ダンジョンに召喚された者が潜るのは間違っているだろうか? (猫の手)
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序章
第一話:駄女神様と少年の日常のサットル


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暇つぶしにお読みください。


見知らぬ街並み、異形の通行人。

獣の耳を持つ者、長い耳を持つ者、みな其々武装し行き来していた。

コスプレかと疑ったが、武装の草臥れ方、堂に入った姿を見るとそれはありえないと理性が否定する。

寧ろ、自分の姿格好のほうが悪目立ちをしているようだ。

学生服に、鞄、竹刀袋。明らかに周囲から浮いている。

好奇心から送られる視線であれば良いが、明らかに良からぬことを考えている視線もあった。

視線から逃げるように人通りの少ない場所へ進む。

人通りの多い道少ない道を織り交ぜながら歩き続け、ようやく視線がなくなったことにほっと息をつく。

そこは小さな空き地だった。

そこの真ん中に木箱が置いてあり、箱には何やら文字が書かれていた。

箱の中には美しい妙齢の女性が座っており、売られていく子羊のような表情を浮かべていた。

少年には読めないのだがその箱には『キルケです拾ってください』と書かれていた。

コレが少年と主神キルケの出会い。

他の冒険者や神に話せるような自慢のできる出会いではなかった。

むしろ、ありえないといっていいだろう。

だが、頼れるもののいない異邦人の少年。この出会いは幸運であり運命といってもいいだろう。

 

喩え、主神がニートな駄女神であったとしてもだ。

 

 

 

 

ダンジョンに召還された者が潜るのは間違っているだろうか?

 第一話:駄女神様と少年の日常のサットル

 

 

 

 

ダンジョン7階層

上層と呼ばれる比較的浅い階層

キラーアントを初めとした強力なモンスターが出現し、冒険者たちを籤にかける階層。

一般的な冒険者達はパーティを組んで攻略し、ごく一部のイかれた冒険者が一人で攻略をする。

そんな階層に一人の少年が挑んでいた。年の頃は15であろうか。黒い瞳、黒い髪―東方の出身者にみられる外見

少年は4体のモンスター――"キラーアント=初心者殺し"――に囲まれていた。

 

 少年は小刻みに位置を変えながら一足一刀の間合いの外に身を置いていた。フェロモンで仲間を呼ばれる前に始末をしなければ相手に数の利を与えることになる。

そうなれば死ぬのは少年だ。滑るように静かに、だが一瞬で間合いを詰める/縮地と呼ばれる技法/数打ちの駄剣がキラーアントの装甲の隙間をすり抜け切り裂く。

認識、理解すらできない一撃/足並みを乱すキラーアント/咄嗟に距離を取ろうとする二匹目が左肩口から両断される。迎え撃とうとする三匹目が返す刃で首を跳ね飛ばされる。仲間が一瞬でやられたことに動揺し固まってしまった四匹目は唐竹に頭部に両断/鈍い快音、剣が折れ曲がる/頭部以外を両断できなかったのはこれが原因か。

モンスターを全滅させたことを確認し少年は残心を解く。騙し騙し使っていたがそろそろ限界が近づいていたのだろう。剣はきれいに根元から折れ曲がっていた。四匹目が頭しか両断できなかった原因。少年は数度剣をダンジョンの壁に叩きつけ応急処理をする。剣は真っすぐに戻るが強度は大分落ちているであろう。少年は嘆息する。継続戦闘は不可能と判断、地上へ戻ることを決断する。

次にダンジョンに潜るまでに新たな剣を用意する必要性/想定外の出費。

ドロップアイテムと魔石を拾い上げる。鞘ごと剣を取り外す。鈍器のように扱えば地上までの武器にはなる。

 

「駄女神様が悪さしてなけりゃ良いんだが……」

 

ろくでもない己の主神/かの女神が大事件を起こしていないことを祈りつつ足早にダンジョンの外へ向かっていった。

 

 

 

 

 夕刻、ダンジョン帰りの冒険者たちが酒場へと繰り出す時間。歓楽街への2回戦の準備時間。冒険者たちの喧騒がオラリオに響き渡る。少年も主神=駄女神と共に歓楽街から適度に近い料理屋、冬の石榴亭へに訪れていた。

冬の石榴亭はデメテル・ファミリアの眷属が営業する店である。新鮮な野菜や肉=市場に出さない規格外品で作られた安価な料理で知られている店だ。料理人の腕と看板娘の評判も悪くない。

駄女神を伴った少年は店のドアに手をかけゆっくりと開く。ウェイトレス=看板娘が出迎える。

 

「いらっしゃいませ。コジローにキルケ様」

「こんばんわ。チェルシー、席は空いてる?」

「チェルシー……なんで私、神様なのにオマケ扱いなの?」

 

駄女神=キルケは先にコジローが呼ばれたことが気に入らないのだろう。口をとがらせてチェルシーへクレーム。

キルケの言葉にチェルシーはニコリと笑顔を浮かべ/言葉の刃で一刀両断した。

 

「日頃の行いの差です。デメテル様のお情けとコジローの主神だからキルケ様はお客様として扱っているんですよ?」

 

過去に駄女神がやらかした乱行。一人で食事をしたときにやらかした乱痴気騒ぎ。

冬の石榴亭はデメテル・ファミリアの傘下にある。キルケの乱行は当然の如くデメテルに伝わり仕置きを受けた。同じタイミングで連絡を受けたコジローは見事な土下座で謝罪をつづけた。キルケへの小遣いの減額と冬の石榴亭に来るときは、コジローも同行することこの2点を条件に許して貰うことができたのだ。

 テーブルに案内され、当時のことを思い出したキルケはばつ悪そうに黙りこむ。コジローは頭痛を抑えるかのように頭に手を当てる。

 

「チェルシー……色々ごめん。」

「コジローは気にしないで……でも、もし、キルケ様を見限るときはデメテル・ファミリアに来てね。」

 

流れるような改宗への誘いそのしたたかさにコジローは苦笑いを浮かべる。むくれる駄女神。不安げな眼差しをコジローへと向ける。

 

「安心してくれ。改宗つもりは無いからな。……駄女神様の悪行も今更だしな。んで、何を食べたいんだ?」

「本当に改宗しない?」

 

嘆息するコジロー。まだ返せていない恩義/負債というべきか

 

「――……本当だ。安心しろ。主神様」

 

眷属の力強い断言に喜ぶ駄女神。コジローをぎゅっと抱きしめ、改宗をそそのかした小娘に対しドヤ顔を浮かべる。チェルシーのコメカミに青筋が浮かぶ。メニューを荒々しく叩きつけ、テーブルに置くとそのまま厨房へと戻っていく。てめぇ何をしやがるという目でコジローが見ても駄女神はどこ吹く風、メニューを見ながら、次々と夕餉を選んでいく。

 

「今日は鯉がお勧めみたいだね~。おや、コジローが提案したあらいもあるじゃない。これにしようかな~」

 

正確に言うとコジローは故郷の料理を紹介しただけなのだが、駄女神は他にはトマトソースのパスタ、餡かけつき鯉のから揚げ、白ワインなどを注文。追加で甘いデザートを注文しているようだが、コジローはそれを見ないことにした。

一通り注文を終えると駄女神さまが話しを振る

 

「コジロー、今日の稼ぎはどうだったの?」

「25,000ヴァリスといったところだ。……ただ、剣が駄目になったから新調しないといけないな」

 

主神様はどうも今日の儲けが気になるらしい。25,000ヴァリスという言葉を聞いた瞬間目を輝かせる。そんな駄女神にコジローは釘をさすことを忘れない。

 

「小遣いは増えねぇぞ」

「けちー、けちー、一日100ヴァリスじゃぁ遊べないんだぞ~」

「そりゃぁ、デルメル様に迷惑をかけすぎた主神様が悪い。それが無けりゃぁ1000ヴァリス貰えてたのに」

 

コジローの言葉に駄女神は黙る。悔しげに「でるめるのばーか」とつぶやく声、デルメル神の温情を理解できない主神に対しコジローは嘆息する。

 

「家主であるデルメル様にゃぁ逆らえんよ。ちなみに言うが主神様よりデルメル様のほうが上のヒエラルキーにいるぞ」

「なんでー、私、主神なのにぃ~~」

 

眷属との心温まる会話。小遣いが上がらない/デルメルよりヒエラルキーがしたということを理解した駄女神は項垂れる。駄女神の祖母であるヘカテとデルメルは神友でヘカテにお願いされてデルメルは駄女神の面倒を見ているらしい。ちなみにヘカテは仕事をするために天界に残っているそうだ。ちなみにキルケ・ファミリアのホームはデルメル・ファミリアの本拠地の一角を間借りしていたりする。

うなだれている駄女神に対し本日の悪行を吐かせるために言葉を投げる

 

「で、今日の主神様はどんな悪行をやらかしたんだ?」

「神様に対しての信頼が足りないぞ。コジロー、今日はヘスティアの屋台いって牛乳をもぎ取ろうとしたぐらいだよ。」

「……」

 

まな板の駄女神はヘスティア神の見事な胸に嫉妬していたらしい。とはいえ、そのぐらいならばまだマシな部類だろう後でヘスティア様に詫びに行く必要はあるがとコジローは考えた。次の言葉にそれは甘い考えだったと思い知らされる。

 

「こー、あの牛乳をもぎ取ろうとと胸をつかんだらさ。タケが出てきてたたき出された。」

 

コジローはその言葉を聞いて力尽きた。天下の往来でセクハラをしてタケミカヅチ神に叩きだされたらしい。どうやらコジローはセクハラ女神の眷属になってしまったようだ。ヘスティア神に詫びなければならない。あまりにもの事態にコジローの目の前は真っ暗になった。

 

「駄女神様、罰だ。明日の小遣いは50ヴァリス。文句は聞かん。」

「なんでだよ~。横暴だ!!」

「喧しい!!」

 

駄女神へ沙汰を下すと同じタイミングで料理が運ばれてきた。チェルシーは慣れた手つきでそれを一通り並べる。コジローの皿は大盛で駄女神より多かった。依怙贔屓だなどという駄女神に対し、チェルシーは澄ました表情。

 

「まじめに働く人とそうじゃない人の差です。」

「なにぉぅ、神様はね~恩恵を与える代わりに眷属から搾取する権利を得るのだ!!だから良いんだよ」

「――…言い切ったよ。この駄女神。」

 

事実とは言え公言するものがいない。ニート魂をくすぐる台詞。周囲の神々がその言葉を聞いていいセリフだと頷いている当たり救いがない。コジローは駄女神の持つニート魂に驚愕した。宗旨替えすら検討に入るそんなレベルの迷いなさ。駄女神はダンジョンのどのモンスターよりも強力で凶悪なモンスターに見えた。どうすればこのようなモンスターを育てられるのだろうか。

 だが、ここはオラリオあまたの神が過ごす街、モンスターに対抗できる力を持つ神も存在する。駄女神の天敵たる彼女は自分のテーブルからすっと立ち上がり、静かに駄女神へ近寄る。長く美しいその指先で駄女神の頬を摘まむと抓み上げる。

 

「久しぶりね。キルケ」

「でっでめてりゅ!?」

 

 キルケの頬をつねる阿修羅を背負った女神デメテル、大らかで優しいと評される女神がここまで起こることは珍しい。自分の娘が誘拐されなければ怒らないはずなのに。冷徹に見つめる瞳に駄女神は震えあがっている。デメテルは駄女神の祖母と神友なのだ……しかもかなり仲が良い。救いの女神の登場にコジローは心から喝采を上げる。頬を抓りながらデメテルはコジローに声をかける。

 

「こんばんわ、コジロー君。いつもキルケの面倒を見てくれてありがとうね。私はちょっとこの子とお話をしてくるわ。ご飯を楽しんでいってね。――…メアリ申し訳ないけど、しばらくお願いね。」

 

そばに控えていた男装の麗人/デメテルを護衛している眷属に声をかけて嵐のように駄女神を連れ去っていった。連れ去られながらも『私の晩御飯ちゃんが~~』などと叫んでおり、デメテル様の怒りに油を注いでいる光景が見えた。

 

「大変だったね。コジロー。一緒に食事させてもらって良いかい?」

「ぁぁ、構わんよ。寧ろ、デルメル様に迷惑をかけた気分だよ。」

 

男装の女性――メアリは、チェルシーに対し、同じものをお願いというとコジローの隣の席に腰を掛ける。わかりましたと元気のよい声と共にチェルシーが厨房へと向かった。コジローはメアリにグラスを渡すと白ワインを注ぐ。メアリはありがとと礼を言い、ワインでのどを潤す。

 

「最近は調子はどうだい?羽振りが良いみたいだけど……」

「ああ、7階層でキラーアントを狩っているよ。魔石の売値も上がって良い感じなんだが……剣が駄目になってな。買い直しをしなけりゃならん」

 

コジローがぽんと剣を叩く。その剣を見てメアリは呆れてしまった。安い駄剣と言うことで有名なギルド支給品を使用していたからだ。

7階層で使用して壊れなかったと言うことが奇跡と言える。冒険者としては問題だろう。メアリは先輩として忠告をしてやることにした。

 

「ギルド支給品だからね。良く持ったものだと思うよ。その剣が使えるのは、基本的に1~4階層までだよ。……あまりケチると命を落とすことになる。」

「耳が痛いよ。ただ、ホームも無い現状でな。少しでも出費は抑えたかったんだ。」

「……間借りしていることなら気にしなくて良いよ。こちらも色々と恩恵受けているから。コジローが教えてくれた鍬凄く便利で皆の農作業がはかどっているしね。カリーナさんも誉めてたよ。」

「俺は、故郷で使っている農具を説明しただけなんだけどな……」

 

コジローは以前備中鍬と呼ばれる鍬について簡単に説明をしたことがあった。興味を持った一部デルメル・ファミリアの人間が試しに作ってみて使ってみた結果、非常に便利と言うことが分かり、量産計画を練っているそうだ。コジロー自身は茶飲み話程度のつもりだったのだけど……

 

「だから、そこらへんは後回しにしてちゃんとした装備を整えよう。キルケ様だって君にしなれたら困るんだし」

「違いないな。」

 

苦笑と共に、食事を続ける。専用のため池で養殖された鯉は臭みが無く。非常に美味であった。熱々の唐揚を頬張り、パスタを喰らう。冒険で疲れた体には染み入る滋養である。駄女神さまの起こした悪行を忘れ、話が弾む。

メアリはコジローを心配そうに見ていた。デルメル・ファミリアより放逐されたキルケと言う産業廃棄物を引き取ってくれた恩人であり、今も色々と苦労をさせてしまっている子なのだ。デルメル様からも気をかけてやってほしいと言われているので、色々と相談事に乗っているのだけど……

 そうこうしていると、ボロボロになったキルケと憤然としたデルメルが戻ってきた。よほど締め上げられたのだろうキルケはボロボロになっており、半泣きになっていた。コジローはきっとこの場だけの反省をしたんだろうなと考えた。

 

「うぅぅ、コジロー、どうして助けてくれなかったの?」

「神々の話に人間がでしゃばっていいわけがねぇだろ」

 

ほらねと内心つぶやくコジロー。やはり反省と言う言葉はこの女神の辞書には無いのだ。キルケが恨めしそうに見るが、デルメルの視線に気がついて、慌てて食事を再開させる。しかし……長時間お説教を聴いた結果、食事は冷え切ってしまっていた。

 

「くぅ、私のパスタちゃんが冷えてるぅ!?」

 

冷えたパスタを見てこの世の終わりのような声を上げる駄女神様。神の威厳などどこにも無かった。チェルシーとメアリの気遣う視線がコジローの心に染みる。コジローは駄女神の食事をするパスタのように冷え切った心で皮肉を言ってやる。

 

「ただ飯は美味いだろう?駄女神様」

「くぅ……眷属がセメント過ぎる!?」

「当たり前よ……」

 

それを見ていたデルメルは頭を抱える。どうしてここまでニートを拗らせたのだろうか……面倒を見ていた自分のせいであろうか。ごめんなさい、ヘカテなどと言う言葉がぐるぐるとデルメルの脳裏を駆け巡る。そんなデルメルを見かねたのか。チェルシーが度数の強いリキュールを持ってきた。

 

「デルメル様……こちらをどうぞ」

「で、でも……」

 

眷属とはいえ、流石にただで酒を貰うのは気が引ける。だが、続くチェルシーの言葉を聴いてデルメルの良心も脆くも崩れ去ってしまった。

 

「キルケ様の蛮行は始まったばかり、飲まないほうがデルメル様のお心に障ります。」

「その酒代は、こちらにツケて置いてくれ。」

 

遠慮せずに飲んでくれと申し訳なさそうに見るコジローを見て、いつかこの子を自分のところの眷属にしようと固く誓った。苦労をかけさせてごめんなさいと度数の強いリキュールを一気に煽る。心が少し楽になったかもしれない。

メアリは早いところホームへ連れ帰るべきだろうと考え、とりあえず最低限の用事を済ませることにした。

 

「コジロー、明日はどうするんだい?」

「ヘスティア様とタケミカヅチ様に詫びに行った後、武器を買い換える予定だ。」

 

武器をだめにしたしなと続ける。その言葉にメアリはほっと息を吐く。これ以上無理をするつもりなら叱らなければならなかったからだ。そして、デルメル・ファミリア産産業廃棄物駄女神を押し付けた詫びの一環として鍛冶屋を紹介しようと考えた。

 

「当てが無いなら、バベルに行かないかい?ボクの知り合いでよければ紹介するよ。」

「ぉ、そいつはありがたいが、良いのか?」

「大丈夫。7階層まで行っているなら、ギリギリ合格だしね。」

 

度数の高いリキュールを飲んでいたデルメルは、ストレスのせいでちょっと螺子が緩んでいたのだろう。普段なら絶対言わないような爆弾発言を投げ込んだ。

 

「あら、いいわね。デート、頑張ってらっしゃい。」

 

メアリとコジローが顔を真っ赤にする。メアリは『そ、そうじゃないんですデルメル様』『いや、俺は鍛冶屋を紹介してもらうだけだから』などとあたふたとしている。酔っ払っているデルメルはそんな二人の様子を好ましく見ていた。甘酸っぱいこの空気は娘が嫁に行く前に味わったきりだろうか……娘は最高の旦那さんに捕まったので文句は無いのだけど。

そんな和やかな空気は駄女神一言で脆くも崩れ去ってしまう。

「コジロー、ゴムは買いなさいね~。エチケットよ。」

その言葉を聴いたコジローはワインを噴いた。メアリは顔を真っ赤にする。そんな中、デルメルの目が据わっていた。チェルシーも周りの客もその迫力に何も言うことができない。デルメルはたおやかな手ではありえないほどの握力で駄女神の頭を鷲掴みにする。

「ねぇ……キルケ。私の前でゼウスの真似をするんだ。躾が足りなかったみたいね……コジロー君はハーデス程じゃないけど良い子だから別に悪い気はしないわ。でもね。許せないのよ。そういう非道をそそのかすことは」

デルメルは笑顔を浮かべる。笑顔とは……

駄女神は悲鳴を上げるが、デルメル様に連行されてゆく。そんな自分の主神の情けない姿を見ながらコジロー。疲れきった表情でぼそりと呟いた。

「俺さ。何でアレを主神に選んでしまったんだろう?」

「そのうち良いことあるよ。」

コジローの悲痛な言葉にメアリは慰める言葉を発する。産業廃棄物を押し付けてしまったデメテル・ファミリアの面々にとってはその悲惨なコジローの現状に罪悪感を覚えていた。

 

 




酒場で豊穣の女主人を出さなかったのはキルケがミア母さんを怒らせて出入り禁止を喰らっているせいです。
キルケは私がイメージするオラリオ在住神様の平均値的なキャラです。
原作の主人公周りは恵まれていると信じております。


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二話:バベルと鍛冶屋のサットル

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お暇つぶしにどうぞ


 デルメル・ファミリアは市場へ農作物の準備などで朝は非常に早い。"畑の悪魔"と二つ名を持つカリーナが陣頭指揮を執り出荷の準備をしていた。

冬の石榴亭の主人は出荷する農作物の中から形が悪いものを仕分け譲り受けていた。冬の石榴亭の料理が安くて美味いのはここら辺に秘密があるようだ。市場には決して出さない失敗作を安価で購入することが出来る環境。デルメル・ファミリアの眷族のみに与えられる特権である。

 活気あふれる早朝、それを背にチェルシーはコジロー――弟分の様子を見に行くことにした。農作業はデメテル・ファミリアの仕事、客分たる彼に手伝わせるつもりは無いようだ。例外としてカリーナがコジローの持つ知識についてご執心であり、たまに捕まえては根掘り葉掘り聞いていた。ホームの片隅で数を数える声が響く。コジローは飽きもせず素振りをしているようだ。冒険者の大半は素振りなどは行わない。修行をするにしても組手が基本となる。人によっては無駄といわれる修練法、その時間でモンスターを一匹でも狩った方が強くなれる。それがオラリオの主流の考え方だ。だが、コジローはそんな声を気にも留めず、ただひたすら素振りを行っていた。

 

「9898,9899……」

 

 専心し一心不乱に剣を振るう弟分、その剣は大気を切り裂く音すらさせない。曰く風切り音が鳴るのは道半ばである程度まで行けば自然にそうなるそうだ。最初は不良債権に取りつかれた不幸な冒険者と考えていた。モンスターとの戦闘を続け積極的に階層を下ってゆく。修練と読書とダンジョン……後駄女神の後始末。この4つを繰り返す機械的な人間にしか見えなかった。―――評価が変わり、弟分と考えるようになったのはいつからだろうか。物思いにふけそうになったとき、弟分の素振りは終了していた。汗だくになり、立ったまま深呼吸を繰り返し乱れた呼吸を整え始めた。それに気が付いたチェルシーは用意していたタオルを差し出し声をかける。

 

「おはよう、コジロー。汗をかかないと風邪を引くわよ。」

「ありがとっ、チェルシー」

 

