やはり俺の青春ラブコメがゲームなのは間違っている。 (Lチキ)
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比企谷八幡はプレイする。

人々が夢に見た世界。

剣を持ち魔法を操りどでかいドラゴンや醜悪な魔物と戦うファンタジー。

 

男の子なら誰もが夢見るそれは現実の世界に存在しない架空の産物。

 

英雄に勇者に魔法使いに剣士に憧れた。が、所詮それはない物を羨むただの妄想だ。

この妄想を長く続けると、大体そうだな中学2年生くらいまで続けると少年の微笑ましい想像は痛い厨二病に変色してしまう。

例えば材木座とか材木座とか、あとは剣豪将軍とか名乗ってる材木座とかがいい例だ。いや、悪い例だ。

 

ただし、2022年人類はそんな夢や幻、妄想を現実にすることに成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――そう仮想世界として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の体育の時間。

夢に夢を重ねて白いキャンパスを真っ黒に染め上げる中二病患者材木座は宣言する。

 

「ゴラムゴラム、よいか八幡!有象無象が跋扈(ばっこ)する価値無き世界はついに我らに真の姿を現したのだ!」

 

「‥‥」

 

「幾百年の時代を越え、あの血で血を洗う最終決戦ラグナレクが今再び蘇る!!!!共に戦場を駆けた記憶が輪廻の果てに戻りうるようだな八幡よ!!!はーはははははッ!!!」

 

「‥‥」

 

「ハハハハッゴホンゴホンッッッ‥‥えーと、我の話聞いてる?」

 

「‥‥」

 

「おーい、もしもし比企谷さん?はーちーまーんさん!!」

 

「‥‥」

 

「‥‥お願いです返事してくださいっ無視とかされ続けたら我悲しくて死んじゃう・・・」

 

「・・・キャラぶれぶれじゃねーか」

 

「おお!八幡!」

 

「うるせ!ボリューム下げろ殺すぞ」

 

「あ、はい、すいません‥‥ていうか我の扱いひどくない?」

 

この何を言ってるか分からない中二病のデブの事は置いておいて。

 

「やっぱり酷い!?」

 

モノローグに突っ込むんじゃねぇ、え?口に出てた?知るか。

 

このとち狂ったピザデブがまた何を言い出すのかと疑問に思う奴も多いだろう。実際周りから遠巻きにこちらを見ている名前も知らないクラスメイト達も

「何言ってんの?」「よくわかんないけどうっさいな」「あれ?あんな奴うちのクラスにいたっけ」と言う風な視線を向けている。

 

最後に至っては材木座じゃなく俺に対する感想のようだが多分気のせいじゃない。

 

まぁアレだ、それはそれとして材木座が言ってる事は聊か・・・相当過大解釈されてるがそれは1つの事柄をさしている。

 

今現在、世界から注目されてる最新技術を使ったゲームが近々発売されるのだ。

これだけ聞けば高校生がゲーム1つで何を騒いでいるのかと思うかもしれないが侮るなかれ。

このゲームは完全な仮想世界を再現したRPG。ゲームの中に入りプレイできる全ゲーマーが夢見たまさに夢のようなゲームである。

 

俺だって昔は良く妄想したものだ。

世界を支配する魔王だとか、神に選ばれた選定者だとか、戦士や騎士になって俺SGEEEEE!とか優しくしてくれる女の子に「あれ?もしかして、もしかしてこの子俺の事好きなんじゃね?」とか思って、告白して玉砕、翌日になるとなぜか全校生徒がそのことを知ってるだとか‥‥ゴホン、ゴホン。

最後のは違うな。あれはただの実話だわ。

登場人物、団体、俺のトラウマ、全てノンフィクションの黒歴史じゃねぇか。

 

異世界ファンタジーという妄想。ただし、科学技術が発展した現代ではある特定の条件下でこの妄想は現実のものとなった。

 

VRマシン

最新鋭のバーチャルリアリティ技術。無数の信号やら多重電界だの小難しい話は俺も良く分かっていないが、要するに仮想世界で自分の好きなように動くことができる。

テレビゲームやネットゲームの世界に入り込める技術であり、これを利用したゲームがVRMMO。

ナーブギアという頭全体を覆うヘルメットのような機械を頭につけ、横になる。たったそれだけで仮想世界に一っ跳びできるという。

 

これについて材木座がちょー楽しみと言っている。ただそれだけの事であり、それに対してうん、相手してやるのめんどいなよし無視しよう。というのがさっきから今に至るまでの流れである。

 

え?だから声に出てる?知らんがな。だから泣くなようっとおしい。

 

結局その後授業が終わるまで材木座の、ゲーム説明会のようになった。いるよな自分の好きな物をやたら説明したがる奴って。正直聞いてる方はそこまで興味ないのに1人だけヒートアップしてるパターンの奴。

 

はぁ…早く授業終わらないかな。それと材木座少し静かにしろよ。厚木が凄い形相で睨んでるぞ。

 

 

 

※ ※ ※ ※

 

 

 

世界を騒がす今一番熱い、話題のゲーム。

VRMMORPG第1弾『ソード・アート・オンライン』通称『SAO』

世界初のVRMMORPGという事で発売が発表されてから今の今まで様々なメディアで繰り返し報道されている。

 

試験運用として募集されたβテスト版は、1000人の定員に対し50倍以上の応募があったと聞く。俺も応募したがさほどしない間にゲーム会社らしきところから残念でしたと言う趣旨の手紙が送られてきた。

 

ベータ版は2か月という期間だけだが、ネットのレビューは凄まじく某最大掲示板サイトには1日でスレの数が過去最大を記録したとかしないとか。要するに誰もが欲しがる魅惑のゲームである。

 

斯く言う俺もそんな魅惑を一度でいいから感じたいと思いどうにか手に入れようと奮闘した。

 

ハードとソフト合わせて10万以上する高価品でバイトもしたが半分くらいしか集まらず、仕方なく親父に頭を下げたら鼻で笑われた。あのクソ親父が。

それでもおふくろに交渉しても絶対YESといってくれなさそうなので親父に交渉するほかなかった。5万貸してと言って何に使うのかと聞かれゲームと答えたら憐みの目で拳骨されるのがオチ。

 

比企谷家のカーストはおふくろ、小町>カマクラ>>>>>>>親父>俺となっている。俺どころか親父ですらカマクラよりも下である。

亭主関白とか何それおいしいの?男尊女卑?女尊男卑の間違いでしょ。さらに言えば別に女の方が男を虐げているのではなく男の方が奉ってるから質が悪い。

 

なのでどうにかこうにか親父に交渉を続けた。土下座しながら出世払いするから貸してくれといったら「お前がまともに社会に出れるわけねーだろクソ息子」と鼻で笑われた。

 

おのれクソ親父!‥‥親だけに良く分かってるじゃねーか!

認めちゃっうのかよ。まぁ将来の夢が専業主夫だし仕方ないね。

次点で親の脛を効率よくできるだけ長く齧る事を計画してる俺が言いかえすことは出来なかった。

あんなのでも伊達に家族を養っているだけの事はある。親マジリスペクトただし親父はマジディスパイズ。

 

そんな感じで自力入手は不可能と悟った俺は比企谷家最終兵器にして対親父用の切り札。

 

マイシスター小町を召喚!あらゆるトラップ、魔法、モンスターを無効にし親父にダイレクトアタック!

 

さらに小町の効果発動!

小町が攻撃が成功した時ライフに関係なく勝利は確定する。

強すぎじゃね。軽くチートだチーターだーまる。

 

そんな感じで俺はゲーム1式を手に入れた。実際はただの交渉だけど。交渉というか小町がお願いしたらふたつ返事でハードを買ってきやがったよあいつ。どんだけ小町に甘いんだよ。

小遣いとへそくりでも足らず母親に土下座して小遣い3か月分前借して結局こづかい5か月分カットされた姿は親父といえど多少哀れに思ったのは秘密である。

 

親父ざまぁー。

 

その後おふくろに聞いたら親父だけじゃなく俺の小遣いもカットされてたけどね。

人を呪わば穴2つ。

 

そんな訳で汗水流し血を吐きながら(主に親父が)手に入れたソード・アート・オンラインは今日の13:00から正式サービスが開始される。

 

すでに諸々の設定は済ませてあり、後はナーブギアを頭にかぶりベットに寝ころべば仮想世界に一っ跳びという寸法である。

遠足しかりいくら年をとってもトラウマを抱えようともこういう時間は胸が躍る。

 

見てないからわからないけど今の俺の目の濁りは普段より数段増しになっているに違いない。うまくいけば漆黒に輝くブラックダイヤモンドレベル。何それ一度中に入った光は二度と表に出さないの?

むしろ、俺が一生家から出たくない。

 

時間までまだ少し時間がある。ふと、スマホを見るとアマゾンとマックと小町と平塚先生、最近はたまに由比ヶ浜からもスパムっぽいメールが届くメール受信のランプが点灯している。

 

差出人は材木座だった。

あいつは人一倍このゲームを楽しみにしていたけっかな。今ではあの騒がしさが滑稽なまでに懐かしい。

 

SAOは初回発売数は約1万本、それも日本限定発売という事もありかなりの競争率で、さらにβテストに選ばれた奴は優先的に購入権が手に入るので実質9000本となる。

 

βテストの抽選でも1万人以上の応募があったんだから全員に行き届くはずもなく、発売日の前日には全国のゲーム屋には長蛇の列ができていた。俺も千葉にある某有名ゲーム屋の前に並んだ口である。

 

本当にアレは辛い戦いだった。なにがつらいってアレだよ。寒空の下野郎どもが押しくらしててそんなに寒くなかったのが何よりつらい。寒くないからいいじゃんとかじゃなくて男として辛いんだ‥‥

 

さて、ここで朗報もとい残念でもない感じなお知らせだが材木座は当日に風邪をひいてゲットどころか列に並ぶことさえできなかったそうだ。

 

学校でもついぞ消沈した様子で楽天オークションを見ながら小声で「30万で落札とか‥‥ありえん・・・」みたいな事を呟いていな。あの様子とこの呪詛めいた不幸のメールみたいなのから察するにあいつはゲームを手に入れられなかったのだろう。

 

材木座安らかに眠れ‥‥

 

「あ、もう時間じゃん」

 

俺は材木座の事を意識の外に追いやスマホを無造作にベットに投げ捨てるとナーブギアの電源を入れスイッチを押しゆっくりと目を閉じる。

 

心はまるでトラウマにさいなまれる前の純粋な少年の様だ。意気揚々と無意識に上がる口角を感じながら俺は呟く。

 

「リンクスタート」

 



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ゲームの中でも彼はぼっちである。

瞼を瞬きうつりこむ世界は見慣れた天井ではない。

 

テレビで見る外国の街やゲームで良くある街並み。ドラクエみたいな全体石ずくりの建造物に、木と布で作られた簡易的な市場。ファンタジー世界の代名詞と言わんばかりの街並みが目前には広がっていた。

 

「これが仮想世界!」

 

手を動かしたいと思えば手が動き、右を見たいと首を向けると景色がスライドされる。これが仮想世界、ここがゲームの世界であるなんて信じられないほどのリアルがそこにはある。

 

隠しきれない高揚が頬を緩ませる。試に飛び跳ねたりストレッチしたりしても現実と寸分変わらない。しいて言うなら、目線の先には設定した名前と共にHPバーやその他もろもろが表示されてる事と、今現在俺の姿は比企谷八幡の姿ではなく俺作のアバターである事くらいしか差異が分からない。

 

ちなみに、俺のアバターは身長や体型は現実とたいして変わらない。顔立ちもアジア系から少しヨーロッパ圏内風に変わった程度だ。

 

短いながらもしなやかに流れる金髪は寝癖とは違う規則性のあるバランスのとれた跳ね上がりで、ガラス細工でも見てるかのような錯覚に陥る碧眼は何処までも澄んでおり、まるでどこかのリア充に似てるとも言い難いすっとした輪郭。

 

‥‥うん、多少、ほんの少し、隠し味的な差異はあるけど概ね現実の俺と変わらない姿がそこにアル。うわー俺ってまじイケメン。ほれぼれする。

 

・・・念のために言っておくが悲しくなんてない。

現実だって見えてるし何ならそこらへんのラノベ主人公の100倍は感受性が豊かで敏感な人間だ。現実だって見えているんだ‥‥グスン。

 

「おーすげぇな」

 

なぜか自爆で鬱状態になってした自分を鼓舞し、せっかくのゲームを満喫する事にした。

 

ゲームが始まり初めて喋った言葉が小学生レベルのアレだがそこは気にしない。だって本当にすごいんだもん。

 

街並みはさっき言った通りだが遠くからざっと見るのと間近で見るのとでは違う。

あたりには俺と同じようにキョロキョロと周囲を観察し感嘆の声を上げる者も大勢いる。

特に俺が気に入ったのはNPCのクオリィティーだろう。

露天商とか明らかにプレイヤーじゃない街の住人なんかに話しかけると凄い気さくに返してくれる。

表情1つとっても現実の人間とほとんど違いが分からない。むしろ、現実の方が無視とかしてくるぶんNPCの方が優しいまである。

 

これが人工知能を使ったシステムなのか。

どんだけ最新技術を使っているのだろうか。ゲームや機械に詳しくない俺でも普通に凄いと分かってしまう。分からされてしまう。こんなゲームを作った奴は間違いなく天才だ。

 

初期のポケモンとか何度話しかけても同じ内容しか帰ってこないし、なんならレッドさんもはい/いいえしかコマンドない。

 

え?一緒にするなって?ばっかお前ポケモンさんなめてんじゃねーぞ。俺なんか図鑑コンプリート一歩手前まで行ったくらいやりこんでんだぞ。

ゲーム上の設定のとあるエスパー、ゴーストタイプ、それに格闘、岩タイプのせいでコンプリートはできなかったけどな。

 

分からない奴はお父さんかお母さんにでも聴いとけ、キーワードは通信、進化、友達だ。これが分かれば君も明日からボッチマスターになれるぞ。

目指せボッチマスター!

あ、もうなってるか。

 

 

時計塔がある広場っぽい所まで来たわけだが、とりあえず街の外に行ってモンスターを狩るのがアレだよな。

手をスライドさせメインメニューを空中に表示させ、自分のステータスを表示する。

 

フルダイブ式はコントローラーがないからこういう空中ディスプレイが表示されそこから様々な機能を仕様できる。道具の管理だとかステータスや持ち物の表示だとか、フレンド?‥‥こいつは多分使わないからスルーしておこう。

 

色々ある表示の中から俺はステータスと書かれた欄を押す。

名前の通りそこを押すと装備やステータスが表示された。

ステータスの方は始めたばかりなので初期値のまま。装備は布の服に革のブーツ、片手剣が1本。手持ちの金が3000コル。

あ、コルというのはこのゲームの通貨の事だ。ベルとか円とかゴールドと同じ。原価単位は大体日本円と同じである。

 

初期に支給されてる武器でも狩りはできるだろうけど、せっかくなので自分なりの武器でやりたいのが男の心情だ。

ソード・アート・オンラインは名前にある通り剣を使い戦う。なんならそれ以外の戦闘方はないのである。魔法がないファンタジーと言うのも珍しいが、だからこそ剣のみで戦うスタイルはある種斬新であり、王道でもある。

俺としてはこういうタイプのゲームは割と好きな方だ。

なんか理由は分からないけど燃えるだろ。殴り合いと剣の斬りあいはいつの時代も男心をくすぐる魅力がある。

時代が過ぎ銃による戦闘が主流になろうともやはりステゴロが最高。

 

そんな訳でさっそく新しい武器を買ってひと狩行こうぜ!と思ったが武器屋が見つからない。

 

SAOの舞台は空に浮かぶ鋼鉄の城という設定で。この舞台はアインクラッドという名前で、全体は卵みたいな形で内部構造は1から100までになる階層に区切られ1階層をクリアするごとに上の階に行き、100層をクリアすればゲーム攻略終了となる仕組み。

 

階層はピラミッドのような作りで上に行くたびフィールドは小さくなっていく。

つまり、第1階層はアインクラッド最大面積を誇り第1階層最大である始まりの街もとにかくでかいのだ。そんなデカイ街でたった1つしかない武器屋を探すとなればまぁ骨が折れる。

 

ポケモンとかならある程度ポケセンとショップの位置は決まってるけど、ここはどうか。少なくともゲーム初見の俺ではそういうアルゴリズムを知るのはまだ先の話だろう。

 

仕方なくあたりをしばらく歩いていると1人のプレイヤーに目がいった。

まわりの奴らが興味深くあたりを物色してる中、明確な目的を持った足取りに意気揚々と輝く目。

明らかに他のニュービー(初心者)とは違う。

 

さてはあいつ。

 

「そ、そこのあんた!」

 

「え…?」

 

思い立ったらつい反射的に呼び止めてしまった。普段反射的に誰かを呼び止めたり、なんなら話をする事すら少ない俺だが声が出てよかった。一安心だ。こんな事に安心を覚える俺自身に一抹の不安はあるけどな。

 

呼び止められた青年はいぶかしげに俺を見る。

 

「えっと‥‥俺に何かようか?」

 

「あ、ああ‥‥きゅ、急に悪いな。もしかしてβテスターか?」

 

「!」

 

この反応ビンゴだ。

というか顔に凄い出てる。確か感情を読み取りオーバーリアクションで再現するシステムだかがあるんだっけ?

