学戦都市アスタリスク-Call your name- (フォールティア)
しおりを挟む

Code*
*00 Prologue



IS終わってないのに投稿してしまった・・・だが後悔しない。
やった以上は駆け抜けよう、ドミナントとの約束だ!



ー己の命に価値を見出だせー

 

 

「・・・成程、つまり私はそちらのしょうもないミスで天寿を全うすることなく『殺された』と。そういう事か」

 

「誠に申し訳ない・・・!」

 

目の前で頭を見事な角度で下げたローブを纏った老人を見て、世捨て人然とした、落ち着いた、或いは何かを諦めたような空気を持つ男は溜息を吐いた。

チラと廻りを見れば白、白、白。全然全く一切合切天地万物尽く真っ白な何もない空間が存在していた。

これならまだ星の瞬きがある分、宇宙空間の方がマシである。

 

ーー男はこの何もない空間に来る前、特に何をしていたわけでもなかった。

只生きていただけだ。暇潰しにとやっていたオンラインゲームからログアウトして、いざ床に着こうとした途端、視界か暗くなったと思えばここに立っていたのだ。

 

果たして現れた妙ちくりんなこの自称神である老人から告げられたのは先に男が言った通りのしょうもない、ともすればふざけた理由だった。

 

「神様とやらも、ミスをするのだな。勉強になったな・・・授業料は些か割高が過ぎたが」

 

「返す言葉もない」

 

『死神による魂の管理ミス』。それによって男の命は唐突に『寿命を迎えた』。

男は未だ齢二十一。至って健康体であり、大学卒業後晴れて社会人となったばかりであった。

人生を謳歌し始めるような若い男はしかし、特段慌てる様子を見せなかった。

 

「まあ、もとより天涯孤独の身。死んだところでどうということも無し、ではないな。孤児院の連中に恩の一つも返せなかったのが唯一、心残りだが」

 

寧ろ、死んだというのにどうでもよさそうだった。

 

「お主・・・ワシが言える立場ではないが、辛くは無いのか?」

 

「生憎、先に言った事以外心残りも無いのでな。それに喩え天寿を全う出来ずとも、十二分に幸せな人生であったからな。私は貴方を責めんよ」

 

そう言って笑う男を見て、神は頭を上げ、一つ頷くと男にあることを提案した。

 

「お主、転生をしてみる気は無いか?」

 

「ほう・・・?」

 

興味を示したのか、片眉を上げて男は神を見る。続けろ、と言いたいのだろう。その意を汲み、神は説明を始める。

 

一つ。転生する場合、通常であればリセットされる前世の記憶をそのまま引き継いで転生することが出来る。

 

二つ。転生する世界は記憶を引き継ぐ関係上、必ず『人間』として生まれられる世界である。

 

三つ。転生する世界は前世とは違う理が存在する場合がある。

 

四つ。神による特別処置として男の望む力を与える。(複数可)

 

短いながらも要点を押さえたその説明を受けて、男の目に光が灯る。

 

「まるでライトノベルか漫画の世界の話だが・・・本当なのか?」

 

「ワシの名と、神の権能に掛けて誓おう」

 

「ふむ・・・悪くない」

 

現実に半ば飽きていた男はその提案を是とした。

男にとっては魅力的な提案だったのだ。自身がそれこそ数多存在する、所謂『神様転生モノ』を経験することが出来るのだから。

 

「その提案に乗ろう。何より面白そうだしな」

 

クックッと笑って男は頷いた。

 

「そうか・・・では能力はどうする?神に対する越権的な物以外であれば幾らでも付与できるが」

 

「そうさなーーでは、私がやっていたゲームのステータス、クラススキル、武器を貰いたい。ああ、スキルは同時展開出来るようにしてほしいものだ」

 

「・・・それだけなのか?」

 

男の言葉に神は怪訝そうな顔をする。

神自身がかつて見てきた他の転生者はもっと多様な能力を求めてきていたのだ。

時間停止にベクトル操作、はたまた神の権能にギリギリ触れかねない『神座』の力等々・・・

この男も同じだと思っていたが故に神は少し気が抜けた。

 

「それだけ、と言われてもな・・・ああ、ならば以前、というか大分前だが私がやっていた携帯ゲームがあってな。それのとある人種の能力を出来れば使いたい」

 

「・・・ふむ、成程な。この程度であれば御安い御用じゃ」

 

男の心を読み、彼の言うゲームの人種の能力を確認した神は首肯する。

 

「ここで普通、というかテンプレートに沿うならもっと能力を求めるんだろうが、生憎と私は物覚えが悪くてね。余り多く持っていても忘れかねん」

 

皮肉げに笑いながら肩を竦め、それに、と前置きして男は言葉を続ける。

 

「今上げた能力だけでも十分強いだろうしな。最強を気取る気も無し、これで十全だ」

 

「成程のぉ・・・その若さにしてお主は中々に達観しておる」

 

「生憎と、そうしなければならないような環境で幼少期を過ごした故な。・・・さて、いつ私は転生するんだ?この殺風景な空間にも飽いて来たのだが」

 

相も変わらず上も下も解らないような謎空間を見て男が鼻を鳴らすと神はその皺だらけの細腕を上げて何やら動かし始めた。

 

「今御主の魂に能力を付与しておる。それが終われば直ぐにでも転生できよう」

 

「そうか・・・では神とやらよ」

 

「なんじゃ?」

 

「私を育ててくれた孤児院の先生方に言伝を頼みたいのだが、構わんか?」

 

それまで纏っていた達観した雰囲気を消して、男は神に頼む。

何としても、最低限の挨拶は済ませておきたいのだ。礼の一つも言わずに消えるなど、男の矜持がそれを許せない。

 

「元はこちらが招いた事態、お主の願いは可能な限り応えよう。して、伝えたいことはなんじゃ?」

 

「すまない。そしてありがとう、と」

 

「短いの」

 

「長ったらしく語るのは、私らしく無いのでな。それに、私を知る人間ならこれで判ってくれるさ。そういう人達ばかりだったからな」

 

「委細承知した、必ず伝えよう。さて、付与も終わった。これから行く転生世界はランダムじゃ、ともすれば動乱の最中かも知れん。直ぐにでも行くか?」

 

腕を下ろし問うてくる神に男は頷くと薄く笑った。

 

「ああ、頼む。何時までも立ち止まっては居られないからな」

 

「そうか・・・うむ、では転生を始めよう」

 

男の言葉を聞き届け、神は再度腕を上げる。すると男の回りから黄金の粒子が舞い上がり始めた。

それはさながら雲間から射す陽光のような暖かさを持って男の意識を段々と薄くさせてゆく。

 

「次に目を覚ませばお主は転生後の世界じゃ。どうか、息災での」

 

「ああ、天寿を全うしてまた会えたのなら、その時は土産話でもしてやろう」

 

「はっはっ、楽しみにしておるぞ」

 

「期待していろ・・・では、な」

 

最後にそう言い残し、男は光に呑まれて消えた。

後に残ったのは真白の空間と神だけ。

 

「全くどうにも、『らしくない』若者だったのう・・・まぁ、土産話に期待しとくかの」

 

豊かな顎髭を撫でて好好爺然と笑んで神はその空間を後に・・・しようとした所で不意に動きを止めた。

 

「何、また死神のミスじゃと?ふざけおってからに・・・管理をしかとせよと警告しておけ!・・・は?またミスで一人死んだ?・・・もう勘弁して」

 

虚空を睨んで叫んだ神は唐突に肩を落とすと振り返って男が消えた場所へと戻る。

 

「はぁ・・・後で有休取りたいのぅ・・・」

 

何も写さない天を仰いで神が吐いた溜息は、やはり何も残さず消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーこれより始まる物語は、在り来たりで、それでいてどうしようもなく面白い(つまらない)物語。

 

ーーこれは一人の男が己の為すべき事を見つける物語。

 

さあ。

 

幕を上げようーーー







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Code1 Le début du vent-始まりの風-
*01 始まりの幕開け






「やれやれ、転入初日で早々に迷うとは・・・私の友人はどうにも方向音痴が多いな」

 

新緑が芽吹き出し、鮮やかな緑を湛える季節。

転生者、『八十崎 晶(やそざき あきら)』は古くからの親友を探しに白い制服に身を包んで整備された道を歩いていた。

 

日本は北関東、巨大なクレーター湖上に浮かぶ超大型学園都市、六花。通称『アスタリスク』。

その中に存在する学園の一つ、『星導館学園』に晶は在籍している。

神によって転生し早十六年。転生の際に付与された能力を適度に使って過ごし、気付けばここに入学していた。

義理ではあるが両親は共に息災、本人も『星脈世代(ジェネステラ)』である事を除けば平々凡々とした人間・・・とは言いがたいが、健康体であるのは確かである。

 

「しかし、ここまで来て見付からんとはな・・・矢吹に手伝いを頼んでおいて正解だったようだ」

 

ポツポツと呟きながら晶は歩みを止めず進み続ける。時間も時間だ。後一時間もすれば朝のHRが始まってしまう。もし遅刻しようものなら地獄の閻魔も裸足で逃げ出しかねない担任からの折檻が待っている。それだけは避けたい。

ふと廻りを見れば星導館の女子寮近くまで来ていた。

 

「ふむ、まさかな。『また』女を落としているんじゃ無かろうな・・・」

 

ーーードゴンッ!!

 

晶がそう呟くのと同時、女子寮の一室が『爆発』した。

見れば一瞬前に逃げ出したのか、人影が女子寮前の庭に落ちていった。

その姿をはっきりと見た晶は盛大に溜息を吐いた。

 

「はあぁ・・・あの戯けが。女子寮に易々と入る者があるか」

 

呆れた声で愚痴ると晶は地を踏み締め駆け出す。その速度は本気で無いにしろ音を置き去りにしかねない速さだ。

星脈世代であるが故に持つ常人ならざる力。それを遺憾無く発揮して女子寮前へと駆ける。

 

「お、晶も来たのか。アイツがお前の探してた奴だろ?」

 

芝生の生い茂る庭には既に事の原因となった二人を中心として人だかりが出来ていた。

その人だかりの中、一人の男子生徒が晶に声を掛けた。

 

「ああそうだ。あの阿呆が私の友人だ。矢吹」

 

矢吹 英士郎(やぶき えいしろう)。茶髪に左頬から顎下に掛けて目立つ傷を持つ青年は晶の言葉に興味深そうに視線を移す。

その先には薔薇のように赤い長髪の少女に相対する菫色の髪の青年が困惑した様子で立っていた。

 

「まず晶に友人が居たって事実が驚きだぜ。話し聞いた時は冗談か何かだと思ったぁあだだだだ!?」

 

「お前も中々に失礼だな?その頭を後ろから破壊してやろうか?」

 

がっしりと英士郎の頭を掴んだ指に更なる力を込める。

 

「ごめんなさい、申し訳ありませんでした!」

 

「許す」

 

人体として立てたらまずい音を鳴らし始めたところで指を離す。

自身の頭蓋骨が歪んでないか手を忙しなく動かして確認する英士郎に晶は缶ジュースを手渡しながら様子を見る。

 

「手間を掛けたな。礼のジュースだ、受け取ってくれ。・・・それで、何であの馬鹿はよりにもよって『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』の部屋に入ったんだ」

 

「サンキュ。その理由はこっちが知りたいくらいだぜ。まあお陰で面白い展開になったから、俺的にはラッキーなんだが」

 

「相変わらずのマスゴミ精神恐れ入る」

 

「マスゴミじゃねぇから、ジャーナリストだから!っとお姫さんが決闘を申し込んだみたいだぜ」

 

見れば赤髪の少女の左胸に取り付けられた校章バッチが光っている。

しかし相手である青年は更に困った様子。

 

「あー、でもほら、俺武器持ってないし」

 

「なあ、晶。茶々入れしていいか?」

 

青年のそんな言葉を聞いた英士郎が隣に立つ晶を見ると晶は一つ頷いた。

 

「まぁ、良い薬にはなるだろう。やってくれ。アイツの得意武器は剣だ」

 

「あいよ・・・こいつを使いな!」

 

晶の言葉に英士郎は懐に持っていた短い棒状の機械、煌式武装(ルークス)の発動体を青年に投げ渡す。

青年が煌式武装を起動させると機械に埋め込まれた鉱石(マナダイト)が輝き、何もない空間から鍔と刃を顕現させ、光刃を持つ剣として完成する。

対する少女も赤い光刃を持つ細剣(レイピア)を顕現させるとその切っ先を青年へと向けた。

 

「さて、これで文句は無いだろう。準備はいいか?」

 

「・・・我『天霧綾斗(あまぎり あやと)』は汝ユリスの決闘申請を受諾する」

 

渋々、といった顔で晶の親友、綾斗は薔薇の少女、ユリス=アレクシア・フォン・リーズフェルトの決闘を受けた。

綾斗の身に付けている校章が輝きを放ち、カウントダウンを告げる。

 

三。

二。

一。

 

「零。始まったか」

 

動き出した二人を見て俄にはしゃぐギャラリーの中、晶は小さく呟いた。

綾斗の動きは御世辞にも良いとは言えず、華焔の魔女という二つ名に恥じぬユリスの放つ焔の数々を危なっかしく避けている。

それというのも綾斗自身が持つリミッター故なのだが。それを知るのはこの学園においては晶を含めて三人だけだろう。

 

「晶の親友にしちゃ、動き悪くないか?もっとこう、ガンガン行くのかと思ったんだけど」

 

「『今の』綾斗ではアレで精一杯なんだろうさ。だがまあ、この状況も長くはあるまいよ。そら、動くぞ」

 

「・・・おいおい、マジかよ」

 

視線を動かさずに戦いを見る晶の予言じみた言葉に英士郎が視線を戻せば、綾斗がユリスの放つ焔をあろうことか全て切り払っていた。

ただの焔と言ってもそれが放たれる速度は銃弾程で無いとしてもかなりの速さだ。

しかもそれらが複数同時に襲い来るとなれば対処は困難を極める。だというのに綾斗はそれらをやって見せた。

晶の口端がつり上がる。

 

「ふっ、やはりこれ位はやって貰わねばな。つまらんというものだ」

 

そのまま笑い掛けた晶は表情を引き締める。

この空間において人以外の何かが入ったという異物感を感じ晶は目付きを鋭くし、異物感の正体を探り出す。

幸いにして英士郎は戦いに熱中して晶の様子には気付いていない。

綾斗達の決闘は佳境へと入り、ユリスが高らかに己が焔の名を呼ぶ。

 

「咲き誇れーー六弁の爆焔花(アマリリス)!」

 

巨大な火球が現れた途端、ギャラリーはその危険度の高さに慌てて距離を取る。英士郎もたまらず下がるなか、晶は一人動かず腕を組んでいた。

 

「爆ぜろ!」

 

「ーーーっ!」

 

綾斗が放たれた大火球をかわす直前、完全なタイミングで火球が爆発し、綾斗を飲み込む。

身を撫でようとする火を手で払いながら晶はふっと笑う。

そう、天霧綾斗という人間は『この程度』の事で負けることはない。

現に、彼は。

 

「天霧辰明流剣術初伝、貳蛟龍!!」

 

爆焔を十文字に切り裂いてユリスへと駆け抜けていたのだから。

流星闘技(メテオアーツ)では無い、ただの剣技を持ってあの焔を払ったのだ。

零となった彼我の距離。決着が着かんとしたそのタイミングで晶は動いた。

 

トンッ。

 

小さな踏み込み。それだけで二人の側面へと移動した晶は手に握った武装を展開する。

そして。

 

「祓え。桜花終撃(サクラエンド)

 

神速の斬撃が、飛来した光の矢を切り裂いた。

紫に暗く妖しげに輝く刀。鞘もに刻まれた刻印もまた周囲の万応素(マナ)に反応して淡く光り、その異様さを際立たせる。

 

純星煌式武装 闇鴉(オーガルクス ヤミガラス)

 

妖刀と呼ばれるその武器を持ちながらも晶は何て事無いように刀を鞘に収め、顕現を解除する。

 

「決闘はそこまでだ、親友。って、何をしている」

 

「え?晶ってうわぁ、ごめん!」

 

振り返ってみれば綾斗がユリスを庇おうとしたのだろう。彼女の身体に覆い被さるように地に臥していたのだが、何をどうすれば少女の胸を揉むような体勢に至れるのか。慌てて立ち上がる綾斗を見て晶は嘆息染みた息を吐いた。

離れていたギャラリーもやいのやいのと騒ぎ出す。

 

「いやえっと俺はそんなつもりじゃなくて!」

 

「選べ・・・炭になるか灰になるか・・・!」

 

ユラユラと立ち上がったユリスの周囲から炎が燃え上がる。

明らかに殺る気満々である。年頃の乙女の胸を揉んだのだからある意味当然の帰結であるが、その怒気を押さえるような涼やかな声が晶の耳に届いた。

 

「はいはい、そこまでにしてくださいね」

 

「・・・見ていたのなら、止めて欲しかったものだな。エンフィールド"生徒会長"」

 

ギャラリーの中から現れた黄金色の髪を持つ、ユリスとはまた別ベクトルの美少女。

 

星導館学園生徒会長 クローディア・エンフィールドであった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*02 姫と依頼


一万は・・・デカいな・・・(ゲーム版アスタリスク、限定版予約者)




「晶、見てたなら始まる前に止めてくれれば良かったのに・・・」

 

「丁度良い洗礼にはなっただろう、喜べ。華焔の魔女と決闘などそうは無いぞ?」

 

「いや、おかげで焼け死ぬところだったんだけど」

 

時間は過ぎ去り放課後、教室の隅にて晶は綾斗に愚痴られていた。

あの後クローディア・エンフィールドによって決闘は無効とされ、綾斗はそのままクローディアに連行されてしまい、その場はお流れとなった。

そして、暫くして綾斗がHRにて転入の挨拶を終え、更にクラスメイトからの質問攻めを丸一日受けて、今に至る。

 

「くっく、しかしまあ自業自得とは言え、落ちたハンカチを渡しに行ったら燃やされそうになったとは、つくづくそういうハプニングに会うな綾斗は」

 

「望んでこうなった訳じゃないんだけど」

 

「まあ良いじゃないか。あのお姫様に借りを作れたというのは珍しいことだぞ?」

 

未然に晶が防いだとはいえ、明らかな不意打ちの攻撃から助けようとしてくれたという事でユリスが綾斗に対して借りを作ったのだ。

一度だけ力を貸すといった小さなモノだが、それでも中等部から彼女を知る晶からすればかなりの出来事だ。

とうの晶も借りを作ったのだが、気にするなと辞退した。

 

「そうそう、学園中に自慢しても良いくらいの事だぜ、ホント」

 

「えっと?」

 

唐突に脇から入ってきた英士郎に綾斗が困惑すると、英士郎は人懐っこい笑顔を浮かべて手を差し出した。

 

「おれは矢吹英士郎ってんだ。お前さんのルームメイトって事になってるから、よろしくな」

 

「ルームメイト?・・・ああ、寮のか」

 

「そそ。寮は基本二人部屋だからな。因みに晶はクラス人数の関係でぼっち部屋ぁあ関節が極ってるぅ!?」

 

「矢吹、お前は本当に懲りんな。一辺地獄巡りでもしてくるか?誰がぼっちだ、誰が。普通に一人部屋と言わんか」

 

「オーケー、分かったから離して!何かもう感覚無くなってきてるから!」

 

ぱっと晶が手を放すと英士郎は捻られた左腕を執拗に擦り痛みを誤魔化す。

 

「矢吹はこの通りのお調子者だ。綾斗なら上手くやれると思うぞ」

 

「綾斗、コイツ何時もおれに対してだけ暴力的なんだけどどうすりゃ良いんだ?」

 

「諦めて」

 

「無慈悲!?」

 

何処か悟った顔の綾斗の言葉に英士郎が崩れ落ちる。

それを何事もなかったようにスルーして晶が会話を続ける。

 

「そういえばエンフィールドに連れていかれたが、何をしていたのだ?最終手続きなどという嘘っぱちな小芝居を打ったのだから、某か有ると思うのだが」

 

「あれが嘘だって気付いてたんだ」

 

「そういう女だからな、エンフィールドとは」

 

「・・・えぇと、何もナカッタヨ?」

 

((あったなコレは))

 

地に伏した英士郎と晶の心の声がシンクロした答えを出す。

顔を赤らめあらぬ方向を向く様は誰がどう見ても何か有ったと分かるようなものだ。

下と正面から来る何とも言えない視線に綾斗は慌てて話題を変える。

 

「そ、そういえば晶、さっきリースフェルト・・・さんだっけ。お姫様って呼んでたけどなんで?他の皆もそんな感じだったし」

 

「ああ、その事か。実際にリースフェルトがある国の姫だからだ。英士郎、説明を頼んだ」

 

「お任せ!」

 

晶の呼び声にシュタッ!と勢いよく立ち上がり、英士郎はどこから取り出したのか伊達眼鏡を掛けて綾斗に説明を始める。

 

「説明、つっても《落星雨(インベルティア)》以降、欧州各地で王制が復活しただろ?まあ実態は政治・経済を取りまとめてる統合企業財体にとって使い勝手の良い象徴、みたいなもんなんだが。とかく、その数多く存在する王国の一つ、リーゼルタニアって国の第一王女があのお姫様ってこった。フルネームはユリス=アレクシア・マリー・フロレンツィア・レナーテ・フォン・リースフェルトだ」

 

「成程、それで・・・・・・にしてもやけに詳しいね」

 

「矢吹はそれが商売だからな。情報が欲しければコイツに訊ねれば良い。新聞部故、色々と精通しているぞ」

 

「ネタがあれば提供してくれよ?」

 

「はは、考えとくよ」

 

小気味よくウィンクする英士郎に無難な回答で返した綾斗はまだ何か気になるのか顎に手をあてて小さく唸る。

それを見て晶は何となく予想が付いたのか、声を上げる。

 

「どうしてそのお姫様がこんな場所で戦っているのか。気になるのだろう?」

 

「・・・・・・相変わらず、考えてること読むの上手いね」

 

「ただの勘だ。してリースフェルトが闘う理由だが。その実わからん。ただまあ、実力については確かだろう。運やキセキだけで《冒頭の十二人》には入れんしな」

 

「去年入ってきて早々に、だからなぁ。あのルックスだから人気高かったが、気に入らない奴が決闘挑んでその尽く返り討ちにしちまって。更にあの他人を寄せ付けない言動だからな。今じゃ孤高のお姫様だ」

 

一通りの話を受け、綾斗は話の内容を飲み込むように頷く。

そこで晶の懐から小さな振動音が鳴った。音の発生源である携帯端末を取りだし、画面を見ると、晶は僅かに眉を潜めた。

 

「済まない。どうやら呼び出しのようだ。悪いが先に帰らせてもらう」

 

「おぉ、今日も『お手伝い』か。忙しいな。頑張れよ」

 

「良く分からないけど・・・また後で」

 

「ああ、昔話に花を咲かせるとしよう。ではな」

 

挨拶もそこそこに、荷物を纏めて晶は教室を出る。

そのまま廊下を歩きながら未だに振動する携帯端末の通話ボタンを押して耳に当てる。

 

『漸く出てくれましたね。八十崎くん』

 

「もう暫く旧交を暖めていたかったんだかな・・・・・・それで、何の用だ"エンフィールド"」

 

声を潜めて通話向こうにいるクローディアへと訊ねると、彼女は変わらぬ涼やかな声で話を始める。

廊下の端にあるエレベーター乗り場でタイミングよく無人のそれに乗り込み一階のボタンを押し込む。

 

『一つ依頼を頼みたいのです』

 

「また前回のように『野犬』狩りをしろとは言わんだろうな。その手合いは《影星》に任せれは良かろうに」

 

『ご安心を、今回頼みたいのはある人物の監視です』

 

「ふん・・・まあ大体それで予想は付いた。良いだろう、仔細は後でメールで送ってくれ」

 

『あら、二つ返事で受けるなんて、珍しいですね』

 

エレベーターの窓から見える夕陽を眺めつつ、クローディアの声に晶は鼻で笑う。

彼女の事だ、自分の事情をある程度わかった上でそんな白々しい事を言ったのだろう。

 

「はっ。なに、面白そうだと思ったからな」

 

『そうですか・・・では』

 

クローディアが言葉を切るのと同時、軽い音ともにエレベーターが一階フロアへと到着する。

ドアが開くのを見て晶は歩き出す。

 

「よろしくお願いしますね」

 

「ああ、任せろ」

 

その際にすれ違った金髪の少女にそう言い残し、晶は学舎を後にする。

夜に変わり行く空を見て、晶は小さく笑う。

 

「さて・・・これから楽しくなりそうだ」

 

 

 

 

 





すまない、戦闘は暫く無いんだ、本当にすまない・・・。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*03 『二人目』と幼馴染み

天霧綾斗が星導館学園に転入して二日目の早朝。

朝靄に包まれた整備された道で晶はジャージを着て日課であるランニングをこなしていた。

走り始めて二時間も経つというのにその呼吸もフォームも一切乱れていない。

 

「ふむ、この辺りか」

 

暫く走っていると、学園の敷地内にある小さな池の前に辿り着く。

木々に囲まれ、鳥の鳴き声しか聞こえないそこで、晶は足を止めて軽くストレッチを始める。

 

「しかし、エンフィールドも面倒な手順を踏むものだ。犯人について大方目星も付いているだろうに・・・或いは、綾斗の試金石の心算か」

 

綾斗が転入早々に起こしたユリスとの決闘。その最中に放たれた不意打ちの攻撃。

明らかにユリスを狙っていたその犯人について調べ、尚且つユリスの身辺の監視にあたる。というのがクローディアからの依頼だ。

最近起こっている《鳳凰星武祭(フェニクス)》参加予定者への襲撃事件とも関連がある。というのが晶とクローディアの共通認識だ。

恐らく犯人は今後もユリスを狙ってくるだろう。

そこで、決闘相手にして彼女と現状もっとも強い関係性をもつ綾斗が表立ってユリスを護衛、というか目を配り、晶が裏方を持つといった具合だ。今日の内にクローディアが綾斗に話を付ける予定らしい。

ストレッチを終えて小さく呟く。

 

「しかしあの襲撃犯・・・あれは本当に人か?」

 

光の矢が飛んでくる瞬間、小さな害意を感じたが、それだけだ。殺意も無ければ敵意も無い。

人間が攻撃を行う場合、少なからず殺意など、相手を傷付ける意思というものが現れる。中にはそれらを感じさせない暗殺者のような者も居るが、そもそもそんな連中を雇って星武祭参加者を傷付けるだけなら金の無駄だ。

ふと、そこで気付く。

 

「なら・・・人でないなら?」

 

顎に指をコツコツと当てて晶は思考する。

思い当たるのは擬形体(パペット)と呼ばれる機械人形だ。コアにマナダイトを使用することで煌式武装の使用を可能にした人型兵器であり、代替不可能な人間の兵士の代わりに戦場で使われることもあれば、介護などの福祉関連でも使われる。

しかしこれには欠点があり、メンテナンスの手間もあるが、何より命令通りに動かすためには大規模なサーバー設備などが必要になる、ということだ。命令も複雑なモノは処理できず、しかも無線制御出来てもその距離は余り長いとは言えず、先に上げられたような事意外では無用の産物とも言えた。

現代のブリキ玩具と揶揄される事もあるそれが、果たして不意打ちを行った直後に逃走等という『まともな』事ができるだろうか?

そこまで考えて晶は頭を振って思考の海から抜け出す。

 

「何にしても裏付けが足りん。結局は己の足で探せということか」

 

面倒だ。

そう言い掛けた処で晶は唐突に自身の得物である《闇鴉》を顕現させると、迷わず刀身を鞘走らせ背後へと振るった。

 

「ちょ!?危なっ!」

 

振るった先に居たのは晶の肩ほどまでしか身長のない、小柄な少女だった。

《闇鴉》の妖しく煌めく切っ先はその頸筋に触れるか触れないかの位置でピタリと止まっている。

 

「・・・ふん、この程度の剣速、お前なら余裕で防げるだろうよ。楠木(くすのき)」

 

「あっはは~、買い被りすぎよ『リーダーくん』?」

 

「ここはあのゲームの世界ではない。その呼び名は止めろと言っているだろう」

 

嘆息一つ。闇鴉を収めた晶に楠木と呼ばれた少女は赤銅色のサイドテールに纏めた髪を揺らしてくつくつと笑う。

楠木 リスティ、それが少女の名前だ。

何を隠そうこの少女、晶と同じ転生者であり、しかも生前やっていたオンラインゲーム《ファンタシースターオンライン2》に於いて、晶が所属していたチームメンバーの一人でもあった。

 

「昔の癖ってヤツだよ"あっきー"。あいたっ」

 

「その呼び名も止めんか阿呆」

 

からかい癖のあるリスティの額を小突いて晶は鼻を鳴らす。

前世のゲーム内で最も長い間パートナーとして戦っていたが故のじゃれつきだと彼も解ってはいるが、気に食わないものは気に食わない。

 

「それで。何故、中等部のお前がこんな所にいる。寮からここまでかなり距離があるだろう」

 

中等部含め、女子寮は校舎を挟んで男子寮とは真反対に位置している。

距離的に考えてあまり近いとは言えない。

 

「あれ?言ってなかったっけ。ここ私の散歩コースなんだけど」

 

きょとんとした顔で告げるリスティ。

中等部二年の頃からの付き合いだが、そんな事は一度も聞いていない。

 

「知らんな」

 

「ありゃ。まあ良いや」

 

「いや良くないが」

 

「晶の方はここで何してるの?」

 

会話の流れをぶった切るという、リスティのいつものパターンに内心呆れつつも晶は答える。

 

「日課のランニングだ。それこそ中等部時代に言っていた筈だが」

 

「忘れた」

 

「おい」

 

にべも無く切って捨てられ流石の晶もこめかみをひくつかせるが、これも何時もの事なので溜め息を吐いて落ち着ける。とうのリスティはニコニコと悪びれもせずに笑って晶の身体を中心に回りだす。

その様子はまさに無邪気な子供のそれだが、その実力は確かなものであり、《在名祭祀書(ネームドカルツ)》上位に入る程だ。

 

「ところで晶の親友だっていう天霧綾斗先輩、さっそくやらかしてくれたね」

 

「流石に知っているか」

 

「当然。今じゃ中等部でも噂になってるよ、《華焔の魔女》と久々にやり合った男だって」

 

「暫く決闘していなかったからな」

 

「良いなぁ、私も戦ってみたいかも。その天霧先輩と」

 

相変わらずの笑顔だが、闘気を溢れ出させるリスティについぞ晶は額に手を当てる。

リスティという少女は根っからのバトルジャンキーで、入学早々に自作の煌式武装を以て先輩、他校生問わず決闘を仕掛けまくっていたのだ。

その姿から《凶拳絶脚(クレイジー・コメット)》という、外見とは全く似つかわしくない二つ名を付けられる程には闘い好きで最早愛してるとすら思える。

流石に今の綾斗では手を焼きかねないし、犠牲にはしたくないので静止の声をかける。

 

「止めておけ。そんなに溜まってるなら後で軽いスパーリング位は付き合ってやる」

 

「ホント!?」

 

「ああ、本当だ。わかったらさっさと戻れ、そろそろ良い時間だぞ」

 

「やったー!絶対だからね、覚えててよ!それじゃ!」

 

言うが早いか、リスティはそう言い残し、ハイスピードで薄れ始めた朝靄の中に消えていった。

段々と遠くなっていく足音を聞きながら晶は朝焼けに染まり出した空に向かって盛大に溜め息を吐いた。

 

「ああ、全く面倒だ・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから暫く経ち、朝食等諸々を終えて教室に入った晶が見たのは珍しい光景だった。

 

「おはよう、ユリス」

 

「ああ、おはよう」

 

先に入っていたのだろう綾斗がユリスに声を掛けると、挨拶を返したのだ。

中等部一年からユリスを知っている人間からすればかなり珍しい事だ。晶ですら彼女が普通に挨拶をしたのが何時以来なのか思い出すのに考え込むほど。

 

「おい、お前ら今の聞いたか?」

 

「聞こえた」

 

「確かに聞こえた」

 

「私のログにも確保してある」

 

「「「「・・・あのお姫様が挨拶を返した!?」」」」

 

「失敬だな貴様ら!私だって挨拶くらいは返す!」

 

謎の連携感をもってざわめき立つクラスメイト達にユリスが憤慨の表情で吠えるも、妙な一体感を持ち始めたクラスメイトには効く筈もなかった。英士郎に至っては特ダネだ!とか言って叫びだす始末だ。

俄に騒ぐ教室の中をスルリスルリと縫って進み、綾斗の肩を叩く。

 

「おはよう、綾斗。お前は何時から《魔術師(ダンテ)》になったんだ?」

 

「おはよう、って晶までそう言うのか」

 

「まあ珍しいからな。全く、お前が来てまだ二日目だと言うに珍事がよく起こるものだ」

 

トラブルメイカーは変わらずか?と続けると綾斗は首を左右に振るう。

 

「トラブルメイカーになった積もりはないよ。そう言えばこの隣の子って・・・」

 

「む?」

 

綾斗がユリスの席とは反対側、昨日は空席だった窓際の席で腕を枕変わりに眠る人物へ向く。

これだけの喧騒の最中、堂々と眠るその人物について晶は知っているが、敢えて答えるのを止めた。実際に顔を見てもらった方が面白そうだから。

 

「ああ、そう言えば昨日は居なかったな。では感動のご対面といこう。起きろ、沙々宮」

 

「ん?"沙々宮"?」

 

「・・・もう時間?晶」

 

「残念ながら違うな。お前の待ち望んだ相手が来たんだ」

 

「・・・む、ぅ?」

 

むくりと顔を上げた少女が肩を揺らす晶の後ろから顔を覗かせる綾斗を見る。

本当に高校生かと思えるほどのあどけない顔立ちは眠気が晴れないのか未だに気だるげだが、その目線は綾斗を離さない。

綾斗も顔を驚愕に染め、漸く少女の名を呼ぶ。

 

「もしかして・・・沙夜?」

 

「・・・綾斗?」

 

「メトメガアウー」

 

「「それは違う」」

 

何とも熱い視線を交わす二人に晶がからかい混じりの科白を吐くと二人仲良く突っ込みを入れる。

二人が最後に会ったのはずいぶん前だが、息は相変わらずピッタリのようだ。

 

沙々宮 沙夜(ささみや さや)。晶と綾斗の幼馴染みと言える存在だ。

制服を着ているというより着られていると言った方が正しそうな感じがする彼女は綾斗とは対をなすように無表情だった。

だが、その目の揺らぎを見て晶はクックッと笑う。

目の輝きが普段の気だるさを一切感じさせないレベルで強まっているのだ。今の沙夜に猫の尻尾をつけたなら間違いなくその尾を楽しげに揺らしていることだろう。

 

「お、何だ何だ、綾斗は沙々宮とも知り合いなのか?」

 

そこで話題ネタの匂いを感じたのか英士郎が綾斗に肩を組んで訊ねる。

 

「知り合い、っていうか幼馴染みだよ。まあ会ったのは六年ぶりくらいだけど」

 

「の割りには沙々宮、驚いてなさそうなんだけど」

 

「沙々宮はこれがデフォルトだからな。実際は綾斗に会えて嬉しすぎて抱きつきーーぐおぉぁ・・・」

 

言葉の途中で沙夜に弁慶の泣き所を思いきり蹴り飛ばされ堪らず晶は膝を突く。

 

「・・・余計な事を言わないで良い」

 

「身に染みて痛感した・・・」

 

沙夜のジロリとした睨みを受けて晶は苦笑いを浮かべて立ち上がる。雉も鳴かずば射たれまい、晶はその言葉の真意を身を以て体験した。

 

「・・・こほん」

 

閑話休題、そう言わんとするように咳払い一つして、沙夜は綾斗に右手を差し出した。

 

「改めて。久し振り、綾斗」

 

その言葉に綾斗は笑顔を浮かべて、彼女の小さな手を握った。

 

「うん、久し振り、沙夜」

 

何とも良い空気を醸し出す二人を眺めて晶と英士郎は視線をチラと交わすと静かに自らの席へと戻っていった。

 

「・・・・・・」

 

二人をさも面白くなさそうな顔で見ている薔薇の少女に気付きながら。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*04 襲撃、再び

「あー、こほん。そろそろ行くか?」

 

その日の放課後。雑談に興じていた晶、綾斗、沙夜の間に割り込むようにユリスがそう告げると、綾斗は何の話なのか理解したのか頷いた。

 

「ああ、ユリス。よろしく頼むね」

 

「仕方がない。や、約束は約束だからな」

 

(ツンデレか、リースフェルトは)

 

微笑む綾斗からぷいっと顔を背けて言うユリスの姿を見て晶は内心呟く。英士郎が居たなら間違いなく「明日は槍でも降るのか・・・!?」と驚くだろうが、その本人は部活で既に居ない。

 

「・・・約束?」

 

そんな二人のやり取りを聞いて沙夜が疑問を浮かべて尋ねた。

 

「今日はユリスに学園内を案内してもらうんだ」

 

「why?何故?リースフェルトに?」

 

「ほう、私もそれは初耳だな」

 

どうしてそうなった?と言外に視線で訴えると綾斗は、あははと笑って後頭部を掻いた。

 

「まあ、昨日いろいろあってね」

 

「ふむ・・・成程な」

 

その一言で大体の事を理解というか予測をつけた晶は納得した。

 

(凡そ、リースフェルトが面倒に巻き込まれている最中に首を突っ込んで、更に言えば何だかんだ巧く丸め込み、貸し借りの件をこじつけたのだろう)

 

予測どころか九割方的中した答えを経験則から導きだしていた。

 

「そういうワケだ。さあ、行くぞ」

 

「ああ。じゃあ晶に沙夜、また明ーー」

 

「・・・待った。私が綾斗を案内する」

 

ユリスの言葉に立ち上がろうとした綾斗に沙夜はそう宣言した。

晶は沙夜自身が案内するというその言葉に思わず苦笑いを浮かべてしまう。

沙夜は根っからの方向音痴で、北はどっち?と問えば無言で上を指差すといった、致命的なレベルである。徒歩十分の距離ですら彼女が歩けば徒歩二時間に早変わりしてしまう。かつてアスタリスクの街中を晶が案内した時もフラフラとあらぬ方向へと歩き出し、彼ですら知らない場所へと出た事すらある。そのせいで面倒事に巻き込まれもした。

ハッキリ言って不安だ。

 

「案内くらい私だって出来る」

 

「いや、明らかにリースフェルトに任せるべきだろう」

 

「リースフェルトは仕方がないと言った。なら私がやっても大丈夫だ、問題ない」

 

「寧ろ問題しかなぐふぅ!?」

 

「八十崎!?」

 

朝の内に身に染みて痛感した筈なのに思わず突っ込みを入れ過ぎて、沙夜に再び脛を蹴られる晶を見て、ユリスが驚きの声を上げる。

 

「だ、大丈夫だ・・・リースフェルト・・・それで綾斗、この場合選択権はお前にあるようだが、どうする?」

 

どう考えてもこのままだと平行線となりそうだと思った晶は綾斗へと問い掛ける。実際問題、先に約束したのはユリスとなのだから、沙夜に断りを入れれば後は晶が彼女を宥めすかせば何とかなる。

 

「あら、では私が案内しても問題ないですね」

 

とそこで涼やかな声が割り込んできた。

金糸の如き髪に抜群のプロポーションを誇る生徒会長、クローディアであった。

 

「エンフィールドか。綾斗に何か入り用か?」

 

「貴方にも用がありますよ、八十崎くん」

 

音もなく現れ綾斗の背にその豊満な肉体を押し付けながらクローディアは晶の問いに答える。

その常人ならばそれだけで惚けてしまいそうな流し目を受けて彼女の言葉の意味を理解した晶は呆れた顔を押さえて頷いた。

 

「成程な、委細承知した。あとで諸々の情報は通せよ」

 

「ええ、では後程」

 

「では綾斗、すまんが私はここで失礼する。・・・頑張れよ」

 

「え、ちょ、晶!?」

 

言外にこれ以上援護出来ない、というかしたくない旨を伝えて晶はさっさと手荷物を纏めると教室から出ていった。

後に残されたのは、

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・うふふ」

 

「・・・恨むよ、晶・・・」

 

狩人の眼光をもった美少女三人に、哀れな小鹿だった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。どうしたものか」

 

所変わって学園の中庭、そこで晶は携帯端末の画面を見て思案していた。

そこに映っているのは先程クローディアから送られてきたデータだ。今回の襲撃事件の犯人らしき人物のピックアップがされた資料のようだ。

 

「ふむ、大抵の人間はアリバイがあるようだが・・・む?レスター・マクフェイル、ランディ・フックにアリバイ無し、か」

 

だが、と晶は中庭の道を歩きながら思考を深める。

 

(どうにもおかしい。確かにマクフェイルはかつてリースフェルトに決闘で負けてからと言うものしつこく彼女に再戦を申し込んでは拒否されていた。だが、マクフェイルが今回のような不意打ちをするとは思えん。あの男はあれでいて義理をしかと持っている。取り巻きのランディ・フックについてもそうだ。外見こそズル賢そうに見えるが、その実単純だ。あのような真似は出来んだろう・・・)

 

レスター・マクフェイルは二メートル超えのガタイの良い男で、性格は正しく猪突猛進を絵に描いたような直情的な奴だ。対してランディ・フックは小太りな男で、性格は単純明快にしてレスターに絶対的な信を置いている。

二人とは何度か言葉を交わしているし、今回の騒動のような事をするとは晶は思えなかった。

 

(ん?いや待て・・・確かマクフェイルの取り巻きはもう一人いた筈・・・名前は、と)

 

不意に過った疑問に携帯端末を操作していると何時の間にやらユリスと沙夜が中庭に現れていた。相変わらず空気感は嫌悪のようだが。

二人に気が付くのと同時、彼方も晶に気付いたようだ。

 

「む、八十崎か」

 

「二人揃ってどうしたのだ?綾斗の案内は?」

 

「一通り回って休憩中。綾斗は飲み物買いにいった」

 

「お前は案内なぞしてなかっただろうが・・・!」

 

ドヤ顔で言い放つ沙夜にユリスが拳を震わせる。

端末の時計を見れば確かに一通り回れる程度には時間が経過していた。

 

「すまんなリースフェルト、沙々宮はこの通りマイペース過ぎてな」

 

「まったくだ・・・」

 

ここに来るまでに苦労したのだろう、ユリスから疲労感がありありと見てとれた。

 

「しかしまあ、奇特なモノだな」

 

「何がだ?」

 

「いや何、あのリースフェルトがたった二日でこうも丸くなるとはな、とな」

 

「べ、別に丸くなどなっておらん!これは綾斗に頼まれたからであって、ついでに言えば先日の借りもあるからしたまでで・・・!」

 

((ツンデレだ))

 

晶と沙夜の内心がシンクロした瞬間であった。

赤面、腕組み、そっぽ向きにこの言動、これをツンデレと言わずして何というのか。

 

「そして何時の間にやら名前で呼んでいるしな」

 

「なっ、いやそれは綾斗からそう呼べと言われてだな!?」

 

「・・・ツンデレ乙」

 

「沙々宮ぁ・・・っ!」

 

「ふむ」

 

「おっと」

 

言い合いが始まろうとしたところで三人は同時にその場から跳び退る。

次の瞬間、晶達が立っていた場所に光の矢が突き立った。

 

「昨日のヤツのようだな・・・噴水の中からとは一発芸でもしているのか?」

 

「そんなこと言っている場合か!攻撃してきた以上は片付ける!」

 

中庭の中心にある噴水からその姿を現した襲撃犯はしかし身を覆い隠すようなマントを頭から被っており、素顔が見えない。

それについては良しとして、晶は考える。

 

(確かにここは待ち伏せを上手く出来るような障害物は少ない。しかしだからといって噴水の中で何時来るかわからない人間を待ち続けられるか?いや、それこそ今朝の擬形体説が有効となるか。ならば)

 

クロスボウ型の煌式武装を構えた襲撃犯を睨み、晶は地を踏み締める。

 

「リースフェルト、沙々宮、ヤツは私に任せろ。二人は『他』に気を配れ」

 

「なっ、おい!?」

 

言うだけ言って駆け出した晶に驚き止めようとするが、既に彼は襲撃犯の懐に飛び込んでいた。

 

「起きろ、《闇鴉》」

 

開いた左手に、万応素が集い刹那を以て妖刀が顕現する。同時、《闇鴉》の鞘に刻まれた紋様が仄(くら)く光り出す。

襲撃犯のマントから覗く目と晶の鋭い眼光が交錯し、そして。

 

「裂け。月見山茶花(ツキミサザンカ)」

 

神速の抜刀による斬り上げが襲撃犯の煌式武装を弾き飛ばした。

成程、と晶は誰に言うでもなく小さく呟いて、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「八十崎!」

 

ユリスの声に斬り上げの勢いを利用して飛び上がり、襲撃犯を蹴り飛ばして距離を取る。

すると一瞬前まで晶が居た所に斧型煌式武装の刃が轟音と共に振り下ろされていた。

 

「ナイスフォローだ、リースフェルト」

 

「軽口を叩くのは後だ。直ぐにでもーー」

 

「どーん」

 

轟ーーッ!!

 

勢い込むユリスの言葉に被さるように沙夜のマイペースな掛け声がかかり、直後、噴水が爆発した。

 

「な、な、なぁ!?」

 

「・・・やりすぎだ、沙々宮」

 

「ふっふっふっ、ぶい」

 

「いやブイじゃないが、ブイじゃ」

 

ユリスがあまりにもあまりにな光景に声をつっかえさせる横で、晶は溜め息を盛大に、これ以上無いほど吐いて沙夜の頭を小突いた。

《三十八式煌型擲弾銃ヘルネクラウム》、それが沙夜の持つ銃の名だが、最早銃と言うより大砲に片足を突っ込んだようなその銃口からは星辰力(プラーナ)の余剰エネルギーが煙のように上がっていた。

噴水、だった物はもう既に基底部分がほんの少し残っているだけで、そこから間欠泉のように水を吹き上げ、周辺をしとどに濡らす。

 

「成程、どうにも頑丈に『出来ている』らしいな」

 

《闇鴉》を消してそう呟く。

回避の間に合わない絶妙なタイミングでの一撃だ。常人ならまず間違いなく命は無い。星脈世代でも、耐えられるのは恐らく極一部だろう。

だというのに襲撃犯はまるで何事も無かったかのように立ち上がると止める間もなく木々の中へと消えてしまった。

 

「なんとまぁ、丈夫な連中だ」

 

「まさかあれを耐えるとは」

 

呆れるでもなく、寧ろ感心したようにユリスと沙夜は口々に言う。

それをチラと見て晶は頭を掻く。遠くから見知った人影が来るのが見えたので先んじて言っておこう。

 

「ところで、だ。沙々宮、リースフェルト」

 

「何だ」

 

「?」

 

「制服の上着はちゃんと着ておけよ?ではな」

 

注意は促した、後は綾斗に丸投げしようそうしよう。

半ば諦めた表情でそう言い残して晶はその場を走り去る。

直後、制服を濡らした少女の悲鳴と、青年の驚く声が聞こえたが、晶は敢えて聞こえなかった事にした。

今から戻れば確実に焼死体にされる。この歳で火葬なんてごめん被りたい。

 

「しかしまあ、収穫はあったな」

 

寮までの道をジョギング程度のスピードで走りながらくすりと笑う。

 

 

 

 

 

その制服の懐で、黒光りする煌式武装がカチャカチャと音を立てていたーー。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*05 推測

翌日の放課後、晶は学園の校舎裏で英士郎と対峙していた。

綾斗はどうやら純星煌式武装の使用テストへと向かったらしい。

 

「すまんな、部活もあるだろうに」

 

「構わねえよ、ダチの頼みとあっちゃ断れねぇ。それで?ここに来たってことは『裏』の情報か?」

 

「ああ」

 

英士郎の問いに首肯し、晶は懐から先日の襲撃犯から奪った煌式武装を取りだす。

 

「そいつは・・・」

 

「知っていると思うが、昨日リースフェルトが再度襲撃されてな。私と沙々宮が巻き込まれた。これはその時の戦利品と言うわけだが・・・」

 

晶から煌式武装を受け取った英士郎は黒光りするクロスボウ型のそれを様々な角度から眺める。

隠密用に黒く塗装されてはいるものの、特に改造された形跡もない。至って普通の量産品だ。

 

「こいつは・・・特に改造されてねぇな。だが形が星導館(ウチ)の支給品とは違う。ってことは」

 

「この学園の生徒が主犯だろうが、恐らく襲撃の実行犯は別だろう」

 

「そうなるよなぁ・・・」

 

鋭く細められた英士郎の普段からは想像も出来ない眼光に怯えるでもなく、晶は説明を始める。

 

「矢吹、昨日の詳細については知っているな?」

 

「ああ、沙々宮からも聞いたしな」

 

「なら話は簡単だ。夏も近いが、まだ春の気温の最中にマントを被っただけの奴が、噴水の中で延々と何時来るか解らない人間を待ち続けられると思うか?私には無理だな。喩え星脈世代と言えど、体感温度は人間のそれと変わらん。だのにあんな所でじっとなどしていられん。そこでだ」

 

言葉を区切り、晶は英士郎に予め展開してあった携帯端末の画面を見せる。

 

「擬形体?おいおい、まさかこれが襲撃犯だっていうのか?」

 

「そのまさかだ。擬形体なら水の中にいようが何時間だろうと待つことが出来るだろう。次いで接触した感じ、どうにも『硬すぎた』からな。あれは人ではなかろうよ」

 

「確かに一理あるけどな。だが擬形体の制御だとか制作が出来るのなんてここじゃアルルカント位・・・・・・おいまさか」

 

「今回の件、裏を引いてるのは連中だろうな。どの派閥かまでは解らんが」

 

アルルカントアカデミー。六花に於いて唯一、煌式武装の独自開発を許可された学園であり、数多の技術者、あるいはその卵が集う。しかしその内部は多数の派閥に別れ、好き勝手に研究を行っているという、ある意味武闘派集団のレヴォルフ黒学院とは違ったベクトルでやりたい放題な生徒が多い。

レヴォルフは最早世紀末な感じではあるが。

とかく、擬形体が襲撃犯だと前提するならば、アルルカントが関与している可能性は極めて高い。

 

「連中の『眼』は侮れん、待ち伏せ先の案内なぞ、余裕でこなすだろう」

 

「成程な・・・その線でも調べてみるか」

 

「さて、それで今回欲しい情報なんだが・・・この学園で『物質操作』系の《魔女(ストレガ)》、《魔術師(ダンテ)》はどの程度いる?」

 

「物質操作系?ちょい待ち」

 

晶の言葉に何故このタイミングで?と疑問に感じつつも英士郎は迷いなく携帯端末を操作する。

そして目当ての結果に行き着いたのか、その画面を晶へと見せる。

 

「ウチの学園に限定するなら三人程度だな。その内の二人は中等部だ。三人共、能力レベルはかなり低いって話だ。精々がナイフを自由自在に動かせる程度だろうな」

 

「ふむ・・・」

 

画面に映る情報を素早く、隅々まで見て晶は顎に指を当てる。

その様子を見て英士郎は疑問を口にする。

 

「ところで何でさっきの話からこれに繋がるんだ?」

 

「・・・ああ、先程のはあくまで実行犯の話だ。所詮、私見でしかないがな。今聞いたのはこの中に擬形体の使い手が居ないかと思ってな」

 

「おいおい、三人共ナイフ程度が精々って言ったろ?どうやって擬形体を動かすってんだ?」

 

「それは正確に計測した結果か?」

 

言葉尻に被せられるよう放たれた質問と眼差しに思わず英士郎は言葉をつっかえる。

基本的に六花の何れの学園にも入学する際、《魔女》《魔術師》は自身の持つ能力を申告する必要がある。しかしその能力は千差万別。ユリスの火焔のように分かりやすいものもあれば、固有空間制御など、複雑なものもある。それ故に能力を測定したとしてもそれが本人の持つ実力か否か解りづらいという事もあり、正確さに今一欠けるのだ。

 

「自身の能力の程度を偽っている者が居るのだろう、と思ってな。それこそ『複数の擬形体を操ることが出来る』奴が、な」

 

そう言って晶は画面の最下部、そこに映る一人の男子生徒の証明写真を指差した。

 

「矢吹、この男のデータを可能な限り出してくれ」

 

「ん?こいつはレスターの取り巻きじゃねぇか。どうしてまた」

 

「どうにもキナ臭くてな」

 

「・・・サイラス・ノーマン、ねぇ。最近の動きとかも入れると少し掛かるけど、どうする?」

 

「時間と金に糸目はつけん、なるべく詳細が知りたい」

 

晶がキッパリと言うと英士郎はにししと笑って携帯端末の画面を閉じる。

 

「毎度あり、ってな。まあ明日明後日まで待っててくれ、それまでにゃ揃えるさ」

 

「期待しているぞ?《影星》」

 

「お任せってな、《便利屋》さん」

 

軽口を言い合って拳を突き合わせると先程まであった空気は弛緩し、一転和やかなものへと変わる。

『仕事』の話は終わり、一学生としての立ち位置に切り替えて二人は校舎裏から歩き出す。

 

「しっかしまあ綾斗の奴、転入早々に面倒ごとに巻き込まれたなぁ」

 

「昔からそういう奴だよ、綾斗は。無自覚に面倒ごとに首を突っ込んでは回りを巻き込んで解決してしまう。それこそ一昔前の漫画の主人公のようにな」

 

「なら綾斗は間違いなくハーレム系主人公だな」

 

「違いない」

 

ユリスや沙夜、クローディアに囲まれる綾斗を思い浮かべると想像以上にしっくりきたのか、英士郎は小さく噴き出す。つられて晶も口元を笑みに変える。

その後もつらつらと他愛の無いことを話して、二人は別れた。それぞれにやるべき事を抱えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで大抵の情報は揃った、か・・・」

 

翌々日、市街地中心部に程近いオープンテラスのカフェの一席にて晶は携帯端末片手にコーヒーを飲んでいた。

端末の画面には英士郎から送られてきたサイラス・ノーマンについての情報がびっしりと表示されている。

 

(サイラス・ノーマン、15歳。《魔法使い》であり、能力は物質操作。入学前の能力測定での結果は精々鉄骨一本を浮かせられる程度、か。・・・高等部に上がった直後にレスターの取り巻きとなる。決闘も中等部の頃に数回やったのみで、その全てにストレート敗けしていると)

 

頭の中で情報を整理して思う。幾らなんでも"わざとらし過ぎる"と。

全戦敗北はわかる。だが対戦相手を見る限りストレート敗け等あり得ないのだ。

サイラスの能力を考えれば敗北しても善戦することが可能な相手も中には居た。添付されていた映像を見る限りでもサイラス自身の戦闘スキルはそれなりにあることが解る。第一、六花に入る以上必要最低限は戦い方というものを戦闘系能力者は学んでいる。そんな人間が大した足掻きも見せずやられるなどはっきり言って論外だ。

しかも敗け方が碌に動かず棒立ちで校章破壊で試合終了という始末。ここまでくれば何のために六花に来たのかすらわからない。

故に。

 

「あからさまに過ぎるな」

 

「何があからさまなんです?」

 

「む?」

 

不意に掛かった柔らかな声に晶が目線を上げて見るとそこには淡い赤髪の少女が手提げ袋片手に立っていた。

 

「"プリシラ"か。久しいな」

 

「お久しぶりです、晶さん」

 

晶の言葉に穏やかな笑顔で答える少女の名は"プリシラ・ウルサイス"。

 

ーーかつて沙夜が迷子になった時出会った、《吸血暴姫》の妹だ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*6 プリシラ・ウルサイス

「へえ、晶さんの友人ですか」

 

「ああ。どうにも昔から面倒に巻き込まれるというか、無自覚に首を突っ込む体質でな・・・」

 

日曜日の午後、カフェにあるパラソルの刺さったテーブルに座ってコーヒーとカフェモカ片手に晶とプリシラは談笑していた。

 

晶がプリシラ・ウルサイスと出会ったのは中等部三年の頃。ちょうど今時期の季節だった。

それまで碌に外を出歩かなかった沙夜に頼まれて市街地を案内していた時、沙夜が晶の傍を離れて迷子になってしまったのだ。

その時、路地裏で同じレヴォルフの学生らに絡まれていたプリシラを見付け、助けたことで二人は知り合った。姉の方には嫌われてしまったようだが。

 

「そういえば"イレーネ"はどうした?私がプリシラと居るとすっ飛んで来るような奴だが」

 

「えぇと・・・牢屋入りしてます」

 

「は?」

 

プリシラから返された言葉に思わず晶は口をポカンと開けてしまう。

そしてその言葉の意味を理解すると額に手を当て、溜め息を吐く。

 

「あの莫迦者が・・・また暴れたのか」

 

「なんか『プリシラに手を出した奴とちょっと話してくる』とか言ってそのまま・・・今は学院の地下に居るみたいです」

 

レヴォルフ黒学院の地下には通常では御しきれない能力をもつ生徒や、目に余る悪行をした生徒等を幽閉する為の牢獄があるとは知っていたが、そこに知人がぶちこまれるとは晶も思い至らなかった。

あのシスコンは想像以上に猪突猛進だったらしい。

 

その猪突猛進娘の名はイレーネ・ウルサイス。プリシラの姉であり、純星煌式武装《覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)》の担い手。実力は一線級で、素面の晶では苦戦を免れないだろう。

ただしシスコンだ。過去に色々あったらしいが、それを踏まえても重度のシスコンだ。

男がプリシラをナンパしようとすれば殴り飛ばされ、更にプリシラが一人の時に数人がちょっかいを掛けようとすれば何処からともなく飛んできては蹴り倒す。

晶の場合は初対面で《覇潰の血鎌》を振り回されたくらいだ。

なまじ実力があるので、なおたちが悪い。

 

「あのじゃじゃ馬娘が。妹に心配かけさせるような事をしてどうする」

 

呆れた声音でそう言って晶がコーヒーを煽れば、それに対してプリシラは苦笑いを浮かべる。

 

「生徒会長が言うには私の身の安全はちゃんと確保しておく、だそうで」

 

(あの肉達磨・・・《猫》を使ったな。道理で先刻から視線を感じるわけだ)

 

「晶さん、どうかしましたか?」

 

「いや、なんでもない・・・さて、そろそろ行くとするか」

 

一瞬の思考を誤魔化すように頭を振ると、晶はプリシラの分のレシートも持って店内にあるレジに向かって歩き出す。

 

「あっ、晶さん、私のレシート」

 

「久方ぶりに会えたんだ。これくらいはさせてくれ」

 

肩越しに振り向きながらレシートをひらひらと遊ばせると、プリシラは気恥ずかしそうにはにかんだ笑みを見せた。

 

「ずるいですね、晶さんは」

 

「む?」

 

「なんでもありませんよ」

 

プリシラの言葉を疑問に思いながらも晶は支払いを済ませると、彼女を連れ立って店を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません、晶さん。送って貰ってる上で荷物まで持ってもらっちゃって」

 

「構わんさ。お前を置いて一人帰るワケにはいかんしな」

 

時間は過ぎ去り夕方。斜陽が照らす住宅街区画を二人は歩いていた。

あれからプリシラの買い物に付き合い、今は彼女を自宅であるマンションに送っている最中だ。

 

「むぅ、子供扱いしないでくださいよ。一つしか歳違わないんですから」

 

「子供ではなく、女性として見ているからだ。どうもプリシラは危なっかしいからな」

 

「・・・・・・晶さんのジゴロ」

 

「何か言ったか?」

 

「何でもないです!」

 

急に頬を膨らませるプリシラに、晶は首を傾げる。

前世からこっち、六花に来る前まで女性と色恋沙汰という物を経験していないからか、晶はそういった女性の心の機敏に疎いのだ。本人は理解しようと努力しているらしいが。

それをプリシラも度重なる交流で解っているが、つい気恥ずかしさからこんな態度を取ってしまう。それもこれも思わせ振りな科白を言う晶が悪い、とまでは言わないが原因なのは確かだろう。

 

「もう晶さん、女の子だったら誰彼構わずそういうこと言ってないですか?」

 

「私の女性との交友関係の狭さを知ってるか?」

 

「・・・・・・ごめんなさい」

 

携帯端末のアドレス帳に入っている女性の名前は母親と沙夜とクローディア、それとプリシラのみという狭さである。

しかし、クローディアとアドレス交換をしているという時点で一般の男子生徒から妬まれるということを彼は知らない。

 

「まあ、軟派な人間に成るつもりも無し。別段このままでも良いのだがな」

 

前世でやっていたファンタシースターオンライン2・・・通称PSO2でもチームメンバーはたったの六人と、かなり少なかった。

どうにも自分は交友関係を広げるのが苦手らしい。

ただ、今も前世もその交友関係を築く人々のキャラが濃いのは確かである。

 

「私も、軟派な晶さんは見たくないかなぁ。想像もつかないし」

 

「だろうな。私も想像できん。というかしたくない」

 

そんな会話をしていると、見知った建物の前に辿り着く。

目的地であるマンションだ。

 

「晶さん、今日はありがとうございました。久し振りに会えて楽しかったです」

 

「ああ、こちらこそ。楽しかったぞ」

 

「いつかお礼させて下さいね?」

 

「ふっ、だからよいと言うに・・・まあ、期待して待っていよう。それではな」

 

「はい!また今度」

 

マンションの入り口前で手を振り合い、晶はプリシラに持っていた荷物を渡して別れ、一人帰途につく。

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れの空は夜の闇に半ば染められ、微かに冷えた風が体を撫でては消えて行く。

来た道を迷わず遡れば、宵闇に沈む前にプリシラと会ったカフェに到着した。

帰宅時間というのもあってか、市街地は多くの人で賑わっていた。

こうも人が多いと流石に鬱陶しい。そう思い、晶は寮への近道である公園へとその足を向ける。

 

「時間も時間か・・・人が少なくて助かる。む?」

 

人気の無い敷地内を歩いていると開けた場所に出る。

しかしそこには、無数の戦闘跡がそこかしこに刻まれていた。

 

「また決闘騒ぎでもあったのか?いや、この場合は乱闘か・・・」

 

大気中にある複数の星辰力の残滓を感じ取り晶はそう当たりを付けると広場の中心まで進む。

 

「・・・それで、また乱闘でもする気か?ーー人形師」

 

晶がそう言い切ると同時、茂みの中から一本の光矢が彼目掛け放たれる。

明らかに直撃コースのそれに見向きもせず、晶は手を軽く振った。たったそれだけの行動。しかし、それだけで彼の指先に触れた光矢は雲散霧消した。

 

「星辰力によって形成される弾丸や矢と言うものは同質、或いは同出力の星辰力をぶつける事で相殺することが出来る。簡単な理屈だろう?」

 

首をコキリと鳴らし挑発するように嗤えば、まわりの茂みから斧型の煌式武装を持った『人影』が三体現れ、無機質な切っ先を晶へと向ける。

 

「くはっ、私も警戒されたものだ。まあ、あれだけやれば当然か」

 

それに対して恐怖するわけでもなく、晶は懐から一本の機械的な棒を取り出すと、迷いなく自らの星辰力を流し込む。

長い柄が象られ、その先端は三叉に別れる。穂先に埋め込まれたマナダイトが一つ輝けば、蒼い光刃がその姿を顕す。

 

「さて・・・お前の遊びに付き合ってやろう。精々耐えろよ。でなければ、つまらんからな」

 

銀河製煌式武装・改《ヴィタハルベルト》。

量産品としての面影を一切残さないそのパルチザン型武装の刃が空を裂く。

 

 

ーー宵闇が、世界に満ちた。

 

 

ドゴンッ!!

前左右、全くの同タイミングで晶へと接近した人影が何の躊躇も無く斧型煌式武装を振り下ろす。

如何に星脈世代と言えども生半可な実力では回避すらままならぬ攻撃はその大質量を以てアスファルトを粉砕する。

だが、『そんなノロマな攻撃』が当たる筈がない。

 

「遅いな。その程度で私をやれると思っているのか?」

 

三体の人影、その後ろに傷一つなく晶は佇んでいた。

くるり、と《ヴィタハルベルト》を弄ぶように回すと、蒼い穂先が軌跡を残す。そこに今度は三方向から光矢が飛来するがそれも体を少し反らすだけで回避する。

 

「手の内は終いか?では、此方の番だ」

 

音もなく槍を構え口端を吊り上げて晶が笑うと、殺到するかの如く、人影が駆け出す。

しかし、遅い。

 

「鳴け。スピードレイン」

 

轟ーーっ!!