 感謝の言葉と共にコジローはタオルを受け取り、汗をぬぐい始めた。汗をぬぐった後、弟分はチェルシーを見上げて目を丸くする。チェルシーは今日デルメル・ファミリアの友人とショッピングに出かける予定だ。そのため、少しばかりおめかしをしていた。白いワンピースに身を包み、金糸を編んだかのような金髪は朝日に照らされ光の束を集めたかのように輝いていた。

 

「そのワンピース似合っているよ。今日はどこかに出かけるの?」

 

いつもとは違う姉貴分に動揺しているのかコジローは少し顔を赤らめていた。そんな弟分に内心喜びつつもそれらの素振りを隠しチェルシーはコジローの質問に答える。

 

「ありがと。今日はファミリアの皆とショッピングに行くわ。……ショッピングって言っても必需品の買出しがほとんどだけどね」

 

冬の石榴亭の接客用とは違う砕けた口調、弟分だけに見せる姉の顔だ。

 

「わりぃ。今回は手伝えない。次は出来るだけ手伝うようにするよ。」

「気にしないで、今日のショッピングは男子禁制よ。力仕事が必要なときに声をかけるわ。」

 

 依頼をするのであれば数日前に声をかけている。基本的に色々と年毎の男の子には内緒にしておきたいもの―疚しい意味ではない―を購入するのだ。着いてこないほうがいいだろう。チェルシーもスリーサイズを知られる可能性があるところに弟分を連れて行きたくは無いのだ。コジローがよっと声をかけて立ち上がる。

 

「じゃぁ、出掛ける準備をしてくる。今日は色々と回らないといけないんでね。」

 

 そういうと弟分は草臥れたサラリーマンのような表情を浮かべる。チェルシーは弟分に苦労をかける駄女神を心の底から呪う。かわいい子には苦労をさせろというがこんな苦労のさせ方は無いだろう。弟分は木に掛けていた上着を取る。すると、ポケットの中に入れていた本が転げ落ちてきた。本のタイトルは『葉隠』。弟分の故郷で武士のあり方を説いた本といっていた。それを共通語に翻訳しデルメル・ファミリアを通じて販売しているようだ。割と人気があるらしく。それなりの売上になっていると言っていた。

弟分は本を拾い上げると表紙に目を向け深々と一言呟く。

 

「『若き中には随分不仕合せなるがよし』……まぁ、頑張るとするかね。」

 

コジローは本をポケットに押し込み自室へと向かっていった。その言葉は自分に言い聞かせるようであり哀愁が漂っていた。いつか必ず『改宗』させよう。その後姿を見ながらチェルシーは固く誓った。

 

 

 

 日が昇り、冒険者たちがダンジョンへ向かう準備を始める時刻……または、歓楽街から帰ってきた冒険者たちが帰宅の途へ着くころ、タケミカヅチ・ファミリアの面々もダンジョンへ向かう準備を始めていた。女性陣は朝餉の準備をし、男性陣は装備の最終チェックをしている。そんな中、主神であるタケミカヅチは手持無沙汰であった。装備のチェックを自分がするわけにもいかず、女性陣は台所は自分たちの戦場だと言って譲らないからだ。子供たちの成長に一抹の寂しさを覚えた。

 玄関の呼び鈴が鳴る。手持無沙汰だったタケミカヅチは子供たちに自分が出ると言って玄関に向かって歩いていく。軽く咳ばらいをし、ドアの前の訪問者に声をかける

 

「どなたかな?」

「キルケ・ファミリアが眷属、コジロー・ツバキと申します。タケミカヅチ様はご在宅でしょうか。」

 

キルケの名前を聞き、タケミカヅチは顔を顰める。キルケは性質の悪い遊び人であり、魔女である。昨日は友神であるヘスティアに手を出したため、止む無く叩き出したが正直あまりかかわりたい神ではない。とはいえ、眷属の少年の対応に今のところ無礼はない。故にタケミカヅチは遺恨はともかくとして対応することにした。重い音を立てて建付けの悪い扉が開く蝶番の調子が悪いようだ。修理には費用が掛かる――騙し騙し使うしかないだろう。

 

「初めまして、私がタケミカヅチだ。コジロー君だったね。今日はどのような用件で参られたのかな?」

 

年の頃は13ぐらいだろうか?少し幼い感じが残る少年がいた。黒髪、黒目……極東出身者の特徴を持つ。同郷の者だろうかとタケミカヅチは考えた。佇まいから相当の武術の修練をしたことが伺えた。このとき、タケミカヅチは少年がキルケ・ファミリアの眷族であることを忘れ強い興味を覚えた。

 少年は相手がタケミカヅチであることを理解すると勢いよく地面に伏せ見事な土下座の体制を取った。そして、そのまま地べたに額を擦り付ける。少年の突然の行いに唖然とするタケミカヅチ、そして少年は謝罪の言葉を続ける。

 

「私のところの主神がご迷惑をお掛けしてしまい……申し訳ございません。」

 

どうやらこの少年は駄女神と違い常識的な正確をしているようだ。主神の代わりに謝りにきたらしい。主審の悪行を眷属が詫びる……タケミカヅチは眷属達にこのような真似をさせないようにしようと固く誓う。

 

「いや、君がそこまでしなくても良い。それに被害にあったのはヘスティアだ。私ではないよ。」

「ヘスティア様の件も存じております。タケミカヅチ様への謝罪を終えた後、ヘスティア様の下へ向かうつもりです。」

 

地べたに額を擦り付けた姿勢のまま返答を返す。……この子は苦労が耐えないんだろうなぁとタケミカヅチは同情をしてしまう。故に自分にかけた迷惑は許す気になった。

 

「頭を上げてくれ。先ほどもいったとおり被害にあったのは私ではない。だが、ヘスティアが許す許さないにかかわらず、私は君に免じてキルケを許そう。」

「ありがとうございます。」

 

コジローはタケミカヅチに感謝の言葉を述べると頭を上げ、ゆっくりと立ち上がる。そして手に持っていた風呂敷を広げるとワインを取り出し差し出した。

 

「主神がご迷惑をおかけしたお詫びです。お受け取りください。…もし今後、このようなことがあれば私かデルメル様にご連絡ください。物理的にヤキを入れます。」

「お……おう。次回からはそうさせて貰うよ。」

 

己の主神に対してヤキを入れると発言するとは……タケミカヅチは自分と眷属たちとは違う関係性に唖然とする。そうして、思考停止状態でワインを受け取る。ワインを受け取ったことを確認すると少年はその場を立ち去っていった。

命が遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。どうやら朝餉の準備が整ったらしい。受け取ったワインを片手にタケミカヅチは食堂へと向かう。少年の様子を思い返しながら、この件は他山の石として肝に銘じようとタケミカヅチは心の底から誓った。

 

 

 ―ちなみにヘスティア様にも同じことをした。土下座の威力を理解したヘスティアがヘファイストスに対して実践するのは別の話となる。

 

 

 

 

ダンジョンに召還された者が潜るのは間違っているだろうか?

 第二話:バベルと鍛冶屋のサットル

 

 

 

 

 日が中天に昇る。

 メアリは一張羅のインバネスコート、鹿撃ち帽を被りバベルへ向かっていた。薄い化粧も相まって男装の麗人といった装い――創作小説の探偵のような恰好をした男装の麗人がいればだが――まぁ、素直に言えば、奇人の装いである。

 待ち合わせの場所にたどり着くとコジローは大通りに面するような半円球の広場にあるベンチに腰を掛けていた。待ち合わせる場所としては摩天楼は不適のため、広場で待ち合わせをして行くことになった。メアリはコジローに対しと手を振る。

 

「やぁ、お待たせ。随分早かったんだね。」

「用事が早く終わったからな。相変わらずの格好だな。それ」

 

 昨晩の甘い雰囲気など探偵狂いの格好を見れば吹き飛んでしまう。良い気つけである。残念美人のメアリに対しコジローは服装に突っ込みを入れる。

 

 

「似合っているだろう?最近仕立てたばかりのお気に入りの一品なんだ。今度パイプを作ってみようかと思っているよ。」

「匂いが染みついたら、ダンジョンで面倒になるんじゃない?」

「こうも問題点をあっさり指摘できるとは……やっぱりボクの助手にならないかい?君がいれば探偵稼業もきっとうまく――」

 

メアリ・マコット"探偵未満"という不名誉な二つ名を持つ上級冒険者。ちなみに彼女は迷推理で有名だ。そんなのの助手になった日にはそら恐ろしいことになるだろう。コジローは二つ返事で断ることにした。

 

「駄女神様の面倒を見るだけでも大変だからな。それは断るよ。それよりも鍛冶屋を紹介してくれるんだろ?」

「むぅ……残念。仕方ないね。じゃぁ、行こう。ボクの行きつけの鍛冶屋を紹介するよ。」

 

あっさりと流されたメアリは面白くなく、えいっとコジローの腕に両手で抱き着き胸を押し当てる。

 

「メアリ!?」

「どうしたんだい?道に迷わないように手をつないだだけだよ」

 

インバネスコートは戦闘用だ流石に胸の感触などは分からないが、純情少年たるコジローはじたばたと暴れるが悲しいかな。上級冒険者となりたての冒険者との基礎的なステータスの差、それがコジローが脱出することを阻む

 

「当たってる。当たっているから離してくれ!!」

「ふふふっ、どーしよーかな~」

 

メアリの香りと声に耳を擽られながら、コジローは悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

摩天楼のエレベータが昇る。

エレベータの中にはからかわれて不機嫌になってしまったコジローとメアリ。

メアリはちょっとやりすぎたかなぁと思ったけれども、きっと役得だったからいいかとあっさりと割り切った。

割り切られてたまらないのはコジローの方である。青少年に美人とのスキンシップに耐えられる精神など存在しない。むすっとした表情のままエレベータの中に乗っていた。

到着音が鳴り響く。

バベル8階はヘファイストス・ファミリアのテナントだ。

特に若い、未熟な鍛冶屋達が店を開いている。客商売をすることによってより成長を促そうというのがこの階層の狙いだ。

所狭しと並ぶテナント。テナントの中には武器や防具が並べられており。様々な冒険者たちがそれらを吟味していく。

その熱気と興奮に先程までの不機嫌さもどこへやら子供のような表情を浮かべふらふらっとテナントへ向かう。

だが、メアリに肩をつかまれ阻止される。

 

「全く、どこに行くつもりだい?今日はボクが懇意にしている鍛冶屋を紹介するって約束だっただろう。」

 

メアリは指先を立てると「めっ」と叱る。

コジローは先程のスキンシップのせいか上手い切替しが出来ない。それに歯噛みをしながら、メアリに先導されるまま着いていくことにした。絶対にメアリに一泡吹かせてやると固く誓う。

メアリの後をおとなしくついていく。

テナントの奥、ひっそりとした場所にメアリの馴染みの鍛冶屋の工房があった。

工房には鋼で出来た無骨な看板があり、それには『工房オーリ』と書かれていた。

 

「ここだよ。ボクが懇意にしている鍛冶屋は、彼女は割りと融通が効いてね。ボクのコートも彼女謹製さ。」

 

メアリは鋼で出来た看板を指し示しながら、自慢するようにインバネス・コートを叩く。

 

「それを作ってくれたのはここだったのかよ……」

 

そりゃそうだろう。わざわざ、探偵が好んで切るようなコートを作る物好きな奴は居ない。特注品で大分値が張ったんだろう。

メアリは勝手知ったるなんとやら、遠慮なくドアを開くと店の奥に向かって声を上げる。

 

「アトラ、いるかい?」

 

メアリの声を聞いて、店の奥から出てきたのは小さな姿のドワーフの女の子だった。メアリの顔を確認すると迷惑そうに顔をしかめる。

 

「何のようじゃ、メアリよ。そのケッタイなコートの次はモノクルでも作れというつもり気か?」

 

コートを作るのは彼女の本意ではなかったようだ。メアリの熱意に負けて作ったんだろう。コジローはそんな女ドワーフの職人に同情する。

 

「ふふっ、それもいいけれど、流石にダンジョンでは邪魔になるからね。今日来たのはそういう用じゃないよ。君に新しい客を紹介しに着たのさ。」

 

ステッキを体の中央に持ってきて両手を乗せる。宝塚の男役のように一々似合っているのが苛立たしい。メアリは左手をコジローに向けて差し出した。

アトラと呼ばれたドワーフ―どう見てもロリータ名幼女にしか見えない―はコジローに視線を向ける。装備を見て眉をひそめる。何故ならコジローが装備している武器や防具はギルド支給品(有料)であり、それを使うということは初心者にしか思えないからだ。

アトラのぶしつけな視線に居心地の悪さを感じつつも、コジローはこれから付き合うことになるかも知れない鍛冶屋に自己紹介をする。

 

「コジロー・ツバキだ。一応7階層をメインで探索をしている。」

 

7階層、その言葉を聞いたアトラは視線を鋭くする。ギルド支給品では到達できない階層。嘘ではないかと疑う。真偽を見極めるためにコジローと呼ばれた少年の剣を見ることにした。嘘であれば追い払えばいい。

 

「俄かに信じられぬの。主の剣を見せてはくれぬか。剣は鍛冶屋に嘘をつかぬ。真偽はそれで見極めよう。」

「構わんよ。」

 

コジローは気安げに鞘ごと剣をはずすとアトラに渡す。剣を受け取るとアトラはゆっくりと剣を引き抜き検分する。

剣を見るアトラが息を呑む声が静まり返った鍛冶屋に響く。アトラが始めてみる。理解できない傷の付き方であった。

刀身の歪みは根元から、剣脊側に曲がった後は無く、剣刃側にのみ歪んでいた。数多の刃毀れこそあるが皹は入っていなかった。己が理想とする剣の傷がそこにあった。故に己の目が信じられない。上級冒険者ですらこのような剣の使い方を出来るものは数を数えるほどしか居ないだろう。

剣を鞘に収めると、様々な感情が入り混じり混乱した表情でコジローを見る。

だが、それを素直に出すのはアトラの流儀ではない。故にからかい半分の口調で答えを返してやることにした。

 

「……面白いの小僧。」

 

そういって剣を鞘に収めるとアトラはコジローに剣を返す。コジローは剣を受け取ると何事も無かったかのように剣帯でとめる。

アトラは思案する。このまま武器を売っても詰らない。さて、どうやって、コジローの剣術を見るか。視線が店内を彷徨う。石柱が目に入った。アトラは腕試しの一環として灯篭切りを行っている。成功すれば武器を一つタダでくれてやると言うもの。さて、どうやって乗せるかと考えつつ、コジローに対して提案を行う。

 

「小僧、そこに石の柱があるじゃろ。濃が腕試し用に置いてあるんじゃがな。ソイツを切ってみぬか?できれば、武器を一本タダでくれてやる。」

 

からかう様なアトラの口調にメアリは呆れた声を上げる。この馴染みの鍛冶屋の悪い癖である。

 

「まだそれやっていたんだ。趣味が悪すぎるよ。Lv1なのに切れるわけ無いじゃないか」

 

そのアトラの挑発に乗って武器を駄目にしたLv1の冒険者は数知れず。その後、八階のテナントで武器を購入して帰るそうだ。性質の悪い商売方法である。アトラはそんなメアリの抗議をどこ吹く風と挑発するように言葉を続けた。

「別に構わんじゃろ。失敗しても何を支払うわけでもないやって見ぬか?」

確かに元々武器を買い換える必要のあるコジローには損の無い話である。また、出来るものならやってみろと言うアトラの言動が癇に障った。剣に軽く触れてみる。否定も肯定も無い。それは、自分を気にするなと言っている様に感じられた。

 

「……まぁ減るもんでもねぇしやってやるよ。」

 

アトラはあっさりと事が運んだことに歓喜する。これで上手くいかなかったらどうやって話を持っていこうか悩んだところだ。コジローの剣術を被り付きで見ようと見やすい場所に移動し、椅子を引いて座った。メアリも諦めたのかアトラの近くに移動して見守ることにした。

 コジローはゆっくりとした動作で剣を抜くと右上段の構えを取る。ゆっくりと呼気を吐き調息を行う。そして、ゆっくりと意識を深く深く沈めてゆく。現実が遠くなり、石柱と己以外がゆっくりと消え去ってゆく錯覚を覚える。まず最初に活気に満ちた喧騒が消え去る。次にアトラが消え、最後にメアリが消える。己と石柱のみがある世界。その世界で石柱をじっくりと見据える。外観が鮮明に、石の模様がはっきりと視界に移る。その内側をもっと詳細に見ようと目を凝らす。石柱についた数々の傷跡。数多の挑戦者たちが残し敗北した傷跡。それが連なり、石柱に小さな皹が生まれていた。その皹を見た途端、己が石柱を切る姿が鮮明に描けた。ならば、斬るべきだろう。打ち込む場所は脊柱に入った皹。足の踏み込みを軸に上半身へと伝わる勁。右上段より斬撃が放たれる。斬撃は見事に皹を捉える。剣は止まらない。勢いそのままに石柱を両断した。

 コジローの行った偉業にメアリとアトラは息を呑む。

 

「嘘……」

「……やってのけるとはの。」

 

アトラは口元が緩む。理想の剣の使い手。上級冒険者でしか出来ない偉業を鈍らの剣と己の技量で成し遂げたのだ。喝采をあげたくなる。アトラは己の理想の剣術を使う冒険者に出会えた幸運を噛締めていた。

だが、それを成した当事者は悲しげに剣を見ていた。その剣は皹が入り、二度と振るえぬほどにボロボロに痛んでいた。

 

「ありがとう。……悪りぃな。」

 

ギルド支給品の鈍ら剣に少年は感謝と謝罪を伝えていた。アトラにはその行動が理解できない。剣が駄目になったのは少年の技量に剣がついてゆかなかったため、他の冒険者ならば罵倒しているだろう。詫びると言う行いをしたコジローにアトラは疑問を覚え気がつけば質問をしていた。

 

「何故謝るのじゃ?その剣がただお主の技量についていけなかっただけじゃろ?」

「ああ、そうだな。俺はコイツの限界を理解していたんだよ。灯篭切りをすりゃ二度と使えなくなることも分かっていた。なのに俺はコイツを酷使したんだ。詫びなければならんだろうよ。」

「愚問であった。すまぬ。」

 

アトラは己が問いを恥じた。主人に応えた剣を馬鹿にしたのだ。それは鍛冶屋にあるまじき態度。己の不明と未熟を恥じた。

空気を換えるつもりだったのか、メアリが二人に声をかける

 

「まぁ、それは置いておいて、貰う武器選んだほうが良いんじゃないかな?」

 

そうだのとアトラが頷き、店に備え付けてある倉庫の扉を開く。そこにあるのは彼女が打った業物ばかり、剣、槍、フレイル、大剣、戦斧など所狭しと並べられている。その量にコジローは息を呑んだ。

 

「どうじゃ、わしの自慢の武具たちじゃ、これの中から好きなものをタダで譲ってやる。そうじゃな。この剣なぞお勧めじゃ、」

 

アトラは自慢の武具たちに圧倒される二人を見て満足気である。自分の精魂込めて作り上げた武器を自慢したい……アトラの承認欲求が満たされて嬉しそうな自慢げな表情を浮かべていた。コジローは剣の名手である。彼に剣を売るのは鍛冶屋冥利に尽きる……アトラは自慢の一品たちを説明しようとし……

 

「いや、槍かハルバード。長物がほしいんだ。」

 

コジローの言葉に凍り付く。恐らく聞き間違いであろう。そうに違いないとアトラは思い込むことにした。改めて己の自慢の一品の説明を続けようとする

 

「この剣はの極東の製法を用い作った剣じゃ強度、切れ味ともわしが作った武器の中では一番優れておっての……」

「いや、俺がほしいのは長物」

 

再び、工房オーリの空気が固まる。今度こそ聞き違いではないようだ。アトラは信じられないと言う表情を浮かべる。あそこまでの技量を持つ剣士に槍を売る。どんな罰ゲームだろうか。半泣きになりながら剣の良さを力説した。

 

「剣はいいものじゃぞ。特にお主は先程の技から言っても剣を使うべきじゃ、あの技量を得るのに相当苦労をしたじゃろう!?」

「いや、ダンジョンでの立ち回りを考えるとな。長物のほうが便利だし。」

「いーや、そうとは限らぬ。現に剣姫だって剣一本で頑張って折るのじゃぞ?考え直すのじゃ、あの技量を得るのに相当な修練を積んだんじゃろ!?」

「いやさ、長物のほうが間合いが広くなるからモンスターに対して有利じゃねぇか。威力も高いし」

「そうとは限らぬ。やつ等の内側に入って斬るのが一番効果的なんじゃ。そんなことができるのは剣じゃぞ。」

 

コジローとアトラの言い争いは続く。

メアリにしてもアトラの言い分は十分に理解できた。石柱を切り裂く偉業を成した冒険者に剣以外を売るなんて鍛冶屋にとって最悪の罰ゲームだろう。目の前で見ただけに、とはいえ、コジローの言い分も理解できる。なんだかんだいって長物は便利なのだ。故にメアリは一肌脱いでやることにした。

 

「コジロー。アトラからは剣をもらってあげて、長物はボクがプレゼントするよ。良いものを見せてもらったからね。」

 

半泣きになっていたアトラはメアリの案を聞いた瞬間号泣する。これで剣の達人に槍をプレゼントする間抜けな鍛冶屋にならなくてすむのだ。

 

「ぉぉ……メアリ、感謝するぞ」

「感謝はいいから、少しは負けてよ。」

「無論じゃ」

 

そんな二人に置いてきぼりを食らったコジロー。灯篭切りの偉業を成し遂げたにしては情けない姿であった。

 

 




キルケ様が壊れている分主人公色々と割り喰っています。
説明が不足していたので追記
“畑の悪魔”カリーナ・フンクはオリジナル。
畑に対して悪戯をした男神をとっ捕まえ、『畑の肥料になれば、駄目にした作物の補填出来るわよね?』と脅し、畑の修復作業を行わせた女傑です。


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1章:人魚姫の涙
三話:サポーターとゴブリンのサットル


リビルドしました。
お姫つぶしにどうぞ


日が傾き西の空へと沈みゆく、女神たちのお茶会も終わるころ、探索を終えたコジローは今回の成果を換金するためにギルドへやってきた。

担当アドバイザーであるミィシャ・フロットは探索の成果を鑑定を始めていた。

その中のドロップアイテムを見て驚いたのかこちらをまじまじと見つめ確認してきた。

 

「アレ?いつの間に11階層とか潜るようになったの?」

「今日からだ。武器の更新したんで潜れる限りを試してみただけだよ。オークとか相手でも問題なかったから次からはそっちが主戦場になるかな。」

 

アトラ禁制の槍の威力は素晴らしく、まるでバターのようにキラーアントの硬殻を切り裂いた。

その威力たるやギルド支給の剣とは比較にならなかった。どこまで使えるか実験しているうちに気が付けば11階層に到着してしまったのだ。

オークやハードアーマードすらあっさりと切り裂いたため、今度の主戦場は11階にしようと考えていた。

 

「そ~なんだ。でも、コーちゃん、冒険者になって、まだ3ヶ月もたってないよね?」

「ああ、そーだけど?後、コーちゃん言うな。」

 

え~かわいいのにと不満を漏らすミィシャに突っ込みを入れる。このアドバイザーは気楽に話せる点がメリットなのだが、放っておくと際限なく調子に乗るので、時々〆る必要がある。まるでダメなアドバイザーの道を走り始めている女である。略してマダミとでもいうべきか

 

「もしかすると、新記録になるかも、このペースは"剣姫"より早いぐらいだしね」

「まぁ、オレは下駄を履いているようなもんだからな。まともに武術を知っている分、有利なんだよ。」

 

信じられないんだけどね~と呟くマダミ。未だ技に対して懐疑的である。そろそろ納得してほしいとコジローは思っているのだが

 

 

 

 

ダンジョンに召還された者が潜るのは間違っているだろうか?