それともこいつがただ単に分かりやすい奴なのか。

 

「‥‥なんでそう思うんだ?」

 

相手に身構えられてしまった。悪意なく話しかけただけで警戒するとか失礼な奴だ。いや、むしろ俺に取っては平常運転の反応だな。

少しキョドってしまったのも印象が悪いか。顔はイケメンでも滲み出るコミュ障感が否めない。

 

「別に大した理由じゃないけど、えっと、君が他の人たちと違い足取りがはっきりしてたからかな。ほら、他の人たちは興味深そうに周りを見てるから」

 

そういわれて、周囲を見渡すとなるほどと一気に警戒心をなくさせる青年。

 

イケメンらしくイケメン風の口調にしてみたが功をそうしたようだ。なんだよイケメン風の口調って。はいリア充王様であるリア王こと葉山を参考にしました。

顔もそうだがこの口調だとまんま葉山だな。べ、別に葉山の奴が羨ましいんじゃないんだからね!

 

「それで、悪いんだけど武器屋の位置を知っていたら教えてほしいんだけど」

 

「いいぜ、あんたニュービーか?」

 

「ああ」

 

「そうか、俺はキリトよろしくな」

 

「‥‥あ、ああ、俺はヤハタだ。よ、よろしく」

 

付き出された手が一瞬なんのことかわからなかったが握手か。

イケメンの真似事をしても隠しきれないぼっちとしてのカリスマが光りキョドリながらもたどたどしく握手を交わすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始まりの街から少し離れた草原。そこには3人の野郎が剣を片手にイノシシを囲むように立っていた。。

 

「ぐはぁぁぁあ!?」

 

あ、今1人吹っ飛ばされた。

悶絶しながら騒いでる赤髪の男の事はひとまずおいといて、俺がキリトに連れられ武器屋まで行った所だった。

武器屋に行ったところ片手剣や槍やらが並ぶ中俺が手にしたのは曲刀。日本人にはあまりなじみがないが。イメージとしては日本刀の親戚みたいな感じで又は中国の青龍刀みたいな奴だ。

 

性格が捻くれてるから剣も曲がってるとか、自虐的な意味ではなく単純にフォルムが気に入っただけだから。変な勘ぐりはやめてもらおう。

 

それで、話の流れでキリトが一緒にひと狩行こうぜと提案してきたので断ろうとした時だ。

断っちゃうのかよ。

 

俺と同様にキリトがβテスターだと気が付いたらしい赤色の髪の男クラインが仲間に入れてほしそうに話しかけてきた。

 

仲間にしますか?

 

はい

 

いいえ←

 

と、断るき満々で口を開こうとしたら。

 

「いいぜ、俺はキリトよろしくな」

 

「おおー!ありがとなキリト!俺はクラインよろしくな!」

 

俺が断るより先に神速の速さでキリトが了承した。

 

まぁ、よくよく考えるとクラインはキリトに用があり、キリトと俺はもうさよならするところだったんだからキリトが勝手に了承しようと俺には関係ないか。

そんな訳であばよと片手を上げ無言でその場を去ろうとしたら。

 

「そっちの兄ちゃんもよろしくな!それじゃあみんなで狩に行こうぜ!!」

 

「おう!」

 

クラインに両肩掴まれそのまま連行されるように俺は拉致られるのだった。

おい、俺の意志どこいった?迷子なの、八幡君の意志ちゃんお兄ちゃんが探してますよ~

そして今に至る。

 

「ぐおぉぉぉっいってぇぇぇえ!?」

 

イノシシ、というかイノシシ型のモンスターフレンジ―ボアに吹っ飛ばされたクラインは2転3転地面を転がり腹を押さえ野太い悲鳴を上げる。

本来イノシシの突進なんて大怪我しても不思議ではない。それこそ入学式の俺の様に骨の1本や2本折れるレベル。

ただし、ここは精巧に作られていると言っても所詮ゲームである。

 

ダメージによるフィードバックは現実世界の半分以下であり、衝撃はあれど痛みはほぼ感じない。

吹っ飛ばされたところでHPバーが少し減るくらいしか電子の体に変化はない。

 

「おおげさだな、そんなに痛くないだろ?」

 

「ぐぉぉー…ん?そういや、そうだな。そういやこれゲームだったな。いや~あまりにリアルすぎてついうっかりな!」

 

ニカッと屈託ない笑顔で勢いよく立ち上がるクライン。

うっかりであんな反応するとか、こいつは芸人か?もしくはおちゃらけたリア充。

教室の後ろでうぇーうぇーいってる感じの奴、どこの戸部だよ。

 

「うっかりって‥‥とにかくもう一度やってみろよ」

 

「つってもよ~どうやらいいのかよくわかんねーンだよ‥‥」

 

情けない話というわけじゃないがドラクエでいう所のスライム。ポケモンで言う所のコラッタレベルであるこのイノシシ相手にクラインはたじたじである。

 

「説明しただろ、剣を構えて一瞬溜める。そうすれば後はシステムが自動でソードスキルを発動させるって」

 

片手剣でフレンジ―ボアの前に立ちクラインが吹っ飛ばされた突進を軽くあしらうキリト。体制を変え、俺とクラインに見えやすい位置で剣を構える。次の瞬間、キリトの片手剣は青いエフェクトに包まれ勢いよく振り下げられる。

 

「フギャー!!」

 

か細い断末魔を上げフレンジ―ボアはポリゴンの塊となり崩壊する。

 

おおーお見事。

あれがソードスキルか。

 

魔法という概念がないSAOにおいて重要になるのがこのソードスキルだ。

ソードスキルはシステムアシストにより連撃や高火力の技を出すいうなれば必殺技みたいなものである。

 

普通の斬るや突く攻撃と違いシステムがスキルと認識し威力を何倍にも跳ね上がらせるため本来何回も斬らなければ倒せない敵を一撃で倒すことができる。

俺達レベルではまだせいぜい2連打が関の山だがソードスキルの中には10連打以上も可能な技もあるとかないとかいう話だ。

 

コマンド押さなくても必殺技が使えるの便利だが、慣れるまでが難しい。

ただ、クラインは他のゲームでギルド長を務めていたらしく飲み込みも早かった。

キリトの見本を参考に一振り二振り剣を上下させしばらくすると淡いエフェクトに包まれソードスキルが発動する。

 

「おっしゃあああ!やったぜ!」

 

野郎の雄叫びが木霊した。初めてモンスターを倒した瞬間はうれしいものだが何分相手が相手なだけにそこまでかと疑問に思う。

あまりの興奮しきった反応に若干引いてる俺を尻目にキリトは賞賛の声をかけた。

 

「おめでとう、といってもこいつスライム相当の奴だけどな」

 

「え?マジで!?俺はてっきり中ボスクラスの奴かと思ったのに・・・」

 

「そんな訳ないだろ」

 

呆れるキリトは少し遠くの草原を指さす。そこには2体のフレンジ―ボアが新しくポップされていた。

というか、こんな序盤に中ボスクラスがいたらせっかくの神ゲーが一気にクソゲーに早変わりだ。

ポケモンで言うならマサラタウンを出発してすぐにチャンピョンロードの敵が出る様なもの。

ライバルすら突破できねぇよ。

 

「よし、クラインはそのまま感覚をつかむまでやっててくれ。次にヤハタ‥‥」

 

「ん?」

 

名前を呼ばれ振り返るとキリトは少しバツの悪そうな微妙な顔で俺を見ていた。

はて、何なのかそんな顔をされる覚えはないが、一応理由を考えてみる。

 

キリト、クラインにソードスキルを教えていた。

 

クライン、感覚を忘れないように反復練習中。

 

俺、曲刀にエフェクトを纏わせイノシシを狩っている最中。あ、倒した。

 

ふむ分からん。

キリトの奴は、なぜ目を点にさせているのだろうか?

まるで学校の旅行中同じ班になった奴らがどこに行くかと意気揚々と話しているときに、お土産を買っていた俺に向けられた時のような目じゃないか。

 

小声で、「普通1人で買うか?」「集団行動しろよ」と聞こえたが何のことかさっぱりわからん。それにひそひそと話していたが普通に聞こえてた。むしろ聞かされていた。

 

いや、だってお土産とか別に人と話し合わなくても買えるし、個人の買いたいものがあるのに無理やり集団で行動させようとする方が悪い。

協調性がないとか当時の担任に言われたがどちらかと言うと俺は被害者だ。

 

ボッチを無理矢理6人班とかに押し込む学校教育が悪い。

実質5人とそれについて回る1人という構図なんだし確認とったところで却下されるのがオチである。なら早々に1人で買い物を済ませたほうが建設的。

自分一人でできる事に下手に人員を増やしても意見が統合されずだべったりして時間と労力の無駄だしな。

 

良く言うだろ、自分でできる事は自分でやるって。

そんな当たり前の事をしているにすぎない俺を悪というのなら世界の正義は間違いだ。むしろ俺こそ正義である。

 

「えっと‥‥大丈夫そうだな‥‥」

 

「おう」

 

「そ、そっか‥‥」

 

にも関わらず少しさびしげな顔をするキリトにのどに刺さった小骨ほどの罪悪感を感じるのはなぜだろう。

やはりアレか、正義っていうのはいつの時代も人に理解されない孤高の存在だから常人とは相いれないものなのか。なんつってな。

 

それから俺達は時間がたつのも忘れめちゃくちゃ狩をした。

 

それからさらにしばらくたち、俺は自分のレベルアップに専念するため2人と行動を別にする事にした。

 

え、だって元々武器屋の場所聞いたらキリトとはおさらばするつもりだったしこの集団プレイも半ば無理矢理連れられついでにただで教えてくれるならもうけもんという100%の打算だし。

これ以上一緒にプレイする必要もない。

 

別れ際にクラインから、違うゲームで知り合った仲間と一緒にプレイするからどうだと誘われたが丁重にお断りした。

だって考えてみろよ。もしこの誘いにのりのこのこついていったら―――

 

クライン『お~い皆こいつも一緒にプレイするけどいいよな?』

 

ヤハタ『よ、よ、よろしゅくおふぇがいします!』

 

仲間『お、おう・・・よろしくな』

 

仲間(なんか変な奴が来た・・‥!?)

 

みたいな感じになるだろ。俺の方もお仲間さんの方も気まずい空気の中プレイするとか、何プレイだよ。

 

しかし、イメージの中ですら噛みまくる姿しか想像できないなんて俺のボッチクオリティーの高さが伺える。キリッ俺はキメ顔でそう思った。

なんだよボッチクオリティーって。

効果音付きのキメ顔でこうも場に変動を与えないのは世界広しといえども俺くらいなものだ。

クオリティー高いな俺。泣けてくるぜ。

 



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どう考えても茅場晶彦はクソ野郎だ。

草原から始まりの街。

 

俺は1人イノシシ狩りを切り上げ一旦街まで戻ってきた。

こういうRPGはフィールドでモンスターを狩りレベルを上げるのも醍醐味だがそれと同じように街や村でのイベントも重要となる。

 

タンスからアイテムを盗んだり人の所有物である壺を壊したり明らかに自然発生ではない道具や技マシーンを拾いねこばばしたり。

解釈に悪意があると思うかもしれないが大体あってると思う。悪意があるのは制作会社のほうだから。

他にもクエスト情報や隠しアイテムの存在なんかもNPCの聞き込みで判明するケースも多い。

それと攻略とかには直接関係ないがちょっとした小話とか壮大な伝説とか個人的に結構好きだ。ミアレシティの幽霊とかヒガナのレックウザ伝説とかお気に入り。軽くトラウマになるレベルの話の方が面白いよな。

 

なので、始まりの街で聞き込みと散策を開始する。

 

絶望的にコミュニケーション能力に障害を持つ俺でも流石にプログラムで構成されてるNPCに気後れすることもなく情報を集めていった。

何よりいくらキョドろうともどもろうともNPCは引いたり「うぇ…」みたいに思ってることが顔に出る事もないし。

人と話して心に傷を負わないとかまじ天国。

というか、NPC相手でもキョドるんだな俺。

 

街の裏路地や侵入可能な民家に正面から忍び込むこと数十分。

やけに時間が掛かると思うかもしれないが、それは街の面積がでかいからだ。

始めに言った通り始まりの街の面積は恐らくアインクラットでも随一。そこを目的もなく、家の扉が開くかどうかを確認し、NPCがいたら話しかけ(スキップはない)壺やタンスを発見したら物色する。そんな事を続けていれば時間もかかる。

 

マサラタウンとかなら1分あれば事足りるのに。というかあの研究所と主人公達の家が2,3軒しかないのにタウンを名乗っていいのだろうか。

まぁ、由来がまっさらだしある意味間違ってはいないけれどどうにも腑に落ちない。

ぶっちゃけどうでもいいな。ポケモンや道具もらうしかやることないしむしろごちゃごちゃしすぎてると萎える。

 

それに比べるとまだ街の半分も散策できていないこの現状は心がぽっきと折れそうだ。むしろもう折れてる。

手に入れた情報も使いようがあんまないし。

 

・宿屋より格安で泊まる事が出来る民家の情報(ログアウトすればいいので別にいらない)

 

・森の秘薬というクエストで強い片手剣が手に入る(曲刀なので必要ない)

 

・秘薬のクエストはホルンカという村で受けられる(上記と同じ必要ない)

 

こんな感じ。いらない。マジで徒労じゃん。

 

あまりの無駄骨に腕を投げ出し脱力していると視界の端にあるデジタル時計がもうすぐ17時30分になるところだった。

まだゲームを続けてもいいが今日1日プレイすることを考えると一旦ログアウトして腹になんか入れたほうがいいだろう。

 

両親はまだ仕事中だろうけどこの時間じゃ小町は帰ってるはずだし。何かの拍子にプレイ中小町がナーブギアの電源を切る事もありうる。

 

事情は知っているだろうけど、ある程度お願いをしておかないと本当にやるからな。

以前も俺が夕食時にマリオテニスをしていた時に夕飯ができたと呼びに来た小町に少し待ってと適当に返事を続けていたら半キレした小町にテレビを消されゲームの電源を消されついでに軽く蹴られた事がある。

最後の絶対いらないだろ。お兄ちゃん泣いちゃうよ?

 

ちょうど他のプレイヤーがいない民家の中だしここでログアウトして現実に帰る事にした俺は、右手をスライドさせ空中にメインメニューを表示する。

 

とりあえず飯を食い、小町と兄妹の触れ合いをして何なら風呂とかも入っちゃてまた19時くらいに再開しようなどと計画を立てているとそれは起こった。

 

日は傾き夕暮れの色に染まる始まりの街に一際大きない鐘の音が響き渡る。

 

もの哀しく感じる街の、それでいて静寂と呼ぶにははなはだ煩い街に響く音は静かに波紋を広げていく。

その発生元は分からないがただ言えるのはこの音は始まりの街のいや、アインクラット中にとどろきそれを聞いた者の心に一抹の不安を育んだ。

 

何事かと民家から出ようと扉の手すりに手をかけた時、扉に伸ばす俺の手が青いエフェクトに包まれた。

 

「え…?」

 

一体何が?ソードスキルを使った覚えはないしそもそも剣すら握っていない。それなのになぜと訳が分からなくなるがそれも一瞬の事。

考えがまとまらない間に気が付けば俺の体全体が青いエフェクトに包まれ。次の瞬間には俺はその場から姿を消失していた。

 

鈍い音を上げながらゆっくりと開かれる路地にある民家の扉。

しかし、開いた扉は内にも外にも誰もいない。

開け放たれた扉は役目を終える事もできず、吹き流れるそよ風によりパタンと閉まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前を覆い尽くす青いエフェクトがきえると、さっきまでいた場所とは違う所に俺は立っていた。

 

「ここは‥‥広場か?」

 

未だ鳴り続ける鐘の音の発信地と思われる始まりの街中央広場。

広場には目立つ時計塔があり、時計塔の上には大きな金鐘がある。どうやらこの音はあそこから流れてるようだ。

 

なにがなんだか分からずあたりを見渡すと俺と同じようにエフェクトに包まれ出現しているプレイヤー達が続々と現れている。

 

鐘が鳴るにつれその数は増えていき、驚愕と静寂に彩られた広場は瞬く間に騒音と混沌に染まってしまう。

 

周りから聞こえてくる声の中に、強制転移だのログアウトだのといった声がする。恐らくβやほかのゲームに詳しい連中だろう。

ログアウトがどうかしたのか分からないが、今起きた現象が何なのかは分かった。

どういう理由か知らんが俺達は強制転移させられたという事だろう。

 

でもなぜだ。

 

考えられる可能性としては、正式サービスを記念した運営の演出とか。あとは何かしらの不具合が発見された謝罪とか。

 

ネットゲームは、普通のゲームと違い初回のサービスからも不具合やバグが発生するケースが多いと材木座がぼやいていた気がするし。

 

額に汗を掻きあたりを見渡すプレイヤーや、イケメンのアバターの腕をつかみ怖いと肩を震わせる女性プレイヤー。

その他にもさまざまのプレイヤーたちがいるが、みんな一様に事態が把握できず不安に満ちた顔をしている。

だが、なんというか俺と彼ら彼女らでは少し違う気がする。緊張感がないというかどこか楽観的だ。

 

ネットゲームにそんなに詳しくない俺でもこれが異常であると思うのだが

所詮はゲームという認識があるのだろう。

だけれど、俺はなぜか安心も安堵もできない。夕暮れという背景が尚の事人の心を不安にさせるからだろうか。恵与しがたい不安がチクリと胸をさす。

 

なにかは分からないが、仮にもしもこれが運営とかが計画したサービス初めのイベントの類だとしたら考えた奴のセンスを疑う。

 

