ファンタシースターオンライン2~約束の破片~ (真将)
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序章 You called me ずっとこの日を待っていた
プロローグ(☆)


 どうも、今回よりPSO2の小説を投稿させていただく、真将という者です。
 内容としましては、本編ストーリーを王道に進んでいく形をとろうと思っています。その為、オリキャラは主人公の方に数人しか出てきません。
 ある程度は、本来のストーリーとは台詞が相違したり、状況展開の形が違ってくる事もあるので、ご了承ください。
 それでは、この作品をよろしくお願いします。

イメージ画像↓

【挿絵表示】



 「酷い雨だな」

 

 視界を塞ぐほどの豪雨。まるで、バケツをひっくり返したような雨量は、思わず探索中止令が発令されるほどに深刻な現象として捉えられていた。

 しかし、そんな悪天候でも調査に出向く“必要性”が出て来たのなら、大事に至る前に現地には実働部隊が送られるのだ。当然、こんな雨の中を好き好んで歩きたいと申し出る者はいない。だからこそ、彼らの様に、特別な事情が無ければ今日、この惑星に足を踏み入れる事は無かっただろう。

 

 「稀に在る、局地的な豪雨だろう。数日は止む事が無い季節の変わり目でもある」

 

 レインコートを羽織り、少しでも水当りを減らそうとしている白いキャストが辺りを索敵(スキャン)しながら声を発する。

 水気が多いため、端末を出しては壊れる危険性があった。その為、今回の任務では、それと同等の機能を自身に内蔵しているのだ。

 

 「反応は、この先だな」

 

 白いキャストの横を歩く、黒い外装のキャストが同じように周囲を索敵しつつ呟いた。

 アークスシップに入った情報は、是が非でも無視できるモノではなく、更に生半可なアークスでは“取り込まれる”可能性から、最高クラスの出撃が命じられた。

 

 “ダークファルス”の反応を検知したのだ。

 

 その重要性から、手の空いていたアークスの最高戦力が現地に送られる。

 即ち、【六芒均衡】の出撃であり、その内の一人である白いキャスト――レギアスは近場に居た為、コレを承諾した。

 そして、惑星ナベリウスに向かう予定の黒いキャスト――オーラルのキャンプシップに同乗させてもらったのだ。

 

 「それにしても、オーラル。研究部のお主が、ここ一年は、よく現場に出ている様だが?」

 「(オレ)もアークスだ。現地に出て、新しい発想を得ようと言う意志は欠けた事は無い。レギアス、貴様の様にな」

 

 威圧するような口調は、オーラルの特徴であり、かつて部下を率いていた頃の名残であった。

 

 「この地(ナベリウス)には私も因縁がある。奴の反応が、誤認だったとしても自らの眼で確かめなければ、おちおち眠る事も出来ん」

 「見上げた敬老精神だな。時代は動いていると言うのに、未だに継承するには至らない……か」

 「お互いにな」

 

 そして、二人は反応のある地点へたどり着いた。

 森の奥地。巨大な大木が中心に生え、広場全体を覆うように葉が生い茂っている。今は雨が降っている為、枝が雨量でしなっているが、晴れた時は綺麗な星の様に見えるのだろう。

 そして――

 

 「レギアス」

 「うむ。こちらレギアス! 現地に救急班を寄越してくれ。怪我人がいる」

 

 通信をレギアスに任せ、オーラルは大木に寄りかかって座っている黒髪の青年の容体を診る。

 顔色が酷く体温の低下が危険な領域だ。身体には深い武器による傷。だが、最も重症なのは身体の方では無く――

 

 「酷いな……」

 

 彼は左腕が欠落していた。武骨に千切ったような断面は、何と戦ってこうなったのか全く分からない。自分でやったのか、不器用に布を巻きつけて止血がされていた。残った片手にはカタナに分類される武器が握られ、腰には鞘らしき物を下げている。

 

 「…………イ……」

 

 こちらの気配を察して意識を取り戻したのか、オーラルは意識を確認する。

 

 「大丈夫か? 我々が解るか?」

 「…………お前を……一人……」

 

 彼はそう呟いた。まるで、決して忘れない様に自分に言い聞かせた様な、そんな意志を感じる言葉だった。



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1.Destiny 運命の濁流

 惑星ナベリウスへ、コード『DF』の調査に降りたオーラルとレギアスの発見したのは一人の青年だった。

 

 胴体には臓器に達するほどの深い切り傷が二か所。左腕は肩から千切れたように切り取られており、現在も見つかっていない。全身には血の気が無く、体温もかなり危険な状態だった。

 死体。と言っても、なんの遜色も無いほどの外傷を追っていた青年は、アークスシップに運び込まれると同時に、メディカルルームの奥にある集中治療室に運び込まれた。

 

 そして、手術室に運び込まれて8時間後、手術を担当したオーラルは真っ赤に染まった白いエプロンのような手術着を着たまま術式を終えて出て来る。

 

 「オーラルさん」

 

 その彼を、出迎えたのはアークスの医療班に所属している看護婦――フィリアである。表のメディカルカウンターの責任者でもある女性だった。

 

 「フィリアか。何の用だ?」

 

 手術室にはオーラル以外の人員は一人もいない。基本的にはフォトンを活性化させる事で大概の怪我は瞬時に対処できる。しかし、稀にこのような重体で、フォトンの取り入れも出来ない患者の為に、自動による手術マニュアルも存在しているのだ。

 

 「手術は終わったのですね。運び込まれたのは青年だと聞きましたが……」

 「生きている。(オレ)が担当したのだから、死なせるつもりはない。ただ――」

 「ただ?」

 

 少しだけ誤魔化す様に言葉が止まったオーラルにフィリアは何気なく尋ねた。

 

 「血液の低下によって、脳の一部に障害が残るかもしれん」

 

 と、点滴と呼吸器が取り付けられた移動式のベッドに運ばれていく青年を見ながらオーラルは呟く。

 

 「彼、左腕を失っていたと聞きましたが」

 「ああ。それに怪我の影響か、フォトンの蓄積率も異常なほどに低い。アークスとしては活動できないだろうな」

 

 オーラルは、惑星ナベリウスに居た青年を“アークス”だと判断していた。

 左腕の欠落だけでも危ういと言うのに、フォトンの低下まで引き起こしているのなら、現場(アークス)への復帰は絶望的だろう。

 

 

 

 

 

 “助けて……”

 「――――」

 

 手術から3日後に青年は眼を覚ました。体中に付けられた管は、原始的に足りない体液を補充してくれている点滴と呼ばれる処置であると認識する。

 身体中が痛い。まるで自分の身体では無いかのように、身動きが取れない。

 

 「……くっ……」

 

 それでも、何とか上半身だけを起こすとそれだけで息が上がった。

 

 「ここは……」

 

 ピッピッピッ。と継続的な心電音と、清潔な空間。口元の呼吸器を外そうとして気がついた。

 

 「――――左腕が……」

 

 無い。呼吸器は両手で簡単に外せるのだ。だからこそ、いつもの様にあるハズの左手を使おうとした。

 

 「……マジかよ……なんだ? こりぁ――」

 

 残った右手だけで剥す様に呼吸器を取り外すと本当に左腕が“無い”事を実際に触って確認する。

 

 「……どうなってんだ?」

 

 見覚えの無い空間。無くなった左手。重傷の身体。何があったのか、覚えて“いなかった”。

 

 「ここは……どこだ? オレは……誰だ?」

 

 鏡に映った、黒髪と赤眼(レッドアイズ)を見て、青年は混乱するように呟いた。

 

 

 

 

 

 「貴方は、三日も眠っていたんですよ?」

 「あ、そうっスすか」

 

 意識を取り戻したと言う報告を受け、青年の病室へ元へフィリアは赴く。一つは容体を知る為と、出来る事なら何があったのかを教えてほしかったのだが、

 

 「すみません。記憶喪失って奴みたいです」

 

 青年が困ったように後頭部に手を当てて言う。フィリアと共に立ち会っているオーラルは、少なくとも嘘はついていないと判断していた。

 

 「名前は覚えていないか?」

 「はぁ。それもよく解りません」

 「オーラルさん。救出した時に、彼の持ち物とかは何か無かったのですか?」

 

 オーラルは、彼を発見した時の事を思い出す。持っていたのは、少量の回復薬とアークスID。そして、一つのカタナ――

 

 「IDならある。こちらで身元の調査をするために借りていた」

 

 と、一枚のIDカードを差し出す。顔写真は抉れるように欠けており、分かるのは名前と所属シップだけだった。

 

 「第二シップ所属アークス。名前――シガ」

 

 青年はソレを読み上げて、何かを思い出したのか真剣な表情をして見ている。

 

 「何か思い出したのか?」

 「え? んー、全く」

 

 脈絡なし。と青年は客観的な雰囲気でIDをオーラルへ差し出す。

 

 「なぜ返す?」

 「ん? ああ。見覚えが無かったもので、つい……これって本当にオレのなんですか? 写真の所が欠けてるのに……」

 「お前の着ていた血まみれの衣服から出て来たんだ。今、アークス内で行方不明者の報告は出ていない。十中八九、お前のだ。シガ」

 

 名前を呼ぶと、少しだけ嬉しそうに青年は微笑を浮かべる。

 

 「何か思い出しました?」

 

 その様子にフィリアは問う。

 

 「あ、いえ。なんか……意外と簡単に記憶を取り戻せそうなので」

 

 反射的に感じた嬉しさは、名前を呼ばれた事によるものだと本人は考える。

 本来なら、記憶を失えば、消極的になり何事も疑いを持って慎重になろうとするものだ。無論例外はあるのだが、対外は産まれたての子供の様に“頼れる者”に依存しようとする。

 

 だが、青年――シガは、視野を広く持ち、見える者全ての物事を客観的に捉えていた。オーラルとしては手間がかからないのは良い事だが、その一方で本当に記憶喪失かどうか疑いたくなる。

 

 「……あ、すみません。ちょっと頭痛いんで、寝ていいですか?」

 

 神経もかなり図太いようだ。いつの間にかペースを完全に掴みとられていた。

 

 「また来る。それまでに、せめて歩けるようになっておけ」

 

 と、オーラルも彼を患者扱いする必要は無い事いと判断し、後はフィリアに任せて病室を後にした。

 

 

 

 

 

 間違いなく、記憶喪失だった。

 自分で酷いくらい実感している。左腕を失い、死んでいてもおかしくない程の怪我を負い、挙句にアークスでありながらフォトンまで失う始末だ。

 この境遇に納得の出来る理由があるのなら、それで良い。だが、解らないのである。

 

 「……オレは、誰なんだ?」

 

 頭痛が治まり、深夜の病室で眼が冴えたシガは天井を見上げながら呟く。

 自分を見失うとは……まさに、この事だ。もし、誰かを助けに行く途中で、記憶を失ってしまっていたら? オレは何も知らずに、その“誰か”を見殺しにしてしまっているのかもしれない。

 

 “助けて……”

 

 「――――またか」

 

 反射的に身体を起こす。この程度は、意識を取り戻してから簡単に行えるようになっていた。

 断続的に聞こえる“誰か”の声。行かなくてはならない。

 

 「……ッ」

 

 その時、走馬灯(フラッシュバック)が走った。

 大木が生える小さな広場。そこに彼女は後悔するように頭を抱えている。話しかけると、驚いて振り向いた。

 

 「……ナベリウスか」

 

 記憶は無かった。“ナベリウス”という単語も何なのか解らない。だが、自然に単語が出たのだ。

 絶対に忘れない為に、“破片”だけが記憶に残された様に――――




 定番の記憶喪失系主人公です。オリキャラを混ぜるにあたって、主人公自体にも謎を用意するには、これしか方法が無かったので、記憶を失わせました。もちろん、辻褄が合うように、設定は練っているので、全然無問題です。
 次回は、六芒均衡の彼が、シガと接触します。


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2.Way he has decided 彼が決めた道

 アークスシップ。

 アークス達の拠点である全長約70Kmの宇宙船。1隻に約100万もの人が生活している。内部には、上下二層で構成されるアークス・ロビーが存在しゲートエリアとショップエリアが展開されている。市民が生活する居住区、海洋地区、農業地区などが存在し都市が丸々中に納まっているようなモノである。

 そして、惑星調査に向かう為の艦――キャンプシップ多数格納していた。

 

 「これが、ロビーか。結構広いな」

 

 アークスで溢れるゲートエリアで隻腕の青年が、椅子に座って物珍しそうにロビー内の風景を眺めていた。その視線には様々なアークスの姿を捉えて行く。

 中でも、露出の高い服装をしている女性の姿をまじまじと眺め、考える様に顎に手を当てる。

 

 「ほほう。中々の良景ですなぁ」

 

 患者用の服に、まだ歩くのが不確かなため松葉杖を使って移動していた。

 意識を取り戻して2日。リハビリと最低限の常識確認をフィリアと行っていたが、病室では暇になったので、こっそり抜け出してきたのだ。

 

 「とは言っても、やっぱり見覚えは……ねーな」

 

 身体機能は、ある程度は回復してきた。フィリアさんによると、フォトンによる治療で治癒力を上げているとの事。

 おかげで、2日でベッドから起き上がり、自力で脱走できる様になっていた。だが、相変わらず記憶は戻らない。

 

 「ロビーに出れば、知り合いにでも会えると思ったけど……そう簡単には行かないか」

 

 活動していたのは、この第二シップ。アークスが多いロビーで、妙に目立つ患者服を着て座り込むことで多少の注目を集めたのだが、知り合いと思しき者は現れなかった。

 

 「にしても、きわどい服装のアークスが多いな。戦ったら脱げるだろ」

 

 評論家の様に、眼前を通り過ぎて行くきわどい服装をした女性アークスをまじまじと眺めていると、

 

 「君、ちょっと話を良いか!」

 

 目の前に青色の髪に目元にペイントをしている男が腕を組んで佇んでいた。

 

 

 

 

 

 あ、やばい。その程度の常識は知識として持っているんだ。だから、目の前に現れた男が、明らかに悪い奴を検挙する雰囲気を漂い出している所を見ると、

 

 「通報されたか……」

 「元気か! 陽気か! 困ってないか!?」

 

 単語を叫ぶ度にポーズを変える、ある意味、シガ以上の変質者と見ても間違いではない。だが、目の前の彼は、このテンションが標準であるとアークス全体に知れ渡っているのだから、変質者ではないのだ。

 

 「オレことヒューイ、参上! ふははははははっ!」

 「あっはははははは。それじゃ」

 

 シガは適当に調子を合わせて笑うと、松葉杖を突いて立ち上がる。そして、そそくさとその場から逃げる様に移動を始めた。

 

 「ちょっと。ちょっと待てぇい!」

 

 ガシッ、とヒューイは松葉杖を掴む。思わずこけそうになった。

 

 「っととと」

 「おお!? すまない。転ばせるつもりは無かった」

 「まぁ、転んでないから良いっスよ。それじゃ」

 「ああ。じゃあな……ってちがーう!!」

 

 なんとなく、アホっぽそうなアークスだったので逃げ切れそうな雰囲気だったが、無理だったようだ。

 

 「見たところ、なにやらお困りの様子だな! だが安心するといい! オレが来たからにはもう解決だ! さあ、何でも言ってみたまえ!!」

 「んー、特にない」

 

 素気なくそう答える。すると意外にも、

 

 「ん? ……え、本当にないのか? うーん、まいったなぁ」

 

 聞き分けが良かった。

 ヒューイは、さっきの炎上していた熱血ぶりが、急にしぼんだようにローテンションになっている。

 

 「何をしている?」

 

 そこへ、シガの病室へ向かっていたオーラルが、騒ぎを聞きつけて何事かとその場へ参戦した。

 

 「おう! オーラル!」

 「あ、ども」

 

 それぞれ、適正温度でオーラルの出現に反応した。

 

 「ヒューイ。クラリスクレイスの件で、レギアスが捜していたぞ? 殺される前に行け」

 「ぬお!? まさか、最近の報告を怠ったからか!? いや、ちゃんと報告書は書いたハズ……」

 「字が汚くて読めないそうだ。得意の人助けをしてやれ」

 

 “人助け”。その言葉に強く反応したヒューイは、自分の存在意義はこの場では無く、レギアスの元にあると判断した。

 

 「レギアスがオレの助けを求めるなど、異常事態に違いない!! それでは失礼する!!」

 

 脇目も振らずに走り出す。火事みたいな奴だったな。とシガが思っていると、数メートル進んでから、急に引き返してくる。

 

 「おっと、すっかり忘れていた。これは、オレのアークスカードだ。何かあれば、気軽に呼んでくれ! じゃな!!」

 

 と、後塵に煙を巻き上げながらヒューイはレギアスに怒られに行った。

 

 「……歩けるようになったのか?」

 「見た通り」

 

 シガとオーラルは、ヒューイの事など居なかったように会話を始めた。

 

 

 

 

 

 「にしても、アークスって結構多いんスね」

 「ここは、アークス専門のロビーだ。一般人は殆ど居住区で暮らしている」

 

 オーラルは、ロビーの二階から一回を見下ろす場所でシガと話していた。彼は、松葉杖を壁に立てかけて、下を通過する女性アークスを眺める。

 

 「聞いてもいいスか?」

 「なんだ?」

 

 シガは視線を変えずに隣にいるオーラルに問う。

 

 「アークスってのは、皆、ヒューイみたいな奴なんスか?」

 

 先ほど彼から貰ったアークスカードを眺めながら尋ねた。人物紹介欄にはびっしりと自己紹介が書いてあるが、言いたい事が無茶苦茶だった。

 

 「彼は一種の特異点だ。本来のアークスは、普通の人間と変わらない」

 「ソレを聞いて安心した」

 

 アークス全てが、あんなよく解らない熱血であるのなら、このロビーも相当うるさくなるだろう。

 

 「ぷっ」

 「どうした?」

 

 ロビーにヒューイが溢れた様子を想像して笑ってしまった。

 

 「順調に回復している様だな。その分だと、一週間後には退院できるか?」

 「相変わらず、記憶は戻らないっスけど」

 

 知り合いも解らない。アークスである事は確定のようだが、持っていたIDは壊れて使い物にならなかったらしい。解っているのは表示されていた情報だけ……すなわち名前とアークスであったと言う事。

 片腕を失い、フォトンの適性も殆ど無いモノである。人としての生活に苦労する現状だと言うのに、今まで活動していたであろう、アークスとしての適性も完全に失っていた。

 

 「必要なら力を貸してやろう。とは言っても、片腕で出来る職業は限られるが」

 

 オーラルとしては、彼の同行は逐一確認しておきたかった。記憶を失っているだけなら、公共の警察機関に任せても良い。だが、彼は、ダークファルスの反応があった大雨の日にナベリウスで発見されたのだ。何があったのか、失われた記憶に間違いなく、その情報が存在しているだろう。

 

 「あー、その事なんですけど、もう決めてます」

 

 シガは、自分のやるべき事、出来る事、そして記憶の無い今の自分が、これからどう歩くのか……

 ヒューイを見て、ロビーを歩き回るアークス達を見て、揺るがないと意識を固めている。

 

 「まるで、大空を舞う鳥の様に、オレも彼らの自由を感じて見たいですよ」

 

 その眼は既に、多くの惑星を渡り歩く、オラクルの最新鋭の調査員になる事を望んでいた。

 

 「アークスに戻りたい。“力”を貸してくれるんですよね?」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 「オーラルよ。彼に特例許可を出すだと?」

 「二週間で必要な知識と戦闘性の調査を仮想で行ったが、どちらも標準以上だった。最低限の推薦としては(オレ)と、六芒均衡はヒューイが乗ってくれた」

 「ふむ……」

 「無論、最終修了は受けさせる。何か不服か? レギアス」

 「不服も何も……彼はアークスとして活動する事が困難なのではないのか? フォトンの特性を殆ど失っていたと聞いているが?」

 「二週間前はそうだった。だが、試作段階の義手をつけてもらう事も条件に、アークスへ復帰する事を容認した」

 「お主が開発していた“試作品”か? だが、アレは――」

 「元々、戦闘によって四肢を失ったアークスの為に開発していたが……大概は欠落した時点で精神的にも立ち直るのが困難で、更に実を結ぶか分からない長期の試験を望む者はいなかった。だが、シガは了承したよ。その事も踏まえてな」

 「ルーサーは、この事を何と言っていた?」

 「特には。報告は規定通り行うつもりだ。『フォトンアーム』には、活動データの補完システムが着いている。調整(メンテナス)を理由に、最低でも一週間に一回は情報を上げるつもりだ」

 「そうか……」

 「それに、シガの持っていた武器の件もある。調査は慎重にしていくべきだ」

 「有望な人材が増えるのは願っても無い事だ。彼には我々と違い、普通のアークスとして揺るがなく活動してほしいものだな」

 「そうだな……シガの件は、(オレ)が一任する。何か解ったら、そちらにも連絡しよう」

 「頼むぞ」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 三週間後、シガは鏡の前に立っていた。

 そこに立つのは、黒い髪に赤い眼を持ち、支給されたアークスの戦闘服に身を包み、黒い義手を左腕の代わりにした自分だった。

 

 「…………よし! 行くか」

 

 近くのハンガーに掛けられた上着を羽織ると、最初に支給される武器――ガンスラッシュを後ろ腰に装備する。

 そして、マイルームから出ると、アークス・ロビーへ足を踏み出した。




少し駆け足になりましたが、次からストーリーの最初、ナベリウスの調査になります。


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Episode1-1 He and she この日を迎える為に
3.Partner 相棒(☆)


 『オラクル船団』

 マザーシップと呼ばれる旗艦を中心に、多数のアークスシップで構成された船団である。

 一つの惑星に匹敵する全長を誇る、マザーシップを守るように航行しているのがアークスシップと呼ばれる、基本的な活動拠点であった。

 その、アークスシップを主軸に、外惑星へ調査に赴く事が目的の部隊がアークスと呼ばれる者たちである。

 

 彼らは、『フォトン』と呼ばれる特殊な粒子をその身に宿し、エネルギーとして変換する事が出来る。だが、フォトン変換を誰もが持ち合わせている訳では無く、限られた適性者のみが選抜され、“アークス”となる事を許されるのだ。