 三話:サポーターとゴブリンのサットル

 

 

 

 

マダミが武術について懐疑的なのにも理由がある。オラリオの冒険者は体系的な武術を学んでいない。

一流の冒険者であれば何かしらの形で学ぶのだが、それ以下になると激減するようだ。

何故そうなったかと言うと――

 

 1つ目にオラリオで武術を学べる環境がほぼ無いと言うこと

 2つ目に学んだとしても実践で使えるようになるまでに非常に時間がかかること。

 3つ目……これが最大の要因なんだけど、ステイタスの恩恵が強力過ぎるということ。

 

他にもこまごまとした要因は存在するが、この3つが最大の原因と考えている。特に3番目が酷い。

コジローには信じがたい話なのだが、Lv1の素人が腕の力のみでナイフを振るってゴブリンが殺せるのだ。――いや、そいつは鈍器もって殴り殺した方が良かったんじゃないかと突っ込んでしまったが――ステータスと恩恵の理不尽さである。故にオラリオの一般的な冒険者は武術を学ぶくらいであればダンジョンに向かいモンスターを殺す。金と経験値が手に入るのだ。効率が段違いであると言うのが彼らの主張である。

まぁ、実際のところ武術を学ばないとある段階から足踏みをしてしまうようだが……

 

「オレに言わせて見ればステイタスだけで、戦闘をする連中が異常なんだよ。」

「そーなのかなぁ、私には技っておまじないみたいなものにしか見えないんだけどね。」

 

ミィシャの返答にコジローは苦笑する。実際のところ実感は難しいだろう。

コジローの知り合いでもそれを理解しているのはデメテルファミリアの上級冒険者ぐらいでそれも割と最近の話である。

会話中に鑑定を終えたミィシャが袋に詰めたヴァリスを出す。ずっしりとした重量感。以前よりも稼ぎは増えていることが予想できた。だが、恐らく自分ひとりではこの金額が上限になるだろう。限界を超える重量を持てば満足に戦うことができなくなる。精密な動作を必要とするコジローは特にだ。

コジローの考えを見透かしたのか。ミィシャが提案をしてきた。

 

「―――そういえば、コーちゃんはお友達居ないの?」

 

訂正。鋭角に攻め込んできた。誰がボッチだ。そう言い返そうとしたコジローの言葉をさえぎるようにミィシャは話を続ける。

 

「仲間居ないし、いつもソロだし―――そうなのかなぁって」

「友人は………少なくとも知人は居ますよ!!仲間は現在募集中!!信頼できるって条件を満たすやつを探しているんだよ!!」

 

失礼極まりまいマダミ(まるでダメなミィシャ)に全力で反論する。その内容を聞いたのだろうか周囲の冒険者はアドバイザーが憐みの目をコジローに向ける。

コジローは危機感を覚えた。そう、このままではボッチという噂が立ってしまう。

それを駄女神様に知られた日には――それはまだよい。デメテル様に聞かれた日には、自責の念で泣きかねない。あの人は駄女神という産業廃棄物のせいでオレが苦労していると思っている。いや、それは事実なのだけど、デメテル様にはあまり迷惑をかけたくない。ミィシャの失礼な口を閉じさせようと

 

「うん、お姉さん判っているから。大丈夫だよ。」

「何が大丈夫なんじゃぁ!!だったら仲間を紹介してくれよ。アドバイザーだろう!!」

 

悲鳴のような声を上げる。それすら、ミィシャの能天気さを突き崩すには至らない。

ミィシャはのほほんとした表情のまま少し考える。数分経過後、重々しく口を開いた。

 

「ごめん。いないや」

「アンタ、鬼か!!」

 

手を合わせて謝るようにいう。ミィシャに対してヒートアップ。このアドバイザー最悪だろう。と内心叫ぶ。

だが、彼女ののほほんフェイスは変わらない。そして止めの一言を放ってきた。

 

「あはは、ファミリアと友達は自分で探すものよ?」

「本当に酷いなアンタ!!」

 

周りにはいつの間にか生えてきた神々がコジローとミィシャとのやり取りに関して寸評を始めた。「あの突込みは世界を狙えるな」「うむ、突込みが少なくてオラリオ突っ込み冬の時代に希望の星だな。」他の連中の突っ込みなんて、オレは嫌だよ。ミィシャと駄女神で許容量オーバーだよ。とコジローは内心悲鳴を上げる

ここをどう切り抜けるか。コジローはダンジョンの探索よりも真剣に言葉を選んでいると背後から声がかかる。

 

「なぁ、あんちゃん、仲間探しとんのか?」

 

コジローの動きは過去にないぐらいの速度で後ろを振り返り声をかけた人物をがしっと掴む。ミィシャやダメな神々などに構っている暇はない。

 

「絶賛募集中だ」

「さ、さよか」

 

がっしり掴んだ相手はスカルキャップを被ったゴブリンだった。短パンと簡素な皮鎧に身を包んだ姿はどこと無くユーモラスだ。その姿を見てコジローは少し考える。果たしてゴブリンは冒険者にカウントしてよいものかどうか。

結論。

ミィシャや駄女神よりはマシだろう。

 

「ゴブリンか。まぁ、人語が喋れて、ミィシャ以上の常識がありそうだし構わんよ。」

「あんさん、大丈夫か?ワイはテイムされたモンスターや仲間に居はいりたいのはこっちのお嬢。」

 

そういうと、ゴブリンはこっちこっちとテイマーの冒険者を指し示す。ゴブリンの主は儚げな印象の女の子だった。

少し草臥れた―だが、手入れはしっかりとしている―皮鎧に身を包んだその姿は女冒険者と言う出で立ちであり、それなりの場数を踏んでいることを伺わせた。

少女は木の板を取り出すと文字を書き始める。

 

【私はアリエル。こちらはゴブリンのゴブ吉さんです。サポーター雇いませんか?】

 

第一印象は全うに可愛い美少女だった。残念な女やアクの強い美女が多い中、普通に可愛く儚げな少女の容姿に動揺してしまう。

だが、下心満載でOKをだせば嫌われるだろう。コジローはクールになれと自分に言い聞かせ。目を閉じミィシャに振り回され煮えた脳味噌を落ち着かせる。

 

「ま、まず、確認だ。言葉を喋れないのか?」

【はい、私は喋れません。ですが、ゴブ吉さんがいるのでそれがデメリットになることは少ないです。』

 

その回答に少し考え、頷く。ペットが主の代わりができるならば確かに問題は無いだろう。分けた行動ができないのが問題と言えば問題だが、そこまで気にするようなデメリットではない。

 

「2番目、そのゴブリンは何で共通語で会話できる?」

【私のスキルです。詳細はいえません。】

 

面白い便利なスキルだと思った。スキルを持っていない自分にしてみれば羨ましい限りである。

 

「3番目、長期的な仲間を求めている。相性もあるから1日のお試し期間は設けるけど、それについては大丈夫かな?」

【そちらのほうが嬉しいです。頑張りますのでお願いしますね。】

 

アリエル側も長期的な契約を求めていたようだ。コジローと条件が合致している。コジローとしては頻繁にメンバーを変えるのは手間からいっても避けたいと考えていた。その方が割り切れるという冒険者もいるようだが、コジローとしては長期の方がありがたい。

 

「最後だ。探索の成果は山分けにしようと考えているが良いか?」

 

最後の条件を聞いたアリエルとゴブ吉が目を丸くする。何か変なことを言ったのだろうかとコジローは首を傾げる。

アリエルは大急ぎで木の板にチョークで文字を書き連ねる。

 

【本当に半分も戴いて良いんですか?】

「えらい、気前がええな。」

「んなもんじゃねぇのか?」

 

パーティを組む以上不満をためないように平等に分けるのは基本だろう。武器防具の磨耗や道具代に響く。

山分けと言ってもそこらへんも考慮した金額にするつもりだが……それが当たり前ではないのかと聞き返すコジローにゴブリンは少し悩むように腕を組み。

アリエルはじっとこちらを見る。――…下心とか条件面に反映させておりませんのではい、アリエルの瞳にコジローはなぜか罪悪感を覚えた。

そんなオレの言葉を聴いてにやにやと笑みを浮かべるミィシャ、かっこつけちゃってこのとでもいいたいのだろうか?

 

「オレの方からはこれ位だ。そっちはどーだ?」

【異存ありません。】

「その条件なら文句つけようがないで。」

 

アリエルとゴブ吉は条件に問題がないらしく了承した。

話がまとまり待ち合わせ場所を決めると、明日の準備があるからと二人はギルドを駆け足で出て行った。

見送っているとミィシャが声をかけてきた。コジローにとって非常に憎たらしい駄女神のような声で

 

「アリエルちゃんが可愛いからって、かっこつけすぎじゃないかな?」

「喧しい、条件いついては誰が来ても変えねぇよ。」

 

ミィシャの言葉にピシャリと言い返す。「サポータは待遇はもっと悪いわ。2割もらえは最高水準よ?」相場をミィシャが言う。

 

「あのなぁ、相手だって装備はいるし、アイテムだって必要だ。そんなはした金で雇って死なれたらどうするんだよ。」

「たいていの冒険者はラッキーって言うわよ。分け前が増えるわけだし」

 

そのミィシャの言葉を聴いて嘆息。人の足元を見るのは好きではないし、そんな扱いをすれば信頼関係など築けないだろう場合によっては背後から自分が刺されて死ぬだろう。

 

「ミィシャさん、オレは小銭のために背中から刺されるのは嫌だよ。」

「コーちゃんらしいね。でもね。サポーターはそういう劣悪な環境で生き延びてきたしたたかな子が多いから気をつけないとだめだよ。」

「了解。後、コーちゃん言うな」

 

そう言うと話は終わりとばかりにギルドの外へと歩き出す。

明日探索をするのであればアイテムの補給が必要だ。早めに済ませておくに超したことはないだろう。

明日の準備のために外へ向かう俺に対し、ミィシャが余計な一言を放つ。

 

「デートの報告楽しみにしているわよ~~」

「喧しいわ!!」

 

反射的に怒鳴り返しその場を足早に立ち去った。

 




私にとってミィシャさんはこんな感じです。
サポーターを仲間にしました。


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四話:パーティプレイと神酒のサットル

さてと、本格的に物語が回り始めました。
原作の登場人物が出てくるのはもう少し後ですのでお待ちください。

しばらくはオリキャラ多数で回していきます。

リビルド版です。


朝焼けに照らされる中央広場。

仄かに薄暗い街並みの中、コジローは購入したばかりの鎧の小手を見つめていた。

槍と剣の出来は非常に良かった。そう、今までギルド謹製の数打ちの駄剣とはけた違いの性能だった。

こんなに武器の性能が良ければ鎧は、サブウェポンはどんなに良いだろう……コジローは装備沼に嵌りこみ始めていた。

一度快適さを知れば逃れられない。おかげでどんどん懐は寂しくなっていく。儲けが増えているからいいと自分に言い訳しつつ装備を買いあさっていた。

ニコニコと嬉しそうに装備を準備するやり手の商人めいたアトラの笑顔とそういうもんだよというメアリの慰めの言葉が彼の言い訳を補強していた。

本格的に懐が寂しくなる前にどうにかしなければならない。ぐっと強くこぶしを握り締めた。

ちなみにその様子を駄女神はドワーフの女に貢いでいるとか言ったので、小さく丸めたトウガラシの弾を口の中に放り込むという刑罰を食らわせた。

バッタンバッタンとのたうち回っていたが良い薬だろう。良薬は口に苦いものである。

さて、今日はパーティでの探索だ。パーティを組むことは久しぶりであり、過去に見事なお胸様をしている女神の眷属の少年と組んで以来である。

彼はハーレムは男のロマンと強く主張する男の中の男であった。思わず『師匠と呼ばせてください』などというほどには、コジローは男のロマンをと胸に秘めるようになったのはどうでもいい話である。

そうしてしばらく待っていると、リアカーを引いたアリエルとゴブ吉がやってきた。リアカーのサイズはコンパクトで取り回しが良さそうな形状をしていた。

 

【おはようございます】

 

そう書かれたボードをアリエルは見せる。ゴブ吉もおはようと挨拶を交わす。リアカーをもってダンジョン探索をする冒険者を見たのはコジローも初めてである。

二人の装備を確認するよりも先にリアカーをマヂマヂと見つめた。

 

「おはよう。アリエル、ゴブ吉……えっと、リアカーをダンジョンに持っていくのか?」

 

コジローの言葉に驚くアリエルとゴブ吉、少し考え、そう問い合わせた理由を察し、説明することにした。

 

「せやで、ぁ~、あんさんサポータと組むの初めてやったな。深層に行く連中はこの手の装備使って物資を運ぶんや。わいらもそれにあやかって使わしてもろうてる。」

 

アリエルは【YES】と記載されたカードを差し込んだネックストラップを見せてその通りという風に頷く。

長期の探索で必要になる消耗品や入手するドロップアイテムは莫大だ。重量的な問題であれば冒険者の体力や筋力であればどうにかなるかもしれない。

だが、それらのアイテムは非常に嵩張る。故に、深層へ長期の探索をする冒険者は何らかの形で輸送手段を用意する。リアカーだったり、特殊なスキルを持つサポーターだったりだ。優秀なサポータは優秀な冒険者よりも希少だ。故にある程度以上の規模を持つファミリアは彼らの確保に心血を注ぐ。

コジローは槍を手に取る。刃渡り140C、全長5M。通常ダンジョンで冒険者達が使用するものよりも遥かに長い槍だ。所謂、大身槍と呼ばれる種類の槍であり滅多にお目にかかれない槍である。それにフルプレートの鎧、腰に佩いている長大な両手剣。なるほど、サポーターを探すわけである。

 

「あんさん……ごついな」

「でかい方が便利だからな。」

【そんな大きな槍、初めて見ました。】

 

アリエルも槍を見て目を丸くしていた。彼女は財布事情と相談をして武器は短槍を使用している。剣よりも安く、ナイフよりも威力のある短槍は初級の冒険者に非常に人気がある。彼女が使っているのはその中でも"ゴーデンダッグ"と呼ばれる非常に安い槍だったりする。

 

「前衛だからな。武器に拘らなねぇと役立たずだよ。それよりもリアカーの方が驚いたよ。」

「遠征でもないと使う奴らはあまりおらんからな。まぁ、手慣れてるさかい立ち回りの邪魔にならんようするよて」

 

ゴブ吉の言葉にアリエルは【YES】と書かれたネックストラップを見せる。コジローはその言葉に頷くと、槍の穂先についていた金属製の鞘を外し鎧の留め金に止める。

戦闘準備を整えた2人と一匹ははダンジョンに向かって歩いていった

 

 

 

 

ダンジョンに召還された者が潜るのは間違っているだろうか?

 四話:パーティプレイと神酒のサットル

 

 

 

 

十一階層のルームに絶叫が響き渡る。

シルバーバックの首が斬り飛ばされ宙を舞う。コジローはシルバーバックの死体をモンスターの群れに蹴り飛し、それを盾に突撃をする。

十一階層の手荒い歓迎、これを乗り越えられないようではこの回想に挑戦する権利などない。

仲間を殺したコジローに対して目を吊り上げ、大声で威嚇するシルバーバック……胆力の無い冒険者であれば有効なその手は悪手であった。

全長5mの槍がシルバーバックの口元に飛び込みそのまま頭蓋骨を切り裂く。

 

「――…今日はいい稼ぎになりそうだ。アリエル、ゴブ吉下がってろ」

「了解や」

 

コジローの指示にゴブ吉は返事をしアリエルは【YES】と書かれたネックストラップを振る。

シルバーバックを殺されたことに動揺したのかモンスターたちは後方へ下がる

 

 

轟音が鳴り響き、土煙を立てながらハードアーマードが敵対者を磨り潰さんと転がってくる。

モンスター達はハードアーマードの通り道を作るために包囲網を広げたようだ。ハードアーマードの攻撃力は十一階層でも最大級、巻き込まれればひとたまりもない。

総数は四体

魔剣、もしくは魔法による迎撃が有効とされる。もしくは優秀なタンクが盾を使用し防御するなどだ。

コジローはそれらの手段を持たない、そして取るつもりもなかった。肩に槍を担ぐとハードアーマードに向かって駆け出す。

チキンレース、自殺への暴走、それを見たアリエルは悲鳴――声は出ないが――揚げ、ゴブ吉は怒声を上げる。

それらの声を無視し、コジローは加速する。一歩進むたびに時間がゆっくりと伸びていくような錯覚を覚えた。

 

5M/槍を担いだまま、止まることなく走る

3M/最大加速を得ようと地面を滑るように駆ける。

1M/体を右側へ傾け、すり抜けるようにハードアーマードの通り道を開ける。

 

急停止。そして、回転。

走ることによって得た運動エネルギーを逃さないように回転し、野球選手がバッティングをするようにハードアーマードを横合いから思いっきり打つ。

無防備な側面を打ち据えられたハードアーマードは弾き飛ばされ仲間の元へと打ち込まれた/玉突き事故/なまじ加速が乗っていた分、悲惨だ。

ハードアーマード同士がぶつかり合うことにより甲羅がが割れる。ダンジョンの天井に弾き飛ばされ、上空で待機していたインプたちを引きちぎる。

コジローは玉突き事故現場へ向かうと身動きの取れなくなったハードアーマードにとどめを刺してゆく。

その光景を唖然とアリエルとゴブ吉……のみならず、モンスター達も見つめていた。誰一人として予想すらできない結末。

呆然としたいるモンスター達を気にもせず、コジローは残ったモンスターの数を確認する。

 

「残り10体といったところか――大物がいないのは楽でいいな。」

 

その言葉を聞いたモンスターは強硬にとらわれる。目の前の鎧に身を包んだ人間は誰一人として自分たちを逃がすつもりがないのだ。

運よく玉突き事故から生き延びたインプ数体をまとめて槍で叩き潰すと、モンスターに向かって駆け出した。

その様子を見たアリエルとゴブ吉は我に返ると急ぎ、サポーターの仕事を開始する

 

「お嬢、そろそろ手動かさんと、急がんとまずそうや。」

 

アリエルとゴブ吉は急いで死体を集め、コジローの邪魔にならないようにする。

近日体験したことのないハードな一日になる予感がした。そしてその予感は外れないだろうと確信した。

 

 

 

 

ちょうどお昼を過ぎたころだろうか。

いくつかのルームを攻略し、モンスターを八つ裂きにしながら探索を進めていた。荷物を持たない探索は非常に楽で調子に乗って虐殺をし続けてしまった。

コジローの後ろをついてくるアリエルとゴブ吉の足取りはしっかりしていたので大丈夫だと思われるがコジローは念のために確認することにした。

 

 

「アリエルにゴブ吉、ペースは大丈夫か?」

【大丈夫です。】

「まぁ、想定以上にハイペースやけど適度に休んどるから気にせんでええ」

 

コジローの問いかけにはっきりと答える二人、少々疲れているようであるがこれなら問題ないだろう。

とはいえ、昼の休憩すら入れていない。そろそろどこかで休憩が必要だろう。

そう考えながら、次のルームへ踏み込むとそこには先客がいた。モンスターとの戦闘が終了したばかりのようでドロップアイテムや魔石を回収していた。

モンスターの死骸が多く、回収に手間取っているようである。

このような時に他のパーティが近寄るといらぬ衝突を生むことが多い、コジローは少し考え休憩することにした。

 

「アリエル、ゴブ吉、休息を取ろう」

 

アリエルとゴブ吉が頷くと、通路口、ダンジョンの壁から程よく離れた場所移動しドサッと腰を下ろす。

フェイスガードを動かし、深呼吸をする。アリエルが手早く、コップにお茶を注ぎ、ドライフルーツを焼き固めた兵糧丸を用意する。

コジローはリアカーに預けていた自分のリュックからサンドイッチを取り出すと焼き菓子の隣に置く。

 

「冬の柘榴亭自慢の賄だよ。皆で食おうぜ。」

「おおきに」

 

