男に優しい世界のIS (甲斐太郎)
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頭空っぽにして読んでください。

『起』

 

「えっと、次は雑貨屋かな」

 

「ここからだと、そうだなぁ。正岡さんの所が近いか」

 

陽光暖かく、うららかな土曜の午後。織斑一夏は小学校からの友人であり親友である五反田弾と共に商店街に買い物へ来ていた。周囲を見渡せば学生服を着た女性たちがカフェの中で店員に白い目で見られながら参考書片手にペンを走らせていたり、ジャンクフードを食べながら教科書を開いて血眼で勉強していたりするのが見える。世間は受験戦争真っただ中にあるが、“男”である一夏や弾には縁の無い物であり、2人は受験届を提出した時点で進学先への合格が決まっている。

 

「そういえばさ、一夏。この商店街で今、珍しいイベントをやっているらしいぜ」

 

「どんな?」

「インフィニット・ストラトスの展示だよ」

 

「そうなんだ。一度は、見てみたいとは思っていたけれど、ちょっと寄って見ていくか」

 

「そう言うと思ったぜ。こっちだ」

 

 

インフィニット・ストラトス。

 

女性にしか動かすことが出来ない、宇宙での活動を念頭に置かれたハイスペックな宇宙服のようなもの。これが世間に出た時の男たちの感想はひとつ。【ついに女性たちの活躍の場は宇宙にまで広がったか】という感慨深いものであった。

 

そもそも昔から戦争や力仕事は女性の仕事であり、一夏たちが住む日本でも昔からこんなことが言われてきた。【日本男児ならば、家庭に入ったら家事と育児に専念すべし】と。

 

「なんか予想していたよりも人がいないな」

 

「……。ま、アレだ。インフィニット・ストラトスを扱うようになるってことは、男と出会うために重要な高校3年間を棒に振るってことと同義だからな。本当に『ヴァルキリー事件』は奇跡だった」

 

「その奇跡の体現者の弟なんだけどねー。あははは……」

 

 

『ヴァルキリー事件』。

 

それは今から約5年前に起きた。当時22歳を直前に控えた世界最強の称号を持つことになったとあるインフィニット・ストラトスの日本代表の女性が、自分をインタビューしに来たテレビ局の新人アナウンサー(当時19歳)に一目惚れし押し倒すという事件が発生。テレビ局の関係者がその場に駆けつけた時には女性は恍惚としながら腹を撫で、新人アナウンサーは呆然としており完全に事後であった。あわや日本代表逮捕かと騒がれたが、その新人アナウンサーが「僕が婿になれば問題ないですよね」という神発言をしたことによって、その女性は逮捕されることなく、世のインフィニット・ストラトス乗りたちの希望となった。まぁ、その逮捕される直前までいったのが一夏の姉であり、義兄がその元・新人アナウンサーな訳だが。

 

「どうする、一夏?人がいないから、職員の人が触れてもいいですよって、声高々に言っているが?」

 

「そうだなー。面白そうだし、触れてみるか。これから俺等が触れられる機会があるとしたら、インフィニット・ストラトス乗りの嫁を迎えた時くらいだろうしな」

 

「だろうなー。ま、あんなエリートを嫁にする機会なんか、金輪際ないだろうけどな」

 

「そう言ってやるなよ。そういうエリートの女性たちが頑張っているからこそ、俺たち男性は平和に暮らせているんだからさ。それにそんなエリートたちが俺たちみたいに細くて筋肉があまりついていないモヤシみたいな男を、選ぶ訳ないじゃないか」

 

「それを言っちゃあおしまいだぜ」

 

「「あははは」」

 

一夏と弾は冗談を言い合いツボに入ったのか笑い合っているが、世間一般の感想を述べさせてもらうと、彼らの自己評価及び認識はかなり間違っている。そもそもエリートが筋肉質のマッシブな男性を好むというのは風評被害であり、エリートであればあるほど私が護ってあげたいという庇護欲を擽る可愛らしい男性を好む傾向にある。そして、商店街の往来でこんな話をする一夏と弾に熱い眼差しを向けている一般の女性たちを見れば分かると思うが、彼らは相当にビジュアルも宜しいのだ。

 

一夏は日本人特有の艶やかな黒髪を惜しげもなく見せつつもハイネックのセーターを着て肌を極力隠している。そして左手に持たれた重量感のあるビニール袋からは家庭的なことが窺える。まさに日本男児とはなんたるかを見せつけている。

 

弾は頭にバンダナを巻き、茶髪を逆立てワイルドさを演出しているが、脇に抱えた荷物からチラチラと見えるのは料理本。彼もまた嫁に美味しい料理を作ってあげたいと考える未来を見据えた少年である。

 

ということを瞬間的に妄想した女性陣は鼻を押さえつつ荒い息をはぁはぁ吐きながら、インフィニット・ストラトスの展示会場にてくてくと歩いて行く彼らの背を凝視している。彼らの一挙一動を見逃さないという気概は分からなくもないが、少々行き過ぎである。

 

「あれ?観客増えてないか、弾?」

 

「男がインフィニット・ストラトスに触れようとしているのが珍しいんだろ?」

 

そう言った弾は職員に促され、展示されていた打鉄の表面をぺたぺた触れる。時折感想も述べていき満足したのか、俺の隣まで戻って来た。

 

「思っていたよりもすべすべで重量感がすげぇな。これが高速で空を舞うのかぁ、どうりでモンゾ・グロッソとかで見る各国のインフィニット・ストラトスが華やかなはずだぜ」

 

「まぁ、華やかなのはそれだけが理由じゃないとは思うけれどね」

 

一夏もまた職員に促され、インフィニット・ストラトスの打鉄の前に立った。満足のいくまで触ったら、雑貨屋によってクッキーの型を買わなければならない。そして、可愛い甥や姪にクッキーを焼いてあげるんだと一夏は考えながら、それに触れる。

 

瞬間、眩い光が一夏の視界を焼いた。咄嗟に瞼を閉じ手のひらで光を遮ろうとする。すると、すぐに光は収まったようで、一夏は目を白黒させながら周囲を見渡す。そして、視界に幾つもの情報が浮かび上がっているのに気づいた。視界に映る全ての人、男女比は1:9くらいであったが、皆が一夏を見て目を点にしていることが分かった。一夏は恐る恐る視線を下へ向ける。浮いていた。何故かインフィニット・ストラトスを身に纏い、自分は宙に浮いている。一夏は目尻に涙を浮かべる。それは歓喜の涙ではない。

 

「婿入り前なのに、衆人に臍を見られた。死にたい……」

 

「そこじゃないだろ!落ちつけ、一夏っ!!」

 

「「「「「黒髪美少年の臍キターーーーー!!」」」」」

 

親友を心配する弾の声が商店街に響いたと同時に女性陣から窓が割れんばかりの歓声が響き渡るのであった。

 

