ペンギンのおもちゃ箱 (ペンギン3)
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冬木の街の人形師
守矢神社の行方(冬木の街の人形師)


自作二次創作小説である、冬木の街の人形師の活動報告版に上げていた短編。
活動報告版に上げていた物体なので、無論のこと短い。
第9話が終わって少ししてからのお話。


「聞いてください!諏訪子様、神奈子様!

 アリスさんから手紙が届きました!」

 

「アリスの奴、然も当分会えない~、て雰囲気を醸し出していたのに、ちゃっかりしてるねぇ」

 

「粋が有るとも言えるだろう。

 早苗が喜んでいるのだ、いらん事を言って水を差すな」

 

 天まで届け、私の思い!と言わんばかりにテンションを上げている早苗を見て、両神格の発言。

 からかう風味の諏訪子を、神奈子が窘める。

 特に最後の方は、ドスを効かせての発言である。

 

「怖い怖い、年増は怒りっぽくてやだねぇ」

 

「貴様とて、大して年齢は変わらんだろうが」

 

「そうだったっけ?」

 

 惚けて調子をずらそうとする諏訪子に、何時も通りに神奈子は溜息を吐いた。

 そうして早苗の方に、思い出したように向き直る。

 

「で、どんなことが書いてあるんだい?」

 

 ひょっこりと早苗の背中に抱きつく形で、諏訪子が手紙を覗き込む。

 

「ふふ、アリスさんは古風ですね」

 

 手紙の内容を読んで、思わずと言わんばかりに笑みを漏らす早苗。

 そして内容を覗き込んだ諏訪子は、へぇ、何て言葉を零していた。

 

「文通かぁ、昭和の香りがするね」

 

 手紙の内容は、以下の通り。

 近況報告、そして早苗の近況は?と尋ねて、よければ文通しましょ?と繋がっているのだ。

 

「ロマンの香りと言ってください、諏訪子様」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 口を尖らせる早苗に、手をパタパタ振って謝る諏訪子。

 それで気分を取り直したのか、半ばルンルン気分の早苗である。

 何時もの3割増くらいの笑顔で、ニコニコしている。

 

「文通は良いものだ。

 文字を書くということは、近況を示すだけでなく、自らの想いや万感を込めてのものにできるからな。

 どれほど拙くてもいいから、まずはやってみることが肝要だ」

 

 神奈子の経験なのか見てきたからなのか、深く染み込むような説得力が、その言葉には存在していた。

 それに勇気付けられたかのように、早苗がぎゅっと手を握り締める。

 

「しましょう!文通を!」

 

「えいえいおー」

 

 すっごい嬉しそうに、腕を高く突き上げている早苗。

 そして便乗するように、ヘラヘラ笑いながら早苗に倣う諏訪子。

 

「諏訪子もいっそのこと何か書いてみるか?」

 

「嫌だよ、めんどくさい」

 

 折角、ということで神奈子が諏訪子に文通を進めてみるも、あっさり一刀両断される。

 そして神奈子の額に青筋が立つのは、半ば当然のことであった。

 

「……ほら早苗、早速書いて見ろ」

 

 神奈子は諏訪子のことを、受け流すように、受け流すように、と内心で繰り返しつつ、早苗に手紙の執筆を勧める。

 

「はいっ!今なら名文が書けるような気がします!!

 それでは失礼致します!神奈子様、諏訪子様」

 

 言い終るやいなや、即刻自室に向かって駆けていった早苗。

 その姿に一つ頷いて、神奈子は諏訪子に語りかけた。

 

「今回の件で、早苗はどれほどあちらよりになったか?」

 

「まだ神様寄り、でもやや人間のほうに寄りつつあるね」

 

 その言葉に、神奈子は安心や寂しさなどを含む、様々のものが胸に去来していた。

 早苗の中に存在する人間と神様の天秤、それが人間側へと傾いたのである。

 

「ま、良い事なんじゃないかい?

 普通に過ごせて、普通に幸せになれるんだから」

 

「そうかもしれん、が」

 

 早苗は人に見えないものが視えてしまっているが故に、宙に浮いてしまっている。

 人より目が良かったからこそ、早苗は浮かんだままだったのだ。

 それが地に足がつくとなれば、早苗はようやくこの現代という時代に対応できるのだ。

 だが早苗は、神奈子達にとって、現代に残るための唯一の楔となっていた。

 そしてそれが外れてしまうのなら。

 

「あんまり縛るのは良くないよ。

 早苗が死んじゃったら、私達も揃ってお陀仏になろうともね」

 

 そう、早苗がいなくなるのなら、その時が神奈子達の最後。

 特異点たる早苗を介して、ギリギリの信仰でようやく耐え凌いでいるのだ。

 愛しく親しいものにして、唯一の命綱。

 それが2柱にとっての、東風谷早苗だった。

 

「だが可能性はある。

 アリス・マーガトロイド、奴は明らかにこちらよりだ」

 

「魔を司る匂いがプンプンだったからね」

 

 早苗にできた友人、人形師を名乗る少女。

 皮肉にも、今回早苗を人間側に傾けた人間が、裏側世界の人間なのだ。

 だがそれは同時に、彼女を押さえる事が出来れば、早苗は自動的に2柱の元に付いてくるということだ。

 

「だけどさ、それって明らかな誘導だよね。

 早苗には自由意思で決めてもらいたいんだけど」

 

「……分かってはいる。

 早苗のことだ。ありのままの事情を語ると、私達を助けてくれるに決まっている」

 

 神奈子は、固まったこめかみをグリグリと解す。

 2柱の風祝の未来を考えると、どういう行動が最適解なのか。

 未だに結論を出すことはできなかった。

 

「このまま私達がいなくなると、早苗は一人ぼっちだね」

 

「アリスはいる、が、家族という意味合いでは一人になるな」

 

 これは別に、早苗が天涯孤独という意味ではない。

 両親ともに健在である。

 だが、真の意味で早苗の特異性を理解できる親しき人物は、居なくなってしまうのである。

 それを考えると、容易には守矢神社を離れる気にはなれなかった。

 

「だが私はこのままの消滅は、断固として認めん!」

 

「頑固者だね」

 

 結局のところ、彼女たちの趨勢を決めるのは東風谷早苗ただ一人である。

 彼女達が、理を破り幻想になるには、どちらにしろ、早苗に術式を発動してもらわねばならないのだから。

 守矢の風祝には、それができる力がある。

 そして今の2柱には、それをなす力が残っていないのだから。

 

「何とでも言え。

 しかしアリス・マーガトロイド、か……」

 

 神奈子は計算を巡らせる。

 早苗に多大な影響を与える奇貨について。

 

「神奈子、あんた悪い顔してるよ」

 

「それだけ奴を気に入っていると思ってもらおう」

 

 今時珍しいほどに信仰を向けてくれた彼女。

 それは魔の心得があるのだとしても、それを補うほどの嬉しさがあった。

 

「まぁ、うまく転がしてやるさ」

 

 くく、と笑いを漏らす神奈子を見て、呆れたようにやれやれと肩をすくめる諏訪子。

 何れアリス・マーガトロイドという少女は、八坂神奈子という神の重大な選択に巻き込まれるかもしれない。

 だがもしそうだとしても、最終的に決断を下すのは自身の意思だろう。

 だが諏訪子は、既に少女に深い同情を与えていた。

 少女の前途を思いを馳せて。




1年前に書いた物体なので、割と粗が目立つかも。
それでも、守矢家を書いてる時の安定感が良かったことは覚えてます。
なお、アリスは守矢家に永住したら、幻想郷行きのチケットが貰えるというお話。
どちらにしろ、本編後のことであります。


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揺蕩う海の奥底で(冬木の街の人形師)

同じく、自作二次創作である冬木の街の人形師のこぼれ話。
本編に載せる隙が無かったのがいけなかった。
大体24話が終わった後くらいのお話。


 

 今日もここは揺蕩っている。

 ゆらりゆらりと、万象全てが。

 

 ――いや、違う。

 

 ここに揺蕩うは万象ではない。

 ただ、人間達が還る場所がそこにはあるだけ。

 膨大な人の想いが、万象全てあるかの様に見えるだけ。

 

 ここは人の願いを映す場所。

 皆が願い、何よりも想っている願いは今も果たされている。

 ガイアに抗い、今日も根強く存在しているそれ。

 

 人は、この場から溢れ、この場へと還る。

 それが理、自然の循環にも似た法則。

 この場所を、昔のスイスの学者はこう言い表した。

 

 ――即ち、集合無意識と。

 

 

 その場所に、座する者が居た。

 集合無意識へと還る者は、一切合切が溶けて交わるはずなのに。

 膨大な重みの中で、自我を保っているのだ。

 

 異物を融かそうとする痛みに耐えながら。

 苦痛に苛まれながらも、その者は笑顔を浮かべている。

 そう、笑っているのだ。

 

 磨り減って融けてもおかしくないこの海。

 暗闇の海底にも似た場所。

 しかし、確かな意志を持って、その者は存在していた。

 永久の暗闇の中で、全身を酸で融かされる苦痛を感じながらも、確かに。

 

 何故、そこまでするのか。

 最早魂しか存在しない身であるのに。

 

 そんな疑問も、その者にとっては瑣末なもの。

 彼女、いや、彼?

 そうだ、彼であった。

 

 彼、とっても特殊な運命の下に産まれた者。

 体が女で、心は二人で共有し合っていた彼。

 複雑な螺旋と絡み合うように、彼と彼女は繋がっていた。

 だけれども、ある日を境に彼は死んだのだ。

 彼女を庇って、車に轢かれて。

 

 彼は何故、身代わりになったのか。

 それは……彼は、夢を見ることが好きだったから。

 幸せの夢、幸福な夢。

 それを掴めるのは……彼ではなく、彼女であったから。

 だから、彼は死んだのだ。

 彼女の代わりに、彼の夢の為に。

 

 だけれども、彼は死んでも意識はあった。

 この無意識の海、それに抗えるだけの意志を思っていた。

 故に、彼は未だソコに居るのだ。

 

 真っ暗な場所。

 だけれども、彼方を見ていれば、確かに見えてくるものがあったのだから。

 それは彼の夢、憧れていた幸せ。

 彼女と、好きであった彼が、二人が隣で肩を並べている光景。

 望むるべき、幸福の形。

 それを、ずっと眺めている。

 

 彼、両儀織は何よりも夢が好きであったから。

 

 

 では彼、織はたった一人でそこにいるのか?

 それも否である、その場には立っている。

 寡黙で、何事も語らないものが一人。

 

 理想高き人、何よりも思いつめていた人。

 世界を想うがあまりに、現象と化してしまった人。

 かつて両儀式に敗れて、ここに流れ着いた彼。

 

 ――その名を、荒耶宗蓮という。

 

 彼は何をしているのか。

 織と同じく、彼方を見ているのか。

 ……違う、そうではない。

 

 なれば、何をしているのか。

 彼もまた、苦痛に苛まれている身で。

 目的がなければ、この場にはいなかろうに。

 

 ……彼はただ、表情を浮かべずに瞑想している。

 静かに、深く、深く。

 己を、見つめるが如くに。

 

 だから、それはきっと自問自答。

 己と己で対話をしている。

 全ての人が還る場所で、全ての人と繋がっているその場所で。

 他の者を顧みずに、ただ己にのみ問いかけているのだ。

 

「それ、飽きないのか?」

 

 ふと、気まぐれに声を掛けられる。

 それは、両儀織の声。

 式と幹也、少し甘くて胃がもたれたから、その気分転換に。

 唯一、語りかけられる荒耶に声を掛けたのだ。

 

 ……しかし、回答はない。

 

 彼に声は届かない。

 彼の瞑想は、全てを遮断する。

 己に世界を構築して、その殻から出ようとしないから。

 故に、今までで一度も。

 もう、何年もこの場所に居るのに、一度も荒耶は語らない。

 

 それは織も知っていた。

 だから、本当に気紛れでの声掛けに過ぎなかったのだ。

 興味を無くしたように、織は荒耶から視線を逸らす。

 

 その時であった。

 

 音もなく、誰かがこの場に現れた気配がした。

 織と荒耶、この二人以外に。

 それは、確かに他人の気配であった。

 

「――お父様」

 

 無音の場に、幼子の声が響く。

 それは、織には聞き覚えのある声。

 波紋を広げるように、耳の中を心地よくかけていく柔らかなモノ。

 

「よう、末那」

 

 織は軽く、声の主に声を掛ける。

 手を気軽に上げて、歓迎するように。

 彼はここに訪れた人。

 娘である末那に、笑顔を向けたのだ。

 

「おひさしぶりです、おげんきでしたか?」

 

「まぁ、ぼちぼちだな」

 

 交わされる会話は、ごく平凡なもの。

 唐突であるのに、予定調和で行われているかの様に錯覚してしまうそれ。

 非常識の空間に持ち込まれた、日常の欠片。

 それは酷く歪でいて……しかして暖かい。

 

「お前の方こそ、この前来た時と変わりはないか?」

 

「はい、ずっとお母様がパパをひとりじめしててずるいです」

 

「ハハッ、そうかい」

 

 この前来た時。

 そう、彼女、末那は幾度かこの場所に訪れている。

 何故だか、彼女は辿りつけてしまうのだ。

 肉体在りしものが来られるはずもない、この奥底へ。

 それが彼女の能力か、それとも別の法則が働いているのか……。

 

 それは兎も角として、織は声に出して笑ってしまう。

 何時もいつも、この娘は幹也の事を話しているから。

 笑われたことに、むぅ、と頬を含ませる末那。

 織は、むくれるなと言って、末那の頭をポンポンと叩く。

 

「お父様こそ、かわりはありませんか?」

 

「至って変わらず。

 そこの木偶のぼうも喋らないしな」

 

 視線を荒耶に向けて、フンっと鼻で笑う。

 いつも変わらず、無意味なことをしている彼に向かって。

 

「もぅ、お父様はおくちがわるいんですから」

 

「お前の母さんも大概だけどな」

 

「それはお父様のせいです」

 

 呆れたように、少しの義憤を持って末那は織に注意を促す。

 が、あっさりと話題を逸らされるあたり、未だに子供なのであろう。

 

 だけれど、末那は賢い子である。

 直ぐに気付いて、織を睨む。

 が、織は笑っているだけで、何も変えようとはしていない。

 

 ――私をからかってあそんでるのですね。

 

 末那は直感的にそれを理解したが、未だに口では勝てないことは分かっている。

 だから、プイっと織から顔を背けたのだ。

 そして、彼女は彼、荒耶の前まで歩を進める。

 荒耶の前に立って、彼女は上品に礼を一つしたのだ。

 

「こんにちは、アラヤのおじさま」

 

 この場にいて、彼女は荒耶宗蓮を無視してはいなかった。

 ただ、声を掛ける順番が、少しだけ後回しになっていただけ。

 末那は、荒耶の前で笑顔を浮かべたのだ。

 

 ――すると、

 

 ――不動だった彼が、僅かに、顔を上げたのだ。

 

「こんにちは、アラヤおじさま」

 

 もう一度、彼が顔を上げたので、末那は礼をする。

 礼儀作法を見事なまでに叩き込まれた、一部の隙もないもの。

 それを目にしたアラヤは……。

 

「――――」

 

 何も語らず、静かに顔を俯かせる。

 再び、瞑想へと意識を傾けたのだ。

 

「アラヤおじさまは、きょうもまじめですね」

 

 末那は、納得したようにそう呟いた。

 その様子を、織はどこか呆れたように眺めていて。

 

「こいつ、実はロリコンだったりしないよな?」

 

 末那にのみ反応する荒耶を、織はそんな疑いを持って眺めていた。

 何故、荒耶は末那にのみ反応するのか。

 それは織も末那も知らぬこと。

 ただ、末那がここに来れる者だから、反応しているのかもしれない、と織は推測を立てている。

 所謂、暇つぶしの一環として。

 

「お父様、しつれいですよ」

 

「なに、どうせ聞こえてなんていないさ」

 

 既に、荒耶は己が世界へと旅立っている。

 織の言葉は、彼の言う通りに既に聞こえていない。

 

「それでも、ひとのまえでそんなこというのは、いけないことなんです!」

 

「陰口ならいいのかよ」

 

「かげぐちをたたいて、じぶんがみじめにならないなら、いいとおもいます」

 

「妙なところで鮮花に影響されてるよな、お前」

 

 織はニヤけながら、そんなことを言う。

 幹也の妹、黒桐鮮花は織にとっても愉快な人物であったから。

 僅かな時しか会ったことはないけれど、それでもお気に入りの人物であったから。

 

「わたし、鮮花さんはそんけいしてますから」

 

 澄まし顔で言う末那に、織はついぞ笑いを堪えられず、クツクツとその声を漏らしてしまう。

 式、お前娘を取られかけてるぞと、そういう愉快さを滲ませながら。

 

「お父様はいつもたのしそうですね」

 

 今度は末那も、怒ることは無かった。

 笑われた事を怒るよりも先に、今問いかけたことの方が気になったから。

 

「あぁ、それはな」

 

 織も、末那の問いかけを誤魔化さない。

 織にとっても、話したいことだったから。

 

「俺はいつも夢を見ている。

 俺では手に入らない、眩しいものが見れる夢を」

 

 だから、と織は続ける。

 

「俺は夢見るのが好きなのさ。

 ずっとずっと、溺れるぐらいに見つめ続けるのがな」

 

 織は、想いを少しだけ漏らす。

 あの頃見ていた夢の続き、それを追い続けている自分を思って。

 そして織が末那に視線を戻すと、どこか首を傾げたそうな末那の姿がそこにはあった。

 

「ちょっと、お前には早かったな」

 

 理解できていない。

 そう思って織は親心ながらに、そう思ったのだけれど。

 

「いえ、そうじゃありません」

 

 いたずらっぽそうな顔をした末那を見て、ん? と彼の方が首を傾げてしまう。

 そして、それを見た末那は、満面の笑みでこう答えたのだ。

 

「お父様はいきてたら、ぱぱとイチャイチャできたのに。

 お母様のかわりにしんじゃって、すごくそんしましたね。

 いきてたら、パパはお父様のものだったのに」

 

 一瞬、末那に言われた事に、織はキョトンとしてしまう。

 が、次第に愉快さがこみ上げている。

 それは、末那が言っていたことを、少し想像してしまったから。

 

「そうかそうか、俺がコクトーとなぁ」

 

 意味もなくニヤけてしまう。

 もし自分が迫ったら、幹也はどんな顔をするのか。

 式はどんな思いで、それをここから見ているのだろうか。

 想像すると、中々に悪趣味な愉快さがあったから。

 

「お前は……」

 

 織が末那に何かを言おうとしたところで、末那の姿が、薄らと透けていることに気がついた。

 これは、織も以前に見たことのある光景であった。

 

「時間切れ、か」

 

「はい、そうみたいです」

 

 そう、時間切れ。

 これ以上は、末那はこの場で姿を保てない。

 そもそも、この場所は生きている者が自覚的に入り込んでいい場所ではないのだ。

 故に、末那は叩き出される。

 

「ではお父様、つぎにここにくるまで、じっくりと私がパパをこうりゃくしていくすがたを、みててくださいね!」

 

 楽しげにそう告げて、末那はこの場所からいなくなる。

 彼女がここから居なくなったのは、別段難しい話ではない。

 自分の無意識に、誰か知らぬ少女が写っているのというのは、人は不気味に感じるものなのである。

 だからこそ、末那は強制送還されたのだ。

 末那と織が話を出来るのは、その無意識が反応するまでの、僅かな時間の間だけ。

 しかし、織は……。

 

「ふぅん、末那がどこまでやれるのやら」

 

 娘と会話できる僅かだけの時間を、心より楽しんでいた。

 それは、本来は有り得ざる奇跡の様なものだから。

 

「ま、次に来る時を楽しみしているさ」

 

 ――どうせ、今の俺は夢見るだけだから。

 

 織はそう考えて……それから、さっきの事を少しばかり頭に巡らせる。

 

「コクトーの、恋人かぁ」

 

 何だか、むず痒くなるようなフレーズである。

 自分は男なのに、末那は何を思ってそういったのか。

 

「まぁ、好きだけれど」

 

 サラっと言って、気持ち悪いと自分で笑う。

 だから、きっとこれで良かったんだと、織は微笑む。

 

 ――だから、さぁ。

 ――夢の続きを見る事としよう。

 ――見果てぬ式と、コクトーと、末那達の軌跡を。




どうでもいいお話、アリスが死にかけたりすると、この場所にご招待される。
冬木の街の人形師版、タイガー道場。


アリス「ぅん、ここ、は?」

識「よく来た、この渇望と深淵の場へ。
  まずはそこの服に着替えて欲しい」

アリス「これは……体操服?」

識「そうだ、健全な肉体や格好にこそ宿るもの。
  荒耶もそう思うだろう?」

荒耶「……………………………」

識「古事記にもそう書いてある、と荒耶は言っている。
  そういう訳で着替えろ」

アリス「あっはい(何かがおかしい)」

大体そんな感じのノリです。


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番外編 えいぷりるの気紛れ騒動 上

エイプリルフールに投稿したかったけど、制作時間があまりに足りてないという悲劇によって、完成しなかった本作。
書き差しは気持ち悪いから、という理由で黙々と書かれ続けたのがこちらになります。
本来なら本編にでも投げつけるものですが、今更ぬけぬけと更新しづらかったですからね、仕方ないですね!(でも皆さんに読んで欲しいというジレンマがあったり)



 朝、目が覚める。

 何時もと同じ冬木の朝。

 すっかり私色に染められた遠坂邸の一室で、欠伸を噛み殺しながら私は何時もの細やかな儀式を行う。

 

「おはよう、上海、蓬莱」

 

 返事のない挨拶、私だけの自己満足。

 毎朝この子達のお陰で、私の目覚めは非常に心地良い。

 笑ってないと分かるのに、にこりと彼女達は微笑んだ気がして。

 それが心にそっと触れてくれた気がするから。

 そんな彼女達に微笑んで、私はそっと立ち上がった。

 今日の服を選ぶため、さて、と悩みながら箪笥に近づく。

 これは何時もの朝の、いつもの光景。

 ……だから、

 

「おねーちゃん」

 

 その声がした時、私は一体誰の声なのかが分からなかった。

 

「誰」

 

 端的に、けど鋭い声で私は問いただす。

 眠気は吹き飛び、誰とも知れぬ声がした方に振り向く。

 私の後ろ、ベッドの方から聞こえてきた、幼い女の子の声に。

 

「おねーちゃん」

 

 もう一度、声は繰り返される。

 けど、それは先程とは違う女の子の声。

 おねーちゃん、そのフレーズは、確実に私に向けられたもの。

 声をした方をまじまじと見ると、そこに居るのは窓際に座る私の友達が二人だけ……。

 だけれど、直後に私は雷に打たれたかの如く、固まってしまう事となる。

 

 ――その子達が、ゆったりとした動きで、こちらにトコトコと歩いて近づいて来たのだ。

 ――私は、この瞬間を恐らくは忘れることが出来ないだろう。

 

「……嘘」

 

「なにが?」

 

「どーしたの?」

 

 頭の処理が追いつかずに言葉だけ零してしまうと、二人はゆったりと首を傾げて、なにかなー? と言葉を交わし合う。

 青と赤のツーセット、まるで生きっているかの様に動く彼女達。

 

「……上海、蓬莱」

 

 呟いた声は、彼女達には聞こえてきたようで。

 なぁに? と二人揃って、小首を傾げながら私を見上げていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凛、凛、大変なの! 一大事よ!

 貴方が魔法少女になるくらいの一大事なの!」

 

「……あんた、朝から喧嘩売りに来てるの?」

 

 慌てて階段を駆け下りてきた私に、凛はとても冷たい目を向けていた。

 まるで養豚所へ出荷される豚を見るような目。

 けれど、それが実は過去の自身に向けられている目だという事を、私は知っている。

 だからそんな目をしてる凛を無視して、私は一方的に語り始めた。

 私は今この時、今までにないくらい興奮してると言っても過言ではないのだから!

 

「違うわ、それより聞いて欲しいの!」

 

「朝からうるさいわ、殺されたいの?」

 

「話を聞いてから殺しなさい」

 

 怪訝な目を向けてくる凛に、私は笑顔全開で語りだす。

 先ほど垣間見た奇跡と、あの愛らしい声について。

 

「上海と蓬莱が動いたの……可愛い声で、おねーちゃんって呼んだの」

 

「はあ?」

 

 意味不明そうな顔をしている凛。

 けど、私は構わずに喋り続ける。

 だって、私は今喋りたくて、この感動を伝えたくて仕方ないのだから!

 

「動いたのよ、彼女達が、自分の意志で!」

 

 言葉が脳裏に溢れすぎて、何を言えば良いのか分からない。

 更に先程の、おねーちゃんというフレーズが頭の中で何度もリフレインする。

 幸せというものを、今この時以上に感じたことがあるであろうか? いや、ない!

 

「落ち着きなさい、アリス」

 

「落ち着けると思う?」

 

 答えた瞬間、頬に何かが掠めていく感覚が走る。

 何事かと凛を見れば、人差し指を私に向けて銃の形に構えている。

 ……間違いなく、凛は魔術行使を行った。

 それも、私に向かって。

 

「あ、頭が痛いわ」

 

「そう、そのまま冷えると良いわね」

 

 ガンド、北欧のお呪い。

 行使されたものは体調を崩し、寝込ませる魔術。

 凛のそれは、物理的破壊力を持った、馬鹿げたモノとなっているのだが。

 お陰で、私の頭が物理的に痛くなって来たのだ。

 

「……殺す気?」

 

「馬鹿ね、あんたはこの程度でくたばらないでしょう?」

 

「そういう問題じゃないの」

 

 軽く抗議しつつ、私は魔術回路から魔力を体に回し始める。

 そして、凛のガンドに侵食された部分の汚染を、そのまま魔力で洗い流す。

 

「あら、もう元気になったのね」

 

「まだ頭が痛いわ、どうしてくれるの」

 

「これで少しは冷静になれるでしょう?」

 

 明け透けに言う凛を睨みつつ、私はそうね、と小さく返した。

 流石にはしゃぎ過ぎたかと、頭痛の中で羞恥も覚える。

 嬉しすぎたからといって、あんなアホの子の様な醜態を晒すなんて、あまりにあんまりだった。

 そう言う意味では、手段にさえ目を瞑るなら凛の行動は的確であったといえる。

 

「で、落ち着いたところで、一体何なの?」

 

「それはさっき言ってた通りよ。

 私の大切にしていたお人形が、自分の意志で動き出したの」

 

「中に亡霊が入ってたりとかは?」

 

「確認したけど、そういうものは無かったわ」

 

 答えれば、凛はそう、とだけ小さく返事をする。

 それから、真面目な顔をして私を見たのだ。

 

「それ、何が理由で動き出したと思う?」

 

「私の愛」

 

「真面目に答えなさい」

 

「半分は本気よ」

 

 気持ち悪いわよ、と呆れた顔をしている凛を横目に、私もその理由について考える。

 浮かれていたとはいえ、良くもまあ考えなかったものがと、自分のことながら呆れてしまう。

 あれだけ目指しても出来なかった人形の自立化。

 それが朝起きたら、私が何もしなくても動きました、何て都合の良すぎる話だというのに。

 

 だから記憶の引き出しを、片っ端から開けていく。

 私が何かをして、その因果関係で彼女達は動き出したのかと。

 ……しかし、

 

「全く持って、覚えはないわ」

 

「それこそ問題じゃない」

 

 凛の返答に、返す言葉が見当たらない。

 ご尤も、それこそが問題だというのに。

 降って湧いて出た幸運……けど、その内の方はどうなっているのか。

 それは、私は未だ確かめていない。

 表面上の起こったことだけを見て、そして喜んでいたに過ぎないのだから。

 ならば、と私は立ち上がる。

 

「上海達に、聞いてくるわ」

 

「それで分かると思う?」

 

「それこそ分からないわ。

 でも、知ってる事はきっと答えてくれるわ」

 

「その根拠は?」

 

 胡乱げな視線を向けてくる凛に、私はちょっと自信有りげに答える。

 これは、恐らく私の思い込みかもしれないけど。

 でも、それでも、私はそうだと感じているから。

 

「あの子達に不純物は何ら混ざってはいなかった。

 幽霊とか、誰かの魔力とかね。

 後に残っているのは、あの子達だけということ。

 なら、私に嘘をつくはず無いじゃない」

 

 自信を持っていると、凛は呆れた顔をしながら、早く行きなさいとだけ言う。

 彼女の目は、呆れはしててもバカにはしていない。

 それだけは理解できたから、私は自身の部屋へと道を辿り始める。

 考えるよりも、今は足が動いていた。

 

 

 

「上海、蓬莱」

 

「あ、おねーちゃん」

 

「おかえりー」

 

 扉を開ければ、そんな声が聞こえる。

 何年も一緒にいるはずなのに、成長を忘れてしまったかの様な、そんな幼さ。

 けど、時が止まっているのはお人形だから、そう言われれば納得するであろう。

 私はそんな彼女達に向かって、一つのことを尋ねる。

 疑問に思ってる確信、何ら遊ぶことなく、彼女達にぶつける。

 それこそが、するべき事だと分かっていたから。

 

「ねぇ、二人共、どうしていきなり動き出せたの?

 私、理由が知りたいわ」

 

 私が端的に告げると、二人は顔を見合わせて、フリフリと頭を振るう……可愛い。

 でも、その様子を見るに、二人はなぜ動いているのか分かってないのだろう。

 動いてる二人を見てると嬉しさで体がムズムズするが、我慢して私は確認する。

 

「分からないのね?」

 

 そう聞くと、また二人は首を振るう……可愛い。

 でも、その答えはあまり要領の良いものではなくて。

 困って顔を顰めていると、次には彼女達はこんな事を言ったのだ。

 

「しらないけど、わかるきがするの、おねーちゃん」

 

「しゃんはいのいうとおりよ、おねーちゃん」

 

 上海と蓬莱、二人揃って謎掛けのような事を言う。

 余計に分からなくなった私を見て、二人は何とか説明してくれようとしているのだけれど……。

 

「きっとね、きょうだけがトクベツなの」

 

「そうなの、このひだから、わたしたちはうごけてるんだわ」

 

「今日だけが……特別?」

 

 不可思議極まりない言葉だと思う。

 自分達が動き出した理由は分からないのに、今日だけしか動けないと彼女達はいう。

 

「……どうして今日だけなんていうのかしら?」

 

 理由は分からない、法則なんて知りもしない。

 だけど、彼女達が動けるのは今日だけだと、本人たちは言う。

 この娘達は今、意識があるのに。

 そう思うと、胸が苦しくなるような感覚に苛まれる。

 この娘達が私に嘘をつくはずがない、それは私が凛に言った事だから。

 だから私は、この娘達の言葉をそのまま信じてしまっていた。

 

「それはね、おねーちゃん」

 

「かんたんなんだよ、おねーちゃん」

 

 多分、私は非常に不機嫌な顔をしている。

 そんな私に、彼女達は正面から、堂々と言ってくる。

 表情は変わらないけど、何故だか笑っている気配を漂わせながら、気持ちを載せて。

 

「きょうはすてきな、ウソツキのひ。

 だったら、どんなウソがホントになっても、だれもおこらないの。

 ニホンのエイプリルは、いちにちまるごとぜんぶだもの」

 

「だもの」

 

 帰ってきた答えは、もはや理屈ではなかった。

 無茶苦茶で、何も見通せることがない。

 唯の子供の我が儘そのもの。

 ……けど、だけれども。

 

「だから、きょうはおねーちゃんといっしょにいるの」

 

「いっしょにあそんで、いっしょのものをかんじたいの」

 

 迷いなくそう告げる彼女達は、間違いなく透き通っていて。

 今日だけと聞いて切なさを感じていた心に、暖かさがじんわりと流れ込んできて。

 堪らず、ギュッと二人を抱きしめた。

 作り物のその体、血の通わない弾性の肌、けれども溢れる優しさごと、私は二人を感じすにはいられない。

 

「そうね、一緒に今から遊びましょう」

 

 抱きしめたものと共に、私は二人にそう告げて。

 さて、何して遊ぼうか、何て考え始めていた。

 告げたのと同時に、わーい、という声と共に抱きしめ返してくれた二人。

 私から移った体温が彼女達のモノに感じられて、ちょっぴり都合が良すぎるか、何て思ってしまったひと時。

 今日は素敵な日にしたいなと、反射的に考えていた。

 

 

 

 

 

「で、言い包められた訳ね」

 

 下に降りて上海達を肩に乗せているとこを見た、凛の最初の一言。

 失礼極まりない話である。

 

「違うわ、分かり合ったの」

 

「どうだか」

 

 睨めば呆れた表情が浮かぶ。

 凛はどうやら、この肩の愛らしい二人が胡散臭く見えている様だ。

 全く持って可哀想で、そして腹立たしい。

 

「上海、蓬莱、挨拶」

 

「りんちゃん、りんちゃん」

 

「おはよーございます!」

 

 可愛く頭を下げた二人に、凛はジトっとした目をして。

 サラリと、こんな暴言を放ったのだ。

 

「……訓練された犬ね」

 

「どこからどう見ても女の子よ!」

 

「人形のね」

 

「悪いの?」

 

「そうは言わないわよ……アリスのだし」

 

 私の何だと聞きたいが、きっと不毛に違いないので流れを断つように沈黙で応える。

 凛はまた溜息を吐いて、それから上海達に問うたのだ。

 

「あんた達は何なの?」

 

 向けられたのは、胡乱と猜疑に満ちた視線。

 けど彼女達は一切怯まず、凛に対して毅然と答える。

 舌っ足らずな、あどけない声で。

 

「わたしたちは、アリスおねーちゃんのおにんぎょうさん」

 

「きょういちにちは姉妹なの」

 

 ギュッと私の方に抱きついて、二人は軽やかに言葉を紡ぐ。

 それに合わせて、私も凛へと視線を向ける。

 またも睨んで、今度は文句あるかと意味も乗せて。

 

 すると凛の目は、胡乱から放任に。

 もうどうでも良いわ、と適当なものに反応がシフトした。

 呆れを通り越して、投げやりへの変化。

 この可愛さが目に入らぬのかと言いたいが、あまり絡み過ぎてもウザがられる。

 だってこの反応は、凜が危険はないと判断してくれたということなのだから。

 舌打ち代わりに人差し指で凛の頬っぺたをムニッと押して、私はそのまま玄関へ。

 

「どこに行くの?」

 

「お外に遊びに」

 

「見つからないようにね」

 

 何が、とは言うまでも無い。

 動いている上海と蓬莱の事だ。

 

「分かっているわ、そんなこと」

 

「そう、一応あの子に何か言っておくことは?」

 

「……今日は特にないわ」

 

 あの子とは、少し前からこの家に居候してる少女のこと。

 私がここに呼んで来てくれた娘。

 昔は問題を抱えていたが、今では引き篭って魔術の研究ばかりしている位に元気である。

 

「じゃ、行ってくるわ」

 

「貴方達、勝手に動いたりしちゃダメだからね」

 

「はーい、りんちゃん」

 

「わかったよ、りんちゃん」

 

 凛の心配を他所に、私達は朗らかに遠坂邸を踏み出す。

 この子達とどんなものを見るのか、それにどんな反応をするのか。

 それを見れる期待と、高揚感を感じながらの道のりの始まりだった。

 

 

 

 ……が、しかし。

 

「ここは冬木大橋よ。

 周りに公園があるでしょう?

 ここからの風景と上からの風景は、大分違って見えるのよ」

 

「うん、しってるよ、おねーちゃん」

 

「みたことあるわ、おねーちゃん」

 

「……そう」

 

 私のカバンからひょっこり頭を出してるこの子達は、大体こんな反応しかしない。 

 何でも、何時でもおねーちゃんと一緒だったから知ってる、とのこと。

 ニコニコしてくれているのは分かるけれど、こちらとしては物足りない。

 予定としては、アリスおねーちゃんありがとう! と言われていたはずなのだから。

 

「貴方達は、どこに行きたい?」

 

 どこを回ってもこんな受け答え。

 なので、私は思い切って聞いてみた。

 上海たちが見て知ってるというのなら、感じて楽しい所に連れて行ってあげたいから。

 

 さ、答えて?

 そう彼女達を覗き込むと、二人は顔を合わあせて、そしてこんな受け答えをする。

 聞いた時、私が目を丸くしたのは、ある意味で仕方なかっただろう。

 

「じゃあ、まずはワカメさんのおうち」

 

「わかめにいさん! わかめにいさん!」

 

「……間桐くんの家ね」

 

 確かめるように聞くと、元気に揃ってウン! と答えが返ってきて。

 間桐くんが、どうにも不憫に感じてしまった瞬間であった。

 まぁ、彼の場合は、ある意味でそれがトレードマークなところがあるのではあるが。

 

「分かったわ、行くわよ」

 

「ウン、ありがとう」

 

「おねーちゃん、いこー!」

 

 この子達は、実際に色んな人とお話をしたいのかもしれない。

 今まで喋れなかったけれど、私と一緒にいた記憶があるというのは、つまりはそういう事だろう。

 だったら、話せる人達のところに連れて行ってあげるべきなのだ。

 歩き回りすぎて、見つかっても問題であるし。

 

「はやく! はやく!」

 

「いそぐの! いそぐの!」

 

「はしゃぎ過ぎよ、貴方達」

 

 好き勝手に言葉を発する彼女達を諌めながら、私は道を進んでいく。

 道を歩きながら思うことは、いつもよりも騒がしいという、感じたままのモノ。

 けど、この子達となら、煩いのも煩わしくないと思うのは、些か入れ込み過ぎであろうか?

 そんな事をつらつらと考えながらの歩み、目指すは間桐邸。

 

 間桐くん、見たらびっくりするかしら?

 それが私が気に掛けていた事柄で、はしゃぐなと言いつつも私自身も胸の高鳴りを感じて。

 出来れば、悪い反応でなかったらいいな、なんて思いながらの道行。

 皆の反応を想像するのは、意外と想像を掻き立てられていた。

 

 

 

「何だよ、急にやってきて」

 

「ご挨拶ね、他の娘なら歓待したでしょうに」

 

「お前には塩しか贈るものはない!」

 

「お中元ね」

 

「お前は塩を送られて喜ぶのか」

 

 インターフォンを押してから少々。

 出てきた間桐くんは、何時も通り変わることのない面倒くさそうな顔を浮かべて口撃を仕掛けてきた。

 変わることのない光景、そこに変化を齎す様に、私は一つ石を投げ入れる。

 尤も、その石は、キラキラと輝いている宝石なのだけれど。

 

「さ、二人とも」

 

 私の声に反応して、上海と蓬莱がひょっこりカバンから顔を出す。

 間桐くんは訝しげな顔を浮かべ、何をする気だと視線を寄越してくる。

 それに応えるように、私は二人にこう言った。

 

「こんにちは、ワカメにいさん」

 

「きょうもカミがかいさんぶつ!」

 

「馬鹿にしかしてないよねぇ、海産物って揶揄どころかそのまんまじゃないか!

 ……って、ん? どういうこと?」

 

 どこからか聞こえた声に、間桐くんは困惑して。

 視線を彷徨わせた後に、私の鞄へとそれを定める。

 

「…………」

 

「ワカメにいさんどうしたの?」

 

「わたしとしゃんはいにヒトメボレ?」

 

 二人の声に反応して、間桐くんは何だこれはと視線を向けてくる。

 何だと問われれば、私の家族と答えるしかないが、そういう事を聞きたいんじゃないのは分かる。

 だから端的に、分かるようにはっきりと告げた。

 

「意思を持って動いているの、腹話術なんかじゃないわ」

 

 胡散臭げな目に負けず、堂々と話す。

 上海と蓬莱は単なる人形ではなく、個人になったのだと。

 すると間桐くんは酷く怪しい顔をして、絡みつくような視線で上海達を見た。

 その目から、これがどういう仕掛けなのか読み解こうとする気配を感じ取れて。

 

「種も仕掛けも全くないわ。

 私だって、今の状況がどうして起こったのか、そんな事は分からないのだから」

 

「……それは魔術で動いているのか?」

 

「さぁね」

 

 言い切ると、間桐くんは苦虫を噛み潰した表情を浮かべていた。

 きっと、自分が持つ魔術の知識と噛み合わないからであろう。

 いっその事、統合性だけを考えるのなら、私が怪しげな超能力に目覚めたと考えたほうが自然なのだ。

 彼が何を言いたいのか、それは少しばかりだけは分かるつもりである。

 私も魔術師であるし、その理と法則は知っているのだから。

 

「良く分からない力の奇跡でこの子達は動いているわ。

 それが何なのか、今の私には分からない。

 けど、一緒にいると分かるの。

 この子達は、確かに私と一緒にいてくれていた子達なんだって」

 

「あっそう、別にイイけどね。

 最終的に取り殺されないように、精々気をつけておけばさ」

 

「あら? 心配してくれるの?」

 

「皮肉だって気づいてるくせに、よくそこまでぬけぬけと返せるね。

 皮の厚さだけは、追随を許さないなお前は」

 

 余計なお世話な上に、自分に帰ってくる言葉であろうに。

 そう思って私も更に何かを言い返そうとした時、それは唐突に訪れた。

 何が、と言えば、さっきまでと同じように上海達が喋り始めたこと。

 何が違ったかといえば、それは上海達の言葉の内容が、大きく違う。

 私も、そして間桐くんも言葉が出なくなるような内容だったのだから。

 

「そんなこといって、わかめにいさんはおねーちゃんがきになる。

 はずかしいから、ぜったいにいってなんてあげないけど」

 

「おねーちゃんも、わかめにいさんといるのがたのしい。

 だいじなだいじなオトモダチっておもってる」

 

「すなおじゃないけど、りょうおもい?」

 

「しゃんはいったらオマセさん。

 でもどっちも、ときめいたりなんてしてないわ」

 

「ほうらいったらつまんない。

 でも、それがしんじつだものね」

 

 ヒソヒソ話というにはあまりに大きな声で、二人は童話を読み上げるように謳っていく。

 但し、その内容は、あまりに直球で、咄嗟に言葉が出なくなるほどの勢いを持っていたけれど。

 

 そして、最初に再起動したのは私ではなく間桐くん。

 顔は真っ赤で、物言いたげ。

 今すぐにでも、言葉が溢れて広がりそうな震え。

 感じることができた時点で、既に沸点であった。

 

「なぁに巫山戯た事言ってるわけぇ?

 僕がマーガトロイドを気にしてる?

 あぁ、危険人物としてならそうだけど、それ以外なら全くもって意味不明だよ!

 そもそもさぁ、人形風情が僕のこと推し量ろうなんて、頭が高いとは思わないの?

 人形なら人形らしく、言葉を喋らずジッとしてろよっ!」

 

 勢いにのって、捲し立てる間桐くん。

 その物言いにはカチンとくるものがあるが、彼も上海達にそういう部分を指摘されたからこうも顔を赤くしているのだろう。

 恥ずかしいという気持ちは、誰にだってあるのだから。

 それを暴かれれば、こうもなる。

 そして、それを言われた上海達といえば……。

 

「きゅうにわかめにいさん、ゲンキになったね」

 

「きっと、ずぼしをつかれておどろいてるのよ」

 

「ほうらいはあたまいいね」

 

 大体こんな感じの会話を交わしていた。

 しかも、間桐くんはそれを直に聞いてしまっていて。

 ……プライドの高い彼が、プルプルと震えてしまうのも無理はない事だと言える。

 

「あのさぁ」

 

「言いたいことは分かるわ」

 

 皆まで言うなと押しとどめると、間桐くんはとても深い、まだ冬ではないのに白い息が吐かれているのかと勘違いするほどの溜息を吐いた。

 それは落ち着くためのもので、私の言うことを間桐くんが正しく理解してくれた証であろう。

 そうして溜息のあと、顔を上げた間桐くんは怖い顔をしていて、一言だけ言葉を発する。

 

「帰れ」

 

 それ以外の言葉など必要ないと言わんばかりの清々しさが、そこにはあった。

 

「また、機会があれば来るわ。

 ……ごめんなさい」

 

「来なくて結構」

 

 言葉を交わらせれただけでも僥倖か。

 間桐くんとは、そこで別れた。

 ただ、家に戻るその背中に、上海達は言葉をかけて。

 

「わかめにいさん、おねーちゃんはわかめにいさんのことをトモダチだっておもってるよ」

 

「わかめにいさん、これからもおねーちゃんとなかよくね!」

 

「うるさい!」

 

 案の定、間桐くんからの怒りの返事を貰うことになる。

 そうしてバタンと間桐邸の玄関は閉まり、後に道に残っていたのは頭痛が頭の芯からする私と、無垢な顔をした上海達だけ。

 ついでに言えば、疲労も私の中には残っていた。

 

 

 

 

 

「上海、蓬莱、人間関係はある程度相手を慮る事から始まるのよ」

 

「おもんぱかる、ぱかぱか!」

 

「しゃんはいったら、アルパカをそうぞうしているのね!」

 

「馬じゃないのね……」

 

 間桐邸から離れて暫く、私達は桟橋のベンチに座っていた。

 そして先程の出来事を反省するように二人に促すが、正に馬耳東風の二人。

 楽しげなのは良いことであるのだが、この分だと私の促しが二人に届くことはないんだろう。

 だから困った顔をしていたら、上海達は私の顔を覗いていて。

 ゆったりとした口調で、こんな言葉を伝えてくれる。

 

「げんきだして、おねーちゃん!」

 

「わたしはミカタよ、おねーちゃん!」

 

 二人が原因とは知らず、けれどもいじらしく慰めてくれる。

 その姿には何とも癒しを感じずにはいられないが、この娘達はまだ目覚めたばかり。

 人と人との間にある情緒が理解しきれていない。

 これは見ているだけだったのと、実際に会話を交わすのが別物であるという証左であろう。

 けど、人の心が分からないという訳でもないのが、何とももどかしい。

 これから育っていくのだというなら見守るのだが、彼女達には制約がある。

 だから私は、噛み砕いた一言だけを彼女達に贈る。

 心のどこかに、ひっそりとでも良いから留めて欲しいと思いながら。

 

「二人共、貴方達は周りに遠慮をする必要はないわ。

 でもね、それは無神経であっていいという事ではないの。

 分からないというのなら、相手に優しくしてあげなさい。

 感じるものは、きっとあるはずだから」

 

 口で言っても、中身が伴わなければ伝わらない。

 だから、今言えるのはこれだけなのだ。

 きっと、彼女達がそれを分かるには一日じゃ足りない。

 それが悔しくて、どうして時間は有限なのかと罵りたくなる。

 

「だいじょうぶだよ、おねーちゃん」

 

「きにしないで、おねーちゃん」

 

 それでも、彼女達はこう言うのだ。

 動かない表情、けれども伝わってくるものはある。

 それは柔らかな安堵、動き始めたばかりの子供であるはずの彼女達から伝わってくる、確かな感触。

 

「おねーちゃんをみて、しってるから」

 

「おねーちゃんからきいて、しってるから」

 

 合わせながら、私に彼女達は囁き続ける。

 私達はねと、意思を表すかの如く。

 

「わたしたちは、おねーちゃんといつもいっしょ」

 

「みたものも、かんじたものも、ぜんぶぜんぶいっしょなの」

 

 だから、しんぱいなんてしなくていいよ。

 上海達はそう言って、笑わない顔で優しく微笑んだ気がした。

 

「……そう」

 

 貴方達は、貴方達の情緒を持てば良い。

 そう言うには、時間があまりに足りない。

 口惜しくも、私は何も言えなくなってしまった。

 

「だいじょうぶだよ」

 

 慰めるように言う上海に、私は自然と溜息を吐いてしまっていたのは、正直仕方のない事だと思っている。

 でも、そんな彼女達は、やはり可愛くてしょうがなくて。

 

「次はどこに行く?」

 

「えみやんとさくらのおうち!」

 

「あいのす~!」

 

「……ネコさんからね」

 

 えみやん、衛宮くんをそう呼ぶのはネコさんくらいしか存在しない。

 悪い影響とは言わないが、何とも複雑な気分。

 どうせなら、えみやくんでも良いのに、と思ってしまうから。

 そして蓬莱はどこでそんな言葉を覚えてきたのか、まったくもって疑問だ。

 

「まぁ良いわ、行きましょうか」

 

「れっつご~!」

 

「ぜんそくぜんし~ん!」

 

 威勢の良い上海達の声と共に、私は次の目標へと歩き始める。

 恐らく、間桐くん同様に迷惑を掛けると思うけれど、それでもあの二人なら許してくれるわね、何て甘えを抱えながら。

 カバンから覗いている二人の頭を撫でると、髪の毛はサラサラで。

 何時も手入れしてあげて良かったと、素直に感じた。

 これからも、ずっと世話をしてあげたいな、なんて親心と共に。




どうでも良い話ですが、まえがきに言い訳並べすぎですね。
でも、書いてなきゃやってられないので、敢えて残したままにしておきます。
下は前書きで述べた通り、何とか今月中に完成させます……(震え声)。


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番外編 えいぷりるの気紛れ騒動 下

月末には間に合いました、やったぜ(白目)


 お昼過ぎの街は明るく、そして喧騒に満ちている。

 絶賛春の真っ只中、寒いあの日は彼方へ流され、代わりに風は桜を運ぶ。

 そよ風に乗る花弁は、淡く薄く、けれども明るい。

 

 こんな季節だからこそ、冬眠していた生物達もひょっこりと地上に顔を出すのだろう。

 そして口々に、皆さんどうもこんにちは、と言っているに違いない。

 今回の上海達も、もしかしたら似たようなものかもと考えると、中々に興味深い。

 ……尤も、それが長続きするかはまた別の問題だけれど。

 

「おねーちゃん、えみやんのおうちまだ~?」

 

「さくらにもあいたいの!」

 

 そうよそうよ、と互いの言うことに同意を示しながら、訴えてくる上海と蓬莱。

 そんなことを言われても、距離という概念は捻じ曲げようがないのだから、幾ら言われてもどうしようもない。

 結果、少々の急ぎ足になりつつ、私は歩を進める。

 私としても、足を休めたいという気持ちはあったから、自然と足早になっていた。

 

「はやいねー、おねーちゃん」

 

「ヒソウテンソクよりはや~い!」

 

「訳の分からない事を言わないの。

 あと、人気が多いから静かに。

 二人の事がバレたら、私は凛から殺されるわ」

 

 注意をすれば、は~い、と二人揃って声を出す。

 ……少しばかり、頭が痛くなりそうだ。

 ふと周りを見れば、私を不思議そうに見ていたお爺さんがいたので、すみません独り言です、とかなり悲しい言い訳をしつつ、私はその場を離れる。

 

 全くもって油断ならないと、二人の額をペチっと人差し指のお腹で叩く。

 いたいよーと声を上げたのを聞き、思わず溜息が出てしまったのは仕方がないことだろう。

 でも、可愛いからつい頭を撫でてしまう。

 エヘヘと言う声が聞こえてきて、私は叱るということが苦手なんだと自覚する。

 でも、今日くらいは良いだろう、今日だけは……。

 

「えへへ~、もうすぐだね~」

 

「うふふ~、もうちょっとよ~」

 

「はぁ、本当に仕方ないわね」

 

 急ぎ足で、一二三とリズム良く先に進む、進む。

 二人の言う通り、目的地まではもう少し。

 あと少し、と急ぎ早足になったのを、周りの人は何事かと見てくるけれど、そんなものは気にしない。

 今は衛宮くんの家に駆け込む事だけを考えていれば良い。

 

 そうして逃げる私は、どこか夜逃げをしている気分で。

 後日、その様子を見かけた楓に、腹でも壊してたかー? とデリカシーの欠片もないことを尋ねられるのだけれど、どうでも良い話だ。

 でも、心境的にはトイレに駆け込む時の焦燥感にも似たようなものがあったのは、確かな事だけれど。

 

 などという訳で、私は急いでいた。

 けれども走らなかったのは、上海達に周りをもっと見て欲しかったから。

 この子達の目で見て、感じて、それを意識がどう処理をするのか。

 得るものがあれば良いな、なんて事を考えて歩いて。

 これは益体がないのか、それとも意味があることなのか、ということまで考えてしまって。

 ……結局、それを決めるのは上海達だって事に気が付くまで、衛宮くんの家にたどり着くまでの時間が必要だった。

 

 

 

 

 

 

 斯くして、私は目的地にたどり着く。

 ピンポンをせっつく様に三回押せば、中からトテトテと誰かが駆けてくる音がして。

 二人に挨拶の準備だけしておきなさいと言うと、そのまま玄関から出てくるのをジッと待つ。

 カラカラカラと引き戸が開かれ出てきたのは、紫がかった髪にリボンをしている可愛い後輩。

 エプロン姿にお玉を持っているからして、慌てて出てきてくれたのだろう。

 そんな彼女が発した第一声、それは……。

 

「新聞、勧誘、お断りです!」

 

 とっても敵対的な一言。

 笑いつつも、何故か迫力を感じずにはいられない。

 具体的には、こめかみにピキピキと怒筋が浮かんでるような。

 

「って、あれ? アリス先輩?」

 

 凄く驚いたような桜に、私は微笑みかけながら、こう答えた。

 フフ、と笑い声が漏れてしまったのは、仕方ない事だ。

 

「こんにちは桜、とっても歓迎してくれて、私としては嬉しい限りだわ」

 

 えぇ、それは心の底から。

 私が笑顔でそう告げると、桜は拗ねたような顔になり、ツンと横を向く。

 最近は遠慮がなくなってきたな、なんて思っている私に、桜はそのまま返事をした。

 ちょっぴり恨みがましい口調で、でもバツの悪そうな声音で。

 

「インターホンを三回も鳴らした、アリス先輩が悪いと思います!」

 

 ……グウの音も出ないほどの正論だった。

 

「おねーちゃんがわるいね」

 

「でも、ピンポンってなんかいもおしたくなぁい?」

 

「うん、わたしはでてくるまで、いっぱいおすよ!」

 

「しゃんはいってばさすがね!」

 

 そんな私を出汁に、上海達は楽しげに声を上げて。

 桜は、その声がどこから聞こえたのかを探して、そして気が付いた時には表情を凍らせる。

 その視線は、寸分ズレることなく私のカバンに固定されていた。

 

「こんにちは、さくら!」

 

「さくら、こんにちは!」

 

「…………こんにちは?」

 

 それぞれに口にした挨拶に、桜は目を丸くしたまま、ボンヤリと返事をしていた。

 

 

 

 

 

 

「しゃべります」

 

「うごきます」

 

「と、いう事なの」

 

「つまりどういう事なんですか……」

 

 ぼぉっとしていた桜に声を掛けて、正気に戻った彼女に、そのまま衛宮家の居間に案内される。

 そこで向かい合う私達、衛宮くんは私達の為にお茶菓子を買いに走りに行ってくれているらしい。

 有難いような、でも早く動く上海達を見て欲しいような、複雑な気持ち。

 先立っては、桜にこの娘達をしっかりと見てもらおうと思って、今は相対している。

 

「簡単に言えば、私にも原因なんて分からないって事になるんだけれど」

 

「身も蓋もない話、ですね」

 

「世知辛い話、よ」

 

 動く条件は、全くもって不明なのだから。

 その旨を桜に告げると、桜は口元に手を当てて、そして上海達へと視線を向ける。

 

「ほうらいほうらい、えみやんがきがつかないうちに、おしょうゆのなかみをソースにかえてみたら、なんていうかなぁ」

 

「しゃんはいったら、かじじょうずってほめてもらえるわ!」

 

「……食べ物で遊んじゃダメです」

 

 見ていて、思わずといった感じで桜は嗜める様に二人に言い聞かせる。

 キャッキャと騒いでいた二人も、ダメなの? と聞いて、桜からダメだよ、と言われてそっかぁ、なんて言いながら引き下がって。

 気付いた時の聞き分けの良さは、本当に賢いな、と見ていてほっこりする。

 桜も、素直な二人が可愛くなったのか、顔を綻ばせていて。

 そんな桜に、私は声を掛けていた。

 

「今日だけなの、この子達が動けるのは。

 理由なんて分からないわ、どうやって動いているのかも理解できていないだから。

 でも、それでも、きっと嘘じゃないから」

 

 落ち着くために、軽く息を吸い込む。

 それから、何を桜に言うのかを考えて。

 一番、伝えたいこと、それは……。

 

「だから桜、少しだけ、この子達と遊んでくれる?

 遊べるのは、今日だけなの」

 

 この娘達は、明日には普通の人形(ともだち)に戻ってしまうから。

 動ける今、この娘達の間に流れている時間を感じてもらうためにも、人と触れていて欲しいから。

 ……また、動けるその時までに。

 

「事情があるんですね。

 アリス先輩にも、この娘達にも」

 

 私の中にあるものを何か感じたのか、桜はジッと上海達を見ていた。

 そうして、伸ばした手で上海達の頭を撫でて。

 淡い、水面に垣間見える光の様な笑みを浮かべていた。

 

 その様子を見ていると、何だか胸にムズムズと燻る感覚を感じる。

 理由なんてなく、桜が上海達に同情を覚えているように思えたから。

 可哀想にね、と桜が憐れんでいるように、私には見えたから。

 

「これで終わりな訳ないわ」

 

 反射的に、今言っても意味のない言葉を発してしまっていた。

 ゆっくりと私の顔を見た桜に、私は突きつけるように言葉を並べる。

 揺れる水面に映った景色を、綺麗サッパリに吹き飛ばそうとしながら。

 

「明日で軌跡が途絶えても、線にならなくても、続きはきっとどこかにある。

 喋れなくても、動けなくても、記憶はあるんだから、意識は残り続けるのよ。

 その場所を探すのが、私の目的なんですもの」

 

 むしろ、今回動き回る彼女達を見れたのは、正しく僥倖なのかもしれない。

 可能性のその先を、見れてしまったのだから。

 方法がない、なんて事は泣き言だというのが、証明されたのだ。

 

「勝負はまだまだこれから。

 夢見ごとなんかじゃなくなったわ。

 明日から、リアリティのある、夢へと進めるの」

 

 ね、桜、と私は捲し立てて言い放った。

 文字通りの夢見事、言葉と現実が乖離している妄言。

 彼女達が動き始めた理由、手段、原因、その他諸々に分からないことだらけ。

 世界は不思議で満ちている、そう夢見る瞳で語れたらどれほどに幸せであったか。

 ……なんて、賢しげに自己分析しても、やっぱり目指すところは変わらなくて。

 

「信じてるんですね、アリス先輩は」

 

 桜が、そんな私に的確な言葉を与えてくれた。

 信じていること、それは何かなんて、言うまでもない。

 ……決まっているから、そんな事は。

 

「上海ちゃん達も、その未来も、そして自分自身も。

 澄まし顔で、進んでいくんですね。

 きっと、難しいですよ?」

 

 桜が警告するように、そっと告げてくる。

 けど、返す答えなんて、私には一つしかなくて。

 

「それでも引かない、道が舗装されてなくても、私は進み続けるわ」

 

「アリス先輩が言うと、本当に出来てしまいそうですね」

 

「魔法使いだから?」

 

「意地悪するアリス先輩は魔女です」

 

「あら、私は元から魔女よ」

 

 なんて会話を交わして。

 私と桜は、顔を見合わせて笑い合う。

 結局は、何時もと変わらないという結論だったから。

 ただ、私のやる気が上下しているだけの事。

 

「かがみよかがみ、かがみさん。

 せかいでいちばんうつくしいのはだぁれ?」

 

「それはねしゃんはい、おねーちゃんだよ!」

 

「わたしじゃないの!?

 ……でも、おねーちゃんのほうがびじんさんだね」

 

 私達の会話を聞いて、どこからか怪しい童話の一節を謳いだした上海。

 それに対する蓬莱の回答は、少々面映いものがあって。

 でも、むず痒くても、私は静かに二人の会話を聞いていた。

 

「しゃんはいったらかわいそう。

 でも、おちこんじゃだめよ!

 おねーちゃんもさくらも、わたしたちよりびじんだけど、かわいさならわたしたちがうわまわってるんだから!!」

 

「なんで?」

 

「おねーちゃんが、かわいいっていっぱい、いってくれてるのよ!

 なら、わたしたちはとってもかわいいの!」

 

「ほうらいったらかしこいね!」

 

 交わされる会話は、子供でおしゃまな幼子のもの。

 だからこそ愛らしくて、見ていて頬が緩まざる得ない。

 

「可愛いですね、アリス先輩」

 

「そうでしょう? フフッ」

 

 まるで親バカになった気分、二人が可愛くて可愛くて仕方がない。

 愛でて、それに報いてくれる二人は本当に良い子なのだから。

 胸が暖かくて、体にそれが広がっていく様な感覚まで覚える。

 だから今日という日は、とても幸福だと胸を張って言える。

 

「アリス先輩の前のめりな気持ち、この娘達を見てたら私にもよく理解できます」

 

「元よりそのつもりだったけれどね」

 

 話している二人の頭を撫でれば、揃って私を見上げて。

 可愛いわと言えば、キャッキャと喜ぶ。

 気分的には親なのだけれど、この娘達が言うには私は姉で。

 なら、二人は私の妹になるという事だろう。

 私の妹、そう考えると中々に癖があって、悪くないと思う。

 

「あの、アリス先輩」

 

 私も、と桜が思わずといった感じで口にしたところで、玄関の扉がガラガラと開いた音がして。

 ただいま~、という男の子の声が家の中に響く。

 桜は私に言いかけていた言葉を引っ込めて、そのまま玄関へと駆けていった。

 

「らぶらぶ~」

 

「いちゃいちゃ~」

 

「否定できない所に、業の深さを感じざるを得ないわ」

 

 ここの二人に甘い凛でさえ、イチャついてる二人を見たら砂糖を吐きそうになっているのだ。

 長時間、衛宮くんと桜のセットを直視し続ければ、胸焼けが起こるのは必然。

 幼い上海と蓬莱は単に囃し立てて喜んでいるのが、ある意味で唯一の救いと言えるか。

 そうして騒いでいる上海達の前に、ひょっこりと赤毛の男の子が姿を現した。

 手にはレジ袋があり、袋の中からは甘い、けれど上品な匂いが漂ってくる。

 

「衛宮くん、わざわざありがとう。

 本来なら、私が何か持ってくるのが礼儀だったのに、すっかり頭から抜け落ちていたわ」

 

「いや、良いさ。

 マーガトロイドには普段から世話になってるんだ。

 これくらい、どうってことはない」

 

「そうですよ、アリス先輩。

 私達にも、少しは恩返しさせてくれなきゃ困ります」

 

「それを言えば、私も大概だと思うのだけれど」

 

 あーだこーだと言葉を交わすが、その言葉は大体全てが水掛け論。

 無意味さに満ちた、謙遜のしあいといっても過言ではなかった。

 それが終わったのは、ポツリと衛宮くんが呟いた一言が原因。

 

「折角の江戸前やのたい焼きが冷めちまうぞ」

 

 この場において、実に的確な一語だったと言えよう。

 甘味は婦女子に弱く、衛宮くんは見事にそこをついてきたのだから。

 

「お茶の時間ね。

 今あるのは冷めてるわから、新しいのを用意しましょう」

 

 そう言って立ち上がれば、即座に桜に静止させられた。

 彼女は素早いフットワークでテーブルの急須を掴み、そのまま台所へ移動する。

 

「お茶くらい私が淹れます。

 アリス先輩はジッとしてて下さい!」

 

 衛宮のお勝手は私の聖域、桜の背中からはそんな気迫が垣間見えて。

 流石は衛宮くんのお嫁さんといったところか。

 あっという間に茶を用意し、お盆に急須とカップをもう一つ携えて桜はここに戻ってきた。

 それから緑茶をカップに注ぎ、湯気立つ茶を前にたい焼きが配膳されて行く。

 瞬く間に、衛宮家流のお茶の席が完成する。

 勝手知ったる我が家なり、なんて素早さを感じる手際であった。

 

「流石と言うべきね、桜」

 

「いえ、もう一年はこの家で過ごしていますから」

 

「桜がここに来て、もうそんなに立つのか」

 

 しみじみと言う衛宮くんに、私も同じく同意する。

 回想してみれば、なんと時の流れの早いことか。

 時計のチックタックと鳴る音は、まるで鼓動の様に感じるのに、その実振り返ると時が連続しているのかも怪しくて。

 時計の針が進む様なんて、誰も気にしている暇など無いのかと、そう思わずにはいられない。

 

 一つたい焼きを口に運んでみれば、柔らかな甘味が舌を包む。

 それに満足感を覚えて、こうして人は時間を忘れていくんだな、感じでしまえる美味しさであった。

 

「おいしいの? おねーちゃん」

 

「おいしいのね、おねーちゃん」

 

 そんな一時に、図ったみたいに二人は聞いてきて。

 ただ美味しいというのもあれなので、私はこの感覚をどう伝えたものかと悩んでいると……。

 

「食べてみるか?」

 

 そう、横から衛宮くんが上海達にたい焼きを差し出して。

 それは善意からの言葉なのだろうが、私は思わず言葉を失う。

 だってそれは、ちょっと残酷な事だって気が付いたから。

 

「えみやんえみやん、わたしたちはモノなんてたべないわ」

 

「えみやんったらダメダメね」

 

 クスクスクスと笑う二人。

 然も当然の様に語る彼女達。

 けど、それは人の理からは外れていて……。

 

 二人は人形、動くはずのないヒトガタの形。

 けれど、彼女達は意思を持っている。

 意識を持って、言葉を繰り、動き回る。

 

 その姿は、まるで生きているかのようで。

 人の形をしているからこそ、欠落している部分が余計に目立つ。

 

 人と人形、違う法則のモノ。

 それを理解していても、形が似ているから幻影と邂逅する。

 だから、思わず罪悪感を感じずにはいられない。

 

「そっか、そうだよな。

 お前達人形なんだから、食べれないか」

 

 衛宮くんも同じことを感じたのか、小さく呟いて。

 浮かべていた表情は、何かを真剣に考えているものであっあ。

 

「どうしたの、えみやん」

 

「どうしたの、おねーちゃん」

 

 私達が思索の海へと旅立とうとすると、上海達はすかさず尋ねてきて。

 けど、今回は私が答えるよりも前に、桜が二人の頭を撫でていた。

 今は、そっとしといてあげましょう、と。

 

 二人が撫でられて微睡んでいる内に、私はそっと考える。

 例えば、と仮定をしながら。

 すう、例えば、ピノキオなどは多くの苦難に見舞われたが、それでも最終的には人間になれた。

 人形から人間へ、ある意味でのシンデレラストーリーであるが、その終わりこそがハッピーエンドだったのだろう。

 

 ピノキオにはこれからも多くの苦難が待ち受けているだろうが、それらを全て生のままで感じる事ができるのだ。

 善きにしろ悪きにしろ、全てを経験できる。

 けど、上海達はどうかと言われれば、首を傾げざるを得ない。

 

 動き出したこと事態が奇跡、今日一日の夢の出来事で。

 けど、彼女達は人間に何かなれないし、多くのモノを感じる事ができない。

 生きている実感がないとは即ち、幽霊と呼んでも過言ではない。

 では、彼女達にとって、ハッピーエンドの定義とは何か?

 ……それが、今の私には分からなかった。

 

「ねぇ、上海、蓬莱」

 

 だから、といっては手段が直接的であるが、私は沈黙の帳が下りていた空間に、石を投げつけるように質問する。

 自分で考えて分からなかったから、思いきっていこうと考えて。

 

「あなた達の幸せってなにかしら?」

 

 口から飛び出したのは、なんの装飾もされていない地の言葉。

 だからこそ、直球で二人の心まで届いたと、そう思いたい。

 二人をジッと見つめていると、上海と蓬莱は互いに顔を合わせて、小さな声で会話を交わし合っている。

 内容は聞こえないが、話し合っている内容は、私が尋ねたことで間違いはない。

 これで、しあわせってどういういみ? なんて会話が交わされていれば色々とお手上げだが、あの娘達は賢いから、恐らくは私が聞いたことは理解しているだろう。

 

 ……そうして、時間は過ぎて。

 と、言っても、おおよそ三分の長いようで身近な密議であったが。

 上海達はクルッと私の方に向いて、そうして言ったのだ。

 

「しゃんはいたちは、おにんぎょうさん。

 おねーちゃんの、かわいいかわいいおともだち」

 

「ほうらいたちのしあわせなんて、そんなのたったひとつだけ。

 はなしあってわかったの、そんなのカンタンなことだって」

 

 幼い口調で、けれども飛び出してくるのは、キチンと私の言わんところを理解したもの。

 続く言葉は、私の不安を一笑するものだった。

 

「おねーちゃんのために、わたしたちはいて」

 

「おねーちゃんのために、わたしたちはうまれたの」

 

 だからね、と二人は声を合わせて私に言う。

 その声音は、幼いのに何故か大人を感じさせられるもので。

 これが、答えと、彼女達は堂々と告げたのだ。

 

「わたしたちは、おねーちゃんのためだけにそんざいしたの」

 

「だからね、おねーちゃん。

 わたしたちはおねーちゃんといっしょにいて、かんじて、つかわれることがしあわせなんだよ?」

 

 簡単な答えだよね、と二人揃ってのデュエット。

 その言葉に、複雑だけれども安心を覚えた。

 彼女達は意識はあるが、自分達が人形であることを自覚している。

 人とは別で、しかも私に使われることが幸福だと告げたのだ。

 ホッとして、でも残念な様な気がするのだから、私はなんとも我侭なのだろう。

 でも、これが正しいんだと、私自身も感じたのだ。

 

「嬉しいわ、ありがとうね、二人共」

 

「うん、どーいたしまして!」

 

「おねーちゃんったら、しんぱいしょうなんだから!」

 

 私の手に抱きついてくる彼女達に私は微笑んで……顔を上げたら、衛宮くんが真剣な顔をしているのに気が付いた。

 さっきまで、一緒に悩んでくれていた彼。

 だから、なにか思うところがあるのも、また分かるつもりだ。

 

「衛宮くん、納得したかしら?」

 

「ん、まぁ、そういう意思があって、自分達がそれで良いって言ったってのは」

 

 彼の言葉に、私は頷く。

 衛宮くんは、上海達のことをよく考えていてくれた。

 なので彼にも、なにか彼女達の言葉から獲れたものがあれば、と思っていたが、そのなにかを少しは感じられたようで。

 

「自分が納得しているのなら、そういう形に落ち着くのも有りという事。

 意思があって、例えばそれが人間のものと変わらなくてもね。

 彼女達には、彼女達なりの倫理観があるんだから、道から外れていない限りは認めてあげたいの」

 

 衛宮くんは私の総括を聞いて、少し考えて。

 それから、こんなことをぼそりと尋ねてきた。

 きっと、彼にとって素朴な疑問で、でも聞かずにはいられなかったことなのだろう。

 

「人間でも、そういうものかな?」

 

 上海達を気にかけている衛宮くん。

 その根底には、やはり自身のことがあるのだ。

 愚直に自分が正しいと思って、彼は人助けなどを行ったりしている。

 けれど、それは他人から見れば、単なる便利屋人に過ぎなくて。

 その様子を、前に私はひっそりと人形みたいと評した。

 

 知ってか知らずか、衛宮くんも自分と上海達が、どこかでダブって見えてしまったのかもしれない。

 だからこそ、普段の衛宮くんなら疑問に持たないようなことを訪ねてきただと思われる。

 私は、そんな衛宮くんにスルリと言葉が胸から流れ出る。

 これは、前から衛宮くんに言いたかった事だから。

 

「えぇ、人形でも、人間でも、意思があるのなら自分が正しいと思ったことをすれば良いの。

 もし貴方が間違っていたりしたら、私や桜、凛や間桐くんが止めるわ。

 だから安心しなさい、衛宮くん」

 

 それは本音で、私が保証してあげれる確実な事。

 見返りなんていらないという彼の姿勢に、馬鹿な衛宮くんを放っておけなくなった誰かが助けに入ってしまう。

 それが、彼の築き上げてきたものだから。

 無謀でお馬鹿な彼が嫌いじゃないから、思うがままに動けば良い。

 

 これが私の彼に対しての想いの真実。

 頑張ってる衛宮くんに、私はそう告げて。

 

「……ありがとう、マーガトロイド」

 

 彼の返事は端的で、そして誠意に満ちたもの。

 曇の一点もない目は、どこか透明なガラスにも見えて、それが余計に上海達と被って見えた。

 

 

 

 それから、私達の間にあった妙な雰囲気は霧散し、和やかなお茶会が執り行われた。

 話している間に冷めてしまったたい焼きは、オーブントースターでカリカリに暖め直して、緑茶と合わせて食べれば、中々の味わい深さで。

 日本の和の心か、などと感じ入っていた。

 途中で、上海達が衛宮くん達に、キッス! キッス!とシュプレヒコールじみた囃し立てを行って、二人をからかっていたこと以外は、至って平和なお茶会模様。

 

 衛宮くんの体でアスレチックしたり、桜の胸でトランポリンなどと頭の痛いことはしていたが、それでも上海達は精一杯はしゃいで楽しんでいたように思える。

 衛宮くんと桜には、今日は本当に感謝してもしきれない位に面倒を見てもらった。

 

「貴方達なら、子育てだってやってのけられそうね」

 

「からかうな、マーガトロイド」

 

「…………子育て、ですかぁ」

 

 衛宮くんはそっぽを向いて、桜はどこか遠くを見ながら、ポツリと呟いて。

 どうにも、現実感が乏しいようで。

 

「実感、湧かないわよね、まだ」

 

 二人はまだ学生だし。

 そう言うと衛宮くんは黙りこみ、桜は静かに微笑んでいた。

 何やら意味ありげだが、その真意を見透かすことはできない。

 でも、桜からは少し寂しげな気配がしたのは何故だろうか?

 

「ねぇ、さく――」

 

「えみやん、さくらぁ」

 

「きいてほしいことがあるにょ」

 

 二人の名前を可愛らしく呼ぶ上海に、噛んで訴えてる蓬莱。

 その二人に毒気を抜かれた私は思わず口を閉ざしてしまい、それは衛宮くん達も同様で、この部屋の視線は全て上海達が独占していた。

 

「えっとね、おねーちゃんはさみしがりさんなの」

 

「本当はね、みんなみんなだいすきだけど、はずかしくっていえないだけなの」

 

「貴方達、何を……」

 

 言っているのか、そう続けようとした。

 けど、とりあえず最後まで聞こうと思い口を閉ざす。

 自発的に、何かを言おうとしているのだ、水を差すのは良くない。

 なので耳を傾けて、私はそっと彼女達の言葉を聞いていた。

 

「えみやんはいちばんなかのいい、おとこのこのともだち」

 

「さくらはかわいいこうはいの、おんなのこのともだち」

 

 ありすおねーちゃんは、ふたりともだいすきなの、と声を揃えていう上海と蓬莱。

 私は喋ろうとしていた言葉も忘れて、絶句してしまう。

 けど、二人はそんなことを気にせずに、好きなように滑らかに、舌っ足らずさを振るっていく。

 一つ一つ、思いを込めながら着実に。

 

「おねーちゃんはえみやんとさくらと、いっぱいいっぱいなかよくしたくて」

 

「でもでも、じぶんからはいいだせなくて」

 

「でも、さみしいのはいやだから、じぶんからあいにいったりしちゃうの」

 

「かわいいね、おねーちゃん」

 

 子供っぽい二人にしては、とても小癪な物言い。

 だけれど、幾つか心当たりがあって、強く言い返せない。

 ふたり揃って、私に恨みでもあるのかと言わんばかりに私の中を暴いていく。

 心の内をさらけ出させられて、服を一枚ずつ剥ぎ取っていくかのような、私を守るものが剥がされていくかのような、そんな不安にもにた感触。

 今なら、間桐くんの気持ちが心から良く分かる……同じ気持ちになっているだろうから。

 

「うわぁ」

 

 私の顔を見て、桜が低く小さく、だけれどもあまりにあんまりの声を上げた。

 恐らくは、真っ赤な顔が全面に映ったのだ。

 けど、私からは発する言葉はない。

 だって、これで取り乱すのはまるで、図星です、なんて示してしまっているも同然だから。

 だから私は、何事もないように澄ました顔を取り繕う。

 ……多分、無意味だけれど。

 

「そんなかわいいおねーちゃん、かんちがいされちゃうけど、ほんとうはみんなともっとなかよくしたいっておもってるの」

 

「いっしょにあそんだりぃ、いっしょにおとまりしたりよ!」

 

 だれかといっしょにいると、とってもあたたかいから。

 そう口ずさむ二人に、私は既に淡々と言葉を聞くだけと化していた。

 それは二人も同様で、衛宮くんも桜も言葉なく上海達の言葉を聞いていた。

 ……そして、

 

「だからね、えみやん、さくら。

 これからもおねーちゃんをよろしくね~」

 

「きよきいっぴょうをよろしく~」

 

「それは違うだろう」

 

 真面目な上海に、ネタを取った蓬莱。

 衛宮くんがツッコミを入れて閉幕と相成った。

 場にはしんみりとした空気が流れ……つつも、それと同時に居た堪れない空気も存在した。

 ……私を起点に、広がっている空気だ。

 

「公開処刑ね、これじゃあ」

 

 ぼそりと呟く、顔はまだ熱くて火照っている。

 私を顔を上げれば、衛宮くん達は居所が悪そうにバツの悪そうな顔をしていて、上海達はほめてほめて~と寄ってくる。

 私は上海達を邪険にすることなんて出来ないので、そっと近づいてきた彼女達を抱き上げて。

 でも、我慢できずに恨み言だけは零してしまっていた。

 

「恥ずかしかったわ、上海、蓬莱」

 

 意地悪された、とニュアンスを込めて、拗ねたように言ってしまう。

 上海と蓬莱が相手だけれど、堪え性もなく漏らしてしまうのは仕方ないだろう。

 それだけ恥ずかしくて、顔から火が出そうで、穴蔵に篭もりたいのだから。

 

「おねーちゃんは、はずかしがりやさん!」

 

「テレテレおねーちゃん!」

 

「……いい加減になさい、二人共」

 

 茶化すように言うので一言注意すると、二人共、は~い、と気のない返事をする。

 困ったさんも良いところね、と内心で溜息を吐いてしまうのは、疲れからか、それとも恥ずかしさからか。

 

「あ、あの」

 

 そんなごちゃごちゃの中に、響くような声がした。

 顔を向ければ、桜が上海達を見ていて。

 何事かと考えれば、心当たりのある事は一つだけ。

 そして私の思い浮かべた通りの言葉を、桜は私、では無く上海達に告げたのだ。

 

「大丈夫です、そんなに心配しなくても。

 私も、アリス先輩の事は大好きですから……」

 

 えへへ、と照れたように笑って。

 それでも、桜はしっかりと上海達を見ていた。

 伝わるように、届くようにと、誠意を垣間見せる。

 私はそれを直視できなくて、そっと視線をそらせば、その先には衛宮くんがいて。

 

「……俺も、マーガトロイドのことは友達だって思ってる」

 

 そんな風に、さりげない言葉で止めを刺した。

 真顔で、一切の嘘なんてなくて、彼らしい純朴さで。

 けれどもそれは無慈悲な一撃、容赦なく私の心を抉りだす。

 

「~~~~! 今日はもう帰るわ!」

 

 結果、いてもたってもいられなくて、私が立ち上がるしかなくなっていた。

 こんな恥ずかしくて、醜態を晒したまま、衛宮くんの家には居てられないと、咄嗟に。

 たまらなくなった、というのが正直なところ。

 

「あ、おい!」

 

 衛宮くんの呼びかけも無視して、カバンと上海達を素早く引っ掴むと私は素早く玄関へと向かった。

 一刻も早くこの家から退去して、そして一人になれる場所に逃げ込みたかったのだ。

 

「アリス先輩!」

 

 桜も声を上げて、慌てて居間から玄関まで私を追いかけてきて。

 でも、私はそんな二人に目も向けない……向けられない。

 だから私は、二人の前から去る前に、一つだけ捨て台詞を吐いて敗走する事を選ぶ。

 ……やられっぱなしなんて、とてもじゃないが悔しいから。

 

「――私もよ」

 

「え?」

 

「何がですか?」

 

 私が主語が抜けた間抜けな日本語を使い、衛宮くん達は見事にそれを突っ込んできて。

 ……なので、酷いことに全文を思いっきり声に出してしまう。

 

「私も、貴方達と同じことを思ってるっ!」

 

 言い捨てるだけ言い捨てて、そのまま踵を返す。

 向かう先なんて決めてない。

 ただ、今はこの場から逃げ出したいだけ。

 

 恥ずかしい、はずかしい、ハズかしい!

