わせて、攻撃を仕掛けた。その弾丸はバンダーが砲撃を放つより一瞬だけ速く着弾し、爆発した。

月守が放ったのはメテオラであり、二宮が得意とする四角錐型分割方式で生成した6発をそれぞれ3発ずつ撃ち込んだ。初手のアステロイドやハウンドに比べて、威力を大きく上げたその攻撃は弱点である目をしっかりと捉え、攻撃を受けたバンダーは絶命して崩れ落ちその巨体を地面へとぶつけた。

 

「封殺しろって言われただけで、倒すなとは言われてないからな」

 

残る1体のバンダーと視線を交錯させながら月守は言い、同じように倒すために右手を構えた。だがその瞬間、戦場に事切れたバドが大量に降り注ぎ、

 

「どっりゃあ!」

 

月守が倒そうとしていたバンダーには、真上でグラスホッパーを展開して全速力で落下してきた彩笑がスコーピオンを突き刺してトドメを刺した。

 

キューブを展開しようとしていた月守は手を下ろして、彩笑に通信回線を繋いだ。

『あともう少し落ちてくるのが遅かったら、メテオラ撃ってたよ』

『え?ほんとに?危なかったー!』

『危なかったな。っていうか彩笑、飛び出し危険って習わなかったの?ちゃんと右見て左見て右見てから歩きなさいって習っただろ?』

『習った習った!でも誰も、真下にいる標的仕留める時に味方がメテオラを撃とうとしてるか注意しなさいとは教えてくれなかったよ!』

 

2人の通話は共通の回線で行われており、会話の内容を聞いていた太刀川と迅は揃って、

((そりゃそうだろ))

同じツッコミを心の中で行い、同時に相手にしていたモールモッドを全て撃破した。

 

ものの1分でトリオン兵の群れを、4人はまるで危なげなく殲滅させた。

 

*** *** ***

 

防衛ラインが崩れたことは、当然のように本部にも知れ渡った。

狙撃場にいた真香と天音の端末にも警告が届き、端末を手に取った天音は真香に問いかけた。

「出撃、する?」

「んー、いらないんじゃないかな。巡回してる他の4チームからフォロー出るし、そもそもこういう時に備えて控えの部隊がいるし…」

言いながら真香も端末にも目を落として状況を確認しようとしたが、すぐに画面に表示された情報を見て、心配は杞憂だったと知った。

「あ、大丈夫だよ、しーちゃん。近くにいた太刀川さんと迅さんと…、地木隊長と月守先輩が交戦始めたって」

「え、ええ…?なんで、その4人、なの?」

「なんでだろうね。たまたま本部に向かってた途中だったんじゃないかな?」

メンバーを見て防衛ラインが突破されることは無いと判断した真香は、安心して狙撃訓練を再開した。

 

1つの軸が身体に通っているような、凛とした真香の立射の構えを、天音は後ろからじっと見つめていた。

 

淡々と何気なく、当たる気があるのかすら疑ってしまうほどすんなりと、真香は引き金を引く。イーグレットの銃口から放たれる銃弾はやはり呆気なく、真香が狙った的を射抜く。

見てる分にはひどく簡単で、自分にも出来るのではないかと錯覚させる真香を狙撃を見続けた天音は一回だけ、イーグレットを借りて撃たせて貰った。しかしその一撃は明後日の方向…、とまではいかなくとも、天音が狙った通りの場所には当たらなかった。

天音はすぐにイーグレットを返して、それからずっと真香の狙撃を見続けた。

 

狙撃を始める前に真香は、

『当てるのは当たり前だから命中率はいらない』

そう宣言したが、言った通り真香はここまでただの一撃も外さなかった。

 

並外れた狙撃の腕前を目の当たりにして、

(真香が、敵チームの、スナイパーじゃ、なくて、よかった…)

と、天音は思った。

 

 

 

「なんだ、和水はまた新しい弟子を取ったのか?」

狙撃訓練を続ける真香達は、不意に話しかけられた。

 

「荒船先輩、おはようございます」

「おはよう、ございます」

話しかけてきた荒船に真香と天音はそれぞれ挨拶した。

 

荒船は真香の右隣のブースに荷物を置き、トリオン体に換装した。

真香は遠くの的を撃ちながら尋ねる。

「試合前の調整ですか?」

「そんなところだ」

 

イーグレットを展開して荒船も真香へ質問した。

「…まさかとは思うが、和水も試合前の調整とか言わないよな?」

「あはは、違いますよー。指が錆びつかないように、気ままに撃ってるだけですよ」

「そうか、だったらよかった…」

「よかった?何がです?」

「いや。もし今日、なんらかの方法で和水がランク戦に出てくるようなことがあれば、俺たちは作戦を変更する必要があったからな」

「おお、いい事聞きました。今から急いで代わりのオペレーター探すか、月守先輩にオペレーター任せて、私試合に出ます」

「おいこら」

思わず隣に荒船は視線を向け、真香は笑いながら引き金を引いて答えた。

「冗談ですよ、冗談」

「全く…。そういう他人を焦らせる冗談を言うところは、そっちのシューターに似てきたな」

「かもしれないですね。一応、私の戦術の師匠ですから」

「そうなのか?」

「月守先輩はどう思ってるか知りませんけど、私は師匠だと思ってますよ」

 

着弾した的を見ながら、真香は答える。

「私は今日、ちゃんとオペレーターです。第一…、ランク戦にだけ出て防衛任務に出られない戦闘員はアウトじゃないですか」

「…やっぱりまだ、ダメなのか?」

「どうでしょうねえ…。半年くらい前に一度、無理して出たことはあったんですけど…、その時はダメでした。警戒区域を前にしたら、色々と…、我慢できなくて、ベイルアウトしました」

はぐらかすように話した『色々』にどんな意味が込められているのかと荒船は空想したが、そこには触れずに話題を戻した。

「そうか。まあとにかく、今日の試合に和水が出ないってのがわかればそれでいい」

「荒船先輩、冷たいですね。後輩がしんみりしてるのに対応がドライですよ」

「話しながら何発も撃って的に当ててる奴のことを、しんみりしてるとは言えねえな」

片手間で話していたことを指摘されて真香は苦笑し、イーグレットの銃口を一度下げた。

 

「上がりか?」

「ええ、まあ。それなりに撃ちましたし…、この辺で切り上げます」

「お疲れさん…、と言いたいところだが…。和水、よかったら1勝負どうだ?」

唐突に荒船は真香に勝負を持ちかけ、

「いいですね、やります」

真香はそれをあっさりと了承した。

 

瞳に好戦的な色を覗かせて、真香は勝負の内容を尋ねる。

「何で競いますか?」

「ターン制の勝負だとケリがつかないだろうから…、早撃ちでどうだ?」

「いいですよ。当たり判定は…」

「当然、的の急所だけだ。それ以外はノーカウントでいこう。先に10体当てた方の勝ちでいいか?」

「わかりました。それでいきましょう」

 

勝負の内容を決めた2人は、早速始めようとしたが、

「真香、今から、勝負する、の?」

ここまで置き去りにされていた天音が、ようやくここで会話に割り込めた。

 

問いかけられた真香は、クルッと振り返り、小さく笑って答える。

「うん、そうだよ」

「早撃ちって、聞こえたけど…、それって、どんな勝負?」

「んー…」

 

小首を傾げる天音に向けてどう説明したものかと一瞬考えてから、真香は口を開いた。

「今この狙撃場は市街地を模した地形になってて、色んな所に人型の的があるでしょ?」

「うん、ある」

「早撃ちっていうのは、この大量の的から指定された1体だけを素早く見つけて撃つ…、それだけの、シンプルな勝負だよ」

「本当に、早撃ち、だね。…競うのは、タイム?」

「ううん。私と荒船先輩は同じ的を狙うから、どっちが早く指定された数を射抜くか…、今回は先に10体撃ち抜いた方が勝ちだよ」

「先に、10体…。選ばれた的は、どうすれば、わかるの?レーダーに、表示されたり、するの?」

「レーダーにも表示されるけど…、勝負に参加してる人にだけ、撃つべき的が赤くなって見えるんだよ。…ほら、視覚支援とか、スパイダーで味方にだけ色付きで見せたりできるやつあるでしょ?それの要領」

「ん、わかった」

天音が一通り理解したところで、パネルを操作していた荒船が設定を終えた。

 

「設定を全部任せてしまってすみません」

言いながら真香は荒船が施したパネルの設定を確認する。

 

「気にするな。じゃあ、やるか」

「ええ、やりましょう」

 

確認を終えた真香はパネルに評価されていた『READY?』の部分に触れカウントダウンをスタートさせ、素早くイーグレットを持った。

 

相変わらずの立射の構えのまま半歩下がり、狙撃場を少しでも広く視界に収める。

 

そして視界の端に捉えたパネルのカウントカウントがゼロになり、『早撃ち』勝負が始まった。

 

視界全体に収めた的の1つが赤く染まり、真香はそこへ意識とイーグレットを淀みなく向ける。ビルの屋上に設置されたものであり、比較的狙いやすいものだった。

(まず1体)

スコープの中央に捉えると同時に引き金を引こうとしたが、その瞬間、的が爆ぜた。

 

「っ」

「まず1体だ」

 

当然撃ったのは隣のブースにいる荒船であり、真香は現役スナイパーの腕前を素直に尊敬した。

 

だが、

 

「取り返します」

 

尊敬の念を送った直後、真香の心の中には闘争心の炎が静かに燃え、それが自然と言葉となって出てきた。

 

撃たれた的から意識を切り離し、真香は再び広く狙撃場を見渡す。

(見つけた)

次の的はすでに設定されていた。遠くではなく、高さが設定された2人のいるブースの下方にある的だった。初弾の的が距離と高さがあっただけに、意識の隙をついた嫌らしい位置だったが、真香はイーグレットを素早く構えて引き金を引いた。

 

スコープを覗かず、見る人によっては乱雑で慌てて撃ったかのように見える1発だが、その銃弾は人型の的の頭部を綺麗に射抜いた。

 

遠くに意識を向けていて構えることすら間に合わなかった荒船は、射抜かれた的を見て楽しそうな笑みを浮かべた。

「今のはガンナーの射程だろ?」

「スコープいらないくらい近かったです」

「直接狙って当てやがって…。サイドエフェクトのおかげか?」

「次の的、来ますよ」

淡々と言葉を交わしながら、2人は次々と的を射抜き続けた。

 

 

 

その勝負を後ろから見届けていた天音は、

(スナイパーって、やっぱり、変態だなぁ…)

ただの1発も外さないどころか、全ての銃弾を人型的の脳天か心臓を速攻で撃ち抜いていく様を見続けて、達観にも似た感情を2人に向けていた。

 

 

 

先に10体、という条件だったため、2人の勝負はすぐに終わりが見えてきた。互いにノーミスで9体の的を射抜き、ラスト1体を競う、文字通り最後の勝負となった。

後追いの形で9体目を射抜いた荒船は、追いついた安心感を押し殺して次の的へと意識を向けた。

(どこだ!どこにある?)

拮抗した勝負の最終局面で昂ぶった気持ちで的を探すが、ビルの屋上にも、建物と建物の間にも、道路にも、民家の屋根の上にも…、どこにも、赤く色付いた的は見つけられなかった。

(ない…、なんでだ?)

見つけられないことに業を煮やし、荒船はトリオン体の視界の端に設定してあったレーダーを見た。するとそこには、きちんとマーキングされた的の表示が1つあった。

レーダーの情報と狙撃場を照らし合わせて、荒船は的の位置を特定し、

「チッ!そこはねえだろ」

思わず舌打ちをして毒吐いた。

 

レーダーが示す場所はビルのど真ん中…、つまり、ビルの中だった。

 

角度的にも狙いようのない場所であり、完全にお手上げだと荒船が思った瞬間。隣から、さっきまでとは比べものにならないほど大きな銃声と明るいマズルフラッシュが灯った。

 

 

 

 

荒船が的の位置をレーダーで認識するよりほんの少しだけ早く、真香は的がビルの中にあることに気づいた。同時に、イーグレットでは壁に阻まれてしまい、このままでは射抜くことは不可能だとも気づいた。

 

そこまでは荒船と同じだったが、撃つのを躊躇った荒船とは違い、真香の中には別の選択肢があった。

(トリガーの切り替えを実行。イーグレットからアイビス)

その選択肢とは、トリガーの持ち替え。

 

万能型のイーグレットではなく、高い威力を誇るアイビスに持ち替えて壁ごと撃ち抜く。それが真香が直感で辿り着いた答えだった。

 

真香は引き金を引き、銃弾を放った。銃弾は轟音と共に容易くビルの壁を撃ち抜き、派手に煙を巻き上げた。当てた手応えがあった真香は勝ちを確信した。しかし、

(あれ?レーダーの反応、消えてない?)

撃ち抜いたはずの的の反応は、レーダー上では消えずに残っていた。

 

(まさか、外した?)

壁抜きスナイプは本来、「最初のスナイパー」である東春秋ですら「当てにくい」として使いたがらない技術であり、外してもなんら不思議ではない。それでも外した事実を、真香は一瞬だけ受け入れるのが遅れ、そこから連鎖して次の行動に移るのも遅れた。

 

一呼吸程度の遅れだが、それが勝負の明暗を分けた。

「悪いな、和水」

真香が再びアイビスで狙いを定めるより先に、荒船は煙の向こうでわずかに見えた赤い的に素早く照準を合わせて引き金を引いた。

 

その1発は吸い込まれるような軌道で的まで飛び、難なく頭部の中央を撃ち抜いた。同時に、荒船のいるブースのパネルに『winner!』の文字が表示され、この勝負に決着がついた。

 

「……」

しばし真香は呆然としていたが、軽く頭を振ってから敗北を受け入れた。

「…負けました。さすが正隊員ですね」

真香としては素直に相手の技量を褒めたものだったが、それを聞いた荒船は渋い表情を見せた。

「いや、勝負には勝ったが、実際は俺の負けみたいなもんだ。最後の的を狙うことを、俺は諦めたんたぞ。あの段階で撃てる選択肢にたどり着けた和水の勝ちだろう」

勝ちを受け入れない荒船を見て、真香は言い返す。

「それを言ったら、荒船先輩は準備無しで勝負してるじゃないですか。私はみっちりアップして戦闘態勢万全だったんですよ?なのに拮抗した出来になるなら、それはもう私の負けですよ」

「いや、俺の負けだ」

「いえいえ、私の負けです」

「俺だ」

「私です」

2人は互いに負けだと言い張り、一歩も譲らず勝ちを押し付けあった。

 

意見の堂々巡りになりかけたが、真香はそれを断ち切るために1つ提案をした。

「じゃあ、こうしましょう荒船先輩。ひとまずここは引き分けにして…、決着は次の機会につけましょう」

「持ち越すわけか。そうするか」

荒船も意見が平行になることは良しとしていなかったため、この提案をあっさりと受け入れた。

「ちなみに…、その次ってのはいつにするんだ?」

早速次の勝負の日取りを決めようとした荒船だったが、真香の中ではすでに答えは出ていた。

 

「そうですねえ…。今日のランク戦夜の部なんてどうでしょう?」

 

あえて挑発するような物言いをした真香を見て、荒船は口角を吊り上げた。

「和水は、試合に出ないんじゃないのか?」

「戦場には立ちません。でも、勝つつもりで試合に臨む以上、荒船先輩は私と戦うのと変わりないです。違いますか?」

「いや、違わねえな。…いいだろう、この決着は今日のランク戦で付けることにするか」

持ち越した勝負をランク戦で決めることに合意した2人は一度だけ互いの目を見て、踵を返した。

 

真香が歩く先には、狙撃場の壁に設けられたベンチにちょこんと座る天音がいた。

「真香、お疲れさま。狙撃、すごかった」

「ありがと、しーちゃん。まあ、負けちゃったというか、引き分けなんだけどね」

「ううん、真香は、負けてないと、思う」

「本当にそう思う?」

「うん」

確かに頷いた天音に向けて、真香はしっかりと目線を向けて言葉を紡いだ。

「じゃあ今日の試合、絶対勝とっか。勝てれば、私の勝ちってことになるみたいだからさ」

「ん、わかった」

負けられない理由を1つ増やした天音は、静かに、だが力強く、そう答えた。

 

2人が狙撃場を後にしようとしたところで、

「あ!2人ともやっと見つけたー!」

いつものように屈託のない笑顔を浮かべた彩笑が姿を現した。

 

「地木隊長?なんでここに?さっき、緊急で出撃したんじゃないんですか?」

真香が尋ねると、彩笑は元気よく頷いて答えた。

「うん、出撃したよ。でも緊急措置的な戦闘だったから、後から来た正規のチームに引き継いで、仕事丸投げしてきた!それでそのまま本部に来て、2人を探してずっと走り回って今に至る!」

「あはは、そういうことでしたか」

答えを聞いた真香は、

(地木隊長、朝から元気だなぁ…)

と思いながら苦笑した。

 

「あれ?ところで真香ちゃん、もしかして戦闘用のトリオン体?」

普段のオペレーター姿では無い真香を見て彩笑が質問した。

「はい、そうですよ。さっきまで、軽く撃ってましたから」

「そっかー…」

彩笑はどこか生返事気味に言い、真香のトリオン体をじーっと見つめた。

 

「えーっと…、地木隊長?なんで私のことじっと見てるんですか?」

「うん?いやまあ…、真香ちゃんの戦闘用トリオン体、カッコいいなって思って。背高くて羨ましいなあ…」

心底羨ましそうな眼差しを向けられて、真香は気恥ずかしさを覚えた。

 

彩笑は純粋に真香のトリオン体を羨ましく思っていたが、1つの違和感を覚えて、それを問いかけた。

「…真香ちゃん、トリオン体だと着痩せするの?なんかこう…、普段よりも細く見える」

その言葉を聞いた真香の中では、感情が一気に塗り変わった。気恥ずかしさから一転して、気まずそうに真香は口を開く。

「あー…、地木隊長、それ錯覚じゃないです。実際、私のこのトリオン体は生身よりも色々と細くなってます」

「ん?ワザとなの?」

「ええ、まあ」

「なんで…、ってまさか、トリオン体の間だけでも痩せてる姿になりたいとか?」

邪推気味に彩笑は尋ねるが、真香は一層気まずそうになって答える。

「いや、そういうわけじゃ…、いえ、それもゼロじゃないんですけど…。でもそれ以上に…、この仕様の方が、都合がいいんですよ」

「都合?」

「はい。狙撃するにあたって…、あくまで私の場合ですけど、細い方が体勢の確保っていう面で都合がいいんです」

そしてそこまで言った真香は、

「その、特に…」

 

気まずそうな、申し訳なさそうな表情を浮かべ、

「伏せて構える時…、胸は平らな方が楽なので」

そう、言った。

 

そのセリフを聞いた瞬間、その場にいた天音は何かが割れるような、そんな幻聴を聴いた。同時に、彩笑の笑顔がわずかに引き攣ったことに、天音は気づいてしまった。

 

「………」

彩笑の表情は表面上は笑顔のままだが、それは何かを堪えるようなどこかワザとらしい笑みだった。

しばらくその笑みが続いた後…、彩笑はようやくと言った様子で言葉を発した。

「真香ちゃん」

「は、はい」

鋭さが込もった声で名前を呼ばれた真香は思わず姿勢を正し、彩笑はその鋭い声のまま言葉を続けた。

「今のは背の低さ以上に、ペッタンコなことがコンプレックスなボクに対する宣戦布告と受け取っていいのかな?」

 

 

 

 

その一言が元となり3人は…、というよりは真香と天音は彩笑の機嫌を取り戻すためにありとあらゆる手を尽くし、なんとか昼までには平和を取り戻した。

 

尚、途中で月守が合流して、険悪な空気に気付いて手を打とうとしたが、

「咲耶には関係ないから割り込まないで!」

と、彩笑にとんでもない剣幕で怒鳴られ、

「すみません月守先輩、こればっかりは先輩の手を煩わせるわけにはいきません。というかむしろ戦力外です。下がってください」

真香には諭すように戦力外通告を出され、

「月守先輩…、すみません。何も、聞かないで、ください」

天音にすらやんわりと拒否されて、それなりに心に傷を負ったのだが、それはまた別の話。




ここから後書きです。

狙撃しながら活き活きとしてる真香を書きながら、
(ああ、真香ちゃん狙撃好きなんだなあ)
と他人事のように思ったうたた寝犬です。

設定を作り込んだつもりでも、案外自分のキャラに知らない面があるというのは少し怖くてそれ以上に不思議で面白いです。

いつものことですが、本作を読んでいただきありがとうございます!
この先も本作にお付き合いしていただけたら嬉しいです!


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第77話「開幕直前」

B級ランク戦ラウンド3昼の部。ずっと後になって『那須隊の大勝負』として語られる戦いが繰り広げられている頃、月守咲耶はボーダー本部の屋上にいた。

 

初めは無人だと思った屋上だったが、そこには先客が1人いた。

「柿崎先輩、こんにちは」

「月守か…。どうしてここに?」

「気ままに散歩してました」

屋上の淵で黄昏ていたのは、今夜地木隊が戦うチームの1つを率いる柿崎国治だった。

 

「隣、いいですか?」

月守が柿崎の横に並びながら尋ねると、

「別に構わない…、というか、もう隣にいるじゃないか」

柿崎は苦笑しながら答えた。

 

青空を一度見上げてから、月守は世間話しのつもりで話しかけた。

「1人で屋上にいるの、珍しいですね」

「まあ、たまにはな…。1人になりたい時とかあるだろ?」

「ありますねえ。彩笑の機嫌が悪い時とかは、よくここに逃げてきますよ」

「あの地木ちゃんに、機嫌が悪い時なんてあるのか?」

少し驚いたように柿崎が質問すると、月守は乾いた声で笑ってから答えた。

「ありますよ。学校で先生に説教食らった時とか、クラスの誰かと喧嘩した時とか…」

「普通な理由だな」

「はい。…まあ、アイツの場合、大抵の不機嫌はポーズなんでその気になれば機嫌を直すのは難しくないんですけどね。それをしなくても、1時間も放っておけばそれなりにネガティブなことを消化するみたいで、アッサリと復活しますよ」

「ああ、それは地木ちゃんらしいな。…ん?ってことは今、地木ちゃんは機嫌が悪いのか?」

「みたいですね。さっき会った時は怒鳴られたんで、今ちょっと距離取ってます。お陰でランク戦を会場で観れなくて残念です」

肩をすくめながら月守はそう言い、それから思い出したように一言付け加えた。

 

「屋上といえば…。あの人も…夕陽さんもよく、1人でここに来てましたね」

「…そうか、あの人もか…」

不意に出て来た懐かしい名前に、柿崎は同期入隊だった夕陽の事を思い出した。過去を懐かしむ柿崎に向けて、月守はかつての隊長の事を語り始める。

「あの人、よく柿崎さんのこと話してましたよ」

「そうなのか?」

「はい。話してた、というか羨ましがってました。特によく話題に出してたのは、柿崎さんと嵐山さんがテレビに出た時のことですね」

「ああ、基地完成3ヶ月の広報イベントか…。でもなんで、その時の事を?」

どちらかと言えば苦い思い出である出来事を羨ましいと言われた柿崎は、不思議そうに尋ねて月守の答えを待った。

 

月守はあっけらかんと、夕陽が羨ましがっていた理由を答えた。

「単に、目立てたから、らしいです。ほらあの人、良くも悪くも目立ちたがり屋ですから」

「なるほど、あの人らしいな」

「ですよね。そんなに目立ちたいなら、嵐山隊に無理矢理にでも加入すれば良かったのに」

「確かに、それが一番手っ取り早い」

話しながら柿崎は当時の広報イベントの事を思い出していた。

 

 

 

 

『次に大規模な侵攻があったら、街の人と家族のどちらを守るか?』

ボーダーに批判的な記者から飛んで来た、悪意ある質問を咄嗟に答えられず、柿崎は言い淀んだ。答えに迷う間に、彼の隣にいた嵐山は躊躇いなく『家族だ』と答えた。

会場の一瞬のざわめきの後、嵐山に記者からの質問が集中した。

 

『いざという時には街を守らないのか?』

『先の侵攻で家族を亡くした人たちのことを考えろ』

 

いい歳した大人が15歳の少年2人に投げかけた容赦ない質問に、柿崎はどう答えても揚げ足を取られると感じ取り、身動きが取れなくなった。

 

(どうすればいい?)

(どう答えるのが正解なのか?)

(どう答えても間違いじゃないのか?)

 

冷や汗とともに自問自答する中…、やはりと言うべきか、嵐山は迷わず答えた。

 

-家族の無事を確認したら、戦場に引き返します-

-この身がある限り、全力で守ります-

-家族さえ無事なら、最後まで、思いっきり戦えます-

 

その答えは柿崎にとって、後にも先にも正解がそれしかないと思えるものだった。そして同時に、それが嵐山准だからこその答えだと悟った。

 

 

 

 

一通りの回想を終えて、意識を現在に向けた柿崎は物思いにふけった。

(あの時、もし俺があの答えを言ったとしても、嵐山ほどの説得力は無かっただろう…、むしろ、さらに難癖を付けられて揚げ足を取られたかもしれない。かと言って…、俺の中にあの場を切り抜けるだけの、説得力がある答えがあるわけでもない…)

 

「柿崎さん、大丈夫ですか?」

思考に没頭して口を閉ざした柿崎に向けて、月守は顔を覗き込むようにして話しかけた。

「ん、ああ、大丈夫だ。少し、考え事をな」

「そうですか」

やんわりとした笑みを浮かべる月守を見て、柿崎は何気ない態度を装って質問した。

「…なあ、月守。もしその…、あの時、夕陽さんがあの広報イベントに出てたとしたら、あの質問にはどう答えてたと思う?」

「質問…、あー、あの意地の悪いやつですか?」

「ああ、そうだ」

「うーん…」

問いかけられた月守は顎に手を当てて考えた。

 

そして数秒後、

「きっとあの人は、答えないですよ。自分の中にある答えをあの場所で言ったところで記者の反感を買うだけだって判断して、すぐに柿崎さんか嵐山さんに丸投げしたと思います」

月守は困ったように笑いながら、そう答えた。

 

「そうか」

その一言を柿崎は疑う事なく受け入れ、小さくため息を吐いた。残念がる柿崎を見て、月守は咄嗟にフォローを入れた。

「まあ、俺は夕陽さんじゃないんで、あくまで予想です。本人に聞くのが、一番確実だと思いますよ」

「…それもそうだな。近々、お見舞いに行くよ」

「行ってあげてください。基本暇してるっぽいんで、きっと喜びます」

月守はかつての隊長が嬉しそうにする様子を頭に思い描きながら、そう言った。

 

夕陽への見舞いを勧められた柿崎は、いつ見舞いに行こうか日程を考える一方、1つの好奇心から月守に問いかけた。

「…ところで、月守ならあの質問にどう答える?」

「俺ですか?」

 

不意にされた質問にも関わらず、月守は迷うことなく答えた。

「あの頃の俺なら、『街の人を守ります』って答えたと思います」

「嵐山とは逆か…。でもきっと、そっちで答えても記者の人たちはきっと難癖つけてきたと思うぞ。『家族を省みなくていいのか』とか、『ご両親に育ててもらった恩は無いのか』とかさ」

「やっぱりそうですよねえ…」

柿崎が予想する記者からの反論を聞いた月守は、自然と笑みを浮かべた。

 

しかしそれは、彩笑が見せるような明るく純粋なものではなく…、擬態していた聖者の仮面を外した悪魔を思わせる、仄暗さとほんの少しの邪悪さを孕んだ笑みだった。

 

その笑みのまま、月守は言葉を続けた。

「そしたら、こう答えてやりますよ。

 

『ご心配無く。僕はあの大規模侵攻の日に、全てを…、血の繋がった家族も、今まで生きてきた証も、何もかも無くしてます。省みる家族もいませんし、両親に育ててもらった恩もありません。だから脇目も振らずに、全力で皆さんを守ります。この身体が動く限り…、最後まで思いっきり戦います』

 

…ってね」

 

その笑みを向けられた柿崎は一瞬戸惑いつつも、すぐに落ち着いて言葉を返した。

「月守ならではの答えだな。あと、お前のそんな表情を見たのは随分久しぶりだよ」

表情を指摘された月守はゆっくり深呼吸をして、それから会話を再開させた。

「あはは、そうですか?」

「ああ。ここ一年くらいは見てなかった気がするな」

「うーん…。特別意識はしてませんけど、多分、神音と真香ちゃんが入隊してきてからは、ほとんどしてなかったんじゃないですかね」

そう話す月守の表情は、すっかりいつも通りのもので、人当たりの良いやんわりとした笑みだった。

 

柿崎はその月守の笑みを見ながら、お節介なのは承知の上で口を挟んだ。

「…月守の事情はわかってるが…、その、家族がいないってのは、言い過ぎじゃないか?」

「んー…、言い過ぎましたかね。でも柿崎さん、きっとあの人は、俺の助けなんていらないと思いますよ?仮にネイバーが攻めてきたからって助けに向かったところで、むしろ、

『君がここに来る意味なんてないよ?』

ぐらいは、言いますね」

キョトンとしながら月守がそう言ったところで、タイミング良くポケットに入っていたスマートフォンが小刻みに揺れた。

「あ、すいません柿崎さん、電話失礼します」

小さく会釈して柿崎に一声かけてから、月守は電話に出た。

 

『もしもし?』

『あ、咲耶?ボクだよー、ボクボク!』

『俺の知り合いにボクなんて名前のチビッコはいないんだけど?』

『嘘つきー!絶対分かって言ってるじゃんっ!』

『あっはっは。なんのことやらさっぱり』

 

電話して来た彩笑の機嫌が回復していたのをいいことに月守は軽くいじってから本題を切り出した。

 

『んで?要件は何?』

『試合、終わったよ!4対3対2で玉狛の勝ち!』

彩笑の要件はランク戦昼の部の結果報告であり、スコアを聞いた月守は首をわずかに傾げて思案した後、予想を口にした。

『鈴鳴が3点で那須隊が2点?』

『ブッブー、外れ!得点は逆で、那須先輩が3点の村上先輩と来馬さんが1点ずつ!』

『那須先輩3点で村上先輩と来馬さんが1点…。那須隊は上手く連携がハマって、鈴鳴は鋼さんが追い詰めた敵を来馬さんが倒したって感じ?』

 

各チームの戦闘スタイルやこれまでの得点傾向から月守はそう予想したが、その予想を聞いた彩笑は電話越しで笑った。

『咲耶、今日は全然冴えないね!那須隊は合流失敗したけど那須先輩は1人で3点取ったし、来馬さんは村上先輩と別行動で1点取ったんだよ!』

『…え、マジで?』

『マジマジ』

『嘘ついてない?』

『なんでそんな頑なに疑うのさ!』

電話越しに憤慨する彩笑に疑惑の目を向けつつ、月守は今一度空を見上げた。

 

『まあ、兎にも角にも試合が終わったんだし、合流しようか』

『ん、りょーかい。お昼食べてから、作戦室ね。試合前の連携確認するよ』

『わかった。んじゃ、後でな』

『はいはーい』

電話を終えた月守は柿崎に視線を向けると、彼もまた正隊員に支給される端末に目を落とし、仲間からの呼び出しを受けていた。

 

柿崎が顔を上げるのを見てから、月守は声をかけた。

「柿崎さんも、仲間に呼ばれたんですか?」

「まあ、そんなところだ。今、こっち向かってるらしいから、俺はまだここにいるよ」

「そうですか」

わざわざ柿崎隊の面々が揃うまでここにいる意味は無いとした月守は両手を組んで伸びをした後、軽やかな足取りで屋上の出口に向けて後ろ向きに一歩踏み出した。

「では柿崎さん。またランク戦で」

「ああ。ランク戦でな」

 

2人の視線がぶつかり、月守は宣戦布告のつもりで、わざとらしい好戦的な顔付きを見せてから口を開いた。

「負けませんよ」

「こっちこそだ。…もう、俺たちは下位に落ちるつもりは無い。俺たちの…、いや、あいつらの正当な評価に相応しい順位まで、行かせてもらうぞ」

 

その一言に、月守は今までとは少し異なる柿崎の覚悟を感じた。

(下位に落ちて、何か変わったのかな…)

月守はその覚悟に敬意を払った。

 

「なるほど、わかりました。…お互いにベストが尽せるような、いい試合にしましょうね」

 

その覚悟を受け取った上で月守はそう言い残し、屋上を去っていった。

 

 

 

月守が去り、再び屋上に1人になった柿崎は、どこまでも広く青い空を見上げていた。

「……街の人を守る、か…」

自然と柿崎は月守とのやり取りを頭の中で反芻し、そして彼をほんの少し羨ましく思った。

 

何故自分が戦うのか。内容は問わず、それを即答できる人間は強い。普段から強くその思いが渦巻き、信念としてその人の中に在るからだ。

 

(肝心な理由はちょっとアレだったが…。月守は嵐山と同じで迷わないで…、それでいて記者を黙らせるような答えを、持ってんだな)

 

ある種の恐怖を思わせる笑みと共に放たれた月守の一言を噛み締め、柿崎は長く息を吐いた。

 

自分とは違い、迷いがない信念を持ち合わせた月守に…、彼が所属する地木隊に勝てるのか。

 

その疑問は、戦う前から負けているような感覚をもたらし、柿崎の心に一筋の不安が差し込む。しかしそれが心を覆い尽くす前に、

「あ、隊長。やっと見つけましたよ」

背後にあった屋上の扉が開き、柿崎隊のメンバーが姿を現した。初めに声をかけた照屋文香に続き、巴虎太郎が柿崎に声をかける。

「柿崎さん、なんでまた屋上にいたんですか?」

その問いかけはさっき月守にされたものと同じであり、柿崎は内心苦笑してから答えた。

「ちょっと空を見ながら空気を吸いたくてな。…俺が屋上にいるのは、そんなに意外だったか?」

淵から降りて、3人の元に柿崎は近寄る。

 

柿崎の疑問を聞いた3人は顔を見合わせて、それを代表する形でオペレーターの宇井真登華が口を開いた。

「屋上にいることより、柿崎さんが1人でいることの方が意外ですね〜〜。いつも私たちとか、スポーツ組とか大学組とか、誰かしらと一緒にいるので」

 

「言われてみればそうだな」

宇井の核心をついた指摘を聞いた柿崎はなるほどと思うと同時に、さっき会った月守も同じことを指摘していたことに気がついた。

 

「…よく見てるな」

思わず口をついたのは月守への一種の賞賛だが、

「いえいえ、それほどでも〜〜」

「隊長のことをきちんと見るのは当たり前じゃないですか」

「どうもです」

それを自分たちへの言葉だと受け取った3人は口々に答えて喜んだ。

 

3人の喜ぶ姿を見て、柿崎は思った。

(…ああ、お前たちは本当にいい奴らだよ)

いかに自分が良いクルーに恵まれているか。柿崎はその事に気付いた…、というよりは、改めて実感した。

 

(俺のことを慕ってくれるこいつらを、勝たせてやりたい。…月守、お前の中にある信念と比べたらささやかなものかもしれないが…、俺はそのために今日、戦うぞ)

 

そうして柿崎は今一度、そのことを強く決意した。

 

*** *** ***

 

太陽が沈み月が空を照らし始めた頃、ランク戦ラウンド3夜の部を始めるために、実況担当を買って出たオペレーターがマイクを取った。

『さあさあ!いよいよランク戦ラウンド3夜の部、中位グループの試合が始まろうとしてます!』

中位グループを担当するのは、ランク戦実況数ぶっち切り1位の竹富桜子だった。

 

もはやランク戦実況と言えば竹富桜子、竹富桜子と言えばランク戦実況、その境地に達しつつある。

『実況はわたくし竹富桜子!解説席にはボーダーが誇る精鋭玉狛第1の烏丸先輩と、昼の部の試合で素晴らしい活躍を見せてくださった那須先輩の2名にお越しいただいております!』

『『どうぞよろしく』』

 

2人が小さく会釈をしたところで、竹富が手慣れた様子で雑談を挟んだ。

『烏丸先輩は支部所属、那須先輩は体調面の都合で今まで解説をお願いしにくいところがありましたが、今回は念願叶ってお呼びすることが出来ました。今日はぜひ、よろしくお願いしますね!』

竹富の言葉に対して、やや間を開けてから烏丸が答えた。

『こちらこそ、よろしくお願いします。ランク戦の解説を担当するのは久しぶりですけど、頑張らせていただきます』

烏丸が丁寧な言葉で言い終えると、那須がどことなく緊張した面持ちで続いた。

『竹富さん、烏丸くん、よろしくお願いします。初めての解説で緊張してますけど、精一杯頑張ります』

 

そうして緊張していると話す那須の様子を、離れた壁側の席に座っている熊谷が不安そうに見つめていた。

「玲…、大丈夫かな」

思わず口をついた不安が聞こえたようなタイミングで那須は熊谷に視線を向けた。あまりのタイミングの良さに熊谷は驚きつつも、那須に向けて口の動きだけで、

(頑張って)

そう伝えると、那須は淡く微笑んで小さく手を振り、

(頑張るよ)

同じように、声には出さずに口の動きだけで答えて熊谷を安心させた。

 

尚この時、熊谷の後ろの席に座っていたC級隊員の少年が偶然にも那須に視線を向けており、その淡い微笑みに心を射抜かれていたのだが、それはまた別の話。

 

 

熊谷とのやり取りを終えた那須は今一度会場を見渡し、素直に思ったことを口にした。

『それにしても…。ランク戦って、思ったより沢山の人がこうして会場に足を運んで、モニターで試合を観てるんですね。席がほとんど埋まっていて、驚きました』

『まあ、そうですね。俺も会場に来ること自体久しぶりですけど、ここまで多かったかな…』

感心したように話す2人を見て竹富は、

(今日満席近くまで埋まってるのは、お二人が解説をやると聞きつけて来た先輩方のファンが多数いるからですよ)

と正直に言うべきか一瞬だけ迷った後、

『土曜日の夜の部ですから、他の時間帯よりは人が集まりやすいんですよ』

それっぽい理由で誤魔化すことを選んだ。

 

普段より数割増しのギャラリーに向けて、竹富は試合の対戦カードを発表する。

『本日のランク戦は、諏訪隊、荒船隊、地木隊、柿崎隊の四つ巴戦です。率直に、この組み合わせをお二人はどう捉えますか?』

率直にと言われた2人は、この対戦カードを初めて知った時の気持ちを思い出し、それをなぞる形で答えた。

『各チームのスタイルがバラバラなので、いかに自分たちの戦いに相手を乗せるか、といった戦いになると思います』

『私も同感です。付け足すなら、相手の戦いをさせない、というのも1つのポイントになると思ってます』

 

烏丸と那須の無難な回答を聞き、竹富はそこから話を発展させた。

『自分たちの戦いができるか、ということですね。そうなるとやはり、ステージ選択権のある柿崎隊がわずかに優位を取ってるように思いますが、それについてはどうお考えですか?』

『確かに、ステージを選んだ柿崎隊は他の隊より動き出しが早く取れるので、そういう意味では優位ですね。ただ傾向として、柿崎隊は仕掛けるというよりは状況が整うのを待つことが多いので、開戦からいきなり飛ばしてくるというのは少し考え辛いと思います』

スラスラと答える烏丸を見て、彼が事前によく予習していることを感じ取り、会場での解説が初めてとなる那須としては頼もしさを覚えた。

 

『那須先輩は各チームの有利不利については、どう思いますか?』

自身の考えを話し終えた烏丸が同じ話題を那須に振り、やや間を開けてから那須は答えた。

『…そうですね。動き出しが早いのは確かに柿崎隊だと思いますし、そこの優位に関しては私も同じ意見です』

『関しては、ということは別の考えもあるんですか?』

言い回しに違和感を覚えた竹富が追求すると、那須はしっかりとした口調で答えた。

『はい。先ほど話した、自分たちの戦いができるかという点においては諏訪隊と荒船隊が、柿崎隊のステージ選択権に並ぶ優位だと思います。両チームともスタイルが特化しているので、一度乗せてしまうと中々抜け出せません』

『普段から試合をしているからこその意見ですね』

同じ中位グループで何度も戦っている那須の言葉には重みがあり、竹富も烏丸も、会場にいるギャラリーも自然とその言葉を受け入れた。

 

『では、残る1チームの地木隊についてはどうですか?』

竹富がここまで触れられなかった地木隊に言及すると、那須は困ったような表情を見せた。

彼らについて、何を、どう語ろうか那須は悩み、言葉を選んで語り始めた。

『地木隊については…。良くも悪くも予想できませんね。前回、地木隊と戦いましたが、あの一戦だけであのチームを図ることはできませんし…。何より今回から、今までお休みしていた天音隊員が復帰します。まず間違いなく、前回とは別物のチームになっています』

話しながら試合開始時間が迫って来たことに気付いた那須は、ほんの少し慌てて自らの意見を、

『…きっとあのチームは、この試合の台風の目になるでしょうね』

そう締めくくった。

 

*** *** ***

 

ボーダー屈指のバイパー使いにして、『鳥籠』の異名を持つ那須に「台風の目になる」と言わせた地木隊は、全員が開戦前にトリオン体に換装して準備万端の状態で待機していたのだが…。ひょんなことから彼らは、試合直前に1つのピンチを迎えていた。

 

「あのね、咲耶。ボクは今、めっちゃ拗ねてるよ」

作戦室にあるミーティング用テーブル(無駄にちょっと高級な北欧製のもの)に腰掛けながら、堂々とご機嫌斜め宣言をした隊長の彩笑に、相方の月守が呆れたような目を向けた。月守は彩笑の機嫌が悪い理由を知っているが、その理由がまたしょうもないものであり、それ故に呆れたような目を向けていたのだ。

 

試合開始までのカウントダウンが始まりつつある中で1つため息を吐いて、月守は彩笑を説得しにかかった。

「新しい隊服が試合までに届かなかったからって、拗ねるなよ」

 

そう。彩笑の機嫌が悪い理由は、先日制作を思い付いた3着目の隊服が、今、手元にないからだった。天音の復帰に合わせて新しい隊服を完成させ、今回の試合に臨もうと考えていた思惑が叶わなかったため、彩笑は試合前でありながら全力で拗ねていた。

 

月守にズバリ理由を言われた彩笑は、プンプンという効果音が見えそうな勢いで反応した。

 

「だーっておかしいじゃん!?デザイン画だってちゃんと描いて提出したし、『完成いつになりますか?』って質問して『土曜日には出来ますよ』ってあのデザイナーさん言ってたのに、まだ出来てないっておかしくない!?締め切り守れてない!」

「まだ土曜日終わるまで6時間くらいあるし、1日のスケジュールを24時じゃなくて30時まで組んでる人だっているから、そのデザイナーさんは嘘言ってるわけじゃないだろ?」

不満を月守はノータイムで裁き、彩笑は負けじと不満を重ねて口にする。

「へーりーくーつ!普通の会社は17時で仕事終わりなんだよ!?その時間までに仕事仕上げてなきゃおかしくない!?」

「それ言ったら一般企業は土曜日と日曜日は休みだし、そもそも彩笑だって土曜日の何時までって指定してないし確認もしてないだろ?」

「うぐっ…!」

怯んだ彩笑を月守は見逃さなかった。

 

このまま容赦無く、正論で殴るという口撃を仕掛けても良かったのだが、それをやった場合今以上に彩笑が拗ねる可能性が多大にあった。いやむしろ、100%拗ねる。

試合を目前にして拗ねるという最悪の事態を回避するため、月守は口撃を中止した。

「…だからまあ、文句を言うのは土曜日が終わってからだろ。今ここであーだこーだ言ってもしょうがないぞ?」

「…それはそうだけど……」

彩笑は尚も不服そうではあるが、ほんの少し冷静さを取り戻した。

 

「ちょっとは落ち着いたか?」

「ちょっとはね。まだ拗ねてるよ、拗ね度71%」

「やけにピンポイントなパーセンテージだな。…それゼロにするにはどうすればいい?」

「んー…、一発ギャグ」

「そういうのは生駒さんか佐鳥に頼め。代わりに…、試合終わったら彩笑が食いたいものリクエストして俺が奢るとかはどう?」

「拗ね度0%!回転寿司で手を打つよ!」

ぱあっとした明るい満面の笑みを浮かべて話す彩笑を見て、月守は彼女の不機嫌さを回復させることに成功したことを心の中で喜び、安堵の息を吐いた。

 

ムードメーカーである彩笑の復調を成功させた月守は小さな声で「よし」と前置きをしてから話題を完全に逸らしにかかった。

「んじゃ彩笑。そろそろ試合前の最終ミーティングやろうか。さっきから真香ちゃんが時間気にしてソワソワしてる」

クスっと月守が笑いながら言うと、今朝方に彩笑の地雷を踏み抜いた事を反省して会話に加わるのを遠慮して、椅子に座って沈黙していた真香がようやく口を開いた。

「べ、別にソワソワしてないです。…えっと、じゃあ…、地木隊長、ミーティング始めても、いいですか?」

「いいよー!いつでも始めちゃって!」

完全に調子を取り戻した彩笑が元気よく許可を出し、試合前最終ミーティングが始まった。

 

「では、ミーティングを始めます。…とは言っても、これ以上打ち合わせすることって多分無いですよね。昨日今日で訓練中、散々打ち合わせしてたので、話すことはもう無いかなと…」

「んー、それもそうだね!よし、最終ミーティング終了!」

 

試合前最終ミーティングは有り得ないほどの早さで終わった。

 

過去最短記録を更新し、今後二度と抜かれることがないであろう早さのミーティングに月守は思わず苦笑いした。

「確かに話すことはもう無いけど、初動だけ確認しようか。戦闘員3人は開戦直後に手早く敵の位置を把握して、1人…、できれば、各チームのキーマンに突っかかること。真香ちゃんは荒船隊の位置を予測しつつ、戦況の把握と対策に努めて。一通り落ち着いたら、状況に応じて真香ちゃんの指示に従うこと」

 

本当に必要最低限の事だけ確認を終えると、真香は不安そうな表情を見せた。

「…あの、本当に私が指揮してもいいんですか?」

「うん、もっちろん!」

疑問形で吐露した真香の弱音に対して、彩笑は椅子から立ち上がりながら、不安を打ち消すような明るい笑顔で答えた。

「今までは真香ちゃんと咲耶で指揮とか分析とか一緒にやってたけど…、前回2人とも、那須隊の作戦に全く同じ予想立てたでしょ?」

彩笑は視線を真香から月守に移しながら、言葉を続ける。

「それで、ボク思ったんだよ。『あれ?2人が全く同じ予想立てるなら、コレ1人でも良くない?』ってさ!」

 

彩笑の出した結論に対して月守と真香は気まずそうな表情を見せた。

真香の表情から僅かにだが不安さが取り除かれた事を察した彩笑は自然な足取りで真香に近寄り、優しい声で語りかける。

 

「不安かもしれないけど…、真香ちゃんはだいじょーぶだよ。ボクは真香ちゃんの指示が、ちゃんとした考えがあってのものだって分かってる。ボクよりずっっと頭がいい真香ちゃんが、一生懸命勉強して、みんなのためにって思って磨いてきたものだから、ボクは真香ちゃんの指示を、信じるよ」

 

手を伸ばせば届く距離まで近づいた彩笑は、今一度、ニコっと笑った。

 

「だから、自信を持って指示出して。ボクたちはそれに、全力で応えるからさ!」

 

笑顔を見せる彩笑の眼差しは真香をしっかりと捉えていて、その言葉は真香に強く突き刺さる。

 

隊長の言葉を受けて、真香は考えた。

 

 

 

今までこんなにも、自分を信じてくれた人がいただろうか。

ここまで自分に何かを、疑いなく任せてくれた人がいただろうか。

 

同時に、

 

今までこんなにも、期待に応えたいと思えた人はいただろうか。

ここまで自分が、誰かのためになりたいと思えた人はいただろうか。

 

そんな疑問が頭をよぎり、すぐに答えが出た。

 

(そんな人は、今までいなかった。今の地木隊長以上に、私を信じてくれた人も、期待に応えたいと思った人なんて、私にはいなかった)

 

 

 

 

一瞬の思考でその結論に辿り着いた真香は、変わらない笑顔を浮かべた彩笑に答える。

 

「わかりました。地木隊長が信じてくれるなら、私は自信を持って指示を出します」

 

そう答える真香には先ほどまでの不安は全く感じられず、吹っ切れたものがあり、

「うん、オッケー!じゃあ真香ちゃん!前の試合の失敗を帳消しにするつもりで、今日は頑張ってね!」

「任せてください。帳消しどころか、貸しを作るつもりでいきますから」

「あっはは!その意気その意気!頼もしいっ!」

2人はそうして、心底楽しそうに言葉を交わし合っていた。

 

 

 

(人を信じることにかけて、彩笑は天才だな)

そんな2人のやり取りを見て、月守は静かに思った。

(相手のことを真っ直ぐに信頼する。裏切ろうとか、逆手に取ろうとか、そんな考えが一切浮かばないくらいの、応える以外の選択肢が選べなくなるような…、いや、応えたいって強く思える。あいつの信頼には、そんな魅力がある)

それは紛れもなく彩笑の才能であり、月守には絶対に手に入らないものだった。

 

そのことを月守は羨ましいと思うが、すぐにそれを頭から追いやった。

(まあ、とにかく…。これで真香ちゃんは大丈夫。問題は…)

月守は視線を横に向けて、隣に座る人物に話しかけた。

「神音…、大丈夫?さっきからずっと喋ってないけど…」

隣に座っていたのは、今日が正隊員として公式な復帰戦になる天音だった。

 

彩笑が拗ねている時も、月守が宥めている時も、ミーティングが始まった時も、真香が不安になった時も、天音はずっと沈黙を保ち続けていた。

 

天音は月守の問いかけに、数テンポ遅れて答えた。

「あ、はい…。えっと…、多分、大丈夫、です」

どことなくぎこちない受け答えに月守は不安を覚え、心配して話しかける。

「復帰戦だから、緊張してる?」

「…緊張…、です、かね。落ち着かないのは、確か、なんですけど…」

自分でもわからない、とでも言いたそうに、天音は小首を傾げた。

 

表情こそいつもと変わらぬ無表情だが、天音が普段と違う状態なのは明らかであり、月守はそのことに直前まで気付かなかった事に対して悔いた。なまじ、ここ数日で見せたリハビリ中の天音の動きに違和感が無かっただけに、いつも通りなのだと思い込んでいたのだ。

 

(どうにかしてあげたいけど…、試合開始まであと1分ちょっとしかない)

 

天音が抱えている心の問題を知り、解決するには、試合開始まで100を切ったカウントダウンでは時間が足りなすぎた。

 

解決することはできない。しかし、このままで良い筈がない。せめて何か一言だけでも、伝えなくてはならない。

 

そう思った月守は迷わず、今天音に伝えたいことを素直に話すことにした。

 

「ねえ、神音」

「はい…。なん、ですか?」

「復帰戦だからってのもあるけど…、無茶だけは、絶対にしないでね。無茶するくらいなら…、試合の勝ち負けとか、戦況とか気にしないでベイルアウトして、いいからさ」

 

だから本当に、無茶だけはしないで。

 

月守が天音に伝えたかったことは、今もなお彼の脳裏に焼き付いて離れない、大規模侵攻の時に見た天音の姿に起因するものだった。

あの戦い以降、天音のトリオン体には手を加えられ、天音1人でASTERシステムを解除することは出来なくなっている上に、万が一誤作動や何かの拍子に解除されてしまったとしてもランク戦は仮想空間による戦闘であるため、天音の身体に負担は何1つかかる事はない。

 

当然月守もそのことは知っている。しかしそれでも…、というより、ASTERシステム如何に関係なく、月守は天音に無茶をしてほしくなかった。

 

月守の心からの懇願は天音にもしっかりと伝わり、彼女は首を縦に振って綺麗な黒髪を揺らして、肯定を示した。

「わかり、ました…。でも…」

そこまで言って天音は不自然に会話を途切れさせ、月守は無意識に言葉の続きを促した。

「…でも?」

 

「…無茶は、しません、けど…。ベイルアウト、する前、に…。月守先輩を…、地木隊長を…、真香を…、みんなを頼っても、良い、ですか?」

 

思いもよらず天音から提案された無茶をしないための条件を聞き、月守は答えるのが遅れた。しかしそれはあくまで驚いたからであり、答えに迷ったわけではない。だから月守は、躊躇わずに答える。

 

「うん、もちろ「あったり前じゃん!神音ちゃんは、みんなに頼っていいに決まってるんだから!」

 

だがその答えは、途中から会話に割り込んできた彩笑に掻き消された。

 

横槍を入れられた月守は、ジト目で彩笑を見ながら口を開く。

「今俺が答えるところだったんだけど?」

「うん、わかってた!」

「わざとかよ…」

演技っぽく肩をすくめる月守を見て、彩笑はクスクスと笑った。

 

そうして彩笑はその笑みのまま、作戦室に暖かな雰囲気を保ったまま、なんて事ないように、それでいて唐突に月守に1つの確認を取った。

 

「3日前の約束、忘れてない?」

 

「守るから安心していいよ」

 

戸惑いも躊躇もなく月守が答える事で彩笑は納得し、

 

「うん!ならオッケー!ノープロブレム!」

 

今日一番の笑顔と右手で作ったグッドのサインを月守に送った。

 

 

2人のやり取りが終わると同時に、作戦室のモニターに表示させていたカウントダウンが60秒を切り、対戦ステージが映し出された。

「ステージ出ましたね。『工業地区』です」

「どこでも射線が通るようなステージじゃないから、荒船隊に照準を合わせた選択かな」

「はい、恐らく。加えてステージ自体が狭めなため合流は容易に出来ますから、柿崎隊としても手早く陣形を整えられるメリットがありますね」

「でもそれは俺たちも諏訪隊も同じなんだよね。単にコレはラッキーって思っていいのか、それとも…」

「何か罠があるかもしれませんね。この時点ではステージの天候までは表示されてないので、もしかしたら那須隊のように天候で仕掛けを仕込んでるかもしれません」

「昼の試合みたいに暴風雨だったら厄介かな。射撃しにくくなるし、足場にも不安が出てくる」

「暴風雨なら荒船隊の狙撃を大きく抑えることができるので、選んでくる可能性は充分にあります」

ステージ1つ見ただけで、スラスラと真香と月守は意見を出して柿崎隊の意図を予想し始めた。

 

そしてそのやり取りを、

「ねえ神音ちゃん。あの2人はどうしてあんなにペラペラって考えが出てくるんだろうね?」

「不思議、です、ね」

頭より身体動かしたい派の2人が、信じられないようなものを見るような目を向けてヒソヒソと話していた。

 

転送まで残り30秒を切ったところで、彩笑が小気味よく1つ、柏手を鳴らした。

「はい!気を抜くのはここまでにして…、じゃあ、行こっか」

1人1人に視線を送り、全員が自分のことを見ていること確認した彩笑はワザとらしく咳払いを入れた。

「えーっと、試合前に1個だけ、みんなに言っときたいことあるよ!」

着々とカウントが減る中、彩笑は試合前最後の激励を飛ばす。

 

「今日戦うチームは、みんな強い!火力とか狙撃とか万能性とか、ボクたちには無い強みを持ってるチームばっかりだけど…、それでも!ボクはこのチームが、どこよりも強いって思ってる!」

 

あわやカウントがゼロになってしまうかと思われた彩笑の激励だったが、

「だから!今日は絶対に勝ちたい!絶対に、勝つ!」

そう言い切って締めくくった瞬間、まるで狙い澄ましたかのようにカウントがゼロになり、3人の転送が始まった。

 

 

 

 

B級ランク戦ラウンド3夜の部、中位グループ戦、開幕。




ここから後書きです。

またか、またなのか、と思われそうなくらいに、久々の投稿になりました。申し訳ありません。

私の生活上、平日も休日も関係なく毎日同じような事を繰り返すような日々が続くので、私にはもう曜日の感覚が無かったりします。周囲の混雑具合で「ああ、今日は人が多いから土曜日か」みたいな感じで曜日を認識したりしてます。この曜日にこれがある、みたいに関連付けるものが無いので曜日の感覚は久しく無くしていたのですが…、最近、日曜日だけは感覚が戻りました。先日、例の悪友と電話してた時にその話になりました。
友「へえ、日曜日だけ…。何と関連付けしたの?やっぱり休日だから?」
私「No。アニメ放送が始まったSAOAGGOだ。レンちゃんが可愛すぎて『レンちゃん可愛いっ!』って言ってる間に日曜日だけは身体が楽しみにしてくれるようになった」
友「………」
電話なので悪友の表情は分からなかったのですが、多分きっと、憐れみとか呆れとか、そういうのが集約しきった表情だったんだろうなと思います。

あと毎度毎度の事になってしまいますが、本作を読んでいただきありがとうございます!更新が無い中でもお気に入り登録や評価をいただけると「よっしゃっ!」ってなります。しんどくても、頑張ろうと思えます。

そしてやっと始める事が出来ましたよラウンド3!書きたい事だらけなので、今まで以上に気合い入れて頑張ります!


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第78話「アマネ・バックドラフト」

前書きです。

お待たせしました。


ラウンド3の舞台となった工業地区に転送された12名のうち、9名は…、仕掛けた側である柿崎隊以外の3チームのメンバーは、すぐにステージに仕掛けられたものに気が付いた。

 

全員が転送された瞬間に同じ事を思い、そしてそれを代弁する形で、彩笑が仕掛けに耐えかねて、

 

「寒ーい!」

 

と、声を上げた。

 

戦場となったのは、うっすらと積もった雪がパイプやコンテナ、各種設備を覆う、どこか不思議で白く美しいステージと化した工業地区。

 

天候設定『粉雪』。それが柿崎隊が仕掛けた、ささやかにして全チームを困らせる罠だった。

 

*** *** ***

 

試合に出ている者はおろか、観戦している誰もが、柿崎隊がステージギミックを仕掛けてきたことに驚いていた。柿崎隊の強みは、堅実さと安定、そして実質オールラウンダー3人を揃えた万能性である。

そんな彼らがギャンブル要素がある天候設定を仕掛けるなど、誰も予想していなかった。試合前に真香と月守は話していたが、彼らも心の底では、柿崎隊がそんな事をしてくるわけがないと、タカをくくっていた。

 

虚を突かれ、開幕直後には誰もが思考が止まり行動が止まった。

 

ただ1人を除いて。

 

*** *** ***

 

「柿崎さんが…、天候設定を…?」

開幕直後、雪に覆われた工業地区の中で笹森日佐人は周囲を見渡しながら驚きを口にした。笹森が所属する諏訪隊と柿崎隊は幾度となく中位グループで戦ってきたため、相手の出方はよく分かっている。だが今回のこれは今までに無いパターンであり、笹森は大きく戸惑っていた。

 

(一体、どういう…)

柿崎隊の意図を読まずに困惑する笹森に、通信が入った。

『おい日佐人!ザキの狙いが読めなくて困ってんのはわかってるけどよ、まずは合流すんぞ!』

呼びかけてきたのは隊長の諏訪洸太郎だった。

 

「『り、了解です!』」

ひとまず合流という、試合前に出されていた指示を改めて受けた笹森は、視界に出したレーダーに表示された諏訪とメンバーの堤の反応を探そうとした。

 

レーダーに意識を向けた笹森と、戦場全体の把握に努めていたオペレーターの小佐野瑠衣が、()()に気付いたのは同時だった。

 

『ひさと!敵来てる!』

「『分かってます!』」

 

2人がレーダーで気付いたのは、とんでもない速度でまっすぐと笹森に近づき、ベイルアウト禁止である半径60メートルに侵入してきた1つの反応だった。当然ながら、味方ではない。動く速度が尋常ではなく、ガンナーやシューターではなくアタッカーの…、特に、機動力に特化した者の速度だったからだ。

 

2人の声で状況を理解した諏訪が通信に割り込む。

『この速さ…、地木か!?』

「『多分そうです!このまま、交戦します!』」

『おっしゃ!時間稼げよ日佐人!そうしたら俺と堤が援護に回る!』

「『了解です!』」

指示を受けた笹森は実体化させた弧月の柄に手をかけ、鞘から静かに抜いた。

 

依然速度を落とさず接近してくる反応を待ち構えながら、笹森は集中力を高める。

(正直、地木さんは強い。10回戦えば、6回は確実に負ける。でも…、勝とうとしなければ、負けないようにすれば時間は稼げる。そうすれば諏訪さんや堤さんが来て、戦える)

笹森は冷静に相手との実力差を認識し、その上で自分にできる事を選び取り、勝ちに繋がるものを手元に残した。

 

笹森がいるのはプレハブ小屋に取り囲まれたエリアの中にある、ちょっとしたスペースだ。狙撃の射線は通さず、アタッカー同士が切り結ぶには丁度いい広さを持った場所。

ほんの一時の一騎打ちをするためにその場に留まることを選択した笹森に、迷いなく近づいてくるレーダー反応が緊張を与える。

 

(この距離、プレハブ小屋を2つ挟んだ向こう…!)

そうして笹森がレーダーではなく、現実的に相手との間合いを測った瞬間、()()はプレハブ小屋の合間を高速で縫って笹森の前に姿を躍らせた。

現れたのは、小柄に地木隊の黒いジャージタイプの隊服を纏った人影。一瞬、予想通り彩笑だと笹森は思ったが、その人影は黒髪であり、鞘に収めたままの弧月の柄に左手をかけていた。

 

そう。

 

笹森の前に現れたのは、

仕掛けてくると思い描いた地木彩笑ではなく、

敵の虚を突くことを得意とする月守咲耶でもなく、

今日が復帰戦になる天音神音だった。

 

白魚のような指で弧月の柄を握り、

「戦闘開始、です」

開戦を宣言しながら天音は鋭く踏み込み、笹森との間合いを一気に埋めて抜刀して斬りかかった。

 

その動きはしばらく実戦を離れていた者とは思えないほど速く、弧月使いでありながらスピード型のスコーピオン使いに迫るものだった。だがいくら速くとも天音の動き自体は素直だったため対応は容易であり、笹森は防御の構えを取って天音の斬撃を防ぐことを選択した。

 

直線的で、小細工の無い、居合を思わせる抜刀によるシンプルな一撃。

 

しかし構えを取った笹森は、天音が抜刀した弧月の刃が見えた瞬間、背中に激しい悪寒が走った。それは今まで積み重ねてきた訓練と実戦による経験が気付かせた違和感にも似た警戒であり、無意識下で鳴り響いた警鐘は笹森を裏切らなかった。

 

天音の一撃を受けた瞬間、剣と剣がぶつかるけたましい音と共に、弧月どころか腕が吹き飛ぶのでは無いかと錯覚するほどの衝撃が笹森を襲った。

 

「がっ…!?」

あまりに速く重い斬撃に笹森は驚き表情を歪ませたが、

「追撃、いきます、よ?」

天音はいつも通りの無表情で、淡々と次の攻撃へと繋げていった。

 

*** *** ***

 

転送直後、天音は視覚から入ってきた情報を素直に受け入れた。

(白い、雪)

雪が薄っすらと積もっている、そこまで認識したのだが、天音はそれ以上の情報を読み取らなかった。

 

他の誰もが感じた柿崎隊の意外性も、仕掛けられたステージの意図も、何も読み取らなかった。読み取るつもりすらなかった以前に率直なところ、()()()()()()()()のだ。

 

(一番近い、敵…、見つけた)

ステージのことを無視して、天音はレーダーレンジを拡大して一番近くにいる敵を見つけ、それに向けて天音は動き出した。

 

一歩、二歩、三歩。踏み出す度に天音のトリオン体は目に見えて速さを増し、七歩目を数える頃にはトップスピードに乗っていた。薄っすらと積もった雪はスリップの可能性を増大させるが、天音は転ぶ気配など全く感じさせない足運びで工場地帯を駆ける。途中、パイプや工場の設計による段差など走破するのが困難な地形が何度かあったが、天音はそれをフリーランニングを思わせる動きで難なく突破し、速度をほぼ落とさず敵へと接近していった。

 

天音としては、最も速さを落とさず行ける動きを即興で選択しているだけなのだが、その動きには見るものを魅了するような流麗さと、何かを焦がれるような必死さが同居していた。

 

ベイルアウト禁止である60メートルに入り込むと同時に弧月を実体化させ、サブ側にセットした『ハウンド』もいつでも使えるようにした。

(あの、小屋の向こう、に、いる)

敵の位置を明確に掴んだ瞬間、天音の動きは更に一層加速し、迷いなく飛び出して自身の姿を敵に晒した。ほんの少しだけ碧みがかった天音の眼が捉えたのは、弧月を持った濃い緑色の隊服の敵だった。

(ああ、笹森先輩。よかった、月守先輩が、言ってた、先に倒せたら、有利な1人、だ)

敵を認識した天音はそう思って安堵すると同時に、それと相反する感情が心の中で激しく燃え上がった。安堵を大きく上回るその感情は天音の心を一瞬で支配し、天音は臨戦態勢に入った。

 

「戦闘開始、です」

言うと同時に左手で弧月の柄を握り、間合いを一気に詰める。笹森が守りの構えを取ったのは当然目に入っていたが、天音は構わず弧月を振るった。踏み込んだ力を余さず次の動作に連結させて放たれた単発の横薙ぎは笹森に防がれたが、彼の構えが崩れた事を天音は見逃さない。

「追撃、いきます、よ?」

言葉と同時に天音は次の一撃を繰り出す。

 

 

 

振り切った初撃の刃を反転させ軌道を逆再生するような一撃。

笹森、辛うじて弧月で受けて防ぐ。

天音、左半身を脱力しながら引き下げて構え直し、引き終えると同時に押し出して突きに繋ぐ。

が、笹森はそれに反応して弧月で防ぎにかかる。

事を天音は見切り、その突きには威力を乗せることをせず敢えて軽い一撃にして防がせ、更に速度を上げた二連撃の突きを本命として放つ。

三連撃目を捌ききれず、笹森の肩に薄い刀傷が走る。

天音、更なる追撃を試みるも笹森が反撃に転じて弧月を薙いだため諦め、素早く二歩下がる。

連撃から逃れた笹森も二歩下がり態勢の立て直しを図る。

それより天音は早く構え直し、自身の身体で笹森からは死角になっている背後に右手を一瞬回してスタンバイさせていたハウンドを展開して上方に向けて放つ。

笹森、構えを立て直すも天音は息をつかせる隙すら与えず再度踏み込む。

変則下段による左下からの切り上げによる一撃を天音は振り抜き、笹森はそれを身を引いて避ける。

笹森は無事回避するものの、天音は顔の隣に弧月の柄持ってきて再び突きの構えを取り、まっすぐブレのない刺突を放つ。

天音が繰り出した刺突は笹森の目にまっすぐ向けた、距離感を狂わせる正確無比ものだったが、笹森が当たる寸前に顔を逸らして致命傷を避ける。

左目に弧月の切っ先がかすり、笹森は視界の4割を失うも冷静と呼べる最低限の理性を残して大きく飛びのく。

天音、飛びのく笹森を追わず。

 

 

 

笹森、5秒弱の間に曝された天音の苛烈な攻撃から、ようやく逃れる。

 

 

 

「ぶはぁっ!」

一刀一足の間合いから大きく外れたことろで、笹森は今まですることすら出来なかった呼吸を、ようやく行った。荒い呼吸のまま、笹森は天音を睨みつける。左半身をやや前に出した左片手持ちの構えは一切ブレておらず、呼吸も当然のように安定。ほんの少しだけ碧みがかった瞳は無機質で何の感情も映さず、ただ淡々と笹森を捉える。

 

(なんだよ、今の攻撃は…!?動きにキレがあるとか、調子が良いとか、そんな次元じゃない!勝てる気が全く…)

笹森の思考が終わるより早く、天音は態勢をほんの少し沈めた。

踏み込んで仕掛けて来るであろう次の攻撃に笹森はかつてないほど警戒を向けるが、

 

そんな彼の頭上から、天音が攻撃の最中に放ったハウンドが今、降り注いできた。

天音の攻撃の対応で手一杯でハウンドを放ったことに気付かなかった笹森にとっては不意打ちでしか無く、無防備に被弾して態勢を崩し、大きな隙が生まれた。

 

そこへ、

「また、いきます」

天音は容赦なく踏み込み烈火さながらの攻撃を再開させた。

 

*** *** ***

 

バックドラフト現象というものがある。

密閉された空間に放たれた火が空間内の酸素を大きく消費して不完全燃焼となった状態になった時、窓やドアを解放して酸素を大量に供給すると爆発する、そんな現象だ。

 

この現象には当然、密閉された空間や火、酸素という条件が絡むため、主に気にかけるのは火災現場だ。逆に、それ以外の場所や状況では起こるようなことはなく、気にかける必要はほぼない。

 

しかし。

 

大規模侵攻にて戦線から離れ、B級ランク戦ラウンド3夜の部の試合を復帰戦とした天音神音に起こっていたものは、おそらくこの現象が一番近いだろう。

 

無表情で感情表現が希薄ということで誤解されているが、天音の中には喜怒哀楽や闘争心というものが、きちんと備わっている。地木隊入隊までの長いボッチ生活のおかげで表情筋が硬くなっていて上手く動かせない上に、そもそも表現の仕方が今一つ分からないというだけで…。大好きなチームメイトと一緒にいられて喜ぶ心も、居場所を脅かされて怒る心も、大切な人が傷ついて哀しむ心も、拮抗した勝負を楽しむ心も、ちゃんとあるし、人並みかそれ以上の闘争心も、しっかりとある。

 

そんな天音は大規模侵攻の終わりから、B級ランク戦ラウンド2まで治療の為に戦線から離れ、戦い続けるメンバーの事を、ひたすら見て、聞いていた。

 

自身を含む他のメンバーが離脱した中、大規模侵攻を最後まで戦い抜き民間人の救助活動にまで参加した月守の功績を聞いて、誇らしく思えた。

ランク戦ラウンド1で敵のスナイパーの潜伏位置を完全に予測してみせるという真香の活躍を観覧席で観て、素直に凄いと思えた。

ランク戦ラウンド2で新技を見せつけ、現状に満足しないでまだまた上を目指す彩笑を見て、無垢な尊敬を送った。

 

同時に、

 

命の恩人と思える人が独り戦場に残った中、そこに並ばなかった自らの無力さを呪った。

親友が離れ業を有言実行しているのに、ただ観てることしか出来なかった自分を恥じた。

隊長が止まらず成長を続けているのに、戦場にすら立てず足踏みをしている現状にひどい焦りを覚えた。

 

何より、

 

かつてない大規模な戦場に最後まで残っていられなかったことが、悔しかった。

2シーズンぶりのランク戦に乗り遅れたことが、歯痒かった。

隊長が、みんなが苦しい戦いをしているのに…、共にいることが出来なかった自分に、ひどい怒りを覚えた。

 

そして、

 

自分が唯一、熱くなれると思える戦闘が出来ない事に対して…、天音の心はかつてないほど飢え渇き、あらゆる感情が燃え盛った。

 

天音自身、自らの心の状態を全て把握しているわけではなく、燃え盛る感情の何割かは無意識下でのことではあったものの…。そんな状態で天音はおよそ2週間、過ごしていた。

 

戦闘をお預けにされて2週間を過ごした天音にようやく、待ち焦がれていた戦闘が与えられた。

2週間燻っていたものに、格好の燃焼材が放り込まれたならばどうなるか。それこそ、火を見るより明らかである。

 

ラウンド3が開幕した今、天音神音のモチベーションは過去最高なものであり、発揮されるパフォーマンスもそれに比例するであろうことは、想像に難くなかった。

 

*** *** ***

 

ハウンドによって態勢を崩した笹森に、天音は容赦なく攻め立てる。

その斬撃は速く、重く、正確。

一撃一撃が当たれば致命傷になりかねない連続技だが、笹森はそれを紙一重で躱し、防ぎ、いなしていた。

 

今までなら…、大規模侵攻以前の彼ならば、予想にしていなかった事態に焦り、半ば自棄になった特攻を仕掛けていただろう。しかし大規模侵攻にて、笹森日佐人は成長した。

諏訪が敵に捕獲された状況で焦り、満足に連携の練習をしたことのない風間隊の戦闘に参加しようと懇願したものの窘められ、それでも尚食い下がろうとしたところ風間に、

「じゃあ勝手に突っ込んで死ね」

厳しくもそう諭され、戦況を見て身を引くことの重要さを痛いほど学び、変わった。

 

その証拠に、笹森日佐人への評価は大規模侵攻以降、良いものが目立つ。彼と実際に戦った者は、

『試合中に挑発してみたんだよ、あいつを。揺さぶれたんだけどな、前なら確実に』

と、語っている。

 

笹森自身も、自ら変わることが出来たと少なからず実感していて、そしてその変化は成長と呼ぶに相応しいものだった。

 

訓練を積み重ね、経験になる実践を経た者は、確実に成長する。

 

 

 

 

だが、笹森日佐人は知らなかった。

 

負けても安全な場所に戻されるベイルアウト機能によって命の保証がされる中、勝っても負けても命に関わるリスクを背負って戦っていた隊員がいた事を。

攻めてきたアフトクラトルの中でも最高レベルのブラックトリガーの使い手である老練の剣士と一対一で斬り結んだ隊員がいた事を。

入隊して1年しか経っておらず、伸び代がたっぷりとある隊員が、大規模侵攻にて最も過酷で最も苛烈な状況を経て得たものが、どれだけ大きな成長をもたらすのかを、

 

笹森日佐人は知らなかった。

 

 

 

 

笹森の防御は後手に回り、トリオン体には多くの傷が刻まれていく。

長く戦っているような感覚はあるが、残酷なことにそれは錯覚であり、笹森と天音が交戦を始めてからまだ1分も経っていなかった。

(このまま戦ってても、諏訪さんたちは間に合わない…っ!その前にオレが、ベイルアウトさせられる!)

敗北はおろか、逃走すら叶わない事を笹森はとっくに認めており、後はひたすらジリ貧を迎えるだけとなっていた。

 

(せめて何か…、せめて一矢だけでも…!)

 

このまま負けるにしても、後で戦うメンバーが少しでも助かるようなダメージを負わせたい。笹森はその一心で天音の攻撃を凌ぐ。

 

防戦一方を背負い続けた笹森に、唯一の希望が見えた。

「あ」

その1文字が天音の口から溢れたと同時、攻撃が大きく乱れたのだ。

 

瞬間、笹森は理解した。

(そうか、雪で足元が…!)

激しい攻撃を続けた結果、戦場に薄っすらと積もった雪が天音の足を滑らせたのだと。

 

後にも先にも、天音に攻撃を確実に当てられるチャンスはここしかないと笹森は確信しており、天音を倒すつもりで弧月を上段から振り下ろした。

「おおぉぉ!!」

いくら負傷していても、ブレードを生業にさているアタッカーだけあって、笹森の斬撃は天音を正確に捉えていた。

 

当たってもおかしくない、むしろ避ける方が困難なタイミングでの斬撃。

 

だが天音からすれば違った。

彼女には、激しすぎて一生忘れられないであろう、ヴィザとの戦闘が脳裏に明確に残っていた。

この戦闘でもあの洗練された斬撃の残像が、目に焼き付いていた。

あの斬撃を確実に避けるための動きが、身体に染み付いていた。

 

リハビリではモールモッド相手で姿形が違いすぎて発揮されなかったもの。

 

何にも変えがたい経験を、この戦闘で如何なく活かしていた天音からすれば、迫り来るこの笹森の斬撃が、

(遅い…。ヴィザおじいちゃんに、比べたら、全然、怖くない)

そう思えて仕方なかった。

 

笹森渾身の一撃を天音は難なく躱した。

 

そしてその場でほんの少しだけ跳躍し、振り切って地面を切りつけた笹森の弧月の峰を右足で踏みつけた。

 

細身である天音の体重は平均的な15歳女子より僅かに軽く、その重さならば本来、生身より高い身体能力を発揮できるトリオン体ならば難なく持ち上げることができるものだった。

 

しかし笹森には持ち上げることが出来なかった。

斬撃に限らず、バレーのスパイクや野球の投球や打撃にも通ずる1つの法則。大きな力を出すために、直前のモーションで力を抜くということが染み付いていたアタッカーの笹森には、『弧月を振り切った後は次の斬撃のために力を抜く』というクセが染み付いており、振り切った弧月を持ち上げる腕に、咄嗟に力が入らなかった。

 

天音はそうして笹森の動きを封じ、下段からの切り上げを仕掛けた。相手の弧月が踏めるだけ近いのだから当然、天音の斬撃も踏み込み無しで届く距離だ。

 

弧月での防御が出来ない笹森にとって、選択肢は弧月を手放して回避するしかなかった。

でも出来なかった。直前の斬撃で強く柄を握りこんでしまったために…、何より、ここまでの戦闘で重い斬撃を受け続けたために普段より強く握り続けた手が、咄嗟に離れてくれなかった。

 

そして天音の刃が、ようやく笹森を捉えて深々と切り裂いた。

 

一太刀でトリオン供給器官とトリオン伝達脳の2つの弱点を破壊され、笹森のトリオン体にはあっという間にひび割れが広がる。

 

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

 

天音が斬撃を振り切ると同時にその音声が流れ、

 

「…ちくしょう」

 

笹森はその一言と共にトリオン体を爆散させて戦場から退場していった。

 

 

 

 

一連の戦闘を観覧室で観ていた、とあるC級隊員の少女が、思わずと言った様子で呟いた。

「…綺麗」

と。

 

 

 

 

天音神音には『雪月花』という通り名がある。

 

初めは、ただのもじりだった。

『雪』のように白く美しい肌。

『月』の名前が入ったトリガーを扱う。

『花』の響きがある名前である。

 

そんなことから付けられた通り名だったが、彼女が戦い続けていたうちに、次第にもう一つの意味が込められるようになった。

本来のその単語とはニュアンスこそ異なるものの…、流麗な太刀筋やブレない構え、何より華がある戦闘が相まって次第に彼女の通り名には『美しい』という意味が伴った。

 

今の戦闘を観て、正隊員は思い出し、訓練生は認識させられた。

 

この戦闘こそ、天音神音であると。

 

 

 

 

ベイルアウトしていった笹森の光跡を目で追った天音は、ゆっくりと弧月を鞘に収め、部隊の通信回線を開いた。

『…笹森先輩、倒し、ました』

そうしてメンバーに報告を入れた後、誰からの返事を待つことなく、一言追加した。

 

『…私、今日、 絶好調かも、です。誰にも…、負ける気、しません』

 

 

 

 

 

後に、この試合を観ていた者は、こう語る。

「あの日の天音神音は神掛かっていた。あの戦闘以上に綺麗な戦いは、もう一生観ることはない」

と。




ここから後書きです。

本作を読んでいる方の中でも、
『俺は天音ちゃん派だぜ!!』
という方のためのことを思って今回の話を書きました。

というか私が今回の話を書きたかったです。ぶっちゃけ一年半くらい前から。やっと書けた話だったのでこの話を書き上げた瞬間、
「よっしゃあ!」
って思わず叫びました。


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第79話「堅実の背後で笑う悪魔」

天音が復帰戦とは思えないほどの動きで笹森を圧倒した、その少し前。彩笑がステージに降る雪の寒さに耐えかねて叫んだのと同じタイミングで、地木隊の二大ブレインである月守と真香は柿崎隊が開戦時に仕掛けた行動によって混乱を招いていた。

 

まずは、月守。

彼は今回のランク戦にあたって、事前にトリオン体に備えられているレーダーレンジを可能な限り広げた状態で試合に臨んでいた。それこそ、どんなステージであっても、たとえ転送先が隅っこであっても全体を把握できるように。

転送直後、開幕直後にスナイプされる事を防ぐために射線が絶対に通っていないであろう物陰に素早く隠れて身の安全を確保した月守はレーダーで全体を見渡して、気付いた。

(…レーダーの反応が足りな過ぎるな)

 

 

そして、真香。

彼女は開戦と同時にオペレーターのパソコンの画面に転送された全体のマップとレーダー情報を受け取り、月守と同じ疑問をもっと早く、それでいて違和感を抱いた程度の月守以上に動揺して、思わず強く頭を掻いた。

「ちょっ、これ…!ああもう!めんどくさいじゃないですか!」

 

*** *** ***

 

12人が工業地区に転送されると同時に、武富は状況理解と並行して実況を行なった。

『転送完了!やや狭いマップの工業地区ですが、これは…、雪です!マップ選択権があった柿崎隊は、「粉雪」の天候設定も選択していました!』

モニターに映る白く不思議な様相を呈する工業地区を見て、柿崎隊と同じ中位グループでしのぎを削る那須が驚きの表情を浮かべた。

『これは…、意外ですね。…昼の部で私たちも天候設定を使いはしましたが…。まさかそれを、柿崎隊が使ってくるなんて…』

 

『普段やらないようなことをぶっつけ本番にやるなんて、堅実が信条な柿崎さんとしてはかなり珍しいですよ』

那須に続き、烏丸も意見を口にした。

 

これは何かある、柿崎隊は何かを仕掛けてくる。観覧室にいる全ての人間は思った。しかしそれはほんの少しだけ間違っていた。開戦と同時に、柿崎隊は既に仕込みを終えていたのだ。

そしてその仕込みに一番早く気付いたのは、天候設定以外に意識を割いた武富だった。

 

『おおっと!?開戦と同時に…、荒船隊のみならず柿崎隊の照屋隊員と巴隊員がバッグワームを起動しています!』

 

天候設定「粉雪」と、開戦同時のバッグワーム。

 

この2つが、柿崎隊の仕掛けだった。

 

*** *** ***

 

試合開始後、マップ選択権を持っていたためいち早く合流ポイントを定めることができた柿崎隊は、速やかに合流に移っていた。

 

普段よりわずかに走る速度を落とし、雪に足を滑らせないようにしながら巴虎太郎は通信回線を開いた。

『確認取れました!西の反応は諏訪さんです。中央にある反応に向かって走ってるので、多分それが堤さんか笹森先輩です』

 

「『その反応は笹森だな。さっきチラッと見えたが、北東の反応は堤さんだった』」

 

工業地区の中央より東にいた柿崎は虎太郎からの報告を受けとり、続けて、南に転送された照屋に問いかけた。

「『文香、そっちはどうだ?』」

 

『南東の反応は彩ちゃんです。えっと、すごく寒そうにしてます』

 

「『それは…、かわいそうなことをしたな』」

 

『試合後にあったかいココアを届けてあげましょう』

柿崎の下に移動しながら敵の位置を報告してくれた2人の報告を受けて、オペレーターの宇井が情報をまとめた。

『そうなると、南西の反応が月守くんですね』

 

「『だな。中央にある2つの反応は、同じチームの初期位置にしては近すぎる』」

 

『ですよね〜。あ、その2つの反応の片方、動き出しました!すごい速いです!』

 

「『だったらそっちが天音だな。何気にあの子は機動力の評価が高い』」

開始1分も経たない内に、柿崎隊は荒船隊を除く全チームの転送位置の特定を済ませた。

 

『さて…、どう行きますか、隊長』

情報が出揃ったところで、照屋が柿崎に指示を仰いだ。

「『よし。まずは室内戦で諏訪隊を叩く。俺が囮になる形で建物に入る。文香と虎太郎は打ち合わせ通り行動してくれ。真登華、サポート頼むぞ』」

 

『『『了解』』』

意思疎通を済ませた柿崎隊は、素早く動く。普段とは大きく異なる作戦を取っているにもかかわらず、彼らの足取りには迷いも淀みも、まるで無かった。

 

 

 

しかし、そうして合流する柿崎隊を捕捉する者たちがいた。

『捉えたぞ、巴を』

『こっちもっす。照屋さん見つけました』

穂刈篤と半崎義人がそれぞれ、構えたイーグレットのスコープに虎太郎と照屋を収めていた。

 

報告を受けて、隊長の荒船が応答する。

「『わかった。俺もザキさんを撃てる位置にはいるが…。マップを選んだ側だけあって、射線が通るところをよく調べてあるな。射程に収めるだけで、中々当てられそうな機会は無い』

 

『そっちもか、やっぱり。射線を切る場所を優先して通ってる、巴も』

『同じくっす。当てられないってことはないっすけど…、後のこと考えると、ダルいっすね』

 

全員が狙撃手の荒船隊は開戦と同時にバッグワームを展開して速やかに狙撃ポジションを確保し、敵を…、特に同じくバッグワームを展開した柿崎隊を優先して探した。()()()()()()()()()()すぐに3人とも捕捉することはできたが、撃てなかった。

 

半崎は指示さえあればいつでも撃てるように構えつつ、口を開く。

『これ多分おれたち、前回と同じこと狙われてますよね?』

 

『そうだろうな、おそらく』

 

「『おそらくというか、確定だろ。この天候はどうやら俺たちに向けたものだろうが…』」

言いながら荒船はスコープから目を離し、

「…ちっ。このステージ設定、本当にザキさんが考えたのか?いやらし過ぎるぜ…」

ステージに点々と付く足跡を見て恨めしそうにそう言った。

 

*** *** ***

 

ランク戦をリアルタイムで観ることが出来るのは、何も観覧室だけではない。実況解説を聞けないということに目を瞑れば、各支部、各隊の作戦室に備わっているモニターで観ることも可能である。

そしてもう1箇所。

観覧室の後方上部に備わっている部屋…、もっぱら、VIPルームとあだ名されている部屋で観ることもできる。

 

そしてそのVIPルームにて、黒のスーツに白衣という普段の独特の装い…、ではなく、いつもの白衣に成り代わり薄手のトレンチコートを羽織った女性エンジニアが、ひどく楽しそうな表情でガラス越しのモニターを観ていた。

 

1人しかいなかったVIPルームに、もう1人観客が訪れた。

ガチャリ、と、開いた扉にエンジニアが目を向けると、そこには一級品の戦力を備えた本部長の姿があった。

「おやおや?忍田先輩じゃないか」

「不知火か…、珍しいな」

「ふふ。その珍しいは、ワタシがこんなところでランク戦を観てることに対してかな?それとも服装?」

「どちらもだが…、強いて言うならば服装だ」

互いに挨拶を交わしながら、忍田は空いている席に腰かけた。

「ほほう?女性の服装に目を向けるとは、忍田先輩も気がきくようになってきたね。でも残念ながら大した理由はない。今日はこれを観終えたら帰るつもりなんだけど、たまたま手持ちの白衣を全部ダメにしてしまってね。代わりにコートを着ているだけさ」

「ダメにした、か…。一体何があった?」

「うっかりお酒をこぼしてしまって汚れとアルコールの匂いを染み込ませてしまったり、鉄の匂いがする赤い塗料をぶちまけたりしてしまったりだね」

「なるほど。それなら白衣を着て帰るのはやめた方が良いな」

「うむ。わ…、お巡りさんのお世話になってしまうからね」

 

喉を鳴らして笑った不知火は、1つ答えた代わりにと言わんばかりに質問した。

「そういう忍田先輩こそ、何故ここに?いつもなら本部長室とかでタイガー腕組みしながら観てるんじゃないの?」

「私だってたまには…、待て、タイガー腕組みとはなんだ?」

「うん?いやなに、忍田先輩は虎って異名があるだろう?主に林藤さんとワタシしか呼ばないけど。んで、そんな忍田先輩が腕組みしてるのを見て地木ちゃんが言い出したやつ」

「む、そうか…」

真相を聞いた忍田は気難しい表情になった。言い出したのが不知火ならまだしも、まだ子供と言ってもいい者が言い出したことに目くじらを立てるのも大人気ないと思い、『タイガー腕組み』という言葉を甘んじて受け入れた。

 

「まあ、ここは1つ譲って聞き入れておきなさいな。子供の…、青春真っ盛りのJKのちょっとしたお茶目さ」

「そうしておこう」

「そうしておきなさい」

脇道に逸れた話題がひと段落したところで忍田は咳払いを挟んでから、脱線した話を元に戻した。

「話は戻すが…、私だってたまには、こうして会場に足を運んで試合を観ることもある」

「ふむ、指揮官として殊勝な心がけだね。じゃあ、今回はその『たまには』に当たるわけだけど、何か目的でもあったのかな?特別観たいチームでもいた?」

「ああ。少し確認したいことがあったが…。今は、この試合そのものが少し気になっている。あの柿崎が、天候設定を仕掛けているのは驚いた」

 

例に漏れず普段とは違う柿崎隊に忍田も驚いており、その視線は完全にガラス越しのモニターへと向いていた。ガラスの前に設けられたテーブルに肘をつき、手の上に顔を乗せて忍田を見ながら不知火は会話を続けた。

「ほーう。柿崎くんが天候設定を仕掛けるのは、忍田先輩から見ても意外だと?」

「そうだな。…ボーダーが今の形になって隊員を募集した時…、言うなれば第1期で入隊してきたから柿崎のことはよく知ってる。個人でもチームでも安定した能力と戦果を上げ続け、人柄も申し分ないが…、反面、少し遠慮しがちなところがあった」

「言わんとすることは分かるよ。こう…、マップは選べても、天候まで決めるのは有利すぎるというか不公平さを覚えてしまうような子だものね」

「そうだな。以前話してた時、そんな事を言っていたよ。ランク戦において一番順位が低いチームに与えられる権利でマップを選ぶことはできても、天候まで設定するのは気が引けるとな」

 

正隊員の中には柿崎のみならず、天候設定にある種の忌避感を持つものは一定数存在している。実力による勝利じゃない、本番なら防衛箇所は選べても天候までは選べない、など、実戦に即した考えを持つ隊員は特に、その傾向が強かった。

その事を知っている忍田からすれば柿崎が天候設定を仕掛けてきたのは、ちょっとした衝撃ですらあった。

 

柿崎の考えを知った不知火は頭の後ろで両手を組ませながら、妖しい笑みを作った。

「…何を良しとするか否かは、その人の価値観やら思想によるけど…。ワタシからすれば、勝つために手段を尽くさない方がどうかと思うけどね」

「ふ…、君らしいな」

「まあね。ブレードでは忍田先輩に敵わず、射撃では林藤さんに敵わない日々を過ごしたから、ワタシはちょっと捻くれて勝ちに貪欲だよ」

得意げに不知火がそう言ったところで、試合が少しだけ動いた。

 

柿崎隊の合流が完了したのだ。ただしそれは、普段取るような密集したものではなく、互いを目視出来て弾丸系トリガーで援護できる距離を保った合流だった。

「柿崎隊が合流したが…。妙だな」

合流した柿崎隊に忍田は違和感を示した。

 

「妙とは?」

不知火が問いかけると、忍田はその違和感を言葉にして説明し始めた。

「合流の形もだが…、何故柿崎だけバッグワームを着てないのか…。いや、それ以前に柿崎隊は荒船隊に見つかってる筈だろう?何せ、いくらバッグワームでレーダーの反応を消しても、薄く積った雪に足跡が残っているのだから、荒船隊がそれを辿れば捕捉は容易だ。しかし、荒船隊は攻撃に出ていない。何故だ?」

忍田の発言を聞き、不知火はあらかじめそんな疑問が出るのを知っていたかのように、素早く会話を繋いだ。

「忍田先輩が言うように、荒船隊は十中八九柿崎隊を見つけてるだろう。足跡残るし、柿崎くんの反応は映ってるし…、加えてバッグワームでトリガー片一方埋まってるから防御を万全に取れない状態だから、撃てば確実に仕留められるだろう」

「そうだろう。むしろ今の柿崎隊は、荒船隊からすれば格好の的であるはずなんだが…」

 

忍田の疑問に、不知火はイタズラっぽく微笑み、

 

「だって罠だもの。つい撃ちたくなっちゃうような格好の的…、最近、似たようなものを見たんじゃないのかい?」

 

諭すように、そう言った。

 

忍田真史のメイントリガーは弧月であり、ポジションは言うまでもなく攻撃手である。射撃が絡むポジションは専門外ではあるが、大規模侵攻のように複数の部隊が同時に動く時には全体の指揮を取るため、銃手・射手・狙撃手…、あらゆるポジションの特性は一通り学び、頭に入っている。

そうして忍田は不知火の言葉を受けて、荒船隊が柿崎隊を撃てない、いや、撃たない理由に気付いた。

 

「…なるほど。前回の玉狛第二が取った作戦と同じか…!」

「正解」

柿崎隊が荒船隊に対して狙っている事を見抜いた忍田は、そこから連鎖的に考察がまとまっていった。

「荒船隊からすればこのステージは、相手が屋内に逃げ込まない限りは捕捉することが容易な、絶好の条件だ。もちろん他の隊も足跡を辿れば敵を見つけやすいが、狙撃のために高さや広い視界を確保する荒船隊が一番その恩恵を受けることができる」

「その通り。有利が故に撃ちたくなってしまうが…」

「そこで撃っては、荒船隊は前回の二の舞を踏むことになる。全チームに『ここは荒船隊の狙撃に有利なステージだ。先に荒船隊をどうにかしなければ』と、共通意識を持たせることになる」

「そうだね。そして当然荒船隊もそのことに気付いて、撃つべきかどうか迷う…。ほら実際、荒船隊のメンバーはしきりに口を動かしてる。きっと撃つべきかどうか、意見を交わしてるんだろうね」

 

モニターではそれぞれが建物の影や死角に身を潜めつつ、通信回線で話し合う荒船隊の姿が映し出されていた。それを見て、忍田は苦々しい表情を見せた。

「…意見は割れるだろうな。もしこれが前回と同じ市街地Cなら、荒船隊の選択は『待つ』の一択だろう。身を潜めて敵が数点取って人が少なくなってから動く…、その選択を全員がしただろう。しかし…」

「そう。今回はその選択を取るべきか迷う。なぜなら、時間が経って人が移動するたびに足跡は増え、いつのものかわからなくなり、捕捉しやすいという優位が消えてしまうからだ」

ステージに足跡が残るのはあらかじめ積もった雪を踏みつけるからだが、マップに設定された雪は降ってるのが気にならない程度の、少量の粉雪である。刻まれた足跡を消して再び足跡を刻めるようになるまで、試合中に1回あるかないかのペースである。

 

故に、荒船隊の意見は割れる。

優位がある今のうちに仕掛けて全チームを敵に回すか、前回の反省を活かして優位を捨てるか。

 

狙撃が専門ではない忍田も不知火も、荒船隊がどの速さで結論に辿り着くかは分からない。しかし荒船隊が迷い攻撃の手が止まったことと、その間に柿崎隊があっさりと合流できたことは、紛れも無い事実である。

 

荒船隊が撃たない理由が解決したが、忍田の中にはまだ疑問が残る…、というより、新たな疑問が出てきた。

「…しかし、だとしたらなぜ柿崎隊は2名だけバッグワームを起動した?捕捉されやすいこのステージで、バッグワームを使う意味は薄いだろうに…」

新たな忍田の疑問に、不知火はノータイムで答える。

「バッグワームは地木隊対策さ。開幕と同時にバッグワームを使うことで、オペレーターの和水ちゃんの負担を増やして、月守に頭を使わせて足を止めるための策だよ」

不知火の解答を聞き、モニターに向いていた忍田の目線は無意識に動き、月守を中心に捉えているものへと標準を合わせた。

「確かに、月守は悩んでいるというか、何かを考えているように見えるが…」

「いや、アレは実際に色々考えてる顔だよ。我々のような観覧室から見ている側からすれば誰がバッグワームを使っているかは一目瞭然だけど、ランク戦をしている側からすればそうじゃない。月守にしてみれば…、

『消えた5つの反応のうち、3つは荒船隊だとしても…、他の内訳はどうなってる?柿崎隊で2人?諏訪隊で2人?どっちの隊からも1人ずつ?片方の隊で2人だとしたら、仕掛けた側の柿崎隊だろうけど、その意図は?ステルス?いや、足跡を辿ればすぐ見つけられるからバッグワームを使う意味は無い。ならばなぜ?』

って感じで、とても悩ましい状態だろうね」

適当に言った不知火だが、実際月守は頭の中で一言一句違わない言葉選びで思考をしており、非常に頭を悩ませていた。

 

そんなことはつゆ知らず、不知火の説明は続く。

「和水ちゃんの負担を増やすってのも似たようなものかな。和水ちゃんがここ2試合でやってるスナイパーの位置予測は、戦況に地形条件、それぞれのスナイパーが得意な距離や角度やシチュエーションやら何やらを、和水ちゃん自身のスナイパーとしての経験に当てはめてシミュレーション思考することで行ってるものらしくてね。精度は他のオペレーターより高いけど…、言い換えれば他のオペレーターよりも精度を上げるために多くの情報を必要にして、それらを吟味してるんだ。それを妨害するには意味の無い情報を…、ダミー情報を流し込めばいい。特に今回の場合、荒船隊の反応がレーダーに映るのなんて開幕直後でバッグワームの展開が完了しきるまでの、本当の一瞬だ。和水ちゃんからも、開幕と同時に消えた5つの反応はどれが誰か分からないから、その分シミュレーションしなきゃいけないものが増える。消えた反応が3つなら可能性は6通りで済むけど…。和水ちゃんが5つの反応の内3つを荒船隊のものだと割り切った上に、スナイパーだけに絞って初期位置をシミュレーションしたとしても、…60通りかな。数字の上だけなら10倍だよ」

 

「…それは……」

忍田は真香の行うシミュレーションがどのようなものか分からないが、10倍のしんどさは辛うじて想像できた。言葉には出さないものの、この作戦に仕込まれたえげつなさを感じ取っていた。

 

真香の事を気の毒に思うことが顔に出ていた忍田に、不知火はサラリと説明を追加する。

「ああ、ちなみに柿崎くんだけがバッグワームを起動してないのは、チームを特定されるのを防ぐためだよ。流石に開幕と同時にチーム全員がステルスしてきたら、それはマップを選んだチームを強く疑わざるを得ない。だけど、敢えて1人だけ姿を晒す、なんて意味の無い事をするだけで地木隊と諏訪隊は誰がステルスしてるのか頭を悩ませることになるのさ」

 

「……なるほど…。というか不知火、まさか…」

ここまで説明を受けた忍田はある1つの仮説が頭に浮かんだが、不知火はそれを聞かずに最後の説明を始めた。

「あとね、人の位置を捕捉させやすくするこの雪だけど、利点はあと3つある。1つは、地木ちゃんと笹森くんのカメレオン対策。姿消えてても足跡が出るんじゃ隠れてる意味がない。2つ目は、ささやかながら敵の誘導だね。荒船隊からすれば攻めるべきか悩ましい雪だけど、他のチームからすれば常に荒船隊に見つかってる事を考慮しなきゃならない。いつ狙撃される恐怖に神経を疲れさせるくらいなら、屋内戦を選ぶ。んで、3つ目は足場。忍田先輩、アタッカーとしてこの足場で戦いたい?」

 

「…できれば避けたいな。踏み込んだ時に雪で滑るリスクがある」

 

「でしょう?特に地木ちゃんみたいなスピード型は確かな足場が欲しいだろうから、このステージは嫌だろうねぇ…」

肩を揺らしながら、心底楽しそうに笑う不知火を見て、忍田は先ほど立てた仮説が、ほぼ正しいだろうと確信した。

 

深く、深いため息をついてから忍田は不知火に言葉を投げかける。

「…随分と、性格の悪い仕掛けを施したものだな」

 

「本当だねえ。柿崎くんがこんな手を使うなんて、ワタシには想像できなかったよ」

 

「よく言うな…。不知火…、柿崎にこの作戦を授けたのは、お前だな?」

確信を持って忍田が声に凄みを持たせて問い詰めると、

 

「あっはっは、流石にバレたか」

 

不知火はテヘペロをしながらあっさりと認めた。

 

忍田は『歳を考えろ』と突っ込みたい気持ちを抑えながら、額に手を当て、呆れた様子で口を開いた。

「バレるも何も、柿崎隊の狙いについて饒舌すぎる。どれもこれも、あらかじめ出てくるであろう疑問とその答えを想定していたのが見え見えだったぞ」

「見え見えというか、隠すつもりすらなかったからねえ」

「まったく…。一体、いつ授けた?」

「2日前の朝さ。明け方の任務開けの柿崎くんと食堂で朝食が一緒になってね。その時、この試合にどう臨むか思い悩んでいたようだから…、頭の体操がてら、この作戦を提案したよ」

「頭の体操がてら…。片手間でよく、この作戦を思いついたものだな」

「おお?もしかして褒めてるのかな?」

「そう受け取ってもらって構わない」

「あはは、ありがとう」

遠回しに忍田は不知火を褒め、褒められた不知火はやんわりとした笑みを浮かべて忍田に感謝の言葉を伝えた。

 

出会った時から変わらない不知火の笑顔を一瞥して、忍田は再びモニターに視線を戻した。

「君が考えた作戦なのは分かったが…。柿崎はよく、この作戦を受け入れたな。あいつの性格からすれば、この手の作戦は好まないだろうに…」

「よく分かってるじゃないか。実際に提案した時、柿崎くんはなんとも言い難い表情だったよ。受け入れたくは無いけど、作戦の有用性は分かってたみたいだし…。葛藤したんだろうねぇ…」

「…どうせ君のことだ。柿崎が思い悩むのを分かって、その作戦を伝えたんだろう?」

「もっちろん。いやぁ、ワタシも入隊の時から彼を見ているけど、あれほど悩んだ様は久々に見たよ」

柿崎が悩んでいた時の様子を、不知火は楽しそうに語った。

その表情はどうしようもなく面白くて仕方ないと言いたげなものであり…、それを見た忍田は、もしも人を陥れ誑かす悪魔がいるとしたら、こんな表情なのだろうなと思った。

「隊員を弄び、揺るがせる…。褒められた性格ではないな」

「性格の悪さは自覚してるけど…。ちょっとだけ反論しようかな」

 

両手を顔の前で組み、瞳に敵意を覗かせて不知火は自らの意見を忍田にぶつける。

「柿崎くんは真面目だ。そのことは君もワタシも…、多分きっと、正隊員の誰もが知ってるだろう。だからこそ、この試合で柿崎くんがこんな作戦を取ってることにみんな驚いているわけだが…」

一拍、間を空けてから不知火は問い詰めるように言葉を発した。

「じゃあ何故、柿崎くんはこの作戦を選んだ?自身の理念に反するような作戦を選ぶだけの、何かがあったんじゃないのかい?」

決定的な確信があるかのような不知火の言葉に、忍田は思わずたじろいだ。その言葉はまるで、自分にも原因の一端があるんだと思わせてしまうものがあり、忍田の心は揺らいだ。

 

が、しかし。その揺れが大きくなる前に、モニターの方から大きな爆発音が鳴り響き、2人の意識はそれに大きく引っぱられた。

「ベイルアウト…!?」

 

「みたいだね。随分速いが一体…」

言いながら不知火は状況を理解し、思わずといった様子で破顔した。

「あっは!なるほど天音ちゃんか…。ふふふ、いいねいいね。ワタシが仕掛けた策なんて、2週間も戦闘をお預けされた君には、関係ないみたいだね…!」

 

モニターには笹森を撃破し、無駄のない所作で弧月を収める天音が映っており、不知火と忍田を含む全ての観客はその姿に目を奪われていた。




ここから後書きです。

今回はランク戦にどんな仕掛けをしようかなと頭を悩ませました。しかし実際にこのようなランク戦に放り込まれた時、不知火さんが解説してくれたような言動になるのかは不明です。書いてるたびにそれが不安になり、これが妄想による物語なんだと強く意識させられました。尚1番頭を使ったのは不知火さんがしれっと言った60通りのところですね。間違ってたらどうしよ…。数学得意な人とか、「あれ、丁度今ここ勉強してますよ!」みたいな子から「ちょっちょっちょーい、うたた寝犬よぉ…、計算ミスってるぜえ?」なんて指摘が来ませんように…(ガクガクブルブル)。


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第80話「加速する戦場」

開戦直後に、とにかく1人倒す。そう事前に打ち合わせしていたとはいえ、天音の笹森撃破の早さは流石に予想外だった。

 

『絶好調かも、じゃないでしょ!しーちゃん!!』

 

「『ふぇ?』」

報告に対して帰ってきた真香の荒い声に驚き、天音の口から思わず気の抜けた声が出てきた。

『こっちから散々呼びかけても通信切ってたから連絡取れなかったし!そもそもしーちゃん、今どこにいるか分かってる!?そこフィールドのど真ん中!危ないからさっさとバッグワーム展開して移動しなさい!』

 

「『う…、わかった…』」

真香に窘められ、天音は素直にバッグワームを展開する。しょぼんと意気消沈する姿からは、とても単騎でアフトクラトル最精鋭と渡り合った隊員には見えない。

 

天音がバッグワームを展開しきったと同時に、

「神音ちゃん見っけ!」

見慣れた黒い隊服に身を包んだ彩笑が重力を感じさせない軽やかな動きで天音の隣に降り立った。

 

「神音ちゃん、まずは移動しよっか!あの辺とかあの辺とかあの辺とかから荒船隊が狙ってるかもしれないし、そうじゃなくても目立ってるからね!」

 

「りょうかい、です」

天音に続きバッグワームを展開した彩笑は周囲をキョロキョロと見渡したあと、巨大な煙突と大量のパイプで繋がれている建物を指差してから移動を始め、天音もそれに続いた。

 

軽量系攻撃手ならではの圧巻のスピードで移動しながら、彩笑は真香へと通信を繋いだ。

『真香ちゃん、ひとまず大っきい工場の中に入ればいいんだよね?』

 

『はい。入ってしばらくはバッグワームを展開したまま、隠れてて下さい』

 

『オッケー!でも、しばらくってどれくらい?ボク、トリオン少ないから、あんまり長い時間バッグワーム使うのは厳しいよ?』

彩笑はバッグワームを展開しながら軽い口調で冗談めかして言うが、彩笑のトリオン量は正隊員ワーストファイブを争うレベルであり、割と深刻な話題であった。

 

『相変わらずトリオン少ないのな』

彩笑の質問に答えたのは月守だった。無意識にだが彩笑は月守の声を聞くと同時にニヤリと笑い、そのまま楽しそうに言葉を回線に乗せた。

『少なくて悪かったね!ってか、咲耶の方はどう?最初の方はなんか動き止まってたけど…』

 

『柿崎隊が何をしたいのか読めなくて考えてたんだよ。でもこれ、考えても分かんないタイプのものだなって思ったから考えるのはやめた。今は柿崎さん追いかけてる』

 

『ザキさん先輩見つけたの?』

 

『見つけた。どうも柿崎さんの動きを見てる分にはこっちに攻めてくる感じは無いから、諏訪隊狙いかな』

 

『諏訪隊狙い?すぐに始まりそう?』

 

『いや、まだ距離はあるし、今はまっすぐ工場に向かってる。あとついでに、柿崎さんから少し離れたところでチラチラとバッグワームの端が見える時があるから、それが多分、虎太郎と照屋』

 

『あー、柿崎隊もう揃ってるんだ。出遅れちゃったね』

会話をしながらでも移動を続けていたため、2人は目的の工場に辿り着いた。安全そうな物陰に身を隠し、周囲に敵の気配がないと判断した彩笑は背中を壁に預けた。

『さてと…。真香ちゃん!今の状況を、ざざっと説明して!合流と移動に気を配ってたから、イマイチ全体がどうなってるのか分かんない!』

たはは、と笑いながら質問をされた真香は釣られて小さく笑ってから全体の状況の説明を始めた。

『まず、開戦と同時に5人がバッグワームを展開しました。恐らく荒船隊と柿崎隊2人です』

 

『キト先輩とポカリ先輩とハーフザッキーとこったんとてるるんがバグワってるんだね!』

 

『月守先輩。暗号解読お願いします』

 

『多分、荒船先輩と穂刈先輩と半崎と虎太郎と照屋がバッグワーム使ってるんだね、って言ってるんだけど…、荒船先輩だけ由来が分からん』

 

『下の名前の漢字から文字抜き出して、祈る人でキト先輩!』

彩笑はドヤ顔で言うが、

『…彩笑。「哲次」の「哲」に入ってるのは「折る」と「口」だ。祈るじゃない』

思いっきり漢字の読み間違いをしていた。

 

『うぇ!?違ったっけ!?』

動揺する彩笑に向けて、申し訳ない気持ちはありながらも、真香が追い打ちをかける。

『ぱっと見、似てますからね。でもテストだと間違いなく減点です』

 

『ふえぇぇ…。真香ちゃん、試合終わったら荒船先輩に謝りに行くから、付いてきてー』

駄々っ子のように懇願する彩笑だが、

『真香ちゃん、付いて行かなくていいから。彩笑一人で行かせる』

手厳しく月守が窘め、

『咲耶の鬼!悪魔!』

テンポ良く彩笑は反論した。その姿を隣で見ていた天音は、

(…怒ってる、子猫、みたい…)

弧月の柄に触れたまま、ぼんやりとそんな事を思っていた。

 

脱線した会話を真香は咳払い1つで元に戻し、現状の説明を続けた。

『バッグワーム使ってるのでレーダーでの確認はできませんけど、月守先輩が見た分には柿崎隊は合流が完了、諏訪隊もベイルアウトした笹森先輩は居ませんけど合流完了、そして恐らく荒船隊も既にそれぞれが狙撃地点に潜伏してると思います』

 

『ふむふむ。ボクら以外はもう、どこも戦闘態勢バッチリなわけね。荒船隊の位置予測は?』

 

『それが…、一斉に5人もバッグワーム使われたので、絞りきれませんでした』

 

『そっかー、まあそれならそれでオッケー!あれ?真香ちゃん、レーダー見てると、諏訪隊とザキさん先輩も、もうこの工場に入ってきてない?』

 

『そうです。どうやらどちらも…、というか私達もですけど、荒船隊の狙撃を警戒して屋内戦を選びました。レーダーの反応もだいぶ近くなりましたし、間も無く両チームぶつかります』

 

『3チームで屋内戦かー…。まあ、外は雪に足元取られるから動くのに気を使うし…。…ぶつけた鼻痛い…』

 

『ああ、もしかして、合流前に聞こえた「ぷぎっ!」って声と激突音って…』

 

『咲耶!いちいち言わないの!』

一言も二言も余計な口を挟む月守に彩笑は憤慨し、それを聞いていた真香は話が幾度となく脱線する2人に対して呆れ混じりの笑い声を届かせた。

 

そして現状を把握したところで、会話を聞くことに徹していた天音が意見を出した。

『えっと…、柿崎隊と、諏訪隊、挟みます、か?』

 

『挟む…。ああ、なるほど。こっちは合流しないまま、俺が仕掛けて、その隙に2人が背後に回って叩くってこと?』

 

『そう、です。分断、してるなら挟み撃ち、しやすいかなって…。どう、ですか?』

天音の問いかけに、月守は苦笑い混じりで、それでいてどこか戯けた様子で答えた。

『俺は有りだと思うけど…、今回の作戦は真香ちゃんに任せてるからね。…さて、どうしよっか?』

試すような月守の言葉を聞き、真香は小さなため息を吐いた。

『基本は、しーちゃんの案で行こうと思います。両チームが戦闘を始めた所で挟み撃ちをかけましょう。ただ、狭い場所なので諏訪隊のショットガンがかなりの脅威ですが…、月守先輩、メテオラの地形変更か、マップに合わせたバイパーで揺さぶってください。出来ますよね?』

 

『出来るよ』

指揮官のオーダーに月守は即答で肯定し、真香は無意識に頷いてから次の指示を出した。

『わかりました。では、月守先輩もバッグワームを展開して工場に潜入、地木隊長としーちゃんは移動していつでも仕掛けれるような距離まで接近してください。建物の中ですが、窓や壁が薄い所は壁抜きスナイプの可能性があるので警戒していてくださいね』

 

『『『了解』』』

指示と警告を受けた3人は声を揃えて答え、一斉に行動に移った。

 

 

 

 

 

(バッグワーム、オン)

サブ側にセットしたバッグワームを展開しながら、月守は考える。

(真香ちゃんの判断に不満は無い。俺が考えても同じように指示を出すだろう。出すだろうけど…、なんか嫌だな)

レーダーに映らないステルス状態に移行し、指示の通りステージの中で1番大きなメイン工場に忍び込む。

(仕掛けた側の柿崎隊は、こうなる事も読んでるはず。きっと今は、向こうが書いた筋書きの上にいる…。だからどこかで、それを壊さなきゃな)

一松の不安と決意を抱いたところでレーダーに目を向けると、柿崎隊と諏訪隊だと思われる2つの反応が、今にもぶつかりそうなほど近づいていた。仕掛けるタイミングに遅れないよう、月守は急ぎつつ、それでいて物音を立てずに接近していった。

 

*** *** ***

 

彩笑と天音が工場に潜入したことを区切りにして、武富がどこか安堵したように口を開いた。

『地木隊に続き、諏訪隊、柿崎隊も工場内に侵入していきます。どうやら荒船隊を除く3チームは屋内戦を選んだようです』

 

『順当だと思います。私もよくやりますけど、射撃全般を避けるのに建物を盾にするのは確実な手段の1つですから』

 

『そうですね。チームにスナイパーが1人でもいれば、誰かを囮にしてカウンタースナイプを狙うのも手ですが…。3チームともスナイパーは居ませんから、こういった形の対策になりますね』

 

那須と烏丸からそれぞれ現状に対する意見を聞けたところで、武富は目まぐるしく動いていた序盤を振り返り始めた。

『今はどのチームも相手の出方を伺っているような状態ですが、出会い頭では天音隊員と笹森隊員との一騎打ちがありましたね。今回の試合が復帰戦だとは思えないほどの動きを見せた天音隊員ですが…、同じ弧月を使う烏丸先輩から見て、天音隊員の動きはどうでしたか?』

 

『かなりのものだと思いますよ。弧月使いとしてあそこまで速さを出せるのはそうそう居ませんし…、笹森の対応を見る分には攻撃もかなり重そうでした。あの動きがマグレでは無いなら、上位ランカーでも手を焼いてもおかしくないですね』

高評価な烏丸のコメントを聞いて会場のギャラリーが騒つく中、那須が不思議そうな表情を浮かべた。

『動き自体もそうですが、天音隊員は小柄なのにあんなに重い攻撃を持ってるのは凄いですね。あれは…、身体全体を上手く使っているからでしょうか?』

 

『そうですね。腕だけではなく、全身の動きを上手く斬撃に乗せています。アタッカーなら誰しもがやっていることですが、天音隊員はそれが特別上手いですね。以前からそれは上手かったですが、今は一層練度が上がっているように見えるので…大規模侵攻で、よほどいい経験を積んだんでしょう』

烏丸は素直に天音に賞賛の言葉を送ったが、それを聞いた武富は地木隊のみに話題が向かないよう、話の矛先を変えることにした。

『復帰直後にも好調ぶりを見せつけた天音隊員ですが、その一方で開始直後に笹森隊員を失った諏訪隊にとっては大きな痛手となってしまったように見えますね』

 

『痛手ですね。笹森は防御や奇襲の面で諏訪隊の戦術の幅を広げているので、開戦早々諏訪隊はいくつかの選択肢を失いました』

 

『となると、今のところ優勢なのは点数的にリードしてる地木隊でしょうか?』

武富と烏丸の会話に、那須が意見を挟み込んだ。

『点数のリードは地木隊ですけど、誰も欠けずに合流が成功した柿崎隊も気持ち的には優位にいると思います。何より…、今回は柿崎隊が仕掛ける側ですから』

改めて那須が柿崎隊が持つステージ選択権の優位性を主張したところで、まるでそれが聞こえていたかのようなタイミングで柿崎隊が次のアクションを起こした。

 

*** *** ***

工場に忍び込んだ諏訪洸太郎と堤大地は慎重に、それでいて足早に、曲がりくねった迷路のような通路を移動していた。

「ちっ、敵の反応はまっすぐこっちか…。完全に俺らを狙ってやがる」

「狙われてますね。このまま行くと…、部屋とかではなくて、通路でぶつかりそうですね」

レーダーで柿崎隊(柿崎)の動きを確認し、2人は戦闘の用意を進めていく。

 

メイン武装であるショットガンを展開し、サブ側ではいつでもシールドを張れるようセットしたところで、諏訪がもどかしそうに呟く。

「あの反応が誰なのかハッキリしないところが辛いぜ。ここで日佐人が残ってりゃ、バッグワームかカメレオンで奇襲に回せるのにな…」

その呟きは通信回線を通しており、ベイルアウトして作戦室にて待機している笹森にも聞こえていた。

『諏訪さん、すみません…。早々に負けてしまって…』

「あー?たらればが出ただけだから気にすんな」

 

笹森にフォローの言葉を投げかけたあと、堤が「しんどいですねぇ」と小さな声で呟いた。

「日佐人をこんなに早く倒すなんて…、今日の天音ちゃんは調子がいいみたいですね。村上くんレベルを想定しましょうか」

「ちょっと高すぎる気もするが、まあ、用心に越したことはねえ。…村上と違って、天音ちゃんには旋空やらハウンドやらの飛び道具がある。初戦でやった村上封じゃ、対抗できねえな」

「ランカークラスの近接戦ができて、中距離にも対応…。そこに地木ちゃんや月守くんも加わるとなれば、厄介ですね」

 

マップとレーダー位置を照らし合わせて柿崎隊と戦闘になりそうな地点を予測して備えていた諏訪だが、その予測に地木隊の姿がよぎり、思わず悪態をついた。

「あーもう!めんどくせえ!敵になればこんなに厄介になるのがわかってりゃ、1年前に何が何でも天音ちゃんスカウトしときゃよかったぜ!」

「一応、スカウト自体はしましたよね。ただ断られただけで」

「あれは断られてねえ!『ちょっと考えさせてください』だったから保留だ!」

諏訪は保留だと言い張るが天音はその直後に地木隊に加入しているため、結果としては完全に断られていた。

 

現場の2人が話しながら通路を移動している間、オペレーターの小佐野は絶えずレーダーに目を光らせていた。だから逸早く気付いた。2人がL字の通路に入り込み、突き当たる角に達して右に曲がろうとした寸前、レーダーに映っていた敵の反応が消え、その直後に2つの反応が2人を挟み込む形で現れたのだ。

 

『諏訪さん!つつみん!通路で挟まれてる!』

 

咄嗟に出た叫ぶような声を聞き、現場の2人は小佐野が伝えたいことを理解して行動に移った。諏訪は曲がり角の先、堤は今来た道を振り返り、互いに死角をカバーしてショットガンを構えた。

「見えました!照屋ちゃんです!」

「こっちは虎太郎だ!」

諏訪隊が報告するや否や、包囲した柿崎隊は攻撃に出た。

 

照屋はアサルトライフル、虎太郎はハンドガンの銃口を諏訪と堤に向けて引き金を引く。狭い通路に銃声が反響し銃弾が容赦なく襲いかかるが、諏訪と堤は事前にセットしていたシールドを冷静に展開してそれを防ぐ。防御を確立させた諏訪隊は反撃に転じる。円形に展開したシールドの一部を湾曲させ、そこから銃身を突き出しそれぞれが相手に向けてアステロイドを放った。

 

狭い通路でショットガンにより放たれる散弾式のアステロイドの回避は困難を極める。必然と照屋と虎太郎は回避ではなくシールドで防ぐことを選び、諏訪たちと同じように湾曲させたシールドを展開し、両チームの激突は盾を用いた銃撃戦となった。

 

状況が止まった瞬間を見計らって、諏訪が通信回線を通して、舌打ちを1つした。

『くそ!柿崎が序盤でメンバーを分けてくんのは予想外だ!』

『してやられましたね。どうします?』

問いかけられた諏訪はどう現状を打破するか思考を巡らせようとしたが、考えるより先に確認しなければならないことがあった。

 

『オサノ!直前に消えた反応…、柿崎はどうなった!?』

 

柿崎隊との開戦直前、戦闘らしい物音も、ベイルアウトの音も無かった。そこから諏訪は、レーダーの反応の増減は柿崎がバッグワームをオンにすると同時に、襲撃地点で構えていた照屋と虎太郎がバッグワームをオフにした連携技だと予想した。

 

ならば、今この瞬間にも、どこかから柿崎が攻めてきてもおかしくない。そう考えた諏訪は小佐野に柿崎の位置を確かめさせたのだが、

『隠れっぱなし!柿崎さんはバグワったままだよ!』

案の定と言うべきか、柿崎はバッグワームを解いていなかった。

 

挟撃されていること。

地の利は向こうが持っていること。

こちらはもう増援は望めないが、向こうはまだ戦力を増やせること。

あらゆる要素が、諏訪隊の不利を、柿崎隊の有利を示していた。

 

柿崎隊が優位を取ってる以上、この戦況の停滞はこちらの余裕を向こうに奪われるだけだと諏訪は判断して、突破を計る。

声に出さずに会話できる内部通話に切り替えて、諏訪は堤に指示を出した。

『堤、合図を出したらトリガーを両方シールドにして、俺に付いて来い。前後をシールドで守りながら虎太郎の方に突っ込んでここを無理やり脱出するぞ』

『了解です』

 

作戦を共有した2人は、それを行動に移すためにタイミングを伺う。堤は照屋相手に牽制のような射撃をしつつ時折横に目線を配り、諏訪の動きを見る。そして3回目の目配せをした時、諏訪もまた堤を見て両者の視線が絡んだ。

 

「ここだ!」

「はい!」

 

合図と同時、堤はもう一度牽制射撃をしてからショットガンを解除し、トリガーを切り替えながら素早く後退する。一歩で諏訪の背後に付き、諏訪が展開しているシールドに自身のメイン側のシールドを重ね合わせる。

 

「しゃあ!行くぞ!」

気合いに満ちた声を諏訪が発し、鋭く踏み出す。諏訪はサブ側のシールドを解除してもう1つのショットガンを展開し、堤は諏訪に追従しながら2挺目のショットガンのためにもう一箇所シールドを湾曲させた。

片や両攻撃(フルアタック)、片や両防御(フルガード)の体勢で、諏訪隊は虎太郎に特攻を仕掛ける。諏訪は左右のショットガンを交互に放ってリズム良く攻め立て、堤は前方の虎太郎と後方から追撃をかけて来るであろう照屋を警戒して前後にシールドを展開して防御に徹した。

狭い通路だからこそできた攻守分業での特攻。打破するには強力な一発が必要だが、中距離での攻撃手段がハンドガンのみの虎太郎にはその一発が無かった。

 

行ける。突破できる。

 

諏訪と堤がそう思った瞬間、

 

『動いたな。みんな、次の作戦に移るぞ』

 

4人がいた通路の1つ上の階にいた柿崎が、動いた。

 

今の今まで諏訪隊がいた真上に陣取っていた柿崎は、虎太郎がいる方に向けて諏訪たちが動き出したのをレーダーで確認し、彼らの上方に向けて1発、メテオラを放った。

 

アステロイドとは比べものにならない轟音と共にメテオラはフロアを破壊し、その瓦礫が諏訪たちへと襲いかかる。

「んだよこれ!」

予期せぬ崩落に諏訪は怒鳴ったが、瓦礫そのものはあまり気にしていなかった。トリオン体はトリオン以外で損傷を負うことはほとんどないため瓦礫によるダメージの心配はなく、フロア1枚の一部を破壊した程度の量の瓦礫では埋まる心配もなかったからだ。

 

崩れた瓦礫が足場を多少悪化させることと、一瞬動きが止まる程度の妨害。しかしその一瞬で、柿崎は更なる一手を打つ。しかしその一手は単純明快だが、現状では危険極まるものだった。

 

「よっと」

 

柿崎国治はなんの気なしに、軽々しい風を装いながら、崩落によってわずかに距離が開いた諏訪と堤の間に上の階から飛び降りて割り込んできたのだ。

 

「は?」

「え…?」

予想外の柿崎の出方を見て、諏訪と堤の思考は一瞬止まった。

 

正確に狙う必要のないほど近く、必殺になる間合い。

そこへ柿崎は躊躇なく入り込み、着地と同時に事前に展開していた弧月を滑らかな動きで抜刀して諏訪へと斬りかかった。

 

「…っ!野郎!」

弧月の切っ先が鞘から抜けきったところで諏訪は判断力を取り戻し、咄嗟に半歩下がって柿崎の斬撃を躱した。躱したところで諏訪はショットガンの銃口を柿崎へと向ける。避けようのない超至近距離であり、諏訪にとって勝ったも同然の状態だったが、諏訪は引き金を引くことを躊躇った。

 

(今ここで撃てば、堤にも当たるっ!)

そう、諏訪が向けた銃口の先には当然ながら柿崎がいるが、その向こうにはチームメイトの堤もいる。さっきまではシールドを展開していたが、メテオラでフロアが崩落した際にそれは解かれており、今の堤は無防備だった。

 

柿崎の撃破を優先にしてこのまま引き金を引けば、堤も巻き込んでしまう。すでに笹森を失っている諏訪隊にしてみれば、柿崎隊に囲まれているこの状況で堤まで失うのは大きすぎる痛手だった。

堤に再度シールドを展開させるのが無難だが、再展開するまでに弧月を持った柿崎の攻撃を、瓦礫で足が取られるこの状況で捌き切れる確証は無かった。

 

堤もろとも倒す攻撃を仕掛けるか、安心して攻撃が出来るまで自らを危険にさらして凌ぐか。

 

柿崎が2撃目の攻撃を仕掛けてくるまでの一瞬で諏訪はそこまで選択肢を絞ったが、それを選びきることが出来なかった。

 

諏訪が迷い動きが止まったところを、柿崎は見逃さない。振り切った一振りの流れを止めずに、そのまま2撃目に転じた。

 

確実に攻撃が入るタイミングと間合いで、柿崎は勝ちを確信した。

 

しかし斬撃が諏訪に届く寸前、3人がいた通路の壁が、耳を覆いたくなるほどの爆音と共に破壊された。

 

「っ!!?」

 

その爆撃の余波で柿崎と諏訪は体勢を崩し、期せずして斬撃は逸れて空を切った。

 

3人それぞれ次の動作に移るより早く、壊れた壁から入り込む外の冷たい空気と共に黒い隊服を纏った中性的な顔立ちの少年が通路での戦場へと現れた。

 

「チームをバラしたり、奇襲したり…、色々とらしくないですね、柿崎さん。メテオラで建物壊すのは、俺の専売特許ですよ?」

 

やんわりとした笑みを浮かべた月守咲耶はキューブを生成した右手を前に出しながら、目まぐるしく戦況が動き回る乱戦の場へと踏み込んでいった。




ここから後書きです。

久々の投稿になりました。また長らく時間が空いて申し訳ありませんでした。6月以降はサッカーワールドカップやらプレステ4やら好きな漫画の新刊やら夏の異常な暑さやら三秋縋さんの新作やら夏の甲子園とか色々あって、更新遅れました。これからまたポツポツと投稿していくと思います。

あと少し前に、活動報告の方で天音と真香ちゃんの外見について言及たしたやつを乗っけました。読んでもらえると、2人の姿形についてイメージしやすくなると思います。

本作を読んでいただき、本当にありがとうございます。
次話も頑張りますので、皆さんもこの暑い夏を頑張って乗り切ってください。


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第81話「強襲」

ランク戦ラウンド3の前日の朝、柿崎国治はボーダー本部の食堂で朝食を摂っていた。中高生より時間の融通を効かせやすいということで、大学生組は夜間の防衛任務を頼まれれることが多く、任務が終わってから帰宅することなくその足で食堂に向かったのであった。

 

ボーダーの食堂の飯は不味くない。むしろ美味いと評判なくらいだが、その飯を食べながら、柿崎の気分は沈んでいた。そこへ、

「およよ?柿崎くんじゃないか」

ボーダー食堂の常連客である不知火花奈が、塩サバ定食のお盆を持ちながら声をかけてきた。

「不知火さん、おはようございます」

「うん、おはよう。隣、良いかい?」

隣と言いながらも不知火は柿崎の正面の席にお盆を置き、柿崎の許可なくそこに座り、朝食を食べ始めた。

 

ご飯を数口運んでから、不知火は何の気無しに柿崎に話しかけた。

「柿崎くん、最近調子はどうだい?」

「調子、ですか?普通というか…、可もなく不可もなく、ってところですね」

「あはは、無難な答えだね。まあ、何の調子について尋ねたわけじゃないから、そんな答えになるのは納得なんだけど…」

そこまで言った不知火はイタズラを成功させた子供のような表情になり、

「はて…、柿崎くんは何の調子について可もなく不可もなくって答えたのかな?」

問い詰めるように言葉を重ねた。

 

質問された柿崎だが、言われてから彼自身も自分が何の調子について答えたのか考え始めた。不知火の質問自体がフワッとしすぎていたため、柿崎も特に考えることなく無難な答えを返していたのだ。

(特別これっていうのは考えてなかったが…。それでも敢えて答えるなら…)

しばし考え込んでから、柿崎は、

「チームランク戦です」

と、答えた。

 

ランク戦と聞いて、不知火は不思議そうな表情を浮かべた。

「ランク戦かい?最近の柿崎隊はそんなイマイチな出来じゃないんじゃないと思うけど…。ラウンド2じゃ、危なげなく勝ってただろう?」

「勝ったって言っても、下位グループでしたから。…本来いる中位グループじゃ、まともな白星は取ってませんし…」

「なるほどね。となるとやっぱり、中位と下位じゃはっきりとした実力差があるわけだ」

「ありますね。…あ、ほら、今シーズンで復帰した地木隊も、下位では圧勝してましたけど、中位ではそうもいかなかったじゃないですか」

「確かに。…まあ地木隊については月守が自滅したってのもあるけど…」

小さく笑いながらさりげなく言った不知火の「自滅した」の一言に柿崎は一瞬怪訝そうな表情を見せたが、不知火はそれに気づかず会話を続けた。

 

「ああ、そういえば…。柿崎くんは明日、その地木隊と当たるね。どう?勝てそう?」

不知火が放り込んできた質問に対し、柿崎は素直に今現在の勝算を口にした。

「正直厳しいところはあります。次の試合のステージ選択権はうちが持ってるので、そこをうまく使えれば…、と思ってはいるんですけど…」

それがなかなか、と言いたげに柿崎は目線を落とした。

 

「ふぅん…」

思い悩む柿崎を前にして不知火は朝食を食べ進めてから、

「だったら、少しくらいは付き合ってあげようか?」

と、提案をした。

 

「え…?それって…?」

「うん?だから、明日のランク戦の作戦について、今ここで少しくらいワタシの知恵を出そうか?っていう提案。諏訪隊と荒船隊はともかく、地木隊ならトリガーの設定してあげるから、あの子たちの戦闘スタイルのことはよく分かってるし…、攻略の手伝いには十分だと思うけど?」

真っ直ぐに目を見て不知火が提案してきたものは、柿崎にとってはかなり魅力的なものだった。しかしその提案を受け取ることを、柿崎は躊躇した。

 

何か裏があるんじゃないか?

