機動戦士ガンダムSEED 夢の果て <Re> (もう何も辛くない)
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PHASE1 仮初の平和

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男の腕の中で眠る女性は、光だった。

男にとってだけではない。男に従い、ついてきた者たち全ての光だった。

この女性がいたからこそ、底まで堕ちずに済んだ。

罪を重ね、犠牲を厭わず、だがそれらを辛いと感じ続けることができた。

 

だが、その女性は男の腕の中で眠る。決して覚めることのない眠り。

 

 

「何故だ…、何故君なんだ…。罪を犯し続けてきたのは僕なのに…」

 

 

女性をきつく抱き締め、止めどなく涙を流しながら男は囁く。

 

 

「ヴィア…。どうして…!」

 

 

男は愛する女性の名を口にしながら、閉じていた瞼を開けて女性の顔を見る。

 

その顔は安らかで、何故だろう、笑っているようにも見える。

 

 

「どうして僕なんかを庇ったんだ!どうして…、君が殺されなければならないんだ…!」

 

 

咄嗟の事だった。向けられた銃口、射線の間に女性が入り込み、男が受けるはずだった銃弾を代わりにその身に受けてしまった。

 

何とか追っ手を撒いたものの、その犠牲は大きかった。

男と共に逃げることができたものは全体の半分。もう半分は全て犠牲になってしまった。

 

 

「博士…」

 

 

女性を抱き締め、泣き続ける男に一人の男が歩み寄った。

神妙に表情を歪め、泣き続ける男を見つめる。

 

 

「バレル…。僕は、悪い男だな…」

 

 

「は?」

 

 

すると不意に、泣き続ける男がそんなことを口にし始めた。

バレルと呼ばれた男は、突然の言葉に目を丸くしながら続く言葉に耳を傾ける。

 

 

「こんなことは考えては駄目だと…、分かっているのに…。ヴィアに怒られてしまうと、分かっているのに…」

 

 

「博士…」

 

 

「駄目なんだ…。抑えられないんだ…、憎しみが…。ヴィアを殺した奴らへの憎しみが…!」

 

 

「っ!」

 

 

泣きながら言う男の表情を見て、バレルと呼ばれた男は目を見開いた。

 

先程までは悲しみに満ちていた表情が、今では憎しみに染まっていた。

目はギラりとつり上がり、歯はギリッ、と音がなるほど食い縛られている。

 

 

「バレル…。僕はどうすればいい…?この憎しみを…、どうすればいいんだ…!」

 

 

「はか…せ…」

 

 

憎しみに染まった目を向けながら、問いかける男。

この時、バレルと呼ばれる男が返した言葉は…。

 

 

 

 

 

 

「僕は自然そのままにこの世界に生まれたものではない。僕は受精卵の段階で人為的な遺伝子操作を受けて生まれたもの」

 

 

コーディネーター。

生まれる前、それこそまだ人の形を為さない、受精卵の段階で遺伝子操作を受け、生まれる存在。

 

人類最初のコーディネーター、ジョージ・グレンの発表は全世界に衝撃を与え、混乱をもたらした。

全世界に起こるコーディネーターブーム。

世界の誰もがこれからの時代を引っ張っていくのはコーディネーターなのだと思っていた。

 

だが、その思いを抱くのは決してすべての人達ではない。それを良しとしない者たちも当然現れた。

遺伝子操作されたコーディネーターたちを化け物と呼び、迫害する集団。

ブルーコスモスによって起こされるコーディネーター狩り。

 

日に日に激しさを増す迫害に耐えかねたコーディネーター達は驚きの行動に出る。

何と彼らは、宇宙にその逃げ場所となる人口スペースコロニー、<プラント>を作り上げたのだ。

 

自然に生まれた者、ナチュラルによって生み出されたコーディネーターは生み出したナチュラルによって宇宙に逃れるしかなくなったのだ。

 

その後、ナチュラルとコーディネーターの関係は急速に拗れていき、ついに武力衝突にまで張ってする。

 

C.E.70 2月14日

地球連合軍がコーディネーターが新たに作り出したコロニー、ユニウスセブンに核を放つ。

これによりユニウスセブンは崩壊。コロニーに住んでいた24万3721人のコーディネーターは全滅。

この事件は後に、血のバレンタインと呼ばれるようになる。

 

C.E.70 4月1日

自由条約黄道同盟、通称ザフトが報復として地球全土にニュートロン・ジャマーを散布する作戦、オペレーション・ウロ襤褸巣を実施。

全世界にばら撒かれたニュートロン・ジャマーにより、地球は深刻なエネルギー問題に陥り、多くの餓死者を出すこととなった。

 

その後も続く戦争、技術ではコーディネーターが勝るものの誰もが数で勝る地球軍の勝利を疑わなかった。

だが、当初の予想は大きく裏切られ、戦局は疲弊したまますでに11か月が過ぎようとしていた。

 

そしてC.E.71、コロニーヘリオポリス。

ここから物語が一気に加速することとなる。

 

 

 

 

 

オーブ連合首長国 資源衛星<ヘリオポリス>

「これでこの艦の最後の任務も無事終了だ。貴様も護衛の任、ご苦労だったな。フラガ大尉」

 

 

「いえ、航路何もなく幸いでした」

 

 

ブリッジで、艦長と思われる恰幅の良い男とパイロットスーツを身に着け、ヘルメットを抱えた金髪の男が言葉を交わす。

 

パイロットのこの男は、ムウ・ラ・フラガ。

地球軍が開発したモビルアーマーと呼ばれる戦闘機のパイロットである。

パイロットとしての腕は一流であり、エンデュミオンの鷹という異名が着くほどだ。

 

 

「それで、周辺のザフト艦の動きは?」

 

 

「2隻トレースしておるが、港に入ってしまえばザフトも手は出せんよ」

 

 

「中立国でありますか…」

 

 

笑みを浮かべながら放った男の言葉に、ムウは表情を歪ませる。

 

中立国。このヘリオポリスが所属するオーブという国は、他国の争いに介入しないという理念を掲げる中立国なのだ。

中立を掲げる国に攻め込まないというのは暗黙の了解である。

 

 

「聞いて呆れますね…」

 

 

それを利用している自分たち。そして利用されていることがわかっているのかわかっていないのか、わからないが自分たちに協力しているヘリオポリス。

そのどちらにもムウは呆れの念を抱いてしまう。

 

 

「ともかく君は下がりたまえ。長旅、それにずっと気を張っていて疲れているだろう?」

 

 

「…お気遣い感謝いたします。では、お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 

先程のムウの呟きが聞こえなかったのだろうか、艦長は笑みを絶やさずムウに言う。

ムウはその言葉に甘えることにした。敬礼を取ってからブリッジを出て、割り当てられた自室に向かう。

 

その途中、先程の会話を思い返しながらムウはため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「そう難しい顔をするな、アデス」

 

 

金色の髪を肩まで伸ばし、顔には不気味さを感じさせる仮面をかぶった男が先程から不安そうな表情を浮かべている副官アデスに声をかける。

 

 

「はっ…。しかし、協議会からの返答を待ってからでも遅くはないのでは?」

 

 

「遅いな」

 

 

振り返り、男に問いかけるアデス。だがその質問を、仮面の男は即答で一蹴した。

 

 

「私の勘がそう告げている」

 

 

そう言いながら、ラウはポケットの中から一枚の写真を取り出し、アデスに向かって放る。

無重力の中、ふよふよと慣性に従ってアデスの方に向かう写真。

 

その写真には、人型の機械の顔部分が写っている。

 

 

「ここで見過ごせばその代価、いずれ我らの命で支払わなければなくなるぞ」

 

 

アデスはその写真を受け取りながら、仮面の男を見てこくりと頷いた。

 

 

「地球軍の新型機動兵器…。あそこから運び出される前に奪取する」

 

 

 

 

 

 

 

 

行き来する人々が、笑み、怒り、悲しみ、様々な表情を浮かべている。

この光景を見て、平和だと言わない者はいないだろう。

 

ここはとある工業カレッジのキャンパスの中。

そしてそのキャンパス内のベンチに座って、画面を見ながらキーボードを叩く少年がいた。

キーボードを見ずにタイピング、いわゆるブラインドタッチを異常な速さでこなし続けるこの少年。

 

 

『では次に、激戦が広がる華南戦線。その後の情報を…』

 

 

少年はタイピングの手を止めて、ふと放送が入っている画面へと目を向ける。

画面内では、女性のアナウンサーがこちらに向かって話していた。

 

 

『新たに届いた情報によりますと、ザフト軍は先週末、華南宇宙港の手前キロの地点まで迫っており…』

 

 

少年は表情を僅かに歪ませる。

このヘリオポリスは中立で安心とはいえ、やはり戦争のニュースを聴いて気分が良くなるという事はあるはずがない。

 

 

「おっすキラ!何聞いてんだ?」

 

 

すると背後から首に腕を回される。驚いた少年は目を見開いて振り返る。

 

そこには、悪戯っぽい笑顔を浮かべた少年がキラと呼ばれた少年が見ていた画面を覗き込んでいた。

 

そう、先程までブラインドタッチを続けていた少年の名はキラ・ヤマト。

日に当たれば輝く茶髪に、アメジストの瞳。整った顔立ちにはまだ幼さが残っている。

 

そして先程キラに声をかけてきた少年の名はトール・ケーニッヒ。

キラの同級生で、このヘリオポリスに移住してからの付き合いである。

 

 

「うわ、先週でこれじゃ今頃華南は落ちてんじゃね?」

 

 

画面を覗き込んでいたトールが、目を丸くしながら言う。

 

画面には立ちのぼる煙、鳴り響く爆音を逃さず捉えていた。

トールが言った通り、先週でこの状態ならば今頃はザフトに占領されているだろう。

 

 

「でも、華南なんて結構近いじゃない…。本土の方は大丈夫なのかな…?」

 

 

次に背後から聞こえてきた声は少女のもの。

振り返れば、橙色の衣服を着こなした少女の姿があった。

 

彼女の名前はミリアリア・ハウ。

トールと同じくキラの同級生で、トールのガールフレンドだ。

かなりのしっかり者で、良く悪戯っ気を起こすトールを諌めている。

彼氏を尻に敷くタイプだが、傍から見ているとトールとお似合いなのが良くわかる。

 

 

「大丈夫だって!オーブは中立なんだぜ?戦争に巻き込まれるなんてありえないって!」

 

 

心配そうな面持ちで画面を覗くミリアリアに、トールは明るく、気楽にそう口にする。

その様子がおかしく、キラとミリアリアは一瞬目を見合わせた後に薬と笑みを零すのだった。

 

 

「そういえばキラ。セラはどこ行ったんだ?」

 

 

トールがふと何かに気が付き、キラに問いかける。

 

 

「あぁ、セラなら飲み物を買いに行ったんだけど…」

 

 

キラがトールに質問の返答をすると、こちらに歩いてくる足音が聞こえてきた。

 

 

「兄さん、今戻ったよ…って、トールとミリアリアもいたのか」

 

 

コーラの缶を2つ持った少年がこちらに歩いてくる。

 

この少年の名はセラ・ヤマト。

キラと同じ茶髪に、アメジストの瞳。整った顔立ちにはキラよりも幼さが滲んでいる。

だが違うのは、セラは髪を肩にかかるほど伸ばしている所である。

伸びた髪を括り、いわゆるポニーテールにしている。おかげで、初めて会う人に良く女の子と間違われてしまう。

セラとしては女子と間違われるのは嫌なので、髪をバッサリ切りたいと思っているのだが、以前にソレを行うとミリアリアに「似合ってたのに、何で切っちゃうの!?」と、こっぴどく説教を受けたため、少しずつ切り、今の髪形を維持するというスタイルに切り替えている。

 

 

「ちょっと、何よその私たちはついでみたいな言い方は?」

 

 

「え?そ、そんなこと思ってないのでありますよ!?」

 

 

ミリアリアが目を細くし、じと~っとセラを横目で見ながら問いかける。

 

先程、セラがミリアリアにこっぴどく説教を受けたとあったが、そのおかげで以降セラはミリアリアに逆らえなくなってしまった。

その結果が、今の言動である。 

 

ほんの少しでもミリアリアの機嫌を損なえば、またあのトラウマが…。

その思いが根太くセラの心に残っているのだ。

 

 

「ミリアリアさんを突いて扱いするなんて言語道断!そんなことをする輩がいるのなら教えてください!今すぐ私が成敗しに行きましょう!」

 

 

「そこにいまーす」

 

 

「何だと!?どこだ!姿を現せ!」

 

 

熱説するセラを指さしながらミリアリアが言う。

指を差されていることに当然セラは気づいているのだが、現実を受け止めたくない。

必死に違う人を指さしているのだと自身に言い聞かせながらいもしない人物を探し続ける。

 

そして、そんな滑稽なセラの姿を見ながらキラたち3人はこらえきれず声を出して笑うのだった。

 

 

 

 

 

「ひでえよひでえよ…。皆して必死になる俺を笑いやがって…」

 

 

「ははは!まあいつものことじゃないか」

 

 

励ましているつもりなのだろうか、さらにセラの傷を深くする言葉をかけるトールの顔は明るい。

 

今、セラたち四人はキラが運転する車に乗っていた。

助手席にはトール、後部座席にはセラとミリアリアが座っている。

 

 

「そうだ!昨日聞いた話なんだけどよ、サイがフレイ・アルスターに手紙を出したらしいぜ?」

 

 

「え!?」

 

 

不意にトールが出した話題にキラが食い付いた。

その際、ハンドル操作を誤りそうになるが何とか整える。

 

 

「あぶね…。と、それよりも兄さん、ピンチだぞ?サイって目立たないけどそれでもしっかりしてるし。どうすんのどうすんの?」

 

 

「べ、別に僕は…」

 

 

セラがチャンスだ!といわんばかりの勢いでキラをからかいにかかる。

からかわれたキラは、セラからは見えないが頬を赤く染めて弱弱しく否定の言葉を口にする。

しかし、この程度ではセラは止まらない。

 

 

「んー?何言ってるのか聞こえないなー?ほらほら、サイにどうやって対抗するんだy、いって…!!」

 

 

「もう…あまりキラをからかわないの!」

 

 

さらに勢いが増し、調子に乗り過ぎたセラの頭にミリアリアが拳を振り下ろす。

かなり効いたのか、頭を抱えて首を激しく横に振りながらセラが悶えている。

 

 

「…前から思ってたけど、セラとミリアリアってやり取りが親子みたいだよね?あ、もちろんミリアリアがお母さんだよ?」

 

 

その様子をミラー越しで眺めていたキラが感想を述べる。

 

 

「…ということは、トールが父さんになるのか?」

 

 

「え…、まあそうなるのかな?」

 

 

キラの言葉を聞いたセラがふと浮かんだ疑問をキラにぶつける。

そしてその疑問の内容を聞いていたトールとミリアリアは頬を染める。

 

 

「…それは、嫌だな」

 

 

「どういう意味だ!?」

 

 

自分の父親がトールだったら。そのことについて想像したのだろうセラがげんなりした顔で嫌がる。

それを聞いたトールが立ち上がらんばかりの勢いで助手席からセラに振り返る。

 

 

「どういう意味って…、そのままの意味だよ」

 

 

「何ぃ!?」

 

 

このやり取りを聞いていたキラとミリアリアが声に出して笑う。

そして言い合いをしていたセラとトールもつられて笑い出す。

 

こんな感じで、目的地に着くまで彼らから笑いが途絶えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

ヘリオポリス管制区

ヘリオポリスのまわりをモニターし、監視している場所である。

今、ここは緊張感に満ちていた。

 

 

「接近中のザフト艦に通告する!貴艦の行動は我が国との条約に大きく違反するものである!ただちに停船されたし!」

 

 

このヘリオポリスに、2隻のザフト艦が無断で接近してきているのだ。

中立であるヘリオポリスに対するこの行動は当然、条約違反である。

勿論、ザフトもそれがわかっているはずだ。ヘリオポリス側も接近中のザフト艦にそのことを通告している。

 

だが、ザフト艦は止まらずなおも接近してくる。

さらに、それだけではなかった。

 

 

「っ、強力な電波干渉!ザフト艦から発信されています!」

 

 

オペレーターの報告の直後、この場にいる全ての者が息を呑んだ。

 

 

「これは、明らかに戦闘行為です!」

 

 

この場にいる誰もが信じられないという面持ちを浮かべている中、それを嘲笑う様になおもザフト艦はさらに接近してくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「クルーゼ隊長の言った通りだったな」

 

 

ザフトの赤いパイロットスーツを身に纏い、ヘルメットの中で笑みを浮かべながらイザーク・ジュールは言った。

 

 

「突けば慌てて巣穴から出てくる…か。ホント、ナチュラルって間抜けだよな」

 

 

さらに続いて、同じく赤いパイロットスーツを身に着けたディアッカ・エルスマンがそう口にした。

 

彼らの他にも三人、同じ赤いパイロットスーツを着た者が。

そしてその周りには10人ほど緑の服を身に纏った男たちが。

 

彼らの視線の先には、ザフトが攻めてきたと報告を受けたのか、慌ただしくモルゲンレーテの工場から巨大なコンテナを載せたトレーラーが出てきていた。

 

 

「あれか」

 

 

今作戦で狙うのは、あのコンテナに載せられているだろう地球軍の新型モビルスーツの奪取。

これに失敗すれば、ザフトにとってかなりの損害になるのだが…。

 

 

「やっぱり間抜けだな、ナチュラルは」

 

 

嘲るように慌ただしく動く人たちを見下ろしながらイザークが言う。

外で艦が戦闘行動を行い、それを囮に中で奇襲を仕掛ける。

 

こんな簡単な罠に引っかかるナチュラルを、イザークは心の底からバカにしていた。

 

 

「俺とニコル、ディアッカの班で右側の3機をやろう」

 

 

イザークが新たな人物を呼ぶ。

 

ニコル・アマルフィ。年齢はこの中どころかザフトの中で最年少だが、エリートの証である赤服を着ていることから、かなり優秀であることが窺える。

 

 

「なら、残りは俺とラスティの班だな」

 

 

「あぁ。頼むぞ、アスラン」

 

 

そして残った赤服の二人。

アスラン・ザラと、ラスティ・マッケンジー。

この二人の残る2機を任せ、イザークたちは自分たちが狙う3つのコンテナに向かっていく。

 

 

「ニコル。シエルには連絡を入れたんだろうな?」

 

 

「はい。本人もすぐに行動に移ると報告がありました」

 

 

 

 

 

 

 

「?」

 

 

車を降り、目的地に向かうセラたち。

だが不意に、セラが立ち止まり空を見上げた。

視線をきょろきょろと動かし、何かを探しているように見える。

 

 

「おいセラ。何やってんだよ、行くぞ」

 

 

セラが来ないことに気が付いたトールが、振り返ってセラを呼ぶ。

その声に我に返ったセラは、慌てて3人に駆け寄る。

 

 

「どうしたんだよ急に。何かおかしなものでもあったのか??」

 

 

「いや、何でもないよ」

 

 

訝しげに問いかけてくるトールに何でもないと答えるセラ。

 

──────何か、嫌なものを感じたからなんて言ったら最後。再びいじられるのは目に見えているから。

 

ここはモルゲンレーテの社屋。ここで用事があったため、セラたちはやって来たのだ。

 

 

「お、キラ。やっと来たか」

 

 

セラたちが部屋に入ると、同級生のサイ・アーガイルがセラたちに顔を向けて歩み寄ってきた。

サイはセラたちよりも年上なせいか、何かと皆のまとめ役になっている。

そしてこの部屋にはもう一人、セラたちとよくつるむ仲間がいた。

 

カズイ・バスカーク。セラとキラはアメジストの瞳、ミリアリアは美人、トールとサイは金髪などそれぞれ特徴を持っているが、少し嫌な言い方になるがカズイは良くも悪くもあまり特徴がない。

そのことに少しコンプレックスを持っているカズイだが、この6人の中で一番優しいのはカズイだと他五人は確信していた。

 

 

「…?」

 

 

そしてこの部屋にいた残り一人の存在に最初に気づいたのはセラだった

帽子を目部下に被った少年が、壁に寄りかかっている。

 

 

「誰?」

 

 

「教授のお客。ここで待ってろと言われたんだと」

 

 

小声で聞くトールに、同じく小声で返すカズイ。

 

教授のお客というには幼すぎる少年に、セラは奇異の視線を向けた。

 

 

「まっ、そんな事よりもキラ!手紙のことを聞けよー!」

 

 

思考の渦に入りかけたセラの意識を、トールの声が呼び戻した。

どうやら、車の中で話題になったサイの手紙について聞くようにキラに催促している様だ。

これに乗らない手はない。セラもにしし、と笑みを浮かべながらトールに羽交い絞めにされているキラに近づく・

 

 

「…っ!」

 

 

だがその瞬間、再び何か嫌なものを感じた。

先程の比ではない、大きな何かを。

 

 

「皆、伏せろ!」

 

 

勘に任せ、この場にいる全員に向かって叫ぶセラ。

しかし、急に指示を出されてもキラたちは反応することができない。

呆気にとられるキラたち、そしてその瞬間。激しい轟音と共に凄まじい揺れが彼らを襲った。

 

 

「な、なんだ?」

 

 

「隕石か?」

 

 

通常ならばあり得ない出来事に、部屋から出るセラたち。

トールとカズイが目を見合わせながら話している中、セラたちは二人が言った要員の可能性を心の中ですぐに消し去った。

 

隕石ではない。何故かはわからないが、そのことを確信できる。

 

ならば、何だ?

 

 

「…っ」

 

 

一瞬出てきた、戦闘という単語をセラは大きく頭を振って打ち消そうとする。

ここは中立だ。戦闘に巻き込まれるなど、あり得ない。

 

それなのに…。

 

 

(何で…、何で!)

 

 

打ち消すことができない。どれだけ心の中で否定しようとしても、そのさらに奥でこれは戦闘だという囁きが響き渡る。

 

 

「ザフトに攻撃されてる!コロニーにモビルスーツが入り込んでるんだ!」

 

 

「ええっ!?」

 

 

さらに、追い打ちをかけるようにセラたちの前を通りかかった男性が言う。

セラを除いた全員が驚愕の声を上げた。

 

くどいようだが、ここは中立。戦争に巻き込まれることはないと、誰もがそう思っていた。

ザフトの正気を、誰もが疑った。

 

 

「と、ともかく今はここから出よう」

 

 

そんな中、サイが言う。

まずはこの建物の中から外に出るのが先決だ。

こんな所にいたら、いつ流れ弾に当たって崩壊するかわかったもんじゃない。

 

ショックを受けながらも、歩き出そうとする。

 

 

「…え?」

 

 

だがその瞬間、セラの視界の端で何かが動いた。

振り向けば、出口の方向ではなく全く逆の方向に、黒く長い、艶やかな髪を揺らしながら駆けていく少女の姿が。

 

 

「は?いや、ちょっと!」

 

 

無意識に、セラはその少女の背を追いかけていた。

 

 

「え?お、おいセラ!あ、キラまで!お前ら、どこに行くんだよ!!」

 

 

トールの叫びが背後から聞こえてくるが、構ってられない。

セラは必死に少女の背を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




活動報告を見てきた方。また同じ小説が投稿されていると驚いてきた方。初見の方。
この小説を読んで頂き、ありがとうございます。

初見の方には申し訳ありませんが、ここからはリメイク前の<夢の果て>を読んで頂いた方に向けて送りたいと思います。

活動報告を見ていない方は驚いたと思います。というか、見ていない方がほとんどだと思います。
理由などは活動報告に載っていますが、この度、小説をリメイクさせていただきます。
内容はあまり変わらないと思います。ですが、原文がかなり変わっていると思われます。
興味を持たれた方は、ぜひこれからも読んで頂けると嬉しいです。

では、びびびびでした。


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PHASE2 ガンダム

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息が切れるのも、髪が乱れるのも構わずに少女は走っていた。自分の役目を果たすために。

視界の向こうに僅かに光が見える。目的地はもうすぐだ。

そう思い、動かす足を更には止めようとしたその時だった。

 

 

「はい、ストップ」

 

 

「っ!?」

 

 

何物かに手を掴まれ、足を止められる。少女はすぐにその手を振り払い、バックステップで背後にいるであろう手の主から距離を取る。

体勢を低くし、懐に隠してある拳銃に手を付けながら何者かと対峙する。

 

 

「あー…。えっと、ごめん。驚かす気はなかったんだけど…」

 

 

振り返れば、そこに立っているのは少年(?)一人。

少年は両手を軽く上に上げながら申し訳なさげに謝ってくる。

 

「え…。ううん、こっちこそごめんなさい。急に身構えちゃったりして」

 

 

身なりを見る限り、民間人のようだ。自分と同い年か、もしくは年下だと思われる。

しかし、何故こんな所に民間人がいるのだろうか。

 

 

「あなたはどうしてここにいるの?早くここから避難しないと危険だよ?」

 

 

少女は少年に問いかける。

 

自分を追ってきたのだろうか?だが、何故?