 

素早く、疾く風もかくやと言わんばかりに《ヴィタハルベルト》を五度振るえばその軌道をなぞるかのように衝撃波が走る。

飛び掛からんとしていた人影らに避ける術は無く、斬撃の嵐に曝され、切り刻まれる。

衝撃波はそれだけに止まらず、人影の背後、光矢を放った存在が居る茂みすら切り裂き蹂躙する。

圧倒的な風圧は、人影達に確かな隙を生じさせ、晶がその間隙を見過ごす事は無かった。

 

「果てろ。スライドエンド」

 

槍刃一閃。

瞬の速さを誇る斬撃が斧型煌式武装を持った三体の外套を裂き、その躯体を斬り刻む。

だが晶はその瞬間、視界にある物を捉えた。

先端が白く塗られた筒状の物体。それの正体を理解すると攻撃力に回していた星辰力を身体の防御へと再構築し、目を閉じた。

 

直後、盛大な破裂音と共に強烈な光が広がった。

 

「ちっ・・・厄介な物を使ってくれる」

 

十秒か、一分か。星脈世代の力をもってしても抑えきれない耳鳴りに顔をしかめつつ、晶はゆっくりと瞼を開く。その視界には人影一つ見当たらず、ズタボロになったアスファルトの上にその役目を終えた筒状の物体だけがあった。

それを取り上げて少し眺めた後、晶は溜め息を吐いた。

 

「最新式のフラッシュバン、か・・・成程、バックは確定したな」

 

《ヴィタハルベルト》の起動を解除して懐に戻し、入ってきたのと逆方向にある公園の出口へと歩みを進める。

天を見上げれば遥かな夜空。

そんな空へと小さく呟きを吐く。

 

 

 

 

 

「ーー明日が楽しみだな?"サイラス・ノーマン"」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*07 急展


遅れ馳せながら、皆さま明けましておめでとうございます。
本年もどうか、よろしくお願いいたしますm(__)m

・・・ところでPSO2の次の舞台が地球って、どうしてそうなった・・・・・・


「こんな時間から掛けてくるとは珍しいな、エンフィールド。昨日の事か?」

 

『ええ、進捗について話しておこうと思いまして』

 

休み明けの月曜日。晶は登校する生徒でごった返す通学路を歩きながらクローディアから来た通話を受けていた。

昨日の襲撃の後、晶は帰宅後直ぐにクローディアへと連絡を入れ、集めた情報や襲撃時に隠し撮りしていた映像を送っていたのだ。

 

「それで、何か掴めたのか?」

 

『ええ。今回の犯人はサイラス・ノーマンでほぼ間違いないでしょう。そして彼のバックも貴方の予想通り、アルルカントが関わっている可能性が最も高いですね』

 

「やはり、か・・・確保は何時するつもりだ?」

 

『諸々の準備もありますから、放課後になってしまいますね』

 

「ふっ、生徒会長も大変だな」

 

『ええ全く。・・・それではまた放課後』

 

ぷつりと通話が切れ、携帯端末の投影ディスプレイが音も立てずに消える。

恐らく色々な『根回し』をするのに忙しいのだろう。だというのに直接電話してくるあたり、律儀なものである。

何はともあれ、

 

「今回の騒動もそろそろ終わりか。暫くは平穏無事に過ごしたいものだ」

 

首をコキリと鳴らしそう呟いて、晶は校舎の中へと入っていった。

 

 

 

教室に入って晶を迎えたのは何とも言い難い表情の綾斗だった。

 

「あ、おはよう晶」

 

「おはよう・・・どうした綾斗、暗いぞ」

 

「え?そ、そうかな?」

 

「バレバレだ。伊達にお前の親友をやっておらんよ」

 

単刀直入に聞いてみれば案の定、言葉をつっかえさせる綾斗に苦笑いを浮かべる。

大方、ユリス絡みで何かあったのだろうと予想し、流石に本人が居る教室で話すことではないと思い、晶は綾斗を連れて廊下に出た。

 

「で、何をやらかしたんだ」

 

「既に俺が悪いことになってる!?」

 

「違うのか?」

 

「違うよ!」

 

晶のからかい言葉を強く否定して、綾斗は昨日から今日に至るまでの事情を説明する。

結果。

 

「綾斗」

 

「ん?」

 

「お前は初デートの結果を気にする中学生か」

 

「うぇ!?い、いや俺とユリスは決してそういうんじゃ無くて!」

 

至極真面目な表情で綾斗にそう言えば、当人は顔を真っ赤にして首が取れるのではないかと思うくらい頭を振る。

綾斗の事情というのは、日曜日にユリスに街中を案内(デート)してもらい、その最中に例の襲撃犯らと戦闘、そして何のかんのフラグを立てて今日。教室でユリスと会ったら何やら手紙を読んでいて、挨拶しても生返事というか態度が出会った当初に戻っていたとの事。

襲撃犯のことを抜けばどう考えても先程晶が言った言葉に至るだろう。

 

「しかし成程。昨日の公園の有り様はお前らが原因だったか」

 

「晶もあの公園に?」

 

「ああ、学園までの近道だからな。覚えのある星辰力の残滓だった故、予想はしていたが」

 

レヴォルフの学生らを金で雇ってけしかける等、相手も中々に周到なことをする。

そして何より綾斗とユリスは襲撃に会う前にサイラス・ノーマンと接触していたことが晶の琴線に触れた。

 

(マクフェイルの奴が居たとはいえ、態々ターゲットの前に出るとは・・・へまをしない自信でもあったのか、それともただの凡愚なのか)

 

いずれにしても、今日中に決着はつくだろう。

だが、サイラスが何らかのアクションを起こす、或いは起こしている可能性が高い。警戒を解くような事はしないほうが良いだろう。

今はどうにも気落ちしている親友の心持ちを戻すのが先だ。

 

「まあそう気にするな。リースフェルトも何か事情があるのだろうよ、気に掛けすぎても仕方無かろう」

 

「それは、まあそうだけど・・・」

 

「何も無関心を貫けとは言わん。せめてその不安そうな顔だけでも隠せる程度には持ち直せ。回りが不安がる、というかネタ探しに根掘り葉掘り聞いて来るぞ・・・こいつみたいにな」

 

そう言って晶はさっと腕を伸ばすと、見覚えのあるパーカ姿の青年の襟首を掴んで綾斗の前に出す。

さながら首を掴まれ吊るされた猫のような状態の彼は、英士郎だった。

 

「英士郎?」

 

「お、おっす綾斗。いや盗み聞きするつもりは無かったんだ、ただ面白そうな話が聞こえるなぁと耳を澄ませていただけで」

 

「それを盗み聞きと言うんだ、阿呆」

 

襟首を離した途端、誤魔化すように話す英士郎に呆れながら頭を小突く。

相変わらず耳聡い青年である。

 

「で、綾斗がリースフェルトに振られたって話だよな」

 

「いや違うから!」

 

茶化すようにニヤニヤと笑う英士郎に綾斗がさらに顔を赤くする。

とそこへ晶たちにとって聞きなれた声がかかる。

 

「おら、お前らさっさと教室に入れ~。でないと私の釘バット(相棒)が火を吹くぞー」

 

「「「げっ」」」

 

ジャージに釘バット(血糊つき)という何とも猟奇的な格好のこの女性は八津崎 匡子(やつざき きょうこ)。晶たちのクラスの担任である。

因みに元レヴォルフのOGという、どうしてここに居るのかわからない教師だ。

というかよく教師になれたな。

 

「おい八十崎、失礼なこと考えてねぇか?」

 

「滅相もない」

 

そしてやけに勘が鋭い。人類の革新か何かかとしか思えない。

兎に角まだ死にたくない三人は匡子に促されるまま教室に入る。

席の大半が埋まったクラスを眺めて、成程、と小さく呟く。ユリスの背中は晶が知る、かつての悲壮さすら感じさせる空気を纏っていた。果たして何が彼女をそうさせたのか。

いや、回答なら既に出ている。その確証が、無いだけで。

 

(・・・手紙、か。単なるラブレターなら救いはあるんだが、な)

 

一つ鼻を鳴らして席につく。

結末の時は、もうすぐそこに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。

夕焼けに染まる全面特殊ガラス張りの廊下を晶は下校途中の生徒達の流れに逆らって歩いていた。

 

「あの杭打ち女め・・・散々荷物運びをさせおってからに」

 

全授業が終わって早々、晶は匡子に呼び出され、授業で使った備品を運ばされていたのだ。しかも備品庫までは地味に遠い。挙げ句、備品の量も一クラス分のためかなり多いときた。

 

「鬼畜ヤンキー教師め、一生独身の呪いでもかけてやろうか・・・む?」

 

当人が聞いたら間違いなく釘バットによる制裁が下るだろう文句を言いながらふと廊下の窓の外、校門のところに薔薇色の髪の少女が駆けて行くのを見付ける。

 

「リースフェルトか?あんな風に駆けるとは・・・まさか!」

 

ユリスの行く先、それを予想して晶はハッとする。今朝の予感、その答えが確かなものだったのだ。

 

「晶!」

 

そこへ焦った様子の綾斗が走り寄ってきた。その手には未起動状態の煌式武装らしき物が握られていた。

 

「ユリスを見なかった?もしかしたらマズイことになってるかもしれないんだ!」

 

「サイラス・ノーマン、だろう」

 

「気付いてたの?」

 

「まあな。リースフェルトなら先程走って行くのを見た。まだそう遠くまでは行っていないだろうが・・・」

 

追うにしても既に距離は開いてしまっている。彼女の星辰力を追跡しようにもあれだけの人混みの中からたった一人の星辰力の残滓を探し出すのにも時間がかかる。

ではどうするか。晶は迷わず携帯端末を取り出し、クローディアへと繋ぐ。

 

『八十崎君?』

 

「すまんエンフィールド。そちらのシステムでリースフェルトを探し出せるか?」

 

『現在捜索中ですが、流石に行き先の特定箇所が多すぎますね』

 

ワンコールで繋がったクローディアは既に事態を知っていたようだが、しかし苦い顔をしていた。

とそこで綾斗の端末が着信音を立てた。

 

『綾斗、へるぷみー』

 

「沙夜?ってもしかして道に迷った?」

 

『いぐざくとりぃ』

 

投影ディスプレイに映ったのは僅かばかり困り顔の沙夜だった。

どうやらまた道に迷ったらしい。

 

『至急応援を要請する・・・ん?』

 

「どうしたの?」

 

『今、リースフェルトが走ってった。珍しい』

 

「「!?」」

 

さらっと現在もっとも欲しい情報を沙夜が言い、二人は息をのむ。

沙夜には悪いがまさに天運が巡ったと言えるだろう。ならば後は簡単だ。

 

「沙々宮、私だ。周りの風景は映せるか?」

 

『晶も居るのか。ちょっと待て』

 

沙夜がそう言葉を切って画面から消えると、彼女が現在いる場所が映し出される。

晶は即座に携帯端末を綾斗の物と同期させると、クローディアへとその映像を送る。

 

「エンフィールド、分かるか?」

 

『ここは恐らく市街区の外れですね。ですがこれだけでは何とも・・・沙々宮さん、ユリスはどちらに向かって走っていきましたか?』

 

『生徒会長までいるのか。確かこっちだ』

 

画面がクルリとまわり、閑散とした風景が映る。その隅で沙夜の指が右を指す。

 

『成程、判りました。ユリスは再開発エリアに向かっているようです・・・彼処は人も少ない。見付けるのは容易いでしょう』

 

「そうか・・・沙々宮、助かった。私と綾斗はこれから急用があるので向かえんが、代わりの者を寄越す。それまで其処を動くなよ?」

 

『よくわからないが、わかった。む、今度は変なマッチョマンが走ってった』

 

「マッチョマンて、もしかして」

 

「マクフェイルだろうな。ちっ、面倒だ、行くぞ綾斗!」

 

「了解!・・・それじゃ沙夜、また後で!」

 

苛立たしげに舌打ちして通信を切ると、晶と綾斗は人の少なくなった廊下を駆け出す。

ここから先は時間との勝負だ。コンマ一秒すら無駄には出来ない。

エレベーターを使っている余裕は無い。階段なんて降りてる余裕も無い。であるならショートカットするだけだ。

無人となった教室へ入ると、迷わず窓を開ける。

 

「道を走る時間は無い、最短距離を突っ切るぞ!」

 

「オーケー、行こう!」

 

そして二人は空中へと飛び出した。

地上十数メートル、只人ならば簡単に死ねる高さからの落下の衝撃を自身の星辰力を調節して相殺。その反動の勢いを活かして弾丸のごとく加速する。

スポーツカーも斯くやのスピードで校門を突っ切り、一気に市街区まで抜けると跳躍、並び立つビル群の上を走り出す。

屋上から屋上へと跳び移り、駆け抜ける。

 

「間に合ってくれよ、頼むから」

 

「ユリス・・・!」

 

時は、逢魔ヶ時へと差し掛かっていたーー。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*08 闇刃双舞

「ちっ・・・!」

 

「さあさあ、もっと力を見せてくださいよ《華焔の魔女》!」

 

再開発エリアに存在するビル群の一つ。その最中でユリスは何十体もの擬形体を相手に責めあぐねていた。

幾らフロア内に柱くらいしか障害物が無いとは言えど、立派な閉所。迂闊に大火力、大規模の魔法を使えばビルを崩壊させかねない。星脈世代だって完璧ではない。どれだけ星辰力を防御に回しても、ビルの崩壊、その衝撃には耐えられないだろう。

それにプラスして今この場所にはレスター・マクフェイルも居る。巻き込んでしまえばそれこそ今彼女の眼前に立つ男の思惑通りになってしまう。

 

サイラス・ノーマン。

レスターの腰巾着だった彼はその矮躯を揺らしながら醜い笑顔を浮かべ嗤っていた。

彼こそがユリスを襲い、他の星武祭参加予定者を棄権させた張本人だ。

彼は擬形体を以てユリスを負傷させ、呼び出したレスターと決闘し、相討ちになった事にして二人を星武祭から棄権させようとしている。

だからと言って「はいそうですか」とやられてやる訳には行かない。

 

己の願いの為にもこんなところで終わってなるものか。

 

自身にそう言い聞かせてユリスは細剣型の煌式武装をタクトのように振るい、焔を放つ。

相手は所詮擬形体。通常ならこれだけで擬形体の躯体はたちまち熔解し、赤熱しながら果てるだろう。

"通常ならば"。

 

「ええい、面倒な!」

 

「貴女の焔、その威力は厄介ですからねぇ。擬形体には最大限の耐熱処理を施してあるんですよ!」

 

サイラスの粘着質な声がユリスの耳朶を叩き苛立たせる。

正に激流と称すべき焔に身を焼かれているのに、擬形体らはまるで何事も無いかのように武器を構え、ユリスへと近づいていく。

舌打ち一つ、ユリスは身を翻して距離を取りつつ再度焔を放つ。

 

「咲き誇れ、六弁の爆焔花!」

 

轟ーーッ!!

細剣の切っ先に描かれた魔方陣とも呼べる幾何学的な円陣から巨大な蕾のような焔弾が放たれ爆ぜる。

たとえ耐熱処理を施されていようと、副次的に発生する衝撃は逃れようがない。

動きの止まった擬形体の隙を突き、サイラスの横へと回り込む。

 

「しゃらくせぇ!!」

 

そこに、レスターの叫びと共に細身の擬形体がサイラスの目の前に派手な音を立てて落ちる。

装甲がひしゃげ、関節から火花を上げる鉄人形に目もくれず、サイラスは未だ数体の擬形体に囲まれているレスターへと視線を向ける。

 

「おや、まだ立ってたんですか。見た目に違わずしぶといですね」

 

「サイラス、てめぇ・・・!」

 

得物である斧型煌式武装《ヴァルディッシュ=レオ》を乱雑に振るい、レスターは眦を吊り上げる。

戦いに特化した、筋骨隆々の肉体からは押さえきれない怒りが溢れだしていた。

 

「出来れば抵抗しないで頂きたいんですけどねぇ・・・うっかり殺しちゃうかも知れませんからね!」

 

「このっ・・・クソヤロウが!!」

 

「そのクソヤロウに貴方は倒されるんですよぉ!アハハ!」

 

けたたましい、それこそ耳障りな笑い声を上げてサイラスは複数の擬形体をレスターへ仕向ける。その躯体は先程吹き飛ばされたモノよりも二回りも大きく、見てからに頑強さを際立たせている。

それらが四体、逃げ場を無くすように、或いは獲物をいたぶるかのようにゆっくりとレスターへと進み出す。

 

「ーーっ!」

 

「おっとぉ、貴女も下手に動かないで下さいね?でないとその端正な顔がボロボロになっちゃいますからねぇ」

 

「この、下衆が!」

 

サイラスの意識がレスターへと向かっている隙を見て、ユリスが細剣を構えた所に幾筋もの銃弾が放たれ防御を余儀なくされる。ただの銃弾であれ、それがざっと見て三丁も連続で放たれてしまえば星脈世代でも脅威を感じざるおえない。

さらにその奥にはさながら壁のように擬形体の群れが整列し、レスターへの道を塞いでしまっている。

 

「ぐ、お・・・っ!!」

 

「レスター!」

 

その間もレスターはリンチ染みた多方向からの攻撃を受け続け、最早立っているのが精一杯の状態にまで陥ってしまう。

 

万事休すか。

 

たった一言浮かんだ諦めの言葉を臍を噛んで掻き消す。

 

許さない、認めない、負けてなるものか。目的を果たすまで、この願いを叶えるまで、私は倒れられないーー!!

 

「さあ、レスターが終われば次は貴女だ《華焔の魔女》!」

 

耳障りな声を鼓膜でシャットアウトし、細剣を構える。

その眼には徹底抗戦の意志が溢れていた。

 

 

 

 

 

サイラス・ノーマンはそれを視界の端に捉えて嘲笑う。

《冒頭の十二人》が何だ。結局そんなものは個人の力でしかない。

ありとあらゆる人間と情報を使って『数』でそんなものは覆せる。

現に《冒頭の十二人》の二人を同時に相手にして自分は圧倒的優位に立っている。それが何よりの証左だ。

 

「は、ははは!アハハハハ!そうだ、僕は強い!何もかも、僕の盤上(てのひら)で踊ればいい!」

 

慢心。彼の心を表すならこれほど的確な言葉はない。

ーー故に。

 

「ーーーーほう?ならばその盤をひっくり返してみせようか」

 

「王様(キング)気取りの歩兵(ポーン)さん?」

 

その優位性は一瞬で瓦解する。

窓を割って現れた二人のイレギュラーによって。

片や、妖しく煌めく紫の刀を持ってレスターの前に立ち。

片や、純白の刀身に漆黒の紋様が浮かぶ両手剣を持ってユリスを抱きかかえ。

音もなく、眼前の擬形体達の首を刎ねていた。

ごとり、と一斉に十数体もの擬形体の頭がコンクリートの床へと落下して積もった埃を撒き散らす。

 

「あ、綾斗!?それに八十崎まで!」

 

「ごめんユリス、遅れた」

 

「遅刻はヒーローの常だ、許せ」

 

「八十崎、お前・・・」

 

驚きの声を上げるユリスとレスターに、綾斗と晶は余裕の表情で応える。

それを見て漸くフリーズした思考が復活したサイラスが口を開く。

 

「どうやって此処を割り当てたのですか、八十崎晶・・・」

 

「何、ちょっとした幸運と協力者のお蔭さ。さて、サイラス・ノーマン」

 

サイラスの問いをニヒルに笑って流し、晶は《闇鴉》の切っ先を向ける。

 

「選べ。大人しく捕まるか、足掻いて叩き潰されるか。まあ私はどちらでも構わんがな」

 

「は、はは、何を言うかと思えば・・・"星導館の何でも屋"も存外愚かのようですねぇ!貴方達が来た所で、僕の優位は揺らぎはしない!」

 

そう吐き捨ててサイラスが指を鳴らすと、柱の影から、天井から、床に空いた穴からまるで巣から沸き出る蟻の群れのように擬形体が現れ、彼を守るように整列する。

それら一体一体が斧、双剣、機銃型の煌式武装を持った、機械兵団。

 

「《無慈悲なる軍団(メルツェルコープス)》、総数にして百二十八体。これだけの数、相手取れますかねぇ!!」

 

声高らかに叫ぶサイラスの周囲に集った、まさに圧巻と呼べる軍勢を前に、しかし綾斗と晶は余裕の表情を崩さず、寧ろ笑っていた。

 

「はっ、侮られたものだな。"たった"百二十八体の人形で私らを潰すだと?笑わせる。なあ?綾斗」

 

「まあ、頭数はもう少し増やさないと俺達は倒せないかな。とりあえず」

 

「「俺を倒したいなら後二万は人形を持ってこい」」

 

「なっ・・・!?」

 

威圧的な光景を目にして尚、笑って吐き捨てる二人に逆にサイラスは気圧されて一歩後ろに下がってしまった。

 

「さて綾斗、六十四体ずつできっちり半分だ。鈍った体には丁度いいだろう」

 

「そうだね。まあウォーミングアップにもならなそうだけど」

 

「な、なめた口をぉ!!」

 

二人の挑発じみた発言にサイラスの堪忍袋の緒が切れる。そしてその感情に呼応するかのように擬形体の軍勢が動き出す。

そう、これから始まるのは一方的な蹂躙。

 

「内なる剣を以て星牢を破獄し、我が虎威を解放す!」

 

綾斗はその手に持つ純星煌式武装《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》を掲げ、口上と共に己が軛を解き放つ。

 

「我が心、静謐なる湖面の如し」

 

晶が詠うかのように言葉を紡いだ途端、紅いオーラの様に視覚化した星辰力がその体から溢れ出す。

『アベレージ・スタンス』。自らの力の一端を解放し、晶はほくそ笑む。

準備は整った。

 

「「さあ、始めようか」」

 

二人のその言葉に、サイラスの指揮の下、擬形体達が動き出す。

ある擬形体は機銃を放ち、またある擬形体は刃を構え振りかぶる。

晶はその嵐とも呼べる攻撃の全てを闇鴉を振るい、切り捨てながら駆け抜ける。

 

「はっ、思った通りだな。チェスの用量で擬形体を動かしているか」

 

「な、何故・・・!?」

 

擬形体の首を撥ね飛ばし、胴を両断しながら語りかければ、サイラスは狼狽した声を上げる。

 

「何、動きをよく見れば分かることだ。同時稼働数は最大で六体。他は半自動制御による稼動、それも十六体程度。解るなと言うほうが無理だ。だがな、貴様のそのプレイングでは"メルツェルのチェス人形"にも劣るぞ?ああ、いや比べるのも烏滸がましいか」

 

「だっ、黙れぇぇぇ!!」

 

晶が種明かしを兼ねた単純な煽り言葉を吐けば、サイラスは彼へと擬形体の攻撃を集中させる。綾斗に背中を晒す形になるがそちらには装甲の分厚いタイプを向かわせたので問題はない。

しかし彼は計算に入れていなかった。

何であれ、純星煌式武装と言うものは"規格外"なモノであること。

 

「全く、言ったはずだよ」

 

そして、

 

「俺を倒したいなら後二万は必要だってさ」

 

『天霧綾斗』の実力を。

振り向いたサイラスが見たのはユリスの焔にすら耐えた擬形体の尽く、その上半身が消し飛んだ姿だった。

 

「ぼ、防御を無視する刃だとぉ・・・!」

 

「何を驚く、サイラス・ノーマン。この程度出来ないで純星煌式武装など、名乗れるワケが無かろうよ」

 

「ひっ」

 

前に向き直せば、丁度晶が最後の擬形体を細切れにしたところだった。

擬形体をけしかけて凡そ一分足らずでサイラスの軍勢はガラクタへと変わってしまった。

 

「それで、手の内は終いか?ならさっさと捕まってくれ。貴様の下らない御遊戯に付き合うのも面倒だからな」

 

《闇鴉》の刀身を鞘に収め、さも面倒そうに首をコキリと鳴らす晶にサイラスは恐怖を感じる。

何より恐ろしいのは彼が持つ純星煌式武装《闇鴉》だ。これまでの戦闘記録において、能力不明、その対価も不明、分かるのはただただ『鋭すぎる』という一点のみ。

だが、アレと相対した者は軒並み言うのだ。

 

『刀から殺意を感じる』と。

 

ああ、成程。と一周回って冷静になった一部の思考が呟く。

確かに《闇鴉》から殺意を感じるのだ。"自分の死に様が見えてしまうほどの"殺意が。

死ぬ。殺される。現実には有り得ないと解りながらも心がそのワードをけたたましく吐き出し続ける。

 

「な、なんだ・・・お前は何なんだああああああ!!?」

 

脳内に満ちた『死』の一文字に恐慌状態に陥ったサイラスは自身の切り札である女王(クイーン)を隠蔽していた瓦礫の山から呼び出す。

その姿はこれまでの擬形体よりも更に巨大な躯体を持ち、その腕はビルの柱よりも太いという、女王の名から遥か遠いものだった。

それを眺めて尚、晶の表情に変わりは無く、余裕綽々といった顔付きのままだ。

 

「全く、それなりに斬り応えがありそうなのが居るじゃないか。最初から出せと言うに」

 

カチャリ、と小さく音を鳴らして《闇鴉》の鯉口が切られ、紫に耀く『ウルム=マナダイト』のみで構成された刃を覗かせる。

 

「綾斗、悪いが見せ場は貰うぞ」

 

「任せたよ、晶」

 

「ああ」

 

短く答え、晶は腰を深く落とす。

左半身を後ろに、右手を鞘に添えたその構えはまるで爪を振るわんとする狼を彷彿とさせる。

そこへ、女王の拳が降り下ろされ、コンクリートの床が派手に吹き飛ぶ。その余波によって煙が巻き起こり、フロアを包む。

レスターもユリスも、そしてサイラスも確実に当たったと確信してしまう程のタイミング。

だが、煙の中から聞こえた声にその確信は砕かれる。

 

「瞬け、紅蓮鉄線(グレンテッセン)」

 

放たれる一閃。

その閃きは煙を晴らし、夕暮れ照らすフロアを顕にする。

あまりの事にユリス達は閉口し、目を見開いたまま固まる。綾斗を除いて。

 

「他愛無し」

 

"女王の背後に立った"晶が夕日の光すら呑み込む刀身を鞘へ戻し、締めくくりとばかりに軽く手を振るった次の瞬間、真一文字に刻まれた線をなぞるように女王の上半身が自らが開いた穴へと吸い込まれるように落ちてゆく。

 

「幕引きだ、サイラス・ノーマン。神妙に縄についてもらおうか」

 

「は、はは・・・僕は、僕はああぁ・・・!」

 

「っ!?」

 

自分の理想からかけ離れた現実に思考が再び暴走したのか、頭を半狂乱に掻き毟ったサイラスはあろうことか窓際へと駆け、そのまま飛び降りてしまった。

駆けよって下を覗いてみても、あるのはビルが重なった深い闇だけだった。

 

「・・・・・・もう一つ仕事が増えたか」

 

闇から目を反らし、小さく呟いて髪を掻き上げる。

何にしても『表』はこれで終わった。

後のことは裏方に任せればそれでいい。

そう考えて、晶は綾斗達のもとへとその足を向ける。

 

もうすぐ、夜が来ようとしていたーー。

 

 

 

 





無駄に長くなってしまって本当にすまない・・・

因みに作中に晶が言ったメルツェルのチェス人形ですが、18世紀に実在した『トルコ人』というカラクリ、機械人形のことです。
エドガー・アラン・ポーの短編集で見かけた方もいるかもしれませんね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*09 epilogue

逃げる。駆ける。

再開発エリアのビル群の影の中をサイラス・ノーマンはひたすらに駆けていた。

制服は元の白さが消え、ボロボロになり、体の至るところには傷がつき、血が滲み出ていた。

それでも彼は駆けていた。あの『死』の感覚から少しでも離れようと足掻いていた。

 

「はぁっ・・・はぁっ・・・!なんで、なんでアルルカントの連中は来ないんだ!僕が捕まれば彼奴等だって困るはずなのに!」

 

「自惚れも甚だしい男だな。サイラス・ノーマン」

 

「なにっ!?」

 

そんな彼に唐突にかかった声に、サイラスは足を止める。

 

「そう驚くこともないだろう。貴様は此度だけとはいえ『裏』に関わったのだから。私の存在は知っているだろう?」

 

ボイスチェンジャーを使っているのか、何処かくぐもった声と共に、まるで影によって象られたかのような存在がサイラスの前に現れる。

その異様な姿が何なのか認識した途端、サイラスの体はカタカタと震え始める。

知っているも何も、知らないほうが可笑しい。

たった一度でも、ここアスタリスクの裏に関われば嫌でも耳にする"都市伝説"。

 

その者は漆黒の仮面を被り、闇より暗いコートを纏い、そして、身の丈ほどの大剣を以て罪人を裁く。

名を、

 

「【仮面(ペルソナ)】・・・」

 

【仮面】と呼ばれた男は、ただ無言でサイラスを眺めていた。

ゾワリ、と全身が総毛立つ。【仮面】からまるで溢れ出すように感じる死の感覚がサイラスの心をへし折った。

 

「あ、ぅぁ・・・し、死にたくない・・・!」

 

「・・・・・・」

 

その言葉に耳を傾けず、【仮面】は袖口から煌式武装の発動体を取り出す。その先端には紫のマナダイトが埋め込まれていた。

 

「そ、そうだ!僕は今までお前が斬ってきた奴等にくらべて、やったことは軽いじゃないか!な、何も斬る必要なんてない筈だ!」

 

「・・・・・・」

 

マナダイトが輝き、煌式武装としての姿を象る。

長い柄を覆うように展開されるのは禍々しい深い紫の刃を持つ大剣、改造煌式武装《コートエッジD》。

血に濡れたような跡を残すその大剣を見て、サイラスの膝はガタガタと震えだし、顔からは涙も鼻水も関係なしに流れ出す。

逃げたくても、逃げられない。

すでに足は立っているのが不思議な程であるし、何よりもこんな殺意の塊に背を向ける方が自殺行為のように思えて仕方がない。

 

「っ・・・ひっ・・・た、助け」

 

「その心肝に刻め」

 

紫紺の刃が振り上げられる。

サイラスの目には、それが断頭台で刑死者を待つギロチンのようにも見えた。そして理解する。【仮面】(こんなヤツ)に命乞いをする時点で間違っていたのだと。

 

「ーーこれが『裏』に関わるという事だ」

 

そして、冷徹に、冷酷に。一切の慈悲も救いも無く、刃が彼の体を切り裂いた。

 

「・・・・・・ぎ、ぁ・・・っ」

 

袈裟に切り裂かれた体から、バケツを返したかのように血が吹き出し、アスファルトを染め、血溜まりを作る。

ばしゃりと音を立て、膝から崩れ落ち、自身から溢れ出た血の海へと沈む。

サイラスが最後に感じたのは、鈍い痛みと、生温い血の感触。そして、

 

「・・・・・・眠れ」

 

どこまでも暗い、声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、一足遅かったようですね」

 

「女狐か・・・」

 

サイラスが意識を失った直後、涼やかな声が路地裏に響き渡る。

【仮面】がそちらを向くと、金髪を緩やかに波立たせた少女が現れる。クローディア・エンフィールドだ。

 

「殺しては・・・いないようですね」

 

「この程度、殺す必要もないだろう。これの処理はそちらに任せる」

 

サイラスに見向きもせず、【仮面】はそう答えると《コートエッジD》の展開を解除して発動体を袖口に戻す。

そしてアスファルトに落ちていたコンクリート片を手に取ると、何処に向かって投げ放つ。

遠くでガシャリと何かが壊れる音が響いた。

 

「今のは?」

 

「・・・『鼠』が一匹程、鼻を効かせていたようだ」

 

「あら・・・」

 

「ここは、"六花"だ。貴様も、周りには目を配ることだな」

 

それだけを言い残し、【仮面】は現れた時と同じ、影に同化するようにしてその場を去っていった。

【仮面】の背中を見送って、クローディアは肩を竦める。

 

「つれないですね・・・もう少し会話してくれても良いと思うのですが」

 

「うへぇ、アレを相手によくそんな事が言えますね」

 

「まあ、多少知った仲ですから」

 

「マジですか・・・」

 

クローディアの背後、ビルとビルの隙間から現れたパーカーに制服を羽織った青年、英士郎が口元を歪めてなんとも言えない表情を浮かべる。

星導館どころか、この六花で裏に関わる者総ての恐怖の対象たる【仮面】。

それと知った仲と言われればこうもなる。

 

「恐らく、彼は矢吹君に気付いていましたよ」

 

「いやいや、まさかそんな・・・って言えないのが【仮面】でしたね」

 

「彼はそういうモノに敏感ですから」

 

クスクスと笑いながらそういうクローディアを見て英士郎は【仮面】もそうだが、彼女も大概だと、思ってしまう。

そんな彼の心を知ってか知らずか、クローディアは一つ手を鳴らすと横たわるサイラスに背を向けて歩きだす。

 

「さて、矢吹君。後始末の方は任せましたよ」

 

「了解・・・全く、人使いが荒いぜ・・・」

 

クローディアの言葉に愚痴混じりに応え、英士郎は溜め息を吐いてサイラスに近付く。

 

「お前さんも運が無かったな。ま、これも因果応報ってヤツだ、諦めな・・・って聞こえちゃいねぇか」

 

苦笑いを浮かべ、英士郎はサイラスを担ぎ上げて闇に向かって足を進め、姿を消した。

後に残ったのは噎せ返るような血の臭いと、夜の帳が落ちた暗闇だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。市街区にあるカフェにて。

 

「ーー後始末も完了、か。漸く一息つけるな」

 

サンドイッチ片手に携帯端末を弄っていた晶は画面に映るデータに鼻を鳴らして椅子の背凭れに体を預け、目を瞑る。

放課後の時間帯だからか、通りに面しているテラス席からは密度をました人の喧騒が耳に入ってくる。

そんな中、ガタリと間近で物音が立った。

 

「これで暫くは楽に過ごせるか・・・綾斗とリースフェルトが鳳凰星武祭にエントリーもしたことだ。エンフィールドも文句はなかろう」

 

「へえ、良いこと聞いた。で、アンタは出ないのか?」

 

「生憎と、パートナーが居なくてな。・・・脱獄でもしてきたのか、"イレーネ"」

 

晶が閉じていた瞼を開けると、正面の席に悪戯っぽい笑みを浮かべた少女がテーブルに片肘をついて座っていた。

 

「彼処が脱獄出来るような場所じゃねえ位知ってるだろ。条件付きで出してもらったんだよ」

 

制服を着崩した赤髪の少女はそういうと、お冷やを持ってきたウェイトレスにアイスカフェオレを頼む。

 

イレーネ・ウルサイス。プリシラの姉であり、純星煌式武装《覇潰の血鎌》の使い手だ。

レヴォルフ黒学院の《冒頭の十二人》に数えられる実力者でもある。

 

「ほう?条件付きとな」

 

「ああ・・・天霧綾斗と八十崎。アンタを潰せってな」

 

さらりと機密であろう情報を話すイレーネに晶は苦笑いを浮かべる。

 

「話して良いのか?機密事項だろう」

 

「別に構わねぇよ。この前プリシラと遊んでくれた礼みたいなもんだ」

 

「相変わらず、義理堅いな。それが他にも活かせれば大層モテそうなんだがなぁ」

 

「余計なお世話だっての」

 

からかいの言葉に対してイレーネは唇を尖らせてそっぽを向く。

なまじルックスが良いから様になってしまっている、彼女のそんな態度に苦笑いも微笑みに変わってしまう。

 

「・・・何ニヤニヤしてんだよ」

 

「いや、お前は本当に可愛いヤツだな、とな」

 

「なっ、は、はあっ!?」

 

何の気なしに晶が言い放った言葉にイレーネは顔を真っ赤にして立ち上がる。まわりの目線が一気に集中するが、それを気にする余裕はイレーネの脳内から消え去っていた。

 

「む?どうした?」

 

「いや、おまっ、あた、あたしが可愛いとかなに言ってんだ!?」

 

「事実だろう。それが何か問題でも?」

 

「大有りだバカ野郎!」

 

言った本人の素っ惚けた言葉にテーブルを叩いて吠える。

それは本来妹であるプリシラに向けられる台詞であって自分が言われる様な事は断じて有り得ない筈なのだ。

そうよく分からない感情のまま言い訳をすると、晶は口端を吊り上げて笑う。

 

「そういういじらしい所が可愛いと思ってしまうのだ。悪気は無い」

 

「・・・・・・う、うるせぇ」

 

真っ直ぐに、堂々とそう言われて気勢を削がれたイレーネは自分の顔の熱さを自覚しながら椅子に座り直す。

 

「私と、綾斗を潰す。か・・・レヴォルフの悪鬼も焼きが回ったか?」

 

「・・・さあな。天霧ってヤツがどういうのか知らないが、取り敢えずアンタに喧嘩を売ろうだなんて自分から死にに行くような物だろうに」

 

脱線した話題を元に戻すと、イレーネは呆れたように肩を竦める。

そこにウェイトレスが現れ、アイスカフェオレを置いていく。薄茶色の水面が夕日を浴びて淡くきらめく。

 

「それをイレーネは頼まれたのだろう?」

 

「間違っても非公式な市街地での決闘なんてアンタには挑まねえよ。あたしだって命は惜しい」

 

「故に、《鳳凰星武祭》か」

 

「そういうこった。だからアンタも早くペア見つけて参加しろ」

 

そう言ってイレーネはアイスカフェオレを一気に飲み干し、この話しは終わりだと言外に示す。

晶もそれについて是非は無いのか、サンドイッチの最後の一口をアイスコーヒーで流し込む。

 

「さて、好きなものを頼んで良いぞ」

 

「どういう風の吹き回しだよ」

 

「脱獄祝いだ」

 

「だから脱獄じゃねぇ!」

 

晶のからかいに律儀に付き合いながらもイレーネはテーブル脇のメニューを開く。

 

他愛ない話。二人の会話はコップの氷が溶け、夕暮れが夜に変わるまで途切れる事はなかったーー。

 





これにて原作一巻での話しは終了となります。
次回から章を新たに原作二巻のお話しです。

感想待ってます。

では、また次のお話しでノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Code1 人物紹介


code1での味方サイドの人物紹介です。
チョイ役は省略。



name 八十崎 晶

age 15

height 172cm

weight 62kg

 

Position 星導館学園 高等部 一年生

 

Weapon 純星煌式武装 《闇鴉》 改造煌式武装《ヴィタハルベルト》etc.

 

本作における主人公。神による転生者。

転生時の特典として、自身がプレイしていたゲーム《ファンタシースターオンライン2》でのアバターの能力を引き継いでいる。それに加えてもう一つ能力を保有しているが現在のところ不明。

赤色混じりの黒髪をうなじ辺りでバッサリと切り、目は淡い黄色。体格は程よく引き締まったアスリートのような肉体をしている。

性格は基本的に冷静沈着。戦いともなればさらに磨きが掛かる。但し、公式試合や、生徒間での決闘などでは闘いを楽しむということを忘れない。

日常においては綾斗やイレーネをからかう等、年相応な面も見せる。

 

戦闘では《闇鴉》を使った八十崎流抜刀術を得意とする。使う技の殆どはファンタシースターオンライン2でのブレイバーのフォトンアーツを元にした八十崎流剣術。刀以外にも状況に応じて大剣や槍などに持ち替える事もある。こちらも使う技はそれぞれのフォトンアーツが元になっている。

 

星導館のみならず、六花全体に知れ渡る"星導館の何でも屋"であり、相応の依頼料を渡せば護衛や各学園暗部の迎撃等をやってのける。

落とし物の捜索などは無料で引き受けるなど、料金設定は結構適当。

 

保有する純星煌式武装《闇鴉》は能力の詳細が謎に包まれている。劇中においても純星煌式武装が持つ固有能力を一度も発動していない。

そのため、能力発動の代償についても不明となっている。

又、刀身がウルム・マナダイトのみで構築されているという特異性を持っている。

対峙した者曰く、《闇鴉》そのものから自分の死に様が見えるほどの殺意を感じる。と言われる。

刀身は常に暗い紫の耀きを焔のように放ち、少し反りがある。鞘は黒塗りに、明滅を繰り返す紫の紋様が浮かび上がっている。鞘の形としては珍しく、刀身の滑り落ちを防ぐ鈨(はばき)が存在しない。

待機形態は小さい刀の柄。

 

 

 

 

name 【仮面】(ペルソナ)

 

所属、目的不明の謎の存在。六花の裏の面にて知らぬものは居ない死神。表ですら都市伝説として知られている。

見た目はファンタシースターオンライン2に登場するダークファルス【仮面】の男性体。

何処からともなく現れては組織間の闇取引の現場や違法者のグループを完膚無きまでに破壊していく。

その身体能力から星脈世代なのは確かだが、六花の何れの組織も正体を掴めていない。

唯一、クローディア・エンフィールドが知った仲のようではあるが詳細は不明である。

 

所持武装は星導館のバックである企業、《銀河》製の大剣型煌式武装を改造した《コートエッジD》。

待機形態は通常の煌式武装と同じ、先端にマナダイトを取り付けた長方形の棒。

 

 

 

name 楠木 リスティ

age 14

height 159cm

weight 51kg

 

position 星導館学園 中等部 三年生

 

weapon ???

 

二人目の転生者。かつての世界において、《PSO2》で晶のパートナーとして活躍していた。

赤銅色の髪をサイドテールで纏め、瞳の色は翡翠。

晶が呆れてしまう程のバトルジャンキーで、闘いを愛している節さえある。

入学早々、先輩・他校生問わずに決闘を申し込みまくり勝利を納め続けた。

その様から《凶拳絶脚(クレイジー・コメット)》という通り名が与えられるが本人は「何か中2病っぽくてカッコイイじゃん!」と受け入れている模様。

星導館学園《冒頭の十二人》の中の、序列第十二位。

 

 

 

 

name 天霧 綾斗

 

原作である学戦都市アスタリスクでの主人公。

大まかなバックグラウンドは変わっていないが、幼少期、姉の遥が居た頃から晶、ひいては八十崎の家と交流がある。

古流武術《天霧辰明流》を体得しており、星脈世代ということも合いまって高いポテンシャルを持っているが、現在はその力の大半にリミッターが掛けられている。

純星煌式武装《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》の担い手でもある。

サイラス・ノーマンの起こした事件を切っ掛けに、ユリスとタッグを組み、《鳳凰星武祭》への出場を決意した。

 

 

 

name ユリス=アレクシア・フォン・リーズフェルト

 

こちらも上記の綾斗と同じく、原作とあまり変わっていない。

晶をしてツンデレの申し子と言わしめた少女。因みにそれを本人の目の前で言うと何処ぞの狩りゲーよろしく上手に焼かれるので注意。

 

 

 

name 沙々宮 沙夜

 

バックグラウンドは原作同様。

綾斗と同じく幼少期に晶と交流があり、原作よりかは他者とのコミュニケーション能力は高い。無表情だが。

こと銃器に関しては新旧問わず詳しいガンマニアでもある。

重度の方向音痴で、最低でも十回は同じ道を通らないと覚えない。

 

 

 

name クローディア・エンフィールド

 

星導館学園生徒会長。

自称腹黒。晶曰く女狐。

策謀もさることながら、学園序列第二位の実力者でもある。

【仮面】についても何か知っているようだが、本人は話すつもりはないらしい。

 

 

 

name 夜吹英士郎

 

晶と綾斗のクラスメイト。新聞部所属。

情報通であり、それらを売ったりする情報屋のような事もしている。

星導館学園暗部組織《影星》の一員であり、裏の依頼を受けた晶に情報を流すなど、協力体制を敷いている。

 

 

 

name イレーネ・ウルサイス

 

レヴォルフ黒学院の《冒頭の十二人》の一人。純星煌式武装《覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)》の担い手。

中等部時代、妹のプリシラを通じて晶と知り合い、それ以来交流がある。

原作では制服をかなり着崩していたが、本作では晶とプリシラに矯正され、Yシャツのボタンを一、二個外す程度に収まっている。

 

 

name プリシラ・ウルサイス

 

上記のイレーネの妹。

中等部時代、不良に絡まれていた所を晶に助けてもらって以来は何かと交流がある。晶にとっても日常の象徴的な存在となっている。

月に一、二回、晶を自宅に招待して料理を振る舞うのが最近の楽しみ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

code2 銀風紫闇
*01 邂逅


ま た せ た な(蛇声)

今回から原作2巻のお話になります。
どうかお楽しみに!


アスタリスク中央区。商業エリアと行政エリアの境界線上にホテル・エルナトはある。

シンボリックなその超高層ビルは各国のVIPや著名人がアスタリスクに来たならば一度は利用するべきと称される。他にも同クラスのホテルならば行政エリアにあるにも関わらず、だ。

その理由はホテルの最上階にある、ドーム型の空中庭園である。

さながら西洋の豪邸、それこそ一国の王の私邸のような庭園だ。しかし、ここに入ることが許される者はそうは居ない。例え統合企業財体の幹部であろうとも。

だがそれでもこのホテルに宿泊すれば、何かの偶然でこの庭園に入れるかもしれないと、そうすれば箔が付くと考える輩が後を絶たない。

そんな者達を拒絶する、ある意味で潔白、またある意味で閉ざされた、孤空の庭。

 

「さて、人も揃った」

 

その領域に足を踏み入れる事が出来るのはたった六人。

即ち、アスタリスクに存在する六学園の長。

 

「始めようか」

 

その集いの名は、六花園会議。

 

 

 

「つっても一人居ねぇだろ・・・いつも通りだが」

 

獅子の鬣のような、くすんだ赤髪をもつ小太りの青年がぎらつく目を鋭くしながら鼻を鳴らす。

レヴォルフ黒学院生徒会長、ディルク・エーベルヴァイン。円卓に足を乗せた彼は己の不機嫌さを露も隠さず口に出す。

 

「まあ居ても居なくても変わらねぇか。偶像(アイドル)何てのはな。何回目の欠席だ?クソの役にも立ってねぇぞ」

 

「口が過ぎるよ、双剣の総代。他学園の代表を侮辱する発言は慎んでもらいたい」

 

ディルクの真反対に位置する席に座る金髪の青年が嗜めるように注意する。

聖ガラードワース学園、その校風を象徴するかのような純白の制服を纏った、貴公子然とした青年。

聖ガラードワース学園生徒会長、アーネスト・フェアクロフ。

校風も、個人の性格も真反対の二人はこうして事あるごとに衝突を繰り返す。

 

「そこまでにしておけよ、若造ども?今はそんな些事にかまけている場合ではなかろうよ」

 

「・・・そうですね。場を乱してしまって申し訳ない」

 

「チッ・・・」

 

アーネストの左隣に座った、小柄な少女の一声に二人は剣呑な雰囲気こそ残せどそれ以上は口にしなかった。

 

「"アレ"が些事とはいえ動いたのだ、そう悠長にしてはおられまいよ」

 

その姿とは裏腹に老成しきったかのような口調で喋る少女、界龍(ジェロン)第七学院生徒会長、范星露(ファン・シンルー)の言葉に、円卓に座す六花の長は眉を潜める。

 

「【仮面】、か・・・」

 

「アレにはうちの者もやられておるからのう・・・」

 

【仮面(ペルソナ)】。数年前、唐突に六花の闇に現れたイレギュラー。

六学園それぞれのバックである企業、《W&W(ウォーレン・アンド・ウォーレン》、《界龍》、《銀河》、《EP(エリオット=パウンド)》、《フラウエンロープ》、《ソルネージュ》の何れの組織の暗部もその正体を掴めない謎の存在。

六花内で起こる闇の駆け引きの中に現れてはその尽くを潰滅させてきた実力を有している。

実際、六学園それぞれの暗部が、一度は攻撃を受けている。"電子戦、通常の戦闘も問わず"。

結果は惨敗。どの暗部も碌な攻撃すら出来ずに部隊を退いてしまった。

 

「今回は、星導館学園で起きた問題で出たとはエンフィールド会長から前もって報告があったけど。彼とは接触できたのかい?」

 

アーネストの一言によって五つの視線がクローディアへと集中するが、当の本人は慣れたものなのか狼狽もせずその問いに答える。

 

「いえ、何時も通り私が現場に到着した時には遠くに背が見えただけでした。それも、すぐに見失ってしまいましたが」

 

「《影星》は?」

 

「数名、精鋭に追わせましたが、全員負傷。何の手掛かりもありません」

 

返ってきた答えにディルクは舌打ちをし、椅子に深く沈む。

はっきり言って、ディルク含めこの場にいる全員がこの結果を予想していた。

何せ相手は一人軍隊(ワンマンアーミー)。中途半端な人数で押し掛かっても潰されるのがオチだ。

何せその過激性の高さは六花随一と呼ばれる界龍の暗部、《龍生九子》からの数十人に及ぶ襲撃を文字通り瞬殺せしめたのだから。それも大剣一本で。

俄に重くなる空気の中、唯一クローディアは"表面上だけ"神妙な顔つきを浮かべていた。

 

(これで貸し一つですよ。【仮面】さん?)

 

内心では口端を吊り上げ怪しげに微笑んでいた。

そう、今の報告は一から十全てが嘘の話だ。普段ならその違和感にこの四人は気付きそうな物だが、【仮面】の持つネームバリューがその思考の回転を鈍くするのだ。

 

『【仮面】なら仕方がない』

 

そんな言葉が彼らの脳内を席巻している限り、この報告の真偽に気づく事は恐らくないだろう。

 

しばらくの沈黙の後、進行役のアーネストが手を鳴らし話題を替えるべく口を開く。

 

「彼については統合企業財体(うえ)からも余り刺激しないよう言われている。この話題はここまでにしようか」

 

その言葉にディルクらも否やも無く頷く。どうしようもない天災について長々と話すより他の事を論じるほうが有意義だと考えたからだ。

 

「では、次の議題だけれども」

 

「あ、あのすいません、意見を宜しいでしょうか」

 

場を仕切り直そうとしたアーネストの言葉を遮り、弱々しい声が円卓に響く。

声を発したのはクローディアの隣に座る、見てからにひ弱そうな雰囲気を醸し出す青年だった。

アルルカント・アカデミー生徒会長、左近 州馬(さこん しゅうま)は四人からの視線を一身に受けながら言葉を続ける。

 

「私から一つ議題に上げたい事があるのですが・・・」

 

「ふむ」

 

州馬の意見を聞いて、アーネストは他の三人を見渡し反応を見る。

反対は無し。態度こそそれぞれだが、結論は是であった。

 

「キミからの意見というのも珍しい。構わない、言ってみてくれ」

 

「ええ、はい・・・今回、我々アルルカント・アカデミーが上げたい議題、それは」

 

途中で言葉を切って、州馬は柔和そうな目を静かに開く。その瞳は声音とは真逆の冷静さを顕していた。

それは正しく策を弄する者(せいとかいちょう)としての姿であった。

 

「ーー人工知能の取り扱い及びその権利についてです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・思いの外、依頼に時間が掛かってしまったな」

 

緑生い茂り、日も暖かいというより熱いと感じ始めるような時節。

夕暮れ前のせめてもの足掻きと言わんばかりの陽光に制服の襟元を弛めながら八十崎晶は急ぎ足で歩く。

 

サイラス・ノーマンが実行犯となって起こった《星武祭》参加者襲撃事件から二週間。

諸々の後処理を終えた晶は、かねてからのリスティとのスパーリングに付き合う約束を果たすために今日と言う日を設定したのだが、直前に受けた探し物の依頼が長引いてしまったため約束の時間ギリギリになってしまったのだ。

 

「不味いな・・・間に合うかわからんぞ」

 

いっそ全速力で走り抜けようかとも考えるが教師に見つかると色々と面倒だ。放課後ともなると教師達も何かと外に目を光らせている。

それに人とぶつかりでもすれば一瞬でスプラッターな事故現場が出来てしまうのは想像に難くない。

で、あるならば。

 

「諦めよう」

 

最早手だて無し。そう結論付けて晶は携帯端末のメール機能を使ってリスティへと遅れる旨を伝える。

そもそもからして向かっている訓練棟が遠いのだ。いや、訓練棟のみならず学内の各施設同士の距離が離れすぎている。

中、高、大の学舎がそろっていればこうもなるのは当然なのだが今の晶にとっては愚痴る要因でしかない。

 

「いっそ地下に抜け道でも掘るか?夜吹を使って」

 

さらっととんでもない事を呟きながらも速度を上げ、中等部と大学部にそれぞれ向かう別れ道に差し掛かったところで人の気配を感じる。と同時、気配の正体が晶へと突っ込んできた。

否、相手も気付いていながらも止まるに止まれなかったのだろう。視線が交錯し、お互いに避けようと"体を同じ方向に動かしてしまった"。

どんっ、と体がぶつかり合い、相手の体が小柄なのもあってか弾かれる。

 

「っと」

 

足を踏ん張って体勢を直し、倒れそうになっている相手の腕を掴み寄せ、抱き止める。

ぽす、とぶつかった衝撃の強さとは違い、軽さを感じさせるようにすっぽりと収まる。

 

「・・・すまん、怪我はないか?」

 

「あ、え、ひゃわぁ!?すすすいません!」

 

胸元の小さな少女が自分の状況を把握したのか、バッと離れる。

腰辺りまで伸びる銀髪、小柄な体、そして中身は刀であろう細長い袋を肩に掛けている。

その立ち姿を見て、晶は何処かで見た覚えを感じる。

 

「あ、あの、ぶつかってしまって申し訳ありませんでした!」

 

「気にするな。幸いそちらに怪我も無いようだしな」

 

既視感を払い、慌てふためく目の前の少女を宥める。

わたわたと動く様は小動物的で非常に愛らしいのだが、

こうも必死になって謝られるとなると流石に罪悪感が強くなる。というか良心が針の筵を受ける。

 

「それよりも、走っていたと言うことは急いでいたんじゃないのか?」

 

「あ、そうでした!」

 

「綺凛!何をしている!」

 

少女に訊ねると同時遠くから怒鳴り声にも似た大声が渡り廊下に響く。

それを聞いた少女はビクリと肩を跳ねさせると再度深く頭を下げてから小走りで去っていってしまった。

その後ろ姿を眺めていると少女の向かう先に一人の男性が立っているのが見えた。

少女が合流すると男性は苛立ちを隠そうともせず荒々しく歩き出し、廊下の角へと消えていった。

 

「今のは・・・刀藤 鋼一郎、か」

 

ぽつり、記憶から滲み出た名を口にだす。

 

「となれば、あの少女は・・・そうか、彼女が」

 

二人が立ち去った方向に背を向け、止まっていた足を踏み出す。

 

「ーーー序列一位《疾風刃雷》、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局。

 

 

「で?最後に言い残すことはあるかな、あっきー?」

 

「いや本当にすまない、だからその無い胸を張って怒るのは止めぐほぁ!?」

 

待ち合わせ時間を大幅に過ぎた晶はリスティからの熱烈な歓迎(物理)を受けることになってしまったのだった・・・・・・。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*02 スパーリング

「ひっさーつ・・・スライドアッパー!」

 

ギュォ!!と空気を切り裂くような音ともに真下からリスティの青い手甲が跳ね上がり、晶の顎を打ち抜かんと迫る。

 

「ふっ」

 

それを顎下ギリギリの所で星辰力を纏った拳で弾き飛ばす。

攻撃を弾かれたリスティはその勢いを利用して空中で体を捻り、手甲と同じ青い脚甲で回し蹴りを放つ。そのスピードは最早殺人的ですらあった。

 

打撃音、次いで掘削音。

 

首をへし折る勢いで振るわれた脚甲はしかし、リスティに獲物を逃がしたという感覚を伝える。

とうの獲物である晶は床に突き刺した紺色に黄色の光学刀身を持つ大剣を引き抜いて手繰り弄んでいた。その前は刃によって床が削られ、線が出来ていた。

蹴りが放たれる瞬間、大剣を楯にしてそれを防いだのだ。

 

「おい、楠木。今、殺す気で蹴りをかましただろう」

 

「さてなんのことでしょ?」

 

「この貧乳ゴリラめ」

 

「よーしぶっころーす、直ぐにぶっころーす」

 

殺気の籠った視線を向けてくるリスティに対し、晶は何処吹く風と言わんばかりに右手に持つ銀河製煌式武装〔ラムダアリスティン〕の切っ先を下げる。

 

ここは、星導館学園の敷地内にある訓練棟。《冒頭の十二人》各自に与えられるトレーニングルームである。

ちょっとした体育館程度の広さを持つリスティ専用のその場所で、晶は約束のスパーリングに付き合っている最中だ。

開始してからかれこれ二時間。防御に重きを置いた立ち回りをしていた晶はさほど汗をかいていないのに対し、攻めに攻めまくっていたリスティはトレーニングウェアがどしゃぶりの雨にでも降られたかのように濡れていた。

 

「冗談だ・・・それと一旦休憩としよう。少々動きすぎだぞ、楠木」

 

天井付近の壁に投影された時計を見て、そう言うと〔ラムダアリスティン〕を待機形態に戻す。

晶の行動を見てリスティは不満そうに頬を膨らませる。

 

「えー!漸く盛り上がってきたのに~」

 

「戯け。ただでさえお前のバトルスタイルは異質で、体力を消耗しやすいのだぞ。本来なら一時間程度で休憩を入れるところなのだからな」

 

出入り口のすぐ横に置いておいた小さなクーラーボックスからスポーツドリンクを取り出すと半分ほどまで一気に飲む。

 

リスティのバトルスタイル。それは前世でのPSO2における武器種、〔ナックル〕と〔ジェットブーツ〕の同時装備だ。

基本的に地に足をつけて戦う〔ナックル〕とその正反対に空中戦を得意とする〔ジェットブーツ〕。同時に使用するには余りにも相性が悪すぎるその組み合わせをリスティは「なんかロマンあるよね!」というしょうもない理由と天才的なセンスで使いこなしている。

現在彼女が使用しているのは入学当初から使っている、銀河製手甲型煌式武装〔ディオエイヴィント〕。同じく銀河製の脚甲型煌式武装〔ラムダラウンジブル〕の二つとなる。

 

「ぶーぶー」

 

「喧しい、これでも飲んでいろ」

 

尚もサイドテールに纏めた髪を揺らすリスティにクーラーボックスから新しく取り出したスポーツドリンクと乾いたタオルを投げ渡す。

 

「わっとと・・・ありがと」

 

それを受け取り、礼を言ってスポーツドリンクの蓋を開けてごくごくと飲むと、身体中に染み渡るような感覚が走るのを感じ、壁を背凭れ代わりに座り込む。

晶の言った通り、思いの外疲労していたようだ。

 

「あぁー染み渡るぅ~」

 

「年寄り臭いぞ」

 

「うら若き乙女にそれは無いんじゃないかな!?」

 

「ぶっとんだバトルジャンキーを乙女とは呼ばんぞ」

 

吠えるリスティに冷静にツッコミを入れ、晶はタオルで汗を拭う。

その様子は二時間もの間《冒頭の十二人》の一人の猛攻をスパーリングとは言え防ぎきったとは思えない程疲労感を感じさせなかった。

 

「相変わらず体力お化けだよねあっきーってさ」

 

そんな彼の顔を見てリスティはげんなりとした表情で天井を仰ぐ。

 

「誰が体力お化けだ。誰だってそれなりに体を鍛えていれば自ずとこうなるだろうよ」

 

「ならないならない」

 

手をヒラヒラと振って晶の言葉を否定する。彼の見てくれこそそれなりに鍛えているように見えるが、その実あの筋肉モリモリマッチョマンにして一部では『オッサン』と呼ばれるレスターに体力テストで勝っているのだ。

 

「そう言えばさ、あっきーは『鳳凰星武祭』には出ないの?」

 

「生憎とパートナーが居なくてな。昨日もイレーネの奴にさっさとパートナー見つけろと急かされてしまった」

 

リスティが話題を吹っ掛けると、晶は肩を竦めて首を横に振る。

 

「イレーネって・・・レヴォルフの?」

 

「そうだが。それがどうかしたか?」

 

「べっつにー、何でもないですよーだ」

 

晶が逆に問い返すとリスティは何とも言い難い表情でそっぽを向いてしまう。

自分の発言が原因とはいえ、どんな対応をすればいいのか解らない晶はただ首を傾げる他無かった。

 

「イレーネさんと仲良いんだ」

 

「仲が良い・・・というか、うむ」

 

言われてイレーネと自分の関係について考える。

出会う度にからかい、その都度良いリアクションを返してくる。プリシラと共に居るとき、話題に入ってこれない時に構えと言わんばかりに話掛けてくる。

 

「・・・猫と遊ぶ飼い主のようなものだな」

 

「なんじゃそりゃ」

 

思ってもみない返答にリスティは肩を下げる。

というかレヴォルフの《冒頭の十二人》の一人を猫と呼べる精神がわからない。

言った当の本人は得心したように頷いている。

前世も合わせて晶とはそれなり以上の付き合いになるが未だに彼の感性はわからないと言うか予想の斜め上を行く。

 

「・・・話が脱線したな。私は参戦できていないが、楠木はどうなのだ?」

 

「あー実は私もパートナー無しなんだよね」

 

「ほう?お前なら引く手数多だと思ったんだが」

 

「はっはっはー、バトルジャンキーなめんな」

 

「ボッチか」

 

「ボッチ言うなし!ただ連携取れる人居ないだけだし!」

 

「自分の性格が原因じゃないかそれは」

 

理由が理由なだけに晶も呆れ顔になってしまうここに来て自身の猪突猛進さを自覚したらしい。

というか何故自分の回りには猪突猛進な性格の者が多いのか。

 

「そ、それでモノは相談なんだけどさ」

 

「む?」

 

「わた、私と組ーー」

 

バゴォン!!

 

リスティが言葉を言い切る直前。

唐突に、何の前触れもなく、二人の右手側にあるトレーニングルームの壁が吹き飛んだ。

幸いにして壁の破片は離れた場所に居た二人に届く事はなく、爆心地付近に落下していた。

 

「「・・・・・・」」

 

仮にも《冒頭の十二人》が使うトレーニングルーム。それ相応の耐久性と分厚さを持っているそれが爆ぜ飛んだという現実に、無言で二人は顔を見合わせる。

 

「・・・この星辰力、沙々宮か」

 

ぽっかりと空いた穴から漂う星辰力の残滓を感じた晶は犯人の目星をつけた。

 

「行くぞ、楠木」

 

「あ、ちょっと待ってよ!」

 

いざ説教せんと首と拳をゴキリと鳴らして歩き出す。

パラパラと未だに小さく崩れる穴を越えて隣の部屋に入ると、そこには見知った顔が多く居た。

綾斗、ユリス、紗夜、そしてレスター(オッサン)。

 

「おいいま何か失礼なこと考えなかったか八十崎?」

 

「さて何の事やら。・・・それで沙々宮、貴様〔ウォルフドーラ〕を射ったな?」

 

「・・・ごめんなさい」

 

「「沙々宮(チビ)があっさり謝った・・・!?」

 

晶に何か言われる前に即座に頭を下げた紗夜の行動に、ユリスとレスターは顔をひきつらせた。

何故こんな素直に謝るのか知っている綾斗とリスティは苦笑いを浮かべるばかりだ。

 

「晶のお説教は長い上に理詰めだから精神的にクるんだよ・・・」

 

「しかもその間は絶対に正座だからねぇ」

 

げんなりとした二人の横では既に紗夜が固い床の上に正座させられた上で説教されていた。

これまで何かと自由な振る舞いの紗夜しか見ていなかったユリスとレスターはただただ唖然とする他無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、四人で何をしていたのだ?この阿呆が〔ウォルフドーラ〕を射ったということは、戦闘でもしていたのか?」

 

「《鳳凰星武祭》に向けて、紗夜とレスターに頼んで模擬戦をやっていたんだ」

 

「それも開始して三十秒足らずでご覧のありさまだがな」

 

それから暫く。紗夜の説教を終えた晶が原因について訊ねると綾斗に続いてユリスが呆れ顔で答えた。

レスターに抱えられた紗夜がピクピクと震えながら「あ、足がぁ・・・しびれるぅ・・・」と唸っているのを見てリスティは息を吐いた。

 

「成程ねぇ。模擬戦なのは解ったけど、あの〔ウォルフドーラ〕、だっけ。威力高すぎない?」

 

「光線砲(レールカノン)、しかも戦闘出力で射ったからな。閉所では出力を押さえろと言ったのだがな」

 

額を押さえて頭を振り嘆息を吐いていると、カツカツとヒール特有の音が三つ、トレーニングルームの入口から聞こえてきた。

 

「大きすぎる音が聞こえたと思ったら・・・これはまた派手にこわしてくれたものですね?」

 

トレーニングルームのドアが開き、現れたのは星導館学園生徒会長であるクローディアだった。

その後ろには星導館(ここ)の制服とはまた違った意匠の制服を着た女子が二人、風穴に目を向けていた。

 

「このトレーニングルームはあなた方《冒頭の十二人》に貸しているだけですので、あくまで学園の設備であるのをお忘れなく」

 

「・・・理解している。これは不慮の事故だ。好き好んで壊したわけではない」

 

「なら結構」

 

クローディアが鷹揚に頷く、その後ろから先程からうずうずしていた女子の一人が口を開く。

 

「いやー、びっくりしたよねぇ、カミラ。分厚い筈の壁がこんな穴空いちゃうなんてさー。変って意味じゃうちも相当なもんだと思ってたけど、他所は他所で変わってるよねー」

 

「頼むからあまりはしゃがないでくれ、エルネスタ。これ以上の面倒は御免被りたい」

 

小柄なその女子を諌めるように、カミラと呼ばれたもう一人が呼び掛けるも、エルネスタは体を揺らすだけで答えない。

その姿を見てユリスとレスターの目付きが鋭くなる。

 

「それで、何故アルルカント・アカデミー(変態集団)の人間がここにいるのだ?エンフィールド」

 

それを察して晶がクローディアへと問うと、二人からの剣呑な雰囲気を意にも介せぬ様子でぽんと手を打つ。

 

「ああ、ご紹介しておかなければなりませんね。こちらはアルルカント・アカデミー(変態集団)のカミラ・パレートさんとエルネスタ・キューネさんです」

 

「ねえ今、変なルビ振られたような気がするけど気のせい?」

 

「気のせいだから静かにしてくれ」

 

最早頭痛が痛いと言えてしまえそうな顔でエルネスタの口を塞ぐと、カミラは一礼した。

 

「紹介に預かった、カミラ・パレートだ。宜しく」

 

「今度我が学園とアルルカントが共同で新型の煌式武装の開発をすることになりまして。こちらのパレートさんと正式な契約をするためいらしてくださったんです」

 

「・・・・・・成程な。また面白い落とし処に持っていったものだな、エンフィールド?」

 

褐色肌の女性を見ながら晶は鼻を鳴らす。

当のカミラは切れ長の目を少し細めただけで何も言うことは無かった。

 

「どういうこと?晶」

 

「サイラスの一件。その見返りというやつだろうよ。原因がアルルカントであることを告発しない代わりの技術提供、といったところだろう」

 

綾斗に対する晶の回答にレスターが絶句し、リスティと紗夜は何がなんだかという表情を浮かべる。

 

「八十崎もそう考えたか」

 

「こんな中途半端なタイミングだ。それぐらいしかなかろうよ」

 

「さて、何の事でしょう」

 

ユリスと晶の怪訝な眼差しを受けて尚、クローディアは笑みを浮かべるだけだ。

それだけでも十分な回答と受け取り、晶は肩を竦めた。

何にしても学園のトップは彼女なのだ。今更何をいったところで無駄と悟ったとも言える。

晶が下がったところで今度はユリスが前に出て口を開いた。

 

「用件については理解した。だがなら何故ここに来る必要がある?契約をするだけならわざわざここに寄る意味などーー」

 

「はいはーい、それはあたしが見たいって言ったからでーす」

 

ユリスの言葉を遮って手を挙げたのはいつの間にかカミラの拘束から逃れていたエルネスタであった。

制服の上に袖余りの白衣を羽織った、茶髪の少女で、カミラと比べると少し小柄だ。

そんな彼女が次に放った言葉は・・・

 

「いやー、ぜひとも直接見てみたくってさー。・・・・・・『あたしの人形ちゃんたち』を全部ぶった斬ってくれちゃった剣士くん二人をさ」

 

「え?」

 

「は?」

 

「あら?」

 

とんでもない爆弾発言だった。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*03 来訪者

「おい、生徒会長。なんだこの愉快な空気は」

 

「それについては私が聞きたいくらいですわ」

 

エルネスタの爆弾発言によって何とも言えない雰囲気が漂う中、思わず真顔になった晶の問いにクローディアが苦笑いで返す。

なにせ件の襲撃事件の仕立て人が堂々と胸を張って「私が黒幕です」と被害者の前で宣言したのだから、驚かないわけがなかった。

相方であるカミラに至っては疲れきった顔で天を仰いでいた。

それだけで普段からどれだけ振り回されているのか、想像に難くない。

 

「そんで、君が噂の剣士くんだね?ふむふむ、なーるほーどねー」

 

「え、えぇと」

 

この場の空気をつくりだした張本人のエルネスタは何処吹く風といわん態度で綾斗に近付くと下から覗きこむように眺めながら感心したような顔で何度も頷いた。

 

「なかなかいいわねー。気に入っちゃった♪」

 

「何が気に入ったのかは知らんが、そこまでにしておけよ、狸」

 

更に近付こうとしたエルネスタの眼前に立ちはだかるように晶が身体を二人の間に滑り込ませた。

流れをぶつ切られたエルネスタはしかし、楽しそうにほくそ笑む。

 

「狸とは、失礼だなー」

 

「つまらん真似事をするような輩は、狸で十分だろうよ。その考えを相方の心労にでも向けたらどうだ?」

 

「そうつんけんしないでさー、仲良くしようよー。あたし的には剣士だけじゃなく《何でも屋(きみ)》と《華焔の魔女》ともお近づきになれたら嬉しいんだけどなー」

 

「生憎と私はサイラスの件を抜きにしても、貴様らアルルカントが大嫌いでな。ご免こむる」

 

「リースフェルトと同意見だ。そちらのカミラ・パレートならまだしも、貴様とは相容れそうにない」

 

ユリスと共にエルネスタの誘いをきっぱりと拒絶する。

アルルカントの内情について裏の依頼で何かと知る晶にとって、彼女の言葉は決して表面上だけで捉えてはならないと感じさせるものだった。

また、ユリスの声に含まれた理由についても少し知っている故に、アルルカント自体、信用に足らないのだ。

 

「ちぇー、残念っ」

 

「申し訳ない、このエルネスタは・・・まぁ、ご覧のとおりの性格でね。代わりに私がお詫びする」

 

カミラは疲れた苦笑いを浮かべて軽く頭を下げる。

やはりというか、カミラはすくなくともエルネスタよりかはマトモな性格のようだ。

寧ろそうでなければ、端から見ても暴走特急のエルネスタの相方など勤まらないだろうが。

ふと、そのカミラの視線が紗夜が今の今まで持っていた〔ウォルフドーラ〕へ移った。

 

「それは、また面白い煌式武装だ。個性的というべきか。コアにマナダイトを二つ・・・いや、三つかな?強引に連結させて出力を上げているのか。なんとも懐かしい設計思想だ」

 

その言葉に紗夜が珍しく驚いた表情をして、カミラを見る。

 

「・・・正解。なぜわかった?」

 

「わからいでか。私の専門分野だからね。しかし言わせてもらえば、あまり実用的な武装とは言いがたいな」

 

紗夜の片眉がぴくりと上がった。

それを知ってか知らずか、カミラは言葉を続ける。

 

「複数のコアを多重連結させるロボス遷移方式はもう十年以上も前に否定された不完全な技術だ。出力が安定しない上に、使用者に掛かる負担も大きい。更に言えばコア連結のために大型化を免れない。しかも高出力の維持のために過励万能現象を引き起こさなければならないから、一回の攻撃ごとにインターバルが必要になる。・・・大型の戦略兵器ならまだしも、人が持つにはあまりに非効率的だ」

 

つらつらと述べられるその内容に綾斗はまだしも、ここに来て長い筈のリスティ、レスターも理解が追い付いていない様子だった。

彼女の言いたいことを端的に言えば、紗夜の使っている煌式武装はとことんピーキー過ぎる代物だと言っている。

何せ、〔ウォルフドーラ〕然り〔ヘルネクラウム〕然り、一発射つごとに過励万能現象、すなわち流星闘技と同等の出力が必要ということだ。

燃費としては最悪と言って過言ではない。

その事をもっとも知るが故に、紗夜は悔しげに唇を噛みながらカミラを睨む。

 

「それは事実。だが、それでもお父さんの銃を侮辱することを私は許さない。撤回を要求する」

 

「お父さん・・・・・・?」

 

紗夜の発言に一瞬目を見開いたカミラはすぐさま、納得といった表情を浮かべた。

 

「ああ、もしや君は沙々宮教授のご息女なのか?」

 

「だとしたら、何?」

 

「ますます撤回するわけにはいかないな」

 

腕を組んだカミラは嘲るような声音で話を続ける。

 

「沙々宮教授はその異端さ故にアルルカントを、我等《獅子派》を放逐された方だ。武器武装は力であり、力は個人ではなく大衆にこそ与えられなければならない。それが《獅子派》の基本思想だ。私はその代表として君の父の歪さを認めるわけにはいかない」

 

「・・・・・・言葉にクーリングオフは効かない」

 

「知っての事さ」

 

「「・・・・・・」」

 

まさしく一触即発。紗夜とカミラの交錯する視線の狭間には言い様のしれない圧が発生していた。

 

「んんっ、さてお客人。そろそろ本題のほうへ取り掛かりませんか?」

 

爆発一秒前。絶妙なタイミングで放たれたクローディアの言葉にカミラの肩が弛緩したように下がる。

 

「・・・・・・失礼した」

 

「待て。断固として撤回してもらう」

 

紗夜の言葉には答えず、クローディアに促されてカミラは去っていってしまった。

 

「・・・・・・」

 

「カミラはああなったら頑固だからねぇ。そうそう自分の意見を覆すことはないかな」

 

にやにやと笑いながら成り行きを見守っていたエルネスタが身体を揺らしながらそう言う。

 

「成程、カタブツのようだな」

 

「そそ、かったいのよー。どうしても認めさせるんなら力づくしかないだろうねー。直近に良いイベントがあるんだし」

 

「まさか、《鳳凰星武祭》に出るってのか?」

 

「そのまさかだよ。そっちが決勝までくれば、どっかで当たるっしょ」

 

レスターの問いに答えたエルネスタは冗談を言っているようには見えない。

そしてその言葉には決勝まで自分達が勝ち進められるという自信に溢れていた。

 

「エルネスタ、行くぞ」

 

「はいはーい!じゃ皆さんまったねー!《鳳凰星武祭》で待ってるよー!」

 

入口からのカミラの呼び声に応え、晶達にそう言い残してエルネスタはトレーニングルームを去っていった。

 

「・・・・・・ふざけた連中だな」

 

さながら嵐のあとのような静けさの中、ユリスが小さく呟く。

それを皮切りに全員が揃って張っていた肩肘を弛緩させた。

 

「しかし《鳳凰星武祭》に出るとか言ってたが・・・・・・あの二人どうみても実戦クラスじゃくて研究クラスだろ?正気とは思えねえな」

 

「確かにな。両人ともに《星脈世代》ではあるようだが、闘う術を持っているようでは無かったからな・・・・・・む?」

 

二人に対する考察の途中で何かが引っ掛かったのか、晶が言葉を止める。

 

「どうしたんだよ、八十崎」

 

「ああ、いや・・・・・・なあマクフェイルよ。一つ確認なんだが、《鳳凰星武祭》含め、全ての《星武祭》で擬形体(パペット)の使用、及び代理出場は禁止されている筈だな?」

 

唐突な小声での質問にレスターは片眉を上げて何となく同じく小声で答える。

 

「あ?んなこと当たり前だろ。各学園の生徒たちの実力を見せる場所なんだぞ、擬形体なんざ出したら単なるメカの性能披露会になっちまうだろ」

 

「・・・・・・だが、擬形体を一から作り上げた場合、それもある意味生徒の実力、とはならないか?」

 

何とはなしに放たれた疑問符に、レスターは晶が言いたい事を理解する。

 

「八十崎、お前まさか・・・」

 

「だとすれば繋がるだろう、今回の襲撃事件ともな」

 

晶の予想としては、恐らくアルルカントが六花園会議、ひいてはその上に掛け合い《星武祭》での擬形体の代理出場を可能とする、ということだ。

だとすれば先のエルネスタの態度にも理由がつく。さらに襲撃事件が《星武祭》出場に対するテスト、あるいはデモンストレーションだった可能性が出てくる。

 

「だが、あくまでも予想だ。本当の所は《鳳凰星武祭》当日にならなければ分からんだろうさ」

 

「お前の予想ってだけで充分怖えよ、ったく」

 

ガシガシと頭を掻いて荒々しく息を吐くレスターに対し、心外だと晶は鼻を鳴らす。

そして、話を終えた二人が多少の騒がしさを感じて振り替えると、

 

「綾斗を私のパートナーにする」

 

「却下だ!断固としてな!」

 

「ちょちょ、リースフェルト先輩も沙々宮先輩も落ち着いて!?」

 

ユリスと紗夜が綾斗を挟んで口論し、リスティがそれを必死になって諌めようとしている、なんともシュールな光景がそこにはあった。

 

(助けて、二人とも・・・・・・!)