 

 

『承』

 

あれよあれよと時間だけが過ぎ、一夏がIS学園に入学する日がやってきてしまった。

 

史上初となるインフィニット・ストラトスを扱える男ということでニュースに取り上げられた一夏であったが、ここで彼を育んできた日本男児の精神が奇跡を起こす。

 

『こんな事態になってしまったからこそ、俺はインフィニット・ストラトスのことをしっかり学び、将来は同じ悩みを抱える女性を支えて行きたいと考えています』

 

つまり、将来はインフィニット・ストラトス乗りの嫁をもらうとメディアで宣言したのである。当然、インフィニット・ストラトスのことをしっかりと学ぶためにIS学園にいくことも話す。

 

これにより何が起こったか。言わずもがなIS学園の競争率がバカげたことになった。在校生は歓喜のあまり失神したらしい。各国の代表や代表候補生もワンチャンがあるかもしれないと歓喜し、国家最高峰の学生を選出しIS学園に送り出す。すべては奇跡が起きる事を願って。

 

ちなみに一夏はインフィニット・ストラトスを起動させた日、家族会議でどうするかを話し合った。何故か従姉である織斑マドカやインフィニット・ストラトスの開発者である篠ノ乃束も押し掛けて来たりしたけれど、家が崩壊するようなことにはならなかった。何せ、弟の身の安全を考え帰ってきた姉・織斑千冬が彼女の息子である十秋と娘である千秋に「「ママなんて大嫌い」」と告げられ、轟沈してしまったから。

 

職業の関係上、中々家に帰れないことを理解している夫と弟とは違い、甘えたい年頃の子どもたちにとって千冬の行動は許されないものであり、部屋の隅でいじける彼女に寄って行こうともしない。何だか居た堪れなくなった従姉のマドカと、開発者の束は一夏の身の保障は確約すると織斑家に告げ、退散していったというのが会議の全貌であるが明かすようなことではないだろう。

 

そして、現在。

 

一夏は入学式を終え、自分が所属する教室のドアの前に立っている。彼の中で渦巻くのは日本男児として無様な姿は見せられないということだけだ。自分の姿が日本男児とはどういった存在であるのか、世界各国学生たちの脳裏に刻まれるのだから尚のこと気を引き締めなければならないと気合を入れ直す。そして、一夏はドアを開き教室へ入る。

 

視線が自分に集中していることが分かったが、彼はひるむことなく自分の席を確認すると一直線に歩いて行き、優雅に椅子を引いて席に着いた。そして、姿勢を正して前だけを見据える。背中越しに「ほぅ…」という感心するような声が聞こえてきた。一夏は内心でガッツポーズを決める。そうして一夏は担任教師が来るまで微動だせずに席で過ごしたのだった。

 

「皆さんご入学おめでとうございます。私はこのクラスの副担任の山田真耶と言います。1年間よろしくおねがいします」

 

1人の女性が教壇前で自己紹介する。確か彼女は数年前にテレビで見たことがある。確か射撃部門における日本の代表候補生だったはず。結局、代表にはなれなかったという話であったが、「そっかIS学園で後輩たちの指導する側になっていたのか。なんて潔い女性なんだ」と呟いた。

 

教壇の前に立つ女性を見る一夏の視線が尊敬を孕んでいることに気付いた教室の前列に座っていた女子たちが山田先生を凝視している。その空気を敏感に感じ取ったクラスメイトの1人が手を挙げた。

 

「どうされましたか、えっと……。ラウラ・ボーデヴィッヒさん」

 

「発言を申請する。記憶によれば、貴女は数年前までこの国における射撃部門の代表候補生であったと記録があったはず。相違ないだろうか?」

 

「え、その通りです。機会に恵まれなかった私でしたが、IS学園で教鞭を振るわないかとお誘いがありまして、こうやって副担任を任されるまでになりました」

 

「分かりやすい返答に感謝を。進行を妨げてしまったことを謝罪する。以上だ」

 

そう言って席に座りなおした腰まで届く銀髪と赤いラインの入った黒い眼帯をつけたラウラ・ボーデヴィッヒは喜びの感情を曝け出さないようにプルプル震えていた。己があの空気に割って出るように挙手した瞬間、織斑一夏が振り返って自分だけを瞳に映したのだ。舞い上がる煩悩を必死に、それはもう必死に抑えつけた。副担任の女性から最高の答えを引き出せたときに、彼が自分に対して微笑んだ。その瞬間、目の前が真っ白に染まりそうになったが何とか現世に踏みとどまれた。これも男に対して耐性を持たなかった私に特訓を施してくれたクラリッサのおかげだ。あとで感謝のメールを送らねばなるまい。

 

そんなことを挙手までして質問した彼女が考えているとは思いもよらない一夏は、自分以外にもちゃんと目の前で努力をしてきた山田先生のことを知っている人がいてくれてよかったと思っているだけなのだが。

 

「そ、それでは出席番号順に自己紹介をおねがいします」

 

「は、はいっ」

 

教室の入り口側の一番前の席に座っていた女の子が緊張した面持ちで立ちあがった。ロボットのようにカクカクした動きで振り返ると自分に集中する視線に軽く怯む。そして、口を金魚のようにパクパクさせて何も告げられずにいる姿が見ていられなくなった一夏が優しく温かみのある声で声を掛けた。

 

「お名前は何ですか?それと趣味は?」

 

「ひゃい!?相川愛梨です“趣味はウインドーショッピングで、お菓子が大好きです」

 

「そうなんですね、機会があればお茶会をするのもいいですね」

 

「あうあうあう……」

 

頭から湯気を出しながらフラフラとした足取りで席に座りなおした相川さんはそのまま机に向かって項垂れた。後光が差しこんでいることから、彼女は現在夢見心地のようだ。

 

「えっと、ハプニングがありましたが次の人どうぞ。……鏑木さん、今の内に相川さんの心肺蘇生をお願いします」

 

山田先生は出席番号2番の女子に声を掛けるとそのまま、相川さんの後ろに座る女子に声を掛けている。どうやら相川さんを起こすようだが、そんな仰々しいことをしなくてもと穏やかな気持ちで自己紹介を聞いていると、すぐに自分の番が来た。席から立ち上がると、くるっとターンしながら振り返る。日本人を含めて数多くの国から来た女子たちの視線が自分に集中している。ひとつ、深呼吸をした一夏は自己紹介を始める。

 

「織斑一夏です。趣味とはいっても男ですから、料理と掃除です。料理は管理栄養士とフードコーディネイター、家庭料理技能検定2級の資格を持っています。掃除関係は掃検の2級だけです。あと子供の世話が大好きで、姉の子供たちと遊んだり、寝かしつけたりするのは得意で、ここに来る前は幼稚園や保育園のボランティアにも参加していました。インフィニット・ストラトスに関しては素人レベルですけれど、将来に向けてしっかりと学んでいきたいと思っています。では、皆さん、これからよろしくお願いします」