この少年が軍の人間だとは考えにくい。では…、何故?

 

 

「いや、それは君だって同じだろ!ほら、早く逃げよう!」

 

 

「ちょっ…」

 

 

そう言いながら少年は再び自分の手を掴む。そして先程まで自分が奔っていた砲口とは逆方向に駆けだした。

 

しかし、これでは困るのだ。まだ自分は役目を終えていない。

 

 

「あの、私は大丈夫だから…。だから手を…」

 

 

「駄目だ、信用できない。手を離したらまたあっちに向かう気だろ?」

 

 

「…」

 

 

鋭い。いや、誰でもわかることかもしれないが。

 

少女はこの状況をどう打破しようかと、思考を巡らせる。

一番簡単なのはこの少年を打ち倒して先に進むことだが、民間人に手は出したくない。

 

ならば、どうするか。

 

 

「っ、危ない!」

 

 

「きゃっ!」

 

 

思考を巡らせ始めたその時、突然少年に押し倒される。

悲鳴を上げながら倒れる少女、そして少年。

 

 

「え…、ちょっと…っ!」

 

 

戸惑いの声を上げる少女だったが、直後付近から聞こえてくる轟音に目を見開く。

 

 

「ごめん!でも…」

 

 

少年はすぐに立ち上がり、少女に謝罪する。

そしてその後、少年は背後に目を向けた。

 

少女も少年の視線を追って目を向けると、そこには瓦礫が積み上げられ通路がふさがれてしまっていた。これでは外に避難することができない。

 

 

「…仕方ない。危険だけど、工場を経由してシェルターに行くしかないか」

 

 

少年のつぶやきは、しっかり少女の耳に届いていた。

 

少年の言う通り、通路がふさがれてしまった今、街道に出ることは不可能。

ならば残されたのは、少女が走っていた方向、今頃ドンパチやっているだろう工場の方しかない。

 

自分の役目を果たすためにどうするべきか悩んでいた少女にとっては、願ってもない事だった。

 

 

 

 

 

 

セラは、少女の手を引いて走っていた。

非難する途中、偶然見つけたこの少女は工場方面に走っていたのだ。

 

すぐに追いかけ、止めることには成功したのだが通路が瓦礫でふさがれてしまい、結局向上に来る羽目になってしまった。

 

 

(しかし、この娘は何で工場に行きたがるんだ?)

 

 

この状況で今頃銃弾が飛び交っているだろう工場に行こうとするなど正気の沙汰とは思えない。何か理由があるはずだ。

 

しかし、それを聞いてもこの少女が答えてくれるとは思えない。

それに今はその事よりもシェルターに非難する方が先決だ。

 

 

「こ、これは…」

 

 

通路を抜け、工廠区に入ったセラの視界に飛び込んできた光景は凄惨なものだった。

人と人が銃を撃ち合い、殺し合っている光景。セラにとって、初めて戦争というものを見た瞬間だった。

 

 

「…」

 

 

少女はセラに視線を向けている。人と人が殺している光景を目の当たりにして、震えるセラを、悲しみに濡れた瞳で映す。

自分より幼いだろう少年が、戦争の恐ろしさを目にすることに少女は複雑な念を抱いていたのだ。

 

 

「っ、伏せて!」

 

 

突然の少女の声に、セラは目を丸くする。直後、セラは少女に頭を抱え込まれた。

無理やりしゃがまされ、そして直後セラたちの頭上を銃弾が通り過ぎて行った。

そしてセラは少女に手を掴まれる。

 

 

「こっち!」

 

 

「うわっ」

 

 

少女は柵をひらりと飛び越えていく。少女と手を繋いだままのセラも必然的に飛び降りることとなる。

 

何とか着地することに成功したセラは、少女に手を引かれ、銃弾の嵐の中を駆け抜けコンテナの陰に隠れる。

 

 

「はあ…はあ…」

 

 

「何で…、何で、こんな…」

 

 

戦争の光景を目の当たりにしたセラは混乱していた。

戦争というものを知識では知っていた。こういうものなのかと考えたりもしたことがある。

だが、実際それを目にすると自分の想像がどれだけ甘いかを思い知った。

知っていたはずなのに、戦争は人と人との殺し合いなのだという事を理解していなかった。

 

 

「…」

 

 

だが、こうもしていられない。心の混乱を抑え込み、セラは考える。

ここで隠れていてもいずれ殺されるだけだ。それに、自分の隣には少女もいる。

彼女も何とか助けなければならない。

 

 

(何か…、使えそうなものはないか!?)

 

 

セラは辺りを見回す。右、左、上を見上げて、そして見た。コンテナの中の存在を。

 

 

「こっち!来い!」

 

 

「え…!」

 

 

セラは少女の手を掴み、コンテナの上へと上がる。そのコンテナの中にあったのは…

 

 

「モビルスーツ…」

 

 

小さくつぶやく少女を、セラは開いたハッチの中へと押し入れてから自分も中に乗り込む。

 

 

「君…」

 

 

「あんなとこを通り抜けて、シェルターなんて行けやしない!」

 

 

投げやり気味に怒鳴り声を上げながら、セラはコックピットの座席に座る。

 

 

「でも、死ぬ気なんてさらさらない!」

 

 

セラはモビルスーツの電源を入れる。計器類に光が灯り、駆動音が発せられる。

そして、正面のモニターに何やら文字が浮かんだ。

 

General

Unilateral

Neuro-Link

Dispersive

Autonomic

Maneuver

 

 

「ガン…ダム…?」

 

 

浮かんだ英文の頭文字を取れば、その言葉になる。

 

セラは、機体を立ち上がらせるために操縦桿を倒す。

 

 

「…っ」

 

 

だが、操縦に従うはずの機体の動きが明らかに鈍い。

表情を歪ませ、まさかと思ったセラはコックピットの端にあったキーボードを手に取り、タイピングを始めた。

 

 

「…っ!?何だこの無茶苦茶なOSは!こんなので動かせると思ってたのか、地球軍は!」

 

 

セラの操作に従い、この機体のOSの状態を映し出した画面を見てセラは声を上げる。

 

悪態をつきながら、セラは必死にキーボードを叩く。

このままのOSの状態で立ち上がれば、折角生き延びるために機体に乗ったのにただ的になってすぐに撃墜されてしまうだろう。

 

そんなの、本末転倒である。

 

セラは、キラに勝るとも劣らないスピードでキーボードを叩き続ける。

その光景を、神妙な表情で見つめるのは傍らにいる少女。

 

少女はセラのことをただの民間人だと思っていた。だが、この作業のスピード。

同僚たちの中に、これ程のスピードで作業ができる者がいただろうか。

それも、この複雑に絡まっているOSを。

 

こうして考えている間にも、セラは作業を進め大詰めに入っていた。

 

 

「後はフィードフォワードを制御して…、よし!」

 

 

OSの書き換えを終わらせたセラは、スイッチを押してPS(フェイズシフト)装甲を展開させる。

全身灰色だった機体は、白を基調とし所々に赤や黒のラインが入った期待へと変身した。

 

 

「ふぅ…、っ!」

 

 

セラは深呼吸をして心を落ち着かせ、そして今度こそ操縦桿を倒し、機体を立ち上がらせた。

 

 

 

 

セラが機体を動かし始めた時、キラはセラと同じ類のモビルスーツのコックピット内にいた。

座席に座り、操縦しているのはキラではなく地球軍の女性士官だが。

 

この女性が言うには、この機体の名前は<ストライク>というらしい。

そのストライクを女性は必死に操縦しているのだが…。

 

 

「あぁっ!?」

 

 

「くぅっ!」

 

 

先程から戦闘を行っているジンに押されっぱなしだ。

このまま戦闘が続けば、自分もこの女性士官もお陀仏だろう。

 

 

「っ!?トール、ミリアリア!皆!」

 

 

その時、モニターに映し出される。キラの友人たちが必死に逃げている姿をキラは目にした。

自分の大切な友達。自分がコーディネーターだと知っても、それはどうしたといつも通りに接してくれた人たち。

そんな彼らが、殺される?

 

このまま放っておいたら間違いなくトールたちは殺されてしまうだろう。

いや、それだけではない。今、どこにいるかわからない自分の弟も…。

 

その考えが浮かんだ瞬間、キラの体は無意識に動いていた。

 

キラは、こちらに突っ込んでくるジンを目にしてすぐに手を操縦桿を握っている女性の手に重ね、力を込めて前に押し出す。

 

途端、キラの意思に従ってストライクは前方へと駆け出した。

 

ジンのパイロットは、この機体は碌に動けないと思っていたのだろう。

単純な突進にも反応できず、後方へと吹っ飛ばされる。

 

 

「どいてください!早く!」

 

 

今の内だ。キラは女性士官をどかせて座席に腰を下ろす。

そしてキーボードを取り出し、操作を始めた。

 

 

「っ!?」

 

 

だがその瞬間、ジンが動き出すのが見えた。

ジンは巨大な重斬刀を構え、再びこちらに駆けてくる。

 

 

「くっ!」

 

 

作業を中断し、応戦しようとするキラ。

 

だが、キラの目の前で影が横切り、それと同時に視界からジンの姿が消えた。

 

 

「え?」

 

 

「なっ?」

 

 

キラも、女性士官も驚きに声を漏らす。

彼らの前に現れたのは、ストライクと似通った姿のモビルスーツだった。

 

 

 

 

 

機体を動かしてからすぐ、セラは遠くにジンと恐らくこの機体と同種だろう機体の戦闘が行われているのを見た。

さらに、その付近でトールたちが立ち竦んでいるのも目にした。

 

セラの意思は固まり、機体を加速させる。

 

 

「かなり揺れるけど、我慢して」

 

 

目は向けずに、傍らにいる少女に告げる。

少女がおずおずと頷くのを見ることなく、セラは機体をジンへとぶつけた、

 

ジンは吹っ飛び、だがすぐに体勢を整えてこちらを見据えてくる。

 

セラはそれに対し、腰に差してあった剣。ビームサーベルを抜いてジンに向けて機体を駆る。

直後、凄まじい加速力を見せながら機体はジンの懐に飛び込み、セラはサーベルを振るう。

 

コックピットは外したが、ジンの左腕を斬り落とすことに成功する。

さらに追い打ちに、左足でジンを押し蹴り無理やり後退させる。

トールたち民間人から、ジンを遠ざけるためだ。

 

 

「く…、何だこの機体は…!」

 

 

セラが駆る機体と交戦するジンのパイロット、ミゲル・アイマンは目の前の機体を憎々しげに睨みながら悪態をつく。

先程まで交戦していた機体とは天と地ほどの差があるほど良い動きをする。

 

 

「まさか…、シエルが失敗したのか?」

 

 

直後、ミゲルはこの機体はシエルという少女が奪取する予定だったことを思い出す。

まさか彼女が自分に攻撃を?という考えが浮かぶことはない。

この機体が自分を押そうという事は、彼女が失敗したという事だ。

 

 

「くっ…、くそおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

ミゲルは機体の損傷を顧みずに、機体を目の前の機体に向けて加速させる。

 

 

「く…!」

 

 

セラは、突っ込んでくるジンに対してバーニアを吹かせてその場から退避する。

 

 

「逃げるな、このナチュラルがぁ!」

 

 

ミゲルは相手に狙いを付けて銃を連射する。だが、当たらない。

セラは巧みに機体を操り、採点減の動きでかわしジンの様子を窺う。

 

 

「この…!当たれ!当たれぇ!」

 

 

ジンの攻撃がさらに過激になるが、セラは冷静に見極め空中へと逃げる。

ジンが空中へと浮いたこちらを、重斬刀を手に追ってくる。

しかし、ジンの斬撃をひらりと旋回してかわして後ろに回り込み、ジンの背に蹴りを喰らわせて地上に叩きつける。

 

そのままセラは機体を地上に着地させる。

 

 

「こ、こいつ…!」

 

 

その姿を見たミゲルは、歯を噛み締めて怒りを露わにする。

今この隙に、相手は自分に止めを刺すことができたはずなのだ。それなのに、相手はそれをしてこない。

 

 

「舐めてるのか、俺を!ナチュラルが!!」

 

 

激昂するミゲルは、機体をすぐさま立ち上がらせて銃を構えた。

 

 

「くそ…!」

 

 

そして一方のセラは、ジンが撃ってくるビームをかわしながら内心で迷いを抱えていた。

先程は勢いでビームサーベルを抜いたものの、いざここまで来ると相手を殺すという事に対して迷いが出てしまったのだ。

セラにとって、相手の強さは大したことはなく落とそうと思えばいつでも落とせるのだが。

 

 

「くっ…!」

 

 

踏ん切りがつかない。相手を殺すという覚悟が決められない。

 

こうしている間にも、ジンはこちらに攻撃を仕掛けてくる。

心なしか、先程よりもどことなく激しく斬り込んできている。

 

 

「くそぉっ!」

 

 

覚悟を決めろと自分に言い聞かせる。

守るためには撃つしかないのだ。相手を、殺すしかないのだと、言い聞かせる。

 

 

「…ぁ」

 

 

迷いから出た、一瞬の隙だった。

セラの操縦によって出来た隙を、相手は突いてきた。

体勢が崩れた機体に、ジンが重斬刀をコックピットに突き立てようとするのが見える。

 

これは、かわせない。

 

確信したセラは、傍らにいる少女に目をやる。

少女はこれから来るであろう死に恐怖したのか、ぎゅっと目を瞑っていた。

セラは少女を抱き寄せる。何とかこの娘だけでも死なない様に願いを込めて。

 

セラも、目を閉じた。

 

 

「…?」

 

 

ふと異常を感じ、セラは瞼を開けた。

いつまでたっても死どころか衝撃すら来ない。

少女を抱き締めている、柔らかい感覚もまだ腕の中に残っている。

 

セラはモニターに目を向ける。そこにはもう、ジンの姿はなかった。

だがその代わりに、こちらを守るように立ちふさがっているもう1機の機体があった。

 

 

 

 

 

 

そのもう1機の機体、ストライクを操っているキラ。

実は、彼はすでにOSの書き換えを終えていたのだ。

だが、突如先頭に介入してきた機体の立ち回りに目を奪われ動けなくなっていたのだ。

 

 

「あれは…、スピリット!?でも、あそこまであの機体を動かせるなんて…。一体誰が…!?」

 

 

傍らにいる女性士官が何やら目を見開いて驚いている。

あの機体の名はスピリットというらしいが、そのスピリットはジンの攻撃を嘲笑うかのように交わし続ける。

 

 

(この調子なら、僕は戦わなくてもいいかもしれない…)

 

 

OSを書き換えたのは良いが、戦わなくていいのならそれに越したことはない。

キラはふぅ、と息を吐いてスピリットの戦いぶりを眺め続ける。

 

だが、その時だった。キラがスピリットの動きに違和感を抱いたのは。

 

突然、スピリットの動きが鈍り始めたのだ。

あの動きを見ていた人の中で、それがわかる人はどれだけいるだろう。

それ程のわずかな違いを、キラは一瞬で見抜いたのだ。

 

 

「!」

 

 

そして、スピリットの体勢が崩れた瞬間にはキラは動き出していた。

操縦桿を倒し、ストライクを重斬刀を振りかざすジンに向けて突っ込ませる。

 

反応できなかったジンは、ストライクの突進を受けて大きく後退する。

 

 

「ちぃっ!こいつの存在を忘れてたぜ!」

 

 

ミゲルがすぐに機体の体勢を整えようとする。

だが、キラはその暇を与えない。

 

 

「もう、やめろぉおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

キラは機体を一気にジンに接近させ、機体の腰からナイフ形の武器アーマーシュナイダーを取り出す。

二本のナイフを両手に、キラはジンの懐に飛び込む。

 

キラはジンの首元に、二本のナイフを同時に突き立てる。

ナイフを突き立てられた首元から火花が散り、力尽きたようにジンは膝をつく。

 

 

「ちぃっ、動かない!くそっ!」

 

 

ジンが何の操作も受け付けなくなったことに気付いたミゲルの行動は早かった。

脇にある1~9のボタンを押し、ハッチを開いてコックピットの中から脱出する。

 

その光景を、キラはコックピットの中からモニターで見ていた。

パイロットは生きていたようだ。自分は、人を殺してはいない。

 

そう思い、ホッと一息つこうとしたその時だった。

 

 

「まずいわ!ジンから急いで離れて!」

 

 

「え?」

 

 

呆然としていたキラは、女性の指示の意味を飲み込むことができなかった。

動くことができないキラに、次の瞬間大きな衝撃が襲う。

 

 

「うわぁああああああ!?」

 

 

「あぁっ!?」

 

 

コックピット内が大きく揺れ、キラはまわりの計器に体をぶつけてしまう。

痛みに耐えながら、揺れが収まるのを待ち、落ち着いたのを感じてから何が起こったのかを確かめるためにモニターを見て、キラは目を見開いた。

 

つい先程までそこにいたはずの、戦っていたはずのジンの姿が跡形も無く消えているのだ。

逃げたにしては、ジンが飛んでいる姿が見えない。一瞬で見えなくなったり、索敵で捉えられなくなるほど遠くまで逃げられるほどの速さは出せないはず。

 

だとすれば、先程のあの衝撃の正体はただ一つ。

 

 

「自爆…」

 

 

そう考えれば、衝撃の直前に一瞬だけ見えた人影にも合点がいく。

あれはジンに乗っていたパイロットだったのだ。何らかの操作でジンを自爆するようにし、自分は脱出。

 

できればストライクも破壊する算段だったと思うが、残念ながらそれは失敗。

 

 

「いつっ…、あの、大丈夫ですか?」

 

 

ともかく、一応難は去ったようだ。キラは女性の安否が気になり問いかける。

だが、いくら待っても女性からの返事がない。

 

 

「っ!大丈夫ですか!?しっかりしてください!」

 

 

振り向けば、そこには目を閉じて、力無くコックピットに壁に寄りかかる女性の姿があった。

慌ててキラは席から立ち、女性の頬を軽くたたきながら呼びかける。

 

 

「…気を失ってるだけか、よかった」

 

 

息もしっかりしているし、血色もいい。ただ、衝撃によって気を失っただけなのだろう。

 

ともかく、怪我もしている様だから早くここから降ろして手当てをしなければならない。

 

 

「…ハッチ、どうやって開ければいいんだろ?」

 

 

女性を抱え、外に降りようとするキラだったがハッチの開け方がわからず固まってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ミゲル機、シグナルロスト!パイロットは帰投するようです!」

 

 

「何っ!?ミゲルが、こんな任務でか!?」

 

 

ヘリオポリス内で起きた戦闘内容はザフト艦ヴェサリウスにも届いていた。

撃墜されたジンのパイロット、ミゲルはザフト内で黄昏の魔弾という二つ名が与えられるほどのエースパイロットだった。

しかしそのミゲルがやられたという報は艦内に大きな衝撃を与える。

 

 

「ふむ…」

 

 

艦橋に衝撃が奔る中、一人だけ。艦長席に座る仮面の男、ラウ・ル・クルーゼは顎に手を当てて冷静に何かを考え込む素振りを見せる。

 

イザーク、ニコル、ディアッカ、アスランが奪取に成功。

アスランからの報告ではラスティは失敗。ミゲルも機体を落とされ、未だシエルは返ってこない。

 

 

(シエルがどうなったか知りたいところだが…)

 

 

ラウがそう内心で呟いた瞬間、その答えがオペレーターの口から発せられた。

 

 

「ミゲル・アイマンからの報告!残りの機体は2機!シエル・ルティウスは…失敗した模様…!」

 

 

「っ!?ラスティだけでなく、シエルまで…!」

 

 

続いて入ってきた報に、副艦長アデスが表情を歪ませる。

シエルもまた、ミゲルほどまだ名は知られていないがいずれはザフトのトップエースになるだろうと言われていた逸材だったのだ。

 

 

「シエルが失敗し、ミゲルが落とされたか…。いささかうるさいハエが飛んでいる様だな」

 

 

「艦長?」

 

 

ラウがなめらかな動きで艦長席から立ち上がる。

 

 

「私が出る。残りの2機、そのままにはしておけん」

 

 

 

 

ラウが出撃準備を進めている中、エンデュミオンの鷹、ムウ・ラ・フラガは一人奮闘していた。

すでにまわりの一緒に出撃した仲間は落とされ、母艦ももう討たれた。

新型のモビルスーツも奪取され、運び出されていくのもこの目で確認した。

 

だが、まだ奪われた機体は4機。残りの2機だけは守り切らなければ。

 

 

「?」

 

 

決意を固め、再び敵機に向かおうとしたムウだったが、突如ジンたちが撤退を始めた。

訝しげな眼で撤退していく機体を見ていたムウを不思議な感覚が襲う。

 

 

「っ!」

 

 

まるで、背筋を何か金属のような冷たいもので撫でられたような、そんな不快な感覚。

この感覚を感じるときに、いつもいるのは…奴だ。

 

 

「ラウ・ル・クルーゼ!」

 

 

不快な感覚と共に、自身に襲い来るプレッシャー。

プレッシャーが発せられる方へと機体を向ければ、そこにはザフトが最近にロールアウトしたモビルスーツ、シグーがこちらに向かってきていた。

 

 

「お前はいつでも邪魔だな、ムウ・ラ・フラガ!最も、お前にとっての私もご同様かな!?」

 

 

その言葉と共に、ラウが駆るシグーが重斬刀を構え斬りかかってくる。

ムウは操縦桿を動かし、突っ込んでくるシグーから距離を取ろうとする。

 

ムウが駆るモビルアーマー、メビウス・ゼロは接近戦の手段をほとんど持たない。

そのため、遠距離攻撃で撃ち落とすしか基本攻撃手段がないのだ。

 

 

「…何?」

 

 

このまま交戦に入ると思われたのだが、シグーがメビウスを無視してヘリオポリスに向かっていく。

 

 

「っ、コロニー内部に!?行かせるか!」

 

 

ムウも機体を転進させ、ラウを追って行く。

機体を奪わせてはならない。何としても守らなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

何とかハッチを開けることに成功し、キラが女性を抱えて地上に降りるとすぐに出迎えてくれたのはトールたちだった。

 

あの機体を操縦したのはキラなのか?ジンと戦ったのはキラなのか?