サンドイッチにアリエルは喜色を浮かべ【YES】と書かれたネックストラップを見せる。ゴブ吉も嬉しそうである。

コジロー達の様子を見て安心したのだろうか。先客の冒険者たちはコジローの様子を探るのを止めて魔石とドロップアイテムの回収に集中し始めた。

ランスを持った女性冒険者が仲間の冒険者たちに指示を出していた。ロンパイア(柄の長い剣)を手にしたアマゾネスと弓を持ったエルフの青年が不承不承回収を急ぎ始める。ランスを持った女性がリーダーなのだろうとクッキーをかじりながらコジローは考えていた。

あまり見続けても失礼になるだろう。コジローは先客を見るのを止めて午後の探索の進め方について相談をする。

 

「アリエル、ゴブ吉。オレは午後も同じペースでやりたいんだけど、どうかな?」

「こっちは構わへんで、稼げるときにかせぐべきやな」

【私も大丈夫です。頑張ります。】

 

稼ぐのはアリエル、ゴブ吉にとっても望むところである。ペースが速いとはいえどうにもならないほどではないのだ。

荷物が軽い分ペースが速くなったたため、少しばかり二人の様子が心配だったがこの分なら問題なさそうである。

このペースで進めば過去最高金額の大幅更新も夢ではないだろう。

装備沼で少し寂しくなった懐が温かくなるのはうれしいことである―――すぐになくなりそうな気もするが……

 

「んで、あんちゃん次はどないするつもりや?」

【この先は幾つかのルームとつながっていますから彼らとは別のルームに行くことをお勧めします。】

「だな。回収が終わったら声をかけてどこに行くか言うことにするよ。そっちの方が面倒がないだろう。」

 

前の組が回収する様子を眺めながら、雑談をする。辻売りをしているポーションは混ぜ物が多いから使用するのを止めた方が良いとか。ガネーシャ・ファミリアの人間は基本的に人が良い人間が多く。特にテイマー(調教技能を持つ者)であれば割と親切に接してくれるとか。ペルセポネ・ファミリアの『隻腕の赤獅子』が迷子をあやそうとして泣かしたとかそんなどうでもいいような話をしていた。

ルームに突如轟音が響き渡る。

壁に罅が入ってゆく。そのサイズはオークの比ではないぐらい大きなものになってゆく。

 

「のんびりし過ぎたか。」

「あんちゃんこっちは気にせんと大丈夫や。」

 

フェイスガードを下ろすとゆっくりと立ち上がる。カップや水筒、バスケットはアリエルが手慣れた様子で集め専用の箱の中に詰めてリアカーに乗せる。

前の組も気が付いたのだろう。ドロップアイテムを集める手を止めて前方に広がる壁の罅に対し武器を構えた

エルフの青年がうんざりした口調で言う

 

「ルチアがトロトロしているからです。」

「何を~!ガズだって疲れたって休んでいたでしょ!!」

「言い争うのは後、武器を構えなさい。罅のサイズから考えても大量よ

 

ランスを持った女性の戦士がピシャリというと不承不承二人は黙り、それぞれ武器を構えた。

彼女たちの様子に応じるようにダンジョンの壁の罅が大きくなり破られる。

強靭な巨大な爪がダンジョンの壁を引き裂く。爛々と輝く瞳が敵対する邪魔者を睨み据え、咆哮を上げる。

 

「インファントドラゴン……」

 

エルフの青年、ガズが呻くように声を出す。

十一階層にわずかにしか出現しないと言われる希少種。エルフの青年たちはエリアボスとも称される強さを誇るドラゴンにこの場で出会った不幸を嘆いた。

動揺、そう彼らはとても動揺していた。それはモンスターにとって付け入るスキでしかなく。太く強靭な尻尾を振り回し、一番近くにいたアマゾネス―ルチアと呼ばれた女性―に攻撃を加える。ルチアは硬直、身動きの取れない彼女に振るわれる尻尾の一撃/ランスを持った女性もエルフの青年も反応ができない/これから訪れるであろう己の死という運命に嘆きながらルチアは瞳を閉じた。

轟音が鳴り響く、いつまでも来ない衝撃、ルチアは恐る恐る目を開くと長さ5Mありそうな槍がインファントドラゴンの尻尾を深々と貫き、ダンジョンの壁に縫い付けていた。尻尾を縫い付けられたインファントドラゴンは身動きを取ることができず、必死に尻尾から槍を引き抜こうと暴れていた。

 

「ぼさっとするな!!」

 

ルチアの瞳にはルームの入り口よりこちらに向かって走ってくる金属鎧を身に纏った冒険者―コジローの姿が見えた。

 

「ルチア、ガズ、今は敵に集中しなさい。」

「分かっているよ。カレン!!」

 

ランスを構えた女性に怒鳴り返すとロンパイアでインファントドラゴンを攻撃する。重量に任せた一撃は必殺とまではいかないが軽くない傷を負わせる。カレンも同時に攻撃を行っていたらしい。ランスの一撃で腕を一本引き千切り砕いた。Lv2の上級冒険者の面目躍如である。エルフの青年は詠唱を始めた。

コジローはインファントドラゴンの傍まで走りよると剣を抜き放ち、跳躍。走りこんできた運動エネルギーと自身の体重を乗せ、大上段の斬撃をインファントドラゴンの首に打ち込む。十分加速と十分な重さを手にした剣はドラゴンの首を跳ね飛ばす。ドラゴンは悲鳴すら上げることができず、一撃で仕留められた。

 

「怪我はねぇか?」

「大丈夫……です。」

「そりゃ良かった。無理した甲斐があったよ。」

 

アマゾネスの割に妙にしおらしいなとと思われたが口には出さず、突き刺さった槍へと向かう。

見事にダンジョンの壁にふかぶかとつき刺さった槍を見て苦笑いを浮かべる。投擲できるバランスにしてはもらっていたがここまで威力を発揮するとは想定外であった。

やはり良い装備は良いものだ……装備沼へさらに深く沈み始めた。多分そこから出ることは不可能だろう。

アトラの腕に感謝、今度何か奢った方が良いかと考える。

コジローが壁に突き刺さった槍を引き抜くと、ランスを持った女性、カレンがコジローに声をかけてきた。

 

「ありがとう。貴方のおかげでルチア…仲間が助かった。私はカレン、カレン・ヘクトバレットだ。そちらのエルフがガズ・バー。ロキファミリアに所属している冒険者だ。」

「オレはキルケ・ファミリアのコジロー・ツバキだ。さっきの件は気にしなくていい。困ったときはお互い様だ。」

 

カレンが右手を差し出し握手を求める。

コジローはそれに応じつつもロキ・ファミリアというビックネームに目を丸くする。

数あるファミリアの中でも最上級のファミリア、ファーストコンタクトが恩を売る形になったのは良しとするべきだろう。

そんな、コジローの内心を知ってか知らずかカレンは話を続けてゆく

 

「ああ、私たちは新米でね。最近、私がLv2になったから中層に挑戦してみようと準備をしていたところだ。貴方方も中層を?」

 

その疑問に対しコジローは首を横に振る。

 

「いや、レベルアップには遠くてね中層は考えていない。」

 

その言葉を聞いて3人は驚く。少なくともLv2に到達しているのではないかと思ったからだ。アリエルも木板に文字を書き告げる。

 

【私はアリエル。サポーターです。こちらはテイムモンスターのゴブ吉さんです。】

「おう、ゴブ吉や見知り置き頼むわ。」

 

言葉を喋るモンスターに目を丸くするが深くは聞いてこない。スキルなどについては公表しないのが常識だ。

故に聞かないのだろう。常識をわきまえた態度に心が洗われる。ミィシャや駄女神で可笑しくなっていた歯車が元に戻っていくようだ。

 

「んじゃ、俺たちはこっちに行くよ。あまり無理はしない方が良いよ。」

 

そういうとコジローは立ち去って行った。

彼らの背を見送ると、ルチアが「あの人がほしい。」と呟いた。

カレンは頭を抱える。

ルチア達アマゾネスの種族的な悪癖。惚れっぽいというわけではないのだが強い男を求めるのだ。自分を助けてくれたことで強さ的には合格なのだろう。

 

「他のファミリアだ。揉め事にならないようしてくれ。助けられた側が迷惑をかけるのは論外だ。」

「うん、分かっている。私の魅力で落とすわ。」

 

カレンは絶対わかってないだろうお前という目で仲間を見ていた。

 

 

 

 

冒険者達がダンジョンから引き揚げ祝杯を挙げる時間。

冬の石榴亭も冒険者たちでにぎわっていた。

コジロー達もギルドで清算を終え、今日の探索がうまくいったことに対し祝杯を挙げる。

 

「「「「かんぱ~い」」」」

 

いつの間にやら湧いてあらわれた駄女神も打ち上げに参戦している。「私抜きにパーティは許さない」だそうだ。

駄女神はワインをゴブ吉はエールを、酒が苦手なアリエルとコジローは果汁を其々手にしていた。

ちなみに、冬の柘榴亭では大型でなければペットの連れ込みはOKらしい。曰くテイマーの自衛手段だそうだ。前衛や魔法使いが武器を持ち込むのにテイマーがペットを持ち込めないのは不用心すぎるかららしい。

本日の稼ぎ金額は山分けをしても過去最高を遥かに上回っていた。故にコジローとしては今後もパーティを組みたいと考えていた。

故に飲み物を飲んで一息ついたところで話を持ち掛ける。

 

「アリエルにゴブ吉、オレとしては今後もパーティを続けたいんだけど……どうかな?」

 

コジローの提案を聞いたアリエルが大急ぎで木板に文字を書く。

 

【是非お願いします。】

「わいも、お嬢が問題がないならええ。ペットやしな。」

「じゃ、決まりだな。今後ともよろしく。」

 

そのやり取りを見て駄女神がにやっと笑う。嫌な予感がするが既に遅い。駄女神の余計なひと言が始まった。

 

「いや~お友達ができて目出度いわねぇ。ミィシャちゃんも安心じゃないの?」

「喜ぶのはそこかよ!!なんで、そこでミィシャの名前が出てくるんだよ!?」

「心の友よ。あの子と私は」

「はっはっはっは……こいつでも食って黙っとけ。」

 

鳥の足を丸ごと焼いたでかい骨付きチキンを駄女神の口に放り込む。放り込まれた肉に目を白黒させるが、食欲が勝ったのかそのまま肉を食らい始めた。

神を神とも思わない扱いにアリエルとゴブ吉は目を丸くする。追加のメニューを持ってきたチェルシーがテーブルにそれらを置くと椅子に座る。

 

「チェルシー、仕事は良いの?」

「大丈夫ですよ。私以外にもウェイトレスはいますし、父さんと母さんの許可も貰っているわ。コジローが初めてパーティを結成した記念日ですからね。」

 

私も祝わせてもらいますと言って自分で持ってきたエールに口をつける。

 

「ありがと……」

 

コジローはチェルシーの言葉に苦笑いを浮かべる。祝ってもらえるのはうれしいのだが、自分はそんなに周りの人間を心配させたのだろうか。あと、チェルシーの飲み食いの分はコジローが自分で支払おうと決意する。

 

「本当に心配していたのよ。コジローはずっと一人で探索するから……」

「耳が痛いな。心配かけてごめん。」

 

コジローは果汁を飲むのをやめて、素直に謝る。親身になって接してくれるチェルシーにはいくら感謝してもし足りないのだ。その姉貴分に心配をかけていたと面と向かって言われるのはそれなりに堪えた。

神妙になって謝るコジローにチェルシーは苦笑を浮かべる。そして、アリエルとゴブ吉に向き直りお願いをする。

 

「少し問題の多い子だけど、よろしくお願いしますね。」

 

チェルシーの発言にアリエルは慌てる。木板を取り出すと急ぎ文字を書く。

 

【足手まといにならないように頑張ります。】

「正直、あんちゃん強いさかいな。ついていくので精いっぱいやわ。どないしたらああいう真似できるん?」

 

パスタに伸ばした手を止めてコジローはゴブ吉の質問に端的に回答した。

 

「一日一万回素振り、それを1年やれば変わるぜ。」

 

その回答にゴブ吉はうへぇといった表情を浮かべる。アリエルも苦笑いを浮かべる。それを行うのであればダンジョンでモンスター相手にったかった方が強くなれるというのが一般的な冒険者の考え方だ。

コジローの考えは真逆とはいかないまでも異端である。

 

「まぁ、それに前衛はオレがやるから大丈夫さ。それよか。荷物が減らせて助かっているよ。大分動きやすい。」

 

パスタを取り、アリエル達に気にするなというと食べ始める。

そんな中、漸く口に投げ込まれた肉を処理した駄女神が口を挟んできた。

 

「ふっふっふ~稼ぎが増えるのはいいことだぞぉ。私の小遣いも増えるし、頑張るんだコジロー。サポーター君も」

 

新たな肉を取り齧りはじめる駄女神様。女神というよりも野生児だ。

そんな得意げになっている駄女神を奈落の底へと突き落すためにコジローは事実を伝えてやる。

 

「キルケ様の小遣いはデメテル様と共通で管理している。しばらくは1日100ヴァリスだ。」

 

その言葉を聞いて涙目になる駄女神様。増やしてよぉと必死になって抗議するが、金庫番の心は動かせない。

しばらく抗議を続けたが、やがて諦め、拗ねてテーブルの上にあるご飯を自棄食いし真面目た。

アリエルは駄女神とコジローのやり取りを羨ましそうに見ていた。その様子に気が付いたチェルシーがアリエルに言葉をかける。

 

「どうしました?」

 

アリエルは少し困った表情を浮かべる。木板にどう記載しようか迷っているようだった。

 

「まぁ、お嬢ンとこのファミリアはこんなに和気藹藹しておらんかったからなぁ。羨ましくもなるわな。」

 

その言葉を聞いてチェルシーとコジローは首をかしげる羨ましいなどと言えるような光景ではないはずだが、ちょっと恥ずかしいの間違いではないだろうか。チェルシーは念のためにどこのファミリアか確認をすることにした。

 

「ファミリアは其々ですしね。人が多いところはやむを得ない部分もありますし……ちなみにアリエルさんはどこのファミリアに所属されているのですか?」

 

アリエルは少しだけ木板に文字を書くのを躊躇い。観念したかのように文字を書き始めた。

 

【ソーマ・ファミリアです。】

「ああ、神酒で有名なところですね。」

 

神酒の名前を聞いた瞬間、アリエルの表情が翳る。そんなアリエルをフォローするようにゴブ吉が言葉を引き継ぐ。

 

「せや……それなりに人の多いファミリアやからなシガラミも多いんや。そんなことよりも、あんさんたちの話聞かせてもらえんか?武勇伝とかいろいろあるんやろ。」

 

あまり触れてほしくない話題なのだろう。コジローはあえてゴブ吉の誘導に乗ってやることにした。

アリエルを苦しめるつもりはない。いつか、自分で話してくれることを待つべきだと判断した。

 

「あぁ、そうだなぁ。まずは、キルケ様がやらかした双子座事件から……」

 

その言葉を聞いた瞬間、肉を食べていた駄女神が慌てる。どうやらよほど触れてほしくない話題のようだ。必死になって止めようとしている。

 

「ヤメて!!私、メディアに未だにそのことで小言言われているのよ!?それ言うなら殺生石の話するわよ」

「自業自得だ。それを食事時にするんじゃねぇ!!」

 

話題を選びつつ、話を始める。途中で駄女神が仰け反ったり、オレがダウンしたりとしながら打ち上げは何事もなく終わった。

後日、聞いておけばと後悔することになるのであるが……

 

 

 

 

小さな小汚い宿の一室。

そこはアリエルが住んでいる部屋だ。ソーマ・ファミリアは力のない眷属にとって非常に危険な場所である。

接触は最小限にしなければならない。そうしなければ、全てを奪われかねないのだから……

アリエルは小さなベッドの上で苦しそうに呻いていた。何かを求め、それが手に入らないことに苦しんでいるのだ。

声にならない悲鳴が口より漏れる。意味不明の言葉。だがゴブ吉はそれで委細承知したようだ。

アリエルに対し頷くと、厳重に封された金属性の箱を取り出す。そして、鍵を差し込み箱の封を解く。

箱の中にあったのはソーマだ。もっとも失敗作にしか過ぎない出来損ないであるのだが。

ソーマをグラスにいっぱいそそぐとアリエルに手渡す。

それを受け取ったアリエルはまるで砂漠で水を求める旅人の様に飲み干すと、そのままベットに潜り込んだ。

押し殺したように涙を流すアリエル。

その様子を見ながらゴブ吉は親の仇でも見るような目でソーマを睨みつけていた。




槍は実在するモデルがあります。
実際のところ蜻蛉切などは6Ⅿもあったらしいです。

後、神酒って凶悪だと思うのですがいかがでしょう。

また、リアカー云々は独自設定です。
ただ、ドロップアイテムのサイズを考えると四次元ポケットでもなければこういった道具が必要になるんじゃないかと思います。




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五話:ロキファミリアと漫才のサットル

ゴブ吉とロキが漫才を始めると筆が止まらない……
色々と言われそうな六話ですがご容赦を願います。

リビルド版です。
時系列を整理したところフィンがいるのがおかしくなってしまったので別の団員をだしました。
マイト・マルイはオリジナルです。


冬の柘榴亭に包丁がまな板をたたく小気味よい音が響く。

週に一度のダンジョン探索を休む休日にコジローは仕込みの手伝いをしていた。

武術を学ぶ過程で嗜みとして学んだ包丁術、それをまさかオラリオで披露する羽目になるとは本人も夢にも思っていなかった。

彼は本当であれば、ロリ巨乳の女神のいる屋台に行ってじゃが丸君の購入とその見事なおっぱいを拝んだ後、バベルで武器と防具の冷やかしをする予定であった。買えない武器を見て憧れを覚えるのは良いものである。正直1,000万ヴァリスの武器を購入したとして振るう度胸はないのだけど……

ちなみに冬の柘榴亭の店主から褒められるのは包丁捌きだけである。味付けは食べれればいいと大雑把なため、不評なのだ。

魚を捌いてしまうと肉料理の下味をつけていた冬の柘榴亭の女将さんに声をかける。

 

「女将さん。魚、捌き終わったよ。」

「ありがとう。コジローちゃん。旦那がぎっくり腰なったばかりに迷惑をかけるねぇ」

 

今朝方旦那はぎっくり腰になったそうだ。なんでもため池で釣りをしていた時に大物と勝負になって、腰をやったと聞いている。

寄る年波には勝てないといっていた。午前中にディアンケヒト・ファミリアに行って腰の治療をするらしい。ポーションを併用するので午前中には感知するそうだ。何とも便利な話である。昼の営業はともかくとして夜の分の仕込みができないのはまずい。故にお鉢が回ってきたのだ。

普段世話になっている分断れず、コジローは引き受けることとなった。何故かそれを聞きつけたアリエルたちも手伝いを申し出たのだけど

 

「相変わらず良い腕だね。どうだい婿に来ないかい?」

「ちょっと、母さん!!」

「あはは、オレは料理人じゃないから無理ですって……」

 

コジローは手を振って無理無理と返す。最も、包丁以外の点で問題がなかったとしても彼は受け入れなかっただろう。もし受け入れるようならそもそも冒険者などになったりはしていない。そして、その声を聴いたのか客席の方から苦言が入った。

 

「そら困るで、ワイらパーティ結成したばかりやん。」

「ああ、そーね。」

 

流石にその言葉に女将さんも苦笑いを浮かべる。アリエルが皮をむいた野菜を持ってきて調理場にある机の上に置く。

そして、木板に文字を書き、不安そうに上目使いにこちらを見る。犬人(シアンスロープ)特有の耳が後方に倒れて不安な心情を表していた。

 

【解散しないですよね?】

「しないよ。悪かった。約束するからそんな顔をしないでくれ……」

 

捨てられた子犬のような表情をされたコジロー拝み倒す王に謝るそれを見た女将さんも悪いことをしたと思ったのか謝っていた。

アリエルはそれを聞いて安心したのか不安そうな表情を消し、嬉しそうな笑みを浮かべ、皮むきノルマ分の食材を持って料理台へと戻っていった。

 

「女将さん頼むよ。」

「悪かったよ。あの子がいるんじゃそうやすやすと止めるわけにもいかないね。」

「母さん!!コジロー、ごめんね。後でアリエルちゃんにも謝るわ。」

 

コジローはチェルシーの言葉に頷く。

 

「頼むよ。」

 

午後は何かの形でご機嫌取りをする必要があるだろうか。精神状態が悪い時にダンジョンに行けばミスにつながる。

ご機嫌取りのショッピングの計画を考える必要があるだろう。

折角の休みなのに手伝ってくれるアリエルに申し訳ないことをしている気分になる。埋め合わせは必須だろう。

 

「アリエル、今日は午後から空いているんだけどどこか行かないか?」

 

アリエルは耳をぴんと立ててコクコクと何度も頷いた。どうやらOKらしい。

 

「じゃぁ、終わり次第どこか行こう。場所は後で決めりゃいいな。」

 

アリエルの犬耳が垂れる。どうやら喜んでくれたようである。コジローはその結果に満足すると、残りの野菜に取り掛かった。

店の扉をノックする音が響く。ドアに視線を向けると、客席のテーブルを拭いていたゴブ吉がこちらに向かって声をかけてきた。

 

「ああ、ワイが出るからええで、下拵え続けてな。」

 

テーブルを拭いていた台拭きを畳んで置くと、店の入り口まで移動する。そして、ドアの前に立って何者かと誰何する。

 

「どちらさんや」

「ロキ・ファミリアのもんや。ちぃと用があるんやけどええかな?」

 

その言葉を聞いた女将さんは首をかしげつつもゴブ吉に開けるよう頼んだ。

 

「ゴブきっちゃん、入って貰うように言って………ロキ・ファミリアねぇ。付き合いがないのだけど無下にはできないねぇ。」

「おう、分かったで、女将さんの許可が下りたから開けるで」

 

そういうと、ゴブ吉はガチャリと鍵を回してドアを開く。そこにいたのは糸目で無乳の割に露出度の高い格好をした女性とヒューマンの青年。以前ダンジョンで顔を合わせたカレン、ルチアとガズがいた。

 

 

 

 

ダンジョンに召還された者が潜るのは間違っているだろうか?