 

一息に言い切った一夏は、目の前にいる女性たちの反応を待つ。

 

 

「「「「きゃーーーー!!」」」」

 

 

彼女たちの動きを注視して、一夏は咄嗟に耳を塞いだ。塞いだにも関わらず彼女たちの歓声はとんでもないものであったが、その後の問答を聞かなくて良かったのかどうか。

 

「結婚を前提にお付kぐむっ!?」

 

「言わせないよ!!」「言わせん!!」

 

「掃検2級ってどれくらい凄いの、簪ちゃん?」

 

「業者レベル。家に来ている人たちよりも凄い」

 

「くっ……好敵手が多すぎる」

 

「あれが、幼馴染1号ね。……大丈夫、貧乳はステータス」

 

ある程度、教室内が落ち着いたのを見計らって一夏は耳から手を放す。そして、振り返ると姉が教壇前に仁王立ちしていた。

 

「織斑、先ほどの自己紹介はなんだ?」

 

「何がでしょうか?あれくらい普通では」

 

「……まあいい。織斑、座れ。ここにいる全ての者に言っておく。一夏を婿にしたければ、私を倒せ。それが最低条件だ!」

 

腰に手を当て、堂々と無茶を言う千冬姉の発言にクラス内が一瞬だけシーンとなるも、一夏と千冬を交互に見て、皆やる気を出す様に雄叫びをあげた。どうやら、乗り越える山がたとえ世界最高峰のエベレストよりも高かろうと手に入れられるものの価値が彼女たちの中で凌駕したようだ。ちなみに落ちつかせるために時間が掛り、喚き散らす人たちには元・世界最強の出席簿アタックが送られることとなった。

 

 

『転』

 

 

さて、入学式の後なので授業は無く、オリエンテーションだけで済んだので一夏は山田先生に連れられて、寮の一室の前にいた。

 

「織斑くん。この部屋の鍵はカードキー1枚とアナログな金属の鍵と、篠ノ乃博士が作られた網膜認識システムの3つです。その全てが無いと入れない仕組みになっているので鍵の紛失にはくれっぐれも気を付けてくださいね」

 

「俺、ここまで厳重に守られた部屋なんか見たことないです。中はどうなっているんですか?」

 

「部屋の中は私も知らないんです。けど、織斑くんは気にしないでください。餓狼の群れに放り込まれた高級霜降り肉を背負った生まれたての小鹿のような織斑くんを守るためにはこういった部屋が必要なんです。ちなみにここの区画は、織斑くんが伴っていない状態で入ると警備員につれていかれるレベルですので」

 

一夏は思う。こんな厳重に扱われる自分ってどういう存在と認識されているのか。少々、自身の置かれた現状について誰かに尋ねたい。というか相談したい。できれば同性に。

 

「では、私はこれで戻ります。何か困ったことがありましたら、部屋に設置されているタッチパネルでお願いします。私も捕まっちゃいますので、では失礼しますね」

 

そう言ってふんわりとした笑みを浮かべたまま、山田先生は去って行ったのだった。

 

一夏は山田先生に説明された2つの鍵と網膜認証を行い部屋に入って絶句した。

 

 

□□□

 

『よぉ、一夏。IS学園の初日はどうだった?ってか、すげぇな、そこ』

 

「今まで散々男性優遇の部屋は見てきてけれど、ここは常識を疑うよ。それに信じられるか弾、国際IS委員会から贈られたこのカードキー。IS学園にある寮の“全て”の部屋の鍵を開けられるマスターキーなんだぜ」

 

『ブフッ!?げほげほっ……。え、何それ?国際IS委員、何を考えてんの!?ってか、全てって言ったか?』

 

「全てだよ。このマスターキーがあれば、俺に行けない場所はないんだ。インフィニット・ストラトスの保管庫も行けるし、金庫にも行けるんだ」

 

『国際IS委員会の思惑とは違った方面に使おうとしている件について、じっくりと話したいが一夏、その様子だとニュースを見ていないな』

 

「どういうこと?」

 

『2人目が見つかったんだよ。男性でインフィニット・ストラトスを扱える奴がまた出たんだ。たぶん、ニュース映像が動画でアップされているから見てみろよ』

 

親友である弾に言われネットを立ち上げるとすぐにそれは見つかった。弾とのテレビ電話をそのままにして、ネット映像を立ち上げる。するとそこには、クラスメイトの1人。フランスの代表候補生の1人であるシャルロット・デュノアにそっくりの少年が死んだ魚の様な光を失った瞳で淡々と質問を受け答えしていた。

 

「なにこれ?」

 

『名前はシャルル・デュノア。フランスの代表候補生の妹を持つ同い年の男。うちひしがれているのは、……あれだ。恋人を残して、IS学園に送られることが決まったからだろうな』

 

「えっと、恋人って?」

 

『フランスってさ、……日本と違って恋愛は自由らしいぜ』

 

「ああ、なるほど……」

 

一夏は『日本男児はこうあれ』と育てられてきたこともあり、一夫一妻の家庭に憧れを思っている。国によっては一夫多妻も認められているらしいけれど、子供を作らない同性愛は非生産なものとして、日本男児には不評であったのだ。

 

 

『結』

 

 

本日から授業が始まると言うことで、しっかりと予習を済ませ早めに学校へ向かう一夏であったが、寮を出たところで見知った顔を見つけ話しかける。

 

「おはよう、箒。久しぶりだね」

 

「い、一夏……。お、おはよう」

 

昨日は話しかける間もなく寮の部屋へと連れて行かれたので、数年前に引っ越して別れる事となってしまった幼馴染・篠ノ乃箒に声を掛ける一夏。声を掛けられた箒は嬉しそうに頬を染めながらも、自身の剣士としてのスキルを十二分に発揮し周囲の状況を確認する。誰もいないことに安堵の息をつき、一夏の横に並んで学校へ歩み始める。

 

一夏は先に行く箒の斜め後をついてくる。そんな彼と他愛ない話をしていると、ふと一夏が思い出したように話しかけてくる。

 

「剣道の全国大会で優勝したんだって知った時は、さすが箒だって思ったよ」

 

「そうか?まぁ、篠ノ乃流の者としてあれくらいは当然のことだ。…………、一夏?」

 

返事がない一夏が気になったので足を止め、

 

「一夏♪おはよう」

 

「鈴じゃないか、おはよう」

 

箒は振り返って呆然とした。先ほどまで影も形もなかった背の低いクラスメイトが一夏に抱きついていたのである。箒はふと怒りにまかせて怒鳴ろうと思ったが、直前で思いとどまる。ここで怒鳴って一夏に“そういう人間なんだ”と認識されるのが怖かったからだ。それが正解だったことが、すぐに分かった。

