顔巣学園の平凡な超常 (アカシックレコード)
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顔巣学園・入学案内&設定紹介(随時更新)

顔巣学園の日常編OP:A Fact Of Life(FACT)
夏祭編OP:Jump Around(Fear,and Loathing in Las Vegas)


顔巣学園・入学案内

 

■学園概要

 

・この学園の校風は「自由」。

生徒自身の個性を尊重し伸ばすことで、社会貢献・校風の印象効果に一役買っており、生徒や保護者からの人気は非常に高いものとなっています。

 

・この学園は初等部、中等部、高等部、大学に分かれております。

 

・学ぶ学科は普通科のほかに、農業、工業、理工学、水産業、商業、芸術、芸能、情報、福祉、スポーツ、軍事、魔法技術などが学ばれています。

この学園から様々な卒業生が多方面にわたって活躍しています。

 

 

■服装頭髪・校則について

 

・原則としては制服着用の義務はありませんが、模範として青のブレザー、カッターシャツ、ベージュのベスト、赤いネクタイおよびリボンタイ、冬服では紺のコートが採用されています。

ただし、これはあくまで目安となります。

 

・ジャージは全校共通で青白を基調とし白ラインです。

本校では制服の変わりにジャージでも可能です。

 

・持ち物に制限はありません。

ただし銃火器、刃物、魔法兵器等の武器の携行は教職員側からの許可を得ない限り、原則禁止しております。

殺人などの行為を前提としなければ、申請することで許可を得られます。

 

 

■校内施設

 

・各クラスの教室は基本的に40〜50人前後の在籍を基本とし、教師1~2人体制の授業を行います。

 

・特設の教室は理科室、音楽室、美術室、地理歴史教室、家庭科室、技術室、コンピュータ室、視聴覚室、調理実習室など。

 

・キャンパスは多くの学生が憩いの場として利用しているほか、時折小規模な催し物も開催されています。

生徒が持つ自主性と個性を発揮する舞台と言えるでしょう。

 

・グラウンドと体育館は主に体育活動や式典に利用されます。

イベント面では体育祭や球技大会、夏祭の会場として利用されます。

プールは屋内タイプで、季節を問いません。

 

・食堂とカフェテラスは学生達が日常的に利用することを考慮して、バランスの取れた献立とボリュームある味と手ごろな価格、期間限定のメニューやイベント開催など、最大限の配慮を行っています。

 

・本校は第一キャンパスと第二キャンパスに分かれており、第一キャンパスでは普通科、美術科が、第二キャンパスでは農業、工業、水産業などが学ばれています。

また学科による特別な施設もあります。

 

・自己鍛錬用、模擬戦用の訓練所や軍事学科専用のシューティングレンジがあります。

 

・旧校舎も存在しております。

その旧校舎では、文化部の部室棟として再利用されています。

 

・寮は希望者のみ利用可能。男女分離制で一人一部屋です。

寮内には大浴場、ラウンジ、コンビニ、アミューズメント施設などが実装されています。

原則的に自己責任で管理され、これにより多種多様なライフスタイルを確立しています。

 

・購買部は総合百貨販売店で、文房具や日用品、食品に至るまで豊富に取り揃えている他、独自のネットワークで地方や海外からのお取り寄せも可能です。

 

・その他、敷地内に学園管轄の映画館兼用多目的劇場、図書館があります。

劇場は映画館と兼用で、普段は一般利用ですが演劇やライブなどの学生達によるイベントに於いては貸切も可能、図書館は図書委員会が運営し、学習資料、学術書、文学作品、趣味・教養が貯蔵されております。

 

 

■イベント

 

・この学園には体育祭、学園祭、夏祭があります。

 

・夏祭とは本校が8月序盤から2週間ほど開催する、一足早い文化祭です。

当日には多くの来場者と露店で校舎が埋め尽くされる、一夏の一大イベントと言えるでしょう。

最終日には特別ゲストとして本校を卒業後、芸能界で活躍されているOB・OGを招いてのトークショーやライブを行っております。

 

・半年に一度、ミスコンが開催されております。

生徒全員の投票でそれぞれ初等部、中等部、高等部、大学の4部門で第一次審査のパフォーマンス、第二次審査のスピーチで決定戦を行います。

 

 

■その他

 

・生徒・教職員は学生証を兼ねたPDAの所持が義務付けられており、買い物、食事、図書館での本の貸し出し、アミューズメントパーク、公共交通機関に利用することが出来ます。

 

・委員会は風紀委員、放送委員、環境委員、保健委員、イベント実行委員会などがあります。

 

 

■学園長からの挨拶

 

生徒の皆さんは本学に、どんな夢を持って入学するのでしょうか。

勉学への打ち込み、スポーツでの心身の鍛練、芸術の表現、友人との交流――様々なものがあるでしょう。

顔巣学園と、皆さんを待つ教師陣は、皆さんがその夢に向かう為の活力を与える存在です。

先の未来を輝かしいものにする為に必要なのは、教師への従属でも、自分本位な振る舞いでもありません。

その者にとって、よりよい学園生活を目指すことが、よりよい自分を実現し、自身を更なる高みへと導く――これを忘れず、共に充実した時間を作り上げていきましょう。

 

七代目学園長・ルシフェル

 

 

■学園長年表

 

初代学園長・顔巣甚兵衛

 

二代目学園長・佐原炎之介

 

三代目学園長・霧藤蓮太朗

 

四代目学園長・クリス=ローレフ

 

五代目学園長・苫古井武一郎

 

六代目学園長・紫藤院弦之助

 

七代目学園長・ルシフェル

 

 

■顔巣学園年表

 

1929年、大日本帝国陸軍士官学校として顔巣甚兵衛が創立。

 

1941年、東京大空襲により、校舎全壊。

 

1945年、第二次世界大戦終結後、GHQからの要請で事実上の解体となる。

 

1948年、学校法人顔巣学園として正式に学園として認可される。

 

1952年、初代校長・顔巣甚兵衛が死去、二代目に佐原炎之介が就任。

 

1959年、体育館、及びプール落成式。

 

1961、安保闘争による学生運動で高等部生徒が武装蜂起、突入した警官隊に生徒5名が射殺される事件が起こる。

 

1962、二代目校長・佐原炎之介が退任、三代目に霧藤蓮太朗が就任。

 

1966年、顔巣学園野球部、甲子園で初の決勝進出。

 

1969年、米国顔巣学園、開校。

 

1970年、英国顔巣学園、開校。

 

1972年、ロシア顔巣学園、開校。

 

1974年、顔巣学園大学、開校。

 

1975年、学生寮開設。

 

1977年、第一回合唱コンクール開催。高等部2年Y組優勝。

 

1978年、三代目校長・霧藤蓮太朗が死去、四代目にクリス=ローレフが就任。

 

1981年、校舎全面改築。

 

1987年、四代目校長・クリス=ローレフが退任、五代目に苫古井武一郎が就任。

 

1990年、学生寮全面改築。

 

1991年、第一回夏祭開催。

 

1992年、交換留学生制度開始。同年、ドイツ顔巣学園、フランス顔巣学園、中国顔巣学園が開校。

 

1994年、五代目校長・苫古井武一郎が退任、六代目に紫藤院弦之助が就任。

 

2000年、台湾顔巣学園、イタリア顔巣学園が開校。

 

2003年、六代目校長・紫藤院弦之助が死去、七代目にルシフェルが就任。

 

2005年、体育館などの設備含む校内全面改築。周辺都市との融合で学園都市として発展。

 

2009年、顔巣学園、創立80周年を迎える

 

2012年、学園を国籍不明のテロリストが占拠。機動隊が撃退するも学園全体で死傷者多数。




顔巣学園の日常編ED:Sunset(FACT)
夏祭編ED:Electric Surfin' GoGo(POLYSICS)


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顔巣学園の日常編
第1話:1+1が必ずしも2になるワケではないッ


「もしも私が神だったら、青春を人生の終わりにおくだろう」・・・アナトール・フランス

「もし俺が神なら、あれだ、えーっと・・・・・・・・・・・・セリフなんだっけ?」・・・佐藤田中

「最初からセリフ考えといて下さいよ」・・・氷川京多


ここは私立顔巣学園。

この学校名を聞いて変な名前だと思う奴が多いだろうが、事実こういう名前だから仕方がない。

「じゃ、何でカオスなんだ?」という奴もいるだろうが、そこらへんは今から説明していく事にする。

実はこの学園、あらゆる世界のキャラクター達が在籍している色々とカオスな学園なのだ。

そんなもんだから、どのクラスもかなり個性的で多種多様な生徒がわんさといるわけで。

「じゃ、この学園の教師陣は大丈夫なのか?」とかいう奴もいると思う。

大丈夫だ、問題ない。

何故かって?

生徒が生徒なら先生も先生でしっちゃかめっちゃかだからだ。

 

 

 

 

んで、ここは顔巣学園高等部2-R組の教室。

これは特に風変わりなところはない。

教室の前と後ろに引き戸があり、教卓があって、生徒の机や椅子があって・・・という、ごくごく一般的なもの。

よく学園ドラマとかで出てくる教室を想像していただければ、おおむねは合っている。

で、窓側の席から若干右寄りの席に、その少年は座っていた。

蒼い目に女性のようなショートボブの、一見したら・・・というか、360°どっから見ても完全に女子なその少年の名は氷川京多(ひかわきょうた)。

彼は自前のiPhoneから流れてくる『A Fact Of Life』という曲を聴きながら、心の中で呟く。

 

(朝から毎度毎度騒がしいな、この教室は・・・)

 

ちょうどその時、京多の背後で怒鳴り声がした。

 

「貴様ァ!!!!よくもゆりっぺにノートを借りやがって!!!」

 

「はぁッ!?別にオメーに関係ねェだろうが!!!!」

 

野田と玄野があいもかわらず喧嘩している。

どうやら今日は玄野がゆりからノートを借りた事で野田がキレているらしい。

と、今度は教室の入り口付近から派手な爆発音と共にガラスの鋭い破砕音が聞こえてきた。

 

「くたばれぇ!土方ァァァァッッッッッ!!」

 

「なにしやがんだてめェェェェ!!」

 

風紀委員の沖田が天敵の土方にバズーカ砲をぶっ放したのだ。

土方は絶叫と共に教室の壁に思い切りめり込む。

普通の学校ならバズーカをぶっ放そうとする、というかバズーカを持ってきている時点で大問題になるところだが、その辺は「もう何でもアリなんだな」といった具合で笑って見逃してあげてやってほしい。

と、その直後、二人の女子生徒のシャウトが教室内に響き渡る。

 

「私の・・・・私のメロンパンに、何すんのよぉォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッッッ」

 

「テメェ、ワタシのタコ様ウィンナーに何さらしとんじゃあぁあああああああああああああああッッッッッッッッッッッッッッッッ」

 

京多の席の二つ後ろで早弁を極めていた神楽とシャナが沖田のバズーカ砲によって消炭と化したタコウィンナーとメロンパン(の残骸)を手に怒鳴っている。

特にシャナは何処から出したのか、日本刀を片手に臨戦状態に入っている。

何度も言うが、普通なら学校にバズーカや日本刀を持ってきている時点で大問題になるところだが、その辺は笑って見逃してあげてやってほしい、マジで。

そしてその後ろでは・・・

 

「ソーニャちゃーーーーーん!」

 

一人の女子生徒の黄色い声(?)が聞こえた直後、ボグ、という関節がずれたような音が響く。

 

「いいいいいい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!!!」

 

「・・・何だ、誰かと思えばやすなか・・・」

 

ソーニャと呼ばれた少女は今しがたアームロックをかけた少女をゆっくりと放す。

 

「んもう!!ソーニャちゃん!!!!」

 

一方、やすなと呼ばれた少女は腕をさすりながらヨロヨロと立ち上がる。

 

「親友に対して朝からいきなりアームロックはひどいよ!!!!」

 

「・・・いきなり私の背後に立つのが悪いんだろうが・・・しかも親友じゃないし・・・」

 

ソーニャは半ば呆れたように言う。

んで、教室の後ろのドアが開いて風紀委員長である近藤勲が入って来た。

ちなみに彼、ここR組の生徒ではない。

「じゃ、何でR組に超遜色なく入ってくんの?」と言う奴がいると思う。

・・・まあ、単純に言えば、彼はこのクラスのマドンナに用があってきた、とでも言うのだろうか。

んで、彼はそのままそのマドンナの席に行く。

 

「お妙さ」

 

「朝からるッせーんだよクソゴリラァァァァァァ!!」

 

お妙の右腕から放たれた渾身のストレートを放ちゴリラ・・・もとい近藤は黒板にぶっ飛んだ。

一方その頃・・・

 

「憂、何か上が騒がしいけど」

 

「またお姉ちゃんのクラスかな・・・」

 

所変わって、ここは顔巣学園高等部1-L組の教室。

窓際の席で京多のクラスメイトである唯の妹の憂と友人の梓が話していた。

と、そこに来客が。

 

「あーずーにゃーん!」

 

憂の姉の唯が入って来たのだ。

 

「遊びに来たよー!」

 

「ちょ、先輩!?来ていいんですか?あと少しで予鈴が鳴っちゃいますよ!」

 

「ちょっとだけだよー。今土方君と沖田君が暴れてるから邪魔になるかなーって」

 

「そうですか・・・」

 

 

所戻って、2-R組教室・・・・

 

 

「しゃらくせぇっ!!!ここでテメェをブッ殺す!!!覚悟しろ玄野ォォォォォッッッッ!!」

 

「やれるもんならやってみろよ、この愚民が!!!!返り討ちにしてやらぁ!」

 

「おいおい、計ちゃんも野田も落ち着けよ・・・」

 

「野田君も玄野君もいい加減にしなさいっ!」

 

「止めんじゃねえ!生徒会長の分際で!調子に乗るな!」

 

「・・・・とりあえず、野田君はハルバード、玄野君はXガンを下ろしなさい!」

 

「断る!コイツは一度シメておく必要がある!!」

 

「ハァ?シメられんのはテメェだろうがよぉぉぉっ!」

 

「死ねぇ!土方ァァァァァ!!」

 

「私のメロンパンを返せェェェッッッ!!!!!!」

 

「タコ様ウィンナーの恨みィィィィィッッッッ!!!!」

 

・・・・バカ騒ぎは沈静化するどころか、逆にヒートアップする一方である。

一応、クラス委員長である桂ヒナギクや玄野の友人である加藤勝も止めに入るが、むしろ逆効果だったようだ。

野田はハルバード槍、玄野は本来なら対星人用の武器であるXガンを手に膠着状態に突入してしまっている。

まさに一触即発の中、彼らの担任である佐藤田中が教室に入って来た。

 

「あ~い、だまれー、席に着け~、ホームルーム始めっぞ~」

 

佐藤田中の妙に間延びしたやる気のない声で教室は一気に静まり返った。

 

「そんじゃ、礼するぞ~、坂本~」

 

佐藤田中は日直である坂本雄二に号令をかけさせる。

 

「へ~い、起立!れ・・・」

 

「おーい、ちょっと待て、お前ら今日は何の日か知ってるか?」

 

生徒全員

『???』

 

「分からないのか?ならば教えてやろう、今日は・・・・・・」

 

生徒全員

『(ゴクリ・・・)』

 

「中学星universalすこやかの発売日だぞ~」

 

生徒全員

『・・・・ドドッ!!』

 

―――散々溜めておいて、結局それか!!!!―――

 

佐藤田中のまさかのメタ発言・・・というか本当にどーでもいい報告に盛大にずっこける生徒たち。

ちなみに『中学星universalすこやか』というのは、ネットアニメで『中学星』という作品があるのだが、そのDVDボックスのタイトルだ。

当然ながら今も絶賛発売中なので、興味がある人はチェックすることをおすすめしておく。

 

「よし、礼するぞ~」

 

「・・・起立、礼!」

 

生徒全員

『おはようございます』

 

号令を終え、生徒たちは着席していく。

佐藤田中は教卓の上にあったボードを手に取り、こう言った。

 

「今日は特に連絡事項はねえが・・・最近授業中にモンハンやってる奴が多いらしいじゃねえか」

 

と、佐藤田中は少し神妙な口調で言う。

それに合わせ、生徒たちも少し表情を曇らせる。

京多も少し顔をこわばらせる。

 

「何で皆俺を誘ってくれねーワケ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――・・・・・・・・・・・・・・・いや、そっちかい!!!!!!!!!!―――

 

生徒全員が心の中でツッコむ。

 

「・・・まあ、そーゆーわけだ、今度から授業中にモンハンやる時は俺にツイッターか何かで連絡寄越すように!!」

 

それだけ言うと、佐藤田中は教室を出て行った。

その後、生徒たちは雑談タイムへ入る。

 

「そーいや、今日って体育の授業マラソンだっけ?」

 

「えー、マジかよ・・・」

 

「ダリぃな・・・」

 

「マラソンはヤだなぁ・・・」

 

なんて事を駄弁っていると教室の扉が開いた。

それと共に独特の異臭が。

んで、例のごとくべろんべろんに酔った雪路が入って来た。

 

「あーい、じゃあーじゅぎょーはじめっぜぇぇぇぇい!!ヒック・・・」

 

「ちょ!お姉ちゃん!?また授業前にお酒飲んだの!?」

 

雪路の妹であるヒナギクが大声でツッコむ。

 

「飲んで悪ィかーーー!!!!!飲まなきゃやってらんねェわァァァーーーー!!ヒック・・・」

 

「まったくもう!!」

 

なおも醜態を晒す姉にヒナギクは怒っていた。

 

「じゃートッシー!伊達政宗の真似やってェェェ!!」

 

「誰がやるかァァァァ!!!テメーがやれやァァァァァ!!」

 

雪路の無茶ぶりに対し、土方は叫んだ。

 

「じゃー私やるー!!!!ヒック・・・」

 

頼みもしないのに雪路は教卓の上に仁王立ちになる。

 

「いッくぜー!れっつぷぅあらオヴェえええッッッ!!」

 

すると腰から刀を引き抜くポーズのまま、雪路は盛大に吐いた。

幸いにも教卓近くの生徒はこうなる事を予測していたのか、雪路が教卓に登った時から自分の机を避けていたので雪路のゲ○が直撃する事はなかったが・・・・・

 

『キャァァァァァァァッッッッ』

 

一部の女子生徒には衝撃的過ぎる光景だったのか、教室のあちらこちらから悲鳴が上がる。

 

 

・・・・ガタタッ・・・・・

 

 

「おっ、おいっ!?澪!?大丈夫か!!」

 

「うぅ・・・・」

 

特に秋山澪はグロいものが苦手なタチであったためか、気絶して椅子から転げ落ちてしまった。

京多はそんな光景を見てハァ、と大きな溜息を漏らした。

 

「いつになったらまともな授業を受けられるんだ・・・・・・」

 

まあ、到底無理でしょうね。



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第2話:校長ってなんか太ってるイメージあるよね

「人生で重要なのは、生きることであって、生きた結果ではない。」・・・ゲーテ

「イーノック、そんな装備で大丈夫か?」・・・ルシフェル

「大丈夫だ、問題ない」・・・イーノック

「何言ってるんですか」・・・氷川京多



校長室である。

校長室と聞いて、読者諸君は普通の学校にあるような普通の校長室を思い浮かべるかもしれない。

部屋の中央には応接用のテーブルとソファ、窓を背負う位置に校長専用のデスクがでんとある、何というか、ぶっちゃけて言えば、非常に辛気臭く、つまらないものを連想するかもしれない。

と、ここで「だからどーした?」と聞く奴が居るだろう。

確かに上に挙げた例は、常識的で、良識的すぎるごくごく普通の学校の場合である。

まあ、ここいらで言いたいことをまとめて言うなら・・・・・顔巣学園の校長室は、異次元にあったりするんだよね。

当然、異次元にあるわけだから、おおよそ普通の校長室とは乖離した空間なワケで・・・

まず、その校長室には天井が無かった。

天井が無いってことは、壁も無いってこと。

・・・と、ここまで書くと、まるで「校長室は面倒くさいから省いたお、テヘッ☆」と言っている様に聞こえるだろうが、決してそうではない。

どちらかと言えば、めっちゃくちゃ高い塔の頂上、という表現が正しいだろう。

その『めっちゃくちゃ高い塔の頂上』には転落防止のためなのかどうかは知らないが、柵が設けられており、そこから下を見下ろすと、まあ、言わずもがなだがごっさ高いわけである。

で、そんなごっさ高い場所には学園と異次元にある校長室(?)を繋ぐ扉に前述の普通の校長室にあるようなデスクが置いてあり・・・・そのデスクには男が座っていた。

紅い瞳に精悍な顔立ち。

背丈はすらりと高く、オールバックにした髪に黒いカッターシャツを着崩し、ジーンズを履いたその姿はどこかアバンギャルドな雰囲気を醸し出しており、往年のファッションモデルを髣髴とさせる。

 

「ああ・・・うむ・・・・そうだな・・・・」

 

男はスマートフォン片手に何やら雑談している。

まあ、ここまで来たら、聡明な読者諸君は理解できたであろう。

彼がこの顔巣学園の7代目学園長・大天使ルシフェルだということに。

 

「・・・ああ・・・ああ・・・分かった・・・」

 

ルシフェルはスマートフォンの通話モードを切り、デスクの上に置いてあったコーヒーの入った紙カップを自らの口に運ぶ。

 

「何じゃ~?またデウスと会話しておったのか~?」

 

と、ここでルシフェルの後ろから妙な喋り方の女の子の声が聞こえる。

 

「ああ、まあな・・・」

 

ルシフェルはコーヒーを啜りながら答える。

 

「それで?デウスは何か言っておったかのう?」

 

「特に何も言っていなかったよ・・・聞かれたのは近況と生徒の様子ぐらいだ」

 

「ぐぬぬ・・・デウスの奴め・・・ワシを左遷しておいてぬけぬけと・・・」

 

「まあ、デウスはかなり気まぐれなお方だからな・・・」

 

そう言いながらルシフェルは後ろを振り返る。

そこではルシフェルの小間使い・・・のアルバイトをしている少女―――ムルムルがPSPを弄っている。

紫色の髪を、ツインテールともつかない微妙な髪型で結わえ、その小さい身体に不釣合いな無駄にでかいブーツを履いて、腰には何故かラッパを下げている・・・ある意味、ルシフェル校長以上にアバンギャルドな風体である。

 

「・・・まあ、彼も私と同じく忙しいんだろうな、色々と」

 

「・・・それをお主が言うか・・・?」

 

ムルムルはルシフェルのスマートフォンを見て言う。

 

「お主はいつもケータイで雑談をしているようにしか見えぬのじゃが?」

 

「まあ、それも仕事の一つだ」

 

ムルムルの指摘にルシフェルは笑いながら答える。

 

「というか、ムルムル、お前も毎日毎日モンハンしかやっていない気がするんだが?」

 

今度は逆にルシフェルがムルムルに指摘する。

 

「今日はグランツーリスモじゃ」

 

と、ムルムルはルシフェルにPSPの画面を見せる。

画面の中では至る箇所にムルムルの顔がペイントされた、所謂痛車がサーキットを駆け抜けている。

 

「・・・お前、結構ナルシストだな・・・」

 

「まあ、本編ではほとんど出番が無かったからのう」

 

と、ここでムルムルがメタ発言。

まあ、基本的に誰も気にしないから良いんだけどね。

 

コンコン・・・

 

校長室(?)に扉をノックする音が響く。

どうやら来客のようだ。

 

「ああ、入っても良いぞ」

 

ルシフェルが答える。

ガチャリ、という音と共に扉が開き、校長室(?)に男が入る。

入ってきた男は金髪のロン毛で上半身裸にジーンズを履いた、あまりにもと言えば、あまりにも変態的なビジュアルの青年だった。

 

「おお、イーノックか、何の用じゃ?」

 

ムルムルは彼をイーノックと呼んだ。

そう、彼は顔巣学園の体育教師・イーノックだ。

決して変質者ではない。

最近、女子生徒(特に中等部、初等部)の間で彼がセクハラをしていると噂になっていたりするが、決して変質者ではない。

決して変質者ではない。

大事なことなので二回言いましたよ。

さて、その変質・・・じゃない、イーノックはルシフェルを真っ直ぐと見据えて、こう言った。

 

「一番良い装備を頼む」

 

「・・・よし分かった」

 

するとルシフェルはイーノックの言わんとする意図を読み取ったのか、右手を天に掲げ、指鳴らしをした。

パチン、と乾いた、しかし凛とした音が空間に響き渡る。

刹那、床から白い液体が湧き出し、イーノックの身体にまとわりつく。

白い液体はやがて硬質化していき、数秒も経たぬうちに上半身裸でジーンズ姿だった変態的ビジュアルは白い鎧を纏った神秘的ビジュアルへと変貌を遂げていた。

 

「今回の標的はアザゼルか・・・苦しい戦いになるが、大丈夫か?」

 

ルシフェルがデスクの書類を見ながら問う。

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

イーノックはわずかに含み笑いをすると、塔の端に立ち、

 

「・・・・っ!!」

 

助走をつけて塔から飛び降りた。

 

「頑張るのじゃー」

 

ムルムルが塔から下を見下ろし、落ちてゆくイーノックに叫ぶ。

イーノックは自由落下を続け、最終的に姿が見えなくなった。

 

「さて、ワシは遊びに行くとするかのう・・・」

 

ムルムルはPSPをブーツの中にしまい込みながら言う。

 

「ああ・・・構わないが、あまり遅くなるなよ?」

 

「分かっておる」

 

言いながらムルムルは紫色の煙と共に何処かへと消えた。

 

「全く・・・いつもいつも気楽な奴だな・・・・」

 

ルシフェルはデスクに置いてある飲みかけのコーヒーを飲み干しながら呟く。

 

「・・・うん、私も少し空けるとしようか・・・・・」

 

パチッ、という凛とした音が空間に響き渡る。

次の瞬間、校長室(?)からルシフェルの姿がかき消えた。

代わりにルシフェルが先ほどまで座っていたデスクにはこんなメッセージが残されていた。

 

『Cras noli superbire. Quod in una die, quoniam adhuc nescio. Utique, scio. Multi etiam venire ad Kyota post quasi 30 minutis abessemus et nunc, et quid haec essent dicere inviso tenorem. Quia ego archangelorum. Accidit mihi heri, et fortasse vos guys res cras.』

(明日の事を誇るなかれ。一日のうちに何が起こるのか、お前はまだ知らないからだ。無論、私は知っている。今から約30分後に京多が来ることも、この文面を見て何とツッコむかも。何故なら私は大天使。私にはつい昨日の出来事だが、君たちにとっては多分、明日の出来事だ。)

 

 

―――30分後・・・

 

 

「失礼しまーす・・・」

 

そんで30分後。

メッセージに書いてある通りに氷川京多は校長室にやってきたのである。

 

「あれ、誰もいない・・・・?」

 

京多は抱えていた書類の束をデスクの上にでん、と置いた。

今日の終礼時に担任である佐藤田中から持っていってくれと頼まれたものであった。

 

「ふう・・・佐藤先生も人遣いが荒いなぁ・・・・」

 

京多はデスクに寄りかかりながら、独りごちる。

と、ここで京多はデスクの上の二つ折りになったメモ用紙に気がつく。

 

「・・・?何だこれ・・・・」

 

メモ用紙を手に取り、それを広げる。

中にはラテン語で聖書の一部分とルシフェルのメッセージが書かれていたのだが・・・・

京多にはラテン語など分かるはず無いワケで・・・・

 

「・・・・日本語で書けよ」

 

溜息交じりのつっこみを入れる京多。

すると、メモ用紙の下のほうに小さい字で何やら書かれているのが目に入る。

 

『P.S あ、そうそう、京多よ。購買でジョージアのブラックを買っておいてくれ』

 

「いや、パシリかよ!!つか、何でそこだけ日本語なワケ!!??」

 

そのままメモ用紙を破りまくる京多であった。



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第3話:人を怖がらすのも技術の一つである(前編)

「人生における成功の秘訣は、成功しなかった人々しか知らない」・・・コリンズ

「ねぇねぇ、超電磁砲(レールガン)って知ってる?」・・・御坂美琴


夕刻である。

太陽は西へ傾き、道行く人や家々の影法師が引き伸ばされたように長くなり、どこからかカラスの鳴き声とかが聞こえてくるみたいな時間帯。

この時間帯になると、大抵の学校は放課後だったり補習が行われていたりするのだが・・・・

例に洩れず、顔巣学園も放課後を向かえていた。

午後6時30分、京多は唯とZ組の生徒である新八とともに学校近くの駄菓子屋にいた。

 

「だいぶ暗くなってるな」

 

「遅くなる前に帰らないと」

 

暗くなったため、彼らは帰路を急ぐ。

数分後、彼らは学校前にいた。

 

「そういえば京多君は寮暮らしだったよね」

 

「じゃ、今日はこの辺でお開きだな」

 

「そうだね。それじゃあまた明日」

 

「ああ、じゃあな」

 

別れようとしたその直後、学校の方から絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえてきた。

 

「な、何だ!?」

 

京多達は悲鳴のあった方へと走って行った。

そこには・・・恐怖でうずくまっている一人の女生徒がいた。

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

「・・ゆ・・う・・・い・・・・」

 

「へ?」

 

「廊下に幽霊が出たのよ!」

 

この言葉を聞き、京多は少し戸惑った。

 

 

―――幽霊なんているはずがない・・・―――

 

 

だが、当の女生徒の目は真剣で、とても嘘を言っているものとは思えない、鬼気迫るものだった。

 

「・・・・まぁ、明日にもルシフェル校長に伝えておくよ」

 

「わかったわ・・・・ありがとう・・・・」

 

女生徒は京多と共に寮へ戻った。

唯もそのまま帰路につき、新八も自宅へと急いだ。

 

 

数時間後、午後9時20分・・・

 

 

その日の夜中、玄野と澪が夜の学校にいた。

 

「・・・秋山、何で俺まで付き合わなきゃいけないんだよ・・・・?」

 

「し・・・仕方ないじゃない・・・怖いんだもん・・・」

 

澪は玄野の腕につかまっていた。

玄野も澪も忘れ物を取りに来たのである。

最初は玄野が忘れ物を取るためにガンツスーツの力でスライド式の鉄製の校門を無理やりこじ開けようとしていたのだが、そこに遅れて澪もやって来て、「一人で行くのも怖いし、一緒に行こう」という事になったのである。

んで、彼らは顔巣学園の中学棟と高校棟の渡り廊下を共に歩いていた。

玄野が懐中電灯で廊下を照らしているため、足元は明るかったが、夜中の廊下は懐中電灯をつけても暗く、いかにも出そうな気配を漂わせていた。

 

 

―――夜の学校ッて、マジ怖ぇぇ・・・・―――

 

 

玄野はそんな事を胸に呟いた。

まあ、そこが学校だろうが、神社だろうが、墓地だろうが、病院だろうが、夜に行けばどこだろうと怖いっちゃあ怖いのだ。

とは言え、「夜の学校」という言葉から立ち昇る、独特の薄気味悪さってあるよね。

んで、2-R組教室。

澪の忘れ物を回収し帰ろうとした、まさにその時だった。

どこからか、呻き声が聞こえたのだ。

 

「・・・い・・・・今のって・・・・」

 

「・・・・ンなわけねーだろ・・・・・?」

 

玄野と澪の顔に冷や汗が流れる。

すると、再び呻き声が聞こえた。

しかも、今度ははっきりと聞こえた。

 

「・・・う・・・嘘・・・・だろ・・・・?」

 

「・・・・・・ああああああ」

 

「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」」

 

二人は叫びながら全速力で来た道を逆走し、一目散に逃げて行った。

 

 

翌朝、2-R組教室・・・

 

「だから本当に聞いたのよ!変な呻き声を!」

 

「本当だ!俺も聞いたンだッて!」

 

んで、翌日。

玄野と澪はクラスの皆に昨日の事を話していた。

 

「マジかよ・・・信じらんねーな」

 

話を聞き、土方はこう言った。

他の人に言っても、信じる者はいなかった。

 

「どうせ夜の学校でニャンニャンしてたんじゃねーのかぃ?」

 

「・・・なことあるわけないでしょォォォォォ!!」

 

バカな事を言った沖田の頭頂部にゲンコツを叩き込む澪。

 

「ていうか、ニャンニャンってどーゆー意味だ!?」

 

だが、玄野たちの話を聞き、反応しているものがいた。

 

「幽霊って・・・」

 

「いや、まさか・・・」

 

京多と唯は昨日の女生徒が幽霊を見たという話を思い出していた。

 

「京多君」

 

「うん・・・計ちゃん、澪、ちょっとその話をしてくれないか?」

 

「え?おお・・・」

 

玄野と澪は昨日の事を全て話した。

 

「へー、そんな事が・・・・いや、実は昨日の放課後、お前らと同じように幽霊を見た女生徒がいたんだ」

 

「嘘!?」

 

「マジかよ・・・」

 

「まあ、最初は嘘だと思ってたけど」

 

と、そんな中、佐藤田中が教室に入り朝のホームルームが始まった。

 

「いきなりだが、昨日幽霊騒動があったらしいやな。いたずらした奴がいたら早く名乗り出ろー」

 

この言葉に2-Rの生徒たちはがやがや騒ぎだした。

 

「・・・・どうやらこのクラスにはいねーみたいだな。んじゃ、今日伝えることは何もねーからこれで朝のホームルームは終わりだ」

 

そう言うと佐藤田中は教室から出て行った。

その後、生徒達の間では幽霊の事がしばらく話題となった。

 

 

昼休み・・・

 

 

「ねぇねぇ、知ってるアルか?この学校の七不思議」

 

昼休み、R組に来ていた神楽が京多にこう言った。

 

「いや・・・知らないけど・・・?」

 

「ちょっと耳を貸すアル」

 

その後、神楽が京多に顔巣学園の七不思議を教えた。

 

・教室に響く謎のラップ音

・すすり泣く職員室の霊

・暗黒の黒魔術師

・体育館裏に現れる巨大生物

 

など、他にもあったが、以上がメインの内容である。

 

「へー、何か肝試しでもやれそうな話だな・・・」

 

「お、それいいアルね!」

 

その後、神楽はクラスの皆に肝試しの企画の事を話した。

ほいで、その夜中。

 

「皆、集まったアルか?」

 

神楽は声をかけた。

参加するのは神楽、新八、京多、玄野、以上の面々だった。

 

「うぅ・・・何か誰かに見られてる気が・・・」

 

「ちょ、京多君、変なこと言わないでよ・・・」

 

「何で俺まで参加させられてんだよ・・・」

 

「ドキドキするアル!!早く幽霊に会いたいアル!」

 

などと緊張感ゼロの奴、ビビるくせに何で来たんだよという奴が集まった。

するとそんな中。

 

「あれー?皆も来てたんだー?」

 

 向こう側から放課後ティータイムとガルデモの面々が来た。

 

「あれ?律達も肝試しか?」

 

「そうだよー!」

 

「わわわわわわ私はさ、さ、さ・・・・参加しないって言ったのに・・・・」

 

「うぅ・・・怖いですぅ・・・」

 

澪と入江は涙目で訴えている。

どうやら無理矢理連れてこられたのだろう。

 

「じゃあ、人数も集まった事だし、早速肝試しを・・・」

 

「何だテメ―ら、夜の学校で何するつもりだー?」

 

と、ここで2-Z組の担任である銀八がやって来た。

だらしなく着崩した白衣に咥えタバコ、死んだ魚のような目をしている。

 

「あら、先生まで」

 

「何だ?肝試しか?」

 

「ええ、まあ・・・先生はどうして?」

 

「いや、何かルシフェル校長が今日は宿直っつーからよー、マジで調子狂うわ・・・」

 

「そうですか」

 

・・・とまあ銀八も加わって一行は七不思議解明ツアーを始めた。

まず最初は教室に響く謎のラップ音。

 

「ラップ音って・・・・」

 

と、ここでガルデモのメンバーであるユイが何故かラッパーの真似をしながら言った。

 

「チェケラッチョ、チェケチェケラッチョー、の事ですか?」

 

「いや、ベタ過ぎて逆に美しいわ・・・」

 

新八はユイをよしよしと撫でてから、説明した。

 

「ラップ音っていうのは、誰も居ないはずの部屋からガタガタと物音が聞こえる、一種の心霊現象のこと」

 

「けっ、ラップだかゲップだか知らねーけどよぉ」

 

と、銀八は不機嫌そうに紫煙を吐く。

 

「どーせ、ただの音なんだろ?聞こえたとこで怖くもねーや」

 

「でも、かえってむせび泣きよりも、こういう類の方が質悪くないっすか・・・」

 

そんな事を言いながら廊下を歩いていた。

最初は何事もなかったが・・・だが、ガタガタと何かが動くような音が聞こえたのだ。

 

「え?」

 

「マジ?」

 

「嘘?」

 

「今のッて・・・」

 

誰もが声を上げ、驚いた。

だが、そんな一行にも構わず、音は徐々に大きくなってくる。

しかも最悪な事に、その音は2-R組の教室から聞こえてくる。

 

「せ、先生・・・・」

 

一行のうち、R組の生徒達は顔を真っ青にしながら振り返る。

すると、他クラスの面々は即座に踵を返して立ち去ろうとしていた。

 

「じゃ、ここはR組のお前らに任すわ」

 

「私達は先に行くネ」

 

「頑張って下さいねー☆」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

と、ここで京多は小声でつっこむ。

 

「ここまで来たのに、やっぱやーめたは無いでしょう!?」

 

「私、トイレに行ってくるです!!」

 

「あ、私良い歌詞思いついたから、早く帰ってメモしないと」

 

「つーか、よくよく考えてみりゃ、今日はジャンプの発売日だったぜ!!」

 

と岩沢、銀八、ユイが言い、

 

「♪ソウソウ、俺たちゃ多忙、お前は無謀、行きたきゃお前だけレッツゴー!!」

 

と、神楽も悪ノリ。

 

「待て待て待て待て!!!!!!!」

 

京多は逃げようとする他のメンバーの後ろ襟をふんづかまえた。

 

「絶対につき合わすからな!!!!!!」

 

わーったよ、わかったアル、ふぁーい、と渋々言う一行を従えて、京多はR組の教室の前に立った。

京多は教室の引き戸に手をかけ、背後にいる一行に行くぞ?と目で合図を送る。

頷く一同。

一拍の間を置いて、京多は一気に引き戸を開け放った。

 

『悪霊退散!』

 

『ICBM!』

 

『環状線を走り抜けて!』

 

『東奔西走なんのその!』

 

『少年少女戦国無双!』

 

一行はてんでんばらばらに何故か千本桜の歌詞の一節を叫びながら教室の中に躍り込んだ。

そして彼らは見た!!

ラップ音の元凶を!!