常日頃から妹に私服のセンスがないと罵られてる俺が太鼓判を押す。

‥‥千葉♡LOVEと書かれたTシャツ気に入ってるんだけどな。

ちなみにレベルで言うなら中学生の頃に俺が自分でコーディネートした私服レベルのセンスの無さ。

おいおい、それセンスがないというかただただ最悪だな。最悪過ぎてむしろ全裸の方がマシなほどだ。マジうける。受けすぎてなんだか涙が出ちゃう。男の子だもん。

 

運営の気味の悪い演出と黒歴史の中にいる中学生時代の俺の服のセンスに軽く絶望感を抱いていると、群衆の中1人の男性プレイヤーが天に指さし声を荒げた。

 

「おい!あれなんだ!」

 

空には赤いディスプレイが浮かんでいた。

俺達プレイヤーのメインメニューとはまた違う、6角形の横長いディスプレイ。遠すぎて見えないが英語で何かが書かれている。

 

男の声につられ空を見つめるプレイヤー達。

1つあったディスプレイは2つ3つと数を増やし、瞬く間に広場の空を埋め尽くす。

 

夕日により美しく不気味に照らされた始まりの街は一変、血の様に禍々しいただの不気味な情景へと変わる。

 

一瞬俺がプレイしてるこのゲームがホラーやバイオ系のゲームだっただろうかと不安になる。

この光景はそういった錯覚を起こすほど人の心理をいやらしくつく物だ。

何より、埋め尽くされたディスプレイから赤黒い液体。まんま人の血のようなものが出てきてうねうねと形を変えるとかただのホラー。

仮に今の俺が現実と同じ姿だったらゾンビが出たと討伐されるレベル。

 

空より滲み出る流血が形を作り赤黒いローブ姿の巨人が作り出された。仰々しい演出に明らかに他のモンスターとはかけてある容量が違うと分かる。

 

巨人というより空に映し出されたフォログラムという印象を受けるそれは巨大な手を広げ表情のない顔を覗かせ俺達に向け歓迎の言葉を送った。

 

「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」

 

私の世界。

 

言い方に違和感を感じるが、どうやらこの正体不明の巨人は今の所敵ではないようだ。少なくとも目があったらバトル!みたいな世紀末的なノリではない。そもそも目がない。

 

「私の名は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の存在だ」

 

その名前は聞いたことがある。むしろ今このゲームをプレイしてるなら少なかれず皆知っているだろう。俺でさえテレビや新聞、雑誌で見聞きした人物である。

このゲームSAOを作った天才茅場晶彦。

 

本人自らイベントのホストをするというのにも驚きだが、また違和感を感じる。

 

”世界をコントロールできる唯一の存在”

 

なんだその言い回しは、それではまるで――――――――

 

「プレイヤー諸君はすでにメインメニューからログアウトボタンがない事に気づいている事だろう。これはゲームの不具合ではない」

 

‥‥は?

ログアウトボタンがない?どういうことだ。

俺の、そしてここに集まるプレイヤーの動揺になど関せず否、知った上であえて無視をしているのだろう茅場は話を続ける。

そういえば、ログアウトがどうとかさっき言っていたがこれの事か。だが、不具合じゃないってなんだ。ログアウトできないのは明らかに不具合だろ。だってログアウトボタンがないとログアウトできないし、できないと現実に戻れない。それを不具合じゃないというのは普通に考え無理がある。

だけれど、ここでさっきから感じてた違和感が明確な形になっているのを俺は感じていた。

 

「繰り返そう、これは不具合ではない。ソード・アート・オンライン本来の仕様である。諸君は自発的なログアウトができず、また外部からの停止、解体はできない。仮にそれ等が試みられた場合、ナーブギアの信号阻止が発する高質力マイクロウェーブが諸君らの脳を破壊し、生命活動を停止させる」

 

‥‥

 

茅場晶彦の述べた突拍子のない宣言。先ほどまでただ動揺していたプレイヤーは、これがたちの悪い演出、イベントの類であると断じ不満を漏らす。他にもただただ不安に駆られ答えのない問答を叫ぶ者や広場から出ようとする者が現れる。なんならもうこんな茶番に付き合ってられないと帰ろうとするものもいる。

遠くの方から出られないと叫び声に似た怒声が聞こえたためそれもできないのだろうけど。

 

多くのプレイヤーは、普通の人間は突然目の前に現れた不条理にすぐに対応できるほどのメンタルを持っていない。当たり前だ。普段そんな事がないのにいきなり対応しろとかブラック企業でもなかなかねぇよ。

 

では、そんな人々はその時どうするのか。

それがこの目の前の光景だろう。

 

焦り不安である事から目を反らし虚栄の怒りをぶつける者。

 

意味が分からないと俯き嘆く者。

 

不安に押しつぶされ論理的であるように見えて非論理的な行動をとる者。

 

一番最後のはアレだ、「人殺しと同じ部屋にいてたまるか!」とか言って皆がいる部屋から抜け出し1人になる奴とかだ。

推理漫画とか読むと毎回思うけど人殺しが1人だけなら複数人で固まってた方が安全だと思う。

犯人が無謀な行動にでないように抑止力になるし、襲われても多勢に無勢でどうにかした方が生き残る確率が高いだろ。

 

「ふざけるな」「早く終われ」「頭おかしいんじゃないの?」などと言葉が飛び交う中、こんな時でもボッチな俺は周りに染まる事も流されることもなく奥歯を噛みしめ戦慄し必死に考える。

ぼっちの最大の武器であり唯一の武器を俺は人生最大のピンチにおくめもなく使用する。

 

思考の達人であるぼっちはどんな時でも考える事をやめはしない。

思考停止こそ本当の意味で人を殺してしまう愚行なのだ。

頭の中には言葉が何重にも飛び交い繰りかえされるが考えが纏まらない。そもそも情報が少なすぎる。この状況(ゲームの世界)で俺は場違いただのアウェーだ。

 

むしろホームとかないけどな。あったとしてもきっとホームですらアウェーなのだろう。

 

‥‥こんな時でもこんな口が利ける以外に冷静な自分に驚く。俺って結構メンタル強かったんだな。

 

だからこそ俺は集中し、全神経を総動員し目の前のマッドの言葉を一字一句聞き逃さないように耳を傾けた。

 

「残念ながら警告を聞き入れず、プレイヤーの家族、友人がナーブギアを強制的に解除しようとしたケースが少なかれずある。その結果、213人のプレイヤーがアインクラッド及び現実世界から永久ログアウトをしている」

 

永久ログアウト、それはつまり死んだという事だろう。茅場晶彦は、こいつは、この野郎は213人が死んだと感情のない無機質な声で淡々と告げたのだ。

 

見ず知らずの赤の他人。名前どころか顔を見た事すらない人の死に嘆く余裕はない。どんなに尊い命でも死んでしまった命より今を生きる命を優先させる。それは当り前の行動で人であるなら当然考えだ。そんな他人の為に今を生きる俺が、特にこんな緊迫した状況で何かを言う事はない。

 

だからあえて言っておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の命をなんだと思ってやがんだこの野郎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茅場のアバターが手をスライドさせると複数のネットの記事、又はテレビのニュースが流れる。そのどれもが『オンラインゲーム事件』『デスゲーム』『被害者多数』と報じていた。

 

「ご覧のとおり、多数の死者が出た事により、あらゆるメディアが繰り返し報道している。したがって、すべにナーブギアが強制的に外される危険は限りなく低くなっていると言ってよかろう。諸君らは安心してゲーム攻略に励んでほしい」

 

安心?これのどこを安心しろというのか。

今の発言は安心させるためではない、プレイヤー全土に対するただの捻くれた宣戦布告だ。ふざけんな。

 

「しかし、十分に憂慮してほしい。これ以降いかなる蘇生法も機能せず、HPが0になった瞬間諸君らの脳はナーブギアにより破壊される」

 

「っ」

 

これまでの情報ログアウトできない事が仕様。蘇生法が機能しない。安心してプレイしろ。ゲーム攻略。

1つ1つのピースは輪郭を露わにし複雑なパズルを完成させる。だが、最後の1ピースが嵌らない。いや本当はそれすらも分かっている。

ただ単に俺がそれを分かりたくないのだ。

 

本気なのだろうか。本気なのだろう。

 

そんな事の為に人を殺したのか。現実に213人殺している。

 

狂っている。狂っている。

 

それが本当だとしたら茅場晶彦という人間はすでに、どうすることも出来ないほどどうしようもない。

 

馬鹿と天才は紙一重という言葉があるが、間違いなくこいつは馬鹿だ。天才的な才能を持ったただの馬鹿野郎だ。

 

「諸君らが解放される条件はただ一つ、このゲームをクリアする事だ。今君らがいるのはアインクラッド最下層第1層である。各フロアの迷宮句を攻略しフロアボスを倒せば次の階層に進める。第100層にいる最終ボスを倒せばクリアだ」

 

「どういうこと!?」

 

「100層クリア?」

 

「そんなことできる訳ないだろ!」

 

「βテストじゃ碌に上がれなかったんだろ!!」

 

群衆が騒ぎ立てる中俺は静かに自分の立てた推測が的中した事を嘆いた。

こいつは本物のファンタジー実現するために、俺達に自分の作ったゲームをクリアさせるためだけにこんな大それたことを仕出かしたのか。

 

213人を殺し、1万人近い人間を仮想世界に閉じ込めた。

 

多くのプレイヤーが騒ぎ立てるが今はそんな場合じゃない。そんな事は無事に生きて帰れた時にでもすればいい。

だけれど中には本当に数人だけれど周りに流されずに今の状況を正確に判断できる人間がいる。

大多数が状況を飲み込めていない中、これを理解できている奴がいる事に不謹慎ではあるがある種の安堵を覚える。

別に自分1人この混沌の中皆と違う思考をしてるから寂しさを覚えるとかじゃない。

集団の中、さらに集団から外れたアウトローの中でもボッチになれる俺が今更その程度の異端意識で寂しさを覚える事はない。

単純にゲーム攻略の成功率が思いのほか高い事に対する安堵だから。

すでにゲームは始まっている。

心臓を脳を握られてる俺達が何を言っても無駄だろう。圧倒的な弱者の声は絶対の強者に届かない。

カースト制度の底辺であり生まれながらの弱者が言うのだから間違いない。

現に茅場は、騒ぎたてるプレイヤーの声には何1つ答えずあくまで黙々と司会進行を続けている。

 

「それでは最後に、諸君のアイテムストレージに私からのプレゼントが送られている。確認してくれたまえ」

 

思考停止に陥っているプレイヤーは言われがままメインメニューの中にあるアイテムのボタンを押す。

すると、そこに1つのアイテム『手鏡』があった。

 

何だと覗き込めば突然光だし、本日2回目のエフェクトに包まれた。

 



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そして比企谷八幡はゲームを始める。

光りがはれ、あたりを確認するが変化はない。

まずは自分の体を次に周囲の様子を見るが不自然な場所はない。

 

体の部位が欠損する事もなく誰かが死んだ様子もない。

気のせいか男が増えてる気がするしゲームのアバターにしてはひょろりとした冴えない男や顔が丸いデブが多い気がするが特に問題はないようだ。

他を見てもそれは変わらない。小学生くらいの小柄な少女やスカートをたなびかせた黒人の男。特に問題は・・・

 

‥‥

 

‥‥

 

‥‥今何か変なのいなかったか?

 

しかも良く見てみれば、黒人以外にも女物の服を身に着けた男が増えてる気がする。さらに6:4くらいの男女比だったのが今ではなぜか8:2くらいの比率で男が増え、女が減っているよ。

 

一体何か分からなかったが、その疑問は手鏡にうつりこんだ自分の顔を見たことで解決した。

 

自分の顔。

 

俺が数十分かけて作り上げたイケメンアバターの顔ではなく、顔は整っているが顔の一部が残念な事になっている17年間共に過ごしたおなじみの顔。

なるほど、考えてみれば簡単だ。

 

ファンタジー世界を現実に再現し、デスゲームに1万人を巻き込み、すでに213人の人間を死に追いやった茅場晶彦。

こいつの事なんて中二病を拗らせた狂気のマッドサイエンティストという印象しかないが、その性格の一端はこのゲームに集約されている。

 

肌を撫でる風が、ひんやりとした地面が、どこまでも遠い大空が彼の完璧主義者たるこだわりを体現している。

緻密に洗礼されたそれは、現実ではただの景色。しかし、人の手により作られたとしたらそれはもはや芸術に違いない。

 

ここまでの物を造った男が、仮想世界に現実を再現させた正真正銘の馬鹿が、自分の創りあげた舞台に仮面をつけた役者を登場させるわけがない。

 

こいつの求めてる世界は、空想の中の確固たる現実だ。

夢見る少年のような、思いを馳せる少女のような小奇麗な物語など求めていない。

もっと愚劣で、もっと悲惨で、それでいて儚い。そんな生々しい世界こそが茅場の求める本物なのだろう。

 

「‥‥俺の顔だ」

 

だからこそアバターなんて作りもを排除した。

性格が最悪的に悪い茅場という男はこういっているのだ。

 

『お前達は役者でもキャラクターでもないお前達自身だ。偽りは許さない、生きるも死ぬも1人の個としてまっとうせよ』

 

実に性格が悪い。作った顔も偽りの性別も捨ててゲームをプレイするとか個人情報の流失ってレベルじゃねぇぞ。

 

まぁ周りを見渡しても顔どころか年齢や性別すら嘘ついてる奴らがゴロゴロいるし気持ちが分からなくもないけどな。

 

「お前男だったのか!」

 

「20歳って嘘かよ!?」

 

「お前キリトか!」

 

「‥‥お前はクライン?」

 

虚像を暴かれた人々が口添えする。

 

なんか聞き覚えがある名前も聞こえたな。声がした方向を見ると野武士顔の男と中学生くらいの中性的な少年が見覚えのある装備を着ている。

多分キリトとクラインだ。

 

「でも、どうやって‥‥?」

 

ナーブギアは顔を覆い尽くす作りだから輪郭なんかは分かりそうだけど体はどうやってスキャンしたんだ。

 

「クソがっ!‥‥今はそんな事関係ないだろ」

 

疑問はある。でもそんなものいくら考えても仕方ないだろ。例えナーブギアに小型カメラでもつけられてて写真とったとか判明しても何にもなんねぇよ。

救われもしなければ解決もしない。考えるだけ無駄だ。

 

「諸君は今なぜと思っているだろう。なぜ、ソード・アート・オンライン及びナーブギアの開発者茅場晶彦がこんな事をしたのだろうと。私の目的はすでに達成させられている。この世界を造りだし、干渉するためだけに、私はソード・アート・オンラインを造った」

 

茅場の操る巨大なアバターはどこか遠くを見るように語りあるはずの無い顔が破顔した。

 

「そして全ては達せられた。以上でソード・アート・オンラインの正式サービスのチュートリアルを終わる。プレイヤー諸君健闘を祈ろう」

 

様式美的な定例文を最後に、茅場のアバターは赤黒い霧と化し彼方へと消えて行く。

 

まるで、どこぞの物語で魔王を倒した時のように真っ赤に染まっていた空も元通りとなった。このままハッピーエンドのエンドロールでも流れてくれればいいがそうもいかない。現実は甘くないのだ。

 

仮想世界で現実の辛辣さを知るとかどんな皮肉だよ。ちくしょうめ。

 

残されたプレイヤーたちに安堵も安息もない。何せこれは魔王を倒したのではなく、ただただ魔王が宣戦布告をしてきただけなのだから。

 

唖然と空を仰ぎ見るプレイヤーは1人また1人と思考の波に飲まれていた意識を現実へと戻していく。

彼ら彼女らは実感し体感した。頭のどこかで考えていた「大丈夫」「これはただのゲームだ」という安心には亀裂が入り滲み出る絶望を不安をもうせき止めるすべはない。

 

少女の絹を裂くような悲鳴から、嫌な沈黙を保った広場は阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わり果てた。

 

「いやああああああああああああ」

 

「どういうことだよ!なんだよこれ!」

 

「出せよ、出してくれよ!」

 

「俺はこれから約束があんだよ!お願いだから出してくれ!」

 

先ほどまでアバターが映し出された空に向かい吠える人々。例え届くことがなくとも叫ばずにはいられない。でも、叫んだところでなんになる。

 

茅場は言った。

この世界は現実であって遊びじゃないと。

これから先全ての蘇生法は機能せず、外からの救助も期待できない。

現実に戻るには100層あるゲームをクリアするしかないと。

HPが0になると現実で死ぬと‥‥

 

あくまで、あくまでも茅場の言葉を信じるのなら。恐らく多分絶対に真実なのだろうけど。

これから先現実世界に戻るにはいくつかの選択がある。

 

モンスターのいない安全な街で外から救助が来るのを延々と待ち続ける又はゲームクリアするのを待つ。

 

駄目だ。

端から救助が来る可能性なんてあってないようなものだ。そもそもいつ来るか分からない救助に自分の命を駆けるなんて俺ができる訳ない。ゲームクリアも同じ、他力本願をマニュフェストに掲げる俺だが命まで他人に任せるほど度胸はない。

 

いっそすべてを諦めて街の城壁から外に飛び降りるか。

 

ふざけんな。こちとら自己保身に定評がありゴキブリ並みに生に執着してる比企谷八幡だぞ。自殺とかありえん舐めんな。自殺する度胸もない。舐めんな。

 

ではどうする。

 

ゲームを攻略して現実世界にかえる。

 

これしかない。

 

飛躍してるかもしれない無謀かもしれない実は全然冷静じゃないかもしれない。それでもだ。俺はやらなくてはいけない。

義務感があるわけじゃないし何なら残りの9000人を見捨てて自分1人が助かっても罪悪感とか感じない。自分の身が大切だ。

 

なら、そんな俺が誰かに命を託すなんておこがましいにもほどがある。自分でできる事は自分でやる。それが俺の信条だしな。またの名をぼっちの心得ともいう。他人を信じるな自分も信じるな妹を信じろと。

小町お兄ちゃんはお前に再び会うためにやるぜ!