 

そんな考えがどうしても頭をよぎるが、それが表情に出てきたようで、それを読み取った不知火がクスっと笑った。

「別に深い意味は無いよ。単純に、勝とうとしてる人に手を貸してあげたいっていうだけさ」

「…そうですか。いやでも、タダで手を貸してもらうっていうのは…」

気まずい雰囲気で柿崎は言うが、不知火はそれに対してキョトンとした表情を返した。

「おや?誰がタダだと言った?当然報酬は払ってもらうよ?」

「報酬…、まあそれなら気後れはあまり…。ちなみに、何を払えばいいんですか?」

「そうだねえ…」

 

わざとらしく悩むふりをして、不知火は『報酬』を提示した。

 

「君たち柿崎隊のメンバーが全員、20歳になったら一緒にお酒を飲みに行こうか」

 

実に不知火らしい提案を聞いた柿崎は一瞬ポカンとした後、小さく笑った。

「全員って…、1番下の虎太郎が20歳になるまで6年近くありますけど…」

「なに、構わない。本来報酬をもらうようなことじゃないんだもの。軽い口約束くらいで丁度いいのさ」

「…わかりました。それでは不知火さん、一緒に次戦の作戦を考えてくれますか?」

「ふふ、心得た。……そうだね、まずステージだけど…」

 

それから不知火は数分かけて、柿崎にフィールドに雪を降らせる設定と開戦同時にバッグワームを展開する作戦の説明をした。

 

「…ひとまずこんなところだけど、どうかな?」

作戦の概要を受けて柿崎はわずかに考え込んでから口を開いた。

「確かにその2つを組み合わせれば、荒船隊には狙撃を躊躇させることができますし、諏訪隊を屋内に誘導することもできて、あわよくば地木隊の動き出しを遅らせることもできると思います。けど…」

「お?疑問があるのかい?」

「はい。諏訪隊を屋内に誘導するのはまず間違いなく出来たとしても、荒船隊が狙撃を躊躇するかは正直賭けだと思います。極端な話ですけど、3人がタイミングを合わせて一斉に、特定のチームを狙われたら荒船隊が一気に有利になる可能性もあるんですが…」

 

不知火は困ったような表情を見せてから、柿崎の疑問に答えた。

「柿崎くんは、自分たちを過小評価しているんだねえ」

「過小評価…、ですか?」

「うん。だってさ、君たちはもう何回、荒船隊を含むスナイパーと戦ってきたんだい?狙撃されそうなところを無警戒で歩く、なんて馬鹿な真似はしないだろうし、それぞれ狙撃への対策の1つや2つあるだろう?ましてや、雪で足跡が残るお陰で君たち以外も狙撃に対して警戒を強めてる状態だ」

 

グラスに注いであった水で喉を潤してから、不知火はまるで問い詰めるようにほんの少しだけ言葉に力を込めて、

「射線が制限されるようなフィールドで、全員が狙撃を警戒している状態で、荒船隊が特定のチーム全員に対して射線を確保して狙い撃てる、なんて条件が、そんな簡単に整うと思うかい?」

と、自らの意見を伝えた。

 

静かだが、その言葉には不思議な説得力があり、柿崎はそれに納得しかけた。だが納得しきる前に、不知火はヘラっとした笑みに表情を切り替えて、

「まあ、可能性は確かにゼロじゃないんだけどね」

あっさりと自分の意見に水を差した。

 

「し、不知火さん…」

「いや、ちょっと格好つけただけでね。現実として確かにその可能性はゼロじゃないよねってこと」

不知火のまさかの自己矛盾に柿崎は落胆したが、不知火はそこに更に意見を追加する。

「実際にどこか1チームが開幕同時に狙撃されちゃったら、そりゃ荒船隊が優位になるけど…。でもそれ言っちゃったら、荒船隊が出る全試合にはその可能性があるでしょ。だからそれは、気にしてもしょうがないタイプの疑問だよ、柿崎くん」

 

水が残りわずかになったグラスをテーブルの上に置いてから、不知火は柿崎に「ついでだけど」と前振りをした。

「もし室内戦に持ち込む前に荒船隊が撃ってくるようなら、しばし隠れるといい。地木隊がスナイパーを片付けてくれるからね」

「…地木隊が荒船隊を倒しに行くってことですか?」

「そそ。大抵の人は狙撃を嫌うけど、ここ2試合を見てれば地木隊の狙撃嫌いは他のチームのそれより敏感だってことが分かるだろう?」

「それは、まあ…。ラウンド2はともかく、初戦では撃ってくる前に倒しに行っていたくらいですし…」

「うん。だから、荒船隊が撃ってきたら、地木隊は間違いなく狙撃を潰しに行くよ。そうなったら、その2チームの決着が出るまで潜んでればいいさ」

 

事前にしていたスカウティングが正しかったことに柿崎は安堵したが、一方で地木隊が狙撃を過敏に嫌う理由が気になった。

「地木隊は狙撃を嫌う理由でもあるんですか?」

「理由?…うーん、多分、ただ単に狙撃を畏れてるだけだよ。何せ、地木隊の前身である夕陽隊に『狙撃卿』と言われたスナイパーが一時期だけとはいえ居たんだもの。地木ちゃんと月守にとっては初めて味方になった正隊員のスナイパーが彼女だったんだ。きっと、あの2人にとって『スナイパーの基準』は彼女だろうから…、そりゃあ、敵チームに狙撃卿がいるって考えたらおっかないだろう?」

言われて、柿崎は試しに荒船隊3人が『狙撃卿』と呼ばれてたスナイパーだと仮定して想像してみたが、

「なるほど、それは確かに怖いですね」

一瞬で、それを理解して怖いと言い放った。

 

「でしょう?まあそりゃ、地木ちゃんと月守だって対戦相手がどの程度の力量のスナイパーなのか、ちゃんと分かってはいるだろうけど…。なかなか、刻み込まれた基準ってのは落ちないみたいだね」

難儀な事だ、と不知火は呟いた。

 

説明がひと段落した不知火はグラスを再び手に取り、残った水をちびりちびりと飲み進める。これを飲みきるまで質問を受け付けるよ、とでも言いたげな視線を柿崎に送りながら。

 

言葉はなくともそれを感じ取った柿崎だったが、敢えてそこで質問を止めた。

「…不知火さん、ここまでありがとうございました。後は俺が…、いえ、俺たちで考えます」

「あはは、どういたしまして。勝てるといいねぇ」

ささやかだが、茶化す気持ちなど一切含まず不知火はエールを送った。

食器を重ねて柿崎は席を立ち、今一度感謝の意を込めて不知火に礼をして、踵を返した。

 

一歩一歩離れていく柿崎の背中に向けて、不知火は思い出したように声をかけた。

 

「1つ忠告だけど…、君が…、君たち柿崎隊がここまで積み上げて来たものは、絶対に間違ってはいない。序盤から先は、君たちの強みを活かすものにした方が良い」

 

「………」

 

不知火の忠告が聞こえたのか、柿崎は立ち止まったが振り返ることはせず、再び歩き始めた。

 

足を止めた短い時間に、柿崎国治がなにを思ったのか不知火花奈には分からない。ただ、その思いが悪いものじゃなければいいなと、願った。

 

柿崎が去り、1人になった不知火は小さな声で呟いた。

「隣の芝生は青く見えるだろうけど…、それはお互い様だって気付けるかな…」

 

*** *** ***

 

諏訪隊と柿崎隊がぶつかる、その本当の直前になって、

『真香せんせー!突撃のタイミングはどうしますか?』

彩笑が茶目っ気たっぷりに作戦参謀の真香に質問した。

 

唐突な彩笑のボケを聞き、工場に潜入した直後の月守は小さく吹き出したが、当の本人の真香は淡々と答える。

『タイミングは実際の空気感が分かってる現場にお任せしようと思ってます。なので、地木隊長か月守先輩が合図してください』

『りょうかーい!ところで真香ちゃん、ボクの渾身の小ボケはなんでスルーなの?』

『あー…、すみません、普段からしーちゃんの勉強見てる時に、ボケなのか素なのか分かんないですけど先生って呼ばれる時があるので、先生呼びに違和感がなかったんです』

彩笑のすぐ後ろでそれを聞いていた天音は気まずそうにそっぽを向いたが、アタッカー2人の様子がわからない月守が通信回線に割り込んだ。

 

『…んで、どっちが合図する?』

『どっちっていうか…、今すぐにでも突撃仕掛けようかなー、的な?』

強襲速攻を提案した彩笑は、誰かから疑問が出るより早く、そこに思い至った理由を話し始めた。

『なんかさー、今この状況って柿崎隊がコントロールしてる感じがあるじゃん?序盤のバッグワームで周りを混乱させたり、天気の設定で室内戦するように仕向けたり…。だったらきっと、この後の展開も柿崎隊は考えてるだろうし、なんだかんだで誘導されちゃう気がするんだよね』

『…まあ、言いたいことはわかる。要は、柿崎隊から試合の主導権を取りたいってことでしょ?』

『そそ!そゆこと!』

言いたいことを的確に表現してくれた月守に彩笑は感謝して、

『咲耶はどう思う?賛成?』

そのまま同意を求めた。

 

足音なく工場を疾走して目的地に接近しながら、月守は答える。

『賛成だよ。ってことで、今すぐ強襲しよう。俺が…レーダーの反応が2つ重なってるところに派手に撃ち込むから、そっちはそれに続いてくれる?』

『いいけど、派手に撃ち込む意味は?』

『壊して、屋外戦に無理やり持っていきたいんだ。だってこのままだと、室内戦で勝って外に出たところで荒船隊に狙撃されて終わる。だから狙われるリスクはあっても早めに荒船隊も勝負の土俵に巻き込みたい』

『なるほどね。ボクはそれでもいいけど…、2人もそれでいい?』

意見がある程度まとまったところで、彩笑は天音と真香に賛否を取った。

 

『私は、いいです、よ。強襲、しましょう』

迷うことなく、天音は賛成した。開戦直後に昂ぶった闘志は全く衰えていなかった。早くそれを相手にぶつけたい、そんな雰囲気を言外に漂わせていた。

 

『私も賛成です。というより最終決定権は地木隊長なので、隊長がやると言えば私は迷わず賛成しますよ』

同じように、真香も躊躇わず彩笑を肯定した。

 

『……。』

全員の賛成を得たところで、彩笑は指示を出し始めた。

『…よし!じゃあ今から柿崎隊と諏訪隊のところに強襲かけるよ!咲耶、すぐに仕掛けれる位置まで移動して!』

 

『了解』

やることが定まってから、月守の動き出しは早かった。移動していた通路にあった手近な窓を開け、そこから身を乗り出す。そこは工場と工場に挟まれた路地のようになっており、そこを月守は疾走した。決して開けた場所ではないが荒船隊の狙撃を警戒しつつ、目的地に向けて高速で移動する。月守は記憶の中にあるマップとレーダーを照らし合わせて、出方を思案し始めた。

 

(運良く両チームは外が広場に面した通路で戦闘してる。これなら中から2人に追い出してもらわなくても、壁をメテオラで吹き飛ばすだけで、広場と中を繋げられる。ただ、2チームが戦ってるのは荒船隊も察知してるだろうから、外を悠長に歩いてたら脳天に風穴が開く…。壁壊すなら速攻だ)

 

やるべきことを決めた月守は頭の中で一度シュミレートしてから、

『んじゃ、これから仕掛けるよ』

それだけメンバーに通知してシュミレートを実行に移した。

 

(バッグワームオフからのメテオラ+バイパー)

バッグワームを解除して流れるような動作で両手にキューブを生成して合成を始める。そして路地から広場に姿を現わす直前に合成弾を完成させ、躊躇なくそれを放った。

 

「トマホーク」

 

放たれた変化炸裂弾は月守が思い描いた通りのコースをなぞり、柿崎隊と諏訪隊が戦闘している通路の壁と、その周囲の壁や地面を無差別に破壊し、過剰な煙を広場一帯に発生させた。言うまでもなく、待ち構えているであろう荒船隊の目を妨害するための煙である。

(よし、壊した)

壁の破壊を確認した月守は移動のギアを1段階上げて、トマホークが巻き上げた爆煙の中に潜り込んだ。そして、

 

「チームをバラしたり、奇襲したり…、色々とらしくないですね、柿崎さん。メテオラで建物を壊すのは、俺の専売特許ですよ?」

 

一見して状況を見抜き、右手にメテオラのキューブを生成して乱戦の場へ強引に割り込んでいった。

 

*** *** ***

 

彩笑は作戦決行を指示した直後、月守が強襲を成功させることを微塵も疑う事なく、自分達がそれにどう続けばいいのか考えた。

「神音ちゃん、ボクらは二手に別れよっか」

 

「ええと…、この先の、L字型の、通路で、相手を挟んでる方を、攻めるって、ことですか?」

 

「そう!どっちかが諏訪隊で、どっちかが柿崎隊だと思うんけど…、まあ、細かいことはいいや!遠い方はボクが行くから、神音ちゃんは近い方!咲耶が仕掛ける前に全力ダッシュで持ち場に付いて!」

 

「わかりました」

作戦を共有した直後、2人は移動の速度を一気に跳ね上げた。無駄な力を掛けずに加速してそれぞれが仕掛けるポイントに急行するが、移動が完了するのを待たずに、

『んじゃ、これから仕掛けるよ』

月守が淡々とした声で作戦の実行を告げた。

 

(咲耶早っ!)

まだ配置についていない彩笑は驚いたが、不満を言うことは無かった。確認の1つでもしてほしいと思ったが、あの月守がレーダーで自分達の位置を確認していない筈は無く、まだ完全に配置に付いていないことも理解していると、彩笑はほぼ直感で感じ取った。それでも尚、月守が今すぐ仕掛けるということは、それだけ状況が切羽詰まっているか、この程度の距離なら問題なく間に合うと信じているかのどちらかだろうと思った。

 

(もしかしたら他に理由があるかもしれないけど…、間に合うって信じてくれてるなら…、嬉しいな)

 

仕掛ける理由が後者の方であればといいなと彩笑は願い、自然と頰が緩んだ。

 

憧れであり、尊敬できる恩人であり、困難を何度も突破してきた相棒に信頼されている。それは彩笑にとって、心の底から湧き出るような喜びであり、ほぼ限界だと思っていた速度が、ほんの少しだけ増した。

 

しかしその喜びも束の間、工場内に爆音が響き渡る。

(来たっ!)

彩笑はその音の正体が、月守が放つ8分割したメテオラだとわかった。反響が混ざり普段のそれとは若干異なるものの、戦場で何度も何度も聴いたその音を間違えるはずが無い。

 

(間に合えっ!)

相棒が強襲を成功させたのだから自分もそれに続かなければいけないと、彩笑は強く思った。

 

レーダーではもう、目と鼻の先。次の通路を右に曲がれば相手がいる。

 

それだけの距離になってから彩笑は左手にスコーピオンを展開し、スタンダードな片刃型に形成した。速度を落とすこと無く彩笑は相手が居る通路に躍り出て、無理矢理直角に方向転換して斬りかかった。

 

奇襲が成功したかのように思えたが、彩笑は急ぐあまり1つだけ悪手があった。速度を落とさない方向転換は脚に強い負荷がかかり、曲がった時に一際大きな足音が鳴ったのだ。

 

そしてその足音を、通路にいた照屋文香は聴き逃さなかった。

 

音が聴こえた瞬間背後を振り返って迫り来る彩笑を目撃した照屋は、展開していたアサルトライフルとシールドを破棄して、予め展開しながらも機能をOFFにしていた弧月を抜刀して起動した。

 

刀身が煌き、2人のブレードが激突する。

「彩ちゃん…!」

「やっほー、てるるん!」

鍔迫り合いをしながら親しみを込めて相手をあだ名で呼びあった後、彩笑が無邪気に笑った。

「早速だけどてるるん、1点もらうね!」

いきなりの勝利宣言に対して、照屋は弧月で身体の軽い彩笑を押し返してから答えた。

 

「そう簡単には、取らせないよ」

 

*** *** ***

 

彩笑と別れてすぐに、天音もまた速度を維持したまま次の標的の元へと移動していた。

 

(わ…、地木隊長、速い。急がな、きゃ…)

 

天音の機動力は決して低いものではないが、正隊員トップレベルの機動力を持つ彩笑と比べれば、やはりどうしても見劣りしてしまう。彩笑の速さを見て焦った天音だが、標的との距離を見るとどちらも同じくらいの時間に辿り着きそうだと判断して、自らを落ち着かせた。

 

落ち着くと同時に、

『んじゃ、これから仕掛けるよ』

開きっぱなしだった通信回線から月守の声が聞こえて来た。

 

その声を聞き、これから戦闘が始まると意識した瞬間、

 

パチン

 

と、天音の頭の中でスイッチが入った。

 

「……ん」

 

彩笑と合流してから抑えていた闘争心に再び火が灯り、自然と弧月の柄に手が伸びる。ここまで近づいたらもういいかと思い、バッグワームを解除して右のサブ側のトリガーにハウンドをスタンバイさせる。

 

戦闘準備を整えた天音の目に、左右に別れた通路が見え、その左側で爆発が起きた。爆発音は1つでは無く若干のズレがあっていくつか重なっていたことから、今の爆発は銃型トリガーによるものでは無く射手によるメテオラであり、これが月守の仕掛けなのだと天音は判断した。

 

(月守先輩の、強襲は、成功。次は、私と、地木隊長が、仕掛ける、番)

 

自らの役割を強く認識した天音の目の前、爆発しなかった通路の右側からひょっこりと、巴虎太郎が姿を現した。

 

虎太郎としては柿崎に加勢しようとして移動したのだが、天音はそんな彼の事情などまるで意に介さなかった。天音の頭に浮かんだのは、敵が来たという事と、それを倒さなければならないという、シンプルすぎる2つの事実だけだった。

 

敵を視認した天音は迷い無く弧月を抜刀し、ハウンドのキューブを細かく自身の背後に散らしてから、虎太郎に突撃した。

 

その姿が視界の端に映ったのか、並々ならぬ殺気にも似たものを感じ取ったのか、虎太郎は天音の奇襲に気付いて慌てて迎撃の構えに移行した。

 

軽量系スピード型アタッカーに匹敵する速度で突っ込んで来た天音の片手上段斬りを虎太郎は右手で自身の弧月の柄を持ち、左手を刃に添える形でしっかりと受け止めて鍔迫り合いに持ち込んだ。

 

だが、ギリギリギリという嫌な音を立てながら虎太郎が僅かに、それでいて確実に押されていった。

 

(な…、なんでっ!?体格はほとんど同じで、おれは両手で受けてるのに…、なんで片手の天音先輩に押し負ける…!?)

 

少しでも態勢を崩せば押し倒されそうな迫合いを強いられた虎太郎だが、それは急に終わりを告げた。

 

「ん」

 

口を閉じたまま一音を発した天音は力を抜いてその場から大きく飛び退いた。緊張感から解放された虎太郎だが、そんな虎太郎に天音が事前に用意して飛び退くと同時に放ったハウンドが襲いかかる。

 

「うわっ!?」

 

咄嗟に虎太郎はシールドを展開しつつ左に跳んでハウンドに対処した。被弾こそ無かったものの、元来た道を引き返す形に跳んだため柿崎の援護に行くのが難しくなった。

横っ跳びで崩れた態勢を立て直した虎太郎の目の前に、この先には行かせないと言わんばかりに天音が立ちはだかる。

 

無表情で、淡々とした目線を向ける天音を前にして、思わず虎太郎は問いかけた。

「えーと…、天音先輩、出来ればそこを通してくれるとありがたいんですけど…」

 

「なら、私を倒せば、いいよ」

 

捻りもない天音の答えを聞いた虎太郎は、

(それが出来たら苦労しないんですけど…)

そう思わずにはいられなかった。

 

*** *** ***

 

『これは…、見事なまでの混戦ですね…』

モニターで戦闘風景を見ていた解説担当の那須は、率直に戦況を言い表した。

 

『あっという間でしたね!諏訪隊を柿崎隊が挟み、連携で突破しようとした諏訪隊に対して、バッグワームで上の階に潜んでいた柿崎隊長が強襲!しかしそこへ工場の外を走って来た月守隊員が二度目の強襲!そしてさらにさらに!通路で諏訪隊の逃げ道を塞いでいた照屋、巴の両隊員の元へ地木隊長と天音隊員が三度目の強襲!息をつく間も無く、3チームによる混戦となりました!』

 

那須に続き武富が状況説明を終えたところで、烏丸が3チームの行動に対しての解説を始めた。

 

『結果としては失敗しましたが、挟まれた状況を瞬時に攻守分業の連携で抜け出そうとした諏訪隊の判断は、早さ・内容共に素晴らしいものだったと思います。ただ…』

諏訪隊について言い終えた烏丸から那須は解説のバトンを受け取り、柿崎隊の解説へと移った。

『だからこそ、それを封じた柿崎隊の二段構えの策の良さが目立ちますね。上の階に伏兵として潜みつつ、メテオラでフロアを壊して強襲…、そして密集地帯では味方諸共巻き込んでしまうショットガンの特性を理解した上で、2人の間に割り込んで行きました。恐らく、自身が撃たれる可能性も覚悟した上で、ですね』

 

那須が予想したリスクが高い柿崎隊の行動を聞き、武富が疑問を提示する。

 

『なんというか…、どことなく柿崎隊らしくない感じがありますね。普段の柿崎隊の戦闘は、堅実でローリスクなイメージが強いのですが…、今の強襲はまるで逆のように見えます』

 

『確かにそうですね。同じ中位グループで私たちは何度も柿崎隊と戦っていますけど、こんな序盤にメンバーを分断したり、ギャンブル性がある行動は、記憶にありません。…きっと今回は、いつも以上に勝ちたいと思って、この戦いに臨んでいるんだと思います』

那須は敢えて、今回柿崎隊が勝つことに拘っていると口にしたが、それはこの試合を見ている誰の目にも明らかなことであった。

 

リスクのある戦法や相手の動きを予想しきった奇襲を成功させた手腕は見事の一言だった。それをやってのけた柿崎隊だが、モニターに映る彼らの表情に喜びの色はまるでなかった。あるのは、自分達の強襲に更なる攻撃を重ねてきた地木隊に対する、強い警戒の色だった。

そんな柿崎隊の心情を察しながら、烏丸は最後に現れた地木隊の強襲について言及を始めた。

『柿崎隊の強襲自体は完璧でしたが、その出来栄えを霞ませるように地木隊が割り込んできましたね。B級上位の王子隊やA級の草壁隊が得意とする機動力を活かした立ち回りで奇襲を仕掛けて、柿崎隊が完全に試合の主導権を握るのを防ぎました』

 

話しながらも烏丸の目線はしっかりとモニターに向き、3チームが入り乱れる戦いを見ていた。

 

そして、

 

『試合の時間帯としてはまだ序盤ですが…、きっとここが正念場でしょう。この混戦をそれぞれがどうやって切り抜けるかで、試合の結果は決まってしまうかもしれません』

 

そう宣言した。




ここから後書きです。
最近、改めてワールドトリガーを読み返しました。
ワールドトリガーの魅力って「遅効性SF」のキャッチコピーの通り、やっぱり読み返すことにあると思います。黒トリガー争奪戦とか改めて読むとめちゃくちゃ豪華な面子でバトってる…。読み返して魅力が増す原作に近付けるように頑張りたいです。

ワールドトリガーを読み返す一方、最近はスポーツ漫画にハマってます。特にハマってるのは「BUNGO」っていう野球の漫画。2回目の紅白戦は一回読み始めたら終わるまで読むのを止められない…。


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第82話「可能性の先」

天音神音と対峙した巴虎太郎は実感した。

 

年上とはいえ女子には失礼だと思うけど、この人化け物でしょ。

 

と。

 

2年前に虎太郎は小学生で正隊員となり、それなりに腕前には自信があった。マスタークラスやランカークラスには及ばなくても、正隊員として引け目を取らない実力はあるつもりだった。

 

しかしその虎太郎の実力を持ってしても、天音との斬り合いは防戦一方だった。

 

「ぐっ…!!」

鋭い踏み込みから放たれる天音の一撃を受け、押し崩されないように虎太郎は力を入れて堪える。少しでも気を抜けば押し負けそうな力をかけられて虎太郎は手一杯だが、そんな中でも天音は淡々とした声で、

「ハウンド」

そう呟いて次の手を繰り出してくる。

 

もうこの攻防を何度も繰り返していた。天音は踏み込む前にハウンドを撒き散らし、斬り合いに停滞が生まれたらバックステップを織り交ぜてハウンドを時間差で放ってきて無理やり虎太郎に対応させる。虎太郎が弾丸に対する守りを構えれば天音は再び間髪入れずに斬り合いを仕掛けてくる。

 

虎太郎は今のところ天音の剣と弾丸による攻撃を凌いでいるが、まだそこから脱出する糸口は掴めていない。厳密には、現状を打破しようにも天音に絶えず防御や回避に動かされるため思考する余裕がないのだ。

 

その一方、動かしている側の天音には当然ながら余裕があった。次の手をどのタイミングで出せばいいか、虎太郎が反撃に出たらどう対応するか、他の戦況が動いたらどう出るべきか、それらを思考することが出来た。

 

精神的に優位に立つ天音だが、それに油断することなく、容赦なく虎太郎への攻撃を続けた。

 

ハウンドを背後にばら撒いてから虎太郎との間合いを一気に埋めて斬りかかるが、虎太郎はこの一撃を真っ向から受けず弧月の刀身でなぞるようにいなした。思考を制限された虎太郎が打ち出した一手だが、天音はそれに動揺することなく次の斬撃に繋げる。

 

天音の次の手は、斬撃の軌道をなぞられることのない刺突だった。虎太郎に対して半身に身体を向けて連続で刺突を繰り出し、攻めの姿勢を崩さない。

守りに徹していた虎太郎に徐々に攻撃が入り、トリオン体に刀傷が刻まれていく。掠る程度の斬撃が続いてから一際大きな一撃が決まり、虎太郎の表情が歪む。その一撃が決まった時点で天音は一度ブレードによる攻撃を止めてバックステップを踏んだ。

 

距離を開けて射撃、ここまで天音が繰り返していた攻撃パターンだったが、虎太郎はここで反撃に出た。相手の反応を見て斬撃から後退して射撃に切り替える戦法を取っていた天音だが、それ故に切り替えるタイミングは虎太郎に依存していたため、無意識下でそれを利用して虎太郎は攻撃に転じることができた。

バックステップに合わせて突撃をかけて間合いを保ち、ここまで使わなかった拳銃型トリガーを掴み、銃口を素早く天音に向けて引き金を引いた。

 

「シールド」

 

しかし虎太郎が放ったアステロイドの銃弾は、天音がハウンドをキャンセルして展開したシールドにあっさりと防がれた。

 

全く動じることなく防いだ天音を見て、虎太郎の中で焦りが加速する。

 

数歩後退した天音と虎太郎は、剣にしては遠く射撃にしては近い間合いで止まり、互いの目線をぶつけた。

この時点で虎太郎は、勝てないと悟っていた。

 

ここまで天音は、特別なことは何もしていない。斬撃と射撃を組み合わせるのは近接メインのオールラウンダーなら誰しもが試すことであり、珍しいものではない。斬撃は速さと重さはあるものの動きそのものに変わったことはなく、ハウンドによる射撃もタイミングや弾道に性格の悪さは見て取れない。

もしどこかに工夫や捻りがあれば、それを狂わせて突破口を見出せる。しかし天音の戦闘にはそれがない。基本とも言えることを突き詰めて、淡々とこなす。

 

そこにあるのは、純然たる実力の差。

 

虎太郎が倒されるのは、時間の問題だった。

 

 

 

 

天音と虎太郎の戦闘と同時に、逆サイドでは彩笑と照屋の戦闘が繰り広げられていた。

 

「グラスホッパー!」

 

狭い通路でありながらも彩笑は持ち前の機動力とグラスホッパーを織り交ぜ、攻勢を維持する。照屋は落ち着いた歩法と弧月を主軸にした防御で彩笑の高速攻撃を的確に捌く。

彩笑のスピードはボーダートップクラスではあるが、決して無敵ではない。ブレード系トリガーをある程度扱えるレベルの正隊員であれば、前回の村上が見せた先読みの練度には及ばないものの、動き出しの速度と方向などから予測を立てて即死しないように防ぐことは十分可能だからだ。

加えて、いくら速くとも「速いものが来る」とわかっているだけで対応は容易になる上に、その速さを見続けることで目や身体がそれに慣れる。

 

今は攻勢に出ている彩笑だが長引くほどこの戦闘は不利になり、逆転される可能性は高い。

 

だが当然、彩笑もそれに気付いている。

 

「よっと!」

一際大振りな一撃をワザと照屋に防がせて、少し距離を取る。一刀一足より僅かに遠い間合いにしたところで、彩笑は心の中で嘆息した。

 

(スピード一本じゃ、やっぱり限界がある…。ストライクゾーンに全速力のストレートだけ投げてるみたいな感じだし、そりゃ、いつかは対応されるよね…)

 

右手に持ったスコーピオンをクルクルと器用に回して彩笑はリズムを整え、照屋は仕掛けて来る彩笑に備えて構えてカウンターを狙い続ける。

 

スピードだけでは限界があるのは、先日の不知火との戦闘で分かっていた。そしてそれが分かった上で、彩笑はまだ速さに拘ると言い、不知火は速さ以外の武器があると言い、それを見つけるのが課題だとも言われた。

 

あれから、彩笑は考えた。

 

そして彩笑は、2つの答えを見つけた。

 

速さを突き詰めた上での新たな技と、自分の中にある速さ以外の何かを活かした技。

 

見つけて辿り着いたそれが、正しいのかは分からない。

 

速さを突き詰めた技は通じるかどうかの確信は無く、速さ以外のを活かした技に至っては、そもそもその「何か」が自分の武器になり得るものなのかすら合っている確証が無い。

 

しかし現状、このまま照屋との持久戦をする訳にはいかず、何かしらアクションを起こさねばならなかった。

 

前の試合で披露した新技の「ブランクブレード」を使うという選択肢も頭に浮かんだが、あの技はネタが割れていることに加えて、この状況では使いにくい要素がいくつかあり、使うことを躊躇った。

 

選択肢が狭まった彩笑は、意図して小さく呼吸を取ってから覚悟を決めた。

(ぶっつけ本番だけど、やろっかな!)

覚悟を決めた彩笑は回していたスコーピオンをしっかりと握り、再び照屋に突撃をかけた。

 

動き出した彩笑を見て、照屋は素早く対応に移った。

 

(彩ちゃん動いた!)

 

速さと手数に優れる彩笑の連続攻撃を照屋は弧月による防御と瞬間的な立ち位置移動や体捌きで凌ぐ。身体の重心や中心などの動かしにくい部分を狙った斬撃は弧月による受け太刀と払い技で防ぎ、手や足などの動かしやすい部分を狙ったものは咄嗟に動かして斬撃の軌道から外れる。

 

攻撃を加えるとなれば困難だが、防御のみに専念して瞬間的な見極めを駆使すれば、彩笑の高速機動による斬撃は対応不可能なものではない。凌ぎ続けて彩笑がリズムを崩したり、無理な攻撃に出たところを突けばいい。

 

照屋の彩笑対策は、徹底した受けによる持久戦だった。

 

照屋は攻撃を受け続ける、彩笑はその事を確信したからこそ、安心して()()を仕掛けた。

 

「ふっ!」

短く鋭く吐き出した息と共に彩笑は照屋の胴体を切断するつもりで斬撃を放ったが、見え透いたその一撃を照屋はしっかりと防いだ。出会い頭の時のように、互いのブレードが煌き、金属同士を擦り合わせたものに似た音が響く。

 

力比べかと思われた鍔迫り合いだが、彩笑は完全な鍔迫り合いに持ち込まれる前に素早く半歩下がり武器を構えて、

 

止まった。

 

完全に、停止した。

 

停止して、自身の全集中力と全神経を注がんばかりに、照屋に視線を当てた。

 

斬り合いの中での、不自然な停止。ブレードの間合いであるため、照屋は当然斬りかかろうとした。

 

だが、斬ろうとした瞬間、悟った。

 

(あ、これはダメだ。詰んじゃった)

 

と。

 

 

 

2人は今、互いにブレードの間合いに相手がいる状態。

そして、互いに相手の出方を窺っている状態。

武器の重量、反応速度、加速性、最高速度。

その他あらゆる要素を加味したとして、どう考えても彩笑の方が速く動き出せる状態。

 

その状態で、照屋は頭の中でシュミレートする。

 

・こちらから斬撃を仕掛ける。

→動き出しを叩かれるため詰んでいる。

 

・ひとまず防御の構えを取る。

→動き出しを叩かれるため詰んでいる。

 

・他のトリガーを展開して打開を図る。

→動き出しを叩かれるため詰んでいる。

 

・後退する。

→動き出しを叩かれるため詰んでいる。

 

・前進する。

→動き出しを叩かれるため詰んでいる。

 

・目線でフェイントをk

→動き出しを叩かれるため詰んでいる。

 

・声をかけt

→動き出しを叩かれるため詰んでいる。

 

・指先でf

→叩かれるため詰んでいる。

 

・弧月をおs

→詰んでいる。

 

・何をしても

→詰み詰み詰み詰み詰み詰み詰み詰み詰み詰み詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰詰

 

 

 

 

 

何をしても詰み。

何かしようとした瞬間、そこを斬られる。

 

動いている最中なら、まだ手の打ちようがあった。

予備動作や目線、動きの流れやリズムやパターン。あらゆるもので相手の次の手がいくらか予測することができた。自分も動いているからある程度スピードに乗り、相手の速さについていくこともできた。

 

だが完全に停止されてしまっては、動きが読めない。

完全に停止しているから、速さに乗ることが出来ない。

 

自分より優れたものを持つ相手に、それだけがモノを言う勝負を挑んでも勝つことは出来ない。

両者の狙いが同じならば、それを狙うのに必要な要素が優れている者に分がある。

照屋は、ボーダートップクラスのスピードを持つ彩笑に、後出しジャンケンの勝負を挑まれたのだ。

 

 

 

彩笑は考えた。

速さだけでは相手を崩せない。しかしそれは、相手が速さ以外の要素を用いて不足するスピードを補っているから。

 

それに気づいた彩笑は、すぐに答えを見つけた。

 

ならば、速さだけで勝負させよう。

速さ以外のモノが介在しない土俵に相手を引きずり込めば、勝てる。

 

そうして彩笑が辿り着いた技…、いや、技というよりは状態。

速さだけがモノを言う環境に相手を引きずり込んで勝負を仕掛けるこの状態が、彩笑の出した「速さを突き詰めた上での答え」だった。

 

 

 

 

この状態に持ち込めた時点で、彩笑と照屋の個人による戦闘はほぼ決着が付いた。照屋が痺れを切らすか、プレッシャーに耐えかねて集中力を乱すかすれば、彩笑はそのスピードで勝利を掴み取る。

 

ほぼ同時に、照屋と虎太郎は相対する彩笑と天音に対して敗北に追い込まれていた。この2組の結末は、その時が来るのを待つだけになった。

 

だが、しかし。そのタイミングでもう1つの戦場が、諏訪隊と柿崎、そして月守の4人による戦闘が大きく動いた。

 

「メテオラっ!」

 

ばら撒くように、今いる建物ごと破壊するつもりで、月守がメテオラを放った。

 

「ふえ?」

「わ…」

室内戦が始まってから全くと言っていいほど自分たちに干渉が無かったため、半ば意識から外しつつあった4人側からの唐突な過剰攻撃を察知して、彩笑と天音の口から思わず間の抜けた声が出た。2人と戦っていた照屋と虎太郎も同様で、いきなりの爆撃によって意識がその戦闘に向いた。

 

しかし、何があったのかと悠長に尋ねる余裕は無い。

 

月守が放ったメテオラは工場に大きなダメージを与え、壁や柱に負担をかけて亀裂を走らせる。それを見た彼ら全員は、この建物(少なくとも今自分たちがいる場所)が今すぐにでも崩れる可能性が高いことを理解し、同じ行動を取った。

 

諏訪は隣にいる堤に向けて、

柿崎は敵を足止めしてくれた頼もしいクルーに向けて、

彩笑は背中を任せるに足りる2人に向けて、

 

「「「ひとまず脱出!」」」

 

同じように指示を出した。

 

 

 

 

 

 

 

崩れ行く建物から誰一人逃げ遅れることなく脱出し、各チームは自然と集まり呼吸を整え状況を理解することに努めた。

 

そんな中、

「咲耶のバカ!なんであのタイミングでメテオラ使うの!?」

建物を壊す判断をした月守に向けて隊長の彩笑がややキレ気味に問いかけた。

 

彩笑としては勝ちをほぼ手中に収めたに等しい状況だったため、怒鳴るのはある意味当然である。隊長からのお叱りを受けた月守は、とても気まずそうな顔をしながら、

「…思ったより諏訪隊の圧が凄くて、持ち堪えられなかったから…」

バカ正直に理由を語った。

 

片眉を吊り上げて不機嫌そうな表情を見せた彩笑は呆れたように言葉を紡いだ。

「ヘタレか!せめてもうちょい持ちこたえてよ!ボクあとちょっとで、てるるんに勝てたのに!」

「すまん。いや、でもさ、あんな狭い通路でショットガン2人と向き合うの想像してよ。怖くないだろうか、いや、怖いだろう」

「無駄な反語腹立つ!しかも下手!」

「咄嗟に考えたからこんなもんだ」

2人はまるで作戦室にいる時のように、もしくは休み時間の教室のように、日常の中にいる時のように言い争う。まるで敵のことなど忘れてしまったかのような雰囲気すらあるが、

 

(んー、隙見せたけど撃ってこないなぁ)

(さすが荒船隊。このくらいの釣りじゃ引っかからないか)

 

彩笑と月守は、内心がっつりと周囲を警戒していた。

 

地木隊の(特に彩笑と月守の)常套手段である、無警戒を装い狙撃させるための会話だが、これはこの時点では無意味だった。なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

諏訪隊と柿崎隊、そしてこの場には居ないが狙撃位置に付いているであろう荒船隊も、その罠に飛び込むこと無く冷静に布陣を立て直していた。

 

視界に映る2チームには遅れる形で、地木隊も布陣を組んでいく。

『姿は、見えません、けど…。荒船隊も、ここ、狙ってます、よね?』

どのチームが仕掛けてきてもいいように警戒しつつ、天音が小声で確かめるように呟いた。

『ほぼ間違いなく、ね。だから今、ここは4チームが戦闘をする乱戦になってる』

月守が天音の意見を肯定しながら現状を整理する。

『んー…、全チームの乱戦なら逃げるのもありかなぁ…。狙撃にまで気を回せるか心配…』

現状を理解した上で彩笑が珍しく弱気な発言をしたが、

『でもここを逃せば荒船隊の行動はもっと読み辛くなります。1発でも撃ってくれば、それを逆算して狙撃位置割り出しますから、即死さえしなければ荒船隊は叩けますよ』

和水がそれをフォローするように意見した。

 

強気で頼もしいオペレーターの提案により、彩笑はやるべき事を決めた。

『よっし!じゃあこのまま戦うよ!ここで勝っちゃうくらいの気持ちで!途中で荒船隊が撃ってくると思うけど、それは各自で対応!即死だけはしないよーに!』

それはいつも通りの、大雑把なオーダーだった。

 

細かい指示はいらない。目指すべきものが決まってれば過程はどうであろうと構わない。そう思っているかのような彩笑のオーダーだが、彼らはそれで問題なかった。

 

オーダーを出し終えた彩笑は、自らが切り込み隊長だと言わんばかりに鋭く踏み込み、停滞していた戦場を動かしにかかった。

 

*** *** ***

 

4チームが入り混じる乱戦を、ボーダー本部ではない場所から見る少年がいた。

「雑だな」

停滞していた戦場を彩笑が動かしにかかったのを見て、彼は呟く。

「ほう、どの辺がだ?」

ソファに座ってモニターを観る彼に向けて、背後に立っていた男性が問いかける。

 

「全てだ。戦闘は行き当たりばったり…、行動自体が後手だ。メンバーを分割して戦ったくせにその動向を把握する余裕が無い。ヴィザ翁と戦ったあの女2人は、あと少しの時間があればカキザキ隊を仕留めていたのに、ロキが…、いや、ツキモリがそれを妨害してしまった。確実に敵を減らせる好機をみすみす逃す愚行だったな」

 

少年…、ヒュースが流れるようにスラスラと言った地木隊の戦闘を聞き、問いかけた男性…、林藤匠は肩を揺らして笑った。

「試合を観るって言ってきたのに、辛口な評価ばっかりだな」

「ふん。あいつが見ろと言ってきたからな。…それにオレは端的な事実を言っているだけだ。…もし、これがオレの配下にある部隊の隊員だと思うと、胃が痛くて毎日眠れん」

どこまでも辛口な評価を下すヒュースだが、林藤の隣にいた小南桐絵が腕組みしながら横槍を入れる。

「散々言ってるけど、アンタその中の1人に負けたこと忘れてない?」

「…あれは偶然にすぎん。今のあいつ相手なら、万に1つも負けるものか」

「生意気ね」

言いながら小南は軽くヒュースの頭を小突いた。

 

ヒュースの隣にちょこんと座っていた陽太郎が、ヒュースに尋ねた。

「じゃあ、ヒュースはちき隊がまけるとおもうのか?」

「…この乱戦次第だが…、いや、負けるだろう。試合を外から観ているオレたちには見えているが、戦っているあいつらは、狙撃に特化しているというアラフネ隊がどこにいるのか分からないんだろう?なら、この乱戦がある程度収まるのを待って…、3人まで減ったところでアラフネ隊が一斉に撃って仕留めれば試合が決まる。勝つのはアラフネ隊だ」

ヒュースはそう断言した。

 

実際、ヒュースの予想は正しい。ランク戦のポイントは敵を倒せば1点、最後まで生き残れたら2点という単純なものである。このまま3チームがそれぞれに噛み付いて互いに点を取り合い、残り3人になったところで荒船隊が全員一斉に撃って仕留めれば、生存点含む5点が入る。逆に言えば、荒船隊はその局面になるまで撃つ必要は無い。途中で撃って位置が知られれば、どのチームからも狙撃を潰すために対策が取られるため、確実に5点を得る機会を失うことに…、勝者となるために十分すぎる点数を得る機会を失うことになるからだ。

 

それを…、ヒュースの予想が正しいと理解した小南は思わず押し黙った。ボーダートップクラスのアタッカーの意見を封じる程度に、現実味が十分にある予想だった。

 

ボーダー玉狛支部に沈黙が流れるが、その中で林藤はなんの気無しにタバコを取り出して火をつけた。口に咥え、熱のある先を一際赤く光らせた後に、林藤はゆっくりと口から紫煙を吐き出した。

「ヒュース、お前さんはやっぱり利口だな」

「この程度なら、考える頭があれば誰でもすぐに思いつく」

「はは、言うねえ。じゃあ、お前さんとしては荒船隊の勝ちってことで良いんだな?」

 

確認するような、どこか引っかかりがある林藤の言葉を聞き、ヒュースは彼に視線を向けた。

「…そうだ」

躊躇いながらヒュースは荒船隊の勝利を断言する。

 

しかしヒュースは、この状況下で荒船隊以外のチームが勝つ可能性が残されていることに気付いていた。

 

そのことを知ってか知らずか…、いや、敢えて見透かした上で、林藤はその可能性を口にした。

「ヒュースの予想は荒船隊の勝ちか…。じゃあ、俺は地木隊の勝ちに1票入れよう」

 

気付きながらも言いたくなかった事を言われて、ヒュースは舌打ちをした。

「ちっ…。気付いていたか」

「そりゃあな」

ランク戦を作り出した側の人間である林藤は、自身とヒュースが辿り着いた可能性について語り始めた。

「これまた単純な話だが…、ランク戦の勝者は最後まで残ったチームじゃなくて、1番点を多く取ったチームだ。ヒュースが言ったように荒船隊が5点取ったとしても…、それより点数を取ったチームがいれば、そこの勝ちだ」

そこまで語った林藤は自然な手つきで取り出した携帯灰皿にタバコを押し付けて火を消した。そしてそれを再びポケットに隠したところで、説明を再開させた。

「そんでもって、この状況下で荒船隊より点取るってなれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()しか残ってねえ。そう考えると、柿崎隊が取れるのは5点。諏訪隊は6点取れる可能性があるが…、メンバーが1人欠けてて本来の型を発揮できない状態じゃそれも厳しい」

2チームの可能性を語り、それを前置きとして、林藤は本命の可能性を口にした。

「その点、地木隊はこの時点で1点取ってる上にフルメンバー…。3チームの中で大量得点出来る可能性が高いのが地木隊だ。だから俺は、地木隊の勝ちに1票を入れるってわけだ」

 

荒船隊以外の勝利の可能性を語った林藤だが、それはひどく辿り着くことが困難なものだった。

 

自分達のチームだけで他の2チームを倒し切らねばならないということは、乱戦では無くその2チームを同時に相手することが求められる。乱戦に持ち込んで点が分散すれば、荒船隊の点数を越えることができないからだ。

一度仕切り直すというのも1つの手だが、ここで3チームがバラけてしまえば荒船隊は浮いたチームを時間をかけて倒す機会を得ることになり、勝利は大きく遠ざかる。

 

この乱戦は多大なリスクがある上に、ここで勝ってもそれはピュロスの勝利でしかない。しかしここを逃せば、待つのは不確定な未来と限りなくゼロに近い勝利の可能性だけ。

 

それを知ってか知らずか…、意図したものなのか偶然かは不明だが、彩笑が動かしたこの乱戦から逃げるチームは、1つも無かった。

 

*** *** ***

 

彩笑が突撃をかけたのは、接近戦になればなるほど火力が上がる諏訪隊だった。無策に近い愚直な特攻を見て、諏訪は素早く彩笑に銃口を向けた。

「特攻とか舐めんなオラァ!」

ショットガンが火を噴くが、彩笑は諏訪が引き金を引く前に自身の目の前にグラスホッパーを展開して、引き金を引くと同時に反発力を持つ青い板を踏みつけて後方へと大きく跳んだ。跳ぶと同時にスコーピオンを手放してシールドに切り替えて展開し、彩笑は後退と防御を同時にこなして、再び仲間の元へと降り立つ。

 

特攻はフェイントだったが、止まっていた戦場が動いたのは変わりない。諏訪隊の射撃に続き、柿崎隊も動き出した。銃型トリガーを展開しながら統率の取れた動きで射撃用の陣形を整えてから引き金を引く。

アサルトライフル2挺とハンドガン1丁による弾幕で狙われた地木隊はそれぞれが防御策を展開した。

彩笑は諏訪隊の時と同様に後退とシールドを組み合わせ、難なく防ぐ。

月守は両手を掲げてトリガーを展開しようとするが、彼の前に素早く天音が割り込んできた。

「シールド」

天音は背後に月守がいる状態で左手に持つ弧月をオフにしてシールドを展開して柿崎隊の弾幕を防いだ。

「神音、ありがと」

「はい」

 

月守はお礼を言いながらトリガーを展開する。

「ハウンド」

掲げられた左手から生成されたキューブは細かく分割され、左右に散り、柿崎隊へと襲いかかった。数は多く視界の端から外れるような軌道の月守のハウンドに対して、柿崎隊はそれぞれがシールドを展開して対応した。武装を維持したままのシングルシールドを各自で展開しているが、それぞれのシールドが味方をも守れるような規模、位置取りであり、無駄のない守りだった。

 

しかし無駄が無くとも、攻撃の中に防御を挟んだため弾幕が一瞬緩んだ。その瞬間、月守と天音は同じタイミングで動いた。左後ろと右後ろにそれぞれ跳び、月守は右手、天音は左手側からキューブを生成する。

「一昨日練習した時間差のやつ、やろっか」

「わかり、ました」

簡単に打ち合わせを済ませ、2人は反撃に出る。

 

「メテオラ」

天音が月守より先にキューブを放った。

 

さっき月守が撃ったハウンドより弾速が遅めに設定されたメテオラは、柿崎隊を狙いつつも乱雑に飛ぶ。中には明らかに当たらない軌道のものもあったが、それを見た瞬間、柿崎は仲間2人に指示を出した。

 

「罠だ!躱すぞ!」

 

柿崎が指示を出すと同時、

 

「アステロイド」

 

月守がアステロイドを、天音が分割したメテオラと同じ数に分割して、先に撃っていたメテオラを狙い、放った。アステロイドは矢のように高速で、それでいて正確にメテオラを捉えて宙空で爆発させた。

 

ラウンド2で月守が鈴鳴第一に使った、何もない空中でメテオラを爆発させる技だが、今回はそれを2人がかりで実行した。

アレンジバージョンとは言え、予想して対応してくる柿崎隊を見て、月守は警戒の度合いを引き上げた。

 

(下調べはきっちりされてるっぽいな)

 

対策を練られていることを自覚した月守だが、それに対する焦りは無かった。むしろ逆に、

 

(なら、今まで使ってない技なら、ここまで上手く対応できないってわけだ。じゃあ、それで攻めればいいだけだ)

 

柿崎隊の攻略作戦を組み上げていった。

 

しかし月守が柿崎隊の攻略法を組み終える前に、

『地木隊長、1ついいですか?』

真香が全体の通信回線を使って彩笑へと呼びかけた。

 

『何、真香ちゃん?』

彩笑はボクサーのフットワークを思わせる動きでリズムを取りながら真香の通信に対応する。

『この戦い、地木隊長は本当に勝ちたいですか?』

 

『あったり前じゃん!みんなと勝ちたい!』

何を当たり前の事を尋ねるのかと言わんばかりに、彩笑の声は思わず荒くなった。隊長の意思を再確認した真香は小さな声で「ですよね」と呟いた。

 

乱戦が始まった直後、真香はヒュースと同じ答えに辿り着いた。このまま戦えば、多少善戦したところで最後には荒船隊にやられて終わる。それを認識した真香は現状を打開しようと思考を巡らせたが、決定的なものは無かった。

しかしその末に、真香は林藤が考えていた可能性に…、荒船隊には勝負で負けるが試合には勝てる可能性に気付いた。

 

そしてそこまで気付いた真香には、もう少し先の…、別の可能性が見えた。ヒュースも林藤も知らない、真香と天音と荒船だけが知っている、この試合に込められた約束があったからだ。

 

行き着くところまで考え抜いた真香は無意識に左手の拳を握っていた。

(荒船先輩があの約束に拘ってくれるとしたら、試合の展開は変わる…!でも、そうなったみんなには負担が…)

薄氷の上にあるような可能性に、仲間を進ませていいものか真香は葛藤した。

 

そこへ、

『真香ちゃんさ…、もしかして何か悩んでる?』

彩笑がまるで、真香の心のうちを見透かしたように問いかけてきた。

 

問いかけに真香が答えるより早く、彩笑は次の句を続ける。

『悩んでるわけじゃないかもしれないけど、もし悩んでるならボクから言いたいのは1個だけ!』

 

真香には見えていない事を知りながらも、彩笑はとびきりの笑顔で、

『試合前にボクが何て言ったか、もう忘れちゃった?』

そう言った。

 

言われて、真香は思い出す。

-ボクは真香ちゃんの指示を、信じるよ-

-だから自信を持って指示を出して-

-ボクたちはそれに、全力で応えるからさ!-

それは小柄で無邪気な隊長が試合前に伝えてきた、心からの信頼の言葉。試合前には背中を押してもらった言葉だが、今はその言葉が真香の首と心臓を優しく締め付ける。

 

大好きな仲間を、過酷な可能性へと導かなければならないのかと、真香は泣きそうになる。

本当はもっと、安全で確実な勝ち筋をみんなに見せてあげたかった。でも、もう、これしかないから。

 

『…わかりました』

 

そうして真香は、腹をくくった。

 

*** *** ***

 

信じるということは、とても難しい。

貴方が困るって分かっているのに、それを任せるのだから。

 

信じるということは、とても苦しい。

貴方が問題ないって分かっていても、それを疑わなければならないから。

 

信じてもらえるということは、とても重い。

私ならそれが出来ると思ってる貴方の期待を、裏切れないから。

 

信じてもらえるということは、とても辛い。

私が間違いをすれば、それを託してくれた貴方も間違っていたと思われてしまうから。

 

*** *** ***

 

迷いも辛さも一度心の奥に沈めて、真香はオーダーを出した。

 

『…圧倒的に、勝ってください。柿崎隊にも諏訪隊にも、1点たりとも渡さないでください。それが出来ないと、私たちはこの試合勝てません』

 

オーダーを出す真香の声には、心の奥に沈めた迷いや辛さは一点も込められていなかった。

しかし真香はオーダーを言いながら、信じることの怖さを嫌というほど噛み締めていた。




ここから後書きです。

久々に1話あたりの文字数が多くなったかなと思いますが、楽しく書いてました。

個人的に信頼と疑惑って切っても切り離せないものだと思ってます。浮気調査とかも、相手を疑ってるんじゃなくて、悪いことはしてないと信じてる、信じたいからするのかなー、くらいに思ってます。


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第83話「予測合戦」

特別打ち合わせた訳では無いが、地木隊は戦場で2人と1人の形にメンバーを分けて戦うことが多かった。当然のことではあるが、何かしらピンチに陥った場合、1人よりは2人、2人よりは3人と、メンバーがよほど烏合の衆で無い限りは、人数が多いほどピンチを脱却できる可能性は増す。

リスクを考えればむやみやたらにメンバーを分割するのは得策では無いが、隊長である彩笑は迷いなく判断を下す。

 

『ボクと神音ちゃんで諏訪隊倒すから、咲耶は柿崎隊の足止めしてね』

『いいよ。けど、早めにそっち片付けて』

『りょっ!かい!』

 

指示を受け、地木隊の3人は素早く立ち位置を組み替える。

 

彩笑と天音は並び立って諏訪隊へと向き合う。

 

「諏訪さん!2点貰いますよー!」

彩笑は屈託無く笑いながら諏訪を挑発し、

「そりゃこっちのセリフだ!」

諏訪は怒鳴りながら、それでいて楽しそうに言い返す。

 

「……」

騒がしい隊長とはうって変わり、天音は黙って弧月を左片手持ちで構え、

「…はは、これは凄い…。雰囲気があるって、こういう事を言うんだろうなぁ…」

それを見た堤が苦笑しながらそう言って、静かにショットガンの銃口を天音へと向けた。

 

 

 

同時に、月守は単身で柿崎隊の前に立ちはだかり、戦闘態勢に入った。だが、それを見ても柿崎隊に動揺は一切無かった。

 

むしろこれは想定内だと言わんばかりに、

「やっぱり、こう来たな」

柿崎はそう呟いた。

 

決して大きな声では無かったが、それが聞こえた月守は半ば反射的に言葉を返した。

「これすら柿崎隊のシナリオの上なんですか?」

「さあ、どうだろうな?」

応じる必要はなかったが柿崎は律儀に答え、月守との会話を成立させた。

 

相手の冷静さを目の当たりにして、月守は思わず唾を飲んだ。

(これも想定内、か…。こりゃ、ちょっとしんどいかも…)

心の中で弱音を吐くも、口に出すことはしない。代わりに、

 

「まあ、いいです。シナリオの上にいるって言うながら…、そこから抜け出すだけですから」

 

力強くそう宣言した。

 

言い切った瞬間、月守は動く。

「メテオラ、バイパー」

右手からメテオラのキューブを先行して放ち、上空と左右に散らすようにバイパーを走らせる。

 

(さあ、どう出る?)

月守が小手調べのつもりで放った二種類の弾丸を見て柿崎隊は、迷いなくメンバーを左右に散らせて回避し、避けきれなかったものをシールドで防いだ。

 

(やけにあっさりバラけたな…)

あまりにも躊躇いなく動く柿崎隊に違和感を覚えながらも、月守は次の手を打つ。

「まずは虎太郎からかな」

奇数人数が左右に散ったため、どうしても別れる人数には多い少ないの偏りが出る。月守から見て柿崎と照屋が左、虎太郎だけが右に跳んだため、月守は1人になった虎太郎にターゲットを絞った。

 

「アステロイド」

分割なし、射程は目測で見て虎太郎に届くギリギリに設定、威力はトリオン体を穿てる最低限、そして残りを弾速に振り分けた月守のアステロイドは狂いなく虎太郎に向かって飛んでいくが、

「速っ…!」

虎太郎は思わずといった様子で呟きながらも回避した。

 

流石に単純すぎたと月守は反省したが、それを修正させるより早く柿崎隊が反撃に出た。

月守の視線や攻撃の態勢が虎太郎に向いたのと同時に、柿崎と照屋は互いに距離を開け、月守がアステロイドを撃ったのを確認してからそれぞれがアサルトライフルの引き金を引いた。

 

柿崎隊が反撃に転じたその瞬間、彼らは月守の視界の外にいた。しかし多人数を1人で相手取るという状況であるため、月守は視界の外にも強い警戒を向けていた。そのため、ほんの少し後手にはなったものの、月守は柿崎隊の反撃に対して素早く対応の手を打った。

 

(グラスホッパー)

 

素早く右手のトリガーを切り替えて足元にグラスホッパーを展開して踏みつけ、分かれた柿崎隊の間を突っ切る形で大きく跳んだ。月守は跳躍に僅かな捻りが加えていたため着地の前に身体を反転し、再び3人を視界に収める。

 

(柿崎さんはアステロイド、照屋はハウンドか)

弾道から2人の弾種を判断した月守は着地の勢いを殺さず走り出した。

戦場となっているのは複数の工場に囲まれた広場のような場所であり、それなりの広さが確保されているが、工場ということもあってか、所々にコンテナや十分な太さがあるパイプなどの遮蔽物もあった。トリオン能力に反してシールドが脆い月守は、それらの遮蔽物を盾の代わりとして使い、柿崎隊の射撃から逃れる。そこから月守は攻勢に出ようとするが、視界の上方から細い影が差し、視線をそれに合わせる。

(曲がってくる軌道で1発1発の間隔が長い…、虎太郎のハンドガンハウンド)

視覚で得た情報が脳に届くと同時に月守は感覚でそれを理解し、それからそれが言葉に置き換わる。

 

上空から降り注ぐような虎太郎のハウンドに対して、月守は止めかけた足を再び動かし、同時にバッグワームを展開した。追尾力のあるハウンドだが月守から虎太郎が見えていないため、このハウンドは『探知誘導』だと判断し、対策としてトリオン体の反応を消すバッグワームを展開してから着弾地点から離れた。

 

ハウンドをやり過ごして、月守は小さな声で呟いた。

「…面倒だな」

と。

 

 

 

 

 

慎重に立ち回る月守とは反対に、彩笑と天音は諏訪隊に向かって無造作に距離を詰めて接近戦を試みていた。小柄で身軽なアタッカーならではのスピードで2人は攻めるが、

 

「舐めんな!」

 

諏訪は気迫が篭った声と共にショットガンの引き金を引き、2人を寄せ付けない。

 

諏訪と堤は背中を合わせて互いの死角を守りながら、彩笑と天音が間合いを詰めきる前にアステロイドを放ち、的確な牽制を続けていた。

 

ショットガンの射程から大きく離れた2人を見て、諏訪は内部通話を使って堤に声をかけた。

 

『よっしゃ!予習通りだな!』

『ええ。対戦が決まってからログを徹底的に見直した甲斐がありましたね』

 

諏訪隊は今回の試合が決まってから、入念に地木隊のログを掻き集め、研究を重ねていた。荒船隊や柿崎隊も当然チェックはするが、すでに中位グループとして何度も何度も戦った相手であるだけあって、手の内はある程度わかっている。その分、地木隊の研究に時間をかけることができ、それなりの精度で地木隊の動きを見切ることができている。

 

『あとはやっぱり、前回のランク戦で遊真くんの動きを見てたのが大きいですね。スピード系アタッカーにはある程度慣れてます』

そして諏訪隊はラウンド2で遊真と戦っていて、速い動きにある種の耐性が出来ていた。加えて、戦場に薄っすらと積もる雪が普段通りの踏み込みを行うことを躊躇わせて速さが落ちることに繋がっていたため、彩笑も天音も平常時よりスピードがほんの少し、落ちていた。

 

入念な予習と本調子でない2人に対して諏訪隊が立てた作戦は、互いに死角を守り合ってショットガンの射程に相手が入ってきたら撃つ、というシンプルなものだった。単純であるが故にそれを崩す手は限られ、相手の出方が予測しやすい。単純であるが故に迷いが生まれず、素早い2人に惑わされずに戦える。

 

捻りのないこの戦術は、彩笑と天音に対してこの上なく有効で、勝率が高かった。

 

しっかりとした下準備があるからこそ厄介になった諏訪隊だが、そんな彼らを見て、彩笑は小さく笑った。

『よーし!予想通りだね!』

『はい。ショットガンの、有効距離、ログで見た、通り、でした』

『そうだね。それと2人の動きのクセとかも確認できたし…、いい感じ!』

 

諏訪隊が地木隊の動きを予習していたのと同じように、地木隊もまた諏訪隊の動きを予習していた。

 

両チーム共に相手の出方を窺うと同時に、自分たちの下調べの精度を確かめていた。

そして、諏訪隊の今の動きと予想の動きを照らし合わせたところで、

『さーてと…、それじゃあ神音ちゃん。諏訪隊仕留めよっか』

彩笑は勝負を決めにかかった。

 

『え、もう…、ですか?もう少し、様子見、とか…』

『してもいいけど…。どうも、諏訪さんの「やったぜ!」って言いたそうな顔見ると、こっちと同じで相手の動きが予想通りか、今の戦いに手応え感じてるかのどっちで…、ぶっちゃけ、油断してる』

 

感覚派で、おおよそ策略の類いのものには縁がないように見える彩笑だが、それでも3年間第一線で生き抜いてきたアタッカーである。積み重ねた経験と記憶を基にして、彩笑はここが一番高い勝ち筋だと判断していたのだ。

 

『油断してるから、変に長引かせて警戒される前に仕留めたい。このまま粘られたら、不利なのボクらだし』

『なるほど…。わかりました、ここで、仕留めま、しょう』

 

確かな自信が乗った彩笑の言葉には強い説得力が篭り、天音はその判断に従った。天音と意見が合った彩笑はニコッと笑い、作戦を告げた。

 

「うん、じゃあ攻めるよ。ボク達の速さなら、向こうのちょっとした隙さえあれば踏み込める。だからここは、意外性のある技…、よし!『壁当て』やろっか!壁当て!」

「か、壁当て、ですか…?でも…、いえ、了解、です」

言い終えると同時に、2人は左右に跳んだ。

 

瞬発力のある機敏な動きでショットガンの有効射程のギリギリ外を動き回るが、諏訪はそれに惑わされず堤に指示を出した。

「俺は地木を抑えるから、大地は天音ちゃん見とけ!」

「わかりました」

2人は素早く担ったターゲットに視線と銃口を向けるが、そのことを確認した彩笑はニヤリと笑った。

『かかった!神音ちゃん、構えて!』

内部通話で合図すると同時に、彩笑はスコーピオンの形態を変え始めた。

 

グニャリとした動きでスコーピオンは彩笑の思った通りの形へと変わるが、その形を見た諏訪は思わず素っ頓狂な声を出した。

「なんだ、あれ…?ブレードっつーか…、ボール?」

彩笑が作ったのは、手のひらに収まるサイズのボールだった。

 

それを、

「ピッチャー地木!いきまーす!」

そう宣言してから、思いっきりぶん投げた。

 

宣言とは裏腹に投げ方は野手投げだったが、コントロールは良い。投げたボールスコーピオンは彩笑の狙い通りに飛んでいき、諏訪の顔面に一直線だった。

「うおっ!?」

予想外の攻撃に驚きを隠せない諏訪だが、反射的に屈んで回避を試みた。だがしゃがむ途中に気づく。

(このまま俺がしゃがめば後ろにいる大地に当たるっ!)

そう判断すると同時に、

「ワリィ大地!」

謝りながら後ろ手で堤の隊服を引いて態勢を崩して彩笑の投球を避けさせた。

 

「おっとっと!?」

態勢を崩されたお陰で堤にスコーピオンが当たることは無かったが、地木隊の攻撃はここで終わらない。

 

トリオン体の身体能力で投げられたボールはとんでもない速度で諏訪と堤の頭上を掠め、その先で()()()()()()天音へと向かう。ボールに対して、天音は右手を差し出す。しかしボールを掴むことはせず、

「グラスホッパー」

淡々とした声でグラスホッパーを展開して弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

『壁当て』とは彩笑考案による、連携技の1つである。彩笑が球状にしたスコーピオンを相手に投げつける。当たればそれで良し、当たらなくてもボールの行き先で待機する仲間(月守・天音)がそれをグラスホッパーで相手目掛けて弾き返しすという、二段構えの攻撃だ。

本来、この技の実用性は限りなく低い。

球体になることでスコーピオンの攻撃力(切断力)が著しく低下するため、決定力が無い。そもそも相手を2人で挟むことが出来るのが前提であるため、普通に2人同時に攻めた方が相手からすれば脅威だ。

攻撃力が低いこの技の唯一の利点は、『誰もやらない』ということのみ。未知の技だから、相手の意表を突くことができる。

今回その唯一の利点は功を奏した。そしてもう一つ、予想外の成果を上げた。

 

 

 

 

 

グラスホッパーの反発力で折り返されたボールは再び堤へと襲いかかる。天音のグラスホッパーはやや下向けに展開されており、ボールはワンバウンドした。

 

予想外の攻撃、崩れた態勢、手作りスコーピオンボールにあったほんの少しの歪みが生んだイレギュラーバウンド…、その他諸々の要因が重なり、堤はそのボールを避けることが出来なかった。

 

結果、

 

天音が弾いたボールは、人体正中線にある急所の中で最も下の急所に当たってしまった。

 

「はぅっあっ…!」

 

痛みが鈍く設定されているトリオン体ではあるが、それでも全身に駆け巡る痛みに耐えかねて、堤は苦悶のあまり両目を開きながら鈍い声を上げて膝をついた。

 

「大丈夫か大地!」

諏訪は心配して声をかけるが、諏訪にとって背後での出来事ゆえに、堤が崩れ落ちた本当の理由は知らない。ボールが当たったんだろうなぐらいにしか思ってない。

 

「神音ちゃんナイス!」

彩笑からもその出来事は諏訪の陰で起こった事であるがゆえに、堤が崩れ落ちた本当の理由は知らない。堤さん態勢崩したラッキー!ぐらいにしか思ってない。

 

「畳み掛け、ましょう」

天音自身も、グラスホッパーを展開するために掲げた手によって視界の一部が遮られていたため、堤が崩れ落ちた本当の理由は知らない。チャンスだから斬ろう、ぐらいにしか思ってない。

 

モニターでこの戦闘を見ている多くの観客も、戦闘を写すカメラの角度が悪かったため、堤が崩れ落ちた本当の理由は知らない。単に高速で飛んできたボールに意表を突かれたんだろう、ぐらいにしか思ってない。

 

堤が倒れた理由は、堤本人しか知らない。

彼が今感じている痛みはいくらか軽減されているとは言え、人類の半分が知る最上級の痛みである。だから、ここで堤がこのまま倒れたとしても、それを責めることはしないだろう。

 

しかし、堤大地はそれでも立ち上がる。

 

自分に背中を預けてくれた隊長のために。

早々に無念のベイルアウトをしてしまった笹森のために。

情報支援をしてくれるオペレーターの小佐野のために。

諏訪隊のために堤大地は左手で膝を抑えて堪えて立ち上がり、迫り来る天音に向けて右手のショットガンを構えた。

 

チャンスだと思って間合いを詰めていた天音だが、その距離はまだブレードのものでは無かった。逆に堤の持つショットガンからすれば絶好の間合いであり、今日一番の好機であった。

思いがけぬピンチからチャンスに転じた堤は、迷いなく必殺の間合いでショットガンの引き金を引いた。

 

(殺った!)

 

それは勝ちを確信した攻撃だったが、その攻撃は天音に届かなかった。

 

届く以前に、引き金を絞って放たれたアステロイドは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(な、なんで…!?)

 

続けて引き金を引く堤だが、やはり弾は出ない。

厳密には、引き金を引くと同時に発砲音はしているが、弾が発射されないのだ。

 

弾が出ないという事態に慌てる堤に、天音が迫る。突撃をかける天音の脳裏には、

 

(うん…。真香が、思いついた対策、バッチリ、だった)

 

2日前の作戦会議の時の会話が再生されていた。

 

*** *** ***

 

「ショットガンってズルくない?」

相手チームへの対策を練っていると、唐突に彩笑がそう切り出した。

 

「狡いって、どの辺が?」

2本目のココアの缶を開けたばかりの月守が詳細を尋ねると、

「まず単純に威力が狡い。銃にしてはリーチ短めだけど、その分リーチの中の威力はえげつないじゃん。ガンナーとかシューターならその間合いの外から撃てば何とかなると思うけど、ボクみたいなアタッカーからすればあの中に飛び込まないと攻撃できないなんて無理ゲーだよ無理ゲー!んで次のズルいところは飛び散る散弾アステロイド。あれさー、撃つ度に飛び方ビッミョーに変わるからシールドで防ぐのもやり辛いんだよね。前は弾がいい具合に散ってたから割れなかったけど、今回はちょっと集中気味だったから割れるとか、しょっちゅうある。あとは撃った時の光とシールドで受けた時の衝撃!ただでさえ、それなりに近い距離でカメラのフラッシュみたいに光るから見えにくくなるのに、シールドで受ければバンッ!って衝撃くるから思わず目を閉じたくなっちゃうし、顔付近のシールドに当たるだけで見え辛くなるんだよ。ほら、窓ガラスから外見てたとこに水かけられれば見えにくくなるでしょ?あんな感じ!それとね…」

彩笑ば淀みなくスラスラと、ショットガンの嫌いなところを言い続けた。

 

そんな彩笑の話を月守は、

(こいつどれだけショットガン嫌いなんだよ)

と思いながら見聞きし、天音は、

(あー…、地木隊長の、言うこと、すごくよく、分かる…)

同じアタッカーということでひたすら共感し、真香は、

(現場目線の声って参考になるなぁ…)

自分とは違う目線の声に新鮮味を覚えて真面目に聞いていた。

 

たっぷり五分ほどかけてショットガンの事を語った彩笑は、

「とにかく!ショットガンはズルい!」

乱暴にそう締めくくった。

 

その結論を聞いた月守は二つ目の缶ココアを持ちながら問いかけた。

「彩笑がショットガン嫌いなのはわかったけど…。でも諏訪隊と戦う以上、ショットガンは避けて通れないぞ」

「そうだよねぇ…。咲耶、諏訪隊任していい?」

「良いけど…、彩笑、似たような事、前の試合でも言ってたな」

「へ?そうだっけ?」

キョトンとする彩笑を見て、苦笑した真香が会話に参加する。

「前の試合で、2人が合流した後ですよね?月守先輩が『村上先輩には完全に抑えられるんじゃないか?』って言ったら地木隊長は『そんな事ないけど、次に村上先輩と戦う時はしーちゃんに任せる』みたいなこと、言ってましたよ」

「あー…、そうだったね…」

 

思い出して納得した表情を彩笑が見せたところで、ココアをちびちびと飲んでいた月守が話題を元に戻した。

「諏訪隊は俺が対処するってのはいいけど…、戦う状況によっては俺も厳しい」

「例えば?」

「屋内戦。あんまり使われることはないけど…、市街地Dとかだったらかなり厳しくなるよ」

「あー、市街地Dね。あのクソマップ」

「クソとか言わないの」

「だってー、ボクみたいなメテオラ使えない民にとっては最悪だもん。隠れてれば爆撃されるし、ボクからは爆撃出来ないから相手探すの手間だし」

「Dの時だけメテオラセットすればいいじゃん」

「ボクのトリオンで弾丸系トリガーなんて使ったらすぐガス欠になる」

机に突っ伏しながら不満を言う彩笑を見て、なんだか遊ぶのに飽きた子猫みたいだなと真香は思った。

 

再度話題が逸れたが、今度はそれを天音が元に戻した。

「あの…。だったら、諏訪隊は、私が、メインで担当、しましょう、か?」

控えめに、それでいて引き受けるという意思がはっきりと込められた言葉に3人共一瞬だけ面を食らったが、すぐに彩笑が柔らかく微笑んで答えた。

「おお?神音ちゃんやる気満々だね!」

「や、あの…、やる気、というか…。私が、一番、諏訪隊と、戦いやすそうだなって、思ったので…」

天音の意見を聞き、月守と真香は確かにそうだなと納得した。

「まあ、正直そうだよね。能力的にも装備的にも、諏訪隊を相手するには俺たち3人の中じゃ神音が一番適してるとは思う」

その意見を月守が後押しするが、それに真香が待ったをかけた。

「でも、しーちゃん1人に任せてしまうのはリスクが高すぎると思います。諏訪隊はラウンド1で、あの村上先輩の防御を突破してるんですよ?」

「んー、そこはボクか咲耶がフォロー入ってあげれば大丈夫だよ。ボクなら囮になるような立ち回り、咲耶なら距離取って『あれ?諏訪さん俺を警戒しなくていいんすか?とっておき撃っちゃいますよ?』みたいな顔して射撃してれば諏訪隊の気を散らせることできるし」

「彩笑、さらっと言ったけどそれってどんな顔?」

「こんな顔ー」

言いながら彩笑は器用に表情を変えて、イタズラを企んでいるような含みのある笑みを見せた。その表情を見て、

「…なんか、こう…、乱戦の中で目に入ったら撃ちたくなる顔だな」

思ったことを正直に月守が答えて、

「さらっとそう言うあたり、月守先輩って絶対Sですよね」

真香が茶々のようなツッコミを入れた。

 

「あははー、真香ちゃんそれ今更だよー」

それに対して彩笑が茶化すと、

「ですよね!」

同意を得た真香は目を輝かせてそう答えた。

 

このままでは会話の流れが傾き旗色が悪くなると思った月守は、慌てて会話に割り込んだ。

「話戻すけど、俺らがフォローするにしても諏訪隊との接近戦のリスクは、やっぱり高いと思う」

「あ、咲耶露骨に話題逸らしに来たね?」

「それもあるけど、真面目な話でもある」

「はいはい。…、えー、でもじゃあどうする?リスク下げるってなると…、咲耶が諏訪隊のレンジの外からトマホークとかサラマンダー連発するくらいじゃない?」

「そんなことしてたら荒船隊に狙撃される」

「だよねー。…ちなみに、神音ちゃんは何か考えあったりする?」

話題を振られた天音は無表情ながらも驚いた雰囲気を出してから、

「えっと…、その…、シールドで、守って、突撃…、くらいしか、考えてなかった、です…」

素直に自分の考えを吐露した。

 

「あはは、神音ちゃんの考えはいかにもアタッカーって感じだね!」

「すみません…」

「いや、責めてるわけじゃないから!…でも最終的には突撃に行き着くよねー…。神音ちゃんなら15メートルくらいまで近寄れば旋空で攻めれるけど…。神音ちゃん、生駒旋空使えたりしない?」

彩笑が言った「生駒旋空」とは、ボーダー随一の旋空弧月の使い手である生駒達人の得意技だ。通常の隊員は旋空弧月を振るう際、伸長する時間を1秒に設定して15メートルまで拡張させている。伸長する時間は変更可能であり、短くするほど長さを拡張できる。生駒旋空とはその特性を利用して、旋空の起動時間を0.2秒まで絞って40メートル近いリーチを生み出す技である。起動時間をいじるだけなので誰しもが使えるが、0.2秒という短すぎる時間にタイミングを合わせて剣を振るう技術と速さが同居しなければ使いこなすのが不可能な凄技だ。

 

そんな生駒旋空を使えないかと問われた天音は、どことなく申し訳なさそうに答える。

「えっと…、生駒旋空は、出来ない、です…。起動時間、絞るのも…、試したことは、あります、けど、上手くいかなかった、です」

「そっかー…。やっぱり生駒旋空って難しいの?」

「はい。難しい、です…。こう…、単に速さ、だけじゃなくて…、構えとか、呼吸とか…、色んな、ものの、タイミングが合わ、ないと、上手く使えない、ので…」

「なんか聞いてるだけで難しそう…。でも、そんな凄技使いこなせるなんて、イコさんって半端ないね!」

「はい。はんぱない、です」

 

 

 

 

 

彩笑と天音が揃って半端ないと言ったのと同時刻、防衛任務中だった生駒達人は盛大なくしゃみをした。

「イコさん、風邪ですか?」

「風邪やない…。きっと、可愛い女の子が俺のことホメてくれたんや」

 

 

 

 

 

地木隊の諏訪隊対策はここで行き詰まったと思えたが、真香がそのタイミングで、天音に1つ質問した。

「しーちゃんさ、シールドはどれくらい遠くまで展開できる?」

「シールドを…?…、多分、20…、30メートル弱、くらい、かな?ちゃんと試した、ことないから、わかんないけど…。でも、なんで?」

天音が質問の真意を尋ねると、真香はなんて事ないように答えた。

 

「うん?いやさ、ある程度遠くに、それでいて正確にシールドを展開する技術があれば、銃口の先端に圧縮シールド展開しちゃえば絶対防げるかなって思ってさ」

 

と。

 

真香の答えを聞いた瞬間、3人は同時に、あり得ないと思った。今まで何度も何度もシールドを使ってきた経験と知識が、反射的にそんなのはあり得ないと叫んだ。しかし不思議な事に…、あり得ないと思いながらもそれを面白いとする考えが、3人の中に同居していた。

 

相反する2つの思いが同居することを自覚した途端、彩笑は笑った。それは普段見せることがほとんどない、少しずつ滲み出てくるような笑みだった。

「真香ちゃん、それ…。アリかも!」

「本当ですか?これ、言いながら自分で『変なこと言ってるなあ…』とは思ったんですけど…」

「あっはは!確かに変だけど、アイディアとしてはすっごく良いと思う!だって、もしこれが実現できたら、ガンナーは抑え込める!」

自分の意見に予想以上の食い付きを見せた彩笑を見て気圧された真香は、気恥ずかしそうに、照れを隠すように笑った。

 

彩笑に数テンポ遅れる形で、月守が口を開く。

「確かに、アリだと思う。ただ…」

「ただ?」

言い淀む月守に彩笑は続きを促し、それに月守は答える。

「問題は、それを実行できそうなのがこのチームじゃ神音しかいないのと、一部無効化できないガンナーがいることかな」

「まあねー。ボクのトリオン能力じゃ圧縮シールドでも耐久力はたかが知れてるし、咲耶の紙トリオンじゃ論外だからね。んで?無効化できないガンナーってのは?」

彩笑の疑問に答えようとした月守だが、それより早く真香が答えた。

「三輪先輩です。レッドバレッドはシールドをすり抜けてくるので、この策は無意味になります」

「真香ちゃん正解。あと付け加えるなら、フルアームズレイジさんとガイスト京介かな。あの物量と火力はちょっと防ぎきれないと思う。…木虎も怪しいな…、スパイダーの弾丸ってシールドに当たるとどうなるんだろう…」

補足した月守に対して彩笑は「玉狛勢はノーカンでしょー」と言ってケラケラと笑った。

 

彩笑の笑いが収まったところで、真香は、1人黙って考え込むそぶりを見せていた天音に問いかけた。

「そんな感じだけど…、しーちゃん的にはどう?できそう?」

可能か不可能かを問われた天音は、たっぷり10秒は考えて、

「…どうだろう…。やって、みなきゃ、わかんない…」

悩み抜いた末に、曖昧に答えた。

 

天音は弾丸系トリガーの扱いを覚えつつあるとは言え、本質的にはアタッカーである。本来なら彼女の基本的な攻撃のリーチは腕の長さと弧月の長さで、3メートルもない。旋空を使ったとしても15メートルそこそこであり、それより外の間合いとなると正確な距離感に不安が付き纏った。

 

仮に街中を歩いているとして、

「ぴったり15メートル先に何があるか」

と問われて、正確に15メートルを見極めることができるだろうか。

 

仮に部屋の中にいて椅子に座っているとして、

「その場から動かずに自分の手を伸ばしてどこまで届くか正確に想像しろ」

と言われて、その長さを正確に判断できるだろうか。

 

仮に体育館にいるとして、

「今自分がいる場所からバスケットのゴールまで正確な距離を言えるか」

と指示されて、センチ単位で答えられるだろうか。

 

野球の投手や捕手のように18.4メートルを常に体感しているような、特定の距離を日常的に経験しているならば話は別だが、そうでなければ距離感というのはひどく感覚的で、具体的に意識した瞬間に不安が蝕んでくる。

 

天音もそれを意識した瞬間、自身が把握している間合いより外に、圧縮したシールドを銃口の先にピンポイントで配置することは、とても困難に思えて仕方なかった。

 

そしてその事は、彩笑も月守も真香も、薄々想像がついていた。

 

だからこの時、この話題はここで途切れた。

案を出した真香自身が、

「まあ、何だかんだ言っても、自分の前にシールド展開するのが一番安心しますけどね」

そもそも論を語る形で、話題を強引に切って纏めたのだ。

 

*** *** ***

 

半ば()()()()()()にされたその対策を、天音はあろうかとかぶっつけ本番で、一歩間違えればベイルアウトするという局面で実行してきた。

 

引き金にかける堤の指と銃口の先に強く意識と視線を向けて、引き金が引かれる度に天音は圧縮シールドを貼り直す。

 

(シールド…、シールド…!シールドっ…!!)

 

そうして堤の攻撃を無効化した上で、天音はとうとう自身の間合いに、旋空弧月の間合いに踏み込んだ。

 

天音の左手が静かに素早く淀みなく右脇の下に動き、その手に握られる弧月がわずかに光った。

 

後は必殺の一薙を振るうだけ。

 

だがしかし、まるで、

「そうはさせるか!」

と言いたげに。

 

4人が集まったその場所に、1発のメテオラが撃ち込まれた。

 

撃ち込まれたメテオラは派手に爆発したが、4人とも直撃はしなかった。

天音はメテオラが飛来する直前にサイドエフェクトが働き、咄嗟に攻撃用の踏み込みを回避に切り替えて跳び、何を逃れた。

彩笑は視界の端に映ったメテオラに対して第六感にも近い何かが警告を促して回避した。

諏訪は視界の角度から誰よりも早くメテオラに気が付き、堤を掴んで強引に跳んで爆撃を凌いだ。

 

4人はそれぞれ反射的に物陰に隠れて、メテオラが飛んできた方向に目を向ける。真っ先に、彩笑が声をあげた。

「『咲耶ぁ!今撃ってきたのって柿崎さんでしょ!?ちゃんと抑えててよ!』」

通信越しに彩笑が怒鳴った。

 

今日だけで決定機を2度も潰されたのだから当然と言えば当然だった。ほんの少しだけ、怒りもしていたが、彩笑の怒りは柿崎隊を相手取っていた月守の姿を見て、吹き飛んでしまった。

 

彩笑は柿崎隊を侮っていたわけではない。実力に見合わない評価をされているとは思ったが、それでもB級中位グループの実力だと思っていた。

 

だからこそ、視線の先にいる月守の姿は、何かの間違いだと思いたかった。

 

「『…ああ、悪い。次は、ちゃんと抑えるからさ…』」

 

彩笑の激に答えた月守のトリオン体にはいくつもの弾痕が残り、決して少なくない量のトリオンが漏れ出ていた。

 

ソロとは言え、中位グループとの戦闘でこんなにも早く多くのダメージを受けている月守の姿を見て、心には希望や安心に代わって絶望と不安の片鱗が顔を覗かせた。




ここから後書きです。

最近久々にあった友人に、
「あれ?なんか丸くなった?あ、物理的にね!」
と言われて、また別の知人に、
「こう…、ふっくらした?」
と言われ、悪友とテレビ電話したら、
「重力の抵抗増えただろ」
と言われました。

体重増えてヤバいうたた寝犬です。
また…、長々と投稿に時間がかかって申し訳ないです。
筆が遅い本作ですが、いつも読んでくれて、本当にありがとうございます!更新ない期間でも感想もらえて、本当に励まされました!

ワールドトリガー連載再開の喜びと毎週月曜日のジャンプを糧に、これからも更新頑張ります!


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第84話「最低な彼が譲れない願い事」

目の前で切り刻まれ、トリオン体を散らせた姿を見て、彼は思った。

 

(もしも悪夢というものがあるならこういうことで…、悪魔がいるとしたら、コイツみたいな奴のことを、言うんだな)

 

*** *** ***

 

「じゃあ最後に、地木隊の対策を練るぞ」

試合前日に設けたミーティングにて、柿崎国治はそう話題を切り出した。ここまでのミーティングで、柿崎は不知火から授けられたステージ設定や序盤の動き出しを説明し終えた。諏訪隊と荒船隊の対策はここまでのランク戦を元に組み上げており、残すは2シーズンぶりにランク戦に乗り込んできた地木隊への対策のみだった。

 

「まず始めに…、みんな、地木隊はどんなチームだ?」

テーブル上に地木隊のデータを示した書類をいくつも並べながら、柿崎が問いかけると、まず先に照屋が意見した。

「攻撃重視なチームです。ランカークラスの実力がある彩ちゃんに、多彩な攻撃を持つ月守くん、そして未だ成長途中の天音ちゃん…、この3人が状況に合わせて攻めてきます」

照屋の意見を聞き、虎太郎がそれに続く。

「何気に、全員走れますし器用ですよね。地木先輩と天音先輩が速すぎるんで目立ちませんけど、月守先輩だって下手なアタッカーよりは断然動けますし…。データ表見ると、全員技術の評価9ですよ」

そして最後にオペレーターの宇井が、

「オペレーターの目線だと、和水ちゃんも十分厄介かなー。あの子は現場上がりだから、他のオペレーターとは違う発想をしてきそうで…」

 

全員から意見を聞けたところで、柿崎がミーティングを進める。

「そう…、地木隊はみんなが言うようなチームだな。攻・走・技の水準が高くて、厄介な相手だろう。正直…、チーム対チームで衝突すれば…、俺たちにとって旗色の悪い戦いになるだろうな」

悲観的な分析を柿崎は口にしたが、誰もそれに意を唱えることはしなかった。程度に差はあれども、全員が似たような考えだったからだ。

 

だが、

「でも明日…、序盤が上手く決まってほんの少し戦況をコントロールできれば、地木隊とチーム対チームでぶつかる機会は無い」

柿崎はそう断言した。

 

「柿崎さん、それってどういうこと?」

尋ねたのは宇井だが同じ疑問は照屋も虎太郎も抱えており、3人は柿崎の言葉に真剣に耳を傾ける。

 

問いかけられた柿崎はテーブルの上から、1枚の資料を引き抜いた。

「これは地木隊が参加してた2シーズン前のデータなんだが…、これを見ると、地木隊は序盤のほとんどでチームを2人と1人に分断している。狙う対象が複数いる時…、地木隊は全員でどれかに集中してかかるんじゃなく、勝てる要素に勝負をかけつつ、他から邪魔が入らないように足止めを仕掛けてくることが多い」

2シーズン前のデータを引き合いにしたが、柿崎が見出した地木隊のこの性質は正しいものだった。

 

事実としてデータには残っていないものの、年末に勃発した黒トリガー争奪戦でも、アフトクラトルによる大規模侵攻の時でも、地木隊はメンバーを分断していたのだから。

 

柿崎は地木隊のこの性質が変わっていないと仮定して、言葉を続けた。

「だから…、序盤で俺たちと諏訪隊の陣形が整ったとしたら、地木隊はメンバーを分断してくる可能性が高い。全員で来られたら勝ち目は無いが、2人なら…、ましてや1人で足止めに来るようなら、それは十分倒せると、俺は思ってる」

思ってると言いながらも柿崎の目はメンバーに「お前たちはどう思うか?」と問いかけるようであり、それを見た3人は肯定した。

 

「よし。じゃあ地木隊が1人、もしくは2人で来るとして、それぞれの対策を練っていくぞ」

練ると言いながらも、柿崎は日中にすでにある程度対策を考えており、それを発表していく。

「まずは1人を送り込んできた場合だ。対策自体は全員分立てるが…、1人で来るなら、俺は月守が足止めに来ると思ってる」

月守が来ると聞き、虎太郎が少し眉をひそめて、困ったような声で意見した。

「柿崎さん…、月守先輩に対策なんてあるんですか?あの人、コロコロトリガー構成変えるので、対策練るの難しい気がするんですけど…」

「そうだな。月守のトリガー構成は毎回って言っていいほど変わる…、変わらないのは左手のバイパーくらいだろう。でも、構成じゃなくて月守の戦い方に注目すれば対策は練ることができる」

「戦い方っすか…?」

首を傾げた虎太郎に、柿崎は1つ質問した。

「虎太郎、月守のシールドがトリオン能力の割に脆いことは知ってるな?」

「あ、はい。前に一緒に防衛任務出た時に教えてもらいました。…でもその割に、月守先輩って戦闘不能になってベイルアウトする事ってほとんど無いんですよね。この前の大規模侵攻も、噂だと人型ネイバーと1人で戦って生き残った、とか聞きますし…」

「そうだ。月守はシールドが…、防御が脆い割には、異常なくらい生存率が高い。どうしてだと思う?」

続けて投げられた質問に虎太郎は首を傾けたが、代わりに照屋が意見を口にした。

「回避能力が高いんだと思います。経験と知識をフル活用して回避してるんじゃないかと…」

「…文香の言うことは間違ってないが、もっと正確に言えば、月守はそれに加えて敵の狙いを読んで、予想を立てる能力に長けてるんだ」

「予想を立てる能力…、ですか?」

「ああ」

疑問形の照屋の言葉を聞き、柿崎は丁寧にそれを説明し始めた。

 

「月守はおそらく、相手のトリガー構成、目線、間合い、身体や武器のちょっとした仕草、動き出し、全体の状況、狙っていること…、そういう色んな情報を読み取って、相手が次にどう動くかを予想…、察知する能力にとても優れたものを持ってる筈だ。その能力を使って相手が次にしてくる攻撃を予想して動いてる。そうじゃなかったら、シールドを殆ど使わないであんな生存率はあり得ない」

柿崎が話す詳しい分析を、3人は当たり前のように聞き入れる。

 

かつてチームを組み、柿崎のことをよく知る嵐山や時枝は彼のことを「慎重な男だ」と言う。隊を率いる采配にもそれは現れており、危険な場所に隊員を送り込むことはせず、手堅く動かす。ランク戦では敗戦が多いため目立つことは無いが防衛任務を始めとする実戦では柿崎隊のフルメンバーでの生存率はボーダートップクラスであり、その事実が、彼の危機察知能力の高さを裏付ける。

 

柿崎に自覚は無いものの、慎重な性格と危機察知能力と4年に及ぶ経験が元となって、戦場や対戦相手を分析する能力は高いのである。

 

月守の特性について説明し終えた柿崎は、そのまま対策の説明に移った。

「そして、その月守の予想を立てる能力への対策だが…、結論から言えば、俺たちが行動の目的を変え続ければいい」

行動の目的を変え続けるという対策を聞き、いち早く柿崎の真意を見抜いた照屋がそれに続いた。

「つまり…、月守くんが私たちの攻め方に対応し始めたところで、攻め方を変えればいいんですね。射撃戦に対応してきたら白兵戦に切り替えたり…、誰か1人を軸にした攻めたかと思えばすぐに軸になる人を変えたり、腰を据えて戦うと思わせたところで機動力を生かした立ち回りにしたり…、ということですよね?」

「そういうことだ。この方法だと仕留めるまで時間はかかるだろうが…、月守は特性上相手をよく見たがるから速攻で来ることは無いだろうし、大丈夫だろう」

 

柿崎はそこで月守への対策を締めくくり、次の対策を発表しようとしたが、そこで宇井が「でも、1つ気になることがあります」と控えめに挙手しながら意見した。

「なんだ、真登華?」

「この前のランク戦の後の記録なんですけど…、どうも、地木ちゃんと月守くんが真剣勝負したみたいなんですよ。そしてそのスコアは2ー8で月守くんが圧勝していて、動画で内容を見ても圧倒してるんです」

「ああ、そのログは俺も見たよ。荒々しいように見えて無駄の無い動きで、攻撃も地木のやりたい事を封殺しながらもダメージを与えていく、見事なものだったな」

言いながら柿崎は、宇井の懸念に気づいた。

それは今の月守の戦闘能力はランカークラスのアタッカーと渡り合うレベルにまで引き上がっているのではないか?というものだ。柿崎自身もこの懸念は抱いたが、ログを何回も見直すうちにこの懸念は杞憂だと判断した。

 

「だが、明日の月守は開戦から高いパフォーマンスはしないだろう」

「え?なんでですか?」

「そのログを見返してて気づいたんだが、あの戦いで月守は行動や攻撃に迷いが無さすぎた。でもそれでいて、動きにギャンブル性というか、投げやりなものも全くなくて…、まるで、地木が次にどう動くのか分かりきって、対応できるように見えた。…さっきの予想する能力の話と重なるが…、月守は地木の戦い方を他の正隊員の誰よりも知っている。きっと踏み込み1つ見ても、それがフェイクなのか本命なのか、その後に続く攻撃は斬撃なのか刺突なのか、それが単発なのか連続技の起点なのかを、見抜けるのかもしれない。他の隊員相手ならまだ様子見する早い段階でも、月守は地木に限って言えば初動で後に続く行動を見抜いて戦ってる。…確実な根拠というわけじゃないが、月守の戦闘能力は相手の動きをどれだけ予想できているかに比例している筈だ」

説明する柿崎の言葉に、ほんの少しだけ不安の要素を嗅ぎ取った虎太郎が、確認するように問いかけた。

「柿崎さん、あの…、もし月守先輩の戦闘能力と予想の精度が無関係だったとしたら、月守先輩は開戦から強いわけですよね。もしそうなったら、どうしますか?」

 

虎太郎の問いかけに対して柿崎は少し間を開けてから、

 

「もしそうだったら…、一旦、全力で逃げる」

 

堂々と宣言した。

 

*** *** ***

 

いざ戦闘が始まるまでは懸念が残っていたが、始まってしまえばその懸念は必要なかったと柿崎は思った。

月守との戦闘になった柿崎隊は例の対策通り、攻め方を変え続けた。

 

射撃戦から白兵戦へと切り替え、月守が対応しかけたのを察知すれば陣形を引いて固まり距離を取って腰を据えた射撃を多用し、それを月守が打破しようとすれば散り散りになって走り回る機動力戦にシフトした。

攻めの中心に柿崎を据えながらも、それすらも照屋から虎太郎へと切り替えていき、時には連携をわざと取らずにバラバラに攻めた場面もあった。

それでも月守が対応してくると、柿崎隊は戦闘を放棄して逃走するようなそぶりを見せて反応を伺い、徹底的に彼を揺さぶった。

 

そして柿崎隊のその作戦は、予想以上に有効に作用した。柿崎隊の攻め方を変更し続ける作戦により、その対応を切り替える時に生まれる隙に攻撃を撃ち込まれた。

結果として、決定的な一撃は貰わないものの、ジワジワとダメージを受けていった。

 

柿崎が考えた対策は予想以上に()()()、想定以上の効果を発揮していた。

 

こと戦闘面において、月守は基本的に受け身である。事前に敵の手の内を知り尽くすか、圧倒的な力量差がある場合は別だが、それ以外の相手…、未知の敵や、同格、格上との戦闘では敵の手札を十分に見た上で攻め方を選ぶクセがあった。

 

黒トリガー争奪戦の時は、三輪たちが自分たちを仕留めに来ていると判断したから罠を張った。

大規模侵攻の時は、未知の敵ヒュースの手札と狙いを十分に見切ることが出来たから詰将棋のような攻めを展開した。

ラウンド2の時は、那須隊が乱戦を望んでいる事を看破した上でそれを制しようとした彩笑の意見に乗った。

 

敵の出方を判断できないまま月守が勝負を仕掛けることは、今までほとんど無かった。シールドが脆く咄嗟の防御に期待できない彼が、初見殺しに近い技を恐れたために身についた、拭いようのないクセだった。

 

攻めあぐねている月守の表情は僅かに歪み、つい、と言った様子で仕打ちをした。悪態をつく姿を見た柿崎は、この戦い方が有効に作用していることを改めて実感した。

 

その実感から気持ちにゆとりが生まれ、柿崎の視野が少し広くなった。すると諏訪隊と地木・天音ペアの戦闘が視界の端に収まり、そこに意識が向いた。今にも旋空弧月を振るわんとする天音を見て、柿崎は焦った。

 

(ここで諏訪隊が退場したら、地木隊との一騎打ちになる!)

 

現状、柿崎隊からすれば諏訪隊にはまだ残っていてもらわなければ困るため、柿崎は反射的にアサルトライフルの弾丸をメテオラに切り替え、銃口をその4人がいる方向に向ける。

 

仕留める気はない。ただ少し妨害して、戦闘を仕切り直させたい。

そのために柿崎は引き金を引いてメテオラを放った。

 

柿崎の取った行動が、相手全員を警戒していた月守の目に入り、彼は素早くそれに対応した。

 

攻撃のために展開しかけていたアステロイドを急遽目的を変えて、メテオラを撃ち落とすために放ったが、そのアステロイドは虚しく柿崎のメテオラからわずかに逸れていった。

 

「くっそ!」

 

月守らしくない荒々しい声も虚しく、メテオラは4人の近くで爆発した。メテオラは柿崎の狙い通り、諏訪隊を仕留めようとしていた天音を妨害し、戦闘を仕切り直させることに繋がった。

 

思った通りに戦況をコントロールできたことに安堵する柿崎だが、それ故に、

 

「『咲耶ぁ!今撃ってきたの柿崎さんでしょ!?ちゃんと抑えててよ!』」

 

戦場に響き渡った彩笑の声に一際驚いた。

 

通信に乗せられたその声はまるですぐそこで怒鳴ったかのようで、声を通して彩笑の怒気が十二分に伝わってきた。

 

「『…ああ、悪い。次は、ちゃんと抑えるからさ…』」

 

力なく答えた月守は視線を彩笑から外した。新たな視線の先では柿崎がアサルトライフルを構えており、その姿からは自信が見て取れた。

 

偽りのない怒りを見せた彩笑と、作戦が上手くいき気持ちに優位性が出てきた柿崎の姿を見て、

 

月守は左手で口元を隠し、笑った。

 

*** *** ***

 

「柿崎隊が優勢だな」

試合を観覧室の後方にあるVIPルーム(通称)で観ていた忍田が戦況を簡潔に呟き、

「…押してる感じは出てるねぇ…」

左手で頬杖をしながら、不知火がつまらなそうに言葉を返した。

 

彩笑・天音ペア対諏訪隊、月守対柿崎隊の構図で戦闘が始まるまでは楽しそうに試合を観ていた不知火だが、次第に…、具体的には月守がダメージを食らい始めた頃から表情を曇らせていた。

退屈なものを観ていると言いたげな態度と雰囲気の不知火を見て、忍田は声をかけた。

「月守が苦戦しているのは面白くないか?」

 

「…まあ、ね。面白くないというか…、予想外かな」

渋々といった様子で答える不知火の心中はどんなものかと思いながら、忍田は会話を続ける。

「予想外…、確かにそうだな。相手を煙に巻くような意外性のある柿崎隊の動きは初めて見るし、その動きが月守に有効に効いているように見える…」

 

「……」

 

「…しかし、いくら初見の戦法とは言え、月守がここまで苦戦するのは私も驚いている」

 

「………」

 

「…かつて…、夕陽と共にランク戦黎明期で輝き…、地木が加わって時にはボーダー最高火力とすら言われたチームの核を担っていた隊員とは思えないくらい、柿崎隊と戦っている彼は精彩を欠いている」

 

「…………」

 

「…今回に限らず…、大規模侵攻で人型ネイバーを倒す成果を挙げた以降、ランク戦では目立った活躍がない。…俗に言う燃え尽き症候群というやつなのかもしれないが…、彼に必要なのは成長よりも安定なのでは…」

 

「………………」

 

「…不知火?どうした?」

無言を続けた不知火を心配して忍田は尋ねたが、不知火はそれに対して、

「…ふふ」

小さな、小さな笑い声を返した。それは沸々と湧き上がるような勢いで大きなものになり、最後にはVIPルーム中によく通るアルトボイスの笑い声が響きわたる。

 

長い笑い声がようやく収まったところで、

「忍田先輩…、君は今、騙されてるよ」

不知火は心底楽しそうにそう言った。

 

騙されているという指摘に忍田が素早く反応した。

「騙されている…?」

「ものの見事にね。まあ、相対してる柿崎隊からして騙されてるようだし、その他なら騙されて当然なんだけど…」

「…まさか、月守が追い込まれているように見えるのは、演技だと言うのか?」

疑いながら問いかけてきた忍田に不知火は答えようとするが、彼女が視界の端で捉えていたモニターで、月守が左手で口元を隠すところが見えて、不知火は問いかけに答えるのをやめた。代わりに、

 

「嘘だと思うなら、もう少し見てなよ」

 

これから始まる反撃を1人だけ見抜いていた不知火は高揚感を孕ませた声でそう言った。

 

*** *** ***

 

違和感は初手からあった。

次のやり取りでいつもとは違うのが分かった。

その次の手で、月守は柿崎隊の狙いをほぼ看破した。

 

(ああ…、柿崎さん、俺とまともに戦う気が無いんだな)

 

肩透かしにも落胆にも似た感情と共にそう確信した時、月守はそれをチャンスだと捉えた。違和感を覚えた直後こそ面倒だと思っていたが、その違和感の本質さえ捉えてしまえば十分な勝機になった。

 

その勝機をより確実なものにするために、彼は柿崎隊を騙すことにした。

 

作戦が上手く機能していると思わせるように、攻撃への対処を演技だと気付かれないギリギリまで遅らせた。

周りから見て取り乱していると思わせるように、戦闘が続くにつれて攻撃の精度を少しずつ下げた。

何もかもが上手くいっていないと言いたげな悪態も、何度か演じてみせた。

 

そうして戦闘を長引かせ、月守は観察に徹した。

 

こちらからの攻撃を柿崎隊がどう対応するか見て、事前に観たログとこの試合の柿崎隊の動きを擦り合わせた。スムーズにストレスを感じさせないように3人を動かし、動きのクセや傾向を深く探った。最後には、相手がどう攻撃してくるかを高い精度で予測することを可能にしていた。

 

柿崎隊の攻撃を捌きながら…、相手が3人で自分が1人だけというシチュエーションを背負って、月守は思う。

(弱くはないけど…。それでも銃口は1人1つだし、威力もレギュレーション内だし、動きの速さも十分目で追えるし、姿が消えるわけでもない。…あのラービット達と比べたら、十分対応できるな)

 

現状をどこか楽観視する月守だが、その実、彼もこの流れに持ち込むことしか選択肢が無かった。

月守は柿崎隊の相手を彩笑に指示された直後、本音としてはすぐに誰か1人倒すつもりだった。開戦から試合をリードし続ける柿崎隊を崩そうと目論んでいたのだが、この戦闘での柿崎隊の狙いを看破したと同時に、

(…なんか、俺自身も変だな。上手く…、踏み込めないというか…)

説明し難い、奇妙な感覚に襲われていた。

 

月守の理想としては、ケルベロスプログラムを乗り切った時の精神状態で柿崎隊を倒すことだったが、何故かあの精神状態に持っていくことが出来なかった。攻め込むことに失敗したからこそ受け身に回るという選択肢に縛られ、そこから彼は活路を見出した。

そうして柿崎隊の解析を進めると同時に、彼は自分のことも分析し始めた。

 

何故あの状態に持っていけないのか。

何かきっかけがいるのか。

あるとしたら、それは何か。

相手か、状況か、自身の行動か、気持ち的なものか。

 

そこまで考えた月守は現状を利用して、あの状況の再現を試みた。

 

相手…、敵は3人。

状況…、攻撃をとにかく避けて、一瞬の隙を突くような反撃。その戦闘を繰り返す。

自身の行動…、グラスホッパーによる回避を軸にしてとにかく動き回り、敵の位置を絶えず意識する。

気持ち…、これだけは再現出来なかったが、それでも朧げに、あの戦いで感じていたことをなぞるように思い出した。

 

そうして現状で出来る限り、あの戦闘に近い状態に持っていった時、月守は感覚で分かった。

 

(いける。今すぐにでも、あの状態に切り替えれる)

 

それが出来ると、彼の理屈ではなく感覚がそう叫んでいた。

 

柿崎隊の動きと自身の攻める形を掴んだ月守は、それをどのタイミングで発揮するかに意識を割いた。攻めるなら確実に相手を倒しきれる時か、彩笑たちの戦いに変化が起きた時。そのどちらかに絞るべきだと彼は考えた。

しかしここで柿崎が月守の予測から外れた、もう一つの戦場にメテオラを放つという行動に出た。遠目だったが撃つ直前の不自然な間とアステロイドとは違う銃口から放たれたためメテオラだと判断した月守は慌ててそれに対応した。

 

「くっそ!」

 

本音と演技が混在した言葉が咄嗟に出たが、彩笑たちの方に届く前に撃ち墜とそうとしたアステロイドは外れた。

自身の油断と失策により仲間を危険に晒した事を後悔する月守だが、彼に落ち込む暇なんぞ与えねえと言いたげに、

『咲耶ぁ!今撃ってきたの柿崎さんでしょ!?ちゃんと抑えててよ!』

彩笑の怒気が込められた声が届いた。

 

冷水をかけられたかのように気持ちが引き締まった月守だが、そんな心の内とは裏腹に、

「『…ああ、悪い。次は、ちゃんと抑えるからさ…』」

彼の口から出たのは、どこか力無く聞こえる声だった。

 

気のせいだと思ったが、それはやはり力無く聞こえる声だった。

その証拠に、月守と目が合った彩笑の表情からは、いつもの笑みが消えた。いつでも楽しそうに笑う彩笑には似つかわしくない、暗い表情が出てきそうになったのを見て、月守は視線を外して柿崎へと合わせた。

 

同時に彼は、ここから攻めることに決めた。

 

柿崎隊を倒しきるためのベストなタイミングではないかもしれないが、そんな些細な事は表情を曇らせた彩笑を見てしまった瞬間、月守にとってはどうでもよくなった。彼が求めた理想は、仲間を不安にさせてまで欲しいものでは無かった。

 

攻めると決めた月守は、左手で口元を無意識に隠して、笑った。空が澄んだ日の三日月のような笑みは、誰にも見られることは無かった。

 

その笑みのまま月守はこっそりと通信回線を繋ぎ、小さく早い声でオーダーを出した。

 

一方的な通信を切った月守は、柿崎隊3人の位置を確認する。

 

(3人横並び…、いや、真ん中の柿崎さんだけ若干下がり気味。距離はいずれも等間隔…、その場でも射撃で十分援護できるし、ちょっと遠いけど白兵戦にもシフトできる、オールラウンダーとして理想的な距離)

 

相手との間合いを測ってすぐに、左手を口元から外して、素早くキューブを生成して、バイパーを上空へと撃ち上げる。その射撃を柿崎が目で追った瞬間を確認して、グラスホッパーを足元に展開して一気に距離を詰める。

照屋と虎太郎はバイパーを目で追うより前に動いた月守に気づいたため、突撃に対して対策を講じた。当然、照屋はアサルトライフルを、虎太郎はハンドガンの銃口を月守に向ける。

予想通りの動きをした2人に対して月守は、彼らが撃ってきた弾丸を掠めるギリギリで躱しながら(何発か被弾しつつも)次の手を打つ。

 

(バイパー、メテオラ)

 

左手側から再度バイパーを展開して同じように上空に撃ち上げ、右手側から生成したキューブを柿崎と照屋がいる方向に撒き散らす。仕留められるとは思ってはいないが仕留めるつもりで放ったメテオラは確実に2人の動きを止め、その隙に月守は虎太郎との間合いを一気に埋めた。

 

受け身から一気に攻めに転じた月守を見て虎太郎は一瞬動揺したが、すぐに切り替える。ハンドガンを持ったまま右手で弧月を抜き、射撃戦から白兵戦の装いになって、彼も距離を詰める。

至近距離からの射撃は驚異だが、逆に言えば月守との接近戦で恐れるものはそれくらいだったため、虎太郎はそれを全力で警戒して接近戦を挑んだ。

しかし虎太郎が距離を詰めるために踏み込んだのと同時に、月守は不自然にブレーキをかけてバックステップを踏んだ。虎太郎がその意図を見切る前に、上空から雨のようなバイパーが降り注いだ。

 

(さっき撃ったやつか…!)

 

咄嗟にシールドを展開して防いだ虎太郎が現状を理解するのと並行して月守は再度キューブを生成し、那須が好んで使うサークル状にキューブを配置した。

 

『「アステロイド!」』

 

内部通話を通して、声が届く範囲にいる人間全てに聞こえるようにして月守は攻撃した。攻撃の際に月守は背後を見ていなかったが、彼の放った弾丸は目視して撃ったかのような正確さで、距離を詰めていた柿崎と照屋に襲いかかった。

攻撃が来ると思っていなかった2人はノールックの不意打ちに虚を突かれたが、着弾と同時に爆発した弾丸により再度驚いた。

 

(メテオラ…ってことは騙し弾…っ!使ってくるのは分かってたが、まさかこんな露骨に使ってくるのか!)

 

柿崎が心の中で反省する間にも、月守は止まらない。

 

虎太郎が態勢を立て直したと同時に月守はトリガーの切り替え、展開を済ませて踏み込み、アタッカーの間合いに躊躇いなく入り込む。ブレードの間合いに入り込むことで射程の優位を消して虎太郎の選択肢からハンドガンを奪い取り、肉迫することで誤射の可能性を意識させて柿崎と照屋から射撃の選択肢を消した。

月守は虎太郎が右手に持つ弧月のみに意識を集中させ、振り下ろされたそれを左手の先に集中させていたシールドで手を守りながらもブレードを横からはたく形で弾き落とした。

 

ブレードをはたき落とされて態勢を崩した虎太郎に対して月守は、右手に用意していたキューブを容赦なく殴りつけるようにして放った。ほぼ零距離の攻撃だったが、虎太郎はそれを間一髪で反応して後退した。それでも完全な回避とはならず、アステロイドが虎太郎の右腕を穿ち、その手に持っていた弧月ごと空高く吹き飛ばした。

 

(右腕が…っ!)

 

ロストした右腕に一瞬だけ意識が向いた虎太郎を月守は追撃する。左手でハウンドを展開して柿崎と照屋を牽制すると同時に、また一歩、虎太郎に迫る。残されたただ1つの武器のハンドガンを虎太郎は迷いなく構え、銃口を月守に向けた。躱せる筈のない距離で虎太郎は引き金を引こうとしたが、それと全く同じタイミングで、月守がバックステップを踏んだ。

そのバックステップはこの戦いで月守が踏んだものと全く同じであり、虎太郎は先程の降り注ぐようなバイパーと、上空に向けて撃っていた2回目のバイパーのことが脳裏を掠めた。

 

(また同じ攻撃が来るっ!)

 

そう判断した虎太郎は全力で後方に跳び、回避を試みた。後ろに下がったことで視野が広がり、虎太郎はバイパーが降り注いでくるであろう上空への視線を向けるが、

 

そこにあったのは雪を降らせ続けるどんよりとした雲と、吹き飛ばされた自分の右腕と弧月だけだった。

 

2回目の撃ち上げたバイパーはどこに?

 

虎太郎がそれを疑問に思うと同時に、

『虎太郎!左右から来てる!』

叫び声に等しい柿崎からの声が届いた。

 

しかし柿崎の声も虚しく、一度上空に撃ち上げられた後下降して左右から挟み込むようなコースを引かれたバイパーが無防備な虎太郎を貫き、無数の穴を開けた。

 

バイパーに撃たれたことを理解した虎太郎は、同時に、嫌な汗が吹き出た。

 

(…嘘だ、こんな攻撃が当たるってことは、月守先輩ここまで動きを読んで、誘導して…!?)

 

心が動揺に支配されかけて動きが止まりかけた時、月守は落ちてきた虎太郎の右腕から弧月を奪い取った。

 

『トリガー臨時接続』

 

弧月の使用権を得た月守は、まるで長年アタッカーだったかのような自然な動きで虎太郎に迫り、

 

「悪いな、虎太郎」

 

ほんの少しだけ申し訳なさそうにそう言いながら、深々と身体を切り裂く斬撃で虎太郎にとどめを刺した。

 

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

 

聞き慣れた音声と共に虎太郎のトリオン体が爆散するが、月守はそれを見届けることなく振り返り、残る2人に視線を合わせる。2人は虎太郎が斬撃による致命傷を受けたのと同時に、同士討ちの可能性を切り捨て、アサルトライフルを構えていた。月守は視線の焦点が合って2人がその武装を展開していることを理解するより先に、サブ側のグラスホッパーを展開して足元に配置し、2人が撃ってくるのと同時にそれを踏みつけ左に大きく跳んだ。瞬時にトリガーを切り替えてバイパーをセットし、自身が記憶している中から、最も複雑怪奇な弾道のパターンを反映させてバイパーを放った。ぐちゃぐちゃに絡まった複数のコードを思わせるその弾道は2人を混乱させ、攻撃の手を止めさせて回避か防御の選択を迫った。

 

(柿崎さんはシールド、照屋は回避だな。予想通りだ)

 

ここまでの戦闘でそれぞれが咄嗟の時にどう対処するか見抜いていた月守は、予想通りに動いた2人を見て次の標的を決めた。

 

(やっぱ先にやるなら照屋だな。そうすれば柿崎さん良い人だから、この状況に持ち込んだこと悔やんで動き鈍くなりそうだし)

 

柿崎の人の良さを月守は、罪悪感の欠片すら抱かず付け込んだ。

 

月守は再度トリガーを切り替え、グラスホッパーを複数展開して照屋へと接近した。

 

虎太郎から奪ったブレードを携えたまま接近してくる月守を見て、照屋は柿崎に通信を飛ばした。

『隊長!私は弧月で応戦するので隊長はそこから援護射撃をお願いします!』

『でもそれだと誤射する可能性も高い!俺も弧月で…』

『誤射してもいいです!さっきの月守くんの動きを見てると…』

そこまで照屋が言ったところで、迫っていた月守は、

(ああ、何か話してるな)

2人が何かしら通信をしていることを見抜き、右手に持つ弧月を一旦オフにしてフリーとして、そこからメテオラを放った。

 

通信を無理やり中断され視界が遮られた照屋に月守が迫り、オンにした右手の弧月を薙ぐように振るった。本職のアタッカーとまではいかないが、少なくとも訓練生のレベルを上回る太刀筋を照屋は弧月でしっかりと受け止めた。

 

一度刃を合わせて鍔迫り合いをしているだけだが、それだけで月守はなんとなく照屋と自身の弧月の腕前の差を察した。

「さすが本職。いい腕してるね。付け焼き刃の俺じゃ敵わないな」

「ふふ、それはどうも」

皮肉に近い謝礼を口にした照屋だが、それに対して月守は淡々とした声で、

「でもその腕前は神音ほどじゃない」

しれっと後輩自慢をしてから体格差に物を言わせて鍔迫り合いを崩し、鋭い斬撃を連続して繰り出した。

 

その斬撃を躱し、防ぎながら、照屋は思う。

 

(天音ちゃんっぽい剣だけど、それに比べたらキレも速さも全然ないわね。これなら…)

 

勝てる、と、照屋が確信した瞬間、

 

「伏せろ文香!」

 

いつのまにか白兵戦の距離まで近づいていた柿崎が弧月を構えながらそう叫んだ。敵ではなく味方に驚かされる事態に照屋は慌てつつも、指示通り態勢を低くした。態勢を変えて視界が変わったことで、照屋は指示の意図を理解した。

自分だけではなく、相手もまた、隊長が援護に来ていたという事態に気付いた。

 

乱入してきた柿崎、地木の両隊長が照屋の頭上で刃をぶつけて火花を散らした。

 

照屋は低い態勢から切り上げるような斬撃を繰り出して彩笑を仕留めようとするが、彩笑はそれを危なげなく躱し、月守と共に距離を取った。

一足あれば踏み込める距離を取ったところで、月守が問いかけた。

「なんで来たの?」

「来ちゃ悪かった?」

「いや、助かるけど…、まあいいや。諏訪隊は?」

「神音ちゃんに任せてきた。ダメージ入れてるし、そもそも射程は神音ちゃんの方が長いし」

「なるほど」

月守と彩笑が会話する間に柿崎隊も態勢を立て直していた。

「隊長、助かりました」

「礼はいい。できればこうなる前に仕留めたかったが…。一旦、引こう」

「了解です」

 

小声だったが柿崎隊の会話は辛うじて月守に聴こえており、すぐに彼は動く。

「逃すかよ」

左手を掲げてキューブを展開し、細かく分割して放った。それは本部屈指のバイパー使いである那須の代名詞「鳥籠」を限りなく模倣した、取り囲むようなバイパーだった。本家に比べれば粗があるが、トリオン能力の差によって本家以上の速度と威力を発揮し、2人が展開したシールドに薄っすらとヒビを入れた。

 

柿崎隊の出鼻をくじいた地木隊は、素早く追撃に繋げる。

 

「咲耶!アレやろうアレ!」

「アレじゃ分かんねえよ。ピンボールのパターンは俺が決めていいのか?」

「いいよ!ってか分かってんじゃん!」

 

3年間で積み重ねた経験と、培ってきた技と、築き上げた互いの理解が相まって、必要最低限以下の情報でも2人はこの状況で次の手を確定させた。

 

「グラスホッパー」

月守の左手から展開されたグラスホッパーが柿崎と照屋の周囲を取り囲むように配置される。一見して、軽量系アタッカーが得意とするピンボールが来ると分かったが、それを用意してきたのが月守というのが謎だった。

 

まさか月守がピンボールを使ってくるのかと思って防御を構えた次の瞬間、彩笑は足元に用意された一枚のグラスホッパーめがけてピョンと軽く跳び、

 

「ステルスオン」

 

そう言ってカメレオンを起動して姿を消した。

 

「ちょっ…」

「まさか…」

照屋と柿崎が嫌な予感を覚えたのと、同時。

 

彼らの周囲にあるグラスホッパーが轟音と共にとんでもない勢いで消費されていった。

 

柿崎隊は彩笑が使ってくるピンボールに入念に対策をした。いくつか存在するというパターンを見抜き、このパターンの動きなら防御、このパターンの動きなら回避、このパターンの動きなら反撃できると、当たりをつけていた。

 

しかしそれも…、他人が展開したグラスホッパーをステルス化した彩笑が使うこのピンボールの前では、全ての対策が無に帰した。どんなパターンであろうとも、動き自体が見えないならどうしようもなかった。

少し冷静さを取り戻せば大きく跳んで回避、互いにシールドでフォローし合うなど対応はいくらでも取れた。だが初見で繰り出された技に動揺してしまった2人は、彩笑の移動のみのピンボールの数秒が終わるその瞬間まで動けなかった。

 

最後のグラスホッパーを踏みつけて照屋の左後方を取った彩笑はスコーピオンを展開すると同時に、

 

「ステルスホッパー」

 

その技名をつぶやいてから、高速の刺突を繰り出した。

彩笑が着地した場所は照屋の右側に立つ柿崎から死角になっており、照屋は支援を望めない状態だった。しかし、彩笑の獣じみた闘志か、呟いてしまった声か、はたまた別の何かを察知して、照屋はその刺突に反応して手を出し、トリオン供給機関へのダメージを防いだ。照屋に少し遅れて柿崎も反応して振り向いたが、その時はすでに照屋はダメージを負ってしまっていた。

 

月守が攻めに転じてから驚かされてばかりだった柿崎隊だが、今度は彩笑が驚かされた。

「ウソん」

完全に仕留めたと思っていただけに彩笑の口から驚きの言葉が出たが、それを意に介さず照屋は深く貫かれた左手で彩笑のスコーピオンと手を力強く握った。

 

「隊長!今で」

す、と言おうとした照屋の首に、投擲された弧月が突き刺さった。

 

何が起こったか照屋が理解する前に、

「2点目」

柿崎から視線が外れた瞬間に弧月を投げつけて全速力で迫った月守が照屋の首に刺さった弧月の柄を握り、自身のスコアを口にしながらそのまま刀身を真下に振り下ろした。

 

大きく損壊した照屋に、あの音声が無情にも響く。

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

 

照屋のトリオン体が砕け散り、1人残された柿崎は一瞬の虚無感の後、弧月を振るった。

悔しさや不甲斐なさが入り混じった叫び声をあげながら振り切った一撃だが、彩笑も月守も大きく後退してそれを回避した。

 

 

 

柿崎から大きく距離を取った月守は、ふと、思考に没入した。

(きっと…、この試合が終わった後、色々な人に言われんだろうなぁ…。倒せるなら最初から手抜きしないでやれとか、動きを見透かして手玉にとる感じが相手を見下してるとか、倒し方が残酷だとか、性格悪いとか、戦い方自体が邪道だとか、言われるんだろうな…)

それは今まで、彼が陰で言われていたものだった。特別気にするものでは無かったし、言われたところで彼自身特に思うことなく、言われるのも仕方ないと思っていた。

 

だが、戦闘のために昂らせた精神状態である今、普段なんとも思えないそれらの言葉に、ふつふつと感情が芽生えた。

(けど…、色々言われようが、これが俺なんだよ。初見の技で早々に退場するのが怖いから最初は様子見に徹したくなるし、防御が脆いから敵の攻撃封殺できるくらい見切って戦いを仕掛けたいし、王道な戦闘ができるようなスペックも無い。それが、偽りのない俺なんだよ)

そうした思いが形になり…、そしてその事を強く自覚した彼は呟いた。

 

自分のことを見てくれて、信じてくれる人(チームメイト)に向けて。

 

月守咲耶は、言った。

 

「こんな最低な俺でも、皆と一緒に勝ちたいって願うことだけは譲れねえよ」




ここから後書きです。

物語を書いてると、当たり前ですけど自分の中にある引き出しから作ってるんだなって毎回思います。今回の月守の戦闘シーン、書いてる時私の頭の中にある「個人対複数」の構図で最も印象が強い漫画「灼熱カバディ」のシーンが何度も繰り返されました。灼熱カバディ、騙されたと思って2巻まで読んでみてください。止まらなくなります。


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第85話「月を喰らう朱鷺」

正直、このまま最後まで現状を維持しているのもアリだと思った。

 

スコープの先では焼きつくように激しく、それでいて丁寧な細工が施されたガラス細工のような流麗さが漂う戦闘が繰り広げられていた。

 

今、彼らは目先の相手に手一杯で、自分たちに意識を割いているようには見えない。仮に警戒していたとしても、タイミングさえ間違えなければ勝てる状態に、自分たちはいた。

 

きっと、点数だけを見るならば、このまま息を潜めているのが正解なんだろう。

 

だが、それでも、

「……、勝負するって言った以上、ぶつからないわけにはいかないな…」

無骨な銃を構え続けた彼は、後輩との約束を破るという選択をしなかった。

 

*** *** ***

 

月守と彩笑は柿崎の斬撃を躱し、十分に距離を取った。

『仕留めちゃう?』

『ああ。ここでもう一点取っとこう』

彩笑の問いかけに月守は躊躇わずに答え、再度攻勢に転じようとした。だが、そのタイミングで彼の視界の端で閃光が瞬いだ。

 

「来たっ!」

言いながら月守はその閃光を、狙撃を回避しにかかったが避けきれず銃弾は彼の右腕を僅かに抉った。

(撃たれるかもって警戒はしてたけど、やっぱ出所がわかんなきゃ完全回避は無理か…)

と月守が思う中、隣にいた彩笑は同時に撃たれたもう1発の狙撃を完全に避けきっていて、月守は「やっぱこいつの回避能力おかしい」と味方ながら彼女の速さに驚いていた。

 

そして月守が驚く傍ら3発目の銃声が響き、直後にトリオン体が爆散する音が続いた。月守は一瞬、天音が被弾したかと思い慌てて視線を向けたが、天音は無事だった。

 

『堤さん、ベイルアウト、です』

天音が淡々とした声で報告した。

 

安心した月守はすぐに行動に出た。回避のため彩笑とは距離が離れたが月守はそれを特別気にすることなく、近くにあった太いパイプの陰に隠れた。月守は同じように狙撃を避けるために柿崎が建物の陰に退散したのを見てから、被弾した部分を左手で抑えてチーム共通の回線に通信を繋いだ。すると月守が言うより早く、

『月守先輩、オーダー通りに逆探知してます』

柿崎隊に反撃を仕掛ける直前に出したオーダーを実行していた真香が、そう言ってくれた。

 

『ん、ありがと』

『ちょっ、咲耶いつそんな指示してたの!?』

『その話は後。真香ちゃん、逆探知終わったら位置情報を転送し』

てくれる?と、月守が言葉を続けようとした時、

 

月守が身を隠していたパイプを1発の銃弾が抉ってきた。

 

完全に彼の予想外だったその一撃は彼の右腕を穿ち、胴体から分離させた。

 

『貫通……!?ってか、マズい!』

月守が危惧したのは、自身の残存トリオン量。平均より遥かに多いトリオン量を保有している彼だが、このまでの戦いで攻撃だけでなく柿崎隊からダメージを受けていたため、決して少なくない量のトリオンを失っていた。そこに、この狙撃である。左手で抑えているとはいえ、傷口からは勢いよくトリオンが溢れ出て、視界に表示していたメーターがみるみると減っていった。

(残り4割切った…!)

