鍍金の英雄王が逝く (匿名既望)
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本編~『Fate/Zero』編
第01話 鍍金と書いて金メッキと読む


ご都合主義全開な「ぼくのかんがえたほーぐむそう」モノです。ご注意下さい。

2015/12/17:【十二の試練】と言峰綺礼の記述を修正しました。


>>SIDE OTHER

 

──聞くが良い。汝らの前に、9999無量大数9999不可思議9999那由他9999阿僧祇9999恒河沙9999極9999載9999正9999澗9999溝9999穣9999禾予9999垓9999京9999兆9999億9999万9999人目の死者が現れた。ゆえに魂魄勧進帳を改めねばならなかった。しかし、改めるまでの間に、汝らが死んだ。

 

「……えっ?」

「まさか!?」

「おいおいおいおい!」

 

──よって汝らを別の世界、汝らが虚構の物語と認識している世界に魂を移す。

 

「うわ……」

「チート転生ktkr!」

「我が世の春がきたぁああああ!」

 

──汝らは何を望む。

 

「ええっと……」

「『魔法少女リリカルなのは』の最強デバイス! 魔力Aだけどレアスキルで魔力無限大みたいな感じで!」

「痛くないイケメン、ナデポ、ニコポと最強のIS!」

 

──残りひとり。何を望む。

 

「あっ、じゃあ……【王の財宝】?」

 

──然り。では、望みに応じた苦難が待ち受ける世界に、それぞれ渡るが良い。

 

「「「……えっ?」」」

 

>>SIDE END

 

 

 

 

 

>>SIDE ギルガメッシュ(偽)

 

……なんて感じでさ。気がついたら洋風の地下室にいたわけだ。

 

 おまけに目の前には赤いスーツを身につけたおっさんがひとり。

 いや、他にもいる。

 おっさんの後ろには、歓喜の表情を浮かべる老齢の神父らしき人物と、まるで人形のように表情から感情が抜けている青年の神父らしき人物の姿があった。

 

 と、老齢の神父がつぶやいた。

 

「……勝ったぞ綺礼(きれい)。この戦い、我々の勝利だ……」

 

 自分の両腕を見れば、黄金の甲冑を身につけているわけだし。おまけに知るはずもない聖杯戦争の仕組みだとかマスターとサーヴァントの関係だとかこの世界の一般常識だとか、ついでに俺が持つステータスやスキルや宝具の情報とか……そういうものが矢継ぎ早に脳裏をよぎっていくわけで。

 

 はい、確定しましたー。

 

 【王の財宝】を望んでみたら、あろうことか【王の財宝】のネタ元である第四次聖杯戦争のアーチャー、英雄王ギルガメッシュに憑依転生させられている……って、なんじゃこりゃぁああああ!

 

 いや、確かに強いよ? チートだよ? 公式チートだよ、ギル様って。

 

 でも冷静に考えてくれ。原作通りに事を進めた場合、“この世全ての悪(アンリマユ)”の泥を被ることになるわけだ。

 中身が一般人に過ぎない俺に耐えられるか?

 仮に耐えられたとして、第五次聖杯戦争はどうなる?

 死亡フラグ立ちまくりだろ?

 

 だったらいっそ、逃げるか?

 でも、どこに?

 そもそも逃げたところで、ここは型月世界。危険がいっぱいなデンジャーワールド。まともに生きられないこと、確実なんだぜ?

 

 ……詰んでるだろ、これ。

 

「陛下」

 

 不意に正面のおっさん──おそらく遠坂(とおさか)時臣(ときおみ)──が片膝をついていた。それに合わせるように、離れたところにいる神父親子も片膝をつき、恭順の姿勢を示してくる。

 

「私の拙い召喚に応じていただきましたこと、恐悦至極に存じ上げます」

「………………」

「我が名は遠坂時臣。この冬木の地を管理する魔術師にして、此度の聖杯戦争で絶対の勝利を収めるべく、最強たる御方をお呼びしました」

 

 あー、随分とへりくだってるな。時臣のくせに。

 それより、こういう時はどうすればいいんだ?

 いや、待て。

 落ち着け。

 考えろ。

 小説でもアニメでも、結局こいつは駒としての英雄王を欲していた。そのうえ、いざとなれば絶対命令権にして擬似願望器と言うべき“令呪”を用いて自死を強要することも考慮していた。そんな男に、俺の生命線を預けていられるのか?

 

 ないわー。

 

 だったらどうする?──簡単だ。【王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)】。この中には現状を劇的に変えてしまえるだけのジョーカーが山ほど詰められている。

 

 まずは……

 

──フワッ…………

 

 背後の空間が水面に広がる波紋のように揺らめいたかと思うと、俺の肩に巨大な獅子の毛皮をそのままつかったコートがかけられた。もちろん、ただのコートではない。獣を被ることでその特性を会得するという呪術の結晶、第五次聖杯戦争の大英雄ヘラクレスの宝具【十二の試練(ゴット・ハンド)】の原典にあたる【大獅子の外套(ラクム)】だ。

 

 正確にはよく似た原典というべきものらしい。そもそも逸話型の宝具である【十二の試練】のような十二回の蘇生(レイズ)をもっていないのがその証左だ。しかし、Bランク以下の攻撃を無効化する防御能力を備え、Bランクの【勇猛】付与と最大Aランクまでの筋力1ランク上昇の追加効果を持っているのだから、性能としては十分だろう。

 

 よし。おそらくアサシンこと第四次ハサン・サッバーハが間近に控えているだろうが、第四次アサシンにAランク以上の攻撃を放つ手段がない。つまり、これでアサシンの強襲を無視できる状態になったと言える。

 

 次は……

 

「………………」

 

 様子を見守るように溜まり続ける時臣たちを後目に、俺は【王の財宝】に新たな宝具を出すように命じた。こういうものが欲しい、と命じるだけで、それに近いものを望む通りに引き出せるのが【王の財宝】の素晴らしい点だ。そのおかげで、俺の右手には小降りな黄金の壺が出現してくれた。

 

 そのまま口をつけ、喉を鳴らす。

 

 一口含むだけで芳醇な香りが口腔を支配した。少しとろみのある液体は喉を熱しながら落ちていき、胃にたどり着くなり全身へとその熱を広げていく。それと共に、全身に力がみなぎり、魔力に満ちていく感覚もハッキリとわかった。

 

 【豊穣の神乳(アルル)】──古今東西の【神酒】の原典だ。もっとも、不死とは無縁なギルガメッシュの所蔵品のため、神話伝承にあるような「飲むだけで不老不死になる」という効能はない。だが、ゲーム的に言えば一口分だけでMPの完全回復が可能な飲み物だ。おまけに甘くておいしい。これ重要。んで不老にもなる。これはどうでもいい。

 

 ふむ。これがあれば、独立しても、消える心配はないな。

 

 アーチャーとして顕現している今の俺には高ランクの【単独行動】がある。マスター不在でも行動に支障がないレベルの独立性を担保されているのだ。だが、宝具を万全に使いこなすには魔力の供給源としてのマスターが必要不可欠。それでも、この【豊穣の神乳】を始めとする【神酒】の原典がある以上、そのあたりの問題はクリアしたも同然だ。無論、万全とは言い切れないが。

 

「………………」

 

 ふと、黙り込んだままの時臣を見下ろす。

 

「………………」

 

 うん。そうだ。そうしよう。それしかない。

 俺は黄金の壺を消しつつ、革ひもが巻かれたラピスラズリの釘を取り出した。

 

「……遠坂時臣」

「はっ」

「汝を(オレ)のマスターとして────認めん」

 

 刹那、釘を足下へと投げ、突き刺した。

 

──キーン

 

 硬質な音と共に釘が砕け散り、青白いマナの波動が広がった。

 

「なっ……ぐっ!」

 

 時臣が手首を押さえながら、わずかに苦しむ。

 

 【破戒の釘(マミトゥ)】──古代バビロニアにおいて契約の粘土版を破砕する釘、【破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)】を初めとする契約・呪詛・魔術を破棄する宝具の原典だ。【破戒すべき全ての符】と異なり、使用者が関与する契約・呪詛・魔術一種類にしか効果を持たない使い捨て宝具だが、条件さえ満たしていれば、神との誓約すら破砕できるという絶対的な効果を持っている。

 

 これにより、寸前まで感じられた時臣とのパス──魔力的なつながり──がウソのように消え去った。

 

「よりにもよって俺を呼んでしまったことが、おまえの不運だ。諦めろ」

「なッ……くっ…………」

 

 威圧されたかのように表情を強ばらせた時臣が引き下がっていく。

 初老の神父も完全に気圧されているようだ。

 だが、若い神父だけは別だ。

 彼だけは一切揺らぐことのない眼差しを俺へと向け続けている。

 

 言峰(ことみね)綺礼(きれい)

 

 『Fate/stay night』で描かれる第五次聖杯戦争のラスボス。いや、『Fate/Zero』で描かれる第四次聖杯戦争でも、ある意味においてラスボスと言っていい。生まれつき人間的な感性を備えもっていなかったがために、愉悦なんていう快楽に負けてしまった青二才だ。

 

 まあ、生まれて初めて実感できた感情の起伏が、倫理に反し、信仰に即していなかったというあたりは同情の余地もあるかもしれない。だが、その程度で快楽に負けてしまうなんて、いみじくも聖職者なんだから、誘惑ぐらい退けろよ、と思わずにいられない。

 

「……へい、かッ」

 

 ふと気がつくと、時臣が俺の前で片膝をついていた。

 

「私に至らぬ点が多々あったとは存じ上げます。しかしながら召喚の儀を執り行い、それに応じられたのは陛下であることもまた事実。ご不快とは存じ上げますが、できることなれば、契約を(たが)える理由をお教えいただけないでしょうか」

 

 あー、言葉使いが微妙におかしいな、こいつ。

 まぁいい。

 これからどうするか考える意味でも、少しこいつと話しておくか。

 

「聖杯、と言ったな」

 

 言葉を止めてみると、どうやら聞き役に徹してくれるらしい。

 ならば言ってやろう。

 

「この世全ての財宝は(オレ)の物。聖杯とてそうだ。それを、(オレ)に無断で奪い合うなど言語道断。ゆえに、貴様の召喚に応えることにしたが……実際はどうだ。あれが聖杯? けがらわしい。あれほど汚れた杯など、もはや石ころにも劣るわ」

「……けが……し、失礼ながら、陛下。汚れた杯というのは…………」

 

「貴様が聖杯と呼んでるものだ。中身を知らぬのか」

「中身……とは…………」

「“この世全ての悪(アンリマユ)”」

 

 地下室が静寂に包まれる。だが、言葉の意味が浸透するには十数秒の時間が必要だった。

 

「ア……アンリマユ? ゾロアスター教の悪神の名と存じ上げますが……」

「あぁ、そうだ。悪なる創造神の名を冠し、この世全ての悪として供物になることを強いられた魂を起点にし、光があり続けるがゆえに滅びることを許されず、ただひたすら悪として逆方向に崇拝されて育った反英霊。今でもあれが、聖杯の中に満ちている。あれでは願望機として使ったとしても……」

 

 俺は苦笑した。

 

「必ず破滅を呼ぶ。例えるなら、根源を求めれば世界を滅ぼして全てを根源に引きずり込み、恒久平和を求めれば全てのヒトを抹殺することで争いを無くし、チカラを求めるなら災厄を振りまく理知無き化け物となり、復活を求めるなら数多の命を吸い続ける化け物を生み出すだけにとどまる。そんな代物だぞ、あれは」

「そ、そんな……」

「言い訳は無用だ」

 

 俺はジロリと時臣を、そして向こう側にいる神父親子を睨み付けた。

 

「アレをそうだと知らずに呼んだとしても、貴様が王たる(オレ)に汚物を捧げようとした事実は消えん。そこに控える貴様らも同罪だ。貴様らが、この戦いの監督役であることは、知識として(オレ)に刻まれている」

 

 言峰父はガタガタと震えだしている。

 綺礼の方は微動だにしない。

 まぁ、そうだろう。壊れた聖人だからなぁ、こいつ。

 

「王たる(オレ)を呼びつけておいてのこの失態。……罰が、必要だな」

 

 そういえば言峰父には──と、ふと思い出した瞬間、【王の財宝】が一本のねじれた棒を取り出した。手にしながら、【王の財宝】が語るそれの権能に意識を傾け、どれだけ【王の財宝】が有能なのかと胸の内で戦慄すら覚えてしまう。

 

 だが、いい仕事だ。パーフェクトだ、【王の財宝】。

 

「──【審判の懲罰棒(タリオ)】」

 

 担い手ならずとも王であれば可能になる真名開放を行うと共に、その棒で時臣の肩を触る程度に軽く叩いてやった。それでもビシッという音が響き、片膝をついていた時臣は、苦悶の声をあげながら、さらに身を沈めてしまったのは俺の手違いである。

 

 だが詫びる気も無ければやめる気もない。

 俺はそのまま時臣を残し、言峰父子のもとへ向かった。

 怯えが強まる言峰父と、それでもなお微動だにしない綺礼。

 

「案ずるな。殺しはせぬ」

 

 そう告げるなり、俺は言峰父の肩を棒でたたき、ついで綺礼の肩も同じように叩いた。

 

「告げる」

 

 俺は元の位置に戻りながら、はっきりと宣言した。

 

「此度の失態に対する罰として、汝らの──令呪、すべてを没収する」

 

 刹那、俺が手にする【審判の懲罰棒】──ハンムラビ法典の代表的な一節、“目には目を、歯には歯を”が記されているタリオの法に由来する宝具──がまぶしい輝きを放ち、この場にあるすべての令呪を俺のもとへと没収していった。

 

 これには時臣も、言峰父も、なにより綺礼も驚きのあまり目を見開いている。

 さもありなん。

 サーヴァントの有無は必ずしも聖杯戦争の勝敗条件と直結していない。むしろ、はぐれなどのほかのサーヴァントと契約を交わすことが可能なため、究極的には令呪の喪失こそが聖杯戦争脱落の決定的な条件とさえいえるのだ。

 

 そんな令呪を、俺は時臣と綺礼から全て奪ってしまった。

 

 原作では片やアーチャー、片やアサシンのマスターだった2人が、これで聖杯戦争から完全に脱落したことになったわけだ。

 

 それだけではない。

 

 言峰父は教会側の聖杯戦争見届け人として、この地に来ている。教会の見届け人には、サーヴァントを失い、絶対的に不利になったマスターを保護する役割があり、その際、残っている令呪を奪い、本当の意味で戦争を脱落させた上で、身柄を保護する責務も負っている。また、奪った令呪を褒賞とすることで、神秘の秘匿を破るマスターとサーヴァントの討伐を他の参加者に求める場合もある……

 

 ゆえに言峰父には、過去の見届け人が受け継いできた令呪が委ねられていた。

 その数、なんと二十一画。

 これに時臣と綺礼の分、三画ずつを足すと二十七画。

 

(オレ)をたばかった罰だ。殺さずにおく(オレ)の慈悲に涙しろ」

 

 直後、俺は霊体化して、この場を離れていった。

 さーて。

 まずは落ち着ける場所でも作ろうかね。

 

>>SIDE END




【大獅子の外套(ラクム)】
ランク :B
種別  :対人宝具
レンジ :-
対象  :1人
 大獅子の強靱さを得る共感の神秘の結晶。Bランク以下の攻撃を無効化、【勇猛:B】付与、最大ランクAまで筋力1ランク上昇の効果を持つ。形状は獅子頭のフードのついた獅子の毛皮のコート。【十二の試練(ゴッド・ハンド)】の類似物にあたる伝承上の原典。名の由来はシュメール神話のメロダック(=マルドゥク)の別名ともされる豊穣神ラクム(上半身裸で獅子と戦う姿を描かれることが多く、ヘラクレスの十二の試練のひとつ、ネメアーの大獅子の原形だった可能性があることから)。なお叙事詩ではギルガメッシュ自身、永遠の生命を求めるため旅の途中で殺害した獅子の毛皮を身につけたとされている。

【豊穣の神乳(アルル)】
ランク :A(EX)
種別  :回復宝具
レンジ :-
対象  :-
 古今東西の【神酒】の原典。名の由来は、歴代シュメールの王を、その乳により養ったともされるシュメール神話の大女神ニンフルサグの別名のひとつ。一口分でMPが完全回復し、【神性:E】が永久付与され、十日前後、食事をとらなくとも良くなる。本物は不老不死になるのでランクEX。不死・復活とは無縁なギルガメッシュの所蔵品は、そこまでの効果は無いがMP完全回復なのでランクA。

【破戒の釘(マミトゥ)】
ランク :C
種別  :対魔術宝具
レンジ :1
対象  :1契約
 使用者が関与する契約・呪詛・魔術を一種類だけ破棄するラピスラズリの釘。神々と結んだ誓約すらも破棄できる使い捨て神具。本作のギルガメッシュ(真)は、これでイシュタルの求婚という求婚を全て断り続けたことになっている。マジデレこわいです(※1)。【破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)】の原典。名の由来はアッカドの偽証者に罰を与える女神。

【審判の懲罰棒(タリオ)】
ランク :C
種別  :魔術宝具
レンジ :1
対象  :直接たたいた人数
 罪に応じて罪人の“なにか”を没収する懲罰棒。奪えるものは抽象的なものでも可能だが、ステータスの場合はA以上にならず、また宝具は没収できない。原典は古代バビロニアでの、いわゆる杖刑に用いられた棒。杖刑は古代中国じゃねーの、というつっこみはスルーの方向で。名の由来は『ハンムラビ法典』のタリオの法。ちなみにギルガメッシュに対する罪は、古代バビロニア世界における王への罪にあたるため、無制限になんでも奪える。民話等で魔女が何かを奪う伝承の原典、といえるような気もする。


※1:マジデレこわいです
マジカルなヤンデレ。「ギルく~ん☆」という呼び掛けに魅了と発情と洗脳の呪詛を込めたり、曲がり角でぶつかるだけで自分が妊娠する術式を用意したり、彼のいる部屋の門戸の全てが自分の寝室(媚薬&精力増強の香でむせる)につなげたり、土地を荒らしまくる神の暴れ牛をプレゼントして怒りをぶつけられたら即結婚の術式的罠を用意するなどの前科を持つ元祖肉食系女神イシュタル(旧名イナンナ:未亡人&逆ハー&清楚ビッチ属性)のこと。もちろんオリジナルネタだが、『Fate/Grand Order』におけるアルテミスのはっちゃけぶりを考えると、嘘と言い切れない可能性が出てくるあたりがなんとも……

追記:FGOで凛ちゃんを依り代にイシュタル登場。想像以上にマトモ(?)だったことにびっくりした筆者がいる。個人的には今でも「桜のほうでは?」と思っている。


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第02話 我様でも呼べるサーヴァント召喚講座

これを書いていた時にはプレイしていなかったので知らなかったのですが、『Fate/EXTRA』によると【王の財宝】には令呪も収められているそうで……ほんと、なんでもありだよね、AUO。


>>SIDE 偽ギルガメッシュ

 

 霊体化した状態で外に出てみた俺は、遠坂邸のある閑静な高級住宅街を離れ、未遠川の向こうへと移動することにした。理由は、特にない。遠坂邸から離れるのだから、まあ、あまり近いところにいるのは問題があるだろう、なんて考えたからこそだが。

 

 で。

 

 律儀に橋を渡り、川沿いの公園で占術の宝具を使おうと霊体化をやめた。

 その上で、さぁ、取りだそう──とした、まさにその時だ。

 

「ありがたやありがたやありがたや……」

 

 誰もいないと思っていた少し離れたところのベンチに老人が座っていた。

 しかも、俺を見て拝みだしている。

 

 まさか──時臣がマスターになったせいで遠坂家のウッカリの呪いが俺にも!?

 

 などと最初は思ったが、真相はもっと斜め上であることがわかった。

 

「生きているうちに仁王様とお会いできるとは思いませんでした。これは喜捨にございます。私、明日の朝には遠方の老人ホームに入るべく旅立つのですが、残す財産をどうするか今の今まで悩んでおりました……ああ、このために決断しなかったのですな。どうか、お受け取りください……」

「お、おぅ……」

 

 こんな反応しかできなかった俺は、悪くないと思う。

 いずれにせよ。

 老人は何度も頭を下げながら帰っていき、ひとり残された俺の手には古めかしいトランクケースがひとつ残されることになった。中には現金一千万、証券や不動産の権利書等々がぎっしりと詰め込まれている。というのを確認した時点で、ようやく俺は合点した。

 

「【黄金律】……」

 

 【黄金律】──英雄王ギルガメッシュの固有スキル。人生において金銭がつきまとう宿命そのもの。第四次聖杯戦争時の英雄王は、これをAランクで所持していた。それが意味するところは「一生金に困らない」というもので……

 

 ついでに老人が俺を“仁王様”と認識したのは【神性】があるせいだろう。

 

「スキルこえー」

 

 俺はトランクケースを【王の財宝】に入れ、代わりに掌サイズの硝子玉を取り出した。中には黄金の針が糸で吊されている不思議な硝子玉だ。

 

 【黄金の方位磁針(ロードストーン)】──情報探知系宝具の原典のひとつ、使い手が望むものがどの方角にあるか大まかに指し示してくれる便利アイテムだ。アルゴー探検隊の【黄金の羅針盤(ティピュス)】の原典らしい。

 

 という情報を教えてくれる【王の財宝】は、もしかすると知性を備えた独立サーヴァントの一種なのかもしれない。執事のサーヴァント、みたいな感じの。

 

 いや、今はそれよりも。

 

「不動産の場所は?」

 

 尋ねると【黄金の方位磁石】がクルクルと回り、ある方向を指差した。川で区切った場合、遠坂邸がある側ではないらしい。

 

「……どれ」

 

 霊体化して移動を開始。

 

〔……そうくるか〕

 

 たどり着いた先には、どこかで見たことのある洋館が鎮座していた。

 

 東の双子館。『Fate/hollow ataraxia』でバゼット・フラガ・マクレミッツとアヴェンジャーが住み着いていた廃屋。いや、まだ真新しいため、ただの洋館と言うべきだろう。

 

〔……はぁ〕

 

 マズイ。今になって、ようやくあることに気がついた。

 

〔この世界……本当に『Fate/Zero』なのか?〕

 

 この洋館の持ち主があの老人だった場合、『Fate/hollow ataraxia』との矛盾点が生まれてしまう。なにしろ『Fate/hollow ataraxia』によれば、この双子館は“魔術の名門であるエーデルフェルト家のもの”とされていたのだ。後にバゼットが使用したのも、おそらくその絡みだと思われる。

 

〔だいたい……型月ってパラレルがデフォだからなぁ〕

 

 第四次聖杯戦争を描いた『Fate/Zero』からして、あくまで『Fate/stay night』のスピンオフであり、原作中の第四次聖杯戦争に関する描写との相違点がある。だが、それが大した問題にならないのは、いわゆる型月世界が並行世界(パラレルワールド)の存在を第二魔法というギミックで容認しているためだ。

 

 よって、この世界が俺の知る『Fate/Zero』と同じである保証は、どこにも無いことになる。

 

「原作知識に頼れないってわけか……」

 

 俺は屋敷の前で具現化すると、ガリガリと頭をかいた。

 

「確かめないことには……」

 

 考えてみよう。俺にとっての最高の結末とは、なんだろうか?

 

──なにがなんでも生き残る。

 

 せっかく転生できたのだ。今さら死にたくはない。死亡フラグは全部折ってやる。最悪、人を殺すことになるかもしれないが……うん、【大獅子の外套(ラクム)】の【勇猛:B】付与のおかげで、どうにかなりそうだ。

 

 いや、それがなくたって、なんとかしてみせる。

 

 死の喪失感。俺はそれを、覚えている。

 

 以前は、まるで強い睡魔に負けてしまうような感じで意識が途切れてしまうだけだと思っていた。

 

 だが、違うのだ。その後があったのだ。

 

 完全なる死を迎え、もう戻れないところまで至った時点から始まる“己”の溶解。

 じわじわと自分が世界に溶かされていく、あの感覚。

 一瞬では、終わらない。

 永劫に思える時の中で続く霊削(みそ)ぎの時間……

 

 想像して欲しい。痛みもないまま、自分の体が強酸に溶かされていく光景を凝視するよう強いられ続ける状態を。もう二度と元には戻らないことを強く認識させられたまま、どうすることもできず、ただただ溶かされていくだけの時間を……

 

 最後の最後、本当に一欠片になったところで転生できたが、そうだからこそ、俺は何よりも死にたくないと思っている。

 

 あれを再び味わうことだけは、絶対に嫌だ。

 だから多分、できる。

 殺されるくらいなら殺す。消されるくらいなら消す。あれを再び味わうよう強制されるくらいなら、他の誰かにそれを強要する。それくらいのこと、元一般人の俺にも簡単に決断できてしまう。死とは、それくらい途方も無い体験なのだ。

 

「だったら……」

 

 とりあえず、生き残ることを最優先として、考えを進めてみよう。

 

 冬木から逃げ出すという選択肢は?

 無い。

 そんなことを聖堂教会が許すとは思えない。聖杯戦争からの逃亡は、原作のキャスター組が受けたような動きを呼びかねない。いくらギルガメッシュが公式チートでも、限界というものは存在する。ゆえに、それだけは絶対に避けたい。

 

 じゃあ、素直に聖杯戦争の勝利を目指す?

 ダメだ。

 ここがどういう世界であっても、冬木の聖杯が第三次聖杯戦争時に汚されている可能性は高い。つまり願望器としての機能は大きく歪んでると考えるべきだ。そんなものに将来を託すなど、正気の沙汰ではない。

 

 では聖杯を正常化させては?

 

「………………」

 

 聖杯を正常化させたうえで、聖杯戦争に勝利し、受肉する。

 うむ。

 考えられる中で最高の結末だ。

 

 なにより不死と無縁なギルガメッシュのくせに、【王の財宝】には若返りの霊草、【老いたる人が若返る(シーブ・イッサヒル・アメール)】がある。これを使えば、不死は無理でも擬似的な不老は可能になる。

 

 ちなみに神話では蛇に盗まれたことになっているが、『Fate/hollow ataraxia』で持っていたことが示されている。おまけに「興味が失せたのでそこらにいた蛇にくれてやった」と本人が言っているので始末が悪い。

 

「……」

 

 まー、神話伝承との相違点は深く追求しないほうがいいだろう。そもそも英雄王の黄金鎧からして、典拠はレトロゲーム『ドルアーガの塔』だ。当たり前の話だが、古代バビロニア時代にこんな鎧、存在しているわけがない。だから細かいことは気にしないほうが、きっと幸せになれる。そう思うことにしよう。

 

「………………」

 

 まてよ? そう考えれば、時臣のところから逃げ出さなくても良かったのでは?

 遠坂時臣は一流の魔術師。

 しかも“冬木の聖杯戦争”の基盤を作り上げた初まりの三家のひとつでもある。

 

「魔術師、か……」

 

 聖杯を直すには魔術師の助力が必要不可欠だ。

 魔術師の助力が。

 魔術師の……

 

「………………」

 

 確か原作の時間軸だと、魔術師のサーヴァント、キャスターの召喚がまだのはずだ。

 

 少なくとも『Fate/Zero』のキャスターはアーチャーの後に召喚されている。具体的な時間は覚えていないが、1日以上、違っていたはずだ。それを、使えないだろうか? より具体的に言えば……

 

 俺が、キャスターを召喚できないだろうか?

 

「………………」

 

 『Fate/stay night』ではキャスターがアサシンを召喚している。だがそれが本来ありえないものだったことは、本編中にも語られていた。そもそも、俺はギルガメッシュでこそあるが魔術師ではない。しかし、試すだけの価値はあるだろう。

 

「んじゃ……」

 

 まずは書類の中から敷地の図面を探し出し、【王の財宝】に使える宝具を尋ねながら、少しだけ考えてみる。その上で、目当ての宝具を使いこなせるよう、まずは長筒の幻灯機のような形をした【神塔石工の幻灯機(トゥトゥ)】を取り出し、そこに火を灯す。

 

 敷地の要所要所に石碑の幻影が出現した。

 

 そこに黄金の祈念碑(オベリスク)を配置していく。必要数を配置すると、それだけで祈念碑で構成される強固な大神殿、魔術の要塞というべき代物が機能し始めた。

 

 【偉大なる神々の家(バビロン)】。

 

 マルドゥクを祀る神殿エ・サギラが無いので本物に比べると粗末なものだが、それでも【陣地作成】スキル付与効果を持つ【神塔石工の幻灯機】を用いたことで、短時間で神殿レベルの魔術的陣地を構築することができた。まっ、逆に言えば本物バビロンがどれだけキチガイじみた陣地だったのかってことになるのだが。

 

「……ほぅ」

 

 陣地が構築される瞬間、アサシンの気配らしきものが離れていったことがわかった。これも魔術的陣地を構築したからこそ感知できたことだが、微かな残滓だけを残して即座に撤退したアサシンの技量もまた、褒めるべきところだろう。

 

 というか、綺礼の令呪は奪ったはずなのだが、まだ隷属してるのか?

