結界師 〜主従の絆〜 (M-T)
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始まり

大して特徴もない地方都市にある中高一貫校、私立烏森学園。だが、かつてこの地を治めた烏森家の殿様の、成仏しきれぬ魂を埋めたこの土地は、とてもおかしな力を持つ。

 

俺の名は、墨村良守。昼間は、その中等部2年2組に在籍中。夜は、毎日のごとく、化け犬の斑尾を連れて、家業である妖怪退治三昧。実際には、隣の家の幼なじみである雪村時音がだいたい仕留めてしまっているが。まぁ、俺は不器用だし、いつも怒られてばかりで、方印さえ出なければ、こんなことしていない。本当なら……兄貴がするべきだ。そういうことを言っちゃいけないのは、知っているが。まぁ、いやいやでも、家業をやっているのは、時音がいるからだ。

 

時音は、俺をかばって以来、右手に傷跡が残っている。とりあえず、あいつには、二度と怪我をさせない。そして、できるなら、もう二度とこの土地で誰も傷つかないでほしかった。

 

ーーーー

 

 

午後8:12 墨村家

 

「小僧のくせに、生意気言うなっ! 少しは年寄りに譲らんかい。」

「ふん、よく言うぜ、じじぃ。年寄りは塩分を控えた方がいいんじゃないか?」

「バカめ、わしはそんな塩のちょっとやそっとで、くだばるか! 生涯現役じゃわい。」

じじぃは、全く沢庵を譲る気はないが、こちらとしても、この美味を、譲るわけにはいかない。お父さんが、まあ二人とも……となだめるが、ここで気を緩めたら、勝敗がつく。

 

ピキーーん

 

一瞬はっと二人はした。校内に張られた結界内に妖怪が侵入したのだ。だが、ちゃっかりとその隙に良守は、沢庵をパクついた。

「…もきゅ、んやら、来た。」

「ああ! しまった、修二さんの手作り沢庵がっ!」

「大丈夫ですよ、お爺さん。まだありますから。」

瞬間凍りついたのが嘘のように、慌ただしくなった。

「ええーい、早く行かんか、このバカ。」

「うるせー、せかすんじゃねー。」

玄関で紐をきっちりと結んでから、玄関の戸に手をかけた。

「お弁当は?」

お父さんの声に、いや、いい。と答えた。

「なんか、今日は大物な感じがすっから、多分暇ない。」

そう、なんか変な違和感を感じた。入ったのが強いのかもしれない。じじぃも、だからかソワソワして落ち着かなかった。

「いってきまーす」

「いいか、雪村のもんに先越されるんじゃないぞー!」

そう言われてもなぁ、と思う。同じ土地を守ってるんだから、協力した方がいいのに。どちらが正統継承者だなんてくだらない。

斑尾がもっそりと眠そうにしながら、古びた犬小屋から出てきた。

「おい、斑尾行くぞ。」

走り出した良守の後を、欠伸をしながらオカマ犬はついてきた。

「いやねぇ、こっちは起きたばっかだっていうのに、うるさいよ。」

だが、斑尾の眠気はすぐに吹き飛んだようだ。

「なんだか、今夜は不思議な香りがするねェ。そう、上品にお香を焚きしめたような。」

良守の足に自然と力が入った。斑尾が、学校に入る前から匂いを感じてるなど、普段ならありえない。多分、もうすでに時音は先を行ってるだろう。

 

学校の門を乗り越え、入ってくると、なんとなくだが、烏森全体がそわそわしているような気がした。しかも、確かに、何かの香りが辺り一帯に立ち込めていた。

「良守、校庭のど真ん中さ。動いてないわ。」

斑尾の言う通り、校庭へ向かうと、既に時音の姿が見えた。白眉が一瞬こちらをちらりと見た。時音は、ただ、突っ立っているように見えた。

 

時音の横に立つと、戸惑ったような顔をしてこちらを見、それから、目の前の妖怪に視点を移した。つられて見ると、確かに人でない者がいた。

目につくのは、桜のような色をした、綺麗な髪。人間の姿に近く、ぐったりと寝そべっている。重たそうに開かれた目の瞳は、白銀の青みがかった瞳をしており、二つのフサフサとした尾っぽは、地面に這いつくばっていた。

『結』

とりあえず、良守は大きく結界で囲おうとしたが、二つの尻尾が動いたと思うと、結界の形成前に掻き消された。だが、それ以上の反撃はなく、一向としてこちらに鬱陶しそうに見るだけだった。