 

などと現実世界にいる妹に誓いを立てた。多分あいつは泣いている。妹を泣かせるとか本当にどうしようもない兄貴だ。

この埋め合わせは現実に戻ってしてやらねえとな。

それに他にも‥‥

 

覚悟を決め行動する目的を決めた所で俺はふとあの2人の事を想いだした。

キリトとクライン。

クラインはともあれキリトは元βテスター。ならテスター時の情報を持っており何なら一緒にいたほうが安心安全。

 

自分からあいつらと別行動を選び都合が悪くなると頼るなんて気が引ける‥‥気がしないでもないがそうでもない。

こんな場合にんなこと言ってられるか。

先ほど見たキリトぽい奴は見るからに年下だった。小町と同い年かそれより下。

年下に頭を下げるのはプライドが以外に高い俺には遺憾だが今はそんな事どうでもいい。泣けなしのプライドなんてフレンジ―ボアにでも食わしとけ。

生き残るためなら、現実に戻るためなら本気だしてやる。土下座でも靴舐めでも寄生プレイでも今の俺ならやれる。

 

せっぱつまった時の俺のなりふり構わない感は凄い。引くほど凄い。むしろ引く。

 

といってもそれはキリトがゲーム攻略に乗り出した時に限るんだけどな。

キリトが命惜しさに攻略を捨てたならそれも仕方ない。鬼畜外道の最低野郎と文化祭が終わったあたりからうそぶかれてる俺だが、嫌がる年下に無理矢理命を張れと言うほど腐ってはいない。

その時は情報だけ貰って1人でプレイしよう。

 

方針を決めさっそくさっき見つけた野武士顔と童顔の2人組と接触しようと試みるとそこにはすでに2人の姿はなかった。

 

「ッ、あいつら何処に‥‥!」

 

クソ、失念していた。年下であるキリトは当然の如く周りで今だ嘆き悲しむ人と同じようにこの場に留まるものだと思っていた。

だが違った。少なくともキリトは攻略に対し前向きであったようだ。それは喜ばしい事だ、腕のいいプレイヤーそれも元βテスターが攻略に参加してくれれば攻略が早く進む。

しかし、今はその正しい行動が恨めしい。

 

「いた!」

 

必死に周りを見渡すと特徴的な赤色の髪の男が広場から人気のない路地に行くのを発見した。

そこから俺の位置は優に50メートルほど離れている。今すぐ追わないと見失うだろう。

 

停滞する人々を押しのけながら彼らが抜けて行った路地に向け全力で走る。

誰かにぶつかる。普段なら自分が悪くなくとも頭を下げるが今はそれどころじゃない。

 

転んだ。すぐに立ち上がれ、まだ間に合う早く走れ。こんな時はゲームで良かったと思う。現実ならあんなに盛大にすっころべば悶絶してるところだ。

 

結局俺がクラインとキリトが消えていった路地までたどり着くのに3分ほどかかってしまった。

 

流石に泣き崩れてる人を蹴飛ばして進むわけにもいかず、途中ネカマ連中が集結してる地域に突入してしまいもみくちゃにされたりした結果だ。

 

念のために言っておくが別に海老名さん的な意味合いはない。ネカマはちやほやされたい楽したい男とも知らずにこいつら馬鹿じゃねと高笑いしたい奴らがなるものでありオカマではない。打算となんかこう男の汚い何かで構成されてる系の奴だ。

 

さて、2人の姿が消えた路地まで来た俺はさらに走る。思っていた以上に薄暗く少し狭い路地裏に消えて行った童顔の少年と野武士顔の男を追う。

念の為に言っておくが海老名さんの出番はない。

淑女じゃない淑女が好きそうな答えが導き出せない、導き出したくない掛け算とかクラ×キリとかないから。

 

どうやらキリトは1人で行きクラインはこの場に残るようだ。何かあったのか?

いや、今はそれよりすぐにでも走り出しそうな勢いのキリトを呼び止める方が先決だ。

 

「おい!キリ―――」

 

「キリト!‥‥っおめぇ、案外可愛い顔してるな。結構好みだぜ!」

 

「‥‥お前もその野武士顔の方が100倍にあってるぜクライン!」

 

「・・・・・・」

 

呼び止めようとした。だけれど俺が叫ぶと同時にクラインの発した言葉に遮られる。

というかなんだ今の。

え‥‥

 

まさかのキマシタワーなの。

 

海老名さんの大勝利なの。

 

‥‥‥

 

 

「ないわー‥‥」

 



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彼は初めて死の恐怖に対面する。

 薄暗い森の中、人影が大量の植物に襲われている。

 植物に襲われる。なんて、違和感を感じる表現だが繰り広げられる光景はそう表現するしか言いようがない。比喩でもなんでもなく。植物に襲われている。

 

 と、いっても、それは植物と言うには甚だ醜悪だ。

 

 花のつぼみのような寸胴型で2本の触手が足元からうねうねと蠢いている。

 例えるのならハエ取り草みたいな大きな口からは緑色の液体を放出している。

 綺麗な花に手足をつけたような愛嬌もなく、その姿はまるでモンスターだ。というか、普通にモンスターだ。

 

 ホルンカの村から少し離れた西の森。そこに生息する植物型モンスターリトルネペント。食虫花型モンスターでありレベルとしてはフレンジ―ボアより少し強いくらいで、ある1つの特性に注意すればさして問題のない雑魚モンスターである。

 

 そう、ある1つの特性を除けば。

 

 個であれば軽く倒せる相手。それが雑魚と呼ばれるモンスター達。例え2体であっても、何なら3体であっても難なく倒せる。

 しかし、どんな相手でもそれが集団となれば話は別だろう。

 

「ぐぎゃぁ」

 

「はぁはぁ‥‥23‥‥どんだけいやがんだよ!」

 

 その証拠が今、1体のモンスターを倒した彼の状況だ。23という数のモンスターを倒した彼のレベルは決して低くはない。彼、比企谷八幡ことプレイヤーネームヤハタ。

 

 個という漢字を体現したような存在。直接的な言い方で言うとぼっちである彼は、自身の天敵ともいえる集団と対峙している。

 倒した数を察するに苦手な相手であっても一騎当千の奮闘を見せる彼は、はたから見ればレベルの高いプレイヤーとなるだろう。

 

 だが、いくら敵を倒そうと次から次に湧いてくる相手に疲弊を余儀なくされていた。

 息も荒く、なぜか現実と同じように濁りが反映されてる瞳も普段の数倍酷くなっている。

 

 彼の弁曰く、集団で群れる者は弱さを補うためらしい。故に逆説的に、ぼっちである比企谷八幡は絶対的強者と呼んでいいだろう。たぶん違うと思うが。

 しかし、逆説の逆説的に言えば集団とは、つまり強者という事だ。モンスターでもリア充でも。スライムでも、童貞風見鳥でもそれは同じなのだ。

 

「‥‥くそが!!」

 

 また1体のリトルペネントを屠るが、見渡しても数が減った実感を持つことはできない。むしろ、彼を取り囲む包囲網は着実に迫ってきていた。疲労につれ段々と被弾する数も受け、すでに3分の1以上のHPを失っている。

 

 

 

 でも、なぜ彼がこんなピンチに陥っているか?

 それは今よりさらに1時間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと着いた・・・ここがホルンカの村か?」

 

 デスゲームが始まり3日。

 ゲーム攻略へ乗り出してる俺は3日目にしてようやく次の村にたどり着けた。なお、正常であり平常通りぼっちのソロプレイヤーである。

 パーティーゲーム?そんな迷信、信じてるの?マ○オパーティーは1人か兄妹で楽しむ物だし、ス○ブラは全キャラでマスターハンドを倒すまでを楽しむゲームだ。ポケモンの通信なんてものは1人で2機のゲームを買えという企業戦略に他ならない。

 

 基本的にそういう企業戦略に屈しないのが俺のスタイル。だからバレンタインとかも参加しない。別にもらえない訳じゃない。ちょっと前にした気もするがそれは部活道で仕方なくだ。 

 という訳で今回も同じようにソロでいる訳ですよ。別に誰にも相手にされてないとかいう訳じゃないんだからね! 

 

 といった感じで企業に、さらに言えば茅場晶彦の思惑に真っ向から対峙してる俺なのだが、なにぶんソロだと色々と大変だ。まず、安全マージンが低くなるし、1度に持てるポーションも限られてるから補充のために街とフィールドを行き来するので時間もかかる。

 

 始まりの街からここまで、多少入り組んではいたが距離的には1日、いや半日もあればたどり着けるのになんやかんやで3日もかかってしまった。

 

 それでも時間がここまでかかった理由は、俺がモンスター1体1体の生態やら攻撃パターンを地道に探っていたからだけどな。

 

 何分このゲーム、攻撃パターンは豊富だし決まったアルゴリズムで動くものの分かりずらい。1体の時とそれ以上の時で攻撃パターンが違うとかなんだよその設定。しかも集団になればなるほど難解になってく。

 

 もうさ、技の数は4つ野生のモンスターは最高でも2体とかでいいだろ。もしくはパターンになきごえとかにらみつけるとか非攻撃の技を入れてくれ。

 

 しかも人型のモンスター、コボルトなんて手に持った武器でソードスキル使ってくる始末だぞ?初めて見た時、驚きのあまり「あsぢphp不二子sdfふれw!?!?!?」みたいな、変な声だしちゃったよ。

 

 そういう初見のモンスターでも複数人で囲んだりすれば難なく倒せるのだろうけど‥‥何見てんだよ、見せもんじゃねえぞ?あん?

 いっそあれだな影分身とか使えないかな?孤独を紛らわす術を使えば1人でもどうにかなる。それかテニヌだテニヌ。反復横跳びしとけば1人ダブルスできるだろ?いや無理だから。

 

 クソ、これも全て茅場が悪い。マジで茅場許すまじ。神様どうか茅場晶彦がゲームするときロードにやたら時間のかかる呪いをかけてくれ。お願いします。3百円あげるから。俺以外の誰かが。

 呪いがしょぼい上に他力本願。

 うん、いつも通りの俺だな。大丈夫まだ焦る時間じゃない。幸いにもこのゲームをプレイしてる奴は9千人近くいるのだし俺以外の誰か、元ベータテスターとかは先に進んでいるはずだ。

 次の街に行くのに3日かかっても絶望するのはまだ早い。

 

 そういや、ベータテスターって聞くとあいつの顔を思い出すな。

 しかし、まさかキリトとクラインがホモ達だったとは‥‥。あまりの衝撃に、気が付けば2人ともいなかったし。

 

 いくらデスゲームに巻き込まれ自暴自棄になってもああなっては人間終わりだと思う。

 

 あいつらが攻略に出てるならいずれ会う事になるかもしれないが、その時は知らない振りをしよう。下手をすればあれだし。俺のアレがあいつらのアレであーしてアーッ的なな?うん、今後2度とあいつらに会わない事を願おう。

 それにほら、海老名さんが出血死してしまう可能性がある。人命にかけてあいつらと俺は赤の他人だ。

 

「えーと・・・ここか?」

 

 さて、このホルンカの村に来たのには攻略意外に理由がある。まだデスゲームになる前に仕入れたNPC情報で、この村で強力な武器が手に入るクエストがある事が判明しているからだ。

 

 その武器が片手剣という事で断念したが、武器屋で3000コル程度の武器に命を預けるのも心もとない。命が掛かってるのでは自分の信条よりも性能や効率を重視するのは当り前だ。むしろ、この柔軟な思考と対応能力こそ俺の信条といっても過言ではない。

 

 まぁ、もし俺が一流のゲーマーならこんな労を伴わずにすんだのだろうけど。空白くらいの腕があればデスゲームもぬるげーと化すかもしれんな。結構似てるとおもうんだけどな。世界一可愛い妹がいる所とか、世間を斜に見てる所とか。ただ、あそこの兄妹は義兄妹なんだよな。妹と結婚できるとかマジで空許すまじ。俺だって、仮に小町と血が繋がっていなかったら即ルート入りしてるところだ。

 

 おっと、ここから先は一方通行だ。違った行き止まりだ。これ以上の思考は色々とやばいので早々にゲームを進めようではないか。

 とりあえず最後に言葉を残すなら、俺は義兄妹は邪道、兄妹こそが王道と言おうと俺は思いました。 

 

 ホルンカの村のさらに外れ。寂しくポツンと佇む民家で例のクエストを受けられるようだ。

 たて付けの悪い扉を開けると中には老人が1人。それにベットに横たわる少女が1人。合計2人いた。その中で老人の方の頭の上には?マークが浮かんでいた。変わったファッションですね。多分違う。

 

「ああ、なんていう事じゃ!わしの、わしの大切な孫娘が病におかされてしまった‥‥」

 

「っ」

 

 恐らく?マークがクエスト受注できる印みたいなものだと予想して近づくと老人は突然大声を上げた。 

 

 ゲームなのだしそううものだと理解できるけど、なんとなく恐い。人と同じ姿なのに決定的と言わないまでも違い、違和感を感じる。

 

 いや、多分それは俺がこれをゲームだと認識してるからだろう。偽物と思っているものが本物に近すぎる事でそれが違和感となっているんだろう。仮に俺が何も知らずにこの光景を見ていれば老人の鬼気迫る嘆きを真に受け涙腺を緩ませている所だ。

 いわば不気味の谷の逆バージョン。

 

「この病を治すにはホルンカの西にある森にしか生息しない植物から採取された花が必要じゃ!

 しかし、老い先短いワシでは途中でモンスターに殺されてしまう‥‥誰かが西の森から薬の原料を持ってきさえすれば娘は助かるのに‥‥」

 

 そうこう考えてる間にも老人の独白は続く。

 ふむ、どうやら採取系のクエストみたいだな。その植物の花を持ちかえればいい感じのRPGではおなじみの奴だな。

 

「さすれば、せめてものお礼に先祖伝来の長剣を差し上げる」

 

 老人が話し終えると俺の前にクエスト受注画面が開かれた。

 

 

クエスト名:『森の秘薬』

 

クエスト内容:リトルネペントの胚珠1つを持ち帰る

 

クエスト受注:YES/NO

 

 

 攻略の遅れからか、それとも油断していただけかなのかここで俺は1つ失念していた。決定的に勘違いをしていた。

 老人の話からこのクエストはてっきり植物採取系の簡単なものだと思っていたんだ。多少面倒でも戦闘は少ないと高を括っていた。 

 

 まさか植物が植物型モンスターだとは夢にも思わなかった。

 さらには、この敵のモンスターリトルペネントに対しても油断していた。初めて見た時キモッと思い速攻狩に行ったらフレンジ―ボア並みに簡単に倒せた。まぁ、多少の違いはあれど所詮は1階層なんだしこんなものだと思ってしまったんだ。

 

 このゲームの主催者たる趣味悪い、性格悪い、マッドサイエンティストの3拍子揃った最悪の男、茅場晶彦がそんなヌルゲー作るはずもないというのに。

 

 俺は失念していた。

 

 だからだろうか、今まで慎重に慎重を重ねてきた俺があんな軽率な行動に出たのは。いやそれだけじゃない。連戦による低下した思考が、倒しても倒しても一向にドロップしないイラつきが、目の前に現れたイレギュラーに対し警戒心を鈍らせ、平然と攻撃してしまった。

 

 頭の上に”実のついた”リトルペネントを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして冒頭に戻る。

 

 あの頭の上に実のついたやつを攻撃すると奴は叫び声をあげ、それに準ずるようにわらわらとリトルペネントが集まってきて今の状況になった。

 

 ‥‥まじでピンチだ。

 

 もはや何体倒したのかも分からないほどリトルペネントを葬ったが一向に活路は見いだせない。

 活路と勝つエロは似ていると思った。駄目だ、思考を放棄するな!意識をしっかり持てよ俺!!

 

 でも、世界に本物の勝利というのがあるのならそれは間違いなくエロだ。つまり、矢吹先生は神である。まじダークネス!!

 

 しっかりしろ俺!!!