 

 もしかして、まだ令呪が隠されていた? 言峰父からも奪ったはずだが……いや、たとえば巻物(スクロール)のようなものにいくつか保存していた可能性なんて、どうだろう。それを使えば時臣か綺礼がアサシンのマスターとしてやり直せるはずだ。

 

 うん。その可能性を考慮しておこう。

 

「まっ、それよりも──」

 

 キャスター召喚の儀式を始めよう。

 ええっと。

 確か、原作だと………………

 

「こう……か?」

 

 まず遠坂邸の地下室で見た魔法陣を陣地の中心点、洋館の玄関ロビーに作り上げる。【王の財宝】から出した幻想種の血を混ぜている朱墨で描いたので、ある程度の効果は期待できるはずだ。

 

 で、触媒として無いよりマシという意味で黄金の毛皮を魔法陣の中に置く。

 

 おまけに【原初碑文(アサルルヒ)】を取り出す。魔術神ヘルメスが刻んだとされる錬金術の奥義書【翡翠碑文(エメラルド・タブレット)】の原典にして、この世全ての魔導書の原典。古代バビロニアにおける王権の象徴でもあり、所持者に原初の魔術、【神言:A】を付与する神宝の域にある魔術礼装だ。

 

 これで残るは詠唱だけになる。

 

 詠唱呪文は、召喚時に刷り込まれる知識の中に、呪文がそのまま含まれていたので、これを用いることにした。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 詠唱と共に全身の血潮が沸き上がりだした。

 我が身に魔術回路はない。

 だが英霊とは、存在そのものが神秘である。

 ゆえにその呼吸のみでマナは循環し、その血流だけで回路が形成される。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 沸き上がるマナが魔法陣に吸い込まれていく。

 意外とつらい。

 【豊穣の神乳(アルル)】で満ちる黄金の壺を取り出し、ぐいっ、と喉を鳴らしてマナを補充する。その上で正念場に入った。

 

「――――告げる」

 

 突如、魔法陣を中心に、濃密なマナを伴う強風が渦巻きだした。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 いける──俺はこの時点で、そう確信した。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 そう呪祷(じゅとう)を結びつけるとともに、俺は身体に流れ込みだした魔力の奔流を、本能のままに、限界まで加速させた。

 逆巻く風と稲光。

 満足に目を開けていられないほどの風圧の中、召喚の紋様が燦然と輝きを放ち……

 

「──問おう」

 

 魔法陣の中心には、紫紺の外套を羽織るひとりの女性の姿があった。

 

「汝が我を招きしマスターか」

「ああ、そうだ」

 

 俺は万感の想いを込めながら、彼女の真名を呼んだ。

 

「メディア。よく来てくれた。俺にはおまえが必要だ。手を貸してくれ」

「………………」

 

 彼女の正体は、本来、第四次聖杯戦争で呼ばれるはずがない人物。『Fate/stay night』の第五次聖杯戦争においてキャスターとして召喚される古代ギリシア屈指の大魔術師、“裏切りの魔女”メディアその人だ。

 

 彼女を呼び出すために黄金の毛皮──【金羊の皮(アルゴンコイン)】の原典を用意してみたが、どうやらうまくいったらしい。

 僥倖(ぎょうこう)だ。

 もう何も恐いものはない。

 あとは彼女の力を借り、聖杯を元通りにして──

 

「そんな……急に……」

 

 ……んっ?

 なぜだろう。フードを目深く被る彼女が、もじもじ、くねくねとしているように見えるのだが……気のせいか?

 

>>SIDE END




メインヒロインはメディアです(断言)


【黄金の方位磁針(ロードストーン)】
ランク :D
種別  :魔術宝具
レンジ :半径約5キロ
最大捕捉:─
 求める「何か」の方角を指し示す硝子玉の中に黄金の針を吊した魔術的方位磁石。アルゴー探検隊の【黄金の羅針盤(ティピュス)】の原典だが、こちらが地球上にある土地名を告げるだけで反応するのに対し、【黄金の方位磁針】では探し出せるものに制限が無い反面、距離が半径役5キロ(=1万シュメール・キュビット相当)と狭い。また、魔術的な隠蔽、界の違いなどがあると永遠に回転するだけで特定できない。

【老いたる人が若返る(シーブ・イッサヒル・アメール)】
ランク :EX
種別  :回復宝具
レンジ :─
最大捕捉:─
 ギルガメッシュ叙事詩に登場する深淵(アプスー)に生えた若返りの霊薬。神話では蛇に奪われたが、なぜか型月世界のギルガメッシュはこれを持っている。おそらく死後、改めて手に入れたものだろう。草一枚で老人は壮年に、壮年は青年に、青年は少年に、少年は童子になる。

【神塔石工の幻灯機(トゥトゥ)】
ランク :D
種別  :建築宝具
レンジ :─
最大捕捉:─
 思い描いた建築物の最適化された状態を幻影として周囲に映しだす【陣地作成】を付与された三次元設計投影機。その通りに建設したものは最低でも魔術的な“結界”になる。【自由なる石工の幻灯機(フリーメイソン)】の原典、という形で筆者が妄想したもの。名の由来はハンムラビ法典で学術神ナブーの別名とされているシュメール神話中の神名。

【偉大なる神々の家(バビロン)】
ランク :D~EX
種別  :建築宝具
レンジ :─
最大捕捉:─
 黄金の祈念碑と神殿で構築された大要塞(大神殿の上位)。魔術的な防御はもちろんのこと、これを構築した陣営(国家)に様々なボーナスが付与される。本作中ではBランクでの布陣が行われており、耐久・魔力・幸運の1ランク上昇、【黄金律:E】と【対魔力:E】の付与が陣営所属者全員に与えられる。また戦時には3ランク上の陣地防御性を発揮するため、本作中ではA++ランクの防御力を誇ることになる。これは【約束された勝利の剣】でも一撃では崩せないという意味。ただし令呪の補佐もしくは二回連続発動だと抜かれるため万全とは言い難い。

【原初碑文(アサルルヒ)】
ランク :EX
種別  :魔術宝具
レンジ :─
最大捕捉:─
 この世全ての魔導書の原典にして神宝の域にある魔術礼装。所持するだけで原初の魔術、すなわち“言葉が全て力を持つ”という【神言:A】が付与される。ただし【神性】が高くないと効果が現れない。形状は粘土板。使用者が知る神秘しか補助できないため、偽ギルは聖杯に知識として刻まれた英霊召喚ぐらいしか使うことができなかった。名の由来はシュメール神話の魔術神アサルルヒ(アサルッヒorドゥムジアブズとも呼ばれる)。

【黄金の毛皮】
ランク :─
種別  :財宝
レンジ :─
最大捕捉:─
 宝具でこそないが現実に存在しえないという意味での神秘を宿している財宝のひとつ。【金羊の皮(アルゴンコイン)】の原典にあたるが、後世に追加された竜を召喚する媒体としての能力はない。


※1:『Fate/Zero』でアーチャーの召喚後にキャスターが召喚されている
原作1巻のACT1のラスト、「-270:08:57」(p.114~)でライダー、バーサーカー、アーチャーがほぼ同時に召喚儀式を行ったと判断できる描写がある。一方、キャスターの召喚はACT2の「-222:24:48」で召喚されている。時差は約48時間。本作では、同章の最後にある「こうして、第四次聖杯戦争における最後の一組──七番目のマスターとサーヴァント「キャスター」は契約を完了した」を、主人公がぼんやりと覚えていた、という形にしてある。


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第03話 我のメディアがこんなに可愛いのは当然だ

作業を優先するべく、感想への返答を中断しております。ご了承ください。

あと、ちょこちょこ書き直していますが、もともと『Fate/Apocrypha』を呼んでる最中に勢いで書きなぐった作品なので、間違っていたりミスってたりする部分が多々あります。が、そこは魔法の言葉、原作崩壊御都合主義独自設定ということでご容赦を。

よって、本作の時系列が1995~1996年頃ではなく、1992年なのもスルー推奨w ぶっちゃけ、1995年にするとPHSが世に出てくるので、それはちょっとなー、と思ったがゆえの変更だったりします。あしからず。


>>SIDE ギルガメッシュ(偽)

 

 日付が変わる頃にキャスターを召喚した俺は、とりあえず応接間らしき隣室に彼女と共に向かい、埃よけのシーツを剥ぎ取ったソファーの上座に俺、俺から向かって右側にキャスターが腰掛ける形で、事の次第を包み隠さずうち明けるところから始めることにした。

 

 喉の乾きは【豊穣の神乳(アルル)】で対処する。

 

 もちろん、キャスターにも差し出した。かなり驚かれたが、一番最初に俺が“英雄王ギルガメッシュの身体に憑依した別世界の凡人”だと説明しておいたせいか、【豊穣の神乳】について根ほり葉ほり聞いてくることは無かった……聞きたそうな空気は醸し出していたが。

 

「……というわけだ」

 

 長々とした話を終え、俺は再び杯を傾けた。

 

「ふぅ……もっとも、よくもまあメディアを呼び出せたもんだと呆れている部分もあるにはあるんだが」

 

 ここにひとつの謎がある。

 

 ものは試しと英霊召喚の儀式を行ってみたが──常識的に考えると、これが成功する可能性は限りなくゼロに近かったはずだ。なにしろ聖杯戦争はマスターである七人の“魔術師”と七騎のサーヴァントが戦う決闘儀式だ。ゆえに魔術師ではない俺が、マスターとしてサーヴァントを呼び出せるというのは本来ありえない出来事でもある。

 

 実際、『Fate/stay night』でアサシンを召喚したキャスターは、それが裏技的なものだと作中で言及している。また、彼女は“魔術師”のサーヴァントだ。だからこそ、まだ辛うじてマスターとしての資格は満たしていると言えなくもない……

 

 ではなぜ俺は成功したのか?

 

「……三つ、指摘できることがあるわ」

 

 彼女は額を手で押さえながらこう告げてきた。

 

「まず、今のあなたがサーヴァントでありながらサーヴァントではないという可能性。英霊の人格だけが別のものになるなんて……それも、観測次元の凡人が? ありえないわ。もう、魔法とか奇跡とか、そういう段階すら跳び越えてる。だから、あなたが関る事柄は“ありえない”が“ありえる”、それこそ“なんでもありえる”と考えるほうが妥当よ」

 

 続けて彼女は周囲を見回した。

 

「第二に、この環境。【偉大なる神々の家(バビロン)】、ね。まさか、神殿を即興で構築できる宝具があるなんて……これだけの環境を用意できるなら、どんな儀式魔法だってそうそう失敗しないわ。そして──」

 

 最後に彼女は顔をしかめながら、俺の右手に視線を向けてきた。

 

「根本的な問題になるけど、あなたの言うように、聖杯戦争の基盤そのものが歪んでるとすれば、あなたと関わり合いの無い段階からして、すでに“ありえない”が“ありえる”ようになっている可能性が高いわ。だからこそ、聖杯伝承から遠く離れた地域の儀式召喚であるくせに、呼び出せる英霊の格がとんでもなく高いものになっている。そう考えられるのよ」

「英霊の格が高い、というのは?」

「今回だけでも騎士王、英雄王、征服王が召喚されている。次の第五次でもヘラクレス様──こほん、ヘラクレスという大英雄を始め、騎士王に光の御子、さらには本来神霊であるはずの女妖や未来の英霊まで召喚される。調べてみない限り、なんとも言えないところだけど、おそらく過去の聖杯戦争ではそこまでの英霊、召喚されていないはずよ」

 

 ふむ。原作知識だけではどうこうできない部分だな。

 いや、前提が違う。

 すでに原作知識は使えない。俺が遠坂陣営から離れている上に、キャスターはジル・ド・レェではなくメディアになっている。原作知識そのものが、ありえた可能性のひとつにすぎないと割り切るべき段階なのだ。

 

「あっ、ところで……」

 

 俺は今さらながらの話題を切り出してみた。

 

「どう呼べばいい?」

「えっ?」

「キャスター? メディア? メーデイア? メデイア?」

 

 『Fate』シリーズでの名前はメディアだが、神話上の名前としては小さい“ィ”ではなく大きな“イ”を使うメーデイアもしくはメデイアというのが一般的だ。

 

「俺のことは……あー、前世の名前は思い出せないから、ギルでいい」

「……真名が推測されるわ。それでもいいの?」

「ああ。そっちで隠すべきだと思った時にはマスターと呼んでもらってもかまわない」

「そうさせてもらうわ、マスター」

「で、そっちはどう呼べばいい?」

「キャスター。例え露呈して不利にならないとしても、真名は秘すべきよ。未知はそれだけで脅威になりえるもの」

「確かに。じゃあ、キャスター。次はこれを見てくれ」

 

 俺は【王の財宝】から、とある財宝を引き出した。

 

「……それは?」

「名は無いが、物語を映しだす影絵灯だ」

 

 見た目はただの照明。蝋燭の明かりを磨き上げた銅板の内壁で前方にのみ放つという懐中電灯の一種のようなもの。古代エジプトにも存在し、紀元前二百年頃にも宗教儀式の一種として存在していた影絵のための道具なのだが、限りなく宝具に近いこの影絵灯は、使用者が知る物語をフルカラー大音量で再現してくれる一種のプロジェクターのような機能を備えている。

 

「まずは俺が前世で見た『Fate/Zero』だ。朝になったら、今後もあるから服と生活用品を買いに出る。あー、その時は認識阻害の魔術をかけてくれ。俺の服、この甲冑しかないんだ。キャスターも普通の服、買い込んでくれ」

「……それは、命令かしら」

「ああ。命令ってことにしとく。俺の目標は“生き残ること”だが、その先にあるのは、俺にとっての“普通の生活”を満喫することなんでね。まっ、とりあえず『Fate/Zero』のアニメだ。ツッコミどころはいろいろあるだろうが、まずは第一期だけ見てくれ」

 

 斯くして始まったアニメ鑑賞会。

 

 いやぁ、ホントに英雄王はチートだよ。まさか自分でも細部を思い出せない『Fate/Zero』を、本物そのままにまたこうして再び視聴できるなんて……とりあえず、この世界には登場しない第四次キャスターの美声(?)を堪能させてもらうとするか。

 

>>SIDE END

 

 

 

 

>>SIDE キャスター

 

 厄介なことになった──と、最初は思った。

 

 聖杯戦争。私が万能の願望器に強く求めたのは……いや、それはどうでもいい。大事なことは、この私にも望むものがあった、という点だけだ。ただ、いざ召喚されてみると、マスターがサーヴァントだったのだから予想外にもほどがある。

 

 アーチャー。正体は古代バビロニアの半神半人の大冒険家でもある英雄王ギルガメッシュその人だった。と思ったら、人格は観測次元の凡人だという。なんでも輪廻転生の仕組みがある世界において、その仕組みが刷新のタイミングを迎えた最中に死んでしまい、観測先の次元に転生を強制されたのだとか。

 

 呆れた話だ。正直、今でも信じられない。

 

 それでも実際、神々しくも包容力のある神と王の気配を放ちながらも、その言動は気さくそのものであり、むしろ気疲れした苦労人の雰囲気を漂わせているのだから嘘を言われているようにも思えない。

 

 おまけに彼は、すごく俗っぽい。

 

「インターネットってものがあったんだよ。まぁ、ここはまだ一九九二年だから、いずれ出てくるってところなんだが……」

 

 購入したばかりの現代服──ミドルカットのトレッキングシューズにジーンズとトレーナー、黒いレザージャケットというもの──を身につけた彼は、ごそっと買い込んだ雑誌をパラパラとめくりながら溜息をついていた。

 

 小さなテーブルを挟んで座る私も現代服──店員の薦めで身につけた下着類に締め付けが心地よい黒のストッキング、蔓草をあしらったデザインが気に入ったロングブーツに質の良いロングワンピース、羽織るものはウール混のコクーンシルエットコート──で、始めて飲む“しぇいく”という飲み物を味わいながら、いろいろなことを考えていた。

 

 この時代は、とても豊かだ。

 

 私の故国コルキスは、“最果て”扱いを受けるほどの辺境でありながらも、神々の恵みを受けられたおかげで、それなりに豊かな国だった。だが、故国とは比べ物にならないくらい、この時代の日本という国は豊かで、平和で、物に溢れている。

 

 正直、順応するのは無理だと思う部分も大きい。

 

 およそ英霊であれば、誰もがそう思うだろう。いかに傑出した存在でも、英霊は古代の存在なのだ。物質的な繁栄を遂げている現代に適応できるのは、一部の枠に囚われない英霊に限られると思う。

 

 そうした意味でも、完全に現代と適応できている彼は、本当の意味で英霊ではないと言えるのかもしれない。

 

 観測次元からの転生者。

 

 理屈上、そうした存在が“ありえない”とは言えない。そもそも私たち英霊は神話伝承と化した“物語”の存在でもある。私にとっての私の生い立ちは間違いなく真実であると断言できるが、それがこの世界そのものにとっての事実である保障はどこにもない。

 

 元より神秘とは、事実すらも揺らがせる理屈を超えた不条理そのもの。現在から見て未来が不確定なように、現在から見た過去もまた不確定。つまり、彼が知る原作というものも、私にとってみれば“現代に残るギリシア神話文献”と同程度の意味合いしかない。だからこそ、彼の言うこともそれなりに理解できるのだが……

 

「ん~っ」

 

 またもや彼は唸りだした。

 

「今度はなに?」

「ケータイが無い。スマフォが無いのは覚悟してたが……PHSすら無いのか。店頭にポケベルしかなかったから、まさかとは思ってたんだが……」

 

 彼の顔には苦渋の想いが色濃く出ている。

 かと思うと、何か思いついたようにハッとした。

 そして無邪気な子供のように笑みを浮かべ始める。

 

 ……この半日程度で実感したが、彼はもともと寡黙な性分のようだ。尋ねれば答えてくれるが、尋ねなければ何も語ろうとしない。

 

 個人的には、好ましいと思える性分だ。少なくとも、その点だけで言えば、彼がマスターであったことは幸運だったのかもしれない。

 

「今度は?」

「んっ? あー、大したことじゃない。受肉したあとのことだ。これからIT業界でいろいろ起こることがわかりきってるからな。そこにつけこんで、企業でも興せば大儲けできるんじゃないかって……あー、ダメだ。却下。目立ちすぎる。ん~っ……」

 

 再び彼は考え込みながら新たな雑誌に手を伸ばした。

 

 ここは新都の駅前繁華街にあるファストフード店。認識阻害の魔術を展開しているため、私たちの存在も、会話も、他の者たちには気付かれていない。おまけに彼は、【王の財宝】から取り出した抑制の神秘が込められている宝石をあしらった首飾りにより、ステータスもスキルも大幅に下げている。おかげで【黄金律】や【カリスマ】もEランク以下にまで抑えられている状況だ。

 

 ……今の彼なら、私でも殺すことができる。

 

 それほどまで自分を弱体化しておきながらも、彼は私の叛逆などつゆほども考えていない。彼がマスターで、私がサーヴァントだからではない。彼は本当に、私に全幅の信頼をおいてくれているのだ。

 

「……傷、ね」

「んっ?」

「食べないのねって言ったの」

「あー、食べる」

 

 彼はフライドポテトに手を伸ばしたが、すぐに雑誌の確認作業に没頭してしまった。

 無性に、微笑ましくなった。

 一度でも身内と見なした相手を無条件で信じてしまう──おそらく前世の彼がそうだったのだろう。だからこそ、これは彼にとって、最大の“傷”となっている。

 

 自らマスターを見捨てたサーヴァントでありながら、私が彼を裏切るとは欠片も考えていない。矛盾も良いところだ。だが、そんなところを微笑ましく思えてしまう自分がいる。

 

「マスター、読書なら家でもできるわ。そろそろ帰りましょ」

「んっ? そっちはもういいのか?」

「ええ。もう食べ終えているわ」

「じゃ、帰るか」

「ええ」

 

 買った物はすべて彼が【王の財宝】の中に入れている。今まで彼が読んでいた雑誌も、同様に【王の財宝】の中に収納されていった。便利な宝具だと、改めて関心させられる。

 

「そうだ。帰りにコンビニ、寄るからな」

「……まだ何か買うの?」

「弁当。食わなくていいとは言っても、やっぱり何か食べたいだろ。習慣的な意味で」

 

 やはり彼は俗っぽい。

 

 でも、それを好ましく思えてしまう自分がいる。

 

 どうしよう。

 

──メディア。よく来てくれた。俺にはおまえが必要だ。手を貸してくれ。

 

 召喚直後の言葉が脳裏をよぎる。

 身体が熱くなる。

 鼓動が高鳴る。

 まさか……これって……………………

 

 いえ。私はキャスター。聖杯戦争に勝利するべく呼び出された七座の一騎。私の為すべきことはただひとつ。勝利を収める。そのために尽くす。そう、マスターに尽くせばいい。それが今の私に与えられている役目だ。だから今は、それ以上のことを考えなくてもいい。それ以上のことは……終わったあとに………………

 

>>SIDE END




次回予告
 メディアさんのヒロイン化がとまらない昨今、出番を奪われた青髭に救済の機会は訪れるのか(答:訪れない)。一方、青髭を呼ぶはずだった雨生龍之介が冬木市に姿を現す。はたして彼はこの先生キノコれるのか!?

次回 鍍金の英雄王が逝く 第四話「龍之介 死す」

 原作第三巻の神に関するくだりは今でもたまに読み直すほど大好きなのだが、君たちに罪はなくとも、キャスター組であることが罪なのだよ……

 ・
 ・
 ・

というわけで、宝具ネタが少ないのでサーヴァントデータも少々。

【無銘の影絵灯】
ランク :─
種別  :魔術具
レンジ :─
最大捕捉:─
 思い描いた情景を壁に映し出す魔術版プロジェクター。紀元前二百年頃の古代エジプトに宗教儀式の一種として用いられていた影絵のための道具が財宝と化したもの。最初は民間伝承の“望んだものを見せる鏡”の原典にしようと考えていたが、どう捻っても魔術版プロジェクターにならないので幻灯機っぽいものにしてお茶を濁しただけとも言える。でも、原作の宝具も無理やりなものがいろいろあるので、あまり深く考えてはいけない。なお、音も出る。最初はギルが音源全部我様で上映する、というネタを思いついたが、あまりにもネタすぎるので却下したのは秘密。

【抑制の装身具】
ランク :─
種別  :魔術具
レンジ :─
最大捕捉:─
 ステータスやスキルを一時的に低下させる装身具。【自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)】の原典として、これの名前をつけようとギルガメッシュ叙事詩やバビロニア神話の本を読んでいるだけで執筆が長く止まったといういわくつきの品。よって、深いことは考えないことに決定。そういう宝もある。ということでOK? ……OK!(ズドン

■ステータス
【騎座】アーチャー/ゲイリー=ストゥ
【主師】なし
【真名】ギルガメッシュ
【性別】男性
【体躯】182cm・体重68kg
【属性】中立・中庸
【能力】筋力B 耐久A 敏捷B 魔力A 幸運A 宝具EX
【クラス別スキル】
・対魔力 :C
・単独行動:A+
・特異点 :EX
【固有スキル】
・黄金律 :B
・カリスマ:A
・神性  :A
【付与スキル】
・勇猛  :B ※【大獅子の外套】
【補足】
 圧倒的神性を備える半神半人にして(概念としての)世界の全てを治めた英雄王ギルガメッシュと観測次元から憑依転生してきた凡人がかけ合わさった男版メアリー・スゥ。そのため属性が混沌寄りの中立、善よりの中庸に変わり、固有スキルが軒並み1段階ずつダウン、必ず“世界の騒動に巻き込まれる”という【特異点】という呪いまで備えている。性格は“石橋は叩くけどやると決めたら走って渡る”というタイプ。つまり、よくあるチート転生オリ主そのもの。ノリで我様主義もやるが、自分の【カリスマ】にひきづられて普通に王様していることも多いw
【宝具】
【王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)】
ランク:E~EX
種別:対人宝具
レンジ:―
最大捕捉:―
 黄金の都に繋がる鍵の神秘。空間を繋げ、宝物庫の中にある道具を自由に取り出せる。正確には王律鍵バヴ=イルによって個人的な宝物庫と“黄金の都”こと“(型月世界の古代バビロニア基準で)此の世全ての財”という概念にアクセスできる宝具。なお、顕現させた宝具も自在に回収できる(どれだけ離れていても思念一発で回収可)。形状は鍵剣だが、いちいち具現化しなくとも使用可能。……と、『Fate/EXTRA CCC』を知らない頃に妄想した設定をここにも残しておく。さもないと収拾がつきそうにないので。なんだよ、あの公式設定。まさか二次創作以上のチートって、どうすりゃいいんだよ(泣
【天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)】
ランク:EX
種別:対界宝具
レンジ:1~?
最大捕捉:1000人
 みんな大好き乖離剣のエアたん。原作設定上は宝具だが、どう考えても神霊の一種に近い別存在。生前のギルガメッシュが所持していたら、間違いなくイシュタルに向けてぶっぱなしていたはずなので、知らないうちに【王の財宝】の中で眠っていた可能性が微レ存。ちなみに『Fate/EXTRA CCC』での「固定ダメージ99999+即死」というエターナル・フォース・エヌマ・エリシュもまた、我様の何でもアリぶりを象徴するものだと思う。……あっ、本作では登場しません。そもそもまともに戦うこともないし(ぉぃ


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第04話 アサシンが仲間になりたそうにこちらを見ている

諸々の理由で0時公開から22時公開に変更しました。

それと。

アサシンが野良サーヴァントになって約一日……本当なら、もう消えていてもおかしくないことに今更になって気づいた件w もうどうしようもないので、マナ運用に長けた人格が頑張っていた、ということにしておきます。ご容赦くださいませ。


>>SIDE ギルガメッシュ(偽)

 

雨生(うりゅう)龍之介(りゅうのすけ)を始末しておいたわ」

 

 帰宅後、夜まで一休みという意味で【王の財宝】の中身を確認していた俺だったが、その後、キャスターから告げられた言葉は、かなり斜めの上をかっとぶ代物だったわけで。

 

「……始末?」

「ええ。念のためよ」

 

 いや、言いたいことはよくわかる。確かに雨生龍之介は、原作において第四次キャスター、ジル・ド・レェのマスターになった快楽殺人者だ。すでに俺がメディアを召喚しているとはいえ、聖杯の基盤に歪みがある可能性が浮上している以上、本来のマスターの行いが何かを引き起こす可能性は否定できない。

 

 だが、だからといって……始末?

 

「具体的には?」

「使い魔ごしに見かけたから、目眩を起こさせて……自動車? あの鉄の箱が走る道路に誘導しただけよ」

 

 彼女はそう告げると、居間に設置しておいたTVに電源を入れた。

 

〔繰り返します。警視庁は先ほど、連続猟奇殺人事件の実行犯、雨生龍之介が××県冬木市の市内で交通事故により本日午後四時二十分頃、死亡したと発表しました。雨生龍之介は殺人、死体遺棄、死体損壊を含む十四の刑事事件の容疑者として──〕

 

 本当だった。

 夜のTVは特番が組まれるほど、雨生龍之介に関するニュースでいっぱいだった。

 

「殺したのか……」

 

 思わず俺はそうつぶやき、ガリガリと頭をかいた。

 

「あら。あんな外道に同情してるの?」

「まさか」

 

 即答だ。さすがに連続殺人犯に同情するほど、俺は聖人でも何でもない。

 

「あいつを轢き殺したのは一般人だろ。それに、きっと雨生龍之介しか知らない未解決事件だってあったはずだ。事故の加害者と、遺族のことを考えると……いや、殺すのが一番だな。どんな形にしろ、生きていれば不確定要素になる」

 

 俺はキャスターに視線を向けた。

 

「キャスター。次からは、できるだけ第三者の迷惑にならない方法を考えてくれ。こっちの都合で、まきこまれた連中の人生を狂わすのは目覚めが悪い。俺たちまで神々みたいな屑の真似事、する必要もないだろ?」

 

「……そう、ね」

 

 キャスターは頬にかかる髪を指先で後ろに流した。

 

「次からは気を付けるわ。それでいいかしら」

「ああ。問題ない。それと──」

 

 俺は改めて彼女の姿をマジマジと見た。

 

「──そのエプロン、どうした?」

「べ、別に……いいじゃない」

 

 カーッと頬を赤らめながら、キャスターは我が身を抱きしめ、顔を逸らした。

 なんというか。

 キャスターは今、品の良い、紺碧色の、シンプルなワンピースの上にフリルがつきまくった白いエプロンを身につけている。元々美人なこともあって、若奥様といった雰囲気が強まった感じだ。

 

 あれ? もしかしてキャスター、俺のことを……いや、まさかな。

 

「ゆ、夕食の用意、できてるわよ。食べるんでしょ」

「ああ。ありがとう」

 

 そっち方面のことはとりあえず横に置き、俺とキャスターは食堂で──レンジで暖めただけのコンビニ弁当なのだが──夕食を済ませることにした。

 

「そういえば」

 

 と、キャスターが食事中に尋ねてくる。

 

「あなた、マナを補充できる【豊穣の神乳(アルル)】なんてもの、持ってるわよね」

「ああ。飲みたいのか?」

「そうね……飲みたくはあるけど、もしかして──」

 

 彼女は素朴な疑問を投げかけてきた。

 

「──サーヴァントを受肉させるような何かも、持ってるんじゃない?」

 

 えっ?

 

「………………」

「………………」

 

 俺はキャスターと見つめ合った。

 

 そういえば【豊穣の神乳】を出した時は“存在維持に必要な魔力を補充できる財宝”を望んだ。【王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)】はその要望通りのものを出してくれたのだが……もし、“受肉できる財宝”を望めば、何が出てくるのだろう?