普段なかなかここまでトリオンを使うことがなかった月守に焦りが生まれるが、それでも彼は更なる狙撃に晒されないように急いで巨大な工場の隅に身を隠した。

 

月守が落ち着きを取り戻そうとする中、彩笑が狙撃を警戒しつつ急いで駆け寄る。

『咲耶!左手離して!』

『いや、離したらトリオン一気に漏れ出て…』

『いいから離す!』

有無を言わさない毅然とした声で彩笑は言い、月守は言われたまま手を離した。剥き出しになった傷口に、彩笑は素早くスコーピオンの刃の腹を添えて、その形状を変えて傷口を覆い隠した。

『よし!これで一旦繋いで!形状は今ので固定!』

『なるほどな…、トリガー臨時接続』

メイン側のトリガーに彩笑のスコーピオンを接続したところで、傷口からのトリオン流出はほぼ止まった。

 

『うわ…、スコーピオン便利……、つか彩笑、いつの間にこんな事出来るようになったの?』

『前から出来たよ?自分の傷口はちょいちょい止めてたし……、まあ、人に試すのは咲耶が初だけどね』

 

疑問が解消された月守は、改めて現状を整理した。

(柿崎隊はほぼ壊滅、諏訪隊は神音が抑えてたけど、堤さんが狙撃でベイルアウト。今の狙撃で戦闘は止まって隠れてる。撃ってきたのは当然荒船隊なんだけど……)

そこまで考えた月守は、穴が空いたパイプに目を向けて呟いた。

『イーグレットじゃ壁抜きできない強度のものを選んで隠れたけど……、あの感じだと……』

月守の独り言に彩笑が続く。

『アイビスかな。最後だけ音も違ったし、貫通した穴が大っきいから』

 

回線を開いたまま紡がれた会話の中に混ざった「壁抜き」や「アイビス」といった単語を聞き、

『あ…』

『あっ……!』

それが今朝の出来事と結びついた中学生2人組が思わず声を上げた。

 

*** *** ***

 

遠く離れた、工場の中から窓越しで狙撃を当てた荒船哲次は、銃口の先から出る硝煙を見て、満足げに呟いた。

「ちっ……、仕留めきれなかったか……。まだまだ甘いな」

言い終えた彼は移動するために、構えていた無骨な銃を持ち上げた。その銃は普段使い慣れたイーグレットではなく、今朝方、後輩との対戦を経て反省して取り入れたアイビスだった。

 

*** *** ***

 

『あっはは!そういうことね!』

真香と天音から荒船隊が(厳密には荒船が)アイビスを使っているのは今朝の勝負でアイビスの有無が勝敗を分けたからという理由(あくまで真香の予想)を聞き、彩笑は破顔した。

『すみません、地木隊長。まさか荒船隊がアイビスを取り入れるなんて……、しかも、こんなに早く……。完全に予想外でした』

嘆く真香に向けて彩笑は明るく「過ぎたことは気にしないのー!」と嗜めるように注意した。

 

『それにしても……、ぶっつけ本番でアイビス使って壁抜き……、いや、パイプ抜きを成功させるキト先輩凄いね』

彩笑の言葉を聞き「キト先輩=荒船先輩」ってなかなか結びつかないなと思いながら、天音が会話に応じる。

『凄かった、です、けど……。今朝の、真香の方が、距離、遠かった、です』

天音が言外に「真香の方が凄かったもん」と主張するが、当の本人は苦笑してそれを否定した。

『しーちゃんにそう言ってもらえるのは嬉しいけど、私は今朝外してるし、慣れがあるスナイパー用のステージだったからね。それに比べたら、下調べなしのステージでちゃんと命中させてる荒船先輩の方が上かな』

その意見に納得した天音だが、彼女は一瞬だけ通信を切って、

「でも、真香の狙撃の、方が、綺麗だった」

そう呟いて、親友の勝ちを譲らなかった。

 

その一言が通信に乗っていないことに気づいた彩笑と月守は、

((いつか絶対、神音に内緒で真香ちゃんに言っとこう))

と全く同じ事を考えつつ、会話を進めた。

 

『っていうかさ、みんな荒船先輩が狙撃した風に言ってるけど、荒船先輩から話を聞いて荒船隊全員がアイビスセットした可能性もあるからね』

『あ、それもそうだね。……えー、じゃあ今日は壁抜きも視野に入れて行動しなきゃなんないの?めっちゃ疲れるじゃん!』

『彩笑は的が小さいから大丈夫』

『小ちゃい言うなし!』

 

荒船隊からの狙撃を受けた地木隊は現在、3人が合流して戦場を一旦離脱していた。離脱の際に月守と天音がメテオラを放ったがベイルアウトの閃光は見えず、その後戦場は沈黙を守っていた。

 

狙撃に使われた建物から射線を切るエリアを移動しながら、落ち着いた彩笑は全員に意見を求めた。

「『さーて……、どうしよっか?』」

その問いかけに、真香が答える。

『本来なら、さっき荒船隊に狙われた時点で素早く追撃に移ってもらおうと思ってたんですが、今からでも仕掛けますか?』

『そだねー。咲耶が撃たれなきゃ現状は違ったけど……。ってか咲耶、いい加減もう傷塞がったんじゃないの?』

トリオン体の傷は放っておけば1〜2分で塞がり、トリオンの流出も止まる。月守はスコーピオンの形を変えて傷口を外気に晒したが、そこからトリオンが漏れ出ることはなかった。

 

『塞がってた。ありがと彩笑、助かった』

お礼を言いながら月守はナイフ状に戻したスコーピオンを彩笑に放り、

『どういたしまして』

彩笑はそれを危なげなく受け取る。

 

完全に傷口が塞がったことで安堵した月守は真香に尋ねた。

『真香ちゃん、とりあえず荒船隊狙いで、今から逆探知した場所に俺たちが仕掛けるってことでいいのかな?』

『はい。というより…、すでにもう、諏訪さんと柿崎さんは向かってますね。今はバッグワーム使ってますけど、方向的に荒船隊が潜んでた建物の方に向かってから、反応消えたので』

真香の言葉を聞き、彩笑がどこかワザとらしく慌てた様子を見せる。

『おおっと、それはマズイね!んじゃ、ボク達も追いかけるから、真香ちゃん、ザックリとした位置教えて!』

『了解です!』

指示を受けた真香は淀みない手でパソコンを操作して、位置情報を転送した。それを受け取った3人に真香はいくつかの攻め方を提案し、それを基にして攻撃の形を決めた。作戦と、イレギュラーが起きた際の対応を手早く確認して、3人は別方向へと散って行った。

 

*** *** ***

 

地木隊を狙撃した後に、荒船隊3人はすぐにその場から離脱して新たな狙撃地点へと移動していた。荒船は元々いた工場から隣の工場に移動したところで、穂刈と半崎に指示を出した。

『2人とも、次の狙撃地点はいつもの自分なら選ばない場所にしとけ』

その不可解な指示の意図を、2人はすぐに理解する。

『予想されるからな、ベストの位置だと』

『和水ちゃん対策っすね』

 

2人の答えを聞き、荒船は移動しながら頷いた。

『そういうことだ。位置取りが良すぎると、読まれる。普段から気をつけてはいるが、今回の相手は和水だ。あいつはおそらく、全オペレーターの中で最もスナイパーの心理を知り尽くしてる。いつも以上に、そこは警戒するぞ』

『『了解』』

意思の疎通が取れたところで、オペレーターの加賀美が全体に警告を促した。

『地木隊の方も反応が1人……、いえ、2人消えたわ。注意して』

警告に対して各々が返事をして、そのまま移動を続ける。

 

移動しながら、荒船は考える。

(点数的には地木隊が3点リードで、月守が死にかけ。ザキさんと諏訪さんは無得点で、しかも1人。俺たちが無傷で1点か…。仕留めるだけなら、ザキさんや諏訪さんも狙っても良かったがそれだと地木隊とほぼ一騎打ちになるから、どうしても地木隊を狙う必要があった。……理想としては月守も倒して、地木のやつにも1発当てれば良かったんだが……、まあ、奴らの独走を防げただけでも良しとするか)

ちなみに荒船は昔、真香から天音のサイドエフェクトについて聞いていたため、撃つ前に場所を割られるリスクがあるとして元から狙うつもりはなかった。

 

荒船は次の狙撃地点に移動する中、ふと、手に持つアイビスを見て思った。

(トリオンが少しもったいが、一旦解除して弧月に持ち替えるか……。地木や天音なら短時間でも接近してくるだろうし、ザキさんや諏訪さんだって近くに来ててもおかしくない。移動中の奇襲を想定したら、ブレードの方がいいだろ)

そう判断して荒船はアイビスを解除し、弧月に持ち替えた。

 

そしてそのタイミングで、荒船の足元が前触れもなく爆発した。

「っ!?」

爆発に直撃こそしなかったが崩れたフロアと共に荒船は落下する。落下しながらも元アタッカーの身のこなしを活かして着地すると、すぐさま煙の中に浮かび上がった人影に向かって斬りかかった。

 

建物の天井を狙うならまだしも、屋内でブレードが生きる間合いで向かってくる相手に対してメテオラを撃つのは自身も巻き込まれる恐れがあるため、メテオラで撃たれる心配はほぼないと荒船は踏んだ。そしてその予想通り、階下から荒船を狙い撃った柿崎はメテオラを撃たず、バッグワームとアサルトライフルを放棄して控えていた弧月を抜刀して応戦した。

 

「やっぱり荒船だったか」

「その感じだと、予想ついてたみたいですね」

「ああ」

 

2人は刃と言葉を交わしながら、互いの隙を探し続ける。

 

「なんで分かったのか、教えてもらえますか?」

「試合が終わったらな」

 

そこまで聞いた荒船は鋭く一歩を踏み込み、柿崎もそれに応戦した。

 

心理的には後がない柿崎よりも、点数も生存メンバーの数も優っている荒船の方が有利であったが、装備的には銃型トリガーに切り替えてミドルレンジによる戦いが可能である柿崎の方が優位にいた。加えて、2人が戦うこの場所は工場内の一室であり窓に面していないため荒船は援護が望めないという状況が、柿崎の優位に拍車をかけていた。

 

そして両者共に相手の優位な点、不利な点を理解しており、そこから相手がどんな展開を望み、望んでないかを予想して立ち回る。

 

(ザキさんからすれば、リスクのあるブレードより間合いをとって銃で仕留めたいところだろ。なら、間合いを開けるわけにはいかねえ。けど……)

(銃を使わせないために荒船はこのまま距離を詰めた戦いをするだろうが、本音としては確実に勝つために味方の支援を貰いたいところ……。なら、このまま攻め立てつつも外からの支援を受けやすい、窓がある通路とかに行こうとするはずだ)

 

互いに相手の出方を読み切り、それをさせない立ち回りで剣を切り結ぶ。だが、それでは埒があかず、

(いっそのこと、このまま……)

(ブレードで倒しきるか……)

2人は剣比べに持ち込むことに決めた。

 

しかし、剣による一騎打ちを決めた2人を、嘲笑うかのようなタイミングで地木隊が牙を向いた。より深く斬りこもうとした時、戦っていたフロアの壁が激しい音と共に破壊され、崩れ去っていった。

 

「な……っ!?」

「メテオラか……!」

 

一旦2人は距離を取り、横目で崩れた壁へと目を向けた。広い範囲で壊された壁は壁の役割を果たしておらず、視線の先には外の景色が……、いくつもの工場が見えた。外の景色が見えるということは射線が通るということであり、柿崎は内心焦った。

(マズい……、このままだと穂刈と半崎の援護射撃が来る!)

形成が不利になると判断した柿崎だが、それと同じように、

(……クッソ!これやったの絶対月守だな!性格悪いぞあいつ!)

有利なはずの荒船もまた、この状況に焦りを感じていた。

 

すぐさま荒船は右手で口元を隠しながら、通信を飛ばした。

「『2人とも、撃つなよ!』」

『大丈夫だ、わかってる』

『露骨すぎる釣りですからね』

意思の疎通が取れたところで、荒船は2人に尋ねた。

「『今のメテオラ撃ったの、月守だろ』」

『月守だろうな、おそらく』

『ですね。撃ったところは見えませんでしたけど、弾がカーブしたんで合成弾のサラマンダーかなと』

「『クソ、やっぱりか……』」

そこまで言った荒船は口元を隠したまま、舌打ちをした。

 

射線が通るのは喜ばしいことだが、問題はその射線が明らかに意図して作られたものである点だった。

 

(壁壊したのに誰も追撃に来ねえってことは、目的は射線を通すこと。俺とザキさんを釣りにして……、この場所を狙い撃てる場所に移動した穂刈と半崎を見つけようって腹なわけだ)

 

地木隊は敢えて会話しているところを見せて警戒を解いたふりをしつつ狙撃への意識を途切れさせない釣りをよく行うが、今回は味方を支援させて居場所を釣るという戦法を取ってきた。

 

地木隊の意図をそう仮定した荒船は続けて2人に問いかける。

「『そっちから地木隊は見えるか?』」

『見えないっすね。1人だけバッグワーム使ってないんで…、多分これ月守っすね。レーダーには写ってますけど、完全に射線切られてます』

『同じだ、こっちからも。ただ、近づいてきてる、バッグワームを使ってるやつはな。人影が見えるんだ、時々』

報告を受けた荒船は続けて指示を出そうとしたが、それをする前に、柿崎が建物の奥に向かうそぶりを見せつつ、アサルトライフルの展開を始めた。

 

「させるか!」

それをさせまいと荒船は一気に間合いを詰めると、柿崎はアサルトライフルの展開を放棄して再度白兵戦に応じた。

 

決して手を抜いて勝てる相手ではなく、柿崎との戦闘に意識を集中させたい荒船に、オペレーターの加賀美が助け舟を出す。

『荒船くんは柿崎さんとの戦いに集中して。穂刈と半崎くんは地木隊と諏訪さんの動きに警戒して、狙えるようなら撃って。逃走ルートは私が確保するわ。荒船くん、これでいい?』

「『ああ、それでいい!助かる!』」

荒船はそう答えて指揮を加賀美に託し、目の前の柿崎との戦闘に集中した。

 

*** *** ***

 

(やっぱり撃ってこないな……)

その頃、月守は工場同士の狭間に隠れつつ、移動していた。荒船隊がどこに潜んでいるか確実に絞りきれていないが、潜んでいる可能性がある程度ある場所を真香に予想してもらい、そこから射線が少しでも多く切れるルートを選び移動していた。

月守が隠密行動をとる間、彩笑はその逆で隠れて移動しつつも適度に射線が通る場所に姿を見せて荒船隊の注意を引いていた。

 

サラマンダーで壁を破壊した狙いは荒船が読んだ通りだったが、彼ももとよりこんなわかりやすい釣りに引っかからないだろうと思っていた。

 

(撃ってくればそれで良いけど、撃たなくても、今はいいや)

そう考えながら彼はゆっくりと息を吐いた。

(どうせ、これから否応でも顔出しなきゃなんないし)

 

撃たれる覚悟を決めたところで、真香から通信が入った。

『そろそろ頃合いです。みなさん、準備はいいですか?』

真香からの合図を聞き、3人がそれぞれ応答する。

『ボクはいつでも!』

『同じく、いつでもいいよ』

『私も、準備、おっけー』

仕掛ける体制が整ったのを確認した真香は、1人作戦室で自分に言い聞かせた。

 

(この試合も反省点いっぱいだけど、そういうのは全部後。今するべきことは、私が考えた作戦でみんながちゃんと勝てるようにしっかりとオペレートすること……)

 

やるべき事を決めた真香は、オーダーを出した。

 

『では……、攻撃お願いします!』

 

オペレーターの指示を受けて3人は迷いなく動き出し、この試合最後の攻防が始まった。




ここから後書きです。

サブタイトル考えた時に「死ノ鳥」という漫画が頭をよぎりました。鳥めっちゃ怖いです。夜中に読むの怖いです。でも読んじゃう。


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第86話「天音旋空」

前書きです。
活動報告にも書いてますが、「GOD EATER 3」にどっぷりハマってます。買ってすぐにあった出来事ですが、
「あー、ちょっとゲーム休憩…。ユーチューブ見よう」
と思ってユーチューブを開くと、追いかけてた歌い手Vチューバーの方々がそろって同じ曲をアップしていて、世間がクリスマスだと気付きました。そっ閉じして、ゲームに戻りました。
そして気づけば2018年も終わりますね。今年ラストの更新です。


真香から攻めのオーダーを受けた月守は2つのキューブを生成し、それらを無造作にぶつけるようにして合成を始めた。

 

「トマホーク」

 

完成した合成弾は爆発するメテオラと思い描いた軌道を走るバイパーの特性を兼ね備えたトマホークであり、月守は完成したそれを8分割した。

 

(威力はまずまず、弾速は遅め、射程は長く……)

 

彼は望む成果が出るように威力弾速射程を調整し、狙うべき場所へとリアルタイムでコースのイメージを引いていく。そして、

 

『んじゃ、いくよ』

 

その一言とともにトマホークを放ち、薄雪が残る工業地帯に向けて一気に駆け出した。

 

*** *** ***

 

月守が放った8発のトマホークの内の1発は、荒船と柿崎が戦う工場の一角へと向かい、着弾した。当てるつもりではあったが、直視しておらずレーダーと立体マップ頼りのトマホークは2人に直撃せず、工場のフロアと壁をわずかに破壊するに留まった。

 

外から来た一撃を受けて、2人の視線は一瞬外に向いた。続いてくるかもしれない攻撃を警戒してのことだったが、それぞれの視界に飛び込んで来たのは弾丸ではなく、

 

「バッグワーム、オフ」

 

跳躍して(なび)くバッグワームを解除しながら、鞘に収めた弧月の柄に左手の指をかけた天音の姿だった。2人が立つフロアに着地した天音はその反動を活かして踏み込み一気に間合いを埋める。たまたま近くにいた柿崎に天音は居合のように斬りかかり、柿崎はその一振りを弧月でしっかりと受け止めた。

 

「ぐっ……!」

 

激しく鳴り響く甲高い音は、小柄な身体に似つかわしくない重い攻撃を示しており、柿崎は奥歯を噛み締めて両足できちんと踏ん張った。

一撃を防がれた天音は次の攻撃に繋げることはせず鍔迫り合いをやめて、軽い足取りで数歩下がって弧月を構え直す。視線と身体は柿崎へと向いているがそれは半分は誘いであり、それが意図して作られた隙だと分かっていても天音の左横に回り込んだ荒船は斬りかかる。天音は素早く受太刀に転じて荒船の弧月を防ぎ、力負けしないように弧月の峰に右手を当てた。

 

力比べに持ち込むものかと荒船は思ったが、その眼前にキューブが現れる。

 

超至近距離で用意された攻撃手段を前にして、荒船は反射的に全力で飛び退いた。間合いを取る荒船を追うように、天音は言葉を続ける。

「ハウンド」

言葉がトリガーとなり、ハウンドは細かく分割されて放たれて荒船に襲いかかる。

 

「はっ!いい攻めっぷりだな!」

 

言いながら荒船はシールドを展開してハウンドを防ぎきり、一息開けた。距離は空いているが荒船と柿崎は並び立つ形で天音を見据え、逆に天音はまるで2人同時に相手取る気があるかのように弧月を構える。

 

この局面を前にして、柿崎と荒船は判断に迷った。

得点的には地木隊がリードしているため、ここは何としても…、一時的に共闘してでも天音を倒して地木隊の得点力を下げなければならない。理屈の上では、そう認識している。しかし、相手が自分たちより幼い後輩であり、女子であるという点が、2人の心情に待ったをかける。戦いの場で緩い考えだと言われるかもしれないが、そう考えずにはいられない程度には、戦いに理性を持ち込んでいる2人だった。

 

だが逆に、天音はそうは考えなかった。

 

視界の中で2人が並び武器を構えていること。

戦いに身を置くことで燃え盛るように高まる戦闘意欲。

この2点で天音はごちゃごちゃ考えること無く、シンプルに2人を一括りに敵だと認識して、弧月を振るう。

 

「旋空弧月」

 

か細く呟かれた言葉と共に揺らいだ剣先がリーチを伸ばし、柿崎と荒船に牙を剥いた。

 

*** *** ***

 

残り7発のトマホークは遅めの弾速で工場地帯を飛び、いくつかの建物を爆破した。その爆撃を見ながら、身を潜めていたスナイパー半崎義人は思った。

 

(危な……。いつも通りの考えで配置についてたら、確実に今の爆発に巻き込まれてたな)

 

スナイパーは、位置取りの重要さの比重が他のポジションよりも高い。

視野・射線の確保、対象までの距離、高低差、攻撃後の逃走ルートの良し悪し、自身の力量、仲間との連携の取りやすさ、etc……、あらゆる要素を加味して、現状に対してのベストな位置が変わる。

 

今回ならば確実に人が集まっている工場の一角、荒船、柿崎、天音の3人が戦っている場所を狙えるような位置に着く必要があった。

 

しかし、本来なら陣取るべきベストポジションに半崎は着いていなかった。荒船が(というよりチーム全員が)元スナイパーである地木隊オペレーターの真香にベストポジションを見抜かれることを予想し、次善とも言える位置に潜んだのだ。結果としてそれは功を奏し、月守のトマホークを免れることに成功した。

 

トマホークが飛んできた方向に半崎は目を向けるが、そこにあるのは密集して複数の工場が立ち並ぶ地点であり、狙撃で狙うのは不可能な場所だった。

(レーダーで見る限り、狙撃どころか射撃戦自体向いてないくらいの場所か…。そんなところに点取りに行くのはダルい…、ん?なんかあいつ動いてないか?このまま行くと開けた場所に出るな)

居場所が割れる覚悟で荒船を援護するか、移動してる敵が運良く狙えるまで粘るか、開けた場所に出た月守を狙うか。半崎が悩んでいたところで、通路の奥から人影が現れた。

「げっ、諏訪さん」

「見つけたぜ半崎ぃ!」

現れたのはバッグワームを纏って隠密行動をしていた諏訪だった。

 

真っ直ぐな通路で、射程はまだショットガンの外。逃げ道は確保しているが、日頃から動いて射線や射程を確保している諏訪との機動力勝負は正直旗色が悪い。

 

そう判断した半崎は素早く通信で呼びかけた。

『穂刈先輩、そこからオレの援護できますか?』

『キツイな、ここからだと。戦うのか?諏訪さんと』

『ダルいっすけど、逃げ切れないっぽい距離なんで。援護、出来たら頼みます』

援護を頼んだ半崎は素早くイーグレットを構え、同時にバッグワームを解除してシールドをスタンバイした。

通信の間にも諏訪は接近を続けており、すでにショットガンの間合いに入っていた。確実に仕留められてしまう、半崎はそんな致命的な距離に入り込まれる前に、攻撃に出た。

 

 

 

 

諏訪はダッシュで接近し、その視線は半崎と、彼が構えるイーグレットにピッタリと合っていた。半崎同様に諏訪もバッグワームを解除し、半崎が撃った瞬間に急所である頭を守れるようにシールドを展開するだけの状態にスタンバイした。

 

そんな中、構えていた半崎のイーグレットの銃口が動き、諏訪は反射的に範囲を狭めたシールドを眼前に展開した。諏訪としては、これで脳が守れれば儲けもの…、足や心臓が狙われては仕方ないが、それを代価として更に接近して確実にショットガンで仕留めるつもりでいた。

 

しかし、展開したシールドにも、心臓に当たる供給器官にも、足にも、どこにも、弾は当たらなかった。それどころか、銃を撃った時に生ずるマズルフラッシュも、弾が音速の壁を超えた時に生じる音すら、しなかった。

(まさか、半崎のやつ…っ!)

諏訪が1つの可能性に思い至ると同時に、視線の先にいる半崎が小さく笑った。

 

 

 

シールドを展開した諏訪を見て、半崎は内心ガッツポーズを取った。

(よし、諏訪さん引っかかった。ってか、フェイクで確かめといてなんだけど、予想通り頭を守ってたな)

 

接近する諏訪に対してイーグレットを構えていた半崎の脳裏には、前回の戦闘がよぎっていた。撃った瞬間にヘッドショットが来ると予想されてピンポイントで眼前にシールドを展開され、即死必至の1発を防がれた場面だ。

 

否応でもあの場面を連想されるこの状況で、半崎は1つ手を打った。

 

といってもそれは複雑なものではなく、銃口をあたかも撃った反動で跳ね上がったように動かすという単純なフェイクだ。動きだけで音や光は無くとも、一瞬の遅れがミスに繋がるこの局面で入れた半崎のフェイクに諏訪は攻撃が来たと錯覚し、シールドを展開した。

 

展開されたシールドを見て半崎は素早くトリオン供給器官の位置…、心臓めがけて構えて、引き金を引いた。

 

今度は正真正銘、偽りのないイーグレットの一撃が諏訪の心臓めがけて、吸い込まれるように向かい、諏訪のトリオン体を穿った。致命的な一撃と言ってもいい攻撃だったが、

「痛ってぇな!」

諏訪はそう叫んだだけで足を止めず、ショットガンを構えた。

 

半崎の狙いは正確だった。しかし、狙撃とは言い難い状況と、ここで1点を取って無得点で終わらないという諏訪の覚悟、何より咄嗟に半崎のフェイクに気付き次弾が来ることを直感した諏訪がギリギリのところで本命の一撃に反応し、当たる寸前に身体をわずかに捻った。

結果としてイーグレットは供給器官に当たらず、多大なトリオンを漏出させる一撃に、即死だったはずの攻撃を限りなく致命傷に近い攻撃へと変えた。

 

放っておけば大量のトリオンが漏れ出る傷に構わず、諏訪は射程内に捉えたショットガンの引き金を引いた。近距離戦闘に自信を持つ彩笑ですら苦手意識を持つこの間合いのショットガンに、近距離での戦闘手段を持ち合わせていなかった半崎が対抗できる道理もなく、数回シールドで防いだところでそれはひび割れ、避けようの無い散弾が半崎のトリオン体に届いた。

「あー…、こりゃダルい…。あとは頼みます」

2人に後を託す言葉を残し、半崎の戦闘体は限界を迎えてベイルアウトしていった。

 

ベイルアウトの光跡を目で追った諏訪は、内心ガッツポーズを取った。

(しゃあ!とりあえず無得点は避けたぜ!)

ランク戦というシステムは失点するより得点を取ることが優先しなければならない作りになっており、1つの戦いを無得点で終わるというのがかなり厳しいものになることを知る諏訪は点を取れたことに喜んだ。だが、

 

「悪いな、諏訪さん」

 

遠くの工場から諏訪のそのわずかなの停滞を捉えた穂刈が、引き金を引いた。狙撃の一言に相応しいその1発は諏訪のこめかみを居抜き、頭部を貫通して、今度こそ即死の一撃とした。

 

射抜かれた諏訪が素早く頭部を動かし、一瞬だけ目があったような気がしたが、直後に諏訪はベイルアウトとなったため、気のせいだと穂刈は割り切った。

『穂刈先輩、もうちょっと早く撃っても良かったんですけど?』

ベイルアウトして作戦室に戻った半崎が通信で問いかけてきた。

『ギリギリだったんだ、すまんな。お前が撃たれてたんだ、俺が配置に付いたときは』

『了解っす』

 

半崎とのやり取りを終えた穂刈は移動しながらオペレーターの加賀美に尋ねた。

『荒船の援護に向かう、とりあえず。状況を教えてくれ、荒船の』

『わかったわ。今は…』

 

加賀美が荒船が置かれている状況を説明し、穂刈がそれに耳を傾ける、その少し前。見事としか言いようのない狙撃を穂刈が披露した、その直後。

 

「見つけたっ!」

 

バッグワームを纏って工場地帯を隠れながら移動していた猫が、嬉々とした笑みを見せていた。

 

*** *** ***

 

天音が繰り出した旋空弧月に、荒船と柿崎は激しい違和感を抱いた。

 

直感的に2人はその違和感の正体を感じ取ったが、天音は続けざまに攻撃を繋いだ。

 

天音が振るう旋空弧月を、荒船は躱す。

避けるのではなく、躱す。

屋内という狭い場所でありながら、荒船は天音の旋空弧月の間合いの外に出て躱して…、いや、躱せていた。

 

殆どの隊員は、旋空弧月の起動時間を1秒に設定して、15メートルのリーチを得ている。しかし起動時間を調整するとこで得られるリーチは変動し、ボーダー随一の旋空弧月の使い手とされる生駒達人がそれに当たる。彼は起動時間を0.2秒まで絞り、40メートルというブレードにしては破格の間合いを得ている。強力無比な技であるが、起動時間の短さゆえに取り扱いはシビアであり、大抵の隊員はこの技の習得を諦める…、というより、なんだかんだ言いながらも1秒で15メートルというのが、殆どの隊員に丁度しっくりくるのだ。

そのため、旋空を使える弧月使いは、15メートルという間合いに関しては大体感覚で捉えられる。

 

そして15メートルという長さは、屋内においてはひどく狭いものだ。開けたショッピングモールの広場や体育館のような場所ならまだしも、工場という設備の中で15メートルを問題なく振るえるだけの場所など、そうそうない。にも関わらず、天音が振るう旋空弧月を荒船は躱せている。部屋一杯に広がり、建物を切り刻んで破壊してしまうはずの旋空弧月を躱せている。

 

なぜか。

 

それは()()()()()()()()()()()1()5()()()()()()()()()()()()()()()

 

「旋空弧月」

 

淡々と呟いて天音が振るう弧月は、リーチが拡張され荒船と柿崎に襲い掛かる。横に薙ぎ、返す刃が柿崎に標準を合わせて向けられ、荒船は天音の視界から外れるように動いて、その弧月の軌跡を観察する。

 

2撃目を防いだ柿崎に天音は動いて距離を調整しつつ斜めに切り上げる斬撃につなぎ、そのまま振り下ろして素早く腕を引く。引ききった後に手首を捻って斬撃を継続させて周囲まるごと薙ぐような大振りを放ち、それの反動を乗せた突きで連続攻撃を終えた。

 

天音は今の旋空弧月が起動している間に、6度剣を振るった。

 

1秒間に6回も何かを振り回すというのは、簡単なことではない。闇雲であったり、決まった動きならまだしも、相手のリアクションを見て適切な選択をしながら6回の斬撃は、人の反応速度が追いつかない。

 

にも関わらず、天音はその連続攻撃をやってのけた。

 

そして二度の攻撃を経てその仕組みに確信を持った柿崎と荒船は、

(天音ちゃんは起動時間を…)

(2秒近くまで伸ばしてきたか)

同時にそう思った。

 

天音が旋空を起動しながら6連続の攻撃を可能にした理由は、単に1秒の起動時間を2秒に伸ばしたからだった。反面リーチは大きく失うが、それでも旋空を起動していない状態の弧月に比べれば十分優位が取れるリーチである。

 

仕組みを看破したが、それを破る手段を2人はすぐに打てなかった。

柿崎は天音の旋空を見て、素直にリーチの外からの攻撃をしようと思った。柿崎には旋空やアサルトライフルによるアステロイドやメテオラなどの中距離攻撃のための手札があったが、それらを柿崎は使えなかった。使おうにも天音の攻撃の標準は柿崎に寄っており、切り替えるタイミングや攻撃の出所をとことん潰されていた。

その点荒船は柿崎よりもトリガーを切り替える余裕があったが、イーグレットやアイビスを使うためには弧月を手放さねばならず、この近距離でその選択をするのは躊躇うものがあった。普段ならば荒船も旋空をセットしているが今回はアイビスをセットしたため、外している。中距離攻撃手段を持っていない荒船は、天音旋空を掻い潜るしか攻撃手段は無かった。

 

(…掻い潜るしか、ないな)

やると決めた荒船はタイミングを計る。

天音は旋空を終えてからワンテンポ開けて状況を見てから旋空を再度起動することを繰り返している。柿崎に意識を割きつつ荒船に注意を向けているが、それでも隙がないほどではない。正直それが出会い頭の時と同じで意図して作られたものに感じられなくもないが、独走する地木隊を止めるためにも、数で優位を取っている今、勝負に出るべきだと荒船は判断した。

(旋空の合間と、天音の注意が俺から離れた瞬間が重なった時、迷わず突っ込むかしかねえか)

 

荒船が作戦を立てると、遠くでベイルアウトの音が続けて響いた。

『荒船くん、半崎くんがベイルアウトしたけど、すぐに穂刈くんが狙撃して諏訪さんを落としたわ』

『わかった』

加賀美が教えてくれた情報に手短な返事を返して、荒船はタイミングを計る。

 

天音の斬撃を避けつつ、意識と旋空のインターバルが重なる一瞬を荒船は探る。数回の旋空を経て、そのタイミングは訪れる。天音の弧月の振り始めと同時に視線が完全に柿崎に向いた瞬間、荒船は突撃をかけた。荒船が思い描いた理想的な状況とタイミングだったが、天音はそれに反応した。

 

意図して作られた隙だったのか、荒船の闘志を天音が捉えたのか、攻撃予知のサイドエフェクトが働いたのか。兎にも角にも、天音は荒船が踏み込んでから身体を反転させつつ左手に持っていた弧月を手放して迎撃を可能にした。

 

 

 

 

そこから天音が見せた対応は常識外れなものであり、後日、本人も、

「なんで、できたか、分かんない、です、けど……。多分、絶好調、過ぎたの、かなと。…もう一回って、言われても、出来ない、ですし……。あ、でも、お母さんなら、出来るかも、です。お母さんから、聞いた技、なので」

と語った。

 

 

 

 

踏み込みながら放たれた刺突を見て天音は右側にわずかに避けつつ、右手で腰につけていたワンタッチで取り外し可能な弧月の鞘を外して逆手で持ち、荒船の繰り出す突きの軌道に合わせて構えて()()()()()()()()()()()()()

「は?」

目の前で起きた信じられない出来事に荒船はフリーズしたが、天音は止まらない。フリーな左手で鞘の先を突き上げるのと同時に鞘をしっかり握った右手を真下に引き下げて荒船の手から弧月を奪い取る。そのまま右手を下にスライドさせて弧月の柄を掴み、左手で持った鞘を引き上げて投げ捨てた。天音の挙動の速さを物語るように遅れて『トリガー臨時接続』の音声が流れ、数瞬前に放っておいた自身の弧月を左手で掴み取り、まるで始めからこの装備だったと言わんばかりに自然と二本の弧月を構えた。

 

常識外れな動きと方法で武器を奪われた上に、より近距離に特化されたスタイルに変化した天音を見て、荒船は弧月を再度展開しながら、引き攣った笑みを見せた。

「…まさかとは思ったけど、これは化け物すぎるだろ…っ!」

誰にも聞こえない声量で呟いた荒船は数歩後ずさった。背後にあるのはメテオラとトマホークで壁を破壊された広い穴であり、当然外に繋がっている。そのため、外の動きが見えていた穂刈が、荒船に警告を促した。

『荒船!飛べ、中に!来てる!月守がっ!…って、来たか、地木!』

警告の声と重なり、外からのトリガーを展開した音と、グラスホッパーを連続して踏む音が続いた。

 

荒船が慌てて後ろを振り向くと、残った隻腕に先にキューブを展開した月守の姿があった。

「ハウンド!」

跳躍しながら月守はハウンドを放ち、荒船はそれを避けながらシールドを展開して工場の奥の方に後退していった。天音はそこに追撃せず、工場に降り立つ月守の隣に並んだ。

隣に並んだ天音に一瞬視線を向けて、月守は尋ねた。

「あれ?神音、右にも弧月セットしてたの?」

「あ、これ、荒船先輩の、です」

「盗ったの?」

「…借り、ました……」

 

敵を前にして繰り広げられる緩い会話に荒船は苛立ちを覚え、隣にいる柿崎に声をかけた。

「ザキさん、ここだけは共闘してこいつら倒しませんか」

「乗らせてもらう」

迷いなく答えた柿崎に、荒船は少しの意外感を覚えた。声や迷いのなさに、なりふり構わない勝ちへの思いが満ちていて、温厚な柿崎から普段は感じ取れない闘志があるように思えた。

 

天音と月守がすぐに攻めてこないのを見て、荒船は続けて問いかける。

「珍しく好戦的っすね。何かあったんですか?」

質問に、柿崎は間髪なく答える。

 

「勝ちたいって思って、それに向かって手を尽くして、選ばないことは、悪いことか?」

 

と。

 

これまた柿崎に似つかわしくない答えであり、そのまま柿崎の言葉が続く。

 

「俺はもう、あいつらが不当な評価をされるのが嫌なんだ。もう、下位にだけは落ちたくない。それだけだ」

 

前回の試合、柿崎隊は下位グループでの試合だった。点数的には中位にいてもおかしくない得点を得ていたが、今季より参戦した地木隊と玉狛第二がラウンド1で大量得点したことにより上に行かれて、落とされた形で下位に甘んじた。

 

戦った上で点が取れずに順位が下がるならば、まだわかる。そしてその上で戦った内容について言われてしまうなら、それもまだわかる。だが、自分たちよりも良いパフォーマンスをしたチームの間接的な要因で順位が下がったにも関わらず、自分たちの力不足のような意見があったのが、彼の心に暗い何かを落とした。直接言われたわけは無い、単なる噂の1つという程度のものだったが、それでもそういう声があったのは事実だった。

 

だから柿崎は、この試合にだけは何が何でも勝つ気で臨んだ。

今まで築いてきたものを曲げてででも勝つ気で、彼はこの試合に出ていた。

 

荒船は柿崎の心のうちの全てを知るわけではない。それでも、柿崎が口にしたことが隊を率いる者ならば誰しもが思い願うことであり、それ故に彼の思いを汲んだ。

「いえ、何にもおかしく無いっすね」

「だろう?…さてと。じゃあ荒船、やるか」

「ええ。…ちょいと生意気なこいつらに、一泡吹かせてやりましょうか!」

弧月を構えた荒船は天音に向かって踏み込み、柿崎はトリガーを切り替えてアサルトライフルを展開して銃口を月守に向けた。

 

2人の動き出しは、急造とは思えないほど動きがあったものであり、勝ちを掴みかけたと思っていた月守と天音の気持ちを引き締めた。

「神音、やるよ」

「はい、りょうかい、です」

それだけ声を掛け合い、油断なく2人を迎え撃った。




ここから後書きです。
とりあえず書いてて、神音やべぇなってなりましたけど、多分それよりも神音母がやばい。
2018年も、読んでくださる皆様に大変お世話になりました。
2019年もまた、本作を読んでくださることを願って今年最後の更新とします。と言っても多分、これ読むのほとんど2019年ですよね(笑)。


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第87話「雪跡」

この戦闘で勝負が決まると見切った実況担当の武富桜子は、ここぞとばかりの声で観覧席を盛り上げていた。

『さあ、試合もいよいよ大詰めとなりました!工場内のフロアでは月守隊員と天音隊員のコンビと、荒船隊長&柿崎隊長の両隊長のタッグによる熱戦が!そしてはたまた別の工場では身を隠し続ける穂刈先輩と、バッグワームを着て探す地木隊長による緊張感あふれる隠れんぼが展開されています!』

 

隠れながらも慎重な動きで移動する穂刈と、持ち前の機動力で屋内を駆け回る彩笑が映し出されているモニターを見て解説の烏丸が口を開いた。

『穂刈先輩は諏訪さんを狙撃した際に地木隊長に姿を見られていますが、その後素早く姿を上手く隠してから、物音を立てないように慎重に下のフロアに移動してますね。逆に、地木隊長の機動力を生かした捜索は脅威ですが、今探しているのは上のフロアなので、すぐに見つかってしまうということは無いと思います』

『しかし…、それでも地木隊長が有利に見えますね』

『十分なスペースが無いタイプの工場なので、アタッカーが有利ですね。ですが逆に穂刈先輩が地木隊長に気付かれることなく工場から離脱できたなら、決定的な狙撃の機会がもう一度訪れるので、チャンスの一歩手前にいる状態になります』

『なるほど…』

解説に一区切りついたところで、武富は那須の方を見ながらもう1つの戦闘へと話題を振った。

『柿崎隊長達の方は、完全に実力勝負になりそうですね』

『そう…、ですね。一見、普段から連携を取っている月守くんと天音さんの方に分がありそうですけど、月守くんは片腕とトリオンを大きく失ってるので、かなりリスキーで…。その一方で、柿崎隊長と荒船隊長とのタッグは即席とはいえ、個々でもマスタークラスの腕前はありますし、それになにより普段からのランク戦でお互いの手の内は知り尽くしていますので、連携は取りやすいと思います』

那須の言葉を体現するように、モニターでは互いの死角や隙をカバーし合って天音と月守の攻撃を裁く二人の隊長の姿が映っていた。オールラウンダーの万能性と4年の経験値を持つ柿崎と、狙撃のためにログを幾度となく確認してあらゆる隊員の動きの癖を熟知している荒船によるタッグは、即席とは思えない程に形になっていた。

 

隠れんぼと、タッグバトル。

試合はまさに、決着の時を迎えようとしていた。

 

*** *** ***

 

鋭い踏み込みから繰り出される荒船の斬撃を天音は身を引いて紙一重で回避して、その速さを殺さず素早く攻撃に転じる。2本の弧月の優位性を活かし手数を増やして攻め立て、荒船はそれを回避しつつ避けきれないものを受太刀でいなす。手数を重視した天音の太刀は回転数が上がったが、荒船は元から天音が二刀流で来るかもしれないといと想定して試合に臨んでいたため、天音の攻撃はかろうじて捌くことに成功していた。

そんな荒船に月守がハウンドで牽制をかける。キューブを細かく分割し、それぞれの放つタイミングを少しずつズラして荒船に対応を迷わせようとしたが、

「ザキさん!シールド頼みます!」

「まかせろ」

荒船は柿崎にフォローを要請し、柿崎は荒船に代わってシールドを展開して全てのハウンドを防いだ。続けざまに、今度は柿崎が荒船にオーダーを出す。

「荒船、そのまま天音ちゃん抑えててくれ」

「了解っす」

柿崎はアサルトライフルを構えたまま踏み込んで月守との間合いを詰める。そして射撃戦から白兵戦の間合いになったところで弧月を抜刀した。

 

接近戦に持ち込まれた月守に天音は一瞬視線を向けたが、その視線が来るのがわかっていたかのように月守は天音と視線を合わせて、

「神音、そのまま」

左手の掌を向けながらそう言って、天音に荒船と戦い続けるように指示を出した。直後に柿崎は月守に切り込んだが、月守はそれを身を引いて躱した。そのまま柿崎は連続で弧月を振るって切っ先を掠めて月守に小さな切り傷を与えていくが、致命傷に至る攻撃にはならなかった。

 

「よく避けるな、月守」

「馬鹿げた速さの相方の剣を毎日見てますから。あとは、まあ…、不知火さんに散々いじめられたので」

「いじめ?」

「隙ありです」

会話の最中に月守はそう言い、左手で柿崎の両目を躊躇いなく突きにかかった。だが、それはただのフェイクだった。本当は柿崎の剣技に露骨な隙など無く、月守は斬られる覚悟で強引に特攻に出て柿崎を崩しにかかった。

 

柿崎は月守の目突きを落ち着いて避けたが、回避のために攻撃は止まり、月守はその隙にバックステップを踏んで距離を開けた。ステップと並行して左手を引きながらキューブを生成する。

 

(腕引きながらバイパー用意して…)

 

行動を思い描く月守に向けて、

「そこからバイパーか」

柿崎はそれを見切ったように宣言する。

「正解です」

律儀に月守は答え、バイパーを放った。

 

腕を引ききったところで背後にバラまくようにキューブを散らして放ったバイパーは、狭い室内を一杯に使うように弾道を描いて柿崎のみならず荒船にも襲いかかった。

 

攻撃を見切っていた柿崎は、荒船に指示を出す。

「バイパーだ荒船!一旦引け!」

「どうもですザキさん!」

荒船は天音の剣を強引に弾いて攻撃に間を開けて、大きく下がりながらシールドを展開した。

下がる荒船を見て天音は追撃の構えを見せるが、

「神音、一回下がろうか」

「はい」

月守の指示を素直に聞き、荒船と鏡写しのような動きで下がった。

 

天音が隣に来たのを見て月守は今一度、柿崎と荒船と向き合って、どう立ち回るか考える。

(うーん、厄介…。当たり前と言えば当たり前だけど、柿崎さんはチームメイトのリスクを考える必要が無くなった分、自分のことにしっかりと気を回せるから動きのキレが増してる。柿崎さんは基礎がちゃんとしてる分、こうなったら崩すの難しい…。おまけに、どういうわけが俺の動きも読まれてるし。…散々ログ見れば、癖なんて何個も出るだろうし、きっとそれかな)

2人の動きを観察しながら月守の思考は続く。

(荒船先輩も単純に強いし、おまけに左利き…。普段左利きの弧月使いと対峙することがない分、天音も少しやりにくそうにしてる…。けどそれ以上に、連携をきっちり取れてるのが予想外。今は声かけあってリスク回避してることに終始してるけど…、これ以上時間かけて精度あげられたら困るな)

 

月守が厄介だと感じている荒船と柿崎による即興の連携だが、それこそがランク戦の成果である。3ヶ月に渡るシーズンでほぼ同格の相手と何度も何度も戦うため、隊員間でそれぞれの戦闘スタイルについての理解が深まる。互いを理解し合うことで即興でもある程度の連携が可能となり、それは万が一(大規模侵攻)の事態が訪れた時に強敵を打ち破るだけの力を発揮する。

そしてその隊による垣根を越えた連携による力は、2シーズン分のチームランク戦に参加していなかった地木隊には無いものだった。

 

自分たちには無い力を見せつけられた月守の表情が、ほんの少しだけ口惜しそうなものへと変わる。注視していなければ気付かない程度の変化だが、月守のその変化を、横目でチラリと見ただけで天音は気づいた。

「月守先輩、あの…、大丈夫、ですか?」

たまらず声をかけた天音に向けて、月守は一瞬だけ驚いて目をパチパチと瞬かせたが、すぐに穏やかな表情へと変わった。

「うん、大丈夫だよ、神音」

言いながら月守は右隣にいる天音の頭に右手を伸ばそうとしたが、アイビスによる狙撃で肩から先は無く、もどかしく思いながら月守は天音の頭を撫でることを諦めた。代わりに、小声で天音に問いかけた。

「神音。荒船先輩と柿崎さんの気を…、一瞬だけ逸らすような何かをしてくれない?」

「…一瞬で、いいんです、か?」

躊躇ってから確認するようなその言葉の奥には「それ以上に気を引くこともできますよ」と言いたげなものが隠れていた。

 

この戦いを通じて、月守は天音の成長を十分に感じ取った。

柿崎隊との戦闘の中で、所々視界の端に写っただけだが、その僅かな部分だけでも剣技の上達は見て取れた。

並んで戦っているその僅かな間でも、自分以外の状況を十分に気にかける余裕や安否を気にする心配りが生まれていることが分かった。

加えて今の発言で、天音には余力にも似た何かがあることと、それに対して自信を持っていることが分かった。

 

今日の天音のパフォーマンスがかつてないモチベーションに起因して補正されていることを差し引いたとしても、大規模侵攻以前より明らかに成長していた。

 

(アフトクラトルのブラックトリガーの使い手…、ヴィザおじいちゃんだっけか…。あの戦闘が、よっぽど大きな経験になったんだろうな)

天音が文字通り命をかけて戦ったあの一戦がもたらした成長に、月守はわずかな末恐ろしさを覚えたが、それ以上に嬉しさや好奇心にも近い感情が心の中に湧き出ていた。

 

 

天井知らずに成長する天音(きみ)がどの境地まで辿り着くのか見てみたいと、素直に思った。

 

 

 

しかし月守はそれらの感情全てに一度蓋を閉じた。意識を戦闘へと引き戻して、天音の質問に答えを返す。

「そう、一瞬でいい。そしたら俺が2人を崩すから、神音はそこを仕留めて」

「はい、わかりました」

「うん、いい返事だ」

 

月守が言い終えたところで、天音はすぐさま、

「旋空…」

この試合で何度も放った得意の一太刀の構えを取った。

 

 

 

 

 

その頃、少し離れた別の工場では、

『真香ちゃーん!ポカリ先輩見つからないんだけど!』

『私も探してますよ、もうちょっと待ってくださいね』

穂刈を仕留めようとしながらも見失った彩笑が真香に泣きついていた。

 

穂刈が諏訪を狙撃で仕留めた直後、弾の出所を見ていた彩笑は特攻をかけたが穂刈はすぐさま身を隠した。スナイパーは隠れることに関して高い能力が求められるポジションであり、穂刈とてそれは例外ではない。

6階建ての工場という地形で、本気で隠れたスナイパーを見つけるのは困難を極める。そのことを知っている彩笑は、元スナイパーである真香にフォローを求めた。

 

真香は彩笑の索敵と並行して、穂刈の潜伏位置の予測及び絞り込みを行なっていた。立体マップを使って彩笑が索敵した位置を削除して、残るフロアの中から穂刈の性格や行動の傾向等を元にして潜伏している可能性が高い場所を、真香は予想して絞っていく。

(試合は終盤で、穂刈先輩は追われてて逃げ場は建物の中にほぼ制限されてる。似たような状況は最近…、あった、前の試合。あの時穂刈先輩はベイルアウト覚悟で荒船先輩のフォローを選んだ。なら、今回もそれかな)

穂刈の狙いが逃げでなく攻撃だとあたりをつけた真香は逆算を始める。

(狙うならしーちゃんたちのところ…、地木隊長バッグワームしてるし、位置バレしないから除外。月守先輩がメテオラで開けた大穴があるからそれを使った狙撃…、角度がある工場の上の方から…、いや、その辺の場所はもう地木隊長が探した。ならフラット、同じ高さ、同じ階層から!)

2つの工場の位置、月守が開けた穴の位置、それぞれの高さ、窓の位置、etc…、あらゆる要素から、真香は穂刈が潜んでいる可能性が最も高い位置を探り当てた。

 

『位置絞れました!工場の2階で…、立体マップ送ったのでそれ見て色つけた部屋に向かって下さい!』

『オッケー!』

彩笑の視界に映し出されたのは、今いる工場の立体マップ。マップでは4階に居る彩笑の現在地が逆四角錐のマークで示され、2階にある部屋の1つが赤くなっており、そこまでの最短ルートも表記されていた。

 

一見しただけで分かる丁寧で親切な真香らしいマップで、彩笑は見た瞬間にその仕事ぶりに感心して動きだす。

(真香ちゃん、ほんっといい仕事してくれる。けど、ごめんね)

彩笑はその丁寧さに感謝しながらも、心の中で謝罪した。なぜなら真香が示した正式な最短ルートより上の、超最短ルートが彩笑には見えていたからだ。

彩笑は移動のために必要な階段をスルーして、スコーピオンで壁を斬って外への抜け穴を作り、そこから入り込む冷たい風を感じながら、楽しそうに笑いながら飛び出した。

 

「斜め下!」

真香が示した場所に向けて狙いを定めた彩笑は、そのまま工場の外壁を斜めに疾走する。かつて大規模侵攻で本部がエネドラに急襲された際に駆けつけた忍田が見せたのと同じ外壁走行で、彩笑は穂刈が潜んでいるであろう部屋に向けて急速に接近していった。

 

 

 

 

 

異なる建物でありながら、月守がメテオラで開けた穴と同じ高さの階で、丁度正面に見ることができて、扉を全開にしてしまえば障害物は透明な窓1枚だけ。そんな奇跡的な条件を満たす場所が1つだけあった。

 

穂刈は諏訪を狙撃した瞬間を彩笑に見られた時点で、自分は地木隊に1点献上することを覚悟した。多少上手く隠れて時間を稼ぐことはできたとしても、最終的には見つかると半ば諦めた。

逃げきれないと割り切ったことでベイルアウトまでに何が出来るか考えた結果、オペレーターの加賀美の協力も得て、隠れることと攻撃を両立させることができるその部屋を見つけた。

 

息を殺してスコープを覗き、引き金を絞るその瞬間を穂刈は淡々と狙い続ける。今すぐにでも彩笑に見つかるかもしれない緊張感の中、その時は訪れた。

 

穴から見えていた荒船と柿崎の視線が不自然に動き、態勢が少し崩れた次の瞬間、2人めがけて一直線に突撃する月守の姿が穴から見えた。

 

それはスナイパーとしての経験や培った感覚が迷わず撃つべきだと叫ぶほど、決定的なタイミングだった。照準をピタリと月守に合わせた穂刈が引き金に掛けた指を動かした瞬間、

 

「ビンゴっ!」

 

彩笑が唯一の障害物だった窓を割って冷たい風を室内に運びながら、穂刈の元に辿り着いた。

 

「来たか」

彩笑の登場に穂刈は一瞬だけ驚きはしたものの、瞬時に冷静さを取り戻した。同じ建物に入り込まれた時から覚悟していた見つかる瞬間が今だったのだと思い、素早く照準を合わせ直す。

 

そして穂刈は目の前に迫る彩笑に対して慌てることなく、落ち着きを持って引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

弧月を奪い取って二刀となった天音だが、当たり前のようにその二刀はもともと想定していたものではない。故に、サブ側である右手には得意の旋空はセットされていない。

左足を前に出して右足を引き、左手に持つ弧月は右腰に挿した鞘に並べ、右腕は左腕の上を覆うようにして顔を弧月の刀身で守るように天音は構えた。

構えと同時に呟かれた「旋空」の一言に反応して、荒船と柿崎の意識は唯一旋空を繰り出せる左手の弧月に向く。

 

旋空に対して回避するか防御するか、それとも出所を潰しにかかるのか。あらゆる可能性があったが天音はそれらを全て無視して、相手の意識が左手に向いたその瞬間、動いた。

 

「ん」

素早く右腕を引き、引ききったところで上半身の捻りだけの力で弧月を2人に向けて投げつけた。

 

得意の旋空を囮にして弧月の投擲を行った天音だったが、それはあくまで即興で繰り出したものであり、一連の動きの練度は低く、投げつけた弧月には速さと威力が乗らず、狙いも雑で2人がほとんど動かなくても当たらないような、そんな一発。

 

攻撃としてはひどく拙くて、緩い。でもそれで良かった。

 

思いがけずに投擲された弧月に荒船と柿崎が咄嗟に反応する。

そのタイミングで、月守は動いた。

 

事前にすぐに展開できるようにしていたグラスホッパーを足元に1つ用意して踏みつけて、低い姿勢で最短距離を駆ける特攻で一気に間合いを埋める。

一呼吸遅れて荒船は弧月、柿崎はアサルトライフルを突撃してくる月守に向け、それぞれがサブトリガーにシールドをスタンバイさせて月守から来るであろう攻撃に備えた。

 

2人の対応自体は月守の予想の範囲内だった。普通なら特攻が間に合わず迎撃されるが、2人の初動は天音によって少しだけ遅れている。

そのマージンがあればギリギリで間に合う。

月守はそう思っていたが、柿崎の動きが荒船よりも、そして月守の予想よりも早かった。

 

間に合わない、月守がそう思ったのと同時に柿崎は引き金を引いた。

 

だが、その銃弾は月守に届かない。

 

「「なっ…!?」」

撃った柿崎、撃たれるはずだった月守の両名が混乱する中、ただ1人、天音だけはアサルトライフルの銃口の先に圧縮シールドを展開して防いだ天音だけが、冷静な目でいた。

 

この時点で何が起こったのか、月守は理解できていない。

攻撃を決めるのに絶好の機会が訪れた。ただ、それだけが分かっていた。

 

弧月で上段から斬りつけてくる荒船に向けて月守はキューブを生成した左手で、下から迎撃するような素早い掌底を繰り出す。荒船は月守が至近距離で射撃してくる可能性を警戒して伝達脳と供給器官にシールドを張っていたが、月守の狙いはそこではなかった。

 

弧月と月守の掌底の先にあるキューブが当たる直前、キューブが黒へと変色し、キューブと弧月の刀身がぶつかった瞬間に黒い六角柱が生成されてズシリとした重さが荒船に襲いかった。

「っ!?」

急に加わった重さに荒船が体勢を崩した。

 

鉛弾(レッドバレッド)…っ!」

荒船はすぐにそれの正体を看破するが、すぐに体勢を立て直すことが出来なかった。決定的なまでの隙を作られた荒船だが、月守はもう彼を見ていない。月守の視界には映っていないが、天音が自分に続いてくれていることを信じて、月守は素早く態勢を立て直す。

 

荒船が崩れる中であっても冷静に弧月で斬りかかってきた柿崎に、月守は標的を切り替えていた。交錯の瞬間にレッドバレッドで荒船を崩してから、次の攻撃へと持ち込む月守の動きに無駄なものは無かった。だがそれでも月守の攻撃は間に合わない。シューターの特徴であるキューブの設定を施す少しの時間が僅かなロスになったことに加え、柿崎がアサルトライフルを素早く放棄して弧月に持ち替えて攻めに出た動きの方が早かった。

 

再び月守が間に合わないと感じた、その瞬間。

 

月守の左肩にアイビスの弾丸がめり込み、左腕が宙を舞った。左肩からの僅かな痛みや感覚の消失などに月守の理解は追いつかないが、アイビスの弾丸はそのまま突き進み、月守の目の前にいた柿崎も貫いた。

 

視覚の外からの予想外の一撃を食らった月守だったが、その状況によって右腕を失った時のことがフラッシュバックし、穂刈にアイビスで撃たれたのだと直感的に理解した。

 

両手と残ったトリオンをほぼ全て失った月守だったが、この先どうするかを考える必要はなかった。

左肩を撃たれた月守とは違い、柿崎が受けた1発は腹部を大きく抉って上半身と下半身が分離させ、あっという間にトリオンが吹き出して戦闘体が限界を迎えた。

同時に、月守の背後では天音が指示に従って、態勢が崩れた荒船を仕留めていた。また直後に、

『ポカリ先輩仕留めたけど、最後に1発撃たれちゃった!2人とも大丈夫!?』

という彩笑の通信が届いた。

 

3人分のトリオン体が爆散する音が響き、それをもって月守は勝利が手に入ったことを確信した。

 

勝ちを確信してから、月守は彩笑の声に答える。

『最後それに撃たれた』

『うへー…、あの状況できっちり当てるスナイパーってヤバいね』

いつものような、緊張感がどこか抜け落ちたようなテンションで会話する2人だが、月守のトリオンは絶えず漏れ続けている。戦闘体にも限界を示すヒビ割れがみるみると広がっていく。

 

傷口を抑えようにも両手を吹き飛ばされた月守にはどうすることも出来ず、

(この1点は荒船隊かな…?)

などと呑気に考えながら、点数勘定を始めていた。

 

ベイルアウトを受け入れた月守はゆっくりと倒れながら、完全に油断していた。

ハンティングゲームにおける討伐終了後の素材回収時間のようなもので、ただその時間が来るのを待つだけだった月守に、この試合最後の予想外が訪れた。

 

カランという甲高い音が…、弧月を床に投げ捨てた音に驚き、月守は思わず背後を見た。するといつのまにか月守の眼前まで迫っていた天音がいて、天音はそのまま両手で月守の傷口を覆い隠した。

 

「し、神音…?」

天音の行動に呆気にとられた月守は呆然と名前を呼ぶ。

 

もう間に合わないよ。

ただのベイルアウトだから大丈夫。

俺が退場してもしなくても勝ちは変わらないよ。

離して大丈夫だから。

 

天音にかけるべき言葉が幾らでも浮かんでくるが、それが月守の口から出ることは無かった。目の前で今にも死にそうな人のために、ただただ助けたくて必死になっているような天音に、月守は気圧された。

 

しかし天音の行動も虚しく、月守の傷口は塞がらずにトリオンは流れ続け、その全てが枯渇した。

 

そしてベイルアウトする寸前になった月守は、

「…っ、トリオン体でよかった」

その一言だけ呟いた後、

『トリオン漏出過多、ベイルアウト』

戦闘体の限界を示す音声を聞き入れ、静かに雪が降り続けていた戦場から退場していった。



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第88話「彼女は今でも正解を探している」

(…もうちょっと優しくマットに戻してもらう仕様に変えてほしいな…)

月守はベイルアウトする度にそう思っているが、いつまで経っても実行に移せないでいた。

 

「月守先輩、お疲れ様です」

さて身体を起こそうか、と思っていたところでオペレーターの真香がゆったりとした足取りで近寄り、労いの言葉をかけた。

「ココア飲みます?」

ひんやりと冷えたココアの缶を差し出され、月守はそれを受け取る。

「飲むけど…、そろそろ彩笑がココア無くなりそうとか言い出しそうだね」

「あ、それなら大丈夫です。今朝冷蔵庫見たら、減った分がしっかりと補充されてました。多分、誰も見てない時に補充してるのかと…」

「新手の妖怪かな」

 

彩笑のことを妖怪呼ばわりする月守に真香は微苦笑を見せた後、何かを思い出したような表情で月守に問いかけた。

「ところで月守先輩、試合終了間際にしーちゃんとの反応がマップ上でほぼほぼ重なってましたけどあれって一体何が…」

しかし真香が言い切る前に、隣接しているベイルアウト用マットに彩笑と天音が帰還してきて、

「大っ!勝ー利っ!」

心底嬉しそうに彩笑がチームの勝利を祝った。

 

子供のようにはしゃぐ彩笑に倣って月守は自然に笑いながら言葉を投げかけた。

「テンション高いね」

「嬉しいもん!…あっ!?っていうか咲耶勝手にボクのココア飲んでるし!」

「たくさんあったから」

「うー…、せめて一言くらい断ってよー。せっかくさー、ボクが夜に『明日冷えてるといいなー』って思いながら冷蔵庫に補充してるのに…」

若干拗ねながら話す彩笑を見た月守は、

(いつかこいつのこと『妖怪ココア冷やし』って呼ぼう)

と、意味もなく心に決めた。

 

地木隊のベイルアウトマットは出入り口に近い順番に彩笑、月守、天音となっており、月守は拗ねる彩笑から視線を外して逆側にいる天音の方を見た。

「神音も、お疲れ様」

やんわりとした笑みで月守が言うと、

「…お疲れさま、でした…」

天音はか細い声で答えた。月守とは対照的に天音はやや伏し目がちながらもいつも通りの無表情だが、どことなく落ち着かない様子だった。

 

(試合であれだけ凄かったのに、終わってすぐにこの落差…)

戦闘時の天音と今の天音との落差に月守は興味を持ちつつもそれには触れずに、月守は再び彩笑の方を見た。拗ね続ける彩笑に向けて、月守は提案する。

「とりあえず、試合の解説聞く?多分今頃、京介と那須先輩がもう試合の解説始めてると思うけど…」

「あっ!それもそうだね!んじゃ、みんな大部屋に移動して解説聞きに行くよ!」

提案を受けた彩笑は素早くマットから降りて移動していき、月守と天音、そして真香の3人は少し遅れてその後に続いた。

 

月守の言った通り、彩笑が観覧席との音声を繋いだ時には烏丸と那須そして武富による解説はすでに始まっていて、4人は中途半端なところから解説を聞くことになった。

 

*** *** ***

 

『試合終了!最終スコアは7対3対1対1…、です!』

試合のスコアを読み上げた武富が一瞬だけ違和感を覚えたが、すぐに払拭して、そのまま得点の内訳を説明し始めた。

『地木隊が生存点込みの7点、荒船隊が3点、諏訪隊と柿崎隊がそれぞれ1点となっていますね。どうやら最後の月守隊員のベイルアウトは、トリオン漏出によるものであり、最も多くのダメージを与えた柿崎隊長の得点のようです!』

得点について、烏丸が補足する形で意見を口にした。

『タイミングが僅かにズレていたら穂刈先輩の得点になっていた可能性もありましたが…、序盤の乱戦から最後まで月守と対峙し続けていた柿崎隊長に軍配が上がりましたね』

『紙一重でしたね』

 

得点の整理が終わったところで、解説は試合終盤の戦闘へと移った。

『月守隊員のベイルアウトで幕を閉じた試合でしたが、終盤はなんだかあっという間にベイルアウトが続きましたね。あれは…、工場の中に潜んでいた穂刈先輩が地木隊長に見つかるもベイルアウト覚悟でそのまま攻撃を敢行、そしてその攻撃が別のビルで戦っていた月守先輩と柿崎隊長の2人を射抜く狙撃。それと並行して天音隊員がレッドバレッドで動きが鈍った荒船隊長を撃破したという形だと思いますが、那須隊長から見てどんな風に思いましたか?』

確認する形で話す武富の言葉を聞き、那須は頷いて肯定を示した。

『流れとしては、武富さんの言う通りだと思います。私としては…、月守隊員がレッドバレッドを、荒船隊がアイビスといった隠し球をしっかりと決めてきたところが印象的でした』

『それは確かにそうですね。月守隊員はレッドバレッドがあったからこそ荒船隊長の動きを止めることに、穂刈先輩はアイビスがあったからこそ2人抜きが成功したわけですし…』

『それぞれ上手く決まっていましたので、今後は正式にトリガー構成の中に組み込むかもしれませんね』

烏丸は発言しながら小さな疑問を感じ、その疑問について思考を始めた。

(…月守のやつ、トリガー構成が攻撃にかなり特化したな。戦闘で使ったトリガーを見る限り、8種類のトリガーを使ってる。フルガードもできないし、最大火力だろうギムレットも捨てて、幅広い攻撃ができる構成を組み上げたってところか)

後で月守にどんな意図があってのトリガー構成なのか確認しようと思った烏丸はそこで考察を切り上げた。

 

武富は話題を試合終盤のものから、全体を通してのものへと変えた。

『雪が降り積もる今回の試合、振り返ってみていかがだったでしょうか?』

質問に対して、普段から同じ条件で試合を重ねている那須が素直に思った事を答えた。

『主導権を奪い合う試合、だったかなと思います。序盤は天候設定で柿崎隊が他チームより優位に立って試合を進めていましたけど、乱戦になってからは地木隊が主導権を握りかけて…、でも完全に握る前に、荒船隊が狙撃でそこを崩した…。主導権をいかにして握るのか、というのがこの試合のポイントだったかなと…』

『目まぐるしく動いていた試合、ということですね』

『あ、はい。…勝った地木隊は当然として、柿崎隊は連携、荒船隊も狙撃で、自分たちの持ち味は十分に出せていた試合だったと思います』

 

2人の解説に、烏丸が再度補足する形で意見を挟む。

『主導権争いに上手く割り込まなかった諏訪隊は、開始早々に天音隊員に笹森を倒されたのが痛かったですね。諏訪隊長と堤さんの2人の連携は練度が高かったですが…、笹森がいるかいないかで諏訪隊の動きは大きく変わるので、諏訪隊は今回思うように動けなかったようですね』

 

烏丸の意見に天音の名前が出たのを受け、武富は話題を天音のものへと移した。

 

『今回の試合は序盤から、天音隊員が躍動していた印象がありましたね』

『復帰第1戦目ということもあったので、張り切っていたんだと思います。それに触発されたのか、地木と月守の動きも前の試合とはだいぶ違いましたね』

『あー、それは見ていてそう思いましたね。なんというか、生き生きしてる感じがありました!』

烏丸と武富が言う「地木隊の動き」に関しては那須も思うところがあり、言葉には出さないものの、

(…もしも咲耶が前の試合で今回みたいに動いてたら、もっと危なかったかも…。この先当たることがあったら、気をつけなくちゃ…)

前回の試合と比較して、そう考えていた。

 

話しながら武富はチラッと時計を見て時間を確認し、解説を纏めるべく総括へと話の舵を切った。

『試合の主導権を取り合うという同じ条件で、結果は地木隊が7点の大量得点で勝利というものでした。勝因はどんなところにあったと思いますか?』

 

地木隊の勝因は何か、という問いかけに烏丸が迷わずに答えを告げる。

『戦場に3人が揃っていたこと、ですね。圧倒的な速さの地木、スタミナと攻撃のバラエティに富んだ月守、近中距離の間合いでオールマイティに活躍できる天音隊員。十分に動ける3人が状況に応じて柔軟に、それでいて素早く布陣を組み替えて戦う…、常に有利というか不利な対面を作らずに戦えるという地木隊の強みを終始発揮していたのが、勝ちに繋がった要因です』

烏丸が語る地木隊の勝因に思うところがあった那須は、少し間を開けてから自身の考えを口にした。

『試合を見ていてもメンバーの誰か1人を切り離して戦う場面が多々ありましたけど、どの組み合わせになっても連携は滞りありませんでしたし…、何より、組むペアによって戦法がガラリと変わるのは、相手からすればかなり厄介だと思います』

『あの3人が自由に動き回る地木隊を相手にするのはA級部隊であっても一筋縄ではいきませんからね。しかしその分、1人離脱した時は一気に痛手になります。戦力ダウンというより選択肢の幅が大きく狭まるので、それだけで相手はかなり戦いやすくなるはずです』

『そういう意味では、途中の柿崎隊はすごくチャンスでしたね。3対1になった局面で月守隊員をベイルアウトに持っていけたら、試合をかなり優位に進めていけたと思いますが…、あと一歩踏み込めなかった感じがありました』

『ですね。恐らくあの戦闘が、今回の試合に最も大きな影響を与えた場面だったと言えます』

 

烏丸が発言を終えると、会場のモニターに映っていた画面が現在の暫定順位を反映したものへと切り替わった。

『おおっと!ここで暫定順位が更新されました!7得点の地木隊の得点が玉狛第二を1点差で上回っての6位で上位入り!ここまで上位だった東隊と香取隊が中位に下がり、荒船隊、諏訪隊は中位にとどまりましたが、柿崎隊は再度下位に後退するという結果になりました』

同時に次戦の対戦カードも発表され、それを見た烏丸が興味深そうな表情を見せながら小さな声で「面白い組み合わせだな」と呟き、組み合わせを読み上げていった。

『四つ巴の上位の対戦カードが、二宮隊、生駒隊、弓場隊、王子隊。三つ巴の方が影浦隊、地木隊、玉狛第二ですね。…私見ですが、三つ巴の試合が面白味があるかな、と…』

烏丸の言わんとする事を理解した那須が「そうですね」と同意した後に、

『上位に入り込んだ2チームがいるだけでなく、どのチームにも凄腕のスコーピオン使いがいますね』

『ええ。しかし、一口にスコーピオン使いと言っても3人の戦闘スタイルはバラバラなので、それがどうぶつかるのが楽しみです』

 

次戦の見どころを烏丸か説明したところで武富が、

『そんな次戦のランク戦は1週間のお休みを挟んだ2月15日になります!烏丸先輩、那須隊長、解説ありがとうございました!』

『『ありがとうございました』』

『はい!では以上をもって、B級ランク戦ラウンド3夜の部を終了いたします!』

そう言って全てを締めくくった。

 

*** *** ***

 

試合が終わってから、わずか30分後。

「あ!柿崎さんお疲れさまです!」

「地木か。お疲れさん」

彩笑と柿崎は通路でバッタリと出くわした。

 

柿崎は試合の結果を引きずったそぶりを見せず、普段と変わらぬ態度で彩笑に話しかける。

「こんなところをウロウロしてどうしたんだ?」

「えーと…、ちょっと時間があったのでソロランク戦やろうかなー…って思いまして…」

「…こことランク戦のブースは真逆なんだが…、もしかして迷ったか?」

「もしかしなくても迷ってます…」

 

気まずそうに笑う彩笑につられて柿崎は苦笑して、大雑把な方向を指差しながらブースへの行き方を説明した。

「ありがとうございます!」

行き方を教わった彩笑は笑顔でお礼を言った。

「わざわざお礼を言われるほどのことでもないさ。…それにしても、本部で迷う地木が、どうして戦闘中は迷わないんだ?」

「そう言われてみれば…?なんでかな…?」

指摘されるまで彩笑自身も疑問に思っていなかったため首を傾げたが、少し考えるそぶりを見せてから、

「んー…、きっと、どのフィールドでも『痛い目』をみてるから、それで覚えてるのかなー…、って思います!」

と、自ら結論付けた。それを聞いた柿崎は、地木らしい理由だなと納得してから、どこかからかうように、

「まあ、本部で迷うってのも少し困る程度のことだし、別にいいんだが…。もしネイバーが本部に侵入してきたら地木は苦労しそうだな」

「うへぇ…、それは困りますね…。そんな事が起こらないよう祈ります…」

言いながら彩笑はその小さな両手を合わせて本当に祈っていた。

 

祈り終えた彩笑は、周りをきょろきょろと見回してから、柿崎に尋ねた。

「というか、そういう柿崎さんはなんでここにいたんですか?」

「俺か?俺は…、ちょっと歩いて時間を潰してたんだ。この後、防衛任務だからな」

「ああ〜、ランク戦と防衛任務が連チャンする辛いやつですね」

「辛いやつだな。けど、どこの隊でもそういう時はあるからな」

 

話しながら柿崎の脳裏には先ほどの試合のことがよぎり、小さく息を吐いてから、

「…さっきの試合は完敗だったよ。やっぱり、元A級ってのは伊達じゃないな」

目の前にいる、小さな隊長に賞賛の言葉を送った。

 

褒められた彩笑は思わずはにかんだ笑顔を浮かべた。

「ありがとうこざいます。だけど、柿崎隊も強かったですよ。序盤もそうでしたけど、途中で咲耶がやられかけた時はすっごく焦りました」

「…でもあれは、月守の作戦だったんだろ?思い返してみれば、どことなくワザとらしいところもあったし、何より反撃が物凄かったからな」

「そうみたいですね。でも…」

「…でも?」

 

言い淀んだ彩笑は再びきょろきょろと周囲を見渡して、誰も近くにいないことを確認してから、小声で「本当は言わないでって言われたんですけど」と前置きをしてから、会話を再開した。

「ぶっちゃけ、あれは咲耶も賭けだったって言ってました」

「賭け…?」

「はい。今回の試合、柿崎さん色々と…、普段やらないこと仕掛けてたじゃないですか。だから咲耶あの時戦いながら『もし柿崎隊がまだ何か手を隠してたらヤバい』って思ってたって、さっき試合終わってから言ってたんですよ。だから本当は、もっとギリギリまで粘って粘って、それこそ本当にベイルアウトする直前まで耐えて、柿崎隊の手札を全部引き出そうとしてたって、言ってました」

「…そうか」

 

言われて柿崎は戦闘中のことを思い出した。

(あの時追い詰めたかもしれないと感じたのは…、半分は騙されていたが、もう半分は本当だったってことか…)

そんな物思いにふける柿崎の心情を気付かない彩笑は御構い無しに言葉を続ける。

「あと…、作戦会議の時に咲耶が何回もボヤいてたんですよ。柿崎隊はなんでもできるって…、それも、羨ましそうに言ってました」

「俺からすれば、1人1人にしっかりとした特技がある地木隊の方が羨ましいが…」

「いやいやいや柿崎さん。しっかりした特技って聞こえはいいですけど、その分個人のバランスは悪いですからね?ボーダーが出してるボク達3人のパラメーター見たことあります?ボクのはこれでもかってくらい歪ですし、咲耶は縦に細いし、神音ちゃんは左側どうしたの?って感じですからね!」

 

言われた柿崎は地木隊メンバーのパラメーターを思い浮かべ、確かに歪だなと思って僅かに苦笑した。

「言われてみれば、確かにそうかもな。でもそれなら、俺たちのはよく言えば何でもできるだが、悪く言えば器用貧乏かな。実際、陰でそう言われてるしな」

自虐的に柿崎が発言すると、途端に彩笑はムッとした。

「言わせておけばいいんですよ!そういうのは!どうせ、そんなこと言うのは何もしてない人なんですから!」

「お、おう」

今の今まで笑顔だった彩笑が急に怒り出したことに柿崎は驚くが、彩笑の口はそんなことでは止まらなかった。

「もうねー、ボク本当に嫌いなんですよ!結果とか見てこうすればよかった、あれがダメだったとか、ちょっと偉そうに上から目線で言い出す人!どうせそういう事を言ってる人だって同じ状況に放り込まれたら正解じゃない行動するんですから!」

「わかったわかった。地木の言いたいことはわかったから、少し落ち着いてくれ」

放っておけばどこまでも話し続ける勢いだった彩笑を柿崎は慌てて落ち着かせた。来客に対して警戒心を向ける猫のような落ち着きのなさだった彩笑は次第に冷静さを取り戻した。

「とにかく。柿崎さんはそういう…、目に見えないところからの声なんて気にしなくていいんですよ」

「ああ、そうするよ」

ひとまず柿崎はそう答えたが、内心では彩笑が言うようにできる自信がなかった。また、陰で何か言われているのを聞いた時、それを気にせずにいられるだけの胆力があるとは思えなかった。

 

しかしそこへ、

「…、柿崎さん。そんなこと出来るわけないとか思ってますね?」

彩笑はジト目で柿崎の心を見透かしたように尋ねた。

 

なぜわかった?と言いたげに柿崎が驚いたのを見て、彩笑はどこか呆れたような表情になった。

「もー。これ、咲耶も…、というか男の人全般かもですけど、案外嘘つくの下手なんですよね。身もふたもない言い方ですけど、もう『嘘ついてますよー』っていう雰囲気出てますから。しかもそのくせ、周りにはバレてないって思ってて…」

やれやれと言った様子で彩笑は肩をすくめた後、ビシっとキレのある動きで柿崎を指差す。

 

「柿崎さん、いいですか!もし今度、しょーもない陰口が気になった時は…」

 

そこで言葉を止めた彩笑に、柿崎はその続きを促した。

 

「…気になった時は?」

 

すると彩笑はいつになく神妙な顔で、

 

「その時は、さっき『柿崎隊は強かった』って言ったボクの事を思い出してください。目に見えない誰かじゃなくて、ちゃんと柿崎隊と戦ったボクが、柿崎さんの目の前で言った言葉の方を大事にしたら、いいんじゃないかなって思います!」

 

真剣そのものな声色で言った後、

「忘れちゃダメですよー?」

そう言って、ニコリとしたいつも通りの笑顔に戻った。

 

「…ああ、忘れないようにしよう」

柿崎は言われた事を、頭の中でしっかりと反芻する。

(目に見えない誰かじゃなくて、目の前で言った言葉、か…。…少し、耳が痛いな)

今回、目に見えない不確かな、しかしそれでいて確実に存在した噂が元になって普段とは違う趣きで試合に臨んだ柿崎に、彩笑の言葉が刺さった。その『普段との違い』は確かに成果を出したが、結果としては再び下位に下がったという事実が残った。

 

試合後すぐにチームで行った反省会でもみんな同じく、手応えはあったが結果が伴わないというちぐはぐさを抱えた状態であり、今後のランク戦の方針としてもいいものなのか意見が纏まっていない状態だった。

 

迷いがあった柿崎は、目の前にいる今日の勝利者に問いかけた。

「なあ、地木。ちょっと聞きたいんだが…」

「はい、何ですか?」

まっすぐ見てくる彩笑に対して、柿崎は例え話を切り出す。

「いつもと違う、これまで築き上げてきた事とは違う事をして、それでもいつもと同じくらいの成果が出たとして。今までやってきた事をそれでも貫くか、それを捨てて新しい事を続けてみるか…。地木ならこういう時、どうする?」

例え話の形を取っていた柿崎だが、彩笑は彼の言いたいことをすぐに察した。

「んーっと、それって今日の柿崎隊のことですよね?」

「…ああ、まあな。今まで俺たちがやってきた戦術と、今日試した戦術。地木だったら、これからどっちを取る?」

柿崎は今一度、彩笑にそう問いかけた。

 

それに対して彩笑は、キョトンとした様子で首を傾げた。しかしそれは答えがわからず困惑したためではない。その答えが彩笑にとっては当たり前に近くて迷うようなものではなかったからだ。

 

だから彩笑は躊躇うことなく、

「え?どっちもです」

ワガママな答えを提示した。

「どっちか選ばなきゃどっちかがダメになるなら、どっちかを選びますけど…。どっちも選べるならどっちもやってみたいです!」

 

彩笑にとっては迷わない答えでも柿崎にとってはそうではなく、柿崎は困惑した。困惑したが、

(そうだ、なにもどちらかに絞らなくてもいい…。なんなら、この先何度か試したっていいし…、今すぐに決める必要もないか)

柿崎はそう考えて、彩笑の意見に納得した。

「どっちもってあたりが、なんとも地木らしいな」

「えへへー、それほどでも」

「…確かに地木らしいが…、同じことが俺にも出来るか…」

少し目を伏せて自信なさげに話す柿崎に対して、彩笑は小柄な体格を生かして下から視線を合わせた。

「柿崎さんは柿崎さんですし、なにもボクとおんなじことしなくてもいいんですよ。…けど、ボクは柿崎隊なら、それが出来るって思ってます。保証しますよ」

 

しっかりと柿崎を見据えて「出来る」と断言した彩笑は、クスッと悪戯っぽく笑い、

「だって、柿崎隊は()()()()()()()んですよね?」

柿崎自身が口にした言葉を送り返した。

 

「…ああ、そうだな!」

確認するような彩笑の言葉を聞いた柿崎は咄嗟に答えた。そして同時に、思う。

(地木が言うと本当にそうなってしまう感じがするな…)

明るく自信に満ちた声のせいか、疑う事を知らない子供のような笑顔のせいか、射抜くようでありながら柔らかさがある視線のせいか、こういう時の彩笑が話す事には何故か自然に納得できてしまう何かがあった。細かな理屈などどうでもよく思えて、それでいて威圧的ではない、肯定させる何か。

そんな力、不思議な魅力にも似たものが彩笑にあると、柿崎は思った。

 

言いたい事を言い終えた彩笑は、そのまま数歩後退した。

「…さてと、じゃあボクはこの辺でおさらばしますね。ランク戦やりたいですし!」

「そういえばそうだったな。相談に乗ってもらってすまない…、いや、助かったよ地木。ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして!あ!てるるんと、こったんと、まどちゃんに、よろしく言っといてください!」

手を振る彩笑がしれっと言った言葉に柿崎の脳内にクエスチョンマークが浮かんだが、すぐに文香、虎太郎、真登華のことだと理解した。

 

相変わらずのネーミングセンスだなと柿崎が呆れ半分に思っているうちに彩笑は走り去っていて、通路には柿崎が1人残された。

「……ふう」

無音の通路で柿崎は意識して1つ呼吸をとってから、自分たちの作戦室に向かって歩き始めた。

 

その顔は何か吹っ切れたような、明るい表情だった。

 

*** *** ***

 

彩笑と柿崎が話していた頃と、ほぼ同じ時刻。荒船哲次はスナイパー用訓練室で淡々と狙撃の練習をしていた。使っているのは普段愛用しているイーグレットでは無く、試合でぶっつけ本番で導入したアイビスだった。

 

狙いを定め、引き金を絞る。轟音と閃光と共にしっかりとした反動が荒船の身体にかかり、放たれた弾丸は狙った的に着弾して破壊する。的に当たってはいるが、狙いからはわずかにされており、その出来を見て荒船は舌打ちをして悔しさを露わにした。

「ちっ…。当たるは当たるが、ちょっとズレるな」

独り言を呟く彼の隣に、

「慣れてないと『アイビスは重い』って先入観で自然と構えが力みますからね。バイポッドで支えるか何かに委託するか、それか伏射に専念した使い方に限定するのもアリですよ」

同じくアイビスを展開した真香が自然に並び、アドバイスをしながら狙撃練習を始めた。

 

隣り合った2人は交互に撃ちながら、世間話をするかのような気軽さで会話を続ける。

「ありがたいアドバイスだとして受け取りたいが…、東さんや和水はアイビスを立射でもきちっと当ててるじゃねえか」

「東さんはどうか知らないですけど、私はかなり練習しましたからね。今思えば、気が狂ったかのように練習してました」

「当時の俺はスナイパーじゃなかったが、練習も含めて噂は色々聞いてたな。目隠しして練習してたとか、トリオン兵3枚抜きしたとか、アイビスを二挺でツインスナイプしたとか、ノールックで当てたとか、足場が不安定な電柱で狙撃したとか、モールモッドの脚やブレードだけを壊していたぶってたとか、色んな噂があったが…。全部デマだろ?」

「何個かは本当ですね」

「嘘だろ?」

荒船の目線は的を向いてるため横に並ぶ真香の表情を窺い知ることはできないが、何となく笑っているような、彼女を率いる小さな隊長とよく似た笑みを浮かべているのではないかと思った。

 

先程まで戦っていた相手の姿を思い浮かべてしまった荒船はわずかな悔しさを感じながらも、隣にいる真香におめでとうの一言を伝えようとした。しかし、それよりほんの少しだけ早く、真香が先に口を開いた。

「荒船先輩。試合中に勝負を挑んでくれて、ありがとうございました」

思いがけない感謝の言葉に荒船は一瞬言葉に詰まったが、すぐに答えた。

「なあに、気にするな。あのまま…、3チームで乱戦で敵が減ったところを仕留めたとして、堂々と勝ったとは言えないなって思った俺が勝手に勝負を仕掛ける判断をして自滅したってだけの話だ。礼を言われることじゃない」

「かもしれません。…でも、あの場面で荒船隊が勝負してくれたからこそ、私たちは勝てたので…」

「そうか?今日の地木隊の出来…、というか天音のキレがあれば、下手したらあのまま諏訪隊と柿崎隊を倒して6点取ってもおかしくなかったからな。いずれにせよ負けてたかもな」

「流石にそれは買いかぶりすぎです」

「どうだか…。今更だが、ほかのメンバーはどうした?」

「地木隊長がソロランク戦、月守先輩は人に呼ばれたとかでどこか行って、しーちゃんは桜子から今日のログデータ貰いに行ってます」

「…ああ、確かクラスメイトだったっけな」

「はい。おかげさまで、たまに優先してログデータ貰えます」

 

相変わらず淡々と撃ちながら会話する2人だが、ここで荒船は撃つのを止めた。

「それで、和水はなんでここに来た?」

「…用事はさっき済みました。荒船先輩にお礼を言うために来たんですよ」

「真面目だな」

「どうですかね」

荒船に倣って狙撃をやめた真香は自嘲気味に笑って、

「本当に真面目な人なら、守るべき市民に…、子供に向けてアイビスを撃ったなら。例え訓練だとしても、のうのうと武器を持てないんじゃないですかね?」

と、過去の防衛任務中に自分が犯した過ちを口にした。

 

真香が何をしたのか、それがどういう状況だったのか、荒船は知っている。新参の隊員以外ならばほとんどの者が知っているし、新参であってもある程度なら把握している事件だ。

 

 

 

 

 

かつて真香が戦闘員だった頃、防衛任務中にイレギュラーが起こった。警戒区域の中に子供が迷い込んでいたのだ。真香を始めとした隊員たちは皆子供の存在に気づかず、そのまま戦闘になった。

スナイパーとして布陣の後方に位置していた真香は広い視野で敵を探し、容赦なく撃ち抜いていた。視野が広かったから、いち早く子供の存在に気づき、目が合った。そしてその子の後ろに迫り、ブレードを構えているトリオン兵にも、気付いた。

 

そこからの真香はもはや反射の域だった。

 

敵がいる。子供が襲われそう。仲間はそれに気づいてない。気づいていたとしても遠くて間に合わない。対処できるのは私しかいない。子供に警告を声で促してもきちんと聞き取れる距離ではない。

 

《この距離で敵を仕留めるしかない》

 

その判断を真香は一瞬で下し、アイビスを構えた。子供とそのトリオン兵はほぼ重なっている形だが、やるしかない。

子供には当てず、トリオン兵だけを仕留める。

 

子供の存在に気付いてからアイビスを構えるまで、2秒も無かった。

 

結果として、真香は子供に当てることなくトリオン兵のみを仕留めた。200近い距離があったがそれをやり遂げた。

 

やり遂げたその直後は「なんとか助けられた」という安堵があった真香だが、すぐに「もし少しでも逸れてあの子に当たっていたとしたら」という不安がよぎった。その不安がよぎると同時に、()()()()()()()()()()()()()()子供の恐怖に満ちた悲鳴が真香を襲った。近くで戦闘していた仲間もその声で異常に気づき駆けつけるも、その子からすれば撃ってきた真香の仲間に違いなく、「撃ってきた」「あの人が撃ってきた」と真香を指差しながら同じ言葉を繰り返すだけでまともなコミュニケーションも取れず、彼らが事態を把握しきる前に子供は警戒区域から逃げていった。

 

そして真香たちが規定通りの時間に防衛任務を終えた頃には、街には「ボーダー隊員が子供を撃った」という噂が広まっていた。当然、真香たちも任務中に起こった出来事を報告してはいた。しかし、大騒ぎになると思っていなかった彼女たちの認識の甘さから、内容は不良明な部分もあり、緊急性がまるでない報告だった。

 

それからしばらくは、真香にとって地獄そのものだった。出所のわからない、虚実が織り混ざった情報があっという間に三門市を駆け巡り、やがて、面白おかしくそれでいて所々に悪意が込められて歪んだ『人を撃つ隊員』の虚像が出来上がっていた。

箝口令をいくら敷いても、人の口に戸は立てられない。自分に関係ない場所にいる悪に人は容赦なく攻撃する。守るべき市民を撃った隊員(真香)を悪として、人は言葉や声、文字の暴力で殴りつけた。

事件後すぐにボーダーは噂を否定し、2日後には会見を開いた。ボーダーの使う弾丸は人に当たっても危害が無いことと、隊員が記録しているログを開示して真香が子供を守るために行動したこと。その2点を明確に、丁寧に説明することで事態はある程度好転した。

 

それからボーダーと市民…、厳密には、その子供の親族との、いくつかの論争を経た後、事件はひとまず収束した。代償として、中学生2年生の少女にトリガーを起動することすら出来なくなるほどのトラウマを植え付けて。

 

 

 

 

 

事件のあらましを思い出して、荒船は苦々しい思いを抱いた。

(あの状況に、和水として俺がいたら…。撃つしか、選択肢は無いだろうな。チャンスは一瞬で、必ず当てなきゃならない状況で成功させる。だが結果はどうあれ…、例え和水のように子供を助けることができたとしても、あんな風に騒ぎになるか)

 

何が正解だったのだろうかと、荒船はこれまでにも何回か考えたことがある。

当時の市民の声には、「戦闘だけに気を取られていて迷い込んだ子供に気付くのが遅れたのが悪い」「錯乱した子供を保護しなかった自業自得」といったものがあって、それはそうかもしれないと荒船も思ったことはある。ボーダーでもこの事件が1つのきっかけとなって、警戒区域に入った市民を保護した際には記憶封印処置を行うことがより一層徹底されることになった。

しかしそれらの事を加味してあの状況をシュミレートしても、荒船は自分で納得する結末にはならないような気がしていた。

 

事件から1年以上経ったが、荒船は未だ「正解」だと思える答えに辿り着けないでいた。

今回も納得できる答えが見つからず、荒船は真香に視線を向けた。

(…和水はどうなんだろうな)

それを聞いてみたいとは思うが、真香のトラウマを刺激してしまうのではないかと思い、聞けずじまいでいた。

 

事件の騒ぎが大きくなってからの真香は、正直見ていられなかった。当時荒船はアタッカーだったため伝聞で知ったことだが、事件後の真香はトリガーを持つだけで身体が怯えたように震える上に、トリガーを起動するために必要な『意思』すら抱けなくなっていて、トリオン体に換装することすら出来なかった。

今でこそアイビスを平然と撃っているが、狙撃練習を再開した直後は狙撃用トリガーを持つだけで顔色が悪くなり、なんとかそれに耐えても途中で訓練を離脱、もしくは気絶して医務室に運び込まれ、時には嘔吐していた。

時間をかけて真香は回復しつつある。自虐的とはいえ、自分から事件の事を口にする事もある。だが未だに戦闘員として防衛任務に復帰することは果たせていない。

 

荒船が沈黙を貫くのを見て真香は声をかけようとするが、直前に連絡が入った。スマートフォンの画面に映る名前を見て、真香は穏やかに微笑んで電話に出た。

「どうしたんですか、地木隊長?……ああ、しーちゃんはもう用事終わったんですね。……、わかりました、合流ですね」

 

電話の相手はどうやら彩笑のようで、真香は嬉しそうに言葉を紡ぐ。

 

「場所は……、えー…?どこにいるか分からないって…。ソロランク戦のブースに向かうって言ってたんじゃ………。柿崎さんに教えてもらって……、ちょっ、教えてもらったのに迷子なんですか?」

 

しょうがないですね、と、真香は楽しそうに呟く。

 

「わかりました、じゃあ、捜しに行きます。絶対に見つけますから、変に動かないでくださいね」

 

電話を切った真香は、苦笑して荒船に話しかけた。

「すみません荒船先輩、私はこの辺で帰りますね。迷子になった地木隊長を捜しに行ってきます」

「ああ。ったく、あいつはいつになっても本部の中身を覚えねえな」

「あはは、ですね。でも、そこがまた地木隊長の可愛いところじゃないですか」

「どうだかな。…行っていいぞ、早くしないと地木が拗ねるんじゃないか?」

「あー、拗ねますねぇ…。では荒船先輩、さようなら」

そう言って真香はぺこりとお辞儀をして訓練室を去っていき、荒船はその背中が見えなくなるまで、見送っていた。



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第89話「変わりたくても変われない」

寿司。

それは日本が世界に誇る食文化であり、世代を問わず人気がある食べ物である。その中でも多くのチェーン店がしのぎを削る回転寿司というジャンルは誰もが気軽に寿司を楽しめるものであり、試合開始前に彩笑が宣言した通り、地木隊は回転寿司に来てきた。

 

レーン側に座る彩笑が小さな手で注文用のタッチパネルに触れた。

「えびアボカド注文するけど、みんな食べる?」

彩笑の隣に座る月守が食べ終えたサーモンの皿を重ねながら答える。

「俺はいらない。…というか彩笑、えびアボカドだけで4皿目なんだけど…」

「美味しいからいいじゃん!神音ちゃんと真香ちゃんは?」

彩笑の正面に座る天音がふるふると首を左右に振って否定を示し、真香も「私も食べないですよ」と答えた。

 

「りょうかーい」

言いながら彩笑はタッチパネルに操作、えびアボカドをオーダーした。直後にパネルの表示が変わり、事前に注文していた皿が届来そうなことを知らせた。

「これ誰頼んだやつ?」

「あ、私、です」

控えめに挙手した天音は流れてきたハマチを受け取り、醤油につけて食べる。

「………」

無言かつ無表情だが、1年間共に過ごしたメンバーからすれば美味しそうに食べている事が伝わっていた。

 

2貫目を食べようとしたところで、天音は何の気なしに尋ねる。

「真香、食べる?」

「うーん…、私はいいや。しーちゃん食べちゃっていいよ」

「ん、わかった」

そうして食べ終えた皿を天音が積み重ねたところで、真香は1つ質問した。

「…しーちゃんそれ何皿目?」

「……12、くらい?」

「…もう、お腹いっぱい?」

「ううん。まだ、食べる」

むしろここからでしょ?と言いたげな天音を見て、真香はげんなりとした目を向ける。

 

「真香は、もう食べない、の?」

4皿ほどしか食べていない真香を見て天音はどことなく心配そうに尋ねたのだが、それが真香の琴線に触れた。

「…いい?しーちゃん。普通はね、食べ過ぎたら…、ううん、食べ過ぎなくても人は太るようになってるの。そういう仕組みなの。ここまで分かる?」

真香が説くのは、おおよそ殆どの人に当てはまる事実なのだが、天音はそれを聞いて首を傾げた。SF作品でロボットが「感情とはなんですか?」と尋ねるシーンばりに、不思議そうな雰囲気である。そういう概念そのものが欠落しているかのような反応を、天音は見せていた。

 

太るという概念が欠落した天音を真香が心底羨ましそうな目で見ている傍ら、月守は食べ終えたサーモンの皿を積み上げてレーン側にいる彩笑に頼んだ。

「彩笑、また任せる。なんか適当なやつ取って」

「おっけー…。あ、これとかどう?カニミソ軍艦」

「魚卵じゃないから別にいいけど…」

「はいどうぞー」

月守の言葉を遮って彩笑はカニミソ軍艦を月守に渡して、それを食べる反応を観察する。

「どう咲耶?美味しい?」

「…不思議な味。嫌いじゃない」

「ほんと?ボクも1つ食べていい?」

「…最初から、食べたみたいけどちょっと怪しいネタを選んでただろ」

「えへへー、バレてた?」

「当たり前。…むしろ俺もそれを前提にして食ってるから、どうぞ」

「わーい!ありがと!」

正式に許可を得た彩笑はカニミソ軍艦を食べて、

「…うーん、嫌いじゃない!なんか不思議な味だね!」

月守と同じ感想を答えた。

 

1人を除いてお腹がある程度満たされたところで、彩笑は話題を切り出した。

「来週のランク戦、ボク今からもう楽しみなんだよね」

「上位入ったし、相手がカゲさんと遊真だからな。その2人と最近、ソロ戦とかしてる?」

「ゆまちとはたまに。戦績はボクが若干勝ち越すくらい」

「カゲさんとは?」

「最近は全然戦えてないかなー、上手く時間合わなくてね。トータルだと負けてる」

彩笑の話を聞いて月守は「やっぱチームで当たらないと厳しいな」とポツリと呟いた。

 

天音に対する怒りをなんとか沈めた真香が、2人の会話に参加する。

「烏丸先輩の発言でスコーピオン対決みたくなってますけど、わざわざその土俵じゃなくてもいいと思います。今回の試合でしーちゃんの調子が良かったので使()()()()()()()()もあるわけですし、スコーピオン対決と思わせて不意をつくとかもできると思います」

「あー、それいいね。まあでも、どういう対決になるかは玉狛が選ぶステージ次第かな」

 

月守が玉狛の事を口にした瞬間、ポケットに入れていたスマートフォンに着信が届いた。

3人に断りを入れて画面を確認すると『烏丸』の表示がされており、随分とタイムリーだなと思いながら月守は電話に出た。

「もしもし?」

だが月守の声に応えたのは烏丸ではなく、

『…ミデンの電話はいろんな形状のものがあるな。この前観たエイガというやつには、黒い固定式のものだったが、この薄いものも電話なのか』

玉狛支部にいるアフトクラトルの戦士、ヒュースの声だった。

電話口の声が聞こえたのか、彩笑が小声で「もしかしてヒュース?」と聞いてきて、月守は無言で頷いて肯定した。

 

「ヒュースか。電話を借りたのか?」

『ああ。トリマルにお前と話をさせろと言ったら、これを使えといって渡された。…これもトリガーによるものではなく、ミデン独自の技術によるものか?』

「まあ、そうだな。…で?わざわざ電話してきてまで何を言いたいんだ?」

 

異国の地の技術に関心するヒュースに月守が切り出すと、少し間を空けてから本件へと移った。

『お前が観ろと言ったから観ていたが…、大見得を切った割りには、随分と苦戦していたようだな』

「まあ、それについては否定できないな。思った以上に、柿崎隊が仕掛けてきたし…。それに何より…、いや、ここで何を言っても言い訳だな」

『ふん…』

月守から反論らしい反論が出てこなかったことにヒュースは満足そうな雰囲気を漂わせるが、そこに月守がヒュースの予想外の一言を投げ込んだ。

「でも、良かったよ」

『…?良かった?何がだ?』

「だって、ヒュースはこの前期待しないって言った割りには今日試合をちゃんと観てたし、内容についてもわざわざ電話で言ってくるあたり、それなりに期待して観てたんだろうなと思ってさ」

『前向きを通り越して滑稽だな。オレがとにかく文句を言いたいだけかもしれないだろう?』

ヒュースの声に苛立ちの色が混ざるが、月守は気にすることなく通話を続ける。

「それでもいいから、次の試合も観ててくれよ。観た上で、また文句を言いたくなったら言えばいい。まあ、次はそんなの言わせる気はないけどな」

『…良いだろう。粗を探すつもりで次戦も観てやる』

 

あまり嬉しく無い約束をしたなと月守が思ったところで、ヒュースは電話を手放して相手が烏丸に代わった。

『今日の試合は勝てて良かったな』

「おかげさまで。京介も解説おつかれ。明日にでもみんなでログ、しっかり観て復習させてもらうよ」

『熱心だな。ところで月守、明日ログを観ようとしてるって事は、本部には来るんだよな?』

「そうだな。緊急の用事とか入らない限り、作戦室に向かうつもりだけど…。それがどうした?」

『いや、お前に頼みたいことがあってな』

「頼み?」

 

烏丸に頼みごとをされる心当たりがなく訝しむ月守に、烏丸は予想外の頼みごとを放り込んできた。

『明日からしばらく俺の弟子を…、修に修行をつけてやってくれないか?』

「はあ?」

思わず素っ頓狂な声を上げた月守に対して寿司を食べていた3人は驚くが、それに構わず月守は会話を続ける。

「…京介、何か変なものでも食べたか?俺と三雲くんは1週間後に対戦するんだぞ?」

『そうだな』

「練習試合とかじゃなくて、チームのランクがかかった公式な試合だ。レベルアップできるとしても…、普通、なるべく対戦相手には手の内を隠してたいって思うものじゃないのか?」

『俺もそう思うが…、この申し出は修から出たんだ』

「三雲くんから…?」

『ああ。一応説明すると…、さっき修から、シューター単体でも敵を倒す手段を身に付けたいって言われたんだ。修にはまだ早いと思ったが、あいつも今日の試合で思うところがあったみたいだったし、勉強できる時に勉強させるのも悪くないと思ってな。嵐山さんや出水先輩みたいな本職の人間に頼むことにしたんだが、修が唯一、お前の事を名指しで指名したんだ。当然、俺もさっきのお前と同じ事を説明したが…、どうにも引かなくてな』

一通り設定を聞いた月守は「三雲くん頑固だな」と呟いて、呆れ混じりの苦笑いを浮かべた。

 

「まあ、本人がいいなら俺は別にいいけどさ。でも京介…、俺が次の試合に勝ちたいあまり、三雲くんに適当なこと吹き込んだらどうする?」

困ったように笑いながら月守はそう問いかける。それは月守が無意識に嘘をついている時にしていた仕草であったが、電話越しの烏丸はそれが見えていないにもかかわらず、

『塩を送るのが好きなお前はそんなことしないとは思ってるが…』

と答え、

『まあ、もしそんなことをしたら、修に紹介した俺の認識が甘かったことにしておくか』

そう言葉を続けた。

 

少しくらい責めてくれと月守は思いながら乾いた笑い声を零した。

「いや、そんな事はしないから安心してほしいな。えーと、稽古をつけるのは明日でいいのか?」

『ああ。時間は…、後でそっちの都合のいい時間を指定してくれれば、その時間に向かわせる。内容はさっき言ったが、シューター単体でも敵を倒すために必要な事を教えてやってくれ』

「オッケー。ビシビシ鍛えておく」

『頼んだ』

そう言って、互いに電話を切った。

 

「とりまる、なんて?」

電話を終えた月守に彩笑がその内容を問いかけて、月守は端的に答える。

「明日三雲くんに稽古つけてやってくれだって」

「んーへー…、ん?ええ?」

その内容に彩笑も驚いたようで、不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「まあ、それは置いといて…。電話中にいなくなった2人はどこに行ったのかな?」

月守は電話中にいなくなった天音と真香の居所を尋ねると、

「水持ってきてくれるって。ただ、今お店混んでるし、ここからセルフサービスの水まで遠いから、ちょっと時間かかるかも」

店内のどこかにいるであろう2人を指差しながらそう説明した。

 

しばらくの無言を挟んでから、彩笑は呟くように月守に頼みこんだ。

「ねえ、咲耶…。ボクのこと、怒ってくんない?」

「なにそのいきなりのマゾ発言。気持ち悪いんだけど」

「ちょっ、ひっどいなあ!」

プンプンと憤慨する彩笑に対して月守はクスッと笑って答える。

「ごめんごめん。でも、本当にいきなりどうした?」

「…その、今日の試合中さ…。咲耶との約束、守れてなかったなー…って思って」

言われて、月守は思い出した。

 

それは前の試合が終わってから、喧嘩のように行ったソロランク戦の最後に交わした約束。月守は彩笑にもう自分の価値を下げるような事をしないことを、彩笑は月守にいつでも笑っていることを、それぞれ約束した。

 

改めてその約束を思い出してから、月守は試合中のことを思い出す。

「でもなー…、流石にあの局面で笑っててって言うのは無理だろ。俺だって、彩笑や神音がピンチだったら笑ってられないよ」

「…それはそうかもなんだけど…」

「第一、あれは俺の戦い方が原因だったし…。彩笑がそれを言うなら、あんな戦い方した俺だって約束守れてないってことにれなるな」

「でも、咲耶のアレにはちゃんと狙いがあったし…。咲耶らしく戦っただけでしょ?ボクの中では咲耶の価値下がってないもん」

少しむくれながら、彩笑は月守は約束を破ってないと主張する。そして月守はそれに倣って、

「…じゃあ彩笑も問題ないよ。俺の中でも、彩笑のあれは約束破ったことにカウントされてない」

そう主張した。

 

互いに自分は約束を少し破ったが相手は破っていないという認識をしていた2人は、どちらともなく笑い始めた。

「じゃあさ、今回はノーカンってことにしよっか」

「…だな。お互いに約束を破ったと思ったら、破ったことにしよう」

「ん、わかった」

そうして1つ、互いの約束に決まり事が加わった。

 

その直後、月守のスマートフォンに1つのメールが届いた。烏丸と電話を終えてからスマートフォンを持ちっぱなしだったので、月守はそのまま画面をスライドさせてメールを確認すると、

 

『母(プライベート用)』

 

という人物からのメールだった。

 

「………」

内容を読んだ月守は無言で『わかりました』と打ち込んで返信した。

 

「メール?誰から?」

「家の人」

「ホント?良かったね」

「…ありがと」

「何でお礼?」

「なんとなく」

「そっか。…にしても、約束ちゃんと守ってくれたんだ」

「約束?」

「んーん、こっちの話ー」

 

それからすぐに水を取りに行った2人が帰ってきて食事は再開された。放っておけば無限に食べ続けるんじゃないか、と思えてしまうほどに淡々と食べ続ける天音をメンバーが見守る中、月守はメールが来てから寿司を1つも食べなかった。

 

*** *** ***

 

まだ少し食べ足りないと言いたげな天音が、他の3人の合計に並ぶとだけの寿司を食べたところで、地木隊のお寿司会は(半ば無理やりに)終わった。

 

4人の帰路は途中まで一緒だが、彩笑と真香が商店街方面へ、月守と天音が住宅地方面へと分岐する別れ道に差し掛かった。

「じゃあ、ここでバイバイだね!明日また作戦室で!」

元気よく彩笑が言い、

「じゃあお疲れさま」

「おつかれさま、でした」

「ではでは」

それぞれが一言ずつ言い、二手の帰り道に分かれていった。

 

 

 

小さな歩幅で歩く度に自身の茶髪を揺らしながら、彩笑は隣を歩く真香に話しかける。

「真香ちゃん、今日は色々ありがとね!」

「色々…、ああ、迷子になった地木隊長を助けた件ですか?」

「それもそうなんだけど、わざわざそこチョイスしちゃう?」

 

ジト目で彩笑がわざとらしく恨めしさを込めて言うと、真香は目を細めて笑った。

 

「ふふ、すみません。ワザとです」

「もおー。…真香ちゃん、だんだんイタズラ好きになってきたよね?」

「あはは、そうですかね」

 

穏やかに笑う真香に向けて、彩笑は言葉を紡ぐ。

 

「迷子のやつもなんだけど…、一番は、今日の試合のオペレートかな。ボク途中で、乱戦にするって決めたけど…、本当は心の中で『乱戦にしていいのかな、間違ってないかな』って不安だったけど…、すぐ後に真香ちゃんが『圧倒的に勝ってください』ってオーダー出してくれたから『良かった!間違ってない!』って思って、おもいっきり戦えたんだよ。だから、ボク的に今日のMVPは真香ちゃん!」

 

屈託のない笑顔で彩笑は言い、その笑顔のまま、

「だから、そのことに対してのありがとうだよ!」

心からの感謝の言葉を真香に送った。

 

裏表が無い、純粋な好意だけで構成された彩笑の感謝の言葉を受け取った真香は気恥ずかしそうに笑いながら答える。

「…そこまで言ってもらえて、嬉しいです地木隊長。私こそ、ありがとうございます」

「えへへー、どういたしまして!」

 

ルンルンとした効果音が聞こえてきそうなほど上機嫌で帰り道を歩く彩笑は、真香に日頃から思っていたことを伝える。

 

「ねえ真香ちゃん」

「何ですか、地木隊長」

「ボクね、いつも思ってるんだけど…、今日はそれが特別強かった。真香ちゃんがボクたちのオペレーターでいてくれて、本当に良かった!」

「えー、本当ですか?」

「本当だよっ!?なんで疑うのさ!」

 

真香のイタズラ心が宿る返しに、ほんの少しの憤慨を込めて彩笑が答える。

 

「疑ってごめんなさい」

 

クスクスと笑いながら謝る真香だが、心の中ではひたすらに嬉しさを噛み締めていた。

 

かつて心身ともに追い詰められて限界で、ボーダーを辞めようとしていた真香に、彩笑は救いの手を差し伸べた。本人はそんなつもりは無く、ただ純粋に、仲間として真香が欲しいという我儘だった。スナイパーだった真香に対して「スナイパーじゃなくてもいいから君が欲しい!」と言い放った彩笑には、真香を救ったという自覚はない。だがそれでも真香にとって彩笑は誇張なく、あの時の自分にはどこにも無くて、欲しくて欲しくてたまらなかった居場所をくれた恩人である。罪の意識に苛まれていた自分に、何の偏見も持たないで笑顔で隣にいてくれた、かけがえのない人だ。

 

真香は彩笑に、返しきれないだけの恩があると思っている。それこそ、自分の人生をかけても返しきれないかもしれないほどの恩かもしれない。それほどの人に「仲間でいてくれて、本当に良かった」と言われたのが、真香には嬉しくて嬉しくてたまらなくて、幸せだった。

 

(嬉しいし、救われた気すらある。でも、私が地木隊長から貰った恩は、こんなんじゃない)

そう思いながら、真香は告げる。

「地木隊長」

「なあに?真香ちゃん」

「私ね、もっと頑張ります。地木隊長に今日以上に、仲間でいてくれて良かったって思ってもらえるように頑張ります」

「ん!了解!でも、頑張りすぎて身体壊しちゃダメだよ?ほどほどにね?」

「あはは、わかりました!」

そう言いながら真香は、かつて深い傷を負った事などまるで思わせない、彩笑と同じような屈託のない純粋な笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

帰路が分かれてしばらくしてから、

「420円になります」

「500円で」

月守は近くのコンビニに寄り、フライドチキンとあんまんを購入していた。

 

80円のお釣りとビニール袋を受け取った月守は、入り口で待っていた天音と合流した。

「神音ごめんね。家の人に買ってくるように頼まれて…、待たせちゃったね」

「あ、いえ。全然大丈夫、です」

コンビニを出た2人は並んで帰り道を歩いた。

 

2月の風は冷たく、寒さに耐えるように天音はマフラーに顔の半分をうずめるが、その隙間から白い息が溢れていた。隣で寒そうに歩く天音に月守は今しがた買ってきたあんまんを差し出した。

「神音、どうぞ」

「え?これ…」

「あんまん。買い物で待たせちゃったし、さっきのお寿司じゃまだ食べ足りないって顔してたから」

やんわりと微笑みながら差し出されたあんまんに対して天音は少し躊躇うが、

「…ありがと、ございます」

空腹には勝てなかった。

 

争いとはまるで無縁そうな白く細い手であんまんを受け取った天音は、

「えっと…、いま、食べてもいい、ですか…?」

おっかなびっくりな様子で、横に並ぶ月守に確認してきた。

 

尋ねてくる天音の姿はどこか微笑ましくて、月守は小さく笑ってから答える。

「うん、いいよ」

改めて許可を得た天音は包み紙を丁寧に剥がして、ホカホカと温かいあんまんを取り出した。

 

寒い時のあんまんとか肉まんってやたら美味しそうに見えるよなぁと月守が考えていると、天音はあんまんを半分に割った。てっきり天音は元からそういう食べ方をするのかと思っていた月守に、

「あの…、半分、どうぞ…」

その半分の、ほんの少しだけ大きい方を差し出した。

 

キョトンとする月守に、天音はもう一度、

「…半分、どうぞ…」

そっと身体を寄せて、再度差し出した。

 

ここでようやく、月守が動いた。

「んー…、神音にあげたものだし、食べちゃっていいんだよ?」

「あ、はい…。でも、月守先輩も、お腹空いてます、よね?さっき…、途中から、全然食べてなかった、みたいですし…」

よく見てるなと月守は思ってから少し悩み、天音の差し出しを受け入れることにした。

 

「じゃあ、貰おうかな。たしかに少し、食べ足りなかったからね」

月守が差し出されたあんまんを受け取ると、天音は嬉しそうな反応を見せた。と言っても無表情は全く崩れていないので、長い時間接している地木隊だけが見抜ける反応、もしくは、そうあってほしいという月守の思い込みによる変化だった。

 

並んで食べたあんまんの味は、全国に展開されるコンビニ製だけあって、食べ慣れた変わり映えしないものだった。しかしその温かさと甘さは、たしかに美味しいと思えるものでもあった。

「おいしい、ですね」

「そうだね、おいしいね」

2人はその変哲も無い感想を言い、すぐにあんまんは胃袋の中に消えていった。

 

元々積極的に話す正確では無い2人は同じ速さで歩きなら、しばし無言を挟んだ。そして、

「今日のランク戦…」

「さっきの、試合…」

同じタイミングで、同じことを話そうとした。示し合わせたわけでも無いのにタイミングと内容が重なり、月守は思わず笑みをこぼし、天音は少し困ったような、それでいてどこか嬉しそうな反応を見せた。

 

「えっと…、お先に、どうぞ…」

天音に譲ってもらい、月守から話し始めた。

「今日のランク戦さ、神音すごかったね。調子良かった?」

「あ、はい。…今日は、久々のランク戦、だったので…。意識して、なかったんです、けど…、すごく、張り切ってた、みたい、です」

「あはは、張り切ってたんだ。…じゃあもしかして、試合前に落ち着かなかったのは武者震いみたいなものだったのかな?」

「多分、そう、です」

答えを天音から聞き、月守は彼女が思っている以上にアクティブであることを改めて知った。無表情で誤解される部分が大きいため勿体ないと思ったが、同時に、なぜかそのことをあまり他の人に知られたく無いと、心の片隅で思った。

 

「あの、でも…、月守先輩も、すごかった、です」

 

天音から話題を切り出したのをみて、月守は思考を一旦止めて天音の言葉に耳を傾ける。

「柿崎隊に、囲まれたのに…、あっという間に、打開してて…、やっぱり、月守先輩、すごいなって、思いました」

「ありがと。でも…」

「…?」

何かを言い淀む月守を見て天音は首を傾げた。

 

ゆっくり丁寧に、1つ1つ選ぶ形で月守は言葉を紡ぐ。

「あれは…、あんまり褒められたものじゃないかなって、思ってる。確実に勝つためだってあの時は思って戦ってたけど、結果的には柿崎隊を騙す形になったし…。何より…」

月守が思い出していたのは、虎太郎を倒した後のことだ。柿崎と照屋、どちらを先に倒すか判断する時、月守は自然に『先に照屋を倒せば柿崎は自身の判断ミスを悔やみ動きが鈍くなるだろう』と予想して判断を下していた。柿崎の人の良さ、善意に漬け込む策を、息をするように自然と立てていたのだ。

 

時間が経ってからその時の事を思い出すと、月守は自身がやはりそういう性格なのだろうと、嫌でも実感した。人を騙し、弱みに自然に漬け込むような性質が強く備わっていると思い、自己嫌悪に沈んだ。

 

本当はさっき彩笑に約束の事を言われた時、責めてほしいと思っていた。あれはちょっと違うんじゃないのと、一言釘を刺してほしかった。しかし彩笑がくれたのは、「咲耶らしく戦ったんだからいいよ」という許しの言葉だった。そしてまた、それで許された気になって、良かったと思ってしまう自分もいて、月守はまた深く自己嫌悪の海に浸る。

 

月守が止めた言葉の続きを、天音は静かに待っていた。無言によるプレッシャーなどまるで無く、話し出すのをいつまでも待つ構えだった。

 

凄いと言ってくれた後輩にこういう事を言っていいのかと迷った末に月守は、

「何より…、そういう事(ひとをだますこと)が出来る自分が、ひどい人なんだなって嫌でも思ったよ」

偽らずに今の心境を吐露した。

 

正直な月守の気持ちを聞いた天音は、「んー…」と呟きながら何かを考える仕草をしてから、月守に問いかけた。

 

「…月守先輩には、私は、どんな風に、見えてます、か?」

「…どんな風にって…」

「えーと…、私の性格、とか、私が、好きそうだなって、思うところ、お願いします」

 

何なんだろうと訝しみながらも、月守は歩みを止めずに答える。

 

「控えめ…、というより、恥ずかしがり屋…、どっちかと言うと受け身がちなんだけど、でも自分がコレって決めたことは、しっかりとやるから、安心して任せられる。あと、案外身体動かすの好きだよね。生身でもトリオン体でも、よく動くし…。何より、食べるのが好きでしょ。それと…、時々、ちょっと独特。考えが読めない時があるんだけど、そこが、こう…、かわいいというか神音らしいって思うけど…。えーと、まだ言えばいい?」

「あ、えっと、もう、だいじょぶ、です」

 

月守が考えている自分像を聞かされた(言わせた)天音は少し息を整えてから、

 

「月守先輩が、考えてる私って、そんな感じ、みたいです、けど…。私は、自分のこと、ダメな人だなって、思ってます」

 

その独特な、よく区切る話し方で天音は自分で思い描く自分像を語り始めた。

 

「言いたいことも、うまく言えなくて、言われた通りのこと、しか、できなくて…。そのくせ、やるって決めたこと、は、周りの人の声、聞かないで、押し通して…。食べるのは好き、だけど、誰か人と食べるのは、少し苦手で…、楽しいんです、けど、今日の真香みたいに、たまに、怒らせますし…。あと時々、自分でも、自分がわからなくて…、何を考えてるか、わからなくなってて…。私は、自分のそんなところが、あんまり好きじゃないんです」

 

天音が話す「自分の嫌なところ」は月守が「そこが天音の良いところ」だと思っていたことを別の視点から話したことだった。天音はそのまま辿々しく、言葉を続ける。

 

「でも…、私はそう思ってても、月守先輩は、そこが良いって、思ってる、みたいで…。あの…、自分の…、性質?とかって、人の見方で、全然違ったりする、から…。もしかしたら、自分からも、他人からも、おんなじ風に、見えるかも、ですけど。でも、だから、その…」

 

見方を変えれば、同じものでも違って見える。

 

かつて同じことを体験して救われた少女は、同じことを、救ってくれた少年に伝えたかった。

 

しかしここで、天音は言いたいことが上手く纏められなくなった。

言葉に気を取られて、本当に伝えたいことが言えなくなってしまうのではないかと思った。

絡まって解けなくなった思考を、天音はそこでリセットして、一旦会話を大きく区切る。

 

そして、自分の言葉を待ってくれる月守に向けて、

 

「私から見た、月守先輩は…、優しくて、良い人です。だから…、今みたい、な、辛そうな顔、しないでほしい、です」

 

本当に伝えたかったことを素直に告げた。

 

天音に言われた言葉で、月守は今の自分がそんな顔をしているんだと思った。同時に、天音にそれだけ言われても、彼は自分が優しい人だとは思えなかった。

「優しい人、か…」

「はい、優しいと、思います」

あくまで優しいと断言する天音に、月守はイタズラ半分で問いかける。

「じゃあ、いつ…、どんな時にそう思う?」

 

 

 

 

 

「今です。悩んでても、何か食べてても、自分の嫌なところ、言いながらでも…、月守先輩は、私とおんなじ速さで、歩いてくれてます」

 

 

 

 

 

即答だった。帰り道で自分の隣にずっといてくれた月守のことを、天音は答えた。

 

天音の答えを聞いた月守は『そんなことで?』と思った。

「たまたまじゃ、ないかな」

「…帰り道、ずっと、でしたよ?」

「…特に意識してなかったんだけど…」

「本当、ですか?だったらきっと、月守先輩は、すごく優しい、ですよ。無意識で、優しいこと、してくれるんです、から」

 

月守は天音の発言に呆気をとられて、思わず言葉を失った。おし黙る月守に、天音は言葉を重ねる。

 

「もしかしたら、月守先輩の優しさを、甘さだって、言う人だって、いるかもです、けど…。私は、月守先輩のそういうところ、とびきり優しいって、思いますよ」

真っ直ぐに見てそう言う天音の言葉は、自己嫌悪の海に浸っていた月守に刺さった。

 

「そっか…」

言いながら月守は、

(…そんなことを優しいって言える神音の方が、そんな俺なんかよりずっとずっと優しい人なんだろうな)

天音のことを、優しい人だと思った。

 

自分はひどい人で、そんなところが嫌いだということは、多分変わらない。でももし、自分の中にそうじゃない部分…、天音が言うように優しいところがあるんだとしたら…。

 

(少しは、そういうところがあるんだって、思いたいな)

 

と、自分に必死に言い聞かせた。

 

そして…、天音の主張を受け入れた()()()()()月守は、()()()()やんわりとした笑みを浮かべた。

「…ありがとね、神音。だいぶ気が楽になったよ」

「はい、どういたし、まして」

天音はほんの少し、本当に少しだけ微笑んで、月守の助けになれた喜びを素直に表現した。

 

 

 

 

そんな天音を見て、月守は自分の事を、どうしようもなくクズだなと思った。

 

 

 

 

それからしばらく歩いて、2人の帰路も分岐に差し掛かった。

「神音、本当にここまででいいの?」

「はい。…もう、家、見えてますし、大丈夫、です」

そこまで遅い時間ではないとはいえ夜には違いなく、月守は心配するが天音は安心させるために、

「いざと、なったら、トリガー使います、ので…」

市販の防犯グッズとは比較にならない安全性を誇る兵器の存在を出した。極端だがこの上ない安全策を提示された月守はクスッと笑い、

「逆にやりすぎないようにね」

軽い冗談を言って、天音を見送った。

 

月守はそのまま、まっすぐ自宅であるマンションに帰宅する。

 

いつもなら真っ暗な部屋だが、今日は明かりが灯っていた。

「ただいまー」

普段なら言わない帰宅の言葉を月守が言うと、

「おかえりー」

普段なら帰ってこない返事が奥から聴こえてきて、月守はそのまま会話を続けた。

 

「帰ってくるって聴いてなかったんですけど?」

「言ってなかったからね。しばらく帰るつもりもなかったんだけど…、たまには帰るようにって、職場の小さな後輩に言われたからねえ」

「…いつまで居ますか?」

「適当。とりあえず1週間」

 

靴を脱ぎ奥に進むにつれて、普段家には無い匂いが濃くなる。

(あの人が帰ってくるといつもこうだ。アルコールとカレーの匂いが入り混じった、この匂いがいつも漂ってる)

匂いの元凶は、滅多に帰ってこない月守の保護者が飲酒しながらカレーを作るためである。

 

リビングに立つエプロン姿の女性に向けて…、自称母親を名乗る保護者に向けて、月守は改めて言う。

 

「帰ってきましたよ、花奈さん」

 

「やあおかえり、咲耶」

 

そう答えた不知火花奈はやんわりと微笑み、今しがた完成したカレーをくるっと一回かき混ぜて、

 

「晩御飯にしようか」

 

穏やかな声で、そう言った。




ここから後書きです。

ちょっと前に、去年からずっと応援してた人のミニライブに行けたんですよ。応募とかするのも初めてだったので当選したのはめっちゃ嬉しかったんですけど、すぐに「不文律とか暗黙の了解とかあったらどうしよう」って不安になりました。そして当日、案の定ありました。
イベント最後の抽選会で「素数が出た場合めっちゃ盛り上がらなければいけない」という決まりを当日初めて知ったので、いざという時、流れに乗るのが遅れました。人生で「素数!素数!」ってあそこまでのテンションで盛り上がったのは初めてでした。


アンケートですが、今回初めて「どんな感じなんだろう?」という、お試し感覚で使ってみました。


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第90話「空っぽを埋めたのは」

市販のカレールーでカレーを作る時に箱に書いてある手順書をきっちり守って調理した場合、コンビニのレジで売っている鳥の揚げ物はこの上ない調和を発揮する。

 

不知火はカレーとフライドチキンに関してそういう謎理論を持っていて、月守は地木隊で寿司を食べている最中に、

『晩御飯はカレー。帰ってくる時に例のブツを買ってきてくれ』

というメールを受け取った。

 

(今日帰ってくるとか聞いてないし、もっと言うなら晩御飯必要かどうか確認を取ってくれ)

内心そう思いながらも、カレーの分お腹は空けた上にきっちりコンビニでフライドチキンを購入していた。

 

カレー皿に温かいご飯をよそって、その上にフライドチキンを乗せてカレーをかける。不知火が帰宅したその日の夕食は毎回このメニューであり、ずっと代わり映えしないテーブルだった。

 

「「いただきます」」

向かい合わせに座った2人はそう言って、カレーを口にした。

 

「味はどう?」

ビール片手に不知火は月守にカレーの出来栄えを尋ねる。

「……前より辛いんですけど、ルー変えました?」

「変えたよ。辛い以外の感想は?」

「今回の方が好みですね。鶏肉との相性もいいですし」

「よし。やはり市販のカレールーとコンビニチキンの相性の良さは最高理論がまた証明されたね。ワタシはこれを学会に提出するつもりだ」

「また色んなところが騒がしくなるからやめた方がいいと思いますよ」

酒に酔っているとはいえ不知火の発言は冗談か本気かの区別が付きにくく、月守は冗談だと思ってはいるが念のため止めておいた。

 

月守は無言でカレーを食べ進め、不知火は水とビールを交互に飲み進め、2本目のビールに手を伸ばす。

「試合途中まで観てたよ。お疲れ様」

前置きなく、ランク戦について話を振ってきた。

 

「途中までってどういうことですか?」

「咲耶が柿崎隊に反撃したところまで」

「半端なところですね」

「反撃したところで勝っただろうなって確信したからね。ワタシのケルベロスプログラムを乗り切った君が、同じような状況に放り込まれたら打開できないわけがない」

「……まあ、1回ミスしたら終わりってこと以外は、ケルベロスプログラムの方がきつかったですからね」

「感謝したまえ」

「アリガトウゴザイマス」

「棒読みだが許そう」

わっはっはと笑う不知火を見るに、程よく酩酊していて気分が良いのだろうなと月守は思った。

 

話す話題も特にないまま食事は進むが、不知火が月守の食べるペースが普段よりも遅いことに気付いた。

「地木隊のみんなでご飯でも食べてきた?」

「回る寿司食べてましたよ」

「ありゃ、そりゃ申し訳ないことをしたね。……天音ちゃん、よく食べるでしょう?」

「食べますね。1人で20皿は食べてましたけど、まだまだ食べれるって感じでした」

「だろうねえ。天音ちゃんが検査で研究室に来る日はお菓子の減りが激しいし……。何より、若葉さんもよく食べる人だもの」

若葉さんという名前に聞き覚えがあった月守は記憶を探り、すぐに思い出した。

「神音のお母さん……ですよね?知り合いだったんですか?」

「うん、そうだよ?言ってなかったっけ?ワタシがまだ、ただのヤンチャだったころ度々お世話になった人さ」

「今でもヤンチャな気がしますが……」

「昔はただのヤンチャ。今は権力のあるヤンチャだ」

「タチ悪くなっただけですね」

会話しながら月守は自身の記憶を漁り、正月と天音が入院している時に会った天音の母である若葉の事を思い出す。

 

そして、疑問だった事を問いかけた。

「花奈さん。あの2人って本当に親子なんですか?」

「親子だよ?だって顔、似てるでしょ?」

「似てるどころか瓜二つじゃないですか」

「DNA全部お母さんから持ってきたってくらいに似てるよね」

「しかも若く見えます。神音の10年後って言われたら信じるレベルですよ」

「ついでにここ10年くらい、外見が全く変わらないんだよね。髪の長さがちょこちょこ変わる程度で……」

羨ましいなぁ、と、不知火は心底羨ましそうに呟く。

 

それを見て月守は、

「花奈さんだって、ここ4年くらい変わってませんよ。大規模侵攻で俺を……何もなかった俺を助けてくれた時と、変わってません」

お世辞ではなく、日頃から思っている事を伝えた。

 

4年という言葉でその月日を実感した不知火は、缶ビールをゆらゆらと揺らしながら会話を繋ぐ。

「懐かしいねえ。バムスターの死骸を片付けてたら、下敷きになった君がいて……。いやあ、あの時は焦ったよ。生きてるとは思わなくてね。君が動いたのを見て、咄嗟に『衛生兵!』って叫んでたよ」

「実際衛生兵なんていたんですか?」

「うんにゃ、いないね。おっかなびっくり作業してた自衛隊の人を呼びつけた」

再度不知火は声を上げて笑った。

 

笑いが止まったところで、酔いながらもそれなりに真面目な目つきになった。

「さて……一応確認しておこうか」

その目で月守を見据えて、問いかける。

 

 

 

 

「咲耶、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

その問いかけに、月守は迷いなく答えを返す。

「いえ、相変わらず何も思い出せないですね」

「これっぽっちも?」

「はい」

念を押すように不知火は確認するが、月守はあっさりと肯定した。

 

「そっかー……」

残念そうに言った不知火はグビグビとビールを飲み干した。3本目のビールを冷蔵庫から取り出して、流れるような動作でプルタブを開ける。

「知識としては頭に入ってはいたけど、全生活史健忘症を見たのは咲耶が初めてだよ」

「全生活史健忘症なんですかね。一応、自分の名前らしきものは覚えていたんですけど……」

「けどそれは、『さくや』って響きだけでどんな字なのかも覚えてないわけだし。そもそもそれ(さくや)が君の名前だって保証も無いからね」

「……ですね」

そう言って月守は、カレーを食べる手を完全に止めた。

 

*** *** ***

 

『さくや』には三門市にゲートが開いたあの日より前の、大規模侵攻以前の記憶が無い。

 

彼が思い出せる最も古い記憶は、大規模侵攻のあの日の、事切れて積み重なったトリオン兵の中に押しつぶされ身動きが取れない状態だった。

身体のあちこちの骨が軋んで痛むが、逃げることすらできない状況を不知火に助けられた。助けられて病院に運ばれる最中に、『さくや』は不意に、

 

『ここはどこで、ぼくはだれなんだろう』

 

自分のことが何1つ思い出せないことに気づいた。

 

自身に関することが思い出せないと自覚した瞬間、『さくや』は自分の身体のどこかが消失したような、得体の知れない喪失感に包まれた。どれほどのものを失ったのかは分からないが、大きなものを、大切なものを失ったことだけは、漠然と感じていた。

 

運び込まれた病院で怪我の治療をされながら、『さくや』は自身の記憶に関する事を医者から尋ねられた。『さくや』もそれが、自分の状態を確かめてもらっているということは理解していた。理解していても、1つ問いかけられる度、それに答えられない度に、『さくや』は自分が空っぽだという事実を嫌でも突きつけられ、それがとにかく嫌だった。

 

記憶のない『さくや』に家族も居なかった。元々居なかったのか、大規模侵攻で亡くなったのか、『さくや』を知る人物が病室を訪ねてくることは無かった。

 

何も持っていなかったあの頃の彼を支えたのは、唯一記憶に残っていた『さくや』という誰かの名前のような響きと、同じ病室にいた少女……当時は『姉』と呼び慕い、後に自身をしのぐバイパー使いとなる那須玲。そして、死んでいたかもしれない彼を見つけ、病室に何度も何度も足を運び、やがて彼の保護者となる不知火花奈だった。

 

*** *** ***

 

カレーを食べ終えた月守は無言で食器を洗っていた。不知火はとうに食べ終えて「風呂ってくるわー」と言い残して浴室へと消えていった。

 

自炊している月守だが、彼はある程度意識してカレーを作ることを避けていた。月守の中に、カレーは家族で食べるものという概念があったからか、1人でいる時はカレーを全く作らなかった。

実際に今洗っているカレー皿に触るのは、不知火が以前帰ってきた正月以来だった。

 

(……そもそも、なんで毎回カレーなんだっけ…)

 

普段より時間をかけて食器を洗い終えた月守はテーブルに戻り、そんな事を考えた。

 

気づけばそういう習慣になっていたが、その原点はなんだったのか月守は思い出そうとするが、

 

「なんだかんだ言って、家の風呂は落ち着くね」

 

思い出す前に不知火が浴室から出てきた。楽だから、という理由でジャージである。

 

鼻歌交じりに冷蔵庫を開けて、パッケージが水色のエールビールを取り出した。

「今日土曜日なんですけど?」

「水曜日まで待てない」

そう言って不知火は躊躇いなくプルタブを開けて、一気に缶の半分ほど嚥下した。

 

「咲耶ー」

「なんですか?」

「早く20歳になりなさい。そして仲良くお酒を飲もう」

「あと3年ちょっと待ってくださいね」

度々酒を酌み交わす約束をするが、毎回律儀に『20歳』の一言を付けるあたり、変に真面目だなと月守は思っていた。

 

幸せそうに酒を飲む不知火に向けて、月守は問いかけた。

「花奈さん、なんで毎回帰ってきたらカレーなんですか?」

「うーん?ワタシの少ないレパートリーの中で最も安定して作れるメニューだから。とりあえずカレー作って、料理感がどんなものだったかを思い出してるのさ」

「あ、ちゃんと理由あったんですね」

「ワタシが成すこと全てに理由がある」

ドヤ顔で宣言する不知火を見て月守は呆れ混じりに笑った後に「納得しました」と言った。

 

その後月守は浴室に向かい、1人リビングに残った不知火はビールをチマチマと飲み進めた。その合間に、

「相変わらず咲耶は、簡単に騙されちゃうねぇ。本当は、君が初めてウチに来た時……あの日作ったカレーを『美味しい』って言ってくれたのが嬉しかったから、ワタシは1食目をカレーにしてるんだよ」

やんわりと微笑みながら、照れ臭くて本人には言わない本当の理由を呟いた。

 

*** *** ***

 

誰もが持っているものを自分だけが持っていない、という事実は『さくや』の心に暗い影を落とした。自分が無くしたものは何だったのかと思う度に彼の心は揺れて不安定になり、やがてそんな状態が普通になった。

 

その不安定さから他人との関わりは慎重にするべきだと判断され、月守咲耶は中学校入学までの期間は家庭学習という名目で、学校に通わなかった。そしてその期間は半ば監視の意味合いも兼ねて、大半の時間をボーダー本部で過ごした。

 

だがその期間中、

 

「勉強?とりあえずワタシの研究室にそれっぽい本置いておいたから、適当に読んでればいいんじゃない?分からなかったら教えてあげる」

 

ほどほどに大雑把な不知火はそんな教育方針で適度に月守を放任して育てた。結果、同い年の子供が文字式の基礎や歴史公民などを学ぶところ、月守はそれに加えてメテオラが爆破する仕組みやハウンドの各弾速の誘導半径や弧月の構造など、受験には確実に役立たない知識を吸収していった。そのうち不知火は、

「咲耶今ヒマ?ちょっと新しいトリガーの試作品できたから試し撃ちしてくれる?」

堂々と月守に研究を手伝わせ始め、月守はその過程でトリオン体の操作を身につけていった。

 

空っぽだった月守は自らの空白を埋めるかのように、トリガーの知識やトリオン体の扱い方を貪欲に学び続けた。仮入隊となるのに時間はかからず、不知火の研究室とソロランク戦のブースと自宅を移動し続けるのが幼い彼の日常だった。

 

そんな生活がしばらく続いた後、4月の入学時期に合わせて月守は中学生になった。今までとは違う新しい生活が始まるという点では、月守は周りにいる新入生達と同じだったが、そのスタートである入学式で彼は再度自分が周囲から浮いた人間なのだと思い知った。

 