 五話:ロキファミリアと漫才のサットル

 

 

 

 

 

糸目の女性がリーダーのようだ挨拶もそこそこに店に足を踏み込む。

 

「邪魔するで」

「邪魔するんやったら帰って~」

 

ゴブ吉が当意即妙のタイミングでボケをかます。糸目の女性は条件反射だったのだろう。

 

「ほなさいなら」

 

ドアを閉めてしまった。その言葉を聞いてゴブ吉はトコトコと台所に戻ってきて「帰って行ったで」と告げる。

全員が二人が繰り広げた漫才に絶句していると急にガチャっとドアが開く。

 

「なんでやねん!!」

 

糸目の女性が肩で息をしながら突っ込みを放つ。その女性の突っ込みにゴブ吉は満足したように笑みを浮かべグッジョブとばかりに親指を立てる。

 

「姐さん、分かっとるやないか。今のノリツッコミならオラリオのてっぺん獲れるで」

「そっちこそ、分かっとるやないか。神の連中にもなかなかこういうこと理解できる奴がおらん……ゴブリン?」

 

糸目の女性が驚愕の表情を浮かべ、小人族の少年が興味深そうにゴブ吉を観察する。カレン達は言うの忘れていたとでも言いたげな気まずそうな表情を浮かべていた。そんな4人を見ながらゴブ吉はからかうように笑うと名刺を取り出し糸目の女性に渡す。

 

「ゴブリンのゴブ吉や。よろしゅうな。」

「おお、おおきに、うちはロキ・ファミリアの主神ロキちゅうねん。」

 

ロキも名刺を取り出し返した。阿吽の呼吸に周りにいた人間は茫然とそれを見ていることしかできなかった。

ゴブ吉は神であることを今知ったようだ。まじまじと見つめ、そしてひれ伏し、冗談めいた口調で

 

「へへぇ、ロキ様、山吹色の菓子がございます。どうかこれをお納めください。」

 

どこから取り出したか不明だが、ゴブ吉は冬の柘榴亭でよくお茶請けに使っている柘榴を取り出しロキに渡す。

 

「ゴブ吉や。おぬしも悪よのう。」

「いえいえ、ロキ様ほどでは」

 

えんえんと脱線を続ける二人にヒューマンの青年が声をかけた。

 

「ロキ様よ、漫才はそのぐらいにしてくれ。初めましてゴブ吉。俺はロキ・ファミリアのマイト・マルイだ。」

「ん~いけずやなぁ。まぁ、ええか。で、ゴブ吉やったな。こっちにコジロー・ツバキちゅうキルケの子がいると聞いたんやけどおるか?」

 

ゴブ吉はフィンの名前を聞いて苦笑いをかみ殺す。随分と大物が出てきたものだ。少し考え、神に嘘は通じないということに思い至り素直に答えることにした。

 

「おるで、呼んでくるのは構わ返けど何のようや?」

「仲間を助けて貰ったみたいだからね。そのお礼を言いに来たんだ。デメテル・ファミリアで聞いてみたらこちらだと教えてもらえたんでね。」

 

おかしいところはない、そして止めるだけの理由もない。ならば――

 

「さよか。呼んでくるわ。ちぃと待ってくれ。」

 

ゴブ吉は調理場へ移動すると、コジローと話をしロキ達のところへ戻ってきた。その手には急須があった。

 

「ちょっと、そっちのテーブル座って待ってもらえんか。少し、時間が掛かるというとる。」

 

そういうとゴブ吉はロキ達をテーブルへ案内し、ティーカップを取り出すとお茶を注ぎ、少し待っててやと言って奥へ引っ込んでいった。ロキ達はそのお茶をマジマジと見つめながら

 

「うちな、ゴブリンに給仕してもらったの初めてやわ」

「俺も初めてだ。こっちに来て5年なるけど驚きに満ち溢れているな」

 

カレン、ルチアとも初めてですと言う。

何とも言えない表情でお茶を見ながら、4人は恐る恐るティーカップへ手を伸ばした。

 

 

 

 

お茶を出されてから10分ぐらい経過しただろうか。

調理場よりエプロンをしたまま、帯剣をした少年が出てきた。

ロキ達の方に気が付くと少年はテーブルに近寄っていた。そしてテーブルの傍に立ち、口を開く。

 

「初めまして、オレがキルケ・ファミリアのコジロー・ツバキだ。カレンさんとルチアさんはお久しぶりだね。」

「丁寧にどうもな。俺はロキ・ファミリアのマイト・マルイだ。遠征に出ていない連中のまとめ役をしている。」

「ロキや、よろしゅうな。」

 

どうもロキ・ファミリアは現在遠征中らしい。Lv4のマイト・マルイが取りまとめ役をしているそうだ。

ロキとマイトのあいさつが終わる。カレンとルチアは主神達のあいさつが終わると自分たちの番とばかりに口を開いた。

カレンは席から立ち上がり軽く頭を下げる。

 

「危ないところを助けて貰いありがとう。非常に助かったよ。」

 

ルチアはコジローに近づくと両手を掴み、熱っぽい眼差しを向ける。アマゾネス特有の熱病、特に欲しい男が現れた時に発症する熱病だ。コジローの額に冷や汗が流れる。

 

「あの時はちゃんと挨拶できなくてごめんね。私はルチア・スタイノ。助けてくれてありがとう。」

「いや、流石にあ、あの状況では見捨てられない。困ったときはお互い様だから、そこまで気にしないで」

 

ぎゅっと抱き着くルチアをどうにか引き剥がしつつも、純情な少年は直接的な接触に泡を食う。そりゃそうであるだって童貞だもの。どうにか引き剥がしてほっとしていると、生暖かい、目で見ているマイトと目が合った。ニヤニヤ笑っていやがった。なんてひどい奴だと内心憤慨する。

 

「カレン達を助けてくれてありがとうな。すごく感謝しとるで」

「ルチアさんにも言いましたが、そこまで気にしなくてもいいですよ。お互い様ですしね。」

 

流石に神相手では口調を改めざるを得ない。いつもよりすこしだけ丁寧な言葉遣いに変えて答える。

ロキは目を見張った。コジローは本心からそれを言っている。通常このような場合恩義せがましく言って金銭をせびるのが大半なのだが……。マイトも目を丸くする。そして、交流する価値のあるファミリアの一つとして記憶する。金銭などでは蹴りを付けない方が良いだろうと考えた。

 

「この件は、うちのの借りにしてくれると助かるわ。フィンも遠征でおらんし勝手なことはできんしな」

「――分かった。」

 

コジローは少し考えて了承する。何か困ったことが合ったら助けて貰えばいいだろう。その程度で考えていた。まぁ、お互いさまと言うやつである。ルチアが再び動き出す前に仕込みの作業に戻るべきかと考えた。大体終わっており残りは野菜だけなのでコジローの手伝いは実際のところ不要なのだが、アリエルを残している分だけ申し訳ないことをしているという気がするからだ。

 

「話がそれだけなら、オレは仕事に戻るけどいいかな?」

 

そういって話を打ち切り仕事に戻ろうとしたが、ロキが手を上げて発言をする。

 

「いんや、他にもな確認したいことがあるねん。自分本当にLv1なん?」

「ああ、Lv1ですよ。登録してから3か月程度しかたっていないし。」

 

ロキの探るような言葉に警戒を覚える。面倒な話題でなければいいのだが、そう願いつつも神の表情を見れば難しいことが伺える。何事もなく終わってくれればいいんだがと願いながら、コジローは身構える。

 

「十一階層は中層への登竜門の一つや。Lv1の冒険者がサポータだけと手を組んで回ることのできる場所やない。」

 

ロキは慎重に言葉を選びながら、やはり単刀直入に聞くべきだろうと判断しコジローに問う。

 

「なぁ……アルカナムつこうてもろうて強化しているわけやないよな?」

「やっていない。ロキ様、それは最悪の問いだって分かった上でやってますか?」

 

コジローは柔和な表情を消し、戦場に、ダンジョンへ向かう時の表情に変わる。カレンとルキアは非難がましい目をロキに向け、マイトは嘆息する。ガズは興味深げに見ていた。

 

「ロキ様よぉ、直接聞き過ぎだ。団長もいねぇ状態であんまり勝手な真似はやめてくれよ。」

 

マイトに言葉にロキはわかっていると言いたげに手を振り、コジローに対して問うた理由をこたえる。

 

「分かっとるよ。せやけど、ここではっきりさせておいた方が自分にもメリットあるで他の連中に騒がれる前に鎮火できるからなぁ」

 

あくまでも親切で聞いてやっているという態度をとるロキ。

 

「アルカナムは使っていない。」

 

改めて断言をするコジロー。ロキはその言葉に嘘は感じ取れなかった。それは事実なのだろう。それにロキとしても自分の眷属を助けてくれた人間がアルカナムで強化しているような卑劣漢だと思いたくなかった。だが、それでは納得ができない。故に重ねて質問を行う。

 

「なぁ、なんか変わったスキルとか、魔法とか持っとるん?それなら分からんでもないんやけどな」

 

ロキの言葉に対して、コジローは内心面倒なことになったと嘆息する。ロキ・ファミリアはあくまでも親切で対応しているというスタンスを崩してはいない。故に彼我のファミリアの規模の差とマイトとのレベルの差がここを立ち去ることを許してくれなかった。

故に自分の性能についてある程度開示する必要性を認識した。

 

「オレはスキルも魔法も発現していない。オレがダンジョンで戦えているのは、キチンと武芸を修めているからだよ。」

「マヂかいな。……技でそんなに差が出るもんなん?ちぃと信じられへん。」

 

ロキは絶句する。そして言葉に嘘がないということを確認した故にだ。コジローの言葉は真実であり、今の彼はスキルも魔法もない取るに足らない冒険者と言うことになる。技でレベルの差をひっくり返すような真似ができるとは思えなかった。

故に悪い虫が働く。ロキはカレンをちらりと見ると謀略と悪戯に明け暮れていたころの悪い虫が働き始めた。なるほど、コジローの言葉が正しいのであればLv2の冒険者が相手でもよい勝負になるはずである。

 

「なら、カレンとちょっと試合やってもらえんか?自分の言うことが正しいなら一方的な敗北にはならんやろ?」

 

コジローが嫌そうな顔をする。当たり前だ。隠しておきたい自分の技術を無意味に他人にさらすのだ。そりゃいなや顔をする。同じ冒険者としてコジローの気持ちはわかるのだろう。マイトがロキに苦言を漏らす

 

「ロキ様よぉ」

「別にええやろ。百聞は一見に如かずや。なにかあったらうちが無罪証明できるしな。」

 

その言葉を聞いてマイトはロキが止められないと悟ったのだろう。嘆息するとコジローに声をかけた。

 

「済まんが、受けてくれ。団長が来たらこの貸し返すから」

「了解。それなりに高いですよ。」

「気にしなくていいぞ。団長に頼むだけだから」

 

全てフィンに投げることにしたらしい。マイト・マルイという男はいい性格をしている

やれやれと首を振るとキッチンにいる女将さんとチェルシーに声をかける。

 

「ちと、試合をしてきます。終わったらすぐ戻ってきますよ。」

 

奥の方から、女将さんとチェルシーの了承の声が聞こえてきた。

そのまま、近場にあるデメテル・ファミリアの空き地に向かおうとするとゴブ吉とアリエルが慌てて走ってくる様子が見えた。

特にアリエルは大慌てできたのだろう。エプロンを付けたまま走ってきた。

 

「まちぃや、ワイらも同行させてもらうで」

【良いですよね?】

 

木板に文字を書き、不安そうにじっとこちらを見る。パーティメンバーに隠すようなことでもないのでコジローは了承することにした。色々とアリエルに迷惑をかけてしまったため、この程度のわがままであれば断れないというのもあったが。

コジローはロキ達を連れて空地へと案内した。

 

 

 

 

上空にランスが舞いくるくると回りながら空高く飛んでいる。

試合の決着はあっさりと終った。握りの甘いカレンに対してコジローがディザーム(武器落とし)を仕掛けたからだ。

くるくると回るランスを呆然とカレンは見ていた。

 

「これでいいか?」

 

武器が落ちたことを確認し、剣をカレンに突き付けながらロキに確認する。

期待とは真逆の状態にロキは絶句し、マイトは苦笑いをしていた。

マイトもカレンの握りの甘さは知っており、それの矯正中であった。

ルチアはそれを見て何故か身もだえていたり、アリエルとゴブ吉は絶句していた。

 

「な、なんで、何が起きたんや?」

「カレンは握りが甘いからなぁ。そこを突かれりゃああなるよ。」

 

マイトが終了を合図するとコジローは剣を下ろした。

余裕とレベル差故の驕りがあったカレンはその結末が理解が追い付かない。コジローが剣を下ろしたことに気が付くと自分が敗北したことを認識した。そのまま地べたへとへたり込んでしまう。それはあまりにも醜態。それを主神と団長の前で曝したのだ。

呆然と己の手と地面に突き刺さったランスを見ていた。

マイトはカレンの様子に気が付き青ざめた。遠征の留守番役が自分の時にこんなことになればフィンから焼きを入れられるだろう。アキにも何を言われるか分かったものではない。いっそ自分が出ればよかったと嘆く。冒険者としての自信に重大なダメージが入ってしまった。これを回復させるのは相当難しいだろう。

最大限のフォローをして遠征が終わるまでに回復させなければならない。そうしなければマイトが焼きを入れられる……一切容赦のないコジローに愚痴りたくなる。

それを知ってか知らずか。普段通りの飄々とした態度でコジローがロキ達の方を見る。

 

「んじゃ、決着もついたし、仕事に戻るよ。」

 

そういって、冬の柘榴亭に戻ろうとするのをアリエルがエプロンの裾を引っ張って阻止する。アリエルの対応に首を傾げつつ、振り返ると、怒った表情のアリエルがこちらを見ていた。犬人(シアンスロープ)特有の犬耳も前方に傾けられていた。

 

【カレンさんのフォローをしてあげてください】

 

木板にはそう書かれており、全身から私怒っていますと表現していた。コジローはその木板を見た後、カレンを見る。自分のプライドが完全に圧し折られ、涙を流している女の子の姿があった。その姿にコジローもやらかしたかとガリガリと頭をかく。

 

「分かった。ありがと、アリエル」

 

アリエルに頷いてからカレンの元に向かうと途端に犬耳が伏せられる。嬉しそうに微笑んでいるのを見て、色々と責任重大だとコジローはプレッシャーを感じていた。せめて仲間からは信頼される男でありたい。涙ぐむカレンの前に立つ。コジローは色々と考えたが甘い言葉をかけてやるのはやめた。事実を伝えてやるしかない。不器用な自分では下手な慰めは逆効果になると考えたからだ。

 

「一撃でやられた理由は何だと思う。」

 

故に肺腑を抉る一言を放つ。アリエルは驚き、ロキも顔をしかめる。文句を言ってやろうとするとマイトに止められる。彼に任せろと言った。首を振りとどまる様に再び告げるとアリエルとロキは不承不承とどまった。

カレンはその言葉に混乱する。嬲りにきたのか。そうとすら思えた。

 

「え……?」

「もう一度聞く。一撃でランスを弾き飛ばされたのはなんでだと思う?」

 

カレンは頭が真っ白になる。何故自分が、そう思いながらも普段、フィンやマイト達から注意を受けていたことを思い出す。呆然とした表情でその言葉をコジローに告げる。

 

「握りが甘かったからですか?」

 

その言葉に頷く。恐らくほかの人間からも指摘を受けていたのだろう。そして、恐らくカレンは大したことではないと考えていたのだろう。故に抉る。それは前衛の冒険者として怠慢でしかないからだ。

 

「正解だ。武器を落とす技ってやつは幾つか存在してな。握りが甘いとそれらの格好の餌食になる。いくら力が強くても握りが甘けりゃ支えきれねぇからな。」

 

その言葉を聞いてカレンは黙る。ロキ・ファミリアの先輩のの言葉を深刻に受け止めていなかったことを責められているようだ。己の未熟を突き付けられそれを修正しようとしなかった怠慢を容赦なく抉る。

 

「多分、他の連中から指摘されていたんじゃねぇか?それで修正をしなかったんだ。無様を曝すのも当然だ。」

 

カレンは言葉が返せなかった。まさにその通りの事実。団長の言葉を軽んじた己の失態。自覚した自分の無様に歯軋りをしてしまう。冒険者をこのまま続けてもいいのだろうか。そういう疑念すら湧いてきた

 

「ただまぁ、運が良かったな。運が良いってのは大切だぜ。」

 

その言葉を聞いてカレンはコジローを見上げ睨み付ける。運が良い訳などない。こんな恥を曝してしまったのだ。今度こそ抗議しようと絶叫するように叫ぶ。

 

「運が良いわけないじゃないですか!!こんな恥を曝して!!」

 

そんなカレンの言葉に苦笑しつつ、言い含めるようにコジローは言葉を返した。

 

「恥を曝すだけで済んだろ。仲間だって死んじゃいねぇし、自分も死ななかった。幸運という以外他にねぇだろう。」

 

カレンは絶句する。コジローの言うとおりである。仲間が死ぬ痛みに比べれば、己が死んで終わることに比べればこの恥は大したことではないのだ。

 

「努力を怠って恥ってのはねぇだろうよ。アンタは運が良い。次があるんだからな。」

 

カレンはそのまま崩れ落ち涙を流す。目に気力は戻っていた。いつの間にか、己の至らなさへの悔しさに切り替わっていた。その様子をコジローは確認すると仕込みに戻るわと言ってその場を立ち去る。アリエルもコジローの後ろをついていった。

コジローが離れるとルチアがカレンの傍により声をかけて慰めていた。その様子を確認しながらマイトはロキに話しかける。

 

「ロキ様、借りが増えたぞ。」

「―――しゃぁないわ。」

 

ロキは自分の眷属がかわいくて仕方がない。そんな眷属を立ち直らせ、更には成長するきっかけを与えてくれたのだ。借りとするしかないだろう。チュールを思い出させて気に入らない部分はあるが……そして、マイトは内心喜んでいた。カレンが立ち直りさらに前向きになった。留守番役の自分の面目も保たれる。きっとボーナスだって要求できるだろう。フィンたちが早く帰ってこないかとウキウキした気分になった。

二人について帰らず残っていたゴブ吉はロキ達に対してあんじょう頼むわと声をかける。

 

「まぁ、あんちゃんはあまりそんなこと考えとらんで。ただまぁ、これからいろいろとやっかみ受けろやろうけどなぁ」

 

ゴブ吉の言葉にロキは苦笑いを浮かべる。なかなか腹黒いゴブリンだ。ロキはそれについて承知しているとばかりに言葉を返した。

 

「ちゃっかりしとんな、自分。まぁええわ。悪い子やないし、できる限り便宜を払う。後、うちの名刺は黄昏の館のフリーパスやさかい大切にせんとあかんよ」

「おー、こいつはええもんもろうたなぁ。んじゃ、ワイも失礼するで」

 

ルチアがカレンを慰める様子を見ながら、本当に大きな借りになりそうだと苦笑いを浮かべた。

 

 




同じようにアマゾネスに狙われているフィンとは良い酒が飲めるようになれそうです。
戦闘を端折ったのは、あまり長引かせる必要を感じなかったためです。

後、ゴブ吉なんでこんなことになったんだろう。
何度かゴブリンが話せる理由を突っ込もうとロキはしたのですが突っ込む前に漫才に入って流しやがった……



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六話:昼下がりのショッピングに纏わるサットル

リビルド版です。
お暇つぶしにどうぞ


オラリオの繁華街は常に活気に満ち溢れている。

店を構える商人達の威勢の良い掛け声に、屋台を構える香具師の怒声が入り混じる。

魔石やドロップアイテムをの値段交渉をしていれば、遠く海洋国(ディザーラ)から運ばれてきた真珠や珊瑚など女性冒険者に売りつける行商人もいる。各々の物欲がぶつかり合うこの地域はいつも賑やかである。

しかしながら、人が集まれば不貞を働く輩も現れる。そうした連中による治安の悪化を抑えるために、自分達の傘下の店舗を守るために商業ファミリアが其々警備をする冒険者を出してパトロールを行っているのだ。其々がギルドのエンブレムが刻まれたペンダントを身に着けていた。

そんな繁華街を一組の男女が歩いていた。コジローとアリエルである。

コジローもアリエルも繁華街に来たことは無く。その活気に押され気味であった。特にアリエルは喋ることができないため、逸れると見つけることが難しい。故に二人は手を繋いで歩いていた。

コジローもアリエルも気恥ずかしさに頬を染めながら初々しい青酸っぱい空気を漂わせていた。

特にアリエルの尻尾は素早く振り、耳をぴんと直立させていた。

繁華街が珍しいのだろう。楽し気にとても興奮した様子で回りを見ていた。

あちこちをキョロキョロと見て回る様子はとても微笑ましい。そんな様子を見たコジローは一緒に来てよかったと思った。

ただ、繁華街を見て回るだけでも十分楽しめるが、しかしながら、それが許されるのはデメテルのような優しい神様を主神に持つ眷属だけである。駄女神などが見たり、若しくは聞いたりしたらこういうだろう。『お子様ね~』と、それをリアルにイメージしてしまい、コジローは青筋を立てかけた。

女の子と否、アリエルと初めて二人だけで繁華街に来ているのだ。所謂デートと言うやつなのだ。モニュメントは必須である。

モニュメントは服か何かしらのアクセサリーが良いだろう。

しかしながら、コジローにとって初の繁華街探索なのだ。そんな気の利いた店など知るわけがない。

ちなみにアリエルに聞くのはコジローにとって負けである。

(参ったね。どうしたもんか……)

興奮気味に色んなところを見ているアリエルをみながら、コジローは今後のプランを練っていた。

やはり、人に聞くしかないだろう。そう決意すると、コジローは周囲を見回す。道のちょっと先にジャガ丸君を売っている屋台を見つけた。屋台のおばちゃんだったらきっとこのあたりにも詳しいはずだ。そう考えたコジローは目印となる街路樹の傍に行くと、アリエルに少しここで待っていてほしいという。

 

「アリエル、ちょっと、ジャガ丸君を買ってくるからここで待っていてくれないか?」

 

その言葉を聞いたアリエルは満面の笑みを浮かべながら、木板を取り出すと胸ぐらいの高さの位置に読みやすいように持ち上げる。

 

【分かりました。お待ちしてますね。】

 

アリエルは滅多に味わうことのできないシュチュに興奮気味だ。尻尾が降りちぎれない限りに振り回しながら嬉しそうに頷く。すべてが新鮮で楽しいのだろう。連れてきたかいがあったなと思う。

あまり待たせるわけにもいかない。コジローは小走りでジャガ丸君の屋台へと向かう。

街路樹側からは見えなかったが、屋台ではインバネス・コートと鹿撃ち帽を着た店員がジャガ丸君を調理していた。

オラリオ広しとはいえこのような格好をしている冒険者は一人しかいない。そいつはデメテル・ファミリアの上級冒険者―専門はサポーターではあるが―デメテル・ファミリアでも最上位の冒険者の一人である。間違ってもこんなところでジャガ丸君を売っていて良い人材ではない。

コジローは呆れたようにジャガ丸君を調理している探偵気取り、メアリ・マコットに話しかけた。

 

「何やっているんだよ。メアリ……」

 

コジローの呆れた様子を気にかけず、いつも通り飄々とした態度で言葉を返した。

 

 

 

 

ダンジョンに召還された者が潜るのは間違っているだろうか?