 

 うん。試すだけの価値はある。

 

 よし。【王の財宝】。俺が“受肉できる財宝”を出してくれ。

 

「………………」

「………………」

 

 目の前の空間に生まれた波紋から、スーッと、黄金色をしたナツメヤシのドライフルーツっぽいものが出現した。掌サイズだったので、そのまま右手に持ってみたが、【王の財宝】が教えてくれるその正体を理解すればするほど、俺の頭は真っ白になっていった。

 

 【黄金の果実(アンブロシア)】。

 

 食べるとHP、肉体的バッドステータス、欠損部位が回復する。

 サーヴァントが食べると──受肉する。

 

「………………」

「………………」

 

 食べる。うまい。噛めば噛むほど、ほどよい甘みと旨みが染み出る。

 嚥下する。

 喉元を通過するが早いか、【豊穣の神乳】とは比べものにならないほどの熱が体中にブワッと広がっていき……ずっと感じていた“存在”がチリチリと微妙に薄れていく感覚がウソのように消え去ってしまった。

 

「どう?」

「………………」

 

 俺はもうひとつ、【黄金の果実】を取り出し、キャスターに差し出した。

 彼女はキョトンとしていた。

 けっこう可愛い。

 

「食ってみろ」

「……いいの?」

「ああ」

「………………」

 

 彼女はジッと俺の手元を見つめてきたが、意を決したのか右手を差し出してきた。

 その掌に【黄金の果実】を乗せる。

 キャスターは自分の掌に乗る【果実】をしばらく見つめ、眉間に皺を寄せながら、えいっ、と口の中に放り込んだ。

 しかめっ面のまま、モグモグと口元を動かす。

 ゴクン──と嚥下する。

 そして、カッと目を見開いた。

 

「………………」

「………………」

 

 俺も、彼女も、黙り込んだまま、互いを見つめ合った。

 沈黙は数分間に及んだ。

 いや、もっと長かったかもしれない。

 だが予想外すぎる展開に、俺も、彼女も、正直、戸惑っていた。

 

「……ごちそうさま」

「あ……えぇ……おそまつ、さま?」

 

 なんだかよくわからないテンションのまま食事を終え、片付けを行い、昨日と同じように影絵灯で『Fate/Zero』の第二期の鑑賞会をスタートさせる。

 

「……ねぇ」

「んっ?」

「受肉、しちゃったわね」

「だな」

「どうするの。聖杯戦争」

「……どうしよ」

「………………」

「………………」

 

 ほんと……どうしよ?

 

 などと戸惑いと共に時間だけが過ぎていき、『Fate/Zero』の第二期も終了した。

 

 影絵灯の明かりも消え、真っ暗になってしまった部屋で俺とキャスターはなおもぼんやりしたまま、ソファーに並んで座っていた。

 

 と、同時に俺と彼女は視線を玄関ホールに向けた。

 

「マスター」

「ああ」

 

 答えながら立ち上がり、玄関ホールに向かう。

 

 キャスターはついてこない。だが、彼女は立ち上がると同時にふわっとした光の膜に覆われ、私服から英霊の霊装へと着替えている。いざというときに備えたものだろう。もっとも、あくまで念のため、という程度のことでしかないのは彼女の様子からしてもわかる。

 

 さて。

 

「神殿と化したこの屋敷に、こうもたやすく忍び込むとはな……」

 

 二階の部屋を使っていたこともあり、ちょうど玄関にまっすぐ下る階段の踊り場で足を止めた俺は、玄関ホールの中央、夜闇に溶け込むように立っている存在に対して、左手を腰にあてつつ苦笑を投げかけた。

 

「何用だ、アサシン。(オレ)の寝首でもかきにきたか」

 

 白い仮面を付けた漆黒の人型──アサシンは、俺の軽い挑発にのることもなく、

 

「数々の無礼、深くお詫び申し上げる」

 

 と、どういうわけか、その場で両膝をつき、手のひらを見せるように両手を差し出しながら頭を下げてきた。土下座と言ってもいい姿勢だが、両手を見せることで、土下座以上の誠意を見せようとしていることが容易にわかる。

 

「ふむ」

 

 予想外と言えば予想外だったが、アサシンの姿を一瞥しただけで、なぜこいつがこういう態度に出るのか、簡単に推測できた。

 

「確認する。貴様、言峰綺礼とのパスは切れているのか?」

「然り」

「いわゆる野良のサーヴァント、というわけか」

「然り」

「あとどれくらい顕現できるとみている?」

「ほどなくかと」

 

 つまりは、そういうことだ。マナの供給が受けられないため、アサシンは今にも消え去りそうな状態なのだ。

 

「ふむ……(オレ)以外にも令呪を持つ者が幾人かいたはずだが?」

「我らには望みがございます」

 

 アサシンが仮面の顔をあげた。

 

「我らの異名は“百の(かお)”──生前はひとつの体に数多の心を宿しておりました。ゆえに英霊として招かれた今も、ひとりにして多勢に分かれる力を宝具としております。しかしながら、望んで得た力ではございません。我らは戻りたい。ただひとりの私に戻りたい。そのためにこそ、聖杯に呼ばれた次第にござます」

 

 そういえば原作でもそういう設定だったな。

 

「されど……陛下のお言葉通り、この地の聖杯に異常がみつかりました」

「ほぅ、何かわかったか」

「陛下がご退去なさいましたあと、あの場にいた三人は、円蔵山の地下空洞にあります大聖杯を確かめに参りました。そこで調べた結果、確かに大聖杯の中に何かがいることを確かめるに至ったようです。これを受け、聖堂教会は聖杯戦争の無期限中止を決定、遠坂・間桐・アインツベルンの三家に修復を命じました。今はそのあたりのことで魔術協会を含め、もめているところにございます」

 

 まー、そうなるよな。遠坂家と聖堂教会にしてみれば、アインツベルンのせいで俺というサーヴァントに逃げられて不戦敗になるわ、令呪をすべて失うわ……もめる要素しかない、といったところだな。うん。

 

「しかるに、我らが大望をかなえる聖杯はすでになく、仮に次なる聖杯戦争に備えるにしても、大聖杯の浄化にどれほどの月日がかかるか……さすれば、その長き日々において、仕えるに値するマスターを欲さざるをえないというのが、我らの正直な心根にございます」

「他のマスターはどうだ」

「ライダーのマスターは未熟。ランサーのマスターは信をおけず。セイバーのマスターはアインツベルンの係累となれば、同じように信をおけず。バーサーカーのマスターは死にかけており、キャスターのマスターはこれまで不明でおりましたが……」

 

 アサシンは再び顔を伏せ、額を地につけた。

 

「御身がそうであるとわかり、居ても立っても居られず、こうして無礼を承知でまかりこした次第でございます」

(オレ)は貴様の目にかなったということか」

「陛下の御威光、まさしく王のものなれば」

 

 なるほど。【カリスマ:A】のせいか。そうでなくともアサシン教団は絶対的権威に対する服従を土台とする教義が幅を利かせていたはずだ。そのあたりも考えれば、他のマスターより俺を選ぶのも、ある意味、当然といったところか。

 

「よかろう。我が軍門に下ることを許す」

「──!!」

 

 アサシンが息を詰めつつ、俺を仰ぎ見てきた。

 

「ついでに大望もかなえてやろう」

「…………」

 

 今度の言葉には、なにを言われたのかわからないようだ。

 まぁ、そうだろう。

 しかし、アサシンの大望が人格統合だというなら──ほら、やっぱりあった。

 

(オレ)の宝具、【王の財宝】にはこの世すべての財宝、この世すべての宝具の原典が所蔵されている。貴様の欲する人格を統合できる宝具も、な」

 

「お……おぉおおお! このアサシン、いえ、百の貌のハサン! この身、この命、この魂のすべてをあなた様に捧げます!」

 

 よしよし。ではまず再契約からだな。

 

 それと、この宝具だが……あー、えーっと……まっ、いっか。やっちゃえ。

 

>>SIDE END

 

 

 

>>SIDE キャスター

 

「それで……あれが、そうなの?」

「ああ。インド由来の逸品らしい」

 

 再契約が行われたあと、マスターは屋敷の一室に円形の天蓋付寝台を取り出し、その中にアサシンを入れ、カーテンのすべてを閉ざしてしまった。直後、ベッドの中からいくつものなまめかしい声が漏れ始めるのだから、最初は目が点になってしまった。

 

 【聖娼婦の天蓋付寝台(シャムハト)】──ギルガメシュ叙事詩において、野人だったエンキドゥを人にした聖娼婦の名を冠している人格矯正用治療宝具なのだとか。

 

「もともとは【狂化】に対する治療宝具でな、普通に狂った人間もこれに投げ込めば元に戻るらしい。【王の財宝】が言うには、多重人格も治せるそうだから……まぁ、あとは仕上げを御覧じろってところだ」

「……どれくらいかかるの?」

「さぁ。六夜七日くらい?」

 

 さらりと答えてくる彼だけど……本当、マスターの【王の財宝】は万能すぎてあきれてしまう。それこそ、【王の財宝】こそが聖杯だといわれても、今の私ならすんなりと受け入れてしまいそうだ。

 

「つまりまぁ……これを使えば、アレも味方に引き入れられるってことだ」

「アレ?」

「バーサーカー」

「ああ……」

 

 原作によれば今次聖杯戦争のバーサーカーは湖の騎士ランスロットだ。今のところこちらの陣容はアーチャーであるマスター、キャスターである私、そして新たに加わったアサシンという三騎。率直に言って、前衛がいない陣容だ。その点を考えれば、バーサーカーを取り込むのは悪い判断ではない。

 

「でも、どうやってバーサーカーを?」

「アサシンと話していてピンときたんだが──」

 

 部屋を移し、対バーサーカーに関する彼の考えを聞いた私は、具体的手段に関するアドバイスをいくつも行い、その流れから対ランサー、対ライダー、対セイバー、ひいては此度の聖杯戦争の落としどころについても話し込んでいくことになった。

 

 そう。私たちはすでに戦後についても考え始めている。

 

 だからだろう。どうしてもその問題は、避けられないものだった。

 

「キャスター。おまえは聖杯に、なにを願った?」

「…………」

 

 意地悪な質問だ。原作知識を持つ彼は、すべてを知っているはずなのに。

 

「そんな顔するな」

「ごく普通の顔をしているだけです」

「そうか?」

「そうです」

「んじゃ、まぁ……」

 

 彼の腕が私の腰にまわされ、耳元でそっとささやかれた。

 

「俺で、妥協しないか?」

 

 何に対して、とは言わなかった。でも、その言葉の意図するところは明確だった。

 

 全身がカッと熱くなる。

 

 羞恥で逃げだそうとした私の体を、彼の腕がグッと逆に引き寄せる。そのまま私は彼に正面から抱きしめられ、右耳に唇をかすらされながら、さらにささやかれてしまった。

 

「愛してる」

 

 ウソだ。彼のサーヴァントだからこそわかる。彼は誰も愛せない。愛することを知らない。こういえば私が籠絡できるとわかっているからこそ、そう告げているだけ……

 

 でも。

 

 そうだとわかっていても。

 

 ……ああ、結局、そうなのだ。私はいつまでたっても、そういう女なのだ。

 

「ずるい人」

 

 せめても抵抗。そうつぶやくことだけが、私にできる最後の抵抗だった。

 

>>SIDE END




こうしてメディアさんが主人公の嫁になりましたw


【黄金の果実(アンブロシア)】
ランク :C(EX)
種別  :回復宝具
レンジ :-
最大補足:1人
 古今東西の【神々の果実】(【黄金の林檎】等も含む)の原典。本来は不老不死にもなれるが、不死とは無縁なギルガメッシュが所蔵するものには完全回復効果しかない。だがHPの完全回復、肉体的バットステータスの解消、欠損部位の復元の効果を持つ。そのためサーヴァントが一個食べると受肉する。ちなみに「アンブロシア」はギリシア神話における神々の常食物にして不老不死の霊薬の名。

【聖娼婦の天蓋付寝台(シャムハト)】
ランク :C(EX)
種別  :回復宝具
レンジ :-
最大補足:1人(男性のみ)
 インド由来の人格矯正用天蓋付寝台型治療宝具。内部において幻しの聖娼婦たちによる性魔術で【狂化】等の異常スキルを消し去る機能を持つ。矯正期間は異常スキルのランク次第だが、だいたい一日で完了する。また、基本的に矯正された者は弱体化する。名の由来はギルガメシュ叙事における、野人だったエンキドゥを人にした聖娼婦そのもの。ギルガメシュ叙事詩の影響を受けているので男性にしか効果がなく……

■ステータス
【騎座】キャスター
【主師】アーチャー(ギルガメッシュ)
【真名】メディア
【性別】女性
【体躯】163cm・51kg
【属性】中立・中庸
【能力】筋力E 耐久C 敏捷C 魔力A++ 幸運A 宝具C
【クラス別スキル】
・陣地作成:A
・道具作成:A
【固有スキル】
・高速神言:A
・金羊の皮:EX
・神性  :B
【付与スキル】
・単独行動:A+ ※【黄金の果実(アンブロシア)】による受肉
【補足】
 ギリシア神話屈指の大魔術師にして“裏切りの魔女”。偽ギルが召喚したことで、属性が悪寄りの中庸に変化、さらに王である偽ギルとのせっくるが聖婚儀式そのものだったせいで、母方由来(祖父がオケアノス、祖母がテテュス)の神性に目覚めている。伝承の冷酷性・残忍性を維持しようと務めているが、召喚主のせいで徹底できなくなり、本来の清純で乙女な部分が強まっているヒロインモードのメディアさん。偽ギルのおかげで魔力がすごいことになっており、【王の財宝】との相乗効果で「不可能なことなどあまりない」なハイパーキャスター状態になる。
【宝具】
【破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)】
ランク:C
種別:対魔術宝具
レンジ:1
最大捕捉:1人
 あらゆる魔術を破戒する短刀。魔力で強化された物体、契約によって繋がった関係、魔力によって生み出された生命を“作られる前”の状態に戻す究極の対魔術宝具。裏切りの魔女の神性を具現化させた魔術兵装。その外見通り攻撃力は微弱で、ナイフ程度の殺傷力しか持たない。 聖杯戦争のサーヴァントや宝具の類は特別のため、これを用いても消すことはできないが、令呪は別。地味にメディア・リリィのことを考えると、破棄ではなく復帰が本質なのかもしれない。


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第05話 愛ゆえに

速報:ローランが変態らしい by FGO

アホの子はやっぱりアホらしい(歓喜)。そして、Fate世界でもオリヴィエが苦労人になることがほぼ確定した模様。日本ではマイナーな十二勇士ネタが、こういう形で知られるところが、実に日本っぽいと思わずにいられない今日この頃です。

そうそう。

本作の主人公、実はメディアさん以上にチョロインならぬチョロメンだった件。これだからDTは……


>>SIDE キャスター

 

 カーテンの隙間から差し込む朝日が、私を眠りの淵から呼び起こした。

 まどろみ中で感じられるたくましい彼の体。

 枕のかわりに彼の左腕。

 からめあう裸体から感じられる暖かい体温。

 見惚れるほど均整のとれた彼の肉体は、三分の二が神であることを強く意識させる。それでいて、荒々しくもぎこちなかった昨晩の行為を思い出せば、彼自身が経験に乏しい、ただの人間だったことを強く思わずにいられない……

 

 夢を見た。

 

 退屈としか言いようがない、ひとりの男の人生だった。

 

 二歳上の長男ばかり可愛がる家族。祖父母も、父母も、誰もが優れた長男ばかりを称賛し、凡庸な次男である彼に目を向けようとしない。学校行事も長男のものには家族総出で出席するが、次男のものには誰も出席しない。授業参観ですらそうだ。学校も当初はそれを問題視したが、いつしか何も言わなくなった。

 

 高校進学。長男は有名私立に進学、彼は工業高校に進学。

 

 高校卒業後、長男は東京の有名大学に進学。彼は家族から、優秀な兄と違って無能なのだから働けと迫られ、地元の中小企業に就職を決められる。劣等感の塊だった彼は、自分が無能なのだから仕方がないとあきらめていたが……初任給が支払われた段階で、給料が自分の口座ではなく、父の口座に振り込まれたことを知り、初めて激怒した。

 

 家族喧嘩。勘当。コネ入社だったこともあり会社からも放逐。

 

 東京でアルバイトと就職活動を始めるが、それほど優秀ではない高卒の男性にまともな働き口などあるわけがない。鬱屈しながらもバイトと就職活動を続け、その中で気晴らしにネットで見るようになったのがさまざまなアニメや動画など……

 

 その中に『Fate/Zero』があり。

 そこから『Fate/stay night』を遊び。

 ネット小説を読むようになり。

 そして……バイトから帰る途中、通り魔に背中から刺され、死んでしまった。

 

 退屈な一生だった。

 報われない一生だった。

 容姿に劣り、頭脳で劣り、運動神経でも劣り、なにひとつ兄より秀でたことがなかった無能な弟は、ゴミのように路上で血を流しながら、ただひとつのことを考えてた。

 

──死にたくない……このまま…………死にたく……ない…………

 

「………………」

 

 私はいまだ眠り続ける彼の顔を覗き込んだ。

 今の彼と夢の彼の見た目は全然違う。それでも、どこか似ている気もする。

 

 彼は生きたかった。

 この彼も、生きたいと思っている。

 

 彼は愛されたかった。

 この彼も、愛されたいと思っている。

 

 彼は愛したかった。

 この彼も、誰かを愛したいと思っている。

 

 現代に生きていれば誰もが享受するはずのさまざまな経験が、彼には欠落していた。

 親の愛情を知らない。

 親の愛情を知らないからこそ男女の愛情もわからない。

 昨晩、私を貪る時も、彼は自らの快楽より、私の反応ばかり気にかけていた。

 

「んっ……」

 

 彼が小さくうめく。閉ざされたまぶたが、ゆっくりと開く。

 紅玉(ルビー)のような瞳に私が映り込んでいた。

 ふっ、と彼の顔がゆるむ。

 自然と、私の頬も緩んだ。

 

「おはよう」

 

 彼がつぶやいてくる。だから私も、彼につぶやき返した。

 

「おはよう、私のギル……」

 

 今の彼は前世の彼ではない。ギルガメッシュでもない。私のギルだ。私が全身全霊で愛しても裏切ることのない男性(ひと)だ。

 

 そう。私は手に入れたのだ。聖杯に願うまでもなく、私を必要としてくれる、私の伴侶を……

 

>>SIDE OUT

 

 

 

>>SIDE 偽ギルガメッシュ 改め ギル

 

 キャスターを籠絡しようとしたら逆に籠絡されたでござるの巻。というか、彼女は俺のことを前世の俺でもギルガメッシュでもないギルという存在だ、みたいに言ってくれているわけで……

 

 やばい。これが愛してるって感情か。

 とまらんぞ。マジでとめられん。

 

「だからって……ちょっと、やりすぎよ?」

「悪いと思うが後悔はしていない」

「もぅ……」

 

 なーに、朝からリターンマッチを初めてしまい、気が付けばもう夕方だったというだけの話だ。シャワーでさっぱりしたあとメディアは──あー、なんだかんだで名前で呼ぶことになったわけで──ドロドロになった寝室の掃除に入っており、一方の俺は、昨日のうちに注文しておいた品々の受け取りを大急ぎで済ませることにしたってところだ。

 

 んで、日も暮れ、夕食を済ませたあと。

 

「じゃ、今後について考えるとするか」

「バーサーカーのこと?」

「それ以外に関しても。昨日の続きというか、確認だな」

 

 近すぎるとリビドーが止められそうにないので、俺は一人用のソファーに、メディアは斜めの三人掛けソファーに腰かける形で、今後のことを語り合うことにした。

 

「とりあえずセイバー組はまだ冬木に来ていないからパスする」

「アーチャー、キャスター、アサシンがこっち側だから──」

「残りはバーサーカー組、ランサー組、ライダー組のみっつ。うちライダー組も当面は無視する。というか、あのイスカンダルの相手をするのは面倒だし疲れそうだからパス」

「ふふ。でも、マスターは未熟よ?」

「それでもライダーが暑苦しいにもほどがある。放置だ、放置」

 

 キャラとしての好悪と現実の相性は別物だ。

 

「よってバーサーカー組とランサー組をどうするかって話になるんだが……」

「どうするつもり?」

「そこなんだよ。問題は」

 

 俺はソファーに深く座り、ふぅ、と吐息を漏らした。

 

「ランサー組に関しては、昨日も言った通り、交渉でどうにかしたい」

「どういう取り引き?」

「いろいろ考えたんだが……これなんて、どうだ?」

 

 俺は【王の財宝】から、とある秘宝の原典をとりだした。

 黄金の小箱に収まる神秘物質。

 その名を【柔らかい石(ラピス・フィロソフィウム)】──どこのからくりなサーカスだという突っ込みも入りそうだが、賢者の石や仙丹などの原典にあたる神秘物質だ。

 

「どうって……これ、下手をしたらオリンポスの神々も殺到しかねない代物じゃない」

「メディアも見たことが?」

「えぇ。小指の爪程度のかけらだったけど、ヘカテー様にみせてもらったことがあったわ」

 

 月と魔術の女神ヘカテー。そういえば生前のメディアは、コルキスの女王にしてヘカテーの巫女にも等しい立場だったはず。魔術の師匠が魔術神だなんて、そりゃあ、とんでもない大魔術師になるのも当然だ。

 

「どうだ? 交渉材料になると思うか?」

「そうね……その交渉、私に任せてくれる?」

「おまえに?」

「これでも神代の魔術師なのよ、私」

「餅は餅屋か。わかった、任せる」

「こちらとしてはランサーの支配権をあなたのものにすればいいのよね?」

「んっ? おまえでもいいぞ?」

「駄目よ。ランサーは騎士なのよ? 王に仕えてこその騎士じゃない」

 

 なるほど。そういう部分も考慮に入れるべきか。

 

「そうだな……バーサーカーも俺がマスターになるのがいいのか」

「えぇ。魔術師のマスターには不可能だけど、あなたなら私も、アサシンも、ランサーも、バーサーカーも、当たり前のように従属できるわ」

「んっ? おまえはもう、独立してるんじゃないのか? 受肉してるだろ?」

「受肉してもサーヴァントはサーヴァントのままよ。パスもつながってるでしょ?」

「そりゃあ、まぁ……」

「それとも、私なんてもういらない?」

「まさか」

 

 そういうわけで、俺たちはバーサーカーとランサーの支配権を譲り受ける策を詰めていくことにした。もちろん、こちらの切り札は【王の財宝】に所蔵されている数々の品だ。ほんと、金ピカがなぜ公式チート呼ばわりされていたのか、身に染みてよくわかるわ……

 

>>SIDE END

 

 

 

>>SIDE OTHER

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは憤慨していた。

 

「なぜだ」

 

 冬木の聖杯戦争。その魔術協会枠で参加資格を手に入れたところまでは順調だった。

 

 だが、いざ戦場に乗り込もうとした段階で、貧乏人の名ばかりの魔術師にすぎない教え子に必勝の聖遺物を盗まれてしまった。

 

 時間の問題もあり、仕方なく別の聖遺物を取り寄せたは良いが、それによって呼び出せたのは裏切りの伝承を持つ騎士だったのだから不愉快にもほどがある。あまつさえ、愛しい婚約者が、その騎士に懸想している気配がある。忌々しい。実に忌々しい。

 

 そしてとどめは、聖杯戦争の無期限中止宣言だ。

 

 前回の聖杯戦争において、アインツベルン家が不正規な召喚を行ったのがそもそもの原因らしい。その際に現れたアベンジャーなる最弱のイレギュラークラスが、今なお聖杯戦争の儀式の中に残留しており、願望器としての機能を変質させているというのだ。

 

 聖堂教会の監督役によれば、最初にそれを指摘したのが御三家の一角、遠坂家が召喚したアーチャーだったとか。アーチャーは契約不履行を理由に自らパスを切断、遠坂家のマスターが持つ令呪のみならず、召喚の様子を監視していたアサシンのマスター、さらには監督不行き届きとして監督役が継承してきた残余の預託令呪、合計27画を自身の宝具で奪い、冬木の一角にある洋館に腰を落ち着けているのだとか。

 

 一方、協会は遠坂家・間桐家・アインツベルン家に聖杯儀式の正常化を命令。状況が状況のため、関係者が遠からず冬木にやってくるそうだが、だからといって事態が改善するとは思われない。むしろ先がまったく見えない状態だ。

 

「なぜ……私の時に限って、こんなことに…………」

 

 不幸だ。理不尽だ。不愉快だ。

 

 九代を数える魔術の名門アーチボルト家の嫡男にして、時計塔においても知らぬものはいない天才魔術師であるはずの自分が、なぜこうも思う通りにいかない羽目に陥っているのか。

 

 なにかの陰謀だとしか思えない。

 

(ヤツか? いや、あいつか? まさか、あの男が……)

 

 優秀かつ名門であるがゆえに、ケイネスには敵対者が幾人もいる。呪詛の類はすべてはねのけているつもりだが、こうまで不幸が続くと考えを改める必要性に迫られてくる。だが、自分に感知されない呪詛など、はたしてあるものなのか……

 

「──ッ」

 

 不意にケイネスは眉をぴくりと動かした。

 

 ここは彼が冬木での居城として設定したホテルの一室。窓に面した部分がなく、さらには様々な魔術により一級の城塞と化している空間の一角だ。だが、そんな場所でありながら、今、ケイネスは不愉快な気配を感知していた。

 

「何者かね。仮住まいとはいえ、このケイネス・エルメロイ・アーチボルトの工房に誰かを招いた記憶はないのだがね」

 

──あら。ようやく気付いたの?

 

 そのささやきは、ケイネスが腰かける高級な執務机の向こう側、彼から真正面にあたる壁から漏れ出ていた。よく見ると、そこには人型の影が浮かんでいる。そう、影だ。影だけが、まるで生き物であるかのように、そこに張り付いているのだ。

 

──初めまして、ランサーのマスター。私はキャスター。今日は交渉の挨拶として、影を飛ばしているだけよ。

 

「それはそれは……」

 

 表向き平静を貫こうとするケイネスだったが、頬はひくつき、内心は烈火のごとく燃え上がっていた。天才魔術師を自負していただけに、こうもたすすく自らの魔術的な守りを破られてしまったことに強い憤りを感じているのだ。

 

「聖杯戦争は無期限中止と宣言されているが、よもやそれを知らないのかね。君は」

 

──いいえ、知ってるわ。だから交渉に来たのよ。

 

「どんな交渉かね」

 

──ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。

 

 婚約者の名──瞬間、ケイネスの激情は表層へと吹き出る炎となった。

 

「貴様! ソラウを人質にするつもりか!?」

 

──いいえ。あなたにひとつの真実を伝えるだけ。

 

「真実だと!?」

 

──彼女は好悪すら理解できない冷めた性格の持ち主よ。

 

「はっ、馬鹿馬鹿しい! ソラウのどこが冷めていると──」

 

──気高くわがままな面は、あくまで幼いころから刷り込まれた処世術によるもの。あなたはもう、それに気づいているんじゃないの? だからあなたは、彼女が愛おしくおもえるんじゃないの?

 

 その言葉に、ケイネスは反論できなかった。

 政略結婚にすぎない。

 ソフィアリ家は時計塔の降霊科学部長を歴任する家柄。長男のスペアとして最低限の教育を受けてきた長女のソラウは、名門アーチボルト家の嫡男である自分に嫁ぐことで、両家の結びつきを強める役目を担っている。

 そう。彼女は、冷めている。諦めている。なにも求めていない。

 婚約者であるケイネスを見る目にも、それが表れている。

 彼女は何も期待していない。自分に対して、なにひとつ、人としても、男としても……

 

──そんな彼女に変化が現れた。ランサー。彼には【愛の黒子】という呪いがかけられている。無差別に異性を引き付ける魅了(チャーム)の呪いよ。彼女はその呪いを受けてしまった。呪いであることにも気づいていた。それでも、お人形であることを求められ続け、なにひとつ感じないと思い込んでいた彼女にとって、呪いがもたらす胸の高鳴りは心地よいものだった。

 

「違う! そんな……そんなはずが!!」

 

──彼女が求めているのは自らの内側から沸き立つもの。それが呪いであろうと、魔術によるものであろうと、彼女自身、どうでもよいと感じている。

 

「嘘だ!」

 

──彼女が大切なら、彼女をランサーの呪いから奪い取りなさい。……これをつかって。

 

 コトッ──と音をたてて、机の上に何かが置かれる。

 小ぶりな純金の香炉だ。

 しかも、ただの香炉ではない。感情的になっていたケイネスでさえ、一瞥するだけで、並々ならぬ神秘が宿っていることに気が付くほどの逸品だった。

 

「こ、これは……」

 

──遥か昔、メソポタミアで使われていた香炉よ。中には聖婚儀式に用いる精力増強と女性を魅了する媚薬の一種が入っているわ。これを焚き込んだ部屋であれば、飲まず食わずで六夜七日、交わることもできる。……それで彼女を愛しなさい。徹底的に、体の隅々まで、あなたの思いを染み込ませなさい。

 

 キャスターのささやきはケイネスの背後から響いていた。

 すでに影は、彼の背後に浮かんでいる。

 しかし、ケイネスの意識は、目の前の香炉に集中していた。

 そうなるように仕向けられているのだが、そのことにも彼は気づけずにいた。

 

──大丈夫。聖杯戦争は無期限中止よ。戦いは起こらない。時間はたっぷり、あるわ。

 

 その言葉を最後にキャスターの影はすっと消えてしまった。

 ケイネスはなおも机上の香炉を凝視している。

 脳裏をめぐるのはキャスターのささやいた言葉たち。理性は様々な警戒を呼びかけるが、同時にランサーと共にいる時の婚約者の姿もまた、打ち消すように思い浮かんでくる……

 

 コンコンッ。

 

 ノックの音で、ケイネスはハッと我に返った。

 

「マスター。妙な気配が」

 

 廊下から聞こえてきたのはランサーのものだった。見るだけで不愉快だったため、この部屋にいる時は絶対に入らないよう厳命しておいたのだ。

 

「なんでもない」

 

 ケイネスは香炉をつかみ、顔をドアへと向けた。

 

「魔術を試していただけだ。それよりもソラウを呼べ」

「こちらに?」

「そうだ。急ぎ、この部屋に来るように。それと! なにがあっても貴様はこの部屋に入るな。状況次第で、六夜七日の魔術的な儀式を始める」

「……この後すぐに、でしょうか」

「貴様は言われたとおりにしろ!」

「……はい、マスター」

 

 ランサーの気配が遠ざかっていく。

 ケイネスは立ち上がると、隣接した寝室に向かい、香炉に魔術で火をともした。

 ゆるりと煙が立ち上り始める。

 

(なにをバカなことを……)

 

 常識的に考えれば、これはキャスターの罠である可能性が高い。だが、そうであっても、ケイネスは一縷の望みにすがりつきたかった。ランサーに向けるようなソウラのまなざしを、自分にも向けてほしかった。

 

(なんと愚かな……このケイネス・エルメロイ・アーチボルトともあろう者が、なんと愚かな……)

 

 寝室に広がりだした香炉の煙をすーっと吸い込んでみる。

 全身に力がみなぎってきた。

 それが余計に、自分という人間の愚かしさを自覚させずにいられなかった。

 

>>SIDE END




ケイネス先生が幸せになる展開があったっていーじゃない。人間だもの。

なお今回のあとがきではネタバレも同然ですがランサーのステータスを。治療後のアサシンについては次回ということで。


【柔らかい石(ラピス・フィロソフィウム)】
ランク :B
種別  :魔術宝具
レンジ :-
最大補足:-
 天地開闢する際に生じた原初の個体にして『賢者の石』の原典。【王の財宝】にあるこれは純度100%のため、下手に魔術協会などに存在がバレると大騒動になること必至の代物でもある。元ネタは『からくりサーカス』。類似物に【乾いた水(エクスリオン・ヒュドール)】がある。えっ? 名前がなんでラテン語やギリシア語かって? Fateの宝具名はきのこ英語が基本だろ? そういうことだ。いいね?