たった今会ったばかりなはずなのに、共通の話題を見出して会話ができる同級生達がひどく異質に思えたのだ。共通の話題(語るべき記憶)を持たない自分には絶対に出来ないことを平然とやってのける彼らは月守にとっては異質だが、周囲をどれだけ見渡してもそれが出来ていないのは月守だけだった。

 

騒がしい教室の中で孤立し続けた月守は、早く帰りたいという願望と居た堪れない思いで一杯だったが、そんな彼に、

 

「ねえねえ!君さ、ボーダーにいる人だよね?」

 

1人の少女が声をかけた。

 

小柄で華奢な体格に見合わない僅かにダボついたセーラー服。どことなく猫を思わせる真っ直ぐ射抜くような目。そして何より、今が楽しくて仕方ないと言いたげな明るい笑顔が目につく女の子だった。

 

彼女の問いかけに、月守はぎこちない声で答える。

「……そう、だよ。よく、ボーダーにいる」

「だよねだよね!ボク今月から仮入隊してるんだけど、君のこと遠目だけど本部で見かけたもん!」

「多分、ソロランク戦のブースだと、思うけど……」

「んー、まだよく本部のことわかんないけどきっとそこ!」

 

話しながら彼女はずっと笑顔で、月守にはそれが酷く眩しく見えた。良くも悪くも、羨ましかった。

 

彼女は笑顔のまま言葉を重ねる。

「あ!っていうか君、名前は?せっかく同じボーダーでクラスメイトなんだし、名前教えて!」

 

名前を訊かれた月守は一音一音丁寧に、自分の名前を告げた。

「月守咲耶……僕の名前は、月守咲耶です」

 

説明を受けて、少女はふむふむと言いながら頷いた。

「月守咲耶……つきもりさくや……うん!覚えた!なんかこう、いい名前だね!つきもりって響きが、すごい好き!」

月守は苗字なんだけど、という言葉が出かけたが月守はそれを言わずに飲み込んだ。

 

思わず苦笑した月守は自分が無意識に笑っていた事に驚いたが、少女はそんな月守に向けて、

「じゃあ、咲耶くん!ボクの名前は地木彩笑!これからよろしくね!」

紆余曲折の末にタッグを組むことになる相方に向けて、彩笑はそう名乗った。

 

*** *** ***

 

月守が風呂から上がってリビングに戻ると、不知火の姿はすでになく、テーブルの上に『明日は1日中寝てる予定』とだけ書かれたメモが残っていた。

 

(なんか適当にご飯作っておけばいいのかな)

 

メモの内容から月守はそんなことを考えながら冷蔵庫の中身を確認して、明日の朝食を何にするか検討する。

 

(卵の期限が近いから使い切りたいな。けどここで使い切ると月曜日の弁当が困る……。彩笑、卵焼き入ってないと拗ねるし……でも、どっちにしろ花奈さん帰ってきたんだから買い出し行かなきゃいけないから、卵は明日使い切って、買い物にも行こう。卵安いのは月曜日なんだけど、まあ仕方ない。あとは……)

 

そうしてしばらく考えて、食材の賞味期限や調味料などを鑑みて明日の朝食兼不知火の食事をタマゴサンドに決めた月守は、そのまま自室に向かう。

 

ギリギリ寝返りが打てる広さのベッドと、辞書と教科書が並んだ勉強机、衣服が種類ごとに綺麗に収納されているタンスに、キャパシティを越えそうなほど本が詰め込まれた本棚。それくらいしか家具が無い月守の自室だが、月守がその自室に戻ると、我が物顔で勉強机に座る不知火がいた。

 

てっきりすでに寝ているものだと思っていた月守は、意外そうな表情を浮かべながら尋ねた。

「何してるんですか?」

「うん?息子が部屋のどこにエロ本隠してるのかなと思って捜索してた」

「友達の家に遊びに来た男子のノリですね」

「気分を害したなら謝ろう。だが咲耶1つ言わせて欲しい。隠し場所がベッドの下と本棚の奥というのはさすがにちょっとベタ過ぎると思うんだ」

「さも見つけたような口ぶりですけど、俺の部屋にはそんなものは無いです」

「チッ。全く動揺しないね。これは完全に隠し持ってない反応だ」

「おふざけが過ぎるので、明日のご飯はセロリ、飲み物は炭酸水にします」

「やめろっ!ワタシを飢え死にさせる気かっ!?」

不知火はアルコールが含まれていないと炭酸が飲めなかった。あと単純にセロリが嫌い。

 

サイダーとセロリはやめてくれと駄々をこね続ける不知火に向けて「残念ながらどちらも冷蔵庫には無いです」と月守言うと、不知火は幾分か冷静さを取り戻した。

 

「……咲耶。確かにさっきはワタシにも非はあった。それは認めよう。だが頼む。何があってもアルコールが含まれていない炭酸飲料とセロリは食卓に並べないでくれ」

「わかりました。というより、俺も炭酸とセロリはあまり好きじゃないんで、多分買いませんよ」

「待て、多分って何だ多分って。食卓に並ぶ可能性はゼロじゃないのか!?」

「……食卓に並ぶ可能性はゼロです。ただ、彩笑が弁当のおかずで食べたいって言い出した場合は、買う可能性はあります」

「よし、だったら大丈夫だ」

セロリとサイダーが食卓に並ぶ可能性が無いことを確認して不知火は安堵し、同時にほどよい眠気を感じて、あくびをした。

「ふぁ……」

「もう寝たらどうですか?」

「うむ、そうしよう。……普段本部の中くらいしか歩かないから、久々の移動は疲れた」

「歳じゃないですか?」

「……眠いから今の発言は聞かなかったことにしよう」

地雷を踏み抜いたにも関わらず不発だったのを見て、月守は不知火が本当に眠い事を察した。

 

瞼を半分ほど閉じた不知火は、椅子からゆっくりと立ち上がった。

「というわけで、ワタシは寝る。明日は起こさなくていい」

「わかりました。サンドイッチ作り置きしますから、起きた時に食べてくださいね」

「ん、助かる……」

 

眠気で僅かに揺れる足取りで不知火は部屋から出ていき、

「そういうわけで、おやすみ」

最後にそう言って扉を閉めた。

 

月守は小さな声で「おやすみなさい」と言ったが、その声は不知火には届かなかった。

 

それからしばらくぼんやりしてから、月守は眠りについた。学校の課題が残っている事を思い出したが、

(どうせ彩笑も残してるし……明日作戦室で一緒にやればいいか)

という程のいい言い訳をして課題を明日の自分に託して、眠気に飲まれていった。

 

 

 

 

その夜、月守咲耶は懐かしい夢を見た。

『さくや』が『咲耶』となり、『月守咲耶』になった日の夢だ。

 

*** *** ***

 

消毒液の匂いが漂う中、『咲耶』は日が落ちて月明かりが窓から差し込む病室で、何も考えず静かな時間を過ごしていた。

 

-やあ咲耶くん、元気かい?-

 

病室で1人になってしまった『咲耶』のもとに、不知火花奈がやんわりとした笑顔でやって来た。

 

大規模侵攻で自分を助けてくれただけでなく、こうして入院している自分に何度も会いに来てくれる不知火は、『咲耶』にとってとても不思議な人だった。不知火は「自分が助けた子供が心配だからって言えば上も強く止めないからね。堂々とサボれる」と会いに来る度に言っていたが、『咲耶』にとっては会いに来てくれれば理由はさほど重要じゃなかった。

 

-おや?玲ちゃんは?-

 

『咲耶』は那須が今日退院した事を告げる。

 

-なるほど。じゃあ君は、また1人ぼっちになったわけか-

 

悪びれもしない言葉に『咲耶』は悲しそうに俯くが、不知火は遠慮なく彼のいるベッドの隣にある椅子に腰掛ける。

 

-さてと……ちょっとワタシとお話ししてくれるかい?-

 

返す言葉は無いが頷いて『咲耶』は肯定を示して、不知火は彼の目を真っ直ぐに見て言葉を紡ぐ。

 

-怪我はどう?もう痛くない?-

 

『咲耶』は頷く。

 

-うん、それは良かった。ワタシが助けたのに死なれては寝覚めが悪いからね。元気でいてくれれば何よりだ。じゃあ、あと少しで退院かな?-

 

わからない、と、『咲耶』は答える。

 

本当にいつ退院できるか分からなかったし、退院したところで彼に帰る場所は無かった。

 

かと言ってずっと病院にいるわけにもいかず、『咲耶』はこれから先がどうなるのか全く分からなかった。

 

だから咲耶は素直に、「これからどうなるのか分からない」と告げた。

 

すると不知火はその言葉を待ってましたと言わんばかりに、答えた。

 

-だよね。……だから咲耶くん。君さ、ウチに来ない?-

 

その突飛な言葉を上手く処理できず、『咲耶』は首を傾げた。

 

-ありゃ、伝わらない?じゃあ、言い方を変えよう。ワタシの子供ってことにして、ワタシと一緒に暮らさない?-

 

言い方を変えられても『咲耶』の首の傾きは戻らない。

 

空っぽな『咲耶』にとって不知火の提案は、まるで初めて触れる異国の言葉のように理解しがたいものだった。

 

だから『咲耶』は「なぜ?」と尋ねる。

 

すると不知火はキョトンとした表情を見せた。

 

-なぜって……目の前に困ってる子がいて、それを助けない理由があるのかな?-

 

ひどく当たり前のことのように不知火は言った後、流れるように『咲耶』に質問した。

 

-逆に訊くけど、君はずっとここに居る気なのかな?毎日同じような時間に、あのバレバレなカツラを被った善意満載の医者に、覚えてない事を質問されて、イライラする毎日をずっと過ごす気かい?-

 

不知火の言葉に『咲耶』は引っかかりを覚えるが、このままずっと同じ日々を過ごすのが嫌だという思いを込めて、首を左右に振った。

 

-そうだろう?嫌でしょう?でも、ワタシは君にそういう事はしないよ。もちろん、君が思い出したいなら協力はするけど…、無理してでも思い出さなくてもいいんじゃないかなって、ワタシは思ってる-

 

無理にでも思い出さなくてもいい。その言葉は、空白な過去を何としても思い出して埋めなきゃいけないと思っていた『咲耶』には衝撃だった。

 

みんなが持ってるもの(覚えていること)を、自分だけが持っていない(覚えていない)のは、辛かった。

でも、手がかりもない自分の記憶を思い出そうとするのは真っ黒な迷路に放り込まれたようで、怖かった。

もし、思い出したところでその記憶が残酷なものだったらと思うと、苦しかった。

 

辛くても、怖くても、苦しくても。

『咲耶』はそこにあるかもしれない一縷の希望を追い求めるしかなかった。

 

唯一縋っていたものを否定された『咲耶』は本当に空っぽになり、それを埋めるために尋ねた。

 

「じゃあ……花奈さんはぼくに、何をくれるんですか?」

 

すると不知火は「あげられるもの?」と呟いたあと、さして悩むことなく、

 

-美味しいご飯かな?-

 

と答えた。再び不知火の答えが予想外で『咲耶』の首が傾く。

 

-……そんな「料理できるんですか?」みたいな顔をされるのは心外だったよ。言っておくが、ワタシは人並み程度には料理できるんだぞ?少々……、多少……、他の人よりはレパートリーはちょっと少ないかもしれないが、ちゃんと作れるんだからな?まずはカレーでしょ、それからシチューでしょ、あとハヤシライス。それから……ゆで卵、目玉焼き……、卵焼き………。時々新しいメニューに挑戦して忍田先輩には苦い顔をされるが……。と、とにかく!君がウチの子になるなら、美味しいご飯が食べられることを約束しよう!-

 

不満そうな表情から、気まずそうな表情、そして最終的にはドヤ顔という百面相をしてみせた不知火が可笑しくて、『咲耶』はほんの少しだけ口角を緩めた。

 

美味しいご飯を食べさせてあげるという不知火のプレゼンを聞いて、月守は提案を受け入れていいかもしれないと思い始めていた。

 

食べ物につられた、というわけではない。

このまま病院にいるより、そして他の誰かに自分の暮らしを決められるより、この愉快な人と一緒にいる方が楽しいかもしれないと思ったからだ。

 

この人と一緒に暮らしたいと思った。でもそれを素直に言葉にするのが少し恥ずかしかったから、

「じゃあ……これから毎日、美味しいご飯を食べさせてください」

『咲耶』は少し遠回しに、自分の意思を不知火に伝えた。

 

その言葉に『咲耶』込めた意味を、不知火は取り零すことなく汲んだ。

-そう言ってもらえて嬉しいよ。こちらこそ、よろしく頼む-

提案を受け入れてもらった不知火は安堵した笑みを見せて、数日かけて『咲耶』を引き取る準備を進める旨を伝えた。

 

そこでふと、『咲耶』は1つの疑問を覚えた。

 

「花奈さん」

 

-うん?なんだい?-

 

「花奈さんがぼくを引き取るって、ことは……ぼくは『不知火咲耶』になるんですか?」

 

家族を持たない『咲耶』は、自分の苗字がどうなるのかひどく気になった。

 

『咲耶』の質問を受けて、不知火は「悩ましいなぁ」と呟いた。

 

-そこまでは考えてなかったよ。でも、ワタシの苗字は使わない方がいいかもね。色々と……この名前は面倒なものを背負ってるからね-

 

申し訳なさそうに不知火は説明したが、すぐに、

 

-そうだ。じゃあ、君の苗字はワタシが考えてあげよう!-

 

嬉々として不知火はそう言った。

 

-安心したまえ。ワタシはネーミングセンスには自信がある-

 

その日2回目のドヤ顔で不知火は宣言すると、顎に手を当てて考え始めた。だがすぐに「苗字を考えるのって難しくないか……?」と呟き、早速行き詰まった。

 

何かヒントは無いものかと思い周囲を見渡すと、窓から差し込む綺麗な月光が目に入った。

 

そして、

 

-……「月守」。というのはどうかな?-

 

その瞬間に思いついた答えを、『咲耶』に告げた。

 

何か意味があるのかと『咲耶』が問いかけると、不知火は「まあ、一応ある」と前置きしてから、『月守』に込めた意味を話し始めた。

 

-かつてこの国にはお札の顔に選ばれるくらいに素晴らしい小説家がいたんだ。そしてその人は

「I love you」

を、

「私はあなたを愛しています」

じゃなくて、

「月が綺麗ですね」

と訳したという逸話があってね。ワタシは文学がてんでダメだから、なぜその人がそう訳したのかは理解できないが……。まあでも、月のことを、愛する人に見立てたんじゃないかなとは思うんだよ……-

 

話ながら「うわー、こういうことをまじめに講釈するのって超恥ずかしいな」と不知火は思い、今すぐにでも説明を辞めたい気持ちになるが、真面目な目で見据えてくる『咲耶』のために不知火は説明を続ける。

 

-月を……愛する人を、守れるような人で在ってほしい。ワタシはそういう意味を込めて、咲耶くんに「月守」を贈りたい。どう?気に入ってくれた?ー

 

説明を聞き終えた『咲耶』は少しだけ俯いて、口元に手を当てた。

 

不知火が「月守」に込めた意味がとても綺麗だと思えて、嬉しかったから。

自分の中の空白が1つ埋まったようで、嬉しかったから。

与えられた「月守」という姓がまるで始めから自分のもののようにピッタリ嵌ったような感じがして、嬉しかったから。

 

そのたくさんの嬉しさを気取られるのが恥ずかしくて、『咲耶』はそれを悟られたくなくて俯いて、口元を手で隠した。

 

しかしそれは隠しきることは出来ず、不知火にその気持ちは伝わっていた。それでも、不知火はあえて問いかけた。

 

-気に入ってくれたかい?-

 

答えが分かりきっていても、不知火はその答えをきちんと『咲耶』の口から聞きたかった。

 

自分の気持ちを落ち着けるために、『咲耶』は意識して1つ呼吸を取ってから、しっかりと不知火の目を見た。

 

「……はい。ぼくは今日から、『月守咲耶』です」

 

そう答える『月守咲耶』の表情は、不知火が普段からよく見せる笑みにとてもよく似た、やんわりとした笑顔だった。




ここから後書きです。

月守の過去が明らかになりましたが、何もないことが明らかになりましたね。果たして彼は何者なのか。あと月守を名付ける時に不知火が変なセンスを極端に発揮しなくて良かったと思います。今名付けをやらせたら、なんとか院とか付けそう。個人的に好きな「院」のつく苗字は「安心院」です。1人につき100個のスキルぶちかますシーンでは腹筋崩壊した記憶があります。

活動報告の方に、前回のアンケートに関するものを更新しました。


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番外編【行きつけのお店】
第一話「ハーフアップ」


番外編ですけど三話構成です。
お付き合いいただけると幸いです。



街中の大通りと大通りをつなぐ細い路地の中に、その店はあった。場所を周知していなければ辿り着けないような場所にあるのに外装に派手さは無く、看板を一見しただけでは何の建物なのか分からない、利益などあまり考えていないような、半ば個人の趣味で成り立っているような店。忙しさや喧騒から隔離された雰囲気を持つその店が、天音神音の数少ない行きつけの場所だった。

 

カランカランと、店の扉を開けると来客を知らせるベルが鳴り響く。

「こんにちは……」

1年近く通った場所であり、事前に予約を入れているにも関わらず、天音は未だに店に入る時、遠慮がちに声をかける。

 

木目調の壁と、時間がゆっくりと流れる森の中を想起させる香りが漂う店内に、この店唯一の店員であり店主である人物がいた。

「神音ちゃんいらっしゃい。相変わらず、時間ピッタリね」

店主は天音を見ると嬉しそうに目を細めて頰を緩めた。

 

明るく染めた腰まで届く茶髪とスラリとした高い背丈が特徴的な店主のニコニコとした笑みを見ながら、天音は挨拶する。

「お久しぶり、です」

「1ヶ月半ぶりくらいかしらね。どう?元気してた?」

「ええと……はい。あ、じゃなく、て……。このまえ、ちょっとだけ、入院、してました…」

「へえ、そう。入院……って、入院!?大丈夫なの!?」

「だいじょぶ、です」

しれっと驚くような発言をした天音に店主は驚いたが、天音は相変わらずの無表情なので、店主は天音の言葉を信じた。

「大丈夫ならいいんだけど……。ホントに、神音ちゃんは表情が読めないわ」

「……ごめん、なさい」

「ああ、違う違う。謝るようなことじゃないの。むしろそこが、神音ちゃんの可愛いポイントの1つよん」

「……ありがと、ございます」

「どういたしまして。謝ったりお礼を言ったり、神音ちゃんは忙しいね!」

無表情で淡々とした天音の微かな反応の変化を楽しみながら、店主は殊更嬉しそうに笑う。

 

店主は活き活きとしながら天音を席へと案内する。

「はい、じゃあ……神音ちゃん座って」

「あ、はい」

天音は羽織ってきたコートを脱ぎ、勝手知ったる店内にコートを掛けてから案内された席に座る。

 

店主は商売道具を準備しながら、天音からオーダーを取る。

「今日はどうしちゃう?」

「いつもの、で、お願いします」

「いつものね、オッケーおっけー。でもたまには違うのもどう?ちょっと冒険してみない?」

「いつもの、で、お願いします」

頑なに「いつもの」と言い張る天音の顔を鏡越しに見て、店主は苦笑いを浮かべた。

「神音ちゃんはいつものに拘るねえ」

「……これが、好き、なので」

「神音ちゃん()好きなんだっけ?」

「………」

押し黙る天音だが、彼女がそこで口をつぐむ理由を知る店主はにんまりと笑い、柔らかく天音の頭を撫でた。

「あーもう、神音ちゃん若い〜」

「スイさん、いじわる」

天音は店主の事を名前をもじったあだ名で呼び、無表情の中にほんの少しだけ感情を乗せた。

 

意地悪と言われた店主のスイは、それを全く悪口だと思っておらず、むしろ褒め言葉だと言わんばかりに気分が乗った。

「はいはい、私はイジワルですよ〜。でもイジワルでも、仕事はきっちりやるよん」

準備を終えたスイは腰にいくつも差した、仕事をこなすための相棒にそっと手を触れた。

 

指先にあったのは、店内の照明を鋭く反射する輝きを持った、ハサミ。

 

それは、人の背後で刃物を持つにも関わらず限りなく警戒されない職業であり、人の魅力をどこまでも高めてしまえる職業。

 

天音にスイさんと呼ばれる人の職業は美容師だった。

 

*** *** ***

 

地木隊結成から1ヶ月ほど経ったある日。

不知火に頼まれたヤボ用を終えて作戦室に戻ってきた月守咲耶に、隊長である地木彩笑は、

 

「ねえねえ!咲耶ってどんな子がタイプなの?」

 

嬉々とした笑顔で、特大の爆弾を投げ込んできた。

 

 

 

遡ること30分前……月守が不知火に呼び出されて作戦室を離れた直後のこと。

 

「神音ちゃん、そのまま座っててねー」

「はい」

天音は彩笑の指示に従って筋の通った綺麗な姿勢で椅子に座り、彩笑は大人しく座る天音の背後に回り込み、

「とりあえず、三つ編みするよ〜」

鼻歌まじりに天音の長く艶のある黒髪を三つ編みにしていった。

 

この頃、地木隊(というより彩笑と真香)は天音の長い髪をアレンジすることに凝っていた。天音は自身の髪についてあまり頓着がなく、櫛でとかすだけで毎日無造作に髪を下ろしていた。チーム結成から1週間ほどでそれを見かねた彩笑が、

「神音ちゃん折角だし、髪結ってみない?」

そう提案してから、天音の日替わりヘアスタイルショーが恒例になった。

 

最初は単にヘアゴムで纏めただけだったものが日に日にバリエーションを増していき、いじる彩笑と真香はもとより、いじられる天音もどことなく満更でもなく、最早毎日の楽しみになっていた。

 

 

 

ちなみに当時、天音は髪型だけではなくトリガー構成も色々変更していたため、

「天音隊員の髪型とトリガー構成は関連がある」

という噂が流れた結果、ランク戦中に、

 

「隠岐、天音ちゃんおった?」

「おりましたよ。今日はポニテです」

「ポニテちゅうことは弧月二刀流やな。あとどう?可愛い?」

「ばり可愛いですよ」

 

遠距離で天音を視認させて髪型でトリガーの型を読もうとするチームが多発したが、実際はその噂自体が眉唾ものであり、

 

「アカン、今日の天音ちゃんショットガンや」

「ありゃ、予想とちゃいますね。フォロー行った方がええですか?」

「頼むで。あとな、とりあえず天音ちゃん可愛い」

「イコさん思ったより余裕ですね」

「余裕ちゅうか、詰みや、これ。あ」

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

 

読みを外して苦戦するという事態が多発し、地木隊の勝ち星を増やす一因となっていたのは、また別の話。

 

 

 

兎にも角にも、当時の地木隊には天音の長い黒髪をアレンジするという習慣があった。

 

「できたー!」

天音の髪で三つ編みを完成させた彩笑は満足げに額を拭った。

 

「えっと……、和水さん、どう、ですか?」

天音はその出来栄えを正面に立つ真香に尋ねた。真香は胸の前で組んでいた腕を解き、カメラマンのように両手で作るフレームに天音を収めた。

「うーん。アリなんだけど『これじゃない感』もある……。地木隊長はどう思いますか?」

「んー?言われてみればそんな感じはあるよね。何かが足りないような……、あ!メガネはどうかなメガネ!」

彩笑の提案に対して真香は即座に指パッチンをして、

「それです!ということでメガネも足します」

自身が掛けているブルーライトカット用のメガネを天音にかけた。

 

「なんということでしょう。匠の手によって、一瞬で勉強ができそうな神音ちゃんが完成しました」

有名なリフォーム番組を真似た真香の言うように、いかにも勉強ができる雰囲気の天音が完成した。実際はそれなりにひどい成績の天音は返す言葉に戸惑うが、普段自分1人ならやらないであろう髪型を試してもらうこと自体は楽しくて、この時間は嫌いではなかった。

 

写真を数枚撮って2人が満足したことで、天音は元の姿に戻されていった。

「次真香ちゃんだけど、どんなの試すの?」

解いた天音の髪にゆっくり櫛をかけながら彩笑が真香に問いかけた。

「そうですね……。ハーフアップやってみようかなって思います」

「あれ?やってなかったけ?」

「そこまで難しくないので逆に……、って感じでスルーしてました」

「あー、そうかも」

「ええ。神音ちゃんはどう?いい?」

真香は一応天音に確認するが、

「はい。どうぞ」

天音は毎度のことながら迷うことなく答えた。

 

彩笑と真香は位置を入れ替えて、天音の日替わり髪型ショーが再スタートした。テキパキと手際よく進める真香を見て、彩笑は何気なく尋ねた。

「真香ちゃん毎回手際いいけど、もしかしてこういうのやったことある?」

「はい。私、妹がいるんですけど……、子供の頃はよくあの子の髪を結ってたんです。最近はあんまり触らせてくれないんですけどね」

「お姉ちゃん離れしたのかな?」

「んー、どうなんですかね?話す事自体減りましたし、そうかもしれません」

話しながらでも真香は手を止めずに、あっという間に天音のハーフアップは完成した。

 

その出来栄えを見た彩笑は脊髄反射に近い速さで、

「もうね、可愛い。もしこんなのでデートしに行ったら、神音ちゃんの彼氏は100%死ぬ。死因はキュン死」

褒めちぎって空想上の天音の彼氏を殺した。

 

どれどれと言った様子で真香も同じように確認すると、

「これは100%彼氏さん死にますね。そしてそれに気づいて駆け寄ってきてくれた見知らぬ一般人も死にます。集団キュン死です」

空想上の死者が増えた。

 

2人の言い分がオーバーだったため、流石に天音も今の自身の姿がどんなものか気になり、鏡が見える位置に移動しようとしたが、

「真香ちゃん!神音ちゃんを止めないと!」

「ええ、これはいくら神音ちゃんでも自分の可愛さに酔ってしまいます」

ふざけた事を大真面目に言う2人に止められて、自分の姿を見ることは叶わなかった。

 

三つ編みの時と同じで数枚の写真を撮ってから天音の髪を解いて、心拍が平常に戻ってから会話を再開させた。

「いやー、神音ちゃんのハーフアップの威力半端ないね」

「ですね。ここ1番の時ハーフアップにしたら、勝ち確です」

真香が天音の髪に櫛をかけながら言うと、天音はその独特なよく区切る話し方で問いかけた。

「和水さん、ここ1番の時って、A級昇格戦、の、こと?」

「えーと……、そっちでもいいけど、私としてはデートの時って意味で言ったよ。ハーフアップって、男子ウケいいみたいだし」

「んー……、そっか」

そう呟く天音は毎度のごとく無表情であり、彩笑も真香も彼女が心中で何を思っているのかは窺い知ることはできなかった。

 

天音の胸中を知る事を諦めた彩笑だったが沈黙することなく、新たな話題を放り込む。

「ところでさ、2人は彼氏とかいるの?」

その質問を聞き、天音と真香は2つの意味で戦慄した。

 

1つ目は、男子っぽいというか子供っぽい純粋さがある彩笑が恋バナに興味があったこと。

2つ目は、その質問に対する自身の答えがNOであったことである。

 

しかし2人はその心の揺らぎを表に出さない。天音は持ち前の無表情、真香は作り笑いで、それぞれ対応する。

「あはは、いませんよ」

「同じく、いない、です」

 

表面上は普段と変わらない2人の答えを聞き、彩笑は笑いながら、それでいてがっかりとした雰囲気を醸し出す。

「えー、残念。2人とも可愛いのに」

「ありがとうございます。でも、そういう地木隊長はどうなんですか?」

「どうって?」

「そういうお相手がいるんですか?ってことです。例えば、月守先輩はどうなんですか?とても仲良しに見えますよ?」

実に当たり障りなく滑らかに真香は反撃に転じた。天音は無言なのだが真香の言葉に賛同する形で頷いて援護射撃をしていて、連携はバッチリである。

 

しかし彩笑は2人がかりの攻撃を難なく笑顔で捌く。

「え?咲耶?無い無い。ボクと咲耶はそういうのにはならないよ」

焦った様子など全く感じさせずに答える彩笑を見て、真香は攻撃を畳み掛けることにした。

「やけにあっさり言い切りましたね」

「うん。だってさ……」

彩笑は少し考える仕草をしてから、真香の言葉に答える。

「ストーブって、あったかいじゃん?」

「え?はい」

「けど、あったかいからって近づきすぎたら熱いし、触ったら火傷しちゃうでしょ?」

「そう、ですね……」

「でも離れすぎちゃったら、寒いでしょ?」

「それは、まあ……」

 

一体彩笑は何を言いたいのか訝しみながらも、真香は会話を進めて、天音はそれを黙って聞き続ける。

 

「何事にもさ、丁度いい距離ってあるじゃん。近ければ近いほどいいってわけじゃないし、離れすぎてもダメ。ピッタリだなって、思える距離」

 

彩笑は両手を近づけたり離したりしながら言葉を紡ぐ。

 

「真香ちゃんは、ボクと咲耶の事を仲良しに見えるって言ったけど……、多分ボクらは、今のこの距離が1番丁度いい距離(関係)だと思う。これ以上近づいたら……、きっとボクらはどっちかがダメになる」

 

その小さな両手を一度合わせてからすぐに交差させてバッテンを作った彩笑はいつになく真剣な表情で、

 

「だから、ボクと咲耶はそういう関係にはならないよ」

 

そう断言した。

 

「………」

「………」

彩笑の持論を聞いてず沈黙した2人に対して、彩笑はいつも通りの笑顔を見せて、

「まあそれと、咲耶と恋人らしいことをするのを想像できないっていうのもあるね!咲耶相手にときめく自信がない!」

何とも彩笑らしい理由を付け足した。

 

付け足された理由を聞き、真香は思わず苦笑し、天音も無表情ながらも雰囲気を柔らかくした。

「地木隊長、ぶっちゃけそっちの理由が本音じゃないですか?」

「まあね!最初の方がそれっぽい理屈で、後の方が感覚的な理由!」

「地木隊長、らしい、です」

一瞬でいつもの空気に戻った地木隊作戦室だが、そんな中で真香は、普段ならあまり出ない話題を放り込んだ。

 

「ところで地木隊長。月守先輩はそういう人いないんですかね?」

「咲耶に彼女がいるかってこと?」

「はい」

真香が言いたいことを確認した彩笑は、

「いないでしょ」

一考の余地なく断言した。

 

「そう、なんです、か?」

天音がそれに食いつくが、彩笑は笑顔でそれを否定する。

「だってボク学校のクラスも同じだけど、そういう話題出ないし」

「今も、昔も、ですか?」

「無いよ。噂も無いし、咲耶とそういう話題したことも無いし……」

言いながら彩笑は自身の中に生まれた1つの疑問を口にする。

「というかボク、咲耶の好みな女の子とか知らない!」

 

それを皮切りにして、地木隊作戦室では『咲耶はどんな子がタイプなのか予想しようよ選手権』が始まった。

 

十数分に及ぶディスカッションの結果、彩笑は、

 

「咲耶にそういう話が無いのは、好みの女の子が近くにいないから!だから咲耶のタイプは、戦闘とはまるで無縁な中身までお嬢様な子!」

 

と予想を立てて、真香は、

 

「でも、何だかんだ言って地木隊長が月守先輩と1番仲が良いんですし、地木隊長みたいに笑顔で月守先輩を振り回せるような人がタイプだと思います」

 

そんな予想を立てて彩笑をわずかに憤慨させて、最後に天音が、

 

「もしかしたら、そういうのが、無い……、とか、どうでしょう。好きになった人が、タイプな人、とか、言いそうな、感じ、します……」

半ば予想を放棄したような回答を下した。

 

そして全員の予想が出たそのタイミングで、月守が作戦室に帰還した。

「ただいまー。呼び出されたから何事かと思ったけど、研究室の片付けを手伝ってくれってだけだったよ。ちょっと前に買い出しに行ったみたいで、色んなチラシが散らばってた」

月守が不知火の頼み事についての内容を説明するが、3人はそれをきちんと聞いていない。とにかく答え合わせしたいという思いで一杯だったからだ。

 

3人が醸し出す普段とは異る雰囲気に月守は気付いたが、それが何なのかを確認するより早く彩笑が、

「ねえねえ!咲耶ってどんな子がタイプなの?」

突拍子の無い質問をぶちかましてきた。

月守としては出会い頭に相手が笑顔でホールケーキを投げつけてくるくらいに、突拍子がない状態だった。

 

「待って待って、そもそも何がどうなって彩笑はそういう事聞いてきたの?」

 

ひとまず現状を理解するべく月守が尋ねると、彩笑は「んっとね」と前置きをしてから事の経緯を説明し始めた。なお説明の途中で彩笑は『今日の作品』と題して天音の三つ編みとハーフアップの写真を月守に見せたところ、

「2作目すごいね。ランク戦で神音を応援してる人たちにこれ見せたら、何人か『可愛すぎる』って言って死ぬんじゃない?」

案の定、死人が増えた。

 

一通り説明を受けた月守は悩ましいと言わんばかりに腕を組んで首を傾げた。

「さて咲耶。というわけでどんな子がタイプ?どんな子見るとドキドキしちゃう?」

彩笑は嬉々として質問するが、月守は、

「どんな人がタイプかって聞かれても……、そういう目で人を見たことないからなんとも言えないんだけど……」

真面目にそう答えた。

 

月守の表情を見る限り彼が誤魔化したり嘘をついているのではなく素直に答えていることが彩笑は分かっているが、それでもその答えはとても面白くない。

「嘘でしょオイコラ」

思わず彩笑の口調が荒くなるが、月守は怯むことなく言葉を返す。

「嘘じゃないんだけど……」

「あーごめん、それは分かってる。……てか咲耶、そもそも女の子見て『可愛い!』って思ったことある?」

「んーと……こういうのが可愛いんだな、みたいな事を思うことはあるよ。さっきも彩笑が見せてくれた神音の写真見て可愛いというか、綺麗だなって思ったし」

「んあー、そっか。でも神音ちゃんだとボクら身内目で見ちゃうからノーカンで。神音ちゃん以外で誰かいる?あ、なるべく客観性が欲しいから、できれば芸能人!」

「質問がどんどん難しくなっていく……」

矢継ぎ早に放たれる質問を前にして、月守は軽く頭痛を感じ始めていた。

 

彩笑との会話で分かる通り、月守が口にする「可愛い」や「綺麗」には、特別な感情は込められていない。月守の中には10年以上の記憶が欠落しているせいなのか、彼が話す「可愛い」や「綺麗」にはそれ以上の意味はない。小動物を見て反射的に「かわいい」と言うのと大差ない。

 

しかし月守に……話し手にそういう意図が無くとも、聞き手が話し手の思う通りに言葉の意味や本質を受け取るとは限らない。

 

結果、月守が言う「可愛い」や「綺麗」が自分に向けられたものであると自覚した天音は無言ながらも、心の中は、

(かわいいって、言ってもらえた……!)

純粋な嬉しさで一杯であり、普段の無表情をあっさり瓦解させて赤面していた。漠然とはしているが月守に対して淡い恋心を抱く天音にとって、たとえ深い意味が無くとも「可愛い」や「綺麗」という言葉が持つ力はとても大きかった。

 

地木隊入隊以来初めて見せた天音の無表情以外の表情なのだが、当の本人が他の3人から顔が見えない角度を向いて赤面しているため、残念ながら誰もその事実には気付かない。

 

月守は彩笑からの質問から一旦逃げるため、逆に質問を繰り出した。

「というか、そういう彩笑はどんな人がタイプなの?」

「ボク?とりあえずイケメン!」

「顔かよ」

「顔カッコいいのに越したことなくない?」

「否定はできない」

「でしょー?」

 

楽しそうに話す彩笑を見て、月守は今、思いついたことを呟いた。

 

「……彩笑さ、俺らが夕陽隊だった時の『ルパン事件』覚えてる?」

「覚えてるよー。不知火さんが『トリオン体の性能を最も効率よく発揮できる体格』があるはずだって仮定して……、その中の実験の1個で、他の人のトリオン体を操作してみようってやつだったよね。夕陽隊みんなで、トリオン体を取り替えっこしたやつ!」

「取り替えっこっつーか……、お前と夕陽さんと不知火さんが、俺のトリオン体になっただけなんだけどな……」

「まあね。でも、あれは楽しかったー!咲耶の目線の高さから見る世界がすごい新鮮だった!」

満面の笑みで話す彩笑だが、その実験には続きがあった。

イタズラ好きな彩笑と夕陽は外見が月守であることを利用して、普段の月守ならやらないことを他の隊員に目撃させて楽しみ、不知火はそんな2人が騒ぎを起こした後の現場に月守の姿で現れ、

「今ここに俺が来ませんでしたか?」

「そいつがルパンだ!バッカモーン!」

と言い残すという遊びをしていた。後々、当然のように3人は忍田と鬼怒田と白金に怒られた。

 

一通り事件のあらましを思い出した彩笑は「で、それがどうしたの?」と月守に問いかけた。

「ほら、トリオン体って基本的に生身と同じサイズと外見で作るじゃん」

「結局それが使うのに1番違和感ないし、外見違いすぎると他の人が見た時に混乱するもんね。それで?」

「諸々の理由で生身と同じ姿を再現してるけど、別にその辺いじれないわけじゃない。つまり……」

「つまり?」

月守は一拍置いてから、至極真面目な表情で言った。

「やろうと思えば彩笑の理想のイケメンのトリオン体データを作ることって可能なんじゃない?不知火さんあたりなら『面白そう』って言って協力してくれると思うぞ」

「咲耶天才じゃん!早速作ってくる!」

 

月守の提案を受けた彩笑は戦闘時さながらな速度で作戦室から姿を消して、不知火の研究室へと急行した。

 

半分冗談のつもりだった提案を褒められた月守は苦笑した。

「……作ったトリオン体データ、誰に使わせるつもりなんだろう?」

「多分地木隊長、誰にも使わせないと思いますよ?」

「真香ちゃん、その心は?」

「私キャラメイクできるゲームで似たようなことやりましたけど、どうしても細部が思った通りになりませんし、何より自分の理想の外見が戦闘でボコボコにされるのを見ると忍びないんです」

「なるほどね」

真香の言い分に納得した月守に、天音が淡々とした声で問いかけた。

「でも、月守先輩、地木隊長の質問、うまくかわしました、ね」

「んー、まあね。正直、この手の話題は苦手だから」

苦手なのを隠すように頬を掻く月守を見て、真香は質問した。

「男子って恋バナしないんですか?」

「人によるんじゃない?少なくとも俺の周りじゃ、そういう話題にはあんまりならないし……」

「あんまりってことは、ゼロじゃないんですね?」

「……まあ、そうだね。でもアレだよ?恋バナとかじゃなくて、『女子隊員で誰が可愛いと思う?』とか、そんな感じの話だからね?」

「あー、男子っぽいですね。ちなみに誰が人気ですか?」

「隊員の人とこの話題になると人気は分かれるけど、隊員じゃない人と話せば知名度がある絢辻先輩がダントツで人気」

少し考えれば分かる答えだったので、真香は無駄な質問をしたなと少し悔やんだ。

 

その間、黙って会話を聞いていた天音が、ふと疑問になったことを尋ねた。

「あの……、ちなみに、月守先輩は、その話題になった、時、なんて答えて、ます、か?」

何気なく質問した天音に、真香は心の中で『ナイス!』と叫んだ。

 

だが、天音の質問に対して月守が答えようとした瞬間、明るい曲調のメロディーが、作戦室に響き渡った。

その電子音に心当たりがあった月守は、素早くポケットに手を伸ばしてスマートフォンを取り出した。

「彩笑、どうした?」

メロディーの正体は月守のスマートフォンに設定されていた彩笑からの着信音だった。

『あ、咲耶?迷ったから助けて!』

「また迷子か。いい加減本部の中の地図くらい覚えれば?」

『ごーめーんー!とりあえず助けて!』

未だに本部内で迷子になる彩笑を情けなく思いながらも、月守は彩笑の現在地を聞き出して、電話を切った。

 

「えー、緊急事態です。我らが隊長が今週3回目の迷子になりました」

「わかりました。他の方に見つかって迷子だとバレて泣いてしまう前に、救出しに行きましょう!」

迷子の彩笑を助けることにノリノリになる真香に月守は彩笑の現在地を伝えたが、

「しかし残念なことに、救助対象者の情報伝達能力はとても低い。『今ね、どこかの階の通路の曲がり角にいる!』程度の曖昧な情報しか受け取れなかった。しかしそれらを照らし合わせた結果、なんとか三箇所にまで位置を絞り込めた」

完全な補足ができておらず、チームは散開を余儀なくされ、

「まあそんなわけだから、三箇所にそれぞれ1人ずつ行って、彩笑と合流した人がそのまま不知火さんの研究室に連れてくってことで」

月守のざっくばらんな指示のもと、3人は彩笑を捜索するために作戦室を出て行った。

 

 

 

作戦室を出て5分経ったところで、月守のスマートフォンが再度メロディーを奏でた。

『あ、月守先輩ですか?たった今、迷子になってた地木隊長見つけました!』

「ん、了解。じゃあ悪いけど、そのまま不知火さんの研究室まで連れて行ってくれるかな?」

『はーい』

目的を果たした月守は来た道をゆったりとした足取りで戻り始めた。

 

作戦室にたどり着く途中で、同じように捜索から戻ってきた天音と合流した。目が合った途端早足で駆け寄ってきた天音に、月守はやんわりとした笑顔で話しかける。

「俺たち、無駄足になっちゃったね」

「はい。でも、よかった、です」

「まあ、そうだね。無事に迷子の彩笑は見つかったし」

月守が苦笑しながら言うと、天音はどことなく気まずそうに口を開いた。

「それも、そう、ですけど……。その、不知火さんの、ところに、私が行かなくて、よかった、です」

「うん?どゆこと?」

不思議そうに月守が尋ねると、天音は少し躊躇ってから、

「その……。不知火さん、スキンシップが、ちょっとだけ、激しく、て……。あと、たまに、ちょっと恥ずかしい、質問、してくる、ので……」

不知火がセクハラをしてくるという事実をカミングアウトし、それを聞いた月守が、

「うちの母が申し訳ない」

身内の恥を謝罪した。

 

それから2人はのんびりと歩いて作戦室に向かった。天音は自分のペースで歩きながら、隣に並ぶ月守に視線を合わせる。

 

「地木隊長、どんなお顔、作るんですかね?」

「さあ、そればっかりは見てのお楽しみ……、だけど、彩笑がそもそも見せてくれるかってところはあるね」

「そう、ですね」

見たいなぁ、と呟く天音を見て、月守は穏やかな声で問いかけた。

「ちなみに、神音はそういう人いる?」

「ふえ…?えっと、好きな人の、タイプ、ってこと、です……か?」

「うん、そう。それか、シンプルに好きな人とか」

何かを観察する時に見せる、瞳の奥から来る鋭い月守の視線を見て、天音は彼が純粋な興味から質問していることを察した。

 

しかしその質問の答えに、天音は迷う。

一度月守から視線を外した天音は、どう答えようか考え込んだ。

 

天音神音は月守咲耶を好いている。それは紛れもない事実なのだが、天音もその好きがどういう『好き』なのかを判別しかねていた。天音は月守に対する好意を、彩笑や真香に対する仲間としての好きや、母親や従姉妹に対する家族としての好きとは異なるものだと断言はできた。だがその先は天音自身にも分からない。異性としての好きなのか、尊敬する人としての好きなのか、それともまた違う好きなのか。

 

「……んー、難しい、ですね……」

 

その好きがどういう好きか天音も分からなかったから、月守の質問にどう答えようかと迷った。天音もまた、自分がどういう異性を好きになるのか、まともに考えたことがなかった。

 

安定の無表情で感情を全く表現しない天音は、そのまましばらく悩んだ。

でもそれでも。

どれだけ悩んでも。

どういう好きなのか分からなくても。

天音が好きだと思える異性は、月守しかいなかった。

 

天音が誰かと一緒にいる時、うるさいと思うほど心臓が脈打ってしまう異性は、月守咲耶だけなのだ。

 

だから天音は思い切って、

「……えっと、その……」

貴方が好きですと、伝えてみようと思った。

 

不意に足が止まった天音に合わせて、月守も歩みを止めて、その言葉を待った。

 

天音の心臓の脈音は月守に想いを伝えようと思ったその瞬間から一際大きく脈打ち、無表情の下にいつも以上の緊張が走る。

天音はゆっくりと月守に視線を合わせてから、無意識にその小さな両手にぎゅっと力を入れて握りしめた。

「……私の、好きな人、は……」

そしてひどく躊躇ってから、天音は勇気を振り絞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「月守先輩……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みたいな、優しい人が、好きです」

だが告白は失敗した。

 

言葉にするまでは良かったが、言葉にしたその瞬間から、羞恥心にも似たなんとも言い難い気恥ずかしさが湧き出して、天音はそれに耐えられず、告白の後に急いで言葉を付け加えた。

 

月守が少しだけ驚いた表情を見せる中、天音は何かを言われてしまう前に、慌てて言葉を積み重ねる。

 

「えっと、その……、私の好きな人、は……、月守先輩みたいに、優しくて、地木隊長みたいに、笑ってくれて、和水さんみたいに、落ち着いてる、人……、です」

 

かなり苦しいが、天音はなんとか意見を形にした。

急ごしらえで作った理想像だが、決して嘘ではない。ひどい人よりなら優しい人の方が好きだし、怒りっぱなしだったり笑ってくれない人よりなら笑ってくれる人がいいし、不安を煽るような人よりなら落ち着いてくれている人の方がいい。

 

天音の間違ってはないが正確性に欠ける好きな異性像を聞いた月守は、顎に手を当てて少し考える素振りを見せた。

「優しくて、笑ってくれて、それでいて落ち着きがある人ってこと?」

「あ、はい。そう、です。その……、そういう人と、一緒にいられたら、幸せかなって、思います」

告白(まがいの事)に触れずに話してくれたことで天音は安堵するが、しかしそれはそれで月守の中で告白がどういう風に処理されたのか少しだけ不安になる天音だった。

 

天音の小さな不安をよそに、月守はゆっくりと歩みを再開させて、天音がそれについてきてくれたのを見てから言葉を紡いだ。

「そっか。いつかそういう人が見つかるといいね」

それを聞いた天音は、「もう見つけてます」と答えかけたが、その言葉は口にせずに生唾と共に飲み込み、

 

「はい」

 

ただそれだけ、答えた。

 

 

 

 

それからしばらく無言で歩いた2人だが、作戦室を目前にして、天音は少し思い切って問いかけた。

「……あの、月守先輩。1つ、聞いても、いいです、か?」

「ん?何?」

なんでも聞いてと言わんばかりの穏やかな声とやんわりした笑顔で、月守は天音の質問を受け入れる。

「その……、正確じゃ、なくても、いいですし……、嫌だったり、分からなかったら、言わなくても、いい、ので……」

拒絶されないようにと願いを込めて、天音は尋ねる。

「月守先輩は、結局……、どんな人が、好き……ですか……?」

 

「……」

質問の内容を理解した月守は、考え込むように視線を上に向ける。

「……」

 

天音は答えてくれますようにと願いながら、月守の言葉を静かに待つ。

 

そして、

「……必ずってわけじゃないんだけど」

月守は左手で口元を隠してそう前置きをしてから、

 

「ショートカットが似合う人を見た時、可愛いって思うことがある……、かな?」

 

一音一音選んだような丁寧な言葉で、天音の質問に答えた。

「……ショートカット、ですか?」

言いながら天音は、無意識に自分の長い黒髪に触れた。

 

「うん、そう。必ずじゃないけどそう思うかな、くらいなんだけど……。んー、例えばね。それぞれロングとショートが似合う綺麗な人がいたとして、どっちを可愛いと思いますかって聞かれたら……、多分ショートの方選ぶかな?……って感じなんだけど……」

そこまで言った話したところで、月守はロングヘアの天音が誤解しないように、慌てて言葉を追加した。

「あの、その…!ロングの神音が可愛くないとかじゃないから!あくまで俺がそう感じるってだけで……、ロングが似合ってる神音もすごく可愛いと思うし、俺は好きだよ!」

慌てたせいか口調がいつもより強くなった月守は、すぐに自分が天音に面と向かって色々言ったことに気づき、思わず右手で自身の両目を隠して、

「……ごめん、神音。なんかちょっとテンパって、色々言っちゃった……」

申し訳なさそうに、そして何より恥ずかしそうに謝罪した。

 

それに対して天音は、

「えっと……、大丈夫、です。その……、き、気にしなくて、いいと、思います……」

返す言葉こそいつも通り淀みない平坦な口調だが、その表情は嬉しそうに緩み、そして誰がどう見ても「赤」と答えるほどに気恥ずかしさで真っ赤に染まっていた。

 

時間をかけて落ち着いた2人が作戦室に戻ると、また月守のスマートフォンが鳴った。

「もしもし?」

完全にいつもの口調に戻った月守が電話口に言うと、向こうからは楽しそうな声色が返ってきた。

『咲耶、地木ちゃんにずいぶん面白い事を吹き込んだね』

電話をかけてきた不知火の言葉から、月守は2人が無事に研究室にたどり着いたのを察して、そっと胸をなでおろした。

「半分くらい冗談だったんですけどね。迷惑でしたか?」

『いや、全然。地木ちゃんの理想のイケメン作成を見てるのはとても面白いよ。なかなかに理想が高い』

クックッと喉を鳴らして笑う不知火に倣って、月守も小さく笑った。

『ああ、それで咲耶。1つ頼みがある』

「なんですか?」

『急なんだが、今日は一度家に帰る。そんなに遅くならないはずだから、晩御飯はワタシに任せてくれるかい?』

「わかりました。カレーの材料、買っておけばいいですか?」

『助かる。ではでは』

そう言って不知火は通話を切った。

 

「電話、不知火さん、ですか?」

スマートフォンをポケットにしまうと、天音が月守の瞳を覗き込むようにして見ながら話しかけた。

「そう。2人とも無事に着いて、早速作ってるってさ」

「よかった、ですね。それで、あの……、月守先輩、これから買い物、ですか?」

「んー、そうだね。今日はもうランク戦終わったし……、夜の部観たいけど、今日は仕方ないや。これから買い物行って、その足で帰るよ」

「わかり、ました」

 

テキパキと持ち帰る私物をバッグに詰めて、月守は帰り支度を手早く整えた。

「じゃあ神音、お疲れさま」

「お疲れさま、でした。あの……、また、明日」

「うん、また明日」

 

どこか名残惜しそうに見える天音に手を振った月守は作戦室を出ようとして扉に手をかけたところで、1つ、忘れていたことを思い出した。

「不知火さんのとこからもらったチラシ、片付けてないや」

「大丈夫、です。私、片付けます」

「あー、なんかごめんね」

「いえいえ。気にしないで、ください」

「うん、ありがとう。じゃあ、それだけお願いね」

そう言って月守は、今度こそ作戦室から出て行った。

 

1人残された天音は、頭半分ぼんやりしながら、テーブルに残されたチラシを一枚一枚目を通した。市内のスーパーや家電量販店から個人経営と思わしき手作り感のあるものなど、様々なラインナップであった。

 

(……不知火さん、なんでこんなに、チラシ、溜め込んだんだろう……?)

髪の毛の先を右手でいじりながら、天音はチラシを読み進める。と言っても天音は物欲も薄く、これといって欲しいものや興味が惹かれるものは無かった。

 

ただチラシに目を通していただけの天音の手が、不意に止まった。

(……?店名の英語、よめない……、Pho…なんとか、ライト?……美容室、みたい、だけど……。あ、しかも、明日開く、新しいお店、なんだ……)

その手にあったのは、他のものより一回り小さなチラシだった。店名、連絡先、最低限の説明、店の場所のみが描かれた、余分な情報が限りなくゼロのチラシ。正直、広告としては出来栄えが限りなく低いものなのだが、今の天音はそれにひどく惹きつけられ……、気づけば天音はスマートフォンを手にとっていた。




ここから後書きです。

個人的に美容院とか床屋さんでの思い出は、髪を切ってもらってる時に雑談してたら、テレビで流れてた銀魂から「髪を切ってもらってる時の会話は世界一下らない」みたいタイトルコールが聞こえてきた事ですね。
あの瞬間は時止まりました。


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第二話「ラプンツェルキラー」

シャンプーを終わらせたスイは天音の髪にハサミを入れていく。

 

スイのハサミ捌きは子守唄のような人を落ち着かせるリズムにも似た心地よさがあって、天音はその音を目を閉じて聴くことがお気に入りだった。

 

「スイさんの、ハサミの音、不思議」

「不思議って、どんな風に?」

「んー……、わかんない。とにかく、不思議」

「あはは、とにかく不思議なんだ。でも私に言わせれば、神音ちゃんの方がよっぽど不思議よ」

スイの声に苦笑いが混ざるが、その手は淀む事なく天音の髪を切り整えていく。

 

世間話のつもりで、スイはその柔らかく耳に染み入るような優しい声で天音に語りかける。

「初めて会った時から、神音ちゃんは不思議な子だったよ」

「そう、ですか?」

「うん。だって私、このお店開く時は引っ越してきた直後だし、宣伝とかまともに出来なくて、新規のお客さんなんて来るかなぁ……?くらいの気持ちだったのに、オープン前日に電話してきて開店初日の朝一に予約するような子がいるなんて夢にも思ってなかったもの。それで、いざ来店したら美容室に来るのは初めてなんて言うし……。神音ちゃん、これを不思議と言わずになんて言えばいいかな?」

「……ゆにーく、な、お客さん」

「『独特な』お客さんね。まあ、それでもいいかな」

天音との会話を楽しみながらスイはハサミを持ち替えて、丁寧に仕事を進めていく。

「逆にさ、神音ちゃん初めて私と会った時、どんな風に見えてた?」

問いかけられた天音は、目の前の鏡越しに自分と視線を合わせてくるスイから目線を外して、

「スイさんは、初めて会った、時から……、ずっと、いい人、です……」

答えながら、初めて来店した時の事を思い出していた。

 

*** *** ***

 

春らしさが少しずつ感じられるようになったとはいえ、3月はまだ寒かった。コートを着込んだ天音はその寒さの中、不慣れな地図読みに四苦八苦しながら目的地にたどり着いた。

 

(ここ……、だよね?)

 

不安に思いながらも天音は店の扉に手をかけて、おっかなびっくりといった様子で開くと、ドアに備え付けられた来客を知らせるベルが控えめな音を奏でた。

「こ……、こんにちは……」

耳をすましていなければ聞こえないような天音の挨拶を、

「あら、いらっしゃいませ。昨日、電話してくれた天音さん?」

店内にいた女性は聞き逃さず、春に開花する彩り豊かな花々を思わせるような優しい笑顔で出迎えた。

 

「あ、はい……。昨日電話した、天音神音、です。はじめまして」

「あらあら、丁寧にありがとう。天音さん、こちらこそ初めまして。私は一応、店の経営者兼唯一の従業員の流山千彗(るやまちさと)です。この辺には引っ越してきたばかりなの」

 

千彗と名乗った女性は「記念に持っておいて〜」と言いながら、見知った子供におやつをあげるくらいの気楽さで天音に自身の名刺を渡した。

「友達とかお客さんとか、大体の人は私の名前の一文字を取って『スイ』って呼ばれてるの。天音さんも私のことはそう呼んでいいし、何なら違う呼び方でも、天音さんの呼びたいように呼んでね」

「わかり、ました。……それじゃあ、スイさん……でも、いいです、か?」

「うん、いいよ〜。えっと、じゃあ天音さん。早速なんだけど、アンケート書いてもらっていいかな?」

スイはそう言うと、A4サイズの紙を1枚天音に手渡した。

「アンケート、ですか?」

「そうそう。病院で言うところのカルテみたいなものを作るのに必要なの。他にも、天音さんがどんな人なのか知ってどんな髪型が似合うかなぁとか私が考えるためにも書いて欲しいし、もし何かあった時に連絡する時にも必要だし、あとは……、天音さんが2回目に来た時に私がうっかり忘れて『初めまして!』って言っちゃうのを防いだり……。んー、とにかく、書いてもらえたらとっても助かるアンケート、って感じなの」

話しながらスイは真剣な表情や気まずそうな表情、楽しそうな表情など豊かな感情表現を見せた。真香に「表情筋が死んでる」と言わしめる天音からすれはスイの見せる色んな表情はとても羨ましく思えた。

 

説明を受けた天音が「書きます」と答えるとスイは殊更嬉しそうに微笑んで「ありがとう!」とお礼を言った。

 

天音は案内されるままテーブルに付き、テーブル上にあったペン立ての中から羽根ペンを模したボールペン選んでアンケートを書こうとしたが、

「あー、ごめん天音さん。ペンはこれを使ってもらっていいかな?」

スイがペン立てから違うペンを取り出して使うように進めた。

「わかりました」

言われるがまま天音はスイが差し出したペンと取り替えて、アンケートの記入を始めた。

 

天音がアンケートを書いている間に、スイはシャンプーやブラシなどの商売道具一式が詰まったキャスター付きワゴンを用意し終えて、天音の向かい側に座った。

「ご、ごめんなさい。アンケート、急いで、書きます、ね」

まだ半分程度しか書き終えてない天音は慌てるが、

「あはは、ゆっくりでいいよ。今日お客さん、天音さんの他には夕方にしか予約入ってないし……。むしろ私こそごめんね、正面に座られたら焦るよね」

気弱さを思わせるどこな儚い表情でスイはそう言ったあと、その手に持っていたおしぼりを天音の利き手側にそっと置いた。

「……?」

おしぼりの意図が理解できなかった天音が小首を傾げると、スイは内面の優しさが滲み出てくるような笑みを浮かべて答えた。

「ペンね、すぐ乾くやつ渡したんだけど、もし手にインク付いちゃったらそれ使ってね」

 

天音神音は左利きである。左手で横向きの文章を書くとき、書いた文字が乾くより早く左手が文字をこすってしまい、文字はかすれる上に左手にはインクがつくことがままにある。左手の位置を工夫したり速乾性のあるインクのペンなら話は別だが、天音はそもそも自身の手が汚れることにも頓着が薄かったのでどちらも気に留めることはあまりなかった。

 

おしぼりの意図を知った天音は、自身がペンを持った瞬間にその気づかいをしてくれたスイのことを、優しいというか気がきくというか……、とにかく、「いい人」だと思った。

 

天音はアンケートを書き終えると、すぐに目の前で待っていたスイに手渡した。

「できまし、た……」

「うん、ありがと〜。わ、すごい。こんなに沢山答えてくれたんだ」

アンケートの回答率を見て、スイはホクホクとした暖かい笑みになった。

 

アンケートの冒頭には「回答は絶対じゃないから、スルーしても大丈夫!」というスイの直筆らしき可愛らしい丸文字による注意書きがあったのだが、天音は1つの質問を除き回答していた。

スイは初めてのお客さんが書いてくれたアンケートを、楽しそうに読み進める。

「お客さんの中には、当たり前といえばそうなんだけど個人情報を知られたくない!って考えの人もいてね〜。だから天音さんみたいに、沢山答えてくれる人は、個人的にすっごく嬉しいな」

「あ、はい」

アンケートの内容を読み込んだスイは、その暖かい笑みのまま天音に問いかけた。

「アンケート答えてくれてありがとうね、天音さん。それじゃ早速カットしていきたいんだけど……、昨日電話で言ってた通り、ショートヘアにしたいんだよね?」

「はい」

頷きながら天音が肯定を示すと、スイは「ん〜、そっか〜」と言いながら両手で四角いフレームを作り、その中に天音の長い黒髪が全て収まる位置で止めた。

「……天音さんね、小顔で目鼻立ちもはっきりしてるし、首も細いし……、うん、ショートにしても似合うと思う。でもね……」

スイはその表情を申し訳なそうなものに変えて、どこか困った雰囲気で言葉を続けた。

「……天音さんの黒髪ね、すっっごく綺麗なんだよね。どのくらいかというと、思わずハサミ入れるのを躊躇うくらい。もうね、天音さんがお店に入った瞬間、私は『ふわあぁぁぁ!?』って感じでびっくりしたし……、私が担当した中で1番いい髪って断言しちゃえるくらいに綺麗。何か普段、特別なこと髪にしてる?」

「えっと……、私は特には、してない、です、けど……。あの、お母さん、が……家にいる、時は、なんか色々、してくれます」

天音の答えを聞いたスイは「その『なんか色々』の詳細を知りたい!」という強い願望を押し殺しながら、

「そっか、いいお母さんだね」

この髪を生み出してくれたであろう、会ったことのない天音の母に感謝の念を送った。

 

髪を褒められたことは素直に嬉しいが、切ることに躊躇いを感じているであろうスイを見て、天音は少し複雑な気持ちになった。

「えっと……、スイさん、切るの反対、ですか?」

「うーん……、んー……、まあ……、ちょっっっっっとだけね」

スイは人差し指と親指で触れそうで触れない距離を表現しながら、自分の意思を伝えた。

「もちろんね、天音さん自身が切りたいって思ってて、切った後に出来上がるショートヘアも似合うだろうなって確信が私にもあるから、切るには切るけど……。でも心のどこかで、『こんな綺麗な髪切っちゃうの勿体無いよー!』って叫ぶ私がいるのも事実なんだよね。いや、切るには切るけどね?」

「切るには、切るん、ですね」

「うん、切るには切る」

「切るには切る」

切るには切るというフレーズをなぜか天音は面白く思い、おうむ返しのように何度か反復した。

天音が意図してそのフレーズを繰り返しているのを察したスイだが、彼女はそれを不快に思うことはなく、むしろ楽しそうに天音との会話を紡ぐ。

 

「切るには切るけど……。天音さん、あなたはどうしてその髪を切ろうと思ったのかな?良かったら、お姉さんに教えてもらえるかな?」

 

問いかけたスイだが、答えの内容に関わらずこれが終わったら髪を切ろうと心に決めていた。というよりも、スイはこの質問に天音が答えることを期待していない。なぜなら天音がアンケートで唯一空欄だった質問が、『今日はどうして髪を切ろうと思ったの?』だったからだ。普通に考えれば『髪が伸びたから』という美容室や理容室に足を運ぶ当然すぎる回答が出るであろうこの質問で、天音がわざわざ空欄を選んだことから、人に言い難い特別な理由があるのだろうとスイは踏んでいた。

だからスイは「答えたくない」や「理由は特にない」、「気まぐれ」「たまたま」と言った中身が無い答えが来るだろうなと思っていた。

 

答えを待つスイだが、天音はなかなか口を開かない。十分に答えを待ったと思ったスイは、

「答えたくない感じかな?」

少し意地悪な対応をしたと思い、反省しながら天音に確認を取った。だが天音はその確認を、首を左右に振って否定した。

 

そして天音は、膝の上に置いた両手をきゅっと握りしめながら、

「……その、同じチームの、先輩が……」

蚊の鳴くようなか細い声で、今日ずっと貫いてきた無表情を崩して、

「ロング、よりも……、ショートの、方が……」

見ているスイにも気持ちが伝播するくらいの、羞恥と恋が入り混じった表情を浮かべて、

「……好き、だって、いってた、から……」

今日ここに足を運んだ理由を、今まで付き合ってきたロングと決別すると決めた理由を、

「だから……、スイさん、お願い、なので……、私の髪を、切ってくれます、か……?」

剥き出しの心の声を、スイに伝えた。

 

そのまっすぐな理由に心を一瞬で打たれたスイは、

 

「天音さん、そういうことならお姉さんに任せてっ!その先輩が思わず『可愛い』って口走る出来栄えにしてあげるっ!」

 

そう言って最高の仕事をすることを天音に誓った。

 

 

 

 

 

即答した時の心境を、スイは後にこう語った。

「あの時私は自覚したよ。『ああ、私は今この瞬間のために、このお店を開いたんだ』ってね」

 

 

 

 

 

天音を席に案内してから、美容師としてのスイの仕事が始まった。

人生で初めて美容室に来た天音だが、それでもスイの仕事はとても丁寧だとわかった。

 

程よい指先の力加減と、適温としか言いようがない温水、鼻腔をくすぐる優しい香りのシャンプーはとにかく心地よく、ほんの少しの眠気を伴う気持ち良さを天音は感じた。

カットの時も同様で、リズムを奏でるようなハサミ捌きと、店内に流れる優しい曲調のBGMが相まって、天音は完全にリラックスしていた。

 

スイは丁寧な仕事をする一方、よく口も動いていた。

シャンプーの時から、

「痒いところあったら、遠慮なく言ってね」

「お湯はどうかな?熱すぎない?」

天音を気遣うような内容に始まり、カットに移る頃には、

「天音ちゃんって、今中学生だよね?何か部活とかやってるの?」

「へぇー、天音ちゃんってあのボーダーの隊員さんなのね。私の親友も、ボーダーにいるの」

「あはは、テスト苦手なんだ。まあ私も、学生の頃は勉強そんな好きじゃなかったし、気持ちはわかるよ〜」

次第に当たり障りのない話題へと変わり、天音とずっと会話を続けていた。

 

スイの仕事ぶりによる心地良さからか、天音は素直にスイとの会話に応じ、そして楽しんでいた。そうしてカットを進めていたスイが、少しだけ天音に踏み込んだ質問を投げかけた。

「さっき言ってた『先輩』って、もしかして天音ちゃんの彼氏?」

リラックスしていた天音の身体に緊張が走って一瞬だけ強張るが、すぐにリラックスし直して答えた。

「えっと、彼氏……じゃ、ない、です。その……本当に、ただの、先輩……です」

「えー?『ただの先輩』の好みに合わせて髪を切ろうなんて、普通なら思わないんじゃない?」

「んあ……」

スイのニコニコとした優しい笑顔で鏡越し指摘された天音は少し悩んでから、訂正した。

「……そう、ですね。ただの先輩、じゃ……ない、です」

「だよね。だから……、片思いしてる先輩、ってところかな?」

「……はい」

小さな声で、でもはっきりと肯定した天音の言葉を聞き、スイは思わず、

「うーん、いいね!お姉さん応援しちゃう!」

一層楽しそうにそう言って、天音の恋を後押しすることにした。

 

しかし一方で、天音はどこか迷ったような声でスイに相談するように口を開いた。

「でも、スイさん……、その……、片思い、なのか、わかんないん、です」

「え?何々?もう両思いってこと?」

「や、その…、そうじゃ、無く、って……」

あたふたとしながらも天音はスイに、悩みとも言える心境を吐露した。

「……好きなのは、好き、なんですけど……。その……、頼れる先輩、だから好き、なのか……、男の人として好き、なのか、わからなくて……」

「んー、なるほどね。そうだよねぇ。職場の先輩を好きになっちゃう時って、頼れる場面を見て好きになっちゃうとこ多いから、なおさらごっちゃになっちゃうよね」

話すスイの声がどことなく親しげに聞こえた天音は、似たような覚えがあるのかなとぼんやりと思った。

 

天音の悩みを聞いたスイは、何か思い出すように視線をわずかに泳がせてから、

「じゃあ……、天音ちゃんの先輩に対する『好き』がどんなものなのか、簡単に確かめてみよっか」

そう前置きをして、天音に1つ質問することにした。

 

「天音ちゃん、今から私が言う通りのことをイメージしてね」

「は、はい……」

鏡越しで視線を交わらせたスイは、天音に「目を閉じて」と囁き、天音もまたそれに素直に従う。

 

「まずはその、先輩のことを思い浮かべて」

「……はい」

ここ最近、毎日会っているだけあって、天音はすんなりと月守の姿をイメージすることが出来た。

「天音ちゃんとその先輩は、いつもの場所でお話してます。いつもその先輩と、どんなところで会うことが多い?」

「えっと……、チームの、作戦室、です」

「うん、そっかそっか。……その先輩は天音ちゃんのことを、なんて呼んでるの?」

「……しおん、って、名前で呼んで、くれます」

「神音、ね」

スイに名前を呼ばれた時、少しだけ月守の声と重なったように思えた。

「それじゃあ天音ちゃん、その先輩と2人っきりでお話ししてるところを、頭に思い浮かべて」

「……はい」

言われるがまま、天音は想像力を働かせる。

 

天音の頭の中に、毎日通う作戦室の中にいる自分と月守の姿が鮮明に浮かび上がる。ランク戦やトリガーのことを月守が真剣に話して、それを聞いた天音は頷いて、言外にもっと聞かせてくださいとせがみ、それを察したように月守は言葉を続ける。月守は話の途中で彩笑のちょっとした間の抜けたエピソードや、身近に起こった出来事を挟んで会話に息継ぎを入れる。

何てことない会話であっても、それはここ最近の天音が密かに大事にしている、楽しくて幸せな時間だった。

 

「どう?イメージできたかな?」

まるで頭の中を読まれたかのようなタイミングでスイに話しかけられて、天音は少し驚いたものの、頷いた。

「……さて、準備はオッケー…。天音ちゃん。その先輩は天音ちゃんとお話してる最中に、ちょっと落ち着きが無くなります。何か隠し事をしてるみたいで、お話しが所々途切れ始めます。そして、キリのいいところで一回お話を止めます。それからちょっと躊躇って、それでいて嬉しそうな表情を見せてから、天音ちゃんに、こう言います。

 

『神音。俺、彼女できたんだ』

 

って」

 

その言葉を聞いたのと同時に、天音が思い描いていた空想の世界に、音を立てて大きなヒビが入った。

天音の頭の中にいる月守がそう言ったと思っただけで、天音の中に今まで感じたことのない感情が芽生えた。それは身体の芯から湧き上がるような、ゾワっとした感触があるような、気持ち悪いとすら思える感情だった。その感情に侵された天音の空想の世界は、楽しさや幸せが一気に消え失せて、代わりに形容しがたい不快感と心を締め付けるような辛さが世界を塗り替えた。

我ながら感情が希薄だと思っていた天音自身、自分がこんな感情を持っているのだと、ひどく驚いた。

 

「いや……っ!」

 

スイが言い切った瞬間、天音は食い気味にそう言って、自分が感じた思いを素直に言葉として吐き出した。

 

月守に彼女(そんな人)が出来たかと思うと、天音は嫌だった。

 

いつも月守が地木隊のみんなに、なにより自分に見せているような、やんわりとした笑顔や、いつまでも聴いていたいと思うようなあの声を、自分より近い位置で、より深く感じている誰かがいると思うと、泣きたくなった。

 

ましてやその人が、自分がまだ知らない月守のいろんな表情や姿を知っているのだとしたら、どうしてそれが自分じゃないんだと思って呼吸が苦しくなるくらい辛かった。

 

 

 

 

天音が落ち着くのを待ってから、スイはその穏やかな声で質問の解説を始めた。

「……彼女がいるって告白に対して、びっくりはしたけどその後におめでとうって言えるような、祝福できるように思えたら、その人に対する好きはきっと『尊敬できる人』に対する好きなんだって。でも、そうじゃなくて……ただただショックで、その見えない架空の彼女さんにすら嫉妬しちゃったりするようなら……」

スイはそこでワザと言葉を切って、あとは分かるよね、と暗に天音に伝えた。

 

それからしばらく、2人の間に会話は無かった。天音は自分の中に生まれた感情を持て余し、スイもまさか天音がここまではっきりとした反応を見せると思っていなくて反省した。

 

だがまだまだ残っている天音の長い黒髪を切りすすめる間、ずっと無言というわけにもいかず、スイは話題の切り口を変えた。

「神音ちゃん、さっきはごめんね。お姉さん少し言い過ぎちゃった」

「あ、いえ……、そんなこと、ない、です」

「あはは、ありがと。でも私が神音ちゃんに色んなこと聞きすぎたのは変わらないから、今度は神音ちゃんが私に何か質問して?」

「私が、ですか……?」

「うん、そうそう。さっき神音ちゃんを困らせちゃったというか、辛い思いをさせちゃったから……そのお詫びってことで、なんでも答えてあげる」

そう話すスイは真摯な表情や声そのもので、聞けば本当になんでも答えてくれるような気がした。しかし咄嗟に質問など上手く思いつかなかった天音は、迷った末に、

「えっと、じゃあ……、スイさんは、なんで美容師に、なったんです、か?」

当たり障りのない事を問いかけた。

 

「なんでって言われたら……、きっかけ自体は子供の頃の夢だったかな」

 

答えもまた当たり障りないものだったが、スイはそこから、自分の過去を語り出した。

 

「子供の頃、親戚のお姉さんが美容師として働いてるのを見て、素直に憧れたのがきっかけ。でもずっと美容師になりたいって思い続けてたかというとそうでも無くて……、はっきりと目指そうって思ったのは、中学生の頃」

「……何か、あったんです、か?」

「うーん、まあね。何かあったというか、出会ったというか……」

スイは少しだけ困ったような表情になりながらも、天音の言葉に答え続ける。

「中学生の頃も、一応は美容師になりたいっては思ってたんだけど……。それは先生とか大人の人に『将来の夢は?』って聞かれたらとりあえず答える、くらいな感じで、そこまで本気じゃなかったんだよね。でもそんなある日に、いきなり同級生に呼び出されて『髪を切ってくれないか』って言われちゃったの」

「ええ…?」

天音は唐突な話の展開に驚くものの、スイの話は止まらない。

「その同級生っていうのが、ちょっと変わった子でね。勉強はすごいできるんだけど、いつも全てがつまんないって言いたそうな顔してて、あんまり人とつるまない一匹狼みたいな子だったの。誰にでも……、それこそ先生とかにも堂々と物言うし……、ちょっと近寄りがたいけど、いざって時には頼りになる子、って感じかな」

「……そんな人に、髪切ってって、頼まれたん、ですか?」

「うん、そう。ちなみに私に頼んだ理由は、

『親が髪くらい切れってうるさくて仕方なく切ることにしたんだけど、正規の人に頼むとお小遣いがピンチになって今月末に発売される本が買えなくなる。だから無償でワタシの髪を切ってくれ』

だったの」

割と切実な理由だなと天音は思った。

 

スイは話ながら当時の出来事を思い出して、その頃を懐かしむように目を細めながらカットと会話を進めていく。

「でも、いくらあの頃の私が将来美容師になりたいって言ったとしても中学生だし、誰かの髪を切った経験がちゃんとあったわけでもないし……、当然だけど、最初は断ったよ。出来栄え良くないよって、ちゃんと出来ないよって、何回も何回も言ったのに、でもぜんっぜん食い下がってくれなくて……。結局私が根負けして、どんな結果になっても恨みっこなしってことで、その子の髪は切ったよ」

「切ったん、ですね。その……、どう、でしたか?」

「それが案外上手くいってね。そりゃ、今思い返せば至らないところはたくさんあったけど、初めて切ったにしては、我ながら良い出来栄えじゃないかって思えたくらい。その子も案外気に入ってくれて、

『よし、これなら親の目も誤魔化せる!』

って言って感謝もされて……」

 

スイはその楽しそうな口調のまま、その頃のエピソードを語り続けた。

「それ以来、その子は何回も私に『髪切って』って頼むようになってね、それで仲良くなれたかな。髪を切ってる間、その子とは色んなことを話したの。でもその子が話す内容の大半は、科学とか医学に関する難しい仮説で……、でもその子はすごい自信満々に、

『これらはあくまで仮説だけど、ワタシはそれらが正しいと確信してる。だから将来、それらを1つずつ証明してやるのさ』

って、毎回言ってた。……、私は詳しいことなんて分からなかったから、『きっとできるよ』って毎回返してた」

 

スイの口調は本当に明るく楽しそうで、話を聞いているだけの天音だが、当時の彼女がどれだけその子との会話や髪を切ることを楽しんでいたのかが伝わってきた。

 

「でもそんなある日ね、その子が急に、

『スイ……、いや、千彗。今までかかったカット代を払いたい』

って言ってきたの」

「タダで、切ってあげてたん、ですか?」

「そりゃあね。プロじゃないし、もともとその子がお金無いってところから始まったし……、私も練習させてもらってるって思ってたから、お金を貰うって発想は無かったかな。だから当然、私は最初断ったよ。貰えないよって」

 

小さな苦笑を挟んでから、スイは語る。

 

「そしたらお互いになかなか引き下がらなくてねー、もう水掛け論。お互いに『頑固』とか、『分からず屋』とか、『バーカ』とか言い合って……。いつもそういう時って大抵私が折れてたんだけど、あの時ばかりは引き下がらなくて……、そしたらとうとう、向こうが折れたの。そしたらあの子、ちょっと怒りながら、

『千彗がそこまで言うなら、ワタシは払わない。だから、代わりに約束する。将来ワタシが有名になったら、大々的に君の事を宣伝してやる。美容師だろうがどんな職だろうが関係ない。君がいる職場が、忙しくて仕方ないようにしてやる』

って、変な約束取り付けて帰っちゃったの」

「うわぁ……」

 

無表情ながらも天音が呆れたような素振りをして、それを鏡越しに見たスイは「おバカだよねえ」と言って微笑んだ。

 

「で……、その日以来、その子は学校に来なくなったの」

「え……?」

「急に転校したって先生から聞かされてね……、でも、どこに行ったのかは教えてくれなくて……。何があったのかメールも電話も通じなくなって、連絡は全く取れなくなったの。完全に音信不通」

話すスイの声も表情も暗くなり、当時の彼女がいかにショックだったのか想像に難くなかった。

 

思わず言葉が出なくなった天音だが、スイはポツポツと言葉を続ける。

「思い返せば、お金払うって言ってきたのもケジメだったんだろうなって、あの頃は思ったよ。……それから私は無事に中学、高校って卒業して、それから美容専門学校に通って、本格的に美容師を目指すことになったの。話が長くなっちゃったけどね、つまるところ私が美容師になろうって思えたのは、その子の髪を切ってあげて、喜んでもらえたから、かな」

 

長いスイの過去を聞いた天音は一息ついてから、言葉を返した。

 

「スイさん、あの……、その、髪を切らせてくれたって人に、会いたいって、今でも、思います、か?」

 

話を聞いただけでスイとその人が仲が良かったのだろうと思えてならなかった天音は、たまらずそう尋ねたのだが、それを聞いたスイは目をパチパチと数回瞬きしてから、クスッと笑った。

 

「うん、思うよ。でも、神音ちゃん。実はこの話には続きがあるんだ」

「え?」

 

キョトンとする天音をよそに、スイの語りは再開する。

 

「美容師になるための勉強を始めたはいいけど、現実はちょっと厳しくてね。何事でもそうだと思うけど、楽しいだけとはいかないでしょ。いくら好きな事でも、嫌な面はあるというか……。本格的に美容師なろうとした最初のころは、そういう嫌な面みたいなのを見ちゃって、気持ちが沈みっぱなしだった頃があったの」

「……辛かった、ですか?」

「そうだね。少なくとも、美容師なんて目指さなきゃよかった、って思うくらいには辛かったよ。……でも、そんなある日、テレビを観てたら画面の上に一本の速報が流れたの」

「えっと……、地震とか、選挙とかの、時に出る、やつ、ですか?」

「そうそれ。その内容が、長年世界中の医学者が証明に頭を悩ませてきた仮説を、日本人が証明しました、って感じで……、その日本人っていうのが、その子だったの」

「え、すごい……。それ、本当、ですか?」

「あはは、そう思うよね。私だって速報を見た一瞬じゃ信じられなかったし……。それですぐに記者会見が始まって生中継するってなったから、私は無我夢中でリモコン掴んでチャンネルを合わせたの。本当に世界的な出来事だったみたいで、会見にはいろんな国の人がいて、いろんな国の言葉が聞こえてきて……、でもその中心には、紛れもなくあの子がいた」

 

その時のことを鮮明に覚えているスイは、あの時に感じた思いも言葉にし始める。

 

「大人っぽくなったなって最初は思ったけど、すぐに伸ばしっぱなしで乱雑にまとめた髪に目がいっちゃった。切ればいいのにって、切ってあげるのにって、思った。ほとんどが英語だったから会見の内容は分からなかったけど、そしたら日本の記者の人がようやく質問できたの。

『こうして世界的に認められた嬉しさを、まずは誰に伝えたいですか?』

っていう質問で、普通なら親とか、恩師とかって言うと思うけど……、あの子ったらその質問が来た瞬間、『待ってました』って言いたそうにニヤッと笑って、答えたの」

 

*** *** ***

 

質問に答えるために答えるためにマイクを手にした彼女は、迷わず答えた。

「『両親や恩師、と言いたいところですが……、ここは、ワタシの親友に、この喜びを伝えたいと思います』」

 

それから彼女は日本に繋がっているであろうカメラに視線を向けて、笑った。スイと居た頃と変わらない、やんわりとした笑顔だった。

 

「『やっほー、千彗。見てるかい?君と居た頃に話した仮説を、1つ証明してやったよ。凄いだろう?』」

 

世界中に中継されている状況下で、彼女はまるでプライベートのようにフランクな態度で言葉を紡ぐ。

 

「『千彗、あの時は急に居なくなって悪かった。さよならを言葉にするのが怖かったんだ。ごめんごめん』」

 

画面越しで彼女を見る千彗の視界がじんわりと滲む。

「ごめんごめんって……、そんな軽い感じで謝らないでよ」

 

「『そして千彗のことだ。ごめんごめんって軽い感じで謝らないでとか、思うことだろう』」

 

遠く離れた場所にいるはずの彼女は、まるで今の千彗が見えているかのように話し続ける。

 

「『だから、ちゃんと謝りに行くよ。この後少しまとまった休みがあるから、そしたら君に会いに行く。その時、きちんと謝る』」

 

そこで彼女は一度、気恥ずかしそうに笑いを挟んだ。

 

「『謝るから……、そしたらまた、ワタシの髪を切ってくれるかな?君と別れてから一度だけ髪を切ったんだけど、なんかダメだった。ワタシの髪は君にしか……、千彗にしか切らせたくない。千彗はワタシにとって、1番の美容師さ』」

 

彼女の言葉を聞く千彗は、『ああ、この子バカだ』と思った。

 

世界中継されてるのに何を言ってるんだ。

もっと国を代表するような、しっかりとした言葉遣いや態度で居て欲しい。

堂々と一個人の名前を出すな。というかなんか告白みたいじゃないか。

 

そして何より、千彗が彼女がバカだと思ったの最大の理由が、千彗にとって当たり前の事を、さも特別な事のように頼んできたことだった。

 

聞こえていないと分かっていても、千彗は言った。

 

「……いいよ、いくらでも切ってあげる」

 

千彗自身は自分のことをそこまで優れた美容師だと思っていない、というかまだ美容師ですらない。

 

それでも、世界に認められた親友が、1番の美容師だと言ってくれた。だからせめて、それに恥じない美容師になろうと思った。

 

*** *** ***

 

「素敵な話、ですね」

記者会見の話を聞いた天音は素直にそう思えた。

「ふふ、ありがと」

柔らかな笑顔でスイはお礼を言った後、後日談を話し始めた。

 

「その後、最初に再会した時は色々びっくりしちゃった。なんかあの子、いろんな国に行って飛び級とか繰り返したらしくて、運転免許証見せるノリで博士号の証明書とか見せてきてさ。英語ばっかりで何書いてるかわかんなかったけど……」

「な……なんかすごそう、ですね」

「でしょ?でも変わってなかった。外見が大人っぽくなってても、研究が世界に認められても、再会した時のあの子の根っこは、私の知ってる時のままだった」

 

昔と何にも変わらない。と、スイは穏やかに微笑みながら言った。

 

そのスイの表情を見た天音は、2人が本当に仲が良くて、素敵な間柄なのだろうと思った。

 

「それ以来は何回も会ってるし……、正直なところ、今日もこの後会うんだよね。ほら、今日入ってるもう1つの、夕方の予約っていうのが、その子」

「あ、そうなんです、ね。……じゃああの、もしかして、その人って、この辺に住んでる人、なんですか?」

「そう。もしかして神音ちゃんも知ってる人かも。だってさっき言った、ボーダーにいる親友っていうのが、その子だから」

 

それを聞いた天音は、純粋な興味で尋ねた。

「なんて名前、ですか?」

 

スイは躊躇いなく答える。

「不知火花奈って子。知ってる?」

 

満面の笑みで親友の名前を答えてくれたスイを見て、天音は、

「私の好きな人のお母さんです」

という事実を答えるのを我慢して、

「知って、ます。会うたび、に、セクハラ、されます」

不知火のほんの少しの不名誉を代わりに答えた。




後書きです。

スクエアとアクタージュの6巻買って読んだところ、アクタージュのカバー裏に全てを持っていかれました。読み直さねば……(ループの始まり)。


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第三話「ショートヘア」

スイが昔話を終えて、親友である不知火のセクハラの詳細を聞いて謝罪し終える頃には、天音の髪はすっかり短くなっていた。その出来栄えを確認してもらうため、鏡を持ったスイは天音の背後に回る。

「天音ちゃん、どうかな?」

 

天音がショートカットになって、まず最初に思ったのが、

「えっと……、頭が、すごく軽い、です」

髪の毛が意外と重かったのだということだった。外見云々の前に、頭がとても軽い。

 

天音の感想を聞いたスイは、クスッと小さく笑った。

「あはは、そうかもね。天音ちゃんは髪の量が多めだったから、なおさらそう感じちゃうかも」

手持ち鏡の角度を調整しながら、スイは再度尋ねる。

「でも個人的には、重さとかじゃなくて見た目の感想が欲しいかな。念願のショートになって、どう?」

「どう、と、言われても……」

スイの質問に対して天音は躊躇った。

 

視界を少し遮るかのように伸びていた前髪が丁寧に切り整えられて、鏡の中の自分とバッチリ目が合う。

彩笑や真香に綺麗だと言ってもらえた長い黒髪に隠れていた、細く色素の薄い肌色のうなじが見えて、なんだが落ち着かない。

真っ黒な髪から控えめに主張するように、チラリと見える白い耳たぶが、一際目立って見える。

全体的に、どことなく浮き足立つような軽やかな印象になったように、思う。

 

この店に入ってきた直後までの自分とは、明らかに違うのが分かる。変わったのが分かる。でもその変化が良いものなのかどうなのか、天音には分からなかった。

 

だから天音は、正直に答える。

「その……。よくわからない、です」

よく分からないという天音の答えを聞き、スイは目をパチパチと数回瞬いてキョトンとしてみせたが、すぐにニコリと笑った。

「そっか。……、私としてはね、こういうところを頑張ったとか、ここを見て欲しいなーっていうところは、いっぱいあるんだけど……」

言葉を一度勿体ぶるように止めて、スイは手持ちの鏡をワゴンの上に置き、空いた両手をポンと優しく天音の華奢な両肩に置いて、

「天音ちゃんのショートカットが上手くいったのかどうかは……、その先輩に確かめてもらおっか」

天音が1番納得するであろう方法を提示した。

 

正規料金を払おうとした天音だったが、スイは、

「初回サービスってことで割引しちゃう!」

そう言って料金を引き下げ、

「私の親友が迷惑かけてるみたいだし、そのお詫びとして料金はちょっとオマケしてあげる」

私情たっぷりの理由をつけて更に値段を下げて、

「からの〜、更に値引き!ただし、その天音ちゃんの先輩がどんな反応したのか教えてね!」

最終的には半額近くまで値切った。

 

満点近いスイの営業スマイルに押し切られた天音は非常に申し訳なく思いながらも、言われた通りの値段を払い、店を出た。経営には全く明るくない天音だったが、

(……スイさん、他のお客さん、にも、あの調子、で、割引、したら……絶対お店、回らない……)

スイの店の経営がどうなっているのか、流石に気になった。

 

 

 

 

髪を切った天音は、その足でボーダー本部に向かう。今日は本来、髪を切る事をしなければランク戦ブースにこもって、少しでも早く弧月のソロポイントをマスタークラスまで引き上げるつもりだったからだ。

加えて……、この髪の感想を、月守から聞きたいという思いもあった。明確な予定は聞いていないが、月守はきっと本部にいると天音は思っていた。

 

 

 

 

徒歩で移動してボーダー本部に辿り着いた天音だが、歩いているうちに心境に変化が訪れた。

元々、髪を切ろうと思ったのは月守との会話と、たまたまスイの美容室の存在を知ったからだった。

そこに、深い考えはなかった。例えるなら、自分の好きなモノのグッズがたまたま目に入った瞬間、勢いで買ってしまった時のような心境で、天音は髪を切った。計画性のない、衝動的な行動である。

往々にしてそれらの行動は、目的を果たすまでは冷静さを欠いており、欲とも言える目的を達成してから我に返り、『さて……どうするかな、これ』と頭を悩ませる。

 

つまり、天音の心境に何が起こったのかと言うと、

(どうしよう、どうしよう、どうしよう……!髪、切っちゃった……っ!月守先輩の、好みに合わせて、髪、切っちゃった……っ!)

何のことはない、自分が何をやらかしたのか遅まきに理解しただけだった。

 

普通なら、そこに至るまでの過程で心に待ったがかかるだろう。

美容室に電話した時、美容室に向かう途中、スイにどんな風に髪を切りたいか問われた時……、どこかで「落ち着こう私」と言い聞かせることができたかもしれない。

 

しかし天音はこれまでの人生で、心から何かを求めること、欲したことが、ほとんど無かった。自分の欲のために動いて、それを満たしてから反省したり後悔した経験が、いわゆる「やらかした」類いの経験が無かったのだ。最近では地木隊に入隊するとこが大きな欲ではあったが、その欲は満たした瞬間から今の今まで満足が継続していた。

 

兎にも角にも、天音が初めて、「やらかした」ことに対して反省や後悔、何より羞恥心を覚えているのは、今この瞬間。作戦室近くの通路で膝を抱えてうずくまって真っ赤になった顔を隠している、今この瞬間なのである。

 

ここに来る道すがら、天音は少しずつ自分がやらかしたことを自覚してきた。

 

短くなった前髪のお陰で、道行く人からの視線が、いつも以上にはっきりと感じた。

長かった髪が、まるである種のフィルターだったかのように、背後から首に向けられる目線が鮮明になったように思えた。

少しだけ髪から覗く耳が、いやに周囲の声や音を拾っている気がしてならなかった。

そんな周囲の興味から離れたくて早足で歩くと、軽くなった髪の分、いつもより早く歩けたような気がした。

 

周りからの反応で天音は自分が変わったことを自覚し、本部に辿り着いた頃には、その自覚に伴った色んな感情がピークを迎えた。この変化がみんなに受け入れられなかったらどうしようと思って、不安すら覚えた。

 

(おかしいって、思われたら、どうしよう)

(逆に、なんとも思われ、なかったら、どうしよう)

漠然とした不安はどんどん天音の中で渦巻いていき、

(どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……)

途中、何に対して不安なのかすら分からなくなりながらも、最終的には、

(……月守先輩に、変だって、思われたら……、似合ってないって、思われたら……、どうしよう……)

自分の不安の根底が何なのかは、自覚できた。

 

不安の形を自覚した天音は、意識して一呼吸とった。そして、

(……、今日はもう、帰ろう)

戦略的撤退を選択した。その判断は問題の先延ばしにしかなってないが、とにかく一度きちんと落ち着きたいと天音は思った。明日、明後日……、どう頑張っても次のチームランク戦の日には月守に会うが、その時はその時の自分がきっとどうにかしてくれると、天音は未来の自分に、今の問題を丸投げした。

 

頑張れ未来の自分、と、天音が心の中からエールを送って立ち上がろうとした、その時、

「あの……、大丈夫ですか?」

背後から、うずくまった自分を心配するような優しい声が、投げかけられた。

 

その声を聞いたのと同時に、天音の心臓は一際大きく鼓動を奏でた。

 

それは、毎日のように聞いていて、それでいていつまでも聞いていたいと思っている人の声だったから。聞き間違えない自信があるほど、毎日近くで聞いている彼の声だったから。

 

ただ、どうして今、このタイミングなのだろうと、天音は思う。

 

未来の自分から、

「や、そういうのは、いらない」

と言われながら問題を投げ返されたように感じながらも、天音は覚悟を決めて足に力を入れて立ち上がり、振り返った。

 

「はい。大丈夫、です」

天音は答えながら、声をかけてくれた彼に視線を合わせる。

 

そこにいたのは天音が思った通り、月守だった。

 

月守は声をかけたのが天音だと理解した瞬間、驚いたように目を丸くした。

「……神音……、だよね?」

普段は少しだけ、どことなく演技しているというか表情を作っている感じがある月守だが、そんな月守が心から驚いた表情を見せていた。

 

「はい」

月守と対照的に、天音は完全にいつも通りの無表情で、心の中の焦りや動揺や恥ずかしさを全く悟らせずに、淡々と答える。

 

「その……、髪、どうしたの?」

「切り、ました」

短くなった髪の先に左手の指を遊ばせるように絡ませながら、天音は言葉を重ねる。

「戦う時、やっぱり長いと……、結ってても、気になって……。そうじゃ、なくても、前々から、切ろうかなって、思って、たので……」

いかにもそれっぽい理由を天音から聞いた月守は、

「そ……そっか」

ひとまず納得したように答えた。

 

受け答えこそいつも通りの天音だが、その内心は、

(月守先輩、すごく、びっくり、してる……。引いてない、よね……。変だって、思われてない、かな……)

月守の反応を気にして、何か言われないかと不安を感じていた。

 

その不安を悟られないように、天音は止まらずに言葉を紡いだ。

「その……、どう、ですか?」

「…えーと、どうって……?」

答えるのに戸惑う月守を見て、天音は少しだけ、ほんの少しだけ心の中でムッとした。答えを聞くのは不安だし怖いけど、でも答えに戸惑った反応をされるのは、それはそれでなんか悔しかった。

 

天音は念を押すように、何に対して答えればいいのか間違わないように、戸惑う月守に向けて言った。

「……髪、です。変じゃ……ない、ですか?」

バクバクとうるさく鳴る心臓や、色んな気持ちを押し込めた無表情で、天音は問いかけた。

 

どんな答えが返ってくるのか怖がる気持ちが一際大きくなりかけたが、その出鼻を挫くように、月守は間髪入れずに、

「変じゃないよ」

天音の問いかけを否定して、そのまま、

「むしろその…、可愛いと思う。少なくとも、昨日までの長い髪の神音より、今日の神音の方が、俺は好き」

どこか慌てたような、いつもよりも少しだけ早口で、月守はそう言った。

 

それは天音にとって、何よりも嬉しい答えだった。今まで感じていた不安や怖さを帳消しにして余りあるような、暖かな嬉しさが心をじんわりと優しく満たしていくのを、天音は感じていた。

 

嬉しさのあまり、地木隊のみんなが見てる前では崩れたことのない無表情が微かに崩れて、思わず控えめに微笑んで、

「……ありがとう、ございます」

その嬉しさを全て注ぎ込んだお礼の言葉を月守へと送った。

 

2人の間に安心感にも似た穏やかな空気が流れたのも束の間、小走りな足音が聞こえたかと思うと、

「咲耶、つっ立ってどうしたの?」

通路の遠くで月守を見つけたであろう彩笑が駆け寄ってきて、月守に声をかけた。

 

「あ、彩笑。実は……」

月守が事情を説明しようとしたところで、彩笑は月守の陰に隠れて見えなかった天音の存在に気付き、

「し、しし神音ちゃんっ!?髪っ、髪っ!髪どうしたのっ!?めっちゃ短くなってるっ!?」

昨日まで行っていたヘアスタイルショーとは比べものにならないレベルの劇的ビフォーアフターに気付いた。

 

彩笑の後ろに続いていた真香もショートカットになった天音を見て、彩笑ほどでは無いにしろ動揺した。

「うわぁ……、神音ちゃん、思い切ったね」

「あ、はい。切っちゃい、ました」

いつも通りになんて事ないように話す天音を見て、真香は残念そうに彩笑に話しかけた。

「地木隊長、もう天音さんの髪いじれませんね」

「そう!そうだよ神音ちゃん!もっ、もしかして毎日嫌だった?ボクらに髪いじられるの、嫌だった……?」

不安げに話す彩笑を見て、天音はブンブンと首を振って否定して、先程月守に話したのと同じような理由を説明した。

 

月守と同じように納得して2人が納得してくれた頃、作戦室近くの通路だったこともあり、通路を通りかかった隊員や、騒ぎを聞きつけた近隣の作戦室から色んな人が何事かと顔を出してきた。

 

ランク戦で髪型からトリガー構成を予測していた生駒達人が驚きの表情を見せる。

「うおっ!?天音ちゃん髪切っとるやん!」

「せやね。イコさん、天音ちゃんの髪短なって残念やとちゃいます?」

試合で地木隊と当たるたびに天音の髪型の確認を命じられていた隠岐孝二が問いかけると、

「いや……、ショートもアリやな」

生駒は顔の横にキラリとした星を出しそうな勢いで、至極真面目に答えた。

 

「お。天音ちゃん髪切ったのか」

アタッカー第1位の太刀川慶が、オペレーターの国近柚宇と共に騒ぎを聞きつけて通りかかった。

「あ、はい。切り、ました。長い時、より、動きやすい、です」

「ほう。それはいい事を聞いた。というわけで、ちょっとランク戦しないか?」

嬉々としてランク戦を申し込む太刀川と戸惑って答えを迷う天音を見て、国近がダメだしした。

「太刀川さんダメだね〜。女の子が髪を切った時の反応がなってないね〜」

「むう……。似合ってるとか言えば良かったのか……?」

太刀川としては特別女心を理解したいわけではないが、単純にダメ出しされて凹んだ。

 

そんな太刀川に正解を見せつけるかのように、諏訪洸太郎と堤大地が動く。

「けど、実際似合ってますよね。諏訪さんはどう思います?」

「いいんじゃねーか?似合ってると思うぜ。ただ個人的な好みだとロングの方が……」

諏訪が好みを語り出そうとしたところで、

「すわさんもダメだね。似合ってるで止めればよかったのに」

太刀川と同様に、オペレーターの小佐野瑠衣にダメ出しされた。

 

小佐野はそのまま天音に近寄り、声をかける。

「いやでも、本当に似合ってるし可愛いよ、天音さん」

「ありがと、ございます」

ペコっと頭を下げて天音はお礼を言った。小佐野は続けて、

「どこで切ってもらったの?」

と問いかけた。天音は店名を答えようとしたが、店名がアルファベットで読めなかったため、咄嗟に、

「あ、えっと……、ス……、千彗さんって、人に、切ってもらい、ました」

スイの名前を挙げた。すると、

「千彗さんって……、もしかして、スイさん?」

その名前に覚えがあった小佐野が食いついた。

 

「知ってるん、ですか?」

「知ってるよー。モデルやってたころに何回もお世話になったんだけど……、あれ?でもスイさんのお店って、ここから遠くなかった?」

「あ、なんか……、三門市に……この辺に、引っ越して、お店開いて、ました」

「え!?本当に!?スイさんのお店、近くにあるの!?」

「は、はい」

天音が頷いて肯定を示すと、小佐野は小声で、

「マジかー……。今度行こうかな……」

ブツブツと呟きながら、頭の中でいつ行こうか算段を立てていた。

 

「オサノ先輩、そのスイさんって人、そんなに腕のいい人?」

彩笑が尋ねると、

「保証する」

小佐野は食い気味に返答した。

「そ、そんなにですか?」

驚く彩笑の手を、小佐野は素早く掴む。

「スイさんは保証する。彩笑ちゃん、今時間ある?あったらスイさんの腕前について説明してあげる」

疑問形ではあるものの、小佐野の言葉には有無を言わさない迫力があり、彩笑はそれに押し切られて頷き、そのまま諏訪隊作戦室に連行されていった。その際に「天音ちゃんも来て!」と言われて天音も連行され、それについていく形で真香も諏訪隊作戦室に消えていき、そして集まっていた人だかりもそれに倣って消えていった。

 

 

 

 

 

「……」

最後に残った月守は、静かな足取りで歩き出して、元々の目的地である作戦室に向かった。

 

「……」

中に入るとそのまま壁にもたれかかって、ゆっくりと足の力を抜いて、へたり込むように座った。

 

そして、

「……さっきの騒ぎに、菊地原が居なくてよかった……」

ぽそりと、そう呟いた。

 

もしあの場に、強化聴力のサイドエフェクトを持つ菊地原がいたとしたら、即座に、

「ねえ、うるさいんだけど」

と、言われたかもしれない。

 

そう思えてならないほど、ショートカットの天音を見た月守の心臓は騒がしく脈打っていた。

「……っ!」

左手で口元を隠す月守だが、それでは隠しきれないほど、彼の頰は豊かな血流によって赤くなっていた。

 

無人の作戦室で何かを探すように視線を彷徨わせた月守は、昨日の記憶を漁る。

 

昨日天音に好みのタイプについて問われた時、月守は確かに「ショートが似合う人」と答えた。だが答えた時に彼の口元は手で覆われていて、その隠された口は、彼が嘘をついている時に現れるという『困ったような笑み』のものだった。

 

正直なところ、月守は本当に自分がどういう人を好むのか全く把握していなかった。更に言えば、彼の言う「可愛い」というのは彼自身が感じていることではなく、沢山の人が言う「可愛い」がどんなものなのか参考にした上で『こういうものを可愛いと言う』という、ある種の集計によるものだった。

 

自身の好みも、心から感じられる『可愛い』も分かっていなかった月守は天音の問いかけに対して、それらしい嘘の答えを提示した。ショートを選んだのは、単に地木隊メンバーの中にいない髪型だったからだった。

 

ショートが似合う人が好き、というのは、彼が咄嗟に吐いた嘘の()()()()()

 

しかしそれは、今さっき天音と会ったことで、変化した。

 

うずくまっていた天音が立ち上がった、その後ろ姿の時点で、月守の心は少しざわめいた。

振り返った天音と目が合った時、心臓が大きく跳ねたのが分かった。

変じゃないか、と訊かれた瞬間、即座にそんなことないと強く思った。

 

そして、天音の無表情が本当に少しだけ崩れて淡く控えめに微笑んだところを見て、月守は理解した。

(ああ、そっか。可愛いって、こういうことを言うんだ)

理屈や周りの声に頼らない、今、彼自身の心が感じているこの感情こそが、『可愛い』というものなのだと、月守は自覚した。

 

月守咲耶が吐いた『ショートカットが似合う人が好き』という嘘は、天音神音によって真実へと塗り替えられた。

 

加湿器のかすかな音だけが鳴る無人の作戦室で、アップテンポな心臓のリズムを全身で感じながら、

「……これから神音と会うたびにこんなになってたら……、俺、死んじゃうかも……」

可愛いに殺されるかもしれないという、何とも不思議な懸念を抱いたのであった。

 

*** *** ***

 

初めてショートにした日の回想を終える頃には、天音の髪はスイによって、いつも通りの出来栄えになっていた。

「はい、おしまい」

「ありがと、ございます」

鏡越しにすっかり見慣れた自身のショートカット姿を見て、天音は無表情ながらも満足げな様子を見せる。

 

そんな天音を見ながら、スイはわざとらしく電卓を叩く。

「さてさて。今回のお代なんだけど……、常連さん割引と、開店1周年間近割引で、合わせて2割引き!」

「スイさん、また、割引してる……」

1年間、なんやかんやで割引され続けた天音は申し訳なく思うが、以前その申し訳なさを経営面と絡めて伝えたところ、

「私のお店をご贔屓してもらってるんだから、気にしないで〜。むしろ、お店を乗り換えられる方が経営的に困っちゃう」

との解答が返ってきて、天音は三門市を離れない限りはこの店に通い続けることを誓った。

 

割引された代金を天音は払う。

「スイさん、また、来ます」

「うん、待ってるよ〜」

暖かな笑顔で、スイは天音を見送った。

 

「……さてさて、お掃除しますかね」

誰もいない店内で、スイは床に散らばる天音の髪や、使った仕事道具一式の片付けを始めた。といっても今日はもう客の予定は無いため焦る必要は無く、スイは鼻歌まじりでのんびりと掃除をしていた。

 

すると突然、不意に店の扉が開いて来客を告げるベルが鳴った。

客の予定を忘れていたか、急な来店か、天音が忘れ物でもしたのか。振り返るまでに色んな考えが頭をよぎるが、そのどれもが違った。

 

その来客はまるで勝手を知ってる我が家かのような勢いで来店と同時にコートを脱ぎながら、我が物顔で口を開いた。

「スイ、なんかあったかい飲み物ちょうだい」

「ハナ、ここは喫茶店じゃなくて美容室なの」

突然の来客は、スイの人生を大きく変えた親友の不知火花奈だった。

 

スイは不知火に「適当に座ってて。そのうち飲み物出すから」と言ってから急いで片付けを終えて、暖かい紅茶を差し出した。

「スイ、腕上げた?紅茶が前より美味しい」

「上げたのは腕じゃなくて茶葉の値段ね。前のやつよりちょっといいやつだから」

「こんな時期に出費していいのかい?」

「貰い物だから安心しなさい」

 

数口紅茶を飲んだところで、不知火は世間話のつもりで話しかける。

「それにしても、スイが三門市にお店を開いてくれて助かったよ。お陰で、移動の手間がだいぶ省けるようになった」

「よく言うわ。前まで顔を合わせる度に『ここまで来るのが面倒だから三門市で独立してよ』ってずっと言ってたくせに」

「まさか本当にそうしてくれるなんて思わなかった」

「色々と頑張ったんだから、感謝してよ?」

「うんうん、ありがとう。……でもね、スイ、1つだけ言わせてほしい。ワタシの名前を店名にするのはやめてほしかった」

「このくらいはしないと、割に合わないでしょ?」

「ぐぬぬ……」

不知火が悔しがる姿を見て、してやったりと言わんばかりにスイは肩を揺らして笑い、手に持ったティーカップの中にある紅茶がかすかに揺れた。

 

冷静さを取り戻した不知火は、何事もなかったかのように会話を再開させた。

「お店の調子はどう?」

「おかげさまで、って感じね。誰かさんのお陰なのか知らないけど、お客さんのボーダー隊員率が凄い高いの」

「ふむふむなるほど。ならばスイは、その誰かさんに感謝しなければいけないね」

「そうね。このお店のお客さん第一号の神音ちゃんには感謝してるわ」

「あれ?そっち?」

「だって開店した時期に『天音ちゃんからこのお店のこと聞きました』って子がすごく多かったし」

「ねえ、ワタシは?」

「それから瑠衣ちゃんもね。まさか髪を切ってあげてたモデルの子が三門市にいたなんてね。瑠衣ちゃん経由で来てくれるお客さんもいっぱいいるわ」

「スイ、ワタシは?」

「あとは絢辻ちゃんの影響も大きいわ。嵐山隊がインタビュー受けた時、何かの拍子でここの事言ってもらったみたい」

「スイがワタシのこと無視する」

スイがわざとスルーしていたら、不知火がいじけ始めた。

露骨にしょぼんとする不知火を見て、スイはクスクスと笑う。

「はいはい、ハナのおかげも大きい大きい」

「ならば良し」

すぐさま立ち直るところを見ると演技だったようで、スイは小さな声で「相変わらずね」と呟く。

 

紅茶のお代わりをしようか考えながら、スイは尋ねた。

「ところでハナ、今日はどうしたの?何か用事?」

「あー、まあね」

言いながら不知火はバックから一枚の封筒を取り出した。とても丁寧な装飾が施された封筒に見覚えがあったスイは、呆れたようにため息をついた。

 

「ハナ、それの返事は折り返しで送ってって、私書いたよね?」

「書いてたね。だからポストに投函しようと思ったけど、『ここまで来たならもう直接渡した方が早いな』って思って今日持ってきた」

不知火はスイにその封筒を差し出しながら、同時に、

「……改めて、結婚おめでとう。千彗」

長い付き合いになる親友の婚姻を祝う言葉を贈った。

 

「ありがとう、花奈」

封筒と言葉を、スイは照れ臭そうな、それでいて幸せそうな笑顔で受け取る。

 

その笑顔はとても綺麗で魅力的で、不知火は咄嗟に、

(うわ、出た。スイの男殺しスマイル)

昔からひっそりと名付けていた親友の笑顔の異名を心の中で呟いた。

 

(思えば昔から、スイはそうなんだ。自分が周りからどう見られてるかの認識が合ってないというか……)

不知火に言わせればそこが彼女の良さでもあるのだが、これから身持ちになる人がいつまでも男殺しスマイルを振りまくのはいかがなものかと思い、遠回しに忠告することにした。

 

「スイ、良かったら婚約指輪を見せてくれるかい?左手の薬指にはつけてないみたいだけど……」

「つけてないよ。仕事柄、手が色んな薬品に触れるから外してるの。普段はチェーンに通してネックレスにしてるよ」

言いながらスイは首元にかけた細いチェーンを手繰り寄せるが、指輪があるであろう服の下、胸元に視線を向けた不知火が、思わず一言呟いた。

 

「スイ、相変わらずおっぱい大っきい」

「ハナ、あなたのそういうところ、本当にオッサンくさいって思うわ」

 

冷ややかな目で忠告したスイだが、その言葉は思いのほか不知火に刺さった。

「スイもワタシにそんな事を言うのかい?最近ウチの子も冗談半分だとは思うけど、歳取ったよね的な事を言ってくる……」

 

どんよりとした不知火が何とか復活したところで、スイは封筒の縁を意味もなくなぞり始めた。

「あとで中は確認するけど、どっちに丸つけたの?」

「参加に決まってるだろう。ただ……」

不知火はどこか申し訳なさそうに言葉を続ける。

「もしかしたらスイの式の頃に、出張が入るかもしれないんだ。もしそうなったら、式には出られない」

「そう……。わかった。どっちにしても確定したら、教えてね」

「すまないね」

「ううん、気にしなくていいよ。そういう事情なら仕方ないし……、あれ?もしかしてその出張って、この前のボーダーの記者会見で言ってた遠征っていうやつのこと?」

何気なくスイが思った通りのことを口にすると、不知火は途端に眉を寄せて不機嫌な表情になった。

「あ、これ当たった感じだ」

にっこりと笑うスイとは反対に、不知火の表情は一層不機嫌になる。

「はあ……。どうしてスイは、ワタシが気付かれたくなくて遠巻きに言ったことをわざわざ確定させるかな。一応これ、守秘義務的なものもあるんだよ?」

「あはは、ごめんね。昔、どっかの誰かさんがすごーく遠回しに、居なくなるよってサインを出してたのに拾えなかったから、それ以来人の話はキチンと聞いて理解することにしてるの」

 

だったらさっきの結婚指輪の時とかも伝えたい事を察してくれと不知火は思うが、それをおくびにも出さずに芝居掛かった態度を取った。

 

「全く。そのどっかの誰かさんとやらは迷惑なことをしてくれるね。是非とも一度、顔を拝んでみたいものだよ」

「ハナ、右にある鏡を見たら拝めるよ」

 

言われるがまま不知火は鏡を見たが、

「スイ、残念ながらワタシには美人が2人いるようにしか見えない」

自信満々に言い放っただけだった。

 

昔からちっとも変わらない、自信たっぷりな不知火を前にして、スイは思わず笑みをこぼす。

 

「あ、そうだハナ。その式の時の挨拶を、ハナにお願いしたいんだけど、いいかな?」

スイの提案を受けて、不知火はひどく驚いた。

「スイ、正気か?ワタシだぞ?」

「うん」

「はぁ……。もっとこう……、そういうのに相応しい人はいるだろう?コミュニケーションに明るい人とか、立派な地位やら功績を持ってる人とか……」

不知火はそうしていくつか例をあげるが、少なくともスイが結婚式に招待した人の中で、上司に対してフランクに絡むどころか嬉々としてイタズラを仕掛けるコミュニケーション能力を持つ人や、有名大学を卒業してたり様々な分野での博士号を取ってたり各学会を揺るがすような論文をいくつも発表してたりする地位や功績を持つ人など、不知火の他にいなかった。

 

(花奈ってホント、昔から自分の客観視がどっか下手なんだよね……)

 

自分のことを棚に上げてアレコレ言う不知火に対して、スイは言う。

「花奈がいい。花奈に話してほしい」

「だから、なんでまたワタシに……」

「花奈は自分の髪を切ってくれる人を、腕前だけで選ぶの?」

その言葉で、スイが言いたいこと、スイの気持ちを理解した不知火は、意図して呼吸を取った。

 

地位とか功績とか、相応しいとか適性があるとか、そういうのじゃない。

ほかの誰でもない。私が選ぶ、あなたに頼みたい。

 

スイの思いを汲んだ不知火は、初めて髪を切ってもらった頃と何ら変わらない、やんわりとした笑顔で、

「そういうことなら仕方ない。出席できたなら、挨拶はワタシが引き受けよう」

心許せる親友の頼みを引き受けた。

 

 

 

お互いに相手に伝えたい要件は済み、そのまましばらく雑談をしていたが、スイが時間を気にし始めたのを見て、不知火はおいとますることにした。

「何か用事?」

「あー……、うん。待ち合わせ、かな?」

柔らかくなる表情や温かな声色で内容を察した不知火は手早くコートを手に取った。

「オッケー、だいたいわかった。君たちの幸せぶりを見てると胸焼けするから、ここらで帰る」

「もー、からかわないで」

ほんの少しだけ困ったようなスイの反応を見た不知火は満足したのか、ケラケラと笑いながら店の扉に手をかけて、振り返った。

「それじゃあ、またね、千彗」

「うん、またね、花奈」

別れの言葉を交換してから不知火は扉を開く。

 

不知火の姿が外へと消えていってしまう直前に、スイは柔らかく微笑み、

 

「あなたのためだけにある美容室、

『Phosphoresaent Light』

に、またのお越しをお待ちしてます」

 

滅多に言わないお店の営業文句を、小さな声で囁いた。




ここから後書きです。

お付き合いいただいた番外編終了です。
メインに天音を据えて書きましたが、普段、感情が出ない彼女のいろいろな面をたくさん書けたので、とにかく楽しかったです。
うろたえる月守が書いてて新鮮でした。

読み返すと天音と生駒さんの間に地味に因縁が多くて、本編で2人の絡みを書くのを楽しみにしてます。


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キャラクタープロフィール

前書きです。
現時点で出てきているオリジナルキャラクターに関してのプロフィールになります。

ワールドトリガー公式データブック、通称「BBF」を意識して書いたものになりますので、項目の説明を書きます。

プロフィールには、ポジション、年齢、誕生日、血液型、星座(ワールドトリガー独自のもの)、職業、好きなもの。これらの項目を記載。

ファミリーには、その人の家族構成を記載。

パラメータは、
トリオン…トリオン能力のレベル
攻撃…ダメージを与える能力
防御・支援…味方を支援、防御する能力
機動…移動の早さ、身軽さ
技術…攻撃や防御の正確さ、精密さ
射程…技術と武器による射程の長さ
指揮…部隊を指揮する能力
特殊戦術…独自の戦法レベル、使う頻度
これらを記載。基本10段階ですが、実際のBBFのように振り切れている場合もあります。

リレーションには、キャラクター同士の交友関係や繋がりについて記載。本編で書いてないものもいくつかありますが、これなら書いていいかと思ったものは遠慮なく書きました。

トリガーセットには、各自の最新のトリガー構成を記載。

キャラクター情報については、簡単な性格、交友関係の傾向、戦闘スタイルやトリガー構成の使い方、家族構成のちょっと突っ込んだ設定、プロフィールの「好きなもの」に書いてあるものについての解説、その他の設定などなどを記載してます。リレーション同様に、本編では書いてなくても、書いていいやと思ったものは遠慮なく記載。

またオリジナルキャラクターによって構成された部隊についても解説してます。
部隊名、順位、エンブレムについての説明、近中遠距離それぞれの評価、メンバーとポジション、隊服についての説明、チームでの主な戦術などを記載しました。


オリジナルキャラクター紹介一覧

 

*** *** ***

 

地木(ちき)彩笑(さえみ)

 

・プロフィール

ポジション:アタッカー

年齢:16歳

誕生日:5月15日

身長:150cm(本人自己申告)

血液型:B型

星座:ねこ座

職業:高校生

好きなもの:運動、植物栽培、ココア!

 

・ファミリー

祖父、祖母、父、母、兄、兄、犬

 

・パラメーター(ラウンド3時点)

トリオン:3

攻撃:9

防御・支援:6

機動:12

技術:9

射程:2

指揮:6

特殊戦術:5

TOTAL:52

 

・リレーション

月守咲耶←相棒

天音神音←可愛い後輩!

和水真香←頼れる後輩!

空閑遊真←ライバル!

緑川駿←ライバル!

風間蒼也←お師匠!

太刀川慶←ランク戦仲間

村上鋼←苦手意識

香取葉子←カットリーン!

三雲修←ミック!

王子一彰←一緒にニックネーム考えましょう!

 

・トリガーセット(ラウンド3時点)

メイントリガー

・スコーピオン

・シールド

・バッグワーム

・カメレオン

サブトリガー

・スコーピオン

・シールド

・グラスホッパー

・Free

 

・キャラクター情報

地木隊の隊長でありムードメーカー。笑顔とワガママと信頼で地木隊メンバーを振り回す。身長に関しては本人の自己申告であり実際はそれより小さい。多分145cmから148cmくらい。コミュニケーション能力がカンストしており、ボーダー内の交友関係は広い。

戦闘スタイルは典型的な軽量系アタッカーだが、小柄で軽い体格と優れた反応速度が相まって、スピードが図抜けて速い。速さと多彩な技を武器として、一時期はスコーピオンのポイントが10000に届いた元ランカー。トリオン能力は高くなく、むしろ戦闘員としてギリギリアウトなレベルなのだが、それでもランカーに名を連ねた。多分訓練生とかが「どれだけ頑張っても結局トリオンじゃん」とか言い出したら「地木先輩がいるじゃん」とか引き合いに出されてると思う。戦闘時の傷は素早くスコーピオンで塞いでしまうため、倒すには攻めの姿勢が大事になる。

トリガー構成については、以前セットしていたテレポーターは「なんか肌に合わない」と言って外した。構成をいじって両方にグラスホッパーを入れて機動力を確保するか、構成を変えたら変なミスしないかなと、悩んでいる。

末っ子というとこもあり、家族からとても可愛がられていて、その辺が性格形成に大きく影響している。兄2人が若干シスコン気味。一回寝言で「さくや、ありがとー」と呟いた際には兄2人揃って発狂したため、月守は夜道に気をつけた方がいい。飼ってるゴールデンレトリバーは彩笑に最も良く懐いており、自宅では昼寝をする彩笑に寄り添って丸くなる犬の姿がしょっちゅう目撃されている。

トレードマークは笑顔とココア。笑顔に関しては周囲に伝染するという強い影響力を持っており、度々釣られるように笑う隊員の姿が見られる。大のココア好きであり、冷たいココアも温かいココアも、缶のココアもマグカップのココアも紙コップのココアも、既製品のココアも手作りのココアも、全部が好き。作戦室の冷蔵庫には常にココアが常備されており、ボーダー本部の自販機でもココアが売り切れになる場面が多々あるとのこと。温かいココアにマシュマロを浮かべて飲むのが至福の極み。

好きなものにある植物栽培に関しては描写がないが、自宅でプチトマト等を育ててたりする。一度本部の屋上に鉢とか持って行って色々育ててみようと画策したことがあるが、なんやかんやで頓挫した。

兄の影響で漫画を読むようになり、夕陽の影響でジャンプは毎週読むようになり、今では月守と交代で買って作戦室に置いている。

 

Q.ジャンプで好きな漫画は?

A.全部好きだけど1番はハイキュー!!

 

*** *** ***

 

月守(つきもり)咲耶(さくや)

 

・プロフィール

ポジション:シューター

年齢:16歳

誕生日:9月28日

身長:172cm

血液型:AB型

星座:みかづき座

職業:高校生

好きなもの:甘いもの、気ままな散歩、仲間と話すこと

 

・ファミリー

 

・パラメーター(ラウンド3時点)

トリオン:11

攻撃:9

防御・支援:6

機動:7

技術:9

射程:5

指揮:6

特殊戦術:5

TOTAL:58

 

・リレーション

地木彩笑←相棒

天音神音←いい子

和水真香←真面目

二宮匡貴←目標

出水公平←先輩

那須玲←恩人

加古望←同期入隊

天羽月彦←クラスメイト

三雲修←これから鍛える

烏丸京介←友達

ヒュース←見返してやりたい

不知火花奈←母

 

・トリガーセット(ラウンド3時点)

メイントリガー

・アステロイド

・メテオラ

・レッドバレッド

・グラスホッパー

サブトリガー

・バイパー

・ハウンド

・シールド

・バッグワーム

 

・キャラクター情報

地木隊のブレーキ役と思わせて密かにアクセルを踏みつけているシューター。彩笑や不知火や夕陽など、人を振り回すのが当然だと思ってる人たちに真っ先に振り回される立ち位置。少し前までは中性的な顔つきと線の細い身体つきで時折性別を誤解されることがあったが、背が伸びてきてからはそういうのは減ったらしい。仕事はきっちりこなす上に防衛任務にも積極的で、いろんな隊員と野良チームを組んだり、臨時の助っ人に入ったりしてる。

戦闘スタイルは攻撃偏重なシューター。トリオン量の割に形成されるものの強度が脆いという謎体質のため、根っこの思考が基本「殴れる時には殴る」になっている。割と脳筋寄り。パイパーの扱いが得意だが、特別それが切り札というわけではない。そこそこ強いカードを何枚も用意して、相手が対応できないものを探していくイメージ。

トリガー構成については、ケルベロスプログラムでボコボコにされた結果、今の自分にはこれが最適解だと判断したもの。シールド1枚?どうせダメージ食らうから、いっそ攻撃の手を増やそうぜという脳筋的発想。レッドバレットに関してはバイパーで弾速を限りなくゼロにしたもの、もしくはゼロにしたものをトラップ的に設置したり、直接相手にねじ込んだりして使う。

普段は温厚な性格だが、ある程度仲良くなると深い闇があるのを感じ取れる。何が飛び出すかわからないが、触れない限りは何も飛び出して来ないので、大抵の人はスルーしてる。本人はその辺りを気取られてないと思っているので、割とちょろい。深い闇の根底にあるのは過去の喪失による、無くしたものに由来する歪み。戦闘時など時折、素で性格の悪いことをする場合があり、それが原因で影浦、三輪、コア寺コンビなどからは嫌われている。

市内のマンションにほぼ一人暮らしの状態。近所のスーパーの割引日やセール時に度々出没し、主婦の方々に紛れて少しでも安い商品を手に入れようと悪戦苦闘する姿が目撃されている。卵の時は特に必死。時々短期のバイトを入れたりする。以前烏丸に人手不足を理由にバイトに誘われたが、職場の手違いで用意された女性用制服を着てバイトを敢行し、その時期の男性客を増加させた過去を持つ。

誕生日については、不知火さんが「とりあえず決めようか」と言って決めた。月守がこの日付に意味があるのかと尋ねたところ、「その日の誕生花の、花言葉がいいんだ。もう、忘れちゃダメだよ?」との答えが返ってきた。

甘いものが好物であり、天音の復帰を祝うためにケーキの買い出しを任された時は、もらった軍資金を見た瞬間に予算に収まる最高額のケーキを瞬時に脳内にリストアップしていた。ジャンルを問わず市内の甘味処に関する情報を記憶しているとかしてないとか。

彩笑の影響でジャンプを読み始めた。

 

Q.ジャンプで好きな漫画は?

A.んー、火ノ丸相撲とDr.STONE。昔のやつでもいいならネウロ。

 

*** *** ***

 

天音(あまね)神音(しおん)

 

・プロフィール

ポジション:オールラウンダー

年齢:15歳

誕生日:6月4日

身長:155cm

血液型:B型

星座:うさぎ座

職業:中学生

好きなもの:チョコレート、いちご、褒められること、地木隊のみんな

 

・ファミリー

母、従姉妹

 

・パラメータ(ラウンド3時点)

トリオン:9

攻撃:9

防御・支援:6

機動:9

技術:9

射程:3

指揮:1

特殊戦術:3

TOTAL:49

 

・サイドエフェクト

『危険予知』

自分に降り注ぐ(自分が巻き込まれる)危険を察知して色で判断できるサイドエフェクト。迅の未来予知のダウングレード版。精度はまちまちで、毎回危険を予知できるわけではないらしい。

 

・リレーション

地木彩笑←好き

月守咲耶←好き

和水真香←好き

空閑遊真←密かにライバル視

木虎藍←同期

生駒達人←因縁あり

武富桜子←クラスメイト

北添尋←いちごの情報源

熊谷友子←受け太刀のお手本

荒船哲次←左利き弧月のお手本

太刀川慶←二刀流のお手本

不知火花奈←いい人だけどセクハラはやめてほしい

 

・トリガーセット(ラウンド3時点)

メイントリガー

・弧月

・旋空

・シールド

・メテオラ

サブトリガー

・ハウンド

・グラスホッパー

・シールド

・バッグワーム

 

・キャラクター情報

無表情で戦う地木隊の点取り屋。独特なよく区切る話し方や、大人しい一面も相まって、度々無言になって聞き役に徹することが多い。美少女設定なのだが、多分本人はあんまり自覚してない。交友関係はあまり広くないが、ソロランク戦のブースに行くと色んな人とバトってる。

現在の戦闘スタイルはアタッカー寄りのオールラウンダー。ハウンドで牽制しつつ弧月で斬りつけるのをベーシックな立ち回りとして、状況に応じて手数を増やしたり、旋空を絡めて火力を上げたり、メテオラを織り交ぜて射撃戦したりする。多少時間がかかるが合成弾のサラマンダーも使える。大規模侵攻時と比べてパラメータが若干変動してるのは、トリガー構成の変更とアスターシステムの調整によるもの。地木隊メンバーの中でも1番才能があって底が知れないキャラとしてますが、底がどこにあるのか楽しみ。

幼少期に無表情が完成していて、幼少期から一貫してぼっち。母子家庭で育った。月守とは違った意味合いでの「虚無感」を産まれながらにしてずっと感じてたけど、地木隊に触れてからその虚無感を埋めるのはこれなのだと無意識に感じてたのかなと思います。

病気に関しては、普段はあんまり考えないようにしてる。考えると泣きたくなる。

チョコといちごが好きとのことですが、多分甘いもの全般が好き。それでいて太らない属性持ちの大食いなので、描写してないところでかなり食べてると思います。食べたものはどこに消えてるのだろうか。年が近い人とあまり触れ合ってこなかったので、地木隊メンバーに褒められるのが殊更嬉しい。

趣味的なものは無いが、地木隊に加入してからは彩笑と月守が交代で買ってきて作戦室に置いておくジャンプを読むのが楽しみになっている。

 

Q.ジャンプで好きな漫画は?

A.えっと……、ブラッククローバー、と、僕のヒーローアカデミア、です。

 

*** *** ***

 

和水(なごみ)真香(まなか)

 

・プロフィール

ポジション:オペレーター(元スナイパー)

年齢:15歳

誕生日:11月18日

身長:168cm

血液型:A型

星座:とけい座

職業:中学生

好きなもの:フルーツ全般、読書、買い物

 

・ファミリー

祖父、父、母、妹

 

・パラメータ

トリオン:8

機器操作:9

情報分析:8

並列処理:8

戦術:7

指揮:5

TOTAL:37

 

・サイドエフェクト

『???』

視力に関係するもの。

 

・リレーション

地木彩笑←恩人

月守咲耶←勉強させてもらいます

天音神音←可愛い

東春秋←尊敬

当真勇←先輩

奈良坂透←先輩

夏目出穂←後輩

雨取千佳←後輩

水上敏志←将棋で倒したい

嵐山准←爽やかすぎて苦手

二宮匡貴←少し怖い

宇佐美栞←メガネ仲間

寺島雷蔵←従兄弟

 

・キャラクター情報

現場職から移動してきたオペレーター。落ち着いている常識人かと思いきや、ところどころでイタズラ好きな一面が見え隠れするあたり、擬態している。スナイパー時代は我が強い感じだったので、多分そっちのが本性。スナイパー組、オペレーター組と仲が良く、彼らの輪の中にはスルスルっと入っていく。

オペレーターとしては月守の補助に回る場面が多いが、多分指揮権丸々あげたら普通に指揮できる。気づかないうちに遠慮してるものと思われる。

大規模侵攻にてネイバーの被害に遭って家を失う。ついでに父親が職を失いかけて生活がしんどい時期があった。それまで父親に言われるがまま勉強していい学校に進むのが目標だったが、それを実践してきた父親の失脚を見ていたため、勉強だけじゃ足りないのかもしれない、色々やってみようと思い立ち、それ以降アクティブな一面が見えるようになった。一時期はゲームセンターに通い詰め、その時期に『三門市のゲームセンターには音ゲーの妖怪がいる』と噂が広がった。両親は娘のそういう姿を見てあまりいい顔をしてないが、成績落とさないからギリギリ目を瞑ってた。スナイパー時代に警戒区域に迷い込んだ子供を助けるために、子供を掠めるスレスレの狙撃でトリオン兵を倒したが、それが子供を狙って撃ったと誤解を招いて騒ぎになり、トラウマを患う。真香が当事者だとはボーダー側は明言してないが、流石に家族は見抜ぬかれた。その際に、過程はどうあれ、これだけの騒ぎになったことに激怒した父親から一家の面汚しと言われて喧嘩して、それ以降家族仲は悪い。

好物はフルーツ全般であり、地木隊作戦室の冷蔵庫には時期に合わせた旬のフルーツが入っているとか。買い物すること自体が好きで、地木隊メンバーの中では恐らく1番財布の紐が緩い。

読書が好きで、ジャンルは問わずに読みたいと思った本を読む。漫画もよく読む。スクエアは毎月真香が買って作戦室に置いてある。

 

Q.ジャンプで好きな漫画は?