 六話:昼下がりのショッピングに纏わるサットル

 

 

 

 

「やぁ、コジロー。今日はボクが繁華街警備の責任者を担当する日なのさ。ジャガ丸君を調理しているのは魔石コンロを爆発させた女神の代わりだよ。手の空いていたボクが治療している間の代役をすることになってね……そういう、君こそどうしたんだい?」

「買い物だ。アリエル……最近パーティを組んだ冒険者が冬の柘榴亭の手伝いをしてくれてね。そのお礼を兼ねてだよ。」

 

メアリは底意地悪げに笑う。揶揄う獲物ができたそう思わせるような表情を浮かべる。退屈な仕事の時に来たのだ、揶揄わないというのはあり得ないだろう。コジローでちょっと退屈しのぎをさせてもらおうとメアリは考えた。

 

「ふふふっ、なかなかいい口実じゃないか。恥かしがり屋の君がデートをするにはね。新しい女の子か……ボクのことは遊びだったのかい?」

「遊んでいたのはメアリだろ!!アレ以降色々と恥かしい思いしていたんだぞ!!」

 

直情に返事を返すコジローを見てメアリは愉しげに笑う。あまりやり過ぎるとフォローが大変だがこのぐらいならば問題はあるまい。

年下の弟分を弄るのは姉貴分としての特権である。

 

「苦情の9割はキルケ様に行ってほしいな。あの神があることないこと面白げに言いふらしているのが原因だしね。」

「……今度小遣いを1/4にしてやろうかね。」

 

それでもゼロと言わないのがコジローの甘い部分である。いや、優しいと言うべきだろうか。他人が見るとはっきりとわかるのだが、コジローは駄女神に甘い。デメテルですら匙を投げた女神に根気良く付き合っているのだ。優しいと言わず、甘いと言うべきだろう。

正確にいうと女性全般に甘いとメアリは見ていた。まぁ、メアリには都合がいいので指摘などはしないのだが……

 

「で、コジローは女の子が好みそうな服とか雑貨とか扱っている店を知っていたかな?」

「……シラナイデス。」

 

ふと、思い出したかのように問い掛けるメアリに素直に答えるコジロー。こういう駆け引きが苦手なところがメアリ達の玩具になる要因の一つなのだが本人はわかっていないようだ。メアリは新しく揶揄うネタが増えたと歓喜する。どういう条件で教えてやろうかと考え、閃いた。きっと、デメテル様も喜ぶだろう。あの女神様はこの手の甘酸っぱいお話は好きなのだから

 

「ふ~ん、お姉さんが教えてあげようか?ただし、条件はあるよ。」

 

チェシャ猫の様に様な笑みを浮かべるメアリを見て、早まったことを理解した。だが、背に腹は代えられない。アリエルに繁華街のショッピングを楽しんでもらうためにも目の前の悪魔と契約を結ぶ必要があった。

 

「……お願いします。」

 

無条件降伏といった体で頭を下げる。そんなコジローの様子にメアリは愉し気に笑う。姉貴分としては実直で素直な子であるコジローは最高の玩具であった。他の面々は色々と意見はあるだろうけど、そんな楽しい玩具故に構いたくなるのだ。

そのうちアトラともこの愉悦を共有しよう。メアリは心の底からそう誓った。

 

「くっくっく、契約成立だね。条件はデートの内容をまとめて文章で報告することさ。」

「……悪魔め」

 

コジローはメアリの言葉に呻いた。まさに悪魔の所業。自分の手でゴシップのネタを提供する羽目になるとは思わなかった。

そのコジローの呻き声を見ながらいい仕事をしたとメアリは内心ほくそ笑む。アトラにも見せてやろう。きっと、色々と面白いことになる。

 

「さぁ、どうする?後、報告書は明日の朝一提出だよ。長引くと忘れてしまうからね。」

「鬼め……受ける。だから教えてくれ。」

 

背に腹を変えられないコジローは目の前の悪魔と契約を結ぶことにした。これでどのぐらい揶揄われ続けるのだろうか。今から頭が痛い。そんなコジローの様子にメアリは愉悦を感じていた。あまり揶揄い過ぎて断れると元も子もない。故にさらりとコジローの欲しい情報を与えてやることにした。

 

「取引成立。そうだね……ここからなら、極東のモノを扱っているオオヒルメ・ファミリア傘下のタツマドウが良いだろうね。」

 

メアリは覗きに行けるように自分の警備範囲にある店を紹介し、場所を教える。コジローにとっても良く、自分にとっても良く、そして、ファミリアとしても良い3社に良い取引をしたと自画自賛していた。

 

「タツマドウね……ありがとう。助かったよメアリ。」

 

その場所を聞くとコジローはなるほどと頷く。

故郷と極東が似たような文化圏のため紹介がしやすく、オラリオでは珍しい衣装のため恐らくアリエルも興味を持ってくれるだろうと考えた。

それらを加味して流石はメアリかと自分を玩具にする姉貴分を見直すことにした。

そして、アリエルの元に戻ろうとするとメアリから呼び止められた。

 

「待ちたまえ」

「どうしたんだ?用は終わったと思うんだが……」

 

コジローがそう答えるとメアリは袋に入れたジャガ丸君を取り出し、コジローの前に置く。コジローがジャガ丸君を訝しげに見ていると相変わらずの飄々とした態度で告げた。

 

「屋台に来て話だけして帰られたら、ボクはサボっていたことになってしまうよ。だから売り上げに貢献してほしい。」

「……プレーンを2個」

「まいど」

 

愉悦と売り上げを両立したメアリはこれ以上のない満足そうな笑みを浮かべた。愉悦とは自分のやるべき仕事をきちんとこなさなければ楽しめない。メアリ・マコットはなかなか厄介な性格をしていた。

 

 

 

 

オラリオの街並みに突如現れた深緑に包まれた空間。

極東のテイストをこれでもかと言うほどに強調した極東風庭園。

外から見れば違和感しか与えないそこも一歩庭園へと踏み入れば、別世界へ来たかのような錯覚を与える。

騒がしいオラリオから切り離されたその静かな空間はタマツドウの入り口。極東の商人がオラリオに穿った橋頭保。

その麗しさゆえに美の女神達の憩いの場ともなっていた。極東の衣装を纏いタマツドウで社交の花を開かせるのが最新の流行の一つとされていた。

とは言え、タマツドウは女神達だけに開かれた空間ではない。

冒険者達や庶民も異国の風俗を身に纏う。極東文化の発信源としてオラリオに食い込む一大商業施設である。

静かで安らぐ空間にコジローは懐かしさを覚えていた。静かなその空間で騒ぐ者はいない。来客は其々にその静謐な空間を楽しんでいる。

アリエルは犬人特有の耳をピンと立てて周囲をキョロキョロと見まわしていた。珍しいのだろうか。極東風の建物や着物を着た店子、麗しい着物を着た女冒険者達を見ては耳をぴくぴくと動かしている。

 

「まず、服を見てみよっか。極東風の衣装着た方がいいみたいだしな。」

 

巫女服とかはロマンだよなぁと続けるコジローにアリエルが良い笑顔を浮かべて木板に文字を書く。

 

【その浪漫は変態的だと思います。】

「そーかなぁ。アリエルは可愛いから似合うと思うよ。」

 

人畜無害な笑顔を浮かべて独特の趣味を押し付けようとするコジロー。その真剣な表情に慌てふためくアリエル。実際のところ、女衒や体目当ての男などに迫られたこともありそれなりの防衛策を身に付けてはいたが、コジローは悪意無く、アリエルに有害にならないようなレベルで浪漫を押し付けてくるため割と手古摺っている。

このままだと押し切られかねないのでアリエルは強引に断ることにした。木板に力強く大書する。

 

【い・や・で・す。】

 

半分涙目になって抗議するのがポイントである。女の子に慣れていないコジローはそれだけで巫女服案を引っ込めてしまう。

残念そうにチェルシーにも断られたし、メアリに言ったらしこたま殴られたし……とコジローは愚痴るようにつぶやいた。

 

「――…普通の和装を探そうか。」

 

巫女服に心残りを感じつつもアリエルへ提案を行う。漸く諦めてくれたかとアリエルほっとする。流石にそのような理解できない浪漫を押し付けられるのは困りものである。タマツドウの中は極東の情緒漂っていた。どうも中心部に庭園を設けられているようだ。外と中の庭園風景がオラリオと完全に切り離し極東に来たと錯覚してしまう。それらも目を奪うが、鮮やかな色彩の極東の着物やアンティークがさらに目を奪う。

庭園とアンティークが旅行に来た気分にさせて、冒険者たちの財布のひもを緩ませる。

 

「こりゃぁ凄い。」

 

コジローの言葉にアリエルは一も二もなく頷く。極東をテーマにしたテーマパークといったところだろう。メアリがおすすめとして紹介するのもわかる気がした。取り扱っている商品もリーズナブルなものから天井知らずまで数々揃っており其々レベル毎に冒険者達が区分けして存在しているのも面白い。

ダンジョンという名のゴールドラッシュに引き寄せられた山師達の強欲を満たす場所の一つなのだろう。調度品や実用品も取り扱っている。一角にはヘファイストス・ファミリアのブースがあり魔剣やドロップアイテムで作った衣服を取り扱っていた。

コジローは良く考えられているものだと苦笑してしまう。そして、ヘファイストス・ファミリアの商売上手さも……

アリエルは犬人特有の耳をピンと立てて尻尾を振りながら周囲をキョロキョロと見ていた。落ち着いた雰囲気故に気圧されることはなかったが。コジローはそんなアリエルの様子を知ってか知らずかいつも通り声をかける。

 

「それじゃ、行こうか。アリエルは青色の着物なんか似合うと思うんだけどね。その前にアイスでも食べる?抹茶アイスって言ってこの店限定のアイスがあるらしいよ。」

 

アリエルはそんなコジローの様子に目を見張り本当に緊張しておらずいつも通りだということに気が付くと、緊張している自分がばからしく感じられてしまった。この残念な少年は気後れとか緊張感とかそんな単語は辞書にないらしい。図体はデカいのに心は子供のようだ。アリエルは木板を取り出すと返事をする。

 

【アイスは後でにしましょう。服を見終わってからでも良いですし】

「了解。今日のお手伝いのお礼だから俺が持つよ。金は気にしないで、いや、ある程度加減してくれるとうれしいけど……」

 

コジローの返事にアリエルは慌てる。バイト代を貰えると聞いてはいたがここの店はグレードが高すぎる。木板に大慌てで書き殴る。

 

【無理はしなくて大丈夫ですよ。ここは高すぎますし】

「大丈夫。男が約束をしたことを破る方が問題だからね。それに女の子には贈り物をするもんだろ」

 

律儀で難儀な性格をしているようだ。件の浪漫を求める性格といい馬鹿丸出しであるだが……嘘はない様だ。きっと騙されやすいんだろう。損をするのはコジローだがそれを見ているアリエルは面白くない。そんな話をしていると店子が一人コジロー達へと向かってきた。極東風の着流しを着た男前のエルフ。かの種族に有りがちな高慢な態度が無い柔らかい印象を覚えるエルフだった。

 

「いらっしゃいませ、お客様方。本日はどのようなものをお探しでしょう。」

「彼女に似合う。服を探しに来たんだ。この店は初めてなんだ。案内して貰えると助かるんだけど……」

 

エルフの男性はコジローの言葉に頷くと

 

「では、ご案内いたします。こちらへどうぞ。」

 

そう言ってコジロー達を先導し女性ものの服売り場へと案内を始めた。案内をしながらも最近の流行や品揃えについて説明をしてゆく。彼の知識は豊富で話術も心得ており非常にわかりやすかった。モテるんだろうなぁとコジローは邪推してしまう。

 

「――…最近ですと―――女神様方は紫などの鮮やかな色合いの着物を好まれる方が多いですね。ですが、冒険者の方々ですと大人しめの色の服を好まれる女神様方とは別

の意味で派手な服装を好まれる方両極端ですね。。後、冒険にも着て行ける服と言うことで袴などを購入される方は多数いらっしゃいます。そちらのお嬢様ですと、淡い水色の着物などお似合いだと思われますよ。」

「へ~、そうなんだ。アリエル着てみない?」

 

コジローは青系統の色は彼女の碧い瞳にも映えて良く似合っているように思えた。涼しげな淡い水色の着物は確かに彼女に良く似合っているだろう。コジローは気が付いていないがお値段は4ケタ万ヴァリスである。それに気が付いたアリエルは内心コジローを罵る。

そして木板に乱暴に文字を書き自分の意見を書きだした。

 

【冒険者なので動きやすい服がいいです。】

 

なるほどとエルフの店子が頷くと冒険者が良く使うリーズナブルな価格帯の袴の場所へと連れて行ってくれる。そこでアリエルは値段を確認しほっとした表情を浮かべる。それを知ってか知らずかエルフの青年はアリエルに似合うであろう服装をチョイスしてくれた。

 

「こちらの袴は如何でしょう。動きやすく、冒険者の方々も好んで着られている方が多いですよ。スパイダー系モンスタのドロップアイテムを基本に幾つかのモンスターのドロップアイテムをかけわせて作った複合素材なので防御力もそれなりにありますよ。」

 

お値段ン万ヴァリス。アリエルはさっきよりははるかにマシだと考えた。相変わらずコジローはニコニコと能天気な表情を浮かべている。一度痛い目を見せてやろうと袴を購入することを決意した。それでもお値段の安いものを検討するのはアリエルの良心か貧乏性か。あれこれと手に取り悩み始めた。

お勧めは、袴とブーツを掛け合わせた大正時代の女学生風の衣装らしい。極東贔屓の女性冒険者に流行っており人気を集めている。タマツドウの団長が考案したデザインらしい。また、女神自身が身に纏うことはないがその小間使いに着せることが多い。

真剣な表情で服装を選ぶ姿を見てコジローは連れてきてよかったななどと感慨深く考えていた。

そんなコジローにエルフの店子が声をかける。

 

「可愛らしい恋人さんですね。」

「――恋人ではないですよ。冒険者の仲間です。ちょっと、私用を手伝ってもらったのでそれのお礼ですよ。」

 

恋人と言われて、浮かべた内心の動揺を鎮めながらコジローは努めて冷静に言葉を返した。そんな少年の心の動きなど手に取るようにわかるのだろう。微笑まし気な笑みを浮かべると、一つだけ忠告を残した。

 

「女性との買い物は初めてですか?」

「ええ、このような店に来るのは初めてですよ。」

 

コジローの言葉になぜか納得したように頷くと椅子を近くに運ばせた。お茶を用意するように近場のスタッフに依頼する。

その様子をコジローは訝しげに見ると、エルフの店子は苦笑しながら答えた。

 

「――…一つ、これは世の中の真理なのですが、女性の服選びは男性が予想するよりもはるかに時間をかけるものです。一生懸命着飾ろうとしているのですから。彼女をがっかりさせないように頑張ってくださいね。」

 

そう笑いかけると、エルフの店子は席を外していった。

そしてコジローは、そのエルフの店子の言葉が真理であったことをこの買い物を通じて思い知らされることとなる。

ただ、アリエルの嬉しそうな表情が報酬と言ったところだろうか。日が暮れるまで色々なファッションを見て回ることとなった。

 

 

 

 

 

タマツドウの帰り道。夕焼けに染まる繁華街を淡い青色の袴に身を纏ったアリエルとコジローが帰路に就いた。アリエルは喋れないながらも嬉しそうに尻尾を振りながらコジローの言葉に相槌を打つ。コジローは出来る限りYesかNoで答えられる話題を選びながら会話をしていた。それは仲睦まじい恋人のようで、コジローは懐が寒い以外は非常に満足していた。懐を温かくするためにも明日からのダンジョン探索はハードなものになるだろう。

そんな二人の様子を繁華街の裏路地より憎々しげに見る影がいた。

 

「ったく、どこほっつき歩いてるんだと思ったらこんなところで男を加えていやがったか。」

「『集金』しに行かなくていいんで?」

「馬鹿野郎、ここでそんな真似してみろ。デメテル・ファミリアに竜を嗾けられるぞ。若しくは、ガネーシャ・ファミリアの炎使いに焼き殺されるかだ。」

「うへぇ……」

 

この繁華街はデメテル・ファミリアとガネーシャ・ファミリアが共同で統括するシマである。双方のファミリアに警備料を支払うことによって繁華街での商売をする権利を得るのだ。故にここで不埒な真似をするということは二つのファミリアを敵に回すことと同類項である。ロキ・ファミリアやフレイヤ・ファミリアですら、そのようなバカな真似をすることは出来ない。ましてや、弱小に分類される彼らのファミリアでは一瞬で捻り潰される。ギルドすらその行為を黙認するだろう。

故に男達は遠くから憎々しげに見ていることしかできなかった。

 

「まぁ、良い。男を咥えて羽振りよさそうじゃねぇか。あの貧弱な体で良く繋いでいるもんだ。まぁ、少し張ることにするかね。今度の『集金』は期待できそうだからなぁ。」

 

他のファミリアの冒険者から覚えの良いあのサポータを絶望に落とせたらどんなに心地が良いだろうか。隣の少年に昔の話を知られて侮蔑の視線を向けられればどんなに心地が良いだろうか。

三日月と杯のエンブレムを持つ男達はその時の情景を妄想しながら舌なめずりをしていた。

男は今からもそれが楽しみで仕方なかった。

 




とりあえず、デート回。アリエルが可愛くかけると良いのだけど……
ベル君はそのうち出しますが出るのは結構先かなぁ。一章の終盤にならないと出ないかも
後、デメテル・ファミリアは上位のファミリアとして設定しております。
規模的にはガネーシャ・ファミリアと同格です。

また、商業系ファミリアの警備員はオリジナルの設定です。
警察的な組織がないオラリオでどうやって治安を維持しているのかを考えた時にみかじめ料を取って治安維持をするヤクザが脳裏をよぎったのでこのようにしました。



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七話:探索、金策、駄女神の攪乱にまつわるサットル

リビルド版です。
お暇つぶしにどうぞ




オークの首がルームの天井に向かって跳ね飛ばされる。

オークを一太刀で仕留めたコジローは次の獲物へ意識を向ける。

ハードアーマード、バットパット離れた場所にいるインファントドラゴンやオーク達。

近場にいて一番面倒な相手、ハードアーマードが丸まる前に柔らかい内側を両断する。

2体の仲間を殺されて我に返ったバットバットが襲い掛かるも、ジグザグに軌道を変化させる横薙ぎの一撃が7匹のバットパットを纏めて切り裂く。

アリエルの袴は結構いい値段がした。その上に防御効果のあるコートも購入したので割とスカピンである。駄女神様のお小遣いを100ヴァリスにしていなければ今頃酷いことになっていたであろう。

兎に角コジローは早くなるべく早く財布の中身を回復させる必要があった。エルフの店子の話だとアリエルはかなり安めのモノでコーディネートしたらしい。タマツドウを紹介したメアリと自分の迂闊さを呪う。

武器の修理代すら出せないスカピン状態。コジローは必至であった。

一方そんな状態のコジローに襲撃を受けるモンスターは悲惨なことこの上ない。

次々と仲間が殺されていき、その攻撃をする瞬間が"認識"できない。故に巻き藁の様に切り殺されるしかなかった。

もう少し数がいて量で押せば話は違ったかもしれない。だが、モンスターパレードでもなければ発生しない事態。

次々とモンスターは切り殺され最後にインファントドラゴンの首が跳ね飛ばす。

ルーム内のモンスターを瞬く間に討伐したコジローはアリエル達を振り返る。

タマツドウで購入した青い色合いの袴とコートを着たアリエルを見て、コジローはどことなく満足していた。女の子に貢ぐ男の心がなんとなくわかったような気がする。因みにタマツドウで購入した服はすべて汚れを弾くようコーティングされており、冒険者の女の子にとって非常に嬉しい機能を備えていた。

それを聞いたコジローはお値段相当なんだなぁと奇妙な関心をしてしまったものだ。

ダンジョンでの癒しを味わいながらもコジローはモンスターの躯を処理するアリエルに声をかける。

 

「悪いけど、後は頼むね。これが終わったら休憩にするからさ。」

「ふ~、それがええと思うわ。あんさん今朝から飛ばし過ぎやで金欠なのはわかるけどなぁ。ここからやと、あそこがええかな?」

 

喋れないアリエルの代わりにゴブ吉が返事をするとアリエルに確認するように言葉を投げる。アリエルがゴブ吉の言葉に頷くとゴブ吉はコジローに話しかけた。

 

「近くにな。モンスターが生まれない安全地帯のルームがあるんや。飯はそっちで食わんか?」

 

 

 

 

ダンジョンに召還された者が潜るのは間違っているだろうか?