【聖婚の香炉(アキトゥ)】
ランク :E
種別  :魔術宝具
レンジ :-
最大補足:-
 原初の性合儀式に由来する聖婚儀式用の香炉。香木の効果を高め、飲まず食わずで数日間、交わることができる。名の由来はアッカドで行われていた聖婚儀式を伴う新年祭から。これを行ったとされるアッカド王サルゴンこそが、数ある王号の中に「世界の王」を用いていたりする。ある意味、後世の中世騎士物語で変質したアーサー王伝説がアルトリアやランスロに影響しているように、紀元前2600年頃のウルク第一王朝の都市国家の王にすぎなったギルガメッシュもアッカド帝国の登場によって原作のような英雄王に変質したと考えられるため名称を使わせてもらった。地味に筆者は『Fate/stay night』でギルが「英雄王」だったことにものすごい違和感を覚えたものだが、今となってはチート王じゃないギルはギルじゃないと思えるわけで。後世の逸話による変質ってスゴイネ!


■ステータス
【騎座】ランサー
【主師】アーチャー(ギルガメッシュ)
【真名】ディルムッド・オディナ
【性別】男性
【体躯】184cm・85kg
【属性】秩序・中庸
【能力】筋力B 耐久C 敏捷A+ 魔力D 幸運E 宝具B
【クラス別スキル】
・対魔力:B
【固有スキル】
・心眼(真):B
・愛の黒子:E-(C)
【付与スキル】
・単独行動:A+ ※【黄金の果実(アンブロシア)】による受肉
【補足】
 円卓の騎士の数あるモチーフのひとつ、ケルト神話のフィアナ騎士団において最強の戦士とされた“輝く貌”の異名を持つ二剣二槍の騎士。“女性の言うことには従う”というゲッシュ(絶対制約)を掲げていたため、主君である騎士団長フィン・マックールの婚約者グラニア姫に惚れられた際に逃避行を命じられても逆らえず、望まむまま裏切りの騎士となってしまった伝承を持つ。つまりランスロの元ネタの人。だがランスロと違い、こちらは生前に主君と和解、騎士団に戻っているので人生には後悔していない模様。なお、この物語を語るフィニアンサイクルはアルスターサイクルの後に入るため、イケメンじゃないほうのランサーの後輩であり、間接的には円卓の騎士の先輩格であったりする。
 偽ギルと再契約したことで宝具がパワーアップ、二剣も使えるようになっている。ただ、偽ギルがプレゼントした呪詛封じの耳飾りにより【愛の黒子】を超弱体化しつつもステータスまで抑制されてそのままに。どう考えても嫁をねとられないために強制したとした思えないのでは秘密ということで。本作では便利な護衛役として名前しか出ないような扱いを受けることになるが、原作でのあの末路では仕方なし(えっ
【宝具】
【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】
ランク:A
種別:対人宝具
レンジ:2~4
最大捕捉:1人
 魔力による防護を無効化する長槍。魔力で編まれた防具・防御をすべて無効化、また武具に施された魔術的な強化、能力付加も、これと打ち合う場合には一時的ながら一切発揮されなくなる(常動型は離れると力が戻る)。これにより事実上、物理手段によってしか防御できない“宝具殺しの槍”、それも偽ギルとの再契約により【十二の試練】にも通用する鬼宝具と化している(でも突けば突くほど耐性ができるので勝つのは無理)。
【必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)】
ランク:A
種別:対人宝具
レンジ:2~4
最大捕捉:1人
 いかなる神秘によっても回復不能な傷を負わせる呪いの槍。ディスペルは不可能であり、呪いを破棄するには槍を破壊するか、使い手を滅ぼす、対象が死ぬしかない。偽ギルとの再契約によるランク上昇で、防御宝具の多くも貫ける最凶の槍と化している。
【憤怒の妖精剣(モラルタ)】
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:1~2
最大捕捉:1人
 見た目はごく普通の両刃片手剣ながら、使い手の感情に応じて際限なく重さを増す妖精の剣。ただし重量が増すのは刃が触れた瞬間だけ。超重量で叩き潰された敵の姿は、さながら大いなる激情のまま暴れた巨人の姿を連想する。というオリジナル宝具。【破魔の紅薔薇】と共に使うと、とんでもない殲滅力を発揮する。
【冷怒の妖精剣(ベガルタ)】
ランク:C
種別:対人宝具
レンジ:1~2
最大捕捉:1人
 見た目はごく普通の短い両刃片手剣ながら、使い手の感情に応じて見えない刀身が伸びる妖精の剣。静かに怒りながらこの小剣を振るわれると、あたっていないにも関わらず相手がどんどん傷つき、出血していくという厭らしいオリジナル宝具。【必滅の黄薔薇】と共に使うと、長期戦で決定的な優位を保てる。


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第06話 みんなで幸せになろうよ

雁夜おじさん&桜ちゃんの救済回。ギルえもんにも、できないことが……あるんだッ!


>>SIDE OTHER

 

 深夜の公園。ジジジッと音をたてる水銀灯の下には、ベンチに腰掛ける黒いフードパーカー姿の男性の姿があった。疲れはてたように両肘を太ももにのせつつ項垂れている。フードを目深くかぶっているが、病的な白い肌が水銀灯によって、より不気味な色合いを垣間見せている……

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 苦痛交じりの荒い呼吸は、なにも体を酷使したことが原因ではない。

 すでにして、彼の体は限界なのだ。

 間桐(まとう)雁夜(かりや)──今次聖杯戦争において、一般人でありながらも刻印虫に肉体を食わせることで即席の魔術師にしてバーサーカーのマスターとなることで、血の繋がらぬ幼子ひとりを救おうとした愚か者である。

 

(はは……俺はいったい……なんのために…………)

 

 彼は深く絶望していた。

 

 想いを寄せていた女性──禅城(ぜんじょう)(あおい)は遠坂時臣を夫に選んだ。そのことに隔意はない。いや、彼女が嫁いだ頃にはなかった。なにもかも凡庸な自分より、あの男の方が彼女を幸せにできるとすら思った。だからこそ雁夜は想いも告げず、身を引いたのだ。

 

 しかし、それが間違いだった。

 

 遠坂時臣と彼女の間には二人の娘が生まれた。そのうち(さくら)と名付けられた下の娘を、あろうことか、あの男は、間桐家に養子として差し出したのだ!

 

 間桐家固有の魔術は忌まわしいの一言に尽きる。その修練は拷問に等しく、虐待そのものであり、魔道と呼ぶにふさわしい代物だ。事実、桜は髪の色も変わり果て、幼子とは思えぬほど感情が稀薄になり、自分がどれほど異常な状況においやられているのかも理解できないありさまになっている……

 

 助けなければ。あの子を、葵の娘を、桜を、助けなければ!

 

 その一念で雁夜は即席の魔術師になった。その結果、数年どころか数週間で死ぬであろう状況においやられた。それでも聖杯戦争に勝ち抜けば、桜を解放すると、あの“化け物”が約束したからこそ……それなのに……それなのにッ!!

 

(聖杯戦争は無期限中止だと!? 俺は! 俺はなんのために…………)

 

 このまま戦うことすらできず、死ぬしかないのか。

 桜を助けられないのか。

 蟲に食われるだけで終わるのか。

 理不尽だ。

 どうして、どうしてこんなことに……

 

(……とき、おみ)

 

 脳裏をよぎるのは、あの忌まわしい男の顔だった。

 

(時臣……遠坂時臣……貴様だけは……貴様だけは…………)

 

 死にゆく雁夜の中で、最後の命の灯火が燃え上がろうとする──その時だった。

 

──今にも死にそうね。

 

 不意に女性の声が響いた。ギョッと顔をあげると、水銀灯が生み出す影とはまったくの別方向、雁夜の足元からまっすぐ前方に向かって不自然なまでに黒い女性の影が浮かび上がっていた。

 

 ハッとしつつ振り返るが、背後に誰もいない。

 

 改めて影を見て、ようやく雁夜は、それが魔術によるものであると理解した。

 

「誰だ……」

 

──私はキャスター。取り引きをしたいの。いいかしら?

 

 その言葉を、雁夜は鼻で笑い飛ばした。

 

「こんな死にかけのバカを相手に、なにを突然……騙しやすい鴨にでも見えたのか」

 

──間桐桜を救えるとしたら?

 

 雁夜は一瞬、息をのみ込んだ。だがすぐに、クククッと笑い出す。

 

「よく調べがついたな……で、その代償に、なにを奪うつもりだ?」

 

──バーサーカーの支配権。

 

「はははは、騙しとるには最高の商品だな!」

 

──今ならサービスで、あなたと間桐桜の体からけがらわしい蟲を一掃してあげるわ。

 

 雁夜のゆがんだ笑いは、その言葉でピタリと止まった。

 キャスターはさらに告げてくる。

 

──それとマキリ・ゾォルケン……間桐(まとう)臓硯(ぞうげん)は、いろいろと邪魔だから、処置するつもりよ。ついでに、間桐家の屋敷も燃やし尽くしてきれいに、ね。このふたつはすでに決定事項。あなたとの取引とは無関係な話よ。

 

「……殺せるのか」

 

 地の底から響いてくるようなささやきを、雁夜は干からびた唇から紡ぎだした。

 

「あれを……あの化け物を……殺せるのか」

 

──殺せるわ。簡単ではないけれど。

 

「救えるんだな。桜ちゃんを」

 

──えぇ、救えるわ。記憶も消してあげる。余計な魔術的才能も潰してあげる。

 

「……なぜそこまでする」

 

──それだけバーサーカーの支配権が魅力的なだけよ。こっちであなたたちを助けたあとは、遠い土地でやりなおしなさい。そこまでは面倒見きれないわ。

 

「俺の体も……治るんだな」

 

──以前より健康になるわよ?

 

「わかった。応じる」

 

──ふふふ。じゃあ、今すぐ間桐桜を連れて屋敷の外に出なさい。ただし持ち出したいものがあるなら一緒に持ち出すこと。バーサーカーの受け渡しも、間桐臓硯の殺害も、屋敷の浄化も、全部、屋敷の前ですませるわ。あっ、治療はそのあとよ。落ち着いたところで少し時間をかける必要があるから。

 

「わかった」

 

 乾坤一擲だ。すでに絶望しかない雁夜にとって、騙されている可能性など考慮する必要性すら感じなかった。キャスターの“ささやき”という意識を誘導する力が影響している部分もあったが、それを抜きにしても、もう彼には他に選択肢がなかったのだ。

 

 だからこそ。

 

 間桐家に戻った雁夜は、身分証明書や通帳の類をかき集めると、自室で寝ていた桜を抱きかかえ、大急ぎで屋敷の外へと出た。

 

 そこに待ち受けていたのは獅子の外套を羽織る黄金甲冑のサーヴァントだった。

 

「あんたは……」

「間桐雁夜。時間がない。急ぎ、これを間桐桜に食べさせろ」

 

 投げ渡されたのがナツメヤシのようなドライフルーツ。ただし黄金に輝き、ただものではないことは一目瞭然だった。

 

「これ……を?」

「ほぅ。珍しいものを持っておる」

 

 ゾクリとする声が雁夜の背後から投げかけられてくる。

 振り返るまでもない。

 あの老人だ。間桐臓硯だ。

 

 黄金のサーヴァントは、ちっ、と小さく舌打ちをした。

 

「急げ」

「──! 桜ちゃん、これを…………」

 

 ぼーっとしている幼女に雁夜はそれを食べさせた。言われるがまま、数度噛んだ桜は不可思議なドライフルーツをゴクリと飲み込んでいく。

 

 直後、病的なまでに白かった肌に血の気が走ったかと思うと、幼子は声にならない悲鳴を張り上げつつ全身を痙攣させはじめた。そればかりか、皮膚の下で異物が這いまわりだすが早いか、白い肌を食い破り、醜悪な虫という虫が桜の体内から逃げ出すかのように次々と姿を現すではないか!

 

「桜ちゃん!? おい、騙したのか!?」

「な──ッ!?」

 

 雁夜は桜を心配するあまり激昂するが、一方の臓硯は予想外の出来事に──桜の心臓に寄生させた己の本体が不可思議な力で押し出されていくことに──驚愕していた。

 

 刹那、黄金のサーヴァントが桜の胸元に手を伸ばし、何かを摘み上げた。

 

「これか」

「貴様! 桜ちゃんになにをした!」

「治療だ。今、その子の体内にいる蟲という蟲を追い出している」

「おいだ──えっ?」

「全部追い出せば、健康な体に戻る。むしろ、蟲が戻らぬよう、全部叩き落とせ。服の中に一匹でも残すと、また潜り込まれるぞ」

「そ、それを早く言え!!」

 

 雁夜は慌ててパジャマ姿のままだった桜の服を脱がし、外に出てくる蟲という蟲を払い落としていった。常であれば、ここで何かしらの妨害をしかけてくるのが間桐臓硯という化け物なのだが、今回ばかりは、そうもできない状況に追いやられている。

 

「初めまして、だな。マキリ・ゾォルケン」

 

 黄金のサーヴァントは老人に対してではなく、左手で摘み上げている一匹の蟲に対してそう告げていた。

 

「おまえに引っ掻き回されると、何かと面倒なのでな。悪いが、ここで退場してもらう」

 

 彼は右手に、どこからともなく取り出したガラス瓶を持っていた。

 

「さようならだ。マキリ・ゾォルケン」

 

 その蟲を、ガラス瓶の中に落とし、蓋をする。何らかの液体で満たされた瓶の中で、蟲はしばらくもがき苦しむが、その動きも徐々に緩慢なものとなり、ついいはピクリとも動かなくなる──そのタイミングで、老人だったものがザーッと崩れ去った。

 

 あとに残るのは蟲の塊だった。

 

「あとは掃除ね」

 

 と、今までいなかった、紫の外套を羽織る女性が、スッと全裸の桜を抱きかかえた。

 

「さく──」

「待て。取り引きを忘れたのか?」

 

 黄金のサーヴァントが雁夜を止める。

 そこでようやく、彼はサーヴァントが二騎いることに疑問を抱いた。

 

「……えっ、あ、いや、キャスター、と……えっ?」

「俺はアーチャー。キャスターのマスターだ」

「えっ? いや、だが、サーヴァントが……サーヴァントの?」

「そうだ。それより、バーサーカーの支配権を寄越せ。そういう取引だったはずだぞ」

「あ、そう、そうだな。えっと……どうやれば……」

「令呪で命じろ」

「そうだ。あぁ、そうだな。──バーサーカー! 令呪をもって命じる!」

 

 雁夜は戸惑いながらも、バーサーカーの支配権を黄金のサーヴァントに委譲。不思議な棒により、残る2画も奪われたうえで、桜にも食べさせたドライフルーツを食べるように言われた。言われるがまま食べたところで、彼の意識はプツリと途絶えた……

 

>>SIDE END

 

 

 

>>SIDE ギル

 

 虫集めの宝具で蟲という蟲を集めたあと、メディアに結界をはってもらい、新たに配下となったバーサーカーに送魂魔術の原典を使わせ、間桐邸を完全に洗い流した。ついでにメディアが核爆発にしか思えない松明の魔術とやらで爆破消毒、地下空洞も埋めてしまい、魔術師としての間桐の家は、ここに途絶えてしまう形となったわけだ。

 

 で、なにやら監視の使い魔がうざいので消し去ったうえで俺たちは洋館へと帰還。

 

 新たに二台の【聖娼婦の天蓋付寝台(シャムハト)】を取り出し、ひとつにバーサーカーを、もうひとつにまだ気絶したままの間桐雁夜を投げ込み、間桐桜はメディアが記憶操作を含む最後の治療を引き受けることになった。

 

 こうして翌朝、健康的かつスッキリとした様子の雁夜が姿を現した。

 

「何から何までお世話になりました。本当に、ありがとうございます」

 

 間桐雁夜は、原作の不幸おじさんの印象など欠片も残していなかった。

 良きかな、良きかな。

 

「これからどうするつもりだ?」

「渡米します。昔のツテで、新しい戸籍を手にいれてからになりますが……」

 

 そんなこんなで、雁夜は一度、桜を洋館に残して冬木を離れた。隠蔽用の宝具を預けておいたので、遠坂や教会に追いかけられた形跡はない。戻ってくるまで間桐桜の世話はメディアが担当。記憶を丁寧に消したことで感情表現こそ乏しいながら、子供らしい反応を時折みせる桜の姿にメディアはめろめろ、俺もでれでれ。

 

 そうこうしているうちに、まずアサシンが【聖娼婦の天蓋付寝台】から出てきた。

 

「数々の御配慮、改めて深く感謝申し上げます」

 

 俺の前でひざまづいているのは、なぜか長い灰青髪を束ねているアサシンの女性型だった。アニメで登場した際に、アサシンに女がいる、ということで話題になった記憶がある。

 

「アサシン。人格の統合は、完了したんだな?」

「はい。楽園の愉悦により、男性人格は昇天いたしました」

 

 するなよ。

 

「我らは私と、幼子の私とを核として統合いたしました。以前の私より外見の年齢が若干下がっておりますのは、そのためにございます」

 

 そうか? 全然変わってないように見えるんだが。

 

「以後は陛下のご命令とあれば、この身、この命、この魂の一かけらまでも、すべてをささげる覚悟にございます」

 

「そうか……まぁ、そこまで気張る必要はない。張りつめた弓はいずれ壊れるように、ほどほどに緩めておかないと狩りのひとつもできないからな」

 

「御意」

 

「しばらくはこの屋敷の警備を任せる。侵入者が現れたら俺かメディアに伝えろ。あー、それとメディアにも会っておけ。あれは俺の伴侶だ。メディアの言葉は俺の言葉だと思え」

 

「御意」

 

 これで良し──と思ったら、その後、百人に分裂した女アサシンがメイド服姿で洋館の掃除や庭の手入れ、洗濯や料理などをしていた。なぜだ。

 

「やることがないと落ち着かないみたいだったから、私が命じておいたの」

「まー、本人が楽しそうだから、別にいいか」

 

 そんなこんなで日時は流れ……

 

>>SIDE END

 

 

 

>>SIDE OTHER

 

 冬木市の倉庫街──原作序盤においてサーヴァントたちが一同に介したその場所は、この世界においてもサーヴァントたちの来訪を受け入れることになった。

 

「待たせたな」

 

 遅れて現れたのは白いシャツに黒のパンツとジャケットという、ラフな格好をした金髪紅眼の青年だった。耳につけるピアスといい、首にさげるペンダントといい、手首を飾るブレスレッドといい、アンティーク的でありながらも高級感と気品を漂わせるトータルコーディネートをそつなく着こなしている。

 

 対して待ち続けていたのは痩身の男性と、彼に寄り添うようにして腕をからめる蠱惑的な赤毛の女性だ。神経質そうな痩身男性は緊張の色を隠そうとしないが、彼に寄り添う女性の方は安心しきた様子で男性の顔だけを見つめ続けている。

 

 その様子に、金髪の青年は苦笑を漏らした。

 

「なかなか励んだようだな、ケイネス先生」

「貴様に先生などと呼ばれる筋合いはないぞ、アーチャー」

 

 痩身男性──ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはこめかみに青筋をたてながら口早に言い返した。

 

「これは失礼」

 

 金髪の青年──アーチャーことギルは肩を竦め、さらに近づいた。

 と、不意に足を止める。

 ケイネスが同時に顔をしかめ、声をはりあげた。

 

「控えよ、ランサー」

 

 見ればギルの真横に、赤い槍を彼へと突きつけている騎士の姿が忽然と現れている。

 

 ランサーことディルムッド・オディナ。“輝く貌”の異名を持つフィオナ騎士団屈指の戦士だ。二剣二槍の担い手とされるが、彼について語られる逸話は“若い男、若い女と壮年の男との三角関係”の係累であるがゆえに、悲しいかな、聖杯戦争における知名度補正は他の英霊と比べ物にならないほど低い。

 

 それでも二剣二槍の担い手としての力量は並の騎士をはるかに上回る。なにより、フィアナ騎士団といえばローランの歌に登場する十二勇士やアーサー王の円卓の騎士の原型とされる存在。そんなフィアナ騎士団で最強とされたディルムッド・オディナが、たかだか知名度補正だけで弱いと判断するのは愚考にすぎるというべきだろう。

 

「しかしながらマスター、いかにマスターの御判断とはいえ、サーヴァントでありながら真っ先に仕えるべきマスターを裏切り、あまつさえ他のサーヴァントを手駒として集めているような輩との取引など──」

 

「控えよといったはずだぞ、ランサー!」

 

「……くっ」

 

 ランサーは顔をしかめ、ザッと軽く地を蹴るだけでケイネスの斜め前まで飛びのいた。

 

「失礼した」とケイネスが詫びる。

「いや、いい」とギルが軽く流した。

 

「それよりも本題だ」

 

 ギルは左手を腰にあてつつ、十メートルほど離れた先にいるケイネスに尋ねた。

 

「すでにキャスターから聞いていると思うが──こちらはランサーの支配権が欲しい。令呪に命じ、(オレ)のサーヴァントになるように命じてくれるなら、こちらで秘蔵している賢者の石の原典、【柔らかい石(ラピス・フィロソフィウム)】を差し出そう。キャスターが言うには、純度100%だそうだ。ついでにキャスターから、例の香木の予備を2回分、預かっている。子供を作る時に使え、との伝言付きだ」

 

「アーチャー。疑念がいくつかある」

 

 ケイネスが尋ねた。

 

「魔術協会と聖堂教会からいろいろと情報が流れてきている。それによると、貴様はキャスターのマスターとなり、アサシンと再契約し、間桐家を滅ぼし、バーサーカーすらも軍門に下しているとか。いったい、なにをするつもりなのかね」

 

「当面は現代社会を堪能するつもりだ」

 

「……当面、という時期がすぎたあとは?」

 

「その時は、どこかに隠れ里でも作って、そこに引きこもるつもりだ。元より(オレ)は死ぬのが嫌いなんだ。(オレ)の正体くらい、もう知ってるんだろ? だったら想像できるんじゃないか?」

 

「……なるほど。叙事詩に語られる古代ウルクの王であらせられるのであれば、何よりも死を疎いなさる性質であるわけですな」

 

「だからこそ、(オレ)は二つの意味でサーヴァントを欲している。

 ひとつは、今のままの冬木の聖杯戦争では、サーヴァントが落ちるたびに、その魂が小聖杯に蓄積され、穢れた大聖杯をあけ放つ鍵になりかねない。世界の破滅など願い下げだ。だからこそ鍵が開く可能性を減らす意味で、サーヴァントを手元に置きたいと考えている。

 そしてもうひとつは……この世界には英霊を凌駕する化け物がいる。少なくとも、死徒の一部とは、ことをかまえたくない。それでも否応なしにそうなった場合、対抗できる戦力がほしい。そうした意味でも、前衛を任せられる騎士は(オレ)にとって喉から手が出るほど欲しい。そういうわけだ」

 

「そのために……」

 

 ケイネスは婚約者を一瞥した。彼女は微笑み返すと、満ち足りたまなざしをなぜかギルへと向け、口を開いた。

 

「アーチャー。キャスターに礼を言ってほしいのだけど、お願いできるかしら」

「ソラウ……」

「いいでしょ、ケイネス。私はようやく、愛を手に入れたのよ」

 

 香木という霊薬による魅了と発情に後押しされた六夜七日。最初は抵抗したソラウだったが、発情したがゆえにプライドをかなぐり捨てたケイネスの求めによって、自分がどれだけ彼に求められていたのか、ようやく気付くことができたのだ。

 

 恋は狂うもの。愛は浸るもの。

 

 家名も何もない。

 ケイネスという男が、ソラウという女を求めた。

 ソラウという女が、ケイネスという男を求めるようになった。

 事実はそれだけ。

 だからこそ彼女は満たされ、ケイネスもまた以前にはない落ち着きを手にいれている。

 

 彼はもう、武功を求めない。ソラウにふさわしい男になろうと背伸びすることもない。時折、ソラウがランサーの【愛の黒子】にひかれても、解呪の魔術をかけてこちらを向かせる。ランサーを見るなと。自分だけを見てほしいと。それがソラウの心を見たし、彼の愛を自覚できるがゆえに、彼への愛も自覚できる……

 

「あぁ。伝えておこう」

 

 ギルは幸せいっぱいの婚約者たちに笑みを浮かべずにいられなかった。

 雁夜おじさんを救ったのも、

 ケイネス先生に救いの手を差し伸べたのも、

 原作ファンだったからこそのギルのわがままといえる部分が大きかった。

 

 こんな世界があってもいいだろ、と。

 みんながハッピーエンドな『Fate/Zero』な世界があってもいいだろ、と。

 ギルはそう、考えていたのだ。

 

「ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが令呪の3画すべてをもってランサーに命じる」

 

 不意にケイネスが宣言を始めた。

 これにはランサーも、ギルもギョッとした。特にギルは、何も令呪3画すべてを、という意味で驚いていたが、その間にもケイネスは宣言を続けた。

 

「これよりアーチャーのサーヴァントとなり、彼の者を主君とし、彼の者に仕えよ!」

 

 ケイネスの手に宿る令呪が強い輝きを放った。

 解き放たれる莫大な魔力。

 そのすべてがランサーへと向かい、ついで強制的にランサーとギルとの間にサーヴァントとマスターのパスが接続される。

 

「……御意」

 

 ランサーは最後にケイネスに対して片膝をついた。

 騎士としてのけじめだった。

 次いで、ギルの前に向かうと、同じように片膝をついた。

 

「これより貴方様を我が主君、我がマスターとし、この世より消え去るその時まで絶対の忠誠をここに誓います……」

 

「…………」

 

 ギルは最初、無言だった。

 だがひとたび目を閉じると、カッと眼を見開き、己の装いを一変させる。

 獅子の外套を羽織る黄金甲冑の英霊王。

 それまで降ろしていた癖のない金髪がすべて逆立ち、意図的におさえていた【カリスマ】も隠すことなく解き放たれている。

 

「槍を出せ」

「はっ」

 

 いわれるがまま、ランサーは赤と黄の二槍を差し出した。

 束ねて握りとったギルは、これでランサーの左右の肩をたたいた。

 

「ディルムッド・オディナ。これよりウルクの王、ギルガメッシュの騎士として、かつて果たせなかった終生の忠節を果たしきれ」

「……はっ!」

 

 ランサーの体は震えていた。

 真名で呼ばれたのも予想外なら、ギルが自らの真名を告げたのも予想外だったのだ。

 だが、そこのこめられた意図は瞬時に理解できた。

 騎士として受け入れられたのだと。

 王が公明正大にも、自分を迎えいれてくれたのだと。

 

「……ケイネス。これが【柔らかい石】と香木だ。あとはさっさとここを出て、さっさと子供を作って、さっさと幸せになれ」

 

「ふん。言われずとも、このケイネス・エルメロイ・アーチボルト、我が愛しき妻と幸せになるのは当然のこと!」

 

「それでこそケイネス先生」

 

「貴様に先生呼ばわりされる覚えなどない!」

 

 そう言い張るケイネスだったが、愛する婚約者ともども、口元が笑みを浮かべてしまうのはどうしようもないところのようだ……

 

>>SIDE END




作者は雁夜おじさんもケイネス先生も大好きです。
でも間桐臓硯、てめぇはダメだ。

なお瓶に入れられた臓硯は『Fate/stay night』のバッドエンドな士郎がなったように、メディアのコレクションとして保存され続けます。令呪システムを作り上げた天才を滅ぼすなんて、もったいないお化けがでちゃうからNE!