 私の胸を駆け巡る感情はそれ一色。

 その気持ちを燃料に、私は止まらない自動車として全力で足を動かす。

 もう、どうにでもなってしまえと思いながら。

 

「はずかしぃね、おねーちゃん」

 

「おかおがまっかよ、おねーちゃん」

 

「貴方達はもう少し静かに!」

 

 ちょっとだけ八つ当たりしてしまったのも、しょうがない事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、逃げて、走って、向かった場所。

 ……そこは、ある意味で私が帰るべき場所で。

 

「お帰り、アリス」

 

「……ただいま」

 

 そっけなく声を掛けてくる凛に、私は仏頂面で返事をする。

 遠坂邸、行き場のない私は結局はここに帰ってきてしまっていた。

 もしかしたら、ある程度の帰巣本能が、この家に染み付いてしまっているのかもしれない。

 

「ただいま~りんちゃん!」

 

「りんちゃんったら、きょうもツンツン!」

 

「アンタ達は今朝から元気ね」

 

 上海と蓬莱が楽しげに言葉を発すると、凛は既に適応したかの様に答えてみせて。

 キャッキャと喜ぶ上海達の頭をナデナデ、と擬音が出てきそうなほどに丁寧に撫でると、そのまま私の顔を覗き込んで、こう言った。

 

「赤いわよ、顔」

 

「……そう」

 

 時間がどれほど経ったかなんて知らないけど、それでも未だに紅潮は引いてなかったらしい。

 自分では意識してないけど、色々と酷いと言わざるを得ない。

 

「やむを得ない事情があったの、事情がね」

 

「まるで言い訳よ、アリス」

 

「何に対しての」

 

 当てつける様な凛の物言いに、私は雛鳥のように尋ね返して。

 本当に言っていいの? 何て目をしている凛が憎たらしくて仕方がなくて。

 なので、はぁ、と溜息を吐けば、凛は面倒くさげにこう言った。

 

「勿体ぶらずに、さっさと話せば良いのよ」

 

「何がよ」

 

「今日のこと」

 

 何もかも、見てきた風に言う。

 全くもって理不尽、恐らくは見透かされている。

 嫌な顔をしているふりをして、聞いて欲しくて仕方がないってことを。

 

「……子供みたいって思ってるわね」

 

「悪い? アリスちゃん」

 

 おちょくる口調に、小馬鹿にした言葉。

 でも、私が構って欲しそうな顔をしてたから、凛は私の所に来てくれて。

 私をからかうようにして、何があったかを聞こうとしてるのだ。

 

 敵わない、思わずそう思わせられた。

 一年も一緒に暮らしていると、妙なことまで伝わるようになって困ってしまう。

 だから気分は負け犬、けれども心の空は晴れていて。

 

「複雑な気持ちね」

 

「良いから、さっさと話しなさい」

 

 凛のいい加減にしろよという激励に、私は笑顔を浮かべていた。

 さて、何から話したものか、何て考えながら。

 間桐くん、桜、衛宮くん、その他の上海と蓬莱と巡った冬木という街。

 それはそれぞれに主張して、何から話そうかと散々迷わせられて。

 

「おねーちゃんとね、さいしょはいろんなところをみてまわったの!」

 

「わかめにいさんのウチにもいったんだから!」

 

 そんな逡巡している私にしびれを切らして、先に上海達が口を開くのは当然の帰結であった。

 私は、それにそうね、と相槌を打って、二人の話を聞いて。

 凛からの良いの? という視線には、一つ頷くだけで答えていた。

 だって、これはこの娘達が気持ちをさらけ出してくれるのも同然のことなのだから。

 

 柔らかで幼い二人の、今日感じた目一杯の事。

 彼女達が今日何を感じて、何を手に入れたのか。

 さぁ、それを聞かせて。

 

 静かに耳をすませたのはお約束。

 凛が逃げないように彼女の手を掴んで、その声に耳を傾ける。

 ……凛は、鬱陶しそうにしつつも、手を振りほどくことはなかった。

 

 

 

「でねでね、わかめにいさんったらとってもコモノなの!」

 

「からかうと、すっごいげんきになっちゃうの!」

 

「……珍しく、慎二が不憫に感じるわ」

 

「あら、同感ね」

 

 

 

「さくらってばすごいびじんさん!

 ソメイヨシノなんだわ!!」

 

「えー、どっちかといえば、ヤエザクラよ!」

 

「本人は、アーモンドの花と思い込んでるけどね」

 

「よく見てるわね、凛」

 

「ッフン」

 

 

 

「えみやんってばかわいいの!」

 

「からかえばアタフタしてるの!

 さくらのおムコさん!」

 

「変なところでアンタとあの子達、似ちゃったんだ。

 悪影響ありまくりね、アリス」

 

「喜べばいいのか、嘆けばいいのかが微妙なところね」

 

 

 

「おねーちゃんってばカワイイの!」

 

「おかおがまっかで、しゃべったことばはふるえてて!」

 

「はずかしくてはしっちゃうなんて、まるでこいするオンナノコね!」

 

「しゃんはいってばおちょうしものね!」

 

「そんな事があったんだぁ」

 

「……ニヤニヤしてると、気持ち悪いわよ、凛」

 

 

 

 話せば話すほど、今日一日の思い出の欠片が出てくる。

 尽きぬ話題に続く笑顔。

 凛も何時の間にか、積極的に上海達の言葉を楽しんでいた。

 私も、所々で悶える羽目になったが、ギリギリのところで耐えしのげて。

 

 そうして上海達の言葉を振り返ると、一日という日で、ただ友達と話していただけなのに感じることは沢山あったと思い返さずにはいられない。

 一々思い返さないだけで、日々感じることは溢れんばかりで。

 そのひと握りでも、この娘達の糧になれば、と思わずにはいられない。

 勿論、それは私にとっても。

 

「そう、良かったじゃない。

 普通なら、一生出来ない経験よ」

 

 上海達がある程度話し終えると、凛は二人にそう声を掛けた。

 凡庸ではあるが、その分そこには人並みの優しさが籠っていて。

 凛も、何だかんだで絆されてくれた、と顔を緩めてしまう。

 

「うんうん、きょうはすてきなエイプリル!

 うそっこさんたちの、めんもくやくじょ!」

 

「きょこうのうえの、さじょうのろうかく。

 でもでも、やっぱりワタシたちには、ほんとうのこと!」

 

 上海と蓬莱、二人の紡ぐ言葉は曖昧だけれども、それでも感じさせられるものがあって。

 ふと感じた寂しさが、目元をじんわりとさせてくる。

 

「うん、じゃ、今日は私は退散するわ」

 

「……凛?」

 

 軽やかに立ち上がった凛は未練も無さそうに、この場を後にしようとする。

 思わず呼び止めたのは、少しぐらいこの娘達に挨拶をして欲しかったから。

 そんな私に、凛は背を向けたままこう言った。

 

「これ以上構っちゃうと、寂しくなるでしょう?」

 

「また、動ける日は来るわ」

 

 凛はそう言うが、既にそんな感傷を抱いてしまっている時点で、既に軽傷は負ってしまっている。

 だからあまり無理強いはできなくて、複雑な気持ちを抱えてしまう。

 でも、それでも呼び止めてしまったのは、凛もこの娘達を可愛がってくれて、彼女自身もこの娘達を可愛いと思ってくれてたから。

 なので一言だけでもと思い、凛に声を掛けていた。

 

「一旦は話せなくなるけれど、これでお別れじゃないの」

 

 そんな呼び止めに、凛はふーんと、声を漏らして。

 そして訪ねてきた、私にとって痛いと感じるところを。

 

「じゃあ何時になるの?

 何時、またこの娘達と話ができる?」

 

 何時かは――明確な時刻なんて定められてない口だけの言葉。

 数字になんて出せない、あやふやで不確定のもの。

 でも、私は……、

 

「……何時かは、必ず」

 

 諦めない、それが目的でここに来て、ずっとここまで歩んできたのだから。

 そして今日は希望を得れた、だから頑張れる。

 そう決意を固めて、私は凛の目をジッと見つめる。

 

 見つめ合うこと、およそ十秒。

 チックタックと聞こえてくる時計の音が、心臓にとても悪い。

 ――そんな時の事だった。

 

「ちっくたっく、ちっくたっく!」

 

「チックタック、チックタック!」

 

 但し、上海達は元気も元気で。

 私と凛の静かな牽制と均衡の綱引きは、見事に勝負なしとなってしまう。

 緊迫していた空気が、お陰でユルユルにされてしまったのだ。

 

「……はぁ、良いわよ、もぅ」

 

 諦めたように言う凛、ちょっと呆れているのかもしれない。

 けど、そんな事に構うことなく、私は笑いかけながら凛に声を掛けていた。

 

「そういうところ、付き合い良いわよね」

 

「あんたは調子に乗りすぎ、アリス」

 

「嬉しいもの」

 

「お調子者」

 

「そうかもね」

 

 仕方がないなぁ、という風な凛の態度に、思わずニコリとしてしまって。

 凛は、それも気に入らないと言わんばかりに私の顔から、ぷいっと目を背けてしまっていた。

 そんな凛に、賑やかしのように上海達は声を掛ける。

 

「りんちゃんツンツン!」

 

「ツンデレってやつね!」

 

「違うわよっ!」

 

「そんな四文字熟語、どこで習ってくるのかしら……」

 

 きっと教育の悪い誰かがいるのだ。

 考えれば、エセ神父に間桐の妖怪などの悪人、間桐くんにネコさんなどの困ったさん達など、考えれば候補は事欠かなくて頭痛を催す。

 ……尤も、その中の誰が怪しい言葉遣いを教えたか、なんてのは分からないが。

 少なくとも、エセ神父と妖怪は除外されるだろう。

 

「腹立つわね、ほんっとに!」

 

「プンプンりんちゃん!」

 

「とってもかぁいい!」

 

「そこまでにしておきなさい、二人共」

 

 エンジンが掛かり始めていた二人に、私は待ったをかけた。

 二人がやりすぎると、二人に対して切れた凛が出て行くかも、と思ったから。

 なので二人を窘めて、ピキピキとこめかみに青筋を立てている凛に、そっと話しかける。

 

「大丈夫、私は嫌いじゃないわ」

 

「どう言う意味よ!

 というか、間違いなくこの娘達がアレなのはあんたの影響よ!」

 

 凄い勢いで振り向いた凛に、私達は揃って言うのだ。

 

「姉妹だものね」

 

「いもうとなの~」

 

「いもうとだよ~」

 

 ッケ、といい感じにやさぐれてきている凛。

 けど、先程は苛められたのだ、多少の仕返しは許されるだろう。

 ついでに、二人へ向けられるヘイトを私へと向ければといった感じか。

 

「姉妹だからって、必ず似るとは限らないけど……まぁ、怪しい影響は受けるわよね」

 

 何とも言いがたげに、凛は苦虫を噛み潰した顔をしていた。

 表情には、何よなによ、なんなのよ! と映っているので、流石にこれ以上はマズイと思う。

 

「妹は可愛いから、つい甘やかしてしまうわね」

 

 言い訳そのものをしつつ、上海と蓬莱の髪の毛を撫でる。

 今後も、綺麗なストレートに整えてあげなきゃね、なんて考えながら。

 

「……そうね」

 

 凛は短くそう言い、はぁ、と小さく溜息を吐いた。

 ここから去らないということは、何か琴線に触ったのか。

 何とか部屋に踏みとどまってくれた凛に感謝しつつ、上海達に何かないの? とせっつく。

 すると彼女達は、あるよー、と無邪気に言って。

 そういえばこの流れは……と私がふと思い出した時には、既に手遅れだった。

 

「おねーちゃんはね、りんちゃんのことがダイスキ!」

 

「りんちゃんのこと、いちばんのトモダチだっておもってる!」

 

 あ、と間抜けな声を漏らして、凛はキョトンとした後に、即座に邪悪な表情を浮かべた。

 具体的に言えば、この前テレビで見た、悪代官という人達の様な目だ。

 恐らくは、今日あった出来事として上海達が語った事の中から、即座に思い出したのだろう。

 私の、本音ともつかない、微妙で繊細な心を上海達に暴露されてしまた事件のことを……。

 

「ちょっと」

 

「続けて」

 

 口を挟もうとしたら、即座に私は凛に口を塞がれて。

 すごいニコニコなのが、腹立たしくて仕方がない。

 凛は楽しんでる、絶対に、確実に……。

 しかも上海達は、薄情なことに私が凛に取り押さえられているのには見向きもせず、自分達が言いたいことを話し出してしまう。

 

「フユキにきたときに、はじめてあったびじんさん。

 にほんではじめて、にんぎょうげきをみせたひと」

 

「さいしょはみとめてほしくて、みとめられたらなかよくなってて、ずっといっしょにいると、むねがポカポカするようになって」

 

 出てくる言葉は、聞いてるだけでもむず痒くなってきそうな言葉の羅列。

 全身に羞恥が巡って、言葉にならない悲鳴が口から溢れそうで。

 でも、凛は一切離してくれない。

 それどころか、抑える力をギュッと増して、私が逃れられないように拘束を続ける。

 ……まるで拷問のような、耐え難い時間だ。

 

「おねーちゃん、もともとトモダチはすくなかったけど、そのなかでイチバンなかよくなっちゃったのがりんちゃん」

 

「じんしゅはちがっても、いちばんおちつくのがりんちゃん」

 

 バタバタと、凛の腕の中で暴れる。

 が、凛から逃れられずに、そのまま彼女の腕に収まったまま。

 伊達に格闘術はやっていないという事だろう。

 力のバランスが的確で、如何ともしがたく私はずっと上海達の言葉を聞く羽目になって。

 凛が上海と蓬莱の言葉を聞いていると思うと、どうにかなってしまいそうな程に羞恥の嵐に見舞われる。

 精神的な陵辱と言っても過言ではない。

 

「りんちゃんはツンツンで、いたずらっこで、ねこかぶりで、いじわるだけれど」

 

 やめて上海、凛の私を締め上げる力が増してきてるから!

 そんな心の声は聞こえるはずもなく、次は蓬莱が上海の言葉を引き継ぐ。

 

「それでも、やさしくて、あまえさせてくれて、みとめあえて、そんけいだって、おねーちゃんはしてるの。

 ふだんははずかしくていえないけど、りんちゃんってすごいんだって、おねーちゃんはおもってるんだよ」

 

 容赦なく、その口から放たれる弾丸の如き言葉の数々。

 既に打ち抜かれた私は、激痛で悶え苦しむしかない状況。

 やめてっ! と心から叫びたいのに、凛に邪魔されて声すら出せない。

 ……泣いてしまいそうな、切なさが胸にまで登ってくる。

 

「だらかおねーちゃんは、りんちゃんの事が、だいだいだっいすきなの!」

 

「りんちゃんも、おねーちゃんの事が大好きだよね?」

 

 告げられれば、凛はさっきよりも強い力で私をギュッと締め付けて。

 息苦しさから、むぅ、むぅ、と、抗議の声を上げたが、それも無視されて。

 

 右手は口で、左手はお腹に回されていた凛の腕。

 強く押さえつけられれば苦しくて、暴れてしまっても逃れられなくって。

 ちょっと息が荒くなり始めた時に、急に凛の力が緩められた。

 

 それでも強くて抜け出せないけど。

 だけれども、力加減自体は、かなり強く抱きしめている程度にまで和らいで。

 私、無理やり凛にされてるんだ……何て考えてしまったところで、凛は口を開いた。

 ビクッと彼女の腕の中で震えてしまったのは、自分に疚しさがあった故か。

 

「好きよ、嫌いなわけないでしょう?」

 

 あまりにあっけなく告げられたのは、また私を動揺させる言葉。

 状況が状況なだけに、酷いわ凛、と強く思ってしまう。

 こんなの、苛められてるのも同意義だから。

 抱きしめられて、好きだなんて言われて、二重の意味で苦しくて。

 辛いなぁ、と思えるくらいには、この状況に慣れてきてしまった。

 

「りんちゃんは、なんですきなの?」

 

「なんでなんで?」

 

 蓬莱が聞き、上海が便乗する質問。

 けど、凛は揺らぐことなく、毅然と答える。

 

「偏執的に人形が好きで、ところにより寂しがり屋で、時たま馬鹿になるけど、でもね」

 

 さっきの上海達と同じ手法で、凛は私について述べ始める。

 ずっと見てるだけで辛いけれど、それでもこれには興味が持てた。

 凛が私をどう思っているかなんて、気にしてしまうに決まっている。

 だから暴れず、ジッと凛の言葉を待って。

 

「そんなだけど、一番の友達ってことには変わりないんだから。

 一緒に住んでも嫌いになりようがないんだから、あとは仲良くなるしかないでしょう?」

 

 狡いと思いながら、凛の言葉を聞いていた。

 だって私は全部を晒されたのに、凛はたった一つの理屈で、私が仲の良い友達であると証明してしまったのだから。

 けど、それは上海達の一撃で、いとも簡単に崩される事となる。

 たった一言の、けれども魔法並みに効果のあった幼稚な言葉。

 

「あ、りんちゃん、おかおがあか~い」

 

「まっかっか! まっかっか!」

 

 ……凛は無言で、けれども力んでいるのは抱きしめられている私には直ぐに分かって。

 顔は見えないけど、それは容易に想像がつく。

 表裏は激しいけれど、凛は何だかんだで可愛い女の子なのだ。

 素直じゃないところもあるけれど、それが可愛さを余計に目立たせて。

 

「もぅ! アンタ達ロクでもないわね、ほんとに!」

 

「だって、おねーちゃんもいもうとだもの!」

 

「わたしたちも、りんちゃんのおともだちだもん!」

 

 二人が茶化しまくりながらそう告げると、凛は”勝手にしろ!”と肩を怒らせながら言って、そうしてふと思い出したように私は、あ、という凛の声と共にようやく解放された。

 実に長く、遠い時間だった。

 だから私は、解放されて早々に凛へと言葉を投げかける。

 さっきまでの分をしっかりと言葉に乗せて。

 

「凛ちゃん、お顔が真っ赤っか」

 

「っ、あんたも充分赤いわよ!」

 

「凛ちゃんに押さえつけられて、息しづらかったんだもの。

 仕方ないし、どうしようもないわね」

 

「ひ、卑怯者!」

 

 どっちが、という言葉を飲み込んで、私はニッコリと笑みを浮かべる。

 ここでは私が優位で、凛はどちらかといえば劣勢だから。

 形勢逆転、コインは見事に裏返った。

 そういう事で、凛に仕返しをしてやろうと考えた時である。

 

「おねーちゃんがまっかなの、りんちゃんにすきっていわれたからよ!」

 

「こんどこそがりょうおもい!

 りんちゃんとおねーちゃん、けっこんしきはいつなのかな?」

 

「ばかね、しゃんはい。

 おんなのこどうしではけっこんできないから、おともだちになるのよ!」

 

「そーなんだー」

 

 そんなわけ無いでしょ!

 私と凛がツッコミを入れたタイミングは、見事に同時。

 なので余計に上海達ははしゃぎまわって、からかい続けられる事になって。

 それからしばらく、私と凛は上海や蓬莱が引き起こす、ワイワイガヤガヤな喧騒の中に自ら突っ込んでいった。

 お調子者! と戒める意味合いもあったが、九割がたの理由は、私達が上海や蓬莱と遊びたかったということでもあったのだ。

 

 

 

 夕飯もそこそこに、皆でワイワイと騒いで遊んで……。

 そうして過ごしていると、時計の針は既に十一時を過ぎていて。

 時間の流れは残酷だ、なんて言葉はここでも適応するのだな、と自然に感じずにはいられない。

 凛は時計を少しチラ見すると、うん、と一つ頷いて、そして立ち上がって言ったのだ。

 

「そろそろ私は退散するから」

 

「……どうせなら、最後まで居ときなさいな」

 

 思わずそう返してしまったのも、仕方ないだろう。

 既に時刻は十二時に近いのだから。

 ここまで来たら、最後まで付き合ってくれれば、と思ってしまうのはおそらく親心。

 けど、凛は首を振って、そして告げる。

 

「最後に一緒にいるべきはあんた。

 私には、ちょっと重いの。

 このまま一緒にいたら、私まで余計なものを背負い込んでしまいそうだし」

 

 反論できずに、私は黙り込んでしまって。

 それに、と続く凛の言葉を、私はただ聞いているだけだった。

 

「家族とのしばらくの別れだもの。

 私だって空気読むわよ」

 

 グウの根も出ない正論、全くもって反論の余地はない。

 故に私は、凛をそのまま見送るしかなくて……。

 

「またね、上海、蓬莱」

 

 だから、凛のその言葉が、何より嬉しかった。

 再会を約束する言葉、これで終わりではないと、凛が認めてくれたという事で。

 

「またあそびましょう、りんちゃん!」

 

「こんどはみんなでいっしょにあそびましょう!」

 

 二人の言葉を受けながら、凛は颯爽と部屋を後にした。

 鮮やかに、そして優しく、凛は私たちに期待をくれたのだ。

 その背中が見えなくなったあとも、部屋の中でジッとしていて。

 凛の残り香が、そこに微睡んでいるんだと、そう感じて。

 

「……そろそろ、部屋に戻りましょうか」

 

 彼女の姿が見えなくなって数分後、何気なしに言った言葉に、上海達がウン! と元気よく返事をしてくれたのを合図に、私はぼんやりと歩き始める。

 時刻は、十一時四十分。

 今日という日は、後二十分で終わりを迎える……。

 

 

 

 

 

「上海、蓬莱」

 

「なぁに、おねーちゃん」

 

「なになに、おねーちゃん」

 

 自室に戻って、私は何を話そうかと考え、二人に声を掛けていた。

 特に何かを考えていたわけではなく、ただこの娘達と話したいから、という理由で。

 

「貴方達、今日は色々とありがとう」

 

 結果、出てきたのは、とても平凡極まりない言葉。

 けど、普遍的だからこそ、一番わかりやすい言葉でもあって。

 

「うん、わたしたちもありがとー」

 

「おねーちゃん、きょうはたのしかった!」

 

 元気に答えてくれる上海と蓬莱に、じんわりと胸にこみ上げてくるものがあった。

 いろんな感情が綯交ぜになって、複雑としか言えない精神状態だけれど、これだけはキチンと伝えておきたかったのだ。

 

「ん、今日は私も幸せだったわ」

 

 そう、幸せだった。

 夢の国のネバーランドにでも来れた気分。

 淡い幻想のようで、現実だった時間は確かにあるのだから。

 

「ねぇ、二人共」

 

 だから、私はもう一度だけ言う。

 

「ありがとう、心配なんてさせないわ」

 

 そう宣言して、私は優しく二人の頭を撫でる。

 今日一日を振り返ると、何かにつけて上海と蓬莱は私の内心を大きくぶちまけていた。

 どうしてそんな意地悪をするのかと考えていたが、ここまでくると、ようやく答えが見えてきたのだ。

 

「だっておねーちゃん、さみしがりさんだもの」

 

「うさぎさんはね、さみしいとしんじゃうんだよ」

 

「私はアリスよ、三月兎じゃないわ」

 

 痛いな言葉、と笑いを噛み殺しながら反論。

 この娘達がさらりと言った真実も、やっぱりかと受け止める。

 

 この娘達は、大概の所でこう言っていた。

 おねーちゃんはさみしがりで、みんなと仲良くしたい、と。

 大方、自分達が動かなくなった後の事にでも、想像の羽を伸ばしていたのだろう。

 妙なところに気を使うのは、確かに私そっくりだと言わざるを得ない。

 

「おねーちゃん、ありすおねーちゃん。

 どうしておねーちゃんは、おにんぎょうさんがだいすきなの?」

 

「わかるかしら? どうかしら?」

 

 上海と蓬莱、ふたり揃って謎掛けのようなこと言う。

 けど、私としては困ってしまう。

 そんなの、好きだから好きで愛してるとしか言い様が無いのだから。

 

「わからないの、おねーちゃん?」

 

「こたえられないの、おねーちゃん?」

 

「えぇ、そうね、私にはちょっと難しいわ」

 

 何が言いたいのか、全くもってサッパリ分からない。

 なので問い返すと、上海達は小さな声で、ぼそぼそっと答えたのだ。

 

「おねーちゃんがそんなだから」

 

「――さんがしんぱいするの」

 

「……なんて、言ったの、今」

 

 もう一度確かめるように問い返したけれど、今度は答えは帰ってこずに。

 ふたり揃って、力尽きたように机の上にゴロンと転がる。

 

「なんでもないわ、なんでもないの」

 

「おねーちゃん、とってもねむいわ、おねむのじかんよ」

 

 誤魔化すような声、けれども彼女達は真実を告げていて。

 既に秒針は次の日へのカウントダウンを始めていた。

 チックタックと刻まれる音が、何よりも残酷に聞こえてくる。

 

「わたしたちはこのままねちゃうから。

 そのまえにあたまをなでて、おねーちゃん」

 

「やさしく、ゆっくり、ていねいに」

 

「……ささやかなのか、贅沢なのか、分からないわね」

 

 彼女達のお願い、眠りに着く前の最後の希望。

 それは、私に頭を撫でて欲しいという、とてもいじらしいもの。

 私は抱きしめたい衝動に耐え、彼女達の頭をゆっくりと撫でる。

 気分よく、気持ちよく眠りに誘うために。

 

「きもちいいわ、おねーちゃん」

 

「あたたかいわ、おねーちゃん」

 

 ふたり揃って、出てくる言葉は甘えている可愛いものばかり。

 だから、私は言葉なく、柔らかく頭を撫で続けて。

 

 

 ――チックタック、チックタック

 

 

 ――チックタック、チックタック

 

 

 ――チックタック、チックタック

 

 

「お休みなさい、上海、蓬莱」

 

 優しく声を掛けると、彼女達を何時もの定位置である窓際へと運ぶ。

 彼女達は……もう動かない。

 夜中に時計の鐘は鳴らず、静かに眠りへと落ちていったのだ。

 

「また、会いましょうね」

 

 優しく、私は二人に告げて。

 そして小さく、私は呟いた。

 

「とっても、意地悪ね」

 

 誰かに向けた言葉、ここにはいない誰かへと。

 その言葉は届いているのか、それとも空気に溶けていくのか。

 答えはあらず、今は奇跡の残滓すらも感じられない。

 窓の外を見てみれば、暗く薄く、まるでこれからの道のりのようで。

 

「……負けないわ、絶対に」

 

 けど、問答無用でその中を歩き続けることを決意する。

 一日だけの奇跡、そんな都合のいい出来事で終わらせたりなんてしない。

 奇跡を墜とし、手の届く陳腐にまで染めてくれると決意しながら、私は静かに独りごちる。

 

「夢で幻だなんて、そんな現実、認めない。

 だから何時か、また遊びましょう。

 大好きよ、上海、蓬莱……」

 

 帰ってくる返事はない。

 けれど、私は既に分かっている。

 この娘達にはキチンと聞こえていて、私の言葉を覚えていてくれているのだと。

 だから、待ってなさいと心を燃やす。

 何時の日かを夢想し、夢が夢でなくなることを空想しながら。

 

 

 ――えいぷりるの気紛れ、なんて言葉で終わらせてなんてあげないんだから!




どんだけ遅刻してるねんって話ですが、ようやく終了です。
一ヶ月ほど遅れましたが、まあそういうこともありますよね(白目)。
書いてて大変でしたが、終わってみれば清々しい。
これで本編の執筆が、ようやくスッキリと出来るというものです。
番外編ばっかり書いてて後ろめたいってのもありましたしね!
終わりよければすべてよし、けだし名言ですね!

上海と蓬莱、また動かせる機会がくれば良いですねぇ……。


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没ネタ アリスと早苗のお風呂事情

ずっと前の投稿した、”夏の避暑地へ行きましょう 中”の全面カットしたお風呂シーンを投下。
超健全な、R-15くらいのお話です。
久々に筆が止まらなくなったのは、まぁ、多少はね?(にっこり)


「えへへ、いっぱい濡れちゃいました」

 

「このままじゃあ、風邪を引いてしまいそうね」

 

 湖から帰ってお風呂を沸かしている間、私と早苗は肩を寄せ合いながら話し合っていた。

 段々と体が冷えてきて、自分でもビックリするくらいに冷たくなってきたから。

 だから、肩を寄せ合いながら話をしていたのだ。

 

「あ、そうですアリスさん」

 

 ふと、会話の最中に、早苗はこんな事を口にした。

 更に肩を寄せてきながら。

 

「片方が入ってる間に、もう一人が待ってたら風邪引いちゃいますよ。

 この際、一緒にお風呂に入りませんか?」

 

「一緒に?」

 

「はいっ」

 

 ワクワク、とでも音が聞こえてきそうなくらい、目を輝かせて。

 尻尾と耳を幻視させるくらいに、キラキラとした目で。

 早苗は私を見ていた。

 

 そして、私も考えてみる。

 早苗の言っていた事を、その内容を。

 検討して、推測して、そして出した結論は……。

 

「一理、あるわね」

 

 特に問題などない、早苗の言う通りだということであった。

 

 

 

「ア~リスさんとおっふーろ、ア~リスさんとおっふーろ」

 

「その怪しげな歌は、どうにかならないのかしら」

 

「なりません!

 これはピクミンと一緒くらいの愛の歌なのですから!」

 

「……あぁ、そう」

 

 妙なテンションの早苗。

 即興で珍妙な歌を歌ってる。

 しかも私の言葉は、右から左に受け流している。

 

 その様子に、はぁ、と溜息を吐きつつ、私は横目で早苗を見る。

 正確には、早苗の胸を、だけれど。

 ……でかい。

 

「さ、アリスさん、どうぞ!」

 

 私が余計なことを考えている内に、早苗が風呂場の扉を開いた。

 湧き出ている湯気が、私達を包まれる。

 冷えた体とお風呂の熱さのギャップで、体がブルりと震えてしまう。

 このままでは風邪をひいてしまうと感じて、私は足早にお風呂場へと入っていく。

 中は、冷えた体にはとても熱く感じた。

 

「さ、アリスさん、シャワーで簡単に体を温めましょう」

 

「早苗から先にすればいいわ。

 私はそこまで図々しくないの」

 

「何をおっしゃいますか。

 アリスさんはお客さん、お客さんを優先するのは当然の事です」

 

 そう言って、早苗は強引に私を木製のバスチェアへと座らせる。

 そして早苗は、私の頭から足まで、隅々へとシャワーを浴びせていくのだ。

 何だか所々がくすぐったい。

 水圧でサラっと撫でられているようで、ちょっと身悶えしてしまう。

 

「アリスさん、動かないでください」

 

「なら、もう少しシャワーを弱めなさい」

 

「もうちょっと我慢してくださいね」

 

 私の訴えも虚しく、早苗は鼻歌なんて歌いながら私にシャワーを浴びせ続ける。

 ……こそばゆいけど、確かにお湯は気持ち良い。

 だから私も黙って、早苗の行為を受け続ける。

 次はやり返してやろうと決意しながら。

 

「アリスさーん、気持ちいいですかー」

 

「はいはい、気持ちいいわよ」

 

「ぶぅ、なんか投げやりです」

 

 そうね、と心の中で呟く。

 声に出さなかったのは、別に他意があったわけではない。

 ただ面倒くさかっただけ。

 早苗はそんな私が面白くないのか、シャワーの向きを徐ろに変えて……。

 

「ひぅっ」

 

 私の胸に、水圧を強めて掛けてきたのだ。

 普通にセクハラである。

 

「――早苗」

 

 この娘は、懲りるということを知らないのだろうか。

 あれだけ私に恥ずかしめの暴虐を与えたというに。

 少々の苛立ちと共に、早苗の足を踵で軽く蹴る。

 ひゃっ、と驚いた声が、後ろから聞こえてきた。

 

「だって、アリスさんが……」

 

 そして次に聞こえてきたのは、何処か言い訳じみた言葉。

 拗ねたような、けれども甘えているような声だった。

 そのせいか、一瞬抱いた苛立ちも溶けていってしまって。

 

「はぁ、私も悪かったわよ」

 

 ちょっとだけ、素直になれた。

 あまり非を認めるようなことはしたくないけれど、それでも私にも悪いところはあったから。

 もうちょっと、早苗の話に付き合ってあげようと思ったのだ。

 

「私も、ごめんなさい」

 

「良いわよ、別に」

 

 これでお互い様なんだから、と静かに告げる。

 早苗も、はいと小さく答えを返してくれて。

 そうして私達はまた、さっきの続きを始めるのだ。

 

「私とアリスさん、今日はこんなのばっかりですね」

 

「会えて嬉しいから、思わずはしゃいじゃってるのね」

 

「アリスさんも、私に会えてテンションとか上がったりするんですか?」

 

「じゃなきゃ来ないわよ」

 

「……えへ、何だか照れちゃいますね」

 

 そう言いながら早苗は、丁寧に私の髪にシャンプーをし始める。

 傷つけないように、優しく撫でつけるように。

 

「くすぐったいわね、他人にされるのって」

 

「嫌ですか?」

 

「ん、気持ちいいわ」

 

 そう言うと、早苗の手付きが更に優しくなった。

 まるで壊れ物を扱うかのようで、早苗の気遣いが嬉しく感じる。

 

「あとで私も、早苗にやってあげるわ」

 

「はい、ぜひぜひ!

 こちらからお願いしちゃいたいくらいです!」

 

 ノリ良くだけれど、優しく丁寧。

 おかげで気分は、ほんのりお姫様になった気分である。

 

「ふふ、アリスさんの髪はサラサラですね」

 

「それなりに大事に扱っているもの。

 そうそう無体な手入れはしてないわ」

 

 場合によっては、これが人形を作るための商売道具になる時があるのだから。

 だから手入れは怠らないし、何よりこれは女として大切な儀式とも思っている。

 今は早苗が丁寧に洗ってくれてるから、早苗に全部任せてしまっているけれど。

 

「ん、落ち着くわね」

 

「アリスさんにそう言って貰えると、私もすごく嬉しいです!」

 

 その言葉と共に、早苗は更に丁寧に私の髪をシャンプーで解いていく。

 まるで撫でられているかの様な心地で、何時もとは立場が逆転したかの様。

 早苗が私の頭を優しく撫でて、私がそんな早苗に寄り添っている。

 あべこべね、と少し笑ってしまうのは致し方ないだろう。

 

「どうしたんですか、アリスさん?」

 

「ううん、今ね、早苗に甘えてるって、そう感じただけよ」

 

 フフ、と声を漏らしてしまい、それでも構わずに早苗の方に頭を傾ける。

 良いな、これ、と思ってしまった。

 暖かい、早苗の柔らかなお腹の感触がして、何げなしにグリグリと頭を押し付けてしまう。

 まるで犬だ、と思うがやめられない。

 心地よくて、つい泡だらけの頭を早苗に擦りつけてしまった。

 流石に暴れすぎたと感じで、ごめんなさいという一言と共に頭を離せば……。

 

「もぅ、アリスさんったら!

 そんな嬉しい事されたら……こうです!」

 

 ギュッと、背中に何かが押し当てられた。

 柔らかくて、弾力があって、ちょっと先っぽが硬いもの。

 ……言わずもがなな、アレである。

 

「さ、早苗!?」

 

「ふふっふー、あんな事しちゃうアリスさんには、お返ししなきゃダメなんです!!」

 

「ひゃっ!?」

 

 もにゅもにゅ、ぐにゅぐにゅ、そんな擬音が背中から聞こえる。

 変わる形は変幻自在、感じる暖かさと柔らかさは一定以上。

 そのまま背中が溺れてしまうなんて、妙な感想すら浮かんでくる。

 あと、すごく密着してるから、早苗の匂いをすごく近くで感じてしまうのだ。

 意味も分からずに動悸が早まったり、キュンと胸がしてしまう。

 ――色々な意味で、このままだと不味い気がして私は抵抗を開始する。

 以下、その一部始終である。

 

 

 

「ちょっと、離れなさい!」

 

「もうちょっと、もうちょっとだけアリスさんを堪能させてください!」

 

「ふ、巫山戯るのも大概にして!

 それに当たってるわ、早苗!!」

 

「当たってる……?

 もしかして、私の胸の事ですか?

 アリスさん、もしかして恥ずかしいので?」

 

「違うわよ、むしろ邪魔よ」

 

「ひ、酷いです!」

 

「大きすぎるのも考えものって、そう気が付きなさい」

 

「でも、私の胸は大きくなる事があっても小さくなる事はないのです。

 だから、私の胸をアリスさんに好きになってもらうしか……」

 

「ちょっと、何で強く押し付けてきてるの!」

 

「アリスさんに私の胸を好きになってもらう為です。

 むしろこの胸はアリスさんの胸だと思ってください!」

 

「思えるわけ無いでしょう!

 こんな大きいもの、私のと思えるわけがないわ!」

 

「私とアリスさんは一心同体です!」

 

「訳の分からない事を口走らないで!」

 

「ひゃんっ!?

 あ、アリスさんのエッチ。

 直に揉んでくるなんて……」

 

「邪魔だから退かそうとしたのよ」

 

「アリスさん……揉んでくれるなら、優しくお願いします」

 

「何で嬉しそうなのよ!」

 

「アリスさんなら、良いかなぁって」

 

「良くないわ、即座に離れなさい」

 

「気持ちよくないですか?」

 

「……別に、そんな事ないわ」

 

「一瞬返事に詰まりました!

 アリスさんは嘘つきです!!」

 

「嘘はついてないわ。

 ただ、柔らかいと思っただけだもの」

 

「それが気持ちいいって事だと思います!」

 

「……早苗の変態」

 

「アリスさんに変態呼ばわりされるなら、不肖東風谷早苗、変態になります!」

 

「違うわ、そうじゃない!

 そういう反応は求めてないわ!」

 

「アリスさん、もっと揉んでくれて良いんですよ?」

 

「それも違う!

 お調子者、そろそろ正気に戻りなさい!!」

 

「今が正気じゃないなら、私は一生正気から戻れなくていいです!」

 

「怒るわよ?」

 

「あ、アリスさんから胸を触ってくれて……て、痛いです痛いです!!

 揉むなら優しくって、さっき言ったじゃないですか!」

 

「違うわ、早苗。

 あなたが小さくなる事はないって言ったの。

 だから私がしてるのは、早苗の胸を小さくする作業よ」

 

「ひんっ!?

 あ、アリスさんごめんなさい、調子に乗りました、許してください、痛い、痛いです!!!」

 

「気持ち良くはないのね」

 

「私を気持ち良くしたいなら、アリスさんの綺麗な手で撫でて下さい。

 鷲掴みで力を入れないでください!!」

 

「ごめんなさい早苗、私いまになって早苗の胸を揉みたくなったの」

 

「ひゃああ!!!

 ちょっと、アリスさん!!

 強いです!! 優しくってっ、言ったじゃ、ひゃん! ない、ですかぁ!」

 

「……反省、したかしら?」

 

「ひぅ……はい、しました、ごめんなさい。

 あ、でも……」

 

「でも?」

 

「アリスさんに揉まれたからか、胸が熱くて痛いけど、何かジンジンしてて、それが気持ちいい感じがって、アリスさん?

 どうしてこめかみを抑えてるんですか?」

 

「返す言葉が見つからないからよ」

 

「あ、もしかしてこれが愛の力ですか!?」」

 

「あなたは三歩歩いたら忘れるタチなのかしら……」

 

「アリスさんの言葉なら、三十年経っても覚えてる自信があります!」

 

「それはそれで、タチが悪いわね……」

 

 

 

 などと、いう事になってしまっていた。

 早苗も、そして私も、ちょっとおふざけが過ぎたのだろう。

 その結果、反省したであろう早苗は、とっても慎重に、そして丁寧に私の体を洗ってくれたのだ。

 壊れ物を扱う様に、けれども的確にタオルで擦ってくれて、それがまた心地よくて……。

 だからさっきの事は許して、私も早苗をキチンと洗ってあげようと決意する。

 なので後少しの間だけ、目を閉じて他の人に体を洗われる快感に身を委ねた。

 ……こういうのだったら、素直に気持ちが良いって言えるのに、なんて思ってしまったが、わざわざ口に出すのは憚られたから、胸に秘めておいたけれど。

 

 

「そういう訳で、今度は私の番ね」

 

「はい、アリスさん!

 優しくお願いします、本当に!」

 

「分かってるわよ、早苗がやってくれた分だけお礼はするつもりだもの」

 

「……お礼参りですか?」

 

「違うわよ」

 

 若干警戒気味の早苗を安心させる様に撫でながら、手にシャンプーを纏わりつかせていく。

 私もやり返すという名目で、遣り過ぎていたから。

 気遣うように髪にシャンプーを馴染ませながら、私は早苗へと話しかける。

 何気ない話をする様に、けれども明け透けに。

 

「ねぇ、胸、もしかしてまだ痛い?」

 

 世間話をする体で、そっと話しかける。

 すると帰ってきた反応は、当然の如く勢いの強いもの。

 ぶぅ、と拗ねたこれが返ってくるのは、ある意味で当然の帰結か。

 

「優しくって言ったのに、アリスさん酷いです」

 

「ごめんなさいね、痛いって分かってたのに、ちょっと意地悪が過ぎたわ」

 

「本当ですよぉ、もぅ」

 

 でも、痛いのと混じって気持ちいいのも残ってます、などという不穏な呟きを聞き流して、私は無言で早苗の髪を洗い続ける。

 そうしている間に、会話は何時の間にか途切れていた。

 けれど、この場に気まずさは存在しない。

 会話なんてなくても、早苗となら気まずくないし、そもそもそうでなければお風呂なんて入ろうとは思わない。

 なのでここにあるのは、気安く安心できる空気だけ。

 聞こえてくる早苗の鼻歌が、楽しげなので私も少し気分が浮いてくる。

 

「早苗、シャワーで流すから、目を瞑りなさい」

 

「はい、アリスさんオッケーです、お願いします!」

 

 早苗の言葉に従って、私はそっとシャワーで早苗の頭の泡を流していく。

 擽ったそうに身震いする早苗の体が、ちょっと可愛く感じられた。

 だから何だという話ではあるが、シャワーのお湯でアテられた背中の赤さが、絶妙に色っぽかったのがいけないのだろう。

 

「はい、終わりよ」

 

「ありがとうございます!

 アリスさんも丁寧に洗ってくれて、何だかすごく良い気分でした」

 

「そう感じてくれただけでも、私としては嬉しいものね。

 けど、まだ早苗の体が残ってるわ。

 そこも洗うから、まだゆっくりしてなさい」

 

「はい……えへへ、アリスさんに体を洗ってもらえるなんて、何だか嬉しいですね」

 

「変な事で喜ぶのね」

 

「ダメですか?」

 

「いいえ、光栄かもね」

 

 そんな会話を交わしながら、私は手を石鹸で泡立てていく。

 一定量、泡に満ちたらそのまま、私は早苗の背中に私の手を這わせた。

 ビクッと、早苗の体が震えたのは、いきなりでビックリしたからか。

 

「ごめんなさい、一声掛けるべきだったわね」

 

「い、いえ、そんな事よりもアリスさん」

 

「何?」

 

「……もしかして、いま私の背中を洗っているのはアリスさんの手ですか?」

 

「その通りよ」

 

 何をと思い尋ね返せば、早苗は動揺気味にこんな事を言う。

 

「だって、私はタオルで洗いましたよ!」

 

「仕方ないわよ、私はタオルだと洗い慣れてないから。

 手の方が、力加減がハッキリと分かるの」

 

 だから、不安がらなくても良いわ、と早苗に告げて。

 そのままにゅるにゅると泡で、早苗の背中を擦っていく。

 泡で滑らない様に、しっかりとした手付きで早苗の背中を洗い、そして泡立てていく。

 幸いな事に早苗の肌は滑らかで、とてもしっかり泡が立ってくれるので洗うのに苦労しない。

 

「ひゃうぅ!? あぅ、アリスさん、手は直接的すぎます!」

 

「情けない声上げないで。

 早苗はしっかりと肌の手入れしてて、洗いやすいから何ら問題ないわ」

 

「そ、そういう事じゃなくて、触られたら何かジンジンしちゃうんです!」

 

「そう? でも我慢なさい、しっかり洗ってあげるから」

 

「……アリスさんに触られてるから、ジンジンしちゃうんですよぉ」

 

「何か言った?」

 

「アリスさんのエッチって、言ってました」

 

「馬鹿なこと言わない。

 手がむず痒いかもしれないけれど耐えて」

 

 早苗の抗議を黙殺し、ゴシゴシと彼女の体を洗っていく。

 背中、肩、腕、手。

 一つ一つ、指の間まで綺麗にし、泡を染み込ませるように塗ったくっていく。

 そして後ろを全て洗い終えると、早苗に次の行動を告げる。

 

「こっちを向きなさい。

 今度は前を洗うわ」

 

「……え?」

 

 少し間があって、何故だか呆然とした早苗がゆっくりとこちらに振り向いた。

 なのでそれに乗じて、早苗の体そのものを、両手でこちらに向けさせる。

 相変わらず忌々しい程に大きなモノがそこにあるが、それも早苗の一部であるからして、当然扱いというものは決まっている。

 少し怯えた表情の早苗に、私は優しくこう告げた。

 

「大丈夫、優しくするわ」

 

 耳元で、囁く。

 その瞬間、ビクンッと早苗の体が震える。

 湯冷めしてきてるのかもしれない。

 そう思えば、早く洗って一緒のお風呂に入るのが吉であろう。

 なので、早速私は早苗の、まずは目の前にある西瓜モドキを退治しようとしたのだが。

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

 けれど、洗おうとした直前で、早苗に待ったを掛けられた。

 何? と顔を見上げれば、そこには顔を真っ赤に上気させて、口をパクパクさせている早苗の姿が。

 

「何か不安な事でも?」

 

「えっと、そうじゃないです。

 そうじゃないですけど……その、えっと」

 

 言い出そうとしているけれど、中々に口が開けない様子で、えっとを繰り返す早苗。

 そんな彼女に、落ち着きなさいと声を掛けて、早苗が軽く深呼吸をし始める奇行を眺めながら、ジッとその行動が終わるのを待って。

 そんな行動を何回か繰り返して、ようやく落ち着いた早苗は、それでも若干震える口調で、こう告げたのだ。

 

「アリスさんに、その、前まで洗われるなんて、すごく……恥ずかしいんです」

 

 手を膝にギュッと握ったまま置いて、早苗はそんな可愛らしい事を訴えてきた。

 早苗の顔は、全ての血液がそこに殺到しているのではという程に赤く、冗談抜きで羞恥に悶えている様子で。

 直接、私に触れられるというのが、何よりも恥ずかしくて仕方の無いことなのだろうと察せざるを得なかった。

 

「さっきはあんなに積極的だったのにね」

 

「それはアリスさんにしてあげてたからです!

 私がされるなんて、そんなの……」

 

 エッチです、と小さく呟いて。

 胸を手で隠して、うぅ、と私をジッと見つめてくる。

 さながら小動物が追い詰められた情景を思い描かせられるので、それほどに思いつめてしまっているという事なのだろう。

 なので、私はどうするかを考えて……。

 

「ここまで来たら、最後まで洗わせなさいな」

 

 ジッと見つめ返す形で、私は早苗の事を見つめ返していた。

 信じて、と目で訴えたのだ。

 でも、と漏らす早苗に、大丈夫だから、と答えて――そして。

 

「……アリスさんがそう言ってくれるなら、分かりました、お願いします」

 

 観念した様に、早苗が私に降伏を申し出てきたのであった。

 早苗が私の体を全部洗ってくれたのだから、今度はしっかりと私が早苗の体を洗いたいという気持ちが、キチンと通じた様で安心しながら、手の泡をクチュクチュと泡立てて。

 ん、と小さく頷くと、私はそのまま真っ先に早苗の目立つ、一番目に付くものを先に片付けることにする。

 もうここを洗われてしまえば、恥ずかしがる所なんて数える程しかないのだから。

 

「ごめんなさい、早苗。

 じゃあ、行くわよ」

 

「ど、どんと来てください……」

 

 尻すぼみする早苗の言葉を合図に、そっと早苗の胸に手を触れさせる。

 触った瞬間、早苗の背中がピンッと伸びたが、極力気にせずにそのまま洗い始める。

 ビクッと早苗が震えているのを感じたが、それは最初の一回だけで、それ以降は驚いた様に震える事はなかった。

 

 ムニュっとした、重い感覚。

 私が洗われていた番の時に、背中で感じた圧力が、今は手の中に感じる。

 弾力と柔らかさが混ざり合った感触、それに何とも言えない気持ちになりながら、無言でひたすらに私は手を動かし続けた。

 

「ひぅ!? あ、りすさん、は、早く……」

 

「早苗のが大きくて、中々洗いきれないのよ。

 もう少し掛かるわ」

 

「そ、そんな……。

 このままじゃ、私――」

 

 意識的に早苗の声を聞かなかった事にして、胸の下の方と合間の手を侵入させる。

 小さく早苗の悲鳴が聞こえるが、全部が全部気のせいなのだろう。

 丁寧に、けれど素早く、早苗の胸全体を洗っていき、手が胸の中心を最後に洗おうとしたところで……。

 

「!?」

 

「っーーーー!!!」

 

 ……手が、何かに引っ掛かった。

 さっきまでは普通だった、私の背中に当てられた時には無かった感覚。

 ――何かが、立っていたのだ。

 

「ち、違うんですアリスさん!

 そんなつもりでアリスさんに洗ってもらってたんじゃっ!!」

 

「……何のことかしら?」

 

 気付かないふりをして、そのままニュルっと洗ってしまう。

 

「――――っ」

 

 立っていた部分に触れてしまった時、早苗が何かを咬み殺すかの様に奥歯を噛んでいた。

 ……が、私は何も気が付いてないので、そのままおへそに手を伸ばす。

 

「ごめんなさい、ちょっとだけおへそをクリクリするわ」

 

「え、ちょっと待ってくだ――」

 

 早苗の静止を聞かずに、そのまま指を早苗のおへそを優しく撫でさせる。

 柔らかくて、吸い付けられる様な魅力があるが、深入りせずに浅くクリクリと撫でるだけに留まった。

 けれど、それでも早苗には刺激が強かったのか、ビクゥッと過剰気味に背筋を震わせて……。

 

「こんっ、なの、始めて……です。

 他の人に、おへそクリクリ、されて弄られちゃうのもっ、胸を……揉まれるのもッ」

 

 独り言の様に、そんな私にとってとんでもない事を口走ったのだ。

 

「人聞きの悪い事を言わないで頂戴。

 私はただ、洗ってるだけよ。

 おへそを弄るとか胸を揉むとか、そういうのではないわ」

 

「うぅ……」

 

 至極冷静に返答すると、早苗はもう言葉を返してこなかった。

 故に私は、急ぎ足気味見早苗の太ももや他の箇所にも手を這わせて。

 言葉なく、時折ビクンと反応する早苗の体だけが、この時の私と早苗のコミュニケーションであった。

 

「こんなの、気持ちよすぎます……」

 

 早苗が何か独り言を呟いていたが、全くもって何も一言も聞こえなかった事を、私の心に明記しておくものとする。

 

 

 

 

 

「はぁ…………、はぁ…………、おわ、り、ました、か?」

 

「そうね、お疲れ様、早苗」

 

「あ、ありがと、ございまし、た」

 

 息切れ気味に、早苗が返事をしてくれる。

 何れ程恥ずかしかったというのかは分からないが、流石に顔を赤くし過ぎである。

 これでは、まるで私がイケナイ事をしてしまったかの様ではないか。

 

「大丈夫?」

 

「は、はい……」

 

 何とかといった風に答えて、早苗は揺ら揺らとした足取りで、湯船へと向かっていく。

 そこでようやく、自分の体が少し冷えてきているのに気が付いた。

 

「私も入って良いかしら?」

 

「ど、どうぞ」

 

 赤い顔のまま、早苗は少し落ち着いてきたのか、今度ははっきりとした呂律で返答した。

 なので、私も遠慮することなく、そのまま私も湯船入り。

 広さ的に、二人で入っても十分な広さがあるやや大きめな湯船で、私としては大変に助かったと感じている。

 もし狭かったら、それこそすし詰めかどちらか待ち惚けかの二択だから。

 

「フフ、暖かいわね、早苗」

 

「はい、アリスさん」

 

 空いている距離は、体育座りした人一人分。

 手を伸ばせば届く距離で、けれど今の距離感が良いかと私達はそのままで居て。

 

 ……そうして、思い出したかの様にまた訪れた静寂。

 その場に響いているのは、ポツン、ポツンと滴り落ちるシャワーの水滴。

 間を持たせるように鳴り響いているそれに耳を傾けている事およそ一分、早苗が、ぼそりと呟いた。

 

「……恥ずかしかった、です」

 

 それは告白、ちょっと恨みの籠った、ジト目に乗せての言葉。

 

「ごめんなさい、もしかして気持ち悪かった?」

 

「いえ、そんな事は全然。

 でも、アリスさんに触られてるって考えると、急に頭がフットーしちゃって、上手にモノが言えなくなっちゃいました」

 

 それと、今のは言い方が狡いです、と先程と同様の視線のまま、私の事を早苗は凝視する。

 その目が、何か言いたいことはありますか? とあからさまに語っていた。

 けれど、その睨みつけている頬はとても赤くて、そこに早苗の気持ちが諸々に詰まっている気がして。

 

「今は、フットーしてない?」

 

「アリスさんの顔を見たら、顔が熱くなるだけです」

 

「そう、ごめんなさいね」

 

「謝るなら、責任を取ってください!」

 

「そうね、分かったわ」

 

「出来ないなんて言わせま……え?」

 

 言葉を途中で途切れさせた早苗は、目をパチパチしてこちらを見ていた。

 そんな彼女に、私はあのね、と声を掛ける。

 

「だから早苗、ちょっと後ろを向きなさい」

 

「え、どうしてですか?」

 

「どうしても、よ」

 

 意味が分からないと早苗は首を傾げ、けれどもゆっくりと湯船の中を周り、私に背中を向ける。

 何なのだろう、と早苗の気持ちが聞こえてきそうな、ちょっと警戒気味の背中。

 そこに、そっと手を触れる。

 既視感のある、ビクッとした震え方をしたが、大丈夫よと声を掛けると気が抜けた様に背中が丸くなった。

 恥ずかしかったと言っていた早苗、けれど恥ずかしがらせた私の言葉を聞いてくれるのだから、この娘は素直にも程がある。

 彼女の言い分曰く、アリスさんだけとの事だが、今この時だけは感謝する事にしよう。

 だってそうじゃないと、私は行動に移れないのだから。

 湯気で茹だっている頭でそんな事を考えながら、私はそっと早苗の背中を抱きしめた。

 

「っうぇ!? あ、アリスさん! またですか、またなんですか!!」

 

「良いから、静かに、落ち着いて」

 

 大げさに騒ぐ早苗に、手をお腹に回しながら、耳元で囁く。

 うぅ、とうめき声が聞こえてきたが、最終的に何時もこうです、とボヤいた声を境に早苗は沈黙した。

 ありがとう、と軽く返事をすると、訪れたのは静寂。

 相も変わらず聞こえるのは水滴の音と、もう一つ。

 

「ねぇ、聞こえるかしら、早苗」

 

「はい、聞こえてきます、感じていますよ……アリスさん」

 

 内から、高鳴る音が、響いている。

 トクン、トクン、と鳴くように。

 暖かくて柔らかだけれど、激しくも感じるリズム。

 それを直接、早苗の背中に押し当てた。

 静かにしてれば聞こえてきて、こうして直に触れ合うことでまるで繋がったかの様に、早苗に私を響かせている鼓動の音を、子守唄の様に私は聞かせるのだ。

 

「私のしたい事、分かる?」

 

「……はい」

 

 静かにそれだけ会話して、私達は口を閉ざして。

 その代わりに、私の胸の音が一定の周期で、早苗に音を届けている。

 そこから読み取れるモノも、理解出来るものもない。

 ただ、そこにあるのは……、

 

「安心、出来る?」

 

「はい、アリスさん」

 

「落ち着ける?」

 

「はい、とっても」

 

 そう、なら良かったと呟いて、ギュッと早苗を抱きしめる力を強める。

 苦しいとも痛いとも言ってないから、多分大丈夫。

 なので目を閉じて、視覚から触覚の、感じる世界へと意識を馳せた。

 

 ――トクンと聞こえる私の心拍、ドキドキ鳴ってる早苗の鼓動。

 ――今この時、それだけで世界が構成されていて、それがとっても気持ちいい。

 

 安定して聞こえるその音が、とっても心を落ち着かせてくれる。

 お湯だけじゃない、早苗の体温も私を優しい気持ちにしてくれる。

 私と早苗、二つの音が交じり合って、感じあえる一体感が生まれていた。

 

「もう、大丈夫?

 頭、フットーしない?」

 

「はぃ、大丈夫ですぅ、アリスさん」

 

 どこか蕩けた声で、早苗が返事をする。

 その声に、そ、良かったとだけ返事をして、私はフゥと溜息を軽く付いた。

 嫌な気持ちからでなくて、胸に溜まった気持ちが息に乗って少し溢れただけ。

 そんな私に、早苗はちょっと小さな声で、こんな提案をしたのだ。

 

「あの」

 

「何?」

 

「……もうちょっと、このままで良いですか?」

 

 私の返事は、一つしかなかった。

 だって、気持ちいいもの、仕方ないわ。

 

 

 

 

 

 結果、お風呂を上がったのが十分後だった事を、記憶のメモ帳に明記しておく。

 私も早苗も、全身が真っ赤だった事は、ある意味で当然の結果。

 けど、そこには確かに笑顔があったのであった。














(なお、タイトルは、”友人レ○プ!野獣とかしたALC”にしようか迷いましたが、ありえなさすぎたので放棄。そもそも、早苗さんノリノリでしたから、無理矢理じゃないですしね! 二人は幸せな入浴をして終了です)


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没ネタ 素敵で夢見るワンダーランド

冬木の街の人形師、38話からの分岐です。


 召喚の日、大聖杯のある大空洞にて、私は思わず声を荒げていた。

 有り得ないと、憤慨ここに著しいものがあると言わんばかりに。

 だって、だって、それは……。

 

「酔った魔術協会の学生が、クリスマスに礼装を鍋敷きに使って焼け落ちた、ですって?」

 

「はい、金色に輝く鍋と炎が見られたとの情報が入っております。

 これについて、魔術協会は学生の処分を行い、当面の希少品、礼装などの貸出を禁止するとの決定を下した様です」

 

 なんて冗談、面白くないから夢なら覚めて。

 強くそう願ったけれど、残念ながらここは現実で、告げてきたアインツベルンの彼女は、至って真顔で。

 巫山戯るのも大概にして、と憤りを覚えずには居られなかった。

 本当に、どうなっているというのか。

 そもそも、イギリスにある時計塔で、どうして日本の鍋なんかが行われていたのか。

 全く持って意味不明すぎて、呆然とする他にない。

 

「魔術協会って、一体……」

 

「呵呵、儂も若かりし頃は時計塔で鍋をしたものよ。

 伝統じゃな、闇鍋にゴキブリを混ぜるのが楽しみであった」

 

 呆れ果てたと言わんばかりに呟く凛に、臓硯は昔を懐かしむ様に目を細めた……色々と最悪すぎる思い出みたいだけれど。

 一方で神父はニヤニヤと私を見ていて、今すぐに撃ち殺したくなってくる。

 目が、どんな気持ちだね、マーガトロイド? と口ほどに語っていたのだから。

 

「呪われてしまいなさい」

 

 九割学生、一割神父に向けての呪いを呟くと、私はメイドの彼女の方に振り返った。

 彼女はもう既にやる気を失っており、直ぐにでも帰りたそうなオーラを漂わせている。

 私としても、茶番だと叫びたくなる衝動に駆られるが、主催者としてそうは問屋が下ろさない。

 ……もう心が折れてしまいそうだけれど、それでもこれからについて私が決定しなくてはならないのだから。

 

「他の礼装を探すのって、どれほど現実的かしら?」

 

「魔術協会はしばらく当てにはなりませんので、それこそ探検に出ねばなりません」

 

「探検?」

 

「はい、我らアインツベルンは八年前、資金と札束と金貨を使って、召喚用の礼装を調達いたしました」

 

「全部お金なのね」

 

「因みに、その総額は十億を軽く超えます」

 

「十億……」

 

「ファンタジーな数字ね」

 

 絶句する私を他所に、凛が羨ましそうにアインツベルンの彼女を見つめるが、残念ながら札束は湧いてこない。

 私の実家も裕福ではあるが、十億を簡単に捻り出せる程に財産は無い。

 もし使えたとしても、こんな博打に投下するにはあまりにリスキーであると言わざるを得ない。

 

「無理、ね」

 

「では、諦める他に無いと、そういう事でよろしいですか?」

 

 尋ねられて、私は言葉に詰まった。

 ようやく、ここまで来たのだ。

 それをこんな事で、鍋のせいで全部木っ端微塵になるなんて、そんなの絶対に認められる訳がないのだから。

 

「何か、他に方法はないかしら?」

 

 周りを見渡し、ここに居る面々に意見を募る。

 幸いにして、ここに居る連中は冬木の御三家。

 何かしらの知恵を持っていると、私はそう期待して。

 ……どうしてだか、臓硯以外の全員に目を逸らされた。

 

「凛」

 

「無いわよ、ここにだって初めて来たくらいなんだから」

 

「貴女は?」

 

「先程述べた方法以外に、術はないかと」

 

「……神父」

 

「私は一教会の神父に過ぎない。

 魔術にも、残念ながら詳しくはない」

 

 全員、駄目だった。

 最悪な事に、どうしようも無い状況である。

 寄りにもよって、この妖怪を頼る事になるなんて……。

 

「………………何か、方法は?」

 

「嫌々聞く事もあるまい。

 いっその事、機会を待つのも策じゃ」

 

「私は貴方ほど気は長くないの。

 だからこんな事をしている、分かるでしょう?」

 

「若いのぅ。

 まぁ、だからここまで来れたとも言えるか」

 

「それで?」

 

「ふむ、一つだけ方法はある」

 

「聞かせて」

 

 ここまで来ると、もうこの妖怪相手でも縋らずにはいられない。

 手段も方法も理不尽に吹き飛んだのだから致し方ない、そう自分に言い聞かせる。

 そんな私を舐める様に臓硯は見た後に、ふむ、と小さく呟いてからその方法を告げた。

 

「召喚の詠唱に、一節を加えるだけで良い。

 三騎士やライダーなどは土台無理でも、キャスターならば呼びつけられる」

 

「それは?」

 

「”汝こそは偉大なる祖。汝こそは魔を統べる法。我は汝の共謀者”、これさえ囁けば、魔術師が引っ掛かるであろう。

 尤も、触媒無くして何奴が来るかなどは保証できぬが」

 

 へぇ、と凛が感心した声を漏らす。

 私としても、正に裏技な方法は今初めて知った。

 流石は腐っても、冬木御三家の一角と言えるか。

 

「良いわ、もうどうしようもないもの。

 やるしかないのよ、私は」

 

「告げておくが、この召喚で十年分の魔力が吹き飛ぶ。

 次はない事は、覚えておくが良い」

 

 神父がご丁寧に解説してくれるが、そんな事は百も承知である。

 全く持って巫山戯た状況であるが、もう後に引く事なんてできない。

 後は当たって砕けろの精神で、死中に活を見出す他にない。

 

 半ば、ヤケクソでの行動。

 でも、今までで一番やる気に満ちていた。

 

 

 

「……始めるわ」

 

 そうして、準備を整えた私は、神父から令呪を受け取り陣へと向かい合う。

 お守りの代わりに、私の右手には、昔に貰った大切な魔道書(グリモワール)を。

 何時もはスカートの裏に縫い止めているそれを、今ここで引っ張り出して。

 

 ――深く溜息を吐いた後に、私は始める。

 ――浅く、浅く、小さく、小さく息をして。

 ――そして、

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。

 降り立つ風には壁を。

 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 俄かに、魔道書が発光する。

 緩やかに、けれども渦巻きながら。

 まるでこの魔道書が、重力の発生地帯の様に。

 

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。

 繰り返すつどに五度。

 ただ、満たされる刻を破却する。

 ――――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 上から、下に。

 下から、上に。

 魔力の本流が反射し、瞬く間に工程を完了していく。

 

「誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者。

 我は常世総ての悪を敷く者。

 汝こそは偉大なる祖。汝こそは魔を統べる法。我は汝の共謀者。

 汝三大の言霊を纏う七天。

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 魔道書のページが、風に吹かれてパラパラと捲れて行く。

 魔法陣から、光が溢れて目を覆う。

 何かが、私の下へ飛び込んでくる。

 それを、私は受け止めて、それで……。

 

「え?」

 

 小さく声を漏らした。

 私の手元には、元々持っていたグリモワールが一冊と、それとは別にもう一冊。

 ファンシーな絵柄の、絵本の様な物体が一冊手元にあって。

 

「……………………」

 

 これは、つまりはどういう事なのか。

 分からない事柄に、私の頭はこんがらがりそうになる。

 けれど、それよりも前に……。

 

『こんにちは、素敵なあなた。

 夢見るあたしは、あなたの使い魔。

 貴女はあたしで貴女はあなた、貴女も一緒に夢を見るの。

 だから、あなたの名前を教えて頂戴』

 

 どこからか歌う様に、少年とも少女とも、淑女とも紳士ともつかない声が聞こえてきて。

 蝶が花に誘われる様に、私の名前をボソリと呟く。

 

「アリス、よ」

 

 小さな声で、ポツリと。

 それだけ言うのに、精一杯で。

 それ以上、私は言葉を述べられなくて。

 でも、この絵本にとっては、それだけでも十分だったらしい。

 途端に声が、少女のモノへと変化して。

 

『まぁまぁまぁ!

 あなたはアリス! 迷子のアリス!

 不思議で不可思議、でもアリス。

 だったらこれは運命ね!』

 

 楽しげな声の下に、絵本の姿がボヤけて変わる。

 まるで手品で蜃気楼、だけれどキチンと姿を現して。

 ……その姿は、そう。

 

「アリスがあなたで、私もアリス。

 素敵な出会いに祝福を、夢の時間はまだまだ続くわ。

 だからアリスをよろしくね」

 

 銀髪の少女、ゴシックロリータを纏った姿は、まるで絵本の主人公。

 魅入る私に、彼女も見入る。

 これはきっと不思議な出会い、ワンダーランドへの第一歩。

 

 こんなの、望んでなかった、けれど……。

 不思議と、私の心臓は高鳴っていた。




ナーサリーちゃんがすっごい好きなので、ちょっとやらかしてしまいました。
可愛い、すっごく可愛い、めちゃくちゃ可愛い、兎に角可愛い。
絶対に嫁に出したくない程に可愛いので、FGOで絆レベル10になったら養子縁組します。


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没ネタ 物語との日常

素敵で夢見るワンダーランドの続きです(続きと言うほど内容が無いですが)。
大体二千時程度ですので、クッキー一枚分程度の感覚で読めると思います。


「マスター、朝よ、朝だわ、朝なのよ!

 外は寒いくせに雪が降ってないの!

 ゲルダもこんな日なら直ぐに旅に出られたのに、可哀想ね!

 けれど、あたしたちは幸運よ。

 だって、お日様がこんなにも暖かいもの。

 今日はなんて良い日かしら、木陰でご本を読みましょう!」

 

「…………キャスター、今何時かしら」

 

「あたしは物語、時計じゃないわ。

 だからねマスター、狂った時刻で良ければ教えましょうか?」

 

「……良いわ、自分で確かめるから」

 

 今だ冬の真っ只中である一月中旬。

 魔術の研究で少ししか寝てない私を起こしたのは、ちょっと前に縁が出来たサーヴァント、キャスター。

 

 天真爛漫、変幻自在、自由奔放。

 本当に子供の様な娘で、ずっと私の方が振り回され続けている。

 正直な話、急に手の掛かる妹が出来た感覚であった。

 

「……六時、ね。

 もう少しだけ、寝ていたいわ」

 

「学校で寝れば良いのよ、マスター。

 ご飯を食べて、直ぐに用意しましょう!」

 

「学校は何する場所か知っていて?」

 

「えぇ、知っているわ。

 つまらない勉強をさせられて、段々と賢くなって、不思議の国にも鏡の国にも来れなくなっちゃうのでしょう?

 ピーターパンも真っ青ね」

 

「学校は嫌い?」

 

「それを決めるのはご本(あたし)じゃなくて、貴女よ(アリス)

 好きも嫌いも、貴女一つで真っ逆さま」

 

「……貴女にアリスと呼ばれると、少しくすぐったいわね」

 

「アリス、英語で五文字、カタカナでみっつ。

 素敵で夢見る子供の(名前)

 そうでしょう、マスター?」

 

「子供、ね」

 

 キャスターの物言いに、思わず苦笑する。

 それは彼女を召喚してから一回だけ、私は尋ねてみた事を思い出したから。

 

 

 

『貴女は誰?』

 

『あたしはありす(読者)、あたしはアリス(童話)、私はアリス(貴女)

 誰にだって成れるわ、誰にだって慣れるの。

 貴女が開いたページで、私の姿は変わっていける。

 アリス()は何がお望みかしら?』

 

 貴女は私で私は貴女、彼女は確かにそう言った。

 彼女自身、自分が誰か分かってないのか。

 それとも分かっていながら、定義できないのか。

 

 正直、どちらでも良い話だ。

 最初に見た彼女は一人ではなく一冊で、姿を変えるのが彼女の特徴なのは既に知っていたから。

 私にとって、確かめたい事は一つだけだったから。

 

『貴女はありすと、確かにそう言ったわ。

 それは、貴女にとって大切なモノなのかしら?』

 

 彼女はありすと聞いて、すぐさまその姿を取った。

 ”貴女もアリス!”と歓喜を持って。

 それはきっと、私以外の誰かが。

 恐らくはその姿の彼女が、キャスターにとって重要な人物であるのは疑いようがないのだから。

 

『えぇ、そうよ。

 あたしは愛読者、唯一にして普遍の』

 

 多弁なキャスターだけれども、その事についてはそれ以上は語らずに。

 けれどもどこか柔らかな、大切な宝物をそっとおもちゃ箱にしまう様な、そんな顔をしていた。

 

 彼女の愛読者、間違いなく見た目相応の女の子。

 キャスターが語る彼女は何者か分からず、ただ私と一緒の名前という事しか知らない人。

 その彼女を、キャスターはどうやら大好きらしい。

 キャスターを見ていて、私もその子程に彼女を愛せるのかと、ふと思ってしまったのだ。

 考えても分からない、その事に少しだけの敗北感。

 彼女を愛する条件はきっと、今の彼女を見ていれば一目瞭然であるのだから。

 

 今の私は子供と大人の境界線の上にいて。

 キャスターが言うところの、段々と賢くなっていく過程にいる。

 だとすると、次第に私は子供だから行ける万能の、全てがある世界には行けなくなるかもしれないという事。

 それが、最近の私のちょっとした不安。

 キャスターを愛し続ける条件を満たせているのかという、ちょっとした悩み。

 そんな事を考えてしまうくらいに、私は彼女を気に入っているのだから。

 

 

 

「ねぇ、キャスター」

 

「何、マスター?

 ようやくご本を読む気になった?

 だったら木陰が一番良いわ。

 あたしに膝枕しながら、マスターが語り聞かせるの」

 

「それは後で」

 

「後でって言ったわ、約束よ!

 嘘吐いたら、狼少年の最後みたいに私がジャバウォックになって食べちゃうんだから!」

 

「はいはい、キチンと覚えておくわ。

 だから、可愛い貴女のままでいなさいな」

 

「人形劇じゃなくて、ご本だからね!」

 

「…………私の人形劇は嫌?」

 

「好きよ、でも物語は紙で読むのが一番なの!」

 

 ……いつか、私の人形劇でしか満足できない体にしてやろう。

 そんな決意を固めつつ、どんな童話が良いかを考える。

 人形劇の為に、物語の収集は欠かしていない。

 だからキャスターを困らせる様な、本不足はここには無いのだ。

 

「不思議の国とオズの魔法使い、どちらが好き?」

 

「どっちもよ、本に貴賎なんてないもの。

 物語の数だけ、あたしは本を愛しているの」

 

「そう、なら」

 

 これで良いか、と私は一冊の本を取り出す。

 表題を見て、キャスターが目を輝かせているのに頬を緩ませながら。

 

「まずは朝ご飯からよ、キャスター」

 

「お菓子はあるかしら?」

 

「朝から食べてたら、子豚になってしまうわ」

 

「大丈夫よ、あたしはサーヴァントだもの!

 何も、なんにも変わらないわ!」

 

「……スコーンだけよ」

 

「ハチミツとイチゴのジャムもよ」

 

「分かっているわ」

 

 

 まぁ、取りあえずは今はこれで十分。

 そう私は小さく呟いて。

 ほんの少しだけ、これからの事に想いを馳せる。

 

 キャスターと私の日常は、見えない先まで続いていく予定なのだから。

 何時か大人になってしまった日にも、キャスターは物語さえ愛していれば傍にいてくれる。

 子供だけではない、大人だって物語を愛せるのだから。

 

「さぁ、行きましょうマスター。

 早くしないといけないわ。

 時間は私達より早く走っているもの。

 あっという間に過ぎてしまうわ」

 

 そっと差し出されたキャスターの手を握り返し、そのまま食堂へと歩んでいく。

 楽しげで、愉快げで、幸せな足取り。

 キャスターの歩調に合わせていれば、こちらにもそんな気分が伝播してくる気もして。

 これからも、ずっとずっとこんな生活が続けば良いと、思わずにはいられない。

 そんな日常の一ページの事。




ずっと何も書いてないと色々と退化していきそうな気がして、ちょこっと書いてみた短編です。
まぁ、こういうの書く余裕があっても本編は中々書ける時間が取れないのですが(白目)。


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Fate関連
月の下の縁側で(Fate)


弟に桜の誕生日だから、と言われてその日に慌てて書いた作品。
割と雑かも、です。
単なる士郎と桜の短いイチャイチャ話。
多分冬木の街の人形師の世界だろうけれど、本編には全く絡まれない状況というね。


 夜、縁側に座っていた俺の横に、何時の間にか桜が座っていた。

 無言で、二人で、月を眺める。

 何気なしに落ち着く時間、ずっとこのままでいたいとさえ思える。

 そんな、ある種の清らかとさえ感じる時間。

 

「……先輩」

 

 だけれども、沈黙は破られる。

 それは、今の時の流れを否定されるようで。

 でもそれを否定的には感じられない。

 だってそれすらも、今は是と感じてしまう。

 もしかしたら、それも風情なのかもしれない。

 

「なんだ、桜」

 

「月、綺麗ですね」

 

 空を見上げる。

 そこには少し欠けている月が存在している。

 それでも、丸くなくても、月はやはり輝いている。

 純粋に、それも美しいと思える。

 

「そう……だな。

 綺麗だ」

 

 桜は、静かに微笑むだけ。

 僅かな一言で、全てが繋がっている。

 そう感じるほどに、今の時間が愛おしい。

 

「先輩、笑ってみてくださいよ」

 

 胸から何かが溢れそうだ。

 そんなことを考えていたら、桜がいたずらっぽそうに笑って、そんなお願いをしてきた。

 

「唐突にどうしたんだ?」

 

「いえ、何となくです。

 今先輩が笑ったら、とっても素敵なんじゃないかと思ったんです」

 

「……変な桜だ」

 

 そう、言わずにはいられない。

 俺なんかが笑っても、場違いに過ぎないのではないか。

 そんなことを考えてしまう。

 

「変って……先輩ひどいです!」

 

 むくれてしまっている桜。

 それもまた、可愛く見えてしまう。

 

「悪い悪い、でもやっぱり俺が笑ってもなぁ」

 

 悪いが絵になるとも思えない。

 仏頂面でいるのはいつものことなのだ。

 急に笑顔と言われても、難しい。

 それに、だ。

 

「どちらかというと、桜が笑ってくれた方が、きっと綺麗だと思う」

 

「……それなら私が笑ったのなら、先輩も笑顔を見せてください」

 

 ほんのりと月の光で桜の顔が照らし出される。

 その色は、俺の思っていた通りの色で、ちょっと胸が温かくなる。

 

「分かった、頑張ってみる」

 

「お願いしますね、先輩」

 

 だから、桜のお願いを自然と受け入れていた。

 出来るのか、とも思ったが、それ以上に桜の笑顔を見たいと思ってしまたから。

 

「はい、では行きます!」

 

 そう宣言してから、桜は楚々と、笑顔を見せたのだ。

 その笑顔は、どこまでも柔らかで、どこまでも優しくて、目が離せない。

 

「先輩も、です」

 

 言われて、ハッとする。

 約束を違えるわけには行かない。

 俺もできるだけ集中して、そうして顔の筋肉を動かす。

 意図的に動かすまでもなく、桜を見ていると自然と自分の顔が動いていくのが自覚できる。

 そうして、俺の顔を見た桜は、満開とも言える笑みを見せたのであった。

 

「先輩、可愛いです」

 

「だから、その可愛いっていうのやめろって、前から言ってるだろう」

 

「それ以上の形容ができないんです」

 

 これも全部、童顔が悪い。

 早く成長しないものか、とつい思ってしまう。

 何をするにも体つきがしっかりしていなくては、ならないのだから。

 

「ねぇ、先輩。

 こんな話を知ってますか?」

 

「何だよ、桜」

 

 ちょっと不機嫌な声で応えてしまう。

 我ながら大人気がないものだと、ため息を履きたくもなるが。

 それを抑えて、耳を傾ける。

 桜はごめんなさいと、いたずらっぽい笑みで答えてから、こんなことを語りだした。

 

「月の光って、死んだ光だってご存知ですか?」

 

「いや、知らない」

 

 死んだ光、何とも不気味な表現である。

 

「でも悪い意味じゃないんですよ。

 太陽の下じゃ、みんな急いじゃうんです。

 頑張らなきゃって、精一杯に。

 でもですね、その束縛から逃れられるんですよ」

 

「月の下なら、か」

 

 月の下であるなら、休んでも良い。

 桜は言外にそう言っている。

 そんな、気がする。

 

「この光が満ちている中でなら、ほんの少し生きるのを止められるんです。

 夜だけを生きていられたら、永遠が得られるのかもしれませんね」

 

「人間には、無理そうな話だよな。

 俺たちは太陽の下で動きたいんだから」

 

「そうですね……」

 

 どこまでも明るく感じる月の光。

 でも、死んでいるらしい光。

 それはどこか蠱惑的で、惹きつけられるものがある。

 

「でも、ですね」

 

 桜は語る。

 月を見ながら、何かを思いながら。

 

「先輩と一緒に見るこの時間だけは、月のせいか永遠に感じられます。

 それはいけないことだって分かっていても、つい嬉しく感じちゃいます」

 

 どこか楽しげに、それでも儚く。

 桜の姿はしっかりしているが、どことなく危なくも見える。

 それが、何とも不安で。

 

「俺も、月を見るときは桜の隣で見ていたいな」

 

 気付けば、そんな言葉を吐いていた。

 一人で月を見上げる桜が不安ならば、俺が隣で一緒に見ていよう。

 それはどこか子供じみた不安ではあったが。

 何となく、それが正しいのだと、そう感じた自分がいたから。

 

「嬉しい、です」

 

 気付けば桜は、月ではなく俺の顔を見ていて。

 

「先輩とずっと一緒にいられたら、私は死んでも構いません」

 

 そんなことを透明な顔でいうものだから。

 どこまでも澄んでいて、今すぐにでも消えてしまうように感じたから。

 

「……馬鹿言うな。

 桜が隣にいなきゃ、俺が困る」

 

 そんなことを、言ってしまうのであった。

 

「先輩は鈍感さんです」

 

「……なんでさ」

 

 嬉しそうに、しかしむくれた顔を精一杯作っている桜。

 理不尽なように感じられたのだけれど、それでもその桜は、どこまでも可愛いと思ってしまった。

 

「そういえば、桜」

 

「はい?」

 

 私怒ってます、と全体で示している桜。

 そんな桜に、申し訳なく思いつつも、できる限りの思いを込めて伝えるべきことを伝える。

 

「誕生日、おめでとう」

 

 言った瞬間、面白いと思える程に桜の目が見開かれる。

 本当にびっくりしているのが、手に取るように分かる。

 

「先輩……知ってたんですか」

 

「さっき、慎二から電話があったんだ」

 

 兄さん、と小さく零している桜。

 桜なんかどうでもいいと、そう装っている慎二だが、しっかりと桜の誕生日のことは覚えていた。

 それが嬉しいのか、安心したのか、あわあわとしている桜。

 そうして桜は、俺の方を向き直り……。

 

「先輩は、やっぱり狡いです」

 

 真っ赤な顔で、そう言って。

 

「全部、先輩のせいなんですから」

 

 それは突然だった。

 桜の顔が、目の前に迫る。

 心臓が、ドキリと高鳴った。

 そして小さな声で、

 

「お返しです」

 

 そんな呟きが聞こえた。

 そうして俺は、柔らかな感触に包まれることになった。

 その柔らかさは、落ち着きをもたらしてくれて。

 ……そのくせ、心臓の高鳴りは一層激しくなっていたのだった。




月が綺麗ですね、は有名。
個人的に使いたいセリフの上位を占めています。
本編でも、雰囲気抜群なところでぶち込みたいです。


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桜の夢(Fate)

桜を見て、ぼんやりと桜ちゃんを連想したので書いた作品。
これも冬木の街の人形師と同じ世界なのでしょうが、どうしても本編には関われない(ry
これも士郎と桜のイチャイチャ。


 

「先輩、桜ですよ」

 

「あぁ、綺麗だな」

 

 ヒラヒラと舞い落ちていく桜の花びらを、桜は愛おしげに眺めている。

 まるで自分自身が、咲き誇る桜と同化したが如く。

 

「……あ」

 

 突風、勢いよく吹く風。

 春一番が舞い戻ったかのような、そんな強さ。

 そしてそれが去ったあとに、そこにあったのは……。

 

「ふふ、びっくりしちゃいました」

 

 桜が舞い散る中で、微笑みを浮かべている桜。

 桜の精だと言われても、何の疑いも持たぬであろう光景。

 

「先輩?」

 

「あ、あぁ、俺もびっくりしてたんだ」

 

 取り繕うように言うと、先輩もですか! と顔を更に破顔させた桜の姿が。

 さっき惚けていた時なら、桜に見惚れてた、と言えただろうが、今更言えるはずもなかった。

 

「桜と桜、うん、似てるよな」

 

 代わりに出てきたのは、おかしな感想だった。

 キョトン、と桜は首を傾げていた。

 

「謎かけですか、先輩」

 

「いや、感想だよ」

 

 地面に落ちていた、桜の花びらを一枚拾う。

 その色がやはり似ている、と思うのだ。

 

「この花の色が薄いところが、何となく桜っぽいかなって」

 

 遠慮がちなところとか、優しく、そして柔らかく笑うところとか。

 そう思って言ったのだが、桜はムムっと考え込むような表情をしていた。

 

「それって影が薄いってことじゃあ」

 

「桜は目立ってるよ」

 

 綺麗だし、と付け足すと、ポンっと湯を沸かしたように桜は沸騰した。

 

「そ、そうですね。

 桜の木はみんなに見てもらいたいから、花を咲かせてるんですよね

 だってこんなに綺麗ですから」

 

「ちょっと意味が違うけど、確かにそうだよな」

 

 多分、桜は意味を分かって誤魔化している。

 だけど、それ以上は何も言わなかった。

 それが無粋だということも、分かっているつもりだ。

 

 俯いていた桜。

 よく見ると、まじまじと落ちていた桜の花びらを見つめていた。

 

「私がこれだとしたら、姉さんは何色になるんでしょうか?」

 

 ふと思いついたであろう疑問。

 俺も少し考えてみる。

 遠坂の色、といえば赤だろう。

 でも、今は桜の花からの連想をしている。

 赤い桜なんて、呪われてそうだ。

 

「そうだな」

 

「先輩は、何色だと思いましたか?」

 

 興味津々といった体で、桜が俺を見ていた。

 ワクワク、と擬音まで聞こえてきそうである。

 そこまで期待されることなんてあるか? と思いつつも、答えることにした。

 

「ショッキングピンクかな」

 

「しょ、ショッキングピンクですか!?」

 

 びっくりした風に桜が言う。

 そしてその驚愕の表情は、段々と顔が崩れていき、最終的には口元に手を当てていた。

 

「姉さんがショッキングピンク、フフ」

 

 堪えきれず、といった感じで桜は笑いが止まらないみたいだ。

 でも、それ以外に、あんな個性の塊を形容できるはずがない。

 桜の中でも、中々に個性的に色を放っているのが遠坂らしいじゃないか。

 そんな事を思ったのだ。

 

「ところで先輩」

 

「どうした、桜」

 

 後ろ後ろ、と指を指す桜。

 えっ、と後ろに振り向くとそこには、

 

「へぇ、私ってショッキングピンクなんだ、衛宮君」

 

 めっちゃ笑顔の遠坂がいた。

 デモナンデカナ、コメカミニアオスジガミエルヤ。

 

「どうしてここに」

 

「衛宮君と桜の姿が見えたから、一緒にお茶でもと思ったんだけど」

 

 遠坂の手には我らの大正義、マウント深山の大判焼きの姿が。

 

「お、おぉ、ありがとう遠坂。

 家に上がったら、早速お茶を入れるから」

 

 だから先に帰ってるな、そう言おうとしたところで、ガシッと肩を掴まれる。

 

「ど、どうしたのかな遠坂。

 俺には家に帰って、お茶を入れるという使命が」

 

「あとにしなさい、こき使ってあげるから」

 

 あ、こき使うのは確定なのか。

 嫌な予感しかしない、でもそれ以上に今の状況が怖い。

 

「そうね、私がショッキングピンクなんていうのなら」

 

 遠坂はニンマリと笑っていた。

 どことなく、ペルシャ猫を思わせる笑い方だ。

 でも、俺にはそれが、死神の微笑みに見えてならなかった。

 

「ま、待て遠坂っ!?」

 

「問答無用!