 未知なる惑星に、誰よりも自由に足を踏み入れる事が出来る一方で、数多の脅威に、矢面となって立ち向かう事も、アークスの存在意義であった。

 

 

 

 

 『新たに誕生する「アークス」よ。今から諸君は、広大な宇宙へと第一歩を踏み出す。だが、こうして私の話を聞いている君たちには愚問な言葉だ。各々のパーソナルデータを入力せよ。我々、先人となる者達は、諸君ら――新たな世代(アークス)を歓迎する』

 

 演説するかのように、此度惑星ナベリウスに向かうキャンプシップ全てに映像と共に流されていたのは、純白の外装を施された一体のアンドロイドからの言葉である。

 重々しく、歴史を感じさせるその口調はアークス内でも知らぬ者が居ない程の有名人であった。

 三英雄の一人――レギアス。

 40前にあった、ダークファルスとの大戦――『巨躯(エルダー)戦争』に置いて、高い功績を残した三人の英雄の一人である。アークス内で、最も古参の一人であり、肩を並べる者はいないと言われているほどの老練の猛者としても知れ渡っていた。

 

 「歓迎する、ねぇ」

 

 アークスになって初めて支給される戦闘服(クローズクォーター)に、左腕のユニットだけが少し違う。黒髪に赤い瞳は、映し出された映像を見てため息を吐く。

 シガは修了生としてアークスシップに乗って、惑星ナベリウスへの到着を待っていた。

 周りには自分とは違い、正当に数年間のアークス研修生として卒業した者達もナベリウスに着く時を、今か今かと待ちわびている。

 

 「念願のってわけか」

 

 そのような、数日前まで学生だった者達から見れば、映像と教本の世界に、今日が第一歩の日になるのだろう。

 特別に裏枠で、このキャンプシップに乗っている身としては、その様な者達には少し悪い気もするが、オーラルさんは知識も戦闘力も十分実践レベルだと言っていたので、黙っていれば問題ないだろう。

 

 「…………」

 

 義手の調子も悪くない。オーラルさんは、外気フォトンに左右されて動きが鈍る可能性があると言っていたが、今のところは問題なさそうだ。

 

 「肩の凝る話だよな? みんな、承知の上で来てるってのによ」

 

 と、シガの雰囲気に共感した者がいたのか、少し気弱な様子で話しかけてくる少年が居た。中性的な顔立ちに、初対面にもかかわらず、気さくな様子で話しかけてくる。

 シガのような一般的な耳を持つ種族(ヒューマン)とは異なる、長く尖った耳が特徴の種族(ニューマン)の少年であった。

 

 「おれはアフィンって言うんだ。よろしくな、相棒!」

 

 と、同じくアークスに初期支給される戦闘服(ブリッツエース)を着た少年――アフィンは人懐っこそうな笑みを浮かべていた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 惑星ナベリウス。

 澄んだ空。視界をまばらに覆う森林。時より流れる心地よいそよ風は、爽やかな雰囲気を一層濃くしている。

 衛星軌道上からでも確認できる程の緑が生い茂ったこの惑星は、大きく森林エリアと凍土エリアに分けられていた。

 森林エリアは、比較的に原生生物(エネミー)の数も少なく、新人でも多少の補佐のみで潜り抜けられる事が証明されている事から、アークスになる為に、最も必要な最終項目――実戦を肌で学ぶには最も適した場所であるらしい。

 

 二人一組として、別々の区画に転送され、シガとアフィンのペアが足を着けたエリアは、程よく拓けた広場だった。

 風に合わせて揺れる木や、地面から伸びる草花が新鮮な空気を肺に入って来る。二人が転送されたのは、森林エリアでも特に安全が確認されている地域であった。

 

 「すげーな。あっちもこっちも緑だらけ。なんだかワクワクしてきた」

 

 始めて見る、人工物ではない生の大自然にアフィンは感動していた。

 

 「うっお。こんなに、凄かったのか」

 

 シガも同様に心震えるモノがある。

 映像や、仮想訓練では決して味わえない、この場に居ると言う現状は、アークスでなければ一生感じる事の出来なかっただろう。

 

 「昼寝してぇ」

 

 上空から、さんさんと降り注ぐ陽射しも、いい感じに眠気を誘う。そう言えば、昨日の夜は緊張して中々寝付けなかった。明日へのワクワク感は、記憶が無くても全人類共通であるらしい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 「っと。相棒、おれたちは最終試験に来てるんだ。さっさとパスして、自由に行き来できるようになろうぜ」

 

 アフィンの人懐っこい性格とシガの楽天的な性格は、いい感じに引き合っていた。初めて会話をして数十分にもかかわらず、二人は意気投合して修了試験に当る意気込みだった。

 

 「そうすれば、昼寝し放題だな」

 

 既に、別の目的が出来つつあるシガは、軽く欠伸をしながらアフィンと共に歩き出す。目的は特に言及されていない。調査との事だが、実際は歩くだけでも背中のDICSユニット(戦術サポートユニット)に、現場の情報が自動的に記録されるようになっている。

 武器も所持が許されているが、ある程度歩くだけで“調査”としては問題ないだろう。

 

 「お! ありゃ原生種だ。元気だなぁ」

 

 大自然の中を道なりに、のんびりピクニック気分で歩いていた、シガとアフィンの前に、一匹の生物が現れた。

 ナベリウスの情報に関しては、二人とも一通り目を通している。その生態系で、もっとも一般的な生物だ。

 猿のような外見で、動きもソレに近い行動をする原生生物『ウーダン』である。

 

 「確か、『ウーダン』だったよな? まいったなぁ。動物用の翻訳で何とかなるか?」

 

 完全に浮かれ気分の二人に、意気揚々とウーダンは近づいて来る。

 肥大化した両腕に、前かがみの全形。下半身が小さく、近づいて来る際も、両手を使った四足歩行だったところを見ると、普段から両腕を使う事が当然であると推測できる。

 

 「ウホウホ」

 

 試しにシガが、そんな言葉で話しかけてみる。当然、通じるハズも無く、むしろ縄張りを荒らされて怒っている様だった。

 

 「ど、どう見ても、仲良くしましょうって雰囲気じゃねぇよな!?」

 「おっかしーな。ウホウホで通じると思ったんだけどなぁ」

 「全然意味わかんないぞ!? とにかく、迎撃しよう!」

 

 ウーダンは、両手を拳に握り地面につけると、身体を振り子の様に一度振って、その遠心力で二人に両足をぶつけて来た。

 

 「ウホウホ。やっぱダメか」

 

 シガは最後まで真面目に対応しようとしたが、流石にガンスラッシュを抜き、アフィンはライフルを構える。二人は、向かってきたウーダンの攻撃を、左右に別れて躱すと、それぞれの武器を向けた。

 

 

 

 

 

 「前もって、サインを決めておこう」

 

 ウーダンと出会う数分前、シガとアフィンはお互いの武器を紹介して、簡単な陣形(フォーメーション)を話し合っていた。

 

 「おれのクラスはレンジャーで、手持ちの武器はライフルなんだ。相棒は?」

 「オレはガンスラッシュだな。何と言うか知り合いに紹介された人から買った。でも、さっきいじってたら部品が取れちゃったんだけど……」

 

 昨日の夜、出来る限り慣らしておこうと素振りをしていたのだが、その時に何か部品が割れる様な音を聞いた気がする。

 

 「あーあ。これじゃ、近接戦しか出来ないな」

 「マジですか」

 

 ナベリウスの事はオーラルからも話は聞いていた。原生生物は、遠くから岩を投げてくるモノや、生半可な攻撃では傷を負わないモノもいるらしい。

 

 「でも、相棒が良ければ前衛と後衛を分ける戦い方で行けると思うんだが」

 

 アフィンの言いたい事は、シガも理解できた。

 戦闘訓練では、左腕の慣らしを基本に行ったため、一般的な武器の扱いは未熟も良いところなのだ。

 ガンスラッシュを選んだのも、汎用性が高いと言われたからでいる。前衛も後衛も出来る武器だが、そのどちらも決定打に欠ける事も多々ある。汎用性が高い分、器用貧乏な武器でもあった。

 

 「それじゃ、ソレで行くか。オレは正直な所、射撃はかなりセンスが悪いんだ。そっちは任せるよ」

 

 シガも元々は近接主体で戦うつもりだったのだ。射撃は使えても牽制程度。必然と距離が開いてしまった時に使うぐらいにしか考えていなかった。

 

 「それじゃ、立ち回りとして――」

 

 

 

 

 

 「オレが近接で押さえる」

 

 シガは、背後を移動するアフィンに意識が向かない様にウーダンに近接戦を挑んでいた。

 ウーダンは、基本的な飛び道具を持たない。だが、距離が開いていれば高い身体能力で一気に間合いを詰めてくる。故に――

 

 「お前の距離だぞ」

 

 近接による応酬。ウーダンのリーチと速度のある横殴りを躱し、下薙ぎに振り上げて、その身体を斬りつける。

 

 「おいおい、不良品じゃねぇよな?」

 

 シガのガンスラッシュによる攻撃は、ウーダンの毛皮さえ断つ事が出来なかった。本当に武器なのか? それとも、ウーダン(こいつ)が特別強いのか?

 

 「……ない。二つ目は絶対に無い」

 

 感じない。この二週間のオーラルとの戦闘訓練で常に当てられ続けた、本当の強者(オーラル)圧力(プレッシャー)とは天地の差がある。それに、

 

 「こんなところで躓いている場合じゃない。だよな? 相棒(アフィン)――」

 

 射撃地点――ウーダンの背後に、回り込んだアフィンはライフルの引き金を引いていた。

 そのタイミングで、シガは横に飛び退き、アフィンの射線から外れる。使用者のフォトンを変換した弾丸は真っ直ぐ、原生生物(ウーダン)へ直撃し、無数の弾丸を浴びせかけた。

 ウーダンは短い悲鳴を上げると、天を仰ぐように両手を持ち上げて、そのまま仰向けに倒れて二度と動かなくなる。その様子を最後まで見届けた二人は武器を仕舞った。

 

 「ナイス、射撃」

 「ナイス、近接」

 

 シガとアフィンは、お互いにお互いの役割を称賛し、ソレが重なった事に一度笑い合う。そして、こつん、と拳をぶつけ合った。




次は、ストーリーで最も重要な彼女が当時します。ていうか、一日前の出発前日の話。


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4.Xion 観測者

 「あー、オーラルさん。遅い……」

 

 惑星ナベリウスに修了にて降下する前日、最低限の訓練を終えたシガは、オーラルより一つだけ武器を買ってやると言われていた。

 場所は中央の広場。ここなら、どこに居てもお互いに発見できると言う事から待ち合わせに選ばれたのである。

 

 「やっぱ、結構なお偉いさんなのかね」

 

 シガは、オーラルが単なる『オラクル』の科学者と言う事しか知らない。しかし、ソレにしては戦闘訓練を一通りこなしたり、詳しい知識を持ち合わせていたりと、多くの方面で高い実力を発揮できそうな高度なステータスを持つアークスだ。

 器用貧乏と言えば、聞こえは悪いのだろうが、それでも、その全てがかなりの高水準であると、必要な事を教わっていて理解できる。

 眼を覚ましてから三週間。(オーラル)が、どれほど優れた人材か解るだけの常識は取り入れているのだ。

 

 「にしても、けしからんのぅ。うへへ」

 

 道行く、女性アークスを見ながらそんな事を口に漏らす。フォトンをより強く体内に取り入れるには肌を晒すのが一番であるらしい。その情報もあって、アークスの大半の人間は露出の高い服装をしているとの事。アークス万歳!

 しかし、直接外敵と戦う事も考えられており、一概にフォトンを取り入れる為に特化した服装は防御面で不安が残り危険との意見もある。薄着なら、それで良いと言うわけではないらしい。

 

 「しかし、女性アークスは、ファッションも兼ねてる、か。アークス目指して本当に良かった」

 

 シガは、オーラルに説明された時の言葉を口に出して呟く。

 こうして、堂々と眼前を通る美人、美少女達を眼の抱擁として眺められるのも、アークスの特権であると喜んでいた。

 

 “……待っていた”

 

 そんな声が、目の前の雑踏より鮮明に聞こえた瞬間だった。時間が停止したかのように、視界に映る全てが“止まった”のだ。

 

 「ん? んんん!? え? 何だこれ?」

 

 一瞬、何かの見間違いかと思ったか、確認する様に降ろしていた腰を上げて確認する様に広場の中央に歩く。

 大型モニターも、ビジフォン端末も、近くで座って隣人と話しているアークス達も、思わず転んでしまった子供も、全てがその瞬間で停止していた。

 

 「なんだ……こりぁ――」

 

 ようやく日常に馴染そうだったのだが、ここに来て急に不可解な現象に巻き込まれてしまった。オーラルさんに連絡を、と端末を取り出すが、何を押しても反応が無い。

 

 「……待っていた」

 

 背後から語りかけてくる感情の無い無機質な声。唯一、動いている者の声にシガは反射的にそちらを向いていた。

 

 「否、この表現は認識の相違がある。待たせてしまった……だろうか」

 

 そこには、眼鏡をかけた白衣の女性が唯一、シガへ語りかけて来た。

 

 

 

 

 

 「これは……なんだ? 君は――」

 「わたしの名は……シオン」

 「シオン?」

 

 シガは目の前の聡明な美人に聞き返す。

 穢れなく、澄んだ声色は思わず聞き入ってしまう程のモノだ。しかし、そこに“感情”の一片も見当たらない事から、相変わらず非現実の中に居るのだと、それだけはハッキリと認識していた。

 

 「わたしの言葉が貴方の信用を得るために幾許かの時間を要することは理解している。それでもどうか、聞き届けてほしい」

 「……すみません。意味が解らないんですが……」

 

 いきなり時間が止まると言う、ファンタスティックな現象の中、シオンと名乗る女性が現れ、意味不明な事を呟いているのだ。いくら美人とは言え、警戒するのは当たり前である。

 

 「わたしは観測するだけの存在……貴方への干渉は“行わない”。そして“行えない”」

 「はぁ……」

 

 流石のシガも、そのような返事をするのが精一杯だった。美人は大歓迎だが、電波ちゃんはちょっとNG。

 

 「だが、動かなければ道は潰える。故にわたしは……あらゆる偶然を演算し、計算し、ここに残す」

 

 と、シオンが何か光るモノを手に持っていた。差し出す様にシガに向けられる。

 

 「――――」

 

 不思議と、ソレを手に取っていた。不思議な状況下で、得体の知れない人物から渡されるモノ。本来なら受け取る様な行動は起こさない。しかし、彼は受け取らねばならない、と自然に身体が動いていた。

 

 「偶然を必然と為す。その現象をマターボードという」

 「マターボード?」

 

 シガは聞き返すが、シオンはその問いには答えなかった。

 

 「わたしは……観測するだけの存在。貴方を導く役割を持たない。だが、マターボードは貴方を導くだろう」

 「一体、何がどういう意味なんでしょうか?」

 

 なんだか、無自覚の内にとんでもないモノを託された気がする。

 

 「わたしの後悔が示した道が……指針なき時の、標となることを願う」

 「後悔……?」

 

 その時、再び走馬灯が走った。

 煙を上げる都市。むせ返る様な嘆きに、オレは叫んでいる。湧き上がる怒りの他に、絶対に変わる事の無い強固な意志が混ざり合い、渾身の一刀を振り下ろして――

 

 「ッ……」

 

 頭痛によって、走馬灯は中断された。額を抑えて荒くなった呼吸を整える。

 

 「貴方のその思考は正しく正常である。わたしもそれを、妥当だと判断する。しかし――」

 

 彼の様子を見ても、シオンは淡々と続けていた。まるで、今しか時間が無い様に少しだけ焦っている様にも聞こえる。

 

 「わたしはそれでも貴方を信じている。彼女を救おうとしてくれた、貴方を」

 「……何?」

 「わたしは貴方の空虚なる友。どこにでもいるし、どこにもいない――」

 

 気を失いそうなほどの頭痛に頭を抑えながら、なんとか意識を繋ぎとめて彼女に問う。

 

 「待て……待て! どういう事だ! オレの事を……君は知ってるのか!? オレが何者で……何があったのかを――」

 

 

 

 

 

 次の瞬間、時間が動き出していた。

 

 「――――」

 

 シガは少し離れたベンチで座っている。確か……シオンと名乗る女性と話した時は、広場の中央に居たハズだ。

 

 雑踏が動き出している。大型モニターから宣伝の音が聞こえ、ビジフォンの広告が切り替わる。転んだ子供が泣いて、母親が助け起こしていた。その様子を座っているアークスは隣人と何事かと視線を向けている。

 

 「夢……?」

 「シガ」

 

 と、座っている所にオーラルが現れていた。待ち合わせの時間から30分遅れての到着である。

 

 「オーラルさん……?」

 「少し会議が長引いてな。遅れてすまん。顔色が悪いようだが……大丈夫か?」

 「……大丈夫ッスよ」

 「本当か? 無理はするな。明日はアークス研修修了だ。安全な惑星とは言え、原生生物の居る場所に行くことになる。体調は万全にしておけ」

 「大丈夫ですって」

 「なら、行くぞ。武器を安く譲ってくれる知り合いを知っている」

 

 オーラルは、さほど追求せずに歩き出す。気を使わせてしまった事に、シガは苦笑を浮かべながら立ち上がると、改めて、シオンと話した広場を見やった。

 

 「…………」

 

 夢? いや……違う――

 広場に背を向けてオーラルの背に続く。その手には、彼女(シオン)から渡されたマターボードが存在していたのだから。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 その歩いて行くオーラルとシガを見下ろす視線がある。

 場所はショップエリアの三階。“彼”に言われて、ここからシガを見る様に言われていたのである。

 

 “救出したアークスの事は聞いているだろう? 最近、お前が攻撃した標的の中に、奴が居なかったのかを確認してほしい”

 “それが、わたしを呼んだ理由ですか? わざわざシップを越えて”

 “ああ……。奴の傷は『マイ』で付けられたモノだった”

 “……貴方は『マイ』の調整に関わっていたのでしたね。その上での判断ですか?”

 “見覚えがあるかどうかだけでいい”

 “もしあったら?”

 “こっちで処理する。場合によっては、お前に再度任務を出すかもしれん”

 

 「…………見覚えはありませんね。貴方の勘が外れるとは……珍しい事もあるものです」




次はナベリウスに戻ります。少しだけ、奴も登場。
次話タイトル『Voice of life 命の声』


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5.Voice of life 命の声

 「相棒? どうしたんだよ。ぼーっとして」

 

 シガとアフィンは、最初のウーダンを撃破後、数匹の原生生物と交戦したが、難なく撃退して、特に問題なく先へ進んでいた。

 近接で立ち回る前衛(シガ)が囮になっている間に、後衛(アフィン)が射撃で敵を沈める。思った以上に形にハマった戦略は、今の所は3匹同時に相手にしても互角以上の立ち回りが出来ている。

 

 「お、悪り。ちょっと寝不足でさ。ぼーっとしてた」

 

 シガは後ろ腰へ、近接しか出来ないガンスラッシュを戻して、ふぁー、と一度欠伸する。無論、考えていたのは昨日、出会ったシオンの事だ。

 とは言っても、あんな現象を信じてもらえるハズはないし、アークスかと思って端末で彼女の事を検索したが、何も出てこなかった。

 

 「結構余裕あるなぁ。ある意味、そう言う考えって羨ましいよ」

 

 アフィンは思った以上に疲弊している。シガと違って、確実に敵にトドメを刺さなければならない立場としては、後方でも相当なプレッシャーだろう。

 

 「そうでもないって。そっちが撃ってくれるから、安心して善戦出来るんだぜ? 良いレンジャーになるよ。お前は」

 「はは。称賛してくれるのは嬉しいけどな。おれは、別に戦う為にアークスになったわけじゃないんだ」

 「あらま」

 

 意外だった。アークスは適性のある者なら誰でもなれる。個人の目的は基本的に、未開の惑星に興味のある者や、戦いたがりや、金銭面での優遇があるなどの目的が多いと聞いている。しかし、(アフィン)は、そのどちらでも無いらしい。

 

 「相棒は、どうしてアークスになったんだ?」

 「オレか? オレは――――堂々と、露出の高い女性を拝めるからだ!」

 

 と、自分の欲望に忠実な回答には、流石にアフィンも目を丸くした。

 

 「けしからん尻! 胸! 腰! 脇! 絶対領域! それに、有名になれば一躍有名人だろ? 夢が膨らむじゃないか! フフフ」

 「……まぁ、人それぞれって言うしな。とりあえず応援しておくよ」

 「せっかくアークスになるんだ。なら、どうせなら目的は、でっかく行くぜ? ワハハ!! とりあえず、年下の美人妻が先だな。どっかに可愛い子は落ちてないかなぁ~?」

 「ハハ。相棒って面白いなぁ」

 

 原生生物を倒して、妙に殺気立っていた二人は他愛のない会話で、日常の雰囲気に戻っていた。

 

 “……助けて”

 

 道が二手に別れている広場のような場所に出ると、また、あの声が聞こえた。

 

 「――――」

 

 シガは、自然と足が止まる。この三週間前で時折聞こえるのが今の“声”だった。そして、ソレは今まで一番大きく、強く耳に響いてきた。同時に、抑えきれない程の頭痛に見舞われる。

 

 “ここ、わたしのお気に入りなの。静かで、きれいで……なぜか、すごく落ち着くから”

 

 嬉しそうに少女が話してくれる。誰だ……? これは……この惑星(ナベリウス)?

 

 「お、おい。相棒! 大丈夫か!?」

 

 アフィンは、不意に頭を押さえて苦しんでいるシガに慌てて駆け寄る。当人は、まるで割れんばかりの酷い激痛に耐えるしかなかった。

 

 「……どこだ? これは……まだ……まだ?」

 

 違う。何が言いたいのか……理解しろ。“まだ?” いや、そうじゃない。

 

 “また、護れないのか……?”