 

ラブコメよろしく両腕を引っ張られた綾斗からの視線に込められたメッセージを受けた二人の対応は奇しくも同じだった。

 

「「・・・・・・」」

 

無言で首を切るように親指を横に引く。

 

「薄情すぎない二人ともー!?」

 

リア充死すべし、慈悲は無い。

目の前の光景に背を向け、晶とレスターはほとぼりが冷めるまでと、外へと歩き出すのだった・・・・・・。

 

 





オッサンもといレスターは仲間になると頼もしい・・・筈



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*04 銀綺

「ーーさすが夜吹だな。きっちり報酬分の情報だ」

 

明くる日。昼休みに活気づく学園。

校舎群から少し離れた渡り廊下で晶は一人柱に寄りかかりながら携帯端末を弄っていた。

画面にはところ狭しと文字と画像が表示されては指のフリック操作によって下から上へと消えていく。

昨日の一件の直後、アルルカントの最近の動きが気になった晶は、英士郎に依頼をしていた。

金欠と嘆いていたのでいつもより割増しの金額を払ったら、喜んで情報を集めてくれたようだ。

 

「相も変わらず、アルルカントの派閥の多さには辟易とさせられるな」

 

一通り全ての情報を読み終え、携帯端末をポケットにしまいこむ。

アルルカントは一応生徒会も、生徒会長も存在するがその内実は多数の派閥がひしめき合う混沌としたものだ。

その中でも有名、また代表的なものは《獅子派》だ。

アルルカント内で最大規模を誇り、その代表は昨日出会ったカミラ・パレートである。

主に行っているのは煌式武装の研究開発で、その技術力はかなりのものだ。

他にも、あの奔放そうな少女、エルネスタが率いる擬形体等の開発を行う《彫刻派》、生体改造技術を研究する《超人派》など、とにかく数が多い。

 

「エルネスタ・キューネ……夜吹でもあの狸の情報は掴めなんだか」

 

息を一つ吐いて柱から離れ歩き出す。

英士郎への依頼にエルネスタについての情報も含めていたのだが、彼ですら大したモノは掴めなかったようだ。

情報の最後に謝罪の一言が添えられていたことから、本人も悔しいのだろう。

逆に言えばそれほどまでに情報の隠蔽が巧いのだ、エルネスタ・キューネという少女は。

 

「あの狸の動向は、注意するに越した事は無さそうだな」

 

そう結論づけて、あの二人に対することを考えるのを止める。

問題の先延ばしともいうが、現状やれる手を使ってこの結果なのだ。ならば下手に嗅ぎ回ってアルルカントにイチャモンを付けられる位なら後手に回る事の方がダメージが少ない。

 

「しかし情報を見る為とは言え、食堂には完全に出遅れたな…」

 

微かになる腹の虫の音に、今頃食堂は混雑しているだろうと経験則から導きだし、苦い顔になる。

さりとて腹は減る。多少の苦労は飲み込もうと心に決め、歩みを速めたところで渡り廊下の柱の影に見覚えのある二つの人影を見つけた。

星脈世代ではない偉丈夫と、刀を肩に掛けた少女。

 

「あれはーー刀藤鋼一郎か。一体何の用でここに…」

 

最後まで言いかけて、その言葉尻はパァンという乾いた音にかき消された。

刀藤鋼一郎と呼ばれた男が、少女の頬を平手打ちしたのだ。

 

「……全く、私は何故こうも厄介事から目を背けられないのか」

 

溜め息一つ。晶は食堂とは真反対にいる二人へと歩く向きを変え、近付いていく。

 

「それはお前が考える事ではないと言った筈だぞ、綺凛」

 

「で、ですが伯父様、わたしは」

 

「口答えを許した覚えもないぞ!」

 

「そこいらで止めておいたらどうだ」

 

鋼一郎が綺凛へと拳を振り上げた処で話しに割り込むと、鋼一郎からは怪訝な、綺凛からは驚いたというような目線を向けられる。

 

「なんだ、貴様」

 

「通りがかりの一生徒だ見てわかるだろう?」

 

鋼一郎からの問いに毒を吐いて返し、綺凛を背に相対するように二人の間に身体を入れる。

 

「貴様……今のはただの躾だ。身内の問題に部外者が口を出すな」

 

「衆人環視の中で平手打ち。気にせず、口を出さないという方が無理な話だな」

 

「……学生風情が生意気な口を叩くものだ。貴様、名前は」

 

「八十崎晶。序列外のしがない生徒だ刀藤鋼一郎氏」

 

「八十崎……貴様が《何でも屋》か」

 

苛立たしさを隠しもせず、侮蔑混じりの視線を晶に向ける。

晶が星導館のみならず、他の学園の生徒からも依頼を受けている事はその物珍しさから噂になっている。

 

「まさか、貴方まで知っているとはな」

 

「ふん。そんな事はどうでもいい、それでこうして割り込んできたのだ。貴様は私にどうして欲しいんだ」

 

「彼女への暴力を止めてもらおうか」

 

ノータイムで発せられた回答に、鋼一郎は悪意に満ちた笑みを浮かべた。

 

「いいだろうーーただし、貴様が決闘に勝ったならばな」

 

「……成程な。そう仕向けるか」

 

鋼一郎は《星脈世代》ではない、常人だ。そして学生でもない。そんな彼がわざわざ『決闘』と言うからには、相手は決まっている。

 

「私に刀藤綺凛と……《疾風刃雷》と闘えと言うことか」

 

「そうだ。それがこの六花の、貴様らのルールだろう?」

 

笑みを一層深めると鋼一郎は綺凛の背後へと回り、その小さな肩を叩いた。

 

「私は貴様らのような星脈世代(バケモノ)ではないからな。代理という訳だ。安心しろ、貴様が負けたところでこちらは何も要求しない」

 

「伯父様!わたしは……!」

 

「ーー綺凛。私に逆らう気か?」

 

「っ……」

 

「《闇鴉》の担い手を下したとなれば、多少は箔がつく……やれ」

 

鋼一郎はそう言い残すと、肩で風を切りながら距離を取った。

気圧されたのか、唇を噛んだまま綺凛は小さく震えている。晶としても口を挟む間もなくこんな事になってしまったので、息を吐く。

気付けば野次馬根性逞しい生徒たちが遠巻きにこちらを眺めている。

 

「刀藤綺凛、私は」

 

「……ごめんなさいです」

 

食い気味に放たれた謝罪と、震えの止まったその姿を見て、晶は目を見開く。

 

「……刀藤綺凛は、八十崎晶先輩に決闘を申込みます」

 

小さく、しかしはっきりと聞こえる声によって二人の校章が光りを放つ。

視線が交錯する。

 

「お願いします、先輩。ここで引いてください。そうすれば収まります」

 

「……」

 

綺凛の言葉に、晶は沈黙する。

確かに、ここで自分が引けば何事もなく話は収束するだろう。

そう、何事もなく。だが、こうして関わってしまった。『刀藤綺凛』を知ってしまった。その仕打ちを見てしまった。

理不尽な暴力にさらされる彼女を見過ごすなど、出来るはずがない。

そのためにはまず。

 

「断る」

 

闘う他ない。

 

「な、なんで」

 

「外道の言葉に従うのは癪だが……今のお前は看過できんからな。止めさせてもらうぞ」

 

言って、その手に《闇鴉》を顕現させる。

 

「故にーー八十崎晶は決闘を受諾する」

 

校章が一際輝き、決闘へのカウントダウンが始まる。

渡り廊下から中庭へと歩き出す晶の背に、綺凛が呟く。

 

「……八十崎先輩は、優しいですねーーですが、私も負けるわけにはいかないんです」

 

振り返った晶が見たのは、己の得物を構えた彼女の姿だった。

それは柄の部分などは現代的な意匠ではあるが間違いなく日本刀だ。

正しく刀人一体。いっそ冷たさを感じさせるかのような立ち振舞いに、目を細める。

 

「我が心、静謐なる湖面の如し」

 

アベレージスタンス、発動。

 

「我が刃、注ぐ月光の如し」

 

フューリースタンス、発動。

二つのスキルによって、全身に巡る星辰力を攻撃へと集中させる。次いで、念のため《闇鴉》の持つ〔力〕を抑える。

これで、準備は整った。

 

「では、先輩」

 

「ああ」

 

カウントダウンが、零になった。

 

「ーー参ります」

 

綺凛が開始の合図がなった瞬間、彼我の距離を詰め刀を振るう。

 

「速い、な。序列一位たる所以が垣間見えた」

 

校章を狙ったその一閃を《闇鴉》の鞘で受け流しながら呟く。

身のこなしは『疾風』。振るう『刃』は『雷』。二つ名に偽り無し、ということだろう。

お返しとばかりに鞘を跳ね上げて打撃を狙うと、今度は晶が攻撃を受け流される。

そこから綺凛は逆袈裟に斬り込もうとするが、即座に身体を屈ませる。

先程まで彼女の頭があった場所に強烈な回し蹴りが通りすぎ、更に続けざまに《闇鴉》の刃が下から上へと綺凛の眼前に迫る。

 

「ーーっ!」

 

「……やはり速いな。まさかあの位置から避けられるとは」

 

跳び下がり、間合いを開けた綺凛に追撃を掛けず、晶は刃を鞘に戻す。

その頬には冷や汗が一筋垂れていた。

あの一瞬の攻防、紙一重で退かせたものの、ともすれば開始数秒で校章を破壊されていた可能性が高かった。それほどまでに刀藤綺凛の技は研ぎ澄まされている。

 

「八十崎先輩、お強いですね。びっくりしました」

 

「吃驚したのはこちらの方だ……だが、だと言って退く気は無いが、な!」

 

今度はこちらの番といわんとばかりに、晶が綺凛へと踏み込む。

その速度は一瞬消えたかと野次馬達に錯覚させる程のものだった。

 

「ーー朝霧連断(アサギリレンダン)」

 

鞘を上へ投げ、放たれるは文字通りの連撃。

振るっている腕も刃も見えず、ただ剣閃の残像だけがその太刀筋を辛うじて示す。

対する綺凛はその一閃一閃を視認し、いなし、受け流す。

だが、

 

(重いーー!)

 

一撃を反らす度に腕が小さく痺れる感覚を伝えてくる。

同じ刀を扱う者として驚嘆する。技と力をここまで合わせるものかと。

現に、受け流した先の草が消え、その下の土すらも剣筋に沿って『剣閃より大きく』抉れていた。

一瞬か、一分か。都合七閃の斬撃を耐え、綺凛が攻勢に転じる。

 

「疾ーっ!!」

 

「ちぃ!」

 

左からの横払いにキャッチした鞘を盾代わりに使い凌ぐ。

返す刀で右逆袈裟が襲うが、それを身体を左へとずらすことで回避。

 

「「……っ!!」」

 

軌道を変えて振り下ろされる袈裟斬りを《闇鴉》が捉え、鍔競り合う。

瞬く程度の拮抗の後、お互いに刃を弾き、距離を空ける。

 

「全く、末恐ろしい限りだな。序列一位とは」

 

「八十崎先輩こそ、本当にお強いです。序列外なのが不思議な位です」

 

「それはどうもありがたいお言葉だな……」

 

納刀しながら苦笑いを浮かべる。

軽口を言い合ってはいるが、お互い、一挙手一当足見逃さないように感覚を張り詰め、じりじりと円を描くように動く。

 

「でも、勝たせていただきます」

 

「それは、此方の台詞だ」

 

言葉が先か、刃が先か。

二人が踏み込んだのは同時だった。

世界が、加速する。

 

刃鳴りが響き、火花が幾つも咲いては散る。

 

野次馬はその美しさに感嘆の声を上げるが、その声も、剣戟の音すら二人には聞こえていない。

ひたすらに一手一手を打ち込み、弾き合う。無呼吸で行われる連撃。

 

「っ」

 

綺凛が小手狙いの一閃を狙えば晶はそれを流し、晶が小脇を狙えば綺凛は刀の腹でいなす。一進一退ここに極まれり。

だが、このままでは千日手だと考えたのか、綺凛が《闇鴉》を弾き、大きく下がる。

そして、もう一度。今度は更に速度を上げて踏み込むーー!!

 

「ちぃっ!?」

 

予想を上回る加速度に内心舌を巻きながらも、対応するべく《闇鴉》を振るおうとした、その瞬間。

 

斬リタイーー。

 

左目が、疼いた。

 

「ぐ、くーー!」

 

唐突に漏れだした内側からの衝動を、瞼を閉じて無理矢理押さえ込む。

スローモーションのように流れる世界の中で、綺凛は確かに見た。

閉じられる寸前の瞼の奥、晶の左目から翡翠色の光が走ったのを。

そしてーー。

 

「校章破壊(バッジブロークン)。勝者、刀藤綺凛」

 

晶は敗北した。

 

「ちっ……久々の強者に、枷が弛んだか……」

 

「今……のは」

 

片膝を突いて左目をおさえる晶を見ながら、綺凛は呆然とした声を出す。

 

「気にするな、此方の詰めが甘かった。それだけだ……さあ、行け。敗者に口はないのだから」

 

「で、でも……」

 

「綺凛、行くぞ」

 

食い下がる綺凛に、鋼一郎が声を掛けると彼女はびくりと身体を震わせてから刀を鞘に納めて一礼する。

 

「その、ご、ごめんなさいですっ」

 

そう言い残して彼女は鋼一郎の後を追い去っていってしまった。

小さな背中が廊下の角に消えるのを見て、苦笑い気味に呟く。

 

「謝る必要など、無かろうに……」

 

「晶っ」

 

溜め息を吐いたところで、野次馬の中から焦った様子の綾斗とユリスが駆け寄ってくるのが見えた。

綾斗は近付くと慣れた様子で晶に肩を貸して立ち上がらせ、ユリスも反対側に陣取って視線で野次馬らを散らす。

 

「晶、大丈夫?無理して抑え込んだんでしょ」

 

「ああ、問題ない。咄嗟に抑えたからか、大分マシになってきた」

 

「とにかく今は私のトレーニングルームに向かうぞ。ここよりかは休める筈だ」

 

「すまない、助かる」

 

「……礼はあとで良い。急ぐぞ」

 

少し照れた様子のユリスを先頭に、晶は歩き出す。

胸に小さなしこりを感じたままーー。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*05 力


今回短い上に読みにくいかも知れません。



「晶、目は大丈夫?」

 

「ああ問題ない。ただまあ、体力はそれなりに持っていかれたがな」

 

心配そうに見てくる綾斗にそう返して晶は苦笑いを浮かべて高い天井を仰ぐ。

ここはユリス専用のトレーニングルーム。

彼女が気を効かせて連れ込んでくれたお陰で、パパラッチ紛いの生徒も流石についてくることもなく、静かに身体を休ませてもらっている。

とはいえ、かつて沙夜が派手に開けた壁の大穴はそのままだが。

 

「それで、どうしてお前はあの序列一位とやりあっていたんだ?」

 

壁に寄りかかり、腕を組んだユリスがそう問うと、綾斗もやはり疑問に思っていたのか頷いていた。

 

「それはだなーー」

 

息を一つ吐いて、晶は事の顛末について最初から最後まで話した。

 

「ーーとまあ、こんなところだ」

 

「成程な……」

 

「確かに、晶じゃなくてもそれには文句を言うだろうね。俺もきっとそうしていただろうし」

 

全てを聞き終えて、ユリスは話の内容を噛み締めるように眉をひそめ、綾斗は納得顔でそう言った。

 

「しかしまあ末恐ろしいものだな。あれで齢十三とは」

 

「じゅ、十三歳!?」

 

ぽつりと呟いた言葉に綾斗が驚きの声を上げる。

中等部の制服から年下なのはわかっていたが、一年生だったのは流石に予想外だったのだろう。

晶もあらためて考えてみてその規格外さに肩を竦める。

剣技の冴えもさることながら、身のこなしや間合いの判断は最早達人レベルの域に達している。

そして何より、恐ろしいのはそのスピードだ。踏み込みの速度に至っては視認するのが困難な程に速い。

 

「リースフェルトから見て、どうだった?」

 

「正面切って闘うのはごめん被りたいな。八十崎も大概だったが、改めてみて、刀藤綺凛の速さはそれ以上だ」

 

そこまで言って、ユリスは先程から思っていた疑問を口にした。

 

「……ところで八十崎。その目は一体どういうことだ?綾斗は衝動、と言っていたが」

 

それは晶の未だに瞼を閉じられている左目についてだった。

 

「ああ、これか」と左目に手を当てて、ふと笑う。

 

「これは私の体質のようなものさ」

「体質だと?」

 

「ああ。体内への万応素を星辰力に変換しての貯蔵と、開放だ」

 

コツコツと左のこめかみを人差し指で叩きながら話を続ける。

 

「元来、万応素は特定の条件を満たした生物の意志に反応し、周囲の元素とリンクしあらゆる事象・物質へと変化する、いわば単なる外部的なエネルギーだが、私はそれを体内に溜め込み、星辰力として一気に開放できる。とは言っても、開放し終えると一定時間は星辰力のコントロールが極端に不安定になるデメリットがあるがな」

 

「《魔術師》ではないのか」

 

「括りとしては、綾斗と似たようなものだ。……六花に来てからは一度も開放していなかったが、久々の強者に拘束が緩んでしまったようでな」

 

あくまで溜め込んだ万応素を爆発的な出力で開放するというもので、言ってしまえば体質的なものだ。

基本的には自力で発動をコントロール出来るが、今回のような強者との闘いにおいては本能的に拘束が外れることもある。今回は未遂に終わったが、かつて本土に居た頃に発動させてしまった際は実家の道場が吹き飛んだ程だ。

 

「綾斗の姉……遥さんに拘束式を施してもらっていたが、流石に年数が経ってガタが来たようだな」

 

「大丈夫なのか、それは」

 

「ああ。一度強く抑えれば暫くは勝手に発動することはない」

 

声を揺らすユリスにそう答えて、立ち上がる。

調子を確かめるように左目を開いて、出入り口のガラスに映る自分の顔を見れば、目の色は元の金色に戻っていた。

そこで丁度、始業前を知らせるチャイムが鳴る。

 

「世話になったな、リースフェルト、綾斗。借りは返す」

 

「構わん。襲撃事件の時に助けてもらった礼だ」

 

「幼馴染みを放っておくなんて、俺は出来ないしね」

 

晶の言葉に口々にそう返すと、二人は先に部屋を出ていってしまった。

その背中を見て、息を少し長く吐いてから、歩き出す。

 

「全く……つくづく友人に恵まれているな、私は」

 

どこか嬉しそうな声が、残響した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ!?あの話マジだったのかよ!?」

 

「往来で叫ぶな、喧しい」

 

翌日の放課後、委員会センターへと向かい壊れた校章を新調した晶は、何時ものカフェでばったり出くわしたイレーネと話していた。

流石に情報が速く、晶の決闘については他の学園でも流れていたようだ。

 

「とりあえず座れ。そして落ち着け」

 

「つってもよー……」

 

椅子に座り直したイレーネが乱雑に頭を掻く。

 

「何も腕を斬り飛ばされた訳でも無し。そう騒ぐことでもなかろうよ」

 

「いや、なんつーか……何であんな声だしたんだあたし?」

 

「……それはこっちが聞きたいんだが」

 

首を傾げるイレーネに冷静に突っ込みを入れてからアイスを一口食べる。

キンキンに冷えた甘味が口に広がり気温の暑さを一瞬でも忘れさせてくれる。

 

「……いやまさかあたしが……心配するわけ……だいたい……」

 

目の前のイレーネは何かぶつぶつ言っているが声量があまりに小さく聞き取れないが、若干トリップしているのは確実だ。

 

「イレーネ」

 

「そもそも……プリシラが……ありえな……」

 

「……戻ってこんか」

 

言って、アイスの入ったガラス容器をイレーネの頬に付ける。

因みに容器はアイスを極力溶かさないようこちらも同じく冷やされている。

 

「うっひゃあ!?」

 

当然、不意打ちにそんな事をされれば驚く訳で。

イレーネは目を白黒させて、椅子に座りながら飛び上がるという器用な真似をした。

普段では想像もつかないイレーネのそんな姿がツボに入ったのか、思わず晶は吹き出してしまう。

 

「……ぷっ、くく」

 

「…………や、や、八十崎テメェ……!」

 

「いや、お前が中々反応を返さなかったのでやったんだが……くくっ」

 

「コロス、絶っ対にコロス!」

 

恥ずかしさからか顔を真っ赤にしたイレーネが拳を上げて……直ぐに下げた。

そして、落ち着いた声で、

 

「……本当に、大丈夫なんだな?」

 

そう聞いた。

笑っていた晶もイレーネの様子に顔を引き締めて真面目に答える。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

「そっか……ならいい」

 

返答に満足したのか、或いは他の理由があったのか。何処か安心した様子でイレーネはふと笑った。

何時もの獰猛な笑みとは違う、穏やかな笑みに、晶は自分の心音が大きくなるのを感じて固まる。

 

「おい、八十崎?どうした?」

 

「……いや、お前もやはり女なんだなと感じたまでだ」

 

「どういう意味だそりゃ」

 

「美人だなと思ったんだが」

 

「……~~っ!?」

 

率直な言葉を述べた途端、今度はイレーネが固まってしまう。

どうやら、この手の科白にめっぽう耐性がないらしい。

言った当の晶も何故イレーネが固まったのか解らないのか首をかしげる。

その様子を見ていた他の従業員や客はこう思った。

 

「ラブコメなら他所でやれ」と……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怒れるイレーネを何とか宥めすかし、予定よりも少しばかり早く寮に戻った晶が見たのは入り口に出来た人だかりだった。

何事かと思い近付いていくと、集団の外側に居た数人の学生が晶に気づく。

 

「おい、来たぞ……」

 

「八十崎め、地味だと思っていたのに……」

 

「天霧といい、モテ男は爆発すればいいのに」

 

ざわざわと小さく飛び交う言葉の端々から悲しい男子学生の嘆きが聞こえてくるが、それを無視してさらに進むと集団が道を開けるように割れた。

まるでモーセの十戒のようだと呆れ半分に思いながら寮の入り口を見ると、見知った二人に両サイドをガードされた小柄な少女がオドオドとした様子で立っていた。

 

「あ、晶」

 

「よう八十崎ぃ、お客さんが来てるぜ」

 

少女の両隣に立っていた二人……綾斗と英士郎が声を上げると、少女もまた晶を見た。

腰ほどまで伸びた銀髪、肩に掛かった刀入りの袋。

 

「ど……どうも」

 

刀藤綺凛は掻き消えそうな細い声とともに一礼した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*06 少女


綺凛ちゃんはジッサイカワイイ。いいね?


「先日は大変失礼しました!」

 

男子寮内にある応接室に案内して開口一番。綺凛は晶に対して頭を下げた。

 

「……刀藤が謝ることでは無いだろう。とりあえず、座ってくれ」

 

突然の謝罪に驚いたが、直ぐに立て直してそう返すと、晶はお茶を出して綺凛をソファに座らせた。

応接室は本当に簡素な造りで、それなりの広さの部屋の中に皮張りのソファとお茶出し用の湯呑みとポットが置いてあるだけのものだ。

外に面してもいないので自動スクリーンで常時それらしい景色が流して誤魔化すという手抜きっぷりも垣間見える。

 

「それに、謝罪するべきは私の方だ。すまなかった」

 

「い、いえそんな……!」

 

反対に、晶が頭を下げると綺凛は慌てた様子で首を振る。

 

「あの、怒ってないですか?」

 

「ん?……いや、何故私が刀藤を怒るような事があるのだ?」

 

頭に疑問符を浮かべて逆に聞くと、綺凛はすこし安心した表情になる。

 

「だが、鋼一郎氏に思うところはあるがな」

 

綺凛から視線を反らし、少しの苛立ちを吐き出すように息を吐く。

決闘前のあのにやけた顔がどうにも心を笹くれ立たせる。

 

「それは、その、本当に申し訳な……ふぇ?」

 

「もう謝らんでいい。こっちが萎縮してしまいそうだ」

 

再び謝ろうとした綺凛の頭を軽く撫でてふと笑う。

本土に居たときはこうして年下の弟弟子たちを宥めていたのを思い出す。

綺凛の銀髪はふわふわとしていて、彼女の小動物のような雰囲気をさらに助長させている。

 

「あ、あの……」

 

「ああ、すまない。いきなり頭を触るのは失礼だったな」

 

「い、いえ、大丈夫です」

 

恥ずかしげに見上げてくる視線に手を引くと、咳払いをして話題を変える。

 

「それで、他に用事はあるのか?」

 

「?」

 

「……まさかとは思うが、謝罪するためだけに男子寮(ここ)に来たのか?」

 

「いえ、そうですけど?」

 

「……そうか」

 

天井を仰ぎ、溜め息一つ。

刀藤綺凛という少女はその実力とは裏腹に、律儀かつ少し天然ぎみな性格らしい。

知り合いで言えば沙夜も大概天然だが、それとはまた別ベクトルの天然さだ。

 

「年頃の少女が、無用心すぎるだろう全く……」

 

「え、えぇと?」

 

「幾ら実力が有るからといって、男しか居ないような空間に易々入るなと言ったんだ。現にーー」

 

言葉を切ってソファから立ち上がり、音もなく扉に近づいてドアを一気に開くとーー

 

『どわぁ!?』

 

「こういう輩が沸く」

 

中の様子を伺わんとしていた男子達が雪崩のように転がり込んできた。

その先頭。雪崩の一番下に倒れているパパラッチに向かって声をかける。

 

「さっきぶりだな、夜吹」

 

「よ、よぉ、いい天気だな?」

 

ギギギと、軋んだ音が鳴るかのように首を上げた夜吹がひきつった笑顔でそう言うと、晶もまた笑顔で答えた。

 

「盗み聞きとは不届き千万……さあ、ひれ伏せ。懺悔の時間だ」

 

「ちょ、ま、なんで俺だけええええええええ!?」

 

死刑宣告が放たれ、夜吹の断末魔じみた叫びが応接室に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって学園の敷地内にある遊歩道。

昼間ほどでは無いとはいえ暑さの残る夕暮れの道を晶と綺凛は並んで歩いていた。

 

「……あ、あの方々はあのままで良かったんでしょうか?」

 

「構わんさ、どうせ直ぐに立ち直る。前よりしぶとくなってな」

 

苦笑いを浮かべる綺凛に諦めたような顔で返す。

アルゼンチンバックブリーカー一発でダウンする程度なら、元より野次馬などやっていられない。特に、この六花では。

 

「タフなんですね……」

 

「見習うなよ?あれは最早執念の領域だからな」

 

「流石にそれはちょっと……」

 

白目を向きながらも身体を動かしていた様子を思い出して口端がひくつく。

 

「ところで刀藤」

 

「な、なんでしょう?」

 

目線を前に向けたまま晶が口を開く。

 

「先程から歩調がバラバラだが……緊張しているのか?」

 

「あ、そのごめんなさいです。わたし、家族以外の男性の方とこうして歩くの初めてで……父が、厳しかったものですから」

 

照れたように笑う綺凛に、納得がいったように頷く。

さすが風に聞くは刀藤流宗家。家風も厳しいようだ。

 

「刀藤流は厳格な流派とは聞くが、家庭内でもそうとは思わなんだ」

 

「うちの流派をご存じなのですか?」

 

「知らぬはずもあるまい。剣を握る者なら大抵は知っているだろうよ。私の流派なぞ、足下にも及ばん」

 

少し自嘲気味に言った一言に、綺凛の目の色が喜色に変わる。

 

「そういえば、八十崎先輩の流派は独特ですよね?基本姿勢から動きも」

 

「ああ、まあな……あの打ち合いでそこまでわかったのか」

 

時間にしても五分あるかないかのあの決闘の最中、此方の動きを観察できる余裕があったことに晶はこの少女の強さに舌を巻いた。

確かに、晶が使う流派……八十崎流(ひいてはPSO2における抜剣の動き)は特徴的だ。

綾斗が使う天霧辰明流のように身を深く落とす事もなければ、刀藤流のような直立姿勢でもない。

腰を少し落とし、抜刀術であるにも関わらず鞘を手に持ち、その持ち方も太刀と同じ、刃を下にしたもの。

何より、カウンター或いは奇襲用である抜刀術を通常戦闘用にしたかのような技の数々。

どう考えても普通じゃ無いことは確かだ。

 

「抜刀術(カウンター)の構えであるのに直接攻めに来る姿勢、運び足も古流ではあり得ないモノでしたし……」

 

「まあ、な。何せ妖魔祓いの為の剣術らしいからな」

 

「ふぇ?」

 

綺凛がすっとんきょうな声を上げるが、これは事実だ。

八十崎の抜刀術は古くより続く祓魔の剣なのだ。幼いころにこれを知った晶は『魔(ダーカー)を祓う為の剣とかけているのか?』と神の皮肉を笑ったものだ。

 

「ようは奉納剣舞などの類いに近いものだ。とはいえどかなり廃れてはいるがな」

 

「成程……だからあれほど流れるように連撃を」

 

得心がいったように頷く、少し興奮気味な綺凛を見てつい晶はまたその頭を撫でてしまう。

 

「刀藤は剣術が好きなのだな」

 

「は、はいっ」

 

「だが、それ故に謎だ。何故それほどの強さがあって鋼一郎氏の言うことに従っているのだ」

 

「それはーー」

 

手を離してそう訊ねると、うって変わって綺凛の顔は寂しげに陰る。

 

「私には、剣術以外才能が無いですから」

 

「………」

 

「わたしは頭も良くないですし、ドジで、臆病で……でも、わたしには叶えたい願いがあるんです」

 

震えた声であったがその最後の一言にははかりしれない決意の重さがあった。

だが同時に、焦りや不安といったものも晶は感じていた。

 

「成程な……それ故に鋼一郎氏と共にいるのか」

 

「伯父様は……わたしと違ってとても有能ですから。わたしは運が良かったんです。伯父様はわたしの願いを叶える為の道を示し、その過程で相応の利益を得る……対等の取引をさせて貰えたんですから」

 

淡い笑みを浮かべてそう言い切った綺凛だが、その表情は今にも瓦解しそうなほどの危うさを同時に見せる。

彼女は『純粋』だ。あまりにも。

放っておけば何時しか独りでに壊れてしまいそうなその双肩に、晶は眉間に皺を寄せる。

 

「刀藤、お前はーー」

 

声を出したが、その先を言わずに口をつむぐ。

生来のお節介焼きが首をもたげたが、それを理性で抑える。

これ以上は踏み込むべき領域ではない。なまじ敗者である今の自分なら殊更に。

この先を言うべきは、少なくとも今ではないと自分に言い聞かせて。

 

「先輩?」

 

「ああ、すまない。何と言おうとしたか忘れてしまった……この歳で痴呆とは、笑えんな」

 

「せ、先輩はまだおじいちゃんじゃないと思います!」

 

無理矢理吐いた誤魔化しに対しての綺凛の的を外したフォローに、思わず吹き出してしまう。

 

「くくっ……刀藤、それはフォローになっていないぞ、ふふっ」

 

「え、あ、今のは違くて……!」

 

わたわたと全身を使って慌てる綺凛に、先程までの陰りは無い。

彼女もこの力技じみた誤魔化しには気付いているだろうが、乗ってくれただけでもありがたい。

これ幸いにと、晶は笑いを抑えて問い掛ける。

 

「ところで刀藤、一つ聞いても良いか?」

 

「な、なんでしょう?」

 

「そう構えるな。何、普段どのような鍛練をしているのかとな」

 

「鍛練、ですか……」

 

何てことのない質問であったが、綺凛は少し難しい顔になる。

 

「どうかしたか?」

 

「あ、いえ……基本的には走り込みと素振り、型の通しです。自分で決めたメニューではあるんですけど、ちょっと不安で」

 

「ああ、一人だと組太刀も出来んからな。気持ちは分からんでもない」

 

「で、ですよね!」

 

同じく似たようなトレーニングをこなす晶が頷くと、同士を見つけた嬉しさからか表情が華やぐ。

その様子に少し心癒されつつ、晶は一つ提案をする。

 

「ならば、一度共にトレーニングでもしてみるか?流しではあるが、組太刀も出来るだろう」

 

「えっ?い、いいのですか?」

 

意外な提案に綺凛が大きく目を見開く。

 

「ああ。とはいえど、やるのは早朝だ。放課後は何かと忙しいからな」

 

主にリスティの相手をしたり、依頼をこなしたりと放課後は用事が立て込んでいるのだ。ついでにウルサイス姉妹にも今度会いに行かねばならないので、本当に首が回らない。

 

「そ、それはつまり八十崎先輩と、その、二人っきりで、ということですか?」

 

「そうなるが……ああ、流石に不躾が過ぎたな。すまない」

 

「い、いえ……あの、八十崎先輩の事は、信用してますので、その、宜しくお願いします」

 

はにかみながら、綺凛は頷いた。

 

「……全く、うれしい事を言ってくれる。こちらこそ宜しく頼む、刀藤。では細かい時間は追って伝えるとするが……刀藤、連絡先を聞いても良いか?」

 

「あ、はい、ちょっと待ってください……」

 

持っていた鞄から携帯端末を取り出した綺凛と連絡先を交換する。

それから暫くお互いの剣技について話に花を咲かせていると、いつの間にか女子寮の前に着いていた。

 

「あの、今日はありがとうございました」

 

「こちらこそ、だな。中々に有意義な時間を過ごせた」

 

「私も、楽しかったです!そ、それではまた明日、宜しくお願いします」

 

「ああ、また明日」

 

綺凛はしっかりと頭を下げると、パタパタと小走りで女子寮へと入っていった。

それを見送って、晶は踵を返す。

紺色に染まった空を見上げれば、少なからず星が見え、月が浮かんでいた。

 

「……たまには、ゆっくり帰るのも一興か」

 

そよ風に鳴る葉擦れの音に耳を済ませて、晶は来た道を引き返すのだった。

 

 





誤字脱字等ありましたら教えていただけると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*07 騒がしい日常


今回、凄まじく原作キャラ崩壊がおきています、ご注意下さい


明くる日、高等部校舎前に晶と綺凛は居た。

双方、動きやすいトレーニングウェアを着ている。

 

「おはよう。まさか同時に来るとはな」

 

「おはようございます、八十崎先輩」

 

濃い朝霧の中、どちらからともなく挨拶をして笑い合う。

 

「さて、まずはストレッチをするか。何事も準備は必要だしな」

 

「はいっ」

 

運動をする前の基本。不意の事故を防ぐためにも準備体操は必要だ。

筋肉をほぐすように体をお互い動かすのだが、晶はここで一つの事実に気づく。

 

「いっちに、さんしっ」

 

「…………」

 

その事実とは、綺凛の所謂バストである。

大きさは本当に十三歳かと問いたくなるほど豊満で、クローディアに匹敵するほどに見える。

それが目の前で無自覚に弾み揺れるのだから、目のやり場に困るどころではない。

 

(いかんな……これはいかん。斯様な場面で年下の胸を見るなど……)

 

「ごーろくっ、しち、はちっ」

 

視線を反らせど視界の隅でちらちらと見えてかえって気になってしまう。

このままでは集中できない。そう考え、晶はPSO2の一人のキャラクターを思い浮かべる。

 

『全知は僕だ!僕が導き出した答えに、間違いは無いっ!』

 

(…………)

 

『今こそ、全知を掴む時ッ!我が名は【敗者】、全知そのものだ』

 

(よし、落ち着いた)

 

思い出したキャラクターの名はダークファルス【敗者(ルーサー)】。PSO2内では知られた、別名アークスの玩具である。

様々な面でネタに溢れた彼の姿を思い浮かべ、晶はどうにか平常心を保った。

 

「あの、先輩、どうかしましたか?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

顔を覗き込むようにして訊いてきた綺凛に何処か悟った表情でそう返すと、話題を変えるべく口を開けた。

 

「走り込みのコースだが。昨日話した通り、六花の外縁を周回する形で良いんだな?」

 

「え、あ、はいっ。ところで先輩はウェイトって使ってますか?」

 

「ああ、使っているぞ。腰に巻いているのと、両手両足に着けているのがそうだ」

 

綺凛の問いに、手首に着けたリストバンド型のそれを見せる。

ウェイトと言うのは謂わば重りである。

トレーニングに使うのは勿論のこと、《星脈世代》としての身体能力に制限をかけるのにも使える。

《星脈世代》の軽く走る、というのはスピードにして六十キロ程度は簡単に出せてしまうのだ。

同じ《星脈世代》が殆どの学園の敷地内ならまだしも、一般人もいる外縁区などに行く以上は必要な処置でもある。

 

「かなりウェイトを着けてるんですね」

 

「普段からこれくらいは無いとな。トレーニングにならんのだ」

 

大抵の《星脈世代》の場合、着用するウェイトは綺凛が着けているゼッケンに似た形のもの一つだ。

スピードを落とすのにはこれ一つで充分であるし、着け過ぎても反って身体を痛めるだけだからだ。

とはいえ、幼少の頃から似たような走り込みをしてきた晶にとって、ウェイト一つでは物足りなく感じているから五つも着けているのだが。

 

「さて、では行こうか。今ならさぞ風も心地良いだろう」

 

「はいっ!」

 

綺凛の明るい返事と共に、二人は走り出す。

その姿もやがて、朝霧の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八十崎、お前最近《疾風刃雷》と一緒に居るんだってな?」

 

「む……?」

 

トレーニングを始めて数日。隣に座るイレーネが発した一言に晶はフォークを止めた。

ここはレヴォルフ黒学院近く、ウルサイス姉妹が住まうマンションの一部屋である。今日は余暇が出来たのでプリシラに誘われるまま夕飯の相伴に預かっているのだ。

 

「ああ、確かにそうだが……やはり噂は足が早いな」

 

「寧ろ噂になんねー方がおかしいだろ」

 

「私のいるクラスでも話題になってましたね、星導館の序列一位が男と一緒に居るーって」

 

「プリシラ、誤解を招きそうな言い方は止めてくれ」

 

シーフードパスタを嚥下して、プリシラの発言に苦笑いする。

 

「……うむ、やはりプリシラの作る料理はみな美味いな。また上達したか?」

 

「うふふ、今回のは自信作なんで、そう言って貰えるとうれしいです」

 

「これだけ家事が完璧ならば、良い嫁になるだろう」

 

「よ、嫁……」

 

率直な意見を言ったところで、プリシラが頬を赤らめて沈黙してしまった。

果たして、自分が言ったことに何か不都合はあっただろうか?

妙な沈黙の中、色々とむず痒さを感じたイレーネが空気を変えんと咳払いをした。

 

「ん、んんっ!……それで、どうして《疾風刃雷》と居るんだよ?別に依頼ってワケでも無いんだろ?」

 

「理由か。単にトレーニングを一緒にしているだけだぞ」

 

「トレーニング?お前が?」

 

「私を何だと思っているんだ……」

 

さも意外そうに見てくるイレーネに脱力感を感じながらそう訊くと、彼女は間髪入れずに答えた。

 

「なんか色々とぶっ飛んだ人間(?)」

 

「人外魔境のここにおいてそれを言うか……はあ、まあいい」

 

呆れ混じりの息を吐いて、コップに入った水を飲みながらちらとイレーネの姿を見やる。

何時もの着崩した制服姿ではなく、部屋着であるホットパンツとメタルな柄の入ったTシャツを着た、完全な『オフ』の姿だ。

この服は以前、プリシラと一緒に行きたくないとごねるイレーネを引っ張って服屋で買ったものだ。

 

「ん?なんだよ、あたしの顔に何か付いてるか?」

 

「いや、見慣れたはずなのだが、その服が似合っているなと、思っただけだ」

 

「んなッ!?おおおおお前何言ってんだ!」

 

「よし待て、フォークをこっちに向けるな洒落にならんから下ろせ」

 

「お姉ちゃんストップ、ストォップ!!」

 

唐突に暴れだしたイレーネをプリシラと二人掛かりで何とか抑えると、彼女は赤面した顔を隠さずに晶を睨み付けた。

 

「ぜー……はー……お、お前、不意打ちは卑怯だぞ」

 

「率直な感想を述べて卑怯とはこれ如何に」

 

「だ、大体だな。確かに気楽な格好ではあるけど、野暮ったいとかそういうのが先に来るんじゃないのか?」

 

「無いな」

 

一切のタイムラグ無しに即答され、イレーネは言葉を詰まらせる。

 

「お前たち姉妹は揃って美少女と言って違いないのだぞ?余程アンバランスな格好でなければ似合うに決まってるだろう」

 

更に掛けられた言葉にイレーネとプリシラは固まってしまった。

そして次第にまるでお湯が沸騰するかのように顔を真っ赤に染め上げた。

 

「む?どうした」

 

「わ、私お茶準備してきますね!あ、あははー!」

 

「いやこのメニューにお茶は要らんだろう……聞こえてないな」

 

《星脈世代》のポテンシャルを生かした高機動で席を離れたプリシラに呆気を取られ、ポカンとする。

彼女があのような反応を返すということは、本人がよく言う『ジゴロ』な発言だったのだろうと晶は思い至る。

とはいえど晶自身にとっては率直な意見を言ったに過ぎないのだが。

どうしたものかと頭を悩ませていると、イレーネが先程から一切動いていないのに気付く。

その表情は俯いて、髪に隠れているので伺い知れない。

 

「イレーネ、大丈夫か?すまんな、不用意な発言をし…………た?」

 

少し心配になった晶が謝罪を口にしながら顔を覗き込むとーー

 

「…………」

 

(これは……気を失っているな)

 

何ともいい笑顔でイレーネは気絶していた。慣れない誉め言葉に思考がショートしたのだろう。

 

「プリシラ」

 

「ななな、何でしょう!?」

 

「イレーネが気絶した」

 

「はいっ……ってえぇ!?お姉ちゃん!?」

 

呼ばれたプリシラが見たのは今にも何処へと飛び立ちそうな笑顔のイレーネと、表情こそ固いものの目には困惑の色がありありと浮かんだ晶からの視線と言う混沌としたものだった。

 

「と、とりあえず寝かさないと!」

 

「私が部屋に運ぼう、こっちだったか?」

 

「お姫様抱っことかちょっと羨まし……いやいや、えっとこっちです!」

 

結局その後朝までイレーネが起きることはなく、責任を感じた晶は泊まり込みで看病することにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんであたしの部屋に居んだよお前はぁ!?」

 

「いや看病の為なのだぐおぁ……!!」

 

「お姉ちゃぁん!?」

 

翌朝もまた一騒ぎあったのは、また別の話。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*08 朝霧の襲撃者

翌々日、何時ものように早朝の学園の校舎前で晶は綺凛と待ち合わせしていた。

 

「おはようございます、八十崎先輩」

 

「ああ、おはよう刀藤。今日は大分霧が濃いが、問題ないか?」

 

何の感触も示さない白い靄を軽く手で払いながら挨拶がてらに問い掛ける。

水上都市であるが故にこういった事は日常的にあるが、これ程までに濃い朝靄はこの時期では珍しい。

 

「見える距離もかなり短いですしね……走りながらはぐれちゃいそうです」

 

「であろうな。そこで今回はこんなものを用意してみたのだが」

 

そう言って腰のポーチから晶が取り出したのは輪っか状に結ばれた少し短めのロープだった。

 

「これは……」

 

「これの両端をお互いに持って走るとしよう。そうすれば易々とはぐれることもあるまい」

 

ロープの端を差し出すと、綺凛はおずおずとそれを掴んだ。

 

「その、宜しくお願いします」

 

「ああ、任せてくれ。では行こうか」

 

「はい!」

 

晶が笑いかけると、綺凛もまた笑みを浮かべて応える。

気持ち緩やかになった空気と共に自然と息を合わせて二人は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

朝靄の中、アスファルトを叩く二つの軽い足音が鳴っては霧に染み渡って消えていく。

走り出してから早数十分。晶と綺凛の二人はアスタリスク外縁を囲うように存在する環状道路を走っていた。

朝日もまだ昇らないような時間だからか、時折同じように早朝訓練をしている学生や出勤途中の大人とすれ違う程度で、辺りはいまだに静かなままだ。

 

「刀藤、ペースは問題ないか?」

 

「は、はい!寧ろ走りやすいくらいです」

 

呼吸を乱さない程度に会話をしつつ、疎らに聞こえる鳥の声や周囲の音に耳を澄ませる。

二人が握ったロープが走る度にゆらゆらと揺れる。

涼しい気温もあいまって不思議な心地よさを感じていたが、ふとその中に『異物が』混じっていることに気が付いた。

 

「刀藤、気付いているか?」

 

「……はい。一人ではなく複数ですね」

 

「そのようだな……」

 

背後から追ってくる無数の気配に走りながら互いの意見を交換する。

付かず離れずの距離を保つそれらに、晶は溜め息を吐き出す。

 

「動きに粗がありすぎるな……本当に人間か?」

 

「八十崎先輩もそう思いますか?」

 

「ああ、寧ろ獣のそれに近いがーーむ」

 

晶が自身の考察を言ったところで、目前に有るものに気が付いて二人は足を止めた。

 

「……『工事中につき、立ち入り禁止』だと?」

 

霧のせいで見にくくはあるが、そう書かれた標識が文字通り立ち入りを阻むように道を塞いでいた。

 

「こんなの、昨日はありませんでしたよね?」

 

「ああ。近くに工事期間を示すような物も無かった筈だ……何処の誰かは知らんが、とんだお膳立てだな」

 

小さく舌を打って回りを見渡す。

標識自体は越えようと思えば越えられるが、実際に工事中であったなら危険性が高い。

この濃霧だ。もし足元に穴があっても気付くのは直前だろう。

 

「かと言って、此方も此方で罠のようだがな」

 

標識の手前、さながら用意されたかのように存在する迂回路への入り口を見て晶は瞑目する。

どうやら公園の裏口のようだが、あからさまに過ぎてそちらに向かう気も浮かばなかった。

気配の群れは相も変わらず、こちらの動きを探るように一定の距離で止まっている。

 

「刀藤、付かぬことを聞くが、こういった経験はあるか?」

 

「それなりには、まあ……八十崎先輩は?」

 

「《何でも屋》だからな、恨みは幾らか買っているさ。この手のものも、馴れたものだ」

 

嫌な馴れだと思いつつ答えると、後ろを向いて晶は《闇鴉》を起動した。

背後の気配が動いたのだ。

まるでライオンやチーターのようにじりじりと距離を詰めてきている。

綺凛もそれに気付き、ロープを手離して腰の刀に手を掛けた。

 

「やっぱり、人の気配じゃないですね」

 

「少しばかり、星辰力を感じるが……っ、来るぞ!」

 

一気に距離が無くなったのを感じて前を見ると、靄の中から、全く見覚えのない生物が五匹、姿を現した。

体躯は虎などに近いが、外皮は蜥蜴に類似している。

何とも言いがたい姿形ではあるが、強いて言うならば翼の無い竜だろう。

 

「五匹か……しかし、珍妙な生き物だな。これは」

 

「でも、ちょっと可愛いですね」

 

「刀藤、爬虫類好きだったのかーーっと」

 

二人の会話を隙と見たのか、その謎生物が飛び掛かって来たが、《闇鴉》を鞘ごと振るい弾き返す。

 

「八十崎先輩、大丈夫ですか?」

 

「問題ない。が……ふむ」

 

同じく謎生物の攻撃を捌いている綺凛の問いに答えつつ、晶は疑問を抱いていた。

弾き返す瞬間、その見た目に反して謎生物の爪が柔らかく感じたのだ。

異物感に眉をしかめ、晶は《闇鴉》を鞘から抜いた。

そして今度は二匹同時に飛び掛かって来た竜擬きに向かって軽く振るった。

 

「「ーーー!」」

 

横一文字。

竜擬きはその外皮に一切の抵抗を見せず、小さな悲鳴を上げて両断された。

普通ならば絶命は必至の一閃。

しかしどうやら『これら』は普通ではなかったようだ。

 

「なるほど、通りで斬った感触が薄かった訳だ」

 

上下に分かれた筈の竜擬きの肉体の一部が地面に落ちると、スライムのような粘着質のある液体へと姿を変えた。

そして分断されたのこりの肉体へと近づくと時間の巻き戻しのように元通りの姿となる。

 

「物理攻撃が通りにくいようですね」

 

「斬った端から増殖しないだけ、まだマシだがな」

 

背中合わせに話しながら竜擬き達の攻撃を避けるまでもなく切り伏せていく。

 

「◼◼◼◼!!」

 

その最中、五匹の内の一匹が大きく口を開けたかと思うと、そこから火球を作り上げて放つ。

 

「ちっ……驚いたな、まさか万応素への干渉能力があるとはな」

 

それを《闇鴉》で切り払い、晶は舌を打つ。

 

「この子達って、『変異体』なんでしょうか?」

 

「いや、恐らくそれとは違うだろう」

 

『変異体』とは、《落星雨》の影響を受けた既存の生命体が異常な進化を遂げたもののことを指す。

変異体となった生物の中には万応素への干渉……つまり《魔女》や《魔術師》と同様の力を振るえるのも存在するが、そういったものは直ぐに話題になるし、そもそもこの六花が浮かぶ湖の『ヌシ』を越えてかつ繁殖するなど考えにくい。

 

「何にせよ、対処を考えんとな……」

 

斬っても斬っても終わらないのならいっそ来た道を走って戻ることも視野に入れるべきだろう。

 

「あの、先輩」

 

「なんだ?」

 

「少し、試してみたいのですが、良いですか?」

 

背中越しに聞こえる綺凛の声に、晶は数瞬考え、頷いた。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

「ーーありがとうございます」

 

感謝の言葉を一つ残して、背中から熱が遠ざかる。

他の竜擬きへの警戒を怠らず、首を回して後ろを見ると綺凛が一匹の竜擬きへと近付いていくのが見えた。

 

「ごめんね」

 

そして彼女が小さく呟いた次の瞬間。

綺凛へと飛び掛かった竜擬きが中空で胴から真っ二つに断ち斬られた。

しかし、先ほどと同じく、竜擬きの体はスライム状になり、元に戻ろうと動きだす。

だが、それが叶うことはなかった。

スライムが元に戻ろうとするよりも速く、綺凛の振るう刀がその物体を斬ったからだ。

更に斬撃は止まらず。寧ろ加速していき、遂にはスライムの再生速度を上回る。

斬撃が刻まれる度中空に浮かぶスライムの体積は減り、切り飛ばされ地面に落ちた部分は互いに結合したものの、肉体を形成することは無い。

 

「成程、そういうことか」

 

段々と小さくなるスライムの、その液体の中。

そこに小さな球体が有るのを晶は捕らえた。

恐らくそれこそがーー

 

「終わりです」

 

竜擬きの、核なのだろう。

コトリ、と綺麗に二つに割れた球体が落ちると、スライムはその動きを止め、ただの液体になったかのようにアスファルトへ染みるように広がっていった。

仲間を死に様を見たからか、残りの竜擬きたちが一斉に距離を離し、戦慄くように鳴き声をあげる。

 

「あの竜擬きに核があると、よく気付いたな。私には少しの違和感しか感じられなかったぞ」

 

「星辰力の流れが妙だったので……。わたし、昔からそういったものに敏感なんです」

 

綺凛の答えに晶は苦笑いを浮かべる。

自身の星辰力の流れを感じるならまだしも、他人の、いわんや他の生物のそれを感じとり、把握するなど特殊能力の領域だ。異能と言ってもいい。

 

「通りで。刀藤がこれだけ強いわけだ」

 

球体の片割れを取り上げて眺めながらそう呟く。

感触はゴムに近く、握ってみると鉄のような抵抗の強さを指に返してきた。

 

「人工的な造り……仕掛人はアルルカントか」

 

鈍色のそれを握り潰し、小さく舌を打つ。

そうなると、この竜擬き達の狙いはーー

 

「私か」

 

不意を突くように放たれた竜擬きの火球を切り払い、晶は目を細めた。

火球が継ぎ目なく連続で晶のみを狙って飛来する。

 

「ちっ……矢継ぎ早とは面倒な」

 

闇鴉で何度も切り払うが、火事場の馬鹿力なのかやけくそなのか、火球の飛来速度が徐々に速くなってきている。

たまらず晶は距離を離すべく後方へと跳んだ。

その時。

 

「何……?」

 

竜擬き達の火球の狙いが晶から離れた。

そして続けて放たれた火球の着弾点は、晶の後方、着地しようとしていた道路だった。

ボゴン、と爆発音が鳴り響き、道路に亀裂が走る。

 

「……まさか」

 

後ろ手にそれを見てその後の結末を予想して口元がひくつく。

身体は既に着地体勢だ。どう足掻いてもこの亀裂の範囲外に抜けるのは不可能。

 

「予測可能回避不可能とはこのことか」

 

着地がスイッチとなったのか、晶を中心に直径約五メートル程の穴が空いた。

 

「先輩っ!」

 

直下に広がる真っ暗闇に呑まれようとしたところで、綺凛が晶の腕を掴む。

 

「だ、大丈夫ですか、八十崎先輩?」

 

「すまんな世話をかけーー」

 

礼を言い掛けて、晶の耳がピシリという嫌な音を捉える。

綺凛も聞こえてしまったのか、口を真一文字に結んで沈黙した。

 

「「ーーーーーっ」」

 

そして、綺凛のいる場所まで崩壊を起こし、抵抗虚しく足場の無くなった二人は声にならない悲鳴をあげて穴の中へと落ちていった…………。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*09 理由





「ーー参ったな、これは」

 

落ちて行く感覚の中、晶は溜め息と共にそう言った。

その腕の中には綺凛がすっぽりと収まっていた。

 

「あわわわわわわ……!」

 

「落ち着かんか。どうせ下はバラストエリアだろう」

 

下から感じる湿気と長く続く落下感に、晶はそう当たりをつけた。

バラストエリアというのは、クレーター湖からの水を流入、または排出することで六花全体のバランスを取っている謂わば大黒柱である。

それを聞いた綺凛は尚の事慌て出す。

 

「わ、わたし、泳げないんです!」

 

「……だとしたらしっかり掴まっていろ。それとウェイトを外すぞ」

 

言うが早いか、落下しながらも綺凛の腰に巻いてあるウェイトを手早く外し、続けて自分のウェイトも空いた片手で器用に外した。

そこまでやったところで、水面が近いのか、いよいよ冷気が強まってくる。

 

「刀藤、身体の力を抜いて思いきり息を吸え。あとは私がなんとかする」

 

「は、はい……」

 

「何、死なせなどしないさ。安心しろ」

 

綺凛の目を真っ直ぐにみて、安心させるように穏やかな口調で言い聞かせると、自身もまた身体の力を抜くと同時に、落下の衝撃に備えて全身の星辰力を防御へと回す。

そして。

 

「着水するぞ!」

 

「……!」

 

大きな水柱を立てて二人は水中へ沈んだ。

そして、綺凛を抱き込むようにして浮上した晶が見たのは、何本ものコンクリートで出来た巨大な円柱が聳える広大な空間だった。

予想通り、バラストエリアへと落ちたらしい。

六花の地下には幾つもの階層が存在するのだが、見上げれば綺麗に自分達が落ちてきた穴まで一直線に円状に切り抜かれている。

 

「たかだか二人程度にこれだけ大規模な罠とは。アルルカントも暇なのか?」

 

半ば呆れつつ晶は咳込む綺凛を抱えて手近な柱へと近づく。

こういったエリアには点検用の出入り口が存在するはずだが、その場所がわからない以上、迂闊に動くのは得策ではない。たとえ《星脈世代》と言えど、人一人を抱えて長時間泳ぐには体力が持たない。

足場らしきものを探そうと周辺を見ても近くにはないようだ。

そこで晶は、足場を作ることにした。

 

「刀藤、大丈夫か?」

 

「けほ……はい、少し水が入っちゃっただけですから」

 

「問題無いようなら、《闇鴉》の鞘を持っていて貰えるか?」

 

「わ、わかりました」

 

落下直後に懐に入れていた《闇鴉》を取り出して起動すると、それを綺凛へと渡し、刀身を抜く。

炎のように揺らめきでる紫のオーラが微かに水面を照らす。

 

「さて、管理業者には悪いが、削らせて貰うとしよう」

 

「え?まさか」

 

「そのまさかだ」

 

星辰力を纏わせた斬撃を都合三閃を放つと、ちょうど二人分のスペースに円柱が抉れ、切り裂かれた鉄筋コンクリートは円柱の左右へと波しぶきを立てて沈んでいった。

多少波に揺られながらも空いたスペースへ先に綺凛を上げ、自身も水を吸って重くなった服に苦労しながら上がった。

 

「本来の用途と違うとなると、やはり加減が難しいな」

 

「《純星煌式武装》、やっぱり凄い力ですね……」

 

「今回はそれに助けられたな。お陰で体力の消耗を抑えられーーっ!」

 

不意に感じた膨大な気配に、言葉を切って身体ごと振り返ったと同時に巨大な何かが派手な水飛沫を上げて晶達の前に現れた。

視界を阻害していた飛沫が消え、二人が目の当たりにしたのはあまりに現実離れした存在だった。

 

「……」

 

「ははっ……何時から六花はジュラ○ックパークになったんだ……?」

 

それを見て、綺凛は口をぽかんと開けて呆然となり、晶もまた肩をがくりと下げ、頬をひきつらせる。

水中から現れたのは、巨大な竜だった。

見た目は首長竜に近似していて、その大きさは水面から上に出ている部分だけでも十メートル程あり、鎌首をもたげて晶達を睥睨(へいげい)している。

その眼窩は先程の竜擬きかそれ以上の敵意を滲ませていた。

 

「つまるところ、『これ』が本命と言うワケか」

 

真っ正面から竜と睨み合い、《闇鴉》の柄に手を掛ける。

元よりここに落として終わりだとは思っていなかったが、予想を上回るの事態に思わず笑う。

綺凛の刀は《煌式武装》では無い。加えて本人はカナヅチである以上、自分がこの竜をどうにかしなくてはいけない。

 

「先輩……あの竜は」

 

「ああ、わかっている。上にいた竜擬きと同じなのだろう?」

 

「多分、ですけど」

 

「刀藤からの言葉だ。十分、信に足りる」

 

上にいた竜擬きと同じ……つまりはこの竜も実態はスライムなのだろう。

 

「◼◼◼◼!!」

 

様子見を止めた竜が頭を振って晶へと牙を剥く。

巨大な口が迫る中、至って冷静に晶は《闇鴉》を抜き払った。

疾(はし)る刃は荒ぶる波の如く。斯く龍の息吹。それ即ちーー。

 

「波涛竜胆(ハトウリンドウ)ーー」

 

下から上へと払われた剣閃に沿って、星辰力の斬波がまるで折り重なる数多の高波の様に竜へと殺到し、その顎を、否、首すらも蹂躙し、刻み裂いて突き抜ける。

縦一文字に惨たらしく裂かれ、竜の頭が液体となりぼちゃぼちゃと水面へと落ちるが、たちどころに再生していく。

 

「これを耐えるか。やはり大型の敵は厄介極まりないな」

 

「◼◼◼◼ーー」

 

面倒くさいと言った体で息を吐く。

再生を終えた竜が晶を脅威と認識したのか、警戒した様子で下がる。

それを見て晶はここで勝負を決めるべきだと踏み、《闇鴉》の鞘を傍らのコンクリートに突き立てる。

 

「ーーーー」

 

一つ息を吸い、吐き出す。

意識を鋭く研ぎ澄まし、星辰力の流れをコントロールする。

刀を上段に構え、そこから円を描くようにゆっくりと回してゆく。《闇鴉》の刀身の煌めきが暗闇に妖しくも美しい残像を残す。

やがて刃は再び頂点へと至り、残された残像はさながら紫の満月と見える。

 

「ーー斬る」

 

精神統一の後、一言、晶は宣言した。瞳は竜の身体の一点、その奥にあるモノを捉えるかのようだった。

その言葉に偽り無しと示すように《闇鴉》が一層強く輝き星辰力によって構築された巨大な刃を顕す。

大太刀、否、斬馬刀すらも凌駕するその刃には何処までも冷徹な意思が宿っていた。

本能でそれを悟ったのか、竜は恐慌した声を上げて暴れるように逃げ出そうとしたが……その為の時間は、とうに切れていた。

 

「華山撫子(カザンナデシコ)ーー」

 