と質問攻めにあったのだが、抱えている女性が怪我をしていると伝えるとすぐに手当てを始めた。

 

そして、手当てを始めてすぐ、OS書き換え中のストライクを助けてくれたあの機体がストライクのすぐ傍に着地した。

 

 

「キラ、あれに乗ってるのは誰なんだ?」

 

 

ミリアリアとサイが女性の手当てをしている中、トールがキラに聞いてくる。

 

 

「わからないよ。でも、多分軍の人だと思うけど…」

 

 

あの圧倒的な動き、自分のような民間人にできるとは思えない。

自分はコーディネーターだから、あのように機体を扱えたが。

 

…いや、あの動きをできる人物に一人だけ心当たりがある。

ナチュラルのはずなのに、コーディネーターの自分よりも能力が高い人物。

 

 

(まさか…)

 

 

一度浮かんだ考えが、合点のいくものだった場合、振り払うことは難しい。

 

そして、ストライクの隣に着地した機体のハッチが開き、パイロットと思われる人物が降りてきた。

 

一人の少女を抱え、ゆっくりと地面に降りてくる人物。

 

 

「セラ…」

 

 

「せ、セラ!?お前がそれに乗ってたのか!?」

 

 

機体から降りてきたセラを囲み、キラたちが騒ぎ立てる。

 

 

「何でセラはこれに乗ってるの?」

 

 

「この娘は誰?」

 

 

セラが何故モビルスーツに乗っているのか、そして一緒にいる少女は誰なのかと質問が飛び交う中、その声がうるさかったのだろう。

 

 

「うぅ…」

 

 

ベンチに寝かせていた女性がうめき声を上げる。

その声に気が付いたセラたちが歩み寄ると、女性はゆっくりと両目を開ける。

 

 

「あの、大丈夫ですか」

 

 

ミリアリアが代表して女性に問いかける。

女性は体を起こしながら、大丈夫と弱弱しく答える。

 

 

「しかし、この2機をセラとキラが操縦したのかー」

 

 

「これ、どうやって動かしてんだろ」

 

 

すると、いつの間に集団から離れたのだろう。トールとカズイがスピリットとストライクを見上げて何か話していた。

 

モビルスーツを間近に見るのは初めてだ。興味を持って近くに行ってしまうのは不思議ではない。

 

 

「その機体から離れなさい!」

 

 

「「ひぃっ!?」」

 

 

だがこの女性にとって二人の行動は危険極まりないものだった。

怒声と共に放たれる銃弾は二人からかけ離れた所に着弾したものの、突然の発砲音に恐怖を与える。

 

 

「な、何をするんですか!彼らもあなたの手当てを手伝ったんですよ!」

 

 

「黙りなさい!皆、そこに一列に並んで」

 

 

いきなりの発砲に驚いたものの、すぐに我を取り直してキラが女性を止めようとする。

だが女性は銃口をキラにも向け、さらにセラたちを見回しながら指示、いや命令を出す。

 

 

「私は、マリュー・ラミアス。地球軍の将校です。申し訳ありませんが、あなた達をこのまま帰すわけにはいかなくなりました」

 

 

「え!?」

 

 

セラたちを一列に整列させた女性、マリューの言葉に全員が目を見開く。

 

 

「これらの機体…、X105ストライク、X106スピリットが軍の最高機密です。じじょうがどうあれ、機密を見てしまったあなた達には、然るべき所と連絡が取れ、処置が決定するまで私と行動を共にしていただきます」

 

 

「な、何だよそれ!冗談じゃねえよ!」

 

 

「僕たちはヘリオポリスの民間人ですよ!?中立なんです!軍なんて関係ないんです!」

 

 

セラたちにとって、マリューの言葉は暴論にも等しいものだった。

中立国で勝手に戦闘を始め、自分の身を守るための行動のせいで拘束される。

セラたちには堪ったものではないことだ。

 

だが軍人であるマリューにとっては、新型機動兵器という機密に触れた彼らをここで解放させるわけにはいかないのだ。

たとえ、どれだけ心が痛んだとしても。

 

 

「黙りなさい!中立だから関係ない。そう言ってさえいれば今でも無関係でいられる…、まさか本当にそう思っているわけではないでしょう!?」

 

 

「…無茶苦茶だ、そんなの」

 

 

サイが、マリューの言い分に不満を持ちその不満をぼそりと吐く。

 

 

「無茶苦茶でも、戦争をしているんです!今!あなた達の外の世界ではね…」

 

 

 

 

 

 

ムウとラウの戦闘はさらに苛烈を極めていた。コロニー内部に侵入しようとするラウに、それを防ごうとするムウ。

だが、勢いはラウが勝っており、少しずつだがラウがコロニー内部に近づきつつあった。

 

 

「くそっ、このままじゃ!」

 

 

「貴様もよくやったが…、これで終わりだ!」

 

 

さらに、シグーの重斬刀にビームガンが切り裂かれてしまった。

ラウはムウに止めを刺すべく突撃銃をメビウスに向け、引き金を引く。

 

 

「くっ…!」

 

 

放たれたビームをムウは機体を旋回させてかろうじて回避する。

そしてその光景を見たラウが、にやりと笑みを浮かべた。

 

 

「っ、しまった!」

 

 

ムウがビームを回避した直後、爆発音が鳴り響いた。

その音の正体は、シグーが撃ったビームが壁を破壊した爆発。開いた穴の向こうには、ヘリオポリスの街があった。

 

ムウはヘリオポリス内に侵入してしまったラウを追いかけて機体を駆る。

 

 

「ほう、あれか」

 

 

コロニーに侵入したラウは、メインカメラを回してXナンバーの残りの2機を発見する。

ラウは機体を2機に向け、接近しようとする。

 

 

「させるか、クルーゼ!」

 

 

だが背後からムウが追う。しかしラウは冷静に、機体を急上昇させてメビウスの後ろに回り込んだ。

 

シグーの急上昇時、ムウから見れば機体が消えたように見えたはずなのだがさすがの反応速度。すぐに回避行動を行おうとしているのがわかるが、当然間に合うはずもない。

 

ラウが重斬刀を振り下ろし、メビウスの左翼が損傷。バランス崩したメビウスは墜落し、戦闘不能に陥る。

 

 

「ちっ、ムウめ…」

 

 

だが、この結果はラウにとっては不満なものだった。

最後の攻撃は撃墜するためのものだったのだが、回避されてしまった。

 

 

「まあいい。今はあの2機だ」

 

 

ラウはすぐに気を取り直し、機体をXナンバーに向けて接近させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

この時、セラたちはストライクの収容作業の途中だった。

突然の轟音に見上げれば、戦闘を繰り広げるメビウスとシグー。さらにメビウスが落とされ、シグーがこちらに接近してくるではないか。

 

セラはスピリットの方に目を向ける。

ストライクは作業の途中で、まだ戦闘には出られない。ならばこの機体で応戦するしかないだろう。

 

操縦できるのは自分かキラだけ。だが今、キラはストライクのコックピットの中。

 

 

「俺しかいないか!」

 

 

決断は一瞬だった。セラは駆けだし、スピリットのコックピットに乗り込んだ。

 

その後姿を見つめる少女の存在には、気が付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE3 崩れる平和

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ムウが乗るメビウスゼロを戦闘不能にし、後は残ったXナンバー2機を鹵獲又は破壊すればラウの任務は終わりだ。

 

 

「…あの機体を動かす気なのか?」

 

 

突撃銃を向けた時、2機の内の片割れが機動を始める。

ツインアイが光り、ゆっくりと両足で立ち上がる。

 

ラウが出撃する前に、戻ってきたメンバーから受け取ったデータを見たのだが、あのOSを見る限りただのナチュラルが操縦するにはまだ時間が必要だと感じた。

 

しかし、あの機体がやったのかはわからないがミゲルを落としたのは間違いない。

ラウは気を引き締めてあの機体の動きに注意を向ける。

 

ラウが見ている中で、動き出した機体のバーニアが噴き出す。

その次の瞬間、ラウは仮面の中で目を見開いた。

 

 

「っ!?」

 

 

速い。いや、それだけではない。

背筋に冷たく感じる強烈なプレッシャー。ムウと酷似しているが、そのプレッシャーの強さは圧倒的にこちらの方が上だ。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

ラウは咄嗟に機体を翻して相手から距離を取る。

だが、取り逃がしたことをすぐに察知した相手はビームサーベルを手に距離を詰めてくる。

 

 

「速い…!」

 

 

先程も感じたことだが、これ程の機動力を発揮できるモビルスーツは見たことがない。

 

 

「だがっ!」

 

 

しかし、反応できないほどではない。反応さえできれば、自分なら何とかできる。

それ程の腕をラウは持っているし、自負していた。

 

ラウは空中で機体を屈ませ、姿勢を低くすることで相手の剣戟をかわすと同時に相手の懐に入り込む。

すぐに重斬刀の柄を手に取り、振るう。このタイミングなら間違いなく相手に当たる。

 

だがラウの手に伝わってきたのはガキン、と金属を叩いたような硬い衝撃だった。

見れば、相手はこちらの剣戟が命中したのにも関わらず無傷だ。

 

 

「PS装甲か…、厄介な機能だな」

 

 

Xナンバーの機体にはPS装甲という、実体武装を無効化させる能力が備わっている。

これを突破するには、ビーム兵器を必要とするのだが今、ラウが駆るシグーにはビーム兵器が存在していない。

 

 

(撤退するべきか…、いや)

 

 

相手の剣戟、ライフルが放つビームを回避しながら考える。

あの、相手が接近してきた直後に感じたあの冷たい感覚。あれは一体、何なのか。

 

 

 

 

 

 

「この機体…っ」

 

 

シグーが振るう重斬刀を、シールドで防ぎビームサーベルで斬りかかる。

だがシグーはまるでこちらの動きを予知しているかのごとく最小限の動きでかわし、銃を構えて反撃してくる。

 

セラは相手の銃撃をシールドで防ぎ、もう一方の手でサーベルから銃に持ち替えシグーに向ける。

すぐに引き金を引くが、これもまたシグーにかわされ、再び斬りかかってくるのをシールドで防ぐ。

 

 

「こいつ…、何なんだ…!」

 

 

先程のジンとは比べ物にならないほどいい動きをする。

機体のスペックの話ではない。相手のパイロットの腕が凄まじいのだ。

 

あの機体に乗っているパイロットは、只者ではない。

背筋に感じるプレッシャーが半端ではないのだ。今こうして応酬を続けている間にも、セラの額から汗が流れてくる。

まだ戦闘は始まったばかりだというのに。今まで感じたことのない疲労感が押し寄せてくる。

 

 

「くそっ!」

 

 

「確かに、腕は良い様だ。だが…」

 

 

セラの射撃をかわしながら、シグーを駆るラウがぽつりと呟く。

そして、接近するシグーを見て遠距離戦から近距離戦に切り替え、サーベルで斬りかかってくるスピリットを見据えながら言った。

 

 

「戦闘経験が少ないのかな?動きが単調で、読むのが容易い!」

 

 

「なっ!?」

 

 

スピリットが振り下ろすサーベルをかわし、シグーが背後へと回り込む。

セラは機体を振り返らせようとするが、それよりも早くシグーが重斬刀の先をスピリットへと向け、突き立てようとする。

 

 

「これは防げるか!?」

 

 

先程は斬撃、今度は突き。与えられる威力は断然こちらの方が大きいだろう。

相手が回避できるタイミングではない。たとえ、機体に傷が与えられなくとも中のパイロットにはダメージを与えられるはずだ。

 

 

(あの感覚の正体がわからないのは残念だが…、これで終わりだ!)

 

 

止めを刺すべく、重斬刀を突き出した。

 

 

 

 

 

 

セラが駆るスピリットとラウが駆るシグーが激闘を繰り広げている中、キラはストライクの収容作業を中断して、ストライクの装備、パワーパックの設置作業を行っていた。

 

今までで自分でも見たことがない程のスピードでタイピングを行い、急ピッチで作業が進んで行く。

 

 

「っ、できた!」

 

 

そしてついに、ストライクの背にランチャーストライカーが装着された。

キラはすぐにPS装甲を展開し、スピリットとシグーが交戦している方へとメインカメラを向ける。

 

 

「っ!?」

 

 

だが、そこでキラが見たものはシグーに背後を取られ、重斬刀が突き立てられようとしたスピリットだった。

 

 

「セラっ!」

 

 

キラはバーニアを吹かせ、セラを助けるためにそちらに向かおうとする。

誰が見ても、キラ自身も間に合うはずがないとわかっていても。

 

もちろん、キラがセラを助けることができるはずもなく。キラがバーニアを吹かせ機体を宙に浮かせた直後にスピリットが串刺しにされる…はずだった。

 

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

突如鳴り響く轟音。その場にいる誰もが、振り返ってその音の源を目にする。

 

そこには、建物の壁を突き破り、こちらに向かってくる白亜の戦艦が在った。

 

 

 

 

 

 

白亜の戦艦、名称<アークエンジェル>

その艦長席に座るのは、女性の軍人ナタル・バジルール少尉。

 

 

「アークエンジェルのシステム、問題ないな」

 

 

「はい。全システム、オールグリーンです」

 

 

ナタルの問いかけに、アークエンジェルの操縦席に乗るアーノルド・ノイマンが答えた。

 

 

「X106がシグーと交戦中です!」

 

 

「なにっ!?」

 

 

CIC席に座る、ジャッキー・トノムラの報告にナタルが目を見開いて驚愕する。

 

艦橋の大画面に光学映像が映し出され、そこにはこちらを向くスピリットとシグーがいた。

 

 

 

 

 

 

 

「戦艦…、コロニー内部にか?」

 

 

突如出現した白亜の戦艦に、ラウは目を見開く。

新型のモビルスーツ6機の情報はあったが、新型の戦艦の情報は手に入れていなかった。

 

 

「くそ!」

 

 

退き時だろう。ラウは機体を反転させ、先程自分が開けた穴に向かう。

 

撤退する自分を追ってくる気配はない。深追いをする気はないのだろう。

 

 

「…」

 

 

ラウは、コロニーから出て姿が見えなくなるまでスピリットを見つめ続けていた。

あの機体と交戦を始めた直後、背筋に奔ったあの感覚。

 

 

「セラ・ヤマト…」

 

 

その口からぽつりと出てくる名前。

直後ラウは自嘲の笑みを浮かべながら頭を振る。

 

 

「バカな…。そんなはずはない、奴は死んだはずだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラミアス大尉!よくぞご無事で!」

 

 

「バジルール少尉…。あなたこそ、良くアークエンジェルを守ってくれました」

 

 

トールたちの目の前で、軍服を着こなした女性がマリューに駆け寄って生存を称える。

マリューも、ナタル・バジルールとその後ろに並ぶ軍人たちの生存を称えて返した。

 

 

「…守れたのは」

 

 

「えぇ…。この2機だけよ」

 

 

ナタルが、ストライクとシグーを撃退して戻ってきたスピリットに視線を向けて呟いた。

ストライクとスピリットの他に、4機の機体があったのだがそれらは全てザフトの手に渡ってしまった。

スペックだけならば、ジンを軽く凌駕する機体4機が。

 

これから、どうなってしまうのか。

そう考えようとした彼女たちの耳に、2つのハッチの開く音が同時に届く。

マリューもナタルも、他の軍人も、トールたちもその音が聞こえてきた方に目を向ける。

 

それぞれのコックピットから降りてきたのは、2人の少年だった。

 

 

「民間人…、それも子供じゃないですか!」

 

 

コックピットから降りたセラとキラを見て、目を見開いて驚愕するナタル。

そしてナタルの後ろに立つ軍人たちも断じて例外ではなく、近くに立つ仲間とどういうことかと呟き合っている。

 

 

「へぇ…。こいつは驚いたな」

 

 

ナタルがマリューに詰め寄ろうとしたその時、先程メビウスが墜落した方から1人の男が現れた。

紫のパイロットスーツに身を包み、被っていたヘルメットを外してからその男は口を開いた。

 

 

「地球連合軍第7機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉だ。外の母艦がやられちまってね…、上官許可をもらいたいんだが、この艦の責任者は?」

 

 

ムウと名乗った男は敬礼を取りながらマリューとナタルに問いかける。

先程の二人のやり取りを聞いていたのだろう。特に、マリューの大尉という階級を聞いて彼女らに聞けば一番手続きが楽ではと考えたのだろう。

 

マリューとナタルが代表して前に出て、同時に敬礼を取る。

 

 

「第2宙域第5特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉です」

 

 

「同じく、ナタル・バジルール少尉であります。艦長以下、艦の主だった士官は皆戦死されましたので、今はラミアス大尉がその任になると思われますが」

 

 

「え…。艦長が…?」

 

 

マリューは外で6機の機体の脱出作業を行っていたため、内部でどうなったのかを知らなかった。

そのため。艦長戦死の方を受けて今、絶句している。

 

 

「あー、ともかく許可だけくれないか?俺、このままじゃどうにもなんなくてよ…」

 

 

「あ、はい…。許可します」

 

 

ただ流された風になってしまったが、何とかマリューから乗艦許可をもらったムウ。

その後、ムウは機体から降り、トールたちと談笑しているセラとキラの所に歩み寄った。

 

 

「?」

 

 

「何ですか?」

 

 

近寄ってくるムウに気が付き、セラは純粋な疑問顔。キラは訝しげな眼でムウを見上げる。

少しの間、二人をじっと見つめてからムウは口を開く。

 

 

「君たち、コーディネーターだろ?」

 

 

まるで、その言葉が合図だったかのように。

マリューたちの背後にいた武装した兵たちが動き出し、あっという間にセラとキラのまわりを囲み、銃口を二人に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「OSの書き換えは終わったとのことですが…」

 

 

「いや、飽くまで機体を動かしやすくするための応急措置だけだ。本格な戦闘向けのOSにはなっていない」

 

 

ヘリオポリスに侵入し、地球軍の機動兵器の1つ。

X-303イージスを奪取することに成功したザフト兵、アスラン・ザラはOS書き換えの仕上げを行っていた。

作業員の問いかけに答える彼だったが、頭の隅では全く別の事を考えていた。

 

イージスに乗り込む直前、燃え上がる炎の中で邂逅した少年。

地球軍の士官の傍らにいた少年、キラ・ヤマト。

 

アスランとキラは幼なじみで、月の幼年学校で一緒だった。

仲が良かったのは言うまでも無く、まるで兄弟のように育ったのは今でも鮮明に覚えている。

 

 

「っ、違う。キラじゃない、あいつのはずがない」

 

 

アスランは頭を振りながら、浮かんだ自身の考えを否定する。

確かに、あの少年はキラに似ていた。だが、あいつのはずがない。

 

あいつは今頃、どこか別の場所で両親と一緒に平和に暮らしているはずなんだ。

こんな所に、いるはずが…

 

 

「っ」

 

 

だが、あのヘリオポリスも自分たちが攻め込まなければ表向き平和なコロニーだった。

さらにヘリオポリスはオーブ属。キラが中立国を選び、ここに来ることも決して不思議ではない。

 

 

「…セラも、いるのか」

 

 

もし、その通りだとしたらキラの他にももう一人。キラの弟、セラ・ヤマトもいるはずだ。

 

自分は、彼らのいるコロニーに戦火を持ち込んだというのか…?

 

 

『クルーゼ隊長機、帰艦。パイロットは、至急Bデッキへ。クルーゼ隊長からの集合命令です。繰り返します』

 

 

「隊長から、呼び出し?」

 

 

アスランは丁度Bデッキにいた。

シグーが帰投し、コックピットからラウが出てくる。

 

隊員たちがラウのまわりに寄っていった。

 

 

「ミゲル、アスランもいたか。…いや、ともかく良くない状況だ。残った2体も生きている上に、地球軍は他に新型の戦艦を製造していたようだ」

 

 

ラウのその言葉に、戦慄が奔る。

新型のモビルスーツ、それも6機も造り上げながらさらに新型の戦艦も開発していたのだ。

そのような大がかりの開発をしながら、全てではないもののその情報を秘匿し続けていた。

 

そのことに、アスランは驚愕していた。

 

 

「あれらを放置するわけにはいかない。D装備を準備しろ!沈めに行くぞ」

 

 

D装備、拠点攻撃用の装備。

ラウは本気で、たとえ中立国のコロニーを滅ぼすことになったとしても2機のモビルスーツと新型の戦艦を落としに行くつもりだ。

 

 

「…」

 

 

アスランは、慌ただしく準備をする隊員たちの喧騒の中で決意する。

その決意と共に、ラウの所に行く。

 

 

「隊長」

 

 

「アスラン、どうしたのかね?」

 

 

「私も、ヘリオポリスに連れて行ってほしいのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当然といえば当然だろう。地球軍が戦っているのはコーディネーターだ。警戒するのも仕方はないとは思う。

だが…、民間人にこの態度というのはどうなのだろうか。

 

セラは、周りを囲む兵たちを眺めながらため息を吐く。

地球軍の中では、ここまでコーディネーターは毛嫌いされているのだろうか。

いつから地球軍はブルーコスモスの集団になったのだろうか。

 

そんな風に呆れていると、兵たちを押し退け、トールがセラとキラを守る様に立ちはだかった。

 

 

「何だよそれ!コーディネーターでもキラは敵じゃねえよ!」

 

 

このセラとキラへの地球軍の対応に、トールが激昂した。

ミリアリアたちも、トールのように口には出さないものの塀に向けている目は鋭くなっている。

 

 

「あんたら、さっきの見てなかったのか!?この二人はザフトの機体と戦ってたんだぞ!?結果的にはあんたらを守ったんだぞ!それに第一、セラはコーディネーターじゃない!」

 

 

トールがさらに捲し立てる。

その勢いに押されたのか、それとも言葉の意味を飲み込み始めたのか、兵士たちの表情に戸惑いが浮かび始める。

 

 

「銃を下ろしなさい。ここは中立よ?戦争が嫌で移り住むコーディネーターはたくさんいるはずよ」

 

 

さらに、決定打となったのは彼らにとって上官のマリューの言葉だった。

それによって兵たちは、未だセラとキラに対する警戒を緩めはしないものの銃を下ろし始める。

 

 

「いや、悪かったな。とんだ騒ぎにしちまって。俺はただ確かめたかっただけなんだ。あのクルーゼと互角に戦える奴を」

 

 

「クルーゼ…?」

 

 

「ラウ・ル・クルーゼ…ですか!?」

 

 

ムウが後頭を掻きながら、申し訳なさそうにセラとキラに、特にセラの方に視線を向けて言った。

 

セラとキラは、ムウの言ったクルーゼという人の名前だろうか?その言葉に首を傾け、マリューやナタル、その他の軍人たちはその言葉に目を見開いて凍り付く。

 

 

「そう、あのザフトのトップエースさ。あのシグーに乗ってたのは間違いなくラウ・ル・クルーゼだろうぜ。このヘリオポリスへの侵入、Xナンバー奪取の手際の良さ。クルーゼ隊なら十分頷ける」

 

 

ザフトのトップエース。その言葉に、トールたちも震えあがる。

 

 

「おいおい…、セラはそんな化け物と戦ってたのかよ…」

 

 

「ホントに信じられねえ。俺はな、ここに来る前からあれをなんとか操縦しようと四苦八苦してきた奴らを見てきたんだ。それをあそこまで簡単に操っちまうんだからなぁ…。っとまぁ、それは置いといてだ。…これからどうするんだ?」

 

 

信じられないような目でセラを見ながら呟くトールと、物思いに耽りながら呟くムウ。

そしてムウはそこで区切りをつけ、マリューに視線を向けながら問いかける。

 

 

「これから…とは?」

 

 

「おいおい、あのクルーゼがここで退くと思うか?間違いなく、今度こそあの二機と戦艦を落とすためにもう一度攻めて来るぜ?」

 

 

首を傾げるマリューに、ムウが苦笑を浮かべて言う。

 

 

「しかし、ここは中立…」

 

 

「ここまでしておいて今更中立なんて言えねえよ。…ともかく、ザフトは必ずもう一度来る。それに備えて、準備しておくべきだろうな」

 

 

 

 

 

 

「セラたち、また戦うんだね…」

 

 

そう時が経たないうちに戦いが起こるという事で、トールたちはアークエンジェル内に載せられていた。

今更避難をしようにも、恐らくどこを行っても満杯で不可能だろうという艦長であるマリューの判断だった。

 

 

「えっと…、シエルちゃん、だっけ?君、どういう経緯でセラと一緒にいたんだい?」

 

 

アークエンジェルに備わっている、兵専用の仮眠室でシエルを含めたトールたちが居座っていた。

その中のサイが、セラと共に行動することになった理由をシエルに問いかけた。

 

 

「…私、あの人に助けられたんです。モビルスーツに乗せてくれて」

 

 

サイの問いかけに、シエルは事実の一部を省いて答えた。

確かに助けられたことは本当だが、シエルはあのモビルスーツを奪取するためにヘリオポリスに来たことは言わない。当然、セラもそのことを知らない。

 

 

「そっか…」

 

 

「でも、セラは私たちよりも年下なのに…。キラだって、セラよりも上だけど私と同じ年よ?それなのに…、こんなことになるなんて…」

 

 

「え?」

 

 

確か、ミリアリアといっただろうか?その少女が言った言葉にシエルが目を丸くして問い返す。

 

 

「セラって…、私と一緒にいた人だよね?…一体、あの人はいくつなの?」

 

 

「セラは14歳だぞ?」

 

 

「じゅうよ…!」

 

 

知り合いの、最年少兵士よりもさらにひとつ年下。

そんな少年が、モビルスーツに乗り、手練れのクルーゼ隊員を圧倒し、あのクルーゼと互角に戦った。

 

 

「セラ君は…、コーディネーターじゃないんだよね?」

 

 

「あぁ。本人はナチュラルだって言ってたけど」

 

 

あの少年を見れば見るほどナチュラルとは信じられない。

スピリットのOSを書き換える時のあのタイピングのスピード、操縦技術の高さ。

 

 

「本当、なの?」

 

 

「本人がそう言ってるんだ。俺たちは信じるさ」

 

 

シエルの問いかけに対するトールの答えを聞いて、シエルはこのセラの友人たちも自分と同じ思いを何度もしてきてるのだという事を悟る。

いや、友人なのだからセラの能力の高さは何度も目にしてきているのだろう。

 

 

「…」

 

 

どうしてトールたちはセラに、そしてコーディネーターのキラに親しくできるのだろう?