 あんたは花咲かじいさんよろしく、灰になりなさいっ!!」

 

「それ灰になったのは、じいさんじゃないからっ!」

 

 それじゃあ、じいさんがとなり夫婦に燃やされたみたいじゃないか、と走馬灯が見える中でひっそりと思った。

 そして現実で、遠坂の右ストレートが、俺の腹に着弾した。

 見事なまでに腹に食い込んだ一撃。

 ぐふぉ、と言う呻き声と共に、空気まで吐き出された。

 

「士郎の、士郎の、馬鹿ぁ!!」

 

 正直悪かったと思ってる。

 意識が暗転する中で、遠坂の方に目をやる。

 

「姉さん、残念でしたね」

 

「慰めなんていらないわよっ」

 

 怒り声が聞こえる中で、仲睦まじい姉妹の姿が見えた。

 その姿に、暖かみを覚えながら、俺の意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

「……ぱい、…んぱい、先輩」

 

「んっ」

 

 体が揺らされている。

 目を開けると、心配そうな顔をした桜がそこにいた。

 

「あ、悪い。

 家まで運んでくれたのか」

 

「先輩、寝ぼけてるんですか?」

 

 ちょっと呆れてます、という表情を浮かべている桜。

 それに、あれ? と違和感を覚えた。

 

「俺って確か、遠坂にパンチを食らって意識が飛んだんだよな?」

 

「……何でそこで遠坂先輩が出てくるんですか」

 

 不満そうに、じぃと俺の顔を見つめ続けている桜。

 ……どういうことなんだ、一体。

 頭を抱えて、どういう状況だったのかを思い出そうとする。

 

「先輩は土蔵で寝ちゃって、風邪をひいたんです」

 

 そんな混乱していた俺に、桜から救いの手が差し伸べられる。

 春に入ったからって、そんなところで寝れば当然です、と軽く俺を睨みながら。

 バツの悪さを覚えて、必死に思い出そうと、頭の中をまさぐり回す。

 そうして、ようやく記憶のピースが揃い始めた。

 確か昨日は、慎二と魔術の鍛錬をしていて、そのまま二人で寝入ってしまったのだ。

 

「兄さんが、”衛宮だけが風邪を引いたなんて、まるで僕がアレみたいじゃないかっ!”ってすごく怒ってましたよ」

 

 思い出したのか、桜がくつくつと笑う。

 そして俺も、それを聞いて安心した。

 

「慎二まで、風邪は引いてなかったんだな」

 

 俺に突き合わせたのに、引いてしまっていたら申し訳ないから。

 だから慎二が無事だったと聞き、安堵したのだ。

 

「でも兄さん、怒ってました。

 藤村先生も、”士郎のご飯があぁぁ!?!?!?”と絶叫してました」

 

 あぁ、俺より飯の心配なあたり、いつもの藤ねえだ。

 安心すればいいのか、呆れればいいのか。

 

「だから、早く治してください。

 私も……心配ですから」

 

 そう言って桜は、氷枕をタオルに包んで、俺のおでこに載せた。

 

「先輩、よく寝てくださいね」

 

 それだけ言って、桜は俺の髪の毛を撫で始めた。

 それはまるで子守唄のようで。

 人の温かさを感じることのできる、柔らかな手だった。

 

「なぁ、桜」

 

 意識が朦朧とし始める。

 あぁ、確かに俺は風邪をひいてるみたいだ。

 でも、その中で、ひとつだけ気になったことを聞いてみた。

 

「遠坂と何かあったのか?」

 

 夢の中で、何かを見たきがする。

 桜と遠坂が、嬉しそうにしていた、そんな姿を。

 でも、それ以上は思い出せなかった。

 思い出そうとするたびに、霞がかってしまう。

 

「せん、ぱい」

 

 驚いたような顔を、桜はしていた。

 でも、すぐに微笑んで見せて、俺の髪を柔らかく撫で続ける。

 

「きっと、これからあるんですよ」

 

 それだけ言って、桜は口を閉ざした。

 だからそれ以上、俺も聞こうとは思わなかった。

 

「桜の手、気持ちいいな」

 

 沈んでいく意識の中で、最後にそう呟いたきがする。

 桜は、最後まで笑っていた。

 

 

 

 

 

 そののち、俺は再び意識が浮上した。

 眠る前より、幾分か気分はマシになっていた。

 だけれど、何か違和感を覚える。

 なんかこう、頬に。

 

「ふふ、先輩の頬っぺた」

 

 桜の声だ。

 それから、ツンツンと頬を感覚。

 目を開けると、楽しげな桜が俺の頬をつついていた。

 

「何、してるんだ、桜」

 

「っえ」

 

 固まった、見事なまでに。

 そして次第に、ガチガチだけれど、再起動したようだ。

 

「氷枕、変えてきますね」

 

 震える声でそう言い残し、脱兎のごとく桜は部屋から遁走した。

 

「全く、何してるんだか」

 

 妙に膨れた感覚の頬を抑えて、そう愚痴をこぼした。

 

 

 彼を周りから見る人は、誰もいない。

 でも、もしいたのなら気付いたであろう。

 彼の口元は、弧を描いていた事に。




士郎と桜がイチャイチャする作品が、もっと増えますように(祈願)。
勿論、セイバーや凛でもええんやで?


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衛宮士郎が大好きな女の子が、一人増えました 1話(Fate)

理想郷のチラ裏にぶん投げた物体。
神様転生、チートなど、地雷要素が隠れてない一品。
一発ネタそのものだけれど、何時か続きが書きたい作品の上位だったりする。


 私には好きな人がいる。

 焦げ茶色に近い赤色の、きっと笑えばドキっとするであろう顔。

 何時も人助けをしている彼、みんなを助けている彼。

 だから、私も助けを求めたのだ。

 誰でもない、正義の味方が彼だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「転生特典?」

 

 目の前に、神様を自称する人がいた。

 あまりに突飛に、お前は死んだ、そして今から転生すると伝えられたのだ。

 冗談、そう笑い飛ばそうとした。

 でも、今いる場所は? とそう聞かれて、私は困惑したのだ。

 

 何とも形容し難い場所。

 敢えて言うのなら、油を水にぶちまけた様な模様が浮かんでいる、そんな場所だった。

 端的に言って、気持ち悪い。

 認識した途端、えずきそうになる。

 だからこそ、ここは人がいるべき場所じゃないと、それが分かったのだ。

 

 そんな中で、何が欲しい? と神様は聞く。

 正直、私はそれどころではないのだけれど。

 でも、しつこく、それに何度も、鬱陶しいくらいに神様は繰り返したのだ。

 特典は何か? と。

 

 早くここから解放されたくて、私は気分の悪い頭のままで思考を回す。

 そして、そも、特典とは何かということに行き当たる。

 正直、意味不明すぎた。

 それを吐き気を催しながら聞くと、神様はなんでも、と答えたのだ。

 自分が欲しい、例えばアニメの能力でも、と。

 

 あぁ、なるほど。

 要するにこの神様に頼めば、スペシウム光線が撃てるようになるらしい。

 そんなものは頼まないけれど。

 

 そこで私が想像したのは、ちょっと前に弟と見ていたアニメ。

 確か『空の境界』だったと思う。

 主人公がすごい目を使って、相手の人と戦ったり、救ったりする話。

 最後までは見てないけれど、印象が強い作品だった。

 作画がとっても綺麗だったからかもしれない。

 

 だから特典を急かす神様に、私はその能力を告げた。

 確か……直死の魔眼、だったかな。

 おっかない名前、でもこれで人が救えるのだから不思議な能力。

 

 神様は頷いた。

 その瞬間、私達がいた場所は泡のように弾け飛ぶ。

 あとに残ったのは――唯の暗闇、どこまでも暗い空間。

 不安にさせる色を持った空間だった。

 そうして、妙に嫌な感覚に囚われながら、私の感覚は堕ちていく。

 

 その最後の瞬間に願ったこと、それは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は生まれた、おぎゃぁという、平均的な赤ちゃんの泣き声と共に。

 元気な女の子ですよ! と大声が響く中で、私はぼんやりと思う。

 あぁ、本当に生まれ変わってしまった。

 ひどく奇妙な感覚。

 どうしてだか分からないけど、どこか浮いているようにも感じる。

 気分的には、ここはどこ? 私は誰? である。

 

 名前はすぐに分かった。

 八家紫姫(はっけしき)だそうだ。

 私に母であろう人物が話しかけてきたから、間違いはない。

 

 両親の会話は断片的で、拾える部分はごく僅か。

 でも、父が占い師をやっているということだけは分かった。

 苗字が八家、生まれたばかりの頃は八卦だと信じて疑わなかった。

 出来過ぎた符号が、そう思い込ませていた。

 だから違ったと分かった時、一人赤くなっていたであろう。

 自分の顔は見えないから、分からなかったけれど。

 

 そうして、淡々と時が流れる。

 赤ちゃんの時は、寝て食べて出して、の3拍子で時間が流れるため、昼か夜かが曖昧なまま時間が流れていった。

 それだけ不規則なルーチンだったのだ。

 よく泣いてしまっていたので、母、もといお母さんには迷惑をかけたと思う。

 夜に泣くと面倒くさそうな顔をしたけれど、それでもすぐに笑いかけてくれたのだ。

 

 愛してくれている。

 それが分かるが故に、罪悪感が私には存在した。

 私はあなたの娘なのか、そう思うことが多々あったのだ。

 純粋に、記憶まで無くなっていれば、そう思うことも多かった。

 だけれど私に出来ることなんてなくて、母の愛を一身に受けて私は育ってしまった。

 

 父も、忙しい中でよく私に構ってくれた。

 父のほうずりで、髭ジョリジョリが決まり、私の肌から血が出たときは、母が父を右ストレートで吹っ飛ばしてたけれど。

 それでも本当に分かりやすく愛してくれていた。

 ……だから、私は何時の間にかそれに浸っていた。

 愛をくれる両親から、無条件でそれを受け取り、私は実に健やかに育ったのだ。

 

 家の場所はマンション。

 占い師は、このご時世あまり儲からないらしい。

 あまり裕福な生活ではなかった。

 でも、居心地は良い家。

 私はすっかり、二人の娘になっていた。

 何もかもが馴染み、すっかりこの家族の一員として型にはまって幸せ真っ只中。

 そこで私は、ふと思い出したことがあった。

 

 転生特典、確か直死の魔眼。

 あれはどうなったのだろうか?

 それを思い出した。

 今の私は至って普通の目、健康児そのもの。

 その代わりに、何の特殊能力も備えていない。

 不思議に思った。

 でも、唯それだけ。

 どうでもよかったから、そのまま流してしまっていた。

 私が6歳、転生がどうとか、すっかり薄れてしまっていた時に、最後に思い出した記憶である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、今。

 私は死にかけていた。

 紅い紅い火の中で、私は目を閉じていた。

 何か波動のような広まった時に、私の目と体は、どうしてか動かなくなった。

 そして私の目と体が動かなくなった瞬間――紅が来た。

 

 お父さん、今日は休日だよと言って、家で占い道具を手入れしていた。

 そんな彼は、今は真っ黒。

 燃え盛るマンションから、寝ていた私を連れ出した所で力尽きた。

 

 お母さん、今日の晩御飯を買いに行ってた。

 あちこち焼け爛れている。

 でも、生きてる。

 マンションから放り出された私を抱えて、歩き出した。

 近くにあった黒が、お父さんだとは気付いていない。

 

 歩いて、歩いて、歩いて――

 

 紅の空間を、ひたすらに進み続けて。

 そこで、お母さんは私を抱えたまま力尽きた。

 もう5キロは歩いていたんだと思う。

 ボロボロの体を押して、頑張って進んだんだ。

 

 お母さんごめんなさい、迷惑かけてごめんなさい。

 そう声に出して、目を見て謝りたいのに……。

 どちらもピクリともしない。

 

 両親が守ってくれたから、私の体に大した傷はない。

 だけれど、守っていてくれた両親はもういない。

 紅い荒野に、私は投げ出されてしまっていた。

 どう見ても絶望、このまま両親の後を追う。

 もしかしたら、それは幸せなことだったのかもしれない。

 

 でも、それは許されなかった。

 私を救い上げた人がいたから。

 

「ほぅ」

 

 黒のカソックを着た人が、私を見て嗤った。

 近くの母の死体を、興味深そうに観察していた。

 その情景に、何だか無性に腹が立ってしまった。

 母の死が、辱められているようで。

 早く行けと、心から思ったのだけれど。

 

 ――でも

 

「生きているか」

 

 彼は私を見て、そう判断して。

 私の襟首を掴んで、そのまま歩き出した。

 彼の表情は動いていない、まるで何も感じていない。

 

 私は、この人が怖かった。

 こんな地獄で、平然としている人が。

 死んでいるものを見て嗤い、生者を見てつまらなそうにする彼が。

 

 誰か助けてっ!

 それが何よりの、私の願い。

 この地獄より逃れたかった、この神父より離れたかった。

 

 ――誰か、誰か、誰かっ!

 

 必死に願う、救いの主を。

 でも、誰もいない。

 この場の私の救いの主は、この黒い人しかいない。

 死者を見て、もっと言うと苦悶の表情を見て笑う彼に、涙を流しそうになりつつ、私は彼に連れられる。

 そうして、ようやく、地獄を抜けた。

 

 地獄の外は、阿鼻叫喚とかしていた。

 レスキュー隊みたいな人や、救急車、消防車などが大挙して押し寄せていて。

 私は臨時の避難所テントのようなところに放り込まれた。

 

 そこで、ようやく私は安心できたのだ。

 地獄から抜け出せて、黒い人から離れられて。

 そこでプツっと、テレビの電源が切れるように、私の意識は途切れた。

 それは一種の、救いでもあった。

 

 

 

 

 

 それからの、私……。

 

 私は繰り返し夢を見る。

 目を覚ますことなく、何度も何度も、あの紅い日のことを。

 お父さんが死んで、お母さんが死んで、死にゆく人をいっぱい見て、死んだ人をいっぱい見て、神父さんが嗤う。

 そんな、夢。

 

 でもそれは、画面越しの光景。

 どことも分からない揺蕩う空間で、私はそれを見ていた。

 

 最初の時は、正気でそれを見て、私は泣き叫んだ。

 父と母とが死んで、その他の人も沢山死んで。

 気が狂いそうで、でも何故か正気を保ってしまって。

 

 そんなのを見て、見せられ続けて、私は段々と麻痺していく。

 死を見ても何とも思わず、肉親が死んでも切なくなるだけで。

 私は死に慣れきってしまっていた。

 その過程は、まるで家畜を躾けるように、私は死に浸っていた。

 

 そして肩までドップリと死に浸りきった時に、ようやく私は目を覚ませた。

 そこは病院で、白いシーツが最初に目に入った。

 

 ――何か、不思議な線と共に

 

 

 

 

 

「大丈夫か、紫姫」

 

「えぇ、大丈夫よ、お爺ちゃん」

 

 私は今、祖父、お爺ちゃんの運転する車に乗っている。

 病院から、ようやく退院できたのだ。

 

 あの紅い日。

 神父さんが助けてくれたあと、お爺ちゃんが無事に私を見つけてくれたそうだ。

 お爺ちゃんが、あの日のことをつらつらと語ってくれた。

 

 お父さんとお母さんが死んだこと。

 私が寝ている間に、2年の時が流れていたこと。

 これからは、お爺ちゃんの家に引き取られて暮らすことになること。

 その場所は、新都の隣の深山という場所だということ。

 その他色々なことを、お爺ちゃんは聞かせてくれた。

 

 それを聞きながら、外の風景を見る。

 人、公園、緑、建物。

 昔、お父さんとお母さんと見たときは、当たり前で、だけれども尊かった光景。

 ……それが、今は歪んで見えてしまう。

 

 所々に線が入って、撫でれば壊れてしまいそう。

 お医者さんが言うには、あの時のショックで精神が疲れているんだそうだ。

 確かに、私はおかしくなっている自覚がある。

 ……だって、だって。

 

「こんなにも世界が死んでるのに、私は何とも思わないんだから」

 

 呟く、確かめるように。

 線だらけの世界を見回しながら。

 今乗っている車にも、線が見える。

 今見ている風景にも、線が見える。

 お爺ちゃんの体にも、線が見える。

 そして理解できていることが一つ、この線に刃物でも突き立てれば、簡単に壊れてしまうこと。

 

 世界がこんなにも脆い。

 でも、私の心は動かない。

 繰り返し見た死が、私をこの世界に慣れさせていた。

 

 ――だから私は、涙を流す。

 

「紫姫、どうしたっ」

 

 お爺ちゃんが、驚いた風にこっちを見る。

 バックミラーから、泣いてる私が見えたのだろう。

 

「ううん、何でもないの」

 

 首を振りながら、私は答える。

 だってそうだもの、何で泣いてるか、私はわからない。

 世界が変に見えるとか、そんな理由ではないのは確か。

 両親の死がそうだというのも、また違う。

 あの人達の分は、あの繰り返す世界で枯れるほど流したから。

 

 では何故? 自問自答する。

 両親は死んだけど、大好きな人はまだ残ってる。

 お爺ちゃんだってそう、私は大好き。

 だったら何で泣いてるの?

 

「紫姫……」

 

 お爺ちゃんが私の名を呼び、車を停めた。

 何度と思っていたら、直後にギュッと抱きしめてくれた。

 暖かい、人肌ってこんなにも暖かいんだ。

 皺皺のお爺ちゃんの肌、それでも暖かさは平等で。

 ひどく、両親のぬくもりを思い出させて。

 

 だから、だからこそ――

 

「ダメ! お爺ちゃん!!」

 

 私はお爺ちゃんを拒絶していた。

 

「紫姫?」

 

 びっくりしたお爺ちゃんの顔。

 でも、本当にダメなのだ。

 

「違うの、お爺ちゃんのことは好き。でも、ダメなの!」

 

 こんなこと、上手く説明なんてできない。

 お爺ちゃんを触れば壊してしまうかも、なんて。

 そんなことは言えない。

 自分で言って、意味不明なのがわかるから。

 錯乱してると思われたくないから。

 

「……お爺ちゃん、家に帰ろ」

 

 静かに、私はそう言って誤魔化すしかなかった。

 お爺ちゃんの、困ったような顔が印象的だった。

 

 

 

 

 

 お爺ちゃんの家は一人暮らし。

 昔ながらの、日本のならでわの木造建築。

 お婆ちゃんは、私が生まれる前に病気で死んじゃったらしい。

 

 お爺ちゃんは、私を除いたら一人ぼっち。

 私もそう、お爺ちゃんがいなければ、一人ぼっち。

 そう考えると、しっかりしなきゃと思えてくる。

 お爺ちゃんを心配させないようにと、そう思う。

 

「行ってきます、お爺ちゃん」

 

「気を付けていけ、紫姫」

 

 庭先の、落ちた葉っぱを掃いているお爺ちゃんにそう言って、私は学校に行く。

 赤いランドセルを背よって、焦げてたので切った黒髪が、また長くなってきたのを嬉しく思いながら。

 現在12歳、お爺ちゃんに引き取られて4年の月日が経っていた。

 

 

 私は2年間、寝こけていたけれど、小学生の勉強自体はひどく簡単。

 だって、伊達に生まれ変わってはいないもの。

 人生、強くてニューゲーム状態。

 故に、私は年齢のままの学級に、転校生という体でそのまま入学したのだ。

 小学2年生の夏休み明け、それが私の学校生活の始まりだった。

 半ば揚々と、入学した私。

 だかれど、それが常に有利に運ぶとは限らない。

 色々と、唯の小学生とは勝手が違ったのだ。

 

 そしてごく自然に、こういう風聞が広まっていった。

 ――転校生、八家紫姫が変わり者。

 ごく当たり前に、馴染めなかった私は変人として扱われたのだ。

 

 私は、極度に人と触れ合うのを恐れてる。

 触れば壊してしまいそうで、私は人を壊したくなくて。

 だから挙動が変になる。

 プリント一つ渡すにも、給食当番で食器を手渡す時も。

 そして触られた時に、ビクッと過剰に反応してしまう。

 それは徐々にだけれど、私の異物感を、周りの子達に段々と広めていった。

 

 周りは、いまいち私との距離を測りかねてる。

 私は、周りとどんな距離感で接すれば良いかが分からない。

 故に互いに手出しができない。

 そしてそれは、私に対しての無視という形で、その姿を現したのだ。

 

 別にそれは、私は何とも思わない。

 だって、私も周りと自分がズレていると認識してたから。

 だから逆にそれはありがたく思った。

 最低限の、事務的なことはちゃんとしてくれたし。

 

 だけれど、ここでも私は泣いてしまう。

 こっそりとトイレで、誰も見ていない授業中に。

 お腹が痛いと抜け出しては、こっそりと泣くのだ。

 

 何故? また自問自答する。

 答えは何となく、分かっていたけど。

 

 それは、寂しいからだ。

 冷静で、理性的な私がそう答える。

 もしかしたら、心の底で思っていたのかもしれない。

 学校で友達が出来て、バラ色とまでは行かないも、普通の生活を送れる、と。

 だけれど所詮は夢物語。

 何となく、自分が泣いてしまう理由が分かってしまった。

 

 子供でもいいから、友達が欲しかった。

 上からの目線、普通はこんなことでは友達なんてなれやしないのに。

 でも私は、自然とそんな目線を持ってしまっていた。

 まるで妥協しているみたい、こんな奴とは誰も友達になんてなりたいとは思わないだろう。

 わかってる分、余計に泣けてくる。

 

 余談だけれど、私が授業中よくトイレを理由で抜け出すから「妖怪ウンコ女」、「トイレの花子さん」という素敵なあだ名を頂いていた。

 主に男子がそう呼んでいる。

 タンスの角に、小指をぶつけてしまえばいいのに!

 

 

 

 

 

 そして中学。

 進級しても、結構顔なじみが多いこのご時世。

 当然の如く、またも孤立した。

 そして私の泣き虫癖も、未だに治らない。

 

 こんなに泣き虫だったか?

 そう自問自答する。

 答えは簡単だった。

 ――あの日からだ。

 故に私は諦めた、もうどうしようもないと。

 殆ど、性分のようになっていたから。

 そんな判断を下したのだ。

 

 

 

 そうして毎日を繰り返す、ある日のことであった。

 その日はたまたま、夕暮れが染み渡る時に涙を流していた。

 できるだけ人目につかない場所、その時は屋上だった。

 

 太陽は大きすぎるのか、例の線は見えない。

 眩しいけれど、ホッとする。

 だからか油断してたのだ。

 

 きぃ、と屋上のドアが、開かれる音がする。

 

「ん? 誰かいるのか?」

 

 男の子の声、思わずドキっとする。

 それは決して恋なんかじゃなくて、現在進行形で泣いていたから。

 慌てて、制服の袖で顔をゴシゴシと擦る。

 

「お前は、確か」

 

 男の子がこっちを見て、何かを思い出そうとしている。

 そして、あぁ、と漏らして私の名前を確かめるように、言った。

 

「八家紫姫、だったよな」

 

 首を縦に振り肯定すると、そっかと彼は納得したように、うん、と頷いた。

 

「もしかして、泣いてたか?」

 

 気にするように、彼は尋ねてきた。

 涙は乾いていたはず、でもそんなことを聞かれるとは……。

 

「なんで、そう思ったの?」

 

 疑問が浮かんだので、素直に聞くことにした。

 素直そうな男の子だから、誤魔化されることはないと思って。

 

「目の下が真っ赤だぞ。そんなんじゃ、誰が見ても泣いてるってわかる」

 

 噂にもなってるし、とボソッと彼は呟いた。

 そっか、分かるレベルなのか、これは……。

 それに気がついたら、何だか無性に恥ずかしくなってきた。

 そして気が付く、泣いてる跡があるのならば、と。

 

「泣いてるの、みんなにバレてる?」

 

 恐る恐ると尋ねる。

 誰にもバレないように、こっそりと泣いていたのに。

 そんな馬鹿なはずはないと。

 だが、無慈悲にも彼は肯定した。

 

「泣いてるあと、目立ってるから。そのせいで噂が独り歩きしてる」

 

 ……一生の不覚だ。

 まさかお爺ちゃんにもバレてることなんてないよね?

 き、聞かれてないし、多分大丈夫だと思う。

 

「何か、泣きたいことがあるのか?」

 

 彼が、踏み込んだ質問をしてきた。

 場合によっては、お節介とも言える行為。

 だけれど、真剣な彼の目は、明らかに親切でものを語っていた。

 

「私のことなんて、どうでもいいと思うの」

 

 でも、久々の親切にどうすれば良いのか分からなくて、私は突っぱねてしまっていた。

 きっと、泣き虫な私を心配してくれての言葉だったはずなのに。

 ……だけど、こうしないと、また泣いてしまいそうだから。

 そんな理由で、私は強がってみたのだ。

 

「そんなことはないっ!」

 

 だから、彼の強い否定は、私を驚かせるに十分な働きを持っていた。

 

「どう、して」

 

 震える声で聞いた。

 今にも泣きそうな声で。

 

「女の子は泣かしちゃだめって、親父が言ってたんだ」

 

 ぶっきらぼうに、彼はそう告げた。

 どこか自慢げに、どこか誇らしく。

 そして私は、やっぱり、泣いた。

 ヒック、ヒックと、情けない声を上げて。

 

「おい! 八家!? 何で泣いてるんだ、俺何かしたか!?」

 

 混乱している目の前の男の子。

 でも、安心して欲しい。

 今は悲しくて泣いてるんじゃないのだから。

 私が泣いているのは――嬉しいから。

 お爺ちゃん以外の優しさに、久しぶりに触れたから。

 

「き、み、なま、え、は?」

 

 グズグズの涙声で、そう聞いた。

 彼は困惑の表情のまま、困った顔でこう告げた。

 

「衛宮士郎だよ。そんなことより、泣くなっ。俺はどうすれないいんだ!?」

 

 良い感じに混乱している男の子――衛宮君。

 衛宮士郎、良い響きの名前だと、私は思った。

 

「きみ、は、やさ、しいね」

 

 泣いているけれど、懸命に笑顔を作ろうとしながら、私は言う。

 まるで馬鹿みたいだ、こんなに泣きじゃくって。

 

「えっと、大丈夫か?」

 

 彼は困った表情のまま、あたふたしていた。

 そして思い出したかのように、ハンカチを差し出してきた。

 

「ハンカチ、使っていいから」

 

 これで涙を拭けということだろう。

 本当に、親切な子だ。

 

「ありがとう、君はまるでヒーローみたいね」

 

 ちょっと恥ずかしいことを知ってしまった気がする。

 赤面もの、いや、もう赤くなっていると思う。

 

「いや、俺はどっちかというと……」

 

 最後の方で、彼の言葉は尻すぼみになった。

 何か言い難いことなのか。

 

「聞きたいわ、衛宮君はどっちかというと何なのか、教えてくれる?」

 

 私は、不思議と彼に興味を持っていた。

 彼の人間性を好ましく思ったのか、それとも優しさに絆されてしまったのか。

 どちらにしろ、私が酷くチョロい感じなのだが。

 それでも、自然と彼のことが気になったのだ。

 

「……正義の味方」

 

 照れてるように、小さな声で彼は言った。

 まるで夢みがちな男の子のよう。

 だけれど、

 

「素敵ね、衛宮君」

 

 本当にそう思えた。

 彼は確かに今、私を助けてくれたのだから。

 

 彼は照れたように、下を向いて、どうも、と小さく零す。

 それが彼の童顔と合わさって、とても可愛く見える。

 

「ありがとう衛宮君。私ね、いま気分がひどく楽よ」

 

 こんなにも気分が楽なのは、いつ以来だろう。

 それくらいに、私は調子が良かった。

 

「俺、力になれたのか?」

 

 自信なさげに聞いてくる彼。

 自分が何をやったのか、分かっていないのだろう。

 

「とても」

 

 私は彼に、できる限りの笑顔を浮かべた。

 照れたように、頬を掻く彼。

 

 ――そこで私は、気が付いた

 

「衛宮、くん?」

 

「ど、どうした、八家」

 

 今度はどうしたと言わんばかりに、衛宮君は慌てた声を出す。

 でも問題はそこではないのだ、そうだ何で最初に気づかなかったのだろう!

 

 ――彼は、死の線が少なかった

 

 確かにある、あるのだけれど。

 それは足にあったり、頭だったりの急所だけ。

 何かに守られているように、胴のあたりには線が見えなかった。

 

「衛宮君、あなた……すごいわ」

 

「すごいって、何が」

 

 衛宮君は戸惑ってる、私の言動に。

 それはそうかもしれない。

 はっきり言っても、今の私を客観視すると、非常に情緒不安定だから。

 あ、気付くと途端に憂鬱だ。

 

「衛宮君、ごめんなさい。今日は私、帰るわ」

 

「え、ちょっと、おいっ!」

 

 いきなりこんなことを言われて、彼は驚いているだろうし不愉快だっただろう。

 でも勘弁して欲しい、今は冷却期間が何よりも欲しかった。

 

 駆け足気味に、屋上の階段を下っていく。

 そうして下駄箱で上靴を履いて、急いで私は下校した。

 衛宮君、本当にごめんなさい、そしてありがとう!

 

 

 

 

 

 あれから一週間後、どうにか私は心に整理をつけられた。

 それに、学校で衛宮君に会うと、よう、と挨拶してくれる。

 不義理なことをしたあとなのに、衛宮君は優しいままで。

 それが嬉しく、何よりもありがたかった。

 

 だからこそ、心に決めたのだ。

 今日この日をもって、私は変わろうと!

 

「衛宮君、ちょっといいですかっ!」

 

 ここは衛宮君の教室。

 私は仁王立ちしながら、彼に呼びかける。

 

「八家?」

 

 びっくりしたように、彼は私の名を呼んだ。

 それを確認しながら、私は緊張しながら、こう告げたのだ。

 

「放課後に、体育館の裏で待ってますっ!!」

 

 即座に反転、そしてダッシュ。

 

「お。おい、八家!?」

 

 モロに困惑丸出しの、衛宮君の叫び声。

 まるで屋上の焼き直し。

 でも、そうではない。

 これは新しい始まりの為のものだから。

 

 こうして私は、放課後まで衛宮君から姿を隠しながら、私は学校に潜伏していた。

 休み時間には教室におらず、あちこちを転々として。

 そうして、ようやく約束の時間を迎えたのだ。

 

「待ってたわ、衛宮君」

 

 ドキドキするのを抑えながら、私は震えないように、しっかりと告げた。

 

「八家……」

 

 衛宮君は身構えていた。

 あんな誘い方、まるで果たし状を叩きつけたようなものだから、当然である。

 でも、安心して欲しい。

 私は衛宮君を倒したいなんて、一ミリも思ってないから。

 

「衛宮君っ!」

 

 私は息を吸い込む。

 そして自分に、ありったけの勇気を詰め込んでこう叫んだのだ。

 

「友達になってくださいっ!」

 

 半ば絶叫にも似た叫び。

 そのあとの沈黙は、何よりも痛かった。

 

「あ、そっか、そういうことか」

 

 衛宮君が、そう独白して、そうしてこちらを向いた。

 

「こちらこそよろしく、八家」

 

 衛宮君はそう言って、手を差し出した。

 きっと握手、でも、彼の手には……。

 

 ――線がやっぱり見えていて

 

「どうしたんだ?」

 

 何気なく聞くように、衛宮君は私に聞いた。

 彼にとっては、何気ない行為だったのだろう。

 それでも、やはり怖かった。

 触れれば、壊してしまいそうで。

 

「ちょっと悪い、八家」

 

「っえ?」

 

 それは急だった。

 衛宮君がいきなり、私の手を握って……。

 

「ごめん」

 

 彼は端的に、そう謝った。

 ……私のほうが、ゴメンなのに。

 

「八家の手、結構小さいな」

 

 そういう彼の手は、何時しかのように暖かくて。

 でも、それが怖くて。

 

「大丈夫だよ」

 

 ――そこで、衛宮君がそう言った。

 顔を上げると、すごく真面目な顔をした彼の姿があって。

 

「怖くなんてない」

 

「なん、で」

 

 わかったの? そう続けようと思ったけれど、言葉にならない。

 それほどの驚きで、それほどの衝撃だった。

 

「何時も、怯えてるみたいだったし。嫌ならすぐ離すから」

 

 理解されちゃってる。

 そう思うと恥ずかしくて、逃げ出したくて。

 でも、こうしてたくて。

 

 おかしい、今まではすごく怖いのに。

 ……今は、怖いけど、それでも触れていたい。

 そう感じている。

 本当に、おかしい。

 

「よろしく、衛宮、君」

 

 私はそれを言うのが精一杯で。

 

「あぁ、よろしく、八家」

 

 彼のその答えに、歓喜すら覚えた。

 握手している手の感覚、それは何よりもと尊くて。

 せめて壊さないように、優しく、丁寧に、彼の手を握り返した。

 初めての、友達の手を。

 

 

 

 

 

 それが始まり、私たちの関係の。

 いつまでも、いつまでも、続いて欲しいと思った輪の始まり。

 私と、衛宮君と、桜ちゃんに、藤村先生。

 ついでに間桐君との、輪っか。

 私はそれが何よりも大切に思っている。

 

 だからね、衛宮君。

 私はあなたを助けたい。

 心の底から、本当に思っているの。

 だから助けて欲しいならいつでも言ってね、すぐに助けるから。

 でも、衛宮君は我慢するタイプだしね。

 助けなんて、そうそう求められないよね。

 

 ――だったら、衛宮君が困ってたら、私が勝手に助けてあげる。

 余計なお世話かもしれないけれど、それは私なりの恩返しだから。

 どんな時でも、助けるから。

 それがたとえ、紅に満ちた怖い場所でも……。



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衛宮士郎が大好きな女の子が、一人増えました 2話

トチ狂って書いた2話目。


 ――これは昔の、とある日々のこと。

 全てを諦めて、どこかで嗤っていた時のこと。

 

 私は、どこか昏い夕焼けを見ていた。

 ただ何となく、そうしていただけ。

 深い理由なんて有りはしない。

 

 でも、あえて理由を付けるとすれば。

 どこか、夕焼けが妬ましかったのかもしれない。

 

 どうして、そんなにも輝いていられるのか。

 堕ちゆく中でも、煌々と全てを照らしていられるのか。

 そんなことを、どこかで思っているのかもしれない。

 

 そして、そんなことを思う私はどこまでも卑屈。

 だから自分の事が、そんなに好きじゃない。

 でも、それが私だから。

 嫌な子って自覚してるけど、そうでも思ってないとおかしくなっちゃいそうだから。

 だから、今日も嫌なことを考える。

 心でひっそり、不満をぶつけるように。

 

 そんな私にも、気になるものはある。

 それは、一つ上の先輩。

 とっても泣き虫の女の先輩。

 

 何時も、泣き腫らしたように目の下を赤くして、それでも何でも無い風に装っている。

 バレバレですよ、と指摘しようとも思ったけれど。

 でも、そんな先輩を見るのが嫌いじゃないから、黙っている。

 きっと、心のどこかでこんな人もいる、と優越感に浸っていられるから。

 やっぱり私は嫌な子、醜いとさえ思う。

 

 ……でも、それが、ある日から、変わって。

 その先輩は、泣き腫らした目を、することが無くなっていて。

 

 ――何で? どうして?

 

 そんな疑問と不満がどこからか湧いてくる。

 だってそうでしょう?

 私はどこか暗い先輩を見て、心を和まし、共感を覚えていたのに。

 それなのに、そんな先輩の在り方が、突然変わってしまったのだから。

 ……やっぱり、納得なんて行くはずがない。

 

 ここのところは、そういう事が多い。

 この前も、高飛びをしている小柄な男の先輩に、諦めちゃえ、と思ってその様子を見ていた。

 けど、その先輩は諦めることなんてなく、自分が納得するまで高飛びを続けていて。

 結局、できないと結論づけたのか、何かを察した顔で頷いて、片付けをしていたのだ。

 

 結局、暗いことを考えていたのは私だけ。

 泣き虫の女の先輩も、諦めの悪い男の先輩も、前に進んで行ってしまった。

 そのせいか、私はどこか取り残された気持ちになって。

 

 ……それも私にお似合いか、と一人で嗤うだけ。

 誰でもない、自分自身を。

 どうしようもない、受動的な自分を。

 

 

 今に思えば、張り倒しても良いと思えるぐらいに、ひどい有様だった。

 一人でズブズブと、底なしの沼にでも嵌っていくような感覚。

 それで全てを、どうにもならないと放り投げて。

 どうしようもない状態だったと、そう今更に自覚する。

 

 だけれど、そんな中で見ていた二人の先輩達は、確かに私の心に波紋を起こしていた。

 水面に石を落として、広がっていくように。

 

 人は変われる、踏ん切りをつけて前に進める。

 あの二人を見て、それを理解していたことを。

 心の片隅では、そんなことを分かってしまっていた。

 

 それでも私が変わろうとしなかったのは、私自身の変化を起こす力を信じていなかったから。

 今までの自分と、それを取り巻く環境。

 それを思うと、何をしても無駄に思えたから。

 だから、私は今まで通りに過ごしていた。

 どこか見に浸すような、絶望の日々を。

 何も変わらないと、信じて疑わずに。

 

 だけれど、変化は、常に外からやってくるものだって。

 この時、私は知る由もなかった。

 それは、自分のことを考えるだけ、気が滅入るだけだったから。

 

 だからあの日。

 やってきてくれた二人と、引き合わせてくれた兄さんには、とても感謝している。

 

 お日様の光が、暖かいと思い出せたから。

 誰かと居ることが、とても心地よく感じたから。

 毎日会う内に、とてもとても、大好きになっていたから。

 

 だから私は、記憶の中に様々な思い出を、忘れないようにしっかりと刻んで。

 そうして今日も生きていく。

 

 今までの思い出と、これからあの人達と過ごす日々を思えば、人生は捨てたものではないと思えるから。

 これからも、何事もなくあの人達と一緒にいられると、そう信じて……。

 

 

 

 

 

 あの日、衛宮君と友達になってから、私はあまり泣くことが無くなっていた。

 それは、人の温もりと、友達の温かさを思い出したから。

 

 線で塗れている視界の中で繋いだ、私と衛宮君の手。

 ドキドキしたし、嬉しくて泣きそうにもなっちゃって。

 でも、衛宮君に泣き顔をこれ以上見られたくないと、そんな意地を張って。

 いっぱいの感情で、爆発しちゃいそうだった。

 そのお陰で、私はちゃんと生きているんだと、そう実感ができたから。

 

「衛宮君、衛宮君!」

 

 だからその日より、私は衛宮君にベッタリとなっている。

 お昼休みになると、彼の教室に行って、お昼に誘いに行くのだ!

 

 ……でも、そこで出会うのは、衛宮君だけではなくて。

 

「うっわ、また来たよ。

 衛宮、お前そのうち呪われるぞ」

 

「慎二、いい加減にしろ。

 八家だって、お前にそう言われる度に傷ついた顔してるんだぞ」

 

「っは、しょうがないだろう?

 あのバンシー(泣き虫女)を見れば、誰だってそう思うさ。

 いかにもトロそうなところが、使えなさそうだしぃ?」

 

 衛宮君の教室に着くと、早々にそんな洗礼を浴びせられる。

 そこには、衛宮君だけでなく、衛宮君の友達……間桐君の姿が。

 

「こ、こんにちは、衛宮君!

 それに……間桐君も」

 

「は? 何で僕がおまけみたいになってる訳?」

 

 睨んでくる間桐君に、どこか曖昧な笑みを浮かべてしまう。

 どうにも間桐君は、私が気に入らないようで、こんな風に当たってくるのだ。

 衛宮君曰く、他の女子にはとことん優しいらしいから、非常に珍しくあるそうな。

 ……私は、間桐君の中では、女子にカテゴライズされてないのだろうか。

 

「慎二」

 

 衛宮君が、少し重い声で、間桐君を諌める。

 それに間桐君は、ッチ、と舌打ちしてそれ以上の追撃を収めてくれた。

 

「あ、あの」

 

 でも、ずっとこのままじゃいけないと、そう思って。

 私は、思い切って間桐君に話しかける。

 間桐君がは、何だ、と億劫げな視線を寄越してくるが、それに怯まずに私は踏む込む。

 それに伴って、私は必死に言葉を紡ごうとする。

 衛宮君以外にはお爺ちゃんとしか会話をしていないから、何を言えば良いのか纏まらないけど。

 

 ――確か、会話は小粋なジョークからって言うよね……よしっ!

 

「間桐君、オマケの方が本体だってことも、往々にしてあるから、大丈夫だよ!」

 

 できるだけ笑顔で、私はそう言い切った。

 きっと、会心のドヤ顔も浮かんでいると思う。

 ……けれど、何かが、おかしい。

 

 どうしてだか、周りの空気が凍っている気がする。

 主に私と、衛宮君と、間桐君の間の空気が。

 あれ? 何かとってもおかしい。

 いっつぶりざーど。

 

「はは、ははははは」

 

 そんな中で、唐突に間桐君が哄笑をあげる。

 え、何? と戸惑っていると、哂っていた間桐君が引きつった顔で私を見て、そうして言うのだ。

 

「八家、お前ぼくの方がおまけだなんて、面白い冗談を言うんだな」

 

 あ、良かった。

 小粋なジョーク先生、通じてた。

 空気が凍ったらか、全力で滑っちゃったと思ったよ。

 

「うん、どう?

 私のジョーク、センス良いかな?」

 

 どこか偉そうに、冗談なのだからと胸を張って。

 でも内心で、すごく震えながら。

 私は間桐君に笑顔で訊ねた。

 

「……衛宮、コイツ殴っていいかな?」

 

「仮にも女の子だぞ」

 

 しかし答えは帰ってこず、どうしてだかこめかみをピクピクさせた間桐君が、衛宮君にそんな事を訊いていた。

 何で? え、どうして? と錯乱しそうになる。

 おかしい、きちんと私の一流ジョークは通じたはずなのに。

 この空気はありえない。

 

 そして、衛宮君も何げに失礼だ。

 仮にも、ではなくて本物の女の子だ。

 女を捨てたわけでも、女子として大切なものを失ったわけでもないのだから。

 

 ……もう一度ギャグをかませば、もしかしたら流れが変わるかもしれない。

 よしっ、猛乳度やってみよう!

 

「ヤメテ二人とも。

 私の為に争わないで!」

 

 ガチっぽく思われないように、できるだけドヤ顔で。

 私は二人にそう言い放つ。

 そうすると、二人は顔を見合わせて頷き合っていた。

 

「殴るぞ?」

 

「斜め45度から、軽くチョップで」

 

 何でっ!?

 

 

 

「痛い、痛いわ、衛宮君」

 

「今回は、自業自得と思ってくれ」

 

 結局、何故か間桐君に私は頭へとチョップを食らった。

 衛宮君が指示した通りに、斜め45度からの綺麗な一撃。

 

「コイツの頭、少しはまともになったか」

 

「むしろ脳細胞が死んで、馬鹿になっちゃうわ」

 

 間桐君に睨まれたので、今回ばかりは睨み返す。

 女の子に暴力はサイテーだと思う、うん。

 

「あぁ、そうか。

 ネジが元から外れてるんだな」

 

 鼻で笑いながら、間桐君が更にひどく私を扱き下ろす。

 どれだけ気に入らないのだろうか、私のこと。

 ……ひどく、納得がいかない。

 

「何ていうか、あれだよな」

 

 衛宮君が、私へと顔を向けて、どこか呆れたような顔をしていた。

 何か言いたいことでもあるのだろうか?

 やっぱり、私のジョーク、つまらなかったとか?

 

「八家てさ、第一印象と素の方がだいぶ違ってるよな」

 

「……そうなの、かな?」

 

 いきなりそんなこと言われても、自分では分からない。

 泣き虫だってことは自覚してるけど。

 

「まぁ、良いけどな」

 

 どこか諦めたように、衛宮君がそんなことを言う。

 ……もしかして私、割と駄目な子?

 間桐君に視線を向けると、露骨に逸らされた。

 解せない。

 

 

 でも、何故かこの日より、間桐君のお出迎え(罵倒)は極端に減った。

 本人に聞いてみると、”お前は言葉が方向音痴過ぎて、僕まで怪我をしかけない”との事。

 言葉のドッジボールにはなってないはずなんだけど、何かおかしいのかな?

 考えてみても答えは出ず、衛宮君に聞いても、八家らしいと思う、で流される。

 ……思っている以上に、私は言葉が不器用になっていたのかもしれない。

 

 あ、でも、だけれど。

 罵倒が飛んでこなくなったお陰で、間桐君に近づきやすくなった気がする。

 昼食も、何故か毎回一緒に食べることになるし、他の人よりかは話す方になっているし。

 何時の間にか、私の間桐君への苦手意識は、何処かへと消えていた。

 

 悪くない兆候だと思う。

 この調子で仲良くなっていけば、いつか友達にだってなれると、そんな気がする。

 でも、どうしてだか話しかけると鬱陶しそうにされるから、道はまだまだ長いと思うけれど。

 

 

 ――でもその時が来たら、私は間桐君を友達として見れるだろうか?

 

 何もひどい意味ではない。

 私は、どうしても人と見えてるものが違うから。

 だから、どうしても自分から引いてしまう。

 壊してしまいそうで、怖いから。

 勢いで一歩踏み出せても、あとが怖くてそれ以上は近づけない。

 

 常に、私は怯えている。

 近づいて、撫でるだけで壊してしまいそうだから。

 人が怖いし、自分も怖い。

 

 故に、私にとって衛宮君は特別なのだ。

 触っても、壊れなさそうな人。

 どこか安心できる人柄。

 奇しくも、彼の雰囲気が懐かしいとさえ思えてしまう親近感。

 

 だから、私は衛宮君に出会えたことに感謝している。

 誰に?

 それは、もちろん衛宮君自身。

 あの時、本当に屋上に来てくれてありがとう。

 本当にそう思っている。

 

 ――だからこれからも、ずっと彼との縁が続きますように。

 

 どこえも知れぬ祈りを、私は捧げる。

 神様は、きっと意地が悪いから、別の何処かへと。

 それだけ、今の日常が私にとっては幸福だったのだ。

 

 ずっとずっと、一緒が良い。

 無邪気に、私はそう願い続けている。

 

 

 

 

 

 そんな大事な日常の、ある日の放課後。

 とても珍しいことがあった。

 それは、間桐君から私に声掛けがあった事。

 あまりの物珍しさに、私の目は点になっていたと思う。

 

「折角声を掛けてやったのに、何を間抜けズラを晒してるんだよ」

 

 ……やっぱり、間桐君は口が悪い。

 間抜けとか、ノロマとか、色々と私のどんくささを罵倒する間桐君。

 本人がソツなく色んなことをこなしている分、言い返せなくて余計にタチが悪いと思う。

 

「……衛宮君は?」

 

「お前はアイツがいないと何も話も出来ないのかよ」

 

 呆れたように、その中に苛立ちを混ぜ込んで間桐君は言う。

 でも、どうしても衛宮君が居ないと落ち着かないので、素直に頷く。

 衛宮君を交えてなら軽口の一つも出るけれど、彼がいないと口が途端に重くなる。

 

 しかし、その返答は気に入らなかったらしく、間桐君は舌打ちをする。

 やっぱり怖い。

 間桐君も、衛宮君がいないとどうにも怒りやすいイメージがあるから。

 だから、今は切実に衛宮君がこの場に来て欲しい。

 すると気持ちが伝わったのか、向こうから衛宮君の姿が見えた!

 

「慎二、急に呼び出して何だよ」

 

「よし、揃ったな」

 

 衛宮君の問いかけには答えず、しかし先程まで見せていた苛立ちを引っ込めた間桐君。

 そして間桐君は、どこか大仰に私達の方を向いて、こんなことを言ったのだ。

 

「お前達、今日は特別に僕の家に招待するよ」

 

 とっても、自慢げに、そして嬉しいだろうと言わんばかりに、間桐君は胸を張っていた。

 それに対する、私達の反応はというと……。

 

「ん、イキナリだな」

 

 どこか困惑したような、衛宮君と。

 

「……はぁ」

 

 突然すぎて、思考が追いついていない私の姿。

 イマイチ盛り上がりに欠ける私達に、間桐君は咳払いを一つして、私達を睥睨した。

 

「何だよ、もっと喜べよ」

 

 そう言われても、突然すぎて頭がついて行ってない。

 それに、どうして? と思うこともあるのだ。

 

「私も、なの?」

 

「そうだよ、思えもだよ」

 

「何で?」

 

 そう呟くと、間桐君は、再び舌打ちをした。

 だけれど、それに反応するよりも答えが気になるので、黙って返答を待つ。

 すると、ため息一つを吐いて、そして意外なことを彼は口にしたのだ。

 

「僕には妹がいるんだ。

 でも、お前と一緒でのろまだから、友達の一人もいやしない。

 そうなると、間桐の家の体面が悪くなるだろう?」

 

 ……間桐君には、妹がいるのか。

 それは、さぞ独特の髪型をしているのだろう。

 でも、そんなことは置いておいて。

 間桐君は、もしかして……。

 

「慎二でも、身内には気を使うんだな」

 

 何げに無遠慮に、衛宮君がそんなことを言う。

 間桐君は、それに面倒くさい顔をしつつ、でもきっちりと応える。

 

「あれでも僕の妹だからね。

 あまり孤立されていると、辛気臭くてしょうがない」

 

「妹のこと、心配してるのね」

 

 意外や意外、新たな一面を見た気持ちだ。

 つぶやく私を無視して、間桐君はクルリと背を向けた。

 

「ほらっ、お前達、ついてこい」

 

 そう言い、どしどしと前に進んでいく間桐君。

 そんな彼に、私と衛宮君は、示し合わせたように顔を合わせて。

 

「天邪鬼だね、間桐君は」

 

「そうだな、中々に迂遠なのが慎二らしい」

 

 だよね、と私達は話しながら、間桐君の後ろに付いていく。

 行く、なんて返事もしていないのに。

 きっと彼の中では、私達が来るのは確定事項になってるのだろう。

 そして、私も衛宮君も、それに逆らう気なんて、今は更々なくて。

 間桐君の妹さんがどんな子なのか、楽しみに想像しつつ、彼の後ろを追いかける。

 というか、間桐君の家は、どんな感じになってるのかな?

 あーかな、こーかな、と想像を巡らしつつ、私は歩を進めていった。

 

 

 そうして、到着した間桐君の家は……。

 

「……大きい」

 

 それは、洋館であった。

 荘厳な造り、歴史を感じさせる佇まい。

 古びた感はあるが、それがこの家の威容を更に高めているとも言える。

 

「そういえば、間桐の家は名家だって聞いたような」

 

「納得できる広さをしてるね」

 

 衛宮君の呟きに、私は相槌を打って、唯々その立派な屋敷を眺めていた。

 でも、それでも物怖じしない人物が一人。

 この家に住んでいる間桐君なのだけれど。

 

「ほら、庶民ども。

 惚けてないで着いてこいよ」

 

 この程度で驚くな、と言わんばかりに、間桐君は進んでいく。

 私と衛宮君は、慌ててそのあとに続く。

 

「本物のおぼっちゃまだったんだ」

 

「由緒正しき間桐家は、冬木の重鎮とも言えるんだよ。

 なんで知らないんだよ、お前達」

 

 確かに、これほど大きな屋敷を持っているということは、それなりにこの周辺では有名な家なのだろう。

 でも、私と衛宮君は知らなかったけれど。

 

「いや、私は新都の方から引っ越してきたから……」

 

「俺もだ……」

 

 あの日、あの地獄を見た日。

 あれを思い出してしまい、気分が沈みかける。

 そして、何故か衛宮君も、どこか暗い顔をしていて。

 

「ふーん、ま、知らないってことはそんなところなんだろうね」

 

 間桐君だけが、ペースを崩さずに、納得したようなことを言っていた。

 そのまま、私達は間桐邸の中にお邪魔する。

 無言のままで、間桐君についていく。

 静かに、足音だけが、響いていて。

 

 ……だからか、他に意識を割く余裕があったからか。

 それに気付くことができた。

 

 ――この家、普通とは違うわ。

 

 そう、見える風景が、確かに違う。

 いや、何もないところに、線が浮かんでいたりするのだ。

 まるでそこに何かあって、線をなぞれば壊せるように。

 そんな箇所が、幾つも幾つも。

 正直、不気味に感じる。

 ……もしかしたら、この家には、幽霊でも住み着いているのかもしれない、と感じる程度には。

 

「ねぇ、この家で、非業の死を遂げた人とか、居たりするのかな?」

 

 不安になって、口が勝手に喋っていた。

 知らなければ怖いだけで済むのに、余計なことを聞いてしまう。

 

「はぁ? いきなり何なの?」

 

 胡乱げな視線を、不躾に私へと向けてくる間桐君。

 でも、妙に素直な心境で、私は正直に答えてしまう。

 怖いからか何なのか、そういう心理状態だったのだ。

 

「何か出そうな雰囲気を醸し出してるから」

 

 そう言うと、露骨に馬鹿にしたように、間桐君が私を笑う。

 ……悪かったわね、精神年齢がアレな癖に怖がりで。

 

「暗いから、確かに不気味ではあるな」

 

 衛宮君は、そう言いながらも、全然怖がってる素振りが見えない。

 耐性が高いのか、流石は男の子と褒めるべきなのか。

 

「ま、そりゃ死んでるのは結構いるでしょうよ」

 

 どこかおちょくる様に、間桐君は私に言う。

 口角を上げながら、まるで遊ぶかのように。

 

「そ、そう」

 

 平然と答えたつもりだったけれど、どこか声が震えてしまっていた。

 それ程に、この屋敷は何かの存在感を放っていたのだ。

 

 ……一度気になると、中々に頭から離れてくれない。

 どうしよう、どうしよう。

 やや混乱気味に、そんなことを考えてしまう。

 そうして、ひよこが踊る頭が導き出した結論は……。

 

「衛宮君、ちょっとごめん」

 

「八家、どうした……」

 

 んだ、ときっと衛宮君は続けようとしていたんだと思う。

 だけれど、それより先に、私の手が、衛宮君の手と重なっていた。

 

 ……あの時感じた暖かさと一緒の、落ち着くけれどドキドキする感覚がする。

 一度繋いでしまったからか、線が見えても、衛宮君の手なら握れてしまう。

 怖いけど、それでも安心感と信頼感が存在しているんだと思う。

 

「……目障りだぞ」

 

 少しこっちに目を向けた間桐君は、それだけ告げて、でもそれ以上は何も言わなかった。

 体面的に言っただけで、特に気にしている感じてはなかったようだ。

 

「な、なぁ、八家」

 

「な、なに、衛宮君」

 

 そうして私達は、お互いに牽制し合うように、どこか吃りながらの会話をしている。

 というか、うわぁ。

 衛宮君の手から、ドキドキとしているのが伝わってくる。

 手をつなぐだけで、そこまでのことが分かってしまう。

 ……何だか、無性に恥ずかしい気がするのだけれど。

 

「なにも、出ないと思うぞ?」

 

「ほ、保証はあるのかしら」

 

 衛宮君は顔真っ赤。

 それでも、私もきっと同じようなものだろう。

 それでも今は、手を繋いでおきたかった。

 何時の間にか、不安がそんな欲望にすり変わりつつあったから。

 

「ほらお前ら、馬鹿をする時間は終わりだ。

 妹の部屋についたぞ、手を離せ」

 

 その時、急に間桐君がそんなことを言って、エンガチョするように、私と衛宮君の繋がれた手を、チョップで切り離してしまった。

 ……何てことを。

 

 そしてなにより、ホッとしている顔の衛宮君にショックを受ける。

 もしかして嫌だったのだろうか、私と手を繋ぐの。

 ……考えないようにしよう、きっと憂鬱になるだけだから。

 

「おい、言っていた奴らを連れてきたぞ。

 入るからな、いいな!」

 

 間桐君は訊きながらも、返事は求めていないようで、勝手にドアノブを捻っていた。

 ……女の子相手に、それはあまり宜しくないと思う。

 それが例え身内であったのだとしても。

 

 そんなことを思いつつも、しかしドアは開かれる。

 そうして、そこに一人、女の子が、確かにいた。

 

 ――それは、儚い目をした女の子だった。

 

 暗がりにいて、それでも確かに存在する女の子。

 しかして、その気配は希薄そのもの。

 茫洋と、こちらを見る目にも、活力は感じられない。

 

「紹介するよ、こいつが妹の桜」

 

 しかし、間桐君はそんなことを気にせず、彼女……桜ちゃんの紹介をする。

 それが、耳には入ってくるけれど、それを理解する為の頭のリソースが、私には無かった。

 

 ――魅入られてたのだ、彼女の瞳に。

 

 まるで古井戸を模したような目。

 どうしたらこんなふ風になれるのか、それを考えさせられる瞳。

 

 私は感じずにはいられない。

 だってその目は……覚えがあるから。

 

「どう、して?」

 

 気付けば、そんなことを口にしていた。

 素直に、ある種の怖さを抱きながら。

 私は桜ちゃんに、訊ねていた。

 どうして、と。

 

 桜ちゃんは、ゆっくりと私の顔を見上げて、そうして……。

 少し、微笑んだ。

 だけれど、笑っていても、それに喜色はなくて。

 

 私には分かる。

 楽しいからとか、嬉しいからとかで笑ってるんじゃない。

 安心感、そう、あれは仲間を見つけた時のような安心感を抱いた笑み。

 私と桜ちゃんの間に、確かな認識が生まれる。

 この人は、何かに苦しんでいる、と。

 

「ん? どうしたんだ、八家」

 

 急に桜ちゃんと見つめ合って、動かなくなった私に、衛宮君が心配するかのように、声を掛けてくる。

 そこでようやく、私は戻ってこられた。

 

「ちょっと、ね」

 

「大方、こいつと桜が何か通じ合ったんだろ」

 

 上手く言えなくて口ごもってると、驚いたことに、間桐君が的確なことを言った。

 妹の事だから分かったのか、それとももとより鋭いのか。

 分からないが、この場では間桐君が正解である。

 

「……私、前から八家先輩と、お話してみたいと思ってました」

 

 唐突に、桜ちゃんがそんなことを言った。

 私、名乗ってないのに、前から知ってたように。

 私の名前をしっかりと告げて。

 

「知り合いか?」

 

「初対面かな」

 

 衛宮君の問いかけに、はっきりと答える。

 私は桜ちゃんのことは知らなかったし。

 衛宮君は、成程、と言いながら桜ちゃんへと向いた。

 

「えっと、俺は衛宮士郎、よろしく」

 

 恐らく、自己紹介するタイミングを図っていたんだと思う。

 何か、桜ちゃんには話しかけづらいオーラがあるし。

 衛宮君の挨拶に対して、桜ちゃんは小さく頭を下げただけで。

 

「よし、衛宮。

 お前は僕の部屋に来るんだ」

 

「ん? 八家はどうするんだ?」

 

 衛宮君の自己紹介を終えた時に、間桐君がそんなことを言った。

 これは、絶対にこうする為に私を連れてきたのだろう。

 

「桜の話し相手に、八家を連れてきたんだ。

 のろま同士、気が合うだろ」

 

「女の子同士の方が、確かに話しやすいか」

 

 やっぱり、私の想像を肯定するように、間桐君は言い放った。

 そして、衛宮君も一定の理解をそれに示していて。

 ……けど、確かに、私も気になっている。

 

 間桐桜という女の子が。

 どこか深い目をした、この少女が。

 

「私も、あなたと話がしてみたいわ」

 

 桜ちゃんに、私はそう言って。

 

「じゃあ行くぞ、衛宮」

 

「あぁ」

 

 衛宮君と間桐君は、この部屋より出ていった。

 出て行く時に、心配げな衛宮君の瞳が、私に映し出されて。

 少し、それに笑い返した。

 

 

 

 そうして、あとに残ったのは、私と桜ちゃんの二人だけ。

 

「……八家先輩が」

 

 そしてゆっくりとだが、桜ちゃんが緩慢に、こんな事を私に訊ねた。

 

「……八家先輩が変わったのは、衛宮先輩のお陰ですか?」

 

 そっか、桜ちゃんは目を腫らしていた頃の私を知ってるんだ。

 恥ずかしいところを知られているというのは、何だか居心地が悪い。

 だけれど、それを極力気にしないようにしつつ、私は一つ頷いた。

 

「そうだね、私が変わったのは、衛宮君が関係してるかな」

 

 そう言うと、桜ちゃんは、小さく呟く。

 

「……男の人、か」

 

 単体の言葉、だけれど意味は十分に伝わってくる。

 

「そういうのじゃないわ」

 

「……どうだか」

 

 すかさず否定に入るが、どこか疑わしそうな顔を、桜ちゃんはしていた。

 ……確かに、衛宮君に依存していると、そう自覚することはある。

 あの人は特別だから、と。

 自分の深いところに置いているのには、心当たりはあるのだ。

 

 ――だけれど。

 

「そういう定義付けされるの、あまり好きじゃないかな」

 

 大切だから、安易にレッテル張りをされたくなんてない。

 言葉に表さないからこそ、胸に抱いていられるのだから。

 

 それに衛宮君の事をどう思っているか、何て考えたことはない。

 今は友達で十分。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 ……求めすぎたら、きっと私の目のようになってしまうだろうから。

 

「……じゃあ何で、八家先輩は」

 

 ここで、桜ちゃんの虚ろじみていた目に、ようやく感情の色が見えた。

 ――それは、赤い色。

 そっか、成程、と私は理解する。

 

「八家先輩は、どうして楽しそうなんですか?」

 

 怒ってるんだ、桜ちゃんは。

 

 一目で通じ合えたから。

 だからこそ、私と桜ちゃんの差に、きっと納得が言っていないのだ。

 立場が逆なら、私も桜ちゃんを嫉んでいたに違いないのだから。

 

「間が、良かったのね」

 

 あの時、屋上で衛宮君と出会えたから。

 そんな、どこにでもあるような切欠。

 だからきっと、ただ単に間が良かっただけなのだと、そういうことだと思う。

 

「……何ですか、それは」

 

 どこか掠れた声で、それでも桜ちゃんは、私を睨んでいた。

 一緒のはずの人なのに、どうしてだか差を感じてしまうから。

 そんな気持ちだと、私は容易に想像がつく。

 きっと、何か辛いことが桜ちゃんにもあるだろうから。

 気持ちを重ねると、すぐに分かってしまう。

 

「ねぇ、桜ちゃん」

 

 だから、私は問いかけてみた。

 もし、桜ちゃんが望むなら、だけれど。

 

「一緒に、笑ってみない?」

 

 そうすれば、桜ちゃんも分かるような気がするから。

 どうして、私が笑っていられるのかと。

 そうすることで、きっと通じるものもあるのだろと。

 

「……出来ると、思いますか?」

 

 重い口調で、桜ちゃんは零した。

 どこか嘲りと自嘲する込めて。

 そして苛立ちも含めて、彼女は言葉にしたのだ。

 

「笑えることなんてないのに、笑顔なんて……できないです」

 

 ……それは、分かる。

 衛宮君に出会う前は、毎日が歪んだ線で構成されていたから。

 見るもの全てに、恐怖を感じずにはいられなかったから。

 

 ――でも、でも、だけれど!

 

「切欠さえあれば、笑えるんだよ」

 

 私はそう言って、桜ちゃんに手を差し出した。

 ……すごく、すごく怖いけれど。

 ただでも、儚い子なのに。

 壊してしまわないかと、ひどく不安になるけれど。

 

 ――それでも、

 

「だから桜ちゃん、友達に……なってみないかな?」

 

 どこか私達は似ていたから。

 放ってなんて置けない子だと思うから。

 だから私は、勇気を振り絞って、桜ちゃんへと手を差し伸べて。

 すると、桜ちゃんはキョトン、と可愛く小首を傾げると同時に、

 

「……八家先輩は何を怖がってるんですか」

 

 どこか不思議そうにそう言った。

 

 図星過ぎて、背中に冷たいものが走り始める。

 それだけに、桜ちゃんは繊細だったから。

 見た目だけじゃなくて、線の数も人より多かったから。

 普通ではないであろう所にも、まるで二人分の命を背負っているかのように。

 だから、頭を撫でるだけで、こときれるんじゃないか。

 そう思ってしまう程に、彼女は脆く見えるのだ。

 

 そうして、咄嗟に私が言えたことは、

 

「友達になろって言うの、結構勇気がいるのよ」

 

 そんな誤魔化しだけで。

 

「……馬鹿みたいです」

 

 そう言って、桜ちゃんは私の手を、しっかりと握ったのだった。

 どこか戸惑いがちに、それでも意志を持って。

 ――やっぱり、人の肌は暖かかった。

 

 

 

 

 

「笑えそう?」

 

「……すぐには無理です」

 

「仕方、ないね」

 

 結局、この日は桜ちゃんが笑うことは無かった。

 何処かに、笑顔を忘れて来ちゃったようだから。

 思い出せないんだと、私はそう思う。

 

「何時か、桜ちゃんも戻れるよ」

 

「……かも、しれないですね」

 

 読み取れない表情で、桜ちゃんは淡々と呟く。

 しかし、何処かに期待もあるようで。

 

「……変われたら、いいですね」

 

 もう、無理ですとは言わなかった。

 今は、それで良いんだと思う。

 無理はせずに、一歩ずつ歩けば良いのだから。

 

「困ったことがあったら相談に乗るわ」

 

「……でも、八家先輩は、あまり頼りにならなさそう」

 

 結構、ズバリとものを言ってくれる。

 正直が美徳なんて言葉もあるけど、必ずしもそうである訳ではない典型。

 でも、それはそれで心地よいものがある。

 

「友達、なんだから。

 それくらいは当然なのよ」

 

 どこか先輩風を吹かして、私はそんな事を言って。

 

「……八家先輩、図々しい人」

 

 桜ちゃんの回答に、本気で血涙を流しそうになってしまっていた。

 それでも、どこかスッキリした感覚で、私は間桐邸を後にした。

 結局、間桐君と衛宮君が何をしてたなんて分からなかったけれど。

 きっと、私がこの家に来た役目は果たしただろうから。

 

 

 

 

 

 後日、衛宮君の家に、桜ちゃんが顔を出すようになったことを知って、私は天を仰ぐことになることになった。

 何だか分からない胸のモヤモヤが膨らんできて、無性に泣きたくなって。 

 

 それでも、私に報告しに来た桜ちゃんは、どこか緩くであるけれど、確かに笑っていて。

 だから私も、どこかが暖かい気がしていたのだ。




主人公のポンコツさがきっと売り。
魔眼殺しがなくて辛い毎日、誰か助けたげて(棒読み)。

……何げに、次の話が2000文字くらい書き差しで放置されてます。


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Fate/lily night (Fate)

円卓のアイドルリリィちゃんを士郎が召喚したら、というもの。
何時も通りプロローグだけ書いて投稿。
なお、話の九割は原作の焼き直し。

あと、どうでもいい事でしょうが、一応作品別で種類分けとかしておきました!


 世の中には、時として理不尽な事がある。

 更に二分すると、それは避け得るものと避けられるものに分けられる。

 両者を分かつ分岐点は、兎に角運の良さといえよう。

 つまり何が言いたいかといえば……。

 

 ――衛宮士郎は、絶望的に運が足りていなかったということだ。

 

 

 

 

 

 家の中は暗く、人気はない。

 そこにいるのは俺、衛宮士郎ただ一人。

 暗い武家屋敷は幽霊のかほりがする、とは某姉代わりの言葉であるが、それも俺にとっては親しんだ静寂。

 そんな静けさの中で、自分に起きた怪談の如き出来事について考えていた。

 理解できないものを、できるものに落とし込むために。

 

 

 さっきは何が起こっていたのか。

 すっかり理解できていなかったが、それでも分かることは少しはある。

 俺はさっき、間違いなく殺された。

 青い奴が追いかけてきて、逃げ切ったかと油断したところを心臓に一刺し。

 ……間違いなく、俺はあの時死んだ。

 それは変えようのない事実なはず。

 

 でも、俺はこうして動いている。

 死んだと思ったけれど、刺された心臓は未だに脈打ってる。

 ドクンと、血の着いた制服の上からでも分かる、命の瞬き。

 生きている事の証明。

 

 だからこそ、解せない。

 衛宮士郎は死んだが生きている、その矛盾を解消するには。

 そんな事を考えて、ふとポケットから、主張するようにカチャっと金属が擦れる音がした。

 ふと、思い出して手を突っ込むと、そこには赤い宝石の姿。

 鎖で繋がれてネックレスになっているこれは、現場に落ちていた唯一のもの。

 思わず拾って帰ってきてしまったが……。

 

 ――そこまで、考えた時である。

 

 

 鈴の音が響き渡った。

 通常であれば聴く者に清涼感を齎すそれは、こと衛宮の家に限ってはそうでない。

 これが響く時、それは即ち――

 

 考えるより先に、その場から飛び退いていた。

 ゾッとする感覚が背筋に走り、何よりも色濃い匂いが俺に近づいてきたから。

 ――死という、先ほど嗅いだキツい鉄の匂いが。

 

「ッチ、大人しくしてれば、苦しまずに逝けたものを」

 

 天井から、ナニカが槍を持って降ってきた。

 一刺し穿たれた床は見事に抉れ、刺されたものは絶命するであろう事を予感させる。

 そして目の前を見れば……。

 俺を殺した青い奴が、ソコニイタ。

 

 酷く詰まらなさそうな顔をして、俺を見ていた。

 事実、コイツにとって俺は塵芥にも等しい存在なのであろう。

 その隠さない態度と、それに乗っている殺気が、何よりの証拠。

 思わずにはいられない――巫山戯るな、と。

 

「冗談じゃない」

 

 歯を軋ませながら言い、近くに落ちていたポスターを拾う。

 藤ねぇが置いていった魔法少女の小さな女の子が描かれたものを持って、俺は威嚇する。

 だが、コイツはそんなものを屁でもないと思っているらしい。

 鼻で笑い、そして言う。

 

「俺の方こそ、冗談でいて欲しかったぜ」

 

 首をコキリと鳴らしながら、青い奴は続ける。

 

「何が悲しくて、一日に同じ奴を二回も殺さにゃならん」

 

 全くと呟くと、コイツは紅い槍をこちらに向けて……。

 

「今度は迷うなよ坊主、あの世は河の向こうだぜ」

 

 無慈悲に、コイツは朱槍を突き刺そうとした。

 早い……けれども目で追えていた。

 走馬灯の様に、迫る死から目が離せない。

 

 あぁ、また死ぬのか。

 そう思うと、背筋が凍りついていく。

 ポケットのペンダントの意味には、もう気付いている。

 一回、俺は死んで生かされたのだ。

 見知らぬ誰かに、助けられた。

 ……それなのに、俺はまた死のうとしている。

 

 ――脳裏に、赫い世界がチラつく。

 

 一瞬、垣間見えたモノ。

 それに、感情が強く揺さぶられる。

 それは、単純な使命感のようなもの。

 

 ――俺は、責任を果たしていない。

 

 抱いたものは、たった一つの義務感のみ。

 俺は死から蘇った、その責任を果たせていない。

 死ねない、死んではいけない。

 意味もなく死ぬなんてできるか! ふざけろ!