A.まずはジャンプの定義から入りますね。恐らくは週刊少年ジャンプの事だと思いますが、ジャンプと名前がつく雑誌は他にもジャンプSQ、ヤングジャンプなどなど複数あるわけですし、また雑誌以外でもジャンプ+などとアプリもあります。なので質問にある「ジャンプ」とは正確には「ジャンプと名前がつくあらゆる媒体」ということになるので、私はその中から答えます。悩みどころですが、好きなのはジャンプSQの「この音とまれ!」ですね。予選編の演出と迫力なんてホント神です。ただあくまでそれは私の好みであって、それを他の人にオススメできるかって言われるとまた違うんですよ。東京喰種とか大好きでしーちゃんに勧めたことあるんですけど、1000ひく7のあたりで「読むの、辛い」って言われたので失敗したなぁって思いましたし。そういう感じで、私が好きで尚且つ他の人にも推せるってなったら、「忘却バッテリー」ですね。もうね、忘却バッテリーはですね、とにかく読んで!読んで!って言いたくなるんでよ。ホントに読んで。少年漫画でよく「背中を守る」って感じのフレーズあるじゃないですか。忘却バッテリーでもそれに近いフレーズが出てくるんですけど、それがもうとにかくカッコいいんですよ!いやもう、脱帽ってああいうこと言うんだなって思いましたもん。それからですね……

《長すぎるので以下略》

週刊少年ジャンプで好きなのは「HUNTER×HUNTER」だそうです。

 

*** *** ***

 

不知火(しらぬい)花奈(はな)

本部所属:開発室副室長

 

・プロフィール

ポジション:オールラウンダー

年齢:??歳

誕生日:2月29日

身長:160cm

血液型:AB型(rhマイナス)

星座:みつばち座

好きなもの:お酒、イタズラ、研究、成長を眺めること

 

・ファミリー

息子

 

・パラメータ(フル装備時)

トリオン:10

攻撃:10

防御・支援:9

機動:6

技術:8

射程:5

指揮:5

特殊戦術:10

TOTAL:63

 

・リレーション

鬼怒田本吉←いじれる上司

忍田真史←いじれる先輩

城戸正宗←いじっちゃダメな上司

東春秋←研究仲間

二宮匡貴←射手の手ほどきをした

エネドラット←拷問したい。拷問させろ。

諏訪洸太郎←酒飲み仲間

沢村響子←怒らせちゃダメ

月守咲耶←息子

天音神音←治す

流山千彗←親友

 

・トリガーセット(フル装備・改造込み)

メイントリガー

・弧月歪之型禍月(鎌型ブレード)

・悪喰(禍月専用オプション)

・シールド

・バッグワーム

・ハウンド

サブトリガー

・メテオラ

・ストック

・シールド

・エスクード(改)

・スパイダー(改)

 

・キャラクター情報

お酒とイタズラをこよなく愛する、本作随一のなんでもありなお姉さん。美女設定であり、天音と違ってそのことを自覚している模様。頭脳労働が本職だが、戦闘もこなすハイレベルお姉さん。そして気づけば、「お酒大好き!戦える科学者にしてドSでイタズラ大好きお医者様お母さん」というとんでもないキャラに成長してました。一緒の席で楽しく酒を飲めた人なら仲間だと思ってる。

ブレードと弾丸をセットしてるオールラウンダーだが、近距離で鎌振り回しながら弾も撃つ、といったスタイルは苦手。相手の観察に重きを置きすぎてるため、併用する脳内リソースが無い。最近はオリジナルトリガーのストックを使った立ち回りを色々試してる。エスクードの改造は以前使っていた実験用トリガーセットのものとは違い、コストを抑えただけのもの。

才能を持て余した時期もあったが、ボーダーに入ってからは落ち着いた模様。あらゆる分野において引く手数多なほど優秀な人材らしいのだが、拠点を移して今より自由が減るのを嫌って優しく断っている。なおそれ以上の理由として、三門市の地酒が好みだから離れたくないとのこと。仮に好みのお酒につられたとしても、天音の病気をどうにかするのと、月守が成人するまでは三門市から離れないと思われる。親子としての月守との仲は良好で、不知火がまとまった休暇を取って自宅に帰ると、同時期に2人がスーパーに出没する姿が見れる。「1家族につき〇〇個まで!」といった商品を買うときは、きっちり連携する。引き取ったばかりの頃の月守にはよく料理を作ってあげていたが、後に残業が続いた時期があり、その際に月守が「花奈さんいつも頑張ってるから、晩御飯代わりに作ったよ」と言って用意してくれた晩御飯を食べて出来栄えにいたく感心して、月守にご飯をある程度任せるようになった。

お酒は大抵好きだが、対等に飲める人が少なくてちょっと寂しい。酒豪ではあるが、地木隊がランク外になった頃から飲む量は明らかに減っていて、その分、天音の病気の治療の研究について力を入れてるとのこと。生まれついてのイタズラ好きで、イタズラを仕掛けるのは親愛の証でもある。1番の被害者は月守、次いで忍田さん。趣味でいろんなものを開発しており、代表作としてはモールモッドやラッドを掃除型に改良したお掃除トリオン兵。レプリカのような自立型トリオン兵を開発するのが当面の目標とのこと。「好きなもの」の項目にある「成長を眺めること」に関しては主に息子のような存在である月守のことだが、その他にも、いち新連載が看板漫画として成長していくのを見るのも楽しいらしい。

 

Q.ジャンプで好きな漫画は?

A.BLEACH。涅マユリは良いことを言ってくれる。

 

*** *** ***

 

夕陽(ゆうひ)(まさき)

元No. 1レイガスト使い

 

・プロフィール

ポジション:アタッカー(休隊中)

年齢:20歳

誕生日:2月1日

身長:181cm

血液型:B型

星座:かえる座

職業:大学生(休学中)

好きなもの:ボードゲーム、鶏肉、女の子

 

・ファミリー

祖父、祖母、父、母

 

・パラメータ

トリオン:8

攻撃:12

防御・支援:8

機動:7

技術:9

射程:1

指揮:7

特殊戦術:3

TOTAL:55

 

リレーション

月守咲耶←元相方

地木彩笑←元チームメイト

白金澪←幼馴染

太刀川慶←同級生

二宮匡貴←仲良し

風間蒼也←リスペクト

忍田真史←師匠

迅悠一←ライバル

加古望←仲良し

三輪秀次←仲良し

東春秋←リスペクト

寺島雷蔵←レイガストを生み出した神

 

・トリガーセット

メイントリガー

・レイガスト(改)

・スラスター

・スラスター(改)

・シールド

サブトリガー

・シールド

・バッグワーム

・エスクード

・Free

 

・キャラクター情報

彩笑や月守の元隊長にして、怪物レイガスターと呼ばれるレイガスト使い。太刀川が弧月、迅がスコーピオンでバチバチ戦ってた頃に割り込めてた化物。ただし普段はちょっと空回りしてる格好つけたがりな人。よくチームメイトにいじられてた。同い年の太刀川や二宮とは普通に仲良し。

守備的なトリガーであるレイガストを使いながらも攻撃力は一級品。ソロだと対人よりも対トリオン兵向けなスタイルだったが、チームで連携すれば対人においても高い攻撃力を誇った。

現ボーダー設立後の初期入隊メンバー。太刀川や風間と同期入隊。弧月の腕前は良かったが太刀川には追いつけず、レイガストが完成するまでは燻っていた時期があった。ボーダー入隊に関しては不知火さんに嵌められた側面もあるため、頭が上がらない。夕陽のスマホには不知火さんの連絡先の宛名の部分が必ず『不知火様』に書き換わるウイルスが仕込まれている。訓練生だった月守に目をつけて勧誘して白金澪と共に夕陽隊を設立。後に彩笑を加入させた夕陽隊は徐々に戦績を重ねて、ボーダーで1、2を争う火力があるチームとしてA級に君臨した。その後は彩笑と月守が十分力をつけた頃合いを見てチームを解散。野良のA級隊員として地木隊の成長を見守っていたが、とある事件により生身の両足に大きなダメージを負って第一線を退くことになった。

ボードゲームが好きだが、あまり強くない。ニムトというボドゲが特にお気に入り。鶏肉が好物であり、月守が自炊して作った鶏肉の唐揚げにダメ出しして料理のレベルを引き上げた張本人。チームメイト曰く「黙ってればそれなりのイケメン」らしいが、黙ってることができずにいるためモテない。

彩笑とは漫画を介して秒で意気投合して、作戦室に漫画を持ち込んでいた。

 

Q.好きなジャンプ漫画は?

A.あ?ToLOVEる以外の選択肢があるのか?

 

*** *** ***

 

白金(しろがね)(みお)

 

・プロフィール

ポジション:オペレーター(休隊中)

年齢:18歳

誕生日:8月10日

身長:157cm

血液型:A型

星座:ペンギン座

職業:高校生

好きなもの:勉強、クレープ、勝つこと

 

・ファミリー

祖母、父、母、弟

 

・パラメータ

トリオン:2

機器操作:8

情報分析:9

並列処理:9

戦術:7

指揮:7

TOTAL:40

 

・リレーション

月見蓮←目標

宇佐美栞←後輩

絢辻遥←後輩

氷見亜季←後輩

犬飼澄晴←よく話す

荒船哲次←よく話す

迅悠一←セクハラしてこない

夕陽柾←幼馴染

地木彩笑←妹みたいな存在

月守咲耶←弟みたいな存在

 

 

・キャラクター情報

夕陽の後を追う形でボーダーに入隊した夕陽の幼馴染。とても勉強ができる。表向きは物腰柔らかで彩笑曰く「理想のお姉ちゃん!」とのことだが、月守の先輩である辺り、その奥には底知れない何かがある。

「勝ち筋が見えた人間は負け筋が一瞬見えなくなる」を信条にしたオペレーターであり、逆転勝ちが多かったらしい。戦いの中で形成逆転した瞬間は「はい残念賞!」と楽しそうに言い、月守たちはそれを何度も聞いてた。

子供の頃から勉強一筋で高校は県内有数の進学校に進む予定だったが、大規模侵攻で家計が厳しくなり市内への進学を選んだ。ネイバーへの復讐心からボーダーに入隊するが、トリオン能力が足りない上に運動音痴であったため戦闘員を断念したところに夕陽が「いつかチーム作るから、その時オレを助けてくれ」と言ったのがきっかけでオペレーターを志す。復讐心は燻っていたが、後に夕陽隊に加入した彩笑によって徐々に心境が変わっていった。

何かを学ぶことが好きで、学ぶことに対して貪欲。夕陽が勧めてくるボドゲも速攻で戦い方を身につけて夕陽を打ち負かす。勝負事で勝つのが好き。クレープが好きだが、太りやすい体質らしく食べる量はかなり厳密に計算してる。その姿を見て夕陽が「腹は出るけど胸は絶壁のままだな」と言うが、その度に彩笑と月守を従えて夕陽を半殺しにする。度々作戦室でも勉強してる姿が見られるほど勉強熱心で、時折休憩と称して作戦室にあるジャンプを読む。

 

Q.好きなジャンプ漫画は?

A.ONE PIECE。

 

*** *** ***

 

天音(あまね)若葉(わかば)

 

・キャラクター情報

天音のお母さん。月守曰く「神音と似てる。将来の神音はこんな感じ」、不知火さん曰く「ここ10年くらい姿が変わらない」とのこと。本編中の天音の発言を信じるなら、刺突してくる刀の切っ先を見切って対応する等の芸当をやってのけるらしいので、恐らく只者じゃ無い。今後本編に出るようなことがあればプロフィール載せます。

 

*** *** ***

 

土屋(つちや)(もみじ)

 

・キャラクター情報

天音の従姉妹。県外から三門大学に進学して、天音家に居候してる。初登場時は、迅が大規模侵攻前に寄った花屋のお姉さん。名前が出た時は、うたた寝犬がもしかしたら今後本作が書けなくなるかもしれないという状況だったので、土星枠として急遽登場してきた。今後出るとしたら、大学生組と学校で絡む時かな。みなさんの学部が知りたい。

 

*** *** ***

 

流山(るやま)千彗(ちさと)

 

・プロフィール

年齢:??歳

誕生日:4月9日

身長:159cm

血液型:O型

星座:はやぶさ座

職業:美容師

好きなもの:仕事、お話し、雑貨店巡り、葉物野菜

 

・リレーション

天音神音←お得意さま

小佐野瑠衣←常連客

絢辻遥←常連客

不知火花奈←親友

 

・キャラクター情報

番外編で登場した美容師にして、不知火さんの親友。街中にひっそりと佇むお店で、ボーダー隊員の髪を切ってあげてる。個人的には「幸せな人」の象徴みたいな感じで書いてました。本人は年齢載せてもいいと言っていますが、不知火さんが「ワタシの歳がバレるだろぉ!」と言って阻止してきました。突発的に出てきたキャラなのですが個人的には中々のお気に入りの方で、名前では流星枠と彗星枠を持っていきました。

なんやかんやあったようですが、美容師の仕事は好き。ただしプロデュース能力や宣伝能力が皆無。お客さんとの雑談がすごい好きで、ボーダー内部の情報とか知らず知らずのうちに抜き取ってるかもしれない。休日には雑貨店を巡って、番外編に出てきた羽根ペンとかを購入してる。

 

*** *** ***

 

オリジナル部隊紹介

 

*** *** ***

 

・地木隊

ボーダー本部所属 暫定B級6位

 

隊章『一輪だけ描かれた紫苑の花』

由来:神音(紫苑)が最後に加わって完成したチームだから(彩笑談)

 

メンバー

・地木彩笑 AT(隊長)

・月守咲耶 SH

・天音神音 AR

・和水真香 OP

 

隊服

①黒ジャージ。嵐山隊の隊服を黒くしたようなデザイン。基本全身真っ黒。ジャージに入ってるラインとブーツの紐は白。彩笑と天音のブーツの丈は足首上まで、月守は足首と膝下の中間まで丈がある。インナーのシャツの色はバラバラで、彩笑が爽やかな緑色、月守が紫色寄りの青、天音が薄い赤となってますが、大抵みんなジッパーしっかり締めてるので見えない。地木隊結成時に仕立てたもの。

 

②地木隊A級昇格時に仕立てた、黒を基調とした軍服を思わせる隊服。カラーリングはジャージの時と変わらない。女子はショートパンツ×ロングブーツ×ニーハイ。月守はジャージ時と変わらない丈のブーツ。インナーの色は各自変わらないものの、ワイシャツっぽくなってるので首元で各自の色が見える。市民に威圧感与えちゃう感じなので、多分根付さんあたりからあんまり着ないでくれと釘を刺されてると思う。デザイン立案は真香ですが、当時ハマってた漫画の影響を受けたらしい。月守と天音は対して隊服に頓着してなかったので、彩笑が気に入ってゴーサインを出して誰も止めなかった。

 

パラメーター(ラウンド3時の暫定評価)(五段階評価)

・近距離…4

・中距離…4

・遠距離…0.5

 

フォーメーション&タクティス

①「2人と1人にチームを分断」

各自が速さ、射撃、万能性とそれぞれ違った強みを持ちながら連携もできるため可能な、地木隊の基本戦術。勝てるポイントで勝負を挑み、常に有利な対面を維持し続ける。

②「彩笑と天音を前衛に置いて月守がそれをフォロー」

近距離で火力がある2人を前衛に置いて、月守がそれを後方からサポートする、地木隊最大火力の布陣。

 

*** *** ***

 

・夕陽隊

ボーダー本部所属(現在は解散) 最高順位A級3位

 

隊章「黒地の中に浮かぶ細く白い一筆書きの円。金環日食のイメージ」

由来:夕陽(太陽)、彩笑(地球)、月守(月)が織りなす戦い(現象)を、白()澪が見ている。

 

メンバー

・AT 夕陽柾(隊長)

・AT 地木彩笑

・SH 月守咲耶

・OP 白金澪

 

隊服

夕暮れ時を思わせるオレンジ色のコート。ボトムスとブーツは黒、インナーシャツは白で統一。目立つ色合いなので狙撃されやすいと思われる。A級特典のトリガー改造を流用して彩笑のコートだけ重くしていて、いざという時にはコートを脱ぎ捨てて軽量化・高速化するというギミックが搭載されていた。

 

パラメーター

・近距離…5

・中距離…3.5

・遠距離…0.5

 

フォーメーション&タクティス

①「夕陽を前衛、月守を後衛、彩笑を遊撃に置いた布陣」

夕陽を前衛で暴れさせて、月守がそれをフォローして、彩笑が自由に掻き回すという布陣。夕陽をいかに暴れさせるかがポイント。

②「彩笑を前衛にして夕陽が月守の盾となる布陣」

月守を守って攻撃の軸にする、防御寄りかつ射撃戦用の布陣。




ここから後書きです。

元々はキャラクター情報の後に「誕生秘話」という項目を設けて、それぞれの初期設定とかも書いてたんですが、蛇足過ぎると思って削除しました。それを機に各自の初期設定メモを探して見つけたのですが、なかなかにカオス。やばかったのが天音が豚って言いながらC級ボコってたのと、夕陽さんの初期の病み具合。


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第9章【B級ランク戦・交錯】
第91話「どら焼き」


三雲修は緊張していた。

 

ランク戦ラウンド3を終えた日の夜、三雲は遊真だけに得点を取ってもらう今のチームの形では限界が来ると感じた。そして、自ら点を取る術を身につけるため、師匠である烏丸にシューターのより実戦的な戦い方を学ぼうとした。烏丸は初めこそ渋ったものの、どうせ教えるならと、A級の嵐山と出水といった射撃戦の専門家を三雲に紹介した。だが三雲はその2人に加えて、月守咲耶にも話を聞きたいと烏丸に伝えた。

 

「月守に……?修、お前……、あいつは次の試合の対戦相手だぞ?」

「それは……、わかってはいるんですが……。その、どうしても月守先輩から話を聞きたいんです」

 

烏丸は訝しんだものの、三雲が月守との対話を望んでいるならばと思い、月守との約束を取り付けた。

 

烏丸が言うには月守は午前中から作戦室にいるとのことで、三雲は早速、手土産を持って地木隊作戦室に向かった。

 

だんだんと地木隊作戦室が近くなるにつれて、緊張感が高まっていく。

(今まで地木隊の人と話したことはあるけど……、こうしてぼくの方から会いに来るのは初めてだ)

各隊の作戦室が集まるフロアまで来た三雲は緊張を沈めるために、今まで地木隊と遭遇した時の事を思い出し始めた。

(初めて会ったのは……、そう、ネイバーの空閑を捉えようとして駅で戦いなった時で……)

しかし、その思考が深くなる前に、

「だーれだっ!」

背後に回った何者かが三雲の視界をひんやりとした小さな手で塞ぎ、無邪気な声で問いかけてきて思考を遮ってきた。

 

「え、ちょっ……っ!」

いきなりのことで慌てる三雲だがすぐに視界は晴れて、目を隠した人物は三雲の前にその小柄な身体で躍り出た。

「あはは!ミックおはよっ!」

実のところ三雲も声や手の小ささなどで薄々気づいていたが、案の定イタズラを仕掛けてきたのは彩笑だった。ダッフルコートにマフラーという厚着な彩笑を前にして、三雲はぺこりと頭を下げて挨拶した。

「お、おはようございます、地木先輩。えっと、今日はその……」

「うん、大丈夫!ちゃんと話は聞いてるから!とりあえず、ボクらの作戦室まで行こっか!」

両手を後ろで組んで歩く彩笑はニコニコとした笑みで三雲に話しかける。

「昨日のランク戦、ミックたちが勝ったところ観てたよっ!鈴鳴と那須隊相手に4点ってすごいね!」

「ありがとうございます。……できれば最後は那須先輩を倒してもう1点取れればと思ったんですけど、トマホークを避けきれませんでした」

「いや〜、あれは技ありって感じだったよね!玲ちゃん先輩ってああいう戦い方もできるんだなーって、感心しちゃった!」

彩笑はそうして那須の戦いぶりを手放しで称賛してから、

「でもでも、それに負けないくらいミックもいい動きしてたよね!」

同じ笑顔のままで、三雲の戦いも良いものだったと褒めた。

 

「そ、そうですか?」

「あれ?ミックは自分で納得してない感じ?」

可愛らしく小首を傾げて、彩笑は言葉を続ける。

「立ち回りとか攻撃での圧力のかけ方とか、良かったじゃん。太刀川さんだって狙いが良かったって解説で褒めてたし、ボクもミックらしくて良いなぁ、って思ったよ?」

それでも納得しないの?と言いたげな目で彩笑は三雲の瞳を覗き込む。そのあまりにもまっすぐな視線には、強くて純粋な意志が込められているかのようで、見えない手で掴まれている感覚を三雲に与えた。

 

「えっと……」

戸惑う三雲を見て察したのか、それともたまたまか。彩笑は目を細めて優しく微笑んだ。

「まあ、あくまでボクが思ったことだからね!こういう意見もあるんだ〜、くらいに受け取っておけばいいよ!」

明るく無邪気に話す彩笑には、数秒前まであった圧迫感にも似た意志は全く感じられず、まるで一瞬で別人に入れ替わったかのようだった。

 

「そういえば京介から聞いたんだけど、ミックって咲耶だけじゃなくて、嵐山さんとか、いずみん先輩からも色々教えてもらうんでしょ?それも今日なの?」

彩笑はさっきの話はここまでと言わんばかりに話題を変えた。少なくとも三雲はそういう風に捉えて、彩笑の質問に答えた。

「いえ、嵐山さんや出水先輩からは、明日以降になるそうです。あと、その……、今日は午後から、別の用事が入っていて……」

「うへぇ……、ミックのスケジュールは大変だね。考えただけで疲れそう……。ココア飲む?」

疲れた時には甘いものだからね、と言って彩笑はバックから温かい缶のココアを取り出した。

「どーぞー」

「ありがとうございます。……もしかして、いつもココアを持ち歩いてるんですか?」

「あはは、さすがにいつもじゃないよ〜。偶然だよー、ぐーぜん」

最後の「ぐーぜん」がどこか白々しく聞こえた三雲は、

(もしかして偶然じゃないんじゃ……)

と勘ぐったが、その考えが顔に出ていたようで、それを見た彩笑はイタズラっぽい笑みを作って、

「ほんとに偶然だよ?」

茶化すような口調で念を押した。

 

会話をしながら歩き続けていた2人は、ほどなくした目的地である作戦室にたどり着いた。彩笑は数字ロックを解除して扉を開くと、中にはすでに真香と天音の2人がいた。ソファに座って仲良く1枚のタブレットでログを見ていた2人は彩笑と三雲に気づくと、手を止めてペコっと頭を下げた。

「地木隊長、おはようございます」

「三雲くんも、おはよう」

「2人ともおはようっ!咲耶はいる?」

笑顔で答えた彩笑が問いかけると、奥の小部屋から月守が顔を出した。

「いるよ」

「咲耶もおはよう。お客さん来てるよ」

「見ればわかる」

小さく笑いながら答えた月守は彩笑の後ろにいる三雲に視線を合わせた。

「ようこそ、三雲くん。京介からざっくり説明されたけど……、まあ、とりあえず話そうか。ひとまず座ってて」

「はい。あ、そういえばこれ、宇佐美先輩から持っていくようにって、言われたんですけど……。よかったら、食べませんか?」

三雲はそう言って手土産として持ってきた紙袋を見せると、地木隊全員の目の色が変わった。

「そうそれ!会った時からずっと気になってたけど、いいとこのどら焼きだよねっ!」

「『鹿のや』のどら焼きだね」

ワクワクしてる彩笑と比べて落ち着いてる様子の月守だが、2人とも顔に『食べたい』と出ていた。

 

「真香、お茶、出す?」

「準備しよっか。しーちゃん、ポットにお湯入ってる?」

「ん、今朝、入れた」

「オッケー」

真香と天音も早く食べたいと言わんばかりに、テキパキとお茶の用意を始めた。

 

持参のどら焼きと用意されたお茶をテーブルに出された三雲は、ひとまずそれらを口にしながら、今日ここに来た経緯を改めて説明した。

「つまり、1人でも点を取れるようになりたいってことか」

月守が三雲の説明を聞いて内容を確認するように呟くと、三雲は頷いた。

「はい。空閑頼みだと、この先限界はあると思いますし……」

「まあ、それは玉狛の試合観てて思った。開幕早々に遊真がスナイプでもされちゃったら、玉狛の勝ち筋なくなるし。そういう局面を危惧するとしたら、三雲くんの考えはすごく真っ当だと思うし、1シューターとしても当然だと思う」

「シューターとしても……?」

月守の言い方に引っかかりを覚えた三雲が訝しむと、月守がその疑問の掘り下げにかかった。

「そう。三雲くんみたいにB級なってから弾トリガー使い始めたのはちょっと違うかもだけど、C級の頃からシューター・ガンナーってのが正隊員に上がってくると、どうやって点を取るかって壁にぶつかる。極端な話だけど、そこそこトリオンがあるC級がキューブ適当にばら撒くだけでも、シールド無しのC級同士じゃそれなりに戦法になっちゃうからな」

 

月守の話を聞きながら彩笑は自分たちがC級だった頃を思い出していた。

(ボクらの時は、ニノさんがそれっぽかったかな。キューブばら撒いてるだけなのに、全然近づけなかったなぁ……)

 

彩笑が回想している間にも、月守の説明は続いた。

「でも正隊員になると、そうはいかない。全員がシールドセットできるし、他にもオプショントリガーを絡めてきたら、考え無しに撃つだけじゃ勝てなくなる。そんなわけだから、B級に上がってきたほとんどのガンナーやシューターは、どうやって点を取るか考えなきゃならない。だから、三雲くんが今直面してるそれは、特別変わったことじゃないし、むしろ普通だよ」

 

そこまで言った月守は一旦会話を区切り、お茶を一口飲んでから言葉を再開させた。

「俺としては、そんな風に悩んでる後輩に手を貸したり、稽古するのは全然構わない。そういうわけだから、みんながどら焼き食べ終わったら始めよっか」

「え?」

「ふぇ?」

月守の宣言を聞き、三雲と天音が同時に声を出した。天音を見ると手元に2組の包み紙があり、手には小さく食まれた焼きがあった。2つ目のどら焼きを口にしたばかりのようで、それを察した月守は小さく笑う。

「神音、焦らないでいいから、ゆっくり食べて」

「ご、ごめんなさい……」

無表情に、ほんの少しだけ申し訳なさを加わえながら食べ進める天音を、

「しーちゃん食いしん坊〜」

と言って真香がいじり、天音がどこか恨めしそうに見返す。そこへ、

「みんな食べるの早くない?ボクまだ半分残ってるんだけど」

彩笑が周囲を見渡しながら、問いかけるように言った。

「地木隊長、お口もちっちゃいからじゃないですか?」

「真香ちゃんお口も、って何さ!お口もって!」

憤慨する彩笑を見て月守が呆れたように口を開く。

「そうやって喋ってるから減らないんじゃないの?」

「咲耶の方が喋ってたじゃん!」

「三雲くんの説明聞いてる間に食べ終わったから関係ないね。……というか彩笑、そうしてるうちに神音が食べ終わりそうだよ?」

「神音ちゃん食べるの早すぎっ!」

黙々とどら焼きを食べ進める天音を見た彩笑は、慌てて残ったどら焼きを食べていった。

 

いつも通りの地木隊の会話に置き去りにされて呆気にとられる三雲に気づき、月守が声をかけた。

「三雲くん、さっき驚いてたみたいだけど、何かあった?」

「何かあったというか、その……。随分あっさりと稽古をしてくれると言ってくれたので……」

「稽古する気なかったら、そもそも断るからね。むしろここまで来て事情を聞くまでしたのに、稽古つけないって方が無理な話でしょ」

「それは、そうなんですけど……」

 

月守の言い分は分かるが、その答えが自分の聞きたいものではなかった三雲は、自身の考えが誤解なく伝わるように言い直した。

「その……、普通だったら、次の試合で当たる相手に稽古とかしないんじゃないかなと、思うんですけど……」

三雲の考えは最もであり、それは烏丸にも指摘されたことだった。次に戦う相手を鍛えるのはその試合の勝率が下がったり、苦戦する可能性が増す。普通なら、まず断る案件だが、月守はそれを承諾してくれた。言い換えれば、自らが不利になる条件を飲んだのだ。

 

それゆえに感じた違和感にも似た疑問だったが、それを聞いた月守は苦笑を返した。

「んー……、まあ、ぶっちゃけ、話を聞いた直後は迷ったよ。ここで三雲くん鍛えたのがきっかけで、試合で紙一重のとこで刺されたらどうしよっかな、とかね。でも、よくよく考えたら、彩笑は遊真に技を何個も教えてるし、真香ちゃんもC級のスナイパーの夏目さんを指導する時にセットで雨取さんにも教えてるから、別にいいかなってなってさ。それにこんな状況じゃなかったら……、仮に次の試合当たらないって状況で三雲くんが来たとしたら、無条件で首を縦に振る自信があるからね」

「だから、稽古を引き受けてくれたんですか?」

「うん」

そう言って月守は、あまりにもあっさりと首を縦に振って肯定を示した。

 

「月守先輩、本当にいいんですか?」

2人の会話を聞いていた真香が、残ったお茶を飲み干してから、月守に質問した。

「あれ?真香ちゃんは反対?」

「いえ、そういうわけではないんですけど……。ほら、月守先輩がさっき自分で言ってたみたいに、次の試合で三雲くんに紙一重のところで倒されちゃったら、さすがにちょっとくらいは後悔とかしませんか?」

「するかもね」

これまたあっさりと言い放つ月守に軽く驚く三雲と真香だが、月守はすぐに、

「でもそれ以上に、三雲くんがネイバーにあと一歩のところで負けてボーダーとか街に被害が出ちゃった時とかに、『あの時鍛えておけば……』ってなる方が嫌じゃない?」

自身が思い描く、最大の後悔になりえる場面を伝えた。

 

その言い分を聞いた真香は、一度意識して呼吸を取ってから微苦笑した。

「確かそれは、すごく嫌ですね」

「でしょ?」

「はい。そういうことなら、バシバシ鍛えないといけませんね。トレーニングルーム、準備しておきます」

「うん、ありがと」

 

席を立った真香が奥のオペレータールームに向かうのを見届けると、どら焼きを食べ終えた彩笑が三雲に尋ねた。

「ところで、なんでミックは、わざわざ咲耶に教えてもらいたいって思ったの?嵐山さんとか出水先輩にも話がつきそうなら、そっちだけでもよくない?」

その質問は、月守も尋ねたかったことだった。嵐山や出水にも教えてもらえる予定があるなら、なぜわざわざ次の相手にも話を聞きに来たのかと、月守こそ知りたかった。

 

質問を受けた三雲は、まっすぐ射抜くような、それでいて敵意を全く込めない視線を向けてくる彩笑の目を見ながら答える。

「理由はいくつかあるんですけど……。月守先輩の戦い方や意見が、1番参考になるかなと思ったので……」

「んー、どの辺が?咲耶とミックって、スタイルあんまり似てないよね?」

「スタイルは違うんですけど……、その……」

三雲はこれから言うことにわずかに躊躇いを覚えて、一瞬だけ月守に視線を向けた後、すぐに彩笑に視線を戻して言葉を続けた。

「お互いに、シールドが脆いというところが共通してる、ので……。防御にあまり頼れない月守先輩の戦いは、参考になると思ったんです」

 

三雲の言葉を聞いた彩笑と月守はまず、素直に、

(あ、そこまではバレてるんだ)

と思った。そして同時に、

(でもそのこと、三雲くん(ミック)はどこで知ったのか)

と疑問を抱き、月守が次いでそれについて問いかけた。

「そういう意味じゃ、確かに俺の戦い方というか考え方は三雲くんの参考になるかもな。でも三雲くん、それはどこで知ったんだ?ログとか見て自分で気づいたのか?」

「えっと……、支部でログを観てたら、月守先輩のシールドに違和感を覚えて『もしかして……』って思ってたら、『こいつのシールドは脆いぞ』って、ヒュースと陽太郎が助言してきたんです」

それを言われて月守は納得した。

(確かに堂々とヒュースには言ったもんなぁ。まあ、そうじゃなくても玉狛の人達ならみんな俺のトリオンについては知ってるし、遅かれ早かれ三雲くんには伝わるんだろうけど……。ヒュースのやつ、案外馴染んでるな)

横道に逸れかけた思考を戻した月守はやんわりと笑い、

「まあでも、納得したよ。三雲くんの実力とかを見ながらになるけど、最終的には嵐山さんや出水先輩じゃ教えられないような、シールドに頼れない俺の戦い方についてレクチャーしよう」

そう言ってゆっくりと立ち上がって、三雲を鍛えるべくトレーニングルームへと誘う。

「さて……、どら焼きは食べ終わったね。それじゃ、早速始めようか」

「はい!」

どんな内容の訓練が来るのか、三雲は不安が半分、残る半分を好奇心という心境で構える。

 

そんな三雲に向けて、月守は至極真面目に、

「内容は……。最初だし、『鬼ごっこ』でいこうか」

誰もが知るであろう、子供の遊びを提案したのであった。




ここから後書きです。

どら焼きってなると、どうしても某猫型ロボットが頭に浮かびます。昔馴染みの奴とよく「ひみつ道具を1つだけ貰えるとしたら何がいい?」って話になった時、そいつは毎回「でんでんハウスの一択だろ」という引きこもりまっしぐらな発言をしてました。私は毎回答えが変わってました。今ではほんやくコンニャクが欲しいです。


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第92話「にゃお」

地木隊のトレーニングルームは2種類ある。

 

1つは障害物も何もない、フラットかつシンプルなステージ。天音が復帰する際に勘を取り戻すためにモールモッドを使って訓練した場所であり、主に新技の特訓や連携の動きの確認をするために使う部屋である。

 

しかし三雲が特訓のために連れてこられたのは、もう1つの方の部屋だった。

 

その部屋を見た三雲の第一印象は、「柱の森」だった。7〜8メートルほどの柱が何本も乱立し、柱から伸びる複数の枝のようなもので近くの柱同士が接続されていた。どことなく電信柱を思わせるものがあった。柱同士の間隔は数メートルで不均一、そして伸びている枝も地面と平行というわけではなく、多少の傾きがあった。枝の太さはまちまちで、足場にできそうなほどの太さのものもあれば、鉄棒のようにちょうど手で握れる程度の太さのものもあった。

 

「……変わったトレーニングルームですね」

思わずと言った様子で三雲が呟くと、

「面白そうでしょ?あみだくじを立体にしたイメージで設計したんだよ!」

彩笑がなぜか誇らしげに、自慢するように答えた。

 

月守も天音もその隣に並び、言うまでもなく全員トリオン体である。3人が並んだところを見て、三雲は遅まきながら彼らの隊服が見慣れないものであることに気づいた。

 

普段のランク戦で着ているような黒いジャージでも、大規模侵攻の時のログにあった軍服のようなものでもなく、白のパーカーと、黒のジャージ地の細めのボトムスに、ブーツだった。パーカーは全体が白いわけではなく、肩から手首までの袖の部分と背中と脇の部分が黒く、モノトーンな色合いだ。ぱっと見、白いパーカーに黒い上着を羽織っているようにも見えるデザインで、独特な色の塗り分けを除けば、左胸の部分にボーダーのエンブレムが刺繍されているだけの、普通のパーカーに見えた。

「もしかして、隊服をリニューアルしたんですか?」

三雲が質問すると、彩笑は待ってましたと言わんばかりににっこりと笑い、

「そうそう!ミックたちの隊服見て、新しいの欲しいっ!ってなって作ったの!ミック、どう?」

その出来栄えを三雲に尋ねた。

 

良し悪しは正直分かりかねたが、彩笑がとても楽しそうにしている姿を見た三雲は空気を読み、無難な回答を選ぶ。

「はい、とても良いと思います」

「でっしょー!」

隊服デザインの原案を出した彩笑はことさら嬉しそうに破顔して、それに釣られて三雲も笑みをこぼした。

 

「変に色加えちゃうと、ボクらの中でも似合う人と似合わない人が出ちゃうから、色は無難にモノクロにしたの!あと、パーカーのサイズはすごいこだわったよ!わかる?このダボダボしすぎないけどゆとりがある、絶妙のサイズ感!それとね、ポケットの位置とか角度も、自然と手がスッと入るように調整したんだよ!パーカーでだいぶ遊んじゃったから、下はシンプルにジャージタイプにしてバランス取ったよ!細身丈だから、脚のシルエットが分かりやすくて良いでしょ!」

速射性の高いマシンガンばりに続く彩笑の隊服紹介を、三雲はひたすら受け続ける。なお月守はデザインが確定した時に似た攻撃に晒されており援護する気力はなく、屈伸や肩を回すなどの準備運動をしながら彩笑の弾丸が切れるのを待つ構えを見せていた。

 

「でも何より、1番見てほしいのはフードのデザイン!」

そう言ってフードを被った彩笑を見て、三雲は彼女が言わんとすることを理解した。

「ネコ……、ですか?」

白いフードには2つの三角形、いわゆる猫耳が付いていた。彩笑が自慢げにアピールするパーカーは、猫耳だったのだ。

「どうかな?かわいいよね?」

被ったフードの猫耳を両手で触りながら、彩笑は満面の笑みを見せる。

 

可愛いか可愛くないかと問われたら、可愛いだろうと三雲は思った。元々小柄な彩笑が猫耳パーカーを被ったことで、一層小動物っぽさが増したように感じて、より愛嬌が加わって見えたのだ。

「はい、かわいいと思います。ただ……」

三雲は素直に感想を告げるが、1つの懸念が頭をよぎり、その懸念の先へと視線を向ける。

 

ぎぎぎ、と、軋む音が聞こえるかのようにゆっくりと首を動かして視線を向けた先にいるのは、淡々と準備運動をしている月守と天音だった。

彩笑がデザインしたというこのパーカーは、本人の言を信じるならば新しい隊服なのである。隊服である以上、男女や体格の差で多少の違いはあれどもデザインは共有されているはずなのだ。

 

ということはつまり、

「……その、もしかして月守先輩や天音さんも、猫耳……、なんですか?」

地木隊全員が猫耳パーカーの可能性があるのだ。彩笑の猫耳パーカーは本人の外見や性格上違和感なく受け入れることができた三雲だが、月守や天音もそうだとは限らない。もし仮に、月守も猫耳パーカーだとして、それを被ったまま戦いのレクチャーをするとなると、猫耳に意識が向いて、きちんと話を聞いていられる自信が無かった。

 

しかしそんな三雲の心配を、

「えー?そんなわけないじゃんっ!」

そう言って彩笑は笑顔で切り捨てた。

 

「第一さ、ミックは咲耶に猫耳が似合うと思うの?」

「ええと……、その、地木先輩以上に似合うということは、無いと思います」

「でしょ?」

話しながら彩笑は三雲のそばを離れて、少しずつ月守と天音のそばに近寄っていく。

「さすがにボクだってさ、似合わないのを分かってて咲耶に猫耳をつけるなんてことはしないよ!いくら同じチームの隊服って言っても、デザインが全く同じじゃなきゃダメなんてことはないからね!その辺は考えてるもん」

彩笑は最もらしい言い分を語り、三雲の心配を払拭していく。

 

何はともあれ、三雲は猫耳月守から教えを請うというシチュエーションを避けれたことに安心して、ほっと胸を撫で下ろす。

 

三雲が安心しきったそのタイミングで、彩笑はこれまた楽しそうに笑い、準備運動をしている月守の背後に回ってフードに手をかけ、

「だから、ほら!咲耶のは犬耳にしたんだよっ!」

月守の頭にフードを被せながら宣言して、三雲に精神的な不意打ちを仕掛けた。

 

「なっ……っ!」

月守with犬耳を見た瞬間、三雲の全身から冷や汗が吹き出した。次いで、何かを口走ろうとする口を、必死になって三雲は閉じる。

軽はずみに言ってはいけない、口にする内容は吟味しなければいけない、いやむしろ下手に話すなと、三雲の脳内は全開でアラームを鳴らしていた。

 

今の三雲の状態は、例えるなら『尾行に気付かれかけた探偵』である。追跡の最中にうっかり物音を立ててしまい、相手が振り向いて無言ながらも警戒心を向けている状態だ。ドラマなどのフィクションの世界には往々にして訪れる場面であり、大抵は相手が、

「……気のせい、か」

などと言って警戒心を解き、一安心するのがお約束だ。

 

三雲の心境は限りなくその時の探偵に近い。今はまだ大丈夫だが、何かもう一押しされてしまったら耐えられなくなる……、そんな心境だ。

 

窮地に立つ三雲の心境を見抜いたのか、別の思惑があったのか。月守はそんな三雲に向けて、至極真面目に、

「わん」

と言い放って止めを刺した。

 

ああ、これはダメだ。もう笑ってしまう。

 

三雲がそう思った瞬間、

 

『あっはははははっ!つきっ、月守先ぱっ、犬耳、似合わな…っ、あはははっ!』

 

一連の光景を作戦室から見てたであろう真香が、耐えきれなくなって笑い始めた。

 

盛大に笑う真香の声をBGMにして、月守は肩をすくめながら彩笑に話しかける。

「デザインの段階から言ってたけど、やっぱり俺の犬耳はやめた方が良くないか?」

「えー?似合ってるのに?」

「真香ちゃん大笑いしてるし、三雲くんだって顔背けて必死に笑い堪えてるところを見るに、似合ってるとは言えないと思うんだけど?」

「それはあれでしょ、咲耶の『わん』がちょっとツボっちゃっただけじゃないの?」

「今さっき真香ちゃんははっきり『似合わない』っていった気がするけどな」

「気のせい気のせい!」

 

笑い続ける真香と、なんとか笑っているのを見られないようにしている三雲をよそに、彩笑は今度は天音の後ろに回り、

「じゃあさじゃあさ!神音ちゃんのはどう思う!?」

そう言いながら、月守にしたのと同じように天音にフードを被せた。

 

天音のフードは猫でも犬でもなく、耳の長さが特徴的なウサ耳だった。

 

月守が天音のウサ耳フードについて発言するより早く、天音が珍しく彩笑に抗議した。

「あの、地木隊長……、その、私のパーカー、は、普通のやつ、だって、言って、た、のに……。うさぎさんだなんて、聞いてない、です……」

「うん!神音ちゃんにビックリして欲しかったから言わなかった!」

「うー……、なんで、うさぎさん、に、したんです、か?」

「似合うと思ったから!」

悪びれもせず言い放つ彩笑を前にして、天音はわずかにたじろいだ。

 

別に、天音とて兎そのものが嫌いというわけではない。自身の星座でもあるし、野菜をもぐもぐと食べる姿に愛くるしさだって感じるし、小さくてモフモフとした身体を抱っこしてみたいとも思う。

 

だが、自分で兎に扮するのは話がまるで別である。似合う似合わないという話ではなく、純粋に恥ずかしいのだ。天音神音は無表情ではあるが、無感情ではない。少し話すのが苦手で、運動神経が多少優れているだけの、普通の女の子なのだ。

 

そしておそらく、3人の中では天音が1番正常な反応を取っている。少なくとも、いくら似合っている確信があるとはいえ躊躇いなく猫耳を装備したり、何の意図があるにせよ犬耳を装備して真顔で『わん』と言い放つ2人よりは、まともであろう。

 

自分の気持ちをどう言えば分かってもらえるか、天音がそれを思案する間に、彩笑は再び月守に問いかけた。

「咲耶どう?神音ちゃんのウサ耳パーカー、可愛いよねっ!」

彩笑の行動に、天音は一筋の希望を見出した。先ほどの会話で月守は自身の犬耳に疑問を持っていることが明らかであるため、同じように自分のウサ耳パーカーにも似たような反応をしてくれるはずだと、天音は思ったのだ。しかし、

「可愛いか可愛くないかだったら、間違いなく可愛いと思うよ」

月守の答えは無情にも天音のウサ耳を肯定するものだった。

 

「あう……」

まさかの反応に天音の口から、なんとも言えない声が出た。否定して欲しかったが、可愛いと言ってもらえたのは嬉しいという、複雑な心境だった。

 

月守からの可愛いのお墨付きをもらった彩笑は「でっしょー?」と言いながらニヤニヤとしたドヤ顔をしてみせる。だが月守はそこへ、

「可愛いけど……、これだとバッグワームのフードが被りにくいだろ」

可愛いと認めた上で構造的欠陥を指摘する。

 

レーダーから反応を消すオプショントリガー『バッグワーム』は展開すると外套やポンチョの形態に近く、フードも付いている。被ることで性能が変化するわけではないが、天候によっては気休めとして被る隊員がいる。彩笑が考案した動物耳パーカーでフードを被ろうとすれば、彩笑や月守のような猫や犬などの小さな耳ならまだしも、天音のウサ耳パーカーはその長い兎の耳が邪魔になってバッグワームのフードが上手く被れないようになっていた。

 

もっともらしい指摘だが、彩笑はそんなのは折り込み済みだと言わんばかりに反論した。

「バッグワームのフードを被らなきゃいいじゃん」

「この前みたく雪とか降ってたら被りたくなるだろ?」

「その時はウサ耳の方を被ればいい!」

「隠密行動してる時にウサ耳は主張が強すぎないか?」

「うぬぬ……」

反論は速攻で潰えた。彩笑としてはウサ耳パーカーの天音の可愛いを主張したいという思いがある一方で、それが実戦で足枷になってしまうのはダメであるという、まともな思考も一応あった。

 

2つの思いが心の中で対立した結果、

「真香ちゃん!咲耶が正論で殴ってくる!」

という捨てゼリフを残してトレーニングルームから退出して、真香に助けを求めに行くという手段に出た。

 

彩笑の行動を見て、

「正論で殴って何が悪い!つか、トレーニングするって言ってんのに逃げんな!」

月守はこれまた正論で反撃してから、逃げていった彩笑を追ってトレーニングルームを出て行った。

 

*** *** ***

 

「………」

「………」

彩笑と月守が出て行った後、トレーニングルームに残された天音と三雲は無言だった。正直なところ、2人が居なくなった時点で三雲は笑いを堪える状態からなんとか復活していたのだが、2人を追いかけたところで自分にできることはないだろうと判断して、トレーニングルームに残ることにした。

実際、2人の揉め事は明らかにチーム内のイザコザであるので、部外者である三雲が出しゃばっても解決することはない。

そのため三雲は、トレーニングルームに残るという選択をしたことを間違ったとは思っていない。しかし、2人きりの空間で無言なのは精神的に辛いものがあった。

 

トレーニングルームに乱立する柱の1つに背を預けてしゃがみながら、手持ち無沙汰そうに両手を閉じたり開いたりを繰り返している天音を見て、三雲は意を決して話しかけた。

「えっと……、天音さんは、2人を追いかけないんですか?」

天音は視線を三雲に合わせて、感情を読み取らせない無表情で見返してから答える。

「……追いかけよう、とは、思ったん、です、けど……、タイミング、逃し、ました」

「あ……、そう、だったんですね」

「うん」

 

しかし会話はそこであっさりと途切れた。元から会話が上手いとは言えない天音のせいでもあるが、そもそもお互いに共通する話題が何なのか分からずにいたため、会話を弾ませるのはなかなか難しかった。だが、それでも三雲は、天音と会話を試みた。話しかけてくることはないようだが、こちらから話す分には天音は答えるため、とにかく自分から会話を仕掛けて彩笑と月守が戻ってくるまで何とか間を繋ごうとした。

「……天音さんは、どうしてボーダーに入ったんですか?」

「…去年、クラスの人に、誘われて……。何人かで、一緒に試験、受けました」

「友達に誘われたからなんですね」

「んー……、友達……、だったの、かな……。試験、私だけ、合格して……、それ以来、話して、ない、けど……」

「それは……」

返答に困る内容が返ってきて、三雲は話題のチョイスを間違えたかと思った。

 

どう答えるか迷っていると、今度は天音が三雲に話しかけた。

「三雲くん、あの……、よかったら、地木隊長たちが、戻ってくる、まで……、私の、準備運動に、付き合ってもらっても、いいです、か?」

天音とて多少の気まずさは感じており、それゆえの提案だった。三雲も、手探りで会話の内容を探すよりはまだ楽かもしれないと思い、天音の提案を受け入れることにした。

「わかった。ええと、それでぼくは、何をすればいい?」

「んー……」

思案しながら天音はゆっくりと立ち上がり、弧月を展開した。

「んっと、それじゃあ、レイガスト、展開して、ください。チャンバラ、しましょう」

「チャンバラ……?」

天音の口から出てきた少し予想外の言葉に驚きながらも、三雲はレイガストを展開する。

「はい。えーと……、軽く剣を、振って、防いで……、お互いに、それの、繰り返し、です。剣は、相手が防げる、くらいの、力加減と、速さで……もし、当たりそうに、なったら、寸止めで、お願い、します」

「防げるくらいの攻撃で、当たりそうになったら寸止めだね」

「はい」

天音は言い終えると同時に、一足一刀の間合いを整えて、構えた。左半身を前にして左片手持ちで弧月を構えた天音に倣い、三雲も構える。普段なら右手はアステロイドをいつでも使えるようにフリーにしているが、今回はブレードのみということもあり、レイガストを両手で持って中段に構えた。

 

「じゃあ、行きます」

三雲の構えが整ったのを見てから天音は宣言し、軽く踏み込んで剣を振るった。横薙ぎによる一閃だが、動き出しが緩やかであるため、三雲はそれを落ち着いてレイガストで防ぐ。威力も速さも足りない斬撃だったが、2人のブレードがぶつかると同時に小気味好い音が響いた。

 

「次、どうぞ」

「はい」

天音の言葉に従い、三雲も軽くレイガストを薙いで天音に斬りかかった。それを当然のように弧月で受太刀した天音は、

「こんな、感じ、です。テンポ良く、いきます、ね」

チュートリアルが終わったことを告げて、滑らかな動きで反撃に転じ、再度単発の斬撃を三雲に浴びせた。それを防いだ三雲もまた、同じように反撃に出て、天音も同じ工程を繰り返す。

 

少しずつ攻防の速度が上がるが、互いにするべき行動が明確であるため淀むことなく斬撃と受太刀の応酬が続く。追い風に乗って自転車を漕ぐ時のように苦もなく速さが出ているため、不意にも三雲はこの準備運動が楽しいと思えた。

 

「三雲くん、楽しそうな顔、してます。楽しい、ですか?」

「はい。楽しいですし、思った以上に、自分が動けるような、感じがします」

攻防のリズムに合わせて天音が問いかけて、三雲もまた動きのテンポに乗るようにして答えて、そのまま会話が続く。

「だったら、良かった、です。この打ち合い、地木隊長は、『餅つきみたいだね』って、言って、ます」

「ああ。言われてみれば、餅つきみたいな、リズム感がありますね。地木隊は、いつもこの準備運動を、してるんですか?」

「んー…、時々、ですね。いつもは、私が1人で、ずっと、素振りしてたり、とかです。そもそも、普通なら、準備運動、あんまり、いらない、ですし」

 

天音の言うように、トリオン体での準備運動は効果が薄い。生身ならば準備運動によって身体を温めたり、筋肉に柔軟性を与えることで不要なケガを防止したりパフォーマンスを向上させることができるが、トリオン体はその辺りの勝手が違った。気休めであったり、生身の時の習慣で準備運動をすることはあっても、それでトリオン体の性能が上がるというわけではない。

ルーティンとして確立させるなら話は別だが、天音にとってはそれとはまた違った意味合いで準備運動が必要であった。

「前に、病院で会った、時、アスターシステム、のこと、言いました、よね?」

確認するように天音が言い、三雲はその時の記憶をなぞって彼女の病気と、それを抑えているというアスターシステムについて思い出した。

「確か……、天音さんの病気を、抑えてるもの、でしたね」

「うん。その、アスターシステムは、病気と、一緒に、私の、トリオン体の、動きにも、少し、制限を、かけてて……。だから、私は、イメージした、動きと、実際の、動きに、ちょっと、ズレが、あるん、です」

「あ、もしかして……。そのズレを、準備運動で、確認してるん、ですか?」

「はい、正解、です。だから、多分、……、準備運動、よりも、試運転の、方が、意味が近い、です」

 

天音が行う準備運動の意味を理解した三雲だったが、説明を受けている間にも互いの攻防は加速し続けて、説明が終わる頃には会話に意識を割くのが難しくなるほどの速度に達した。

 

これ以上速くなると流石にミスしそうだと、三雲が思った矢先、

「ただいまー!」

満面の笑みを浮かべた彩笑と、苦笑いを浮かべた月守がトレーニングルームに戻ってきた。

 

戻ってきた2人に三雲が意識を向けた、そのタイミングで、

「準備運動、終わり、です」

そう言った天音が、ここまで作ってきたテンポから外れる速さで踏み込んだ。そして天音が放った攻撃が、三雲が持つレイガストに当たった次の瞬間、レイガストが高く舞い上がった。

「……え?」

一瞬呆気にとられた三雲を横目に、天音は落ちてきたレイガストの持ち手をキャッチした。

「わ……。やっぱり、レイガストって、重い、ですね」

天音はいつも使う弧月よりも重みがあることを確かめるように言った後、

「ありがとう、ございました」

お礼の言葉と共に三雲にレイガストを返却した。

 

「あ……、いえ、こちらこそ」

受け取った三雲は、小走りで彩笑と月守のそばに駆け寄っていく天音に向けていた視線を、自分の手とレイガストに合わせる。

(今のは、なんだったんだ……?強く弾かれたとかじゃなくて……、何か変な力で()()()()()()()みたいな……)

その両手には斬撃と共に伝わってきた力の感触が気味悪く残っていた。

 

三雲は自分の手からその感触が消えていくのを感じながら、地木隊で交わされる会話の中から「デザインそのまま」や「でも耳は要検討」といった言葉を耳で拾っていた。




ここから後書きです。

本作の序盤で、彩笑が問題児扱いされてる的なこと書いたんですけど、それは多分今回みたいなことをするからだと思われます。ちなみに、彩笑はしっかりと真香のパーカーもデザインしてます。フクロウだそうです。


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第93話「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」

隊服についてひと段落ついたところで、彩笑と月守は三雲の前にならんで深々と頭を下げた。

 

「三雲くん、こっちの事情でトレーニングの開始が遅れてしまって、非常に申し訳ない」

「ミックごめんね〜」

月守と彩笑がそれぞれ謝り、

「いえ、大丈夫です」

と三雲の許しの言葉をもらってから、本格的に三雲のトレーニングが始まった。

 

「最初に言ったけど、やることは鬼ごっこだからね。鬼ごっこで三雲くんの実力とか色々確認して、それでいて俺の中にある『シューターが点を取るために必要なこと』を伝えようと思う」

「は、はい……」

返事をする三雲だが、今の月守の説明だけでは具体性に欠けるところがあり、内心では多少の不安が渦巻いていた。

 

そんな三雲の心境を知ってか知らずか、月守は淡々と説明を進行する。

「メンバーは俺と神音と三雲くんの3人と、彩笑1人でいこう。制限時間はとりあえず3分で、範囲は当たり前だけどトレーニングルーム内のみ。普通の鬼ごっこならタッチは当然手だけなんだけど、今回のトレーニングはトリガー有りで、それにもタッチの判定が入る」

そこまで言った月守は、今一度視線を三雲に合わせた。

「それで確認なんだけど……、三雲くん、君はアステロイドの威力・弾速・射程の割り振りは100分割式でやってるのかな?」

「はい」

「よし、なら俺と同じだ。今回、俺と三雲くんが使えるトリガーはアステロイドだけ。しかも、威力は34、弾速と射程は33でキューブの分割は8分割で固定ね」

「えーと……、威力が34、弾速と射程が33で、キューブの分割は8個、ですね」

「そう」

トリガーに縛りがあるルールを三雲は受け入れながらも、そこにある意図が何なのかを模索する。

 

だが三雲の思考がまとまるより早く、月守の口は説明を再開させた。

「神音は……、セットしてる攻撃トリガーは、弧月、ハウンド、メテオラだよね?」

「はい」

「だよね。3人で弾トリガーだと偏るから、神音は弧月でお願いしていいかな?」

「りょうかい、です」

「うっかり旋空使わないようにね」

「う……、気をつけ、ます」

からかうような笑顔で月守は天音に釘を刺して、最後に、

「彩笑はいつも通りで」

彼らを率いる小さな隊長にそれだけ言い、

「オッケー!」

彩笑は曖昧な言葉の中身を確かめることなく、笑顔で答えた。

 

月守が語る『いつも通り』の内容は、地木隊メンバーなら問題なく分かっても、今回が初参加になる三雲はその中身を知らない。だから当然、その詳細を知るべく尋ねた。

「えっと……、地木先輩のいつも通りっていうのは、スコーピオンだけってことですか?」

ここまで使えるトリガーは1人1つという制限だったのを考慮しての三雲の発言だったが、それを聞いた月守はキョトンとした表情で数回瞬きをしてから「1番肝心なこと言い忘れてた」と前置きして、この鬼ごっこの最も基本的なルールを語った。

 

「普通、鬼ごっこって鬼の方が少ないけど、この鬼ごっこはその逆。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが勝利条件だ」

「……え?」

 

ボーダーが誇る最速クラスのアタッカーに、一撃当てる。それが地木隊が行う変則式の鬼ごっこだった。

 

その内容を理解した三雲は、視線を月守から彩笑に移した。

(流石にぼくたち3人の方が有利なんじゃ……)

そう思いながら三雲が彩笑を見ていると、2人の視線が交差し、その直後に彩笑が好戦的な笑みをこぼした。

「ミック〜?ボクは全力で逃げるから、頑張って捕まえてね!」

言うや否や、彩笑は持ち前の敏捷性で素早く跳躍し、素早く3人から離れて、トレーニングルームに乱立している柱を登る。思い切りが良く、不均一な太さの足場への不安などはまるで感じさせない動きだった。そのわずかな動きだけで、このトレーニングルームでいかに長く修練を積んだのか垣間見えるものがあった。

 

トレーニングルームの中央部分にある柱から伸びる、1番太い枝の上に立った彩笑は、右手にスコーピオンを展開した。

「じゃあ始めるよ!スコーピオンを投げるから、それが地面に落ちたらスタートで!」

言い終えた彩笑は3人の返答を待たずに、右手に持った片刃のスコーピオンを軽く放り投げた。クルクルと回転しつつ、緩やかな放物線の軌道で落ちてくるスコーピオンを見て、月守は指示を出す。

「三雲くん、一応この鬼ごっこにもセオリーがあるんだけど、最初だからそれは無視していい。自分なりに、どうすればあの最速アタッカーに攻撃を当てれるか考えて動いてくれ」

それは指示というにはあまりにも大雑把で、中身など無いようなものだった。

 

指示の内容に不満にも近い疑問を覚える三雲だが、それを口に出す暇などなかった。彩笑の投げたスコーピオンが地面に当たり、甲高い開戦の音を奏でた。

 

 

 

開戦の瞬間、地木隊の3人は一斉に動く。

 

鬼側である天音は一瞬だけ態勢を沈めた反動で踏み込んで彩笑まで最短距離を駆け、月守は右手を掲げて素早くキューブを生成して8個に分割した。

三雲は隣にいた2人の動き出しに思わず目を向けてから、慌てて彩笑の方へと視線を戻した。だが、一瞬前までいたはずの場所に彩笑の姿は無く、三雲の視線は宙を彷徨う。そして、そんな三雲をおちょくるかのように、

 

「おーにさーんこーちらっ!手ーのなーる方へ!」

 

三雲と月守の後方で、手を叩く音と共に彩笑の声が聞こえた。

 

(速っ……、というかどうやって移動をっ!?)

三雲が振り返って彩笑の姿を視界に収めると同時に、月守が攻撃に出た。

「アステロイド!」

8個に分割したアステロイドを横一閃で撃つ。彩笑はそれに対して、足元にグラスホッパーを展開して、素早く踏み込んで跳躍してアステロイドを躱す。

 

月守はキューブを再度生成しながら彩笑との間合いを詰めるが、それより早く、天音がたどり着いた。天音は開戦と同時に移動した彩笑を一瞬見失ったものの、その後すぐに2人が背後を取られたことで位置を把握し、乱立している柱や枝を足場にして移動して、彩笑の跳躍先へと先回りすることに成功した。

 

2人の目線の高さが合い、視線が交錯する。天音はその流れのまま抜刀して彩笑に斬りかかるが、

「いい読みだねっ!」

彩笑はその一振りを、空中で躱した。彩笑は跳躍してすぐに視界の端の影で天音の存在を認識した。それから再度グラスホッパーの用意をして自身の目の前に展開し、天音が弧月を振り切る前にグラスホッパーに触れて後方に跳んだのだ。

 

彩笑はそのまま柱から伸びる枝の一本に着地して、態勢を整える。その間に月守はキューブを近くに展開したまま天音の真横を通る形で柱を登り、月守が通り過ぎた直後に天音は彩笑への追撃を開始した。

 

2人の行動を見て、彩笑は瞬時に相手の狙いを見抜く。

(神音ちゃんが追跡かけて、咲耶が上から狙う形かな)

続いて、それに対してどう動くか思案する。

(上取られるのは厄介なんだけど、ボクがそれに対策かけちゃったらミックがますます何もできなくなっちゃうなぁ……)

そこまで考えた彩笑は、チラッと一瞬だけ、視線を三雲に向けた。柱や枝を使わず、天音の影に隠れる形で走っている姿を見て、

(ミックも追撃狙い、かな?まあ、お手並み拝見だ)

そう予想を立ててから、移動のギアを1段階上げて逃走を再開した。

 

*** *** ***

 

地木隊作戦室で修行という名目の鬼ごっこが行われている頃、年末年始ぶりに自宅に帰っていた不知火花奈は重たい瞼を面倒くさそうに持ち上げた。

 

(……あー……、やっぱり家はいいなぁ……。静かだし、落ち着く……)

 

覚醒しきってない頭でし帰れる家のありがたみをしみじみと噛み締めた不知火は、そのまま二度寝してしまいたい欲に負けそうになる。しかし微睡みに落ちかけたところで、

 

(……そういえば、あの子が朝ごはんを……、サンドイッチを作ってくれたんだっけ……。食べなきゃなぁ……)

 

月守が用意してくれた朝食の存在を思い出し、布団を蹴飛ばしてベットからもぞもぞと降りて、リビングへと向かった。

 

裸足でペタペタと歩く度に伝わってくるフローリングの冷たさに身震いしつつリビングに辿り着くと、テーブルの上に用意されたタマゴサンドが目に入った。

 

「んぁー……。朝起きて、ご飯が用意されてることが……、こんなに幸せだなんて……」

 

テーブルに着いた不知火は手と心の中でそれぞれ合掌して月守に感謝の念を送ってから、「いただきます」と小さな声で呟いてからサンドイッチを食べ始めた。

王道とも言える卵サラダタイプのタマゴサンドを食べながら、不知火は今日は何をしようかなと考える。

(買い物でも行くか……、あーでも、今日、日曜日だから絶対混むなぁ……。でもお酒あんまり無いし、夕方とかにそれだけ買いに出かけて……、それか久々に飲み屋に顔出すかなぁ……)

もっもっも、とした口の動きでサンドイッチを咀嚼する不知火の脳内は寝起きにも関わらず酒で埋まりかけていたが、そのタイミングで不知火のスマートフォンに着信が入った。

 

「んあ?」

 

仕事用とプライベート用でスマートフォンを使い分ける不知火は、着信音で仕事用の方に連絡が来たことを知り、食事を一旦中断して寝室に置きっ放しだったスマートフォンを手に取った。画面に表示されている「サンダー寺島」という名前を確認した不知火は、少し思案してからイタズラっぽい笑みを浮かべてから電話に出た。

 

「わらひら」

『あ、副長お疲れさまっす。休暇中にすみません』

「てらひら〜、やすみ中に、でんわしれふるほわ、らりほほら!」

『あ、酔っ払った演技とかいいんで、要件言っていいっすか?』

「ちぃ、見抜かれたか。少しくらいは動揺して欲しかったが……。それで、要件は?」

 

同僚として不知火の性格を把握している寺島雷蔵はその演技を見抜き、電話越しに要件を告げた。

 

『えーと、なんか副長宛に荷物届いてて、副長の部屋の前まで持っていきました。木箱っす』

「おっ!やっと届いたね!」

その荷物に心当たりがあった不知火は嬉々とした声色で答える。

「よし、サンダー寺島。ワタシはこれから本部に向かう。その木箱にはそれ以上触れないように」

『わかりました』

今日の予定が一気に出来たことに喜び、不知火はまるで子供のような純粋な笑みをこぼす。そして最後に、

「それと……、ワタシが本部に着くまでに、『やつ』を起こしておけ』

そう言って寺島からの電話を切った。

 

寺島が伝えてくれた木箱の中身を、不知火は確信していた。知り合いのツテを辿って届けてくれるように手配したもので、ここ数日はそれが届くのが楽しみで仕方なかった。

「……さて、それじゃあ、急いで本部に向かおうかな」

自分に言い聞かせるように呟く不知火の顔は、ほんの数分前とはまるで違った。

久しぶりに獲得した休日をどう過ごそうかとぼんやりと考えていた気の抜けた顔から、やるべき事を見つけた仕事の時の顔に、完全に切り替わっていた。

 

そこからの不知火の行動は素早く、残ったタマゴサンドをあっという間に平らげてから外出の準備を始め、電話を受け取ってから1時間もしない内に自宅を出ていった。

 

 

なお、その日の夜。帰ってきた月守が、

「服くらいちゃんと洗濯カゴに入れといてって言いましたよね!」

服が脱ぎ散らかされた現場を見て、まるでオカンのように不知火を叱るのだが、それはまた別の話。

 

*** *** ***

 

結果からすると、鬼ごっこは彩笑の圧勝だった。

1回3分の勝負をインターバルを挟みつつ5セット行ったが、彩笑はその間、3人の攻撃を全て躱しきった上に、

「〜♪〜〜♪」

満面の笑みで鼻歌を歌う余裕すらあった。

 

余裕綽々な彩笑だが、その一方で、負けた側である3人はそれなりに疲労していた。中でも、初めてこのメニューに参加した三雲の疲労具合が顕著で、

「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」

膝に手をついて、盛大に息切れしていた。本来トリオン体ならばよほどのことがない限り息が切れることは無いのだが、激しく動いた直後だと生身の感覚を引きずって息切れする隊員は、一定数存在している。

 

そんな三雲を見て、彩笑は心配そうに声をかける。

「ミック〜?大丈夫〜?」

「あ……、はい。だいじょうぶ、です……」

なんとか答えた三雲は顔を上げて彩笑の姿を視界に入れるが、視認すると同時に首を傾げた。

 

今、4人がいるトレーニングルームはトリガーとコンピュータの技術を組み合わせて作られた仮想空間である。空間内では生体エネルギーであるトリオンをいくら使っても枯渇しないなど、現実の空間とは多少の差異はあるものの、おおよそ大体の現象は現実のものが再現されている。

そして当たり前だが、この空間にも当然のように重力が作用している。重力がまともに作用している以上、人は地面に足をつけて立つことが出来るのだが、彩笑の現状は、それに反していた。

 

「えっと……、地木先輩、()()はどうやってるんですか?」

 

柱から伸びた枝の1つに立つようにしてぶら下がる彩笑に、三雲は思わず問いかけた。彩笑はまるでコウモリのように頭を下にした状態で、なおかつ足は普通に立っているように枝にペタリと接触させるだけで、落ちることなく態勢を維持していた。

 

突っ込みに近い質問をされた彩笑は、重力に従ってダラリと垂れる髪の毛を指先で弄りながら、「待ってました」と言わんばかりのニンマリとした笑みを見せた。

「えへへー、どうミック?すごい?」

「えーと……、はい。すごいと思います」

「あっは!ありがと!」

 

素直に仕組みが知りたかった三雲としては、屈託のない笑顔を浮かべた彩笑にそれを再度尋ねるのが気が引けたが、それを察した月守が三雲の隣に並んで、天井に立っている仕組みの説明を始めた。

「モールクローの応用だよ。あの枝の中にスコーピオンを根っこみたいに張り巡らせて、身体を支えてる」

「あ、なるほど……」

「ついでに、スコーピオンの形態を鉤爪みたいにすれば支えられないけど、出し入れと足の動きを合わせれば壁を登れるらしい」

「なんか、忍者みたいですね」

「あれだけ騒がしかったら忍者には向かないだろうね」

 

そう言って月守はわずかに乱れた息を整えてから、三雲に尋ねた。

「さて……、三雲くん。率直に訊くけど、この鬼ごっこをやってどう思った?」

「え……、どうと言われても……」

「何でもいいよ。君が素直に思ったことを、そのまま言ってくれれば」

思ったことを素直に言うようにと月守は言うが、その漠然とした質問に対して、何をどんな風に答えればいいのか分からず、三雲は悩んで口を閉じた。

 

そんな三雲を見て月守は小さく笑い、質問の内容を言い換えた。

「……じゃあ、質問を少し変えよう。さっきの鬼ごっこで……、当てれそうだ、とか、惜しい、って思えた局面はあったかい?」

「あ……、それなら、ありました」

質問された三雲の脳裏によぎったのは、鬼ごっこ4本目の終盤の攻防だった。

 

 

 

 

三雲が撃ったアステロイドを彩笑は柱を駆け上がるようにして躱したが、その先には動きを先読みしたのか別の攻撃を仕掛けようとしていたのか、彩笑の上を陣取っていた天音がいた。

()り、ました」

「やっば!」

跳躍してきた彩笑に向けて淡々と弧月を振り下ろす天音だが、それに気づいた彩笑は右手に持ったスコーピオンで斬撃をいなすように受けて応戦する。

細い足場を飛び回りながら剣を交える2人だが、その攻防は長くは続かなかった。

 

「アステロイド」

彩笑の下方にいた月守がその一言と共に、円周上に仕込んでいたアステロイドを放った。彩笑は下から迫ってくる8発のアステロイドを察知して、天音からバク宙で距離を取りつつ展開したグラスホッパーを踏みつけて真下へと跳んだ。

 

アステロイドと天音からの斬撃の2つを回避してみせた彩笑だが、攻撃はそこで終わらない。

「ん」

真下へ急降下していく彩笑目掛けて、天音は弧月を全力で投擲した。唸りにも似た風切り音を上げながら弧月は彩笑に迫る。天音からの遠距離攻撃は無いと踏んでいた彩笑だったが、寸前で攻撃に気付いて慌てて空中で身体を捻ってスレスレで弧月を避けて、思わず視線を天音に向けた。

 

「あっぶ!ないっ!」

思わず叫ぶ彩笑の声と重なるように、

『トリガー臨時接続』

無機質な電子音が響いた。

天音が投擲の動きを始めた時点で月守は動き、彩笑がギリギリで避けた弧月を掴み取り、攻撃の構えに入っていた。

 

それはまるで、詰将棋のような、演舞のような、決まった流れをなぞっているようにスムーズな攻防だった。一連の動きを外からモニターしていた真香は、流石にここで決まると半ば確信した。

 

だが。

攻撃の選択肢を消された状態の彩笑は、

回避のみに選択肢を絞られたボーダー最速のアタッカーは、

誰もが詰んだと思えるこの状況すら覆してみせた。

 

月守が手にした弧月を、落ちてくる彩笑に向けて振るった瞬間、

「よっと!」

彩笑はまるで地面に受け身を取るかのように左手を差し出した。その手の先には、動きと並列してグラスホッパーが展開されており、伸ばした手がグラスホッパーに触れて、空中での跳躍を可能にした。彩笑が空中で取ったモーションはきちんと回避として成立し、落ちてくることを疑っていなかった月守の刃は虚しく空を切った。

 

「マジか……っ!」

攻撃が当たるのを確信していた月守の口から、思わず悔しそうな言葉が漏れ、それを聞いた彩笑は「どんなもんだい!」と言いたげなドヤ顔を見せる。

 

天音は唯一の武器を手放し、月守も渾身の一撃を外した。完全に攻撃が終わったと彩笑は思ったが、そんな彩笑のすぐそばを、トリオンキューブが駆け抜けていった。

 

「っ!」

「あっ!」

 

彩笑が驚くのと同時に、千載一遇の攻撃を外した三雲が思わず声を上げた。

 

その状況を、三雲は狙ったわけではなかった。ただ3人の流れるような攻防の中で、自分がたまたま彩笑の死角になる場所にいて、そのタイミングで偶然彩笑に大きな隙ができたから、アステロイドを撃った。しかし、距離や、動き、的の小ささ、制限されたアステロイドの設定など、あらゆる条件が絡み合った結果、弾丸は無情にも彩笑に当たることなく、射程限界まで突き進んで消滅してしまった。

 

「今のは、ホンットにやばかった!」

チャンスを逃して顔を青くした三雲を一瞥した彩笑は一筋の冷や汗をかきながらそう言い、グラスホッパーを複数展開して3人から距離を取って態勢を立て直していった。

 

 

 

三雲は自分が攻撃に絡んだ中で、最も大きなチャンスだったその場面を思い出したと同時に、あの時感じた悔しさも思い出した。

「多分、4本目の終わり辺りの攻防かな?」

月守が確認するように言うと、三雲は頷いてから口を開いた。

「はい……。きっとあの時が攻撃を当てることができた一番のチャンスでした。その、たらればになるんですけど、ぼくがもっと、地木隊の動きを先読み出来てたり……、アステロイドをもう少し細かく分割出来てたら、当てれたんじゃないかって、思ってしまいます……」

過ぎてしまったことを悔やみ、三雲は無意識に俯いたが、それに対して月守は、

 

「ああ、それなら大丈夫。やっぱり、ちゃんと()()()()んだね。だったら問題無いよ」

 

とても軽い口調で、失敗した三雲のことを問題無いと言い切った。

 

「え……?」

発言の意図を理解しかねた様子の三雲を見て、月守はこの鬼ごっこを通して何を伝えたかったのかを話し始めた。

「鬼ごっこを始める前に、俺、『三雲くんの実力とか()()確認しながら』って言ったよね。あれ、『色々』って言って誤魔化したけど、俺が見たかったのは『三雲くんの中に点を取るビジョンがあるか』ってことの、1つだけ」

「点を取るビジョン……、ですか?」

「そう。それを見えてるかどうか判断するために、使えるトリガーに制限を付けた鬼ごっこを、君にやらせたんだ」

三雲は以前、烏丸に教わった『反撃のイメージ』に似たものなのかと思った。

 

身体は勝手に動かない。先にイメージがあって、その動きを身体が追う。そのイメージが無ければ相手の隙に気付くこともできない、という教えだった。

 

烏丸の教えを思い出している三雲に対して、月守は説明を続ける。

「そう……。もっと具体的な技とか戦術とか立ち回りとか、点を取ることに直接結びつくようなものを教えればいいかとも思ったけど……、俺はまず、このビジョンについて教えておくべきだと思った。……でも、もしかして、京介から似たようなこと教わってたりしたかな?」

「似てるかどうかは分かりませんけど、反撃のイメージなら教わりました」

「あー、やっぱり?じゃあ、もしかしたら似たような説明になるかもしれないけど、それでも一応聞いてくれ」

気恥ずかしそうに頬を掻いてから、月守は説明を再開させた。

「戦いながら、『こうすれば点を取れる』『ダメージを与えられる』っていうビジョンを……、京介の言葉を借りるならイメージか。イメージを持ってるか持ってないかとか、イメージの質の良し悪しっていうのは、実際の得点やダメージに結びついていると思う。いい例が、れ……、那須先輩だね」

「那須先輩ですか?」

「うん。ほら、バイパーってどんな弾道を走らせるかイメージして使うんだけど、大抵そのイメージの終わりっていうのは相手に弾丸が当たって終わるようになってるから、バイパーを多用する人は自然と相手に攻撃を当てるイメージをせざるを得ないんだよね。その辺は、三雲くんは昨日那須先輩と戦ってるから、嫌でもわかってると思うんだけど……」

月守の言うように、那須の得点能力の高さについては三雲は前日のランク戦で十分に体感していた。

戦場を決めた側というアドバンテージがあったとしても、支援も無い中、単独で3得点というのは並大抵のことでは無い。そして月守の説明を信じるなら、あの得点力の根源は『点を取るビジョン』によるところが大きいのだと言う。

 

そうして自らを納得させてから、三雲は月守に尋ねた。

「月守先輩が言う、ビジョンの大切さというのは、何となくですけど理解できた気がします。それで、あの……。ぼくがそれを持っているか見極めることと、この関連でトリガーに制限を加えることには、関係があったんですか?」

「一応あるよ」

やんわりと笑んだ月守は、トリガーに制限をつけた意図を語り始めた。

「シューターの長所は、幅広い攻撃の選択肢だ。それは誰も疑う余地は無いけど、同時に短所でもある。出来ることが多過ぎて、迷いを生むことがあるからね。中級者と呼べるくらいに練度があればそういうことも減るけど、そこに辿り着くまでのシューターは、選択肢の多さにある程度振り回される。だから……」

「迷いを減らすために、トリガーに制限をつけた……、ということですか」

先回りして答えた三雲を、月守は手放しで褒めた。

「正解。それプラス、さっきの三雲くんが感じたみたいな『たられば』を強く意識させれる。たらればってあんまり良いものじゃない気がするかもしれないけど、自分だけに向くたらればは、ただの改善点だからね。自分に対してそう思ったことは、どんどん修正していけよ?」

「はい……!」

「うん。いい返事だ」

 

ひとまず教えなければと思っていたことを伝えた月守は、わずかに安堵の息を漏らしてから、力の抜けた表情を浮かべた。

「……でもまあ、三雲くんの中にちゃんとビジョンがあって良かったよ。もしそれが無かったら、『こういう場合はこうやって点を取る』みたいなことを、逐一教えなきゃなって思ってたからな」

「そ、そうならなくて良かったです……」

ほんの少し皮肉交じりの月守の言葉を受けて、三雲の顔に冷や汗が流れた。そして月守は、付け加えるように、

「ビジョンは昨日の那須先輩との戦闘からか、いつも隣にいる頼りになる相方から学んだのか……、それとも元からあったのか、それは定かじゃない。だけど結果として、三雲くんの中にはちゃんと点を取るビジョンがあるし、それを実行できるだけの技量も、今、身につけようとしてる。他の人からすれば、まだまだって言われるかもしれないけど……、三雲くん、君はちゃんと成長してる。自信持っていいよ」

素直に、三雲への称賛の言葉を送った。

 

「……っ、ありがとうございます」

月守の言葉を聞いた三雲は、自然と頭を下げて感謝の念を伝えていた。褒めてもらえたことの嬉しさと稽古をつけてくれた事に対して、三雲は月守にお礼の言葉を贈った。

 

 

そして三雲が頭を上げたそのタイミングで、ここまで監視に徹していた真香がトレーニングルームに通信を入れた。

『月守先輩、今ちょっといいですか?』

「んー、何かあった?」

『何かというか、月守先輩のケータイに電話入ってます』

「あ、本当?じゃあ1回トレーニングルーム出るよ」

『はーい』

 

その2人の会話を聞いていた彩笑は、会話を終えた月守に軽やかな動きで近寄ってから声をかけた。

「咲耶、丁度いいし休憩いれよっか?」

「そうだね。じゃあ休憩で……、って言っても、どうせ神音とトリガー制限無しの鬼ごっこするんだろ?」

「まあね!今日は調子いいし、こういう時にいい動きして身体に覚えさせときたい!」

「やりすぎないようにな」

「わかってるって!」

笑顔で話す彩笑を見て月守は「こいつ本当に分かってるのかな……」と思いながらも、トレーニングルームを後にした。

 

 

作戦室に戻ってきた月守に、真香は月守のスマートフォンを差し出した。

「どうぞ」

「ありがとう」

スマートフォンを受け取って画面を操作する月守に、真香は少し不思議そうな表情を作りながら問いかけた。

「月守先輩って、随分初歩的なことと言うか……、心得的なことから教えますよね」

「んー、そうだね。技術的なことって向き不向きがあるから、確実にこの人に合ってるっていうのが分かんないと教える気になれないし……。でも何より、今三雲くんに教えた『ビジョンを持つ』ってことは、俺が普段から大事にしてることだよ?」

「そうなんですか?」

「うん」

 

そこまで言った月守は少し陰りのある表情を見せて、小さな声で付け加えるようにして言った。

「昔、そのビジョンが全く持てなくなって、全然勝てなくなった奴を、1人知ってるから」

言い切ると同時に、月守は電話して来た人物に折り返しの電話をかけて、真香からの会話を閉ざした。

 

数回のコールを経て、相手が電話に出た。

『やあ咲耶。朝ごはん、美味しかったよ』

電話の相手は、昨日から帰宅している月守の保護者の不知火だった。

「そう言ってもらえると嬉しいです。……まさか、それ言うためだけに電話して来たんじゃないですよね?」

『そんなわけないだろう?』

心外だなとでも言いたそうに、電話越しで不知火は鋭く息を吐いた。

 

『咲耶。確認なんだけど、君まだお昼ご飯食べてないよね?』

「え?まあ、はい。まだ10時過ぎたばっかりですし……」

お昼ご飯の誘いなのかなと考える月守だが、彼が昼をまだ食べていないことを確認した不知火は電話越しで小さな声で「よっしゃ」と呟いた。

『ならよし。咲耶、悪いんだが昼時になったら、お昼ご飯を食べずに、エンジニア区画に来てくれるかい?あ、天音ちゃんと一緒に』

「……?」

不知火の要件に疑問を感じた月守は首を傾げ、詳細を尋ねた。

「別に構わないですけど……、というか不知火さん、今日休みなんじゃないんですか?」

『うん?急用が出来て、今急いで本部に向かってる。少々君たちに手伝って欲しい案件でね……、急だし詳しいことは今ちょっと説明できないんだが……、手伝ってくれるかい?』

手伝ってくれるか問われた月守は、間髪入れずに、確認を取った。

「その手伝いってのは、神音絡みですか?危険が伴ったりは……」

『しないしない。君たちには、一切の危険はないと約束する』

確認を取る月守と同様に、不知火もまた迷うことなく危険は無いと断言した。

 

「なら、まあ……。お昼時に、エンジニア区画に向かえばいいんですね?」

『そう。持ち物とか、用意することはない。ただ、空腹で来てくれればそれでいいよ。じゃあね』

言いたいことだけ言って電話を切った不知火だが、母が良くも悪くも自分本位というか、そういう性格だと知っている月守はわずかに嘆息だけして、無音になったスマートフォンを見つめていた。

 

(空腹でエンジニア区画に来てって……、健康診断か、試食会か……?)

不知火の言う案件が何なのか気になる月守だが、考えるにも情報が少な過ぎて答えは出ない。

 

一抹の不安はあるものの、危険は無いという不知火の言葉を信じて、月守は昼に天音と2人でエンジニア区画に向かうことに決めたのであった。




ここから後書きです。

最近、「の、ような。」という漫画にハマってます。よく言われる「子は親を選べない」に対するベストアンサーと言うか、「あー!そうだよね!」と唸るような素晴らしい答えがあって、良作という言葉が個人的にピッタリ嵌る漫画だなって思ってます。


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第94話「りんご」

意識が灯った彼が、初めに思ったことは、

(……オレは、生き返ったのか……?)

という疑問だった。

 

妙な話だが、彼は自分が仲間に殺されたことを、はっきりと覚えていた。生身の身体に食い込んで貫く鋭利なあの痛みを、流れ出る血と共にぼやけていったあの視界を、眠るように意識が無くなっていくあの感覚を、彼は、はっきりと覚えていた。

 

自分が生き返ったとしか思えないこの現状を確認するため、彼はゆっくりと目を開けた。

開けた視界に飛び込んできたのは、見慣れない白い壁や天井。そして仕切られたガラスの向こう側に、2人の小太りな男と、白衣を着た女性がいるのが見えた。

彼が目を開けたことに気付いた3人は、程度に差はあれども、いずれも驚いたような表情を浮かべた。

 

「ふん……。不知火が言っていたように、角に記憶や人格の情報が残っとるというのは本当だったか……」

「んー、そうは言ったけど、まさか本当に目覚めるとはね。半分は冗談で『角乗っけましょう』って言ったのに……」

「え、副長、冗談でこれやったんですか?」

 

そうして会話をしている3人の中の唯一の女性に、彼は見覚えがあった。自分が死ぬ直前まで戦っていた彼女に、彼は問いかける。

 

「テメェは……。オイ、オレはどうなってんだ。説明しろ」

「はっはっは。言われなくても話すさ」

笑いながらそう言った女性は、一から丁寧に説明を始めた。

 

説明を聞き終えて、彼は……エネドラは思った。

(……ワンチャンあるな、これ)

と。

 

女性……、不知火花奈の話によると、自分はまず間違いなく死んだ。敗北してトリオン体が砕け、生身になっていたところを仲間のミラに助けにきてもらえたと思ったが、そこでもう用無しだと言われ、殺された。ここまでは彼自身も覚えていたため、不知火の説明と一致していたことで彼女の言葉には信憑性があると踏んだ。

そこから先の出来事に関してはエネドラは死んでいたため、不知火の言葉を真実として聞き入れた。

 

(要は……、オレは確かに死んだが、トリガー(ホーン)にオレの記憶が残ってて……、それをトリオン抜かれて空っぽになったラッドの身体に乗っけたら、意識が戻ったってことか……)

 

自分の体が偵察用トリオン兵ラッドのものだと思うと屈辱だったが、今は生きているだけで儲けものだと、エネドラは割り切った。

 

(なんとかしてアフトクラトルに戻るか、それか違うトリオン体に角を乗っけることが出来れば……)

 

そうしていくつかの光明が見えていた彼は、ここは大人しくミデン(ボーダー)に協力することにした。

 

一通り説明を終えた不知火は、やんわりと微笑みながらエネドラへと問う。

「さて……。今の君の現状はこんなものだ。何か疑問はあるかい?」

「いや、んなもんねえよ。……それで?オレ様を生き返られて何をさせる気だ?」

「情報収集に決まってるだろう。あらゆる情報を、あの手この手で引き出してやるつもりだから、覚悟したまえ」

両手をワシャワシャと動かしながらサディスティクな笑みを見せる不知火だが、エネドラはそれを鼻で笑った。

「はっ。んなことしなくても、聞かれたことはなんでも話してやるぜ」

「なんじゃと?」

その発言が予想外だった鬼怒田は思わずといった様子でガラスに近寄るが、エネドラは慌てず言葉を紡ぐ。

「そんなに驚くことでもねえだろ。たとえ猿とはいえ、お前らはオレ様を生き返らせてくれた恩人だぜ?協力させてくれよ」

「はっ。随分利口なことだ……、と言いたいけど、君は嘘が下手だね。本音は?」

先ほどの意趣返しのつもりで発言を鼻で笑った不知火の言葉に、エネドラは答える。

「なに。オレにだってまだ生きて、アフトクラトルに戻んなきゃならねえ理由がある。そのために手を貸すってだけだ」

「お、いいね。下手な善意なんかよりよっぽど信頼できる素晴らしい理由だ」

 

不知火にまっすぐな視線を向けられてそう言われたエネドラは、心の中で思う。

(とは言っても、全部の情報をすらすら喋るつもりはねえ。小出しにしながら、ある程度こっちの要望も通せるようにしていく必要があるし……、逆に、何が通らねえか、何をしたらこいつらが嫌がるか、出来ればその辺もそれとなく探っていきてぇな……)

 

考え事をするエネドラに、早速鬼怒田が質問をしようとした。

「よし、ではまず……」

「おい待て」

しかしエネドラはそれを遮り、1つ要求をした。意識が覚醒して現状を確認した時から、どうしても言いたいことだった。

「オレのボディは黒にしろ。話はそれからだ。黒にしたら、なんでも話してやる」

「なに?」

カラーリングを要求してきたエネドラに鬼怒田はつい目くじらを立てるが、

「まあまあ、色くらい良いじゃないっすか」

「そうだよポン吉。黒に染め直すだけでなんでも話すと言ってるんだよ」

寺島と不知火がそれぞれそう言って鬼怒田をなだめた。

 

その光景を見て、この程度の要求ならあっさり通る事を確認したエネドラは内心ガッツポーズを取る。そして順調な滑り出しを決めたエネドラは、

「話がわかるじゃねえか。んじゃ、さっさと頼むぞババァ」

「今なんつったオイ?」

滑りすぎて地雷を踏み抜いてしまった。

 

*** *** ***

 

三雲の特訓を昼前に切り上げた月守は、不知火に言われた通り天音を連れて開発室がある区画へと向かっていた。

 

ぐうぅぅ……

 

隣から空腹を訴える天音の腹の音が聴こえて、月守は苦笑する。

「お腹空いた?」

「はい……。その、朝、抜いて、きちゃった、ので……」

「ああ、そういう……。朝ごはんは食べなかったら、そりゃお腹空くよね」

 

それらしい理由に納得しかけた月守だったが、

「いや待って?でも途中でどら焼き食べたよね?」

三雲に差し入れられたどら焼きを、天音が軽く2つ平らげたことを思い出して、つい突っ込んだ。天音は必死に何か上手い言い訳はないかと、普段あまり行使しない、なけなしの頭脳を駆使して、

「うぅ……。…せ、成長期、なので……」

それっぽい理由を捻り出した。肉つきが薄い上に華奢な身体な天音が必死になって考えた言い訳に、月守は反論出来ず、

「……成長期なら仕方ないね」

しぶしぶ言いくるめられてしまった。

 

2人はそのまま、ぽつぽつと時折会話を挟みながら開発室へと向かう。そして目的地が目と鼻の先になった、その時、

「ぐあぁぁぁぁっ!こ、このババァ!テメェはそれでも人間かぁっ!」

開発室から、悲鳴と怨嗟の声が聞こえてきた。

 

「ふわ……、びっくり、した」

「んー、何かあったのかな……?」

声に驚き、何が起こったのか気になった2人は、少し早足で開発室へと踏み込み、声がする場所へ急ぐ。

 

「や、やめ、やめろぉぉっ!それ以上はやめろぉぉっ!」

 

絶えず聞こえる叫び声を辿り、2人は音源の部屋を見つけて、中に入った。するとそこには、

「やめろおぉぉぉっ!」

ガラス張りになった監察室に閉じ込められて叫ぶ黒いラッドと、

「悔しい?ねえ、悔しいかい?自分の好物を、目の当で美味しそうに食べられるのは、そんなに悔しいかい?」

そんなラッドに見せつけるように、赤く熟れたリンゴを美味しそうに食べる不知火の姿があった。

 

どういう状況か?月守と天音が疑問に思うと同時に、不知火が2人に気づいて声をかけた。

「お、2人ともよく来たね。ささ、まずはここに座ってくれ」

状況の説明もされないまま、2人は不知火が事前にセッティングしたであろうテーブルの前に用意された椅子に座る。ガラス張りの部屋の前という状況を月守は気にしつつも、不知火は2人に、傍に置いてあった紙袋からりんごを取り出して、差し出した。

「色々話すことはあるけど、まずは、このりんごを食べてくれ。ああ、なるべく美味しそうに、あのラッドに見えるように食べてね」

「えー……」

ますますどんな状況なのかと月守は訝しみ、恐る恐るラッドへと目を向ける。

 

「やめろ……、やめてくれ……」

ブツブツと呟くラッドの姿を見ると、月守はどこか申し訳なさを感じた。

「あの、不知火さん……」

月守がそう感じたタイミングで、天音が無表情ながらもリンゴを両手で大事そうに持ちながら話しかけた。やはり天音も似たような居心地の悪さを感じているのかと月守は考えたが、

 

「この、りんご……、そのまま、食べて、いいん、ですか?」

 

彼女の中では居心地の悪さをよりも、いかにしてこの空腹を満たすかということの方が重要らしかった。

 

天音の問いかけに、不知火はとても優しそうな(天使の皮を被った悪魔の)笑みを浮かべて、

「もちろん。好きなように食べたらいいさ」

「はい」

躊躇いなく天音の背中を押した。

 

小さく柔らかい天音の唇が、赤く熟れたリンゴに触れ、しゃくっ、という音と共に齧られる。小さな食み跡からは、赤い皮と対をなす仄かに黄色味がある色合いの白い果肉の部分が顔を覗かせ、天音の口の中ではその赤と白が、瑞々しい音を立てながら咀嚼されていた。

 

天音は無表情だが、その目はどこか輝いているようにも見えなくはなく、美味しそうに食べているのがなんとなく伝わってきた。だが天音がりんごを一噛みする度に、

「やめろ……、やめろぉ……」

と、ラッドから不穏な声が聞こえてくる。

 

そんなラッドの声など全く意に介さずリンゴを飲み込んだ天音は、その輝かせた(ように見える)目で、不知火に味の感想を伝えた。

「不知火さん、このりんご、すっごく甘くて、美味しい、です」

「ふっふっふ、そうでしょう?この時期に手に入るであろう最高級のりんごを、知り合いのツテを駆使して手に入れたからね!木箱ごと送ってもらった!」

ドヤ顔で言い放った不知火は「ささ、天音ちゃん。りんごはまだまだたくさんあるから、遠慮なく食べなさい」と付け足すように言って天音にりんごを食べるように促す。

 

しゃく、しゃく、しゃく。

 

天音はまるでリンゴを取り込む機械になったかのように、無心でリンゴを食べ、味わう。その間にもラッドからは呪いじみた怨嗟の声が聞こえるが、天音はまるで気にせず、不知火は声が聞こえる度に満足そうにしている。

 

月守も天音ほどではないが空腹を感じていたため、ラッドを気にしつつもリンゴを食べる。

(……確かに、甘くて美味しいな)

りんごの味に満足しつつ、月守は不知火に尋ねた。

「不知火さん、あのラッドはなんなんですか?」

「うん?ああ、エネドラだよ、エネドラ」

しれっと言われた名前に、一瞬頭に疑問符が浮かんだ月守だが、すぐに思い出した。

「確か……、大規模侵攻で風間さん倒して、本部に攻めてきた黒トリガー使いですよね。ログと報告書で確認しましたけど……死んだんじゃなかったんですか?」

「死んだよ?でも、アフトの技術のトリガー角を解析してたら、どうにも奇妙なデータが残っててね。もしかしてと思って、ラッドに角を乗っけてトリオン流し込んでみたら、この通りさ」

 

俄かには信じがたい、と思った月守は、試しにラッドに問いかけてみた。

「ねえ、今の話本当ですか?」

「うるせえ。まずはオレにも、りんごを食わせろ」

正確な解答は得られなかったが、声の感じがログで聞いたものと似ていたため、おそらく本物だろうなと月守は思った。

 

「……まあ、本物だろうなとは思います。でも、あの……それがどうして、このりんごに状況が繋がるかが分からないんですけど……」

「拷問だよ」

時折リンゴをつまみながら、不知火は語る。

「こいつには通信室のオペレーターが6人も殺されてるからね。そんな奴を悠々自適とまでは行かないけど、比較的好待遇で置いとくのも彼らに申し訳ないから、一応形だけでも、こういうのはしておかないとね。人型じゃないからどんな拷問をしたらいいのか迷ってたけど、運良く、こいつの好物がりんごだということが分かったから、それを利用させてもらったのさ」

死者への弔いという意味合いの拷問だと聞き、月守は改めて、この戦いで死者が出たのだと実感した。りんごを持っていない右手を胸に当てて、悔しさからか無意識に服を軽く握りしめていた。

「弔いのため、ですか……」

犠牲者を思って月守がポソリと呟いた瞬間、エネドラッドは大声を出した。

 

「嘘つけ!テメェはオレにババァって呼ばれたのが気に食わねえから、こんなことしてんだろうがよ!」

 

エネドラッドが叫んだ理由に、落胆にも似たもの感じた月守は、不知火をジト目で見る。すると、

「ぶっちゃけ、それが一番の理由だ」

不知火はあっけなく白状し、

「それを一番の理由にしないでください」

私怨を一番の理由にして拷問している母に苦言を呈した。

 

(これが俺の母親かぁ……)

月守が若干呆れつつ不知火を見ていると、

「あの、不知火さん。りんご、まだ、食べていい、です、か?」

隣でりんごを平らげた天音が、お代わりを要求した。

 

その質問を待ってたと言わんばかりに、不知火は楽しそうに笑った。

「もちろん。でも天音ちゃん、流石にりんごだけを、ずっと食べるのは飽きちゃうよね?」

「え……。べつに、そんなこと、な「飽きちゃうよね?」

「……はい」

表面上は笑顔だが有無を言わさない迫力に押された天音は、消え入りそうな声で返事をしてから、横目で月守を見た。

 

(うちの母が申し訳ない……)

月守の心はその思いでいっぱいで、表情にも出ていたそれを天音はきちんと拾った。

 

しかし息子の苦労なんぞ知ったこっちゃないと言わんばかりに、不知火は笑顔で言葉を紡ぐ。

「そう、流石にりんご単体だと飽きる……って思ったワタシは2人のために、りんごを使ってお昼ご飯を作ったんだ。というわけで、食べてくれないかな?」

不知火の問いかけに対して月守は、

(これ、はいって言わないとダメなやつだ)

どう足掻いても回避できないものだと悟り、悩まずに頷いて肯定した。

 

ウキウキとした様子で不知火は席を立ち、「お昼ご飯持ってくるから、少し待っててね」と2人に言い残して部屋を後にした。

「……不知火さん、ご飯、食べて欲しい、から……、呼んだ……の、かな……?」

独り言のように呟く天音の言葉に、月守は苦笑いと共に「多分ね」と答えてから、不知火がリンゴを切るのに使ったであろう果物ナイフとまな板に目を向けた。

 

「神音、りんご、まだ食べたい?」

「はい」

「よしきた」

言うや否や月守は不知火が残していった紙袋からリンゴを1つ掴み、それを手際よくカットし始めた。

「丸齧りもいいけど、りんごといえばコレかなと思って」

言いながら月守は定番の1つであるウサギ型にカットしたリンゴを、天音に差し出した。

「あ……、いただき、ます」

ウサギ型のリンゴを受け取った天音は、ほんの一瞬だけ勿体無く思うようなそぶりを見せつつも、リンゴを優しく齧った。

 

もぐもぐと、小さな口を動かしてリンゴを食べる天音に、月守は問いかける。

「味はどう?……って訊こうと思ったけど、同じりんごだし、変わらないよね」

「……、そう、ですね。変わらない、です」

天音はそう言い切ってから、

(……こっちの、りんごの方が、おいしいですって……、言えば、良かった、かな……)

少しだけ、後悔した。

 

言い直そうか天音が迷っていると、

「なんだ。今度はイチャつくガキどもを見させられる拷問か?」

「っ!?」

漂いかけていた和やかな空気を茶化すような言葉と共に、エネドラが会話に割って入ってきた。

 

「やー、特別そういうつもりは無いんですけどね」

不意に声をかけられたのに慌てる天音に対して、月守は落ち着きながらも、困ったような笑みを浮かべてエネドラに対応する。

「りんご、食べますか?」

「あ?この身体でどうやって食えばいいんだよ」

「あー、確かに。口、無いみたいですし無理ですね」

月守は残念そうに聞こえる言葉を選ぶが、表情はやんわりとした笑みであり、これ見よがしにリンゴを食べる姿をエネドラに見せつけていた。

 

明らかな挑発を前にしたエネドラは、借り物の身体をワナワナと震わせた。

「この、ガキ……っ!その態度だけでも腹立つが、それに輪をかけて仕草とか笑い方があのババアとそっくりなのがムカつくぜ…!」

「似てました?一応、親子なのでちょっとは似るだろうとは思いますけど……」

「……あ?親子?……にしちゃあ、ツラとかは似てねえな。お前、親父似か?」

「まあ、どっちかと言うとそうですね」

流れるように嘘をつく月守だが、それを確かめる術を持たないエネドラは納得したようで、ウンウンと頷いた。

 

「あの……、エネドラさんは、ずっと、ここに、いるん、ですか?」

うさぎ型リンゴを胃袋に収めた天音は、おっかなびっくりな様子ながらも、エネドラに話しかけた。

「あ?まあな。この、壁から生えてる線からトリオンを供給されてて、これが切れたらオレの意識も一旦切れる。供給を再開させれば、また意識も戻ってるって寸法だな」

「……、起きてる、間は、何を、してます、か?」

 

月守とエネドラは質問を続ける天音を見て、やけにグイグイくるなと思いながらも、ひとまずそれに触れずにいた。

「基本、起きてる間は質問ぜめだな。アフトクラトルの内情やら、周辺国の情報やら、オレが話せる分のことは話してやってるぜ」

「へぇ。すごく気前がいいですね。何か狙いでもあるんですか?」

エネドラの口が軽いことに月守は驚き、何か裏があるのではと勘ぐった。

「狙い?んなもん、オレを使い捨てにしたあいつらを一泡吹かせてやりてぇだけに決まってんだろ。それ以外何かあると思うか?」

「ああ、なるほど。そういうのなら納得です。中途半端な善意より信じれる、いい理由ですね」

 

信じれる、という月守の発言を聞き、エネドラは笑った。

「はっ。やっぱテメェと、あのババアは親子だな。似たようなこと言ってやがった」

「あはは。そういうところが……性格とかが似てるっていうのは、時々言われますね」

 

困ったように笑みを崩さないまま話す月守は、少し悩んだそぶりを見せたあと、「ところで、いくつか質問いいですか?」と控えめな声でエネドラに許可を取ってから、尋ねたいことを口にした。

「今回の侵攻にあたって、貴方たちにもいくつかの計画があったと思うんですが……、一番の狙いは、戦闘員になるくらいの高いトリオン能力者の捕獲ということで合ってますか?」

「表向きはな。ただ、今回の狙いは、ちょいと能力が高い程度じゃ全然足りねえ。それこそ、怪物じみた……、生身でもブラックトリガーに並ぶレベルのやつが狙いだったぜ」

「……なるほど」

 

エネドラの解答を聞いた月守は、

(心当たりが1人……、いや、2人いるな……)

チラッと、一瞬だけ横目で天音を見て、そう思った。

 

エネドラの回答の質で信憑性を確かめつつ、月守は初めに考えていた2つ目の質問をした。

「では……、そのいくつかの計画の中で、人の命を奪うようなものはありましたか?」

「おいガキ、何寝ぼけたこと言ってんだ?戦争で相手を倒さねえ、殺さねえなんて話があるか?」

当たり前のことを、エネドラは当たり前のように言った。

 

「……そう、ですよね」

直接的な答えではないにしろ、暗に疑問を肯定する言葉を受けて、月守の心の中に仄暗い感情が渦巻いた。

 

戦争において、エネドラの答えが正論なのは分かっている。

ただそれでも、人を殺すことが正当化されてしまうような状態であっても、それを平然と行ってしまった彼に、月守は熱量がこもった怒りにも似た思いを抱く。

きっと逆の立場なら……、もし自分がどこかの国を攻めて、そこで敵の人間を目の当たりにしたら、きっとエネドラと似たような行動を取ると思う。

だって、自分の命の方が惜しいから。

ここで敵を逃して、それが巡り巡って味方の損害や死傷に繋がったら、後悔するから。

 

月守はエネドラの行動が正しいと思った。だが一方で、奪われた側の立場の思いから、彼の行動が許せないという感情も同時に生まれた。

 

自身の中で対立する2つの感情は、どちらも正しかった。視点の位置が違うだけで2つとも正しく、間違ってはいないと月守は思えた。

 

それらに、瞬間で上手く折り合いをつけることが出来なかった月守は、肺の中の息を全て吐いてから、まるでそれらの思いを奥底に押し込むように、ゆっくりと沢山の息を体の中に取り込んだ。一連の行動で自身の思考を完全に切り替えようとした月守だが、ほんの少しだけ、エネドラを許せないという思いが頭の中から消えずに残った。

 

残ったそれをどうにかしようとして、月守は、

 

「……貴方に口がないのが、残念です。口があったら、特別な梨を食べさせてあげるんですけどね」

 

(あくい)を込めた言葉に残った感情全てを乗せて、吐き出した。

 

「あ?」

「梨……?」

突然の発言に疑問を覚えた2人に、月守は特に説明することはせず、いつものようなやんわりとした笑みに戻った。

「いえ、何でもないです。それより、最後の質問、いいですか?」

「なんだよ。聞きたいのはあと1つしかねえのか?」

「とりあえず今日は、これで最後にするってことです」

 

真っ直ぐにエネドラを見据えた月守は、先の2つの質問がどうでもいいと思えるくらいに、本当に聞きたかった質問を口にした。

 

「ギアトロス、という国を知っていますか?」

 

月守の隣にいた天音は思わず驚いて身体をビクつかせたが、エネドラはそれに構うことなく、質問に答えた。

「ギアトロス……、知ってるには知ってるが、行ったことはねえな」

「存在するんですか?」

「存在するらしいっていう国だ。ヴィザとか国の老人供は口を揃えて『有る』って言ってるが、その世代より下の奴らは誰も辿り着いたことがねえ。中には老人供のたわごとだって割り切ってる奴もいるが……。上の連中は時々、有るはずが無いものを探すにしちゃ高すぎる予算と人員をつぎ込んで、その国を探してる。だからまあ、有るんじゃねえのか?」

 

おそらく有るだろう、という答えを聞いた月守は、心の中で歓喜した。天音を助けるための道のりにかかっていた霧が、わずかに晴れたように思えた。

 

「なんか嬉しそうだな。お前、面倒な病気にでも罹ってんのか?」

「そういうわけでは無いんですが……、でもどうして病気だと思ったんですか?」

「どうしてって、ギアトロスは『治癒の国』とか言われてるからな。面倒な病気や怪我を見ると、老人どもは口を揃えて『ギアトロスに行きなさい』って言うくらいだしな」

「なるほど」

 

今一度、天音を助けるためのルートを月守が頭の中に思い描こうとしたところで、

「2人とも、お待たせ」

どこから調達したのか、出前のような岡持ちを手にした不知火が戻ってきた。

 

「お帰りなさ……、って、なんか凄い、柑橘系の匂いしますね」

「あ、ほんと、です。爽やかな、感じ……、レモン……ですか?」

2人の反応を見て、不知火は満更でもない顔をしてみせる。

「おお、2人ともいい嗅覚だね」

不知火は自信満々といった様子で、

「不知火シェフの今日のメニューは、リンゴの洋風がゆ(リゾット)だよ」

岡持ちからリゾットが盛られた皿を取り出し、2人の前に出した。

 

リゾットの中に混ぜられた角切りされたリンゴと柔らかく煮詰められた玉葱。カリカリに焼き上げられたベーコン。食欲をそそる爽やかで清々しい香り。

 

「……」

不知火が用意したリゾットを見た月守咲耶は、思った。

(どっかで見たぞこの料理……)

それをどこで見たのか思い出した月守は、その出所が正しいかどうかを不知火に確認しにかかった。

 

「不知火さん、最近ソーマ読みました?」

「ふっふっふ、愚問だね月守。ワタシはね、ソーマ全巻手元にあるだけじゃなく、開発部のみんなが徹夜でしんどい思いをしてる時に、『お疲れさま、頑張ってね』って笑顔で言いながら『季節の栄養ドリンク・食戟のソーマの美味しそうな料理が出てきたページのカラー印刷を添えて』を提供する人間さ」

「あなたは最低だ」

不知火の悪魔のごとき所業を聞いた月守は、後日、健康に良さそうな差し入れを持って開発部に謝罪しようと心に決めた。

 

母親の暴虐っぷりに月守はひとまず目を瞑り、早く食べたいと無言で訴える天音のために、ひとまずリゾットを食べることにした。3人が何食わぬ顔でリゾットを食べようとしたところで、それにありつけない1人が、驚きに満ちた声を発した。

「粥に果物……、だと……っ!?ミデンの奴らはとんでもねえ食い方をしやがる……っ!」

食事を妨げられた不知火はピクッと眉を動かし、視線をゆっくりとエネドラに向けた。

「作った人間の前で、そういうこと言うのやめてもらえるかな?」

「はっ、なんか言われるのが嫌なら、この線からのトリオン供給を止めればいいじゃねぇか」

「拷問にならないから、それは最後の手段にして、どうにか口を塞ぎたいけど……、君そもそも口無いから、発音の方式が違うんだよなぁ……。口があったら、梨を突っ込んで黙らせるのにね」

不知火が何気なく言った『梨』に、天音とエネドラは再び首を傾げるが、1人だけ同じ発想をしていた月守は、素早く不知火の意見に同意した。

「やっぱり、こういう時は梨ですよね」

「梨だね。あ、なんなら、トリガーで作ろうか?」

「作れますか?」

「余裕だね」

 

嬉々として会話する2人に、天音が問いかける。

「すいません、あの……。梨って、なんのこと、ですか……?」

質問された2人は顔を見合わせて、含みのある笑みをこぼした。

「天音ちゃんは知らない方がいいかな。知ったら多分、しばらく梨食べれなくなると思うし……、何より、若葉さんから『うちの子が梨を食べなくなった』ってお叱りを、ワタシが受けるはめになるからね」

だから絶対、知らない方がいいよ。と不知火は念を押した。

 

 

 

 

 

後々、好奇心に負けた天音は真香に件の「梨」について何か心当たりが無いか尋ねて、その正体を知り、しばらく梨が食べられなくなるのだが、それはまた別の話。




ここから後書きです。

不知火さんと月守の発想が似てるところが、書いてて楽しい。

月守はまだ自覚してない時に笑い方で嘘ついてるかどうか判明出来るので、「おいおまえ、そこは嘘なんかい」って思いながら書いてたりします。


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第95話「視野」

地木隊が三雲と訓練した次の日。和水真香はスナイパーの合同訓練に顔を出していた。真香にとって、10フロアをぶち抜いて作られた360メートルの奥行きを誇る訓練場は慣れ親しんだ古巣であり、当然、顔見知りは多い。

 

時間に余裕を持って訓練場に来た真香は、端の方にいた絵馬ユズルに気づいて、近づいてニッコリと話しかけた。

 

「絵馬君こんにちは」

「……どうも」

真香がオペレーターにコンバートした時期に絵馬は入隊しており、直接任務を一緒にした事はないが、訓練で顔を合わせる度に真香は親しげに声をかけていた。

「和水先輩、今日は参加するんだね」

「うん、そうだよ。今日はチームでの予定は無いし、せっかくだから出穂ちゃんの指導してあげようかなって思って」

「……、ああ、あの新人の……」

これまで合同訓練で真香の近くにいる出穂を見ていた絵馬は、おぼろげながらもその姿を覚えていた。

 

「ところで絵馬君、今日の訓練の内容は何かな?」

「通常狙撃だよ」

「あー、奈良坂先輩が強いやつだ」

「奈良坂先輩なら、どれでも強いでしょ」

「それもそうだね」

 

ケラケラと笑う真香を見て、絵馬はここ最近のスナイパー界隈に流れている会話の1つを、真香に話した。

 

「和水先輩さ……C級のスナイパーたちに煙たがられてるの知ってる?」

「あれ、そうなの?訓練生の子とはあんまり交流しないから、知らなかったなぁ……。なんで?参加したりしなかったり不真面目だからかな?」

「いや、態度じゃなくて……。参加する度に上の順位に入り込むから、その分正隊員になれる枠が減るから、だってさ。何人も、そういうこと言ってるよ」

「へぇ……。合格ラインぎりぎりにいるような1人2人に言われるならまだわかるけど、何人にもそういうこと言わてるんだ……」

 

不思議だなぁ、と、小さな声で付け加えるように呟いた真香は、絵馬に1つ質問した。

「絵馬君、スナイパーって今、全体で何人だっけ?」

「……確か130人近く……」

人数をおぼろげに覚えていた絵馬は、近くの端末を操作して、正確な人数を検索した。

「128人だね」

「128人か……。合格ラインが上位15%だから、19……、じゃあ、余裕を持って25くらいにしようかな……」

 

ブツブツと呟く真香を見て、何を狙っているか察した絵馬は小さく溜息を吐いた。

「狙うの?」

「うん。通常狙撃だと狙いやすくて分かりやすいし……。高順位狙うより難しいから、練習には丁度いいかなって思ってね」

そう言って真香は、彩笑が時折見せるような悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

そこへ、

「あれ、和水ちゃんじゃん」

スナイパーランキング1位に君臨する当真勇が現れ、真香に話しかけてきた。

「あ、お疲れさまです、当真さん」

「おう、おつかれ。なんだ、今日は和水ちゃん参加するのか?」

「はい。当真さんも、今日はサボらずに訓練に出るんですね」

「サボらないだけで、真面目にやるつもりはあんまり無いんだけどな」

「ああ、なるほど……」

実戦では圧倒的戦果を誇りつつも、訓練では遊び心を発揮する当真のことを思い出した真香は、彼の心中を察した。

(多分、また的に撃ち込む銃弾で何か絵を描くつもりなのかな……)

そんなことを真香は思いながら、

「真面目にやりなさいって言われない程度だったら、良いと思います」

特別強く咎めることはせず、微苦笑を浮かべるのに留めた。

 

次いで当真が絵馬と話し始めたのを見て、真香は周囲を一瞥して、横一列に並ぶブースの埋まり具合をチェックした。

(……真ん中辺りは、まだ空いてるね)

空いている場所を確認した真香は2人に、真ん中のブースを確保したい旨を伝えて、その場を離れた。

 

真香が見た通り、フロアの真ん中付近のブースには空きがあり、その中の1つに真香は陣取った。運悪く知り合いが近くにおらず、訓練生に周囲を囲まれた状態であり、ほんの少しだけ居心地の悪さを真香は感じた。そして、その居心地の悪さを含めた余計な感情を抑えるため、真香は瞳を閉じて、周りの音を雑音と断じて意識から追いやり、意図して呼吸を取って集中力を高めていった。

 

吸って吐くたびに、冷静さというカバーで覆われた熱意が身体中を駆け巡るようなイメージで呼吸を繰り返す真香は、少しずつ、それでいて確実に、理想的な心境へ近づく。か細い糸が切れないようにピンと張ったような状態……、それが今の真香にとって、集中力が丁度良い状態になった時のイメージだった。

 

(……よし、ここ)

 

その状態になったところで、真香はゆっくりと目を開けた。すると眼前には、真香の顔を覗き込むようにしていた夏目出穂と雨取千佳がいて、2人は唐突に目を開けた真香に驚いた。

 

「うわっ、びっくりしたっ!」

「和水先輩、やっぱり起きてたんですね」

 

驚きを表情だけでなく声で表す出穂と、驚きつつも話しかける千佳が、それぞれ対照的だなと思いながら、真香はリラックスしながら柔らかく笑んだ。

 

「あはは、ごめんごめん。もしかして2人とも、何回も声かけてくれた?」

「はい。訓練に来たら『和水師匠見つけた!』ってなって声かけたんすけど、和水師匠全然反応してくれなくて……」

「そっか。少し、しゅ……、考え事してたから」

 

ごめんねー、と言いながら真香は2人の頭を優しく撫でようとしたが、出穂の頭には先客が……、猫がいた。出穂が大規模侵攻の時に助けた野良猫だ。

 

「出穂ちゃん、この猫を飼ってくれそうな人は見つかった?」

「うー、まだっす。なかなか見つかんなくて……」

「だよねえ。だから今、この子はこうして出穂ちゃんの頭の上にいるんだろうね」

 

真香はそう言って、出穂の頭の代わりに猫の背を撫でた。独特な表情を浮かべるその猫は、撫でられても喜んでいるのかどうか分からず、

 

(ウチの地木隊長(ねこちゃん)の方が分かりやすいなぁ……)

 

そんなことを考えながら、笑顔が可愛らしい隊長のことを思い浮かべていた。

 

2人にそれぞれ言いたいことがありつつも、真香は先に千佳に声をかけた。

 

「千佳ちゃん、試合観てたよ。上位入り、おめでとう」

「あ……、ありがとうございます。でも、その……、次は、和水先輩との対戦です」

「……ふふ、なんかしおらしい言い方だね。もしかして遠慮してる?」

「えっと……、はい。少しだけ……」

 

素直に答える千佳を見て、真香は小さな声で『素直だね』と前置きしてから、笑みを崩さず言葉を続ける。

 

「まあ、気持ちはわからなくも無いけど……、でも私が直接試合に出るわけじゃないし……、それに……」

「それに……?」

「私が言うのもなんだけど…、地木隊は強いよ。だから千佳ちゃん、遠慮とかいらないから、勝つ気で挑んできていいよ」

 

激励にも挑発にも取れる言葉を千佳に送った真香は、千佳の返事を待つことなく視線を出穂に移した。

 

「出穂ちゃん、とりあえず今日はもう合同訓練始まっちゃうから、それが終わってから色々見てあげようかなって思ってるけど、それでいいかな?」

「了解っす!」

「んー、いい返事だね」

 

いい子いい子、と言わんばかりに真香は出穂の頭を撫でる。

 

「さて……、2人とも、そろそろ場所確保しなくて大丈夫かな?」

「あ!そうっすね!チカ子、2人並びで空いてる場所ありそう?」

「えっと……」

 

空いている場所を探して周囲を見渡す2人を見た真香は、一度首を左右に振った。

 

「このフロアには2つ空きはないみたい。下に行ってみたらどうかな?」

「下っすか?わかりました!」

 

真香の言葉を疑うことなく受け入れた出穂と千佳は一礼して、その場を離れようとした。だが、

 

「……ねえ、2人とも」

 

踵を返した2人の後ろ姿を見て、真香は一瞬迷いながらも、その背中に声をかけて一度呼び止めた。なんですかと言わんばかりの表情で振り返った2人に、真香は言葉短く、

 

「25。この数字を覚えておいて」

 

それだけ言って、ヒラヒラと手を振った。2人は訝しみながらも返事をして、真香の手を振る動作を「バイバイ」だと解釈して、空いているブースを探しに行った。

 

「……さて、と」

 

2人の姿が見えなくなったところで、真香は的を見据えながら、静かにイーグレットを展開して、それを立てかける。

 

「……」

 

無言で眼鏡を外して丁寧な所作で畳んだ真香は、訓練開始のその瞬間まで、限りなく息と闘争心を殺して待機していた。

 

 

千佳と出穂は真香に言われた通りに下のフロアも探索したが、そこにも2つ並びの空きはもう無かった。しぶしぶ上のフロアに戻ってきて、念のため端から順番に確認していくが、2つ並びの空きはやはり見つからなかった。

 

「あー、やっぱり2つ並びの空きはないわ」

「そうだね。今回は、離れて訓練する?」

「そうしよっか」

 

今回は並んで練習できないと2人が思った矢先、端から2番目のブースに場所を取っていた絵馬が、右隣のブースにいた当真に声をかけた。

 

「当真さん、端っこに行ってあげてよ」

「ん?どうしたユズル?」

 

当真の問いかけに対してユズルは千佳たちを指差し、当真はそれで彼の意図を察した。

 

「なるほどねえ。オッケーオッケー」

 

当真は荷物を持って空いていた左端のブースに移り、移動しようとしていた2人に声をかけた。

 

「そこのお嬢さん方、場所無かったんだろ?そこ使っていいぞ」

 

空いている2人分のブースを指差しながら言われて、出穂は少し躊躇ってから確認するように言った。

 

「いいんすか?」

「おう。俺は別にどこでも構わないからな」

「あざっす!」

「ありがとうございます」

 

勢いよく頭を下げてお礼を言う出穂に続き、千佳もペコっと頭を下げてお礼を言った。中学生2人にお礼を言われた当真はそれを否定するように手を振って、隣にいる絵馬を指差した。

 

「礼ならこいつに言いな。絵馬ユズル、14歳。仲良くしてやってな」

「いや、お礼とか別に……」

 

気恥ずかしそうにゴネる絵馬だが、2人は気にすることなく「ありがとう」とお礼を言った。

 

絵馬に近い方に千佳、その右隣に出穂が座り、2人はイーグレットを展開して訓練開始の時間を待つ。

 

「ねえ」

 

そうして待っていた千佳に、絵馬が小さな声で話しかけた。

 

「うん?」

「……和水先輩と、知り合いなの?」

 

絵馬の口から出た名前に千佳は少し驚くものの、質問には素直に答えた。

 

「うん。知り合いというか……、仲が良い先輩、みたいな感じだけど……」

「ふうん……。あの人、どう?良い人?」

「えっと……、良い人だと思うよ」

 

質問の真意が読めない千佳だが、返す答えは偽りのない本心だった。

千佳の答えを聞いた絵馬は「そっか」とかすれるような小さな声で呟いた後、

 

「……オレは正直、あの先輩が怖いよ」

 

と、千佳と同じような偽りのない本心からの言葉を吐露した。

 

「え……?」

 

それはどういう意味か……、千佳はそのことを尋ねようとしたが、そのタイミングで訓練開始を知らせるベルが鳴ったため、千佳は質問を後にして、訓練へと意識を集中させた。

 

*** *** ***

 

通常狙撃訓練。

100メートル先にある50センチ程度の大きさの的を撃ち、スコアを競う訓練だ。的は5発撃つごとに遠く離れていき、その状況下でもいかに的の中央を射抜けるか、ということを養うことを目的としている。

 

訓練を終えると、仲の良いメンバーは集まり、自然と互いのスコアを見せ合った。それは千佳と出穂も例外ではなく、

 

「出穂ちゃん、今までで1番いい順位取ったね」

「32位ねー。動かない的なら、それなりにまともに……。チカ子は?」

「……18位」

「すご!もう立派に正隊員の順位じゃん」

 

お互いのスコアと射抜かれた的の状態を見て、それぞれ相手のことを褒めあった。

 

それから2人は、高順位の人のスコアと的を見ていく。1位はA級7位三輪隊所属の奈良坂透であり、射抜かれた的の状態は、ど真ん中に1発しか撃ってないと言われれば信じてしまいそうなもので、全ての銃弾が測ったようにど真ん中を射抜いていた。

 

「アタシさ、訓練で1位2位取る人ってマジでバケモノだと思うわ」

「うーん……」

 

バケモノは言い過ぎだと思った千佳だが、他に適切な言葉が思い浮かばず、口をつぐんだ。

 

2人がその奈良坂に視線を向けると、弟子である日浦茜と談笑していた。その師弟の会話が、2人の耳に届く。

 

「さすが奈良坂先輩!今日もダントツ1位ですね!」

 

誇らしげに言う日浦だが、奈良坂はクールな表情を崩さないまま首を左右に振って否定する。

 

「そんなことないさ。当真さんと……、あと、絵馬の的を見てみるといい」

 

その声が聞こえた2人は傍にある端末を操作して、当真と絵馬の的をチェックする。彼らの順位は、126位と99位で、そこまで高くない。だが、その射抜かれた的はそれぞれ笑顔の絵文字と星型に射抜かれており、点数を求めて訓練に参加してないことは明らかだった。

 

「うっわ、これすご!」

「どこを狙うのも自由自在、って感じだね」

 

高得点を取るのとはまた別な凄さに関心する2人の背後に、

 

「あはは。これ当真さんの的?相変わらず絵心があるね」

 

乾いた声で笑う、和水真香がいた。

 

気配を絶って背後にいた真香に2人は驚くが、真香はそれを気にせず2人のスコアを見る。

 

「おー、2人ともだいぶ良くなったね。きっちり弾痕が真ん中に集まってて、的外れなミスが無い。ただ、千佳ちゃんはやや上下、出穂ちゃんは左右にブレがちになってるから、そこを次は気をつけてみよっか」

「やっぱ左右に散ってますよね。どうすればいいですかね?」

「うーん……、意識の問題なんだけど、50センチの的の真ん中を狙うよりは、5メートルの的の真ん中を狙うつもりで撃った方が、強張らないで撃てるかな。狙う的の周りに、さらに大きな的をイメージする感覚」

「なるほど……、やってみます!」

 

模範的な指摘を受けた2人は返事を返した後、出穂は真香のスコアが気になり、尋ねた。

 

「あのー、ちなみに和水師匠は何位でした?」

「25位だよ」

 

25位。それを聞いた出穂は、「低い」と思った。だがすぐに、その25という数字が訓練が始まる前に真香自身が口にしていたものだと気づき、もしかしてと思いながら確認しようとすると、

 

「……和水先輩、本当に25位狙ったんだね」

 

訓練室の端から移動してきた絵馬が会話に割って入り、出穂が言おうとしたことを尋ねた。その問いかけに対して真香は、

 

「うん、そうだよ」

 

躊躇うことなく、絵馬の疑問を肯定した。

 

高順位を取るのでもなく、当真や絵馬のようにある種の遊び心を持つのでもなく、狙った順位を取る。その芸当をやってのけた真香を見て、出穂は咄嗟に「バケモノじゃないですか」と言いそうになった口を閉ざした。その代わりを担うように、千佳が真香に疑問をぶつける。

 

「順位って、狙って取れるんですか?」

「取れるよ。どこを撃てば何点入るのかと、他の人が何発撃って何点取ってるのか分かってれば、調整できる」

 

真香はなんてことないように言うが、スナイパー全体の人数は128人である。例え方法が分かっていたとしても、全員のスコアを把握しながら点数を調整することはとても難しいことに思えた。

そんな千佳の心境を察したのか、真香は補足するように説明を加える。

 

「あと、私の場合はサイドエフェクトがそういうことするのに向いてるから、狙いやすいっていうのはあるかもね」

「え……?和水先輩、サイドエフェクトを持ってるんですか?」

「そうだよ。言ってなかったっけ?」

「初耳です」

 

言ってなかったっけなぁと真香は呟きつつ、自分のサイドエフェクトをどう説明すればいいか考える。

 

「一応呼び方は、『拡張視野』って言うんだけど、ピンと来ないよね?」

「えっと……、はい」

「だよねえ。じゃあ、説明しよっかな」

 

真香はそう言って、ボーダー正隊員に配られる携帯端末を取り出した。

 

「千佳ちゃん、歩きスマホってなんで危険なんだと思う?」

「え?……えっと……スマートフォンばっかり見て、周りの危険に気付けないから……だと思います」

「うん、正解。でもちょっと待って。仮に、スマホを見てたとしても、何も視界いっぱいになるくらいスマホの画面を目に近づけてるわけじゃないよね?他のものだって、周りのものだって視界に入ってるよ?視界に入ってるのに、周りの危険に気付けないのは、なんでだと思う?」

「それは……、その……」

 

上手く説明できない様子の千佳を見て、真香は『いじわるな事言ったね』と謝ってから、その理由を答えた。

 

「歩きスマホしてて周りの危険に気付けないのは、眼球の構造上の問題でね。人の目って、『何か』を『見よう』とした時はそれにピントを合わせて、その『何か』をはっきり見ることができるの。例えばスマホで小説を読んでる時、今読んでる部分はちゃんと読める(見える)けど、その他の文章までは読めてないよね。この視界が、いわゆる『中心視野』。眼球の中の黄斑って部分に視神経がたくさんあって、そこに投下された映像は解像度が高いものとして、脳で認識できる。逆に、特定の何かを見ようとはしないで、全体を広く見る時に使う視野が『周辺視野』。スポーツとかで『視野が広い』って言われてる選手の視野は大抵この周辺視野のこと。これは中心視野と逆で、網膜の視神経の密度が低いところで映像を捉えるから、脳には映像は解析度が低いものとして情報が届くん……、だけど……」

 

一息で話していた真香は、事前にサイドエフェクトのことを知っていた絵馬はともかくとして、千佳と出穂がキョトンとした表情を浮かべてるのを見て、理解が完全ではないことを悟った。

 

「んー……、ざっくり言うと、人の視野には2種類あります。視野が狭いけどちゃんと見える『中心視野』と、視野が広いけどぼんやりとしか見えない『周辺視野』。とりあえず、これが分かればいいんだけど、大丈夫?」

「あ、はい」

「それなら大丈夫っす」

 

2人の理解を得たところで、真香は自身のサイドエフェクトの真髄を語る。

 

「それで、私のサイドエフェクトの『拡張視野』なんだけど……、ざっくり言うと、周辺視野と中心視野のいいとこ取りな視野を使えるの。広い視野で見えてるもの全部がクリアに見える……正確には、認識できるって感じ」

 

見えるものすべてをクリアに見ることができる。それが真香のサイドエフェクトだった。

 

説明を受けてなお、2人は真香の視界がどんなものなのか理解できなかった。というより、イメージできなかった。

「私の眼球と脳、どうなってるんだろうねー?」

トボけた様子で自虐する真香に出穂は問いかけた。

 

「……和水師匠には、どんな風に景色が見えてるんすか?」

「どんな風に……って言われると難しいな。……今、見えてる範囲で誰がどんなことをしてるのかが、全部分かる……、としか、言えない。ああでも、アレは得意だよ。写真とか動画の一部が不自然に変わっていくのを見つけるやつ」

 

真香は笑顔で言うが、出穂にはやはりそれが正確に理解できなかった。理解できなくとも、その代わりに1つ疑問が生まれ、出穂はそれを躊躇いなく真香にぶつける。

 

「んー、正直、和水師匠の視界がどんなもんか分かんないんすけど……、そのサイドエフェクトって、めっちゃ戦闘向きじゃないですか?師匠、なんでオペレーターやってるんですか?」

「……」

 

弟子の素朴な疑問に、真香は笑んだまま口を閉ざした。

 

(さて、どう答えようかな……)

 

素直に事件のことを言うか、誤魔化すか。迷った末に真香は、とても狡い答えを選択した。

 

「知りたい?」

「知りたいっす!」

「どうしても知りたい?」

「どうしても知りたいっす!」

「よし、じゃあ……。これから先の訓練で、出穂ちゃんが私より上の順位を取ったら教えてあげる。どう?モチベーション上がりそうじゃない?」

 

にしし、と、真香は悪戯っぽく笑う。彩笑の近くに居すぎたせいか、真香のそれはまるで血が繋がる姉妹のように似通っていた。彩笑のことをあまり知らない出穂は、日に日に似通う笑みに気づくことなく、真香から提示された手厳しい課題(越えられない高い壁)に対して、苦々しい表情を浮かべた。

 

「うわぁ……、師匠、すごい高いハードル設定してきましたね」

「うーん、そう?下げたげよっか?」

 

それを絶対に出穂は受け入れないと確信しながら、真香は親切心を装って提案する。

 

「いや!いらないっす!その代わり、約束無しにはしないで下さいよ!」

「ん、りょーかい」

 

真香から提示された課題を少しでも早く超えるべく、出穂は早速訓練に移った。意気込んで的を射抜いていく弟子の後ろ姿を真香が穏やかな笑みで見ていると、話を聞いていた当真が真香の隣に並んだ。

 

「和水ちゃん、さらっとキツい条件出したな」

「そうですか?」

「『狙撃卿』なんて厳つい呼び名がついた和水ちゃんを超えろってのは、無理があるんじゃねえか?」

「個人的には『C・Sniper』の方が好きなんですけど……、まあでも、そんなに無理なことじゃないですよ。現に、私が現役だった頃より、今の絵馬君の方がポイントは上ですし」

「ユズルと比べるなよ。和水ちゃん、ずっとソロだったからポイントはマスタークラスあたりで止まってただろ」

「ふふ、そうですねぇ」

 

肩を揺らして真香が笑うと、十分に伸びた黒髪もそれに合わせてゆらゆらと揺れる。出穂の頭から解放された猫が、その揺れる毛先を猫じゃらしのように見立てて猫パンチを繰り出すが、悲しいことに全て届かず空振りに終わった。

 

「少なくとも、今のままじゃ無理だと、当真さんは思うんですね?」

「まあな。せめて、オペと兼業してる和水ちゃんじゃなくて、ちゃんとした本職スナイパーが指導してやれば、ワンチャンあるんじゃねえかとは思うけど……」

「あはは。当真先輩、フラグ建設お疲れさまです」

 

茶目っ気たっぷりに真香が言うと、当真が豆鉄砲を食らった鳩のような表情を一瞬だけ浮かべた。

 

「俺が教えろってか?」

「できませんか?私の見立てでは、出穂ちゃんには当真さんが適任だと思うんですけど……」

「そうか?」

「はい。まあひとまず、騙されたと思って一回指導してみませんか?」

教えるのって、案外楽しいですよ?と、真香は言葉を添える。

 

楽しそうに教えることは楽しいと説く真香を見て、当真はこめかみの辺りを軽く掻いた。

 

「そこまでいうなら、一回お試しでやってみるかね」

「ありがとうございます。でもきっと、お試しじゃ終わらなくなりますよ?」

「そんなに楽しいなら、和水ちゃんがそのまま教えてあげれば良くないか?」

「私には、ほら、しーちゃんが居ますから。受験生なのにあの子、ちょっと色々ヤバめなので……」

「ああ、なるほど……」

 

天音の成績のヤバさの一端を知る当真は、それだけで察した。以前ラウンジで2人が隣の席で勉強していた時の会話を当真は聞いたことがあるが、

「しーちゃん、二次関数はどう?できそう?」

「……虹缶吸う?」

天音の発音が明らかにおかしかったのを、当真ははっきりと覚えていた。

 

回想に浸る当真だが、それを知らない真香は訓練している出穂に声をかける。

 

「出穂ちゃん、ちょっといい?」

「え?なんすか?」

 

振り返りざまに真っ直ぐな視線を向けてくる出穂に向かい、真香は、まるで卒業を祝う恩師のような穏やかな表情を浮かべて、当真に意識が向くように手のひらを向けた。

 

「出穂ちゃんの新しい師匠、紹介するね」




ここから後書きです。

サイドエフェクト持ってる系オペレーター真香ちゃんのサイドエフェクトお披露目回でした。他人の視界って、最も想像しにくいものの1つだと思ってます。
一応補足ですが、真香ちゃんは中心視野、周辺視野、拡張視野と使い分けしている、という感じになります。ずっと拡張視野は疲れるとのこと。

しかしまあ、本編でも出穂ちゃんが言ってますが、真香ちゃんのサイドエフェクトって中々戦闘向き……、戦いでどんな風に使うのか……。おや、どうやらチラシの裏に投稿されてる外伝も更新されてますね。しかも真香ちゃんがメインのお話で尚且つ戦闘中?これは読むしかない(巧妙なステマ)。

あと、とりあえず神音は勉強頑張ってほしい。


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第96話「アタッカーフェスティバル」

三雲に訓練をつけた日の夜、彩笑のスマホに1つのメッセージが届いた。

 

「あれ?ゆまちからだ」

 

ランク戦ラウンド2の日に手合わせをした後にお互いの連絡先は交換していたが、こうしてメッセージが届くのは初めてだなと思いながら、彩笑は内容をチェックした。

 

『ちき先輩こんばんは。あした、むらかみ先輩とランク戦するけど、よかったらちき先輩もくる?もしかしたら、かげうら先輩もくるかもってむらかみ先輩がいってたよ』

 

「何この可愛い文章」

 

漢字が不得手らしい遊真の文章が可愛らしく見えた彩笑は、思わず破顔して、

 

『行くー!o(`ω´ )o』

 

秒で返事を書いて送信した。

 

翌日の放課後、彩笑は宣言通りソロランク戦のホールに足を運び、先に来ていた遊真と村上と軽く雑談した後、代わる代わるランク戦を行っていた。

 

1人が観戦し、2人が戦う。終われば見ていた1人が気付いたことを意見して2人はそれを反映させて、次は見ていた1人がどちらかと交代して、同じことを繰り返す。数回そのローテーションを回したところで、一度休憩を取ろうということになり、別々の場所に入っている3人はブース間の通信機能を使って雑談を始めた。

 

『あ、カゲから連絡入ってた。今日来るけど、だいぶ遅くなるらしい』

 

村上がランク戦中放置していたスマホを確認してそう言うと、

 

『ねえ。その、かげうら先輩ってどんな人?』

 

遊真がおもむろに影浦について、2人に質問した。

すると2人は同じタイミングで、

 

『強いやつだよ』

『お好み焼き作るのがすっごい上手な人!』

 

それぞれ違う答えを返した。

 

『お好み焼き……?』

 

彩笑の方の答えを拾った遊真が不思議そうに呟くと、村上は思わずと言った様子で笑った。

 

『はっは。確かに、地木の言うことは間違ってないな。カゲの作るお好み焼きは美味い』

『ですよね!言ってたら食べたくなってきました!村上先輩、奢ってください!』

『地木、そういうのは月守に頼め』

『はい!あ、良かったらゆまちも行く?』

 

声しか届いてないと知りつつも彩笑は笑顔で尋ねると、遊真は迷わず答えた。

 

『うん。お好み焼きって、食べたことないから』

『よしきた!お金は咲耶持ちだから、遠慮なく食べてよし!』

『ん、わかった』

 

月守の財布が悲鳴をあげることが確定した。

 

『……で、かげうら先輩って強いんでしょ?どのくらい強いの?』

 

話題をお好み焼きから元に戻した遊真の問いかけに、村上が答えた。

 

『カゲは、少なくとも俺より強いかな。俺が勝ち越せてないアタッカーの1人だ』

『へえ……。じゃあ、むらかみ先輩より順位は上なの?』

『いや、順位は高くないよ。多分、20位くらいだ』

『それなのに、むらかみ先輩より強いんだ』

 

回線に乗って聞こえてくる遊真の声から不思議そう思って首を傾げている様子がイメージできた彩笑は、クスっと小さく笑った。

 

彩笑はそこで、常に愛飲しているココアが切れていることに気づき、

 

『あ、ごめんなさい。ちょっとココア取ってくるので、一回出てきます』

 

2人に一言告げてから、個室を出た。

 

「ふーふーふ、ふふふ、ふふふ、ふっふーふふふ♪」

鼻歌交じりに階段を降りてココアを売ってる自販機目指すが、ロビーにあるソファーに見知った人影があることに気づき、半ば条件反射で声をかけた。

 

「イッコさーん!」

「お、地木ちゃんやん」

 

ソファに座っていたのは、生駒達人。京都出身のスカウト組の隊員であり、B級上位を安定してキープする生駒隊の隊長である。

生駒は常にかけているゴーグルを通して、駆け寄ってきた彩笑に視線を合わせる。

 

「地木ちゃん、相変わらず元気やな?」

「ボクはいつだって元気ですよー!」

「せやね。あ、そういえば地木隊、上位入りしたやん。ログも見たけど、地木ちゃんのあれすごない?あの、防御すり抜けたやつ」

「ブランクブレードですね!いやでも、あれそんな完璧な技じゃないですよ?」

「あ、やっぱり?海とも話したんやけど、対策2つくらい出たで」

「ですよね〜。対策は何個もありますけど、大きく分けちゃえばあの技の対策は、2種類に分かれますから」

 

ブランクブレードについてテンポ良く議論していくと、生駒が「せっかくやし」と前置きしてから立ち上がった。

 

「地木ちゃん、今時間ある?ちょっとランク戦して確かめたいねん」

「いいですよー!ボク、今ちょうど村上先輩とゆまちと一緒にランク戦してたので、よかったらイコさんそれに混ざりましょうよ!」

「ゆまち……って、誰や?」

「ゆまちは遊真ですよ!玉狛第二の!」

「あれか!鋼を水中戦に持ち込んで倒した奴!」

「そうですそうです!」

「俺あの勝負めっちゃ感動したんよ。海なんか二万回見たとか言ってるで」

「えー、それは絶対嘘じゃないですかー」

 

笑いながら彩笑は言った後、素早くココアを買い直して生駒と共にブースに向かう。ブースに入るなり彩笑は通信機能を使って、2人に呼びかけた。

 

『ただいま戻りましたー!あと、人数1人追加します!』

 

彩笑の呼びかけに、村上が先に反応した。

 

『まさかカゲか?』

『せやで。俺は影浦雅人や』

『あ、生駒さんですね。お疲れさまです』

『なんやねん。ちょっとは騙されてな』

 

共に上位ランカーである2人が仲良く話す中、初対面である遊真が不思議そうに問いかける。

 

『えっと、どちらさま?』

『あ、ゆまちとイコさん初めましてだよね?ゆまち、この関西弁の声の人が生駒達人さん、通称イコさん!アタッカーランキング6位で、特に旋空弧月に関してはボーダーで1番の人!