 

「お妙さ~ん」

 

・・・・とある男子生徒が椅子に頬ずりをしていた。

聡明な読者諸君ならば、もう台詞で分かるだろうが、それはZ組の生徒会・会長、近藤だった。

 

「お妙さ~ん、んふっ、んふふっ」

 

「・・・・近藤、お前、何してんの?」

 

玄野が白い目で近藤を見つめた。

 

「く・・・玄野?あれ?皆ァ!?なんでここに!?」

 

「皆で七不思議解明ツアーやってるの」

 

と、顔色一つ変えないで唯がゴリラに言った。

 

「・・・で、オメーは何やってんだ?」

 

銀時が静かな口調でバカゴリラにこう聞いた。

 

「あ・・・・あのえと・・・・これは・・・その・・・・・実は俺、将来椅子を作る職人になりたくて、その、材質チェックを・・・・」

 

冷や汗をかきながらクソゴリラは弁解する。

 

「・・・へー、材質チェック、ねぇ。ほっぺで?」

 

「はい、ほっぺで。ほっぺが一番木目の風合いを感じやすいんですよ」

 

「いやいや、近藤君よ」

 

銀八はそう言いながら手近な椅子を一つ持ち上げた。

 

「材質チェックってのはな、ほっぺじゃなくて頭でするもんだろう?」

 

「・・・は?あ、頭って・・・・」

 

と、うろたえる近藤の顔面に、

 

「材質チェケラ!!!」

 

と、銀八は椅子を思い切り振り下ろした。

ガツンという音のあと、ゴリラはぎゃんと悲鳴を漏らし、その場に倒れ伏した。

それに続いて新八、神楽、京多、玄野、ユイ、律の容赦ないストンピング攻撃が始まった。

 

新八『ざっけんなっ!!』

 

神楽『死ね、ボケェッ!!!』

 

ユイ『なーにがラップ音じゃコラァ!!!』

 

京多『死ねぇっ!!月面探査船に轢かれて死ねぇっ!!!!』

 

律『このド変態ゴリラ!!!!!』

 

玄野『切り刻まれて、ホルマリンの中で××でも掻いてろ、ブタがぁっ!!!!』

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

・・・・・と、まあ、こうして七不思議は一つ解明されたのであった。

 

 

 

 

「次は職員室か・・・・どうせまたしょーもねーオチだろー?」

 

今さっきの変態ゴリラ騒動のせいで怪談オーラゼロの銀八が言った。

他のメンバーもあんなものを目にしたので何かが吹っ切れているようだ。

 

「・・・んで、案の定職員室から声が聞こえてるけどよー」

 

確かに職員室からは泣き声が聞こえていた。

その後、肝試し組は何にも恐れずに職員室へ向かった。

 

「開けっぞー」

 

銀八は普通にドアを開けた。

で、目にしたのは・・・・

 

「う・・・・・うう・・・うっ、ううう・・・・」

 

「・・・・何やってんスか、服部先生」

 

そこでは銀八の同僚で、日本史教師の服部全蔵が座薬を入れていたのだ。

キャスター椅子の上で膝立ちになり、おまけに下半身むき出しでケツをこちらに向け、手には座薬をつまんでいる。

銀八たちの存在に気付き、服部は振り向いた。

 

「あ、坂田先生。どうしたんだ?アンタも痔かい?」

 

「いやいや、なわけねーだろうが、何やってんだよこんな時間に」

 

「いや、実は座薬を入れようと思ってだな。もう痛くて痛くてタマんねーんだわ、イボ痔が」

 

腹が立つほどに呑気な声で、服部は言う。

 

「いや、そんなもん、家で入れりゃーいいでしょう!?」

 

と、京多は当然の指摘。

 

「まあ、そりゃそーなんだけどよー、実は俺、痔の事は家族に内緒にしてんだよね、だから座薬も職員室に置いてあんのよ」

 

「それで?」

 

と、後を銀八が引き継ぐ。

 

「夜中に職員室で、人知れず泣きながら座薬挿入ってか?」

 

「いやぁ、驚かせてすまんすまん」

 

と、相変わらずケツを出したまま詫びる服部に、

 

「別の意味で驚いたわァァ!!!!!」

 

銀八は服部のケツに思い切りキックをかました。

服部はケツをむき出しにしたまま壁にドガシャアと激突。

床に倒れたイボ痔野郎に、暴力担当の6人がストンピングの嵐を降らす。

 

神楽『死ね、ボケェ!!』

 

新八『汚ねーケツさらしてんじゃねえぞ!!!』

 

ユイ『なにがむせび泣きだ、コラァ!!!』

 

律『驚いて損したわ!!!』

 

京多『バカかテメーは!!!』

 

玄野『つーか、テメーのケツにゃ座薬じゃねえ、Xガンぶち込んでやらぁッッ!!!』

 

「わ、ちょ、馬鹿!ほんとに入れるな!!Xガンだけは勘弁して!!!それ、痔だけならまだしも内臓ごと破裂するから!!!!」

 

しかし、服部の抵抗むなしく、玄野は服部のケツの穴にXガンを突っ込み、そのまま容赦なく引き金を引いた。

青白い光と共にギョーンという音が鳴り響く。

一瞬の間を置いて、

 

「・・・・ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

服部の絶叫が夜の学園内にこだました。

 

 

 

 

「・・・で、次は?」

 

「暗黒の黒魔術師アル」

 

とんでもなく馬鹿げたものを二回見た事で、やる気と恐怖感が完全になくなった銀八が神楽に聞いた。

他のメンバーもやる気がない。

いつもは生き生きとしている唯の目も今は死んでいる。

京多に至っては自前のiPhone5でPodcastを聞いていた。

で、彼らは調理実習室前に立っていた。

 

「またどーせ変なオチだろ?」

 

言いながら銀八は扉を開けた。

と、そこでは土方が何かを作っていた。

 

「・・・・土方、お前何やってんだ?」

 

「新種のマヨ作ってるんです」

 

「あ、そ」

 

そのまま皆は土方を無視して教室を出て行った。

 

 

 

 

「次」

 

「体育館裏に現れる巨大生物アル」

 

もうみんな元気がない。

何か怖いものかと思ったのだが、今日目撃したのは幽霊ではなく、バカ共によるバカな光景であったからだ。

 

「へんっ、どーせ定春だろ?」

 

「ヘドロ君・・・じゃないよね・・・?」

 

「ま、まさかぁ・・・・」

 

なんて会話をしながら体育館裏にやって来た一行だが、そこにいたのは・・・

 

『あら、みなさんこんな時間にお揃いで』

 

そこには天然オイルをあおっているタチコマがいた。

ちなみにタチコマとは元々は公安9課所属(所有?)の高機能AI搭載型多脚戦車であり、現在は家出中ということで顔巣学園に身を寄せているのだが・・・

その子供っぽく、人懐っこい性格と丸っこい外見も助けて、女子生徒からの人気が高く、特に中等部の生徒たちからは何故か学園の守り神扱いされている存在である。

 

「あ、タチコマだー♪」

 

唯が思わず黄色い声を上げる。

 

『でも、何でみんなここにいるの?』

 

「七不思議解明ツアーをやってるんだよ」

 

唯が理由を教えた。

タチコマは「へー」と言った後、さして興味もない様子で再び天然オイルをあおり始めた。

 

「・・・え、興味なし?」

 

タチコマに新八がこう言った。

 

『だって、七不思議なんて所詮は誰が流したかも分からない噂でしかないんでしょ?』

 

と、タチコマは超正論。

この一言に一行は言葉を無くす。

 

『実際に見た事もないような事象を、さも本当にあった事のように言って、勝手に怖がるなんて、人間って不思議だなぁ』

 

 

―――いや、まあ、そりゃ・・・・そうだけども・・・・―――

 

 

そうなのだ、全くタチコマの言う通りなのだ。

タチコマが機械であり、そういった非科学的な事は一切信じない、というよりかは信じられないというのもあるが、実際、今まで自分達が見てきたものは全てバカ共のバカ共におけるバカな光景ばかりだったのだから。

 

「・・・それもそうアルね・・・・」

 

「俺ら、何してんだろ・・・」

 

「馬鹿だよなぁ、こんな夜中にわざわざ学校来て、ありもしない事を探そうだなんて・・・」

 

「何か・・・空しいな・・・・・」

 

「・・・・・これで解散するか」

 

「うん・・・そうだね・・・・」

 

かくして、タチコマの鶴の一声(?)で完全にやる気を無くした一行はそれぞれの家路に就いた。

だが、幽霊騒動は完全に終わったわけではなかった。

 



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第4話:人を怖がらすのも技術の一つである(後編)

「遠くに居ると恐怖を感じるが、近づいてみれば、それほどでもない」・・・ラ・フォンテーヌ

「俺もそー思う」・・・坂田銀八

「いや、たまには自分でも考えて下さいよ・・・」・・・志村新八


翌日、2-R組教室・・・・

 

 

「見たんだよ、本当に!男子寮のベランダにいたんだよ!」

 

クラスでの話題は専ら件の幽霊騒動で持ち切りだった。

だが、昨日の七不思議解明ツアーに参加していた面子はそんなことは上の空、であった。

 

「・・・バカみてぇだよなぁ・・・」

 

「幽霊なんかいなかったのに・・・」

 

「みんな、平和なもんだな・・・」

 

玄野、澪、京多は冷めた目つきで教室中を見回し、

 

『ハァ・・・』

 

同時に大きなため息をついた。

 

 

一方、2-Z組教室・・・・

 

 

「おい、新八、あの話は聞いたか?」

 

Z組の生徒である桂小太郎が新八の席にやって来て言う。

 

「・・・・七不思議の真相のこと?」

 

「そんなものではない。男子寮に出てくる幽霊の事だ」

 

「あ、そ」

 

いつもと違って、まるで元気のない新八を見て、桂は言う。

 

「お前がこんなに元気が無いとは珍しい。変なものでも食ったのか?」

 

「はぁ・・・・」

 

「・・・・邪魔したな。そろそろ朝のホームルームだから戻るぞ」

 

言いながら桂は自分の座席に戻って行った。

今の新八には男子寮の幽霊なんてどうでもよかった。

あの事件が発生するまでは。

 

 

 

数日後、銀八、京多、玄野、土方、沖田、近藤、御坂の7名が校長室に集められた。

校長席には、いつもの余裕たっぷりの表情とはかけ離れた、深刻な表情のルシフェル校長が座っていた。

 

「皆揃ったか・・・」

 

「はい」

 

京多が返事をすると、ルシフェルは校長席から立ち上がり、手を腰の後ろに組みながらこう言った。

 

「多分、諸君らは知っていると思うが・・・例の幽霊騒動の事だ」

 

「高等部所属の女子生徒が数名行方不明になった、アレの事っすか・・・」

 

紫煙を吐きながら銀八はこう言った。

 

「ああ、そうだ。しかもこれが起きたのは今回だけではない、この3日間で同一の事件が2回ほど起きている」

 

「はあ・・・」

 

「そしてこの一連の事件には、ある不可解な点がある・・・」

 

と、ルシフェルはここで一拍子置いてから言った。

 

「全ての事件は、一連して女子寮で発生しているという点だ・・・」

 

「う・・・嘘でしょ・・・?」

 

召集されたメンバーの中では紅一点の御坂は絶句する。

 

「・・・これは私の予測だが・・・仮に今夜も事件が起こるとしたら、発生する確率が高い場所は女子寮だ」

 

こうルシフェルは予測した。

もし、幽霊が再び来るとしたら、再び女子寮に来ると思っているのだろう。

 

「というわけで、寮暮らしであり、かつ緊急時には戦力になりそうな君たちを召集したわけだが・・・今夜、諸君らには女子寮に潜入してもらう」

 

「な・・・・何ですとぉぉぉ!?」

 

近藤が鼻血をたらして言う。

 

「・・・近藤、俺らはいやらしい事をしに行くんじゃねーぞ。あくまでも幽霊退治だ」

 

「どうやるんですかぃ?」

 

沖田がこう聞いて来た。

ルシフェルはにやりと笑って答えた。

 

「そこはちゃんと手を打ってある。おい、入って来いー」

 

ルシフェルが誰かを呼んだ。

ほどなくして校長室に2-D組の鷺ノ宮伊澄が入室した。

 

「伊澄さん」

 

伊澄の事は京多も知っている。

伊澄はナギの幼馴染であり、優秀な陰陽師であると。

 

「この幽霊騒動がここまで大きくなってしまうとは私も予想外です。被害者が増える前に退治しましょう」

 

「うん・・・でもどうやって女子寮に乗り込むのよ?」

 

そう、御坂や伊澄はいいのだが、京多たちは男である。

京多は見た目が女子とほぼ大差ないのである程度は誤魔化せるが、銀八達の場合、女子寮に入ったその瞬間から変態という汚らわしい称号を与えられてしまうのだ。

 

「大丈夫だ、それについてはプロを呼んである」

 

と、ここで銀八が不敵な笑みを浮かべて言った。

プロって誰だ?と誰もがそう思った。

その時だった。

突然、天井から長髪の女子生徒が降りてきた。

 

「どうも~、何かお困りのようですねぇ~」

 

「あ、あぎりさん!?」

 

彼女は3-Q組の呉織あぎり。

女子高生ながらに暗殺業や潜入任務もこなす、凄腕のくのいちだ。

 

「皆さん今夜は女子寮に潜入するんだそうで~?」

 

何とも微笑ましい、ゆったりとした口調であぎりは言う。

 

「え、ええ、まあ・・・」

 

「それでしたら、とっておきの潜入方法があるんですよぉ~」

 

 

 

 

んで、その夜。

この日に限って、女子寮には不審な段ボールがあった。

聡明なる諸君は既にお気づきだろうが、この中には銀八、京多、玄野、近藤、沖田、土方が入っている。

 

(・・・ホントに大丈夫なんですか?こんな潜入方法で)

 

段ボールの中にいる京多がヒソヒソ声で銀八に問う。

 

(・・・まあ、あぎりがそう言うんだから、大丈夫なんじゃねえのか?)

 

あぎり曰く、これはとあるゲームの主人公がよく使っていた、最も理想的な潜入手段らしいのだが・・・

 

(・・・本当かよ)

 

京多は冷や汗を垂らしながらぼやいた。

その直後、近くで焦げ臭い匂いがした。

何と、京多の後ろにいる土方の段ボールが燃えていたのだ。

 

「おわァァァ!!!!な、何だァァァァァ!?」

 

突然の発火に驚き、土方は段ボールから外に出て、火を消そうとする。

 

「ちっ、気付かれたか」

 

100円ライターを改造した即席火炎放射器を手にした沖田が舌打ち混じりに言った。

どうやら土方がかぶっているダンボールを沖田が燃やそうとしたらしいが、土方が間一髪それに気付いたらしい。

 

「何すんじゃ、てめェェェェ!?」

 

土方が沖田に襲いかかったのだが、そのせいで彼らは女生徒達にばれてしまった。

 

『・・・・あ』

 

 

―――あ、俺らの青春これで終わったな・・・・―――

 

 

彼らはそう思っていた。

だが、

 

「先生、何やってんですか?伊澄さんが入室許可しましたよ。幽霊退治のためにって」

 

目の前にいる女生徒がこう言ったのだ。

 

「今のくだり意味ねェェェェェ!!!!!」

 

銀八がシャウトしたその時だった。

屋上の方から悲鳴が聞こえたのだ。

 

「な、何だ!?」

 

悲鳴を聞いた銀八達は急いで階段を駆け上った。

屋上につき、銀八は目を動かした。

そこには、全身黒のマントを頭から被った男がいた。

 

「ゆ、幽霊なのか!?」

 

玄野がXガンを男に向けながら言う。

 

「いや違う、ヤツには足がある!!」

 

「何もんだテメェ!?」

 

木刀を構え、銀八が叫んだ。

 

「ふふふ、教えてやろう。私は・・・・・」

 

身にまとっていたマントをとり、男は正体を現した。

 

「変態紳士、ク○吉!」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

―――・・・・おいおい、マジかよ・・・―――

 

 

まさかの変態紳士の登場に銀八達は言葉を失った。

 

「・・・おーい、誰かう○みちゃん呼んでこーい。それか警察」

 

「あ、ちょっとやめて!呼ばないで!お願いだから」

 

「うるせー性犯罪者。発情期ですかー、コノヤロー」

 

汚物を見るような目で、銀八は男を一瞥した。

 

「・・・・おいトシ、携帯あるか?」

 

「ああ」

 

携帯を取り出し、土方は警察に電話した。

 

「・・・・・だ・・・・・だがこのスーパーク○吉は捕まらない!なぜなら私は変態という名のしn・・・」

 

 

・・・ギョーン・・・・

 

 

男が言い終えるか言い終えないかの内に、間抜けな銃声が響く。

 

「あ、ごめん、何か指が滑ッた。」

 

玄野がXガンの引き金を引いていたのだ。

一瞬の間をおいて、変態紳士は声にならない絶叫と共に爆死した。

 

「・・・・終わったな」

 

木刀をしまい、いつの間にか咥えていた新しいタバコに点火しながら銀八が言った。

その後、彼が捕えていた少女たちは無事解放され、かくして幽霊騒動は幕を閉じたのであった。



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第5話:生徒会の一損

「パンの次には教育が国民にとって大切なものである」・・・ダントン

「麻婆豆腐の次には生徒会が学園にとって大切なものである」・・・立華奏

「土方を潰す事の次には土方を殺す事が俺にとって大切な事である」・・・沖田総悟

「歳納京子の次には歳納京子が私にとって大切な歳納京子である」・・・杉浦綾乃

「お姉さまの次にはお姉さまが私にとって大切なお姉さまである」・・・白井黒子

「あんぱんの次にはあんぱんがあんぱんにとって大切なあんぱんであるあんぱん」・・・山崎退

「・・・お前らの頭ン中には雑念しかないのか・・・・」・・・氷川京多


生徒会、と聞くといろんな意味で良いイメージを浮かべる人は極少数だろう。

例えば、生徒会が主人公サイドから見たらけっこう邪魔な存在だったり、反対に実は全ての黒幕だったり・・・・

とまあ、どうしてもそういうイメージが先行しがちな生徒会だが、例に洩れず、この顔巣学園にも生徒会が存在するワケで・・・

ただ、この顔巣学園の生徒会は学園内で起きる様々な事件・騒動に対応するため、事実上の学園管轄の治安維持機関・『ジャッジメント』という一面も持っていた。

 

 

顔巣学園生徒会室・・・

 

 

「おし、皆集まったか」

 

学園の校庭に面した空き教室棟にある生徒会室。

そこには整然と並べられた机があり、黒板にはこれから話される議題が白と赤のチョークでまとめ書きされており、一見しただけではどこにでもあるようなごくごく普通の生徒会室である。

んで、コの字型に並べられた机の上座には高等部の生徒会・会長である近藤勲と副会長の土方十四郎が座り、部屋に集まった生徒会員に声をかける。

 

『お~う』

 

『うす』

 

『うぃー』

 

『はい』

 

『ああ』

 

するとその場に居た生徒会員がばらばらに返事する。

 

「えー、諸君には、やってもらいたいことがある。」

 

近藤は言いながら、黒板を指差した。

黒板には『夏祭における準備状況のチェック』と議題が書かれている。

 

「夏祭の開催まであと一ヶ月を切った。今も多くのクラスやクラブが露店や出店の企画や準備に追われているのは、ここにいる皆も知っての通りだろう」

 

そこでだ、と、近藤は続ける。

 

「今日は中学生徒会と高校生徒会に分かれて、査察を行ってもらう」

 

 

 

 

夏祭とは、顔巣学園が7月後半から8月の序盤まで開催する、一足早い文化祭の事であり、一応は普通の10月に行われる文化祭も存在する。

だが、この夏祭は文化祭よりも最高に盛り上がると学内での評判も上々であり、当日には多くの来場者と露店で校舎が埋め尽くされる、生徒達にとっても、教員達にとっても、一大イベントなのだ。

しかも、毎年恒例で最終日の夕方には特別ゲストが出演する事になっており、去年は大人気アイドルの寺門通が出演して学校中が大騒ぎになったほどである。

それだけに、よからぬ企みやスリ、カツアゲ等をする者も多く、それを摘発、是正するのが生徒会の仕事でもある。

で、今回、生徒会はその夏祭に向けての準備状況をチェックする事になったわけである。

 

 

 

顔巣学園・高校棟・・・・

 

 

それから、数分後。

4グループに分かれたうちの一団―――クラブの出し物の準備状況をチェックするグループ―――は部室棟の二階を歩いていた。

 

「ガンツ部の部室は・・・」

 

立華奏がPDAで学園内マップを確認しながら呟く。

この学園は様々なアニメキャラが在籍している学園であり、当然の事ながら学園内の敷地の面積もハンパな広さではない。

よって、長い間この学園に学籍を置いている生徒でも道に迷う事はしょっちゅうある事だったりする。

 

「ガンツ部ならそこの角を行った先でさぁ」

 

と、沖田がフォローする。

ガンツ部とは顔巣学園の数ある部活の中でも最も活動内容が危険な部活の一つで、主な活動は「星人をヤッつける事」であり、ターゲットとなる星人と呼ばれる宇宙人をハンティングするのだが・・・・相手となる星人もかなり攻撃的で、『生半可な覚悟で入部したらエラい目に遭った』、『本当に部活か?』などと生徒達の間で囁かれている部活である。

そして、一行は部室前へとやって来た。

そこではガンツ部の部員だろうか、ボタン状のリングが至る所に付いた黒いウェットスーツのような格好をした長髪の青年が脚立の上で何やら看板を設置していた。

 

「・・・加藤君」

 

「おお、立華か」

 

奏が声をかけると加藤と呼ばれた青年は脚立から飛び降りた。

彼は加藤勝。

顔巣学園高等部2-Rの生徒にして、ガンツ部の副部長だ。

 

「どうしたんだ?お前がここに来るなんて珍しい」

 

「夏祭も近いし、生徒会の活動でね・・・」

 

「ああ、そうか・・・確かもう一ヶ月を切ったんだよな」

 

「ええ・・・楽しみね」

 

「ああ、そうだな・・・生徒会の活動ってことは中も見ていくのか?」

 

加藤は奏に問う。

 

「当たり前だろう、僕達は査察に来てるんだ。こんな所でお喋りしているヒマはない」

 

と、奏の代わりにノヴァが気障りな口調で言う。

 

「あはは、そうだよな・・・」

 

すると、加藤の後ろのドアからガンツ部の部長である玄野が首にタオルを巻いた姿で現れた。

 

「加藤、看板の建てつけ終わッたか?」

 

「ああ、あともうちょっとかな・・・今、立華達が査察のために来てるんだけど・・・」

 

「え、マジ?」

 

加藤の言葉に玄野は驚いたような反応を見せる。

 

「ひょっとして何か見せたくないモンでもあるのかィ?」

 

沖田がニヤニヤしながら言う。

 

「見せたくないものって・・・・ま、ま、まさか、歳納京子のエロ写真集とか!?」

 

と、今度は歳納京子LOVEの綾乃が顔を紅潮させながら言う。

 

「そんなわけないだろう。それで得をするのは君だけだ」

 

と、ノヴァが冷静にツッコむ。

 

「違うぞ綾乃。きっと今部室では××××パーティが行わ」

 

「それはもっと違いますよ」

 

そして続けざまにノヴァはシノの爆弾発言を遮る。

ちなみにシノが何を言ったのかは読者の想像に任せる。

 

「・・・まあ、今はちょっと内装の関係で入れる場所は限られてるけど、それでも良いか?」

 

加藤が生徒会の一行に問う。

 

「ええ・・・構わないわ・・・」

 

「ああ、じゃ、先入ッて」

 

と、玄野は一行を部室へ入れた。

ガンツ部の部室は校長室と同じように異次元に存在し、内装はちょうどマンションの1LDKの一室のようになっている。

そしてその部屋のど真ん中には黒い球体―――ガンツ―――がでん、と置かれており、異様な雰囲気を放っていた。

ガンツの周りには何やら工具類が雑多に置かれており、それらは先ほどまで使っていた形跡があった。

一方の部員達は今は休憩中らしく、弁当を食べていたり、ケータイをいじっていたりした。

 

「準備はまだこんな感じだけど、あと1週間くらいで完了する予定だ」

 

「そうなのね・・・あなた達はどんな出し物をするつもりなの?」

 

「ああ、俺達は射的をやる事になッてる」

 

と、玄野がタオルで汗を拭いながら言う。

 

 

「星人の的をXガンで撃つのさ」

 

と、玄野は近くの机に置いてあった発泡スチロール製の的を奏たちに見せた。

どうやら的の種類は4つあるらしく、ねぎ星人の的が1点、田中星人の的が3点、仏像星人の的が5点、千手観音の的が10点のようだ。

 

「まあ、どんな感じになるかは当日までのお楽しみッて事で」

 

「ええ・・・楽しみにしているわ」

 

「頑張ってね」

 

奏達はそう言いながら、部室を出た。

 

 

 

 

数分後、古典部部室前・・・・

 

「次は古典部ね・・・」

 

ガンツ部の部室を後にした生徒会一行は、次の部活である古典部に来ていた。

古典部はこの学園の中では最も部員数が少ない事に定評があり、特に目立った活動もせず、が、何故か廃部にならないという不思議な部活である。

 

「しっかし・・・何でこんな寂れたトコに部室構えてンだか・・・」

 

沖田がクラスの表札に無理やりくくり付けられた古典部の表札を見て言う。

 

「まあ、立地があまりよくない、というのもあるんだろうな・・・」

 

と、今度はノヴァが呟いた。

ノヴァの言う通り、古典部の部室は部室棟でも特に人通りが少ない場所にあり、それが部員の数を減らしている原因でもあったりする。

そのため学園内ではあまり有名な部活ではないのだ。

 

「あのー・・・何か用すか・・・」

 

古典部部室前で佇む生徒会一行の後ろから男子生徒の声がする。

奏が振り向くとそこには学ランを着た男子生徒が突っ立っていた。

細身で背もそれなりに高く、エメラルドグリーンの瞳をしている。

まあ、早い話が中々ハンサムなのだが、やる気のなさそうな表情と寝癖なんだか天然パーマなんだかよく分からない髪形をしており、どこか冴えない。

 

「・・・あなたは古典部の部員かしら?」

 

奏が問うと、男子生徒は無表情のまま頷いた。

 

「なら、話が早い。僕達は生徒会で夏祭の準備状況確認に来た」

 

ノヴァが手短に事情を説明する。

 

「ああ、そうっスか・・・」

 

「準備の方は終わったのか?」

 

「ああ、もう終わってますけど・・・」

 

一方の古典部部員の男子生徒は後ろ頭をポリポリ掻きながら相変わらず気だるそうな顔で応対する。

 

 

―――ホントに準備してるのか、この部活は・・・―――

 

 

と、ノヴァは訝しげな顔をした。

この男には、なんというか、先ほどのガンツ部の部員から感じられたような覇気や疲労感がまるで感じられないのだ。

いや、疲労感は感じられるのだが、それとはまた別種の、今まで寝てましたよ、と言わんばかりの感覚なのである。

 

「まあ、準備も何も、ウチの部活は文集出すだけなんで・・・」

 

と、古典部の男子生徒は肩に下げていた鞄から一冊の薄い本を取り出す。

表紙にはレトロな書体で『氷菓』と書かれていた。

 

「み、みずがし・・・?」

 

漢字が苦手なノヴァは氷菓をみずがし、と読み間違えた。

 

「ひょうか、だぞ」

 

と、横からシノが訂正する。

 

「・・・まあ、とにかく準備は終わったのね」

 

今度は奏が男子生徒に問う。

 

「ええ、まあ、そうっすね」

 

さっさと部室に入ろうと男子生徒は古典部の引き戸に手をかけながら言う。

 

「分かったわ・・・急いでいるのに、ごめんなさいね」

 

「あ、いえ・・・」

 

そのまま男子生徒は部室に入っていった。

 

「・・・なーんか、土方の次にムカつく奴だぜぃ」

 

と、沖田がさりげなく危険な事を呟いた。

 

 

一方、その頃・・・・

 

 

「・・・ブェックシ!!!!」

 

土方十四郎は大きなくしゃみをしていた。

 

「土方さん、風邪ですか?」

 

と、土方と同じグループのフェリチータが言う。

 

「ずびび・・・いや、今何か、誰かに噂された気がしてな・・・・」

 

 

場所は戻って、部室棟4F・・・・

 

 

「お前は本当に十四郎が嫌いだな・・・」

 

と、ノヴァが沖田に言う。

 

「あたぼーよ。あんな奴、逆さ磔・打ち首獄門にされンのが分相応ってなもんでぃ」

 

「・・・・それはまた相当な・・・」

 

「それで、次行く部活はどこだったか?」

 

シノが奏に問う。

 

「うん・・・次は天文学部だったかしら・・・」

 

奏が学園内マップを見ようとしたその時・・・

 

「あ、あのっ!」

 

生徒会一行の後ろから女子生徒の声がする。

振り向くとセーラー服を着た大人しそうな女子生徒がこちらに走ってきた。

 

「はぁはぁ・・・やっと追いつきましたぁ・・・」

 

女子生徒は息を切らしながら言う。

 

「あ、あの、生徒会の方ですよね・・・?」

 

「うむ、そうだ」

 

と、シノが応対する。

 

「ああ・・・実は・・・お願いがありまして・・・」

 

「あぁ、どうしたんだ?」

 

「私、古典部の部員なんですけど・・・氷菓の・・・文集の販売コーナーを増やしてもらえないかと・・・」

 

「えぇ・・・?」

 

突然の申し出に、キョトンとするシノ。

 

「あっ!無理なお話でしたら、構わないんですが・・・」

 

「あ・・・いやいや!別に無理な話じゃないが・・・とりあえず、事情を説明してくれると嬉しいかなぁ、と」

 

「あ・・・はい!そうですよね!ごめんなさい、いきなり理由も話さずに・・・」

 

「いいよいいよ、それで・・・文集の販売場所を増やして欲しいんだな?」

 

「はい、実は・・・」

 

この学園の文化祭や夏祭では、露店を出す場所が部活やクラスに応じて区画ごとに割り振られており、出店者はその区画の範囲内で露店を営業する事になるわけだが・・・どうやら彼女の話では、文集『氷菓』を売るコーナーがあまりにも少なすぎるらしいのだ。

 

「・・・あー、なるほど・・・」

 

「まぁ、つまりは売る場所を増やしやがれッて事ですかぃ?」

 

と、沖田は誰彼構わず乱暴な口調。

 

「え、えと・・・そういう事ですかねぇ・・・・」

 

「うーん・・・とりあえず今すぐにっていうのは無理だが、生徒会長に頼んでみよう」

 

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

「いえいえ、あ、そうだ、一応名前だけ教えてもらえるか?」

 

と、シノはスカートのポケットからメモ用紙と小振りなボールペンを出した。

 

「あ、はい!私、千反田えるっていいます!」

 

「ちたんだえるさん、ね。分かった」

 

シノがそう言うと、えるはぺこりと一礼して部室へと戻って行った。

 

「それにしても・・・」

 

と、シノはえるの後姿を見送りながら呟いた。

 

「あの娘、なんか誰かに似てる気がするな・・・・」

 

 

一方その頃・・・・

 

 

「・・・ふぇっくち!!」

 

先ほどの土方と同様、噂をされた当人である七条アリアも大きなくしゃみをする。

 

「七条さんも風邪ですか?」

 

「いや・・・今誰かに噂されたような気が・・・」

 

「七条、お前もか」

 

土方はいつの間に買ったのか、マヨネーズアイスに吸い付きながら呟いた。

 

 

 

 

30分後、音楽室前・・・・

 

「最後は軽音部ね・・・」

 

さて、ガンツ部と古典部の視察後、奏達は天文学部、演劇部、チアリーディング部、ダンス部、映画研究部と、それら以外にも様々な部活を回ったが、その最後が軽音部というわけである。

んで、その軽音部の部室からは部員の話す声が聞こえてきた。

奏は部室の戸をノックした。

するとややあって扉が開いた。

 

「あ、奏ちゃんだー。いらっしゃーい!」

 

開いた扉から部員である平沢唯が顔を覗かせる。

 

「今は休憩中かしら?」

 

「そうだよー!でも、奏ちゃん達は何してるの?」

 

扉から顔を覗かせたまま唯が言う。

 

「生徒会の活動で部活を見て周ってるんです」

 

と、綾乃が奏の後ろで言った。

 

「あ、それって夏祭に向けての準備確認だっけ?」

 

「そうよ」

 

「じゃあ、上がっていってよ!ちょうど練習も区切りがついたとこだし」

 

唯に言われ、奏達は音楽室へ入った。

 

「あら、奏ちゃん、いらっしゃーい♪」

 

「よう、奏」

 

「いらはいです!」

 

「皆さんお揃いで」

 

音楽室の中では軽音部の部員達が休憩中という事でお茶をしていた。

 

「確か、軽音部は夏祭2日目でライブをやるんだっけ?」

 

シノが部長である律に問う。

 

「おうよ、今から楽しみだぜー!!!」

 

律は相変わらずハイテンションだ。

 

「しかも今年は澪ちゃんがボーカルなんだよー!!」

 

「こら!唯!!あれだけ言うなって言ってただろ!!!」

 

と、澪は唯の頭にチョップをした。

 

「大体、私はまだやるとは・・・」

 

「嘘つけ~、ボーカルやったら玄野クンが振り向いてくれるって焚き付けたらあっさりとやるって言ったくせに~」

 

すると、後ろで関根がいたずらな笑みを浮かべながら言う。

 

「わっ、わーーーーーーーーーーーーーッッッ言うな馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 

一瞬の内に顔を真っ赤にしながら澪は叫ぶ。

 

「ま、しょうがないよなぁ~、澪は玄野クンLOVEだもんなぁ~」

 

律も便乗してニヤニヤと呟く。

 

「う・・・・うるさいうるさいうるさーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!!!!」

 

と、澪はもはや半狂乱である。

 

「まぁまぁ、秋山先輩」

 

と、綾乃が澪をなだめる。

 

「秋山先輩が玄野先輩を好きなのは皆知ってますから・・・」

 

と、綾乃はさりげなく余計なことを言った。

 

 

一方その頃・・・・

 

 

「・・・ヴぇっくし!!」

 

土方、七条に続いて、今度は玄野も大きなくしゃみをする。

 

「計ちゃん、どうかしたのか?」

 

「ずっ・・・いや・・・何でもない・・・」

 

 

―――うぅ・・・何か変な悪寒が・・・―――

 

 

なんてことを胸に呟く玄野であった。

 

 

 

「・・・・おーい、澪ー、いじったのは悪かったからこっちの世界へ戻って来いー」

 

んで、場所は戻って音楽室。

綾乃の放った余計な一言で澪は部屋の隅に小さくうずくまっていた。

 

「うぅ・・・・皆大嫌い・・・・・・」

 

「・・・・こりゃ、しばらく立ち直れないだろうな・・・・」

 

と、岩沢も後ろ頭をポリポリ掻きながら言う。

 

「まぁ、こんな感じだけど、大体の準備は終わってるから・・・」

 

と、ひさ子がまとめる。

 

「ええ・・・わかったわ・・・」

 

「あれ?奏ちゃん、もう行っちゃうの?」

 

と、唯が音楽室を出ようとする奏達を引き止める。

 

「まだゆっくりして行くといいのに」

 

「それはできないわ・・・この後は報告会があるから・・・」

 

「えぇー、そうなんだ・・・」

 

と、唯はしょんぼりと項垂れた。

 

「ワガママ言うな唯」

 

と、岩沢は唯をたしなめる。

 

「澪もこんなだし、それに奏も急いでるんだろう?」

 

「う~ん・・・残念だよぉ・・・」

 

「ごめんなさいね・・・」

 

「・・・でも、夏祭の時は私達のライブ、見に来てね!!」

 

「ええ・・・きっと行くわ・・・」

 

唯との約束をとりつけた奏達は生徒会室へと戻って行った。



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第6話:かき氷のいちごシロップは血の池地獄

「一寸の光陰軽んずべからず」・・・漢詩・偶成より抜粋

「更新遅れてごめんなさいm(_ _)m」・・・作者

「しっかりしてくれよ、作者・・・」・・・氷川京多


夏である。

気温が一気に上がり、冷たい物が恋しくなったり、外へ出ればセミの鳴き声が聞こえてくる、あの季節。

そして夏といえば、一大イベントがある。

そう、夏休みだ。

これは学生達にとってはもう、えげつないほどの大イベントであり、夏休み、という単語を聞くだけでテンションが上がってしまう人もいたりする。

まあ、一部の人々からは「別にどーでもよい」とか「むしろ来るな」とか思われている(かもしれない)のだが・・・

まあ、とにかく、顔巣学園でも一週間後と迫った夏休みに思いを馳せる生徒が続出していた。

 

 

 

「氷川ー、今日どっか行こうぜ~」

 

高等部・2-R組の教室・・・・

机の上に脚を組んで座りながら、半袖シャツ姿の玄野が呑気な声を出す。

 

「今日も暑いし、プールとかどうよ?」

 

「夏祭の準備とかどーすんだよ?」

 

と、同じく半袖シャツ姿の京多が机に突っ伏した状態でモゴモゴとうめく。

 

「確か、ガンツ部は射的だったろ?準備、終わってんの?」

 

「あー、もうとっくの昔に終わってるぜー」

 

「マジかよ・・・」

 

氷川は大きなあくびをした。

 

「氷川は?どうせ帰宅部だし暇だろ~?」

 

「・・・まあ、暇っちゃ暇だけど・・・」

 

「じゃ、どっか遊びに行こうぜ~」

 

「・・・・・・」

 

「・・・あれ、氷川?氷川?」

 

突然黙り込んだ京多の顔を覗く玄野。

 

「・・・Zzz」

 

「氷川さーん・・・・いや、寝てんのかよ!?」

 

と、玄野はいつの間にやら寝ていた京多の身体を揺さぶった。

 

「お~い、氷川、起きろッて!」

 

「う~ん・・・」

 

「だから早く行こうぜって」

 

「え~、暑いからパス・・・」

 

氷川はまたも大きなあくびをしながら言う。

 

「付き合い悪いぜ、氷川ー」

 

玄野が呆れて溜息を吐いていると・・・・

 

「おい、玄野いるか!?」

 

と、ここで同じくR組の生徒である日向秀樹が教室に入ってくる。

何か急いでいるのだろうか、息が荒く額にはうっすらと汗をにじませている。

 

「おぉ、日向か、どした?」

 

「今ちと緊急事態でさ・・・助っ人頼めるか?」

 

「緊急事態・・・あぁ、トルネードか?」

 

玄野はトルネード、という単語を口にした。

ちなみにトルネードとは、オペレーション・トルネードの略であり、京多らと同じくR組の生徒である仲村ゆりの率いる『死んだ世界戦線』がたまに行う活動の事なのだが・・・まあ、要するに他の生徒から食券を巻き上げる事だ。

当然の事ながら生徒会も規制を行うのだが・・・死んだ世界戦線にしろ、生徒会にしろ、両方とも銃や刀等の武装が許可されているので、ほぼ戦争状態になるのが恒例となっており、今やこのオペレーション・トルネードは顔巣学園名物になりつつある。

ちなみに、死んだ世界戦線は戦力の補充としてたまにガンツ部や戦車道部に助っ人を頼んでいたりする。

 

「すぐに来てほしいんだが、行けるか?」

 

「おっけー・・・久々に暴れるか・・・」

 

と、玄野は首をコキリと鳴らし、鞄からXガンを取り出した。

 

 

―――そんなもんいつも持ち歩いてんのかよ・・・―――

 

 

それを見ながら氷川は舌を巻いた。

 

「よっしゃ!行くぜ!!」

 

「おう!」

 

と、日向は肩にかけていたRPK軽機関銃という旧ソ連製のマシンガンを構え直し、玄野と共に教室を飛び出して行った。

 

「・・・がんばれー」

 

一人残された京多はそんな二人の後姿を見送っていた。

 

「最後に残んのは結局俺一人か・・・・」

 

そうぼやきながら、自らの腕時計を確認すると既に午後1時を15分過ぎていた。

 

「飯食いに行こ・・・」

 

京多はやる気無さげにヨロヨロと立ち上がり、教室を出た。

 

 

その頃、学生食堂2F・・・

 

 

『撃てぇ!!』

 

『ロケット砲はまだか!?』

 

『くたばれェェェェェェ生徒会ィィィィィィィィ!!!!!!』

 

『うおおおおおおおおおおおっっっっっっ』

 

学生食堂は生徒会と死んだ世界戦線との抗争でもはや戦場と化していた。

フロアには誰が流した物だろうか、血痕が点々と赤い斑点を作り、その上には空薬莢が転がっている。

そしてこれまた誰かの発したであろう怒号、絶叫、悲鳴、そして銃声が響きあい、まさしく阿鼻叫喚地獄のよう。

・・・・と、ここまで来ると、「ここは紛争地帯か!?」なんて思う方がいるかもしれない。

念の為に言っておくが、ここはれっきとした学園です。

ここはれっきとした学園です。

大事なことなので二回言いましたよ。

 

「うわ、結構派手にやってんな・・・」

 

と、いつの間に着たガンツスーツ姿で玄野が言う。

 

「まあな、今回は生徒会も戦力を増強したみたいでよ・・・」

 

言いながらも日向は吹き抜けになった2FメインフロアからRPKを連射しながら1Fにいる生徒会をけん制する。

すると、日向が腰に下げていたトランシーバーに通信が入る。

 

『日向さん!!』

 

「あ?どうした?」

 

日向は銃の連射を止め、代わりにヘッドセットを片耳に装着する。

 

『1Fの戦力が今も減少中で、助っ人さんお願いしますっ!!』

 

ヘッドセットから聞こえてきたのは女の子の声だった。

その声の背後では銃声が絶え間なく響いている。

 

「負傷者は?」

 

『今のところ4人がケガで動けなくなってます!!』

 

と、ここで少女の声を遮るようにがはっ、という声と共に何かが倒れる音が聞こえる。

 

「今ので一人増えたか・・・」

 

『今からすぐに増援お願いできますか!?』

 

「今どこだ!?」

 

『学食1Fの出入り口付近のバリケードです!』

 

「わかった!今から一人寄越すから、そこから絶対動くなよ!!」

 

日向はトランシーバーの通信モードを切ると、玄野に向き直った。

 

「仕事の時間だぜ、玄野!」

 

「しゃッ、行きますか・・・・ッと!!!!」

 

玄野は一呼吸置いた後、戦場と化した学生食堂の1F中心部へと飛び降りた。

バンッという着地音と共に玄野のスーツ脚部から勢いよくスチームが噴射され、その後ろに居た生徒会メンバーの視界を奪う。

 

『なっ!?煙幕か!?』

 

『敵の妨害が入ったぞ!!!』

 

『いや、違う!戦線側の増援だ!!!』

 

『ガンツ部の部長だ!!一旦退くぞ!!』

 

生徒会の腕章をつけた生徒達がたじろいでいる隙に、玄野は近くの机と椅子で急造されたバリケードの中に飛び込む。

バリケードの中にはセーラー服を着た少女と死んだ世界戦線のブレザーを着た少年、そして負傷者だろうか、包帯や絆創膏などで応急手当をされた少年少女数人が隠れていた。

 

「玄野!!」

 

そこにいた死んだ世界戦線のブレザーを着た少年―音無結弦―が声をあげる。

 

「おお、お前ら結構暴れてたみたいだな」

 

「ああ、生徒会も色々と増員したらしくてな・・・」

 

「お陰で戦力はだいぶ削がれちゃいましたよ・・・」

 

と、音無の横に居たセーラー服の少女―FNC(ふんこ)―が言う。

 

「つか、よく二人だけ生き残れたな」

 

「一応はさっきまで銃撃戦だったんですよ?」

 

「ああ、それは上の階からも見えてたけど・・・」

 

玄野が言いかけた瞬間、

 

『んじゃ、ウジ蟲はとっとと駆除しますかィ・・・』

 

バリケードの向こうからよく通る声ながらも残酷な宣言が聞こえてくる。

 

「こ、この声、ま、ま、まさか・・・」

 

途端に顔を青くして震え上がるふんこ。

 

「沖田のヤローか・・・」

 

玄野は舌打ち混じりに呟いた。

 

『一応警告しておくッすー、今すぐに武装解除してそのバリケードから出てきやがれィ』

 

と、何とも呑気な声で最後通牒を告げる沖田総悟。

その手には巨大なバズーカ砲が握られ、玄野達の隠れているバリケードに狙いが定められている。

 

「どうする・・・」

 

「ここには怪我人もいますし、下手には動けないですよ・・・」

 

負傷した者達も沖田にだけは手を下されたくないのか顔を真っ青にして震えていた。

 

「・・・しゃーねーな・・・」

 

と、玄野がガンツスーツの脚部ホルスターからグリップを外し、それを天に掲げてから思い切り振り下ろした。

次の瞬間、グリップの先から黒い刀身が伸び、一瞬の内に日本刀のような形状の武器―ガンツソード―に変貌する。

 

「玄野先輩?」

 

「何する気だ・・・?」

 

一連の玄野の行動に首を傾げる音無とふんこ。

 

「俺が沖田をやる、お前らは逃げろ」

 

玄野は不敵にニッと笑んだ。

その笑みの真意を理解したのか、音無とふんこも、

 

「ああ、分かった!」

 

「気をつけてくださいね!」

 

と、持っていたライフルをスリングで背中に回し、負傷者と共に中腰の姿勢で背後の非常ドアへと後退し始めた。

 

「さて、と・・・」

 

一人残された玄野はゆっくりと深呼吸し、次の瞬間、

 

「・・・・!!!」

 

バリケードから躍り出た。

 

『んなッ!?』

 

『特攻か!?』

 

『撃て!撃て!!撃てぇ!!!』

 