 

「あはは、鈴は甘えん坊だなぁ。初めて会った時からずっと、“弟みたい”だったもんな」

 

「…………(ピタッ)」

 

一夏と自分の腕を絡ませてご満悦だった少女の表情が玩具の人形のように固まった。箒はその言葉を聞き一夏に見えない角度で、少女に向かって勝ち誇った表情を向けた後に踵を返した。そして、一夏に先に行くから遅刻しないように気を付ける様に言うと喜びを体現するようにスキップしながら学校へ向かう。

 

対して、弟みたいと言われた少女・鳳鈴音は思考を停止させていた。妹なら分かるが、一夏に言われたのは弟だ。異性としても見られていないのかと絶望しそうになったが、ちょっと考えてみる。彼の言う弟とはどういうものかと。

 

織斑一夏は両親と姉を持つ4人家族の長男である。千冬さんからしてみたら弟であろうが、10歳近く離れた姉に対して、一夏が簡単に甘えるとは思えない。となると、千冬さんと旧姓・織珠百春の間に出来た双子の姉弟が関係してきているのではないかと思う。鈴と一夏が出会ったのは彼らが2歳か3歳の時だ。甘えたがり真っただ中な彼らと鈴を見て、同列と扱っていたとしても不思議ではない。不思議ではないけれど、これはかなり不味い状況なのではないだろうか。

 

「い、一夏……」

 

「うん、どうした?」

 

鈴の脳裏にあったのは、どうしたら一夏が自分を異性として見てもらえるかということであり、周囲の状況は見えていなかった。これも後に伝説となる。

 

「私だって初潮が来たから、一夏の子供産めるよ!!」

 

「ぶふぅっ!?」

 

「だからね、一夏」

 

顔を真っ赤にして自分から顔を背けた一夏に縋りつこうとした鈴であったが、ふと背後から頭頂部を掴まれる。そして、変則的なアイアンクローを掛けられ、思わず一夏の腕を手放してしまう。そして、痛みに耐えて恐る恐る振り向くと般若がいた。

 

「げぇー、関羽!?」

 

「誰が三国無双か!鳳、貴様が私への挑戦者第一号か。いいだろう、第一アリーナを貸し切ってやるから、一夏が欲しければかかってこい!」

 

「だ、誰か助けてー…………」

 

傍にあった温もりがなくなり、一夏は思わず悪いことをしたかなと反省した。中学時代のノリで弟みたいって言ってしまったが、本当は照れ隠しだった。女の子に抱きつかれるなんて、滅多になかったし、やる側もやられる側もいじられたり、からかわれたりするのが当たり前だったからああ言って場を誤魔化していた。

 

「教室に行ったら鈴に謝ろう。それと千冬姉にザラキの呪文を告げてやろう」

 

そう十秋くんと千秋ちゃんの「「ママ大嫌い」」という言葉を録音した音声を。数時間後、IS学園の1年1組の教室の隅に三角座りでいじける元世界最強のヴァルキリーという非常に珍しい光景があったという。




あとがき

・IS×貞操逆転はどうでしたでしょうか。

・やる夫スレを見ていてふと思いついたので書いてみました。↓は設定です。


設定

○貞操逆転世界の為、男女の価値観が入れ替わっている。

○一見筋肉隆々に見える男性よりも女性の方が筋力がある。

○よって男性は見せる筋肉が発達し、たくましい男が世間一般に好まれるのは彼らを婿にした方が丈夫な子孫を残せるからである。

○本編に書いたように戦争や力仕事は女性の仕事。男性は黙って家事と育児をやれ。

○女性の結婚適齢期は22歳まで。ヴァルキリー事件を模した犯行が起こりましたが、神発言はなかった。いいね

○男性は基本的に草食系。がっついた女性は敬遠されがちである。世界最強が逮捕されなかったのは単に襲われた新人アナが前世持ちだったからさ。名字で察してくれたでしょう。

○えり好みする女性はあっという間に売れ残り、肉食を隠さない女性もあっという間に売れ残る。そんな姉をもっているが故に我慢を覚えた箒ちゃんに拍手。



さて、この設定で誰か物語を作ってください。

お願いします。


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あれだよ。感じろって奴!

誰か書いてくださいっていったじゃないすか(泣)



『起』

 

クラス代表を決める総当たり戦を明日へと控え、機体の整備や戦術を話し合いつつ、班全員の結束を高め合おうとした際、突然訪れたIS学園唯一の男子・織斑一夏。彼の両手にはそれぞれ大皿が持たれている。

 

その大皿には出来立てであるのが一目でわかるように湯気が上がっている料理が山盛りで載せられていた。一夏が部屋を訪れた瞬間、女子たちは手を止め動きを止め、彼を注視する。一夏は部屋にいるすべての人間の顔を見渡すと、微笑みつつ、部屋にいるすべての人に声が聞こえるように優しく告げる。

 

「イタリアの家庭料理イタリアン・ライスボールだ!ひとつひとつ"手"で丸めていたら遅くなっちゃったけれど、しっかり食べて精をつけてくれ」

 

部屋にいた女子たちは顔を見合わせると我先にと一夏の下へと走る。そして、大皿に盛られていたライスボールのひとつを手に取るとその場で噛り付いた。サクサクとした心地よい音が静かな部屋に響き渡る。

 

そして……

 

「「「「「男子の手作り料理おいしいーー!!」」」」」

 

心のありったけの思いを吼えた。

 

差し入れというサプライズの気持ちが嬉しい。クラス代表候補の故郷の家庭料理を作ってくるという優しさも嬉しい。そして、何よりも“ひとつひとつ一夏の手で丸められて作られている”っていうのもポイントが高い。

 

ライスボールはイタリアの家庭料理でご飯とチーズ各種とハーブなどを混ぜ合わせたものを食べやすいサイズに丸めて、衣をつけ油で揚げて食べる料理である。均一に作られているところ、そして入学した日から見てきた一夏の人となりを見てきた彼女たちの脳裏には、熱々のご飯に材料を混ぜて、時折水で手を冷やしつつもひとつひとつ丁寧にライスボールを丸めるエプロン姿の彼の姿が浮かび上がっている。女子たちの中には器用に衣の部分だけを剥がし、一夏の手のひらに触れたであろう部分を丁寧に嘗め回す淑女がいたりするが人垣の影に隠れ彼の目に触れることはなかった。

 

「初めて作った料理だったけれど、皆が美味しいって食べてくれてよかったよ。俺にはこれくらいしか出来ないけれど皆、明日も頑張ってね」

 

そう言って綺麗に平らげられた大皿を重ね部屋から出て行く一夏の背を見送った女子たちは鼻息を荒くし、料理の感想を口々に述べていく。やれチーズのバランスが絶妙とか、衣がサクサクでありながらも中もホクホクで美味しいとか。