 

「――同調、開始(トレース・オン)

 

 願望は必死さに、必死さは活力へと、変わっていた。

 呟いたのは自己暗示、自分を閉じた世界へと連れて行く、俺だけの呪文。

 朱槍が近づく中での、確かな抵抗。

 

「何?」

 

 思わず漏らしたであろう男の声を無視して、目指すべき事項を決定に確定していく。

 死なない為に、責任を果たす為に。

 

 ――構成材質、解明

 ――構成材質、補強

 ――全行程、完了(トレース・オフ)

 

 男の朱槍は、目の前で止まっていた。

 俺には届かず、それを遮るものがある。

 魔法少女カレイドライナーリリカル☆アリスのポスターが、俺の命を救っていた。

 

「本番に強かったんだな、俺って」

 

 驚きのあまり呟き、自分でも成功できた事にひどく驚いているが、それは別の方面から相手も刺激してしまったらしい。

 

「……へぇ、面白い芸風だな、坊主」

 

 触発されたであろう目の前の男は、面白がっている風に言う。

 直ぐにでも殺せるであろう速度で槍を振るう男は、だけれども直ぐには殺さなかった。

 路傍の石だと思っていたのが、存外鈍く光っていたからか。

 宝石と自称するには才能がないにも程があるが、それでも決して唯の石ではないと思いたい。

 でなければ、この場で死ぬ――

 

 なら、とポスターを構え、相手を見る。

 コイツの槍は、普通ならば対応できる速さではない。

 ならば、どうするべきであるか。

 ……答えは、たった一つしかない。

 

「ッフ」

 

 軽く息を漏らして、バックステップでそのまま後ろの障子に体当たりしにいく。

 このまま戦っても負けるならば、このポスター以外の武器を手にすればい。

 目指すは土蔵、少なくとも部屋で対峙するよりかは幾分か可能性がある。

 勝算なんて元からないも同然であるが、それでもこのままよりかはマシ。

 そう思って行動に移すが、目の前の男はそれを安々と許すほど甘くはなかった。

 

「逃げるなんて男らしくねぇ。

 詰まんねぇことすんじゃねぇよっ!!」

 

 吐き捨てるような男の声と同時に、槍の追撃を喰らう。

 ポスターで受け止めるが、その衝撃は重くて、自分の体重以上の力が障子を圧壊させた。

 想像以上の力で押し出せれたが為に転げてしまう。

 そして男は、俺の背中に槍を突きたてんと迫ってくる。

 ……が、予測通りとして、丁度いい位置でまたも槍を受け止める事に成功する。

 

「ハン、やるねぇ」

 

 男はカラカラと笑い、まるで遊ぶように槍を突き出してくるが、それをわざわざ相手にすることはない。

 ここは外で、土蔵までの距離は少々。

 全力ダッシュなら、と俺は必死に駆け始めた。

 ……けれど。

 

「へぇ、あそこが目的ってかい」

 

 槍男に、簡単に目的を看破されてしまう。

 焦る、がそれは意外な効果を齎した。

 

「なら、俺が送り届けてやるよ。

 ――――飛べ」

 

 そう言うと、コイツは事もあろうに俺にドギツイ蹴りを一発寄越してきたのだ。

 あまりの衝撃に、胃酸を吐き出しそうになるが、結果的に土蔵まで文字通り一飛びで到着ができた。

 さぁ、次は何を見せてくれる? と笑っている男を背に、ホウホウの体で俺は衝撃で空いた土蔵に入り込んでいく。

 

 中は暗くて、静まり返っている。

 けれどもモノは溢れていて、ガラクタが散乱している。

 ここになら、と何かないかとひっくり返す。

 一発逆転の秘密兵器を出せだなんて言わない。

 けど、せめてアイツと打ち合える得物がなくてはならない。

 でなくては、待ち受けるのは死の足音。

 

 だから俺は、探して、探して、探して――

 

「クソッ!」

 

「よう、坊主、何かあったか」

 

 けれども見つからなくて。

 ……ついに、タイムリミットが来た。

 ヒョイと顔を見せた青い奴は、俺の状況を見て、はぁ、と一つ溜息を吐いた。

 やれやれと頭を掻いているのは、呆れているのか。

 

「他に何かあると思ったが、ネタは打ち止めらしいな」

 

 そう言って、血の滴るような朱槍を俺に狙いを定める。

 何度も向けられた槍だが、今度ばかりは詰んだと感じた。

 

「ま、期待した俺も馬鹿だったかな」

 

 呆れていたのは、どうやら見る目のなかった自分のことらしい。

 目の前の奴の独白を聞きつつ、再び俺に槍が迫ってきた。

 息を飲み込む暇すらもなかった。

 冷たさのあまり、呼吸は止まってしまっていて。

 

 ……咄嗟に、自分でも悪あがき出来たのが不思議なくらいだった。

 

 

「何?」

 

 咄嗟にポスターを広げて、奴の槍を受け止める。

 鉄の如き盾となった魔法少女カレイドライナーリリカル☆アリスのポスターは無残にも引き裂かれる。

 が、そのお陰で、僅かながら俺の寿命は伸びた。

 そう、ほんの僅かだけだが。

 

「今のは、びっくりしたぜ」

 

 クク、と笑いながら、奴は告げてくる。

 そこに呆れの色は混じっているが、幾分かの感心も含まれているように感じた。

 

「坊主の趣味がどうこうと文句を付けるわけじゃねぇが……まぁ、いいや。

 あの世で犯罪者にならねぇ程度にな。

 あと、今のは少し驚いたぜ」

 

 一方的に喋り、彼はまた槍を引いた。

 突き出すための予備動作……今度は、俺を守る盾はない。

 

「もしかしたら七人目はお前だったのかもな。

 魔術師としては風変わりだが、戦いのセンスはあったぜ」

 

 手向けとしての為か、その言葉には頑張ったな、というニュアンスが滲んでいた。

 ……だからと言って。結果が変わるわけではないが。

 

 あまりの理不尽に握り締めた手から、血の一滴が流れ落ちる。

 結局、衛宮士郎は何も成すことがなく、正義の味方なんて夢物語のまま果てようとしている。

 ――なんて、間抜け。

 

「何?」

 

 だからその二度目の言葉を聞いた時、俺は言葉もなくただ奴の訝しげな声を聞くだけであった。

 異変、そう、異変だ。

 

 士郎の手から流れ落ちた血の一滴。

 その血が陣を為し、召喚に必要な門を開ける。

 

「まさか、本当に七人目だと!?」

 

 初めて聞いた青い奴の驚愕。

 それを聞いた時、初めて土蔵の床が赤く発光していることに気が付いた。

 ただ呆然と、俺は眺めていて……。

 

 ――瞬間、魔法陣から、ナニカが飛び出してきた。

 

「チィッ!?」

 

 次に感じたのは、戦慄。

 魔法陣から飛び出したナニカは、恐らく人間では敵うことがないであろう青い槍使いを吹き飛ばしたのだ。

 有り得ない……そう思う。

 

 

 しかし、ソレがこちらに振り向いた時――時間が止まった気がした。

 

 

「――え?」

 

 僅かながら、声が漏れる。

 戦慄からではない、驚愕からでもない。

 ――見上げたものの、透明感故だ。

 

「貴方が」

 

 目の前のソレから、声が聞こえた。

 涼やかで、柔らか、淀みがない。

 紛れもない女の子の声、その事実に頭がフリーズする。

 

「貴方が、私のマスターですか?」

 

 けど、それは間違いなくあの青い槍兵を吹き飛ばした人物の声で、俺に向けられたもの。

 声が出ない、息も出来ない。

 白いドレスに、銀の鎧。

 黄金の剣を握る彼女は……何故だかとても女の子に見えた。

 そう、目の前の彼女が、絵本から抜け出してきたヤンチャなお姫様の様に感じたのだ。

 そんな俺に、彼女は微笑んで。

 ――涼やかに、告げたのだ。

 

「サーヴァントセイバー、契約により参上しました。

 今日より、貴方の運命は私と共に有り、私の運命も貴方と共にあります」

 

 どこまでも迷いなく、彼女は告げた。

 その鈴の音の様に告げた声と、姿。

 きっと、俺は忘れることがないだろう。

 何故だか、そう予感させられた。




単にセイバーと士郎の、ギスギスした雰囲気じゃないラブコメが書きたいと生まれた今作。
そのうち続きを書きたい(書くとは言ってない)。


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Fate/lily night 2話

勢いで書きました。
あと、もう一回言っておきますと、この小説はバトルは添え物です、はい。


 暗闇を裂くようにして、一つの影が躍り出る。

 それは暗闇に咲く花、白百合の一輪。

 それを迎え討つは、獰猛な猛犬。

 

「本当に現れるとはな、セイバーのサーヴァント!」

 

「ランサーのサーヴァントとお見受けします。

 いざ尋常に勝負!」

 

「ッハ! おもしれぇ!」

 

 交わす言葉は少なく、けれどもお互いがその立ち処ろを理解していた。

 片や己のマスターを害する敵として、片や己のマスターに言われた任を全うしようとする。

 つまりは激突は必然であり、互いに一戦交えずして退くことは考えられなかった。

 

 故に言葉はなく、交わされるのは剣戟。

 ランサーは朱槍と振るい、セイバーは黄金の剣で薙ぐ。

 ガキンッ、と鈍い金属音が起こるのを始まりとし、連続で幾つもの音が響き渡る。

 それは、朱槍と黄金の剣が重なり合う事に響く鉄の音。

 一合、二合、続けざまに叩きつけられて発する音は更に続く。

 鉄と鉄の潰し合うような響き。

 叩きつけられる事に、火花が飛び散る一撃。

 互いが引かぬ必殺の間。

 けれども互いに決定打はなく、鈍い鋼の喝采が轟くばかり。

 セイバーは眼前の敵を睨んで、けれどランサーは獰猛な笑みを浮かべての攻防。

 

「ッハァ!」

 

 セイバーが一歩踏み込みランサーを両断せんとするが、ランサーは絶妙な距離の取り方で槍を自由に震える範囲にしか踏み込ませない。

 

「やるっ! けどあめぇよ、セイバーっ」

 

 一瞬ブレたセイバーの黄金の軌跡。

 それを見逃さずにランサーはセイバーの剣を上へと打ち上げ、その隙をついて一瞬で後退する。

 剣を放すことはなかったが隙を見せたセイバーは顔に焦りを見せるが、後退して勢いを乗せたランサーの一撃にはギリギリ対処が間に合った。

 

 ……しかし姿勢は万全ではなく、足を地面にめり込ませながら吹き飛ばされる寸前にまで追い込まれる。

 追撃に移るランサーにセイバーは大上段から迎撃するが、その動きは容易に読み切られ、鋭い一撃がセイバーの肩を抉る。

 セイバーは顔を顰めつつ、けれども構わずにランサーへ斬撃を放つ。

 それは肉を切らせて骨を絶たんとする意図があり……ランサーもそれを読み取って鼻白みながら再び後退する。

 故にセイバーが受けた一撃は致命傷に成らなかったが、ランサーへ打撃を与える事も能わなかった。

 

「ック、やってくれますね、ランサー」

 

「そういうお前は、荒い割に力不足だな」

 

 一連の攻防、それだけで両者は互いの力量を把握する。

 セイバーは悔しげに顔を歪め、ランサーはまだまだやれるとばかりに好戦的な笑みを貼り付けて。

 緊張を持って、その場に沈黙が訪れた。

 

 そんな中で、余裕のあるランサーは目の前の彼女を分析する。

 一連の攻防から察するに、目の前の女騎士は大いに素質がある、自分で鍛えて撃ち合いたいほどに。

 それに現時点でも、決して弱くはない。

 

 ……けれども、それだけ。

 まだまだ発展途上で、完成している訳ではないことが理解できる。

 完成すれば稀代の剣士にもなれるが、ことこの聖杯戦争に置いてそれは問題である。

 本来ならば最盛期の、完成した姿で召喚されるはずであるが、彼女はランサーが評した通りに発展途上。

 本来ならば有り得ないが、もしかしたら召喚には何か不備があったのだろう。

 あんな状況での召喚だ、それもあり得る。

 だからセイバーは完全ではない、発展途上の姿で召喚された。

 大器ではあろうが、未だ器に満ちるほどの経験が足りていない。

 

「惜しいな」

 

 だからこそ、ランサーとしては歯痒い。

 熾烈なる戦いを求めて参戦しランサーからは、目の前の存在が完全でない事が惜しくてならない。

 それこそ、口に出してしまうくらいに。

 

「何がですか、ランサー」

 

「言わずとも分かっていて、それでも聞きたいか?」

 

 ランサーの物言いに反論できず、食いしばりながら口を閉ざすしかないセイバー。

 彼女としても力量の差を理解していた。

 だからこそ不快感は湧いてくるのだが。

 

 ランサーは本当に惜しんでの言葉なのだろう。

 けれども、それだけ自分が足りていないと自覚させられる。

 私は祖国を救わねばならないのに、と自身の力不足を歯噛みせずにはいられない。

 そんな彼女をランサーは見て、もうここに用はないことを感じたのだ。

 

「ここらで引き分けってな、セイバー」

 

「逃げるのですか、ランサー!」

 

 思わずセイバーが叫べば、ランサーは軽く笑って、こう言った。

 

「今日のところは引いてやるって言ってんだ。

 それよりも良いのかい?

 お前さんのところのマスターはすっかり惚けてしまってるようだが」

 

 思わずセイバーが振り向けば、そこには呆然としたまま戦いを見つめていた士郎が立っていた。

 訳も分からずに、けれども何とか立ち上がった士郎の姿が。

 駆け寄りそうになるセイバーに、ランサーはこれだけを告げる。

 

「筋は悪くないが、お互いにまだまだだな。

 次会うときには、主従揃ってもうちっとは出来るようになってろよ」

 

 ランサーは楽しげに告げると、鮮やかにその場を離脱した。

 半ば呆然とそれを見送るセイバー。

 そんな彼女に、士郎が慌てて近付いてきたのは、ある意味で当然の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵は去り、その場には傷付いた白い彼女だけが取り残された。

 耐え切れずに走り出す。

 何も出来ずに眺めているしかなかった失態を取り戻そうとしてだ。

 そうして駆け寄れば、彼女の露出していた肩は真っ赤に染まり、純白の白と思っていた衣装も今では汚れが見て取れる。

 それ程までに、彼女は懸命に戦ってくれていたのだ。

 

「だ、大丈夫か!?」

 

 半ば叫んだのは衝動であった。

 一目見て彼女が手傷を無数に負っているというのが分かるのに、叫んでしまう程に慌てていたのだ。

 けど、そんな俺に、彼女が最初に掛けてきた言葉は、ある意味で衝撃とも言えるものであった。

 だって、それは……。

 

「申し訳ございません、マスター。

 貴方のお役に立てませんでした、自分の未熟を痛感せずにはいられません」

 

 そう、懺悔の色を滲ませた謝罪だったから。

 目を見開いて、次の瞬間には口から言葉が溢れていた。

 

「馬鹿なことを言わないでくれ!

 俺はあんたに救われた、俺にとってはそれだけなんだ。

 なのに、女の子が戦ってる中でも、俺はジッと眺めるしかできなかった」

 

 むしろ後悔を覚えるべきなのは俺の方だ。

 死にたくないと思っていた。

 けれど、それでも女の子一人を戦わせて、それで自分は助かったというのは、なんと情けないことか。

 

「……ごめん」

 

 出た言葉は、なおも情けない。

 俺は彼女に謝る事しかできない。

 けど、それを聞いた彼女は、ボンヤリとだが微笑んだ。

 ボロボロで傷だらけな彼女だけれど、それでも何よりその顔は美しく見えた。

 彼女の在り方が、少し分かった気がするから。

 

「ここでお互いに、ごめんなさいと謝り続けても不毛ですね」

 

 それは彼女も同じだったのか。

 困った様な表情を浮かべて、一歩俺に歩み寄る。

 が、直後に肩の傷が疼いたのか、赤色が滲んでいる肩を抑えて、そのまま立ち止まった。

 

「お、おい!?」

 

 俺を守って付いた傷、そう考えると冷静ではいられず、彼女に慌てて近づく。

 見れば分かる、女の子にとって最悪であろう跡が残りそうな傷。

 見ているだけで痛々しくて、早く何とかしなきゃと強く急かされる。

 

「ちょっと待ってろ、今すぐに治療するから」

 

 家の中には救急箱もあったはず。

 その場所を思い出しながら、彼女の無事な方の肩を支える。

 早く治療しなければと急いて、肩を貸しながら進もうとする。

 ……そんな時のことだ。

 

「あの、すみません」

 

 どうした、と声を掛けようとした。

 でも、実際にその言葉が口から出ることはなかった。

 何故か? 理由は簡単。

 ――そんな反応ができない程の出来事が起こったからだ。

 

「え?」

 

 思わず、そんな声が出てしまったのも仕方がないだろう。

 だって、それは……。

 

「しばらくですが、このままにさせてください」

 

 急に、彼女が俺に抱きついてきたから。

 唐突だった、そしてそれに俺は反応を返すことが出来ずにいた。

 でも、彼女は俺に抱きついてくるのをやめない。

 むしろもっとと言わんばかりに、強く抱きしめてきているのだ。

 

「……いや、なんでさ」

 

 思わずそう口走ったのも仕方がないことだ、うん。

 けれど、彼女は答えを返す事もない。

 じっと俺を抱きしめたまま動かない、実質的にされるがままのマグロ状態。

 

 心臓が、心なしか早くなってる。

 きっと、顔も赤いだろう。

 首筋に当たる吐息に、思わず体を震わせる。

 鎧の無骨さと、彼女から伝わってくる暖かさと柔らかさに動揺が避けられない。

 ――抱きしめて来た彼女は、花の香りがした。

 

 

 

 

 

「えっと、失礼しました」

 

「あ、いや、その……びっくりした」

 

 何分か分からないぐらい、彼女は俺を抱きしめていた。

 その時間は、短いような、長いような、不思議な感覚であった。

 俺達は互いに、困った顔というやつをしている。

 

「あ、あの、急にこんな事をしてしまい、申し訳ございませんでした」

 

「あ、謝られても、反応に困る」

 

 うーん、と顔を見合わせる。

 彼女も、そして多分俺も、顔が赤い。

 それだけこの子の体温を感じてしまったし、それは相手からしても然りなのだろう。

 多分お互いに、恥ずかしいという感覚は共有しているはず。

 まぁ、だからこそ、余計に気になることなのだが。

 

「その、どうしてこんな事を?」

 

 恐る恐るではあるが、聞いてしまっていた。

 何も考えずに、急に抱きしめてくる子には見えなかったから。

 すると考えがこの子にも伝わったのか、照れて赤いまま、彼女は答えてくれた。

 

「どうやら召喚条件が特殊だったせいか、マスターとパスが繋がってなかったようなんです。

 でも、こうして……」

 

 また、彼女が俺に触れてくる。

 頭に血が巡りすぎておかしくなりそうだ。

 けど、彼女はちょっと恥ずかしげに、このまま告げていく。

 

「マスターと触れ合うことで、繋がりが出来たのかもしれません。

 暖かい何かが、私に流れてくるんです。

 だから、ほら」

 

 彼女が肩を見せてくる。

 槍で抉られて傷ついた、か細い肩を。

 でも、そこにあったのは……。

 

「……どういうこと、だ」

 

 そこにあったもの、それは何故か傷一つ付いてない流麗な彼女の撫で肩。

 一生残るであろうと思っていた傷は、既にそこには無くなっていた。

 驚いて彼女の顔を見ると、そこにはちょっと悪戯に成功したような女の子の顔があった。

 ちょっと自慢げなのが、微笑ましく感じてしまうような。

 

「マスターに触れることで、こうして傷が癒せてしまうみたいなんです。

 だから、先程は無礼だとは思いましたが抱きしめてしまいました。

 再度、この場で謝らせて頂きます。

 すみませんでした!」

 

 一気呵成に、興奮気味に喋っていく彼女。

 きっと、まだ抱きしめた時に高鳴りが、残っているせい。

 でも、逆に俺は冷静になってしまっていく。

 分からない単語が、幾つも散見してしまっているから。

 

「あの、ちょっと待て!」

 

「え?」

 

 まだ喋ろうとする彼女に、待ったを掛ける。

 このまま喋り続けられても、俺はその意味の半分も理解できないであろうから。

 だから、この際に訪ねてしまおうと、そう思ったのだ。

 

「質問させてくれ。

 まず、マスターってなんだ?」

 

「……はい?」

 

 尤も、彼女からすれば前提からおかしかったのか。

 困惑したような顔が、どうにも印象的で。

 ……そんな理由があったからか、ここに近づいて来ている彼女に、俺は咄嗟に反応できなかった。

 

「それはね、衛宮くん。

 貴方が聖杯戦争ってロクでもない儀式に、巻き込まれちゃったから呼ばれている呼称よ」

 

 目の前の彼女共々、驚いて声のした方角に振り向く。

 するとそこには……、

 

「こんばんは、衛宮くん。

 今夜は良い夜ね」

 

 ニコリと微笑んでいる、赤い色をした彼女の姿。

 

「とお……さか?」

 

 穂群原学園のアイドル、遠坂凛が透き通った笑みで、俺達の前の現れたのだ。




ラブコメできてたでしょうか?
上手く書けてたら喝采物、失敗してても経験値獲れたという前のめりでいきましょう。
あと、最後が雑っぽかったですが、何か目がチカチカいて、マトモに考える気力が削がれていってたのでしょうがないです(言い訳)。
……まぁ、寝れば治るのですが(経験則)。


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武蔵ちゃんと一緒 お試し版(FGO)

気分転換、例の如く続かないシリーズです。


 人の漣行き交う街、2014年の東京は相も変わらず人に溢れていた。

 人、人、人、どこを見ても人だらけ。

 人海とは斯くあるべし、正にそんな体現をしていて。

 しかし、そんな雑居の中にも、僅かばかりの見分けは出来た。

 私服、スーツ、時折学生服と、それぞれが色分けされている世界がそこにはあった故に。

 そんな眠らない街の只中で、それのどれにも属さない人物が、小さく溜息を吐いていた。

 どうしようもないと、ある意味で匙を投げるように。

 

 裏路地に困り顔でもたれ掛かっていた人物、その人はまだうら若き女性であった。

 青を基調とした着物、それを飾る為の赤色の装飾は、本人の造形が優れている事もあってとても映えて見える。

 ……が、それよりも、何人であれ目がいく箇所が、その人物にはあった。

 彼女は腰周りに二本、鞘を差していたのだ。

 所謂日本刀、太刀と脇差しの両方が。

 ついでに言えば、彼女は現在隠れんぼの最中。

 理由は刀、もあるけれど今回の主は別の理由である。

 まぁ、何とも言えない話であるが、彼女の使っている貨幣が単に昨今の時代では使えなかっただけなのだ。

 

 ――そう、単純に言えば、食い逃げであった。

 

 逃げる時、咄嗟に一貫を投げ渡して走り出したが、受け取った側がそれが銀と気が付けたかは別のお話。

 上手く撒けたのだが、どうにも出て行く気にはなれず、どうしたものかと悩ましげに考えているのが現在。

 こういう時、アメリカではどうしてたか。

 思い出してみても、彼女の脳内に過ぎるのは”用心棒”の三文字だけ。

 残念ながら、現代日本の一般人には必要ないモノで、流石に対処に困っていたのである。

 

「あー、流石にこれは予想外だったかなぁ。

 まさか、ここが日の本だなんて。

 ……変わりすぎでしょう、流石に」

 

 動揺よりも困惑が、困惑よりも疎外感が、何時にも増して彼女を苛んでいた。

 何時も自分は余所者だという意識を持っていても、ここでは異物其のものである。

 ついでに言えば、生きていけるかさえ怪しいレベル。

 自分の常識と尽く噛み合わないここは、何と居心地の悪い場所なのであろうか。

 彼女の目的である、剣の修行どころの話ではなかった。

 むしろ、ここで剣を振り回そうものなら、即座に西部劇での騎兵隊よろしく、官憲がすっ飛んでくるのは想像するまでもない事。

 つまり彼女は、江戸時代よりも遥かに豊かな現代で、飢えて死に掛けるしかなくなっていた。

 

 昔、辺境のド田舎ならば、近代で飛ばされた事があった。

 ただ、その時は、胡散臭がられながらも、たまたまそこに腰を据えていた魔術師に助けて貰えたのだ(たまたま、その時彼女を拾った魔術師が、変わり者だっただけだけれども)。

 だが、ここは事情が一変して大都会、日本の全てが集まる東京である。

 人の数も多いが、その分忙しなく動く人は、傾奇者を見ても構っている暇はない。

 面白がる魔術師も、大らか空気も、そこにはなかった。

 ただ、夕暮れ時の太陽のみが、彼女の気持ちを分かってくれている気が、どうしてだかして。

 

「っと、いけないいけない。

 悪い方に考えたって、キリが無い。

 良しっ、どうすれば良いか、考えよう!」

 

 拝啓お父上へ、何時かシバき回すから待っていてください。

 そう決意を新たに、打開策を考え始めた。

 だ、が……早々上手くいかないのが、これ悲しきかな現代の闇。

 というよりも、そもそも彼女が、この時代に慣れていないというのが大いにある。

 知恵は沸くものであるが、源泉がなければ枯れたままなのが人間なのだ。

 だとしたら、まずは手に入れるべきは瓦版か、と算段を立てていた時の事であった。

 

「もしかして、困っていますか?」

 

 そんな声が、掛けられたのは。

 ひょこっと彼女が顔を上げれば、そこには人の良さそうな少年の姿が。

 心配そうな顔をして、彼女の顔を覗き込んでいたのだった。

 どこか人好きがする顔立ちに、冷めかけていた心が暖かくなる。

 逆に、行き過ぎて”あ、可愛い顔だ”などとさっきまでの憂鬱を投げ捨てていたのだから、ある意味で凄かった。

 

「いやぁ、全くもってその通り。

 気分的には地獄に仏、大海での浮木、渡りに船。

 声を掛けられるだけでも、安心してしまいました」

 

 調子良く、にこやかに話しかけらる女性に、少年はそれは良かったと少し笑う。

 少年は、美少年というよりは、雰囲気が柔らかくて一緒にいると落ち着くタイプの人間のようだ。

 事実として、少年には微塵も害意が見当たらない。

 人の良さが滲み出てる、というのがその少年の最大の特徴だった。

 

「それで、どうしたんです?

 財布を落として家に帰れない、とか?」

 

「違うけれど、似た様なものかな。

 それから、敬語じゃなくて良いよ。

 私もまだ修行途中の若輩者、君と同じ学んでいる最中の若人なんだから」

 

「それで良いのなら、そうさせてもらおうかな。

 それで、警察には行った?」

 

「あー、警察って捕り方の人だよね。

 今ちょっと、頼れないっていうか、頼ったら最後っていうか……」

 

 頼ったら最後、御用改め宜しくそのまま捕縛される事は確実だった。

 彼女としては、それはとても面白くない。

 悪い事をしていないのに捕まるのは、何とも気分が宜しくないのだ。

 まぁ、だからといってこのままでも、”ご飯、ご飯……”と呟きながら、彷徨う亡霊と化すのは確実。

 結果として、何とも言いづらそうに、どう嘘を吐けば納得するか、何て酷い三段を彼女は立て始めていた。

 目の前の少年を騙すのは本当に心苦しいのだけれど、彼女としても背に腹は代えられなかったから。

 

 と、そこまで考えた時である。

 ぐぅー、と何とも間抜けなお腹の虫が、鳴き始めたのは。

 あっ、と女性が声を漏らす。

 鳴ったのは女性のお腹、はしたない事をしてしまったと恥ずかしさを覚えたのだ。

 更に言えば、お腹が空いているのを自覚したら、急に空腹が強くなっている気がしてきて。

 

「俺も帰ったら直ぐにご飯にするつもりだったんだけど……。

 良かったら、うちでご飯食べてく?」

 

「喜んで!」

 

 精一杯気を使った少年の誘いに、一も二もなく女性が飛びついたのは、ある意味で当然の流れだった。

 現在時刻、午後六時。

 どうやら、夕暮れ時には虫の居所が悪くなるらしい。

 

 

 

 

 

「お邪魔します」

 

「お邪魔してください」

 

 おずおずと部屋に入る彼女は、色々と玄関を物珍しそうに眺めている。

 彼が案内した場所、そこはとあるアパートの一室。

 結構古めで、お家賃が安い感じの場所。

 一人暮らし約五万円、お風呂とキッチン完備。

 あと、家の中に漂う匂い。

 男性ちっくな生活臭は、不思議と彼女にとっても不愉快なものではなかった。

 ただ、彼の匂いしかしないのが、ちょっと不思議なくらい。

 こんな感じなんだ、と思いながら草鞋を脱いで中へと入り込む。

 奥は居間になっており、直ぐ傍に台所も備え付けられていた。

 因みに、食べる場所は机兼炬燵のテーブルである。

 

「あ、ごめん、お盆に乗せて運ぶから、炬燵で待っててもらって良いかな?」

 

「よろしくね、じゃあ失礼してっと」

 

 言われた通りの部屋に、そのまま炬燵に入り込む。

 辺りにはベッドに本棚、古めのテレビと色々揃っていた。

 けれども、彼女はお腹が空いており、好奇心はあれど何もする気になれない。

 そのまま、電源の入っていない炬燵の中にダイブして、冷たいなぁ、と独語するくらいであった。

 

「火を着けるには、いや、勝手にそういう事をするのは不味いよね。

 ちゃんと家主に許可取らないと。

 でも、今忙しそうだし……」

 

 そのまま炬燵に突っ伏すると、どこか知らない誰かの匂い。

 さっきの子だよねぇと思うと、不思議な感じがした。

 何だか、安心できるのだ。

 人の良さが匂いにまで現れてるのか、みたいに考えてしまうのは、ちょっと疲れ気味だったからか。

 恐らくは、元々彼女が好きなタイプの匂いなだけだったのかもしれない。

 でも、そのお陰か、存分にぼぉっと出来たのは大いに評価されるべきだろう。

 時折、台所より、嗅ぎなれい匂いに、体がピクピクと反応してしまっていたのは、ある意味でご愛嬌だったのだろう。

 

 そうして時間を潰していると、彼がひょこっと戻ってきた。

 彼の手には、大きめの平皿が二つ。

 コトッと炬燵に置かれたそれらは、俗に言うパスタ。

 湯掻いてトマトソースをドバーという、実に男子学生の手作り感満載のものだった。

 家に買い置きしてる材料的にカレーも作れない事は無かったが、お腹が空いていた彼女の為に急いで作ったのである。

 味はそれ相応、割とトマトであるが、空腹の彼女にとってはご馳走以外の何者でもなかった。

 

「ねぇ、これってさ、トマトを麺に乗せてるんだよね?」

 

「うん、ミートパスタをやりたかったんだけど、トマト缶くらいしかなかったから。

 パスタって、もしかしてあんまり食べない?」

 

「うん、普段はおうどんしか食べませんから。

 ……あの、さ。

 もう、食べて良いかな?」

 

「はいどうぞ、召し上がれ」

 

 ニコっと彼は笑いかけたけど、彼女はそんな事に気が付かない。

 ただ、いただきますをして、目の前の料理に食いつこうとしていたからだ。

 ……していたのだ、が。

 

「ねぇ君、フォークで掬い上げても、直ぐ落ちちゃう」

 

 ムムッ、と目の前の侮っていたものが、実は強敵だった事に気が付いて彼女は眉を顰めた。

 これはもしや、手間取るのでは? と。

 だが、幸いな事に、彼はこの事に関しても気を利かせてくれたのだ。

 

「お箸の方が良かったかな?」

 

「お願いできるかな?」

 

「はいはいっと」

 

 そのまま立った彼は、割り箸を持って戻ってきた。

 これ幸いと、今度こそ彼女はお箸でモグモグと食事を始めた。

 モグモグ、ツルツル、ムシャムシャ、と。

 

 うん、美味しい。

 けど、何だろうかこの不思議な味わいは。

 食べ慣れてないから? いいや違う。

 敢えて言うなら、味を画一化してるような、不思議な感覚。

 誰が作ってもこの味になるのかな?

 何て一瞬考えては、食欲の渦に飲み込まれている。

 結果、やや多めに作られたパスタは、あっという間になくなっていた。

 僅かに物足りなかったけど、腹八分目に恵んでもらったという意識が彼女を自重させる。

 代わりに、今まで忘れていた常識的なものが、ようやく戻ってきたところだ。

 衣食足りて礼節を知る、昔の人はけだし名言を残したものである。

 

「御馳走様でした」

 

「お粗末さまです」

 

 見事な食べっぷりに驚いていた彼も、パスタを食べ終えて彼女に向きなおった。

 皿洗いは後で、代わりにまずは彼女の状況を把握しようとしたのだ。

 

「それで食べ終わって直ぐでなんだけれど、話を聞かせてくれるかな?」

 

「えぇ、一宿一飯の恩です。

 何でも聞いてください」

 

「別にそこまで畏まらなくて良いけどさ……そうだなぁ」

 

 彼は僅かに考えてから、それじゃあまずは、と前置きしてこう尋ねたのだった。

 

 

「俺の名前は藤丸立香。

 ――君の名前、教えてもらっても良いかな?」

 

 彼女は然りと頷き、居住いを正して彼に向き直った。

 そうして、良く通る声でこう名乗ったのだ。

 

「新免武蔵守藤原玄信、剣士として修行中の身です。

 気軽に、武蔵ちゃんとでも呼んでくれれば、嬉しいかな」

 

 ペコリと頭を下げた彼女に、彼、立香はある種の衝撃を生じさせつつ小声で呟いた。

 

「本格的なコスプレだ……」

 

 と、割と失礼極まりない事を。




武蔵ちゃんとイチャついたり、相棒してる小説が読みたい人生でした……。
あと、口調がすごい難しくて困りました(小並感)。


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東方関連
ドロシーちゃん物語(東方Project)


試験的に書いてみたオリ主もの。


 私は今、森の只中にいる。

 どうしてこんな所にいるのか、とんと想像がつかない。

 そんな私が思うこと、それは……。

 

「……ここはどこ? 私は誰?」

 

 致命的なものがあった。

 根源的に、自分が何者なのか分からない。

 それが、何だかすごく怖い……。

 

 そしてこの森。

 ガサゴソと妙な音がして、何かが走り回っているのだ。

 姿が見えないからこそ、背筋がブルリと寒くなる。

 

 ――姿を見せて……

 ――いや、やっぱり見せないで。

 

 姿が見えないから怖くて。

 でも目の前に現れてなんか欲しくなくて。

 それが分からなくて、不気味で。

 私は全てに怯えていた。

 

 自分に、周りに、環境に。

 

 だから私は、足を早める。

 この薄暗い場所から、抜け出したくて。

 薄暗い森を歩いて、歩いて、歩いて。

 

 それでも、やっぱり出口は見当たらない。

 このまま、ずっと抜け出せないような気さえもする。

 でも、それでも私は足を進める。

 

 止まってしまうと、色々考えてしまうから。

 止まってしまうと、恐怖が内側から溢れてきそうだから。

 

「せめて、ここを抜けないと」

 

 この森、息が苦しくて、不気味で、泣きたくなって。

 ここから抜けないことには、私はきっと安心できない。

 

 ――それは嫌。えぇ、嫌ですとも。

 

 だから私は急ぐのだ。

 私のあまり大きくない足で。

 小さいなりに懸命に動かしながら。

 

 歩いて、歩いて、時に走って――。

 

 そうして私は……。

 

「まだ、森なのね」

 

 ドっと、疲れてしまっていた。

 足を動かすのだけは止めないけれど、それでも体は段々と重くなっていく。

 

 ――諦めちゃえば? 寝て起きれば、何か良い考えが浮かぶかも。

 

 そんな心の声まで聞こえてきて。

 私、疲れてるんだ、と嫌でも自覚してしまう。

 

 どうしようか?

 寝ちゃおうか?

 

 真剣に、そんなことで悩みだして。

 でも、そんな時に。

 

 ――どこからか、ケラケラ笑う少女達の声が聞こえてきた。

 

 その途端、ゾクッと背筋が寒くなった。

 

 ――寝てる場合なんかじゃない!

 ――早く行かなきゃ!

 

 そう、心が私を急かす。

 早足で、転けないように。

 私はその場から駆け始める。

 

 それでも、ケラケラという声は、何処までも聞こえてきて。

 すごく嫌、本当に嫌気が差してしまう。

 

 必死に走って、走って、走って。

 そうして、私は……気付いてしまう。

 

「ずっと、同じ所を、走って、る?」

 

 息も絶え絶えに、私はそれを自覚した。

 見ているもの、全てが同じだったから。

 

 ――だから、私は、足を止めて……。

 

 もう、どうすればいいのか、分からなくなって。

 私は膝を抱えて、近くの木に寄りかかる。

 

「何なのよ、一体。

 何なのよ、これはっ」

 

 理不尽、どうして私がこんな目にあっているのか。

 ……分からない。

 そう、私は分からないことだらけなのだ。

 

 お陰で、今は泣いてしまいそう。

 心細くて、悲しくて、理不尽すぎて。

 災厄が、形をなして私を虐めに来てるようにも感じて。

 そろそろ限界だって、自分でも自覚できるくらいに、私は弱りきっていた。

 

 森の暗さ、空気の悪さ――そして孤独。

 それらが私を蝕み、穴だらけにしていく。

 未だ、自分が思考できているのが不思議なくらい、私は諦めているというのに。

 

 このままで終わりたくなんて、無い。

 そう、嫌なのだ。

 私は訳も分からず、こんな所で一人朽ちたくなんてない。

 

 でも、私にはどうにも出来る力なんてないから。

 だから、私は暗い森の木々の隙間を、じぃと見上げていて。

 そして分かったのは、暗かったのは森のせいだけでなく、今が夜だということだった。

 

 ――それが、何? どっちにしろ、変わらないわ。

 

 口に出さずに、心の中で悪態を突く。

 それほどまでに、どうしようもなかった。

 それほどまでに、希望が見えなかった。

 

 ――だから、

 

「貴女、こんな所で何をしてるの?」

 

「――え?」

 

 そう、声を掛けられたのには、すごくすごく驚いた。

 びっくりして固まっている私に、ひょっこりと、彼女は顔を覗かせた。

 空を見上げていた私を、上から見下ろす形で。

 

 暗い中でもはっきりと。

 彼女はしっかりと色を持って、現れて。

 金髪のお人形さんみたいな女の子が、私を見つめていて。

 

「迷子の迷子の子犬さん? 貴女のおうちはどこなのかしら?」

 

「……私も、分からないの」

 

「あら、妖精に化かされているだけじゃなくて、記憶まで取られてしまったの?」

 

 不思議な謎かけをさせられている気分。

 もちろん、答えなんて分からないから、そのままに私は問い返す。

 

「妖精?」

 

「気付かなかったの?

 さっきまで聞こえていた笑い声よ」

 

 言われて、そして私は耳を澄ませる。

 さっきまでの怖かった声。

 必死に逃げ回っても、どこまでも追って来た声。

 あの怖かった声を、思わず聞き取ろうとして。

 そうして、私は気が付いた。

 

 ――あの声が、既に聞こえなくなっていることに。

 

「どう、して?」

 

「妖精のこと?

 それなら単に、子供は帰る時間と言ったまでよ」

 

 妖精、目の前の彼女の言い分だと、子供らしい。

 子供が、あんな事を?

 ……もしそうだとしたら、タチが悪いにも程がある。

 妖精だかなんだか知らないけど、見つけたらいっぱいお仕置きしなきゃ。

 そんな使命感じみたものが、私の中に沸々と湧いてくる。

 

「それで、妖精に化かされていた貴女。

 貴女は一体何をしてるの?」

 

「私にも分からないわ。

 ……記憶が無いの」

 

「そうなの。

 多分、こんな場所に居るから外来人だとは思うけれど。

 益々めんどうな子なのね、貴女」

 

「……しょうがないでしょう」

 

 私だって何も分からないのが怖いのだ。

 それなのに、ひどいと思う。

 でも、目の前の彼女は無反応のまま。

 ふーん、と言いながら私を眺めていた。

 

「それで、どうするの?」

 

「どうしようもないから、困っていた所なの」

 

「そう、可哀想ね」

 

 まるで他人事。

 いや、事実として他人事ではあるのだけれど。

 それでも、冷たいと思ってしまう。

 だから私は、目の前の彼女を少し睨んで。

 

 ――すると、彼女はほんの少しだけ微笑んだ。

 

 馬鹿にしているのだろうか。

 もしそうならば、酷いの一語では済ませられない。

 口に出したのなら、喚いて騒ぎまくってやろう、と。

 そんな迷惑な決意を、私は固めて。

 だから……、

 

「可哀想だから、今日は私の家に泊めてあげるわ」

 

「……へ?」

 

 彼女の言葉に、私は呆気にとられたのだった。

 そして、呆然としている私を、どこかおかしそうに彼女は眺めていて。

 くすくす、と可愛く笑ったのだった。

 

 

 

「ここが、貴方の家」

 

「そうよ、私の家」

 

 そうして、彼女に案内されるままに、私は家に招き入れられたのだ。

 家の中は洋風で統一されていて、所々に人形が座っていた。

 机に、棚に、キッチンに。

 至る所に人形は点在している。

 

「人形屋敷?」

 

「間違ってはいないわ。

 ……本当はもっと怖い所なのよ」

 

「……え?」

 

 フフ、と笑いながら、私にギリギリ聞こえる声で、そんな事を彼女は囁く。

 ゾクリ、と冷たい物が背中に走る。

 だって、その囁きがあまりに真に迫っていたから。

 やな感覚が私を包んだのだ。

 

「そう言う冗談、私イヤよ」

 

「そうなの、可愛いわね」

 

 冗談めかすように言って、彼女は私の頭をサラリと撫でる。

 彼女の手、思っていたより優しい。

 何だか、驚くほどに落着いてしまう。

 

「可愛くなんて、ないわ」

 

「そういう反応もね」

 

 揚げ足取りだ、そういうのズルイ。

 だけど、私にできるのは、むぅと、彼女を見上げるだけで。

 そこで私は、彼女が私より一回りほど大きい事に気がついた。

 

「変な事を言うの、私の背が低いから?」

 

「さぁ、何でかしらね」

 

 分かり易く誤魔化して、彼女は何も語ろうとはしない。

 でも、少しゆるくなっている表情が、何もかもを雄弁に語っている様に感じる。

 

「……もぅ」

 

「フフ」

 

 弄られてる、面白いように。

 それが少し不愉快だけれど、何故か本気で怒れなくて。

 だから私は、やや深めにしかめっ面を浮かべるのだ。

 

「さて、貴女」

 

 目の前の、金髪の色とりどりの彼女が、私に問いかける。

 何か、と耳を傾けると、彼女はサラリとこんな事を聞いたのだ。

 

「これから、具体的には寝て起きて、それからどうするの?」

 

「どうって……」

 

 いきなり真面目な話に戻っていた。

 からかうだけからかって満足したのだろうか?

 まぁ、今はそんなことよりも掛けられた質問を返す事が最優先なのだけれど。

 

「帰る場所を探すの?

 幻想郷を探索するの?

 それともここに居つく気?」

 

「それ、は」

 

 私がすべき事、その指針がすっかり私からは欠けてしまっていて。

 だから、私がすべきこと、それは……。

 

「記憶、それを探したいの」

 

「でしょうね」

 

「あのね、だから」

 

 きっと、それは私一人ではどうにもならない事だから。

 だから私は、目の前の、私を助けてくれた彼女にお願いするのだ。

 

「助けて、欲しいの。

 私の記憶、私の欠片探しを、手伝って」

 

 後半になればなるほど、声が掠れていく。

 図々しいと、自分でも自覚していたから。

 だから顔を俯かせて、自分の顔を見えない様にする。

 だって、きっと泣きそうになってるだろうから。

 そんな顔を見せるの、すごく迷惑だろうし、ズルイし、何より私が嫌だから。

 

「はぁ、勝手に頼んで、勝手に結論を下すのね」

 

 呆れた様な声が、私の上から掛けられる。

 それが気まずくて、私はもっと身を竦ませてしまって。

 

「――え?」

 

 優しく、私の頭に手が置かれていた。

 私の頭に、温かく柔らかい手が。

 緩やかに、私の頭を撫でつけていた。

 

「良いわ、片手間で良ければ手伝ってあげる」

 

「本当に?」

 

「私は嘘を言わないタチなの」

 

 顔を挙げると、優しい手付きと同じく、優しい顔をした彼女の顔。

 少しめんどくささが滲んでいるけど、それも大して気にならない程度で。

 だから、私は問いかけるのだ。

 

「どう、して?」

 

「人を助けるのに、理由は必要なの?」

 

 本当の、善人の様なセリフ。

 だけれど、彼女がそんな人でないのは、すっかり私は分かっていて。

 彼女を見上げる形で睨むと、彼女は肩をすくめて、そうして私に本音を語った。

 

「私は一人で居すぎたの。

 だから、人間観察が必要なの。

 私は人形の自立を成し遂げたいから。

 それを成すために、まずは心を持ってる物の観察が何よりも必要なのよ」

 

 偽りの無い本音、あっさりと告げられて。

 私は観察動物か何かか、と少し不満にも思ったけれど。

 それ以上に、助かったという気持ちが強くて。

 不満なんて、どこかに吹き飛んでしまう。

 

「ありがとう、えっと……」

 

 そこで、ようやく私は大切な事に気がついた。

 そう、名前だ。

 彼女の名前、まだ聞いてない。

 

 あれ、聞いてなかったの? と今更ながらにそんな事を。

 自分のことながら、うっかり具合に驚いてしまいそうになる。

 私が言い淀んでいるのを見て、目の前の彼女は首を傾げていたけれど、少し考えてから得心が言ったように、私の目線に顔を合わせて、こう告げた。

 

「私はアリス。

 アリス・マーガトロイド、しがない魔法使いよ」

 

「アリス……」

 

 その名前を聞いた瞬間、何だか心に広がったものがあって。

 不思議と、温かさと共に、何かが溢れて来た。

 

「魔法使いには、驚かないのね」

 

 妖精には戸惑っていたのに、と小さく呟いていて。

 それが少しおかしくて、ようやく私は、笑みを浮かべられたのだ。

 

「何?」

 

 彼女、アリスが不思議そうに、私に問いかけてくる。

 それが、何故だか胸が温かい。

 だから、私は温かさと共に、一緒に湧いて来たモノを言葉にして、アリスに告げる。

 

「ドロシー、きっと私の名前はそれだわ」

 

 自然と、アリスの名前を聞いたら浮かんできた名前。

 どうしてだか、アリスとピッタリな名前に思える。

 それはアリスも思ったのか、微笑を浮かべて私を見る。

 

「そう、良い名前ね」

 

 一言、アリスは告げただけだったけど。

 それでも、アリスに認めてもらった気がして、すごく嬉しくなったのだ。

 

「よろしく、アリス」

 

「呼び捨てなんて、生意気な子ね」

 

 そう言う彼女は、言葉の割には怒って無くて。

 優しく、私の頭をまた撫で付けるのだった。




ドロシーはきっと魔法少女になれる(適当)。
いやいや言うのが彼女の口癖。

記憶喪失とかベタすぎる導入。
続きを書くならば、アリスの助手として色んな場所へと赴きます。
最終的には、魔界に討ち入りする(意味不明)。


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ゆうかりん物語(東方Project)

のうかりんにするはずが、ゆうかりん憑依ものになってしまった作品。
多分ゆうかりんの中の人もアホの子。


 朝、目覚めると知らない部屋にいた。

 

「知らない天井だ……」

 

 このセリフこそ、様式美であろう。

 で、ここはどこなのだろう?

 

「っは!? まさか!」

 

 酔った挙句に男の人の家に上がり込んだとか? お酒飲んだ覚えないけど。

 お酒だけでなく、雰囲気に酔ったとか、人に酔ったとか、酔うにも色々な種類がある。

 いま関係ないことだけれど。

 

 まあ、男性の家という事はないだろう。

 置いてあるコートとか日傘とか、全部女性ものだから。

 でも、それ以外の私物があまり見つからない。

 そもそも私物自体が少ない、モノをあまり置かない人の部屋だろう。

 

「すみませ~ん」

 

 小さく呼びかけるように、声を出す。

 小心者の私に、今の状況は辛いものがある。

 できれば、誰かこの家の人に会いたい。

 そしてどうなっているのかを説明して欲しい。

 

「誰かいませんかー」

 

 心持ちは幽霊屋敷を彷徨っているようなもの。

 出てきたら、それはそれで開幕土下座不可避である。

 

「居るなら返事ください」

 

 ……そもそも、どうして私がこんな状況に置かれねばならないのだ。

 むしろ私は、人を見つけたら速攻で訴訟できるのではないか?

 それこそ大正義、今なすべきことなのでは?

 

「いやいやいや」

 

 錯乱してる、うん。

 落ち着け私、大きな声出して錯乱してる奴が、ホラー映画とかでは最初に死ぬんだから。

 

「ふもっふっ!」

 

 よし落ち着いた、私は大丈夫です!

 うん、行ける。

 弟に落ち着くための呪文として教えられていた言葉。

 とりあえず口に出してみると存外落ち着けた。

 言ってる私の絵面を想像すると、頭が悪すぎて正気に戻っただけなのだけれど。

 

 さて、探索続行。

 といっても、家自体がそこまで広くないみたいだし、あと扉を一つ除いて、見回りは終了してしまった。

 

「誰もいない」

 

 何故いないし、居てよめんどくさい。

 にしても困った、気分的にはもう空き巣である。

 そして最後の扉にも、誰の気配すら感じない。

 いい加減にして欲しいものである。

 

「よいしょっと」

 

 最後の扉を開ける。

 そこにあったのは、誰もいない洗面所。

 もはや予定調和のごとく、私は一人っきり。

 憂鬱が脚を忍ばせて、近くまで訪れていた。

 ……このままでは気分が滅入る。

 家の人には悪いけど、ちょっと洗面所を借りよう。

 顔を洗って気分転換、うん、悪くない選択だ。

 

「失礼しまーす」

 

 こっそりと、洗面所に近づく、ちょっとドキドキしながら。

 そこで、私は思わず声を漏らしてしまった?

 

「は?」

 

 洗面所なのだから、当然そこには鏡がある。

 綺麗な鏡、白雪姫に出てきそうなピカピカ振りだ。

 でも、問題はそこじゃない。

 そこに映っていた人物が問題だった。

 

「誰?」

 

 そこには恐ろしいくらいに整った美人が、間抜けヅラを晒して鏡に映っていた。

 

「済みません、どちら様でしょうか?」

 

 思わず尋ねてしまうと、鏡の中でも美人さんが、同じように口を動かし始める。

 はは、モノマネか、似てる似てる……。

 はは、ははは……はぁ。

 

 ちょっとため息、フフ、今いい感じに混乱してるわ、私。

 とりあえず息を吸う、大きく大きく、これでもかという程に。

 よし、準備はオッケー、何時でも行ける。

 

「はあぁぁぁ!? 誰よあなたっっっ!!!」

 

 ふぁっきん!

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

「ということがあったの」

 

『大変だね、ゆうかりんも」

 

「そうなの、大変なの」

 

 あれから二時間後、現在ようやく話せる相手が見つかった。

 見つけた時にはビビったけど、今は落ち着いて話ができる。

 うん、昔の総理大臣も言ったもんね、話せば分かるって。

 あと、私の名前は風見幽香らしい。

 感想的にはそうなのかー、だったが。

 

『でも、今も別人なんだよね、ゆうかりん』

 

「そうなの、本人さんはどこに行ったのかしらね」

 

 私が話している相手、それはここがどこか確認するために外に出た時に見つけたのだ。

 それは外に大量にあったもの。

 

『さあ、でも困ったね。

 ゆうかりんがいなきゃ、私たちどうなっちゃうんだろ』

 

「どうなるの?」

 

『飢えて死ぬ、もしくは枯れる』

 

「生死が関わっているのね」

 

 それは、大量の向日葵。

 外に出た瞬間に、ちわっす、なんて挨拶をカマしてきたのだ。

 脳に響き渡る感覚に、私は騒然としていた。

 具体的に言うと、こいつ直接脳内に!? となっていた。

 

『ゆうかりんは”花を操る程度の能力”を持ってたからね。

 体はゆうかりんなんだから、何とかできない?』

 

「私サイキック戦士じゃないから」

 

 何だ超能力者か……納得していいのか、これ。

 もう何もかもが現実を超越しすぎて、訳分かんない。

 

『一応やってみてよ、僕達も死にたくないし』

 

「んー、どうすればいいの?」

 

『ささやき いのり えいしょう ねんじろ!

 とってもいーじー』

 

「むしろクレイジー」

 

 だからサイキックなのは無理だって言ってんよ!

 でも、もしかしたら万が一なこともあるかもしれない。

 ……一応、やってみよう。

 いのり ささやき えいしょう ねんじろ……工程がメンドくさい!

 適当な事ほざこう、うん。

 そうして出来た呪文がこれ。

 

「ひまわりさん、おっきくなーれ」

 

 ……あ、頭悪い、自分のことながら頭が悪い!

 でも、リリカルマジカルが正解じゃないことだけは知ってる。

 弟が嬉々として言わせようとしてきたあたり、危ない呪文なのかもしれない。

 例えば白い悪魔とかを呼んだりとか。

 

『もっと気持ちを込めて』

 

「ひ、ひまわりさん、おっきくなーれっ!」

 

 何だこの恥ずかしさ!?

 死ぬ、羞恥にとらわれて死ぬ!

 私は一体何をやっているのだ、本当に。

 

『おっ、きた』

 

「マジで?」

 

『マジマジ』

 

 そうひまわりが言った途端、急にぐんぐんとひまわりが伸び始めた。

 その様相は、まるでジャックと豆の木を彷彿とさせるもの。

 ぐんぐんとひまわりは伸びていく、雲さえ突き破って。

 

「うわぁ」

 

 思わず声を漏らさずにはいられない。

 そこには、猛々しくそびえ立つ、ひまわりの姿が。

 さっきはジャックと豆の木といったが、最終的に太陽の塔と化していた。

 ……どうしろというの、これ。

 

『ゆうかりん、やりすぎ』

 

「はい」

 

『でも、気分は良い』

 

「左様で」

 

 ちょっと頭がくらくらする。

 力を使いすぎたとか、そういうのじゃなくて、あまりの奇天烈な事態にだ。

 

「今日は寝ようそうしよう」

 

『ゆうかりんおやすみー』

 

「うん、おやすみ」

 

 さぁ、寝よう。

 もしかしたら、寝て起きたら全てが元に戻ってるかもしれない。

 うんうん、と頷きながら、家の扉を開けた。

 

「あら、幽香。ごきげんよう」

 

 ゆっくり、ドアを閉める。

 誰だ今の、何故家の中にいたし。

 普通に不法侵入なんだけど……。

 

 いや待て、さっきの様子だと幽香さんの知り合いのようだった。

 ここは相談してみるべきだろうか。

 ……うん、自分ひとりではどうにもならないし、そうするしかなさそうだ。

 覚悟を決めて、もう一度、扉を開ける。

 

「いきなりご挨拶ね、そんなに会いたくなかった?」

 

「いえ、むしろ都合が良いわ」

 

「そうね、異変を起こすのなら、一言声かけをして欲しいものだわ」

 

 異変?

 と思って外を見ると、空高く輝いている日輪の如きひまわりの姿。

 ……確かにこれは異変ですわ。

 

「元に戻したほうが良いの?」

 

「いえ、見たところ、有頂天まで届いてるようですし。

 暇をこじらせた天人達の、退屈しのぎにもなりましょうや」

 

 よく分からないけど、要するにそのままにしとけってことだよね。

 何か黒いものが見え隠れしてるけど、これから頼ろうとしているのだし、見なかったことにしておこうそうしよう。

 というか天人て、これはファンタジーへ一直線だわ。

 

「幽香、あなたどうしたの?

 色々とおかしいわ。

 中身(魂)もミキサーに掛けたかのよう」

 

「私も自分の頭がおかしくなってるみたいなの。

 少し頼らせてもらっても?」

 

 ほぅ、と興味深そうに感嘆する、謎の淑女。

 これはワンちゃんあるわね、きっと。

 

「朝起きたら知らない人になってたの。

 何を言ってるのか分からないと思うけれど本当なの、信じて」

 

「落ち着きなさい、重要な話のようですしね」

 

 にこりと、紫色の淑女が語った。

 それに乗せられるかのように、私は語る。

 起きてから今までの事を……無論、外での呪文の件は適当にはぐらかして。

 

「あらあら、では今のあなたは風見幽香ではないと、そういうことね」

 

「体はその人のものらしいけど」

 

 ふんふんと聞いていた彼女。

 そして彼女は頷いて、こう言った。

 

「放置ね」

 

「なじぇに!?」

 

 噛んだ、解せない。

 でもそれ以上に、彼女の言葉の方が解せなかった。

 

「だって、ねぇ」

 

 意味深に笑う彼女。

 扇子で口元を隠してくつくつと笑っている。

 それがそこはかとなく色気を放っているが、今は関係ない。

 それ以上に、問題なことがあるのだから。

 

「言いたいことがあるのなら、はっきりと言って」

 

 勿体ぶるから、急かしてしまう。

 私は推理小説でも、焦らされすぎると、先に答えを読んでしまうのだ。

 弟に、鬼だ、外道の極みだ! などと罵られる程度の忍耐力しか持ってない。

 故に、さっさとはっきりさせて欲しいものだ。

 

「いえいえ、あなたの方が、仲良く出来そうだと思っただけですわ」

 

 ……胡散臭い、華麗臭の如くに漂ってくる胡散臭さだ。

 ほほ、何て笑っているが、阿呆な私にも分かる程に危険な感じがする。

 絶対、お腹の中では別のことを思っているだろう。

 

「私が困るのだけれど」

 

「私は困りませんわ」

 

 イラっとした、確かに他人事なのだろうけど、その言いようはあんまりだと思う。

 

「少しは慰めてくれないの?」

 

「寝たら忘れそうな顔をしておりますわ」

 

 馬鹿にされてる、かつてないほどに馬鹿にされている。

 おこです、激おこ不可避です。

 

「そこから動かないで」

 

「いえ、そろそろお暇しようとしていたところですわ」

 

「ふふ、遠慮しないでいいのよ」

 

「いえいえ」

 

 アイアンクローを掛けてあげようとした瞬間、彼女の足元に穴ができた。

 穴からは、沢山の目玉がこちらを覗いており、ぎょっとする。

 思わず足を止めてしまったところで、彼女は微笑みながら告げた。

 

「では、ごきげんよう」

 

 穴に落ちていく彼女。

 私は、ただそれを見送ることしかできなかった。

 

 

「……釈然としない」

 

 何か一方的にからかわれただけで、ロクな目に遭わなかったような気がする。

 あの紫の人、性格が悪い。

 名前も聞き忘れてしまったし。

 ひどくモヤモヤする、こういう時は……。

 

「うん、寝よう」

 

 寝て忘れよう、もしかしたら元に戻っているかもしれないし。

 そう思い、私はベッドに向かう。

 二度寝は至高、それが私の流儀。

 

 

 

 なお、

 

「やっぱ、元には戻らなかったかぁ」

 

 戻れよ、切実に。




続くとしたら、のんびりとした幻想郷ライフを送りつつ、どうやってこの体から離脱するかを試行錯誤する感じのお話になると思われる。
なお、その際に発生する奇行のせいで、風見幽香がイカレタとかいう風聞が幻想郷中に流れる模様。


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三咲町の大図書館(魔法使いの夜×東方Project)

いつもの発作で書いた作品。
冬木の街の人形師と同じ世界観をしています。
尤も、本編のはるか過去の話なため、全く関わりを持ちませんが。
本編完結は遥か彼方、スピンオフ的な作品だから書けるわけがなかった。


 私、パチュリー・ノーレッジは辟易としていた。

 それは何故か?

 理由は至極簡単である。

 

 ――書庫の整理が、終わらないのだ。

 

 本は好き、三度の飯よりもというやつである。

 しかし、だからといって”一日中本に携わることができて幸せでしょう? だからこのまま朽ちるまで働いてもらうよ”などと巫山戯た待遇で扱き使われる謂れは全く持って、これっぽっちも存在しない。

 人手が少ない故の作業過密、このご時勢によくもまぁと呆れるものだ。

 けれど……時代がそうさせているのだから、仕方がないのかもしれない。

 

 現在、私が所属しているルーマニア正教会は、端的に言って人手不足なこと甚だしい。

 これも、政府による宗教弾圧が徹底しているから。

 お陰で、小パリとまで謳われた天下のブクレシュティは、陰惨と荒廃の色を強めている。

 街の調和が崩れて、酷く歪な形として矛盾が噴出しているのだ。

 そのせいで街の宗教者はめっきりと姿を減らし、私の様な魔術師上がりがこのルーマニア宗主宮殿の大図書室を整備する羽目になっている。

 かつての栄華を思うと、甚だ衰退したものだ。

 まぁ、私にとってはそんな事は関係ないのだけれど……迷惑さえ掛からなければ。

 

 現在、絶賛人手不足迷惑進行中の私としては、こんな物は全て投げ出して逃げ出したく思っている。

 そもそも喘息の私を、こんな埃っぽい場所で働かせる事自体が拷問に等しい。

 わざわざ薬を飲んでまで組織の為に毎日を尽くすなど、とてもではないが柄ではない。

 

 ――なので、そろそろ私はここを捨てようと考えていた。

 

 本がある場所だからここに居着いていたが、大体の本の中身は私の頭の中に収まっている。

 最早ここにいる利益はないのだ。

 利益だけでなく、繋がりもまた存在しない。

 魔術師を雇っているとは言っても、それは能力がある者や宗教に造詣が深いものといった選り好みを行っている為、魔術師自体の総数が少ない。

 組織が乗っ取られない為の措置であろうが、全く持って贅沢がすぎるというもの

 

 しかも魔術師に対して、宗教者達はこぞって冷たい。

 時代が時代だからこその呉越同舟とはいえ、流石に一日薄給で扱き使われる労働待遇には既にウンザリしていたところだ。

 そもそも、この国自体が神秘を否定する様になっている為、別の国に移った方が、魔術師としては大いに遣り易い。

 土着の土地持ち魔術師達には辛かろうが、幸いにして私は領地などを持ち合わせてなどいないのだから。

 

 この身一つ、脳裏に潜むは摩天楼がごとき知識の山。

 どこででも、やっていく自信はある。

 そんな意気込みではあるが、一応は伝手を持っていた。

 少々遠いが、一から関係を構築していくよりかは大分宜しいと言えよう。

 亡命するにしても、何も無い所よりかはある場所の方が良いに決まっているのだから。

 

 前々から考えていた。

 この場所を、国を出ていく事を。

 だか私は準備を着々と進めて、時節が到来するのを待っていた。

 時が来るのを、チックタックと鳴る時計を、時折睨みつけながら。

 

 

 

 ……そうして、チャンスはやって来て。

 私は休暇を届け出て、国を出た。

 受理された休暇届が、有給でなかったのには呆れて声も出なかったが。

 でも、お陰で後腐れなく去ることが出来る。

 大図書館の整理を途中で放り投げたが、八割方整理は済んでいるのだから、後は他の面々でやれば良い。

 これ以上私が面倒を見る理由は無いのだから。

 そんな恨み辛みを吐きつつ、私はブクレシュティとルーマニアを捨てた。

 思い出はあるが、忌々しい事が大半である為、望郷も郷愁もひどく薄い。

 

 最後に、友であった吸血鬼に挨拶くらいしておけば良かったかとも思ったが、行動は迅速でなければ意味を成さない。

 正教会から逃れられても、国から逃れるのは一苦労なのだ。

 寄り道は余裕がある時に、今回は余裕が無かっただけの話。

 まぁ、何時か縁があれば出会うことも出来よう。

 そう判断して、私はこの国を後にした。

 土地よりも、そちらの方にほんの少しだけ未練を感じていた……かもしれない。

 

 まあ、そんなあるかどうかも分からない感傷は置いておいて。

 私はフィンランド経由で、目標である土地へと向かっていった。

 それにしても飛行機とかいう鉄の塊が空を飛ぶなど、全く持って巫山戯た話だ。

 文明は魔術師を馬鹿にしてるとしか思えない。

 こんなのがポンポンと出てこられたら、魔法使いも魔術師に堕ちよう。

 お陰で神秘が弱ることったらありゃしない。

 

 でも、折角だから構造や理論だけは知っておきたいものだ。

 何れは、その理論が魔術に応用できるかもしれないのだから。

 ……それはそれで、最終手段ではあるのだけれど。

 そんな魔術師としては失格な事この上ない事を考えつつ、私はこの地に降り立った。

 

 ――その名は日本、隠遁する者にとって都とさえ言われている魔術的無法地帯。

 

 と言っても、地主はいるし、霊脈切り取り放題なんてこともない。

 ただ、魔術協会の監視が緩いという一点だけに、この土地に来た価値がある。

 もう、社畜はゴメンであると固く誓って、私はやってきたのだ。

 

 そういう訳で、私はそそくさと移動を開始した。

 バスに乗ったり、電車に乗ったり。

 高度経済成長を果たしたこの国は、どうにも空気が濁っている。

 田舎までこんな事になっていなきゃ良いけれど。

 そんな事を考えつつの、のんびり旅。

 咳をゴホゴホとしてしまうのが、悩みどころである。

 

 ……そうして、幾らの電車を乗り継いだであろうか。

 私は秋古城という駅で降りた。

 とても小さな駅、空気は澄んでおり清浄であった。

 

 そこから私は、見たことはないが懐かしさを覚える道を、ひたひたと歩いていく。

 このような田舎、嫌いではないと思いながら。

 ただ、どうにも歩くのは堪える。

 田舎なのは良いが、休めるベンチも、自動販売機もないのは少々辛い。

 不親切とさえ言って良かった。

 けれども、無理矢理にも歩いていく。

 強化の魔術で足と肺を強化しての強行軍。

 山に行くには、些か体力的に辛かったのだ。

 

 けれども、ここを登りきらねば、お話に成らない。

 ということで、非常に辛い行軍の果てに、ようやく山を登りきった。

 これこそが消耗戦、なんて嫌がらせ、と罵倒しつつ、私は民家の……直ぐ傍の森にある小さな洞穴に足を踏み入れた。

 在るかどうか、境目を曖昧にさせる結界を通り越して、私は辿り着く。

 感じさせられる郷愁も、懐かしさも、全てを馬鹿馬鹿しいと切り捨てて。

 

 ――そこには、彼がいた。

 

 肉体を持っているのか、霊体となっているのか、その境目さえ曖昧な彼。

 この世で数少ない、”魔法使い”と呼ばれている人物。

 申し訳程度の貸しを作った、腐れ縁。

 

「久しぶりね、蒼崎」

 

「久しいな、ノーレッジ」

 

 形式だけの、薄ら寒い挨拶。

 これは私が挨拶したから、自動人形の様に返事をしただけだろう。

 全く持って、不愉快極まる。

 

「要求があるわ」

 

「聞こう」

 

 だがその分、会話はひどくスムーズだ。

 事務的が極まると、ここまで無味乾燥になるのかと呆れてしまう。

 けれど、私にとって楽であることに越したことはない。

 淡々と、彼に告げた。

 彼が、恐らくは呑むであろう条件を。

 

「かつての貸しを返してもらうわ。

 要件は簡単。

 貴方の霊地に居を構えたいだけ。

 それ以上は何も要求なんてしないわ」

 

「了解した、呑もう」

 

 そして想像通りに、ひどく呆気なく、彼は私の要求を受諾した。

 俗世の事に興味などなく、他人も家族も興味なんてないのだろう。

 全く、魔術師から魔法使いになっても、度し難いものには変わりないようだ。

 そう、私は蒼崎を内心で扱き下ろしていると、但し、と彼は言ったのだ。

 

「何?」

 

「丁度、マインスターの娘がいる。

 屋敷を構えて、私の孫もそこに居る」

 

「わざわざ魔術師同士を住まわせるの?」

 

「アレは未熟、学べる者から多くを学ぶべきである」

 

 現代の魔女と謳われている者の下に自分の血族を送る。

 慈愛からか、興味の範囲外なのかは分からない。

 だが、形でけとは言え、こいつが身内を気にする様な事を言うのは、逆に珍しくある。

 だから私は、了承をするつもりで訊ねたのだ。

 

「教師役をしろと?」

 

「あぁ」

 

 実に感情のない声。

 慈悲が垣間見えたと思ったら、即座にそれを否定する。

 思考の実験か、それとも魔法使いが故に感じる苦悩であるのか。

 どちらにしても、面倒くさく、馬鹿馬鹿しいものである事に変わりはない。

 一生、答えのない問いを永遠と考え続けるだけになるのだから。

 

 でもまぁ、わざわざ拒否することでもない。

 そう考えて、私は彼に頷いた。

 こちらも、努めて無表情で。

 

「では、行くが良い」

 

 それだけ言うと、再び思索の海へと彼は帰っていって。

 私も、これ以上ここには用はなかった。

 ただ、小言の一つでも零したくなって。

 帰り際に小さく、だけれども聞こえてることを確信して言ったのだ。

 

「貴方はただそこにあるだけ。

 今だけしか無いものなんて、どう考えても救いはない。

 知性がないものに等しいもの。

 早く朽ちられたら、きっと幸せでしょうね」

 

 ほんの少し、精気(オド)が揺らめいた。

 だけれど、私はそれを確かめることもなく、この場を後にする。

 きっと、彼は今私が来たことも、既に忘れているであろうと確信しながら。

 

 ――さぁ、新しい生活を始めよう。




パッチェさんは可愛い、それだけは真実(適当並感)。


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大人になるにはどうするの? プロローグ(東方Project)

単独掲載していたけれど、更新の宛がなかったためお引越ししてきた作品。
掲載は計画的に……。


プロローグ 子供扱いって、やっぱり気に入らない

 

 私はいつも子供扱いされている。

 頭を撫でられたり、ぎゅって抱きしめられるとすごく心が落ち着くけど。

 でも、毎日そんなことをやられていたら、私だって面白くない。

 

「アリスちゃん、今日もママと一緒に寝ましょうね。

 夢子ちゃんも一緒に寝る?」

 

「いえ、私はもうそんな歳ではありませので。

 それにアリスだけ十分でしょう。

 ベッドの広さ的にも」

 

「あらあら、残念ね」

 

 全然残念そうに言っていないお母さん。

 それはきっと、夢子お姉ちゃんがオトナだからだ。

 だから別々に寝るのが当たり前なんだって、そう思っているんだ。

 

 そうして今日もお母さんに頭を撫でられながら、眠りに落ちる。

 それはとっても落ち着いて、お母さん大好きって寝る前に囁いて。

 ……やっぱり私が子供みたいで面白くなかった。

 

 

 

 そんなことが続いていたから、お手伝いできることはお手伝いしよう。

 自分でそういうルールを決めた。

 私は子供だって、ずっとそう思われているのが嫌だったから。

 

 毎日、夢子お姉ちゃんと一緒にお買い物に行ったり、お料理の手伝いをしたり。

 お母さんの難しいお仕事も、いっぱい一緒に考えたり(考えてもよくわからなかったけど)。

 マイやユキ達が困っていたら、一緒にどうにかしようとウンウン唸ったりもしていた。

 

 魔法のお勉強だって、一生懸命にした。

 みんなが暇な時、お母さんから借りた魔道書を頑張って読み解いて、少しづつ使える魔法が増えていったのだ。

 そうすると、みんな褒めてくれた。

 わちゃわちゃと頭を撫でられまくり、もみくちゃにされて、最後に夢子お姉ちゃんに髪を梳かしてもらう。

 夢子お姉ちゃんはすごく髪を梳かすのが上手で、すっごく気持ちいいの。

 

 でも、やっぱりそれって子供っぽいと思う。

 だから夢子お姉ちゃんに、髪の梳かし方を教えてもらったりした。

 お姉ちゃんは教えるのも上手で、私はすぐに一人で上手に梳かせるようにもなった。

 だけれど、やっぱり夢子お姉ちゃんに梳かしてもらった方が気持ち良い。

 でも子供みたいで悔しいから、一人で髪を梳かす。

 お姉ちゃんは ”アリスの髪を梳かすの、大好きだったんだけどね” なんて嬉しいことを言ってくれた。

 すっごく嬉しかったけど、大人な私は髪を梳かして、っていうのを我慢する。

 かわりにお姉ちゃんの髪にブラシを入れて、私が梳かしてあげたのだ。

 お姉ちゃんも喜んでくれたのが、すっごく嬉しい。

 ちょっとお姉ちゃんの気持ちがわかった瞬間。

 また一歩、大人に近付いた。

 

 そうして積極的にお手伝いすることで、私はお料理も洗濯も、一人前にできるようになっていた。

 全部、夢子お姉ちゃんのお陰だ。

 お姉ちゃん大好き、ありがとう。

 ……でも口にするのは恥ずかしい、大人な私はそっと感謝を心の中に閉まって鍵をかける。

 かわりに、毎日お姉ちゃんの肩もみをした。

 きゅっきゅって、親指に力を入れて。

 気持ちいいよ、ってお姉ちゃんが言ってくれるくらいに、私は肩もみが上手になっていたのだ。

 お仕事を頑張っているお母さんにも、肩もみをしてあげたら、すごく喜んでくれた。

 でも頭をいっぱいナデナデするのはやめて欲しい。

 嬉しすぎて、子供に戻っちゃう。

 それから、マイたちにもしてあげたら、痛いってすごく怒られた。

 お仕事をしてないから、肩が柔らかいままなんだ。

 もうちょっと、みんな苦労するといい。

 

 

 

 そんなことを続けて、もう1年近く。

 夢子お姉ちゃんは、すっかりアリスも一人前だね、何て褒めてくれた。

 でも、自分で分かるくらいに私はまだ半人前だ。

 

「うぅ、ここの魔法が上手く作動しないよぉ」

 

「アリスちゃん、深呼吸して。

 落ち着いて、ゆっくりやりましょう」

 

 お母さんは優しく指導してくれるけれど、自分でも分かるくらいにあんまり進歩してない。

 壊れたものを修繕する魔法とか、モノ探しの魔法とか、そういうのは割と得意だったりする。

 でも、かっこいい魔法が使えない。

 私ができる唯一の攻撃魔法は、ユキ達の手によって”ホーミングたくあん”と名付けられた。

 絶対に許さない。

 と、それは置いておいて。

 そんなことがあって、私の魔法習得は中々に難航していたのだ。

 

「夢子お姉ちゃん、私ってどうすれば魔法が上手くなるかな?」

 

 そのせいか、弱気になっちゃった私は、気付いたら夢子おねえちゃんに相談していた。

 だって、悲しくて、悔しくって、どうしようもなかったんだもん。

 多分泣きそうになっていた、泣かないように我慢していたけれど。

 

 だからなのか、優しい夢子お姉ちゃんはいっぱいいっぱい考えてくれて、そうしてこんな提案をしてきたのだ。

 

「そういえば幻想郷ってところで、スペルカードなんてものが流行っているらしいね」

 

 夢子お姉ちゃんに詳しく聞くと、幻想郷ってところで喧嘩した時の解決手段として、弾幕ごっこと呼ばれているものがあるらしい。

 

「弾幕ごっこは喧嘩だから、必要以上にいじめられることもなく、訓練には丁度いいかも。

 攻撃魔法とかが使えなきゃできないものだしね」

 

 そんなことを夢子お姉ちゃんは言っていた。

 弾幕ごっこ……うん、やってみたいかも。

 だから私は、お母さんにそれを伝えに行ったのだけれど……。

 

「アリスちゃんが怪我したらどうするの!

 もっと大人になってからじゃないとダメです!!」

 

 ……すごく、すっごくムカっとした。

 私は大人になるために頑張っているもん、一生懸命なんだもん。

 なのにお母さんは、私の頑張りを見てくれていない。

 とにかく気に入らなかった、だからお母さんに大声で私は怒鳴ったのだ。

 

「お母さんの馬鹿! もう知らないんだから!!」

 

 ツンと背を向けて、お母さんの仕事部屋から出ていく。

 ちょ、アリスちゃん!? なんて叫び声が聞こえたけれど、ガン無視した。

 走ってその場をあとにする。

 今から行くのは……夢子お姉ちゃんの部屋だ。

 

 

 

「お姉ちゃん! お母さんがダメって言った。

 私がどうしても弾幕ごっこがしたいって言ったのに!」

 

「はいはいアリス、落ち着きなさい。

 もぅ、お母さんは何時までも過保護なんだから」

 

「これが落ち着いてなんていられないよ!」

 

 私も頑張ってたんだから、少し位ご褒美をくれてもいいのに。

 お母さんのけちんぼ! おたんこなす! 魔界神!!

 

「で、アリスはこれからどうしたいの?」

 

 夢子お姉ちゃんが、頭を撫でてくれながら話しかけてくれる。

 そうだった、私はお姉ちゃんに相談しに来たんだった。

 

「お姉ちゃん、私はもうこれは家出しかないと思ったの」

 

 お姉ちゃんの頭を撫でてくれていた手が、ぴしりと固まる。

 ……やっぱり、家出は悪いことだよね。

 

「でも、家出するとお姉ちゃんもお母さんも心配すると思うの。

 どうすればいいかな?」

 

 お姉ちゃんは本当に困ったように、ポリポリとほっぺを指で掻いていた。

 ……私がお姉ちゃんを困らせている。

 今の私はきっと悪い子。

 だけどそれほど私は怒っているのだ。

 そうして、答え倦ねていたお姉ちゃんは、はぁ、と溜息を一つ吐いて、また私の頭を撫でてくれた。

 

「アリスってさ、悪いことしようと思っても、悪い子に成りきれないよね」

 

「だって、お姉ちゃん達に嫌われたくないもん」

 

 そう言うと、こいつめ! って笑いながら珍しくお姉ちゃんが私をもみくちゃにした。

 でも本当のことだもん、お姉ちゃんもお母さんも、他のみんなも大好きなんだもん。

 

「だからね、お姉ちゃん。

 何か良い案はないか、それかお母さんが納得できるように何か一緒に考えて」

 

 我ながら結構な無茶ぶりをしていると思う。

 それでも、夢子お姉ちゃんなら何とかしてくれる。

 そんな信頼があったのだ。

 

 だからそんな優しいお姉ちゃんを困らせているのは、本当に悪いと思ってる。

 お姉ちゃんの肩もみをしながら、どうやってお返ししようか、その方法を考え始めたのだ。

 

 ――そうして沈黙が訪れる。

 私もお姉ちゃんも考えているのだから、静かになるのは当たり前。

 だけれどそんな中で、うーん、と唸りながらお姉ちゃんの肩もみをしている私に、天啓が舞い降りたのだ。

 その発想は、夢子お姉ちゃんが毎日来ているメイド服から。

 

「お姉ちゃん! 私、幻想郷って所でメイドさんとして働く!」

 

「……はぁ?」

 

 イマイチ意味が飲み込めてなさそうなお姉ちゃんに、私は宣言したのだ。

 

「私、今日から働く!

 幻想郷って所で住み込みで働くの。

 だからおうちも出てく」

 

 ポカンとしたお姉ちゃん。

 その次に、目を白黒させて。

 そして最後に頭を抱える。

 

「お姉ちゃん、どこかヘンだったかな?」

 

「いや、変っていうか、その」

 

 お姉ちゃんが、明らかにどうすればいいのかがわからなくなっている。

 こういう状況を、困惑っていうことくらいなら、私は知っている。

 だからそれを正そうと、私は胸を張って堂々と告げた。

 

「私、夢子お姉ちゃんに教えてもらったから、大抵の家事はできるよ」

 

「そっか、しまったな。

 教え込み過ぎちゃったか」

 

 何かを後悔するかのように、呟いている夢子お姉ちゃん。

 でもお姉ちゃんは、ウンとひとつ頷いて、私の目をまっすぐに見つめてきた。

 そうしてお姉ちゃんは問うてきたのだ。

 

「アリスは、みんなと離れちゃっても、寂しくない?

 おうちに帰ってきたくなってりしない?」

 

 真剣な目で聞かれた。

 だから私も精一杯、想像を膨らませる。

 

 お母さんも、お姉ちゃんも、姉妹のみんなとも会えなくなってしまう状況。

 ……何だか、とっても寂しい。

 それに、少し怖い。

 

「離れちゃったら、平気な顔はしてられないと思う」

 

 そう言うと、お姉ちゃんはぎゅっと抱きしめてくれる。

 暖かくて、優しい匂いがするお姉ちゃん。

 ずっと離れたくないとさえ思ってしまう。

 

 ……でも、である。

 

「やっぱり、魔法が使えないままなのは悔しい、かな」

 

 そう思ってしまう自分がいるのは、確実で。

 早く大人になりたいと思う自分がいるのも、自覚しているのだ。

 

「だから私は本気なんだよ、今回は」

 

 いま自分にできる、ありったけの決意を込めての告白。

 お姉ちゃんは、抱きしめていた私の顔を見て、そうしてそっと頭を撫でてくれた。

 

「頑張るって決めた顔だね。

 ……よし、わかった。

 お姉ちゃんに任せて!」

 

 ドン、と胸を叩くおねえちゃん。

 その姿は、とっても頼もしい。

 やっぱりお姉ちゃんは、私の一番の味方だ。

 

「じゃ、行ってくるね。

 アリスはこの部屋で待っててくれればいいから。

 ……きっと荒れるだろうし」

 

 そう告げて、部屋から出ていったお姉ちゃん。

 恐らくは今から向かうのは、お母さんのいるお部屋。

 荒れるって、やっぱりお母さんは怒っちゃうのかな。

 それとも、夢子お姉ちゃんを怒っちゃうのかな。

 ……もし夢子お姉ちゃんをいじめるのなら、その時は容赦なく家出しようそうしよう。

 そんなことを決めると、なんだか急に眠たくなってきた。

 色々と私も爆発しすぎて、ちょっと眠たくなっちゃったのかもしれない。

 お姉ちゃんのベッドがあるし、ちょっと借りよう。

 そうしてベッドの上に寝っ転がると、急に眠気が襲ってくる。

 

 おねぇちゃん、お休みなさい。

 心の中で呟いて、私の意識は途切れた。

 

 

 

「あ、アリスちゃーんっ!?」

 

 だけれども、そんなに長い間寝かせてもらえなかった。

 大声と共に、お母さんが早に飛び込んできたからだ。

 

「嘘よね、アリスちゃんが出家するなんて嘘よね!?