弐の太刀要らずの大上段からの一閃が降り下ろされ、竜の身体を直下の水面ごと両断した。

骸となり、やがて液状となって竜が割れた水面へ没する一瞬、その中に切り裂かれた核を見付け、晶は降り下ろしたままだった《闇鴉》を血払いをするように一度振るうと身体を弛緩させた。

 

「終い、か。存外大したことの無い敵だったな……刀藤?」

 

やけに静かな後ろに居る綺凛が気になり振り向くと……目が点になったまま固まっていた。というか気絶していた。

 

「……殺気を出しすぎたか?」

 

原因が自分に有ると思い、気まずくなる。

それから様々な手立てを用いたが、中々起きず。結局綺凛が復活したのはそれから十分も経ってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すいません、気を失っちゃって……!」

 

「いや、こちらこそすまん。もう少し殺気を抑えるべきだった」

 

綺凛が無事目を覚ましてから数分。二人は救援が来るのを待つべく、濡れた服を脱いで背中を向き合わせて座っていた。

脱いだ服は《闇鴉》を鞘ごと柱に突き刺して物干し竿にして引っ掛けてある。開発者が見たら卒倒しそうな光景だろう。

《純星煌式武装》には性格があり、モノによっては暴れるとも言われているが、《闇鴉》は特に何か反応するでもなくコンクリートに刺さっている。

 

「さて……救援が来るまでどれほど掛かるか」

 

「誰かが上の穴に気付いてくれれば良いんですけれど……」

 

二人揃って上を見る。落ちた時はかなり大きいと感じた穴も、今では途方もなく小さく見えた。

微かな呼吸音と、水の流れる音だけが耳に入る。

ずっと無言というのも気が滅入る。そう感じて晶は良い機会だと、あの決闘の日から気になっていた事を綺凛に訊いた。

 

「刀藤。一つ、訊いても良いか?」

 

「な、何ですか?」

 

「……刀藤の、闘う理由は一体何だ?」

 

その問い掛けに、綺凛は沈黙する。

ここ六花に来る《星脈世代》の少年少女達は大なり小なり、目的を持ってやってくる。

《星武祭》に出場して名誉を得たいが為。或いは成すべきことの為に大金を欲する者も居る。

そんな様々な思いを秘めてここに来るのだが、当然、それらは個人の……プライバシーとして秘匿したい場合もあるだろう。

普段ならば問うことすら無い事。だが、晶はどうしても気になったのだ。

刀藤綺凛が、あの叔父に従ってまで闘う理由を。

だからと言って、無理に聞き出そう等とは思わない。彼女が拒否すればそれ以上踏み込むことはしない。

暫くの沈黙を置いて、綺凛が声を上げた。

 

「わたしには……取り戻したい、大切な人が居るんです」

 

囁くような小さな声。しかしその言葉の中には計り知れない重さが込められていた。

 

「大切な人、か」

 

「はい。大切な……お父さんを」

 

それから、ぽつぽつとそう願うようになった切っ掛けを話始めた。

 

「父はわたしと同じ《星脈世代》なんです。そして今は……罪人として収監されています。それを助けたいのです」

 

罪人の釈放ーー。

確かにどの《星武祭》でも優勝すれば、あらゆる願いを開催元である統合企業財体は叶えるだろう。

死人を蘇らせる、等という現実的に不可能な事以外ならば。ありとあらゆる事をしてでも。

 

「罪人、と言ったか。もしや……『過剰防衛』か?」

 

「……はい」

 

《星脈世代》の肉体的スペックは常人の比では無い。

細身の女性でさえその気になればコンクリートの塊を砕くことが出来る。

もし仮に、その力が非《星脈世代》に向けられたならば、良くて重症、最悪の場合死に至るのは想像に難くない。

 

「五年前、わたしと父がいたお店に強盗が入りました。……父は、人質にされそうになったわたしを助けようとして…………不可抗力とはいえ、その人を殺めてしまったのです」

 

当時を思いだしたからか、声が、震えていた。

五年前……つまり当時綺凛は八歳。《星脈世代》であったとしてもまだ幼子といっていい年齢だ。強盗に会い、身体が恐怖にすくむのも無理はない。

 

「そして父は、投獄されてしまったんです。……わたしが、あの時動けなかったばかりに」

 

殆どの国において《星脈世代》は立場が弱い。国によっては人権すら有って無いような事もある。

そして《星脈世代》と常人との障害事件等の場合、常人側が先に暴力を振るったことへの正当防衛だとしても《星脈世代》側の過剰防衛にされる事が多い。

相手が犯罪者であれ死亡したとなれば裁判で無罪となることはまず無い。

 

「その頃から修行はしていましたし、当時のわたしでも強盗を押さえることは可能だったんです……でも、わたしは……弱虫で……意気地が、なくて……!」

 

「…………」

 

慟哭にも似た声音と鼻をすするような音が聞こえ、暗闇の中に染み渡る。

 

「……父はこのままだとあと数十年、出てこられません。そんな時です、叔父様が父を助け出す方法が一つだけあると声をかけてくださったのは」

 

「……あの分では、相当《星脈世代》を嫌っているようだが」

 

思い出すのはあの異物を見るかのような、嫌悪感の篭った視線と言葉。

 

「確かに叔父様は《星脈世代》を嫌っています。でも……わたしに力を貸してくださいました。理由が私利私欲のためだったとしても。わたしは、それにすがるしかないのです」

 

あの決闘の日と同じ、悲壮感すら抱かせる決意の言葉に、知らず晶は拳を握っていた。

 

「実際に、叔父様のお陰で父の事が報道される事はありませんでしたし、わたしが今序列一位にいるのも叔父様の計画と戦略があったからです。ですからーー叔父様の言うことにしておけば、わたしはなにも……」

 

「刀藤」

 

何かに脅えるような独白を遮って、晶は名を呼んだ。

そして。

 

「お前のそれは、間違っている」

 

一言、そう言った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*10 道

「お前のそれは、間違っている」

 

「まち……がい?」

 

晶の発言に、綺凛は呆然となった。

 

「ああそうだ、間違っている。終着点を見定めていようとも、刀藤自身が選んだ道ではない。人は結局、自分の決めた道しか走れん。他人の……あまつさえ、お前を否定する輩が敷いたレールの上を走っているのならば。遅かれ早かれ破綻してしまうだろう」

 

結果の為に過程を歪める。そんなことはあってはならない。ましてや大切な人を救うために自分の意思を殺していってしまえば、行き着く先は何も見えない闇だ。

そんな業に傷付き折れていく綺凛を、見たくはない。

 

「……だけど、わたしには無理です……わたし一人では、そんなーー」

 

「一人ではない」

 

晶は身体を横に向けると、綺凛の頭を軽く撫でた。

そのまま諭すように言葉を続ける。

 

「刀藤、お前は一人ではないんだ。私が居る。お前が知り合った人間が居る。その全てが力になるだろう。刀藤が己で選び、その道を走ると言うのならば幾らでもな」

 

「己で選ぶ……ですか」

 

「ああ、そうだ。叔父の意見も何も無い、他でもない刀藤が決めた道をだ」

 

振り向いた綺凛の視線が、晶の横顔を捉える。

その表情は固いが、頭に乗せられた掌から確かに感じる暖かさに、綺凛の瞳が揺らいだ。

 

「恐れることはない。刀藤が道に蹴躓く時があるならば支えてやるさ。……まあ、存外頑固者そうだからその心配はなさそうか」

 

「わ、わたし頑固じゃないですよ!」

 

晶の言葉に、慌てた声で反論する綺凛を見て、ふと笑みを浮かべる。

先程までの鬱屈としたものは一切感じられず、寧ろ少し明るくなった様子だ。

それを確認したところで、ふと視線が合った。

お互い、顔に向けていた視線を段々と下げていき……

即座に身体を反対に回した。

 

「す、すまん、不躾だった」

 

「いいいいえ、わたしこそ!」

 

お互いに謝りあって口をつぐんだところで、上から人の声が聞こえてきた。

転落からおよそ一時間、救助隊が来たようだ。

 

「ここだ!ここに居るぞ!……さてはて、遅刻せずに済むかな」

 

自分の居場所を叫んで知らせてから、やれやれと肩を竦める。

そこで、背後から綺凛が声を掛けてきた。

 

「あの、先輩」

 

「どうした?」

 

「先輩が…ここで闘う理由はなんですか?」

 

その問いに、晶は間髪いれずにこう答えた。

 

「救いたい奴が居るーーその為に私は闘っている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方。晶はウルサイス姉妹宅にてプリシラに詰め寄られていた。

 

「晶さん、本当に大丈夫なんですか!?」

 

「だから無事だとさっきから言っているだろうに」

 

理由については言わずもがな、今朝の大穴の件である。

事が事だけにすぐに情報は広まり、今日の学園での会話の殆どはその説明であった。

綾斗たち知り合いの人達は心配そうではあったものの、同時に安堵した様子だった(なんと珍しくユリスまでも)。

そうして何とか一日を終えたかと思えばプリシラから呼び出され今に至る。

 

「プリシラ、そこまでにしとけって。コイツがそう簡単にくたばる奴じゃ無いくらいわかってるだろ?」

 

若干辟易としていたところで、リビングのソファに座った私服姿のイレーネから的外れなフォローが飛んで来る。

対してプリシラはキッとイレーネを睨むと反論する。

 

「晶さんはお姉ちゃんと一緒で無理しそうだから心配なの!」

 

「う……」

 

自覚しているが故にイレーネが言葉を詰まらせる。

プリシラも何となくだが感じているんだろう、イレーネの『状態』を。

 

「プリシラ」

 

「晶さ……ん!?」

 

矛先が変わりそうな空気を感じ取り、プリシラを呼んで頭を撫でる。

こうすると何故か大抵彼女は大人しくなる。

 

「すまないな、心配をかけた」

 

「……本当に、心配したんですからね?」

 

「ああ」

 

プリシラの心からの言葉に答えながら手を止めずに撫で続ける。

彼女は何かを無くす事に酷く怯えている。それはこの姉妹の過去に起因しているのは確かだ。

ーーだからこそ、今回のような事はなるべく起きてほしくはない。その分、この年下の少女の心に痛みを重ねてしまうから。

 

「……今日は色々あって疲れた。プリシラ、何か一品作ってはくれないか?」

 

手を話してそう聞くと、プリシラは深呼吸をしてから笑顔を浮かべる。

 

「はい!一品といわず何品でも作っちゃいます!」

 

「ああ、期待している」

 

袖捲りするようなジェスチャーをしてキッチンへと入っていくその背中を見送って、ほっと一息つく。

ソファに座った所で反対の位置に座るイレーネが何かを投げつけてきたので、キャッチして見ると、缶コーヒーだった。

 

「……おつかれ」

 

こちらを一瞥もせずただ一言そういって沈黙してしまう。

イレーネなりの労いのつもりなのだろう。

そんな不器用な優しさに少し笑って、プルタブを開ける。一口飲めば、安物らしい大雑把な味が口内に広がっていく。

暫くコーヒーに舌鼓を打っていると、ぼそりとイレーネが再び口を開いた。

 

「あたしが言えたタチじゃねえけどさ」

 

「ああ」

 

「……あんまり、無理すんなよ。お前が居なくなったら、その……プリシラが悲しむ」

 

少し突っ掛かりながらも言われた言葉に、晶は無意識に質問した。

 

「イレーネはどうなんだ?」

 

「…………教えるかばーか」

 

返ってきたのは回答拒否。だがその横顔は少し赤らんでいて、晶は視線を反らしつつも笑った。

そんな態度では答えを言っているようなものだろう。そう思いながら。

 

「何笑ってんだよ」

 

「いや……素直ではないな、とな」

 

「う、うるせぇ!」

 

「おい、あまり暴れるな!」

 

八重歯をちらつかせてイレーネが肩を怒らせ詰め寄ってくる。

堪らず晶も横へ横へとずれていく。

しかし如何に大きめの物とはいえ所詮はソファ。すぐに肘掛けに腕が触れた。

最早後は無し。からかいが過ぎたと若干後悔していると、遂にイレーネが飛びかかるように身体を上げーー

 

「「…………」」

 

そのまま硬直した。

数回瞬きしながらお互い見つめ合う。

間近に迫ったイレーネの顔を、瞳を見て、「ああ、やはり綺麗な目をしている」と声に出さないで内心で溜め息をはく。

対するイレーネは、段々と顔を真っ赤に染め上げていっていた。

その内面はというと。

 

(か、顔近ぇ……!何やってんだあたし!?何でこんな顔あっついんだ!?というかこいつはなにを呆けてんだよ!?そしてあたしは何故身体を動かさないんだよ!?)

 

と、何々尽くしの混沌とした状態だった。

もう後数センチで唇が触れてしまう距離。晶は体勢的に迂闊に動けず、かといってこのままだと色々とマズイ。主に理性が。

いかに性格が野生染みていてもイレーネは間違いなく美少女の類いなのだ。前世でも今世でもその手の経験が無い晶には刺激が強すぎるのだ。

出来るならすぐにでもソファから立ち上がりたいが、イレーネが覆い被さるようになっているために身動ぎすらままならない。

 

(いかん。これは実にいかん……特にプリシラに見つかったら余計にいかん。直感がそう告げているーー!)

 

プリシラが調理を終えてしまう前にこの心臓に悪い状況を打破しなければ。

そう決意した矢先。

 

「二人とも……何してるのかな?」

 

にこにこと大変朗らかな笑顔を浮かべたプリシラがソファの後ろに立っていた。

流石のイレーネも気付いたのか、ブリキの玩具のように首を回す。その顔色は先程とは正反対に真っ青になっていた。

 

「プ、プリシラ」

 

「これはだな、あれだ。じゃれ合っていただけだ。なあ、イレーネよ?」

 

「お、おう!そうだぞ!ちょっと遊んでただけだ!」

 

今までの硬直など無かったかのようにさっと二人距離を離して咄嗟に説明する。

 

「む~~……お姉ちゃんばっかりズルい」

 

唸るような声の後、プリシラがぼそりと呟いた。

 

「「ズルい?」」

 

「何でもない!それよりもうすぐ出来るから、テーブルの方に座ってて」

 

取り繕うように慌てた様子でそう言い残すとプリシラは再びキッチンへとパタパタとスリッパを鳴らして行ってしまった。

何かしら言われることを覚悟していたからか、肩から力が抜ける。

 

「……なあ、あたしの何処がズルいんだ?」

 

「私に訊かれてもな……わからん」

 

揃って首を傾げた所で、唐突に晶の携帯端末から着信音が鳴った。

 

「おい、携帯なってるぞ」

 

「こんな時間に誰だ……む」

 

ポケットから端末を取り出して画面を開くと、見知った名前が表示されていた。

 

「少しベランダを借りるぞ」

 

「あいよ」

 

イレーネに一礼して窓を開けてベランダに出、通話の表示を押すと、直ぐに聞き慣れた後輩の姿が画面に映った。

 

「夜分にすいません、八十崎先輩」

 

「気にするな。それでどうした?何かあったのか」

 

「……その、先輩にお願いしたい事があって、連絡させていただきました」

 

「ほう?」

 

画面越しに見える綺凛の顔を見て、目を細める。

今朝の時とは違う、強さのある眼(まなこ)をしていたのだ。

一体どんな願いだろうか。そんな期待を込めて問い掛ける。

 

「お願い、か。聞こうじゃないか」

 

返ってきた答は。

 

「八十崎先輩……わたしと決闘してくれませんか」

 

強い、どこまでも強い意思の篭った『お願い』に、晶は迷うことなく頷いた。

 

「その願い、叶えようじゃないか」

 

口元に、笑みを浮かべてーー。

 





次回、次々回で第2章終了……の予定


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*11 銀綺覚醒

翌週、星導館学園総合アリーナ。

ステージを中心に四方を囲む観客席は既に学生によって埋まっていた。中には立ったままの者も居る。

その視線は全て一点を見つめていた。

観客席を越え、透明な防御障壁の先、広大な舞台に立つ、二人の剣士を。

 

「お願いを聞いていただいてありがとうございます。八十崎先輩」

 

「ああも言われれば断る方が不躾だろうよ、刀藤」

 

どこか晴々とした表情の綺凛に、晶は冗談めかして肩を竦める。

 

「良い顏(かんばせ)だ。何か掴めたようだな」

 

「はい。それも先輩のおかげです。だからこそ……その証を立てるためにわたしは先輩に戦いを挑ませて頂きたいのです」

 

音もなく、綺凛は持っていた鞘から愛刀《千羽切》を抜き放つと正眼に構える。

その眼差しは最初の決闘の時とは全く違う、熱を持ったものだった。

 

「了解した。ならばこそ、私も無様な戦いは出来んよな」

 

視界の端、観客席の最上部に目当ての人物が居ることを確認して、口端を吊り上げる。

傍らに立てていた《闇鴉》を握りしめる。出力は前の決闘と同程度に落としてある。

 

「我が心、静謐なる湖面の如し。我が刃、注ぐ月光の如し」

 

アベレージ、フューリースタンスを発動し、全身に巡る星辰力を活性化させる。

思考を纏め、意識を統一し、刀と己を同化する。

観客の声はもはや聞こえず、眼はただ一人、相手だけを捉える。

 

「ーー刀藤綺凛、参ります」

 

「八十崎晶、御相手仕る」

 

静かな口交わし。しかしその闘気は焔のように猛っている。

この先、言葉は不要。ただ剣で語るのみ。

 

「いざ!」

 

「勝負!」

 

裂帛の気合いを吼え、互いに弾丸のように飛び出す。

 

「ふっーー!」

 

一手先に踏み込んだ綺凛が千羽切を袈裟に振るう。踏み込み、速度、威力全てが噛み合った一閃。

相変わらずの驚異的なスピードに闇鴉の鞘を手繰って受け流す。

通常ならば、剣を流されたことで幾ばくかの隙が誰しも生じる。場合によっては姿勢を崩すこともあるだろう。

しかし、綺凛の……『刀藤』の剣に於いてその隙は。

 

「疾ッ!」

 

ほぼ存在しない。

振り切った刃がまるで跳ね返るように逆袈裟の軌道を描く。

続けざまに晶は防ぐが、それこそ綺凛の狙いだった。

 

(先輩の一撃は速く、重い。ならばそうさせない為には!)

 

防ぐと言うならその衝撃すらも活かして刃を振るうのみ。

流れるように、嵐のように、自身に掛けられた二つ名に偽り無しと示すかのように幾重もの剣閃が雷光かくやと放たれる。

 

(やはり『生きている』、な。全く、楽しそうに振るってくれる)

 

対する晶はそれらを防ぎ、いなし、時には避けながら内心ほくそ笑む。

かつてとは比べ物にならない、躍動的な動き。

それは自身の胸を熱くするには十分過ぎるモノだった。

 

(では動くとするか……!)

 

腹を決め、綺凛の放つ次の太刀筋を見極める。

ーー右袈裟からの横薙ぎ。

それに合わせるように、晶は闇鴉を全速で振り上げる。

 

「くっ……!?」

 

振りに至る間を潰され、千羽切を持つ手が大きく弾かれる。

そこで晶は動きを止めることなく、振り上げた勢いのまま身体を捻り柄に手を掛け……。

 

「八十崎流抜刀術、壱刀ノ型」

 

闇鴉を抜き放つーー!

 

「禍反(マガツガエシ)」

 

「っ、う……!」

 

紫炎の軌跡を纏った一閃がギリギリで反応し、体を反らした綺凛の制服を切り裂き、腰の鞘を弾き飛ばす。

カウンターエッジ。PSO2にてクラス・ブレイバーの抜剣使いならば必須とされる技の一つだ。

相手の攻撃に合わせ防御を行い、文字通りのカウンターを見舞うそれは、名を変え八十崎の剣技として存在していた。

そしてカウンターエッジはただそれだけでは終わらない。それを発動キーとしたもう一つのスキルがある。

 

「術式拘束解除ーー刃車(ハグルマ)、起動」

 

名を、カタナギアと言う。

一部ステータスの強化であったスキルは形を変え、晶のみ扱えるものとなった。

内に貯蔵していた星辰力を限定的に解放する。言葉にするならば簡単な話だ。

 

「あの日見せられなかったものを見せよう」

 

距離を取り、体勢を立て直した綺凛を見据え宣言する。

溢れだした星辰力は体を覆い揺らめき、その左目は翡翠に輝いていた。

 

「往くぞ」

 

そしてただ一歩踏み出して。

綺凛の『懐に入り込んでいた』。

異常なまでの踏み込みの速さに瞠目するも、剣士としての勘か、即座に綺凛は千羽切を払う。

 

「ズェア!」

 

「っはあ!!」

 

バチリと小さな火花を散らして闇鴉と千羽切が交錯する。

 

(重い……!速さも何もかも前とは全然違う!)

 

少し押されながらもどうにか踏み止まった綺凛は舌を巻く。

この世界での、カタナギアの能力。それは過剰なまでの星辰力を推進力として移動、攻撃に用いるというものだ。

今の晶を端的に表すなら、軌道を自由に変えられる弾丸、と言えるだろう。

 

(でも……っ!)

 

刃鳴(はな)が散る。

瞬きの間に切り結ぶこと十数。銀の耀きと紫の煌めきが重なり合っては消えていく。

互いに刀を剣を使う者同士。先の読み合いでは拮抗している。

 

(これだけやって攻めあぐねるか。天賦の才とは恐ろしいものだな)

 

一際強く刃を重ね、弾かれるように距離を取る。

能力の暴走を抑えるため、綾斗の姉、遥に掛けられた拘束によって刃車には制限時間が存在する。

最大活動時間は、一分。それを過ぎれば晶は綺凛と『対等に渡り合えなくなる』。

それを何となく感じているのだろう。綺凛は息を吐いて再び構えを取る。

目には攻勢の色未だ褪せず。

 

「…………」

 

返答がわりに闇鴉を構え、腰を落とす。

闘いはまだこれからだ。体感する一秒を悠久と捉え、刹那を活きる。

 

ーー再度踏み出す一瞬前、二人の口元には笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ……これは……」

 

ざわめきたつ観客席の最上部、刀藤鋼一郎は愕然とした表情で試合を観ていた。

いや、正確には試合をしている綺凛を、その動きを見ていた。

只人ではまず捉えることすら困難な剣閃の数々を。

 

「一体なんだというのだ、これは」

 

鋼一郎とて綺凛と同じ刀藤の剣を学んだ者。だからこそ今の綺凛の動きが嘗てより、否、現在進行形で良くなっているのが解ってしまった。

今まで自分が道具として見てきたあの少女の闘いはなんだったのか。

何よりーー。

 

「剣が……活きている」

 

まるで首輪から解き放たれた犬が無邪気に走り回るように、楽しげに、綺凛の《千羽切》が舞い踊る。

自身が彼女を道具としたあの日から振るわれた、無機質で機械的なあの感覚が一切ない。寧ろ正反対だ。いっそ美しいとすら感じてしまう。

腕を組んだ体勢のまま、喰い入るように試合を見ながら、鋼一郎はふと、昨日の出来事を思い出す。

 

『明日、試合を見に来るといい。本当の彼女を観ることが出来るだろうさ』

 

一週間前、あの転落事故から反抗的になり、あまつさえ勝手に決闘を申し込むといった綺凛に苛立っていた時の事だった。

中天に日が照らす街中で、その決闘の対戦相手である彼が出会い頭にそう告げたのだ。

 

『ふざけたことを……!貴様があれを変えたのか!』

 

『どうだろうな?だが、あの事故が何らかの転機なのは確かだろうな』

 

激昂する鋼一郎に対し飄々とした態度で返してそのまま通りすぎようとした彼はすれ違い様、こうも言った。

 

『その目で良く確かめる事だな。彼女の……刀藤綺凛の剣を』

 

その時、あの男は確かに笑っていた。嘲笑うでもなく。

普段であれば怒号を発したであろう口は、不思議と開くことは無かった。

 

「オオオオオ!!」

 

「っ……そうか、貴様の言うとおりだ」

 

アリーナを揺らす程の歓声に、思考の海から引き戻される。

時間にして数秒だっただろう間にも決闘は動きを見せ続けていた。

惜しい、と。鋼一郎は知らずそう溢した。何であれ闘いの経過を見逃したことに、そう『悔やんだ』。

 

「変えたのではなく、変わったのか……ふん、してやられた気分だ」

 

嘯きながらも鋼一郎は薄く笑みを浮かべて鼻を鳴らす。

そしてこれから先の一挙一動を見逃すまいと更に眼を凝らすのだった。

知らぬ内、手に汗を握りながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走る。疾る。

刀の切っ先が、脚が、心臓の鼓動が。

 

「ふぅ……っ!」

 

「ジィ!」

 

一刀凌げば更に一刀、尚も防げば追う一刀。刀藤の真髄ここにありと、綺凛が次々と千羽切を躍らせる。

その様は間近で鎬を削る晶ですら綺麗だと称賛したくなるような剣舞。

"連鶴"ーー刀藤流においても使える人間は片手に収まってしまう、奥義だ。

流れるように、途切れる事欠く連綿と続く剣閃が、さながら鶴を折るように軌跡をなぞる。

一度嵌まれば抜けることはほぼ不可能であろう斬撃の檻を、加速した抜刀術と肉体で相殺しながら、晶は嗤った。

 

「全く楽しいな、刀藤!滾ってしようが無い!」

 

「私もです、先輩!」

 

互いに楽しくて仕方が無いといった顔で殺陣を演じる。

どこまでも続けていたい、そう思える程に。

だが何であれ物事には終わりが存在する。

試合時間はまだ十分と経っていないが、既に両者共に額に汗は滲み、制服が所々裂け、血が滲み、疲労が見えていた。

鏡合わせのように同時に距離を開き、三度構え直す。

 

(とはいえタイムリミットも近い……ならば)

 

(連鶴がここまで防がれるのは予想外でした……手数では勝てない。なら)

 

状況を判断した結果、導き出した答は奇しくも同じだった。

 

((ーー次の一撃で決める))

 

ふぅ……と長く息を吐き、止める。体を弛緩と緊迫の挾間へと落ち着け、熱意と冷悧を持って感覚を極致へ至らしめ、構える。

その気に当てられたのか、観客席の歓声は成りを潜め、ただ静かに試合の行方を見る。

張り詰めた糸のような沈黙が落ちる。一秒か、十秒か。

 

ーーカチリ、と時計の針が動いた。

それが、合図だった。

 

爆発したかの如き踏み込み、加速。景色は消え失せ、目に映るは互いの姿。

 

「瞬けーー」

 

「これがーー」

 

そして放つは至高の一閃……!

 

「紅蓮鉄線ッ!」

 

「終の一手です!」

 

斬光が走り、二人は交差する。

技のタイミングは同時、どちらが『斬った』のか、観客席の誰もが解らなかった。

 

「良き、闘いだった」

 

「ふふ、本当に……楽しかったです」

 

納刀して、一言交わす。

そして……綺凛の校章が、パキリと割れた。

 

『校章破壊(バッジブロークン)。勝者、八十崎晶』

 

ブザーが鳴り響き、会場内に勝者の名が宣言される。

 

「ああ、私も、楽しかったよ」

 

そう呟いた言葉は、大きすぎる歓声に飲まれていった。

 

 

 

 

こうして、決闘は晶の勝利で幕を閉じた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*12 銀の君

「晶、お疲れさま」

 

「まさか彼女に勝つとはな。ある意味快挙だぞこれは」

 

試合後、アリーナの控え室で晶を迎えたのは見慣れたタッグーー綾斗とユリスだった。

 

「ありがとう。しかし快挙とは些か言い過ぎではないか?」

 

「序列外があの《疾風刃雷》に勝ったんだぞ?もう既に速報が流れている位だ……全く、綾斗もそうだがお前も底が知れないな」

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

手渡されたタオルとスポーツドリンクで汗を拭き、喉を潤す。

そのまま備え付けのイスに腰を下ろすと、漸くとばかりに体から力を抜いた。

決着がついた後、報道系クラブの生徒達を全速で振り切ってここに辿り着いたのだ。試合が終わっても気を抜くな、とは戦闘をメインに活動する生徒らの暗黙の了解だった。

恐らくまだ追いかけてきたのがこの部屋の前に居るだろうが、ロックを掛けておいたので問題は無いはずだ。

 

「ところで、身体の方は大丈夫なの?あの力使ったの久々でしょ、晶」

 

「ああ、少しばかり怠さがあるだけだ。術式拘束も問題なく機能している」

 

確かめるように手を握ってから開いて、綾斗の問いに答える。

 

「あれが以前言っていた『体質』か」

 

「そうだ。そう言えば大衆の前で披露するのは初めてだったな」

 

「真正面から相手はしたくないな、お前とは」

 

「何、種さえ割れれば簡単に崩される。アレはな」

 

試すような物言いで左のこめかみをコツコツと叩くと、ユリスは「やはり底知れないな」と額を押さえて溜め息を吐いた。

 

「さて、もう暫く休んで様子を見るとするか」

 

このまま雑談しながら外が落ち着くまで時間を潰そうか、そう思ったところで、控え室の扉からノック音が響いた。

 

「八十崎君、いらっしゃいますか?」

 

扉の向こうから聞こえてきたのは馴染みのある声だった。

 

「エンフィールドか。待っていろ……すまん、綾斗、開けてもらっていいか?」

 

「お安いご用だよーーっと、どうぞ」

 

「あら、綾斗達も来ていたのですね……お邪魔いたしますね、八十崎君」

 

綾斗がドアのロックを解錠して開けると、入ってきたのは予想通りクローディアだった。

続いて沙夜。そして、もう一人。

 

「……おっす、晶」

 

「お、お邪魔します……」

 

沙夜の隣で身を縮込ませるように立っていたのは先ほどまで激闘を繰り広げた綺凛だった。その顔にはまだ少しばかりの疲れが見えている。

 

「沙々宮さんと一緒にこちらへ向かう途中、報道陣に捕まっていたのを見掛けて、お連れしました」

 

「先程はありがとうございましたっ!」

 

「いえいえ。困っている生徒を助けるのも私の務めですから。それより、八十崎君になにか用があったのでしょう?」

 

綺凛の一礼にクローディアは笑顔で応じる。

 

「用?どうかしたのか、刀藤?」

 

晶へと向き直した綺凛を見て、当人も含めて綾斗とユリス、沙夜も何事だろうかと疑問を顔に出す。

視線が集中した綺凛はびくりと身をすくませたが、深呼吸を一つすると、胸を張って声を上げた。

 

「あの、八十崎先輩っ」

 

「う、うむ?何だ?」

 

「わたしと一緒に!《鳳凰星武祭》に出ていただけませんかっ!」

 

半ば上ずりながらの申し出に、その場にいた全員が面食らったように固まる。

流石のクローディアもこれには予想がつかなかったのか、珍しくきょとんとした顔になっていた。

 

「そ、その、先輩と一緒に……肩を並べて戦えたらな、って思って……ええとっ、私の夢を、一緒に叶えて貰えないでしょうか!」

 

しどろもどろになりながらそう言って深く頭を下げる綺凛に、一同は揃って晶へ視線を向けた。

 

「良いぞ」

 

『えっ!?』

 

即答だった。

一切の間を置かずに出された答えに今度は綺凛が面食らった顔になる。

 

「ちょうどパートナーを探していた所でな。むしろこちらから願いたいところだったのだ。受けないワケが無かろう?」

 

場の空気を感じ取って、つらつらと理由を語ると綾斗達は苦笑いを浮かべ、綺凛はぱぁっ、と目を輝かせて再度頭を下げた。

 

「ありがとうございます!先輩っ!」

 

「礼を言うのは此方だ。これから宜しく頼む」

 

鈍い動きながら右手を差し出し、握手する。

綺凛の顔を見れば年相応の、少女らしい笑顔がそこにはあった。

その様子にクスリと笑った所で、再び部屋の扉がノックされた。

 

「今日は来客が多いな……誰だ?」

 

「刀藤鋼一郎だ。綺凛はそこに居るか」

 

威圧感のある独特の声を聞き、晶は傍らに立つ綺凛に目線を送る。

綺凛は、ただ真っ直ぐ扉を見つめ、頷いた。

ついと視線を交わすと、沙夜がロックを外した。

小さな空気音を鳴らして、ドアがスライドして扉向こうの人物を招き入れる。

 

「…………」

 

「叔父様……?」

 

部屋に入って、無言で立つ鋼一郎の様子に、綺凛は違和感を感じた。

今まであった圧力のような、張り詰めた雰囲気がどこか和らいで見えたのだ。

長い沈黙の後、鋼一郎は口を開いた。

 

「私はお前に課してきた事に対して謝罪することなど無い。誤りであったことなど認めるものか」

 

「っ……」

 

「綺凛。一つ、答えろ」

 

「え?」

 

一拍、間を空けて。鋼一郎は綺凛が聞いた事の無い、穏やかな声音で問うた。

 

「この決闘は、楽しかったか?」

 

思わず、息を飲む。

しかし綺凛は敢然と鋼一郎に向き合い、答えた。

 

「はい。とても楽しかったです」

 

「そうか……」

 

得心がいったと瞑目して、鋼一郎は背を向けて部屋の外へと歩き出した。

 

「綺凛」

 

「はい」

 

廊下に一歩出たところで立ち止まり、鋼一郎は振り返らずに一言だけ口にした。

 

「……これからは、好きにしろ」

 

扉が締まり、足音が遠ざかっていく。

怒るでもなく、ただ静かな空気を纏っていた彼は、何かを得たのだろうか。

 

「これまで……ありがとうございました……!」

 

誰もが声を出せずいた中、ただ一人、綺凛は涙ぐんだ声で感謝を述べ、深く、深く礼をしていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《疾風刃雷》とタッグを組んだあああああああ!?」

 

「間近で叫ぶな喧しい」

 

決闘から一日経った、翌日の放課後。

学園の大衆食堂すべてに響くようなリスティの叫びに晶は顔をしかめて軽くチョップを繰り出した。

 

「というか知らなかったのか。今朝の時点でかなり情報が広がっていたと思うのだが」

 

「私が学報とか噂とか気にすると思う?」

 

「そうだな……そういうヤツだったな、お前は……」

 

しれっと言ってのけるリスティに呆れながら嘆息する。

何せ彼女はPSO2でも攻略情報を碌に調べずにレイドボスへ特攻をかまし、安値で買えたアイテムを時期を逸して高額で買ったりと兎に角情報に疎かったのだ。

どうやらその癖は転生した今でも変わっていなかったらしい。

 

「しっかしまあ、あっきーが刀藤ちゃんとねぇ……不意討ち意外で勝てるビジョンが見えないんだけど」

 

「お前は私を何だと思ってるんだ……」

 

「ダークファルスの一体、XH仕様」

 

「ボスキャラか……」

 

まさかの返答に天を仰ぐ。

ちなみにダークファルスとはPSO2でのボスキャラで単体で惑星を破壊出来たりする。XHとは、エクストラハード。クエスト難易度において最高難度である。

つまり人外扱い。これは酷い。

 

「だから私とあっきーとで組みたいなって思ってたのに~」

 

「そんな素振りが一度でもあったか?」

 

「あったよ⁉やったよ⁉何かと邪魔されたけど!」

 

「邪魔されていてどう気付けと」

 

ウガーと吠えるリスティにげんなりとした表情で返す。

 

「うう、やっぱり胸か、胸なのかな。というか刀藤ちゃん属性過多でしよ、ロリで巨乳で妹属性とか……はっ、もしかしてあっきーはロリコーーン゛ッ!?」

 

「止まれ阿呆」

 

暴走し始めたリスティに拳骨を落として大人しくさせる。

涙目で恨みがましく睨んでくるが幼い顔立ちのせいで全く怖くない。

 

「そういった理由で組む筈が無いだろう。彼女の強さに引かれたのは確かだが」

 

缶の緑茶を飲みきってからそう答える。

 

(あのような真っ直ぐな目で頼まれては断るという選択は出来なんだな)

 

昨日の一幕を思い出してふと笑って、晶は席を立つ。

そこで調度、食堂の出入り口から呼び声が聞こえた。

 

「先輩っ、そろそろ行きましょう」

 

「これから訓練?」

 

「ああ、そういうことだ。すまんが行かせてもらう」

 

「いいなぁ……」

 

空になった感を専用のごみ箱へ投げ入れ、リスティのぼやきを耳にしながら待ち人の元へと歩き出す。

近付くとその銀髪の少女は、はにかむように笑った。

 

「では行くか。"綺凛"」

 

「はいっ、"晶"先輩っ」

 

日の照らす青空へと肩を並べて踏み出す。

その歩みは真っ直ぐに。

その背中は、どこまでも楽しげだったーー。

 

 

 

 

 

 





短めですが、今回で原作二巻のお話は終了です。
キャラ設定等の後、《鳳凰星武祭》編スタートの予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Code2 人物紹介

・八十崎晶

 

二度の決闘と一度のアクシデントを通して、綺凛とタッグを組むことになった。

二度目の綺凛との決闘で初めて自分の能力の一部を解放した。

綺凛との決闘に勝ったことで序列外から一気に序列一位へと繰り上がったが、本人はランキングなど当てにならないとあまり興味はない様子。

現在《冒頭の十二人》に与えられる二つ名をクローディアが鋭意考案中とのこと。

 

《拘束術式》

 

綾斗の姉、天霧遥によって晶の左目に施された能力リミッター。

晶の、『周囲の万応素を星辰力に変換して貯蔵し、解放する』体質を抑える働きを持つ。

彼自身の肉体が能力に追い付いておらず、暴走の危険を考慮して十年前に拘束が行われた。

リミッターが解除されると左目の色が翡翠に変わる。綾斗のリミッターとは違い、任意での解放ではなく、特定の条件をクリアした場合にのみ解放が可能になる。

 

 

《刃車(ハグルマ)》

 

PSO2における、カタナギアと呼ばれるスキル。

剣気を高めた状態で相手にカウンターを当てた場合でのみ発動可能。第一拘束解除状態。

限定的に解放された体内の余剰星辰力をブースターとして使うことが可能となる。

これによって各技の威力の増加、回避率の大幅上昇といったことが出来るが、時間制限があり、最大で一分が活動限界となっている。

 

 

《八十崎流抜刀術・壱刀ノ型 禍返(マガツガエシ)》

 

PSO2における、カウンターエッジ。

八十崎流抜刀術の初歩にして真髄。これを体得できなければ破門するとさえ言われている。

相手の攻撃を弾くように鞘で防御し、その勢いを活かして返しの一撃を抜き放つ技。相手の力量次第ではこの技を使った時点で勝利を決することが出来る。

極めれば斬撃を『飛ばす』ことすら可能とは曾祖父の談。

本編中、《刃車》の発動キーとして綺凛との決闘で使われた。

 

 

 

 

 

 

・刀藤綺凛

 

Code2本編ないで晶と決闘を繰り広げた、星導館学園序列一位。

二つ名は《疾風刃雷》。

小柄な体躯と軽い身のこなしにより二つ名通りの素早い攻撃を得意とする。

二度目の晶との決闘に負けたことで《冒頭の十二人》より外れるも、本人は気にしていない様子。

普段の性格は大人しく控え目で、小動物的な雰囲気だが、一度戦闘に入ると冷静かつ的確な思考へと早変わりする。

 

刀藤鋼一郎の傀儡として星導館学園に入学。自分の願いのためにと言い聞かせ鋼一郎に従っていたが、晶に諭されて、決闘の後に鋼一郎と離別する。

後に晶にタッグを申し込み、共に《鳳凰星武祭》を目指すことになった。

 

晶に対しては兄のような存在として見ているらしい。

 

 

《千羽切》

センバキリ。

綺凛の持つ得物にして愛刀。近未来的な意匠こそあるものの、歴とした実体刀である。

煌式武装と真正面から打ち合えるだけの強度をもちながら、鋭い切れ味を持つ。

 

 

《連鶴》

レンヅル。

多くの使用者が存在する刀藤流剣術にて扱えるものが限りなく少ない一つの"極致"。

折り紙で鶴を折るようにも見えることからその名が付いた。

『型を連続で放つ』という技だが、その精度、速さ、何よりも隙がほぼ皆無である。

同じ近距離で戦う者にとっては文字通りの"最悪の一手"。

晶でさえ、『刃車を起動していなかった場合、負けていた確率が跳ね上がっていた』と後に語る。

 

 

 

 

・刀藤鋼一郎

 

基本的な面は原作と同じで、《星脈世代》を嫌っている。

綺凛の叔父にあたる。自身の目的の為に綺凛を利用していたが、転落事件の後に反目されて憤慨していた所、晶から説得を受けて決闘を観戦。

楽しげに闘う綺凛を見て何かを悟ったのか、試合後に『好きにしろ』と言い残して立ち去った。

 

 

 

・楠木リスティ

 

晶を《鳳凰星武祭》でのパートナーに誘おうとしたが悉く間が悪く、あえなく綺凛と組まれてしまい、現在パートナーを探している。

 

《ナックル&ジェットブーツ》

 

リスティ独自の戦闘法。

PSO2においての、二つの武器種を同時装備している。

ジェットブーツの機動力とナックルの爆発的な火力と聞こえは良いが、双方の基本的な戦闘スタイルの違いからかなり癖の強いものとなっている。

 

銀河製手甲型煌式武装〔ディオエイヴィント〕。同じく脚甲型煌式武装〔ラムダラウンジブル〕を装備して荒々しく攻撃する様は二つ名である《凶拳絶脚》に相応しいと言える。

 

 

 

・エルネスタ・キューネ

 

アルルカント・アカデミー所属。

アカデミー内に多数ある派閥の中で擬形体開発を主とした《彫刻派(ピュグマリオン)》の筆頭を務める。

見た目や言動こそ天真爛漫ではあるが、その内面は底知れない。

晶をして狸と称し、警戒する人物である。

 

 

 

・カミラ・レパート

 

アルルカント・アカデミー所属。

煌式武装等、武装の開発を主とした最大派閥《獅子派(フロヴィナス)》筆頭。

冷静で自分の意見をハッキリと言うクールな人柄だが、エルネスタに振り回されがちな苦労人。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Code3 Phoenix show down
*01 ある約束



今回より原作三巻目、《鳳凰星武祭》編スタートです。



ーーボトリ、と。何かが落ちた音がする。

 

「ひ、ひぃ……来るな来るな来るなぁぁぁ!!」

 

辺りに広まる血の海と、噎せ返るような臭い。

そして悲鳴。

 

しかし、真夜中に賑わう街中に、その声は響かない。

退廃的でディストピアめいたここは六花のある意味、"負の温床"と呼べるだろう。

歓楽街(ロートリヒト)。人はそう呼んでいる。

繰り返された増築によって異常なまでにいりくんだビルの森、その中でも奥まった位置にあるビルの一室でそれは起こっていた。

 

「……………」

 

数秒前まで鳴っていた銃声は消え失せて、変わりに死体が生まれた。

その只中、たった"一人"の死神が佇んでいた。

【仮面(ペルソナ)】。

六花に点在する『非合法の組織』のある取引原場に突如として現れたのだ。

 

「人身売買と聞いて来たが……此処も"外れ"か」

 

誰に言うでもなく呟いた【仮面】が壁際へと逃れた、スーツ姿の三人の男達へ振り向く。

名を表すようなその仮面には、返り血がべっとりと付着していた。

男達の喉が音をたて、冷や汗が流れて小さな悲鳴が何度も出るが、恐怖からか体が動かない。

ボディーガードは既にそこらで死体となって転がっている。

それなり以上の広さの部屋に十人は居たのだ。それが一分足らずでこの有り様だ。

部屋は防音壁で四方を囲まれており、叫んだところで意味はない。

挙げ句【仮面】が現れたのは一つしかない出入り口の前だ、つまり逃げ場は無い。

 

「貴様等に一つ聞く」

 

びちゃりと血の海の中を【仮面】が男達に向かって歩き出す。

 

「あ、ああああああ!!」

 

その最中、何を血迷ったか、三人の内二人が【仮面】の横をすり抜けようと駆け出しーー

 

「小癪」

 

次の瞬間にはその首が飛んでいた。

崩れ落ちる死体に目もくれず、最後の一人の正面に立つ。

血にまみれた姿は正しく死神のソレであった。

体と顔からあらゆる液体を垂れ流し、血走った目で男は【仮面】を見る。

途端、片手で襟首ごと体を持ち上げられ壁に押し付けられる。

 

「ぎ、ぁっ……!」

 

「答えて貰うぞ」

 

「な、なにを……」

 

苦しさの中、動揺を隠さずに声を絞り出すと、【仮面】は静かに問うた。

 

「天霧遥を知っているか?」

 

「あ、天霧だと……」

 

薄らいだ意識で【仮面】の出したワードを理解して男は微かな記憶を思い出した。

 

「……」

 

【仮面】が何かを察したのか男を下ろすと、少し咳き込んだ後にポツポツと話す。

 

「いつぞやの、カジノで見たことはある……」

 

「その後は」

 

「分からない……唐突に消えちまったとは、聞いたがな……だが『あんだけの怪我』だ……どっかの病院にでも、いるんじゃないか……?」

 

「……そうか」

 

ボソリとそれだけ言うと、【仮面】は男の鳩尾に拳を入れて気絶させると、そのまま横たえる。

呻き声すら聞こえない沈黙が落ち、小さな赤色電球が微かに【仮面】を照らしていた。

 

「ここも違う、か……もう時間も少ないというのに」

 

聞き手の居ない、独白が澱んだ空気に押し潰される。

 

「これで"千二百番目"、か。私は後何回 繰り返す のか……」

 

一度だけ、何も映さない天井を眺めて、【仮面】は闇に溶けるように"消えた"。

後に残ったのは、死体と血の海、そして一人の男だった…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「刀藤綺凛と組んだだとおおおお!?」

 

「その反応は最早聞きあきたぞ」

 

夏の暑さの中、青空の下で少女の叫びが響き渡った。

場所は市街地にある何時ものカフェ。

そして叫んだのは最近よく会う赤毛の少女。

 

「大体、もうすでに一週間だぞ。イレーネ」

 

「いや、眉唾もんのウワサだとばかり……」

 

唖然とした表情を浮かべながらも椅子に座り直すイレーネを見て、晶は呆れながらもアイスコーヒーを口に運ぶ。

綺凛との決闘から早一週間。

この間に目まぐるしく晶の周囲は動きに動いた。

報道系の部活の生徒が学園問わずに押し掛けインタビューをしかけてくるわ、本人は辞退したのにクローディアが二つ名を考えてくるわ、他の星武祭参加者に警戒の目線を送られるわと、心の休まる時間がほぼ無かった。

放課後の綺凛と行う特訓か、こうしてウルサイス姉妹と駄弁る機会がなければストレスで倒れていただろう。

 

「しっかし、よりにもよって《疾風刃雷》とかよ。マジでやりにくくなったな……」

 

「お互い出来れば当たりたくは無かったが、そうも言ってられなくなったようだしな」

 

懐から携帯端末を取り出して少し操作すると画面をイレーネに向けた。

 

「《鳳凰星武祭》のトーナメント表か……ってこの組合せ」

 

「早い段階でぶつかりそうだな。お互い、勝ち進めればだが」

 

画面に詰まるほど並んだ出場者の名前と、さながら塔のように高く積み重なったトーナメント表を見てあからさまにイレーネの顔が歪む。

 

「勝ち進めるに決まってんだろ。アタシは絶対に負けないし、アンタもそれは同じだ」

 

「随分と買い被ってくれているのだな?」

 

「ばーか、そんなんじゃねぇよ。当たり前のことを言ったんだ」

 

少し頬を朱に染めたイレーネが誤魔化しまじりにアイスティーを飲むのを見て、晶はふと笑って携帯端末をしまう。

 

「それにだ。ディルクの依頼云々は抜きにしても、アタシはアンタと全力でやりあってみたいんだ」

 

真っ直ぐに晶の目を捉えてイレーネがそう言い、思わず動きが止まる。

それは驚きからくるものでは無く、あることを危惧しての硬直だった。

イレーネの『全力』。その意味を知るがゆえに。

 

「……おい、何か言えよ。こっ恥ずかしいだろ!」

 

「…………ああ、すまない。じゃじゃ馬娘の一言に驚いてしまった」

 

「誰がじゃじゃ馬だ!!」

 

咄嗟に吐いた虚言にイレーネが吠える。

 

「すまん失言だったな。猪突猛進娘か」

 

「猪でもねえよ!?アタシを何だと思ってんだ!?」

 

「大事な奴だ」

 

さらっと言った一言にかちん、とイレーネが固まった。

呼吸さえ止まったような完全な停止だが、徐々にその顔が赤くなっていく。

例えるなら、沸騰するやかんだろうか。

 

「だだだだだ、大事な奴とか何いってんだアンタは!あ、頭おかしいんじゃないか!?」

 

「失礼な。事実をのべたまでだぞ、私は。お前と居ると楽しいと思うし、最近はここでお前と話さないとどうにもしっくり来なくなってしまった」

 

つらつらと流れるように理由を話していく晶に、イレーネの顔は赤を超えて深紅に染まっていき、遂にはテーブルに突っ伏してしまう。

頭からは湯気が幻視できてしまいそうな、そんな様子だった。

 

「む?どうしたイレーネ、大丈夫か?」

 

「もういいからちょっと黙ってろ……頼むから」

 

耳まで真っ赤なイレーネに突っ返されて、晶は首を傾げながらも言葉通り押し黙った。

 

(なんでアタシは、こいつの一言でこんなに心がざわついてんだ……?)

 

ひんやりとしたテーブルに額を付けて頭を冷やしながら

イレーネは自問自答する。

 

「…………」

 

「…………」

 

長い沈黙の後。

何かを思い付いたのか、イレーネは顔を上げる。

 

「おい、八十崎」

 

「む、なんだ?」

 

「ーーアタシと一つ、勝負をしないか?」

 

聞かされたのは意外な提案だった。

 

「勝負だと?どういう風の吹き回しだ」

 

「まあ聞けって。話は単純だ……アタシとアンタ、《鳳凰星武祭》で確実にぶつかるだろう。さっき言った通りアタシは全力で戦うつもりだ。んで……負けた方が勝った奴の言うことを何でも聞くって"景品"を設けようって話だ」

 

「ほう。随分と面白い事を言うな」

 

「で、どうする?乗るか?」

 

「乗ってやろうじゃないか。言っておくが、三回回ってワンと吠える程度ではすまさないからな?」

 

即答で了解しながらいたずらっぽく晶が笑うと、イレーネもまたニヤリと笑って犬歯を顕にする。

 

「はっ、そっちこそ。容赦しねえかんな?」

 

どちらからともなくコップを持ち上げ軽くぶつけ合う。

これは約束だ。《鳳凰星武祭》で必ず戦い抜き、そして相対する為の。

 

「負けんじゃねえぞ、八十崎」

 

「お前もな、イレーネ」

 

そうして、お互い笑いあってその日は別れた。

それぞれの胸の内に小さな決意を秘めて。

 

 

 

 

 

 

決戦

《鳳凰星武祭》の舞台まで、後数日ーー。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*02 開戦の号砲

シリウスドーム。

各《星武祭》を執り行うに当たって毎回メインステージとなる巨大アリーナ、それは六花の中心部に燦然と存在している。

現在そのシリウスドームではいよいよもって始まった第二十五回《星武祭》の開会式が始まっていた。

 

「毎度のことながら、まあ凄まじい人の数だな」

 

「前回もこれくらいの多さだったの?」

 

長々と続く六花の市長からの挨拶を聞き流しながらぼやいた晶に、後ろに立つ綾斗が小声で訊ねる。

晶達が立っているのはステージの中央。その広さは今大会の出場者が整列しても余りあるほど広大だ。

学園ごとに列をなして式の進行を聞いている。

 

「ああ、出場者然り、観客然り、満員御礼は《星武祭》では常だ。桁違いの衆人環視だ、今のうちになれておけよ?」

 

「ちなみに全世界へ中継放送もされているぞ」

 

晶に続くユリスの補足に綾斗が苦笑いを浮かべる。

ドームの収容人数は約十万人。しかし現状は通路すら埋まりかねない超満員で十万はとうに超えているだろう。

加えて全世界同時中継となれば観客数は数えきれない。

雑談を終えて視線を前に戻すと、ちょうど市長の挨拶が終わり入れ替わりで短く顎髭を蓄えた壮年の男性が演壇に立った。

 

「諸君、おはよう。こうしてまた今年も君たちの勇壮な姿を見ることができて嬉しい。そして今年、このアスタリスクにやってきた者には初めましてと言っておかなければならないね。《星武祭》運営委員会委員長の、マディアス・メサだ」

 

マイクを通さずとも会場全体に届く落ち着いた声でそうマディアスは挨拶すると笑みを浮かべる。

フォーマル、という言葉が似合う男性の言葉に観客席の一部から小さく黄色い声が上がる。

しかし、晶の目にはマディアスは違って見えた。

 

(……底が見えんな。ヤツは)

 

直感のようなものではあるが、そう感じた。

見た目通りの人間ではない、何かの澱みを持った男だと理性ではなく本能が囁く。

マディアス・メサと言えば星導館学園のOBで、かつての学園を《鳳凰星武祭》優勝に導いた強者でもある。

少しでも戦うことを経験した者ならばいやでも解るだろう。

 

「先輩、マディアス・メサさんは……」

 

「ああ、"強い"な。笑ってはいるが、全くもって一分の隙もない」

 

隣立つ綺凛に頷き、晶は彼の体から抑制されてもなお強大な星辰力を感じていた。

そうしてマディアスを眺めていると、ふと視線が合ったーー気がした。

 

(私と……綾斗を捉えた……?)

 

ほんの一瞬の視線の動きに晶は表情には出さないものの、内心困惑した。

偶然、というには些か強いそれは、一体何の理由があってのものなのか。

 

「ーーさて、長々と話をしても興を削ぐだろうから、最後に一つだけ諸君に重要な大会レギュレーションの変更を伝えて終わりにしようと思う。まあ、一部の者には既に漏れ伝わっているようだけどね」

 

思考を遮るように響き渡るマディアスの言葉に、晶は嫌な予感を感じつつも耳を傾ける。

回りくどい解説の先、マディアスが一つのルールを宣言する。

 

「ーー"自律機動兵器の代理出場"を認めることとする」

 

と。

 

 

 

 

 

 

「テメェの予想が的中したな、八十崎」

 

マディアスの挨拶を最後に開会式を終えて会場から引き上げた晶達に声を掛けてきたのは、相方のランディを連れたレスターだった。

 

「当たってほしくはなかったがな……」

 

肩を竦めて返すとレスターは鼻を鳴らして不機嫌さを表す。

 

「また大会委員の連中が面倒を増やしてくれやがった」

 

「だとしても、お前は叩き潰すだけだろう?」

 

「はっ、当然だ。テメェも精々首洗って待ってろ」

 

口こそ悪いが、彼なりの応援のつもりなのだろう。

立ち去り際、

 

「天霧のやつにも伝えとけ。オレたちに当たるまで負けんじゃねえぞ!」

 

そう捨て台詞を吐いて立ち去るレスター達の背中を見送って、晶は笑いながらやれやれと首を振った。

ユリスよりかはマシとは言え、レスターも素直な性格ではないらしい。

 

「男のツンデレなぞ需要が無かろうに……」

 

「つんでれ?って何ですか」

 

「……綺凛にはまだ早い」

 

呟いた言葉に反応した綺凛に、途端に真顔になってそう告げておく。

今だ純真無垢な少女にこの手のワードは尚早と言うものだろう。遅かれ早かれ知られるだろうが。

 

「さて、私達は今日が第一試合だ。綾斗達と合流して昼食としよう」

 

誤魔化し半分、手をぱんっと一度叩いて提案すると、綺凛は首肯した。

 

「はいっ」

 

「では……この人混みの中、探し当てるとするか……」

 

振り返れば見渡す限りの人だかり。綾斗とユリスは見つけやすいだろうが、あと二人は小柄故に見付けにくいのは必至だ。

とりあえずと、晶は綺凛に手を差し出す。

 

「はぐれてはたまらないからな。繋いでいくとしよう」

 

「えっ、あっ、はい!」

 

少し頬を染め、慌てた様子で綺凛がその手を掴む。

あまり異性と関わったことが無い綺凛にとって初めて若い男と手を繋ぐ行為は多大な緊張があったのだが、とうの晶はというと。

 

(やはり年頃の少女だからか気恥ずかしいのだろうか?)

 

などとズレた事を考えていた。

ともあれ、これではぐれることも無い。

改めて、晶は人混みに向かって歩き出すのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから暫く経ち、場所は同ドーム内にある選手専用の控え室。

 

「……御馳走様でした」

 

空になった弁当箱を前に、晶が両手を合わせた。

 

「お、お粗末様でした」

 

それに対し反対に座る綺凛が恥ずかしげに縮こまる。

多少時間はかかったものの、何とか綾斗達を見付け、全員そろって控え室で昼食を食べることとなったのだが、何と綺凛が晶に弁当を作ってきていたのだ。

せっかくなので買ってきていたコンビニのおにぎりを何故か来ていた英士郎に投げ渡して晶は弁当を完食し、今に至る。

 

「いやあ、私も教えた甲斐があったね。感謝してよ?あっきー」

 

「……料理出来たのか、楠木」

 

「失礼な!?」

 

晶の物言いに沙夜の隣に座っていたリスティが頬を膨らませて憤慨する。

何を隠そう、綺凛に料理を教えたのはリスティだったのだ。しかもかなり上手いという、普段の弾けた彼女を見てきた人間にとしては意外や意外と思わせた。

さらに驚くことに、リスティは沙夜とペアを組んで《鳳凰星武祭》に出場することになっていると言うことだ。

 

「沙々宮と楠木が組むとはな……流石に予想外だぞ」

 

「いやいや、共通点ならあるぜ?」

 

心情そのままに語るユリスに対し、英士郎がニヤリと笑う。

もうその時点で結末がなんとなく予想がついた晶はサッと目を反らす。

 

「共通点?何かあったっけ?」

 

「ズバリ、二人とも色んな意味でちっちゃいーーーがはぁ!!」

 

綾斗の質問に答えようとした所で英士郎に件の二人が眼光鋭く拳と蹴りを叩きこんだ。

椅子に座っていたはずなのだが、瞬きの間に壁際の英士郎に切迫していた。コンプレックスの怒りは遂に時間をも超越したようである。

 

「……ほんのちょっと僅かばかり失礼すぎる」

 

「仏だって一回目でキレる事もあるんだよ?夜吹せ・ん・ぱ・い・?」

 

「ファ◯通を懐に入れてなければ即死だった……!」

 

小柄な体から発せられる殺気にもめげず英士郎が呻きながら立ち上がる。

二人も二人なら英士郎も英士郎でタフである。

むしろ雑誌一冊で何故あの一撃を耐えられるのか。

 

「さて、自爆した阿呆(夜吹)は放っておくとして、そろそろ私達の試合時間が近いな」

 

友人をさらっと見捨てつつ時計で時間を確認する。

今部屋にいる面子で今日試合があるのは晶達だけだ。残りのメンバーは明日からとなる。

 

「それじゃあ、俺達はここで観戦しながら待ってるよ。頑張って」

 

「お前達二人ならば苦戦すら論外だろうが、まあ頑張ると良い」

 

綾斗とユリスから激励を受けて晶は当然だと笑い、綺凛はこくりと頷いて立ち上がる。

すると丁度、部屋に備えてあるスピーカーから放送が入る。

 

『八十崎晶選手、刀藤綺凛選手。試合開始まで残り二十分となりました。入場ゲートまでお越し下さい』

 

「よし、では行ってくる」

 

機械的な呼び出しを聞き終え、綾斗達に見送られながら控え室を出る。

入場ゲートまで続く長い廊下を歩いていると、綺凛がふいに呟いた。

 

「いよいよですね」

 

「ああ。共に勝利を掴もうじゃないか」

 

「……はいっ」

 

少し緊張が解れたのか、いつもの笑顔を浮かべた綺凛の頭を軽く撫でながら、晶は勝利というその二文字を胸に刻み込む。

……そう、敗北は許されない。少なくとも"彼女"を救う、その瞬間までは。

 

ーー決意の熱をたぎらせて、始まりへと歩みは進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでは!本日の第二試合、Cブロック一回戦一組の試合を始めまーす!』

 

響き渡るアナウンスに続いて広大なステージを揺るがす大歓声。

様々な色合いのライトが駆け巡る中、晶と綺凛は入場ゲートからステージへと足を踏み入れた。

 

『まず姿を現したのは新進気鋭の勢いで星導館学園序列一位となった八十崎晶選手、そして《疾風刃雷》こと刀藤綺凛選手です!八十崎晶選手といえばアスタリスクでは噂の何でも屋ですが、実力については殆どデータがありません!そしてその二つ名は《告死鳥(ヒュッケバイン)》!』

 

『今回の《鳳凰星武祭》で唯一の序列一位ッスねー。あまり決闘の動画も出回ってないッスから、正に未知数の選手。刀藤選手共々、期待したいッスね』

 

『そこなんですよね。動画の殆どが公式序列戦以外なもので、全くもってして実力不鮮明なんですよね。あ、そうだ!そういえば八十崎選手は《闇鴉》という特有の純星煌式武装の担い手らしいですが、チャムさんはご存じですか?』

 

『いわゆる『四色の魔剣』には劣りますけど、以前から噂はよく聞いたッスね。これまで殆ど失敗続きだった刀型の純星煌式武装、唯一の完成品ッスから。スペックについても全くわからないッスねー』

 

『ますます八十崎選手の謎が深まりますね……。しかもパートナーはあの刀藤選手!この二人、優勝候補の一角とも言えるんじゃないですか!?』

 

『そうッスねー。何にしてもこの試合、色んな意味で注目ッスよ』

 

なおも続く実況の梁瀬ミーコと解説のファム・ティ・チャムのやり取りにに晶は苦笑いを浮かべて額を抑える。

 

「好き勝手に言ってくれるな、全く……」

 

「それだけ晶先輩が注目されてるってことですよねっ」

「なぜ若干嬉しそうなんだ、綺凛……と、来たか」

 

キラキラとした顔ではにかむ綺凛に癒されてから、前を見る。

丁度、反対側の入場ゲートから純白の制服を纏った二人の青年が煌式武装を携えてやってきた。

騎士道精神のようなものが根付いている校風故か、どちらも剣型の物のようだ。

 

「ふむ、共にアタッカーと来たか。まあ、問題ないが」

 

紫の焔を立てながら《闇鴉》が起動し、晶の手に収まる。

綺凛もまた、無言で《千羽切》の柄に手を添えて構えた。

胸に着けた校章が発光し、戦いの準備が整ったことを伝え、観客席も静まり返る。その場にいる者全てが一重に望むは開戦の号砲。音もなく引き上がっていく熱が臨界に達した、その時。

 

「《鳳凰星武祭》Cブロック一回戦一組、試合開始!」

 

晶と綺凛、二人の戦いの始まりを示す合図が響き渡ったーー。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*03 初戦


ちょっと今回短めです。


「では、観客への挨拶がわりに派手にやるとするか。なあ、綺凛」

 

「了解です、晶先輩!」

 

開始早々に真っ直ぐに突進してきたガラードワースの二人に特に慌てるでもなく《闇鴉》を構えると、先の一言で何をするのか察したのか綺凛は姿勢を低く、両の脚に力を込める。

ここに至るまでほんの僅な時間、しかし濃密な特訓を行った今の二人の間に、言葉は必要なかった。

 

「疾れーー波濤竜胆!」

 

「ーーーっ!?」

 

《闇鴉》が鞘走り、濃密な星辰力の斬波が接近し続ける二人の間を目指して地を抉りながら放たれる。

その様はまさに波。人一人ならば容易にその顎に収め蹂躙するに余りあるだろうことは想像に難くない。

開幕早々に大技である筈の流星闘技(メテオアーツ)。

それを警戒し、注目するのもしようのない事だ。誰であれそうするだろう。だがそれ故に、気付くのが遅かった。

 

「隙有り、です」

 

「なんっ……!?」

 

『ナニカ』、を感じた一瞬。銀の風が波の後ろから吹き抜け、胸元からパキリという音が二つ鳴った。

唖然とした顔で正面を見れば、すでに《闇鴉》をしまった晶しか居ない。

背後を見れば、残心を終えた綺凛が千羽切を納刀していた。

つまり。あの波濤竜胆を目眩ましに、綺凛が二人の校章を斬り捨てたのだ。

 

「試合終了!勝者、八十崎晶&刀藤綺凛!」

 

時間にして二十秒。見ていた者達は何が起きたのか判らなかった。だが、これだけは確かだ。

八十崎晶と刀藤綺凛は『強い』、と。

 

「オォォォォォォォォォ!!」

 

吼え立てるような歓声が上がり、会場を包み込む。

熱狂的なその中で実況と解説が興奮混じりに喋るのを聞き流しながら、晶は戻ってきた綺凛を迎え入れた。

 

「ただいまです、先輩っ!」

 

「ああ、おかえり綺凛。まずは上々だな……さて、この後は勝利者インタビューか」

 

喜色満面の綺凛の頭を撫でて、晶はもうすでに待ち構えているであろう記者達を思い出して渋い顔になる。

なにせ学生ではない、正規の社会人達だ。あの手この手で根掘り葉掘り情報を引き出そうとしてくるのはまず確実だ。

六花の戦いにおいて情報とは時に必殺の道具となる。事前に相手のバトルスタンスを知っているかいないかで、勝率は大きく変わる。

つまり有名になればなるほどそう言った情報が回りやすくなり、場合によってはあっさりと負けることもある。

 

『《星武祭》で最も恐れるべきはマスコミだ』

 

とさえ言われる事もある。

既に有名な綺凛はまだしも、晶自身の情報はまだそこまで出回っていない。このアドバンテージはまだ生かしておきたいのが二人の共通認識だ。

 

「暫くは適当にはぐらかすとしよう。綺凛はインタビューの経験は……」

 

「だだ、大丈夫でひゅっ」

 

「……私が全て請け負うか」

 

会見スペースへ向かう通路の道すがら、晶はどう記者をはぐらかすかと頭を回すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ったぞ……」

 

「ただいま戻りました……」

 

インタビューを終え、控え室へ戻った晶と綺凛は早々にソファへ腰を下ろして脱力した。

 

「おっかえり~、って何か疲れてる?」

 

「……試合終了までは元気だったのに」

 

待ってくれていたリスティと沙夜の問いかけに、天井を見て思いきり溜め息を吐き出してから晶が応えた。

 

「一時間だ」

 

「はい?」

 

「一時間立ちっぱなしでマスコミどもの質問攻めだ……」

 

「あんなに一杯居るなんて……」

 

「「うわぁ……」」

 

疲れ果てたようすの二人に、リスティも沙夜も口元をひくつかせる。

実際のところ、勝利者インタビューというテーマに沿った質問など最初だけだったのだ。気づけば段々とそこから反れていき、《闇鴉》についてやら、綺凛との関係、家柄についてやら、好きな女性のタイプetc……とそんな質問を一時間も付き合わされたのだ。

 

「これが勝利するたびにあるのか……」

 

「対戦よりも記者に負けそうです……」

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

げんなりとした表情の二人に部屋の隅で携帯端末を弄っていた英士郎がスポーツジュースを渡す。

晶はそれを一気に煽ると喋りすぎてカラカラになった喉を潤した。

 

「ふう……そういえば綾斗とリースフェルトの姿が見えんが、どうしたのだ?」

 

「……綾斗がマクフェイルの試合を見に行くって言って、リースフェルトもそれについてった」

 

「なるほどな」

 