【蟲の宮(ツィル・エ・カル)】
ランク :E
種別  :魔術宝具
レンジ :─
最大捕捉:─
 害悪をもたらす虫の類を集める小箱。シュメール版害虫ホイホイ。厳密には「虫歯は歯の中にいる虫の仕業」という考え方のもっとも古い事例がシュメールにあることと、確か18世紀頃の医療詐欺に「部屋に置くと虫歯の虫が逃げ込む箱を売った」というものがあったと何かで読んだ記憶があったので、それを組わせたうえで、効果を虫全般に広げたというネタ宝具だったりする。名前はアッシリア語の虫(ツィル)に宮殿(エ・カル)をくっつけただけの造語。虫退治にまで権能を広げると孔雀明王とかに通じかねないので虫集めに留めておいたが、別にそっちでもよかったんじゃね、と思わなくもない。

【流るる魂を見るもの(ジウスドラ)】
ランク :C
種別  :魔術宝具
レンジ :─
最大捕捉:─
 局所的な霊的な洪水を起こすことで迷える魂を消し去る杖の形をした送魂魔術の原典。型月世界的には埋葬機関の火葬式典の元素に寄らないオリジナルに近いもの、という位置づけにしてある。いってしまえば強制除霊宝具。英霊や精霊、力の強い亡霊・怨霊などには通用しないが、雑霊であれば一掃できる。大して重要でもないので本編中に名前を出さなかったという意味では不遇の宝具。実は王か巫女であればだれでも使えるが、作中ではランスロの力を確かめる意味でわざと使わせている。という裏話も書き出すとものすごく長くなりそうなので本編ではバッサリとカット。名の由来はシュメール神話においてエンキ(エア)に大洪水の警告を受けたシュルッパクの王の名。原義は“命を見る者”。大洪水神話の断片と言うべき宝具だったりする。

【巨神炎葬(クリュティオス:Κλυτίος)】
ランク :─
種別  :神言魔術
レンジ :─
最大捕捉:─
 宝具ではなくメディアの魔術、というか神の業。ギカントマキアで女神ヘカテーがギガースのひとり、クリュティオスを松明で殴り殺した逸話の再現。WIZのティルトウェイトとも言う。ちなみに十二神を除くとオリンポスの神々の中でギガースを倒せたのはヘカテーとモイライのみであり、地味にゼウスの雷霆に匹敵する松明(物理)だったらしい。ただしギガントマニアの巨人の死因は、だいたい「ヘラクレスに射殺される」だったりする。第五次でヘラクレスがアーチャーだったらどれだけやばかったかよくわかる逸話でもある。本来はメディアでも使えない神秘だが、【神性】を取り戻したのと【原初碑文(アサルルヒ)】を借りることで行使可能になっている。


■ステータス
【騎座】アサシン
【主師】アーチャー(ギルガメッシュ)
【真名】ハサン・サッバーハ
【性別】女性
【体躯】─
【属性】秩序・中庸
【能力】筋力C 耐久D 敏捷A+ 魔力B 幸運A 宝具B
【クラス別スキル】
・気配遮断:A+
【固有スキル】
・蔵知の司書:B
・専科百般:A
【補足】
 アサシンの語源となった暗殺教団の指導者のひとり。多重人格者でもあったことから生前は“百の貌のハサン”と呼ばれていた。聖杯に願っていた人格統合を偽ギルの【聖娼婦の天蓋付寝台(シャムハト)】によって女性人格を核に統合されたことで、属性が悪寄りの中庸に変化、ステータスもダウンしたが、ギルと契約したことで、むしろ本来より敏捷と魔力と幸運がブーストされている。大望をかなえてくれたギルに絶対の従属を誓っており、統合された【専科百般】と相まってHSN48からASK48に華麗に変身、最強の諜報員にして至高のメイドに超進化している。
 なお男性人格が昇天(?)したのは、十四世紀にイスマーイール・イブン=カスィールが編纂したクルアーン注釈書『タフスィール・イブン=カスィール』の天国に関する記述の影響。詳しくはwikiで「フーリー」を検索してみるとよくわかる。イスラームもまた、シュメールに始まる中東文化を受け継いでいることがよくわかる事例とも言えたりする。
【宝具】
【妄想虚像(ザバーニーヤ)】
ランク:B+
種別:対人宝具
レンジ:─
最大捕捉:─
 百の虚像を生み出せる逸話型の魔術宝具。人格統合が果たされたことで魔改造されてしまった。“百の貌”の逸話に由来しているため、己および虚像を幼子から老人まで、性別を問わず変装させる効果もある。この変装は衣服を含めた物理的なものであり、触れた程度では確認できないが、高ランクの【耐魔力】や真実を見抜く神秘で見破れば“白骨の仮面をかぶる黒い人型”という本性が看破できる。なお、虚像のステータスは等分されていくため分かれすぎると弱体化するが、48分割なら常人以上サーヴァント以下の枠におさまるため、基本的にASK48で活動することになる。デビュー曲は“恋するフォーチュンハシシ”。……えっ?


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第07話 征服王(真)と英雄王(偽)

正直、ここからの展開が自分でも今一つと思っていたがゆえに長々と寝かせていた部分があります。ちゃんと『Fate/Zero』の話として完結させるために改めて手を加えているのですが……なぜだろう、直せば直すほど長くなっていく件。これ、ちゃんと全10話で終われるんだろうか?


>>SIDE ギル

 

 ケイネス先生と雑談の興じること数時間、ランサーことディルムッド・オディナ──本人がどうしてもランサーと呼んでほしいとごねるので以後もランサーと呼ぶ──を手に入れた俺は、そろそろ大神殿になりだしている洋館に戻ることにした。

 

 そこで待ってたのは、ちょうど【聖娼婦の天蓋付寝台(シャムハト)】から出てきていたバーサーカーことサー・ランスロットだった。

 

「お待ちしておりました、マスター。聖杯戦争による【狂化】が原因とはいえ、碌にご挨拶もできず、申し訳ございません」

 

「気にするな。それより、ちょうどよかった。ランサーも仲間になったことだし、おまえら全員に見せたいものがある」

 

 アサコ──アサシンのこと──にも虚像を全部消させた上で、アサコ、ランサー、バーサーカーに影絵灯による原作鑑賞会を実施。セイバーが登場したところでバーサーカーが暴走しかけたが、それをどうにか抑えつつ鑑賞会を続行。二期を含むすべてを終えた頃には、ランサーとバーサーカーがいい感じで遠い目をしていた。

 

「あなたが介入しなければ、私は前のマスターの命令で……」

「世界を呪いながら自害してたな」

「orz」

 

 ランサー撃沈。

 

「そんな……あぁ……やり直すなんて……あぁ…………」

「落ち着け、バーサーカー」

「UGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 

 バーサーカー撃沈。

 

 続けてテキストノベルのPS2版『Fate/stay night Re'alta Nua』の鑑賞会がスタート……と思ったら、UFO制作のアニメ版になっていた。どうしてこなった、もっとやれ。

 

 これはメディアも初見なので食い入るように見ていたわけだが、やはり自分が出てくるところ、というか原作マスターの葛木宗一郎との関係が描かれると、何かを訴えるように俺の腕に抱き付いてきた。

 

 ふむ。これが「()い奴」という感覚か。

 

 鑑賞会は数日にわたったので、休憩ごとにメディアを言葉責めしながら可愛がった俺はなにも間違っていないと思う。

 

 そうそう。バーサーカーがセイバーと士郎の関係を見て激昂したり、セイバールートのラストで号泣したり、第五次ランサーにこっちのランサーが武者震いしまくったり……と、他にもなかなかカオスがことになってしまった。

 

「……とまぁ、以上が観測次元にいた俺が見知った観測情報だ」

 

 他にも『Fate/hollow ataraxia』や他のシリーズ作品などもあるが、『Fate/Zero』と通じているのは『Fate/stay night』だけなので、今更他を見せる必要もないだろう、というのが俺の判断だ。

 

 いや、メディアには『Fate/hollow ataraxia』を見せておこう。

 

 あれは聖杯の根幹にかかわる物語だ。

 

 すでにメディアには大聖杯に宿る“この世全ての悪(アンリマユ)”対策を頼んでいる。最初は【王の財宝】に解決策を期待したが、直接的にどうにかできるものがなかったためだ。とりあえず大聖杯の解析を行ってもらっているが……

 

 でも、『Fate/hollow ataraxia』も、長いんだよなぁ。

 

 それに構造が特殊だから、どう見せればよいのやら。

 

 いっそゲームそのものを俺が自作するか? といっても、パソコン雑誌をみたら『FM-TOWNS』とか『X68000』とか『DOS/V』とかレトロネタで聞いたことしかないような機種が最新機種扱いされているような時代だ。OSだって『MS-Windows 3.0』とかいう聞いたこともない粗雑なもの。これでゲームを自作とか……ないわぁ。

 

「──っ ギル」

 

 と、メディアが声をかけてくる。

 

「んっ? ──あぁ」

 

 どうやら客人のようだ。メディアが構築してくれた洋館の結界が、侵入者の存在を教えてくれている。これは全員が感知できる仕様にしてあるが、やはり構築者であるメディアが一番敏感に反応するようだ。

 

「客人か。アサコ、案内してくれ」

「よろしいのですか?」

 

 とアサコが確認してきた。

 俺は半ばあきらめつつ、頷き返した。

 

「かまわん。どうせいつかは向き合う相手だ」

 

 感じられる侵入者の種別はサーヴァント。原作と異なり、セイバーがいまだ冬木に入っていない以上、この地に残る俺ら以外のサーヴァントはウェイバー・ベルベットに召喚されたライダーこと征服王イスカンダルだけだ。つまり、面倒くさそうなので後回しにしていたライダーと向き合わなければならなくなった、というだけのことである。

 

 ……まぁ、あれだ。

 

 宝具の相性を考えれば戦いになると俺のほうが上になる。だが知名度補正、いや世界に刻み込まれた印象という意味だと、おそらくギルガメッシュはアレクサンドロス三世に遠く及ばない存在だと言える。

 

 神話上の大英雄がヘラクレスだとすれば、歴史上の大英雄は間違いなく彼だ。

 

 ナポレオンやカエサルをはじめとする歴地上の著名人が大英雄であると賛美し、旧約聖書、コーラン、ゾロアスター教などのさまざまな経典にも登場。近代にも紙幣の肖像として使う国があり、さらにはトランプのクラブのキングのモデルでもある。

 

 ちなみにアレクサンドロス三世はアラビア語やペルシア語だとイスカンダルと呼ばれている。そちらが真名になっている以上、二つの角を持つ大王、“双角王(ズー・アル=カルナイン)”としての英雄伝説の影響が色濃いことを示唆している。

 

 下手をしたらイスラームの預言者としての特性まで付与されていたというわけだ。聖杯戦争の舞台が日本だったからこそ、そこまでの補正はなかったわけだが……

 

 ライダーの宝具、【王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)】の恐ろしさは、こうした背景があるこそでもある。おそらくだが、あの軍勢にはアレクサンドロス三世が直接率いた軍勢以外の面々も加わっているはずなのだ。

 

 いわゆるアレクサンドロス・ロマンスに魅入られた英傑たち。

 その数は……考えるだけで頭が痛くなる。

 真っ向勝負では、まず勝てないだろう。しかし、あくまで固有結界であるがゆえに、対界宝具を持つ俺との相性は最悪と言っていい。宝具の特性ゆえに、ライダーはなにをしようと俺には勝てないのだ。

 

 ほんと、よかった。この世界が『Fate/Zero』の世界で本当に良かった。もし『Fate/stay night』の直接的な過去だったら、イスカンダルは本気のギルガメッシュと拮抗する存在だったはずなのだ。それってどんだけトンデモないことなのか、【王の財宝】のチートっぷりを思えばわかろうというもの……

 

 って、そういえばセイバー組、まだ冬木に現れていなかったな。

 

 ……やばい、まだ気が抜けないってことか。

 

 守りを固めよう。俺は、死にたくない。死なないためにも、守りを固めよう。

 

 だからこそ──ライダーは、どうにかしないと。

 

>>SIDE OUT

 

 

 

>>SIDE OTHER

 

 ライダーは一升瓶を片手にアーチャーの洋館を訪れていた。

 身だしなみはラフそのもの。

 胸元に『Admirable大戦略』とプリントされたティーシャツを着込み、サイズ的な問題でピッチピチになっているジーンズを履いただけのマッチョな大男。一九九〇年代の日本では、その巨大すぎる体躯も相まって、確実に敬遠されるであろういでたちでの訪問である。

 

「たのもー!」

 

 それが日本での訪問を告げる言葉である。という正しいのか間違っているのか微妙な知識を仕入れていたライダーが声を張り上げた。

 

「我が名は征服王イスカンダル! 此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した! この館の主であるアーチャーに会いに来た! たのもー! たのもー!!」

 

 サーヴァントは真名を秘すのが常識──ということをツッコむ者はここに誰もいない。

 

 ほどなくして玄関扉が開かれた。

 

 出てきたのは漆黒の肌を隠さず、淡い桜色のメイド服を身に着けているハイティーンの少女だ。ただ、顔には白骨の仮面をつけている。ついでに灰青色の長い髪は、某キャスターのコーディネイトによってツインテイルにされている。すなわち、ハイティーン版萌えアサコである。

 

「ようこそおいでくださいました。マスターがお会いになるとのことです」

「うむ、ご苦労。案内を頼む」

「こちらへどうぞ」

 

 ライダーは敵地であるはずの洋館に、ひるむことなく足を踏み入れた。

 

 案内された先は二階の一室。

 

 部屋には向かい合わせのソファーがひとつ置かれているだけであり、室内には誰もいない。だがライダーは気にすることなく、ソファーの扉側に腰を下ろした。

 

──ガチャ

 

 彼が腰かけるのと同じタイミングで、部屋に隣接する廊下とは別の扉が開いた。

 姿を現したのは簡素な丸首シャツにスラックスといういでたちの金髪青年ひとり。

 

「ほぅ。貴様がアーチャーか」

「ああ。ギルガメッシュだ」

 

 ギルは座ったままのライダーの対面に向かい、そこに腰を下ろし、足を組んだ。

 ライダーは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「これはこれは……まさか最古の英雄王と出会えるとは」

「こちらこそ光栄だ、アレクサンドロス三世。(オレ)の亡き後、世界の果てを目指した大王と出会えただけでも、聖杯の招きに応じたかいがあるというもの」

「そこまで言われては照れるではないか。あぁ、これは差し入れだ」

 

 差し出されたのは、それまで手にしてた一升瓶。大吟醸だ。

 もっとも、近くの酒屋で買った程度の品であるため、それほど貴重でもない。

 

「ありがたく。──アサコ、これを。あと冷やしたアレを」

「承知いたしました」

 

 扉際に控えてたアサコが一升瓶を受け取る、退室していく。

 

「話には聞いていたが──」

 

 ライダーはにやりとギルに笑いかけた。

 

「──サーヴァントでありながら他のサーヴァントのマスターでもあるようだな」

「ああ。すでに受肉しているからな」

「なんと!? 聖杯に頼らずとも受肉できるのか!?」

「その程度できずして、なにが王か」

「これまた手厳しい。して、どのようにして受肉を?」

「秘密だ」

「ケチくさいではないか、英雄王」

「この世のためだ。貴様が受肉したら世界征服ぐらい、やりかねん」

「やらんさ。せいぜい征服戦争ぐらいだ」

「なにが違う」

 

 そうギルが告げたところで、失礼します、とアサコが入室してくる。

 ギルとライダーが黙している間に、盃と酒瓶が用意された。

 冷やされた神酒の類だ。

 最初の一杯はアサコが注いでくれたが、ギルの目配せを受け、アサコは退室する。

 

「我が財として所蔵している極上の酒だ。まずは一献」

「かたじけない」

 

 乾杯は軽く盃を掲げあう程度。盃をぶつける所作は中世騎士物語が盛んになってから生まれたマナーだ。ギルガメッシュとライダーが生きた時代は、そもそも乾杯の風習すらなかった頃でもある。

 

「──ほぅ、これは!」

「うまいだろ」

「うむ。うまい!」

 

 ライダーは悪びれることなく、極上の美酒を賛美した。

 

「さすがは最古の英雄王。これほどの酒を饗するとは、まっこと恐れ入った!」

「だからといって、(オレ)に下るつもりもないのだろ?」

「然り。貴殿よりすべての財を奪える日が待ち遠しく思えて仕方ないわ」

「さすが征服王……と、あきれておくべきところか」

「はーっはははは、貴殿にそういわれるとは逆に誇らしく思えてくるな」

 

 そうやってひと笑いするライダーだったが、一瞬で真顔になり、ギルに真剣なまなざしを向けた。

 

「時に、聖杯が穢れているというのは、誠か?」

「誠だ。(オレ)の后──キャスターが確かめた」

 

 ギルは盃を干すと、酒瓶を手に、まずライダーに酌をする。

 

「かたじけない」

 

 礼を告げつつ受けとったライダーは神酒を一口飲むと、こう告げてきた。

 

「なればアーチャー。我が軍門に下らんか」

「貴様は馬鹿か」

 

 ギルは自らの盃に手酌で酒を注ぐ。

 

「すでに大勢は決している。こちらはアーチャーである(オレ)のみならず、キャスターである后、さらにアサシン、ランサー、バーサーカーがいる」

「ぬぅ……バーサーカーも貴殿に下っていたのか」

「そもそも戦いの果てに得られるトロフィーは、今のところ世界を滅ぼす泥だけだぞ」

「そこよ。監督役とかいう者から聞いたが、此度の聖杯戦争、このまま勝者を決することなく終わる公算が高いとか。──真か?」

「真だ」

 

 ギルは神酒を舐め、足を組みつつ背もたれに片腕を伸ばした。

 

「もとより聖杯戦争は、地脈より吸い上げたマナが大聖杯を()たすことで開始される。ところが、此度の聖杯戦争ではサーヴァントこそ召喚されたが、願望器となるに必要なマナを泥が横取りしているらしい。

 問題は、その掃除方法だ。キャスターの公算では、たとえどのような形になるにしろ、元の願望器に戻そうとするのであれば、泥に奪われた分のマナ、つまり燃料が足りなくなってしまうそうだ。すなわち、掃除したところで貴様がこちらの全騎を消そうとも貴様が受肉することはない、ということだ」

「なんと……」

「だが(オレ)麾下(きか)に加わるというのであれば、慈悲をくれてやることもやぶさかではない」

「愚問だな」

 

 ライダーは熱い胸板をそらしながらギルを見下げるかのように腕を組んでみせた。

 

「そのような言葉を投げかけられては、是と言えるわけがないではないか」

「どうせ、そうでなくとも受肉の方法、力で屈服させて手に入れるつもりだろ」

「然り!」

「だろうな。貴様はそういう(いきもの)だ」

「褒められても手加減はせんぞ」

 

 ギルの口からは、もう溜息しか出てこなかった。

 

 予想通りと言えば、予想通りでもある。奸計を用いれば話は別だが、まっとうな取り引きでライダーを麾下に加えることは不可能だろうとギルたちは結論づけている。たとえ令呪をもって配下にしても、この征服王がまともにギルの言うことを聞くとは思えない。

 

 天は一つ。王は一人。つまりは、そういうことだ。

 

「だがな、ライダー。大聖杯がおかしくなっている以上、下手にサーヴァントが死んでしまえば、それだけで何が起きるかわかったもんじゃない。だからこそ(オレ)はこれまでサーヴァントを殺さず、麾下に加えることを優先してきた」

「まさか!」

 

 ガタッとライダーが立ち上がる。

 

「おぬし、余と戦わぬつもりか!?」

「あぁ。大聖杯がどうにかなるまでは、挑まれようとも戦わん。逃げるぞ」

「つまらんではないか!」

「今を楽しめばいいだけの話だろ。それとも現代はつまらんか?」

「いや、そうでもないが……」

 

 ライダーは大きなため息をついてソファーに腰を下ろした。

 

「……なぁ、英雄王」

「なんだ、征服王」

「それはつまり、なにをどうするにしろ……大聖杯がどうにかなるまで、余はウェイバーと共にあり続けるしかない、ということなのか?」

「なんだ。あの小僧といるのが嫌か?」

「そうであったのなら、どれほど楽なことか……」

 

 ライダーは重々しく溜息をついた。

 予想外の反応だ。

 ギルは顔をしかめつつ、深刻な表情をみせるライダーに尋ねた。

 

「なにがどうした」

「ナニが、どうにかしそうなのだ」

「……はぁ?」

「貴殿は直接、余のマスターを見たことがあるか?」

「直接はないが、キャスターの使い魔を通して姿を見たことなら──」

「ならばわかろう」

「なにをだ」

「あれの凶悪さだ」

「………………………………凶悪?」

 

 ウェイバー・ベルベットは凶悪どころか華奢でヘタレ気味な少年だ。原作ファンからヒロイン扱いを受けるような人物であり、ライダーが「凶悪」と呼ぶような要素などかけらも存在しない。それはこの世界でもそうだ。それなのに……凶悪?

 

「たまらんのだよ。ああも無防備で眠られては」

 

 消沈するライダーのその言葉に、ギルは嫌な予感を覚えた。

 

「まさか……」

「余の趣味ではないと思っておったのだがな……性欲を持て余す」

「あー」

 

 史実におけるアレクサンドロス三世は虹彩異色症(ヘテロクロミア)の両性愛者で、どちらかといえば男色をより好んだという話が残されている。おまけにアイリアノスの『ギリシア奇談集』には、優秀な部下に対しては重用する一方で優れた能力に嫉妬心を抱いており、そのせいか、将軍としてぬきんでたところのないヘファイスティオンを寵愛していたと語られている。

 

 ギルは詳細こそ知らなかったが、大枠は覚えていたため、こう思わずにいられなかった。

 

(まさかヘタレ好きだからこそウェイバーに……?)

 

 などと心の中で彼がつぶやいた──まさにその瞬間、それは起きたのだった。

 

「うっ……」

「んっ?」

 

 見るとライダーが、胸元を片手で抑えつつ小さくうめいていた。

 

「どうした、ライダー」

「わからん。わからんが……なんだ、これは。チカラが抜けていく……?」

 

 ほぼ同時に、メディアからの念話がギルの脳裏に響く。

 

(ギル。大聖杯が閉じたわ)

(閉じた? どういうことだ?)

(ちょうど、そこにいるライダーの魔力の流れを観察してたおかげでわかったの。どうやって英霊なんてものをこの世につなぎとめていられるのか疑問だったけど、今の今までは大聖杯が抑止力を誤魔化す術式を動かしていたみたい。それが止まったのよ)

(待て。だったら、俺たちはどうなんだ?)

(私たちは微妙ね。そもそもあなたはサーヴァントであってサーヴァントではない、“なんでもあり”な存在でしょ? そんなあなたのサーヴァントである私たちが、あなたの生み出した陣地の中にいるのよ? 大聖杯に頼らずとも抑止力ぐらい、どうとでもなるわ。でも、どうして急にこうなったのか……今は誰も大聖杯に近づいてすらいないのよ?)

 

 瞬間、ギルは思い至った。

 

「そうか。奴らかッ!」

 

 ギルは立ち上がり、【王の財宝】から【豊穣の神乳(アルル)】を取り出した。

 

「ライダー。これを飲み、今すぐ貴様のマスターをここに連れてこい」

何故(なにゆえ)だ」

「先ほども言ったはずだ。今は一騎たりともサーヴァントを落とすわけにいかない。だが、このまま放置すれば、貴様が干からびて死ぬか、貴様のマスターが魔力不足で干からびて死ぬかのどちらかだ」

「なるほど。では、同盟ということか」

「……そうだな。とりあえずは、そういうことにしておく」

「よかろう。その申し出、受け入れる!」

 

 立ち上がったライダーはギルの手から黄金瓶を奪い取ると、【豊穣の神乳(アルル)】を喉を鳴らして飲み込んだ。

 

「うまいッ! なんだこれはッ!」

「神の酒だ」

「なるほど、これが名高き【天上宮の酒(ネクタル)】か!」

 

 ライダーは喝采をあげつつ再び一口。

 

「して、英雄王。何か仕掛けたという(やから)、心当たりがありそうだが?」

「ある」

「セイバーとそのマスターか」

「その上だ」

「上?」

「聖杯戦争という仕組みを作り上げた御三家の一角──アインツベルンだ」

 

 ギルは眉間にしわを寄せながら、遠く西の方向をにらみつけた。

 

「奴らは冬木(ここ)から遠く離れた自らの領地で英霊を召喚している。その事実を軽んじるべきではなかった」

「どういうことだ?」

「わざわざ冬木を訪れなくとも令呪を宿し、英霊を呼び出す……それらを可能とする裏道、大聖杯と結びつく何かを、奴らは領地に隠し持っていた可能がある。わかるか、征服王。聖杯戦争には英霊にすら秘された部分がある。奴らはそれを使い、仕掛けてきた。文字通りの戦争だぞ、これは」

 

 ギルが召喚されてから六日──第四次聖杯戦争は誰もが予想しなかった“長期戦”へと駒を進めることになるのだった。

 

>>SIDE END




修正前は性欲を持て余したライダーが悩みを打ち明けたあと自分勝手に吹っ切ってしまい、ウェイバーをアーッして「戦いもないんだから旅に出ようぜ」とばかりに諸国漫遊に出てしまってフェードアウト──というものでした。我ながらヒドイ。

なお、今回紹介するステータスは修正前の「弱体化したけどウェイバーと旅立った」バージョンです。本作中では原作と同じという形になります。


【無銘の麦酒】
ランク:─
種別:財宝
レンジ:─
最大捕捉:─
 最古の黒ビール。そもそも最古の酒の記録は紀元前四〇〇〇年頃のシュメール人のもの。いわゆるビールやワインを作っていたことが確認されているが、現代的な意味での酒とは違い、アルコール度数も低く、どちらかといえば「安全に飲める味のついた水」か「ドロドロの飲用食料」という感覚に近い。だが後世の影響を受けまくる型月世界では、バ○ワイザー以下という古代の麦酒が極上の逸品に昇華されている!……ということにしておきます。


■ステータス
【騎座】ライダー
【主師】ウェイバー・ベルベット
【真名】イスカンダル
【性別】男性
【体躯】212cm・130kg
【属性】中立・善
【能力】筋力D 耐久C 敏捷F 魔力E 幸運D 宝具A++
【クラス別スキル】
・対魔力 :E(D)
・騎乗  :B(A+)
【固有スキル】
・カリスマ:B(A)
・軍略  :C(B)
・神性  :D(C)
【補足】
 東地中海文化圏が生んだ世界に名だたる征服王。王位についてから蜂に刺されて死ぬまでのわずか十二年でギリシア、エジプト、ペルシアという当時の先進地域を全て征服した覇王。ヘラクレスとアキレウスの末裔であり、数々の聖典にその名を残し、歴史上の偉人たちも称えるなど、およそ“王”としての格で言えば最上位に位置する大英霊。あまりに勇猛すぎたせいで、死後、蹂躙したはずの中東世界で逆にイスカンダル双角王(イスカンダル・ズルカルナイン)として英雄視されたほどの規格外。名前からするとアレクサンドロス・ロマンスの影響を受けているはずなので、本当ならエジプトの王子で、世界の果てを求めてあらゆる国々をさまよい、裏切りによって殺されたはずだが、『イーリアス』を好んでいたところを見るとアキレウス万歳なアレクサンドロス三世の影響が強いらしい。まぁ、型月世界なので細かいことは気にしない方向で。いずれにしてもギリシアの覇者で、ペルシアの支配者で、正式なファラオでもある。
 本作では原作同様、ウェイバーに召喚されたが、偽ギルの介入で無辜の日々をすごさざるをえなくなる。最終的に偽ギルから【抑制の装身具】を受け取り、ステータスとスキルをダウンさせた状態でウェイバーの使い魔となり、諸国漫遊の旅に出立している。この主従の関係は、薄い本が厚くなる方向なので深く追求しないに限る。がんばれ、ウェイバー。
【宝具】
【遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)】
ランク:A+
種別:対軍宝具
レンジ:2~50
最大捕捉:100人
 ゼウスに捧げられた【神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)】による蹂躙走法。【神威の車輪】そのものは二頭の飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)が牽引する戦車(チャリオット)であり、空も稲妻を踏みしめて駆けることが可能。個人的には、どうして人喰い馬なブケパロスではないのか首を捻ったが、ウェイバーを伴うことや、ちゃんとラストでブケファロスに乗っていたあたり、虚淵先生うまいなぁ、と感心させられた要素でもある。なお、FGOではちゃんとブケファロスのほうが宝具化されていたが、あの紅顔の美少年がこうなるとは……【神の祝福(ゼウス・ファンダー)】の罪は深い。
 本作中では弱体化後、魔力不足で【遥かなる蹂躙制覇】そのものは使えなくなっているが、【神威の車輪】は普通に出せるので便利な移動手段として利用している。ことにしてある。
【王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)】
ランク:EX
種別:対軍宝具
レンジ:1~99
最大捕捉:1000人
 アレクサンドロス・ロマンスの体現と言ってもいい規格外の逸話型宝具。蒼穹の大荒野からなる固有結界を展開し、生前率いた兵たちを独立サーヴァントとして連続召喚、数万の軍勢で敵を蹂躙するという征服王の征服王たる所以をあますところなく現した代物。アニメ版での展開シーンで「然り!然り!然り!」と連呼した人は多いはず。作者はした。ただし本作では弱体化後、魔力不足で使えなくなっている。それでもブケファロスは呼べば普通に出てくる。


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第08話 聖杯戦争の落としどころ

ようやくセイバー組が登場。終わりが見えてくるのですが……


>>SIDE OTHER

 