 

 

ナプキンで口元に残った油をふき取ったイギリスの代表候補生セシリア・オルコットはうっとりとした様子で頬に両手を当てて身悶える。

 

強く美しい母親に媚びるだけで家事以外に何も出来ない軟弱な父親を見て育ってきたこともあり、人から異端と言われようとも力強く逞しい男性を婿にと考えていた。しかし、自国ではない、他国の家庭料理さえも意図も容易く作り、あの完成度に持って行くことがどんなに大変なことであるのか。セシリアはふと幼少期の記憶を思い返した。母親が寝静まった深夜、父親が台所で料理の味見を何度もして、出来上がった物に満足そうに微笑み、翌日母親がそれを食べ目を細めていたことを。女性を前に立たせ、男性は一歩引いた位置にいるのが当たり前という精神。

 

つまり、

 

「なるほど、これが日本男児。チェルシー、私が間違っていましたわ」

 

 

 

ドイツの代表候補生にして軍人という異色の経歴を持つラウラ・ボーデヴィッヒはその小さな手でライスボールを壊れないようにそっとつかみ、少しずつ咀嚼していた。周りの者が次々と食べ終えて行く中、ラウラだけが食べ続ける事態になった時、皆の視線が自身に集中するのが分かった。ラウラはライスボールに向けていた視線を外し、自身に目を向けている者たちの前でニヤリと笑うと、精一杯大きく口を開け残っていたものを放り込む。ワザとらしく頬袋いっぱいな状態で味わって噛み、そして飲み込む。

 

一夏が作ってきた料理に最後のひとつがラウラの胃に収まったのを見た女子たちが元の立ち位置に戻ろうとした瞬間、彼女はインフィニット・ストラトスのデータ領域に放り込んでおいた一夏作成あつあつライスボールを取り出した。足を止め、目を爛々と輝かせ、今にもラウラ自身に飛び掛って来そうなクラスメイトたちの群れの中に放物線を描くようにして投げられる料理。たったひとつのライスボールを手に入れるために死力を尽くす者たちを横目に自分用にと取っておいたライスボールに噛り付きながら彼女はつくづく思った。

 

「織斑一夏。是非とも我が祖国に」

 

 

 

部屋の片隅に置かれた席に座りながらぽけーっと窓の外を眺める金髪の少女は夢見心地のまま、何も考えず呟いた。

 

「ボクのためにラタトゥイユも作ってくれないかなぁ……」

 

そう呟いた瞬間、周囲にいた女子たちの目が自身に向けられたことにも気づかぬまま、脳内に思い描く未来予想図がポロポロ、ボロボロ、ゴロゴロと出て行く。彼女はフランスの代表候補生の1人シャルロット・デュノアである。先日双子の兄妹が2人目のIS乗りとなり世間を騒がせたが、彼女はどこ吹く風と気にもしなかった。

 

それよりも一夏のことで頭がいっぱいであった。彼はまさにシャルロットが思い描く旦那さまの理想像。家事が得意かつ子供にも優しいとか、ここで逃すなんて考えられない大魚である。ちなみにラタトゥイユとは日本で言う肉じゃがみたいなもので家庭料理の定番としてあがる。つまり、彼女の言葉を日本風に言うと「私のために肉じゃが作って食べさせて」となる。一昔前のプロポーズ用語ともいう。

 

 

で、揃いも揃って同じタイミングで告げた言葉は当然、聞き流すわけにはいかない類のものであり、それぞれの代表候補生たちはISを部分展開し、睨み付け合う。

 

「「「ああんっ!!」」」

 

「そこの代表候補生たち、いい加減にやめなさい!」

 

クラス代表候補に選ばれ、彼女らに支援される身であるイタリア出身の少女はこめかみを押さえつつ、ここ最近で何回吐くことになったか分からないため息をついたのだった。

 

 

 

『承』

 

「さて、再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めなければならないのだが、他クラスと公平を期すために今年は代表候補生をクラス代表にしないという決まりとなっている」

 

教壇の前で精神的ダメージから復活した千冬が告げるとざわざわと周囲がざわめいた。一夏はまっすぐ姿勢を正したままであるが、頭の中では当然そうなるだろうなと考えていた。何せ、1年1組を構成するクラスメイトの比率がおかしいことになっていたからだ。

 

一夏の存在を考慮して、クラスの半分は日本人であるが、同時にクラスの半分があらゆる国の国家代表候補生もしくは準ずる実力を持つ者で構成されているのである。一夏自身の知り合いである篠ノ乃箒や鳳鈴音もまたそれぞれが、格闘部門の国家代表候補生なのだ。

 

「対抗戦自体は、入学時点での各クラスの実力を測る物となるものだ。加えると1度決まると1年間変更はないからそのつもりでいろ。自他推薦は問わないので、意見がある者は挙手するように」

 

千冬の言葉を聞いたクラスの女子たちは一斉に一夏を見たが、何かを思い浮かべる様に考える仕草をすると一斉に首を横に振った。一夏をクラス代表に据える愚かさを皆、同時に悟ったのだ。態々、他クラスの奴らにチャンスをくれてやるものかと。すると女子たちは席に座ったまま、クラス代表にふさわしい人間を探す。だが……

 

「はい。デュノアさんを推薦します」

 

「彼女はフランスの射撃部門での代表候補生だよ」

 

「オルコットさんはイギリスの代表候補生だし、スクワルドさんはアメリカの代表候補生……」

 

「ボーデヴィッヒさんは?……ドイツの軍人で代表候補生かぁ」

 

「篠ノ乃さんも更識さんは日本の代表候補生だし、鏑木さんも確か高速機動部門の代表候補生だよね」

 

「中国で鳳さんのことを知らないのはモグリよ。うーん……」

 

クラスの大半が頭を抱え始めた頃合いで、代表候補生たちが顔を見合わせ挙手していく。そして、名前が挙がったのは、この4人であった。

 

イタリア出身のテオドーラ・カネピ。

 

インド出身のアメッサ・パテル。

 

アメリカ出身のティナ・ハミルトン。

 

そして、日本出身の相川愛梨。

 

「異議ありー!!」

 

「相川、却下だ」

 

千冬に意見をばっさりと切られ、orzの状態でさめざめと涙を流す相川の後ろ姿に同じ日本人たちは同情を禁じ得ない。だが、下手に口を出すと自分に問題が飛び火するので口を噤んでいる。

 

一夏は名前を呼ばれた面々を1人ずつ見て行く。

 

まずはテオドーラ・カネピ。イタリア出身ということだが、彼女は一夏の視線に気付くと穏やかな笑みを浮かべ小さく手を振ってくる。IS学園の制服は改造自由ということもあるが、テオドーラは青と白を基調にしたカーディガンを制服の上に羽織っていて、髪と目は橙色で髪は短い。やや垂れ目なところがおっとりとした雰囲気の彼女にはぴったりだ。