 

 その時、緊急用の回線から強制的に通信が入り込んできた。

 

 『管制より、ナベリウスに寄港中のアークス各員へ緊急連絡! 惑星ナベリウスにてコードD発令! フォトン係数が危険域に達しています!』

 「緊急連絡!? なんで、こんな時に!」

 

 多少頭痛は収まったが、連絡の確認はアフィンに任せていた。

 

 『繰り返します。惑星ナベリウスにてコードD発令! 空間浸蝕を観測、出現します!』

 「!?」

 

 そして、“奴ら”が現れた。

 

 

 

 

 

 アークスの基本的な役割は、未開惑星に降りて、その生態系や文明と共存し、相互の発展を繋ぐ架け橋となる事である。

 ならば、なぜ、フォトン適性のある者しかアークスに成れないのだろうか?

 惑星に既存している文明への使者や、調査ならばある程度の防衛能力があれば事足りる。しかし、その様な調査は全て、“アークス”でなくてはならない。

 

 その理由は、『新光歴』以前の暦――『光歴』まで遡る因縁。今日まで続く、果てしない闘争の果てがいくつもの世代を超えて今日に紡がれた結果であった。

 

 「お、おい相棒! あれ!」

 

 アフィンの視線の先には、黒い靄のような霧が地面に現れ、そこから不気味な四足動かして這い出てくる、一影があった。

 ソレは、前アークス共通の敵である『ダークファルス』の生み出した、尖兵である。

 

 『ダーカー出現! 空間許容限界を超えています!』

 

 中でも接触頻度の高い固体である、ダカンは本体を中心に伸びる四本の脚を動かし高速で移動する。

 

 「こいつらが……ダーカー? くそ! ナベリウスにはいないハズだろ!?」

 「言ってても消えてくれるわけじゃない! やるぞ、アフィン!」

 

 シガは、戦う意志を見せながらガンスラッシュを抜く。だが、その意気込みとは裏腹に、表情は辛そうだった。

 

 「って、大丈夫か? 相棒――」

 「言わせてもらうと、かなり辛い。だが、待ってくれる相手でもないしな」

 

 先ほどよりも波は退いたが、未だに頭痛はシガを脅かしている。だが、こっちの都合など、相手には関係ない。

 意志の疎通さえもできず、出会えばどちらかが全滅するまで終わらない。それが、アークスとダーカーの関係だ。

 

 「どの道、逃げても追って来る。ここで、いつも通りに立ち回る方が戦いやすい」

 「……解った。さっきと同じで行くぞ。無茶はするなよ」

 「年下美人妻と結婚するまで、絶対に死なねぇよ!」

 

 不敵に笑いながら、二人は戦闘態勢に入る。増援は望めない。この場で最も信頼できるのは、お互いに背中を護り合う相方だけだ。

 

 『全アークスへ通達! 最優先コードによるダーカーへの厳戒令が下されました!』

 

 その通信が戦いの火ぶたを切り落とす。 現れたダカン8体と、シガとアフィンは交戦を開始した。

 

 

 

 

 

 ソレは、捜していた。

 何を捜しているのか、何の目的で捜しているのか、理由(ソレ)が解る者は当人を除いて、誰も存在しない。

 顔を隠す、不気味な仮面を着けた黒衣の者は、今日のナベリウスに必ず居るであろう“彼女”を捜していた。

 もう……いくつもの場所を捜した。何度も、何度も……故に正確な位置など当の昔に忘れてしまった。

 輪の様に終わらない。終わりたくば、自らの手で幕を引くしかない。ソレだけは知っているから、彼は捜している。

 

 「どこにいる……」

 

 不気味に呟かれた言葉は、ナベリウスの自然に溶けて行く。

 

 全てが無意味だと、証明する為に――

 未来など、最初から存在しないと証明する為に――

 彼は、自らが修羅の道を歩く事を選んだ。狂った旅路。まだ、自らの終末には程遠い――




次は、ダーカーVSシガ、アフィンです。新装備のお披露目
次話タイトル『Photon arm 左腕』


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6.Photon arm 左腕(★)

友達のフルガさんにシガの絵を描いてもらいました!


 呼吸が乱れる。思った以上に頭痛がひどい。

 

 ダカン……ダーカーの中でも、下の下に位置する雑兵であると言われていた。無論、実力のある者達なら、そうなのだろう。オーラルさんや、ヒューイからすれば何百匹と居ても涼しい顔して殲滅しそうだ。

 だが、オレ達はまだ駆け出しも良いところだ。武器もそんなに強いモノじゃない。それに、奴らと戦うのは初めてだった。

 

 「おいおい。考えてんのか? こいつら――」

 

 シガは5体のダカンに苦戦していた。原生生物と違い、奴らの体格には前進、後退時のタイムラグが無い。背後を取ったと思っても、直ぐに対応して攻撃してくる。

 

 「くそ!!」

 

 アフィンにも4体のダカンがあてがわれていた。奴らは、四本の脚を巧みに動かし、常に背後を取る様な位置取りで移動してくる。

 その為、アフィンにも敵が張り付いており、今までの立ち回りがまるで機能していなかった。

 

 「チッ!」

 

 5体の攻撃の時間差を利用して、何とか斬りつけるが、回避に動きを置く為、勢いがつかず浅い攻撃になってしまう。加えて、元々の攻撃力はアフィンに任せていたことから、現在は彼が追われている敵を全て倒すまで、耐えなければならない。

 

 「ハハ。笑えてくるな……」

 

 この状況は、どうすれば回避できたのだろうか……

 乗るキャンプシップを変えていれば?

 ここに来るまでに、もう少し時間をかけていれば?

 眼を覚ますのが一日遅れていれば?

 

 理由は数えきれないほどある。だが、その中で一つでも欠けていれば、(アフィン)とは出会う事も無かった。こうして、話し合う事も無かった。

 らしく生きようにも、元が……どんな人間だったのかも解らない。もしかすれば、記憶を失う前の自分も、こうやって何かを諦めたのではないのだろうか?

 

 アフィンは4体の内2体を倒している。後少し……だが、その“少し”は果ての様に遠い。

 頭痛がひどくなってきた。まるで強く頭を打ちつけた様な激痛が響き、動きが反射的に停止する。

 

 「相棒!」

 

 声が聞こえる。オレを心配してくれる友の声だ。一瞬の硬直は、ダカンの攻撃を紙一重で躱していた現状では致命的な隙だった。

 振り下ろされる、ダカンの脚。その先についている爪は、容易く身体を引き裂くモノ。その攻撃は避けられないシガに向けられた。

 

 

 

 

 

 「いいか。戦いにおいて、戦力は出し惜しみするな」

 

 一週間前の訓練時、オーラルに徹底的にボコボコにされたシガは、仰向けてヘタっていた。

 

 「でもさ、オーラルさん。何度も連戦がある時に、最初から全力だと後で息切れしちゃうでしょ?」

 

 そう、その為にも最初に接触した敵には、なるべく時間をかけて消耗を抑えるべきだと考える。

 

 「力を温存しつつ敵を圧倒できるなら、それに越したことはない。だが……奴らとの戦いでは、その判断は致命的な結果を生みやすい」

 

 ここで言う“奴ら”とはダーカーの事だ。午前の講習で習ったばかりなので新鮮な情報である。

 

 「奴らとの戦いは、常に全力で相対しなければ予測できない被害が生まれる。奴らと対峙する時は自分の知る常識は捨てろ。戦いの中で成長し続ける事が、唯一“奴ら”に対抗できる術だ」

 

 シガは立ち上がりながら、彼に貰った左腕を見た。もし、奴らと対峙した時に自分一人なら、真っ先に逃げよう。

 その時は、そう思った――――

 

 

 

 

 

 「まぁ、今は違うよな」

 

 フォトンが溢れ出した。着ている戦闘服(クローズクォーター)の左腕の袖が弾け飛ぶように、その左腕を外気に晒していた。

 ソレは武骨な腕だった。生身の身体とは、かけ離れた外装(ひふ)を持つ機械の腕。指は爪の様に、尖った攻撃性を表している。

 

 「頭痛いんでね。出し惜しみは無しだ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ダカンの爪を防ぎつつ、シガは右手のガンスラッシュを先頭の一体に叩きつけた。

 

 「やっぱり、殆どダメージ通らねェな。まぁ、良いか。左腕(こっち)が本命だし」

 

 更に左腕(フォトンアーム)からフォトンが溢れ出る。周囲のフォトン粒子を吸収し、義手の姿そのものを戦いに適した姿――戦爪を持つ手甲に変化させていた。そして、

 

 「フォトン・エッジ」

 

 指部に吸収したフォトンを纏う事で、攻撃力と攻撃範囲を増幅。ソレは、先ほどから使っていたガンスラッシュとは比較にならない。

 

 「接撃(コンタクト)

 

 左から右へ。ただ爪を横なぎに振った。ソレだけで、ダカンは五つに分断され、その攻撃は背後の壁まで到達していた。敵は黒い粒子となって消え去る。

 

 「な……」

 

 その圧倒的な様子と、今まで見た事の無い武器にアフィンは思わず硬直した。その様子を対峙していたダカンは、すかさず彼の命を狙う。

 

 「おいおい、相棒! 気ぃ、抜くなよ?」

 

 アフィンに襲い掛かったダカン2体は、串刺しにされた様に宙に浮いていた。

 シガが離れた所から、二本の爪だけに出力を絞り、攻撃距離を増幅する事で瞬時に串刺しにしたのだ。爪に貫かれた2体は、偶然にもコアを貫かれた為、そのまま消滅する。

 

 「よし。とりあえず、現場の保全は完了だな!」

 

 シガは、ニッ、と笑って手甲状態の左腕を腰に当てながら、手を上げてアフィンに近づく。

 

 「相棒……その腕――」

 「ん? ああ、言わなかったっけ? オレ、左腕ないの。だから、義手(コレ)は代わり」

 「そ、そうなのか?」

 

 アフィンは未だに驚いている。それもそのはず。基本的にアークスに支給されるのは、自らがフォトンの適性を使って使用する武器なのだ。故に、戦い続ければフォトンの効率化につながり必然と武器の威力は上がっていく。

 

 しかし、シガの左腕は現在の状況からでも、極端な攻撃力を持っていた。これが、フォトンの扱いに熟達した場合は、どれほどの攻撃力を持つようになるのか想像もつかない。

 

 「悪いけどよ。義手(これ)は、お前が思ってるより、ヤバい物じゃないよ?」

 

 シガは、アフィンの表情から何を考えているのかを察して簡単に説明する。

 

 「基本的には、アークス自身のフォトン変換とは別枠なんだよ。この義手(ひだりうで)事態が変換器(アークス)であり、放出機(ウェポン)なんだ」

 

 シガは、オーラルからの説明を繰り返す様にアフィンへ話す。

 

 左腕――フォトンアームは、アークスのフォトン変換に依存している武器ではない。独自にフォトンを取り込み、使用者の僅かなフォトンに呼応して戦闘形態となる。そこからは、完全に独立した自己完結の性能を発揮するのだ。

 

 「出力は固定なんだ。つまり、0か100か、しか発揮できないわけ。だから100が通じない相手には逃げるしかないの。加えて――」

 

 シガは仰向けに崩れ落ちる様に倒れた。その様子にアフィンは心配して駆け寄る。

 

 「相棒!?」

 「無茶苦茶体力を使う。数分だけ休ませてくれ」

 

 フォトンアームを介して強制的に体内のフォトンを最大にし、出力を停止させれば最小になる為、解除後は身体に力は入らない。

 

 必然と、戦闘用に使用した後は、強制的な休息が必要になるのだった。




強い武器には欠点を。私がオリジナルで強い設定を作る時の心得です。
お次は、アイツが登場します。加えて彼女も登場します。更に加えて彼も登場します。
次話タイトル『Footstep 誰がために』


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7.Footstep 誰がために

 5分だけ休憩した後に、シガは何とか動けるようになった。左腕も通常状態に戻し、頭痛もだいぶ良くなっている。

 

 「悪いな……相棒(アフィン)

 

 それでも万全とは言い難く、何とか彼の肩を借りて先に進んでいた。流石に自力で立ち上がる事は出来ても、少しだけふらついたので彼の肩を貸してもらっているのだ。

 

 「あまり無茶するなよ? それに、こっちの道で本当にいいのか?」

 

 アフィンは嫌な顔をせずに肩を貸してくれていた。そして、シガが少しでも先を急ごうと、強く意見した為、不恰好ながらも進む事になっているのだ。

 

 「ソレについては、特に理由は無いよ。どちらかといえば、同じところに留まり続ける方が良くないと思ってな」

 

 ナベリウスに居るアークス全体に発令された“厳戒令”は未だ終息したとの情報は無い。つまり、他の場所では、まだ出現し続けているのだ。

 神出鬼没のダーカー。同じところに留まり続けるは、敵を迎える事になるかもしれない。たった8体に死にかけた今の自分たちのステータスでは出来るなら会いたくない存在だ。

 アフィンもソレを察しており、移動することに異論は無い様である。

 

 「それにしても、その腕はすげーよな。ソレが量産されれば、ダーカーとの戦いは、一気に有利になるんじゃないか?」

 「OFFにする度に倒れてたら話にならないけどな」

 

 今回は僅かな時間だけの使用に留まったので、数分の休息で動けるまで回復できた。オーラルとの試験運用では、24時間で最大使えても1時間程度。無論、解放し続けた時間に比例して、解除した時の疲労度は大きい。

 

 「それに、訓練場と惑星ではフォトンの濃度も違うからなぁ。100以上の出力が出る事もあれば、80しか出ない事もある」

 

 その場のフォトン濃度に左右されるため、安定した出力も望めないのだ。現在は、ダーカーの出現によって必然とフォトンの濃度が高い。故に、基本性能の120%で出力は固定されている。

 

 「しかも、使えば身体が動かなくなるおまけつきだ。一般に普及しても、敵の目の前でバタバタ倒れちまうだろうぜ」

 

 強力に見える兵器ほど、その裏側はハリボテであることが多い。シガのフォトンアームも、ソレに当てはまる不恰好な武器なのだ。

 

 「色々と訳ありなんだな」

 「そーそー。だが安心してくれ。後一回くらいなら使えそうだ。囲まれた時はオレに任せろ」

 「遠慮なく頼らせてもらうぜ。肩貸してるんだからな」

 

 持っていた秘密を打ち明けて、更にお互いの信頼が深まっていた。

 そして、二人が向かうのは森林の奥地。シガの選んだ道へ足を進ませている。その理由は(シガ)しかしらない。

 

 「…………」

 

 急がないといけない気がしていた。何故なら、“あの声”は間違いなくこの先から、呼んでいたから――

 

 

 

 

 

 森林エリアの奥地。その場に天蓋を作る程に大きく広がるように生い茂った枝を持つ大木だけが特徴の静かな場所だった。

 時折聞こえる、鳥のさえずりの様な音以外は、流れるそよ風に揺らされた葉が、ぶつかり合って涼しげな音楽を奏でる。知る者達によってはとても心落ち着ける場所でもあるだろう。

 そして、その場所は、シガが発見された場所でもあった。

 

 「……ここにいたか――」

 

 その場に辿り着いたのは、不気味な雰囲気を持つ仮面の存在だった。手には巨大な紫色の刃を搭載したコートエッジDと呼ばれる、アークスの武器を携えている。

 彼は、見下ろしていた。彼女を――

 

 「…………ようやく……解放できる」

 

 そして、その場に倒れている少女に対して、武器を振り上げる。後は振り下ろすだけで、“全て”が終わるのだ。

 

 「先に……逝っててくれ――」

 

 彼女に振り下ろそうと、力を入れた、その時だった。

 

 「たす……けて……」

 

 その言葉に、思わず彼の手は止まる。何かを考える様に、僅かな戸惑いが生まれてしまう。しかし、それはほんの数秒だけ。ギリッと、歯を喰いしばる様な音が仮面の中から聞こえると、再び力を入れ直し武器を振り下ろした。

 

 「――!?」

 

 だが、咄嗟に横から飛んできた異物が自信の顔を狙っていた為、そちらを弾かざる得なかった。弾いた物体はガンスラッシュ。回転しながら飛んでいくと、近くの壁に突き刺さる。

 

 「何してんだテメェ……」

 

 奥地の入り口。そこに相方の肩を借りてガンスラッシュを投げた黒髪の青年が憤怒に染まった赤眼(レッドアイズ)で、こちらを睨んでいた。

 

 

 

 

 

 シガの選んだ道を先に進んだ二人は、運よくダーカーにも原生生物にも遭遇せず、行き止まりまでたどり着いた。すると、そこで、二つの存在を確認する。

 だが、ソレを認識する前にシガは咄嗟にガンスラッシュを抜き、仮面を着けた方へ投擲したのだ。

 

 「何してんだテメェ……」

 

 アフィンは、シガとは僅か半日の付き合いだった。その中でも飄々として、緊張感の中でも余裕綽々に立ち回っている様子から、普段からそういう性格であるとなんとなく察している。

 だが、今は、まるで別人のような、自分よりも大切なモノを傷つけられたような“怒り”を纏っている。冷静な彼が、唯一制限なしに戦える武器(ガンスラッシュ)を易々と投げた事からも、その怒りの度合いは窺えた。

 そして、

 

 「なぁ、何してんの? お前――」

 

 アフィンの肩からいつの間にか離脱していた。いつ離れたのか気がつかない程の瞬発力で接近し、仮面に対して戦闘形態となったフォトンアームを叩きつけていた。

 仮面が、シガの攻撃を持っている武器で受け止めている。その接触で、フォトンが弾け、発生した衝撃は天蓋の枝や周囲の木々を大きく揺らす。

 

 「アフィン! その子を頼む!」

 「! 相棒は!?」

 「オレはコイツを泣かす!」

 

 キチキチと、金属質な音を立てて接触していた武器(コートエッジD)武器(フォトンアーム)は、シガの方がパワーは上である様だった。次第に、仮面は力に押されて無理やり、アフィンと少女から距離を放される。

 

 「やはり……お前か……」

 

 至近距離で、仮面はシガにだけ聞こえる様な声。まるで人のモノとは思えない、地の底から響くような不気味な声だった。

 

 「親に教わらなかったか? 他人と面と向かって会話する時は――顔を出せってよ!!」

 

 フォトン・エッジ。シガは、接触した状態から指部にフォトンの爪を展開。ダカンさえも容易く斬り裂いた一撃。この至近距離ならただでは済まないだろう。

 

 「…………」

 

 だが、今度は逆にシガが弾かれた。完全に力勝ちしていた状態から、仮面は僅かに足を曲げて、バネを作ると全体重を武器に乗せてシガを弾き返したのである。

 

 「!?」

 「相棒!」

 

 野郎……重心だけで弾き返しやがった!?

 フォトンアーツでも、武器の性能でも無い。不利な体勢からただ単純な体術で押し返されたのだ。

 後ろによろけながら、アフィンを確認する。彼は倒れていた少女を何とか自分たちが来た道へ避難させていた。

 

 「お前は先に逃げろ!」

 「そっちはどうするんだよ!?」

 「どの道、解除したらオレは動けなくなる! この場でコイツとは決着をつける!」

 

 フォトンの吸引率120%。放出率15%。フォトンアーム制限解除(オーバーフロー)――

 眼に見える程に周囲のフォトンを凄まじい速度で吸収していく。ソレだけで大気が鳴動し、持て余しそうになる“力”の濁流を感じ取っていた。だが、その全てを制御するのは一瞬だけで良い。

 地面を砕かん勢いで踏み込む。仮面は逃げる様子も躱す様子も無く、迎撃するようだった。

 

 嘗めんなよ……これは唯一、オーラルさんの装甲を傷つけた一撃だ。消し飛んでろ!!

 

 「接撃(コンタクト)!!」

 

 その攻撃が敵に接触する瞬間だった。

 

 『全アークスに通達。ダーカーによる空間許容限界の低下を確認しました。コードDの発令を解除。警戒レベルを引き下げます』

 

 それは、フォトン係数が正常値に下がった事を意味し、フォトンアームの出力は途端に息が止まったように、その出力が消えてしまう。

 

 「…………」

 

 まるで、弾ける様に左腕に纏っていた膨大なフォトンが消え去る。そこへ、迎え撃つ仮面は、自らの武器を縦に振り、衝撃波を飛ばしていた。

 向かって来る衝撃に何とか反応し、まだ戦闘状態になっている左腕で受けとめる。

 

 「くっ……」

 

 その威力は予想以上だった。踏ん張ったにも関わらず、身体が浮き、アフィン達の目の前まで弾き飛ばされる。

 

 「相棒!」

 

 やべぇ……左腕が――

 そして、左腕も通常状態に戻り、途端に反動が襲ってくる。視界が暗転し、意識が途絶え――

 

 「……ここで安眠する訳にはいかねぇよなぁ」

 

 自らの生身の右腕の指の骨を折って、激痛に歯を喰いしばりつつ、何とか意識を繋いだ。

 

 「…………」

 

 目の前に悠然と立つ仮面。武器(コートエッジD)を構え直している所だった。

 ヤバイな。これは勝てない……どうする? どうする――

 

 「アフィン。その子を連れて逃げろ。オレが時間を稼ぐ」

 

 恐らく、仮面(こいつ)の狙いは倒れていた彼女だ。なら、やることは……奴の目的を彼女からオレに逸らす。

 震える脚を何とか立ち上がらせた。それでも、虚勢にすらならないが。

 

 「相棒はどうするんだよ!?」

 「オレには……まだ奥の手がある。時間を稼いで、なんとか逃げ切るさ」

 

 不安にさせない様に不敵に笑って答えた。もちろん、奥の手など無い。もう、立ち上がる事しか出来ず、ちょっとでも押されたら倒れてしまうだろう。

 

 「ずっと……何か引っかかってたんだ。それが、ようやく解った」

 「何が……?」

 

 それは、自分がアークスを目指す意味。アフィンの質問には、大雑把に答えてしまったが、この場に倒れていた彼女を見て確信した。オレは……きっと――

 

 「誰かを護る為に、アークスになりたかったんだ。だから……護らせてくれよ」

 

 見ず知らずの少女。だが、この場で最も無力な彼女(そんざい)の為なら不思議と力が湧いてくる。先ほど以上にフォトンアームを行使したにも関わらず、こうして立ち上がれるのは、そうだからなのだろう。

 

 「…………死ね」

 

 仮面が向かって来る。もう、時間が無い。

 

 「アフィン! 頼むぞ!!」

 

 覚悟を決めろ。どれほど絶望な状況でも必ず、生き残る為の道はある!