 出家しちゃったら、毎日お母さんと寝れなくなっちゃうわよ!!」

 

 お母さんの声が、ちょっとうるさい。

 でも、そのお陰で、眠気は多少退散した。

 大丈夫、何とか受け答えできる。

 

「嘘じゃないわ。

 私、幻想郷に行って、働きながら弾幕ごっこを習得するんだから」

 

 弾幕ごっこを習得するば、攻撃魔法ももっと上手くなるはずだから。

 それに、私だってもう立派に働けるんだから!

 そんな意図を込めて、お母さんの目を見つめる。

 睨む勢いをもって、お母さんに思いを伝えたのだ。

 

「ほら、ね。

 言ったじゃないですか、お母さん。

 アリスは本気だって。

 アリスが本気だったら、許可をだすって言ったよね、お母さん」

 

 夢子お姉ちゃんからも、援護射撃が入る。

 本当に心強い味方だ。

 そしてお母さんはタジタジになっていた。

 

「だ、だって、アリスちゃんが本気なんて考えられるわけないじゃない!

 今日まで、私とずっと一緒に寝てきたんだよ!!

 それがこんなにあっさり……アリスちゃん、ひどいよぅ」

 

 ひどく落ち込んでいるお母さん。

 よくよく見てみると、本気で泣きそうになっている。

 ちょっと悪い気はするけど、でも、私は意見を変えない。

 魔法がもっと上手くなりたいのは事実なのだから。

 それに、これが大人に近付くための、大きな試験であるとさえ考えているのだから。

 ムン、と威勢を上げる私に、お母さんは……ついに泣き出した。

 

「ヤダヤダ、絶対にやだ!

 アリスちゃんと一緒に寝られなくなるなんてやだぁ!!」

 

「お母さん、あなたは子供ですか」

 

「……だってぇ」

 

 だっても減ってもありません! と夢子お姉ちゃんはお母さんにぴしゃりと言い放つ。

 そうして母さんは、拗ねちゃったように沈黙する。

 だがそれからお母さんは、じっと私の顔を見て、最後にこう訪ねてきた。

 

「どうしても?」

 

「どうしても」

 

 私の即答にがっくりと肩を落として、渋々とお母さんは立ち上がったのであった。

 そうしてお母さんは胸元から、ペンダントを取り出して、私に差し出してきた。

 

「アリスちゃん、これをあげるわ」

 

「何、これ?」

 

 不思議な魔力が宿ったペンダント。

 それはなんだかすっごく温かいものであった。

 

「これはね、何時でも家に帰ってこれるペンダント。

 これを持って、強く家に帰りたいと念じれば、アリスちゃんはここに帰って来れるのよ」

 

 ……いつでも家に帰れる。

 まじまじと、お母さんに渡された赤い色のペンダントを見つめる。

 どこまでも深紅なそれは、とってもありがたいお守りにさえ見えた。

 

「だからね、辛かったり疲れたりすると、一回帰ってくればいいわ。

 いつでも、お母さんはアリスちゃんが帰ってくるのを待ってるからね」

 

 安心させてくれる、お母さんの笑顔。

 それを見て安心してしまう私は、やっぱり子供なのかもと思ってしまい、慌ててかぶりを降る。

 私はもう、十分に働ける大人なんだから。

 

「お母さん、ありがとう」

 

 でもペンダントは十分に嬉しかったから。

 大事に首にかけることにした。

 

「どう言えばお母さん、幻想郷ってどうやって行くの?」

 

 ペンダントを貰い、ちょっとほわってしたところで、目的の場所のことを思い出す。

 行き方がわからなければ、私には手の打ちようがない。

 お母さんを見つめると、ウっとうめき声を漏らす。

 

「どうしても教えなくちゃダメかな?」

 

「ダメです、約束ですから」

 

 厳格に言う夢子お姉ちゃんに、私も激しく頷く。

 ここまで来て、反故にされたのなら、今度こそ流浪の旅に私は出る。

 そんな感じに見つめると、お母さんは残念そうに溜息を、はぁ、と吐いていた。

 

「えっとね、地下室にある魔法陣が、幻想郷に転移できる場所なの。

 ごく自然に転移して、何の影響も与えないから、賢者さんにだって気付かれない優れものだよ」

 

 気乗りしなさそうにだけれど、お母さんはしっかり教えてくれた。

 ……でも賢者さんって誰だろう?

 そんなことを気にしつつ、私達は地下室に向かった。

 途中でお母さんがこんなことを聞いてきた。

 

「ねえ、アリスちゃん。

 今日の晩、お別れ会をしてから旅立つのも、遅くはないんじゃないかしら?」

 

「そうやって決心を鈍らせようとしても、無駄なんだから」

 

 私の答えを聞いたお母さんは、残念そうに肩を落としていた。

 夢子お姉ちゃんも残念そうなのが、また何とも言えなかった。

 お姉ちゃん、私の味方だよね?

 

 

 

「ほら、ここだよ」

 

 石段を下って出た地下室。

 薄暗い地下に、ロウソクで灯された明かりで辛うじて見える範囲に、魔法陣は施設されていた。

 薄く照らされた明かりの中で、銀色に輝く魔法陣。

 今日、ここから新しいことが始まるんだ!

 

「アリス、何時でも帰ってきていいんだからね。

 それと、この折りたたみ式の果物ナイフ、あげるわ。

 何かと便利だし、魔法で切れ味が変わらないから是非使ってね」

 

「ありがとう、夢子お姉ちゃん」

 

 大切に夢子お姉ちゃんから果物ナイフを受け取り、ここに来る前に取ってきたポシェットの中に入れる。

 本当にありがとう、夢子お姉ちゃん。

 向こうでも料理の腕を磨いておくから、一緒にまた料理しようね。

 

「アリスちゃん、私からはお財布を渡しておくわね。

 向こうに着いてから、働き口を見つけるまでの間の足しにしてくれればいいわ」

 

 お母さんはお財布をくれた。

 何だか中身が沢山入っているように見えるのだが、向こうはそんなに物価が高かったりするんだろうか?

 

「お母さんも、わがまま聞いてくれてありがとう」

 

 お財布のお礼と、それから今回の件についてのお礼をしっかりという。

 嫌がっていたお母さんに、無理やり頷いてもらったのだから。

 心を込めて、精一杯頭を下げる。

 

「うぅ、アリスちゃん」

 

 ぎゅっと私を抱きしめるお母さん。

 それに続いて、夢子お姉ちゃん、まで抱きついてきた。

 ちょっと苦しいかもしれない。

 

「アリス、向こうでもがんばりなよ」

 

「アリスちゃん、困ったらお母さんの名前を呼ぶのよ。

 すぐに駆けつけてあげるから」

 

 お姉ちゃんの言葉に頷いて、お母さんの言葉には、曖昧に笑っておいた。

 お母さんなら、本気で出来ないことがないのも、困ったことに事実であるから。

 

「じゃあ、そろそろ行くね」

 

 名残惜しそうな二人を引っペがし、魔法陣に魔力を注ぐ。

 そうすると、私の魔力に反応して、魔法陣に刻まれた術式が起動する。

 そこから段々と光が強くなっていって。

 

 そうして、私はその場所から姿を消したのだった。




ロリスは可愛い、これは如何なることにも勝る真実。


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大人になるにはどうするの? 1話

 1話目 そこは見えない湖でした

 

 閉じた目から、光が溢れてくる。

 それはお外に光が満ちているから。

 そう、ここはお外なのだ。

 静かに目を開けると、そこには広い広い湖があったのだ。

 

「……すごい」

 

 それだけの雄大さがそこには存在していた。

 でも、残念なこともある。

 それは、湖の周りが霧に満ちていたこと。

 お陰で折角の風景も、全体を見渡せない。

 それに、こんなにも霧が深いのである。

 

「こんな所、歩いていたら迷子になっちゃう」

 

 それは困る、非常に困る。

 迷子になんてなったら、終生みんなに馬鹿にされちゃう。

 それだけは避けないと。

 そう思いながらちょっと考えて、そして気付いたことがある。

 

 それは、これからどうすればいいんだろうという困惑。

 だって下手に動けば迷子になりそうだし、でも動かないと状況は変わらない。

 じゃあ、私はどうすればいいの?

 ……分かんない。

 

 近くの草むらに、三角座りをする。

 そして考えなくては、これからのことを。

 

 私は働きたい、と言って家を出てきた。

 今更ノコノコと、見つかりませんでしたと家に帰るのではお話にならない。

 だから意地でも、ここから抜け出して働き口を見つけなきゃいけない。

 

 そうするためには?

 ここから抜ける方法……自分では思いつかない。

 そう、自分では。

 

「誰か、いませんか~!」

 

 なら他人を頼れば良いのだ。

 かっこ悪いけど、でも迷子のままよりは、数段マシだから。

 

「誰かーっ!」

 

 でも、返事はない。

 当たり前だ、こんな所に人がいるわけがなかった。

 どうしよう、どうしよう……。

 打開策が見当たらない、このままじゃみんなに馬鹿にされる!!

 

「違うもん、私、違うもん」

 

 こんなはずじゃなかった、どうしていきなりこんな災難に見舞われるのか。

 私のかっこいい、新しい生活の幕開けのはずだったのに。

 それなのにこの体たらく。

 どうして、と思わずにはいられない。

 

「おかぁさん、私」

 

 言いかけて、やめる。

 これじゃあ本当に子供みたいだ。

 そんなのはダメだ、私は大人なのだから。

 頑張って耐えなきゃ、ダメなんだ。

 でも、私一人のままじゃ、きっと耐えられない。

 

「君、どうしてここに居るの?」

 

 だから他の人の声が聞こえた時、本当に嬉しかった。

 勢いよく顔を上げると、そこには可愛らしい緑髪の女の子の姿。

 羽が生えているし、きっと妖精なのだろう。

 

「……迷子なの」

 

 本当は見栄を張ろうかと思った。

 でも、助けてもらおうとしているのに、そんなことをしては罰が当たると、そう思ったから。

 私は正直に答えていたのだ。

 

「そっか、どっちから来たのか分かるかな?」

 

 緑の女の子は、嫌な顔をせずに聞いてくれた。

 きっと優しい子なのだ、心から良かったと思える。

 

「違うの、わたし働くためにここに来たの」

 

「え?」

 

 私がここにいる理由を告げると、彼女はおかしいな、と首を傾げていた。

 何か変なことがあったのだろうか。

 

「ねぇ、君」

 

 そして気付けば、緑の彼女はすごく真面目な顔になっていた。

 だから私も、安心してほにゃっとなっていた顔を、キリッとした顔に戻す。

 

「この場所には、働ける場所なんて一つしかないよ。そこに来たの?」

 

 首を振る、が今の私の顔は、確実に輝いているだろう。

 だって、だってっ!

 

「でもそこでいい、私は働ける場所に来たんだから」

 

 ようやく目的が果たせそうなのだ。

 萎びていたワクワクが、水を撒いたかのように再び芽吹き始める。

 

「でも、他の子に聞いたら、行ったらメイドさんっていうのにされて、いっぱい働かせられちゃうらしいよ?」

 

「メイドさん!」

 

 思わず声を上げてしまう。

 目の前の女の子も、すごく驚いている。

 でも、それ程のことなのだ。

 

 だって、メイドさんといえば夢子おねえちゃん!

 あのカッコよくて、何でもできるお姉ちゃんと一緒の職業。

 考えただけですごくワクワクする。

 お姉ちゃんに、すごいでしょって、そう言えるものでもある。

 

「すぐに案内して」

 

「え? 本当に良いの?」

 

 吃驚したように聞いてくる緑の子。

 でも、迷いなんてあるはずがなかった。

 頷くと、彼女は躊躇しながらも、方向を指差す。

 

「ここをまっすぐ行けば、赤い建物が見えてくるの。

 門番さんがいるから、話しかければちゃんと答えてくれるよ」

 

 緑の子が指さした方向、そこは見渡す限りの湖がある先であった。

 

「この先?」

 

「うん、そうだよ」

 

 ありがとう、そう言って去れたのなら、多少格好は付いたかもしれない。

 でも、困ったことがあった。

 どうしてこんな事も練習してなかったのだろうと、そんな後悔も心をよぎる。

 まあ、とどの詰まるところ、

 

「私、空を飛べないの」

 

「君、どうやってここまで来たの」

 

 情けなく告げた私に、彼女は訳が分からないと、こめかみを抑えていた。

 ……事故なの、お母さんの大雑把さが招いた。

 でも、そんな言い訳は格好悪い。

 

「色々とあったの」

 

 間違ってはいないけれど、ぼかした回答。

 要するに、聞いちゃダメだよ、ということ。

 緑の子も、不味いことを訊いてしまったかと、気まずそうに顔を背けて。

 

「えっと、その……ごめんなさい」

 

 困った顔をして、彼女は謝ってきた。

 ……それは、非常に、私も困る。

 深読みしただろう緑の子。

 騙しているようなものだから、胸がジクジクと痛む。

 

「良いわ、早く行きましょう」

 

 それを半ば誤魔化すように、できるだけ明るい声で彼女に告げる。

 あなたは本当に気にしないで。

 何にも悪くなんてないんだから。

 

 そんな事を考えていた私。

 だけれどその時、バツの悪そうにしていた彼女から、直ぐに返答があったのだ。

 

「だから、貴女はどうやって湖を渡るの?」

 

「それは、えっと……」

 

 何も考えずに口から飛び出した言葉。

 けど、反射的に言っただけで、何も良案は浮かばない。

 だから、結局はそこが問題。

 

 こめかみを人差し指でグリグリしながら、私は考える。

 頭の中のおもちゃ箱をひっくり返すようにして、中に何か入ってないかを探るように。

 うーん、うーん、と唸って。

 そんな私を、緑の子がどこか不安げに見つめている。

 

 ――そんな時であった。

 

「おーい、大ちゃーん!

 何してるのぉー」

 

 どこからか、声が響いてくる。

 右から? それとも左から?

 ……いいや、どれも違う。

 それは、湖から響いてくる声。

 

「あ、チルノちゃーん」

 

 緑の子、湖から聞こえてくる声には大ちゃんと呼ばれた彼女。

 その大ちゃんが、元気よく手を振っている。

 視界が無いに等しい湖で、まるでキチンと場所が分かっているかの様に。

 

 そして彼女が手を振っていた方角から、人影が見え始めた。

 湖の上に浮いていて、揺れている姿はまさに妖精という種族に相応しい。

 現れたのは私ぐらいの背丈の女の子。

 彼女は涼やかな水色の髪をしていて、しかし活発そうな、勝気な表情を浮かべている。

 

「で、大ちゃん! 何してるの?」

 

 姿を現した彼女。

 チルノちゃんって娘は、目の前でもちょっと大きめの声で、緑の子に話しかけている。

 それに緑の子は微笑んでから、私の方へ手を差し出す。

 

「えっとね、この子が向こうのお屋敷に行きたいけど、飛べないから困ってるんだって」

 

 そう緑の子が伝えてくれると、どこか納得したような顔をしている水色の子がいていた。

 こんな僅かな説明で分かるとは、妖精はおバカさんが多いと思ってたけど、幻想郷はそうじゃないのかもしれない。

 この二人を見て感心を覚えていると、水色の子がピシッと私に指を指して、こんな事を言ったのだ。

 

「泳いで渡ればいいのよ!」

 

 どう? 完璧よね!

 まさにそんな表情であった。

 私はその言葉を聞いて、チラリと湖を見てみる。

 ……うん、どこまでも先が見えないくらいに霧に包まれている。

 それに、私は水着を持ってない。

 だから泳いだら、どう考えてもびしょ濡れになってしまうのだ!

 

「流石に無理よ!」

 

 こんな所に飛び込んだら最後、シーラカンスのように奥深くへと沈んで忘れられちゃう。

 そんなのは嫌! 絶対に嫌!

 

「そうだよ、この娘は普通の人間なんだよ。

 チルノちゃん、泳ぐのは無理だよぉ」

 

 緑の子も、私を援護してくれている。

 ……普通の人間とは、ちょっとだけ違うけれど。

 

「人間ってめんどくさいんだ。

 じゃあアンタじゃどうにもならないんだね」

 

「むぅ」

 

 水色の子がズバリと言ってきて、むっとしてしまう。

 けど、言い返す言葉が見当たらない。

 なんだか無性に腹立たしい。

 それを何とかする為にこっちに来たのに、出鼻を挫かれちゃった感じがしたから。

 

「なら、あたいが何とかしたげる」

 

「……え?」

 

 でも、彼女は私に勝気な笑みを向けていた。

 表情が、よく見とくのね! と全力で語りかけてくるように。

 自信に溢れている表情が、何故だか彼女なら大丈夫と、そう感じさせる。

 だからじぃっと彼女を見て、私は何をするのかと見守っていた。

 

 ――すると、不思議なことが起こったのだ。

 

「え、何?」

 

 それがどういう理屈で起こっているのか、私にはわからない。

 けど、確かな事象として、それは発生していた。

 

「チルノちゃんは氷精、氷の妖精だよ。

 だからこんな事ができるの」

 

 緑の子が、驚いている私に説明してくれる。

 目の前の現象、即ち凍てついていく湖について。

 

 ――凍てつき、固まり、道を成す。

 

 そうして浮いていた水色の子は、舗装された道へと降り立つ。

 自信満々で、ビックリするくらいのドヤ顔を浮かべながら。

 

「これで渡れるでしょ!」

 

 全力で胸を張って、私にそう告げたのだ。

 それに、私はガクガクと何回も頷く。

 だって、これは……。

 

「すごいわ、貴方。

 こんな事もできるんだ」

 

「そうよ! あたいったら最強ね!」

 

「うん、流石はチルノちゃんだね」

 

 思わず、感嘆せずにはいられないほどに、すごい力である。

 目を見開いて、私は彼女が敷いた道を見る。

 氷に映し出された私の顔は、とってもキラキラしていて。

 ちょっぴり恥ずかしくなって、顔が元に戻るようにと、手でグニグニとする。

 こんなの、すごく子供っぽいもの。

 

「じゃあ行くわよ!

 あたいについてくるの」

 

「うん、行こっか」

 

 水色の彼女の後を、まるで雛鳥の様に付いていく。

 この先に、私の新しい就職先があるのだ。

 新しい、メイドさんとしての人生が。

 

「わぁ、この道、冷たいのね」

 

「氷だからよ。

 あたいの氷はとってもすごいの!」

 

「チルノちゃんは妖精の中でも、とっても強い力を持ってるんだよ」

 

「へぇ」

 

 わいわいと騒ぎながら、この道を歩いていく。

 凍らせた道は冷たいけれど、デコボコしているせいか滑る気配はない。

 ここでコケたら情けないから、とってもありがたいのだけれど。

 

「そういえば」

 

「ん、何?」

 

 水色の子が、私に声を掛けてくる。

 そういえばと、思い出したように。

 

「アンタの名前、なに?」

 

「あぁ」

 

 そういえば、私達はお互いに自己紹介をしていない。

 慌ててて、すっかり忘れてしまっていたのだ。

 

「これは失礼したわ。

 私の名前はアリスよ」

 

 スカートを少し持ち上げて、お姉ちゃんに教えてもらった、とっておきの挨拶をする。

 なんでも、とってもお上品らしい。

 

「へぇ、あたいはチルノ。

 こっちは大ちゃん」

 

 水色の子、改めチルノは、私に元気よく語りかける。

 緑の子、大ちゃんもよろしくと言って、はにかんだ笑みを浮かべていた。

 そのお陰か、冷たい道の上にいるのに、ちょっぴり暖かくなったように感じる。

 不思議だけれど、この感覚は嫌いじゃない。

 この暖かさは、いつも感じていたものに近いから。

 

「二人は妖精なんだよね?」

 

「うん、さいきょーの妖精。

 大ちゃんは一番賢いの」

 

「別に私なんて賢くないよ。

 ちょっとだけ、物覚えがいいだけ」

 

「そうなんだ」

 

 二人は気楽にそう言っているけど、ちょっとだけ引っかかった。

 この二人は、私が見てきた妖精と、どこか違うように感じるから。

 ……具体的には言えないけど、何か違うように感じるのだ。

 まぁ、何も言わないのなら、私も特にいうことはないのだけれど。

 今は、助けてくれた感謝でいっぱいだから。

 

「ところで二人共、ちょっと良い?」

 

「何かな?」

 

 返事をくれたのは大ちゃん。

 チルノはルンルンと鼻歌を歌いながら、氷道を舗装していってる。

 

「弾幕ごっこって知ってる?」

 

 そんな中で、思い切って訊ねてみた。

 私が、魔法を使える為の特訓をする、その切っ掛けになればと思った事について。

 すると大ちゃんは、うん、知ってるよと、明快に返事を返してくれた。

 

「私も、弾幕ごっこはしたことあるよ。

 変な魔法使いに、すぐに撃墜されちゃったけど」

 

 人間って、結構強いよねぇ、と大ちゃんは回想しながらに言う。

 それは興味深く、とてもワクワクさせられる。

 だって、私は興味津々なんだもの!

 

「それ、教えてくれる?」

 

「ん? アリスちゃんも興味あるの?」

 

「あるわ」

 

 むしろ、それが目的で幻想郷に来たのだ。

 知るチャンスが来たのなら、逃す手はないと思う。

 

「それなら、このまままっすぐ行けばいいよ」

 

「え?」

 

 すると、大ちゃんは意味深なことを言って、唇に手を当てて少し微笑んだ。

 仕草は色っぽいけど、大ちゃんは女の子だから、どちらかというと可愛い。

 ……そんな事はどうでもいいのだけれど。

 

「大丈夫、きっともうすぐ弾幕ごっこが見られるよ」

 

 大ちゃんはそれ以上語ろうとはしなかった。

 けど、決して嘘をついている気配はない。

 なら、期待はしても良いってことなんだ!

 

「ありがとう、大ちゃん」

 

「お礼はチルノちゃんに言うといいよ」

 

 へ? と、再び首を傾げてしまう。

 が、私が何かを言う前に、チルノの大声が響き渡った。

 

「ほら、もう到着!

 二人共、こっちこっち!」

 

 ちょっと進んだ先、そこには岸があった。

 大体10m先、チルノが全力で手をブンブンと振っている。

 いつの間にか、渡りきっていたらしい。

 駆け足気味だったし、チルノはせっかちさんなのだろう。

 

「いま行くー」

 

 私はチルノにそう返事して、駆け足気味で氷の道を進んでいく。

 大ちゃんもそれに続いて、道を駆けている。

 そうして、渡れっこないと思っていた道は、見事に横断できたのだった。

 

「ありがとう、二人共」

 

 だからまず、私がしたのは二人に対しての感謝。

 ……自分ひとりでは無理だったけれど、この二人がいたから、私はキチンとここまで来れたのだから。

 

「良いわよ、アリスは私の子分なんだから」

 

 ……いつの間にか、私はチルノの子分になっていたらしい。

 驚きの事実である。

 そんなチルノを、大ちゃんが諌めるように、ドウドウと落ち着かせていた。

 

「アリスちゃんは、もう私達のお友達だよ」

 

「オトモダチ」

 

 大ちゃんの言葉が、私の耳に震わせる。

 すると一緒に、心まで震えてきそうだ。

 だって、すごくすごく嬉しいもの!

 

「うん、私達お友達だね!」

 

 思わず、自分でも大きいと思う声を出しちゃう。

 けど、今は関係ない。

 子供っぽくてもいい。

 だってこういうのは素直に伝えなきゃだめって、お姉ちゃんも言ってたから。

 

「お友達ならしょうがないわ。

 困ったら、アリスをいつでも助けてあげる。

 あたい最強だもん」

 

 チルノも、何の気負いもなく、そう言ってくれるのがすごくすごく嬉しい。

 思わずチルノの手を握る。

 冷たいけれど、暖かく感じる手を。

 

 ――そんな、私が感動に浸っている時の出来事だった。

 

「おや、珍しい」

 

 また、どこからか声が聞こえる。

 女の人の声、たぶん私たちに語りかけている。

 

「随分と小さいお客さんです。

 妖精の新入りさんですか?」

 

「アリスは妖精じゃないよ!

 でも、ここで働きたいんだって」

 

 柔らかい声に、チルノは元気よく返事をする。

 それに向こうは苦笑しながら、霧の中からゆらりと、姿を現したのだ。

 

「それは重畳、咲夜さんも妖精ばかりでは大変そうですからね。

 後輩が出来ること、素直に喜ぶでしょう」

 

 現れたのは、特徴的なベレー帽をしている女の人。

 とても自然体で、風景に溶け込んでいるように感じる。

 だからどことなく、穏やかな人かなって思えたのだ。

 

「でも、その前に」

 

 その穏やかな人は、私に微笑ましげな目をやってから、次にチルノへと視線を移した。

 それは、困った子供を相手にしたような、そんな大人の視線だ。

 

「また、いつもの?」

 

「そうよ、めーりん。

 今日こそ、直撃させるんだから!」

 

 それに対してチルノは、とても好戦的だった。

 まるで、今から喧嘩でもはじめるかのように。

 

「大ちゃん、どういうことなの?」

 

 思わず、大ちゃんに聞いてしまう。

 喧嘩なら、止めなくちゃいけないのだから。

 けど、大ちゃんはとても落ち着いていた。

 困ったことなんて、何にも無いと言わんばかりに。

 

「アリスちゃん、これから始まるんだよ」

 

「何が?」

 

 私はまだ困惑したままで、そのまま大ちゃんに聞き返してしまう。

 そんな私に大ちゃんは、いたずらっぽそうにこう答えたのだった。

 

「弾幕ごっこ、始まるよ」

 

「っえ」

 

 私がびっくりして、言葉を詰まらせてしまったこの瞬間。

 

 ――氷結の弾丸と、色とりどりの花が、一斉に咲き誇ったのだった。

 

 




次の話は1200文字くらいで書き差しで放置してあります。
……白目を向けばいいのですかね。


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森近霖之助の回顧 1話(東方Project)

プロット書いて、キャラを作って、さぁやるぞぉ! と気合を入れていたはずの作品。
多分エタらない、と思い込んでいたが、他の作品の更新が忙しくて、存外そんな事はなかったぜ、という作品。
黒歴史量産的なものがあります……。


 感じていた。

 私が今抱いている温もりから体温が消えつつあるのを。

 私は泣きじゃくる赤子のように呼びかけ続ける。

 けれど答えは返つてこず、代わりに手を握られる。

 弱々しく、柔らかな手が。

 

 視界が滲む。

 暗がりの洞窟の中でもはつきりと見えるはずの目が、見えなくなつてゐる。

 

 それで嫌でも理解できた。

 いま私は失おうとしてゐることに。

 唯一にして無二の道標を、導を。

 

 あぁ、それはなんたる悲劇であろうか。

 馬鹿げてゐる。

 ありえてはいけない。

 

 けれども、それが厳然たる事実であるのだ。

 いやがおうでも覆せない。

 

 手を強く強く握り締める。

 閉じつつある目に、しつかりしろと爪を立てる。

 それでも、彼女は目を閉じてしまう。

 もう、開かれることはない。

 

 目の前が暗くなる。

 それは世界が閉ざされた感覚。

 無性に、叫びたくなりそうになつた。

 

 これが悲しみかと、私は唐突に理解する。

 損失感が理解させたのだ。

 孤児にでもなつた気分になる。

 

「――母様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうにも蒸し暑い。

 森近霖之助は自身の店である香霖堂で、そう感じていた。

 季節のせいか、それとも店内の構造のせいなのか。

 あぁ、どちらもかと霖之助は一人で結論を下し、勝手に納得をする。

 

 ごちゃごちゃとした店の中。

 ある種の秩序はあるが、完全に物が入り乱れてしまっている。

 見た目からして、暑さを誘発していると言っても過言ではなかった。

 今更、それを変えようとも思わない。

 霖之助は、そんな無駄な男らしさを持ち合わせていた。

 代わりに思うのは、別のこと。

 それは、完全なる妖怪になれば、暑さや寒さを超えることができるらしいということだ。

 暑さ寒さを超越するために妖怪になりますか、と聞かれれば、霖之助は頷きかねない。

 が幸いなことに、霖之助は生憎と半妖である。

 

 半妖とは即ち。

 人間と妖怪の血を、半分ずつに受け取った者。

 人間でもあり、妖怪でもある。

 人間でもないし、妖怪でもない。

 それが半妖と呼ばれるものの実態である。

 

 それ以上になりたいとも思わないし、人間になりたいとも別段思わない。

 だから特に霖之助は気にしたことはなかったが、こうまで暑いと話は別だ。

 妖怪の方が、面倒くささが無くて良いのでは?

 そう考えるほどに夏は忌々しかった。

 

 うちわを取り出して、霖之助は自分を無言で扇ぎ始める。

 これは近いうちにあの河童共が開発した、扇風機なるものを買い込んだほうが良いのかもしれない。

 ゼンマイ式で中々の不便さを誇っているらしいが、無いよりかはマシだろう。

 などと、夏の禍に霖之助は苦しんでいた。

 そんな時である。

 入口から誰かが入ってきた。

 見知らぬ誰かで、初めての客である。

 

「いらっしゃい」

 

 何時も通りの挨拶。

 霖之助は、常連だろうがご新規だろうが態度は変わらない。

 単に無愛想なだけとも言えるが。

 

「はい、いらっしゃいました」

 

 ただ、入ってきた客も大概とんちきな相手だったようだ。

 黒髪を長く伸ばしていて、身に纏っているのは色褪せた着物。

 けれど整頓された少女の表情に浮かんでいるのは、大いなる興味であった。

 妙な返答に霖之助が面食らっていると、彼女は辺りをキョロキョロと見回し興味深そうにしている。

 この古道具屋である香霖堂は、幻想郷で唯一外の世界のものを扱っているから、余程珍しく見えるのかもしれない。

 尤も、霖之助でさえどこで何が埋もれているのかなど、大体でしか把握してないのであるが。

 

「店主さん、これは何でしょうか?」

 

 そう言って彼女は、乱雑に陳列されている中から一つ、大きな物を取り出して霖之助の前に差し出す。

 やたらとニコニコしている彼女に、霖之助も嫌とは言えず目の前に出された道具を能力で視る。

 すると、霖之助の目から入った情報が頭に伝達され、これ即ち答えへと繋がる。

 

「これはバトルドームという遊具だね。

 超エキサイティング! シュゥゥゥゥトッ! と絶叫しながら玉を弾いてゴールに入れれば良いらしいよ」

 

「……よく、分かりません」

 

 困惑した彼女に、そうだろうなと霖之助も同意する。

 彼の能力は『道具の名前と用途が分かる程度の能力』である。

 その能力を活かして、こうして外の世界の道具を売っている、のであるが。

 こうして、割と意味不明な道具にぶち当たることが多い。

 だから霖之助はそれを考えるのを趣味としているきらいがあるのだが、今回のは流石に食指はそそられなかったらしい。

 そっと元の場所に戻す霖之助の姿から、それは何よりも分かる。

 

「君は、何を買い求めて来たんだい?」

 

 代わりに、誤魔化すように霖之助はそんな事を聞いた。

 普段はしないような質問であるが、珍しくもご新規の客とあって訊ねてしまったのだ。

 すると彼女は、少し微笑んでこう言った。

 

「今は、自分探しの途中なんです」

 

「ほぅ」

 

 自分の店に来たのとどう関係が? と思ったが、無粋なので口は閉ざしたまま静かに聞き続ける。

 声音に、少しばかりの悲しみが交じるのを霖之助は感じた気がした。

 

「大事なモノを無くしてしまって、これからどうしようかと考えていたんです。

 特にしたい事なんて考えてもいませんでしたし、これからの指針をどうするのかもトンと考えつかない。

 これから探していく段階なのです」

 

 ふむ、と霖之助は頷く。

 それを見て、少女は更に饒舌になって語る。

 

「これからどうしようかと考えて、フラフラしていた時にたどり着いたのがこのお店だったのです。

 何だか惹きつけられるものがあって、妙な気配がしたので来てみれば、ここは!」

 

 少女が周りを見渡す。

 そこには、正に散乱とした有様の店内の様子が。

 けれども、何故だか楽しそうな少女はこう言ったのだ。

 

「魔界と見間違うほどの混沌。

 しかも全てが不思議なものと来ています。

 妙な気配がしたのも頷ける訳です」

 

 何げに散々な物言いであるが、霖之助も自覚はしているので特別反論などはしない。

 それに、どうやら何か目的があってこの店に来た訳では無かったようでもある。

 だが、妙な気配というのも気になるし、後で掃除くらいはしておくかと霖之助に決意させることには成功していた。

 

「それで君は、ここで何か見つけられたかい?」

 

「いえ、特に何も」

 

 色々あって楽しいですねぇ、と言いながらも、人生に関わる指標の様なものは全く見つけられないと切り捨てる少女。

 まぁ、こんな店でそんなものを見つけられても困るのであるが。

 霖之助はそんな益体のない事を考えつつ、世間話の体で彼女に質問を投げかける。

 意外な事に、この珍妙な客が霖之助は気になっていたのだ。

 

「君は、一体どこから来たんだい?」

 

 そう問いかけた理由。

 それは霖之助が半妖であるから、辛うじて感じれたこと。

 つまりは、目の前の少女は妖怪であるというとこ。

 妖力を感じるから妖怪だという大雑把な理由ではあるが、それでも妖怪なことに変わりはないであろう。

 すると少女は、指を指した。

 方角的には、魔法の森と霧の湖の中間地点くらいを。

 

「あそこからです」

 

「漠然としているね」

 

「詳しくなんて、私も説明のしようがありませんから」

 

 それもそうか、と霖之助は納得をする。

 妖怪は自由にねぐらを決めて気ままに生活をしている故に、自分の家など感覚でしか覚えてないであろうから。

 この少女も、妖怪らしくそこら辺は大雑把であったようだ。

 

「それで、買うものは決めたかい?」

 

 少女に対してある程度の理解を終えた霖之助は、即座にそう訊ねた。

 あったらあったで、無かったら無かったでどちらでも良いが、霖之助は取り敢えず聞いてみただけである。

 少女は、未だに少し迷いながら視線を彷徨わせる。

 その目が、ある一点で止まって。

 

「店主さん、これは何ですか?」

 

 そう言って彼女が手に取ったのは、赤ちゃんをあやす為のガラガラ。

 無縁塚は、本当に節操なく色々なものがあるのである。

 

「赤ん坊をあやす為のガラガラと呼ばれる物だよ。

 振ると音が鳴る」

 

「なるほど」

 

 彼女はひと振りして、そのガラガラを鳴らす。

 すると、カランコロンという独特な音が鳴った。

 彼女は面白がって、もうひと振りする。

 鳴ったのは、あいも変わらず同じ音であったが。

 

「店主さん、これにします」

 

「分かった、お金は……持ってないよね」

 

「はい、お恥ずかしながら」

 

 そう言いながら、彼女は懐から何かを取り出した。

 目で視て分かったのは、それが折り畳まれた猪の毛皮であること。

 どこか不安げに、少女は霖之助を見ていた。

 

「これでは、ダメでしょうか?」

 

 これ以外は持ち合わせはないのですが。

 そう言いつつ、ジッと霖之助を見てくる少女。

 さて、どうしたものかと考える。

 

 自分がこの毛皮を持っていても、何の意味はない。

 買っていく客など、恐らくはいないであろうから。

 だが、質も保管状態も悪くないので、里の霧雨の旦那あたりにでも売れば、それなりの値段を払ってくれるであろう。

 そこまで考えて、霖之助は頷くことにした。

 霊夢や魔理沙のように無法を働くなどはしていないし、この少女の方が幾分かましである事は明らかなことであるのだから。

 

「持って行きなさい」

 

 そう告げると、少女は向日葵の咲いたような笑みを浮かべる。

 幼いながらに、花を感じさせる笑みであった。

 

「ありがとうございます!」

 

 勢いよく頭を下げて、そして少女はこう続けた。

 

「私の名前は涼と申します。

 今後とも宜しくお願いいたします!」

 

 嬉しそうに、楽しそうにいう少女、涼。

 霖之助はそれに少し首肯してから、自らも名乗りを上げた。

 

「僕の名前は森近霖之助。

 しがない古道具屋をやっている」

 

 それを聞いた少女は、霖之助の手を握ってブンブンと振り回す。

 まるで尻尾を振る犬のようだと、霖之助は感じた。

 それだけ、人懐っこさと安心感があったのだ。

 

「では店主さん、また来ますね!」

 

 涼は手を離してから、そう告げた。

 彼女にとって、名前を知っても霖之助は店主さんであったようだ。

 

「分かったよ、帰り道には気を付けなさい」

 

 涼は無垢であったが故に、霖之助は珍しく仏心を出してそう言った。

 それに涼は、もう一礼してから帰路についた。

 ふらりと現れて、ふらりと去っていく。

 妖怪ならよくあることであった。

 

「さて、静かになったね」

 

 そう独りごちた霖之助。

 それは、この場が思ったよりも静かになったから、つい言葉を発してしまっただけのこと。

 一瞬、淋しいのか? とも思ったが、自分で直ぐに一笑に付す。

 ただ、感じたことはあった。

 

「少しばかり、涼しくなったかな」

 

 不思議と、先程までの暑さを感じる事はない。

 意識するでもなく、霖之助は一つ溜息を吐く。

 何故だか、少しひんやりした感覚があった。

 

 



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森近霖之助の回顧 2話

2話目にして、方向性が見えない日常会。
涼のキャラをなじませようと必死だった跡が見られます(白目)。


 

 あの日から、妖怪の少女である涼は良く香霖堂へと足を運ぶようになっていた。

 開店早々の朝方に直撃してくる事が多い。

 そしてこの店に訪れる度に、霖之助にこの道具は何なるやと訊ねてくる。

 霖之助としても、取り敢えずは商売のできる相手なので、聞かれる度に答えはしていた。

 その代わりに霖之助の認識の中で涼という少女は、非常に面倒くさい客ともなっていたのだ。

 あくまでも客であるのが、某紅白や某黒色ネズミとは違うところ。

 涼が持ってくるのは、初日の様に毛皮だったり果物だったりとバリエーションこそ少なくはあるが、毎回品を変えようとする努力はあった。

 

「店主さん店主さん、この紙切れはなんですか?

 何か絵が描かれてますが」

 

 涼はこの店での発掘作業が、最近の趣味であるのか。

 ここ掘れワンワンと言わんばかりである。

 そうして彼女が持ってきた物を、何時ものように目で視る。

 するとそれが貨幣であることが分かった。

 

「それはジンバブエ・ドルと呼ばれる異国の貨幣らしいね。

 用途は貨幣のコレクション棚に飾って置くみたいだよ」

 

「異国の人間達は、紙なんてお金にしてるんですか」

 

 よくそんなこと出来ますね、と涼はひどく感心していた。

 幻想郷では、通貨は昔ながらの一両一銭といった物であるので、余計にそう思っているのだろう。

 まぁ、妖怪である涼がそこまで詳しいわけも無いのが普通ではあるのだが。

 

「国にあった制度や政策が施行されるものさ。

 まぁ、度が過ぎると大怪我をするんだろうけどね」

 

 何故か霖之助は、涼の持っているジンバブエ・ドルから負の念を感じてならなかった。

 もしかしたら、これこそが前に涼の言っていた妙な気配の正体ではないのかとも。

 

「取り敢えず、後でこれは燃やすことにしよう」

 

「あまり良い感じはしませんですしね。

 あら、私ったらお芋を持ってきてません」

 

「大丈夫だよ、丁度知り合いからさつまいもが届けられててね」

 

 ついでに新聞もあるから、丁度良かったといえよう。

 悪いものは燃やすに限る。

 霖之助はげに真実ではないかと考えていた。

 本当にどうでも良い話なのであるが。

 

「わぁ、私もご相伴しても良いんですか?」

 

「一人では食べきれないからね、仕方ない」

 

 魔理沙が持ってきたさつまいもの数は、総数で五つ。

 とても少食の霖之助が食べれる量ではなかったのだ。

 

「こんなにいっぱい……」

 

 涼は目を輝かせていた。

 それは甘味を目の前にした少女の様で。

 見た目相応の愛らしさを醸し出していた。

 霖之助は、可愛いからといって態度を変えることなどしないのであるが。

 変えていたら、既に付き合っている人物が一人くらい居ててもおかしくはないであろう。

 

「代金は取らないから安心しなさい」

 

「え、考えもしてませんでした」

 

 驚いた風に、目を丸くする涼。

 霖之助としては、言い忘れてた事を言っただけのことなので、そんなに驚かれるのは心外であった。

 

「では、今度から考えておくと良い」

 

「はーい」

 

 形だけの返事。

 涼の目は、既に霖之助が取り出したさつまいもに釘付になっていた。

 まるで、この芋にもそんな魔力が宿されているかの様に。

 

「……食べたいかい?」

 

「はい」

 

「今すぐ?」

 

「はい」

 

 迷い無い返事。

 この妖怪少女は、もしや飢えているのかと言わんばかりに。

 霖之助はしょうがないと思い、すぐに決断を下す。

 

「さつまいも、今から焼くことにしようか」

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

「但し、君には火種を作ってもらうよ」

 

 嬉しそうにしている少女に、容赦なく火打ち石と火打ち金を持たせる霖之助。

 けれど涼の方も、この程度なら任せてくださいと言わんばかりに張り切っていた。

 霖之助はそれを見て、取り敢えず燃えそうなものを持ってくる。

 一つ目、先ほどのジンバブエ・ドル。

 二つ目、今日の朝刊であった文々。新聞。

 三つ目、植物油である。

 紙の類に油を塗り、後は火を点ける。

 至って簡単な作業である。

 

 そういう訳で外に出てきた霖之助たち。

 紙には既に油は塗ってある。

 後は火を起こすだけなのであるが……。

 

「フンッ、フンッ」

 

 そこには、鬼気迫る表情で火打ち石と火打ち金をぶつけている涼の姿。

 普段の彼女からは想像できない表情で、必死に二つをぶつけ合っている。

 どれだけ焼き芋が食べたいんだと言わんばかりの惨状であった。

 

「無理はしなくていい。

 僕が火を点けよう」

 

 霖之助は、途中で面倒くさくなってそう提案するが、

 

「ちょっと待ってください。

 もう少しでコツが掴めそうです!」

 

 万事この調子で、霖之助の言葉を突っぱねていく。

 霖之助は早く終われと面倒くさそうに事態を見守っていたが、一向に終わる気配がない。

 はぁ、と霖之助は溜息を吐いた。

 

 そして立ち上がり、店の中へと入っていく。

 別に、涼を見捨てた訳ではなかった。

 ただ、あの少女の手助けができる道具に当てがあっただけだ。

 ガサゴソと、埋もれている道具をかき分けていく。

 そして発掘した物を片手に、涼の下へと戻る。

 

「涼、これを使うといい」

 

 そう言って、霖之助は先ほど発掘した道具を涼に手渡す。

 涼が不思議そうに首を傾げていた。

 目が、何時もの通りに何なのだろうと輝いている。

 

「これはね、着火マンと呼ばれているものだね。

 この引き金の部分を、カムチャッカインフェルノーォ! と叫びながら引くと火がつく」

 

「なるほど、面白い道具です!」

 

 どうにも霖之助の知識には、怪しげな何かが混ざっていた。

 けれど、一応は使い方自体は間違ってはいない。

 涼はそれを受け取り、嬉々として叫んだのだ。

 

「カムチャッカインフェルノーォ!」

 

 どこからどう見ても、痛い子の完成であった。

 でも、ここに居るのは幸いに霖之助だけ。

 その霖之助も、使用法に何ら疑問を感じていなかったから、この二人の間ではこれは正しいのである。

 

 それに、キチンと火は点いていた。

 油が紙を良く燃やし、火は段々と大きくなっていく。

 それを見ていた涼は、霖之助の方に向き直って、興奮気味に叫んだのだ。

 

「私、やりましたよ店主さん!」

 

 喜びを纏って、火が点いたことに万歳をする涼。

 無駄に長かった戦いに、無事に勝利したのだから当然といえよう。

 ……まぁ、人間が作った文明の利器を使っての勝利ではあったが。

 

「さつまいも♪ さっつまいもー」

 

 それにしてもこの少女、テンションが上がるとハイになる癖でもあるのか。

 妙な歌まで歌い始める始末。

 どこぞの夜雀の様に、こちらが錯乱させられないだけマシなのかもしれないが。

 

 変な歌と共に焼けていくさつまいも。

 ありがとう、ジンバブエ・ドル。

 ありがとう、文々。新聞。

 いや、やはりあの新聞に感謝することなど、一文たりともなかった。

 

 無言で燃え上がる炎を見ていた霖之助は、炎の中で朽ちて行く物に哀悼の意を捧げたのだった。

 ……一部のものを除いて。

 

 そして出来上がったのは、所々焦げたさつまいも。

 十分に甘くて美味しい。

 霖之助としても、こういうものはたまに食べる分には嫌いではなかった。

 

「いいですねぇ」

 

 涼としても満足できる出来だったのか、嬉しそうにさつまいもを頬張っている。

 現在三個目に突入、この妖怪は自重できない子であった。

 

「ところでなんだが」

 

 そんな彼女を尻目に、霖之助は少々気になっていた事を訊ねることにした。

 普段なら、気にも留めていないのであろうが、今回だけはこんな場だから。

 暇潰しがてらに、話を振ったのだ。

 

「君が探していた指針とやらは見つかったのかい?」

 

「……少しは、ですけど」

 

 さつまいもを食べる表情とはまた別の顔で、涼は微笑んだ。

 子供が、自慢の宝物をそっと見せてくれるように。

 

「あの人みたいになってみようって思ったんです」

 

 あの人とは誰かとは、別に霖之助の興味になかったので、ただ単に頷くだけに終始する。

 輝かせた表情で語る涼に耳を傾けながら。

 

「そう決意したら、急に体が軽くなったみたいなんです。

 もうなにも怖くないって、思えるくらいに」

 

 だから、と涼は続けた。

 

「今後ともどうかよろしくお願いします。

 勝手に思ってるだけですけど、この店は色々と見つけられて楽しいのです」

 

 何がどう繋がっているのかが分からないが、霖之助はただ頷いていた。

 彼女がそれで納得してるなら、特に突っ込むこともないかと思って。

 

「ん、ごちそうさまでした」

 

「お粗末さま」

 

 そんな会話をして、さつまいもを食べ終える。

 すると涼は直ぐに立ち上がった。

 そして笑顔で、こう言ったのだ。

 

「また来ます」

 

 そう告げて、返事を聞くこともなく帰っていく。

 マイペース極まりないが、至って普通の日常である。

 

「さて、どうにもね」

 

 熱い日に熱いものを食べたからか、どうにも汗が流れていた。

 けれど、こういうのも、希になら悪くないと霖之助は感じて。

 ふと、それを見上げると爽快な程に青かった。

 

 こういう日常が続けば、と彼は想うのだ。

 何やら文々。新聞によると、里で事件が起こっているようではあるが、自分にはどうにも関係がない話。

 今日も今日とて、香霖堂は平和であった。

 

 あ、あと、これから数時間後にきた魔理沙が、差し入れのさつまいもを全部食べたと聞いてドン引きしたのは、また別のおはなし。

 どんだけ飢えてんだよ香霖、と哀れまれたのもまた別のお話であるのだった。



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森近霖之助の回顧 3話

 

 霖之助は、普段通りに本を読む。

 ペラリペラリと、ページを捲る。

 何時もの光景、何時もの香霖堂。

 至って平和そのものの空間であった。

 

 最近顔を覗かせることの多い涼とて、毎日やって来る訳ではない。

 だから今日は和やかに本を読む日なのだ。

 そう霖之助は自分で規定して、事実その通りに行動していた。

 

 けれども……得てして、その様な事を考えるのは、何かが起こる前振りに他ならないのだ。

 霖之助はそんな事、知る由もないのであるが。

 今日は静かだなどと思いながら本を読んでいるその時に、それは起こった。

 

「よう香霖堂、いるかい? てか、居るよな」

 

 唐突に玄関の方から大声がして。

 億劫そうに霖之助は顔を上げると、そこには一人の男がいた。

 背の高さは五尺五寸程度で大柄ではないが、その顔は精気に満ち溢れてる。

 如何にも活力的そうで壮健な男であった。

 

「これは旦那、お久しぶりです」

 

「おう、今日も暇しているようだな」

 

 ズケズケとした物言いをする彼。

 その人物は霖之助の知り合いで、ついでに言うと恩師でもある人物。

 人里の大手道具店である霧雨店を営む男。

 霖之助は彼のことを旦那と呼んでいる。

 それはかつて、霧雨店で商品の扱いのイロハを受けたことがあるからだ。

 だから今でもこうして交流が続いている。

 ……尤も、霖之助の方から顔を出すことはあまりないのであるが。

 因みにではあるが、旦那と呼ばれた彼は霖之助のことを屋号から香霖堂と呼んでいた。

 彼なりに一人前扱いなのであるが、当の霖之助は無気力の極みである。

 

「暇しているのは悪いことじゃないですよ。

 何せ自分に時間を投資できますから」

 

「お前の場合本当にそう思ってるから問題なんだ。

 かぁー、商売っけが無いったらありゃしない」

 

 嘆くように、手を頭に当てる旦那。

 自分の弟子がこうにもやる気なさげなのだから、彼の気持ちは大いに理解に及ぶ話だ。

 霖之助からすれば、全く気にもしないのであろうが。

 

「取り敢えず茶はいりますか?」

 

「貰おう、あと茶請けも頼む」

 

 やはり魔理沙の父親らしく、彼は要求を積み上げていく。

 けれども霖之助も彼には頭が上がらないので、素直に茶と菓子を提供するのであるが。

 

「どうぞ」

 

「悪いな」

 

 そこらに転がっていた商品である椅子に腰掛け、旦那は茶菓子を頬張っていく。

 出されたものは魚の骨を油で揚げた物。

 そんな物しか出せない辺り、霖之助の困窮具合が伺える。

 旦那も承知しているから文句は言わないが。

 

「で、今回はどんな要件で?」

 

 たまに霖之助の様子を見に来る旦那だが、茶菓子を要求されるのは長話の時だけ。

 なので何か用事があると踏んで霖之助が尋ねると、旦那は話が早いと目的を話し始める。

 それは最近起こっている、里の事件についての事。

 霖之助も新聞を取っているから、辛うじて知っていることであった。

 

「赤ん坊が誘拐されるって事件が、最近起こってるだろう?」

 

「えぇ、物騒なものですね」

 

 まるで他人事の様に、霖之助は淡々としていた。

 けれども、それは何時もの事でもあるので、旦那は気にしない。

 キチンと霖之助が話を聞いていることは理解しているので、さらに話を進めて行く。

 

「あれがな、また起こったんだ」

 

「四件目、ですね……。

 それで、何を頼みに来たのですか?」

 

 やや顔を顰めて告げる旦那に、霖之助は無感情に問い返す。

 何か、面倒なことに巻き込まれようとしているのでは無いか。

 そんな予感を予期させながら。

 

「いや、どうってことない。

 ただ、ここら辺で怪しい奴、妖怪でも何でも良い。

 そう言う奴を見かけなかったか?」

 

「怪しい、ですか」

 

 問いかけられて、霖之助は考える。

 何かいたか、と。

 赤ん坊を誘拐しそうな人物、もしくはとなると……。

 

 霖之助の脳裏に、様々な顔が浮かんでいく。

 宵闇の少女だとか、どこぞの傘妖怪であるとか。

 けれど、怪しいと思っても人里で活動してる妖怪なんて早々いない。

 実行する手立てが無いのだ。

 故に、霖之助は頭を横に振る。

 適当な名前を挙げても、冤罪になりそうであるから。

 

「そうかい……まぁ、居ないんだったら仕方がねぇな。

 怪しい奴がいたら声かけてくれや」

 

「わかりました」

 

 非常に簡素な返答。

 それもまた霖之助らしいと、旦那は頷くだけであった。

 

「まだ里側も警戒してはいるが、本格的に何かを始めるには準備がいる。

 組織だって動けない分、個人で対応するしかないのさ」

 

 半ば愚痴るように、旦那はその事を零した。

 相手が霖之助だからか。

 恐らくは、木石に語りかける感覚で喋っているのに違いないであろう。

 

「それではどうしても、抜け道がどこかにありそうですね」

 

 尤も、この木石は返事をする。

 山彦を相手にするよりかは、よほど精神的に生産性があると言えるだろう。

 五十歩百歩かもしれないにしろ、ではあるが。

 

「あぁ、お陰で今も捕まえられずにいる」

 

 ひどく忌々しそうに、茶をがぶ飲みする旦那。

 ついでと言わんばかりに、揚げ物もガリガリ言わせながら食べていた。

 

「妖怪か人間か、検討はついているのですか?」

 

「そりゃお前、ついているなら誰彼問わずに聞くわけないだろうが」

 

 ご尤もである。

 一々こんな辺鄙な所まで来るくらいなのだから、余程困っているのであろう。

 霖之助をして、苦労していると思うくらいなのだ。

 飄々としている中に、割と必死さがにじみ出ている。

 

「被害には誰か知り合いの子供が?」

 

「まだ俺んとこァ大丈夫だよ。

 もしあっていたのなら、手段を問わずに奔走してるさ。

 公的にも動くが、私欲でも動く方が何倍もやる気が出るからな」

 

 そう言って、旦那はカラカラと笑っていた。

 成程、この人らしいと、霖之助も納得を覚える程の快活さである。

 こうして笑っていられるのも、余裕があるからであろう。

 旦那のそんな笑い方は、不思議と人に安心感を与える。

 大手道具店店主の面目躍如と言ったところか。

 こういう人物だから、人の上に立てるのだろう。

 自分とは大違いだ、と霖之助は冷静に分析をしていた。

 それに元々、こんな霖之助の世話を焼いていたのだから物好きなのは間違いないのであるが。

 

「にしてもお前の店、本当に客が来ないな」

 

 霖之助達の声以外がしない店。

 それを見て、半ば呆れたように旦那は言う。

 けれども、それは仕方ないであろう。

 わざわざ、魔法の森の入口なんて辺境にある店なのだ。

 人間よりも妖怪が利用する機会の方が、大いに多いのである。

 

「その方が、都合が良いですよ」

 

 霖之助もそれを認めてか、商売人にあるまじき反応をしている。

 旦那的には、どこでどう育て方を間違えたのかと目を向けられない様な惨状であった。

 

「阿呆が!

 良いわけがなんてあるか、この世捨て人!」

 

「捨てた訳ではありませんよ。

 普段は寄り付かないだけで」

 

 旦那の罵倒を、屁理屈じみた返事で返す霖之助。

 彼なりの矜持なのか、彼の生活サイクルを貶すと、それなりの返事が返ってくる。

 内容は不毛に不作を重ねた様な、非生産的な事極まりない内容であるのだが。

 

 旦那もそれを知っている。

 だからいい加減な霖之助に対する怒りを、茶を全て飲み干して嚥下するのだ。

 霖之助に何を言っても、馬耳東風な事に変わりはないのだから。

 

「じゃあ茶も飲み干したことだし、そろそろ戻るとするか」

 

「気をつけて帰ってください」

 

 そしてこれ以上ここに居ても、本当にする事なく過ごすしかない。

 香霖堂が怠け者の天国である事を弁えている旦那は、早々に暇を告げる。

 対する霖之助も、最後まで自分を曲げずに何時も通りであった。

 普通なら、送りましょうか? 程度は言うのであろうが、霖之助はそういう気質の人物ではないし、霧雨の旦那もまた、気を使われるのを是としない人物であったから必然なのだろう。

 別れは非常に無味乾燥極まるものであったが、それもこれも何時も通りなのだ。

 立ち上がった旦那に、霖之助は頭を下げてから本を読むのに戻る。

 さて、続きは何だったか、と本の世界に戻ろうとしている時だった。

 旦那が、玄関を潜る間際に霖之助にこんな事を言ったのだ。

 

「お前も、もし気が向いたら力を貸してくれ。

 無理強いまではせんがな」

 

 それだけ皆も不安がってるんだと言って、彼は香霖堂を後にした。

 霖之助は本を読みながらでも、その言葉を脳裏に留める。

 それは、何よりも恩師の言葉であるから。

 しかと脳裏の本棚に言葉を閉まって、再び本の世界へと落ちていく。

 出来れば、自分が必要な時が来ないことを望みながら。




ようやく何かしようと、その影を見せ始めた作者。
但し、何かする前にエタった模様。


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森近霖之助の回顧 4話

 それは、霧雨の旦那が香霖堂を後にした、その後の事であった。

 彼が人里へ戻る最中にひらりと一つ、人影を見る。

 彼は目を凝らした。

 この様な辺鄙な場所にいる者。

 おかしな者だと断定して、その姿を見定めようとする。

 何者なるやと見極めんとしたのだ。

 すると、その人影はあっさりと姿を現す。

 それは、黒髪長髪の色褪せた着物を着た少女であった。

 

「ごきげんよう」

 

 朗らかに、声を掛けてきた。

 まるで人里内を出歩いている気軽さで。

 妖怪が時に現れもする、こんな場所にも関わらずである。

 だから、余計に彼は神経を尖らせた。

 これは、恐らくは人でないと判断したから。

 

「よう嬢ちゃん。

 こんなところで散歩してるなんざぁ陽気だねぇ。

 暇なんかい?」

 

 警戒はしても、悟らせぬように。

 世間話でもする気安さで、彼は声を上げた。

 けれども、少女は返答せず。

 代わりにニコリと微笑みを一つ、浮かべたのだ。

 

「大丈夫ですよ。

 貴方なんか食べても、余計なものが交じるだけです」

 

 少女は、何の感慨もなくそう告げる。

 冷やりと、氷柱でも背中に突っ込まれたような感覚に、霧雨の旦那は襲われる。

 これは俺を襲わなくても、獲物は逃がさないタチだと直感して。

 

「……そうかい。

 じゃあ俺は早々に退散するとしよう」

 

「はい、それでは」

 

 行儀よく頭を下げて、彼女は彼に軽く手を振る。

 何故だか、そんな姿に嫌悪を覚えた。

 食い合せが悪いと、そう彼は感じたのだ。

 急ぎ足で、この場を後にする。

 残されたのは、少女が一人。

 

「賢明な人ですね」

 

 彼の後ろ姿を見ながら、少女はそう評する。

 恐怖や悍ましさを感じても、彼は自らの舌を動かしていた。

 それが何よりの武器であると、彼は承知していたから。

 

「悪くないです、そそられますね」

 

 特筆すべきは、彼は何ら心得を持ち合わせていなかったという事。

 捕食者に見つめられる獲物は、震えて声が出なくなる。

 そんな法則を振り切った彼に、彼女は好意的であったのだ。

 

「ならば彼の、もしくは近くの誰かでも……」

 

 少女は、算段を巡らせる。

 好意的であるのならば、それ相応に接する用意があるから。

 フフッ、と小さく笑い声を上げる。

 少し楽しくなってる気持ちを、自覚したから。

 

 ――少女の目は、どこか爬虫類じみていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法の森、そこは魔女が住まうと呼ばれる場所。

 災禍を振りまくキノコの胞子に、薄暗く迷宮にでも迷い込んだかの様な地理。

 普通の者には住めぬ場所は、普通でない者の居場所になっていた。

 追放された訳ではない、好んで居着いただけの事。

 魔女という種族と、相性が良かった。

 端的に言えば、ただそれだけの理由であったのだ。

 

 そんな場所に住まう魔女の一人が、森を歩いていた。

 金色の髪を揺らしながら、フランス人形めいた外見を顰めさせつつ。

 不満ですと顔に表していた。

 

「何が等価交換よ」

 

 独りごちるは、悪友である少女を考えて。

 彼女、アリス・マーガトロイドが想うは少し前の出来事。

 

 彼女は、悪友である霧雨魔理沙に貸していた魔道書の返却を要求しに、家まで押しかけていた。

 あくまでも貸すだけ、返却は当然の権利。

 そこら辺はあの紅魔館の賢者は手緩いと、常々アリスは思っていた。

 家まで押しかけ取り立てるくらいは成さねば、あの白黒ネズミは持ち物を返さないであろうに。

 そんな確信を持って、彼女は魔理沙の家の戸を叩いた。

 

「おぅ、誰だー」

 

「取り立て屋よ」

 

 そう告げると、三秒ばかりの沈黙が訪れて、そしてこんな返事が返ってくる。

 

「悪い、居留守中だ」

 

「分かったわ、上がるわよ」

 

 器用に裁縫用の針で家の扉を解錠し、アリスは魔理沙の家に上がり込む。

 因みに補足すると、家には霧雨魔法店という古ぼけた看板が掲げてある。

 字は達筆であるし、恐らくは霖之助の字であろう。

 アリスにとっては、勝手知ったる他人の家であった。

 

「居留守してるって言っただろ」

 

 アリスを出迎えたのは、不機嫌そうな少女の声。

 髪をボサボサにしていた、霧雨魔理沙本人であった。

 

「居留守ってことは居るのでしょう?」

 

「来んな、帰れってことだよ」

 

 言わせんなよ、鬱陶しいと言う魔理沙に、アリスは至って平静そのもの。

 この程度で腹を立てていたら、この娘の友人など到底務まらぬのであるから。

 代わりに、アリスは今回持参した籠を掲げる。

 

「朝食を携えてだとしても?」

 

「なんだそれを早く言え。

 歓迎するぞ、アリス」

 

 結果は、効果覿面。

 即座に態度を変えて、茶を入れに行く魔理沙。

 現金な事この上ない。

 けど、この程度で話を聞いてくれるならば、手間は惜しまないのがアリスなのだ。

 

「む、サンドイッチか」

 

「朝だもの……ダメだった?」

 

 悩むような声を上げられて、アリスは心配そうに魔理沙を見る。

 これでダメなら、魔道書返還の話は立ち消えてしまうのだから。

 

「いや、まぁ、たまには洋食も良いか」

 

「洋食って……挟んだだけなのだけれど」

 

 何時も和食派の魔理沙的に、サンドイッチは少し怯んだが、これはこれでと思えるようで。

 アリスはただ挟んだだけの物を洋食と呼んでいいのかで葛藤していた。

 まぁ、何にしろ些細なもので、大したことではないのであるが。

 

「それでは、頂きます」

 

「頂きます」

 

 食べる前のちょっとした儀式を終えて、二人は食べ始める。

 アリス的には、普段はいただきます等と言わないのであるが、郷に入っては郷に従えの精神である。

 

「それで、何を取立てに来たんだよ」

 

 食事がてらに、魔理沙がアリスに尋ねる。

 色々と心当たりがある辺り、疚しさ全開であった。

 

「魔道書よ、白色の装丁の」

 

「あぁ、あの錬金術のやつね」

 

 確か何処に埋もれてたかなと思い出しつつ、魔理沙は頷く。

 そして一口食べたサンドイッチは、マスタードが挟んであるハムと相性が良く、香ばしい味がした。

 

「今回はそれが必要なのよ」

 

「人形に心が出来ないから、錬金して作ろうってか?」

 

「そこまで器用なことは出来ないわよ」

 

「指先ばっかりか」

 

「うるさいわね」

 

 減らず口ばかり叩く魔理沙に、アリスは視線を鋭くする。

 よくもまぁ、ここまで盗人猛々しく吠えられるものだと。

 図々しさなら、コイツはピカイチだと確信もする。

 

「で、返してもらえるんでしょうね?」

 

 威圧するように、アリスは続ける。

 魔理沙に下手に話術を持ちかけると、全力ではぐらかされるのが分かっているから。

 遠慮なく要求する方が為になるのだ。

 

「んー、そうだな」

 

 一方、魔理沙も別段死守する類の魔術書ではない。

 即刻返しても良いのであるが、折角転がり込んできた機会なのだ。

 利用しない手はないと、そう考えていた。

 だから、こんな提案をする。

 

「じゃあさ、お前が私が指定するキノコを収穫してきたら返してやってもいいぜ」

 

「は?」

 

 意味がわからないと睨みつけるアリス。

 魔理沙はその視線を飄々といなしつつ、こう続けた。

 

「私もまだ読破してないんだ。

 それを返すってんだから、相応の対価が必要だろ?」

 

 サラっと嘘を混ぜ込むが、こうしないと交渉にすらならないのだから仕方ない、と魔理沙は申し訳程度に自己弁護をする。

 けれど、アリスの視線の鋭さは変わらなかった。

 

「私の本よ?」

 

「私は読みかけなんだ」

 

 巫山戯るなとアリスの目は語っているが、魔理沙は一切それを無視する。

 折角アリスを顎で使えそうな機会なのだから、この手を逃す馬鹿はしないと心に決めて。

 

「実力行使に出ても良いのよ」

 

「私は別に構わないけどな。

 でもいいのか?

 わざわざ朝っぱらから馬鹿らしくないか?」

 

 良く回る口だと思いつつ、アリスは少し考える。

 こいつを叩いて取り返す労力と、キノコを探す労力。

 そのどちらが上であるかということを。

 アリスが考えて、悩んで、そして出した結論は。

 

「分かったわよ、どのキノコを探してくればいいの?」

 

 結局、折れてしまうことであった。

 こいつを相手に弾幕ごっこをする方が、遥かに面倒くさいと判断したのだ。

 魔理沙はニヤリと笑って、こう言った。

 

「これとこれを探してきてくれ」

 

 近くにあった図鑑を手にして、キノコを二つほど指す。

 それを見て、覚えて、アリスは頷いた。

 それに満足そうに笑って、魔理沙は告げたのだ。

 

「等価交換、成立ってところだな」

 

 正に詭弁であった。

 が仕方なく、朝食後にアリスは魔法の森に身を投じる事となる。

 求めるきのこの群生地は分かっている。

 それを求めて、彼女はその場所を目指していたのであるが……。

 

「何、あれ」

 

 たどり着いた場所で、アリスは目を疑った。

 それは何故か?

 ……理由は簡単である。

 

 ――その場で、少女が一人口を抑えて蹲っていたからだ。

 

 もう、何か顔色からしてグロッキーだった。

 理由など、考えるまでもないであろう。

 少女は、このキノコを生で食いやがったのだ。

 それを見て理解したアリスは、どこか呆れた顔をしていた。

 

「貴方、拾い食いはいけないって教わらなかったの?」

 

「おぇ、うー」

 

 気分悪そうに呻きながら、少女はゆっくりと顔をアリスの方へ向けた、

 黒髪長髪の少女、端正な顔立ちをしている。

 身に付けるは色褪せた着物。

 見たものは可愛いと思わせられるであろう容姿。

 但し、今は顔を大いに歪めていて、それどころでは無さそうであるが。

 

「助け、いるかしら?」

 

 尋ねると、少女は大いに首をブンブンと縦に振りまくる。

 ついでに見上げる目は、藁にも縋る表情であった。

 おそらく、このまま放置してれば口から七色破壊光線を放出することは確定なので、必死であろう。

 

「良いわ、ちょっと失礼するわね」

 

 そう言って、アリスは少女の下に屈み込む。

 そうして、お腹に手を当てて、軽く呪文を唱える。

 すると、淡い光がアリスの手に宿り始めて。

 手を少女のお腹に当てると、暖かな熱を持って彼女のお腹まわりを癒されていく。

 少女も、吐き気がどんどん引いていくのを理解する。

 そしてアリスが手を離した時には……。

 

「あ、ありがとうございました」

 

 女神を見る目で、少女はアリスを見上げていた。

 もう何か、目が煌めいている。

 これが男の子と女の子なら、胸キュン爆発しているところである。

 尤も、キノコの拾い食いから始まる恋愛劇になるのだが。

 因みにこの少女の名前、言うまでもないことではあるが……。

 

「私の名前は涼と申します。

 このご恩は、必ずお返し致します」

 

「大げさな子ね。

 そんなことを言う前に、今度から拾い食いをしない様に気を付けないさいな」

 

「……はい」

 

 気まずそうに頬を掻く涼に、アリスはポンポンと頭に手を置いた。

 

「アリス・マーガトロイドよ。

 今度から注意なさい」

 

「はい、肝に銘じます」

 

 深く頭を下げる涼に、アリスはほんの少しであるが微笑ましさを覚える。

 アホの子ではあると思ってはいるが、それが可愛らしく感じたのだ。

 

「ところで、こんなところで何をしていたの?」

 

 わざわざ、拾い食いをするためにこんな森にいている訳ではあるまい。

 そう暗に告げると、涼は一つ頷いて語りだした。

 

「この森の玄関口の所に、香霖堂と言う古道具屋さんがあるのです。

 そこで売れそうな物を探して、この森に来ました」

 

「あぁ、あのお店ね」

 

 無愛想な店主が、おかしなものを売っている店。

 それがアリスの認識であった。

 尤も、アリスも面白がって、たまに利用するのであるが。

 

「それがどう拾い食いに繋がるのかしらね」

 

 ショッキングな光景だったので、皮肉混じりにアリスが言うと、涼は恥ずかしそうに語る。

 

「どんな物か分からないですから、せめて食べれるかどうかだけ確認したかったのです。

 食べれるなら、それは売り物になりますから。

 毒が混じってたら、目も当てられませんし」

 

 食中毒になっていた彼女の発言とは思えないものであった。

 第一、果物ならば兎も角、キノコを生で食べる馬鹿がいるとは、アリス的に思わなかったのだ。

 でも、それは危ないものは売れないという、涼なりの気遣いであった事を気付いたアリスは、評価を僅かに上方向に修正する。

 アホの子から、アホだけれど信頼できる子に。

 

「馬鹿ね」

 

「はい、全くです」

 

 恥じ入る涼の姿に、これ以上はと思いアリスは言葉を慎む。

 十分に反省しているようであったから。

 

「あのっ、アリスさん」

 

「何かしら?」

 

 そんな中でも、出来るだけ勇気を振り絞って、涼はアリスに向き合い、そしてこう言った。

 

「私、朝のうちはよく香霖堂にいます。

 なので、何か困ったことがあれば、お声をお掛けください!」

 

 振り絞るようにして言った言葉。

 涼は恐る恐るとアリスの顔を見上げる。

 すると……。

 

「分かったわ、何かあれば頼りにさしてもらうわね」

 

 そこには、微笑んでいるアリスの姿。

 綺麗、と感心しつつ、涼はぺこりと頭を下げた。

 

「ありがとうございます。

 では、これにて失礼致します」

 

 涼は、新たに売れそうなものを探し、その場をあとにする。

 その後ろ姿を見て、変な子だと、アリスは感じずにはいられなかったのだった。

 

 




アリスを出せて、謎の安心感を感じてしまい、そのままエタったという黒歴史。
アリスが好きすぎたのが問題であった。
大好きすぎて、妙なオマケまで書いてしまった(白目)。





 ――調理してる時は、真面目な顔をするのね。

 魔理沙の横顔を見た感想である。
 ちょっとした、新しい発見であった。

「よしっ、できた!」

 魔理沙はキッカリそう告げて、オーブンからあるものを取り出した。

「クッキー?」

「お前、こういうの大好きだろ?」

「……まぁ」

 否定することではない。
 好きなものは好きであるのだから。
 ただ、わざわざ魔理沙がそんな事をしていたのに、面食らっただけなのだ。
 誰に言うでもなく、そんな言い訳をする。

「ほら、座った座った。
 飲み物は紅茶な」

 お前が持ってきたやつだ、と告げながら魔理沙は素早く準備をする。
 お菓子に紅茶、そしてそれを囲むは女二人。
 驚いたことに、お茶会のセッティングである。
 思わず魔理沙を見ると、得意げに彼女は笑みを浮かべていた。

「頼み事をしたからな。
 言っただろ?
 等価交換だって」

 屁理屈じみた物言い。
 得意げな表情を浮かべている魔理沙。
 私が思うに、この娘は本当に……。

「――素直じゃないわ」

「お前にだけは言われたくないな」

「なによ」

「良いから、喋るなって」

 文句を言おうとしたアリスに、容赦なくクッキーを突っ込む魔理沙。
 食べながら喋るのは行儀が悪い。
 アリスはそう思って、まずは口の中のものを飲み込む。
 素朴な甘さが、ほんのりと口の中に広がる。
 ちょっぴり好みとは違うけれど、素直に美味しいと言える味であった。

「まあまあね」

「減らず口は相変わらずだな」

「貴方ほどじゃないわ」

 お互いにそっぽを向き合う。
 けれど、不思議とそれでも暖かさを覚える。
 たまには、こういう宗旨も悪くはない。
 そう思える、とある一幕であった。


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その他作品
血染花はもう咲かない プロローグ(神咒神威神楽)


二つある内の大いなる黒歴史の一つ。
何も考えていなかった、明るい時代の産物とも言えるかもしれない。
ノリだけは軽妙か、それとも微妙か、今でも測り兼ねる一作。
……地味に処女作だったりします。


 最後の記憶、咲夜の泣きそうなのに笑おうとする顔。

 それに申し訳なさと誇らしさを感じる。

 

(わりぃ、咲耶、先に行かせてもらうぜ。

 お前はもっと後に来い。

 腹の子をきっちり育てろよ)

 

 最後に妹や子供と自分以外のことを思いながら死んでいく。

 最初は理解不能な考えだったが今では良く分かる。

 あちら側では礼でも言うか、そんな彼らしからぬ事を考えて、凶月刑士郎の意識は完全に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花の香りがする、陽があたり世界を照らしている。

 

 曙光の光、それに包まれているのだ。

 そこで刑士郎は理解した。

 目を開けると満開の桜と共に野郎二人、それに俺らの大将の姿があった。

 

「よう、兄様、目覚めはどうだい」

 

「起きて早々てめえの顔が見えて最悪だぜ」

 

 赤髪の益荒男、坂上覇吐の近距離での姿を捉える。

 いつもの軽口、口で言うほど悪くない気分での寝起きである。

 

「刑士郎よ、手紙を寄越したはずだが間に合わんだか」

 

「あの場合は仕方がねぇ、おかげで咲耶の眼も覚めたしな」

 

 摩多羅夜行、自分は死んだのだから居て当然の男である。

 

「情けない、女を残して死ぬなど。

 咲耶とお前はこれからだと言うのに」

 

 口を尖らせている久雅竜胆、だが彼を責めるのも酷な話だろう。

 人間のみでありながら狂人と化した者共を200以上切り捨ててるのである。

 

 好きな女を守りきった。

 故、彼は勝ったと形容しても良いのだから。

 

 そんな中、ふと覇吐が竜胆と夜行に耳打ちする。

 刑士郎はあまりに露骨な隠し話にやれやれと肩をすくめ、ことの成り行きを見守っていた。

 

 話の内容を聞き、愉快そうに顔を歪めている夜行。

 摩多羅夜行は死を裁くもの、なんて聞こえてくるあたり穏やかではない。

 

「覇吐、これを」

 

 話が終わったのか、覇吐に何かを渡す夜行。

 それは木製の変わったシルエットをしている棒であった。

 遥かな旧世界ではそれを球を打つのに使い球技の道具に使われていたもの、野球のバットである。

 

 何故そんなものを夜行が持っているのかとか、そんなことはどうでもいい。

 問題なのはそれを持って笑顔でにじり寄ってくる覇吐の存在であった。

 

「てめぇ、それでどうするつもりだ」

 

 長年戦闘を繰り広げていた勘が告げている。

 奴は危ない、と。

 

 不意に足が動かなくなる。

 これには覚えがある。

 夜行の咒だ。

 

「覇吐、やれ」

 

 笑顔で命令を下す竜胆、殺る気十分でそれを振るう覇吐。

 

 ガキーン、といい音が鳴る。

 不思議と痛みはなかった。

 

 ……飛んだ。

 不思議なことに空を舞っている。

 そんなことが出来るのは変態の夜行だけだと思っていたが違ったらしい。

 

「座の知識ではこれを葬らんというらしいぞ」

 

「さすが竜胆、俺の惚れた女だけあって勉強熱心だな」

 

 下の戯け共の声と同時に意識が再び途切れる。

 

 その最後の一瞬、夜行の言葉が頭に届いた。

 

(時間をやろう、良き最後を迎えよ)

 

 下に落ちる感覚、この感覚を最後に、刑士郎は座から叩き落された。




っく、殺せ! と言わんばかりの初々しさ。
本当にどうなっているのかと自害したくなります。
でも、これも成長の糧になってると思うと、何だかんだで印象深いです。


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血染花はもう咲かない 1話

「あ……ま」

 

 声が聞こえる、自分が愛おしいと思った奴のあの声が。

 

「あ…さま」

 

 その声で懸命に呼ばれるだけで、自分が果報者だということが解る。

 

「あに、さま」

 

 ただ残念なのはその声には悲壮さが漂っていて、俺の顔にも涙が滴っていることだ。

 

 だからその柔らかな頬に触り、涙を拭ってやる。

 

「泣くな、咲耶。

 腹の子を育てにゃならんだろうが」

 

 蚊の掠れるような声だった。

 自分でも笑えてくる。

 しかし咲耶は希望の光を見つけたようでもあった。

 

「あ、にさま? あにさま兄様兄様兄様兄様兄様」

 

 堰きを切ったように俺の名前を呼び続けて抱きしめる。

 強く強く抱きしめ、もう離さないという咲耶の気持ちがよく伝わってくる。

 

 そこには愛する男子を包み、包まれる乙女の姿があった。

 

 

 もう、血の匂いは消えていた。

 誰とも知らぬ者の渇望も、自分の知らない人の思いと一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭に心地よさを感じる。

 柔らかな感覚である。

 不意に目を開ける。

 

 太陽の光で目が潰れるという錯覚が起きる。

 ぼやけて、はっきりとしない視覚。

 それが段々と形を帯びてきて一つの姿となった。

 

「お起きになられましたか兄様、おはようございます」

 

「あぁ、起きたぞ咲夜」

 

 自分はまた寝てしまったのかと呆れ混じりに咲耶の膝から挨拶を交わす。

 一面花畑、そこで好いてる奴と二人でいる。

 それはそれでいいとも思うがこれからも生きねばならない。

 億劫だはあるが起きなければ。

 

 咲夜の膝から起きようとする。

 だが、うまく力が入らない。

 筋肉が弛緩して、血も足りてない。

 

 ここで一旦死にかけた事を思い出す。

 思わず舌打ちをしそうになるが生きているだけでも十分に幸運(その方法は考えないことにする)であるから我慢することにした。

 

「兄様、ご無理をしないでくださいまし。

 もう少し休んでから行きましょう」

 

 こちらの様子に気付いた咲耶が頭を撫でて、こちらをやんわりと抑える。

 それに癒されてしまう自分に驚いた。

 

 今はただ疲れてるだけ、そう自分に言い聞かせ顔を見られないように咲耶の太腿に顔を埋める。

 

「あらあら」

 

 それを朗らかに笑う咲耶、それはこれから母になるに相応しい慈愛と母性に満ちたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し休むと動けそうになった。

 実際には動けると自分に言い聞かせているだけだが。

 

「兄様、駄目でございます。

 まだ少し休んでいてください」

 

 大事な兄の身体、頑張ったのだからもう無理はしないで欲しい。

 そんな想いが咲耶を突き動かしていたが刑士郎はそれを抑える。

 

「ずっとここにいるわけにはいかんだろう、行くぞ咲夜」

 

 無理やり立ち上がり平気な顔を装い咲耶の手を繋ぎ歩き出す。

 咲耶も仕方ないと兄を支えるように歩き始めた。

 

「咲夜、一人で歩ける」

 

 男としての意地でそう言い張る刑士郎だが咲耶に、

 

「私が支えたいのです、もう兄様にもたれ掛かるだけなど私自身が許せないのです」

 

 とまで言われてしまい沈黙。

 

 二人で二人三脚の歩調で歩き始める。

 足は凶月の里を目指していた。

 もう誰もいないことは分かっている。

 

 しかし理性では感情を止められなかった。

 まだ生きてる人もいるかもしれない。

 

 俺たちを白い目で見る奴もいた。

 

 私たちを疎ましく思っている方もいました。

 

 だが(だけど)、確かにあの土地は俺(私)の故郷なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには地獄絵図が広がっていた。

 いや、大和の国中でも広がっているのだろう。

 

 人の死体が、俺達の知ってる奴が冷たくなっている。

 昨日一緒に酒を飲んだ奴が、武勇伝を聴きに来たガキが、歪みが消えたと喜んでいたババアが、皆が横たわってる。

 

 咲夜はあまりの事態に白い顔を更に白くしている。

 

「埋めて、やらねえとな」

 

 一言、ポツリと呟く。

 この里の長として、共に暮らしたものとして、こいつらをこのままにするのは許せない。

 その責任感やどうすれば良いか分からない怒りや悲しみと共に、円匙を使い穴を掘り始める。

 

 咲夜も無言で隣に来て二人で凶月の者を埋葬していく。

 遣る瀬無さを感じる。

 

 二人は無力だった。

 だが、人間として生きることを選んだが故の無力さだった。

 

 それが悔しくあった。

 だが、自分達で見つけた答えである。

 後悔はしていない。

 

 この里を見て、こんなに悲しいと思える。

 それが自分達が本当の人間になったという証明だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の神座(笑)

 

 坂上覇吐と久雅竜胆はある作業をしていた。

 それは自分達が世話になった、あの太陽の天魔?の魂を回収してやろうということになった。

 

 ただ、その過程で……。

 

「我が名はシュぴ虫、六条シュピ虫です。

 以後お見知りおきを」

 

 ……魂が傷つき、頭をおかしくした六条らを拾うことになった。

 

「あはは、そのなんて言うの?ご愁傷様?」

 

 その遥に後方でドン引き気味に六条に絡まれる俺たちを励ます太陽の天魔。

 いや、天魔ではない。

 結構可愛い系の人間の姿をしていた。

 

 アヤセカスミ、旧世界の名前ながらちゃんと理解できる。

 本人曰く、こちら側に書けば綾瀬香純となるらしい。

 

 ただ、その香純がえらい事をしでかしてくれた。

 それは……、

 

「よう、無事に流出できたようで何よりだ」

 

 そうぶっきらぼうに言う人物、それは俺達の大恩人、天魔・夜刀であった。

 まあ、こちらも本当の名前は違って姿も普通の人間の物なのだが。

 

 フジイレン、こちら側では藤井蓮と書くらしい。

 

「まさか、あんたの魂があるなんてな」

 

 俺がそう言うと、悪いかと毒づいた後、理由を説明してくれた。

 

「まさかバカ純に助けられるなんて思ってなかった」

 

「うっさい、練炭」

 

 お互い悪口を言っているがどう見ても仲良さげである。

 

「まあ、そういうわけだ。

 穢土で死んだ奴はみんな香純が魂を拾った。

 戦死したお前らの兵隊も、俺達夜都賀波岐もみんなだ。

 俺が残した法が暫く生き続けてたのも原因だと思う。

 ただ……」

 

 そう言って六条の方に目を向けていう。

 

「コイツまで拾う必要があったのかどうか」

 

 何とも言えない顔でそう言う。

 気持ちは分からなくもない。

 

 正直に言おう、ウザイと。

 そう思い、香純の方に顔を向けると慌てて首を振った。

 

「いや、だってこの人だけ回収しないのも悪いし、可哀想でしょ」

 

「そうかもしれねえけど」

 

 俺がそういって再び六条に目を向けると、

 

「いやあ、竜胆くんじゃないですか。

 今日こそは穢土学園を共に抹消しましょう。

 いぃやつらぁ、今度こそは」

 

「やめろ、鬱陶しい。

 おい覇吐、何とかしろ」

 

 竜胆の手を握り、明日へ向かって前進しそうになっていた。

 

「てめえ、俺の女に気安く触れるんじゃねえ」

 

 とりあえず殴り飛ばす。

 

「ひでぶ」

 

 よく飛んでいく、5尺ほどブッ飛んでから頭が土に刺さった。

 

「覇吐、ありがとう。

 お前だけが頼りだ」

 

「ああ竜胆、任せとけ。

 どんなことがあっても俺が守ってやる」

 

「それでこそ私の益荒男だ、愛してる」

 

「俺もだ、竜胆」

 

 茶番である、周りから白い目で見られつつも気にしないのが恐ろしい。

 

「あー、甘い甘い。

 こっちが胸焼けしちゃいそうだよ」

 

 香純がそう言って周りもそうだなーと一度に頷く。

 

 俺達にとっては、かつての天魔達が一様に頷く姿こそが驚きの物なのだが。

 

「っち、予想が外れたか」

 

 天魔・常世、氷室玲愛が無表情でぼそっと呟く。

 いつぞや幻として見たむっちゃ綺麗な女だった。

 

「だから言ったでしょう、妄言だと」

 

 勝ち誇る竜胆の顔にふんっと顔を背ける。

 

「あなたの負けだよ、テレジア」

 

 楽しそうに笑いを浮かべるのは龍明、俺達の恩師である。

 もう会えないと思っていたのだがちゃっかり居場所を確保していたらしい。

 

「龍水を呼んでおいた、時期に来るだろう」

 

 笑顔で言う竜胆、それと共に聞こえる大声。

 

「お~も~と~じど~のぉーー」

 

 涙を流しながら突進してくる龍水。

 

「馬鹿者が、御門家の長女とあろうものが」

 

 そう言いながらも笑っている龍明。

 

 

 

 

 

 出来たばかりだが、今日の神座も平和です。




まだ始まったばかりで、そこそこやる気があった頃。
内容は微妙だけれど、それなりに頑張っていた覚えがあります。


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血染花はもう咲かない 2話

 パチパチと火が爆ぜる音がする。

 風が戸に吹きつけてカタカタと震える。

 辺りは暗く、唯一の光源は鍋をかけている囲炉裏だった。

 皆を埋葬している内に夜がやってきたのである。

 

「兄様、どの位お食べになりますか」

 

「少しでいい、お前も食える気分じゃないだろう」

 

 ……それだけ聞いて再び部屋に静寂が舞い戻る。

 

 皆を埋葬していく過程で冷たい死体が心まで冷たくしていく感触に苛まれる。

 皆の死体が語りかけてくる気がして仕方なかった。

 

 なぜお前達は生きている、なぜ我々は死んだのだ、と。

 

 呆気なかった。

 歪みを持つ一族と呼ばれ恐れられていた凶月の一族も、それが無くなれば唯の人間だと証明されたのだ。

 

 それに波旬の法が発動された時、アイツ等は同族同士で殺し合いはしなかった。

 逃げ惑うことに必死になっていたが、俺(私)は死なない等とは思ってなかったのだ。

 

 過去の束縛の名残があったのか、歪みが無くなったことで無意識に自分が特別ではないことを悟っていたのか。

 彼らが一つ思っていたであろうことは容易く想像できる。

 

 死にたくない、ただそれだけであろう。

 

 ようやく新たな人生が始まるところだったのだ。

 そんな時に死にたいなどと思うやつはいない。

 少なくとも俺の周りにはいなかった。

 

 あいつらに詫びたい、今すぐ駆け寄って土下座してもいい。

 護れなかったことを、無残に死骸を晒させたことを。

 

 だがもう少し待って欲しい、自分勝手だと非難してくれてもいい。

 あとで俺も行く、だから少し時間をくれ。

 

 

 咲耶を一人で残すわけにはいかないのだ。

 

 

「兄様、難しい顔をなされていますよ」

 

 

 優しい声。

 いつの間にか横に来て手を握られていた。

 

「兄様が何を悔いているのかは分かります。

 私も同じ気持ちです。

 さればこそ、言わせてください」

 

 息を吸い、吐き出すようにして思いをぶちまけた。

 

「皆様の分まで私達は生きねばなりません。

 それが命を繋いだものの義務でもありましょう。

 これは綺麗事、村の皆様に聞かれては納得など出来るはずもないでしょう。

 ですが、それすらも受け止めて進むべきだと私は思います」

 

 正直なところ、咲耶自体こう言う論法はあまり好ましくないと思っている。

 だがここで無理をしなければ自分が、いや自分達は先に進めない。

 なればこその言葉だった。

 

「……咲耶、お前」

 

 故に刑士郎は驚き、歓喜した。

 噛み締めるようにその言葉を咀嚼していく。

 咲耶は先を見ている、辛くても受け止める覚悟も出来てる。

 

 自分が想像している以上に咲耶は強い。

 それが嬉しくて誇らしくて素晴らしくて、そして寂しい。

 

 一瞬、刑士郎は自分が何を考えたかが分からなくなった。

 サミシイ?