 

「一夏くん、カネピさんを見ているね」

 

「反応は上々のようね。カネピさん、そのまま。そのまま、がんばってー」

 

「……(汗)。……この笑顔はきつい」

 

 

次はアメッサ・パテル。インド出身ということで褐色の肌が真っ先に飛び込んでくる。制服の胸元も広く開けられており胸の谷間を強調する仕様のようだ。だが一夏は特にそこには興味を出さずに、彼女の全体の雰囲気を見る。近くの女子たちと喋る姿からは快活そうな印象を受ける。

 

「あちゃー、大きいのは嫌いなのかな?」

 

「というよりも、胸自体にあまり興味ないのかな」

 

「……。これも彼の好みを知るため。知るためなのよ」

 

 

その次にティナ・ハミルトン。彼女に視線を向けた一夏であったが、首を傾げた。彼女はひどく困惑した感じで自分を推薦した女子に食ってかかっていたのだ。激しい動きの邪魔にならないようにしているのか、長い金髪は束ねられ、白人特有の白くて丸い耳が見えている。結局、言い負けたのかしょんぼりとしている彼女と目が合った。するとハミルトンは途端に顔を両手で覆って蹲ってしまった。

 

「ティナ。グッジョブ!」

 

「うんうん、その仕草、彼もグッときたんじゃないかな?」

 

「……うぅー。なんで私なのよ」

 

 

最後に相川愛梨。彼女は机で項垂れていた。後ろの席の鏑木さんに慰められているが、功を為さない。ちなみに彼女は日本人らしい黒髪に黒い瞳を持つ一般的な女の子だ。背も女子の平均くらいの背丈で、極度の恥ずかしがり屋。一線を越えると眠ってしまうという何だか子供みたいで微笑ましい女性だ。

 

「あうー。……お婆ちゃん、その川を渡ればいいんだね」

 

「しっかりしなさい。まだ男と手もつないだことないんでしょ。処女で死ぬ気?」

 

「あうー。……それはやー」

 

愛梨が起動しなおしたのを確認した千冬はクラス全体を眺めた後、口端を吊り上げつつ言葉を続ける。

 

「推薦された4名でクラス代表を決めるために総当たり戦を来週行うこととする。そこで、残りの者たちにはそれぞれ応援したい者を1人選び、その者を中心としたチームを作ってもらう。やることは山ほどあるぞ。他のチームの情報を仕入れたり、戦い方を考えたりな。まぁ、とりあえず分かれてみろ。織斑は私の横に来い」

 

千冬はそう言うとクラスの全員を立ち上がらせた。そして、一夏が自分の横に来たのを確認すると、右往左往する女子たちに向かって爆弾を投下した。

 

「そうそう、クラス代表となった者と、その者を代表とするのに尽力したチームメンバーには褒美としてそれぞれ一夏とのツーショット写真と集合写真を撮ることを許してやろう」

 

千冬が腕を組んで言いきる。幾ばくかの静寂の後、1年1組の教室は阿鼻叫喚の叫び声が上がった。今までダウナーな雰囲気を醸し出していたアメリカ出身の少女は歓喜のあまり跳び上がり、代表候補生たちは一様に膝をついて涙を流す。インド出身の少女は『ぽーっ』としながら一夏を見つめ、イタリア出身の少女は鼻息を荒くしながら舌舐めずりしている。そして、とある日本人の少女は天に召されかけたところを後ろの席の少女に叩き起こされていた。

 

「そのくらいなら別に構わないな、織斑」

 

「写真を撮るくらいなら別に問題ないよ」

 

一夏が了承の言葉を発すると再度、1年1組の教室を中心に歓喜の大声がIS学園中に木霊したのだった。

 

 

 

 

「じゃあ、作戦会議をはじめようかな」

 

「ふん。第2世代機しか作れていない国の代表候補生が取り仕切る資格はないんじゃなくて?」

 

「喧嘩するなら余所でやれ。我々はカネピを勝たせ、他の者たちに勝利せねばならんのだ」

 

「どうして、こうも仲の悪い国の国家代表が集まってしまったんですかね?」

 

テオドーラの疑問に、彼女を応援するために集まった女子たちは肯定するように大きく頷いた。応援するためとあるが、ぶっちゃけると選ばれた4人の中で勝率が一番高そうだと思った人のところに集まっただけであるのだが。ちなみにカネピは2番人気だった。

 

ちなみに喧嘩しているのはフランスとイギリスとドイツの代表候補生たちだ。

 

そもそも国家間において、テーブルの上ではにこやかな笑顔で握手をしつつ、テーブルの下では足を蹴り合っているような関係の3国である。揃えばこうなることは目に見えていた。それでも集まったのは単に褒美を狙ってのこと。テオドーラを選んだ女子は自分を入れて10名。集合写真でも2列になれば一夏と密着出来るのだ。

 

「このままいがみ合っても仕方ないよ。ここはひとつ穏便に行こう」

 

「仕方がありませんわね。まぁ、一週間だけですし」

 

「自身で戦えないのは不満だが、部下を勝たせるのは上官の役目だ。きっちりと仕上げて行くぞ」

 

「あの、……程々でお願いします」

 

この仲が悪い3国の代表候補生たちに任せていてよいものか、テオドーラを応援するために集まった面々は頭を悩ませる羽目になったのだった。

 

 

 

 

「ぜーったいに勝つわよ、アメッサ!」

 

「中国の鳳だよな。一応、アタイは勝つつもりだが、正直勝算はあるのか?」

 

「少なくとも自己紹介で、テンパっていた相川さんには勝てるんじゃない」

 

「彼女には勝てて当然よ。ってか、あそこにだけは負けんな」

 

鼻息を荒くし据わった瞳で己を見上げてくる鈴に頬を引き攣らせつつ答えるアメッサ。彼女は3番人気で集まったのは7人。サポートする人間は少ないけれど、少なければ少ないだけ勝利した時のご褒美の恩恵が凄いので、チームメンバーは皆やる気に満ち溢れている。

 

「とりあえず、国のお偉いさんにアタイがクラス代表を決めるメンバーの1人に選ばれたことと、勝ったら織斑とお近づきになれるかもしれないことを伝えたら、第3世代機を送ってくれることになってさ」

 

「インドの第3世代機って、ガネーシャだっけ?」

 

「そ、ガネーシャ・サラーサさ。公式な試合には1回も出してない奴」

 

「い、インドも本気って訳ね」

 

鈴はアネッサのとある部分を凝視しながら言う。その視線に気付いたアネッサは、残念そうに首を振りながら言う。

 

「さっき、織斑の反応を見たんだがアタイの胸を見ても全然興味なさそうだったよ。よかったな、鳳。チャンス、あるぞ」

 