 迫る凶刃。向かって来る“死”の一撃から、シガは眼を逸らさなかった。諦めていないその意志は最後の最後まで、生き残る活路を探していた。

 しかし、活路(ソレ)は、彼が思っていたモノとは別の形で現れる。

 

 「……!!」

 「おいおいおい……気まぐれでも、たまには任務に来てみるもんだなぁ。面白れぇ事になってるじゃねぇか」

 

 アフィンの背後から飛び出した影は、嬉々としてシガを追い越し、仮面に向かって拳を突きだしていた。




\キャーゲッテムサマー/
この三人と遭遇するイベントを一度にこなすには、これしかないと思いました。ゲームにそって、何度も同じ場面を繰り返すのはあまり良くないと思ったので。
次話タイトル『Persona vs Baresark 強と狂』


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8.Persona vs Baresark 強と狂

 無駄のない瞬発力を生み出す中肉中背の体躯は、常人よりも高い身長をものともせずに素早い動作を実現していた。

 

 そいつが、この場に訪れたのは偶然では無かった。

 

 ナベリウスに居たのは、偶然だが、そこからこの場所まで歩を進ませたのは、異様なフォトンの流れを感じ取ったからである。

 そして、その場に近づくにつれて、更に膨大なフォトンを、更に強く感じ、思わず足が駆けてしまったのだ。まるで、獲物の匂いを感じ取った餓えた獣の様に、フォトンアームからの軌跡に引き寄せられたのである。

 

 

 

 

 

 「…………」

 

 仮面は、突如として現れたアークスと鍔迫り合いをしていた。互いの武器(コートエッジD)武器(ナックル)は、それぞれ近接距離に特化している。だが、それでも間合いは断然違う。

 

 アークスは、鍔迫り合いで空いている片腕を、隙間に通す様に仮面へアッパーを繰り出す。仮面は身体を逸らす様に躱し、その攻撃は表面を掠めるにとどまった。そして、仮面は自ら半歩下がると身体を半回転させ横なぎの一閃がアークスに向けた。

 

 しかし、お互いに、その程度では決着をつける事が出来ない技量を持ち合わせている。向かって来る横なぎを、アークスは潜る様に躱し、再び、己の間合いに仮面を捉えていた。

 ゼロ距離。長物(コートエッジD)の内側へ瞬時に入り込んだアークスの足運びは、鮮やかであり、完璧な動作であった。

 

 「――――」

 

 アークスが笑う。その表情は、背を見ているシガやアフィンには見えない。唯一、仮面だけが眼前のアークスが作り出す、餓えた獣の様な“狂笑”を見ていた。

 間合いゼロから繰り出される、一撃は確実に仮面へ入った。重い音と、震動が響き、二人の距離は大きく開く。

 

 「化け物だな。あの二人は――」

 「え?」

 

 膝を突きながら荒く息を吐くシガは、参入したアークスと仮面の技量を見て感嘆していた。

 

 「拳に足を合わせて、後ろに飛びやがった」

 

 躱せず、防げない、ゼロ距離の攻撃に仮面は足の裏を乗せると、その反動を利用して大きく飛び下がったのである。

 

 「相棒、そこから……見えたのか?」

 「んにゃ。予想」

 

 二人の攻防は影になって見えないが、それでもどう立ち回っているかは動きで推測できる。今後、近接で戦っていく身としては、少しでも他の技量を吸収するつもりで学ばせてもらっていた。

 

 「うまそうな獲物が二匹も同時に……くっふふ……ふはははははっ!」

 

 アークスはワザと隙を晒して仮面を誘っている。しかし仮面もアークスの技量を察してか、間合いを取り警戒していた。

 

 「……おい、シーナ。こいつらは誰だ? どこのどいつだ? さっさと調べろ!」

 「シーナ?」

 

 シガとアフィンは、彼が誰の事を言っているのか頭に疑問詞を浮かべた。気を失っている少女の事かと思った時、

 

 「はい……」

 「!?」

 「うぉ!?」

 

 いつの間にか、背後に居たニューマンの少女が声を発した。アフィンとシガは、気配も無くそこに存在していた彼女にビビる。

 

 「……? ……あの、ゲッテムハルト様。そちらの方の情報は、どこにもありません」

 

 端末を操作して、仮面の姿や生態パターンから瞬時にアークス全員の情報と照合。そして、導き出された解答は、『NO DATA』だった。

 

 「なに?」

 

 少女――シーナの回答に、アークス――ゲッテムハルトの意識が、僅かに仮面から外れた。

 

 「…………」

 

 その隙を逃さずに、仮面はステップで距離を取った。

 

 「チィ!」

 

 ゲッテムハルトは逃がすつもりは無く高速の踏込みで追う。だが、仮面の次のステップを追い切れず跳躍を許してしまう。そして、崖の上へ消えて行った。

 

 「チッ、逃げやがったか。なかなか楽しめそうだったのによぉ」

 

 ゲッテムハルトは振り向く。その視線はシガ達に向けられている。まるで次の獲物を見つけたかのような眼光だ。

 

 「よぉ、そこのオマエ」

 「は、はい!」

 

 今まで、敵に向けられていた視線をこちらに向けられて、アフィンは思わず身体が強張る。

 ソレもそうだ。このゲッテムハルトという男……得体の知れない仮面(てき)に迷いなく向かって行った。初対面でもかなり危険な匂いがする。

 助けてもらってなんだが……なるべく関わり合いにはならない方が良さそうだ。

 

 「テメェじゃねぇよ! 黙って隅っこで、プルプル震えてろ!!」

 

 ゲッテムハルトは手を振って、アフィンには黙ってろと視線を向ける。

 

 「オマエだ、オマエ!」

 

 やっぱりか。シガは、なんとなく自分じゃないかなー、と感じていた。当ってほしくは無かったが。

 

 「今のヤツ、オマエを狙ってたよなぁ? あいつは何だ? 何者だぁ?」

 「……いや、オレにもさっぱり解らなくて。少なくとも、敵って事くらいですかね」

 

 敬語になってしまう。だって、滅茶苦茶こえーもん。穏便に済むなら、それで良い。それに、元々、何も知らないのだから嘘は言っていない。

 

 「……ふん。その様子だと、本当に知らねェみてぇだなぁ」

 

 意外にも勘の鋭い方だったらしく、こちらの本心を言い当ててくれた。だが、ゲッテムハルトさんは、ジッとオレの様子を見ている。

 

 「雰囲気は、そこそこだが……弱い。オマエと()るのは、まだ早そうだ」

 

 まるで品定めするような視線。いや、彼にとって戦いとは狩りの様なモノなのかもしれない。奴との攻防は、まるで楽しむ様に嬉々とした様子だった。

 より、今は楽しむために獲物を見定めている、という所だろう。え? オレ餌じゃない――

 

 「……チッ、しらけちまった。帰るぞ、シーナ! とろとろすんな!」

 「はい」

 

 ゲッテムハルトは、簡易転送装置(テレパイプ)を発動すると、シガ達に背を向けて転移ポートへ歩いて行く。すると、彼の後に続いていたシーナは、足を止めるとシガ達に振り向いた。

 

 シガとアフィンは、一度、ビクッと身を強張らせるが、ソレに反してシーナは丁寧にお辞儀をし、

 

 「……それでは、シガ様、アフィン様、失礼いたします」

 

 丁寧に、そう言い残し転移ポートへ消えて行った。

 

 

 

 

 

 「……ほんと、一体なんだってんだよ」

 

 仮面、ゲッテムハルト、シーナが去った場には静寂が流れていた。先ほどまでの緊張感がまだ残っているのか、異様に喉が渇く。

 

 「ふぅぅぅぅ」

 

 そして、シガは大きく息を吐くと、ようやく身体の力を抜いて壁に背を預けて座り込んだ。フォトンアームの反動。すぐには動けそうにない。

 

 「なんか……どっと疲れちまった」

 

 流石にアフィンも、並みならぬ圧力に当てられ続け、心身共に疲れた様子だった。くたびれたように、その場に座り込む。

 

 「オレは本気で死ぬかと思った……」

 

 痛みをこらえながら、折った指を元の向きに戻す。この程度の怪我ならメディカルセンターで、数時間ほどで完治できるだろう。

 

 「十数分すれば動けそうだ。ただ……」

 

 シガとアフィンは、外傷はなく時間が経てば動けるようになる。しかし、最初に仮面が狙っていた少女は、様々な騒ぎが起こったと言うのに未だに瞳を閉じたままだった。

 

 「大丈夫なのか? その子――」

 

 少女に向けたシガの視線を追って、アフィンも彼女の安否を心配する。二人は医者ではない。気を失っているとしか判断できないのだ。

 

 「気を失っているだけならいいけどなぁ。それより深刻だったら、手に負えない」

 

 出血も無く、外傷も見当たらない。大丈夫だとは思うが、こんな所では無くちゃんと治療を受けさせる方が良いだろう。

 

 「おっと、連絡が来てるみたいだ」

 

 と、目の離せない現状の連続だったため、端末からの情報にようやく気がついた。

 

 内容は『ダーカーの処理は完了。各員は安全を確認後、帰還』と言ったモノだ。ちなみに、シガとアフィンは、キャンプシップは別の組と同じだったので、今は待たせてしまっている形になっている。

 

 「帰還命令だ。それもそうか」

 

 今まで、惑星ナベリウスにはダーカーの出現は無かったと言われてる。ソレが破られた以上、修了をやっている場合ではなくなったのだろう。

 

 「彼女の事は連絡して、救助してもらおう。アークスなら、すぐに身内がわかるさ」

 

 アフィンの提案にシガも頷く。彼が連絡を取り、数分したら救助艦がやって来るとの事で、二人はソレに乗って還って来るように言われた。

 

 「……ふー、よかった」

 

 シガは、とにかく誰も死ななくて良かったと、本日で最も大きな息を吐いた。




 ようやく、修了編が終わりました。正直、マターボード三つの出来事を一つにまとめるのにかなり試行錯誤し、後の流れを壊さない様に出来たと思います。
 ていうか、厳しいのはこの最初の三者遭遇だと思いますので、なんだか山の一つをのりきった感じです。

次話タイトル『Matoi 君が後ろに居たから』


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9.Matoi 君が後ろに居たから

 救助艦は、普通のキャンプシップとは別の所に着港する。

 その場所は、メディカルセンターが特に近い専用の区画であり、他にも負傷者が居たのか雑踏と指示で騒がしくなっていた。

 

 搭乗していた医療班の者達は、道中もずっと眼を覚まさなかった少女を、寝台車にのせて治療室へ連れて行く。精密検査の後に特に異常がなければ、一般病室に連れて行くとの事らしい。

 

 少女の件で、シガとアフィンは医療班の人間から詳しい事情聴取を受ける。

 見つかったのはどこか、倒れていた時の状態、何か他に変わった事が無かったか。

 シガとアフィンは、視たままを詳細に伝えた。

 仮面を着けた襲撃者と、ゲッテムハルトと言うアークスが助けてくれた事。その口伝は、数時間ほど続き、ようやく解放された時には、心身共にくたくただった。

 

 

 

 

 

 「帰って来た……」

 「帰って来たな……」

 

 シガとアフィンは、アークス・ロビーのゲートカウンターの横に設置されたベンチにて、腰を下ろして意気消沈していた。

 

 「いろんな事が重なったとはいえ……無茶苦茶疲れたなぁ」

 「オレも流石に……道行く女性の素晴らしい露出を眺める気力もない」

 「いつも、そんな事をしてるのか……?」

 

 二人はだらしなく椅子に身体を預けて、楽な姿勢を取っている。

 最初の惑星降下。ダーカーの襲撃。謎の少女と謎の仮面の襲撃者。なんかヤバそうな、ゲッテムハルトさん。シーナさんは地味に胸が大きかった。

 

 「あの前髪を上げれば、絶対美少女だと思う。なぁ、相棒(アフィン)、お前はどう思う?」

 「何を言いたいのかさっぱりなんだけど……」

 

 とにかく、一日で体験するにはあまりにも濃い物事が重なり過ぎた。本来なら、何も考えずにマイルームに行き、死んだように眠りたい。しかし、左腕(フォトンアーム)を酷使したので、その件をオーラルさんに報告するのが最優先だ。

 

 「とにもかくにも、お疲れ」

 

 アフィンが拳を向けてくる。シガは拳で、こつんと軽く合わせた。

 

 「そう言えば、左腕(フォトン・アーム)の件は、アレで良かったのか?」

 

 状況説明時に、シガの持つ普通とは違う兵装の左腕(フォトン・アーム)の事は、なるべく伏せていた。アフィンは無言で話を合わせてくれたのである。

 

 「おう。悪いな、嘘に付き合わせる形になっちまって。担当者から、なるべく口外はするなって言われてるもんで」

 「なら、なんでおれには話してくれたんだ?」

 「そりぁ、友達だからだろ」

 

 考える必要もない。アフィンは良い奴だ。だから、重要な機密の可能性である左腕の事は包み隠さず話すべきだと思っている。とは言っても、戦闘形態を見られた以上は誤魔化し様がないと思ったのも事実だが。

 

 「あの子はメディカルセンターに預けたんだろ?」

 「知り合いの看護スタッフに、診てもらっているよ」

 

 少女が運ばれるときに、担当医は誰になるのかと聞くと、身元不明の患者は基本的にフィリアが担当するらしい。

 

 「なら安心だな」

 

 そう言うと、アフィンは立ち上がった。このままダラダラ時間を過ごすのは良くないと思ったようだ。

 

 「とりあえず、おれはこのままショップエリアをぶらついて帰るよ。またな」

 「おう。なんかあったら連絡してくれぃ」

 

 手を上げて去っていくアフィンへ、軽く手を振って視界から消えるまで見送ると左腕を見る。

 

 オーラルさんからは、最初は惑星に降りた時のフォトン濃度と、ソレを装備している者の幅を検出する為に、どうしても極端な性能になってしまうと言われていた。だが、より多くの情報(データ)が集まれば、シガに最も適した義手になり、最も信頼できる武器なるとも説明されている。

 

 高望みはしない。左腕(フォトンアーム)が無くては、アークスとして活動さえ出来ないのだから、少しずつ前に進んで行こう。

 

 「……つまり、お前も産まれたばっかりか。一緒に強くなっていこうぜ」

 

 新しい左腕に、そう呟いていると、所持している端末に通信が入る。相手は、フィリアさんからだった。

 

 『シガさん、ですか?』

 「どうも、フィリアさん。どうしました? 骨折した指はもう治してもらいましたけど……」

 

 不本意で傷つけた怪我は、既に感知している。その事だと思っていた。

 

 『いえ、その件ではありません。貴方がナベリウスにて保護した女性が、つい先ほど目を覚ましました』

 「! 本当ッスか!?」

 

 シガは、疲労も忘れて思わず立ち上がった。無事だった……オレのしたことは無駄じゃなかった。

 

 『ですが、あの……』

 「……何かあったんですか?」

 

 朗報も束の間、珍しく歯切れの悪いフィリアの口調に、何か別の問題が発生したのではと、勘づく。

 

 『ここでは説明し辛いので、お疲れでしょうが。一度、メディカルセンターの前に来てもらえないでしょうか?』

 

 

 

 

 

 とは言っても、目と鼻の先だ。シガはそのまま、正面のロビーを横断すると、ちょっとした階段を上がってメディカルセンターに顔を出す。

 

 「お疲れ様です。初任務、ご苦労様でした」

 「あー、労ってくれるのは嬉しいですけど……色々あり過ぎて、己の弱さを実感中です」

 「ふふ。天狗になるのが一番危険だと、言われているので謙遜するのが丁度いいと思いますよ」

 「そうっスかねぇ」

 

 フィリアに連れられて、メディカルセンターの病棟に足を踏み入れた。

 清楚な床や天井。足が不自由な患者の為に、壁には手すりがあるなど一般的な施設である。3週間前は、ここが家だったので何だか懐かしく感じた。

 

 「故郷に帰ると、こんな気持ちか」

 「病院が故郷って方は、ある意味重傷ですけどね」

 「記憶喪失なんだから、仕方ないでしょ!」

 

 入院していた事もあり、フィリアとは頻繁に話しをしていた。その関係から、彼女の事は母か姉の様に慕っている。今現在では、オーラルに並んで最も信頼できる身内の一人だ。

 

 「それで、保護された子って何者だったんですか?」

 

 シガは、呼び出された件はその事だと思っている。ナベリウスの現地に倒れていたのだ。高官の身内か、はたまた、仲間と逸れたアークスか。そのどちらかの可能性が高いだろう。

 

 「それが、ほとんど喋ることも無くて。それに、記憶を失っているみたいなんです」

 「え?」

 

 そんな会話をしていると、個室の病室へたどり着いた。自分の時も個室だったなー、と昔を思い出しつつ入ると、中のベッドには一人の少女が身体を起こして座っている。

 

 幼い表情と長く穢れの無い白い髪。全体的に細身の身体つきは、一度も戦った事が無い様な脆弱さを感じた。服は患者服を着ており、どこか儚げで、全てにおいて不安を感じている様子を醸し出している。

 

 「…………シガ?」

 

 少女は、入室した彼を見て、一言だけそう呟いた。

 

 「? シガさん、名前を教えたんですか?」

 

 フィリアは、少女がシガの名前を口に出した事で思わずそう尋ねる。だが、シガは少女の姿を見た時から固まっていた。

 

 高速で思考が流れる。

 映像が壊れたフィルムの様に飛び飛びに脳内を駆け巡り、ノイズの入った映像や音が、雑音となって次々に走馬灯(フラッシュバック)となって、今まで一番の情報が流れ続ける。

 

 “任務だ。その標的を殺して、所持している武器を回収しろ”

 “いつから、オレは……こうなっちまったんだろうな……”

 

 「……ガさん? シガさん?」

 「あ、ああ。すみません。何でしたっけ?」

 

 フィリアの声で我に返る。今まで一番長い走馬灯(フラッシュバック)だったにも関わらず、不思議と頭痛は無い。

 

 「救出時、彼女に名前を教えたんですか? 確か、貴方とパートナーの証言では、発見時に、彼女は意識を失っていて、それは今まで目が覚める事は無かったんですよね?」

 「そうですよ」

 

 名前を教えるどころか、会話した事さえない。こうして、目を合わせるのも今が始めてだ。

 

 「あたまの中に……聞こえてきたの。わたしは、マトイ」

 

 少女が自ら名乗った名前。フィリアは手がかりとして、その場で検索を始めた。

 

 「君は……マトイ?」

 「うん……そう」

 

 なぜか、無意識に彼女へ問いた。そして、彼女は否定せずに笑みを浮かべて答えてくれる。その表情に、

 

 「そう……か……」

 「データベースとの一致件数……無し。少なくとも、アークス内に登録情報はありませんね。生体パターンはアークスと相違ないので、原生民とも考えられない……シガさんはどう思います――! どうしたんですか!?」

 「え?」

 

 シガは、眼から涙が流れている事に、ようやく気がついた。なぜなのか解らない。ただ、彼女が生きていてくれて、心から嬉しいと言う感情が溢れて止まらなかったのだ。

 

 「あ……れ? ハハ。オレって意外にも、涙もろいのかも」

 

 涙を袖で拭う。強い感情から流れただけだったようだ。

 そんなシガを心配しつつも、今はマトイの方が優先であると、フィリアはベッドの横に立ち、彼女と同じ目線で意思疎通を行う。

 

 「ねぇ、マトイちゃん。あなた、どこから来たのかしら? どうして、あの星にいたの?」

 

 と、この場で何よりも安心できる声色だったのだが、意外にもマトイは、フィリアよりも、その後ろにいるシガに助けを求める視線を向けていた。

 

 「……う…………あの……」

 

 その様子に、フィリアも慌てて離れる。

 

 「ああっと、怖がらせちゃった? ごめんなさい、他意は無いの」

 

 その様子に、シガはベッドの横の椅子に座ると、幾分か警戒心が解けたような表情になった。

 

 「フィリアさん……やっぱりオレってモテる!」

 

 キリッと親指を立ててフィリアに振り向く。

 

 「何言ってるんですか。とは言っても、シガさんに懐いている感じですね」

 「なんていうかこう……オレから溢れる、親切心って奴を感じる人は感じてくれるんだよ。うんうん」

 「なに、馬鹿言ってるんですか」

 「あれ? だんだん、オレの扱いが雑に……」

 

 そんなわけないでしょう? と迷いなく否定されて少しだけ落ち込む。

 

 「それよりも、彼女に心当たりとかは、ありますか?」

 「いや、アークスになっても、人とは数える程度しか会って無いですし……」

 

 せいぜい、オーラルさんやアフィンが常識的な交流だ。他は、3週間の研修で世話になった教導官の人たち。後は、強烈な印象を感じたのは、ヒューイとゲッテムハルトさんくらい。

 悲しいかな、女性との関わりは今の所、フィリアさんとシーナちゃんだけ(シーナちゃんに至っては、知り合いですらないが、向こうが知ってたら、それは知り合いだよね!)。

 

 「それに……オレだったら、絶対に身内を見殺しにするような事はしませんよ」

 

 それは女でも男でも関係ない。仲間が危機に瀕していたら、迷いなく飛び出すだろう。今日の様に……

 となれば、彼女(マトイ)との接点は――

 

 「たぶん、失う前以前の記憶だと思います。どこかで、会ってたのかもしれない」

 

 それは身内の娘か、また妹か、それとも本人か。しかし、肝心の記憶をお互いに失っているのだ。今は確かめようがない。

 

 「…………」

 「…………」

 

 無言でも、なんとなくだが、彼女とは切れない繋がりがある様に感じた。お互いを詳しく知らなくても、今はソレで十分かもしれない。

 

 「シガさん。アナタにはアークスとしての活動もこれからありますし、これから多忙になるでしょう」

 

 惑星ナベリウスにダーカーが現れた事は、全てのアークスシップに知れ渡っている。その為、多くのアークスにナベリウスに関する様々な任務が言い渡されるだろう。

 

 「よろしければ、この子の世話は私に任せていただけませんか?」

 「………………」

 「なぜ、無言なのですか?」

 「え? やだなぁ、フィリアさん。オレが何かやらしいこと考えてたと思いますか? こう見えても、紳士なんですよ? アハハ」

 