と、バリケードの外に居た生徒会役員が叫ぶ。

それと同時に役員達のライフルが火を噴いた。

 

「んなモンが・・・ガンツ部部長に効くとでも・・・思ッてンのか!!!!!!!」

 

玄野は手にしたガンツソードを振り回して、己に向かってくる弾丸を弾き飛ばす。

弾道の逸れた弾丸はてんでんばらばらな方向へ飛散する。

 

「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

玄野はガンツソードの刀身を反転させ、手近に居た役員の腹に棟打ち―――峰打ち―――を叩き込む。

刃の側ではないとは言え、硬質な金属で殴られているのに等しい衝撃は凄まじく、峰打ちが当たった役員は泡を吹いて卒倒した。

 

「行くぞ行くぞ行くぞぉぉぉ!!!!!!!!」

 

それに続いて玄野は返す刀でさらに近くに居た役員のライフルを両断した。

 

『させっかぁぁぁぁ!!!!!』

 

するとライフルを失った役員は懐から素早く拳銃を抜き、玄野の眉間に照準する。

しかし、

 

 

ガツンッ・・・・

 

 

金属のぶつかり合う音と共に拳銃を持つ役員の手に押し返されるような感覚が走る。

見ると玄野のガンツソードが拳銃の銃口奥深くに食い込み、薬室に装填されていた弾丸ごと真っ二つにしていたのだ。

 

『クソッ!!』

 

慌てた役員はポケットから二つ目の拳銃を取り出そうとするが、

 

「らぁっ!!!」

 

玄野の繰り出したアッパーカットで昏倒した。

そのまま玄野はガンツソードを捨て、代わりにXガンの銃口を沖田に向ける。

 

「やぁ、さすがはガンツ部部長、恐れ入るッす~」

 

沖田はヘラヘラと言う。

バズーカ砲の砲口は相変わらず玄野に向けられたままだ。

 

「お前こそ、投降したらどうだよ?」

 

玄野もニヤつきながら言う。

Xガンの銃口もまた、沖田を捉えている。

 

「・・・気に入らねェ」

 

と、突然沖田はバズーカ砲の引き金を引いた。

ライオンの咆哮のような砲声が響き渡り、巨大なロケット弾が砲口から飛び出す。

 

「ッ!?」

 

玄野は咄嗟に横に飛びのいた。

そのお陰で被弾は避けられたが・・・

 

「詰めが甘いぜぃ」

 

言いながら、沖田は懐から小さなリモコンを取り出し、何やら操作した。

すると一度標的を逸れたはずのロケット弾は弾道を曲げた。

そして玄野めがけて再び突進してくる。

 

「クソッ!!リモコン式か!!??」

 

玄野は苦虫を噛み潰したような顔でうめく。

バズーカ砲には標的を指定して追撃できるものと一旦発射した弾をリモコンを用いて弾道を操作できるものが存在するのだが・・・

どうやら沖田のそれはリモコン方式であるらしい。

 

「なんてヤローだ!!!」

 

「こんなヤローだぜぃ」

 

玄野は弾丸を避けまくる。

しかし、そんな事をしていても時間の無駄だという事は玄野もよく理解していた。

 

 

―――ここは、イチかバチか捨て身で・・・―――

 

 

と、玄野は横っ飛びに転がり、先ほど捨てたガンツブレードを拾う。

 

「バカが・・・これで、終わりにしてやるぜぃ」

 

沖田はニヤリと笑い、リモコンを操作した。

標的は玄野だ。

雷鳴にもよく似た音を響かせながら、玄野めがけて突進してくる弾丸。

玄野と弾丸の先が触れるか触れないかの一瞬の間、

 

「・・・・!!!!!!!!」

 

玄野は横に身をかわし、ガンツブレードの刀身を右斜め上に向かって薙いだ。

弾丸は真っ二つに割れ、その衝撃で弾丸の端くれが沖田の方へ向かっていく。

 

「んなっ!?」

 

沖田は避けようとするが間に合わなかった。

弾丸は沖田の腹部に直撃し、そのまま爆発した。

 

「うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!???????????」

 

哀れにも沖田は調理場の中に吹っ飛ばされていった。

 

 

所変わって学生食堂2F・・・

 

 

「こちら遊佐です・・・」

 

玄野が沖田を撃退したちょうどその頃、学生食堂の二階、吹き抜けになったフロアから最下層の様子を見る少女がいた。

その少女は腰に装着したインカムから右耳へと伸びるヘッドセットで最下層の様子を通信相手に伝える。

 

「玄野さんが1Fの制圧を完了・・・」

 

『そう、分かったわ・・・2Fの制圧は?』

 

ヘッドセット越しに死んだ世界戦線のリーダーの少女―仲村ゆり―の声が聞こえてくる。

 

「たった今完了しました」

 

と、通信手の少女―遊佐―は現在の状況を手短かつ、淡々と、何の感情も込めずに告げた。

 

 

顔巣学園・A校舎屋上・・・

 

 

「宴もたけなわ、ってトコかしらね・・・」

 

トランシーバー越しに死んだ世界戦線のリーダーである少女―――仲村ゆり―――は呟く。

 

「そろそろ頃合ね・・・良いわ、実働部隊の回収をお願い」

 

『了解』

 

ゆりは遊佐にこう告げると、一旦トランシーバーの通信モードを切り、周波数を別働隊リーダー所有のトランシーバーに合わせる。

 

「藤巻君、聞こえるかしら?」

 

『おぅ、ゆりっぺか?』

 

ヘッドセット越しに戦線メンバーである藤巻の声が聞こえる。

 

「状況終了、回して」

 

『おし、任せとけ!』

 

 

学生食堂付近・第三グラウンド・・・

 

 

『キャー岩沢さーーーーん!!!!』

 

『ガルデモ最高ぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!』

 

『入江たん結婚してええええええええええええええ!!!!!!!!!!』

 

『みゆきちーーーーーーーーーー!!!!!!!』

 

『ひさ子ーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!』

 

その頃、第三グラウンドでは軽音楽部所属の死んだ世界戦線直属のガールズバンド、Girls Dead Monsterの野外ゲリラライブが終わりを迎えようとしていた。

死んだ世界戦線はオペレーショントルネードを行う際には一般生徒を非戦闘区域に誘導するのだが・・・その陽動を行うのに一役買っているのが軽音楽部だったりする。

特にGirls Dead Monsterは同じ軽音楽部の放課後ティータイムと共に校内外問わず、かなり人気であり、彼女たちにお近づきになろうと顔巣学園に入学する者も居るくらいだ。

 

「っしゃあ!!お前ら回せ!!!!」

 

と、現在演奏している曲―――Crow Song―――が最後のサビに入った瞬間、背中にPPSh-41短機関銃を担いだ藤巻が近くに居た戦線メンバーに指示を飛ばす。

 

「了解!!」

 

と、指示を受け取った戦線メンバーの少年は背後に設置された巨大な送風機の電源を入れる。

ゴゥン、というモーター音と共に送風機の羽が回り始め、辺り一面に風が吹き始める。

そしてそれと同時に食券が舞い上がり、しかるのちに大量の白い雨を降らせた。

 

 

顔巣学園・渡り廊下・・・

 

 

一方その頃・・・第三グラウンドや学生食堂がとんでもない騒ぎになっているとは露知らない氷川は、呑気にビューティフルサンデーを口ずさみながら学食へと続く廊下を歩いていた。

 

 

―――今日はカレーにすっかな・・・あとデザートは・・・―――

 

 

なんてことを考えていると・・・

 

「・・・およ?」

 

刹那、足元に学食の食券を見つけた氷川は足を止め、それを拾う。

食券には『かき氷(イチゴ味)』とプリントされている。

 

「・・・よし、今日は暑いしデザートはかき氷にしよう」

 

氷川は食券を拾えた幸運と期待に顔を綻ばせながら学食へと向かった。

 

 

数分後、学食3F・外テラス・・・

 

 

『今日のオペレーションも大成功だったな!』

 

『しっかし、今回は天使が居なかったのは幸いだったぜ』

 

『生徒会の連中、めちゃ悔しがってたぜ』

 

『白飯うめぇ』

 

生徒会との激しい戦闘を終えた死んだ世界戦線のメンバー達は学園一帯を臨むことができる学食最上階(3F)の外部テラスにて、絶賛ランチタイム中であった。

その中には玄野やふんこの姿もある。

 

「今回も急な呼び出しだったけど、いつもすまないわね、玄野君」

 

と、ゆりはカツ丼を頬張っている玄野にねぎらいの言葉をかける。

 

「いや、俺にとってはいいストレス発散になるよ」

 

「つか、玄野でもストレス溜まることあんのかよ」

 

「当たり前だろ?これでもガンツ部部長なんだぜ」

 

などと和やかに会話していると・・・

 

「あ、玄野」

 

玄野の後ろにカレーライスとかき氷の載った盆を持った氷川がいた。

 

「おぉ、氷川か、隣座るか?」

 

玄野は氷川に偶然空いていた隣の席を勧める。

 

「サンキュ」

 

と、氷川は椅子に座りカレーライスを頬張り始める。

 

「んで、どうだった?今回のオペレーションは?」

 

「まあまあ、かな・・・今回は割りと早く鎮圧できたよ」

 

「残念だったな氷川、もうちょい早く来てれば面白いモンが見れたのに」

 

向かいの席で日向が肉うどんを啜りながら言った。

 

「悪い、俺にはそういう趣味は無い」

 

氷川は苦笑いしながらそれに応じ、かき氷に手をつけた。

 

「カレーと一緒に食うのかよ」

 

と、玄野がそれを見て驚いたように言う。

 

「早くしないと溶けるからさ、一緒に食うしかないだろ」

 

そう言いながら、かき氷を口に入れる氷川。

 

「・・・ん?」

 

すると、氷川は少し訝しげな顔をした。

 

「どした?氷川―」

 

「い、いや、何でもない・・・」

 

 

―――何か、このかき氷、血の味がする・・・?―――

 

 

なんて事を胸に呟く氷川。

実はこのかき氷のシロップには先ほど調理室に突っ込んでいった沖田が流した血が数滴混入していたりしたのだが・・・・果たして氷川がそれに気づくのか否かは、また別の話。



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第7話:よんでますよ、ルシフェルさん

「過去も未来も存在せず、あるのは現在と言う瞬間だけだ」・・・トルストイ

「私にはつい昨日の出来事だが、君達にとっては多分、明日の出来事だ。」・・・ルシフェル

「大丈夫だ、問題ない。」・・・イーノック


顔巣学園・校長室・・・

 

諸君、私だ。

何?お前は誰かって?

それは昨日言ったはずなんだがな・・・あぁ、すまない、君達にとっては明日の出来事だったな。

では改めて。

私の名はルシフェル、天界に生くる全ての神仏修羅の使い・・・要するに天使の事だが・・・とにかく、私はそんな彼らを取り仕切る大天使だ。

ちなみにこれは余談だが、私は大天使であると同時に人間界に存在する、とある学園の学園長でもある。

・・・今度は何だ?何で私のような大天使が人間が通う学園の主をしているのか知りたいだと?

・・・・まぁ、それについては話せば長くなる。

どんなに多く見積もっても、全てのいきさつを話し終えるのには、諸君らの人生において約半分の時間を無為にするだろうな。

 

「ルシフェルよ、さっきから何をぶつくさ言っておるのじゃ〜?」

 

おや。

いつの間にやら現れたのだろうか、私の背後にバイト制という名目でこき使われるはずが、全然仕事をしようともしない、別に居ても居なくてもどうでも良い、我らが愛すべき・・・

 

「お主、全部丸聞こえじゃぞ!!!!!」

 

 

 

小間使いの悪魔ムルムルは一応の雇い主であるルシフェルの頭にハリセンで突っ込みを入れる。

 

「おぉ、痛い。雇われの身で主を叩くとは」

 

と、ルシフェルは頭をさすりながら呑気に言う。

 

「ならワシの悪口を最初から抜かさぬことじゃ、全く!!」

 

プンスカという擬音を立てながらムルムルは続ける。

 

「第一、最近のお主はワシを蔑ろにしすぎなんじゃわい!!!」

 

「はて?私はいつも通りに接しているつもりだがな」

 

と言うルシフェルは片手にスマホを持ち、メールに大忙しのようだ。

 

「言ったそばからそれか!!??」

 

ムルムルはルシフェルの手からスマホをひったくる。

 

「人の話を聞く時はケータイを使うでないわ!!!とにかく、お主はワシを蔑ろにしすぎなのじゃ!!!」

 

「うむうむ、そうか」

 

しかし、当のルシフェルはどこから出したのか、折り畳み式ケータイで再びメールをしていた。

 

「だ・か・ら、それを止めぬか!!!」

 

ムルムルは再びケータイをひったくり、即座に真っ二つに叩き折る。

 

「いい加減、ワシに同じ事を言わせるのをやめい!!!全く、あのデウスでもこんな仕打ちはせんかったわ!!!」

 

「ああ、すまない、以降は気をつけよう」

 

と、ルシフェル校長、今度はiPod Touchでメールに勤しんでいる。

 

「・・・メールなんかして楽しいか?」

 

ムルムルは呆れたように問う。

 

「少なくともお前の説教を聞くよりかはマシだな」

 

「・・・もう良いわい、ワシは遊びに行ってくるぞい」

 

と、拗ねたように言うと、ムルムルは紫の煙と共にその場からかき消えた。

 

「やれやれ、やっと行ってくれたか・・・」

 

ルシフェルは座っていた座椅子から身を起こす。

 

「そう言えば、もうすぐ夏祭だったか・・・」

 

軽く伸びをしながらそんな事を呟くルシフェル。

夏祭とは、顔巣学園が7月後半から8月の序盤まで開催する、一足早い文化祭の事であり、一応は普通の10月に行われる文化祭も存在する。

だが、この夏祭は文化祭よりも最高に盛り上がると学内での評判も上々であり、当日には多くの来場者と露店で校舎が埋め尽くされる、生徒達にとっても、教員達にとっても、一大イベントなのだ。

 

「気分転換も兼ねて生徒達の様子を見るとしようか・・・」

 

そう思い立つとルシフェルは天高く左腕を掲げ、指鳴らしをした。

パチン、という凛とした音が鳴り響いた直後、ルシフェルの姿は校長室から消えていた。

 

 

顔巣学園・ごらく部部室・・・

 

「違う違う、そこはもっと右だ!」

 

「え〜、こ、こう?」

 

「あ、ちょっと左にずれたな」

 

一方その頃。

顔巣学園の東京ドーム5個分の広さを持つ広大な敷地内に、それなりに堂々とした茶室がある。

そこは本来ならば、茶道部が使っているのが自然なのだが、実はこの学園には茶道部は存在していなかったりする。

じゃ、何でわざわざ茶室なんか作ったんだ?と言う奴がいるかもしれない。

・・・まぁ、早い話が建築業者の早とちり、とでも言っておこう。

さて、そんな茶室は現在はごらく部という部活が部室の代わりに使っているという状況なのだが・・・

現在その茶室ではごらく部の部員達による夏祭への準備の真っ最中であった。

 

「ん〜、じゃ、こう?」

 

部屋の梁に花飾りを貼りながら、栗色のロングヘアの少女---歳納京子---が問う。

 

「あー・・・うん、OK」

 

そして、その問いに黒髪のショートへアの少女---船見結衣---が応える。

 

「それにしても、まさかごらく部が正式な部活発表に乗り出すとはねぇ〜」

 

首につっかけていたタオルで頬の汗を拭きながら京子は言う。

 

「まあ、たまにはこう言うのも悪くはないと思ってな」

 

「へぇ〜、何か意外」

 

「何だ、私がやる気になるのがそんなにおかしいか?」

 

と、目の端を少し吊り上げながら結衣が言う。

 

「いや・・・別にそーゆーわけじゃないけど・・・そう言えば、ちなつとあかりは?」

 

京子はさりげなく話を逸らす。

 

「あぁ、あの二人なら今購買に行ってる。確かアイス買ってくるとか言ってたな」

 

「ひょー!アイスキター!!!」

 

アイスが好きなのか、途端にテンションが上がる京子。

 

「ラムレーズンかな?ラムレーズンかなぁ?」

 

「さあな、でもあったら良いな」

 

なんて呑気な会話を交わしていると・・・

 

「よぉ、準備は順調のようだな」

 

部屋の奥にある額縁からまるで忍者のようにルシフェルが現れた。

 

「あ、校長先生」

 

「ちわでーす!」

 

ルシフェルが何で額縁から現れたのか、という所は特に突っ込まず、結衣と京子の二人は気軽に挨拶する。

 

「校長先生が来るなんて、珍しいですね?」

 

「ああ、ちょっとした生徒観察・・・もとい夏祭に向けての準備具合を見て回っているんだ」

 

「へぇー、暑い中大変ですね〜」

 

「うむ・・・そうそう、暑いと言えば、今年の夏は気温が40℃を超えるそうだ。君たちも熱中症にはくれぐれも気をつけてくれ」

 

「「はーい」」

 

と、ルシフェルの忠告に声を合わせて返事する二人。

 

「ただいまです〜」

 

「外暑〜い」

 

すると、購買部に行っていた二人が帰って来た。

 

「アイス買って来ましたよ結衣先ぱ・・・あ、校長先生」

 

購買部のビニール袋を持ったピンク色の髪をツインテールに結わえた少女---吉川ちなつ---がルシフェルを見て言う。

 

「こんにちわー、校長先生」

 

それに続いて赤い髪をお団子状にまとめた少女---赤座あかり---がルシフェルに挨拶する。

 

「あぁ、君達も相変わらずのようだ」

 

「校長先生は何でここに?」

 

ちなつがアイスの入ったビニール袋をそこにあったテーブルに下ろしながら言う。

 

「夏祭の準備確認だ」

 

ルシフェルは答える。

 

「今年の夏祭は来場者の数が半端ではなかったからな・・・」

 

「へぇー」

 

「・・・と言うか校長先生、何で来場者の数なんて分かるんですか?」

 

「む?あぁ、そうか。君達にとってはこれから来たるべき出来事だったな」

 

と、ルシフェル。

ルシフェルはどうやら時間感覚がめちゃくちゃのようだ。

まぁ、時間を自由に移動できる者だから当たり前なのだろうか。

 

「ところで、君達ごらく部は夏祭では何を?」

 

「この部室を使って、小さいですけどカフェをするんですよ」

 

今度はあかりが言う。

 

「そうか、客が沢山来ると良いな」

 

ルシフェルは爽やかに笑みながら言う。

 

「さて、私はこの辺で行くとしようか」

 

「あ、校長先生もアイス一つどうですか?」

 

すると、茶室を出ようとするルシフェルに結衣がアイスバーを一本勧めてきた。

 

「外も暑いですし、校長先生みたいに黒服だと熱中症で倒れちゃいますよ?」

 

「あぁ、その点については問題ないよ」

 

と、ルシフェルは着ていたシャツの裏地を見せた。

それは外見からでは分かりにくいが、どうやらメッシュ素材でできているらしい。

 

「でも、黒は熱を吸収しやすいって言いますし・・・」

 

「む・・・そうか、なら頂いておこう」

 

言いながらアイスバーを一本手に取るルシフェル。

 

「では、夏祭に向けて頑張ってくれたまえ」

 

『はーい』

 

ごらく部員の返事を背に、ルシフェルは茶室を後にした。

 

 

顔巣学園・高校棟2-R組教室・・・

 

所変わって、2-R組教室・・・・

そこでもやはり、生徒達による夏祭へ向けての準備が着々と進められていた。

R組の生徒達が作業する中、我らが主人公・氷川京多の姿もそこにあった。

頭にはタオルを巻き、看板か何かに使うのだろうか、大きな木板をノコギリで切断している。

 

「ふぃー・・・」

 

やっと切り終えた木板を手近な机に置き、再び新しい木板を切る作業にとりかかる。

 

「よぉ、大変そうだな」

 

と、日向が氷川にエナジードリンクを投げてよこす。

 

「あぁ、サンキュー・・・」

 

タオルで汗を拭い、エナジードリンクをあおる氷川。

 

「少し休憩するか?」

 

「あぁ、それもそうだな」

 

言いながら氷川は持っていたノコギリをそこに置いた。

 

「しかし、今年の夏もクソ暑いな・・・」

 

「まあな・・・おかげさまで戦線の皆も夏バテ状態だったぜ」

 

「マジかよ・・・」

 

他愛も無い会話を交わす氷川と日向。

すると・・・

 

「日向君、いるかしら?」

 

仲村ゆりが日向を呼びに教室へ入って来た。

 

「おぉ、どうしたんだよゆりっぺ?」

 

「ギルドに例の物が届いたそうだから、取りに行ってくれるかしら?」

 

「えー、それもかよぉ!?」

 

日向は勘弁してくれ、とでも言うように首を振る。

実は先ほどまで日向は戦線本部がある旧校長室から戦線の武器製造機関であるギルドとの間で物資の運搬をしていたのだが・・・

ギルドの地下工場へはかなり面倒なルートを辿らなければならないのだ。

 

「俺じゃなくても他の奴に任せれば・・・」

 

「残念だけど、他の皆は各々の仕事が忙しいみたいでね」

 

「いやいやいや、さっきまで本部とギルドの間を何度も往復してた俺の身にもなってくれって・・・」

 

日向は文句たらたらである。

 

「しかも、あのルートは対天使用の即死トラップが仕掛けてあんだぜ?」

 

「あら、大丈夫よ。ちゃんと解除してもらったから」

 

と、ゆりはニコニコと笑いながら言う。

 

「本当かよ…まぁ良いわ、んじゃ行きますか…」

 

日向は気だるそうに立ち上がった。

 

「何だ?また汚れ役を押し付けられたのか?」

 

氷川は空になったエナジードリンクの缶をゴミ箱に放りながら尋ねる。

 

「あぁ、戦線で使う物品が届いたらしい」

 

「ほぉー」

 

 

---まぁ、戦線で使うんだったらきっとロクなもんじゃないよな…---

 

 

氷川は心の中でそんな事を思う。

 

「ところでさ、氷川」

 

「何?」

 

「ちょっと手伝ってくれたりする?」

 

「嫌だ」

 

氷川はポーカーフェイスで冷淡に言い放った。

 

「えー、そう言うなよぉー」

 

「つか、そもそも何で俺なんだ」

 

他に誘える奴なら戦線メンバー以外にもたくさんいるだろうが、と氷川は指摘する。

 

「その他に誘える奴らは皆忙しいんだっつの!マジで頼むよぉ、氷川ー」

 

と、手を合わせて氷川に頼み込む日向。

 

「…あー、もう分かったよ…手伝えば良いんだろ、手伝えば…」

 

「マジっすか!?」

 

「あぁ、その代わりの交換条件に応じるんならな」

 

氷川は偉そうに人差し指を立てながら言う。

 

「何だよ、言ってみろよ」

 

「…今月の昼食代、貸してくれたりとかする?最近、空前絶後の金欠病でさぁ…」

 

「……」

 

 

---何か、俺と氷川の立場入れ替わったな…---

 

 

そんな事を思う日向であった。

 

 

顔巣学園・忍者部部室…

 

 

「ナイスでーす、ナイスですねぇー」

 

所変わって顔巣学園の部室棟…

非公認のものも含めると約50はあるとされる顔巣学園の部活。

顔巣学園の広大なグラウンドのすぐ横には、そんな部活の部室が全て存在する巨大な部室棟がある。

そして場所は2Fにある忍者部部室。

ここはかつて実在していた忍者部という部活が使用していた部室で、現在は空き教室になっているのだが…

たまに一部の生徒達が勝手に使っており、基本的には多目的室と化している。

 

「何で私がこんな事を…」

 

と、金髪をツインテールに結わえた殺し屋の少女・ソーニャが不満げに呟く。

 

「ソーニャさん、お似合いですよぉ〜」

 

と、ソーニャの先輩であり、現役くのいちの呉織あぎりがフォローを入れた。

ちなみにこの時、ソーニャもあぎりも何故か猫耳カチューシャにメイド服の格好をしており、その傍らではソーニャの自称・友達である織部やすながカメラのシャッターを切りまくっていた。

 

「ナイスでーす、ナイスでーす…」

 

「…やすなはいつまで写真撮ってるんだ?」

 

「あ、ソーニャちゃん、ちょっと右向いてみて!」

 

するとやすながカメラを持った姿勢のまま、ソーニャに言う。

 

「へ?こ、こうか?」

 

意外に生真面目なソーニャは一応それに応じる。

 

「良いよぉ、良いよぉ!ナイスでーす、ナイスどぇーす!!!」

 

ソーニャがポーズを変える度にやすなはシャッターを切りまくる。

 

「それじゃー、次はブラチぐふぉぉ!?」

 

やすながソーニャに扇情的なポーズをリクエストしようとした瞬間、ソーニャの拳がやすなの鼻っ柱にめり込む。

 

「良い加減にしろ!!誰がそんなのやるか!!!」

 

怒鳴りながらやすなのカメラを破壊するソーニャ。

 

「うぇぇぇ…だって、だってぇ」

 

「と言うかさっきから気になってたんだが、何でこんな格好で写真なんか撮る必要があるんだ!?」

 

と、ソーニャが猫耳カチューシャを無理矢理外していると…

 

「メイドカフェは開店前につき準備中〜、という訳だな」

 

鼻歌交じりに唄いながらルシフェルが部室に入って来た。

 

「あら〜、校長先生ではございませんかぁ〜」

 

と、あぎりがのんびりとした声で言う。

 

「あ、校長先生だー!」

 

「あぁ、校長か…」

 

と、ソーニャとやすなもあぎりの後に続く。

 

「夏祭の準備はどんな具合だ?」

 

「はい!もう凄く順調ですよ!!」

 

やすなはどこから出したのか、新しいカメラを構えて言う。

 

「このままたくさん写真を撮って、あぎりさんとソーニャちゃんのグラビアをぐべらっ」

 

と、今度はやすなの顔面にソーニャの鋭い蹴りが入る。

 

「お前の目的はそれか!!!」

 

「うぇぇぇ…だってぇ…その方が売れるし、お客さんもたくさん来ると思ったから…」

 

「ははは…まぁ、準備はそこそこと言った所か」

 

ルシフェルは苦笑いしながら言う。

 

「と・に・か・く!!私はグラビアなんかやらないからな!!!」

 

「えぇ〜、ホントは写真に映るのが恥ずかしいだけなんじゃないの〜?」

 

と、やすながニヤニヤしながら言う。

 

「そんな訳無いだろう」

 

ソーニャは半ば呆れた口調で言う。

 

「それに私がグラビアなんかやったら、敵組織に顔が割れる事になるだろうが」

 

そう、ソーニャは女子高生にして、とある暗殺組織に所属する殺し屋だったりする。

それ故にグラビア等の表立った行動は出来ないのだ。

 

「それについては問題無いよ」

 

と、ルシフェルは爽やかに笑みながら言う。

 

「君の所属する組織の敵対勢力の動向は把握済みだ」

 

「でも、それだけでは…」

 

殺し屋としての勘からか、ソーニャはルシフェルの言う事があまり受け入れられないようだ。

 

「私を誰だと思っている?君達の校長であると同時に大天使なんだ。」

 

しかし、ルシフェルは余裕綽々と言った風で笑んだ。

 

「大丈夫、君の悪いようには絶対にしないよ」

 

「校長…」

 

ソーニャは嘆息を漏らす。

 

「じゃ、私はそろそろ行くとしようか」

 

ルシフェルは言いながら教室を出た。

 

「行ってらっしゃいです〜」

 

その後ろ姿を見送りながら、あぎりが実にのんびりとした声で言う。

 

「さぁ、ソーニャちゃん!校長先生のお墨付きも頂いた所で、早速グラビア撮えごへっ」

 

言いながらカメラを構えた所で顔面にソーニャの肘がクリティカルヒットし、卒倒するやすな。

 

「同じ事を何度も言わせるな!!私はグラビアなんかやらないからな!!!」

 

 

顔巣学園地下・ギルド連絡通路A1…

 

 

「何だよ、荷物って結局これの事だったのか?」

 

「あぁ、案外普通だろ?」

 

氷川と日向は段ボール箱を抱えながらギルドから地上への通路を共に歩いていた。

ちなみにギルドに届けられていた荷物というのは風船とマジックテープという極々普通の物資であり、氷川の想像していた物とは全く違う物だった。

 

「つか、最初はどんな物だと思ってたんだ?」

 

「いや…戦線の事だから武器とか弾薬かと」

 

氷川は額の汗を拭いながら言う。

実際、ギルドでは新しい武器開発という名目で世界各国の銃器メーカーから技術提供や試験品の納品を行っていたりする。

また、過去にはとある軍需品メーカーからの技術提供で二足歩行戦車の開発もしていたようだ。

 

「まぁ、この程度の荷物なら直接本部に送ってくれればありがたいんだがな…」

 

日向は首をコキリ、と回しながら言う。

 

「あ、そう言えば…」

 

と、氷川が何気無く言う。

 

「ゆりの言ってた即死トラップって、結局何なんだ?」

 

「あぁ、それは…」

 

日向が説明しようとした、まさにその時…

 

『緊急事態発生、緊急事態発生』

 

通路に突如としてサイレンと警報音が鳴り響く。

 

「な、何だ!?」

 

「まさか…天使が!?」

 

日向は段ボールを放り出し、ブレザーの胸ポケットから無線機と拳銃を取り出す。

 

「おい!?チャー!?」

 

『おぅ、日向か』

 

無線機からギルドのリーダー-チャー-の声がする。

 

「いきなり警報が鳴ったんだが、何があったんだ!?」

 

『あぁ、軽い点検さ。何、トラップは作動しないから安心しろや』

 

「な、何だよ〜、そう言う事は先に言えっての!!」

 

日向は呆れると同時に胸を撫で下ろす。

 

『はっはっはっ、すまん、すま……ん?』

 

と、ここでチャーは深刻な口調に変えて言った。

 

『お前ら、今すぐにその場から逃げろ』

 

「は?何だって?」

 

チャーの突然の忠告に戸惑う日向。

 

『良いから、とにかく今すぐに地上へ上がるんだ!!良いな!?』

 

「えっ?おい、そりゃどう言う意味だよ!?」

 

日向が無線機の向こうのチャーに問うた、その瞬間だった。

 

「お、おい、日向、ありゃ何だ…?」

 

日向の背後で氷川の声がする。

 

「あーもう、今度はなんだ!?」

 

言いながら振り返る日向。

そこには何故か顔を青くして硬直している氷川がいた。

 

「どうしたよ、顔真っ青だぜ?」

 

「う、う、う、うし、しろ、ろ」

 

と、氷川は真っ青な顔のままで今しがた通って来た通路の奥を指差す。

 

「は?後ろ?」

 

怪訝な顔をしながら氷川が指差した方を見る日向。

そこには……

 

「………何で?」

 

「………何ででしょうねぇ……」

 

……大量の水が、こちら目掛けて大挙として押し寄せて来ていたのだ。

 

「……日向」

 

「……氷川」

 

二人は互いに顔を見合わせ、そして頷き合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

『逃げろォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!』

 

 

顔巣学園・音楽室…

 

 

「ふむふむ、そうか。では今年の夏祭は澪がボーカルなんだな?」

 

「はい!もう今から楽しみですよぉ〜」

 

一方、ルシフェル校長は音楽室にて軽音部の面々と優雅にお茶会をしていた。

 

「普段は恥ずかしがり屋な君がボーカルを志願するとは、随分と成長したな、澪」

 

「ち、違いますってば!!それに私は…」

 

「うっそだ〜、みーおしゃーん」

 

と、律は澪の隣でニヨニヨと笑む。

 

「ホントは計ちゃんに振り向いてもらいたいんだろぉ〜?」

 

「ち、ち、違ぁーーーーーーーう!!!!!!!!!」

 

澪は顔を真っ赤にしながら絶叫する。

 

「大体それは律やしおりが勝手に決めたんだろうが!」

 

「あーれぇー?私そんな事言ったっけぇー?ねぇ、しおりん?」

 

律はその隣にいた関根に問う。

 

「うーん、私も記憶に無いなぁー」

 

関根も全く覚えが無いよ、とばかりにわざとらしく首を傾げる。

 

「くっ……二人とも覚えてろよぉ……」

 

まるで熟れたトマトのように真っ赤になる澪。

 

「まぁ、動機はともあれ、一つのバンドのボーカルを務めるのは大変な事なのだろう?」

 

「は、はい…」

 

澪は僅かに頷き、溜息を漏らす。

 

「クラスの皆に見られるし、お客さんもたくさん来るし……それに計ちゃんにだって………とにかく自信無いですよぉ…」

 

「…成程、今の君はそう考えているのか」

 

だがな、と、ルシフェルがここで人指し指を立てて言った。

 

「未来の君は、果たしてそう考えるだろうか?」

 

「…へ?」

 

ルシフェルの問いに顔を上げる澪。

 

「確かに君は人見知りが激しいし、所謂恥ずかしがり屋ではある。だが、時にはそれを乗り越えてでも成し遂げなければならない事があるんじゃないか?」

 

「………」

 

「人間というものはどうしようもない程に複雑で、そして愚かなまでに単純な生き物だ。頭ではどんなに出来ないと思っている事でも、一度やる気を出せば成し遂げる事は至極簡単なんだよ」

 

ルシフェルは紅茶を啜りながら続ける。

 

「そしてそれは人間を更なる高みへと導くのだ…これはまさしく、最初から人類が持って生まれた一つの叡智とも言えるだろう」

 

「……校長先生」

 

「今はまだ怖いかもしれない、だが、己を信じて一度やってみる事だ。そうすればきっとうまくいくだろう」

 

「おぉ…何この説得力…」

 

「てっつがくぅ〜」

 

後ろで話を聞いていたひさ子と律が呟く。

 

「…はい、私、頑張ってみます!」

 

ルシフェルの言葉に勇気づけられたのか、澪は顔を上げた。

 

「あぁ、私も応援しているよ」

 

と、ルシフェルが優しい笑みを浮かべたその時、

 

 

『いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

 

 

午後の静かな時間を引き裂くが如く、音楽室のちょうど外の方で少年二人の絶叫と共に何かの破砕音が大音声で響き渡る。

 

「うぉっ!?」

 

「な、何だ何だ!?」

 

「ひょっとして、爆弾テロ!?」

 

「ひぃぃっ!!怖いよぉぉ!!」

 

驚いた律、岩沢、唯、澪が窓際に駆け寄って外を見る。

 

「一体何事だ?」

 

ルシフェルもそれに続いて外を見た。

そこにいたのは……

 

 

「…何をしてるんだ、あいつらは…」

 

「…さ、さぁ…」

 

 

何故か全身水浸しでコンクリートの上に伸びている氷川と日向だった。

 

「あの…あれって氷川先輩と日向先輩ですよね…」

 

梓がそう呟く。

 

「…でも何で二人とも何で水浸しなんだろ」

 

「さ、さぁ…」

 

軽音部のメンバーとルシフェル校長の間に何とも言えない空気が流れる。

 

「…あら、大変!」

 

と、ここで紬が何かを思い出したかのように声を上げる。

 

「あのままだと氷川君も日向君も風邪を引いちゃうわ!!」

 

そう言うが早いか、紬は大急ぎで音楽室を出て行った。

 

「あっ、ムギちゃん…」

 

「行っちゃったな…」

 

残された軽音部員とルシフェル校長は紬の後姿を呆然と見送っていた。

 

「…まぁ、あの二人は紬が何とかしてくれるだろうな」

 

と、言いながらルシフェルは座っていた椅子から立ち上がる。

 

「君達もそろそろ練習に専念した方が良いだろう。夏祭を盛り上げる為に、君達も頑張ってもらわねばならないからな」

 

「まぁ、そうですよね」

 

ルシフェルの言葉に梓が応える。

 

「紬が戻って来たら練習再開するか」

 

言いながら岩沢は壁にかけていたギターを取り、調弦を始める。

 

「おし!気合入れて行くぞぉ!!」

 

律もスティックを握り、気合を入れる。

 

 

---…さて、私もそろそろ行くか---

 

 

ルシフェルも部員達の邪魔にならぬよう、胸の内で呟きながら軽音部の部室を後にした。

 

 

顔巣学園・ビオトープ

 

「ゔぅ……」

 

「いっでぇ……」

 

一方、その頃…

氷川と日向はビオトープのコンクリートの上で大の字に伸びていた。

 

「…チャーの野郎、謀ったな……」

 

日向が息も絶え絶えに言う。

 

「…だから俺はお前に付き合いたくなかったんだよ……」

 

口の中に残った水を吐きながら氷川は呟く。

 

「…俺のお陰でこんな目に遭ったってか?」

 

と、日向は自嘲気味に笑う。

 

「あぁ、そうだよ、こんなのはもう御免だよバカヤロー」

 

そう言いながらも氷川はニヤッと笑う。

 

「は、はははは…」

 

「あはははは…」

 

そして何故か意味無く笑う二人。

暑い真夏の日差しが照りつけるビオトープに、男二人の情けない笑い声が虚しく響いた。

 

「…そう言えば荷物は?」

 

ひとしきり笑った後、日向は氷川に問う。

 

「……流されてった」

 

「…マジで」

 

「あんな水流に呑まれたらしゃーねーじゃん」

 

「…まぁ、そうだな」

 

そんな事をつらつらと言っていると…

 

「あ、氷川くーん、日向くーん」

 

部室棟の方から紬がスタスタとこちらに向かってくる。

 

「あぇ?む…ムギ?」

 

「二人とも大丈夫ですか?」

 

言いながら紬は腕に掛けていたタオルを二人に渡す。

 

「お、おぉ、何とかな」

 

「俺も少し目が回ってるがまぁ、大丈夫だ」

 

「それは良かったです〜」

 

紬はほっとしたように言った。

 

「にしても、ホントに俺ってツイてないぜ…」

 

タオルで顔面を拭きながら氷川がぼやく。

 

「と言うか、何で水浸しで倒れてたんですか?」

 

と、紬が氷川に尋ねる。

 

「あぁ、何かよく分からないけど、後ろからいきなり水流が来て、それに呑まれて、溺れかけて、んで気づいたらここで伸びてた」

 

氷川は一息に今まで自分が置かれて来た状況を説明した。

 

「あ、あぁ…それは大変でしたね…」

 

紬は氷川の説明が理解できないのか、それとも氷川と日向の受難に返す言葉が無いのか、微妙な返事をした。

 

「まぁ、こうして生還したわけだ、別に問題ないよ」

 

「荷物は流されてったけどな…」

 

「そうですか…でも二人が無事で何よりです!」

 

そんな事を言い合っていると…

 

「おーい、ムーギー」

 

部室棟の軽音部室から律の声が聞こえる。

 

「練習再開するから早く戻って来い〜」

 

「え、でも氷川君と日向君が…」

 

紬は氷川と日向の方を心配そうに見る。

 

「あ、俺らの事は良いよ」

 

「どうせ後は教室に戻るだけだしな」

 

と、氷川と日向は言う。

 

「え、でも…」

 

「大丈夫、大丈夫、俺身体だけはマジで頑丈だから」

 

日向はニッと笑う。

 

「それに軽音部は夏祭でライブするんだろ?だったら俺らに構うより練習した方が良いぜ」

 

「そうですか…分かりました、二人共風邪には気をつけて下さいね」

 

そう言うと紬は走って行った。

 

「さて…」

 

「御隊長様に挨拶でもしに行くか?」

 

と、氷川は茶化すように言った。

 

「冗談はよせや、事情説明しても殴り飛ばされるだけさ」

 

日向は苦笑いしながら立ち上がった。

 

「まぁ、とりあえずは一旦教室戻るか…」

 

「…そーだな」

 

氷川と日向は身体中の至る所から水滴を滴らせながら、2-R組教室を目指して歩き出した。



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夏祭編
第8話:祭りの始まりは結構静か


「人の世に道は一つということはなく、百も千もある。」・・・坂本龍馬

「私はメロンパン一択。」・・・シャナ

「はぁ、そうっすか・・・」・・・志村新八

「あんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱ(ry」・・・山崎退

「お前は少し黙れ!!」・・・氷川京多


顔巣学園・正門・・・

 

「あーぢぃ・・・」

 

頭から滝のような汗を流しながらそんな事を呟くのは我らが主人公・氷川京多だ。

半袖のカッターシャツ姿に何故か生徒会の紋章が入ったヘルメットを載せ、やる気なさげに誘導棒を振っている。

 

「うーん・・・アイス食べたいよぉ・・・」

 

その隣では平沢唯がパイプ椅子の上でチェックシートの挟まったボードを抱えながらノイローゼ状態になっていた。

 

「ザ・猛暑日ってやつだな、こりゃ」

 

と、唯の隣でこれまた誘導棒を振りながら玄野計がぼやく。

ん?彼らが何をしているのかって?