「どこ見て言ったー!!」

 

鈴は憤慨しながらアネッサに跳びかかった。しかし、アネッサの反撃を顔に受け、あまりの戦力差に膝をついて泣きだすこととなるのは、もうすぐの話である。

 

 

 

 

さて、1年1組のクラス代表選出戦1番人気のティナの所ではすでにチーム方針までが決められていた。その中には他のチームの情報収集や阻害といったことも含まれており、着々と準備を進めている。何故、そんなことが可能なのか。答えは簡単だ。知恵を貸す者が現れたからだ。

 

「では、チームaは打ち合わせ通りに動くように。チームbとcは余所のチームに動きがあったら本部に逐一連絡を入れる様にしなさい」

 

「はい、分かりました。『スコール』先生」

 

ティナの横に座って生徒たちに指示を出しているのはIS学園の3年生のクラスを受け持っているスコール・ミューゼルという女性であった。長身で豊かな金髪を持ち、抜群の美貌を誇る。が、独身である。

 

織斑千冬と同世代であり、母国では英雄ではあるものの、そのイメージが強すぎて男性が寄ってこず、気付けば行き遅れていた。本人が強がって、余裕を崩さなかったことも要因のひとつであるが、それを認めてしまえば女として終わってしまうので結局ずりずりと時間だけが進んでしまっていたのだが、先日の一夏の会見を見て確信した。彼こそが自分の生涯の伴侶に違いないと。自分が今まで独身だったのは彼と出会うためであったのだと。盛大な勘違いであるが、それも一夏の仁徳ということにしておくとしよう。

 

 

 

 

そして最後に我らの相川愛梨ちゃん陣営であるが、そこにいるのは愛梨本人を入れて5人のみ。日本の代表候補生3人と付き添い1人という豪華な顔ぶれであるが全員が何も語らず、一斉に大きなため息をついた。

 

「相川さん、参考のために聞くけれど、ISの搭乗時間は?」

 

「えっと、試験のために乗った1時間だけです」

 

「そう……」

 

射撃部門における代表候補生である更識簪はあまりの状態に二の句が告げられなくなった。心配そうに簪と愛梨を交互に見ていた布仏本音は何とかしようと考えるも良い案が思い浮かばず、シュンとその場に項垂れた。

 

「相川。何かスポーツをしていたとかないか。例えば剣道とか」

 

「えっと、小学生の時にバスケットしていて、ゴールに向けてシュートしたらリングに当って跳ね返って来たボールが顔に直撃してから、ずっと帰宅部で」

 

「…………なんかすまん」

 

箒は軽い気持ちで聞いたのだが、この方面からのアプローチも無理そうだと半ば諦める様に天を仰いだ。というか彼女は何故、このIS学園に来たのであろうか。

 

「適正はBって聞いた。参考までに聞きたい。試験のために乗ったっていう1時間は何をしていたのか」

 

「えっと、ずっと試験相手の先生の真似をしていました!」

 

えっへんと胸を張る愛梨の姿に、『これは駄目だ』というどうしようもない空気が流れる。箒たちは顔を見合わせ、とりあえずアリーナとISの練習機の貸出の確認を行い、これからどうするのかを話し合うのだった。彼女の言った“真似”という言葉の意味を理解しようとせぬまま。

 

 

『転』

 

―――IS学園第3アリーナ観客席・特設ブース

 

「なぁ、一夏。なんで、俺がここにいるんだ?」

 

「うん。見たいって、言っただろ?インフィニット・ストラトスの試合」

 

「そりゃあ、一夏との会話の中では言ったぞ。けど、チャイムを聞いて店先に出たらいきなりグラマーな黒服女性に担がれる身にもなってみろや。そんで、すげー長いリムジンの中に押し込められて、接待受けるとなった時は生きた心地がしなかったぞ。あの……虚さんっていう人がいなかったら確実に逃げ出してた。女性の中にもああいう知的で優しい人っているんだな」

 

その虚という女性に心当たりのない一夏は、弾がそれでいいならとアリーナの方を指差す。そこには機体の最終調整を行う4人の選手たちがそれぞれ飛び回っている。1人だけ、地面でパタパタ慌ただしく動き回っている黒髪の少女を除いて。

 

「えっと、1年1組クラス代表決定戦。試合形式は総当りか。どの女子が勝率濃厚なんだ?」

 

弾が聞くと一夏は苦笑いしながら、目の前のタッチパネルを操作し、出場者4名の情報を浮かび上がらせる。

 

相川愛梨。日本出身……打鉄(第二世代・IS学園練習機)

 

テオドーラ・カネピ。イタリア出身……ラファール・リバイブ(第二世代・量産機)

 

アメッサ・パテル。インド出身……ガネーシャ・サラーサ(第三世代)

 

ティナ・ハミルトン。アメリカ出身……ファング・クエイク(第三世代・アメリカ国防軍正式採用機)

 

「……各国の本気度が分かるな」

 

「ははは、そうだな。ちなみに賭けにもなっているみたいだけど、相川さんは倍率が確か1,500倍だったかな」

 

「どんだけ勝ち目が絶望視されているんだよ、この子。……あっ(察し)」

 

弾が向けた視線の先にはアリーナの真ん中で、打鉄ごと仰向けに倒れ手足をバタバタさせる愛梨の姿があったのだった。

 

 

□□□

 

 

「は?」

 

 

 

それは誰の呟きだったのか。

 

それも分からないほど、アリーナに試合の様子を見に来た者たちは目を点にしていた。そこにあるのは正しく勝者と敗者の図式である。

 

空に優雅に佇む鈍い色の光を放つインフィニット・ストラトスを駆る黒髪の少女と、いくらIS学園に入るまで一般人であったとはいえ国家の防衛軍が正式に採用している機体を駆る金髪の少女は呆然としながらアリーナの地面に膝をつき、憎憎しげに空に浮かぶ勝者を睨む。

 

その試合をピット内で見ていた代表候補生たちと、これから自ら戦わなければならないクラス代表候補(笑)は口をあんぐりと開けて、モニターに映る愛梨を指差し叫び声を上げる。

 

「「「「「「そんなのアリかぁああああああ!!」」」」」」

 

「はははは……。こんな逸材を見逃すなんて、日本のIS委員もたいしたことないな」

 

織斑千冬はコーヒーが入ったカップに入れる砂糖を探し手を伸ばす。

 

「先輩、それ砂糖じゃなくて塩ですよ」

 

しかし、彼女が手に取ったのは塩であった。後輩であり副担任でもある山田先生に言われ、千冬は結局何もいれずにブラックコーヒーを飲み、苦々しい表情を浮かべた。

 

「篠ノ乃と更識、それと鏑木だったな。相川の班員は……どういうことだ?」

 

ピット内に集まっていたそれぞれの班員たちの視線が集中し、箒と簪は顔を見合わせ、ため息をつく。

 