 

そしてセラは、どうしてあそこまで強くいられるのだろう。

シエルの脳裏には、何ら躊躇いなくスピリットに乗り込んでいくセラの姿が写し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『でも、艦を守れったって…、どうすればいいんだ…』

 

 

スピリットと通信が繋がっている、ストライクから音声が届く。

ストライクに搭乗しているのは、キラ。そしてスピリットに乗っているのは、セラだ、

 

セラもキラも、ジンと交戦をしたことはあるもののそれは飽く迄わずかな時間。

実質、これが初実践だと言っていい。

 

キラの様に外には出そうとしてはいるが、セラも内心が不安で満ちていた。

 

 

「大丈夫だって。さっきの俺の戦い見てただろ?何か相手の人m相当夢位だったみたいだし、そんな奴と互角に戦えた俺がいるんだ」

 

 

内心の不安を必死に抑えながら、笑顔を浮かべてキラを元気づけようとするセラ。

 

その時、スピリットとストライクのアラートが同時に鳴り響いた。

セラがモニターに向けると、そこにはあのシグーが空けた穴からジンが入り込んでいる映像が映し出されていた。

 

 

『なんてこった!ありゃ、拠点攻撃用の装備だ!あんなのでここで戦うつもりかよ!』

 

 

スピーカーからムウの声が聞こえてくる。

彼の言う通り、ジンは巨大な装備を背負って攻め込んできているのがわかる。

確かに、あんな装備が火を噴けばヘリオポリスは一溜まりもないだろう。

 

 

『二人とも、敵はジン3機と、X-303イージスよ』

 

 

『イージス…』

 

 

続いて、マリューの敵の数の説明、直後にキラの呟く声が耳に入る。

 

 

「兄さん、イージスって機体がどうしたの?」

 

 

『…何でもないよ』

 

 

イージス、スピリットとストライクと同じXナンバーの機体。

その機体がどうしたのだろうか、セラが問いかけるがキラは何でもないと答える。

 

 

『二人とも、カタパルトハッチは開いたわ!発進して頂戴!』

 

 

もう一度、本当にと問いかけようとしたがその前にマリューから発進するように言われる。

質問を止め、キラが発進した直後にセラも姿勢を整えて前を見据える。

 

 

「セラ・ヤマト、発進する!」

 

 

ペダルを踏み、バーニアを吹かせて機体をザフト機の集団へと向かわせる。

 

 

「っ、兄さん!?なっ!」

 

 

そこでセラは、ストライクが一直線にイージスへと向かっていることに気付く。

さらに、イージスもストライクに一直線に向かっている。

 

 

「くそっ!」

 

 

セラもキラについていこうとするのだが、ジン3機は逆にスピリットに接近してくる。

セラはやむを得ず、サーベルを抜いて接近してくるジンと応戦する姿勢を整える。

 

バーニアをさらに吹かせ、こちらに武装を向けてくるジンたちに肉薄する。

 

 

『なっ!?』

 

 

スピリットの機動力にかろうじて反応し、ジンたちはセラの斬撃の回避に成功する。

だがその結果、ジンの3機はバラバラに分かれ、集団が解かれる。

 

 

『ちぃっ!奴を撃ち落せ!さっさと奴を落とし、アスランを援護しに行くぞ!』

 

 

ミゲルがそう言いながら、武装を構えて砲撃を放つ。

さらに続いて他の2機もスピリットに向けて砲撃を放つ。

 

だがセラは巧みに機体を動かして簡単に攻撃をかわす。

 

ジンが装備している武装は飽く迄拠点などの重攻撃用なのだ。

対モビルスーツ戦にはまるで向いていない。

 

 

『くそっ!俺が前に出る!お前らは援護してくれ!』

 

 

これ以上攻撃しても無駄だろうと悟ったミゲルが、機体の武装を外し、身軽になった機体でスピリットへと向かっていく。

 

だがその前に、セラは行動を開始していた。

 

セラは武装を外してこちらに向かってくるミゲル機を一瞥した直後、バーニアを全開にし、他のジンへと向かっていった。

 

ジンは砲撃を連発してスピリットの接近を止めようとするも、セラは機体を捻らせてかわし、ライフルを取って引き金を引く。

放たれたビームはジンの背負った武装を撃ち抜き、爆発を起こす。

 

爆発によって体勢を崩したジンに肉薄し、サーベルを一文字に振るう。

振われたサーベルはジンを真っ二つに切り裂き、セラがその場から離れた直後に爆散する。

 

 

『なっ!?このっ…、スピリットォオオオオオオオオオオオ!!!』

 

 

僚機を撃たれたミゲルが、もう一方のジンのパイロットも激昂する。

ミゲル機が対艦刀を手にスピリットへ突っ込んでいき、後方のジンもミゲル機に当たらない様にスピリットに砲撃を放つ。

 

 

「突っ込んできた?でも、遅いんだよ!」

 

 

砲撃をかわしながら、こちらに突っ込んでくるミゲル機を見るセラ。

このミゲルはスピリットとの交戦経験があることをセラは知らないが、それ故に接近背は不利だとミゲルはわかっていたはずだった。

 

だが、僚機がやられ、冷静さを欠いた今の彼はそれを判断する能力すら欠落してしまった。

 

ミゲル機がスピリットと密着してしまっている今、後方のジンは砲撃を放つことは出来ない。たとえスピリットに命中したとしても、それはつまりミゲル機を道ずれにしてしまうということになる。

 

セラは後方のジンを無視して、接近してきたミゲル機に集中する。

無茶苦茶に振るわれる剣筋を見極め、セラはサーベルを振るい、重斬刀を斬りおとす。

 

 

『なにぃ!?』

 

 

直後、セラはミゲル機に蹴りを入れて突き飛ばす。

そしてライフルでミゲル機を照準に、引き金を引いた。

 

ビームは寸分違わずミゲル機を貫く。

 

これで残るは一機。それもまだ、重い武装を外していないジン。

 

もう、結果は見えていた。

 

 

 

 

 

 

「アスラン!?アスラン・ザラ!」

 

 

『やはりキラ!キラなのか!?』

 

 

ストライクのモニターに映し出された、イージスのパイロット。それはキラの昔の親友、アスラン・ザラだった。

ずっと足跡が気になっていた。月で別れてから、アスランはどうしているのかと。

 

戦争が終わったら、会いに行こうとセラと話していた。それとも、向こうから会いに来るかもしれないと笑い合ったこともあった。

しかし、キラとアスランの再会はそのどれにも当てはまらなかった。

 

考え得る中で、最悪の形で再会してしまったのだ。

 

 

「どうして…、どうして君がここに!」

 

 

キラがアスランに向かって叫ぶ。

あの機体に乗っているという事は、アスランがザフト兵だという事だ。

どうして彼が、ザフトに入ったのか。どうして、このエリオポリスを襲ってきたのか。

 

 

『状況がわからないナチュラルどもが、こんなものを作るから…!お前こそ、何故そんなものに乗っている!』

 

 

しかし、それはアスランも同じだった。

ヘリオポリスにいる理由は戦争を回避するためだと予想できた。

だが、何故そのモビルスーツに乗っているのか。何故、地球軍に味方しているのか。

 

 

『うわぁああああああああああああ!!』

 

 

『!ミゲル!?』

 

 

その時、アスランの耳に叫び声が届く。

その声はミゲルのもので、アスランはすぐにミゲル機が戦闘をしている方へと機体を向ける。

 

そこには、爆散するミゲル機。爆発に背を向け、残った1機に接近するスピリット。

残ったジンは、スピリットに砲撃を連射するが、全く当たらず、肉薄したスピリットにサーベルで斬り伏せられてしまった。

 

そう、スピリットに襲い掛かったジンの3機は全滅してしまったのだ。

 

 

『あ…ぁ…』

 

 

「アスラン…?」

 

 

アスランの様子を怪訝に思ったキラが、彼の名を呼ぶ。

 

だが、返事は返って来ずその代わりに彼はスピリットへと機体を突っ込ませていった。

 

 

『く、くそぉおおおおおおおおお!!』

 

 

「あ、アスラン!待って、それには!」

 

 

スピリットに向けて飛んでいくイージスを追うため、キラも機体を奔らせる。

 

直後、イージスの動きが止まる。スピリットと正面から対峙した状態で、2機の動きが止まったのだ。

さらにその後、ストライクのモニターに映し出されたセラの顔。

セラは表情を驚愕に染め、口をパクパクと開閉させていた。

 

 

『セラ…、お前まで…。それに…』

 

 

『アスラン…?何で…』

 

 

辛うじて聞こえるかどうかほどの大きさ。

だが、二人はそれぞれの顔を見て驚愕していた。

 

 

「セラ!アスラン!」

 

 

ストライクは、スピリットの隣に近づく。

それにより、スピリットとストライクがイージスと対峙する形になる。

 

 

「何故…、何故だ、セラ!なぜお前までそれに…、っ!?」

 

 

「ぐぅ…!?」

 

 

「うわっ!」

 

 

アスランがセラにも叫んだその時、突如巨大な揺れを感じた。

3人だけではない。アークエンジェルも、コロニー全体が揺れているのだ。

 

セラが交戦していたジン3機は、巨大な砲撃を連発していた。

スピリットには命中していなかったものの、その結果砲撃はコロニーへ命中しダメージを受け続け、遂に限界を迎えたのだ。

 

コロニーに無数に空いた穴から見える宇宙空間に、それぞれ違う方向へ吸い込まれる3機。

 

 

『キラ!セラ!くそっ!』

 

 

イージスがこちらに手を伸ばしているのが見えるが、揺れに耐えることに精一杯でどうすることもできない。

 

 

「うわぁあああああああああああああ!!」

 

 

「くっ!うわっ!」

 

 

「キラァアアアアアアアアアア!!セラァアアアアアアアアアア!!」

 

 

 

 

 

 

ヘリオポリスが崩壊していく。

クルーゼ隊の目の前で、アークエンジェルのクルーたちの目の前で、コロニーから脱出した避難民の目の前で。

 

戦火に巻き込まれた少年少女たちの目の前で。

 

 

 

 

 

 

──────セラたちの平和の象徴だったはずのヘリオポリスは、跡形もなく崩れ去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE4 迷いを捨てて

お久しぶりです。かなり時間が空いてしまいましたが、更新は続けますよ。










 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ茫然としていたのか、それとも気を失っていたのか。

先になって思い返してもわかることはなかった。

 

周りが黒く塗りつぶされた空間、目の前では微妙に動いているようにも見える、宙に浮いた瓦礫。

宇宙空間に吹き飛ばされたスピリットは、無重力の中で動かず、パイロットのセラを守っていた。

 

 

「…何で、こんなことに」

 

 

コックピットの中で、セラが呟く。彼の目には瓦礫と化した、つい先程まで笑って過ごしていたヘリオポリスが。

過ごした時間は短くとも、たくさんの思い出が詰まった場所が壊されてしまったのだ。

たった14歳のセラがショックを受けないはずもない。

 

 

『セ…く…!』

 

 

だからだろうか、セラは瓦礫を眺めたままスピーカーから流れる声に中々気づくことができなかった。

 

 

『セラ…ん!』

 

 

「…?」

 

 

『セラ君!』

 

 

スピーカーから聞こえてくる女性の声、セラは少しの間、誰の声なのだろうかと考えてからマリューの声だと悟る。

 

 

『セラ君、無事なら返事をして!』

 

 

「あ…。はい、無事です…」

 

 

通信の向こうにいるマリューに、弱弱しく返事を返すセラ。

 

 

『ならば艦に戻るんだ。位置はつかめるな?』

 

 

すると、今度はナタルの声がした。

言葉自体は厳しいものだが、その声からはどこか安堵感が読み取れる。

 

 

「…そこか」

 

 

位置情報を映し出すモニターを見て、アークエンジェルを検索する。

そして、アークエンジェルの位置をつかんだセラはスピリットをその方向へと進ませる。

 

ヘリオポリスが崩壊した。

その現実から目を逸らすように、混乱を忘れるようにしながら、

 

 

 

 

 

 

アークエンジェルの艦橋内。先程、セラに続いてキラの無事も確認された。

それによって、艦橋にいる全ての船員が漏れなく安堵のため息を漏らしていた。

 

この艦を守るために出撃してくれた、二人の少年。

 

その内、ストライクに搭乗したキラ・ヤマトは漂流した地点が艦から近かったためか、もうすぐにこちらへ到着していた。故障した避難ポッドという落し物と一緒に。

 

 

「放棄しておくべきです」

 

 

「そういうわけにもいかないでしょ?」

 

 

ストライクが持ってきたポッドをどうするか、マリューとナタルの意見が食い違う。

だが、権限が強いのは言うまでも無くマリュー。その上、軍機を重んじるナタルはマリューに反発することができず。

 

ポッドの中にいた人達はアークエンジェルに収容することとなったのだ。

 

 

「しかし、あのスピリットのパイロット─────セラ・ヤマトっていったか?奴は一体何者なんだ?」

 

 

このホッとした空気の中、不意にムウが口を開く。

その言葉を聞いた艦橋にいる全員が、ムウへと視線を向ける。

 

 

「あの坊主たちは、奴がナチュラルだって言っていたが…、俺には正直信じられん。さっきの戦いといい、クルーゼと互角に渡り合ったさっきといい」

 

 

その言葉を聞いていたマリューが、その時の光景を思い出す。

 

先程のジンとの戦いでは、セラは三機を相手に上手く立ち回り、全てを撃墜。

さらにその前の、ラウ・ル・クルーゼが搭乗していたというシグーとの戦いでは押されはしていたものの、シグーと渡り合い、そして生き延びた。

 

あの操縦技術は、コーディネーターでもあの境地に辿りつく者は少ないだろう。

 

 

「でも…、あの子たちはそう…」

 

 

「だが、あの動きを見てそう言えるか?はっきり言って、あのナチュラルの坊主はコーディネーターの坊主よりも腕は上だぞ?」 

 

 

そして、マリューはキラがストライクのOSを書き換えたあの場面を思い出す。

 

あの光景を見ていたマリューは、キラをコーディネーターの中でも能力が上の方だと感じていたのだが…、そのキラよりも、セラは上だというのか。

 

 

「俺はこれから先、あの坊主にそれとなく聞いてみるつもりだ。…あまり疑いたくないが、あんたらも暇があったら聞いてみてくれ」

 

 

「これから先…、という事は、これからもあの子供たちにあの機体を任せるつもりですか、大尉は!?それも、兄の方はコーディネーターですよ!?」

 

 

ムウの言葉を聞いたナタルが、ムウに疑問を投げかける。

 

 

「それしかないだろう。あいつらしか乗れないぜ?あれは」

 

 

「大尉が搭乗すれば…」

 

 

「おいおい、あのストライクのOSを見たか?あんなの、俺には扱えねえっての」

 

 

ナタルの言葉も最もだ。彼らが戦争をしている相手は、全てではないもののコーディネーターなのだ。

軍の大切な機体を、ムウはそのコーディネーターに任せると言っているのだ。

 

ナタルのこの反応は当たり前のことといえる。

 

 

「なら、元に戻させれば…」

 

 

「それでのろくさ出てって、的にされろって?気持ちはわかるが、もっと現実を見ろよ」

 

 

ムウとて、こんなことはしたくない。

ナタルのように、コーディネーターを差別的な目で見るわけではない。

先程まで、この艦を守ってくれたのはセラと、コーディネーターであるキラなのだから。

 

ただ、民間人である彼らに、それも年端もいかない少年に、こんな重荷を背負わせたくない。

 

 

「生き残れないぞ」

 

 

だが、生き残るためにはこれが一番の手なのだ。

むしろ、この手を打つしか生き残ることは、できないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

シエルは今、アークエンジェルの居住区の中、その一つの部屋にキラやトールたち、そして一人加わったフレイ・アルスターという少女と一緒にいた。

 

アルスターといえば、地球軍の次官にそんな名字の男がいたはずだ。

フレイの振る舞いからして、次官の娘と見て間違いないだろう。

 

 

「え!?じゃあ狙われてるのはこの船なの!?」

 

 

フレイは、サイからの説明を聞き、目を見開いて驚きの声を上げた。

 

自分が乗ったポッドが故障。何とか助けてもらったと思えば、着いた艦はザフトに狙われている。状況を整理すれば、気持ちが分からなくもない。

 

 

「キラ・ヤマト、いるか?」

 

 

そこに、地球軍の軍服を着た男、ムウ・ラ・フラガが現れた。

会話の間、顔を俯けていたキラは視線をムウに向ける。

 

 

「整備の人が探してるぜ。自分の機体くらい、自分で整備しろってさ」

 

 

「自分の機体!?」

 

 

ムウの言葉を聞いて、キラが立ち上がりながら声を上げる。

 

 

「自分の機体って何ですか!?」

 

 

「今はそういう事になってるんだよ。実際、あれには君しか乗れないんだ」

 

 

「確かに、しょうがないと思って二回乗りましたよ!でも僕は軍人でも何でもないんです!」

 

 

ムウの言い分もわかる。しかしキラからすれば堪ったものではないだろう。

流される形で機体に乗せられ、さらにそのまま軍人でもないのにまだあの機体に乗って戦えと言われているのだから。

 

 

「じゃあ、いずれ戦闘が始まった時に君は今度は乗らずに、そう言いながら死んでいくか?今、この艦を守れるのは君と、あの坊主だけなんだぜ?」

 

 

「っ!」

 

 

そういえば、先程からずっとセラの姿が見えない。

すぐに戻ってくると思っていたのだが…、もしや。

 

 

「お前はそれができるだけの力を持ってるだろ?なら、できることをやれよ」

 

 

「…」

 

 

キラは顔を俯かせている。

ここですぐに、決断を出すことは難しいだろう。それはムウにもわかっているはずだ。

 

だが、ここで決断をしてもらわなくては困るのだ。

この艦も、ムウたちも、そして今ここにいるキラの友人たちも。

 

 

「…あの坊主は、戦うみたいだぞ」

 

 

「え?」

 

 

キラが呆けた声を漏らす。

 

 

「あの坊主はこう言ってた。『戦える力を持ってるのに、それを使わずにただ死ぬのは絶対の御免だ』ってな」

 

 

「…」

 

 

たった、十四歳の少年が、そこまでの覚悟を持っているというのか。

シエルは、恐らく今、格納庫でスピリットの整備をしているセラの姿を思い浮かべる。

 

 

「卑怯だ…。あなた達は卑怯だ!」

 

 

キラはそう言い残して、走り去っていった。

多分…、いや間違いなく、格納庫に向かったのだろう。

 

そんなキラの背中を見送ってから、シエルは考える。

何か、自分にもできることはないだろうか。これから戦う、幼すぎる少年に、何かできることはないのだろうか…。

 

だが、答えは出てこない。

 

何故なら、本当ならば、自分は彼らとは敵同士なのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

キラに言いたいことを言い終えたムウは、通路を歩きながら思考を巡らせていた。

セラの事である。

 

ムウはセラに聞いたのだ。「本当にナチュラルなのか?」と。

そして帰ってきた言葉は、「はい、そうですけど?」の一言。

はっきりした口調。嘘を吐いているとは思えない。

 

それでも、その言葉をムウは信じることは出来ない。

 

ラウ・ル・クルーゼの強さ、恐ろしさは自分が一番知っていると自負している。

MSの操縦技術、頭のキレ、そして人を殺すことを躊躇わない冷徹さ。

 

そのラウと渡り合ったセラを、ナチュラルだと信じることはやはりできない。

 

 

(だが、やっぱり一番驚いたのは戦うと即答したことだけどな…)

 

 

そう。ムウはセラが戻ってきた後、キラに行ったことと同じことを言った。

 

 

「わかりました。じゃあ、あの機体を整備してきますね」

 

 

すぐさまセラがそう答えた時、自分はどんな表情をしていただろう。

呆気にとられ、呆然とした表情を間違いなく隠せていなかったと思う。

 

 

「大尉、あの…」

 

 

艦橋に着き、中に入るとすぐにマリューが声をかけてきた。

何を聞こうとしているのか、それは一目瞭然だ。

 

 

「あぁ。二人とも戦ってくれるみたいだぞ」

 

 

「そう…ですか…」

 

 

マリューは一瞬、微笑んだかと思うとすぐに顔を俯かせてしまった。

 

セラとキラが戦ってくれることの頼もしさ、そして子供に戦わせてしまう事への後ろめたさ、大人としての情けなさ。

それを一遍にマリューは感じている。  

 

しかし、生き残るには彼らの力を借りなければならない。割り切らなければならないのだ。

 

 

「それで、これからの進路は決まったのか?」

 

 

「はい。アルテミスへ向かうことに決定致しました。あそこは現在の本艦の位置から最も取りやすいコース上にある友軍です」

 

 

「傘のアルテミスか…」

 

 

ムウの問いかけに、ナタルが答える。

その答えを聞いて、ムウは確かにそれが一番合理的だろうと考える。

 

だが、懸念はある。

 

 

「大丈夫か?Gもこの艦も、公式発表どころか友軍のコードすら持っていない状態だぜ?」

 

 

思いもしない、ザフトのヘリオポリス強襲があったためこうして出撃してしまったが。スピリットとストライクも、アークエンジェルもまだ公式発表されていない。

それどころか、友軍のコードすらも与えてもらっていないのだ。

 

たとえ、アルテミスに辿り着いたとしても基地の中に入れてくれるかどうか。

 

さらに、地球軍の中には二つの所属がある。大西洋連邦と、ユーラシア連邦。

ぶっちゃけると、この二つの派閥は仲が悪い。

そして自分たちは大西洋連邦所属、アルテミスはユーラシア連邦所属。

どうなるか、わかったものではない。

 

 

「ですがこのまま月に針路をとったとしても、途中戦闘もなくすんなりと進めるとは、大尉もお思いではないでしょう?」

 

 

「まぁ…、そうだなぁ」

 

 

「事態はユーラシアにも理解していただけると思います」

 

 

懸念はあるが、ナタルの言う通りそれしか取れる手がないのも事実。

まだ納得し切れてはいないが、ムウはそれを抑え込むことにする。

 

ムウはマリューの目を見て頷き、マリューもまたムウへ頷き返す。

方針は、決まった。

 

 

「デコイ用意!発射と同時にアルテミスへの航路修正のため、メインエンジン噴射を行う。後は慣性航行に移行。第二戦闘配備!艦の制御は最少時間内に留めよ!」

 

 

デコイを使ってザフトの目をくらませ、その隙にアルテミスへ向かう。

 

 

「アルテミスまで二時間ってところか…」

 

 

ムウが呟く。

 

 

「あとは…、運だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か動きはあるか?」

 

 

「いえ、まだ何も」

 

 

ザフト軍艦ヴェサリウス。艦橋へ入ってきたラウが、副官のアデスに問いかけるが自身が考えていた答えは返って来なかった。

 

ラウは思考を広げる。

奴らはどこに針路を向ける?

