小さな魔女と喋る骸 (目だま)
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ぷろろーぐ

 不定期なので気長にやっていきたいと思います。


 ゴシャリ。

 初撃。

 躊躇いなく放たれた拳は頭蓋を打ち砕き脳髄の大部分を破壊した。

 

 バキッ。バキュリ。

 即座に追撃が飛んでくる。間髪入れず二発。

 一発目で棒立ちになったところで足首を踏み砕かれ、返す刀で左腕を肩口から引き千切られた。

 

 夜の雑木林と言うこともあって周囲に人の気配はなく、ただ惨劇の音だけが響き続ける。

 断末魔さえ上げさせることなく、確実に、迅速に、執拗に。

 関節を、筋肉を、骨を、内臓を――――()は、人体としての機能をただ容赦なく、機械的に奪い続ける。

 

 ……数刻後。

 音に軟らかいものが混ざり始めて、ようやく惨劇は終演を迎えた。

 音が止んだ時、血溜りに浮かんでいたのは、もはや人とは呼べない有様になった肉塊と、()()が生前に着ていたであろう、スーツの切れ端。

 そして、返り血に塗れた青年が、それらを見下ろしていた。

 生気のない瞳で。能面の様な表情で。

 拳を解くことなく、己の罪を脳裏に焼き付けるように。

 

「……終わったか?」

 

 いつからそこにいたのか、少し離れた位置にひっそりと佇んでいた小さな人影が、静かに声をかけた。

 生い茂る枝の影がその姿を隠してはいるが、声の高さや響から恐らくはまだ年端も行かぬ少女であろうことは推測できる。

 惨劇の名残が色濃く残る中でも平然と振る舞って見せる少女は、余りにもこの場に似つかわしくなく、そしてこの現状の異様さを一段と引き立てていた。

 だが、そんな異様さも青年には関係ないらしく、少女の声にも反応せず、ただじっと足元の“人だったもの”をその目に焼き付け続けていた。

 わずかに、少女の雰囲気が剣呑なものに変わる。

 

「……終わったのなら、引きあげるぞ。いつまでもここにいて、近隣の住人に目撃されては洒落にならん。後始末は、“本部”の連中の仕事だ」

「……ああ、分かってる」

 

 今まで沈黙を守っていた青年が、ようやく口を開く。

 気だるげに踵を返した青年に、おもむろに少女が手を差し出すと、彼は拳の血をシャツで拭い、自然な動作でその手を握った。

 

「甘さは重石にしかならなんぞ、と口を酸っぱくして言っているはずだ。だと言うのに君と来たら。いつになったら捨てられるんだろうな、それを」

「重いってのも、そんなに悪いものじゃね―さ。重みがあるから、俺はこうやって立っていられるんだ」

 

 ……かもしれないな、と。

 少女がため息混じりに呟けば、青年は微かに笑う。

 いつもの、“仕事”が終わった後に必ず交わされる、習慣の様な会話。二人が、それぞれのスタンスを確かめ合うお約束。

 だから少女は、戯け、と小さく毒づいて、仕切り直す様に咳払いをする。

 

「……これは、私達からのほんのあいさつだ」

 

 ――――“魔女狩り”を始めよう。

 

 徐々に寒さの増してきた晩秋のこと。

 少女はいないはずの誰かに向けて、宣戦を布告した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……これは、日本の片田舎で行われた、“不幸な事故”の真実の記録であり、そして、小さな“魔女”を語る、一つの物語である。



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うんめいのひ

 ――痛い。やめて。どうして。どうして私が――。





 ――助けてよ、■■■■。



 ――運命だと思った。

 私が、彼らと出会ったのは――。

 

 最近まではそれが当然だと思っていた、三十分に一本しか電車の通らないローカル線。寂れた商店街に、これっぽちも華がない一軒家が並ぶ住宅街。

 周囲を山に囲まれ、春には桜が咲き、夏には緑が生い茂り、秋には枯葉が舞い、冬には雪を積もらせる。

 そんな、都会と比べれば少しばかり自然が多いことぐらいしか特筆することもないような片田舎の町が、私の町。私の、生まれ育った――私の嫌いな町。

 すぐ傍の山から吹いてくる風に肌寒さを感じながら、秋の朝を、ゆっくりと歩いてゆく。

 景色を楽しむような情緒は持ち合わせてないし、この町は、どう言うわけか酷く私の癪に触る。だから、きっと歩みが遅いのは、単純に学校に行くのが憂鬱だから。

 ……自覚して、一層足取りが重くなる。

 これじゃダメだ、しっかりしないとっ、といつの間にか俯いていた顔を上げて、

 

 ――向こう側から歩いてくる、少女と青年に目を奪われた。

 

 足が止まった。

 背の高いアジア系の青年と、小柄なヨーロッパ系の少女。

 ワイシャツにジーパンと言うラフな格好をした短髪の青年に対し、黒を基調としたロリィタ・ファッションに身を包み、地面につきそうなほどに伸ばしたプラチナブロンドの小柄な少女。

 ――たぶん、この町の住人じゃない、と言うことだけは、分かった。あんなに目立つ二人組なんて、私は今まで見たことも聞いたこともないし、もし新しく越してきたとしても、この狭い町で、噂にならないわけがない。それに、よくよく見れば男の方は旅行用のトランクまで引いてる。

 ……それと、さっきから気になっていたんだけど。

 

 ――何で、周りの人は、彼らに一度も視線を向けないんだろう……?

 

 いくら朝で少ないとは言っても、通りに人がいないわけじゃないのに、誰一人として彼らに奇異の視線を向けていない。

 ……もしかして、幻覚?

 いやいやいや。あんなにはっきりくっきりとした質量を幻覚があってたまりますか。

 じゃあ何で? 結構大きめの声で話してて、男の方が持ってるトランクもガラガラ音出してるのに、何で誰も反応しないの?

 ふつふつと好奇心が湧き上がる。

 彼らとの距離が近づくほど、心臓の高鳴りが増す。

「――かし、――――当にぶらつい―――――見付か―――?」

「さてね、今回は規模が―――ぎる、――るにしても、宛もな――――」

 ドクン。ドクン。ドクン。

 あと二十メートル。十五。十。八。五。二。

 ――そして、すれ違う。

「本当、厄介だよ。今回の“魔女”は……」

「あ、あのっ!!」

 二人が、酷く驚いた表情で振り返る。驚いてるのは私もだ。何をとち狂って声をかけたのか。

 えっと、その……、とどもりながら、何か言おうと言葉を捜す。

 

「ま……“魔女”って、何ですか……?」

 

 ――そして、私は拉致された。



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