若干不機嫌そうな沙夜の返答に納得する。

大方、綾斗が応援に行きたくなってユリスがやれやれと着いていったのだろう。

綾斗とて今ではそれなりに名の知れた存在だ。おいそれと一人には出来ないのは確かだ。

 

「あの二人については分かったが、夜吹は何故ここに留まっている。まさか、出迎えたかったとは言うまいな」

 

「んなことあるかって。一通り情報収集終わってから労い半分、休憩半分でここに戻ってきたんだよ」

 

初戦であんたらが負ける筈ないだろ?と続けて英士郎は肩を竦めると、端末の空間スクリーンを拡大してテーブルに置いた。

 

「そろそろいい時間だな。沙々宮と楠木も気になるだろ、この試合は」

 

「……当然」

 

「どんなもんかな、アルルカントのあの『二機』は」

 

目線を鋭くした沙夜と舌舐めずりをするリスティの視線の先。

映し出された映像に、晶と綺凛もすぐに集中する。

熱狂沸き立つステージの真ん中に立つ、人ならざる機械人形に。

相手はレヴォルフ黒学院序列十二位《螺旋の魔術師》モーリッツ・ネスラー、ゲルト・シーレ。最序盤の戦いであたるにはかなりの強敵である。

 

「そこの人間ども!聞くがよい!」

 

鋼の巨躯を持つ擬形体が大気を震わせる大音声を出し、会場全ての視線を集めた。

 

「我輩の名はアルディ!偉大なるマスターの命でこの戦場に立つものである!同時に我輩の本懐は勝利に有らず、マスターより授けられた我が威容を知らしめることにある!そこで貴君らにはその証左を示さんが為の礎となってもらいたい!」

 

闊逹にして尊大な武人めいた口調のアルディに、モーリッツは呆気に取られるがそれを無視してさらに言葉は続く。

 

「貴君らには一分の時間を与えよう。その間、我輩は指一本たりとも動かさぬ。全力で攻撃してくるがよい」

 

鋭角な指を一つ立てて宣言するアルディに、スクリーンを覗いていた全員が眉を潜める。

確かに擬形体は頑丈だ。それに特化した機体も多数存在するが《星脈世代》の、それも《冒頭の十二人》クラスの攻撃を一分も耐えられるものはこれまで存在しえなかった。

 

「……何かある」

 

「だな。流石に素面で受けきるって感じじゃねぇだろ、こいつぁ」

 

「となりのリムシィ?だっけ。頑丈そうには見えないけど」

 

沙夜に続いて英士郎とリスティが疑念を口にする。

と、そこで唐突にリムシィがアルディの側頭部にいつの間にか展開されていた大型ハンドガンの煌式武装で光弾を叩き込み、怒涛の詰りを冷淡に吐き出していた。

 

「まったくこの愚図愚鈍低脳無知のポンコツ機がーー」

 

これには黙々と様子を見ていた晶と綺凛も思わず目を点にした。

 

「まるでボケとツッコミだな……漫才師か?」

 

「でも、あの煌式武装の展開から発砲までの動き、かなりの速さでした」

 

そう、空の手にまるで最初から持っていたように錯覚しかねない速さで彼女は煌式武装を展開。さらには一切の動きを感じさせずに腕を動かしアルディに向かって撃ったのだ。

擬形体であることを加味しても、これは尋常ではない。

アルルカントが、ひいてはエルネスタとカミラが出した虎の子というのは間違いないだろう。

その力量も、この初戦である程度は判明する。

だからこそ、沙夜もリスティも食い入るようにスクリーンを見つめる。

そしてーー。

 

「《鳳凰星武祭》Hブロック一回戦一組、試合開始!」

 

ーー晶達が見たのは、圧倒的な蹂躙だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*04 Lamilexia

「試合終了!勝者、エルネスタ・キューネ&カミラ・パレート!」

 

圧倒的。アルディとリムシィを表現する言葉は見つからなかった。

一分もの間《螺旋の魔術師》の苛烈な、ものによっては殺人的な威力の技を受けてなおアルディは傷一つ付かず、リムシィもまた無傷でゲルトからの攻撃の全てを潰して見せた。

そして約束の時間と同時。ただの一撃で二機は試合を終わらせた。

 

「……まるで戦車と戦闘機だな」

 

スクリーンを眺めていた晶がアルディとリムシィについて端的な感想を言うと、英士郎も頷いた。

 

「言い得て妙だな。ありゃ生半可な攻撃の仕方じゃ勝ち目は見えねぇな……仮にも《冒頭の十二人》の全力を無傷で受けきるとか、擬形体の形した戦術兵器か何かだろあれ」

 

「でもアルディのあの"光の壁"って、どっかで見たような気がするんだよね」

 

試合のハイライトから目を反らさずにリスティが唸る。

アルディは試合中、モーリッツの能力に対して六角形の小さな光の壁を出して耐えきっていた。

リムシィの射撃の相殺などという離れ業も相当だが、こちらの方がより危険だろう。

 

「ふむ……もしや、防御障壁か?」

 

「防御障壁って、ステージの周囲に張ってあるあれですか?」

 

「……晶の考えは一理ある。それならあの固さも頷ける」

 

基本、どのステージにもある防御障壁。

これは観客席への流れ弾や不意の事故を防ぐために設置されているものだがこれの起動、障壁の維持にはかなり大掛かりな装置が必要となる。

しかし、2~3m程度の擬形体の内部に収まるような物ではない。

皆がそろって唸る中、リスティがぼそりと呟いた。

 

「……もしかして必要な時に小出しに出力するようにして装置自体をちっちゃくしてるとか?」

 

「「「それだ(です)」」」

 

思わぬ所からのアイデアに一同が手を叩く。

時折こうしてやけに納得の行く考えを出すのがリスティだ。ある意味、野生の勘じみてはいるが。

ある程度考えが纏まったところで英士郎がスクリーンを閉じて立ち上がる。

 

「んじゃまあ、そこんとこ含めてちょっくら調査に行ってくるわ」

 

「……あまり目立ちすぎるなよ?」

 

「当然。そこらへんは抜かりないっての」

 

ニヤリと笑う晶に同じような顔で英士郎は笑うといつもと変わらぬ足取りで控え室から出ていった。

十中八九、あのマスコミの群れに紛れ込んで情報をかっ浚おうという算段だろう。

 

「さて、話もまとまった事だ。私たちもそろそろ此処を出るとするか」

 

膝を叩いて立ち上がり残った面子に提案すると各々頷いて軽く荷物をまとめ始める。

 

「沙々宮たちはこれからどうする?」

 

「お父さんから新しい銃が届いたから、税関へ確認に行く」

 

「創一さんがか……息災だったか?」

 

「寧ろ元気過ぎるくらい」

 

表情こそ変わらないが嬉しそうな声音で語る沙夜に、晶も「そうか」と口端を上げた。

 

「そういうあっきー達はどうすんの?」

 

小さめの鞄を肩に掛けたリスティの問いに晶は予定を話す。

 

「学園に戻ってしばらく休憩してから訓練だな」

 

「もう少し連係を詰めないといけませんから」

 

ふんす、と鼻を鳴らして握り拳を作る綺凛にリスティは何とも羨ましそうな顔になるが、そんな彼女の襟首を沙夜がガシッと掴んだ。

 

「……楠木、行くよ」

 

「わ、ちょ、沙々宮先輩襟は!襟は首が閉まるぅ!」

 

苦悶の声も聞く耳持たず。そのまま後ろ手に晶たちに手を振って沙夜はリスティを連行して部屋を出て行った。

 

「いつの間にやら、随分仲がよくなったなあの二人は」

 

「なんだか姉妹みたいですね」

 

沙夜が姉でリスティが妹。言われてみればしっくりくるなと謎の納得をする。

変な所で抜けていたり、天然な行動をしたりと共通点が意外とあったことに気がつき、思わず苦笑いしてしまう。

 

「確かにな…………さて、では出るか」

 

「はい、先輩」

 

そう言ってお互い笑いあってから、二人は次の戦いに向けて部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。中央区商業エリア。

《鳳凰星武祭》二日目にして俄に活気立つ往来の最中、晶は深い溜め息を吐いた。

 

「……人、多すぎるだろう」

 

「それに、暑いです……」

 

寄せては返す人の波に、はぐれないよう手を繋いだ綺凛が赤らんだ顔を冷ますように手で風を送る。

現在晶達はこの先にあるプロキオンドームで行われる沙夜とリスティの試合を観戦しようと移動しているのだが、普段以上の人混みに歩みが遅くなっていた。

そうして茹だる熱さに身を焼かれながら歩き続けていると、少し先の方で流れが滞っているのが晶の目に映った。同時、聞き覚えのある声もちらほらと聞こえてくる。

 

「へぇ……天霧綾斗じゃねえか。ちょうどいい、手間が省けそうだ」

 

「ええと、俺に何かあるの?」

 

「私のパートナーに何か用かな、《吸血暴姫》」

 

それだけで誰と誰が会話しているのか分かってしまった晶は額に手を当てつつも、無視して通りすぎることはせず、そちらへと足を向けた。

 

「綺凛、すまんが少し付き合ってもらうぞ」

 

「今の声、天霧先輩とリースフェルト先輩ですよね?」

 

「どうにもまた厄介事に絡まれたらしい」

 

「わかりました、行きましょう」

 

多少強引に人々の間を進み、どうにか抜けると案の定知った顔が三人揃っていた。

綾斗にユリス……そしてイレーネだ。その回りにはゴロツキだろうか、何人かが気を失って倒れていた。

中央に立つイレーネの手には禍々しい深紫の刃を持つ大鎌が握られていた。

純星煌式武装《覇潰の血鎌》。適合者は多くあれど、使いこなせるものがほぼ皆無とされる、いわく付きの代物だ。

この道端のど真ん中でそんな純星煌式武装を展開したことに晶のこめかみがひくつく。

隣の綺凛が若干びくついているが今は我慢してもらう。

指向性のない殺気が放たれるがなんのその。思いきり息を吸い込んで大喝した。

 

「何をしているこの阿呆がーーーー!」

 

「こらぁーーーーっ!」

 

叫びに合わせるかのようにもう一つ大声が聞こえたかと思うと、イレーネの妹、プリシラが現れた。

首を動かして声の主を見つけたイレーネは、好戦的な目付きは何処へやら、一転して顔が真っ青になる。

 

「げ、プリシラに、晶まで……!?」

 

「街中でそれを起動するなと口酸っぱく言ったはずだぞ、イレーネ……あれか、聞き流したのか流石に私も怒るぞ」

 

「いつの間にかふらっと居なくなったと思えば……どうしてこうなってるの?怒らないから説明して」

 

「いや、もう怒ってんじゃ」

 

「「何か言った(か)?」」

 

「ハイゴメンナサイ!」

 

いきなり始まった怒濤の展開に今まで退治していた綾斗とユリス、さらに綺凛もぽかんとなるが、視線に気付いたプリシラと晶が頭を下げた。

 

「すいません!お姉ちゃんかとんだご迷惑を……ほらお姉ちゃんも!」

 

「うぅ、わ、わかったよ……」

 

「すまん綾斗、リースフェルト。こいつの友人として、私からも謝る」

 

「い、いや、気にするな……」

 

三人ならんでの謝罪に流石のユリスも曖昧な表情で返事を返す。

綾斗とギャラリーに至っては硬直してしまっている。

 

「二人は試合会場へ移動中だろう?あとは任せて行ってくれ」

 

「本当にごめんなさい。よく言って聞かせますから」

 

「あ、ああ、うん」

 

晶とプリシラ、どちらに答えたのか。綾斗は頷くと後ろ髪引かれているユリスを連れて人混みの中へと入っていった。

二人の背中が見えなくなったのを確認して、晶は綺凛に謝った。

 

「綺凛、本当にすまんな」

 

「いえ、大丈夫ですけど……お二方とはお知り合いなのですか?」

 

「ああ私の無二の友人だーーと、一旦移動するぞ。プリシラ、着いてこれるか?」

 

何かに気付いたのか、晶が綺凛とプリシラに呼び掛ける。

 

「は、はい!行けます!」

 

「星猟警備隊(シャーナガルム)の連中だ。面倒になる前に巻くぞ」

 

星猟警備隊。アスタリスクにおける警察と言ってもいい治安維持組織だ。

どうやら騒ぎを聞き付けてやって来たらしい。独特の制服を着た二人組の男が人波に逆らって向かってきている。

晶が何をしたわけではないが、ゴロツキ達が倒れているこの状況を説明するのにどれほど時間が掛かるかわかったものではない。

当事者のイレーネを突き出せば終わるが、そうなれば十中八九連行されるだろう。

 

(……プリシラも悲しむ。それに、約束にも響くだろうしな)

 

即座に逃走ルートを弾き出し、プリシラとアイコンタクトをとると、晶は三人を連れて人混みに紛れて路地へと逃げ込むのだった。

 

 

 

 





中途半端ですが、今回で今年最後の投稿となります。

皆様、良いお年を(ヾ(´・ω・`)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*05 凶星轟砲


みなさま明けましておめでとうございます
本年もまた、よろしくお願いいたしますm(__)m


「ーーまたドタキャンかよ!」

 

「……仕方ない。晶も綾斗と似たようなところあるし」

 

プロキオンドームのバトルステージ、その中央でリスティは思いきり叫び、沙夜は憮然とため息を吐いた。

晶と綺凛が応援に来るというので先程まで控え室で待っていたところ、晶からメールが来たのだ。

 

『すまない、事情があって遅れる』

 

いろいろと言葉の足りないその一文も、昔馴染みである二人からすれば慣れたものだ。

ようは何やら厄介事に巻き込まれたか自分から突っ込んだかのどちらかである。

 

「……晶にはあとで高めのスイーツを奢らせよう」

 

「名案ですね、沙々宮先輩……よし、殺る気出てきたぁ!」

 

なんだか物騒なニュアンスの言葉でリスティは気合いを入れると自らの得物を展開する。

手甲型煌式武装〔ディオエイヴィント〕。脚甲型煌式武装〔ラムダラウンジブル〕である。

小柄なその肢体に似合わないゴテゴテのシルエットのそれらはギャップも合間って異様な威圧感を醸し出す。

 

「相手は界龍……まあ、どうにかなる」

 

対戦相手を一瞥した沙夜もまた得物を展開した。

途端、観客席と対戦相手の二人もどよめく。

それも当然のはず。何せ現れたのは持ち手の沙夜よりも明らかに巨大に過ぎるからだ。

 

「……三十四式波動重砲アークヴァンデルス改」

 

「毎度思いますけど先輩の煌式武装、デカいの多すぎません?」

 

「これでもちっちゃい方」

 

軽々とアークヴァンデルス改を持ち上げてみせる沙夜にリスティは改めてこの小柄な先輩への認識を改める。

大艦巨砲主義過ぎる、と。

しかし、今回の相手は界龍の生徒。禿頭の青年は青龍刀型煌式武装、片や線の細い青年は無手ーーつまりは自身の肉体を武器としている、近接戦特化と思われる。

大型火器を扱う沙夜には厳しいかと思われる、が。

 

「先輩、どっち行きますー?」

 

リスティはそんな事など露知らぬといった顔で沙夜に訊ねる。

 

「それじゃ大きい方で」

 

沙夜も沙夜で変わらない様子で答えるとアークヴァンデルス改を構えた。

 

「《鳳凰星武祭》Lブロック一回戦二組、試合開始!」

 

「ヤーーーーハーーーーッ!!」

 

試合開始のブザーか鳴った瞬間、煌式武装の青い軌跡を引きながらリスティが雄叫びと共に突っ込んだ。

ターゲットとなった長髪の青年もある程度予想出来ていたのか、星辰力を纏った拳を打ち放つ。

 

「ハハッ……速い速い!」

 

だが、届かない。

狂喜じみた笑い声を漏らしながら、ジェットブーツによって高く跳躍してかわす。

そして続けざまに技を叩き出す。

 

「クエイクハウリング!」

 

剛拳がうなり、直下の青年を潰さんと振り下ろされる。

 

「ぐ、くっ……!」

 

青年はギリギリのところで床を踏みしめ飛び退いた。

直後、寸前までいた場所にディオエイヴィントの一撃が落ち、人一人分のクレーターが出来上がっていた。

 

「あっちゃ、『範囲外』か……まあいいや」

 

土煙の中、リスティは残念そうに呟くが次の瞬間には笑顔に戻っていた。

ーーかつて述べたように、リスティは生粋のバトルジャンキーだ。つまり、技の一つや二つかわされたところで彼女にとっては喜ぶべき事にしかならない。

更に言えばそうして喜ぶごとに彼女の動きは激しさを増す。火力過多の攻撃をこれでもかと連発しだすのだ。

 

「さぁて、じゃあ次はどうかなぁ!!」

 

ジェットブーツによる、予備動作を無視した強烈な加速。そこから繰り出されるのは両足を巧みにつかった六連続蹴り。技の名をグランウェイブと言う。

 

「ぐぅっ!」

 

青年は咄嗟に両腕に星辰力を集中させ防ぐが、見た目に反するリスティの力に耐えきれず、裂傷が刻まれていく。

 

「耐えるねぇ!でもーー」

 

締めの回し蹴りをも見事耐えきった青年に対しリスティはニンマリと深い笑みを浮かべて今度は拳を引き絞る。

それに気が付くも、もう遅い。

 

「スライドアッパー!」

 

腕の隙間を掻い潜った拳が顎へとクリーンヒットしそのまま彼の体は『宙に浮いた』。

この時、青年の最も不幸だった事はここで気を失わなかった事だろう。

辛うじて意識が残ってしまった彼の耳に、実質的な死刑宣告が聞こえた。

 

「まだ終わりじゃないよ?」

 

一言。次いで、衝撃。

さらに一撃、もう一撃、さらにさらに一撃。

がら空きになった腹部へと容赦なく刺さる連打。

それはボクシングで有名な技、デンプシーロールを模していた。

 

「ペンデュラムローーールッ」

 

「ご……はっ……」

 

止めの重い拳を打ち付けられ、血色の息を吐き出して青年は意識を手離した。

その体が床に倒れ込むと同時、校章が青年の敗北を告げる。

 

「ふう、おっしまいっと。先輩の方は……心配ないかな」

 

実況と解説の若干引いた様子の声を聞き流し、肩をぐるりと回してから沙夜の戦いをちらりと見て、リスティは援護の必要はないと判断した。

何せ、もう既に。

 

「……バースト」

 

勝敗は決したのだから。

アークヴァンデルス改から発射された極光の柱が対戦相手を呑み込み、空を振るわせ地を鳴らす。

問答無用の大火力によって吹き飛ばされ、防御障壁へ叩きつけられた青年は身体のいたるところから煤けたような煙を上げながら倒れ伏した。

 

「試合終了!勝者、沙々宮紗夜&楠木リスティ!」

 

「沙々宮先輩!」

 

「……楠木」

 

「イェーイ!」

 

「いぇーい」

 

沸き起こる大歓声の中、勝利の感触を確かめるように二人のハイタッチが小さく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この歓声……やはり間に合わなかったか」

 

「大きく回り道しちゃいましたしね……」

 

ドーム全体に響く歓声を聞き、紗夜たちの控え室へと歩いていた晶はこの後の事を予想して小さく唸った。

あの一悶着の後、追手の警備隊員から逃げながらイレーネに説教をしていたため、迂回路を行ったこともありドームにはつい先程到着したばかりなのだ。

 

「確実に怒っているだろうな……何を奢らされるやら」

 

大抵の場合、リスティが怒りを鎮めるのは甘味を食べた時だ。

しかも要求してくるのは決まってかなり高額のものばかり。さらに今回は紗夜も居る。確実に話には乗ってくるだろう。

一応それなりに収入があるものの、学生の身分には痛手なのは変わらない。

 

「流石にそこまで高いのはないんじゃないですか?」

 

「……諭吉が飛ばなければ安い方だ」

 

「……せ、誠心誠意謝れば、大丈夫です!きっと!」

 

両手を握り慣れないフォローをする綺凛に慰められ、ついに控え室に到着する。

 

(綺凛の言うとおりだ。心を込めて謝罪しよう……でなければ財布が死ぬ。私も死ぬ)

 

覚悟を決め、扉の横に備え付けられたインターホンを鳴らすと、すぐに音声が返ってきた。

 

『はいはーい、ってあっきー』

 

恐らくインターホンに付属するカメラでこちらを見たのだろう、出たのはリスティだった。

 

「すまない、遅れた」

 

『おおう、まさかのガチ謝り……』

 

さっとキッチリ九十度体を曲げ頭を下げると、予想していなかったのかリスティの声が震えた。

 

『とりあえず今着替えてるからちょっと待ーーーーって先輩!?』

 

焦るような声とドタドタという慌ただしい音が聞こえたと思いきや、小さな空気音と共に扉が開く。

そして開いた扉の先、晶の正面には紗夜が立っていた。

半裸の状態で。

 

「……勝っ」

 

ズパァン!!とかつてない超スピードで扉を手で閉める。

自動扉がエラー音を吐き出すが調節機能が働いたのかすぐに収まる。

だがそんな事はどうでもいい、重要な事じゃない。例えるなら強化ラボの人間がドゥドゥかモニカかというぐらいどうでもいい。

今言うべきはただ一つ、シンプルな言葉だ。

 

「服を着んか馬鹿者が!!」

 

晶、本日二度目の怒声が廊下へと響き渡った……。

当然ながらこの後、まさかの綺凛を加えて紗夜へと説教することになったのは語るべくもない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*06 戸惑い

《鳳凰星武祭》五日目。シリウスドーム。

観客席からの収まらない熱気をステージで浴びながら、晶はごきりと首を鳴らした。

 

「ふぅむ……相手はクインヴェールか」

 

反対の入り口から入場してきたツインテールとポニーテールの少女を一瞥すると、同じように対戦相手を見ていた綺凛が驚いたような声を上げた。

 

「お二人とも、すごく綺麗ですね……」

 

「まあ、でなければクインヴェールには入れんだろうよ。彼処は少々特殊であるしな」

 

クインヴェール女学園、六花では最も小規模の学園だ。しかし逆に最もファンの多い学園でもある。

名の通り女子しか入学できないこの学園は、いわばアイドル養成所のような側面を持つ。であるが故、《星武祭》での総合成績は度外視しているという。

だからと言って生徒が弱いということは決してない。

実際、前回の《王竜星武祭》では序列一位が準優勝している。

 

「ある意味で、底が知れん所だよ。クインヴェールは」

 

二人の少女が観客席に向かって手を振る度に沸き上がる大歓声に苦笑いを浮かべつつ、綺凛の頭をぽんと優しく撫でる。

 

「何、綺凛も十分、いや十二分に可愛らしい。自信を持て」

 

「はにゃ……!?」

 

突然の誉め言葉に綺凛は耳まで真っ赤にして、ジト目で晶を見上げる。

 

「先輩、ズルいです……」

 

「ズルい?」

 

「な、なんでもないです!」

 

意外な反応に首を傾げると、綺凛は慌てたようにそっぽを向いてしまった。

晶は晶で最近よく言われるワードに自分がまた何かやってしまったのかと思い返そうとした所で、試合開始の合図が鳴ってしまった。

 

「仕方ない、後で考えるとするか」

 

「来ます!」

 

頭を軽く振って気持ちを切り替えると同時、綺凛の声が対戦相手の接近を伝える。

ツインテールの少女は双剣、ポニーテールの少女は槍型の煌式武装という、近接戦を主眼においた武装チョイスだ。微笑みこそ絶えてはいないがその動きには洗練されたものがある。

 

「よろしい、では『掃討』するぞ」

 

「……了解!」

 

目線を一度交わすと晶が先んじて駆け出す。

 

「まずは一太刀」

 

「わぁ!?」

 

加速の勢いをのせた闇鴉の一閃を辛うじてツインテールの少女が双剣を交差して防ぐが、腕を弾かれてしまう。

それを確認することなく晶は足に星辰力を集中させると今度はポニーテールの少女へと半ば残像を残すようなスピードで突撃する。

その背後では、見事に体勢を崩された少女へ間を置かず綺凛が肉薄していた。

 

「ええっ!?」

 

「ーーー疾ッ」

 

影から出てきたかのような綺凛に驚愕するが、制服の裾を犠牲にしてギリギリの所で放たれた逆袈裟を回避する。

 

「遅いーー!」

 

綺凛は更に一歩踏み込み完全に懐へと入り込むと真一文字に千羽切を振るった。

手に確かな感触を感じ、息を吐くと胸元から相手の校章破壊の宣言がアナウンスされる。

まずは一人、と呟いてポニーテールの少女へ向かった晶を見ると、かなりの余裕をもって少女の槍を捌いていた。

 

「何で当たらないのー!」

 

「狙いを一点に絞り過ぎだ。それでは避けて下さいといっているようなものだぞ?」

 

繰り出される刺突の数々を納刀した闇鴉で反らしながらまるで教え子に語る教師のようにアドバイスする。

 

「それと、槍のリーチをもっと生かすべきだな。攻撃と距離に応じて持つ位置を変えたりすると良い」

 

「だったら、これで!」

 

空を裂く音を鳴らしながらポニーテールの少女が槍を突き出す。

攻撃の瞬間持ち手の位置を後ろに変えたそれは、端から見れば槍が伸びたように錯覚させる。不意を打つには最適の一撃だ。

しかし、その穂先は何も貫くことはなかった。

 

「即座に実践か、しかも中々に筋が良い。だが」

 

穂先の数ミリ横、闇鴉を突きだした体勢で晶は満足げに微笑む。

その鞘の先端は少女の校章を砕いていた。

 

「詰めが甘いな」

 

「試合終了!勝者、八十崎晶&刀藤綺凛!」

 

決着を告げる機械音声が鳴り渡り、観客席からの歓声が場内を沸き立たせる。

 

「まあ、楽しかったぞ。ありがとう」

 

その最中、腰が抜けたのか、へたりこんでしまった少女へ手を差し出して晶は励まそうとそう言うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、つかれましたぁ……」

 

「全く、くどいにも程がある……」

 

試合終了後、相も変わらず長々しいインタビューを切り抜けた晶と綺凛は控え室に入るやいなやソファに座ると脱力した。

 

「はぁ……綺凛、なにか飲むか?」

 

「あ、すいません。それじゃあスポーツドリンクを」

 

溜め息を吐き、ぐずる精神を叩き折って冷蔵庫からスポーツドリンクを二つ取り出すと、片方を綺凛に渡して再度ソファに体を落ち着ける。

二人同時にペットボトルの蓋を開け、喉をならして飲み下す。

 

「ぷはぁ」

 

「生き返るな……」

 

長いこと話し詰めで渇いていた口内が潤う感覚にすっかり肩の力が抜けていく。

そうして気楽な沈黙が暫く続いた後。

 

「む、そう言えばこの時間はーー」

 

「どうかしたんですか?」

 

ふと何かに気付いたのか晶はテレビをつけるとチャンネルを回していく。

 

「何、少し気になる試合があってな。っと、これだな」

 

「あっ!先日の」

 

モニターに映った画面には、レスターと相方であるランディ。そしてーー。

 

「……イレーネ」

 

血のような赤髪赤眼に長大な鎌を持った少女が立っていた。

『まるで吸血鬼のような』歯を覗かせ笑うイレーネの姿に、晶は言い様の知れない、ざらついた感覚を覚える。

 

(やはり……『侵食』がかなり深くなっている、か)

 

始まった試合を眺めながら考えているのはイレーネの持つ《覇潰の血鎌》、その能力の代償だ。

その代償の大きさ故に、適格者は多くあれど『担い手』になれる者は極僅かとさえ言われる代物なのだ。《覇潰の血鎌》という純星煌式武装は。

 

「……あ、もう一人の方も先日お会いしましたよね?」

 

「ああ、プリシラだな」

 

「戦闘には参加していないようですけど……」

 

「プリシラは戦えんよ。いや、この場合は戦われては困るのか」

 

試合開始と共に動き出したカメラの映像に映ったプリシラを見て、晶は綺凛の疑問に答える。

実際のところ、プリシラに戦闘能力というものは殆ど無い。というのもイレーネの過保護さと、何より本人の性格に依るものが大きい。

星脈世代である以上、常人程度ならなんとかなるだろうが、同じ星脈世代相手なら間違いなく容易く手に掛かってしまうだろう。

そうさせない為に晶も護身術を教えてはいたが、焼石に水と言ってしまえばそれまでだ。

 

「戦われては困る、というのは?」

 

「プリシラはイレーネが戦ううえで生命線だからだ」

 

そこまで言ったところでレスターの放った一撃を受けたイレーネが吹き飛ばされるのを見て、言葉を切る。

《覇潰の血鎌》の能力によって、すでにランディはステージに伏せたまま気を失っていた。その周囲には放射状の亀裂が蜘蛛の巣のように広がっている。まるで巨大な何かに潰されたように。

 

「《覇潰の血鎌》の能力は重力操作。効果の程は今見た通りだ。そして」

 

吹き飛ばされたイレーネがむくりと起き上がり、プリシラを呼ぶとその首筋を顕にした。

 

「その代償はーー血だ」

 

まるで怪奇小説の吸血鬼のようにプリシラの首筋にイレーネが歯を立て噛みつく。

彼女が《吸血暴姫》と呼ばれる所以を目の当たりにして綺凛の額から冷や汗が流れた。

イレーネが血を嚥下する度、悦びを表すように《覇潰の血鎌》の刃が脈打つように輝く。

 

「…………勝敗は、決したな」

 

不安や焦りがない交ぜになった声が口から溢れる。

どこか重くなった感情のせいなのか、自然と組んでいた手に力が籠る。

自分でもわからない心の揺れに、晶は知らず動揺していた。

 

(私は……イレーネを、どうしたいのだ?)

 

一際強まった重力波によりレスターが膝をつく。

紅く、紅く染まった瞳でその様子を眺めながら首筋に大鎌を突き付けるイレーネの笑みは、晶の知るイレーネの笑顔とは程遠かった。

ナニカが混ざったような、澱んだ目。

 

(…………私は)

 

細波立つ感情を抑えるように腰に提げた《闇鴉》の発動体に触れる。

彼女の笑顔、ふてくされた顔、どこか嬉しそうな顔。

それらを失う。そんな『あってはならない未来』が脳裏を過る。

 

(…………)

 

ーーーぐるぐると回る自問自答は結局、試合が終わり綺凛に呼び戻されるまで終わることはなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*07 気分転換と迷子

「試合終了!勝者、八十崎晶&刀藤綺凛!」

 

《鳳凰星武祭》七日目。

もはやお決まりとなった大歓声の中、晶は何処までも高い天井を眺めて息を吐いた。

実況と解説の声が試合について色々と話しているが、それすら、今の晶には曖昧にしか聞こえなかった。

今回の相手は界龍のタッグだったが、晶が速攻で一人を倒したことで終始有利に試合を進め勝利した。

 

「……うぅむ」

 

だが、その勝ちの余韻すら晶は感じることがままならなかった。

先日のイレーネの試合を見てからというもの、自身でもよく解らない感情の揺れのせいでこうなってしまっている。

 

「先輩、晶先輩っ!」

 

「ん、ああ……すまない、綺凛」

 

袖口を引っ張られ、思考の海から引き上げられる。

不安げな綺凛の表情を見て、これはいかんと、頭を振って意識を切り替える。

気付けばすでにステージから離れ、控え室へ向かう通路を歩いていた。その事実にどれだけ自分が考え込んでいたのか理解した。

 

「……これでは腑抜けだな」

 

「この間からずっとあんな調子でしたけど、何処かお身体が悪いのですか?」

 

「そういう訳では無いんだ……柄にもなく、考え事をしてしまってな」

 

苦笑しながら手慰むように頭を掻く。

彼自身、こうして長いこと悩む事が無かった故に、上手い『落とし所』が見付けられないでいた。

無事予選を抜け、本選へと至れたというのにこの調子ではいけないとわかってはいるのだが。

 

「明日は休養日ですし、気分転換に出掛けてみるのはどうでしょう?」

 

彼女なりに晶の悩みについて考えたのか、綺凛がそう提案してくる。

確かに明日は本選前の息抜きとして、訓練もない完全な休みにしていた。

綺凛の言うとおり、気分転換には丁度良いタイミングだ。

 

「そうだな……綺凛は明日はどうするのだ?」

 

「私は、《千羽切》の手入れをしたら特には予定はないですけど……」

 

「ふむ、では明日共に出掛けみるか?」

 

「ふぁ!?」

 

予想だにしていなかった返しに綺凛の身体がびくんっと跳ねる。

まるで子犬が驚いたような反応に微笑ましくなりつつも晶はいたずらっぽく言ってみる。

 

「ははは、提案したのは綺凛だぞ?なら付き合って貰わないとな」

 

「え、えええと、それはつつまり、二人きりという事でしょうか……」

 

「明日、綾斗達は試合。楠木と沙々宮はその応援だ」

 

「はぁうぅ……」

 

言外に二人きりだと答えられ、綺凛は首の下まで真っ赤に染めて顔を抑える。

その内心は嬉しいやら気恥ずかしいやらで混沌とした状態になっていた。

 

「まあ、無理にとは言わん。駄目であるなら仕方な」

 

「行きますっ!」

 

半ば叫ぶような綺凛の反応に若干驚きつつも、晶は「そうか」と笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日。晶と綺凛の二人はそろって何をするでもなく商業エリアをぶらついていた。

流石に《鳳凰星武祭》も一週間が過ぎ、人波の忙しなさも幾分か落ち着いている。

 

「思ったほど混んでいなくて良かったな」

 

「ですね、この間みたいな人混みだったら大変でした」

 

ショーウィンドウに並ぶ服や雑貨の数々をゆっくりとした足並みで眺めていく。

珍しく日差しもそこまで強くなく、時折吹く風が心地好い。

綺凛の言った通り、気分転換にはもってこいの日である。

 

「綺凛」

 

「ふぁい?」

 

「今日はありがとう」

 

そう素直に感謝の気持ちを伝えると、道すがら屋台で買ったシュークリームを頬張っていた綺凛が固まる。

 

「?どうした、綺凛」

 

「……今のは反則です」

 

疑問に思って振り返ると、小さく綺凛が呟く。目元こそ髪に隠れてしまっているが、耳元が赤くなっているのが見えた。

果たしてなにが反則なのだろうかと思いつつも晶は徐にハンカチを取り出すと、それを綺凛の頬に当てる。

 

「ひゃわっ」

 

「ほら、クリームが付いているぞ……これでよし」

 

撫でるような力加減でクリームを拭うと、「ゆっくり食べるんだぞ?」と言って笑う。

その笑顔を見てさらに綺凛の顔が赤くなるが、とうの晶は気恥ずかしいのだろうかと的外れなことを考える。

 

「……な、なんだか今日の先輩は元気ですねっ」

 

「綺凛のおかげだ。おかげで気分が幾分か晴れた」

 

もし出掛けないで一人で居たならばどんどん鬱屈とした考えに陥っていただろうが、今は心に多少の余裕が生まれている。

 

「そ、それなら良かったです……」

 

恥ずかしげに笑う綺凛に心暖まりながら歩いていると、不意に携帯端末から着信音が鳴った。

画面を見れば、楠木リスティの名が。

何事かと思い空間ディスプレイを開くと慌てた様子のリスティの顔がアップで映った。

 

『あっきー、ヘルプ!!』

 

「とりあえず落ち着け。そして画面から離れろ」

 

音割れする程の大音声と周囲からの目線に顔をしかめながらも、綺凛を連れて歩道の端へと移動する。

 

「それでどうした。綾斗達の応援は終わったのか?」

 

『ああうん。試合は先輩達の勝ちで終わったんだけど……その後沙々宮先輩と商業エリアで遊ぼうって事で歩き回ってたらいつの間にか』

 

「居なくなっていた、と」

 

事態を察して「またか」と若干呆れたような顔で肩を落とす。

 

『携帯に連絡したら「THE迷子」とか言ってるしでさぁ。私も商業エリアは表道しかわかんないからどうしようかと……』

 

「そうか……ふむ」

 

不安げな表情のリスティに相づちを返して、横で待っている綺凛に視線を送ると、少し残念そうながらも首を縦に振った。

健気なその振る舞いに小さく「すまないな」と謝ると画面に向き直る。

 

「私と綺凛も丁度今商業エリアに居る。一度合流するとしよう」

 

『あ、じゃあアリーナ近くのコンビニに来て』

 

「了解だ。念のためにも綾斗にも連絡しておいてくれ」

 

『わかった!って、刀藤ちゃんと一緒ってもしかしなくても二人きーー』

 

ぶっつりと通話を切って端末をしまい、やれやれと苦笑する。

 

「沙々宮先輩、大丈夫でしょうか?」

 

「むしろ何時もの事だ……それより、すまんな。折角の日だというのに」

 

「いえ、流石に看過はできませんから」

 

「全く……出来た娘だな、綺凛は」

 

懐深い綺凛の頭を撫でて、晶達二人は集合場所へと足を向けて歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……居るとしたらこのあたりだろうか」

 

少し寂れたような町並みを眺めて晶は首を鳴らす。

ここはアスタリスク西部、商業エリアの外れだ。リスティと合流した後、紗夜に再度連絡を取り得た情報から大まかな当たりはついたが、流石に一区画だとはいえかなりの広さだ。

 

「あとは数を揃えて足で探すのみだな」

 

その為、リスティと綺凛、そして晶の三人でそれぞれ散開して探すことになった。

残念ながら綾斗とユリスは、綾斗の休息もあるため参加出来なかったのが痛手ではある。

紗夜探しが得意な綾斗が参加出来たのならかなり楽になったのだが。

 

「……楠木と綺凛は表道、となるとあとはこちらしかないか」

 

ビルとビルの隙間、明るい今時分ですら関係ないような薄暗い裏路地に足を踏み入れる。

途端に少し冷えた空気と澱んだ臭いが体を包んだ。

それに特に眉をしかめるでもなく、慣れた様子で進んでいく。

 

「ふむ……こちらは外れだったか?」

 

奥まった所まで進んだところで立ち止まり、踵を返そうとしたところで、小さな声のような音が聞こえた。

 

「……っ!放してください!」

 

一際大きな悲鳴が晶の耳朶を叩いた瞬間、その体は声の方向へと加速した。

聞きなれた声だ、ほぼ毎日聞く声だ。故に聞き逃す訳にはいかない。

こんな裏路地だ。どんな状況かなんて簡単に想像がつく。

そして声の元、少し広めの路地の先。

数人の男に囲まれ、押さえられたプリシラが見えた。

 

「ーーーー」

 

途端。一拍も置かず駆け出して、小さく跳躍。

 

「おい、今なんか」

 

「がっーー!?」

 

感付いた男が振り向いたと同時、その隣に立っていたもう一人が吹き飛び、ビルの壁に叩きつけられると伸びた蛙のように気を失った。

ざわついていた空気が、止まった。

 

「おい、貴様等」

 

その場にいる全員の視線の先、男を蹴り飛ばした足から薄い煙を上らせた晶がゆっくり振り返る。

 

「ーーーー何をしている?」

 

淡々とした問い。しかしその声音にはまるでギロチンのような冷たい重圧が潜んでいた。

 

「て、てめぇ!」

 

漸く脳の処理が追い付いたのか、男達が一斉にナイフ型の煌式武装を起動するが、その隙を以て晶はプリシラを抱き抱えてすり抜ける。

 

「なぁっ!?」

 

「プリシラ、少し目を瞑って耳を塞いでいろ」

 

「え、あ、はいっ!」

 

まだ何が起きたかわかっていないプリシラに言い聞かせて、言った通りにしたのを確認すると、晶は男達へと振り返る。

 

「さてーー貴様等、よって集って一人の女子(おなご)に襲い掛かっていたと見受けるが、相違無いな?」

 

「うるせえ!お前ら囲いこめ!そうすりゃやれる!」

 

問い掛けを無視して男達が通路を塞ぐようにじりじりと広がっていく。

背後は袋小路、文字通り八方塞がりの状態だ。

だがそれでも晶は表情を崩さない。

 

「態度でもって肯定とみなす。で、あるならば」

 

「おらぁ!」

 

口を開いたのをチャンスと見たのか、正面の一人がナイフを振り上げ迫り来る。

 

「疾くーーーー去ね」

 

その刃が触れる寸前。全くの無拍子で撃たれた掌底がその体を弾き飛ばし、爆ぜるような音を立てて壁にめり込ませた。

あまりの出来事に再び固まった男達へただ一言、宣告する。

 

「赦しも懺悔も要らん……ただただ、潰れろ」

 

ーー正しくそれは、死の凶鳥の刻鳴であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*08 不鮮明の死神

二分後、晶はプリシラを連れて表通りへと戻って来ていた。

 

「ここまで来れば問題はないだろう。プリシラ、もう大丈夫だぞ」

 

肩を軽く叩いてサインを送ると、プリシラは閉じていた瞼を開け、安堵の息を吐いた。

 

「はあぁ……晶さん、助けて戴いてありがとうございます」

 

「気にするな、今回は運良く見付けられたからな」

 

深々と頭を下げるプリシラに、手を振って答える。

あの後、二十秒足らずで男達を伸してから周囲を探ったが有り得ないほど静かだったことから、恐らく彼女の『護衛役』が動いたのだろう。

 

「イレーネはどうした?」

 

「お姉ちゃんとは別行動してて……そしたら」

 

「裏路地に連れ込まれた、と。大方、連中はイレーネがカジノで暴れた時の被害者だろう」

 

「仰る通りです……」

 

申し訳なさそうに縮こまるプリシラに、そんなに謝るなと苦笑いして、近くのベンチに座らせる。

イレーネは時折、歓楽街(ロートリヒト)にあるカジノに行っては暴れて帰ってくる。

大抵の場合、相手の方が難癖をつけてそこから大乱闘にもつれ込む。単に大乱闘と言っても実質イレーネの無双だが。

そしてイレーネに勝てないと悟った相手は妹であるプリシラを狙って今回のような事を起こす。

 

「全く、あのじゃじゃ馬娘が……まあいい。プリシラ、イレーネに連絡して迎えにーー」

 

「プリシラ!やっと見付けた!!」

 

「あ、お姉ちゃん!」

 

連絡を促そうとした所でタイミング良くイレーネが『裏路地』から現れた。

駆け寄って来ながら晶に気付くとどこか納得した顔になる。

 

「八十崎がプリシラを?」

 

「ああ、偶然見掛けてな。ーー幾ら『猫』が居るからと言って、プリシラを一人にするとは感心せんな」

 

後半だけイレーネに聞こえるように言うと、彼女は眉根を下げた。

 

「悪い……ディルクの野郎に呼び出されててよ」

 

バツが悪そうに頭を掻いて別行動のワケを話すイレーネに今度は晶が納得顔になる。

恐らく、彼女が請け負っている『仕事』に関する話だったのだろう。

レヴォルフ黒学院生徒会長、ディルク・エーベルヴァイン。彼を一言で表すなら、悪辣、という言葉が当てはまるだろう。

事実彼の二つ名は《悪辣の王》である。

そんなディルクにイレーネはある理由から仕事を請け負っているのだ。

 

「なるほど、そう言うことか」

 

「ああ……そういや、さっき偶然見掛けたつったけど、アンタがこっちの方に来るなんて珍しいな?」

 

「訳有って迷子の捜索中でなーーと、丁度来たか」

 

懐から携帯端末を取り出してディスプレイを出すと紗夜の顔が映し出された。

 

『ぜえ、あっきー、なんとか……見付かったよぉ、はぁ』

 

『……助かった』

 

『あ、晶さんは今どちらですか?』

 

リスティ、紗夜、綺凛と、画面いっぱいに詰まりながら話しかけてくる。

中でもリスティは息も荒く、紗夜の肩を掴んで話さないでいた。

 

「そちらで見付かったのなら良かった。私は商業エリアの外れの方に居る」

 

『……あー、気のせいでなきゃ後ろに居るのはイレーネ・ウルサイスさんではないかな?』

 

「合っているぞ。少しトラブルに遭遇してな」

 

『どんなトラブルよ!?なに、ToLoveったとでもいうの!?』

 

「阿呆な事を言うなど阿呆。兎に角、今からそちらに合流する。ではな」

 

リスティがさらに何かいう前に通話を切る。

懐に端末をしまったところでイレーネが声を掛けてくる。

 

「借りができちまったな」

 

「気にするな、と言っても納得しないのだろう?」

 

「当たり前だ、借りはきっちり返す性分なんだよ。それにきっちりフラットにしとかないと、アタシがやりづらいしな」

 

そう言うとイレーネは携帯端末を取り出して晶に見えるように画面を映した。

画面のトップには『《鳳凰星武祭》本選トーナメント表』と銘打たれている。

そして彼女が指差した、その先には晶と綺凛、イレーネとプリシラの名が隣り合って表示されていた。

 

「《鳳凰星武祭》四回戦、か。」

 

ーー約束の日。それはもう、眼前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レヴォルフ黒学院、生徒会長室。

窓も無く、華美な装飾品も見付からない、無骨な部屋の最奥にある椅子に、ディルク・エーベルヴァインは座していた。

目の前のデスクにさも退屈そうに肘をつきながら片手間に電子書類を片付けていると、一人の少女がノックの後に入ってきた。

 

「会長、お茶をお持ちしました~……」

 

「『ころな』か……そこに置いとけ」

 

ころなと呼ばれた少女、樫丸ころな はおずおずとした様子でコーヒーカップを置いた。

ここまでは何時もと同じ……だが、どうやら今日は違ったらしい。

 

「……誰だ?」

 

何かに感付いたディルクが虚空を睨み付ける。

この部屋特有の重い空気とは違う、異質な何かが混ざったような感覚。

言うなれば、『獣』だろうか。

遅れて変化に気がついたころなが怯えてディルクの背後に隠れたところで気配の主は薄暗い部屋の影から現れた。

 

「危機察知能力は一流、か。流石だな《悪辣の王》」

 

「……【仮面】」

 

闇その物を纏ったような姿を見てディルクの全身が総毛立つ。

『裏』に立つ人間なら誰でも知っている、死神。あるいは、人の形をした災害とでも言うべきか。

つい先日、歓楽街の一角で人身売買の取引現場に現れたのは記憶に新しい。死者十一名、重傷者一名という虐殺劇だったらしい。

 

「死神様が一体何の用だ」

 

「貴様に一つ、訊きたい事がある」

 

「なんだと……?」

 

柱に寄りかかり、こちらを見ずに放たれた一言に片眉がピクリと跳ね上がる。

神出鬼没にして、どれだけ隠蔽しようが六花での裏取引に高確率で現れるような奴が、一体何を訊ねるというのだろうか。

 

「ーー『天霧遥』を知っているか」

 

感情を感じさせない声での問いにディルクは呆気に取られる。

だがそれも一瞬の事。即座に頭を回転させありとあらゆる選択肢を選出しようとして、止めた。

 

「……どういうつもりだ?」

 

「貴様の口はよく余計なお喋りをするからな……こうでもすれば大人しく答えるだろう」

 

いつの間にか眼前に突き付けられた煌式武装の切っ先。

つまりは、『さっさと答えだけ言え、でなければ死ね』と言いたいのだろう。

ディルクは忌々しげに舌打ちをすると、自分が持っている情報を話し出した。

 

「ーーーー俺が知ってんのはここまでだ」

 

「…………やはり、か」

 

一頻り話終えた所で【仮面】がぼそりと呟いた。何でもないはずのワード。しかしディルクはそこに違和感を感じた。

その正体を掴もうとした一歩手前で【仮面】が踵を返す。煌式武装は、既に消えていた。

 

「邪魔をしたな。今日の所は消えるとしよう」

 

「わざわざこんな事訊くためだけに来たってか。あの女がそんなに気になるか?」

 

「そうだな……礼だ、一つ答えよう」

 

振り返ることなく、【仮面】は静かに声を発した。

 

「歪んだ結末を変える為。私は彼女を取り戻す」

 

そう言い残して【仮面】は来たときと同じく影に溶けるように消えた。

いっそ圧さえ感じた空気が霧散し、無言に徹していたころなが盛大に息を吐き出した。

 

「はあああ……こ、怖かった~……」

 

へなへなと床に座り込む彼女を余所に、ディルクは最後に【仮面】が立っていた場所を睨む。

 

(歪んだ結末……か。全く意味がわからねぇ)

 

不鮮明な一言を反芻し、苛立たしい感情を隠しもせずに舌打ちすると、未だにへばっているころなの名を呼ぶ。

 

「おい、ころな」

 

「は、はい!」

 

「治療班を呼べ、すぐにだ」

 

返答すら許さない命令に慌ただしくころなが生徒会長室を出る。

ころなは気付いていないようだが、部屋の内外から薄く血の臭いが漂っている。十中八九、【仮面】にしてやられたのだろう。

その予想通り、ディルクの護衛につけていた複数人の《猫》はその誰もが負傷し、気絶していた。

 

「災害ってのは、基本どうしようもねぇってか。チッ、めんどくせぇ……」

 

夕日の一つも入らない部屋の中、八つ当たり気味にデスクに足を乗せ、ディルクはまた舌打ちをするのだったーー。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*09 束の間の

翌日、もはや通いなれてしまった居住区の一角にあるマンションの前に、晶と綺凛は立っていた。

 

「よう、時間通りだな」

 

マンションのフロアーからイレーネが軽い調子で出てきた。自宅前ということもあり、ダメージジーンズに半袖のTシャツといったラフな格好である。

 

「礼をする、と聞いて来てみたが。これでは何時も通りではないか?」

 

言葉面こそ疑問系ではあるが、晶の口許は笑みを浮かべていた。

何となく予想は出来ていたのだろう。

先日のプリシラを助けた一件にてイレーネが礼をしたいと言うことで食事に誘われたのだが、来いと言われた場所はウルサイス姉妹宅だったのだ。

 

「別にいいだろ、下手な店よかプリシラの飯の方が美味いんだし」

 

「ふふっ、違いないな」

 

「だろ?……さて、立ち話もなんだ。部屋に行くとしようぜ」

 

イレーネに促され、晶は先程から緊張で固まっていた綺凛の手を引いてマンションへと入っていく。

マンションの内装は建築自体が比較的最近のためか至って清潔かつ、小洒落たものだ。

エレベーターに乗り、三階で降りて、廊下の突き当たり。

そこが、ウルサイス姉妹の部屋だ。

 

「プリシラ~、連れてきたぞ」

 

「フロアーまで迎えに行っただけでしょ、もう……いらっしゃいませ!晶さん、刀藤さん」

 

部屋に入って早々食卓に座るイレーネに頬を膨らませてから、エプロン姿のプリシラが晶達にぺこりと頭を下げた。

 

「二日ぶりだな、プリシラ」

 

「お、お邪魔します」

 

「今お料理を持ってきますから、テーブルに座っててください」

 

「了解だ」

 

プリシラに促されるままイレーネの反対側の席に腰を下ろすと、料理が運ばれてくるまでの間、タイミングを見計らって綺凛がか細く声を上げた。

 

「あ、あの……ウルサイス、さん?」

 

「イレーネでいい、呼びにくいだろ。で、なんだ?」

 

「えと、私はなんで呼ばれたのでしょう……?」

 

そういえば、と晶は盲点だったとばかりに手を打った。

なんと今の今まで綺凛が共に呼ばれたことに疑念を持っていなかったのだ。完全に一人になる休日以外、基本的に行動を共にしているが故に思い当たらなかった辺り、綺凛とのペアの収まりのよさというのを感じる。

対してイレーネは一瞬きょとんとした後、質問にあっさり答えた。

 

「単に気になっただけさ。この性格ひん曲がった奴と組んだパートナーがな……実際見てみると結構でけぇな」

 

「誰が性格ひん曲がりか。そしてどこを見て言った」

 

即座にツッコミを入れると「冗談だよ、冗談」とイレーネは悪戯が成功した子供のように笑った。

 

「ほんとの所、《疾風刃雷》がどんな奴かは気になってたんだよ。ま、いい機会だと思って一緒に呼んだってことだ」

 

「な、なるほど」

 

「そういう事だ。何、そう緊張することもない。少しばかり肩の力を抜いても問題はないさ」

 

まだ何処か緊張が抜けきっていない様子の綺凛の頭を撫でて宥めるようにそう言うと、多少はほぐれたのか上がっていた肩が下がっていった。

そうして暫く談笑しつつ待っていると、プリシラが料理を運んできた。

 

「お待たせしました!ひよこ豆とトマトのサラダ、ポテトのアリオリソース、小エビのニンニク唐辛子炒め、マッシュルームのセゴビア風です」

 

「これはまた……手の込んだ」

 

「す、すごいです……輝いて見えます」

 

「へへ、だろ?」

 

食卓に置かれていく皿の数々に唖然としていると、何故か当人よりもイレーネが自慢げに鼻をならした。

 

「お前が偉ぶってどうする……全く」

 

「姉として、妹が誉められたらうれしいだろうよ」

 

「お姉ちゃんったら、もう……あ、冷めないうちにどうぞ!」

 

若干顔を赤らめたプリシラに促され、「いただきます」と一言言ってから出された料理へとフォークを伸ばした。

 

「これ、美味しいです……!えっと、すごく!」

 

小エビを口にした綺凛が目を輝かせて、左右に結った髪房をパタパタと揺らしながらプリシラに拙いながらも感想を伝える。

 

「ふふっ、ありがとうございます…………晶さん、可愛すぎませんかこの子」

 

「プリシラ落ち着け、目が色々と危ない感じだぞ」

 

はにかんだ笑顔から一転、真顔になったプリシラに苦笑する。

どうやらプリシラも綺凛の小動物的な雰囲気に当てられたらしい。事実、パクパクと料理を食べては先程のような感想を言われる度にプリシラの表情は見事にとろけていた。

 

「おい、一体何がどうなればプリシラの表情があんなんになるんだ。催眠術か?」

 

「私に聞かれてもな……まあ、綺凛の雰囲気は良い癒しになるといった所だな」

 

「……はぁ」

 

納得顔で頷くと、イレーネはよくわからないといった表情で首を傾げたが、明るい笑顔のプリシラを見て口許をふと緩めた。

 

「ま、悪くないんじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーそれから、かれこれ一時間後。

 

「だぁあ、くっそまた負けた!」

 

「ふっ、年季が違うのだ。負けるものかよ」

 

「同い年だろうが!?」

 

テレビ画面を前にしてイレーネが悔しげに叫んだ。その隣では晶がニヒルな笑みでどや顔をしている。

画面には堂々と『1P Win !』の文字が輝いていた。

前菜もメインディッシュも見事に食べきった後、イレーネに誘われて晶がいつの間にやらハードごと持ち込んでいたレトロゲームをやることになったのだ。

ジャンルは3D格闘ゲームで、通常のK.O.の他にステージ外に相手を押し出すことでも勝利することが出来るというものだ。角ついたポリゴンのキャラがなんとも時代を感じさせる。

 

「つーかお前のキャラはおかしいだろ!なんで忍者なのに格闘全振りなんだよ!しかも自爆して場外いってんじゃねーか!」

 

「勝てば良いのさ、勝てばな」

 

「ちくしょう……もう一回だ」

 

「幾らでも掛かってこい」

 

そう言い合って楽しげにゲームをする二人の背中を、キッチンから眺めて、プリシラは目を細めた。

 

「お姉ちゃんったら、あんなにはしゃいじゃって」

 

「確かに、試合で見たときとは正反対に見えます……」

 

プリシラの洗った皿を拭きながら綺凛は頷いた。

以前、テレビ中継で観戦した時は野生の獣を想起させるような荒々しさがあったが、今見ている彼女は年相応に思える。

 

「晶さんが来たとき位なんです。私と一緒の時以外でお姉ちゃんがあんな風に笑うの」

 

「そうなのですか?」

 

「ほんとですよ。普段のお姉ちゃん、いっつも仏頂面ですから」

 

困ったもんです、と続けるもどことなく嬉しそうな色が声に滲んでいた。

そして思い出すのは自分達が彼に会ったあの日の事。

 

「初めて会った時は大変だったなぁ……」

 

「?」

 

「お姉ちゃんが出会い頭に晶さんに斬りかかっちゃって」

 

「ふぁ!?」

 

物騒なワードに綺凛が素っ頓狂な声を出したのを見て、口許を押さえながら笑いつつも、改めてその時の事を思い返す。

 

「私達が晶さんに会ったのは去年の初夏の頃で、今回の件と似たような感じで不良に絡まれてた所を助けて貰ったんです。何でも迷子を探してたら偶然見掛けたからなんだそうですけど」

 

「今回と同じ理由ですね……」

 

「それには私もびっくりしました……それから表通りに送って貰ってる最中にお姉ちゃんに見付かっちゃって」

 

「晶さんは斬りかかられたと」

 

「問答無用で……」

 

見掛けるや否や《覇潰の血鎌》を構えて晶に突っ込むものだから血の気が引いたのを覚えている。

そして、当時ですらかなりの強者であった姉の攻撃を難なく防いでいた姿も脳裏に刻まれている。

 

「その後何とか誤解を解いて、お詫びに食事に誘ってから私達と晶さんの関係は始まったんです。お姉ちゃんと私が一緒に居られる時間をたくさん作ってくれたり、私に料理を教えてくれたり……晶さんが居なかったらきっと、お姉ちゃんもあんな風に笑うことも少なかったかも知れません」

 

「プリシラさん……」

 

「ごめんなさい、なんだが辛気くさい話しちゃって」

 

「いえ、私から聞いてしまったようなものですし……あ、宜しければ先輩の話、もっと聞かせてもらってもいいですか?」

 

知り合って間もないが、珍しく綺凛が好奇心を前に出して訊ねるとプリシラの方も気分が乗ったのか嬉々として語りだす。

キッチンからそう離れていない故に話が耳に入ってしまった晶は気恥ずかしそうに喉を鳴らした。

 

「むぅ……何とも恥ずかしいものだな、これは」

 

「あんたが照れるなんて珍しいのが見れたな」

 

対戦を終えてコントローラーを置いた所でイレーネがそう言われて肩を竦める。

 

「私とて気恥ずかしさくらい感じるさ……それよりも」

 

そこで言葉を切ってイレーネへ顔を向ける。

 

「侵食、だいぶ進んでいるようだな」

 

「……流石にバレてるか」

 

小さく溜め息を吐いてガシガシと頭を掻く。

晶が問うたのは《覇潰の血鎌》の代償、否、性質だ。

《純星煌式武装》のコアとして使われる《ウルムマナダイト》にはそれぞれ性格のような物が存在する。

綾斗の《黒炉の魔剣》のように持ち主に抵抗するような物もあれば、《闇鴉》のように比較的おとなしいものもある。

その中でも《覇潰の血鎌》は相当性格が悪いと言えるだろう。

 

「以前の試合を拝見したが、かなり『荒れて』いたぞ」

 

「……」

 

何せ担い手の精神を蝕んでしまうのだから。

使う度に持ち主の戦闘意思を増長させ、果てにはーー。

その先を想定しかけて頭を振る。

 

「……イレーネ、お前は」

 

「大丈夫だ」

 

言葉尻を被せ、イレーネの瞳が真っ直ぐに晶を見つめる。

 

「だから、明日は全力だ」

 

止めろ等と言うな、と言外に語るような眼差しにもどかしさを感じて額に手を当ててしまう。

先程までと違う、虚ろさのある表情に心がささくれ立つ。

彼女にとってこうなる他に道が無かったと知っている。だが、だからこそ。

 

「八十崎?」

 

「……ああ、明日はお互い全力でぶつかろう」

 

八十崎晶は望むのだ、何のしがらみもなく彼女が笑える時が来るのを。

 

(その為にはーー)

 

夜が更けていく。

約束の時は眼前にある。

束の間の安らぎの中、晶は一つの決意を固めるのだったーー。




次回、ついにイレーネ戦……!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*10 圧潰

世界には理不尽が溢れている。

貧しいだけで暴力を振るわれるもの。理由なく居場所を追われるもの。

 

ーーそして、人と少し『違う』だけで親に売られてしまうもの。

 

自らが育ったかつての世界とは大きく異なったこの世界、独自の摂理。

彼女達を知る以前から、その違いを否が応にも理解させられた。

己が身一つ救うためなら全てを欺き使い捨てる。他者とはすなわち体の良い駒だ。

それが出来なければ一生『使われる』だけだ。心を隠した者達に。

故に思う。

 

ーーこんなルール、クソ喰らえ。

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

 

真白に照らされたステージの上、止まぬ歓声を身に受けて晶はそこへと降り立った。

傍らには瞑目した綺凛が得物を手に並んでいた。

 

『さぁ、各会場で白熱の試合が続いております四回戦!ここシリウスドームでトリを飾るのは星導館学園、八十崎&刀藤ペアVSレヴォルフ黒学院、ウルサイス姉妹です!』

 

「……先輩、本当に宜しいのですか?」

 

実況と解説の話が続く中、綺凛が目を開いて最低限聞こえる程度の声量で晶に訊ねた。

 

「ああ、事前の打ち合わせ通りで頼む……すまないな、一人でやらせて欲しいなどと言って」

 

そう、この戦いはイレーネとの約束もあって一対一でやりたかったのだ。

他の理由としては綺凛とイレーネの《覇潰の血鎌》との相性の悪さもある。

なので今回綺凛にはいざというときのバックアップを頼んであるのだ。

苦笑しながら答えた晶の顔をみて、綺凛はゆっくりと首を横に振った。

 

「いえ……先輩のこと、信じていますから」

 

「ははっ、ならばその信用には結果でもって応えねばな」

 

もうじき戦場となる場所で優しげに微笑む小さな後輩の言葉に背中を押され、前に出る。

同じタイミングで相手であるイレーネも足を踏み出した。その手には煌々と暗い輝きを放つ《覇潰の血鎌》が握られていた。

 

「約束の日だ。覚悟はいいか、八十崎」

 

「抜かせ……容赦無く往くぞ。泣いても知らんぞ」

 

「ハッ、上等だ泣かせてみろよ」

 

互いに獰猛な笑みを浮かべて挑発し合いながらも闘気を高めていく。

 

(我が心、静謐なる湖面の如し、連ね我が刃、注ぐ月光の如し)

 

アベレージ、フューリースタンスを発動し体内の星辰力を活性化させる。

《闇鴉》が戦いに歓喜するように脈を打ち、今か今かと待ちわびる。

準備は整った。

 

(さぁ、お前を止めさせてもらうぞ)

 

『《鳳凰星武祭》四回戦第十一試合、試合開始!』

 

(ーーイレーネ!)

 

 

地を踏みしめ、風を裂いて一気に距離を詰める。

《覇潰の血鎌》を相手取る上で最も注意すべき事は二つ。

 

「ちっ、相変わらずバカみてぇに速いなっ!」

 

「捉えられたくはないのでな!」

 

相手に動きを予測されないこと。

そして、接近したら離れない事だ。

加速した勢いで抜刀された《闇鴉》と《覇潰の血鎌》が火花を散らして打ち合う。

 

「こ……のっ!」

 

「ソレの力は身に染みて分かっているからな。おいそれと使わせる訳にはいかん」

 

《覇潰の血鎌》の能力は重力操作。主な使用例は範囲指定からの対象の圧潰だ。しかしこれにはデメリットがあり、距離によっては使用者も能力に巻き込まれる可能性がある。

つまり超近接戦であるならばその能力の最大火力をある程度封じられる。

 

「らぁっ!」

 

「っ!」

 

ガゴンッ、と鈍い音を立て大鎌の石突と妖刀の鞘とがぶつかり合う。

大型武器だけあってその衝撃はかなり大きく、防いだ上で次の行動が止まってしまう。

そのコンマ数秒の間を見逃さず、イレーネは後退しつつも目の前に重力球を一瞬で無数に精製するとすかさず晶へと撃ち放つ。

だが。

 

(そう簡単には当たらないよなぁ……!)

 

「ーーっ!」

 

即座に体勢を立て直した晶はあろうことか重力球の射線より低く体を傾けてその全てを避けながら突っ込んでいく。

荒唐無稽、あるいは無謀とも言える行動に驚く以前にやはりかとイレーネは笑う。

そうだ。そうでなくては。

 

「楽しくないよなァ!!」

 

「何っ」

 

切迫する直前、イレーネが大振りに《覇潰の血鎌》を薙ぐと、その軌跡に沿うように重力の波が晶に襲い来る。

 

「波濤竜胆!」

 

咄嗟の判断で横に飛びながら斬波を撃って無理矢理に相殺する。

完全に初見の技だったがどうにか防げた。だが、その代わりに彼我の距離は大きく開いてしまった。

 

「驚いたな。あんな技を持っていたとは」

 

「アンタの戦い方も、アタシの戦い癖もいやって言うほど見たんでね。対策の一つや二つ、出来て当たり前だろう?」

 

「全く……末恐ろしい奴だよ、お前は」

 

言いながらもイレーネの星辰力の動きに注意を払う。

もうすでに晶が立っている場所は彼女のヒットラインだ。下手を打てばあっさりと潰されかねない。

それだけ《覇潰の血鎌》の能力は厄介なのだ。

 

「末恐ろしいついでに負けてくれてもいいんだぞ」

 

「ハッ、言ってろーー!」

 

ニヤリと口端を吊り上げて、《闇鴉》の鞘をイレーネに向かって勢いよく投げつけると後を追うように駆け出す。

 

「させるかよ!」

 

「朝霧連断ーー!」

 

ギリギリの所で鞘を上に弾き飛ばすともう既に晶は自らのブレードレンジに入っていた。

高速の六連撃。それら全てを小型に展開した重力障壁と鎌を手繰って防ぎ切る。

しかしそれを予測していた晶はさらに動き続ける。

腰を深く落とし、バネのように刃ごと体を跳ね上げる!

 

「月見山茶花」

 

「っぁ!?」

 

間髪入れずに打たれた一閃が鎌の柄を弾き、イレーネの体は大きな隙を晒す。

当然、それを見逃す手は無い。

中空で鞘を掴み、今度は落下しながらの縦一文字を校章目掛けて降り下ろす。

 

「月下柘榴(ゲッカザクロ)」

 

「させ、ねぇ……!」

 

命中は必至。だと言うのにイレーネは諦めるという選択肢をかなぐり捨てていた。

《覇潰の血鎌》が呼応するように輝き、能力を発現させる。

 

「過重領域(シュヴァルツシルト)ーー!」

 

瞬間、晶の体が後ろに『引かれた』。

 

「なんーーだと?」

 

スローモーションのように感じる時間の中、背面を覗いて晶が見たのは、ひび割れた床の上に浮遊する小さな一つの球だった。

即ち、超高密度の重力発生装置。

 

「擬似的なブラックホールか!」

 

吸引が強まるギリギリのタイミングで《闇鴉》を床に突き立てて耐えながら晶は驚きを隠すことも無く口に出すと、イレーネは一矢報いたとばかりに犬歯を覗かせて笑った。

 

「馬鹿みたいに星辰力を持ってかれるが……アンタのその面が見れただけで儲けモンだな」

 

「何とも厄介な……」

 

冷や汗を流しながら強がるようにそう言うイレーネに舌を巻く。

咄嗟の反応、おそらく『仕込み』は最初からしてあったのだろうが、発動のタイミングが絶妙過ぎた。

彼女が《覇潰の血鎌》の力を使う場合、その殆どが上からの重力負荷による叩き潰しだ。

この過重領域(シュヴァルツシルト)のような相手を吸い寄せるような技は見たことがない。

 

「アンタの一番怖いところは、その一度喰いついたら離れない執念深さだ……だったら、無理矢理にでも引き剥がせばいい」

 

「先輩っ!」

 

重力球の奥、安全圏にいる綺凛がこちらに来ようとするがそれを手で制する。

無理に近寄ろうとでもすればたちまち過重領域に引き込まれてしまう危険がある。感じられる星辰力の総量から見ても、下手に発生源のあの重力球の側まで行こうものなら骨折は免れないだろう。

 

「…………」

 

耐えながら何か策は無いかと思考を巡らせる。

このまま行けば過重領域そのものは勝手に消えるだろう。しかしその致命的な隙を彼女が見逃すはずがない。

現に、彼女の周囲には百個近くの重力球が出来上がっていた。

 

「ダメ押しだ。持ってけ!万重壊(ディエス・ミル・ファネガ)!!」

 

指揮棒の如く《覇潰の血鎌》が降り下ろされ、数多の重力球が一斉に襲い掛かる。

その最中、晶は一つ覚悟を決めた。

 

(一か八か、賭けるかーー!)