 この三週間の付き合いで、フィリアはシガの性格は重々承知している。何かと女性の姿を追っている、健全な男子であった。しかし、少しも隠そうとしない所は、ちゃんと正してあげないといけないとも思っている。

 

 「何かあったら、いつでもシガさんに連絡しますから」

 

 どうやら、マトイはフィリアの元で世話になることに決まったようだ。これからの事を考えると確かにそれが良いかもしれない。

 彼女の健康美な身体を毎日拝めないのは、残念に他ならないが。

 

 「今、何考えてました?」

 

 おっと、あぶね。番人(フィリアさん)の前で、そう言う事を考えるのは、やめておこう。寝て居る内に去勢手術をされかねない。

 

 「それじゃ、オレは帰りますよ。寄る所もあるので」

 「オーラルさんのところ?」

 「はい。義手を見てもらおうと思って。ちょっと無茶しちゃったんで」

 

 二度の解放。特に二度目は、制限を外して過剰出力(オーバーパワー)で行使したのだ。それに、今後の活動も考えて、1か0かの性能は少しだけどうにかできないか、相談もしたい。

 

 「あ……シガ……」

 

 去ろうと、椅子から立ち上がると不安そうな表情で、マトイが視線を合わせてくる。

 

 「怖い感じが、するの……気を付けてね」

 「おう。ありがとな」

 

 安心させる様に、優しく微笑みを返すと、軽く手を振って病室を後にした。




マトイさんの登場です。救助されたばかりなので、患者服で、病室での邂逅としました。次の登場ではロビーに出します。

次話タイトル『Next steps 次の歩み』


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10.Next steps 次の歩み

今回で、EP1-1は終了です。


 「二度も発動しただと? しかも、二度目は制限解除(オーバーフロー)したのか?」

 「あはは。すみません……」

 

 額に汗を浮かべながら、シガは、オーラルのマイルームにて義手の調整を受けていた。使用した状況を簡潔に話したのだが、二言目で怪訝そうな声を出されてしまった。

 

 「確かに、ナベリウスにダーカーの出現はあったし、フォトンアームの出力は極端だった。だが、フォトンアームを上限以上に引き上げなければ倒せない敵と遭遇したのか?」

 「はい。なんというか……変な仮面を着けたアークスみたいでしたよ」

 「? アークスみたいだった?」

 

 シガは、後に知るであろう情報をオーラルに話す。フォトンアームのデータを見れば、どれほどヤバイ奴と遭遇したのかを理解してもらえるハズだ。

 

 「なるほどな。とりあえずは、ソレで納得しておこう」

 

 シュー、と空気が抜ける様な音がして左腕が外れる。そして、近くの作業台に置くと、ソケットに繋ぎデータの抽出を開始した。そして、変わりの義手をシガに投げる。

 

 「フォトンアームと違って戦闘用じゃない、普通の義手だ。次が出来るまでの変わりに着けておけ」

 「あれ? 新しい『フォトンアーム』は?」

 「そんなに簡単に造れるモノじゃない。お前の取ってきたデータを元に次型をこれから組み立てる」

 

 『フォトンアーム』は、基本的にオーラルが個人的に調整を行っている兵装である。無論、一部は研究部にも有益なデータを流しているらしいが、本格的に実用が可能であると容認されなければ、仕事場の設備を使う事も資金も出ないらしい。

 

 「なんか、世知辛いですね」

 

 受け取った義手を嵌めると、指が動くか確認する。

 

 「ある意味、まだ趣味のレベルだ。とは言え、中途半端な事はせん。それで、要望はあるか?」

 「触覚って付けられます?」

 「可能だが、どうしてだ?」

 「いや、麗しき美少女の方々を触った時に感覚が無いと残念じゃないですか?」

 

 そのシガの要望に、オーラルは腕を組んで睨む様に無言で彼を見下ろす。当人は、要望が叶うと思ってワクワクしていた。

 

 「……ハァ。解った。付け加えておく」

 「マジで!? ひゃっほー!」

 「ただし、手術を受けてもらう」

 「え?」

 

 喜んでいたシガは、不意に物騒なオーラルの発言に、表情が固まる。

 

 「神経を肩部のソケットに通さなくてはならない。加えて、義手を損傷した時は左腕が抉られる痛みを毎回の様に味わう事になる。取り外したり、取り付ける際も同様だ。毎回腕を切断される痛みが――」

 「……やっぱり、いいです……」

 「そうか。とてつもなく、残念だ」

 

 オーラルは悪戯に成功したような雰囲気で告げた。表情があれば、黒い笑みを浮かべている感じだろう。

 

 「他にはもう無いか?」

 「特には……あ、出来るなら出力を小分けに出来ませんか? 一回使う度に倒れてたらシャレにならなくて」

 

 今回はアフィンが居たので、ある程度は無茶が出来たが、一人で戦う場合は少し不安だ。

 

 「その仕様は既に考えてある。次で実装するから安心しろ」

 

 シガは不備に思った事は無いかを思い返して、特に無いと告げる。ソレを聞いたオーラルは即座に必要事項として、資料の山積みになっているデスクに座りキータッチで入力していく。

 

 「あれ? キー打つんですか?」

 「別に直接入力しても良いが、反応速度を上げる為に(オレ)は基本的に手打ちだ」

 

 外見が全身無機質なので、てっきり身体のどこかにプラグを繋いで、一瞬で文字を打ち出すのかと思ったが、彼はそう言うのは遠慮しているようだ。

 

 「ふーん……っと」

 

 帰ろうかと思った矢先、シガは資料の山の一つにぶつかり、上半分がバサバサと落ちてしまった。

 

 「あ! すみません!」

 「何をやっているんだ」

 

 仕事関係の資料だった。確か、オーラルさんは『オラクル』でも特に重要な役職である『虚空機関(ヴォイド)』に所属している研究員なのだ。中でも、研究部の室長を務めているとの事で、この辺りに在る資料も、他言できないようなモノばかりだろう。

 

 意味の解らない単語が多く並べられた資料を拾い集めて、まとめると最後に拾った用紙を見て目が止まった。

 

  『新クラス【ブレイバー】の設立について』

 

 と書かれた資料。その横には、六芒均衡、一の印が押されている。簡易的な内容を把握するのなら、試験的に実装し、その成果によってフォトンアーツを用意し実装する、との事。

 

 「オーラルさん、これって……」

 「ん? ああ、それか」

 

 オーラルは、特に視線を外すことなくシガの言いたい事に応えて行く。

 

 「発案者は、アザナミというアークスだ。ナベリウスに出現したダーカーのおかげで、今は保留中の案件でな。元々、実績も少ないと言う事と、新しい武器の開発概念から特に重要視されていない。今は、そのクラスの専用武器となる“カタナタイプ”と“バレットボウタイプ”を少数量産して、当人に必要性を証明してもらってる段階だ」

 「へぇ……」

 

 近接では、カタナと呼ばれる独特の形状をしたソードタイプの武器と、遠距離の手段としてバレットボウと呼ばれる飛び道具を使い、女性でも立ち回りを考えられているクラスであった。

 

 「興味があるなら、話を通してても良いぞ?」

 「え、そんな簡単に出来るんですか?」

 「まぁ、認定するにしては実戦のデータ不足が一番の課題だ。本人(アザナミ)としては、未だ実用性の説明で各地を回っている所だろう。元々、一人で新たなクラスを設立するには限界がある」

 

 更に、ナベリウスに、今まで出なかったダーカーが現れた事も本件の後回しの原因となっており、更なる遅延となっている。

 

 「雑務と、現場を分担できればそれに越したことはない。『アークス』としても、有益なクラスが出来るのは賛成だ。だが、それなりの“証明”が無ければ、他のクラスの責任者が納得せん」

 「それなら、ぜひ連絡を――あ、オレって片腕ないんですけど、歓迎されますかね? 弓なんて弾けませんよ?」

 「別に問題ない。まだ、試作的なクラスだ。近接武器(カタナ)の情報だけで十分だろう」

 

 もっと、ガチガチの規制や、規則があるのかと思ったら以外にも必要性を示せば良いらしい。

 

 「なんか……結構適当なんですね」

 「新しい物事なんて、そんなものだ。皆、期待しているんだよ。“新しい力”にはな」

 

 オーラルは、用が済んだらもう帰れ。フォトンアームが組み上がったら、こちらから連絡する、と告げる。

 シガ自身も何もできる事は無いと察しているので、一度礼をしてオーラルの言葉に従い、アザナミの連絡先を聞いて、彼の部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 「手に戻って来るとは、思いもしなかった……」

 

 シガが帰り、新たなフォトンアームを組み上げる最中、一つのデータに目を止めて、極秘に管理される事になった一つのカタナを見ていた。

 その武器は、フォトンの一片も漏らさない程に厳重に封印され、『虚空機関(ヴォイド)』の研究部の極秘倉庫に収められている。その倉庫は、未だに所持者が現れない『創世器』を保管する為だけの場所だった。

 

 「…………(オレ)の選択は……正しかったと思うか? シオン……」

 

 最も答えてほしい存在に伝わらないと知りつつも、オーラルは後悔する様に弱気な言葉を吐いた。




次はちょっとした用語紹介とオリキャラ、オリジナル装備の紹介。


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オリキャラ、用語紹介I

 この話は、ファンタシースターオンライン2の基本的な用語を記載します。とは言っても全てではなく、小出しな感じです。とりあえず、物語のまわりの環境を載せたいと思います。


【オラクル船団】

 マザーシップを旗艦として、多数のアークスシップで構成された惑星間航行船団。

 現在は惑星ナベリウスを筆頭に、有益となる数多の惑星の調査と、ダーカー殲滅の為に、停滞している。船団単位で、別の銀河へと転移する技術も持つ。

 

【マザーシップ】

 オラクルの象徴とも言われ、中枢となる球状の旗艦。全長約500kmと、惑星ほどの大きさを誇り、アークスシップはマザーシップを護る、護衛艦としての役割も担っている。オラクルの技術、歴史、開発機関の全てが、マザーシップに纏められており、アークスでも特定のエリア以外は立ち入りが禁止されている。一応居住区は存在するが、基本的に寝泊りするだけの部屋のような形である。

 アークスに有益となる技術躍進の心臓部とも言われ、新たな武器や防具(ユニット)の開発、所持者の決まらない創世器の管理、その他多くの実験など、オラクルでも極秘事項を管理している。

 

【アークスシップ】

 全長約70km。人口約100万人。

 マザーシップを護る様に周辺に存在する護衛艦。一艦につき、100万人程度が暮らしている。一般的なアークスの拠点としての役割を担っており、一般だけでは無く、その手の設備も充実している。居住区(市街地)や、その他の産業区なども存在し、各シップ毎に多少の物価変動はあるものの、自給自足の形が出来上がっている。キャンプシップを多数格納しており、修理と補給も行っている。

 

【キャンプシップ】

 アークスが任務地へ向かう為に貸し出される小型艇。定員は10人程度で、基本的には行き来するだけなので軽い休息室はあるが、本格的な寝泊まりなどの設備は存在しない。

 簡易メディカルセンターやショップ機能は存在する。それぞれ、別の銀河系にある惑星に赴く為、ワープ機能も搭載している。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

オリジナル登場人物

 

【シガ】SHIGA

 

 性別…男

 年齢…21

 一人称…オレ

 種族…ヒューマン

 服装…クローズクォーター

 

 主人公。黒髪、レッドアイのヒューマンの青年。

 飄々とした性格で、女性ばかり追う不真面目さが目立つ。良くも悪くも陽気で、人当たりの多い。

 ナベリウスの奥地の大木の前で、左腕を失い、いくつもの深い傷を負って気を失っている所を救助された。

 救助当初は「お前を……一人に……」と呟いていたが、回復後は記憶喪失を起こしてしまった為、どのような意図があったのか不明。

 見た事の無いカタナ系の武器を所持しており、アークスとしての武器と見なされ、所属が洗われたがデータベスには存在せず、一切不明であった。

 記憶喪失をさほど重要には考えておらず、その内戻る、と客観的に見ている。

 本人の要望と、前より開発されていた義手(フォトンアーム)の数少ない被験者(モニター)としてのデータを集める事を条件に、特例でアークスとして活動を許可される。

 救助した際に回収された彼の武器は、保管されており、本人は持っていたことも覚えていない。オーラルも彼には伝えず保管している。

 

【装備】

・フォトンアーム

 オーラルが構想と、後の戦いに必要になると予想して個人的に開発した特殊戦術義肢兵装。

 元々、四肢を失ったアークスの為に開発していたが、データを集める段階で適合する被験者がおらず、行き詰り、10年前には造られていたが、一つの試作品だけで開発が止まっていた。

 本来、アークスが単独で行う、フォトンの変換と放出を独自に行っており、装備者のフォトンを感じて戦闘状態に移行する。

 周囲のフォトン濃度が高いほど、より高い強度と攻撃力を得る一方、逆に濃度が薄ければ軟で出力も低下するなど、状況の性能に不安がある。

 吸収したフォトンを、他の武器同様に性質を変える事が可能であり、高い攻撃性を得る。

 ■爪(フォトン・エッジ)

 ・指部にフォトンを集め、切れ味とリーチを変幻させる爪を創り出す。出力によって攻撃力が変わるが、現状、最もイメージしやすい攻撃形状である。

 

 

 

【オーラル】ORAL

 性別…男

 年齢…40以上。

 一人称…(オレ)

 種族…キャスト

 パーツ

 ・ヘッド…グアルディ・ヘッド

 ・ボディ…エヴァレット・ボディ

 ・アーム…エヴァレット・アーム

 ・レッグ…キオウガイ・レッグ

 

 虚空機関(ヴォイド)の研究部、室長であるアンドロイド。

 第一世代アークスであり、オラクルの技術躍進の第一人者でもある。40年前の巨躯戦争(エルダー戦争)にも参加していた。

 その頃から、レギアスや現在の六芒均衡とは顔なじみであり、それぞれの事象を知りつつも、色々な角度から信頼されており、問題が起これば仲裁に入ることも少なくない。

 特に優れた人格者でもあり、落ち着いた言動や、状況分析、フォトン適性はレギアスにも匹敵すると言われているが、本人は表に立つ英雄を立てる為の舞台道具的な役回りを自ら進んで受け入れている。

 その立ち振る舞いから、多くの方面から高い信頼と尊敬を抱かれておりオラクル内部では、創世器の管理と適合者の選別も一任されているなど、肩書きは研究部室長だが、それ以上の権限を持ち合わせている。

 

 現在は一線を退いているが、それでも確かな実力の持ち主であり、ヒューイに稀に教示しているなど、実力は衰えていない。

 シガに、試作段階で開発が止まっていた、フォトン変換装置の内蔵した義手――『フォトンアーム』を渡し、収集したデータによる整備と改良も兼ねる。




 一応、資料を見ての解釈となっていますので、間違いなどがあれば遠慮なく指摘をお願いいたします。
 オリキャラとオリ装備設定は、世界観を壊さないような役職などを割り当てています。メインストーリーが破綻し無い様に、組み上げていくつもりです。

次章『Episode1-2 Tomorrow 明日を待つ』
次話タイトル『The weak 弱者の心』


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Episode1-2 Tomorrow 明日を待つ
11.The weak 弱者の心


 「いや、助かるよ。実は、あたしは色々と容認の為に、各シップに回らないといけなくてさ。手伝ってくれるなら、これほど嬉しい事は無い。ん? 片腕? 全然問題ないよ。オーラルさんの紹介でしょ? ソレだけで、全面的に信頼できるからさ」

 

 アザナミと接触したシガは、よろしくね♪ と言われて市販されていない武器――カタナタイプを受け取った。普段は後ろ腰に装備し、柄の向きは右手で扱えるように左側に位置している。

 

 「なんか、妙に懐かしいな」

 

 ふと、カタナを装備してから、今までにない安心感を覚えた。まるで今まで使っていた武器を取り戻したような、そんな感じだ。

 まぁ、ブレイバークラスは、まだ実装されておらず気のせいであるのだろうが、少なくとも肌に合った武器であると言う事は確かだ。

 

 そして、普段使わない武器であるため、自室(マイルーム)徹底的に振った。

 

 アザナミより、ある程度のモーションパターンのデータを渡されていたが、汎用性のある武器でも無く、今までとは全く違う立ち回りを意識する必要がある。特殊な動作も、まだ確立されていない以上、最も振りやすい(スタイル)を見つけなければならない。

 

 そして、アザナミからカタナを渡されて、一週間が経過する。

 

 ばれない様に、マイルームでただひたすら素振りを行い、ソレを模索し続けた。託された以上、妥協をしたくないという精神からの泥臭い努力を延々と行っていたのだ。

 

 「フォンアーツは、アークスシップ内じゃ使えないじゃん」

 

 ようやく基本的な(スタイル)が見えてきた時、上着から落ちたフォトンアーツのディスクはアザナミから検証する為に渡された物であった。

 

 

 

 

 

 「武器の性能と、『フォトンアーツ』の試験データ、か」

 

 フィールドに出て、試すしかないと言う結論に辿り着いたシガは、取りあえず、オーラルに左腕がまだできないのかを確かめる為に、連絡を取ろうと一週間ぶりにマイルームから外に出ていた。

 

 「左腕(フォトンアーム)が無いと、アークスとして活動できないからなぁ」

 

 今の左腕は、なんのフォトン特性の無い通常の義手である。これではアークスの武器を使う事が出来ない。簡易的な形の形成はシュミレーションである程度は把握しているが、フォトンアーツを使うのは別の話だ。

 

 「そう言えば、クラスカウンターとかの扱いはどうなるんだろう? その辺りを聞いておけば良かったなぁ」

 

 咄嗟の質問では思いつかなかったので、アザナミさんから説明を受けた時は、特に聞かなかった。

 より一つのクラスを熟練すれば自ずと高等なフォトンの扱いを体得する。それが認められれば、己のステータスを底上げする事も出来るのだ。スキルと呼ばれるソレの体得は熟練者の証でもあり、ベテランのアークスは殆どがソレを得ている。

 

 「カウンターで解るかな? すみませーん」

 

 シガはメディカルセンターの向かいにあるカウンターへ足を運ぶ。すると、彼女が居た。

 

 

 

 

 

 フィリアは、マトイを病室から連れ出して、目の届くメディカルセンター前に連れてきていた。

 

 「マトイさん。今日は、ロビーで周りの空気に触れて見ましょう」

 

 患者用の服では無く、彼女が救出された時の白い服装――ミコトクラスタを着ている。解いていた白い髪も、両サイドで細いツインテールで結んでおり、健康的な姿だった。

 

 「周りの空気?」

 

 頭を傾けて、疑問詞を浮かべながらマトイは問う。

 フィリアとして、いつまでも患者扱いさせない事と、救出された服装なら知り合いが通り過ぎた時に気がついてもらえると言った事からだった。

 

 「色々な人がいる場を感じれば、何か思い出すかも知れないですし、ずっと変化の無い病室よりは、変化の多い場所が良いと思います。それに、マトイさんの知り合いも通るかもしれません」

 

 オーラルに相談したところ、病室では記憶の回復は難しいと言う事で、色々なモノを見たり経験させることが、早期回復につながりやすいと助言を受けたのだ。

 

 「丸一日と言うのは大変だと思います。少し、ロビーを歩き回っても構いません」

 「はい」

 「何かあれば、すぐに連絡してください。第一歩が大切ですよ!」

 

 フィリアは、頑張って! と手に力を入れると、メディカルカウンターの奥に消えた。その場に残されたマトイは、とりあえず近場の椅子に座る。

 

 「…………」

 

 目に映る光景――アークスロビーはまるで始めて見る様に新鮮だった。任務の話をしながら歩くアークスや、教導官へ相談しているアークス、とにかく自分と違ってじっとしている人がほとんどいなかった。

 めまぐるましく、入れ替わっていく人々の景色と光景を見ていて、なんだか幸せな気持ちが生まれていく。

 

 「……なんでだろう?」

 

 解らない気持ち。けど、とても心地よい感情だとは解る。“解る”のだけど……なぜ、そう感じるのかが“解らない”のだ。

 

 「お? なんだ、マトイちゃん。今日が退院(ロビーデビュー)?」

 

 自分の気持ちに浸っていたので、目の前に立つシガに気がつかなかった。

 

 

 

 

 

 「そんで、フィリアさんに取り残された? それとも、ここで待つように言われた?」

 

 先日、眼を覚ましたマトイが、今日にロビーに居る事はシガとしては驚きだった。

 目立った外傷は無かったとはいえ、意識が無かった人間を一週間後には外に連れ出すとは……中々アグレッシブな決断だ。

 

 「あ……シガ。えっと……あのう……」

 

 と、マトイは何か言いたげに口を動かすが、どうやら上手く纏まっていない様だ。

 

 「はいはい。ゆっくり落ち着いて、言いたい事を整理してから言ってみ? お兄さんは、どこにも逃げませんよ~」

 

 シガはマトイの隣に座る。肘かけがあるので、少しだけ距離を置いて座る形になっていた。ここは記憶喪失の先輩として、ちゃんとフォローしてあげなくては。

 

 「う、ええっと……その……がんばって、ね」

 

 意外にも、出てきた言葉は、幾つかのステップを飛ばしている。シガは自然と笑みが浮かぶ。家族がいて、妹か娘がいれば、こんな気持ちになるのかもしれない。

 

 「……あ、違うの。先に、ありがとう、だった」

 

 ようやく、言いたい事がまとまったのか、一呼吸おいてから彼女は言葉を繋ぐ。

 

 「ありがとう、シガ。わたしを助けてくれて……」

 

 彼女がどんな人間なのかは解らない。だが、真心からお礼を言える、素直な心を持っている事は今の言葉で確信できた。

 

 「最初に……それを言わないといけなかったのに……ごめんなさい、遅くなって」

 「別にいいよ。寧ろ、救われたのはこっちの方かもしれない」

 「?」

 

 オレが“アークス”に戻りたかったのは、記憶を持っていた自分が、“救えなかった可能性”を、何とかしたいと思ったからだ。

 アフィンには、誰かを助ける為と、その場で告げたが……今思えば、自分にしか出来ない事があったから、彼女の前に立っただけの事であると自覚していた。

 

 「君のおかげで、オレの目指す(アークス)が決まったんだ」

 