「相川さんのアレは本人曰く、先達の“真似”をしているに過ぎないとのことです」

 

「ただし、その先達っていうのは、公式映像に残っている国家代表然り、歴代のブリュンヒルデ然りというのが問題なのだが」

 

「それに他人と他人の真似を続けてすることも可能。もしくは融合させることも可能なんです。一応、体を鍛える名目でやらせた篠ノ乃さんの剣術と私の射撃技術、鏑木さんの高速移動術。全部模倣されました……ぐすっ。相川さん自体の肉体では無理がありますが、インフィニット・ストラトスに乗った状態なら、……えぐっ。そのすべてが行動に移せる。ということです……うぅー…」

 

自身が努力して得てきたすべてを模倣されるという屈辱から涙をこぼしながらも言い切る簪の姿に、胸を熱くしながらも、恐ろしい化け物が産声を上げてしまったことに恐怖しながら、愛梨の次の対戦車であるアネッサに悲哀の篭った視線を送る。そして、今まで黙っていた愛梨救護班の筆頭・鏑木纏が口を開いた。

 

「織斑くんが現れなければ、愛梨の実力が発掘されなかったと思うと恐ろしいものがあるけれど、とりあえず言っておくことがあるとすればテオドーラさんとアネッサさん。どんまい!」

 

「「うわぁああああん!!」」

 

ピット内にうら若き乙女の悲しげな叫びが響き渡ったのだった。

 

 

 

『結』

 

「というわけで下馬評をひっくり返し、見事クラス代表となりました相川さんおめでとうございます!」

 

「あわっあわっあわっ。あ、ありがとごじゃいますー!!」」

 

壇上で司会を務める山田先生の横で顔を真っ赤に染めて、いつもの3倍増しで震えている愛梨。しかし、パーティーに参加していたメンバーのほとんどは別の女子を応援していたこともあり、正直な話。「相川さん“には”勝てるだろう」と全員が思っていた。そのため、後ろめたさもあり皆が、ぎこちない笑みを浮かべていた。そんな中、

 

「おめでとー!」

 

「おめでとさん!」

 

IS学園唯一の男子の一夏と、大衆食堂でその料理の腕を振るっており、今回のパーティーの料理を作る一助もした五反田弾が惜しみなく、愛梨を祝ったことでそれを皮切りに会場内に拍手の嵐が巻き起こった。

 

「でも、クラス代表も決まって、これからが楽しみだよね。……どう考えても愛梨ちゃんに蹂躙される姿しか思い浮かばないのはなんでかなー」

 

「アネッサさんとの戦いで見せた初代ブリュンヒルデから今のブリュンヒルデのメドレーは鬼だったね。まさに【愛梨ちゃんからは逃げられない】的な」

 

「そうだねー、あははは。……どうして、私たちは彼女と同年代なのっ!!」

 

「相川愛梨が日本代表である間はどの競技でも勝ち目がないな。よし、これより私は織斑一夏を落とす為に残りの学生生活を捧げるぞっ!クラリッサに連絡せねば!!」

 

「それでいいのか、ドイツ軍人!!」

 

和気藹々な雰囲気でパーティーは否応なく盛り上がる。

 

その中でも最も華やかな雰囲気なのは、クラス代表決定戦の勝者である相川愛梨が座るテーブル席であろう。何せ、主役の愛梨の両脇には一夏と弾が座っているのである。当の本人は天からお迎えに逆わらないで何度か召しかけているが、その都度鏑木の絶妙な救援ツッコミが入っていて何とか一命を取り留めている。

 

「それにしてもさすがだな、IS学園の女子たちはさー」

 

「藪から棒にどうしたんだ、弾?」

 

一夏の親友ポジションかつ本人の料理の腕も格別ということで胃をがっちり掴まれた形となった1年1組の女子は聞き耳を立てる。もしかしたら、一夏を落とす上で必要な情報が出るかもしれないからだ。好み関係が出れば御の字である。しかし、予想していた内容の会話ではなく、女子なら誰も抱くあの話題であった。

 

「それがよ、聞いてくれよ一夏。うちの学園の女子共、買ってきたか拾ってきたか分からないけれど、エロ本を教室で開いて読むんだぜ。やれ、この胸筋が好きとか、腹筋がエロいとか、そんなもんを持ってくんなっつの!」

 

「あー、それはなしだな」

 

「だろ。自慰回数を自慢したり、熱いっていきなり脱ぐしよー。挙句の果てには、学校にいる男子の批評とか、お前ら何様だっての!」

 

女子同士では普通の光景だが、やはり男子との価値観の差は限りなく大きい様子に各国の精鋭たちは気分が落ち込みそうになっていた。

 

「どうどう、弾。落ち着けよ」

 

「はぁー、どうせなら虚さんみたいな女性が婿としてもらってくれると嬉しいんだけれどなー」

 

弾がそう言って椅子にもたれかかると同時に、彼はシャンと立ち上がった。そして、テーブル席にいた女子たちに一言謝ると、パーティー会場の入り口のほうへ駆けていく。そこには眼鏡とヘアバンドをした真面目そうな女性が立っていた。話しの流れからして、彼女が弾の言っていた虚という女性らしい。一夏は親友の行動を見送った後、視線をテーブル席に戻す。

 

その後、写真撮影をするために来たカメラマンがとある男子生徒の義兄であることに気づく事に遅れ、初代ブリュンヒルデの怒りを買ったのは余談である。

 

 

 

『蛇足』

 

信頼していた幼馴染が頭にバンダナを巻いた男子と仲睦まじく手をつないでいるところ

を目撃した生徒会長だったが、その行為を阻止すべくインフィニット・ストラトスを発動したその瞬間、トラップが発動し雁字搦めにされてしまった。

 

そして、生徒たちに愛しき旦那を弄ばれ、堪忍袋の緒が切れ掛かっていた初代ブリュンヒルデが現れ、非公式であるがIS学園最強決定戦が行われたのであった。

 

そして、決まり手がこちら。

 

『もしもし、千冬さん?今日は十秋と千秋を僕の両親のところに預けてきてあるからさ。……分かるだろ?部屋で待ってるから』

 

「ああ、すぐに終わらせる。そんなには待たせないさ」

 

通話をオフにした千冬は首を鳴らすと、すっと据わった目で冷や汗をだらだらと流す少女を睨みつける。

 

「なぁ、更識」

 

「あぁ……い、いやぁあああああ!!」

 

鬼も裸足で逃げ出すような恐ろしい笑みを浮かべたブリュンヒルデの剣は光となって生徒会長の体を引き裂いたのであった。

 

勝者と敗者の図。

 

それは既婚者と未婚者の図式にも当てはまる。




次なんて考えてないからこんなもんだよ。
誰か、かいてよぉぉぉ。


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