 七話:探索、金策、駄女神の攪乱にまつわるサットル

 

 

 

 

 

「へぇ、そんなところがあるんだ。行ってみたいから是非頼むよ。」

 

コジローが目を丸くする。モンスターが発生しない場所があるというのは聞いたことがあるが十一階層のルームが丸々それとは予想外だった。一つ楽しみができたとばかりにコジローは嬉しそうに喜ぶ。喋りながらも手際のよい一人と一匹はあっという間に魔石とドロップアイテムを回収するとリアカーに乗せる。

 

「さて、行こか。ワイらもハイペース過ぎてちーとつかれとるさかいな。」

 

アリエルは平気ですよと首を横に振るが、普段よりハイペースだったため疲れがたまっているようだ。サポータの様子が把握できていないようでは冒険者失格である。コジローはアリエル達に謝る。

 

「ごめん。」

【気にしないで】

 

そうアリエルが分かっているからとばかりに文字を書いた木板を見せる。事情を把握しているだけに複雑なのだろう。可愛い極東風の衣装を見られるのは嬉しいのだが同時に財布が寒い。きっと財布が温かくなるまでこの二律背反に悩まされるだろう。

アリエルには申し訳ないがせめて今週だけはこのペースを維持させてもらおうとコジローは考えた。

終わった後に何かを奢れば許してくれるだろう。スカピンにならない程度にだけれども……

話しながら、通路を通り移動する。途中にルームがあったが幸いにもモンスターは居らず素通りできた。

そして辿り着いた安全地帯のルームは湖を湛えたルームであった。

モンスターが発生せず袋小路になっているため外からモンスターがやってくることも少ない。休憩をするに非常に都合のよい穴場であった。もっとも――

 

「せやで、パンドリーが近いからなぁ。あんまし近寄るやつもおらへん。とっておきの穴場っちゅう奴やな。」

【ただ、パンドリーに通り道から外れているので、他のモンスターも滅多にここにこないんですけどね。】

「パンドリ-に近いっていうのは不安をだね」

「まぁ……静かにしている分には平気やで」

 

アリエルがリアカーの隅に置いた弁当箱を取り出す。最近は必要最小限の荷物以外はリアカーに預けておいている。そのおかげで潰れたサンドイッチなど見た目が悲惨なことになっている弁当を食べなくて良くなっていた。

(これもサポータのありがたみなんだろうね。)

良い状態での探索ができるということは精神的な余裕にも繋がる。金銭的な余裕以上にこれらの点にコジローは満足していた。

それらを食べながら、地面に座り休息をとる。お腹が満たされたら財布の寒さも気にならなくなってきた。非常に現金な話である。一息ついてお茶を飲んでいるとゴブ吉が声をかけてきた。

 

「なぁ、コジローはん。さっき、バットパット倒したときジグザグに槍が動いていたんやがアレはなんや?」

 

ゴブ吉の質問。コジローが表情を見るに純粋に好奇心なのだろう。あまり公開したくはないが特殊な技なため、仲間に隠し過ぎるのも今後の探索に影響が出ると判断する。少しだけ、考えてから教えることにした。

 

「ん~……オレの流派の技術の一つだよ。あんまり詳しいことは言えないんだけど、『燕返し』って言って初代が燕を斬るために作った技って言われている。」

「燕?あの鳥の?」

「そう、その燕。あいつらは動きが速く賢いからね。単純に剣を振っても充てることができないんだ。だから、途中で剣の軌道を変化させて逃げる方向に先回りをする必要がある。あのジグザグの軌道は燕に対して先回りをするためモノもなのさ。」

「お……おぅ」

 

ゴブ吉はコジローの回答にお前正気かという視線を向ける。まぁ燕を斬るためにあんな技を生み出したと言われればそうだろう。そして、コジローは苦笑しながら言葉を続ける。

 

「あと二つほど燕返しはあるんだけど、まぁそっちは秘密だな。」

 

そのうちに紹介することもあるだろうよと言って言葉をきる。そして、今度は自分の番とばかりにコジローがゴブ吉とアリエルに質問を投げる。一つばかり腑に落ちないことが合ったのだ。

 

「なぁ、アリエル、ゴブ吉、二人はなんで冒険者をしてるんだ?」

 

アリエルとゴブ吉は優れたサポータである。サポーターの仕事は実際のところダンジョンよりも都市間の運送関係の仕事で求められることが多い。特にアリエルは調教師である。地上で野生化したモンスターを調教して運搬業をやった方が利益が出るだろう。特に魔石という途切れることのない石油のある産油国であるオラリオであればそれは顕著になる。

二人はそのコジローの言葉に俯き悩むそしてアリエルが頷くとゴブ吉が話し始めた。

 

「ワイらはソーマ・ファミリアを脱退したいんや」

 

コジローは予想外のゴブ吉の言葉に目を見張る。ファミリアから脱退することが目的の冒険者など初めて聞く話である。茶々を入れることのできる話でもない。コジローは黙って続きを促すことにした。

 

「あそこはな。色んな意味で最悪や。弱い眷族を喰いモノにして、オンドレが儲けることしか考えてない。ソーマ様は酒以外興味がない。もう、どうしようもないんや。せやから早く抜け出したい。……そのための資金はもう少しで貯まる。」

 

ゴブ吉の独白にアリエルは肩を震わせる。コジローは下手な慰めは愚策と考え、故にこう返した。

 

【コンバージョン先はキルケ・ファミリアにしない?良ければ駄女神様を説得するよ。眷属は少ないから大歓迎。だから、今後も一緒に探索をしよう。】

 

勧誘の言葉。アリエルはコジローの言葉に目を開く。目の端にほんのりと光る水滴が見えた。返事を書いた木板で顔を隠しながら答える。

 

【お願いします。】

「せやな。あんさんとこなら大丈夫そうや。」

 

ゴブ吉もどことなく嬉しそうだ。脱退した後に受け入れてくれる先があるのか不安があった。その不安も今解消された。後はさっさと資金をためてソーマ・ファミリアから脱退するだけだ。

 

「なら決まりだな。さてと……」

 

休憩は終わりとばかりに兜を被る。後は後半戦である。必要金額がどれぐらいかは分からないが、今のペースを続けて早く脱退させるべきだろう。

 

「後半戦だ。さっさと稼いでコンバージョンしようぜ。」

 

アリエルとゴブ吉はその言葉に頷き移動の準備を始める。

コジロー達の気合が入った後半戦は前半戦と比較にならないぐらいモンスターを狩りはじめた。リアカーがいっぱいなって撤退したのはアリエル達と一緒に探索を始めてから初の経験であった。

 

 

 

 

冒険を終えた冒険者達が歓楽街へと向かう姿が窓に映る。

三食昼寝付きこそ至高と言って憚らない駄女神はコジローに跨り背中を肌蹴させる。

ステータスの更新。

眷族が己のモノであるという証であるステータスを刻む時間。

キルケはその瞬間に高ぶりを覚える。ただ一人の眷属で自分を見てくれる。自分だけを見てくれる存在をいやおうなしに自覚できるこの瞬間が非常に好きであった。ステータスを更新しながらもついつい鼻歌を歌ってしまう。

ステータスの更新が終了すると不満そうに書き記しコジローに手渡す。

 

 

ツバキ・コジロー

Lv1

力A120 耐久B50 器用A900 敏捷A800 魔力I0

 

【魔法】

 

【スキル】

 

 

コジローは手渡されたステータスを記された紙を見ながら満足していた。ステータスの伸びが良い。

十一階層をターゲットにした甲斐があるというものである。

キルケはコジローの背中から降りず不満そうにステータスを見る。唸り声をあげながら無念そうに呟く。

 

「そろそろ、スキルの一つや二つ生える時期だと思うのよね~」

「なくてもどうにかなっているから不満はねぇよ。それにそのうち生えるもんだろそういうのは」

 

好奇心を刺激する要素がない眷族に不満気味の駄女神様。

ステータスの更新が終わったのにも関わらず背中に乗ったままぶーたれる。腕組をして意地でも退かない構えだ。

 

「どーせ今からまた素振りするんでしょ~、そんなことよりも神様と遊んでくれることが大切じゃないかな~」

「喧しい駄女神。今日もどこかで遊んできたんだろ?」

 

そんなコジローに言葉にチッチッとドヤ顔で指を振る。勿体ぶるように駄女神様は今日の成果を自慢げに報告した。

 

「ふふん、今日は月に一回の勤労日よ。妹のところにいる厄介な子の調整をしていたんだから」

「前半が無けりゃ感動的だったんだがな。というか駄女神様はそんなことできたのか!?」

 

駄女神の意外なスキルにコジローは慄いた。

何もできない。お金をせびる。紐のような女神というイメージで固定していた分驚愕も一入だろう。

そんな眷属の心のない言葉に駄女神様はプンスカと怒り背中に乗ったまま跳ねる。

割と形の良いお尻が押し付けられるが、残念なことにコジローには効果がない。何故なら駄女神様は故にすでに異性と見られていないのだ。

 

「あのねぇ。私のお婆様はヘカテよ。偉大な魔術神の孫なの。そのぐらいは出来るわよ。大体ね、美神の魅了ばかり取り沙汰されているけど魔術の神は魔法の技術、医療の

神は薬剤や医療技術、鍛冶の神は鍛冶の技術は失われないのよ?ヘファイストスがブイブイ言っているのだってそれを失っていないからなんだから!!」

 

どうも昔取った杵柄は失われないらしい。そこで精神的な真面ささえあればヘファイストスのような良い神になれただろうに……つくづく残念な女神様である。コジローは可愛そうな子を見る目を浮かべた。

駄女神が背中に乗っていなければ一波乱ありそうな表情である。

 

「んで、駄女神様が色々と残念なことは理解できた。そんな技術があるのになんでここは零細ファミリアなんだ?」

 

当たり前のような疑問。それに対して駄女神様は薄い胸を張ると素直に過去に行った悪行を告白する。

 

「えーとね。魔導書を大量に作って売りさばこうとしたらデメテルに捕まってボコボコにされました。『何考えているんだ』って」

 

それを聞いたコジローは黙り込んでしまう。なんて駄目な神様なのだろう。そんな事をすればアルテナが激怒する。乱造される魔法使いなんて見たくもない。きっと治安とか魔法の道具のお値段とかが狂う。良く生きていたもんだと悪運の強さとデメテル様の面倒見の良さに感心してしまった。

 

「なぁ、駄女神様。アンタ、知識はあるけど馬鹿だろ。」

「うぐぅ」

 

とは言え当時作った100冊ほどは色々なファミリアに流れたらしい。正直言えばその程度で済んで良かったと思われる。ウラヌスからもお小言を戴いたそうだ。非常に稀有な例と言える。やはり、コジローのところの主神は駄女神らしい。

余り深堀したくなくなったコジローは話題を転換させるようと考え、改宗について確認することにした。

 

「ああ、そうだ。アリエルがキルケ・ファミリアに改宗するかもしれないけど。構わないよな?」

「アリエル?あ~~~うん、犬人の子ね。良いんじゃないかな~。でも、あの子が改宗するなら稼ぎを良くしないとキツイわよ」

 

駄女神の発言にコジローは首をかしげる。金遣いが荒いとかそういうイメージがないからだ。

故にコジローは駄女神に真意を問う。

 

「何故だ?」

「気が付いていなかったの?あの子、神酒中毒よ。」

 

神酒中毒という聞いたことのない単語に首をかしげる。アル中にしてはアリエルの手が震えている様子もなかった。

コジローは意味が理解できず、背中に乗っている駄女神に解説を求めることにした。

 

「神酒中毒ってなんだ?新手のアル中か?」

 

そんなコジローの言葉に駄女神は苦笑する。背中に跨っているのが面倒くさくなったのか。覆いかぶさるように倒れこむ。

薄い胸を押し付けるがコジローには無意味である。既に彼の中で駄女神は異性ではないのだから……

スキンシップを止めず、言葉の続きを求めた。

 

「違うわよ~。神酒はね~とっても美味しいの。匂いを嗅いだだけで虜になるぐらいすごーいお酒なの。神々だってこぞって欲するぐらいね~。でもね……そんなお酒は有り得ない。お酒の匂いをかいだぐらいで、一口飲んだぐらいで精神に異常を発するなんてお酒とは言えないわ。」

 

面白くなさそうに駄女神は言葉を続ける。睦言の様に囁いているのに何の反応も示さない眷族に不満なのだろう。それとも自分のスレンダーボディを嘆いているのか。そんな不満を浮かべつつも言葉を続ける。

 

「神酒はね。『魅了』のステータスを持ったお酒なの。一度飲めば最後、美神に魅了されたかのように虜になってしまうわ。普通の子供達では耐えきれないでしょうね。慣れる子、高レベルの子なら耐えきれるかもしれないわ。神酒は色や音匂いだけで引き付けてしまうから。」

 

駄女神の話を聞いて絶句する。それは強力な麻薬と何ら変わらない。だが、一般的に出回っているものも存在する。それが事実なのか疑いの眼差しを向ける。駄女神はその視線にムッとしたような表情を浮かべる。

 

「麻薬と変わらねぇな。だが、信じにくいな。そんな酒なら禁止されているだろ?」

「誰が禁止するの?アストレア・ファミリアを裏切ったギルドにそんな力はないわ。理由を付けて一時的に止めることは出来るでしょうけど、一時的なものよ。それにこれは魔術、医療系の神々の見解。公表は禁止されているけど……神には『魅了』は通じないし、神酒好きな神もいる。それで利益を得ているものもいる。禁止なんてできないわ。」

 

理の通った話に絶句する。オラリオは警察組織が存在しない。それによるデメリットが浮き彫りになった話である。喰われないように知識と力を身に付けなければ生きていけない。デメテル様の好意がなければ今頃キルケ・ファミリアはどうなっていた事だろうか……

 

「アリエルは中毒っていう訳か。直せねぇのか?」

「ん~麻薬依存の治療に似てくるから難しいわね。まぁ、眷族のためだもの何か考えるわ。だから、お小遣いを増やしなさい。」

 

駄女神も魔術神何らかの手段は考えられるようだった。普段からこのぐらい頼りになればいいのにと思いつつ、少しばかり財布の紐を緩めてやろうとコジローは考えた。

 

「ファミリアの頭数×100ヴァリスぐらいなら考えても良いぜ。」

「……くっ、私のお小遣いのためにも助ける必要がありそうね。」

 

少しばかりやる気に灯がともったようだ。お小遣い増やすぞーと叫び声をあげながら、コジローを開放し椅子に座って考え始めた。

その様子を見ながらコジローはトレーニングに向かう。素振りと筋トレ、長距離走これらを欠かすと翌日の剣技のキレが悪くなる。

素振り用の武具をもって部屋の外へと向かっていった。




◆オリ設定
デメテル・ファミリアとガネーシャ・ファミリアの規模は同程度。
ロキ・ファミリア、フレイア・ファミリアと戦争をした場合敗北は確定だが相手方の組織に深手を負わせることが可能な程度の組織力を持っています。

ソーマ・ファミリアについては結構オリ設定を乗せる予定です。

タマツドウはオリジナルです。日本には江戸時代からショッピングモールもどきはあったようでそちらをイメージしました。



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八話:やさぐれ少女のリビルドにまつわるサットル

最新話です。

なんかうまく更新されなかったので再登録しました。


 

バベル近くの広場。コジローは見事なお胸様を持つロリ巨乳の神様の店でじゃが丸君を購入するために少し早めに広場に来ていた。

戦利品であるじゃが丸君で小腹を満たしながらアリエルの到着を待つ。

週に一回は拝みたいと考えているが関係各所にばれると面倒だ。だから、不定期になる――思春期の少年的にはちょっと不満だ。

煩悩をじゃが丸君を食べながら洗い流す。今日はダンジョンを潜るわけではない。武器と防具の修理のためにアトラに店に行く予定である。

投擲武器があればそれを購入し、ダンジョンの2階あたりでゴブリン相手に試してみる予定である。アリエルとゴブ吉も草臥れ始めた装備の修理を依頼する予定であった。

体格に合わない大きなバックパックを持った、フードを被った少女がコジローに声をかける。

 

「冒険者様、サポーターを雇いませんか?」

 

背が低い、小人族だろうか?澱んだ目で少女はコジローを見上げていた。神にも人にも己にも絶望したその瞳、人生経験が足りないコジローはその瞳に気が付かず、だが、すでにサポーターはいるため断ろうと考え、口を開く。

ちょうど、タイミング良く/悪くアリエルとゴブ吉がやってきた。フードを被った少女を見て驚いた眼差しを向ける

 

「アーデのお嬢やないか。どないしたんや?」

「え?アリエルとゴブ吉?」

「アリエルとゴブ吉はこの子の知り合いか?」

「せやで、同じファミリアで……まぁ、同じ悩みを持つ仲間やな」

 

同じ悩みということは――ソーマ・ファミリアを脱退したいということで、コジローは天を見上げる。

 

「とりあえず、朝飯でも食いながら色々と聞かせてくれ。」

 

 

 

 

ダンジョンに召還された者が潜るのは間違っているだろうか?

 第八話:やさぐれ少女にまつわるサットル

 

 

 

 

近場の喫茶店に場所を移し個室を借りて、ブレックファースト――磨り潰したジャガイモにビネガーをかけるだけ――に殺意を覚えつつコジローはサポーターとしてアリエルを雇っていることを説明する。

 

「アリエルと契約をしているのですか……」

 

嘆息するこれでは食い物にできないとリリルカは考えた。友人であるアリエルに詐欺はしたくなかったこととやれば確実にばれて捕まるからである。

行動範囲を知られているだけに逃げることはできないだろう。これは縁がなかったと考えるべきだとリリルカは考えた。

アリエルが心配そうな目でリリルカを見る。木版を取り出し文字を書く

 

【コジローさん何かいい手段はないでしょうか?】

「別な冒険者のサポーターというのが一番だろうけど……」

「いえ、リリは大丈夫です。お気になさらないでください」

【NO】

 

コジローが仲介する冒険者を紹介されれば悪さができない。リリルカにとってそれは避けたいこと、アリエルの申し出はありがたくあるが余計なお世話である。

アリエルが【NO】と書かれたネックストラップを見せる。気にするなというのが無理なのだ。アリエルとリリルカは搾取される側、どんな目にあっているのか分かったものではない。

 

「リリは大丈夫です。」

【NO】

 

苛立ったようなリリルカの声に涙目になりながらもアリエルは【NO】と書かれたネックストラップをかざす。

アリエルにもリリルカの悪い噂は聞こえているこれ以上深みにはまれば、助けることもできなくなる。アリエルはリリルカの現状を何とかしたかった。

だんだんと言い争いに近くなっていく二人を見てどうしようかと考える。ゴブ吉がコジローにハンドサインでちょっと場所を変えようと合図。二人の争いを尻目にコジローは移動した。個室の外でゴブ吉はコジローに説明を始める

 

「すまんな。巻き込んでしもうて」

「いや、まぁ、構わんよ。個室借りといてよかった。」

「せやな……お嬢とリリルカはんはまあ同じファミリアの友人なんや。苦渋も同じように味わっとる。」

 

ゴブ吉はここで言葉を切り、少し迷い言葉をつづける

 

「リリルカはんはどうも悪事に手を染め始めたらしいんやわ。お嬢の知り合いから色々と噂を聞いていてな……心配しとったんや。逃げだすんに必死になって自分で自分の居場所を潰してしもうとるんやないかと、誰かが助けへんと死んでしまいそうやと」

「なるほどな……」

 

コジローはゴブ吉の話を聞いて悩む。サポータを二人という構成は正直言うと無いと考えている。ならばどういう構成がと考えると、せめてアタッカーが欲しい。

未熟であってもアタッカーなら自分がカバーできるから、リリルカもアリエルも前線で戦う能力が低い故にサポーターをしている。少し考えたがよいアイデアが浮かばず、ゴブ吉に質問をする

 

「リリルカって子はどんなことができるんだ?」

「ん~あまり言うのはあかんのやけど、あんさんに無理を言っているのは分かるから教えるで……重いものを持ち上げるスキルを持っとる。魔法は持っているかどうかは分からん。」

「重いものを持ち上げる?」

「ああ、サポーターとしては便利なスキルやで、たくさん魔石を持って帰れるさかいな」

 

重いものを持ち上げる。その一言にコジローは反応した。自分の推測が正しいかどうか。さらなる情報をゴブ吉にも留める。

 

「重いものを持ち上げるってのは何か条件はあるのか?」

「いや、特にはなかったと思うで、昔、神酒の樽を運ぶ際もえろう使われとったし」

 

ゴブ吉の言葉を聞いたコジローはいくつかシュミレートを行い可能性を演算する。体重がないから近接武器はやめた方が良いだろう。弓は恐らく引き絞る力が足りない。投擲武器は可能性あり。想定が正しいかどうかを検討するためには実証実験が必要だ。コジローは勢いよく元居た部屋のドアを勢いよく開けた。

けん制しあっていたアリエルとリリルカが驚いて振り向く

 

「リリルカさん、着いて来てくれ。マナー違反だが、ゴブ吉から君のスキルを教えてもらった。君のスキルがオレの想定と合っているかどうか実験をしたい。想定が正しければ、君は前線で戦えるはずだ」

「え!?」

 