それは今から約数時間前に遡る・・・

 

 

数時間前、2-R組教室・・・

 

「おーし、ほいだら終礼終わるぞ〜、日直よろしく〜」

 

真夏日の外とは別世界のように冷房が効いた教室。

R組の担任である佐藤田中の呑気な声が響くと同時に生徒達は日直の「起立」という掛け声に合わせて椅子から我が身を立たせる。

 

生徒全員

『さよ・・・』

 

「おーい、ちょっと待てー」

 

と、ここで佐藤田中が何かを思い出したかのように号令を中断させる。

 

生徒全員

『???』

 

「普通に号令してもつまらんから今日はさよならじゃなくて『起立、礼、ゴッドイーター2発売おめでとー』でいくぞぉ」

 

生徒全員

『・・・・』

 

佐藤田中の意味不明な提案に暫し沈黙するR組生徒一同。

 

「ほれ、坂本ー、早くしろぉ」

 

「・・・令!」

 

日直である坂本雄二は呆れたように号令をかける。

 

生徒全員

『ゴッドイーター2発売おめでとー』

 

「・・・うん、思ったよりつまらんからやっぱ普通のに戻そ」

 

 

---じゃ、最初からやらすな!!!---

 

 

R組の少年少女達の心がシンクロした瞬間であった。

しかし、終礼が終わり、佐藤田中が教室を出て行くと同時に生徒達も散り散りに教室を出て行ったり、今後の予定について喋ったりと教室内を解放感が包み込む。

 

「さでと・・・」

 

首をコキリ、と鳴らしながら氷川はプラスチック製のバックパックに筆箱と教科書を放り込む。

 

「あ、京多くーん!」

 

と、前の席から唯がトテトテとこちらに向かって来る。

その手には何やら丸められて棒状になったチラシが握られている。

 

「おぉ、唯。どした?」

 

「今日この後暇?」

 

「え?あぁ、まぁ暇っちゃ暇だけど・・・どうしていきなり?」

 

「むっふふー、実はですねぇ〜・・・」

 

唯はニヨニヨと笑いながら握っていたチラシをビームサーベルのように氷川へ振り渡す。

 

「良いバイトがあるんだけど、一緒にやらない?」

 

「はぁ、バイトか?」

 

氷川は渡されたチラシを伸ばして内容を見る。

 

『アルバイト求ム!! 年齢性別不問!! バイト代2万円也!!』

 

チラシにはそれだけがでかでかと書かれ、具体的には何をすれば良いのかは全く書かれていない。

 

「おい、唯。いくら何でもこれは怪しくね?」

 

チラシから目を上げて言う氷川。

 

「えぇ?どうして?」

 

唯は口を猫のようにしながら首を傾げる。

 

「だって普通に考えてみろよ、バイトの内容もまともに書いてないし、それでバイト代2万ってのは話が美味すぎるだろう?」

 

そう言い、唯にチラシを返そうとする。

 

「いや、一応これ学園側が募集してるんだけど・・・」

 

「いずれにせよ何にせよ、俺はパスで・・・」

 

「えぇー、大丈夫だよぉ!!」

 

しかし、唯も全く譲らない。

 

「だってほら、ここに顔巣学園って書いてるし・・・」

 

と、チラシの最下部を指差す唯。

そこには確かに『顔巣学園夏祭運営本部』と書かれており、その下にはご丁寧にスポンサー名まで記されていた。

 

「・・・とにかく俺はいいよ、やるんなら他の誰かを誘ってやりな」

 

「えぇー・・・やろうよー、一緒に・・・」

 

「やりません!」

 

「ふぇぇ・・・」

 

そんなやり取りをしていると…

 

「氷川ー、一緒にバイトやろうぜ」

 

唯の後ろから玄野がひょっこりと現れた。

その手にはやはり、唯の持っていたチラシと同じモノが握られていた。

 

「・・・玄野、お前少しは空気読めよ」

 

「は?何が?」

 

眉間を摘まむ氷川を見てキョトンとする玄野。

 

「つか、何だよ、平沢もバイトやんのか?」

 

と、玄野は唯の持っているチラシを見て言う。

 

「うん、ホントは軽音部の皆でやろうって事になったんだけど、皆色々忙しいみたいで…それで京多君を誘ってたの」

 

「ほぉ」

 

「でも京多君ってば、怪しいからって話も聞いてくれないの・・・」

 

「いやいや、話はちゃんと聞いてるから!」

 

と氷川。

 

「そもそも俺が言いたいのはバイト内容が書かれてないから怪しいね、って事!!」

 

「何だよ、それならここに書いてるじゃん」

 

言いながら玄野は自分の持っていたチラシを氷川に見せる。

そこには『顔巣学園生徒会からのお知らせ』と書かれ、その下には『校門周辺の交通誘導アルバイト募集』とある。

 

「ほらな、バイト内容も書いてるし、あのジャッジメント様が大々的に宣伝してるんだぜ?」

 

「そうだよ!京多君も一緒にやろーよ!!」

 

「い、いや、だから俺は・・・・」

 

「はいはい、言い訳する暇あるならさっさとやるぞ」

 

と、玄野は氷川の首根っこをひっ掴んでズルズルと引っ張って行く。

 

「・・・え、えーーーーーー・・・・」

 

氷川は玄野にズルズルと引きずられながら教室を出て行った。

 

 

時間は戻って、顔巣学園・正門・・・

 

「なぁ、そろそろ休憩入れようや・・・」

 

「それもそうだな、このままだと氷川も平沢も本当に干物になっちまいそうだし」

 

と、玄野は近くの植え込みに腰を下ろす。

氷川と唯もその隣に座った。

 

「まぁ、これで2万なら容易いもんだな」

 

「よく言うぜ、無理やり参加させたくせにさ」

 

氷川はタオルで汗を拭いながら言う。

 

「昨日は水流に呑まれて、今日はこのクソ暑い中で3時間立ちっぱなしとか、どんな拷問だよ・・・」

 

「そう言えば京多君、昨日水浸しで倒れてたけど、結局あれは何だったの?」

 

と、唯が疑問に思っていた事を尋ねる。

 

「だから何度も言ってるだろ?ギルドの地下通路で水流に呑まれて死にかけたんだよ」

 

ちなみに氷川の受難は第7話を参照してほしい。

 

「ふぅーん、よく分かんないや・・・」

 

唯は空を仰ぎながら能天気に呟いた。

 

「アイス食べたぁい・・・」

 

「やめろよ、俺だって食いたいんだから」

 

「あ、あの雲ソフトクリームっぽくね?」

 

「玄野もやめろよ・・・」

 

「あ、ホントだぁ」

 

そんな事をうだうだと喋っていると・・・

 

「よぉ、どうだ、調子は?」

 

と、奥からマダオ・・・じゃない、Z組の長谷川泰三がのしのしと現れた。

 

「「「おーす、マダオ(君)」」」

 

「だから俺はマダオじゃねぇって!しかもこの小説ん中じゃまだ高校生ですから!!」

 

と、このマダオ、さりげなくメタ発言。

 

「何だよ、お前もバイトなのか?」

 

「おぅ、時給2万なんてそうそう無ぇからな」

 

と、マダ・・・長谷川は鷹揚に頷いてみせる。

 

「特にここ最近はバイトですら就職難とか言われてるらしいから、こういう小さなチャンスは一つ一つ拾っていかなきゃなんねぇ」

 

「ふーん・・・」

 

と、そんな事を喋っていると…

 

「ねぇねぇ、京多君」

 

唯が氷川の脇腹をツンツンと肘で小突く。

 

「何?」

 

「あの人達、さっきから気になってたんだけど、何なんだろ?」

 

氷川は唯の指差した方向を見る。

そこにはパイプ椅子に腰掛け、黒い全身タイツを身につけた集団がいた。

 

 

---そう言えば、さっきからいるけどあいつら何者なんだろう・・・---

 

 

と、氷川は胸に呟く。

実際、彼らは格好からして既におかしい。

この猛暑の中で黒い全身タイツ、しかも顔を布で隠していて、まるで20世紀少年のともだちのよう。

そして手元には何故か人数カウンターとチェックシート。

一見しただけでは何をしているのか想像もつかない。

 

「あ、やっぱ二人も気になってたのか?」

 

氷川や唯だけでなく、そばに居た玄野も黒ずくめ集団に目を向ける。

しかもよく見ると帰宅する途中の生徒たちも彼らが気になるのか写メを撮ったり、気持ち悪がっていたりしている。

どーでも良いけど、こんなのがいきなり後ろにいたらビビるよね。

 

「生徒会・・・じゃないよな、あれ」

 

長谷川が訝しげに言う。

 

「どっちかと言うと不審者だろ・・・」

 

「でも不審者なら生徒会がすぐに駆けつけるはずだよ?」

 

と唯。

しかし付近にいる生徒会メンバーは彼らをマークしている様子は無い。

しかもマークどころか気にも留めていないらしく、各々雑談に興じたり、ミントンを振り回していたり、そのミントン野郎を殴り飛ばしたりしている。

 

「生徒会はノーマークか・・・」

 

「そうみたいだね・・・」

 

「でもすげぇ気になるよな、あれ」

 

「あぁ、気になるな」

 

「気になるねぇ」

 

「気になるな」

 

気になる、という単語を連呼する氷川達。

すると・・・

 

「長谷川、何をサボっている?」

 

後ろから凛とした声がする。

振り向くと、そこには日本刀を帯刀した生徒会役員のノヴァがいた。

 

「あ、いや、別にサボってるわけじゃねぇんだけど・・・」

 

「言い訳する暇があるならさっさと仕事しろ!」

 

と、ノヴァは年上であるはずの長谷川にも容赦ない言いよう。

 

「うぅ・・・分かってるっつーのに」

 

ぶつくさ言いながら長谷川は自分の持ち場に戻って行った。

 

「全く・・・それからお前達も!」

 

長谷川の背中を見送りつつ、氷川達にも鋭い視線を向けるという器用な芸当をするノヴァ。

 

「な、何だよ、ノヴァ?」

 

「休憩時間はとっくに終わったはずだが?」

 

ノヴァは誰に対しても毅然とした態度を崩さない。

どうでも良いが、彼のこの性格は生徒会内では白井黒子と並んで厳しいと言われていたりする。

 

「今暑いから休憩してんだよ、何か文句あるか?ヒヨコ豆君よぉ?」

 

と、玄野がノヴァを挑発する。

 

「なっ!?貴様!!僕を侮辱するつもりか!!!」

 

・・・しかし、白井黒子に比べると結構キレやすいのが玉に瑕である。

 

「あぁ、そうだよ!!つかお前、下級生の癖に生意気なんだよ、敬語くらい使えや!!!」

 

「黙れ黙れ黙れぇ!!僕だって小柄なお前に言われる筋合いは無い!!!」

 

「うっせぇ、ヒヨコ豆!!」

 

「あー!!またヒヨコ豆って言った!!!これでも毎朝牛乳飲んでるんだぞ!!!!」

 

「ハッ、バカか!?牛乳飲んだくらいで背なんか伸びねぇんだよ!!!」

 

 

---子供かお前ら・・・---

 

 

二人のキャラ崩壊振りもそうだが、あまりにも低レベルな口喧嘩に暫し唖然とする氷川。

 

「ほ、ほぇぇ、喧嘩は駄目だよぉ!」

 

唯はその隣であたふたしている。

 

「もう限界だ!!叩き斬ってやる!!!!」

 

と、ノヴァは腰に差していた日本刀を勢いよく抜刀する。

 

「おぉ!?殺る気かぁ!?面白いじゃねえか!!!!」

 

玄野もガンツソードを構えて臨戦状態になる。

 

「いや、つーかそれどっから出したぁぁぁ!?」

 

もはや氷川のツッコミも彼らの耳には届かない。

 

「覚悟は良いか、ヒヨコ豆ェェ!!」

 

「望むところだ、このチビめが!!」

 

「お前ら少し落ち着けぇぇぇ!!!???」

 

血生臭い闘争が始まろうとした、まさにその時、

 

「・・・あなた達、何をしているの?」

 

玄野とノヴァの間に割って入る少女がいた。

その少女は流れるような銀髪のロングヘアに金色の目、白いブレザーを着ている。

 

「って、立華?」

 

そう、彼女は生徒会書記の立華奏だ。

奏はノヴァの方へ向き直りながら言う。

 

「ノヴァ君、喧嘩はしちゃダメっていつも言ってるでしょう?」

 

「僕は彼らに注意を喚起しただけですよ。それに、そもそもの原因はこいつが先に難癖を付けてきたからです」

 

「な!?お前あんだけ喧嘩売っといてそういう事言うか!?」

 

「落ち着いて、玄野君」

 

奏は玄野をなだめる。

 

「つーか、そもそもの原因はお前が偉そうな口利くから悪いんだろうが!?」

 

「仕方ないだろう?それに君こそ僕をヒヨコ豆だの何だのと侮辱したじゃないか」

 

「知るか!!ちょっとぐらいは年上を敬おうとする努力をしろって言いたいんだよ、俺は!!!!」

 

「ま、まぁまぁ、玄野」

 

と、ここで氷川がやっと口を挟む。

 

「ノヴァはただ単に俺達に注意しに来ただけだし・・・まぁ、確かにノヴァも少し腹立つ物言いだったけど、それは彼の性格じゃ仕方ないだろ?」

 

「そうだよ!ノヴァ君も別に悪気は無かったんでしょ?」

 

と、唯も氷川に続く。

 

「確かに私も休憩が長いって事は分かってたし、そろそろやんなきゃなー、って思ってはいたんだよ?」

 

「・・・いやいやいや、俺ら後輩にナメられてんだぜ?何で俺らが悪いみたいな話になってんの?」

 

納得していないのか、玄野は不満そうに言う。

 

「だーかーらー、元々俺らが休憩を短くしとけば良かったってわけ。そんならお前もノヴァも喧嘩直前までは行かなかったの」

 

「つまり喧嘩両成敗、という事ね」

 

と、奏がまとめる。

 

「とにかく、今回は喧嘩になる直前で良かったわ。もし喧嘩になっていたら……少なくとも殺し合いに発展していたわ…」

 

「全くですよ・・・ただ注意をしに来ただけでこんな面倒事に巻き込まれるなんて・・・」

 

「ノヴァ君」

 

すると奏はノヴァの額をデコピンで叩いた。

 

「痛っ!?何するんですか!?」

 

「もちろん、あなたにも原因があるわ・・・もう少し普通に注意ができないものかしら」

 

「し、仕方ないですよ・・・元々こういう性格ですし」

 

「・・・あなたはそう言ってこの前もリベルタ君と喧嘩していたわね」

 

「うぐっ、それは・・・」

 

「へへへっ、結局お前も怒られてやんの」

 

怒られているノヴァに横から茶々を入れる玄野。

 

「う、うるさい!?第一、リベルタとの件は、あっちから挑発してきたから・・・」

 

「人の挑発に乗るのは、あなたがまだ未熟な証拠よ?」

 

「だって・・・・それは・・・・・・んあー、もう!!とにかく、僕は悪くないからな!!!」

 

と、ノヴァは拗ねながら日本刀を腰の鞘に戻した。

 

「・・・引き続き巡回に戻ります」

 

そして力なく言いながらその場を立ち去った。

 

「全く、とんでもない奴だぜ」

 

言いながら玄野はノヴァの後姿に中指を立てる。

 

「・・・ごめんなさいね、彼には後でちゃんと言っておくから」

 

「いやいや、良いんだよ立華。元は俺達がダラダラやってたのが原因だし」

 

「うん、私も少し休みすぎてたよ!」

 

「そうかしら・・・でもあの子、よく他の人ともトラブルを起こすから・・・この間なんて池袋でカラーギャングの・・・・・何と言ったかしら?」

 

「ダラーズか?」

 

「そう・・・ダラーズの不良と喧嘩になって、相手を半殺しにしたって聞いたから」

 

「へぇ・・・そりゃ大変だったな・・・」

 

「とにかく、あの子はプライドが高すぎるのが玉に瑕ね・・・私からもよく注意しておくわ。バイト頑張ってね」

 

「おう、ありがとな」

 

「あと1時間だけど頑張るよぉ!!」

 

「ついでにノヴァのケツに蹴り入れといてくれー」

 

氷川達の声を背に奏は走って行った。

 

「さて、さっさとバイトに戻るか」

 

そう言って氷川は足下に転がっていた誘導棒を拾う。

 

「ねぇ、氷川君、ダラーズってなぁに?」

 

「え?平沢、ダラーズ知らないのか?」

 

玄野が驚いたように聞き返す。

 

「うん、最近よく名前聞くんだけど、どんな集団なのかなーって」

 

「まぁ、要するにダラーズってのはSNSサイトだよ。たまにカラーギャングと同一視されてるけどな」

 

と、氷川が説明する。

 

「へぇ・・・でもカラーギャングって、悪い人がいっぱいいるのかなあ」

 

「いや、確かに不良も多いけど普通にしてたらそういう連中と関わる事は無いよ」

 

「そうそう、しかも仲間内で連絡取り合うのに結構便利だから俺らも使ってるぜ?」

 

と、玄野は唯に自身のケータイの画面を見せる。

そこにはダラーズのマイページが表示されていた。

画面の右端にはアイコンと、ハンドルネームだろうか、『くろの』と表示されている。

 

「へぇー、それ私もやりたいなぁ」

 

「あ、それなら俺が招待メール送っとくから、そこから登録して」

 

「え?自分で勝手に登録しちゃいけないの?」

 

「あぁ、どうも一見さんお断りらしいんだ。一時は勝手に入っても良いよー、って方針だったんだが、今は完全招待制になってて誰かの誘いが無ければ入れないんだ」

 

玄野は唯の携帯に招待メールを送りながら言う。

 

「へぇ・・・あ、来た来た♪」

 

「まぁ、メールが来たら、後は好きに設定できるから」

 

「うん!ありがとう!!」

 

唯は嬉しそうに玄野に礼を言う。

 

「んじゃ、バイトに戻りますか・・・」

 

「・・・ところで、俺ら何かを忘れてないか?」

 

と、ここで氷川が玄野と唯に言う。

 

「?どうした?何かあったか?」

 

「・・・さっきの黒服だよ」

 

 

---あ、そう言えば・・・---

 

 

玄野と唯は今更思い出したようだ。

急いで正門の方を見る氷川達。

しかし、そこにはさっきまで居たはずの黒尽くめは忽然と消えており、帰宅する生徒たちの喧騒だけがあった。

 

「「「あれ?黒服は?」」」

 

頭の上に?マークを浮かべながら首を傾げる氷川、唯、玄野。

いつの間にかいなくなった黒尽くめ集団が何者なのか・・・それは後々分かる事になるのだが、それはまた別の話。



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第9話:Вы понравитесь Суши?(直訳;寿司好きか?)

「一番簡単で明白な思想こそが、一番解し難い思想である。」・・・ドストエフスキー

「難シイ事バカリ考エルヨリモ、スシ食ベルイイヨー」・・・サイモン・ブレジネフ

「(もきゅもきゅ)」・・・平沢唯

「(むしゃむしゃ)」・・・玄野計

「いや、喰ってないで何か言えよ・・・」・・・氷川京多


某日深夜、ダラーズチャットルーム・・・・

 

 

JACK.Aさんが入室されました

 

 

JACK.A

およ、誰もいない

 

JACK.A

ダラーズも最近過疎ってるとは聞いてたけど・・・

 

JACK.A

ま、後でまた顔出しますか

 

 

JACK.Aさんが退室されました

 

現在、チャットルームには誰もいません

 

バキュラさんが入室されました

 

 

バキュラ

んー?

 

バキュラ

誰もいないっぽいね〜?

 

バキュラ

よしよし、

 

バキュラ

今ならこのまっさらなフィールドで好き放題言いたい放題できるってワケだ

 

バキュラ

Hey,聞いてくれよジャック

 

バキュラ

俺は小学校の時、

 

バキュラ

同級生の可愛いコに縦笛を吹かれた事があるんだ

 

バキュラ

その現場を発見した俺は黙っててあげるかわりにこう言ったのさ

 

 

JACK.Aさんが入室されました

 

 

JACK.A

「お前が口を付けたい笛は俺の顔にあるだろ?」ってわけで?

 

バキュラ

そうそう、それそ・・・

 

バキュラ

ひッ

 

バキュラ

JACKさんばんわっす

 

JACK.A

相も変わらず寒いですなぁ

 

 

ゆいーん。さんが入室されました

 

 

ゆいーん。

こんばんわ〜

 

ゆいーん。

何やってるんですかバキュラさん?

 

バキュラ

ばん・・・・わ・・・・・

 

バキュラ

・・・わ、笑えよ

 

バキュラ

みんな俺を笑えばいいじゃないか!!

 

JACK.A

LMFAO

 

ゆいーん。

はっはっはー!!!

 

バキュラ

ちょ!?

 

バキュラ

ホントに笑われた!?

 

バキュラ

しかもJACKさん、

 

バキュラ

LMFAOって何!?

 

 

くろのさんが入室されました

 

 

くろの

皆さんわんばんこー

 

JACK.A

あ、くろのさんちわー

 

バキュラ

ば、ばんわっす

 

ゆいーん。

こんばんわ

 

くろの

何スかバキュラさん、

 

くろの

相変わらずの一発屋っスか?

 

バキュラ

な!?ち、違いますよ!!

 

バキュラ

俺はただ、このまっさらな大地に好き勝手書こうとして・・・

 

JACK.A

だとしてもネタがつまらなくね?

 

JACK.A

もっと先生ショナルに行きましょうや

 

くろの

先・・・生・・・?

 

バキュラ

いやいや、

 

バキュラ

JACKさんも結構寒いっすからね!?

 

JACK.A

はて、何の事やら

 

 

田中太郎さんが入室されました

 

 

田中太郎

こんばんは

 

田中太郎

皆さん今日も賑やかですね

 

くろの

あ、太郎さんばんわー

 

ゆいーん。

こんばんわ♪

 

JACK.A

ちわでーす

 

田中太郎

あれ、

 

田中太郎

新人さんがいるみたいですけど…

 

ゆいーん。

あ、はいはーい

 

ゆいーん。

くろのさんの紹介で入ったゆいーん。でーす!!

 

ゆいーん。

よろしくお願いしまーす☆

 

田中太郎

あ、こちらこそよろしくお願いしますねー

 

バキュラ

なんか甘楽さんと性格似てますね

 

田中太郎

それはそうと、

 

田中太郎

今日もバキュラさんイジられてるんですか?

 

バキュラ

そうなんすよー(T . T)

 

バキュラ

特にJACKさんが酷くて・・・

 

JACK.A

おいおい(゚O゚)\(- -;

 

JACK.A

他人のアドバイスを蔑ろにするようではまだまだですよ?

 

バキュラ

え!?

 

バキュラ

あれアドバイスなの!?

 

JACK.A

あ、そうそう、何時間か前にやってたテレビ、見ました?

 

バキュラ

ちょ、無視られた!?

 

田中太郎

あ、あの池袋の奴ですよね?

 

くろの

俺も見たっすー

 

ゆいーん。

池袋で何かあったんですか?

 

田中太郎

何か例の通り魔がまた現れたらしいですよ?

 

ゆいーん。

通り魔・・・?

 

田中太郎

リッパーナイトって覚えてません?

 

田中太郎

数ヶ月前に一晩で池袋を中心に連続通り魔事件が起こった、あれの事ですよ

 

ゆいーん。

あー!そんな事もありましたね!

 

ゆいーん。

あの時は学校が臨時閉鎖されたりして大変だったなぁ・・・

 

くろの

最近、その通り魔がまた暴れてるらしいんすわ、池袋で

 

JACK.A

ニュースでは加害者は黒服でサングラス着用、って言ってましたけど

 

バキュラ

え?何そのMIB臭w

 

JACK.A

あながちそうかもねw

 

くろの

ま、外を出歩く時は気をつけた方が良いって事っすかね

 

くろの

こないだの宇宙人騒動もそうですし

 

田中太郎

あー、ありましたね、そんな事も

 

田中太郎

実はあの時、僕現場近くにいたんですよね

 

くろの

・・・ん?

 

田中太郎

それで何か黒い機械っぽい服着た集団を見たんですけど、

 

田中太郎

何だったんでしょうね・・・

 

くろの

案外今話題の通り魔と関係してたりしてw

 

バキュラ

通り魔が宇宙人って事っすか?

 

くろの

・・・・・・

 

JACK.A

あれ?くろのさん怒ってる?

 

くろの

怒ってませんよぉ〜(怒)

 

ゆいーん。

怒ってる怒ってるΣ( ̄。 ̄;ノ)ノ

 

田中太郎

と言うより、

 

田中太郎

今ここにいる皆さんて池袋住みなんですか?

 

田中太郎

基本的にこのチャットにいる人は池袋とか新宿とか・・・都心に住んでる人が多いみたいなんで

 

JACK.A

ちなみに太郎さんはどこ住みなんすか?

 

田中太郎

あ、僕は池袋です

 

バキュラ

俺も一応池袋っすよ

 

バキュラ

JACKさんはどこなんすか?

 

JACK.A

あ、俺は品川寄りの方です

 

くろの

俺もそんぐらいっすかね

 

JACK.A

まぁ、池袋にはあんまり行った事ないんですけど

 

ゆいーん。

私はちょっと離れてるかも・・・

 

ゆいーん。

別に地方ではないんですけどね(^ω^;)

 

田中太郎

へぇー

 

田中太郎

まぁ、こんな感じでダラダラやってるんで、これからも是非ご贔屓にして下さいね、ゆいーんさん

 

ゆいーん。

あ、どうもー(((o(*゚▽゚*)o)))

 

JACK.A

ともあれ、俺、明日はその混沌と欲望渦巻く池袋へ進撃しなきゃならないんでね・・・

 

くろの

あ、そうだったっスー

 

ゆいーん。

明日が楽しみ〜

 

田中太郎

ってあれ?

 

田中太郎

ゆいーんさんとJACKさんとくろのさんってリア友なんですか?

 

くろの

あ、学校同じなんですよ

 

JACK.A

ほいでクラスも同じっていうねw

 

バキュラ

池袋へは何をしに?

 

ゆいーん。

ちょっと買い出しに行くんですよぉ

 

バキュラ

ヘぇ〜、

 

バキュラ

それじゃどこかで会えるかも、ですね!

 

JACK.A

くれぐれも背中にご用心、ってわけですな

 

バキュラ

え!?

 

田中太郎

襲うんですかw

 

JACK.A

かーもね( ̄ヮ ̄)

 

田中太郎

お手柔らかにお願いしますよw

 

 

翌日、池袋駅前・・・・

 

 

「玄野も唯も遅いな…」

 

スターバックスの前に座り、自前のiPhoneで曲を聴いている若者が呟く。

銀色の髪をオールバックにし、青いTシャツに迷彩柄のカーゴパンツ、首には十字架のブローチといったラフないでたちをしているのは我らが主人公・氷川京多で間違いない。

 

 

---それにしても・・・---

 

 

と、氷川はイヤフォンから流れてくるFear,and Loathing in LasVegasの『Jump Around』という曲を聞きながら思う。

 

 

---池袋って、まるでメキシコみたいだな・・・---

 

 

多くの人々や車達が行き交い、多種多様な思想や欲望が入り混じる街、それが池袋だ。

氷川は以前旅行へ行った、南米はメキシコに思いを馳せる。

そして意味もなく「ハラペーニョ!アミーゴ!!」などと呟いてみる。

 

「何言ってんだ、お前」

 

すると後ろから声をかけられるので振り向くとそこにはTシャツ姿の玄野が立っていた。

 

「あ、玄野」

 

「何だよ、ハラペーニョって」

 

「何となく言ってみただけさ」

 

言いながら氷川は座っていた場所から身を起こす。

 

「つーか、唯は?あいつも一緒に来るんだろ?」

 

「今電車遅れてんだとさ」

 

と、玄野は伸びをしながら言う。

今日はよく晴れている。

 

「にしても最近暑いよな」

 

「あぁ、今日は気温50℃超えだってさ」

 

「うわ、それ砂漠並みじゃん・・・」

 

そんな事をつらつらと喋っていると・・・・

 

「ごめーん、お待たせ〜・・・」

 

池袋駅構内の人混みの向こうから唯がこちらに向かって来る。

 

「電車が停電で止まっちゃって大変だったよぉ・・・」

 

そう言う唯の頬を汗の雫が伝う。

恐らくは長時間蒸し暑い電車の中にいたのだろう。

 

「マジか・・・これ使う?」

 

と、玄野は肩提げバッグからデオドラントスプレーを取り出す。

 

「あ、ありがとー・・・ふぃー冷たくて気持ちぃ〜」

 

唯はそれを受け取って自分の首や腕にスプレーした。

 

「さて、そろそろ行くか?」

 

「そうだな」

 

「まずはロフトだね!!」

 

そう、今日氷川達は夏祭で使う道具の買い出しに池袋まで来たのだ。

ひとまずはロフトへ向かう事にする。

 

「いつ来ても人多いな、池袋」

 

玄野が周りを見回しながら言う。

どこを見ても多くの人々が行き交い、サラリーマンやOL、学生や女子高生などと言った様々な職種や立場の人間で埋め尽くされている。

 

「都心って大体こんなもんだろ。まぁ、イギリスほどじゃないけどな」

 

と、氷川。

ちなみに氷川、幼少期をイギリスで過ごしていたりする。

そのため、非常に英語が達者だったりするのだが・・・それはまた別の話。

 

「え?京多君ってイギリス行った事あるの?」

 

「行った事あるどころか住んでたよ、7年前まで」

 

「え!?イギリス住んでたの!?凄いね!」

 

「ヘェ〜、俺それ初耳だぜ」

 

「言ってなかったか?」

 

そんな会話を交わしながら歩いていると・・・・

 

「ハーイ、ソコノオ兄サン方、スシ、イイヨー」

 

突然後ろから呼び止められる。

振り向くとそこには何故か板前の服を着た黒人がいた。

背は非常に高く、周囲を歩く人々と比べても天と地の差だ。

 

「へ?す、寿司っすか?」

 

「オー、今日ノ露西亜寿司ハ学生サン向ケ出血大サービス中ヨー、今ナラ料金トイチにナルヨー」

 

と、黒人は奇妙な日本語を喋る。

 

「と、トイチ・・・?」

 

この黒人が言いたいのは割引きの事か、と氷川は一人納得した。

しかし、こんなに日本語のおかしな外国人が経営している寿司屋である。

そんでもって名前が露西亜寿司と来た。

正直、とてつもなく胡散臭い。

どんな寿司が出されるのかも想像すらできない。

 

「あー、あの…今急いでるんで・・・・」

 

と、氷川が丁重に断ろうとするが、

 

「へぇー、お兄さん、サイモンって言うんだぁ」

 

「ホントはサーミャナンダケドネ、ミンナソウ呼ブンデスネ〜」

 

「あ、ロシア人だったんすか?」

 

「オー、私ロシア人ヨー、デモ黒人ダカラ、タマニアメリカ人言ワレルヨー」

 

・・・・・よりにもよって玄野と唯が早速打ち解けていた。

 

「っておい!!」

 

氷川は玄野と唯の首根っこをひっ掴んで自分の方に引き寄せる。

 

「何仲良くなってんだよ!?」

 

「いや、結構良い人そうだったからさ・・・」

 

「違うよ玄野くん、サイモンさん凄く良い人だよ!!」

 

と、二人は口を合わせたように言う。

 

「それにもうお昼だし、お寿司なんて久しぶりだし・・・」

 

「いや、行く気か?」

 

「「当然!!」」

 

マジかよ、と氷川は眉間を摘まむ。

 

「オー、パツギンノオ兄サン、頭オサエテ風邪デモ引イタノ?」

 

するとサイモンがいつの間にやらこちらに来て、氷川達を上から覗き込んでいた。

 

「うわ!?い、いつの間に・・・?」

 

「風邪引クノ、良クナイヨー、風邪ニハ青魚が一番ネ、青魚、秋刀魚、丸ゴト一本握りニスルトイイヨー」

 

 

---風邪に青魚なんて聞いた事ないぞ・・・・---

 

 

氷川はサイモンの全く意味の分からない理屈に少し固まる。

 

「まぁ、他の飯屋探すのも面倒だし、行くだけ行ってみようぜ」

 

「オー、毎度アリヨー」

 

「わーい、お寿司だ〜♪」

 

 

---勘弁してくれよ・・・---

 

 

氷川は心の中で大きな溜息をつきながら、唯に手を引っ張られて店内に入って行くのであった。



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第10話:悪い事は連続して起こるから気をつけろ(前編)

「怪物と闘う者は、その過程で自らも怪物と化さぬよう心せよ。」・・・フリードリヒ・ニーチェ

「そんな事よりなにかいいバイト無いですか?」・・・長谷川泰三

「「そーゆー事は他所で言え!」」・・・志村新八&氷川京多


前回のあらすじ

夏祭の買出しのために池袋に来た氷川達は突然現れたカタコトの日本語を喋る黒人のロシア人板前に出会う。

板前服を着た黒人、しかもロシア人、この色々とっ散らかりまくった男に露骨な不信感を抱く氷川。

しかし、あろう事か唯と玄野はその黒人と意気投合してしまう。

そして何故かロシア人の勤めている「露西亜寿司」なる寿司屋で昼食を摂る事になってしまい・・・

さぁ、どうなってしまうのか?

 

 

「・・・前置き長いな」

 

「そうだね、玄野くん」

 

・・・と、玄野と唯は意味無く天井を見上げながら呟いた。

悪かったね、長くて。

 

「・・・誰に喋ってるんだ?」

 

そう力無く突っ込むのは我らが主人公、氷川京多だ。

彼らは今、あの黒人の勤務する寿司屋・「露西亜寿司」のカウンター席に座っていた。

氷川は湯呑を持ちながら店内を見渡す。

 

 

---本当に大丈夫なのか、ここ・・・・---

 

 

氷川がそう思うのも無理はない。

店内はロシア王朝の宮殿をそのまま縮小させたかのような内装に、和風の寿司カウンターが無理矢理括り付けられている。

カウンター席だけならまだ良い方で、座敷の方は大理石の外壁に畳という、協調性の欠片も無い状態だ。

しかも天井からは『安心料金!オール時価』と書かれた垂れ幕がぶら下がっている。

 

 

---・・・しかも時価って・・・---

 

 

今の氷川の脳味噌は一度に大量に入ってきた情報を整理するのに手一杯だ。

おかげで店の中に響く喧噪がまるで耳に入らない。

 

「氷川は何か頼まないのか?」

 

と、玄野の声で氷川は我に返る。

見ると玄野も唯も寿司を注文していたらしく、それぞれの皿の上に握り寿司が載っていた。

 

「って、お前らいつの間に頼んだのか?」

 

「京多くんがぼーっとしてるから待ち切れなくなっちゃったよぉ」

 

「お前も何か頼めよ」

 

玄野はマグロを旨そうに食べながら言う。

人を無理矢理連れて来た奴がそれを言うか?

氷川は少しムッとしたがそれはあえて顔には出さず、代わりに何でもない風でメニューへ目を向ける。

メニューには様々な種類の寿司が写真と共に掲載され、中にはボルシチ寿司やピロシキ寿司なる怪しげなブツもあったが、取り敢えず氷川はサーモン握りを頼む。

注文を聞いたロシア人板前は外人にしては見事な手さばきでサーモンを握り、あっという間に氷川の前へ出す。

 

 

---へぇ、見た目は結構まともだな・・・---

 

 

氷川はそんな事を思いながら、寿司を口に突っ込む。

 

「あ、美味しい」

 

意外にもその寿司はちゃんとしており、変に酸っぱい事もなく、かと言ってワサビを入れすぎたわけでもなく、中々旨い寿司だった。

 

「結構イケるなぁ」

 

これに調子付いたのか、氷川は帆立とマグロの握りを頼んだ。

ロシア人板前も手慣れたもので、握り寿司も三種類までならものの数秒で完成させる。

それを見ていると奇をてらった店内もそこまで気にならなくなってきた。

 

「へぇー、イワノフさんって元軍人さんなんですね!」

 

玄野の隣で唯が板前の一人と喋っている。

 

「まぁ、軍人と言っても、7年も前の話ですがね」

 

「でも、何で板前さんに?」

 

「元々日本の文化が好きでしてね・・・退役を節目に日本に移住して、この寿司屋で働いているわけです」

 

と、板前は少し訛っているものの、流暢な日本語を喋る。

 

 

---軍人から板前、かぁ・・・---

 

 

氷川は帆立の握りを口に運びながら人生とは本当にどうなるか分からない物だと改めて思う。

数分後、他の二人の腹も膨れてきたところで氷川は会計をするためにレジへ向かう。

するとその時、店の引き戸越しに自動販売機が吹っ飛んで行くのが見えた。

次の瞬間、けたたましい轟音と共に何かの破砕音が響く。

 

「な、何だ!?」

 

財布を持った状態でたじろぐ氷川。

 

「あー、こりゃ静雄がまた暴れてんな」

 

と、カウンターの方から板前の一人が呟く。

 

「静雄って誰ですか?」

 

唯が板前に尋ねる。

 

「お嬢、ひょっとして平和島静雄知らないのか?」

 

「はい、池袋は始めてですから・・・」

 

「平和島静雄、この界隈じゃ有名な、最強のチンピラさ」

 

と、板前は説明を始める。

 

「チンピラって・・・でも何で自販機が・・・?」

 

「あぁ、静雄の奴はとんでもねぇ力持ちでな、ウチのサイモンも中々凄いが静雄の比じゃないだろうな」

 

チンピラが何で池袋最強・・・?

しかも自販機まで投げ飛ばすのか・・・?

氷川は板前の言葉に頭をかき乱される。

 

「まぁ、あれだ。静雄が暴れてる間はなるべく外に出ない方が良いかもな」

 

そう言いながら、板前は再び俎の上の魚を切り分け始めた。

 

「池袋最強?」

 

氷川は財布から五千円札を取り出し、それをレジ横の台に置きながらぼやく。

 

「そんなバッカな・・・」

 

「氷川、今は出ない方が良いぞ」

 

すると、店を出ようとする氷川を玄野が珍しく制止する。

 

「何だよ、玄野まで・・・びびってんのか?」

 

冗談めかして問うが、玄野は割と真面目な顔で続けた。

 

「平和島静雄ってのは俺も聞いた事がある・・・っつーか、こないだウチの部活の後輩が喧嘩売った相手だよ」

 

「だから何だよ?別に喧嘩売ったのは後輩なんだし怯える必要無いじゃん」

 

「それが大ありなんだよ・・・とにかく今はマジで外に出ない方が良いって!」

 

しかし、玄野の制止も空しく、氷川は露西亜寿司の引き戸を開けた。

すると次の瞬間、

 

 

 

「ぃぃぃぃいいいざぁぁぁぁやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 

 

火山が噴火したような怒声と共に氷川の鼻先を"ポスト"がかすめる。

 

「・・・・・え?」

 

氷川の思考は停止した。

というより、目の前に広がる光景が氷川の脳内キャパシティでは処理しきれていない、と言った方が適切だろうか。

 

「な、な、な・・・」

 

氷川の目の前に広がっていたのは、

 

 

「池袋に顔見せんなッつッてンだろうがああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 

"道路標識"を"片手"に暴れるバーテン服を着た青年と、

 

 

「やだなぁ、俺がどこに行こうがシズちゃんには関係ないじゃーん?」

 

 

呑気な口調でバーテンを挑発しながらも見事なパルクールで辺りを跳ね回る黒服の青年による、壮絶な鬼ごっこだった。

 

「・・・・」

 

氷川は驚いたままの表情で引き戸をピシッと閉めた。

 

「・・・な?」

 

と、玄野が妙に穏やかな顔で言い、氷川はそれに頷く。

 

「え?何々?外で何かあったの?」

 

外の様子を見ていなかった唯は氷川と玄野の顔を見て首を傾げる。

 

「唯、世の中には知らなくても良い事もあるんだぞ?」

 

氷川は慈しむような声で唯を諌める。

 

「・・・・取り敢えず、少しじっとしとこうか・・・」

 

「・・・そうだな」

 

氷川と玄野がそう言い合い、

 

「???」

 

唯は全く意味が分からないとでも言うように首を深く傾げた。

 

 

一方その頃、ダラーズチャットルーム・・・・

 

餓鬼

・・・まぁ、ここまでが粟楠会と明日機組が盃交わすに至った理由だな

 

テラ

餓鬼さん、えらいそっちの筋に詳しいんすね

 

餓鬼

昔、邪ン蛇カ邪ンに居た事があってよ、そーゆーのにゃ結構詳しいつもりだ

 

テラ

邪ン蛇カ邪ンって、ゾッキーすか?

 

餓鬼

まぁ、大昔の話だ

 

餓鬼

こっちの世界に入った瞬間辞めたけどなw

 

 

サイトーさんが入室されました

 

 

サイトー

よぉ、お前ら

 

餓鬼

おぉ、サイトーさん

 

テラ

サイトーさんちわっす

 

サイトー

今お前らどこよ?

 

テラ

今池袋っすわー

 

餓鬼

何かあったんすか?

 

サイトー

池袋でハンターの一人が見つかったらしい

 

サイトー

場所は駅の西口だ、多分そう遠くには行ってない

 

テラ

うわ、マジすか?

 

餓鬼

めっさ近くっすよー

 

餓鬼

殺して喰っちゃって良いッすかー?

 

サイトー

いや、まずはこの辺にいる連中を全員集めろ

 

サイトー

良いか、俺が行くまで誰一人殺るんじゃねーぞ

 

テラ

了解ー

 

餓鬼

わっかりやしたー

 

 

サイトーさんが退室されました

 

テラさんが退室されました

 

餓鬼さんが退室されました

 

 

池袋・某ネットカフェ・・・・

 

「・・・さてと」

 

各々に区切られた個室の一室から男がスマホ片手に出てくる。

外は真夏日だと言うのに、暑苦しい黒服に身を包み、サングラスを掛けている。

黒尽くめの男はスマホの画面をタッチして連絡先一覧を開き、所定の電話番号に掛ける。

 

『もしもし〜?』

 

五回目のコール音で少し息の荒い男の声が聞こえてくる。

 

「おぉ、俺だ。ブクロでハンター発見、今すぐに応援寄越せ」

 

『うへ、マジすか?俺今忙しいンすけど』

 

すると、相手側の方から「ねぇ、まだぁ?」と、これまた息の荒い女の声が聞こえてくる。

 

「知るかよ、ヤってるんならさっさと終わらせて来いや」

 

男は言うと、通話モードを切り、代わりにポケットからマイルドセブンを取り出して咥え、ライターで着火する。

フー、と紫煙を吐き出し男は首をゴキリ、と回す。

 

「さ〜てと、久々に暴れるか」

 

そう言う男の口元から覗く犬歯は、まるで獣の牙のように鋭く尖っていた。

 

 

池袋・某ラブホテル・・・・

 

「んねぇ・・・もうお終いなのぉ?」

 

と、ベッドの上で半裸を晒す女が問う。

その周囲には、今まで行為に及んでいたのか、使用済みのコンドームやティッシュが散乱している。

 

「おぉ、上からの命令だからな・・・お前もさっさと準備しろ」

 

と、今度は男が緩んだネクタイを締め直しながらそれに応答する。

この男もやはり、ネットカフェにいた男と同じく、黒尽くめだ。

 

「ちょっとぐらい無視しても良いじゃないのよぉ・・・」

 

女も黒いスーツに着替え始めながら言う。

 

「一回ヤった後の仕事って結構キツいのよ?」

 

「知らねーよ、第一、誘ったのはテメェだろーが」

 

「あら、そう言う割にあなたもノリ気だったじゃない?」

 

「うっせー、バカ」

 

男は欠伸と共に伸びをした。

 

「俺が好きなのは、燃えるようなセックスと」

 

「殺し合い、でしょ?」

 

黒いジャケットを羽織りながら、女が言う。

 

「私も、そんなあなたが好きよ?」

 

「そりゃどーも」

 

言いながらニヤリと笑む男の口元から覗く犬歯も、牙のように尖っていた。



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第11話:悪い事は連続して起こるから気をつけろ(中編)

「勝利は最も根気のある者にもたらされる。」・・・ナポレオン

「俺自身くらい自分のこと信じてなきゃ何事も成すことはできないだろ?」・・・加藤勝


露西亜寿司・店先・・・・

 

 

「・・・やれやれ、やっと外に出れるな」

 

氷川は露西亜寿司の入口の前で大きな伸びをする。

あの後、外の騒ぎが収まるまでしばらく露西亜寿司に留まっていたのだ。

他の客も様子を察していたのか、食事を終えても外に出て行こうとはせず、つい先ほど外で客寄せをしていたサイモンの安全確認報告を受けてやっと店を出て行く者が増え始めた。

 

「全く、人の注意は最後まで聞けっての・・・おかげで寿命が3年縮んだわ・・・」

 

玄野が財布の中身を確認しながら言う。

 

「うわぁ・・・駅前がめちゃくちゃだよ・・・」

 

と、唯は駅前のロータリーの方を見ながら言う。

そこには自販機やポスト、道路標識などの普通ではあり得ない物が道に散乱し、先の騒動の凄まじさを物語っている。

 

「・・・つか、その平和島静雄ってさ・・・そもそも人間なのか?」

 

と、氷川はすぐそばに転がっていたポストを見ながら呟く。

 

「・・・まぁ、多分人間だろ?一応人間っぽい見た目だったし・・・」

 

玄野は氷川の呟きに応える。

しかし、このような言い方をしている辺り、平和島静雄はおおよそ人間としては見られていないようだ。

 

「まぁ、あれだ。こう言う面倒な事にはあまり関わらない方が良いって事か?」

 

「あぁ、そうだな」

 

「じゃあ、改めてロフトに行こう!」

 

「おし、行くか!」

 

氷川達は適当にその場の空気をまとめると、ロフトへ向って歩き出した。

しかし、この時彼らは気付いていなかった。

自分達の後ろから、怪しげな黒尽くめに尾行されているという事に・・・

 

 

同刻・ダラーズチャットルーム・・・・

 

ジンギ

見っけたぜ・・・

 

ジンギ

http://img965.xxxx/img965/1234/xxxxx.jpg

 

マッツィ

おー、近え近え

 

テラ

俺もここのすぐ近くだ

 

ガンノスケ

殺ッちゃって良いのかー?