 大聖杯に異変が生じた二日後、ランサー組ことケイネス・エルメロイ・アーチボルトとソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは冬木を離れ、ロンドンへと戻っていった。

 

──無期限中止の聖杯戦争にいつまでもかかわっていられるほど暇ではない。

 

 というのが辞退の理由である。

 

 その後、魔術協会はケイネスの口から此度の聖杯戦争の詳細を把握していくことになる。

 

 すべての発端は前回の聖杯戦争でアインツベルン家が儀式をゆがめてしまったところにある。これにより聖杯戦争の術式に“この世全ての悪(アンリマユ)”という汚物が混入したため、聖杯から願望器としての機能が失われてしまったのだ。

 

 これを看破したのは遠坂時臣が召喚したアーチャーだった。即座に事実を看破したアーチャーは、所持する宝具によって契約を打ち切ったばかりか、令呪そのものを奪い、自主的な行動を開始してしまう。

 

 その後、アーチャーはキャスターを召喚。そのマスターとなった。

 

 ほどなくして何らかの手段で、遠坂時臣の弟子にして監督役・言峰璃正の息子である言峰綺礼よりアサシンの支配権を奪取。その令呪も奪ったらしい。

 

 この時点で教会は聖杯戦争の無期限中止を宣言しているが、アーチャーはそれを無視するかのようにランサー、バーサーカーにも手を伸ばした。

 

 ランサーのマスターであるケイネスに対しては取り引きを提示。ケイネスは熟考の末、聖杯戦争再開の目途が立たないことを理由にこれを受諾。ランサーの支配権を渡し、令呪を放棄する対価として、魔術的に貴重な何かを入手した。

 

 なお、何を得たかは魔術師の秘事として秘匿されている。これを責める声もあるが、もとより魔術師は秘密主義の集団だ。かろうじて錬金術に使われる貴重な素材らしいとの噂は流れたものの、万能の願望器である聖杯に至る権利の対価だと考えれば、むしろ安い取り引きであったかもしれない、というのが多勢を占める意見である……

 

 一方、バーサーカーに関する出来事は過激の一言。ケイネス自身がアーチャーより聞いたことをすべて信じるとすれば、此度のバーサーカーのマスター、間桐雁夜は間桐家の養女である間桐桜の治療を望み、聖杯戦争に参戦したらしい。

 

 なんでも、当主・間桐臓硯は遠坂時臣から次女を“間桐の魔術師”にするという約束で養女に迎え入れたが、実際には人喰いに落ちていた間桐臓硯の餌を生み出し続ける出産装置になるよう体の調整が進められていたのだとか。これを知った間桐雁夜は、間桐臓硯への嫌悪感と幼馴染みである遠坂葵の娘を救うためにマスターになったというわけだ。

 

 だが、マスターになった時点で、すでに間桐桜の調整は後戻り不可能な段階まで進んでいた。それを知った間桐雁夜は間桐臓硯を深く恨んだが、彼自身には魔術的に当主を裏切れない仕掛けが施されており、復讐も果たせなかった。そこで、間桐雁夜はアーチャーに取り引きを持ち掛けた。

 

──間桐家を滅ぼし、私も、桜も、すべて人として弔ってくれるなら……なんでもする。

 

 バーサーカーの支配権と令呪を譲り受けたアーチャーは、約定通りに間桐家を潰した。

 間桐雁夜も、間桐桜も人として弔った。

 そして、間桐臓硯も滅ぼした。

 

 ……実際にはメディアによる治療を経た雁夜と桜は──特に桜は記憶も魔術的才能も消し去ったうえで──過去を捨て、新天地へと旅立っているのだが、そうした事実は完全に潰されている。

 

 なにしろ間桐雁夜と間桐桜の遺体が存在していたのだ。

 

 用意したのはギルの指示を受けたメディアである。毛髪から即席のホムンクルスを作り、それらしい細工まで施したのだから、さすがは神代の大魔術師といったところだろう。

 

 閑話休題。

 

 こうして誰もが予想しえない展開を示している此度の聖杯戦争。その元凶であるアインツベルン家は長く沈黙を保ち続けていった。各方面から脅迫にも等しい抗議がありながらも、彼らは自らの領地に引きこもり、なにひとつ動きを見せなかったのだ。

 

 そうした状況が変化したのは聖杯戦争開始から、約半年後のことになる。

 

 すでに季節は冬を過ぎ、晩夏を迎えていた。

 

 おかしな聖杯戦争は、実にあっけなく、ただ一度の戦いで終わりを告げることになるのであった……

 

>>SIDE OUT

 

 

 

>>SIDE ギル

 

「陛下。ようやくアインツベルンが重い腰をあげました」

 

 洋館の応接間で俺と相対しているのは、ようやくいろいろな意味で落ち着きを取り戻してきた遠坂時臣その人だった。

 

 最初に呼び出したのはケイネス先生が帰国した翌日のこと。

 もっとも、すぐには訪れなかった。

 時臣は時臣であちこちと連絡をとりあい、悩み、苦しみ──呼び出しから四日後、ようやく洋館を訪れたのだ。

 

──お久しぶりです、陛下。お呼びとのことですが、どのような用件でしょう。

──養女に出したおまえの娘についてだ。

 

 俺はケイネス先生に伝えた間桐家のウソ話を伝えた。どうやら時臣自身、ケイネス先生の報告を何かしらのルートで手に入れていたらしく、桜の偽遺体を引き渡すと神妙な面持で受け取った。

 

 その後、アサコに監視させると、時臣は魔術的に偽遺体をくまなく調査したことがわかっている。もちろん、神代の魔術師であるメディアの偽装を見破れるわけもなく、体内が蟲により変質した跡を発見したところで号泣。偽遺体を妻と幼い遠坂凛にも見せ、家族三人、悲しみにくれながら──魔術的な悪用をさせないために──火葬に伏し、冬木教会にある遠坂家の墓へと埋葬するに至った。

 

 後日、改めて時臣を呼ぶと、今度はすぐ訪れた。

 

──陛下。桜のこと、深く感謝いたします。

 

 話ができるようになったところで大聖杯についてメディアも交えてあれこれと語りあい、さらに後日、言峰璃正も呼びつけ、とりあえずの協定を結ぶことにした。

 

 言ってしまえば相互不干渉。ただ、基本的に冬木の防衛に関して、オーナーである遠坂家の要請があればそれに協力。もし次の聖杯戦争が起きた場合、監督補佐として監督に協力する。そういった簡単な取り決めを交わしあった、という感じだ。

 

 これに伴い、大きくふたつのことをしている。

 

 ひとつは戸籍の入手。

 

 苗字はゴールデン。時臣に任せたらこうなった。

 

 ギル・ゴールデンこと俺が戸主。二十四歳。

 メディア・ゴールデンは妻。同じく二十四歳。

 アサコ・ゴールデンは妻の妹。二十歳。

 ランサー・ゴールデンとバーサーカー・ゴールデンはメディアの従兄弟で二十三歳と二十九歳ということになっている。

 

 年齢と続柄はメディアに任せたら、こうなった。どうしてこうなった。

 

 なお、俺とメディアについては真名を隠す気ゼロだ。すでにその筋ではこっちの真名がバレバレなのでランサーとバーサーカー以外は牽制の意味で明かす方向にしている。

 

 いずれにせよ、公的な立場を整えると共に、俺たちは本格的に残存できる体制を整えることにした。もちろん、使うのは【偉大なる神々の家(バビロン)】だ。

 

 言ってしまえば、大聖杯だけでなく、【偉大なる神々の家(バビロン)】とも結びつくことで弱体化することなく残存できるようにしただけだが、メディアの魔改造を受けた【偉大なる神々の家(バビロン)】は大神殿より上の大要塞の域へと進化してしまい……これ、真祖の姫とか遊びに来ないよな? 大丈夫だよな???

 

 なんにせよ。

 

 セイバー組がどうしているのか謎だが、俺たちは表向きにも魔術的にも堂々と冬木市に長期逗留できる体制を確立。それを受け、俺は正式に洋館を自分のものにする手続きを行った。

 

 念のため【王の財宝】から出した大量の宝石を格安で時臣に売りつけ軍資金を確保、バブル崩壊まっただ中なので軽く先物で勝負し、軍資金も新たに用意したのだが、気が付けば濡れ手に粟の大金持ちになっていたのは完全な余談だと思う。

 

 というか、なんとなく【黄金律】の限界を確かめようと万遍なく株を買ってみたら、株価下落が止まってしまった。【黄金律】ぱねぇ。世間では急落の反動と報道されているが、これ絶対、俺の【黄金律】のせいだ。ほんと、すさまじいスキルだな、おい。

 

 閑話休題。

 

 軍資金ができたので籠城のために物資の鬼買いを開始。ついでに、せっかく『Fate/Zero』なのでYAMAHA V-MAXを購入。劇中のセイバーのように甲冑をつけられるか試してみたところ、「セイバー・モタード・キュイラッシェ」ならぬ黄金の「ゴールド・モタード・キュイラッシェ」が生まれてしまった。

 

 なお、車とバイクは現代の馬だ、という俺の主張を真に受けたアサコとランサーとバーサーカーも軽々と免許を取得。ランサーの「ブルー・モタード・キュイラッシェ」とバーサーカーの「フォー・サムワンズ・グロウリー・モタード・キュイラッシェ」と俺の「ゴールド・モタード・キュイラッシェ」でレースをした結果、時臣が土下座しそうな勢いで、お控えください、と言ってきたのはいい思い出だ……

 

 そうそう。

 

 大聖杯に異変が生じてから一ヶ月後、時臣から妙なことを頼まれた。

 

──陛下。ルーマニアと呼ばれる異国にサーヴァントを誰か派遣することはできませんか?

──子細を言え。

──はっ。第三次聖杯戦争に参加していたユグドミレニア家という魔術の家門が冬木の大聖杯を真似た魔術儀式を決行したとか。しかしながら、術式は暴走してしまい、槍を無限に大地から突き立たせる竜にも似た異形のサーヴァントが顕現しただけにとどまりました。すでに彼らの本拠地、トゥリファスは死都と化しているとか。教会の埋葬機関も動いているとの話ですが、聖杯戦争の本家として冬木の管理人である遠坂も対処するようにと、時計塔から要請が来ております。

 

 『Fate/Apocrypha』だ。

 

 同作は第三次聖杯戦争でアインツベルンがアヴェンジャーではなくルーラーを召喚したことでナチス=ドイツによる大聖杯の奪取が成功してしまい、その移送中にユグドミレニア家が強奪。戦争のどさくさに紛れて全てを誤魔化し、ついには大聖杯の再起動にこぎつけたことで魔術協会の権益を時計塔から奪い取るべく決起したところから話が始まっている。

 

 だが、この世界ではアヴェンジャーが呼ばれている。そうである以上、無関係だろうと高をくくっていたが……どうやら、そうでもなかったらしい。

 

 考えてみよう。

 

 ユグドミレニア家は英霊を召喚できる大聖杯をあきらめきれるのか? 『Fate/Apocrypha』に登場するダーニック・プレストーン・ユグドミレニアのことを考えれば、そうやすやすと諦めるとは思えない。

 

 なるほど。この世界では、強奪こそ失敗したが、部分的な模倣には成功したわけか。

 

 だが不完全だったがゆえに召喚したサーヴァントが暴走してしまった。

 呼ばれたのはおそらく原作における黒のランサー。

 暴走しているということは、クラスはバーサーカーあたりか? それとも騎座の術式そのものが不完全な状態のままか? どちらにしろ、その振る舞いからすると反英霊として召喚されてしまい、そのまま制御不能になったと考えるべきだろう。

 

 ……『Fate/Zero』や『Fate/stay night』の世界では、どうだったのだろう?

 

 ユグドミレニア一族のことだ。同じように模倣を試みていた可能性は高い。だが、起動させなかった。しかし、この世界では起動させた。何故か。やはり第四次聖杯戦争が長期戦と化しており、今なら大きな実験を行っても本家の騒動で隠し切れると思ったせいだろう。

 

 メディアに調べてもらったところ、大聖杯は機能不全を起こしているらしい。

 

 当初、アインツベルンは数の差を覆すべく、聖杯大戦の引き金となる予備のシステムを起動させようとしたらしい。だが“この世全ての悪(アンリマユ)”に侵されている今の大聖杯がまともであるはずもなく、数日にわたる儀式を経ても英霊の顕現を補佐する術式が閉じてしまう結果にとどまった。

 

 その影響は……ぶっちゃけ、俺たちには何もない。

 

 俺自身、どうやらすでにサーヴァントではないらしい。というか、異変が起きた時に何も感じなかったことでわかる通り、大聖杯とのつながりがなくなっているようだ。いくらチート転生者(ゲイリー・ストゥ)だからといって、なんでもありすぎて笑うしかない。

 

 そんな俺をマスターとしているメディアやアサコ、ランサーやバーサーカーも状況は似ている。当初は【偉大なる神々の家(バビロン)】の外に出ると魔力の消耗が激しくなったが、メディアが【偉大なる神々の家(バビロン)】を魔改造、ここに自分たちを結び付ける細工を施すことで、問題が解決してしまった。

 

 ……抑止力、仕事しないよな? 大丈夫だよな? 今でも少し不安なんだが。

 

──陛下にこのような雑事をお願いする御無礼、お許しください。ただ、陛下に対する魔術協会の横やりを防ぐには、これが最善かと……

 

 魔術協会の要請を受け入れる態度を見せることで余計な蠢動を防ぐ。

 悪手ではない。だが便利屋扱いは御免こうむりたい。

 と、俺はその時、ひとつの妙手を思いついた。

 

──(オレ)は動かぬ。が、暇をしている英霊が一騎いるぞ。

 

 ライダーだ。そういう面倒事は、面倒な奴に押し付けるに限る。

 

──そういうわけだ、征服王。毎晩毎晩、貴様が【聖娼婦の天蓋付寝台(シャムハト)】を使い倒している代金として、貴様がルーマニアで戦ってこい。

 

 あれ以来、ライダーは【聖娼婦の天蓋付寝台(シャムハト)】を愛用している。これで性格も矯正されると良かったのだが、征服王の性格が宝具程度でどうにかなるものなら世界平和のひとつやふたつ簡単に実現しているだろう。

 

 なお、俺の知らぬ間にウェイバーも【聖娼婦の天蓋付寝台(シャムハト)】に引き入れて楽しんでいた模様。いろいろな意味で大人になってしまったウェイバーは、以後、メディアの助手めいたことを始め、“魔術師としては三流だが研究者・教育者としては一流”とされる自身の素養に気づき始めたようだ。

 

 なにはともあれ、ライダーを【偉大なる神々の家(バビロン)】に結び付け、大量の【豊穣の神乳(アルル)】を持たせた上でウェイバーとライダーをルーマニアに送り込むことにした。その後は黒いセイバーがどうとか、ルーラーがどうとか、獣か何だかの魔術師がカオスでどうとか、ホムンクルスの少年を拾ったとか、埋葬機関のカレーが怖いとか、あっちはあっちでトンデモ大冒険が続いているようだ。冬木が平和なので、別にどうでもよいのだが。

 

 閑話休題。

 

 そんなこんなで厄介ごとをライダー組に押し付け、【王の財宝】の品々を協会や教会に流すことで社会的立場を強化しつつ現代文明を謳歌させてもらっていた俺たちだったが、ようやく最後の陣営、セイバー組が動き出したという知らせを時臣がもたらした、というのが現時点だったりする。

 

「ようやくか。いつごろ、誰が来る予定だ?」

「知らせによると当主息女、アイリスフィール・フォン・アインツベルンがセイバーらしき人物と共に飛行機にて移動中とのことです」

「……二人だけか?」

「助っ人の衛宮切嗣は所在が確認できていません」

 

 なるほど。そうなると……

 

「すでに冬木に紛れ込んでいる、か」

「まさか」

「おまえから受け取った報告書を見る限り、衛宮切嗣は魔術師ではなく魔術使い、それも極端なくらい神秘に頼らない暗殺者そのものだ。侵入者を感知するために結界を用いず、赤外線センサーを用いる。打倒するために眼前で魔術を用いるのではなく、遠方から対魔術的な処理を施した弾丸で狙撃する。そういう相手だ」

「なんと……」

 

 魔術師としての誇りが服を着て歩いているようなこの男は、衛宮切嗣の在り様に眉を寄せて見せた。

 

「いずれにせよ──向こうの対応を見る。素直に聖杯を掃除するなら、それでよし。現実も、無期限中止の宣言も無視し、あくまで聖杯戦争での勝利を目指してこちらに襲い掛かってくるなら、それもまたよし。だが……時臣、念のため、呼び戻しておいた妻子とともに冬木を離れておけ。アインツベルンは信用ならん。冬木の管理者まで妙なことに巻き込まれてしまっては、収まるものも収まらなくなる」

「ご配慮、痛み入ります」

 

 残る懸念材料は言峰綺礼か……だが、奴の愉悦フラグはすでに折っている。

 なんということはない。

 綺礼の性質は神の試練(ディプシリン)ではないか、みたいなことを囁いただけだ。愉悦する方向が信仰に反していることも、新約聖書で語られる誘惑の証左とも言えるわけだし。

 

 すると綺礼は何かを考え込み、先々月、冬木から旅立ってしまった。

 どこに向かったのかは聞いていないし、聞くつもりもない。

 だから大丈夫だろうとは思うが……それでもあの地獄麻婆だからなぁ。

 

 まっ、どうにかなるだろ。そのための準備は、いろいろとしてきたわけだし。

 

>>SIDE END

 

 

 

>>SIDE OTHER

 

 冬木に到着したアイリスフィールとセイバーは、即座にメディアの使い魔によって捕捉された。アサコも監視と追跡を開始。セイバー組は冬木に着くなり、まっすぐ教会へと向かい、そのまま事前に手配していたらしいレンタカーのメルセデス・ベンツ300SLで郊外にあるアインツベルンの城に向かった。

 

 教会の言峰璃正を経由する形でギルにも連絡が届く。

 

──アーチャーと聖杯戦争の今後について協議したい。

──冬木市郊外のアインツベルン城に来られたし。

 

 あからさますぎる罠だ。

 

「メディア。アサコ。衛宮切嗣と久宇舞弥は捕捉できたか?」

「いえ、こっちはなにも……」

「申し訳ありません」

「そうか……」

 

 ギルは今更ながら、セイバー組に時間の猶予を与えすぎたことに気が付いた。これだけの時間があれば、尋常ならざる手段──たとえば市外から地下に穴を掘って少しずつアインツベルン城に移動する等──を使うことも不可能ではない。だが、だからといって自分からヨーロッパに向かい、アインツベルンの領地に殴り込みをかけるのも下策だ。英霊とて無敵ではない。【王の財宝】とて完全な万能には程遠いのと同じように。

 

「まずは使い魔を出す」

 

 ギルのその決定を受け、メディアが使い魔を夜空に放った。

 

 使い魔はほどなくアインツベルン城に到着。開きっぱなしの玄関ホールから入ると、結界による感知で到着に気づいていたアイリスフィールとセイバーが玄関ホールの階段の踊り場で待ち構えていた。

 

「ようこそおいでくださいました、最古の英雄王」

 

 白地に黄金色の装飾が施されたイブニングドレスを身にまとうアイリスフィールが優雅にスカートをつかみあげながら、玄関ホールの中空で静止した不可視なはずの使い魔に向けて挨拶をなげかけてくる。メディアがわざと気配を漏らしているため、容易に気が付いたらしい。

 

 そんな彼女の前、二段ほど階段を降りたところには、スーツ姿のセイバーが油断なく使い魔を見据えていた。

 

──(オレ)を呼びつけるとは、なかなかいい度胸だな。アインツベルン。

 

 ギルは使い魔を通じ、声だけを向こう側に伝えた。

 アイリスフィールは頭を下げたまま、穏やかな声を投げ返した。

 

「貴方様を恐れるがゆえと、どうかご寛恕ください。こちらはできそこないのホムンクルスが一体と、セイバーとはいえサーヴァントが1騎のみ。すでに大神殿の域にある貴方様の居城を訪れるには、あまりにも矮小な身の上なのです」

 

──なるほど。して、今になって(オレ)を呼びつけた理由は、なんだ?

 

「ご相談したいことがございます」

 

──回りくどい。交渉事なら、要求を率直に言え。

 

「こちらにいるセイバーの支配権と令呪を提供します。対価として、大聖杯の浄化がなされた際には、聖杯戦争の勝者としての権利をお譲りいただけないでしょうか?」

 

──ほぅ。そう来たか。

 

 それはギルたちが想定した数ある“アインツベルン家がとりえる選択肢のひとつ”だった。少なくとも、これまでのギルの動きを見ていれば、配下としてサーヴァントを集めているように見えなくもない。そのあたりを交渉材料にする可能性は、すでギルたちも予見していたのである。

 

──だが、セイバー自身は承知しているのか?

 

「無論のことだ」

 

 アイリスフィールの代わりにセイバーが答えた。

 

「ただし、聖杯戦争の勝利者としての権利を私にも認めることが前提だ。もとより貴様は聖杯を自分のものと見定め、これを勝手に奪い合うこと、そのものをよしとしないがゆえに召喚されたと聞いている。ならば戦争帰結後の大聖杯を己のものとすればいい。私も、マスターも、アインツベルンも、それに異を唱えない」

 

──面白い提案だ。だが、疑問もある。なにをもって聖杯戦争の勝者としての権利を行使するつもりだ? もともと聖杯戦争は他のマスターとサーヴァントをすべて脱落させた最後の一組が勝者となる儀式だったはずだが?

 

「抜け道があります」

 

 と、アイリスフィールが告げた。

 

「他のマスターに触れられながら、令呪の1画を使い、聖杯戦争の敗北を宣言することで、そのマスターと麾下のサーヴァントは聖杯戦争で敗れたことになります。アインツベルンが駒を増やすために仕掛けておいた秘伝です」

 

──つまり、(オレ)にそれをやれと?

 

「はい。大聖杯の浄化は今晩から明日にかけて行います。誠に申し訳ございませんが、明日の夜、貴方様自ら、こちらにおいでいただきたいのですが……」

 

──面倒だ。貴様らが来い。

 

「申し訳ございません。浄化の儀式のあと、私自身が術式のかなめとなってしまいますので、ここを動くことができなくなります。浄化そのものも絶対確実とは言えないため、万が一にそなえ、この城で外に悪影響が出ないよう、結界を張り巡らせたうえで行います。結界が解けたあと、私が存命であれば、儀式は成功したことになります。失敗すれば私は死に、セイバーも消え、貴方様が勝者ということになります。その際には──」

 

──穢れた聖杯が勝手に起動してしまうわけか。

 

「重ねてお詫び申し上げます。その際には、どうぞ聖杯をご破壊下さい」

 

 アイリスフィールの訴えは以上だった。

 ギルも返答を控える。

 沈黙の静寂が舞い降りた。

 アイリスフィールは深々と不可視の使い魔に向けて頭を下げている。セイバーはジッと使い魔をにらみつけ、洋館ではソファーに腰かけるギルが苦笑しつつ、隣に腰かけているメディアの肩を引き寄せ、彼女の髪に鼻先を埋めた。

 

──いいだろう。

 

 実際には十数秒だったが、数分にも思えた静寂をギルの声が破った。

 

──明日の夜、この時間に邪魔をする。儀式の成功を祈ろう。

 

「ありがとうございます」

 

 アイリスフィールが感謝の言葉を告げるのと同時に、不可視の使い魔は存在力を解かれ、ただの魔力の残滓に変わり果てた。

 

 こうして第四次聖杯戦争の落としどころが話し合われたわけだが──それが額面通りであるとは、セイバー組も、ギルたちも、楽観してはいなかった。

 

>>SIDE OUT




最大の修正事項は「大聖杯の予備システムの有無」です。

無いと設定しても良いのですが、もともと本作は『Fate/Apocrypha』を読んでいるうちに、ふとした思いつきから書き殴った作品だったりします。それもあって、有ることを前提に、これを機能させず、ひとまず『Fate/Zero』編を終わらせられるだけの屁理屈を考えてみた、というのが今回になります。

ついでに、続編を書くときのために、先にユグドミレニア一族を瓦解させておくべく(さらにライダー組の新たな追放先としてw)、ルーマニアで騒動を起こさせておきました。

ぶっちゃけ、もっと丹念に書き込めばいくらでも長くなるネタばかりですが、本作のコンセプトが「ギルえもん」なので、あまり関係しないところはバッサリとカット! 大人の階段を登ったウェイバーくんの活躍は、みんなの心の中で語られているに違いない(無責任

そんなこんなで。

今回は宝具ネタがないので、まだ書いていなかったバーサーカーのステータスを。まぁ、そのまんま、だったりしますが。

■ステータス
【騎座】バーサーカー
【主師】アーチャー(ギルガメッシュ)
【真名】ランスロット
【性別】男性
【体躯】191cm・81kg
【属性】秩序・中庸
【能力】筋力A 耐久A 敏捷A+ 魔力C 幸運B 宝具A
【クラス別スキル】
・狂化:E(C)
【固有スキル】
・対魔力:C
・精霊の加護:A
・無窮の武練:A+
【補足】
 アーサー王伝説に登場する「円卓の騎士」の一員にして武勇、忠節、立ち振る舞い、血筋、生い立ちと、そのすべてが理想の騎士を体現している『湖の騎士』。同時に、王妃ギネヴィアとの不倫によって円卓を、キャメロットを、アーサー王を破滅へと導くきっかけとなった『裏切りの騎士』でもある。原作者をして「さしずめランスロットの起源は『傍迷惑』とでもいったところだろうか」と言われてしまうほど、とにかく間が悪く、真面目くんが追いつめられて感情に走ったら最悪の事態が発生しまくる、という典型のようなポジションに置かれている。
 実は十二世紀後半のフランスの詩人クレティアン・ド・トロワが生み出した「ぼくのかんがえたさいきょーのきし」であり、アルスター物語群れのノイシュ、フィン物語群のディルムッド・オディナからいろいろパクった空想上の人物。本作では【聖娼婦の天蓋付寝台(シャムハト)】で【狂化】が解除されつつも弱体化したものの、ギルと契約したことでステータスの弱体と上昇が相殺されている。
【宝具】
【騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)】
ランク:A++
種別:対人宝具
レンジ:1
最大捕捉:30人
 手にした武器に、自らの宝具としての属性を与え、駆使する権能。どんな武器、兵器であろうと手にした時点でランクD相当の宝具となり、元からそれ以上のランクの宝具であれば、従来のランクのまま支配下に置くことができる。敵の策に嵌った際に、丸腰であったがゆえに楡の木の枝で立ち向かい、敵を倒した逸話が元になっている。
【己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)】
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:0
最大捕捉:1人
 己の正体を隠し、ステータスを隠蔽する黒鎧。ランスロットがいくつかの戦場で正体を隠したまま勝利の栄誉を勝ち取った故事の具現。マスターによるサーヴァントのステータス閲覧も疎外できるが、本作ではまず真価を発揮できない宝具であることは言うまでもない。
【無毀なる湖光(アロンダイト)】
ランク:A++
種別:対竜宝具
レンジ:1~2
最大捕捉:1人
 【約束された勝利の剣】の兄弟剣。人類が精霊より委ねられた宝剣にして神造兵装。絶対的な強度を誇り、決して刃こぼれする事はない。ただ、もともとは聖剣だったが、同胞の親族を斬ったことで魔剣としての属性を得てしまい、格が落ちている。他ふたつの宝具を封印することにより初めて解放されるランスロットの真の宝具でもあり、この剣を抜いている間は、すべてのパラメータが1ランク上昇し、すべてのST判定において成功率が2倍になる(つまり耐性が増加する)。さらに龍退治の逸話を持つため、幻想種の属性を持つものに対しては追加ダメージを負わせる。斬れないものはあまりない。


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第09話 終局

皆さんのご想像通り、セイバー組との一戦は避けられません。
ついに偽ギルも戦うのか……!?(答:本人は戦わない)

※最終話は31日中に投稿予定……だったのですが、29日に引っ張り出されてから帰宅したのがついさっき(31日午後11時)だったりするので、公開は三箇日中ということでご容赦を><
※三箇日は遠方の親戚がきて、連続作業そのものが無理だったよ……(遠い目 と、とりあえず今月中に終わらせるという方向でご容赦くだしあm(__)m


>>SIDE ギル

 

 緊張をはらんだ交渉の後、アインツベルン城は強固な結界により閉鎖された。今日まで入念な準備を進めていたのだろう、メディアをして力技以外での破壊は不可能と判断せざるをえないほどの結界だった。

 

「とはいえ、予想の範疇(はんちゅう)だ」

 

 洋館地下の魔術工房。ギリシア風の円柱に囲まれた空間の中央には、メディアが作り上げた大聖杯の鏡像投影体──透明なガラス箱の中で可視化した大聖杯の挙動を確認できるもの──が光の粒子の流動によって、円錐的な台が球体を支えるトロフィーのような形となって形作られていた。

 

 準備を進めていたのはアインツベルンだけではない。こちらは俺たちだけではなく、時臣の黙認を得た上で、アインツベルンの森を除く冬木全体を陣地化している。地味に【偉大なる神々の家(バビロン)】との相乗効果でサマージャンボ宝くじの上位当選者が何人も出るなどの副次的効果も出ているが、その本質は侵入者の検知と【源の淡水を写せし扉鏡(アブズ)】を連動させた鏡面界の現出と転移にある。

 

 別名“切嗣を隔離してボコるための結界”。

 

 だが切嗣は結界の範囲内に一度も足を踏み入れてくれなかった。それ以外の不逞魔術師どもはホイホイされまくりでランサーとバーサーカーの気晴らしに使えているから悪くはないのだが……やはり侮れないな、衛宮切嗣。

 

 もしかすると大聖杯の浄化を先にした方が……いや、冬木全体の陣地化も先月終わったばかりだ。間桐臓硯(マキリ・ゾォルゲン)の標本から知識を抽出・分析しおえたのも先月のこと。浄化に専念すれば、多少は作業時間を短縮できただろうが、メディアの話だと小聖杯の実物が無い限り、その後の作業は最低でも一年以上かかった可能性が高い。

 

 やはり、現状がベストか。いや、ベターか?