 

月と一瞬考えるが、それは向きや距離からして考えづらい。

最も奴らにとって安全な方法。

 

 

「ここは一旦退いて、評議会の裁定を待つべきなのでは?条約違反とはいえ、一国のコロニーがこのようなことになっては…」

 

 

「ならば尚更このまま中途半端に投げ出していくわけにはいくまい。このまま戻ってどう報告すればいいというのかね?」

 

 

アデスの進言をきっぱりと否定したラウは、あるモニターを眺める。

そこには、奪った四機の機体のデータが映し出されていた。

 

 

「ガモフに収容した機体も、使えるな…」

 

 

ラウがそう呟いた、その時だった。

 

 

「大型の熱量を感知!戦艦の物だと思われます!解析予測コース、月面、地球軍大西洋連邦本部!」

 

 

オペレーターからの報告が入る。

それを聞いたラウは、大天使が取った針路を即座に確信した。

 

 

「それは囮だな。ヴェサリウス発進だ、ガモフを呼び出せ」

 

 

「た、隊長。発進といっても、どの方向へ…」

 

 

発進指示を出すラウに、困惑の表情を浮かべながらアデスが問いかける。

 

 

「月へと向かった熱は間違いなく囮。考えてみろ。あそこから一番、どこが進路を取りやすいか」

 

 

「…っ!」

 

 

アデスの目が大きく見開かれる。

 

 

「まさか…」

 

 

「そうだ。奴らが向かったのは十中八九、傘のアルテミスで間違いない」

 

 

 

 

 

 

 

セラはスピリットの整備を終え、艦内を歩いていた。

居住区の方へ行こうとしているのだが、何分ここは広く、入り組んでいるため少し迷っている。

 

 

「…しかし、我ながらよくあんなの操縦できたよな」

 

 

歩きながら、整備をするために改めて見たスピリットを思い浮かべる。

無数のボタン、二つのレバー、複雑な機体構造。子供の時から、コーディネーターと能力で張り合っていたとはいえ、よくもまああんなでかいのを操ることができたものだと自分で自分に驚愕する。

 

そんな事を考えながら、セラは通路の十字路を右に曲がろうとする。

 

 

「…おっと」

 

 

「あ…。セラ、くん?」

 

 

「あれ?君は…」

 

 

通路を曲がろうとした時、正面に突然現れた人影にセラは足を止めた。

こちらへと歩いてきた人物も足を止め、そしてその人物はセラの名を呼んだ。

 

その人物は、ヘリオポリスで助けた少女…。確か、名前は…。

 

 

「シエル・ルティウスさん…、だっけ?」

 

 

「うん。シエルでいいよ」

 

 

そう、この少女の名前はシエル・ルティウスだった。

それに、シエルは自身を名前で呼んでいいと言ってくれたので、セラはその言葉に甘えることにする。

 

 

「そっか。…シエルが向こうから来たってことは、居住区はそっちで合ってるんだよな?」

 

 

「え?そうだけど…」

 

 

シエルの答えを聞いて、ほっと息を吐くセラ。

どうやら道は合っていたらしい。これでまた、迷うなんてことになっていたら心が折れそうだった。

 

 

「…君は」

 

 

「ん?」

 

 

「君は…、戦うことにしたんだね」

 

 

もうすぐで居住区に着きそうだという事に安堵し、シエルに一言声を掛けようとした時、そのシエルが口を開いた。

 

視線をシエルの方に向けると、シエルはまっすぐにセラの目を見つめていた。

何故かはわからないが、こちらを見つめるその瞳は、悲しげに揺れて。

 

 

「…あぁ」

 

 

シエルが何を思っているのかはわからないが、セラ自身が戦うと決めた。その決意は、何があっても揺るがない。

 

絶対に、守ると決めたから。

自分を認めてくれた友が乗っている、この艦を。

ずっと共にいて、支えてくれた兄を。

 

 

「そっか…」

 

 

シエルの悲し気な目が伏せられる。

 

 

「…死なないでね?」

 

 

「え?」

 

 

「死んだら、絶対にその事を悲しむ人がいる。…それだけは、絶対に忘れないで」

 

 

俯いていたのは、ほんの僅かな間。すぐにシエルは顔を上げて、セラに言う。

 

しかし、シエルのその言葉は今まで聞いてきたどんな言葉より、実感が篭っていた気がしたのは何故だろう…。

 

 

『総員、第一戦闘配備!総員、第一戦闘配備!』

 

 

セラがシエルに返事を返そうと、口を開きかけたその時だった。

艦内に、第一戦闘配備という放送が流れる。

 

 

「っ」

 

 

セラはその放送を聞いた瞬間、弾かれるように駆けだした。

向かうのはもちろん、スピリットがある格納庫。

 

 

「…」

 

 

そして、迷うことなく戦いに身を投じようとするセラを、シエルが未だ悲しげな眼で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

艦内に放送が入る少し前の事だった。

順調に進むかと思われた航行に、余計な横やりが入れられる。

 

 

「大型の熱量感知!戦艦と思われます!距離二百、イエロー三三一七マーク〇二チャーリー!進路、ゼロシフトゼロ!」

 

 

「何だと!同方向に向かっているのか!?」

 

 

オペレーターであるチャンドラからの報告を聞き、誰もは気づかれたのかと恐怖する。

 

 

「だが、それにしては遠い…」

 

 

アークエンジェルを操舵するアーノルド・ノイマンが、ふと口にする。

 

そう、戦艦と思われる反応はこちらと並行して移動はしているものの、距離がかなり離れているのだ。

 

気付かれているのは間違いないが、ザフトが何をしようとしているのか全く分からない。

 

 

「目標はかなりの速度で移動…、横軸で本艦を追い抜きます!艦特定!ナスカ級です!」

 

 

更なる報告を聞いたムウが、向こうの思惑を察する。

ザフトの隊が、ラウ・ル・クルーゼが何をしようとしているのか。

 

 

「読まれてるぞ!先回りしてこちらの頭を抑えるつもりだ!」

 

 

ムウが自身の考えを口にすると、それを聞いた全員がはっ、と表情を青くさせた。

 

 

「ローラシア級の位置は!」

 

 

「本艦の後方三百に進行する熱源!いつの間に…」

 

 

ナタルの質問に、チャンドラが答える。

そして、その答えはアークエンジェルが二つの艦に挟まれたことを意味していた。

 

 

「やられたな…。このままではローラシア級に追いつかれ、だが逃げようとエンジンを吹かせばナスカ級がこちらに転進してくるってわけだ。おい、二隻のデータと宙域図を貸してくれ!」

 

 

この状況は絶望的。だが、それを何とかしなければ生き残れない。

 

 

「な、なにか策があるのですか?」

 

 

もしかしたらムウなら、と思ってしまったのか。マリューがどもりながらもムウに問いかける。

 

 

「それを、これから考えるんだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

パイロットスーツに着替え、格納庫へと向かうセラとキラ。

セラは、一度パイロットスーツも着ずに格納庫へと行ったのだが、そこにいたコジロー・マードックに叱咤され、慌ててパイロットスーツに着替えに行ったのだ。

 

そして、更衣室に着いた時にキラと合流したわけである。

 

改めて格納庫へと向かうセラ、そしてキラ。

その時、自分たちが歩く方向から見覚えのある人たちがこちらへ向かってくるのを見つけた。

 

 

「あれ、トール?それに皆も」

 

 

「…その恰好」

 

 

こちらに向かってきていたのは、トールたちだった。

しかし、トールたちが身に着けていたのは先程まで来ていた私服ではなく、地球軍の軍服。

 

 

「あぁ、これ?ブリッジに入るなら、軍服着ろって言われたんだよ」

 

 

「えぇ!?」

 

 

トールから返ってきた答えを聞いて、キラが声を上げて驚愕する。

セラも、キラのように声には出さなかったものの目を見開いて驚いている様子を見せる。

 

 

「僕らも艦の仕事、手伝おうと思ったんだ。お前らだけに負担をかけたくなんかないしな」

 

 

「サイ…」

 

 

トールに続いて、サイも笑みを浮かべながらセラとキラに言う。

 

 

「それに、子供に戦わせて母親が何もしないっていうのもどうかと思うしね?」

 

 

「そのネタまだ引っ張るつもりか!?」

 

 

サイの言葉に感動すら覚えていたというのに、次の瞬間ミリアリアの口から出てきた言葉に気分は台無しとなってしまった。

 

セラは頭を片手で抑えてため息を吐く。

だが、他の者たちは逆に声を上げて笑いに包まれていた。

 

少しの間、セラはそのままの体勢でいたのだが、ついに皆に釣られて笑い出す。

 

 

(…やっぱり、戦う選択をして良かった。俺は、友達を死なせたくない)

 

 

笑いながら、戦う気持ちを強く持つセラ。

 

 

(俺の事を心配してくれたシエルも…、絶対に守る)

 

 

そして、それと同時に戦うと決意した自分を一番最初に見送ってくれたシエルへ、思いを馳せるのだった。

 

いつまでもこうしてはいられないと、セラとキラはトールたちにまた後でと挨拶を交わしてから格納庫へと急ぐ。

 

 

「やっとやる気になったってことか?その恰好は」

 

 

そして、格納庫で待っていて、一番初めに声をかけてきたのはメビウスゼロの前で、すでにパイロットスーツに着替えていたムウだった。

 

ムウはセラとキラの格好を見て、特にキラに向けて問いかけた。

 

 

「あなたが言ったんでしょ?この艦を守れるのは僕たちだけだって。戦いたくなんかないですけど…、僕だってこの艦を守りたいんだ」

 

 

キラの答えを聞いて、ムウは少しの間キラの目を見つめてから笑みを浮かべて頷く。

 

 

「大丈夫そうだな。なら、作戦を説明するぞ」

 

 

キラもセラも、大丈夫だと確信してからムウは二人に手招きをして傍に寄せる。

 

ムウの説明を聞きながら、セラとキラは何度も頷く。

 

 

「以上が作戦だ。俺は先に出るが、艦の事は頼むぞ。この作戦はタイミングが命だから、お前らは艦と自分を守る事だけを考えろ」

 

 

「はい!」

 

 

ムウはそれを言い残し、さっとメビウスゼロに乗り込む。

ムウが乗り込んだ途端、メビウスはカタパルトへと運ばれていく。

 

 

「…俺たちも行こう、兄さん」

 

 

「…うん」

 

 

出撃準備をするムウを見送ってから、セラとキラは声を掛け合い、そしてそれぞれの機体へと乗り込む。

 

 

『ムウ・ラ・フラガ、出るぞ!戻ってくるまで沈むなよ!』

 

 

ムウから通信が入った直後、メビウスはアークエンジェルから発信し、暗黒の宙へと飛び立っていく。

 

モニターでそれを確認しながら、セラは発進許可が出るのを待っていた。

 

 

『セラ』

 

 

「え、ミリアリア?」

 

 

すると突然、モニターにミリアリアが写し出されセラは虚を突かれる。

 

彼女たちは艦を手伝うと言っていたが、彼女は何をしているのだろう?

 

 

「以降、私がモビルスーツ及びモビルアーマーの戦闘管制となります。よろしくね♪」

 

 

最後にウィンクを見せながら言ってくるミリアリア。

だがその直後、後方にいた軍人に「よろしくお願いします、だよ!」と叱られている。

 

それを見ていたセラは思わず笑いを零した。

 

そして実感する。自分は一人で戦いに行くわけではないと。

先程出撃したムウ、共に出撃するキラ。こうして直接戦う訳ではないが、サポートしてくれる仲間たち。

 

 

「私語は慎め!アークエンジェルはエンジンを吹かせばあっという間に敵が来るぞ!」

 

 

「はい!」

 

 

笑いを収め、ナタルの忠告を肝に銘じる。

 

セラは操縦桿を握りしめながら、アスランの事を思い出す。

きっと、彼も来るのだろう。この船を沈めに。自分の仲間を殺しに。

 

…だが、そんなことはさせない。アスランは納得しないだろうが、それだけは許さない。

 

 

『ストライク、発進シークエンスを開始します。装備はエールを選択。スピリットも発進準備をお願いします』

 

 

耳に届くミリアリアの声。

 

迷いを消して、前を見据える。

 

機体がカタパルトへと運ばれていくのがわかる。

揺れが止まった直後、ハッチが開かれ視界に宙が広がる。

 

 

「キラ・ヤマト!ガンダム、いきます!」

 

 

キラの声が聞こえる。どうやら、発進したらしい。

 

 

『スピリット発進、どうぞ!』

 

 

次は自分の番だ。セラは汗ばむ両手で操縦桿を握り、ほぅ、と息を吐いて、口を開く。

 

 

「セラ・ヤマト!スピリット、発進する!」

 

 

セラの意を受け、スピリットは前へと進む。

暗闇の宙へと投げ出された機体は、バーニアを吹かせて飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

「アスランは発進後、ガモフから出撃する機体と合流し足つきを攻めるんだ」

 

 

『…了解』

 

 

ザフト艦ヴェサリウスの格納庫でも、機体の発進準備が進められていた。

 

ラウはシグーのコックピットで、イージスに乗り込んだアスランに作戦指示を出す。

 

 

『…しかし、隊長自ら出撃されなくとも』

 

 

「私とて、君たちならばやってくれると思っている。だが…、一つ、確かめなければならないことがあるのでね」

 

 

『確かめたいこと、ですか?』

 

 

「なに、取るに足らないことさ。君は自分の役目に集中したまえ」

 

 

モニターに映るアスランは、これ以上聞いても無駄だと悟ったのだろう。

「了解」と一言口にしてから、映像通信を切った。

 

 

(確かに、アスランの言う通り私が出撃する必要はないだろう。…むしろ、出撃するのは悪手と言ってもいい)

 

 

ラウは隊の長であると共に、艦の長でもある。

長の役割は、本来前線で戦う事よりも後方で指揮をすること。

前線で獅子奮迅することも必要の時はあるが、それは今ではないとラウは断言できる。

 

 

(だが、確かめねばなるまい)

 

 

しかし、それを押してでもラウには確かめたいことがある。

 

あのスピリットと交戦した時に奔った悪寒。それが何なのか、その正体を。

 

 

「…ラウ・ル・クルーゼ、出るぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リメイク前を見ずにこの小説を見ている皆さん。
ここから下はネタバレになる恐れがあります。嫌な方はブラウザバックを。























リメイク前では出撃しなかったクルーゼさん。
けど、読み直してみると違和感アリアリですよね…。
普通、自身の最大の憎しみの対象が生きているのでは?って疑いが出たら普通すぐ確かめに行きますよね…。


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PHASE5 対峙する友

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前方より熱源二、さらに後方より熱源三!接近してきます!モビルスーツです!」

 

 

最初に気が付いたのはチャンドラだった。

モニターに映し出された光点を見て取り、すぐに声に出して報告する。

 

 

「対モビルスーツ戦闘用意!ミサイル発射管、十三番から二十四番、コリントス装填!バリアント両舷起動!」

 

 

チャンドラの報告に反応し、すぐにナタルが指示を出す。

 

トールやサイたちも正規の塀ではないものの、必死にコンソールに向き合う。

 

すると、敵機の情報を調べていたチャンドラが再び声を開けた。

 

 

「機種特定!これは…、シグー!そして、Xナンバー、デュエル、バスター、ブリッツ、そしてイージスです!」

 

 

言葉の後半に出てきた四機の名前に、トールたち以外のクルーは同時に驚愕する。

 

 

「そんな…。奪ったGをすべて投入してきたというの!?」

 

 

「それも、シグー…。ラウ・ル・クルーゼか!」

 

 

Xナンバーだけではない。その名前にインパクトが負けてしまったが、ナタルが言うようにシグーが出てきたという事は向こうの隊長であるラウ・ル・クルーゼが出撃したという事になる。

 

 

「艦長!これではフラガ少佐が向こうに行きやすくとも、艦が!」

 

 

「わかってるわ!皆、モビルスーツの動きを目を離さず見てちょうだい!」

 

 

これはもう、単身出撃していったムウの心配をしている場合じゃない。

何としても、この艦を。セラとキラを守らなければ。

 

 

「ナタル!ゴットフリートとローエングリンを使う場合も頭に入れておいて!」

 

 

「了解!」

 

 

使える手はすべて使う。そして、何としても生き延びるのだ。

 

 

 

 

 

 

「っ、兄さん。後ろからも三機、モビルスーツが来てる」

 

 

『え?』

 

 

セラとキラは、前方からこちらに向かってくる二機に向けて進んでいたのだが、不意にセラがそんな事を口にした。

 

しかし、少しタイミングが遅かった。

すでに、イージスがバーニアを吹かせてこちらに迫ってきていた。

 

 

『キラ!セラ!』

 

 

『アスラン…!?』

 

 

「くそっ…」

 

 

スピーカーから、アスランがセラとキラに呼びかける声が響く。

 

セラとキラは、同時にイージスに向けてライフルを構えた。

 

 

『やめろ!俺たちは敵じゃない!同じコーディネーターであるお前が、何故俺達と闘わなくちゃならない!?』

 

 

イージスもライフルをこちらに向けてはいるが…、それはただの姿勢。

セラもキラも、アスランも互いに戦いたくはないのだ。

 

必死に呼びかけるアスラン。その言葉に、キラの中で再び迷いが蘇る。

 

 

「…っ。僕だって君とは戦いたくない!」

 

 

だが、艦の中にいる人たちの事を思い浮かべ、キラは迷いを振り払う。

 

そしてキラは、ライフルからサーベルに持ち替えてイージスに斬りかかっていった。

 

 

『キラ!?』

 

 

「でも…、あの艦には、友達が乗ってるんだ!セラを守りたいんだ!」

 

 

『っ!』

 

 

「君だってどうして…、戦争なんか嫌だって、君だって言ってたじゃないか!」

 

 

サーベルで斬りかかるストライクに、ストライクの斬撃をシールドで防ぐイージス。

そして、イージスもストライクにサーベルを振り下ろすが、ストライクはシールドでイージスと同じように斬撃を防ぐ。

互いの斬撃を防いだ二機は、力を込めて押し合う。

 

 

「兄さん!っ!?」

 

 

セラは、キラの援護をしようと機体を進ませ…ようとした。

直後、背筋に悪寒が奔る。そう、ヘリオポリスのあの時と同じ、強いプレッシャー。

 

 

「くそっ、こんな時に!」

 

 

プレッシャーが感じられた方へとカメラを向ければ、そこにはあの時と同じ機体、シグーがこちらに向かってきていた。

 

 

『アスラン。君はストライクを。私はこのスピリットを抑える』

 

 

『隊長!?』

 

 

シグーが、突撃銃を構えてこちらに向けて撃ってくる。

セラは機体を動かし、連射される銃弾をかわしながらライフルでシグーに向けてビームを撃つ。

 

だが、シグーもセラの撃つビームをかわしながら、その上スピリットへと迫る。

 

 

「っ!」

 

 

それを見たセラは、ライフルをしまい、腰に差さったサーベルを抜いて、シグーへ向かって突っ込んでいく。

 

シグーは振り下ろす重斬刀をシールドで防ぎ、セラはサーベルをシグーへと振り上げる。

 

 

『ちぃっ!』

 

 

だが、その斬撃が届く前に、シグーがスピリットに向かって右足を突き出す。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

機体がシグーから無理やり離され、さらにコックピットが容赦なく揺れる。

不自然にかかるGにセラは歯を食い縛って耐えながら、こちらから距離を取るシグーから目を離さない。

 

 

『くく…。やはりそうか…』

 

 

「?」

 

 

突然、頭の中から聞こえてくる声に思わず自身の頭を片手で押さえるセラ。

 

 

『聞こえているのだろう?私の声が』

 

 

「っ…、誰だ!」

 

 

誰だ、そう口に出したセラだが、本当は自分でもわかっていた。

 

この声は、あのシグーから…、シグーのパイロットから発せられているものだという事を。

 

 

「っ!」

 

 

答えは返って来ず、代わりに来たのは突撃銃の銃弾。

セラはシールドを構え、全ての銃弾を防ぎ、さらに銃を撃ちながら迫ってくるシグーと対する。

 

シグーは重斬刀を横薙ぎに振るい、セラはシールドを移動させて重斬刀の進路上に置く。

重斬刀とシールドがぶつかった瞬間、セラは先程と同じようにサーベルを振り上げる。

今度は、シグーからの反撃を喰らわない様に身構えながら。

 

だが、次に行ったシグーの行動はセラの予想を更に超えていた。

シグーは重斬刀に力を込めながら、機体を反転。背後に回り込んでスピリットのサーベルを持っている方の手首を掴み、動きを止めた。

 

 

「なっ!?」

 

 

『誰だ、か…。どうやら君は知らないようだね。私の事を』

 

 

再び聞こえてくる謎の声。

さらに、謎の声はセラの苦悶を浮かべた表情を知ってか知らずか、変わらない調子で続ける。

 

 

『君自身がもつ秘密の事も』

 

 

「え…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

互いに力を込めて押し合っていたストライクとイージスは、今は距離を離してライフルでビームを撃ち合っていた。

 

キラは、歯を食い縛りながら操縦桿を操り、イージスが撃ってくるビームをかわし続ける。

 

 

『やめろ!やめるんだ、キラ!俺たちが戦う意味がどこにあるんだ!?』

 

 

「くっ…!」

 

 

アスランが再びキラに呼びかけてくる。

 

 

『お前はコーディネーターだ!俺たちと共に来るべきなんだ!』

 

 

「なら、セラは!?セラはナチュラルだ!それに、僕の両親だって!」

 

 

『っ!』

 

 

アスランの言う通りなのかもしれない。キラはコーディネーターで、そしてアスランと共にプラントに行くのが正しいのかもしれない。

 

だが、それをしたらどうなる?自分の弟は。自分の両親はどうなる?