イコさん、この218番ブースにいるのが、ゆまちこと空閑遊真!玉狛第二のエースアタッカー!』

 

彩笑が仲介する形でお互いの名前と特徴を知った遊真と生駒は、改めて挨拶をする。

 

『ま、そういうわけや。初めましてやな、空閑遊真くん』

『遊真でいいよ。こちらこそ初めまして、いこまさん』

『おう。それじゃ遊真、早速ランク戦やらんか?色々自己紹介するより、これが一番手っ取り早いやろ』

『ほうほう、それもそうですな』

 

手合わせすることが自己紹介と言っても過言ではないアタッカーの性からか、2人はテキパキと段取りを進めるが、

 

「ちょっ、イコさん話が違うよー!ボクとランク戦するって言ったじゃん!」

 

生駒の隣にて、対戦する気満々だった彩笑がプンプンと怒りを露わにしつつ、ちょっとだけ悲痛そうな声で抗議した。それを見た生駒は『あかん、すっかり忘れとったわ』と言いたげな表情を浮かべてから、両手を合わせて頭を下げた。

 

「すまん!いやでも、地木ちゃん堪忍して。先に遊真と1戦だけバトらして。この通りや!」

「もー、仕方ないなぁ……。じゃあ、思わず笑っちゃうような面白いこと言ってくれたら許す!」

「いやいや地木ちゃん!?さらっとハードル高いこと言わんといて!?」

 

慌てる生駒を音声で察した村上は、クスッと笑い、

 

『空閑、ランク戦はちょっと待て。今から生駒さんが面白いこと言ってくれるそうだ』

『面白いこと?』

 

遊真も誘って生駒へのハードルを釣り上げた。

 

(面白いことやと……っ!?)

 

無茶振りに等しい状況に置かれて、生駒は全力で考えた。生駒はかつてボーダーにスカウトされ、三門市に来たばかりの頃、

「関西人でしょ?面白いこと言って!」

という無茶振りを散々振られた経験から、今この場で答えるべき最適解を導く。

 

(この状況やと、遊真と鋼に俺の姿は見えてへん。ということは動きがあって笑わせるタイプのものはアウトや。せやったら求められるのは親父ギャグに近いような……、言葉だけで笑わせるモノやな!)

 

言葉だけで笑わせる、というジャンルに絞った生駒は脳内にリストアップされているギャグリストから、直感で選択する。あまり時間をかけてはハードルが上がる一方であるため、速攻勝負に生駒は打って出た。

 

「ふっ……。いくで……!」

 

自信などない、だがそれを態度に出しては面白さは絶対に半減する。それを知る生駒は自信満々な態度を演じながら、渾身のギャグを放つ。

 

『速報!チリで内戦勃発!東西に分断!』

 

『『『…………』』』

 

生駒の渾身の一撃は、長い長い沈黙の末に、

 

『……さて、村上先輩、ランク戦の続きしましょうか』

『よし、やるか』

 

彩笑によって無かったことにされた。

 

『えっ!?それヒドない!?』

『イコさん、さっきのはボクの無茶振り含めて無かったことにしますから、忘れよ?』

『振っといてそらないで地木ちゃん!』

 

生駒の抗議は虚しく、彩笑と村上はテキパキとステージ設定を決めてランク戦を開始した。そして残された遊真に関しては、

 

『いこまさん、ちりって何?』

『ウソやろおい!!?』

 

そもそもチリという国の知識が欠落していたためギャグが伝わっておらず、生駒はキレのある突っ込みを披露することになった。

 

 

ちなみに、それからしばらくの間、『チリ』『内戦』『東西』といった単語が出る度に彩笑が笑う姿をチームメイトが目撃したため、生駒のギャグはそれなりに彩笑に刺さっていたのだが、生駒本人がそれを知るのは、しばらく先の話だった。

 

*** *** ***

 

彩笑と村上が設定したステージは河川敷A、ラウンド数は5。

川をまたぐ橋に転送された2人は、素早くトリガーを展開して臨戦態勢を整える。

 

(グラスホッパー!)

 

先に動いたのは、機動力に勝る彩笑だった。足元に展開したグラスホッパーの反発力で、一気に間合いを埋める。速くとも、直線的で読みやすい特攻を見て、村上は冷静に左手に待ったレイガストで防御の構えを取る。だが、彩笑はそこから続けざまに分割したグラスホッパーを展開して、速さを存分に生かしたピンボールに動きを繋げた。

 

軽量かつ小柄ゆえに生み出される速さは目で追いかけるのが困難なほどだが、村上はそれを見極める。

 

(このパターンだと、動きのほとんどが陽動で、最後に背後からの刺突に繋がる動きだな)

 

高速機動ゆえに現れる動きのパターンからフィニッシュの形を逆算した村上は、タイミングを合わせてシールドモードに展開したレイガストを背面に回す。するとまるで、そこに吸い込まれるように彩笑が飛び込んでいき、レイピア状にしたスコーピオンは刺突と共に甲高い音を奏でて砕け散った。

 

「くぅ……っ!」

 

悔しそうな表情を浮かべて彩笑が苦悶の声を上げる間に村上は態勢を整え、反撃に移る。

 

「スラスター」

 

盾にしたレイガストにスラスターを付与し、薙ぐように振るった。太い風切り音を纏って迫るレイガストを、彩笑は身を引いて回避するが、村上はそこから右手に持った弧月を軸にして連続で斬撃を放つ。アタッカー4位の名に恥じない鋭さと疾さ併せ持つ斬撃だが、彩笑はそれを全て避けて、時にいなし、僅かな隙を掻い潜ってカウンターのような攻撃を織り交ぜる。

 

彩笑の回避を見て、村上は思わず舌を巻いた。

 

(1対1になって、意識を全部地木に向けると、理想的な回避をしてるのが嫌でも分かるな。旋空を警戒して弧月の先に身体を残さないし、いなし方もこっちの動きを限定してくる感じで……、地木が避けやすい形に、自然と誘導されてる)

 

紐解けば理論や理屈で説明できるものを、彩笑は感覚でやってのける。その、ある種天賦の才とも言うべきものに、村上はほんの少しの羨望を覚える。だが、

 

「そこに勝ち負けは関係ないな」

 

その羨ましさを払拭して、村上は攻撃のギアを上げた。一層速く、鋭くなった村上の連続攻撃を前にして、彩笑はついに回避が追いつかなくなり、弧月を正面から受けた。

 

「ふ……っ、くぅ…っ!」

 

武器と体格の差が否応でも出る鍔迫り合いに持ち込まれ、彩笑の旗色が一気に悪くなる。刃の峰に左手を当てて必死な表情で持ちこたえる彩笑に、村上は問いかける。

 

「地木、どうしてブランクブレードを使わない?」

「やだなー。今、使ったら、ボクも斬られちゃいますよ」

「今、じゃない。オレと勝負してる時、地木はただの一度もブランクブレードを使わないじゃないか」

 

会話をしながらでも鍔迫り合いを続ける2人だが、耐えきれなくなった彩笑が何とか村上を弾いてステップを踏んで、剣の間合いから逃れた。構えを崩さないまま、2人は会話を再開させる。

 

「ブランクブレードを使わない理由……村上先輩ならとっくに気付いてるんじゃないですか?」

「……()()だろ」

「正解でーす!」

 

言いながら村上が動かして存在をアピールしたのは、左手に持つレイガストであり、それを見た彩笑はニコッと笑い、楽しそうに言葉を紡ぎ、答え合わせをする。

 

「ブランクブレードは相手が剣でガードしようとした部分をピンポイントですり抜ける技なので、遮蔽物に隠れられたら当てられないんですよ」

「やっぱりな」

 

ガードしようとして構えた剣の部分に、自分が振るったスコーピオンが当たる瞬間にスコーピオンを解除し、相手の剣の間合いに腕が入った時点で再展開して切る、というのが彩笑が考案したブランクブレードだ。しかし本人が言うように、遮蔽物に……、シールドモードにしたレイガストの影に相手の身体が隠れてしまっていては、斬ることができない。

 

防御をすり抜けるブランクブレードは、決して万能な技ではない。

 

村上はそれを看破することに成功したが、技の特性を見抜かれた彩笑には、一切の悲壮感が無かった。むしろ、見抜いてくれたことを楽しんでいるかのような、そんなそぶりすらあった。手品のタネが知れて尚、楽しそうにしているマジシャン(彩笑)の心境が理解できなかった村上は、その真意について問おうとした。

 

「地木、どうして……」

「隙あり!」

 

しかし彩笑はその問答に答える事はせず、初撃と全く同じ展開で間合いを詰めてピンボールに持ち込んだ。ピンボールを前にした村上の対応は、一貫してパターンを読んでカウンターを合わせるものだ。

 

(これは、左右すれ違いざまに何度も切りつけてくるパターンだな)

記録映像(村上の脳内)にあるものと、今のピンボールの初動を照らし合わせてパターンを読み、攻撃を先読みして防御の構えを完成させる。だが、万全の構えを貼ったはずの村上の視界が、痛みとともに左右真っ二つに割れる。

 

「なっ……!?」

 

背後からの縦一閃に裂く斬撃、村上がそれを把握するのと同時に、

 

『トリオン伝達脳破壊。村上ダウン』

 

無機質なアナウンスが届き、自身が敗北したことを認識した。

 

次戦のためにすぐにトリオン体は再生され、回復した村上は正面で笑みを見せる彩笑に問いかけた。

 

「新しいパターンか?」

「ふっふーん、どうでしょうね?新しいパターンを覚えたかもしれませんし、もしかしたらあの速さで即興で動きを組めるようになったのかも?」

 

はぐらかすように答える彩笑の笑顔はどこまでも蠱惑的で、村上が困るのをとても楽しんでいるように見えた。少し考えて、村上は彩笑の言葉の真意を探るのを諦めた。

 

(新しいパターンか、高速機動に即興性を組めるようになったのか……。いずれにせよ、地木が成長してるのは間違いない、か……)

 

その答えはここからの戦いで探せばいいと結論付けた村上は、1つ、心に浮かんだ懸念を口にした。

 

「なあ、地木。お前、仲間を困らせてないか?」

「困らせてると思いますね!咲耶には毎日わがまま言ってます!」

「ああ、違う。そういうのじゃなくて……」

 

毎日わがままで振り回されてる月守に同情しつつ、村上は感じた懸念を、より正確な表現に言い換えた。

 

「そうじゃなくて……、お前の成長に合わせて、仲間に無茶させてないかってことだ。地木の速さに合わせてくれる月守からすれば、お前の動きの幅が広がるってことは、相当サポートが難しくなるんじゃないかと思ったんだが……、その辺はどうなんだ?」

 

ともすれば彩笑の成長の在り方を非難しているような言葉だが、村上にはそんな意図はまるでない。ただ自身の経験に……、止まらない成長を続けた結果、仲間がついてこれなかったかつての経験と重ね合わせただけの疑問だった。

問いかけられた彩笑には、そんな村上の真意を知るよしもない。だから彩笑は、ただ素直に、今までずっと感じていた当たり前のことを答えとして村上に伝えた。

 

「んー、今日明日くらいなら、咲耶に苦労はかけるかもです。でも、ここでボクが遠慮したら、それこそ明日にでも咲耶と神音ちゃんに置いていかれちゃうから、毎日必死ですよー」

 

手を抜けば置いていかれるから、毎日が必死。

それを聞いた村上は、

 

(ああ……。いいな、そういうの)

 

切磋琢磨していく関係の仲間が羨ましいと思った。決して、今のチームに不満があるわけでは無い。

成長についてくるだけでなく、成長を競い合える仲間という存在。かつての自分がどうしても欲しかったものだったから、それを持っていて、かつ、その状況を楽しんでいる彩笑が、眩しく思えた。

 

羨ましいと思われていることを知らない彩笑は、無邪気に、村上から一本取れたことを喜ぶ。

 

「先制できて幸先は良し!このまま全タテします!」

 

生意気な宣言をする彩笑を前にして、村上は小さく笑みをこぼした。

 

「はは、面白いこと言うな。…じゃあ、全タテできたら、さっき言ってたみたいに、カゲのところでメシを奢ってやる」

「やったー!村上先輩、その宣言忘れないでくださいよ!?後からやっぱ無しとか言わないでね!」

「忘れないし、そんなことは言わないさ」

 

自信に満ちた声で村上は言い、彩笑は心置きなく無料チャレンジに挑む。

 

自分が持つもの全てをかけて刃を交えて力比べをする2人の表情には、今が楽しくて仕方ないという感情が色濃く浮かんでいた。




ここから後書きです。

彩笑書くのは楽しい。こいつマジで人生楽しんでるんだろうなって感じがして羨ましいです。


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第97話「アタッカーフェスティバル後編」

昨日、友でありライバルである村上鋼に、

「明日ランク戦しないか?会わせたい奴がいるんだ」

と言われて、しぶしぶロビーに来た影浦だが、そこには呼び出した本人の姿は無かった。

 

『来たぞ。どこにいる?』

村上にメッセージを送るが、返事は来ない。ちっ、と、盛大に舌打ちをして影浦はロビーにあるソファにドカッと勢いよく座った。

 

影浦のその行動で、ロビーにある大きなモニターを見ていた周囲の訓練生たちが彼に気づき、目線とともにヒソヒソとした声を口にした。

「おい、あれが例の8000点没収の……」

「Aまで行ったのに落ちてきた……」

彼らの声は影浦にまでは届いてないが、どういった意図で話しているかは分かっていた。

 

『感情受信体質』

他人からの感情を肌で感じとるサイドエフェクトを持つ影浦は、言葉など聞こえなくともその奥にある気持ちをダイレクトで受信するため、下手な言葉で濁ることなく相手の真意を汲み取ることに長けていた。

 

嘲笑、という言葉が当てはまる感情を、針が刺さるような痛覚で受信した影浦は、ピクリと片眉をあげる。格下に舐められているこの状況は彼の神経をひどく逆撫でし、自然とトリオン体の右手に力が入った。

 

(……あと一刺し来たら、釘を刺すか……)

 

影浦がそう心に決めた次の瞬間、

 

「おい!始まるぞ!」

「おお!マジかよ!」

 

周囲の訓練生の目がモニターに一斉に向き、興奮を滲ませた声があちこちから上がった。

 

(あ?こいつら何を……)

周りの反応に首を傾げつつも、影浦は目線を彼らと同じモニターへと向ける。するとそこには、俄かには信じがたいものが表示されていて、

「……どういう状況だ?」

影浦は思わず首を傾げたのであった。

 

*** *** ***

 

遡ること十数分前。

 

彩笑は村上が提案した「お好み焼き無料チャレンジ」に無事失敗した。2タテまではしたが、そこから3連敗を喫した。

 

「お好み焼きが……」

しょぼんとしながら彩笑がブースに戻ってくると、一足先にランク戦を終えた生駒が、空閑と通信越しで話し込んでいた。

 

『いやでも、遊真お前ほんまに速いな。寄られたら詰むでこれ』

『どうもどうも。でもいこまさんも凄かったよ。旋空弧月だっけ?あれって、あんなに伸びるの?』

『お、よくぞ聞いてくれたな。あれこそが俺にしか出来ん唯一無二の必殺技や』

 

彩笑は2人の会話をBGM代わりにしながらスコアを見ると、3ー2で遊真の勝ちとなっていて、その上遊真は初戦を取っていた。

(ゆまちって、初見には特に強いよね。やっぱり、経験値の積み重ねがボクたちより多いんだろうなぁ……)

実戦に勝る経験はないのかなと彩笑が考えていると、ブースの通信に割り込みが入った。

 

『面白そうなことやってんじゃん』

『おれたちも混ざっていい?』

 

声のみでそれが誰だか分かった彩笑は、プレゼントを貰った子供のような笑顔を見せた。

 

『米やん先輩に駿!いらっしゃーい!』

『うお。地木ちゃん相変わらず元気いいな』

底抜けに明るい声で挨拶された米屋は苦笑しながら言葉を返し、それに緑川が続く。

『これって、みんなで個人戦回してる感じ?だったらこの前、遊真先輩と地木先輩と約束したから戦っていい?』

『いいね!ゆまち、どうする?』

『ちき先輩にお任せします』

『あはは、ありがと!じゃあ駿、ボクと戦おーよ!』

『オッケー!』

対戦が決まった2人は手早くステージを決定し、早速ランク戦を始めた。

 

『よっしゃ。じゃあ白チビ、今日こそやろーぜ!』

『お、いいよ。やっとよーすけ先輩と戦えるね』

彩笑と緑川に続き以前から対戦願望があった米屋と遊真がマッチアップすると、

『じゃあ、残った俺たちも戦いますか』

『せやな。今日は負けへんで』

必然と、残った村上と生駒の対戦が決まった。

 

 

ほぼ同時に始まった3つの対戦は、ランク戦ロビーにあるモニターへと表示され、広場でたむろしていた訓練生や正隊員の目が、一斉に画面へと集まった。

 

ボーダー屈指のスピードスター同士の対決。

A級アタッカーと有望ルーキー。

ボーダーに数人しかいないソロポイント1万点越えのランカー同士の一騎討ち。

 

見逃すには勿体なさすぎる対戦カードを前にしてロビーのボルテージが上がる中、

 

「はは、まるで祭りだな……。どれ、俺も混ざるかな」

 

黒コートを纏った1人のアタッカーが顎髭をさすりながら、とても楽しそうな表情でそう呟いた。

 

 

 

組み合わせを変えながら対戦を何度か回したところで、再び彼らの通信回線に割り込む声があった。

『随分楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ』

落ち着いたトーンの奥に嬉々とした色を潜めた声を聞き、彼らは一瞬驚く。そんな中、彩笑がいち早く笑顔でその声に応えた。

 

『うわっ!太刀川さんまで来ちゃった!』

『なんだよ地木。俺が来ちゃいけなかったか?』

『いーえいえ!大歓迎です!Welcome to the fest'!』

『地木、日本語で頼む』

『これくらい分かるでしょ!』

簡単でしょー!と彩笑はテンション高く言う。

 

彩笑の明るさと太刀川のマイペースな会話で空気が和む中、1人、遊真だけが首を傾げていた。

『うーん……おかしい』

『ん?どうした空閑?』

遊真の呟きに気付いた村上が声をかけると、遊真が心底不思議そうな声色で答えた。

 

『たちかわさんが来てからモニターの表示が、少しおかしくなった。オサムは機械がおかしくなることを「バグ」って言ってたけど、これってそうなの?』

『おかしいって……、どんな風になってる?』

遊真の異変に全員が気づき、どうしたどうしたと口々に言いながら状況の説明を待った。

 

すると遊真はおもむろに、

『んっと……、たちかわさんのポイントだけ、すごく高い。4位のむらかみ先輩と比べても、3万点くらい高いんだけど……、やっぱりバグか?』

太刀川がいるブースに表示されている45461というソロポイントを見て、それをバグだと言った。

 

遊真の言わんとすることを理解した、瞬間。

『あっはははは!!』

彩笑は思わずと言った様子で笑ってしまった。

 

『え?どうしたの?』

いきなり響き渡った彩笑の笑い声に戸惑う遊真に、彩笑が「あーおかし!笑いすぎてお腹痛い!」と言ってから答えた。

『ゆまち!それ、太刀川さんの本当のソロポイントだから!バグじゃないから安心して!』

『バグじゃないのか……』

畏敬の念を込めて遊真はそのポイントをじっと、見ていた。

 

なかなか収まらない笑い声に、太刀川は苦笑しながら反論した。

『笑いすぎだろ』

『あはは!ごめんなさーい!』

『地木、お前……その謝り方だと絶対反省してないだろ』

太刀川は「ったく……」と言いながら、後でランク戦という名のお灸を据えることに決めた。

 

まだ少し続く笑い声を無視して、太刀川は遊真に話しかけた。

『玉狛の白いの……、空閑遊真、だったな。こうしてちゃんと話すのは初めてだから、一応名乗っとく。太刀川慶だ、よろしく』

『どうも初めまして、たちかわさん。前の試合、解説してくれたよね』

『そうそう。あの時の空閑はいい動きだったし、何より発想が面白かった。お前とやり合うのはもうちょい先かと思ってたが……、まさかこんなに早く闘えるなんて、嬉しいぞ』

太刀川は言葉に、今自分が感じている楽しさや嬉しさをそのまま乗せて話す。偽らざる本心からの言葉は遊真の嘘を見抜くサイドエフェクトにかからず、遊真は太刀川が心底戦闘を楽しむ人種であることを悟る。

 

『ん?太刀川さん、ゆまちと戦いたいの?』

『ああ。だめか?』

『んーん!全然良いよ!ただ、1人余るなーって思って』

『奇数だから仕方ないし、1人は休憩ってことでいいだろ』

余る1人をどうするか彩笑が提起した問題に太刀川が無難な答えを提示した瞬間、

 

『じゃあ、おれが入ろう。そしたら人数はちょうど良くなるでしょ』

 

太刀川と並ぶ実力者である迅悠一の声が、響いた。

 

『迅!』

『迅さんっ!』

迅の声に真っ先に太刀川と緑川が反応して、それに続いて、

『ヤバいヤバい!迅さんまで来ちゃったっ!』

『今日はどないなっとんねん』

彩笑と生駒が驚きに満ちた声を出した。

 

全員の注目を集めた迅は、笑いながらここに来た理由を答えた。

『いやー、今日は本部ですれ違う人みんなの未来がこれに集まってたからな。折角だし、おれもお祭り騒ぎに乗ろうかなと思ってね』

『理由なんてどうでもいい。迅、早速戦おうぜ!』

ソロ一位である自分と互角に戦える数少ないライバルの登場に熱くなった太刀川は、我先にと迅へと試合を申し込む。が、

『太刀川さん抜け駆けはずるいっすよ!オレも迅さんと一戦交えたいんですから!』

太刀川に近い戦闘マニアの米屋がそれに抗議し、

『……太刀川さんと米屋には悪いが、オレも迅さんとは戦ってみたい。まだ一回も対戦したことがないんだ』

静かな声に闘志を滲ませた村上もそこに割って入った。

 

迅との対戦権を巡る彼らを見て、遊真は感心したように口を開いた。

『迅さんモテモテだね』

『だろ?でもどうせモテるなら女の子にモテたいな』

『モテないの?迅さんならサイドエフェクト使えば、そういうのって難しくないんじゃないの?』

『おれは、そういうことに極力サイドエフェクトを使わない』

『おお、迅さんカッコいいね』

 

いつにもなく真面目な答えを返した迅に、遊真は心から感心した言葉を返すと、彩笑がいたずら心に満ちた言葉を投げかけた。

 

『えー?迅さんモテないんだ?じゃあ、ボクがデートしてあげよっか?』

『地木ちゃんが?』

『うん!時間は今からで、場所はここ!ランク戦デートしよ!』

抜け駆けで迅との対戦を希望した彩笑だが、

『オイこら地木!その抜け駆けはずるいぞ!』

太刀川が目ざとくそれに気づいて釘をさすと、彩笑はさして悪びれもせずに、

『ごめんなさーい!』

お祭り会場に来て浮かれる無邪気な子供のような声を返した。

 

なかなか迅の相手が決まらない中、生駒が折衷案を出した。

『決まらんし、いっそメンバー適当に分けてチームランク戦形式でええんとちゃう?折角こんなメンバーが集まったのに、普通にソロ戦だけって何かもったいないやろ。普段なら出来んことやろうで』

 

生駒の意見を聞き、他の7人がしばし固まって沈黙が流れた。そして長いようで一瞬だった無音を、彩笑が破った。

『え、イコさんその発想すごくない?天才じゃん』

『せやろ?試合ごとにメンバー入れ替えれば色々なパターンで対戦できるし、めっちゃお得やろ』

『お得やね!』

にしし、と笑いながら関西弁で答えた地木に対して生駒は内心、

『え?この子何なん?あざと可愛すぎるやろ?』

と思ったつもりだったが、

『イッコさーん!心の声が口から出てる!』

彩笑の指摘通り生駒の心の声は綺麗に口から漏れ出た上に通信回線にて全員に聴こえており、

『しもた!』

やってしまったと言わんばかりに、生駒は口を押さえた。

 

それが素なのか演技なのかはさておき、それを聞いた彼らの間には暖かな笑い声が溢れていた。

 

 

 

 

 

和やかなムードに包まれながらも、全員が高レベルの戦闘員ということもあり、チーム分けやルール決めになると途端にスイッチが切り替わった。真剣な表情に見合う真面目さを持ってルール決めをした結果、弧月を主軸にするメンバーで固めた弧月チームことチーム名、

《男なら弧月だろ》

と、スコーピオンをメインとするスコーピオンチーム、

《さいそくよち!》

の2チームに分かれて試合を行うことになった。

 

チームごとに通信回線を組み直し、それぞれで作戦会議が行われると、彩笑が真っ先に、

『向こうのチームさー、バランス良すぎない?ソロ一位に攻守完璧に最長のリーチに槍だよ?』

ぶー、とむくれながら不満を口にした。傾きかけた彩笑の機嫌を取るように、緑川が「でもでも」と前置きをしてから自チームの優位を挙げた。

『スピードなら確実にこっちでしょ。地木先輩いるし、速さ負けは絶対しないよ』

緑川の意見に、迅が同意する。

『だな。だから、速さでかき回すのを基本戦術にして、あとは臨機応変に行こう。オペレーターがいたらもう少し戦術の幅を広げられるけど、それは向こうも同じだ。各人の機転で試合を動かしていくか』

 

迅の語る試合予想を聞き、遊真は純粋な疑問として問いかけた。

『こういう時って、迅さんはどれくらい未来が視えてるの?勝ち負けとか、もう分かってたりしないの?』

『うーん……こういう時は、ある程度行き着くだろうなって未来は何個か見えてるから、どっちの勝率が何割くらいは分かってるけど、そこにたどり着くまでの道筋が膨大…って感じだな』

『ふーん……。つまりまだ未来は決まってないんだね』

それが分かればいいや、と、遊真は呟いた。

 

スピードでかき回すという基本戦術に納得した彩笑だが、そこに彼女は意見を加える。

『最初の動きだけは決めた方がいいと思うなー』

『最初の動きって言っても、向こうの出方次第じゃないの?』

そう緑川が疑問を呈したが、彩笑は悩まず答えを返す。

『向こうの初手は、太刀川さんが迅さんに突っ込んで来るの一択じゃん?』

『『ああ〜』』

遊真と緑川が納得したように声を揃えると、

『うん、それは間違いない。今視えてるどの未来でも、向こうの初手は全部それだ』

迅がサイドエフェクトにて太鼓判を押した。

 

太刀川さんどれだけ迅さんと戦いたいのか、と遊真が思っていると、彩笑がニヤっと笑んで、

『作戦ってほどじゃないけど……、こういうのはどうかな?』

普段、ランク戦で隊長をしている時の癖で、嬉々として作戦を提案した。

 

*** *** ***

 

カウントダウンがゼロになり、2チームによるランク戦が始まった。開幕と同時にレーダーに目を向けた太刀川は、すぐに向こうの動きに気づいた。

 

『向こうは2人がバッグワームしてるな』

『あー、ホンマですね。誰や?』

『こっちから使ってない2人が視認できました。隠れてるのは空閑と緑川です』

『そっすね。迅さんがマンションっぽい建物の屋上に陣取って、そこから少し離れた東方向の大通りに地木ちゃんが待ち構えてるって感じっすね』

 

戦場を頭の中に描いた太刀川は全体に指示を出す。

『よし。迅には俺が行く。村上は地木を抑えて、生駒と米屋は俺と村上の中間の位置で待機して、どっちに奇襲が入っても援護できるようにしてくれ』

『村上了解』

『生駒了解』

『米屋了解』

戦況と布陣を共有した4人は、迷わず行動に移る。機動力では向こうが圧倒的に勝っているため、それの差を少しでも減らすためには動き出しの速さで補うしかないと、全員が直感で理解していたからだ。

 

トン、トン、トン、と、太刀川はサブ側にセットしているグラスホッパーをリズム良く踏みつけて空中を闊歩し、自分がいた場所から、迅がいる建物の屋上めがけて最短距離を翔ける。スナイパーやガンナーなどの射程持ちがいない上に、相手からの奇襲を受けても対処できる自信があるからこそ、太刀川には臆することなく最短で距離を詰める。

 

「よお、迅」

屋上に降り立った太刀川は迷うことなく左腰の鞘から弧月を抜刀し、構える。

「来ると思ってたよ、太刀川さん」

それに答えながら迅も右手にスコーピオンを展開し、戦闘態勢に入る。

 

「まさかとは思うが……、この下に緑川や空閑が潜んでて奇襲……なんて、つまらないことはしてこないだろうな?」

「さあ、どうだろうね。不安なら確かめてみたらどうかな?」

勿体ぶりながら迅が促すと、太刀川は「それもそうだな」と呟き、

 

「旋空弧月」

 

小さく後方に跳躍すると同時に旋空を放ち、建物ごと切り裂く形で迅へと攻撃した。

 

「うおっと!」

 

大げさな声とは裏腹に、迅は余裕を持って太刀川の旋空を躱す。

 

「なんだ、誰もいないのか」

 

斬られて露わになった建物の内部に着地した太刀川は、誰もいないことを確認すると、安堵にも似た感情がこもった言葉を吐いた。これで迅との1対1ができると思い、心が緩んだ、その一瞬、

 

「エスクード」

 

太刀川を挟み込むような形で、迅がエスクードを展開した。虚をついて生成されたバリケードは太刀川を挟み込んで封じるべく迫りくるが、

 

「これは甘いだろ」

 

太刀川はそのエスクードを跳躍して回避し、エスクードの生成が完成したところで着地し、そこを足場にして太刀川は迅との間合いを一気に埋めた。

 

勢いよく振り下ろされる弧月を迅は体捌きで避け、そのまま反撃に転じる。太刀川はそれを受太刀して防ぐが、迅はそこからスコーピオンの軽さを生かした連続技へと繋げ、太刀川はまたそれを全て防ぐ。少しでも大振りになったり技と技との間に僅かな呼吸を挟めば、互いにそれを見逃さず攻守が切り替わり、一瞬の気の緩みすら許されない斬り合いとなる。

迅は予知で太刀川の動きを先読みし、太刀川は膨大な経験と勘により迅の太刀筋を見切る。余計な思考を挟む間もない高速戦闘は、側から見れば決まった型をなぞっている演舞にも見えた。

幾度となく刃同士がぶつかる音が響き、一際大きな音が鳴ったかと思えば両者は鍔迫り合いへと持ち込んでいた。

 

ギリギリギリ、と鈍い響きと共に力比べをする2人の表情は笑顔だった。

「やっぱりお前と戦うのは楽しいぞ。ワンセットで死なない奴は久しぶりだ!」

「どーも。おれも、先が視えてるのに攻めきれない相手は随分久しぶり、ですよ!」

強い語気と共に迅は鍔迫り合いによる力比べを抜け出し、フリーにした左手にもう一つのスコーピオンを展開した。

「来たな、2本目!」

それに応えるように太刀川も右腰に差していた弧月を抜刀し、二刀流となって両者は再び合間見える。

 

笑顔で挑んでくる太刀川を見て、迅は一瞬だけ、試合開始の直前に仲間が言ってくれた言葉を思い出した。

 

ーとにかく、ボクたちで他の3人、引き受けますよ!ー

ーだから迅さんは、太刀川さんとの戦いを思いっきり楽しんじゃってください!ー

 

そして、その過去の言葉に対して迅は今、

「ありがとう」

そうお礼を言い、太刀川との戦闘に全神経を集中させた。

 

 

 

 

 

かつて頂点を競い、繰り広げられていた名勝負が再現される一方、

「かかりましたね!」

村上と相対した彩笑は笑顔が笑顔で言い放つと、

「悪いね、むらかみ先輩」

「3対1だよ!」

大通りにある建物の影に隠れていた遊真と緑川がバッグワームをまとったまま姿を現し、村上を取り囲んだ。

 

「おっと、これはキツいかもな」

状況を理解した村上は右に持っていた弧月と左に持っていたレイガストを素早く左右持ち替え、それから仲間に連絡を入れる。

『こっちに空閑と緑川もいます。援護、頼みます』

生駒と米屋からの連絡を聞くより早く、ボーダー最速クラスの3人が同時に動いた。

 

「「「グラスホッパー」」」

 

機動力系アタッカーの必須トリガーとも言えるグラスホッパーを展開した3人は、周囲を高速で跳び回って撹乱するような動きを取った。村上は辛うじて視線で黒い影を追いながらも、すぐに悟る。

 

(1対1なら問題なく対処できるが……、流石に3人同時は、ちょっと厳しいな)

 

数の上では不利だが、村上はそこまで状況を悲観していない。

理由は2つ。

1つは、この3人はあくまで即席チームであること。アタッカー同士の連携はガンナーやシューターによるものよりシビアであり、質の高い連携にするためには時間を要する。従って即席チームでは出来ることが限られる。

 

 

 

 

並みの隊員であれば目で追うだけで精一杯の速さで動く影が、動きの軌道を急に変えて村上に迫る。

 

(地木か)

 

右手に持ったレイガストをシールドモードに切り替えて、村上は彩笑の一撃を防ぐ。防がれた彩笑は追撃せずに、そのまま村上の間合いを離脱する、と同時に、村上の死角の位置にいた緑川が迫る。

 

(逆方向から緑川)

 

死角の警戒を怠らなかった村上はそれにも気づき、スラスターを噴かせて緑川の攻撃に防御を間に合わせる。

 

「うわっ!」

 

重さで劣る緑川はスラスターに押されて弾かれるが、

 

(ここで空閑か?)

 

その隙を突くように上方から迫ってきた遊真の一撃を村上は左手に待った弧月で防いだ。

 

「ちっ、防がれた」

 

遊真は淡々とした言葉の奥に少量の悔しさを滲ませながらも、態勢を立て直した緑川と同じタイミングで一旦下がり、3人は村上の周囲を回る高速機動を再開させた。

 

 

 

 

相手の出来ることが限られることを知っていた村上は、あらかじめいくつかの予想を立てた。

 

(3人で攻めてくるとしたら、1人を軸にして2人がサポートに徹する形、タイミングをずらして3人が波状攻撃をしてくる形、自滅覚悟の同時攻撃、これくらいか?)

 

その予想を前提として、村上は高い集中力を持ってして3人の動きを良く見た。

 

3人の動きの加速と減速、そのタイミング。

目線や身体の中心の向き。

死角の取り方や誘導の仕方。

 

それらの違和感を観察して拾い、村上は3人の攻撃を凌いだ。

 

違和感を拾ったと言っても、それがなぜ攻撃に繋がったのか、村上は完全には理解していない。正確には、直感で理解は出来ているがそれの言語化はまだ出来ていない。何となく攻撃が来る、というのを予想できただけである。

 

本来なら『なんとなく』という曖昧なものを、違和感として知覚して戦闘に反映させるのは、理論派の村上とは対極にいる彩笑のような感覚派の芸当である。

感覚派たちは『動きを見て』、それ自体に『言い知れない違和感』を覚える。しかし村上の場合は、『動きを見て』それと『記憶の中にある類似したものから最後の攻撃の型が脳に浮かび』、それを『違和感として知覚』していた。

 

『AだからB、そこからCに繋がる』

というのが感覚派だとすれば、村上は、

『Aの時の答えはCであることが多い、だからBである』

という形だった。

 

『違和感からフィニッシュの形を予想する』。それを村上は強化睡眠記憶(サイドエフェクト)によってこれまでの経験のほぼ全てを刻み込んだ脳と身体を持ってして、手に入れた。

村上鋼は感覚派との戦いの中で、彼らの領域に全く逆のアプローチでたどり着いた。

 

守る構えを取る村上は静かに思う。

(理屈は、戦いが終わってからでいい。今はただ、こいつらの攻撃を凌げれば、それでいい)

その場から動かずに守りに徹する構えの村上は、攻撃を凌いでさえいればこの状況を打開出来ると確信していた。その確信の源にあるのは、村上が戦う前に見出した2つ目の理由……普段は敵対し、切磋琢磨して高め合う仲間が、すぐに駆けつけてくれることを信じていたからだ。

 

「旋空

 

遠くから、声が響く。ブレードの間合いでは考えられない、40メートル先から、その声は響く。

 

弧月」

 

生駒達人が呟いた一言と共に振るわれた神速の一太刀は、まるで写真をカッターで切ったかのように、綺麗に市街地を一文字に斬り裂いた。

 

『生駒旋空』

通常ならば「旋空」の起動時間は1秒であり、その間弧月の長さは15メートルにまで拡張する。しかし生駒は「旋空」の起動時間を0.2秒まで絞り、そのわずかなタイミングに合わせて高速で弧月を振るい、40メートルという破格のリーチを手に入れていた。

 

ボーダーでは生駒しか使えないリーチの旋空は、村上の頭上すれすれを通り、高速機動に意識を向けていた緑川と彩笑の手足を胴体から分離させた。

 

「うっわ!イコさん達来るの早いっ!」

左足首から下を失った彩笑は素早くスコーピオンで傷口を塞ぎ、そのまま形状を変化させて猛禽類のような脚を形成し、村上達から距離を取る。

「あー、地木先輩の読みが外れちゃったね」

緑川もまた切られた右腕を抑えながら彩笑の隣に並び、

「んー、こうなるとこっちが少しキツくなるね」

唯一、生駒旋空に当たらなかった遊真が、2人の少し前に立つ形で、3人は布陣を組んだ。

 

生駒旋空の間合いからも外れたところで、彩笑は思考を巡らせる。

 

(さーて、ここから先どうしよっかなぁ……。イコさんいるし、建物で視界切れるの嫌だから、広いとこ行こっかな)

 

頭数が揃ったことで整った戦況を前にして、彩笑は普段のランク戦で隊長をやっている時のクセが出て、次の手を打つために耳に手を当てて通信機能を起動した。そして、いつものように、

 

『真香ちゃん、この近くで広い場所ある?』

 

頼りにしているオペレーターに向けて情報を請求したが、当然、今は真香はいない。しかし彩笑はうっかりそれを忘れ、そのまま言葉を続けるが、

 

『そこに移動したいんだけ……、ど……』

 

隣にいた2人がギョッとした目を自分に向けているのを見て、

 

「………」

 

彩笑は自分が何をしたのか気づき、羞恥に襲われ、

 

「……ぅ……、えっと……ごめん。お願いだから、今の、聞かなかったことにしてぇ……」

 

顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに視線を下に向けて、2人にお願いした。

 

もしこれが月守だったなら、

「オッケーオッケー、聞かなかったことにするよ」

と言いながらも胡散臭い笑みか困ったような笑みを見せるところだが、緑川と空閑は、

「ん、分かった!ココア一本で手を打つよ!」

「あ、じゃあ、おれもそれで。ちき先輩って、おっちょこちょいなんだね」

子供相応の笑顔と共にそう言っただけで、彩笑のミスを無かったことにしてくれた。

 

(あぁーもお!2人ともめっちゃいい子!ココアでいいなら何本も奢る!)

彩笑は心の中でそう叫びながら、2人に向けて、

「ありがと……」

はにかんだ表情でお礼を言った。

 

 

 

一方、彼らの仕草を遠目で見ていた3人はどう攻めるか出方を窺っていた。しかし不意に、生駒が口を開いた。

「……なあ、米屋」

「なんすか?」

「遠目やからハッキリとは見えんけど、あれ、地木ちゃん笑うてへん?」

「いや、それいつものことじゃないすか?」

「いやいや、よう見て?なんか、こう……、恥ずかしがっとるけど笑ってる、みたいな感じ、あるやろ?」

「んー……」

言われて米屋と村上は目を凝らすが、そこまではっきりとは分からなかった。笑っているのは見えたが、それがどんな笑顔なのかまでは識別できなかった。

「ちょっとそこまでは分かんないっすね」

「同じく」

2人の回答を聞き、生駒は「そうか」と残念そうな返事を返した。

 

 

 

 

 

なお後日、真相がどうしても気になった生駒は彩笑に直接「あの時何があったん?」と聞くと、彩笑はあたふたした後、その時と全く同じはにかんだ笑顔で、

「ナイショです」

それだけ答えて生駒を悶々とさせ、

「なんで俺の旋空のリーチは40メートルもあるんやぁ!もうちょい短かったら、あの時もうちょい近付けて会話も聞こえたかもしれんやろぉ!」

行き場のない思いを爆発させたのであった。



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第98話「怖いけど甘い子」

前書きです。
夏の間に夏らしい番外編を……と考えていたのですが、なんか気づけば夏が過ぎたので普通に本編更新します。最近の夏は恐ろしく早いようで、私は見逃してしまったようです。


 ボフン!

 

 勢いよくベイルアウト用マットに叩きつけられた彩笑は、軽やかに身体を起こした。

 

「これさー、もうちょい優しく落として欲しいなー。玲ちゃん先輩とか、絶対辛いでしょ」

 

相方である月守と同じ文句を言いながら、彩笑はディスプレイに目線を向けて、戦況を確認する。

 

「なんとかイコさんは相打ちに持っていけたけど……、村上先輩残ってるのは辛いなぁ。ゆまちに駿、がんばれ」

 

呟いた後、彩笑は太刀川と迅との戦闘も確認したが、楽しそうに戦う2人の姿を見て、あれこれ考えるのはヤボだなと思い、視線を逸らした。そして、遊真と緑川に口止め用のココアを買うために一旦ブースから出た。

 

 ホールでは多くの訓練生の目が、戦いを映しているモニターに集まっていて、ブースから出てきた彩笑は誰にも気付かれることなく、自販機へと向かう。すると、途中で、

 

「あ、カゲさん見っけ」

 

後から来る、と村上に連絡を入れていた影浦雅人を見つけた。

 

「カゲさんカゲさん」

 

「あ?地木か?」

 

ソファに座っていた影浦の隣に彩笑はちょこんと座り、幼子のような無垢な笑顔を見せた。

 

「カゲさんも来てたなら参加すればよかったのにー。そしたらみんなと戦えたよ?」

 

純粋な好意と疑問をぶつけてくる彩笑に対して、影浦は口元に当てていたマスクを取って答える。

 

「オレはここに来てから鋼に連絡入れたっつの」

 

「ありゃ?村上先輩、気づかなかったのかな?」

 

足をプラプラさせながら話す彩笑に、影浦はモニターを見ながら質問した。

 

「おい地木。あの、白い頭の奴は誰だ?見ない顔だから新人だろうが、やたら動きがいいな」

 

「ゆまちだよ?カゲさんとボクが、次のランク戦で戦うチームのエース」

 

「……ああ、玉狛の『クガ』って奴か。んだよ、鋼と荒船はあんなのにやられたのか」

 

「ボクもやられちゃったよ?」

 

「マジか」

 

「ついでに駿と……あとイコさんも!」

 

多くの正隊員が空閑に負けているという事実を彩笑から聞かされた影浦は、真剣みを増した目でモニターを見る。

 

「ほお……。最初、鋼と荒船が負けたって聞いた時はゲラゲラ笑ったもんだが、実際の動きを見ると笑えねえな」

 

「でっしょー?カゲさん、早速手合わせしたくなっちゃったんじゃない?」

 

ニヤニヤとしながら彩笑が少し態勢を下げて見上げるようにしながら尋ねると、影浦はニヤリと好戦的な笑みをこぼした。

 

「はっ!新人の情報収集に付き合ってやる義理はねーよ。それに、どうせ初めてバトるなら、ランク戦本番の方が燃えるだろうがよ」

 

「あー、そういう考えもアリだねー。美味しいものは後で食べる的な!ボクは先に食べちゃうけど!」

 

 笑みを崩さない彩笑を前にして、影浦は素直に、疑問をぶつけた。

 

「……むしろ、オレからすればランク戦直前に敵に情報出してるお前の方が理解できねーな。不利になるとか、少しは考えねえのかよ」

 

「あはは、やだなーカゲさん」

 

棘がありつつも偽りの無い本音を受けて、彩笑は一層楽しそうに笑い、

 

「ボクだって、ゆまちに手の内全部見せてるわけじゃないよ?」

 

影浦同様に、本音を少しだけ吐露した。彩笑の言葉を聞いた瞬間、影浦の背中に悪寒が走った。

 

「……っ」

 

感情受信のサイドエフェクトを持ってして受信した彩笑の感情を、影浦はなんとか言語化しようとする。

 

(冷たさ……、闘志……、値踏み……、色んなものがゴチャっと混ざってるが、それのどれもが、今のコイツを表すには足りねえ。例えるなら……氷で出来た獣に舐められたみてえな……)

 

 言葉を消して思考を巡らせる影浦だが、無言になった彼に、彩笑はキョトンとした表情で声をかけた。

 

「カーゲさーん?起きてるー?」

 

呼ばれたことで意識を無理やり戻した影浦は、何もないように取り繕ってその声に答える。

 

「あ?授業中のオメーじゃあるまいし、起きてるっつの」

 

「ちょっ、カゲさんその言い方ヒドくない!?っていうか、誰からそれ聞いたの!?」

 

「月守以外にいねーだろ」

 

「あいつめっ!」

 

ガルルル、と、警戒する小型犬のような反応を彩笑は見せた。実のところ影浦が今言ったことは咄嗟に出た嘘だったのだが、すんなりそれを真実だと受け入れた彩笑を見て、月守は日頃からそういう奴なんだろうなと、影浦は密かに思った。

 

 彩笑が月守にどうお仕置きしようか考えていると、周囲のギャラリーが大きく騒ついた。

 

「戦況が動いたな。米屋、緑川、あとクガがほぼ同時にベイルアウトか」

 

モニターを見ながら話す影浦に倣い、彩笑も同じものを見ながら言葉を紡ぐ。

 

「だねー。でも残った村上先輩もダメージ大っきいし……、このままベイルアウトして、太刀川さん達に勝ち負け委ねちゃうのがいいんじゃないかな」

 

「だろうな。……、お。とか言ってたら鋼のやつ自分からベイルアウトしたぞ」

 

「やった!ボクの予想当たり!」

 

ニコニコと、まるで無邪気な子供のように彩笑は笑う。

 

 さっき一瞬だけ見せた様子とはうって変わった彩笑を見て、影浦はどっちの彩笑が本当の彩笑なのかと、困惑した。

 

 いつでも笑顔で周りを無条件で元気にしてしまうような不思議な魅力がある彩笑の姿が演技であるとは影浦は思っていない。同時に、それが全てではない無い、とも思っている。しかし、それを意図して隠しているかと言われると、それもまた違うような気もしている。

 

 人の気持ちの機微を見抜ける影浦でも……、いや、気持ちの機微を見抜ける影浦だからこそ、地木彩笑が得体の知れない何かがあることに気付いていた。

 

 正体を探るような思考に没頭して再度沈黙してしまった影浦を不思議がり、彩笑は首を傾げた。

 

「カゲさん、大丈夫?さっきからなんか、難しい顔して悩んでるみたいだけど……」

 

お前のせいだろ、と言いかけて影浦は口をつぐみ、考えていたことを誤魔化すように、外していたマスクを再び口にかけた。

 

「あ?そりゃあ、あれだろ。あのクガって奴をどうやって倒すか考えてんだよ」

 

「えー?カゲさんもボクと同じであんまし深く考えて戦うタイプじゃないんだし、考え過ぎたら逆に上手くいかなくなるんじゃない?」

 

「おい地木、今さらっとバカにしたな?」

 

「シテナイヨー?」

 

にしし、と白い歯を見せながら悪戯っ子のように笑った彩笑は、上体で軽く反動をつけてぴょこんとした動きで席を立った。

 

「どっか行くのか?」

 

「うん。ココア買ってブースに戻って、またランク戦!」

 

「そうか。おい、もし試合の間に一息つくようなら、鋼にオレが来てるって言っといてくれ」

 

「わかりました!ちゃんと伝えておきまーす!」

 

 変わらぬ笑顔で「カゲさんバイバーイ」と言った彩笑は、元々の目的地である自販機めがけて歩き始めた。

 

 その後ろ姿を見ながら、影浦は右足をあげて左膝の上に置いて足を組み、小さく短いため息を吐いた。

 

(ったく……相変わらず地木のやつと話すと調子狂うぜ……)

 

 お世辞にも、誰からも親しみやすいとは言えない影浦にとって、彩笑は全く自分に怖がらずに接してくる後輩女子であり、影浦にとって珍しく存在だった。苦手なわけではないが、他に同じように接してくる人が少ないため、影浦は度々彩笑の対処に戸惑うことがあった。

 ただそれは決して不快な戸惑いではなく、むしろどこか楽しさが伴った不思議な感覚であった。

 

 その楽しさにつられて影浦は機嫌を良くして、自然にマスク越しで笑っていた。

 

 どちらかと言えば珍しく機嫌が良い影浦であったが、その背後……声を潜めれば会話が聞き取れないほどの距離を取った所に、彼を下に見る目で会話する2人の訓練生の姿があった。

 

*** *** ***

 

 上位ランカーが参加するランク戦で盛り上がっていた頃、スナイパー用の訓練室では、

 

「……」

 

 出穂がこの上なく真剣な眼差しでイーグレットを構えて、的に狙いを定めていた。その後ろから、

 

「はい、もうちょい右。もっと、もっと右だ」

 

当真がアドバイスをしているが、彼の隣に立つ真香は、

 

「いやいや、ちょと左、左だよ〜」

 

ニッコリと楽しそうに笑いながら、当真と真逆の指示を出していた。

 

「右だろ?」

 

「左ですー」

 

右、左、と交互に言い合う2人に、焦らされ続けた出穂がとうとう痺れを切らした。

 

「あー!どっちなんすかもう!」

 

プンプンと怒る出穂だが、2人はどこ吹く風と言わんばかりに、涼しい表情で答える。

 

「おいおい。師匠の座を引き継いだ俺だぜ?信じるなら俺の方だろ?」

 

「そうだよ出穂ちゃん。当真先輩が師匠になったんだから、当真先輩の言うこと聞かなきゃダメだよ?師匠の座から降りた私の言うことなんて聞かなくていいんだよ?私の言うこと聞いてくれなくても、私全然悲しくなんてないんだからね?」

 

「いやそれ、和水師匠絶対気にしてるやつですよね!?」

 

「んー、どーだろーねー?」

 

ニコニコと楽しそうに、真香は出穂の指摘を受け流すように答えた。

 

 先輩2人にいじられる出穂を、少し離れた席で千佳とユズルの2人が見ていた。

 

「うーん……ユズルくんはどっちだと思う?」

 

「右かな。的を見れば分かるけど、夏目の狙撃はちょっと右に寄ってるし……。でも、構え方に姿勢自体は悪くないから、一回コツというか感覚を掴めば一気に伸びるど思うよ」

 

「へぇ……ユズルくんすごいね、見ただけでそこまでわかるんだね」

 

千佳は素直に感心してその思いを言葉にしたが、あまりに真っ直ぐな褒め言葉を貰ったユズルは照れ臭くなり、

 

「……これくらい、そんな大したことじゃないよ」

 

右手で頰を軽く掻いて、照れ臭さを誤魔化すようにして言った。

 

 その仕草や声の感じからユズルに親しみやすさを覚えた千佳は、ふと、訓練前にユズルが呟いていたことについて尋ねた。

 

「ユズルくん、そういえば……訓練前に和水先輩が怖い人って言ってたけど……あれはどういう意味だったの?」

 

質問に対して少しばかり意外そうな表情を返したユズルだが、視線を真香たちに向けながら、すぐに質問に答え始めた。

 

「どういう意味って……言葉通りだよ。あの人、今でこそ笑ってここにいるけど……一時期は気が狂ったみたいになってた時があって、あれがあの人の本性なのかなって思うと、軽々しく仲良くするのは怖いなってだけ」

 

「気が狂ったみたいに……?」

 

訝しむように首を傾げた千佳を見て、ユズルは彼女がその当時の出来事を知らないのだと判断した。

 

「そう……。まあ、和水先輩からは言わないと思うけど……。でも逆に、質問されたら隠さないで話すとも思うから……自分で聞いてみればいいと思うよ」

 

「そっか……。今度、聞けそうな時があったら和水先輩に聞いてみるね。ユズルくん、教えてくれてありがとう」

 

「……別に、お礼を言われるほどのことじゃないけど……。……どういたしたして」

 

笑顔で感謝の言葉を贈る千佳に戸惑いながらも、ユズルきちんとお礼を言うことができた。

 

 そして、そんな2人のやり取りを、

 

(やーもう甘酸っぱい!千佳ちゃんはともかく、絵馬くんは初々しくて良きかな良きかな!)

 

真香は人様にお見せできないようなニヤケ顔で聞いていた。

 

 幸いにも一番近くにいた出穂と当真の目線は訓練場の的に向いていたため、そのニヤケ顔は誰にも見られることはなかった。普段は落ち着きを払う真香だが他人の色恋沙汰に対しては別であり、後輩である千佳とユズルとの会話に混ざったほんの少しの甘酸っぱさに反応し、勉強とランク戦で培った頭脳をフル回転させた。

 

(千佳ちゃんは普通に仲良い男の子として絵馬くんを見てるっぽいけど絵馬くんはそうじゃないよね千佳ちゃんにちょっとドキドキしてる感じするよね絵馬くん良いよ千佳ちゃんの素朴な優しさに惹かれたのかないずれにしても千佳ちゃんにフラグ立てたのはお目が高いよもうちょっと絵馬くんがグイグイ行くようならフォロー入れた方がいいよねいやむしろ入れなきゃダメなんなら今すぐにでもフォロー入るかいやそれは時期尚早まだちょっと様子見してああもうこの甘酸っぱい関係が尊すぎてニヤニヤが止まらな)

 

言語化能力を超える速さで2人の仲を考察する真香は、半ば無意識に表情を隠すために左手を口元に持っていき、途切れ途切れ聴こえてくる2人の会話を解析して考察を続けた。

 

 放っておけば延々とそれを続けていたであろう真香だったが、

 

「あ、真香、いた」

 

 背後から聞き慣れた声で名前を呼ばれた事により、意識を現実へと引き戻した。

 

 振り返るとそこには、獣耳仕様ではない方の隊服を着た天音がいた。いつもと変わらない無表情を浮かべる天音に、真香はなんとかニヤケ顔を抑えて、色恋モードになっていた脳を必死に通常モードに戻してから、柔らかな笑みで呼びかけに答える。

 

「しーちゃん?こんなところまで来てどうしたの?」

 

真香はまず素直に疑問を口にした。ここは何と言ってもスナイパーの訓練室であるため、他のポジションの隊員が来ても面白みはあまりない場所である。せいぜい、凄腕スナイパーの狙撃ぶりを見て、

 

「変態だなぁ……」

 

と、腕前を再確認するくらいしか、旨味はない。疑問を覚えた真香の問いかけに対して、天音は迷わずに答えた。

 

「真香を、捜してた。お願いしたい、こと、あったから……」

 

「お願いしたいこと?何々?」

 

 果たしてどんな頼み事なのだろうかと、真香は小首を傾げながら予想を立て始めた。

 

(来月は受験だし、それ関連の頼み事……は無いよね。しーちゃんが自発的に学校の勉強をするわけないし……。となるとランク戦関係かな?次の試合に向けた調整を今からしたいとか、かな)

 

そしてものの数秒でランク戦に関する頼み事だと予想を立てた真香に、天音はどこか落ち着かない態度を見せた。

 

 あたりを憚るように視線を左右に揺らしてから、その僅かに碧みがかった黒い瞳で真香を不安げに見つめる。天音はそれからほんの少しだけ躊躇い、そして意を決したように小さく呼吸を取ってから、

 

「その……今週の金曜日……14日、だから……。……美味しいチョコ、用意したい、ん、だけど……」

 

顔をほんのりと赤くさせながら()()()()()()、藁にもすがる思いで真香に頼み事をした。

 

 天音は要件の核となるワードこそ言わなかったが、「14日」と「チョコ」という言葉と、困っていながらも照れ臭そうにする天音を見て、十分すぎるほど要件を把握し、

 

「オッケー!そういうことなら私に任せて!」

 

先程頑張って沈めた色恋モードを全開にさせて、親友の頼みを引き受けたのであった。

 

*** *** ***

 

「コーコアココア♪コッコアココアー♪コッコッアコーコア♪」

 

自販機でちゃんと遊真と緑川へのココアを買えた彩笑は両手に1つずつココアを持ち、ご機嫌になりながらブースへと戻っていこうとしていた。

 

 ホールの大きなモニターを見る分には試合の決着が着いたようで、太刀川がボロボロの身体でありながらも弧月を空に向けて突き立てて、勝利の雄叫びのようなものを叫んでいる姿が映っていた。

 

「あはは、太刀川さん子供みたいに喜んでる」

 

呆れつつも羨ましく思いながら彩笑は呟いたが、その直後、さっきまで仲良く話していた影浦の姿が視界に入った。椅子に踏ん反り返るように座る影浦が何やら不機嫌そうに訓練生2人に何か言っている様子を見て、彩笑は、

 

(あー……あの子たち、カゲさんのサイドエフェクト知らないで、軽はずみに悪口でも言ったんだろうなぁ……。噂に踊らされて色々言っちゃうタイプの子、カゲさんめっちゃ嫌うタイプだから……多分それ方面の悪口だ)

 

大体なんとなく状況を察した。

 

 実際に状況は彩笑の察した通りである。彩笑が席を立った後に2人の訓練生が、過去の暴力沙汰で影浦がソロポイントを没収された件を小馬鹿にするような話をして、影浦が『感情受信体質』のサイドエフェクトにてそれを察知し、ついつい彼らを呼び止め、そこを彩笑が目撃した状態だった。

 

 似たような事は以前にも何度かあったので、それらの経験も幸いして、彩笑はそれなりに的を射た予想を立てていた。ココアを持ちながらテクテクと歩く彩笑は、

 

(カゲさんうっかり怒らないかな……?)

 

影浦がカッとなって手を出してしまわないかハラハラしていたが、幸いにも影浦はすぐに何かを言いながら手を払って追い出す動作を見せたので、彩笑はひとまず安堵した。

 

 しかし、その安堵もつかの間……、影浦から十分に離れたと判断した2人の訓練生が何やらコソコソとした動きをし始めた。例えるなら……人の悪口を小声で話して嘲笑するような、そんな動きだった。

 

 彼らの動きを見てしまった彩笑は咄嗟に影浦へと視線を向けた。彩笑の視線のピントが影浦に合うのと同時に、

 

「……おい、おめーら」

 

影浦はマスクをつける仕草をしながらゆっくりと立ち上がろうとしていた。特別大きな声ではないが、言葉には突き刺さるほど鋭い敵意が込められたせいか、離れた場所にいる彩笑にも影浦の声は届いた。

 

(ああ、これはマズイやつ!)

 

声を聞いた瞬間にそう思った彩笑は、無意識に両手の缶を上に放り投げ、空いた手を迷わずポケットに伸ばした。

 

「やっぱ待て」

「トリガーオン」

 

言葉を重ねながらトリオン体に換装した彩笑は、迷わずメインとサブにセットしたスコーピオンを展開した。

 

「「はい?」」

 

2人の訓練生が訝しみながらも振り返る寸前、影浦と彩笑の手が一瞬煌めく。

 

そして訓練生が振り返った、その瞬間、影浦と彩笑の手が鋭く動き、ホール内でブレードが壊れる甲高い音が響き渡った。

 

「は?」

「え?」

 

当事者である声をかけられた無傷の訓練生や、音に驚き振り向いただけで事情を知らない多くの隊員たちは、何があったのかと騒ついた。

 

 

 

『マンティス』

 

 二本のスコーピオンを繋げるようにして展開する事により、リーチを伸ばして普通の刀身を越える間合いで切りつけることが出来る技であり、影浦が考案して得意としている技である。

 

 影浦はマンティスで2人の訓練生を斬りつけようとしたが、少し離れた場所にいた彩笑が同じくマンティスで対応し、影浦のスコーピオンを真横から叩きつけて訓練生を守ったのであった。

 

 しかし、今このホールでそれを完全に理解しているのは、当事者である影浦と彩笑……そして騒ぎの直前に試合を終えてホールに出てきた村上の3人。そしてマンティスの仕組みは理解できていないものの、彩笑が影浦の妨害をしたという事実を理解しているのは、村上と共にホールに出てきた遊真だけであり、他の隊員には何があったのか分からなかった。

 

 妨害をされた苛立ちから、影浦は彩笑に向けて刺すような目を向けて声を荒げた。

 

「おい地木!テメーこの……っ!」

 

荒々しい声で呼ばれた彩笑だが、それを全く意に介していないと言わんばかりに笑顔を見せて、直前に上に放り投げて落ちてきたココアをキャッチしながら言葉を紡いだ。

 

「あはは!カゲさんどうしたのー?」

 

「どうしたのじゃねえ!テメ、邪魔を……っ!」

 

ワナワナと震えながら話す影浦だが、彩笑は笑顔を絶やさずに答える。

 

「えー?カゲさんボクが()()()()()()()()()ー?ってかそもそも、()()()()()()()()()()()()()()()ー?急に大っきな声出してどうしたの?」

 

疑問形ではあるものの、煽るような雰囲気は微塵もなかった。むしろ声は落ち着いたものであり、影浦はその声と内容、そして彩笑から向けられる感情から、彼女はこの件を何もなかった事にしようとしているのを察した。

 

(チッ……。正直、あのガキ共は腹が立って仕方ねえが……、ここはあのバカに免じて、見逃してやるか……)

 

沸々とした怒りを腹の中に沈めながら、影浦は彩笑の形だけの疑問に答えた。

 

「いや、何でもねぇよ。オレは何もしてねぇし、お前も何もしてねぇな」

 

「でしょでしょ?」

 

影浦が引いてくれたことを安心しながらも喜んだ彩笑は、そのまま小走りで未だにキョトンとしている訓練生の元に駆け寄り、声をかけた。

 

「やあやあ2人とも、こんなところでポヤーっとしてどうしたの?ほらほら、ココアあげるからさ、今すぐ落ち着いた場所に行ってグビっと飲みなよ!美味しいから!」

 

無理やりココアを渡された2人はますますキョトンとしたが、彩笑が優しく2人の背中をトントンと叩いた甲斐もあって、不思議そうな表情を浮かべながらもゆっくりとホールの出口へと向かって行った。

 

 2人が移動していったのを見て安堵した彩笑だったが、その直後に、

 

「あー……ココア買い直さなきゃじゃん……」

 

ココアをまた買いに行く二度手間を背負った事に気付き、しょんぼりとうなだれた。がっかりして重くなった足取りで彩笑は影浦の元に行くと、合流した村上に影浦が何があったのかを一応説明しているところだった。そこへ、

 

「ちき先輩、さっきのってスコーピオンだよね?」

 

遊真が確信を持った目で彩笑に質問をしてきた。

 

「うん、そうだよ。仕組みはね……」

 

鋭い指摘をする遊真を前にして、彩笑は嬉々として質問に答えようとしたが、そのタイミングで彩笑のスマートフォンが着信を告げる音楽を奏でた。相手別に設定してある曲によって真香からの電話だと気付いた彩笑は、

 

「ごめんね、ゆまち。ちょっとだけ待ってね」

 

遊真に申し訳なさそうに謝ってから、素早く電話に出た。

 

「真香ちゃん、どうしたの?何かあったの?」

 

てっきりチーム内での伝達事項か何かだろうと思っていた彩笑だったが、

 

『地木隊長!お赤飯案件発生です!』

 

電話口の真香から、とても嬉しそうな内容と声が返ってきた。予期せぬ内容に軽く驚いて耳を傾ける彩笑に、真香はどことなく興奮した声色で詳細を告げた。

 

『しーちゃんが!14日に向けて!美味しい手作りチョコを用意したいって言ってます!今から材料買いに行って練習しますから!地木隊長も来てください!』

 

「え!?ほんと!?」

 

ガチでお赤飯案件だ!と喜んだ彩笑だったが、珍しく冷静に頭が働き、一応本人確認して真偽を確かめなければ……と思ったが、

 

『ちょっ、真香……!美味しいチョコ、っては、言ったけど、手作りとは、言ってない……!』

 

真香のそばにいたらしく電話口から天音の抗議の声が聞こえたことによって、脳内で彩笑の冷静さを司る部分は消し飛び、残る部分を司る全ての彩笑がお祝いのファンファーレとクラッカーを連発していた。

 

「真香ちゃんオッケー!ボクも今すぐそっちに行く!」

 

そう言って彩笑は電話を切り、スマートフォンを再度ポケットにしまった。そして大人しく質問の答えを待っていてくれた遊真を見て、非常に申し訳ないと感じながら、

 

「ゆまちごめん!」

 

両手を合わせて謝罪の言葉を口にしてから、

 

「えっと……!重大かつ緊急的な事件というか用事が出来たから、ボク今すぐ行かなきゃいけない!質問の続きはまた今度!」

 

目にも留まらぬ速さで振り返って駆け出して、振り返らずにホールを急いで出ていった。

 

 

 

 

 この日、この瞬間を境にして……彩笑と真香と天音の3人はある意味でランク戦以上に熱を捧げたといっても過言ではない、苛烈な数日間を過ごし、決戦の日……2月14日を迎えることになった。




ここから後書きです。

最近とある人のゲーム実況動画を観たんですよ。元々応援してた「とある方」がいたんですけど、「その方」を色んな事情で素直に応援しにくくなって……、今回観たのは「その方」の『対戦相手側』の動画でした。変わってしまった「その方」を『対戦相手側』の人は複雑な思いを抱きながらも、それでも「その方」ならこう考える、こう動く、こう判断する……それを信じ切って戦い抜いた動画で、あれはもはや1つの物語でした。ああ、感動ってこういう事を言うんだな……ってしみじみとなりました。

あと、呟くやつ始めました。まあ、ほぼ呟くことは無いんですけど、ワールドトリガー公式アカウントをフォローしたいがために始めました。

次話は、冬定番の甘いやつです。レシピとかで見る「砂糖適量」「砂糖少々」とかの「適量」「少々」って結局いくらなのか……。


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第99話「美味しく食べて欲しい、その心が大切」

 2月12日。平日ではあるものの、この日は防衛任務が入っていないため地木隊にとってはオフであった。そしてそのオフを利用して、彩笑、天音、真香は市内のスーパーマーケットに行き、2日後に控えるバレンタイン用のチョコの材料を買いに来ていた。

 

「真香ちゃん、とりあえず板チョコ買えばいいの?」

 

学校帰りから直行ということもあって制服姿の彩笑がカートを押しながら、お菓子コーナーへと向かいながら確認するように問いかけると、左隣を歩く真香が柔らかな笑みを浮かべながら頷いて肯定した。

 

「はい。今日は練習も兼ねて色々作ってみるだけなので、板チョコに限らず、今日買う分は適当でいいです。余ったら明日用に回してもいいですし、最悪……私たちのお腹の中に入れてしまえばいいですから」

 

「あはは!それもそうだね!」

 

気を良くした彩笑の足取りは自然と僅かに速くなり、真香はその事に気付きつつも、特に言及はしなかった。

 

 棚とか人にぶつかったりしないかな、と真香は彩笑の事を心配しつつも視線を右に向けて、自分と同じ早さで歩く天音に焦点を合わせた。すると、ずっと前からこちらを見ていたのか、それとも今たまたまこっちを見たのかは分からないが、2人の視線が交錯する。目が合うと同時に、天音は無表情ながらも何処と無く気まずそうに口を開いた。

 

「真香、あのね……」

 

「うん、なに?」

 

「その……、私、本当に、普段料理、とか……お菓子、作ったり、しないん、だけど……。それでも、作れる、の、かな……?」

 

心底自信なさげに話す姿を見て、いつもランク戦や防衛任務で見せる頼もしさはどこへ行ったのかと思ったが、むしろ天音は戦闘や運動以外は不得手なものが多かったのだと思い出して、真香は明るい声で笑ってみせた。

 

「大丈夫大丈夫。やってみれば案外いけるし……、それに今日はあくまで練習。14日に渡す用のチョコを作るのは明日なんだから、今日は本当に気楽にお菓子作りを楽しめばいいの」

 

「……ん、わかった」

 

真香の言葉に安心感と納得を覚えた天音は小さく頷いた。

 

 

 

 

 数日前に天音が「美味しいチョコを渡したい」宣言を、真香と彩笑は「月守先輩(咲耶)に美味しい手作りチョコを渡したいってことだよね」と解釈し、彼女らは行動に移った。真香曰く、

 

「こういうのは手書きの手紙と一緒で、自分で作って渡すから意味があるんです。月守先輩って案外ちょろいところがあるので、市販品じゃないってだけでグッと来ると思います。とはいえ、ぶっつけ本番で作って不恰好すぎるのは流石にアレなので、一回練習しましょう。それでしーちゃんにそういうセンスがどうしようもないくらい無かったら、前日に市販品購入作戦に移行するということで」

 

との事で、今日はその『練習』に当たる日だった。本来なら本番2日前ではなく、もう少し余裕を持たせたかったが天音の宣言のタイミングと3人の都合が合う日が今日と明日しか無かったため、半ば強制的にこの日程となった。

 

 

 

 

 事情が事情とはいえ、やはりもう少し日程に余裕が欲しかったなと真香が考えながらスーパーを歩いていると、目的地であるお菓子コーナーへとたどり着いていた。

 

 甘い誘惑の塊を目の前にして、彩笑は目をキラキラと輝かせる。

 

「真香ちゃん!とりあえず板チョコ何枚必要?」

 

「ひとまず10枚で」

 

「そんなに買っていいの!?」

 

「本当はもっと欲しいくらいなんですけど、今日は練習で数人分作るだけですから、ひとまずこれくらいでいきましょう」

 

「そっか、わかった!」

 

今日明日において料理監督を担う真香のゴーサインが出た事により、彩笑は普段ならば買わない量のチョコを買い物カゴに積み重ねていく。真香としては、余れば作戦室のお菓子にすればいいという考えの他にも、普段キッチンに立たないという2人の腕前の予測がつかないため、余分に買っておこうという考えの方が強かった。

 

「真香、あと、何買う……?」

 

彩笑と共に買い物カゴにチョコを入れ終えた天音に尋ねられ、真香は少し悩むそぶりを見せてから、

 

「薄力粉……バターとかグラニュー糖も欲しいかな。あとなんだかんだで使うから、ホットケーキミックスと卵と牛乳も買おうか」

 

「ん、わかった」

 

天音はキョロキョロと周囲を見渡し、トコトコとした足取りで言われた物を探し始めた。

 

 そんな天音を彩笑はカートを押して追いかける。真香は一歩後ろをついていきながら、小さな隊長の背中に向けて確認するように問いかけた。

 

「地木隊長、あの……、この後本当に、地木隊長のお家にお邪魔してもいいんですか?」

 

控えめな声を一字一句聞き逃さなかった彩笑は首だけ振り返り、真香に視線を合わせてニコッと笑いながら答える。

 

「いいよー。っていうか、お菓子作る練習に使えそうな場所、ボクん()くらいしか場所ないじゃん?」

 

「まあ……ここからしーちゃんの家は遠いですし。私の家も……ちょっと2人を上げにくいので……」

 

「ほらね?そもそもボクん家が一番ここから近いんだし、こう……ごうりてきじゃん?」

 

彩笑は朗らかにそう言う。自宅に他人を招くのになんの躊躇もなく、それが当たり前だと言わんばかりに話す彩笑を見て、真香は羨ましく思えた。

 

 だって、自分にはそれが出来ないから。性格的にも、家の実情的にも、出来ないから。

 

 心に暗い影が差しかけたが真香はそれを振り払って、彩笑の提案を改めて受け入れた。

 

「ふふ、そうですね、合理的ですね」

 

「でしょ!」

 

にしし、と彩笑は無邪気に笑い、それにつられて真香も自然と笑顔を返したところで、

 

「真香、あった」

 

真香に頼まれた品物を見つけてきたであろう天音が戻ってきて、丁寧にカートへと詰めていく。

 

 卵、ホットケーキミックス、牛乳……と真香がチェックしていくと、ミスとまでは言わないが1つ惜しい点に気付き、嗜めるように小さく苦笑いした。

 

「あー……、しーちゃん、牛乳はこれじゃない方がいいかも」

 

「……?」

 

 不思議そうに天音が首を傾げ、

 

「え?なんでなんで?」

 

彩笑もキョトンとした様子で真香に理由を尋ねた。

 

 真香は天音が持ってきた成分調整牛乳を手に取って、理由を説明し始めた。

 

「お菓子のレシピに書かれてる『牛乳』って、大抵が『成分無調整』のものなんです。生乳だけで出来ていて、水や添加物とかで成分を弄ってないものですね。一応規定では、乳脂肪分が3%以上、無脂乳固形分が8%以上ってなってますけど……大体は乳脂肪分は3.5%くらいかな。それで、今しーちゃんが持ってきたのは、『成分調整牛乳』というもので……すごくざっくり言うと、牛乳とか低脂肪牛乳とかのカテゴリーに分類できない成分バランスの牛乳です」

 

 唐突に始まった牛乳説明会だが、普段その事を意識しない天音は真剣に真香の説明を聞き入れる。

 

「この『成分調整牛乳』が全くダメってわけじゃないですけど……、殆どのレシピで『牛乳』を想定してるので、『牛乳』以外をレシピ通りの分量入れちゃうと、上手く膨らんでくれなかったり、水っぽくなりやすいんです。もちろん、それでも美味しく作れるコツもありますけど、今回は2人ともお菓子作りがほぼ初めてという事でレシピ通りいきたいので『牛乳』を使いたいんです。あ、見分け方は、パッケージの分かりやすいところに『種類別』っていうのがあるので、そこで見分けられますよ」

 

ひとまず伝えたいことを伝え切った真香だったが、それがちゃんと2人に伝わったか心配でもあった。しかし、

 

「えっと、つまり……美味しく作る、には、その……成分、調整牛乳?っていうの、じゃ、なくて……牛乳の、方がいい、ってこと、だよね?」

 

確認するように天音が言ってくれたので、ひとまず理解してくれたのだと思い真香はホッと胸をなでおろした。そして、

 

「真香ちゃん真香ちゃん!ってことで牛乳持ってきた!」

 

彩笑に至っては天音が確認している間に『牛乳』を確保していた。

 

「あはは、相変わらず速いですね」

 

 感心8割呆れ1割微笑ましさ1割のバランスで真香はそう言い、彩笑から牛乳を受けとってカートの中へと入れた。3人はそうして店内を歩き回り必要な物をきっちり買い揃え、仲良く地木家に向かっていった。

 

*** *** ***

 

(あれ?地木隊長ってもしかして思った以上に育ちがいいのかな?)

 

 スーパーから徒歩10分ほどで辿り着いた地木家を前にして、真香は率直にそう思った。ボーダーからの帰り道が途中まで一緒とはいえ、これまで一度も彩笑の自宅を見たことが無かった真香だったが、地木家は思った以上に立派だった。

 

 庭、車庫付き、二階建ての一軒。日頃から丁寧に手入れをしているのが伺える、真新しく綺麗な外観。車庫には家族車らしき大きめの黒いミニバンが停められており、小さいながらも庭には野球グラウンドにある枠付きのネットがあった。

 

「ささ、入って入って!」

 

笑顔で2人を促しながら慣れた手つきで扉を引く。それと同時に、

 

「ワンワンワン!」

 

家の中から元気いっぱいといった様子の犬の鳴き声が聞こえ、タカタカタカという足音が近づいてきた。

 

(そういえば地木隊長、犬飼ってるって言ってた気が……)

 

真香がそんな事を思い出している間に、家の中から明るいクリーム色の毛並みをしたモフモフ生命体……もとい、ゴールデンレトリバーが軽やかな足取りで彩笑の元にすり寄ってきた。

 

「ナツ〜、だだいま!」

 

 彩笑は買い物袋を持っていない右手で、ナツと呼んだ犬の頭をわしゃわしゃと撫でた。彩笑の小さな手は茶色い毛並みに沈むが、ちゃんと撫でているようでゴールデンレトリバーは気持ち良さそうに笑っているような表情を見せた。

 

(うわ、大っきい……)

 

 初めて間近で見るゴールデンレトリバーの大きさに軽く驚く真香だが、その一方で天音は物怖じせずに彩笑のそばに近寄った。

 

「あの、地木隊長……、この子、触ってみても、いい、ですか……?」

 

「うん、いいよー。乱暴に触らなきゃ、大体大人しくしててくれるからね」

 

「あ、はい……」

 

 彩笑のアドバイス通りに、天音は警戒させないように慎重に左手を伸ばし、壊れ物を扱うように優しく触れた。見ただけで手入れが行き届いているであろう毛並みは案の定柔らかく、天日干し直後の布団のように触り心地が良かった。

 

「わ……、すごい、ふわふわ、して、ます……」

 

「でしょでしょ!毎日お手入れ頑張ってるから!ね、ナツ!」

 

 名前を呼ばれたのを自覚しているらしく、ナツはもぞもぞと身体を動かして呼びかけに答えたかのような仕草を見せた。

 

 彩笑と天音が2人がかりでナツをもふもふなでなでしていると、

 

「あら、さーちゃんお帰り」

 

家の奥から、一目見ただけで彩笑の母だと分かる女性が出てきた。

 

 彩笑ほどではないが小柄で華奢な体つきと、スラっとした手足、どことなく猫を思わせる瞳、彩笑と良く似た色合いの髪。そして何より、楽しそうに笑った時の雰囲気が彩笑と瓜二つだった。

 

「ママ、ただいま〜。あ、昨日言った通り、友達2人連れてきたよ!」

 

「うんうん、見れば分かるわ。キッチンの方も片付けてあるから、自由に使っていいわよ」

 

 彩笑の母はその穏やかな笑みのまま天音と真香を見つめて、柔らかく優しい声で挨拶をする。

 

「初めまして〜、さーちゃんの……彩笑の母です〜」

 

活発な印象の彩笑とは違っておっとりした話し方をする人だなと天音と真香は思いながら、ひとまず挨拶を返した。

 

「地木先輩のお母さん、初めまして。ボーダーで地木先輩のチームで活動させてもらってる、和水真香です。今日は台所をお貸しいただいて、ありがとうございます」

 

真香は誰がどう見ても優等生だと答えるような表情に態度、言葉遣いで自己紹介をして、

 

「あ、えっと……天音神音、です。はじめまして……」

 

天音はいつの調子を崩さずに名乗った。

 

 ぺこりと頭を下げて2人が挨拶したのを見て、彩笑の母はニコニコと微笑み、楽しそうに口を開いた。

 

「真香ちゃんに、神音ちゃんね。……ふふ、本当にさーちゃんから聞かされた通りの2人なのね〜」

 

そこで一度言葉を区切った彩笑の母は、真香をジッと見つめたかと思うと、

 

「真香ちゃんはメガネが似合う美人ちゃんで、頼り甲斐があるというか、落ち着きがあって大人っぽくて……包容力もあって、こう、優しいお姉ちゃん、って感じね〜。礼儀正しいし言葉遣いもハキハキしててるし……声質が良いのかしらね。よく通るけど耳にキンキンってこない、良い声してるわね〜。録音して、毎晩聴きたいくらい。それにしても、真香ちゃんってどんなお洋服でも似合いそうなくらい背が高くて羨ましいわ〜。私もさーちゃんも背が小ちゃいから、背が高くて綺麗な子みると『羨ましい〜』ってなるのよ〜。姿勢もピシッとしてるし、見栄えとか写真写りがすごく良さそう……ううん、良さそうじゃなくて、絶対に良いわよね」

 

ニコニコとした微笑みのまま、真香を褒め殺した。普段、容姿を褒められることがあまりなかった真香は、

 

「え……あ……はい……」

 

戸惑いと照れ臭さが混ざった表情を浮かべ、なす術なく褒め殺され、思考力と語彙力を破壊された。

 

 真香を褒め殺した彩笑の母は、その微笑みを天音へと向けて、

 

「神音ちゃんもさーちゃんが言ってた通りね〜。大人しい感じだけど、存在感があるというか、目が離せなくて……ついつい見ちゃう感じの子ね〜。……じー……。神音ちゃんって、なんというか……天使が間違って地上に来ちゃったのかな?ってくらい可愛らしいのね〜。私もさーちゃんも生まれつき茶髪だから、黒髪サラサラな子ってすごく憧れちゃうし……。え、というかお肌白いし……すごくもっちもちしてそう……。ひたすらプニプニしていたいわぁ……。あとね、なんだかお目目が不思議ね〜。深い海の色というか……、ずっと覗き込んでいたいくらい、綺麗なお目目だわ〜」

 

同じように天音を褒め殺した。生まれつき無表情かつコミュニケーション能力がやや欠けている天音にとって、ここまで面と向かって褒められては本人のキャパシティを容易に越えてしまい、

 

「…………、…………」

 

言語能力ごと破壊される羽目になった。

 

 後輩2人が母親による褒めの暴力を振るわれたのを見て、彩笑はぷんぷんと憤慨した。

 

「もー!ママはそうやって、ボクらが連れてくる人みんなをすぐに誑かすんだから!」

 

「えー?悪気は無いのよ?特にさーちゃんが連れてくる子って、みんなすごくいい子ばっかりだから、気付けば勝手に褒めちゃうのよ」

 

「そりゃそうなんだけどさ!でもママはいきなり褒めすぎなの!ほら2人を見て!褒められすぎてちょっと固まっちゃってるじゃん!」

 

彩笑の指摘を受けた彩笑の母は困ったようにむくれて、頰に指先を当てると、

 

「んー……これでもさーちゃんに怒られないようにセーブしたのにー……」

 

ボソっと呟いた。

 

 辛うじて思考力が回復した真香は、彩笑の母のその呟きを聞き、もしかしたら今日は冗談抜きで褒め殺されて心臓が止まるのではないかと懸念した。

 

 しかし同時に、目の前で楽しそうにじゃれ合うような口喧嘩を繰り広げる彩笑と母親のやり取りを見て、真香はとても自然に、

 

(……ああ、そうか。地木隊長はこの人に育ててもらったんですね)

 

この2人が親子なんだなという事に納得し、思わず羨ましそうな表情を浮かべた。

 

*** *** ***

 

 家の中に招かれてお菓子作りの準備が整うまでの過程で、真香と天音は彩笑の母に何度も褒め殺されながらも徐々に耐性をつけて回復し、なんとかお菓子作りにこぎつける事が出来た。

 

 学校ジャージにエプロン姿の真香は、普段とは違うキッチンに物怖じせず、落ち着き払った声で彩笑と天音に向けて指示を出す。

 

「えーと……それじゃ、改めてお菓子作りを始めますね」

 

「はーい!」

 

真香の声に合わせて、同じように学校ジャージとエプロンに着替えた彩笑が明るく返事をして、

 

「ん」

 

天音も言葉短く答えた。

 

 真香はそのまま2人に向けて、お菓子を作る際の注意事項を話し始める。

 

「始める前に注意事項というか、私が伝えておきたいことがいくつかあるので、まずはそれから入りますね」

 

複数あるという説明に合わせて、真香は利き手の人差し指を立てて1つ目の注意事項を語る。

 

「1つは、食べ物を粗末にしないこと。2人がそんなことするわけないって思ってますけど、いたずらに調味料入れまくったりとか、そういうことは絶対にしないように。そういうのやったら、私は人として軽蔑しますからね」

 

表情自体は笑顔であるものの、その瞳の奥には真剣な色が濃く出ていて、彩笑はこのタブーを破ったら真香ちゃんブチ切れるやつだと直感的に判断した。

 

 次いで真香は2本目となる中指を立てて、2つ目の注意点を語る。

 

「次に、必要以上に慌てないこと。手順を1つ2つ忘れてたからって、慌てる必要は無いので。包丁とか火を取り扱う場面もある以上、不必要の慌ては怪我の元。何かあっても、まずは落ち着いて、それから行動に移りましょう」

 

普段の戦闘で咄嗟の時に半ば身体が勝手に動く天音としては、これは特に意識して守らないとダメかなと思い、それを肝に命じた。

 

 そして真香は薬指を立てて、最後の注意点を話す。

 

「そして最後。……お菓子作りは楽しいものなので、楽しんで作って、最後には美味しく食べましょうね」

 

守れますか?と最後に小さく笑いながら付け加えられた一言に、

 

「オッケー!」

 

「ん、わかった」

 

彩笑と天音はそれぞれ自分らしく返事をした。

 

 そしてその光景を、

 

「うんうん、美味しいお菓子ができるの期待してるからね〜」

 

彩笑の母はほののんとした穏やかな笑みを浮かべながら、スマートフォンで撮影していた。

 

 彩笑は母の行動をジト目で見るが、母はそれを気にする事なく撮影を続ける。

 

「いや、ママ何してるの?」

 

「うん?さーちゃんの初お菓子作りを記念して、動画に収めてるの〜」

 

「もー!流石にこういうの撮られるの恥ずかしいから撮らないでよ!」

 

表面上は怒りながらだが、どことなく照れ臭そうに彩笑は抗議する。しかし母はめげる事なかった。

 

「えー?でもさっきパパとお兄ちゃん達に、『さーちゃんが家でお菓子作ってるよ〜』って連絡したら、みんな速攻で既読ついて『動画で様子を教えて!』ってメッセージ来ちゃったし……」

 

「待って待って待って!?お兄ちゃん達はともかく、なんでパパもすぐに既読付くの!?パパ、ちゃんと仕事してる!?」

 

「ちゃんと仕事してるわよ?だって、『今日は絶対残業しない!しっかり仕事終わらせて定時で帰って彩笑の作ったお菓子食べる!』ってメッセージも来たもん」

 

ニッコニコな母から父の並々ならぬ決意、もとい娘愛を受け取った彩笑はしょんぼりしながら「親バカぁ……」と呟き、それを見た天音がいつも通りの平坦な口調で話しかけた。

 

「地木隊長は、家族の中心、なんですね」

 

「んー、そうなのかなぁ……中心というか……マスコットというか……」

 

 悩ましげに、それでいてほんの少し嬉しそうに語る彩笑に、真香がクスッと小さく笑みをこぼした。

 

「地木隊長。どうせならカメラに向かって堂々と言っちゃえばいいんじゃないですか?」

 

「……真香ちゃん、今絶対面白がってやってるよね?」

 

「いえいえ、そんなことはないですよ?」

 

白々しい笑顔で答える真香の発言をダウトだとするのは簡単だったが、彩笑はそれをせずに折れて、真香の提案を受け入れることにした。というより、こうでもして撮られている事に対して自分の中で区切りを付けなければ、お菓子作りに集中できそうになかったからだ。

 

 彩笑は意図して小さく呼吸を取ってから、キッチンカウンター越しにいる母が構えるスマートフォンに一歩近づいて目線を合わせてから、1つ咳払いを入れた。そしてスマートフォンに向けて、

 

「パパ、学兄ぃ、一兄ぃ。今からボクお菓子作るから、楽しみにしててよね。ちゃんと仕事とか学校とか野球とか終わらせてから帰ってくるように。以上!」

 

いつものような笑顔で、宣言した。

 

「おー」と呟きながら感心したようにパチパチと拍手をする真香につられて天音も拍手を重ねるが、彩笑はすぐにクルッと振り返り、

 

「よし!じゃあ始めよっか!真香ちゃん、まずは何すればいいの?」

 

意気揚々とお菓子作りへと取り掛かろうとした。だが、

 

「あ、さーちゃんごめん。今ちょうど動画切り上げてパパ達に送ってたところだったから、さーちゃんのメッセージは動画に撮れてないの。だから今のもう一回やって?」

 

ニッコリと微笑んだ母の発言に出鼻を挫かれ、恥ずかしい思いをしながらもう一度カメラに向かって宣言する羽目になった。

 

 *** *** ***

 

 ガトーショコラとトリュフ。それが真香が2人に練習用メニューとして提案したものだった。

 

 メニューを聞いた瞬間、天音は無表情のまま固まり、彩笑は露骨に苦い表情を浮かべた。

 

「えー……真香ちゃん、それ大丈夫?ガトーショコラとか難しくない?」

 

「そんなに難しくないですよ。ホットケーキ作るのに一手間二手間加えるくらいの感覚です」

 

「……ほんと?ボクらを騙そうとして、適当言ってない?」

 

疑り深い彩笑の言動を可愛らしく思った真香はクスクスと笑い、

 

「言ってないですよー」

 

嗜めるようにそう言い返した。

 

 案ずるより産むが易し、と言わんばかりに真香は2人にレシピを渡しながら、説明を始めた。

 

「まずはガトーショコラの下準備として、刻んだチョコをバターと一緒に湯煎にかけて溶かしておくのと、型の用意、それとオーブンの予熱があります」

 

 真香の発言を受けて、まずは彩笑がスタスタと歩いてオーブンの前に移動して予熱のセットを始めた。

 

「予熱予熱……真香ちゃん、何度に設定すればいいの?」

 

「180℃です。……というか地木隊長、オーブンは扱えるんですね」

 

「そ、それくらいは出来るもん!」

 

自分が思っていた以上に真香に低い扱いをされた事に彩笑はムクれつつも、きっちり180℃にオーブンをセットする。そしてその間に、事前に真香がキッチン上に用意していた型を見つけた天音が、それを手に取った。

 

「真香、型って、これ?」

 

「そうそう。それにオーブンシートをセットするの」

 

「おーぶん、しーと……」

 

 普段聞きなれない単語に天音は一瞬困惑したが、すぐにさっきの買い物でそれらしきものを購入していたことを思い出して、それを見つけて手に取った。

 

「これ?」

 

「うん、正解」

 

 正解を選んだ天音に、真香は褒めるような優しげな笑顔を送り、天音は不慣れな手つきながらも型にオーブンシートを敷いていく。

 

 天音にオーブンシートを持たせた真香は、次の指示を天音に出した。

 

「しーちゃん、せっかくオーブンシート持ってるからさ、それをまな板の上にも敷いてもらえるかな?」

 

「まな板……?」

 

「うん、そう。ガトーショコラじゃなくて、トリュフの方でそれを使うからね」

 

2つのメニューを同時に進めていくのだと理解した天音は小さく頷いて、素直に指示に従った。

 

 オーブンシートを天音に任せた真香は、予熱の設定を完了させた彩笑に次の指示を出す。

 

「地木隊長、次はチョコの用意しましょうか。今回はガトーショコラでボウル1つ、トリュフでボウルを2つ使うので、ボウル3つを用意します」

 

「ボウル3つだね、オッケー」

 

 普段料理しないとはいえ、勝手知ったる我が家のキッチン。彩笑は迷わずボウルを見つけ出して、それを3つ並べた。

 

「わかりやすくするために、付箋貼りますね」

 

 並んだ3つのボウルのフチに、真香は自前の付箋をペタっと貼っていく。それぞれ、「ガトーショコラ」「トリュフ・ガナッシュ」「トリュフ・コーティング」と達筆な文字で書かれていた。

 

「付箋、いる?」

 

 彩笑が不思議そうに尋ねると、真香は小さく笑みを返した。

 

「正直要らないんですけどね。まあ、不必要な混乱を少しでも避けたいっていうのと……」

 

そこまで言った真香はチラリと視線を、キッチンカウンターの向こうにいる彩笑の母に合わせて、

 

「写真撮った時に、どれがどれなのか分かりやすくするため、ですね」

 

茶目っ気を込めてそう言った。

 

 真香の意図を理解した彩笑の母は、ニッコリと笑んだ。

 

「あらあら〜、そこまで言われたら撮っちゃおうかしら」

 

とても楽しそうにキッチンに移動してきた彩笑母は用意されたボウルを始めとして、お菓子作りに励む3人の姿をパシャパシャと写真に撮っていく。

 

 自分以上にはしゃいでいる母を見て彩笑は気まずさと照れ臭さが入り混じったような表情を浮かべるが、そんな彩笑に真香は声をかける。

 

「でも実際、こうして写真とかに撮ってもらうと後から思い出しやすいんです。なので明日は当然として……来年も再来年も、この時期になったら写真を見返しましょうね」

 

「……うん!そうだね!」

 

真香が言わんとする事を理解した彩笑は明るく返事をして、「ママ、写真たくさん撮っていいから!むしろ撮って!」と(カメラマン)にお願いした。

 

 オーブンシートを天音が敷き終わったところで、それぞれのチョコを刻む作業へと移った。

 

「では、次にチョコを刻んでいきます。使うのは買ってきた板チョコ……ミルクチョコですね」

 

 用意したチョコの銀紙を外そうとしたところで、彩笑が「真香ちゃん」と呼びかけた。

 

「……?どうしました?」

 

「あ、えっとさ……これって、ミルクチョコじゃないやつでも大丈夫かな?例えばこの、ビターチョコとかでもできる?」

 

 彩笑が手に取ったのは、買い物の際に真香がレジを通すまでに気づかなかったビターチョコだった。真香が使おうとしたミルクチョコは十分な量があったため、別にいいかなと思ってスルーしたビターチョコだったが、どうやらそれは彩笑が意図して買い物カゴに入れていたらしかった。

 

 彩笑の提案を受けて、真香は一瞬だけ思案して答えた。

 

「ええ、大丈夫ですよ。地木隊長、何か理由があってビターチョコ使いたいんですよね?」

 

「うん。一兄ぃ……あ、2番目のお兄ちゃんがさ、甘いのちょっと得意じゃないから……」

 

「ああ、なるほど。じゃあいっそのこと、トリュフはビターテイストにしちゃいましょう」

 

ガトーショコラが甘い分バランス取れますし、と真香は小さな声で付け加えた。

 

 必要分のチョコを取り出してまな板の上に置き、それぞれの前に彩笑と天音が包丁を持って並ぶ。

 

「次は、チョコを細かく刻んでそれぞれのボウルに入れます」

 

「刻むのは、どれくらい、細かく、やればいい、の?」

 

天音が最もな疑問を尋ねると、

 

「そこは、まあ……感覚で」

 

真香から酷く曖昧な答えが返ってきた。

 

「……」

 

答えになってない、と言いたげな雰囲気を天音は醸し出すが、それに対して真香は申し訳なさそうに苦笑する。

 

「ごめんね。だって普段作る時って、慣れで大体このくらい……っていうのでやってるからさ」

 

「……え?普段から、真香、こういうの、作る、の?」

 

「普段からっていうか、小腹空きそうになったらその時冷蔵庫にあるもので色々作る感じだよ。今日2人に渡したレシピだって特別調べたものじゃなくて、私がそういう時に作るのを文字に起こしただけだし」

 

さらっと告げられた真香の発言に、彩笑と天音は戦慄する。小腹空きそうだから何か作るという発想そもそも存在しなかった2人に取って、真香の発言は異国人のそれだった。

 

 呆気に取られる2人に苦笑しながら、真香は柔らかな声で指示を出す。

 

「まあ、ひとまず刻んでください。丁度いいところで私が言いますから」

 

もはや完全に先生と生徒の関係になった彩笑と天音は、大人しく真香の指示に従い、チョコをザクザクと刻み始める。

 

 躊躇いなくチョコを刻む2人を撮影していた彩笑の母が、不思議そうに呟く。

 

「……2人とも、普段お料理しないのに刃物を怖がらないのねぇ。少なくとも私、さーちゃんに包丁触らせたことないのに……」

 

彩笑の母の発言を聞いた真香は、

 

(まあ、2人とも普段から刃物は扱ってますからね……)

 

 内心クスクスと笑いながら、そんなことを思った。

 

 

 

 後々になって真香が2人に初めて包丁を持った時の事を尋ねると、

 

「スコーピオンより重くて使いにくかった」

 

「弧月より軽くて使いにくかった」

 

それぞれそう答えて真香を笑わせたのであった。

 

*** *** ***

 

 火にかけた鍋が謎の爆発を起こす、砂糖と塩を間違える……といった不要なミスを起こす事なく、和水先生によるお菓子教室は無事に進んでいった。

 

 ガトーショコラはオーブンで焼きあがるのを待つ段階まで進み、トリュフの方はガナッシュ……いわゆる中身の部分を冷蔵庫で冷やし終わる段階まで進んだ。

 

 冷やし終わったガナッシュを真香の指示で冷蔵庫から取り出した彩笑は、思わずと言った様子で呟く。

 

「おお、なんか……すごい手作りっぽい雰囲気が出てきた……」

 

「はい……」

 

彩笑に同調するように天音はコクコクと頷く。お菓子作りの面白さを感じているであろう2人に、真香は次の指示を出す。

 

「それじゃ、これからこのガナッシュをお団子みたく丸くします。待ち時間でレシピ読んだから分かると思いますけど、冷やしたガナッシュは人肌の温度で溶けてしまうこともあるので、このボウルに張った冷水で小まめに手を冷やしながらやってくださいね」

 

「はーい」

 

「ん」

 

言われた通りに2人がガナッシュを丸め始めたのを見て、真香は静かに次の工程に移った。

 

(あとは2人がガナッシュ丸め終わるまでに、コーティング用のチョコを湯煎にかけて……)

 

頭の中で内容を文字に起こすが、真香の動きはそれより早く進み、最初に用意していたコーティング用の刻まれたチョコが入ったボウルを手に取って、あらかじめ用意していた55℃のお湯を張ったボウルに重ねて湯煎にかけ始めた。

 

 2人の動向に目を張りながらも自分の作業とガトーショコラの焼き上がりも気にかける真香の姿を見て、彩笑の母が動画の撮影を一旦止めて、コソコソと真香の側へと近寄った。

 

「真香ちゃんって、本当に出来る子なのね〜。周りを見ながらバランスを取ってというか……いろんな事を考えながら2人に教えてるのが分かるわぁ……」

 

「あら。ありがとうございます」

 

褒められた事を素直に受け取り、にこりと優等生スマイルを真香は返した。

 

「でも……」

 

「……?」

 

彩笑の母はひどく不思議そうに、小首を傾げながら言葉を紡いだ。

 

「そんな真香ちゃんはさーちゃんのチームメイトで……その、普段はさーちゃんがチームのリーダーで……というか、隊長で、あれこれ指示を出してるんでしょう?」

 

「ええ、そうですよ」

 

真香の即答を受けて、彩笑の母はますます困惑したかのように、頭の上に沢山のクエスチョンマークを浮かべる。

 

 何が不思議なのか、と、真香が詳細を尋ねようとした時、

 

「真香ちゃん、ガナッシュ丸め終わったよ!」

 

彩笑と天音がすべてのガナッシュを丸め終えて、それを知らせてきた。作業をあまり滞らせる事を良しとしない真香は、申し訳なさそうな表情を彩笑の母へと向けた。

 

「すみません、地木先輩のお母さん。そのお話は、また後でしましょう」

 

湯煎にかけ終えたチョコを持って移動して、真香は2人のそばにそのボウルを置いた。

 

「さて、次はこの湯煎したチョコを、ガナッシュにコーティングしていきます。手にコーティング用のチョコをつけて、あとは今丸めた要領でガナッシュにコーティングしちゃってください」

 

チョコが熱く感じると思うので気をつけてくださいね、と真香が付け加えて言うと、2人は楽しそうに湯煎されたチョコを手につけてガナッシュをコロコロと手のひらで回し始めた。

 

 表情に隠さずに出している彩笑は言わずもがな、天音も無表情ながらもどことなくウキウキとした雰囲気であり、2人が楽しそうにお菓子作りをしている姿を見て、真香は安心して胸を撫で下ろした。

 

 不意に、ガナッシュをコーティングしながら彩笑が呟いた。

 

「なんかさ、やってることは違うけど……結局いつもの形だね」

 

その発言の意図を、真香はすぐに理解する。

 

「あはは、そうですね。ランク戦と同じです」

 

「だよね!多分それだからだと思うんだけど、今日初めてやる事のはずなのにすごく安心感ある!」

 

ニコニコと、本当に楽しそうに笑いながら彩笑はそう言う。

 

(お菓子作りを楽しむように、とは言いましたけど……こんなにも楽しそうにしてくれるのは予想外……)

 

 果たして自分にも、こんなに夢中になってお菓子作りをした日があっただろうかと真香が考えている間に、なんやかんやで器用な彩笑と、お菓子作りをモノにしつつある天音は全てのガナッシュをコーティングし終えた。

 

「真香ちゃん、どう!?」

 

自信満々にコーティングし終えたガナッシュを見せられた真香は、バッチリですと言わんばかりに笑顔を返す。

 

「そしたら仕上げで、このピュアココアを引いたバットの中に入れて、コロコロって転がしてあげてください。表面に満遍なくココアがついたら、トリュフは完成です」

 

 真香が言い切るのと同時にオーブンから「焼き上がったぜ!」と主張するチンという音が鳴り、天音がオーブンに素早く視線を向けた。

 

「できた、かな……?」

 

淡々とした口調ながら自信なさげな雰囲気の天音に対して、真香はその不安を煽るように意味深な笑みをこぼす。

 

「ふふ、どうだろうね〜?途中何回か外から確認したけど……焼きすぎてダメになっちゃってるかも?」

 

「うー……。真香、言い方が、イジワル」

 

「いやいや、私も実際そういう経験あるし。……まあ、とにかく開けてみなよ、しーちゃん」

 

そういう経験ある、の部分がガチトーンだったため天音は一層不安になったが、腹をくくってゆっくりとオーブンを開ける。

 

 慎重にガトーショコラを取り出す天音の姿を後ろから見守る真香は、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。

 

「出来てるよ、って答えるのは簡単だけど……その一言で、初めてお菓子を作った時の1番の楽しみを奪っちゃうのはもったいないでしょ」

 

取り出されたガトーショコラの出来栄えは、天音と彩笑の後ろ姿に阻まれている真香には見えない。だが……出来上がったガトーショコラを見て顔を見合わせた2人が零した綺麗な笑みが、確認するでも無く、成功を何よりも証明していた。

 

 

 

 この後、ガトーショコラの粗熱を取る傍らでキッチンを片付けて綺麗にしている間に、彩笑(娘・妹)の手作りチョコを食べたいがために必死になって帰宅した彩笑の父親や2人の兄にも真香と天音は褒め殺され、ゴリ押される形で夕飯までご馳走になり、お菓子を食べた男家族(親バカ&シスコン)が感極まって号泣するという事件が起こるが、それはまた別の話。

 

 

 

 そして地木隊はこの日と翌日の練習を経て、バレンタイン当日を迎えることになる。




ここから後書きです。
世間はハロウィンらしいですが、そんなの知ったこっちゃないバレンタイン編が始まりました。

今回の話を書くにあたって「地木家の設定とか練ってたかな…?」と思って設定集もどきを漁ったところ、彩笑の部屋に関して「サボテン」とだけ書かれたメモは見つかりました。部屋もしくはベランダでサボテンを育ててる彩笑。


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第100話「チョコはおひとついかが?」

(……甘ったるい匂いがする)

 

 ランク戦ラウンド4……、の前日。月守咲耶は、普段家の中に広まらない独特な甘い香りに鼻腔をくすぐられて目が覚めた。もぞもぞとベットから這い出て、素足から伝わる冬場のフローリングの冷たさに身震いしながら、匂いを辿っていく。

 

 たどり着いた先はキッチンであり、そこには朝早くから何やら料理を作っている母の……不知火花奈の姿があった。セーターにロングスカート、その上にエプロンという楽な格好ながらも、料理の邪魔にならないように髪はしっかりと結わえていて、その顔つきは楽しそうでありながらも程よく真剣味の色が灯っていた。

 

 物音に気付いた不知火は振り返り、寝起き姿の我が子の姿を見てやんわりと微笑む。

 

「おはよう、咲耶。起こしちゃったかな?」

「ええ、まあ。……それ、朝ごはんですか?」

 

作っているものの詳細を問われた不知火は、キョトンとした表情を浮かべ、やがて何かを察したようにクスッと笑った。

 

「なるほどね。案外咲耶はそういうのに頓着が無いわけだ」

「そういうの?」

「いやいや、こっちの話。咲耶。悪いけど、ご覧の通り、台所はワタシが使ってるんだ。朝ごはんと君のお弁当はワタシが用意してあげるから、学校の時間までゆったりしててくれ」

 

 普段あまり家に帰ってこず、帰ってきたところで、

「咲耶〜、今日もお酒に合うお摘みを何か作ってー」

と言うような不知火にしてみれば、朝ごはんとお弁当を用意するという提案は意外だった。

 

 どんな意図があるのか……、と月守は勘ぐったが、作ってくれるならその好意に甘えようと思い、「わかりました」と素直に受け入れた。

 

 台所の秘密を死守できた不知火は安堵するが、そのタイミングで月守はあることを思い出し、声をかけた。

 

「花奈さん」

「ん、うん? 何かな?」

「あー……お弁当なんですけど、1品入るだけのスペースは開けてもらっていいですか? 最後そこに、卵焼き作って入れるんで」

「いいけど……、卵焼き? 作ってあげるよ?」

 

卵焼きくらい作れるぞ? と、不知火が不満げに言うと月守は苦笑した。話すのにほんの少しの躊躇いと恥ずかしさに似た感情を覚えるが、その気持ちを心の中に隠しながら、理由を答えた。

 

「……卵焼き入ってないと、彩笑の機嫌が悪くなるんで」

「ああ……そういえば地木ちゃんは、君の作る卵焼きがお気に入りだったね。でも、1日くらい無くてもいいんじゃない?」

「無理ですね。卵焼き無いだけで一日中ヘソ曲げますから」

「あっはっは」

 

不知火は「咲耶!今日卵焼き入ってない!」と言って怒るであろう彩笑を想像して、それがおかしくて仕方ないと言わんばかりに笑った。そして、

 

「……ふふ。君の隣にいてくれたのが地木ちゃんで、本当に良かったよ」

 

月守に聞こえない小さな声で、嬉しそうに顔を綻ばせながら呟いた。

 

*** *** ***

 

 不知火が「我ながらお弁当は自信作だ、お昼ご飯は期待しててくれ」と言いながら渡してきたお弁当を受け取った月守は、いつものように学校へと向かう。

 

 三門市はそこまで雪が降る地域ではないが、2月はまだ寒く、通学路にはマフラーや手袋を着用した生徒の姿が多かった。月守自身も手先が少し冷えがちということもあり、手袋がまだ手放せずいた。

 

「……さむ」

 

 半ば無意識に呟くと、言葉と共に口からは寒さを物語る白い息が漏れた。

 

 いつも通りの通い慣れた通学路だったが、月守はそこに何か小さな違和感を覚えた。いつもと何も変わってないはずなのに、『何か』が違う。でもその『何か』が分からない。

 

「……?」

 

 月守はそんな違和感に襲われながらも、気にせず歩き続けた。こんな寒い中に長居する気など起きず、早く学校に行こうと足を早めようとしたが、

 

「さーくや! おはよっ!」

 

 背後から底抜けに明るく元気な声で挨拶され、出鼻を挫かれた。とはいえそこに不快さは全くなく、月守は微笑しながら振り向いて挨拶を返した。

 

「彩笑、おはよう。朝からテンション高いな」

「どよーんって暗くなるより断然マシでしょ!」

 

そこにいたのはやっぱり彩笑で、挨拶を返された彼女はいつものように笑顔を浮かべながら、普段は持っていない大きめの紙袋片手に月守の隣に並んだ。

 

「今日も寒いねー。コート、もういらないかなーって思ってしまっちゃったのに、今日また出しちゃった!」

 

彩笑が言うように、今日の彼女は制服であるセーラー服の上にキャラメル色のダッフルコートを着込んでいた。暖かそうではあるが、他の防寒着は着ていないため、髪の毛で隠れているだけの首元や、丈の長いコートの袖を掴んでいる手は寒そうだなと月守は思った。

 

「手とか首とか、寒くない?」

「さっむい! コートだけでいけると思って油断した!」

 

 案の定、寒かったらしい。寒いなら家出てすぐに戻ってマフラーとか巻けば良かったのに、と思った月守はそれを素直に言葉にした。

 

「一回帰って、手袋とかマフラーしてくれば良かったんじゃない?」

「やー……、今日はちょっと時間無かったの。家出たのもギリギリ」

「そういえばそうだな。俺も、いつもより遅く家出たし」

「ありゃ、そうだね。咲耶、いつももうちょい早く学校行くよね? まさか、もしかして咲耶も準備してたの?」

「……?」

 

準備してた、という言葉の意味がピンと来なかった月守は首を傾げた後、家から出るのが遅れた理由を答えた。

 

「今日は、は……、家の人が、台所使ってたから」

「あー、不知火さん。朝ごはん作ってたってこと?」

「朝ごはんと……、なんか、凄い甘ったるい匂いがするやつ。あれ、なんだったんだろ」

 

月守は心底分からないと言いたげに答えると、彩笑は不思議そうな表情を見せて首を傾げた後、

 

「チョコじゃないの? 今日、バレンタインだし」

 

何てことないように、そう言った。

 

 バレンタインという言葉を聞き、月守の中で今日感じていた全ての違和感が繋がった。不知火が朝から何やら作っていたものはチョコレートであり、通学路で感じた違和感はバレンタインで高揚した生徒の雰囲気によるものだった。

 

 バレンタインというワードを出せたことにより、彩笑は紙袋の中に自然と手を伸ばし、

 

「ってことで、はい! 咲耶にあげる! happy valentine!」

 

ぱぁっと花咲くような笑顔で、紙袋の中から『咲耶へ!』と丸っこい文字が書かれた小包を取り出した。可愛らしくラッピングされた小包みに月守は手を伸ばす。彩笑からは毎年貰ってるな、と月守は思い出しながら、嬉しそうな淡い笑顔を見せた。

 

「あはは、ありがと。これ、手作りっぽいけど、食べてもお腹壊さない?」

「失礼な! そんなこと言うならあげないよ!?」

「それは嫌だなあ。ごめんごめん」

 

謝りながら月守は小包みを受け取った。月守が丁寧に小包みをバックに入れたのを見て、彩笑はニヤリと笑った。

 

「受け取ったね、咲耶。1ヶ月後のお返しには期待してるよ!」

「ホワイトデーね」

「3倍返し!」

 

ビシッと3本指を立てて3倍返しを主張する彩笑を見て、月守は確認するように問いかける。

 

「3倍じゃなきゃダメか?」

「あったり前じゃん! 3倍しか認めない!」

「そうか……。5倍くらいにして返そうと思ったのに、わざわざ3倍に負けてくれるなんて、なんていい隊長を俺は持ったんだろう」

 

わざとらしく月守が言うと、彩笑は慌ててそれを否定しにかかった。

 

「あー! それズル! 5倍! 5倍で!」

「ズルってなんだよ。お返しはマシュマロでいい?」

「文句なし!」

 

3年間の付き合いで相方の扱いを熟知していた月守は、マシュマロでテンションを上げてホクホクとしている彩笑を見て、自然と穏やかな表情を見せていた。

 

 マシュマロをもらえるという約束で満足した彩笑だが、前の方を歩く生徒の中に、クラスの友達を見つけて声を上げた。

 

「咲耶ごめん! みんなにもチョコあげてくるからボク行くね!」

「ん、わかった。……ってか、その紙袋の中全部チョコなわけ?」

「クッキーとかトリュフとか色々! あ、咲耶のはチョコチップクッキーだよ! 自信作!」

 

 そこまで言った彩笑は、「んじゃね! 後でまた!」と言い残して足早に『みんな』の輪の中に入ってあった。

 

「カゲさんゾエさん!おはっよー! 早速だけどチョコあげる! 食べて肥えて!」

「ああ!?」

「こらこらカゲ、落ち着いて」

 

何やら不吉な言葉と共に影浦と北添にチョコを渡す彩笑の後ろ姿を見ながら、月守は先行く彩笑を追いかける形で学校へと向かっていった。

 

*** *** ***

 

 月守や彩笑が学校で授業を受け始めた頃、不知火は自宅のマンションでのチョコレート作りに、一区切りをつけていた。

 

「料理はともかくお菓子作りは大分久しぶりだけど、案外うまくいくものだねぇ……」

 

月守が登校してからすぐに仕上げたブラウニーを前にして、不知火は自信満々にドヤ顔をする。やらないだけで、本来ならば大体のことは出来る程度には不知火の能力はある。ただやらないだけである。YDK(やればできる子)である。

 

 昼頃から出勤してボーダー本部(職場)で配ろうとして作ったブラウニーの数はそれなりにあるが不知火に言わせれば、これはまだ前哨戦に過ぎない。手を抜いたわけでは無いが、これはあくまで()()()に向けたものである。

 

「……さて、と。それじゃあ本番に移ろうかな」

 

リビングのソファーからゆっくりと立ち上がった不知火は、これから作るお菓子に必要不可欠な材料を手に取る。

 

 半透明なボトルの中でゆらゆらと妖しげに揺れる液体……もとい、ウイスキー。言わずもがな、不知火がこれなら作ろうとしているお菓子は、所謂『ウイスキーボンボン』だった。

 

 今すぐそれをグイッと飲みたい衝動に駆られるが、不知火はそれをグッと堪え、

 

(飲んじゃダメだ飲んじゃダメだ飲んじゃダメだ飲んじゃダメだ……)

 

巨大人型決戦兵器の前で逃げちゃダメだと鼓舞する少年兵のように、飲んじゃダメだと言い聞かせて、ウイスキーボンボン作りを開始した。

 

 

 

 

 

 普段、料理やお菓子作りをしない者にとって、レシピに書かれている曖昧な表現を汲み取る事は困難である。『少々』『適量』といった表現や、真の意味での『牛乳』などがその例と言えるだろう。

 慣れた者であるならば本当に適切な『少々』や『適量』を見出せることが出来るが、そうでなければ自身の感覚に委ねるか、監督してもらう立場の人間に教えを請うしかない。

 

 そして、普段料理をしない不知火は今回のウイスキーボンボン作りにおいて、インターネットから適当にレシピを抜粋した。そのレシピの考案者は、

『お酒の強さには個人差があるので、相手に合わせて使うウイスキーの量を調整してくださいね』

という親切心極まるニュアンスを込めて、レシピ上でウイスキーの量を『適量』と表記した。

 

 しかしその『適量』に込められた奥深い意味は、酒豪な彼女に届かない。故に彼女は躊躇いなく、お菓子に使うには信じがたいアルコール度数のウイスキーをドボドボと景気良い音を奏でながらボウルにぶっこんだ。

 

 

 

 数時間後にボーダー本部で悲劇が起こる事を、まだ誰も知らない。ただ1人、気づける可能性があった人物がいた。しかし彼にその未来が視えた時にはどうしようもないくらいに手遅れであり、

 

「これは……もうダメだな。おれのサイドエフェクトがそう言ってる」

 

ただそう呟くことしかできなかった。

 

*** *** ***

 

 昼前から防衛任務が入っていた月守と彩笑は午前中で特別早退し、本部へと手早く移動して作戦室で昼食を取った。なお、不知火が頑なに、

 

「お弁当は自信作だ。期待しておきたまえ」

 

と言って月守に隠していた弁当の正体はラービットのキャラ弁であり、隣で母お手製のお弁当を食べていた彩笑は目をキラキラさせてラービットキャラ弁を写真に収めた。

 

 この日は地木隊で防衛任務……というわけではなく、たまたま2人が個々に入れていた野良チームでの防衛任務が、別チームながらも同じ時間帯に入ったという形である。

 

 昼食を食べ終え、2人は作戦室を出てそれぞれのチームの集合場所へと向かおうとしたが、そのタイミングで彩笑が月守を呼び止めた。

 

「咲耶、防衛任務終わった後、本部に残るよね?」

 

「んー、まあね。明日のランク戦に向けてちょっと自主練というか調整したいし……。でも、それがどうした? 何か用事でもあった?」

 

月守は彩笑の質問の意図を知ろうとしたが、

 

「ううん! なんでもない!」

 

彩笑はただ嬉しそうに笑って月守の問いかけをはぐらかし、そのまま駆け足で合同チームの元へと向かっていった。

 

 何か狙ってる……そしてその『何か』についても月守は長年の付き合いで薄々察しつつあるが、迫り来る防衛任務の時間を前にしてそれを解き明かしている暇はなく、月守も駆け足で防衛任務へと向かっていった。

 

 

 

 

 この日の混合チームのオペレーターは、ボーダー屈指のパワー型軍師である影浦隊オペレーターの仁礼光だった。

 

『月守はあと15、いや20メートル下がれ! そうすれば照屋ちゃん援護したまま視野も確保できるし、茜ちゃんの支援にもスムーズに対応できるだろ!』

 

パワー型軍師とは言ったものの、モールモッドやバンダーといったトリオン兵の群れに対して月守に指示したポジションチェンジは的確なもので、月守は舌を巻いた。

 

(うわ、ちょっと下がっただけで凄いやりやすい……。これをレーダーで見ただけで気付く仁礼先輩すごいな……)

 

 広くなった視野で月守は全体を見ながら防衛ラインを突破されないように戦況をコントロールしつつ、前衛を貼ってくれる柿崎隊の照屋のサポートをして、殿(しんがり)をつとめる那須隊の日浦に危険が及ばないように立ち回り、何事もなくこの日の防衛任務を終えた。

 

 交代で来た諏訪隊に引き継ぎを済ませて本部へ帰還すると、先ほどまで合同チームに指示を出していた光が満面の笑みで待ち構えていた。

 

「みんなお疲れ! よくやった!」

 

光は試合に勝って帰ってきた弟や妹を褒めるかのように月守たちを労い、彼らが二の句を口にする前に、

 

「というわけで、ホイ! 今日はバレンタインだしチョコをあげるぞ!」

 

後ろ手に持っていたチョコレートを3人に差し出した。

 

「えー! 仁礼先輩チョコくれるんですか!」

 

「おうよ。市販品だから味は保証するぞー」

 

真っ先に目をキラキラさせて反応した日浦茜にチョコを受け取り、次いで上品に微笑みながら照屋文香がチョコをもらい、最後に月守がチョコを受けて取りに行った。

 

「ありがとうございます、仁礼ちゃん先輩」

 

「おう、受け取れ受け取れ! その代わり月守、お前は3倍返しをきちんとするようにな!」

 

「その3倍返しってやつ、今朝彩笑にも言われたんですよね」

 

 苦笑しながらそう言って月守が小さな小包のチョコを受け取ると、光は「だろうなー」と言って笑った。

 

「だってここ何日か、彩ちゃんが『咲耶にチョコ渡す時は3倍返しを念入りに伝えておいて!』って言いふらしてたからな」

 

まさかの事実を聞いた月守は目を少し見開いてキョトンとした後、

 

「……あいつは俺を破産させる気か……?」

 

割りかし真面目にそう呟やいた。

 

 真剣な面持ちで破産を予想する月守がおかしくて、光は「あっはっは」と豪快に笑う。

 

「まあ、律儀に3倍にしなくてもいいだろ。適当なお返しを1ヶ月期待するからな!」

 

「あはは、ありがとうございます。期待を裏切らないお返しができるように頑張りますね」

 

月守の答えを聞き、やっぱこいつ一応真面目だわ、と光は改めて思った。そして、最後についでと言わんばかりに、

 

「あ、そうだ月守。明日のランク戦はよろしくな!」

 

明日戦う敵に笑顔で宣戦布告をして、

 

「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね」

 

月守もまた、やんわりと笑んで宣戦布告を返した。

 

 その後月守は、照屋と茜からもチョコを貰う事ができた。照屋は笑顔でこそあったが「この前のランク戦はしてやられたわ」という一言にどこか末恐ろしいものを感じ、月守は次に柿崎隊と当たる時は一層気を引き締めようと心に誓った。茜は「那須隊のみんなで作ったんです!」というチョコを弾けんばかりの笑顔で月守に渡した。そしてこの時茜は、

 

「3倍返しとかは、別にいいです。でもその代わり……私からチョコを貰ったってことを、忘れないでいてくれたら嬉しいです」

 

どこか寂しげにそう付け加えた。月守が茜のこの一言の本当の意味を理解するのは、桜舞い散る季節になって那須隊の形が変わってからになるのだが、それはまた別の話。

 

*** *** ***

 

 ひとまず貰ったチョコをどうにかしよう、と考えた月守は一度作戦室に戻り、一旦チョコを保管する事にした。

 

 月守が作戦室に入ると、オペレーター席に座る真香がいた。

 

「あ、真香ちゃんお疲れさま」

 

「お疲れさまです、月守先輩」

 

 挨拶を交わしたところで、早速真香は月守が持つチョコについて問いかけた。

 

「チョコ、貰ったんですね」

 

「ああ、うん。一緒に防衛任務に出た照屋と茜ちゃんと、オペレートしてくれた仁礼ちゃん先輩から」

 

「なるほど。……って、仁礼ちゃん先輩?」

 

なんですか、その呼び方?と言いたげな顔をした真香の意図を察して、月守は苦笑いしながら答える。

 

「前に、そうやって呼ぶように、って何回もしつこく言われたから」

 

「ああ〜……なら納得です。……それにしても……なんとなく、どれが誰のやつなのかわかりますね」

 

外見から送り主の予想を始めるのが真香らしいと思いながら、月守は作戦室に置きっぱなしだった自分のリュックの近くに3つの小包を置いた。

 

 真香は手元にあったスマホに文字を打ち込みながら、月守に話しかける。

 

「月守先輩、私からのチョコはそこの冷蔵庫の中にあるので、食べる時か持ち帰る時に取り出してくださいね」

 

「冷蔵庫の中ね」

 

言われて月守が冷蔵庫を開けると、そこには普段なら入っていない3つの小箱があった。

 

「この箱のやつ?」

 

「はい。中身はチョコケーキです」

 

「え、本当? どこのやつ?」

 

 市内のお菓子処を大体網羅している程度には甘味好きな月守が尋ねると、

 

「どこのかと言われたら……まあ、強いて言うなら和水家ですね」

 

しれっと、真香はそう答えた。

 

「……」

 

答えを聞いた月守は数秒の沈黙を経てゆっくりと冷蔵庫を閉じてから、

 

「……え? 手作りってこと?」

 

念のため、と言わんばかりに確認すると、

 

「そうですよ?」

 

またもや和水はしれっと答えた。

 

 おいおいケーキを手作りとかマジか、と月守は戦慄し、尊敬の目を真香に向けた。

 

「真香ちゃんが料理得意なの知ってたけど、ケーキまで作れるの?」

 

「はい。慣れると案外いけますよ?」

 

「えー……それでもすごくない?」

 

尊敬の目を向けられた真香は照れ臭そうにはにかみながら、ケーキを作った経緯を口にした。

 

「……本当はケーキ作るつもりじゃ無かったんですけど……、ちょっと訳あって、大人気なく本気でケーキ作りました」

 

 真香の説明に違和感を覚えた月守は、首を傾げてから、その心を尋ねる。

 

「どういうこと?」

 

「んー、そうですね……。月守先輩は、太刀川さんの戦闘の持論、知ってますよね? この前のランク戦の解説で言ってたんですけど……」

 

「知ってるよ。気持ちの強さは勝敗に関係ないってやつだよね?」

 

 太刀川の持論とは、『気持ちの強さは勝負の結果に関係ない』というものだ。

 勝負を決めるのはあくまで戦力と戦術、そして運であり、よほど実力が拮抗した場合じゃなければ勝敗に気持ちの強さは関係ない。

 彼の持論はひどく現実的であるが、それ故に、『気持ちの強さで勝負が決まるなら、負けた方の気持ちはショボかったのか?』という最後に彼が語る注釈にも、この上ない説得力が出る。

 

 ボーダーに入った頃から太刀川を知る月守は以前にも何度かその持論は聞いたことがあり、月守自身もその通りだと感じて納得しているものだ。

 

「でも、その持論とケーキを作ることは何の関係があるの?」

 

しかし月守の中でその持論とケーキは結びつかず、真香に真意を尋ねた。すると真香は、クスッと小さく笑ってから、月守の質問に答えた。

 

「同じことですよ」

 

優しく穏やかで、諭すような声色で真香は言葉を紡ぐ。

 

「いくら作ったものが綺麗で整って美味しくても、そこに気持ちが込められてるとは限らないんです。不恰好でも少し失敗したとしても、そこに込められた気持ちはまた別なんだよって事を教えるために、私は大人気なく本気でケーキを作りました」

 

 それは昨日……今日(本番)に向けてお菓子を作る際に、先生(真香)生徒(天音)に対して送った最後の教えであり、激励であった。

 

 だが実のところ、天音は真香のその教えが本当に正しいのかを、まだ知らない。その教えの答え合わせは、まだこれからなのだ。

 

 そして天音がこの教えをすんなりと受け入れることが出来ていないように、月守もまた真香が今話した持論を理解しかねていた。

 

「えーと……ごめん、真香ちゃん。それってどういう事?」

 

月守にしてみれば、天音たちがこの2日間集まってお菓子作りに励んでいたことを知らないため、理解できないのは無理もない。真香とてその事は分かっているのだが……、

 

「……月守先輩は、アレです。何作かギャルゲーをしてください。ゲームでもいいので、そういう気持ちの概念を理解した方がいいと思います」

 

「なんで!?」

 

 どことなくトボけた答えを返す月守にイラッとして、笑顔のまま背後に不穏なオーラを漂わせながらギャルゲーを勧めた。

 

「いいから遊ぶべきです。チョイスは私がしますので。キュンキュンしてのたうち回るようなゲーム選びますから……あ、月守先輩はこんな女の子攻略したい、みたいな希望ありますか?やっぱり黒髪ショートの大人しめな後輩キャラがいいですか?」

 

「いや、やらないよ!? なんで遊ぶのがもう確定してるの!?」

 

真香の真剣かつ、ただならない態度に気圧された月守が、このままだと有無を言わされずにギャルゲーを渡されると確信した、その瞬間、

 

『ピンポンパンポーン』

 

ボーダー本部内に館内放送を告げるチャイムが鳴り響いた。

 

 普段あまり使われない館内放送であるため、真香と月守はおふざけを一旦中止して、放送に耳を傾けた。

 

『本部長の忍田だ。本部内にいる全ての者に通達する』

 

声の主は忍田であり、声色が真剣そのものであったため、2人はこの放送がただ事でない事を悟った。

 

『今日は日にちが日にちだけに、チョコレートを始めとしてお菓子を贈り合うだろう。それ自体は、ボーダーでは何ら禁止しない』

 

バレンタインという単語を使わないあたりがなんとも忍田さんらしいと思いながら、月守は次の言葉を待つ。

 

『しかし、1つ警戒してほしいことがある。……本日の昼過ぎより、本部内に無数のウイスキーボンボンが出回っている。一口サイズで丁寧に包装されているため、つい食べたくなってしまうと思うが、このウイスキーボンボンからは、目を疑うような異常なアルコール度数が検出されている』

 

異常なアルコール度数のウイスキーボンボン、というワードを聞き、月守の中で嫌な予感が一気に膨れあがった。

 

『不思議な事にアルコールの臭いはそこまでしない。油断して飲み込んでしまうだろう。しかし酒に自信がある大人ですら、数個食べれば酔いかねない危険な代物だ。未成年者は絶対に口にしないように。出所が分からないお菓子は、特に警戒してほしい。もし仮に口にしてしまった場合は、自隊の作戦室など隔離できる環境に周りの者が速やかに押し込むようにすること』

 

本当にそれはウイスキーボンボンなのか? 新手の劇薬じゃないのか? と月守は心の中でツッコミを入れながら、これを作ったであろう人物を思い浮かべる。

 

(十中八九あの人だろうけど……何かの手違いであってほしい……)

 

しかし、月守のその淡い願いは、

 

『最後に……、このウイスキーボンボンを作ったであろう女性エンジニア……もとい、不知火開発室副室長は本部内に未だ潜伏しているものと思われる。見つけ次第、私に連絡を入れるように。以上』

 

 忍田が最後の最後に付け加えた放送にて、完全に潰えた。放送が終わると、同時、

 

「ああああ!!もう!!あの自称25歳児は何してるだよ!!」

 

 月守は不知火が酒に酔った時にたまに言う『ワタシ? 25歳児!』という言葉を抜粋して、不知火への怒りを叫んだ。

 

「月守先輩、落ち着いてください」

 

真香に思わずと言った様子で諌められ、月守は落ち着くために数回深呼吸を取った。

 

「……落ち着きました?」

 

「まあ、なんとか。ありがとね」

 

落ち着けたと言う月守だが、状況は好転したわけではない。本部内にウイスキーボンボンに擬態した劇薬が蔓延る状態は非常に危険であるため、なんとかするべく月守は動く。

 

「真香ちゃん、俺はとりあえず本部内に隠れてるっていうあの人を探すから……手伝ってくれる?」

 

「もちろんです。月守先輩の方が不知火さんの性格とか行動パターンを知ってると思うので、先輩は不知火さんの捜索をメインでやった方がいいと思います。私はオペレーターとかスナイパーの連絡網に働きかけて、お菓子の回収をメインでやります」

 

「そうだね、その方向で。あ、一回司令室の方見てきてもらえる? 忍田さん側でも探すと思うから、そっちの動きも知りたいし、協力できたら早く見つけられそうだからさ」

 

「わかりました!」

 

 素早く意思疎通を果たした2人は、一分一秒を争うように作戦室から飛び出した。

 

 

 

 かくして、後にボーダーで語り継がれる『悪魔のウイスキーボンボン事件』はこうして幕を開けた。




ここから後書きです。

本編100話達成です。達成したから何、というわけではないのですが、亀のような歩みながらも完結という形に向かって歩けてると実感しました。

最近ポケモン剣盾やってます。頭の中で地木隊で遊ばせてみたところ、彩笑はイーブイシリーズ育ててニコニコ、月守は真面目にパーティ作り、天音は生まれ持っての豪運で色違いポケモンを引きまくる、真香はガチで厳選・育成するも国近先輩にボコボコにされる、という感じになりました。なお、不知火さんは「ワタシのミュウツーが……」と、相棒がリストラされた事を嘆いてます(伝説枠以外の相棒はラプラスだそうです)。


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第101話「チョコレートパニック」

 不知火を探して月守が真っ先に向かったのは、開発区画にある彼女の研究室兼自室だった。まず間違い無く、今そこには居ないだろう。しかし不知火が本部に来てから絶対に足を運んだ場所ではあるため、手がかりがあるとしたらそこしかないのだ。

 

 そんな考えで研究室に向かった月守は早速、例のウイスキーボンボンの被害を目の当たりにする。開発区画の職員のデスクや資料が並ぶ部屋に差し掛かった時、

 

「室長! 落ち着いてください!」

 

らまれぇ! (黙れぇ!)わしはみろめんぞぉ! (ワシは認めんぞぉ!)