 

餓鬼

いや、

 

餓鬼

サイトーさんが来るまで尾行しておけ

 

マッツィ

マジかよ・・・ま、良いや

 

ジンギ

ほんじゃ、追跡続けますかね

 

 

ジンギさんが退室されました

 

マッツィさんが退室されました

 

ガンノスケさんが退室されました

 

餓鬼さんが退室されました

 

テラさんが退室されました

 

現在、チャットルームには誰もいません

 

現在、チャットルームには誰もいません

 

現在、チャットルームには誰もいません

 

 

顔巣学園・職員室・・・・

 

「・・・ヤバい事になりそうだなこりゃ」

 

エアコンの効いた職員室の中、学園に務める教師陣のデスクで埋め尽くされた一角に自身のノートパソコンを見つめながら呟く少女がいた。

キャスター付きの椅子の上に体育座りで座り、白衣を羽織っている。

口にはポッキーを吸いかけの煙草のように咥え、パソコンの画面を食い入るように見ている。

 

「つるぎ先生〜、また職員室でエロゲですか?」

 

と、パソコンを見ている少女の横から紙コップに入ったコーヒーを差し出す男がいた。

背広を着て、何故か顔を通勤カバンで隠している。

 

「いや、今日はちーとSNSをな」

 

と、つるぎと呼ばれた少女はコーヒーを受け取って一口啜る。

彼女の名は邪神つるぎ。

見た目は子供だがこの顔巣学園に勤務する、れっきとした教師だ。

無論、少女なのは見た目だけで、実年齢はおば・・・

 

「おい、作者ァ・・・それ以上言ったらどうなるか、分かるよな?」

 

ごめんなさい、分かりましたから名状しがたいバールのような物を投げるのだけはやめて下さい・・・。

 

「ったく・・・私はまだピッチピチの現役だっつの!」

 

・・・ともあれ、彼女は所謂ちびっこ先生なのである。

 

「あのぉ・・・作者さん、そろそろ僕の紹介も・・・」

 

え?あんたの紹介必要か?

 

「そんな!?一応僕だってこの物語の登場人物の一人なんですから、ちょっとだけでも紹介して下さいよぉ!!」

 

あー、はいはい・・・彼は月読神臣。

顔巣学園に勤務する、妹大好きのど変態です、以上。

 

「ちょ、ちょっと!それはいくら何でも酷すぎません!?しかも半分も紹介されてないですよ!?」

 

・・・まぁ、彼については読者の皆様個人でWikipedia等を活用して調べていただきたい。

 

「おい、神臣」

 

と、ここでつるぎがパソコンから目を離さずに神臣に言う。

 

「な、何ですか?」

 

「これ、何だと思う?」

 

神臣はつるぎのパソコンの画面に通勤カバンで隠された顔を近づけた。

ちなみに本当にこれで見えているのかは読者各人の想像にお任せする。

さて、そのパソコンに表示されていたのは・・・・

 

「・・・これって、確か何とかって言うカラーギャングのチャットですよね?」

 

「ダラーズ、だぞ」

 

「でも、何でつるぎ先生がこんなサイトを?」

 

「単にSNSサイトとしては結構便利だからな、つか、それは良いんだよ」

 

つるぎは最近更新された書き込みを指差す。

そこには都内のどこかで撮られたと思しき画像が添付されていた。

そこに写り込んでいたのは・・・

 

「これって・・・ウチの生徒、ですよね?」

 

「あぁ、そうだ。でも問題はそこじゃねえ」

 

と、つるぎは画像の上の過去ログを神臣に見せた。

そこにはこんな書き込みがされていた。

 

 

ザキ

カモ発見w街頭凸撃取材と行きましょー

 

 

所戻って、池袋某所・・・・

 

「・・・で、結局ロフトってどこなんだ?」

 

氷川が額の汗を拭いながら問う。

 

「いや、地図だとこの辺なんだけどな・・・」

 

と、玄野は地図アプリを起動させたスマホを見ながら応える。

あの後、露西亜寿司を出た氷川達はロフトへ行くつもりだったのだが・・・彼らは現在、絶賛迷い中だった。

 

「ねぇねぇ京多くん、この辺ってホテルが多いね!」

 

ただ一人能天気に唯は言う。

 

「確かに、何か雰囲気悪いな・・・」

 

「あ、あのホテルの看板きれいだね!」

 

「唯、変な勘違いされるからここではしゃぐのはやめろ」

 

と、氷川が唯を窘める。

 

「・・・なぁ、氷川」

 

すると玄野が突然、神妙な面持ちで氷川に話しかける。

 

「ん、どした?」

 

「俺ら、さっきからつけられてるぞ・・・」

 

「は?何で?」

 

「後ろ、こっそり見ろよ」

 

氷川は玄野に言われた通り、首の運動をするフリをしながら後ろに目をやる。

そこには、この真夏日だと言うのにも関わらず、黒い服を来た集団がぞろぞろと氷川達の後をつけていた。

 

「何だ?あいつら・・・」

 

「私達の後からついて来てるけど・・・」

 

唯も事態を察したのか、声を顰める。

 

「どうする?交番行くか?」

 

「いや・・・この辺交番無いぞ」

 

「じゃ、このまま大通りまで出るか?」

 

そんな事を言っていると・・・

 

「いたいた、今囲んだー」

 

なんと、前の方からも黒服が来ていた。

 

「他の奴ぅ?あぁ、何か一緒に歩いてるのが二人、一人は女・・・」

 

前の方から来た黒服の集団の先頭に立った短髪の男が携帯で何やら状況を報告している。

 

「殺して喰っちゃって良いだろ?・・・あぁ、了解」

 

殺す、という余りにも物騒な単語を言いながら男は携帯をポケットにしまい、こちらに近付いて来る。

 

「な、何だよ、これ・・・」

 

「い、今殺すって・・・」

 

唯は氷川の後ろで完全に震え上がっている。

 

「こいつは・・・とりあえずヤバいぞ」

 

言いながら玄野はバッグの中に手をやる。

恐らくXガンかガンツソードを取り出そうとしているのだろう。

 

「・・・あれ?」

 

しかし、突然玄野の表情は一変した。

 

「・・・ない」

 

「どうした?」

 

「・・・Xガンが・・・ない」

 

その言葉に氷川と唯の顔に冷や汗が滲む。

そんな彼らの前に先ほど携帯で喋っていた黒服が立つ。

 

「よぉ、久しぶりだな、タコ坊主君よぉ・・・」

 

と、黒服がガラの悪い口調で言う。

しかし、その言葉は何故か玄野にだけ向けられていた。

 

「お前ら・・・」

 

玄野は苦々しげに黒服を睨みつける。

 

「オフの日の楽しい散策中悪いなァ」

 

男はヘラヘラと下卑た笑みを浮かべる。

 

「わ、私達に、何の用ですか・・・?」

 

唯が震える声で尋ねる。

 

「んー、まぁ、嬢ちゃんとそこの銀髪には大した用事ねぇんだけどよ」

 

言いながら、男はポケットに突っ込んでいた手をピストルの形にして氷川達に突きつける。

するとその指先から銃口が現れ、たちまち男の手中に45口径のハンドガンが出現した。

 

「俺らはお前らのツレの命が欲しいンだわ」

 

男はゆっくりとピストルの引き金に指を掛けた。

そして、口からまるで牙のように尖った歯を見せながら、ニヤリと笑んだ。

 

「でもまぁ、お前らも中々美味そうだしな。ついでに美味しく頂いてやるぜ・・・」



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第11.5話:The Great Escape in Ikebukuro

「人生に必要なものは、愛と勇気と少しのお金である」・・・・チャーリー・チャップリン

「人生に必要なもの、ねェ・・・とりあえず俺は全人類を愛しているから、必要なものなんて無いかな」・・・・折原臨也


多くの人々や車達が行き交い、多種多様な思想や欲望が入り混じる街、池袋。

そこには単に観光目的で来た者や、池袋が地元である者、そして腹の中に一物抱えるキレた奴ら、例を挙げればキリがないのだが、とにかく多種多様な思惑が錯綜する、泥っこくもあり、どこか新鮮な世界があった。

 

 

氷川達が露西亜寿司で食事している頃、池袋駅・西口・・・・

 

「ふにゃあ・・・」

 

日曜日の午後、右往左往する人々で埋め尽くされた駅前の喧騒の中。

壁に寄りかかりながら、ショートカットヘアのその少女は呑気な、それでいて少し独特な欠伸をする。

 

「ごめーん!かがみ、待った?」

 

すると、向こうからアホ毛が特徴的な金髪の少女が走って来た。

 

「遅いのですよ・・・何分待たせれば気が済むのですか?」

 

と、かがみと呼ばれた少女は眠たげに目をこすりながら言う。

 

「ごめんごめん、私池袋は始めてだからさ、道に迷っちゃって」

 

「それならケータイで道を確認すれば良いでしょうに・・・」

 

「や、そもそも私ケータイ持ってないし」

 

金髪の少女はカールした毛先を揺らしながら言う。

 

「・・・鎖々美さんも女子高生なら携帯を持つべきなのです・・・まぁ、それはいいでしょう。早く行きましょうか」

 

「まずはパルコだよね」

 

金髪の少女---月読鎖々美---とショートカットの少女---邪神かがみ---はデパートへ向けて歩き出した。

そう、この二人も氷川達と同様、顔巣学園の生徒で、やはり彼らと同じ理由で池袋へ来たのだ。

 

「それにしても・・・」

 

鎖々美は行き交う人々を見て言う。

 

「池袋って、こんなにゴミゴミしてたっけ?」

 

「東京の主要都市の一つですからね・・・人が多いのはよくある事なのでは?」

 

と、かがみは前後左右から絶え間なく迫り来る人の濁流をやり過ごしながら答える。

 

「でも、今日は休日ですからね。人通りが多いのはあるかもしれません」

 

「まぁ、そうだよね」

 

池袋の真ん中で友人同士、何気ない会話が紡がれる。

 

「そう言えば、買わなきゃいけない物って何だっけ?」

 

「リストは鎖々美さんが持っているはずでは?」

 

すると、鎖々美はかがみの問いに暫し黙る。

 

「・・・忘れたのですね、よく分かります」

 

かがみは呆れたように眉間に手をやった。

 

「ごめん!ど忘れした!!」

 

かがみに合掌しながらへこへこと頭を下げる鎖々美。

 

「・・・ふにゃあ・・・本当に仕方が無い奴なのですね、鎖々美さんは」

 

と、かがみは心底呆れたように、手首に意識を集中する。

すると、手首の真ん中が観音開きの要領で開き、中からiPo・・・もとい、小さなタッチパネルが現れる。

 

「買う物リストは・・・っと」

 

かがみは何の造作無く、手首に現れたタッチパネル(?)を操作する。

そう、邪神かがみは秘密結社アラハバキによって造られたロボットなのだ。

元々は顔巣学園の教員である邪神つるぎが「外敵」によって攻撃を受けて呪われた部分を切り離した肉片を、前述のアラハバキが拾って改造したもので、本来は呪われた「体の一部」でしかないため、当初は感情の無いロボットそのものだったのだが・・・それはまた別の話。

とにかく、かがみは手首のパネルを操作し、メモ機能を起動させる。

 

「・・・買う物はオレンジジュース二箱とうどん玉が一箱です」

 

「っていうか、かがみはそういう機能持ってるんだから何も私にリスト担当させなくても良いんじゃない?」

 

鎖々美はかがみが手首にパネルをしまい込む様を見ながら言う。

 

「そもそもリストを持ってくる役に自分から立候補したのは鎖々美さんでしょうが・・・」

 

「だってぇ、久々の学校で、しかも夏祭が近いなら、何かやっとかなきゃダメじゃん?」

 

「・・・鎖々美さんの厚かましさには脱帽するのです」

 

と、大きな溜息を漏らすかがみ。

 

「まぁ、買う物も分かったところだし!早く行こ?」

 

「・・・ふにゃあ・・・先が思いやられるのです」

 

鎖々美はかがみの制服の袖口をぐいぐい引っ張りながら目的地へと歩み始めた。

 

 

数分後、ラブホテル街・・・・

 

「さぁて、どう料理されてぇんだぁ?」

 

「とりあえずそこの銀髪とハンター殺して女は便所にしよーぜ」

 

「俺あの女すげー好みなんだけど」

 

「クラブで解体するか?」

 

場所は戻って、氷川達は突如として現れた黒尽くめの集団に囲まれていた。

 

「おぉ、ここで大人しく殺されるか?」

 

男は、玄野の額にハンドガンの照準を合わせ、ゆっくりと撃鉄を起こす。

カキャッ、という冷えた金属音が響き、発砲可能な状態になったのがわかる。

 

(おいおいおい!!これ、どうすんだよ!?)

 

八方塞がりの氷川は小声で玄野に言う。

 

(ンな事言ったって!今俺武器持ってねぇし!!)

 

(私達、ここで死んじゃうの!?)

 

唯はもはや半泣き状態だ。

しかし、黒服に周りを囲まれている以上、迂闊に動く事はできない。

下手に動けば、集中砲火を浴びて三人仲良くあの世逝きだ。

とはいえ、このままじっとしているわけにもいかない。

 

「くっそ・・・ここはイチかバチか、捨て身で行くしか無いか・・・」

 

玄野はそう呟くと、身体の横に掛けていたバッグを後ろに回し、氷川に目で合図を送る。

氷川もそれを察したようで、コクリと頷いた。

 

「おぉ?何だぁ?死ぬ覚悟でもできたのかい?」

 

ハンドガンの男はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら言う。

それに釣られて、周りの黒服達もヘラヘラと笑い出す。

 

「さぁ、それはどうだか・・・なっ!!!」

 

刹那、玄野が男に足払いを食らわせる。

そしてそれは見事に相手の足首に命中し、

 

「んだぁっ!?」

 

男は尻餅をついた。

その一瞬の隙を突き、

 

「氷川、ずらかるぞ!!!」

 

「よっしゃ!!!」

 

玄野と氷川は咄嗟に駆け出した。

 

「ふぇっ!?な、何々!!??」

 

唯も氷川に腕を引っ張られながら、駆け出した。

 

「ハンターが逃げたぞ!!!ぶっ殺せ!!!」

 

「クソガキがぁぁぁぁ!!!」

 

「殺せ!!誰でも良いから早く殺せ!!!」

 

後ろの方から黒服達の怒声が聞こえてくる。

しかし、氷川達はそんな事御構い無しにひた走る。

 

「このまま大通りまで出るぞ!!」

 

と、玄野は走りながら氷川に伝える。

 

「了解!!」

 

走りながら氷川もそれに応じる。

すると、

 

「わぁぁぁぁ!!!」

 

後ろからついて来ていた唯が突然絶叫した。

 

「ど、どうした!?」

 

「あ、あの人達、撃って来たよぉぉ!!!」

 

唯は走りながら後ろを指差す。

後ろの方から黒尽くめ達がサブマシンガンや日本刀で武装して追いかけて来ていたのだ。

サイレンサーを付けているのか、銃声は聞こえなかったものの、地面には確かに弾丸が穿たれた跡がある。

 

「げぇ!?マジかよ!」

 

「何で私達がこんな目にぃぃ!!」

 

「知らねえよ!!つか、何なんだよ、あいつら!!!」

 

池袋を舞台に始まった死の追いかけっこ。

氷川達は丸腰のまま、黒尽くめ達の発砲を避けながらただ、ひた走る。

果たして彼らの運命は如何に。

 

 

同刻、パルコ前・・・・

 

休日ということで多くの人々で賑わう池袋駅前のパルコ。

その出口から鎖々美とかがみが出て来た。

 

「必要なものは一通り買い揃えたよね?」

 

と、鎖々美は日差しから目を隠しつつ、かがみに問う。

 

「それは別に良いのですが・・・」

 

かがみは夏祭用の品が入った紙袋を持ちながら言う。

 

「鎖々美さんも少しは手伝って下さいよ・・・」

 

あなたは手ぶらなのに私だけ荷物持ちとはどう言う事ですか、とかがみは思った。

実際、紙袋の中には露店で振る舞うためのうどん玉とオレンジジュースがこれでもかと言う位に詰め込まれ、その重量は優に10kgを超えていた。

尤も、かがみの場合はロボットであり、尚且つ神経回路も自分の意思でON/OFFの切り替えはできるため、彼女自身は重量を感じていないのだが。

しかし、傍から見れば、ひ弱そうな女の子が意地悪な友人に大量の荷物を運ばされているようにしか見えなかった。

 

「かがみがジャンケンで負けたからでしょ?」

 

「はぁ・・・血も涙もないのですね・・・」

 

と、かがみが肩を落とした時だった。

 

「ねぇ、あれ何だろ?」

 

鎖々美がかがみの背中を叩きながら、奥の通りの方を指差す。

そこでは少年二人と少女一人が慌てふためきながら疾走していた。

そしてよく見ると、後ろからは黒尽くめの集団が後を追いかけている。

 

「・・・逃○中の撮影では?」

 

と、かがみは某有名番組の名を出してみる。

 

「いや、でもカメラマンいないし・・・しかも何か追いかけてる方も銃持ってるし」

 

「神々による改変・・・でも無いようですね」

 

かがみは頭頂部からスコープを出現させ、状況を分析する。

ちなみに改変とは、神々が支配するこの世界の全てのモノに宿る『神』というべき存在が、自分の支配下にある神を従わせ、事象を自由に変化させる事である。

そしてその「神」には個々の人格があり、自由に考え行動するのを通常は最高神であるアマテラスが統制しているのだが、ここから先は長くなるので割愛させて頂こう。

まぁ、とにかく、改変とは一言で言うに、神のいたずらとでも言うところか。

 

「どうやら追いかけられている方は私達と同じ学園の生徒のようなのです・・・」

 

「どうする?」

 

「むぅ、私としてはあまり面倒事に首を突っ込みたくないのですが・・・」

 

と、かがみがスコープを外したその時、どこからか携帯の着信音が鳴る。

 

「あ、電話が・・・」

 

今度は手の平に意識を集中するかがみ。

すると、かがみの手の平に画面と通話ボタンが現れ、みるみる内に携帯電話へと変化した。

ボタンを押し、電話に出る。

 

「もしもし?」

 

『おぉ、かがみか?』

 

電話の相手はつるぎだった。

飄々とした声が電話口から聞こえてくる。

 

「姉さん、何かあったのですか?」

 

『ん、まぁ、ちーとウチの生徒が厄介事に巻き込まれててさぁ・・・今お前らブクロにいんのか?』

 

「えぇ、まぁ。助けに行け、と言う事ですか?」

 

『まぁ、そゆこと。でもできる限り急いでくれよ?』

 

「それは何でまた?」

 

『いや、実はそっちで吸血鬼が好き勝手暴れてるって情報が入ったからさ』

 

電話の向こうで、つるぎは吸血鬼、という単語を出した。

 

『鎖々美にも被害が及んだら事だし・・・』

 

「・・・分かりました、とりあえずは鎖々美さんを安全な場所へ移すのです」

 

かがみはそう言って電話を切った。

そして鎖々美の方を向いてこう言った。

 

「申し訳ありませんが、この街にて少しばかり問題が発生したので、鎖々美さんは先に帰宅して下さい」

 

「えぇー!?何で?一緒に帰ろうよお」

 

鎖々美は頬を膨らましながら言った。

 

「しかし、鎖々美さんに危険が及ぶ可能性もあるのですよ?私はあなたの親友として最善の選択をしているのです」

 

「かがみ・・・でも」

 

と、かがみの言葉に対し、鎖々美が何か言いかけたその時。

 

「ちょーっといいですかぁー?」

 

「貴方の幸せを祈らせて下さぁーい」

 

鎖々美の背後から突然黒服の男達が現れる。

 

「!?い、いきなり何なのよアンタら?」

 

「良いから面見せろコラ」

 

うろたえる鎖々美を無視して、黒服の男達は鎖々美の顔を押さえ、冷徹な声を紡ぎ出す。

 

「こいつかぁ?」

 

「こ・い・つ・だ!ビンゴビンゴ。確変入りましたわぁー」

 

何がビンゴなのか、男達はニヤニヤと顔を見合わせる。

唇や鼻に開いたピアスやサングラスから透けて見える悪人相を見るに、彼らに平和主義者というイメージはどこにも無い。

突然の事に呆気に取られているかがみを他所に、男達は下卑た笑いを浮かべ、鎖々美に煙草臭い顔面を近づけた。

 

「君さぁー、こいつのお仲間だよなぁ?」

 

と、男の一人がポケットから携帯を出し、その画面を鎖々美の前に突きつける。

そこには機械的な黒いスーツを着た少年の姿が写っていた。

 

「は、はぁ?私・・・何も知らないですよ?」

 

「いやいやいや。トボけんなや。手前らのガッコーにこんな連中いるのは百も承知なんだぜぇ?」

 

「そーそー。確かガンツ部とか言う連中だよなぁ?」

 

「「・・・!?」」

 

ガンツ部という単語に、かがみと鎖々美の心が一気に震え上がる。

 

「まさか・・・貴方達は」

 

「そーそー、そのまさかさ。」

 

と、男はニヤリと歯を見せて不気味に笑んだ。

一瞬だが、チラリと見えた犬歯が牙のように鋭く尖っていた。

 

「・・・吸血鬼・・・」

 

かがみにとっては最悪のタイミングだった。

親友に被害が及ぶと判断した時には、既に遅かったのだ。

男はニヤニヤしながら続けた。

 

「ま、俺らの用は単純さ。別にアンタらに恨みがあるわけでもねぇんだわ」

 

「ただぁ、俺らはお前らのお仲間をやっつけたいだけだからぁ。ここまで言えば大体分かるよなぁ?」

 

と、黒服二人組の一人が鎖々美の肩を取り、自分の方へ引き寄せた。

どうやらスーツ越しに鎖々美の頭へ拳銃を突きつけているらしい。

 

「オトモダチを殺されたくなかったら俺らの言う事に従えって事さ」

 

「そそそ、そしたら殺すのだけは少し待ってやっk」

 

と、男が言いかけたその時。

ボクリ、と鈍い打撃音がその場に響き、黒服二人組はその場から2メートルほど吹き飛ばされた。

彼らは地面をゴロゴロと転がった後、近くにあった自販機に頭を強かに打ち付け、そのまま動かなくなった。

 

「え!?な、何!?何!?」

 

突然の出来事に狼狽する鎖々美。

周りの通行人も、何事かとこちらを見ている。

かがみが、目にも留まらぬ早業で、黒服二人組を殴り飛ばしていたのだ。

 

「・・・鎖々美さん、どうやら事態は相当深刻なようですので、先に帰宅する事を推奨するのです」

 

と、かがみは普段ののんびりとした口調とは打って変わったような重い声色で鎖々美に告げた。

身体は怒りに震え、目からは、見つめられただけで射殺されてしまいそうな眼光が零れる。

 

「・・・え?かがみ?」

 

「理由はどうあれ、彼らは鎖々美さんを傷つけようとした・・・私が直々に灸を据える必要があるのです」

 

「・・・まさか、かがみ、あんた!?」

 

「・・・大丈夫なのですよ、私はこれでもロボットなのですから」

 

言いながら、かがみは紙袋を地面に置き、下半身に意識を集中する。

すると、太腿からロケットエンジン、背中から鋼鉄製の翼が現れ、かがみの身体は飛行形態へ変化した。

 

「とにかく鎖々美さんは安全な場所へ逃げて下さい。あ、あとこの荷物もお願いしますね」

 

「え?ちょ、ちょっと!?こんな重い荷物持てないってばあ!!!」

 

鎖々美はこう言ったが、かがみは彼女の言葉を最後まで聞かずに、文字通りそのまま空へ飛び発った。

 

「・・・え、え〜・・・」

 

一人残された鎖々美はただ、呆然とするしかなかった。



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第12話:悪い事は連続して起こるから気をつけろ(後編)

作者の一言:今回は話が長いです


池袋某所・・・・

 

「あンのガキ共どこ行きやがったんだぁ!?」

 

「まだ遠くへは行ってないはずっすけど・・・」

 

「見つけたら絶対殺すぞ!!」

 

人の通りが少ない裏通り、誰に対してでもない怒声を張り上げながら、必死で何かを探す黒服の一団があった。

傍目から見ればホスト同士の喧嘩か、チンピラ同士の抗争にも見えなくはなかったが、彼らの持つ拳銃や日本刀などの得物が、ただの若者同士の喧嘩ではないという空気を醸し出していた。

 

「クッソ!ここには居ねーのか!?」

 

「他当たるぞ!!」

 

ここに探している対象はいない、と判断したのか、男達は裏通りを抜けて行った。

 

(・・・行ったか)

 

と、突然、近くの電柱付近にあったゴミバケツが口を利いた。

 

(そうみたいだな・・・)

 

(うぅ・・・早く帰りたいよぉ・・・)

 

今度はそのゴミバケツの近くに置いてあった二つの段ボールが口を利いた。

これだけを見れば、本来は物言わぬ無生物が喋るという心霊現象にも見えるが、決してそうではない。

ゴミバケツの蓋が開き、中から銀髪をオールバックにした少年が現れる。

 

「やれやれ、とんだ目に遭ったな・・・」

 

説明するまでも無いが、ゴミバケツから現れたのは我らが主人公、氷川京多である。

 

「俺らってホントについてないぜ」

 

言いながら、段ボールを脱ぎ捨てたのは玄野計と平沢唯だ。

 

「こんな事なら、買い出し係に立候補なんてするんじゃなかった」

 

「あぁ、全くだよ・・・」

 

「あの人達・・・何なの?玄野君のこと知ってるみたいだったけど・・・」

 

「あぁ、あれは吸血鬼だ」

 

「はぁ?吸血鬼?」

 

「吸血鬼って、牙が生えてて、血を吸う、あの吸血鬼?」

 

「そうそう」

 

玄野は当たり前であるかのように頷く。

 

「でも、何でだよ?何で俺たちが吸血鬼なんかに狙われてるんだ?」

 

「あー・・・実は、それにはちと深い理由があってな・・・」

 

玄野は肩についていた段ボールの切れ端を払いながら、事の次第を語り始めた。

 

「元々あいつらは、ガンツ部のミッションで討伐対象だったんだ・・・俺たちガンツ部は星人とか妖怪とか・・・まぁ、要は人外の存在を狩ってるんだけど、吸血鬼ってのは本来は人間なんだ」

 

「・・・それで?」

 

「星人とかの場合は、一度仲間を殺されたら大概はビビって俺たちには手を出さないんだけど・・・

奴らは仲間を殺されたら、どんな手を使ってでも復讐をして来やがるんだ。俺たちを研究し尽くして、スーツ無しでも充分に対抗できる手段を持ってな・・・例えばガンツ装備のステルス機能を無効化するサングラスとか、コンタクトレンズとか・・・当然奴らにとってはこっちの事情なんかお構い無しだから、さっきみたいに休日で丸腰の奴も殺そうとするんだ」

 

「だからガンツ部の部長である玄野が狙われた・・・って事か?」

 

「まぁ、そういう事だ」

 

「マジかよ・・・」

 

と、氷川は眉間を強く摘まんだ。

あー、ヤバい、相当ヤバい事に巻き込まれてんぞ、俺達。

 

「で、でも、玄野君は今武器持ってないんでしょ?こんな所でまた見つかったら・・・」

 

「あぁ、今度こそ一巻の終わりだろうな・・・」

 

「ふぇぇぇん、う〜い〜・・・」

 

玄野の言葉に唯はしくしく泣き出した。

 

 

---泣きたいのはこっちも同じだっつの・・・---

 

 

氷川は口には出さずに胸の中でそう呟いた。

 

「まぁ、そうめそめそすんなよ・・・とにかく、今は奴らから逃げる事を考えよう」

 

「あぁ、そうだな・・・」

 

と、氷川は玄野に同意した。

 

「とりあえずは大通りに逃げて、交番にでも通報するか・・・」

 

玄野はすぐ後ろにあった行き先表示を見上げながら言う。

そこには『20m先、大通り』とあり、どうやら先ほど吸血鬼達から逃げ回る内に大通りのすぐ近くまで来ていたらしい。

 

「幸いだな・・・すぐ近くだ」

 

「早く逃げようよぉ・・・怖いよぉ・・・」

 

「それもそうだな。よし、行くぞ!」

 

と、氷川達が大通りに向けて駆け出そうとしたその時。

 

「いたぞー!!!ハンターだ!!!」

 

背後から何者かの叫ぶ声、そしてその直後に、

 

 

パァン・・・・

 

 

乾いた銃声が響き、氷川の頬に小さな衝撃が走る。

 

「・・・あ」

 

氷川は頬にそっと手をやる。

ヌルリ、と生暖かい液体に触れる感覚が指先を支配する。

手を見ると、色の濃い、赤い液体が指先に付着していた。

 

「・・・マジで・・・?」

 

「・・・マジかよ・・・」

 

「・・・・・」

 

この時、もはや三人の顔には感情など無かった。

しかし、その数秒後、

 

 

 

 

 

「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」

 

ゴム風船が弾けたかのように、三人は絶叫と共に裏路地を疾駆した。

 

 

一方その頃、池袋上空・・・・

 

 

「あの外敵共は一体どこへ行きやがったのですか・・・」

 

日曜の午後、気持ちの良い晴天の中を一人の女子高生が"飛んで"いた。

 

「鎖々美さんを手にかけようとした罪は重いのです・・・」

 

と、空飛ぶ女子高生、邪神かがみは、上空から池袋の街に目を光らせながら独り言した。

彼女は先ほど、吸血鬼の一味に親友を殺されかけたので、現在はロボットである自身の飛行ユニットを用い、仇討ちのために空から吸血鬼達の動向を追っているのだ。

 

「親玉を見つけたらただじゃおかないのです。千倍返しした上で土下座をさせてやるのです・・・」

 

と、どこぞの銀行員のような事を言いながら、街の状況を偵察するかがみ。

休日というだけあって、池袋は全体的に人で溢れている。

連中はこの夏場にも関わらず、黒いスーツを着ているため、すぐに判別が付く。

と、ここでかがみの携帯機能につるぎの携帯から連絡が入る。

 

「もしもし?姉さん?」

 

飛行しながらも、かがみは器用に右手を携帯電話へ変化させ、電話に出る。

 

『おぅ、かがみ。吸血鬼共は見つかったか?』

 

「今のところはまだ見つかっていないのです。しかし、先ほど三下の吸血鬼に鎖々美さんを殺されかけたのです」

 

『げ!?マジか!?』

 

電話口の向こうで(恐らく)大仰に仰け反りながら、つるぎは驚く。

 

「ええ・・・奴らは絶対に許しません・・・何としても不届き者をひっ捕らえてやるのです」

 

『そうか・・・分かった、でも無理だけはするなよ?何かあったら連絡寄越せ』

 

そう言うとつるぎは電話を切った。

 

「さて・・・ん?」

 

通話モードを切り、偵察を再開したかがみは、地上の細い路地を全力疾走する三人組を見つける。

かがみにはその三人組に見覚えがあった。

 

「あれは・・・もしやさっきの・・・」

 

と、かがみは頭頂部からスコープを出現させ、分析機能を起動する。

やはり地上の三人組は先ほど吸血鬼に追われていた者達のようだ。

内一人は右頬に怪我を負っており、その後ろからは黒服の集団が得物を手に、彼らを追い回している。

 

「あの三人、まだ追いかけられていたのですか・・・」

 

呆れたようにかがみは目を細める。

別に知り合いでもない限りは助ける必要も無いが、このまま放っておくのも気が引ける。

 

 

---まぁ、とりあえずは人命救助が先決なのです---

 

 

かがみは大腿から伸びる飛行ユニットの翼を畳み、地上への着陸体制に入った。

 

 

池袋・裏路地・・・・

 

「ヤバいって!!これマジで死ぬって!!!」

 

「京多君が撃たれたよぉぉ!!もうおしまいだぁぁぁぁ!!」

 

「唯!俺はまだピンピンしとるわ!!」

 

と、各々に絶叫しながら、氷川達は池袋の細い裏路地を駆け抜ける。

後ろからは吸血鬼が言葉にならない怒声を張り上げながら追いすがって来る。

 

 

---あぁ、今日は何て日だよ!!!---

 

 

こんな事なら、寮の自室で何もせずに寝ていれば良かった・・・

氷川は自らの運命を呪った。

右頬には銃弾が掠めた傷跡から血が滔々と流れている。

幸い、命に別条がある訳ではないが、依然として吸血鬼達は発砲してくるのを止めない。

もし再び被弾すれば、今度は確実に重傷を免れないだろう。

何としても、今は奴らに捕まる訳にはいかない。

 

「あっ!」

 

・・・しかし、悪い事は連続するもんである。

唯が地面の僅かな凹凸に躓いて盛大に転けたのだ。

 

「ゆ、唯!?」

 

「大丈夫か!?」

 

玄野と氷川は立ち止まり、唯を介抱する。

 

「うぅ・・・痛いよぉ・・・」

 

涙と砂埃でズルズルになった顔で唯が小さく呻く。

膝が擦りむけ、血が滲んでいる。

傷の状態から判断するに、立つ事はできそうだが、走るのは恐らく難しいだろう。

 

「クッソ・・・ここまでか・・・」

 

氷川は舌打ちした。

 

「私の事は良いから・・・先に逃げて・・・」

 

と、消え入りそうな声で言う唯。

 

「バカ!お前一人見捨てて逃げられる訳ないだろ!!」

 

氷川はそう言ったが、後ろからは吸血鬼が迫る。

あっと言う間に氷川達は吸血鬼達に取り囲まれてしまった。

 

「チョロチョロ逃げ回りやがってコラァ・・・」

 

「よぉ、地獄逝き決定だな」

 

長い間走り回っていたせいか、吸血鬼達も多少は辟易していたが、すぐに呼吸を整えて銃口や切先を氷川達に向ける。

 

「クソ・・・お前ら・・・」

 

玄野は恨めしげに吸血鬼を睨み上げる。

 

 

---ここにXガンがあったら・・・!---

 

 

玄野は苦々しげに歯ぎしりした。

ガンツ装備が無ければ玄野もただの人だ。

それに対して吸血鬼達は刀や銃で武装している。

どちらが有利か不利かは一目瞭然だ。

吸血鬼の一人が銃の照準を氷川達に合わせる。

 

「・・・チェックメイトだぜ」

 

吸血鬼は不気味な笑みを顔に浮かべ、ゆっくりと引き鉄を引いた。

氷川はギュッと目を瞑った。

 

 

ガンッ・・・・

 

 

辺りに乾いた銃声・・・ではなく何か鈍器のような物で殴られたような音が鳴り響く。

 

「ぐっ・・・あ・・・」

 

その直後に奇妙な断末魔と共に何かが倒れる音。

 

「んだぁ!?」

 

「なぁーに考えとんじゃこのガキィ!!」

 

「じゃっぞゴラァ!!!」

 

続けて、吸血鬼達の怒声が聞こえる。

氷川はそっと目を開けた。

人垣ができているせいで、何があったのかはよく見えないが、どうやら闖入者がいるらしい。

その証拠に、先ほどまでこちらに得物を向けていた吸血鬼達が全員氷川達のいる方とは真逆の方を向いている。

 

「さて、人命救助の前に外敵の排除を開始するのです・・・」

 

人垣の向こうから女の子の声がする。

 

 

---が、外・・・敵・・・?---

 

 

聞き慣れない単語に反応する氷川。

しかし、人命救助と言っているあたり、何らかの助けが来たのは確からしい。

 

「おいおい、女の子サマよぉ、ここは危険だぜ?見なかった事にして早く失せた方が良いと思うぜぇ?」

 

と、吸血鬼の一人が闖入者を挑発した。

すると・・・

 

 

・・・・ドゴッ

 

 

堅い物質が肉体に叩きつけられる音がし、

 

「ぐゔぇっ・・・!?」

 

小さな悲鳴が聞こえてくる。

 

「・・・くぉのガキがァァァァ!!!」

 

「ナメんなコラァ!!!」

 

「ブッ殺せ!!!」

 

吸血鬼の怒声と共に、けたたましい銃声が響く。

氷川はこれから起こるであろう残酷な光景を見ないため、唯の目を手で覆い、自らも再び目を瞑った。

しかし、その銃声も数秒間続いたかと思うと、辺りには再び静けさが訪れる。

 

「大丈夫なのですか?」

 

すると突然、氷川は話しかけられる。

声の主はどうやら先ほどの闖入者らしい。

恐る恐る目を開くと、おかっぱ頭に赤い制服を着た少女が自分の顔を覗き込んでいた。

 

「あ、は、はい・・・大丈夫っすけど・・・」

 

「・・・その傷は」

 

と、おかっぱの少女が氷川の右頬に手を触れようとする。

 

「あ、あぁ・・・これは大丈夫、少し擦っただけだから」

 

少し掠っただけとはいえ、実際には何ミリか肉を抉られていたのだが。

しかし、氷川は少女の手を押し退けながら言った。

 

「そうですか・・・そちらのお二人は?」

 

少女は氷川から唯と玄野に目を向ける。

 

「え?あ、あぁ、大丈・・・って邪神!?」

 

「かがみちゃん!?何でここに!?」

 

唯と玄野は驚いた声をあげる。

 

「おや、誰かと思えば玄野先輩に平沢先輩でしたか」

 

と、おかっぱの少女。

どうやら玄野と唯は彼女に面識があるらしい。

 

「せ、先輩って・・・?」

 

ただ一人状況を飲み込めていない氷川はキョトンとする。

 

「申し遅れました、私は顔巣学園の高等部1-L組の邪神かがみという者なのです」

 

すると、かがみは自己紹介と共に氷川に一礼した。

氷川も「あ、あぁ、どうも・・・」とそれに応じた。

 

「・・・って言うか、玄野も唯もこの人と知り合いなのか?」

 

「まぁな・・・俺は邪神とはトルネードでよく一緒に暴れてる」

 

玄野は後ろ頭を掻きながら言う。

ちなみに玄野の言うトルネードが何たるかは、第6話を参照してほしい。

 

「私はこの間の部活紹介で知り合ったの。かがみちゃん、お友達と一緒に軽音部に来てくれたんだよ」

 

と、唯も続けて言った。

どうやらこの少女と二人は知り合いらしい。

 

「あの時はどうも、ご丁寧にお茶まで用意して頂いて・・・」

 

かがみはスカートの裾を正しながら唯に軽く頭を下げた。

 

「いえいえー!私達はいつでも大歓迎だよー!」

 

同じく唯も軽く頭を下げながら応じる。

 

「って言うか、何で邪神がここにいんだ?」

 

玄野は疑問に思っていた事をかがみに問う。

 

「いえ、夏祭に向けての買い出しをしている最中に吸血鬼に追われている皆さんを見つけまして・・・それで後を追ってみたら案の定、殺されそうになっていたのでちょっと乱入しただけの事なのですよ」

 

「お、おぉ、そうか・・・まぁ、何にせよ助かったわ、ありがとう」

 

「いえ、礼には及びませんよ・・・」

 

それよりも、とかがみは少し声を重くしながら続ける。

 

「この地域は現在、第一級戦闘地域に指定されたのです。玄野先輩以外のお二人は早くここから離脱するのです」

 

「は?第一級・・・何?」

 

初めて聞く単語に氷川は目を丸くする。

 

「第一級戦闘地域、要するに緊急事態って事さ」

 

玄野が氷川に解説する。

 

「顔巣学園付近の都市とかは学園管轄の自治体警察が治安維持してるんだけど・・・たまにヤバい連中が、それも武器とか持って集団で暴れてると、自治体だけでは対応が遅れる事があんだよ。その時にジャッジメントとか、俺達ガンツ部とか・・・とにかく戦力になる奴らが結集してそいつらを追い詰めんのさ」

 

「その間は戦闘地域が指定されるんだけど、私達みたいな一般生徒や市民は戦闘地域から離れなきゃいけないの」

 