 

 

「さっきも言ったけど、僕はセラを守りたい!あの艦に乗ってる友達を守りたい!君に着いていったら、それができなくなるじゃないか!」

 

 

『キラ…!』

 

 

「退いてくれ、アスラン…。僕だって、君とは戦いたくない!」

 

 

守りたいものがあるとはいえ、キラも親友であるアスランとは戦いたくない。銃を向け合いたくない。

 

そんな願いを込めて口にした言葉。直後、イージスの動きが止まるが、その瞬間キラとアスランとは違う、第三者の声が割り込む。

 

 

『何をもたもたやっている、アスラン!』

 

 

「っ!?」

 

 

イージスとは違う機体が、ストライクに襲い掛かる。

その機体が振り下ろすサーベルを、キラはシールドを割り込ませて防ぐ。

 

 

「デュエル…?じゃあこれも!?」

 

 

X-102デュエル、モニターにはそう示されていた。

間違いない。このストライク、スピリット、そしてイージスと同じ、ザフトが盗んでいったXナンバーの機体の1つだ。

 

キラはストライクを後退させるが、目の前のデュエルはさらに追いすがってくる。

 

 

『逃がすか!アスラン、後ろから回り込め!』

 

 

『…くそっ!』

 

 

さらに後方からはイージスが迫る。

完全に挟み込まれてしまった。

 

後方のイージスが、ライフルを向けてくる。

ビームを撃ってくるか、警戒をしたキラだったがそれが隙となってしまった。

 

前方への意識が僅かに疎かになってしまい、気づいた時にはデュエルがストライクの懐へと迫っていた。

 

 

「あぁっ!?」

 

 

『もらったぁ!』

 

 

デュエルが、サーベルを振り下ろす。

何とかシールドを割り込ませようとするが、その前に機体に斬撃が入ろうとする。

 

ここで、終わり?

 

キラの心に、その一言が過った、その瞬間だった。

 

 

『っ、なに!?』

 

 

ストライクとデュエルの、その僅かな隙間。そこを縫うように、一筋の光条が横切った。

 

動きを止めるデュエル。そのデュエル目掛けて、黒い閃光が迫る。

 

 

『ぐぁっ!こ、こいつ…!?』

 

 

その閃光はデュエルを弾き飛ばし、ストライクからデュエルを押し離した。

 

 

『兄さん、無事!?』

 

 

「セラ!」

 

 

デュエルを弾き飛ばした閃光の正体。

それは、セラが駆るスピリットだった。

 

 

 

 

 

 

「あなたの事…?それに、俺が持つ秘密だと?」

 

 

『そうさ。君は何も知らない。君が知るべきことを、何も!』

 

 

言いながら、シグーが迫る。セラはサーベルを構え、向かってくるシグーに向けて振り下ろす。

 

振り下ろされるサーベルをシグーはシールドで防いだと思うと、その直後にシグーのシールドから大量の小さな弾丸が飛び出す。

 

 

「っ!?」

 

 

不意を突かれ、セラは思わず動きを止めてしまう。

すぐに気を取り直して機体を後退させるが、シグーの重斬刀がスピリットのコックピット付近に命中する。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

しかし、スピリットを覆うのはPS装甲。実弾兵器を無効化するシステムは、シグーの斬撃も関係なく無効化する。

 

 

『やはり機体には効かぬか!だが、パイロット自身の体にはどうかな!?』

 

 

「くっ…!」

 

 

シグーのパイロットの言う通りだ。

機体は無傷だが、コックピットに伝わる衝撃までは防いでくれない。

 

機体は体勢を崩し、セラも、全身から伝わる痛みに思わず呻く。

 

そのまま蹲ってしまいたいという気持ちに駆られるが、そんな暇を与えられるわけもなく。

シグーは更なる追撃をスピリットに加える。

 

 

「このっ!」

 

 

シールドを構える暇はない。

セラはサーベルからライフルに持ち替え、シグーが撃ってきた弾丸を全てビームで撃ち落とす。

 

 

『ちぃっ、さすがだな!』

 

 

「何をっ!」

 

 

シグーがこちらに近づいてくるが、セラはビームを連射させることでシグーの接近を阻もうとする。

 

明らかに押されているセラだが、スピリットに備わっているPS装甲のおかげで何とか渡り合えているという状態だ。

 

シグーは、接近は難しいと判断したのか、スピリットから離れた所でまわりを飛行し、様子を窺っている。

 

 

(…そうだ、兄さんとアークエンジェルは)

 

 

シグーが離れている隙に、自分以外の戦況を確かめるためにそれぞれの方向にカメラを向けるセラ。

 

 

(っ、アークエンジェル!)

 

 

アークエンジェルは、二機の機体、恐らくスピリット同じXナンバーの機体だろう。

バスターとブリッツという機体に囲まれ、猛攻を受けている。

取りつかれてはいないため、大丈夫だとは思うがそれも時間の問題と考えた方が良い。

 

そして、キラの方だが…。

 

 

「っ!まずい!」

 

 

ストライクの状況を見た瞬間、セラはすぐさま機体を奔らせる。

 

セラが見た時、ストライクはイージスと最後のXナンバー、デュエルに前後を挟まれ絶体絶命の状態にいた。

 

 

『っ、逃がすか!』

 

 

後方からシグーが追ってくるが、構うものか。

これまでの戦闘で分かったことだが、機動力ではこちらが上だ。動いている内は追いつかれることはない。

 

だが、このままではこちらがたどり着く前にストライクが落とされてしまう。

デュエルがストライクを真っ二つにせんと、サーベルを振りかぶっている。

 

 

「くそっ、させるか!」

 

 

セラはライフルを構え、照準を合わせる。

 

これは賭けになるが、こうでもしなければキラを救うことは出来ない。

 

 

「いっけぇええええええええええええええぇえええええええええええ!!!!!!!!」

 

 

祈り、叫びながらセラはライフルの引き金を引く。

 

銃口から放たれたビームは、真っ直ぐにデュエルへと向かい…、セラの本来の狙いとは外れてしまったが、ストライクとデュエルの間を横切り、デュエルの動きを止めることができた。

 

本当ならばこの一射でデュエルを落としたかったのだが、結果オーライ。

動きを止めたデュエルに向かって、セラは機体を突っ込ませる。

 

 

「おおおおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおぉおおおおおお!!!」

 

 

セラは機体をデュエルへとぶつけ、弾き飛ばす。

 

 

「兄さん、無事!?」

 

 

『セラ!』

 

 

返ってきた声は、力の入ったキラの声。

声を聞く限りは、怪我はない様だ。

 

 

「兄さん、アークエンジェルが危ない!すぐに…、ちぃっ!」

 

 

セラは、キラにアークエンジェルの状況を伝えようとするのだが、動きを止めている間に追いついてきたシグーがセラを襲う。

 

重斬刀を突き立てようと振るうシグーに、シールドを割り込ませて斬撃を防ぐセラ。

 

 

『セラ!?』

 

 

「大丈夫だ!それよりも、アークエンジェルがバスターとブリッツに囲まれてる!兄さんはそっちに行って!」

 

 

『で、でも!』

 

 

キラの自身を案ずる声を聞きながら、セラは先程のお返しとばかりにシグーに蹴りを入れて強引に弾き飛ばす。

 

 

「俺は大丈夫だから!早く行って!」

 

 

『…わかった。絶対に、無事でいてよ』

 

 

セラの言葉を受け、キラを乗せるストライクはアークエンジェルの方へと向かう。

 

 

『キラ!…セラ』

 

 

『くそぅ…、よくも邪魔を…。このナチュラルがぁっ!』

 

 

去っていくキラを、そして自分の隊長と交戦を繰り広げるセラを見つめるアスラン。

そして、もう少しという所で邪魔をされ、憤慨するデュエルのパイロット、イザーク。

 

 

『アスラン、イザーク。二人はストライクを追え』

 

 

『…』

 

 

『隊長、しかし!』

 

 

隊長の指示を黙って聞くアスランに反し、イザークは食い下がる。

先程の横やりが、イザークには相当腹に来たらしい。

 

 

『何としても足つきを落とすんだ。母艦さえ落とせば、残った機体を落とすのは容易い』

 

 

『…』

 

 

『今は我慢しろ、イザーク』

 

 

『くっ…、了解!』

 

 

イージスとデュエルがストライクを追って行く。

 

 

「っ、させるか!」

 

 

ストライクを追うイージスとデュエルの動きを止めようと、セラは機体をシグーから離し、バーニアを吹かせてイージスとデュエルを追おうとする。

 

 

『君の相手は私だ。…行かせはしない』

 

 

「くっ…。何なんだ、あなたは!俺とあなたは、一体何の関係はあるというんだ!」

 

 

シグーがスピリットの前に立ちはだかり、セラの狙いを阻む。

 

さらに、セラはシグーが狙いを自分にだけ向けていることに疑問を持っていた。

 

奴らの狙いは自分たちを、足つきを落とすことにあるはずだ。

もちろん、作戦で自分を抑えるという奴の言葉は本当なのだろうが、それにしてはやけに固執している。

 

 

『今ここで死ぬ、君が知る必要はない!』

 

 

「何だと!」

 

 

随分な物言いの向こうのパイロットに、思わず腹を立ててしまうセラ。

 

 

「大体、隊長のあなたがこんな前線に来ても良いのか!?ラウ・ル・クルーゼ!」

 

 

『っ!ほう、私の名を知っていたか!セラ・ヤマト君!』

 

 

「っ!?」

 

 

やはり、シグーのパイロットはムウが言っていたラウ・ル・クルーゼという男だったようだ。

だが、それよりも気になるのは、何故そのラウが自分の名を知っているのか。

 

 

「何で…、何で俺の名前を知っている!」

 

 

機体をぶつけ合いながら、セラはラウに問いかける。

 

 

『言ったはずだ。ここで死ぬ君は、知る必要はないと!』

 

 

「このっ…、真面目に答えろ!」

 

 

何度もぶつけ合っている間に、体勢が崩れてきたスピリット。

セラはサーベルを力任せに振るい、シグーを地震から離れさせる。

その間に機体の体勢を整え、再びシグーへと向かっていった。

 

 

「…」

 

 

再び向かってくるスピリットに応戦しながら、ラウはセラだけに集中していた意識をふと取り戻した。

 

今、出撃しているのはスピリットとストライクの二機だけ。

ムウが乗るメビウスゼロの姿は見えない。

 

 

(まだ出られる状況ではないという事か?)

 

 

スピリットの斬撃を掻い潜り、逆に斬撃をお見舞いさせようとするが、スピリットはバーニアを吹かせて上へと逃げる。

 

 

「ちぃっ!戦うごとに動きが鋭くなっている!?」

 

 

これがこの戦いが起こった当初ならば、スピリットは今の斬撃を間違いなく喰らっていただろう。

 

スピリットの動きが鋭くなっていることに、ラウは驚愕を隠せない。

 

 

(いや、これは飽く迄想定内のはずだ。それよりも…)

 

 

確かに驚きはしたが、スピリットのパイロットが<あの>セラ・ヤマトだというなら、これは当然の結果といえる。

それよりも、今気になるのは姿が見えないムウだ。

 

出撃できない状態であるというのも考えられるが、そうだとすれば整備が遅すぎる。

 

ならば、考えられるのは…。

 

 

「っ!?アデス!今すぐにそこから離れろ!」

 

 

『た、隊長?』

 

 

ラウはすぐにヴェサリウスと通信をつなげてアデスに叫ぶ。

だが、ラウの意図が分からないアデスは戸惑いの表情を浮かべてモニターに映し出されたラウの顔を眺めるだけ。

 

 

「早くしろ!間に合う内に!」

 

 

早くしなければ手遅れになる。その思いを乗せて叫ぶラウだったが、それは少し遅かったことに、直後に気が付く。

 

 

『本艦底部より、接近する熱源!モビルアーマーです!』

 

 

『なに!?ぐぁっ!』

 

 

オペレーターからの報告が入った直後、画面が揺れる。

 

 

「おのれ、ムウめ…!」

 

 

ヴェサリウスのオペレーターの勘の被害報告を聞きながら、ラウはこの事態を引き起こした張本人、ムウを憎々しく思う。

 

恐らく、自分たちが出撃する前にすでにムウは出ていたのだろう。

そして、自分たちに気づかれない様に遠くからヴェサリウスへと近づいた。

 

 

「やるな、足つき…!」

 

 

だが、こうなるともう目の前のスピリットを相手にしている場合ではない。

すぐに艦へと戻り、サポート、指揮をしなければ。

 

 

「残念だが、君の相手はここまでだ!」

 

 

『なに!?』

 

 

セラの声が頭の中から響くが、ラウは無視して機体を反転。ヴェサリウスに向けてバーニアを吹かせる。

 

 

『待て!』

 

 

(…セラ君。次に会った時は、必ず)

 

 

 

 

 

 

「くそっ、クルーゼ!」

 

 

セラは理由はわからないが、突如反転し、離脱したシグーを追おうと機体を動かそうとする。

 

 

『セラ、すぐに戻って!キラが危ないの!』

 

 

「…わかった、すぐ戻る!」

 

 

だがその直後、アークエンジェル、ミリアリアから入ってきた通信にセラはその動きを止めて反転。

アークエンジェルへと機体を奔らせる。

 

 

(…ラウ・ル・クルーゼ。俺が知らない何かを、知っている男9

 

 

彼は一体、何を知っているのか。

そしてそれは、自分に一体何を齎すのか。

 

 

(…次こそは)

 

 

 

 

 

 

 

セラに言われ、アークエンジェルへと向かったキラは、艦に猛攻を浴びせるバスターとブリッツに向けてライフルを構える。

 

 

「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

放たれた光条は、バスターとブリッツの動きを止める。

そしてその間に、キラは背中のビームサーベルを抜いてブリッツへと斬りかかっていった。

 

 

「なっ!?」

 

 

「ストライク!?くそっ、イザークは何してるんだ!」

 

 

突然のストライクの出現に驚愕するブリットのパイロットニコルと、ストライクを押さえているはずのイザークに悪態をつくバスターのパイロットディアッカ。

 

ブリッツはストライクから離れ、功盾システムトリケロスからレーザーライフルを選択して構え、ストライクに向けて放つ。

 

放たれたレーザーをキラは回避しながら、ブリッツに向けて機体を突っ込ませる。

 

 

「はぁあああああああああああああぁああああああああ!!!」

 

 

「あぁっ!?」

 

 

ブリッツの懐に潜り込んだキラは、サーベルを振り下ろす。

 

ブリッツの必死の回避により、コックピットとまではいかなかったが機体の左腕を斬りおとすことに成功する。

 

 

「ニコル!?ちっ、くそっ!邪魔するなよ!」

 

 

仲間のピンチに、ディアッカも参戦しようとするがそれを阻むアークエンジェル。

艦から放たれたビームがバスターの直前を横切り、移動を拒む。

 

 

「このっ、このままじゃ!」

 

 

先程まで、手こずりはしていたものの優位に戦闘を進めていたというのに。

このままでは、返り討ちに遭う危険すら出てきてしまった。

 

 

『ディアッカ!ニコル!』

 

 

『何をもたもたしている、貴様ら!』

 

 

その時、スピーカーから二人の少年の声が響く。

モニターを見れば、イージスとデュエルと示された二つの光点がこちらに向かってきているのが分かった。

 

 

「何言ってやがる…。イザーク、お前がストライクを押さえられていればこんな事にならなかったんだぜ!?」

 

 

『うるさい!スピリットの邪魔さえなければ、俺がストライクを落とせていたんだ!』

 

 

悪態をつくディアッカだが、唇は笑みを描いている。

 

 

『ともかく、今は足つきだ!ディアッカとイザークは側面から攻撃を!俺とニコルがストライクを押さえる!』

 

 

『命令するな!俺がストライクを討つ!』

 

 

『イザーク!』

 

 

アスランが指示を出すが、イザークは聞かず、ストライクへと突っ込んでいった。

アスランも、そんなイザークを追って行ってしまう。

 

 

『…俺とニコルは、引き続き足つきだな』

 

 

『イザークには、困ったものです…』

 

 

何故か微妙な空気になってしまったが、この調子でいけば足つきもストライクも落とせる。

 

ディアッカはバスターが持つ巨大な砲身、二つの砲を連結した超高インパルス長射程狙撃ライフルを構えるのだった。

 

 

 

 

 

 

「フラガ大尉より入電!作戦に成功、すぐにこちらに戻るとのことです!」

 

 

「スピリットもシグーの撤退により交戦を終えた模様!こちらに戻ってきています!」

 

 

「イージスとデュエル、接近!」

 

 

様々な報告が飛び交う艦橋。その多くの報告を頭の中で整理しながら、指示を出すマリュー。

 

 

「イーゲルシュテルンで牽制を続けて!それと、ローエングリン起動!」

 

 

「は、はい!」

 

 

指示を出すと、すぐにクルーが作業を始める。

 

 

「ストライク!イージスとデュエルの二体に囲まれました!」

 

 

「スピリット到着!ストライクの援護に行きます!」

 

 

ストライクが囲まれたという報告が入った時は、一瞬肝が冷えたが直後のスピリットの到着の報告に気を取り直す。

 

 

「ローエングリン、起動!チャージ完了!」

 

 

「照準、ザフト軍艦ヴェサリウス1」

 

 

こちらも、最大火力の砲撃であるローエングリンの起動を終えた。

 

後は…

 

 

「ローエングリン、ってぇええ!!!」

 

 

マリューが、号令を出すだけだ。

 

放たれた砲撃は、真っ直ぐにヴェサリウスへと向かい、回避行動を行ったヴェサリウスの右舷をかするだけに留まったものの、見る限りあの艦の戦闘続行は不可能と判断できる程度のダメージは与えられた。

 

 

 

 

 

 

「あぁ…、ヴェサリウスが…」

 

 

突然起動した足つきの砲身。

これはまずいと攻撃をさらに激化させたバスターとブリッツだったが、間に合わず。

放たれた巨大な砲撃は、ヴェサリウスの右舷ハッチを潰していった。

 

 

「くそっ、撤退するしかねえだろこれは!」

 

 

母艦のダメージを受け、すぐにディアッカは判断する。

これ以上の戦闘続行は不可能だ。ニコルもアスランも、ディアッカの判断は正解だと頷きを見せる。

 

だが、ただ一人だけ不満を表す者がいた。

 

 

「ふざけるな!こんな所でおめおめと引き下がってたまるか!」

 

 

イザークだ。

イザークはなおもストライクに襲い掛かり、迫っていく。

 

 

「っ!?」

 

 

だが、次の瞬間、デュエルの動きが止まる。

 

 

「この…、また貴様かぁああああああああああああ!!!!!」

 

 

先程と同じように、スピリットが撃ったビームがデュエルの動きを止めたのだ。

スピリットはさらに、サーベルを抜いてデュエルへと斬りかかっていく。

 

イザークもサーベルを構えてスピリットへと向かって行き、サーベルを振り下ろす。

が、スピリットは斬撃をひらりとかわすと、サーベルを振り上げてデュエルの左腕を斬りおとす。

 

 

「なにぃ!?」

 

 

堪らず、イザークは機体を後退させる。

 

その隙に、アスランはデュエルの前に機体を置き、ライフルをスピリットに向けてビームを放つ。

 

 

「イザーク、本当に限界だ!退くぞ!」

 

 

「…くそっ!」

 

 

さすがのイザークも、判断を下さなければならなかった。

不満ありありという表情を浮かべてはいるが、機体を反転させて母艦へと機体を進ませる。

 

ディアッカ、ニコルも撤退していく中、アスランはちらりとスピリットストライクを見遣った。

 

先程、ビームを撃ったがやはりスピリットは、セラは攻撃を防いでいたらしい。

機体に傷は見当たらない。

 

 

『でも…、あの艦には、友達が乗ってるんだ!セラを守りたいんだ!』

 

 

「…くそっ」

 

 

脳裏に、キラの言葉が蘇る。

 

確かに、もし自分がキラをプラントに連れて行ったとしてもセラはそうはいかない。

キラが友達と言った人たちも、それをすることは勿論できない。キラの両親だって例外ではない。

 

戦うしか、ないのだろうか。ずっと友達だった、キラと?セラと?

 

アスランの心の迷いは晴れないまま、ヴェサリウスへと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘が終わったという話を聞き、シエルは格納庫へと向かっていた。

戻ってきたセラたちの様子を見るためだ。

 

シエルが格納庫に入ると、たくさんの人達がスピリットのまわりに集まってセラの名前を呼んでいた。

 

 

「あの、どうかしたんですか?」

 

 

シエルもスピリットの傍までやってきて、その時に近くにいた男、マードックに声をかけた。

 

 

「あぁ…。あれに乗った坊主が降りてこないんだよ。ストライクの砲の坊主は降りてきたんだが…」

 

 

「…」

 

 

マードックの答えを聞いたシエルは、セラがどうなっているのかを察する。何しろ、自分もセラと同じだったのだから。

 

シエルは何も言わずに、スピリットのコックピットに向かう。

下の方から自分を呼び止める声が聞こえるが、無視してハッチに手を付けて動きを止める。

 

そしてコックピット付近にあるボタンを押して、ハッチを開けるシエル。

中には、レバーを握りしめた震えるセラがいた。

 

 

「セラ」

 

 

名を呼ぶが、返事は返って来ない。

自分が来ていることも、ハッチが開いていることにすら気づいていないようだ。

 

 

「セラ」

 

 

「…シエル?」

 

 

もう一度、呼ぶ。すると、びくりとセラの体が震え、ゆっくりとその顔があげられる。

セラの目がシエルの姿を捉え、震える唇が開き、か細い声でシエルを呼ぶ。

 

 

「大丈夫。もう、終わったの」

 

 

「あ…」

 

 

シエルは、セラの手を握りながら言う。

そしてもう片方の手でセラが被っていたヘルメットを外し、頭を腕で抱えながら自分の胸に押し付ける。

 

 

「戦いは終わったの。もう、安心していいんだよ?」

 

 

「っ…」

 

 

幼いこの少年は、戦い中に感じていた恐怖を、戦いが終わった今になって実感していたのだ。

 

シエルは、操縦桿を握りしめるセラの手をゆっくりと解いていく。

 

 

「大丈夫。もう大丈夫」

 

 

大丈夫、大丈夫とセラに言い聞かせながら。

セラを、恐怖から解き放っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、ようやくスピリットから降りたセラを待っていたのはからかいだった。

もちろん、そのネタはシエルに抱きしめられたことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE6 向けられる欲望

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アスラン・ザラです。通告を受け、出頭いたしました」

 

 

ヴェサリウスのとある一室。隊長であるラウに割り当てられた一室の前で、アスランは気を付けの状態で立っていた。

 

あの戦闘の後、アスランは他の隊員たちと共にガモフに撤退したのだが、ラウの命を受けてすぐにヴェサリウスへと帰投し、少しの休息の時間の後にラウに呼ばれてこの場に来たのだ。

 

アスランは部屋の中へと入り、椅子に座っているラウを見つける。

 

 

「来たか。早速だが、本題に入ろう」

 

 

座っていたラウが立ち上がり、アスランに歩み寄る。

 

 

「先程の戦闘、見ていると君の普段の動きではなかったように感じた。だから彼らを落とせなかったとは言わんが、理由を教えてほしい」

 

 

ラウのこの言葉をアスランは予想していた。

前回の戦い、キラとセラを気遣うあまり普段の自分の動きで立ち回ることができなかった。

 

ラウは、スピリットと激闘を繰り広げながらもアスランの変化を見て取っていたのだ。

 

 

「…あの最後の二機に乗っているのは、キラ・ヤマトとセラ・ヤマト。月の幼年学校で友人だったんです」

 

 

「ほう」

 

 

ヘタに誤魔化そうとしても無駄だ。アスランは正直に話すことにする。

 

 

「まさかあのような場で再会するとは思わず…。どうしても確かめたくて…」

 

 

「…そうか。戦争とは皮肉なものだな。仲の良い友人か。君の動揺も仕方あるまい」

 

 

「…」

 

 

顎に手を当て、何かを考える素振りを見せながら言うラウ。

 

 

「次の出撃、君は外そう」

 

 

そしてラウはアスランに仮面で隠れた目を向けながらそう続けた。

 

アスランは目を見開いてラウの顔を見上げる。

 

 

「隊長!それは…」

 

 

「そんな相手には銃を向けられまい。私とて君にそんな事をさせたくはない」

 

 

詰め寄るアスランにさらに続けるラウ。

だが、アスランは首を激しく振って、ラウに拒否の意思を見せる。

 

 

「キラは、ナチュラルにいいように使われてるだけなんです!あいつ・・、優秀だけどぼうっとして、お人よしだから…。セラだって、ナチュラルとは思えないほど優秀なのですが、それを利用されてるんです!」

 

 

「…」

 

 

違う。あの時、キラはまるで自分の意志で戦っているみたいなことを言っていたが、違う。

キラもセラも、ナチュラルに利用されているだけなのだ。そうなければ、何で地球軍に協力なんか。

あんなに優しかった兄弟が、戦いに参加するなどするものか。

 

 

「だから私は説得したいんです!あいつだってコーディネーターです!セラはナチュラルですが…、俺達が戦う理由なんかないと、わかってくれるはずです!」

 

 

「君の気持ちはわかる。だが…、聞き入れない時は?」

 

 

「っ」

 

 

先程はああ言ったアスランだが、あのキラの言葉が嘘ではないという事くらいわかっていた。

ラウの言う通り、聞き入れない場合もあり得る。

 

その時、自分はどうする?