 成程、寂しいのか俺は。

 

 いつも兄様兄様と後ろをついて来た咲耶が遠くに行ったような気がして。

 咲耶は俺が護っていると考えていたが雛は飛び立つもの。

 気付いたら自分の庇護の必要はなくなっていたのだ。

 むしろ自分が咲耶を閉じ込めていたのかもしれない。

 

「それは違います」

 

 唐突であった。

 咲耶は刑士郎の思考を読み取るがごとく慈愛の微笑みを浮かべている。

 

「私が兄様のそばを離れなかったのです。

 確かに兄様は私を離そうとしなかったかもしれません。

 ですがそれはそれで女冥利に尽きるというものです」

 

 少しおどけた様に笑いそれに、と続きを語る。

 

「私は遠くに行ったのではありません。

 兄様の隣に並んだだけです」

 

 刑士郎は自分の価値観が崩れていくのを感じた。

 ずっと俺の後ろを付いてくるものとばかり思っていた。

 一生守り続けるのだとも決意していた。

 それが今、咲耶は俺と並んだといった。

 俺が支え、守ると言う概念は咲耶が俺にも適応させれるということだ。

 

 

 

「はは、あははははははははははっ!!」

 

 

 

 心から笑った。

 こんなにも暖かい。

 弱いと勝手に思っていた手弱女子が、こんなに頼りがいがあるだなんて。

 

「兄様、あまりはしゃがれますとお体に触りますよ」

 

 そう言いながらも自身もクスクスと笑いが抑えられない咲耶。

 

 

 

 今日この時、この一瞬とも言える今が愛おしい。

 だからこの刹那を焼き付ける。

 新しい決意を持って。

 

 

 

 (咲耶は俺が守る)

 (兄様は私が守ります)

 

 

 

 互いに手を差し伸べながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の神座

 

「時よ止まれ お前は美しい」

 

「どうしたのよ、突然」

 

 ボケっと花畑に転がっていた蓮が急にボヤいたので「何?こいつ」みたいな顔で見つめる香純。

 いや、何でもないと答える……

 

「藤井君はノスタルジックな電波を受信してるから。

 今話しかけると危険な感じ」

 

 はずだったが玲愛が茶々を入れて失敗する。

 

「先輩、変なことは言わないでください。

 思わず口が滑りそうになりますから」

 

 蓮の一言に怪訝そうな顔をする玲愛。

 次の瞬間、蓮は語りだした。

 

「ある日のこと、先輩はパソコンと向かい合ってた」

 

 唐突なことにキョトンとする香純と玲愛。

 そことなく動作と表情が似ているのが笑えてくる。

 

「ゲームをやっていたんだ。

 そしてゲームは先輩らしくエロゲーをやっていた」

 

 摩耗した記憶からそんな物を見つけ出し無言になる玲愛。

 えーっとと少し気まずそうにする香純。

 

「そしてネットの感想掲示板に一言、お茶吹いた。

 俺が吹いたわ」

 

 玲愛は無表情から一転。

 上目遣い的に問を投げかける。

 

「なんで私のことそこまで知ってるの?

 もしかして脈ある?」

 

 本来なら蓮にはこの手の会話はしてはならないことになっているが、色々とありすぎてたがが緩んでいたのだろう。

 つい聞いてしまった。

 

 だが、特に気にした風でもなく明確に返答を返した。

 

「神父さんが教えてくれた」

 

 それを聞いた瞬間、電波な乙女は修羅の曾孫として覚醒した。

 10分かそこらかして嬉しそうな神父さんの悲鳴が聞こえてきた。

 

「で、蓮?何があったの?

 別に教えてくれてもいいんじゃないの」

 

 それともまた、私には言えないこと?

 そう悲しそうに顔を伏せる香純。

 その様子に、バカスミのくせに生意気だと言ってポツリと話し始める。

 

「ヴィルヘルム、いや刑士郎だっけか。

 人って変われば変わるんだなって思った」

 

「ああ感動してるんだ、レーンたん」

 

「うるさい、黙ってろ」

 

 急に復活しからかってくる香純相手に、話すんじゃなかったと後悔する蓮。

 だが、その刹那すらも愛おしいと感じる。

 

 神座から見える兄妹二人に軽い親近感のようなものを感じて蓮もまた微笑する。

 

 

 

 今日も上座は平和です。




まだやる気があった頃第二弾。
初心者なりに、執筆を楽しんでいたと思われる。


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血染花はもう咲かない 3話

 ボロボロになった家の隙間から朝日が入り込む。

 強い光に目が拒絶反応を起こすがそれを押さえ込み体ごと起き上がる。

 同じ布団には咲耶が眠っている。

 よく眠っている、と思う。

 昨晩はあれから色々あったが為、咲耶はもうしばらく眠り続けるだろう。

 

 刑士郎自身は大した疲労もなく、肩を鳴らしつつ床を離れる。

 水をひと浴びするために井戸へ向かおうとする。

 だが、ある物に気付き舌打ちを一つして無造作にそれを掴み取る。

 

 手紙である、何時ぞやの夜行が認めたものと同一の紙を使用している。

 この前は警告文だったが今回は何が来たものか。

 気が滅入りながら中身を読むとそこには、

 

 秀真周辺には近づくな、行くなら北に沿って穢土に近い土地へ等のことが理由や対抗策と一緒にに書いてある。

 あと、手紙は一つではなくもう一枚あるなどと書いてあった。

 存外世話焼きな夜行に気色の悪いものを覚えつつ、もう一枚の紙を開くと先の紙の二倍程の長さがあり、そこには混沌とした惨状が広がっていた。

 

 覇吐や竜胆、その他東征の仲間や死んだ連中が一言ずつ手紙に言伝が書いてある。

 中には天魔どもの字が混じってさえいる。

 内容は分からないが不快な感じがするので見なかったことにして手紙を懐へしまう。

 

 

 

 だが、気分は悪くなかった。

 体の底から力が湧いてくるような錯覚さえ覚える。

 あの手紙からその活力をもらったと考えると癪だが。

 それを誤魔化すように近くの山へ狩りに出かける。

 体を動かしてあまり考えないようにしようとの魂胆であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで熊を狩ってくるのですから、さすがは兄様と言ったところでしょうか」

 

 そう言って山から戻った刑士郎が解体した熊の肉を調理しながら、賞賛と呆れが8:2の割合で咲耶は感嘆しながらも溜息をついた。

 

「兄様は病み上がりなのです。

 あまり無茶をなさらないでください。

 兄様の身に何かあったのでしたら私は悔やみきれません」

 

「っは、この程度の畜生には遅れは取らねえよ。

 咲耶、お前が生きているうちは俺が助ける。

 それに……」

 

 それから刑士郎は続きの言葉を紡がなかったが咲耶には何が言いたいのかが分かっていた。

 

「はい、兄様に守っていただきます。

 私も兄様をお助けいたします、ですね」

 

 そういってほっこりと笑う咲耶に一つ頷き、刑士郎は今後の方針を確認し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大欲界天狗道の発動により世界中で血みどろの殺し合いが起きた。

 大和の国は特異点があったからこそ多少はマシではあったが、それでもあの見るにも耐えない状況である。

 

 あの手紙には世界と大和では天狗道の発動に時間差があったと書いてある。

 おそらく穢土に近ければ近いほど影響からは守られるとも。

 だからこそ夜行も穢土に近い土地に行けと書いたのであろう。

 

 もう一つ好条件といえば秀真から遠く離れているということだろう。

 忌々しいことに、貼り出された手配状は解除されてなどいない。

 

 つまり俺たちは未だに謀反人なのだ。

 だからこそ影響の殆どない穢土周辺なのだろう。

 

 因みに手配書については夜行と龍水が何とかすると言っていた。

 大和の国の責任者は軒並みくたばったから舵を取る奴が必要になる。

 そこに短期間の間、あいつら変態二人がこの国を立て直すのだと。

 御門の家を前面に押し出しつつ政権を握り、合法的に手配書消すそうだ。

 

 幸いなことに傀儡だった帝は一人玉座に君臨して、私は神だとか阿呆なことをほざいていただけで生きていたそうだ。

 元から頂点を極めていたのが幸いしたとか。

 

 復興の暁には帝に権力を渡してサッサとずらかる事にするという計画。

 普通だったら出来るはずないが、誰も収集できない今だからこそ何とかできるとか。

 

 もう夜行は動いているらしく、毎日帝の夢に毎日のように訪れているらしい。

 毎日夜行の顔を見る羽目になる帝に同情しつつも早く洗脳されることを切に願っておく。

 

 まぁ、それまで逃げ切れば俺達の手配書は失せるらしい。

 この件に関してはは夜行達だから失敗はないだろう。

 

 後は出来るだけ早く、腹に子を抱えている咲耶が休める居場所を手に入れる必要がある。

 これは現地に行って確かめるしかない。

 後は復興にでも手を貸しつつそこに溶け込む、それくらいしかすることは無いだろう。

 

 

 

 

 

 面倒なことを色々考えていて少々頭が痛い。

 少し頭をほぐしつつ、目の前を見る。

 

 そこには熊肉を調理を終えた咲耶の姿があった。

 匂いや空腹に釣られて急に腹が空いてくる。

 腹が鳴り、早く肉を喰らいたい気分になってきた。

 

「ふふ、幸いなことに沢山お肉はありますから、是非とも召し上がってください」

 

「ああ」

 

 そう短く返事をし、早速肉に食らいつく。

 

「旨い」 

 

 久しぶりに感じた感覚であった。

 脂が舌で踊り、甘いようでしっかりとした肉の味がする。

 

 最近は味を楽しむ余裕が無かったので、久しぶりにまともな物を食ったという気持ちが湧き上がる。

 今、生きていると感じる。

 

 その様子を咲耶は嬉しそうに眺める。

 焼いただけといっても手間は相応に掛けているのだ。

 それを好きな男子がうまいと言いながら食すのは女子の本懐であった。

 

 

 

 これから環境や生活は色々変わるでしょうがこの風景だけはずっと続いて欲しいと切に願います。

 兄様と私、そしてお腹にいる赤ん坊、皆で釜を囲みとうございます。

 それを成すためにも兄様、贅沢は申しません。

 私と一緒に長生きしてください。

 

 ずっと離しません、兄様

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 咲耶のお料理教室

 

 

 

「こんにちは、凶月咲耶です。

 今日は私が兄様に手料理を振舞おうと思います。

 材料は血抜きした熊のお肉、兄様が取ってきてくださった物です。

 一日では食べきれないので幾つか保存食にしておきます。

 

 では、お料理開始です。

 さっそくお肉を焼きます。

 王道ですね、脂ののった熊のお肉を薄く切りそのまま焼きます。

 脂を取ってしまいますと噛み切れなくなってしまいますから。

 

 においがキツいので胡椒を振りかけて誤魔化します。

 ですが素の味を楽しみたくもありますので全部に振りかける訳ではありません。

 他にも味噌などを塗ったり、唐辛子をまぶしたりして味の種類を増やします。

 同じ味で飽きられたりされるのは嫌ですから。

 

 元々熊肉は仕込みに時間が掛けて料理するものですから今は焼く程度しかできないのが残念です。

 

 それからですが、焼いた熊肉だけでは寂しいので前に取って貯蔵してあった野草を持ってきます。

 庶民の味方、なずなです。

 これをご飯と一緒に炊きます。

 本当は七草すべてを揃えたかったのですが無いものはないので贅沢は言えません。

 

 炊けたのならお塩を軽くかけてます。

 あまりかけ過ぎますと本来の味を殺してしまうので気をつけてください。

 

 後は里芋が余っていますのでお塩をいれたお水で少しの間浸します。

 それが済んだらお鍋で煮ます。

 それが済んで少し煮えて来たらお酒やみりんお砂糖等を入れてまた煮詰めます。

 匂いがよく分かるようになったら今度は醤油を入れて蓋をします。

 お湯が沸騰して少なくなったらお水からお汁に変わったものを絡めて完成です。

 

 ひたすら煮詰めてばかりでしたがこの状況です、致し方がありません。

 

 ですが愛情はたっぷり入っているはずです。

 

 兄様、喜んでくださるでしょうか?」




本格的に意味不明だった話。
なんでしょうか、このお料理教室って……。


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血染花はもう咲かない 4話

「ここもか」

 

 何度目になるかも分からない毒づきを飛ばす刑士郎。

 咲夜もどうしようもない虚無感に捕われそうになる。

 

 全滅した村、人ひとりも居ない狂騒の跡地。

 

 山中の集落、人が密集していたこの場所は酔いに酔った者達が自らの死体を積み上げていった。

 彼らは死ぬ時まで自分は至高、我は唯一無二と謳っていた。

 倫理の無くなった人間はこうも脆い。

 もはや第六天が発動した時点で彼らは人ではなくなっていたのだろう。

 

 そして刑士郎達がこの惨状の起こった場所を見るのも4回目である。

 

 この状況を見るたびに虚しさと遣る瀬無さが湧き上がってくる。

 

「兄様」

 

 咲夜の声にあぁ、短く返事をしこの村だった場所から離れる。

 

 何もかもが終わり新たに創成された曙光の世界、しかし旧世界の残滓とも言える傷は想像以上に深かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火後の国府内、葦原中津国の中の国や伊予島に繋がる玄関口であり、神国の中央に位置する土地である。

 

 そこには人がいた。

 嘆く者、怒る者、自失する者、様々な人がいるが生きていたのだ。

 大事なものを失った感覚を抱えたまま、暮らしていた。

 

 なぜ嘆くかと尋ねれば、

 なぜ怒るかと尋ねれば、

 なぜ自失するかとかと尋ねれば、

 

 皆が皆、分からないが大切なものが無くなったと言った。

 

 ある母親は子の骸を抱えたまま永遠と話しかけ続け、ある貴族は屋敷の残骸の前で必死に財を掻き出し、またある武者は積み上げられた死体を無味乾燥に埋葬していた。

 

 理由は分からない、どうしてこうなったかが分からない。

 

 だが、それでも人々は営みを取り戻しつつあった。

 ……互いに助け合いながら。

 

 

 

 

 

「記憶がない、ですか」

 

 咲耶が確かめるように言う。

 

「あぁ、あんな事があったなんて誰も覚えちゃいねぇ。

 最初から無かったようにな。

 それに……」

 

 刑士郎が目を向けた方向には、一人の男が子供に手を差し伸べていた。

 それを握りしめて泣く子供、抱きしめ慰める男。

 そんな光景があちらこちらで見られた。

 

「もう、こんなことは起こらねえよ」

 

 誰とでもなく言葉を紡ぐ刑士郎。

 無言で刑士郎を握る咲耶。

 

 二人に分かることは、自己愛という鎖はもう誰からも無くなったということだけだった。

 

 

 

 

 

 第六天の細胞はことごとくが曙光の光によって死滅した。

 その灰から人間という不安定で、脆い者達が姿を現れる。

 もう誰もが一人では生きられない。

 それはとても儚くて、そしてとても誇るべきことであろう。

 一人で生きられないのは弱さではないのだから。

 誰かを支えるのはとても強いことなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話は聞いている、乗れ」

 

 そう言って隙を見せない荒くれ風に見える男に誘導されて、頭に頭巾を被った者が二人が用意されていた船に乗船する。

 

「っ!」

 

 男は頭巾の間から見えた白髪の髪から思わず顔を背ける。

 禍憑きの一族、その象徴とも言える特別な白の髪は畏怖と嫌悪の象徴だった。

 それが昨日今日で変わるものでもなく、歪みが無くなった現在でもそれは変わらなかった。

 

「気にするな、咲耶」

 

 そう言って頭巾の下から刑士郎は気にした風もなく、こともなさげにそう言った。

 逆にそれが彼の気分が害されてるのを誤魔化す外装として無意識に用意したものだとしてもだ。

 だから彼は咲夜の手を握り、船の奥へと進んでいく。

 

「そうですね、今までがそうでした」

 

 咲耶の足が徐々に歩みを止めていく。

 それに伴い、二人は歩みを止めることになった。

 おもむろに振り返る刑士郎。

 咲耶の表情は頭巾の下に隠れて刑士郎には分からなかった。

 だが、その何時もことでは済まさないという雰囲気を咲耶から読み取れた。

 

「少々よろしいでしょうか」

 

 そう言って咲耶は荒くれ者に見える男に話しかけた。

 

「……なんだ」

 

 決して話しかけてる咲耶を見ようとせず、返事を返す男。

 その行動は酷く刑士郎を苛立たせたが、今は咲耶の舞台である。

 おとなしく拝聴する側に回った。

 

「この度はわたくし共に力を貸して頂き、誠に感謝しています」

 

「……ああ」

 

 咲耶の行動に面食らった男だが出来うる限り気にせずに無関心を装いつつ簡素な返事だけを返す。

 何なのだと不快な猜疑に囚われた男だが、思考が始まる前に咲耶が言葉を紡いだ。

 

 

 

「つきましては旅中の間、私に飯炊きを任せて頂けないでしょうか」

 

 

 刑士郎は呆れと共に口元を釣り上がらせ、男はただ呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜行からの手紙

 

 

 五体満足のようで何よりだ。

 お前を地上へと送り返したあの棒は私が用意したものだ。

 効果は体感した通り、死ぬという事象を殺すことにある。

 尤も、魂ごと散華させられたのならどうしようもないのだがな。

 無事に蘇生できたから問題はなかったのであろうよ。

 良き哉、未完成品だったのだがな。

 この摩多羅夜行の施策の効果を己が身を以て実証できたのだ、誇るがよい。

 

 

 

 さて、これで気も解れたであろう、本題に入るしよう。

 どこの世界でもあの屑の後始末に苦戦していてる。

 全く、糞を撒き散らすなら場所を弁える程度はして欲しいものなのだがな。

 

 まあ、その撒き散らされたものの中にお前達の手配書もある。

 私と龍水は糞の後始末をするために秀真へと向かう。

 名門の出は過去の偉人と被せられて色眼鏡で見られやすい。

 故に、今の状況を打開すべく藁にも縋る思いで頼ってくるであろう、龍明殿の影を見てな。

 つまらなくはあるが好都合でもある、うまく踊り切るするかな。

 

 言いたいことは想像できるな。

 そう、この掃除と共に手配書も処分する予定だ。

 だがそれでも危険であろう。

 何分今の状況は間が悪い、だから秀真周辺だけには近づいてくれるなよ。

 

 敢えて推奨するなら穢土に近き土地であろうな。

 彼の地は夜刀殿の太極の残滓の庇護を得て、第六天の影響を大して受けなかった非常に稀有な土地だ。

 更には手配書も回っていない、正にうってつけと言えよう。

 

 ということだ、船は手配はしておく。

 国府内から堺へと渡り平野の国に行くがよい。

 あそこには覇吐の祖先の間抜けな銅像が立っている。

 幼少の時に自分の祖先とは知らず、小便を覇吐はかけていたな。

 

 今では錆びて見るも無残な様相を呈しているがな。

 赤みがかかってより覇吐により近づいている。

 あの滑稽さは見ものだ、酒の肴にも使える。

 

 書き記すことといえば、大体はこの程度だ。

 後はそうだな、私だけ手紙を出すのは不公平だとかでお前と咲耶に皆からの書き寄せが共に入っているぞ。

 刑士郎、お前の人徳の無さが如実に現れているが、何気にすることはない。

 お前はそういう役どころだ。

 

 ではな、あの桜は何時までも枯れることはない。

 お前達は遅刻するのが義務と思え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2枚目

 

 

 

 てめえ、ちゃんと手紙読んでるか。

 妹をクンクンするのに忙しいか何だかは知らないが目ん玉ひん剥いて俺様の文字を心に刻めよ。

 てめえは『ブラコン』って奴らしい。

 妹に執着して変態をこじらせた野郎のことだ。

 俺も妹がいたらそうなってた。

 だけどいないから喜んでその座は渡すぜ。

 あと座での葬らんした時な、おもいっきしやりすぎてタダでも歪んでる魂が更にひん曲がったと思ったが大丈夫そうでなによりだぜ。

 

 じゃあな、あ・に・さ・ま

 

                     世界一カッコいい最強の益荒男 坂上覇吐より

 

 追伸 そのクソ兄貴に愛想をつかしたら俺のところに来いよ、咲耶ちゃん。

    嫁は竜胆だが妹にだったら出来るぜ。

 

 

 

 

 手紙越しだか久しいな刑士郎、咲耶。

 久しぶりの手紙でこんな事を書くのは遺憾だがあえて書かせてもらう。

 お前達がどういう状況なのかは分かっている。

 私の落ち度だ、済まない。

 

 だがお前達なら乗り越えられる、無責任なのは百も承知だがそう信じている。

 夜行や龍水も働きかけてくれているから少しの間だけ辛抱して欲しい。

 

 それと刑士郎、お前達の在り方は凄く好ましいと思う。

 だがそれにかまけて咲耶にばかり負担をかけるのはまた違うぞ。

 咲耶は腹にもう一人を抱えているのだからな。

 女はこういう時は男に頼りたいものだ、よく覚えておけ。

 というわけだ、咲耶。

 お前も今は存分に刑士郎に甘えろ。

 

                                   雅竜胆鈴鹿より

 

 

 

 咲耶は無事か、刑士郎に粗雑な扱いを受けていないか心配で仕方がない。

 聞けば妊娠中だそうだな。

 栄養を沢山取って刑士郎を場所馬のごとく扱うがいい。

 もし助けが欲しいなら誰もいないところで大声で叫んで欲しい。

 すぐに飛んでいくぞ。

 それと、なんだ、刑士郎は咲耶が選んだ男だ。

 私には分からないが、きっといい男なのだろう。

 胸を張って二人で歩くといいと思う。

 

 それとまた何時あの時の話の続きをしよう。

 刑士郎はやはり受けだな、夜行様との絡みは中々に上場だと思う。

 

 あ、書くのを忘れていたが刑士郎、お前が読むな、読んだのなら直ぐに記憶から消せ。

 

                                    御門龍水より

 

 

 

 

 お元気でしょうか、刑士郎さん、咲耶さん。

 僕は日々が満ち足りています。

 紫織さんと刃を交えるのは常に僕を高揚させる。

 そういえば、その後で紫織さんに料理を振舞っていただきました。

 覇吐さんが意地汚くも手を出してきたので思わず斬ってしまいましたが、特に間違った事をしたとは考えてません、ええ微塵もね。

 

 そういえば嬉しいことが一つありました。

 都合上仕方なく蔑称で記しますが悪路さんが言ってくれました。

 

 最早木偶の剣に非ず、と。

 

 これほど報われたと思ったのは久しぶりです。

 彼とも何度か刃を交えているのですが、技量は相変わらず高く、更には高度な戦術まで織り交ぜてくるので勝率はあまり芳しくありません。

 ですが何時かは彼を上回ってみせます。

 咲耶さんはすぐ壊れてしまいそうですが、刑士郎さんとはまた刃を交えたいですね。

           

                                   壬生宗次郎より

 

 

 

 久しぶり、二人共。

 こっちは皆元気だけどそっちはどうなの。

 ま、聞くまでもなさそうよね。

 まさか咲耶が一番早く妊娠しちゃうなんてね。

 そんだけお盛んだったってことでしょう。

 いいわね、そっちは。

 私なんて寝ぼけた宗次郎に陵辱だなんて巫山戯たのが一回だけだってのに。

 

 ていうかさ、私達の間で一番早く子供産むのって漠然と私って考えてたからちょっと驚いた。

 なんかさ、負けたはこりゃって思ってしまうのよね。

 宗次郎はいい男よ。

 でもね毎日、艶事なんて無くてマジで遣り合ってばっかりってどうなのよって話。

 相性的に子供とかずっと先の話になっちゃうんでしょうね。

 仕方がないのかもって最近では思ってる。

 そう言えばさ、子供が生まれたらそっち行くからそん時は抱かせてね。

 結構楽しみにしてるから。

                                    玖錠紫織より




この作品は、ここら辺が最盛期でした。
後は文字数が急激に減っていくという……。

あ、オマケも載せておきますね。



刑士郎と咲耶の感想的な何か(一言)

夜行= 刑士郎……てめえの趣味の悪さは相変わらずだな
         にしても、親切な夜行とか気持ちわりぃ、一体何なんだ
   
    咲耶……ご親切にどうも有難うございます
        あの時の桜が何れ程美しくなっているのか今から楽しみです

覇吐= 刑士郎……死ね、死んで去ね!

    咲耶……覇吐さんは相変わらずですね

竜胆= 刑士郎……余計なお世話だ
         だが、忠告は受け取っておく

    咲耶……本当にお久しぶりです
        あの時は生きた心地がしませんでした
        では、ご忠告通り兄様に存分に甘えるとします

龍水= 刑士郎……俺は何も見ちゃいねえ、見てねえんだよおぉぉ!

    咲耶……その通りです、兄様は素敵な男子です
        ふふ、その話はまた二人の時にでも

宗次郎= 刑士郎……惚気るな

     咲耶……流石に宗次郎さんと私では比べ物にならないでしょう
         それにしても宗次郎さんと悪路さんですか……

紫織= 刑士郎……愚痴るな

    咲耶……勝ってしまいました
        私も生まれてくる子については楽しみにしています。
        男子か女子で名前も変えねばなりませんからね。


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血染花はもう咲かない 5話

 ガチャガチャと食器の擦れる音が鳴る。

 

 

「いかがでしょうか?」

 

 

 そう聞かれると男はこう答えるしかなかった。

 

 

「うまい」

 

 

 その答えに満足気な笑顔を見せつつ盆で口を隠し、微かに笑う。

 まずは一歩踏み出せたように咲耶は感じたのだ。

 

 バツの悪そうに飯を掻き込む男を傍目に、自らも飯を口に運ぶ刑士郎。

 一口分を咀嚼し、飲み込んだところで一つ、

 

「咲耶、少し腕が上がったか」

 

 そう褒め称えるのだが、

 

「兄様、折角の夕餉の席です。

 咲耶は皆で話をしとうございます。」

 

 咲耶ににべもなく切り捨てられるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

 目の前の男に話しかけてみる。

 決して咲耶の目が笑ってないからとか、何時もよりも何故か恐怖を感じるとかそんな理由じゃ断じてない。

 咲耶はもっとお淑やかだと、自分に言い聞かせる。

 

 そんな刑士郎の内心を露とも知らずに男の急に動きを止め、箸と椀を置いて刑士郎の方へと顔を向けた。

 その様子に億劫さを感じつつも、共通の話題を探し会話を試みる。

 

「飯は美味いか」

 

「……うまい」

 

 旨いと答えてるはずなのに無味乾燥な答え。

 思わず舌打ちしそうになるが堪え、会話を続けようと質問を続ける。

 

「具体的には」

 

 そう聞くと男は珍妙な顔をしつつ、ポツリポツリと語りだす。

 

「……ひたし物に、汁がよく染み込んでいる。

 ……後は、酒がうまい」

 

「酒は関係ねえだろ」

 

 思わず頭痛を患いそうに、いや精神的に頭痛を患ったような心境に陥る。

 話をするようにと勧めた咲耶。

 これはどうすればいい、と彼女に顔を向けると一つ頷き立ち上がる。

 

「少々お席を外さして頂きます」

 

 そう言って、調理場へと姿を消した咲耶。

 予期せず取り残された刑士郎であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくしても戻ってくる気配はせず、新たな料理を用意しているであろう匂いを漂わせている。

 そこに男が急に話しかけてきた。

 

「……どういうことだ」

 

 男が何を言いたいのかが手に取るように分かる。

 咲耶のことであろう。

 何故、凶月の者が他人に大きく干渉するのか。

 そんなところであろう。

 

「あいつが普通だからだ」

 

 だから簡潔に告げた。

 その言葉を聞き、男は黙りこんで再び思案を開始した。

 

 普通である、男にとってはそれが異常であった。

 あの、凶月がである。

 ただ、認めたくないのかもしれない。

 

 男は気付いていた。

 刑士郎の言っていた普通の方向性の違いに。

 

 彼女の普通は恐らく、誰もが掲げていた聞こえの良い形だけの物。

 自身を輝かせるために使う言い訳とも呼べる絵空事。

 

 

 他人との繋がりを本当に大切に思っている、相手のことを思いやること。

 

 

 そんな常識をさも当然の如く振るっている少女。

 ただある一点でのみ違いがあるとすれば、それは本気で実行しているかどうかなのだ。

 

 (理不尽の権化だ)

 

 男はそう思うしかなかった。

 そんなこと昔ならどうでもいいと思っていたのに、何故か悔しく感じる。

 どうしてコイツの方が人間らしいのだろうか、と。

 咲耶のことを想い男はそう思う。

 

 そして刑士郎、彼についても思うところがある。

 妹の事を、どうしてそこまで信用出来るというのか。

 身内といえど、そこまで純粋に見つめられることが出来るのか。

 

 男は護衛や運び屋などを生業としている為、様々な人間を見てきた。

 だがどいつもこいつも今、男が運んでいる奴らとは違った。

 相手のことを気遣うのは上辺だけ、本当に自分に酔うことに余念のないような奴らばかりだった。

 そして自分もそうであることを思い出し肩をすくめる毎日。

 だから本当に不可解だ、この兄弟は。

 

 

 

 それは自分にしか興味のなかった男が、初めて他人に興味を示した瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……話を聞かせて欲しい」

 

 考え込んでいた男が急に話をせがんで来た。

 俺たちに関わる気などない、とさっきまで雰囲気を発していた。

 そんな男の態度の変化に思わず眉をひそめてしまう刑士郎。

 それを察したのか、男は今度は突飛な行動をとった。

 

「……頼む」

 

 そう言い頭を下げる。

 その様子に思わず目を向く刑士郎。

 何故だか分からないが真剣に頭を下げる男。

 その様子は必死さが滲みでており、師に教えを請う剣士の様にも見えた。

 

「何が聞きたい」

 

 酒で口の箍が緩んでいたのかもしれない。

 しかし、男が頭を下げたのだ。

 それなりに応えてみようと思った。

 

「……おまえ、いや、貴方たちがどうやって今のあり方を手に入れたかを」

 

 それに気怠げに頷き、酒を口に一つ含んでから刑士郎は語り始めた。

 己の将のこと、刀を交え共に戦場にあった益荒男のこと、そして自らの妹のことを。

 

 

 

 咲耶が酒のつまみを持って席に戻る。

 

「あらあら」

 

 思わず笑みをこぼす咲耶。

 そこには彼女の予測通り、いや、それ以上の光景があった。

 

「でだな、そこで覇吐っていうクソ野郎が俺の妹に……」

 

 仲間のことを、刑士郎にしては珍しく饒舌気味に話していた。

 この人は兄様の兄様の心に踏みこんだのか、それとも兄様が心を開いたのか。

 自分たちの軌跡を語る様子は、かつての凶月の里での刑士郎を見るようで心が穏やかになるのを咲耶は感じた。

 

 

 

 しかし、この語らいは日が昇るまで続くことになるとはこの時誰も予想などしていなかったのだが。

 

 




多分ここで力尽きました。
もうこれ以上は無理、と我ながら情けない理由。
キャラ達の行動に指針はあったのですが、世界観を表現しきれなかったのが書けなくなった要因か(遠い目)。


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血染花はもう咲かない 6話

 訳が分からねぇ。

 今の俺の心境はそれだけで表現できる。

 

 

「おい!咲耶」

 

「なんでございましょう、兄様」

 

 

 だが声を荒げても可笑しくない状況だ。

 何故だ、何故こうなった!

 

 

「これは何だ」

 

 

 そう言って、ついてきてる奴を指差していう。

 

 

「この方は千葉 栄太郎さまでございます」

 

 

 失礼ですよ、これなどと説教する咲耶の言葉は入ってこない。

 

 

(そうじゃねぇ、そう意味じゃ断じてねえ)

 

 

 そう思いつつ、元凶となった手紙を握りつぶす。

 そこには夜行から船の運び屋(名を千葉 栄太郎という)を連れて行けと簡素に書かれているだけだった。

 

 

「何時もいつも!てめぇの都合で世界は回ってんじゃねぇんだよおぉ!」

 

 

 個人的に咲夜と二人で回りたかった旅に、訳の分からん奴が混じってしまった刑士郎の魂の雄叫びでもあった。

 ついでに言うと、夜行への怨嗟の咆哮でもあった。

 

 

 

 

 

「ほうほう」

 

 

「どうしたのですか、夜行様?

 そのように嬉しそうなお顔をされて」

 

 

 秀真の御所で仕事に勤しんでいた、夜行と龍水。

 それが口元を軽く上げ、雅さを失わない程度の上品さを持って嗤う夜行に(龍水視点)何時もと同じように尋ねる。

 

 

「何、犬の遠吠えは存外気持ちの良いものだと感じてな」

 

 

「はぁ、左様ですか?」

 

 

 イマイチ理解しきれていない龍水に、後は自分で考えろと言いニタニタしながら仕事に再び没頭し始める夜行。

 

 そして龍水は、もしや犬が飼いたいのか。

 夜行様も可愛いところがお有りだ、新たな一面を見られ、龍水は嬉しく思います。

 などと言う、妄想を爆発させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、その千葉様は一体何の用で俺達に付いてきやがる?」

 

 

「……ふむ、お前達の友人として、ぜひ旅路を盛り立てさせてもらいたい。

 ……などというのはどうだろう?」

 

 

「取って付けた理由じゃねえか!」

 

 

「まぁ、素敵ですね」

 

 

 普通に馴染んでいる咲耶と千葉を見て、俺が間違っているのかなど刑士郎は思わざる得ない。

 それを気にした風もなく、千葉は平然としている。

 酔ってタガが外れた彼は、常時の彼に戻りペラペラ喋りだす。

 

 船に乗っている時はキャラが激しく変わる奴らしい。

 ……変わりすぎだろ、と内心で偏頭痛を催さざる得ない形士郎である。

 

 

「まぁ、本当のところは夜行殿に、100両ッポン!と頂いたから護衛せにゃならんだけなのだがな」

 

 

「オィ」

 

 

 漏れてる、本音漏れてる。

 正に喧嘩しか売る気がない態度だが、千葉は刑士郎を玩具にする気が満々らしい。

 何故?楽しいからに決まっている!

 

 

「旅は道ずれ世は情け、とも言います。

 兄様、良いではないですか」

 

 

 思わずムゥ、と呻くしかなくなる形士郎。

 そこにすかさず、千葉が売り込みにかかる。

 

 

「何、戦闘だけではないぞ。

 炊事洗濯などの家事全般から、出産までこなす万能ぶりも持っているぞ」

 

 

「マジかよ。お前もしかして子持ちか?」

 

 

 色々と技能を持っていて、出産もできるという点での判断である。

 だがしかし、

 

 

「いや、俺と結婚したらいびられ続けて、精神崩壊しそうとの専らの評判だったからな。未だに未婚だ。

 因みに立ち会った出産は馬の子供の時だ」

 

 

「テメェ、舐めてんじゃないぞぉ!!」

 

 

 最早弄ることに全力を尽くす、千葉に形士郎は絶叫する。

 コイツは俺を憤死させるつもりか、ボケがァ!

 

 全力で、何故コイツを寄越した夜行!と再び怨嗟の念を垂れ流しにし始める形士郎。

 そして嫌がらせだ、と御所で独り言を呟いた夜行に龍水は首を傾げ、再び新たな妄想の世界に入り込んでゆくのだった。

 

 

 

「まあまあ、こんなに早く打ち解けてしまうなんて、咲耶は嬉しくも疎外感を覚えてしまいます」

 

 

「どこがだ!コイツは夜行の糞が寄越した阿呆だぞ!

 類が友を呼んでるじゃねぇか!」

 

 

「咲耶殿、大丈夫だ。

 俺は男は好みではない」

 

 

 マジでぶっ殺してやろうか……、本気でそう考え始める形士郎。

 覇吐でもここまでウザくは……いや、同レベルか。

 

 

 無論、これは夜行も考えての人選である。

 ある程度、他者を認識し、思いやれる心の持ち主。

 それを彼なりに選んだつもりだ。

 馴染みの仲魔(誤字に非ず)達の様に、濃いのも選んだ理由であった。

 

 

 

「で、ここから讃岐の国に渡るのだな」

 

 

「は?何でだよ」

 

 

「おうどんが食べたいでござる」

 

 

「人格がブレてきたな、オイ」

 

 

 もう二回目のキャラブレイク。

 自重など投げ捨てる物であった。

 そしてツッコミを入れる形士郎は全くブレない。

 

 

「だが実際問題、讃岐はともかくとして、水路の方が色々と安全だと思う」

 

 

 咲耶の方を見つつ、そう言っている千葉。

 言うまでもなく、彼女の、そして中の子の事を案じているのだろう。

 ようやく巫山戯るのを止めたか、と一安心し話の続きを始める。

 

 

「そうだな。俺もその意見に賛成だ。

 咲耶もそれでいいな?」

 

 

「兄様の頼みとあらば」

 

 

 自らの事でもあるので咲耶も即決で快諾する。

 もとより断る理由などないのだ、当然である。

 

 

「にしても、また船旅か。

 慣れたとは言え、飽きもきそうだな」

 

 

「色々な土地に停泊しながらの旅になる。

 街を見回れば、多少も気が晴れるだろう」

 

 

 形士郎の何気ない一言に、反応する千葉。

 そうだな、と軽く返しつつ、これからのことを考える。

 

 

 何時までこの旅は続くのか。

 横目で咲耶を見ながら、形士郎は考えに耽ていった。




これが最後のすかしっぺ。
あー、疲れたなぁと思いつつ、何気なしにアリスが可愛かったので冬木の街の人形師を投稿してみたら、大いに当たったのは今となっては懐かしき思い出。
その為この作品は更新されなくなったけれど、自分の中での世界観の出力に失敗してたし、仕方なかった(言い訳)。


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ここでも彼は、右手を伸ばす(ゼロの使い魔×赫炎のインガノック)

ゼロ魔とインガノックのネタ。
地味にフーケ追いかけるところまで考えましたが、現在掲載中のFate/shining nightの方を優先するため、切り捨てられた作品。
供養程度のもの、理想郷のチラ裏にも供養として捧げました。


 ――あぁ、空が、見える。

 ――君が、そう願ってくれたから。

 

 泣いていた君、助けたかった君。

 思い出した君、助けられなかった君。

 一緒にいてくれた彼女。

 

 君が願ったから、空はこんなにも輝いている。

 それを、倒れ込みながら、僕は見上げていて。

 

 ――こんな終わり方なら、良いか。

 

 そんな納得があった。

 諦めた訳ではない。

 ただ、美しいものが目に映っただけ、それだけのこと。

 そうして、最後に思うことがあるとすれば。

 

 ――君と出会えて、良かった。

 ――会いに来てくれて、ありがとう。

 

 そう、心から思うのだ。

 言葉になんてならない思いが溢れている。

 けど、その中でも、思いを伝えることは出来るのだから。

 だから、そう、強く思ったのだ。

 

『ギー』

 

 ――誰かが、僕の名前を呼んだ。

 

 聞きなれた声。

 強く想っていた人の声。

 姿は見えない。

 けれど、確かに君を感じて。

 

「キーア」

 

 自然と、彼女の名を呼んでいた。

 感覚で分かるのだ。

 彼女が確かにそこに居ることが。

 

『ギー、聞いて』

 

 姿の見えない彼女は、そのまま僕に何かを言う。

 どこか困惑したように、だけれども喜色を滲ませて。

 

『まだ、寝ちゃダメみたいだよ、ギー』

 

 ――そう告げる彼女の声は、どこまでも澄んでいて。

 

『階段は全て登っちゃったけど、それでも先はあるみたい』

 

 ――どこか期待を感じさせるような、そんな麗らかささえ持っていて。

 

『だからね――私はまだ、貴方はまだ手を伸ばしていて欲しいの、ギー』

 

 ――そう、彼女が告げた瞬間。

 何かが淡く光って、僕を飲み込んでいく。

 

 それは引き摺り込むように。

 逆らえない力で、僕は飲み込まれていく。

 

『大丈夫、貴方は決して一人なんかじゃないんだから』

 

 ――その言葉を最後に、僕は光る何かに、完全に飲み込まれた。

 

 異形都市インガノックとは別の場所へ。

 彼の西亨とも異なる場所へ。

 地図に乗らぬ、未知なる世界へ。

 

 ――誘われて行ったのだ。

 

 

 

 

 

 ひとつ、大きな爆発音がする。

 それは魔法の行使によるもの。

 魔力が暴発して、正しく術式が発動しなかったが為に起こったものだ。

 

「はぁ、はぁっ」

 

 息が荒れる。

 結果を見るに、今度も失敗。

 この場で、サモン・サーヴァントに成功していないのは、私だけとなっていた。

 

 どうして、どうしてなのだろう。

 どうして私だけ、こんなにも上手くいかないのだろうか。

 公爵家の子女たる、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールともあろうものが。

 

 何度目かもわからない失敗、諦観にも似た何かが、私にまとわりつこうとしている。

 だけれど、こんなところで諦めるわけにはいかない。

 決して、それだけはしてはならないことだから。

 ヴァリエールの子女が、こんなところで挫ける訳にはいかないんだからっ!

 

「もう一回っ」

 

 杖を振り、呪文を唱えて術式を発動する。

 しかし、今度も、また。

 ――爆発。

 

「ミス・ヴァリエール、貴方はよくやりました。

 ですが、これ以上は危険です。

 また明日に、私と共に続きをしましょう」

 

 気遣うように、担当教員のコルベール先生が私へとそんな提案をする。

 心配してくれている。

 彼の顔を見れば、それは痛いほどに伝わってくるものがある。

 しかし、しかしだ。

 

「もう、一度だけ。

 もう一度だけ、チャンスを下さい!」

 

 決め事をしよう。

 これで失敗したら、今日のところは諦める。

 その代わりに、私はこの召喚に全力を尽くすのだ。

 

「……本当に一回だけですよ」

 

 さも困った、と言わんばかりにだが、コルベール先生は同意をしてくれた。

 先生に頭を下げて、私は集中をする。

 

「ゼロのルイズ、何度やっても無駄だと思うぜ」

 

「全くだ」

 

 どこからか、はやし立てる声と、嘲笑が聞こえてくる。

 けれど、今はそんなことさえ気にならない。

 いつもなら、絶対に許さないはずなのに。

 でも、今はそんな些細なことはどうでも良いのだ。

 私は全力を尽くさないといけないんだから。

 

 軽く息を吸う。

 頭をクリアにして、澄んだ気持ちで、自らの思いを朗々と謳い上げる。

 

「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ!」

 

 ――どこでもいい、とにかく私の声が届く貴方に。

 

「神聖で美しく、そして強力な使い魔よ!」

 

 ――ヴァリエールの家名にふさわしい使い魔を。

 

「私は心より求め、訴える!」

 

 ――何より、私にふさわしい使い魔をっ!

 

「我が導きに、応えなさい!!」

 

 ――来なさい……いや、来いっ!

 

 ――その時、私は何かに手を伸ばしていて。

 

 

 ――刹那、爆発が巻き起こる。

 一際大きい粉塵が、その場にいる皆を巻き込み、包む。

 

「ッケホ、ッケホ、ヴァリエールっ、ちょっとは加減しなさいよ」

 

 どこからか、気に入らない声が聞こえた。

 天敵の声、忌々しい声。

 故に、私はこう思う。

 

 ――ふんっ、ツェルプストーったら良い気味ね。

 

 ざまあみろ、と内心で舌を出す。

 だって本当にそうしか思えないのだもの。

 でも、巻き込んだ他の皆には悪いことをしたかもしれない。

 いつもなら、そう思うくらいの余裕はあったのだろうけれど。

 それでも、今はそんな事を思う余裕はない。

 だって……本当に大切なことに、直面しているのだから。

 

「ッケホン、み、ミス・ヴァリエール。

 一体どうなりましたか?」

 

 コルベール先生の声。

 未だ粉塵が残る中で、あちこちで咳き込む声が聞こえてくる。

 そんな状況だから、私も確認のしようがない。

 

 ――でも、確かに私は手応えを感じていた。

 何を引いたかは分からないけど、確かに私は”何か”を召喚したのだっ。

 

「……人間」

 

 青い髪の、何時もツェルプストーと一緒にいるタバサという子が、そんな事を漏らした。

 意味がわからない。

 が、粉塵が晴れた時、ようやく理解できた。

 

「ぜ、ゼロのルイズが人間を召喚したっ!?」

 

 誰かが、素っ頓狂な声で、そんなことを叫んだ。

 ――そう、その場にいたのは人間。

 それもあちこちを負傷している、人間だった。

 

「ゼロのルイズの爆発に巻き込まれたのか?」

 

「ついてないな、コイツ」

 

 一種の哀れさを持って、皆がその人間を見ていた。

 それに頭が沸騰しそうになるも、激発するのだけは抑える。

 そうして、恐る恐るとその人間を観察する。

 

 変わった衣装をしている。

 でも、布の質は高価だとは感じないし、恐らくは平民であろう。

 性別は男、年齢は20代くらい。

 私の爆発で負傷したと騒いでいる奴らがいるが、どう見ても傷口は切り傷だ。

 爆発では、こうはならない。

 

「ミス・ヴァリエール、彼は……その」

 

 コルベール先生がとても言いづらそうに、口を開く。

 もごもごと口篭って、言うまいか、言おうかという葛藤が見て取れる。

 だから、私は先生が何か言う前に宣言する。

 

「こいつが、私の使い魔です!」

 

 指をさし、倒れている男の所有権を宣言する。

 呼びかけに答えたのがこいつなら、きっとそうなるのが正しいはずだから。

 使い魔に人間なんて話、聞いたことなんてないけれど。

 それでも、こいつしか現れず、他に姿が見えないのなら、そういうことだろうから。

 

「……分かりました。

 では、早々に契約をして下さい。

 終わり次第、医務室に運び込みます」

 

「はい」

 

 怪我をしている彼。

 確かに、すぐに治療が必要だろう。

 ならば、早々に済ませなければならない。

 ……恥ずかしいけど。

 人間、しかも男となんてすると思っていなかったけど。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

 五つの力を司るペンタゴン。

 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ!」

 

 なんだろう、少しドキドキする。

 初めてだから……いや、これはあくまで契約の為に必要なことだから、ノーカンに決まってる!

 そんな言い訳と共に、私は彼の顔へと、もっと言えば唇へと顔を近づける。

 緊張のあまり目をつむって、意識のない彼の唇へと自分のものを重ねた。

 

「……契約完了ですね。

 さあ、彼を医務室に運びます。

 ミス・ヴァリエール、ついて来て下さい」

 

「はい、先生」

 

 これは平民。

 そう、平民なんだから。

 だから、私の顔は決して赤くなんてなったりしない。

 

 誰に言い訳しているのかさえ分からずに、私はコルベール先生に付いていく。

 意識のない彼が、早く目を覚ましてくれるようにと祈りつつ。

 ずっと目を瞑ったままで居てと思いつつ。

 複雑な気持ちで、私は医務室へ向かったのだ。

 

 ――その時、視界の端で、可愛らいい女の子が、激怒しているように見えた。

 

 きっと気のせいだろう。

 そんなことより、私はこれからの事を考える。

 この使い魔と、上手くやっていけるのかとか、私もこれで魔法が使えるようになるのだろうとか、そんな取り留めもないこと。

 

 でも、その中で何となく分かっていることもあった。

 きっと、これで何かが変わるだろう、とそんなことだ。

 

 漠然とした期待と不安。

 それがごちゃごちゃになっているけど、それでもそれだけは確かな予感だった。

 

「何にしろ、あんたが目を覚ましてくれなきゃ始まんないんだから」

 

 ――だから、早く起きろ。

 いや、やっぱり起きないで。

 

 そんな二律背反に苛まれながら、私は校舎へと向かっていく。

 正確には医務室だけれど。

 ……せめて、呼び出した責任として、目が覚めるまでは傍にいよう。

 色々と聞きたいことも沢山あることなのだし。

 

 どうして傷だらけだったのとか、あんたはどこの国の人だとか。

 細かく数えれば、沢山数え切れないほどに。

 私はこいつに聞いてやろうと思ったのだ。

 

 ――使い魔が、人間、だなんて。

 

 やっぱり、どこか不思議な気分に私は陥るのだった。

 




題名の右手を手を伸ばす、もギー先生が寝こけたまま終わったので、物語はこれからだ! 感を余計に掻き立ててしまっている。
誰か続き書いてくれないですかねー(遠い目)。


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恋姫後漢就活伝(真・恋姫†無双)

殴り書きです。


 時代は後漢末期。

 世は荒廃し、怨嗟と軍靴の足音が響く時代。

 漢王朝の威光は陰り、空を覆い尽くさんばかりの不安が民達を渦巻いていた。

 そしてそれは、雲の如く天のある場所、王朝の主である劉氏の所にも届かんとしているのである。

 

 故に、能ある者は憂い、剣を取りて弁を振るう。

 理由はそれぞれ、忠義、救済、野心など、様々。

 共通するのは、このままでは座して滅びるという結末を予期しているということ。

 即ち、第二の王莽を自らで作り出すということだ。

 そして付け加えるならば、今の劉氏には光武帝など存在しない。

 つまりは、今度こそ王朝は倒壊するであろうと言うことである。

 

 

 

 

 

「うーん、この……」

 

 ここまで書いて、筆を握った手を止めてしまう。

 あまりにあまりの内容、我ながら馬鹿なものを書いたと思う。

 こんな物が官吏の目に入れば、即日逮捕は不可避であることは、まず間違いでない。

 初っ端で躓く、実に私らしいと言わざるを得ない。

 昔は良く二次創作を書いてたから、文章書く位は出来ると思ったが、これが中々に難しい。

 文字屋を舐めるな! と言われれば、今の私には伏して許しを請うしか無いだろう。

 

 ぐちゃっと、墨で文字が書かれた竹簡を塗り潰す。

 こんなの、見つかったら即効で首チョンパだし仕方ないね。

 そんな慰めと共に、私は自分の著作に成ろうとしていた物と、悲しみの決別を告げていた。

 

 難しかった、存外難しかった。

 自分だこれだ! と反射的に文字を出力しても、それがダメだったと気がつけば、直ぐにそれは無価値なものになる。

 パソコンとは違い、間違いを正せないのがこんなに不便だなんて、すっかり忘れていたことだ。

 全くもってうっかりさんだね、私。

 これはテヘペロ、なんて言ってコツンと頭を叩く。

 如何にこの世界にはない知識を持っていても、どうにも深い技能が無い為に、どうにも明日から本気出すが常態化してきている。

 危ないなぁ、なんて思っても中々変えようがないのだから困ったものだ。

 

 ……そのお陰か、ちょっと昔の事を思い出した。

 ここじゃない世界、つまりは私が俺だった時の思い出を。

 まるで痛い人だな、なんて思いながらも、それでも思い出してしまったのだ。

 

 その時の私は、単なる近代国家の一学生。

 無気力だけれど夢見がちで、自分は駄目な奴だけれどどうにか人生乗り越えてける、なんて無条件で信じていた。

 趣味は二次創作を読み漁ること。

 たまに自分で書いては、出来が悪いな、なんて笑いながらサイトのチラ裏に投稿するのが趣味。

 

 そんな、お気楽極楽な自分だったが、ある日唐突に大学をウロチョロしていた時に、何かが頭の上に降ってきたのだ。

 見上げた時にはっきりと認識できた訳じゃないけど、多分あれは銅鏡の様に見えた。

 急な事で対応できずに、ボケっとつっ立ってたら、見事に頭にクリーンヒット。

 人生終了のお知らせである。

 なんて不幸な、とか有り得ない、なんて思う暇はなかった。

 

 そして次は、気が付けば自分がおぎゃあと泣いていたのだ。

 それからしばらくは、まるで映画館で映像を見ているような他人事の気分であったが、子供の頃になれば、あぁ、これって転生したんだな、と原理は不能なれど理解は出来るようになっていた。

 憂鬱さはマックスで、やる気なんて微塵もなかったが。

 

 なんでかって?

 まぁ、理由は簡単である。

 第一に、ここが昔の中国で、皇帝の名前が劉宏である事を知ったからだ。

 劉宏、自分の記憶が正しければ、それは後漢の皇帝で、霊帝と嫌がらせの様な諡を追号された人物の名前。

 もう何で過去に遡っているのか色々と意味不明だったが、家の書簡を読み漁り、お父様やお母様から聞いた話によれば確実に間違いはない、なんて確信を得れてしまった。

 それがわかった時点で、既にやる気は大暴落。

 平和な我が家で食っちゃ寝、読んで寝を繰り返すという退廃的な生活を送り始めたのだ。

 

 下手に働きになんか出れば、この時代は横行する腐敗や暴力などで、あっという間にお陀仏してしまう。

 現代の便利さ、それも大学生なんて温室に居ていた自分には、とてもじゃないが対応できる気がしなかった。

 逃げているだけ、と言われればそれは正しいだろう。

 だが、それでも自分は上手くやってける自信がなかったのだ。

 リアルスペランカーを舐めるなと言いたい、うん。

 

 そして第二に、何故か性別が男から女に変わっていた事である。

 半分の確率で失敗して、私は何故だか女の子として生まれてきてしまったのだ。

 これで、もうこんな時代だし詰んだわ……と投げやりになったのが大きい。

 この時代の女性の権利は、それこそ皇后様でなければ低いのだし、当然である(これは十二歳の時に違うと気が付いたのだが、怠けれ育った私には後の祭りであった)。

 

 そうして元服してから家に引き篭ること3年間。

 現在私は、流石にこのままでは不味いと思って、心機一転小説家を目指し始めていた。

 ……まぁ、その夢は早くも自分の実力不足という形で、即刻挫折しそうであるが。

 

 

 

『晩華、晩華、聞こえているならこちらに来なさい』

 

 そうして、私が回想に浸っている時に、急に私の真名を呼ぶ声が聞こえてきた。

 女の子の様な声で、聞き覚えがある人のもの。

 それに従うように、私はそそくさと部屋から出た。

 従わないと、後が怖いから。

 だから廊下をトコトコと急ぎ足で歩く。

 どうにもこの時期は冷えて仕方がない、何て思って思いながら。

 

「晩華、参りました。

 失礼します」

 

 他所様の家ならば、もっと順序を踏まえなければいけないんだろうが、ここは私の家である。

 多少の礼節の欠落も、お客人の前でないなら笑って許してもらえる。

 まぁ、甘えすぎているならば、直ぐにしっかりなさいと叱咤されるのであるが。

 

「よく来ましたね、晩華」

 

 そして行き過ぎたら私を叱咤するであろう人物、目の前の彼女が声を掛けてくる。

 見た目はぶっちゃけ中○生、黒髪ロングで微笑んでる女の人。

 体操着とか着せたら、きっと一部の人には大ウケであろう。

 そんな人なんだけれど……、

 

「はい、お母様。

 お待たせして済みません」

 

「すぐに来てくれたから、そんなに待ってないわ」

 

 たおやかな声は、間違いなく若い女の人のもの。

 だけれど今言った通り、この目の前の幼女と少女の狭間に位置する人物は、私の母なのである。

 ついでに言うと、父は身長170cmとこの時代では結構大柄。

 ……間違いなく犯罪である。

 

「何か考え事?」

 

「いえ、詮無きことです」

 

 そう、と呟く母、もといお母様に、少々ばかり背中に冷や汗が流れる。

 こういう時、どうして女の人は感が良くなるのか。

 全くもって謎だが、眠れるシックスセンスでも発露しているのかもしれない。

 

「そう、なら良いわ。

 ね、晩華、貴方にとっても重要な事を、私は伝えなくちゃいけなくなったの」

 

 目の前のお母様は表情を引き締めて、そんな事を言う。

 普段は穏やかに、お見合いがどうとかを言ってくるのだが、今はそんな表情をしていない。

 だから自然と私もお母様に釣られて、似たような表情になっていた。

 背筋が伸びて、シャンとしてお母様と向き合う。

 いつでも準備万端、戦闘モード。

 そして十秒くらい、ジッと私達は見つめ合う。

 思わず私が唾を飲み込むと、お母様は囁く様な声で、こう言ったのだ。

 

「お父さんがね、捕まったの」

 

「……は?」

 

 口から溢れたのは、とても間抜けな声だったと思う。

 でも、それでも仕方がないのだ。

 あかん、詰んだと思わせられるのに、十分なものだったから。

 

「本当、ですか?」

 

 探るように尋ねれば、返ってきたのは無言の首肯。

 思わず馬鹿な、と呟く。

 父は官吏をしていて、清流派であり、汚職などする人物ではないから。

 つまりは、罪を捏ち上げられたという事になる。

 

「……どう、なさるのですか?」

 

 震える声で、私は訪ねた。

 予期せぬ試練、もしかしたら三族全て処刑、なんて事になるかもしれないのに戦慄しながら。

 するとお母様は、嘆息しながら告げたのだ。

 あまりよろしくないけれど、と前置きしながら。

 

「仕方ないから、お父さんには保釈金を払って出所してもらいましょう」

 

「ん?」

 

 あれ? と首を傾げる。

 こういう時は、座して震えるしかないと思っていたから。

 それを感じ取ったのか、お母様はとても小声でこう言った。

 

「保釈金、またの名前を賄賂と言うわ」

 

「あー」

 

 成程、流石は世紀末と謳われる後漢末期、得心がいって深く頷いてしまった。

 世の中お金であると言わんばかりに、中央に金を積めば何とかなるのか。

 伊達にお金で官職が買える時代だ。

 

「ん? それじゃ、一体何が問題なんですか?」

 

 お父様は放免される、それが分かって一安心。

 驚かさないで欲しい、なんて一息ついた心地で私が尋ねると、お母様は未だに真面目な顔のままで続けたのだ。

 

「晩華、お父さんは保釈されるけど、首になっちゃうの。

 しかも、保釈金は莫大で、家には無一文になるのよ」

 

 晩華は賢いから分かるよね? と問われるが、永遠に分かりたくありませんと返事をしたい。

 うん、お母さんが言いたいことが、おおよそで分かってしまったから。

 今すぐ場を辞して、部屋で文字を弄り倒していたい。

 なので私はお母様をジッと、懇願するように見つめて、捨てられた子犬チックさを醸し出す。

 わんわん、私はダンボールに捨てられた子犬さんなんだよ? と言わんばかりに。

 すると気持ちがお母様にも伝わったのか、にこりと優しく笑ってくれた。

 私も笑い返すと、お母様はそのままこう宣告したのだ。

 

「頑張ってね晩華。

 この家の命運は、貴方に掛かっているわ。

 何としてでも職について!

 晩華はやれば出来る子だから!」

 

 拒否権はない、と言わんばかりに隙のない勢いで告げられた言葉。

 お母様の表情は、よくよく見てみれば笑顔ながらに血走っていた。

 お家の一大事、それは分かるがあまりに怖すぎる。

 普段のほんわかしているお母様を知ってるだけに、迫力がありすぎた。

 なので、せめてもの抵抗として、最後に私はこれだけ聞く。

 もうこれでどうにもならなかったら、諦めてしまおうと思いながら。

 

「あの、お父様は働くのですか?」

 

 そう尋ねれば、返事は即答であったと言えよう。

 

「暫く間を置いてから、官職に戻ることになるわ。

 今の、捕まったなどと風聞の流れている状況では、とてもじゃないけど無理なの!」

 

 肩をガクガクと揺らされながら、迫真の表情で告げてくるお母様。

 ……結果、私ははい、としか答えを返すことができなかった、巫山戯ろ。

 

 

 

 

 

 だからこれは、私の就活記。

 姓は杜、名は預、字なんて一向に決める気がなかった、私の物語。

 

 ……おい、巫山戯るな、杜預って誰なんだ。

 こんな時代に私程度が世間に顔出せばボッコにされるでしょう、いい加減にして!

 せめてもうちょっと強そうな人に転生できたらなぁ、なんて思う今日この時。

 私の職を求める放浪の旅が、今始まろうとしていた。




続くかは分かりません。
何故かといえば、自分は恋姫に歴史題材的なものを感じます。
三国志は基本ゲームしか知りませんから、中々に書きづらいのです。
それなのにどうして書いたかといえば、一回書いてみたいくらいに魅力がある世界観なのですね。
原作キャラが割と好きですから、続きを書くなら次回あたりに出してあげたいです。
ついでに言うと、自分はちょっと幼い子が好きです。
決してロリコンではありません!(強調)


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二週目くらいのユーリくん(無限航路)

DSのゲーム、無限航路。
発掘して、ついついやりこんでしまってる最近です(物書く時間を削りながら)。
復古ブーム的に、僕の心の中に直撃してしまった悲劇。
宇宙戦艦で旅するゲームで、とっても面白いですよ!(ステマ)


 遥か遠い未来。

 人類は技術革新により、地球より天高い星の海へと旅立つ翼を得た。

 限り有る地球の資源、増えすぎた星の人口、新たなる可能性への欲望――そして、果てしのない好奇心。

 故に、彼らは旅立つ。

 移民船へと乗り込み、星の開拓者となって。

 離散、集合を繰り返し、星間国家を築きあげていったのだ。

 

 国家の運命を握るのは、航海者達によって切り開かれていった宇宙航路。

 海賊が跋扈し、宇宙海流に翻弄され、幾多の勇敢な航海者達が命を散らしていったその路を人々はこう呼ぶ。

 

 無限航路――

 

 航海者たちの血によって舗装された、永遠に果てのない航路と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小マゼラン銀河、星間大国エルメッツァ連邦が中心となって複数の国が存在する宙域。

 エルメッツァは、かつて小マゼランに移民し、数多の開拓の末に広大な領域を支配するに至った、小マゼランの中心地域。

 彼の国の発展は、様々な形で行われていた。

 政府主導で大規模開拓を行ったカルバライヤ地域(その後、独立運動が高まった為に、独立を許可している)。

 エルメッツァ中央から外れて小マゼランへと移民を行った国家への同化政策。

 ――そして、0Gドッグ(宇宙開拓者)と呼ばれる人々が開拓した宙域の併合(俗に、自治領と呼ばれている)。

 これら硬軟合わせた外交、統治、開拓によって、エルメッツァは星間国家と呼ばれるまでに成長し、今日に至っている。

 

 そしてまた、今日も。

 新たに、航海者の卵たる0Gドッグが生まれ様としている。

 星の海に、手を伸ばしている若者が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ユーリ。

 やっぱり、行くの?」

 

「あぁ、チェルシーはそんなに嫌なのか?」

 

「だって、宇宙って危ない事がいっぱいあるんでしょう?

 私、ユーリが怪我するなんて、嫌」

 

 エルメッツァ連邦自治領、ロウズ。

 かつて、0Gドッグであったデラコンダ・パラコンダによって開拓され、エルメッツァ政府から正式に自治領として認可された宙域。

 そこで、少年と少女は今日も空を眺めていた。

 ……まぁ、正確には、少年に付き合って、少女も空を眺めている、が正しいのだが。

 

「チェルシーは、あの空が綺麗だとは思わないかい?

 僕は、憧れてる。

 空に、星に、宇宙に」

 

「私、ユーリが居ればそれで良いから……。

 私が家で家事をして、ユーリが働いてくれて。

 それで、幸せだって思う。

 それに、ユーリの赤ちゃんだったら、産んでいいよ?」

 

「ば、馬鹿言うな、チェルシー!

 僕達は兄妹だぞ!!」

 

「分かってる……冗談、だから」

 

 ひどく面白くなさげに呟く少女に、少年は”最近のチェルシーの冗談、笑えないな”と小さく独語していた。

 どう聞いても冗談ではない本気さがあったが、兄妹というフィルターが大体の事を妄言といった風に遮断してくれている。

 実に便利である、兄弟フィルターとは。

 

 と、そんなこんなで日課の様に星を見上げている二人だが、ここ二週間ばかりは単に星を見に来ている訳ではなかった。

 何がかといえば、二人の足元には手持ちカバンにリュックサックがあり、中には着替えやマネーカード(この時代は、大体が電子媒体にて貨幣交換が行われている)が入っていて、まるで旅行にでも行くのかと言った風情だ。

 チェルシーの荷物が膨らんでいるのは、ご愛嬌といったところか(チェルシーのリュックサックには、誕生日にユーリに買ってもらった、ロウズの特産品であるデラコンダ・パンナコッタちゃん人形が詰め込まれている)。

 そんな二人が実際に何をしているのかといえば……。

 

「アレ、かな」

 

 空を見るユーリが呟き、合わせてチェルシー自身もユーリと同じ様に夜の空を仰いで。

 ――そして、

 

「流れ星じゃないかな、ユーリ」

 

「かもしれない。

 だけど、それにしては変則的な機動をしてる」

 

「そっか……来ちゃったんだ」

 

 ユーリの言葉に一理あると感じて、複雑な顔をするチェルシー。

 だが、ユーリはそんな事にお構いなしで、待っていたモノが来るのに胸をトキメかせて。

 

「私とユーリは、今から来るお迎えさんに乗って旅立つんだね」

 

「うん、そうすれば、僕もチェルシーも0Gドッグの仲間入りだ。

 お金は幸いにあるから、多分何とかなるさ」

 

「お金持ちだったお父さんに感謝だね」

 

 あまり嬉しくなさそうなチェルシーを無視し、ユーリは胸が高鳴るままに流れ星の様な迎えを、自身を宇宙(そら)に運んでくれる打ち上げ屋を待ちわびて。

 待ちわびていて……少し怪訝な顔をしてしまう。

 あれ? と、チェルシーも同様に。

 

「こっちに、来てるね」

 

「来てるな」

 

「凄いスピードだね」

 

「そうだな」

 

 間違いなく、空からこちらに向かってきている物体があった。

 ノンストップで、急降下している。

 ……ここまで来て、ユーリもチェルシーも確信したのだ。

 アレはこちらに向かってきてるんじゃない、動きを制御出来てないじゃないか、と。

 

「ゆ、ユーリ!?」

 

「動かないで、チェルシー」

 

 それに気が付いて、即座に少年、ユーリの体は動いていた。

 チェルシーと呼んでいたよ少女に覆い被さり、これから来るであろう衝撃に備えたのだ。

 そして、二人が予測したそのままに、迎えの船は”堕ちてきた”。

 

「きゃあっ!!!」

 

「ック」

 

 衝撃、風圧、砂埃。

 それらが二人を襲って(主に跳ねた土はユーリに掛かっていた)、ゲホンゲホンとむせてしまう。

 ユーリは”中の打ち上げ屋の人は大丈夫かな?”と思って、チェルシーは”宇宙って……やっぱり怖い”なんて考えたりして。

 砂の霧が晴れた先には、エンジン部分が破損した小型艇が一隻、見事なまでに擱座している。

 

「大丈夫か、チェルシー?」

 

「うん、ユーリこそ」

 

「こっちも怪我なんてしてないよ」

 

 お互いの無事を確かめ合い、ホッと安堵の息を吐く二人。

 カバンが土塗れな事に顔を顰めつつ、次に確かめる様にして、ユーリは小型船の方に目を向けた。

 二人が連絡をして待っていた、宇宙へ連れて行ってくれる打ち上げ屋の船。

 幸いな事に火は吹いてないが、焦げた臭いと煙プスプスと噴いている。

 ユーリは即座に、修理するなら3時間かな、と修理工廠(賃金は月に200ガット)で働いていた経験を元に推測して。

 どうしようか、とチェルシーと二人で顔を見合わせた時。

 ガタンと、何かを開けた音がした。

 反射的に音の方角へユーリ達が振り向くと、そこには開かれたハッチがあって。

 中から、草臥れた格好の女性が一人、這い出てきた。

 

「チクショー、何が停船しなきゃ攻撃するだ。

 する前に撃ってんじゃないかい、早漏ヤロー共め」

 

 伸びている、女性は一時間汁に浸かったうどん並に伸びてしまっていた。

 ハッチ口から俯せに倒れて、ボソボソと小さな声で悪態をつく。

 ユーリ達には聞こえてないが、よしんば聞こえていたならチェルシーから”この人えっちな人だ……”と即座に判断されたであろう。

 要するに、言葉に品が無かった。

 が、聞こえてないユーリ達はお構いなしに、恐る恐るではあるが近付いて行く。

 大丈夫かな? と心配しながら。

 

「あ、あの、すみません」

 

「あ~?」

 

 そうして船の近くまでたどり着くと、緊張気味にユーリは声を出して。

 気怠げな返事をしながら、むくりとゾンビの様に女性は体を起こす。

 声のした、覗き込んでいたユーリの方へと視線を向けたのだ。

 

「……何だい、アンタ」

 

「依頼をしていた、ユーリです!

 こっちは、妹のチェルシー」

 

「あー、成程、アンタらが依頼主って訳だね。

 にしても、なぁ」

 

 ジロジロとユーリと、その後ろに隠れる様にしてトスカを見ているチェルシーを観察する打ち上げ屋、トスカ・ジッタリンダ

 その視線は露骨で、思わず二人揃って首を傾げてしまう。

 が、次のトスカの溜息と共に出てきた言葉で、二人の疑問は解消される。

 

「アンタらのみたいな小坊とお嬢ちゃんが依頼主だなんて、ビックリするね。

 で、随分と若いけど、依頼料は払えるんだろうね?」

 

「あ、はい、こちらに」

 

 そうか、とユーリも理解する。

 若い身なりで、現実を知らなさそうな二人組。

 そんな彼らに、打ち上げ屋の依頼料は確かに高かった。

 だからユーリは言葉を示す前に、そっと用意していたマネーカードを差し出す。

 こちらの方が、数倍は分かり易いから。

 

「へぇ、ちゃんと2000G(ガット)あるね、感心感心。

 割と大金だけど、どうしたんだい?」

 

「修理工場で働いた分と、足りなかった分はお父さんの遺産で何とかなりました」

 

「そうかい、そりゃ結構。

 じゃあ、貰うもん貰ったし乗りな……って、言いたいところなんだけどねぇ」

 

 物憂げに、トスカはエンジン部に目をやる。

 無論、そこにあるのは焦げ付いて破損したエンジンの姿。

 破損部分は少ないが、揺らされたせいか、すっかりとご機嫌斜めなのだ。

 

「これ、どうにかしないと、飛べそうにないね。

 さて、どうしたもんだか」

 

 重い溜息、今後の展開を考えると、憂鬱をトスカは拗らせてしまう。

 ロウズ自治領には、領民が流出する事を恐れて、航宙禁止法なる宇宙に出る事を禁止する法律が存在しているのだ。

 勿論、抜け穴なんて幾らでもあるが、ロウズ宙域の首都星でもあるロウズは警備が厳重で、トスカの小型艇もご覧の有様と化してしまっていた。

 無論、この現場に警備隊が駆けつけてくれば、御用となる事は請負である。

 悪夢か、そうなのか! とトスカが悪態を付きたくなるのも、仕方がない事であろう。

 が、この時ばかりは、トスカは運が良かった(撃墜されて、運が良かったというのもおかしな話であるが)。

 何故ならば、ユーリは修理工廠でそれなりの経験を持っている、機関士であったからだ。

 

「ツールを借りても良いですか?」

 

「は?」

 

「修理工廠で働いてたので、直せますよ」

 

 平然と言ってのけたユーリに、僅かに意識に空白の出来るトスカ。

 だが、自信があるユーリの顔に、任せられるか、と判断して使いな、と船の中からツールを取り出し放り投げる。

 どさ、と重い音を立てて、目の前に落ちたソレを迷う事なく手にし、ユーリは本当に修理へと取り掛かる。

 中々に的確で、正確な手捌き。

 エンジンには詳しくないトスカをして、口笛を吹かせる程の腕。

 三十分、一時間、二時間と順当に時間は経過し、それに合わせて船の傷も直されていく。

 その間、トスカはチェルシーから、ユーリは修理工廠の親方に、筋が良いと褒められてたなどを自慢しまくって、トスカを辟易とさせていたのは、全くもってどうでも良い事である。

 そして、ユーリの予測通りに、三時間後――

 

「お見事!