 

「マスター」とランサー。「彼らはアヴェンジャーの召喚を決行するのでしょうか」

「向こうにしても他に方法がないんだろう」

 

 大聖杯の浄化──これを実のところ、簡単に成し遂げられる方法がある。

 

 アヴェンジャーこと反英霊アンリマユそのものの召喚。つまり、大聖杯の中にある泥のすべてをサーヴァントとして呼び出すことで浄化してしまう、という方法だ。

 

 イレギュラークラスを意図して呼び出せるのか、という根本的な問題もあるが、相手はあのアインツベルンだ。それ以前に、アインツベルンこそが、アヴェンジャーを呼び出す術式を大聖杯に紛れ込ませた元凶でもある。そんな彼らなら、意図してアベンジャーだけを呼び出すことも可能かもしれない。そして、もしそれが実現すれば、どれほど規格外のサーヴァントとなるか……制御方法も用意していることを信じたいところだ。

 

「よほど準備に時間をかけてきたみたいね……」

 

 メディアが鏡像投影体の大聖杯を凝視しながらポツリとつぶやいた。

 

「おまえからみても、そう見えるか?」

「えぇ。大聖杯はただでさえ奇跡のようなバランスの上でなりたっている緻密な術式よ。正直、私でも百年くらいかけないと作れそうにないほどの……それを、ここまで巧みに干渉するなんて、かなり綿密に計画を立ててきたとみていいわ」

 

 その言葉に、俺はひとつの疑問を抱いた。

 

「いつ頃から、準備を始めたと思う?」

「あなたが大聖杯の汚れを指摘してすぐ……でしょうね」

 

 そうだろうか。場合によっては、もっと前から準備していた可能性はないだろうか。

 

 アインツベルンには不可解な点が多い。

 

 第三次では召喚不可能なはずの神霊を呼び出そうとして失敗。第四次では戦闘に特化した外来の魔術師をマスターとして騎士王を呼び出し吶喊させて失敗。第五次では最高傑作のホムンクルスに大英雄をバーサーカーとして呼び出して吶喊させて失敗。成否うんぬんではなく、どうにも場当たり的に“強者”をぶつけていくだけの無策ぶりを呈している。

 

 万全を期すなら、もっと違った対応策があったはずだ。だが、アインツベルンはそれをしなかった。フィクションであればバカの一言で片付けてよいが、それが現実になっている俺としては、そこに何かしらの意志が介在しているように思えて仕方がない。

 

 いったいアインツベルンは……いや、八代目(アハト)の人間型端末筐体を用いている人造魂魄“ゴーレム・ユーブスタクハイト(ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン)”は、何を考え、何を狙っているのか…………

 

「マスター」とランサーが声をかけてきた。「この場合、我らはいかようにすれば」

 

「最悪の事態を想定する」

 

 俺は大聖杯の鏡像投影体をにらみつけた。

 

「メディア。予備のシステムは、どうだ?」

「案の定、動かそうとしているわ」

「だろうな」

 

 『Fate/Apocrypha』に登場した、七騎による個別戦の聖杯戦争を七騎対七騎の陣営対決へと拡大する予備のシステム。サーヴァントの数で負けているアインツベルンが最初に使おうと考える対抗手段だ。

 

 向こうにしてみれば、知られていない術式を用いて一気に味方のサーヴァントを増やそうと企んでいるのだろうが、チート転生者(ゲイリー・ストゥ)であるこの俺が秘された術式を知っていることが奴らの失点になってしまう。

 

「やれるか?」

「任せて」

 

 右手に召喚時から持っていた魔術礼装【月の女神の錫杖(ランパース)】、左手に俺がプレゼントした【原初碑文(アサルルヒ)】を持ったキャスターは、応接間の卓上に展開する大聖杯の鏡像投影体に対して長い神言を囁きかけた。

 

 何が起きているのかは、門外漢な俺たちには皆目見当がつかない。

 

 だが、ほどなくしてメディアは吐息を洩らしつつ、詠唱を止めた。

 

「予備術式に全ての英霊が連帯していないことを認識させたわ。もう、平気よ」

「さすが我が后だ。ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」

 

 これで策のひとつは潰せた。だが、他にもある可能性がある。油断はできない。そう思いながら観察を続けたのだが、アインツベルンは他にこれという策を用意していなかったらしい。いや、大聖杯に干渉する策がこれで打ち止めだった、というだけのことだろう。

 

「次の懸念は、アヴェンジャーだ。暴走状態で召喚された時は、ヴィマーナで殲滅する」

 

 ヴィマーナ──原作でも登場した古代インド由来の空飛ぶ船だ。『Fate/Zero』では“輝舟”、『Fate/EXTRA CCC』では“黄金帆船”と漢字表記されているが、ある意味、当然の結果でもある。なにしろ【王の財宝】にあるヴィマーナ、一隻ではないのだ。

 

 とりあえず原作登場版を【輝舟(ヴィマーナ・ゼロ)】としておくが、あろうことか、これにしても原作小説や原作アニメで描かれていた以上の性能が秘められていたのだから、もう笑うしかない。

 

 そもそもヴィマーナはヒンドゥー教などに登場する空飛ぶ宮殿や戦車のことだが、ギルガメッシュが貯蔵していたそれは偽書『ヴィマニカ・シャストラ』に記されていたものを典拠としているらしく……まぁ、なんというか、おもいっきりUFOなのだ。

 

 慣性制御は当然として、光学迷彩、ステルス機能、通信傍受や通信妨害、さらには光線兵器やら感染すると瞬く間に全身が腐敗する呪詛が込められた生物兵器っぽいものまで搭載されていたわけで。

 

 これをバーサーカーに使わせると、どういうことになるか──わかるよな?

 

 よって、もしアヴェンジャーの召喚に失敗し、黒い太陽こと泥の聖杯が顕現してしまった場合は、バーサーカーに操縦させた【輝舟(ヴィマーナ・ゼロ)】で吶喊して飽和攻撃。それでもダメなら乖離剣エアにお出ましいただき、速攻で全部潰してしまうことにした、というわけだ。

 

 だからこそ、俺は続けてバーサーカーに目を向けた。

 

「バーサーカー。いや、ランスロット。おまえがセイバーと、アーサー王と向かい合いたい気持ちはわかっている。だが──」

「そのお気持ちだけで充分です」

 

 バーサーカーは微笑みと共に片膝をついてきた。

 

「どうぞ私のことはお気になさらずに。あなたのおかげで【狂化】から自由を得た今の私は、我が君の責めを受けることこそが望み。されど、此度においても忠義より私心を優先させるなど、私の矜持が許しません。どうぞ、お気になさらずに」

「……騎士というのは、難儀な生き物だな」

「頑固なだけです」

 

 バーサーカーのその言葉に、ドア際に控えていたランサーが苦笑を漏らしていた。

 彼らはよく二人で語り合っていた。

 ともに主君に不義を働いた騎士だ。生前に許され、衝動的であろうとはいえ見捨てられるという罰を受けているランサーに対して、主君の死後も修道院で祈りの日々を過ごすしかなかったバーサーカーの境遇は、平成日本人のメンタリティと古代ウルクの王のメンタリティを同時に兼ねそろえている俺には察することしかできない。

 

 そう。今の俺は前世の俺でもギルガメッシュでもない。

 ギル・ゴールデン。

 おそらくメディアという伴侶がいたおかげだろう。今生の俺は、今生の俺としてのアイデンティティを確立できるまでに至っている。一時はギルガメッシュの魂に引きずられるかもしれないと恐れていた部分もあったが、神様チートによる魂の補強は、凡人をして英雄王との融合を良しとする奇跡を起こしたらしい……

 

「確認する」

 

 俺はメディア、アサコ、ランサー、バーサーカーに語り掛けた。

 

「アイリスフィールは聖杯戦争の勝敗に抜け道があるといった。だが、メディアが調べた限りにおいても、さらには俺の観測情報からしても、大聖杯を願望器として機能させるには、小聖杯に死したサーヴァントの魂を集め、これを鍵として穴をあけるという段階が必要不可欠と考えられる。すなわち、アインツベルンが聖杯戦争の勝利者となるには、大聖杯の鍵となりえる程度にサーヴァントの魂を集める必要があると推察される」

 

 俺はそこまで言うと、ひとりひとりを見つめながら言葉を続けた。

 

「さらに聖杯戦争の勝利者としての権利を行使するには、セイバーの支配権をアイリスフィールが保持している必要がある。つまり、取り引き通りに俺が城に向かった場合、まず敗北の宣言をし、勝者の権利をあいつらが行使したうえで、セイバーの支配権と令呪を受け取るという段階を経る」

 

 思わず、苦笑が漏れ出た。

 

「俺が慢心していれば、さっくりと騙されたんだろうな」

 

 その言葉に、皆も同様に苦笑を漏らしあうのだった。

 

>>SIDE END

 

 

 

>>SIDE 衛宮切嗣

 

「彼らは騙されてくれるでしょうか」

 

 僕の相棒、久宇舞弥は不安げに小さく、そうこぼした。

 僕は何も語らず、ただ静かに、目のまで行われる儀式を見つめ続けた。

 

 城の地下にあつらえたアヴェンジャー召喚の魔法陣。その一角に立ち、“天の聖杯(ヘブンズフィール)”と名付けられている小聖杯としての魔術礼装を身に着けたアイリは、一心不乱に手にした分厚い魔導書の呪文を唱え続けていた。

 

 計画の第四段階だ。

 

 第一段階は僕と舞弥が誰にも知られることなく城に入ること。キャスターのものと思われる濃密な探知結界を潜り抜けるのは至難の業だったが、時間をかけ、魔術的な要素を一切用いていない城の抜け穴も使うことでどうにか成功した。これはセイバーのマスターをアイリだと誤認させておくために必須だったため、予想外に手こずった印象が強い。

 

 第二段階は資材の搬入。トランクケース2つ分とはいえ、アヴェンジャー召喚に必要な聖遺物と、アーチャーこと英雄王ギルガメッシュに対する切り札となる魔術礼装を運び込めるかどうかは大きな賭けだった。幸いにも持ち込めたわけだが……はたして、例の魔術礼装の存在が露呈しているか否か。ここには、大きな不安が残ってる。

 

 第三段階は大聖杯に組み込まれているという予備のシステムの起動。これが実現すれば、聖杯戦争は七騎対七騎の聖杯大戦へと切り替わるらしい。だが、この術式そのものがすでに歪んでいる可能性が高いことがわかっている。起動できれば儲けもの。そう考えつつすでに試してみたが、術式がまったく反応しなかったそうだ。

 

 無論、最初から想定されていたことなので、これについては残念だとは思うが、大勢に影響はないと断言できる。そのため計画は、そのまま次なる段階に移行した。

 

 第四段階。今現在、アイリが挑んでるアヴェンジャーの召喚。第三次聖杯戦争では死にかけた乞食の青年のような、なんの力もない最弱の英霊が呼び出されたという話だが、あれから長い月日が経っている今、大聖杯の中で力を蓄えてしまったアヴェンジャーがどうなっているか、未知数な部分が多い。それでも、これを成功させないことには聖杯に願望器としての権能が蘇らない。今は、成功すると信じるしかない。……信じるしかないのだ。

 

「……すみません。余計なことを」

 

 黙っている僕の様子から、舞弥は謝罪を口にしてきた。

 そうだ。余計なことだ。

 不安を口にしたところで状況が変わるわけではない。

 

 召喚が成功すればアイリがアヴェンジャーのマスターになる。つまり、令呪を手に入れる。彼女が持つ令呪を見れば、アーチャーもより騙されてくれるだろう。セイバーのマスターが僕ではなく、アイリであると……

 

 計画の第五段階。綱渡りの最後の一歩。

 

 聖杯戦争を終わらせるには、小聖杯をサーヴァントの魂で満たさないといけない。そのためには、それなりの数のサーヴァントが死ななければいけない。これは、聖杯戦争という儀式を完遂するために必要不可欠な要素だ。

 

 だからこそ、アーチャーを倒す。

 

 おそらくアーチャーは会談の場にランサーかバーサーカーを連れてくるだろう。アサシンも連れてくる可能性は高い。キャスターは洋館に残すだろう。キャスターは後方にあって初めて力量を発揮するサーヴァントだ。双子館が大神殿の域にあることを考えれば、そこにキャスターを残す可能性は高い。

 

 狙うのは絶対優勢な状態にあるアーチャーの慢心。

 

 英雄王ギルガメッシュの情報は必至になって集めた。その結果、過去に一度だけ、バビロニアの秘奥に触れた魔術師が英雄王の残滓に排斥された事例を見つけ出した。それによると英雄王の性格は唯我独尊の一言。高慢にして独善的、矜持によるものなのか約定は必ず守るようだが、約定の解釈は自らが定めるという暴君ぶりを示す。そして、なによりも慢心しているという。孤高の絶対者であるがゆえだろう。今回の聖杯戦争においても、それらしき振る舞いは魔術協会を介した報告に散逸されている……

 

 だからこその作戦だ。

 

 最善は慢心したアーチャーが単身で現れること。だが、それはさすがにないだろう。霊体化させたランサーかバーサーカー、もしくは両名を近衛として引き連れている可能性は高い。しかし、全員を連れてくることはないはずだ。

 

 逆を言えば、慢心していない場合も、拠点である西の双子館にはキャスターを残す可能性が高い。そこがねらい目だ。向こうにとっての最善の配置を狙いうつ。

 

 KGB崩れのロシア系マフィア。去年の12月に崩壊したソ連には、行き場を失った軍人や工作員が掃いて捨てるほどいる。その一部を金で買い集めた。依頼内容はただひとつ、双子館を破壊すること。

 

 神秘によらない純然たる鉄の暴力。

 

 おそらく、ろくな相手にならないだろう。大神殿の域にある魔術要塞としての力が発揮されれば、あの程度のチンピラ、たやすく一掃されるはずだ。だが、これを行うことで、アーチャーに揺さぶりをかけることができる。

 

 今現在、アーチャーは魔術協会・聖堂教会との間に協定を結ぼうとしている。だからこそ、協定が結ばれる前にアーチャーを仕留めようと考える魔術師も少なくない。なにより。格こそ高いがアーチャーはサーヴァントだ。しかも真名が知られている。対抗策を用意すれば、いかに英雄王と言えども無傷ではいられない。

 

 実際、僕は対抗策を用意した。

 

 おそらく魔術師ではなく魔術使いである僕だからこそ用意できた対抗策だと思う。

 

 “斬首刑宣言(ボワ・ド・ジャスティス)”──フランス革命戦争時、国王ルイ十六世や王妃マリー・アントワネットの首をはねたギロチンの刃を素材とする魔術礼装だ。

 

 マダム・タッソー館に飾られている()()ではなく、魔術協会から王冠の位階を認められている某貴族が保管していたものを手に入れ、アインツベルン家が総力をあげてフリードリヒ・ラウンの『怪談集』にある“魔弾の射手(デア・フライシュッツ)”の概念まで練り込んで作りだした逸品でもある。

 

 射出には、僕のツテで手にいれた英国軍のボーイズ対戦車ライフルを使用。相手が王侯貴族であれば確実に死をもたらすこの魔弾には、扇動と恐怖政治によりフランスを地獄と化したジャコバン派の狂気が宿っているため、ひとたび放てば、いかに相手が防ごうとも地の果てまで追いかけ、確実に王侯を穿ち、死を与える効果がある。

 

 アーチャーの正体は最古の英雄王ギルガメッシュ。

 古代ウルクの王。

 その属性こそが、彼の弱点だ。

 

 具体的には、まず令呪をもってセイバーにアーチャーを襲わせる。護衛の一騎はこれにあたるだろう。続けて僕と舞弥が“斬首刑宣言”で狙う。仮に他にも護衛のサーヴァントがいたとしても、魔術そのものを解体しない限り、破片になった魔弾が確実にアーチャーを呪い殺す。

 

 恐怖政治(ラ・テロル)の狂気は王族を逃さない。

 

 アーチャーが城に現れた時が、僕らの勝利の瞬間だ。それは同時にアイリとの永遠の別れの時でも……いや、それについては充分に語り合った。別れも済ませている。あとは聖杯に僕の願いを遂げさせ、イリヤに平和な世界を見せてあげるだけだ。

 

「舞弥。休めるうちに休め」

 

 僕は答えを聞く前に寝室へと移動した。

 召喚は必ず成功する。

 アーチャーは必ず姿を現す。

 僕らは必ず、目的を達成する………………

 

>>SIDE OUT

 

 

 

>>SIDE OTHER

 

 深夜。アインツベルン城がある森は静寂に包まれていた。

 

 城の外、ちょうど門の真下には椅子へ腰かけたアイリスフィール・フォン・アインツベルンの姿がある。その傍らには青いドレスに甲冑を身にまとい、不可視の剣を床につきたて、その柄に両手を乗せて黙想しているセイバーの姿もある。

 

 切嗣と舞弥の姿はない。遠く離れたところで狙撃体制を整えているのだ。

 

 と、不意にセイバーがカッと眼を見開いた。

 アイリスフィールがそれに気づき、ぐっと口元を引き締める。

 直後、正門から百メートル近く離れたところに濃密なマナが渦巻く。霊体化していたサーヴァントが姿を現したことで生じた現象だった。

 

 麻の半袖シャツに黒いパンツというラフな格好をした金髪の青年が、そこにいた。

 

 彼はゆっくりと彼女たちのもとに近づいていく。

 警戒はしていない。

 セイバーの目が細められる。

 

(──マスター。他のサーヴァントの気配があります。数は不明)

(警戒を怠るな)

 

 パスを通じた念話。セイバーと切嗣の会話は、実のところ、これで四度目だ。

 最初がマスターを問う問答。

 次は待機を求める指示。

 三度目はアイリスフィールを守り冬木に移動しろとの指示。

 

 他には何一つ会話していない。指示も受けていない。不満に思うところもあるが、もとより亡国の運命を覆すために魔術師(メイガス)使い魔(サーヴァント)になることを承知したのはセイバー自身だ。ゆえにセイバーは一切の不満を口にせず、己をひとふりの剣と定め、命じられるがままに行動してきていた。

 

 そして今夜、すべてが終わる。

 

 囮役のアイリスフィールは、無事、アヴェンジャーのマスターになった。彼女がどのような指示を切嗣から受けているか、セイバーは聞いていない。しかし、今夜の邂逅ですべてを決する構えだということぐらいは把握している。

 

 自分は命じられるがまま、アイリスフィールを守るだけでいい……

 

「来てやったぞ」

「御足労いただきましたこと、深くお詫び申し上げるとともに感謝いたします」

 

 距離は15メートル。セイバーにすれば一足の距離。

 

「ふん。王たる(オレ)を呼び出したのだ。さっさとことを終わらせろ」

「はい。それではまず、降伏の宣言をお願い致します」

「戯けが。(オレ)がなぜ、そこまで譲歩せなばならん」

「セイバーにも勝利者の権利を譲られるのが約定であったかと存じ上げます。そのためにも、こちらが勝利者になった時点でセイバーがこちら側にいる必要が──」

「随分と(オレ)を甘くみているようだな。それほど慈悲深い王に見えるか?」

「申し訳ありません。それでは──」

 

 アイリスフィールは令呪が宿る左手を見せつけた。

 

「この令呪をもって、セイバーには貴方様を害することを禁止します」

(オレ)だけを?」

 

 アーチャーは腕をくみつつ、楽しげにそう尋ね返した。

 やはり護衛として他のサーヴァントを連れてきているのだろう。

 だが、それは想定の範囲内だ。

 

「貴方様の陣営に、という形ではどうでしょう」

「拘束力が弱まるが……よかろう。だが譲渡とは別に、もう一画残ることになるな」

「それにつきましては、私を守ることを命令したいと」

「なるほど。保険か。かまわん。好きにしろ」

 

 高慢な暴君そのままの態度に、セイバーの中で嫌悪感が膨れ上がった。

 だが、それを表に出すような愚は侵さない。

 ここにいるのは王でも騎士でもない。ただひとりの剣なのだ。

 

「それでは──アイリスフィール・フォン・アインツベルンが令呪をもって命ずる。これよりアーチャーと彼に味方する者を傷つけることを禁じる」

 

 キンッと硬質な音が響き、令呪の一画が輝きと共に消失した。

 

「重ねて命じる。私を守れ」

 

 再び令呪が輝く。これで残る令呪は一画。譲渡の分だ。

 ということになる。

 無論、それは偽りだ。そもそもアイリスフィールのサーヴァントは昨夜召喚に成功したアヴェンジャーだ。令呪の束縛を受けるのはアヴェンジャーであり、セイバーではない。

 

(なるほど……)

 

 と、セイバーは得心する。これが衛宮切嗣の狙いだったのか、と。

 

「これで、いかがでしょうか」

「いいだろう。では──」

 

 英雄王は苦笑まじりに告げてきた。

 

「セイバーにも同じことを命じてもらおう」

 

 アーチャーのその言葉に、アイリスフィールも、セイバーも、息をのんだ。

 

 英雄王はなおも苦笑を漏らし続けている。

 

「大方、そんなことだろうと思っていたが……いや、よくぞやったと誉めてやる。さすがにアレを暴走させずに召喚できるか、分の悪い賭けだと思っていたが、さすがはアインツベルン。よくぞ召喚し、よくぞ制御した。重ねて告げよう。よくぞやった。誉めてやる。

 して、どうする? 約束を守らないのか? アヴェンジャーに命じたのと同じことを、セイバーに命じるように、衛宮切嗣に伝えろと言っているだけだぞ?」

 

 直後だった。

 

(令呪をもって命じる! セイバー! 宝具でアーチャーを討て!!)

 

 パスを通じてセイバーに令呪の力が注ぎ込まれた。

 

>>SIDE END




果たして偽ギルはタイトル通り逝ってしまうのか!?

という感じで次回は「最終話 斯くして鍍金の英雄王は逝く」です。
ついでに最後の宝具ネタ~♪


【源の淡水を写せし扉鏡(アブズ)】
ランク :A
種別  :創界宝具
レンジ :─
対象  :─
 創世以前より存在する全ての起源としての水なる世界に通じる水鏡。本体は黄金製の輪だが、その内側には常に薄い水の膜が張られている。水膜の向こう側には、水(鏡)に写しだされた世界そのものが存在しているが、これはあくまで【源の淡水を写せし扉鏡】が生み出した固有結界のような隔離世界であり、その広さは注がれ続ける魔力に比例する。隔離世界を生み出す神秘の原典のひとつ。名の由来はバビロニア神話の神々が創世以前に住んでいた場所にして『エヌマ・エリシュ』において最初に生まれた夫婦神の夫アプスー(妻はティアマト)そのもの。【原初碑文(アサルルヒ)】を持つハイパーキャスターに使わせると、『魔法少女リリカルなのは』の封時結界や『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』の鏡面界みたいなものを展開できる。というか、それをやれるように登場させたネタ宝具だったが、まともに使われないまま本編が終わった不遇ネタのひとつだったりする。

【月の女神の錫杖(ランパース)】、
ランク :─
種別  :魔術礼装
レンジ :─
対象  :─
 メディアが所持する錫杖。月を模した飾りを持ち、所持者が常に月光を浴びている状態にする効果を持っている。由来は冥界神としての女神ヘカテーとともに松明を掲げて照らす冥界のニンフの名。原作では特に設定されていないものの、後に自らも冥界のエリュシオンで暮らしたとされるメディアなら宝具に準ずるぐらいの魔術礼装ぐらい持ってるだろうという作者の独断と偏見で持たせたものだったりする。なお、エリュシオンは神々に愛された英雄たちが暮らす冥界の楽土とされたこともあるため、ある意味、英霊の座の古代ギリシア版と言えなくもない場所だったりする。

【輝舟(ヴィマーナ・ゼロ)】
ランク :EX
種別  :飛行宝具
レンジ :─
対象  :─
 古代インドの二大叙事詩『ラーマーヤナ』と『マハーバーラタ』に登場する飛行装置。ヴィマーナそのものは何種類もあり、巨大な飛行宮殿型や牽引牛馬を必要としない戦車(チャリオット)型が一般的だが、これは黄金とエメラルドで形成された空飛ぶ舟の形をしている。いわゆる世界中の神話伝承に登場する天の舟の原典にあたり、どうやらギルガメッシュの持つこれは悪魔の王ラーヴァナのプシュパカ・ヴィマナのレプリカである可能性が高い。また、本編中にも書いているが、20世紀初頭に記された偽書『ヴィマニカ・シャストラ』の影響もみられる。というか、こっちに書かれてるトンデモ説より、『ラーマーヤナ』での記述のほうが凄いので、むしろ偽書のおかげで弱体化したらしい。なお、【輝舟(ヴィマーナ・ゼロ)】には光学迷彩、ステルス性能、通信傍受・通信妨害の機能があり、さらには光線兵器や呪詛ミサイル(腐敗して死ぬ)まで付いている。迎撃宝具が付いた『Fate/strange Fake』版は、また別の機種、ということにしてある。

【斬首刑宣言(ボワ・ド・ジャスティス)】
ランク:─
種別:対王族用魔術礼装
レンジ:5~1000
最大捕捉:1人
 フランス革命戦争時、国王ルイ十六世や王妃マリー・アントワネットの首をはねたギロチンの刃を素材とする魔弾。フリードリヒ・ラウンの『怪談集』にある“魔弾の射手(デア・フライシュッツ)”の概念も練り込んでいるため、撃てば必ずあたり、その呪いからたとえサーヴァントであろうとも王の属性を持っていれば、かするだけで首がもげおちるという呪詛物でもある。
 まともに本作のギル一党と戦ってもセイバー組に勝ち目がない以上、切嗣なら、なにかやらかすよなぁ……と妄想した瞬間に思いついたもの。名の由来はギロチンの当初の正式名称「正義の柱(ボワ・ド・ジャスティス)」。当時、平民の死刑は縛り首、王侯の死刑は斬首となっていたため、「人道的」に一発で首を斬り落とせる機械的な道具として開発されたのが後のギロチンだったりする。
 なお、似た装置は13世紀にはすでに存在している。名の由来となった医師ジョゼフ・ギヨタンもあくまで死刑執行人シャルル=アンリ・サンソンの訴えで問題視された「斬首の残虐性」について、議会でアレコレと動いた政治家にすぎない。だが実際にギロチンを開発した外科医アントワーヌ・ルイの存在が目立たぬ一方、装置の人道性と平等性を大いに喧伝したギヨタン博士が有名になってしまい、「ギヨタンの子(ギヨティーヌ)」という呼び名が定着。その英語読みのギロティーンが訛り今ではギロチンと呼ばれるようになった。博士はこれを不名誉として改名運動を起こしたが成果が出ず、最終的には改姓したんだとか。



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第10話 斯くして鍍金の英雄王は逝く

一年近く放置してきましたが、まったくもって終わりが見えないので仮バージョンを掲載しておきます。えっ? 戦闘シーンは? しらないなー(遠い目

2016.12.28
とは言いつつも戦闘シーンを書いた最新バージョンが別に残っていたので、そっちを更新することで正式な未完という形にします。


>>SIDE OTHER

 

 彼を知り己を知れば百戦(あや)うからず──『孫子』の謀攻の項にあるこの言葉こそが、両者の勝敗を分かつ決定打であった。

 

 ギルは衛宮切嗣という魔術師殺しのことを知っていた。だからこそ彼は、対面の場に地雷の類が仕掛けられている可能性すら──生憎、そこまで悪辣な罠を切嗣は用意していなかったが──想定し、入念な事前準備を済ませた上で、この場に臨んでいたほどだ。

 

 令呪の使用もまた、その一例と言える。

 

 ギルは合計三十一画もの令呪を保持していた。内訳は時臣から奪った三画、綺礼から奪った三画、メディア召喚時手に入れた三画、バーサーカー譲渡後に雁夜から奪った二画、そして言峰璃正から奪った預託令呪二十一画である。

 

 このうちギルは預託令呪以外の十一画と預託令呪一画、計十二画を先んじて使用していた。

 

──次に名を呼び、“守れ”と告げた時、確実に(オレ)を守れ。

 

 大聖杯から魔術師(マスター)に与えれる三度の絶対命令権にして、一画一画が膨大な魔力を秘めた魔術の結晶。そんな令呪を持ちいた命令は、空間転移などの魔法に準ずる現象すら引き起こす。その性質上、ひとつの命令に対して四画以上の行使には意味がないことは、事前にメディアが突き止めていた。

 

 だからこその十二画の行使。

 

 メディア、アサコ、ランサー、バーサーカーの四騎に対する三画行使による絶対命令。

 

 命令が具体的であればあるほど効果は絶大になる。そうした意味では、ギルの命令は今一つ抽象的であり、宝具の使用を厳命するような令呪に比べると格が落ちると言わざるをえない。だが、三画を用いるとなれば話は別だ。いかに抽象的な命令であっても、そのために消費できる魔力量は絶大という言葉すらならぬるいものなのだから。

 

 ゆえに。

 

(令呪をもって命じる! セイバー! 宝具でアーチャーを討て!!)