 

 

「その、時は…」

 

 

アスランは絞り出すように声を出す。

 

 

「私が…、撃ちます」

 

 

 

 

 

 

アスランが部屋を出て言った後、再び椅子に腰を下ろしたラウはアスランが言っていた、セラ・ヤマトとキラ・ヤマトの事を考えていた。

 

 

(あのセラ・ヤマトが生きていたのだ。キラ・ヤマトが生きているのも十分にあり得る)

 

 

スピリットに乗っていたのはセラ・ヤマトだった。ならば、ストライクに乗っているのがキラ・ヤマトなのだろう。

 

しかし、これは幸運と言って良いものか。それとも不運といった方が良いのか。

まさか死んだと思っていた憎しみの対象が、それも二人共に生き残っていたとは。

 

 

(…いや、今は彼らの事を考えるべきではない。まずはプラントへと戻らなければ)

 

 

現在、ラウはプラント最高評議会から出頭命令が出ている。

理由は、先日のヘリオポリス崩壊の件である。

 

根回しができているため、そう長く足止めされる心配はないと思われるが、あまりチンタラはやっていられない。

自分が不在中はガモフが足つきの追跡をする手はずになっているのだが、あの兄弟が相手となると彼らだけでは心もとない。

 

 

(こんな時に…、評議会は面倒なことをする)

 

 

考えても仕方のない事だし、実際評議会としては話し合わないわけにはいかない議題なのはわかっているのだが。

それでも、深い事情を知るラウとしてはヤキモキして仕方がない。

 

だが、何度も言うが自分がそれを考えていても仕方がない事である。

こればかりは自分はどうすることもないのだから。

 

 

(できることは、祈る事だけ、か…。早く戻ることができればいいんだが)

 

 

 

 

 

 

 

 

「坊主ども、スピリットとストライクの起動プログラムをロックしておいてくれ。自分以外の人間には動かすことができないようにな」

 

 

後、残り数分でアルテミスへ到着するという時、格納庫でスピリットとストライク、それぞれを整備していたセラとキラはマードックにそう指示された。

 

 

「どうしてですか?」

 

 

「ま、すぐにわかるだろうよ」

 

 

キラがマードックに首を傾げながら問いかける。

だが、マードックはキラの問いに詳しくは答えず、短くそれだけを告げた。

 

セラとキラの疑問はさらに深まるが、マードックの表情がどこか心配げに歪んでいた事が、二人の胸の中で何か嫌な予感を感じさせた。

 

そして、マードックの言った通り、あの指示の意味はすぐにわかる事となった。

 

アークエンジェルがアルテミスへと入港する。

艦を止め、艦橋にいたクルーたち、そして居住区にいた全ての人達がアルテミスの士官の指示で食堂へと集まってくる。

 

それから、少し経った時だった。

突如、武装した兵たちが食堂へとなだれ込んできた。

 

 

「これはどういうことですか!」

 

 

すぐに、艦長であるマリューが先頭に立って問いかける。

 

それも当然だ。

艦長である自分の許可も無く勝手に入り込み、さらに武装をして銃口をこちらに向けている。

明らかに友軍に対する仕打ちではない。

 

マリューに鋭い視線を向けられた士官は、逆にねっとりとした目をマリューへと向けて口を開いた。

 

 

「一応の措置として、艦のコントロールと火器管制を封鎖させていただくだけです。機関には船籍登録はおろか、我が軍の認識コードすらないのですから。残念ながら、我々はまだ貴艦を友軍と認めたわけではない」

 

 

確かに、この士官の言うことは頷くことができる。

彼の言う通り、アークエンジェルは地球軍の識別コードすら持っていないのだ。

 

しかし、その士官の言葉には明らかに矛盾している点がある。

 

 

「友軍として認めてないなら、まず基地の中にこの艦を入れるなよ」

 

 

ぼそりと呟くセラ。だが、しんと沈黙が流れるこの空間の中でその声はしっかりと士官の耳に届いていた。

 

 

「何か言ったかね?」

 

 

「いえ別に。ただ、この艦にはあなた達が欲しがるものが一杯ありますねって言っただけです」

 

 

士官の額の青筋がピクリと震える。

それを見逃さなかったセラは、思わず僅かに噴き出してしまった。

 

士官の唇の端が引き攣り、彼がセラへと近づこうとしたその時、両隣に兵を携えて恰幅の良い男が食堂へと入ってきた。

 

その男の姿を見た途端、アルテミスの兵たち、そして士官は一斉にその男へ向けて敬礼を取る。

 

 

「宇宙要塞アルテミス司令官、ジェラード・ガルシアだ。ようこそ、アルテミスへ」

 

 

名と身分を明かしたガルシアは、艦長であるマリュー、実質の副艦長であるナタル、そしてムウを連れてアルテミス内部へと入っていった。

 

 

「…」

 

 

ガルシア、そしてアークエンジェルの中心人物である三人とセラに突っかかろうとしていた士官の姿が見えなくなる。

 

その後、何人かを残してほとんどの兵が食堂を出て行ってから、セラは大きく息を吐いた。

 

 

「やれやれ…。まさかここまでとは思わなかった」

 

 

アークエンジェルが所属するはずだった大西洋連邦、そしてこのアルテミスが所属しているユーラシア連邦。

この二つの派閥はいがみ合っているとは聞いていたが、まさかこんな強引な手段で来るほどのものだとは思っていなかった。

 

 

「セラ」

 

 

「あ、シエル。どうかし…た…?」

 

 

すると背後からセラを呼ぶ声がする。すぐに振り返ったセラの視界の飛び込んでくるのはシエルの姿。

何か用事だろうか、問いかけようとしたのだが直後にセラの動きが止まる。

 

シエルの顔は今、笑っている。何故かはわからないが、笑っている。

だが…、黒いのだ。その表情が、途轍もなく黒いのだ。

 

 

「ど、どうなさったのでしょうか…」

 

 

その表情から醸し出されるあまりのオーラに恐怖し、思わずおかしな敬語で話しかけてしまうセラ。

 

 

「正座」

 

 

「へ?」

 

 

「正座しなさいって言ってるの」

 

 

シエルは黒い表情をそのままに、正座をしろとセラに告げる。

セラは一度聞き返すが、有無を言わさず繰り返すシエルに逆らう事などできなかった。

 

 

「セラ。さっきの言動は何だったの? 状況がわからなかったの?相手の立場がわからなかったの?ちょっと考えればセラなら理解できると思うんだけど」

 

 

「あ、あの…。はい、わかってました…」

 

 

「ならどうしてあんな事言ったのかな?」

 

 

首を傾げながら問いかけてくるシエル。仕草はとても可愛らしいものなのだが…、今はそれを堪能することができない。

 

 

「ねえ、どうして?」

 

 

「…ちょっとカチンと来ちゃった」

 

 

再び問いかけてきたシエルに、セラはてへっ、といった調子で首を傾げながら答える。

この時、シエルの心の中ではどれだけの物が燃え上がったのか。

セラからすれば、何とかシエルの怒りを沈めたくて取った苦肉の策だったのだが…、その策は皮肉にもさらにシエルの怒りを燃え上がらせることとなってしまった。

 

 

「セラ」

 

 

「はい」

 

 

「次にまた人が来たら、黙っててね」

 

 

「…はい」

 

 

声は穏やかなものだったが、込められている怒りをセラはしっかり感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

ガルシアに連れられ、食堂から、アークエンジェルから出ていったマリュー、ムウ、ナタルの三人は司令官室へと案内されていた。

 

 

「ふむ…、君らのIDは確かに大西洋連邦のもののようだ」

 

 

ガルシアは、笑みを浮かべながらマリューたち三人を見回しながら言う。

そして不意に、マリューとナタルから少し距離を空けた所に立っているムウに視線を向けたガルシアは口を開く。

 

 

「しかし、あのエンデュミオンの鷹どのがあんな艦と共に現れるとはな」

 

 

「特務でありますので、残念ながら仔細をお教えすることは出来ません」

 

 

皮肉たっぷりにムウへとセリフを吐いたガルシアだったが、さらりとムウに流されてしまい浮かべていた笑みを一瞬歪めてしまう。

 

 

「秘密というものはどこからか漏れる。無論、どこからよりも何が、の方が価値の高い情報だと思うがね」

 

 

「…なるほど」

 

 

すぐに笑みを取り直して口にしたガルシアの言葉で、ムウたちの内心で抱いた疑念が確信へと変わる。

 

ガルシアの…彼らの狙いはこの艦に積んでいるXナンバーの機体の情報だ。

あわよくばその機体ごとむしり取ってやろうという算段も持っているかもしれない。

 

恐らく、セラは初めから彼らの狙いに気づいていたのだろう。

行動こそ褒められたものではないが、その観察眼と勘には恐れ入る。

 

 

(…連れてきたら面白くなってたかもな)

 

 

内心で、決してマリューとナタルには聞かせられない事を呟くムウ。

 

 

「できるだけ早く補給をお願いします。我々は一刻も早く月本部へ行かなければなりません。ザフトの追跡も、未だ止んでいないと思われます」

 

 

ナタルは一刻も早くここから出たいのだろう。早口で補給をするように願う。

 

 

「ザフト?これかね」

 

 

ナタルのセリフを聞いたガルシアが、きょとんとした表情を浮かべながらその手でモニターの方をさす。

 

司令室のモニターに映し出されいてたのは、ザフトの軍艦。

 

 

「ローラシア級!」

 

 

「見ての通り、奴らは傘のまわりをうろついておるよ、。さっきからずっとな」

 

 

ガルシアが言った<傘>と呼ばれる機能のおかげで、アルテミスは不沈の要塞として知られている。

 

 

「これでは補給を受けても出られまい」

 

 

ニヤリと笑みを浮かべるガルシア。

 

 

「奴らが追っているのは我々です」

 

 

「このまま留まり、アルテミスに被害を及ぼしては…」

 

 

そんなガルシアに、ムウとマリューが言い寄る。

だが、ガルシアは再びきょとんとした表情を浮かべ、直後に大きく笑い声を出す。

 

 

「被害?このアルテミスがか?ばかばかしい!いつもの通り、奴らは何もできずに去っていくさ!」

 

 

ガルシアは座っている椅子がぎしりと音が出るほど、その重い体重を背もたれに乗せ、テンを仰ぎながら言う。

 

 

「そんなにこの基地は安全ですかね?」

 

 

「あぁ。まるで、母の腕の中にいるようにな」

 

 

苦笑を浮かべながら問いかけたムウに、ガルシアは返す。

 

 

「さて、君たちも疲れているだろう。部屋を用意させよう。…なに、慌てることはない。ゆっくりと、これからの事を話し合っていこうじゃないか」

 

 

ガルシアに呼ばれてひってきた兵士に、連れられムウたちは司令室を離れていく。

最後に彼らが見たガルシアの顔は、決して獲物を逃さない、欲望に満ちた笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザフト軍艦、ローラシア級ガモフ。その艦橋にイザーク、ディアッカ、ニコルは集まっていた。

アルテミスに入港したアークエンジェル、改め足つきをどうやって討つか。そのブリーフィングである。

 

 

「傘はレーザーも実弾も通さない。まあ、向こうも同じことなんだがな」

 

 

「だから攻撃もしてこない?馬鹿な話だよな」

 

 

正直、舐めた話である。どんな攻撃でも防ぐことができる機能を持っているとはいえ、近くでうろついている敵艦に手も出さないのだ。

ディアッカは表情を歪めながら舌を打つ。

 

 

「だが、傘を突破する手段は今のところない。厄介な所に入り込まれたな…」

 

 

しかし、ガモフの艦長であるゼルマンの言う通り、今の彼らにアルテミスの傘を突破する手段はない。

足つきが出てこない限り、こちらの攻撃オプションはないのだ。、

 

 

「で、どうすんの?出て来るまで待つ?」

 

 

足つきは間違いなく月基地を目指すはず。必ずアルテミスから出てくるはずだ。

ディアッカの言うことは、作戦とは言い難いものの確実なものではある。

 

 

「ふざけてる場合かディアッカ!貴様は戻って来られたクルーゼ隊長に、何もできませんでしたと報告するつもりか!?」

 

 

だが、そんなディアッカの言い分にイザークは不満を持つ。

今、ラウはアスランと共にプラントへと出頭している。

彼らがいなくとも、自分たちの手で足つきを討たなければならないのだ。

 

 

「あの、傘は常時開いているわけではないんですよね」

 

 

「あぁ。周辺に敵がいない時は展開されない。とはいっても、閉まっている隙を狙って接近しても、衛星が射程に入る前に察知され展開されてしまうだろうな」

 

 

イザークとディアッカが言い合っている中、ニコルは顎に手を当てながらゼルマンに問いかける。

そして、ゼルマンの答えを聞いたニコルはふっ、と笑みを浮かべた。

 

 

「それなら、僕の機体ブリッツなら上手くやれるかもしれません」

 

 

「なに?」

 

 

笑みを浮かべながら言うニコルに、イザークとディアッカは言い合いを止めて目を向ける。

 

 

「おいおい、どうするつもりだよ」

 

 

「傘さえ開いていなければ簡単に侵入できるんですよね?ブリッツには、フェイズシフトの他にもう一つ、面白い機能があるんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかった?次はもう絶対にあんな真似しちゃだめだからね?」

 

 

「はい…。もう絶対にしません…。なので許してください…」

 

 

腰に両手を当てながら、目の前で土下座…というより、正座をしたまま体を床に倒しているセラに言うシエル。

その様子からわかる通り、セラは明らかに満身創痍である。

 

 

「セラ、大丈夫…?」

 

 

「僕、もう疲れたよ…。兄さん…」

 

 

「うん、大丈夫みたいだね」

 

 

説教を終え、シエルが一息ついたところを見てキラがセラに近づき、様子を問いかける。

セラの答えを聞いて、すぐに、まるで手のひらを返すかのごとくさらっとその場から去っていったが。

 

 

「ひ、ひでぇ…」

 

 

キラの、実の兄のあまりの薄情な対応に思わず涙が零れそうになるセラ。

いつから自分はこんなキャラになったのだろう…。いつもはキラをいじる方の立場だというのに。

 

項垂れるセラ。

そしてそんなセラを見た食堂にいるアークエンジェルに乗っていたクルーたちは笑みを零す。

 

 

「この艦に積んであるモビルスーツのパイロットと操縦者は何処かね?」

 

 

だが、できかけた和やかな空気は食堂に入ってきたガルシアによってぶち壊された。

ガルシアは舐めるように視線をアークエンジェルクルーたちに向けながら問いかける。

 

 

「あ…」

 

 

「っ」

 

 

その時、セラはキラが腕を上げかけたのを目にした。

死んでいた目を元に戻し、立ち上がったセラはキラの元に駆け寄り、上がりかかったキラの腕を掴んで止める。

 

腕を掴まれたキラが振り返って、何故?と視線で問いかけてくるが今その問いに答える余裕はない。

ガルシアに、その動きを悟らせてはいけないからだ。

 

キラも、セラの目が向けられている先、ガルシアを見てセラの意図に気づく。

腕を下げ、ガルシアの方へ歩み寄っていくマードックとノイマンを見守る。

 

 

「なぜ我々に聞くんです?艦長たちは言わなかったのですか?」

 

 

まず口を開いたのはノイマンだった。

不満を露わにしながら、ガルシアに問いかける。

 

だが、ガルシアはそのノイマンの問いかけに対し、澄ました笑みを浮かべて返すだけ。

 

 

「…ストライクとスピリットを、どうするおつもりで?」

 

 

「なに、別にどうもしないさ。ただ、公式発表よりも前に見ることができる機会がもらえたんだ。色々と聞きたくてね…」

 

 

嘘を吐け。

 

という言葉を、セラは今度は飲み込んだ。

流石のセラも、ここで自分がしゃしゃり出るべきではないという事はわかる。

 

ここは、軍人である二人に任せるべきだ。

 

 

「それで、パイロットは誰かね?」

 

 

「フラガ大尉ですよ」

 

 

「先の戦いは私も見ていた。ガンバレル付きのゼロを操れるのは彼しかおるまい。それに、たとえ彼がそのパイロットだったとしてもだ。モビルスーツは二機あるのだろう?」

 

 

ガルシアの、パイロットは誰かという問いかけにノイマンは嘘の答えを告げるが、あっさりと論破されてしまう。

 

澄ました笑みを更に濃くするガルシアを見ながら、マードックとノイマンは小さく歯ぎしりする。

 

しかし、本当の事を告げるわけにはいかない。

ただの民間人である二人を、こんな下らないごたごたに巻き込んではいけないのだ。

 

 

「…まさかパイロットが女性だとは思えんが、この艦は艦長も女性という事だしな」

 

 

「え?きゃっ…!」

 

 

ガルシアはその笑みをにたりと穢れたものにすると、不意に視線を向けたミリアリアに歩み寄りその腕を強く握りしめた。

 

それを見たセラは頭に一気に血が上ってしまう。

だが、耐える。ここで感情を爆発させるわけにはいかないからだ。

 

それでも、隣にいたキラは違った。

 

 

「やめてください!パイロットは僕です!」

 

 

前に出ながら大声で告げるキラ。

そんなキラを、ガルシアは驚いた様子でまじまじと眺める。

 

 

「彼女を助けようとする心意気は買うがね…。あれは君みたいなひよっこが乗れるものじゃあない。ふざけたことを言うな!」

 

 

再び嫌な笑みを浮かべながら、ミリアリアの腕を離したガルシアは今度はキラへと歩み寄り、あろうことかキラに向かって殴りかかった。

 

しかし、コーディネーターであるキラにとって、ガルシアの動きは止まって見えるほど遅い。

簡単にガルシアの攻撃をかわし、その腹目掛けて拳を叩き込む。

 

 

「ぐぅ!?」

 

 

くぐもった叫びをあげ、腹を押さえながら床に崩れるガルシア。

 

 

「あなたに殴られる筋合いなんてない!」

 

 

「なん…だと!?」

 

 

そんなガルシアを冷たい目で見下ろしながら言うキラに、ガルシアの顔が憤怒に染まる。

さらに、そのやり取りを見ていた兵たちがキラを拘束しようと動き出す。

 

 

「や、やめてください!」

 

 

ずっと今までのやり取りを見ていたサイが、キラを助けようと間に割って入る。

だが、その努力もむなしく彼はあっさり兵士に殴り倒されてしまった。

 

その様子を見ていたフレイが、悲鳴を上げながらサイに駆け寄る。

 

 

「もうやめて!その子と、あの子がパイロットよ!だってその子たち、コーディネーターだもの!」

 

 

叫びながら、フレイはキラ、そしてセラを指さしていた。

 

辺りに沈黙が流れる。

アルテミスの兵や、ガルシア。食堂にいたクルーたちもそうだが一番驚いたのはセラだった。

さすがにそろそろ介入してキラを助けなければと思ってはいたが、まさかこんな形で、それもコーディネーターと言われる形でばれるとは思ってもいなかった。

 

だがちょうどいい。このまま連行される方が吉だろう。

 

ニヤニヤと笑みを浮かべた兵士たちが、セラとキラを囲む。

二人は特に抵抗もせず、兵士に連れて行かれるのだった。

 

 

「…おい、何であんな事言うんだよ!」

 

 

「だって、本当の事じゃない」

 

 

セラとキラが連れて行かれた後、トールがフレイに詰め寄る。

が、フレイはまったく堪えた様子も無く本当の事だと答える。

 

 

「フレイ、セラはナチュラルだよ…」

 

 

「え、嘘!?それ本当!?サイ!」

 

 

さらに怒りが募るトールだったが、その彼よりも先にサイがまず一つの誤解を解く。

 

 

「ならあたし、あの子が戻ってきたら謝らなくちゃ…」

 

 

それはつまり、キラには謝らないという事か。

怒りどころかそれを通り越して呆れてしまうトール。

 

大体、戻ってくるかどうかすら疑わしいというのに。

 

 

「…?」

 

 

その時、トールは気づいた。

シエルが心配そうな目で、セラとキラが連れて行かれた方をずっと見ていることを。

 

 

(セラ…)

 

 

先程まで繰り広げられていたシエルの説教はトールも見ていた。

あれを見た者は、どれだけシエルがセラの事を心配していたかを感じただろう。

 

一体何があってそこまでシエルの中にセラの存在が刻まれたかはわからないが、今シエルが思っていることをトールはすぐに悟る。

 

 

(セラ、絶対に戻って来いよ…)

 

 

 

 

 

 

 

食堂にいるほとんどのクルーたちが、連れてかれたセラとキラを案ずる中、セラはスピリットのコックピットに入れられていた。

 

 

「OSのロックを外せばいいんですよね?」

 

 

特に操作はせず、先程された指示を確認するセラ。

特に効果は期待していないが、ほんの少しでも機体のデータが奴らの手に渡らない様に時間を延ばそうとする。

 

だが、その問いかけの先にいる士官はセラが思いもしない返答を口にした。

 

 

「あぁ、それも無論やってもらうが…。君はもっと色んなことができるだろう?」

 

 

士官はセラに侮蔑と欲望の籠った笑みを向けながら言う。

 

 

「色んなこと…とは?」

 

 

「こいつと同じものを作ったり、こいつを改造したりなどだよ」

 

 

言葉の意味がわからず問いかけたセラは、士官の返答を聞いて思わずため息を吐く。

 

 

「あのですね、俺は民間人です。そんな事できるわけがないじゃないですか」

 

 

「だが、君は裏切り者のコーディネーターだろう?」

 

 

なるほど、コーディネーターの能力ははるかに自分たちを超えているという事は認めているわけか。

だが、残念ながらその理論は明らかに的を外れている。

 

 

「あのですね、専門の勉強もしないで改造とかできる訳ないでしょう?」

 

 

士官の笑みが固まる。

 

 

「大体、もしコーディネーター全てがそれをできたとしたらとっくに戦争なんて終わってますよ。もちろん、ザフトの勝利で」

 

 

「っ!」

 

 

笑みが固まった士官の表情が、今度は怒りに染まる。

 

 

「貴様っ!」

 

 

士官が体を乗り出し、セラの襟元を掴んで引き寄せる。

そしてもう一方の手は腰元の拳銃を触っていることをセラは見逃さない。

 

 

「いいんですか?言っておきますけど、スピリットのロックを外せるのは俺だけです。ストライクのパイロットもフラガ大尉も、誰もこの機体のロックの解除方法は知りません」

 

 

「…くっ!」

 

 

士官はセラを弾き飛ばすように、襟元を離す。

セラはコックピットの席に手を着いて、背中が背もたれに激突するのを防ぎながらこちらに背を向ける士官を侮蔑の目で睨みつける。

 

 

「…っ!?」

 

 

流石にこれ以上のろのろしていたら怪しまれてしまうだろう。

急ぎはしない。ゆっくりと、OSのロックを解除していくセラ。

 

だが、その最中にセラはふと感じ取る。

 

それは、ヘリオポリスの時と同じ。何かの敵意が、ここに近づいてきている。

 

 

「まさか…ザフト?」

 

 

呟くセラ。そんな中でも、感覚はどんどん強くなっていく。

そこもヘリオポリスの時と同じだ。

 

セラはコックピットハッチを閉める。

外にいるあの士官がやかましいが、構ってはいられない。

 

しかし、カタパルトを開いてもらうには許可が必要だ。

セラは仕方なく、外に自身の声が届くようにする。

 

 

「ザフトが来る!戦闘配備と、この機体を出せ!」

 

 

セラは叫ぶが、士官はセラの言葉の意味が読み取れずぽかんとしている。

 

仕方のない事だ。アルテミスはその要塞の性質上、衛星は万全の状態で備わっているのだから。

もしセラの言う通りにザフトが来るのだったら、すぐに警報が鳴り響くはずなのだから。

全くそんな音沙汰がないこの状況で、セラの言葉を信じろと言う方が無理な話である。

 

だがその士官の反応の悪さがセラにとってはもどかしい。

もう、強引に壁とぶち抜いて外に出てやろうかとも考えた…その時だった。

 

何かの爆発音が響き渡る。

そして、それと同時にアルテミス全体を大きな揺れが襲った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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PHASE7 傘からの脱出

ちょっと短くなりました。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「管制室!この震動は何だ!?」

 

 

ひっきりなしに基地全体に響き渡る振動にパニックになっているのだろう。

少し考えれば、その理由はわかるだろうに。外にいるガルシアが通信をつなげ、歓声に怒鳴って問いかけている。

 

 

『ふ、不明です!周辺に敵影なし!』

 

 

外部からの声をシャットしていないため、歓声の返答はセラの耳にも届いていた。

 

敵影がいない、それなのに、基地が攻撃されているという事か?