リリルカはコジローの言葉に驚く、ゴブ吉からスキルを聞いたという言葉は不愉快であったが別段隠すようなことではない。それよりもコジローは前線で戦える可能性があるといった。嘘かどうかは分からないがそれが本当ならば……

 

「本当ですか?コジロー様」

「想定があっていればだ。実験がいる。着いて来てくれ」

 

その言葉はとても真摯だった。可能性があるのであれば挑戦したい。リリルカはコジローの言葉に頷いた。アリエルも嬉しそうに尻尾をパタパタ振っている。コジローはリリルカに手を差し伸べる。リリルカは迷い、アリエルを見る。その信頼しきった姿を見て、コジローの手を取った。

 

「実験はどこで行うのですか?」

「とりあえずは工房オーリに行く。お前さんのスキルを生かし切る武器が必要だ。それを持ったらダンジョンで実験だな」

「スキルを活かしきるですか?」

「オマエさんのスキルは重いものを持つって奴だろ。それを生かす武器を見つけりゃいいのさ」

 

リリルカの手を引っ張り、行くぞと声をかけて、個室を出る。アリエルとゴブ吉が慌てて二人の後を追いかけて行った。

 

 

 

 

 喧しい足音と共に工房オーリの扉が音を立てて開かれる。乱暴にドアを扱われたアトラはちょっと不機嫌だ。女連れのコジローを見て嫌味一つ言ってやった。

 

「メアリはどうしたんじゃ?新しい女を作りって」

「新しい女ってなんだ!!メアリはそもそも恋人じゃねぇぇ!!」

「やかましいわ。それで何の用じゃ?」

 

アトラの言葉に少し慌てていた自分を自覚したのか。深呼吸をして落ち着ける。ちなみにリリルカは目を回している。慌てて、リリルカを揺さぶるコジロー、リリルカも目を覚まし、きょろきょろと周囲を見回し目的地に着いたことを理解した。

 

「この子の武器を探していてね。可能な限り重さのある武器が良いんだけど、どんなのがある?」

「ふむ?ほぅ、何やら面白いことを考えているようじゃな。よかろう少し待っておけ。」

 

そういうとアトラは倉庫へ向かう。少しして台車に乗せられて、人の上半身を隠すことができるサイズの鎖付き鉄球(フレイル)、刀身が5mある刀剣が運ばれてきた。

明らかに超重量武器まぁ普通の人間は使わないだろう。刀剣なんぞはアマゾンが使うウルガよりでかいし

 

「まぁ、こんなところじゃの。極端な武器を作るという実験で作ってみた武器じゃ。当たり前じゃが売り物としては考えておらんかったの」

「ありがと、助かるよ。リリルカさん、持てるかどうか試してみてくれ」

「は、はい」

 

リリルカはまず刀剣を手に取った。【縁下力持】 ( アーテル・アシスト ) のスキルによる補正が行われる。軽々と刀剣を持ち上げる。

その様子にアトラは興味を持ち、コジローは頷く。

 

「軽く上から下に振り下ろしてみてくれ。ゆっくりでいい」

 

リリルカは言われたとおりにゆっくりと振り下ろした。刀剣の重さに振られることのない動作。その様子にコジローは満足し、アトラも楽しそうに見ている。

数度それを繰り返すと、コジローがストップといい、今度は超巨大モーニングスターを持たせる。リリルカはそれをぐるぐると振り回す。重量で体が動かされていないことを理解すると満足気にコジローが頷いた

 

「使ってみた感想はどうだ?」

「――…はい、普通に振り回せますね」

「グッド、今度はその破壊力がどの程度かのテストだな。アトラ、レンタルをしたいんだけど大丈夫かな?」

「……まぁ良いじゃろう。ただし、条件がある。わしもつれて行け。どの程度か実際に見れぬのは武器屋の名折れよ。」

 

そう話しているとドアが開かれる。ぜーぜーと肩で息をするアリエルとゴブ吉、恨めしそうにコジローを見る。そして、木版に荒々しく文字を書く。

 

【置いていかないでください】

「まったくや」

「ごめん。早く実証実験したくて―――」

 

コジローの謝罪に仕方ないなぁという表情を浮かべるアリエルとゴブ吉。巨大な鉄球が付いたフレイルを持つリリルカをみたアリエルは目を丸くする。ゴブ吉も驚いた表情を浮かべた。普段とは違いリリルカの瞳には希望の色が宿っていた。それを見たアリエルは嬉しくなる。

 

「まぁ、想定通りでよかったよ。最後に破壊力の実験が残っているけど多分問題ないだろうし」

「そうじゃの。で、両方持っていくつもりかの?」

「ん~、一応実験は両方でやろうと思う。ただ、問題なければフレイルが良いと思うよ。」

「フレイルの方が良いとは何故ですか?」

「武器はあんまし振るったことないだろ?鈍器の方が扱いやすいんだよ。後長さの問題かな。フレイルの方が遠くの敵を殴れるし」

 

その言葉を聞いたリリルカは頷く。コジローの言う通り、リリルカは武器を振った経験があまりない。剣をうまく振り回せるかは不安である。故に扱いやすいと言われる鈍器を使うのは合理的だと考えた。

 

「さてと、行くかの。」

 

そう、アトラが声をかける。適当に武器をかたし、鍵を取り出す。武器やとして新たな武器の可能性を見たいようだ。リリルカは頷くと超巨大な剣と超巨大フレイルを背負う。はたから見ると異常な光景、だが、リリルカ・アーデにとって最適解となるであろう武装。

 

 

 

 

 結論から言うと、破壊力の実験も成功であった。剣で叩かれたゴブリンが真っ二つにちぎれ、フレイルで殴られたゴブリンがミンチになる。人間がやった所業とは思えない結果となった。その破壊力に大喜びをしたリリルカは手あたり次第、ゴブリンを叩き潰し嬉しそうにはしゃいでいた。

 

「うむ、実験成功だな。」

「面白いのぅ、アレを使えるやつが現れるとはの、ふふふ、次はどんなのを使わせてやろうか。」

「ひぇぇ、アレ凄まじいやないか。どないなっとるん?」

 

リリルカの様子を見ながら、楽しげに笑うコジローとアトラ、腑に落ちないアリエルとゴブ吉は疑問を二人にぶつける

苦笑しながら、コジローとアトラが二人に回答をする。

 

「単純な話なんだけど100kgを超える鉄球を受けて五体満足なやつは上層に存在しねぇんだよなぁ……しかもえらい勢いで振り回しているし」

「さよう。火力だけならばLv3にも匹敵しよう。凄まじいもんじゃ」

「うへぇぇ――強力なスキルやなぁ」

「まぁ、メンターがまともじゃなけりゃぁこうなるっていういい証拠だな。」

 

リリルカは嬉しそうに洞窟に凸凹を作りながらゴブリンを潰していく。ミンチになって死ぬゴブリンを見て、コジローは苦笑を浮かべる。そろそろいいかと考え、リリルカに声をかけた。

 

「おーい、そろそろ帰るぞ。武器として使いやすいように調整してもらわないかんしな」

「はい、コジロー様」

 

元気よく答え、コジローの傍によるリリルカ。上級冒険者級の攻撃力を得たリリルカは本日生まれ変わったのだ。ファミリアの仲間におびえずに済むそんな小人にだ。

アリエルもゴブ吉もその様子を嬉しそうに見ている。友人が道を踏み外さずに済んだ。それだけでアリエルは満足だった。アリエルは木版に感謝の言葉を書く。

 

【ありがとうございます。コジロー】

「大したことはしてないよ。まぁ、この火力ならパーティを組んでも大丈夫そうだね。リリルカさんどーする?」

「ぜひ組ませてください!!」

 

 嬉しそうに【YES】と書かれたネックストラップを振り回す。3人+1匹での探索、それはとても幸せで楽しい時間だろう。一歩一歩夢へと近づいている。それがアリエルにとって何よりもうれしかった。リリルカも大慌てで答える。みじめなサポーターであった自分が冒険者になれた。それはリリルカにとって思いもよらないことであり、コジローへの信頼や信用が恐ろしい勢いで高まっていく。自分にとっての人生の恩人。コジローへの信頼はこの上なく高まっていた。

 

 遠くから、大きな足音が響く。足音は一つ、帰りを急ぐ冒険者がいるのだろうか?コジローはアリエルにダンジョンの壁際に移動することを指示、そうこうしているうちに足音は近づいてきた。よそ見をしていたのか。真っすぐコジローに向かって突っ込んできた。コジローは咄嗟に足を踏ん張り、体当たりのやり方でぶつかってきた人物を吹き飛ばす。天井にぶつかり、ベタンと地面に落ちた。白い髪の少年がぐるぐると目を回していた。

 

「ししょ―ベル?なんでまた。」

「きゅ~~」

「大丈夫ですか?コジロー様」

「まぁ、大丈夫じゃろうな。しっかし、どうしたんじゃろうなこやつは」

「あわただしいやっちゃなぁ」

 

 全身返り血で真っ赤に染まったベル・クラネルがそこにいた。外傷がないことから返り血と予想される。ぐるぐると目を回したベル・クラネルをお米様抱っこをする。

その様子からきっと厄介ごとに巻き込まれたのだろうなと推測、嘆息と共に3人+1匹にダンジョンの外に出ることを告げる。とはいえ、あの見事なお胸様を持つ女神を悲しませるのは良くないだろう。4人と1匹はのんびりとダンジョンの外へと向かっていった。



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第八話:トレーニングにまつわるサットル

更新します。

今回はベル君が可愛そうなことになります。
主人公は善意でやっているのですが……


 

アリエル達と別れ、コジローは血塗れのベルを担いでバベルのシャワールームへ向かった。後でロビーで待ち合わせる予定だ

血塗れになったベルを見て周囲の人間がぎょっとしているが、相手にせずシャワールームへ連れて行くと適当に床に落とす。

その衝撃がちょうどよかったのだろうか。寝ぼけた表情であちこちを見ていた。

そんなベルに対して、コジローは指示を出す

 

「師匠、血塗れだからシャワーを浴びた方が良いぞ。」

「あ……うん」

 

目が覚めたばかりで頭が付いて来ていないのだろう。いわれるがまま服を脱ぎシャワールームへと向かっていった。

それを見送ったコジローは鎧についた血を布で拭い、適当なズタ袋の中へ入れていく。

シャワーを浴びて、目が覚めたのだろうか。突如ベルが大声を上げる。

 

「エエエエ……」

「え?」

 

ベルの声に更衣室で待っていたコジローが首を傾げる

突如大声をあげて走り出したベルにコジローはラリアットを食らわせて止める。全裸で外に出るのは不味い。

ストリートキングとして神々のネタになるだろう。流石に止めなければ見事なおっぱいの神様に悪いだろう。

 

「ぐぅ……コジロー、何をするんですか」

「喧しい。師匠服を着てから出ろ。マッパで出たら、一か月はバベルに現れたストリート白兎として神々の新聞の一面に載るぞ」

「ぐぅ!?」

 

ストリート白兎なんかワイルドで強うそうな名前だとコジローは思った。

肉食系の兎、色んな女の子を落としそうだ。コジローの説得(?)を受けたベルは大急ぎで服を着る。

急がなければならないことでもあるのだろうか?コジローは首を傾げつつ、ズタ袋にしまった鎧を手渡す。

 

「じゃぁ、ロビーに行こうか。師匠も清算が必要だろ」

「あ、うん……それよりも、エイナさんにアイズ・ヴァレンシュタインさんについて聞かないと」

 

ファンだったのだろうか?コジローは首を傾げつつ、ベルを連れ立って仲間の松ロビーへと移動した。

ちなみにコジローは自分がアイズの所属するロキ・ファミリアと縁があることは言わないで置いた言ったらロクなことにならなさそうだったので……

 

 

 

 

ダンジョンに召還された者が潜るのは間違っているだろうか?

 第八話:トレーニングにまつわるサットル

 

 

 

 

 時刻は昼を少し回ったぐらい、流石に今の時間帯は冒険者たちもまばらでギルドの受付嬢たちも暇をしていた。

雑談に興じているものも多々いたが誰も咎めることはない。ベルが探しているエイナもミィシャと話し込んでいた。

そのエイナに向かってベルは走って行った。脱兎のごとくと例えればよいのだろうか?

その様子を見送ったコジローはロビーを見回し、既にテーブルを確保し座っていたアリエル達を見つけ声をかける

 

「悪りぃ遅くなった。」

「いえ、大丈夫です。コジロー様」

「まぁ、仕方あるまい。血塗れで来るわけにいかんしの」

「せや、ちょうど、アーデ嬢の防具について色々話しとったところやし、全然問題ないで」

 

アリエルも【YES】と書かれたネックストラップを見せて頷く

武器についてはフレイル(というよりも馬鹿でかい鉄球付きの分銅鎖といった方がただしいが)で十分という意見でまとまり防具を考えているようだ。

基本的にコジローそれでよいと考えているため、反対するつもりは無い。ただ、バックアップとしてサブウェポンを用意した方が良いとは思うが……

それを指摘する

 

「とはいえ、バックアップのサブウェポンは準備していた方が良いよ」

「ふむ、とはいえ重量がないとそやつはダメだろうしの……重いサブウェポンというのはサブウェポンの定義に喧嘩を売っている存在じゃな」

「なら、グリープや靴を強化してついでに重くして見たらどうだ?」

「……ふむ、遠心力は望めぬがアリじゃの」

 

アトラがメモ帳を取り出しメモをし始める。サブウェポンは蹴りが主体となるが通常時も近寄られた時に使えるので都合が良いだろう。

アイデアを纏め、現行の具足を流用して作れないかとアトラは考える。――…多少手間だが時間がかからずやる方法があると判断する。

風変り武器の作り思いっきり実験をしていい冒険者はレアでアトラはほくそ笑んでいた。楽しい実験や開発の日々が待っているのである

こういうゲテモノを作らなくて何が武器屋か。これからしばらく続くであろう新しい武器の開発が楽しみでしょうがなさそうだ。

 

「武器もええけど、アーデ嬢ちゃんの防具は更新がいるで」

【防具がないと危険です】

「はい、リリは冒険者として動いたことがないので立ち回りに自信がありません。」

「動きやすさと丈夫さが必要だな。リリルカさんのスキルである程度重量は無視できるけど……」

「ふむ、そうなるとそうじゃな。ハードアーマードで作るのが一番良さそうじゃな。上層ならば過剰な防御力。中層でも通じる鎧じゃ」

 

ハードアーマードならば、在庫も大量にあるし、材料も手に入りやすいからメンテナンスもしやすいぞとあと安いしとアトラは続ける。

安いその言葉に目を光らせたリリルカが賛同する。アリエルもアトラの側に回った。

ゴブ吉は特に要望がるわけではなく、コジローも特に反対意見があるわけではない。

 

「ハードアーマードの鎧でお願いします。色々と出費が多いので……」

【まだ、上層の探索がメインなのでそれがいいと思います。】

「うむ。ならば在庫の鎧を調整で済むからすぐに用意が可能じゃ。明日わしの工房に来るといい、その場で用意してやろう」

 

コジローとしてはフルプレート仲間が欲しかったのだが阻止されてしまった。装備沼に落ちる仲間はまだ現れないようだ。

冒険者で最近流行の兜の形状や外套などについても会話をする。

有名な冒険者が使っている形状の武器防具はの有用性や実用性について情報のやり取りをする。

アイズ・ヴァレンタインの鎧はあれは背中の防御力が低すぎて素人にはお勧めできないとか、

逆に隻腕の赤獅子のような全身鎧は重すぎてダンジョンでは不人気だとかオラリオのトップクラスの冒険者の鎧について色々と話す。

まぁ、高根の花で今の自分たちには関係がない話なのだが……

次第に鎧も決まり、次の話題に移る。武器をあまり使ったことがないリリルカの修練についてだ。

 

「で、武器の習熟はどうするつもりじゃ?」

「えっと?リリは振り回せましたし、ゴブリンも倒せましたよ?」

「ゴブリンならな。それより上のモンスターを潰すなら、自在に扱えるようにならなきゃならん」

 

アトラの起案に対し、リリルカは疑問を浮かべ、コジローが説明をする。

自在といわれてピンと来ていないようだ。実戦で訓練を積むのもよいが、まぁこういう時必要なのは素振りだろう

故にコジローはリリルカに提案をする。

 

「まぁ、素振りをしてなれるのが一番だろう。オレも毎朝一万回素振りをしているから一緒にやろうか。リリルカさん」

「いっ、一万回ですか!?」

「コジロー、それはやり過ぎじゃろ」

 

アリエルすら平坦な表情で【NO】と書かれたネックストラップを見せる。

アトラも百回の素振りなら聞くがその百倍をやる変態的な行為をしている人間が目の前にいるなど想定外であった。

リリルカとアトラの大声にエイナとベルは目を丸くし、ミィシャは「変態の所業ね」と呟いた。

周囲の正気を疑う声にショックを受けるコジロー、自分は間違ったことをしていないと信じるゆえにショックである。

ミィシャが呆れた表情を浮かべコジローに声をかけた。

 

「だから、コーちゃんの歩く姿はキモイんだね」

「コーちゃん言うんじゃねぇ。なんだよキモいって!!」

「いやー、キモいのはキモいよ」

 

実際、一般人が見ると達人の動きはキモい動きに見えることがあるそうな。

動きの予備動作、前兆、無駄を消すまでに至るのに鍛錬が必要だ……それが極まると相手が気が付かぬうちに斬ることができるようになる。

武芸を知らない人間は変な動き見えてしまう……ある種代償ではあるのだが、ミィシャの表現はあまりに無情だった。

ミィシャの発言にコジローは必至の反論を行う

 

「武芸の基礎は素振りだろ!!これができてねぇとまともに振れんぞ!!」

「いや、お主のはやりすぎじゃ、やりすぎて変態の所業にしか見えぬ」

 

アトラの無情な言葉にコフッとコジローはテーブルに突っ伏す。味方と思っていた人間の後ろからのフレンドリーファイア、これはつらい。

アリエルすらかばってくれない世の中の非情さをコジローは嘆いた。でも、リリルカにはそれをやらそうと心に誓う。

ベルが冒険者としての一般見解を述べる

 

「素振りをするよりもダンジョンで戦った方が強くなれませんか?」

「師匠、素振りとダンジョンは別腹って奴だよ」

「まぁ、素振りはやらぬよりやった方が良いぞ。武器の振り方やタイミングをつかむのに有用じゃからの」

 

ベルの問いにコジローがMr.のような回答をして、アトラが補足する。

エイナはアトラの言い分に理解を示すが、コジローに対しては変態を見る目で見始めた。

仲間がまた一人減ったことを自覚し、コジローは嘆く。おおよそ自業自得ではあるのだが。

 

「リリルカさん、今日は暇だろ。簡単なトレーニングしようぜ。ちょうどバベルだし、トレーニングルーム借りてやろう」

「わ、分かりました。コジロー様」

 

リリルカが悲痛な表情を浮かべ頷く。変態的なトレーニングマニアは恩人ではある。彼がやる以上ためになるのは間違いない。

だが、そのトレーニングは地獄の一丁目だろう。絶対にやばいということだけをリリルカは自覚した。

アリエルとゴブ吉に助けを求めるが、申し訳なさ無そうに謝られた。

アトラとベル、そしてエイナが心配そうな表情を浮かべる。

 

「わしも手伝おう。度を過ぎれば止めるから安心せい」

「僕も参加します。」

「トレーニングルームは私が予約します。リリルカさん安心してください付き添いますから」

 

3人がリリルカを守るために立ち上がった。

コジローは納得いかない表情を浮かべアリエルを見ると【仕方ないと思います】と書かれたボードを持っていた。

どうやら、ここに味方はいないらしい。

エイナの案内の元一行はトレーニングルームへと向かっていった。

 

 

 

 

トレーニングルームについたコジローはタオルをくるくると巻き、棒状にする。それを二本作ると軽く振り回し、感触を確かめた。

目の前にはサンドバックに縛り付けられたベルとリリルカその二人の様子を見ながら、これから行うトレーニングを説明する

 

「これから行うトレーニングは危険が迫っても咄嗟に目をつぶらないようにするためのトレーニングだ。危険が迫ったからといって目を閉じるようではダンジョンで探索する以前の問題だからな。トレーニングの内容はこれで顔を叩くだけだから大怪我はしない安心してほしい」

「コジロー様、安心する要素がありません。」

「トレーニングですよね!?」

 

拷問の間違いじゃないですよねと叫ぶベルと素直に感想を口にするリリルカ。

説明を聞いたアトラは興味深げな表情を浮かべ、エイナは理論と効果を考え有用性を認めざるを得ないと苦虫を潰した表情を浮かべる

アリエルは不安そうにコジローを見るが、大丈夫という彼の言葉を信じるしかないと考えていた。

ブンブンといい音を鳴らすたびに、ベルとリリルカの表情が青くなる

 

「ああ、試験をして合格すればこのトレーニングは免除だ。目を閉じないように頑張れ」

「「鬼~~」」

 

その言葉を聞いたコジローはいい笑顔で二人を顔を布上の棒で殴り始めた――結果は両者不合格。

 

その日は目を閉じなくなるまで布を固めた棒で殴られ続けたそうだ。

ベルは今日一日だけで済んだことに安堵を覚え、リリルカはこのクラスの鍛錬が続くことに恐怖を覚えた。

強くはなれるかもしれない。ついていくしかない。でも自分は無事に生き残れるだろうか……

 

「ふむ、新人どもへの教練として組み込むのも悪くないの。」

 

ぽつりと呟いたアトラ。ヘファイストスへ奏上し、証人が取れたため、Lv1の新入り達はこの試練を受けることになった。

発案者であるコジローの名前が知れ渡り、ヘファイストスファミリアの怨嗟の対象になるのは別の話である。




ミィシャの性格が悪くなったような気がする。
これもすべてキルケという駄女神のせいなのです。

リリルカのスキル『縁下力持』はパワーアシストアーマーみたいなものだと解釈しています。
不通にやばいスキルだとは思うのですよね


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