「ねぇ、この妖怪、なんか変じゃない?」

時音が不安そうにそう囁いた。確かに、全く邪気らしい邪気が、妖気になかった。むしろ、澄んだ空気のようなモノを纏っているようだった。

「のぅ、寝たいだけなんじゃ。」

彼女は億劫そうにそう呟いた。普通の妖怪がもつ敵意もないらしかった。

「なら、この学校の外で寝ろ。」

「なんでじゃ?」

不服そうに女は、良守を睨みながら、寝返りをうった。良守は、ちらりと時音の右手を、右手の傷跡を見た。

「……この土地をは危険なんだ。とにかく、出て行ってくれさえすればいい。出て行かないなら、消すだけだ。」

女は、しばらく考えたように黙り込んだが、やがてもそもそと和服の袖口から紙切れを取り出し、ふっと息をかけた。紙は、生命が宿ったように、むくむくと膨らみ、人間と大して変わらない大きさの、二本足で立つ猫に変わった。

「式神……!!」

時音が驚いて、小さな声で叫んでいた。確かに、初めて人間以外が使っているのを見た。その猫は、身構えているこちらに見向きもせず、ひょいっと女を両手で抱えると、そのまま、塀の外へと連れ出した。

「…良守、あんたが甘い判断したんだから、あいつ、任していい?」

その光景に唖然として、しばらくしてから時音が言った。

「甘い判断ってなんだよ。別にいいけど。」

時音だって、先に来て、おろおろしてたじゃねえか。猫が向かった方へ歩きはじめながら、内心ぼやいた。

「他にも雑魚が入ったって白眉が言うから、絶対に見張っといてよ。」

時音は、どうやら校舎の裏に向かったようだった。斑尾も空気を嗅いでいるが、あまり機嫌は良くない。

「なんなのかしらね、このお香。」

「斑尾、お前、白眉に越されてんじゃん。」

「いやねェ。あたしは気づいてたけど、言わなかっただけよ。それに、あんたは、こっちに集中すべきでしょ。」

確かに雑魚より、こっちの方が重大な気がした。

 

山のような猫の頭が塀の向こうに見えた。結界の階段を登ってみると、猫の側で、女が電柱にもたれかかっていた。

「なぁ、お主らはここの番人か何かか?」

気づいた女が、こちらを見上げて尋ねた。少し、顔が青ざめていた。別に仕留める気もない良守は、幽霊を諭すように話しかけた。

「そうだ。お前もさ、できれば、来たところにとっとと戻って……」

その時、ふと、良守の目に、はだけた着物の隙間から、血の滲んだ脚が見えた。よくよくもう少し見ると、唇も少し切れて、爪も一部剥がれている。かなりボロボロだった。

「お前、ケガしてるのか?」

「……喧嘩したんじゃ。友達なんじゃが。久しぶりに本気でやっりあってのぅ。まぁ、奴も今頃、妾の毒にのたうちまわっているじゃろ。」

そんなこと、普通友達にするかと、良守は唖然としたが、斑尾は分かったような顔をして、女の周りをくるくると漂う。

「ふーん、ところであんたは、名前はなんだい?」

「白紀じゃ。お主は?」

「あたしは、斑尾さ。そこにいるおバカさんは、良守。」

斑尾から積極的に他の妖怪に話しかけるのは、かなり珍しかった。いつもなら、鼻で笑ってバカにするか、おたおたと逃げ回るかのどちらかだ。

「あんたさ、なんの妖怪なんだい? ちょっと人型にしちゃ、狂っているようには見えないしねェ。」

「くふふ、妾は生まれた時から、人間に近かったからのぅ。もう昔の話じゃが、あの頃は異界の主じゃったのよ。でも、飽きて異界ほっぽらかして、出てきちまった。懐かしいわ、もう800年は前かしら。」

ばばぁだな、と思ったが、敢えて口には出さなかった。妖怪のびっくり高齢社会には、呆れてものが言えない。

「あら、結構長生きなのね。あたしはだいたい500歳なのよ。」

なんかどこかの老人会みたいだ、と思った時だった。

白い鳥の式神が飛んできた。良守は、はっとして見ると、式神が早く来て、早く来て、とでも言うかのようにくるくると空を回った。

「斑尾、そいつ任せていいか? 俺、ちょっと時音を見てくる。」

「ええー! あんた、それはないでしょう。あたし、こいつが悪いことしても何もできないわ。」

ぶーぶーと斑尾が言ったが、放っておいた。なんとなくだが、あの女は、あそこから動かないでいてくれるような気がした。それに、今こうやって時音の式神が飛んできている時点で、何かあったのだろう。

「ちょっと、あんたの仕業じゃないでしようねェ。」

斑尾は、キッと目を見開いて問い詰めた。白紀は、困ったように首を傾け、それから首をよこに振った。

「妾は、確かに幻術も得意じゃが、しておらんよ。それに、この土地は確かにあの坊やが言う通り、危険じゃの。力がこれだけあると、逆に下手な奴は呑まれるじゃろう。傷を癒したいが、妾は誓ってここで大人しくしておるよ。」

それでも、まだ疑いの目線を投げかける斑尾に彼女はこう付け足した。

「でも、妾の妖力で多少、変なモノを引き寄せたかもしれないのぅ。」

ふっと見上げた空に浮かぶ月は、嘲笑うかのような、裂けた口の三日月が光っていた。

 

 



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