 どうやら、宇宙に上がりたいってのは遊びじゃないみたいだね」

 

「ありがとうございます。

 でも、最低限の修理で飛べる様にしただけですから、戦闘とかは出来るだけ避けてください」

 

「分かった。

 けど、戦えない訳じゃ無いんだろう?」

 

「まぁ、一回くらいなら」

 

「OK、それだけ分かれば十分さ」

 

 先程までとは対照的に、意気揚々としているトスカに、煤が付いた顔で微笑むユーリ。

 そんな彼に、チェルシーはタオルを持ってきて、ゴシゴシとその顔を拭う。

 手慣れた手つきは、何度も彼の顔を拭いた事がある証左だ。

 

「ユーリ、お疲れ様。

 はい、飲み物」

 

「ありがとう……って、これ、どろり濃厚ピーチ味……」

 

「嫌?」

 

「もうちょっと、飲みやすい方が良いかな」

 

「うん、ごめんね、ユーリ」

 

「いや、良いけどさ」

 

 近くの自販機でチェルシーが買ってきたのは、喉越しが悪いことで有名なジュースであった。

 何故そんな物を買ってきたかといえば、単にそれだけ残ってて、他が売り切れてたから。

 ロウズは交通の便が悪く、自販機は三週間に一回しか補充がされない。

 つまりは、ロウズでは良くある光景な訳である。

 

「……アンタ達、本当に兄妹?」

 

「どう言う意味ですか?」

 

「うんにゃ、チョイと気になっただけさ」

 

 イチャイチャと聞こえてきそうな二人に、思わずトスカは尋ねてしまったが、返って来たのはご覧の答え。

 ま、いっか、と思考を放棄したトスカは、”付いて来な”と二人をハッチの中へ案内する。

 何時までもここに居ては、警備隊に発見されてしまうから。

 そろそろ出発の時、とトスカは判断していたのだ。

 

「わぁ」

 

「ここが、船の中」

 

 そうして、トスカの船に乗り込んだ二人は初めて見る船内をキョロキョロと見回す。

 完全にお上りさんであるが、トスカはそれを咎める事なく、むしろ自慢げに誇らしくしていた。

 

「ようこそ、デイジーリップ号にってね」

 

 船の名前を聞いて、ユーリの鼓動が高鳴った。

 何時か、自分も自身の船を持ちたい、という衝動が芽生えたから。

 でも、今は。

 

「よろしくお願いします、トスカさん」

 

「はいよ」

 

 その第一歩を、歩み始めたに過ぎない。

 遠く天まで続く道の、はじめの一歩を。

 トスカはそれに応える様に快活な笑みを浮かべて、ユーリの手を握り返す。

 そこでユーリは、”あ、綺麗な人だ”という事に気が付けたのだった。

 無論、ユーリの事に関しては勘の鋭いチェルシーがそんな彼を見て、”ユーリの妹は私なのに、トスカさんも妹にするつもりなの!”と半ば錯乱した事を考えていた……かどうかはさて置き。

 ユーリが管制席に、チェルシーは普段は畳まれている中央の補助席に座り、トスカはメインパイロットの操舵席へと腰を下ろす。

 そうして、インフラトン・インヴァイター、エンジン部分にある船の心臓にに火を灯したのだ。

 

「ユーリ、チェルシー、準備は良いかい?

 忘れ物なんてしてないだろうね」

 

「はい、大丈夫です!」

 

「わ、私も」

 

「なら良いさ。

 大気圏抜ける為に、一気にブッちぎるからね。

 しっかり掴まってなっ!」

 

 インフラトン・インヴァイターの出力が上昇する。

 50・70・90と、機関にエネルギーが満ちていく。

 そうして、100の値を計測器が指した時、トスカは加減なく操縦桿握り、ブースターのスイッチを押した。

 爆発する様に、デイジーリップ号は宇宙へと向かって、爆進を始める。

 

「じゃ、行こうか、宇宙の天蓋を突き破ってね」

 

 トスカの言葉が、ユーリの心にストンと落ちた。

 胸のトキメキが止まらず、体に強烈なGが掛かるのも気にせずにユーリはただ空を見つめる。

 これから先の事を、漠然と空想しながら。

 

 

 

 ――そんな中、夜が明け始め、恒星が顔を覗かせる。

 ――ユーリの目も、負けないくらいに輝いていた。






なお、続きを書けるかどうかは別問題な模様。


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賢さトレーニングLv5 追い込み編(ウマ娘)


「やぁ、よく来たねテイオー。マンモス!」

「カイチョーどうしたの? カイチョーはマンモスじゃなくてライオンだよ」

「私がライオンかはさておき、将棋の小粋な話をする時はマンモスと軽やかに口にするのが挨拶になるんだ」

「いくらカイチョーの言うことでも、意味わかんない。
 そもそも、ボクたちはウマ娘だよ。
 なのに、なんで将棋なんてする必要あるの?」

「それはだねテイオー、将棋を通してレースの演習をするのが目的なんだ」

「将棋をしたら、レース脳が鍛えられるの?」

「うん、実はそうなんだ。
 対局を重ねることで、レース全体を脳で管理できることになる。
 それに、演習であって本番ではないから、負けてもノーカンにできるしね」

「カイチョーは将棋だって強いから、負けるはず無いよ!」

「………………」


 シンボリルドルフのやる気が下がった
 賢さが5下がった


 その日のトレーナー室は、珍しく長閑な空気が流れていた。

 落ち着いた雰囲気、騒がしくも愉快なウマ娘は何処へか。

 居るのは二人、俺とメジロマックイーンの二人だけの空間だった。

 

「テイカーズ、頑張ってたな」

 

「言わないでくださいまし、トレーナー。

 監督を暖かく見送れた、今年はそれで良かったのです」

 

「だな、来年は優勝したいな」

 

 ここ最近の雑談を交わしながら、マックイーンが持ってきた紅茶の相伴に預かっていた。

 一時期、抜け殻のようだった彼女が、朗らかな笑顔を見せてくれた事に安堵する。

 今では、”恒例ですわ♪”と言い、トレーナー室にマジックボードを設置するくらいには回復していた。

 因みに、数値は143が点灯している。

 

「ところでトレーナー、ニュースは見ましたか?」

 

「いや、見てないけど……何かあったか?」

 

 季節はもう冬、マックイーンは年末のドリームシリーズへ向けて調整が必要な時期。

 もしかすると、新たなウマ娘がレースに参戦してきたのか。

 そう思い、マックイーンに聞き返すと、彼女は新聞を手渡してきた。

 ざっと内容を見ると、大きな一面には和服の人物が。

 あー、なるほど、と頷く。

 

「そういえば、メジロ家では講師の人を呼んで、賢さトレーニングをしてるんだっけ」

 

「えぇ、私は羽生(はにゅう)九段や剛田(ごうだ)九段に、教えてもらったこともあるのですのよ」

 

 流石はメジロ家、天下の大家である。

 自信ありげに胸を張るマックイーンに、興味が湧いた。

 つまりマックイーンは、相当指せるのでは、と。

 

 

「なぁ、マックイーン、これから一局――」

 

 部屋の将棋盤と取り出し、これからどうだと言おうとしたところで、部屋の扉が蹴破られた。

 これはと思い振り向くと、想像通りの姿が。

 天の川を思わせるほど美しい銀髪に、相反するほど爛々と瞳を輝かせる彼女が居た。

 

「アタシの名前はゴルシ! 地球は狙われている!」

 

 ゴルゴル星からの侵略者が、何かを言っていた。

 見て見ぬ振りをしたいが、視線は完全にこちらに……正確には、俺が持っている将棋盤にロックされている。

 

「おぉ! トレーナー!

 お前も地球を護る戦士の一員だったんだな。

 なら話は早い、今すぐ将棋星人どもを追い返しにいくぞ!」

 

「将棋星人……知っているか、マックイーン?」

 

 死ならば諸共。

 一心同体の仲である愛バの方を振り向けば、そこには誰もいなかった。

 そして、流れる様な動作で部屋から退室しようている薄情者の姿が。

 

「待て、マックイーン!

 俺を置いていかないでくれ」

 

「許してくださいまし、トレーナー。

 私はこれから、イクノさんとデェトをする約束があった気がしますの」

 

「そんな約束はない!」

 

「断言しないでください、脈はあるはずですわ!!」

 

 まるで告白しにいく様な捨て台詞を残し、マックイーンは愛を告げる旅に出ていってしまった。

 そういえば、俺の初めての愛バもゴルシ程ではないが、様子のおかしいウマ娘だった。

 なので、仕方なく俺は盤を目の前に広げる。

 抵抗するだけ無駄なのは、経験則として理解できているから。

 

「王将、左金、右金、左銀、右銀――」

 

 当然の如く俺の前に座って、盤に駒を並べているゴルシ。

 しかも駒の並べ方が大橋流……キチンと作法に則った並べ方をしている(プロ棋士などが、魅せるために行う所作)。

 ゴルシは色々なことに造形が深いが、将棋の分野においてもそうであった様だ。

 勝手にトレーナー室に居着いた、未だに一度も出走したことがない謎のウマ娘ゴルシ。

 その正体は、もしかしたら流離いの真剣師なのかもしれなかった。

 

「よし、始めるとすっか。

 ゴルシちゃんは捲りがしたいから、お前が先手な」

 

 あらかた駒を並べ終えて、そんなことを言うゴルシ。

 将棋の先手後手とは、レースにおける内枠外枠の概念であり、先手で逃げ切り勝ちをするのが今のプロ間での主流になっている。

 そう、普通に後手の方が不利なのだ。

 思わず、大丈夫かと言う視線を送るが、ゴルシは意に介せず。

 

「あん? 睨めっこじゃなくて、将棋やってんだぞ」

 

 その言葉に、溜息を吐きつつ俺は初手を指した。

 7六歩、極々普通のオープニング。

 居飛車党……逃げ先行勢のウマ娘は、おおよそこの手か2六歩から将棋をスタートさせる。

 

 一方のゴルシも、こちらの手に合わせる様に3四歩と角の道を開けた。

 まだ先行(後手居飛車)なのか、差し(振り飛車)なのかは正体が分からない。

 ただ、この子の適性が、もしかしたらこの将棋でわかるかもしれない。

 そう思うとワクワクして、俺は迷わずに飛車先の歩を突いていた。

 

 すると、ゴルシはいかにもワクワクとした表情を浮かべて、おもむろに角を手にした。

 え? と思う暇すらなく、ゴルシはそのまま8八の地点に角を成り込ませてくる。

 思わずゴルシを2度見したのは、ゴルシがあまりに良い笑顔をしていたから……ではなく、その他の意味を一応知っていたから。

 

 ――手損した(出遅れた)、間違いなくわざと手損して(出遅れて)いた。

 

 一手損角換わり、それが今回ゴルシが採用した戦法。

 おおよそ棋理に反してそうな、けれども時折使い手が現れる不思議な戦法。

 

 それは、外枠でいながら更に出遅れて相手の手を見ながら戦う。

 さながら後出しジャンケンの様な戦法……といえば聞こえはいいが、実質は後手番なだけで一手(1馬身)のハンデがあるのに、更にもう一手分立ち遅れる、二手(2馬身)のハンデを与える戦法になっている。

 

 なので、普通に指していては、当然の如く2馬身分の差で負けてしまう。

 だからこそ、普通じゃない展開に持ち込む必要があるのだが……。

 当然の権利として成角を銀と取ったこちらに対して、ゴルシも3三地点を目指して銀をあげて行く。

 そうして、所定の場所まで銀を互いに移動されたところで、ゴルシは楽しげに飛車を指に掛けていて。

 

「おっしゃ! ゴルゴル星まで、ひとっ飛びだぜ!」

 

 そのまま、角が居なくなった2ニの地点に飛車を旋回させる。

 盤上の宇宙では、その地点がゴルゴル星らしい。

 彼女にとっては、飛車がもしかすると宇宙船なのかもしれない。

 

「ダイレクト向かい飛車か」

 

「ちげーよ、ゴルシちゃん宇宙旅行だよ」

 

 勝手に戦法を乗っ取ったゴルシは、最早何が飛び出してきても驚いてしまうびっくり箱と化していた。

 ダイレクト向かい飛車、それは力戦(パワー)が強い人しか指せない乱戦用の一着。

 一手損角換わりから分岐できる、裏技の更に隠しメニュー。

 どうなるか分からない、ルール(定跡)が定まってない分だけ自由に指せる力戦系の戦法。

 それが、今回のゴールドシップの作戦だった。

 

 そこからは、もうグチャグチャだった。

 将棋では、大駒が飛び交い持ち主を幾度にも変える戦いを空中戦という。

 そして、お互いに手持ちにした角が飛び交い、お互いの陣形がそれを取ったり取られたりを繰り返すうちに、上擦り、突出し、前進する。

 いま盤上にあるのは、定跡通りでは辿り着けない気持ち悪い形。

 この形に俺は忌避感を覚えるが、ゴルシは手が進めば進むほど楽しそうに駒を繰り出してくる。

 

 見たことのないもの、常識から外れた展開。

 そういったものが好きなのだと、言葉を交わさずとも盤面を見るだけで伝わってくる。

 

「オラァ! 角を重ねて二枚切り!

 追加で飛車も押し売りだぁ!!

 大特価歳末セールだぞ! 取れよ!!!」

 

 ……因みに、ゴルシの言う通りに玉の守り駒で飛車を取ると、玉の守り駒がいなくなり将棋が終わる。

 飛車角を生贄にして、ゴルシの持ち駒は大量にあったから。

 なので、そっと銀で王手をした。

 玉で取らせてから貰った角で王手飛車を掛けると、ゴルシは酷く奇妙そうな顔で盤面を見ていた。

 

「なあ、今って何馬身くらい離れてるか分かるか?」

 

「5馬身くらいじゃないかな」

 

 恐らく俺の方が有利だと思うからそう口にすると、ゴルシはむっつりとしたまま玉を守るために縦として香車を打ち付けた。

 ……そこで、おかしなことに気がつく。

 この香車、受けだけじゃなくて攻めにも効いている。

 

 飛車を角で取っている間に、香車で切り込まれる手が王手。

 玉で香車を取ると、桂馬を打ち付けてからの王手ラッシュで頓死。

 かと言って守り駒で香車を取れば、角取りに銀を打たれる。

 この場面で角を逃がすと、逃げられるかどうか分からないほどの鬱陶しい絡み方をされる。

 あれ? と再び首を傾げていると、ゴルシは先程と同じ言葉を呟いた。

 

「で、今って何馬身くらい離れているか分かるか?」

 

「……10馬身、だな」

 

 こちらが勝っている、なんて冗談でも言えそうにない。

 数手進んだだけで、先程まで勝っていたと思っていた局面がひっくり返っていた。

 王手飛車を掛ける前よりも、15馬身も違うと感じる。

 慣用句としても、王手飛車は大ピンチの代名詞でもあるのに、この将棋においては不思議なことに掛けた方がピンチになっていた。

 

 彼女を導くトレーナーとして恥ずかしい。

 教え導くはずの立場である俺が、こうも簡単に油断して間違ったから。

 正直な話、この将棋はこれからがトレーニングになるのか分からない。

 レース脳を鍛えるという目的は、多分こちらが最善手を指すなら無駄になるから。

 

 ――それでも、と思う。

 

 簡単に投げ出してしまう方が、きっと悪い。

 教育にも悪いし、何より将棋を楽しんでいるゴルシにも悪い。

 だから、俺が手にした駒は玉。

 取れる飛車を取らず、香車が脅威にならない場所まで玉を逃した。

 諦めてない、と決意を示すために。

 

「そう来なくっちゃな!」

 

 ゴルシは笑ってくれていた。

 それだけで、投了しなくて良かったなと思えた。

 

 

 

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

 

 

「で、どこが敗因だったか分かるか?」

 

 あの後、こちらがクソ粘りをしたが、ゴルシは微塵も間違えなかった。

 あれだけ序盤中盤で好き勝手に不気味な手を連発していたのに、終盤だけは確実に分かりやすい意図で指していた。

 一度抜け出したら沈まない、将来的には不沈艦とすら呼ばれそうな対局(レース)だった。

 そんな感想を抱いていたところに、ゴルシは最後までエンターテイナーなのだろう。

 一言で分かりやすく、俺の敗着を教えてくれた。

 

「あ? 飛車取らずに玉を逃げたところ」

 

「は?」

 

 一瞬、ゴルシの言葉を理解できなかった。

 あの時、確かに自分が不利になる感覚があった。

 それなのに、ゴルシはその局面は勝っているという。

 

「飛車を取っている間にこっちが詰むかなって思ったんだけど」

 

「気のせいだぞ」

 

「は?」

 

 意味が分からずに頭を抱えると、ゴルシは半笑いを浮かべながら続けた。

 

スタミナ(読み)不足だな、トレーナー。

 あとで私のスク水貸してやるから、プールトレーニングな」

 

「いや、女の子の水着はヤバいだろ……」

 

「ヤバいのはお前の読み筋だよ」

 

 凄くすごい理不尽なことを言われつつ、考え直してみる。

 ゴルシの言い分を通すと、あの時は詰みは無かった。

 なら、あったのは詰めろの方。

 ゴルシの次の一手で詰む状況だが、その一手が生じる間にゴルシの玉を詰ませられると言うことなのか。

 ……………………なるほど、冷静に思い返してみると、確かにその通りだ。

 

「ウマ娘がレース中に、なんで掛かるんだろうって思ったことないか?

 それはな、冷静に判断してるつもりでも、現実と妄想がごっちゃになるからだ。

 足音が聞こえるだけで、仕掛けられているとか思い込んだりな。

 特に、レースなんて全力で走ってる最中は、脳に空気が足りずに酸欠になるんだよ。

 だから考えるのが難しくて、感覚で動いちまう」

 

 あれだけ、力こそが全てという盤面を展開しておいて、ゴルシはとても論理的に物事を話していた。

 あまり考えていなかったが、ゴルシにも彼女なりの考えがあって、結論がある。

 だからこそ、意味不明に見えても行動に一本の筋が通っているのだろう。

 今回、俺が見事にしてやられた様に。

 

「つまり、騙されたって訳か」

 

 そう結論づけると、ゴルシはイヤイヤと首を振る。

 更には、呆れた様に肩を竦めもしてみせて。

 

「んもー。わかってねえな、トレーナーはよ」

 

「何がさ」

 

 俺が間違った、たどり着く答えはこれ一つだ。

 そうも不思議そうに、何なら不満そうな顔をされる意味がわからない。

 そんな俺に、ゴルシは露骨なまでにため息を吐いた。

 

「トレーナー、お前がアタシんこと信頼してくれてるってことだろ? エロだろ?」

 

 信頼、それは将棋を指している上で互いに感じるもの。

 この人ならこう指す、この人なら間違えない。

 棋は対話なりという言葉がある様に、人は相手の着手からそれを読み取れる。

 それを、ゴールドシップは大胆にも、私のこと信じてるから間違えてくれたんだよね♪ などと申しているのだ。

 

「は? エロじゃないが!?」

 

「反応してる時点でエロだろ。ゴルシちゃんのこと好きすぎだろ」

 

 ゴルシの論理展開は、いつだって無茶苦茶だ。

 いつだってどこだって、どうしてそんな結論に辿り着いたのか不思議に思う。

 でも、そんな彼女だからこそ、一緒にいて楽しいのだ。

 

「好きと言う言葉をエロとかいう言葉に置き換えるな」

 

「ゴルシちゃんのこと、もしかして好きピ?

 でもわりーなトレーナー、おれぁ将棋星人との戦争に行くんだ。

 戦いの前に死亡フラグ建てたら、マックちゃんが死んじまうだろ?」

 

「なんでマックイーンが……」

 

「連れて行くから」

 

 どこへだろうか、そもそも将棋星人とは?

 並べられた意味不明な言葉の羅列だが、さっきの対局でゴルシの言葉にも意味があるというのは理解している。

 つまりは、マックイーンと一緒にお出かけしようということだろう。

 

「待ってろよトレーナー、マックちゃんも一緒に連れてきて三人で行くからな」

 

「え、俺も?」

 

 俺の疑問は当然の如く聞き流され、ゴルシはマックイーンを捕縛しに部屋を飛び出していった。

 そして十分後。簀巻きにされたマックイーンを、ゴルシは何故かイクノディクタスと共にトレーナー室に運んできていた。

 

「どういう状況なんだ……」

 

 頭を抱えそうになっていると、イクノディクタスが理知的に眼鏡を光らせながらこの状況に説明をしてくれた。

 尤も、それは説明というよりも、ゴルシが言った適当を真に受けてのものであったが。

 

「まさかマックイーンさんと共に、竜王戦七番勝負の大盤解説に向かわれるとは。

 そうとも知らずに、マックイーンさんとお出かけしてしまうところでした。

 ご迷惑をお掛けしたこと、ここに謝罪いたします」

 

 イクノディクタスが謝る後ろで、マックイーンが光速で首を横に振っている。

 しかし、そんなものは見えないイクノディクタスは、キリリとした表情をしながら、ではまたと部屋を出ていってしまう。

 それを血涙を流しながら見送るマックイーンに、ひどく哀愁が漂っている。

 そしてゴルシは、とってもいい笑顔で言い放ったのだ。

 

「行くか、白水館!」

 

 そうして鹿児島県に、俺達は旅立って行った。

 

「ところでマックイーンは、そのままなのか?」

 

「移動中は、煩くし過ぎるのはダメだからな」

 

 マックイーンは、簀巻きのまま運ばれていた。

 タスケテと視線を送ってくるが、さっき見捨てられたところでもあったので見なかったふりをする。

 

 そうしてたどり着いた鹿児島県で、俺達は将棋星人の侵略を観た。

 圧倒的な力で、支配の手を伸ばすその威容を。

 いつか、地球人がこの世界を取り戻せるのかと、そういう不安を抱えさせられる一局だった。

 

 

 

 その時、ふと閃いた!

 このアイディアは、メジロマックイーンのトレーニングとのトレーニングに活かせるかもしれない!

 

 メジロマックイーンの成長につながった!

 

 『怪しげな作戦』のヒントLvが3上がった

 『目くらまし』のヒントLvが1上がった

 『策士』のヒントLvが1上がった





おまけの解説

メジロマックイーン:居飛車党のアマチュア五段。持ち時間が長ければ長いほど、深い読みを見せる王道の将棋を指す。持ち時間とは、レースで言うスタミナの概念になっていることはステイヤーの中では常識。トレーナーとの絆ゲージは5下がったが、トレセンに戻ってトレーナーとおでかけをしたら機嫌が直った。

トレーナー:居飛車党のアマチュア二段。突出した何かがある訳ではないが、丁寧で筋の通った手を指すのが好み。なので、素直な相手ならいいが、挙動がおかしな相手には引っ掻き回されることも。後にゴルシの担当トレーナーになるが、面倒を見ている内に棋風が壊れておかしな将棋を指すようになった。マックイーンと出かける時は、いつも手を繋いで歩く。

ゴールドシップ:振り飛車党モドキのアマチュア三段。毎回手損をして出遅れる美学を持っている。振り飛車しか指さないが、大体乱戦にしかならない変化しか選ばないので、マトモに相手をしていたら頭がおかしくなる。トレーナーにスタミナトレーニングをさせるためにスク水を着せようとするが、マックイーンによってプールの底に葬られて、宇宙のどこかにあった筈のゴルゴル星まで流れ着いた。

はにゅう九段と剛田九段:ご存じの方もいるかもしれないが、将棋のプロである羽生善治九段と郷田真隆九段が元ネタ。この二人とメジロマックイーンが、一緒に記念撮影してる写真があったりする(”羽生九段””メジロマックイーン”でググると出てくる)。

将棋星人:宇宙から飛来した、地球人類の棋力を超越した種族。今は将棋界で8個あるタイトルの内の6つを掌握している。AIと会話することができて、その意図を理解できるらしい(ウワサ)。

白水館:鹿児島県にある、砂むし温泉とかいう珍しい温泉? がある旅館。2022年の竜王戦七番勝負で、第六局の舞台になった。



参考文献:りゅうおうのおしごと!(小説版)
     盤上のシンデレラ(動画、デレステの二次創作)


あとがき(一言):リハビリ的な作品です。


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オリジナル関連
異世界に転生して悪役令嬢になったと思ったら、魔法少女になっていた(オリジナル)


なろうの方に掲載した一発ネタ……だったはずが、何時の間にか連載していたという異形の作品。
タイトルが全てを物語っている一作。
TS、悪役令嬢、魔法少女、転生、これらの要素の一つでもダメならば、今すぐブラウザを閉じましょう!


「アスキスさん、貴女の番です。前へ出てください」

 

 先生の言葉に従って僕、いや、私は前に出る。

 先生は貴女になら簡単な事よ、と微笑んでおり、他の生徒達も私に期待の目を注いでいた。

 私が小心者だってみんな知ってる癖に、ひどいと思う。

 けど、避けては通れない道であるし、これも仕方ない。

 そう自分に言い聞かせながら、杖を強く握った。

 

 今日、二回生になってから初めての、魔法の実技の授業なのだ。

 緊張もするし、いやな汗も流れもする。

 今の私は学園内だけとはいえ、お家の看板を背負っているのだから失敗はしたくない。

 下手を打てば、周りのお嬢様方からせせら笑いを一身に受けるのだし、当然と言えよう。

 今回成功させなければならない魔法は、魔法を使う上での初歩の初歩。

 自らの姿を、魔法使いへと変える魔法。

 

 どういうことかといえば、魔法を使うには魔法力を引き出さないといけない。

 その為の最適な形へ、自分を変身させるのだ。

 これをやらなくても魔法は使えるが、その効率は大幅に落ちる。

 変身したら魔物と戦えるだけの力を持てるが、そうでないのなら精々日常で料理の火や洗濯時の水を用意する程度。

 だからこそ、これは魔法を習う時に最初に行う実践なのだ。

 

 変身で成れる姿は自分の中にある。

 自分の魔法使い像の具現化。

 それが今からやろうとしている魔法の本質である。

 

 例えば、賢者の姿だとか。

 例えば、聖者の姿だとか。

 例えば、勇者の姿だとか。

 

 人によって千差万別、心の中にある憧れの投影といえよう。

 でも、どこかでボロが出てくるのだ。

 纏う憧れの衣装が、ボロボロになっている事が多いから。

 マントだったり、鎧だったり、はたまた服装それ自体が継ぎ接ぎになっていたり。

 本人に理想の姿への適正がなければ、ひどいギャップが出てしまう。

 

 その姿は滑稽で、出来の悪い仮装パーティーと揶揄されるほどだ。

 そんな姿から、真に自分に合った姿へ徐々に近づけて行く。

 これは生徒達から大変不評であるが、教育の一環であると突っぱねられる。

 伯爵家であろうが、公爵家であろうが、例外はない。

 魔法を扱う者は、総じてプライドが高い故に、その鼻を折ろうとしているのだ。

 

 それも全ては、お国の為に。

 魔法使いの殆どは貴族であるし、そうでない人も選民意識が強いのだから仕方がない。

 大人しくしてくれなければ、扱いづらいから。

 

「アスキスさん?」

 

 気が付けば、先生が私の顔を覗きこんでくる。

 グダクダと回想へ逃げていた私を、心配そうに覗きこんでいる。

 じっと動かなかったのだ、そうもなるだろう。

 

「すいません、緊張で固まってました。

 もう、大丈夫です」

 

 ちょっと硬いであろうが笑顔も浮かべて、私は先生に言う。

 それに先生は緊張は誰でもします、大丈夫ですよと安心させるように言う。

 お陰で、心の準備はできた。

 さぁ、始めよう。

 

「我に魔導の正しき姿を与え給え。

 主と王の名において、今こそ顕現せよ」

 

 震える声で、詠唱を唱える。

 どうにも大仰で恥ずかしいが、詠唱とは総じてそういうものだと教えられた。

 だから今は恥ずかしさを底に沈めて、静かに言葉を紡ぐのみ。

 

「今こそ、我が姿をこそ纏え。

 マジカル・エンチャント!」

 

 最後の部分は叫んで。

 杖を微弱の魔力と共に振るう。

 成功してと、強く願いながら。

 

 ――汝の願い、正しく叶えられん。

 

 どこからか、そんな声が響いて。

 私の姿が変わっていく。

 眩い光に包まれて、服が変化を遂げていくのだ。

 

 そして、徐々に光が晴れていく。

 そうして現れた私の姿は……。

 

「え?」

 

 それは誰が漏らした声か。

 私か、先生か、それとも周りの生徒の誰かか。

 分からない、だって今私は混乱しているのだから。

 

「アスキスさん?」

 

 どこか呆然としたように、先生は私を見て呟いて。

 私も、自らの姿を認識する。

 

「どう、して……」

 

 思わず呟かずにはいられなかった私の姿。

 それは黒と紫のロココ調の装いに、黒色のニーソを履いていて。

 たなびく風が、ショートボブだった髪が長いストレートになっているのを教えてくれる。

 そして極めつけは、握った筈の杖が何故か玩具売り場にでもありそうな可愛らしいステッキになっていたのだ。

 

 それは他の生徒と比べて、一線を画す様な異常さであった。

 理想の姿、それは大抵の魔法使いは自らの親か伝記に出てくる人物を想像する。

 中にはドレス姿の人物も存在するが、ここまで露骨なのは存在しないであろう。

 

 端的に言えば、今の私の姿はゴスロリにステッキを持った不思議少女。

 ……どう考えても魔法少女です、本当にありがとうございました。

 

 事の異常さについて行けず、むしろ付いて行きたくないと脳が拒否反応を起こす。

 私の理想の姿が魔法少女? それもこんなこってこての狙っているかの様な?

 ……有り得ない、というか有り得てはイケナイ。

 

 考えれば考えるほど、頭はフラフラとしていく。

 もう、何も考えたくないと拒否するかの如く。

 あぁ、うん、もうダメ、おしまいだ。

 お家に知られたら、なんてふざけた姿にと嘆かれるだろうし、学校でもこの痛々しい姿は鮮明に記憶されたであろう。

 明日からは私も一躍有名人で、令嬢達の間で囁かれる存在になったに違いない。

 どう考えても、お先真っ暗である。

 

 そこまで考えて、自分の今後に耐え切れなかったのか、段々と私の意識が遠のいていく。

 最後に聞こえたのは、”アスキスさん!?” と悲鳴を上げる先生の姿であった。

 

 

 

 

 私、マリア・アスキス伯爵令嬢は、かつては僕であった。

 これだけだと意味不明であるが、それに転生者で男でしたと付け足すと、痛々しさが一気に跳ね上がる。

 しかし、これが真実なのだから仕方がない。

 

 かつての自分は、極々平凡な学生であった男である僕は、大学受験の成功に有頂天になっていた。

 私立ではあるが、自分の希望校を合格できたからこその喜びであった。

 我が世の春が来た! と大声で絶叫したほどである。

 ……無論、誰も見てないところであるが。

 

 それからは残り僅かな高校生活をのんびりと過ごして、余裕ぶっこいて最後の試験が赤点スレスレになるという悲劇に見舞われながらも、何とか大学生になろうとしていた。

 大学生活は明日からだ、これから頑張るぞ! と希望に満ちた未来図を広げていた、そんな入学式前日の出来事であった。

 

 ――コンクリート製の階段を踏み外して、ゴロゴロと最上段から一番下まで転げ落ちていったのだ。

 

 完全に自己過失、これで立ち上がれたのなら馬鹿な話で終わるのだが。

 僕は恐らく、大学受験で人生の運の大半を使い果たしていたのだろう。

 頭の打ちどころが悪く、あえなく人生からフェードアウトする事と相成った。

 

 受験に成功させて親を喜ばせてからの落差である。

 上げて落とすなどは伝統芸能ではあるが、それにして親不孝なことこの上ない。

 受験を支えてくれていた妹にも、顔を合わせられない出来事である。

 

 それで済めば、単なる馬鹿者の一生が終えた、どこにでもある話だ。

 けれども、そうは問屋が下ろさなかった。

 

 気が付けば、オギャーと言う泣き声と共に、新たな人生を歩み始める事になったのだから分からないものである。

 もしかしたら魂を司る者が、”親不孝者め、猛省せよ!” ということで転生させたのかもしれない。

 転生とは、本来徳が足りない人物が、人生やり直して徳を貯めて来い! というものであったと記憶しているから、概ね間違っていないように感じる。

 事実、新たな人生では前世の失敗を省みて、出来るだけ優等生で過ごしていたのだ。

 新しい人生、ならば出来るだけ格好よく過ごしたいと思うのも人情であろう。

 

 ……尤も、その人生の問題点を上げるとするならば、僕が私になってしまった事。

 二回目の人生は、女の子として生まれてしまったのだから!

 溜息の一つでも吐きたくなる様な珍事であり惨事である。

 しかもだ、もう一つオマケに恐ろしい真実に気付いてしまった。

 

 それはある日のこと、急に親に婚約者が出来たと告げられた時の事である。

 当然、私としても反発を覚えずにはいられない暴挙であった。

 普段はおとなしい子で定評のある私も、三日間は親と口を利かなかった。

 使用人が何を言おうと、全て聞き流す。

 それほどの衝撃であったのだ。

 

『お父様もお母様も大っ嫌いっ!』

 

 そう叫んだ時の、崩れ落ちた二人の姿は今も覚えてる。

 子煩悩であったが故に、その威力は計り知れないものとなったのであろう。

 泣きながら、お父様もお母様も私に縋り付いて、私達が悪かったと謝っていた。

 じゃあ婚約を解消してくれる? と聞くと、それとこれとは……と曖昧に言葉を濁したから、三日間は無視を続ける事となった。

 

 それでも、ずっと口を利かなければ私が寂しいという見事な自爆により、こっちが白旗を上げたのだけれど。

 どんな年になっても、誰とも口を利かないというのは精神的に堪えると理解した事件。

 お陰で、婚約者が云々と誤魔化されてしまったのは、後の祭りであるのだけれど。

 

 そのせいか、ある日件の婚約者とやらの顔合わせに、私と両親でご挨拶に向かう羽目になった。

 最初は世話になっている公爵家へのご挨拶とか言い含められて、まんまと出発。

 婚約者とやらに会う前日の晩に、真実を打ち明けられた。

 しかもいやらしい事に、会わないと私達が嘘吐き呼ばわりされて、公爵の信頼を失ってしまうとまで言われたのだ。

 巫山戯ているのかと言ってやりたかったが、外堀を埋められたからには仕方がない。

 まさかここで駄々を捏ねるわけにも行かず、仕方なしに例の婚約者とやらの顔を拝むことになった。

 

 仕方なしに来た公爵家。

 そこで紹介されたのは幼ながらに精悍で、むすっとした姿が可愛くない子供と印象付けられる少年。

 ジロジロとこっちを見てきて、失礼なと一言言ってやりたい子供であった。

 けれど、問題はそこではない。

 私が仰天したのは、その少年の挨拶を聞いてた時であった。

 

『フェルディナンド・チャーチルだ』

 

 すごく素っ気ない挨拶。

 けれど、その声、態度、そして幼げな顔が私に一体となって伝わった時、ふと思い出したのだ。

 

 ――妹から貸してもらっていた乙女ゲーの、攻略対象の一人を。

 

 『貴方と私で鳴らす鐘』という乙女ゲー。

 前世で、妹から面白いからと貸してもらっていた一品。

 その攻略対象の一人が、フェルディナンド・チャーチルだった。

 

 チャーチル公爵家は武門の出で、フェルディナンドは将来の夢は軍人の頂点である元帥であると真顔で言ってのけている。

 実際に、必死になって公爵家お抱えの騎士や教師に様々な事を教え乞うて、その殆どを手にしてしまっているのだから、努力家であると認めねばならない。

 けれど、そんな無骨な彼だからこそ、女の子とどう向き合っていけば良いのかが分からなかったのだ。

 距離感を測りかねて、常にどんな子にも素っ気なく振舞う彼。

 お陰で、婚約者であるマリアとの中は冷え込んでいたと記憶している。

 

 そこまで思い出して、自分の間抜けさを呪った。

 マリア・アスキスって、モロにあの令嬢の名前ではないか! どうして気付かなかったのだろう、と。

 

 ところで、だ。

 私ことマリア・アスキスは、『貴方と私で鳴らす鐘』の、世間様で言うところの悪役令嬢である。

 けど、最初からそうであった訳ではない。

 ゲーム内では最初は主人公に親身に接していたのだ。

 所謂、貴族の義務を果たそうとしていたのだろう。

 頼ってくれる主人公を、最初のうちは可愛がっていたのだ。

 けれども、自分よりも才能が上で、それを存分に開花させていく主人公に段々と劣等感を抱くようにないく。

 そのため、ある日いきなり”もう貴方の面倒はみませんわ。平民如きの世話を私がしようとしたのが間違いでしたわ”と手のひらをグルッと回転させるのである。

 フェルディナンドのルート以外では多少茶々を入れてくる程度だが、彼のルートだと本気で主人公に噛み付いてくる。

 劣等感を抱いている上に、婚約者まで分捕られようとしているのである、当たり前だ。

 しかも詳しいことはボンヤリとしているが、最終的に死に至った覚えはある。

 全く持って、我が身の事と思うのならば、洒落になってない。

 まぁ、ヒロインにあまり酷いことをしなければ、特に何もないのは知っているから問題ないのだけれど。

 けどまぁ、まさか自分がその悪役令嬢になるとは、想像を遥かに超えた出来事だ。

 転生が云々も相当ではあるのだが。

 

 でも、そんな彼とまさか婚約者になるなんて思いもよらなかった。

 けれど順当に行けば、このまま冷えた関係で終わることは目に見えている。

 露骨に冷たく接する事はないが、このまま素っ気なく行こうと決意する。

 事実、公爵家でフェルディナンドと交わした言葉は、挨拶と食べ物に関しての非常に素っ気ないもの。

 二人っきりにされもしたが、お菓子美味しいとミルクが美味しいとか、そんな事しか言ってなかった気がする。

 多分、食いしん坊と見られているかもしれない。

 それはそれで、印象が悪くなって宜しいかもしれないが。

 

 とこのようにして、フェルディナンドとはエンカウントした。

 尤も、他の攻略対象に出会うとか、フェルディナンドとの仲が進展したとかそんな事は一切なく、非常に伸び伸びと私は生活する事が出来た。

 貴族であることが、生活水準が高かった事の一因であろう。

 非常に運の良い転生だったと言える。

 

 だけれども、貴族なら貴族なりの面倒くささがあって。

 令嬢方のお茶会などのお誘いは、行かなきゃ相手のメンツを潰すとかで面倒ではあるけれど行かねばならなかった事が挙げられる。

 令嬢で少女、しかし中身は元高校生。

 幼い少女と会話を合わせるのは、非常に辛い出来事であった。

 微妙に話が噛み合わなくて、端っこで一人お茶を飲んでる事なんてしょっちゅうであった。

 幸い、活版印刷技術はあったので、本に困ることは無かったが為に、常に本を読んで暇を潰せていたが。

 

 そんなぼっちライフを満喫していた幼女時代はさておいて、お稽古にお勉強とガリ勉道を進みつつ、私は学校に入れる歳にまでなった。

 それも、前世には無かった魔法学校。

 幼女時代は、子供の魔法の使用は身体上に非常に大きな悪影響を与える、と学んでいたが為に手が出せなかった分野である。

 正直、テンションはやたらと急上昇していた。

 けれど、それにも冷水が浴びせられる。

 

 何故か? 理由は単純である。

 一年生の間は、正しい魔法を覚える為に、座学に専念すべしとの事である。

 昔から本を読んで、知識だけは人一倍だった私にとって、それは苦痛でしかなかった。

 言っていることは正しいので、本当にしょうがなく、渋々受け入れたのだけれど。

 あれ、私って以外に弱い? と思ったのはどうでも良い話。

 

 そんなこんなで、勉強のできる優等生として一年を過ごす事となった。

 例の主人公の姿も確認はしたが、こっちから取り立てて接触する事もなく、非常に順風満帆な学生生活であったといえよう。

 

 ――ズキリと、どうしてだか頭が痛む。

 

 あれ、どうなってるんだろう?

 何かが思い出せないけど、何かとんでもない事があったような?

 そこまで考えた時、走馬灯の如く今日の出来事が思い出されていく。

 魔法実習の事、詠唱を唱えたこと、そして……例の魔法少女姿の自分の事。

 全てが夢のようで、悪夢で終われば良いとさえ思っている出来事。

 でも、結局は分かっている、全て本当の事なのだと。

 はぁ、と一つ溜息を吐いたところで、水面に浮かぶように、意識が浮上していく。

 そこでようやく、私は理解した。

 

 ――あぁ、夢を見てたんだな、と。

 

 

 

「んっ」

 

「あら、起きたの、アスキスさん」

 

 意識が目覚めて、最初に聞こえてきたのは、耳に馴染みやすい女性の声。

 この魔法学校の保険医の声だ。

 

「あの、おはようございます」

 

「はい、おはよう。

 よく眠っていたわね」

 

「えぇ、お陰さまで」

 

 何事もなかったかの様な反応。

 もしかしたら、本当に何もないのでは?

 そう思った……のだけれども。

 

「そう、奇天烈な姿になったと聞いたから、もしかして精神的に疲れているのかもって思ってたけれど、見たところ大丈夫そうね」

 

 一瞬で、希望が粉々に打ち砕かれる。

 おうふ、と天を仰いで、この世界にいるであろう神に私は囁いた。

 ”何時か覚えておけ、同じ目に合わせてやる”と。

 まぁ、神からすれば、小童の声など全く聞こえないであろうが。

 

「その、私が奇天烈な姿になったって、広まっているのですか?」

 

「えぇ、流石はお嬢様方の情報網と言えるほどにね」

 

 クソゥ、やっぱりダメだったか。

 今頃、噂を丸呑みにした奴らは、私を小馬鹿にして話を盛り上げているのだろう。

 この運のなさ、今世では貴族の家に転生したので使い果たしたのか。

 もしそうだとしたら、今この瞬間を呪うしかない。

 

 ……もう、何か色々と馬鹿らしい。

 まさか、大いに自爆する事になろうとは。

 自分の積み上げてきたものが一瞬で崩壊する。

 この損失感と、これから見舞われるであろう好奇の視線。

 それを考えると、何もかもを放り出して実家に帰りたくなる。

 私がそんな浸っている時に、無慈悲な声が部屋に響く。

 

「起きたのなら、そろそろ帰りなさい。

 今は放課後よ」

 

 一切の慈悲なく、保険医は私にそう告げた。

 

「どうしても、ですか?」

 

「ここで粘っても、どうせ寮なのよ……諦めなさい」

 

 ……そう、私は寮暮らしで、現在実家を出て暮らしている。

 ならば、帰った直後にヒソヒソと囁かれるのは容易に想像できて。

 でも、どちらにしろ帰らなきゃいけないのだ。

 門限までに帰らないと、こっぴどく怒られるから。

 

「わかり、ました。

 ありがとうございます」

 

「分かればいいのよ、それじゃあお大事にね」

 

「……はい」

 

 憂鬱なまま立ち上がって、私は医務室の扉に手を掛ける。

 だけれど、その直前で一つ気になった事を、保険医の先生に訊ねたのだ。

 

「私があんな姿になったのって何故ですか?」

 

 そう尋ねると、どこか可哀想なものを見る目で、保険医の先生は答えてくれた。

 

「それはね、貴女の目指す魔法使いの姿がそういうものだったからよ。

 ボロもツギハギもなかったって聞いているし、素質はあるのね」

 

 あっけなく告げられた言葉は、もはや皮肉にしか聞こえなかった。

 失礼しますと小さく告げて、私は全力で医務室を後にする。

 顔が赤い、羞恥と恥でいっぱいになる。

 

「ちくしょー。

 こんな事になるなら、今日は失敗すれば良かったのに」

 

 自分に言い訳するように、走りながら呟く。

 聞こえていたのは、やはり自分にのみであった。

 

 

 

 

 

 そうして、ブラブラする気にも成れずに、私は結局寮へと直行することに。

 憂鬱だけれど、仕方がない。

 私は陰鬱な気持ちを押さえ込み、一歩寮内へと足を踏み入れる。

 

 ――すると、少々騒がしかったエントランスが、急に静かになった。

 

 皆が、私を見ている。

 私を見ながら、小さな声でヒソヒソと会話している。

 ……やっぱり、予測通り。

 想像できていた事とは言え、流石に嫌になる。

 だから、私は部屋に篭ろうと足を進めようとして……。

 

「ま、待ってください!」

 

 けれど、大きな声に呼び止められたのだ。

 疑問に思って振り向くと、そこには茶髪をポニーテールにした少女が立っていた。

 私からすれば、見覚えもあるし気にもしていたが、接触しなかった人物。

 

 ――主人公だ。

 

 主人公、リセナ・アトリーが私の前に立っていた。

 彼女こそが、この『貴方と私で鳴らす鐘』の世界の主役。

 そんな彼女が、私の目の前に立っていたのだ。

 

「何か、用事でも?」

 

 けれど、私は極めて素っ気なく言う。

 例の婚約者並みの鉄壁さ。

 普通なら、大抵の人物はこれで怯む。

 

 だがしかし、乙女ゲーの主人公は伊達ではないのだろう。

 意に介した様子を見せず、私に言ったのだ。

 

「あの、例の噂は本当ですか!」

 

 例の噂、十中八九きょうの出来事だろう。

 わざわざ傷を抉りにでも来たのか。

 尋ねること自体が過ちだと気付けばいいのに。

 けど、ある程度図々しくないと乙女ゲーの主人公は務まらないのか、物怖じせずに訪ねてくる。

 正直、鬱陶しくあるのだが、それ以上にこの場を離れたかった。

 好奇の視線に、耐えられないから。

 だから私は、正直に答える。

 

「そうよ、だからそこをどきなさい」

 

 不機嫌なことも隠さずに、私は主人公、リセナに言う。

 けれど彼女は、大きく首を振って、とんでもない事を言い出したのだ。

 

「私、友達から聞いたんです!

 アスキスさんが、とても可愛らしく愛らしい姿に変身したって。

 まるで恋する乙女の様に言うから、私気になっちゃって……」

 

 ダメ、ですか? と上目遣いで見上げてくる。

 ……流石は主人公というべきか、その姿はやたら可愛い。

 ぶっちゃけて言うと、男だったら即座に頷きかねない威力だ。

 けれども、だ。

 

「言ったでしょう、そこをお退きなさいと」

 

 今の私は女で、彼女と同性だ。

 割り切れておらず、少しクラッとはしたが、それだけ。

 そう簡単に頷ける程、今の私はちょろくないのだ。

 でも、彼女は、真剣な目をしていて。

 こんな事を主張し始めたのだ

 

「私、知ってるんです。

 何時もアスキスさんは真面目だったって」

 

 急に、何を言っているのだろうか。

 訳が分からず硬直する私に、彼女は立て続けにこんな言葉を続けていく。

 

「それなのに、みんなアスキスさんに変な願望があるんだって、急に手のひらを返したように言い出して。

 私、すごく怒ってるんです。

 一生懸命な姿を見てるくせに、恥ずかしくないのかってすごく思います」

 

 貴族もいるこの場で、よくもこんな風に言える。

 思わず、そんな感心を抱いてしまう。

 それも、殆ど関わりがなかった私に対してだ。

 目を見開いていると、止めにリセナはこんな言葉を紡いだのだ。

 

「だからアスキスさん、貴女の姿はどこもおかしくないって証明しましょう!

 私の友達は確かな審美眼を持っています。

 だから、アスキスさんが変だなんて、聞いててすごく腹が立ってきちゃったんです。

 どうしてこんなにみんな、人の悪口が言えるんだろうって」

 

 ……驚いた、まさかここまで言ってくれるとは。

 何時の間にか、早く部屋に戻りたいという気持ちは落ち着いていて。

 代わりに、リセナの言葉に深く耳を傾けていたのだ。

 

「まるでお姫様のようで、それでいて正義の味方のような格好だったって聞いています。

 それを聞いた時、すごくすごく興味を持ったんです。

 なのでこれは、私の我侭に過ぎません。

 だけど、おかしな格好じゃないと証明したいのも本当なんです。 

 だから、だからどうか、力を貸してくれませんか?」

 

 深く頭を下げて、リセナはお願いをしてくる。

 真摯さを持って、自分の我侭だと言い切って。

 関係の薄いはずの私に、こうして頭まで下げて頼み事をしにくる。

 そこで、ようやく私は理解した。

 だからこそ、彼女は乙女ゲーの主人公足り得るのだと。

 図々しくても、空気が読めなくても、こうして一歩踏み込めるからこその彼女なのだと。 

 

 ……本当に、私はちょろくなんてないはずだけれど。

 でも、どうしてだか私は、何時の間にかポロリと返事をしていてたのだ。

 

「分かったわ、やってみる」

 

 そう言うと、彼女は私の手を握って、ブンブン振り回し始める。

 まるで犬が尻尾を振る様に、彼女は笑顔を満面に咲かせていた。

 

「ありがとうございます!

 私、とてもドキドキしています!!」

 

 純真な笑顔を、私に向けていて。

 邪気が見当たらないその顔に、気が付けば心に入り込まれていた。

 

「じゃあ、その、始めるわね」

 

 思わず照れてしまって、小さくそう言う。

 すると彼女は元気に、はいと大きく一つ返事をして、じぃっと私を見つめ始める。

 その姿だけが、今の私の目に入っていて、だからこそ勇気が湧いてきた。

 思い切ってやってやろうと思ったのだ。

 

 胸元のポケットから杖を取り出し、例の呪文を唱え始める。

 最初に、大恥を掻いた出来事の始まりである呪文を。

 

「我に魔導の正しき姿を与え給え。

 主と王の名において、今こそ顕現せよ」

 

 今度は大丈夫、自分にそう言い聞かせながら。

 目の前の彼女の微笑みのお陰で、迷いなく詠唱できたのだ。

 

「今こそ、我が姿をこそ纏え。

 マジカル・エンチャント!」

 

 光が満ちる。

 姿が変わる。

 私の服が変形するのだ、魔法を使う形へと。

 ――そうして、光が止んで現れたのは……。

 

「本当に、お姫様みたいです」

 

 ウットリとした顔で、リセナが小さく呟く。

 例のゴスロリに玩具ステッキという、世紀末な姿を目の前にしてだ。

 

「本当に、そう思ってるの?」

 

「はい、すごくすごく可愛いです!」

 

 元より友達が少なかった私は、可愛いと言われるのに慣れておらず、思わず赤面する。

 なんて恥ずかしい言葉なのだろう、と。

 けれどもそんな私を見て、リセナは周りを見渡して、高らかに叫んだのだ。

 

「これのどこがおかしいって言うんですか!

 こんなに愛らしいのに、そんなことを言うんですか!

 私からすれば、嫉妬しているようにしか見えません!!」

 

 そう目を潤ませながら言うリセナを前にして、始めて私は気が付いたのだ。

 あ、これ、周りのみんなに見られていたんだと。

 ……何だろう、この言い知れぬ恥ずかしさは。

 周りの人たちは、気まずそうにそっと視線を逸らす人と、何故だか私に魅入っている人の二種類に分けられていた。

 ……もしかして、本当に可愛いって思われてる?

 私の勘違いじゃない?

 

「ねぇ」

 

 不安になってリセナに声を掛けるが、彼女は笑顔を返してくるだけ。

 背中が、異様にムズムズしてくる。

 そのせいか、気が付けば……。

 

「私、大丈夫かしら?」

 

 そんな情けないことを聞いてしまって。

 でもリセナは、とっても良い笑顔で答えてくれたのだ。

 

「はい、きっと誰よりも可愛いです♪」

 

 そうして、私はリセナに手を引かれ始める。

 ふぇ、と変な声が出てしまうくらいに、動揺して。

 

「ど、どこに行くの?」

 

「アスキスさんを、天使だと言った友達のところにですよ。

 今日はみんなアスキスさんを馬鹿にした報いで、私が独占させてもらいます!」

 

「ええ!?」

 

 私の驚きの悲鳴をよそに、リセナはとても楽しげに私の手を取って歩き始める。

 何だろう、この展開。

 何だろう、この行動。

 そんな私の一切合切の思惑を無視して、そのまま彼女は歩いていく。

 ……乙女ゲーの主人公って、破天荒なのね、と心の中に呟いてしまう出来事であった。

 

 この日、私には新しく友達がひとり増えた。

 そして連れて行かれた友達の部屋が、まさか男の子の部屋で、そこで告白されるなんて、思ってもみなかった。

 そんな、類を見ないほど慌ただしい一日。

 これからは、私にはもっと忙しい日々が訪れるとは、今は全然気付かなかった。

 しかも将来的に、偉大なる魔法少女なる本が出版されて、それが私の事をひたすら書き綴ったモノに成るなんて、そんな悪夢には全然気付くはずもなかったのだった。

 

 一体何がどうなっているのか……何かがおかしい。

 今更ながらに、そんな事を思わずにはいられなかった。




なろうで流行している悪役令嬢物に便乗して、自分の性癖をこれでもかと詰め込んだ作品。
制作時間、約3時間の大作(笑)
ネタに走りすぎたと思ってはいるが、反省も後悔もしていない。
多分そのうち、なろうの方で更新再開すると思われます。

あ、それから、このおもちゃ箱のネタが切れたので、時期に何か衝動的に書くまで、更新は無いものと思われます。


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清純だと思っていた俺の彼女が、想像以上にやばかった(オリジナル)

なろうに投稿した短編。
お下劣ギャグテイストの練習に書いたもの。
なお、以外に好評で作者が戸惑ったのはここだけの話。


 俺こと咲山浩太には彼女が出来た、つい最近のことだ。

 相手は幼馴染で、向こうから告白してきた。

 気分? もう有頂天である。

 いやっふーっ! と叫んでも良い感じだ。

 

『こうちゃん、私とお付き合いしてください!』

 

 あの時の彩月の声は、未だに脳内でリピート可能。

 一言一句、忘れることの無いであろう、麗しくも勇気ある言葉。

 長い黒髪をたなびかせて、どこか幼げな顔を不安で上気させながらの告白。

 あいつから告白されるくらいなら、俺から告白しておけば良かったと思ったのは、全てが終わったあと。

 ちょいと情けないかなとも思ったが、それも嬉しさの中に埋没していった。

 うん、だって一日にして人生の勝ち組、リア充街道に躍り出れたのだ、当たり前である。

 

 そんな俺だが、今日は彼女の家に御呼ばれしてる。

 幼馴染だし、今までも何度もお邪魔したことはあるが、彼氏になってからは初めての訪問。

 こう……胸が高鳴る感覚?

 そういうのを感じてしまうのは、やはり現金なものなのだろうか?

 いや、男なら誰だってこういうトキメキを感じるだろう!

 

 という訳で、現在彩月の家の前。

 五月雨という表札が見えて、馴染みの家だということを教えてくれている。

 だが、ここも彼女の家だと思うと、それだけで感慨深いものを感じてしまう。

 さぁ、ここから俺の新たな人生が始まるんやで!

 と、意味不明なことを考えながら、躊躇なくインターフォンを押した。

 すると何時もと通りに、ピーンポーンとどこでも聞ける音が響き、数秒後に”はい”という応答があった。

 

「あ、おばさんですか?

 浩太です、遊びに来ました!」

 

 愛想よくそう告げると、インターフォンからは彩月のお母さん、おばさんの嬉しそうな声が聞こえてくる。

 

『まぁまぁまぁ!

 よく来たわねこうちゃん!!

 彩月から色々と話は聞いているわ。

 玄関は空いてるから、入って入って!』

 

「はい、ありがとうございます。

 お邪魔します」

 

『はい、どうぞ』

 

 何時も歓迎はしてくれているが、ここまで熱烈に迎えてくれたのは初めてだろう。

 というか彩月の奴、もう両親に話したのか。

 俺なんか、まだ恥ずかしくて話せてないっていうのに。

 だって、絶対にからかわれるし……。

 いや、今はそんな事はどうでも良い。

 今日は彼女の家でイチャつく日なのだ!

 俺はそう鼻息を荒くすると、軽い足取りで玄関まで行き、扉を開ける。

 すると彩月の家独特の匂いがして、普段はこれで落ち着くのに、今日ばかりはドキドキしてしまう。

 

「いらっしゃい、こうちゃん」

 

「はい、こんにちは、おばさん」

 

 互いに笑顔で挨拶し合う。

 彼女の両親に会う! というのは一般男子諸君にとっては緊張と汗しか掻かないイベントだろうが、俺にとってここは第二の我が家同然。

 わざわざ緊張する意味がないのだ!

 そういう訳で、俺はドキドキしながらも自然体のままで、居間に通された。

 おじさんは仕事でおらず、ここには俺とおばさんのみ。

 あれ? と感じたのはおかしくはない筈だ。

 肝心の彼女がいないのだから、当然であろう。

 

「あの、彩月は?」

 

「ごめんなさいね、こうちゃん。

 彩月にはお醤油が切れたから、買い物に行ってもらってるの。

 帰ってくるのは、あと大体30分くらい掛かるわ」

 

「あ、そうなんですか」

 

 ちょっと残念、というか拍子抜けだ。

 タイミングが悪いというか、間が悪かったというか。

 多分、目に見えて残念な表情を、俺はしていたのであろう。

 だからか、おばさんが、すごくいたずらっぽい表情をしながら、こんな提案をしてきた時には、俺はひどく驚いたと言わざるを得ない。

 

「こうくん落ち込まないで。

 代わりにと言っては何なんだけれど――」

 

 もう愉快で仕方ないという顔をしながら、おばさんは言ったのだ。

 

「彩月の部屋で……待ってる?」

 

「はいよろしくお願いします!」

 

 即答していた、自分でも引いてしまうくらいに。

 だが、それだけに魅力的に感じたのだ。

 彼女が居ない内に、彼女の部屋にお邪魔する。

 何だか、心の奥から背徳感的なものがムクムクと来るのだ。

 

「あら、こうちゃんも年頃なのねぇ」

 

 ニヤつきながら、おばさんは手早くジュースとお菓子を用意したお盆を俺に渡し、そうして囁いた。

 

「何かするにしても、嫌われない程度でね」

 

「……ハイ」

 

 つまりは、怒られない範囲でなら何をしてもいいのですか?

 そう受け取れる発言に感じたのだが、それは俺の脳が腐っているからだろうか、恋愛的な意味で。

 まぁ、あまり意識しない方が良いだろう。

 そういうことで、俺はジュースを零さないようにお盆を持ちながら、階段を上がっていった。

 階段を上り終えた先には、彩月の部屋とプレートが掛かっている扉がある。

 何度も訪れた事がある、あいつの部屋だ。

 流石に、誰も居ないと分かってながら入るのは緊張してしまう。

 だけれども、この罪悪感こそがまた一興なのだと自分に言い聞かせて、俺は部屋の扉を開けた。

 中は電気が付いてなかったので、電源を入れて侵入する。

 

「相変わらず、日当たりの良い部屋だな」

 

 窓から差し込む日差しで部屋は明るい。

 電気をつけたのは、まあ気分というやつだ。

 部屋の外装は、クリーム色の壁紙に、ベッドや机が置いてある。

 それらを小物で可愛らしく装飾してあって、女の子の部屋だと意識してしまう。

 

 それは兎も角、その女の子の部屋の主はおらず、今いるのは俺だけ。

 そう考えると、そわそわしてしまう。

 いけない事をしていると、倫理観が訴えてきているのだろう。

 だけれど、今更そんなことを気にしても、入ってしまってるのだから仕方がない。

 

 俺はいけないという気持ちを誤魔化すために、そこらをキョロキョロと見回す。

 すると、机の上に一冊の本が見えた。

 Diaryと書いてあるから、日記帳なのだろう。

 何でこうも無防備に置いてあるのか理解できない。

 だが、その無防備差は、まるで読んでくださいと告げているようで。

 部屋に入った時以上に、いけないと倫理観が静止してくる。

 これをやったら、おばさんの言っていた嫌われない程度に、という線を容易に超えてしまうことだから。

 俺としても、彩月に嫌われるのは本意ではない。

 むしろ、何としてでも避けたいことだ。

 ……だが、それ以上に、この抗いがたい魔力には逆らえなかった。

 

 だって彼女の日記なんだぞ?

 ぽんと置いてあったのなら、読むのが礼儀というものだ!!

 そんな言い訳を自分に言い聞かせて、俺は恐る恐るとページを捲った。

 それだけで、既に先程までの葛藤は何処かへ旅立ってしまったのにも気付かず、ただ目を走らせていくのであったのだ。

 

『×月○日 土曜日

 今日からお父さんに日記帳を買ってもらったので、初めてながらに日記を書いてみようと思います。

 お父さん曰く、”継続は力なり、だからお前もその力をつけろ”といきなり渡されて、少し驚いちゃいました。

 でも、一言ずつでいいってお母さんも言ってたし、それならと思って始めました。

 これから毎日、頑張って続けます!

 

 追記、丁寧語なのは、後に残るからはっちゃけすぎても良くないなと思って、そうしました』

 

「はは、あいつらしいな」

 

 始まって一日目を読んで、あまりのらしさに頬が緩んでしまう。

 真面目で、だけれども頑張りやな彩月の性質。

 日記にまでその癖が現れていて、どんどんと俺は日記の内容に没入してしまっていく。

 

『×月△日 木曜日

 今日は放課後にこうちゃんがアイスを奢ってくれました。

 嬉しいので日記に書いちゃいます。

 何が嬉しいと言いますと、こうちゃんが私とお出かけしてくれたのもそうですが、アイスをトリプルで頼んでも良いって言ってくれたんです!

 もう嬉しくって、”こうちゃんありがとう! 世界で一番男前!!”って褒めちゃった。

 ちょっと即物的すぎたかな?』

 

「まるで人が買収したかのように……」

 

 アイスのトリプルで格好いいという言葉を買ったと思うと、非常に虚しく感じてしまう。

 ッフ、俺に触れると火傷するぜ、と黄昏てしまうくらいには。

 ま、まぁ、気にしないんだけどね!

 ……嘘です、本心から男前って言って欲しいです。

 甲斐性なしと呼ばれ無いだけマシかもしれないけど。

 

『×月□日 日曜日

 今日は久しぶりにこうちゃんのお家に行ってきました。

 久しぶりでドキドキでした。

 だって好きな男の子の家だもん、私だって張り切っちゃいます!

 ……やったことは、単なるゲームでしたが。

 でも、こうちゃんがおトイレに行ってる間に勢いでベッドに飛び込んでみました!

 すると何だか心が暖かいこうちゃんの優しい匂いがして、すごく幸せでした。

 こうちゃんの足音がして、直ぐに何事もなかった様に座り直したけど、気付かれてないよね?

 私のすごくときめいてたの、こうちゃんには気付かれていないですよね?』

 

「あの時そんな事をしてたのかよ」

 

 まだ恋人になる前の日。

 新しいゲームであるワルオカートが手に入ったといったら、彩月が一緒に遊びたいと言って、俺の家でハンドルを握っていたのだ。

 俺がトイレで席を外して帰ってきた時、露骨に目を泳がせてやがった。

 もしかすると俺の肌色コレクションでも発掘されたと思ったが、そういうことだったのか。

 ……彩月が俺のベッドで悶えている。

 何か字面にすると、すごくエロくね?

 

「いかんいかん」

 

 ブンブンと頭を振って、面白そうなページがないか捲っていく。

 その中で、思わず手を止めてしまったページがあった。

 それは……、

 

『□月△日 月曜日

 今日はどうして私がこうちゃんのベッドに倒れてしまったのか、気になったのでパソコンで調べてみました。

 お父さんのお古のパソコンですが、未だにご機嫌です!

 と、それは置いておいて、ヤッフゥー知恵袋なる緑の配管工さんが分からないことを教えてくれるサイトで、私は質問をしてみました。

 ”好きな人の布団で、彼の匂いを嗅いでほわっとしてしまいました、どうしてですか?”と。

 明日には答えが帰ってくると、嬉しいです』

 

「おう、赤裸々暴露やめーや」

 

 彩月は変な所でアグレッシブになるから困る。

 その変な行動力のお陰で、俺に告白してくれたんだと思うと、ちょっと嬉しくなるが。

 まぁ、ネットの上だし、何にも実害はないだろうから大丈夫か。

 俺はそう思って、次のページを捲った。

 

『□月○日 火曜日

 お返事が来ました!

 そのお返事によると、”それはクンカクンカと言って、相手の事が好きでないと出来ない行為で、好きであればあるほど、良い匂いに感じてしまうものです。安心感を感じたのなら、もっと胸を張ってクンカクンカしてあげてください”とありました。

 成程、勉強になります』

 

「アウトォーーーー!!」

 

 実害あるじゃないか!

 何がクンカクンカだ、俺の彼女に変なことを教えやがって!!

 彩月も間に受けてんじゃねぇよ!

 

「やっぱりネットはアレなのばっかりだな」

 

 俺もネットをしている事を棚に上げて、毒づきながら文字を読んでいく。

 今度は、あんな巫山戯た話はないよな? と警戒しながら。

 すると、俺はあるページで指を止めてしまった。

 ちょっと頭が痛くなっているのかもしれない。

 

『□月×日 金曜日

 今日は体育の授業がありました。

 それがどうしたって話ですが、問題はそれからです。

 なぜ私がそんな事を書いているのか?

 それはこの感動を忘れない為の、大切な儀式だからです!

 だって今日……こうちゃん、体操服忘れて帰ったんですもん』

 

「おいいいいィィィ!!」

 

 まだ途中までしか読んでないが、頭を抱えてしまう。

 だってさ、あれだけあどけない表情をしてる彩月がだぞ?

 こんな怪しげな事を書いている。

 もうそれだけで、SAN値がガリガリと削れていく。

 もしかしたら、これは魔道書なのかもしれないと言わんばかりに。

 しかも無事に魔力を帯びていたようで、これ以上は読むな! と理性が叫んでいるのに読み進めてしまう。

 

『私は体操服が入った袋を、ギュッと抱きしめました。

 すると中からは、どこか香水の様な刺激的な匂いがします。

 良く分からないけど、お腹がキュンとしてしまいます。

 だから取り敢えず、袋に体操服が入ったままクンカクンカしてみると、何だか頭がクラクラしてしまって。

 俗に言う酩酊感ってこんな感じなんだ、と感心してしまいました。

 こんなにキュンとしてるってことは、私はこうちゃんが大好きって事だと思います』

 

「それが告白してきた理由かっ!!!」

 

 あー、頭がおかしくなりそうなんじゃぁ。

 錯乱しそうな頭で、俺は遠い目をしながらページを捲る。

 どうしてだか、手が止まらない。

 呪いか、好奇心か。

 どちらにしても、今の俺はルビコン川を渡ってしまったのを自覚せざるを得なかった。

 

『□日■日 土曜日

 今日はヤッフゥー知恵袋でお世話になった方にお礼を申しました。

 すると相手の方は、”ようこそこちらの世界へ”と喜んで歓迎していただけました。

 君と私は同志だとも言って頂けて、私は幸せです。

 世の中では私達の様な人種はマイナーらしいですが、それでも胸を張って生きていけば良いという言葉は、心強く感じずにはいられませんでした』

 

「それ以上いけない……」

 

 もう戻れない所まで行っているのか、恐ろしく彩月が遠くに感じる。

 お前はどこに行こうとしているのか。

 彩月の照れた顔が脳裏に過ぎるが、もうそれが上手に描けなくなっていた。

 むしろ、何だか危ないものにさえ思えて……。

 それを振り払うように、俺はページを捲る。

 最早恐怖すら覚えて、それでも俺は震えながらに読むのだ。

 どこかに救いを求めて、お願いだから優しく穏やかな彩月に戻ってくれと。

 

『□月○日 水曜日

 私はずっと悩んでいます。

 こうちゃんに告白するか否かについてです。

 どうしようにもドキドキして、こうちゃんの顔すらマトモに見えなくて。

 こんなことなら自覚せずに、ずっとクンカクンカしていられたら幸せだったと思います』

 

 惜しい! クンカクンカすら入らなかったら完璧だった!

 クンカクンカに目を瞑ったら、俺もドキドキできたのに!!

 どうして微妙に残念になってしまったのか。

 この咬み合わない感覚が堪らなく口惜しい。

 間違っているのは確実に世界、俺じゃないんだ。

 

 ……やめよう、考えるだけ虚しい。

 世の中にはどうしようもない事が有るらしいから、これはきっとそういう類のモノなのだろう。

 本気でままならない、どうしてこうなったと頭の中で点滅する。

 

 ――だけど、だからこそ読むのを止められない。

 

 もっと知らなければと、俺の心が囁くのだ。

 もはや本能といって良い衝動。

 だから俺はページを捲る。

 もう、後先の事なんて考える余裕がなかった。

 

『□月××日 土曜日

 ヤッフー知恵袋で新しいフレーズを教えて頂きました。

 モフモフという、何だかとても可愛い語感の言葉です。

 何でも可愛いものを愛でる時に使うとか。

 こうちゃん可愛いよモフモフ! ですね』

 

「前のが超絶変態過ぎるから、比較的にマトモに見える……。

 というか、女子ならモフモフは許されるか。

 いやマテ、俺がモフモフしているとか言われたら、何だかイエティみたいで嫌だな」

 

 毛むくじゃら、と暗に言われている気がしてならない。

 彩月が幾ら変態でも、そんな含んだことを言うはずないから問題は無いのだが。

 でも女の子なら神の柔らかさ的にモフモフは許される?

 モフモフ、モフモフ、彩月の髪の毛……。

 

「と、いけない、これじゃ彩月と同じ末路をたどる」

 

 そのうち俺までクンカクンカとか言いだしたら、それこそ世紀末。

 この星はクンカクンカの炎で包まれることであろう。

 

「さてと、続き続き」

 

 気にしたら負け、そう思って次のページを捲る。

 

『□月×□日 水曜日

 ヤッフー知恵袋の方は本当に親切です。

 私がモフモフをマスターしたというと、次の技を教えてくれたのですから。

 その名はペロペロ、クンカクンカの亜種に当たる奥義だそうです。

 私はヤッフー知恵袋の人を師匠とお呼びしたく思います。

 こうちゃんペロペロ』

 

「奥義ってなんだよ! というか変なことを教え込んで他の全て同一人物かよ!?」

 

 やめろぉ! それ以上いけない!!

 クンカクンカとペロペロの二刀流スタイルとか、一体何を極めようとしているかとひどく問いただしたい。

 彩月をここまで追いやるとは、師匠とかいう人物を俺は許せそうにない。

 何てことを、何てことを……。

 

『□月×○日 日曜日

 こうちゃんから飲みかけのゲオルグ(コーヒー)をゲット!

 微糖だから、苦い様で甘い味がしました。

 でも飲んでから気付きましたが、これって間接キスですよね?

 そう考えると、ちょっぴり恥ずかしいです。

 こうちゃんもそれに気付いてか真っ赤になってたので、きっと私達はこの時両想いだったのですね!』

 

「……彩月」

 

 良かった! 本当に良かった!!

 可愛い彩月もきちんと息をしていた。

 その大地には死滅した萌えと癒しのオーラを感じる事ができる!

 

『追記 とても嬉しかったので、こうちゃんの空き缶をペロペロしてしまいました。

    初めてのペロペロは、ちょっぴり苦い味』

 

「オチを付けるなあぁぁぁぁ!!!!」

 

 どうしてそんなピンポイントで俺を困らせる!

 まるで狙い撃ち、七面鳥……ッウ、頭が!?

 

「落ち着け浩太、俺はやれば出来る子だって」

 

 そう、クールになれとどこぞの主人公も言っていた。

 冷静さを欠いたら死ぬぞ(精神的な面で)。

 そう震えながら自分に言い聞かせて、更にページを捲る。

 

『□月×■日 火曜日

 私は確かめたく思います。

 こうちゃんに、告白する勇気があるのかどうかを

 だから……』

 

 珍しく、具体的なことは書かれずに、この日だけあっさりと終わっている。

 自分の中だけで分かれば良い事だったのか、それともそれ以外の理由か。

 分からないが、それでも気になるのは人の性。

 どうしようもなく、彩月の事が気になって仕方なかった。

 

『□月××日 水曜日

 決めました、私こうちゃんに告白します。

 私がこうちゃんが好きなら、避けては通れなくてまっすぐ行くしかないからです。

 だから私は行きます、こうちゃんへと告白しに』

 

 頭の緩い文章が全く見当たらない。

 それだけ、彩月にとってもこれは重要なことだったのか。

 ……変な性癖を持っても、彩月は彩月のままなんだって、ようやくちょっとは分かった気がする。

 良かったと思う反面、何とも言い難い感覚が心に残ったのは事実だ。

 うーんと唸りながら、反射的に次のページを捲ってしまっていた。

 

『□月×●日 木曜日

 やりました! 勝ちました! 勝利です!

 こうちゃん大好き!! 結婚決定です!!!

 あぁこうちゃんこうちゃん、くんかくんかすーはーすーはーぺろぺろぺろぺろ!!!!

 将来はこうちゃんの子供を沢山生んで一緒に幸せな家庭を作りましょうね!!

 今日は嬉しすぎて何も手がつきません、さっきから空き缶ペロペロしすぎてもう鉄の味しかしなくなってます!

 でもいいです、明日からクンカクンカペロペロし放題ですから!

 頭も胸も下の方もキュンキュンして止まりません!!

 こうちゃんこうちゃんこうちゃんこうちゃん』

 

「……やべぇ」

 

 見てはいけないものを見てしまった。

 どうせなら、前のページで終わっておけば複雑なれど幸せなままで追われたのに。

 あはっ、と思わず乾いた笑いを浮かべてしまう。

 でもしょうがない、これはこれで……乙と思えたらなぁ。

 遠い目をしてしまう俺、そのうち天使達が舞い降りてきてパトラッシュの下に召されそうである。

 で、もはや歯止めの止まらなかった俺は、たまらず次のページを捲ってしまっていた。

 このページから逃れようと、ある意味必死だったのだ。

 

『□月×▲日 金曜日

 師匠がお父さんであることが発覚しました』

 

「おかしいだろォォォ!!」

 

 おじさんなにやってんすか、まずいですよ!

 

『何でもお父さんは、クンカクンカの達人で何年もお母さんの私物をクンカクンカし続けてきたそうです』

 

「遺伝だったのかよ、これ」

 

『すごいです! と褒めるとお父さんは自慢げに顔を緩めて、お父さんのコートを差し出してきました。

 これでクンカクンカするが良い、との事らしいです』

 

「自分の娘に何てことさせようとしているんだァァァ!!!」

 

『けど、クンカクンカする相手は、もう私にとって一人だけだと告げると、お父さんはビックリして私を見ていました。

 それから少し私を見て、きつい目でこうちゃんのことを問いただしてきました。

 そこから口論になって、色々と酷いことも言ってしまいました』

 

「クンカクンカから俺の話題につながるのか……」

 

『そうして最終的に、こうちゃんをお父さんがクンカクンカするという結論で、決着がつきました。

 俺が見極めてやるとお父さんはニヤリとしてましたが、こうちゃんの匂いを嗅げば一発だって、私知ってます。

 次の休日、つまりは明日が楽しみです!

 こうちゃん、明日家に来てくれるって言ってましたもん!』

 

「え?」

 

 ここまで読んで、恐ろしい事に気がついた。

 俺、もしかしたらこの家に留まってたら、彩月だけじゃなくておじさんにまでクンカクンカされちゃうの?

 もしそうなら世紀末通り越して世界の終焉である。

 可愛い彩月にクンカクンカされるならともかく、髭面のおじさんにクンカクンカされた日には割腹するしかなくなる。

 

「ヤバイってレベルじゃないぞこれっ」

 

 やべえ、逃げなきゃ。

 逃げないと尊厳やプライドごとクンカクンカされ尽くしてしまう!

 そうなれば、俺はおかしくなってしまうっ!!

 

「今日は帰ろう、そうしよう」

 

 そうして俺は振り向いて、ドアノブに手を掛ける。

 ……その時、である。

 扉をガチャリと開ければ、そこには――

 

「読み終わった? こ~うちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『×月○○日 土曜日

 今日は家族みんなでこうちゃんをクンカクンカしました。

 お父さんもこうちゃんをクンカクンカして、ウムこれなら、だがしかし……と悩んでいましたが、正式にお付き合いすることを許してくれました。

 嬉しくって嬉しくって、私はこうちゃんに抱きついて全力でぺろぺろしてしまいました。

 それを見たお母さんに、はしゃぎすぎね、と笑って窘められてしまって。

 ちょっと恥ずかしかったです。

 これで私達を遮るものはないね、こうちゃん!

 

 ……でも、気になることが一つだけあります。

 こうちゃん、どうしてそんなに虚ろな目をしてるの?』




どうでも良い話ですが、この小説のせいで、知り合いに変態扱いされるとかいう屈辱。
……この程度で変態など片腹痛い!
狭い世界しか知らんのや!(心の咆哮)


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愛してるって言えない女の子のお話(オリジナル)

私達は何時も一緒だった。
子供の時から、まるでレールの上を歩く様に。
繋いだ手は離さずに、ギュッと握り締めたまま。
ささやかな日常を積み上げて、繰り返して。
――そうして今、もう私達は大学生になっていた。


※何時もの如くなろうに掲載した作品です


 これはそう、私が小さな時のお話。

 まだ台所の流し台にも背が届かなくて、そこに立っていたお母さんの背中が、とても大きく大きく思えていたあの頃。

 ――私には、一人の友人がいた。

 

「ねぇ、優香。

 将来、貴方はどんな大人になりたい?」

 

 夕日が燦々輝く公園。

 スカートで鉄棒に腰掛けている少女と、その隣の地面に座り込んでいる私。

 綺麗な黒の長髪をたなびかせてる彼女から見下ろされる形で、私達は話をしていた。

 

「どうしてそんな話をするの、梨花?」

 

「別に大した事じゃないの。

 ただ、ちょっと、ね」

 

 どこか低い声で、夕焼けに目を細めながら彼女は呟く。

 夕焼けの影が彼女を曇らせている。

 でなければ、いつも飄々としている彼女が、こんなにも寂しげな表情をしているはずがない。

 だから、それを打ち消すように、私は出来るだけ明るい声を出した。

 悪い憶測だから吹き飛ばしちゃえ、なんて思いながら。

 

「私はね、将来はそうね……お嫁さんなんてどうかな?」

 

 暗い感じがするなら、明るい話題で吹き飛ばしてしまえ。

 そんな単純な理論で、私はとっても空っぽな空想を脳内に広がるキャンパスへと描いていく。

 

 ――私の隣にいる人は、とっても格好が良い人で、お父さんやお母さんみたいに優しい素敵な人!

 ――一緒にいる私は、とっても幸せで、嬉しい夢を見ているかの様な結婚生活を過ごすの!

 

 どこまでも空虚さと、子供っぽさで溢れている七色の世界。

 子供ならではの色彩で、私ってホントバカを地で行っている。

 でも、これなら文句なく容赦なく明るい話題ね、とニコニコしていたのも事実だ。

 

「……そう、結婚、ね」

 

 けど、私の期待に反して、梨花は更に表情を曇らせて。

 どうして? と梨花の心が分からないという事象が、唯々私を混乱させた。

 その時に、梨花は言ったのだ。

 とても簡単なようで、その実中々に難しいような事を。

 

「ずっと一緒にいるって、どうすればできると思う、優香」

 

「ずっと一緒に?」

 

 オウムのように尋ねれば、ウンと頷き返される。

 どうしてそんな事を聞いてきたのかとか、そういう事には一切頭は回らなかった。

 ただ、どうしたら一緒にいられるんだろうな、と影が濃くなっている梨花の顔を見て、必死に考えたのだ。

 もう、太陽のせいなんて言い訳、使えなかったから。

 

「……結婚する、とか?」

 

「そんな事しても、一緒に居られなくなるわ」

 

 考えてから、さっきの空想を例えに出すが、文字通り夢見事で切って捨てられる。

 しかも梨花は、ちょっと怒って拗ねて顔になってきているから慌ててしまう。

 そんなつもりじゃなかったのに、と次の言葉を必死に考えて。

 私だったら、と課程を置いて想像する。

 もし私が、ずっと一緒にいたい人を考えるなら、それは……。

 

「好きな人と、ずっと一緒にいたいかなぁ」

 

「――また、結婚の話?」

 

 ちょっと怒ったから、静かな怒りへと変化しつつある。

 わわわ! と慌ただしく言葉を付け足したのは、やっぱり怖かったから。

 でも、正しく言葉を伝えたいって気持ちは、勿論存在していたのだ。

 

「どっちも、両方だよ!