 

 切嗣がパスを通じ、セイバーに令呪の力を注ぎ込んだところで決定打にはなりえない。

 

 だが、判断の速さは称賛するべきだろう。

 

 計画の破綻を察知するや否や、宝具の開帳(かいちょう)に踏み切るなど、凡百の魔術師にはできようもない。なにより令呪は魔法に準じる奇跡すら引き起こす。これほど近くにいるアーチャーに対して、ただ宝具を放つことだけを命じるならば、その言霊(ことだま)は預言にも等しい言葉になる。

 

 事実、セイバーの手にする不可視の剣が刹那の間に黄金の輝きを放ち始めていた。

 

 刀身を包み込んでいた【風王結界(インビジブル・エア)】は、聖剣から放たれる爆発的な魔力によって吹き飛ばされてしまう。

 

 その剣の名は【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】。

 

 史実においては実在せず、伝承においても名が出るのは後世のこと。

 だが神秘とは不条理なるもの。幻想とは不合理なるもの。

 現在から見て未来が不確定なように、現在から見た過去は不確定。

 されど不確定なる未来を現在から定める運命(ぜつぼう)があるように、相互に矛盾する神話伝承で語られる過去を現在から定める幻想(きぼう)もある。

 

約束された(エクス)──」

 

 セイバーは聖剣を振り上げると共に、星々の輝きを放つべく真名を解放しようとした。

 だが、その幻想(きぼう)不条理(れいじゅ)が砕いた。

 

 セイバーの魔力の変化が生じた瞬間、ギルは囁くように、こうつぶやいたのだ。

 

「バーサーカー、守れ。ランサー、守れ」

 

 配置は事前に決められていた。バーサーカーは前、ランサーは後ろ、距離を置いてアサコ、メディアは洋館で待機しつつ大聖杯の挙動を監視、という形だ。

 

 バーサーカーは対峙する可能性の高いセイバー対策。

 ランサーは後方から銃撃などに頼るであろう切嗣を警戒。

 アサコは切嗣の攻撃への対処をランサーに任せ、切嗣自身を押さえに行く係。

 メディアは司令塔。実はこのタイミングで、切嗣が仕込んだKGB崩れの荒くれものたちの襲撃を受けていたが、大要塞の域にある洋館を相手にどうこうできるわけがなく、メディアは特に、そのあたりをギルへと報告していなかった。

 

 なお、戦場にも等しい武器弾薬が投じられ、後日、誤魔化しのために少し苦労するハメに陥ったものの、結果的に陽動作戦は敷地を隔てる壁に煤をつける程度のことしかできなかったというのだから、【偉大なる神々の家(バビロン)】の守りは正しく大要塞そのものだった。このあたりは切嗣が過小評価していたというより、【偉大なる神々の家(バビロン)】とメディアの組み合わせが理不尽すぎたとみるべきだろう。

 

 いずれにせよ。

 

 慢心の欠片もないギルを相手に、慢心を期待した賭けに出るしなかったという時点で、セイバー組の敗北はすでに決していたと言える。

 

 だが、ギルたちにも“サーヴァントを一騎たりとも落とさない”という大目標と、“小聖杯の確保”と“召喚されたアヴェンジャーを暴走させてはならない”という小目標があったため、その優位性は紙一重だった部分も多かった。

 

 セイバーとバーサーカーの対決が、まさにそうだ。

 

 ギルが令呪を込めたキーワードをつぶやいた直後、彼の前には、霊体化していた黒騎士が姿を現し、セイバーの目からギルの姿を隠した。

 

 直後、バーサーカーの漆黒の甲冑がはじかれるように外れ、消えてしまう。

 

 素顔をさらした彼は光り輝きながらも湖面のような色合いをたたえる剣を振り上げ、セイバーを迎撃しようとする。

 

 セイバーは相手の顔を見て──ほんの一瞬だったが、驚いてしまった。

 ランスロットだった。

 己のせいで不義を働かざるをえなくさせてしまった、高潔なる理想の騎士だった。

 

 その小さな驚きは、致命的なまでに、セイバーから先手というアドバンテージを削り取ってしまう。そうなるとあとは自力の勝負──いや、令呪の数が違う。一画でも魔法に準じた奇跡を生み出すのだ。それを三画用いられたランスロットに、一画しか用いられていないセイバーがかなうわけもない。

 

 それでも。セイバーは騎士王であり、バーサーカーは湖の騎士だった。

 

 その差は、極めて大きい。

 

 セイバーが振るうのは【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】。人ではなく、星により鍛えられた神造兵器にして、人々の“こうあって欲しい”という願いの結晶。死せる王の伝承により救世主としての逸話すら宿した奇跡のひと欠片にして、遥かなる未来、鋼の大地と成り果てた先においても輝き続ける正真正銘の“最強の幻想(ラスト・ファンタズム)”。

 

 対するバーサーカーが振るうのは【無毀なる湖光(アロンダイト)】。【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】と起源を同じくする神造兵器だが、同朋だった騎士の親族を斬ったことから魔剣としての属性を得てしまった元聖剣だ。

 

 聖剣と魔剣。(まさ)るのは考えるまでもなく、聖剣だ。

 

 さらにクラス補正もある。ステータスでは同等でも、純然たるセイバーである騎士王と、バーサーカーでありつつも【狂化】を捨てた湖の騎士とでは、やはりぎりぎりのところで、純粋な座のままでいるセイバーが上を行く。

 

 すなわち、どうなるかといえば。

 

「──勝利の剣(カリバー)】!」

 

 放たれる星々の極光。

 対する【狂化】を捨てたがゆえに放てる至高の騎士の一撃。

 

「【縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)】ッ!」

 

 振り下ろされた鋭剣は、身の丈を越える極光を切り裂いた。

 完全に、ではない。

 極光を切り裂くと共にバーサーカーの体を覆う鎧と衣服が弾け、両腕が焼け落ちた。

 

 トッと軽い音を立てて【無毀なる湖光(アロンダイト)】が地に落ちる。

 

 “最強の幻想(ラスト・ファンタズム)”を切り裂いたというのに、その刃にはヒビも無ければ曇りもない。まさしく無毀(むき)(こわ)せぬ刃は己の役目を全うしたのだ。

 

「……ようやく」

 

 バーサーカーはつぶやく。

 

「お叱りを……受けられ……ました…………」

 

 そうつぶやくバーサーカーを、セイバーは顔をしかめ──それでも翡翠のような瞳に困惑の色を浮かべたまま、見据えることしかできなかった。

 

 ……時間を、少しだけ戻そう。

 

 ギルの斜め後ろ──いや、ほぼ横に近い覚悟──の森林に隠れていた切嗣と舞弥は、コンマ数秒の違いこそあったが、ほぼ同時に、共に離れた場所からギルの背に向けて“斬首刑宣言(ポア・ド・ジャスティス)”の礼装魔弾を放っていた。

 

 必勝の魔弾。それも二方向からの同時狙撃。

 

 ここに至れるかどうかが最大の賭けだった。そして、ひとたび放ってしまえば恐怖政治(ラ・テロル)の狂気が王族を逃さない。だからこそ切嗣は勝利を確信した。

 

(──勝った!)

 

 だがすでに、彼の勝機は霧散していたのだ。

 

 令呪三画をもってギルの背後に姿を現したのは、霊体化していたランサーだった。まるで猛禽が翼を広げるかのように赤と黄の魔槍を構えたランサーは、魔法に準じる奇跡すら成し遂げてしまう令呪の、それも三画の後押しを受け、視認不可能な速度で迫る二発の魔弾に立ち向かった。

 

 ランサーは三大騎士クラスにして最速のサーヴァント。

 そのうえ令呪三画の後押しを受けている。

 おまけに彼は円卓の騎士の原型、フィアナ騎士団における最強の戦士だ。

 しかも彼の宝具は、“斬首刑宣言”殺しとでもいうべき魔術破りの霊槍だった。

 

「──【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】」

 

 真名を囁くことに意味はない。だが魔術破りの槍は、その権能を最大限に発揮した。

 

 刹那の三閃。

 

 コンマ数秒の時間差攻撃を、ランサーは最初の一挙動で二槍により迎撃する。いかに伝説を模した魔弾であろうとも、魔法に準じる令呪の言霊にはかなわない。あっけなく黄の槍により一発がはじかれ、ほぼ同時に赤の槍によりもう一発の魔弾そのものが破壊される。

 

 はじかれた魔弾は、なおも伝説をなぞろうと物理的にありえない軌道を描くが、【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】による返しの一閃でこちらも粉微塵に砕かれた。

 

 いかに必中の魔弾であろうとも、“斬首刑宣言”は宝具ではなく魔術礼装。【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】に砕かれてしまっては、破片に神秘が残り続けることなどできない。

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが自ら召喚したランサーについての情報を一切洩らさなかった──ゆえに切嗣たちは知らなかったのだ。此度のランサーが破魔の槍を持つフィアナ騎士団の筆頭騎士であることを。

 

 そして。

 

 切嗣と舞弥がそれらの事実を認識するよりも早く──二人の意識はふっと途絶えた。

 

 二人の後頭部にはそれぞれ、一本の針が突き立っている。

 為したのは白骨の仮面を被る女暗殺者──アサシン。

 ひとりではない。

 切嗣の周囲には三人、舞弥の周囲には二人、同じ姿のアサシンが姿を現している。

 

 彼女たちは無言のまま切嗣と舞弥の武装解除を開始。

 ほどなくして切嗣のもとに別のアサシンが姿を現す。

 手にしているのは実用性皆無の奇妙な形をした短剣だ。彼女はそれで、令呪が刻まれている切嗣の腕を軽き切った。刹那、令呪がかすむように消えていく。

 

 パスの消失──それを悟ったセイバーが驚愕のあまり、目を見開く。

 それを見たギルは、ふっ、と笑いつつ、視線をバーサーカーの背に向けた。

 

 両腕を失い、満身創痍に陥ったバーサーカーは、崩れるように膝をついていた。

 

「見事だ。ランスロット卿。悔恨(かいこん)と誉れをもって、先に逝くことを許したいところだが……そういうわけにもいかん」

 

 彼は右手をバーサーカーの背に向けた。

 

「令呪三画をもってバーサーカーに命ずる。傷を癒せ」

 

 さらなる令呪の行使──莫大な魔力がギルからバーサーカーへと流れ込んでいく。かと思うと、失われたはずの両腕が光の粒子と共にもとへと戻っていった。傷ついた鎧も、衣服も、なにもかもが元通りになっていく。

 

 その様子をセイバーは呆気にとられたまま、見守るしかなかった。

 

 圧倒的すぎる。こちらとむこうの戦力比は、幾たびの綱渡り程度でどうにかなるものではない。そのことを今更のように思い知らされたのだ。

 

「……ふむ」

 

 ギルは周囲を見回し、気落ちした様子で吐息を洩らした。

 

「あと三つ、四つは奥の手があると思っていたんだが……」

「これでは呼ばれ損ではないか」

 

 不意に頭上から雄々しい声がとどろく。ハッとなったセイバーが顔をあげると、そこには見事な猛牛二頭に轢かれた神々しい牽引戦車(チャリオット)が宙に浮かんでいた。稲妻を踏みしめるように空中に浮かんでいる猛牛の戦車には、筋骨たくましい王者の気風を漂わせる男性の姿があった。

 

「誰が出てこいといった、ライダー」

「だが終わったのだろ?」

「まだだ。アヴェンジャーが暴走するやもしれん。その時は貴様の軍勢で……んっ?」

 

 隣へと戦車が降りてきたところで、ギルはようやく、ライダー以外の搭乗者がいることに気が付いた。

 

 ひとりはどことなく造り物めいた印象が強い銀髪の少年。もうひとりは、顔立ちこそセイバーに似ているが、彼女をより女性的かつ柔らかくした甲冑姿の少女だった。

 

(まさか……)

 

 嫌な予感を覚えつつも、ギルは念のため、ライダーに確認してみた。

 

「ライダー。荷物は館においてこいといっておいたはずだが?」

「余のマスターならおいてきたぞ。こやつらは別口だ」

「そうか。だが、後にしろ。今はとりあえず──」

 

 ギルは視線をセイバーとアイリスフィールへと向ける。

 

「──アインツベルン、ならびにセイバー。状況は見ての通りだ。

 降伏しろ。貴様らには、万に一つの勝ち目もない。

 奇跡が起ころうとも、それすら踏みにじるだけの用意が、こちらにはある」

 

 第四次聖杯戦争、唯一の戦いは、英雄王のその言葉によって終わりを告げることになるのであった。

 

>>SIDE END

 

 

 

 

 

>>SIDE ギル

 

 セイバー組は敗北を認めた。決定打は翌日から始めた原作鑑賞会だ。具体的には、アイリスフィールの体調の問題もあっため、1週間かけて『Fate/Zero』、『Fate/stay night Re'alta Nua』のセイバールートを見せたことが決定打となった形だ。。

 

 結果は、いろいろな意味で撃沈した切嗣とセイバー。

 アイリスフィールだけはイリヤの末路に号泣した。

 

「まー、そういうわけで観測次元の魂も宿してる俺が介入しなかった場合、こういう未来が待ち受けていた可能性が高いってことだ。結果的にセイバーから愛しの士郎を奪ったことは謝罪するが──」

「いや。もういい。もう、いい」

 

 しばらく撃沈していたセイバーだったが、妙にすっきりした顔で俺を見返してくる。

 

「私の負けだ。今更、それを否定する気も失せた。貴殿との契約、受け入れよう」

 

 とりあえず神酒で存在を維持していたセイバーは、俺との再契約を受け入れてくれた。

 

 ちなみに冬木市到来まで間、セイバーは弱体化した状態で準備が整うまで眠らされ続けていたからしい。再び目を覚ましたのは一昨日のことで、大勢のホムンクルスから魔力を流し込まれることで三日間だけフルポテンシャルを発揮できる状態にした上で乗り込んできたのだとか……

 

 それってちょっと、脳筋すぎないか? いや、よくよく考えてみると『Fate/Zero』では魔術師殺しをマスターにして最優のセイバーを召喚、『Fate/ stay night』では自らを生み出した最高のマスターに大英雄ヘラクレスをバーサーカーとして召喚させたアインツベルン家だ。錬金術の大家かもしれないが、こう……いろいろと脳筋な一族なのかもしれない。

 

「アーチャー」

 

 と、こちらも憑き物がおちたような顔になった切嗣が相談をもちかけてきた。

 

「娘を救いたい。手を貸してくれ」

「代価は?」

「……僕個人で支払えるものであれば、なんであろうとも」

「じゃあ、この館の管理を任せる。あー、あと鞘を貰う。あれは(オレ)が所蔵するにふさわしい宝だ」

「その程度でよいなら、いくらでも」

 

 その後、俺は【天翔る王の御座(ヴィマーナ)】を取り出し、メディアによる認識阻害を展開した上で、俺、メディア、アサコ、ディム、セイバー、切嗣という錚々(そうそう)たる面子でヨーロッパのアインツベルン家を強襲した。

 

 切嗣情報でアインツベルン家のサーヴァント対策を熟知していた俺たちは、速攻で当主を殺さないまでもぼこり、封印処置を受けようとしていたイリヤスフィールとセラとリーゼリットを救出。そのまま無事、冬木市へと戻ってきた。

 

 さらに【王の財宝】の材料を使いまくったメディア謹製の素体に彼女たちの魂を移動。アイリ、イリヤ、セラ、リーゼットはほぼ人間の状態になり──ついでに最後の仕上げに必要な小聖杯も確保することになった。

 

「じゃ、あとは……こいつか」

 

 問題は洋館の地下室につなぎとめることにした八番目のサーヴァントについてだ。

 なんと言えばいいのか。

 アイリが呼び出したアヴェンジャーは、どうやら【無限の残骸(アンリミテッド・レイズ・デッド)】の黒い獣の状態だったのだ。知性を持たない獣であり、全ての光を吸収するため立体的には見えず、さらには一定の形を持たないキマイラそのものという想像以上のイレギュラー状態で顕現してしまったらしい。

 今は支配権を俺が握っており、メディアの霊薬で眠らされているところだ。

 

「ギル。この子、どうするつもり?」

「まー、あれだ。聖杯で返そうと思う」

「……聖杯で? 聖杯に、じゃないの?」

「セイバーも戻りたがっている。ランスロットとセイバーの魂だけでも、小聖杯は起動できるんじゃないかと思うんだが……どう思う?」

「不足を何かで補う必要があるわ。何か方法は?」

「令呪で強化して戻す」

「……令呪で?」

「もう6画ぐらい、なくとも平気だと思わないか?」

「ふふ。そうね」

 

 そんなこんなで、まずはアイリスフィールとイリヤスフィールの抜け殻となった体から小聖杯を摘出。これをメディアが時間をかけ、丁寧に加工し、白骨の小聖杯を作り上げる方針が固められた。

 

 その間、俺は聖杯戦争終結と共に魔術協会や聖堂教会から狙われる可能性を考え、いつでも逃げ出せるように売却できる資産は売却、購入できる現代的な物資を際限なく購入していった。

 

 ついでに双子館の所有権を衛宮一家──アイリとイリヤは正式に衛宮アイリスフィールと衛宮イリヤスフィールになり、久宇舞弥はアイリの義妹という形で衛宮舞弥という第二夫人の座についている──に譲渡。さらに、とある少年の保護を依頼し、家族会議の末にこれを受け入れてもらった。

 

 保護された少年の名は多々良士郎(たたら・しろう)

 

 詳しい背景は省くが、彼の体内から鋏、フォーク、ナイフ、カッターの刃のみなどが取り除いても、取り除いでも出てくるという怪奇現象を発症している少年だ。そのせいで事実上、家族から見捨てられ、施設でも対応に苦慮しているところだったのだという。

 

 どう考えても後の衛宮士郎(えみや・しろう)だとしか思えない。たまたま時臣から彼の話を聞いた俺は、熟考の末、衛宮一家にも話をつけ、問題の少年を衛宮家で引き取ってもらうことしたのだ。

 

 引き取る際に戸籍もつくりかえ、彼は衛宮士郎になった。

 

 ただ発症中の痛みや家族に見捨てられたトラウマがあまりにも深かったため、メディアに魔術で記憶を消してもらうことにもなった。はたしてそれが良かったのかどうか……なにが正解だったのか、俺には判断がつかなかった。

 

 まぁ、衛宮家にはアイリの妹として戸籍を得た衛宮セラと衛宮リーゼリットもいるため家事万能な原作の衛宮士郎にはならない可能性が高い──と思った当時の俺は、まだ世界の修正力(?)を甘く見ていたわけだが。

 

 いずれにせよ。

 

「出来たわ」

 

 検証と調整を慎重に繰り返したメディアが小聖杯の完成を宣言したのは、最後の戦いから三年も経ってからのことだった。

 

>>SIDE END

 

 

 

>>SIDE OTHER

 

 母に似て楽天的なイリヤと原作のように不器用だが真面目でしっかり者の士郎をセラとリズに任せたギルたちは、すべてを終わらせるべく、円蔵山の地下空洞にある大聖杯のもとへと向かった。

 

 待ち構えていたのは眠らせたまま数日前に移動させていたアヴェンジャー、遠坂時臣と言峰璃正、さらにはわざわざ英国から結末を見ようと訪れていたケイネス・エルメロイ・アーチボルトという1体と3人だった。

 

 ちなみに双子館には妻のソラウと、今年で三歳と一歳になる子供2人もいる。無論、さすがにこの場には連れてきていない。ケイネスは遠坂家経由で魔術協会と話すことがあったため、ギルたちより先に館から出発していたのでここで合流したという感じだ。

 

「待たせたな」と、ギルが告げた。

 

「いえ──」

 

 と時臣が謙遜の言葉を口にしようとするが、

 

「まったくだ。さっさと始めてくれ」

 

 などとケイネスが言葉を重ねるものだから、自然と二人は軽くにらみ合っていた。

 小さな笑いが起こる。

 

「まぁまぁ、二人とも」

 

 以前より老いが目立ちだした言峰璃正が割って入った。

 

「アーチャー。教会からの立会人として私が、魔術協会からの立会人としてサー・アーチボルトが、そして冬木市の管理人として遠坂くんが今回の儀式に立ち合います」

 

「承知した。そういえば、綺礼はどうしてる。まだイタリアか?」

「いえ、娘と任務についているとか。仲良くやっているようです」

 

 言葉だけ聞けばほほえましいが、綺礼の娘だという言峰華怜は、おそらく原作で言うところの『Fate/hollow ataraxia』に登場するカレン・オルテンシアのことだろうとギルは推測していた。つまり、『フェイト/タイガーころしあむ アッパー』で描かれたような、どうしようもない親子関係が成立しているものと推測できる。

 

「仲良く……ねぇ」

 

 自然とギルの頬がひきつるのは、原作を知悉しているがゆえのものだった。

 

「ああ、そうだ。アーチャー、キャスター」

 

 とケイネスが声をあげる。

 

「ここに来る前、ロンドンの我が家に“戦車男”から手紙が届いたそうだ。なんでもブラジルでナチの残党と黄金を巡り争っているところらしい」

 

 なにをやっているのだろう、あの主従は。

 

「つまり……相変わらず、か」

「そうだ。相変わらずだ」

 

 微妙な沈黙が舞い降りたのは、ある意味、仕方のないところかもしれない。なにしろあの主従、東南アジアで(いびつ)な聖杯を手に入れてしまい、その結果として冬木の大聖杯から切り離されてしまっているのだ。

 

 さらにウェイバーは、“歪な聖杯”のチカラによって【王の軍勢】の一部を個別召喚できるようになり、今では魔術協会から封印指定を受ける世界屈指の降霊術師という謎の評価を受けていたりする。

 

 ついでに英霊たる征服王イスカンダルに愛されてしまったがゆえに、見た目は以前と何ひとつ変わっていないとか。むしろ中性化が進んでおり、個別召喚した【王の軍勢】の英傑たちにも可愛がられている始末……

 

 彼らのことはそっとしておこう。というのが、聖杯戦争関係者の総意だという時点で、いろいろと察するべきところかもしれない。

 

「……まぁ、それはそれとして、だ」

 

 ギルは腕を組みつつ、本題を切り出した。

 

「ようやく準備も整い、星辰も良い頃合いだ。今日この時をもって、小聖杯を起動し、第四次聖杯戦争を本当の意味で終わらせる」

 

 彼の宣言で大洞窟の空気が一気に引き締まった。

 

「まず──セイバー。本当にいいんだな?」

「むしろ今日まで世話になった。感謝する」

 

 私服姿だったセイバーは、そう告げつつギルの前へと歩み出ていった。その数歩で全身が輝き、青い衣に輝ける甲冑を身に着けた騎士王の姿へと変貌している。

 

「迷いが晴れたわけではない。聖杯への願いも……理性では納得しているが、感情ではまだ、だ。おそらく私は、これからも英霊として苦難の道を歩む。私自身が本当の意味で納得するその時まで、その道程を後悔するつもりはない。だが……英雄王。アーサー・ペンドラゴンとして……また、アルトリアとして、深く感謝する」

 

 セイバーはギルの前で目礼する。王たるセイバーにできる精一杯の感謝だった。

 

 見ればその傍らにはランスロットが膝をついて控えている。

 

 

「不器用なやつらめ」

 

 ギルは苦笑すると、自らも黄金獅子の外套に黄金甲冑を身にまとう姿になる。

 続くように、他のサーヴァントたちも装いを変えていった。

 深紫の魔女の姿に戻るメディア。

 二槍の騎士の姿になるディム。

 白骨の仮面を被るアサコ。

 これを受け、スーツ姿の切嗣、アイリ、舞弥が見届け人たちのもとへと向かった。

 

 儀式が、始まるのだ。

 

「ウルクの王、ギルガメッシュが令呪の6画をもって命じる。アーサー王よ、その忠実なる騎士、ランスロットよ。セイバーとバーサーカーの座を離れ聖杯に戻り、新たなる戦いに旅立て」

 

 刹那、ギルの甲冑の下、左腕に刻まれた令呪の6画が輝き、神秘の力を解き放った。

 セイバーが告げる。

 

「さらばだ、英雄王」

「元気に死んでこい、はらぺこライオン」

 

 続けてランスロットが告げる。

 

「陛下の慈悲に深く感謝いたします」

「そう思うなら次は(オレ)に従え」

 

 セイバーとランスロットの姿が光の粒子となって消え去り、メディアが両手で持つ白骨の小聖杯へと光そのものが注ぎ込まれていく。

 

「メディア。足りるか?」

「…………」

 

 メディアは険し気な顔立ちで首を横に振った。

 

「……そうか」

 

 計算ではギリギリ足りるはずだったが……やはり令呪を全部使うつもりでいくべきだったか? いや、令呪は3画以上となると使ったところで大して意味がないことがわかっているのだが……

 

「ランサー」

「はっ」

「残念だ」

「過分なお言葉です」

 

 俺の後ろに控えていたランサーが嬉し気に、そう応えてきた。

 

「もとよりこの身は忠節の完遂を望んだがゆえにあるもの。ケイネス殿への不義理こそ悔いておりますが、陛下の騎士として()れた日々は、かつてにも勝る黄金の歳月であったと、胸を張って同胞(はらから)に宣言できます」

 

 その言葉は、俺の胸に熱い物をにじませてきた。

 

「フィオナ騎士団こそ“伝説の騎士団”の原典。その筆頭騎士に、そこまで言わせるほどの主君だったと、自惚れてしまってもかまわぬわけか」

「然り」

 

 そうか。俺は、おまえの良き主君であれたのか。

 

「アサコ、後は任せた。

 メディア様、どうぞ末永くお幸せに」

 

 俺の見えないところでランサーが二人に別れを告げていた。

 ……では、やろう。

 足りなければ、こうすることを最初から決めていたのだから。

 

「ウルクの王、ギルガメッシュが令呪の6画をもって命じる。我が騎士、我が友、ディルムッド・オディナよ、ランサーの座を離れ、聖杯に戻り、新たなる戦いに旅立て」

「御意ッ」

「……じゃあな」

「……お元気で」

 

 俺の背後からメディアの持つ杯へと、光の粒子が舞い散るように流れていった。その全てが器に注がれた瞬間、小聖杯は影を生まぬ霊的な輝きを放ち始める。

 

 満ちたのだ。ようやく。

 

「……始めるわ」

「任せる」

 

 ギルの言葉を受け、メディアは神代の言葉をつぶやき始める。その一言一言すべてが大呪文に匹敵するという神言を重ねることで聖杯戦争という大儀式を制御し始めたのだ。

 

 直後、大聖杯に光の柱が立ち上る。

 その光景は、光の神殿が生み出されたかのようだった。

 

 メディアの詠唱が力を増し、ついには手にしてた小聖杯がひとりでに宙に浮かぶ。

 

「──!」

 

 彼女は何かを力強く宣言した。

 小聖杯が強く輝き、大洞窟を埋め尽くすような光の洪水が生み出された。

 そんな中、何かが大聖杯の直上に姿を現す。

 

 聖杯だ。

 

 いや、万能の願望器と呼ばれる概念。形を持たず、見えず、触れず、そうでありながらもそこにあることが五感以外の感覚で誰にでもはっきりとわかってしまう超常の事象が顔をのぞかせた瞬間だった。

 

(──ギル、願いを!)

 

 メディアの念話が驚いていたギルの理性を叩き起こした。

 

「ギルガメッシュの名において聖杯に奉じる! 我こそは此度の聖杯戦争の勝者! 最後に残りしただひとりのマスター! 勝者として聖杯に求め訴える! 聖杯よ! アヴェンジャーとして顕現せしめたる“この世全ての悪(アンリ・マンユ)”に安息をもたらせ! 安らかなる黄泉の眠りを! 真の死を! 苦痛からの解放を!!」

 

 聖杯が震えた。

 

 そこから起きたことは、英霊たちですら把握できない世界の改変だった。

 アヴェンジャーが変質した。

 忽然と、その存在のありようが別のものに変わってしまったのだ。まるで、瞬きをしてみたら魚が空を飛び、鳥が豚と化していたかのような、突然の、理解不能な変化だった。

 

「──」

 

 不定形の獣のまま、アヴェンジャーがのそりと体を起こす。

 そして、顔をギルへと向けた。

 ぬちゃりと生まれた口から吐き出されたのは、不協和音だらけの不快な響きだ。

 

「偽善者め。……これで、満足か」

 

 ギルは不敵に笑った。

 

「成仏しろよ」

 

 彼の言葉に一瞬だけ間抜けな感じで口を開いたアヴェンジャーは、にやり、と笑うと、その存在を霧散させ、この世から消えていった。“この世全ての悪”という概念から解放され、この世界における過去・現在・未来の全てにおいて死という安息を得ることができたのだ。

 

(これでようやくひと段落──)

 

 と、ギルが思った直後のことだ。

 

 聖杯が蠢動した。アヴェンジャーというサーヴァントが純化されながら死を迎えたことで、アヴェンジャーの分の純粋なるマナが小聖杯に注ぎ込まれ、それが大聖杯にも流れ込んでしまったせいだ。

 

(なっ──!?)

(ギル!?)

(マスター!)

 

 ギルが、メディアが、アサコが、自らの存在そのものが聖杯に強く引かれていることに気が付き、戸惑いの思念を響かせた。その直後、豪風の如きの事象の変化が発生した。

 

 聖杯が揺らぐ。

 ギルが見たのは虹色の回廊だった。

 その彼方には──

 

>>SIDE END




という感じで別の物語になだれ込む……というものを妄想していたのですが、どうにもうまく書きあがらないので、この話はここまで。

最期までお読みいただき、ありがとうございました。


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