 だから、あの時立ち上がれた。脅威に立ち向かい、背後には護らないといけない者達が居たから――

 

 「て、言っても、まだ一回しか惑星調査には行ってないけどね」

 

 『フォトンアーム』の調整が終わらなくては、まともに武器も扱えない。オーラルから連絡が無かったので、ここ一週間は、ずっと部屋で素振りをするしかなかったのだ。アークスとして欠陥品も良いところである。

 

 「ありがとう、シガ」

 「ん? それは、どの時のお礼?」

 「今、わたしと話してくれてる。そのお礼」

 

 まいったな……泣きたくなる……。こうも、安心できるのは眼を覚ましてから初めてだった。

 

 一週間前の……初の実戦。

 怖くなかったわけでは無い。戦いの中、身体はいつもの様に動いたのだから、記憶を失う前は、それなりの腕前であったらしい。

 しかし、それだけでは済まないのが“実戦”というものである。

 記憶が無い以上、その辺りの精神的経験が無い。昨日の夜から今、この瞬間も『フォトンアーム』を持っていないだけでずっと不安だったのだ。

 

 だから、少しでも、ほんの少しでも何もできない恐怖を払拭したくて、カタナを振り続けていた。努力でどうにかなる問題でもないと言うのに……

 

 「……シガ……大丈夫?」

 「何が?」

 

 弱気な所を悟られてしまったと思い、少しだけ強い口調で返してしまった。

 

 「余計な心配なら、ごめん……少しだけ、無理をしてるんじゃないかなって思って……」

 「……」

 

 本当に、一体何者なのだろう? そんなつもりは無かったのだが、彼女に何故か悟られてしまっている。

 

 「わたし、まだ記憶も無くて……待つだけしかできないから……心配だけはさせてほしい」

 「……心配……か」

 

 心に響いていた。彼女の言葉じゃなく、彼女の意志そのものが魂を揺さぶる。自分は、帰ってきて、誰かが待っているような状況じゃない。

 

 記憶を無くすと言う事は、今まで大事にしてきた者を、繋がりを、全て失くしてしまうと言う事だ。だから、不安になるし、“戦える力”なければ怯えるしかない。

 

 でも、彼女は違う。オレとは全然違う。

 全て失っていても、他人を気遣う“強さ”を持っている。強くならないといけないのは、こっちだと言うのに、全くもって情けない。

 

 「マトイちゃん。今日、君に会えて本当に良かったよ」

 「わたしも、シガに会えて良かった」

 

 

 

 

 

 そんな二人の様子を、物陰から見ているキャストが居た。まるで息子と娘を見る様な雰囲気で、彼らに気づかれない様に距離を置いている。

 

 「盗み聞きですか? オーラルさん」

 

 フィリアは、話しかけづらい雰囲気の二人の会話が終わるのを待っていた。その時、視界の端に同じように二人を傍観しているオーラルを見つけたのである。

 

 「音も立てずに寄って来るな」

 「そんなつもりは無かったのですけどね」

 

 フィリアとしてはごく普通に近づいたつもりだった。オーラルの方が彼女の接近を取り逃したのだろう。

 

 「微笑ましいですね」

 「…………そうだな」

 

 何か考えた様なオーラルだったが、表情が無い故に、口調からでは心情は読み取れなかった。

 

 「シガに連絡を入れる。マトイは定期検査の時間だろう?」

 「あら、あんなに仲の良い二人を引き離すんですか?」

 

 フィリアは悪戯に笑みを浮かべながら、去ろうとしてるオーラルの背に問う。

 

 「……アイツらの都合だ。こっち(シガ)(オレ)の都合。あっち(マトイ)はお前の都合、だ」

 

 素気なくソレだけを告げると、相変わらずの不器用さを見せつけて去って行った。

 

 

 

 

 

 「フィリアさん」

 「どうしました? シガさん」

 「マトイちゃんの服って、フィリアさんが用意したんですか?」

 「アレは救助時にマトイさんが着ていた物ですよ? ていうか、シガさんは見てたんじゃなかったんですか?」

 「現場では必死だったので。ですが、今見ると……色々とヤバイですね」

 「参考までに聞きましょうか。何がです?」

 「胸とか、太ももとか、腰つきとか、ツインテールとか、胸とか」

 「胸を二回言いましたね?」

 「そりぁ、患者服じゃ解らなかったですから。胸は。着やせしてたのか」

 「…………シガさん、一応言っておきます」

 「なんでしょう?」

 「もしも、マトイさんに変なことをしたら……切ります」

 「え? 切る?」

 「はい」

 「何を?」

 「言わないとわかりませんか?」

 「…………」

 「…………」

 「…………その笑顔は悪夢に出そう」

 「では、忠告を忘れなきよう」

 「は、はい!」




 戦う以上、完璧な人間は存在しないと思っています。その点ではシガは、肉体的にも精神的にも大きなハンデを背負っていると言ってもいいでしょう。

次話タイトル『First order 最初の依頼』


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12.First order 最初の依頼

 シガは、オーラルからの連絡を受けて、マトイと別れると一週間ぶりに新しい『フォトンアーム』を受け取った。

 性能を多少可変したため、データを分ける意味でも新たに名前がつけられる事となる。

 

 最初にシガが使っていた『フォトンアーム』は初期型。

 今回、より性能を効率化(マイルド)にした次型は『フォトンアーム=アイン』と呼称される事になった。

 

 一日で使える総時間は変わらないが、出力を小出しにする事が可能になり、反動も多少は軽減したとの事。だが、過信は禁物。フォトンアームは強力だが、使えなくなれば必然とアークスとしてのフォトン特性が無いモノとなるので、使うのはなるべく控える様言い渡された。

 

 「同じ鉄は二度も踏まないっスよ」

 

 シガはオーラルにそう告げて、次の任務では、新しい武器――カタナを使う予定だった。アザナミさんに情報(データ)収集も頼まれているし、フォトンアーツなんかも感覚を掴んでおきたい。

 同時に、ある学者の依頼を受けてくれるアークスを捜しているとの事だったので、そちらも斡旋してもらった。

 そして、その道中……ショップエリアを横断しようと通った時に再び彼女に出会う。

 

 「……シオンさーん」

 

 また、時間が止まっていた。

 

 

 

 

 

 「シガ……貴方にまずは、感謝を。偶発事象の優位改変が確認され、新たな状況へと進行した」

 「……やれやれ。なーんか、また、一方通行な会話な気がしますけど?」

 「状況よりも、事象の説明を求めるといった表情をしている様だが、その認識で正しいか?」

 

 ようやく、まともにこちらの質問にも答えてくれるのか、とシガはため息を吐く。正直、意味の分からないことだらけなのだ。色々と解る様に説明をしてほしいところだが、それよりも、

 

 「記憶を失う前の(オレ)を……君は知ってるんだろ?」

 

 それがまず、第一だった。何よりも、今一番知りたい事柄である。二番目はマトイちゃんの事だが。

 

 「……ここに、正確な認知は必要ないと認識する。貴方は、多くを救う機会を持つと……把握しておけば事足りる」

 「ちょっとぉ……」

 「説明が十全ではない……正しくない。貴方を納得させるだけの言葉を、今のわたしは学習し得ていない……だから、わたしは謝罪する」

 

 何が言いたいのか、なんとなくだが掴むことが出来た。

 彼女はオレに何かをして欲しいのだ。彼女が成し遂げられない、もしくは成し遂げられなかった事を、オレに託している。ただ、ソレが何のかを……見ず知らずにもかかわらず説明できないから、済まない、と言っているのだろう。

 

 「…………はぁ。解った。解りましたよ。シオンさんの言う通りに、動きますよ。その代わり、意志の疎通が出来てるなら一つだけ約束してくれない?」

 

 彼女の代わりに、もめ事を処理しようと言うのだ。それ相当の対価が欲しいところである。

 

 「全て終わったら、オレの事を全部教えてほしい。どこの誰で、何をして左腕を失ったのかを」

 

 明確に自分が何者かを知っておきたかった。オーラルも、アークスも、果てにはオラクルさえも、解らないと告げた自分の身元を、目の前の彼女は唯一知っているのだ。

 次にいつ会えるか解らない以上、今回で彼女の頼みごとを“依頼”と言う形で受け、“報酬”を要求しても問題ないだろう。オレは、アークスなのだから。

 

 「貴方のその意志に、改めて感謝を」

 

 その様子から、シオンがこちらの要求を受け入れてくれたと、シガも笑みを返す。

 

 「万事において、全てを選ぶことは不可能。事象は蝶の羽が如く揺らぎ、流転する」

 

 相変わらずな回りくどい言葉だが、それだけ何が起こるのかは予想も出来ないと言う事なのだろう。

 

 「貴方は迷わないで欲しい。そのためにわたしと……わたしたちが居る」

 「“わたしたち”?」

 

 時折、複数人を表す言葉をシオンは使う。協力者……又は、他に自分の様に彼女から頼まれごとを受けている者が居るのだろうか? 少しだけ気になった。

 

 「マターボードが新たな変遷を見せ、事象の可能性へと繋がり始めた。未だ、遠き道ながらも……全ては確然と近づいている」

 「……相当大事になりそうだね」

 「貴方の行動が未来を決めると言う事。わたしが表現するのはただそれだけ。だから……わたしは願う。貴方の掴む未来が、“一縷”を掴んだものであることを――」

 

 そして彼女との二度目の邂逅は終わる。ただ、シガの持つマターボードだけが、“違う”ものになっていた事以外、変わったモノは何も無かった。

 

 

 

 

 

 「え……あ、アークスの方ですか?」

 

 ショップエリアの三階。そこが、オーラルの指定した、依頼主の居る場所だった。シガはシオンとの邂逅後、彼より斡旋された依頼を済ませるつもりでその場へ赴く。

 既に、場には一人の眼鏡をかけた男の学者が待っていた。知的な雰囲気に、いかにもと言った風体である。

 

 「もしかして、オーラルさんの話していた方でしょうか?」

 「たぶんそう。オレはシガ。よろしくな」

 

 握手を求めて手を差し出すと、相手はその手を両手で握って、

 

 「あ、ありがとうございます! 本当に助かります!」

 

 と、笑顔で意思表示をした。あんまり、こういうのは好きじゃないのだが、頼られるのも悪くない。

 

 「私は、ロジオと言います。今回の依頼内容について、何か話を?」

 「あー、その事は全然。こっちもオーラルさんには会えばわかるって言われてて」

 

 丁度良いから、と任命されただけであって、詳しい事は依頼人に聞け、と言われている。まぁ、オーラルさんの事だ。出来たばかりの新型(フォトンアーム)を壊すような、過激な依頼では無いだろう。

 

 「私からの依頼内容は単純です。惑星ナベリウスの地質調査、ただそれだけなんです」

 「ナベリウスかぁ。でも、わざわざ修了惑星に選ばれるだけあって、情報(データ)は揃ってるんじゃない?」

 

 詳しい情報があるからこそ、安全性が確保され、アークスにもならない研修生の最終課題の場所になっているのだと思っていた。まぁ、それは一週間前のダーカー出現で無意味なモノとなったのだが。

 

 「私も、学者として惑星の成り立ちなど調べているのですが……ナベリウスだけは情報が極端に少ないんです」

 「意外っすね」

 「はい。アークスの誰もが最初に行く惑星ですし、もっと情報があると思っていたのですが、不思議ですよね。そこで、アークスさんに直接調査の依頼を、と思ったのですが、既に調べ尽くされていると認識されているようで、中々受けてくれる人が……」

 

 なるほど。オーラルさんがこっちに投げたわけだ。

 既に解り切っている惑星(ほし)の事など、今更調べる事も無いのだろう。だから、修了で一度行ったナベリウスにもう一度行って、身体を慣らして来いと言う意味なのかもしれない。

 

 「正直、カンのようなものなのですが……どうしても調べて見たくて」

 

 見た所、ロジオは一般人だ。だが、学者として自分の知る常識が覆される現象を目の当たりにして、その理由をどうしても知りたいのだろう。

 

 「いいですよ。正直、ロジオさんの調べたい事は学者じゃないオレには良くわからないですけど、新しいモノを知りたいって気持ちは良くわかります」

 

 ベクトルは違えど、彼も一流の学者だ。今のところは、手を伸ばして届く目的の無い自分としては、彼のような人の手助けをしたいとも思っている。

 

 「それでは――」

 「受けますよ。それで、何をすればいいんですか?」

 

 再びロジオの、ありがとうございます、の連呼に少しだけ困りつつ、依頼内容を詳しく説明された。




次はマトイとオーラルの絡みと、二度目のナベリウス降下です。

次話タイトル『Chosen decision 彼女はどう生きるべきか』


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13.Chosen decision 彼女はどう生きるべきか

 「何も思い出さないか?」

 「……ごめんなさい」

 

 オーラルは、フィリア立会いの元、マトイの診察に出向いていた。診察と言っても、単に彼女が本当に記憶喪失かどうかを調べる名目での接触である。

 

 「……精神的なショックが原因だろう。あれから、頭痛や、走馬灯(フラッシュバック)が流れたりはないか?」

 

 シガが頻繁にそう言う目に合っているので、彼女にもその症状が出ているかを確認する必要があった。

 

 「普通の事なら覚えています。常識や、言葉も全てマトイさんは、ちゃんと理解できていますよ」

 

 フィリアの補足にオーラルは診断書(カルテ)をめくって、精神状況を確認する。脳に特に目立った異常はない。身体も危険な様子は無し。身元を証明するモノも、持ち合わせていないが……

 

 「フォトン特性(キャパシティ)が、かなり高いな」

 

 これはアークス……いや、【六芒均衡】に匹敵するほどの素質だ。検査で出たフォトン適性の数値は、通常状態でもかなり高い。戦闘になればフォトンが活性化し、現状の2倍ほどまでに膨れ上がるのだ。つまり、マトイは必然と、戦う事に特化した特性を持ち合わせている。

 

 「やれやれ、前途多難だな。お前も、シガも」

 「え?」

 

 シガも、という言葉にマトイは反応して驚いた。

 

 「アイツから聞いてないのか? 彼も記憶喪失だ。お前よりも重症でな。死ぬ、ギリギリで救助された」

 「え……いえ……」

 

 彼のそんな様子を感じる事は微塵も無かった。自分を救出したのは、彼とその仲間だったと聞いているだけで、その他は何も聞いていない。

 

 「…………」

 

 そのマトイの様子を、表情に至る……全てにおいてオーラルは虚偽を測定する。

 一言を聞き入れる度に、思考を用いて表情を作るのなら、基本的に特徴的な動作が読み取れる。記憶喪失が虚偽ならば、自身でも気づいていない動作が確認できるのだが……

 

 マトイは、シガの事を本気で心配する表情を作っていた。シガと自身の名前だけは覚えていたとの事で、彼の名前を何気なく使って揺さぶったが――

 

 「……そういうことか」

 

 オーラルは誰にも聞こえない程の小声で呟く。

 彼女は間違いなく、記憶喪失だ。裏が取れてしまったのだから、こればかりは認めるしかない。

 

 「と、なると。今後だが……」

 

 アークスの中でも頂点に立つと言われる【六芒均衡】並みのフォトンを持つ彼女。となると、無論上層部が黙っていないだろう。下手をすれば、強制的にアークスとして現場に駆り出される可能性もある。

 それだけ、此度のナベリウスにダーカーが出現したと言う事態は重い現状なのだ。戦力は一つでも多い方が良い。

 

 「……オーラルさん」

 

 フィリアは、彼の決断を待っていた。彼女(マトイ)のこれからは、全てオーラルの手にかかっている。彼が上層部に、マトイが優れた素質を持っていると報告すれば、間違いなく――

 

 「フィリア、この診断書(カルテ)は他に奴に見せたか?」

 「いえ、オーラルさんだけです」

 

 本当にオラクル全体の事を考えるのなら、ここで彼女という、戦力を無視するのは得策じゃない。

 だが……(オレ)は既に何度も“間違えて”しまっている。自らが下した決断で、多くの者達が不幸になってしまった。

 

 40年前も、造龍計画も、そして10年前も――

 

 「マトイ」

 「はい……」

 

 目の前にまた、在るのだ。持つべき責任を果たさなくてはならない――

 

 「君は、今後フィリアの指示に従い、記憶を取り戻す事を最優先に考えると良い」

 「オーラルさん!」

 

 フィリアは嬉しそうに声を上げる。彼の決断は、マトイの存在を隠蔽する事に決めた様だった。

 

 「フィリア、マトイにかかる金銭面的な事は(オレ)が全て立て代える。お前が給料を削る必要は無い」

 「わかりました」

 「あ……あの!」

 

 と、話が良い方に進んでいく中、マトイが声を上げる。

 

 「そこまで……してもらうわけには……」

 「何を言ってる? そこまでするのが当たり前だ。身内も定かじゃない、記憶喪失の人間を無責任に放り出せる訳がないだろう?」

 「でも……」

 「不満なら、一日でも早く記憶を取り戻せ。そのためには、日常生活を重ねるのが一番だ。記憶を取り戻して、全てを思い出して、ソレからでいい。借りを返すのはな」

 「……はい」

 

 強く紅い瞳を作る彼女を見て、芯から強い子であるとオーラルは安堵すると、カルテを返す様に手渡す。

 

 「フィリア、後は任せる。検査は定期的にやれ。ただし、フォトン適性の検査は適当で良い」

 「わかっています」

 「それと、シガには金銭面の援助の事は言うな。アイツはガタガタうるさいからな」

 

 そう言いながら、オーラルは立ち上がると病室を出て行く。これからマトイの診断書を偽装して、上に報告しなければならない。

 

 「ふふ。はい、承知していますよ」

 「……オーラル」

 

 マトイはもう扉の向こうに消えそうなオーラルに聞こえる様に声を張り上げる。

 

 「ありがとう」

 「……気にするな」

 

 唯一、向けられた彼女の笑顔だったが、オーラルは振り返る事はせずに、そのまま出て行った。

 

 「……今回で確実に殺すしかないな……」

 

 メディカルセンターの出口に向かいながら、オーラルは決して揺るがない意志で、そう呟いた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 シガは、ロジオの依頼として、惑星ナベリウスの森林エリアにて、複数の原生生物と交戦していた。

 正確な依頼としては、森林エリアをくまなく散策することであり、依頼主(ロジオ)より渡された情報収集(デバイス)プログラムには現地に赴けば、勝手に地質のデータが集まるとの事だ。

 

 だが、広い森林エリアをくまなく回るのに無事に行く方が珍しい。案の定、幾つかの原生生物の縄張りに入り、群による攻撃を受けていた。

 

 「二匹目っと」

 

 なるべく囲まれない様に動きつつ、各個撃破して二匹目。前に出会った猿型の原生生物(エネミー)、ウーダンと、鳥型の原生生物(エネミー)、アギニスを一匹ずつ落していた。

 

 「切れ味も悪くないし、ソードに比べてだいぶ軽い」

 

 シガは、試験武器であるカタナを右手で振りながら、軽い動きで立ち回り、既に二体を斬り伏せていた。

 ウーダンの毛皮さえ斬れなかったガンスラッシュと違い、カタナは一刀で豆腐を切るかのごとく切れ味を生み出している。攻撃力に特化している武器とアザナミさんから説明を受けていたが、これ程に差があるとは思いもしなかった。

 

 「これなら、一人でも十分行けそうだな」

 

 前は攻撃力不足から、トドメはもっぱらアフィンに任せていたので彼の負担が大きかった。今度組む時は、前よりも楽に戦闘をこなせるだろう。

 と、三匹目を斬ったところで、他の原生生物たちは逃げ出していた。自分達では叶わないと判断したのだろう。

 

 「助かるよ。オレは弱い者いじめが嫌いなんでね」

 

 シガも鞘にカタナを納める。フォトンの伝達性も、前とは比べ物にならない程だ。オーラルさんはいい仕事をしてくれている。帰ったら、もう一回礼を言っておこう。

 

 「そう言えば、使いそびれちゃったな」

 

 出来るなら、カタナ系のフォトンアーツも試してみたかった。こっちは初体験なので、試作型と言ってもワクワクしている。

 

 「フッ、まだ、コイツを使う程の“強者”がおらぬか!」

 

 独り言を言ってフラグを立てて見るが、遥か上空をアギニスが鳴き声を発しながら通り過ぎるだけだった。

 

 「…………さて、奥に行くか」

 

 急に恥ずかしくなって、誰にも見られていない事を幸運に思いつつ先を目指す。

 

 「よーし、調子出て来たし! お姉ちゃん頑張っちゃうぞー!」

 「パティちゃん。それは追われて逃げながら言う台詞じゃないからね?」

 

 そんな若い女声が聞こえて、足は当然の様にそちらへ向かう。

 そう言えば、あっちはまだ調べて無かったなー、と適当な理由を作り、少し駆け足に丘を越えると声の主たちを捉えた。

 

 「難儀な相手が来ちゃったよー!」

 「だから、むやみやたらに寝てる所を突くのは止めようね」

 

 そこには、追いかけてくる緑色の車輪から逃げる様に双子姉妹のアークスが走っていた。




マトイさんの生活資金の関係が不明だったので、今回はこういう形をとりました。
一方シガは、ちょくちょく関わるかもしれないので、彼女達と接触させます。

次話タイトル『Information person パティエンティア』


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14.Information person パティエンティア(★)

 原生生物に追われているアークスを発見した。

 

 追いかけているのはガロンゴと呼ばれる芋虫のような外見をしている原生生物(エネミー)である。

 ガロンゴの表面を覆う頑丈な甲皮は、軟な武器では殆どダメージが与えられない程の堅牢さを持つ事から、初心者では相手にするのは骨が折れるエネミーだ。

 通常時は、甲皮の裏側にある四本の脚で緩慢に移動するのだが、いざ、交戦状況になると身体を丸めて、タイヤの様に転がって突進してくるのである。

 

 甲皮の強度+ガロンゴの重量が加わった回転突進は、場慣れしたアークスでもまともに食らいたくはない攻撃力。その回転突進に、二人のニューマンの姉妹が追われている。

 

 「ガロンゴかぁ……カタナは相性が悪いな」

 

 そう、ソードならともかく、カタナは重量級を相手にするには軽すぎる。加えて、甲皮に刃が通らない可能性も高い。

 