 

明らかに酒に酔って顔を赤らめて暴れるように叫ぶ鬼怒田を、必死になって抑える寺島の姿が目に入った。

 

「寺島さん!」

 

思わず月守が駆け寄ると、寺島はパッと振り、

 

「月守! お前は酔ってるか!?」

 

疑いの目で月守がシラフかどうかを確認してきた。

 

「酔ってません!」

 

「よし! なら鬼怒田さんを抑えるのを手伝ってくれ!」

 

「は、はい!」

 

 不知火を探す前に目の前の危険をどうにかしなければならないと判断した月守は、素早く寺島のサポートに入った。

 

「鬼怒田さんは悪酔いすると、暴れると落ち着くのサイクルを繰り返す。だからひとまず抑えるだけでいい。オレは左側を抑えるから、月守は右側を頼む!」

 

「わかりました!」

 

寺島の指示に従って月守は鬼怒田の右半身を抑えようとしたが、

 

「バカ者! なぜここに来た!?」

 

鬼怒田が視線を向けたと思った途端、鬼の形相で怒鳴られた。まるで悪い事をした子供を叱る父親のような迫力に月守はたじろぐが、寺島が「気にするな!」と叫ぶ。

 

「こうなった鬼怒田さんは、周りの人が奥さんか娘さんに見えてくるらしい。多分今のも、君のことが娘さんにでも見えて叱ったんだろう」

 

言われて月守は、そういえば鬼怒田さんには離れて暮らす家族がいたな、と思い出した。

 

(そりゃ、もしかしたら死ぬかもしれない職場に娘さんとか奥さんが来たら、思わず怒鳴っちゃうだろうけど……いや、ていうか娘さんと間違うくらいに酔ってるのに自分がいる場所は把握できてるってどういうことだ?)

 

月守はそんな事を思うが、日頃から彼の前で酔っ払う(自称)25歳児の事が頭をよぎり、酔っ払いに理屈は通用しない事を改めて認識した。

 

 暴れる鬼怒田をなんとか抑えると、寺島の言う通り数分で勢いが収まり、椅子の背もたれにぐったりと身体を預けてひと段落した。

 

「助かったぞ月守」

 

「いえ。どうにも今回原因はウチの人みたいですし、俺が出来る限りどうにかしなきゃいけないので……」

 

「そうか……」

 

 日頃から不知火の言動に振り回されている2人は同時にため息を吐いた後、気持ちを切り替えて行動に移った。

 

「ひとまず、オレはこの近くで酔った人達をひたすらこの部屋に集めて隔離させる。今、オレの班のメンバーがこの近辺を駆け回ってるところだ」

 

言われて月守は改めて周囲を見渡すと、確かに白衣姿のエンジニアたち数名が呻きながらそこかしこに倒れていて、さながらここは隔離病棟だなと思った。

 

「わかりました。俺は本部内のどこかに隠れてるあの人を見つけ出します」

 

「頼んだ。正直、これはあの人を見つけたからってどうにかなるような問題じゃないが……それでもあの人にはちゃんと反省してもらわなきゃならないからな」

 

「ええ。きっちり見つけた暁には、1週間はアルコールを与えない生活にします」

 

 度数10%以下なんて水! と自宅で力説する不知火からアルコールを1週間取り上げるのはかなりの拷問になるのだが、月守にはそれをやる覚悟があった。それをしっかりと感じ取った寺島は、不知火を探すためにこの部屋を走り去ろうとしている月守に、1つ忠告をすることにした。

 

「月守、例のウイスキーボンボン……あれは本当に気をつけるんだ。オレは昼過ぎにあの人が置いていったアレを食べる直前に、妙な胸騒ぎがしたから念のために割って中身を確認したから、酔わずに済んだけど……ハッキリ言って異常だよ。あれは、人を酔わせるための食べ物だ。ここから先で出会った奴には、まず酔ってるかどうか確かめた方がいい」

 

冗談だと思いたい内容の話を至極真面目にする寺島を見て、例のウイスキーボンボンの効果が事実なのだと月守は実感した。

 

(いや、本当に何作ってるんだよあの人……。ただの劇薬じゃん……)

 

 その頭脳と才能の使い方を全力で間違ってる不知火に呆れたところで、呻いていた人影の1つが、むくりと起き上がった。

 

「……ここは、本部か……?」

 

酔っていた人物……風間蒼也は不思議そうにそう呟いた。月守は一瞬、なぜここに風間がいるのかと思ったが、先程寺島が近辺で酔っ払った人間も保護していると言っていたのを思い出し、風間がそうなのだろうなと納得した。

 

 酒にやられてトロンとした目で周囲を見渡していた風間は、やがて寺島に焦点を合わせると、口角をほんの少しだけ吊り上げた。

 

「まさか……こんな所までネイバーの侵入を許すとはな……しかも寺島に成りすましたか……」

 

辛うじて呂律が回る口で風間がそう言うと、月守と寺島は同時に風間の状態を理解した。

 

(風間さん、なんでか寺島さんの事をネイバーだと思ってる……?)

 

(鬼怒田さんもそうだけど、なんで居場所は正確に判断できるのに人の認識はできなくなるんだよ……)

 

これだから酔っ払いは、と寺島は思いながらも風間を落ち着かせるべく話しかけた。

 

「風間、落ち着け。オレは偽物じゃない、本物の寺島だ」

 

「……声や話し方まで模倣するとはな。手が込んでいるが……お前は致命的なミスをした」

 

頑なに寺島を偽物だと言い張る風間は、酒による根拠のない自信を漲らせてその根拠を語る。

 

「寺島は……そんなぽっちゃり体型じゃない。あいつはもっと細身で、弧月を構えた立ち姿が絵になるやつだ」

 

風間の言い分を聞いた寺島は咄嗟に、

 

「それはエンジニアになる前のオレだろ」

 

身体がスリムで軽やかだった頃を思い出しながら食い気味で答えた。

 

 しかし寺島の真実の言葉はアルコールの壁に濁され、風間の心に届かない。

 

「嘘もここまで来ると滑稽だな。あいつの姿を使った事を後悔させてやろう……トリガーオン」

 

酔って意識が朦朧としている筈だが、風間はトリオン体へと換装する。寺島がもしかしてと思った次の瞬間、風間はほんの少しだけ足をおぼつかせながらも目の前にあるデスクを踏み越え、寺島へと接近してきた。

 

「マズい……っ! トリガーオン!」

 

 身の危険を感じた寺島は、今回の騒動が起こった時点で自身の安全を確保するために懐に忍ばせていた戦闘用トリガーを起動させる。

 

 寺島の身体は一瞬でトリオン体に……酔った風間が言うところの『細身で弧月を構えた立ち姿が絵になる』姿に換装され、素早く鯉口を切って弧月を抜いてスコーピオンを構えた風間に対応した。

 

 研究区画に似つかわしくない白兵戦が幕を開け、両者はジリジリと力比べをするように刃を重ねる。

 

「今更寺島の姿になっても遅い……。お前は俺が斬る」

 

 かつての良く知る姿を見ても、酔った風間は目の前にいる寺島を偽物だと決めつけており、説得は不可能だと寺島は悟った。

 

「月守! 風間はオレが相手をする! だから、ここはオレに任せて先に行け!」

 

「……! わかりました!」

 

 その言葉には強い覚悟が込められていて、それを感じ取った月守は余計な言葉は野暮だと踏んで、素早く反転して不知火の捜索へと戻った。

 

 月守の姿が部屋から消えたところで、2人は互いに刃を弾いて距離をとった。戦闘など想定していない部屋であるため、間合いや足場を確保することが難しい中、2人は着地で体勢や構えを崩さなかった。

 

 デスクの上にあった無数の書類が舞い上がる中、両者は相手から視線を外す事なく保ち続ける。一瞬の沈黙が流れたが、それを寺島が破った。

 

「まさかこんな形で戦う事になるとはな。……流石に酔っ払ったお前には負けられない。現役時代(あの頃)の借りを、この際少し返そうか」

 

言い切るや否や寺島は踏み込んで攻勢に移る。

 

 

 後に、この部屋に設置していたカメラの録画映像を見た新米エンジニアたちは風間相手に一歩も引かない寺島の勇姿を見ることになり、寺島が一層彼らから慕われる事になった。

 

*** *** ***

 

 案の定、不知火の姿は研究室になかった。月守は不知火がいそうな場所を片っ端から探し、本部内を駆け巡る。今のところ手がかりは無いが、幸いにも救いはあった。

 

(忍田さんと寺島さんが言ってたけど、やっぱり例の劇薬をあの人がここに持ち込んだのは昼過ぎか)

 

 不知火お手製ウイスキーボンボンの事を躊躇いなく劇薬と脳内変換しつつ、月守は考察を続ける。

 

(そして昨日の夜……俺が最後に家の冷蔵庫を開けた時、そんな劇薬の下準備らしいものは無かった。今朝もそう、お菓子の匂いはあったけど、そんな異常な酒の匂いは無かった。つまり、劇薬が作られたのは俺が学校に向かってから昼まで。だから劇薬の数自体はそこまで膨大じゃない。被害者の拡大はあまりない……はず)

 

 月守がそうして一筋の希望を見出した時、スマートフォンに着信が入った。画面に表示された『真香ちゃん』という文字ごとスライドさせて、月守は電話に出た。

 

「もしもし?」

 

『和水です。月守先輩、大丈夫ですか? 酔ってませんか?』

 

「大丈夫。真香ちゃんは?」

 

『ひとまず無事です』

 

真香の安否を知って安心した月守だったが、

 

『でも……すでに上層部でも何人か酔ってる人はいます。私、城戸司令のあんな笑顔初めて見ました……。あと、唐沢さんがラグビーラグビーってずっと連呼してます』

 

報告された内容に心を折られて、思わず頭を抱えてしゃがみこんだ。

 

 自分の母親がしでかした行動を嘆いている間に、真香は電話を忍田へと手渡した。

 

『忍田だ。月守、一応確認だが……不知火を匿ってはいないな?』

 

「もちろんです。むしろ今、一刻も早く見つけて首根っこ掴んで、忍田さんの前に連れて行きたい気持ちです」

 

『それは助かる。……現状、司令室では被害状況の確認と被害者の隔離、そして不知火の捜索を並列して行なっている。月守、手伝ってもらうぞ』

 

 忍田の問いかけに月守は「当然です」と答え、開発区画での出来事を掻い摘んで説明してから現在に至るまでの移動経路を話した。

 

「そして今は、ソロランク戦ブースに繋がる通路にいます」

 

月守の居場所を確認した忍田は「そうか……」と小さく呟いてから数拍の間を開けて考えをまとめて、それから指示を出した。

 

『月守。すまないがランク戦ブースの状況を確認して、被害状況が軽いと踏んだら各隊の作戦室に向かってほしい』

 

「各隊の作戦室ですか?」

 

『そうだ。さっきの放送で泥酔者が出た場合は自隊の作戦室に隔離するようにと通達したが……それ以降、各隊の被害状況が掴めない。すぐに無事が確認できた隊員を派遣するが、事態は一刻を争う……。悪いが、各隊の被害状況の確認と報告を頼む』

 

「わかりました、任せてください」

 

忍田の指示に月守は二つ返事で了承し、ソロランク戦ブースを経由して各隊の作戦室を目指すことにした。

 

「無事……っぽいな」

 

ソロランク戦ブースに辿り着いた月守が抱いた第一印象はそれだった。一見、目立った泥酔者はおらず、何なら普段通りにすら見えた。

 

 だが、その中に月守はほんの少しの違和感を感じ取った。

 

(……?)

 

その違和感の正体を知るべく目を凝らすと、ブース内に休憩目的で置かれている椅子の影に、手を伸ばして倒れている人影があった。

 

 月守は慌ててその人影のそばに駆け寄る。倒れていたのは、月守もよく知る人物だった。

 

「太刀川さん! 大丈夫ですか!?」

 

「……う……。月守……だな?」

 

焦点が合わない目で見つめられた月守は、青ざめた顔から滲み出る脂汗を確認し、ただ事でないと察した。

 

「例のチョコですか?」

 

太刀川を椅子に座り直させた月守は、念のため手首で脈を確認しつつ、意識確認も兼ねて問いかけた。

 

「そうとも言えるし……そうじゃないとも言えるな」

 

「どっちですか?」

 

 ひとまず受け答えがまともな事に安堵した月守は、続く太刀川の言葉に耳を傾けるが、

 

「ふ……。例のチョコ……俺は食べてないが、加古のやつが食っちまってな……。酔っ払った加古は、いつも以上のヤバいチャーハンを大量に作り始めて……」

 

 そこまで言われて、月守は理解した。

 

「つまりは炒飯で腹壊してるだけってことですね?」

 

「そういう事だ……。加古の作戦室で食べたのは覚えてるが……それからどうやってここまで逃げてこれたか、記憶にない……」

 

記憶障害が出る炒飯は流石に危険だなと月守は思ったが、ひとまずチョコによる直接の被害ではない事に加え、太刀川の受け答えや脈が正常だった事に安堵した。

 

「まあ、とりあえず意識はあるみたいなんで、太刀川さんはここで休んでて下さい。俺は、他の作戦室回って被害を確認して来いって言われてますから」

 

 太刀川にそう言い残して移動しようとしたが、太刀川がその月守を呼び止めた。

 

「まて、月守。……これから作戦室を回るなら、頼みがある……」

 

「頼み、ですか?」

 

「ああ……」

 

 神妙な顔つきで、太刀川は月守に頼み込む。

 

「……加古が酔った時、俺は堤と一緒にいたんだ。……当然、チャーハンも奴と一緒に食べた。……だが、堤は今、ここにいない。……って事は恐らく、堤はまだ作戦室にいて、チャーハンを延々と食わされてる可能性がある……」

 

太刀川の口から出た可能性に、月守は背筋がゾッと冷えた。

 

 昔、一度だけ月守は加古の外れチャーハンを口にしたことがある。加古曰く「鯖味噌ホイップクリームチャーハン」との事だったが、正直思い出すのが憚れる味と風味であった。

 

 そんなチャーハンを延々と食べさせられるところを想像すると、それだけで月守の胃袋はキリキリと痛んだ。

 

「だから、頼む……。加古隊の作戦室に行って、堤を助けてやってくれ……」

 

 太刀川はそれを言い切ると、力を使い果たしたかのように椅子に倒れこんだ。倒れ込んだ太刀川を月守は一瞬心配するが、呼吸が安定しているため、ただ横になっただけだと判断して踵を返した。

 

 

 

 ランク戦ブースには太刀川以外の被害が無かったものの、本番はここからだ。

 

「さて……とりあえず虱潰しに行くしかないかな」

 

 太刀川に頼まれた加古隊の作戦室は気になるが、そこに辿り着くまでにも他のチームの作戦室がいくつもある。月守は手近な作戦室のインターホンを押して、反応を窺う。防衛任務に出ていたり、単に留守にしていたりと無人の作戦室が多いと踏んでいたが、意外にも1件目から反応があった。

 

 インターホンを押して数秒後、スライド式のドアがほんの少しだけ……人の顔が半分だけ見える程度に開いた。

 

「……月守、か?」

 

「はい。……えっと、大丈夫ですか、村上先輩」

 

 作戦室の扉から少しだけ顔を出した村上に向けて、月守は思わず大丈夫かと問いかけた。普段から無表情とまではいかないが感情の起伏が顔に出にくい村上が、分かりやすく疲弊しきった表情をしていたのだ。

 

 村上は疲れ切った声をなんとか絞り出して答える。

 

「ああ……なんとか」

 

「すごく疲れてるみたいですけど、一体何があったんですか?」

 

 事情を問われた村上は、チラッと視線を自身の背後に……作戦室の中へと向けた。月守もその視線の動きにつられて鈴鳴第一の作戦室の中に目を向けると、凄惨たる状況がそこにはあった。

 

 まるで中で暴風雨が発生したかのように散らかっている作戦室の中は、常日頃散らかっている太刀川隊作戦室が整って見えるほどであった。

 

「……まあ、見ての通りだ」

 

 説明する気力すら枯渇している村上はその一言で済まそうとしたが、生来の真面目さがそれを許さず、必要最低限の言葉で月守への現状説明を再開した。

 

「……例の、ウィスキーボンボンがあるだろう?」

 

「はい、今本部内で騒がれてるやつですね。俺は忍田本部長に頼まれて、各隊の泥酔者を確認するようにって言われてきたんですけど……」

 

「そうか……。なら、伝えてくれ」

 

 月守の事情を理解した村上は端的に、この上なく分かりやすく現状を伝える。

 

「……鈴鳴第一、泥酔者1名。太一が、酔って暴れたんだ……。今は疲れて寝てるが……月守、それで察してくれ……」

 

「ああ……」

 

 理解した。月守は村上がここまで疲弊している状況を、想像の範疇ではあるが理解することができた。

 

 鈴鳴第一のスナイパーである別役太一は、悪い奴では無い。しかし、やる事なす事が裏目に出やすい……言うなればドジっ子なのである。

 

 お湯を注ごうとしたカップ麺の中身をうっかり溢してしまったり、ポットのお湯が残り少ないのにカップ麺に注いでしまったり……悪気は全く無いのにもかかわらず、()()()()()()()を取ってしまうきらいがあった。

 

 そんな太一が、例の劇薬を食べて酔っ払ったという。

 

 共に未成年であるため、月守は太一が酔っ払ったらどうなるのかは知らない。しかし、村上が荒れ果てた作戦室の現状を指して『太一が酔って暴れた』と言った以上、()()()()()()なのだろうと月守は思った。

 

(太一……きっと、ドジが加速度的に悪化するんだろうな……)

 

 詳細を尋ねても良かったが、月守には時間が惜しかった。1軒目からこの惨状であるため、可及的速やかに他の部隊も確認しなければ危ないと判断し、月守は忍田から課せられた役割を優先させた。

 

「村上先輩、上には伝えておきますので……俺は他の部隊の確認に向かいます」

 

「ああ、頼む……」

 

 言葉を多く交わすことなく、月守はそれで踵を返す。村上もまた、月守の後ろ姿を見て速やかに扉を閉める。

 

 パタン、という音と共に扉は閉じられたが、その音にかき消される形で、

 

「うぅ……ん」

 

 泥酔した真の悪が、微睡みから覚める声を上げたのであった。

 

 *** *** ***

 

 ボーダー本部が劇薬に等しいウィスキーボンボンで揺れる中、天音神音は我関せずといった無表情で本部内をテクテクと歩いていた。

 

 なんか騒がしいな、と、天音は思っているが、学校から一旦帰宅してから本部に顔を出したため、その騒がしさの理由は知らない。

 

 そんな彼女は今、不知火の研究室に向けて移動していた。最初は地木隊作戦室に向かおうとしていた。だが、もしそこに全員揃っていたらと思うと……どんな顔でチョコを渡せば良いか分からず、気恥ずかしさを覚えた天音は、逃げるように不知火の研究室に行き先を変更した。

 

(……うー……、チョコ、どうしよ……)

 

 バレンタイン当日特有の悩み事で頭がいっぱいの天音は、途中のフロアで倒れるように寝ている寺島や風間、その他エンジニアの人たちに気づくことなく、不知火の研究室に到着した。

 

「こんにちは……」

 

 控えめな声で挨拶しながら足を踏み入れた天音だが、そこには誰もいなかった。

 

「……? 不知火さん、いない……」

 

 てっきり不知火がいると思っていた天音にとってまさかの展開であり、どうしようか頭を悩ませた。

 

 2分ほど悩んだ結果、家主が不在の部屋に居座る事に対して居心地の悪さを覚えたため、天音は研究室を出ることにした。

 

 だが、そんな天音の視界に、とあるお菓子が飛び込んできた。

 

「……チョコ?」

 

 テーブルの上に置かれた、丁寧に包装された一口サイズのお菓子。既製品ではなく、ところどころから手作りなのが窺えるお菓子であった。

 

 普通なら、家主の断りなしに部屋のお菓子を食べるのは憚れる。しかし天音は病気の検査のため度々この部屋を訪れる上に、不知火は、

 

「ここのお菓子は自由に食べていいからね」

 

と日頃から言っていたため、天音はこの部屋に限ってはお菓子を食べる事に躊躇いはなかった。

 

 ゆえに、天音神音は、

 

「……」

 

美味しそうに見えた、という理由だけで何の疑いもなく、

 

「……いただきます」

 

不知火が自室のテーブルの上に放置していたウィスキーボンボンの1つを手にとって、食べてしまった。

 

*** *** ***

 

 被害は思った以上に深刻なものだった。確認が取れたものはその都度真香に報告しつつ、月守は被害の深刻さに頭を悩ませる。

 

 鈴鳴第一の他には加古隊、那須隊、柿崎隊のみだが、それだけでも十分すぎる被害を物語っていた。

 

「酒って怖いな……。加古さんは殺人炒飯作りまくって堤さんを何回も気絶させてたし、玲姉さんは熊谷先輩を襲ってたし、泣上戸だった柿崎さんを照屋は一人でなだめてたし……」

 

 4分の4の確率で被害が出ているこの現状に深刻さを覚えた月守は、怒りにも似た感情を原因たる不知火へと向けた。なんとかして不知火を見つけなければと、月守は歩きながら思考を回す。

 

(あの人は本部のどこに隠れてる……? 俺があの人なら、この状況でどう隠れる?)

 

 不知火が保護者であり生活を共にする以上、月守の思考パターンの根幹の形成に一番大きな影響を与えているのは不知火だ。故に、似たような状況に放り込まれれば似たような行動を取ると判断した月守は、脳内で立場を逆転させてシュミレートする。

 

(この状況で逃げるとしたら……。理想は、探す側の意識の外にある場所。自分がどんな風に捜索されてるか把握できる場所。絶対に見つからないって自信がある場所……)

 

 俺が不知火さんなら、という前提の思考は徐々に深く、それでいて確実に精度を増し、本物へと近づく。

 

(状況を把握するなら、指揮を執ってる忍田さんがいる場所……本部司令室。そうじゃないなら……一番自分を見つけそうな人……俺でも絶対に探さない場所ってことか)

 

 自分の事をよく知る人物が、絶対に探さない場所。月守は思考の矛先をそれへと絞る。

 

(俺が探しに行かない場所……。俺が探そうと思わない場所……。絶対いないと確信してる場所、思い込んでる場所、2周目3周目をしても探さない場所……?)

 

そんな場所があるか? と月守は自己の思考を疑う。

 

 その結果、

(もしかして……っ!)

1つの答えにたどり着いた。

 

 だが、その瞬間、

「……つきもり、せんぱい?」

聞き慣れた声で、背後から呼び止められた。

 

「……」

 

 聞き慣れた声のはずだが、それには大きな違和感と、確信に限りなく近い嫌な予感が同居していた。

 

「つきもり、せんぱい……?」

 

無言の月守に対して、彼女は再び呼びかける。

 

 いつもより舌足らずで、幼さを感じさせる声で呼ばれた月守は、ゆっくりと振り返る。

 

 違ってくれと願いながら、この予感が外れてくれと強く祈りながら、月守は振り返って、彼女の名前を呼ぶ。

 

「神音……」

 

 予想を何一つ裏切る事なくそこにいたのは、天音だった。

 

 普段とは違う、どこかトロンとして焦点の合ってい碧みがかった黒い瞳に、熱に浮かされたようにほんのりと朱色が刺す頰。

 

「えへへ……つきもりせんぱい」

 

 名前を呼びながら、天音はおぼつかないフラフラとした足取りで月守に近づく。

 

 もう、ここまでで確定だった。極め付けには、天音が近寄るごとに香りを強めるアルコールの匂いで、月守は確信してしまった。

 

 天音神音が、例の劇薬で酔っ払った事を。

 

 




ここから後書きです。

バレンタインの思い出なにかあったかなあと記憶を探りましたが、学校がことごとくテスト期間を被せてきたことしか覚えてなかったです。


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第102話「本音はお酒の香りと共に」

前書きです。

連続投稿になりますので、話数の確認をお願いします。


 天音が酔っている事に気付いた月守は、ひとまず他の隊と同じように作戦室に隔離しなければと思い、天音の細い腕を引いて地木隊作戦室まで辿り着いた。

 

「隔離したはいいけど……捜索は一旦中止だな」

 

外部から一方的に部屋をロックする事が叶わない以上、月守は酔った天音と共に作戦室に籠らなければならない。しかし当然ながら、それをしている限りは忍田に頼まれた調査は不可能になる。

 

(ひとまず現状を忍田さん……いや、真香ちゃんに報告して……)

 

これまでの報告も兼ねてメールしようと月守が右手でスマートフォンを取り出した瞬間、

 

「ぅー……。つきもりせんぱい、いきなり、うで、ひっぱるから……こわかった……」

 

隣にいた天音が、今にも泣きそうな顔をしながらその小さな両手で月守の右手を抑えた。

 

「…………」

 

 弱々しく握ってくる小さく頼りない両手が、指先の仄かな温もりが、涙を溜め込んだ碧みがかった黒い両目が、ほんの少しだけ震える鈴の音のような声が、月守の動きを止めた。

 天音の全てに囚われて月守の体はまるで固まったかのように動かなくなり、そして徐々に罪悪感にも似た感情がふつふつと湧き上がってきた。

 

「ご、ごめん! 大丈夫だった!?」

 

 その感情に駆られて月守は半ば反射的に謝った。謝ってもらえた事……というよりも心配してくれたと感じた天音は、笑みを浮かべた。

 

「うん。だいじょうぶ、だよ」

 

 普段なら絶対に見せない(できない)であろう、へにゃりとした柔らかな笑みで、天音は答える。

 

 天音の笑顔を向けられた月守は、自身の動悸が激しく乱れたのを感じた。

(落ち着け、落ち着け俺!)

平静を乱すまいと自身に言い聞かせながら、月守は会話がどの程度通じるかの確認も兼ねて、天音に問いかけた。

 

「神音。もしかして、チョコレート食べた?」

 

「……?」

 

少し間を空けて、カクっ、と首を傾げた天音は、ゆっくりと首の角度を戻してから質問に答えた。

 

「うん。たべ、たよ?」

 

「そっか。どこで食べたか、覚えてる?」

 

「んっと、ね……、しらぬいさんの、おへや〜」

 

ぽよぽよとした雰囲気に、言葉遣いや言葉選びに幼さを感じた月守は、天音は酔うと幼児退行するタイプだなと頭に刻み込みながら、対話を続ける。

 

「不知火さんの部屋だね。どれくらい食べたか、覚えてる? 言える?」

 

「えっと……」

 

食べたチョコの数を問われた天音は視線を落として自身の左手に向け、

 

「ひとつ、ふたつ……? みっつ……? ……んっと、ふたつ……?」

 

困り顔で指折りしながら数を数え始めた。

 

 そんな天音の姿を見て、月守は何の躊躇いもなく、

(なんだこの可愛い生き物は)

そんな思いが心から湧き上がった。

 

 そんな月守に、酔った天音は無自覚に追い打ちをかける。

 

「えっと……わかんない。でもね、そんなに、たくさんは、たべてない……。……おこる?」

 

まるで悪い事をして親に叱られるのを怖がる子供のような、怯えて揺れる目で天音は月守の事をジッと見つめた。

 

 その目は再び、月守にさっきと同じ感情を抱かせた。罪悪感に似た、いたたまれない思いに蝕まれて、月守は咄嗟に天音の恐怖を否定するために頭を左右に振った。

 

「怒らないよ」

 

「……ほんとう? ほんとうに、おこら、ない?」

 

「うん、怒らないよ。だから、安心してね」

 

幼子のような言動の天音に釣られて、月守も自然と子供と接するような話し方になっていた。

 

 怒ってない、と穏やかな声で言われた天音は、強張っていた顔をふにゃっと緩めた。

 

「ふふ、よかった……」

 

安堵した天音は、ふらふらとした足取りで室内を歩き始めた。天音が離れたところで、月守はスマホを操作して、素早く真香にメッセージを飛ばした。

 

『神音が酔ってる。作戦室に隔離してる』

 

暗に、自分は今動けない、という意味を込めたが真香ならそれを汲んでくれると月守は信じた。

 

 メッセージを送信した後で、月守は自身の状態以上に伝えるべき案件があった事を思い出す。

 

『不知火さんの居場所

 

しかし文字を打ち込んでいる途中で、

 

「つーきもーりせーんぱい。ここ、きーて」

 

いつの間にやら作戦室のソファに座った天音が、無邪気な声と笑顔で月守を呼びつけた。

 

 自身の左隣のスペースをぽんぽんと手を叩く仕草を見るに、隣に座ってほしいのだと月守は察した。書きかけのメッセージを急いで完成させて送信して、スマートフォンをポケットにしまい込んでから、天音の指示に従う。

 

 月守は基本、酔っ払いを相手にする時はまず相手の指示に従う。日頃から彼が酔っぱらい(不知火)相手に身につけた経験だが、会話が成立する程度の酔いならばまだセーフなのだ。真に恐れるべきは、ふとしたきっかけで癇癪を起こされてしまう事だ。

 

 ゆえに月守は、自身の経験に従って酔った天音の指示にひとまず従い、彼女の左隣にそっと座った。

 

「ふふふー」

 

満足げな笑みを浮かべているあたり、どうやら隣にいて欲しかっただけらしい。

 

 月守はとりあえず、アルコールのせいで低下した天音の脳内キャパを越えない程度に話しかけることにした。

 

「神音、酔ってる?」

 

「う? ……んー……? わかん、ない」

 

 ゆっくり一音一音丁寧に月守が問いかけ、天音はそれに対して地に足が着いてないような、ふわふわとした輪郭の言葉で答える。

 

「じゃあ、気分はどう? お酒で、気持ち悪くなってない?」

 

「んー……、ちょっと、きもちわるい、かも……?」

 

「そっか。じゃあ気分悪いなら、何か飲む?」

 

スポーツドリンクでも飲ませて酔いを緩和させようと画策していた月守だったが、この作戦室の冷蔵庫にある飲み物は、妖怪ココア冷やしが夜な夜な笑顔で仕込んだココアしか入ってない事を思い出し、心の中で舌打ちをした。

 

 ダッシュでスポーツドリンクを買ってくるかと一瞬悩んだ月守だったが、結果としては、

 

「ううん、いらない」

 

天音の否定の言葉で動きを止められ、

 

「つきもりせんぱいが、となりに、いて、くれたら、しおんはまんぞく、だよ?」

 

天音が気恥ずかしそうに言いながら、その小さな手で月守の右手をぎゅっと握った。

 

 瞬間、月守の呼吸と心臓は、一瞬止まった。

 

 月守咲耶にとって酔っぱらいとは、ほぼほぼ不知火か、彼女がたまに自宅に連れてくる飲み友のことをさす。彼女たちを一言で表すなら『面倒臭い』存在であった。

 

 話が通じなくなる。

 同じ話題を延々と繰り返す。

 時には糸が切れたように眠り込む。

 時には嘔吐する。

 何度振り払ってもしつこく絡んでくる。

 

 彼にとって酔っぱらいとはそんな存在であった。程度に差はあるだろうが、人の負の一面が垣間見える状態だと、月守は思っていた。

 

 しかし今、4年かけて築き上げてきた彼の中の酔っぱらい像が、ガラガラと音を立てて崩れていく。

 

 こんな可愛い酔い方をする人がいるのかと、月守は多大なショックを受けた。

 

 酔っ払いをあしらう事に自信があった。しかし月守は、それは自信ではなく自惚れであり、そして勘違いだった事に気づく。

 

 彼があしらう事が出来るのは酔っ払った不知火だけなのだ。

 

 今、目の前にいる天音には、四年かけて培った経験が全く通用しない可能性がある。それを自覚した月守は、どうすればいいのかと悩み、行動が完全に停止した。

 

 目の前で完全に動きを止めた月守を見て、酔った天音はニッコリと、とても楽しそうに笑った。

 

 飼い主と戯れたくてウズウズする子犬を想起させる可愛らしい笑みを浮かべた天音は、

 

「えへへ、すきあり〜」

 

イタズラを仕掛ける子供のような純真さで、隣に座る月守を押し倒した。

 

*** *** ***

 

 キリキリと痛む胃に耐えながら、忍田真史は本部作戦室で不知火製チョコレートによる被害の沈静化に勤めていた。

 

 組織のトップである城戸や幹部である鬼怒田や唐沢がチョコにやられた時は冗談抜きで脂汗がにじみ出て内臓が冷えたものの、事態そのものは現在収束に向かっている。

 

 チョコそのものはあらゆる場所にばら撒かれたものの、幸いにも数はそこまで多くない。酔ってしまった隊員がSNSに不適切な画像や動画を投稿するといった事態も、まだ起きていない。今は素面の隊員が連携を取り、チョコレートの回収及び酔っ払った隊員の介抱に当たっている。今も、忍田の指示のもとで嵐山隊と三雲が加古隊の救助に当たっている。

 

 事態が収束に向かい、精神的・思考能力的に落ち着きを取り戻せた忍田は、その余裕ができたリソースを、首謀者(しらぬい)の居場所特定へと向けた。

 

(……この状況で、不知火はどこに逃げた?)

 

 組織に勧誘した張本人であり、それなりに長い付き合いである不知火の行動パターンを、忍田は腕組みをしながら予想する。

 

(いつだったか、不知火は言ってたな……。『勝負で勝つ1番楽な方法は、前提を崩す事』だと……)

 

 記憶の中にいる、今よりも幼い顔つきの不知火が語った戦法に則り、忍田は自身の思考の前提を疑う。

 

(前提……逃げた場所か? 本部の中にいると思っていたが本部にはもういない……いや、それは無い。不知火のトリガーはこちらが抑えている。トリガー無しに本部への出入りは不可能だ)

 

 崩すべき『前提』は、『場所』では無い。ならばどこか……忍田は、堤大地が医務室に運び込まれたという報告を聴きながら思考を巡らせるが、あらゆる可能性が浮かんでは消えて、すぐに思考は行き詰まりとなった。

 

(八方塞がり、か……)

 

 先に事件を完全に収束させ、不知火は最後に人海戦術で探し出すべきだと忍田が判断した、その瞬間、

 

「忍田本部長! 不知火さんの居場所が掴めました!」

 

 慌てた様子の真香が忍田のそばに駆け寄り、吉報を伝えた。

 

*** *** ***

 

 彩笑がしれっと他人に言いふらしながらも、意外だと思われがちな事の1つに、

「咲耶は中途半端な状況のアドリブに弱い」

というものがある。

 

 何事にも思考から入るタイプの人間にはさほど珍しい特徴では無いのだが、『中途半端な』という所がポイントだ。

 

 月守はいわゆる「理論派」と呼ばれるタイプの隊員であり、基本的に思考を組み立てて行動に移す。しかしその思考形式は月守のかつての相方である夕陽柾によって修正されて身についたものであり、根っこの部分は『感覚派』である。

 

 例えば「殺意を持って刃物を向けてくる人が急に現れた」のような緊急事態ならば、状況に合わせて迎撃や逃走など適切な選択肢を迷いなく取れる。逆に、その咄嗟の判断が働かないような緊急性が低い、もしくは命に関わるような危機では無い場面、あるいは自身の想像力で想定できていないような状況には、めっぽう弱い。

 

 結果、

 

「ちょ……神音、ちょっと待って……」

 

「ふふふ〜、やーだー」

 

割りかしあっさりと、酔っ払った中学生に押し倒されていいように遊ばれていた。

 

 天音は押し倒した月守に跨ってニコニコと笑うものの、特別なにかをするわけではない。時折、戯れるように細い指先で月守の髪の毛を弄ったり、

 

「つきもりせんぱい」

 

と、アルコールで鈍った舌足らずな口で月守の名前を呼ぶが、それだけだ。そして月守がその呼びかけに反応すると、

 

「えへへ。よんでみた、だけ」

 

 とても幸せそうに微笑み、弄ぶように答えるだけだった。

 

 月守としても、一応の抵抗は試みている。上に乗られているとはいえ、細身な天音の体重などたかが知れており、その気になれば力ずくで起き上がる事もできるだろう。だが、月守がその手の行動に移ろうとすると、

 

「ん〜? だーめー」

 

天音は無邪気な笑みのまま、月守の動き出しを抑えてしまう。力が入れにくい絶妙な部分を手で押さえられたり、身体の位置を動かされて体重の掛け方などを変えられると、まるで魔法にかかったかのように月守の抵抗は封殺されてしまう。

 

 単純に、天音が生来持っている運動センスが図抜けて高いためこの上なく的確に月守の動きを抑えているというのもある。だが、それ以上に、

 

(ちょっ、待って神音! 制服でその動き方はアウト! スカートで跨ってる時点でアウトだし何か甘くていい匂いする! ってか神音体温高っか! ポカポカしてる! 何!? 酔ってるから!? あとずっと笑顔なのズルくない!? それと抑えてる指先を時々もにょもにょ動かすのくすぐったいし、なんか、もう……あああああ!!!!!)

 

月守がテンパりすぎてまともな対応ができないというのが最たる理由だった。酔っ払った後輩女子に物理的にも立場的にもこれほどにマウントを取られているこの状況は、当たり前ながら月守にとって初めての経験であり、彼のキャパシティを余裕で超えた。

 

 不幸中の幸いは、キャパシティを超えすぎたゆえに、一周回って表情は無表情になったことくらいである。

 

 月守にとって、ある種の拷問のような時間がしばらく続いた。人によっては、「おい月守、ちょっとそこ代われや」と言いたくなる状況だが、月守にとっては拷問だった。

 

 いつまでも続くのか、と思えるような錯覚に月守が陥りかけた時、

 

「……つきもりせんぱい。しおんは、おもい、ですか……?」

 

 不意に天音が、そんな質問をしてきた。

 

「え……?」

 

問いかけに戸惑い、しどろもどろになりながらも月守は天音を見上げる形で見据えて、何とか言葉をひねり出す。

 

「……とりあえず、食べた物はどこに消えてるんだろう、って思うくらいには軽いけど……」

 

「ぅ……うれしい、けど……そうじゃ、なくて……」

 

ずっと戯れてくるような、遊びに興じる子供のような雰囲気を漂わせていた天音だったが、その空気は一瞬で消えた。

 

 悲しさを堪え、少しでも触れたら泣き出してしまいそうな顔で、天音は月守を真剣に見据えて質問をしてきた。

 

「……しおんは、おもく、ない……? みんなの……ちきたいの、みんなの、あし、を、ひっぱって、ない……?」

 

 地木隊(みんな)の足を引っ張っていないか。

 

 そう問われた月守は答えに迷わなかった。

 考えるよりも先に、彼の感覚が答えを口にした。

 

「なってないよ。神音は、そんな事してない」

 

偽りのない本心ではあるが、その答えは天音には届かなかった。

 

 きっと彼は、本心がどうであろうと、そういう答えをくれると信じてたから(予想していたから)

 

 予想通りの、言葉に何の意味も重みも見出せない答えを聞き、天音の目尻に涙が溜まる。軽く指を曲げてシワがよった紙のように、クシャリと表情を歪めた。

 

 天音はそのまま月守の身体にしな垂れかかって表情を隠し、彼の心臓(こころ)に向けて涙ぐんだ言葉を突き刺す。

 

「しおんが、いなかった、らって、かんがえたの……。そしたら、みんな、もっともっと、じゆう、だったの……」

 

「……自由? どんな風に?」

 

 月守に促され、天音は自分が思い描く『私がいなくてもっと自由になった地木隊のみんな』を語る。

 

「ちきたいちょう、はね……。しおんのこと、きにしないで……あわせなくて、よくなる、から……、もっと、やりたいこと、たくさんできるように、なる、かなって」

 

「うん、そうかもね」

 

 月守は決して天音の言葉を否定せず、ただ静かに肯定して、悲しい"もしもの世界"を語らせる。

 

「まなかは、がっこうで、わたしのめんどう、みなくてよくなる、から……もっと、すきなべんきょう、たくさんできる、し……。もしかしたら、そのじかんで、とっくんして……、いやなこと、こくふくできるかも、しれないし……」

 

「かもね。自分のために自分の時間を、たくさん使えるようになるだろうね」

 

 天音は言葉の端々に嗚咽を混ぜ、自分がいない世界にいる最後の1人の事を語る。

 

「つきもりせんぱいは……しおんのために、いっしょうけんめいにならなくて、よくなる、から……。いろんなひとの、ために、いろんなこと、できるように、なる、の……に……」

 

 言葉を絞り出すのが辛くなったのか、天音の言葉はそこで途切れた。

 

「……」

 

 月守は無言で、しな垂れかかる天音の華奢な身体を抱きしめるように手を回して、ガラス細工に触れるように優しくトントンと背中を叩いた。

 

 もういいよ、と言われたような気がした天音は小さく頷き、言葉を止める。

 

 月守は一度、天音の存在を確かめるように、優しく抱きしめた。

 

 思ってた以上に細く、薄い背中だった。戦いとはまるで無縁で、戦場で居合わせたら何かの間違いで迷い込んだ子なのかなと思ってしまうほどに頼りない、華奢な身体である。

 

 ほんの少しだけ震える天音の身体を抱きしめながら、月守は思う。

 

(……この細い身体で、神音(きみ)は色んなものを背負い込みすぎだよ)

 

 少しの力で砕けてしまいそうな、この背中で、チームのエースポジションとしての期待や、治る見込みが薄い病を抱えてると思うと、胸が痛んだ。

 

 背負っているものを少しでも軽くしてあげることが出来れば、と思いながら、月守は天音に優しく言葉をかける。

 

「……神音は、みんなの足を引っ張るような事、してないよ」

 

「……」

 

 天音は「そんなのウソです」と言いたいのをグッと堪え、無言を貫き通す。疑ってくる天音の背中を優しくさすりながら、月守は言葉を続ける。

 

「……確かに、もし神音がいなかったら……彩笑はもっと思った事をたくさん出来るようになるかもしれない。真香ちゃんも、自分のトラウマと向き合う時間が増えて克服への道が見えるかもしれない。俺も……色んな人と、もっと関わりが持てるようになるかも、しれないね」

 

「……ほら、やっぱり……」

 

ゆっくりと身体を起こした天音は、穏やかな表情の月守を見つめながら、その事実を自覚する。じわりと天音の視界はぼやけて、右目から一筋の涙がこぼれた。

 

 頰を伝う涙を、月守は左手の親指で受け止めて、そのまま手を天音の頰に添える。

 

「……でもね、神音。そうやって、やりたい事をなんでもできるようになった彩笑は、きっと……誰にも……俺でもついていけない速さで、1人で先に行って……独りぼっちになっちゃうよ」

 

「……」

 

月守は、天音が言わなかった"もしもの世界"の続きを、淡々とした声で紡ぐ。

 

「真香ちゃんも……1人で自分に向かい合う時間が増えるから、その分、1人で辛い思いに向き合う時間が増えちゃうね」

 

「……うん」

 

小さく頷きながら、天音は月守が語るもしもの世界の行き着く先を想像する。

 

「そうなったら俺も……そんな2人に倣って、そのうち1人で色々勝手にしだすよ」

 

「……みんな……」

 

月守がもしもの世界を通して伝えたかった事を、天音はポツリと呟いた。

 

「……ひとり、だね」

 

「そう……独りぼっちなっちゃうんだよ、神音」

 

 碧みがかった黒い瞳を真っ直ぐに見つめながら、天音がここにいる意味を告げる。

 

「もしも神音がいなかったら、彩笑も、真香ちゃんも、俺も……多分今頃1人だよ。少なくとも、今よりみんな仲良くはなってない」

 

 思いを告げる月守は過去を回想する。

 

 今より髪が長く、自分の事が嫌いで嫌いで仕方なかった天音がこの作戦室に足を運び、俯きながら『このチームに入りたい』と震える声を絞り出してくれた日の事を思い出しながら、月守は、

 

「あの日、神音がこの作戦室に来て……このチームに入りたいって、言ってくれたから、俺たちは今、こうしていられる(チームでいられる)。神音が、みんなを繋げてくれてるんだよ」

 

 優しい声で、天音がここにいていい理由を言い聞かせた。

 

「……ほんとう? ……しおんは、ここにいて、いい……?」

 

 天音はあの日と同じように震える声で、自分の存在意義を問いかける。

 

「もちろん。いてくれなきゃ困るし……、チームのエンブレムの意味が無くなっちゃうよ。それに……」

 

「……それに?」

 

 口を噤んで躊躇い、勿体ぶった月守を天音は不思議そうな目で見つめて、紡がれる言葉の続きを待つ。

 

 月守は迷った。少し照れ臭い、この言葉の続きを伝えるべきか迷った。

 

 迷ったが、それでも伝えることにした。

 

 この瞬間の記憶を酒によって忘れてくれますようにと心の片隅で願いながら、月守は、

 

「何より、俺が……神音と一緒にいたいから。……だから神音。お願いだから、地木隊にいてよ」

 

それらしい理屈を幾千と並べる事をせず、自身の心からの本音を伝える事を選んだ。

 

 その言葉が天音にどんな風に届いたかは、月守にはわからない。天音はただ小さく頷いて左の瞳から涙を零し、月守はそれをさっきと同じように左手で受け止める。

 

 左手の向こうで、天音は言う。

 

「……月守先輩、ありがとうございます」

 

 その声は近くにいる月守に聞こえないほど小さく、その上に口元は左手で隠されていたので、誰にも届くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな2人のやり取りを、作戦室の奥の小部屋から見つめる者がいた。

 

(よし行け咲耶。話してる内容は聞こえないけど、雰囲気は良さげだ。ワタシの子なら、このまま逆に押し倒せ!)

 

彼女は、画面越しでドラマを観ているような野次馬根性全開で、2人のやり取りをこっそりと見守る。

 

 しばらく分かりやすい動きがなかったが、彼女の心の声が届いたのか、ここで2人が動いた。

 

(お、動いた動いた。さて、どうなる……?)

 

ワクワクとした面持ちでそれを観察するが、結果として2人の動きは彼女の期待外れに終わった。

 

 月守が起きれるように天音は彼の上から降りてソファにきちんと座り直し、月守はそんな彼女の頭を優しく撫でた。

 

 会話こそ聞こえないものの、雰囲気的に天音がもう月守に絡む気配が無くなったのを感じて、彼女は一旦小部屋の奥に引っ込んだ。

 

(むぅ……あの状況で手を出さないとはね。まったく、咲耶は誰に似たのか草食だ)

 

月守の事を草食だと心の中でなじりながらも、彼女はそこで一度考え直す。

 

(いやでも……ここから何かある可能性もワンチャンある……?)

 

 そう思い、そろりそろりと小部屋からこっそり顔を出して2人の事を見ようとするが、

 

「何してるんですか、不知火さん」

 

いつのまにか小部屋の目の前に移動して腕組みをしながら、ややお怒りの表情の月守に咎められ、不知火はやんわりと笑った。

 

「あれ? 天音ちゃんは?」

 

「なんか、眠いって言い出してすぐに寝ちゃいました」

 

 不知火は視線を月守の後ろに向けると、そこには確かにソファで横になって、スヤスヤと規則正しい寝息を立てて眠る天音の姿があった。

 

「あー……。酔うと眠くなるよね。……それに、天音ちゃんは眠れない夜があるって言ってたから……寝れる時に寝かせてあげなきゃね」

 

 何気なく不知火が口走った言葉に、月守は眉をひそめた。

 

「眠れない夜?」

 

「……まあ、それは置いといて、だ。よくワタシがここにいるって分かったね。いつから?」

 

 露骨に話題をそらしつつも、観念した様子で不知火は小部屋から姿を現す。逸らされた話題を気にしつつも、月守は不知火の質問に答える。

 

「俺たちが作戦室に戻ってくる直前、ですね」

 

「あはは、流石にそれは強がりが過ぎない?」

 

 疑ってくる不知火に対して、月守は根拠を提示する。

 

「自分が探されてると知った時、必ず自分の事を探す側の頭数の中にいて、それでいて見つけてくる可能性が1番高い……高い精度で自分の思考を読んでくる人は誰かと考えた時、貴女はきっと俺の事を想定しましたね?」

 

「まあ、仮にそうだとしよう。それで?」

 

 月守の言葉を、不知火は楽しそうに聞き入れる。

 

「だからきっと、不知火さんはこう考えたはずです。俺が貴女の思考を読んだ上で、絶対に探さない場所はどこかと」

 

「……それが、ここだったわけか」

 

「はい。探し始めたスタート地点であるここは、探したって意識が限りなく低いので、2回目3回目と探した場所を確認しようと思った時、スルーしてしまいそうだったので。不知火さんなら、それを読んでここに隠れるだろうなと思いました」

 

月守は根拠を突きつけたが、

 

「……いやまあ、そういうのもあるかもしれないけど。ワタシは単純に、普段いる研究室とか以外で、どっか隠れる場所ないかなって思った時に、パスワード知ってる部屋がここくらいだったから逃げ込んだだけなんだけどね」

 

不知火はしれっと偶然だった事をカミングアウトし、月守を赤面させた。

 

 ドヤ顔で理由を説明しただけあって月守が受けた反動は大きかった。穴があったら入りたいと月守は小声でボソっと呟き、それを聞き逃さなかった不知火はケラケラと笑う。

 

「まあ、理由はどうあれワタシは見つかったからね。ひとまずもう1回逃げるとするよ」

 

「いや、逃がしませんよ。大人しく本部に自首してください」

 

逃す気が無い月守が不知火の前に立ちはだかるが、不知火はカードを一枚切る。

 

 白衣の右ポケットからこれ見よがしにスマートフォンを取り出し、ニヤリと笑う。

 

「咲耶……さっきの天音ちゃんとのやりとりが、これの中に動画として残ってる。ワタシの邪魔をするなら、本部内のネットワークに君の……いや、天音ちゃんの恥ずかしい動画が流れ出る事になるよ」

 

「……っ」

 

 手塩にかけて育てた子供のことだ。不知火は月守の事をよくわかっていた。

 

 自分の痴態だけならいざ知らず、後輩のそれを盾に取られてしまっては、月守は手を出せなくなる事を、不知火はよく知っていた。

 

「外道」

 

本音8割程度に月守は不知火をなじるが、なじられた本人はどこ吹く風かと笑い飛ばす。

 

「大人は汚いぞ。よく覚えておきなさい」

 

 月守の動きを封殺した不知火は、堂々と地木隊作戦室を闊歩し、出入り口へと向かう。

 

(上手くいってよかった……。さてさて、次はどこに逃げようかな……?)

 

 次なる逃走先を思案しながら、不知火は出入り口の扉を開けた。すると、

 

「どこへいく気だ、不知火」

 

開けた扉の先には、腕組みをして行き先を塞ぐように立つ忍田の姿があった。

 

「デジャヴ……」

 

つい1分くらい前にも同じような光景見たな、と思いながら、不知火は苦笑いを浮かべる。

 

「忍田先輩、現着が早すぎないかい?」

 

「事前に月守から連絡をもらえたからな」

 

言われて不知火は、ジロリと月守に目を向けると、月守はしてやったりと言いたげに笑っていた。

 

視線を忍田に戻す途中に左の通路を確認したが、嵐山と時枝が待ち構えているのが見えた。

 

(きっと右の通路も誰かいるんだろうね)

 

退路を塞がれた事に観念し、不知火は降参だと言わんばかりに両手を挙げた。

 

「忍田先輩、言い訳をさせてくれないか?」

 

「聞くだけ聞こう」

 

「あのお菓子は多分、お酒を複数混ぜたのがいけなかった。調子に乗って三種類ブレンドはやりすぎた」

 

そこそこ真面目に自身の反省点を口にする不知火だが、

 

「言いたいことはそれだけか?」

 

煮えたぎるマグマのような視線で睨まれた不知火は、言うだけ言おうと考えていた百八の言い訳を頭から消し去った。

 

(長々と語って怒りを鎮めるのは無理かな?)

 

 お叱りコースはもう避けられないと踏んだ不知火は、1つため息を吐いた。

 

「言いたいことは、それだけか?」

 

 今一度確認するように言った忍田に対して、不知火はイタズラっぽく笑った。

 

「うーん、あと1つだけいい?」

 

「なんだ?」

 

「ハッピーバレンタイン、忍田先輩」

 

食事の前に『いただきます』と言うのと同じくらい自然に不知火はそう言い、左のポケットから丁寧に包装された小包みを取り出して忍田へ差し出した。

 

「……なんだ、これは?」

 

「チョコ。ノンアルコールでワタシお手製の安全品」

 

 チョコを差し出しながら、不知火はやんわりと笑う。

 

「部下が見てる手前だ。乱暴に突っぱねる事は出来ないだろう?」

 

「……」

 

 どう動くべきか忍田が迷う中、気配を消して不知火の背後に移動した月守が口を開く。

 

「不知火さん、動画撮ってるって言ったのウソだったんですね。動画無いじゃないですか」

 

 その言葉に反応して不知火が慌てて振り返ると、いつの間にか不知火のポケットからスマートフォンを抜き取り、粗方動画を探し終えた月守がいた。

 

「スリさながらの鮮やかな手口にも驚くけど……月守、どうやって解除した?」

 

「普通に番号入力しました」

 

「教えた記憶は無いが……」

 

 不思議そうな表情を見せる不知火に向けて、月守は意趣返しのつもりで言葉を選ぶ。

 

「親が思ってる以上に、子供は親のこと見てるんですよ」

 

返されたスマートフォンを受け取った不知火だが、往生際悪く抵抗する。

 

「甘いね、月守。すでにデータはワタシのパソコンに転送済みだ」

 

「いやいや、そういう嘘はいらないんで。ひとまず、忍田さんにちゃんと叱られてください。俺はその間に、家にある酒全部捨てますから」

 

「それはギルティが過ぎるぞ月守ぃ!」

 

真顔で酒を捨てると言い放った月守を見て、不知火はコイツならマジでやると心の中で慌てふためくが、そんな彼女に忍田が追い打ちをかける。

 

「安心しろ不知火。しばらく減給という処罰が下るだろうから、どの道酒は買えない」

 

「忍田先輩、減給はシャレにならないから勘弁してもらいたい。ほら、賄賂のチョコあげるから、これで手を打ってくれ」

 

「賄賂のチョコなど受け取れるか」

 

 ピシャリ、と突っぱねる忍田に対して不知火は、「ケチー」「おにー」と駄々をこねるように喚きながらも、素直に忍田に連行されていった。

 

 忍田と嵐山隊、そしてたまたま嵐山とともに居合わせたという三雲に囲まれて遠ざかる不知火の背中を見ながら、月守はふと思った。

 

(……忍田さん、あの言い方なら賄賂じゃないチョコなら受け取るつもりがあったってこと?)

 

 そこを意図したのかどうなのか、月守はいつか忍田に確かめてみようと、ひっそりと誓う。

 

 こうして、不知火が引き起こした慌ただしいバレンタインデーは幕を閉じた。




ここから後書きです。

フィクションの世界ということでコミカルに書いていますが、実際だとマジでシャレにならない事件だなぁと読み返してて思います。

お酒の時に出る言葉って、本音に近いけど決して本音じゃないなと、私は勝手に思ってます。


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第103話「もう少し素直になれたなら」

前書きです。

同日連続になります。バレンタイン完結です。


『防衛任務や必要な業務を請け負ってない隊員や職員は、酔いを覚ました上で速やかに帰宅すること』

 

予想外の事件により慌ただしくなったボーダーは、全職員・隊員・訓練生にそんな指示を出した。

 

 その指示は例外なく地木隊にも適用され、地木隊は天音の目が覚めたところで帰路についた。

 

 すっかり歩き慣れた帰り道を辿る途中、天音は小さな声で唸った。

 

「うー……」

 

「しーちゃん、大丈夫?」

 

「……ん、大丈夫」

 

まだ完全に酒が抜けきっていないのか、時折足元が怪しくなったり唸る天音を心配して、真香が声をかける。

 

 大丈夫と言い張る天音だが、その顔色はいつもよりやや青ざめたように見える。そんな天音を気遣って、彩笑が視界に入ったコンビニを指差した。

 

「神音ちゃん、コンビニ寄ってこっか。ちょっと休憩ついでに、お水とかスポドリ買ってあげる」

 

「……はい。ありがとう、ございます……」

 

 口でこそ大丈夫と言い張った天音だが、やはり大丈夫ではなかったらしく、コンビニに入るや否やすぐにイートインコーナーに座り込み、俯きだした。

 

 天音を心配しながらも、3人は飲み物コーナーで買い物をしつつ、小さな声で会話する。

 

「しーちゃん、大丈夫ですかね」

 

「んー、どうなんだろうね。……ボクらお酒飲んだこと無いからなんとも言えないんだけど……。咲耶、分かる?」

 

話題を振られた月守は、買い物かごにミネラルウォーターやスポーツドリンクを放り込みながら答える。

 

「……俺の中での酔っぱらいっていうと不知火さんなんだけど……。あの人、ボトルを何本か開けた直後なら別だけど、一回寝るとケロっと復活するからなぁ……。参考にならない」

 

 今頃、酔いが覚めた城戸や鬼怒田やらに叱られているであろう不知火の姿を想像しつつ、月守はそんな母の事が参考にならないと切り捨てた。

 

 イートインコーナーを大人数で占領するのも悪いという理由で、コンビニの中に天音と真香を残し、彩笑と月守は外で待つことにした。

 

 寒空の下、じんわりと暖かいココアの缶を小さな両手で握りしめながら、彩笑は白い吐息混じりに月守に話しかける。

 

「なんかバタバタした1日だったね」

 

「だな。……うちの母親が申し訳ないことをした」

 

「あはは、いーよいーよ。いつもの事だし、ああいう所があるからこその不知火さんじゃん」

 

屈託無く笑う彩笑に釣られて口元を緩ませた月守は、ふと、気になった事を尋ねた。

 

「そういえば、彩笑は騒ぎが起こってる時、何してた?」

 

「えっとね、騒ぎを聞きつけた時は、とりあえずみんなと合流しようかなって思ったけど迷子になって、それから東さんと合流して色んなチームの作戦室に突入してた」

 

「なるほどね。酔ってる人、どれくらいいた?」

 

 どれくらいかな、と彩笑は呟いて、夜空を見上げながら記憶を辿る。

 

「意外と多くなかったよ。酔ってたの、弓場さんくらい」

 

「あー、弓場さんも食べたんだ……。酔った姿、何となく想像できるな」

 

ぐでんぐでんになりながら「帯島ァ!」と部下の事を何度も呼んでそうだなと思いながら、月守はポツリと呟く。

 

「……弓場さん、最近会ってないな」

 

「会いにいってあげなよー。ガンナーとしての師匠なんでしょ?」

 

「早撃ちを参考にさせてもらったくらいだよ」

 

とは言ったものの最近会っていないのは確かなので、今度ランク戦で当たるような事があれば会いに行くかな、と月守はぼんやりと思った。

 

「ところでさ」

 

月守の思考を彩笑はその一言で断ち切り、意識を自分へと向けさせる。彩笑は猫じゃらしを前にした子猫ような、興味津々といった様子の笑顔で質問した。

 

「酔った神音ちゃん、どうだった?」

 

 目を輝かせて答えを待つ彩笑だが、月守としてはある種痴態とも思える天音の様子を赤裸々に語る気はなく、言葉を濁す事を選んだ。

 

「んー、まあ……可愛かったよ」

 

しかしそんな月守の回答を聴くと、彩笑は不満げに口を尖らせて抗議した。

 

「何言ってるの? 酔った神音ちゃんが可愛いのなんて当たり前じゃん! ボクが知りたいのは、神音ちゃんがいかに可愛く酔ったかってこと!」

 

 遊んでほしくてじゃれついてくる飼い猫のように、酔った天音の詳細を教えてとせがむ彩笑に根負けして、月守は話そうとする。だが、

 

「……ごめん、無理。言えない」

 

語るためには必然とその時の事を思い出す羽目になり、月守は再びあの時の感情を追体験し、恥ずかしさのあまり顔を手で覆い隠した。

 

 しかし彩笑にとってそんな事情は知ったこっちゃなく、教えてと駄々をこねる。

 

「えー! ズルイ! 可愛いの独り占めは許さない!」

 

「いやでも、本当に無理……。どうしても知りたかったら、可愛すぎて死んでもいいくらいの覚悟はしてほしい……」

 

「そんなに!? ますます気になる!」

 

 目をキラキラと輝かせて彩笑が更に食いついたところで、コンビニの自動ドアが開き、中から天音と真香が姿を見せた。

 

「神音ちゃん、どう? 気分、楽になった?」

 

「あ、はい……。でも……、顔、ちょっと痛い、です……」

 

「え、顔?」

 

顔が痛いと申告する天音を彩笑は心配そうな目で見るが、それを隣にいる真香がクスっと笑い飛ばした。

 

「あはは。どうも筋肉痛っぽいんですよね。表情筋の筋肉痛」

 

「表情筋の筋肉痛!? そんなのあるの!? ボク、なったこと無いよ!?」

 

驚く彩笑に対して、

 

「だろうね」

「だと思います」

 

月守と真香がピッタリと声を揃えてツッコミを入れた。

 

 ニコニコとしながら真香は彩笑に近づき、両手で彩笑の左右の頰をつまむ。

 

「地木隊長はきっと、普段から笑って表情筋をたくさん使ってるので、筋肉痛にはならないですよ」

 

「ほお?」

 

柔らかいお餅のような、もにゅっとした感触を楽しむように、真香は彩笑の頰をつまんで弄ぶ。

 

「しーちゃんのほっぺつまんでから触ると、全然違うのがよく分かりますね」

 

「ほんほ? まなはひゃんのほっへお、ははっへひひ?」

 

「私のほっぺですか? いいですよ〜」

 

月守はなんで会話が成立するんだろうと不思議に思いながら、身長差がある2人がお互いの頰を触り合う光景を見ていた。

 

 気配無く、隣にいつのまにか移動していた天音に気づき、月守は視線を2人から外さないまま声をかける。

 

「顔、そんなに痛い?」

 

「えっと……、ちょっと、だけ。表情、変えな、かったら、多分大丈夫、です」

 

普段から無表情を貫く天音ならば簡単だろうなと月守は思いながらも、それは口に出さず心の中にしまい込んだ。

 

「まあ……、神音があれだけ色んな顔してたら、そりゃ筋肉痛にもなっちゃうかもね」

 

「……」

 

 なかなか言葉が返ってこないのを不思議に思い、月守が天音の方に視線を向けると、

 

「……」

 

マフラーに顔を半分埋めて表情を隠した天音が、何か言いたそうな目でジッと見つめていた。

 

 何か言いたいことあるの? と月守が尋ねようとしたところで、

 

「ってかさっむい! 外寒くて風邪引いちゃう! 早く帰ろうよ!」

 

 ココアを飲み干して暖をとる手段を無くした彩笑が寒さに負けて駄々をこね始めたため、4人は再びコンビニから歩き出して帰路へとついた。

 

*** *** ***

 

 途中まで同じ帰り道の4人だが、最後まで同じ道というわけではない。

 

「じゃあ、今日はここまで! 明日は最低でも試合開始の1時間前には本部にいること!」

 

 分かれ道に差し掛かったところで彩笑は隊長らしくそう言い、違う道を行く月守と天音に向けて、バイバイと真香と共に手を振って別れた。

 

「……」

 

「……」

 

 いつもなら、この帰り道で2人は何気ない会話をぽつぽつとする。その日の防衛任務やランク戦の出来事を確認するように話しつつ帰るのだが、この日に限っては2人とも無言だった。

 

 このまま最後まで何も話さず帰るのかと思えたが、その沈黙を天音が破った。

 

「月守先輩……あの……、今日は、その……すみません、でした……」

 

 何に対しての謝罪なのかは明確に言わないものの、十中八九酔っ払っていた時の事だろうなと判断して、月守は天音の謝罪を受け入れる。

 

「気にしなくていいよ。元はと言えば、あんなに危ないお菓子を作って、それを無造作にデスクの上に置きっぱなしにしてた不知火さんが悪いから」

 

 言いながら月守は、帰ったら不知火が家に戻って来る前に酒をどこかに隠さなければと画策する。そんな事を考えながら、

 

「それに……神音、だいぶお酒に酔ってたみたいだし、自分が何をしたかなんて、覚えてないでしょ?」

 

微苦笑混じりに、何気なく月守は言った。覚えてないなら気にしなくてもいいと伝えたかったのだが、

 

「……えっと……あの……、お、おぼえて、ます……」

 

口元を隠したマフラー越しに、天音は消え入りそうな声で、そう主張した。

 

「……え?」

 

 まさかの答えに月守は思わずギョッとして天音の顔を見ると、とても気まずそうに天音はゆっくりと視線を逸らした。

 

 目を合わせないまま、天音は口を開く。

 

「その……、私、酔ってた時、の、こと……わりと、はっきり覚えてる、みたいで……。私が、月守先輩に、何をしたか、とか……その……、おぼえて、ます……」

 

肺の中から少ない空気を絞り出したような声で、天音ははっきりと自分が何をしたか覚えていると、月守に伝えた。

 

 天音に酔っていた時の記憶があると分かった瞬間、

 

(待って待って待って! ってことは俺に何されたかとか、何言われたかも覚えてるって事!? ぎゅってはしたけど、それ以外危ない事してないよね!? 変な所とか触らなかったよね!? え、これ大丈夫? 俺、訴えられないよね!?)

 

月守は本日2度目のオーバーヒートに陥った。酔ってる時の記憶など無くなるものだと思い込んでいた月守は、天音がどうせ忘れるなら、という思いで行動していたため、その前提が崩れて自らの言動を振り返って赤面していた。

 

 一方、無言で赤面した月守を見て、

 

(どうしようどうしようどうしよう! 月守先輩のこの反応、絶対全部覚えてる! 酔った私、月守先輩の上に、ま、また、跨って、なんか色々してた! なんか色々言ってた! 変な声で、「だーめー」とか言ってた! ダメなのは私だよばか!)

 

天音もまた、自分の言動を恥じて赤面していた。

 

 決壊したダムのごとく羞恥の思いが溢れ出てくる天音は、無言ではあるものの心臓は壊れんばかりに脈打っていた。もしここに、カメレオンを起動して菊地原の強化聴力(サイドエフェクト)を共有した風間隊が潜んでいたとすれば、

「三上、聴覚の共有を解除しろ。音が大きくて意識が削がれる」

と、風間が感覚の解除を求める程度には、天音の心臓の音は煩かった。

 

 自分の言動を思い返しては悶え苦しむ事を繰り返していた天音はなんとかそのループから抜け出し、未だに赤面して沈黙を続ける月守に記憶の確認をする事にした。

 

 淡々とした声をほんの僅かに震わせて、天音は声をかける。

 

「つ、月守先輩……」

 

「え、ああ……なに?」

 

 心ここに在らずといった様子で受け答えする月守に、天音は一刻も早く確認しなければと思い、慌てて言葉を紡ぐ。

 

「その……覚えてます……よね?」

 

 林檎と見紛うほどに赤らめた顔の天音に問いかけられた月守は、誤魔化すといった類のことを全く考える事なく、

 

「……えっと……覚えてる」

 

正直に、答えた。

 

「──ーっ〜〜!」

 

 声にならない悲鳴をあげた後、天音は矢継ぎ早に言葉を繋げた。

 

「ぜ、全部……ですか?」

 

「うん……多分……」

 

「えっと……私が、怒られないか、確認したこと、は……?」

 

「お、覚えてる……」

 

「ソファ、となりに、座ってって、言ったことも……?」

 

「それも、覚えてる……」

 

「……お、押し倒した、こと、は……?」

 

「ば、ばっちり……」

 

「う、上……上に、跨った、のも……?」

 

「はっきりと……」

 

「……急に、泣いちゃった、こと、も……?」

 

「……うん。覚えてる……」

 

 月守のみならず天音自身も、作戦室で過ごした時間の事をこの上なくハッキリと覚えていた。なんなら、今の確認でより強固に海馬へと刻み込まれた。

 

 穴があったら入りたい、という言葉の意味をこの上なく実感している天音は、なんとか月守の記憶を消さねばと目論む。だが、冷静さを欠いた天音の頭では答えまで辿り着けなない。

 

 唯一ある可能性としては、ボーダーが機密を知りすぎた隊員や一般人に施す記憶の封印処理だが、

「想い人の頭の中にある自分の恥ずかしい言動を忘れさせてほしい」

などという理由では流石に使用許可は降りない。

 

 どうするべきか悩んだ末、天音は1つの方法に行き着いた。

 

 それは今日、この日ににしかできない。この日だからこそできる、特別な方法だった。

 

 恥ずかしくて、照れ臭くて。

 今すぐにでも、この場から走って立ち去りたいという思いをぐっと堪えて。

 天音は月守に想いを告げる。

 

「月守先輩……。今日の、事は……お互いに、忘れちゃい、ましょう」

 

「んー、そうだね……って言いたいところだけど……。ちょっとコレを忘れるのは厳しいかな……」

 

「……そう、ですか……。なら……」

 

 忘れられない、と言う月守に向けて、天音はスクールバックの中にしまい込んでいた切り札を取り出した。

 

 頼りになる親友と、笑顔が可愛らしい先輩と協力して作ったそれを、天音は両手で大事そうに持ちながら、月守へと交渉する。

 

「……忘れてくれる、って約束、してくれない、なら……。コレは、月守先輩に、あげません」

 

 天音が取引として出したのは、丁寧に包装され可愛らしい紅色のリボンでラッピングされたチョコレートだった。

 

 不慣れながらも頑張って作ったチョコレートを人質とした天音だが、その心のうちは不安でいっぱいだった。

 

 もらってくれなかったらどうしよう。

 普通に渡せば良かった。

 

 そんな思いが次々と湧いては消えていき、それがまた天音の心の平静を大きく崩していく。

 

「……今日のこと、忘れないならチョコ貰えないの?」

 

 確認してくる月守の言葉に対しても、

 

「はい。忘れて、くれない、なら、あげません」

 

口でこそ、そんな風に答えてしまうが、心の中では「そんなことないです」と叫びたい思いでいっぱいだった。

 

 焦りが焦りを呼び、心と体をちぐはぐにしていく。

 頭ではこうするべきだと思っているのに、身体が言うことを聞いてくれない。

 

 ごちゃごちゃに思考が取っ散らかる天音だが、根元にあるのはたった1つの願いにも似た思い。

 

 このチョコレートを受け取ってほしい。

 

 それさえ叶えばと、天音は切に祈る。

 

「そっか……」

 

 天音の無表情下での必死な祈りに応えるように月守は、

 

「……じゃあ、今日の事は頑張って忘れるようにするよ。……だから、神音。そのチョコ、欲しいな」

 

()()()()()()()()で、そう言った。

 

 そんな彼を……嘘をついている時だけに見せる月守の顔を見ながら、天音は思う。

 

 この人は、今日の事を忘れるつもりなんて……、もしくは、忘れらるなんて、サラサラ考えてはいないのだと。なのに、どういうわけか嘘をついてまで、このチョコを受け取ろうとしている。

 

(月守先輩は、やっぱり、嘘つき、です……)

 

心の中で月守をそう評しながらも、

 

「……じゃあ、あげます。……月守先輩、チョコ、受け取ってください」

 

天音は筋肉痛で痛む顔を綺麗に歪めて(ほほえませて)、月守にチョコを渡した。

 

「……ありがとう、神音」

 

 照れ臭そうにお礼を言いながら、やんわりとした笑顔でチョコを受け取る月守を見て、天音は、

 

(月守先輩が、嘘つきで……本当に良かった)

 

想い人のダメなところを、また1つ好きになった。

 

*** *** ***

 

 防衛任務や必要業務のために、最低限の人数しか人が居なくなったボーダー本部で、不知火は盛大なため息を吐いた。

 

「ぐぅ……流石にお説教2時間コースは堪えるなあ……。減給、始末書……ペナルティも多いし……」

 

 説教された事を反省しながらも、不知火は涼しい顔で自作の改造ラービット3体の猛攻を捌ききり、大鎌を的確に振るい絶命させる。

 

 一通り満足するまでラービットを屠った不知火は仮想空間から戻りトリオン体を解除し、部屋に残していた自作のウイスキーボンボンをパクパクと食べ進める。

 

「……これ、そんなに酔うようなものかな?」

 

 不思議そうな顔で自作チョコを味わいながら、デスクの上のパソコンを操作し、先程スマートフォンから転送しておいた動画を……酔った天音に絡まれる月守の動画を再生した。

 

 酔った天音に絡まれてしどろもどろになる月守を見て、不知火は微笑ましそうに破顔する。

 

「ふふ、あの子もこんな顔できるようになったんだねえ……。この動画、いつか暴露しておちょくってあげよう」

 

 息子をいじめる算段を笑顔で整える不知火だったが、そんな彼女の楽しみを邪魔するように、スマートフォンに着信が入った。

 

「むう? 良いところだったのに、どちらさ……」

 

どちら様、と言い切ろうとした不知火の口は、着信画面を見て止まった。

 

 そんなバカな。なぜこのタイミングで? 

 

 不知火はあらゆる可能性を危惧しながらも、痙攣していると言っても差し支えないほど震えている指先で画面をスライドさせて電話に出た。

 

「も、もしもし?」

 

冷や汗を垂らしながら不知火が電話相手に向けて言うと、

 

『いきなりごめんなさいね。今大丈夫?』

 

相手は淡々とした声でそう返してきた。

 

 一見、何の変哲も無い電話のやりとりだが、相手のその言葉を聞いた瞬間、不知火の全身から脂汗が滲み出た。

 

 怒っている時は、名前すら呼ばずに用件に入る。不知火が知っている、相手の人の癖なのだ。

 

「ダイジョウブ、デス」

 

『ふふ、何でカタコトなの?』

 

 言葉こそ柔らかく笑っているようにも感じるが、この電話相手の恐ろしさを知っている不知火からすれば、その柔らかな言葉の奥に数多の爆弾が着火直前状態で待機しているのが嫌でもわかった。

 

 出方を警戒する不知火に向けて、

 

『まあ、それはいいわ。ところで花奈ちゃん、あのね……』

 

一拍間を開けてから、その人は遠慮なく自らの爆弾を爆発させた。

 

『帰ってきたウチの子の口の中からアルコールの匂いがするんだけど、貴女、何したの?』

 

「ご、ごめんなさい若葉さんん!!」

 

電話越しであるにも関わらず、目の前にいるかのような殺気を突き刺してくるその人に向けて、不知火は全力で謝罪し、相手からは見えていない事を知りつつもこの上なく綺麗な土下座を決めた。

 

『いや、ごめんなさいじゃないの。私は、貴女が、ウチの子に、何をしたかを、聞、い、て、る、の』

 

 もし相手が眼前にいたならば、例え自身がトリオン体であったとしてもボコボコにされているビジョンを想像できた不知火は、逆らうとか言い訳するとか、そんな考えを欠片ほども挟むことなく、嘘偽りなくありのままの真実を答えた。

 

『なるほどね。問題の大元は花奈ちゃんの好奇心ではあるけど、よく分からないものを勝手にパクパク食べてるあの子も悪い』

 

 一通りの説明を終えたところで双方に問題ありと判断され、不知火はかろうじて首の皮一枚繋がった事に安堵の息を吐いた。

 

『でも聞いた分にはだいぶ大きな騒ぎにしちゃったみたいだし、その件に関しては花奈ちゃんは反省しなさい。今度、飲み会名目の反省会をするから覚悟するように』

 

 繋がっていた首の皮は綺麗に消し飛び、不知火は慌ててあの手この手で交渉する羽目になった。

 

*** *** ***

 

(お母さん、珍しく、長電話、してる……)

 

 濡れた髪をドライヤーで丁寧に乾かしながら、天音は珍しく長電話している母の背中を横目で見た。

 

 髪を乾かした後に少しだけ母親と、なんて事無い会話をしてから眠りにつくのが天音の日常だった。しかし今日はそれをせず、電話を続ける母の背に小さな声で「おやすみなさい」とだけ言ってから自室に行き、ベッドに潜り込んだ。

 

 真っ暗な部屋の天井を見上げながら、天音は今日という日を振り返る。

 

 天音にとって、今日は幸せな日だった。

 

 ほんの1年前までなら、今日のように友達とチョコレートを交換しあったり、普段食べないようなお酒のお菓子を食べたり、大切な人にドキドキしながらチョコレートをあげるなんて事は、想像もつかなかった。

 

(……月守先輩、チョコ、食べてれた、かな……)

 

 心臓が破裂するんじゃないかという思いで渡したカップケーキを、ちゃんと食べてくれたかなと天音は心配する。そしてもし食べてくれたなら、それを美味しいと思ってくれたなら、この上なく嬉しいなと思いを馳せる。

 

そんな事を思える今日は、まず間違いなく、天音にとって幸せだった。

 

 このまま幸せな思いに浸ったまま、微睡みに身を任せて眠る……。天音が眠りに落ちようとした、その時、

 

ズク、

 

と、身体の中に嫌な痛みが走った。

 

(……何も、今日じゃ、なくても、いいのに、な……)

 

 ついさっきまで幸せだった気持ちが嘘のように冷め、天音はこれから来るモノに対して堪える覚悟を決める。

 

 それを、不知火と林藤は病気の症状の1つだと言った。天音が罹る病、その症状だと。

 

 痛みはみるみるうちに酷くなり、天音は布団の中で丸まり、必死に痛みを堪える。

 

 棘で覆われた手で内臓を撫で回されるような。

 有害な液体を無理やり体内に流し込まれたような。

 スプーンで体内を掬い取られるような。

 

 言い表しようがない痛みが、天音を襲う。

 

 天音は1年間、この痛みとも戦い続けている。月一度のペースで、日が落ちてから夜が明けるまで、この痛みは天音の中を駆け巡る。

 

 夜が明けるまでには、この痛みは必ず引く。1年間の経験で天音はその事は分かっているが、分かっていても耐えきれないほどにそれは辛かった。

 

 何より、この痛みが起きた夜は絶対に眠れず、翌日は寝不足で頭は回らず、コンディションは最悪を下回る。

 

(……明日、ランク戦、なのに……)

 

 試合を危惧する天音だが、痛みはズクズクと増していく。

 

 身体の水分が枯渇するんじゃないかという勢いで脂汗は出続け、一夜のうちに耐えられなくなって何回かは吐く。

 

「……いたい……いたいよ……」

 

 耐えきれずに天音は布団から這い出て、必死の思いでトイレに辿り着き嘔吐する。

 

「……ゔぉ……ぇ……」

 

 一度吐いたところで天音は、この症状が今日起こった事を心の底から憎んだ。

 

 きっと今ので吐いてしまった。

 

 彩笑から贈られたチョコチップクッキーを。

 真香が作ったお店顔負けのチョコケーキを。

 たくさんの人から貰った美味しいチョコを。

 

 全部、全部吐いてしまった。

 

「……ぅ……あぁ……!」

 

 辛くて悲しくて、天音は嗚咽を零すが、身体の痛みは引かない。

 

 表情を苦痛に歪めながら天音はベッドに戻り、早く夜が明けるようにと願いながら、ひたすらに痛みを耐え続けた。




ここから後書きです。

補足になりますが、本文中で不知火さんが「トリオン体であってもボコボコにされる」という部分は「両者共にトリオン体であったら」という事です。生身ではトリオン体に勝てない。

読んでる皆さんは、チョコもらえましたか?うたた寝犬は「チョコもらえる」の定義がガバガバなので、「自分で買ったものだけれど、レジがお姉さんだったからチョコもらえた事にする理論」もオッケーとします。チョコ食べて、幸せな気持ちで2/14を終えてください。


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第104話「世界で一番素敵な言葉」

 15日土曜日14時00分、月守咲耶ボーダー本部現着。

 

 月守としてはもう少し早めの時間に来てランク戦昼の部を観る気だった。しかし家を出ようとしたタイミングで、不知火が駄々をこねてお昼ご飯を一緒に食べようとせがんだため、遅くなった。

 

 試合までの時間をどう潰すか迷いながらも、月守の足は自然と作戦室へと向かう。そして各隊の作戦室が集まるフロアまで来たところで、今日対戦する三雲と出くわした。

 

「お、三雲くん。お疲れさん」

 

「月守先輩、お疲れ様です」

 

 ちょうど嵐山隊の作戦室から出てきた三雲と挨拶を交わした月守は、軽く頭を下げた。

 

「昨日は不知火さんが迷惑をかけたね。玉狛第二は無事だった?」

 

「あ、はい。空閑と千佳は昨日は玉狛支部の方にいましたし……ぼくも、ずっと嵐山隊の作戦室にいたので、大丈夫でした」

 

「そっか。なら良かった」

 

 月守はホッと胸をなでおろし、やんわりとした笑みを浮かべた。

 

 なんの気なしに、月守は三雲に今日の試合についての話題を振る。

 

「今日の試合……自信はある?」

 

「えっと……全く無いって訳では無いですけど……簡単に勝てるとも思っては無いです」

 

「無難な答えだけど……、まあ、それもそうか」

 

 無意識に試合の探りを入れてしまった自分に対して自嘲気味に笑う。

 

 月守の笑みにどんな意味があるのか三雲は考えつつも、チラリと時計を見てから1つ提案をした。

 

「月守先輩、この後時間ありますか? ぼく、お昼ご飯はまだ食べてないんですけど……」

 

 後輩からの遅めの昼ごはんの誘いに乗りかけた月守だが、申し訳なさそうな表情を見せてから、首を左右に振った。

 

「その提案は嬉しいけど……今日はやめておいた方がいいかな」

 

「え……?」

 

「今日試合するメンバーで飯食ってると……野良のB級とかC級で、いらない邪推をする奴が出てくるからな」

 

 月守が濁した言葉の意味を、三雲は正確に推察する。

 

「邪推……。点数のやり取りをしてるとか、ですか?」

 

「ああ、そうそう。そんな感じ。もちろん少数ではあるけど……そういう話が出る事自体、面倒だろ?」

 

 過去に似たような経験をした月守は、肩をすくめながら三雲に同意を求めた。

 

「だから……飯は今度、お互いに対戦がない時にしよう」

 

 そしていつか食事をしようと約束をしたところで、

 

「あれ? 咲耶とミック?」

 

「オサムと月守先輩だ」

 

 姉弟のように並ぶ彩笑と遊真が現れ、月守と三雲の会話に割って入った。

 

 ホントこの2人は小柄だな、と月守は思いながら、相棒の名前を呼ぶ。

 

「おはよ、彩笑。遊真と2人でランク戦でもしてたのか?」

 

「ん? 違うよ?」

 

 月守の問いかけに対して、彩笑は曇りない笑顔を浮かべて、

 

「2人で昼の部の観戦した後、ご飯食べてた!」

 

 月守が周囲の目を気にしてやらなかったことを、平然とやってのけた事を告げた。

 

「…………」

 

 無言ながらも月守が、コイツ何してくれてるんだろうと思っていると、

 

「えっと……地木先輩は、月守先輩と違って人目とかあんまり気にしないんですか?」

 

 三雲が遠慮した体を装いながらも、堂々と質問した。

 

「うにゅ?」

 

 なんの話? と言いたげに彩笑は首を傾げたが、すぐに三雲の言わんとする事を理解して、クスッと笑った。

 

「ああ〜、対戦相手と仲良くしてると、あんまり良くない噂されちゃうやつ?」

 

「あ、はい。それです」

 

「ボクはその辺気にしないよ」

 

 彩笑はしっかりと三雲の瞳を見据え、自信に満ちた表情の中にほんの少しだけ妖しさを滲ませながら、答える。

 

「だって、試合見てそんな噂するような人、ボクらの力量を見る目がないって言ってるようなものだもん。そのくらいの人になんか言われても、気にする必要なくない?」

 

 太陽が沈んだら夜になるんだよ、くらいの当たり前の事を語るように、彩笑はその手の輩を気にする必要はないと語った。

 

 それを聞いた3人は程度に差はあれども、一理あると感じた。少なくとも、とっさに否定の言葉が出ることはなかった。

 

 無言の3人を見て悪くない反応だと思ったのか、彩笑は、ぱあっと明るく笑った。

 

「ヤバい! 今日のボクめっちゃ冴えてる! 今、凄くいい事言えた感ある!」

 

「その反応で台無しだよ。一瞬でもお前が頭良いんじゃ……とか思った俺がバカだった」

 

「なんでそんなこと言うのー!」

 

 素直に褒めれないのか、と言いたげに彩笑は憤慨し、月守はそれを慣れた様子であしらう。

 

 そんな2人の様子を、少し離れた位置で三雲が見つめる。

 

「なんだか、最初に会った時のことを思い出したな……」

 

「オサムも?」

 

 三雲の隣に並んだ遊真が、小首を傾げつつ問いかける。

 

「空閑もか。……初めて駅で会った時も……2人はぼくらを前にして、あんな風に喧嘩していた……」

 

 そこまで言った三雲は、左手に軽く力を込めた。

 

 一見すると、彩笑が月守にじゃれつくような喧嘩は微笑ましいものがあるが……それをあの日、戦場だったにも関わらず目の前で行われたのは、今にすると悔しいものがあった。

 

 敵として見られてなかった。

 

 当人がどこまで意識していたかはわからない。しかし敵として……相手として見られてなかったから、あんなやり取りをしていたとしか思えない。

 

 そんな相棒の心のうちを、遊真は察した。ニッと片方だけ口角を上げて挑戦的な雰囲気の笑みを見せてから、

 

「じゃあ……今日の試合で、前とは違うってところを見せなきゃな」

 

 三雲の背中を押すような一言を添えた。

 

 正直、遊真とて今の三雲が今日の試合で地木隊を打ち負かせるような動きをするとは、思っていない。

 

 贔屓目で見て甘い判断を下すと痛い目を見る事を、遊真はかつての戦場で痛いほど経験していた。

 

 だからこそ、遊真は努めて冷静に判断する。

 

 仮に、三雲が地木隊の誰かと1対1の場面になったら、負ける。あり得ないほどの幸運が積み重なれば勝てる可能性はあるものの、まず負ける。

 

 負けるが、しかし……何もできずに負けるということは、無い。

 

 この1週間で三雲が仕込んだ成果……それはせいぜい付け焼き刃程度でしかないが、それが決まれば、地木隊や影浦隊を驚かせることは、できる。

 

 次に繋がる成果を残せる。

 

 それが遊真が冷静に見た、今の三雲だった。

 

「……そうだな。ありがとう、空閑」

 

 相棒に背中を押された三雲は、控えめで、それでいて奥に自信を潜ませた、引き締まった表情を見せた。

 

 そこでタイミングを狙ったのか、たまたまなのか……じゃれあいのような喧嘩を切り上げて、彩笑がとびきりの笑顔を2人に向け、

 

「ゆまちにミック! 今日の試合、楽しみにしてるからさ! 良い試合に、しよーね!」

 

 良い試合にしよう。そう宣戦布告を打った。

 

*** *** ***

 

 案の定と言うべきか、この日の天音のコンディションは最悪だった。

 

 昨夜訪れた病の症状により、眠れぬ夜を過ごしたゆえの、寝不足。及び頭痛。

 

 不快感を押し込めたような腹痛と吐き気によって一晩中嘔吐し続けたため、ひどい空腹感に襲われつつも身体はまだ食べ物を受け入れるのを拒否しているという矛盾。

 

 加えて、それら各種の不調に引っ張られ、身体全体が鉛のように重く、倦怠感が身体の動きを鈍らせる。

 

 運動能力が高く、それに応える身体があるゆえに、脳が下す指示と実際の動きの誤差に違和感を覚え、不調へと拍車をかける。

 

 いつもなら、こういう時は学校もボーダーも休み、一日中家で寝ている。幸いな事に天音の母は、

 

「学校なんて無理して行かなくてもいいのよ」

「あんなの、1日2日休んでもどうとでもなるわ」

「ボーダーのシフトに穴が開く? 花奈ちゃんに電話しとくから、問題ないわ」

「お粥食べる? 卵も溶くからね」

「今日の仕事? 娘のピンチより優先する母の仕事なんてないわよ」

 

 と、万全の体制でサポートしてくれるのだが、流石にランク戦だけはどうにもならない。

 

 気怠い身体でなんとか本部に辿り着いたものの、天音は限界を感じた。地木隊作戦室近くの自動販売機のそばのベンチに座り込み、目を閉じて壁に背中を預ける。

 

(やっぱり、辛い……)

 

 身体中から不調を知らせる痛み(アラーム)を感じつつ、ゆっくりと息を吐く。

 

 心と体は繋がっている。体の調子が狂えば、心もまた調子を崩す。

 

 身体に影響されて乱された心……精神を落ち着かせようとした呼吸だったが、気休め程度にしかならず、天音の頭の中にモヤモヤとした不快感が渦巻く。

 

 おまけに、なんとかやり過ごした眠気が今頃になってやってきて、それに抵抗しようとすると、さらに心と身体の乱れに拍車をかける。

 

 いっそ、このまま眠ってしまおうか……天音がそう思った矢先、

 

「神音?」

 

 この世界で誰よりも、自分の意識を起こしてくれる人に、名前を呼ばれた。

 

『世界で一番綺麗な言葉は、好きな人が呼んでくれる自分の名前』

 

 どこかで聞いたその言葉を思い浮かべながら、閉じた瞼を頑張って持ち上げる。

 

「……月守先輩」

 

 目を開けると、そこにはやっぱり、不安そうな顔で自分の事を見つめる月守の姿があった。

 

「どうして、ここに……?」

 

「彩笑にお使い頼まれたの。ここの自販機のココア買ってきてって」

 

 疑問に答えながら、月守はそっと天音の隣に座る。

 

「寝不足?」

 

「そんなところ、です」

 

 いつもと同じように答えることが出来ているか不安になる天音に、月守は優しく穏やかな声で語りかける。

 

「……試合まで時間あるし、それまで寝てたら?」

 

「……そう、しよう、かな……。作戦室に、まくら、あるし……」

 

 何気なく答えた天音の言葉に、月守は首を傾げた。

 

「作戦室に枕、あったかな……?」

 

「真香」

 

「ん?」

 

「真香の、太もも……。膝枕に、ちょうど、いい、柔らかさ、なんです、よ」

 

 いつもの無表情でまさかのカミングアウトを受けた月守は、友達のことを枕扱いした事に突っ込むべきか、自身が経験したことのない膝枕という行為の詳細を尋ねるべきか、迷った。割と本気で迷った。

 

 そこへ、

 

「あと……真香、歌も、うまいから……心地いい歌、リクエストすると、よく眠れ、ます」

 

 天音がさらに情報をつぎ込み、月守を混乱させた。

 

 混乱した月守だが、ここで黙ってしまうのは何となくマズいと判断し、会話を途絶えさせないように意識する。

 

「膝枕がどんなものか体験した事はないけど……確かに、よく眠れそうだね」

 

「はい。……月守先輩も、一回、試してみると、いいですよ」

 

 小首を傾げて提案する天音だが、その状況を想像した月守は思わず苦笑した。

 

「それは……色々な意味でアウトだと思うし、そもそも真香ちゃんは俺にそんなことさせてくれないと思う」

 

 セクハラですよ、とか普通に言われそうだな……と月守が思っていると、

 

「んー……だったら、今度……月守先輩が、眠くて、仕方ない、とき、あったら……私が、膝枕して、あげます、よ?」

 

 天音が冗談か本気か判断しかねる無表情で、そんな提案をしてきた。

 

「……」

 

 その提案を受けて、月守の全てが止まる。思考、脈、呼吸、時間、全てが一瞬止まった。

 

 一瞬の沈黙を経て、月守は言葉を捻り出す。

 

「神音……まだ、酔ってる?」

 

「……いいえ。ただ……すごく眠くて……ちょっと冗談、言った、だけ、です……」

 

 そう答える天音はやっぱり無表情で、月守はそこから何の感情も読み取れない。それでも、

 

(……見つけた時よりは、元気になったのかな?)

 

 自動販売機の前で、死ぬように眠りにつきそうだった時と比べると、いくらか元気になったように見えた。

 

「……そっか」

 

 呟くように言って、月守は立ち上がる。

 

「今から作戦室戻るけど……一緒に行く?」

 

「……もうちょっと、ここで休んでから、行き、ます……」

 

「ん、わかった。……あんまり遅いと、真香ちゃん……枕をここに寄越すからね」

 

「……りょうかい、です」

 

 本音を言えば、背負ってでも作戦室に連れて行って寝かせてあげたいと、月守は思っていた。しかし天音の意思を尊重して、自分の気持ちを心の中へと押し込め、先に戻ることにした。

 

 作戦室に向けて一歩踏み出したところで、月守は天音にすぐにでも伝えるべきものがあったことを思い出して振り返った。

 

「神音」

 

「……? はい?」

 

 少しだけ……本当に少しだけ小首を傾げた天音に向けて、月守は、

 

「……カップケーキ、美味しかったよ。また来年も、食べたいって思ったくらい」

 

 昨日もらったバレンタインの贈り物(カップケーキ)の感想を、伝えた。

 

「……」

 

 それを聞いた天音は目を丸くしてキョトンとしたような雰囲気を醸し出した後、淡々とした声で答えた。

 

「……ありがとう、ございます。……でも、月守先輩が、食べたいなら……来年まで待たなくても、作ります、よ?」

 

「あはは、それは嬉しいけど……()()がいいな。また来年、神音からチョコ貰いたい」

 

 月守が『来年』という言葉に込めた重みを、天音は違えずに受け取った。受け取った上で、

 

「わかり、ました。……来年、絶対に渡します、ね」

 

 必ず渡す(生きる)と、答えた。

 

 

 

 

 

 月守が立ち去ってベンチに一人残された天音は、俯いて両手で顔を隠す。

 

「……もう。私……単純だなぁ……」

 

 月守先輩と話せただけで。

 美味しかったよと言ってもらえただけで。

 嬉しくて嬉しくてたまらない。

 

 嬉しいという思いが……心の回復が、体へと影響を与える。

 

 さっきまでどうしようもなく辛かった身体なのに、ほんの少し、良くなったように思えた。

 

「……ありがとうございます、月守先輩」

 

 今日一日、頑張れそうです……と、天音は誰にも聞こえないくらい小さな声で、お礼を言った。

 

 

 

 

 

 

 月守が作戦室に戻ると、

 

「クリームのたい焼きは美味しけど、やっぱり邪道じゃない?」

 

「いえ、もっと変わり種がゴロゴロしてるので、クリームたい焼きは十分王道ですよ」

 

 どういう経緯か不明だが、彩笑と真香がたい焼きについて議論していた。

 

 作戦室に戻ってきた月守に気付いた彩笑が、曇りない眼で見つめる。

 

「咲耶おかえり! ココアは?」

 

「あ……買うの忘れた」

 

「えー……」

 

 バカなの? と言いたげな目で見られた月守だが、

 

「それはさておき」

 

 と無理やり話題を断ち切って、

 

「緊急だけど、今日の作戦変更しようと思う」

 

 この上なく真剣な顔で、そう切り出した。

 

*** *** ***

 

 日が完全に暮れて、欠けた月が夜空に煌々と輝く中、ランク戦観覧室に役者が揃った。

 

『お待たせしました! B級ランク戦ラウンド4の実況を務める嵐山隊綾辻です!』

 

 雑務に押されて会場入りが少し遅れた綾辻が、やや慌てた様子でマイクを取った。

 

『解説席にはナンバーワンスナイパーの当真隊員と、三輪隊の三輪隊長にお越しいただきました!』

 

『『どうぞよろしく』』

 

 いつもと変わらずどこか余裕を持った面持ちの当真と、仕事には手を抜く気が無い真剣な表情の三輪が、声を揃えて答える。

 

 観覧室に設置されている巨大なモニターを見て、当真がどこか退屈そうに口を開いた。

 

『ステージは市街地Dか……スナイパー的には、あんまり面白くねえステージだな』

 

 あまりにも素直に面白くないと言ってのける当真を見て、綾辻は苦笑いをこぼす。

 

『狙撃しやすい大きな通りがいくつもありますが、中央にある大型ショッピングモールでの戦闘がメインになりやすいマップですので……スナイパーには厳しいマップになりますからね。……三輪隊長は、ステージ選択をした玉狛第二の意図はどのようなところにあると思いますか?』

 

 玉狛が……三雲がどんな意図を込めたのかを、三輪は推察する。

 

『……普通に考えるなら、雨取隊員による地形変更の利点を活かして……変更前後で影響が大きいマップを選んだ、というところですね。ただ……』

 

 普通に考えるなら、という前置きを当真は逃さず拾う。

 

『けどよ、三輪……それは他のチームにも当てはまるぜ? 影浦隊はやろうと思えばゾエがメテオラで建物ぶっ壊せるし、地木隊だって月守がいる。このマップには、地形変更以外の狙いがあるんじゃないか?』

 

『ええ、その通りです当真さん。そうなるとこのマップ選択にはそれ以外の意図があるんでしょうが……それを考えるのは、試合が始まってからですね』

 

 マップについての考察に区切りがついたのを見て、綾辻は各部隊の戦績について言及を始めた。

 

『マップ選択をした玉狛第二は、今シーズン破竹の快進撃を遂げているフレッシュなチームです。迎えるは、どちらもA級だった実績を持つ影浦隊と地木隊ですが……大まかに、どんな試合展開になると思いますか?』

 

 綾辻の問いかけに対して、

 

『点の取り合い』

『乱打戦ですね』

 

 当真と三輪はそれぞれ、迷わず答えた。

 

 アタッカー、ガンナー、スナイパーとバランスの良い編成ながらも攻撃的な戦法を取る影浦隊。

 

 高速アタッカーとオールラウドに立ち回れる二枚エースに加えて、守りが手薄いシューターで構成される地木隊。

 

 A級入りを目標に掲げ、大量点を狙うはずの玉狛第二。

 

 点の奪い合いが起こらないはずがない組み合わせである上に、3チームとも高レベルなスコーピオン使いがいる。当人たちがどれほど意識しているかはわからないものの、試合の内容如何ではB級内で最も強いスコーピオン使いが決まる。

 

 誰しもが、瞬きする間すら惜しむアタッカー戦が起こることを予想する中、

 

『時間です! 3チームの転送が開始され、試合が始まりました!』

 

 ラウンド4、開幕。

 

*** *** ***

 

 視界が水滴に濡れる。

 

 事前に天候設定を雨にしていたので、三雲は視界をわずかに遮る雨に驚くことなく、試合開始を迎えた。

 

『宇佐美先輩、バッグワームしたのは……』

 

 打ち合わせ通り、三雲はオペレーターの宇佐美にバッグワームでレーダーステルスをしているであろう、絵馬の大まかな位置を予想してもらう。

 

『転送開始直後の間隔を見るに、不自然に空いてるのはモール内の中だけ……うん、敵の反応は5人分あるから、絵馬くんはほぼ間違いなくモール内だよ』

 

『わかりました』

 

 事前に予想した内容の1つであり、三雲は迷わず全員に周知した作戦の開始を告げる。

 

『よし、じゃあ作戦通りに『トリオン供給機関破損、ベイルアウト』

 

 しかし三雲が言葉を言い切るより早く、一筋の閃光が彼の胸部を貫いた。

 

 

 戦闘開始12秒後、三雲修ベイルアウト




ここから後書きです。

許せ、修……


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第105話「室内遊戯」

『ラウンド4、夜の部三つ巴! 全隊員転送完了!』

 

 実況席の綾辻が言い切ると同時に、市街地Dの主戦場となるショッピングモール内に転送された絵馬が、バッグワームを起動した。

 

『天候……雨! 玉狛第二は天候設定も活かしてステージに雨を降らせました!』

 

 市街地にいる絵馬を除く8人の動きは、動揺せずにショッピングモールを目指す動きと、天候に躊躇する動きの、2つに分けられた。

 

『この雨にはどういう意図が……え?』

 

 そして綾辻が解説席の2人に玉狛の狙いを推察させようとしたところで、驚くべき動きがあった。

 

 観覧席にいる全員に、程度の差はあるものの動揺が走る。

 

 ある者は、いつそれを習得したのかと驚く。

 ある者は、セオリーじゃないと訝しむ。

 ある者は、ハッタリだろうと高を括る。

 

 動揺が走る会場の中で唯一、解説席の当真勇だけが驚かず、少し前に交わした後輩との会話を思い出す。

 

 ある後輩が出穂に狙撃のイロハを教え続ける事を断念し、自分にその座を譲る時、

 

 ──私には、ほら、しーちゃんが居ますから──

 

 そう答えた言葉の本当の意味を、当真は理解する。

 

『ありゃ、勉強の事じゃなくて……こういうことだったのかよ、和水ちゃん』

 

 当真が心の中で一本取られたと思ったのと同時に、師匠(真香)譲りの綺麗な構えでイーグレットの狙いを定めた天音が、引き金を絞った。

 

 放たれた銃弾は糸を引いたような弾道で三雲の胴体……トリオン供給機関を居抜き、彼をベイルアウトへと追いやった。

 

*** *** ***

 

『え!? 神音ちゃん本当に仕留めたの!? 凄くない!?』

 

 ベイルアウトの光跡を見た彩笑が、驚きの声を通信回線に乗せる。

 

『あ、はい……。たまたま、背後取れて……そん、なに……遠くも、なかった、ので……撃ち、ました……。いい偶然、かさなりました』

 

 ホッと胸を撫で下ろしながら答えた天音に向けて、真香が淡々とした声で呼びかけた。

 

『しーちゃん? おしゃべりする前に、バッグワーム展開して隠れてね』

『う……うん』

 

 指示に従って手早くバッグワームを起動させた天音は、そのまま付近の建物の暗がりへと身を隠す。その間にマップ位置を把握した月守が、彩笑に向けて意見した。

 

『市街地Dで雨……屋内戦が玉狛の狙いだろうけど、乗る?』

『乗るっ!』

 

 迷うという概念を欠片ほども感じさせない勢いで即答した彩笑は、マップの北端付近からショッピングモール目掛けて高速で南下し始めた。

 

 正隊員トップクラスの機動力で走り始めた隊長に合わせて月守もモールへと移動を開始しつつ、天音と真香に指示を出す。

 

『じゃあ……神音は予定通りでこのまま隠れつつ、できたら索敵。真香ちゃんはそのヘルプね』

 

『了解です。しーちゃんのオペレートは隠密優先でいいんですよね?』

 

『ん、そうだね。基本は神音のオペレートメインでいいけど……屋内戦で相手が奇策の類いを仕掛けてきたり、隠れあいになるようなら、こっちの方もオペレートしてくる感じでお願い』

 

『わかりました』

 

 2人のやり取りが終わったところで、天音がおっかなびっくりな様子で月守に尋ねる。

 

『月守先輩……その……私、本当にこれで、いいんです、か……?』

 

 天音の疑問の真意を、月守は正確に察する。

 元々、今日の試合の作戦は、

『早々に合流し、地木隊最高火力が出せる状態で戦う』

 というものだったのが、試合前に急に、

『天音は開幕早々に狙撃のカードがあると見せてから隠密行動に移り、不意をつけるようなら敵を叩く』

 というものに変わったのだ。

 

 いかに鈍い天音とは言え、この急な作戦変更が、試合前に月守に見られた自身の体調不良によるものだと、わかった。

 

 実際、作戦変更の理由は天音の予想通りだ。しかし月守は、天音がそこまで予想していることを見抜いた上で、嘘を語る。本当にこの作戦で良いのかと問いかける天音に、最もらしい理由を告げる。

 

『うん、それでいいよ。マップ転送されるまでは迷ってたけど、試合始まってこの雨を見て、決めた。火力は確かに欲しいし、屋内で勝負を決めちゃいたいけど……わざわざ雨にした三雲くんの狙いが読みきれないから、1人は屋外に残した方がいい』

 

 リスクがあるからチームを分けるという月守の考えに、天音は反論できない。そして、彩笑と真香も、天音の今の状態を知っているからこそ、反論を出さない。

 

 誰もが真実と嘘に気付きながらも見て見ぬ振りをして行動する中、

 

「……さて、やろうか」

 

 月守咲耶、ショッピングモールに到達。

 

*** *** ***

 

『転送時にショッピングモールに送られた絵馬隊員に続き、地木隊の月守隊員がモールに到着! 他のメンバーも、雨取隊員と天音隊員を除き、全員がモールへと直行しています!』

 

『妥当な動きですね。空閑、地木の2人はスピード型アタッカーなので、雨でスリップしやすくなった屋外は嫌うでしょうし、屋内で乱戦になれば、感情受信体質のサイドエフェクトを持つ影浦隊長が有利とするところ……』

 

『ついでに、ユズルが外で目を光らせてるかもって思えば、玉狛も地木隊も屋外戦は嫌うだろうな。このくらいの雨なら、ユズルは問題なく当てるぜ』

 

 綾辻の実況を補足する形で、三輪と当真が解説したところで、モール内への移動を目指している戦場は戦闘が一時収まった。

 その間に、綾辻は試合開始直後に起こった動きを振り返ることにした。

 

『試合開始直後、天音隊員がイーグレットを起動して、三雲隊長を狙撃するというまさかの展開に驚かされましたね』

 

『だな。構えるまでの動きを見るに、まだ付け焼き刃レベルだろうけどよ……和水ちゃんが教えてるだけあって、構え方は文句無しに綺麗だな』

 

『和水隊員仕込みなんですか?』

 

『構えを見ればわかる』

 

 自信を持って断言した後、当真は楽しそうな視線をモニターへと向ける。

 

『にしても、開幕スナイプか……地木隊はよく変なことを仕掛けてくるから気は抜けねぇんだが……。まあ、この辺は三輪の方がよく知ってるんじゃねえか?』

『……そうですね』

 

 答えながら三輪はB級だった頃や東隊にいた頃の苦い思い出が蘇り舌打ちをしそうになったが、そこをグッと堪えた。

 

 三輪が押し黙った心境を察した綾辻が、沈黙が流れないように言葉を紡ぐ。

 

『しかし……天音隊員の狙撃は随分とセオリーから外れたものでしたね。バッグワームを起動せずに、開幕とほぼ同時に狙撃……この辺の動きを、当真さんはどう見ますか?』

 

 狙撃について意見を求められたナンバーワンスナイパーは、心なしかを目輝かせながら綾辻の問いに答える。

 

『普通なら、無しだな。警戒されて当たるわけねえし……狙撃する以前に、位置がバレてるんだから寄ってこられる』

 

 当真が語るのはスナイパーの基礎の基礎なのだが、それはあくまで純狙撃手(ピュアスナイパー)に当てはまるものであり、

 

『……けど、天音ちゃんはむしろアタッカーが本領だ。あの子からしたら、寄れるもんなら寄ってこいって感じだろうな』

 

 エースアタッカー並みの近接戦闘ができる天音には当てはまらないものだった。

 

 今の動きは天音だからこそ、という解説を当真がする裏で三輪はこの狙撃がもたらす影響を思案していた。

 

(1点を取れた以上に、『狙撃もあるぞ』と牽制されたのが面倒だな……。モニターで見れば動きが拙く、まだ付け焼き刃程度の練度しかないのは判るが……影浦隊と玉狛には狙撃の圧がかかる)

 

 加えて、バッグワーム無しで狙撃をしたことにより、地木隊以外には『レーダー反応があって射線が通っていれば狙撃が来る()()()()()()』という、普段なら気にしなくていい余計なプレッシャーがかかる。

 

 その事にも気付いた三輪は、地木隊らしい……月守らしい策だなと、苛立ちのこもった思いを胸に抱いた。

 

(ラウンド2の時もそうだったが……あいつの得意技だな。普通なら警戒しなくてもいい事を警戒させてくる)

 

 三輪がその事を解説として言及しようとしたところで、試合が動き言葉を遮られた。

 

 影浦雅人

 空閑遊真

 地木彩笑

 

 スコーピオンの使い手3人が、ほぼ同時にショッピングモールにたどり着いた。

 

*** *** ***

 

『咲耶、合流する?』

 

 バッグワームを展開したり解除したりを繰り返しつつモール内に隠れていた月守に、彩笑から通信が入る。

 

『なるべくそうしたいな。こっちは一階の東口から入った』

『ボクは1番上!』

『1番上……外か。じゃあ……』

『『吹き抜けを突っ切()』』

 

 示し合わせたわけではないが疎通の取れたお互いの意見を聞き、どちらともなく笑みをこぼす。

 

『はは! りょーっかい! すぐ行くよ!』

 

 楽しげな声でアンサーバックを返した彩笑は、スコーピオンをスタンバイ状態に切り替える。

 

 市街地Dのショッピングモールの屋上は、中に通じる出入り口以外にも、太陽光パネルや空調用の換気扇、客用のちょっとした広場……そして、採光用の天窓もきちんと再現されている。

 

 彩笑は天窓から少し距離を開けて助走を開始し、跳躍する。トリオン体の身体能力を生かした、軽やかながらも力強さを感じさせる前方宙返りを決めて、

 

「せーっの!」

 

 掛け声と共に、脚に纏うように展開したスコーピオンを叩きつけた。

 

 遠心力が乗った踵落としは、甲高い音を響かせながら天窓を砕き、彩笑はそのままモール内へと落ちていく。

 

 割れたガラス片と雨粒と共にモール中央の吹き抜けを落下し、7階分の高さを物ともせずに1階に……相棒の隣に着地する。

 

「ごめん、待った?」

「いや、今来たとこ」

 

 おふざけ半分の質問に付き合ってくれた月守に、彩笑はとびきりの笑顔とブイサインをプレゼントする。

 

 その瞬間、月守は理解した。

 

 何故、と問われても答えられない。

 

 ただ、彼の中にある三年間隣に居続けた時間と経験が、()()だと告げる。

 

「彩笑、今日絶好調だろ?」

 

 確信めいた月守の問いかけに対して、彩笑は雨に濡れた髪を照明の光で輝かせながら、

 

「うん! 最高に絶好調!」

 

 モニター越しに見ている多くの観客の心を鷲掴みにする笑顔で、答えた。

 

 そうして彩笑は笑顔を振りまくが、それが出来たのは、ほんの一瞬。

 

 彩笑の背後、死角になる2階の踊り場から好戦的な笑みを浮かべた影浦雅人が身を乗り出し、挨拶がわりと言わんばかりに攻撃を仕掛ける。

 

 マンティス

 

 両手に展開したスコーピオンを繋げて伸ばし、アタッカーとして破格のリーチを誇る影浦の代名詞とも言える技が、彩笑を狩るべく迫る。

 

「彩笑!」

 

 と、月守が声をかけるよりも早く、

 

「わかってる!」

 

 彩笑は身体を反転させて両の手にそれぞれ長さが違うスコーピオンを展開して振り抜き、眼前まで迫った影浦のスコーピオンを砕いた。

 

 奇襲を防がれた影浦だが、それは織り込み済み……むしろ、防がれるものと思っていたため、さして慌てることなく着地し、体勢を整える。

 

「相変わらずいい動きだな! 地木!」

「でっしょー! 今日は特に調子いいよ!」

 

 久々に会って腕前を褒め合うバンド仲間のようなノリで会話する後ろで、月守は彩笑の一連の動きに舌を巻いた。

 

(普通に考えれば視界の中のレーダーをきちっと見てたんだろうけど……それにしては動き出しが遅いんだよな。でも、不意打ちに後から気付いたんだとしたら、逆に速すぎる)

 

 影浦の奇襲に対して彩笑は、誘ったにしては遅いが、何かしらで察知したにしては速すぎる、そんなタイミングで迎撃した。

 

 果たしてそこにどういう理屈があるのか月守は考えるが、実のところ、彩笑本人もなぜ反応できたかわかっていない。

 

 ちょっとだけ物音が聞こえた。

 殺気にも似た気配があった。

 自分の背後を見ててくれた月守の瞳に影浦の姿が見えた。

 月守が警戒体勢に入った瞬間を見て、後出しで警戒体勢を取った。

 

 どれもこれも、正解(そう)であるとも言えるし、正解(そう)でないとも言える。

 

 ただ漠然と、後ろから影浦が迫ってきた。

 

 その事実だけを、彩笑は何故か認識できて動き、迎撃した。

 

 再現性の無い挙動に、言葉で説明できない感覚。

 

 サポートする月守からすれば、それは少し困りものだ。しかし、当の本人……彩笑にとってそれができる時は例外なく、絶好調。

 

 誰よりも速く動ける。

 どんな攻撃でも避けれる。

 些細な挙動も見逃さない。

 負ける気が、しない。

 

 万能感の海に心を浸しながら、彩笑は、

 

「カゲさん! 今日はいっぱい遊ぼうよ!」

 

 幼く純粋で無邪気な声で口火を切って、影浦との間合いを詰めた。

 

 瞬きすら許されない速さで接近した彩笑めがけて、影浦の手が再び煌めく。

 

 油断していれば目視すらできない速さで振るわれたスコーピオンの剣先が高速接近する彩笑に迫る。

 

 体感としては普段以上の速さになっている影浦のマンティスを彩笑は身を低くして最小限の動きだけで躱す。

 

 一見、難なく回避できたように思えたが回避後、彩笑は大きく左に跳んだ。

 

「ちぃ!」

 

 余計なワンアクションに見えたそれに、影浦だけが意味を見出された。

 

 元々躱される前提で放った攻撃を囮にし、彩笑の視界の外でスコーピオンの形を鉤爪状に変化させた影浦は、それを腕ごと引いて彩笑の死角からの攻撃へと繋ぐつもりだった。

 

 しかし大きく横に跳ばれたために鉤爪の攻撃範囲外に逃げられ、影浦の2撃目は虚しく宙を切る。

 

 彩笑は回避による一瞬の滞空の直後に左手を着き、跳躍のエネルギーを無理に殺さず空中で一回転を経てから着地し、再び影浦との間合いを詰めにかかる。

 

 その距離、おおよそ7メートル。バスケットボールの3ポイントラインほどのその距離は、スコーピオンを扱うアタッカーにしてみれば僅かに遠い。

 

 踏み込んでも絶妙に詰めきれないその距離こそ、影浦のマンティスが強さを発揮する距離の1つだ。

 

 鞭のような、高速でしなりながら襲い来る斬撃の嵐を、彩笑は躱し、防ぎ、いなす。少しのミスでダメージを負う気の抜けない状況にも関わらず、彩笑の顔から笑顔は消えない。

 

 まるで、そのプレッシャーすら楽しいよと言いたげに、彼女は笑う。

 

 防戦一方になってもおかしくない中、斬撃と斬撃の間……隙というには短すぎるが確かに存在する、呼吸ともいうべき繋ぎ目の瞬間にスコーピオンの投擲や、影浦と同じようにマンティスによる反撃を織り交ぜ始める。

 

 戦闘開始からのこの僅かなやり取りで、影浦は察する。

 

(今日の地木と近くでまともにやり合うのはマズイ……!)

 

 スコーピオンのソロポイントこそペナルティで没収されているものの、影浦の実力的にはランカークラスのアタッカーである。マンティスを抜きにしたブレード本来の間合いでの斬り合いも、当然のように一級品だ。

 

 だがそれでも、今日の彩笑とブレードでまともに斬り合うのは旗色が悪い。影浦はそう判断した。

 

 ただでさえ油断していられない相手と対峙して膠着状態になる中、影浦に更なるプレッシャーがかかる。

 

 チリ……チリ……チリ……

 

 と、苛立ちを覚える視線が、感情受信体質のサイドエフェクトを持つ影浦の肌に刺さる。

 

(月守……! あのクソ野郎……!)

 

 今の攻防の間に月守が影浦の死角に移動し、キューブを生成して攻撃体勢に入った事を、影浦は見るまでもなく理解した。

 

 影浦は自身のサイドエフェクトをあまり好ましく思っていないが、こと戦闘においては別だ。

 普通の人間ならば「今から攻撃するぞ」という思いが隠しきれず視線に乗ってしまう以上、影浦には不意打ちや奇襲の類いは効かない。本人もそれをアドバンテージであると、自覚している。

 

 しかしそんなサイドエフェクトを、月守は逆手に取る。

 

『俺は攻撃体勢に入ったぞ』

『でもすぐには撃たない』

『隙を見せたり、戦況を変えようとしたら、撃つ』

 

 そんな思惑を隠すことなく視線に乗せ、影浦へと圧をかける。

 

 そうして、直接攻撃してくることなく意識を散らしてくる月守の事を、影浦は好ましく思っていない。

 

 正確には、まともに戦えるだけの技量がありながらトリックスター気取りで自身を小者ぶらせる月守の性根が、殴りたくなる程度に嫌いなのだ。

 

 しかし、影浦のそんな心のうちは戦況になんの影響も及ぼさない。

 

 どれだけ月守の行動に苛立っても、数の有利と位置の有利を取られ、攻めるしか無いという選択肢を()()()()()いる事に変わりはない。

 

 このまま続けばジリ貧でしかないが、影浦は焦る事はしなかった。

 

 彼は知っていた。

 

 そいつが、A級入りのためにこのランク戦を戦っていることを。

 自分の親友が、そいつの事を『カゲに似ている』と評したことを。

 そいつが、自身と同じタイミングでショッピングモール内に侵入してきたことを。

 

 だから、影浦は心の中で叫ぶ。

 

(混ざるなら今しかねえぜ?)