 

 

「だがこれは爆発の震動だろうが!」

 

 

支離滅裂なガルシアは放って置き、セラは思考する。

敵影はないという話だが、間違いなく近くにザフトの機体があるはず。

 

 

「…ミラージュコロイド」

 

 

そこでセラは、ムウからザフトに奪われた四機の性能を教えてもらった時の事を思い出す。

確か、そう。ミラージュコロイドだ。

 

GAT-207ブリッツには、ミラージュコロイドという機能が埋め込まれており、視覚どころかレーダーすらもその反応を捉えることができなくなるという。

 

 

『防御エリア内にモビルスーツ!』

 

 

「な、なんだと!?」

 

 

セラが結論を出した直後、再び管制からの報告とガルシアの驚愕している声が聞こえてくる。

どうやら、ミラージュコロイドは長い間展開できないようだ。

 

しかし、これで相手と楽に戦えれる。

 

 

「早くハッチを開けろ!このまま基地を沈められたいか!?」

 

 

「くっ…、ええい!ハッチ開けろ!それと、モビルアーマー隊準備!」

 

 

セラが大声で言うと、さすがのガルシアもやむを得ないと思ったのか、管制にハッチを開けるように指示を出す。

 

ハッチが開いたのを見たセラは、機体を歩かせて基地から出撃しようとする。

 

 

「邪魔だ!つぶされたいか!?」

 

 

だが、いつまでも先程までセラと話していた士官がスピリットの前に立ち竦んでいたため一喝する。

途端、士官は逃げるようにスピリットから離れて格納庫から出て行った。

 

これで、邪魔者はいない。

 

 

「兄さんはアークエンジェルを守って!外の機体は俺がやる!」

 

 

『…うん』

 

 

ストライクと通信をつなげ、キラに言うが返ってくる声にいつもの元気がない。

 

 

(まさか、兄さんも同じことを言われたのか…?)

 

 

ガルシアの欲望に満ちた笑みを思い出し、怒りが煮えたぎるがすぐにそれを打ち消そうとする。

今は目の前の脅威を何とかしなければ。

 

機体の足が外へと踏み出した瞬間、セラはバーニアを吹かせて宇宙空間へと飛び出していく。

辺りにカメラを回すと、すぐに黒いモビルスーツ、ブリッツを見つけた。

 

セラはライフルを取り出し、照準をブリッツに合わせて引き金を引く。

 

 

「っ!?あれは!」

 

 

ブリッツはセラが撃ったビームをかわし、右腕に取り付けられている、功盾システムトリケロスをこちらに向けてくる。

 

 

「スピリット、ですか…。イザークには悪いですが、ここで落ちてもらいます!」

 

 

ブリッツがトリケロスに備わっている、レーザーライフルを撃ってくる。

セラはこちらに向かってくるレーザーを回避しながらブリッツにビームを撃ち返す。

 

 

「くっ、速い…!」

 

 

ブリッツを操るニコルは、こちらの攻撃を容易くかわすスピリットの動きを目にして歯噛みしていた。

 

出撃する前、ガモフの艦長であるゼルマンにも言われたがやはり自身の目で見なければその脅威はわからない。

 

 

「でも、これならどうです!?」

 

 

レーザーライフルに続き、三連装超高速運動体貫徹弾<ランサーダート>すらもかわして見せるスピリットを睨みながら、ニコルはミラージュコロイドを展開させるスイッチを押した。

 

 

「っ!?」

 

 

突然、セラの目の前でブリッツの姿が消えていく。

初めて見るが、これがミラージュコロイドの効果なのだろう。

 

 

(どこだ…。どこにいる…?)

 

 

カメラを回すが、見えるのは真っ黒な空間とブリッツの攻撃により辺りから広がる煙だけ。

 

 

「…っ!?」

 

 

直後、突然体頭の中で横切った予感に駆られたセラはバーニアを吹かせて機体を横にずらす。

 

先程までスピリットがいた場所を横切っていく光条を見ながらセラは息を吐く。

 

 

「なっ!どうして!?」

 

 

一方のニコルは、攻撃がかわされたことに衝撃を受けていた。

敵にこちらの姿は見えていないはず。それはイコール、どこから攻撃が来るか、いつ攻撃が来るかも相手には分からないという事なのだ。

 

さらに、たとえそれらがわかっていたとしてもこちらは相手の死角から攻撃を撃ったというのに。

 

 

「くそっ!」

 

 

ニコルが悪態をつきながら、さらなる攻撃の準備をする中、セラは先程の頭の中で流れた感覚を思い出していた。

 

あれは、そう。ヘリオポリスでザフトが攻め込んでくる前に感じたあの感覚、そしてこのアルテミスの中で感じたあの感覚と酷似している。

 

 

(正体はわからないけど…)

 

 

それに、今回は敵意の主が近くにいるせいなのだろうか。

 

 

(相手の居場所がわかる!)

 

 

セラは、機体を振り返らせ、その方向に向けてライフルを向けて引き金を引いた。

 

ビームが虚空へと消えようかというその瞬間、スピリットがライフルを向けている方向でブリッツが姿を現した。

その左肩には、何かに焼かれたような小さな傷が。

 

 

「やっぱりいたか!」

 

 

確信はなかったが、勘に任せて行動したセラは結果的に正解だった。

姿を見せたブリッツに向けて突っ込んでいき、セラはライフルをしまってビームサーベルを抜き放つ。

 

ブリッツはトリケロスでスピリットの斬撃をかろうじて防いでいる。

 

セラはそのままブリッツを押し込もうと力を込める。

 

 

「くそっ!」

 

 

堪らずブリッツがその場から離れ、再びミラージュコロイドで姿を消す。

だが、もうその機能はセラに通用することはない。

 

セラはまるで動く何かを追いかけるように目を動かし、そして目を向けている方向へと機体を向かわせ、サーベルを振り下ろす。

 

直後、姿を現したブリッツは再びトリケロスでスピリットの斬撃を防ぐ。

 

 

「ミラージュコロイドはもう通用しないぞ!」

 

 

「くっ…、何でかわからないけど、こちらの居場所がばれている!」

 

 

ミラージュコロイドが通用しないと実感させられた今、ニコルの選択肢は一つしかなかった。

 

ブリッツは後退し、トリケロスからビームサーベルを取り出す。

 

セラはそれを見てなお、ブリッツの方へと突っ込んでいく。

 

 

「はぁああああああああああ!!」

 

 

「くっ!」

 

 

スピリットの振るうサーベルをブリッツがトリケロスで防ぎ、ブリッツが振るうサーベルをスピリットがシールドで防ぐ。

 

結果的に互いが押し合う形となる。

 

だが、力比べではスピリットの方が分がある。

 

 

「くっ、押されてる…!」

 

 

ニコルが歯噛みする中、セラはバーニアを全開にさせてさらにブリッツを押し込んでいく。

 

 

(このまま地面に叩きつけ、動きが止まった所で止めを刺す!)

 

 

もう、セラの頭の中ではブリッツを落とす算段が付いていた。

このままいけば、確実にブリッツを落とすことができる。

 

本当はブリットを追いやり、アークエンジェルを守るというのが方針だったがこの状況ならば行く所まで行ってやる。

 

 

「っ!?」

 

 

瞬間、セラの頭の中で先程、姿を消したブリッツの攻撃をかわした時と同じ感覚が奔る。

 

ブリッツを蹴り飛ばし、地面に叩きつけてからその場から離れる。

 

セラの目の前で、光条が横切っていくというどこかで見たことのある光景が流れる。

 

 

『何やってんだよ、ニコル!俺が落としちまうぜ!?』

 

 

『スピリット…!貴様ら、邪魔だけはするなよ!』

 

 

「ディアッカ…。イザーク…」

 

 

自分の危機を助けに来た…という感じではない。

ただ、スピリットが現れたからここに来ただけなのだろう、彼らは。

 

しかしそれでも、仲間が来たという事でニコルの気が楽になる。

 

 

「気を付けてください!話は聞いているとは思いますが、相当速いです!」

 

 

『へっ、お前の動きがトロイだけなんじゃねーの?』

 

 

『ふん、そんな事はわかっている!』

 

 

ニコルが忠告するが、二人はそれを軽んじているように思える。

デュエルがスピリットへと突っ込んでいき、バスターは二丁の大型砲を連結させてスピリットへ向ける。

 

 

「バスターにデュエル…」

 

 

突然、現れた二機の機体を見据えるセラ。

 

ブリッツを援護しに来たのか…、どちらにしても、三機を相手にするのは少し面倒なことになりそうだ。

 

 

『セラ!』

 

 

「っ、兄さん!」

 

 

向かってくるデュエルと、巨大な砲口をこちらに向けてくるバスターを警戒しながら身構えた直後、スピーカーからキラの声が響き渡る。

 

補助カメラを向けると、そこにはこちらに向かってくるストライク、そしてアルテミスから出港するアークエンジェル。

 

 

「艦長たちも脱出したか…」

 

 

マリューたちはアルテミスの兵に連れてかれたが、どうやら艦橋に戻ったようだ。

ともかく、一応の数の上では互角になった。

 

デュエルがサーベルを手に、スピリットに向けて突っ込んでくる。

セラはサーベルでデュエルの斬撃を防ぐと、手に持っていたサーベルをしまってデュエルを殴り飛ばす。

 

 

「もうここから出るんでしょ!?なら、艦に戻ろう!」

 

 

『うん!』

 

 

セラとキラはライフルを相手の三機に向け、同時に連射する。

 

ビームの連射で動きが止まった三機を見て、さらにセラは地面へもライフルを連射した。

 

直後、ビームが着弾した場所から立ち上がる煙。

あっという間に、三機の姿が煙によって見えなくなった。

 

 

「今だ!」

 

 

こちらから相手の姿が見えないならば、それは相手にとっても同じこと。

その隙に、セラとキラは機体のバーニアを吹かせて一目散にアークエンジェルへと戻っていく。

 

 

『くそっ、小賢しい真似を!』

 

 

一方のニコルたち。

地面から立ち昇った煙を、イザークがサーベルを一閃することで振り払う。

 

だが、その時にはすでに遅し。スピリットとストライクは足つきの元へと辿り着いていた。

 

 

『なっ…、くそぉっ!』

 

 

『逃げられ…ちまったな』

 

 

イザークが悔しさを滲ませた声で叫び、ディアッカもどこか苦い声でごちる。

 

 

「…」

 

 

そしてニコルは、アークエンジェルに収容されるスピリットを見ながら先程までの戦いを思い返していた。

 

あの素早い動きに、接近戦で発揮されるすさまじいパワー・

そして何より、こちらの武器であるミラージュコロイドが通用しなかった。

 

あれはどういうことなのか。機体に備わっている機能?それとも─────

 

 

(パイロット自身が…、僕の存在を感知した…?)

 

 

その結論を思いついた瞬間、ニコルの背筋に強烈な寒気が奔る。

 

その結論だとすれば、それはつまり相手には死角からの攻撃も容易く反応できるということなのだ。

どこにいようとも、相手にはそれが手に取る様にわかるということなのだ。

 

もしそうだとすれば…、作戦で使われる待ち伏せなどは相手に全く使えないという事になる。

それがどれだけ恐ろしい事か…。

 

 

「…ともかく、今は戻りましょう。艦長に伝えたいこともありますし…」

 

 

『ん、何だよニコル。伝えたいことって』

 

 

『ふん。どうせ下らん事だろう』

 

 

ディアッカとイザークが食い付いてくるが、今のニコルには二人にリアクションする気力はない。

それほど、あのスピリットとの戦闘で消耗していた。

 

もし、あと少し二人が来るのが遅かったら…、自分は今頃死んでいただろう。

 

 

「…ふぅ」

 

 

大きく息を吐きながら、ニコルは一度多数の爆発の痕が残るアルテミスを見遣ってからガモフへと機体を向かわせる。

 

そして、今回スピリットと戦って感じたことをゼルマンに伝えなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、散々な目に遭ったな…」

 

 

スピリットを格納庫に収容してから、セラはコックピットから降りる。

 

補給が目的だったのに、結果はそれすらも受けられずもらったのは不愉快な気持ちだけ。

しばらくの間、ずっとため息がつけそうだ。

 

 

「…?」

 

 

すると、セラの目の前でキラがストライクのコックピットから降りてきた。

セラは話しかけようとしたのだが、俯いてとぼとぼと歩くキラに動きを止めてしまう。

 

もしかしたら…、いや、確実にキラも自分と同じことを言われたのだろう。

 

格納庫を出たキラを追いかけるセラ。

セラも格納庫を出ると、右、左と見回してキラの姿を見つける。

 

 

「兄さん!」

 

 

セラが呼ぶと、キラは立ち止まって振り返った。

立ち止まったキラの隣で立ち止まり、セラは口を開く。

 

 

「もしかしてさ、兄さんも言われた?裏切り者のなんちゃらって」

 

 

「セラ…?」

 

 

きょとんとした顔でこちらを見てくるキラ。

 

 

「いやぁ、俺も言われちゃってさ。参っちゃったよホントに…、俺はナチュラルだっての」

 

 

けらけらと笑っていたセラの顔が膨れっ面へ。

表情を豊かに変化させながら、キラに言葉をかけるセラ。

 

 

「君は裏切り者のコーディネーターだ。だからモビルスーツの改造とかできるだろう?って言われちゃってさ。専門的な勉強もしないでそんなことできる訳ない。こーでぃねーたーがそれをできるんならとっくにザフトの勝利で戦争終わってるーって言い返してやったわ」

 

 

「…ぷっ」

 

 

両手を後頭部に当てながら話すセラを見ながら、キラはその光景を思い浮かべる。

…うん、あの士官が顔真っ赤にして怒っていそうだ。

 

 

「…気にする事なんかないって。兄さんはただ友達を守りたいだけなんだからさ」

 

 

「…セラ」

 

 

セラがそう言い残して先に割り当てられた自室へと戻っていく。

 

 

「…ありがとう」

 

 

お礼の言葉を呟くと同時に、キラは兄として情けなく感じていた。

 

自分はいつも支えてもらってばかりではないか。

 

自分はこの艦に乗ってから、一度も弟を支えたことがないじゃないか──────

 

 

 

 

 

自室へと戻ったセラは、体をベッドへと投げ出して寝転がる。

 

正直、今回の出来事は心にかなりきた。大人の汚さを初めて目の当たりにした。

 

 

「…はぁ」

 

 

セラはまだ十四歳、キラもそうだが遊びたい盛りの年ごろである。

キラにはああ言ったものの、自分もへこたれたかった。

気丈に振る舞いたかったが、今すぐにでもしゃがみこんで泣きたかった。

 

もう疲れた。少しの間はザフトの追撃も止むだろうし、このまま眠ろうと目を閉じたその時、外から誰かの声が聞こえてきた。

 

 

「セラ?いる?」

 

 

「…いるよ、入って」

 

 

シエルの声だ。

セラはゆっくり体を起こしてから、中に入るように言う。

 

直後、扉が開いて中にシエルが入ってきた。

 

 

「どうした?何か用?」

 

 

「…用がなかったら来ちゃ駄目なの?」

 

 

「え?べ、別にそういうわけじゃ…」

 

 

しまった。この言い方はまずかっただろうか?

 

シエルの不満顔にセラは冷や汗をかく。

 

 

「ぷっ…くく…」

 

 

だがその心配は杞憂だった。直後、シエルは表情を崩してくすくすと笑みを零した。

それを見た瞬間、自分は騙されたのだと悟る。

 

 

「ひでぇ!からかったんだな!」

 

 

「ふふ…、はぁ…。ごめんね?」

 

 

笑い声を止め、笑顔で謝ってくるシエル。

それに対して、許さないと言える勇気をセラは持っていなかった。

 

 

「…いいよ、別に」

 

 

何か癪だが…、いやでもあんな笑顔を浮かべるシエルに許さないと言える男がいるだろうか。いや、いない!

 

と、自分で自分に意味の分からない反語をセラが披露している中、シエルは笑顔を消してどこか心配げな顔を浮かべていた。

 

 

「セラ、大丈夫?」

 

 

シエルはセラの隣に腰を下ろして、セラの顔を覗き込みながら問いかけてきた。

 

 

「…何が?」

 

 

聞き返したセラだったが、シエルが何について大丈夫かと問いかけてきたのか、わかっていた。

 

 

「とぼけないで」

 

 

「…」

 

 

そして、シエルもまたセラが自身に心配をかけない様に、とぼけようとしていることに気付いていた。

 

もう、ばれているのだ。セラが無理をしていることは。

 

 

「…正直、堪えた。人の汚い部分を…、初めて見た」

 

 

「…」

 

 

シエルは黙ってセラの話に耳を傾けている。

 

 

「皆、欲望で満ちた目で俺を見て来るんだ。…正直、怖かった」

 

 

「セラ…」

 

 

ガルシアと、自分の傍から離れなかったあの士官を思い出す。

あの二人の他にも、自分とキラを見つめてきた兵士たちを思い出す。

 

自分を利用してやろうと企むあの顔。二度とあんな顔は見たくない。

思い出すだけで身震いするほどだ。

 

 

「大丈夫」

 

 

すると、シエルは一言かけてからそっと、手をセラの頭の上に乗せた。

あの時と同じように…、優しくその手でセラの頭を撫でる。

 

 

「セラはもう、一人じゃないから…」

 

 

「っ…」

 

 

セラの鼻につんとしたものが来る。目から涙が流れないように我慢する。

 

嬉しかった。

誰かがこうして傍にいてくれることが。

自身の弱音を、受け止めてくれる人がいることが。

 

 

「…もう大丈夫」

 

 

「え…」

 

 

セラは、そっとシエルの手を頭からどける。

 

 

「もう大丈夫。シエルのおかげで元気出た」

 

 

「…そっか」

 

 

セラはシエルに笑顔を向けて、シエルもまたセラに笑顔を向ける。

 

 

「なら、もう行くね?」

 

 

「ん…。ありがとう」

 

 

シエルが部屋から出て行く。

 

少々恥ずかしく、声が小さくなってしまったが…、お礼の言葉はシエルに届いただろうか。

 

 

「…それにしても、喉渇いたな。水飲みに行くか」

 

 

ほっとして、一気に気が抜けたら何故か喉が渇いてきた。

セラは立ちあがり、コップを取ると水道で水を汲もうとする。

 

 

「…ん?」

 

 

蛇口をひねり、水が出てくるが何か様子がおかしい。

 

 

「水の勢いが…弱い?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「水が?」

 

 

「はい。セラ・ヤマトからそう報告が」

 

 

マリューがナタルから報告を聞く。

その詳細は、水道から出てくる水の勢いが弱くなっているという事だった。

 

 

「水…それは重大ね。アルテミスで補給を受けられなかったのが痛いわね…」

 

 

マリューが親指の爪を噛む。

 

あの状況では、あそこから出られただけでありがたかったのだが。

それでも補給を受けられなかった事がここで響いてきた。

 

特に、報告にあった水。これがかなり大きな問題となって襲ってきている。

水不足に寄って出てくる問題は、数え切れないほど多い。

 

 

「…ともかく、水は民間人の人達に優先的に使わせましょう」

 

 

とりあえずの応急措置を指示してから、マリューはこの問題をどうやって解決するかを考える。

 

補給を受けられれば一番だが…、ここから一番近いのはアルテミス基地。

だがそれは考えるまでも無く除外。ザフトの襲撃に寄りそれどころではない上に、まずもう二度とあの基地に足を踏み入れたくない。

 

後は、月基地だが…。そこにたどり着くまでに絶対ザフトの追撃が来る。

水だけでなく、弾薬も不足している今の状況で一度でもザフトは来れば…、あまり考えたくはないが、落ちることも頭に入れなければならない。

 

 

「…やっぱり、ここしかないだろうな」

 

 

その時、ムウが口を開いた。

クルー全員が視線を向ける中、ムウは画面に映し出された地図のとある地点をさした。

 

 

「っ!しかし、そこは…」

 

 

マリューがその意見に異を唱えようとする。

他のクルーたちもどこか苦い表情だ。

 

 

「けど、それしか方法はない。それとも、このまま死んでくか?」

 

 

しかし、ムウも真剣な表情で言い返す。

 

 

「気持ちはわかるけど…、仕方ないだろ」

 

 

マリューたちが視線を下げて、ムウがさした地点をもう一度目に入れる。

 

 

 

 

ムウが示した地点、そこは─────ユニウスセブン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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