 「ま、それでも助けるんですけどね。女の子は財産だよ」

 

 不利であっても関係ない。目の前に困った女の子が居るのに、ソレを見捨てるのは、もはや人間じゃない。紳士の風上にも置けない行為。それに、

 

 「丁度いいから、試作で貰ってるコイツを試してみるか」

 

 シガはアザナミから受け取っているフォトンアーツを取り出した。

 

 

 

 

 

 双子のニューマンの姉妹――パティとティア。

 二人は最近、手に入れた情報――『ナベリウスに存在する不気味な人影』を追って自由探索として惑星ナベリウスに降り立っていた。

 

 彼女たちが『不気味な人影』を追う理由は、さほど大したことではない。たた、噂の真意を確かめるための好奇心である。

 しかし、現在のナベリウスはダーカーの件で多くのアークスが来訪しており、その関係で原生生物たちは特に警戒心を強くして集団で行動していた。

 元々、この惑星に存在する原生生物にとって、ダーカーもアークスも大差ない敵なのである。

 

 特に『不気味な人影』とも遭遇できるわけなく、フラフラ歩いている所に、草むらの中で昼寝をしているガロンゴの群を姉のパティが見つけたのだ。

 慎重で冷静な妹のティアは、迂回して行こうと言ったが、好奇心の強いパティはその光景を写真に収めようと接近。

 無論、お約束の様にガロンゴを起こしてしまい、現在4匹に追われている。

 

 「よーし、調子出て来たし! お姉ちゃん頑張っちゃうぞー!」

 「パティちゃん。それは追われて逃げながら言う台詞じゃないからね?」

 

 そんな会話をしながら最初に逃げてきた場所から相当離れてしまっている。倒すにも、まずはあの突進を止めなければ話にならない。

 

 「難儀な相手が来ちゃったよー!」

 「だから、むやみやたらに寝てる所を突くのは止めようね」

 

 とにかく、パティは接近職(ファイター)なので敵の足が止まるまで攻撃に移れない。代わりに後衛職(フォース)のティアが武器(タリス)を取り出す。

 

 タリスとは、大気中のフォトンを利用して様々な現象を起こす、『テクニック』と呼ばれる技を使用する際に要する武器である。

 カートリッジから疑似的に固形化したフォトンの結晶を投げ、その結晶を中心にテクニックが発動する。いわば、テクニックの発動する起点をずらして、行使する事を視野に入れた設計がされており、中距離から前線を援護する為の武器であった。

 

 「前方に投げて、通り過ぎたらバータを使うよ。敵の動きが止まったら、お願い」

 「おーけー、おーけー! お姉ちゃんに任せなさい!」

 

 打開する方法はいくらでもあるのだ。アークスになってから積んだ経験は伊達では無く、この程度は日常茶飯事なのである。

 

 走り抜け、タリスを追い越した瞬間、一瞬だけテクニックをチャージする。そして、ティアのまわりに、フォトンで変換した氷が漏れ出した所で浮いているタリスに、そのテクニックを流し込む。

 

 「バータ!」

 

 地を走る様に、氷の衝撃波が向かって来るガロンゴへ向かう。その刹那――

 

 「大丈夫か!? お嬢さん方! オレが来たからにはもう安心――」

 

 ガロンゴとバータの間に、割って入って来たアークスの足を凍らせて、その場に釘付けにしてしまった。

 

 「え?」

 「おお!」

 「ふぉ!?」

 

 急に現れたアークスに、ティアは驚き、パティは面白そうに声を上げ、足を凍らされたアークスは、ファ!? と言った表情で、

 

 「ふぐぅ!?」

 

 ガロンゴの回転突撃が直撃して吹き飛んだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 「あはは。ティアも中々やるねぇ」

 

 結局、バータで態勢を崩したガロンゴ4匹をパティは慣れた手つきであっさり倒してしまった。彼女たちは何度もナベリウスには訪れているので、この程度のエネミーとの戦闘は幾度と経験している。

 

 「だから、間違えたって言ってるでしょ!」

 「あー、気にしなくていいよ。そもそも、割り込んだオレが悪いし」

 

 シガは助けに入ったどころか、二人には、まったくそんなモノは要らなかった事に、助けに入ったと言う事実を悟られない様にティアから軽い回復法術(レスタ)を受けていた。

 

 「いい経験でした。足を凍らされるなんて、なかなか経験できないし」

 「ごめんなさい。そんなつもりじゃ」

 「ティアのバータは凍結率高いからねぇ。貴方も気をつけなきゃ!」

 

 と、元気な娘っ子と、ミスをして落ち込む娘っ子には、両属性で需要がありそうだ。

 

 「オレはシガ。第二シップ所属のアークスだ。よろしく」

 

 一悶着あったので、軽く自己紹介をしながら自然な流れで二人の様子を探る。

 

 「ほほう。自ら名乗るとは、ならばこちらも名乗らねばなるまいな!」

 「パティちゃん。別に自己紹介にそんな前振りはいらないからね」

 

 元気だなー。と思いつつ、せっかく用意してくれている二人の自己紹介を待つ。

 

 「あたしはパティ! こっちは妹のティア! アークスいちの情報屋さん! チーム『パティエンティア』とは、あたしたちのこと!」

 

 えっへんと、胸を張るパティ。ほぅ……中々のものをお持ちで。とシガは別の所に注目していた。

 

 「不出来な姉ですみません。勝手にそう名乗っているだけなので」

 

 なぜか、謝られてしまった。

 

 「ただ、情報を集めているのは本当」

 「情報?」

 

 まがりにも、情報屋を名乗る手前、それなりなネットワークを持ち合わせているのだろう。アークスにも色々なタイプがあるなぁ。

 

 「そうね、例えば最近だと……ナベリウスにいた変なダーカー、とか」

 「はいはいはーい!!」

 

 横から元気にパティが手を上げて自己主張してくる。

 

 「あの噂になってる、もの探しダーカー! 普通のやつより、かなーり強いのかも! 危ないねー! おっかないねー!」

 

 なんとなく、心当たりがある。修了の時に接触した、仮面を着けた奴の事ではないだろうか? 確かに、ただ者ではなかった。

 

 「噂を聞いて、ナベリウスに来たんだけれど、生憎と言うか、幸いと言うか、私達は発見できずじまい。姿を見せる事も稀みたいだし……」

 

 正直、奴の実力は相当あると初見でも推測できる。

 直接刃を交えた自分が感じたのだから、間違いではないだろう。出力100%のフォトンアームを“力”だけで押し返し、不発に終わったとはいえ、制限解除(オーバーフロー)のフォトンアームを臆せず迎え撃とうとしたくらいだ。何か、こちらの知らない力を隠し持っている事は考えられる。

 

 「一体何がしたいんだろ! もし見かけたら、教えてねー!」

 

 一度会っているのだが、わざわざ危険な奴の事を教える必要もあるまい。ソレに、狙いがマトイちゃんだったとすると、もうナベリウスには居ない可能性もある。

 

 新しい左腕(フォトンアーム)があると言っても、敵の力は未知の領域だ。今のままでは、正面からぶつかっても勝ち目はない。それこそ、ヒューイやオーラルさんのような実力者ではなくて、一般のアークスには危険すぎる相手だ。

 

 「見つけたら、『パティエンティア』に真っ先に連絡するさ」

 「お! いいねぇ! わかってるねぇ!」

 「別に、馬鹿姉に付き合わなくても結構ですよ」

 

 と、そんなバランスの取れている双子姉妹のアークス、パティとティアの二人は、もう少し探索したらと帰ると言ったので自分の目的の相違に別れる事になった。

 

 まぁ、実力的には彼女たちの方が今の自分よりも腕は立つ。協力を頼もうと思ったが、流石に女の子に助けてもらうのはなんか違う気がする。それに、

 

 「やっぱり、このまま……おんぶにだっこじゃ、ダメだな」

 

 左腕(フォトンアーム)は、あくまで自分がアークスして活動できるための装置だ。コレを武器として使うのはよほどの事であると考えておかなければ、いつまでたっても強くなれない。

 データさえ集まれば、勝手に性能が向上するフォトンアームと違い、根本的な強さを求めるには自分自身を鍛練しなくては。

 

 「! ……やれやれ。それと、一つ失敗したな」

 

 ふと、あることを思い出してパティとティアが去って行った方向を見る。

 

 「連絡先を聞き忘れた」

 

 せっかく美少女二人と知り合いになれたのに、アークスカードを交換しなかったことを最も深刻に悔やんだ。




天真爛漫な性格が姉のパティで、冷静沈着な様子がティアです。
二人は、原作のマターボードでも度々絡んでくるので、出会いは違いましたが、少なくとも関わりを持たせました。
次は若干、オーラルとレギアスの絡み。そして、ナベリウスであの先輩と遭遇します。

次話タイトル『New skill 試作の力』


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15.New skill 試作の力

 「オーラル」

 

 オラクル船団、旗艦――マザーシップの研究部の通路を資料片手に歩いていたオーラルは、居合わせた白いキャスト――レギアスに呼び止められた。

 

 「なんだ? 『世果』の修繕は後回しの予定だ。今は別件で忙しい」

 

 今は、室長室(オフィス)に戻って、実験データをまとめなければならない。

 ルーサーの指示で無茶をした『造龍計画』。最近になって取り返しのつかない不具合が出て来たのだ。何とか解決策を見つけなければと、他の研究員も奮闘してくれている。

 

 「その件ではない。設立する新たなクラス――ブレイバーの件だ。お主が関わっていると聞いてな」

 

 新クラス、ブレイバー。アザナミというアークスが今後の戦術展開として、攻撃力に特化し、遠距離と近距離の両方で瞬間火力を生み出す、クラスが必要と提唱していた。そして、彼女は今日までに少しずつ、その必要性を証明している。

 

 「お前に技術指導を求めたと聞いているぞ」

 「ああ。『世果』に合った動きとなると、ハンターでは速度が追いつかない。独創的(オリジナル)に動いていたところを彼女が目を着けたのだ」

 

 その後、アザナミは何度もレギアスの元に通い、彼を師として技の教示を願い出たのである。最初はレギアスも断っていたが、アザナミの真摯な態度についに折れ、自らも用いる技を全て彼女に伝えた。

 

 「三英雄であり、『六芒均衡』の“一”、お墨付きの“(わざ)”だ。本来なら、お前自身が認証すると思っていたがな」

 

 レギアスは現在のクラスはハンターである。しかし、それでは自らの主武器『世果』を操るには万全とは言い難いのだ。あの武器は、それだけ規格外の扱いをしなければ本当の力を発揮ではないのである。

 

 「いつか、必要になると思っていた。この身に刻まれているとは言え、使わなれば“伎”も錆びる」

 

 アークス全体の模範となる為、今は、現存するクラス――ハンターとして活動しているが、本気を出さなければならない有事の時に、一歩出遅れてしまう懸念があった。

 故にアザナミの話は転機だと思ったのである。

 

 「設立には賛成なんだな?」

 「うむ。そこに異論はない。だが、他のクラス管理者を黙らせるには、確かな実績が無くては全てが破綻する。かつて、ガンナーとファイターの職が消えてしいたようにな」

 

 他、全てのクラスには無い特性と、その必要性を何よりも証明できなければ、新クラス設立の件は流れてしまう可能性は高い。だからこそ、現在はアザナミ一人で動いているのが心配なのだ。

 

 「オーラル。お主は、私よりも顔が広い。他にブレイバーの設立に興味のある者は居ないか?」

 「心当たりはいくつかある。デューマンは、従来のヒューマンに比べて自らのフォトンを攻撃作用に変換しやすい。そちらでも、最近伸び悩んでいる研修生が居ると聞いたのでアザナミに接触させよう」

 「ふむ。やれやれ、師として弟子の意志を尊重するには、まだまだ力が足りんな」

 

 不本意とは言え、アザナミには“伎”を伝えた以上、弟子として認めている節もある。だからこそ、出来るだけ新設の手伝いをしたかったのだが、どうしても『三英雄』と『六芒均衡』の称号が肩書きが邪魔をしていた。

 

 「逆だ。お前は“力”がありすぎる。力だけはな」

 「……仕方あるまい」

 

 レギアスは、元は人間だった。しかし、己の中のフォトン特性が異常に高く、生身では耐えきれなかった事で、キャストの肉体(ボディ)に変えた過去がある。

 

 「お前やマリアが居なければ40年前は勝てなかったし、『六芒均衡』も出来なかった。おかげで、ギリギリだけナイフ程度の戦力の確保は出来ているが」

 「…………アトッサやヴォルフには悪い事をした」

 

 レギアスはかつての『六芒均衡』メンバーの名前を呟く。二人とも現在は故人であった。

 

 「罪悪感があるだけ、“奴”よりはマシだ。話はそれだけか?」

 「ん、ああ。引き留めてすまない。私はしばらくマザーシップの警護に就く予定だ」

 「なら、宇宙一安全な場所だ。よろしく頼む。それと、言い忘れていたが――」

 

 と、室長室(オフィス)に向かう途中で足を止めた。

 

 「既に一人推薦しておいた。アザナミの性格なら、問題なく活動させているだろう」

 「誰だ?」

 「お前と(オレ)が3週間前にナベリウスで救助した奴だ」

 

 それで全て伝わるとオーラルは判断すると、今度は止まらずにレギアスの元から去って行った。

 

 

 

 

 

 パティエンティアと別れ、地質データの回収の為に奥地を目指していたシガは現生物の群と遭遇していた。

 大した数ではないので、最初の内は二、三匹斬り倒せば勝手に逃げて行くと思っていたが、

 

 「おいおい……」

 

 少しずつ囲まれていた。敵は、ガルフと呼ばれる四足歩行の獣で、狼のような外見に仮面のような刺々しい角が顔のまわりの生えているのが特徴の原生生物である。

 生態系も狼に酷似しており、群で狩りを行うスタイルを取る為、単身で出会う事は極力避けなければならないエネミーなのだ。

 

 「お前がボスか?」

 

 絶え間なく、時間差で襲ってくるガルフの群による狩り(こうげき)を躱しつつ、一瞬だけ、奥で待機している赤い角を生やしたガルフを視界に捉える。

 体格的にも少しだけ大きいそのガルフは、フォンガルフと呼ばれる群の統率者であった。

 

 「――――」

 

 群の頭(フォンガルフ)を狙おうと、囲いの隙間を探すが、こちらの移動に合わせて囲いも隙を見せない。アークスとの戦いに慣れている群のようだ。

 

 「フッ……使うか。オレの奥の手を!」

 

 カタナを抜き、囲いから時間差で襲ってくるガルフたちを牽制していたが、ここでこそ使うべきだと一度鞘に納める。

 その様子に、ガルフたちは一瞬戸惑ったようだが、次にボスの咆哮で、一斉に襲い掛かる。

 

 「フドウクチナシ」

 

 向かって来るガルフたちに対する攻撃とは、まるで的外れな抜刀をシガは行った。悪あがきとも取れるその動作だったが、そう思っているのは獲物(シガ)を狙うガルフたちだけである。

 

 その衝撃は、使用者のフォトンによって増幅し、発動者の半径数メートルの物質に微細な振動をぶつける技だった。

 

 「説明書では、フォトンを衝撃に変化して、弾き飛ばすって書いてたんだけどなぁ」

 

 渡されたいくつかのフォトンアーツ。その内の一つを使ったのだが、説明と起こった効果がまるで違う。

 シガに跳びかかったガルフ達は、まともにフォトンの衝撃を受けていた。生物としての決して逃れられない脳震盪を引き起こし、その場に卒倒している程度である。だが状況の打破は出来た。現在、囲いは機能を失っているのだ。

 

 「アザナミさんへの報告項目に入れておこう」

 

 カタナを納刀したシガは、さてボスを、と視線を戻す。すると眼前には、フォンガルフが喉を狙って至近距離まで肉薄していた。

 

 「――――うぉ!?」

 

 咄嗟に身体を捻って回避。少しだけ態勢を崩し、何とか倒れない様に踏み留まる。

 

 「なるほど……時に身体を張るのも、ボスとしての威厳か!」

 

 フォンガルフは、部下であるガルフ達がシガの手にかかる可能性から、自ら出陣してきたのだ。良い奴だな。自らで傷つく指揮官には部下も命を賭けるだろう。

 

 「だが、悪いな。オレも命がけなんでね!!」

 

 背後に着地したフォンガルフへ向き直りながらカタナを抜刀し――

 少し生え伸びていた草に踏み込んでしまい、ズルッと、足を滑らせた。態勢を崩して抜刀の機会(タイミング)を失う。

 

 「い゛!?」

 

 その隙をフォンガルフは逃さない。再びシガを狙った牙が首元へ食い込む――

 

 「!?」

 

 瞬間だった。跳びかかるフォンガルフは何かに弾かれるように側面から攻撃を受けたのである。

 

 「……いや、恐ろしいくらいドンピシャ。悠長なエコーを置いてきて正解だったぜ」

 

 思わず、左腕(フォトンアーム)を使おうとしていたシガは、そんな声を聞いてそちらに視線を向ける。

 

 「おーい、そこのお前、大丈夫か!?」

 

 視線の先には、相当離れた距離からフォンガルフをガンスラッシュの射撃モードで狙い撃った赤髪のアークスが居る。

 

 彼はガンスラッシュを肩に担ぎながら歩み寄って来た。




名前は伏せてますが、台詞と容姿の説明で誰だか解ると思います。次は現れた彼と共闘して奥地へ進みます。

次話タイトル『Zeno 先輩』


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16.Zeno 先輩

 赤い髪に、顔を斜めに通る傷。近接用に動きやすい機能を持つ戦闘服――アドヴェントスを着た一人の青年であった。

 

 手に持つガンスラッシュは一般市販されている武器であり威力も並。だが、その射撃モードの一射で、フォンガルフの身体を大きく吹き飛ばすほどの威力を持つフォトンは、相当な熟練者であると容易に想像できた。

 

 「なんつーか、思ったより原生生物が活発化してるな。やっぱり、ダーカーの件でアークスの出入りが多くなってるからかねぇ」

 

 気を失ったガルフの群を見ながら、彼は余裕の様子を崩さずに歩み寄って来た。

 

 「あんたは?」

 「おいおい。この時期のナベリウスに居るんだぞ? アークス意外にありえないだろ?」

 

 二ッと笑って、自らがアークスであると告げる。年齢的にはシガと同じくらいだが、顔の傷は、敵と至近距離で肉薄しなければつかないモノだろう。必然と、修羅場をくぐったであろうと推測できた。

 

 「それに、アークス歴は7年だ。もうすぐ8年だけどな。一応、先輩だぞ?」

 

 身長的には少しだけ彼の方が高い。シガは、頭をガシガシ撫でられる。

 

 「無茶苦茶恥ずかしいんで、止めてくれますか? 先輩」

 

 左手で、その手を弾きながら、嫌がる意志を見せる。

 

 「ん? お前……左腕に何か巻いてるのか?」

 

 と、弾かれた際に義手の様子を感づかれてしまった。僅かな違和感にも敏感に反応している。7年のアークス歴は伊達ではないようだ。

 

 「ちょっと、怪我をしてましてね。でも動きに問題は無いので」

 

 適当にあしらって、本来の目的を果たそうと歩を進める。男に用は無いのだ。

 

 「ルーキー。動きは悪くない。だが、立ち回りはダメだな」

 

 その言葉に、シガは足を止めた。それは、オーラルにも言われた事だったからだ。

 

 「アークスには、新人が無茶な依頼を受けない様に、一定の制限がある。最初に新人が当る“壁”がそれだ」

 

 新人と熟練アークスとの違い。それは、フォトンの能力的な特徴だけでは無く、より柔軟な立ち回りを要求される。

 

 ダーカーとの交戦に加え、原生生物との対峙、原住民との交流など、新人では容易く折れてしまう事柄がアークスの活動であるのだ。

 戦いにおいてはもちろん、思考的にも柔軟に立ち回る事で、調査員としての適性を認められ、多くの任務を言い渡される事で一流となれる。

 

 反対に、いくらフォトンの扱いに長けたとしても、その辺りが不完全ならば、いつまで経っても重要な任務を渡される事は無い。

 

 「見た所、武器も見た事の無いやつだし、お前、アークス嘗めてるだろ?」

 

 彼の言う事はもっともだ。ただでさえ、左腕(フォトンアーム)が無ければ、アークスとして活動できない上に、武器も現段階では試験武器とも言えるカタナ。ソレをアークスになって一ヶ月も経っていない新人がデータを集めている。不真面目と見られても仕方がないだろう。

 

 と、このように冷静に考えられれば、仕方ない、と踏ん切りがつくのだが。

 

 「言うじゃないっすか」

 

 冷静に見られないシガは、彼の安い挑発に歯ぎしりしながら怒りを抑える。

 確かに、アークスとして活動するにはハリボテだらけだが、オーラルさんやアザナミさんに託された装備を馬鹿にされたような気がして、冷静な判断を失っていた。

 

 「証明できるか? お前自身が、アークスであると」

 

 対する彼は、余裕の様子で腕を組み、シガを見下すような視線を向けている。第三者がいれば、明らかに彼が煽っていると見て取れるが、悲しきことにここにはシガしかいない。

 

 「目の前で証明してみせますよ?」

 

 

 

 

 

 アークス歴7年(もうすぐ8年)の先輩は、確かに強かった。

 出会った敵に合わせて、間合や、攻撃手段を変える立ち回りは、確かな熟練者であると、面をきって証明し続けている。

 

 「! そっちに行ったぞ!! 躱せ!」

 

 多種の原生生物の混ざった数を相手にしていると、奥に居るガロンゴが回転しながら、前で戦っているゼノを無視してシガへ向かう。

 

 「躱す!?」

 

 シガは彼の言葉に無造作に横にステップ。ガロンゴを通過させた後で、背後を突かれるのではと、立ち回りの失敗を気にして振り向いた。

 しかし、ガロンゴは、回転攻撃の勢いのまま壁にぶつかると跳ね返る様にひっくり返って倒れている。

 

 「止めを刺せ!」

 

 あまりにあっけない光景に、どうしていいか身体が硬直していたシガへ、再び彼から指示が飛ぶ。そのまま、カタナを裏側の腹部を斬り裂いてトドメを刺すと、次のエネミーと対峙した。