 

極限の集中を以て体感時間を引き延ばし、スローモーションに見える世界の中。

あろうことか晶は突き立てていた《闇鴉》の刀身を抜くと鞘に納めた。

当然、体が背後の過重領域に引き摺られていくが、それよりも先に飛来する重力球の一つが晶に接触しようとしたその刹那。

星辰力でブーストを掛けた腕を振るい、《闇鴉》の鞘でそれを『タイミング良く防いだ』。

 

「禍反……っ!」

 

衝撃を逆に利用して放たれるは応報の閃。

呼び声と共に枷が外れ、体内に蓄積された星辰力が奔流となって溢れ出す。

 

「刃車、起動ーー」

 

瞬間、空気が爆ぜた。

まるで紫炎のように見えるまでの濃密な星辰力を纏った肉体が過重領域の引力を振り切って重力球の弾幕を《闇鴉》で引き裂きながら突き抜ける。

晶がやった賭け。それは刃車発動による力業での脱出だ。

あまりにもリスキーかつ型破りなその賭けは、どうにか勝つことが出来た。

 

「おぉ!」

 

「マジかよおい!」

 

ガギリ、と音を立て切り結ぶとイレーネは焦りを口にした。

 

「なんつー、無茶苦茶しやがる」

 

「当事者には言われたくはないがな」

 

攻撃を弾いて後退するイレーネを追わんと足を踏み出した所で《闇鴉》の刃が突如として現れた重力の檻に阻まれてしまう。

 

「重獄葦(オレアガ・ペサード)、か」

 

「ご名答……ったく、肝が冷えたぜ」

 

気付けば其処はすでにステージの端に程近く、プリシラが退避していた場所があった。

 

「プリシラ」

 

「う、うん……お姉ちゃん」

 

イレーネが前進攻勢に出なかったのはこれが理由なのだろう。

遅かれ早かれ大技である過重領域を使って撃破を狙い、不可能だった場合は即座に後退。『補給』して再度攻撃に入る算段だったのだろう。

おもむろにイレーネはプリシラに近づくと、顕になった首筋に牙を立てた。

 

「…………」

 

その最中も晶は止まる事無く重獄葦をどうにか破れないかと攻撃を加え続ける。

だが、元々プリシラを守るために作られた為か容易く刃が通る事はなく、精々が削る程度になってしまう。

刃車によるブーストが掛かっているにも関わらず、だ。

 

「アンタのその力については刀藤との試合を何度も見たからな。お陰で普段の倍は星辰力を使っちまった」

 

「易々とは行かない、か」

 

「そう言うこった」

 

補給を終えたイレーネがニヤリと笑い大鎌の先を晶へと向けると同時、重獄葦が霧散する。

 

「さて、そんじゃあ……続けようかぁ!」

 

より一層深紅に染まった瞳で晶を捉えて吠え立てると、

再び万重壊を発動して一気にけしかける。

その軌道は一つ一つ様々で容易には防ぐことは出来ないだろうことは想像に難くない。

 

(今の《闇鴉》では斬ることは出来ないだろう……なら)

 

上下左右から来る重力球を知覚して、居合いの構えを取る。

そして全てが間合いに入った瞬間ーー。

 

「不動梔子(フドウクチナシ)」

 

抜刀と共に放たれた見えざる星辰力の波……否、剣気とも言える物が全ての重力球を『止めた』。

不動梔子……普段ならば精々が範囲内に居る人間を一時的に麻痺させる程度の技だが刃車による莫大な星辰力(リソース)を使うことで重力球の勢いを殺すまでに至った。

 

「ちっ……インチキの塊か、アンタはっ」

 

「お前を止める為ならばインチキでもチートでも使ってやるさ」

 

自分自身に言い聞かせるように呟いて、晶は闇鴉を大上段に構えると星辰力を集中させる。

これで『どうか終わってくれ』と願いながら。

やがてそれは巨大な刃へと昇華し、顕現する。

 

「クソッ、間に合いやがれ……!」

 

あれに当たればまずい、そう直感で判断したイレーネが重獄葦を最大出力で組み上げるのと刃が落ちて来るのは、同時だった。

 

「華斬撫子・零式ーー」

 

瞬間、音が消えた。

星辰力の塊同士がぶつかり合い、視界を塗り潰すほどの光を発する。

それはやがて消えてゆき、お互いを視認するほどまでに収まっていく。

 

「ぐっ……く、流石にキツイか」

 

大技の連発による負荷から来る左目の痛みに小さく呻きながらも予断なくイレーネを見据えて……異変に気付いた。

 

「………………」

 

両腕をダラリと下げて俯く姿はまるで糸の切れた人形のようだ。

脳が、感覚が警鐘を鳴らす。

逃げろ、後退しろ、退避しろ、『お前は失敗した』と。

だが、晶は見た、見てしまった。

 

「お姉、ちゃん……?」

 

ーープリシラがイレーネに近づくのを。

 

「止まれ、プリシラァァ!!」

 

叫び、手を伸ばし、駆け出す。

しかし声は虚しく響き、手は虚空を掻いて、辿り着くには遅すぎた。

 

「…………え」

 

足を止めたプリシラの首にイレーネが噛み付いた。

 

 

 

 

 

 

 

そしてーーーー全てが潰された。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*11 白翼蒼爪

ーー最初に感じたのは、『重さ』だった。

 

「ぐっ……く」

 

まるで見えない巨大な手に押し潰されるように、晶は膝をついていた。

ギチギチと軋むような感覚に苛まれながらも首を上げる。

視線の先、大きく抉れたステージの中心。

 

「…………」

 

《覇潰の血鎌》を携えたイレーネが浮かんでいた。

その直下には血を吸われ過ぎたのか、プリシラが横たわっている。

暴走……今の彼女はまさにその状態にあると言っていいだろう。

厳密に言えば《覇潰の血鎌》に乗っ取られた、というのが正しいだろうか。途端にステージ全体に広がった重力場によって晶は地面に縫い付けられていた。

 

「間に合わなかった、か……」

 

「先輩……無事、ですか?」

 

「綺凛か」

 

暴走の瞬間、引き留めようとしていたのだろうか。いつの間にか傍で晶の腕を掴んでいた綺凛が声を絞り出す。

 

「先輩、これは……イレーネさんの星辰力の流れが、歪んでいます」

 

「《覇潰の血鎌》に呑まれたのだろう……私の責任だ」

 

本来ならこうなる前に決着をつけるつもりだった。

そうすれば彼女を一時とはいえ止めることができるから。

……そう、『つもり』だったのだ。明確に『つける』とは思えていなかった。

何処かで驕っていたのだろう、自分の強さに、何よりイレーネ・ウルサイスの力に。その願望の強靭さに。

いざ戦ってみれば見事に対策を打たれ、圧倒され……結果がこれだ。

 

「ぐぅっ……全く、阿呆は私の方だ……自分を万能などと……烏滸がましいにもほどがあるーーがぁっ!?」

 

「先輩!?」

 

自分への罵倒を吐いていた晶が、崩れるように手を付いた。

驚く綺凛が感じたのは晶の星辰力の揺れだった。

刃車の代償だ。莫大な力を生み出す刃車だが、それ故に使用後は星辰力のコントロールがかなり不安定になってしまうというリスクがある。

これが起こるということは、能力の限界時間が来たのだろう。

今の晶では防御に星辰力を回すことですら覚束ない。

 

「先輩、限界が……っ!」

 

そしてまるでその時を待っていたかのように重力の圧が一気に増し、晶の体は地に伏した。

圧迫された肺から空気が漏れ、四肢の感覚は鈍くなる。

まるで標本にされた昆虫のように地に磔にされ、意識が遠のく。

 

(ここまでだと、言うのか)

 

泣きそうな顔で何かを叫ぶ綺凛が見える。

 

(この結末を受け入れろと)

 

止まってしまえと囁き声が聞こえる。

所詮お前はただ少しだけ他人より強いだけの存在だと。

誰かを救うというには弱すぎる者だと。

偉ぶるだけの卑小な人間なのだと。

景色が遠ざかる。暗闇が広がっていく。

その時。

 

「ーー八十崎」

 

小さな、声が聞こえた。

 

「…………っ!」

 

消え入るような弱った声を聞いた途端、晶は目を見開いた。

イレーネの声だった。確かに自分の名を呼んだ。

応えなければならないと、思った。

 

「お……おぉぉぉぉぉぉぉーーッ!」

 

全身が悲鳴を上げるのも厭わず重力に逆らって立ち上がりながら吼える。

無くしたくない、どこまでも『大切な人』の為に。

彼女の笑顔を消したくない。妹と笑い合うあの時間を失わせたくない。

何よりも……自分自身が、彼女を放したくない。

そう思った時、晶は胸に確かな熱さを感じた。心の疼きを。

 

「は、ははーーそうか、これが」

 

今までに無かった感情の動き。それを吐露するように自然と口が動いた。

 

「これが……恋か」

 

ああ胸が熱い、心が灼ける。身体は痛みを忘れて弾けてしまいそうだーー!

この熱を消してはならない。そして伝えなければ……。

その為にはまず、この戦いを終わらせなければならない。

霧散しかけた思考を纏め上げ、イレーネを取り込んだ《覇潰の血鎌》を睨み付けた。

状況は最悪。何をするにしてもこの重力場をどうにかしない限り活路は開けない。

 

ガチャリ、と《闇鴉》が震える。

己を使えと鳴くように。

 

《闇鴉》には公に隠された力が存在する。その力を使えば重力場を消すことが可能だ。

だが代償が大きく、肉体の内も外もボロボロの現状では身体に相当の無理を強いることになる。

《闇鴉》の開発者たちにすら、可能な限り使うなとさえ言われた。

下手をすれば死にかねないと。

 

「はーーそれがどうした」

 

一笑する。

死にかねないと言うのなら、死ななければいい。

死ぬ覚悟をする気はないし、死ぬ気もない。

で、あるなら使う他ないだろう。

 

「綺凛」

 

「は、はいっ!」

 

「私が合図をしたら、プリシラを救出してくれ」

 

傍らで呆然としていた綺凛にそう告げると、一歩前へと踏み出す。

その背中を見て、綺凛は一度小さく息をついて頷いた。

 

「お任せください、だから先輩は」

 

「ああ、勝ってみせるさ」

 

ふと笑って、晶は《闇鴉》を掲げる。

 

「真名、開帳ーー」

 

囁くような声が響く。

《闇鴉》から淡い光が溢れだし、重力を跳ね返さんとその手を広げる。

 

「汝、白翼蒼爪の御剣ーー」

 

やがてそれはステージ全体を包み込み、視界を真白に染め上げる。

そして最後の詞(ことば)が紡がれーー。

 

 

「空(うつろ)をも断てーー《雪鴉》ーー」

 

 

輝白の刀がその姿を顕した。

光の消滅と共に重力場が消え失せ、残滓となった星辰力が雪のように降り注ぐ。

時間が止まったと錯覚してしまうほどの静寂の最中、晶は《雪鴉》の白い鞘を構えた。

 

「綺凛」

 

「ーーーーはいっ!!」

 

晶の一言に、弾かれるように綺凛が駆け出す。

音を置き去りにしかねない速度でイレーネの真下、プリシラの元へと辿り着くとその身体を抱えて一息で対岸の壁際まで撤退する。

 

「先輩っ!!」

 

「ーー任せろ」

 

一つ息を吸い、吐き出す。

……さあ、動き出す時だ。

肉体の疲労を一切無視して疾駆する。

それと同時、《覇潰の血鎌》が標的を晶に定めたのか、警戒するように震えると重力球を精製して撃ち出す。

その数は優に千を越える。

もはや分厚い壁と称せる程の量。しかしそれでも晶は足を止めず、真っ向から突っ込む。

 

「ーー邪魔だ」

 

《雪鴉》が鞘走り、蒼い刀身が軌跡を描きながら重力球に触れた瞬間、球が『消えた』。

まるでそうなるのが当然かのように次の球も同様に消滅した。

残留する筈の星辰力すら残さずに。

 

「しぃっーー!!」

 

烈迫の一声を吐きながら雪崩れくる重力球の数々を文字通り滅しながらブレーキの壊れたバイクのように走り続ける。

《雪鴉》の能力。それは星辰力も万応素も関係なく、担い手の『斬る』という願いの限り認識する総てを切り捨てる刃。即ち『事象切断』ーー。

 

「波濤竜胆っ!」

 

折り重なった斬撃が波となって重力球を呑み込み、伽藍の道が出来る。

自らの危機を察したのか、《覇潰の血鎌》は再び重力球を大量に精製すると今度は晶を囲むように前後左右から浴びせかかる。

光を飲み込む暗いドームを一瞥して、晶は目を細めた。

 

「いっそこの際だ……とことん無理を通すか」

 

思考を拡げ、自身を中心とした輪をイメージしながら星辰力を張り巡らせる。

その輪郭こそが絶対領域(クリティカルライン)だ。

そして重力球が輪の内側へと入った次の瞬間。

 

「八十崎流抜刀術、乱刀の型ーー刀舞」

 

空気の爆ぜる音と共に輪の範囲内にある全ての球が連続して消失、地に居た筈の晶の身体はいつの間にか中空へと跳んでいた。

尚も残る重力球を認識し、止めと言わんばかりに再び刃を抜き放つ。

 

「八十崎流抜刀術、虚刀の型ーー刹華」

 

距離が足りない空の一閃。

だが、たったそれだけの事で重力球の動きが止まった。

なぜなら。

 

「終止」

 

すでに断たれているのだから。

納刀の小さな音が鳴るのを合図に重力球が消え去り、イレーネとの間に阻む物は何もなかった。

なら後は駆け抜けるのみ。

 

「返してもらうぞ、《覇潰の血鎌》」

 

『空を蹴り』、一気に懐へと飛び込むと鞘を振り上げて《覇潰の血鎌》を打ちつける。

イレーネの手を離れ高く打ち上がった《覇潰の血鎌》がガチガチと震える。

それを追い抜くように再び空を蹴って遥か上方、防御障壁の天井に足を着けると下に向かって跳んだ。

 

目標、《覇潰の血鎌》。

全霊を掛けて一刀を放つーー!

 

 

「ーーイレーネ(こいつ)は、貴様の女(モノ)じゃない」

 

 

着地と同時、イレーネを蝕んでいた血飲みの大鎌は核であるウルムマナダイトを真っ二つに切り裂かれて地に堕ちた。

それを一瞥もくれず長い息を吐く晶の腕の中には、イレーネが抱えられていた。

 

「試合終了!勝者、八十崎&刀藤ペア!」

 

一拍遅れて告げられたアナウンスの宣言に、観客席が一斉に沸き立つ。

実況と解説の二人も戸惑い混じりながらも試合について話している。

それを聞き流し、荒れ果てたステージの真ん中で晶は慌てた様子で現れた救護班の持ってきた担架にイレーネを預けた。

少し離れた所では綺凛が同じようにプリシラを預けて、こちらに向かってきていた。

 

「終わった、か…………」

 

《雪鴉》を見れば既に眩い白さは無く、元の《闇鴉》に姿が戻っていた。

 

「全く、我ながら無茶をしたものだ」

 

口元を緩めて、自然と笑みが浮かぶ。

その口端から一筋の血が流れーー。

 

「なーー、晶先輩っ!?」

 

綺凛の叫びを最後に、晶の意識は深い闇へと落ちていった………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼の勝ち、でしたね」

 

アリーナ観客席にある、各学園にそれぞれ設けられた観戦用の部屋の中、クローディア・エンフィールドがステージから視線を動かさずにそう声を発する。

 

「……そのようだな」

 

「貴方の予想した結果から外れましたね、【仮面】?」

 

部屋の入り口近く、闇を人型に切り取ったような存在が壁に寄りかかって立っていた。

関係者以外立ち入り禁止の筈の場所、一部では『死神』とすら言われている【仮面】を相手にクローディアは特に気にした様子も無く、普段通りに話している。

 

「これが此処の『八十崎晶』の選択、か」

 

「御目がねには叶いましたか?貴方の言う、『例外』に」

 

「さて、な……」

 

はぐらかすように壁から背を離すと【仮面】はステージ中央を眺め、呟いた。

 

「何れにしても確かめねばなるまい。奴の、願いを」

 

怨嗟のような暗い感情が籠った言葉を最後に、【仮面】は黒い星辰力の残滓を残して消えた。

一人となり、活気立つ歓声を聞きながらクローディアは微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「ーーきっと、貴方の願いは今度こそ叶いますよ。【仮面】」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*12 夏の夕暮れ

迎えてくれるのは海鳥達だけなのかーー?(BYED


カタカタと、薄暗い部屋の中にキーボードを模したタップ音が残響しては消えていく。

ここはアルルカントアカデミー内の隅にある、エルネスタ・キューネが持つ研究室だ。

雑然と散らかった雑貨の数々を気にも止めず、部屋の主であるエルネスタと友人であるカミラは黙々と空間投影ディスプレイを睨んでいた。

 

「…………で、どうだ。あの《純星煌式武装》について何かわかったか?」

 

「全然、だね。天霧綾斗君の《黒炉の魔剣》並みに情報が少ない」

 

沈黙を破って訊ねたカミラにエルネスタは肩を竦めて答える。

今彼女らが調べているのは今日の試合で暴走したイレーネーー厳密に言えば《覇潰の血鎌》だがーーを倒した晶の持つ《闇鴉》、ひいては《雪鴉》についてだ。

 

「担い手がそれほど少なかった、ということか」

 

「そもそもそれ以前に彼以外の担い手が居なかったんじゃないかなぁ?じゃなきゃ《闇鴉》の情報が噂レベルみたいなのと、あの白い別形態の情報が全く無い説明がつかないし」

 

こりゃ参った、と凝りを解すために首を回しながらエルネスタは苦笑する。

詳細なスペックデータは無し。あるのはやれ切れ味が鋭い、刀身から殺気を感じる、斬った人間の血を吸う等と与太話のような物ばかり。

《雪鴉》に至っては幾ら調べても出てこない始末だ。

こんな結論になるのも仕方がないと言うものだ。

そもそも何故今になって《闇鴉》について調べているのかというと、一重に試合中に見せたあの力にある。

 

「高純度に精製された星辰力の重力球を原子レベルまで刻むなんて、トンデモ武器すぎるよねぇ……《黒炉の魔剣》の溶断も大概だけど、《闇鴉》のあれはちょっとオカシイよ」

 

「ともすればアルディの《絶対防御》も破りかねんからな……」

 

試合中の万応素と星辰力のパラメータを渋顔で眺め二人は同時に溜め息を吐いた。

星辰力を真っ向から断ち斬る刀……しかも発動の余波だけで《覇潰の血鎌》の重力場を文字通り消してしまう程の代物。ことと次第によってはこちらの『虎の子』も破られかねない。

 

「天霧綾斗に八十崎晶……全く、例外が二人とは星導館は魔窟か何かか?」

 

「まあでも~?だからこそ面白そうじゃない?」

 

一転してにやけた顔になったエルネスタにカミラが怪訝な目線を向けると、さも楽しそうに身体を揺らして先を語る。

 

「私達の『技術(チカラ)』が勝つか、あの二人の『規格外(チカラ)』が勝つか……さ」

 

まるで幼子のような眼差しで画面を見ながら言い切ったエルネスタを見て、カミラは肩を竦めて首を振った。

 

「では、アルディとリムシィの調整を頑張らなければな」

 

「にしし~、私は最初からそのつもりだよ~」

 

そう笑顔でお互いに言い合って二人は対策を練るべく画面と向き合うのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『数ヶ所の筋肉断裂に血管からの内出血及び神経系の疲労、さらに内臓にもダメージ有り、と……治癒系能力者のおかげで何とか治りましたが、正直今こうして生きてるのが不思議な位ですな』

 

「全くもってして自分でも不思議なものだな」

 

かれこれ三時間ほど前に聞かされた医者からの話を思い出して、晶は窓から見える夕暮れのアスタリスクを眺めていた。

場所は試合会場のシリウスドームからそう離れていない位置にある病院の一室。

あの後倒れた晶はここで治療を受け、今日一日は絶対安静と医者に宣告されてしまい、今はベッドの上で暇をもて余している。身体のいたる所に巻かれた包帯のせいでいやに動きづらい。

傍らにはずっと付いていてくれたのだろう。綺凛がベッドに腕を乗せて眠っていた。

 

「…………迷惑をかけたな」

 

「ん……先輩のお役に立てたのなら、嬉しいです」

 

ゆっくりと頭を撫でると、綺凛は顔を上げると柔らかな笑顔を見せた。

夕暮れ時の魔法なのか、或いは彼女の隠された一面の発露か。

その笑顔は大人びて見えた。

 

「ああ、本当に……ありがとう」

 

「あぅ……先輩くすぐったいです」

 

端からみたらもう完全にいちゃついているようにしか見えない光景だが、それを破るべく唐突にドアが壊れかねない勢いで開かれる。

 

「ロリコン的なラブコメ空気を感じて俺参じょぐふぉらば!?」

 

「病院内では静かにしろ阿呆パパラッチ」

 

全て言い切る前にツッコミを入れつつ備え付けのテレビのリモコンを額に投げつけると、妙な悲鳴を上げて英士郎が倒れた。

 

「何故こいつは毎度の如く吹っ飛ばされるのだ?」

 

「マゾだからじゃないかなぁ……」

 

「ちっげぇよ!?まかり間違ってもそんなんじゃ無いからな!?つーか中々に酷いな、綾斗!」

 

英士郎の後から呆れ顔を浮かべたユリスと綾斗が部屋へと入ってくる。

 

「先輩、ロリコンって何ですか?」

 

「…………綺凛にはまだ早い。いや、知らなくていい」

 

こんなワードは覚えて欲しくない、そう思いつつ首を振る。

 

閑話休題。

 

「それで、綾斗達は見舞いに来てくれた、ということで良いのか?」

 

「私は変に押し掛けるべきでは無いと言ったのだがな……綾斗が聞かなくてな」

 

落ち着いたところで問い掛けてみるとユリスが溜め息混じりに綾斗を親指で指しながら答える。

当の本人は誤魔化すように笑いながら頭を掻いていた。

 

「いや、いきなり倒れたから心配になっちゃって。沙夜も不安そうだったよ」

 

「そうか……わざわざ来てもらって、感謝する」

 

頭を下げて礼を言うと綾斗は笑顔を浮かべ、ユリスは照れなのか顔を背けてしまった。相変わらずのツンデレである。

 

「おい今失礼なことを考えなかったか?」

 

「……いや別に。して、夜吹は何故ここに?今時期は忙しい筈だろう」

 

夜吹の所属する新聞部は星武祭の時期こそ最も活動が盛んになる。スクープの為に昼夜すら問わないレベルだ。

当然ながらフリーの時間など少ししか無く、晶はそう言った事も含めて訊ねた。決して話題を切り替えたいからと思ったわけではない。決して。

 

「さすがに学友がぶっ倒れたとあっちゃ気になっちまってな。見舞いがてら今お前さんが欲しそうな情報を持ってきたのさ」

 

「情報?」

 

いたずらっぽく笑うと英士郎は手に持っていた端末の画面を晶に見せた。

そこには妙に堅苦しい文字でイレーネとプリシラが無事であったことが書かれていた。

 

「いやいや苦労したぜ~?他校の生徒の情報は入手が難しくてよ」

 

「良かった……そうか、無事だったか」

 

「まあ、サプライズはこれだけじゃ無いんだがな」

 

「何?」

 

ホッとしたのも束の間、英士郎が部屋の外へと一度出ていってしまった。

そして少しもしない内に戻ってきたかと思うと、ありえない人物を連れてきた。

 

「よ、よう……」

 

「お邪魔しまぁす……」

 

気まずそうな顔で入ってきた二人を見て晶は息を呑んだ。

英士郎が連れてきた人物、それはつい先程無事だとわかったばかりのイレーネとプリシラだったのだ。

 

「……夜吹、これはどういうーー」

 

「じゃ、後はごゆっくり~。俺らは退散するぜ」

 

「なっ、謀ったな!?」

 

予想だにしなかった事態に問い詰めようとするも英士郎は綾斗達と綺凛を連れてそそくさと出ていってしまった。

あの様子だ、恐らく綾斗達も一枚噛んでいるのは間違いないだろう。

してやられた、と思いつつもその溜飲を下げて部屋の入り口辺りで固まっているイレーネらに声を掛ける。

 

「立ちっぱなしもなんだ、まあ座ってくれ」

 

「……おう」

 

椅子を勧めると普段とは真逆の、少し肩を縮めた座りかたをするイレーネに小さく噴き出してしまう。

 

「なんだよ、何かおかしいか」

 

「いや……そう改まる必要はないだろう?知らぬ仲でもあるまいし」

 

「流石にあたしだってこういう時くらい、態度は弁えるっての」

 

少し不貞腐れたように口を尖らせた後、一つ咳払いしてイレーネとプリシラは頭を下げた。

 

「八十崎……プリシラを助けてくれて、あたしを止めてくれてありがとう」

 

「ありがとうございました……!」

 

思いの籠った感謝の一言。

それを聞いて晶は、自分が救えたモノを改めて認識した。

かけがえのない大切なものを守れたのだと。

こうしてまた話すことが出来るという事実を。

 

「本当にーー」

 

胸から込み上げる感情の波を押さえきれず、声が震えるのも構わず晶は二人の肩に手を置いた。

 

「良かった……お前達が無事で、本当に良かった……」

 

心底安堵したという感情を吐露するかのように何度も『良かった』と繰り返す。

笑顔を浮かべながらも感極まって涙が流れ出す。

 

 

「お、おい、何で泣いてんだ?こういう時どうすれば良いんだ、プリシラ!?」

 

普段の皮肉家な面ばかり見ていたからか、こんな表情の晶を初めて見たイレーネは慌てふためいてしまう。

というかここまで晶が喜ぶとは思っていなかったのだ。

精々、いつものニヒルな笑みを浮かべて「一つ借りだな」程度のものだと予想していたばかりに余計に混乱する。

たまらずプリシラに助けを求めると。

 

「え、ええとええとぉーー抱き締める!」

 

どうやらプリシラも混乱しているようだった。

いつもなら絶対にノゥ!と言うところだが、晶と話をしたい以上一度落ち着いて貰う必要がある。

そうこれは必要なことなのだ。そう言い聞かせてやけに煩く打つ胸の鼓動を誤魔化すように晶を抱き寄せた。

 

「ーーー!?」

 

「喋んな。大人しくこうされとけ!」

 

いきなりのことに反応出来ず、結果的にイレーネの胸元に顔を突っ込んだ晶が何かいう前に先手を打って言いつける。

 

「………………」

 

「……なあ……その、だな……アタシ達は、生きてる。今アンタが聞いてる心臓の音がその証だ」

 

晶を抱き締めたまま、言葉を続ける。

 

「こんなになりながら、助けてくれたんだよな……」

 

思い出すのはあの試合の最後。

微かに戻った意識の中で感じた、確かな暖かさと視界に映ったボロボロの彼。

満身創痍であるはずなのに、抱き抱えた腕はしっかりとしていて。それでいて、笑っていた。

その時初めてイレーネは、安心というものを知った。

 

「ありがとうなーー」

 

そして同時に、小さな胸の高鳴りも感じたのだ。

まだ短い人生の中で、恐らく最初で最後の気持ちの発露。

だからきっと……これは自分なりの距離の詰めかたなんだろう。

 

「ーー『晶』」

 

 

 

 

 

初夏の夕暮れ、激戦の果て、八十崎晶とイレーネ・ウルサイスは初めて恋をした。

 

 

 

 

 





次回キャラ紹介を挟んで原作四巻へと向かいます(予定


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

code3 人物設定

code3でのメイン登場人物についての解説となります。


八十崎晶

 

主人公。

原作三巻である本章にてイレーネ・ウルサイスと一対一の対戦を行う。

試合の最中、《覇潰の血鎌》の暴走によって自失状態となったイレーネを救出するべく《闇鴉》の能力を解放し、見事成功するも肉体に多大な負荷がかかったことで暫くの間、刀を用いた全力戦闘を医者に禁止される事となった。

イレーネを助ける際、自らの恋心を自覚したが、前世含めて碌に恋愛もしてこなかったせいか絶賛戸惑い中。

 

《雪鴉》

純星煌式武装《闇鴉》の真の姿。

公の舞台に現れたのは今回が初めての、純白の刀。

刀身は青空を思わせる澄んだ蒼をしており淡いオーラを常に纏い、柄は黒、鞘は白に白銀の紋様が浮かんでいる。

元となったのはPSO2における武器迷彩、ユキガラスだが、刀身の色だけが異なっている。

 

本武装の能力は《事象切断》。物理、非物理関係なく、担い手が『斬る』と認識したモノをほぼ際限無く問答無用で原子レベルまで切り刻む、ある意味で《アンチ星脈世代》ともいえる能力。

これにより劇中での《覇潰の血鎌》が放った重力球の悉くを消滅させ、最終的には《覇潰の血鎌》本体を破壊することに成功している。

刀身の纏うオーラ自体に切断の能力が常時付与されており、実質的な刃の数は十数を超え、攻撃範囲も広い。

 

代償として担い手の肉体への過剰なまでの負荷が掛かる。

特に神経系はダメージが高く、多用すれば最悪の場合二度と動けなくなる危険性もある。

 

 

《八十崎流抜刀術・乱刀の型 刀舞》

 

PSO2においてのカタナコンバットというスキルを現世に適応した物。

自身の周囲に仮想の輪を置き、その範囲内に入った対象へと超高速で接近、斬撃を与える。その斬撃は速く、鋭い。

綾斗の『識』をより攻撃的にしたと思えば分かりやすい。

名称の通り一対多で使う時にこそ真価を発揮しやすいが、効果発動時間二十秒と短い為、自ずと敵陣に突っ込まなければならない危険性もある。

 

 

《八十崎流抜刀術・虚刀の型 刹華》

 

PSO2におけるカタナコンバットフィニッシュ。

《刀舞》発動後、能動的に放つことが出来る必殺の一閃。

虚刀の名の通り、斬撃が視認不可能かつ周囲360度という広範囲に展開するため、回避するのは困難を極める。

原作での攻撃力はカタナコンバット発動中に与えたダメージによって上昇するものだったが、本作では威力上昇は無い代わりに相手の防御を無視するという技になっている。

ーーと言うのも、この技はただの斬撃を飛ばす訳ではなく、『極限まで高めた空気振動によって相手を斬る』故である。

端的に言えば拳法で言われる『裏打ち』を範囲内に撒き散らしている状態となる。

作中では《雪鴉》の能力も相まって重力球の包囲網を消滅させるに至った。

 

 

 

 

 

 

刀藤綺凛

 

晶のパートナーだが、ウルサイス姉妹戦では《覇潰の血鎌》との相性もあって戦闘には参加していない。

試合後の晶の変化に気付いてはいるものの、それがどういう物なのかまではわかっていない。

《雪鴉》を発動した晶の背を見て憧れに似た感情を持ち始めている。

負傷してしまった晶に代わり、今後の試合ではより一層戦うことを決意する。

 

 

イレーネ・ウルサイス

レヴォルフ黒学院所属、《冒頭の十二人》の内の一人。

純星煌式武装《覇潰の血鎌》を持って晶との一対一の勝負を繰り広げるも、能力使用の代償か《覇潰の血鎌》に意識を乗っ取られ暴走、晶によって救出される。

 

救出された後、自身の恋心を自覚して戸惑うも、病室にて晶と再開した時にそれを受け入れ、明確に認識した。

 

 

《覇潰の血鎌》

グラヴィシーズ。レヴォルフ黒学院が所有する純星煌式武装の一つ。

能力は《重力操作》。対象にかかる重力を増加させて動きを止めることもできれば、逆に重力を軽くして相手の動きを狂わせる等、かなり応用の効く能力。

代償は血液。自他を問わないが、能力発動の度合いによって要求される量が変わる。

暴走してイレーネの身体を乗っ取るも、《雪鴉》の能力によってコアごと真っ二つに切断された。

 

《シュヴァルツシルト》

本作オリジナルの技。対晶用にイレーネが考案した荒業。

設置位置指定から、任意のタイミングで発動可能。

指定した場所に擬似的なブラックホールを発生させる重力球を出し、周囲の物を吸収し圧潰させる大技。

ブラックホールと言ってもあくまでその模倣ではあるが、起点である重力球付近では人間の骨を容易くへし折る程の重力になっている。

 

強力な技ではあるが消費する星辰力もバカにならず、発動時間もあまり長くない為、使用できるのは一戦闘に一回が限度。

 

 

 

プリシラ・ウルサイス

 

イレーネ・ウルサイスの妹。再生能力者(リジェネレイティブ)というかなり珍しい部類の《魔女》。

能力によって《覇潰の血鎌》の代償をほぼ帳消しにできる。

しかし、一度に大量の血液(星辰力)を抜かれてしまうと星辰力切れを起こしてしまう。

その為、試合中に暴走したイレーネによって血を大量に吸われて気を失ってしまう。

 

試合終了後の晶とイレーネの会話を見て、二人の心境の変化を感じとり、内心嬉しく思っていると同時にこれからの事に頭を悩ませる。

 

 

《再生能力者》

リジェネレイティブ。自己再生の治癒系能力者を指す。

通常の治癒能力者の場合は対外的、つまり外傷や他人の怪我、疲労等に向けて能力が発動するものだが、再生能力者の場合それが自身にのみ発動する。

 

プリシラの場合、『失った血液』ですら即座に『補填』されるという最上級の能力レベルを持っている。

このワンマンアビリティが原因で幼少期に親にアルルカント・アカデミーの研究所に送られかけたところをイレーネと共に脱走、その最中にレヴォルフ黒学院生徒会長のディルクによって身柄を保護され、今に至る。

 

 

 

【仮面】

ペルソナ。アスタリスクに出没する、別名『死神』。

度々、人身売買などの裏取引の現場に現れては手に持った特殊煌式武装《コートエッジD》を振るい、蹂躙していく謎の存在。

ただし、ある質問に答えた者は例外なのか気絶程度ですまされることが希にある。

その質問は決まって『天霧遥』についての事であり、どうやら綾斗と同じく彼女の動向を気にしているらしい。

 





次回からは原作四巻……鳳凰星武祭も佳境となります。

果たしてどんな展開になるのか!作者もわからない!(オイ

お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Code4 Phantom memory
*01 Prologue



今回から原作四巻スタートです


「ふむ……調子はそこそこと言った所か」

 

右手の握り開きを繰り返しながら晶は自身の身体状況を確認する。

《鳳凰星武祭》十一日目。通いなれたシリウスドームの控え室にて、晶と綺凛は試合に向けて待機していた。

 

「晶先輩、無理はしないで下さいね?」

 

「医者にまで嗜められてしまったんだ、流石に前線には出んよ」

 

先日のウルサイス姉妹との戦いで負傷してしまった晶だが、担当医から前線に出ず、尚且つ全力で動かないことを条件に退院を許されたのだ。

 

「すまないが前線は綺凛一人になるが……その代わり、『これ』で援護する。背中は任せろ」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

ソファーの傍らに置いていた少し長い煌式武装の発動体をコツコツと叩くと、対面に座る綺凛は信頼しきった笑顔でぺこりと頭を下げた。

 

「しかしまぁ、人の口には蓋が出来ぬとはいえ、一晩でこうも広まるとはな……」

 

あらかじめ起動していた端末の空間投影ディスプレイの数々を眺めて、晶は辟易としたように肩を竦める。

ディスプレイに映っているのは専ら晶の持つ《闇鴉》、その真の姿である《雪鴉》についてだ。

マスコミや各学園の情報系部活が書いた記事の数々は、大半が眉唾物や適当な文章で埋まってはいるが、所々で正確な情報が記されている。

 

「でも、こういうのってどうやって調べているのでしょう……?先輩の言うとおりたった一晩しか時間が経っていないのに」

 

「各学園の諜報機関が適宜リークしているのだろうさ。そうでなければこうは行くまい。連中は学園によって多少の差異はあれど、足が早いからな」

 

呆れ混じりに笑みを浮かべてそう説明すると、開いていたディスプレイの内一つを残して全て閉じる。

 

「まあ、恐らく《銀河》側から少しばかり情報を流したんだろう。そうすれば余計な詮索は入らんと踏んでな……ふむ、これか」

 

そう言葉を付け足す片手間に端末を操作して《鳳凰星武祭》参加者の中から今回の対戦相手の情報を幾つかのサイトから集めた物を映し出す。

 

「今回の対戦相手は界龍(ジェロン)第七学院の序列二十位と二十三位の二人。学院のトップである《万有天羅》の直弟子だ」

 

「確か、私より年下なのでしたっけ?《万有天羅》は」

 

「ああ、齢九つにして界龍の最強とうたわれている」

 

晶も一度、何でも屋の依頼で界龍の外縁区に入った時、遠目に確認したが、見た目からしてまだ童女と言って差し支えない外見とは裏腹に体感した覇気は年不相応に完成しきっていた。

強さの次元が違うと、本能が感じ取ってしまうほどだった。

 

「まあそれはいいとして。話を戻すが、今回の相手二人はどちらも近接特化型だ。先程も言ったが綺凛には前線でその二人と戦ってもらう事になる」

 

「はい、大丈夫です!」

 

再確認を兼ねての作戦の提案に綺凛は即座に頷き、胸の前で握り拳を作った。

 

「先日は先輩に守って貰いましたから……今度は私が、先輩をお守りします」

 

そう言って綺凛が思い出すのは、昨日の試合での晶の姿だった。

肉体の限界を超え、それでもなお誰かの為に立ったその姿に胸に熱を感じたことを覚えている。

そして、そんな彼を支えたいとも。

 

「……全く、最高の後輩だな、綺凛は」

 

決意の籠った綺凛の瞳を見て晶はふと口許を緩めて少女の頭を優しく撫でる。

 

「あ、わ、晶先輩?」

 

「……ありがとう、綺凛」

 

「あ……ふふっ、暖かいです」

 

感謝の念を口にして手を動かすと、綺凛は年相応の柔らかい笑顔を浮かべて手を重ねた。

どうやらこうされるのがお気に召したようだ。

しばらくそうしていると、試合直前を告げるアナウンスが部屋に流れた。

 

『試合開始十分前となりました。出場選手はステージ前ゲートまでお越し下さい。繰り返しますーー』

 

「時間か……行くとするか、綺凛」

 

「はいっ!」

 

軟らかな感触から名残惜しく手を離して、煌式武装の発動体を握って立ち上がる。

却って綺凛は何処と無く上機嫌な様子で千羽切を持って晶の背を追う。

 

少し緊張しやすい彼女だが、どうやらうまい具合に解れたようだ。この調子ならば、普段通りの強さを発揮できるに違いない。

そう考えつつ部屋を出たところでその綺凛が控えめに晶の服の裾を引っ張って呼んだ。

 

「あ、あの、先輩」

 

「ん?どうした綺凛」

 

「この試合で無事に勝ったら……ま、またさっきみたいに頭を撫でて貰っても、いいですか?」

少し気恥ずかしそうに顔を上気させて、上目遣いに見てくる綺凛に晶は「そういうことなら」と微笑んだ。

 

「いいとも。但し、言った通り無事に勝ったらだぞ?」

 

この時晶は気付いていなかった。

綺凛の戦闘意欲が嘗て無いほどに高まった事を…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー師父、そろそろ気になさっていた試合のお時間です」

「おお、もうそんな時間じゃったか虎峰」

 

六花の南東に位置する界龍第七学院。オリエンタルな色調に彩られた中華風の学園。

その内の一室に師父と呼ばれた『小柄な少女』が楽しげに笑いながら入ると纏う衣に皺が付くのも厭わずに身長に合わない椅子に腰掛ける。

斜め後ろに控えるように虎峰と呼ばれた青年、趙虎峰(ジャオフーフォン)が立ち、ハンドサインで部屋の壁に取り付けられたモニターの電源を入れる。

 

「うーむ、楽しみじゃのう」

 

あらかじめチャンネルを合わせていたのか、即座に映った《鳳凰星武祭》のステージ映像に、《万有天羅》范星露(ファンシンルー)は高揚した気分を口にする。

そして、舞台にあらわれた目当ての人物を見つけて笑みをさらに深くする。

 

「師父、それほどに彼が気になりますか?」

 

「うむ。天霧綾斗とかいった小僧も中々気になるが、昨日の試合で興味が湧いたのじゃ。あのーー八十崎晶がの」

 

「第十一試合でしたか。確かに凄まじいものではありました」

 

星導館の現序列一位と元序列一位というある意味注目のペアとレヴォルフの序列三位がぶつかった試合はそのインパクトも含めて記憶に新しい。

虎峰もテレビで観戦をしていたが、あれほどの戦いはそうは見れないものだと当時思っていた。

しかし。

 

「ですがあの試合で彼は重傷。今日の試合ではあの純星煌式武装は使わないのでは?」

 

「だからこそ、じゃよ。どんな動きをするのか楽しみで仕方がない」

 

「今日の相手は宋たちですが……」

 

顎に手を当てて虎峰は晶たちの対岸に立つ弟弟子の宋(ソン)と羅(ルオ)の姿を見る。

どちらも在名祭祀書に名を載せる程の実力者だ。

健常ならばまだしも、今の晶は前線で戦えるほど回復しては居ないだろう。

となれば攻めようは幾らでもある。

ネックである《疾風刃雷》、刀藤綺凛も実質的な二対一でれば圧すことも可能なはずだ。

そう考えたところで星露は目を細めた。

 

「おぬしの考えることもわかる。じゃが、戦いというのは解らぬものじゃよ……?」

 

予想や予測どおり全てが上手く運ぶとは限らない。言外にそう告げられて虎峰は瞑目する。

 

「…………失礼しました」

 

「何、弟弟子が戦うのじゃから、そう考えるのも仕方ない。ーーお、始まるようじゃの」

 

少しばかりのフォローを付け加えた星露だが、試合が始まるアナウンスが流れた途端、スパッと今までの話が無かったかのようにモニターに顔を向けてしまう。

真面目だった空気は何処へやら飛んでいってしまったようだ。

そんな師の姿を見て、虎峰は「自由なお方だ」と心中で呟きながら小さく肩を竦めるのだった。

 

 





次回、綺凛ちゃん無双


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*02 剣嵐舞刀

『さぁ!いよいよ来ました本日一番の注目試合!五回戦最終試合!先ず入場してきたのは、昨日の四回戦にてレヴォルフ黒学院序列三位《吸血暴姫》と激戦を繰り広げた、星導館学園序列一位《告死鳥》八十崎晶選手と、刀藤綺凛選手です!』

 

耳朶を揺らす大歓声と照りつける照明。

流石に何日も繰り返せば慣れるもので、晶も綺凛も特に緊張することなくステージに上がる。

 

『そしてもう一方のゲートからは、界龍第七学院の宋選手と羅選手の入場です!』

 

実況の声にさらに盛り上がる歓声の中、宋と羅と呼ばれた二人の青年がステージへと上がり、晶達と対面する。

 

「流石は界龍の『木派』、体つきが違うな」

 

「そういう君こそ、中々の肉体をしているな。八十崎君」

 

筋骨隆々とはまた違う、引き締まった身体の界龍の二人を見て素直に称賛すると、その内の一人、宋が腕を組んでそう返してきた。

木派、というのは界龍の中にある流派の一つだ。肉体の鍛練を主としており、こと武術に精通している。

対の派として水派が存在するが、こちらは符術などを専門としている。

 

「今回、噂の真相がなんであれ、私も羅も全力で相手をさせてもらう。……本音を言えば、万全の状態の君と闘いたかったが、これは《鳳凰星武祭(タッグ戦)》だ。悪く思わないでくれ」

 

「当然、こちらもその心算(つもり)だ」

 

「そして、刀藤綺凛。君との戦いも我々は楽しみにしていたのだ」

 

「わ、私ですか?」

 

予想だにしていなかったのか自らを指差す綺凛に宋と羅は頷いた。

 

「これまでの戦いを見て《疾風刃雷》に偽りない強さを持っているのは知っているからな」

 

「君の速さと我々の力。どうなるか期待しないほうが難しいというものだ」

 

まさか対戦相手からそんな言葉を掛けられるとは思っても見なかった綺凛は口をパクパクとさせて声をつっかえさせる。

そんな綺凛の頭を軽く撫でると晶は宋に右手を差し出した。

 

「では、共に後悔の無い戦いを」

 

「……ああ!」

 

一度強く手を握り合って、それぞれ規定の位置へと距離を置く。

試合開始まで後数十秒。晶は綺凛に声をかけた。

 

「綺凛」

 

「は、はい!」

 

「任せたぞ」

 

「ーーーはい!」

 

どこまでも力強く帰って来た返答に、晶は小さく微笑み、この頼りになる後輩の背中を守ると決意をきめた。

 

そして。

 

 

「《鳳凰星武祭》五回戦第八試合、試合開始!」

 

開戦の合図が鳴り響いた。

 

「参りますっ!」

 

合図がなるのとほぼ同時に綺凛が一直線に駆け出し、晶はその場から動かずに手に持つ発動体を起動した。

淡い光が弾け、現れたのは大型の弓と矢筒だった。

銀河製長弓型煌式武装《ヴィタボウ》と呼ばれる、アスリートが持つ競技用の弓に似たそれを構え、腰の矢筒から矢を装填すると即座に射る。

 

「マスターシュート」

 

今や懐かしい技の名を呟いた瞬間、『矢が分裂した』。

分かたれたそれぞれの矢は綺凛の背後から回り込むように軌道を変え、対岸で駆け出していた宋と羅に殺到する。

 

「ちぃっ」

 

「矢か?!」

 

出鼻を潰すように射たれた矢だが、宋は星辰力を通した拳で、羅は得物の棍によって容易く払い除けられてしまう。

更に言えば足を止めるにすら至っていない。

だが、一瞬だけでも視線を反らせたのなら、十分なのだ。

 

「ーーー疾っ」

 

それだけの時間があれば彼女は彼我の距離を零に出来るのだから。

 

「!?」

 

何時の間にか眼前に迫っていた綺凛の姿に羅は声にこそ出さないが驚愕する。

 

(開始時点でまだ距離は開いていたのだ。どう考えても速すぎるーーー!)

 

跳ね上がるように放たれる千羽切の一閃を咄嗟に引き戻した棍で防ぐ。

剣閃が止まった間を見極めて身を引いて体勢を立て直し、持ち替えた棍を右から薙ぐように振るう。

しかしその場に綺凛の姿は無く、棍は空を殴る。

そこから直感で棍を背後へ打ち出すと小さな衝突音が聞こえた。

 

(捉えたか……いや、違う!)

 

スローモーションのような体感時間の中で目線を動かし、羅は背後を見る。

そこには得物を当てられ弾かれた千羽切の鞘だけがあった。

 

(どこに……っ!?)

 

「羅、上だ!」

 

宋の焦ったような叫びを聞き、羅は足に気を流しその場から後退するように跳ねた。

直後その鼻の数ミリ先に千羽切の銀の刃が通過し風を切り裂いて綺凛が降り立つ。

 

「やはり、一筋縄では行きませんか」

 

(これが《疾風刃雷》だと?そんな生易しいものではないだろう)

 

床に落ちた鞘を拾い上げ、そう呟く少女の姿に羅も……宋でさえ冷や汗を流した。

端から見ればいっそ美しく見えただろう彼女の動きを、羅は内心でこう捉えた。

 

(まるで、剣の嵐ではないか……!)

 

只の二閃。言葉で言えば簡単だが、綺凛のそれはあまりにも速度が違う。

先の振り下ろしに至っては宋の声がなければあっさりと校章を斬られていただろう。

星武祭(フェニクス)開催以前から警戒してはいたが、羅はここにその認識をあらためる。

対する綺凛もまた、警戒心を持って羅を見つめた。

 

(あの速さに対応し、尚且つ反撃まで……流石、界龍の武闘派ですね)

 

これまでのように容易くはない。そう確信して綺凛は千羽切を鞘に戻し、その場で素早く身を屈めた。

 

「これを躱すか……!」

 

その一瞬後、接近していた宋の放った拳が綺凛の頭部があった場所を空気の破裂音を纏って通過する。

続けて放たれる羅の棍による突きも斜め前に前転するように回避。

どうやら二人の標的は綺凛に絞られたようだ。

 

「…………」

 

千羽切の柄に手を掛けながら、綺凛は現状を把握するべく視線を動かす。

形としては宋と羅を中心に綺凛達が挟み撃ちするような立ち位置だ。

標的を絞ったとはいえ彼らとて歴戦の雄。当然、背後の晶の動向も警戒しているだろう。

先の一射で煌式武装程度の出力の矢では容易に対処されるのは理解している。恐らく後ろを振り向かずとも矢の迎撃も可能だろう。

身体のこともあって、晶もそう連発して矢を射てない。せいぜいが細やかな妨害程度になることは承知済みだ。

 

(だからこそ、その小さな隙を最大限に活かさなくてはいけない……)

 

刀藤の剣は専ら一対一。多人数を相手にするのは得意ではない。

そしてその悪条件を翻す為の『武器』を綺凛は持っている。

 

即ち、速さだ。

 

ジリジリと、互いに距離を測るように動き出す。

 

(この身体の全てを使って……斬る)

 

高密度に練られた星辰力を足へ集中させ、上半身を傾ける。

 

躯を疾風と化し、迅雷が如く刃を振わん。

 

(先輩を……護る……!)

 

白熱の決意を両足に込め、自らを風と成す勢いで綺凛が駆け出す。

それを見越してか、至近距離戦への対応力の高い宋が四肢に気を纏い迎撃体制に入り、羅はその背後で隙を窺うように棍を構える。

この時宋たちは綺凛が正面からくると予想していた。

十中八九、晶から何らかの妨害が入るとも。現に背後で星辰力の動きを察知しているのだから。

だが。

 

「では驟雨をお見せしよう……トレンシャルアロー」

 

「ぬぉぉ……!?」

 

矢の雨が降ると、どう予想が出来ただろうか。

そしてその中を平然と銀の少女が突っ込んで来るなど想像の埒外だ。

味方の攻撃、しかも狙いの定まらない矢の雨だ。自身が当たらない保障等無いというのに。

 

「はぁっ!!」

 

「かぁっ!」

 

刃と拳が打ち合う。

だが直後に綺凛の姿は無く、二の打は空振る。

あまりの速さに幻を殴ったかのような錯覚すら覚える。

 

「ぐっ、く……!」

 

側面から再度一閃。降り落ちる矢を片手で防ぎながらもどうにか対処する。

先程よりも上がった速度に宋は舌を巻く。

 

(あれでまだ本気ではないというか……!)

 

「ちぃ!」

 

宋の背後に立つ羅もまた、曲芸じみた綺凛の動きに混乱していた。

矢の雨自体はさしたる問題ではない。問題は矢によって視界を乱される中で放たれる神速の刀だ。

今でさえ矢の小さなダメージを無視してどうにか『三閃目』を耐えたのだ。

瞬く間もなく矢の雨を縫うように放たれた下からの一撃が脇腹を裂く。

 

「づ、ぉぉ!?」

 

そこで漸く矢の雨が止み、剣閃の嵐もまた綺凛が晶の前まで後退したことで止まる。

トレンシャルアローの発生時間は三秒。その間綺凛が放った攻撃の数は五。

凡そ人間業ではない。

 

「ふぅ……」

 

「技量、剣の冴えも去ることながら、恐れるべきはその胆力か」

 

巌の如き拳を再度構えながら宋は口端を吊り上げる。

その様子を見て、晶は顔をしかめる。

 

(追撃を入れるべきだったが……この体ではこれが限界か)

 

矢をつがえる為の右手の指先は微かに痙攣し、星辰力の精練も安定しない。

これ以上の経戦は肉体への負担が掛かりすぎてしまうだろう。

射てて後一度。

それを仕方ないと割りきって、晶は目の前に立つ綺凛の背に話し掛けた。

 

「綺凛、次で最後だ」

 

「……了解しました」

 

短い応答。

しかしそれだけで十分綺凛は晶の意図を理解し、結果を以て応えると覚悟を決めて千羽切を正眼に構えた。

 

「では……」

 

「いざ」

 

「「参る(ります)!!」」

 

双方が踵を弾いたのは同時だった。

先んじて羅が棍を振るい綺凛の進行を妨げ、そこから縫うようにして宋の鋭い右拳が放たれるが、これを鞘を放り投げて反らしながら滑り込むように宋の懐に入り込むがーーー

 

「破ぁ!」

 

烈迫の気合いと共に宋の左肘鉄と羅の払い上げが殺到する。

姿勢が不安定なタイミングでの上下からの挟撃。鞘を捨てた今、どちらも防ぐ手だては無い。

 

 

「ーーっ!」

 

否。無いのなら作ればいい。

 

「っあぁぁぁぁ!!」

 

ブチリと筋肉の裂ける嫌な音と痛みを意識の外に追いやって千羽切を逆手に持ち変えると宋の肘へと柄を叩き付けながら勢いのまま身体を前に押し出して左腕を使って棍を無理矢理防ぐ。

 

「ぐ、ぁっ……!」

 

カウンターに対するカウンターに宋の左肘は砕け、たまらず呻く。

瞬きの間。その隙を綺凛は見逃さなかった。

 

「あぁぁぁぁぁぁ!!」

 

千羽切を放し空いた右の掌底に星辰力を込め、がら空きの胸目掛けて打ち抜く!!

 

「か、は……っ」

 

身体を突き抜けた衝撃が混乱する意識を更に揺らがせ、そして。

 

『校章破壊ーーー』

 

泥寧の闇に落ちる最後に、宋は自らの校章が砕ける音を聞いた。

 

 

「ち、ぃ……!」

 

眼前で宋が倒れるのを見て、羅は焦る己を宥めるように舌を打つ。

即座に綺凛の状態を確認し引くか攻めるかを判断する。

左腕はだらりと下がり、右手は得物を放した故に空。

満身創痍と呼ぶに相応しい状態だ。

ならばこそ、ここで倒さねば。

そう答えを出し、弾かれた棍を再び突こうと動いたその時。

 

「…………!?」

 

肉体を両断されたような感覚が羅を襲った。

明確に死を意識させるような絶対的な『錯覚』に、羅の身体はすくむように止まってしまう。

それが、致命的な隙を生む。

 

「隙有り、だ」

 

トス、という音と共に羅の校章に星辰力で形成された矢が突き刺さった。

小さな音を鳴らして校章が砕ける、その間際。羅は自身を襲った錯覚の正体を知る。

 

「まさか……君、なのか……」

 

そんな問い掛けに申し訳なさそうな表情を浮かべる綺凛に、羅はさも悔しげに笑った。

 

「我々もまだまだ未熟、というワケか……」

 

 

 

 

『試合終了!勝者、八十崎晶選手&刀藤綺凛選手!』

 

 

ブザーと同時、アリーナを大歓声が包んだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*03 エール

「あ、あの、晶先輩……やっぱり恥ずかしいのですが」

 

「医務室までの辛抱だ、我慢してくれ」

 

試合後のインタビューをキャンセルして、晶は綺凛を抱えて通路を進んでいた。

先の一戦で無茶をした綺凛を念のため医務室で診てもらおうと考えてのことだ。

 

「で、でもこの格好は、その……あぅぅ」

 

抱えられた綺凛が顔を赤らめながらか細く声をあげる。

というのも今の彼女の状態は俗に言うお姫様抱っこそのものであったからだ。

異性とのコミュニケーション自体少ない綺凛にとって、これはかなり刺激的に感じられ、知らずうちに小さく身じろいでしまう。

衣服越しに感じる体温や心音が気恥ずかしいようなそうでないような不思議な感情を浮かばせる。

 

(……すまない、綺凛。しかし背負った場合、私も色々とマズイのでな)

 

目下でたじろぐ綺凛をちらりと見やりつつ、晶も内心で謝りつつも、気まずさを紛らわす為に咳払いする。

晶とて男だ。そういった事は気になるし気にしてしまう。その割には鈍い所もあるが。

微妙な空気になりながらも通路を進んでいくと、医務室の前に誰かが立っているのが見えた。

 

「先程ぶりだな。八十崎君、刀藤君」

 

近付いていった所で医務室の前に立っていた二人……つい先程まで戦っていた宋と羅が声をかけてきた。

 

「さっきの試合は見事だった。……我々の完敗だ」

 

「全くだ。まさか殆ど一人に抑えられるとはな」

 

宋は左腕をギプスで固定しながらも笑い、羅も悔しげながらもまた笑った。

その視線の先の、当の綺凛はというと。

 

「あ、ありがとうごひゃいます……!」

 

羞恥心で頭がパニック状態に陥っていた。

 

「そちらの怪我の程は?」

 

綺凛の代わりに晶がそう訊ねると、宋は右手でコツコツとギプスを叩いた。

 

「何、左肘の骨が少し折れた程度だ。あまり気にすることはない。羅も軽傷だ」

 

「そうか……」

 

「正面から戦って出来た傷だ。誇りと思えど恨みはないさ」

 

そう言って軽く肩を叩かれ、却ってこちらが励まされてしまう。

この辺りはやはり、経験の差というものだろうか。

 

「さてーー君達にはもう一つ、話しておきたいことがある」

 

少しの間を置いて宋が放った一言に柔和な雰囲気はなりを潜める。

穏やかではないと察した晶は医務室前の椅子に綺凛を座らせて二人と向き合う。

 

「話、というのは私達の次の対戦相手のことか?」

 

「察しがいいな。その通りだ」

 

「まあ……色々と噂は聞いているからな」

 

言いながら、自分達の次回の対戦相手を思い出す。

準々決勝は彼らと同じ界龍のペアにして《冒頭の十二人》に名を連ねる者達だ。

 

「たしか名前はーーー」

 

「黎沈雲(リーシェンユン)、黎沈華(リーシェンファ)だ。オレたちはアイツらとは、どうにも反りが合わない。木派と水派だからではなく人間性の問題でな」

 

「今回の試合での戦いを見て、一応の忠告をしておこうと思ってな」

 

まあ、君たちにエールを送りたいというのも本音だがね。そう付け足して宋は肩を竦めた。

どうやら他意は全くないらしい。

話を続けても良いか綺凛を見やると、小さく頷いたのでそのまま会話を続ける。

何かしら有用な情報が得られる可能性もある。聞いて損はないだろう。

 

「それで忠告というのは?」

 

「簡単な事さ。あの二人に今回のような戦法は通じない。いや、寧ろ『搦め手や策は通じない』」

 

問う晶に宋はキッパリとそう答えると言葉を続けた。

 

「そういった領分はあの双子が最も得意とするところだ。不意打ち、騙し討ち、撹乱からの闇討ちーーーこと策を使った戦法は天才といえる能力がある。余程の奇策でもなければその面で勝つことは難しいだろう」

 

「ふむ……」

 

宋の話を聞いて、晶は確かにと頷く。

双子の試合映像を記憶から思い出してみれば、確かに下手な策は容易く潰され、逆に利用すらされてしまいかねないと想像に難くない。

 

「連中は常に相手を見下し、確実に有利な状況を構築して一方的に玩(もてあそ)んで潰す。対戦相手への敬意は一切持ち合わせない、それがあの双子のやりかただ。オレたちはそれが気に入らない」

 

思い出した試合でも、決定打をわざとらしく外して相手をいたぶるような展開がいくつもあり、決して見ていて気分のよいものでは無かった。

彼らの言うとおり、かなり嫌味な性格なのだろう。

 

「とにかく、策を練るなとは言わないが、十分に気を付けることだ」

 

「忠告、痛み入る。肝に命じておこう」

 

敵であったにも関わらずわざわざ話してくれたことに感謝を述べると、「気にするな」と笑顔を浮かべてそう言い残して宋と羅は踵を返して立ち去っていった。

その背中が見えなくなってから、晶は一つ息を吐いて肩を下ろす。

 

「界龍も界龍で色々とあるようだな……」

 

「でも、あの人達は悪い人ではないみたいですね」

 

「そうだな。二人の忠告も考慮しながら作戦会議……と行きたいところだが、まずは綺凛の怪我を治して貰ってからだな」

 

「え、いや、これくらいの距離だったら歩けますからーーーひゃわぁ!?」

 

話している途中で当初の目的を思い出し、問答無用で綺凛を抱えると、丁度よく医療班の女性が中から扉を開けてくれた。

 

「あら、お姫様抱っこ。羨ましいわね~」

 

「怪我をしているようなので診てもらえない……ですか」

 

慣れない敬語で求めると快く女性は招いてくれたので、会釈をしつつ晶は医務室へと入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふう、何だかんだと夜まで掛かってしまったか」

 

真っ暗な星導館学園の寮の自室に入って、晶は疲労をため息と一緒に吐き出しながら荷物の入った小さな鞄をデスクに投げ置く。

同室の人間が居らず、晶自身も多く物を持たない性格なのもあって部屋はどこか閑散としている。

夏休み故に歓楽街にでも遊びに行っているのか、寮も何処か静けさがあり、耳に入るのは虫の鳴き声くらいなものだ。

 

「…………」

 

灯りも点けずに空調を切って窓を開けると、少し湿ったような涼しい風が入り、虫の鳴き声もはっきりと聞こえてくる。

 

「……懐かしい感覚だな。まさか、六花で感じるとは」

 

前世で住んでいた町を思い出して、クスリと笑う。

時計を見れば、時刻は九時を回っていた。

疲労もあるので今日はこのまま寝ようかと思い、ベッドに腰掛けた所で唐突に端末から着信を知らせるメロディが鳴った。

応答のボタンを押すと空間ウインドウにぱっと顔が写し出された。

 

『……よう……あ、晶』

 

「っ……ああ、こんばんはイレーネ。……珍しいなそちらから電話とは」

 

少し照れた顔で名前を呼ばれて心臓が跳ね上がるような錯覚を覚えながらも何とか平常心を保って言葉を返す。

 

『いや、まあ今日の試合観たからよ……なんだ、からかってやろうかと思ったんだよ!』

 

「何故逆ギレされなければならないのだ……」

 

途中でいきなり語気が荒くなったイレーネに苦笑しつつベッドから立ち上がり、椅子に座り直す。

からかうと言ってはいるが、本心では無いことは丸わかりだ。

どうにも誤魔化しが下手なイレーネに、溜まらず笑い声が漏れてしまう。

 

『って、なに笑ってんだよ?』

 

「……いや、可愛い所もあるなと思ってな」

 

『ーーーーーー』

 

素直に答えるとイレーネは絶句して……赤面した。

 

『おおおおお前だからそういうのはいきなり言うんじゃねぇ!?』

 

「質問に答えただけなんだが」

『率直すぎんだよ!恥ずかしいだろあたしが!』

 

威嚇する猫のように肩を跳ね上げて吼えるイレーネのそんな反応にやはり耐えきれずに笑ってしまう。

こうして何も気を張る必要の無い会話が、晶は好きだった。

 

『はぁ……ったく、調子狂うぜ……危うく本題忘れかけたぞ』

 

「本題?」

 

『あー、あれだ、お前の体の事、プリシラが心配してたからな。一応訊いておこうってことで連絡したんだよ』

 

「ふむ……」

 

空いた左手を握ったり開いたりしながら自身の体調を確かめて、晶は答えた。

 

「本調子まであと少し、といった所だな。決勝までには戻っているだろう」

 

『だと思ったよ……』

 

呆れた様子でため息を吐かれ、思わずムッとした表情になってしまう。

 

「まるで私がおかしいような言い方だな」

 

『……ぷっ、ははっ!拗ねるなよ、ちょっとした冗談だっての』

 

「む……」

 

まさか冒頭の言葉通りからかわれるとは思っておらず、イレーネに図星を突かれ、気恥ずかしさもあってか言葉を詰まらせる。

そして何の気なしに放たれた次の言葉に晶は硬直した。

 

『ははは……晶だって可愛い所あるじゃんか』

 

「………………え?」

 

沈黙。

 

(いやまて今のは意趣返し的なあれであってべつにいつも通りに返せばいいだろうになんで私はこうも言葉が出ない所か若干照れているんだというか何故にイレーネまで赤面している……!?)

 

晶の意識が混迷極まる中、イレーネもまた自分がポロっと吐いた言葉に脳の処理が追い付いていなかった。

 

(何言ってんだアタシーーーっ!?そう考えたのはまあ確かに事実だけど言葉に出すとか何考えてんだ!何も考えてなかった!)

 

もう自分の感情を言語化することすら難しいレベルまで大混乱しながらも、この気まずさを取り払う為にやけに煩い心臓の音を意識外に放り投げ、辛うじて言葉を絞り出す。

 

『い、今のは忘れろ!いいな!』

 

「忘れろと言われてもな……」

 

『答えはハイかyes!』

 

「ハイ……」

 

見たことのないイレーネの剣幕に気圧されて頷くと、彼女は未だに少し赤さを残した顔で盛大に息を吐き出した。

 

『んんっーーと、兎に角だ……明日の試合もちゃんと勝てよ。刀藤にも伝えとけ』

 

「あ、ああ……わかった」

 

『話はそんだけだ、またな…………頑張れよ』

 

最後に素っ気なくエールの言葉を残してプツリと通信が切れた。

ディスプレイが消え、ほの暗くなった部屋の中で晶はむず痒そうに笑みを浮かべた。

 

「全く…………最高の発破を掛けられてしまったな」

 

胸に込み上げる熱を握り締め、上々の機嫌のまま晶はベッドに横たわると直ぐに眠りに着くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、ウルサイス姉妹宅では。

 

「あ、お姉ちゃん……って電話切っちゃったの!?」

 

「ん?ああ、まあ言うこと言ったしな……」

 

「お姉ちゃん、顔が赤い……何かあったでしょ?」

 

「き、気のせいじゃないか~?」

 

「……聞かせてもらいます!」

 

「プリシラ!?」

 

妹による姉の尋問が始まろうとしていた……。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*04 夢と願い


投稿遅れて申し訳ない……
今回短めです。m(__)m


「ーーーらーーー晶ーーー」

 

ノイズ混じりの声。

視界はぼやけ、景色の輪郭は曖昧。

鼻孔を突く匂いも無ければ風の一つも感じない。

 

「大丈夫ですーー遥さん」

 

漸くハッキリと見えた風景と声に晶はこれが夢であると理解した。

覚えのある場所に、今より幼い少年の自分と、それに手を伸ばす菫色の髪の少女ーーー天霧遥がそこに居た。

 

(これは……ああ、『あの日』の記憶か)

 

木張りの床の軋む音、帰巣する鴉達の鳴き声、茜に染まりだした空の色……何もかも覚えている。

純和風の屋敷、その横にある道場との渡り廊下で幼い晶は遥と鉢合わせてぶつかり、そして今に至る。

普段ならそう慌てることもなく、人とぶつかることもない晶だが、この日ばかりは事情が違っていた。

 

「ここを出ていく、というのは本当ですか……?」

 

「……やっぱり君にはバレちゃってたか」

 

掴んだ手をそのままに遥を見上げて問う晶。

その眼差しは確かな戸惑いが見てとれた。

自身がこの世界に産まれ落ち、物心付いた時から本当の姉のように接してくれた人が居なくなってしまうと、寂寥感があったのだ。

何より、どうして実の弟(綾斗)になにも語らずに出ていってしまうのか、その理由が知りたかった。

遥は少し困ったように笑って、晶の頭を撫でた。

 

「ごめんね……でも、これが私にとっての『成すべき事』だから」

 

「成すべき事……?」

 

前世ではついぞ見ることの無かった覚悟を決めた瞳に、その時の晶はある意味、惹かれていた。

恋と云うべきなのか、あるいは只の憧れかーーーいや、きっとそう言ったモノとはかけ離れた感情の脈動。

幼いながらに、未熟ながらに、晶は『支えたい』とそう願った。

 

(そうだったな……私が今世で漸く『私』を持ったのは、この刻だった)

 

身に余る力がある、前世からの知識がある。故にこそ誰かの為に、その持ちうる力を使って手助けしたい。

今ならば……他ならない遥の為に。

そんな甘いーーーこの世界の広(悲惨)さを知らないからこそ浮かんだ思いを、言外に感じたのだろう。

 

「うん。晶の言いたいこと、分かるよ。でもーー」

 

遥は幼い晶の両肩に手を置いて、穏やかに微笑んだ。

 

「今回は私だけで大丈夫だから。きっと、戻ってくるから」

 

景色が滲み出す。

音が遠ざかる。

まるでもう十分だと言うように。

 

(ああ、そうとも。忘れるはずがない私はその為にーーー)

 

「その後、私が困ってたらーー支えてくれるかな?」

 

 

 

 

 

(六花(ここ)に居る)

 

 

夢は、そこで終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

pppp...pppp...