 らぶとらいく、その両方!」

 

 漫画で見た知識をひけらかしながら、私は堰を切ったように語る。

 自分の思っていること、感じていること、伝えたいことを。

 

「私、考えたんだけどね。

 きっと人を好きでい続けたりするのは、それなりに努力が必要なの。

 好きでいても、嫌われることばっかりやってると、嫌われちゃうって思う。

 友達でも、好きな人でも、きっとそう」

 

 どうかな、と伺いを立てるように、そっと上を見上げる私。

 するとそこには、虚をつかれた表情をしている梨花の姿が。

 鳩が豆鉄砲、なんてすごく上手な言い回し、なんて間抜けな事を私は思って。

 恐らく私はトボけた顔を晒していて、そんな私を見て、梨花は感心したように言ったのだ。

 

「確かに、そう。

 努力が、必要だった」

 

 優香は賢いね、とシミジミ呟く梨花。

 直接そんな事を言われると、面映くて仕方なくて。

 つい、顔を横にぷいっと逸らしてしまう。

 

 そんな私を見て、梨花は更に質問を重ねてきた。

 多分だけれど、答えるのに正解した私に対する、更なる出題だったのだろう。

 

「だったら、どうやったらお互いに好きで居続けられる?」

 

 尋ねられたのは、答えに対する方法論。

 魚をやるな、釣り方を教えろということ。

 

「えっと、それは……」

 

 思わず、答えに窮してしまったのは仕方ないだろう。

 答えなんて、持ち合わせてなんていないのだから。

 元から無いものは、いくら探しても見つかるはずはない。

 自明の理で、ごく当たり前の前提。

 でも、私はさっき答えることができて嬉しくて、賢いね、と言われて自尊心を擽られていた。

 ……要するに、梨花に対して、良い格好がしたかったのだ。

 

「優香」

 

「ちょっと待って、すぐに答えるから!」

 

 脳みそをミキサーにかけるが如く、思考をフルに活用して考える。

 見つけろ! 見つけられない? だったら作れ!!

 大体そんな感じで、私は答えを探して、考えて、そして……。

 

「す、好きって、直接言葉で伝えることが大事なんじゃないかって、私は思うな」

 

 結局、出てきたのは在り来たりそのものな、つまらない回答。

 勢いで口にしてから、やっちゃった、と冷や汗が背を流れていく。

 どうしようと、まるで家の家財を壊してしまったかの様に戸惑って。

 慌てて、焦って、困って、あわあわと混沌が頭を支配して行く中で……。

 

「そう、優香はそう思うのね」

 

 梨花の声が頭上から降ってきた。

 声の質はさっきと変わらないけど、顔を上げたらダメな娘みたいな目で見られていたらどうしよう。

 もしそうだったら、私はショックで逃げちゃうかもしれない。

 そう考えて、思索の迷路に陥ってしまうと、それは抜けられない出口のない迷路そのもので。

 悪いことばっかりが、頭の脳裏を過ぎ去っていく。

 そうして……、

 

「優香」

 

 もう一度、名前を呼ばれて。

 戦々恐々として、顔、上げたくないなぁ、なんて思いながら、それでもゆっくりと顔を上げれば、そこには……。

 

「好きよ、優香」

 

 何時の間にか鉄棒を降りていて、すごく間近に梨花の顔が近づいていたのだ。

 驚いて、息が出来ずに、私はただ魅入られるように彼女の顔を覗き込んで。

 そうして、無言の時が訪れそうになった寸前で、梨花はもう一つばかり質問をしてきたのだ。

 

「それで、優香は?」

 

 あなたはどう?

 その質問は地面に染み込む水くらいに、私の中に沈んでいって。

 恥ずかしいやら何やらで、言葉に詰まってしまう。

 

 けど、それは梨花のお気に召さなかったようで。

 ちょっと怒ったように、こう問い質してきたのだ。

 

「私のこと、嫌い?」

 

 陰の籠った声、嘘付いたらタダじゃ置かないという、恐ろしい気迫を感じずにはいられない。

 なので、わたしは慌てて首を横に振る、振りまくる。

 すると少しだけ表情を和らげて、けれども険しい顔のまま、梨花は言葉を続けたのだ。

 

「じゃあ、好きなの?」

 

 見事なまでの二元論。

 退路などない、そう告げるかの様な選択の強要。

 勿論逃げる事なんてしない、したいとも思わない。

 でも、何故だか声が出なくて。

 私は答えるようにコクコクと何ども首を、今度は縦へと振り続けた。

 すると、すごく近くで、息さえ感じてしまえる距離にいた梨花は、ようやく一歩交代して。

 

「嘘じゃ、無いわよね?」

 

 不安そうに、そう一言、震える声で尋ねて来た。

 あれだけ迫力があったのに、一歩下がれば不安な顔で。

 もぅ、梨花ったらしょうがないな、と思った時には、既に声は出るようになっていた。

 

「好きよ、当たり前でしょう?」

 

 友達としての好き。

 ずっとずっと一緒にいていた、幼馴染への本音。

 

「……最初からそう言いなさい、このおバカ」

 

「ごめんね」

 

 二人して顔を合わせて、安心したように笑顔を浮かべる。

 なんで私たち、こんな事してたんだろう、とバカバカしささえ覚えていたのだ。

 

「優香、帰りましょ」

 

 けど、そのバカバカしいことで満足したのか、梨花は座り込んでいた私にそう言って、夕日をバックに手を差し伸べて。

 私は、その手を躊躇なく取る。

 ――彼女の手は、柔らかかったけれど、少し汗ばんでいた。

 

「緊張してたの?」

 

「すぐに好きって言って欲しかったわ」

 

「ごめんね」

 

「謝れば許して貰えると思うの?」

 

「梨花なら、許してくれる」

 

「この、甘えん坊」

 

「うん!」

 

 二人で影法師を揺らめかせながら、私達は帰路につく。

 幼き頃の、ささやかな思い出。

 沢山ある中の、日常の一ページに過ぎない夕暮れの日の記憶。

 けれども記憶に残っていたのは、この日以来、梨花にとある癖ができたから。

 

 でも、それがある事の前兆であるというのは、この時の私には想像が付かないことで。

 後になって思い返せば、これは梨花の答えを出す為の問答だったんだって、そう信じれる。

 ――そう、一ヶ月後のある日のこと、梨花の家の両親は離婚をしたのだ。

 

 別れるということは、梨花はどちらかについていくという事で。

 彼女の選択は、この街へと残れる方に付くというものだった。

 その理由は、口に出すのは恥ずかしくて、そして語ることではないのもので。

 すごくすごく嬉しい言葉で、彼女はここに残ってくれたのだ。

 その時から、私と梨花は幼馴染で、親友でもあり――そして、好きって言い合う、少しおかしな関係になったのだった。

 

 

 

 そうして、時は流れていく。

 時の流れはゆったりとしていて、けれども色褪せる事なく脈々と流れ続けている。

 今から未来へ、振り返れば一年なんてあっという間。

 それが十数年でも、振り返るだけならば一瞬で。

 思い出は積もりに積もり、重石となって私という人格を構成していく。

 そしてそれは、二人の関係性とも同様で。

 大学生になっても、私達は共にいた。

 まぁ、その中身については、年月と共に変わってしまったところもあるのだけれど。

 

 ――そう、例えばそれは、こんな朝の出来事。

 

 規則正しい音が断続的に続いている。

 トントントンと一定のリズムで、朝の寝ぼけ眼な微睡みに心地の良いリズムを、2LDKのマンション内に届けていた。

 その音の震源は、お葱の刻まれる音。

 お味噌汁の具材、お揚げとお葱の一般家庭で提供される、ごくごく普通の代わりないもの。

 切り終わってすぐに、私はそれらの具材をお味噌汁の中に入れて。

 それを、私はフンフンと鼻歌を歌いながら作っていた。

 

 お母さんも、昔はこんな気持ちだったのかな、なんて考えると感慨深い。

 今日は昔の夢を見たから、私の手が台所へと届くようになっているのも、何だか不思議な気分。

 浦島太郎とはまた違うけれど、心境的に似ているかもしれない。

 擬似時間旅行ね、なんておふざけで考えながら、私はお味噌汁の味を確かめる。

 小皿に掬ったお汁を少し啜ると、ちょっと濃い目の味がした。

 あの娘が好きな、ちょっと田舎っぽい味付け。

 それに満足して、私は良しっと呟くと、お鍋の火を止めた。

 

「ん、丁度いい時間」

 

 台所の掛けてある丸くて白い時計を見れば、時刻は現在七時十分。

 朝ごはんを食べるに、丁度健全な時間帯。

 あとは起こして、そして一緒にご飯を食べるだけだと、朝の用意から解放される喜びを覚えながら、私は台所を後にする。

 

 向かうはある洋室、彼女がいる場所。

 部屋の前にたどり着くと、ノックをする事もなく扉を開ける。

 幸いな事に鍵はそもそも無いので、篭城される事もない。

 なので容赦なく扉を開ければ、そこにはベッドの上でシーツを蹴飛ばしてしまっている困ったさんで、他の人にはとても見せられる状態ではない女の子の姿。

 もぅ、と溜息を吐くのは、既に毎日の日課。

 なので何時も通りに彼女に近づいて行って、そしてその目の前に立つと、ゆっくりと彼女をユサユサと揺らす。

 そして何時も通りの謳い文句で、彼女に朝の訪れを告げたのだ。

 

「ほら、朝よ梨花。

 今日は良い天気、気持ちよく起きられる日よ」

 

「ん、春眠暁を覚えずぅ」

 

「もう五月よ」

 

「冬眠があるんだから、春眠だってあればいいのよぉ」

 

「寝言は寝て言うものよ」

 

「だったら寝るぅ」

 

「ほら、馬鹿言ってないで、さっさと起きなさい!」

 

 ちょっと揺さぶる勢いを強めると、今度は鬱陶しそうな、んー、という呻き声を発して。

 あともう一息、というところで、私は急に大勢を崩す事となった。

 なぜ? と聞かれれば、理由は簡単と答える。

 その答えは、私の掴まれた右手にあったから。

 

「何するの」

 

「起きたくない、やぁなの」

 

「こら引っ付くな! 甘えん坊!」

 

「それはそっちの方」

 

「どの口で言うか」

 

 まるで映画に出てくる怖いモンスターのように、海底に引き摺るがごとくベッドに人力で誘う梨花。

 そんな力が出せるならさっさと起きればいいのに、と思ってしまう。

 が、顔を見てみれば、トロンと垂れていて。

 全く、と溜息を吐いてしまったのは仕方ない事だろう。

 

「あと、十分だけね」

 

 それだけ言うと立ち上がろうとするが、それは出来なかった。

 何故かといえば、梨花が私の手を掴んだままだから。

 

「何?」

 

 尋ねれば、寝ぼけ眼のままで梨花は言う。

 淡く、蕩けるような甘えた口調で。

 

「一緒に、寝よ?」

 

 言った言葉はそれだけで、でも私の手は意地でも離そうとしなくて。

 本当に、しょうがない娘だなって、私は思うしか無くなっていた。

 

「分かったわよ」

 

「フフ、だから大好きだよ」

 

「はいはい、私も好きよ、梨花」

 

「むぅ、そこは大好きって」

 

「……大、好き」

 

 好きは自然に言えるけれど、大好きと言う時は顔が赤くなってしまう。

 たった一文字付け足すだけなのに、なんてファンタジーか。

 不思議な言葉の魔力、お陰で私は今日も赤い。

 

「ん、じゃあ、お休み」

 

「十分だけね」

 

 言うや否や、梨花はギュッと私に抱きついてくる。

 まるで大きな子供ね、と感じてしまったのも、手間が掛かり過ぎているからか。 

 でも、手間が大きく掛かる娘ほど、可愛く見えるというのは本当らしい。

 何だかんだで、梨花はとっても可愛いのだと、私は思ってしまっているのだから。

 だから、彼女の長い黒髪の甘い匂いに埋もれながら、私もちょっとだけ目を閉じる。

 ……梨花の香りに、ちょっとだけ胸がキュンとしてしまったのは、私だけの公然の秘密。

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

「ね、寝過ごしたぁ!!!」

 

 マンションの中に、声が響く。

 無論、響き渡っているのは私の声だ。

 ここまで、ある意味でお約束だったとしたら、すごく嫌な話である。

 一方の梨花といえば、至ってマイペースそのものなのだから、理不尽を感じざるを得ない。

 

「急いで、梨花!」

 

「ん、寝癖整えるの手伝って」

 

「もぅ!」

 

「それ、口癖になったんだ」

 

「誰のせい?」

 

「私のお陰」

 

 ほざきなさいな、と悪態を付きながら、彼女の髪にブラシを掛けていく。

 朝ごはん、ちゃんと食べてでないとね、なんて言っている彼女に、だったら早起きしてよ、と返してしまったのは、憤りからくるもので。

 学生の朝には、優先順位があるの、なんて嘯く彼女に溜息を吐かずにいられるだろうか? いやいられない!

 

「あ、それから」

 

「今度は何!」

 

 勢いよく訪ね返せば、梨花はごくごく普通のトーンで、何時もの変わらぬ言葉を発する。

 

「おはよ、優香」

 

「ん、おはよう、梨花」

 

 朝の中の、慌ただしい時間の中での日常。

 大学生活、ルームシェアを行っている私達二人の、変わらない毎日。

 昔から変わった事といえば、飄々として強気だった梨花は、私に対してとってもダメな甘えん坊になってしまっていた事。

 つられて私も、やたらと世話焼きをしてしまうタチになってしまったのだ。

 友人達曰く、私は梨花のお母さんだそうで。

 ……本当、解せない。

 

 

 

 時が経てば、変わるものは幾らでもある。

 変わらないものの方が、ほんのひと握り。

 だから、私はこう思うのだ。

 

 変わらないものは、きっと大事に守られてきたのだ。

 変えられなかったものとは、また別のもの。

 居心地がよくて、変えたくなくて、その場所を私は陽だまりと定義したのだろう。

 曇ることも、雨が降ることもままあった。

 けれども、最後には何時も陽だまりがその場の主で。

 私は、梨花と共に、ずっとそこで微睡んでいた。

 

 

 

 平日、月曜一限目からの授業は強烈に気だるい場合が多い。

 生活習慣がーとか、睡眠時間がーと言われる事もあるが、それは違う。

 単純に気持ちの問題、しかも今日は遅刻寸前の猛ダッシュ連打であったのだから、更にそう感じてしまうものがある。

 

 休みから一転、勉学と通学の義務を負わされるというのは些かに気だるい。

 故に月曜一限目は、周りを見てみれば死んだ目でノートを取っている人達が大半。

 中には突っ伏して、休みの続きを文字通り夢見ようとしている人達までいる。

 なんでこうなってしまったのかといえば、恐らくは皆が学校というものの授業が負担に感じているからだろう。

 大学に行くのは、勉強のためでなくてモラトリアルの為、と平然と公言する輩がいるのだ。

 授業を受けるにしても、真面目不真面目に別れるのはある意味で必然か。

 まぁ、だからこそ昼食時には、皆が開放感を感じずにはいられないのだろうが。

 

 それはさて置き、私もそんな鬱屈した学生の一人。

 勉強だーい好き! なんて特異な人達は、偏見ではあるが大学院に行く人達であろう。

 だからこそ、二限終わりの鐘の音には、感謝の念を抱かずにはいられない。

 私の場合、お昼時は大抵梨花と共に過ごしている。

 そんな私と梨花のたまり場、それは学食であることが殆どであった。

 

 大学のお昼時の学食、それは席の取り合いから始まるバトルロワイヤル……などという展開はないが、それでも人が多いことに変わりはない。

 中には、大学外の美味しいお店を開拓したりする人物がいるほどに、人が溜まっているのだ。

 お弁当を持ってきてたりする人はお外で友達と食べていたりするが、それをしない不精者もそこそこで。

 私達も、その面倒くさがりの内の一人だったりする。

 因みにどうでも良い話ではあるが、学食はマシなものとそうでないものの二択に食べ物は分けられる。

 

「学食のおうどんって美味しいわよね」

 

「他の物と比較してね。

 おうどんの中ではしたの方」

 

「七味唐辛子って偉大だわ」

 

「鷹の爪でも飲んでいなさい」

 

「普段は、優香の爪の垢を飲めって言われてるけど」

 

「じっと見ないで、気持ち悪いから」

 

 酷いわ、なんて言いながら梨花はチュルチュルとうどんを啜る。

 ても仕方がない、ツッコミがないボケほど面白くないものはないのだから。

 様式美と言うやつだろう。

 

「そんなことよりも」

 

「何よ?」

 

「放課後、何か用事ある?」

 

 梨花の目を見ると、無いって言えと訴えていた。

 時折、彼女は節を曲げろと我が儘を言う時がある。

 今がその時かと言われれば、どうだか怪しいところだけど。

 幸か不幸か、私は三限目以降は丁度空いている。

 

「三限目以降ならね」

 

「なら、新しい喫茶店が出来たのだけれど……」

 

 そこで言葉を梨花は区切ったが、言うまでもなく一緒に行きましょうと言っている。

 それを横目に、さて、と少し考える。

 私は三限後は暇である、間違いはない。

 では行きたいか、と聞かれれば、答えはどちらでも良い。

 これは別に、どうでも良い、という投げ遣りな回答ではない。

 敢えて言うならば、梨花が行きたいかどうかの杓子だ。

 私の意志を押すときもあるが、普段は梨花の波に乗る。

 彼女がいくなら、私も行くという追随型の判断。

 だったら、答えは必然的に一つになる。

 

「良いわ、行きましょう」

 

「ん、約束。

 三限目終了次第、急いでこの場所に集合で」

 

「急いで?」

 

「可及的速やかに」

 

 フフ、と笑っている梨花は、些かに楽しげで。

 楽しみにしているの、と暗に言いたいのがヒシヒシと伝わってくる。

 昔はもう少し照れ隠しの様に誤魔化していたのに、素直になったのは成長か退化か。

 

「優香、何か言った?」

 

「ううん、そろそろ授業が始まるなって思っただけ」

 

 時間を見れば、既に授業会四十分前を切っていた。

 無駄話も、時間を消費するのはあっという間といったところか。

 

「じゃ、後でね」

 

「遅れてきたら、優香の全額奢りよ」

 

 バカおっしゃいな、それだけ言い捨てて私と梨花は食堂から退散する。

 受講する授業によって建物が違うというのは、些か以上に面倒くさい。

 尤も、それだけ設備も充実している、ということなのだろうが。

 さて、と億劫げに私は三限目の教室を目指す。

 ……睡魔との戦いになりそうな、かなり眠たい授業であったから。

 精々寝顔を晒さないように精一杯に耐えるしかないのが、この授業の些かの難点であった。

 

 けれど、半ば先生のノートを取る価値もない言葉の羅列を聞き流していると、いつの間にかチャイムが鳴って。

 寝落ちはせずに済んだ事に安堵感を覚えつつ、私はゆらりと立ち上がる。

 女子の面目を保てて何よりと考えながら、やや重たげな頭を揉みほぐして、私はその場を退散する。

 授業の内容はつまらないが、出席さえしていれば単位が貰えるという救済科目であるが故の選択であったから仕方がない、と自分に言い聞かせるのが日課。

 寝落ちしないのは、女の意地とプライドとかいうものだ。

 だからもし女子が授業中に寝ているのを見かけても、そっとしておいてあげるのが礼儀というもの。

 

 などなどと良く分からないモノローグを垂れ流して眠気を追いやり、小走りで食堂まで向かう。

 あまり遅くなると、痺れを切らした梨花が面倒な事になって敵わないから。

 そういう訳で食堂に入ると、すぐさま梨花を見つけることができて。

 駆け寄ると、早速第一声が飛んでくる。

 

「遅い」

 

「待ったの?」

 

「今来たところ」

 

 茶番だ、と溜息を吐きつつ、私は彼女の顔を覗く。

 見たところ、テンションが高くなって、ちょっと言動がおかしくなってるといったところか。

 そんなに喫茶店が楽しみなのか、と言えばそうでもない。

 むしろ、梨花はお出かけする時なら大体何時もこんな感じ。

 ……子供時代に出かけられる事なんて、殆どなかったから。

 

「そんな事よりも!」

 

「何よりも?」

 

 楽しげに言う梨花に、私はとりあえず聞き返す。

 すると梨花は、言葉じゃなくて右手を差し出してきて。

 要するに、手を繋いで行こうということなのだろう。

 既視感を覚えるほどに、昔からあったパターン。

 差し出す人物の顔は、成長と共に変わっていったが、それでもその表情までは変わっていなくて。

 精々、不敵だった笑みが柔和になった程度。

 

「ん」

 

 その手を、私はしっかりと握る。

 離してしまうことはあったけれど、何度も繋ぎ直したその右手を。

 

「だから優香、大好き」

 

「はいはい、私も好き好き」

 

 梨花がズケズケというから、私は適当に返事をして。

 でも、それだけで満足できたのだろう。

 梨花は言葉を発さず、そのまま歩き出した。

 私も、それに手を引かれながら歩を進めて。

 何度も繰り返された光景が、また重なって。

 ずっとずっと続くのね、何て私はボンヤリと考えていた。

 

 

 

 子供だけ、大人の介在しない世界。

 無限に世界が広がっているように子供は夢想するけれど、その実手が届くのは一部だけ。

 近くの公園、通っている学校、シンとしてる図書館。

 子供の世界は無限であるが、行動範囲は有限で。

 駅前に子供だけで行ったら、きっとそれは別世界。

 子供と大人の違い、分かりやすい点で言うならば視点の違い。

 倫理観、観念、財力、全て子供には手に余るもの。

 大人にだって手に余ることがあるのだから、とてもじゃないが子供にはどうしようもなくて。

 それが片親で、遊んでもらえる暇をもらえない梨花ならば、普通の子よりも更に世界が小さくなってしまったのは必然で。

 空いた空白の分を、なるべくして私は梨花の世界の一部となっていた。

 

 

 

 ところ変わって、時計の針が進めば歩も進む。

 時間にして約十五分、それが大学から喫茶店にまで必要とした時間。

 駅前であることからして、そこまで距離はなかったけれど、必要時間の過半は話しながらの行軍だったことに挙げられる。

 まぁ、だからなんだ、という話だけれど。

 

「懐古的な店ね」

 

 梨花が、一言目で断定する。

 私もその外見と内装を見て、あぁ、確かにと同意した。

 丸いテーブルにカウンター席、店を照らす照明の光は鈍い。

 店内のものには、おおよそ木が使われているのだから、思わずノスタルジーを感じずにはいられない。

 探せば日本中に、それこそこの周辺にだって同じような建物はあるのだろうけど。

 ここは、新しい癖に古っぽいというのが、何だかツボな店だったのだ。

 

「大正喫茶?」

 

「だったら和風のメイドさんがいるはずよ」

 

「女給さんのことね」

 

 無論、そんなものは居やしない。

 居たら居たで、それこそ現代に迷いでたかと驚くだろうが。

 お水を運んで来てくれたウェイトレスさんは、ロングスカートにエプロンという、ちょっと意識してくれていた格好だった。

 

「イチゴパフェで」

 

 梨花は何時の間にか注文を見ていたのか、あっという間に告げていて。

 私がちょっと焦っていると、彼女は追加であっさりと告げてしまう。

 

「あと、この子にはチョコレートパフェを」

 

 承りました、と注文を復唱してからウェイトレスさんはそのまま厨房に行ってしまって。

 ジトッとした目で梨花を睨めば、彼女はこんな事をのたまった。

 

「あ、半分こずつ、分け合うからね」

 

「両方共、自分が食べたいだけのくせに」

 

「当たり、流石は優香」

 

 ぬけぬけという。

 笑っている辺り、自覚しているであろう事が更に腹立たしい。

 けども、今更どうこう言ったって始まらないのは確かで。

 

「出来るだけ多く、略奪してあげるわ」

 

「あくまで半分こ、なのよ」

 

 釘を刺してくる梨花に分かってると返して、冷えた水を口に含む。

 歩いて乾いていた喉を癒してくれるようで、少しホッとできた。

 こういう時に飲む水が、一番美味しく感じる。

 心と喉に潤いを、何て言うとちょっとCMっぽく聞こえるか。

 

「それでだけれど」

 

「何?」

 

 待ってる間の時間、少し気になった事を尋ねる。

 どうして、と単純に少し疑問に思ったことを。

 

「目新しいから、という理由は分かる。

 でも、それだけで梨花がこの喫茶店を選んだとは思えないの。

 どうしてわざわざここに?」

 

 梨花は、こう言っては何だが、出かける際は石橋を叩くタイプだ。

 小学生の時はお小遣いなんて貰えてなくて、何時も私の家に遊びに来ていた。

 敏い子供だったから、親に迷惑なんて掛けられないという自意識があったのもその原因。

 お陰で、大人になった梨花は、ちょっと貧乏性になっていたのである。

 だからこそ、出来立てホヤホヤの喫茶店なんて、評判がはっきりするまで寄り付かないと思っていたのだけれど……。

 

「そうね、理由ならあるわ」

 

「理由があるなら教えて貰いたいわね、是非とも」

 

 ちょっと自信アリげ、というよりはフフンといった感じのドヤ顔。

 見ていると、頬っぺたをムニュッと摘みたくなる衝動に襲われる。

 

「何で手をワキワキさせてるの?」

 

「……衝動?」

 

「意味が分からないわ」

 

 思わず手に出てたようで、梨花からジトッとっとした目で見られる。

 コホンと咳払いを一つして、私は、で? と続きを急かす。

 すると梨花は私の手に警戒を払いながらも、その理由を話し始めた。

 

「簡単に言えばね、この店は開店セレモニーの真っ只中だからよ」

 

 全品30%引きなの、と笑顔で言う梨花は正に何時もの通りで。

 何ら深遠な理由なんて一つもなかった事に、ある意味で溜息でも吐きそうになる。

 が、何故か梨花は意味深な笑みを覗かせたままで。

 

「隠し事?」

 

「ううん、お楽しみなだけ」

 

「何がよ」

 

「周り、よく見なさい」

 

 言われて、周囲を見渡す。

 が、目に入ってきたのは、至って普通の喫茶店の風景。

 椅子やカウンターに座った客が、楽しげに談笑していたりするだけ。

 敢えて指摘をするならば、大体が二人組のペアで来ている。

 それも、男女のだ。

 

「――分かった?」

 

 意地悪げな梨花の顔。

 何時から鏡よ、鏡と歌いだしそうなタチに変身したのだ、と睨みつけたくなる。

 けど、そんな事よりも私の中で、一つの答えが導かれていた。

 即ち、今この場にいる大半が……俗に言うところのカップルだということが。

 

「だから何なのよ」

 

 私達には関係ない。

 そう切って捨てられる案件。

 だけれど、梨花はそれで終わらせる気なんてサラサラなくて。

 

「薄々感づいてると思うけど、カップルだと今日は半額になるの」

 

「そう、悪趣味なサービスね」

 

「うん、全く同感よ」

 

 開店初日から客を威圧してどうする、と言いたいが、喫茶店からすれば一人より二人で来てくれる客を歓迎したいのか。

 どうせなら複数人でのご来店で、と謳っておけば良いものを。

 と、愚痴混じりに考えていた私に、梨花はサラリと告げた。

 爆弾的発言、思わず耳を患ったかと思わせられる事を。

 

「お陰で、私と優香が恋人としてこの店に来たことになるものね」

 

「?」

 

 首を傾げる、何を言ってるんだ的な意味合いで。

 斜め四十五度、綺麗に首が傾いた私に対して、梨花はもう一度言う。

 現実を突きつける、というよりかは擦り込むように。

 

「私と優香、恋人、レズっぷる、OK?」

 

「……本当にOKと答えると思ってるの?」

 

 馬鹿か貴様は。

 そんなニュアンス全開に聞けば、梨花は迷いもなく頷いて。

 ダメだ、本当にダメなやつだ、と脳裏にチクチクと痛みが走る。

 頭痛が痛い、何ておかしな日本語が浮かぶくらいの痛さだ。

 

「何でそんなところで惚けるの」

 

「優香は何時だって私の味方。

 なので今回も、私の味方。

 私の味方は優香で、優香の味方は私なの」

 

 お分かり? 何て言ってくるが、今回のは上手いこと出汁に使われてるだけではないか。

 そもそも、そこまでして値切ろうとする気力は私にはない。

 店側に、私たちレズっ子、ズットモだよ、合わせてレズっとも! 何て言えるわけがない、馬鹿ではないのだろうか。

 そう思って私は思考を振り払い、梨花にガンつけようとする。

 

「お待たせしました、ご注文のいちごパフェとチョコレートパフェで御座います」

 

「ありがとう、ところで私達レズなのだけれど、カップル割りは使える?」

 

「え、は? ……しょ、少々お待ちください!」

 

 しかし手遅れだったようだ。

 おのれどうしてくれるのだ! とギロっとした目を梨花に向けるが、既にいちごパフェに取り掛かってしまっている彼女には届くはずもなくて。

 

「フフ、良い感じに甘酸っぱいわね。

 優香も食べたら?」

 

 はい、とパフェを一口掬ったスプーンを、こちらに差し出して来た梨花。

 浮かぶ表情は天真爛漫、実に満喫しているといえよう。

 

「……二度と、この店にはこれなくなったじゃない」

 

 ハムッ、と差し出されたスプーンを口に含む。

 クリームの甘さと、染み出したいちごの酸味が良い塩梅となって舌を刺激する。

 ここにはもう来れないのね、何て思うととても惜しくなる味であった。

 

「梨花の、バカ」

 

「ご挨拶ね、ところで優香」

 

「なによ」

 

「等価交換って言葉、知ってる?」

 

 そう言って、梨花は自分のスプーンで私のチョコレートパフェのグラスを鳴らす。

 行儀が悪いと人差し指でペチりと梨花の手の甲を叩き、そうしてパフェを一掬い。

 

「一回だけだから」

 

「だから優香って大好き」

 

「そのセリフは聞いた、あと私もよ」

 

 とってつけたような物言い、と不満そうな梨花に、私は問答無用でスプーンを突っ込む。

 スプーンを口に含んだ梨花はニュルんとスプーンを舐めきって、そうして言う。

 

「とっても甘い、素敵な味だわ」

 

 あまりに笑顔で、無粋なことが言いづらくなる。

 頬が緩んで、素の、とっても純粋な笑顔だったから。

 

「お菓子は、女の子にとっての魔法、ね」

 

「何のフレーズかしら?」

 

「漫画」

 

 それだけ告げると、私も自分のパフェを一口掬う。

 口に運んだら、蕩けるような味がした。

 

「……甘い」

 

「それ、私の味よ」

 

「っ最悪!」

 

 ニュルンと私のスプーンを舐めていたさっきの梨花が脳裏に浮かび、悶絶一歩手前になる。

 よりによってなんて事を言うのだろう、このポンコツは。

 怨嗟を込めて睨む私、私達に、そっと声が掛けられる。

 それは、さっき確かめに行ってくれていた女の子だった。

 

「あの、確認取れました」

 

 気まずそうに、だけれども興味深そうに私達を見る彼女。

 絶句してしまう私に、梨花は何事もなかったかのように平然と尋ね始める。

 この肝の太さだけは、常人よりも圧倒的なものがあるのだろう。

 

「どうだったかしら?」

 

「はい、ラブラブな様なら、カップル割を、と言われました」

 

 何その適当極まる基準は!

 困惑する私を他所に、梨花は端的に続きを聞く。

 自信有りげに、堂々と。

 

「結果は?」

 

「……お二人共、お幸せに!」

 

 恥ずかしそうにそれだけ言うと、店員の子はエプロンを翻してその場を退散した。

 後に残されたのは、妙に機嫌良さげな梨花と、化かされたかの様に目をぱちくりとさせている私。

 

「どういう、ことなの?」

 

「私と優香、ラブラブなんですって」

 

 然も面白いと言わんばかりの梨花に、返す言葉は一つだけ。

 

「解せないわ」

 

「下世話?」

 

「うるさい!」

 

 もう一掬いしたチョコレートパフェを、梨花の口に捩じ込む。

 これでおとなしくしていろ!

 そんな気持ちを込めての事だったのだけれど、妙に梨花が嬉しそうだったのが、無駄に私に敗北感を募らせる結果だけを残したのだった。

 

 

 

 私達は何時も二人。

 生まれてから、あの公園から、梨花の両親が離婚を決めてから。

 節目はあれど、それは変わらない法則で。

 甘いチョコで世界を塗装し、私達は手を繋ぐ。

 私達意外の人が、私達を見て何を言うか?

 女二人でおかしい? 変だ? ヘンタイ?

 そんな事は聞こえないし、答えもしない。

 だって梨花は私の片割れ、私自身でもあるのだから。

 梨花の世界が私で満ちているように、私の世界も梨花で溢れている。

 世界は全て、チョコに塗れた花園で。

 一輪手折って、口に含むと甘い味。

 私達は、二人でいることで、陽だまりの甘い楽園を保っているから……。

 

 

 

「ねぇ」

 

「ん?」

 

 パフェを大方片付けた時に、急に声を掛けられた。

 何か、と思って振り向けば、そこにはゼミでの同級生である女子の姿。

 一人? と聞けば、彼氏と一緒、今はトイレだけど、とのこと。

 結構なことだ、と僻み半分に思いつつも、私はでは? と彼女に再び尋ねる。

 

「どうしたの、急に」

 

 わざわざ彼氏と来てるのに、私になんか声を掛けなくても。

 そう思っていると、露骨に顔に出ていたのであろう。

 気になって、と彼女は答えて。

 

「貴方達、付き合ってるの?」

 

「ッフェ!?」

 

 しゃっくりにも似た、何か変な悲鳴が飛び出す。

 寄りにも寄って知り合いに聞かれるとは!

 けど、そもそもここは駅前で、大学にも近いんだから当然の帰結といえばそれまで。

 私達の迂闊さ故の失態、困った顔を梨花に向ければ、任せてと言わんばかりに口元にやる気を滲ませて。

 じゃあお願いと目で訴えたら、確かに梨花は頷いた。

 

「もう同棲までしちゃってるわ」

 

「……わぁ」

 

 サラリと梨花が述べた内容に、軽い感じで答えているが明らかに引いている。

 瞬間、私は梨花の首根っこを引っ掴んで後退させ、その代わりに私が言葉を紡ぐ。

 

「違うのそうじゃないの!

 私達は幼馴染で、同棲してるんじゃなくてルームメイト!」

 

「毎朝、優香がご飯を作ってくれて、朝起こしに来てくれるのよ」

 

 うるさい!

 けど振り返ることもできずに、次々と私は言葉を付け足していく。

 

「ご飯だって、梨花のおばさまに頼まれて仕方なくやってるんだから!」

 

「仕方なく、毎日鮭を焼いてくれたり、オムレツ作ってくれたりしてくれてるのよね。

 絶対、昨日の残り物を出すことなんて無いのよ」

 

 うるさい!!

 

「梨花が働かないから!

 第一、そっちは私の事をどう思ってるのよ!!」

 

 私は召使じゃないんだよ!

 そう勢い良く言うが、梨花は我が意を得たりと言わんばかりの凶悪な顔になって。

 

「私の嫁よ」

 

「うるさい!!!」

 

 一々私の怒りに油を注いでくるのだ。

 本当に意地悪、いじめっ子、どうしようもないおバカ。

 そんなに私をおちょくって楽しいのか。

 憤り、不満、恥ずかしさ、色々と入り混じってムカっとしてしまって。

 

「あー、犬もおちおちと拾い食いできないね」

 

 興味津々にからかいに来ていた同級生の子も、呆れ半分、納得半分の様な表情を浮かべて、彼氏が戻ったからと席に帰っていく。

 解せない、納得いかない。

 モヤモヤが胸に溜まるが、それでも彼女を呼び止められなくて。

 むぅ、と唸ってしまうのも、どうしようもない事なのだろう。

 結果、私は胸のわだかまりを解消するのに、攻撃先を求めるのはある意味で必然の流れで。

 

「帰ったらひどいわよ、梨花」

 

「キャア、優香に悪戯されちゃうわぁ」

 

「ヘンタイ!」

 

 おちょくって!

 私は梨花の玩具じゃ無いのよ!!

 

 怒りというか、ムカムカというか。

 何とも形容できない、しかしどこかにぶつけたいという感情が高まっていく。

 家で、散々に詰問してやるという気持ちが高まってしまうのは、当然の流れのごとく必然で。

 ん、と不満たらたらに私が差し出した手を、梨花が握り返してくれるのを、私は帰る合図としたのだった

 

 

 

 ある時、疑問に思ったことがある。

 彼女は私で、私は彼女。

 世界は同じで、私達は一つで。

 そう思って居た私達に、ちょっとだけ水面が揺れる出来事があって。

 ――私達だけの世界には、亀裂が入る。

 

 

 

『優香ちゃん、ちょっと良いかしら?』

 

 小学生の、高学年の時の話。

 ある日のこと、私の家まで、梨花のお母さんが私に話があると言って訪ねて来たのだ。

 柔らかな微笑を浮かべている中に交じる真剣な表情から、幼心ながらに大切な話だと直感して。

 

『おばさん、どうしたの?』

 

 不安の中で聞いた言葉。

 おばさんの口から出たのは、当時の私には受け入れられない事だった。

 

『今度ね、お仕事が理由でおばさん達、引越ししなくちゃいけないの』

 

 聞いた瞬間、ビクリと体が震えた。

 私と梨花はずっと一緒。

 無条件でそう信じれて、ずっと変わらないとさえ思えていた、大事に繋いでいた手。

 けれど、実は簡単に離せてしまうし離れてしまう、そう知ってしまった時、私はどうすれば良かったのか。

 当時、今もだけれど、私はあまり頭が良い方ではなかった。

 なので、どうすれば良いか分からなくて。

 ――出来た事といえば、子供そのものの行動。

 

『……ヤ』

 

『優香ちゃん?』

 

『ヤ、だよ、おばさん』

 

 溢れてくるものが止まらなかった。

 ホロホロと、目から顔を伝っていく。

 しょっぱくて、透明なもの。

 

『私、ずっと梨花と一緒にいたい』

 

『で、でもね、優香ちゃん』

 

 おばさんが必死で何か言っているが、私にはその内容の半分も頭に入ってこない。

 泣いて泣いて、梨花と一緒が良い! 何て訴えて。

 私の言う言葉になんて、そんな意味がないって事は理解してたけど。

 口から止めど無く溢れてきてしまうのだから、どうしようもなかった。

 そうして数十分、喚くだけ喚いた私に、そっとおばさんが私の頭に手を置いて、物言い難い表情で私の頭を撫でて一言、こう言ったのだ。

 

『優香ちゃんも、梨花と同じ事を言うのね』

 

 浮かべる表情は、段々と寂しそうなものに変わって。

 懐かしむような目をして、続ける。

 

『あの時……離婚するのを決めた時も、そうだったわね』

 

 おばさんの言葉に、私はそっと耳を傾ける。

 ある程度騒いで落ち着いたお陰で、心が凪いでいくのが自覚できて。

 今度は落ち着いて、おばさんの言葉を聞けたのだった。

 

『あの時もね、あの子泣いてたのよ。

 優香ちゃんが一緒じゃないと、私はイヤって。

 お陰で私も、あの人……梨花のお父さんも困っちゃったわ』

 

 梨花、私にはお母さんとお父さんじゃなくて、梨花を選んだのよ! と堂々と言っていたのに、泣いていたのか。

 嬉しいような、イケないような、不思議な気持ち。

 嫌じゃないのが、これまた不思議。

 

『地元に残るのは私だから、梨花は私が引き取った。

 でも、今度はそれが巡り巡って、私に回ってきたのね』

 

 本当はね、優香ちゃんに梨花を説得してもらおうって思ってたの。

 そうおばさんは言って、けれども”でも、ダメね”とおばさんは悲しそうな表情のまま笑った。

 私を撫でる手は優しいままで、でも段々と力が抜けていく。

 

『最初は優香ちゃんのお母さんに相談したの。

 そうしたら、最悪、私達の家にホームステイすれば良いって提案してもらっていたのよ。

 迷惑なのと、私が寂しいから、わがまま言ってたの。

 けど、優香ちゃんも、梨花と一緒が良いのよね?』

 

 問われれば、一も二もなく肯定して。

 おばさんは、それに表情は変えず、けれども納得したように頷いた。

 そっと頭を撫でていた手を離して。

 淡くて、溶けてしまいそうな顔で、おばさんはこう言って。

 私は約束を守るよと誓うために、小指をそっと差し出した。

 

『梨花を、お願いね』

 

 指きりげんまん、嘘付いたらハリセンボウのーます、指切った!

 

 終わった後、おばさんが不思議そうな顔をしていた。

 何でかと聞いても、ううん、何でもないの、ハリセンボンね、と何かブツブツ呟いていただけ。

 

 ――そうしてこの日、おばさんと約束したのだ。

 ――梨花の面倒を、ずっと私が見るという事を。

 

 

 

 この日から、私は梨花の世話を積極的に焼き始めて。

 梨花も、私に段々と、元から危なかったのが更に甘えて、甘えん坊になっちゃって。

 けど、これでいいと私は思っている。

 手を繋いでいた隣には梨花がいて、必然的に私達は一つではないという事が分かってしまった。

 けれど、キチンと、だからこそ優香が隣にいるんだって、実感できるようになったのだから。

 手の暖かさ、それをより実感できたのだから。

 

 

 

 住んでいるマンションに返ってきて早々、私達は無言で見つめ合っていた。

 見つめ合っている、というと語弊を招きそうではあるが、それでも梨花は至って普段通りであるからして、睨み合っていたとは言えないのである。

 

「で、何か言うことは?」

 

 結局、飄々としてアイスティーを飲んでいる梨花に、私から口を開いた。

 沈黙に耐え切れなかった、という訳ではなくて、開き直っているかの様な梨花の態度に据えかねたから。

 

「今の優香、まるで意地悪な委員長ね」

 

「最初に意地悪してきたのは誰?」

 

「憎しみの連鎖を断ち切らなきゃ」

 

「自分に都合のいい言説を、適当に言うのをやめなさい」

 

 私に何かをやられたら、今度は目には目を、とか言い出すに決まってる。

 キッと更に睨めば、梨花は揺らりと影のように、私の懐に潜り込んできて。

 

「睨んでばっかりじゃ、シワが増えるわよ」

 

「なっ!?」

 

 ぐにゅりと、私の頬っぺたで遊び始める。

 伸ばしたり、引っ張ったり、つついたり。

 私の頬っぺたは粘土じゃない! と反発してしまうのは、しょうがないことだろう。

 

「遊ばないで!」

 

「なら、キチンと言葉に出して、問題定義を始めなさいな」

 

 小癪な物言い、梨花の意地悪さが明け透けて見える。

 誰が意地悪委員長か、と本当に言い返したくて堪らない。

 が、今言い返しても、ボコボコに言い負かされる未来しか見えないから、今はグッと耐える。

 代わりに、私は喫茶店の事を穿り返した。

 思い出した? と少しの皮肉も交えて。

 

「喫茶店で、わざわざ学校の子に、その、同棲なんて、言わなくても良かったでしょう!」

 

 途中で何とも言えない気持ちになったが、最後の方は大きな声で。

 理不尽にも巫山戯た事を宣ってくれた梨花に、言い訳は? と凄んでみせて。

 ……でも、残念ながら、梨花のメンタリティーは、この程度の事ではビクともしない。

 

「事実じゃない、そこまで否定するのはどうして?」

 

「あの流れでそんなこと言えば、確実にお付き合いしてるってなるでしょう!」

 

 分かっているくせに、こうして私をいたぶるのだ。

 梨花は先天性のいじめっ子、昔からこうであるのだから始末に負えない。

 

「……そう」

 

 けれど、梨花は珍しく反論はしなくて。

 どうにも変だな、と訝しげてしまう。

 そうして、今度は私から顔を覗き込ませて……。

 

 ――だから、それは梨花からの行動で。

 

「毎回、否定される立場になってみなさい」

 

「……え?」

 

 急に、梨花が何を言いだしたのか、分からなかった。

 ただ、ギュッと両手で私の顔を挟み込んで。

 強い力で、逃さないと訴えていた。

 

「何時も、いっつも優香はそう。

 そんなんじゃない、何を言ってるのか分からない、ありえないよそんな事。

 並べる御託は否定ばっかり!」

 

「……私のこと、好きなの?」

 

「そうだけれど、そうじゃないの!

 でも分かって、優香!」

 

 吐き出される言葉は概ね支離滅裂。

 こちらに理解なんてされようとは思っていない、ただ言いたい事を並べているだけ。

 だけれど――分かってしまう。

 他ならない、梨花の事だから。

 

「……もぅ、しょうがないね、梨花は」

 

「っあ」

 

 抱き寄せる、慰めてあげるために。

 私がぐずらせてしまったのだから、責任を取らなきゃと思って。

 

「否定されて、悲しかったんだよね。

 バカね、好きって言ってるのに」

 

「だから、余計にムカムカして、優香の事いじめちゃうんでしょ!」

 

 そういう理屈だったんだ。

 分かれば、ちょっぴり可愛く見える。

 大きくなっても駄々っ子のままな、梨花の素の姿。

 

「そんな事して、好きな男の子が出来れば嫌われちゃうんだから」

 

「優香も、作る気なんてサラサラ無いのに!」

 

 優香も、なんだ。

 梨花め、と思わずにはいられない。

 どれだけ、入れ込んでいるのだと感じさせられてしまうから。

 

「うん、しょうがないね。

 きっと、私も梨花も、ずっとずっと結婚できないタチなんだわ」

 

 寂しくはない。

 だって、理由が理由だから。

 多分明日になれば、素知らぬ顔でおはよう、昨日はお楽しみでしたね、なんて挨拶を交わし合うのだ。

 今はただ、決して口にしてはいけない暗黙の了解が、梨花の中で緩んでいるだけ。

 多分、その一言が言えなくて、切なくて、鬱憤が溜まってしまっているだけだから。

 

「梨花、好きよ、大好き」

 

「都合が良い時だけそんな事言ってっ!!

 ……私も、優香が大好き」

 

 梨花は、好きを超えた言葉を言いたがってる。

 でも、そうすると私達の間は変わってしまって、一緒にいれる関係から、何時崩れるかも分からない楼閣が構成されてしまう。

 だから、私達は日溜まりという名のぬるま湯に浸かり続けて。

 この好きは、何時しかか一緒にいる為のおまじないから、その感情を満たす為の捌け口へと姿を変えていた。

 

「今日は休みましょう。

 後で、晩御飯は一緒に食べましょうね」

 

「……うん」

 

 そうして背中を撫でている内に梨花が落ち着いたから、私はそう言って。

 そっと自分の部屋に戻って、そうして溜息を吐く。

 ずっと一緒、その約束は永遠だと思っているから。

 

 

 

「――多分、一目惚れだったのかなぁ」

 

 部屋に戻って早々の、へたりこんでの誰に対してでもない、私に向けての言い訳。

 それは何が、とかそういう名詞何ていらない、言うまでもない。

 きっと、梨花も私と似たようなものだから。

 ただ、と思う。

 

「両想いでも、難しいのよね」

 

 私達が通じ合っても、社会がそれを許さない。

 理解ある目が増えてきたといっても、偏見が消えることなんて決してない。

 梨花の中にある、離れ離れになるというトラウマも同様だ。

 なので隠して、二人共相手の内が見えているのに言い出せなくて。

 

「でも、ずっと一緒だから」

 

 絆、それは互いにとってリードとなって繋がっているもの。

 頑丈で、鉄の鎖で出来ている代物。

 だから、きっと別れる事なんてない。

 ずっと、ずっと、私も梨花も、互いの事が大好きなのだから。

 

「だから梨花、好きな男の子なんて作らないでよね」

 

 誰もいない部屋で、独りごちる。

 私は我が儘を言われる方だから、たまには許してほしい。

 蓋をしたままだと、ふとした拍子に溢れて止まらなくなっちゃいそうだから。

 

「私は梨花が、大好きです、なんてね」

 

 態と冗談っぽく言って、現実へと意識を引き戻す。

 そうして、さて、と立ち上がる。

 今日も晩御飯の準備があるから。

 扉を開けて、キッチンへと向かう。

 ……すると、そこには。

 

「え?」

 

「優香、手伝うわ」

 

 珍しく、エプロンを着てその場に待機していた梨花の姿。

 どうして? と思っていたら、梨花はこんなことを言って。

 

「一緒にご飯作ってる方が、優香と一緒に居られることに気が付いたの」

 

「へ?」

 

「なんてね、お腹が空いただけよ」

 

 明らかに最初の方が本音だったのに、隠すように梨花は誤魔化して。

 私に引っ付くようにして、彼女は夕飯の準備を始める。

 すごく邪魔で動きづらいけど、私は敢えてどかそうとも思わない。

 梨花も、それを分かっての行動で。

 

 ――こうして、私達は今日も密やかに満たし合う。

 ――我慢している願望を心の奥にしまい、綺麗に取り繕って彼女に寄り添う。

 ――だって、仕方ないもの。

 

「――してる、なんて言えないじゃない」

 

「……優香、何か言った?」

 

「気のせいよ」

 

 そっと梨花の隣に立って、私はご飯の用意をする。

 何時もみたいに、美味しいな、と言ってくれると嬉しい、なんて考えながら。

 

 そんな、私達の日常。

 どこまでも、どこまでも、水平線の向こう側まで続いていくかの様な関係。

 きっと独り身だけれど、でも一人じゃない。

 何時だってそこには、梨花がいるのだから。

 彼女も、私の傍にい続けてくれるって、私は確信しているのだから。

 

 だから、私は優香が大好き。

 これは、唯それだけのお話。




友達と駄弁ってたら、百合書こう百合、オリジナルで! などという意味不明な会話になり、四苦八苦しながら書いたのがこちらになります。
書いてる時に百合ってなんだ、とゲシュタルト崩壊起こしかけてました。
これは受けないだろうなぁ、とかいう割と自分の色が濃い作品でもあると思います。
最近僕に対する風評が”変態!”の一語に集約してきてる気がしますからね。
何とか挽回しようとしてこの作品を執筆しました。
僕、変態じゃないですから(真顔)。

と、さてはて、そろそろ冬木の街の人形師の続きを書かなきゃ(他の小説は後回し気味ですが、そっちも何れ書けたらな、といった感じです)。


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俺を大好きな幼馴染の男の娘が、想像以上にアレだった(オリジナル?)

なろうに投稿しようと思って書いた作品なのですが、想像以上にパロディーネタを突っ込み過ぎて不安になったので、皆さんの意見を聞かせて頂きたいです!
なので、もし読了されて感想を書ける余裕のある方は、出来れば意見を頂きたいです(小声)。
あと、会話文の塩梅とかも行けそうかとか、そういうのも(震え声)。

それから、今年もあけましておめでとうございます!
こんな小説での挨拶で申し訳ないですが、今年もよろしくお願いします!!


「唐突だけど、僕達はそろそろ挙式を挙げるべきだと思うんだ」

 

「真っ昼間なのに眠いのか?

 病院、行くか?」

 

 ある日の午後、幼馴染みの古川夏生が部屋に遊びに来ていた……けど、どうにも言動が怪しい。

 いや、まぁ、何時もの事なんだけど。

 取り合えず蔑んだっぽい視線を向けても、夏生は可愛らしい笑みを今日も浮かべて、邪気なく俺を、山城浩介を見ていた。

 黒髪のポニーテールにヒマワリの様な笑顔、一目見れば男なら惹きつけられてしまう吸引力がそこにはある。

 その姿は大変愛らしい、愛らしいのだが……一つばかり、唯一にして致命的な欠点がこいつにはあったのだ。

 

「そもそもお前はあり得ない。

 お前にはあるだろ?」

 

「やだ、浩介の視線やらしい」

 

「キモイ」

 

「かわいこぶってるのに、大変に不評で疑問を禁じ得ないよ!」

 

「理由、聴きたいか?」

 

「うんうん」

 

「それはだな……」

 

 俺は勿体ぶる様にして、視線を下へ下げる。

 見ている場所は、男の急所にして夏生にとっても同様の場所。

 ジィっととある所を見つめる。

 イヤンと身を捩る夏生に再度キモイと言い、ただ淡々と告げた。

 

「お前が生えているからだ」

 

 俺の視線の先。

 そこは夏生が履いているジーンズによって防御されているモノの、知ってる俺からすれば奴の気配を感じざるを得ない。

 むしろ、よく擬態してるとさえ思えてしまう。

 

「今までにないくらいに浩介の視線がやらしい」

 

「今までにないくらいに夏生がうざい」

 

「浩介の絡みつく視線がですね……」

 

「絡まれてるのは俺の方だけどな」

 

「僕に絡まれるなんて、浩介は役得だね!」

 

「むしろ謎の義務感が」

 

「僕を愛しちゃう衝動的なものですね、わかります」

 

「お前をゴミ箱送りにしない為の我慢だと知れ」

 

「……ゴミ箱から始まる恋愛?」

 

「燃えるゴミにして業者に引き取ってもらわないとな」

 

「燃え上がる恋愛だね」

 

「炎上不可避」

 

「油も注がなきゃ」

 

 暖簾に腕押しとは正にこの事。

 こいつの謎のポジティブさは、本当に頑丈なワイヤーロープ並の強度を誇っていると保証できる。

 俺が”同性同士”という性別の問題について指摘しても、全然堪えた事なんてないのだから。

 ……誰か、保証書込みで買い取ってくれねぇかなぁ。

 

「そうだ、病院なら引き取ってくれるか」

 

「会話がループした感覚があるね」

 

「タイムリープしてるのか、お前は」

 

「電子レンジ(仮)」

 

「訴えられるぞ、やめとけ」

 

「ゲル状になったバナナが食べたいとです」

 

「あれ、実際にどんな物体なんだろうな」

 

「ついでにゲル状っぽい白い液体を、浩介のナカに注ぎたいよ」

 

「死んでしまえ」

 

「大丈夫、浩介も注いで良いから」

 

「死ね」

 

 俺の誠意溢れる言葉は、残念ながら性意以外無いこいつには届いてないらしく、顔は妄想の世界に旅立ったのかだらしなく崩れている。

 えへ、と時々漏れてくる声は、とっても可愛いのにキモいとかいう謎の現象が発生していた。

 怪奇ここに極まると言えるか。

 しかしそれも長続きせず、こいつは十秒で常世に帰還する。

 しかも、何故だかランランと輝く目で、赤い顔をして……。

 

「浩介……うん、元気な赤ちゃん生むね!」

 

「脈略がないにも程があるし、してねーよ。

 やる事なってねーから」

 

「もしかすると、僕は聖母マリアの生まれ変わりなのかも。

 聖母ナツキの伝説が、今始まるんだ!」

 

「良かった、俺の子供じゃなかったか」

 

「酷い……認知しないなんて!!」

 

「処女懐胎だと言っただろ」

 

「うん、神様が浩介の子供を僕に宿した」

 

「いや、その理屈はおかしい」

 

「ドラえもんの道具でなんとかするから」

 

「成績がのび太くん並みでも、お前にはドラえもんがいない」

 

「神は死んだ!」

 

 相変わらず、何時も通りに会話が通じないだった。

 そして良い様に利用されて使い捨てられた神が、何よりも哀れでならない。

 キリスト教徒の集会所にコイツを投げ入れれば、磔にされて礫を投げ付けられるのはまず間違いないだろう。

 そんな夏生ではあるが、でもでもとしつこく何かを考えている。

 どうせ、阿呆な事に変わりはないのだろうが。

 

「で、いきなりどうしたんだ?」

 

「浩介こそ、どうしたもこうしたもないよ!」

 

「何がだ」

 

「僕、昨日君に告白したよね!

 まだ答え聞いてないんだけど!!」

 

 ビシリと、天をも付かんばかりに人差し指を向けてくる夏生。

 まるで俺の罪でも弾劾するかの様な、そんな姿。

 さぁさぁ、と夏生は俺に詰め寄ってくる。

 そんな奴に、俺は近所の優しいお姉さん並みの慈悲で尋ねた。

 

「お前、昨日の俺の返事、覚えてるよな?」

 

「え……あ、そういえば、愛してるって言われたような?」

 

「いいや、ニフラム! と答えた」

 

「全然違うよ!?

 ”ハハッ、ワロス”って浩介は答えてた!!」

 

「覚えてんじゃねぇか」

 

「っは!?

 おのれ諸葛浩介!」

 

「色々とバカすぎて孔明が哀れになるから、引き合いに出すのは止めとけ」

 

 くっそぅ、と可愛い声で呟いているが、どう考えても見事なまでに自爆しているだけで。

 コイツの知能レベルは、絶滅したと言われているマダガスカルのドードー鳥と同程度なので、ごく当たり前の、収まるべき結果に収まっただけとも言えた。

 そもそも、と俺はこいつに冷たい目を向けながら問いを投げる。

 

「どうしてそこから妊娠したに繋がった」

 

「妊娠したら、責任を取るのが世界の掟だから」

 

「そもそもがお前、妊娠できないだろ」

 

「聖母マリアはですね――」

 

「お前に人を生む機能は無い」

 

「全ての命は男の娘に還る」

 

「どこのエロゲのキャッチフレーズだ。

 というか、俺の宝物を男の娘モノにするのやめろ」

 

「妹モノよりかは健全」

 

「アレも俺のじゃねーよ!」

 

 俺の聖域(エロ)は、邪悪な妹と阿呆のコイツによって侵されている。

 エロ本は妹によって妹モノにすり替えられ、勝手にインストールされていたエロゲーは男の娘モノ塗れにされ。

 理不尽と矯正によって、俺を歪めようとしてくる悪辣さは正に悪魔のそれ。

 俺がマトモな人間でなくなったら、それは間違いなく犯人はこいつらだと弾劾できるだろう。

 

 そんな事をつらつらと考えていると、唐突に夏生は立ち上がって、捲し立てながら言葉を紡ぎ始める。

 俺の方を見据えて、ビシリと再び指差しながら。

 

「とにかく、責任取ってください!」

 

「何の責任だ」

 

「妊娠した――」

 

「俺の子じゃねぇ」

 

「間違えた、告白させられた責任」

 

「何故」

 

「ずっとスタンバイしてたのに、一年間も告白の機会をスル―し続けたから」

 

「残念だったな、フラグは立ってないから友達エンドだ」

 

「大丈夫、ときめきな某ゲームは期間が三年間なんだよ?」

 

「でもそれ、好感度が下がって爆弾が付いてるぞ?」

 

「にゃんで!?」

 

 お前が阿呆だからだと言い捨てて、俺は少し過去に思いを馳せる。

 ……と言っても、ここ一年間くらいだが。

 春には桜の木の下で待ってるからと告げられ、夏には試験明けにプールに誘われ、秋には体育館の裏で待ってると運動会の日に言われ、冬には一緒のマフラーで帰ろうと提案されたり。

 思えば、あれは全部そういうつもりで言っていたのだろう。

 勿論、全てスルーして家でごろごろしていた。

 だって明らかに面倒そうだったし、恐ろしく意味深に夏生の奴は笑ってたし、当然の処置であろう。

 

「爆弾を解除するにはどうしたら良いかな?」

 

「性別を入れ替えないと駄目だな」

 

「ある日目を覚ますと、とある女子高生の身体に僕が――」

 

「名作を穢す奴は、即座に悪いうわさが流れ始める」

 

「だったら僕におっぱいでも付ければ良いって言うのっ!?」

 

「キレるな」

 

「もう今この状態でおっぱい触れば良いじゃんっ。

 膨らんでなきゃいけないなんて、そんな法則は無いっ!

 男の子でも、おっぱいは気持ち良いんです!!」

 

「俺はお前が最高に気持ち悪い」

 

「……それって、遠回しな褒め言葉?」

 

「いいや、くそみそに貶してるぞ」

 

「今直ぐ突っ込まれたいんだねこーすけは!!!」

 

 ガチャガチャと、ジーンズの留め具に手を掛け始めた夏生に、俺は無言で奴の腕を掴む。

 え、と顔を上げる夏生に、俺は一言だけ告げた。

 囁きをしかと届ける為に、耳元で。

 

「変態は滅びれろ」

 

「わざわざ耳元で言うセリフじゃないよ!?」

 

 あ、でも、浩介に掴まれた腕、体温が伝わってきて、あったかいナリ……、などとほざいていたので、即座に解放する。

 常時うわ言を放つこいつは、今更どうにも出来ない程に手遅れだ。

 それは今も昔も変わらず、全くもってどうしてこうなったのだろうと思わざるを得ない。

 見てくれは可愛い女子、中身は爛れたアホの子。

 ある日みかん箱に捨てられてるこいつを見つけたら、恐らくは俺が犯人なのだろう。

 

「ん? 浩介どうかしたの?」

 

「どうかしてるはお前の頭だよ」

 

「何もない時もディスるのやめて!?」

 

 可哀想な子を見る目でこいつを見る、どうしようもない子って感じで。

 勿論アホの子のこいつは気が付かない、そして何故か頬を染め始める。

 それをロクでもない兆候と思ってしまうのは、正に日頃の行いのせいであろう。

 

「……どうした?」

 

「たった今、夏生ルートに入ったよ。

 どう? 嬉しい?」

 

「やったね、すごいね」

 

「おぉ! 浩介がデレた!!」

 

「皮肉だよ、気付け」

 

「それがこのザマであるなんて、誰にも言わせないっ!」

 

「フルーツ(笑)」

 

「早苗さんの悪口を言っちゃダメだよ!!!」

 

「お前だけに言ってるから安心しろ」

 

「そこはかとなく理不尽!?」

 

 理不尽なのはお前の頭さと呟いて、俺はゴソゴソと部屋の端の方に積み上がっていたモノを取り出す。

 ……所謂、そーゆー男の娘モノのゲームの山。

 とあるゲームのパッケージの裏には”おにーちゃん、ボクを無茶苦茶にして――”という一文と共に、女の子みたいな裸の男の子が、寝っ転がってこっちに両手を広げて向かい入れる様な仕草をしている絵が描かれている。

 無論、女の子用のパンツを穿いているが、怪しく盛り上がっているのが何とも悪夢じみている一枚絵だ。

 

「え……もしかして、今から一緒にゲーム大会?

 チキチキ、今夜は寝かさないよゲーム黙示録!?」

 

「お前を放逐した後に俺は安眠を貪るから安心しろ。

 終末へはお前一人でぶらり旅だ」

 

「旅のお供に浩介を要求します」

 

「お供にはそのゲーム共を持っていくが良い」

 

「それは何の役に立つの?」

 

「……神待ちって言葉、知ってるか?」

 

「僕は男だよ!?」

 

「三軒離れた独身30歳魔法使いの佐藤さんは、夜な夜な男の娘モノの雑誌をゴミ捨て場に投棄するという怪談がだな」

 

「それ単なる井戸端会議の内容だよ!

 佐藤さんが可哀想だからやめたげてよ!!」

 

「では、二丁目の加藤さんがだな、嫁に男の娘プレイをしようとバイブをお股にさして捕まったらしいって事は知ってるか?」

 

「頭おかしいよ!

 意味不明すぎるよ!!

 なんで結婚してるのに、わざわざそんな事してるの!?」

 

「マンネリだったんだろ。

 じゃあ、今年で70歳になる古川小児科の古川先生が、男の娘マニアだって事は?」

 

「それ僕のお爺ちゃんだよ!

 お爺ちゃんに変な事言うのやめてよ!!」

 

「そうか、知らないのか……」

 

「そこでわざわざ沈痛な顔しないで、勘ぐるから!?」

 

 ぎゃわー! と両手をバタバタ振りながら、今までに無い程に取り乱している夏生。

 こうしておちょくると、中々に良い反応をしてくれるのが楽しく感じる。

 普段は鬱陶しいが、この時ばかりは素直に面白い奴と思えるから不思議だ。

 まぁ、勿論だからと言って、結婚とか好きとか、意味不明な事をゴリ押しで受け入れろと言われても困るのだが。

 

「なんで今まで楽しい趣味な会話だったのに、いきなり近所の生々しい話に移行したの!」

 

「暖簾に腕押し過ぎたから、仕方なく放火する事にした。

 反省も後悔もしていない」

 

「してよっ。

 反省も後悔もしてよっ!

 お爺ちゃんを弄った事も全力で謝ってよ!!」

 

「???」

 

「なんでそこで不思議そうな顔してるの!

 何言ってんだこいつみたいな目で見ないでよ!」

 

「何言ってんだこいつ」

 

「わざわざ口にした!?」

 

 仕方ない事なのだ、古川先生が小児科の先生になった理由はつまりはそういう事なのだから……。

 夏生が知らないのは、孫には流石に邪な視線を向けなかったからだろう。

 俺には……ダメだ、ワキワキしている先生しか思い出せない。

 

「もぅ、良いよ。

 何も聞かなかった事にして忘れるよ。

 お爺ちゃんは優しいんだから」

 

「分かった、俺からも何も言わない事にしよう」

 

「うん、触れないでこのままお墓にまで持っていってね。

 ところでこのゲームは、僕にどうしろうと?」

 

「持って帰れ阿呆、この前母さんに見つかって惨事が起きた」

 

「何か言っていたの?」

 

「”ロリコンは犯罪だけど、ホモは犯罪じゃないの! あたしそういうの嫌いじゃないから! 第一もう浩介達はそういう仲だものね!”だそうだ」

 

 あの時ほど、夏生を市中引き回しの刑に処そうと思った事はない。

 そして、母さんの頭の中身を疑った事も無いだろう。

 あの日は俺は静かに部屋に引き籠って、錯乱した挙句に夏生の持ってきたゲームを黙々とやり、あまりの訳が分からなさに一人涙していた。

 翌朝になったら何もなかったかの様に母さんが振舞っていたので、俺もそれに乗って知らぬ存ぜぬで通している。

 ……時々、野獣の様な目をしているのが気になるが(特に夏生と一緒にいる時とか)。

 

「つまりは浩介のお母さん公認になったって事だよね?」

 

「死ね」

 

「結婚式は六月が良いな」

 

「死ね」

 

「ウェディングドレスはどっちが着れば良いかなぁ。

 僕だけだなんて恥ずかしいし、二人で着ればいっかな?」

 

「死ね」

 

「二人揃ってタキシードも良いかもだけど、結婚式なんだからドレスがあった方が華やかだよね!」

 

「死ね」

 

「浩介ってば大胆だね!

 それって、結婚したら死ぬまで一緒って意味だよね!」

 

「頭に爆弾を仕掛けるぞ」

 

「単なる殺害宣言だった!?」

 

「ボルガ博士、お許し下さい!」

 

「なんでこのタイミングでチャー研!?」

 

「早く爆発しろってことだ、言わせるな恥ずかしい」

 

 しかし、残念ながらジュラル星人は夏生の頭には爆弾を設置しなかったのか爆発しない。

 誠に残念極まりない、その内に俺の所に来て、 これから毎日家を焼こうぜ? と是非とも提案して欲しい。

 そんな事を考えている俺に、どこか不満そうな顔を浮かべる夏生。

 だからどうという事ではないが、少しジッとしていると夏生は勝手に喋り始める。

 

「……浩介って、時々意地悪で辛辣だよね」

 

「大丈夫だ安心しろ、お前に対しては何時も辛辣だ」

 

「僕を特別扱いしてるって事?」

 

「ポジティブ過ぎる。

 バハムートラグーンのヒロインに、好きな娘の名前つけてプレイしてこい」

 

「どんなゲームなの?」

 

「”サラマンダーよりはやーい!”を聞きに行けば良い」

 

「? 良く分からないけど、浩介の名前を入力してやってみるね」

 

「女の子に俺の名前を付けるのが謎すぎる件について」

 

「アンサー、浩介が僕にとってのヒロインだから」

 

「爆弾付きだって言っただろ!」

 

「もうルート入ってるから関係ないよ。

 そう、実は浩介は主人公側じゃなくて攻略される側だったんだ!」

 

「馬鹿なの?」

 

「死ぬの?」

 

「……ヤマグチノボル先生には、死なずにゼロ魔を完結させて欲しかった」

 

「そういえば、別の人がプロットを継承して、最新刊を出したんだったよね?」

 

「その内買いに行く、もうちょっとしてから」

 

「思うところがあるんだね、仕方ないよね」

 

 レモンちゃんことルイズは元気にしてるだろうか。

 才人の変態ぶりを見るのも楽しみである。

 まぁ、買いに行くにはもうちょっと心の準備が欲しいところだが。

 

「ところでゼロ魔で思い出したんだけどね」

 

「某魔界天使の事か?」

 

「浩介も大概スキモノだよね」

 

「お前ほどじゃない」

 

「そんな事よりも!」

 

「何よりも?」

 

 ビシッと夏生が俺を指差す。

 どこかデジャヴを覚える仕草に加えて、妙にテンションが高めな夏生の姿。

 嫌な予感しかしないが、やはりといった感じにそれは起こった。

 

「僕と浩介のラブコメの続きについてだよ!」

 

「あぁ、確か鮮血の結末エンドを向かえたところだったか?」

 

「それ浩介死んでる!」

 

「主役はお前なんだろう?」

 

「僕は不倫なんてしないし、第一浩介さっき僕の子供を認知しなかったっ!」

 

「だからはお前は妊娠しないと何度言ったか」

 

「僕と浩介の子供だからきっと可愛い!」

 

「日本語を話してるのに言葉が通じない不具合がある」

 

「もしかしたら浩介が妊娠してるかもしれないよ!」

 

「男は妊娠しない」

 

「全ての命は男の娘に還るから」

 

「二度ネタはNGだ」

 

 軽く手刀を夏生の上に落とすと、きゃん! とまるで子犬の鳴き声みたいな声を上げる。

 それでも男か軟弱者! と追撃したくなった俺は、きっとセイラさんの加護があるに違いない。

 残念な事に夏生は”ジオンを叩く、徹底的にな!”などとは絶対に言わない奴ではあるが。

 流石に痛かったのか夏生が上目遣いで俺を睨んでくるが、どう見てもチワワがガルルと威嚇している位にしか見えない。

 ここまで迫力がないというのも、ある意味でコイツの生まれ持った顔の特徴なのだろう。

 タレ目気味なのなんて、余計にそうだという印象を拍車づけている。

 

「哀れな奴め」

 

「何かどうじょーされてる……」

 

「哀故かな」

 

「愛の為だね、わかるとも!」

 

「ナツキ、カワイソウ」

 

「キングゥは哀れだったけど、それ以上に十二時間で二百万回殺されたバルバトス君達が僕は可哀想だったよ」

 

「所長を返さなかったから当然の罰、レフ教授共々美味しい奴だった」

 

「ナムナム」

 

 夏生と共に、揃って天に昇ったであろう御霊に手を合わせた。

 単に、ごちそうさまでしたと伝えたいだけなのだが。

 そうしてバルバトス君享年十二時間の追悼が終わると、顔を上げた夏生は笑顔で。

 こいつは鬼畜なんじゃないかと、ふと思ってしまったのだが……。

 

「こうやって浩介と話すのって、僕は楽しいな」

 

 急に、そんな事を言い始めたのだ。

 なんだ、行き成りと困惑する俺を他所に、夏生は俺の隣に、10cmもない場所に距離を詰めてきて。

 

「ねぇ、浩介」

 

「何だ」

 

 たわい無い会話、もう十数年も繰り返してきたルーチンの様なもの。

 そんな中で、時折夏生の声が鋭くなる時がある。

 そんな時に夏生が零す言葉は、大した事じゃないけれど、何故だか心に残る言葉。

 今がその時だと、何気なしに分かってしまった。

 

「僕は男だよ、浩介もそれは分かるよね?」

 

「知ってるから色々と駄目って言ってるんだ」

 

「うん、見た目が女の子っぽくても、浩介はそう言うよね。

 浩介なんだもん、知ってるよ」

 

 ちょっとイタズラっぽく夏生は笑い、ねぇ、と耳元で囁く。

 思わず背中がゾクゾクした、こいつ変態だ! 的な意味合いで。

 

「そうやって僕を男扱いしてくれるから、浩介の事が本当に好き」

 

「他に探せばお前が好きな物好きなんて、簡単に見つかると思うぞ」

 

「かもしれないけど、でも僕が好きなのはずっと僕を男扱いしてくれた浩介だから」

 

 やっぱり変態だった! と酷く当たり前の事を再認識し、変な汗が出そうになる。

 だが、突き放そうにも、絡みつく様に寄り添ってる夏生は解けそうになくて。

 正に、呪いの装備と称する他にない奴で。

 

「変態すぎる」

 

「浩介に変態になる様に調教された」

 

「何をしたと」

 

「僕を男扱いし続けてくれて、一切女の子みたいに扱わなかった事」

 

「どうすればお前は俺から離れる」

 

「僕を女の子扱いすれば離れるかもよ?」

 

「……嘘を付け、変態」

 

 もしこいつを女子の様に扱ったら、それこそ嬉々として既成事実を作りに来るだろう。

 そうなったらオランダに連行されて、挙式を挙げさせられるという拷問にも似た行為を強行するに違いない。

 こいつは間違いなくネジが緩いから、やらかしかねないのだ。

 はぁ、と重い溜息を吐きながら、イヤイヤながらに俺も口を開く。

 全く、と強く思いながら。

 

「第一、その理屈だとお前は俺をそう言う風に見ているって事だろう?」

 

「まぁ、そうかも」

 

「それは不公平じゃないか?」

 

 問いただすと、ちょっと困った様に夏生は眉を寄せて。

 それだけ見ていると、まるで女の子を虐めている様な感覚に陥るから不思議だ。

 

「でも、浩介」

 

 言い訳をするかの様に、そっと手鏡を夏生は取り出す。

 なんでそんなものを持ってるかと聞けば、長く伸ばしてしまった髪が風でボサボサになったら整える為だとか。

 ……そういう変にマメなところは、女っぽい。

 残念ながら、男であるのだが。

 

「見て、この鏡を」

 

「毎朝見てる顔があるな」

 

「うん、僕も何度も見てきた顔だね」

 

 夏生の鏡の中、そこには俺の顔が写っていた。

 ショートヘアで黒髪童顔丸出しの……まるで、幼い少女みたいな顔が。

 それを確認した夏生は、我が意を得たりと頷いて続ける。

 

「こんなの、毎日見てたら惚れちゃうよ。

 だって、こんなに可愛いんだから」

 

「俺は男だ」

 

「うん、一緒にお風呂に入った仲だし知ってるよ。

 ……昔は、女の子にもツイてるんだって思ってたけど」

 

「お前、やっぱりアホなんだな」

 

「最近は、こんな可愛い子が女の子のはずがない! って思ってる」

 

「寄るな変態」

 

「残念、もう引っ付いてる」

 

 ベッタリと、近かった距離は勝手に背中に回った夏生に寄って、ゼロ距離まで縮められていた。

 背中に感じる感覚は、重い様な、軽い様な、不思議な感覚。

 ただ、鬱陶しいなと思ってしまう、何時もの重さ。

 

「でも、僕も男なんだ。

 男はね、好きな人の中に入れたいんだよ?」

 

「死ね」

 

「でも、浩介も男なんだから、気持ちは分かるよね?

 好きな人でも、お尻には入れて欲しいって思わないよね?」

 

「当たり前だ、ド阿呆」

 

「浩介が入れたいんだったら、僕は頑張って我慢するけど」

 

 えへ、と笑っている夏生の視線は、何故か俺の股間に向いていて……。

 思わず、俺も薄ら笑いを浮かべながら口を開かざるを得ない。

 

「去勢するぞ」

 

「絶対にやめてね!」

 

「場合によるな」

 

「そんな事したら、責任とって本当に結婚してもらうからね!」

 

「男と男は結婚できない」

 

「浩介の養子になるからね!」

 

「直ぐに出家させてやる」

 

「一緒にお寺で爛れた日々を……」

 

「修行している坊さん方に謝って悔悟してろ」

 

「僕は僕のしてる事、後悔なんてした事ないから」

 

「俺は今日この時を、これ程までに後悔した事はないぞ」

 

 まさか、こいつがここまで粘着質なんて……まぁ、五歳の頃にはもう知っていたが。

 でも、まさかこんな風に拗らせるなんて、誰が想像するというのか。

 俺と同じ境遇だからと親近感を抱いて、誰よりも仲が良かった幼馴染だっただけだというのに。

 

「ねぇ、じゃあ敢えて聞くんだけどさ」

 

「何だ」

 

「浩介は僕のこと嫌いなの?」

 

「面倒くさい女みたいな事を言い出したな」

 

「答えて」

 

「すっごい阿呆だと思ってる」

 

「そんなこと聞いてないよ!」

 

「知ってる事を口にさせようとするのは、変態的だ」

 

「僕が変態だって、浩介が言ったんだよ」

 

 首元をサラっと撫でられて、意味不明さに絶句してしまう。

 何をしてるんだと思ったが、夏生は更に俺の耳元で囁いて。

 

「大好きな人からそーゆーこと聞きたいのって、当たり前の事だよね?」

 

「そうかもしれないが、あまりに女々しくないか?」

 

「全部、浩介が悪いんだよ」

 

「……嫌いじゃない、としか言わん」

 

「それで十分、ありがとう」

 

 クスッと、漏れたかの様な笑い声。

 変態すぎるコイツで、耳元に掠る息に背中が冷たくなる。

 なので、振り解こうとすると、照れないでと更に抱きついてくるのがうざい事この上ない。

 そんな日常の一時、多分それがこれからも続いていくんだろうなと思える、鬱陶しい日々の事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、浩介」

 

「寄るな」

 

「大丈夫、今日はもう満足したから」

 

 日が暮れた夕刻、今日は帰ると言った夏生が振り向きざまに、にこりと笑う。

 とっても笑顔で、だからこそ俺はヒシヒシと嫌な予感しかしなかった。

 

「何だ、何を言うつもりだ」

 

「別に、対した事じゃないんだけどね」

 

 サラっと、今思い出しましたという様に、夏生は口を開く。

 ジッとその口元を凝視してると、ニヤァと歪んだのに警戒していると、関係ないと言わんばかりに夏生は言葉を続ける。

 

「実はエイプリルフールに冗談で僕と浩介の婚約届を出したんだ」

 

「なんだ、そんな事か」

 

 本当にロクでもない、バカバカしい阿呆な事をしたものだと安堵し、やはり阿呆であったかと呆れていると、夏生は無邪気に言葉を続ける。

 続けていって、しまう。

 

「写真付きで提出したらね、男って書いてるのに承認されちゃった。

 不思議だね、ファンタジーだね、嬉しいね!」

 

「……は?」

 

「だからっ、浩介!」

 

「僕達って実はもうずっと前に結婚してたんだよ!」

 

「……………………」

 

「お役所仕事って、割と適当な所があるよねぇ。

 単に、ここの役所がテキトー過ぎただけだと思うけど」

 

 意味が不明すぎて、言葉が発せなくなる。

 冗談なのか、そうなのか? と聞きたくなるが、何も聞かなかった事にして、布団に潜り込みたくもある。

 でも、こいつなら我が家にある判子などは簡単に入手出来る、出来てしまう。

 我が家のセキュリティーは、もっと強化されるべきで。

 ハハ、と思わず乾いた笑いが出てきてしまう。

 

「ん、じゃあ浩介、また明日!」

 

 颯爽と、夏生は去っていく。

 恐らく、明日も無邪気な顔をして、我が家にやってくるのだろう。

 思わず、虚ろな目になってしまうのも仕方ない。

 

「ハハ、ハハハ、アハハハハハハッ」

 

 口から勝手に声が漏れるのは、どうしてだろうか。

 もう脳みそが理解の許容量を超えて、ガバガバになってる。

 人間って、どうしようもなくなると、笑うしかなくなるのだから誠に不思議な事この上ない。

 

 

 

 ――俺の訳が分からない笑いは、その後一時間ばかり続く事になったのは、ただここだけの話。

 俺が結婚した事、クラスの皆にはナイショだよ!

 …………はぁ。




今回の要素

ヒロイン?が男の娘
主人公も男の娘
パロディーネタ増し増し
会話文も増し増し
色々と雑

男の娘とは結婚できるんだよ!!


大体こんな感じです!


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