「じゃ、今ここは・・・」

 

「既に戦闘地域に指定されたのです」

 

かがみは路地の角から大通りを見ながら言う。

大通りの方では多くの人々が誘導員に導かれて、建物の中や地下鉄の駅へ入って行く。

そして車道では顔巣学園生徒会---ジャッジメント---のマーキングが施された車両が点々と停車し、その近くにはアサルトライフルで武装した生徒会役員や、ガンツ部、死んだ世界戦線、調査兵団などの戦力系部活や軍事科のメンバーが警戒体制を敷いていた。

 

「・・・まるでブラックホーク・ダウンみたいだな」

 

その物々しい光景を見ながら、氷川は昔の戦争映画の名を出した。

 

「とにかく、これからここは危険地域になる可能性があるので、平沢先輩と・・・そう言えば、あなたのお名前は?」

 

かがみは一人だけ名前を知らなかった氷川に名前を尋ねる。

 

「氷川、氷川京多」

 

「では氷川先輩と平沢先輩、お二人は非戦闘区画に避難して下さい。何かあってからでは遅いですから」

 

「あ、あぁ、分かった。でも、大丈夫なのか?まさか、君もあの吸血鬼とか言うのと戦うのか?」

 

「えぇ、一応私もその役目を背負っておりますので・・・」

 

と、かがみが言いかけたその時。

大通りから何かの爆発音が響き、その直後に銃声が聞こえてくる。

 

「な!?今度は何だ!?」

 

「・・・どうやら本格的に戦闘が始まったようなのです」

 

路地の影から大通りを見ながら、かがみは眉を顰めた。

氷川達も大通りの様子を影から覗く。

 

「うっわ・・・」

 

「やべぇ・・・」

 

「怖いよぉぉ・・・」

 

大通りではサブマシンガンや日本刀で武装した黒服集団がジャッジメントのメンバーと熾烈な戦闘を展開していた。

よく見ると既に負傷者が出ているらしく、仲間に引きずられて遮蔽物の影に隠れる者、血まみれで地面に倒れている者もいる。

 

「これじゃ、まるで戦争だよぉ・・・」

 

唯が泣き出しそうな顔で言う。

唯一の逃げ道である大通りがこの状態では逃げるどころか、学園に辿り着くのも難しいだろう。

 

「仕方がありません・・・私が氷川先輩と平沢先輩を非戦闘区画まで案内いたします」

 

「でも、大通りは戦争状態だぞ?どうやって・・・?」

 

「そこはお任せ下さい」

 

言うが早いか、かがみは背中から鋼鉄製の翼を展開し、飛行形態へ変形した。

 

「え!?か、かがみさんって、ロボットだったの!?」

 

それを見た氷川が驚愕のあまり、腰を抜かす。

「クラスの皆にはナ・イ・シ・ョですよ?」

 

口元に人差し指を当て、あざとく言うかがみ。

元々がギャルゲーに登場するキャラのような見た目であるため、結構様になっている。

 

「あ、そうそう、玄野先輩にお届け物があるのです」

 

と、かがみは制服の内ポケットに手を突っ込むと、黒光りする銃のような物を取り出して玄野に渡した。

 

「これ・・・何でお前が持ってるんだ?」

 

玄野は対星人用の特殊銃---Xガン---を受け取りながら尋ねる。

 

「私は霊的ロボットなのです。それくらいは標準装備ですよ?」

 

軽やかに笑みながら返答するかがみ。

中々に用意の良い奴である。

 

「・・・まぁ、何だか分からないが、ありがとな」

 

玄野はかがみに礼を言いながらXガンを構え、

 

「さぁて、暴れるか!!」

 

大通りへと駆け出した。

 

「さぁ、お二方、これから非戦闘区画までご案内致しますので、私に掴まっていて下さい」

 

そう言いつつ、かがみは氷川と唯へ向き直る。

 

「へ?何で」

 

「細かい事は良いのです!」

 

氷川がかがみの言葉に疑問を投げかけようとしたが、それは途中で遮られた。

かがみは氷川と唯を小脇に抱えると、下半身に意識を集中する。

 

 

「・・・フッ!!」

 

 

すると、彼女の大腿から現れたロケットブースターが火を吹き、一瞬の内に三人の身体が空へ向かって飛翔した。

 

 

 

池袋・上空・・・・

 

「わー、高ーい!!」

 

と、かがみに抱えられながら唯。

 

「それどこじゃないだろ・・・」

 

意外にも高所恐怖症な氷川は、できる限り下を見ないようにしていた。

 

「氷川先輩は高所恐怖症なのですね?」

 

と、かがみが氷川に問う。

 

「昔、プールの飛び込み台から突き落とされた経験があってさ・・・それ以来高い所は全然ダメになった」

 

「それはまた、難儀な経験なのです・・・着きましたよ」

 

かがみ達はすぐ傍にあったビルの屋上に着地した。

銃声や悲鳴が遠のいた事からも、乱戦状態にある大通りからは、とりあえず離れた事が分かる。

 

「先ほどとある方に救援を要請しましたので、お二人はここで助けが来るまで待機していて下さい」

 

 

---・・・とある方?---

 

 

何故かぼかした表現に氷川は顔を顰める。

救援に来てくれるだけならば誰なのか言ってくれても良いだろう。

 

「かがみちゃんも、さっきのと戦うの?」

 

と、唯が不安げにかがみへ問うた。

 

「大丈夫なのです。私はこれでもロボットですし、顔巣学園が誇る警察組織であるジャッジメントが負けるはずありませんから」

 

言いながら軽やかに笑んでみせるかがみ。

すると、突然、かがみの携帯電話機能に連絡が入る。

 

「はい、もしもし?」

 

『邪神さんですか?調査兵団のサシャです』

 

通話相手は顔巣学園の軍事科の生徒ようだ。

ちなみに顔巣学園には英語や数学などの一般教養を学ぶ普通科以外にも、兵器や軍隊式格闘術を学ぶ軍事科、音楽関係の学科である音楽科、古来から伝わる魔術や呪術を学ぶ魔法科など、数多くの学科が存在し、こと軍事科に於いては調査兵団や偵察兵団、暗殺兵団などの各分野に分かれている。

中でも調査兵団は最前線で活動する兵団であるため、今回のような有事でもよく出動していたりする。

 

「どうしたのですか?」

 

『池袋のAブロックで武装集団と交戦中、応援よろしくお願いします!』

 

電話口の向こうでは銃声と怒号が響いている。

どうやら戦況があまり芳しくないらしい。

 

「分かりました、今すぐ向かいます」

 

そう言って通話モードを切ると、かがみは氷川と唯に向き直った。

 

「私は今からここを離れますが、二人とも大丈夫ですね?」

 

「あぁ、大丈夫だ」

 

「かがみちゃんも怪我しないように気をつけてね?」

 

「お気遣い、ありがたいのです」

 

かがみは膝の下から強化装甲を出現させ、屋上のフェンスの淵に立った。

 

「あ、そうそう、ついでなので言っておくのですが」

 

最後にかがみは後ろを振り返って言った。

 

「少しばかり手荒い救援でも私に文句は言うんじゃねぇのですよ?」

 

 

---・・・は?手荒い?---

 

 

「お、おい、そりゃ一体どういう・・・」

 

と、氷川が問おうとした時には既に彼女は大通りの方向へ飛び去っていた。

 

「何なんだよ・・・」

 

「とある方って誰かなぁ?」

 

「さぁ・・・」

 

と、残された二人は首を傾げる。

 

 

---手荒い救援、とか言ってたけど・・・---

 

 

氷川は嫌な予感に背筋を強張らせた。

この後、その予感は見事に的中し、氷川と唯はネコミミヘルメットを被った物言わぬ謎のライダーの駆るバイクに乗せられ、重力の法則を明らかに無視したドライビングテクニックを体験したり、ライダーが自らの手から発生(!)させた、質量を持った影で立体機動めいた事をさせられたりしたのだが・・・それはまた別の話。

 

 

池袋・大通り・・・・

 

 

「っしゃぁぁぁ!!!」

 

「行ける!行けるぞぉぉ!!」

 

「押せやぁぁぁぁ!!」

 

一方、大通り。

邪神かがみ以外にも多くの人員が加勢した結果、吸血鬼軍団は少しずつだが鎮圧されつつあった。

 

「ふー、結構派手に暴れたな」

 

地面に倒れ伏す吸血鬼達を見下しながら、Xガン片手に玄野が呟く。

今日の玄野はガンツスーツを着ていないため、体中の至る所に切り傷やかすり傷を負っているが、それでも銃一つで大量の屈強な野郎共をねじ伏せたのだ。

それはまさしく、一種の才能とも言えるだろう。

 

「片付いたみたいだな、計ちゃん」

 

と、玄野の友人にしてガンツ部副部長の加藤勝が現れる。

こちらはガンツスーツを着ており、外傷は顔に受けた切り傷以外は全く無い。

 

「まさか計ちゃんがガンツスーツを忘れるなんてな・・・」

 

「はははっ、ほっとけよ」

 

玄野は首を回しながら言った。

 

「そう言えば、加藤の所はもう終わったのか?」

 

「あぁ、もう皆撤収準備始めてるよ」

 

その言葉通り、加藤の背後では緑色のマントを身につけた二人組が壁に付着した血糊を水で洗い流したり、何故か場違いにミントンを振っていた男が目付きの鋭い男に殴り飛ばされていたりした。

加藤はオールバックにした髪を後ろへ撫で下ろしながら続ける。

 

「にしても、夏祭も三日後に迫ってるのに、吸血鬼の襲撃とはなぁ・・・」

 

「まぁ・・・半分は俺が用心してXガン一挺くらいは持ってなかったのが悪いんだけどな・・・」

 

と、玄野。

ちなみにガンツ部の生徒は、その活動内容がゆえに一部からは恨まれており、今回のような突然の襲撃に備えて常に身を守らなければならないのだが・・・

休日、しかも遠出するわけではなかったとは言え、玄野の用心不足が祟ったと言える。

 

「まぁ、ついうっかり、ってのは誰でもあるさ・・・」

 

「おぉ・・・何かごめん」

 

玄野はXガンをズボンのベルトに挟み込み、

 

「ノド渇いたな、俺何か買ってくるわ」

 

と、近くに自販機が無いか走って行った。

 

「・・・あ」

 

しかし突然、玄野はその足を止め、ふと呟く。

 

「今日、俺ら買い出ししてないじゃん・・・」

 

 

・・・今更そんな事に気付いても仕方がないだろうが。

と言うか、忘れてたのかよ。

 

 

と、呆れた口調の天の声が池袋の街を虚しく吹き抜けてゆくのであった。

 

 

池袋・某所・・・・

 

「全くもう・・・毎度毎度来るのが遅いんだよお兄ちゃんは!何でそんなにトロいんだよ!!このバカ!!!」

 

と、自転車の荷台に座り、ぐうたらと不平不満を垂れている少女がいた。

金髪のショートヘアに癖っ毛が特徴的なその少女は月読鎖々美に間違いない。

あの後、かがみによって一人残され、重たい荷物を引きずりながら数時間ほど辺りを彷徨い、今しがた自身の兄に回収された所だった。

 

「申し訳ありませんでした、鎖々美さん・・・でもお兄ちゃんは鎖々美さんの事を誰よりも愛していますし、何ならこの命だって惜しくはないんですよ?」

 

と、おかんむりな鎖々美に対し、ヘコヘコと及び腰な口調で謝る男は鎖々美の兄にして顔巣学園に勤務する教師である月読神臣だ。

革製の通勤鞄で顔を隠し、自転車を押しつつも、夏祭で使う食材が入った袋を腕に引っ掛けている。

 

「まぁ、別に私のために死んで、とまでは言わないけど・・・」

 

そんな兄の言葉に鎖々美は少しばかり言い過ぎたか、とちょっとだけフォローの言葉を入れた。

 

「今度から、気をつけてよね?」

 

「はい!お兄ちゃん、鎖々美さんを守るためなら、本当に何だってしますよぉ!!」

 

果たしてこの兄妹は仲が良いのか、悪いのか・・・

それは誰にも分からない。

 

「そう言えば、三日後は夏祭でしたねぇ。鎖々美さんは何か演し物には出るんですか?」

 

と、神臣は鎖々美に尋ねる。

 

「んー、今のところは水着コンテストとか出てみたいかなー、って」

 

「な、何ですとぉぉぉ!!??」

 

と、神臣は突然大声を出す。

 

「な、何よ、いきなり大声出して」

 

「そ、そ、それはつまり、さ、鎖々美さんの、は、は、はだ、はだか、裸を学園中に晒すと言うのですかぁぁぁぁ!!!???」

 

水着コンテストのどこをどう間違って解釈すればそうなるのか。

しかし、神臣はそんな事御構い無しに妄想の世界へ入り始める。

 

「そ、そんな事したら、鎖々美さんに変な虫がついたり、怪しい輩に目をつけられたり・・・そしていつかは・・・大変だぁぁぁ!!!!」

 

何が大変なのか、神臣は大いに狼狽する。

 

「ちょ、お兄ちゃん?」

 

「は!そうだ!鎖々美さん!!学園の皆さんの前での水着コンテストは辞めて、代わりに僕の前での水着コンテストをしましょう!!」

 

と、まるで大発見をしたかのような調子で神臣は鎖々美に提案する。

 

「は、はぁ!!??何で!?」

 

「だって、鎖々美さんは僕だけの天使なのですから!!誰かに奪われるくらいなら、僕が先に奪げぼらっ」

 

神臣の言葉は最後まで続く事はなく、鎖々美が放った地獄突きによって無理矢理中断させられた。

喉仏に強烈な一撃を喰らった神臣はその場に情けなく倒れた。

 

「・・・お兄ちゃんの変態」

 

口ではそう言っているものの、この時、鎖々美の頬は薄ら赤く染まっていたんだとか、なかったんだとか。




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第13話:祭の朝(2-Rの場合)

「人生は道路のようなものだ。 一番の近道は、たいてい一番悪い道だ」・・・フランシス・ベーコン

「とうまー・・・お腹減ったんだよぉ・・・」・・・インデックス

「あぁ・・・不幸だ・・・」・・・上条当麻


顔巣学園・校門・・・・

 

 

「おっはよー!」

 

「おはよー」

 

「おはー」

 

「うぃー」

 

「Hi!!」

 

「ごきげんよう・・・」

 

「待てー!!今日こそ逃がさないわよ!!」

 

「朝っぱらから不幸だぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

太陽が登り、多くの人々が眠りから目覚め、各々の活動をし始める頃、顔巣学園の日常は始まる。

時刻は午前8:30、この時間帯になると学園の校門前は登校して来た生徒達の喧騒に包まれる。

色々と規格外な顔巣学園だが、朝の風景は普通の学校とほぼ変わりない。

尤も、顔巣学園は総生徒数が1万を越すため、時折人が殺到して校門が詰まったりはするのだが。

 

「ふぁ〜・・・ねみ・・・」

 

さて、その喧騒の中には、我らが主人公・氷川京多の姿もあった。

半袖のカッターシャツに黄色いプラスチック製のバックパック。

そして、右頬には3日前に負った傷を隠すように絆創膏が貼られていた。

 

「あ、京多君おはよー!」

 

と、氷川に後ろから元気な声をかけるのは平沢唯だ。

彼女も右の膝小僧に絆創膏を貼っている。

 

「おはよう、唯」

 

氷川は唯の方を振り向き、挨拶した。

 

「こないだは大変だったな」

 

「うん!でも一日寝たらすぐに元気になったよぉ!!」

 

相も変わらず、唯は能天気である。

 

 

---俺は3日経ってもあの銃を向けられた時の恐怖感が未だに抜けないけどな・・・---

 

 

たった一日で何事も無かったかのように振る舞う、そんな彼女を氷川は心底羨ましく思った。

 

「京多君こそ、ほっぺたは大丈夫なの?」

 

「あぁ、本当にかすり傷程度だったし、普通に消毒して絆創膏貼ったら治るってさ」

 

氷川は傷を絆創膏の上から指で撫でて見せた。

45口径の弾丸が掠めたせいで、数センチほど頬の肉を抉られたが、今は新しい筋繊維が盛り上がり、指で触ると少しばかり凹凸が感じられた。

 

「それはそうと、今日から夏祭だな」

 

「うん!今から楽しみだよぉ!」

 

唯は楽しそうに言った。

夏祭とは、顔巣学園が7月後半から8月の序盤まで開催する、一足早い文化祭の事であり、一応は普通の10月に行われる文化祭も存在する。

だが、この夏祭は文化祭よりも最高に盛り上がると学内での評判も上々であり、当日には多くの来場者と露店で校舎が埋め尽くされる、生徒達にとっても、教員達にとっても、一大イベントなのだ。

 

「今年も夏祭が来たな!」

 

「露店巡りしようぜー」

 

「あ、もしもしー?俺、今日から夏祭なんで二週間くらいバイト休むッスー」

 

「最終日の特別ゲストは誰が出るんだろうな?」

 

「噂だとFear,and Loathing in Las Vegasが出るらしいぞ」

 

「俺はPOLYSICSが出るって聞いたぞ?」

 

「どっちだよー?」

 

「あはははー」

 

と、氷川の横を通り過ぎる学生達の会話も夏祭の事で持ちきりだ。

 

「今年は色々あって開催されないって言われてたけど、顔巣人なら夏祭なしには夏は始まらないよ!」

 

と、唯。

ちなみに顔巣人とは顔巣学園に通う人の意味である、念の為。

 

「そこまで言うか・・・」

 

言いつつ、氷川は校門の傍に貼ってあるポスターに目をやる。

ポスターには『第13回・顔巣学園夏祭』と大きく書かれ、その下には学園のイメージキャラクターなのか知らないが、ぐるぐる眼鏡をかけた、ゆるキャラのような狂気じみたキャラクターのイラストが描かれていた。

 

「そう言えば京多君って、夏祭は始めてだったよね?」

 

「え?あぁ、そうだな」

 

と、氷川は唯の質問に答える。

実は氷川、学園には一年前に転校して来たばかりだったりする。

そのため、夏祭がどんなものなのかはあまり想像がつかないようだ。

 

「夏祭って、文化祭とは違うのか?」

 

「うーん、何て言えば良いのかな・・・夏祭は文化祭というよりかは学園公認の馬鹿騒ぎ、って言った方が良いかな?」

 

と、唯は夏祭を『馬鹿騒ぎ』と表現した。

 

「馬鹿騒ぎ・・・そいつは普通の文化祭よりも楽しめそうだな・・・」

 

「うん、一応は普通の文化祭もそれはそれで盛り上がるんだけど・・・夏休み前で皆テンションが上がってるからね」

 

言いながら、バッグからペットボトル入りの麦茶を取り出してあおる唯。

顔巣学園はその色々と自由すぎる校風もそうだが、何よりも学園内で行われるイベントがお祭りレベルなのも有名だ。

過去に行われた夏祭ではあまりの盛り上がり様に何故か暴動が起こったほどらしい。

 

「そう言えば、軽音部は二日目にライブがあるんだっけ?」

 

氷川はバックパックから取り出したデオドラントスプレーを首に吹き付けながら唯に問う。

 

「うん!今年は澪ちゃんがボーカルなんだよ!」

 

「ほぉ・・・あの澪がねぇ・・・」

 

「珍しい事もあるもんだよー、あの澪ちゃんがボーカルに立候補するんだもん!」

 

と、何かにつけて澪のボーカルを珍しがる二人。

それもそのはず、秋山澪は軽音部きっての恥ずかしがり屋&引っ込み思案娘なのだ。

それが突然ボーカルを引き受けるなど、普通なら絶対にあり得ない事である。

 

「おっと?噂をすれば何とやら・・・」

 

氷川は人混みの中に澪の姿を見つけた。

カバーに入ったベースを担ぎ、どこかソワソワしながら立っている。

 

「みーおちゃーん!!」

 

唯は大声で澪に声をかける。

 

「ひゃわぁ!!ゆ、唯!?」

 

すると突然の呼びかけに驚いた澪は身体をブルン、と震わせた。

 

「おはよう、澪」

 

氷川は澪に軽く挨拶する。

 

「お、おはよ・・・」

 

「朝から随分とソワソワしてるけど、緊張してるのか?」

 

「い、いや・・・別にそーゆー訳じゃ・・・・」

 

澪はベースを抱きしめながら小さな声で言った。

その顔には焦りと恥じらいの色が見えている。

 

「ほぅほぅ、さては待ち人ですなぁ?」

 

と、唯がニヨニヨ笑みながら言う。

 

「だっ!?違ーう!!」

 

唯の言葉に突然澪は顔を真っ赤にして叫んだ。

おそらく怒りではなく恥じらいの感情で。

 

「わ、私は、、、そ、そう!律だ!律と待ち合わせてたんだよ!!!」

 

と、腕をブンブン振り回しながら全力で否定する澪。

しかし、その様はどう見ても何かを隠そうとしているようにしか見えない。

いや、人を待っているのは嘘ではないにしても、まるで、気になるあの人を待つ乙女のような雰囲気である。

 

「本当かなぁ?後で律っちゃんに聞くよぉ?」

 

「う・・・本当だもん!!」

 

 

---朝から平和だなぁ・・・---

 

 

澪と唯のやり取りを、氷川は小さな子供の小競り合いを見る親のような穏やかな目で眺める。

 

「お、氷川じゃん」

 

すると、後ろから声をかけられたので振り向くと、

 

「おぉ、玄野か、おはよ」

 

玄野が立っていた。

肩掛けバッグに半袖のシャツを着て、その下にはガンツスーツを纏っている。

 

「何だ?朝から喧嘩か?」

 

玄野は澪と唯が言い争っている様を見ながら言う。

 

「いや、俺にもよく分からないけど・・・女子にはよくある事なんじゃね?」

 

「何だそりゃ」

 

氷川の言葉にキョトンとする玄野。

一見すると喧嘩にしか見えないけど喧嘩じゃない・・・野郎共には分からない感覚なのである。

 

「にしても朝から皆張り切ってんなー」

 

「あぁ、だな」

 

そしてその呑気な野郎二人は校舎側を見上げながら言う。

顔巣学園の校舎は主に高校生の教室があるA棟とB棟、中等部の教室と多目的室があるC棟とD棟、そして文科系の部活で使われる部室で構成されたE棟に分けられ、学園の玄関口である校門があるのがA棟の目の前なのだが・・・夏祭という事で入場者の目に付くためか、A棟のコンクリート壁は絶好の広告スポットになっており、『クレープ屋』、『たこ焼き屋』、『ホットドッグ屋』などの学園祭ではよく見る看板や『囲碁サッカー部』、『死んだ世界戦線』、『やみいしゃまんかんしょく』、『アニメ化希望』などの顔巣学園ならではの一風変わった、というか一部は見方を変えればかなり怪しげな看板が大量に掲示されていた。

 

「まぁ、何だかんだで今年も準備してたんだな」

 

「つか、あそこまで看板出してたら、普通なら馬鹿高い広告料が取れるな・・・」

 

氷川は呆れ混じりに頭を掻いた。

ちなみにこれは余談だが、実は広告料は新聞の社会面に1cm載せるだけでも(発行元にもよるが)8万円以上かかる事もあるんだそうな。

 

「あ、いたいた、計ちゃーん」

 

と、文面だけ見れば女のセリフに聞こえなくない声が玄野の背後からする。

無論、声の主は女などではなく、

 

「おぉ、加藤か、おはよ」

 

「おはよう、加藤」

 

玄野の友人にしてガンツ部副部長の加藤勝だった。

オールバックの髪型に玄野同様ガンツスーツをシャツの下に着ている。

 

「おはよう・・・って、それよりも計ちゃん、西の奴見なかったか?」

 

と、加藤は部活の後輩だろうか、西という名前を出した。

 

「いや・・・俺も今来たとこだから知らないけど?またあいつが何かやらかしたのか?」

 

と、玄野。

どうやら会話を聞くあたり、あまり素行の良い後輩ではないようだ。

 

「あぁ・・・実は今日、朝から中等部の部員でミーティングする予定だったんだけど、西だけ来てないみたいなんだよ」

 

「あんなの放っておきゃ良いだろ?西って中等部でも問題児扱いされてるらしいしさ・・・」

 

「いや、でも一応は部員だしさ・・・計ちゃんも一緒に探してくれないか?」

 

「えー・・・マジで?」

 

露骨に嫌そうな顔をして玄野は首を横に振る。

さすがの玄野も西という後輩を毛嫌いしているようだ。

 

「頼むよ・・・俺も中等部の皆を待たせてるんだ」

 

「ん〜・・・」

 

「俺が行こうか?」

 

と、先ほどまで完全に蚊帳の外だった氷川がやっと口を開く。

 

「え?氷川が?」

 

「うん、どうせ今から教室行ってもやる事無いし・・・」

 

「いや、氷川はやめといた方が良いぞ」

 

と、何故かここで加藤が氷川を止めようとする。

 

「何で?たかが中坊を説得するくらいだろ?なら俺にだって出来るよ」

 

「・・・西が普通の中坊ならな」

 

「は?何言って」

 

と、氷川が言いかけた、次の瞬間。

ギョーンという間抜けな音が辺りに鳴り響き、数秒遅れてA棟の教室の窓ガラスが粉々に砕け散って6m下の地面へ飛散する。

そして窓枠だけになった窓からは、

 

『真尋さんをディスる奴は例え見た目がちょっと真尋さんに似てても容赦ねぇですよ!!!!』

 

と、妙に長ったらしい&説明くさい女性の怒号と、

 

『キーキー喚いてんじゃねぇぞこの×××が!!!!』

 

件の西とか言う中坊だろうか、とりあえず少年の怒号が聞こえてくる。

 

「あーあ・・・言わんこっちゃない・・・」

 

玄野はそれを見て眉間を摘まんだ。

 

「な、何だよ!?あれ!?」

 

突然の事態に氷川はアタフタと狼狽する。

まぁ、何の前触れもなく窓ガラスが割れたらそりゃ誰でも驚くよね。

ところが、これは顔巣学園が異常なのか、氷川がビビリなのかは不明だが、驚いているのは氷川だけのようだ。

玄野や加藤を含めた周囲にいる人間は全く気に留める様子が無い。

 

「西だ・・・あのバカ、朝から誰かに喧嘩吹っかけやがったな」

 

「いやいや、加藤も玄野も何で冷静!?」

 

「そりゃ、アイツが何か問題起こすのは日常茶飯事だからさ・・・」

 

玄野は大きな溜息をついた。

このように、普通の学校なら大問題になるような事でも、この学園では日常茶飯事なのである。

 

「行くぞ、計ちゃん」

 

「へーい・・・」

 

校舎へと走って行く加藤の後に続いて、玄野はやる気なさげにヘコヘコと走り出した。

 

「・・・い、行ってらー・・・?」

 

一人残された氷川は一応二人に手を振りながらも、人が行き交う中を呆然と突っ立っていた。

 

「だから!私は本当に律を待ってただけなんだ!!」

 

「へ〜、それは本当かなぁ〜?」

 

しかし、澪と唯の言い争い(?)が耳に入ると我に返った。

 

 

---つか、お前らまだやってたのか・・・---

 

 

しかもさっきと話の論点が全く変わってないじゃん。

氷川はやれやれ、と頭を振りながら、

 

「はいはい、そこまで。」

 

パンパンと手を叩きながら澪と唯の間に割って入る。

 

「とりあえず、澪が誰を待ってたかは知らないけどさ、そろそろホームルーム始まるし、早くしないと遅刻するぞ?」

 

「あ、そ、そうだな!もうこんな時間だ、早くしないと遅刻しちゃう!!」

 

と、澪は氷川の言った事をほとんど鸚鵡返しに言うと、逃げるように校舎へと走って行った。

 

「・・・何か不自然だな、今日の澪」

 

氷川はふと呟いた。

ライブを前に緊張するのは分かるのだが、緊張しすぎにも程がある。

しかも、校門の前で誰かを待っていたのを聞かれれば挙動不審。

これは明らかにおかしい。

 

「京多君、知らないの?」

 

と、唯が細めた目で氷川を見上げる。

 

「は?何が?」

 

「うん・・・実は澪ちゃんね、玄野君のことが・・・」

 

唯がそう言いかけた所で、氷川達のいるすぐ近くのスピーカーから一日の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 

「あ、ホームルーム始まっちゃう!」

 

「あ、あぁ、ちょっと急ぐか」

 

氷川と唯は少し急ぎ足で教室へと向かった。

 

 

2-R組教室・・・・

 

「な、何だ、こりゃ・・・」

 

「めちゃくちゃ、だね・・・」

 

さて、自分の教室へ入ろうとした氷川と唯が見たものは、『暴動の跡か!?』とでも言うかのようにボロボロになった教室だった。

教室のあちこちには椅子や机、チョークなどの備品が散乱し、黒板は中央から真っ二つに折れている。

そして、その教室の真ん中では二名の生徒が玄野と加藤によって羽交い締めにされていた。

片方はアホ毛の伸びた銀髪に碧眼が特徴的な女子生徒、もう片方は整った顔に髪を七三分けにした男子生徒だ。

更によく見ると女子生徒は名状しがたいバールのようなもの、男子生徒もXガンを持っており、どうやらこの二人が教室内で暴れていたようだ。

先ほど、A棟の窓が砕けたのも、これが原因だろう。

氷川以外のクラスメイト達も教室に入る勇気は無いらしく、扉の前で中の状況を見守っていた。

 

「え、ちょ、何がどうなってんの、これ・・・」

 

氷川は呆然としつつも、隣にいたブロンドの髪が特徴的なクラスメイト---カリーナ・ライル---に事情を聞く。

 

「何か、あの中坊がニャル子にケンカ売ったらしいのよ・・・朝っぱらから、しかも夏祭初日から迷惑よね」

 

と、カリーナは大きな溜息をついた。

 

「あぁ・・・そうだな」

 

氷川もそれに同意して嘆息する。

全く、本当にいつもトラブルの絶えないクラスだぜ・・・

 

「何だ何だ、またケンカか?」

 

「朝から一体何の騒ぎだ?」

 

と、2-Rの教室の前にできた人混みの中から現れた二人のクラスメイト---音無結弦と日向秀樹---が教室を覗きながら言う。

 

「なんかニャル子とガンツ部の中坊とのケンカだとさ」

 

氷川が事情を説明する。

尤も、どちらが先に手を出したかについては氷川の知る所ではないが。

 

「あらまー・・・こいつはしばらく教室には入れないな・・・」

 

と、日向が教室の中でクラスメイト達の制止を振り切って再び暴れ始めた二人を見て言う。

 

「全く、朝っぱらから何してんだか・・・」

 

「夏祭でテンション上がってるのは分かるけどな」

 

「・・・早く教室入りたい」

 

教室の前で足止めを食らっているクラスメイト達もざわざわと不満をこぼし始める。

 

「おーい、お前ら何してんだー?」

 

すると、騒いでいるクラスメイト達の中から白い全身タイツが特徴の2-R担任・佐藤田中が現れる。

いつもは全身タイツの上からネクタイだけを締めているシュールな姿だが、今日は特注品の夏祭Tシャツを着ている。

 

「何か、ニャル子とガンツ部の奴がバトってるみたいっすよ」

 

今度は日向が事情を説明する。

 

「ほーん・・・ガンツ部って事は玄野か加藤か?」

 

「いや、二人は中で止めに入ってます」

 

氷川が教室の中を扉の窓越しに指差して言う。

壁や扉の防音性がかなり高いためか、教室の中の音までは聞こえてこないが、ニャル子と西の乱闘振りを見る限り、恐らく中では爆発音と打撃音、その他諸々が鳴り響いているだろう。

 

「あー、中等部の西か・・・」

 

と、佐藤田中は室内の有様を見て言った。

教科担当である体育の授業以外は中等部には殆ど関わりの無い佐藤田中でさえ名前を知っている辺り、西の問題児振りは有名らしい。

 

「ふぅむ・・・そうか」

 

ウンウン、と佐藤は頷く。

 

「そうか、じゃなくて」

 

と、氷川達のクラスメイトである短髪の男子生徒---坂本雄二---が佐藤田中に一言物申す。

 

「あの二人を止めてくれないと俺ら全員教室に入れないっすよ?」

 

腕を組み、半ば苛立ち混じりにそう言った。

 

「そうだぜー」

 

「何とかしてよー、佐藤センセ」

 

「せっかくの夏祭ですよ、何とかしましょうよー」

 

生徒達も坂本に続いて口々に文句を言う。

 

「いや〜・・・ニャル子はどうにかなるとしても西だけは俺でも手に負えん」

 

佐藤田中は教室内を見て言う。

突然だが、佐藤田中もニャル子も宇宙人である。

この宇宙には何億もの星々があり、その数ある星々には人間を含めた知的生命体が生活しているのだが・・・ニャル子はかつて太古の地球に飛来し、クトゥルフ神話にその存在を記された宇宙人の一種族の出身であり、佐藤田中は地球から大体6時間くらいで行ける距離にある惑星・中学星の出身である。

ニャル子の場合は惑星保護機構の任務で、佐藤田中の場合は単純に教師としてこの顔巣学園に身を置いており、その上で異星人狩りを主な活動内容とするガンツ部とは一種の不可侵協定を締結しているのだ。

しかし、たまに事情を知らない新入部員からの襲撃を受ける事があり、それだけなら事情を説明する事で大抵は和解するのだが・・・中には不可侵協定を無視して攻撃してくる輩もおり、その急先鋒が西丈一郎だったりする。

しかも、西は宇宙人全般を下等生物として見ており、彼がこの学園に在籍している宇宙人を襲撃する事件もしばしば起こっている。

よって、西はこの何でもござれな学園単位で見ても、かなりの問題児なのだ。

 

「相も変わらず長ったらしい説明だな・・・」

 

佐藤田中が何故か天井を向きながら言う。

一応言っとく、うっせーよ。

 

「でも、アイツら止めないとホームルームどころか準備も出来ないじゃん」

 

と、カリーナはイライラした様子で毛先を指で弄くる。

 

「そうですよ、先生」

 

と、同じくクラスメイトである吉井明久も続く。

 

「あの二人を止めないと僕らの夏祭は始まらないですよ!」

 

「そうだぜ!先生!!」

 

「何とかしろよー、センセー!」

 

「先生!」

 

「先生!!」

 

「センセー!!!」

 

と、教室の前で巻き起こるR組の生徒達による先生コール。

 

「いや・・・それは俺も分かってるんだがな、さすがの俺も命は惜しい・・・」

 

それに押され、少し困惑気味の佐藤田中。

しかし、それは同時に佐藤田中が如何に生徒達からの信頼を得ているかを表している・・・のかもしれない。

 

「・・・分かった、何とかしよう」

 

押しに負けたのか、佐藤田中はため息混じりに言い、締め切られた教室の扉の前に立った。

行くぞ?と周りにいる生徒達に目配せをし、全員が頷いた所で一気に扉を開け放ち、教室に踏み込む。

・・・ところが、

 

「・・・何だ、こりゃあ!?」

 

佐藤田中は一瞬ア然とした。

その理由は単純だ。

教室の中では先ほど乱闘していたニャル子が、

 

「う、う〜・・・にゃ〜・・・」

 

脳天にフォークを突き刺されて自分の血の池の中に卒倒し、

 

「スーツが!!スーツがオシャカになったぁぁぁぁ!!!」

 

同じく西もガンツスーツの至る所にフォークを突き刺され、血を流すやら、スーツから流れ出た緑色の液体を垂れ流すやら、とにかく大変な事になっており、そしてその横には・・・

 

「・・・全く、お前らは毎度毎度問題を起こすのな」

 

と言いながらハンカチで血の付着したフォークと手を拭う少年がいた。

状況から見て、教室外で先生コールが起きている間に騒動は鎮圧されたらしい。

 

「・・・え?誰このヤンデレ・・・」

 

廊下側の窓から覗いていたクラスメイトの誰かが思わずそんな事を口走る。

確かに暴徒を鎮圧したのは良いだろう。

人をフォークで刺すなんて、明らか異常である。

しかし、佐藤田中はそのフォークを持った少年をよく見ると、こう言った。

 

「おぉ、誰かと思ったら真尋か」

 

「あ、おはようございます、先生」

 

真尋と呼ばれた少年は佐藤田中に軽く頭を下げた。

そう、彼は2-R組の生徒にして、ニャル子の保護者(?)でもある少年、八坂真尋だ。

 

「すいません・・・朝からこのドアホが迷惑かけたみたいで」

 

「いや〜、むしろ助かったぜ。しっかし・・・朝っぱらから何でこいつら喧嘩なんかしてたんだ?」

 

と、佐藤田中は床に倒れ伏しているアホ二人と教室の惨状を交互に見ながら真尋に尋ねる。

 

「元々は西がニャル子に喧嘩売ったんすよ」

 

と、真尋の代わりに玄野が、Xガンを取り出そうとする西の鳩尾を蹴り飛ばしながら言う(西はグフッと言って気絶した)。

 

「こいつ、夏祭とか文化祭とか嫌いみたいで結構イライラしてたらしくて・・・そんで憂さ晴らしにニャル子に喧嘩売って、今に至るってわけです」

 

「ほぅ・・・つまりこの中坊が発端ってわけか・・・」

 

佐藤田中はハァ、とため息を吐いた。

 

「・・・でも、何で文化祭嫌いがこーゆー事に繋がるんだ?」

 

「あぁ、単純にコイツ友達いないんすよ。だから夏祭にしろ文化祭にしろ、一緒に楽しめる奴いなくて」

 

と、玄野はいけしゃあしゃあと言った。

 

「そんで、イライラの中で朝から八坂といちゃついてるニャル子に目をつけたんじゃないっすか。しかもニャル子は宇宙人だし、協定が無けりゃガンツのターゲットにされかねないし」

 

「まぁ、僕もニャル子には無視するようには言ったんですけど・・・こいつが僕の事を『人外大好きのど変態』って言った瞬間にSAN値が吹っ飛んだみたいです」

 

真尋も気絶した西の腹に足を載せてグリグリとやる。

 

「まぁ、ニャル子もやり過ぎですけど、僕もこいつにはムカついたんで・・・」

 

「そうですよね!!真尋さーん!!!」

 

と、真尋の言葉を遮って脳天にフォークが刺さったまま、ニャル子が口を挟む。

 

「確かに私は人外ですし、それを指摘されるのは別に問題無いとしてもぉ〜、真尋さんをディスる奴は誰であろうと許しません!!!」

 

フォークが刺さりっぱなしの脳天から血を流しながら、ニャル子は熱弁した。

どうでも良いが、傍から見ると今のニャル子の状態はかなり怖い。

 

「まして、将来を誓い合った私と真尋さんの熱き情熱と性欲は誰にも止められな」

 

「ニャル子、あまり喋ると今度は身体の至る所が穴だらけになるぞ?」

 

真尋は顔だけ笑いながら目には殺気を滾らせるという器用な芸当を見せつつ、ポケットからフォークをちらつかせる。

 

「ふぇぇぇ、分かってますよぉ・・・」

 

しくしく泣きながら、ニャル子はそそくさと今しがた自分の倒れていた床に再び倒れ伏した。

 

「まぁ、取り敢えず事の次第は分かった・・・だが、まずはこの教室を元通りにして、朝礼を終わらせようか」

 

そう言うと、佐藤田中は廊下へ向かって「おーい、入って来いー」と声をかけた。

するとそれを皮切りに、生徒達が教室へ一人二人と入り始めた。

 

「うわー、ひでー・・・」

 

「派手にやったわね・・・」

 

「喧嘩だけでよくここまでやるぜ・・・」

 

と、生徒達は文句を言いながらも机と椅子を元の位置に片付け始める。

 

「全く・・・朝っぱらから僕を怒らせないでくれよ」

 

と、自分の机を移動させながら真尋は大きな溜息をついた。

 

「だってこの中坊が先に・・・」

 

ニャル子は気絶した西を廊下へ放り出しながら言う。

廊下へ転がされた西は、そこにいた生徒指導の教諭に引きずられて行く。

 

「喧嘩両成敗だ。あっちがあっちならお前もお前だよ」

 

「ふぇぇ・・・そんなぁ・・・」

 

ニャル子は泣きそうな目で真尋を見る。

真尋はそれをできるだけ目に入れないように廊下へ視線を下ろした。

 

「大体、中坊相手にケンカってだけでこの様なんだ、ちょっとは周りの迷惑ってのを」

 

「・・・それは違う、少年」

 

すると突然、真尋の言葉を遮り、2-Rの生徒でもあり、ニャル子のストーカー(!?)でもあるクー子が口を挟む。

 

「な、何だよ・・・」

 

「・・・ニャル子は何も悪くない・・・あの中坊が諸悪の根元・・・」

 

と、無表情に、かつ無愛想にニャル子を擁護するクー子。

 

「それに、あの中坊は私達のような宇宙人にとっては天敵も同然・・・」

 

「や、そこまでひどくはないだろ?一応は惑星保護機構とも不可侵協定を結んでるって玄野に聞いたぞ?」

 

「・・・それでもニャル子を敵に回すなら、私は容赦しない・・・」

 

と、クー子は右手の拳をキュッと握りしめながら言った。

・・・そしてその右手には何故か女物の下着が握られていた。

 

「・・・そろそろツッコんでおきましょうか・・・クー子、あんた何握ってやがるんですか・・・?」

 

「・・・ニャル子のぱんつ」

 

少し顔を赤くして言うクー子。

それを聞いた瞬間、ニャル子の顔から段々と血の気が引き、真っ青を通り越して黒くなり始めた。

 

「・・・いつ掠め取りやがったんですか?」

 

「今。だからニャル子は今すぐに私と××××し」

 

放送コードに引っかかりまくりな単語の直後、突然クー子の言葉は途切れた。

次の瞬間、クー子の脳天には真尋のフォークが突き刺さり、ニャル子の腕ひしぎ逆十字が決まった。

 

「アホな事するな大バカー!!!」

 

「人のぱんつ被って許されんのは変態仮面ぐらいですよぉぉぉ!!??」

 

ニャル子と真尋はクー子に制裁を加えながらシャウトした。

 

「あああっ!!ニャル子ぉ・・・ニャル子ぉ・・・もっと・・・もっとしてぇ!!」

 

・・・尤も、当の本人は痛めつけられる事に快感を見出しているらしいが。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「・・・今度は何をしとるんだ」