 

「………………」

 

少しの蒸し暑さとアラームの音に目が覚める。

部屋の中は微かに明るく、アラームを止めた端末で時間を見れば早朝の五時丁度。

いつも通りの朝だ。

ごそりと上体を起こして欠伸と一緒に身体を伸ばす。

 

「…………随分と、懐かしい夢を見たな」

 

開いた右手を眺めて苦笑する。

夢の内容は確かに覚えている。

まるで誰かに忘れるなと警告されたような、そんな気がした。

 

「言われずとも、一度も忘れた事などないさ」

 

誰に言うでもなく呟いてベッドから立ち上がり、着たままになっていた制服を脱いで私服に着替える。

そのまま顔を洗ってから闇鴉とヴィタボウの発動体を懐にしまい、脱いだ制服を小脇に抱え、靴を履くと晶は部屋を出た。

非常灯だけが淡く照らす廊下を歩き、途中にある洗濯室で制服を洗濯機に投げ込んでから静かに階段を降りて一階へ。

案の定、エントランスにも人影は無く、霧によって弱くなった光が窓から差し込むだけだった。

 

「…………」

 

まるで世界から孤立したような錯覚を覚え、頭を振る。

昔を思い出して少し感傷的になってしまっているのかもしれない。

エントランスを横切り、停止中の自動ドアの脇にある非常用の手動式のドアを開けて外に出る。

湿った風が頬を撫でる感触が少し心地よい。

深く息を吸って新鮮な空気で肺を満たすと、そのまま宛もなく歩き出す。

霧で視界こそ悪くなっては居るが、歩き慣れた場所なので特に足が迷う事もない。

そのまま暫く歩いていると道の傍らに置いてあるベンチに腰掛けた人影が見えた。

気になって近付いて行くと、そこに居たのは見知った顔だった。

 

「おはよう。珍しいな、綾斗」

 

「あ……おはよう、晶」

 

挨拶をすると、少し遅れて綾斗が此方に顔を向けた。

幾分か元気の無い綾斗を見て、晶は綾斗の隣に腰を下ろした。

 

「どうした、何かあったのか?」

 

「……昔の夢を見ちゃってさ。懐かしくなっちゃって」

 

「奇遇だな。私も昔の夢を見た」

 

綾斗の言葉にニヒルに笑って肩を竦める。

 

「晶も?」

 

「ああ……お前の見た夢の内容を当ててみようか?ーーー遥さんの居なくなったあの日だろう」

 

「…………正解。晶はエスパーか何かなの」

 

「お前が『そんなになる』のはあの人の事以外無いだろうよ。簡単にわかる」

 

当然の事だと言うように手をヒラヒラと揺らしてみれば、綾斗は苦笑して「敵わないなぁ」とぼやいた。

近くの街路樹に止まった雀の鳴き声が聞こえる中、綾斗が話し出す。

 

「晶はさ、どうして六花(ここ)に来ようって思ったの?」

 

「また唐突な問いだな……まあ良いが」

 

そこで言葉を切って一つ咳払いをしてから問いかけに答える。

 

「私が六花に来た理由は単純だ。ーーー遥さんを探すためだ」

 

「やっぱり、か」

 

「あの日の事が気掛かりでな……それに、約束もある。簡単には割り切れんさ」

 

徐々に晴れていく霧と、そこから垣間見える青空を眺めて夢に見たかつての光景を思い出す。

郷愁にも似たその思いはいつの時も胸にある。

忘れようにも忘れられないのだ。

 

「私がここに来た理由はそれだ……それともう一つ、ここに来て出来た願いもある」

 

「六花に来て……?」

 

「ああそうだ。私はーーーイレーネとプリシラを救いたい」

 

真上にある蒼天を見上げて胸中にある願いを吐露する。

ーーそれは此処に来るまで解らなかった感情(モノ)。

ーーそれは此処に来て漸く理解した思い(モノ)。

 

「救う、というのは烏滸がましいのかもしれない。二人はそれを良しとしないのかもしれない。それでも、私は……そうすると決めた」

 

あの二人に絡まる物は余りに多い。

一重に救うといってもその道は果ても知れず、痛苦と困難も待っているだろう。

だが、そんな事でもう止まるつもりはないのだ。

否、『止まりたくない』。

 

「じゃあ、晶の願いは二つあるってことだね」

 

「ああ。そしてーーそのどちらも叶えてみせる」

 

「ーーっ」

 

強くそう言い切り、唖然とする綾斗をよそにベンチから立ち上がる。

霧は完全に消え去り、日が六花のビルの森を照らす。

一歩踏み出し、振り返らずに晶は綾斗に話す。

 

「綾斗。お前はまだ迷いの途中に居るのだろう。自分の願いに全てを掛けられるかの」

 

「…………」

 

「人間というのはそういうものだ。迷い、悩んで、そして進んでいく。誰しも苦悩せずに生きられる訳じゃない。……今一度、自分の願いに真正面から向き合ってみるといい」

 

「晶……」

 

「ーーまあ、お前の事だ。私が言わなくとも自ずと理解するだろうさ」

 

聡いのがお前の長所だからな。そう悪戯っぽく言って、朝日を背に綾斗へと振り返る。

 

「さあ、1日の始まりだ」

 

人は悩みながら進んでいくもの。

自身の放った言葉を胸に刻んで、晶は笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*05 異国からの童女

それから暫くして。

綾斗に誘われて、ともに出掛けることになった晶はさっと朝食を食べて正門手前で綾斗を待っていた。

 

「しかしまぁ、リースフェルトの奴も苦労するな……」

 

誘われた時のことを思い出して同情まじりに苦笑する。

元々は遠路遥々ユリスの母国からやって来たフローラ・クレムが綾斗と昼食を取りたいと言ったのが発端だ。

その際に何を思ったのか綾斗は晶を誘い、当のフローラも乗り気になってしまったので提案を飲まざるをえなくなったという次第だ。

流石に童女に涙目で頼まれてしまっては晶も頷く以外選択肢は無い。

 

「……ん、来たか」

 

「ごめん、昼食にオススメの場所、夜吹に聞いてたんだ」

 

「ほう?それで、場所は?」

 

「外縁居住区の境目。ユリスには伝えてあるから、あとは行くだけだね」

 

駆け足でやってきた綾斗が端末に登録されたマップを表示し、赤いポインターを指差す。

人で混雑するこの時期、この立地ならばそう混むこともないだろう。

夜吹のリサーチ能力の高さに思わず感心する。

 

「ここからなら、適当に時間を潰して行けば丁度昼時には到着するな」

 

「だね……って、あれ?」

 

ざっくりとした予定の組み立てをしたところで、綾斗が何かに気付く。

晶も綾斗と同じく視線を向ければ、外からこちらに向かって歩いてくる見知った顔が見えた。

 

「これはまた……珍しい組み合わせだな」

 

向こうもこちらに気付いたのだろう。やや歩みを速めてやってくる人物を見て意外そうな顔になる。

 

「おはようございます、晶先輩、天霧先輩!」

 

「うん、おはよう刀藤さん。珍しい組み合わせだね?」

 

「あら、そうでしょうか?」

 

やってきた綺凛とクローディアに綾斗が素直に思ったことを言うと、クローディアが首を傾げた。

そんな彼女に対して晶は肩を竦める。

 

「皆で集まっている時ならばまだしも、二人きりというのは珍しいだろう。どうかしたのか?」

 

「偶然校舎前でお会いしたので、刀藤さんに少しご相談を」

 

「相談?」

 

「ええ……純星煌式武装について」

 

小さく呟くような声で放たれたワードに綾斗はピクリと目を開き、晶は何処か納得したような表情で頷いた。

クローディアが綺凛に確認を込めた視線を送ると、首肯で返されたのでそのまま話を続ける。

 

「以前は鋼一郎氏の意向で純星煌式武装を使わないようにしていたらしいのですが、現在の彼女は自由の身。本人がよろしければ試してみるのもよいのではないかと思いまして」

 

「なるほどな……」

 

確かに綺凛が純星煌式武装を使うとなれば学園に取っても大きな戦力アップに繋がる。

ただでさえ刀一本で序列一位に君臨していたのだ。それが純星煌式武装を持ったのならその強さは計り知れない。

だが、純星煌式武装を使うとしても綺凛にはその条件が厳しいものになるだろう。

というのも、一重に彼女の使う得物に要因がある。

 

「しかし、綺凛の場合私と同じ日本刀型ではないと厳しいのではないか?刀藤流の型も考えるとそこがネックだろう」

 

「晶先輩の仰る通りです……私としても刀以外はあまり扱えませんし」

 

肩に担いだ袋に入った千羽切の紐を握り直して申し訳なさそうに綺凛が言う。

そもそも日本刀型の煌式武装というのは晶の持つ《闇鴉》が初めての物ーー正確にはプロトタイプと言うべき物だがーーなのだ。

綺凛の条件を満たすためにはそれこそ新しく刀型の煌式武装を製造する他ない。

晶も闇鴉の蓄積データを開発元の《銀河》の開発部に送っているが、それでも開発が難航しているのは時折くる研究員の愚痴で知っている。

それを前提に置いてなおクローディアが話すということは……。

 

「開発の目処が立ったのか?日本刀型の」

 

「実は最近、新しいウルム=マナダイトが銀河の研究所から開発部に払い下げになったらしいのですよ」

 

「それがもしかしたら日本刀型に?」

 

綾斗の言葉にクローディアが首肯する。

 

「その可能性があるとは伺っています。ただ、それがいつになるのかは分かりませんけれども」

 

「成る程な……なら、その時が来たならば試してみたらどうだ、綺凛?」

 

「は、はい!宜しくお願いします!」

 

これで本当に純星煌式武装を持ったら、果たして勝ち筋があるだろうか……と内心冷や汗をかきながら晶は恐縮した様子の綺凛の頭を撫でる。

一通り話を終えた所でクローディアが何か思い出したようにポンと手を合わせた。

 

「そういえば、綾斗と八十崎君はこれから出掛けるところではありませんか?」

 

「「…………」」

 

二人揃って時間を確認。

無慈悲にその役目を果たす時計が示す時刻は十時四十分。集合時間は十二時。

ギリギリも良いところだった。

 

「すまない綺凛。そろそろ行かねば」

 

「ごめんクローディア、それと教えてくれてありがとう」

 

「お礼はデートで良いですよ♪」

 

「えぇ!?」

 

「狼狽えるなよ綾斗!ではまたな」

 

あわただしく挨拶を済ませ、見送ってくれた綺凛とクローディアを背に、綾斗を引っ張って晶は正門へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はじめまして、八十崎様!フローラ・クレムと申します!フローラとお呼びください!」

 

「ああ、はじめまして。宜しく、フローラ」

 

元気よく挨拶した浅葱色の髪の童女、フローラの差し出した右手を握り、握手しながら晶もまた挨拶を返す。

その様子を隣に座ったユリスと綾斗が見守っていた。

場所は英士郎オススメの店。

大通りから少しズレた立地にあるここは、落ち着いた外観もあって隠れ家のような雰囲気を持っている。

結局クローディアたちと別れた後、時間に余裕が無くなったので仕方なくビルの屋上をパルクール宜しく駆け抜けた事でギリギリ間に合った。

 

「しかし、夜吹の奴も侮れんな……こんな店を知っていたとは」

 

注文して運ばれてきたオムライスにフローラが舌鼓をうつ横で、ユリスが面白くなさそうな顔で頬ずえをつく。

 

「彼奴の情報量は多岐に渡るからな。頼れる存在だよ、全く」

 

それに対しアイスコーヒーを飲んでいた晶が肩を竦めて返すと綾斗も確かにと頷いた。

こういった表の事もさることながら裏の事情にも精通している夜吹は晶に取っては良きビジネスパートナーだ。

彼の助力もあって『何でも屋』の依頼もこなせている面もある。

 

「それでも、まだ私は信用した訳ではない。あいつのおかげで何度か迷惑を被っているからな」

 

綾斗のおかげで最近は改善されてきてはいるが、やはりまだユリスの人間関係の根本思考は変わっていないらしい。

 

「フローラ、ケチャップがついているぞ。ーーーそれで、綾斗はまだしも何故私も呼ばれたのだ?」

 

一頻り雑談を終えた所で、フローラの口元を拭って晶はそう訊ねた。

綾斗から誘われたのはまだしも、初見となる筈のフローラがユリスとは知り合い程度の自分が来ることに素直に頷くとは思えなかった。

ーー否、フローラ自身は出会ってまだ数刻だが純粋な子だと分かる。とすれば怪しいのはその裏側の人物。

そんな疑念が籠った問いかけにフローラは人懐っこい笑顔のまま懐から出したメモ帳を見てハキハキと答えた。

 

「あい!陛下から『妹とはどんな関係なのか?もしかして天霧様とは妹を取り合うライバル?』と質問がありましたので!」

 

「……兄上ぇぇ…………!」

 

「ら、ライバル……」

 

「ふ……くく、いかん、堪えられん」

 

突拍子もない回答に、ユリスは眦を吊り上げて怒りを顕にし、綾斗は唖然となり、晶は口元を抑えて笑った。

確かに最近は綾斗絡みで話す機会も増えたこともあるが、だからと言ってこの質問は予想の斜め上を行っている。

……というか、そもそも何故今のユリスの人間関係を遠く離れたユリスの兄が知っているのだろうか。

 

「大方、ウチの新聞部の連中がメディアにリークしたんだろう……後で夜吹に尋問だな」

 

「ユリス、落ち着いて。色々と怖いから」

 

心中の疑問を察したのか、ユリスがなんとも素晴らしい笑顔で的を得た考察を話す。

そして自動的に夜吹が犠牲になるのが決定した。

 

「……まあ何にせよ、私とリースフェルトとはそんな仲ではないと返して置いてくれ」

 

綾斗がユリスを宥めているのを横目に、フローラにそう伝える。

そして徐に手を上げてウェイターを呼ぶと、メニューの最後のページに載っていた特製フルーツパフェを注文した。

 

「意外だね、晶がそういうの頼むの」

 

それに気づいた綾斗が少しばかり驚いた声で話すと、晶は首を横に振った。

 

「いや、食べるのは私ではないよ。フローラだ」

 

「えっ?」

 

「先ほどから隣のテーブルを見ていただろう?」

 

私の奢りだ。そういたずらっぽく言うと、フローラは嬉しそうにはにかんだ。

暫くして運ばれてきたパフェをフローラが喜色満面で食べはじめた。

 

「いいのか?」

 

「構わんよ。子供にはこれくらい甘くしたいんだ」

 

ユリスの問いに懐かしげに笑って返す。

そこから暫く、雑談を交えつつフローラがユリスの兄から預かってきた質問に綾斗が答えたり、ユリスが赤面したりと、楽しい時間を過ごしていると。

 

「あ、あのぉ……お取り込み中、すいません。ちょっといいでしょうか……?」

 

見慣れたレヴォルフの制服を着た一人の少女が話し掛けてきた。

そして、少女は綾斗を見つけるとおどおどとした様子で口を開いた。

 

「えっと、天霧綾斗さん……ですよね」

 

「そうだけど……俺に何か?」

 

「あ、す、すみません。申し遅れました、私はレヴォルフで生徒会長秘書を務めている樫丸ころなと申します」

 

ころなと名乗った少女は慌てて頭を下げると、一拍置いてこう続けた。

 

「えっと、そのーーー生徒会長が貴方にお話があるそうです」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*06 背中

今回短めですm(__)m


「天霧様と姫様、大丈夫でしょうか……」

 

空が茜に染まりだした、夕暮れ時。

雑多にビルや店が立ち並ぶ商業区を歩きながらフローラがぽつりと不安を溢した。

 

「大丈夫さ。少し話をしているだけだ、そう不安がる事はない」

 

そんな彼女に歩幅を合わせて歩いていた晶は落ち着かせるためか、普段よりも穏やかな声音で語る。

あの後、綾斗がころなーー正しくはディルクの誘いを承諾、警戒したユリスも同行する事になった。

二人が行くうえに、フローラを一人にする訳にもいかないので、こうして晶がフローラを街の案内がてら宿泊しているホテルまで護送する流れになったのだ。

 

「それに、あの二人がそう易々とやられると思うか?」

 

「お、思いません!」

 

「だろう?なら、信じて待っててやればいいさ」

 

自販機で買ったペットボトルのジュースを渡すと、フローラは「いただきます」と礼を言ってそれを開けてこくこくと飲む。

晶としても、ディルクの人柄はよく知っている。何でも屋の依頼で何度か顔も合わせているからだ。

それを踏まえてみても、今回は本当に『ただの話』、なのだと確信している。

例えそれによって綾斗に何かしら心が揺れたとしてもパートナーであるユリスがフォローを入れるとも。

 

「さて、あらかた商業区も回ったことだ。そろそろ戻るか?フローラ」

 

おおよその店を見て回り、時間もいい塩梅なのでそう提案すると、フローラは何か気になるのかある一点を指差した。

 

「あのお店はなんでしょうか?」

 

「ん……?」

 

指差した方向に目を向けると、周りの店とは違い派手な色合いとごちゃごちゃとした音が聞こえる場所があった。

 

「ああ、彼処はゲームセンターだな」

 

「げぇむせんたぁ?」

 

「そうだ。行ってみるか?」

 

晶の言葉にフローラは勢いよく頷いたので、その手を取ってゲームセンターへと歩いていく。

入り口前には中にぬいぐるみが入ったUFOキャッチャーが幾つかあり、軽快なメロディーをならしていた。

元いた世界に比べ、技術レベルが優れたこの世界ではあるが、俗に言う格闘ゲームやこれといった筐体は未だに廃れること無く存在している。

 

「ふわぁ……何だかすっごく賑やかです!」

 

「中はうるさいくらい賑やかだぞ」

 

防音ガラス越しにすら聞こえる店内の音に、フローラは怖じ気付くどころかむしろ楽しそうにしていた。

やはり、子供は未知なものに興味を惹かれるのだろう。

その様子を見て、いざ店内に入ろうとした所で知った顔が店の中から出てきた。

 

「もうっ、お姉ちゃんったらすぐ喧嘩腰になるの悪い癖だよ」

 

「だから悪かったって…………ん?」

 

揃って同じ赤髪。されど纏う雰囲気は真逆の二人がこちらに気付く。

面白い偶然もあったものだと思いながら、晶は二人に手を上げて挨拶する。

 

「こんにちは。奇遇だな、イレーネ、プリシラ」

 

「「…………女児誘拐?」」

 

「はっはっは……笑えるか馬鹿者」

 

口を揃えて言われた一言に対し、ストレートにツッコミを入れると、イレーネは「冗談だっての」と八重歯を覗かせながら笑い、プリシラは若干申し訳なさそうに頭を下げた。

フローラが現れた二人に困惑した表情を浮かべたので、入口から退いてから紹介した。

 

「私の友人のイレーネ・ウルサイスと、その妹のプリシラだ」

 

「よろしくな、チビッ子」

 

「可愛い……はっ、よろしくね!」

 

柔和な笑みで二人が話し掛けるとフローラも我に帰ったのかペコリとお辞儀して自己紹介をする。

 

「フローラ・クレムといいます!よろしくお願いいたします!」

 

「彼女は訳あって遠路遥々、星導館(ウチ)にいる生徒に会いに来ていてな。今は街の案内をしていた所だ」

 

「ふぅん……なるほどな」

 

晶が話した理由を聞いて、何か悟ったのかイレーネは深く聞く事はせずに納得した様子を見せた。

プリシラの方はそんなバックヤードなど知る気すらなく、フローラと早速打ち解けたようで大変にこやかに話している。

 

「そんで?最後の最後にここに寄った、ってか」

 

「まあ、フローラが行きたそうだったしな。イレーネは……また喧嘩騒ぎか?」

 

「ちげぇよ…………ちょっと口論になっただけだ」

 

気まずそうに頭を掻くイレーネに、晶はさも珍しいと言った顔になる。

以前のイレーネなら売られた喧嘩を即座に買っていたのだが…………

そんな視線に気付いたのか、彼女は少し顔を赤らめて恥ずかしげに目をそらす。

 

「も、もうプリシラを不安にさせないようにしないといけないと思ったんだよ…………そ、それにだな」

 

「ん?」

 

「……あんたにも、その、心配されたくないってだけだよ!!」

 

若干やけくそ気味に言い放たれた言葉に晶は思わず硬直した。

というのも普段のサバサバした彼女との天地の差もあるギャップに心臓が跳ねたからである。

顔に熱が上がってくる不思議な感覚とむず痒さに堪らず沈黙してしまう。

 

「な、何か言えよ……」

 

「いや……まぁ、お前らしくて良いのではないか」

 

お互い変に意識してしまって上手く話せない、もどかしい空気感。

 

「フローラこれ知ってます、らぶこめ?って言うんですよね!」

 

「うん、邪魔しちゃ悪いから静かにしてよう、フローラちゃん」

 

そんな二人を見て、目を輝かせるフローラの唇に指を当てながらプリシラは苦笑する。

 

 

 

(見てるこっちまで、恥ずかしくなってくるんですけどーー!)

 

 

閑話休題。

 

 

あれから、プリシラが何とか場を取り直して。

暑い外で立ち話というのも辛いだろうという提案の下、晶達は連れだってゲームセンターの中に入った。

 

「良かったのか?口論相手が居るかも知れんのだろう?」

 

「あたしがそん位の事で引くと思うか?」

 

「……それもそうだな」

 

仲良くエアホッケーに興じるフローラとプリシラを眺めながら、イレーネと当たり障りのない話をする。

視界には縦横無尽かつハイスピードに動くホッケーが左右に行ったり来たりを繰り返している。

ここ、六花にあるゲームセンターはいずれの店舗も星脈世代でも気軽にプレイ出来るよう、筐体から備品まで頑丈に出来ている。

よくあるパンチングマシーンに至ってはリスティが思い切り殴っても罅一つ入らないという徹底ぶりだ。

 

「しっかし、あんたが子守りとはね。しかもだいぶ慣れてたみたいだけど?」

 

「まぁ、本土では弟弟子達の面倒を見ていたしな」

 

イレーネの茶化すような問いに肩を竦めて返す。

廃れてきているとはいえ、八十崎流の剣術を学びに来る人はそれなりにいる。その中でも年の低い子供たちの面倒は専ら晶が見ていた。

 

「子供、好きなのか?」

 

「嫌いではないな。フローラのように真っ直ぐな子は見ていて微笑ましく思うよ」

 

ずっと昔、前世の事まで思い出して懐かしさが胸に広がる。

 

「まぁ、だからこそかな」

 

「うん?」

 

「将来は、そんな子たちが笑っていられる世界になればと、思ってしまうのさ」

 

かつても今世も同じ『捨て子』として育ったからこそ出てしまった言葉。

 

「晶さーん!つぎ、これやってみたいです!」

 

「ああ、何がやりたいんだ…………って、バーチャ○ンだと……」

 

フローラに呼ばれて歩いていく晶の背中を見て、イレーネは妙な違和感を覚えた。

今の彼と似た『誰かの背中』が重なって見えた、そんな気がした。

 

(…………あたしも、疲れてんのか?)

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 

「っ、ああいや、何でもない。行こうぜ」

 

奇妙な錯覚を頭を振って払い、プリシラに答えてイレーネは晶達を追うように歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

「おいちょっと待て、フローラ強すぎんだろ!」

 

「まさかフェイ・○ンに負けるとは……不覚」

 

「フローラちゃん、容赦ないね……」

 

「そ、それほどでもないです!」

 

「「「誉めてない!」」」

 

その後、意外な所で才能が発覚したフローラによって、彼女が満足するまで三人は付き合わされることになってしまった。

 

当然、後日話を聞いたユリスから説教を喰らったのは言うまでもない。




バーチャロンマーズ、やりこんだなぁ(遠い目





あ、水着ネロ当たりました(何


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*07 幻映

準々決勝、当日。

空調の効いた控え室に入り、晶は生き返ったとばかりに息を吐き出した。

 

「やはり、猛暑日というのは厄介だな」

 

「ほんとうですぅ……」

 

外の天気は頗る快晴。

今頃、中天に差し掛かった太陽がここぞとばかりにアスファルトを焼いていることだろう。

おかげで試合前だというのにそれなりの汗をかくはめになってしまった。

 

「まあ、文句を言っても仕方ないか……さて、作戦会議と行くか」

 

「はい!」

 

備え付けの冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して一口。

晶と綺凛はソファに座って携帯端末を開き、一枚の画像を展開する。

そこには瓜二つの顔をした男女のペアが映っていた。

 

「今回の試合相手、黎兄妹だが。過去の戦闘記録を調べた結果、彼らの傾向は至ってシンプルだ」

 

「シンプル、ですか」

 

「ああ。基本的に徹底して相手の弱点を突いて、なぶり倒すということだ」

 

「……確かに、宋さん達もそう言っていましたね」

 

綺凛の言葉に重く頷いて、二人の戦闘映像を共有して流す。

一方的に相手をいたぶるその様は、あまり見ていて気分の良いものではない。

映像を見終えてからため息混じりに晶が口を開く。

 

「……黎沈雲の二つ名は《幻映創起》。沈華は《幻映霧散》。見た通り、厄介な相手だ。下手な搦め手など効かないとみていい」

 

「下手な搦め手、ですか?」

 

晶の言葉に何か引っ掛かったのか、綺凛が訝しげに首を傾げる。

それにニヤリと笑うと晶は自分の胸をトンと叩いた。

 

「最初に言っただろう?徹底して相手の弱点を突く、と」

 

「あ……」

 

合点がいったように綺凛ははっとなる。

 

「先の映像でもそうだったが、彼奴らはそこに執着しやすい。なら、そこが相手の弱点だ。そしてそれを踏まえて、もう一つ…………綺凛、『眼は見えるか』?」

 

意味深げに人差し指を立てて綺凛に問う。

彼女はその意味を理解した上でこくりと頷いた。

 

「ーーーはい、『認識(み)えます』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁさぁ皆様お待ちかね!いよいよこのシリウスドームでも準々決勝の試合が始まろうとしています!まず東ゲートから現れたのは、星導館の八十崎晶&刀藤綺凛ペア!そして西ゲートからは界龍第七学院の黎沈雲、黎沈華ペアが入場です!』

 

「す、すごい熱気です……今までとは全然違います」

 

「まあ準々決勝ともなればこうもなるだろうな」

 

実況の声に煽られた観客達の大歓声に戸惑う綺凛と、特に気にした様子もない晶。

そこへ、ステージに降り立った黎兄妹がやってきた。

 

「初めまして、《告死鳥》に《疾風刃雷》。僕は黎沈雲」

 

「私は黎沈華。以後、お見知りおきを」

 

人を見下したような笑みを浮かべて、二人がそう挨拶する。

改めて見てみれば正に瓜二つと言っていいほどそっくりだ。界龍特有の余裕のある制服を着ているのもあって、声と身に付けているシニヨンなどでしか判別がつかない。

 

「界龍の双子が何の用だ。まさかただ挨拶したいなどと、殊勝な事を考えていまい?」

 

「ははは、いえ一応お詫びをと思いまして」

 

「先日私らの同輩が不甲斐ない戦いをしてしまったので、ね」

 

ニタニタとサディスティックに沈雲と沈華が語る。

その言葉に綺凛の肩が小さくぴくりと動いた。

察するに、宋と羅のことなのだろうが、そこには侮蔑したような意志が籠っていた。

 

「僕らも《万有天羅》の直弟子があの程度と思われては困るんだよね」

 

「だから、私たちが見せてあげる。ーーー星仙術の深奥を」

 

そう言い残して双子は踵を返して戻っていった。

 

「ーーー先輩」

 

騒がしい歓声の中、双子の背を見つめながら綺凛がポツリと声を出した。

見れば、手が白くなるほど千羽切の鞘を握っている。

 

「なんだ、綺凛?」

 

「私、今ーーーすっごく怒ってます」

 

纏う空気が変わる。

気弱そうな雰囲気はなりを潜め、現れたのは冷徹なまでの闘気だ。

 

「あの方達は強かった。一手でも間違えればそのまま崩される程に……それを不甲斐ないと、あの程度と言うのは……腹に据えかねます」

 

「ああ、そうだな……全く同意見だ」

 

今まで見たことがない綺凛の感情の発露に、晶は強く頷く。

これは理屈じゃない。戦い合った者同士の矜持の問題だ。

それを愚弄されて黙っていられる程、大人しい人間ではない。

 

「「だからーーー本気で倒す(します)」」

 

 

ハッキリと、双子に聞こえるように告げて、武器を構える。

それ以上語る事もなければ、話を聞く必要もない。

ただ、倒すのみだ。

準備が整ったのを悟ったのか、会場が静まり返る。

そして。

 

『《鳳凰星武祭》準々決勝第四試合、試合開始!』

 

試合開始のブザーが鳴ると、綺凛が一息に沈雲へと距離を詰め、居合い斬りの構えから千羽切を抜き放つ。

晶が訓練の間に教えた剣閃だが、その速度は正に神速と言っていい。

しかし、最初から警戒していたのか、沈雲は難なくそれをバックステップで回避する。

 

「さすが《疾風刃雷》、恐ろしい速さだ。でも、そう来ると解っていたら避けるのは容易い」

 

「…………」

 

お返しとばかりに放たれた呪符を無言で切り捨て、沈雲を睨む綺凛。

しかし、無理に追撃をしようとはせず、一度後退して晶の前に即座に戻ると、沈華が放った多数の符を事も無げに裁ききる。

試合前に、自身を重点に狙ってくるという晶の予想は当たりだったようだ。

 

「先輩、ご無事ですか」

 

「すまない、世話をかけたな」

 

前回よりはましになったとは言え、晶の体はまだ完治していない。無理を効かせられない以上、綺凛の動きに試合が掛かっていると言っていい。

それを理解した上で、綺凛は笑った。

 

「いいえ、今の私は先輩を守る剣ですからっ!」

 

「ーーーやれやれ、やっぱり厄介だな」

 

遠目にその様子を見て、沈雲は目を細める。

最初の一閃の時点で理解した。『速すぎる』と。

来ると解っていたからこそあれは避けられた。それでもコンマ一秒遅れたなら沈雲の校章はあっさり斬られていただろう。

 

「それじゃ、予定通り?」

 

沈華の問いに沈雲は小さく頷くと、指を複雑に絡み合わせた印を結ぶ。

 

「急急如律令、勅!」

 

そして、沈雲の声を皮切りに何処からともなく煙がステージのそこかしこから発生し、瞬く間に全体を包み込む。

最悪になった視界の中、晶は「ふむ……」と煙を眺めて鼻を鳴らす。

 

「《幻映創起》……なるほど、確かに」

 

見た目、空気の流れ等、特有の息苦しさの無さを除けば完璧な煙幕だ。気配すら上手く感じ取ることが出来ない。

 

「先輩」

 

だが、そんな中を綺凛は煙など無いかのように晶の目の前に現れた。

 

「その様子だと、ちゃんと見えているようだな」

 

「はい……でもまだ距離によっては精度が甘いです」

 

「いや、十分だ。あの二人にはそれだけでも問題ない」

 

綺凛の報告に満足げに口端を吊り上げる。

そこで、観客席からのブーイングに応えるように煙が晴れると、沈雲と沈華はステージの端に立っていた。

 

「やれやれ、最近のお客は辛抱できないね」

 

「ハッ、鼠が無駄に逃げるからだろうよ」

 

やれやれと肩を竦める沈雲に煽り言葉で笑い返す。

それに対して、沈華がわざとらしく驚いた顔になる。

 

「あら?今からそうなる自身のこと、わかってるのね」

 

「精々逃げ回るといいよ。さぁ、次の手だ」

 

再度、沈雲が印を結ぶと先程と同じように沈雲の周囲がゆがみ、やがて霞んだ景色がハッキリとなるかのように形を成す。

都合四体。沈雲と全く同じ姿をした幻影が具現した。

 

「ふふ、それじゃぁ、鬼ごっこと行きましょうか」

 

具現と同時、沈華もまた印を結ぶと空間へと溶け込むように姿を消す。

これが二人の十八番、『分身』と『隠行』だ。

気配や纏っている星辰力さえも誤認させるある意味完成された撹乱戦術だろう。

つまりはここからが本番。彼らは徹底的にこちらをいたぶり、嘲笑うつもりだ。

 

「「「「さぁ、始めようか」」」」

 

だからこそ、晶は嗤う。

『それを待っていたと言わんばかりに』。

 

「あぁ、始めようーー弄ぶぞ、綺凛」

 

「ーーー諒解」

 

晶の呼び声に、閉じていた綺凛の瞼が開かれる。

何も変わらない、静かな瞳が。

 

「ーーーー認識(み)えました。全て」

 

世界を、捉えた。





次回、綺凛ちゃん。本気出す。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*08 《真眼》

(見えた?…………まさか、ただのこけおどしよ)

 

一気に変わった綺凛の雰囲気に、隠行で姿を消した沈華は動揺を隠すように音もなく移動する。

場所は綺凛の左側面。それに合わせて沈雲もまた分身と共に動き出す。

 

「…………では、参ります」

 

カチリと腰の鞘を鳴らして綺凛がハッキリと宣言する。

 

「ああ、行ってこい」

 

晶はそう言って静かにヴィタボウに矢をつがえる。

二人には幻術への恐怖など無い態度だ。

そして、綺凛が『左に動いた』。

 

「ーーー其処ッ!」

 

「なーーっ!?」

 

迷うことなく振るわれる千羽切は、寸分違わず沈華を捉える。

沈華は咄嗟に後ろに跳び退くが、制服の肩口を裂かれていた。

 

「やはり、精度がまだ甘いですね……」

 

少し残念そうな顔でそう呟く綺凛に沈華は隠行を続けながらも顔をひきつらせた。

何せ完璧に、気配や星辰力さえも欺瞞した隠行中の自身を平然と……まるでそこに居るのを知っているように斬りかかって来たのだ。

しかも。

 

(私を視ているーー!?)

 

真っ直ぐと、迷いの無い瞳が沈華を射抜くように見つめる。

想定外……否、有り得ない、あってはならない事態についには笑みすら消えた。

変わりにやってきたのはこれまで師と仰ぐ星露以来感じることのなかった『恐怖』だ。

半ば精神の揺らいだ沈華を漠然と眺めて、綺凛はただ千羽切を正眼に構える。

 

「隠れても駄目です。逃げても駄目です。喩え貴女が何処に居たとしてもーーー私の刃は貴女を捉える」

 

冷徹な怒気を顕に告げた綺凛の言葉に、沈華は否が応にも理解する。

自分が踏んだのは虎の尾では無く……紛れもない麒麟の尾だったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーー?」

 

訳が分からない、と沈雲は目の前の光景を見て思った。

妹の沈華の隠行は兄である自身でも完璧だと言えるレベルの物だ。

これまでの鳳凰星武祭の戦いに於いても、自分の『分身』。そして沈華の『隠行』を破れた者は存在しなかった。

それがどうだ。まるで隠行など無いかのように刀藤綺凛は容赦無く沈華に斬りかかったではないか。

僅かに揺らいだ空間を見て、千羽切の刃が沈華を捉えたのは間違いないだろう。

 

「なんだ、黎沈雲。妹の十八番が破られたのがそんなに驚きか」

 

驚愕する沈雲の耳に晶の声が刺さる。

その顔には呆れがありありと浮かんでいた。

 

「何を不思議に思う?何を驚く?まさか……『自分たちの力が破られることは無い』とでも思っていたのか?」

 

「ーーっ!」

 

図星を突かれたとばかりに息を詰まらせ、沈雲は晶を睨む。

 

「はっ、図星か……顔にありありと出ているぞ。分かりやすい位にな」

 

言うが早いか、晶はつがえた矢を沈雲へ射る。

マスターシュート。最速点に到達した矢は四つに分裂し分身へと殺到する。

そして、右から二番目の沈雲が攻撃を『避けた』。

たまらず口端が上がる。

 

「……お前っ」

 

「煽られるのには慣れていないようだな?疎かになっているぞ」

 

分身が消え、一人残った沈雲へ挑発混じりに首を振る。

ギリギリと歯を噛み鳴らして沈雲はどうするか考える。

 

(先の一手……確かに油断した。コイツらの力は想定外だったんだ。何より一番の想定外はーーー)

 

再び分身を作り上げながら、ちらと綺凛へ視線を動かす。

そう、彼女の眼こそが最大の想定外。

攻撃を見極めるならまだ分かる。だが、隠行を完全に見破るなど想像の埒外だ。

焦燥に駆られる感情を押さえつけ、沈雲は次の手を考え、行動に移す。

 

「……ちっ、やはりそう来るか」

 

沈雲は分身の内二体を綺凛に向かわせると同時に、残った分身と晶へ呪符による攻撃を仕掛ける。

舌打ちしながらも冷静に後ろへ跳びながら飛来する呪符を撃ち抜く。

途端、組み込まれた式が発動し、呪符が爆発を起こす。

 

(爆撃の呪符……これまで使ってきたものと同じか)

 

殆どの試合で沈雲達はこの符を使い相手をいたぶって来た。

だが、どうやら今はそれが目的では無いらしい。

爆風でかすかに悪くなった視界に晶はそれを捉え、即座にその場から離脱する。

 

(やる……!)

 

直後、晶が立っていた場所で爆発が起きる。

先の二枚を囮に、本命を爆風を潜らせていたのだ。

初歩的だがそれを気取らせない巧妙さに舌を巻く。

晴れた視界で戦場を眺めると、綺凛の方でも動きがあったようだが……。

 

(容易く、動かせてはくれないか。まあ、向こうは大丈夫だろう)

 

晶を行かせまいと沈雲が眼前に立つ。

一つ息を吐き出して、ヴィタボウを構える。

 

「……いいだろう。来い」

 

 

 

 

 

 

 

 

避ける、避ける、避ける。

時に駆け、時に跳ね、時に回る。

見えざるを視、識別して動く。

 

呪符の数々、その尽くを回避ないしは『爆破する前に斬り捨て』られて、沈華はもう泣きたくなっていた。

 

(何なの、何なのよ!?コイツはぁ!!)

 

訳が分からないとはこの事かと若干涙目になって沈華は声無く叫ぶ。

先程からずっとこうだ。

フェイントを交えようが背後から放とうが関係無しに綺凛は全てを無効にしている。隠行で見えなくなっている呪符にも関わらずだ。

沈雲が寄越した分身でさえ来て五秒程度しか保たなかった。

 

「ーーーー!」

 

(こ、の…………っ!!)

 

高く跳躍して、制服の袖から何十枚もの呪符を綺凛の頭上からばら蒔く。

半ばヤケに近いが、これならば幾ら見えていようとも避けようは無い。

 

「ーーー勅!」

 

渾身の気合いで呪符へ『気』を通す。

次の瞬間、符が一斉に爆ぜステージを赤く照らす。

これならばひとたまりも有るまいと、爆煙を眺めていると。

 

「……ん?」

 

黒煙の中からズルリと這い出るように刃が現れた。

 

「ぁ……?」

 

続けて足が。

 

「……言った筈です」

 

そして何処までも冷悧な瞳を持った顔、全身が沈華の目に映った。

 

「私の刃は貴女を捉える、と」

 

「~~~っ!!」

 

目が合った。合ってしまった。

途端に恐怖が沸き上がり、冷や汗が流れ、身体が震える。

 

「逃がしません。この《真眼》で貴女を視る限り、絶対に」

 

煤けた制服の埃を気にも止めず、綺凛は米神をコツコツと人差し指で叩く。

《真眼》……これを使えるようになったのはつい先日だ。

元々他者の星辰力の流れを感じられる綺凛の目に晶が着目し、その精度が上がるよう特訓した末に得た『異能』。

それによって綺凛は隠行した沈華の姿を星辰力のヒトガタとして認識することが出来ているのだ。

つまり、今の沈華にとってこれ以上無い天敵なのだ、綺凛の存在は。

 

「御覚悟をーーー。刀藤綺凛、罷り通ります」

 

「あ、ぁああああああああああ!!」

 

半ば宣告のように告げて一直線に駆け出す綺凛に、沈華は隠行を安定させるのも忘れて呪符を絶叫と共にばら蒔き出す。

さらに遮二無二それらを矢鱈滅多らと爆発させる。

 

「落ちろ、落ちろ、落ちろ落ちろ落ちろ落ちろぉぉぉ!」

 

錯乱状態に陥り、狂ったように眼を限界まで見開きながら呪符を際限無く放ち続ける。

だが。

 

「却下です。落ちるのは、貴女です」

 

それでも『麒麟』には届かない。

煙の尾を引きながら沈華の頭上に綺凛が現れる。

肩に担ぐように千羽切を構えるその姿はさながら雷雲のように。

 

「《真眼》壱式―――」

 

そこから振り下ろされる刃は……。

 

「―――斬雷」

 

まさに、雷帝の一撃に等しい。

空を蹴りつけて加速した上段からの一閃は、寸分の狂い無く沈華の校章を切り裂き両断した。

 

『校章破壊!黎沈華、リタイア!』

 

「―――ふぅ」

 

過剰な心労なのか、校章が斬られたのと同時に気を失った沈華を一瞥して、綺凛は肩の力を軽く抜いた。

晶が戦っている方を向けば、沈華の脱落を知った沈雲が焦りを見せながらも呪符を間断も隙も無く放っていた。

 

(先輩の援護に行かないと)

 

幾ら以前より動けると言っても病み上がりなのは変わりない。

手は多い方が良いと思い足を向けたところで、晶が綺凛に一瞬だけ視線を送る。

その意味を察して綺凛は動きかけた体を止める。

 

(『待っていろ』、ですか……)

 

何か策があるのだろう。

心配になりつつも綺凛は大人しく試合の行く末を見守る事にした。

 

 

 

 

 

 

「どうした、真奥とやらはまだ見せてはくれないのか?」

 

「だまれ……!」

 

まるで空に舞う布でも相手している気分だと沈雲はイラつき混じりに舌を打つ。

妹の沈華が落ちた事で戦況は沈雲にとって最悪の状態に陥った。

刀藤綺凛は『無傷』。八十崎晶もまた多少のダメージこそ有れどまだ健在だ。挙げ句攻撃の殆どを矢によって迎撃されている。

この時点で既にもう沈雲のプライドはボロボロといっていい。

そこに更に追い打ちを掛けるのは、晶の目だ。

 

「その目で、僕を見るな……!」

 

まるで次の一手を期待するような、それでいて一つ一つの行動を見透かすような、戦士の目。

自分が見下してきた者達と同じ目が、どうしようも無く神経を逆撫でする。

 

「気持ち悪いんだよ!」

 

「ちっ……!?」

 

分身に紛れ、呪符を複数放つ。

気によってコントロールされたそれらが上下左右から晶を囲い、爆ぜる。

追撃とばかりに正面からもう一枚放ち、爆撃する。

逃げ場を無くしてからの本命の一撃。直撃は必至だろう。

 

「もう、終われ」

 

だが沈雲は止まらず、袖から出した数十枚にも及ぶ呪符を一塊に纏め上げると頭上高くに構える。

単純火力で言えばビルを軽く倒壊させられる程の、沈雲の切り札とも言うべき技。

直撃すれば間違いなく重症は免れず、喩え余波だけ当たったとしてもかなりのダメージになる。

何を思ったか、刀藤綺凛はこちらに来ない。

ならばこの一撃で八十崎晶を落とし、戦場をリセットすれば良い。

 

「不愉快なんだよ……!」

 

黒い感情そのままに、呪符の巨塊を投げる。

 

「っ、先輩!!」

 

綺凛の叫びが木霊した。

直後、桁外れの爆発がステージ全体を深紅に染め上げ、アリーナを揺らす。

黒煙がステージを包み、その中で沈雲は高らかに笑う。

 

「あは、はははは!僕を、僕たちを見くびるからこうなるんだよ!」

 

直撃したという確信が気分を高揚させ、知らぬまに感じていた不安が晴れていく。

アナウンスが流れない事から、まだ息はあるのだろう。だがもう反撃する余裕すらない筈だ。なら後は止めを刺すだけだ。

 

(そうすれば残る刀藤綺凛を対処すればいい。沈華が良いようにやられたが、幾らでもやり様は――)

 

そこで、沈雲の思考は止まった。

何故なら、額に硬い『ナニか』が押し当てられたからだ。

 

「え?は?」

 

「―――御機嫌よう、黎沈雲」

 

困惑する沈雲の正面。薄らぎ出した黒煙から晶が姿を現す。

校章に罅(ひび)こそ入っているものの、身体は殆どダメージを受けた様子が無かった。

 

「な、んで?」

 

「何故?簡単な話だ。貴様の呪符、その爆風を借りたまでよ」

 

沈雲の額に銃剣型煌式武装、〔ブラオレット〕の銃口を当てながら晶はさも簡単そうに答える。

つまりは最初の牽制弾、その爆風に乗って残りの攻撃全てを回避したということだ。

 

「は、はは……馬鹿げてるよ、そんなの」

 

それがどれだけ人間離れしている事か。

沈雲の口から乾いた笑いが溢れる。

 

「おかげで囮に使った弓がイカれたが、安い物だ……さて」

 

ガチャリ、と音を鳴らして晶はブラオレットの銃爪(ひきがね)に指を掛ける。

 

「見くびったのは、貴様らの方だったな」

 

「待っ―――」

 

銃声が四つ、響き渡る。

非殺傷レベルまで威力を落とされた光弾が沈雲の頭を揺らし、そこで彼の意識は暗闇へ落ちた。

 

 

『黎沈雲、意識消失!試合終了!勝者、八十崎晶&刀藤綺凛ペア!』

 

そして歓声が、ステージを包み込んだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*09 二人目の理由


今回短めです。m(__)m


「先輩、お疲れ様でした」

 

「ああ。綺凛こそ、良くやってくれたな」

 

試合終了後、勝利者インタビューもそこそこに切り上げて晶と綺凛は待合室のソファに腰を下ろすと互いを労った。

 

「正直……綺凛の《真眼》が無ければ今回は危なかった」

 

「先輩の特訓のおかげです。つまり二人の勝利です!」

 

ニコニコと朗らかに笑う綺凛につられて晶も口許を緩める。

 

「そうだな。私たちの勝ちだ」

 

とは言え、それも薄氷の上での物だとお互い内心で自戒する。

もし仮に綺凛の《真眼》、その習得が出来ていなかったらこの試合は負けていた可能性が高い。

《真眼》による逆不意打ちからの相手ペースの崩しが奇跡的に噛み合ったからこそ、勝てたと言うべきだろう。

 

「綺凛、眼の方は大事無いか?」

 

「あ、はい。軽い疲れ目だけで、少し休めば大丈夫です」

 

「なら良かった。幸い、今日はもうここを使う者も居ない。時間ギリギリまで休むとするか」

 

晶はそう提案すると、傍らに置いてあったショルダーバッグから目薬を取り出すと綺凛に渡す。

 

「これは?」

 

「念のためにと思って、医者から貰っておいた目薬だ。使ってから少し休むといいだろう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

綺凛は一礼して、早速それを開けて目に差すと薬効によるスーっとした感覚に気持ち良さそうに目を閉じる。

 

「~~っ!目薬は初めてですけど、気持ちいいですね」

 

「初めての割には全く警戒していなかったな……」

 

妙なところで思いきりのいい綺凛に苦笑してしまう。

 

「あ、あの、先輩」

 

「ん?何だ?」

 

と、そこで綺凛がおずおずと手を上げて此方を見る。

どうしたのかと聞くと、綺凛はおもむろにソファから立ち上がると晶の横に座り、その顔を見上げた。

 

「えと……」

 

――のは良いのだが、その先の言葉が出てこない。

しかしもうお互いアイコンタクトで作戦をやりとりするような仲なので、晶も何となく言いたいことを察してしまう。

少しの気恥ずかしさはあるが、一番の功労者のお願いだ。受け入れなければならないだろう。

 

「……薬も馴染んだだろう、少し横になるといい」

 

そう言って太腿から手を退けてスペースを空けると、綺凛は顔を赤くしながらもそこに頭を下ろして横になった。

 

「男の膝枕なと、寝心地が悪いだけではないか?」

 

らしくない事をやっている自覚から、少しむず痒さを感じつつ問い掛けると綺凛はリラックスした様子で晶の目を見た。

 

「いえ……先輩の膝、なんだが安心します」

 

(なんだこの愛い生き物は)

 

気の抜けた笑顔で見つめられ、晶はたまらず目元を押さえて天を仰いだ。

これはまずい、破壊力が高すぎる。

イレーネの照れ顔もそうだが、綺凛のこれも晶にとってはかなり『クる』ものがある。

 

「そ、そうか……」

 

妙な沈黙がながれ、そんな空気を変えようと端末を取り出して他の試合を見ようとした所で、慌ただしいノックの音が響いた。

 

『おい、晶いるか!』

 

「夜吹か……?開いているぞ」

 

ただならぬ雰囲気を感じ、部屋に招くと相当急いで来たのか、額に汗を滲ませた英士郎がドアを開けて入ってきた。

 

「ああくっそ遠いわ。向こうから此方まで……うちの会長は人使い荒すぎるぜ、ってウォイ何してんだ!?」

 

「今は気にするな。それで、どうした?お前がそんなに焦るなど、滅多にないだろう」

 

晶の状態を見て驚く英士郎を手で制して、何故ここに来たのかを問う。

綺凛も余程の事態と捉えたのか起き上がり姿勢を正した。

 

「エンフィールド生徒会長に頼まれてな……シリウスドームから走って来たんだよ。通話じゃなく、直接会って伝えてこいってな」

 

「シリウスドームだと……」

 

肩を竦める英士郎に晶は彼が言わんとしている事を理解した。

 

「そこって確か今日――」

 

「ああ、別グループの準々決勝が行われた場所さ。沙々宮と楠木が出た、な」

 

英士郎の言葉に晶は端末を操作して今日の対戦カードを見る。

そして、ある一点で視線が止まった。

 

 

「対戦相手は例のアルルカントの擬形体。結果は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を少し遡り、準々決勝前のシリウスドーム。

前日の試合で一部破損したステージの修復に少し遅れが出たため、少々長い時間をリスティと紗夜は控え室で過ごしていた。

 

「あー、待ち時間長いなぁ……まるで過疎ってるブロックの緊急クエにぶちこまれた気分だよ」

 

「……たまに楠木はよく分からないことを言う」

 

退屈そうにシャドーボクシングをするリスティに紗夜は見向きもせず、ソファに座って得物である煌式武装の発動体の数々を手に取っては布で拭いていた。

 

「まあ暇ってことですよ。折角面白そうなのが相手なのに、お預けくらってるんですもん」

 

「……楠木は本当にバトルジャンキー」

 

「はっきり言うなぁ……その通りなんですけどね」

 

ざっくりとした言葉にリスティは苦笑いを浮かべるも動きを止めない。

そんな彼女に紗夜は発動体を全て制服の内に仕舞いこんで、常々訊きたかったことを口に出す。

 

「……そういえば、楠木の戦う理由を聞いていなかった」

 

「あー……確かに言ってなかったですねぇ」

 

拳をピタリと止めて、リスティは頷く。

前回の試合前にリスティは紗夜の戦う理由とその真意を聞いている。

それに対して自分の事を話さないのはある意味不公平だろう。

リスティはそう納得すると紗夜の横に座る。

 

「……やっぱり、強い奴と戦うため?」

 

「まあ、確かにそれもありますね。純粋に誰かと戦うっていうのが楽しいですし」

 

「……別の理由もある?」

 

紗夜の言葉に頷いて、リスティは虚空を見つつ話し出す。

 

「私、こう見えて昔は身体がすっごく弱かったんですよ。十分くらい歩いただけで直ぐ倒れるような。嘘みたいでしょ?」

 

「……そうは思えない」

 

「でしょ?でも実際そんなんで両親からもあまり出歩くなって言われてたんです。何でも、大気中の万応素に身体が過敏に反応しちゃう病気だったそうで。まぁ今は完治したんですけど」

 

「……」

 

「それが原因で小学生の頃苛められてまして。だから、そいつらを見返してやりたいんです。その上で」

 

「その上で?」

 

「ずっと好きな人に告白する!!」

 

強く、叫ぶようにそう宣言したリスティに紗夜は呆気にとられたように目を見開く。

 

「――それが私の願いです。だから、この願いは誰かに叶えて貰う必要は無い……私が自分で叶える願望(ユメ)ですから」

 

「……そうか」

 

明るく笑うリスティを見て、紗夜もつられて笑みを浮かべる。

願いは違えど、その思いは同じだと解ったからだ。

そう。この願いは自分で掴まなければならない夢なのだから。

 

『ステージの修復が完了しました。次の試合の選手はステージ入場口までお越し下さい。繰り返します――』

 

「っと、やっとお呼ばれですか」

 

「……ん」

 

アナウンスが流れ、リスティと紗夜は煌式武装の発動体を携えるとソファから立ち上がる。

そこで紗夜がリスティに声を掛けた。

 

「……『リスティ』」

 

「え?」

 

「……全力で行こう」

 

「――ふふっ、りょーかいっ」

 

コツンと拳と拳を合わせ、決意と覚悟を胸に二人は歩き出す。

その先に居る、強敵へと向かって。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*10 本気

『はいはーい、皆様大変長らくお待たせしました!《鳳凰星武祭》準々決勝第三試合、いよいよスタートです!実況は私、梁瀬ミーコ!解説はチャムさんでお送りします!』

 

『どもッス。いやぁ、待たされた分、観客の皆さんのボルテージもかなり上がってるッスね』

 

『それもその筈、今試合は《鳳凰星武祭》の中でも注目のカードですからね!』

 

『星導館の《凶拳絶脚》、楠木リスティ&沙々宮紗夜選手ペアに、特例による代理出場ながら圧倒的な性能を見せ付けるアルルカントのアルディ&リムシィ選手。お互い殆ど無傷でここまで来てるッスから……この試合、面白くなりそうッスよ?』

 

「――へぇ?期待はされてるんだ、私ら」

 

歓声に紛れて聞こえる実況と解説の声を聞いてリスティは以外とばかりに首を傾げた。

その両手足には既に〔ディオエイヴィント〕と〔ディオラウンジプル〕が装着されていた。

 

「……流石に煩い」

 

煩わしげに眉を潜めながら、紗夜は対峙するアルディとリムシィを睨む。

歓声が落ち着いてきた所でアルディが仁王立ちのまま声を張り上げた。

 

「聞くがよい!今回も貴君らには一分の猶予をくれてやろう。その間我輩たちは一切攻撃を行うことはない。存分に仕掛けてくるがよい!」

 

およそ擬形態とは思えぬ感情の入った言葉は見た目に反し、ある意味で人間らしい。

 

「案の定の提案、か……んじゃお言葉に甘えますか。沙々宮先輩、そっちお願いしますね」

 

「了解した……楠木」

 

「なんです?」

 

「――勝つぞ」

 

紗夜のストレートなエールに拳を掲げて、リスティはアルディの巨躯を見据えてニヤリと笑った。

 

 

『《鳳凰星武祭》準々決勝第三試合、試合開始!』

 

 

ブザーが鳴り響くや否や、彼我の距離をジェットブーツの加速で詰めたリスティの蹴りがアルディに炸裂する。

しかし、その攻撃はこれまでの試合と同様、

 

「やっぱ無理か~」

 

「無駄である」

 

絶対防壁と呼ばれる小さな光の壁に阻まれてしまう。

 

「まあ、これくらいじゃ駄目だよね、うんうん」

 

ふわりと地面に降り立ち、仁王立ちのまま変わらぬアルディの前でリスティは楽しげに頷く。

 

「意外だな。楠木リスティ、貴君が来るとは」

 

そんな事をしていると、アルディが驚いたような声音でリスティを見た。

 

「……ん?ああ、アンタの防壁(それ)を破るには、近接一辺倒の私じゃ相性悪いとか予想した?」

 

「然り。さらに言えば貴君の得物はどちらも量産品の煌式武装だ。その程度の出力では我輩の防御障壁を抜くことはできまいよ」

 

それが当然だと言わんばかりに胸を張るアルディにリスティは挑発じみた言葉を受けたと言うのに相変わらず笑ったままだった。

 

「確かにねぇ。事実、蹴りじゃ傷一つついてないしね。普通の方法じゃ無理だねこれは」

 

困った困ったとリスティは肩を竦めたかと思えば今度は剛拳を構えた。

 

「でもさぁ、『普通じゃない方法』ならワンチャンありそうじゃない?」

 

「……む?」

 

獰猛に、まるで獣のように口を歪ませて己が星辰力を高める。

後ろに引き絞られた右拳のディオラウンジプルの廃熱口から煙が吹き上がる。

 

「ってなワケで。一発受けてみなよ……っ!」

 

拳が放たれる。

当然、それは展開した防御障壁に阻まれ静止する。

しかし次の瞬間――アルディの躯体が『後ろにずれた』。

 

「ぬ、お……!?」

 

驚愕しながらも体勢を立て直すアルディ。

その腹部の装甲は、拳大ほどの大きさに凹んでいた。

 

「――人間、なめんな」

 

してやったり、と挑発的な笑顔を浮かべてリスティがそう言った途端、会場全体を揺らすほどの歓声が沸き上がる。

 

『お、おぉーっとぉ!つ、ついについに!今まで傷一つつかなかったアルディ選手が攻撃を受けましたぁ!楠木選手、一体どんな奇策を打ったのでしょうかぁ!?』

 

「一体、どういうことであるか……?我輩は確かに貴君の『拳を止めた』筈……」

 

声を張り上げる実況を余所に、アルディは自身の腹部を見て唖然としていた。

対してリスティは相変わらず笑ったまま首をコキリと鳴らす。

 

「さて試運転はこんなもんでいいっしょ。……そんで?まだ無抵抗を続ける気?だとしたらアンタは負けるけど」

 

一歩、距離を詰めて再びリスティの拳が撃たれる。

そしてそれは展開された防御障壁に阻まれる。先ほどの焼き直しのような光景。

そして今度は左腕の装甲が鈍い音を立ててひしゃげた。

 

「――どうする?」

 

「……うむ」

 

リスティの問いに、アルディは自らの武器を振るう事で答えた。

ハンマー型の煌式武装が側面から襲い来るが、それを剛拳を叩きつけて止める。

 

「お見事!その武、確かなモノであると認めざるを得ん!……無礼を侘びよう、楠木リスティ」

 

『な、なんとアルディ選手、自ら攻撃を仕掛けました!宣言から五十二秒!一分経過していません!』

 

互いの武器をぶつけ合わせたまま、睨み合う。

 

「無礼を侘びた上で聞きたい。どうやって我輩の防御障壁を抜いたのだ?」

 

「簡単に言えば防御障壁は絶対では無いってことだよ」

 

物騒な光景とは裏腹に気軽な雰囲気でリスティが空いた左手をプラプラと揺らす。

 

「ヒントならアリーナ(ここ)で試合を生で見てれば沢山あった。防御障壁が阻めないモノ。それは『振動』だよ」

 

「何……?」

 

「ま、正確には振動を障壁の裏から通しただけなんだけどね」

 

「……これはまた、奇怪な」

 

自分こそその奇怪の塊でありながらアルディはそう口にせざるを得なかった。

彼女はさも簡単そうに宣ったが、『裏打ち』と言う技術はそんなあっさり獲得し、実践に移せるモノではない。

眼前の人間にある種の畏怖のような感覚を覚えながら、ハンマーを握り直して構える。

リスティもそれに応えるようにしてジェットブーツとナックルを構えた。

 

「星導館学園《凶拳絶脚》、楠木リスティ」

 

「アルルカントアカデミー、アルディ!」

 

「「いざ参る!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わお、どっ派手ー」

 

一方の紗夜はアルディとリスティのぶつかり合いを横目に見て人前では珍しく笑っていた。

 

「理解できません」

 

その姿を見て、リムシィは一言口にする。そこには疑問がありありと含まれていた。

 

「何故、貴女はこの一分間、一度も攻撃をしなかったのですか」

 

驕りや見下しでは無く、純粋に理解できないと思考回路が出した答えを言葉として吐き出す。

主にアルディ(相方)のせいで一分間も相手に猶予を与えたというのに、攻撃のチャンスは幾らでもあったのに、何故……眼前の少女は引き金に指をかけるどころか煌式武装を展開しなかったのか。

 

「……それだと、『意味がない』。何も」

 

「は……?」

 

「別におまえたちがどう思おうが関係ない。私はただ本気のおまえたちと闘いたかっただけ」

 

そう言い切って紗夜は漸く煌式武装の起動体を手にする。

直後、リムシィが両手に持つ巨大な銃型煌式武装が人外の速度で引き金を引いた。

その様はまさに嵐と言える。

紗夜は焦ること無くそれをかわすと、煌式武装を起動する。

 

「四十一式煌式粒子双砲ヴァルデンホルト」

 

持ち主の呼び声に応え、身の丈を優に超える巨砲が顕現し、その両の砲門に光を灯す。

展開と同時に星辰力を注がれたマナダイトがバレルにエネルギーを溜め、臨界へ至る。

 

「……バースト」

 

尚も襲い来る光弾を掻い潜って放たれるは青白い光弾。

微妙にタイミングをずらした発射により、光弾の一つがリムシィに直撃、臓腑を揺らすほどの爆発が上がり、躯体をステージ端まで吹き飛ばし、壁にクレーターを作る。

凡そ『人に向けていい火力ではない』。

突き抜けた破壊力を見せ付けて、紗夜は舞い上がる土煙の奥へ砲口を向けて、紗夜は告げる。

 

 

 

「本気で来い」

 

 

土煙の中で、機械の眼が紅く輝いた。

 

 

 

 





今回で原作第四巻でのお話は終了です。
キャラ設定の後、五巻目のお話にする予定ですm(__)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Code4 人物設定

・星導館学園

 

八十崎 晶

 

綺凛と共に界龍の宋&羅、準々決勝にて黎沈雲&沈華ペアと対戦、病み上がりの身体を押し、綺凛の活躍もあって無事勝利した。

雪鴉の代償もあり、未だ積極的に戦闘参加は出来ていない。

準々決勝前にユリスの紹介でフローラ・クレムと知り合い、短いながらも面倒を見た。

本章にて『天霧 遥との再会』、『ウルサイス姉妹の救済』という二つの願いがあることを明かした。

 

ヴィタ・ボウ

銀河製の長弓型煌式武装。見た目はPSO2の物と同一。

現行使用されている弓型はランディ・フックの持つボウガンタイプが殆どだが、ヴィタ・ボウは純粋な弓と矢筒から構成されている。

装填から発射までが早いボウガンタイプに比べ、発射までが長く、また当てるにはそれなりの技量を必要とする。

ただし使いこなせれば曲射による奇襲や強力な一矢による一点突破を可能にするためか好んで使う使用者もいる。

 

ブラオレット

銀河製銃剣型煌式武装。見た目はPSO2と同一。

剣形態では上下に別れたノコギリ状の光刃を展開、銃形態ではそれらが折り畳まれ銃身になる。

その機構の複雑さ故に取り回しは一般的な物に比べてコツが要るものの、火力や状況対応力は中々のモノ。

 

 

 

刀藤綺凛

 

星導館学園元序列一位にして晶のパートナー。

ウルサイス姉妹戦にて負傷した晶の分も自分が頑張らねばという決意のもと、五回戦及び準々決勝にて奮戦、《疾風刃雷》に偽りなしの活躍をみせた。

 

《真眼》

綺凛が晶との特訓を経て獲得した能力。準々決勝にて使用。

原作《獅鷲星武祭》編にて獲得した《千里眼》の前身、あるいは劣化版。

元々の素養としてあった『他者の星辰力を感じ取る』力を視覚を通して明確化、認識レベルを上げた事で黎沈華のような隠形すら見破ることが可能になる。

また、それによって攻撃の予兆を捉えることである程度行動の先回りが可能となった。

副作用として使用終了後に疲れ目のような症状か現れ、一時的に視力がダウンする。

 

 

 

楠木リスティ

 

晶たちと時同じくしてシリウスドームでの準々決勝にてアルルカントアカデミーの擬形体、アルディ&リムシィペアとの闘いに挑む。

 

《裏打ち》

リスティがアルディの防御障壁を破る為に編み出した技。攻撃による衝撃(或いは振動)の発生点を拳の『先』に置く事で拳そのものを阻まれてもその衝撃を本体に届かせる。

本人いわくアルディの防御障壁を破る『普通じゃない方法』。

 

 

 

 

沙々宮 紗夜

 

リスティとペアを組み、自らの望みの為にアルディ&リムシィに挑む。

リムシィに対し「本気で闘わなければ意味がない」と告げ、一撃を見舞った。

 

四十一式煌式粒子双砲ヴァルデンホルト

 

紗夜の持つ大型武装。名前の通り左右に一門の砲口が存在する。

一発だけでもリムシィをアリーナの壁まで吹き飛ばす程の火力を有する。

その外見はかなり厳つい。

 

 

・界龍第七学院

 

宋&羅

 

第五試合にて晶たちと対戦した、界龍でも武術を得意とする《木派》のペア。

宋は《気》による身体強化を用いた素手の肉弾戦、羅は棍を使った戦闘法をとる。

揃って武人然とした外見と性格で、試合後には晶たちにエールを贈るなど、実直な面を見せた。

後述の沈雲&沈華、ひいては《水派》には考えの相違からあまり良い思いは持っていない。

 

 

黎沈雲&沈華

 

準々決勝にて晶ペアと対戦した。

沈雲は《幻映創起》、沈華は《幻映霧散》の二つ名をそれぞれ持つ。

界龍では主に呪符を使った術などを得意とする《水派》に所属する。

基本戦術は変幻自在の幻術によって相手の動きを制限し、イニシアチブを掌握した上でなぶり倒すというサディスティックなもの。

しかし綺凛が《真眼》を使用したことにより戦術を真っ向から破られ、準々決勝にて敗退となった。

 

 

 

 

・etc

 

フローラ・クレム

ユリスの故郷リーゼルタニアより、彼女の様子を見るためにやってきた幼い童女。

基本的には原作と変わりはない。

猫耳のようなカチューシャにメイド服という一部の紳士が立ち上がるであろう出で立ちをしている。

舌足らずなしゃべり方が特徴。

晶に案内されたゲームセンターに何故かあったバーチャ○ンで無双、ウルサイス姉妹と晶を叩きのめすといった謎のセンスが発現した。(本作オリジナル設定)

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

code5 Another way
*01 城塞


「しゃあぁっ!」

 

「ぬぅん!」

 

ズシリ、と内臓に響くような音が鳴り渡る。

音の出所を見た観客たちは訳がわからないという顔になる。

それもその筈。

何をどうすれば巨大なハンマーと拳が打ち合って相殺できるのか。

 

「ああもう、かったいなぁ!」

 

「我輩にすれば貴殿の拳こそ強固極まりない!」

 

再度、爆音が鳴る。

ジェットブーツが唸りを上げて鋭い蹴りを放つが、アルディはそれに一瞥もせず防御障壁で防ぐ。

それすら折り込み済みだったのか、リスティは止められた脚を軸にジェットを噴射、身体を捻り拳を叩き込む。

 

「ぐ、ぬぅ!」

 

防御障壁を事実上無視する《裏打ち》によってアルディの右肩の装甲が潰れる。

そこで強引に追撃をすること無くリスティはバク転して一度距離を取った。

 

「ふむ、追撃せぬのか」

 

「やったら強引に引き剥がそうとするつもりだったでしょ?」

 

「ほう……」

 

何故、というニュアンスの籠ったアルディの声にリスティは肩を竦めて首を振った。

 

「一手前より確実に反応速度が上がってたし……大体、『人間』とは違った動きが出来て当然なんだから多少は警戒するよ」

 

そう、アルディもそして紗夜と弾幕シューティングよろしく撃ち合っているリムシィも高度な知能(AI)を持った擬形体。

一度受けた攻撃を学習し、対応パターンを思考する速度は人間を上回る。

さらに人間とは違い、躯体が幾ら壊れようが代えがきくのだから人体におけるリスクを無視した動きが可能なのは明らかだ。

 

「成程、そこまで読まれていたか」

 

「まあ大体は勘なんだけどね!」

 

「……なんと」

 

あっけらかんとドヤ顔でそう宣ったリスティにアルディは唖然とした声を出す。

勘、という言葉は知っている。それがどういった意味のものかも。

だが、そんな不安定な物を頼りに彼女は戦っているという。

 

「まっこと、人間とは面白い!それでこそ闘い甲斐があるものよ!」

 

それを知ってアルディは大笑する。

彼にとって、予想外や想定外は歓喜する事柄だ。何故ならそれを知り、糧とすることで自身は更に強くなれると思考しているからだ。

 

「ならばこそ!貴君らのような強者に『このまま』では失礼であろう!」

 

「このまま……?」

 

アルディの言葉にリスティは警戒を強めた。確実に何かある。

 

「ふっふっふ……さぁリムシィ、今こそ『アレ』を披露するのである!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「却下」

 

即断即決どころか予め用意していたような速さでリムシィはアルディに一瞥もくれずに提案を切り捨てた。

端から見てもあまりに酷な対応にアルディががくりと肩を落とす。

 

「なぜであるか?」

 

「そのない頭で少しは考えなさいこの木偶の坊。この状況でそんな真似をする必要性がないでしょう。なによりその決定権は私が持つ物であなたにはありません」

 

マシンガンの如く叩きつけられた正論にアルディは悲しみのあまりうなだれてしまった。

これには紗夜も若干哀れみを覚えてしまった。

とはいえ、それはそれだ。

相手が何か手を出してこない以上、その一手を打たれる前に決着を着けるべきだ。

 

「…………っ!」

 

リムシィが左手に持つ大型の銃型煌式武装《ルインシャレフ》から放たれる怒涛ような光の奔流をローリングで回避しながら舌を打つ。

続けて右手の銃から雨のように光弾が降り注ぐも、《ヴァルデンホルト》を盾がわりにしながら凌ぐ。

紗夜のポテンシャルとリスティのバトルスタイルからして彼女らを相手に長期戦など論外だ。

 

(なら、やれるときにやる……!)