 

「おらッ‥‥な!?」

 

 そんな馬鹿な事を考えていた報いだろうか?また一太刀敵に浴びせると、同時にポキンという間抜けな金属音が聞こえた。さらに、音だけではなく見た目もポキンと真っ二つに折れ虚しく地面に吸い込まれていく曲刀があった。

 

 薄いホログラムと化し地面に落ちた刃も握りしめてた柄の部分も消えていく。

 

「こんな時に耐久限界かよ!!」

 

 ゲームシステムの1つである耐久限界。武器や防具、はては食事や雑貨なんかにも備わっているこれは、文字通り耐久の限界であり、これを迎えた物はすべからず消えてなくなる。

 

 武器や防具といった物は定期メンテナンスをすれば大丈夫なんだが、この連戦でどうやら限界を迎えたようだ。

 戦闘時で武器を失うという事は、そのまま嬲り殺しにされる事を意味してる。だから、もしもやらかしてしまったら即刻その戦闘を離脱するか、新しい武器に持ち変えるのが定石だ。

 もっとも今の俺に逃げるなんて選択肢はない。かっこつけとかじゃなく囲まれてリンチに合ってるし。だから、やむおえず俺は急いでメニュー画面から新しい武器を装備しようと手を動かす。

 

「ぐぁっ!?」

 

 が、故意かどうかは分からないが俺のその行動は最後までやり終わる前に乱暴な衝撃で邪魔される。

 襲いくる触手から身を守りながら必死に手を動かす。が、武器がない今俺にモンスターの攻撃を防ぐすべはない。手を盾にしてもダメージも衝撃も受ける。

 

 無情にもHPバーは徐々に減っていき緑色から黄色へ 

 

 嘘だろ?まさかこんなところでかよ・・・

 

 このまま辿るであろう自分の未来に体が震えだす。

 

 認めたくない。認めたくないがこのまま俺に向けられる結果は、末路は変わらない。

 

 こんな所で、こんな形で。

 

 

俺は死ぬのか?

 

 

 

 死。という字が頭によぎる。明確でいて、誰しもに平等に訪れる変えられない真実。でも、それがまさか、こんなものだとは夢にも思わない。

 

 

 

 

 

 

‥‥‥‥‥嫌だ。

 

 嫌だ。嫌だ。こんなの嫌だ!死にたくない。俺はまだ死にたくない!!

 

 こんな所で死んでたまるか!まだ俺にはやり残したことがあんだよ!

 

 こんな形で小町と離れるなんて嫌だ!

 

 由比ヶ浜にハニトーを驕る約束も果たしてない!

 

 一色のいう責任だってまだ取れてない!

 

 戸塚にお別れも言ってない!

 

 それに、雪ノ下との約束だってまだ‥‥ッ!

 

 俺はまだ、こんなところで死にたくない!

 

 襲う衝撃の中、縋るように手を伸ばすが、誰も助けてはくれない。

 

 死にたくない。

 

 HPが赤色に代わった。

 

 死にたくない。

 

 救いはない。覚悟のできてない死の感覚が俺の体を包み込む。

 

 死にたくない。

 

 緩やかに、それでいて不快なほど柔らかい極上の絹のような感覚。これに身を委ねれば苦しむことなく死ねるだろう。

 

 死にたくない。

 

 諦めたけど、諦めきれずに天を仰ぐ俺。もがき苦しみ惨めに伸ばす手を誰かに掴んでほしくて伸ばし続ける。

 

 それでも、その時は訪れる。もうHPはスズメの涙ほどしかなく、最後の一撃とばかりに目の前に現れたリトルペネントは触手を大きく振り上げた。錯覚かどうか、大きく開いた口が俺を嘲笑ってるように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、その時だった。受け入れられない現実に目を見開く俺の前に丸い何かが放り込まれた。

 

 一瞬何か分からなかったがよく見るとそれは癇癪玉のような形状で、地面に落ちると同時に破裂する。すると、その中から大量の煙が放出された。どうやら煙玉のようだ。

 

「な‥‥て、くさっ!?」

 

 緑色の煙は、視覚よりも嗅覚に対し効果を発揮した。無茶苦茶臭い。何かが腐ったような苦いような鼻の奥をしびれさせる何とも言えない臭いが充満する。

 

「~~~~~~」

 

 するとどういう事だろう。煙に触れたリトルペネント達は急に苦しみだした。今まで完璧とも思える包囲網を築き上げてきたやつらは連携を失った烏合の衆の様に足並みを崩し始め穴を作る。

 死の恐怖と突然起こった事態。それと強烈な悪臭に思考が追いつかなく呆けていると、伸ばしっぱなしの手が何かに捕まれ引っ張られる。

 

「‥‥え?」

 

「いそゲ。逃げるゾ!」

 

 フードをすっぽりとかぶり、くぐもった声の誰かに捕まれた手は成すがままに誘導され、するりするりとモンスターの間を抜ける。

  

 死の恐怖から一変、何が何だか分からない俺を残し急死を脱却することに成功した。頭に?マークを作りながらふと思ったのは、引っ張られる手に感じる小さなぬくもりだけだった。

 

 

 

 



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比企谷八幡は少女と・・・

ではでは、皆さんどぞです~

傷物語見ました。うん、楽しかった。でも、3部構成物の物足りなさと次が早く見たい感が強いです。
やはり、1,2,3部といっぺんに見たいですね~

それはさておき、最新話です。お楽しみに~






西の森近くのセーフティーゾーン。

 

通った道のりも覚えられないほど必死に走り続け、周囲にモンスターがいなひらけた場所までたどり着いた。息もたえたえに両膝を地面につけると、勢いよく何かが口の中に突っ込まれる。

 

「ぐむっ!?」

 

 見ると今先ほど俺を窮地から救った人物が俺の口に何かをツッコんでいた。

 

 いきなりなにすんだと驚き目を見開く。が、それを味わってみるとここ最近よく飲んでいた冒険の必需品である事が分かった。この甘い青汁のような微妙な不快感のある甘苦さはポーション特有のものだ。

 風前の灯だったHPはレッドゾーンからみるみる内にブルーゾーンに戻った。全速疾走した後の疲労した体にこの甘苦さは拷問であれど、今はそれより安堵感が心を満たす。

 

 ここにきてようやく自分の命が助かったのだと実感できた。

 

 多少の冷静さを取り戻すと自然と命の恩人である人物に目を向けた。

 

 背丈はそんなにない。小町か下手をすればそれより低いくらい。

 煙玉の強烈な悪臭を避けるためかフードをマスクの様に顔全体でかぶっている。そして、一陣の風と共にめくれ上がるフードの中にはまだ幼い少女の顔が現れる。

 

 薄暗い森にまばらに指す陽の光に照らされたくすみのある金髪が揺れた。そんな少女の姿を見ると胸の高鳴りが早くなるのを感じる。

 これは恋?死の恐怖による吊り橋効果的なあれで小町より年下であろう少女に惚れてしまったのか。それともただ、走った後だから動悸が激しいだけなのか。

 

 仮に雪ノ下に聞かれたら速攻で訴えられそうなのだが。その上助けてもらった立場で言うのもはばかられる事だが。一般的平均より上と思われる整った顔立ちの可愛らしい少女なのに、鼠や猫を連想しそうな髭のペイントで一気に台無しとなっている。

 

 口に出せば「助けてやったのに失礼な奴、これだから童貞は!?」と罵られること請け合いだ。

 いや待て、誰が童貞だ。ど、童貞ちゃうわ!?

 あ、この反応間違いなく童貞ですね分かります。ちなみにソースは俺。

 

 どうでもいい話だ。そんな事よりまず目の前の少女にすることがあるだろ。そう、まずは告白しよう!

 いや、なんでだ?

 どうやらまだ正常な判断ができるほど俺の精神は回復していないようだが、とりあえずお礼を言うのが先だ。仮にも命を助けてもらった相手にやれセンスが悪いだのと難癖つけてるとかどこのアホだ。俺だけど。

 

 とにかく、まずは最低限の礼をいい義理を通そう。

 

「ど、どこの誰だか知らんが悪いたすか――」

 

「このアホ!」

 

「どがぁ!?」

 

 一体何が起きたのだろうか?正解は俺が少女に殴られたでした!

 

 ‥‥なんでだ?

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※

 

 

 

 おっす、おら八幡。死にそうなところを間一髪通りすがりの少女に助けてもらったんだけど、なぜかいきなり頭をどつかれたぞ!意味が分からなくて、おらわくわくすっぞ!

 

 と、まぁ俺がどのくらい困惑しているかは、なんとなく察してもらえただろうか。

 

 某ラノベとかでは助けた女の子にラッキースケベなる公然猥褻を働いた上で、殴られるという傷害事件が発生することがしばしばだが現実の世界でそれが起こる事などそうはない。いや、ここはゲームの世界だけど今はそれはおいておく。

 

 そもそも、俺の場合ラッキースケベどころか女の子を助けてすらいない。なのになぜ殴られたのかまったく心あたりがないのだ。しかし、目の前の少女から発する雰囲気と怒気から察するに何かを怒っている事は明白だった。

 

 その何かは分からないがここは1つ、目上の人間として言っておかねばなるまい。

 

 さっきもちょろっと触れたがラッキースケベやヒロインの暴力とは刑法に抵触する犯罪行為である。

 

 女側からすれば裸を見たのだからそれくらい当然と思ってるかもしれないが、それは間違いだ。どんな絶世の美少女でも、どこかの国の貴族でも、裸を見たから殴る蹴るといった暴力行為を正当化する事はできない。

 訴えれば勝てるだろうけど手を出した時点でアウトだ。

 

 つまり、理由があっても暴力に訴える人間はこの資本主義の社会で生き抜く事はできない。目の前の少女が何で怒ってるかは分からないが若いうちから見知らぬ人に手を上げるようでは彼女の未来が危ぶまれる。

 

 助けてもらった恩はあれどここは文句の1つでも言わねばなるまい。むしろ、助けてもらった恩があるからこれから先、同じ事を繰り返さないようにしっかりと注意せねばなるまい。

 

 これぞ本当の教育的指導。どこかの教育者には俺の爪の垢を煎じて飲んでもらいたいものだ。教育的に考えてまじ聖職者。

 さて、それじゃあいっちょう年上として人生の先輩として世の中ってもんを教えてやろう。

 

「おい、いきなりなに」

 

「実のリトルペネントに攻撃すれば仲間を呼び寄せるなんて常識だロ!何やってんダ!!」

 

「・・・え?」

 

 え?

 いや、初耳ですけど・・・?

 あれ?確か俺が怒ろうとか考えてたはずなのになんで怒られてるんだろ?

 ‥‥まぁいいや。なんか怖いし黙っておこう。

 

「それ二!秘薬のクエストはドロップ率が低いのにソロで行くとかどんだけ時間かかると思ってんだヨ!ドロップ率3%以下だゾ!最低でも2人で行くのが当たり前だロ!!!」

 

 いや、それも初耳だ。え?そういう常識があるの?マジで?

 というか3%未満とかマジか・・・確かに1人じゃ効率が悪いな。

 でも、別に好きで1人なわけじゃなく不可抗力というか、ぼっちというか・・・なんかすいません。

 ぼっちですいませんとか悲しすぎる謝罪人生で2度目だよ。

 

「おれっちがいなかったら今頃死んでるところだゾ!」

 

 あ、はい。それは本当にありがとうございます。おかげで助かりました。

 そのついでと言ってはなんですが、見ず知らずの貴方になんでこんなお説教されてるのか理由を教えてはくれませんか?駄目ですか。そうですか。

 つーかなんでさっきから敬語なんだろ俺?

 怖いからですね。分かります。

 

「まったく、ほんとに何考えてんダ!」

 

「あ、はい。なんかすいません‥‥」

 

 気が付けば少女を怒ろうとしていたのに逆に怒られてる情けない男がそこにいた。願わくばそれが俺じゃな事を祈ろう。

 そうだな、でもこれだけは言っておこう。現実はくそったれだ。

 

 しかしこんな訳の分からん状態でも普通に謝っちゃたな俺。

 まぁ、自分が悪くないのに謝るのはぼっちが良くするコミニケーション方法だしな。何を隠そう中学2年生時代の俺が他者ともっとも多くしたコミニケーションだしな。

 あれ?もしかしてくそったれなのは俺なのでは?

 

「まぁ、せっかく助けたんダ。今日の所はこの辺で許してやル。けどもうこんな真似はやめロ!そりゃあこんな状況じゃ自暴自棄になっても仕方ないかもだけど‥‥自殺なんてつまらん真似やめろよナ」

 

 どこがこの辺なのか良くわからないが、じっくりたっぷりお説教を終えた少女は一変、哀愁を帯びた瞳でこちらを見つめそんな事を言ってくる。

 

 ‥‥

 

 もしかして俺、自殺しようとした男として見らてないか?

 ああ、それでなんか怒られてたのか(納得)

 なんでそう思ったのか知らないが、目の前で自殺未遂なんてしようものならついお説教の1つでもするのが人情ってやつだろう。

 

 ただの事故なのだが。

 それでも、この少女は俺のあれをそういう風にとらえてしまったらしい。確かにこんな目をした男が、どこの常識かしらんが攻撃してはいけない感じのモンスターを攻撃した挙句に囲まれ殺されそうになっていあたら自殺を疑う気持ちも分かる。

 

 ただ、死のうとしてる人間がいてもそれを助けようとする奴は少ない。いない訳じゃないけど、少ないのだ。

 人命がかかっていない事でも、例えばイジメなんかでも、いじめられてる奴を助けようとする奴は少ないだろう。少なすぎてむしろいないと言っても過言じゃない。

 だがそれは、別に変な事でもなんでもなく普通の事だ。

 

 どこぞの上条さんは、目の前で困った人がいれば助けるのが普通の高校生と定義するが、それは間違い。

 世間ではそういう奴をヒーローと呼ぶし、言った上条さん自身ヒーローに分類される。元ぼっちの通称白アスパラさんが保証している。最近ではただのロリコン、もしくはハーレム野郎に成り下がったけどな。

 

 だがここで1つ考えてほしい。確かに人助けとは正しい行いだし、ヒーローって奴はかっこいい上に民衆から支持されるものだ。しかし、あくまで彼らは少数派であり。民主主義として考えれば彼らも目の前の彼女も普通ではない人間。奇人、変人に分類される。

 

 顔のペイント、言葉の最後がカタカナ、1人称がおれっちと否定できない実証があるからこの考え方は正しいといっていいだろう。現にアニメ、漫画、ラノベのヒーローは大抵変人や変態だし。

 普通を定義してる普通ではない高校生も、生い立ち(不幸体質)髪型(ウニ頭)非凡さ(魔術関係の事件遭遇率、ラッキースケベ&フラグ体質など)逆に聞くがどこが普通の高校生?

 それでもまだお前達が普通とのたまうならまずふざけたその幻想をぶち殺す!

 

「それとダ。助けてやった分の料金はきっちりいただくから名前教えロ」

 

 おいコラ。金取るのかよ。

 いやでも、実際命助けてもらったしそれも仕方ないか。

 

「‥‥比企谷八幡っす」

 

「‥‥は?」

 

 なんだその「何いてんだこいつ、キモっ!」みたいな反応は。聞いてきたのお前だろ、名乗っただけでこの反応とか俺の名前はそこまで酷いのか。いや、そんな事はない。むしろ俺の名前は日本全国で見る事があるほどメジャーなものだ。八幡宮とか八幡製鉄所とか・・・あとは、後はないな。少なくとも俺は知らん。

 

「‥‥ちょっと確認するけどベータテスターだよナ?」

 

「え、違うけど」

 

「‥‥‥‥いやいや、ニュービーがこんな序盤にここまで来れるはガ・・・・・・あれか、誰かベータテスターからここの事を聞いたとカ?」

 

「いや、ベータテスターの知り合いは1人いるけどデスゲームが始まった後は会ってないし。知り合いって言っても名前くらいしか知らんし・・・」

 

 正確には奴の性癖も知りたくないが知っている。うん、本当にホモとかそんな情報いらんわ。

 

「じゃあ、なんでこんなとこいんだヨ?こんな入り組んで初心者なら1日かけても到底たどり着けない場所に・・・」

 

「始まりの街でクエスト情報をNPCから聞いてきただけだけど?」

 

「ハァ!?」

 

 なにを驚いているのか分からないが、驚いたからってそんなに詰め寄ってこないでほしい。色々と近いから!

 

「始まりの街の情報って、あのただっぴろい街の裏の裏にある隠し通路みたいなところからしかいけないあの情報を!?街全体にローラーでもかけなきゃ絶対見つからないようなアレをか!?」

 

「お、おう」

 

 相当驚いたのか語調が荒い。それに無意識なのか語尾をカタカナにする口調もなくなっている。というか、やっぱりあのしゃべり方わざとやってたのか

 

 でもそこまで驚く事か?確かにかなり迷ったけど少なくともゲームとして作られてるんだからヒントはあったし。作った人間の癖のようなものを見つければ案外簡単に見つけられるレベルだ。 

 

「と、とにかく一旦落ち着けよ。それに顔が近いから!」

 

「お、おう・・・・・・いや、おウ」 

 

 目と鼻の先にある少女の顔を遠ける。

 これ以上は色々とまずいとお互いが思ったゆえの親切心だ。決して、照れたとかではない。

 

 お互い顔が赤色に染まってる気がするが、ただの気のせいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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彼とアルゴはこうして始まる。

 気まずい空気の中、長いような短い沈黙を果てた結果。というか普通に話し合った結果。彼女と俺との間にあったすれ違いは解消を見せた。

 

「いや~悪かったナ。てっきり俺は元ベータのアホが自暴自棄になってるものかと思っテ」

 

 テヘぺロ!と、まではいかないが「にゃはは」と反省の色が見えない笑い声を上げる。だが、世の理不尽にメスを入れる天才プロぼっち、人呼んでヒキタニハチマンにはそんなの通用しない。

 まぁ今回は仮にも命の恩人という事もあり不問に付すがな。あらやだ。なんかめっちゃエラそうだな俺。

 

「いや、むしろこっちの方があんたに助けられたんだし」

 

「ん、それじゃあお相子ってことだナ。それとあんたじゃなイ。おれっちの名前はアルゴ、情報屋のアルゴダ!」

 

 と言いながら自然に右手を突き出すアルゴ。一瞬なにこの手?金でもとるの?と思ったがよくよく考えてこれが握手である事に気付く。

 おいおい、あったばかりに異性に握手を求めるとかこいつはリア充かよ。

 本来存在する勘違いによる気まずさを自己紹介からの握手(友好の印)というフレンドリーコンボを決めてきやがる。

 

 しかも、相手側に不自然さを感じさせないように親近感の湧く笑顔を向けてくる。

 

「お、おう・・・よ、よろしくな」

 

 それに比べて俺はアレだな。なんか凄い不自然。言葉、笑顔、握手した手。どれもこれも不審者と間違われてもおかしくないレベル。

 

 くっ、ここまでコミ力に違いがあるとは!