 

さて、そんな三者三様(?)な様子を遠巻きに見ながら、我らが影の薄い主人公・氷川は呆れ口調で言った。

 

「クー子ちゃん、良いなぁ・・・僕も真尋君にダブルリストロック掛けられたいよぉ・・・」

 

「おい、ハス太?さりげなくあれに加わろうとするなよ?」

 

と、氷川は自分の隣でニャル子と真尋がクー子に制裁を加えている様を物欲しそうに見ていた小柄なクラスメイト---ハス太---に言った。

 

「・・・つか、ハス太君よ、何でそんなマニアックな技知ってんの?」

 

「宇宙CQCの通信講座で覚えたんだー」

 

「う、宇宙CQCッスか・・・」

 

氷川は改めて最近の通信講座の汎用性に驚いた。

つか、宇宙CQCって何なんだよ・・・

 

「氷川君にも掛けてあげようか?」

 

「丁重にお断り致します」

 

得体の知れない体術でシメられるのは俺も御免だ。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「このクラスは本当にトラブルが絶えないな・・・」

 

と、玄野が自分の机を教室の奥から運び出しながらクラスメイトである木下秀吉に話しかける。

 

「これはトラブルと言うより、完全に学級崩壊レベルじゃろう・・・」

 

秀吉はボロボロになった壁や天井を見て言った。

すぐ横を見れば、先ほどの暴動で破壊され、今やただの木屑鉄屑と化した自分の机を前にオロオロすしたり、机こそ無事だったものの、中に隠していたエロ本の残骸を手にむせび泣くクラスメイトの姿があった。

確かにこれほどの超常が繰り返されているのは、おそらく顔巣学園だけであろう。

 

「そう言えば確か一話あたりでもこんな事があったような気がするんじゃが・・・」

 

「あぁ、沖田が土方にバズーカぶっ放してたな」

 

メタ発言・・・もとい、一ヶ月程前の事を回顧する二人。

全く、毎回毎回こんな状況でよく勉学に励めたものである。

 

「ねー、玄野ー」

 

と、玄野の後ろからカリーナの声がする。

 

「ん?何ー?」

 

玄野は振り向かずに声だけでそれに応対した。

 

「一限目って何だっけ?」

 

「あー、数学。鉄人の方な」

 

ちなみに鉄人とは高等部において数学を担当している教諭・西村宗一のことだ。

何故鉄人と呼ばれているのかと言うと、それは彼の趣味であるトライアスロン、そして彼自身が鉄人の異名に相違ない鍛え上げられた肉体の持ち主であるからだ。

尤も、本人はそう呼ばれるのを嫌っているらしいのだが。

 

「・・・やば、私宿題やってない」

 

珍しく宿題を忘れたカリーナが呟く。

 

「マジかよ?鉄人にドヤされるぞ」

 

「えー・・・でもいつもは忘れてないから大丈夫でしょ?てか、そう言う玄野はやってるの?」

 

「・・・やってない、つかある事知らなかった」

 

「・・・・」(玄野)

 

「・・・・」(カリーナ)

 

「・・・何故二人揃ってワシを見る?」

 

玄野とカリーナは秀吉をガン見してこう言った。

 

「「宿題みーして♪」」

 

「・・・ワシもやってないんじゃがのう」

 

「何でやってねぇんだよ!?お前見た目は結構まともそうなんだから宿題くらいやって来いや!!??」

 

「このおバカ!そんなんだからいつまでも優子に比べられんのよ!!それでも優子の妹!?」

 

「ちょ!?ワシは弟じゃ!妹ではないわ!!」

 

「くッそー!!何で夏祭なのに午前授業とかあんだよー!!!」

 

玄野の悲痛な叫びは教室の中の喧騒に消えた。



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第13.5話:近づく程に離れるもんだなぁ、人の心って

「声をかけなければ恋は始まらない」・・・Gackt

「お姉さまはいつになったら私の想いに気づいてくれるのやら・・・」・・・白井黒子

「・・・多分一生理解されないだろ」・・・氷川京多

P.S.
作者:受験戦争勃発中により、小説投稿遅れてすいません!!
今後年明けまでは一ヶ月に一〜二話程度の亀投稿になるかもしれませんが、氷川達の起こす騒動にどうぞ付き合ってやってください!m(_ _)m


2-R組教室・・・・

 

「ふぃ〜、やっと終わった・・・」

 

机の上に並べられた数学のノートを片付けつつ、玄野はやっとひと心地ついたように大きく伸びをした。

今は一限目が終わり、クラスメイト達はトイレへ向かったり、他愛の無い雑談に勤しんでいる。

 

 

---・・・しっかし、宿題の量少なくて良かったなぁ・・・---

 

 

と、玄野はそんな事を思う。

幸いにも忘れていた宿題は問題が数問載っているプリントが一枚だけだったので、氷川に答案を見せてもらいながらルーズリーフに写す事で提出にはギリギリで間に合う事ができたのだ。

鉄人もプリントを持ってこなかった事に対しては小言を漏らしていたが、一応はやって来た、という事で幸いそれ以上のお咎めは無かった。

玄野は鞄からペットボトル入りの烏龍茶を取り出し、キャップを外して一気にあおる。

どこかからアメリカのアーティストの曲が流れてくる。

 

 

---Flo Ridaか・・・最近聴いてる奴多いよな---

 

 

喉を潤しつつ、玄野はそう思った。

 

「あ、あの、け、計ちゃん!」

 

するとその時、玄野はすぐ真後ろからそこそこ大きい声で呼ばれた。

突然の事に、玄野は口に含んでいた烏龍茶を「んブフッ!?」と吹き出してしまう。

そのまま喉を押さえて咳き込む。

 

「・・・げほっ・・・ごほっごほっ・・・!?」

 

「わ、わわわわ!?だ、大丈夫計ちゃん?!」

 

と、後ろから声をかけて来た人物が慌てて玄野の背中をさする。

 

 

---・・・クソっ、いきなり何なんだよ!!---

 

 

ゴホゴホと咳をしながら、玄野は後ろを睨みつける。

 

「ゴホッ・・・あ、あれ?秋山か?」

 

そこにはクラスメイトである秋山澪がいた。

声をかけた相手がいきなり吹き出したせいか、澪はアタフタと当惑している。

 

「い、いきなりごめんね!?大丈夫!?」

 

「うぅ・・・だ、大丈夫」

 

と、玄野は本当は気管支に入っていて、この上なく苦しいのを我慢しながら呻いた。

 

「・・・つか、いきなり何だよ?次の授業の宿題でも忘れたか?」

 

「いや、そうじゃなくてね・・・あ、あの、な、な、何て言うか・・・」

 

しかし、その先の言葉は続かず、澪はそのまま俯いてしまう。

 

「何なんだ・・・?」

 

玄野は訝しげに澪の顔を覗き込む。

・・・うむ、何故か顔が真っ赤っかだ。

 

「どうしたんだよ、風邪でも引いたか?」

 

「・・・ち、違うの!!そうじゃなくて・・・」

 

一言一言を口に出す度、澪はどんどん真っ赤になっていく。

しかもよく見ると頭からは湯気が立ち昇っている。

・・・どういう原理で湯気が出ているのかは読者様の想像にお任せしたい。

 

 

---・・・え?俺、何かしたっけ?---

 

 

それを見ながら、玄野は自分に非があるのかとあれこれ勘繰り始める。

しかし、思い出せば思い出すほどに自分が彼女に悪い事をした記憶が無い。

むしろ、この数週間で彼女と関わったのはせいぜい2,3回ほどだ。

 

「・・・な、なぁ、俺、何かマズい事したか?」

 

しかし、澪は何も答えない。

玄野もどうして良いのかが分からずに呆然とする。

すると突然、この微妙な雰囲気に耐えられなくなったのか澪は、

 

「・・・うきゅっ!!!」

 

・・・と、よく分からない声を上げ、小走りで教室を出て行ってしまった。

 

「・・・え、えぇーーー?」

 

一人残された玄野も、自分の置かれた状況を全く理解できずに、そのまま固まってしまった。

 

 

R組・最後尾の座席・・・・

 

ちょうどその頃、澪と玄野の一連のやり取りを見ながら、一喜一憂している三人組があった。

 

「ありま〜、澪の奴、やっちゃったか・・・」

 

と、カチューシャが特徴的な少女---田井中律---が手の平で自らの額をペチン、と叩く。

 

「玄野ってホントに鈍感ね・・・」

 

と、律に続いてブロンドの髪の少女---カリーナ・ライル---が煩わしそうに毛先を弄くった。

 

「澪ちゃんも澪ちゃんだけどね・・・」

 

ヘアピンの少女---平沢唯---もそれに続く。

 

「澪だけなら良いけどさ、何で玄野も気づかねぇかな?」

 

律は安楽椅子のように椅子をゆらゆらとさせながらごちる。

 

「っていうか、澪も変な好みしてるよねー。他に良い人なんてたくさんいるのに何で玄野なんか好きなんだろ・・・」

 

と、カリーナ。

彼女は玄野をあまり良い目で見ていないようだ。

 

「んー・・・まぁ、発端はめちゃくちゃくだらない事なんだけどな・・・」

 

「え?律っちゃん、玄野君と澪ちゃんの馴れ初め知ってるの?」

 

と、事情を知っていそうな態度を取る律に唯が噛み付く。

 

「知ってるっつーか・・・私も噂で聞いただけなんだけどな」

 

「詳しく教えて律っちゃん!」

 

「あ、私もちょっと気になるかも」

 

「うん、あれは確か・・・私らが小学3,4年ぐらいの時だったか・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、2-R組付近・女子トイレ・・・・

 

「・・・うぅ・・・またダメだった・・・」

 

と、一人手洗い場の鏡に映る自分を見ながら、泣きそうな声で呟く澪。

 

 

---何でかな・・・私は計ちゃんを明日のライブに誘いたいだけなのに・・・---

 

 

言うだけなら簡単なのは分かってるのに・・・

しかし、それをいざ伝えようとすると駄目なのだ。

ただでさえ恥ずかしがり屋で人見知りな彼女は彼を目の前にすると、胸の内に何か熱いものが立ち塞がり、心臓はドキドキして、すぐさま頭に血が昇り、結局は何も言えずにウヤムヤなムードになってしまう。

告白をするわけでもないのに、だ。

・・・そう、澪は玄野が好きなのである。

玄野とは小学校からの付き合いである彼女は、常に勇猛果敢でヒーローのような存在だった彼を、当初は乱暴な人と勝手に決めつけていた。

しかし、ある時分の学校帰り、変質者に危うく誘拐されかけた所を玄野に助けられて以来、澪はいつしか玄野に淡い恋心を抱くようになっていたのだ。

 

「・・・計ちゃん・・・」

 

澪はスカートのポケットから携帯を取り出し、待ち受け画面を開いた。

そこには以前にこっそり撮った玄野の写真が待ち受けとして使われていた。

 

「・・・噂のおまじない、本当に効くのかなぁ・・・」

 

憂いを帯びた目つきで、待ち受けの中にいる想い人の顔を人差し指でそっとなぞってみる。

澪はこの学園に伝わる「好きな相手を携帯電話の待ち受け画面にして、3週間隠し通したら想いが叶う」というおまじないを実行しているのだ。

噂とは言え、効果はてきめんらしく、高等部1年ではこのおまじないで成立したカップルもいるようだ。

 

「・・・私だって、いつかは計ちゃんと・・・」

 

澪は少し悔しげに呟きながら携帯の画面を閉じた。

それと同時に休憩時間終了を告げるチャイムが聞こえてくる。

 

「あ、教室戻らなきゃ」

 

いつまでもこんな事では駄目だ。

澪は数回頭を振って気持ちを入れ替えると、トイレを出て行った。

 

 

場所は戻って、2-R組教室・・・・

 

「・・・ってな事があったんだとさ」

 

と、律は玄野と澪との間に何があったのかを一通り説明し終える。

 

「ほぇ〜、玄野君にそんな過去が!!」

 

唯は目を丸くしながら驚嘆の声を上げる。

 

「ふーん、あの玄野がねぇ・・・まぁ、澪の気持ちは分からないでもないけどね」

 

と、カリーナもやや否定的ながら唯に同意した。

 

「まぁ、実際昔の玄野は喧嘩させたら負け知らず、危険な遊びにかけては崇拝されてたくらいだからなぁ・・・」

 

言いながら律は、安楽椅子状態の椅子の上で溜息をついた。

すると、休憩時間終了を告げるチャイムが教室内に響く。

同時に周りのクラスメイト達は鞄の中からノートや教科書を出したり、各々の準備を始めた。

 

律「あ、やば、準備しないと」

 

唯「次の授業って確か生物だったよね」

 

カリーナ「ハンジ先生でしょ?今日も巨人がいかに凄いかベラベラ喋るだけで終わるわね・・・」

 

と、カリーナがそんな事を言っていると・・・・

 

 

ガラリ・・・・

 

 

「さて、授業を始めましょうか。皆席に着きなさい」

 

教室の前のドアが開き、眼鏡を掛け、軍事科の軍服の上から白衣を着た科学の教師---ハンジ・ゾエ---が入室した。

元々ハンジは軍事科内部の調査兵団を担当する教師なのだが、ハンジ自身が生物の範囲に秀でている事と本人の希望もあって、このように普通科の授業も担当しているのだ。

 

「起立!」

 

生徒達は日直の号令に合わせて椅子から立ち上がり、礼をする。

 

「さて、諸君!」

 

と、ハンジは生徒全員が着席したのを確認すると眼鏡を人差し指で直しながら、

 

「諸君は奇行種が何故あのような通常の巨人では考え難い異常な行動に出るのか、気にならないかな!!!」

 

生徒全員

『・・・・・・』

 

 

・・・いつものお決まりパターンなのであった。



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第14話:祭の朝(教師陣の場合)

作者の一言:今日はかにかまさんの作品『閻魔大王だって休みたい』とのコラボ編です!この話以外の話でもコラボ予定ですので、お楽しみに!!

『閻魔大王だって休みたい』URL
http://novel.syosetu.org/14140/


顔巣学園・教員室・・・・

 

学園に通う生徒達がいよいよ始まる夏祭に思いを馳せたり、何故か夏祭当日なのに午前授業がある事に対してぐーたらと不満を垂れている頃、顔巣学園に勤務する教師陣の朝も始まった。

夏祭に出店する店の最終チェックをする者。

コーヒー片手に売り上げ予想を付ける者。

校庭に設置された野外ステージの音響機材の反応をチェックする者。

顔巣学園の朝は教室だけでなく、職員室にも活気が溢れている。

そんな中、職員室の片隅で、

 

「早く取れよ、伊藤ー」

 

「これで負けたら駅前のケーキ屋のイチゴショートおごれよな」

 

「分かってるっすよ・・・よっと・・・ぬぁおぅ!!??」

 

「いしししっ、ハマったな」

 

「伊藤ってホントに弱えーのな」

 

「くっそー!!また負けたぁぁ!!」

 

・・・冴えない男が幼女二人と何故かババ抜きで遊んでいた。

ちなみに今しがた伊藤と呼ばれたのは右頬の刃物傷が特徴的な男で、名は伊藤カイジ。

顔巣学園の現代社会教諭だ。

 

「もう一回だけ!もう一回だけチャンスを・・・!!」

 

「やなこったー、一度した約束は絶対だぜー」

 

「そーそー。やり直しが効かないのも人生だぞ」

 

「うわぁぁぁ!給料がぁ!!俺の全財産がぁぁぁ!!!」

 

・・・そして全力でカイジのライフラインを切断しにかかっているのは、片方が赤いロングヘアに白衣姿の少女---邪神つるぎ---、もう片方が赤銅色の髪をサイドテールにまとめた少女---道楽宴---だ。

この二人、一見すると子供のような外見だが、これでも立派な一教師である。

ちなみに何故彼女達が子供っぽいのかと言えば。

これは所謂合法ロリと言う奴で、二人の実際年齢はおばさ・・・

 

「「あーかーしーっーくー、それ以上言ったらどうなるかなぁ〜?」」

 

あ、はい、すいません、二人揃って名状しがたいバールのようなものを投げないで下さい・・・

・・・あれ?こんなやりとり前にもあったよね?

 

「まぁ、伊藤よ、こんなもんはお前が地下帝国にいた時に比べたらよっぽどマシだろ?」

 

と、名状しがたい(中略)を机の下に直しながらつるぎ。

 

「や、確かにそうっすよ!?でもあそこのケーキ高いし、俺なんかまだ初任給で9万円しか貰ってないんすよ!?」

 

「9万もありゃ、ケーキの一つや二つ余裕だろ?」

 

「俺の生活費は無視ですか!?」

 

「あー、もう、うっせーな」

 

と、ここで宴がいつの間に咥えた煙草を燻らせながら言う。

 

「負けは負け!あんたが最初に私らの出した条件を飲んだんじゃねえか」

 

「はぁ!?だってあれはつるぎ先生がいきなりバール突きつけて『よぉ、ババ抜くか、死ぬか選べ』なんて言って脅すから・・・」

 

カイジは必死に弁解する。

確かにいきなりバールで生か死か脅されるのもねぇ。

 

「はいはい、言い訳するヒマあったらさっさと行って来ーい!あと私はイチゴショートなー」

 

「あ、私はモンブラン!」

 

しかし、つるぎと宴はそんなカイジの弁解もまともに聞き入れず、それどころか自分の分のケーキを図々しく頼んだ。

 

「くっそー!!今に見てろ!!」

 

哀れにも初任給の半分を削られる事が確定したカイジは職員室から出て行った。

その時、カイジの背中には、負け犬に相応しい情けないオーラが滲んでいたそうな。

 

「なぁ、つるぎー」

 

カイジの去った後、トランプを片付けながら、宴がつるぎに話しかける。

 

「ん、何ー?」

 

「あいつって、ホントに帝愛の地下帝国から生還して来たのか?」

 

と、宴は『帝愛』と言う名を出した。

ちなみに帝愛とは、帝愛グループという金融業を主とする巨大コンツェルンの事だ。

巨大企業なだけに、頻繁にTVCMを放送しているが、その経営にはやや不透明な部分もあり、帝愛直営の地下労働施設や裏カジノなど、黒い噂が飛び交う事もしばしばである。

 

「・・・多分な。でもこう言っちゃ何だが、あいつ弱すぎるよな?」

 

「ついに帝愛のジジィもボケたか・・・」

 

「まぁ、あのじーさんもトシだしな・・・後は黒崎辺りが引き継ぐんじゃねえか?」

 

・・・もっとも、宴もつるぎも、帝愛の裏事情について何故か知っているようだが。

 

 

一方その頃・・・・

 

「ぶぇーっくしょい!!」

 

場所は敢えて伏すが、都内のどこかで、噂の的である老人が大きなくしゃみをしていた・・・

 

 

場所は戻って、顔巣学園・教員室・・・・

 

「にしても、夏祭だってのに何の準備もしてねーな、あたしら」

 

つるぎはゴム製のつっかけを履いた足を自分のデスクに載せながら伸びをした。

 

「そんなもん生徒が健気に準備してるのを上から見とけばいいんだよ。教師の特権ってヤツさ」

 

と、宴は咥えていた煙草・・・のように見えたが、実はペロペロキャンディーをそこにあった皿に載せる。

 

「・・・てか、何でペロペロキャンディーなのに煙が立ってんだよ?」

 

「あぁ、私の舌力はすげぇからな。キャンディー舐めてる摩擦力で自然に着火しちまうんだ」

 

どこぞの銀髪天然パーマ教師のような事を言いながらデスクの上のパソコンをいじる宴。

画面には黒を基調としたカラーのSNSサイト・ダラーズの個別チャットルームが表示され、そこではネットの住人達が、好き勝手にトークを繰り広げていた。

もっとも、このチャットルームは、学園の関係者向けにメンバー設定が固定されているため、話される内容も学園関連のものばかりなのだが。

 

 

チャットルーム・・・・

 

くろの

今年も夏祭だなー

 

きょーすけ

だな

 

バキュラ

何だかんだで今年も開催されたっすね

 

くろの

そう言えば今年のゲストは誰が来んだろーな?

 

JACK.A

初日のゲストはPOLYSICSだって言ってましたね

 

JACK.A

最終日の方はまだ分からんらしいっすけど

 

くろの

ほぉほぉ。

 

バキュラ

つかPOLYSICSのメンバーにココの卒業生いましたっけ?

 

きょーすけ

ギター担当がこの学園の高等部OBらしいです

 

JACK.A

OBで他に有名なアーティストとかいたかな?

 

きょーすけ

俺が聞いたことあるのはFACTくらいっすわ

 

 

宴さんが入室されました

 

 

おいーす

 

JACK.A

あ、宴さんばんわー

 

バキュラ

ちょ、JACKさん今昼w

 

JACK.A

あ、間違えた

 

JACK.A

ちわーす

 

おうおうー

 

お前ら準備せんで良いのかー?

 

今日から夏祭だろ?

 

バキュラ

ウチのクラスは昨日に全部終わらせたっす

 

くろの

俺らもあらかたは終わったっすね

 

JACK.A

さっきまでアホな厨房とクラスメイトが教室でケンカしてましたがね(汗)

 

にしてもお前ら

 

今から最終日のゲストが気になるとか結構ミーハーなのな

 

JACK.A

いや、別にそーでもないですけどね

 

きょーすけ

宴さんは誰が来ると思いますか?

 

ラスベガスじゃないのか?

 

くろの

ラスベガス?

 

JACK.A

あ、Fear,and Loathing in Las Vegasっすか?

 

バキュラ

名前長っ!

 

あー、お前ら生徒の中で噂にはなってると思ってたんだがな・・・

 

JACK.A

バキュラさんラスベガス知らないんすか?

 

バキュラ

いや、最近よく名前は聞くんすけどね

 

きょーすけ

俺も大体そんな感じですね

 

きょーすけ

妹がハマってるゲームの主題歌か何からしくて

 

きょーすけ

昨日の夜もネトゲやりながら『ラスベガスきたー!!』とか何とか叫んでましたし

 

JACK.A

あ、それシスカリっすよね

 

くろの

確かラスボス戦の挿入歌担当してたな

 

JACK.A

つか、ラスベガスって顔巣学園(ココ)の卒業生だったんですね?

 

まぁ、在籍してたのは関西の方だけどな

 

 

同刻、顔巣学園校長室・・・・

 

「ふむ・・・」

 

黒いシャツにジーンズ姿のアバンギャルドな校長・ルシフェルは自前のノートパソコンを前にネットで交わされる会話を見ながら、優雅にアイスコーヒーを飲んでいた。

 

「皆、一様に夏祭を楽しみにしているようだな」

 

良い事だ、とルシフェルは微笑した。

本来は天界に生きる存在である彼にとって、人間界で一つの学園の長をするという事は、ある意味ではかなり危険な行為だ。

かつての地上、人間の言葉を借りれば創世記において、楽園の外つまり現在で言う人間界では魑魅魍魎共が跋扈し、人間はともかく天界の者であろうが、生活するにはまさに命懸けの混沌の世界だった。

しかし、アダムとイヴはそれを乗り越え、人間という種の繁栄を築き上げた。

無論、外部からの知られざる協力・助言もあった上ではあるが、結果として人間はここまで進化したのだ。

そしてルシフェルは、過去・現在・未来にかけて、それらを見守り続けていた。

彼自身にとって、人間とは自らの愛すべき子供のような存在と言っていいだろう。

ルシフェルはアイスコーヒーを啜りながら、ゆっくりと伸びをした。

すると、ジーンズのポケットに入れていた携帯がブルブルと震え、ルシフェルに着信が来た事を伝える。

 

「む、誰だ?」

 

ルシフェルはポケットから携帯を取り出すと、画面を確認する。

 

「あぁ、ヤマシロか・・・」

 

ルシフェルは友人だろうか、そのヤマシロと言う人物に電話を掛けた。

6回目のコール音の後、

 

『よぉ、ルシフェル』

 

と、若い男の声が電話の向こうから聞こえてくる。

 

「あぁ、久しぶりだな、ヤマシロ」

 

『そっちはどうだ?うまい事やってるか?』

 

「あぁ・・・まぁまぁと言った所だろうな。お前はどうだ?」

 

『俺は毎日大変だぜ・・・この間も死神が人間界に出現したとかで色々と慌ただしかったしな。とりあえずは今やっと落ち着いたとこだ』

 

と、ヤマシロは声に疲れを滲ませながら言う。

会話の中に死神という単語が出て来るあたり、ルシフェル同様に人智を超えた関係の友人なのだろう。

 

「閻魔大王に、休みは無いというわけだな?」

 

『おうよ・・・いい加減に休みてぇよ』

 

そうか、とルシフェルは携帯を肩と耳に挟みながらネットを見る。

ネット上にはこの数分の間に今年の夏祭のゲストにまつわるスレッドが乱立していた。

 

「・・・そう言えば、麻稚君はFear,and Loathing in Las Vegasのファンだったな・・・」

 

と、ルシフェルはヤマシロ以外のもう一人の友人の名を呟いた。

 

「そうだ、ヤマシロ。今から暇か?」

 

と、突然ルシフェルは友人を遊びに誘うような口調で尋ねる。

 

『え?まぁ、暇っちゃ暇だけど』

 

「ならウチの学園の夏祭に来ないか?」

 

ルシフェルは人差し指を立ててそう提案した。

 

『お、おい、ちょっと待てルシフェル。確かに今俺は暇だがな、地上へ行けるほどじゃないぞ?』

 

と、何やら若干慌てるヤマシロ。

しかし当のルシフェルは

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

と、呑気なものだ。

 

『・・・あのなぁ、天界の奴らと違って俺らが地上に行くのがどんだけ大変なのか知ってるのか?特に俺は死者の魂を裁く役目を負ってるから殊更難しいんだぞ?』

 

ヤマシロは半ば呆れ気味に言った。

突然だが、ヤマシロは閻魔大王である。

閻魔大王とは言わずもがな、死者の魂を裁くのが仕事である。

人間風に言ってみれば、裁判長のようなものなのだ。

そんな重役が旅行へ行くのだから、当然、地上へ出るための手続きもかなりややこしく、目的地に着くまでには何も出来ないほどに疲弊しきっているのはざらにある事だ。

 

「そうか・・・確かにそうだな」

 

そう言いながら、ルシフェルは顎に手をやりながら少し考えた。

数分経って、ルシフェルはやっと良い案が出たらしく、こう言った。

 

「よし、分かった。イエスに頼んでみようか」

 

『っておい!?そんな簡単に頼めるのかよ!?相手は主なる神だぞ?』

 

「あぁ、大丈夫だ。私は彼の一番弟子である上に、そもそも彼自身も今地上でバカンス中なんでな」

 

と、ルシフェルはノートパソコンをいじり、とあるブログのホームページを開く。

ホームページ上部には『いえっさのドラマンダラ』とある。

 

「彼なら煩わしい手続きをパス出来るはずだ。今彼にメールを送ったから・・・まぁ、今日中には何とかなるだろう」

 

『そうなのか・・・?まぁ、分かった。イエス様によろしく伝えてくれ』

 

「ああ、そうしておこう」

 

そう言うと、ルシフェルは電話を切った。

 

「さてと・・・む?」

 

携帯をポケットにしまい、ノートパソコンに目を向けたルシフェルは、新着メールが一通来ているのを見つける。

何の気無しにメールボックスを開き、内容を見た瞬間、

 

「・・・な、何だ、これは・・・」

 

驚きのあまり、ルシフェルは手に持っていたアイスコーヒーのカップを取り落とした。

メールボックスに届いていたそのメールにはおどろおどろしい形相のピエロの画像と共に・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『夏祭を彩る血の華が咲くだろう』

 

とあった。

後にこれが夏祭を大きく揺るがす波紋となる事を、ルシフェルは瞬時に悟った。

 

「・・・うむ、先手は打っておいた方が良さそうだな」

 

ルシフェルは静かにそう呟くと、ノートパソコンの電源を落とした。



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第14.5話:不穏なログ

「私の歩みは遅いが、歩んだ道を引き返すことはない」・・・・エイブラハム・リンカーン

「Zzzz....」・・・・氷川京多

「作者さんの投稿が遅すぎて氷川君寝ちゃったよ」・・・・平沢唯

P.S.
今回は後書きに作者からのお詫びがございます。


夏祭前夜、都内某所・・・・

 

「・・・」

 

学園都市の外れにある、廃屋となったボーリング場。

人通りもほとんど無いこの場所は、かつてはカラーギャングやチーマーなどの不良集団の縄張りにはうってつけの場所として雑誌で紹介されたりしていたのだが、現在ではそのなりを潜め、全く人が寄り付かなくなっていた。

そんなボーリング場の二階に、その男はいた。

黒いフードを目深に被り、ノートパソコンに相対している。

 

「・・・あともう少し・・・あともう少しで・・・」

 

口許を不吉に歪め、狂ったようにキーボードをタイピングするその男の目は・・・・赤く濁っていた。

 

 

 

同日、ダラーズチャットルーム・・・・

 

 

現在、チャットルームには誰もいません

 

エリザベスさんが入室されました

 

 

エリザベス

あれ、誰もいない

 

エリザベス

さっきまで賑やかだったのに

 

エリザベス

時間置いてからまた顔出そうかな・・・

 

 

エリザベスさんが退室しました

 

現在、チャットルームには誰もいません

現在、チャットルームには誰もいません

現在、チャットルームには誰もいません

 

黒イ凶天使さんが入室されました

 

 

黒イ凶天使

最終警告だ、よく聞け。

 

黒イ凶天使

顔巣学園は今年度の夏祭を中止せよ。

さもなくばお前たちの身に世にも恐ろしい災いが降りかかるだろう。

 

黒イ凶天使

既に警告は何度も与えたが、お前たちはそれを無視し続けている。

次はないと思え。

 

 

黒イ凶天使さんが退室しました

 

現在、チャットルームには誰もいません

現在、チャットルームには誰もいません

 

JACK.Aさんが入室されました

 

 

JACK.A

・・・何だこりゃ

 

 

くろのさんが入室されました

 

 

くろの

おいーす・・・何だこりゃ

 

JACK.A

くろのさん、ばんわっす

 

くろの

ばんわ・・・

 

くろの

何すかこの書き込み

 

JACK.A

いや、俺も今来たとこなんで何が何やら

 

くろの

黒イ凶天使て・・・ネーミングセンスの欠片もないHNっすね

 

JACK.A

頭のおかしい奴が書き込んだんでしょうね

 

(内緒モード)

 

JACK.A

まさか吸血鬼じゃないよな?

 

くろの

んー・・・一昨日の逆恨みの可能性もあるっちゃあるけど

 

 

カザリさんが入室されました

 

 

カザリ

こんばんわ〜

 

JACK.A

あ、カザリさんこんばんわっす

 

くろの

ばんわー。

 

カザリ

あれ、まだ皆集まってないみたいですねぇ

 

JACK.A

会議か何かですか?

 

カザリ

えぇ、一応人数集まったら個別チャットを開くつもりなんですけど・・・

 

カザリ

上の方の書き込み何なんでしょうね?

 

カザリ

夏祭を中止しろ、とか言ってますね

 

JACK.A

新手の荒らしですかね?

 

カザリ

何か不気味ですよね

 

カザリ

夏祭に恨みでもあるんでしょうか

 

くろの

しかも何でよりにもよってウチの学園の夏祭なんだ

 

JACK.A

さぁ・・・

 

JACK.A

偏ったレイシズムとかならありそうな話ですけど

 

くろの

生徒も教員も多国籍っすしね、学園都市

 

カザリ

まぁ、とにかく!

 

カザリ

今日から夏祭なんですし、国籍や出身なんて関係無く皆で楽しくやりましょうよ!

 

JACK.A

そうっすね

 

くろの

ま、今年も何事も無く始まって終わるでしょうけど

 

JACK.A

だと良いですね

 

JACK.A

ちょっと飯ってくるんで一旦落ちまーす

 

 

JACK.Aさんが退室しました

 

 

くろの

あ、じゃ俺も一旦落ちます

 

カザリ

乙ですー

 

 

くろのさんが退室しました

 

 

カザリ

私一人だけになっちゃったな…

 

カザリ

早く誰か来ないかなぁ

 

 

隼さんが入室されました

 

 

ばんわっす、カザリさん

 

カザリ

あ、隼さん、こんにちわー

 

皆まだ来てないんですか?

 

カザリ

そうみたいですねぇ

 

(内緒モード)

 

ところで、初春さん

 

例の黒い男についてなんですけど、何か掴めました?

 

カザリ

はい、こっちも色々と情報収集したんですけど、何だか色々とややこしい繋がりがあるみたいですね

 

カザリ

新宿の情報屋も一枚噛んでるみたいですし

 

またあのど変態か・・・

 

ホントにどこにでも現れますね、折原って

 

カザリ

私は正直あの人は苦手です・・・

 

俺もです

 

ていうか、あの人を嫌いじゃない奴は相当の命知らずか頭がおかしいかのどっちかですよ

 

 

甘楽さんが入室されました

 

 

甘楽

どもどもー!甘楽ちゃんでーっす!!

 

(内緒モード)

 

うーわ、噂をすれば何とやら

 

カザリ

タイミングが悪いですぅ・・・

 

仕方ないですよ、とりあえず適当に相手しときましょう

 

どうせ今日も言いたい事だけ好き勝手言いまくって帰るんでしょうし

 

(内緒モードをOFFにしますか?:Yes)

 

ばんわー

 

カザリ

こんばんわー

 

甘楽

んもうっ!二人ともずっと内緒モードだったから、甘楽ちゃん退屈しちゃったゾ!!ぷんぷん!!!(*`へ´*)

 

そーですか

 

カザリ

というか、退屈も何も今入ってきたばかりですよね?

 

カザリ

正確に言えば約20秒前に

 

甘楽

女の子にとっては20秒も1時間も同じなんですぅー!!!

 

はいはい、とりあえずそーゆーのはどーでも良いんで

 

言いたい事だけさっさと喋って帰ってくれないっすか?

 

甘楽

・・・最近隼クン私に対して冷たいですよぉ(T . T)

 

それは元からです、あと早くしてくんないすか

 

甘楽

うぅ・・・わかりましたよぉ・・・最近学園都市でよく目撃されてる黒い男って知ってます?

 

この夏場なのに黒づくめの男がパソコン片手に街を徘徊してるってやつですね

 

甘楽

何か何か〜、その黒い男が夏祭にテロを起こすとかいうウワサが流れてるんですよぉ〜

 

甘楽

あ、でもあくまでウワサなんですけどね☆

 

(内緒モード)

 

あんたが焚き付けたんじゃねぇだろうな?

 

甘楽

どうしてそう思うのかな?

 

黒い男があんたと繋がってるのは調べがついてるし、学園にはあんたの大嫌いな人外も生徒や教員として在籍してる

 

どう考えてもあんたのやりそうな事じゃないか

 

甘楽

やれやれ、俺もつくづく信用がないなぁ

 

甘楽

まぁ、その辺は君のご想像にお任せするよ

 

(内緒モードをOFFにしますか?:Yes)

 

甘楽

あ!いっけなーい!!私ってば、お鍋に火かけっぱなしだったぁー!!!

 

甘楽

というわけで落ちまーす

 

 

甘楽さんが退室しました

 

 

あ、逃げた

 

カザリ

怪しかったですね、甘楽さん

 

引き続きマークした方が良さそうですね。

放っておくと何をしだすかわからない

 

 

モノクロームさんが入室されました

 

 

モノクローム

皆様、御機嫌よう

 

モノクロームさんばんわー

 

カザリ

こんばんわ、モノクロームさん

 

モノクローム

あいも変わらずこのチャットルームは過疎気味ですわね

 

まぁ、ここ最近は夏祭も近いし皆さん忙しいんでしょうね

 

カザリ

そういえばモノクロームさんがこのチャットルームに来るなんて珍しいですねぇ

 

いつもは個別チャットにしか浮上しないのに

 

モノクローム

その個別チャットに今ひとつ人数が集まらないので、暇を持て余しておりますのよ

 

あー、なるほど・・・

 

モノクローム

それにしても、最近は夏祭が近いからといって猫も杓子も浮かれすぎですの

 

モノクローム

夏祭だからこそ気を引き締めていくべきだと思いませんこと?

 

カザリ

確かにそうですねぇ

 

まぁ、楽しみにするのは悪いことじゃないですけどね

 

モノクローム

それは分かっていますわ

 

モノクローム

しかし、その楽しみに任せて羽目を外しすぎるのが人間の常というもの。

手本にならなければならない私達が浮かれっぱなしではいけませんわ

 

 

Mayさんが入室されました

 

 

May

歓談中失礼する

 

カザリ

あ、Mayさん

 

モノクローム

御機嫌よう、May様

 

ばんわっす

 

May

個別チャットを開く用意が完了した、このチャットルームにいるジャッジメント構成員は直ちにそちらへログインするように

 

 

Mayさんが退室しました

 

 

・・・相変わらず事務的だなぁ、Mayさんは

 

モノクローム

あら、私としては彼女のビジネスライクな姿勢は嫌いではなくてよ?