 

《ヴァルデンホルト》はまだ発射後の強制冷却が終わっていない。

かと言ってこのまま攻撃を一方的に受けるのも癪と言うもの。

ならば、多少無理にでも押し通るべきだ。

覚悟を決めると、迷わず袖口から一本の発動体を取り出しながら、リムシィへ向かってチャージ半ばの《ヴァルデンホルト》の砲口を向ける。

 

「……シュート」

 

「自棄でも起こしましたか?」

 

冷却もままならず、半端な威力で撃たれた光弾は当然、リムシィの放つ光弾に押し負け爆る。

だが、それこそが紗夜の狙いだ。

即座に発動体を起動、《ヴァルデンホルト》とはまた違ったシンプルな外見のそれのグリップを握り、マナダイトに『火を入れる』。

 

「……なるほどそれが、奥の手、と言うわけですか」

 

紗夜が両手に担ぐあまりにも巨大な砲を見てリムシィの目が細まる。

 

「特十一式煌式粒子単装砲《エンディミオン》」

 

ヴァルデンホルトとは違う、白とグレーで彩られた砲身。されど雄々しい威圧感を放つその砲口の奥に星辰力の焔が灯る。

 

「ふふ……そうですか。なら、いいでしょう。もう一度力比べと参りましょう」

 

リムシィはそう言って笑うと、地上に降り立ち、左腕のルインシャレフを構える。

飛行用のエネルギーをルインシャレフに回す為だろう。

文字通り、力比べをするつもりだ。

 

「……エネルギーライン、全段直結。リミットリリース」

 

「ルインシャレフ、最大出力」

 

互いの砲口から眩い輝きが収束していく。

収束し、圧縮し、粒子運動を加速。

溜め込まれたエネルギーが暴れようともがくのをギリギリのラインで調節して抑える。

輝きは更に強まり、地上に二つの魁星が顕れる。

そして、その輝きが。

 

「……ディバインランチャー・零式」

 

「発射!」

 

衝突した。

発射の衝撃で地面を抉りながらも態勢を整えて紗夜は光弾の行方を見る。

エンディミオンから放たれた高密度に圧縮された光弾がリムシィのルインシャレフから発射された光の奔流に真っ向から撃ち当たり、打ち消した。

 

「なんっ……!?」

 

信じがたい光景を目にしながらもリムシィは身を翻し、回避しようと動き出す。

だが、そうするには遅すぎた。

 

「どっかーん」

 

紗夜がそう声を上げた直後、リムシィは薄緑の巨大な光の中に飲み込まれた。

吹き上がる爆風と衝撃がステージの障壁は愚か、アリーナ全体を揺らす。

観客席からは悲鳴があがり、実況と解説の声すら聞こえない。

 

「……やっぱり、これは疲れる」

 

排熱煙を噴き出すエンディミオンを担いで、紗夜は収まりつつある光を見ながら愚痴る。

《ディバインランチャー・零式》。

紗夜の父が提唱するロボス遷移方式を最大限利用した、晶が考案し、紗夜が形にした砲術式。

ロボス遷移方式によって圧縮形成された光弾を更に圧縮し、粒子を加速。それを発射の際バレル内部で臨界まで高めて対象にぶつけ、爆発させる。

その威力は、今目の前に広がる惨状が物語っている。

 

爆心地には巨大なクレーターが出来上がり、床は軒並み捲れ上がるか砕け散っている。

壁も同様、罅が入っているだけで済んでいるならマシな方だ。

これが、リムシィ達が立っていたステージ半分の現状だ。

 

「……っ」

 

爆風が収まり、リムシィの姿が顕になる。

爆心地で左腕をだらりと下げ、苦悶とも悔しげとも取れる表情で膝を突いている。

しかし、紗夜はそんな光景に首を傾げた。

 

(アレをくらった割には、ダメージが少なすぎる)

 

ステージの半分を優に吹き飛ばす威力なのだ。左腕と多少の傷で済む筈が無い。

だが現にリムシィはその程度のダメージしか受けていないのだ。

彼女に防御用武装は無かった。であるなら、考えられるのは一つ――。

 

「ふははは!正に間一髪であったな、リムシィ!」

 

鉄壁を持つ、もう一人(アルディ)が間に入ったと言うことだ。

 

「先輩、ごめん!止めらんなかった!」

 

クレーターの縁から、リムシィを守るように立つアルディを見ていると、リスティが駆け寄ってきた。

 

「あんな瞬発力があったとはね……てか、あの障壁、遠くにも発生できるとか、聞いてないんですけどぉ!?」

 

インチキだー!と癇癪をおこすリスティをチョップで黙らせ、紗夜は油断なくアルディ達を見据える。

リムシィの武器は損壊、躯体にもそれなり以上のダメージがある。アルディもリスティの『裏打ち』によるダメージが目に見えている。

状況は此方の優勢に見えるだろうが、それはあくまでそう見えるだけだ。『確実』ではない。

 

「……認めましょう、貴女方の実力を」

 

現に、彼らは擬形体という躯を示すように未だ立ちはだかっている。

そして、まだ手があるのだと。

 

「ですので、此方も全力で行くとします……アルディ、不本意ではありますが、貴方の提案を承認します」

 

「ふ、ふははは!そう来なくてはなぁ!」

 

「第一外部装甲、各種煌式武装並びにACMユニットパージ。リミットコントロールを〔AR-D〕へ委譲」

 

リムシィの身体から飛行ユニットと装甲が外れ、更に複数の煌式武装が顕現し宙に浮く。

 

「いざ、いざいざいざ!接・続(コネクト)ォ!」

 

そして、アルディの叫びに呼応するようにそれらが一斉に彼の躯体へと殺到する。

展開された装甲へ飛行ユニットや煌式武装が装着されていく。

 

「ちっ!」

 

あの動作が完了したらマズイ、と本能で感じとったリスティがジェットブーツの残光を牽きながら加速する。

 

「グラン――ウェイブ!」

 

その勢いのまま強烈な蹴りを放つのとアルディの躯体から蒸気のような白煙が上がったのは同時だった。

ドンッ、重低音が響く。

 

「楠木……!」

 

一瞬の静寂に、紗夜の焦り声が零れる。

と、白煙の中から弾かれるようにしてリスティが大きくバク転をしながら紗夜の隣に降り立った。

 

「仕留めきれなかった……っ!」

 

舌打ちしてリスティは白煙を――その中にある存在を睨む。

紗夜もつられて視線を移すと、白煙が薄らぎ、隠されたものを露にした。

 

「接続完了――」

 

これまでの彼(アルディ)を『鉄壁』と称すなら、今紗夜たちの目の前に立つ彼は――。

 

「さあ、ここからが本番である!」

 

『城塞』と呼ぶに相応しい。

リムシィの武装との合体を果たしたアルディが青く染まった光を総身から溢れさせ、意気を示さんと鉄槌を振るい上げた。

 

「……これは、厄介そう」

 

「ですね……。でもまぁ」

 

そんな彼を見て紗夜は眉根を寄せるが、リスティは逆に口元を歪めた。

 

「面白くなってきた……!」

 

獰猛な獣のように。

戦闘狂なパートナーのスイッチが入ってしまったことに紗夜は呆れながらも笑った。

どうやら自分も感化されてしまったらしい。

排熱とリチャージを完了したエンディミオンを担ぎなおし、レティクルをアルディに合わせる。

そうとも。臆する暇など、こちらには無いのだから。

 

「……援護は任せろ」

 

「ははっ!それじゃあ、行きますかァ!」

 

目指すは鉄の城塞。

今、第二ラウンドの幕が静かに上がった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*02 壮絶なる戦い

「どう思います?」

 

今しがたステージで起きた事態を特別席で眺めながらクローディアは訊ねた。

 

「――例外(イレギュラー)だ」

 

その背後、外と隔たれたブースの壁際に立った存在がくぐもった声で答える。

闇そのものを象ったような存在の名は、【仮面】。

ここ六花の裏社会において知らぬものは居ない、死神。

 

「例外、ですか」

 

「ああ……『この展開は無かった』。あの二人がここまで戦えるのはな」

 

眼下にてリムシィの武装と合体を果たしたアルディに対峙する二人の少女を見据えて、【仮面】は静かに呟く。

その声音には微かな驚きが籠っていた。

それを聞いたクローディアは小さく口端を吊り上げ微笑む。

 

「とすれば、貴方が嘗ておっしゃった『始まり(0)に最も近いもう一つ(1)』になるかも知れませんね?今回は」

 

「さて、な……確信に至るにはまだ早い」

 

クローディアを見ることすらせず、【仮面】は頭を振った。

 

「――所詮、これは始まりの途中なのだからな」

 

諦めたような、それでいて何かに期待するような、二律背反の感情がない交ぜになった声が吐き出される。

それきり二人は会話を止め、試合の行く末を見んとステージへと意識を集中するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「滾る、実に滾るぞぉ!これこそが我輩の真の姿!」

 

鋼の巨躯を揺らしてアルディが興奮を顕に大笑する。

 

「ていうか合体とかロマン過ぎない?」

 

「ずるい……かっこよすぎる」

 

そんな彼の姿を眺め、リスティと紗夜は幼子のように目を輝かせた。

根っからの(熱血的な)ロマンチストなリスティとメカニックな紗夜にとって今のアルディの姿はズルいにも程がある。

しかし、今は試合中。個人的趣味趣向にうつつを抜かしている場合ではない。

頭を振って邪念を払うと、リスティは目線を鋭くしてアルディを観察した。

 

(ぱっと見じゃ、射撃武装と装甲が増えただけ……でも、それだけじゃない)

 

これもまた勘というやつだが、どうにも単に武器が増えただけとは思えないのだ。

しかし目算では限界がある。もとより考えるのは得意ではないのだ。

であれば、後は実際に感じとるしかない。

 

「……さっきも言ったが、援護は任せろ」

 

「了解!」

 

紗夜からの心強い言葉にリスティは拳を強く握る。

 

「準備は完了したか?」

 

此方も『慣らし』が終わったのだろう。アルディが巨大な鉄槌を片手に問う。

 

「「何時でも掛かってきな」」

 

挑発するように笑いながら二人同時に答える。

 

「そうか。では――参る!」

 

アルディが叫んだ。

その瞬間、リスティは反射的に拳を出した。

フリッカージャブ。高速の三連撃がアルディの鉄槌と打ち合う。

そう、彼は正に一瞬で彼我の距離を詰めて鉄槌を振るってきたのだ。

先程までとは文字通り、次元が違う。

 

「ハッ――!」

 

横凪ぎに襲い来る鉄槌を掻い潜り、空気を潰す勢いで鋭く拳を放つ。

ダッキングブロウ――攻防一体の剛拳はしかし、防御障壁に阻まれその躯体に届かない。

その『衝撃』さえ。

 

(マジ……っ!?)

 

追撃を転がるように回避しながら見た光景にリスティは内心が驚愕に染まる。

アルディはあろうことか、防御障壁を積層して展開したのだ。

衝撃の起点をずらすのが『裏打ち』ならば、その起点全てを潰せば良いと結論づけたのだろう。事実、『裏打ち』は機能せず、アルディにかすり傷一つ刻まれていない。

 

「ぬぅん!」

 

「まだまだぁ!」

 

上段からの振り下ろしを回り込むように避けながら裏拳を三発叩き込む。

サプライズナックルと呼ばれる技もやはりアルディの身体を捉えることは出来ず、防御障壁に阻まれてしまう。

 

「やっぱり……このままだとキツいか!」

 

「ほう、貴殿はまだ手を残していたのか!」

 

ガツン、とジェットブーツと鉄槌をぶつけ合い、その反動を使って一度に距離を取る。

そこへ紗夜の砲撃がアルディに炸裂するが障壁に阻まれ霧散してしまう。

 

「あっきーには止められてるんだけどねぇ……でもまあ、こういうときにこそ使わないと、ね」

 

態勢を立て直して両拳をぶつけ合わせ、気合いを入れる。

 

「先輩、準備はオッケー?」

 

「……何時でも。アイツのタネは解った。楠木は好きに暴れていい」

 

リスティの背後で冷却を完了したエンディミオンを担いだ紗夜がGOサインを出す。

そうと決まれば、後はやるだけだ。

身体を弛緩させ、星辰力の流れを組み替える。

炎のゆらめきのように全身から星辰力が沸き上がり、ナックルとジェットブーツからは赤い光が吹き出す。

そして、かつてPSO2の中で何度も言ってきた言葉を唱える。

これより先、楠木リスティは"凶犬"となる。

 

「敵ノ殲滅ヲ最優先トスル」

 

――枷が、外れた。

 

「むぅ!?」

 

警戒していたアルディが即座に鉄槌を前に構えるとダンプカーでも突っ込んできたのかと思わせる程の衝撃が襲った。

その正体は他ならない、リスティだ。

何をしたか……単純に、ジェットブーツで近寄ってただ殴っただけだ。

その威力は以前とは比較にならない。

でなければ全体的な出力が跳ね上がったアルディの腕を弾くなど出来るはずがない。

 

「ふんっ!」

 

「ははっ!」

 

衝撃音。

アルディの振るった鉄槌とリスティの蹴りがぶつかり相殺する。

出力が上昇したアルディの膂力に拮抗するリスティの姿に観客席がどよめき立つ。

 

「ぬぅおおおお!!」

 

「シャアアアアッ!!」

 

鼓膜が破れるのではないかと思わせる爆音を響かせて怒涛の連撃がぶつかり合い、喰らい合う。

――PSO2には、ファイターと言うクラスがある。

中でもリスティの使う剛拳(ナックル)は超近接戦に特化した武器だ。

そしてそんな剛拳と相性の良いクラススキルが存在する。

名を、〔リミットブレイク〕と言う。

PSO2では体力上限を極限まで下げ、対価として攻撃力を跳ね上げる効果を持つそれを、リスティはこの世界で独自に開発、修得した。

 

「この力……よもや貴殿、血迷ったか!?」

 

「ハハハ、どうだろうねぇ!」

 

そのカラクリを解析したアルディが叫ぶ。

リスティの〔リミットブレイク〕、その効果とは即ち――特攻である。

防御に回す星辰力を僅かに残し、他の全ての星辰力を攻撃に回す、ある意味自殺染みたものだ。

いっそ狂っているとも言えるだろう。

一撃でも擦ればそれだけでリスティは紙のように吹き飛ばされ、下手をすれば二度と動けなくなる。

だが、それでも。

 

「アンタに勝てるなら安い代償よ!!」

 

「ぐう!?」

 

振り下ろされる鉄槌にスライドアッパーを叩き込んで"弾き返す"。

幾ら予想外や想定外を求めるアルディでもこれは理解出来なかった。

《星脈世代》であれ誰であれ、本能的に傷付く事への恐怖がある。

だからこそ身に危険が迫れば星辰力を防御へと回す。それは"ヒト"である以上当たり前の事。

だが、彼女は……今のリスティはその本能を『理性』で御し、異常なまでの力を発揮している。

もはやヒトの所業ではない。いっそ狂ってさえいる。

 

「ゼェアアッ!!」

 

獣染みた咆哮と同時に尋常ならざる速度で左右から揺さぶるような蹴りがアルディを襲う。

モーメントゲイルと呼ばれる連続攻撃だ。

 

「まだまだぁ!」

 

しかしこれをアルディは鉄槌と防御障壁を巧みに操り防ぎ切る。

そしてリスティを突き放す為に全身の射撃武装を起動、砲門を向けるが、そこにリスティの姿は無かった。

代わりに見えたのは離れた位置から此方に砲口を向ける紗夜の姿だった。

 

「特六十六式煌式単装破城砲……ファイナルインパクト」

 

黄と白のツートンカラーに彩られた流線型の巨砲は花弁のような四つのパーツを展開して、中央の砲口へ星辰力を集約している。

 

(あの大出力は確実に躯体そのものにかなりの負荷を掛けている筈……なら、多少無理にでも力を出させればそのタイムリミットは早まる)

 

眼前に投影された光学レティクルに照準を合わせ、腰に懸架された小さな箱から発射された四つのアンカーで身体を固定する。

そして躊躇いなくその銃爪を引いた。

 

「スフィアイレイザー……《バースト》」

 

掛け声と共に放たれるは光の大奔流。

リムシィの《ルインシャレフ》、その最大出力すら霞む巨大な光が一直線にアルディへ殺到する。

 

「全射撃武装、鎮圧解除……撃てぇぃ!!」

 

負けじとアルディも全身の射撃武装のリミットを解除した一斉射を開始する。

ぶつかり合う光と光。

眩い閃光がアリーナを白く染め上げる。

互いに押し合う拮抗状態。

 

(リスティが無茶を通した……なら、私も押し通す……!)

 

覚悟を決め、紗夜は更に強く、深く銃爪を押し込む。

 

「ファイナルインパクト……《フルバースト》」

 

「な、に……!?」

 

更に膨大になった力にアルディの声が呑まれる。

あまりの反動にアンカーで固定したベルトが食い込み、砲身は赤熱してトリガーを握る指も手も焼ける。

それでも構わぬと紗夜は両手で暴れる砲身を抑え込む。

 

「これが……私の、全力全開」

 

そう呟いて最後の一押しとばかりにトリガーを限界まで引き絞り、ついにはアルディの姿は見えなくなった。

やがてエネルギーの全てを出しきったファイナルインパクトが、至るところから煙を吹き上げて沈黙したところで、光の奔流は消え失せ、その爪痕が顕になる。

この光景を一言で言い表すなら、焼け野原という他ない。

床は捲れるどころかガラス状に溶け、蒸気にも似た白煙が焦げた異臭を漂わせる。

壁際も当然似た様相になっており、戦争でも起きたのかと観客に錯覚させる。

 

「ふ、ふふ……はははははははは!」

 

そんな地獄の直中から空気を震わす大笑が響き、紗夜の耳朶を叩いた。

 

「見事……お美事という他ない!よもやこの状態の我輩が此処まで圧されるとは!やはり人間は面白い」

煙を纏って現れたアルディが鉄槌片手に称賛してくる。

全身の射撃武装はスフィアイレイザーの威力に耐えきれなかったのか砲口付近から所々溶解してしまっている。だが、本体は多少煤けた程度で未だに健在だ。

 

「あんだけやってまだ耐えるとか、設計者様は神様でも殺す気なの?」

 

上空に退避していたリスティが若干げんなりとした表情で紗夜の隣に降り立つ。

 

「確かに耐えられはした。しかしお陰でこちらも危ういのも事実だ」

 

そう残念そうにいうアルディを見れば確かに、今まで吹き上がっていた青い光の粒子が、弱々しくなっているのが確認できた。

 

「そりゃどーも……こっちも全力出して後一発ってとこだよ。先輩は?」

 

「……同じく。だから、次で決める」

 

「では次の一合に、互いの全霊を賭けるとしよう」

 

アルディはそう宣言して鉄槌を二人に向けると、その先端部分が回転を始める。

対するリスティは両拳を腰あたりに起き、大きく深呼吸する。

 

「先輩、あの一発は私がどうにかする。後は頼んでも?」

 

「……了解。取って置きのラストワンがある」

 

リスティに答えながら、紗夜はファイナルインパクトを床に突き立てると新たな発動体を取り出して起動する。

準備は整った。

そして、リスティが気勢猛々しく吼えたてた。

 

「さぁ、掛かってきな!アルディ!」

 

「応とも!――ウォルニールハンマー、発射ぁ!!」

 

その合図を待っていたと、アルディが負けじと応え、自らの鉄槌を『射出』した。

大質量を高速で対象に叩きつける。単純にして凶悪な威力のそれに対し、リスティは臨界まで高めた星辰力を右足に纏い、渾身の蹴りを放つ――!

 

「ヴィント――ジーカァァァァァァ!!」

 

鉄槌とジェットブーツが衝突し甲高い音を慣らしながら火花を散らす。

 

「オォォォォォォ――!」

 

叫び、咆哮する。

肉体がもう止めろと警鐘を鳴らすが知った事か。

ジェットブーツが悲鳴を上げ、亀裂が走る。

 

「根性、見せろ……!」

 

歯を喰いしばって得物(相棒)に喝を入れる。

噴射口から噴き出すジェットが格段に高まる。

これなら、行ける。

 

「吹ぅぅぅきぃぃぃ飛ぉぉぉべぇぇぇ!!」

 

そして、オーバーヒートによって赤熱化したジェットブーツが赤い残光を走らせ、鉄槌を『蹴り返した』。

巻き戻しのように弾き返された鉄槌がアルディに衝突し、態勢を崩す。

同時にジェットブーツは砕け散り、その役目を終えた。

 

「後は……よろしく」

 

肉体的にも精神的にも限界を迎えたリスティは落ちていく意識の中、そう最後に言い残して瞼を閉じた。

 

「――任せろ」

 

倒れ行くリスティを追い越して、紗夜は起動した最後の煌式武装を抱え一直線にアルディへ突っ込んでいく。

迷いなく只真っ直ぐに、この一撃に全てを込めて。

 

「特七式煌式貫徹杭砲〔アディスバンカー〕」

 

「ぐ、おおおおお……!」

 

ギリギリで態勢を立て直したアルディが腕を振りかぶる。

 

「ゼロ、ディスタンス……!」

 

紗夜もまた、決死の覚悟でアディスバンカーを突き出し、引き金を引く。

瞬間、破砕音。

 

「…………」

 

「…………」

 

沈黙がアリーナに落ちた。

アルディの左腕は肩から大きく吹き飛ばされ、左胸部も僅かに抉れていた。

そして、紗夜は――。

 

「……ああ、悔しいなぁ」

 

その胸元にはアルディの右の指先が微かに突き立ち、校章を砕いていた。

 

「…………良い、戦いだった」

 

 

 

 

 

『試合終了!勝者、エルネスタ・キューネ&カミラ・パレートペア!』

 

 

 

――こうして、壮絶を極めた戦いは紗夜達の敗北で幕を閉じた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*03 波乱の予兆

「リスティ、紗夜!無事か!」

 

バンッと勢いよくドアを開け、晶は綺凛と英士郎を引き連れて控え室に駆けつけた。

 

「ちょ……おま……はやす、ぎ……」

 

「夜吹先輩!?」

 

アリーナ間を全速力で往復させられた英士郎が息も絶え絶えにダウンするが、とりあえず綺凛が看病に入ったのでスルー。

部屋を見渡すと、ソファに疲れきった様子で横になっている二人と、こちらも急いで駆けつけたのだろう、綾斗とユリス。そしてクローディアが居た。

 

「あっきーが久しぶりに名前で呼んでくれた……だと……」

 

「……明日は槍が降る?」

 

「それだけ言えれば大丈夫そうだな……」

 

体中に包帯を巻かれた痛々しい姿ながらも、本人達はどうやら軽口を言える程度には状態が回復したらしい。

 

「……問題ない。むしろ校章さえ砕けなければいけた」

 

「いやいや先輩、あれ以上はお互い体が持ちませんって!?」

 

仏頂面でぼやく紗夜にリスティが苦笑いを浮かべて首を横に振る。

来る途中で試合の映像を英士郎が見せてくれたが、リスティの言うとおり、あれ以上は体が持たなかったのは明白だ。

ただでさえ強いアルディがさらに強化された状態に真っ向から立ち向かい、あまつさえ最後は防御障壁をまともに張れなくなるまで消耗させたのだ。

二人の、文字通り心身を削って。

 

「あーあ、悔しいなぁ……〔リミットブレイク〕まで使って圧しきれないなんてさ」

 

盛大に溜め息を吐き出してリスティは悔しさに顔を歪める。

 

「あっきーや天霧先輩たちにも申し訳ないよ……はぁ」

 

「そう思う事はなかろうよ。そも、〔リミットブレイク〕をまともに受けきるなぞあの鉄の体でなければ無理だろうさ」

 

リスティの額を撫でながら励ましの言葉を掛ける。

かつて〔リミットブレイク〕状態のリスティと戦った事がある晶から言わせれば、あのアルディこそが異常なのだ。

晶でさえまともに受ければ吹き飛びかねないパワーとスピードに至るのだから、あの躯体の頑強さ、膂力が桁外れなのは確かだ。

 

「まだまだ精進が必要だなぁ……」

 

「そうだな。何、トレーニングなら幾らでも付き合ってやるさ」

 

「マジで!?ッあ痛ぁ……!」

 

ギョッとした表情でリスティは立ち上がろうとしたが、激痛にすぐ顔をしかめる。

 

「全く、怪我人が跳ねるな……メディカルチェックの方は大丈夫だったのか?」

 

そんなリスティを再びソファに落ち着かせて、ユリスが問う。

 

「私は全身筋肉痛&星辰力切れで明日まで安静だって」

 

「八十崎といい、お前達はタフ過ぎないか……?」

 

「「そんなバカな」」

 

呆れた様子で言われて二人揃ってショックを受ける。

 

「晶のタフさはちょっとおかしいから……紗夜の方は?」

 

「……私も全身筋肉痛。ただそれよりも煌式武装がいくつかダメになったのが痛い」

 

〔ヴァルデホルト〕と〔アディスバンカー〕はまだしも、〔エンディミオン〕と〔ファイナルインパクト〕は一度オーバーホールしなければ使い物にならない。

特にファイナルインパクトはバレルから内装各部が過剰熱で焼き付いてしまい、酷い有り様だ。

 

「まあ、準決勝では我々が仇をとってやるから安心して休め。なあ、綾斗?」

 

「そりゃまあ、そうしたいけど……あの試合を見た後だと、安請け合いは出来ないよ」

 

ユリスの声に綾斗は難し気な表情で答える。

端から見ても、過剰火力に見えたリスティと紗夜の全力を受けきった存在なのだ。

幾ら綾斗が純星煌式武装を持っていようと、『枷』がついたままの現状では勝利するのは難しい。

それでも。

 

「だが、私のパートナーとなった以上は請けて貰うぞ。私の目的を忘れた訳じゃないだろう」

 

「星武祭の、グランドスラム」

 

「そういう事だ。こんな所で躓く暇などない……だから、何がなんでも付き合って貰うからな」

 

決意を声に出し、最後には悪戯っぽく笑うユリスに綾斗は妙に気恥ずかしくなって顔を赤らめる。

それを見たリスティが一言。

 

「リースフェルト先輩が、デレた……!?」

 

「何を今さら。ペアを組んでからリースフェルトは綾斗にデレdぐふぉぁ……!」

 

「だ、誰がデレただと!?誰が!」

 

余計な一言を言い掛けた晶の腹にユリスの強烈なストレートとぶちこまれ、堪らず床に沈む。

横になった視界に英士郎が映る。

 

「welcome to 床ぺろぉ……」

 

どうやら変な扉を開いてしまったらしい。

冷たい床の感触を感じながら、まぁいいかと開き直る晶だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~してやられたね!まさか彼処まで食いつかれるとは!」

 

控え室へ向かう通路を歩きながらエルネスタは笑う。

その後ろを歩くカミラは対照的に顔をしかめ、如何にも不機嫌だと態度に示している。

その理由は単に先の試合内容に起因する。

 

「ねーねー、カミラー。そろそろ機嫌直しなよー。アレを使わないと『確実に』勝てなかったんだから仕方ないよー」

「…………わかっている。わかっている、が」

諭すように語るエルネスタの言葉に歯切れ悪く答える。

そして大きく深呼吸して、改めて口を開く。

 

「純粋に、悔しいのだろうな……正しく、試合に勝って勝負に負けた。そんな気分だ」

 

「確かにねぇ……虎の子の『合体』を使った時点で私たちは勝負に負けたようなものだしね」

 

「それに使って圧勝したならまだしも、結果はギリギリ。薄氷の勝利と来た。悔しがるなと言われても無理な話さ」

 

言って、盛大に溜め息を吐き出す。

 

「だいたい何だ、あのトンデモ兵器の数々は。個人の持っていい火力じゃないぞ!戦略兵器を個人間の戦いに持ち込むか!?」

 

「いやー私たちも人の事は言えないようなー」

 

高速回転するハンマーヘッドを叩きつけるあたり自分たちも大概であるとエルネスタは珍しく突っ込みに回る。

 

「沙々宮博士は頭がおかしいんじゃないか……あんな物野に放ったら焼け野原になるぞ……」

 

「え?面白い設計機構じゃなかった?特にあのファイナルインパクトとか言うの」

 

「……そうだな、頭おかしいのは此処にも居たな」

 

「あっれー?さりげなくディスられてるー?」

 

「安心しろ、事実だ」

 

そんな風に言い合っている内にカミラも何時もの調子に戻り、眉間の皺もやわらいだ。

そうこうしている内に控え室の前にたどり着き――、唖然となる。

 

「随分と、面白い有り様だったな才女共よ」

 

通路の壁に寄り掛かり、言葉とは裏腹に淀んだ声音を出したのは、【仮面】だった。

 

「……ははは、まさかあの"死神"サマにお褒め戴けるとはね。それで――どうして私たちの前に現れたのかな?」

 

隠しようの無い濃密な『死』の匂いに身体の震えを抑えながらエルネスタは問う。

"裏"に関われば誰しもが知る死神。六花はおろか、世界に指名手配されているような『化け物』が自分たちに何の用があるというのか。

 

「……さしずめ、『未来』への投資とでも言うべきか」

 

独白のようにそう答えて、壁から背を離し、【仮面】はエルネスタ達に正面から向き合い、二人の想像だにしない言葉を告げた。

 

 

 

「――取引だ。エルネスタ・キューネ、カミラ・パレート」

 

「「……は?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで八十崎、道中でフローラを見なかったか?」

 

少しばかりの雑談の後、すっかり立ち直った晶にユリスがそう問い掛ける。

 

「いや、見ていないな……綺凛と夜吹はどうだ?」

 

「それらしい姿は見てないですね……」

 

「俺もだな。昨日写真で見せて貰ったが、あんだけ目立つ格好だ。見かけたらすぐわかる」

 

「そうか……試合後にここで合流する予定だったのだが、幾らなんでも遅すぎる」

 

不安げに呟いてユリスは顔を曇らせる。

試合が終わって随分時間が経つ。彼女が幼いとはいえあまりに遅い。

 

「携帯に連絡は?」

 

「さっきから何度もかけているが、反応がない」

 

そう言って端末の画面を見せてくるが、確かに履歴に応答した形跡は無い。

計五回以上、流石にこれだけ呼び掛けて反応がないのはおかしい。

 

「一体どこを歩いて……む?」

 

ユリスが嘆息を吐いて額を抑えたその時、あれだけ無反応だった携帯端末が着信音を鳴らす。

 

「フローラからだ……音声通信だと?」

 

画面を見つめ訝しそう気に眉をひそめながら応答ボタンを押し、投影ディスプレイを展開すると、聞こえてきたのは少女の声ではなく……低い男の声だった。

 

『ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトだな?』

 

「誰だ貴様!なぜその端末を持っている!」

 

ユリスが怒りの形相を浮かべ、声を荒げて問い質す。

それを見て、晶は隣に立つ英士郎に声を掛けた。

 

「夜吹」

 

「ああ……面倒なことになったなこいつぁ」

 

展開されていく話を聴きつつ英士郎は苦笑いで応える。

 

「声の主……いや、フローラの位置を特定できるか?」

 

「お前さんもお人好しだねぇ……ま、出来ないこともない。手間は掛かるがね」

 

「上等だ。言い値で取引しよう」

 

「へへっ、毎度あり」

 

携帯端末を少し弄り、英士郎はニヤリと笑って部屋を出ていった。

それと同時にユリスの方も通話が終わった。

 

「フローラが……誘拐された――」

 

「ふん……ふざけた真似をしてくれる」

 

相手側の要求は綾斗の所持する《黒炉の魔剣》の緊急凍結――つまり使用を禁ずるというもの。

付随して警備隊、星導館の特務機関への連絡、さらに《星武祭》の棄権が行われた場合、フローラの身の安全は無い。

端末を持った手をだらりと下げ、ユリスの顔は青ざめふらついてしまう。

その肩を抱き止め、クローディアが声を掛ける。

 

「落ち着いてください、ユリス。相手の狙いは綾斗……あなたが狼狽えてしまえば相手の思う壺ですよ」

 

「エンフィールドの言うとおりだ。深呼吸して、心を落ち着かせるといい」

 

クローディアに支えられながら近くの椅子に座ったユリスにそう言うと、晶はパンッと手を鳴らした。

 

「まずは状況の把握だ。相手の要求は綾斗の《黒炉の魔剣》の緊急凍結処理……。さらに棄権も通報も許さないと来た」

 

「晶、その緊急凍結処理っていうのは?」

 

「有り体にいえば強制的な封印だ」

 

「……そうなったら、綾斗は二度と《黒炉の魔剣》を使えなくなるだろうな」

 

晶の言葉に次いでユリスが断定する。

心当たりがあるのか、綾斗も発動体を取り出して苦笑いを浮かべた。

 

「だね。確実に、こいつは俺を許さないだろうし」

 

「つ、つまりフローラちゃんの解放の後に処理を解除しても……」

 

「《黒炉の魔剣》は天霧先輩に力を貸してはくれない、と」

 

《黒炉の魔剣》のこれまでの動きを見てもそうなるのは目に見えている。

何せ『適正化』すら出来ていない程の気難しさなのだから。

代償こそ大きいが、性格的には《闇鴉》の方がマシとも思える。

つまり相手は綾斗の今後、六花での活動を左右しかねない要求を一方的に叩きつけてきた、という事だ。

 

「それじゃぁ封印して、フローラちゃんを解放してもらうしか……」

 

「……いや、選択肢はまだある」

 

綺凛の言葉を遮って小さな声がそう告げる。

声の主たる紗夜はじっと晶を見つめて質問した。

 

「晶、夜吹を動かした?」

 

「……ああ、念のためにな」

 

「……なら最初からそう言えばいい。どうせそれしか選択肢はない」

 

やれやれと、器用にも寝ながら肩を竦めて紗夜は首を振る。

そんな些細なやり取りで何かを察したのかクローディアはポンと手を打って、納得顔で頷く。

 

「成る程。確かに『私たちがフローラさんを探してはいけない』とは言っていませんでしたね」

 

「……そういう事だ。屁理屈じみてはいるが、何、バレなければ問題ないだろう?」

 

その為に先んじて英士郎を雇い、先行させたのだ。

この面子の中で最も裏に通じ、隠密に長けた彼はこういった手合いにはうってつけなのだから。

 

「ええ、八十崎君の言うとおり、バレなければ問題はありません……さて」

 

前置きを置いてクローディアは部屋にいる全員を見渡すと口端を吊り上げた。

 

 

 

 

「一つ、策を思いつきました。これに乗るかはユリスたち次第ですが」

 

 

 

 





クリスマスなんて無かった(血涙


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*04 捜索

長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんm(__)m


「しかし、エンフィールドの奴も中々考えたものだな」

 

「……元を作ったのは晶」

 

夜の帳が落ちた六花のビルの森を、二つの人影が駆け抜ける。

晶と紗夜だ。

フローラを誘拐した人物からの一方的な通達から数刻。

二人は念のためにと軽い変装をして再開発エリアへと駆けていた。

 

「エンフィールドが雲隠れした上で、凍結処理の申請をして時間を稼ぐとはな……やはり彼奴は女狐だな」

 

「……でも時間は限られてる」

 

「あぁ、その通りだ」

 

少し焦りの混じった紗夜の一言を肯定する。

『申請には生徒会長の認可が必要』という相手の脅迫の穴を突いた策。

クローディアのこの一策は確かに名案だが、当然彼女もそう長くは雲隠れ出来ない立場にある。

どれだけ長く見積もっても二十四時間が限度だろう。

 

「更に言えば明日は綾斗達も私達も試合がある。そこに間に合わせる事を加味すれば、タイムリミットはかなり短い」

 

「……そうなったら、私とリスティで」

 

「その身体で、やれるのか?」

 

横目で紗夜を見れば、自信有り気に頷くのが見えた。

紗夜とリスティは自ら捜索の参加に願い出てはくれたが負傷している。

正直な所、あまり無茶はしてほしくは無いが……。

 

「分かった……いざという時は任せる」

 

「任せとけ~」

 

頼れる者が居ない以上は、彼女達に頼る他無い。

 

「まあ、その『いざ』が無いように動けば問題あるまい」

 

綾斗とユリス、綺凛とリスティもそれぞれ別々のルートで再開発エリアへ向かっている。

上手く合流出来れば今夜中に決着がつく筈だ。

 

「沙々宮、スピードを上げるぞ。着いてこれるか」

 

「……モチのロン」

 

「よし、では行くぞ」

 

目指すは最良の結末。

二人は速度を上げ、再開発エリアの暗闇の中へと飛び込んでいった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、最近はやたらここと縁があるねぇ……」

 

再開発エリアの外縁部にある廃墟となったビルの上で英士郎は一人ぼやく。

本来なら部活などで忙しく、こう言った案件にはあまり関わらないつもりだったが、ビジネスパートナーに頼まれた以上、やらないと言うのも後味が悪い。

 

「しゃあない、他の面子が揃うまでに候補位は絞ってやりますかっと」

 

羽織った制服を風に靡かせてビルの上から飛び降り、手に持った携帯端末から地図アプリを呼び出して周辺一帯の状況を確認する。

 

(相手は手口からして十中八九レヴォルフの黒猫機関。数自体は少ねぇから監視の目の心配は無いと踏んでいい。後は連中の好む『巣穴』をピックアップして案内すりゃ俺の仕事は終わりだな)

 

音も無く、影から影へと駆けていく。

その最中にも五感を使い人の気配を探りながら地図に印を書き加えて目星をつける。

 

(とは言え、ここもそれなりに広いしなぁ……どれだけ絞れるかって話なんだが……ん?)

 

覚えのある気配を感じて一度立ち止まる。

ぐるりと周囲を見渡すと、背後から声が聞こえた。

 

「嗅覚に鈍り無し、か。流石暗部とでも言うべきか」

 

「……なぁんでアンタが此処に居るんですかねぇ?」

 

底冷えするような感覚に震えそうになる声を抑えながら振り返ると、そこには【仮面】が闇から抜き取られたように姿を現していた。

【仮面】は纏う雰囲気とは裏腹に肩を竦めて見せた。

 

「ただの『確認』だ。直ぐに去る」

 

以前聞いた重圧さえ感じる声では無い、少しだけ軽い声音に英士郎は違和感を覚え、微かに眉根を上げた。

それを確かめようと考えたが、既に【仮面】はこちらに背を向けてしまっていた。

 

「もう此処に用は無い…………ああ、そうだ」

 

「?」

 

そのまま立ち去ろうとして【仮面】はふと歩みを止めた。

 

「一つ忠告をしておこう。『目星だけにしておけ、答えは自ずとやってくる』。……ではな」

 

そう言い残して、今度こそ【仮面】は闇の中へと消えていった。

 

「……目星だけ、か。ったく、怖ぇなおい」

 

完全に気配が消えたのを確認して英士郎はガシガシと頭を掻く。

その額には冷や汗が浮かんでいた。

何故、当事者以外知らない筈の情報をあたかも全て知っているような口調であんな忠告をしたのか。

クローディアが教えた?或いは本当に事の全容を知っている?

 

「あぁ、やめだやめだ」

 

回りだす思考を頭を振って追い出す。

確かに気にはなるが、今考えても栓の無いこと。

それよりも目の前の状況をどうにかしなくてはならない。

止まっていた足を再び動かして、英士郎は駆け出す。

脳にこびりつくような『忠告』を反芻して。

 

 

 

 

 

 

「ここも違うか……」

 

「候補が多すぎるのも考え物」

 

「全くだな」

 

紗夜の憮然とした言葉に同意しながら晶は溜め息を吐いて廃墟となったビルを見上げる。

あれから刻々と時間は過ぎ、時刻はすでに二十二時を回っていた。

途中で連絡のあった英士郎曰く、誘拐犯はレヴォルフの暗部《黒猫機関》で間違いなく、余程フローラが抵抗しない限りは手荒な真似はしないだろうとの事だ。

とは言えど、彼女はまだ年端の行かない幼子だ。幾ら星脈世代でも長時間の監禁は負担が掛かる。

 

「……晶、落ち着け」

 

と、眉間に皺を寄せていた晶の頬を紗夜が両手で軽く叩く。

 

「むっ……」

 

「難しい顔をしてる。そういう時、晶は焦ってる」

 

両手を離して背伸びを止め、ピシッと指を突き付けられて晶は一呼吸置いて肩の力を抜いた。

 

「そうだな。沙々宮の言うとおり、焦っていたようだ」

 

「……ん、何時もの顔付き。それじゃあ次に行こう」

 

「ああ……感謝する、紗夜」

 

「いいってことよ~」

 

歩きだす紗夜の姿を見て晶は笑うとすぐに顔を引き締めて携帯端末に開かれた地図を眺める。

共有化によって提示された英士郎の候補は後七つ。

紗夜の言葉通り、焦らず尚且つ迅速に行動しなければ。

 

「晶、次は?」

 

「ここからだと次は……」

 

地図を確認して次の場所を告げようとした所で、不意に端末が着信音を鳴らした。

画面を見て発信者を確認すると、《歓楽街》側から捜索している綾斗からだった。

応答を押すと複数の画面が投影され、綺凛と英士郎の姿も写っていた。

どうやら複数同時通話らしい。

 

『皆、聞こえる!?』

 

『はい、聞こえます』

 

「こちらも問題ない。慌てた様子だが、何かあったのか?」

 

ただならぬ雰囲気の綾斗に、問題が発生したのかと勘繰るが、帰って来た返答はそれとは真逆のものだった。

 

『フローラちゃんの居場所が、分かった!』

 

『本当ですか!?』

 

綾斗の発言と同時に先に展開していた地図に新たな点が加えられる。

 

『おいおいマジかよ、今丁度ここのポイントに着いたんだが、ドンピシャだぞこいつぁ……目星だけってのはこういう事か』

 

画面の向こうで英士郎が苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

最後の方は小声でよく聞き取れなかったが。

 

「歓楽街と再開発エリアの境目か……ここからも近いな」

 

「……どうやってここまで絞り込めた?」

 

現在位置からの距離を測る晶の横で紗夜がそう疑問を溢す。

対して綾斗は誤魔化すように笑った。

 

『えっと……ごめん、言えないんだ』

 

『怪我の功名と言うべきか、あるいは綾斗らしいと言うべきか……兎に角居場所はわかった、今はそれで充分だろう』

 

綾斗の隣に立つユリスが強引に話を終わらせるが、確かにフローラの居場所が分かったという事実こそが今は重要だ。

 

「私達も今から向かう。一度施設前で落ち合うとしよう」

 

『わかりました!急いで向かいます!』

 

『了解、んじゃ俺は念のため応援呼んどくわ。近くに居るみたいだしな』

 

『うん、分かった。こっちも今から向かうよ』

 

通話を終えて、一つ息を吐く。

理由こそわからないが漸く見えた光明だ。掴み損ねるわけにはいかない。

 

「よし、行くぞ沙々宮」

 

「りょーかい」

 

合図も無く、二人は駆け出す。

真っ直ぐに、迷い無く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……多少の変化はあれど、これで『規定路線』には乗った、か」

 

その二人の背を眺め、ビルの影から現れた【仮面】は一人呟く。

 

「『今回の』貴様ならば、或いは…………」

 

一陣のビル風が吹く。

その時にはもう、【仮面】の姿はどこにも無かった――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*05 奪還 1

長らくお待たせして申し訳ありませんm(__)m


「お待たせしました、先輩」

 

「ああ……これで全員揃ったな」

 

綾斗の一報から十分後、とある建物の前にフローラ捜索に当たっていたメンバー全員が集まっていた。

 

「夜吹、どうだ?」

 

「集まるまでにざっくりと調べたが、ここで間違いないだろうな。周辺にゴロツキも居ない、付近には歓楽街があるから多少騒がれても気付かれにくいと来た。しかもこの建物自体、ちょいと前から改装工事が入ってるが、それも業者のトラブルで止まってる……つまり」

 

「他に比べ隠れ蓑にもってこい、という事か」

 

「おうよ。あくまで改装中だから、セキュリティさえ抜けちまえばそうそうバレないって魂胆だろうな」

 

「確かに……私達は廃墟ばかり探していたしな」

 

人を隠す、という点で再開発エリアはそれに適した建物が多すぎるが故に、こういった場所は完全に盲点だった。

一重に、ここまで来れたのは綾斗のおかげだろう。

 

「お手柄だな、綾斗」

 

「俺は、助けてもらっただけだよ」

 

「……そういう事にしておこう。さて、中に入る前にメンバーを決めておこうか」

 

そう言うと晶は英士郎に目配せをすると、英士郎は携帯端末からビルの間取り図を展開する。

全員がそれを見たところで、晶は口を開いた。

 

「セキュリティは夜吹が何とかするとして……一階はそこそこの広さだが、二階から上と地下はあまり広くはない。特に地下は余計にな。そこで一階と二階を私とリースフェルト、地下をを綺凛、綾斗で捜索しようと思う」

 

「了解した」

 

「あっきー、私達は?」

 

「楠木達は念のため正面と裏口を見張っておいてくれ。何があるかわからんからな」

 

「……むう、仕方ない」

 

晶の提案に沙夜はむくれるが、負傷している身で無理させまいとしているのは分かっているので渋々了承する。

時刻は既に十時を過ぎている。あまり時間も掛けていられない。

 

「他に提案は?」

 

『………………』

 

「無いようだな。よし、では行くぞ」

 

掛け声と同時に動きだす。

リスティが裏口の方へと駆け出し、沙夜は拳銃型の煌式武装を展開して付近の物影へと隠れた。

 

「夜吹、どうだ?」

 

「これくらいチョロいチョロい。簡易版のセキュリティだから抜け道だらけだ」

 

英士郎が入り口横にある端末に自分の携帯端末を接続して、慣れた手付きで何やら操作すると軽い空気音が鳴ってドアが開いた。

 

「ほい、いっちょあがり」

 

「流石だな」

 

「……どちらも随分慣れてるようだな?」

 

「「…………気にするな」」

 

ユリスからの視線から二人揃って目を反らす。

何だんかんだとグレーゾーンな事をやってきた実績があるので否定しようがない。

 

「んんっ……では夜吹はここまでだな。直接戦闘は不得手だろう?」

 

「お、おう……そんじゃ俺は裏方に回るわ、『応援』ももう少ししたら来ると思うから、まあ頑張れよ」

 

言うが早いか、夜吹はサッと手を上げるとそのままビルの作った闇に溶けるように駆けて行ってしまった。

実際問題、英士郎はこういった直接戦闘になりうる場面は苦手なのだ。

……若干の誤魔化しも入ってはいるが。

英士郎の背を見送ってから、少し狭いドアを通って中に入る。

 

「これはまた……酷いね」

 

埃っぽい空気に顔をしかめた綾斗の言葉に皆が頷いた。

元々あったであろう設備は既に無く、天井にいくつか開いた穴から射し込む月明かりが伽藍堂のホールを僅かに照らしている。

天井に未だぶら下がったままのシャンデリアが落とす不気味な影の中、周辺を目視で確認する。

 

「人の気配は……無いみたいですね」

 

この中で最も星辰力の察知に敏い綺凛が一通り見回してからそう呟いた。

ホールはただのエントランスのようで、これと言った部屋も無い。

あるのは二階と地下にそれぞれ続く階段だけのようだ。

 

「どうやら、そのようだな……では八十崎、手筈通りに別れるか」

 

「ああ。綺凛の言うとおり、何も無いようだしな」

 

何も無さそうなのを確認し、当初の予定通りに別れて捜索に向かおうとする。

と、そこで綾斗の視界にナニかが映った。

 

「あれは……?」

 

綾斗の様子に全員がその視線の先を見ると、そこにはのっぺりとした黒い『人影』が立っていた。

陽炎のように輪郭を揺らしているそれの両腕は鋭利に尖っており、その用途は簡単に察することが出来る。

 

「どうやら、当たりのようだな──!」

 

ユリスが獰猛に笑う。

直後、人影が音もなくこちらへ距離を詰めて腕を振るう。

 

「疾ッ!」

 

だが、そんな見え透いた攻撃があたる筈も無く、即座に前へ出た綺凛の千羽切によって弾かれる。

返す刀で千羽切を横薙ぎに振るうと、碌な防御も取れずに影が両断された。

風に流される砂塵のように消えた影を眺めて、綺凛は眉を潜めた。

 

「生成に使われた星辰力は僅か……動きも緩慢ですね」

 

「自律型って事かな?」

 

「だろうな。あくまで足止め程度の能力なんだろうさ。でなければ『こんな数』はあり得まい」

 

眼前の光景を見て晶が呆れ混じりに肩を竦めた。

綺凛が人影を斬った直後、まるで最初からそこに居たかのように人影が増殖していたのだ。

その数、ざっと見ただけで五十は下らないだろう。

 

「面倒な……纏めて焼き払ってやりたいが」

 

「得策では無いな。下手をすれば余波でフローラが傷付きかねん」

 

大量の人影達を前にユリスを諌めつつもどうするべきか考える。

これだけの数だ。誰かが足止めしなければ捜索すら立ち行かない。

ユリスの火力も、ここ以外が閉所かつフローラの居場所がわからない以上迂闊に振るえない。

最低限、上か下か、どちらかに居ることが把握できればどうにかなる。

 

「………私とリースフェルトで道を作る。綾斗と綺凛は先に地下に向かえ。見付けたら連絡をくれ」

 

「「了解!」」

 

晶の指示に、一二も無く応える二人に頼もしさを感じながら〔ブラオレット〕を起動させ、近付いて来ていた人影へと銃爪を引いた。

 

「そういうワケだ、リースフェルト。付き合ってもらうぞ」

 

「仕方ないか……まあいい、憂さを晴らさせてもらうぞ、《鋭槍の白炎花》!」

 

作戦の意図を理解したユリスが、地下に続く階段への道を作るべく六本の炎の槍を展開、発射する。

やはり防御能力は一切無いのか、連続して殺到する炎槍に為す術無く、射線上の人影たちが一掃され道が出来る。

 

「今だ、行け!」

 

「ユリス、任せた!」

 

「先輩、お願いします!」

 

ユリスの声に、激励を残して綾斗と綺凛が地下へと一直線に駆けて行く。

その背が見えなくなったのを確認して晶はニヒルに笑った。

 

「さて、ここから先は持久戦だ……あまり暴れるなよ?リースフェルト」

 

「ふん、そちらこそ下手に動いて巻き込まれるなよ、八十崎」

 

背中合わせに軽口を言い合いながら囲むように近付いてくる人影たちを睨む。

星辰力が高まり、身体も精神も戦う為のモノにシフトする。

準備は整った。さあ、始めよう。

 

「「行くぞ!!」」

 

 

一斉に飛び掛かる人影を前に、銃声と爆発音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「先程見た設計図だとこの中もちょっとしたホールらしいですが……」

 

上から聞こえる戦闘音を耳にしながら、綺凛は目の前の大扉を見上げてそう口にした。

背後を警戒していた綾斗も、元がカジノなだけあって華美な装飾を施されたそれを眺めながらも、呼吸を整えた。

 

「刀藤さん、まずは俺が先に行くよ」

 

「え?」

 

役割分担って事で。そう続けて綾斗はいつも通りのぽやっとした笑顔を浮かべた。

 

「俺よりも刀藤さんの方が速いから。いざとなったらフローラちゃんをお願いしたいんだ」

 

「成程……わかりました、お任せください」

 

綺凛の心強い頷きに頼もしさを感じて、綾斗は大扉に手を掛けた。

鈍い音を立てて開いた扉の先は、一階と似た広いホールになっていた。

一階と違う点と言えば支柱の数が多く、また搬入された機材などが雑多に置いてあると言った所だ。

足元を照らす程度の、オレンジの小さな蛍光灯が並ぶ中、ホールの一番奥に彼女は居た。

 

「フローラちゃん!」

 

「んんんー!」

 

堪らず綾斗が声を上げると、紐で柱に拘束されたフローラが猿轡を噛みながらも何かを伝えようと喉を鳴らす。

その意図する所はすぐに現れた。

 

((殺気……!))

 

二人が飛び退いた直後、柱の影から突如として真っ黒な棘が二人が立っていた場所を刺し貫く。

 

(一階のやつと同じ……やっぱり犯人は、影を操る《魔術師》か!)

 

連続して三百六十度全てから現出する影の刃をどうにか避けながら、綾斗は今回の下手人の能力を把握する。

枷を解放せずとも戦えるよう人知れず特訓していたからか今は何とか捌けているが、あまり長くは持たない。

殺気を感じてもその出所がわからないというのは、あまりに厄介だ。

 

(その為のこの照明ってわけか……)

 

不規則に配置された小さな蛍光灯、柱と機材が生み出す影。それが起点となっているのだろう。

とは言え、今はそれをどうこう出来るタイミングではない。

 

「──ふん。まさかと思えば天霧綾斗と、刀藤綺凛か」

 

と、唐突に攻撃が止んだかと思えば、フローラが拘束された柱の影からするりと一人の男が現れた。

全身を黒装束に身を包んだ男の声はあまりに人間味が薄い──いや、欠如していた。

自身の命も他の全てにも一切執着も興味も無いとその有り様が示していた。

──綾斗には、それが在りし日の親友に重なって見えた。

 

「……あなたが誘拐犯ですか?」

 

綺凛の問いかけに答えることなく、男はピクリと指を動かした。

その僅かな所作一つで、フローラの影から棘が伸びて喉元に切っ先を突きつけた。

 

「オレの邪魔をすれば、コイツの命は保障しない」

 

「……っ!」

 

それは悪手だ。だが同時にこれ以上ない牽制だ。

もし仮にフローラが害されればこちらを縛る枷は無くなる。

しかしこちらの目的はフローラの生還だ。それが成されなければ意味が無いのだ。

どうすればいい、どうしたらいい?と綺凛が思考の迷路に陥っていると、綾斗が優しくその肩を叩いた。

 

「刀藤さん、一つ聞いていいかな?」

 

「ぇ、あ、はい?」

 

「ここから全速力でフローラちゃんを抱えてどのくらい掛かるかな?」

 

「……へ?」

 

この逼迫した状況下で、尚も普段通りの態度を崩さない綾斗の問いに一瞬思考が止まる。

が、直ぐに持ち直して距離を目算、おおよそのタイムを割り出す。

 

「……八秒です」

 

「ん、なら大丈夫そうだね」

 

答えを聞いて安心したのか綾斗はにこりと笑うと適当な煌式武装の発動体を取り出すと、そのまま起動した。

 

「武器を捨てろ」

 

「ああ、わかった」

 

男の要求に、綾斗はあっさりと応じ武器を男と自分達のちょうど真ん中に行くよう、『放り投げた』。

 

 

 

 

「クローディアには、後で怒られるかな」

 

 

──そう言って綾斗が苦笑いを浮かべたと同時、一際大きな爆発音が暗い部屋に響き渡った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

*06 奪還 2

すいません、熱中症でダウンしてしまい、投稿が遅れましたm(__)m

皆様もどうかお気をつけて今夏をお過ごし下さい


「ええぃ、全く数が減らないじゃないか!」

 

「一網打尽にしようが即座に補充されるのではな……」

 

苛立たしげに叫ぶユリスに、晶もまた辟易とした様子で答える。

あれから並み居る人影達を斬り捨て、撃ち抜き、焼き払っていたものの、一向にその数が減ることは無かった。

どうやら機能を最低限に絞ることで、展開できる最大数を延々と補充するように出来ているようだ。

 

「キリがないとはこの事か」

 

「あまり星辰力は使いたくないんだがな」

 

雑に近寄ってくる人影を斬り捨てて、背中合わせに会話する。

どちらも数時間後に試合を控えている身である以上、ここで多く星辰力を使うのは避けたい。

そうである以上、雑多に増える人影はこの上ない嫌がらせにもなる。

 

「綾斗たちは大丈夫だろうか……」

 

ユリスが技でもない適当な大きさの火球を放ち、その隙を縫うように晶が銃形態に変形した〔ブラオレット〕の銃爪を引いて余波で動きが止まった人影を撃ち抜く。

 

「ははっ、これは面白い事を聞いた」

 

「何が可笑しい?」

 

「いやはや、綾斗が心配に成る程気に掛けているのだな、とな」

 

「んなっ!?」

 

人影の群れにぽっかりと穴が空いた所で、晶の指摘にユリスが動揺を見せた。

 

「《華焔の魔女》も随分と丸くなったものだな?」

 

「な、いや、べ、別に心配などしていない!!」

 

「その態度がもはや答えになっているぞ、リースフェルト」

 

「~~~っ!」

 

からからと笑ってユリスをからかいながらも、人影を消す手は止めない。

ユリスもユリスで動揺しながらきっちり人影を焼き払っている。

 

「だ、大体、私が心配するほど綾斗は弱くはない!最近だって能力を解放せずとも戦えるように一人で訓練しているからな!」

 

「初耳だな……何故それを知っている?」

 

「……」

 

しまった、とばかりに沈黙してしまったユリスに晶は分かりやすい反応だと思いながら人影を斬り捨てる。

 

「さてはリースフェルト、影ながら綾斗を追っていたな?」

 

「…………い、いや?そんなことは無いぞ?」

 

晶の追求に顔をひくつかせながらユリスは火を横薙ぎに撒いて人影を焼失させる。

墓穴を掘るとはまさにこの事かとユリスの態度に晶は苦笑いを浮かべてしまう。

 

「いやまぁ、パートナーだものな。気にはなるものだよな」

 

「別に綾斗のことなんて気にしてない!」

 

もはやテンプレ通りのセリフを自棄っぱち気味に言い放つユリスに、晶は思わず口を滑らせた。

 

「……ツンデレの申し子か」

 

「よしそこに直れ八十崎。この影と一緒に砂状になるまで焼いてやる」

 

「すまない、つい本音が……」

 

「絶対に燃やす……!」

 

綾斗には見せられないような形相になったユリスに、『あ、これ地雷踏んだな』と確信した晶は全力で逃げ回る。当然、人影を攻撃する手は弛めないが。

 

「待たんか八十崎!」

 

「だが断る。こんがり肉にされたくないからな!」

 

「…………何やってんだ、アイツら?」

 

完全に巻き込む形で吹き飛ばされていく人影と当事者たる二人を眺めて、応援に来たレスターは呆れたように脱力したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、地下ホールは煙に包まれていた。

舞い上がった星辰力の残滓と埃がさらに視界も嗅覚をも遮る。

その中で綾斗は毅然と構え、綺凛に呼び掛ける。

 

「刀藤さん」

 

「はいっ!」

 

呼び掛けるよりも早く、綺凛が真っ直ぐに駆け出す。

狙いは一点、フローラのみ。

対し綾斗は無手で『もう一方』へと狙いを定め、出しうる全力で駆ける。

 

(煌式武装をオーバーフローさせたのか……!)

 

密度の濃い煙に光を遮られ、黒服の男はその原因を察して舌を打つ。

手持ちの武器を態々暴発させるなど、正気の沙汰ではない。

影が能力を行使出来ないほどに薄らぐが、ならばと懐から短刀を取り出し、現れた綺凛へと即座に振るう。

 

「っ……!」

 

(予測より速い……!)

 

不意を討ったはずの一撃はギリギリの所で反応され、鞘に受け流される。

男は急ぎ追撃をしようとしたが──。

 

「余所見はいけないよ──!」

 

煙の中を突き抜けて現れた綾斗がそれを許さない。

 

「ちッ」

 

咄嗟に短刀を振るおうとするも、腕ごと掴まれてそのままフローラから押し離される。

ギリギリと押し合いながら、男は綾斗に対する評価を変える。

得意の能力も使えず、得物すら捨て、それでもなお敵に突貫するこの男は……狂人と言う他ない。

 

「刀藤さん!!」

 

「大丈夫です!フローラさんは無事です!」

 

「了解……!」

 

綺凛の安堵が混じった声を聞いて、綾斗はふと笑った。

男の膝蹴りをかわすようにして一度距離を取ると、煙もまた薄らいでいった。

綺凛はフローラを抱えて既に入り口のドアの向こうに。

そして男とドアを遮るように綾斗が立つ形となった。

 

「さて……どうする?」

 

「知れたことを。お前達を排除し、娘を取り戻す」

 

淡々と答えて男が軽く腕を振ると、袖口から刃がスルリと現れた。

光を反射しないよう特殊な塗料の塗られた暗剣。

……そう、煌式武装では無い。完全な実体剣だ。

明確な殺意を以てそれを構える男に相対しながら、それでも綾斗は飄々とした態度を崩さない。

 

「…………」

 

ただ無言で構え、五感を研ぎ澄まし、空間の全てを感じ取る。

綾斗にとってここで拘束術式を完全に解放するのは避けたい。

さりとて、無手かつ解放無しに勝てる相手でもないだろうことは先の攻防で既に理解している。

ではどうするべきか。

 

(……一瞬の間隙に、出せる最大限の力を叩き込む)

 

為すべき事を定め、男を睨む。

その一挙手一投足を見逃さない為に。

 

「ふっ……!」

 

「!!」

 

唐突に、端から見れば何の予備動作もなく男が今まで手に持っていた短剣を綾斗に投げつける。

心臓を狙ったコース。

同時に綾斗の背後と側面から無数の影の刺が発生する。

当たるタイミングは同時の、ブラフなど存在し得ない全てが致命の、暗殺者らしい一撃。

そんな『詰み』の状況に、綾斗が出した答えは。

 

「行くよ……!」

 

全速前進だった。

そして迫る短剣を『握り止める』とそのまま『投げ返した』。

 

「ッ!?」

 

避けるとは予測していたものの、まさかあの速度を投げ返してくるとは予想だにしていなかった男はキラーパスされた短剣を弾きながら綾斗へ接近しようとする、が。

 

「何……?」

 

短剣を弾いた先に綾斗の姿は無く、かわりに自分へと向かってくる物が見えた。

それは部屋に転がっていた廃材だった。

 

「目眩ましのつもりか」

 

無感情に言い放ち影を使って廃材を砕く。

そこで今度は上から音がした。

 

「そこか」

 

そちらを見向きもせず、足元から発生させた刺で突き刺す。

 

「ぐ、ぁ……!」

 

くぐもった悲鳴が上がりぽたりと血の滴が男の足元に落ち──。

 

 

 

 

「なんてね」

 

直後、男の頭蓋に踵落としが炸裂した。

 

「がっ……!?」

 

突然の衝撃に視界がぐらつき、思考は一時的な混乱をきたす。

だが、そんな隙を綾斗がみすみす見逃すはずも無かった。

 

「シッ!」

 

掌底で顎を打ち上げ、流れるままに肘で胸を打ち、そして最後に左手で鳩尾に星辰力を最大に纏った拳を叩き込む。

これ即ち、天霧辰明流組討が一つ。

 

「壬雷(みかづち)」

 

「か、は……っ」

 

人体の急所を連続して強打され、骨の砕ける音を内から聞きながら男の意識が遠のく。

その最中、男は見た。

直前、自分が貫いた物を。

それは……廃材を纏めたブルーシートだった。

 

(…………無様)

 

最後にそう鼻で笑って、男は気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。