 例えるなら猟銃持った農家のおっさんと宇宙の帝王くらいの差だ。戦闘力・・・たったの5・・・ゴミめ・・・とゴールデンフリーザとか絶望的な戦力差だ。

 

 俺のコミュ力がごみいちゃんである事は置いておき、彼女の自己紹介で聞きなれてるけどこのゲームでは聞きなれない言葉があった。

 

「ところで情報屋?」

 

「そ、このSAOのあらゆる情報を収集シ。対価に応じて提供シ。公理に叶えば拡散し場合によっては秘匿すル。ちなみにこの情報は10コルだゼ」

 

 八重歯がきらめく少女の笑顔は地味に可愛いものだった。最後の1文がなければさらに可愛いのに、誠に残念である。つーか金とんのかよ。

 

 しかし、このゲームにジョブチェンジ機能は存在しない。故にアルゴの言う情報屋とは正確には自称情報屋、もしくは情報屋(仮)であるという事か。俺は良く知らんがネットゲームで攻略サイトを非公式に作ってる奴も見方を変えれば情報屋だし、別に彼女のようなのがいてもおかしくはないのか。

 

「それとだ、名前を聞かれたらプレイヤーネームを言ったほうが身のためだゼ。ニュービーさん」

 

 俺がアルゴの事をあれやこれやと考えていると目の前の当人はそんな忠告をしてきた。

 現実に近いから忘れがちだがこの世界はゲームの中。それも分類的にはネットゲームであり本人の実名バレとかは確かに良くない。

 掲示板ではやたらと本人を特定してくる奴らも、ゲームの中では現実や本人に関する事に触れるのはマナー違反とされるし、郷に入っては郷に従えとも言うしここは素直に忠告を受け入れよう。ついでに釘もさしておこう。

 

「ああ分かった。忠告あんがとよ。それとだ…できれば名前は忘れてくれると助かる」

 

「心配しなくともそれはおれっちの商品じゃねえヨ」

 

 情報屋というイメージでは 噂話から裏の界隈の情報まで集めて人間が好きとか恥ずかしげもなく叫んじゃうような某池袋にいる感じの奴を想像してしまうが、アルゴはそういう感じではないらしいな。

 なかなか誠実な商売の様だ。

 

「さてと、そんじゃあおれっちはもう行くけどそっちは・・・ええと・・・」

 

「あー…ヤハタだ」

 

「ヤハタな・・・で、ヤハタはどうすル?近場の村までなら100コルで送ってやるゾ」

 

「金取るのかよ・・・」

 

 誠実であるが金に汚いなおい。

 

「もちろン!こっちも慈善活動じゃないからナ」

 

「はぁ・・・ホルンカまで頼む」

 

「毎度あリ!」

 

 なぜだろう。幻聴か何かか分からんが今一瞬チャリンという音が鳴った気がする。

 渋々とストレージから100コルを取りだしアルゴに渡す。折れた剣の変わりも買わなきゃいけないというのに地味に嫌な出費だ。ゲームの中で貧乏苦を味わうとか、これも全て茅場が悪い。おのれ茅場!

 

 

 

 さて、働かざる者食うべからずという慣用句がる。ようは働こうとしない者は、食べることもしてはならないという怠惰に対する戒めの言葉だ。働く意欲がないのなら食べる事、ましてや生きる事なんてするんじゃないというアンチニート、社畜をリスペクトしたような格言である。

 まったくもって正当だが、ゆとり世代にはキツイとしか言いようがない。

 

 仮にこの言葉通りの社会になると1年しない間にニートは全滅する事になるかもしれない。もし生き残る奴がいるならそれはニートじゃない。もしくは人間じゃない。

 ん?でもそれはむしろいい事なのか。政府の犬どもにこの事実を知られるとやばいな。でも、俺は別にニートじゃないし、将来の夢は専業主夫なので関係ないか。

  ッチ、政府の給料泥棒ども仕事しろよ。

 

 ただ、人は生きてるだけで尊いものだ。命の価値を尊さを何かに比べる事なんてできるはずがない。

 

「つまり、働かない事で人の価値は決まらない。生きてるだけで人は正義の味方である」

 

「屁理屈こねてないでさっさといくゾ」

 

 恐らく俺の人生でトップ10くらいに入るであろう名言を屁理屈と一蹴しやがった。

 つかつかと小さな歩幅で進むアルゴの背に醜悪な瞳を向け放つが、効果はないようだ。むしろ、見た目中学生くらいの女子にそんな眼差しを向ける目の濁った男とか社会的に俺への効果は抜群だ。雪ノ下がいたら速攻通報されるレベル。

 

「つーか情報屋の仕事の説明してるだけなのになんでそんなダメ人間専用の慣用句ができるんだヨ」

 

「誰がダメ人間だ。俺が駄目なんじゃなくて人間そのものが駄目なんだよ」

 

「心配すんナ。そんな事言ってる奴は間違いなくダメ人間ダ」

 

 にゃはははと笑うアルゴの笑みは屈託のない子供のように明るい。

 ただ1つ言っておこう。なんでもかんでも子供の様だと例えると、あたかもいい意味のように聞こえるが子供は加減を知らないぶん下手な大人より冷酷で惨忍な事とか平気でする。

 

 1人を取り囲んで数人で「しゃーざーい」コールだってするし、靴やカバンを投げ合い「比企谷菌バズーカ!」とかだってする。なんだよ比企谷菌バズーカってなんか強そう。でもランドセルとか投げたら普通に痛いからな。

 それで誰かの顔とかに当たり泣き出そうものなら、みんなして比企谷が悪いと再び「しゃーざーい」コールを開始する。何このデススパイラル。

 

 ちなみに、教師が見つけても「よし、2人とも同時に謝ろう!」とか言われちゃう。俺は純度100%の被害者のはずなのになんでだよ。しかも謝るのはいつも俺の方が最初。算数の小野崎マジ許さん。

 

 つまり、子供に使う無邪気とは邪気がない純真無垢なさまではなく。邪気がないのに邪悪な事を平然とやらかす奴らに対する皮肉を利かせた言葉である。

 

「とにかく、おれっちはベータ時代の記憶を頼りに一般プレイヤーでも分かるような攻略本を作ってるって事ダ」

 

「攻略本ね・・・そんなもんがあるとか知らんかった」

 

「そりゃあそうダ。何せまだ情報を集めてる最中だからナ。・・・遅くてもあと3日以内に第1弾を出す予定ダ」

 

「集めてるって・・・ベータ時代と今じゃ何か違うのか?」

 

 俺がそういうとアルゴは「へぇー」と意外そうに呟き説明を続けた。

 

「ああ今確認されてるだけでも少なくとも3つの変更点があっタ。モンスターのレベルが1違うとか、オブジェクトが変わってるとか些細なものだけど‥‥そんな些細な事でも命に関わるからナ」

 

 途中から俯き気味に項垂れるアルゴの横顔はフードにより見る事はできないが、その声から予想するのは容易だ。

 

「‥‥」

 

「‥‥ま、そんな訳ダ。もしよかったら見てみるカ」

 

 重い沈黙を流す様にアルゴはストレージからいくつかの紙の束を取り出した。

 沈黙や気まずさに対して抵抗感を感じる性分なのか、切り返しや話のそらし方が絶妙だ。不自然なほどに絶妙すぎる。

 

 なんだろう、明言できない違和感をしばしば感じる。その正体は分からないが多分気のせいではない。

 

 出された紙の束を受けとるとアルゴは「今回は特別タダにしてやるヨ」とどこか自慢げにない胸を張った。

 表紙に『アルゴの攻略本(見本版)』と飾り気のないフォントで書かれたそれをパラパラとめくっていくとそこには、初日に俺がキリトから習ったような基本的なソードスキルのやり方にモンスターのアルゴリズム、クエスト情報などがずらりと並んでいた。

 

「‥‥凄いな」

 

 それは意図したのではなく、単純で反射的についつい口から漏れた言葉だった。この攻略本はそれほどまでに魅力的だった。

 

「だロ?なんせこのおれっちの自信作だからナ!」 

 

 調子に乗っているような、天狗になっているような尊大な態度だがその自信も頷ける。ゲームの攻略本なんてポケモン以外のを見た記憶はないが、むしろそんな素人目線の俺だからこそ分かる凄さがある。

 情報の有無以前に全体を通して非常に見やすい。フィールド別に区分けされ、ほしい時に欲しい情報が見れる。なにを優先させるべきかを明確にし、それでいてある程度の自由度もある。

 もう、プロが作った物といって問題ないクオリティーだ。

 

「ああ、本当にすげぇよ。短時間によくこんなもん作れたな」

 

「お、おう。そうだろ‥‥」

 

 俺が素直な感想を述べるとアルゴは赤みのある頬を掻き、照れ臭そうに顔を背けた。

 

「‥‥照れんなよ。こっちまで恥かしいだろ」

 

「ば!べ、別に照れてねぇーし!・・・ただ、ちょっと意外だっただけダ。お前そんな素直に人を褒めれるんだナ。以外というか・・・なんか気持ち悪いゾ」

 

 あったばかりの奴に変な偏見を持たれる俺。いつも通りだな。普通で普遍的なありふれた日常だなこんちきしょう。

 というか、こいつは人の事をなんだと思っているんだ。

 

「別に他意はねぇよ・・・俺はただ思ったことを言っただけだ。気に障ったんなら謝るが」

 

「~~~~~~」

 

 花が綺麗なら綺麗というし、空が青かったら青いという。妹が可愛いと言うなら愛してると囁くし、戸塚が可愛ければ結婚を申し込む。そんな極々ありふれた感情を言葉に出すなんて普通の事だ。捻くれてる俺でもそういった慣性まで捻くれてるわけじゃない。

 

 なぜだかどの口がほざいているという声が聞こえるが幻聴だろう。そもそも口に出してないし。これモノローグだし、もしくは地の文。

 というかなぜアルゴは言葉無く悶絶してるんだ。

 

 まるで褒められる事に慣れてない少女の様だな。と、そこで気が付く。これが違和感の正体か。

 アルゴの言動はまんまリア充の理想形態のような感じだ。独特のイントネーションや1人称は個性的だが、話やすい朗らかな口調に、親しみをわきやすい屈託のない笑顔。距離を近づける過度になりすぎないスキンシップ、空気を読むスキルも合わせて俺の想像するリア充そのもの。

 そう、ぼっちが想像するリア充そのものだ。

 

 まるで由比ヶ浜の様に空気に敏感で、まるで葉山の様に周囲を調和しようとし、まるで雪ノ下陽乃の様に仮面を被っている。

 

 作られた虚像に、仮面をかぶせた要はただの演技。

 アルゴと言う少女はキャラクターを演じている。

 

 と言ってもあの陽乃さんと比べると仮面の強度はだいぶ低いようだがな。そろそろ悶えてるアルゴを正気に戻すか。

 じゃないと、ほら道わかんないし。

 

「おーい、次はどっち行けばいいんだ」

 

「!―――ゴホッ、次はみ、右だ。右の小路の方」

 

 まぁ、どうせ短い付き合いだ。他人のアレやこれやに首をツッコむ必要はないか。

 

 

 

※ ※ ※ ※

 

 

 ホルンカの村入口。

 あれからしばらく歩くと見覚えのある道に出てさらに進むとホルンカの村まで戻ってこれた。

 

「ついたか・・・」

 

 安全地帯まで戻れた事に安堵の息を吐く。

 どうやら、手持ち無沙汰な武器でモンスターのいるフィールドを歩くというのは予想以上に俺の精神にダメージを与えていたようだ。

 

「お疲れさン。無事帰れてよかったナ」

 

「ああ・・・おかげさまでな」

 

「そういやヤハタは、この後クエスト続けるのカ?もしそうならこいつを言い値で売ってやるゾ」

 

 そういうアルゴの手の中には、緑色のピンボールほどの大きさのアイテムがある。それはあの窮地の場面で目にしたあの玉だ。思い出しただけでも顔を顰めるレベルの強烈な臭いを発生させるアイテム。

 

「臭い玉。リトルペネントなんかの視力を持たないモンスターに効果てきめんの道具ダ。もちろん普通のモンスターにも使えるゾ」

 

 あのクエストを続けるのならあっても問題ない、むしろ大分助かる部類のアイテムだ。仮にまた囲まれる事があっても今度は1人で逃げる事ができる。

 値段にもよりだが、1つか2つほしい所だが。

 

「遠慮しておく。それにあのクエストはリタイアするつもりだ」

 

「諦めるのカ?さっきも言ったけどドロップ率は低いが2,3人のパーティーでやれば割といけるゾ」

 

 今なら元ベータテスターも何人かあの近くにいるし、と続けるアルゴの言葉はそれなりに魅力的な話だ。

 

「生憎だがこちとら生粋のぼっちなんでな共同作業とか苦手なんだよ。それに折れた剣も買い換えないといけないしな。これ以上あのクエストに割く時間も金もねぇよ」

 

 が、それ以前の問題で答えはノー。

 ぶっちゃけた話、あれはもうトラウマになってるから例え時間と金があっても受けはしないだろう。

 1度抱えたトラウマはそう簡単に払拭できない。ソースは俺。俺の人生トラウマの連続だが逃げる事と目を背ける事は覚えてもトラウマを克服した事なんてない。

 

 が、そんな俺の内心とは裏腹にアルゴは哀れな物を見る様な憂いある表情でこちらを見てくる。

 

「お前、自分でぼっちとか言うなヨ。悲しい奴だな、なんならお姉さんが友達になってやろうカ?」

 

 同情、哀れみ、憐み、憂い。そんな言葉が合いそうな切ない視線だ。おいおいそんな視線向けられると俺のトラウマが刺激されちゃうだろ?

 むしろ、今このときに新たなトラウマができるまである。

 

「・・・おかまいなく。養われる気はあるが同情されるいわれはねぇよ」

 

「ふーん。お前やっぱり変わってるナ!」

 

 俺自身が普通と違う事は分かっているが少なくともにゃはははとかいう笑い声をしてる奴に言われたくはない。

 何より俺の変わってるはアレだ、英語で言うスペシャル的な意味合いだから。なんかうまく言えないが特別な感じがする奴だから。マジで。

 

「変わってるとか関係ねぇよ俺は俺だ。それに歌にもあるだろ、一人一人違う種を持つその花を咲かせることだけに一生懸命になればいいって。 

つまり、人間は生まれた時から1人で自分の事だけ頑張れば何とかなる」

 

「おフ・・・なんかカッコイイようなこと言ってるけど酷い内容だナ。その歌そんな悲しい感じの奴じゃないから。本当に良くそんなのでここまで生き残れたナ」

 

「自分の事だけ頑張れば何とかなるんだよ」

 

「もうそれはいいヨ!」

 

 元々たれ気味な瞳をさらに細めじとりとした眼差しを向けるアルゴ。しかし、今更そんな視線の1つや2つで動じる俺ではない。

 日夜雪ノ下の絶対零度の睨みを受けてきた俺にはこの程度ぬるいは!

 まぁ、利かないとは言ってないけどな。

 

「そんじゃこれからどうすんダ?メインの武器も壊れてるし買い換える金もないんだロ」

 

 効果はいまひとつの攻撃に地味に苦しんでる俺に更なる追加攻撃を加えるアルゴ。背けていた現実という名の重しを高層ビルから落とされたくらいのダメージを負った。

 

「‥‥」

 

「なんだ、なんも考えてないのカ?」

 

「ぐっ‥‥悔しいが、図星だ」

 

 そりゃね、少し考えれば分かるじゃないですか。愛用の曲刀は折れ、ここまで来るのに金を使い果たし、トラウマを負ったクエストを受けるのは不可能。さらに、これから先のあてなんてない。もうほとんど詰んでるよね。これ。

 

 ホルンカまで帰ってこれたけどこれからマジでどうするか。

 とりあえず先に進むのは無理そうだし一旦始まりの街まで戻るのが最善か‥‥俺は1人で無事に戻ることができるのだろうか。甚だ不安だ。

 

 と、途方に暮れながらも懸命に次を考える気丈な俺カッコイイをやっていると目の前の少女に目線が行った。あれ、意外と余裕があるな俺。

 

 自称であれど情報屋を名乗る彼女は、SAOの全て・・・とは言わないでもかなりの情報を有してる。もっとも、そのもとになっているのはベータ時代のもので正規版と変更があるらしいが、それでも彼女が情報通である事には違いない。

 

 少なくともあの攻略本(仮)を見る限りでは優秀な事も証明されてる。なら、今の俺に適切な、必要な情報も持ってる可能性は高く、何なら断言できる。

 

 金さえあればぜひともその情報を買いたいところだ。

 

「なんダ?・・・あ、もしかしてお姉さんの後姿に興奮でもしちゃったカ?」

 

 貧乏の苦しみにあえぎ、再三にわたる茅場に対して恨みつらみの呪詛を心の中で呟いていると、そんな俺の恨みがこもった視線に反応したアルゴは、ニヤリと頬を上げイタズラ好きの悪がきのような顔でそんな事をうそぶいた。

 

 生憎とこれは劣情ではない怨恨である。

 

「いや、流石にお前みたいなチンチクリン相手に・・・っ」

 

 いらぬ誤解が無いように訂正しようとすると、懐かしさすら感じる風切音が頬をかすった。

 

 下から覗く殺気に近い瞳と頬のすれすれに突き刺さる拳に軽く命の危険を感じた。

 

「おいハチ公、これはお姉さんからの有難い助言だ。女相手には言葉を選んだ方が身のためだぜ」

 

「お、オーケー・・・」

 

おいおいなんだこのクマを睨み殺すがごとし瞳は。ついつい英語が出ちゃうほどビビったじゃないか。

 

 ところでハチ公って俺の事?あらやだいつの間にあだ名で呼ばれる関係になったのかしら?あだ名というか蔑称の様にも聞こえるが、あの忠犬はいい奴なので違うと願いたい(希望的観測)。

 

「フン、次はねえゾ?」

 

「‥‥次というかすでにもうアウトだと思うんですけど」

 

「あん?」

 

「・・・なんでもないです」

 

 見るからに年下の女の子に睨まれドスの効いた声で震えあがる。そんな情けない高校生が俺じゃない事を切に祈る。しかし、祈りが叶わないという事はまどマギで証明されている。

 友達を求めた先輩はマミってしまい、好きな相手の夢を背負った少女はNTRれ、家族の幸せを保とうとした少女はホームレス生活。ループを果てまどかを助けたほむほむも叛逆しちゃうし、夢も希望もありはしない。

 

 つまり、情けない高校生とは俺である。証明完了。そして自爆。

 

「まぁ、お前が言いたい事は分かるゼ。クエストを失敗して武器もなくしタ。これからどうするかも分からない、って感じだロ?」

 

 ふむ、驚くほど正確に図星をついてくるな。一瞬北斗神拳でもくらったのかと思ったぜ。ひでぶ!?