 

カザリ

それに、Mayさんって見た目怖いけど結構優しいんですよ

 

俺、いつも相方の始末書ばっか回されるから苦手なんですよ・・・

 

カザリ

まぁ、それは同情します・・・

 

この前も取調室で酒飲みながら取調してましたからね

 

モノクローム

問題児を相方に持つとは、隼様も大変ですわね

 

・・・ま、今は個別チャットに移動しますか

 

カザリ

はーい

 

モノクローム

では、参りましょう

 

 

隼さんが退室しました

カザリさんが退室しました

モノクロームさんが退室しました

 

 

現在、チャットルームには誰もいません

現在、チャットルームには誰もいません

現在、チャットルームには誰もいません

現在、チャットルームには誰もいません




作者からのお詫び
『顔巣学園の平凡な超常』作者のアカシックレコードです。
前々回の前書きで「これからは1ヶ月に1〜2話ほどの亀更新になる」と言っておきながら、1年半以上もブランクを空けてしまった事をお詫び致します。
ブランクが空いた理由としては、受験や大学への進学、それに伴う生活環境の変化などですが、私的な忙しさに小説投稿を怠ってしまったのは、私自身、反省すべき点であると思っております。
ただでさえ文才の無い私の稚拙な文章を読んでくださっている読者の皆様には多大なるご迷惑を掛けてしまったことを心よりお詫びすると同時に、これまで少しでもこの小説に興味を持ってくださった方々や、この小説を評価してくださった方々に心より感謝致します。
今回のような失態を二度と起こさぬよう、投稿を続けて参りますので改めて、『顔巣学園の平凡な超常』をよろしくお願い致します。
また、今後の更新についてですが、現在数話ほどのストックがありますので、それを細かく手直ししつつ、1週間に1回ほどの目安で更新する、という形になる予定です。


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第15話:夏祭

「生きるということは刺激的なことであり、それは楽しみである」・・・・アインシュタイン

「やっと祭りか・・・(ファ〜」・・・・氷川京多

「待ちくたびれたよ」・・・・玄野計

「それじゃあ、行ってみよー!」・・・・平沢唯


翌日、2-R組教室・・・・

 

「・・・と、まぁ、ここまでが最近の研究で得られた巨人のデータなんだけれども・・・・って、皆聞いてる?」

 

と、教卓から生徒達を見下ろしながら、生物担当教師・ハンジ・ゾエは大きく溜息を吐いた。

 

2-R一同

『…Zzz』

 

それもそのはず、生徒達は皆居眠りしていたのだから。

このハンジ・ゾエという教師は授業をあまり、というか殆どしない事で有名だ。

最初のうちは教科書に沿った内容の授業をするのだが、その節目節目でやたらと巨人について熱弁するのである。

そして興が乗ってくると、授業そっちのけで手持ちのレポート(無論巨人関連)や解剖図(巨人の)を引っ張り出して、延々ベラベラと語りまくるのだ。

そのせいか、授業開始後15分も経たないうちに、生徒の過半数が一斉に眠りに就くか、生徒同士で馬鹿話に勤しむか、という状況になってしまうのだ。

 

「まぁ、皆は普通科だからあまり巨人に興味が無いのは分かるけどね・・・」

 

と、ハンジは頭をぽりぽり掻きながら、黒板をフルに使って描いた巨人の解剖図を消し始めた。

それと同時に終業のチャイムが鳴り響く。

ちなみに今回の授業で使用した黒板の内容は巨人関係が9割、生物関係が1割という有様だったとか。

全く何をしているのやら。

 

「では、今日はここまで。日直さん、号令よろしく」

 

「ふぁ〜…起立、礼」

 

大あくびしながら、日直の坂本雄二が号令をかけると、R組の教室に気怠げな礼の声が響く。

 

「あ、そうそう、言うのを忘れていたけど」

 

そして、ハンジは教室を出ながら、

 

「今日の内容が夏休み後のテストで出題されるので、皆さんちゃんと勉強しておくようにね」

 

まあまあ残酷な一言を放っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2-R一同

『・・・な、なぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!?????』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・2−Rの全員がまどろみから一気に覚醒した瞬間である。

当然誰もノートなど取っておらず、授業を半分も聞いていなかった2−Rはしばらく荒れに荒れたのだとか。

 

 

 

 

一方、その頃・・・・

 

「・・・・」

 

学園都市の某所にある、廃屋となったボーリング場。

人通りもほとんど無いこの場所は、かつてはカラーギャングやチーマーなどの不良集団の縄張りにはうってつけの場所として雑誌で紹介されたりしていたのだが、現在ではそのなりを潜め、全く人が寄り付かなくなっていた。

そんなボーリング場の二階に、その男はいた。

黒いフードを目深に被り、独りノートパソコンに相対している。

指はせわしなくキーボードを叩き、画面には何やら赤い文字列が踊っている。

 

「・・・もうすぐだ、もうすぐにだ・・・」

 

口許に不気味な笑みを浮かべ、男は一心不乱にキーボードを叩き続ける。

刹那、男の携帯に着信が入る。

男はおもむろに携帯をポケットから取り出し、通話に出た。

 

『やぁやぁ、調子良さそうだね』

 

電話の相手もやはり男だった。

声色から判断して、20代前後だろうか。

男はそっけなく応対した。

 

「・・・あんたか、何の用だ?」

 

『釣れないなぁ、君は。せっかく情報を持って来てあげたんだ、もう少しは喜んでくれると思ってたけどねぇ』

 

「能書きを垂れるな、要件をさっさと言え」

 

『はぁ〜・・・まぁ、良いさ。要件は・・・君への忠告だ』

 

と、ここで電話の声は一拍置いてから言った。

 

『・・・学園都市のお巡りサン達がどうやら君の事を探り始めたらしいよ?』

 

「へっ、問題は無い、それも俺の策の一つだ」

 

『へぇ?随分と自信があるみたいだね?自分が捕まらないという自信が』

 

「当然だ、俺はまだ捕まるわけにゃいかねぇんだよ」

 

『まぁ、幸運を祈っておこうか。一応は俺も協力者だからね』

 

いけしゃあしゃあと言い放ち、電話の声は切れた。

男は携帯をポケットにしまい、ようやくパソコンから目を離す。

やれやれ、というように首を回しながら、砕けた窓から空を見上げて。

 

「そうだ、まだ捕まるべきじゃない・・・・」

 

と、男は自分自身に言い聞かせているとも、誰かに教唆しているとも取れる独り言をふと呟いた。

 

「・・・この聖戦(クルセイド)を完遂するまでは、な」

 

聖戦(クルセイド)

その単語の意図するものは果たして何なのか。

男がただのイタい奴なのか、それとも本当に何かを始めるつもりなのか。

それはまた別の話。

 

 

 

 

 

顔巣学園・校門付近・・・・

 

『ブレスレットの配布は本日16時までとなっております』

 

『フェイス両替所はこちらになりまーす』

 

真夏の太陽が照りつける、昼の12時半。

顔巣学園の校門前には大量の生徒達が長蛇の列を作っていた。

 

「でね、夏祭の間は顔巣学園は一つの国みたいになるんだよ」

 

「なるほど、つまり夏祭の期間中は学園の外には出られないって事か?」

 

「いや、絶対出られないってわけじゃないけど・・・色々と手続きが面倒なんだ」

 

多種多様な人種・種族・年齢の入り乱れる人混みの中、氷川京多の姿はそこにあった。

隣には平沢唯と秋山澪の姿もある。

 

「ふぅん・・・じゃ1週間丸々学園に缶詰ってわけだ」

 

「でも顔巣学園は広いからねぇ、半年くらいは学校で生活できちゃうよ」

 

と、唯は財布の中身を物色しながら言う。

ちなみに夏祭の期間中、顔巣学園は基本的に独立国家とほぼ同じ体制を取っている。

学園内においては、専用の通貨であるフェイス(Faith)が流通し、円やドルを使った商売や支払いは原則不可能となる。

また、通常の校則に付加される形で夏祭期間限定の校則も存在しており、楽しい反面、色々とややこしい箇所もあるようだ。

 

「まぁ普通に楽しんでれば大丈夫だよ」

 

「普通に、ねぇ」

 

澪の言葉に氷川は一抹の不安を覚えた。

ただでさえ何でもござれのこの学園だ、普通では済まされない事態が起こるだろ、絶対・・・

 

「次の方!」

 

なんてことを考えている間に、両替の順番が回ってくる。

氷川は財布から卸したばかりのバイト代を出した。

とりあえず軍資金として4万円は手元にある。

 

「あ、あまりたくさん換金しない方がいいぞ?最終日までに使い切れなくても払い戻しはできないからな」

 

「え、そうなの?」

 

「最初は1万5千円くらいでちょうどいいんだ。夏祭中も換金所は営業してるから」

 

「へぇ・・・じゃ、これで」

 

澪に言われるまま、氷川は2万5千円を財布に戻し、代わりに1万5千円を換金所の係員に手渡した。

 

「1万・・・5千円ですね、列の横で少々お待ちください。ブレスレットを作成しますので」

 

列の横に退く事、約3分後。

 

「氷川京多様〜ブレスレットが用意できました〜」

 

係員に呼ばれ、氷川は換金所のすぐ横の広場に向かった。

そこには券売機のような機械が三つ並び、人々がブレスレットを受け取っている。

 

「ブレスレットの使い方はご存知でしょうか?」

 

「あ、はい、一応知ってます」

 

フェイスは電子通貨であり、専用のブレスレットにチャージして支払い時にタッチパネルにタッチして利用することになっている、というようなことを担任の佐藤田中から聞いたのを氷川は思い出した。

とりあえずブレスレットを受け取り、腕に嵌めてみる。

うん、こうして見るとなんだか普通のラバーバンドみたいだ。

 

「さてと・・・」

 

氷川は電子生徒手帳の夏祭の欄を開いた。

見たところ、かなりの量の出店やイベントがあるらしく、特に14時からは特設ステージで特別ゲストのライブがあるらしい。

 

「NINJA COREと竜宮小町がオープニングアクトか・・・後で行ってみよう」

 

そう思いながら生徒手帳をポケットにしまうと、向こうから唯と澪、そしていつの間に合流したのか、岩沢が来た。

 

「よう、氷川」

 

「岩沢」

 

ギターケースを背負い、氷川に手を振る彼女もまた腕にブレスレットを嵌めている。

 

「あ、そうか。ガルデモもライブやるんだっけ?」

 

「あぁ、3日目にな。今日と明日は放課後ティータイムと合同でリハをやったり、音合わせしたりする予定だ」

 

「3日目か…そう言えば、放課後ティータイムは今回秋山がボーカルなんだっけ?」

 

「そうだよー!しかも驚くなかれ、メイド服着て演奏するんだよ!!」

 

「唯!?それは言わない約束だろ!!!」

 

と、澪は真っ赤になりながら唯の後ろ頭をはたく。

メイド服か……と氷川は思った。

おそらくは律かさわ子先生あたりに強要されたのだろう。

少し哀れではあるが、まぁ、頑張れ、澪。

 

「氷川はどうするんだ?1日目だし、色々と見て回ったりするんだよな?」

 

と岩沢。

 

「うん、とりあえず俺はオープニングアクトのライブ見に行くつもりだけど、一緒に行くか?」

 

「あ、それ良いね!私も行くー」

 

「こら唯、私達は練習があるだろ」

 

「えー…でもあの竜宮小町がライブするんだよ?澪ちゃんだって見に行きたいんじゃないのー?」

 

唯は頬をぷくーっと膨らませながら言う。

確かに、大人気のアイドルユニットが学校でライブをするのなら、誰だって見に行きたいはずだ。

 

「何言ってるんだよ唯、私達あと2日しか練習できないのに…」

 

「まぁまぁ、澪」

 

と、ここで岩沢が唯と澪の間に割って入った。

 

「ライブって言っても1時間くらいで終わるしさ、私達も見に行かないか?」

 

「まさみまで……でも、そしたら練習はどうなるんだよ」

 

「おーい、澪ー」

 

すると、その時。

澪の後ろから律が走ってやって来た。

いつの間に物販で買ったのであろうNINJA COREのTシャツまで着てライブが待ち切れないようだ。

 

「あ、律」

 

「よぉ澪、何してんだよ」

 

「そうだ!律、唯とまさみがライブに行こうって言って聞かないんだ」

 

と、澪は律に直訴しようとする。

部長であるお前からも何とか言ってくれ、と言おうとしたのだろうが、

 

「何だ?澪は行かないのか、ライブ」

 

その言葉は律のあまりにも残酷(少なくとも唯と岩沢にとっては思わぬ援軍)な一言で打ち砕かれた。

唖然とした表情でその場に固まる澪。

 

「お前らもライブ行くんだろ?」

 

「え?うん、行くけど」

 

「あぁ、私も行くぞ」

 

「竜宮小町、早く見たーい!」

 

「じゃ、みんなでライブへ行くぞー!!!」

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

と、澪はまだ粘る。

 

「何だよぉ〜、澪ちゃんは竜宮小町を間近で見たくないのぉ〜?」

 

「そ、そりゃ、竜宮小町は見たいけど・・・」

 

「あ〜、はいは〜い、澪ちゃんはマジメちゃんだから練習しなきゃダメなんだよなぁ〜、じゃ〜、私達だけで行くかぁ〜」

 

律はひたすら澪を煽る。

どうやら練習する気など毛頭ないらしい。

 

「折角の機会なのに、もったいな〜い」

 

唯も調子に乗って悪ノリしている。

 

「よーし、じゃ澪は放っといてライブ行くぞー!!!」

 

「竜宮小町ー!!!」

 

「よし、行こうか」

 

「え!?ちょ、おーい!!!」

 

一人残された澪の虚しい叫びを背に、氷川達一行はライブステージへと向かう。

 

「・・・うぅ、私も行くぅ〜!!」

 

・・・かくして澪がパーティーに加わった。

 

 

数分後、第6グラウンド・特設ライブステージ・・・・

 

『Are U ready!!?? Make some Noize!!!!』

 

顔巣学園は約12もの多目的グラウンドを持っている。

第1グラウンドは主に保険体育の授業用、第2グラウンドは軍事科の訓練用、第3グラウンドは体育系の部活用etc…といった具合にそれぞれ使用目的が決まっているのだ。

そしてここ第6グラウンドは主に野外ステージを設営し、ライブ会場として使うのが主な用途だ。

さて、その第6グラウンドに設置されたステージの上、スキー用のゴーグルを被った男がマイク片手にグラウンドの観客を煽っている。

その後ろでは同じくゴーグルを被った5人の男達が、ギターの調弦をしたり、音楽機材に接続したパソコンを弄っている。

彼らはNINJA CORE。

オーストリア出身のEDMコアバンドだ。

 

『C'mon.......JUMP DA FUCK UP!!!!!!』

 

その言葉を合図に、ステージに設置された特大スピーカーから激しいハードコアなサウンドが放たれ、会場のテンションを一気にブチ上げる。

一部では気の早い観客がモッシュピットをしているのが見える。

 

『Leady Go!! Tokyo, Japan!!! We are NINJA CORE!!!!』

 

会場に立ち込める熱気、歓声、そして重い音圧のハードコア。

これが顔巣学園名物・夏祭の始まりである。




用語解説コーナーVol.1

NINJA CORE
ニンジャ軍団を自称する、オーストリア出身のEDMコアバンド。
ポルトガル系ボーカルのExeを筆頭に、ドラムンベースやダブステップを多用した電子音楽を展開する。
メンバーは全員日本マニアだが、日本に来た事は一度もないらしく、今回の夏祭のオープニングアクトが初めての来日。


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第16話:夏祭ではごく当たり前の光景です。 Part.1

「あなたの言葉の範囲はあなたの世界の範囲でもある」・・・・ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン

「ドーモ、アミ=サン、エグゼデス」・・・・Exe(NINJA CORE)

「ドーモ、エグゼ=サン、アミデス」・・・・双海亜美

「あらあら、亜美ちゃんドイツ語が上手ね〜♪」・・・・三浦あずさ

「いやいや、今の思いっきり日本語でしょう!?と言うか何なのよその変な挨拶!?」・・・・水瀬伊織


ステージ袖・・・・

 

「おぉぉぉ!すごい盛り上がってるYO→!!」

 

と、少女はステージ上で6人のニンジャ達が繰り広げるライブを見ながら、興奮気味に言った。

頭の左側をサイドテールに結わえ、竜宮城の官女のようなアイドルコスチュームに身を包んだ彼女の名は双海亜美。

765プロの擁するアイドルユニット・竜宮小町のメンバーだ。

 

「確かに中々の盛り上がりようね。でも、私達だって盛り上げにかけては負けてないわ!」

 

と、亜美の言葉に髪を左でワンレングスにまとめた少女が返す。

彼女は水瀬伊織。

水瀬財閥のお嬢様にして、竜宮小町のリーダーだ。

 

「相手は忍者だか何だか知らないけど、絶対に負けないんだから・・・!」

 

言いながら伊織は拳を握りしめた。

竜宮小町は765プロ内で初めて結成されたアイドルユニットであり、それだけに事務所内の期待値も高いのである。

リーダーである伊織としてはどんなに規模の小さいライブでも、それら全てを成功させたいのだ。

 

「おぉ!いおりんがこれ以上ないやる気をたぎらせているYO」

 

「私はいつでもやる気しかないわよ!亜美も軽口ばっかり叩いてる暇があるなら気合い入れ直しなさいっての!!」

 

「んっふっふっふ〜、了解!!」

 

「・・・そう言えば、亜美、あずさはどこ行ったの?」

 

と、伊織はここでメンバーが一人いないのに気づいた。

 

「どこって、さっきまで一緒に・・・」

 

言いつつ後ろを振り返る亜美。

しかし、そこには誰もいない。

 

「・・・まさか」

 

「・・・またこのぱてぃーん!?」

 

 

一方その頃、学園構内・・・・

 

 

「困ったわぁ、また迷子になっちゃったみたい」

 

多くの人で賑わう顔巣学園構内。

教室を改装した喫茶店や焼きそばなどの軽食を売る店が立ち並ぶ中、一人の女性が行くあてもなく彷徨っていた。

青に近い黒髪をショートヘアにし、どたぷーんという擬音が似合いそうな巨乳、そしてあまり危機感のなさそうな面持ちの彼女こそ、竜宮小町のメンバー・三浦あずさで間違いない。

彼女は今、亜美や伊織達とはぐれてかれこれ30分が経とうとしている。

 

「あともう少しで私達の出番なのに・・・どうしましょう」

 

と、どこか達観しているような、もしくは緊張感が感じられない風にあずさは呟いた。

 

 

ステージ袖・・・・

 

「や、ヤバいYO〜!ただでさえあずさお姉ちゃんは神出ちこつなのに〜!!」

 

「とりあえず落ち着いて亜美!あと、それを言うなら神出鬼没ね!!」

 

場所は戻って、ステージ袖。

突然姿を眩ましたあずさに亜美は大いに焦り、伊織がそれを宥めていた。

ステージではNINJA COREのライブも終盤に差し掛かっている。

 

「確かにあいつらはもうじき演奏を終えるわ。でもその後にステージ転換で機材撤収とかステージの再配置とかがあるはずだから・・・最低でも30分くらいはあずさを探す時間ができるはずよ」

 

「お→!その手があったか→!!いおりんあったま良い→!!!」

 

「とりあえずは律子に連絡してっと・・・」

 

と、伊織が携帯で竜宮小町のプロデューサーである秋月律子に連絡を入れようとした、その時。

 

「竜宮小町さん、転換入りますんで5分後にスタンバイお願いしまーす」

 

スタッフの無情なる宣告が聞こえてきた。

 

「・・・」

 

「あ、これ詰んだYO」

 

 

一方その頃、あずさSide・・・・

 

『あれ、三浦あずさじゃね?竜宮小町の』

 

『あ、ほんとだ、あずささんだ』

 

「どうも〜」

 

『あずささん!サイン下さい!』

 

「はい、どうぞ〜」

 

『お、俺も俺も!!』

 

「はいはい、慌てないでも大丈夫ですよぉ」

 

『あずささーん!ウチのクラス喫茶店やってるんでぜひ寄ってって下さーい!!』

 

「あら〜、でもごめんなさいね、今急いでいるので〜」

 

『ウチにも寄ってってよー!!あずささんならラーメン一杯、いや何杯でもタダにしときますよぉ!!!』

 

「後ほど寄ります〜」

 

『あずささぁぁぁん!!こっち見てぇぇぇ!!』

 

「うふふ」

 

『天使やァァァ!!この学園に天使が舞い降りたぞォォォ!!!!』

 

「あら、天使だなんて」

 

『あずささん!そのご尊顔、こっちにも!!!』

 

「はいはい」

 

で、再び学園構内。

突如として降臨した売れっ子アイドルに、構内は大パニックになっていた。

あちらこちらから黄色い声が飛び交う中、その一つ一つに丁寧に応えながら歩くあずさのその様子は、まるでどこぞのパレードのようだ。

 

(困ったわぁ、このままじゃライブに間に合わない・・・それに、ここはどこなのかしら・・・)

 

そんな彼女の思惑とは裏腹に、ファンやミーハーな学生達から祭り上げられながら歩いていると。

 

「きゃっ」

 

「うぉっ」

 

あちらこちらに気を取られている内に、横切って来た男にぶつかってしまう。

バランスを崩し、そのまま尻餅をつくあずさ。

しかも運悪く、男の持っていたカップの内容物を頭からひっ被ってしまった。

 

『あ、あずささん!?』

 

『そこ!どこ見て歩いてんだバカヤロー!!』

 

『あずささんに何しやがる!!!』

 

そして、すぐさま後ろの人混みから男への非難や怒号が飛んでくる。

突然の事にぶつかった男はしばらく固まっていたが、

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

と、あずさを起こしてやろうと手を差し出す。

 

「え、えぇ、大丈夫です・・・あなたは?」

 

「いや、俺は何ともないよ・・・というか、あんた服が・・・」

 

「へ?・・・あらまぁ/////」

 

男に言われ、あずさは自分の格好に気がつく。

頭から液体を被ったせいで白のブラウスは透け、彼女の巨乳を支えるブラが見えてしまっている。

しかもどうやら液体はカル○スだったらしく、白い雫が滴るその姿は完全に18歳以下厳禁のエロティシズムを漂わせていた。

 

『あ、あずささんが透け透けだぁぁぁ!』

 

『うおおおおおおぉぉぉ!!乳やぁぁぁ!!!あずささんの乳やぁぁぁ!!!!』

 

『マスュオプッ!!??』ブシャァァァ

 

『や、ヤバい!ムッツリーニが鼻血吹いてぶっ倒れたぞ!!』

 

『だ、誰か救急車呼んでぇぇぇ!!??』

 

『シャッターチャンスktkr!!!』

 

『三浦あずささんのパイオツ、頂きましたぁ!!』

 

突然のリビドー溢れる光景に、周囲は大パニックになる。

更にどこからかシャッターを切る音も聞こえてくる。

 

「カメラ!?か、顔バレはヤバい!!」

 

カメラを向けられたその瞬間、何かやましい事でもあるのか男は慌てて顔を隠した。

 

『あずささん!もっとこっち向いて下さーい!!』

 

『そっちのチャラ男も面晒せ!!』

 

「クソっ!!だから写すなっての!!!」

 

「うぅ・・・恥ずかしいわ・・・/////」

 

激しいフラッシュが焚かれるその様はまるで何かの記者会見のようだ。

その閃光の渦中で男は自分の顔を隠すやら、あずさは服の透けた部分を隠すやら。

 

「ちっ、ラチが明かねぇな!おい、あんた!ここは一緒に逃げるぞ!!」

 

「・・・へ!?ちょ」

 

しびれを切らしたのか、男は側から聞けばあらぬ誤解を生みそうな台詞を放ち、あずさの手を引いて走り出した。

 

『あ、逃げたぞ!』

 

『か、駆け落ちだ!!』

 

『あずささんが攫われるぅぅ!!!』

 

『待てェェェェ!!!』

 

『あずささん!!そんなチャラそうな奴よりも俺と一緒に逃げてくださーい!!!』

 

『せめてあずささんの胸元をもう10枚ほど・・・』

 

『パイオツ揉ませろぉぉぉ!!』

 

『錯乱者が3名いるぞ!!異端審問会を呼べぇ!!!』

 

群衆もまた、唐突に逃げ出した2人を追いはじめる。

・・・一部の生徒がいけない方向へ向かっているのは笑って見逃してやってほしい。

 

「ったく、こんなトコロ、ヤマシロに見られでもしたら怒られるだけじゃあ済まねぇよな・・・」

 

成り行きで共に逃げることとなった人気アイドルの手を引きながら、男は小さく愚痴をこぼす。

・・・・ちなみにどこかで聞いた事あるような名前が出たのは気にしないでいただきたい。

ともあれ、何事も起こらないことは無いのだ。

この、顔巣学園という学園には。

 

 

ステージ袖・・・・

 

「どーすんのよ!これ、どーすんのよ!!」

 

「そんな事言ったって→!!」アタフタ

 

そして、場所は更に戻ってステージ袖。

伊織と亜美はとうとう窮地に追い込まれていた。

ステージではニンジャ達が丁度演奏を終えたところだ。

このままではあずさ抜きでライブを進行しなければならない。

 

「伊織!亜美!」

 

と、ステージ裏手の入り口から眼鏡を掛けた女性が現れた。

彼女は秋月律子、765プロ所属のプロデューサーにして、竜宮小町の担当責任者だ。

 

「律子!遅いわよぉ!」

 

「大通りの渋滞にハマってて動けなかったのよ・・・で!今の状況は?」

 

「もうニンジャ軍団のライブが終わっちゃうYO→!しかもステージ転換に5分しかかからないって言うし→!!」

 

「それはマズいわね・・・分かったわ、とりあえず何とかできないかスタッフに交渉してくるわね」

 

律子はそれだけ言うと、もう大急ぎでスタッフ本部のあるテントへと駆けて行った。

 

「大丈夫かなぁ・・・」

 

「大丈夫よ、きっと・・・」

 

既にギャラリーからは竜宮小町の登場を待ち望むファンからのコールが聞こえてくる。

伊織と亜美が不安そうに律子の背中を見送っていると。

 

「Puh, war es das beste lebende!!」

(ふぃ〜、最高のライブだったぜ!!)

 

「Ich jage ihm, nachdem das ganze Japan am besten ist」

(おぅ、やっぱ日本は最高だな)

 

演奏を終えたNINJA COREのメンバーが続々とステージ袖へ入ってくる。

彼らの着ているTシャツやタンクトップの湿り具合を見ると、激しいパフォーマンスだったことがわかる。

 

「Siehe es he! Es ist echtes Iori Minase!?」

(おぅ!見てみろよ、モノホンのイオリ・ミナセだぜ!?)

 

「Ami Futami auch! Wow, es ist Gefühl ernstlich!!」

(しかもアミ・フタミまでいるじゃねぇの!うわー、マジで感激だぜ!!)

 

「Es sind wir Ihr großer Anhänger!」

(オレ達、あんたらの大ファンなんだ!)

 

と、NINJA COREメンバーの3人が伊織と亜美に気づいたのか握手を求めてきた。

 

「・・・ね、ねぇねぇ、いおりん、この人たち何言ってんのか分かる?」

 

「へ?・・・あ、握手ね!」

 

差し出された手を見て、伊織は彼らに握手を求められていることを悟る。

もっとも、相手が何を言っているのかはさっぱり分からないのだが。

でもオーストリア出身なんだし、ドイツ語で返せば良いわよね。

 

「だんけ〜、だんけ〜」

 

とりあえず伊織はドイツ語でありがとう、と返しながら、握手に応じた。

竜宮小町のライブや握手会には時折外国人が来るので、この辺は手慣れたものだ。

 

「Woo Hoo!! Wir haben uns mit Iori Minase schließlich die Hände geschüttelt!!!」

(うぉぉ!!オレ達、遂にイオリ・ミナセと握手したぜぇぇ!!!)

 

「Es war gut, nach Japan zu kommen!!」

(日本来て良かったー!!)

 

「Domoarigato!!」

 

憧れの存在に握手してもらえたことで、ニンジャ達はご満悦だ。

 

「Oh, Das erinnert mich ist dort nicht Azusa Miura?」

(そう言えば、アズサ・ミウラがいないみたいだけど?)

 

と、メンバーのうちの1人、ドレッドヘアの男がそう言い出した。

 

「Es ist wahr, wo ist sie?」

(本当だ、彼女はどこにいるんだい?)

 

「え、えぇ・・・?」

 

「うぇ〜・・・亜美英語分かんないYO〜!」

 

突然のドイツ語での質問攻めに伊織と亜美は固まる。

英語ならばいざ知らず、ドイツ語なんて普段慣れ親しんでいるわけでもないのだから、理解できないのは当然だ。

 

「あと、亜美、英語じゃなくてドイツ語ね」

 

「それじゃ、なおさら何言ってんのか分かんないYO〜!!」アイエエエエ

 

ベラベラと意味不明な言葉を話すニンジャ達を前に、亜美はパニック状態だ。

伊織も知っているドイツ語と言えば、最低限の挨拶やバームクーヘンぐらいだ。

 

「仕方ないわ、こうなったら英語で・・・」

 

と、伊織が英語でコミュニケーションを図ろうとした、その時。

 

「ねぇ、ひょっとしてアズサはまた迷子になったのかい?」

 

NINJA COREメンバーだろうか、顔の下半分に包帯を巻き、両目を赤外線ゴーグルで隠した男が日本語で話しかけてくる。

それも、ほとんど訛りのない完全な日本語だ。

 

「あっハイ・・・」

 

突然の日本語に、伊織の声が思わず上ずる。

 

「君達のライブまではあとどれくらい?」

 

「スタッフが言うにはあと5分ちょっとしかないって言ってたYO・・・」

 

そう言いながら、亜美は腕時計を見る。

現在時刻は14時10分、15分までにはライブを始めなければならない。

 

「ふむ・・・ちょっと待ってね」

 

赤外線ゴーグルの男はドイツ語で舞台袖を出ようとしていたメンバーの1人、スキー用ゴーグルを掛けた男を呼ぶ。

 

『Neffe, RiOt?』

(おい、RiOt?)

 

『Was geschah?』

(おぉ、どした?)

 

そしてそのまま何事か議論を始めた。

当然ドイツ語で。

 

「うぇ〜・・・何だか怖いYOいおりん・・・」

 

「ドイツ語だったり、日本語だったり・・・何なのかしらねぇ」

 

呆れた目つきで伊織が何やら喋っている2人を見ると、いつの間にやら会場スタッフ数人まで議論に合流していた。

さて、議論を始めること約3分後。

 

「あの2人はいつまで喋ってんの!もうあと2分しかないのよぉ!!」

 

なかなか終わらない議論に伊織はイライラを募らせていた。

亜美も舞台袖で「やばいやばい」と焦っている。

 

「イオリ!アミ!ちょっと来てくれ」

 

と、赤外線ゴーグルが伊織と亜美を呼び集める。

 

「何よ!こっちには時間が・・・」

 

「落ち着けって!良いか?今スタッフに頼んで少しだけ空き枠をもらったんだ」

 

「え!?マジで?」

 

「あぁ、でその間にアズサを探すって寸法なんだが・・・問題はその間のステージをどうやって繋ぐかだ」

 

言いながら、赤外線ゴーグルは舞台袖の遮蔽物越しにギャラリーの方を見た。

ギャラリー達も中々始まらないライブに心なしか少し苛立ち始めているようだ。

 

「そうよ、時間があってもそれまで何もないんじゃお客さんは皆帰っちゃうわ・・・」

 

「そう、まさにその通りさ。だから・・・俺たちが時間を稼ぐ」

 

そこで赤外線ゴーグルは人差し指を立て、こう言った。

 

「そこで、だ。俺は君・・・特にイオリに協力してほしいのさ」



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第17話:迷い猫アイドルと死神さん もしくはライヴ・ディザスター

「己を信じよ。然らば生きる道は見えてくるであろう」・・・・ゲーテ

「ちっ、どこなんだよ、ここ・・・」・・・・ゼスト

「私ってばまた迷子になっちゃったのかしら〜」・・・・三浦あずさ

作者の一言
またしても投稿遅くなって申し訳ありません!
今回もかにかまさんの作品『閻魔大王だって休みたい』とのコラボ回です!

『閻魔大王だって休みたい』URL
http://novel.syosetu.org/14140/


夏祭の少し前・学園都市大通り・・・・

 

 

 

「っあぁ〜・・・久々の地上だ〜」

 

「うぉ、まぶし・・・」

 

照りつける陽射しに顔をしかめながら人混みの中を歩いている男が二人。

一方は多少癖のある黒髪に真っ黒な瞳を持つ男、もう一方は色素の抜け落ちたような白髪に赤い瞳を持つ男だ。

 

「おぉ?地下暮らしの閻魔大王サマはお天道様がお嫌いかい?」

 

黒髪の男が白髪の男---ヤマシロ---に話しかける。

 

「バッカ、ちげーよ。それに、地下暮らしなのはお前も同じだろーが」

 

ヤマシロも黒髪の男---ゼスト---に返す。

 

「そいつは道理だな、兄弟。はっはっはっ」

 

と、ゼストは朗らかに笑った。

そう、この2人は両者とも人間ではない。

ヤマシロは地獄の番人・閻魔大王、ゼストは死を司る死神なのだ。

彼らは今、昔からの付き合いであるルシフェルの厚意で人間界にある顔巣学園の夏祭へ訪れているのである。

 

「・・・しっかしまぁ、しばらく見ないうちにえらく技術は進歩したんだな」

 

ヤマシロは大通りを行き交う車の行列を、そしてスマホや携帯片手に行き交う人々を交互に見ながら呟く。

人間界の常識が大昔で止まっているヤマシロにとって、この平成の世は実に目覚ましい進化を遂げた時代なのだろう。

 

「えーと、かおすがくえん、かおすがくえん……あ、ここか」

 

と、地図を確認しながらゼスト。

 

「噂にゃ聞いてたが・・・でけえ学園だなぁ、おい」

 

ちらりと地図に目をやり、ヤマシロは舌を巻いた。

紙面に記された規模からしてみても、その広大さがつぶさにわかる。

 

「こんだけ敷地が広いと、迷っちまいそうだ」

 

言いながら、ヤマシロはゼストに目を向けた。

 

「何だよ、俺がまた迷子になるってのかよ」

 

「ゼストの方向音痴は筋金入りだからな」

 

「へっ、言ってろよ兄弟。こっちも方向音痴はある程度克服したんだ」

 

ゼストは自信満々と言った感じで胸を張った。

 

「本当かねぇ・・・」

 

そんなゼストの姿にヤマシロは呆れたように溜息を漏らした。

 

 

で、現在・学園のどこか・・・・

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・何とか撒いたみたいだな」

 

ゼストは息も絶え絶えになりながら、偶然飛び込んだ人気の無い教室の扉から外の様子を確認する。

ついさっきまでカメラや凶器を手にした群衆に追い回されていたが、どうやらあちらこちら逃げる内に引き離すことができたらしい。

 

「やれやれだぜ・・・おい、あんた大丈夫か?」

 

と、ゼストは後ろを振り返り、先刻巻き込んでしまった女性〜三浦あずさ〜の方を見やる。

彼女は先刻、白い某乳酸菌飲料を頭からひっ被ってしまったため、ゼストの着ていたアロハシャツを羽織っている。

 

「はい・・・何とか」

 

「すまねえな、あの状況じゃ巻き込まざるを得なかったんだ」

 

「いえいえ、そんなことはないですよ。私こそあんな所を助けていただいて、本当にありがとうございます」

 

柔和な笑みを浮かべるあずさに、ゼストも少し顔を綻ばせた。

それにしても、とゼストはあずさの顔を覗き込みながら続ける。

 

「あんた、随分と顔が広いようだが、ひょっとして有名人か何かかい?」

 

「はい〜、765プロの方でアイドルをさせていただいております」

 

「ほぅ、765プロでアイドル・・・え?」

 

と、突然ゼストの顔から表情が消えた。

 

「・・・今、765プロっつったか?あんた」

 

「はい・・・え?どうかなさったんですか?」

 

ゼストの反応にあずさは少し驚いて尋ねる。

 

「・・・律子ンとこのアイドルかよ」

 

おいおい、そりゃあねぇだろーが・・・・

ゼストは眉間を摘んだ。

 

「あの、ひょっとして律子さんのお知り合いでいらっしゃるんですか?」

 

「ん〜、まぁ、そんなとこだな・・・」

 

知り合いも何も、あのじゃじゃ馬のツラはもう二度と拝みたくねぇよ・・・・

そう口に出しかけた言葉を、ゼストは無理やり肚の中に抑え込んだ。

そう、秋月律子とゼストは知り合いという名の腐れ縁で結ばれたコンビである。

数年前、人間界と天地の裁判所を行き来する生活を送っていたゼストは、ある人物の魂を刈り取るべくとある学校に潜入していた。

人の命を奪うことを生業とする死神、さらに言えばゼスト自身は人間と死神のハーフなのだが、一応は”死を司る神”としての神格を持つために、持ち前の改変能力を駆使して周囲の人間達の目を誤魔化しながらターゲットとなる人物に近づいていたところを、当時高校生の秋月律子に見破られてしまったのである。

人間の中にはごく稀に神の持つ改変能力を受けつけない人物がおり、それが秋月律子だったのだ。

・・・・そんなこんなで死神であることがあっさりとバレてしまったゼストは、死神である事を隠しておいてやる代わりに律子から雑用係という名のパシリをさせられていたのである。

結局ゼストは1年もの間彼女にありとあらゆる面倒事を押し付けられた挙句、ターゲットも同業者に横取りされてしまい、色々と不憫な目に遭い続けたのだ。

 

「・・・今思い出しただけでも忌まわしいぜ」

 

「あの・・・律子さんとの間に何かあったんですか?」

 

「いや、何でもないよ」

 

ゼストはやつれた目元を擦りながら、力無く答えた。

果たしてこの死神と765プロのプロデューサーとの間に何があったのか。

それはまた、別の話。

 

 

一方その頃、顔巣学園第6グラウンド特設ステージ・客席・・・・

 

 

『竜宮小町まだか〜?』

 

『遅っせぇよ!!』

 

『早くいおりんを出せー!!!』

 

『あずささんはまた迷子ですかー?』

 

『亜美は違法!!』

 

『真美は合法!!』

 

『バカヤロー、どっちも合法だァァァ!!』

 

ニンジャ・コアのステージ終了後、入れ替わりで竜宮小町のライブが行われるはずが、ステージ上に全く現れないメンバーに客席は荒れに荒れていた。

皆が口々に不平不満や竜宮小町コールを叫ぶ中、

 

「うぅ・・・ニンジャ・コア・・・間に合わなかった・・・・」

 

客席の片隅、グラウンドの端っこの方。

燃えるような真っ赤な髪をポニーテールにした少女がニンジャ・コアのTシャツを握りしめてしくしく泣いていた。

 

「・・・いつまでめそめそしてるんですか、亜逗子」

 

と、青髪をショートヘアにしたメガネ少女が赤髪の少女 〜紅 亜逗子〜を宥める。

 

「麻稚ぃ・・・あんたにゃ分からんでしょうねぇ!あたいがどんなに人間界の素晴らしすぎるカルチャーに投資しまくっているかなんて!!!」

 

亜逗子は涙を滝のように流しながらメガネ少女 〜蒼 麻稚〜 に抗議する。

 

「あなたがこっちの世界のバンドやらアニメやらにお給金を消化しているのは知っていますが・・・たかだかライブに間に合わなかった程度でそこまでオイオイ泣くほどのことではないかと」

 

「泣くほどのことだよ!!あんたねぇ、今ニンジャ・コアがどんだけ人気あるのか知ってる!?1万人だよ!!??えぇ、一回のライブで1万人動員すんだよ!!!???チケットだって正規ルートだったらおいそれと買えないし、バンドマーチなんて発売開始直後に速攻売り切れ御免なんだよ!!!!????」

 

一気呵成に、ニンジャ・コアがいかに凄いかを力説する亜逗子。

一方の麻稚は面倒臭そうに耳をほじほじしながらそれを「はいはい」と聞き流している。

 

「まぁ、私は生いおりん・・・竜宮小町が拝めるなら何でも良いので」

 

そう言う麻稚は推しメンである水瀬伊織の名前が刺繍された法被に『いおりんLOVE』と書かれた団扇を持ってライブへの準備は万端、といった出で立ちである。

 

「・・・そう言えば麻稚、あんたのその格好」

 

「?私の勝負服に何か?」

 

「・・・いや、やっぱ何でもない」

 

亜逗子は拗ねたように大きく溜息を漏らす。

 

「・・・・・それはそうと、いつになったらライブが始まるのでしょうか?かれこれ15分経ちますが?」

 

「や、あたいが知るかよ・・・」

 

 

顔巣学園第6グラウンド特設ステージ・舞台袖・・・・

 

「え?協力?私が?」

 

伊織の言葉に赤外線ゴーグルは頷く。

 

「オレとRiOtが竜宮小町のRemix音源を流すから、キミはそれに合わせて歌って踊ってくれれば良いんだ」

 

「でも、あずさは今いないのよ?それに、音源って言ってもほとんど私だけが歌ってる曲なんて無いし・・・・」

 

「あぁ、もちろんそれは分かってるさ。こっちにも作戦はある」

 

言いながら、赤外線ゴーグルはスキーゴーグルの男 〜名前はRiOtと言うらしい〜 に目配せをした。

その一方で伊織は不安そうに毛先を弄くる。

本当に大丈夫なの・・・これ?

 

「ねぇねぇ、亜美は?亜美は何すればい→の?」

 

と、ここで1人蚊帳の外だった亜美が割り込んでくる。

そういえばいたのをすっかり忘れていたな、と赤外線ゴーグルは後ろ頭を掻いた。

 

「え?あぁ、ごめん忘れてたよ」

 

「え→!!亜美も忘れないでよぉ→!!」

 

存在をすっかり忘れ去られていた亜美はおかんむりだ。

まぁそうカッカしなさんな、と赤外線ゴーグルは亜美の頭を撫でた。

 

「んん、アミは・・・そうだな、アミはブレイクダンスとかできるか?」

 

「あったりまえっしょ→!アイドルなんだからそれくらいヨユーのよっちゃんだよぉ!」

 

言いながら亜美はその場でラビット -片手で逆立ちをする技- をしてみせる。

 

「よし、じゃ、アミと俺はバックダンサーをやろう」

 

「んっふっふ〜、ゴーグル兄ちゃんは亜美のダンスについてこれるかな〜」

 

『Sie verlassen sich auf die Ablaufsteuerung als DJ. Es ist in Punkten laut!』

(RiOtはDJとシーケンサを頼む。派手にブチ上げてやんな!!)

 

『Ayo! Es ist der Anfang der ninja Partei!』

(よっしゃ!ニンジャパーティーの始まりだぜ!)

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!私はまだやるとは・・・」

 

と、今まで黙っていた伊織が勝手に盛り上がっている3人に突っ込む。

 

「それに、あずさだって行方知れずなのに・・・会場にいるお客さんは三人揃った竜宮小町を見に来てるのよ。それが一人でも欠けたら、そんなの竜宮小町とは言えないわ」

 

「イオリ」

 

と、赤外線ゴーグルは伊織のほっぺたをムニッと両側に引っ張った。

 

「ちょ、にゃにひゅんのよ」(ちょ、何すんのよ)

 

「お固いね、その考え方は実に固い」

 

伊織のほっぺたをムニムニやりながら、赤外線ゴーグルは愉快そうに続ける。

 

「まあ、確かにイオリの言うこともわかる。でもさ、変な固定観念に縛られてると身動き取れないぜ?」

 

「しょ、しょれはわかってるへど・・・」

 

伊織は声をもつれさせる。

いや、確かにこの赤外線ゴーグルの言うことはもっともだ。

しかし、だからと言って何でもすぐに実行に移すのは危険だ。

まして、メンバー不在の急場凌ぎともなれば尚更である。

今まで共演したことのないアーティストとの、それも即興コラボレーションは失敗するリスクも高い。

いや、先ほどのライブを見る限り、確かに彼らの演奏技術は非常に高い。

だが、だとしてもだ。

 

「もしも・・・もしも歌うパートを間違えたら?音とダンスが少しでもズレたら?お客さんは失望するし、ゴシップ記事のネタにもされかねないのよ?」

 

「あぁ、確かにそうだ。でも、やってみなきゃどうなるかはわからない」

 

言いながら赤外線ゴーグルは伊織のほっぺたから手を離し、代わりに彼女の頭に手をポン、と置いた。

 

「それに、君の登場を待ってる人はたくさんいる」

 

「私を・・・待ってる?」

 

「そう、何なら外の様子を見てごらん?」

 

言われるがままに、伊織は外の様子を伺った。

 

 

顔巣学園第6グラウンド特設ステージ・・・・

 

「・・・竜宮小町、出てこないねぇ」

 

「確かに、舞台転換にしては少し遅いな」

 

竜宮小町コールに沸くグラウンドの端。

唯と氷川は紙コップ片手に騒ぐ群衆を見守っていた。

 

「・・・あれ?京多くんいつの間に戻って来てたの?」

 

「うん、もう暴れるだけ暴れたからな」

 

そう言う氷川は大量の汗ともみくちゃにされたせいでシワだらけになったカッターシャツという格好だ。

反対に唯の方は最初こそモッシュの中に混ざろうとしていたようだったが、あまりの熱量と喧騒に圧倒されて気がつけば端っこの方に追いやられていた。

 

「ニンジャ・コア凄かったなぁ、久々に暴れちゃったよ」

 

「私は全然ついていけなかったよ・・・」

 

と、唯は頬をぷくーっと膨らませながら言う。

 

「まぁ、仕方ないよ。モッシュって時々怪我することもあるし」

 

「えぇ・・・あれ?そう言えばまさみちゃんと律っちゃんは?澪ちゃんもいないし」

 

「あぁ、あいつらならペンライト買いに行ったよ。唯も行かなくて良いのか?」

 

「ふっふっふー、私はもう準備してるのだー!」

 

言いながら、唯はサマーセーターの中からペンライトを2本取り出して見せる。

 

「おぉ、準備万端じゃないか」

 

「もちろん!何たってあの竜宮小町が学校に来るんだもん!!」

 

ふんすふんす!と鼻息を荒くする唯。

唯は本当に竜宮小町が好きなんだなぁ〜、と氷川がほっこりしていると。

 

『いぃぃぃおぉぉぉりぃぃぃんんんンンンンンン』

 

『うぉぉぉおおおおいおりんを早く出せぇぇぇえええ!!』

 

『いおりん!いおりん!いおりん!』

 

人集りの丁度ど真ん中、野太い大合唱とそれに混じって悲鳴が聞こえてくる。

見ると、竜宮小町のファンだろうか、ピンクの法被を着た集団が先刻のモッシュよろしく暴れているのが見えた。

 

「・・・なぁ、唯」

 

「・・・何かな?」

 

「あいつらさぁ、竜宮小町をスクリーモバンドか何かと勘違いしてるんじゃないか?」

 

「京多くん、その例えはちょっとわかんないや・・・」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「はて、何やら向こうが騒がしいですわね」

 

「何かいおりんいおりん言ってんな」

 

「・・・あの法被、もしや『いおりんをペロペロし隊』の同志・・・?」

 

「は?何だそれ?」

 

「なるほど・・・これは、私も負けてられないわ・・・!」

 

「ちょ麻稚!?ど、どこ行くんだよぉー!!??」

 

 

第19話に続・・・く?



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