 

 そしてその心の呼び声に答えるかのように、

 

 

 

 

 息と気配を殺していた遊真が音もなく、月守の背後を取った。




ここから後書きです。

ちょっと前の話なんですけど、Twitterで個人的に面白い事がありまして。
フォローしてくれてる人とかをランダムにピックアップして家系図みたいなのを作るやつがあって、とある人がそれをやったら私のアイコンが選ばれました。で、私Twitterのアイコンは頂いた彩笑のイラストにしてるんですよ。なのでその家系図見た瞬間、
「なんかこれ、彩笑がママみたいな構図だな」
って思ったんですよ。

そして、突如うたた寝犬の脳内に溢れ出す、存在しない記憶(物語)

私が思い描くASTERsのエンディングの遥か遠く先の物語が……早い話が彩笑がママになった話がとんでもない速さで脳内に構築されました。

そしてその家系図作った人に「書けばええんやで?」って唆されて、その物語を書きました。でも、わざわざ本編に枠作るような物語じゃないな……って思ったので、この後書きに載せます。

注意点として、
・ほぼ勢い
・ASTERsで必ず行き着くというわけではない
この2つが挙げられます。

迅さん的にいう「未来は無限に広がっている」の中の1つ、くらいに捉えてほしい物語になります。

こんな可能性もあるよね?くらいに読んでもらえたら幸いです。





*** *** ***


『もしもの未来』



「ママ!聞いて聞いて!」

玄関の扉が開くなり、娘の元気いっぱいな声が家中に響く。続いてドタドタとした騒がしい足音がリビングに向かってくるのを聞き、彩笑はクスっと笑みをこぼす。

この元気の良さは間違いなくボク……私似だなぁと思いながら、

「んー?なになに〜?ココア飲みながら聞いてあげる」

彩笑はマグカップに注いだココアを揺ら揺らと揺らしながら、リビングの扉を勢いよく開けた娘に、柔らかな笑顔と言葉を向ける。

息を切らしたままランドセルをその辺に放り投げて、彼女は彩笑の隣の椅子に座る。

「あのね!今日ね!」

「でもその前に……ちゃんと手洗いうがいしなさい?じゃないとママはみーちゃんのお話、ちゃんと聞いてあげないよ?」

「うー……はーい」

しぶしぶ、と言った様子で手を洗いに行く娘の後ろ姿がいかにもしょんぼりしていて、彩笑は再びクスっと笑った。

「手洗いうがいしたら、美味しいお菓子、一緒に食べよっか!」

「ん!食べる!」

くるっと振り返り、目をキラキラさせながら返事をする娘につられて無邪気な笑みになった彩笑は、軽やかな足取りで冷蔵庫に向かい、手作りのパウンドケーキを切り分けた。

ケーキとココアを交互に口に運びながら、彩笑は娘の話を、うんうんと頷きながら聞く。

身振り手振りを交えながら、学校であった楽しい事、叱られた事、嬉しかった事……色んな話を、彼女は一生懸命に伝える。そして娘と同じか、もしかするとそれ以上に大げさな反応を彩笑は返す。小学校生活自体は体験していても、娘が小学校生活を送るというのは完全に別物で、彩笑にとっては娘の体験一つ一つが、この上なく新鮮なものだったのだ。

「それでね、あとはね……んっと……」

一通り娘が言いたい事を言い終えた頃に、彩笑は陽だまりのような暖かい笑みを見せながら、娘の頭に手を伸ばす。柔らかくサラサラな幼子特有の髪の毛をわしゃわしゃと撫でながら、彩笑は問いかける。

「ふふ……。みーちゃん、今日も学校、楽しかった?」

「うん!楽しかった!」

迷わず答えた娘に対して、彩笑は昔から変わらない屈託のない笑顔を向けて、

「そっかそっか!じゃあ今日もみーちゃんは百点満点だね!」

花丸満点を授けたのであった。

*** *** ***

娘の学校冒険譚を聴き終わってから、彩笑は夕ご飯の支度を再開する。下準備は済ませてあるがゆえに、そこまで大変という訳ではないのだが……

「……うわちゃあ……、卵、切らしてる」

たまに、そう言ったミスをする。冷蔵庫を開けて、卵のストックがない事に気付いた彩笑は、ゆっくりと冷蔵庫を閉めてから思案する。

(卵……まあ、無くても今夜は最悪なんとかなるけど、明日がね……。お昼は防衛任務だから帰りに買う……あー、でも明日の朝は卵欲しいし……今のうちにササっと買いに行った方がいいかな……)

チラっと時計を見た彩笑は、旦那が帰ってくるまで時間は十分すぎるくらいにあると判断し、買い物に行く事に決めた。

「みーちゃ〜ん?」

「んー?なにー?」

リビングでコツコツ真面目に宿題をしているみーちゃんに問いかける。

「ママは今からお買い物行くけど、みーちゃんも一緒n「行くっ!」

「あはは、じゃあ一緒に行こっか」

食い気味で答えた娘を見て、やっぱり私の子だなぁと思いながら、彩笑はエプロンを解き、手早く外出の準備を済ませて、二人で家を出た。

娘の手を引いて商店街に徒歩で向かいながら、彩笑は笑顔を絶やさぬまま問いかける。

「みーちゃん、宿題はもう1人でできそう?」
「うん!1人でできるよ!」
「ふふ、そっか。1人で宿題できるなんて、みーちゃんは凄いね〜。ママ、何かご褒美買っちゃおうかな?」

ご褒美、という言葉を聞き、みーちゃんの目がキラキラと輝く。

「ほんと!?やったぁ!」

そうして娘の眩い笑顔を見てる間に、二人は夕暮れの光に照らされる商店街にたどり着いた。

第一次侵攻から街並みは復興し、真新しいものになった。にもかかわらず、どうしてだか昔ながらの懐かしさを覚えてしまうのは何故だろうと思いながら、彩笑は小さな手を引きながら歩く。

卵を買うのはマストだとして、他にも何か安くてお買い得なものがあれば買いたいと目を光らせる彩笑に対して、みーちゃんの目は店ではなく道行く人に向けられている。

そして、

「あ!まなか先生だ!」

よく知る顔を見つけるやいなや、母の手を振り切って駆け足で向かっていった。

娘の手が離れた事に一瞬焦った彩笑だったが、その先にいるのが真香である事に気付き、安堵の息を吐いた。

あの頃よりもジワリと背が伸びて170センチに達した後輩が娘と戯れているところに、彩笑は近寄り声をかける。

「真香ちゃん、久しぶり」

「ええ。久しぶりですね、地木先輩」

あの頃よりも更に落ち着いた雰囲気と大人の女性の顔つきになった真香の口から紡がれる「地木先輩」という呼び方に、彩笑は未だに慣れない。

何度も何度も呼ばれているのだけれども、それでも慣れないなと思いつつ、彩笑は一児の母として、娘が通う小学校の先生と会話する。

「どう?仕事は大変?」

「もー、色々大変ですよ。この前の遠足の時とか、忍田さんところの息子さんが川に落ちちゃって……私と太刀川さんで慌てて助けました」

「あはは、やんちゃくんだね、忍田さんとこの子」

「しかも落ちた理由を、『川は本当に走れないか試したかった』って真剣に言うので……」

言い方やら行動力の高さから、さすが親子だなと彩笑はしみじみと実感した。

いつのまにか自分のそばに戻ってきて、ぎゅっと手を握りしめていた娘の手の温かさを感じながら、二人の世間話は続く。

「あとは……学校でのうちの子はどう?いい子にしてる?」

「みーちゃんはいい子ですよ〜。たまにみーちゃんの担任の先生の代理で授業やりますけど、積極的に手を上げてくれますし、クラスの中心にいるみたいですね。……なにより」


真香はそこで言葉を区切り、視線をしっかりと彩笑の瞳に合わせた。

「……なんというか、こう……ああ、地木隊長の子なんだな……っていうのを、見てて感じますね」

「……そっか」

真香に呼ばれて、彩笑は改めて思った。

やっぱり真香ちゃんには、隊長って呼ばれるのが一番しっくりくるなぁ……と。

「……ああ、でも」

懐かしさに浸る彩笑だったが、真香はそれをたった一言で現実へと引き戻す。

「どうにもみーちゃんは、好き嫌いする傾向がありますね。ピーマン残しがちです」

「……へえ?」

こめかみにピキッと音を立てながら血管を浮かべると同時に、彩笑の握る手の力が強くなり、みーちゃんはママが怒ったことを理解する。

「みーちゃん?学校のご飯は残さず食べてるって、言ってたよね?」

「い、いつもは食べてるもん!まなか先生がいる時だけ、たまたまだもん!」

「ふーん……。あと、みーちゃん。先生のこと、名前呼びしないの。ちゃんと和水先生、って呼びなさい」

真剣味のある表情でみーちゃんを嗜める彩笑だが、それには真香が待ったをかけた。

「あ、地木先輩……。その、名前呼びについては、私からお願いしたんです」

「真香ちゃんから?なんで?」

ジト目を向けて彩笑が尋ねると、真香はほんの少しためらったそぶりを見せてから、笑みを浮かべた。照れと嬉しさが入り混じったはにかんだ笑顔で、真香は告げる。

「その……今年の秋くらいに、苗字が変わるので……」

「……!」

一拍の間を開けてから彩笑は、真香が言わんとする事を理解して、

「真香ちゃん!おめでと!」

ランク戦を戦っていたあの頃のような笑顔で抱きつき、立派で頼りになる後輩への祝いの気持ちを伝えた。

*** *** ***

卵にピーマンと、きっちり必要な物を買い揃えて、後は帰るだけというタイミングになったところで、

「ママ!パン屋さん行きたい!」

みーちゃんが、天使のような笑顔で彩笑におねだりをした。

「……」

えー、本当に行くの?と言いたげな気持ちを十二分に表情で表現しながら、彩笑はみーちゃんへと確認を取る。

「パン屋さんって、いつものパン屋さんだよね?」

「うん!いつものパン屋さん!」

「どうしても行きたいの?」

「うん!どうしても行きたい!ほら、ママがさっき言ったご褒美、パンがいい!」

こうなるとテコでも曲がらないんだよな、リトル私……と思いながら、彩笑は娘に屈した。

商店街を外れて、人通りが少し減る路地にあるパン屋にたどり着くと、みーちゃんは元気よく店内へと突入する。

「いらっしゃい……って、やたら元気で可愛らしいお客さんだと思ったらみーちゃんじゃん」

「さくや!パン買いに来た!」

コックコートを着た咲耶にじゃれつく娘にため息を吐きながら彩笑は店内に入ると、咲耶はあの頃よりも大人びた顔で、やんわりとした笑顔を見せた。

「いらっしゃい、彩笑」

「みーちゃんが行きたいってせがむから、仕方なく来たよ」

「はは、仕方なくかよ。うちのパン、美味しいぞ?」

「知ってる。ただ……」

みーちゃんが過剰に咲耶に懐いてるのにちょっと嫉妬してる、という言葉を彩笑は飲み込んだ。

付き合いが長い人が見ればわかる程度にムッとしてる彩笑に向けて、みーちゃんはそんなの知ったこっちゃないと言わんばかりに笑顔を向ける。

「ママ!パン何個買っていい!?」

「一つだけだよ」

「えー、ケチ〜」

「明日の夕飯は、ピーマンの量増やそうかn「ケチじゃない!ママ優しい!」

彩笑の機嫌が崩れるのを察してみーちゃんは素早く言い、すぐさま真剣に買うパンを選び始めた。

みーちゃんがどれにしようかなと悩む中、彩笑はすっかりパン屋として馴染んだ相方と話をする。

「調子どう?」

「まあ、ボチボチ。ボーダーとか、みーちゃんみたいな子がご贔屓してくれるから、なんとかまあやっていけてるよ」

「みーちゃんみたいな子って……女の子ってこと?」

咲耶ツラはそこそこ良いからそれを利用して女の子誑かしてんじゃ……と言いたげな視線を向ける彩笑の心を、咲耶はしっかりと違えずに察する。

「……あのな?どっちかと言うとウチの客は男客の方が多い……というか……」

そして彩笑もまた、相方の言わんとする事を疲れたような表情で理解し、言葉を補完する。

「コックさんのコスプレした、奥さん目当てのお客さんが多い?」

「……まあ、そういうこと。ちゃんとパン買ってもらってるから渋々許してはいるけど……」

咲耶の気苦労を知り、彩笑はケラケラと笑う。

「ほーらー、だからお店開く時に、そうなるよって真香ちゃんと一緒に忠告したじゃん」

「いやまあ、わかってはいたけどさ……」

このまま咲耶のメンタルをプスプスと刺して削るのも面白いかと思った彩笑だが、さすがにそれは可哀想かと思い直した。

「……で?そのお客さんをメロメロにさせちゃう、咲耶自慢の奥さんはどこ?」

その代わりに奥さんでイジろうと決めた彩笑は、ニヤニヤしながらそんな事を尋ねる。

「今日はボーダーの方。防衛任務とランク戦解説」

「へえ、忙しいね……って思ったけど、ソロ一位をキープしてるし、そのくらいの仕事は当然かな?」

「これくらいの仕事なら、ちょくちょく入ってるっぽい。……あと、本人は未だに、
『一位にいるのは、太刀川さんが、引退した、から……』
って、頑なに言い張ってるよ」

その言い分にも確かに一理あるのだが……、

「アタッカー、ガンナー、スナイパー全部でランカー入りしたパーフェクトオールラウンダーなのに、謙虚だよね」

彩笑としては、元部下には胸を張って一位なんだよと言ってほしいなと思っていたりした。



雑談という名目で互いに親バカっぷりを全開にしている間に、みーちゃんの動きが止まっていた。彩笑は買いたいパンが決まったのかなと思い、彼女のそばに近寄った。すると、

「うー……ママ……」

ちょっと困ったような目でみーちゃんは彩笑を見つめて、切実な悩みを口にした。

「パンね……2つ買うの、どうしてもダメ?……チョココロネと、メロンパン……選べないよ……」

チョココロネかメロンパン。このパン屋で人気を二分する商品のどちらを選ぶかで真剣に迷っていたみーちゃんを見て、咲耶は店主冥利につきるなぁと思うと同時に、やっぱみーちゃんは彩笑の子だな、と思っていた。

娘が悩む気持ちを痛いほど理解できる彩笑であったが、それでも、ここは母としてしっかりと言い切った。

「だーめ。選ぶのは1つだけだよ」

「うー……。なら、こっちにする……」

究極の選択を迫られたみーちゃんは、泣く泣く……本当に泣く泣くの思いでチョココロネを選んだ。

「チョココロネでいいの?」

「……うん」

みーちゃんの決意を、彩笑は真剣な面持ちで確かめる。

「本当に?後から後悔しない?」

「…………うん」

みーちゃんは次にここに来たら絶対メロンパンを買う、そう決意してチョココロネを選んだ。チョココロネを選んだ事に後悔はない。

そして……そんな娘の思いを知る母は、決意の返事を聞いてからニコッと笑みを浮かべて、救済策を出した。

「そっか……。じゃあ、ママはメロンパン買うね」

「……え?」

「ママもね、チョココロネとメロンパンどっちも食べたいな〜って思ってたの。だから、みーちゃんがチョココロネ、ママがメロンパンを買うね。そしたら、後で2人で半分こずつ、しよ?」

昔から変わらない……それこそ、咲耶と初めて会った時と同じような笑顔で、彩笑は提案した。

彩笑の提案を受けて、みーちゃんは、

「……うん!半分こする!」

母親そっくりの、お手本と言えるような笑顔を浮かべたのであった。

*** *** ***

パン屋から出て、2人は帰路につく。夕陽が落ちてすっかり暗くなった道を街灯が照らす中、迷いのない足取りで歩く。

帰るときはどうしても、商店街の中を通る必要があって、2人はさっきまで買い物していた道を戻るように歩く。

すると、途中で、

「……あ!パパ!」

仕事終わりの旦那の姿を見つけた。見つけるやいなや、みーちゃんは花屋の前にいたパパの元へと駆け寄る。

少し遅れて2人の元に駆け寄った彩笑は、自分よりも背が高い旦那に……自慢の旦那に目線を合わせた。

「おかえりなさい。……花屋に寄り道?」

「うん。……その……仕事中になんとなく、君と出会った花屋のことが頭をよぎってね……。プレゼント、買って帰ろうかなって思ってさ。……変かな?」

照れ臭そうに話す彼を見て、彩笑は改めて思う。

ちょっと説明下手なところとか。
すぐに感情が表情に出てくる素直さとか。
特別な記念日とかじゃないのに、思いを伝えようとしてくれる優しさとか。

いつまで経っても私のことを……ボクの事を大事にしてくれる、その変わらない思いが。

「……ううん、変じゃないよ。そういうところ含めて……ボクは貴方のことが好きなんだから」

全部込みで好きなんだと、彩笑は伝えた。





ありふれている、というほどではないけれでも。
特別なものは、何もない。

ただただ暖かく、幸せ。

それが地木彩笑が戦いの果てにたどり着いた、答えであり、行き着くカタチであった。

*** *** ***

今日も彩笑は、娘の帰りを待つ。

子供が帰ってくる時間には、母親としての仕事をしてる最中ではなく、ココアを飲みながら笑顔で迎え入れる。

母親になる時になんとなく決めたルールを守り、今日も今日とて彩笑は、笑顔で娘の帰宅を待つのであった。


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第106話「最速に成る」

前書きです。
以前素敵なイラストを頂いたトピアリーさんから、またまた素敵なイラストを頂きました!


【挿絵表示】


大規模侵攻の決着シーン!
本編の該当シーンにも載せました!


『空閑……すまない……』

 

 ショッピングモールへ突入する直前に通信回線から修の声が届いたことに、遊真は驚いた。

 

 遊真は知っている。

 前の試合から今日までの1週間に、修が積み重ねたモノがどれほどのものなのかを、遊真は知っていた。

 

 対戦相手のデータ収集は言わずもがな。

 毎日支部での通常訓練に加えて、本部で太刀川隊、嵐山隊、地木隊との特別訓練。

 そして、少しでも時間があれば練習し、今日も直前まで練習していた新兵器。

 

 もしかするとその積み重ねは、やって当然のことだと言い切る人もいるかもしれない。

 

 それでも遊真からすれば修はこの1週間、これ以上の正解は無いだろうと思えるだけのモノを、積み重ねていた。

 

 しかしその積み重ねも一瞬で……12秒で終わってしまった。

 

 今日のために積んできたものを何一つ発揮できずに終わる。それは、人の心を折るのに十分足りる事実だった。

 

 そんな修がベイルアウトした瞬間に遊真が真っ先に思ったのは、

 

(これが模擬戦(ランク戦)でよかった)

 

 という安心感だった。

 

 倒されれば死に直結する戦いの中で、身につけた力を発揮出来ずに散っていった兵士を、遊真は何人も見てきた。

 

 今回はダメだったけど、まだ次がある。

 

 その事実が遊真の心に安心感をもたらしたが、同時に、修はしばらくヘコむだろうな、とも思った。少なくとも試合中は立ち直れないか……という予想を覆し、修は作戦室から戦うべく声を出した。

 

 折れずに戦いに戻ってきた相棒の声に、遊真は答える。

 

『気にするな、オサム』

 

相棒が考え抜いて選んだステージと天候を無駄にしないという決意を込めて、

 

『点は取ってくる』

 

遊真はランカークラス(かいぶつたち)が跋扈するショッピングモールに足を踏み入れた。

 

 

 

 侵入してからの遊真の動きは、素晴らしいの一言に尽きた。

 

 バッグワームを展開してレーダー上から姿を消すのは当然として、水に濡れた靴裏から発する音を消すためにすぐに水気を拭き取った。

 万が一、他にもバッグワームを着ているかもしれない相手がいることを考慮してルートを厳選し、誰にも見つかることなく、ショッピングモール1階の中央広場で戦っている影浦と地木隊を視界に捉えた。

 

 彼らを目視する際も柱に隠れ、それでいて相手からは見られないように、移動の途中の店から拝借した手鏡を介して、戦況を把握する。

 

(ちき先輩とかげうら先輩が1対1……つきもり先輩はいつでも撃てるように構えてるけど……ずっと周囲を警戒してるな)

 

月守が影浦の斜め右後ろに立って彼の視界にギリギリ入らないポジショニングを取り、遊真がさらにその月守の背後を抑えるという位置関係。月守との距離はおおよそ、40メートル。相手に気づかれる前に間合いを詰め切れる距離で、遊真は隙を探す。

 

 確実に首を狩る機会を狙う遊真に、チャンスが訪れた。

 

 月守の後方にいて、彼より少し広く周りを見ることができていた遊真だからこそ、北添尋が2階に姿を現した事に、誰よりも早く気づけた。

 

(ここだな)

 

北添の登場に合わせて遊真は隠れていた柱の影から飛び出し、月守へと接近を試みる。

 

 遊真の飛び出しからほんの一瞬遅れて、月守が2階に現れた北添に意識が向いた事に気付き、遊真は確信する。

 

(とった)

 

音もなく詰め寄りながら、バッグワームの内側に構えた手に持つスコーピオンを展開する。

 

 その瞬間、

 

 パチ

 

 と、一つの違和感が遊真の身体を駆け巡った。

 

 その違和感を遊真が認識するのと、同時、

 

「待ってたよ」

 

気づける筈がないタイミングで月守は振り返り、分割して保持していたキューブを放った。

 

「アステロイド」

 

乱雑に撃たれたアステロイドが遊真に襲いかかる。バックステップに加えてバッグワームを解除してシールドに切り替えたが、1発だけ遊真の身体を掠めて小さな弾痕を刻み込んだ。

 

「バイパー」

 

遊真の回避ルートを限定するように月守は先回りつしつつ、遊真と北添に対してバイパーで牽制を入れた。広場を自由自在に飛ぶバイパーは、戦場に乱入した遊真と北添の動きを制限させ、程よい混乱と全体を見通せるだけの落ち着きを戦場にもたらした。

 

 円を描くような動きで遊真と月守は、お互いがするべき事をするために最適に近い位置を取る。

 

 遊真は乱戦に参加するとも逃走するとも取れる位置に。

 月守は遊真と1対1を張りながら、乱戦の中にいる彩笑に援護射撃ができる位置に。

 

 互いに攻撃できるように構えつつ、半歩単位で相手の動きを警戒する睨み合いの中、遊真は問いかける。

 

「つきもり先輩さ、なんでおれが後ろから来たってわかったの?」

「んー? 勘だよ、勘」

 

躊躇わず流れるように提示された答えに、遊真はどこか面白くなさそうな表情を返した。

 

「つきもり先輩、つまんないウソつくね」

「さすがにダメか。……じゃあ」

 

ほんの少しだけ考えるそぶりを見せてから、月守は答えを訂正する。

 

「ずっと見張ってた星が教えてくれたんだ」

 

紡がれたのは要領を得ない、煙に巻くような言葉。嘘にしか思えない言葉だが、

 

(……ウソじゃない?)

 

その答えに、遊真が持つ『嘘を見抜く』サイドエフェクトは反応しなかった。

 

 以前、不知火が『嘘つきのパラドックス』で遊真のサイドエフェクトを惑わせたように、月守もまた言葉遊びの類いで遊真のサイドエフェクトを欺いた。

 

「試合が終わったら教えてあげるよ」

 

言いながら月守は半歩下がり、再びキューブを散らしてバイパーを放つ。

 

 視界いっぱいに広がって襲い来るバイパーを見て、遊真は素直に厄介だなと感じた。

 

 広場から離脱しやすい方向へ避けたいが、そのコースには濃密な弾幕が貼られている。

 弾幕が殆どない箇所への回避を選べば、乱戦に飛び込む羽目になる。

 シールドを貼ればなんとか突破できそうなルートはあるが、その先には次弾を構えようとしてる月守の格好の的になる。

 

 一見乱雑に見えて一つ一つの弾丸に意味や意図が込められ、その上こうして選択できるだけの猶予がギリギリ与えられる弾速により、遊真は狭められた選択肢を押し付けられる。

 

 瞬時にそれをやってのける月守を見て、彼が日頃から自分と似たような相手と訓練を積んでいるのだろうなと、改めて思い知らされる。

 

 バイパーが迫り来る中、遊真は決断した。

 

「あんたとの1対1は、しんどそうだ」

 

タイマンを貼るより、イレギュラーに賭けた方が分があると。

 

 本音を言えば仕切り直したい気持ちを抑えて、遊真は回避を選択した。

 バイパーを避け、影浦と彩笑が切り結ぶ中へ飛び込び、乱戦を混乱させる道を選んだ。

 

*** *** ***

 

『うへぇ……。ごちゃごちゃしてきたなぁ……』

 

モール内に5人が集まり、大乱闘が始まったのを見て、解説席の当真が面白くなさそうに呟いた。

 

『当真さんなら狙撃し放題な戦況じゃないですか?』

 

三輪が素直に思ったことを尋ねると、

 

『これを狙撃するなら面白いけどよ……解説する側としちゃあ、全然面白くねえのよ』

 

当真もまた、素直に答える。目まぐるしく動き回り、ブレードが煌めき、号砲とキューブの分割音が絶え間なく響く戦場は、スナイパーの当真からしてみれば解説のしがいが少ないものだった。

 

 自分にとっての面白みの少なさを隠すことない当真の姿はそれはそれで面白いが、客席の空気がダレないように綾辻が芯のある声で現状を改めて説明する。

 

『現在はモール1階の広場で乱戦! 影浦隊と地木隊が2人ずつ、玉狛は空閑隊員1人という内訳になっています! この状況、三輪隊長はどこが有利だと睨んでいますか?』

 

『影浦隊ですね』

 

迷わず、それが当然であると疑うことなく、三輪は答えた。

 

『これだけ場が荒れて勘と反射神経がモノを言う状況下で、視線で攻撃を察知し得るサイドエフェクトを持つ影浦隊長は頭一つ抜けて有利です。そこに攻撃、防御、援護をこなせる北添先輩が加わったことにより、()()()という意味では数歩リードしてると言えます』

 

三輪が強調した安定感という言葉で、当真は彼が言わんとすることを間違えずに察する。

 

『そういう意味じゃ、確かに地木隊は不利かもな。地木ちゃんの動きを見るに調子はすこぶる良さそうだし、流れ……勝ち目がないってわけじゃねえが……あの2人は、シールドを使った防御が苦手だからな』

 

三輪の思惑と、当真の指摘は的を射ていた。

 

 攻撃力は影浦隊と遜色がない。機動力なら寧ろ勝っている。戦場に常に存在する『流れ』とも言うべき空気感も握りつつある。

 

 だが、そんな利点を帳消しにしかねない、守りの薄さというマイナスポイント。

 

 生来トリオン能力がそれほど高くない彩笑と、トリオン能力の割に何故かシールドが脆い月守。優位に立っているように見えて、2人のトリオン体には擦り傷と言うには大きな傷が、いくつか入っていた。

 

 薄氷の上を歩くかのような状況下に加えて、地木隊は最初からショッピングモールに転送された絵馬ユズルの現在地を……モール6階に潜んでいる絵馬の位置を、知らない。

 

*** *** ***

 

 撃とうと思えば撃てる。

 

 それが6階に潜む絵馬が感じていた正直な思いだった。

 

 ほぼ真上という位置にいるため、撃つためには吹き抜けから姿を晒す必要がある。しかし、事前にレーダーで位置を確認していれば、構えてからほんの少し時間で撃ち抜けるという確信があった。

 

 だが確信と共に同居する、懸念。

 

 それはスナイパーの雨取と、イーグレットを引っさげて参戦して来た天音だ。

 

 絵馬の師匠と同じ……人が撃てないという鳩原と似た雰囲気を持つ雨取と、狙撃初心者ながらもスナイパー目線のオペレートを受けられる天音。

 

 この2人の存在が、絵馬の狙撃に待ったをかける。

 

(天音先輩は良くも悪くも未知数だけど……雨取さんは人が撃てない。なのにベイルアウトしないで残ってるってことは……今までの試合みたいに、アイビスでモールを壊して戦況を変えるくらいしか、出来ることがない)

 

この後戦場がどう動くか、絵馬は想像力を働かせて予測を組み立てる。

 

(けど……それくらい和水先輩は読んでくる。モールの戦況を悪化させて雨取さんにアイビスを撃たせて、天音先輩をそこにけしかける……それがきっと、狙いだよね)

 

絵馬の脳裏には、それを踏まえた上で戦場がどう荒れるかというシミュレーションが展開される。

 

 例えば、天音をこのモール内に参戦させて地木隊が主導権を取りに来る可能性もあれば、遊真が前の試合で村上相手に見せたような新しい技の数々を披露して戦況を覆す可能性。そして、今から自分が狙撃して影浦隊優位に進める可能性。

 

 しかし絵馬は、その全てを脳内で否定する。

 

(地木隊の2人は仲間を待ってるような戦い方じゃないし……玉狛の空閑って人が新技持ってたとしても、カゲさんには刺さらない。それに……オレが撃つのは、もっとない)

 

 他のチーム相手ならいざ知らず、今日の相手にはグラスホッパー持ちが3人いる上に、その中の2人は機動力が特に高い。

 

 この盤面が崩れない限り、狙撃して1人倒したところで吹き抜けを突っ切って誰かが上がってくることは、想像に難くない。まして、下手に戦況を自分たち有利に傾けようものなら、雨取の大砲アイビスが飛んでくるだろう。

 

 この状況では、狙撃して1人倒したところでカウンターアタックの形になる。明確に逃げ切れるビジョンが持てない以上、どちらかに1点献上する可能性が高かった。

 

 そのデメリット込みで撃つのもアリだが……、

 

『ゾエさん、どう? 援護いる?』

『ゾエさん的には援護ほしいけど……』

 

北添に援護射撃の必要性を尋ねた絵馬だったが、その通信に影浦の声が割り込む。

 

『ワリぃな、ユズル! 援護はちょっとばかり待ってくれ!』

 

この戦いを楽しんでいることを隊長の声で察した絵馬は、自身が狙撃する選択肢を消した。

 

『ヒカリ、オレはモールから出るよ』

『んあ? 玉狛のおチビちゃん警戒するってことか?』

『……まあ、そんなとこ』

『オッケーオッケー! じゃあ、わかってると思うけど、屋外の狙撃ポイント送っとくぞ!』

 

狙撃ポイントが示されたマップを受け取った絵馬は、地木隊と遊真に気取られることなくモールを出た。

 

 

 

 絵馬がモールを離脱する中、1階の中央広場では影浦が心の底から楽しそうな笑みを浮かべて、スコーピオンを振るっていた。

 

 ブレードの常識から外れる、しなやかで歪んだ高速の斬撃を、彩笑と遊真はしっかり見切って躱し、そこから鋭い反撃をねじ込んでくる。

 

 少しでも気を抜けば喰われかねない状況だが、それだけなら珍しいことではない。攻撃手(アタッカー)4位の村上を始めとするランカー勢とソロランク戦をしていれば似たような状況自体は味わえるが、今はチームランク戦。自分だけの順位ではなく仲間の命運を背負う戦いは、全員の本気度が一段階上になる。

 

 普段のチーム戦ではタイムアップや逃げ切りを狙われることが多い中、ソロランク戦よりも集中力が上がった上位アタッカークラスとやり合えるこの状況が、影浦はただひたすらに楽しかった。

 

 加えて、影浦をさらに楽しませる要因が、この2人にはある。

 

(この白チビ……! 東のおっさんと同じで、感情乗せずに攻撃してきやがる!)

 

遊真が何の感情も乗せずに攻撃してきていることに気づいた影浦は、面白さよりも驚きを感じた。

 

 こんな近距離で、こんな鋭い攻撃を、連続で繰り出しているのに、その剣には感情が乗っていない。

 トリオン体とは言え、人を切ることに何の躊躇も、迷いも、昂りもない。

 切ることを何とも思わないメンタルか、そういう感情を感じなくなるまで積み重ねてきたのか。

 攻撃するという意思をここまで完全に遮断できる人間がいることに、影浦は驚愕し、同時に興味が湧いた。

 

(今度メシでも食いながら話してみてえな)

 

影浦が遊真に興味を持ったその瞬間。

 

本当に斬られたと錯覚するほどの鋭い視線が影浦に突き刺さり、同時にタイムラグ無しで彩笑の刺突が影浦に迫った。

 

 持ち前の反応速度で回避した影浦は左手を振りかぶり、彩笑はそれを見て一瞬で後退して距離を取る。影浦は形成したスコーピオンを投擲する形で放つが、彩笑もまた自慢の反応速度で見切って回避に成功した。

 

 間合いを再び取った影浦は確信する。

 

(なるほど、今日の地木はやっぱり……同時にくる方だな)

 

 影浦に言わせれば、彩笑が攻撃するときの感情の刺さり方は二種類ある。

 

 1つは、複数の量が刺さってくる時。ああ攻めよう、こう攻めよう、やっぱりこう攻めよう……そんな迷いとも取れる視線が複数刺さり、影浦の判断を鈍らせる場合。

 

 2つ目は、こう攻めよう、と彩笑が決めるとほぼ同時に攻撃に移り、事前の感知があまり意味を成さない場合。

 

 今日の彩笑は、間違いなく後者。視線(感情)が刺さった、と感じた次の瞬間にはもう、刃の切っ先が届いている場面がこの試合でいくつもあり、影浦の身体には浅い傷が複数刻み込まれていた。

 

 影浦雅人は、自分のサイドエフェクトが嫌いだ。四六時中とまではいかなくとも、いつも鬱陶しいほどの視線が肌に刺さり、気が削がれる。戦闘では便利だなと、他人から皮肉混じりな視線を向けられる。

 

 感情受信体質(こんなもの)など無ければいいと、ずっと思っていた。

 

 そう思い続けてきたからこそ、このサイドエフェクトが役に立たない遊真と彩笑を相手にしてるのが、影浦は楽しくて仕方なかった。普通の奴は、こんなスリルをいつも味わっているのかと気持ちが高ぶった。

 

 それゆえに、

 

チリチリチリチリ

 

と、嫌味ったらしく攻撃的な感情を視線に乗せて牽制してくる月守に、苛立ちと殺意を混ぜ込んだ気持ちを覚えた。

 

『チッ……! ゾエ! 月守を押さえとけ!』

『ほいほい、了解!』

 

 影浦からの指示を受け、北添の大型アサルトライフルが火を噴く。通常の銃手(ガンナー)が使うものよりも大ぶりな北添のアサルトライフルから放たれるアステロイドは、一際大きな射撃音を伴って月守へと襲いかかる。

 

「グラスホッパー」

 

 北添の射撃を月守はグラスホッパーを活かした機動力で回避する。高速機動をしている遊真や彩笑には劣るものの、空間を立体的に使う移動を捉えきれず、北添の射撃は後手に回る。

 

 月守の回避と、それに織り交ぜられたバイパーやハウンドの射撃を見続けた北添は、ある種の法則に気づく。

 

(月守くん、本当に()()()な選択肢を踏まないなー。かと言って最適解でも無いし……もー、本当に手を焼いちゃうよ)

 

 北添が気づいた月守の回避と射撃の法則は、言ってしまえば当たり前の積み重ねだった。

 

 まず、相手の攻撃が当たらない、攻撃が届かない位置を選ぶという当然のもの。

 次いで、彩笑の高速機動を阻害しない弾道を選ぶこと。

 それを満たした上で、遊真の機動力を削ぎつつ乱戦から逃げないように退路を断つ形の位置取りと射撃を入れ続けること。

 それよりは優先度が少し落ちるが、程よく北添の攻撃の射程内に入り込んで的になることで銃撃を分散させるような立ち回りを取り込み、かつ、影浦の意識を散らせるように視線による牽制を入れる。

 そして時々、戦場が広がりすぎないように、もしくは狭まりすぎないように立ち位置を意図して変えて、彩笑が立ち回りやすい戦場の広さに調整する。

 

 1つ1つ言われると『当たり前』だと思えるそれを、月守は程よく守りながら動いている。『当たり前』を全て律儀に守る立ち回りをすれば戦況はかなり優位に運べるものの、読まれる確率が上がる。

 

 それを考慮して月守は、行動の際に敢えてその『当たり前』を1つ2つ守らず行動している。その瞬間、その状況下において、100点ではなく90点・80点の行動を意図して取ることによって、月守は北添の読み絞らせない立ち回りをしていた。

 

 無論、被弾がゼロというわけではない。北添の読みと射撃能力が追いつき、撃たれることもある。それでも、防御という選択肢を選べないことを考慮すれば、ダメージは驚くほど少なかった。

 

 月守はグラスホッパーで飛び回りながら、バイパーのキューブを構える。

 

 影浦を挟むような位置にいる彩笑と遊真。

 彩笑の踏み込み具合から影浦狙いの攻撃を仕掛けることを察知。

 遊真の退路。北添が構える銃口が自分に向いていること。

 

 それらを瞬時に、把握できるだけ把握し、

 

「バイパー」

 

空間を裂くようなバイパーを走らせる。

 

 遊真が彩笑の攻撃を妨害しないように影浦と遊真の間に数発分飛ばし、なおかつ遊真には回避しなければ当たるような弾道のものを十数発飛ばす。遊真がそれを見て回避の択を頭に思い描いたタイミングでバイパーはコースを変え、露骨な戦線離脱方向への回避の選択肢を消す。

 そして撃ちながら立ち位置を、北添と自身の間に影浦を挟む形になるように変える。

 

 北添が自分を狙うのを諦めたのを見た瞬間、月守は次の挙動に移る。

 

(戦場を広げ過ぎたか。少し、狭める)

 

 彩笑の高速機動が十分に活きる広さを保とうとして月守が乱戦の中心へと一歩踏み出したのと、同時。

 

『楽しい! 今日は楽しいよ咲耶!』

 

 心底楽しそうな高い声が、音声通信から届いた。

 

 小さく軽い身体を宙に舞わせ、グラスホッパーで縦横無尽に跳びながら声を飛ばす彩笑に、月守は声を返す。

 

『だろうな、見てればわかる。テンションも随分上がってるみたいだな』

『あはっ! わかる!? そう! ボク今、めっちゃテンション上がってる!』

 

傷口を拭う仕草と共に答える彩笑の笑顔を見て、どちらかというとハイになってるな、と月守は思う。考えながらも身体は自然に動き、彩笑が撃ち落とされないようにハウンドを散らすように撃ち、全員に牽制を入れる。

 

 3人がそれぞれ月守のハウンドを防御、もしくは回避したのを見て、彩笑は素早くグラスホッパーを展開して踏みつけ、月守の左隣に降り立つ。

 

 純粋で、無邪気で、残虐な笑みを浮かべた彩笑は月守に目線を送り、問いかける。

 

「ねえ、()()()()()()?」

 

 その言葉の奥に込められた意味を、月守は嫌というほど知っている。それをすればどうなるか理解した上で、そして彩笑がどう答えるか分かりきった上で、確認する。

 

「止めても聞かないんだろ?」

「うん!」

 

 清々しいほどの即答を返され、月守は苦笑する。

 

 北添の視線がこちらに向く。

 次いで銃口がこちらを向くだろうが、北添のその攻撃行動は、彼の判断に何の影響も与えない。

 

 月守咲耶は嫌というほど知っている。

 

 地木彩笑が自分のやりたいことを通しきりたいエゴイストであることを。彼女がやると言った以上、止められないことを。

 

 だから月守は止めない。止めるどころか寧ろ、思いっきりその背中を押す。

 

「いいよ、やりな。出来るだけサポートはする」

「咲耶ありがと! じゃあ、コレ預かってて!」

 

 彩笑はそう言って新しく仕立て上げたジャージ隊服の襟元を噛み、ジッパーを一気に下げて、上着を脱ぎ捨てた。

 

 

 

 

 

 

「げ」

「わ」

 

彩笑が上着を脱ぎ捨てたのと同時に、影浦と北添が口を揃えて一音発した。

 

 上着を脱ぎ捨てる、彩笑がその行動をする事にどんな意味があるのか知っている2人は、彼女から目をそらすまいと視線を向ける。

 

「?」

 

 影浦隊の2人が発した言葉に遊真は気を取られ、一瞬だけ……本当に一瞬だけ彩笑から視線を外して影浦を見た。

 

 一瞬前まで月守の隣にいたはずの相手が。

 紫苑の花弁と同じ色のインナーシャツ姿の彩笑が、影浦に刺突を入れる瞬間を、遊真は見てしまった。

 

 

 

 

月守咲耶は知っていた。

影浦雅人も知っていた。

北添尋も知っていた。

 

この場で、空閑遊真だけが知らなかった。

 

調子の良い時に上着を脱ぐ。

ただそれだけのことで。

 

地木彩笑がボーダー最速に成ることを。




ここから後書きです。

書いてる時ってどうしてもそれっぽいシーンを脳内検索するんですけど、今回の話を書いてる時は、サイレンで十年後カイル君が敵組織の精鋭相手に一歩も引かずに戦闘仕掛けてライズで天井までドン!って跳ぶあのシーンをよく想起しました。あのシーン好き。



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第107話「未来に届く牙」

「夕陽さーん!? このコートめっちゃくちゃ重いんだけど!?」

 

天音や真香がボーダーに加入する前……彩笑と月守が最初に所属した夕陽隊がA級に認定されたその直後の事。

 

 隊長である夕陽柾が「せっかくA級になったんだし、隊服新調しようぜ!」と提案し、考案された夕暮れ色のコートの隊服を着た彩笑が、着て早々にそんな不満を夕陽にぶつけた。

 

「はっはっは。だろうな」

「だろうな!?」

「彩笑。お前のコートだけめっちゃ重くなるようにデザインした」

「なんで!? バカなの!?」

 

 重さに耐えかねて姿勢が前のめりになり、両腕をダランと床に向けて垂らした状態で彩笑は抗議するものの、夕陽はどこ吹く風と言わんばかりに笑い飛ばす。

 

「わかってねえな、彩笑」

「何が!?」

 

後々隊長になってからは月守に散々突っ込みをさせる彩笑だが、この頃は自分よりも強いボケを放り込んでくる隊長に振り回されていた。

 

「重い服を着込む、利点についてだよ」

「……!」

 

夕陽はこの上なく真剣に、それこそ組織の機密情報をコッソリ話す時ばりの真剣さを醸し出し、彩笑もそれに反応する。

 

「確かに、重い服にはデメリットがある。単純に動きが遅くなるし、精神的な疲労も早めるだろう」

「だよね。あとコートの色が思ったより派手でビックリしてる。こんなの狙撃の的だよ?」

「それについてはオレも完成品を見てから、失敗したなと思ってる」

 

 身軽だったら迷わず腹パンしに行ったのに、と彩笑は心の中で思いつつ、夕陽の言葉をおとなしく聞くことに専念する。

 

「いいか、彩笑……ちょっと想像してみろ」

「……?」

「敵と互角に戦ってて、あと一手を争うような時……お前がコート脱いで身軽になったらスピードアップで一気に形成逆転だぞ? カッコよくないか?」

「なに、それ……」

 

彩笑は少し俯いて呟いた後、

 

「カッコいい……!!」

 

少年が店頭に並んだピカピカのトランペットを見るような目で、彩笑は夕陽がコートを重くした理由を認め、受け入れた。

 

 そんな2人の一連のやり取りを見ていた夕陽隊オペレーターの白金と月守は、

 

「つっきーちゃん、今心の中で『この2人おバカだなぁ』って思ってるでしょ?」

 

「正解です。でも、白金先輩も似たようなこと考えてますよね?」

 

「そうだねえ……。彩笑ちゃんは微笑ましいなぁって思うけど、マー坊はバカだと思う」

 

お互いに笑顔で相棒のことを親しみを込めて馬鹿と言い合っていた。

 

 

 

 

 重い隊服(コート)を着ていた。その出来事が、彩笑の中に1つのスイッチを作り上げた。

 

 もちろん、今彩笑が着ている地木隊隊服には余計な重さなど無く、上着を一枚脱いだところでさほど軽くなるわけではない。

 

 物理的要因ではなくて、精神的な……本人の中ではルーティーンであったり、自己暗示のようなものになっている。

 

 気分が乗った時、調子が良い時に、上着を脱ぐだけ。

 ただそれだけの事で、地木彩笑は最速に成る。

 

*** *** ***

 

 ノーマルトリガーで、ここまで速く動けるのか? という疑問を遊真が抱くと同時に、

「あは!」

影浦の懐に飛び込んでいた筈の彩笑が、危なっかしさを覚える笑みを浮かべて遊真の目前に迫っていた。

 

「っ!」

 

 動き自体は、目で終える。

 

 影浦に繰り出した刺突を薄皮一枚切る程度で辛うじて回避され、影浦が反撃に出る動きをすると同時にスコーピオンを引き抜き、足元に展開したグラスホッパーを踏みつけて遊真(自分)の元へ高速で飛び込んできた。

 

 薙ぐような彩笑の一撃を遊真は身を引きながら受太刀をして、いなす。

 そこから遊真は次の彩笑の動き次第で反撃に転じようとするが、反撃の選択肢が遊真の中で浮かんだ時には彩笑はすでに後退して遊真との間合いを開けていた。

 

 彩笑の動作そのものは上着を脱ぐ前と変わらない。

 

 ただ、ほんの少しのスピードアップ。

 不規則になった動作と動作の繋ぎ目。

 目に入った状況に対して経験と直感のみで行動し、動きの中に思考を介在させない。

 相手に選択肢を見つける時間を与えない。

 

 上着と一緒に、速さのために余計なものを捨てたのが、彩笑にとっての最速の形だった。

 

 しかしそんな最速を前にして、遊真は、

 

(速いけど……速いだけなら、殺しきれるな)

 

勝ちを確信した。

 

*** *** ***

 

 遊真が彩笑相手に活路を見出した頃、

 

「速くなった……とは言え、彩笑自身が劇的に速くなったわけじゃねえんだよ。もちろんあいつ自身も速くなってはいるけど、それ以上に間合いを埋めたことと、動作間のリズムテンポを変えたのがデカい」

 

ヒュースは解説を受けていた。

 

 

 

 

 

 軟禁されている玉狛支部内で、前の試合の時と同じように地木隊と玉狛第二のランク戦を観ようとしていたら、

 

「お、試合観るのか、ヒュース」

「こいつがヒュースか」

 

 いつもと変わらぬ口調の迅が何食わぬ顔で、車椅子の男を連れながら支部に帰ってきたのだ。

 

「迅。誰だそいつは」

「夕陽柾。おれの友達さ」

 

ヒュースの問いに迅はそれだけ答えると、

 

「おっと悪い、おれはちょっと用事があるから」

 

とだけ言い残して、車椅子に座った夕陽を放置してどこかへ姿を消した。

 

「……」

 

 ヒュースが内心、こいつをどうすればいいんだ? と困惑していると、モニターに映されたランク戦開始直前の画面に気づいた夕陽が、

 

「ちょうどいい、試合開始直前じゃん」

 

どこかウキウキした様子で言い、車椅子の車輪を自力で回して画面が見やすい位置に移動した。

 

「……貴様、足を痛めているのか」

「まあな。昨日、やっとこさ退院したんだ」

 

 車椅子に座っているとはいえ、ピクリとも動かない足を軽く撫でながら、夕陽は答える。

 

「任務中に無茶して、骨折した上に神経やっちまってな」

「任務中……? ボーダーのトリガーは、緊急脱出の機能があるだろう?」

「お、よく知ってるな」

 

 真面目だな、と言いたげな顔で夕陽はヒュースを見るが、質問に対して明確な答えは返さない。踏み込んだ質問をしようとしたところで試合が始まり、

 

「すげ、天音ちゃんいつの間に狙撃覚えたんだ?」

 

開始12秒で、修がベイルアウトした。

 

 開幕ベイルアウトした修のことを、なんとも言い難い表情でヒュースが見ていると、夕陽がケラケラと笑いながら解説を始めた。

 

「まあ、三ヶ月のシーズン中に、こういう開幕ベイルアウトは何回かある。オレも彩笑も、咲耶だってランク戦でやらかしたことはあるさ」

 

「……サクヤ?」

 

 忌々しく忘れられない名前が聞こえたことでヒュースは眉をひそめる。そんなヒュースの反応を見て、色々と察した夕陽柾はニヤッと笑った。

 

「ああ……そういや、ちゃんと自己紹介してなかったな」

 

 車椅子に座ったまま、腕を伸ばしても届かない距離にいるヒュースに向けて夕陽は握手を求めるように手を差し伸べながら、

 

「夕陽柾。お前をボコボコにした月守咲耶を育て上げた元上司だ」

 

 ヒュースが絶対に忘れられないであろう形で自己紹介をした。

 

「……そうか」

 

 覚えたぞ、と心の中で呟いたヒュースを見て満足したのか、夕陽は楽しそうに顔を綻ばせながら、ランク戦の解説を再開した。

 

 

 地木隊寄りの解説のまま試合は進み、彩笑が上着を脱ぎ捨てたところで、夕陽が目を輝かせた。

 

「ヒュース、よく見とけ。凄えモンが見れるぞ」

 

 言われてヒュースは無言でモニターに目線を合わせると、彩笑が消えた……と錯覚するほどの速さで動き、影浦に浅い一撃を与えた。

 

「速いだろ?」

「……そうだな。通常のトリガーでここまで速く動ける奴は、正直初めて見た」

 

 元部下を褒められたのが嬉しいのか、夕陽は自信満々にドヤ顔をしてみせる。ヒュースはそんな夕陽には目もくれず、先ほどよりも確実に速くなった彩笑の動きを、つぶさに観察する。

 

 そんなヒュースに、彩笑が発揮している最速の理屈について夕陽が説明したところで、ヒュースは不思議そうに呟いた。

 

「……上着を脱ぐだけでいいなら、こいつは何故、今までそれをしなかったんだ?」

 

「お、ヒュース……お前アレか。同棲してる彼女に『脱いだものは洗濯カゴに入れてって言ったよね!?』って怒られたら、そんな事で怒らなくていいのにって思うタイプだろ?」

 

「……? 脱いだものを洗濯カゴに入れるのは当たり前だろう?」

 

「まあ、そりゃそうか」

 

 例え話をしようとしたところに真面目に返答された夕陽は苦笑したが、構わずヒュースが抱いた疑問についての解答を提示する。

 

「上着を脱ぐってのは、あくまで最後のトリガーってだけだ。そこに至るまでに、アイツの中で色んな条件を満たしてるんだよ」

 

 言わんとする事を理解したヒュースは、納得したように頷いてから確認を兼ねて問いかける。

 

「……いつでも出来るモノというわけではないんだな?」

 

「そういうことだ。察しがいいな、優等生」

 

 優等生、という呼ばれ方に対して、ヒュースは僅かな苛立ちを覚えた。

 

「どうした? 優等生って呼ばれ方は嫌いか?」

 

 表情の変化を夕陽が見逃さず指摘すると、ヒュースはことさら面白くないと言いたげに顔をしかめた。

 

「いや……。ただ、貴様が本当にアイツの元上司なんだなと思っただけだ」

 

「はは、なんだ……大方、咲耶にもそうやって呼ばれたのか?」

 

 図星な指摘を夕陽がしたタイミングで、開戦直前に席を立った迅が陽太郎を連れて戻ってきた。

 

「ゆうひ! ゆうひじゃないか!」

 

「おう。久しぶりだな、陽太郎」

 

 トコトコとした足取りで近づいてきた陽太郎を夕陽は手であしらう。部屋の空気がそこまで重くない事に気付いた迅が、ヒュースのそばのソファに座りながら語りかけた。

 

「随分と仲良くなったみたいだな」

 

「おう、もうマブダチよ」

「こいつと仲良くなった覚えはない」

 

 同じタイミングで2人が答えを返したのを見て、迅は「そうか」と言って小さく笑った。

 

 迅はモニターに目線を向け、画面隅の得点表で修がベイルアウトしてしまった事を確認してから、改めて質問した。

 

「試合はどうなってる?」

「彩笑が久々に脱いだ」

「スピードアップか。……あの状態の彩笑ちゃん、読めてても避けれない時あるから、あんまり戦いたくないな……」

 

 未来を見通す目を持ちながらも苦手意識を持つ迅は、以前見た時よりも、ほんの少しだけ……それでも確実にまた速くなった彩笑の動きを画面越しに見ながら、夕陽に1つの苦言を呈した。

 

「夕陽、あのさ……。元隊長として、彩笑ちゃんにシャツインするように言っといてくんない? 動くたびに、チラチラお腹周り見えてるじゃん」

 

「あ? オレも咲耶も何回も言ってるっつの。んで、その度にセクハラって言われるわ」

 

「マジか……。それにしても細いな……」

 

「細えよな……。これ絶対、会場で見てるC級のガキ共、『見えそう……!』みたいな目で見てるよな」

 

 2人の会話を聞きながらヒュースは、こいつら真面目な顔で何を言ってるのかと訝しんだ目を向けた。

 

 邪な考えを持たない陽太郎は、画面の中で防戦一方になる遊真に向けてエールを送る。

 

「ゆうまー! 負けるなー!」

 

「陽太郎、残念だがこの試合タマコマに勝ち目は無いぞ」

 

 応援する気持ちはわかるものの、ヒュースは冷静に諭すように告げた。

 

「この試合に向けてオサムは何やら用意してたらしいが、それを見せる間も無く倒されている。チカが人を撃たない以上、ユウマは1人でここを打開する必要があるが……」

 

「カゲと彩笑の2人をどうにかすることは無茶があるってか?」

 

 ヒュースの意見に夕陽が割って入り、玉狛第二が不利な理由を補足した。夕陽の意見そのものには反対は無かったため、ヒュースは渋々と言った様子で頷く。

 

「……そうだな。影浦(カゲウラ)隊や地木(チキ)隊は、エースが多少無茶をしたところでフォローできるヤツが控えている上に、()()()()()()()メンバーも、十分仕事が出来る」

 

 なにより、と前置きをしてから、ヒュースは玉狛が不利な最大の理由をあげる。

 

「今のユウマは『ここを凌げなければ負け』な状態だ。勝負の場でその類いの選択肢を持たされる時点で、それはもう負けだろう」

 

 それはスポーツでもギャンブルでも戦闘でも、あらゆる勝負事に通じる真理だった。『これを引けなければ勝てない』という状況に立たされるのは、往々にして負けに半歩踏み入れている状態なのだ。

 

 陽太郎にとってはまだ小難しい理屈だが、彼なりにぐぬぬと唸りながらヒュースの意見が正しいと認める。正論を通したヒュースに向けて、迅はニッと笑った。

 

「玉狛が不利ってのがヒュースの考えか……。じゃあ、賭けようぜ」

 

「賭けだと?」

 

「おう、誰がどこのチームが勝つかでな」

 

 迅が持ち出した勝負に、ヒュースは露骨に難色を示した。

 

「馬鹿馬鹿しい。くだらない遊びはしないぞ」

 

 ヒュースに続いて、夕陽もそうだそうだと声を上げる。

 

「第一、お前サイドエフェクトあるからギャンブル有利だろ」

 

「えー。じゃあ、2人が先に選べよ。おれは残ったチームに賭けるからさ。そんで、勝った奴は可能な限り1つ頼み事ができるってルールで行こうぜ」

 

 頑なに賭けようと誘う迅が持ち出した報酬に、ヒュースの食指が動いた。

 

 思案するそぶりを見せてから、じゃあ聞くが、と前置きをして迅に例えを提示する。

 

「お前に預けてるトリガーを……ランビリスを返せ、でもいいのか?」

 

「おう、いいよ」

 

「……本当だな?」

 

「嘘言ってるように見えるか?」

 

 疑ぐり深く観察するヒュースだが、何かを誤魔化そうとしている様子を迅から見つけることは出来なかった。可能か不可能かはさておき、できる限り取り合う事はするだろうなと、ヒュースは判断する。

 

「……いいだろう。そっちが出した条件だ。違えるなよ」

 

「わかってるって。んで、どこに賭ける?」

 

 迷わず、ヒュースは答える。

 

地木(チキ)隊だ」

 

 かつて自分に屈辱を与えた相手がいるチームを。

 

「安パイだな。じゃあ、オレは玉狛に賭けるか」

 

 ヒュースに続き夕陽が玉狛を選んだが、その選択にヒュースは目を丸くする。

 

「じゃ、おれが影浦隊だな」

 

 ヒュースが夕陽の判断に口を挟む前に、迅が残った影浦隊に賭けることを宣言し、ギャンブルが始まった。

 

「にしても夕陽、お前よく玉狛に賭ける気になったな」

 

 迅はヒュースが訊きたかった理由を夕陽に問いかけた。誰が見ても劣勢である玉狛に賭けた、理由を。

 

「んー、大したモンじゃねえよ」

 

 自信満々に不敵な笑みを見せながら、夕陽は、

 

「オレのサイドエフェクトがそう言ってたんだよ」

 

 ()とよく似た謳い文句を答えた。

 

*** *** ***

 

 完全な脱力がより機敏な動きを可能にし、全体を捉える不明瞭な視線が攻撃の出所を正確に見極め、彩笑は並みのアタッカーなら三度は死んでいるであろう影浦のラッシュを、無傷で回避する。

 

「んー……ん!」

 

 攻撃の繋ぎ目を息をするように容易く見切り、彩笑は鋭いステップと五指に纏うようにした鋭い爪状のスコーピオンで反撃に出る。

 

 容易く間合いを詰められた影浦は、獣じみた剣技とは呼べない彩笑の連続攻撃を回避する。が、剣よりもより近い間合いでの不規則な高速斬撃の全てを見切ることは難しく、徐々に、それでいて確実に影浦のトリオン体に獣の爪を思わせる切り傷が刻まれていく。

 

 当然、影浦とてやられっぱなしではない。

 

 回避する自身の身体を死角にして、後ろ手に回したスコーピオンを伸ばし、自身の影を這わせるような不意打ちを放つ。だが、

 

「見えてるよ!」

 

 言いながら彩笑は、影浦の不意打ちを身を引いて躱す。

 

 半歩下がる回避行動から彩笑が再度追撃に移る、その切り替えの一瞬を、遊真が狙いすます。

 

(今度こそ、入った)

 

 背後という完全な死角に、守りから攻撃に意識を切り替えるタイミング。必中の斬撃のはずが、

 

「ここ! かな?」

 

 感覚を研ぎ澄まし、全開にした彩笑はそれすらも防いでしまう。尾てい骨の先から尾を生やすような意識で生成したしなやかなブレードは、まるで尻尾のような挙動で遊真の斬撃を弾いた。

 

「チッ」

 

 弾かれた遊真は、笑顔で振り返って来る彩笑に思わず舌打ちをしながら、戦場でたまにこういった手合いがいることを思い出していた。

 

 側から見れば理解不能な挙動でありながら、ある種合理的でもあり、そして最後にはきちんと生き残る奴。

 

「……グラスホッパー」

 

 思考が戦闘から外れそうになったが、遊真は無理やり思考を断ち切って、意識を目の前に戻して、撹乱のためにグラスホッパーを複数散らすように展開した。

 

「あはっ! スピード勝負する?」

 

 遊真がグラスホッパーを展開したのを見て、彩笑も後追いでグラスホッパーを周囲に散らす。

 

 よーいどん、で2人は同時に踏み込み空中を飛び回る機動力勝負を繰り広げる。猛烈な速さで2人はグラスホッパーを踏み壊し、ピンボールの応酬を展開しながらその都度相手の動きを見てグラスホッパーを追加する。

 

 どちらもアタッカーの中では上位の速さを誇るが、それでも尚、彩笑の方が一手速い。遊真の行く先に先回りしてみせる彩笑は、無邪気に笑う。

 

「鬼ごっこはやめとく?」

「そうしとこうかな」

 

 淡々と遊真は答える。

 

(速さじゃ向こうが上なのは、今ので完全に刷り込んだ。だからここからは……あの速さにゴリ押しされないように気をつけながら自由に動かして、癖を見つけていかなきゃな)

 

 そしてその裏で、着々と彩笑を殺しきるための手段を模索する。

 

 彩笑と遊真がスピード勝負を始めたのを同時に、影浦はフリーになった。当然、グラスホッパーで高速機動を繰り広げる2人を影浦は狙ったが、

 

チリチリチリチリ

 

と、フェイクではない混じり気無しの殺意を乗せた視線が影浦へと突き刺さった。

 

「やっとこっち向いたか、月守ぃ!」

 

 痛みを伴う視線の先にいたのは既に攻撃態勢に入った月守であり、影浦の言葉に答えることなく無数のバイパーを解き放つ。

 

 那須の鳥籠を思わせる取り囲むような軌道の弾幕だが、影浦は持ち前のサイドエフェクトを持ってして視線の刺さり具合が薄い場所……弾幕がわずかに薄い場所を見切り、シールドで防ぎつつバイパーの包囲網を突破する。

 

「ゾエ!」

「あいよ!」

 

 掛け声と共に放たれる、マンティスとアステロイドによる同時攻撃。

 

 避けようと思えば回避しきる事は不可能ではなかったが、

 

「……っ、シールド!」

 

 月守は一瞬の躊躇の末、致命傷を喰らわない最低限の回避とシールドという選択をした。

 

 普通のトリオン能力があれば辛うじてシールドで防げたであろう攻撃だったが、月守が生まれ持った『トリオン能力の割に生成されるものの強度が脆い』という性質が災いし、シールドはあっけなく砕け散り、月守のトリオン体にダメージが入った。

 

 鳥籠もどきとは別ルートで走らせていたバイパーが時間差で襲いかかったことにより影浦隊の攻撃を中断させることが出来たが、たった1回のやり取りで月守は旗色が悪すぎることを悟る。

 

(殴り合いはやっぱ不利かな。ベイルアウトしてもいいって言うなら刺し違えてでも殺しきるけど……)

 

 そんな捨て身の特攻をして、もし失敗しようものなら、残された彩笑が大きく不利になる事が容易に予想できた。月守は傷口を抑えながらそんな選択が取れるはずがないと自嘲する。

 

 

 

 彩笑が上着を脱いでから、月守の動きも変わった。具体的には、彩笑への援護射撃をしなくなり、間合いの調整と牽制で影浦隊と遊真の意識を自身に向けるような立ち回りに終始するようになった。

 

 彩笑への援護射撃をしなくなった理由は、至極単純。

 

 速すぎて援護射撃が間に合わないのだ。

 

 シューターの攻撃プロセスは、キューブを生成し、分割して、狙い、撃つ。この4行程があるためシューターは共通して早撃ちに難がある。

 

 月守はその攻撃まで時間がかかる4行程で彩笑のサポートをするために、彼女の動きを高精度で先読みすることで時間の帳尻を合わせて、援護射撃を可能にしていた。

 

 しかし上着を脱ぎ最高速度を出せるようになった彩笑は、月守の攻撃速度すら追い越した。

 

 まだ彩笑の動きそのものは、月守は読めている。ただどうしても、動きの予備動作を見てから援護に移ろうとすると、4行程を終える前に彩笑は攻撃に移ってしまっている。

 

 事前に攻撃準備を……生成と分割を終えて構えているという手段であればギリギリ間に合うかというところだが、今か今かと射撃のタイミングを待つような状態を、影浦隊や遊真は見逃さない。

 

 彩笑への直接の援護射撃が出来なくなった月守は立ち回りを変えざるを得なくなり、今こうして、影浦隊とマッチアップする形になった。

 

 キューブを散らし、いつでも攻撃できるぞという構えを見せつつ、月守は素早く視線を動かしてモール全体の状況を把握する。

 

(彩笑と遊真はタイマン張ってるけど……遊真の動き、なにかを狙ってるような感じがする。影浦隊は今は完全に俺狙い……速くなった彩笑相手にするくらいなら、俺を落としとこうって感じか)

 

 相手の狙いを大雑把に予想したところで、影浦隊が動いた。影浦が中距離からマンティスで攻撃を仕掛け、月守はそれをギリギリで回避してから散らしていたキューブ……ハウンドを影浦めがけて放つ。

 

 ハウンドは当然のごとく影浦自身のシールドや、彼の奥に控えている北添の援護シールドで防がれる。決定打になり得ないのをわかった上で、月守は立ち位置を変えながら……影浦隊と彩笑の間に自分がいるような立ち位置をキープしながらハウンドを再び放つ。

 

 やはりあっさりと防がれるハウンドを見ながら、月守は打開策を模索する。

 

 元々、彩笑の最高速度に自分の攻撃が追いつかないことなど、わかりきっていたことだった。

 不知火が考案したケルベロスプログラムで戦闘スタイルを洗練させた月守に、もしかしたら追いつけるかもしれないという一縷の望みはあった。だが、それでも彩笑の最高速度には及ばない。

 

 しかし、だからと言って速さを落とせなどとは口が裂けても言えない。彩笑単体での最高戦力を発揮できる形ではあるのだから、それをするなと否定するわけにはいかなかった。

 

 どうあがいても彩笑に追いつけないと思うと同時に、月守の中に悔しさが広がる。

 

 ボーダー随一と言ってもいい速さを持つ彩笑を活かしきれないのが。

 自由に動き回る彩笑に対して邪魔しないようにすることが最上のサポートになってしまってる自分自身が。

 

 悔しくて悔しくて仕方なかった。

 

 どうすればいい

 どうすればいい

 どうすればいい

 

 戦いの中で思考が目まぐるしく駆け回る。

 

 ー彩笑の動き自体はわかってるー

 ーどう動くのかわかるー

 ーただそれにどうしても追いつかないー

 ーどうすれば追いつける?ー

 

 思考がごちゃごちゃと湧いては消えていく中、

 

 不意に

 

 脈絡もなく

 

 答えが見つかった。

 

 それは荒唐無稽な答え。

 

 援護の常識から大きく外れた、邪道にもほどがあるもの。

 

 しかし、月守はその答えに対して、これしかないと強く確信する。問題を解きながら答えが見えた時の感覚が、彼の脳を支配する。逆に、なぜ今までこれに気づかなかったのかとすら思う。

 

 確信に満ちた月守は、それが伝わってくれと願いながら、

 

「彩笑!」

 

相棒の名前を叫んだ。

 

*** *** ***

 

 生身の身体の調子が良くて、気分も良い時。

 

 それが彩笑が最速になるための、必要最低限の条件だった。

 

 他にも条件は色々あるのかもしれないが、少なくとも彩笑自身が把握しているのはその2つである。

 

 最速に成った時の気分は、例えるならゲームで無敵のアイテムを獲得した瞬間の高揚感が一番近い。

 

 横スクロールアクションゲームで、ただ走って敵にぶつかるだけで倒せてしまう、あの無敵の感覚が、最速の彩笑の心を支配する感覚だった。

 

 最初こそ楽しいが、すぐに彩笑の心には孤独にも似た感情が巣食う。

 

 速く動けるのは楽しいけど、誰もついてこれないのは寂しい。加速した意識の中で、彩笑はそんなことを思う。

 

 もちろん、ボーダーのトップランカー達は速いだけの攻撃があっさり決まるような事はなく、厳密に言えば完全についてこれないわけではない。

 

 より正確には、味方として誰も同じ目線に立ってくれないのが、寂しい。

 

 遊真と高速で切り結びながらも、彩笑はどこか孤独な思いをしていた。

 

 孤独の部屋に居座る彩笑に、

 

「彩笑!」

 

影浦隊とマッチアップしていた相棒の叫びが届いた。

 

 横目で、でも確かに自分のことを見ながら、月守は叫びを続ける。

 

()()()()()! ()()()!」

 

それは、ひどくシンプルな立ち位置(フォーメーション)の指示。

 

 でも、それだけで、彩笑は月守が何をしたいのかを理解した。いや、理解させられた。

 

 頭の中に直接アイディアを叩き込まれたような感覚が全身を駆け巡る。

 

「オッケー!」

 

 理解したよと意思を込めて返事をした彩笑は遊真との戦闘を無理やり離脱する形で、グラスホッパーを踏み込んで大きく後退する。

 

 月守(シューター)彩笑(アタッカー)の前に来る形になったところで、月守がこの試合初めてのフルアタックの構えをとった。

 

 アステロイドのキューブを大ぶりに、バイパーのキューブを細かく散らし、露骨にフルアタックするぞと影浦隊と遊真に見せつける。

 

 当然、守りがガラ空きになった月守に向けて、影浦のマンティスと北添のアステロイドが襲い掛かる。遊真も、すぐに攻撃こそ仕掛けないまでも、攻撃の構え自体はすでに整っている。

 

 守りをまるで考慮してない月守の構えを見て、彩笑の内臓が少し冷えた。

 

(ああ、そっか……咲耶はいつも、こんな気持ちでボクのこと助けてくれてたんだね)

 

 普段の自分と同じ、守りなど毛頭考えてない攻撃全振りの構え。

 

 その姿はひどく無防備で、少しでも間違えばすぐにでも倒されてしまいそうで。

 

 こんなにも傷つけられやすい前衛の後ろにいるという事実が、彩笑の心をキュッと締め付ける。

 

 同時に、彩笑は月守の事をひどいなと思う。

 

(後ろにいるのがこんなに怖いってわかってるはずなのに、咲耶は両攻撃(フルアタック)しようとするんだね)

 

 無茶で理不尽で無慈悲な信頼が無ければ出来ないであろうフルアタックを、月守はためらいなく彩笑の前で敢行しようとしている。

 

 あんな大雑把な言葉で、自分の考えが伝わると思っている。

 それを、必ずわかってくれると欠片ほども疑っていない。

 

 そんなバカみたいに自分のことを信じてくれる相棒に、応えたいなと彩笑は強く思う。

 

 

 

 

少し態勢を低くして、彩笑は意識を集中させる。

 

月守の身体の向き。

構える両手の位置。

指先の向く方向、それぞれの曲げ具合。

散らしたキューブの個数、浮遊位置。

影浦、北添、遊真の位置関係。

それぞれが月守に向けてどんな攻撃を仕掛けてきているのか。

これまでの戦闘の流れ。

誰が意識をどの程度誰に向けているか。

 

 拾える情報を全て可能な限り拾い、彩笑は月守がどんな攻撃を仕掛けるのかを。

 

 どの程度の威力・弾速・射程でアステロイドを撃つのかを、どんなコースのバイパーを撃つのかを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()予想する。

 

 予想した上で、

 

「アステロイド、バイパー!」

 

 月守が被弾覚悟で放ったフルアタックと同時に、彩笑は跳んだ。

 

*** *** ***

 

 何かあるのはわかった。

 

 意図までは読みきれないもののフォーメーションの変更指示や、露骨なフルアタック。

 

 地木隊が『何か』仕掛けてくるのは、影浦は読めていた。ただ、その『何か』の正体までは分からない。

 

 わかるのは、どんな狙いがあるにせよ、敵の前でガードが出来なくなるフルアタックという攻撃を取った月守が、格好のカモであるということだった。

 

 半ば反射で、影浦は無防備な月守に向けてスコーピオンを……マンティスを振るった。

 

 素早く、しなやかに伸びていく蠍の刃はフルアタックを仕掛けた月守の腕を確実に切り裂いた。

 

 伝達系あたりを切った手ごたえを感じた影浦は、カウンターのように放たれた月守の射撃に対してすぐに防御行動に転じた。

 

 No. 1シューター二宮が使うような、左右でサイズを分けた変則フルアタック。本家に比べれば迫力が一歩確実に劣るその攻撃を、影浦はシールドと回避を織り交ぜた動きでしのぐ。

 

 まともに受けるとシールドを割られかねない大ぶりなアステロイドを大きく跳んで避け、回避しきるのが難しい細かなバイパーをシールドで確実に防ぐ。

 

 影浦の行動は、何一つ間違っていない。

 

 彼は何一つ間違えることなく、月守が攻撃を通して押し付けた選択肢の中から、最適解を選んでしまった。

 

 間違えずに月守の思い描く行動を取ってしまった故に、シールドで防ぐ影浦に向けて、バイパーに混じって小さな影が……彩笑が襲い掛かる。

 

(なん……でオメーがここにいるんだよ!)

 

 バイパーの合間を縫うような走りで迫りくる彩笑に向けて影浦が心の中で悪態をつくが、もう間に合わない。

 

「とった」

 

 影浦の貼ったシールドにバイパーが当たると同時に、彩笑のスコーピオンがその薄いシールドを切り裂き、深々としたダメージを影浦に与えた。

 

 

 

 アタッカーの動きに合わせて援護射撃をするのではなく、シューターの射撃に合わせてアタッカーが一撃を叩き込む。

 

 言ってしまえばそれだけの、ただの役割交換。

 

 ただし、それをやるのは自在にバイパーを操るボーダー屈指の技巧派シューターと、最速のアタッカーである。

 

 守りを怠れば蜂の巣。

 反応が遅れれば神速の一撃。

 

 仕掛ける側からしても、互いの手を読み違えれば全く噛み合わずに不発に終わる、危うくて不安定な連携技。

 

 リスクがある攻撃だったが、彩笑は攻撃が失敗するなど、欠片ほども思わなかった。

 

 あったのは、ただ、ひたすらに歯車がカチカチと小気味よくハマっていくかのような、言い表しようのない快感。

 

 バイパーの陰に隠れながら、自分が撃ったわけではないバイパーが自分の思うままのコースを飛び、影浦が思ったような方向に回避し、そこに渾身の一撃を入れる。

 

 短い時間だけとはいえ、未来を見通せたかのような気持ちになれた彩笑は、ほんの一瞬だけ影浦から視線を外して月守を見る。

 

 ーもう1回!ー

 ーわかってる!ー

 

 視線に思いを乗せて交錯させて意思の疎通を果たした2人だったが、その直後。

 

 全てを破壊するアイビスの号砲が、ショッピングモールを襲った。




ここから後書きです。

ちょっと前に、なんかお腹痛いなーって思ってたら熱も上がって、一晩中吐き気に襲われて眠れない夜を過ごしました。病院に行ったら、虚血性大腸炎っぽいですね、みたいな診断されました。今は無事回復しましたが、夜吐きながら、
「天音は月一でこんな思いしてるとか地獄じゃん……」
とか思ってました。ごめんよ天音。

今回の投稿日が6月3日なんですが、明日6月4日は、
・スクエア発売日でワールドトリガー最新話が読める。
・コミックス22巻発売日でラウンド8が一気読みできる。
・影浦先輩の誕生日。
・天音の誕生日。
という日になっています。みなさん、盛大に「もぎゃあああ!」って叫びましょう。


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第108話「試合を動かす狙撃手」

()()()()()! ()()()!」

 

 月守がそのフォーメーションの指示を叫んだ瞬間、遊真はこの戦場の()()を完全に持っていかれたと直感した。

 

 運とはまた少し違う、戦場に存在する『流れ』という概念。

 

 遊真自身も上手く説明しきることは出来ないが……とにかく、その戦場にある『流れ』を、地木隊に持っていかれたと遊真はこの時点で強く思った。

 

 月守と彩笑がフォーメーションを整える間に、遊真は周りに知られないように、攻撃の構えを保ったまま通信システムが拾えるギリギリの小さな声量で仲間への通信を繋げた。

 

「悪い、オサム。もうこのモールの中じゃ、チキ先輩たちに勝てない」

 

『……わかった。なら、千佳にアイビスでモールを撃たせる。その後の判断は、現場の空閑に任せる!』

 

「サンキュー、オサム」

 

 通信が終わると同時に、月守がバイパーとアステロイドを放ち、その陰に彩笑が潜んで特攻を仕掛ける。二段構えの攻撃を受けきれなかった影浦に、浅くはないダメージが入った。

 

 一連の攻撃を見た遊真は思う。

 

(今の連携がまぐれじゃないなら……厄介だな)

 

 安定した連携だとしたら勝ち目が薄いと心の隅で思うが、そのタイミングで地形条件を問答無用で変更する千佳のアイビスがモールを破壊した。

 

 自分(遊真)以外、このタイミングでアイビスが来ることを知る由がない地木隊と影浦隊は驚き、好機が生まれる。

 

 離脱か継戦かの判断をその一瞬で下した遊真は、崩れてくるモールの瓦礫に紛れてグラスホッパーで跳び、一気に間合いを詰め、

 

「まず一点」

 

 淡々と、北添尋の首を刈り取った。

 

*** *** ***

 

『雨取隊員のアイビスでモールが崩壊! その混乱に紛れて、同じ玉狛第二の空閑隊員が北添隊員をベイルアウトへと追い込んだ!』

 

 試合開始直後の狙撃以降動かなかった点がようやく動き、綾辻の実況に力がこもった。

 

『空閑の動きは良かったが……それ以上に、大砲のタイミングが良かった』

 

『だな。このタイミングじゃなきゃ完全に地木隊に流れを持ってかれるから、撃つとしたらここしかねぇんだが……』

 

 解説の三輪と当真が玉狛の動きを評価したが、

 

『だけどこれくらいじゃあ、地木隊が掴みかけた流れはまだ止まんないぜ?』

 

 当真は皮肉げな笑みを見せながらそう言うと、観覧席のモニターに映る千佳のアイコン付近に黄色と黒で縁取られた『緊急脱出不可』警告のアラートが表示された。

 

*** *** ***

 

 マップの北西にある戦闘区域ギリギリにそびえ立つビルの上で、千佳は崩れていくショッピングモールを見ていた。

 

 修の指示でアイビスを撃って壊したものの、モールを破壊すること自体は試合前から決めていた流れだった。本来ならここに修がいることで、この破壊後に一波乱起こすつもりだったが、それはもう叶わない。

 

(修くんの予想した通りだったのに……)

 

 千佳は崩れゆくモールを見ながら、この試合に向けて準備を重ねていた修の事を思う。

 

 開幕直後の狙撃以外は、ミーティングの時に修が思い描いたプラン通りに試合が進んでいただけに、勿体無さにも似た思いを千佳は抱いた。

 

 アイビスを4発撃ったところで、千佳へ通信回線越しに修が指示を出す。

 

『よくやった千佳! 今は空閑がフォローに来れないから、そのままベイルアウトするんだ!』

 

『うん……!』

 

 言わた通りに戦場を離脱しようとしてベイルアウトを念じた千佳だったが、

 

『脱出不可』

 

 という警告アラートがトリオン体の視界に表示され、驚く。

 

「え……っ!?」

 

 そして同時に、自分のことを狙う人影が、見えた。

 

 

 

 

 

 

「真香の予想、合ってたね」

 

 今ひとつな体調に鞭を打って雨の中を駆けながら、天音は淡々と呟く。

 

『ちょっとズレたけどね。よし、レーダーで測って距離は60切って50!』

 

「ん、わかったし、見えた」

 

 標的である千佳を視認した天音はバッグワームを解き、彩笑がデザインしてくれた隊服のウサギ耳フードを被ってから、ビルの屋上に向けてグラスホッパーを展開して一直線に向かう。

 

 雨で前髪と視界を濡らしながら空中で鞘ごと弧月を展開し、柄に指をかける。出来ればメイン側にセットしてるメテオラで牽制をしたいところだが、今日に限ってはそこにイーグレットをセットしているので、それができない。

 

 代わりに、旋空の間合いである15メートルに届いた瞬間にすぐにでも攻撃できるよう、目測で距離を測り続ける。

 

(40……35……30……)

 

 千佳も当然ビルの屋上から逃走を図ろうとするが、体調不良でいつも通りの動きができないのを差し引いても、天音の方が圧倒的に速い。

 

 なす術なく逃げる狙撃手を追う時、天音はほんの少しだけ嫌な気持ちになる。

 

 無抵抗な人を斬るようで少し気が引ける一方で、接近された時の対策をしてないのは何故だろう、とも思う。

 

(苦手なこと、に、対策する、より……狙撃で、いい仕事、しようと、する、ってこと、なの、かな……?)

 

 疑問には思うけれども、天音の身体は止まることなく空中を駆け上がり続け、2人の距離が20を切る。

 

 天音が旋空弧月の間合いに千佳を捉えかけたその時、

 

 

 

「この程度なら、大して支障は無いね」

 

 

 

 南東方面の端、マップの位置で対角線上にいた絵馬ユズルがイーグレットの引き金を絞った。

 

 イーグレットの銃弾はまるで糸を引くような軌道で飛び、空中にいた天音を穿つ。

 

「…っ、みぎ、あし……!」

 

 背後からの狙撃で右脚を根本から吹き飛ばされた天音は空中で態勢を崩しながら、反射的に狙撃された方向を確認して、驚愕した。

 

(どう見ても、600は距離、ある、のに……!)

 

 驚いたのは、その距離。

 

 脚を穿たれた弾道から逆算して、絵馬が狙撃に使ったであろうビルまでの距離は、天音の目測でおおよそ600メートル。

 

 そしてその600メートルという距離が、自分の中でどういう意味を持っていたのか理解した天音は、己の未熟さを噛み締めた。

 

 普段の天音なら……いや、1週間前のラウンド3時点の天音なら、この雨の中でこの距離の長距離狙撃にもっと警戒を払えていたかもしれない。

 

 だが、真香から狙撃を学び、長距離狙撃や、悪天候時の狙撃の難しさを、天音は多少なりとも理解した。ただ漠然と難しいと思っていた技術の、難しさの全体像を掴めた天音は無意識のうちに今の絵馬がいる位置からの狙撃の難易度の高さから、狙撃の可能性を切り捨ててしまっていた。

 

 被弾するギリギリ……本当のギリギリになって、危険予知のサイドエフェクトが発動して身体を捻らせたからこそ致命傷は避けたが、機動力は大きく削がれた。

 

(これじゃ、もう……雨取さん、追えないかな……)

 

 鈍い痛みが走る中で思考を巡らす天音に、通信が入る。

 

『しーちゃんダメージは!?』

 

「右脚。もう、追えない」

 

 端的な言葉だけで真香と、共通回線で聞いていた月守と彩笑は天音の状態を理解する。

 

「一回、下がる、ね」

 

 天音はそう言って、南東のビルから瞬く2発目のマズルフラッシュから逃げるべく、グラスホッパーを展開して右手で思いっきり叩いて真下へと急速に落下する。

 

 濡れたアスファルトへ転がるように着地し、建物で射線を切った天音はバッグワームを展開しつつ這うように移動して、建物に背中を預ける。右脚の痛々しい断面に両手を当ててトリオンの漏出を抑えつつ、遮蔽物となっている建物の先にいる絵馬に向けて、

 

「絵馬くん……変態……」

 

心からの褒め言葉を送った。

 

*** *** ***

 

「ゾエさん取られた!」

 

 崩壊するモールの中で遊真が北添を仕留めたのを見て、彩笑は悔しそうに叫び、そのまま視線が北添と遊真に向いていた影浦へと肉薄した。

 

 死角をついた突撃だったが、影浦は肌に刺さるような視線を感じ取り反応し、振り向きざまにマンティスを繰り出して鞭のような揺らぐ斬撃を彩笑に向けて放つ。

 

 彩笑はそれを機動力で回避こそするが、その動きの中に鈍さを見せた彩笑に向けて影浦は声を張り上げる。

 

「はっ! どうした地木! 集中力が切れてんじゃねえのか!」

 

「うるっ! さい!」

 

 挑発するような影浦の言葉に図星を突かれた彩笑は、ムキになって言い返す。

 

 影浦の言葉通りとまではいかないが……今の彩笑は、ついさっきまでの最速モードが解けてしまっている。

 

 最速モードは、彩笑自身も把握しきれていないメンタル的な部分の作用もあって成り立っていたものである。危ういバランスの上に成り立つそれは、一度崩れると再度手にするのは難しく……さっきまで満たせていた精神の条件が何かで崩れ、今の彩笑の速さは一段階、落ちてしまった。

 

 しかしあくまで、絶好調が試合開始直後の好調に落ちただけであり、全く戦えなくなったわけではない。

 

(まだ……まだ! やれる!)

 

 心の中で自分を鼓舞した彩笑は足元にグラスホッパーを展開して踏み込み、再度影浦へと接近を試みた。

 

 

 

 その一方で、月守は北添を仕留めた遊真相手に1対1を仕掛ける。

 

 右手からトリオンキューブを生成しながら、好戦的な笑みを月守は浮かべた。

 

「モール壊されて雨取さんの居場所が割れたから、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 地木隊(月守と真香)は、試合開始前にステージが市街地Dに決まった時点で、

 

「月守先輩、これって玉狛は間違いなく千佳ちゃんのアイビスでモール壊してきますよね?」

 

「だろうね。ショッピングモールなんて露骨なステージギミックがあって、その内部での戦闘になりやすいから……どっかのチームが主導権取りかけたりとか、チームの作戦上のタイミングで壊しにくるでしょ」

 

 玉狛第二がモールを破壊しにくることを確信し、

 

「ですね。じゃあ月守先輩、モールの中で建物壊しちゃうくらいの威力のメテオラは我慢してくださいね? 先輩は、ちょっと不利になるとメテオラで足場やら建物壊して状況を変えようとするクセあるので」

 

「了解。雨取さんが撃ってくるまで、メテオラはなるべく我慢するよ。温存してる余裕がないくらいのキツい状況になったら、撃つけどね」

 

「だからと言って、安易にポコポコ撃たないでくださいよ?」

 

 建物を壊してしまうような、高威力なメテオラを使うことに縛りを設けていた。

 

 

 

 

 

 

 そしてモールが壊された今、月守にはメテオラを使うのをためらう理由は、何1つない。

 

 細かくキューブを散らした月守は間合いを詰めてこない遊真へと狙いを定め、素早く攻撃に移った。

 

「メテオラ!」

 

「つまんないウソつくね!」

 

「あはは、バレたか」

 

 これ見よがしにメテオラを撃つと思わせた月守だが、遊真はサイドエフェクトでメテオラではなくアステロイドだと看破し、シールドを展開しながら回避行動をとって月守のアステロイドを凌ぐ。

 

 月守は遊真と対峙することで、この場の戦況を2つの1対1で区切り、背後で戦う彩笑に余計な負荷を与えないようにしながら状況の立て直しを図る。

 

(北添先輩が落ちたから、ここの盤面上はこっちが人数では有利だけど、きついな。俺は地味にダメージでトリオン持ってかれてるし、彩笑はさっきのアイビスの音か何かで集中力切れて、最速モード解けてるし……)

 

 思考を広げていきながら、月守はトリオンが削られてることを悟らせないように、満タン状態の半分ほどになったトリオンを潤沢に使い、絶え間のない射撃を維持して遊真へと攻撃を展開する。

 

 シールドを穿つほどの威力のアステロイド。

 この試合ようやく解禁することができたメテオラ。

 月守の視線の先にいる遊真をしつこく追いかけるハウンド。

 意のままに操ることができるほど使い込んだバイパー。

 

 手持ちの弾トリガーをフルに発揮、動員して遊真を近寄らせないようにする。それでいて、逃がさないように細かく間合いや立ち位置を変えて駆け引きをしながら、今の自分たちが持つ勝ち筋を模索する。

 

 そんな中、チーム4人で使う通信回線から、天音が千佳をベイルアウト不可圏内に追い込んだという連絡を受けた。

 

(2人ともナイス。ここで雨取さん落として、あとは遊真と影浦隊があと……()()……?)

 

 月守の意識の端が、この試合なんの動きを見せていないどころか、姿すら見せていない絵馬に触れる。

 

(絵馬はどこにいる……?)

 

一度気になり始めたそれは、嫌な予感となって月守の全身を一気に侵食する。

 

 不確かで言語化することはまだ出来ないが、彼の中にある『勘』が、絵馬に気をつけろと叫び声をあげる。

 

 真香ちゃん! 絵馬がいるとしたら

 

 月守が真香に絵馬の予想位置を聞き出そうとして口から言葉が出かけた瞬間、

 

 雨で音の輪郭がボヤけた狙撃音が、市街地に木霊した。

 

 半ば反射で、月守は音の出所に視線を送る。

 

(南東の1番高いビル! 戦闘区域ギリギリか!)

 

 視線をビルに向けたのは……言い換えれば、月守が遊真から視線を外したのは、0.5秒にも満たない、一瞬にも等しい時間だった。

 

 

 

 

 

 それで十分だった。

 

 乱雑なようで緻密な射撃が途切れる瞬間が生まれたなら。

 

 ほんの一瞬だけでも自分から目が離れたならば。

 

 その隙があれば間合いを埋めて、詰ませることができる。

 

 

 

 

 

 物心ついた頃から戦場で生きていた遊真にとって、月守が思わずしてしまった狙撃に対しての視線での位置確認は、十分すぎる隙だった。

 

 淡々と、雨音に紛れて高速で接近する。

 

 殺意も敵意もなく、『てんをとる』という事実を限りなく平坦な気持ちで受け入れて処理して、スコーピオンを握る。

 

 月守が視線を戻して肉薄する遊真に気付いたが、もう遅すぎる。

 

 遊真がそう確信できるほど、2人の距離は近く、月守が反撃の手段(キューブ)を整えるには時間が足りなかった。

 

 月守は無意識にキューブの展開を進めるも、

 

(これもう落ちたな)

 

 と、迫り来る遊真の刺突を見ながら月守は諦めつつ確信する。

 

 玉狛にもう一点取られると腹をくくったが……、

 

 彼の前に小さな影が……今まで何度も助けて、助けられた相棒の身体が割り込む。

 

「咲耶っ!」

 

 遊真のスコーピオンに右腕を深々と貫かれながらも、月守を守った相棒(彩笑)の叫びには、確かな意思がこもっていた。

 

 -絵馬(ゆずゆず)を狙って-

 -じゃないと勝てないの、わかってるよね!?-

 

 隣に居続けたからこそ、目指す勝利のビジョンを瞬時に共有できた月守は、相棒の叫びに答える。

 

「わかってるっ!」

 

 その声の中に、

 

 -絵馬は倒すから-

 -無茶させてごめんな-

 

 決意と謝罪の思いを込め、月守は彩笑を一瞥もせずに、絵馬がいるであろうビルめがけて全速力で向かっていった。

 




ここから後書きです。

天音は戦闘中の通信システムのオンオフやらが適当なので、繋ぎっぱなしになった通信システムから聞こえた親友のガチトーンの「変態」を1人作戦室で聞いた真香は、何を思ったのか。



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第109話「ボクはみんなが羨ましい」

 狙撃によって見つけた絵馬の潜伏場所であるビルに向けて、月守は最短距離を駆けながら現状を改めて頭で整理する。

 

(影浦隊はゾエさん落ちて無得点、玉狛は三雲くんが落ちて1点、うちは落ちかけの2人がいて1点)

 

 各隊のスコアと残存人数だけなら、どこが有利不利と、はっきりと断言するのは難しい。

 

 しかし、誰がどこにいて、誰の居場所が割れていて、誰と誰が戦っているのか。そこを加味して考えると、お世辞にも自分たちが有利だとは言えない状況にいると月守は判断する。

 

(影浦さん、彩笑、遊真の戦闘がどう転ぶにしろ……ここで絵馬を殺さなきゃ、俺たちに勝ちはない)

 

 カウンタースナイプの可能性がほぼ0の今の戦場で、絵馬ユズル(スナイパー)の脅威はとても大きい。狙撃を凌げる建物の中に潜り込めたとしても、そこを再び雨取のアイビスで破壊されては意味がない。

 

 そしてその雨取は、絵馬からすれば隠れた相手を燻し出して標的を外に出してくれる上に、そうやって動いた雨取を狙った地木隊を狙い撃ちすれば安全にダメージを与えることができる。そのため、雨取が地形破壊に専念している限り、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 雨に濡れながら絵馬の潜伏しているビルへ向かう月守は、頭の片隅で微かな可能性について模索する。

 

(雨取ちゃんから絵馬に攻撃するなら別だけど……出来ないだろうな。これまでの試合を観てきた真香ちゃんに言わせれば、雨取ちゃんは人を撃てないっぽいし……何より、人を撃てるなら俺はこうしてこのビルまで辿り着けてないからね)

 

 遊真が足止めされ、雨取が絵馬を撃たない以上、絵馬を倒すには地木隊が動くしかない。そして、バッグワームでレーダーから姿を消す絵馬の居場所が分かるのも、狙撃直後のこのタイミングしかない。

 

 ビルを目前にした月守は耳元に手を当て、通信回線を開いた。

 

『……真香ちゃん。今からこのビルに入るから、この中のマップくれる?』

 

『はい! 今、転送しました!』

 

 言葉と同時にマップデータを送られた月守はそれをトリオン体の視界に表示し、マップ上に表記された絵馬の潜伏予想地点や逃走ルートの予測を見て、その仕事ぶりに舌を巻く。

 

(真香ちゃん中々マップくれないなって思ってたら……コレを付け加えてたのか)

 

 求められたデータに加えた一手間をひけらかさずに、さも当然のように仕上げる。真香のそういうところが好きだなと月守は思いながら、言葉を繋ぐ。

 

『やー、ごめんね真香ちゃん。あと……神音、今大丈夫?』

 

 月守の問いかけに、天音はすぐに反応する。

 

『はい。なん、ですか?』

 

『今神音がどこにいるかはレーダーで把握してるからさ、その位置から絵馬がいるビルを監視しててもらえるかな? 見える範囲でいいから、絵馬が逃げるのが見えたら知らせて』

 

『わかり、ました……。でも、距離、あって……雨も降ってますし……見逃す、かも、しれない……です……』

 

 淡々として平坦で抑揚が無いのに、でもどこか申し訳なさそうな天音の声を聞き、月守は微苦笑した。

 

『見逃しちゃったら仕方ないよ。そもそも、こんな状況に試合を進めたのは俺だからね』

 

 言いながら、月守はこれまでの試合運びを反省する。

 

(開幕早々に見せた神音の狙撃は絵馬に多少ハッタリが効いたかもしれないけど、それで一試合通し切ろうってのはやっぱり甘すぎたか。モールの中でごちゃごちゃしてる間にもう一点くらい欲しかったけど、結局取れなかったし……戦況の変化で絵馬の存在を忘れるなんて凡ミスもしたし……)

 

 放っておけばいくらでも浮かんできてしまう反省点を、月守は無理やり意識の底に沈めて、1つ呼吸を入れた。

 

(そういう反省は、全部後。今は……絵馬を殺すことだけに集中だ)

 

 自らに言い聞かせた月守は静かにビルへ足を踏み入れていった。

 

*** *** ***

 

 余計なダメージ貰ったなと、乱戦の場を離脱していく月守を見て彩笑は思った。

 

(わざわざ右手刺されなくても、咲耶のこと蹴っ飛ばせばよかったのに)

 

 遊真、影浦と間合いを取り、互いの出方をジリジリと伺いつつ、彩笑は遊真のスコーピオンに貫かれた右腕を動かそうとして、反応を確かめる。

 

(右腕、これもうダメなやつだ。抜けかけの子供の歯みたいに、ただボクの胴体にくっついてるだけ)

 

 厳密には、右腕の伝達系が多少傷ついただけで、全く動かないわけではない。ただ、近距離でより速く一手を争うような戦闘をする彩笑にとって、満足に動かせない右腕など最早ただの重りに近かった。

 

 そして動きの低下以上に、左腕(サブ側)ではなく右腕(メイン側)でスコーピオンを使えなくなったことの方が、彩笑にとって問題だった。

 

 彩笑はトリガースロットの構成上、右腕でスコーピオンを持つ時は左腕(サブ側)にセットしたグラスホッパーを使え、左腕でスコーピオンを持つ時は右腕(メイン側)にセットしたバッグワームを使うといったように、スコーピオンを持つ手によって機動力重視のスタイル、隠密(ステルス)重視のスタイルの切り替えを行なっている。

 

 右腕がまともに動かない以上、機動力重視のスタイルは満足に扱えない。

 

(普通に考えたら、コレもう負けなんだよね……)

 

 得意のスタイルを封じられ、これまでのダメージによりベイルアウトの影が頭の中でチラつき、彩笑はおそらくこの戦いで勝ち残れないだろうと自覚する。

 

 現状の手持ちの戦力で勝てないことを自覚しながら、彩笑は一歩を踏み出す。

 

 互いの出方を窺っていた影浦と遊真は、素晴らしいとしか言えない速さで彩笑の動きに反応し、それぞれが迎撃態勢を取る。

 

 視界を遮る雨の中でマンティスを繰り出そうとして煌めいた影浦の手を見逃さず、彩笑は持ち前の反応速度で回避を成功させ初手を凌ぐ。

 

 回避しつつ左手でナイフ状のスコーピオンを投擲したが、影浦もそれを難なく回避する。

 

 影浦相手にさらに間合いを詰めてアタッカー本来の土俵である近距離へと持ち込もうとする彩笑の背後に、遊真が音もなく忍び寄る。

 

 遊真の動きに無駄は何一つなく、そこから無音で振るわれるスコーピオンを躱せる道理は無かった。

 

 しかし彩笑はその遊真の動きに勘で気づき、咄嗟に回避しつつ再展開したスコーピオンを振るい、浅いながらもカウンターの一撃を与えた。

 

「やるね」

 

「あはは! ありがと!」

 

 遊真の言葉に笑顔で答えて見せる彩笑だが、そんな彼女の心に渦巻く感情は笑顔とは到底結びつかないものだった。

 

 

 その感情を一言で表すなら、『嫉妬』が最も近い。

 

 

 地木彩笑の戦闘の持ち味は、『スピード』である。

 その事実は彼女の戦闘スタイルを知る者なら10人中10人が断言するレベルで明確。

 

 そのスピードを出すのに必要になるのは、生まれ持った類稀な反応速度と、それを実行できる運動神経と、軽くて柔軟で小さい身体。

 

()()は、間違いなく彼女の才能であり、多くの人がそれを知っている。

 

 ただそれは、彼女がスピードを持ち味に出来る理由であり、他者より抜きん出ている理由ではない。

 

 彩笑が持ち得るスピードという才能に拍車をかけているのは、嫉妬や依存といったお世辞にも綺麗とは言えない感情達と、彼女が持つスピードという才能すらも危ういバランスの上に成り立っているという事実だった。

 

 トリオンが豊富で攻撃の選択肢が多い人たちを見ると羨ましく、嫉妬する一方で、もし自分にトリオンが豊富だったなら余計な選択肢が入り彼女の才能は間違いなく死ぬ。

 

 身体の大きいアタッカーを見ると力強く頼もしそうで羨ましいと思いながら、もし背が伸びてしまってこの身体が大きく重くなったなら、彼女はもう二度とこの速さを再現できなくなる。

 

 速さ以外のものを求め過ぎたなら、彩笑唯一の才能はあっさりその手から溢れてしまうだろう。

 

 美味しいものを食べ過ぎた次の日、身体がわずかに重く鈍いと思うと、その違和感が気持ち悪くて満足に動けない。だから彩笑は、過度に食べ過ぎたなと思った時は身体がそれを消化してしまう前に、こっそりとトイレで吐き出す。

 

 小さいと言われる事に怒るそぶりを見せながら、毎晩寝る前には背が伸びて感覚がおかしくならないかと怖くて怖くてたまらない。だから彩笑は、睡眠を削る夜更かしを時々する。

 

 速さ以外を捨て続けたとしても、彩笑唯一の才能はある日唐突に手から溢れてしまうかもしれない。

 

 速さ以外の才能を手にすることが許されない彩笑は、自分も気づかないほど心の奥底で、身近にいる才能達に嫉妬する。

 

 豊富なトリオンと攻めの引き出しを持つ相棒(月守)に。

 

 やろうとすれば何でも出来てしまう天才(天音)に。

 

 誰よりも広い視野を持つ狙撃手(真香)に。

 

 飽きることなく戦い続け莫大な経験値を積み重ねるNo. 1(太刀川)に。

 

 鋼のような理性で己を律して戦闘を組み立てることができる師匠(風間)に。

 

 眠ることで誰よりも早く成長していく天敵(村上)に。

 

 中距離の間合いで苦もなくスコーピオンを扱える唯一の感性(影浦)に。

 

 命をかけた戦いを潜り抜け、強かな戦闘ができる後輩(遊真)に。

 

 地木彩笑は彼らを羨ましく思い、心の奥底で嫉妬する。

 

 彼ら全員が例外なく。

 彼女の持つ速さという唯一無二の才能を羨ましいと思っていることを知らずに。

 そしてその才能を活かすために毎日鍛錬を重ねている事を心から称賛していることを知らずに。

 地木彩笑はそんな彼らに嫉妬しながら才能とスコーピオンを振るう。

 

 

 

 

 

 片腕が使えずに体の重さといったバランスが崩れているにも関わらず、気を抜けば即死(ベイルアウト)必至の斬撃を彩笑は繋ぎ続け、遊真はそれを紙一重で避け、反撃をねじ込む。

 

 遊真がこれまで経験してきた戦場にいた並の兵士相手ならば決まっていたであろう鋭い刺突を、彩笑はまるで息をするように自然に躱す。

 

 そんな彩笑の回避を見て、遊真は心からの称賛を送る。彼女は間違いなく、今まで戦場で出会ったどの兵士よりも速い反応速度を持っていた。

 

(ちき先輩は、本当に速い。なら……)

 

 コマ送りにしなければどのような攻撃の応酬が起こっているか判断しにくいほどの速さで切り結ぶ中で、遊真は一瞬だけ視線を彩笑から外し、彼女の右後方に目線を送った。

 

 彩笑にはその目線がまるで、影浦が攻撃してくる事に気付いたような目線のように、見えた。

 そういう視線を作った遊真に向けて、彩笑は声に出さずに悔しがる。

 

 −分かっている−

 −ゆまちならそんな露骨に見なくても、視界にカゲさんを収めることはできる−

 −だからその視線の動きは、そこにカゲさんがいるように見せかけてボクの動きをコントロールするためのフェイクだって、分かってる−

 −でも−

 −でも……! −

 −でもっ!! −

 

 フェイクだと分かっているのに疑わざるを得ないほどの見事なフェイクに、彩笑は笑顔で騙されにかかる。

 

「振り返っちゃうよねぇ」

 

 言葉と共に半歩素早く下がって遊真のスコーピオンの間合いを外してから、彩笑はまともに動かない右腕を疎ましく思いながら身体を時計回りに反転させて後方を見る。

 

 そこにはやはり影浦の姿は無い。

 

 彩笑は視界のギリギリ端に影浦を捕らえらたが、その距離は一歩や二歩では埋めようがないものだった。

 

 彩笑の攻撃の間合いの外から影浦は必殺の一撃を繰り出す。

 

「ワリィな、地木」

 

 彩笑からの攻撃が届かない間合いから影浦はマンティスを振るい、仕留めるための一撃を放った。

 

 鞭のようにしなやかで、それでいて獲物を狙うという意思を持った生き物のような影浦の必殺の一撃(マンティス)は、確かに彩笑を捉える。

 

 攻撃の出所を捉えた彩笑はそれすらも回避しようと試みて跳躍したが、跳躍の直後に鈍い痛みが彩笑の左足を駆け巡った。

 

(さすがに避けきんない……っ)

 

 肉付きが薄い自分の脚に影浦のマンティスが突き刺さったの視認した彩笑は、そこで一瞬、完全に動きが止まった。

 

 この試合で敵味方問わず脅威だと感じ続けていた『最速』の動きが、ここでようやく止まった。

 

 その停滞を、遊真は逃さない。

 

 何の感情も映さない目で彩笑を見据えながら、遊真は淡々とスコーピオンを振るい、彩笑のトリオン供給器官ごと真一文字にトリオン体を切り裂いた。

 

『戦闘体活動限界』

 

 無機質な音声が流れ、瞬く間にトリオン体のヒビ割れが広がっていく彩笑に向けて、遊真はただ呟く。

 

「最後の目線、ちき先輩だから気づけたんだよ」

 

 遊真が黙々と事実を述べた言葉に込めた称賛を、彩笑は違える事なく受け取り、

 

「あー……そっか……。悔しいなぁ、もう……っ!」

 

 笑顔をほんの少し歪めながら、戦場を後に(ベイルアウト)した。

 

 しとしとと、絶え間なく雨が降る戦場に残った影浦と遊真の2人は、ゆっくりとスコーピオンを展開する。

 

「さて……やるか、チビ」

 

「空閑遊真だよ、かげうら先輩」

 

 言葉を交わし、2人は同時に動く。

 

 影浦は獲物を前にした獣のように力強く踏み込み、遊真は無駄なく軽く素早く踏み込み、それぞれが相手の間合いでへと飛び込む。

 

 B級最強のスコーピオン使いを決める戦いは、佳境を迎えた。

 

*** *** ***

 

 右脚を狙撃で失った天音は真香に言われるがまま、バッグワームを展開したまま弧月を杖代わりにして移動し、1つのビルへとたどり着いていた。

 

 真香に言わせれば、そのビルは絵馬がいるビルから見れば狙撃しにくい高さや位置関係にあるらしく、そこに潜んでいればしばらく安全らしい。

 

 月守からビルを監視しておくように指示を受けた天音は、すぐにイーグレットを展開してスコープを取り外し、それを単眼鏡代わりに使って絵馬がいるビルを淡々と監視していた。

 

 雨は思った以上に視界を遮る。

 短い距離ならまだしも、長い距離、遠い距離を雨の中見ようとすればするほど、それは顕著になっていく。

 

 天音は1キロも離れていないビルすら満足に見えないもどかしさと、月守の元に駆けつけて加勢できない歯痒さを感じながらも、息を殺してビルを監視し続ける。

 

 途中、彩笑がベイルアウトした時に、ついスコープを握り潰しそうにしたものの、それでも動かずにビルを見続けた。

 

 そして、モール跡地に残った影浦と遊真の戦いに決着が着き、ベイルアウトの光跡が瞬いたのと同時に、

 

「え……?」

 

 絵馬と月守がいたビルが、爆発した。

 




ここから後書きです。

書いてて、彩笑くらいの歳の頃に自分が他人からどんな風に見られてるかを正確に把握できてる人ってどれくらいいるんだろうなって思ってました。

最近、毎月のワールドトリガー(200話近辺)が情報過多でスクエア発売日の夜は、もぎゃあああ!ってなってます。私たちはワールドトリガーの何を理解した気になっていたのか……。


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第110話「偽蟷螂」

 月守が真香から受け取った絵馬の逃走ルート予測図は、素晴らしいの一言に尽きる出来栄えだった。

 

 逃走ルートとして適した道であるのは当然として、見つけられた場合にすぐに身を隠せて別ルートへと変更可能なポイントが多々ある。メインのルートが潰された時にオプションとなり得る選択肢が豊富にあった。

 

 これだけの選択肢を見せられたら、逃げる絵馬を探し出すのは容易なように思えた。

 

 しかし……よく出来ている、そう思えば思う程、月守の中に申し訳なさが広がる。

 

 月守は心の中でごめんねと謝りながら、絵馬が潜むビルの下層を動き回り、トリオンキューブを生成していく。

 

 土台、無理な話なのだ。

 

 ビルの中に潜む相手を1人で見つけるというのは、無理がある。

 

 下のフロアから虱潰しに探し、上のフロアに移動する際に上り下りするための階段や梯子、エレベーターやエスカレーターといった移動設備を全て壊していけば、いずれ何処かに潜む相手を見つけることはできるだろう。

 

 しかしそれは相手が生身の時の話。

 

 極論を言えば、絵馬はビルに潜み続けて月守がビルの中に入ってきたと確証が持てたなら、適当な窓から地上へと飛び降りれば月守と遭遇するリスクを限りなく減らして脱出できる。

 

 月守は天音に遠くからビルを見張らせているが、天音が見えない側から絵馬が飛び降り脱出する可能性も十分にあるため、捜索側の部が圧倒的に悪い。

 

 いくら絵馬が選び得る選択肢が見えていようとも、それを1人でカバーしきるのは無理がある。

 

 ビルに足を踏み入れその広さをマップではなく視覚で体感した月守は、絵馬を探し出して倒すのは難しいと、判断した。

 

 捜しても見逃す可能性が高いと踏んだ月守は、ビルの中で思考を切り替える。

 

(生き埋めにするか)

 

 と。

 

 ビルの下層を動き回りながら、月守はめぼしい太い柱や壁……このビルを文字通り物理的に支える上で重要な役割を果たしている場所に、メテオラのトリオンキューブをセットしていく。

 

(威力98、射程1.9、弾速0.1……威力98、射程1.91、弾速0.09……)

 

 射程と弾速をコンマ0単位で調整したキューブを全て設置し終えたところで、月守はビルを脱出する。

 

「……3……2……1……」

 

 雨を降らせる黒く重い雲を見上げながらカウントを始め、そして、

 

「0」

 

 それが0になった瞬間、ビルの下層で月守が設置した全てのメテオラが同時に柱や壁に触れ、轟音と閃光を炸裂させた。

 

「海外で古いビルを爆破で解体するっては聞いたことあるけど……こんな感じかな」

 

 構造の基盤となる柱や壁を失ったビルは背が縮むように崩れ去り、ものの十数秒で瓦礫の山と化した。

 

 生身を軽々と越える身体能力を出せるトリオン体とは言え、これだけの瓦礫に生き埋めにされれば抜け出せない。瓦礫の山で絵馬を封じることが出来たと思えた月守だったが、

 

(問題はここに絵馬がキチンと埋まってくれてるか、ってことか)

 

 肝心の絵馬がこの瓦礫の下にいるかどうか確認出来ない、という問題がある。

 

 爆破のタイミングで絵馬がビルの中にいたのなら、間違いなく生き埋めになっている。しかし月守がメテオラを設置している間や、ビルに侵入する前に絵馬が脱出していたら、月守は無駄にトリオンを消費して瓦礫の山を作っただけになる。

 

 瓦礫の山を前にして、月守は次の動きに迷う。

 

 更地にして絵馬がいるかどうかを確かめる。

 

 生き埋めになり行動不能になったとして放置する。

 

 この場に居座り色々試して周囲のリアクションを見る。

 

 いくつもの選択肢が浮かぶが、その全てにリスクが伴う。

 

 間違えた択を選べば、単に絵馬を逃すだけではなく、影浦隊に()()()()()()()()()()()()という情報が伝わる。

 

 生き埋めになっていないのに瓦礫にメテオラを打ち込んでしまえば。

 生き埋めになっているのにその場を後にしてしまえば。

 

 間違った選択肢を選んだなら、それは月守が絵馬を見失っているという証明に他ならず、影浦隊にとってそれは有利な情報になる。

 

 そしてその情報を与えてしまったのなら、恐らくこの後の戦闘で影浦隊がどんな動きをしても、その行動の裏に絵馬がいるのではないかと嫌でも勘ぐる。

 

 どの選択肢が最良なのか、月守は判断を迫られる。

 

 しかし迷っている時間は、無い。

 

『咲耶っ! レーダー見てっ!』

 

 開きっぱなしになっていた通信回線から聞こえてきた相棒の切羽詰まった声が、そのことを知らせてくれた。

 

*** *** ***

 

 空閑遊真と影浦雅人の戦いは、決着へ向けて熱を増していった。

 

 スコーピオン2本を繋げてブレードとして破格のリーチを得るマンティスを軸にして攻め立てる影浦に対し、小柄な体格ゆえの高い機動力と的の小ささを生かせる軽やかなフットワークで遊真は対抗する。

 

 攻撃の手数は影浦の方が多いが、遊真はその多くを見切りヒットアンドアウェイの動きでダメージを与えようと目論む。

 

 モニター越しで見る分には五分五分の戦いに見えるが、当人達の心情はだいぶ違う。現状は影浦雅人が優位であった。

 

 もしこれが初めから2人きりの個人戦ならば話が変わるが、この戦場にはつい先程まで彩笑(最速)がいたのだ。2人の中の速さの基準は、そこにある。

 

 遊真が機動力を軸にする戦いを続ける限り、彩笑の速さが目に焼き付いている影浦を出し抜くことは、できない。

 

 遊真は確かに速い。だがそれは捉えきれないほどではなく、じきに影浦に捕まる。

 

 もちろんその事を、遊真も分かっている。

 

 現状では影浦に部があることも、戦闘スタイルのせいで自分が不利なことも、しっかりと理解している。理解した上で、

 

『有利な部分で勝負する』

『不利な部分では戦わない』

 

 有吾(父親)から教わった勝負の心得が心身に染み込んでいる遊真は、どうやって影浦を殺し切るかの策を、息をするように自然と考える。

 

(こっちが不利だけど、何から何まで不利なわけじゃない。不意打ちでも、技でも……何でもいいから、どこかでかげうら先輩を出し抜け)

 

 圧倒する必要などない。

 ほんの一瞬。

 たった一度。

 影浦の虚を突く為の一手を、遊真は模索する。

 

 テクニックか? 

 技か? 

 相打ち覚悟の特攻か? 

 速さか? 

 

 あらゆる手を模索する中で『速さ』という要素に触れた時、遊真の中に小さな小さな口惜しさが芽生えた。

 

 ついさっきまで、この戦場には絶対的な速さを誇る彩笑がいた。その残像が残っている限り、速さを軸にした戦いをしてしまえば、その速さは霞んでしまう。

 

 今この戦いに限っては、速さで影浦の虚を突くことは出来ない。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 もしこの場に修が残っていたら。

 残っていなくても、ほんの少しでも長く戦場に留まっていられたなら。

 遊真は彩笑をも上回る速さを手に入れることが出来ていた。

 速さで影浦の虚を、確実に突くことができたのだから。

 

 もう叶わない可能性に一瞬だけ引っ張られた遊真だったが、すぐに思考を切り替える。

 

(速さじゃないとすると……技か。技と言えはちき先輩だけど……)

 

 遊真の脳裏によぎったのは先日彩笑に教えてもらった空白(ブランク)ブレードだが、あれは彩笑本人が言っていたように相手が受け太刀するのが前提の技であるため、スコーピオン同士の戦闘では狙うのが難しい。

 

 そもそもマンティスという技巧を息をするように使いこなす影浦に技で対抗するのも旗色が悪い。

 

 しかし、

 

(……!)

 

 彩笑と影浦というB級屈指のスコーピオン使いの技を頭に思い浮かべた遊真に一筋の光明が差した。

 

 影浦を出し抜けるかもしれない策と技を、思いついたのだ。

 

(これなら……でも、出来るか……?)

 

 見えた一筋の光(思いつき)はあまりにも儚く、それを辿るのを、遊真は一瞬だけ躊躇い、自問した。

 

 だが、躊躇ったのは本当に一瞬だけ。

 

「出来るか?」という自問の言葉を振り払ったのは、相棒の言葉。

 

 ずっと隣にいて……今は遠い国にいるであろう、レプリカの言葉だった。

 

 もしも今、レプリカがここにいたなら。

 

『それを決めるのは私ではない。ユーマ自身だ』

 

 必ず、そう言う。

 

 自分が正しいと思う解決策で現状を突破しろと、背中を押してくれる。

 

 遊真は意識して一つ呼吸をしてから、それを実行に移した。

 

「グラスホッパー」

 

 足下に展開したグラスホッパーを踏みつけ、後方に下がり影浦と距離を取る。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、取る。

 

 まるで、マンティスで斬りつけてこいと言わんばかりの距離を取られた影浦は、考える。

 

 現状、近距離戦よりもこの中距離戦の方が……マンティスで一方的に攻撃できるこの間合いの方が、影浦にとって圧倒的に有利である。

 

 それを踏まえての、この距離。

 

(明らかに罠……攻めるのは、ちょいと危ねえな)

 

 先ほど地木隊にやられたのも相まって攻めるのを躊躇して思考の時間を取った影浦だったが、そんな余裕はすぐに吹き飛んだ。

 

 雨音に紛れて聴こえてくる、確かな爆音。

 

 絵馬が潜むビルで月守が攻撃を仕掛けたのを察した影浦は、選択を迫られる。

 

 数の利を失う覚悟で、ここで時間をかけて確実に遊真を倒すか。

 罠に飛び込みダメージを負う覚悟で遊真を倒し、絵馬のフォローに向かうか。

 

 その一瞬の戸惑いを、遊真は見逃さない。

 

 半身に構え、一瞬だけ両手を触れ合わせ、左手から何かを投げるように素早く動かす。

 

 その左手の先から、スコーピオンがしなるように伸びる。

 

(マンティス!)

 

 初めて試すが故の鈍さはあるものの、己の技の模倣であることを、影浦はすぐに気付いた。

 

 虚を突かれた影浦は反応が僅かに遅れる。本来であれば同じマンティスでの迎撃を図るが、出足が遅れたためにそれは間に合わない。

 

 迎撃が間に合わないのを半ば本能で察知した影浦は、回避に転じる。薙ぐような線の斬撃ではなく、一点を狙った刺突にも似た遊真のマンティスを影浦は右にステップを踏んで回避した。

 

 が、

 

「勝った」

 

 遊真は勝ちを確信する。

 

 遊真が勝ちを確信したと同時に、影浦の身体に何かが当たったような感触が走り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!!?」

 

 弾かれた影浦の身体は宙を舞うように横に飛ばされ、滞空していたその僅かな時間で影浦は気付く。

 

(この感じ、グラスホッパーか!? いや、だが……!)

 

 気づくと同時に芽生えるのは疑問。

 

 マンティスはスコーピオンを2本繋げて成立する技。使っている間は両手(両枠)のトリガーを潰すフルアタックだ。

 

 マンティス中は他のトリガーを使えない。

 

 にも関わらず、遊真はグラスホッパーで影浦を弾き飛ばしたのだ。

 

 言うなれば今の一連の攻撃は、フルアタックしながらグラスホッパーというオプショントリガーを使ったものだった。トリガー3枠を必要とする攻撃がなぜ成立したのか、影浦には理解できなかった。

 

 影浦雅人は、最後の攻防で何が起こったか分からぬまま受け身を取れずに着地する。そして身体を起こそうとしたところを、

 

「悪いね、かげうら先輩」

 

 白く小さな後輩にとどめを刺され、戦場を後にした。




ここから後書きです。

遊真が思いつきそうな新技で私自身が納得できるものを考えてたらこんなに時間がかかりました。他にも色々技候補はあったのですが、遊真よりも彩笑が使いそうな技になりがちだったので、いっぱいボツにしました。
解説は次回です。


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第111話「ラッキー、そして見えないふり」

前書きです。

私がゆったり休んでた半年間で素敵なイラストを頂きました!
こちらは「悠士」さんから頂いた咲耶!

【挿絵表示】


こちらは以前から何度もイラストを頂いている「トピアリー」さんからで、地木隊勢揃い!もう、この4人の並び方がもう、『写真撮るから並んで!』って言われたらこう並ぶ!って感じの並びなので最高です!

【挿絵表示】


どちらも素敵で、今でも彼らを見てはニコニコになります!


「遊真か」

 

 レーダーを見た月守は、遊真が迫ってきたことを知る。同時に、ビル爆破に紛れて影浦がベイルアウトした事にも気付いた。

 

(これで得点は玉狛が3点、俺らが1点……同点に追いつけないこともないけど……)

 

 点差は開いたが、状況自体は月守にとって幸運だった。

 

 絵馬がこのビルの下に埋まっていたとしても、遊真との戦闘を避けるために離脱したという理に叶った行動が取れるからだ。

 

 絵馬が生き埋めになっているか確認出来ないことは痛手ではあったが、それはついさっきまでの話。

 

 遊真が影浦に勝ってくれた事で、月守にはこの戦いの落とし所が見えた。

 

 壊したビルから立ち去りながら月守は耳に手を当てて通信回線を開く。

 

『彩笑、聞こえる?』

 

『聞こえるよ。なに?』

 

 ベイルアウトして作戦室に戻った彩笑に、月守は1つ案を出す。

 

『提案なんだけど……この試合、このスコアで終わらせたい』

 

『この点数で? 負けて終わるんだけど……狙いは?』

 

『3チームの順位の調整が出来る。一応真香ちゃんに確認して欲しいんだけど、昼の部終わった時点で生駒隊は影浦隊と同点だったよね?』

 

 作戦室で2人の通信を聞いている真香は素早く確認を取り、報告した。

 

『ですね。このまま影浦隊が無得点で終わると24点で並びます』

 

『えー、でも並んでも初期順位のアレで影浦隊が上に来るよ?』

 

 彩笑が並んでも影浦隊が上になると指摘するが、月守は、

 

『でも25点と24点でハッキリ順位の上下着くより良くない?』

 

 と反論する。

 

『んー、まあ……それはそうだけど……でも影浦隊の得点止めたいなら、絵馬(ゆずゆず)倒しちゃえば?』

 

『出来ればそうしたいけど……絵馬がいたビルをメテオラで崩したら、この中で生き埋めになってるか外に逃げたのか分かんなくなった』

 

『バカじゃないの? なんで壊したの?』

 

『ビル捜索しきるの無理だと思ったから、いっそ壊して生き埋めにすれば楽かなって……』

 

 その答えを聞いた彩笑と真香は顔を見合わせて、示し合わせたようにため息を吐いた。

 

『月守先輩アレですよね、根本的なところで脳筋思考』

 

『そうなんだよ真香ちゃん。咲耶さー、自分頭良いですって感じに振る舞うし、実際勉強も出来るけど、根っこはボク並みの脳筋だからね?』

 

『もうちょっとスマートなイメージあったんですけど……脳筋ですね』

 

 脳筋といじられる月守だが、今回は反論の余地が全くないため、ぐぬぬと唸りながら謗りを受け止めた。

 

 試合中じゃなかったらもう少しいじってたのに、と思いながら、彩笑は月守へと問いかける。

 

『で、他は? 他の狙いは何?』

 

『シンプルに玉狛にこれ以上得点されたくない。あとは、この点数で上位に残留できたら次の試合で俺たちがマップ選択権を得るくらいの順位になりそう』

 

『んー……マップ選択権は欲しいけど……ゆまち倒すのはどうしても無理? 咲耶、ゆまちみたいなのは得意でしょ?』

 

 通信をしながら月守は周囲の警戒を怠らずに遊真や絵馬の不意打ちに備え、少しでも安全な場所へと移動を続ける。

 

『得意というか……ああいう小さくて速くて技術があるタイプとは散々戦ってるから、慣れはあるよ。少なくとも、カゲさん相手にするよりは楽』

 

『でも倒せないの?』

 

『トリオンと片腕持ってかれてるから……甘く見て相討ち。最悪の場合、絵馬があの瓦礫の下に居なかったら、遊真に勝とうが負けようが勝負終わった時に狙撃される』

 

『んー……』

 

 月守の提案を聞き、彩笑は迷う。

 

 月守の提案は、無難で手堅い。

 ランク戦はシステム上、ひどく乱暴な言い方をすれば、相手に10点取られようが自分たちが11点取れば勝者になる仕組みになっている。

 

 減点よりも、加点する方向性の思考、チームが強くなる。

 

 自分たちより上のチームの得点を抑えた上に、もしかすれば次戦のマップ選択権を得るという月守の提案は、戦術として有りだと彩笑は考えている。

 

 ただ、彩笑にはそういう、

『こうすればお得!』

という作戦を取るよりも、

『そういう効率見てアレコレするより全員倒そう』

という理想が捨てきれない葛藤があった。

 

 少し迷って、彩笑は隣にいる真香に問いかける。

 

「真香ちゃんは、どう思う?」

 

「私も、このまま終わっていいと思います。玉狛が欲張って点取りに来なければ、ウチと玉狛が得をする終わり方ですから」

 

「んー……だよねぇ」

 

「影浦隊の出方だけが不安要素ですけど……絵馬くんが残り時間自由に動けたところで、この警戒してる中全員をスナイプするのは流石に無理がありますし……下手にギャンブルして傷口大きくしちゃうよりは良いかなと思います」

 

「だよねぇ」

 

 真香が出した答えも月守と同じだった。

 

「だったら、それでいこっか」

 

 戦況を中と外で判断する2人が同じ判断を下したこともあり、彩笑はそれを拒む事はしなかった。

 

『神音ちゃんも、それでいい?』

 

『あ、はい』

 

 天音にも確認を取った彩笑は、隊長として全員に自分の判断を告げた。

 

『じゃあ、今日はこのまま時間切れまで粘って。神音ちゃんは適当なところでベイルアウトして……咲耶はくれぐれもうっかりドジ踏まないこと』

 

『了解』

『りょうかい、です』

 

「真香ちゃんは、ゆずゆずがフリーに動いてると仮定して、咲耶への狙撃ポイントを逆算して報告し続けてね」

 

「わかりました」

 

 そして最後に、と彩笑は念を押しながら月守に追加の命令を出す。

 

『咲耶。次の試合でボクらにマップ選択権があったら……とびっきり面白い作戦を組んでね』

 

『オッケー、任せろ』

 

 そうして2人は通信回線越しに笑顔で約束を交わし……地木隊は最後まで逃げ続けて、試合を終えた。

 

*** *** ***

 

『試合終了! スコアは3対1対0で玉狛第二の勝利です!』

 

 試合が終わると同時にモニターが切り替わり、全チームの暫定順位が点数つきで更新される。ここで1つ、順位表に1つの波乱が起きた。

 

『本日の試合はこれで終了ですので、順位が更新されましたが……これは……』

 

 2位影浦隊24点

 3位生駒隊24点

 

 これまでB級不動のツートップの一角を誇っていた影浦隊が、得点で並ばれた。初期順位の上下により2位にはいるものの、3位に並ばれるということはこのシーズン初であった。

 

『影浦隊は順位こそキープして2位ですが、得点の上では生駒隊と同点。玉狛第二は6位、地木隊は8位へとそれぞれ変動しました』

 

 綾辻が発表した順位の更新を聞き、当真が眉間にわずかにシワを寄せてから口を開いた。

 

『影浦隊は無得点だったのが痛すぎたな……ってか、影浦隊が無得点で終わったのもシーズン初か』

 

『このシーズンどころか、前のシーズンでも無かったような気がしますね』

 

 元A級にしてB級屈指の攻撃力を持つ影浦隊の無得点は非常に珍しいものであり、観覧席にいる観客たちに騒めきが広がった。

 

 綾辻はチラリと時計を見てから、少し慌てて総評へと話題を移すことにした。

 

『時間も押してきてますので、試合の総ざらいをお願いします』

 

 頼まれた三輪は手短に、この試合の評価を下す。

 

『スコア上では玉狛第二の勝利ですが、内容でも勝利とは言い難いものがあります。序盤で隊長を失い、中盤終盤でも敵チームを崩しながら点を取ってはいましたが……逆に言えば玉狛第二はこの試合の長い時間を対応する側として戦っていました』

 

 この試合、得点の関係で玉狛第二はステージ選択権を持っていたため仕掛ける側であった。しかし蓋を開けてみれば、お世辞にも「仕掛けた」とは言い難い内容だった。

 

『もちろん、そんな状況下でも得点を重ねた空閑隊員の技量や勝負強さは称賛されるものではあります。それ故に……空閑隊員が力を満足に発揮できない局面が訪れた時に、どうするのか。ここが変わらず今後の課題になりそうですね』

 

 三輪の評価を聞いた綾辻は、それがギャラリーや作戦室でこの総評を聴いているであろう玉狛第二が誤解しないように、質問して総評の補正を図ることにした。

 

『それは、三雲隊長や雨取隊員の成長、ということでしょうか?』

 

『……一概にそうとは言えませんが、それが1番わかりやすい答えですね』

 

 三輪はそこで少し言葉を置き、間を開けてから、

 

『三雲隊長に関しては、この試合で()()()()()()()()()かもしれませんが、それを発揮する前に落ちてしまいましたので、まずはそこに期待しましょう』

 

 何か手があるのだろう、と意思を込めて三雲への言葉を送った。

 

『なるほど……』

 

 三輪の玉狛第二についての相性にひと段落ついたのを見計らって綾辻は、当真へと話題を振ることにした。

 

『当真さんは、この試合でどんな印象を持ちましたか?』

 

 当真はさして悩むことなく、簡潔に、

 

『スナイパー3人ともいい動きをしてたな』

 

 と答えた。

 

 言い切ったぜ。そんな雰囲気を出し始めた当真を見て綾辻は微苦笑してから、話題を掘り下げにかかった。

 

『もう少し具体的にお願いします』

 

『具体的にか……。順番に行けば、天音ちゃんからか。スナイパーの型にハマっちゃいねえけど、警戒されずに狙撃できたわけだし、そこは結果オーライだろ。けど次戦以降は相手チームも「地木隊に狙撃がある」ってのを考えて動くようになるから、その上で結果出せるかどうかってことが次以降の課題だな』

 

 もっとも、次もスナイパーで来るならな。と当真は小さな声で付け加えるように言った。

 

 当真は続いて天音の次に動いたスナイパーである雨取の評価と課題を語る。

 

『雨取ちゃんは自分だけの武器の大砲を、最高のタイミングでぶっ放したな。あそこで手を出さなきゃ、試合の流れを地木隊が完全に持って行っちまっただろうし……タイミングとしては、ガチで最高だった。ただまあ……』

 

 これ以上言うべきか迷った当真は、言葉を濁すように、

 

『地形変更以外にも、状況を動かす手段を使ってもいいかもな』

 

 雨取が向かうべき課題を伝えた。

 

 そして最後に、当真がこの試合で1番の働きをしたと思っている絵馬について語った。

 

『ユズルに関しちゃ、文句ない動きをしてたと思うぜ。雨取ちゃんを囮にして天音ちゃん狙撃して機動力奪えた時点で、十分すぎる働きはしただろ。月守の攻撃のおかげで試合終了まで瓦礫の下にいたけど、ベイルアウトしなかったおかげで月守と空閑は最後まで「ユズルがどこかに潜んでるかも」って警戒してたしな』

 

『……となると、この試合で1番良い働きをしたのは絵馬隊員ということですか?』

 

『個人の動きだけを見たらそうなるな。ユズルはいい動きをしてた……それだけに、チームの得点が0ってのが、勿体ねえな』

 

『なるほど……』

 

 悔やむように当真が言ったところで、綾辻は総評であまり触れられていなかった地木隊について話題を振ることにした。

 

『では、地木隊はどうでしょうか? 得点こそ1点にとどまりましたが、存在感という意味では玉狛第二や影浦隊に劣らないものがあったように感じられました』

 

 当真と三輪。綾辻はどちらが答えてもいいような雰囲気を、態度と視線で作り上げていた。

 

『中盤までは十分有利に試合を運んでいたと思いますね』

 

 先に答えたのは、三輪だった。

 

『三雲隊長を開幕スナイプで仕留め、モールの中でも常に仕掛ける側に立ち、試合のコントロールができていました。雨取隊員の大砲が無ければ、あのまま終盤まで押し切っていたと思います』

 

『……ということは、地木隊は雨取隊員の大砲を何がなんでも防ぐ必要があったということでしょうか』

 

『このマップ、この試合展開に限ればそうですね。屋外に残した天音隊員が雨取隊員を仕留めるまで待つか、居場所をもっと絞り込むまで待っていれば……と思いますが、結果論ですね』

 

 この試合に関して言えることを三輪が言い切ったところで、当真がこれまでの地木隊の戦いを通して感じていたことを口にした。

 

『地木隊は、なんつーか……アドリブで動くことが多いな。行き当たりばったりが、やたら目につく』

 

『ですね』

 

 当真の意見に、三輪が素早く同意した。

 

『隊長に落ち着きがないので、手綱を締める副官も手を焼いてることだと思います』

 

『いやいや三輪。月守もなんだかんだで地木ちゃんに甘いぜ? 手綱を締めるフリしてユルユルだからな、あいつ』

 

『タチが悪いですね。多分あのチームで一番しっかりしてるのはオペレーターなので、手厳しく一言欲しいものです』

 

 2人が唐突に始めた地木隊への軽口は会場内の雰囲気を和らげ、綾辻も思わずといった様子で微苦笑した。

 

『まあまあ、2人とも……あんまり言うと、地木隊長が作戦室で「うにゃああぁぁ」って唸っちゃうと思うので、その辺にしてください』

 

*** *** ***

 

「うにゃああぁぁ!!」

 

 音声を繋いでいた観覧室から聞こえてきた軽口を作戦室で聞いていた彩笑は、綾辻の予想通りに唸っていた。

 

「地木隊長、落ち着いて、ください」

「そうだぞ、落ち着け彩笑」

 

 天音と月守が両サイドから宥めるが、彩笑はプルプルと震えながら反論する。

 

「だって三輪先輩……ボクがアホの子みたいな感じに言うじゃん!」

 

 それを聞いた天音はどう答えるか迷ったが、月守は躊躇わずに言い放つ。

 

「実際アホの子だから仕方なくない?」

 

「今回の咲耶にだけは言われたくないんだけど!?」

 

 元気よく言い返した後に、うにゃああぁぁ……と彩笑が再度唸るが、真香がパンっ、と手を叩いて雰囲気を締める。

 

「はい、地木隊長おふざけはそこまでですよ。まだ講評終わってないですし……、ほら、次戦の組み合わせ発表されましたよ。モニター見てください」

 

「うにゃ……あ、ホントだ」

 

 真香に促されてモニターを見た彩笑に続き、月守と天音もモニターへと視線を向ける。

 

『B級上位グループ』

『2月19日(水)昼の部』

『001・二宮隊』

『004・王子隊』

『006・玉狛第二』

『008・地木隊』

 

 発表されたマッチングを見て、彩笑が首を傾げた。

 

「ボクら8位なのに上位でいいの?」

 

「変ですね」

 

 真香も疑問を口にしたが、観覧席の綾辻が会場に向けてその疑問を解説した。

 

『えーと……、……ただ今、通達がありました。特定グループが8チームとなり四つ巴戦が続くことによって起こる精神的疲労を軽減するために、上位・中位・下位グループの組み分けを1位から8位、9位から15位、16位から22位と変更する……とのことです。今後も定期的に、組み分けは変更されるようです』

 

「……だってさ」

 

 綾辻の説明に()()()()()納得した月守は彩笑を見ながらそう言うが、彩笑はなんだか釈然としない……と言いたげに眉間にシワを寄せていた。

 

「なんかすっごいそれっぽいけど……これ、なんか変だよね」

 

「どうして、ですか?」

 

 天音が無表情で問いかけると、彩笑ではなく真香が腕組みしながら答えた。

 

「組み分けを変えるなら、3試合ごとに入れてる日程調整のタイミングで一緒にしちゃえば楽だと思わない?」

 

「あ……言われてみれば……そう、かも……?」

 

 真香の言葉を聞き、天音も何か不自然さを感じ始めた。

 

 違和感と言うには気にし過ぎると言われるかもしれない。しかし彩笑と月守は同じ違和感を感じでおり、一瞬だけ2人は視線を合わせて、

 

(後で綾辻先輩に聞きにいこっか)

(オッケー)

 

 アイコンタクトで意思を疎通させていた。

 

 後輩2人にそれを気付かれないように、彩笑は何事もないように笑顔のまま話題を変える。

 

「まあ、なんかモヤモヤするけど……とりあえず上位残留でセーフ! 玉狛とは連戦!」

 

「普通に考えれば連戦しないマッチングの方が少ないし、妥当な組み合わせだとは思う。けど、今日と違うのは……」

 

「ボクらにマップ選択権があること!」

 

 マップ選択権があるということは、自分たちが仕掛ける側であるということ。この数試合、対応する側に居続けたため久々となる攻めの権利を得た彩笑は、楽しそうにニコニコと微笑む。

 

「咲耶、約束守ってよ?」

 

「わかってる」

 

 早くも次の試合に先輩2人が目を向ける中、天音はそんな2人に気づかれないように、静かにソファに座った。

 

「しーちゃん、おつかれ」

 

 真香は天音の隣にそっと立ち、小さな声で親友を労う。

 

「……ん……」

 

「もうちょっとで試合後の総評も終わるから、そしたら不知火さんのとこに連れてってあげるね」

 

 気遣うように言う真香だが、天音は……無表情ながらも意外そうな雰囲気を醸し出して真香を見た。

 

「……私の、体調、良くない、の……()()()()、バレ、てる……?」

 

 ほんの少し震える声で問われた真香は、先輩2人には絶対聞こえない小さな声で、答える。

 

「バレバレ。私にも、地木隊長にも、月守先輩にも……ね」

 

「……」

 

 慰めるような、叱るような、泣いているような、そんな色んな思いが混ざり合った声で、真香は天音に言い聞かせる。

 

「でも、しーちゃんは皆に気づかれたくないんでしょ?」

 

「……ぅん……」

 

「……だよね。だから……そうなんだろうな、って思ってるから、私も、2人も、なにも言わないの。しーちゃんが触れられたくないって思ってるから、2人はそういう話をしないように、次の試合に無理やり目を向けてるの」

 

「……」

 

 天音の心に、真香の優しくも酷な言葉がゆっくりと刺さる。

 

 真香も、彩笑も、月守も。

 

 本音を吐き出していいなら、ランク戦など放り出して天音を休ませたいと、言いたかった。

 

 でも、天音本人はそれを望まない。望まないだろうということを、3人は分かっていた。

 

 そして天音も、3人が多分自分のそういう気持ちを分かってくれるであろうことを、分かっていた。

 

 3人は、そんな天音の気持ちを汲んで試合に臨んだ。

 

 各々が各々の気持ちを汲んで、試合に臨むしか出来なかった。

 

 そうするしか、なかった。

 それしか、出来なかった。

 

 気持ちを汲んだことは、強さなのか、弱さなのか。

 

 その答えを、4人は見つけていない。

 

 ただ、辛い気持ちを汲んだ状況下で、

 

 彩笑は最高のパフォーマンスを見せた。

 

 真香は平常通りに戦況を見渡せた。

 

 月守はミスと言ってもいい判断をした。

 

 それぞれの結果は、残った。

 

 

 

 作戦室のモニターからは、当真と三輪に次の試合はどうなるかと予想する声が流れ続ける。

 

 彩笑と月守が次戦はどう戦うか意見をぶつけている。

 

 その全ての音が、天音の耳にはまるで虚しく空回っているように聞こえてならなかった。



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