 あ、これくらってますわ。

 

「で、情報屋のおれっちに『どうか御助言をくださいませアルゴ様~』と頼みたいけど金がないからそれもできなイ。そんな感じカ?」

 

「・・・アルゴ様以外の所は概ねそうだな」

 

 いやいや、俺はそんなへりくだる感じのキャラじゃないから。アイデンティティークライシスまったなし御免蒙る。

 ドラゴンの女の子が住みついたりするなら歓迎するけどな。

 

「なんだ、せっかくおれっちが無料で教えてやろうと思ったの二」

 

「この無知なるわたくしにどうか御助言をくださいませアルゴ様!」

 

「嘘だよアホ」

 

「なん・・・だと・・・」

 

 俺が90℃の角度で頭を下げると嘲笑うかのような無慈悲な言葉がかけられた。おのれ図ったな・・・!

 

「おまえプライドとかないのかヨ?」

 

「ハン、舐めるなよ。俺が本気を出せば土下座しながら靴舐めくらいできちゃう自信があるね。プライドの塊と言っても過言じゃないレベル」

 

「過言だロ。なんでプライドない事にプライドもってんだヨ・・・」

 

 憐れみを通り越しどこか達観したような顔のアルゴは一旦おいておこう。それにしてもまさかあれほど注意していた女に騙されるとは、何たる不覚。訓練されたプロぼっちのプライドに致命的なダメージが与えられた。

 ほら見ろおれってプライド高いだろ?

 

「まぁ冗談は置いといテ。金もなければあてもないどうしようもなく詰んでるハチ公にいい話があるんだが・・・どうする」

 

 上目遣い&小悪魔的な微笑みを持つアルゴ雰囲気に思わず一歩後ずさり、ごくりと喉が鳴る。

 今さっき騙されたばかりだと言うのに何を動揺してるんだ俺は。こんなのはさっきと同じで嘘だよ~んとからかわれてるだけだろうに。

 

 だが、彼女の纏う空気が先ほどと全く違う事に俺のレーダーは敏感に反応していた。

 少ない、それも0か1か位の可能性だがアルゴの言葉には嘘ではない何かが含まれている。

 まぁ、どっちにしろ今の俺は相当詰んでる状況なのだしこの誘いに乗るのが攻略に大きく繋がる。

 何より、女に騙されるのは俺の専売特許だ。

 首を縦に振る事で了承の意を伝えるとアルゴは心底性格の悪そうな明るい笑い声を上げくるりくるりと右足を軸に回転すると材木座が好みそうなかっこいいポーズを取り高らかに発言した。

 

「おれっちの仕事を手伝うってのはどうだ?」

 

 

 



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そして攻略は進んでいく。

皆さんお久しぶりです。

少し時間が空きましたが本編どうぞ!








 デスゲームが始まり‥‥なんかこの言い回しもめんどくさいな。

 見覚えというか聞き覚えがあるし、なんかすげぇ既視感を感じる。夏目友人帳のモノローグと同等レベル。単行本10巻越えてるっていうのにあの歌いだしはいつまで続くのだろうか。

 

 そう言えば一応あの主人公も初めはぼっち設定だったんだよな。

 小さな頃からときどき変なものを見た。でも、今では友達や理解者に囲まれメガネ委員長と学年上位の美貌を誇る妖怪を見た少女をはべらす超リア充。

 

 一方、小さな頃からときどき変な目で見られた比企谷君は現在プロのぼっちマイスター。

 しかもこのクソゲーの中で1ヶ月近い時間を過ごしてる。ふむ、とりあえずリア充は爆発しろとだけ言明しておこう。

 

 自分で言うのもなんだがあの主人公と俺は結構共通点があると思う。間違っても似てる訳ではない。似た環境にいるのだ。

 例えばお互い高校生までぼっちだったり、妖怪を見た夏目と妖怪みたいと言われた俺。他にも顔が整っていたり、ところどころでスッペクが高かったり、後はそうだなお互い可愛くない猫がそばにいたりするな。

 

 基本的にスペックの上で俺と夏目君は大差ないはずなのだ。なのになぜ俺と彼にはここまで差ができたのだろう?

 うちの猫が妖怪じゃなかったからか、それとも他に理由があるのか。

 

 だが、生憎と俺はそこまであいつに対し羨ましさを感じていない。なぜなら俺には最愛であり、世界一可愛いマイシスター小町がいるからな!

 例えどんなものを引き換えにしても譲れはしない。どこぞの不届きものがお義兄さんと呼ぼうものなら全力で目つぶししてやる。地味な上に卑怯だな。

 

 それと同じ猫みたいなのがいる駄目主人公で言えばやはり野比さん家の息子さんが上がるが、ぶっちゃけあいつは友達いるし、将来幼馴染と結婚するし、最終的にドラ○もんを作り歴史に名を遺したりするので親近感とか全然わかない。

 

 なんだよこの将来絶対成功する小学生は、絶対当たる宝くじレベルでお買い得じゃねえか。もうドラ○もんとか必要ないよね?なんなら家に来てもいいんだよドラちゃん?むしろ推奨する。

 今あらどら焼きとカワイイ恋人(カマクラ)プレゼント中!ただしカマクラオスだけど!

 

「はぁ‥‥」

 

 空想の中ではすでにドラ○もんが家に来てもしもボックスで、夢を叶えてるところだ「もしも、ぼっちは将来専業主夫になる世界だったら・・・」みたいな感じで。夢だけど夢が無さすぎる・・・。

 と言っても所詮は空想、幻想、妄想だ。そんなものこの限りなくリアルに近い仮想空間では何の意味も持たない。

 

 日数にすれば30日、被害者を数えれば2000人オーバー、攻略できた階層は‥‥無し。逃げたくても逃げられない確かなリアルがそこにある。

 人は物事を数に置き換える事で冷静さを得ると何かの本で読んだが、数に直すと冷静になるどころか不安と絶望が押し寄せる今の状況は極めてまずい。

 

 何がまずいって下手をすればその2000人の内に俺も仲間入りしてたかもしれないというのがまずやばい。生きてる内はその他大勢にも含まれないカースト外ぼっちの俺は、死ぬことでようやくその他大勢の被害者に含まれるとか皮肉すぎる。

 

 アルゴの助けがなければ俺はずっと前に死んでいるはずだった。

 思い出しても背筋の冷や汗が止まらない。あのキモイ植物の事はもう2度とみたくないほどにトラウマなのだ。

 

 アルゴに助けられ、その上で情報を得る代わりに彼女の仕事を手伝いながらどうにか生き延びたこの1月。ビギナーであり、生存率がパーティーよりも格段に低いソロプレイヤーの俺は、彼女にもたらされた情報と持ち前の危険察知能力を駆使し、レベルだけで言えばどうにか最前線のプレイヤー平均に届くというほどに成長していた。

 

 もちろんベータテスターやトップランカー達には一歩及ばないがビギナーで言えば結構上位に組み込んでると思う。

 

 そんな俺は、今迷宮区の近くにある安全エリアの草原に横たわり雲1つない空を眺めている。

 別に死んでるわけじゃないぞ。昔、俺がついつい休み時間に昼寝してたら周りの連中が「ヒキガエルが死んでるぞ!」「比企谷菌がかもされた!」「カエルの死体だー!」と面白おかしくはやしたててた時があるがそういうのじゃない。

 というか誰1人俺の名前呼んでないし、その上最後の奴にしたらそれはもうただのカエルの死骸だから。

 

 ヒキガエルの・・・と言われた時からもう起きてたんだけど何か起きずらかったのでそのまま寝たふりをしてたが、あれは中々の地獄だった。

 休み時間が終わりようやく解放された俺がむくりと起き上がると今度はゾンビだなんだとはやしたてられその日はずっとゾンビと呼ばれた。

 結局起きてても寝ていても地獄である。

 

 そんな昔の思い出(トラウマ)に想いを馳せているとひょこりと小さな影が視界にうつる。

 

「どうしタ。そんな辛気臭い顔しテ?」

 

 両頬に書かれた3本のペイントが特徴的な小柄な少女。屈託のない笑みはまさに幼女のそれに近いが、実際にはすでに幼女と呼ばれる時代をとうに終えたどこか哀愁すら漂う憂いをおびた半開きの瞳。

 かくしてその正体は、命の恩人であり、SAO随一の情報屋でもあるネズミのアルゴがそこにいた。

 

「アルゴか‥‥お前こそどうしたんだ。仕事か?頑張れよ、じゃあな」

 

「イヤイヤ、2度寝しようとしてんじゃねぇヨ!そっけないにもほどがあるだロ‥‥」

 

「生憎これが俺のナチュラルなんだよ。慣れ合わない、干渉しない、仕事しない。それが俺の普遍的な通常だ」

 

 と、俺はキメ顔でそういった。

 

「‥‥そんなダメ人間発言のどこが普通なんだヨ‥‥それとその顔キモイゾ」

 

 おかしい俺はキメ顔をしたはずなのになぜかアルゴから帰ってきたのはキモ顔の指摘。1文字違いで間違えてしまったのだろう。その証拠にアルゴはもう1つ重大な誤りをしている。

 仕方ない。本当はそんな義理なのだが、優しい優しい俺は彼女の間違いを正す事にする。上から目線すぎないか俺?

 

「いいかアルゴ、俺は別にダメ人間なんかじゃねぇよ。そもそも人間っていう生き物が駄目なんだよ」

 

 駄目人間ではなく人間は駄目。それが正解、ファイナルアンサー。

 有史以来人は発展をするにつれ、代わりに環境を壊し続けた。その弊害も多岐にわたる。温暖化、砂漠化、水質汚染、大気汚染・・・。地球は母なる星と称される。つまりは、地球の環境汚染とはかあちゃんに対するDVと同義だ。

 母親に対して蹴る殴るの暴行を働き、ゴミを投げつける息子。それが人類である。

 

 さらに、母親だけに飽き足らず兄弟同士で争いごとを続けてきた。戦争、闘争、決闘、喧嘩、イジメ。もはや世紀末並みの焼け野原だよこの家族。

 

 な、そう考えると人類とは皆平等に駄目なんだ。

 

 むしろ、逆に考えれば俺は真っ当な人間だ。リア充が夏とかに花火で大気汚染してる間も俺は家でゴロゴロ。リア充がザ・青春みたいな安いドラマっぽい喧嘩や闘争をしてる間、俺は自分の席でゴロゴロ‥‥。

 

 環境にも人間関係にも優しいぼっちエコロジーである。このままいけばぼっち平和賞とか貰えそう。そんな賞があればだけどな。

 

「心配すんナ。そんな事言ってる時点でお前はすでに駄目人間だヨ」

 

 と、せっかく間違いを訂正したのにアルゴはそう一言いい俺のロジックを否定する。

 もっとも間違いの訂正すら間違いだったので仕方ないと言えば仕方ない。

 

「で、なんでこんな場所で寝てんだヨ?」

 

 いつの間にか俺の真横に座ったアルゴが聞いてくる。小柄と言っても寝そべってる状態の俺より高い目線の彼女は見下ろす様に顔を下げた。

 

 一見すると小さな幼女に見下されてるみたいで言い様もないドキドキが段々強く広がっていく。

 

「別に理由なんてねぇよ。しいて言えば、今日は天気がいいだろ」

 

 いくら安全エリアと言えど、真昼間からフィールドで寝そべっている理由なんて普通に考えたらそうそうないだろう。

 

 安全といえどモンスターが蠢くフィールドで昼寝するとか並みの神経では無理だ。仮に複数人いて誰かが見張りをしてるとかなら話は別だが、俺の場合もちろん1人だ。1人である事にもちろんとか言っちゃうあたりかなりの重傷、または末期だな。

 

「天気がいいって、お前はアホカ?」

 

「うっせえ‥‥そういうお前はなにしてんだよ?」

 

「おれっちは仕事の途中だヨ。今日はあっちに用があってナ」

 

 予想はできてたがやはりアルゴは仕事中らしい。迷宮区とは反対の方角に人差し指を向けると、ちょうど大きな鐘の音がなった。

 この方向で仕事と言えばその内容も大体予想ができる。むしろ、それしかないとさえいえる。 

 

「つーか、ハチ公も同じだロ?」

 

「別に俺は仕事なんてしてねぇよ」

 

「・・・なんかその言い方だと本当にただのヒキニートだナ」

 

 なんか言われもない同情の視線で見られているのだが、本当に言われもなさ過ぎて全俺が泣いた。ところで、ニートはいいとして(全然良くない)ヒキは何処から出てきやがった?名前が比企谷だから?それとも見た目が引きこもりっぽいからか?返答しだいによっては‥‥別に何もないけど、怒るぞコノヤロウ!

 

「と、話を脱線させんなヨ。ハチ公も攻略会議に行くんだロ」

 

「脱線させたの俺じゃねぇだろ・・・まぁ行くけどよ」

 

 俺とアルゴの目線の先にはさっきまでやかましい音を出していた壁に囲まれた街に向かう。

 1ヶ月目にしてようやくこの階層のボス部屋が発見され、そしてその攻略を話し合う会議が開かれる。

 場所は迷宮区に最も近い街トールバーナー。

 

 

 











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なんやかんやと彼らの会議は幕を開けた。

オルタに続きイスカンダルさんも入手できなかった・・・・
でもイベント自体はまぁまぁ楽しかったのでよしとしよう。

FGOのほうがあらかたかたずいたので再会します。皆様お待たせしました!
・・・・え、待ってない?というかお前誰?

・・・・・・・・・

ま、それはそうと本編はじめよう!








「そんじゃお互いの無事にカンパーイ!」

 

「いやなんでだよ‥‥やらねえよ」

 

 雰囲気のある酒場っぽい店のカウンターで木製のジョッキを掲げるアルゴは意気揚々と乾杯を求めるがぼっちであり、リア充および大学生ならびに社会人のノリが嫌いな俺は最大限のため息とイヤそうな顔を返しておく。

 

 攻略会議の行われるのは、第一層最後の街『トールバーナー』だ。この街の先には迷宮区が広がりそれ以降は小さな安全エリアが数箇所ある程度で休息をとる場所はない。

 最前線をイメージしたのか街の全容は、物々しい壁に囲まれ、殺伐とした感じがする。特にこの店のマスターとか厳つすぎるだろ。絶対今までに何人か殺してるだろ。あ、やばい睨まれた、こわっ!?

 

「なんだよノリ悪いナ~そんなんだからいつまでたってもコミュ障が直らないんゾ?」

 

「お前の変なノリと俺のコミュ障に‥‥いや待て。なんで俺がコミュ障って事になってんだよ」

 

 ナチュラルにコミュ障扱いされ、それをナチュラルに受け入れてしまうところだった。危ない危ない。仮にここで認めてしまったら俺のガーリックなハートがフライドポテトにされるところだった。

 …何を言ってるのかわからないがポテトは長いしっとり系が好み。モスよりマック派だ。

 関係のない話なのでこれ以上は続けない。

 

「何でもなにもおれっちの中ではハチ公=コミュ障みたいな図式ガ」

 

「そんな図式捨てなさい。というか俺をコミュ障の代名詞みたいに言わないでくんない。そもそもハチ公でもねぇし」

 

 おそらく本名の八幡から来てるんだろうあだ名だが、生憎俺はかの中犬でも駅前にある銅像でもない。はたから見れば童女に犬扱いされてる目の濁った男という犯罪もしくはお金が発生するプレイのようでどきどきだ。

 …もちろん通報的な意味でね。別に女子に蔑ろにされ興奮したりしないし、Mじゃないし、俺の好みは年下よりも養ってくれる系女子だから!

 なので間違いがないように言っておこう。

 

 それでも俺はやってない!!

 

 あ、これ駄目な奴だ。

 

「えーいいじゃんカー。これ以上ないくらいマッチしてるあだ名ジャンカー」

 

 自分のつけたあだ名にけちをつけられぶーたれるアルゴだが、その意見にはまったく賛同できない。

 そもそもどこをどう見たら俺とハチ公がマッチしてるのやら……。

 まぁ、確かに一見すると俺はイケメンで頭もよく友達と恋人がいない以外はハイスッペクな人間で隠す事ができないほどの義理堅い中犬オーラが出ているかもしれないが基本ぼっちなのだ。

 銅像にまでなったかのハチ公には僅差だが及ばないだろう。

 自己評価が高い?

 知るか。

 ぼっちは評価してくれる人がいないから自己採点するしかねぇんだよ。

 自分に甘く他人に厳しくリア充は爆発しろ。

 それが俺の忍道だってばよ!!

 

「駅前で待ち合わせしてるカップルを恨めしそうに睨んでる所とかハチ公っぽいだロ?」

 

 首をコテンと傾ける可愛い女の子の仕草なのに全然可愛くない。

 むしろ憎たらしい。

 

「ドヤ顔でアホなこと言ってるなよ。どんだけハチ公に偏見持ってんだよ」

 

「偏見でもないだロ。むしろ主人と会えなかった犬の前で待ち合わせとか皮肉以外のなにものでもないシ。

 何十年もバカップル共を見続けたら目だって濁るとおもうヨ」

 

「ふむふむなるほど・・・・って、いやいやそんなわけないだろ。お前の誘導尋問に危うく騙されるとこだったぜ!?」

 

 目の濁ったもの同士一瞬でも親近感が沸いてしまうところでやばかった。何がやばいのか具体的に分からないところがやばい。

 アルゴ恐ろしい奴!

 

「別にこれ尋問でもないとおもうけどネ」

 

 ケラケラと笑うアルゴはいつの間にか飲み干したジョッキをマスターに渡しおかわりを要求。すぐさま機械的な受け答えのもと代わりが来た。

 そして一気飲み。

 なんだこの男らしい童女は?

 ちびちびとマイペースで飲んでる俺の男としてのプライドが傷ついた。

 もともとひび割れたガラスハートなのでいまさらそんな傷気にしないけど。

 

 酒を煽りアルゴに絡まれまさに上司の接待をする社会人の気分を味わいながら時間は潰れてく。

 

「おい、そろそろ時間じゃねえか?」

 

 視界の恥にあるデジタル時計はもうすぐ会議が始まる時間だ。

 

「おっとそうだナ。そんじゃおれっちは先にいっとくヨ」

 

 ぴょんと椅子から飛んだアルゴはよろけながらも無事着地し、そのまま扉まで足を進める。

 

「なんだ先行くのか?」

 

 別に一緒に行こうぜ(キリ なんて言うつもりはないが目的地が同じなら同行するのが自然だろう。小学生の頃は帰り道が同じ方向の女子に「ついてこないでよこのストーカー!!」となぜかキレられたけど。女子は走り去り、俺はその場で静かに泣いた。

 ここでお前と一緒に行くとかまじで無理・・・とか言われたらまた静かに泣く自信がある。

 

「アア、ちょっと声かけたい子がいてネ。なんならハチ公も一緒に行くカ?」

 

 幸い俺が泣くことは回避されたようだ。

 けど、柔らかな微笑をしながらそう言うアルゴに不覚にも、不覚にも一瞬見とれてしまった。別に一目惚れとかそういうのじゃない。単純にこいつがあんな表情をすることが以外だったから見入っていただけだ。

 命を助けられたが俺から見るアルゴという女は、人懐っこい笑みと言動で相手をおちょくり小馬鹿にするアホ、のように自分を演じ周囲を欺く腹黒女。

 人に流されるのではなく、人をうながす由比ヶ浜とはまったく別の八方美人。

 それがアルゴという女に抱いた感想だ。

 

 そんな女があんな慈愛に満ちた顔をするのは以外と思うしかない。

 同時に思ったのはその”声をかけたい子”というのはたぶん女だ。なんかこの言い方だと恋人の浮気を疑う彼女のようだな。

 八幡あたらめ八子です。みんなよろしくね♪

 ・・・・うんキモい。俺が女なら絶対私がモテないのはお前たちが悪い!とかいいそうだ。ちなみにぼっちは変わらないデフォ。八幡クオリティーである。

 

「いや俺は1人でいくわ」

 

「いつも通りだネ」

 

 今さらっとお前ぼっちだなと言われた気がするが気のせいじゃないよね?間違ってないから否定しないけど。

 スタスタと去るアルゴの背中を見ながらジョッキに残った液体を流し込む。

 相手が女なら俺がついていったら間違いなく「誰こいつ・・・・キモ」と警戒されるし、仮に男の場合もアルゴがあんな表情をする相手とかなんか気まずい。そもそも初対面の相手とか俺には難易度が高すぎるので断った。

 

 さてそろそろ俺も行くかと立ち上がりNPCの店員に自分の分の勘定しに行く。

 

「すいません・・・・お勘定を」

 

「二名様合計で4300コルです」

 

「・・・・・・」

 

 ・・・・・・あのネズミ女金払わずに行きやがった。

 

 

 

※ ※ ※ ※

 

 

 

 養われるはずの俺がなぜか、アルゴの分の飲食代まで払わされ軽くなった財布を虚ろな眼で見る。金も財布もデータなので重さとかないけど精神的に感じるんだ。金に羽が生えて空に飛んでいく姿を・・・・。

 後で絶対請求してやると意気込みながら長い階段を上っていくとそこには屋外劇場がある。

 

 屋根など無く野ざらしの劇場はお世辞にも綺麗とは言えないが、中心の半円形上の舞台に周りを取り囲む石作りの階段席、パルテノンとかにありそうな立派な石柱と、なかなかどうして味がある。

 

 攻略会議が行われるのはここトールバーナー『劇場』。

 周りにNPCがおらず、多くの人間が集まるにはうってつけの場所だろう。

 時間もそれなりであり、すでに多くのプレイヤー達が集まってきている。

 大体の連中は気の会う仲間内で固まり駄弁っているか、物々しい顔つきで会議が始まるのを待っているグループに分かれていた。

 なので、俺は彼らと離れるよう端に移動する。

 

 グループは仲のよい者だけで集まるから仲良しグループという不可侵領域を結成できるのであり、後者の連中は普通に怖いじゃん。

 ほらあれだよ。

 俺も周りからよくキモイだの怖いだのキモイから怖いだのと言われるからああいう雰囲気の連中と一緒にいると一触即発の空気を作っちゃうんだよね。話すらしたこと無いけど。

 なので、周りの空気を悪くするのもしのびないので関らないように離れておく。

 

 リア充ともなれば1人孤立してるぼっちをほおって置けないタイプもいるが、関らないというコミュニケーション方法があることをリア充共はいい加減理解するべきだ。

 特にぼっちは取り扱い注意なので積極的に関らないことを推奨しよう。むしろ、割物注意と張り紙していいレベル。

 

 石柱の影に背を預けながらだらりとしていると背中から肩をたたかれ反射的に振り向いた。

 

 ぷに。

 

 すると小さくて細い何かが頬に当たる。

 

「にゃハハ、油断大敵だぞハチ公!」

 

 見ればそこにいるのは悪さが成功したと言わんばかりの無邪気な笑みを浮かべたアルゴがいる。

 いつの時代の悪さだとか、いきなり後ろに現れるなとか言いたいことはあるがとりあえず一言。

 

「おいこら金返せ」

 

「再会しての一言がそれかヨ!」

 

「うるせい無銭飲食女。俺はな、養われる気はあっても施しを受ける気はないし、それ以上に誰かを養う気も施しをする気もないんだよ。だから立て替えた金返しやがれ」

 

「お前には男としての甲斐性ってもんがねぇのかヨ・・・・」

 

 呆れ顔でなにこのクズ男とか思われてそうだけど関係ない。

 俺の中での甲斐性とは、求めるものであり、育む物ではないんだよ。じゃなけりゃ将来の夢に専業主夫とかいわないから。

 

 ぶつぶつ文句を言いながらも普通に返金され財布の中身が多少重くなった。まあデータだから重さとか無いけどね。

 

「40人弱カ・・・・」

 

 俺が重さのない数字に歓喜していると、アルゴは劇場の中を見渡し呟く。

 恐らくここに集まったプレイヤーの数だ。

 本来8千近くいる総数に対し40は多いとは言えない。

 

「よく集まったほうだろ」

 

「んーそうなんだけド。できれば48人フルレイドで挑みたいところだネ・・・」

 

 第一層のボス部屋に一度に挑戦できる気定数48人。これはベータ時代の参考とNPCから得られる情報で確定している。

 多くないと言っても命のかかった文字通りの化け物退治(ボス攻略)なら40という数字は悲観するべきものじゃない。

 ただ、何事にも保険をかけておくタイプのアルゴには聊か不満のようだ。

 余談だが、こいつは結婚したら旦那に生命保険をかけるに違いない。余談ですらない八幡の勝手な妄想だけど。

 

「小学校で言われただろ?余裕を持って行動しろって。ある意味ちょうどよかったんじゃねえの」

 

「ウン、合ってるけど間違ってるからなソレ」

 

 適当なこと言うナとジト目を向けられた。

 おかしい陽乃さんには受けたのに。いや、よく考えればあの人は元からおかしい人なので彼女に受ける=誰にでも受けるというわけではないのか。

 うん、こんなこと考えてたらたぶん俺殺されるな。

 なんとなく生命の危機を感じ誤魔化すように視線をアルゴから外し劇場を見る。

 合いも変わらずだべってたり物々しかったりする中で一グループいや、一人気になるやつがいた。

 

「・・・・なぁ、あの真ん中にいる青い髪の奴は」

 

「ん・・・?ああ、ハチ公も目敏いな。あいつはディアベル、今回攻略会議を開いた張本人でボス部屋を見つけたパーティーのリーダーだヨ」

 

 ほう。アルゴの説明され凝視してしまう。

 俺達プレイヤーは初日に茅場(殺)により姿かたちを呪われた現実の物へ変えられたが髪や瞳の色は調整可能なのであの青髪もそういう類だろう。

 デコだし緩やかウェーブの青髪に170はあるであろう身長。体格は服のせいでよく分からないがダラシナイ感じじゃない。

 一言で言うなら。

 

「・・・・イケメンだな」

 

 そうイケメンだ。イケてるつらしたメンズ殴りたい。略してイケメンだ。

 

「顔だけじゃないゾ。人当たりもよくコミュニケーション力も高イしリーダーシップも取れル。その上果敢に最前線で戦う感じの絵に描いたようなイケメンダ。ハチ公とは間逆だナ」

 

 2拍子も3拍子も取れたイケメンか。ふむ・・・・・なんかうまくいえないけどあれだな。

 

「ふ~ん、なるほど、そうか・・・・それであいつの命日はいつなんだ?」

 

「コラコラ縁起でもない殺すなヨ」

 

「別に他意はねえよ。・・・・ただ俺はいけ好かないイケメンの死期がいつなのか気になってるだけで」

 

「他意がないどころか他意しかなイ!」

 

「あ~もうなんかめんどくせえよ結局いつ死ぬんだよ」

 

「殺意が雑なくせにすげぇ主張力だナ!?」

 

 まぁ冗談はこのくらいにしておこう。

 ディアベルとその取り巻き(パーティーメンバー)が少し慌しくなってきた。

 会議にしろ宴会にしろ幹事や主催者は始まる時には慌しく、終わるときには脱力するものだ。

 もうしばらくで会議が始まるのだろう。

 そうだ。

 会議が始まる前に一応確認しておくか。

 

「あのイケ・・・ディアベルがボス部屋を見つけたんだよな」

 

「アア、そういってるだロ?」

 

「ならあいつはベータテスターなのか」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・ん?」

 

 何気なく聞いた事にアルゴの視線は唖然と見開かれ一瞬にして鋭く光る。

 あ、あれ?なんでこんなシリアス顔してんのこいつ?

 

「なんでそう思うんダ?」

 

 質問に答えず逆に主語のない質問を投げかけられる。

 んーこれは完全に探りを入れてる感じだな。つまりは警戒されてるってことだ。

 なぜに?ホワイト?

 それは白か。

 

「なんでも何も・・・・普通に考えて初めにボス部屋を見つける可能性が高いのは元ベーターの連中だろ」

 

 情報に置いてビギナーより優位に立ってる彼ら彼女らが先んじて攻略を進めるのは至極全うで、むしろさっさと攻略してくれないといろいろと困ったことになる。俺がな。

 

「・・・・・そうカ」

 

 俺の応えに若干不服そうだが納得した様子のアルゴ。

 だが、チラチラとこちらの様子を観察してるようなので警戒は続行の様子。全然納得してないね。

 もうこれ警察が容疑者に向ける目線や、電車の中でJKが後ろに立つサラリーマンに向ける目線だよ。

 黒か白で言えば黒に近い灰色みたいな感じ。

 ・・・・・それでも俺はやってない!!

 

 誰が痴漢だ。自分で言っておいて自分でツッコム。これぞボッチ108の必殺技のひとつセルフサービスツッコミである。

 

 なんてくだらない事を考えていないでアルゴの誤解を解いておこう。いったい何を誤解してるのかも分からんし、なぜ警戒してくるのかチンぷんカンプンだが、このままチラ見され続けるのも気持ち悪い。

 

「おいアル」

 

「みんなちゅうもーく!!」

 

 アルゴと言おうとした矢先、舞台の上から手を鳴らす音と共に透き通るようなイケメンボイスが劇場に響く。

 見ればディアベルが会議を始めようとプレイヤー達に合図をしていた。

 

 どうやら、イケメンの奴はどいつもこいつも俺の邪魔をすることが好きらしい。

 普段空気を読みまくってるくせに俺が絡むとリア充やイケメンは途端に空気を読まなくなる。

 俺が泣けなしの勇気を振り絞り話しかけようとすると声が被るし、廊下をすれ違うときよけた方向に相手も避けるみたいなやり取りを3回は繰り返しちゃうし、クラスの打ち上げに行こうものなら「なんでこいつ来てんの・・・・つーか誰?」とか空気を読まず言っちゃうレベル。それ以前に俺が入室したら空気が凍ったけどな。

 

 ・・・・完全に俺が空気読めてないだけだな。

 それと最後のは、クラスが一緒のうえ席が隣の奴に言われたっけか。その日の夜、俺の枕が雨で濡れたのは言うまでもない。

 会議が始まるのでそれ以上会話をすることが憚られ仕方なく出した言葉を飲み込んだ。

 見ればさっきまで雑談をしてた連中も静かになり舞台の上に注目してる。

 

「今日は俺の呼びかけに参加してくれてありがとう、SAOトッププレイヤーの皆!」

 

 全員が静かになったところでディアベルは声高らかに話し始めた。

 生死をかけるボス攻略とありこれから行われるのは真面目な会議に嫌がおうにも緊張してしまう。

 

「俺の名前はディアベル、職業は気持ち的にナイトやってます!」

 

 ドッと劇場内に笑いが起こる。

 最前線で戦い人類救済のため魔王に立ち向かうさまは確かに勇者や騎士なんてのが会うと思うが今言う必要があっただろうか?ウインクする必要ないよね絶対。

 それとお前らも「本当は勇者って言いたいんだろww」とかいってんな。劇場内はお静かにって映画泥棒で言ってだろ。

 ついでに俺のシリアスパート返せよ。

 ノーモアシリアス泥棒!

 

 ひとしきり笑いが収まったところで仕切りなおしと言わんばかりに咳払いして本題に入る。

 

「さて、こうして最前線で活躍してる皆に集まってもらった理由は言わずもがなだよな。今日、俺達のパーティーが第1層のボス部屋に到達した!」

 

 ディアベルがそういった瞬間どこからか息を呑む音が聞こえた。

 ある程度予想はしていただろうが実際に面と向かい言われるのと予想では大きく違う。

 

「ついに俺達の力でボス部屋を攻略し第2層へ行くときが来た。ここまで1ヶ月もかかったけれど・・・・このデスゲームがいつかきっとクリアできることを街で待ってる皆に伝えるんだ!そうだろみんな!!」

 

 しかしあれだな。

 はじめのあれやこれやで不信感が半端なかったけどディアベルは人身掌握や演説なんかのスキルが高い。

 簡潔な事実確認から戦うための大義名分を提示させるやり方は素直にうまいと思う。

 人は正義のためにしか戦うことができないと昔の偉い人は言ったそうだが、まさにソレだ。実際ほかのプレイヤーのために戦うとか言ってる奴はほとんどいないだろうけど、あえてその議題を決定ずける事で意識の統一をしてる。

 反骨精神満載な奴がいても俺は俺のために戦うお前らとは違うんだよ!とか言い出しはしないだろ。仮にいたとしてもそいつを敵と認定し他の全員で排斥すれば団結力も上がる。どう転んでもディアベルにとっては問題にならない。

 そう考えれば初めのナイトうんぬんというのも皆の緊張を和らげるためだったかもしれない。

 このイケメンなかなかの策士だ。

 それはそうと、イケメンや美少女が作詞した歌ってどれもこれも似たような感じなんだけど俺の気のせいだろうか。

 どうでもいいくだらない事に思考を費やしてる間にも会議は進んでいく。

 

 





次回ようやく人気投票(笑)1位の彼が登場か!?
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