 

 ガルフの群に囲まれた時とはまるで違う。前線にいながらも、適切な指示と、ラインを作り、後方が安全に戦えるように、彼は“盾”になっていた。

 

 「――――」

 

 最初は、口だけのアークスかと思っていた。しかし、彼は確かな実力を持ち、尚且つ後方の新人(オレ)に対して的確な指示まで行っている。

 

 個人での遊撃では無く、集団の――群を意識した立ち回り。

 現在、直接見た強者(ゲッテムハルト)指導者(オーラル)とはまるで違う立ち回りにシガは思わず口に出てしまう。

 

 「強い……」

 「後ろを片付けたなら手伝え! この群を突破するぞ!」

 

 流石に押し込まれ始めたのか、彼は全て討伐するのではなく、突破することを選んでいた。状況による判断も早い。

 

 「了解、先輩!」

 

 その背中に憧れと尊敬を抱きつつ、シガは彼と共に群を突破するために前線でカタナを振った。自然と彼の事を敬意を持って接するようになる。

 

 

 

 

 

 「ハァ、ハァ……撒きましたかね」

 「たぶんな」

 

 シガと先輩アークスは、一気に群れの中を走り抜けると、少しだけ拓けた広場までたどり着いていた。

 荒く息を吐くシガに対して、先輩アークスは特に息を切らしていない。身体能力的にもだいぶ差がある様だ。

 

 「…………」

 「どうしたんすか?」

 

 先輩アークスは何かを警戒しているようである。逃げてきた原生生物の群は、最初の内はしつこく追って来ていたが、今では一匹も存在していなかった。シガは、若干、不思議に思ったが、上手く逃げ切れたと安堵している。

 

 「こんなものかな」

 

 ロジオより託された地質データを確認する。行けるところは、まんべんなく回ったので、これで十分だろう。後は、簡易転送装置(テレパイプ)でキャンプシップに戻るだけだ。

 

 「! 悪いな、ルーキー。俺の標的と遭遇しちまったようだ」

 「へ?」

 

 その時、大地が震動する程の衝撃に何事かと、シガは先輩アークスと同じ方向を見る。

 巨大な岩が目の前に“二つ”降ってきていた。そして、その“岩”はゆっくりと起き上がると、武骨な腕や足を伸ばして立ち上がる。ソレは生物だった。

 

 「大型原生生物(ロックベア)。俺の標的だ」

 

 そう言いながら先輩アークスは、目の前で両腕を打ち鳴らす動く巨岩――ロックベアに視線を向けていた。用いる武器は、今まで使っていたガンスラッシュから、巨大なフォトンの大剣――ソードに変わっている。

 

 「お前は休んでろ、ルーキー。ここからは、俺の戦いだ」

 

 彼は、本日遭遇した敵の中で、最も脅威となる存在に対し、一片も委縮していなかった。




 タイトルを回収し忘れた回。結局先輩アークスの名前は不明ですが、タイトルでピンとくる人はいるでしょう。ていうか、それ以外ありえないです。
 次は、先輩アークスの名前が判明します。それと実力もです。

次話タイトル『Assaulted will 彼の目指すアークス』


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17.Assaulted will 彼の目指すアークス

 「ゼノ」

 

 ロビーを歩いていた赤髪のアークスは、不意に名前を呼ばれて、そちらに視線を向けた。

 彼を呼んだのは、黒いキャスト――オーラルである。丁度、アークスシップに用があったため、立ち寄ったところを、昔世話したアークスを見つけたのだ。

 

 「! 師匠! 久しぶりだな!」

 

 オーラルの姿を見るやいなや、赤髪のアークス――ゼノは嬉しそうな声を上げた。

 

 「相変わらず、ハンターで活動しているのか?」

 「まぁな。だが、ちゃんと任務はこなしてるぜ。最初の頃はレギアスが茶々を入れて来たけど、キッチリ実力を証明して黙らせたからな」

 「ちゃんと、戦えているなら(オレ)は特に何も言わん」

 

 規律を重んじるレギアスとは違い、オーラルは本人の意志を尊重していた。無論、あからさまに危険な兆候があれば諭す事もあるが、少なくともゼノはハンターとして標準以上の立ち回りが出来ている。

 ある種の“天才”に分類される才能を持ち、将来、大きな役職に就く可能性があるアークス候補であった。

 

 「お前に依頼を持って来た。とは言っても、信用できるアークスには声をかけているのだがな」

 「て、事は。人手が必要な依頼なのか?」

 「ああ。遺体探しだ」

 

 一週間前のアークス研修生の修了任務。ナベリウスに出現したダーカーによって、その日程は大きく乱れてしまった。当日にナベリウスに居た正規アークスは、ダーカーと交戦し、何とかこれを殲滅できたが、代わりに戦い慣れない研修生に被害が出てしまったのである。

 

 現在、死亡、又は行方不明となっている研修生の身内たちが、本人の捜索願いを出していた。

 

 「けど、遺体って事はないんじゃないのか? 行方不明の奴もいるんだろ?」

 「一週間もナベリウスで、まともなノウハウもない研修生が生き延びられる可能性は皆無だ。現在判明している発進信号から、行方不明中で連絡の無い研修生、全ての死亡が確認されている」

 「だけど……ダーカーは一定数殲滅したぜ?」

 

 あの場には自分もいた。無論、ダーカーと戦い、何人か助けたと記憶している。それに眼に着くダーカーは全て倒したハズだった。

 

 「研修生がやられたのは、ダーカーじゃなく原生生物だ。目先の(ダーカー)に気を取られている間に、原生生物によって研修生は殺された」

 

 研修生の修了に選ばれるほど安全とされているナベリウスだが、ピクニックが出来るほど安全と言うわけでは無い。無論、原生生物も多く存在しており、危険な地であるのは変わりないのだ。当日は、凶暴な大型原生生物が、特に少ない時期だったのだが、ダーカーの出現によって縄張りを荒らされ、修了任務の(フィールド)にも何体か現れたのだと言う。

 オーラルは言い加える。今回の遺体回収で、“遺体”が見つかればまだ良い方だと――

 

 「エコーにも声をかけている。連絡を取り、二人で任務に当れ」

 

 ナベリウスには、アークスしか降下できない。故に、こういう任務は必然とアークスの役回りとなるのだ。

 ゼノは、必要な事を告げて去っていくオーラルの背を見ながら、自然と拳に力が入った。

 

 

 

 

 

 「お前は休んでろ、ルーキー。ここからは、俺の戦いだ」

 

 ゼノは、身の丈ほどある大剣型の武器――ソードをフォトンで背に出現させて、目の前に現れた二体のロックベアを見据える。

 

 ロックベア。まるで岩に手足が生えた様な外見は、その体躯もあって彼よりも二回り大きい。太い腕も岩を繋ぎ合わせたような剛腕であり、それだけでも人のサイズを凌駕していた。

 

 「先輩。アレは原生生物ですか?」

 

 シガは始めて見る大型エネミーに、事情を知っているゼノに尋ねる。

 

 「奴の名前はロックベア。この辺りの地域のボスって所だ。奴には既に、12人のアークスが犠牲になっている」

 「! そんなに……」

 

 アークスは原生生物と戦う事も必要であると言われているが、それほどまでに被害が出ているとは思わなかった。

 

 「……危険な相手だ。ルーキー、お前は下がってていい。俺が相手をする――」

 

 そう言いつつ、ゼノはソードを背負ったまま無造作に歩み寄っていく。

 こちらよりも遥かに大きな体躯を持つ原生生物。まるで巨人のようなその姿は、一体でも苦戦は避けられない相手だろう。しかし、彼は眼の前の二体に向かって臆することなく歩を進めていた。

 そして……ゼノが間合いに入った刹那、ロックベアの一体が剛腕を振り上げる。

 

 「――――先輩!!」

 

 車が突進してくるような圧力が彼を襲う。しかし、その剛腕は大きく空振りをし、腕を振った勢いを抑えきれずにロックベアは仰向けに転倒した。

 

 「え?」

 

 その様子にシガは、自分の見ている光景を疑った。間違いなく、ロックベアの攻撃は彼を捉えたように見えたが――

 

 「――――」

 

 ゼノは転倒したロックベアに一瞥し、何事も無かったかのようにもう一体のロックベアに歩を進める。

 

 対するロックベアは、何か……得体の知れない(アークス)に、本能から来る恐怖に自然と足が後ろへ下がっていた。

 

 見切り。単純に、武術の一部を突き詰めると辿り着く境地である。

 だが、対人用を想定して創られた武術の立ち回りに、体格や骨格の違う原生生物やダーカー相手に有効に機能するのか?

 それは、現在のオラクルでも終わらない口論が続いている。その道を極めていても、あくまで対人用。だから、人以上の体躯、挙動をもつ存在には役に立たないとも言われていた。

 

 しかし、今、この瞬間において、これだけは確かだった。

 

 (ゼノ)の持つ多くロックベアとの経験(たたかい)と、実を結ぶかどうかわからない武術の見切り。この二つを自らの“力”として昇華している彼の足運びを、二体の大型原生生物(ロックベア)は捉えられていなかった。

 

 「…………」

 

 そして、ゼノは、一撃も受けることなくロックベアの前に悠然と立つ。背のソードの柄にゆっくりと手をかけ――

 

 その様子にロックベアは、掌と両腕を開いて、彼を叩き潰す様に勢いよく腕を閉じた。

 

 「ッラァ!」

 

 腕に押しつぶされるよりも早く抜撃したゼノは、そのままロックベアの表層を力の限り斬りつける。まるで岩を斬ったような音が耳障りな音が響き、体皮が僅かに砕けて散る。その重撃でロックベアは片膝ついていた。

 

 そこへ、最初に転倒したロックベアが立ち上がっていた。ハンマーの様に拳を握り、彼に振り下ろす。

 

 ゼノは横に転がって攻撃を躱す。土埃が上がり、若干視界が覆われる。

 

 「…………」

 

 分かっているし、理解している。こういう職業だ。危険であり、命の危機を感じる事も日常茶飯事だ。だから、少しずつ前に進まなくてはならない。

 

 『研修生がやられたのは、ダーカーじゃなく原生生物だ。目先の(ダーカー)に気を取られている間に、原生生物によって研修生は殺された』

 

 それが、ゼノが教えてもらった最近の被害報告だ。

 戦って死ぬのはいい。仕方ないと言われてもしょうがないだろう。だが、今回の犠牲者は――

 

 ゼノは、前後でロックベアに挟まれていた。

 前方のロックベアは腕を大きく横殴りに、後方のロックベアは掴みかかる様に、攻撃を仕掛けてきている。

 

 「一週間前に、ナベリウスに居たのは新人(新しい可能性)だぞ!? ちったぁ空気を読みやがれ!!」

 

 目の前のロックベアの拳には、ソードの側面を強く打ちつけるフォトンアーツ『スタンコンサイド』で弾き返し、その反動で後ろへ振り返ると同時に、フォトンアーツ『ソニックアロウ』を背後のロックベアに飛ばす。

 

 流れる様なフォトンアーツの運びに、二体のロックベアはそれぞれの攻撃で大きく仰け反った。

 

 そして、サイズは大きく劣る彼を、強敵と認め、僅かな理性から慎重に距離を取ることを選択する。

 

 「ふー」

 

 息を吐きながら、身体を横にして二体のロックベアに負けず劣らずの立ち回りを披露したゼノは、ソードを寝かせて次の攻撃に備えていた。

 

 二体一にもかかわらず、互角以上に立ち回っている。本来なら、大型エネミーは数人で戦うのが基本であると言われているが、彼は一人で二体を討伐しかねない勢いであった。

 

 「――――」

 

 その時、背後のロックベアが、別の何かに気を取られてそちらへ攻撃を繰り出す。攻撃を繰り出された存在は、そのままロックベアの股下を滑る様に抜けて、彼の背に駆けつけた。

 

 「先輩。なんとなくですけど……いや、全くの予想なんですけど……先輩が戦う理由がわかりました」

 

 彼の背に立ったのはシガだった。一体でもまともに戦えばただでは済まない大型原生生物。いくら、優勢に立ち回れるとは言え、流石に二体一は分が悪いと見ていた。

 

 「気に入らないかもしれないですけど……背中を預けさせてください」

 

 シガは、敵意を向けてくる目の前のロックベアを見定める。

 

 「片方はオレが、きっちりと翻弄するんで。先輩はもう一体の瞬殺をお願いします」

 

 二体一では不確定な勝率だが、一対一であれば、彼が負ける事は無いとシガは思っている。それほどに、心身共に頼もしいと思える先輩であった。

 

 「…………お前、名前は? まだ聞いてなかったよな?」

 

 背後から背を向けたまま彼が訪ねてくる。

 

 「シガって言います。まだアークスになってひと月も経ってない新人(ペーペー)なもので、知らないと思いますけど」

 

 彼からすれば、自分など足手まといも良いところだろう。だが、足手まといなりに、少しでも出来る事をしたいと思っていた。

 

 「いや……頼もしいぜ。シガ」

 

 思考を二分する必要が無くなり、ゼノは目の前のロックベアにソードを構える。

 シガは、納刀したカタナの鞘を左手で握り、いつでも抜刀できるように中腰で構える。

 

 「行くぞ――」

 

 二人は(クロックベア)に己の持つ力を使い、それぞれの背を預けた戦いを開始した。




 ゼノです。先輩の名前です。正直言って、熟練アークスはこれくらいの実力があると思うんですよ。
 次はシガがロックベアと戦います。とは言っても、新人なのでもちろん大型原生生物とは戦闘経験はありません。

次話タイトル『The persons who fight 人の最前線へ』


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18.The persons who fight 人の最前線へ

 左腕(フォトンアーム)を失っていた一週間。まともに寝れた試しがない。

 

 ただ、怖かった――

 

 何もできない。自分が――オレ自身が……何も護れない無力な存在であると、この一週間、ずっと思っていた。

 記憶を失う。それは、まるで世界に取り残されたような錯覚と、戦う事も出来ない身体の無力さに、ただただ、怯えていた。

 

 だから、彼女(アザナミさん)から渡された武器(カタナ)を振り続ける。

 

 一週間の間。けれど、たった一週間。怖さを、怯えを、振り払うように、武器を振り続ける。左腕が不完全なオレは、アザナミさんに言われた、カタナの構え方では力が発揮できなかった。それでも……何が何でも、オレがオレ自身に怯えないためにも――

 見つけたかった。存在意義(フォトンアーム)が無くても、戦う事が出来ると思える……戦い方を――

 

 

 

 

 

 見上げる程の体躯。人の胴体程の太い腕。岩の様に背や身体の要所から突き出る武骨な角。前かがみに落す重心を支える短い両足も筋肉質で原始的な能力を携えていた。飛び道具を持たず、使わず、己の体躯と拳と腕力に絶対の自信を持ち、腕力(それ)だけで、この辺りの生態系の上位に君臨している。

 

 ロックベア。それが、岩がそのまま意志を持って襲い掛かってきたように錯覚する、大型原生生物の名前だった。

 ロックベアは、両腕の拳を打ち慣らし、独特の威嚇で眼前のシガへ敵意を向けていた。

 

 絶対の君臨者(ロックベア)に対する敵対者(アークス)との体格比はまるで巨人と小人だ。しかし、その小人(アークス)の内包する能力は、容易く振り回すだけの腕力では屠れないと、先ほどの攻防から理解している。

 

 「見えてるよ――」

 

 シガは義手(ひだりうで)でカタナの柄を握り、中腰の構えで納刀したままロックベアを見据えていた。

 ふと、巨体(ロックベア)が消える――

 

 爆発にも似た、落下音が辺りに響き、衝撃が周囲の木々を揺らす。

 巨体から想像もつかない瞬発力で飛び上がると、そのままシガの上に落下したのである。巨大な体躯と重量が成せる、技とも言えない攻撃。しかし、

 

 「現れた時に、その瞬発力は一度見てる」

 

 シガはロックベアと場所を入れ替わる様に、前に転がって躱していた。まだ、カタナは納刀したままである。

 ロックベアが両腕の力で逆立ちする様に起き上がる。そして、用いる瞬発力で間合いを一瞬で詰めると――

 

 「――!?」

 

 巨大な丸太のような剛腕がシガを襲った。

 

 

 

 

 

 ロックベアにとって戦いとは己の誇示に過ぎない。

 産まれ持った、原生生物としての巨大な体格。小型生物など、拳の一振りで数多く屠ってきた。

 

 群など必要ない。単身で持つ、体格、腕力、瞬発力を前に倒せなかった生物はほとんどいなかった。一部、自らと同体格を持つ獣が存在するが、ロックベアにとってすればさほど脅威では無い。

 

 この身体から生み出される拳の威力は、身体全体をバネにして繰り出す事で単調ながら、驚異的な威力を持つ。鋭く、そして速く、そして――不敵。

 

 それが、原始的に殴り倒す事に特化したロックベアの戦闘手段だった。

 現在(いま)もそう……巨大な体躯からは想像もつかない速度で、(シガ)を肉薄している。対する(シガ)は――

 

 「――っと。すっげぇな」

 

 ロックベアのこちらの命を狙って来る剛腕を、下がり、屈み、巧みにかわしていた。相変わらず武器(カタナ)は納刀したままである。

 彼は避ける度に、近くを流れる風圧で態勢を崩しそうになるが、耐えて、耐えて、攻撃の機会(チャンス)を伺っていた。

 

 シガの最終適性結果。

 試験教導官マールー。法術適性B。

 試験教導官リサ。射撃適性C。

 試験教導官オーザ。近接――――

 

 「――――」

 

 ロックベアと向き合って、初めて納刀されたカタナの鯉口が切られた。

 シガの狙ったのは、迂闊に多く踏込み、大振りしてきた右ストレート。ソレに合わせて、抜刀し、腕の付け根を狙って緑色のフォトンの刃が斬りつけられる。

 

 適性B――

 

 「タイミングが合わなかったか――」

 

 通り抜ける様にロックベアの背後に出たシガは、攻撃フォトンの集束タイミングが合わなかった事を気にかけつつ、再びカタナを納刀する。

 

 そのシガへ、ロックベアは振り向くと同時に巨大な拳で再び殴りつける。シガの一刃で、僅かに拳は傷ついているが、さほどダメージは無い様だった。

 

 「――――」

 

 単調で、放ったロックベアの苛立ちを感じ取れる、迂闊な一撃。

 又もシガは、潜る様に動きながら、同時にカタナを抜刀。同じ腕を斬りつけ、ロックベアの背後へ抜けた。

 

 「今のも合わなかった……」

 

 三度、ロックベアの攻撃。ソレを針の穴を通す様にシガは躱し、同時に抜刀にてダメージを蓄積していく。

 片腕が義手のオレには、これしか……戦闘形態は思いつかなかった。

 

 ロックベアが向けてくる、こちらの命を狙う剛腕を躱して……一閃。振り向きの裏拳に合わせて、こちらも懐に潜り……抜刀。

 

 それは、地味な“居合い”の形。

 派手さも、力強さも感じない。常にカタナを鞘に納めて立ち回る戦型(スタイル)

 しかし、本来の腕の様に、両手で添えてカタナを振ることが出来ない以上、片腕だけでも最大の力を発揮する、『居合い』意外に、シガは構えを思いつかなかった。

 

 戦いに入ってから、ロックベアは不思議と驚いている。

 この体躯と瞬発力をもってして……目の前の敵を捉える事すら出来ないのは、最初に対峙した(ゼノ)と、同じ“幻惑”にはまってしまっていると錯覚していた。だが、ソレもある意味必然であるのだ。

 

 シガは大きなロックベアに、あえて距離を詰め、懐に入る事で大きな腕の稼働範囲の内側へ入る。その結果、ロックベアは無意識に攻撃の打点をずらしてしまっているのである。

 これは、自分よりも遥かに大きな身体を持ち、人型であるロックベアだからこそ、通じる立ち回りであった。

 

 アザナミさんに悪い事をした。せっかく頼りにしてくれたのに、こんな不完全な構えでなければ……オレは戦えない。

 辿り着いた『居合い』を基本とするカタナの攻撃モーション。だが、これは片腕で力の加減が難しいシガが、武器を安定して使う為に辿り着いた構えなのだ。両腕のある人間が使えば、自ずと力不足を指摘されてしまうだろう。

 

 「余計な事は帰ってからだな」

 

 今は、目の前の敵に集中しなければ。大自然の溢れる惑星ナベリウスの生態系は、弱肉強食。当然、このロックベアも、その連鎖に入っている。だから、その向けられる片腕に攻撃を集中した。

 

 相変わらず、ロックベアはシガを捉える事が出来なかった。それどころか、攻撃する度に確実に貰うカウンターによって、狙われ続けた片腕は、体毛の下に合った皮膚を浅く切りつけている。ダメージの蓄積は、明らかにロックベアが上だ。

 このまま、この攻防を続ければ狙われ続けた腕が、大きなダメージを受けるのは時間の問題である。

 

 「勝つ……せめて、アザナミさんが、創ろうとしているモノを証明する!」

 

 それぐらいしか出来ない。だからこそ、ここで負けるわけにはいかないのだ。

 

 ロックベアの攻撃。この一撃を躱して、その腕を貰う――

 

 シガは今まで以上に、次の一撃を深く斬り込む為に集中した。間合いは完璧に身体で計っている。躱すルートも、踏み込むタイミングも完璧――

 ロックベアの一撃。今までと変わらない動作から繰り出された、剛腕をシガは躱し――きれなかった。

 

 「!! がっ――」

 

 まともに左側から殴りつけられたシガの身体は、くの字に折れ曲がる様に、近くの木をなぎ倒し、バキバキと木々が折れる音を響かせながら吹き飛んでいく。

 

 「――――」

 

 唯一、シガは見誤った。ロックベアの怒り時の瞬発力は、通常時の倍近くまで跳ね上がる。ソレによって、刹那の見切りでの立ち回りに、僅かなズレが生じていたのだ。

 シガの攻撃を受け続けて、怒り状態になっていたロックベアは、上がった瞬発力で彼を易々と捉えたのである。

 

 ロックベアは、片方を始末したと、ゼノの方へ身体を向ける。そちらは攻撃の受け流しなどを駆使して、正面から殴り合うようにもう一体と対峙する構図になっていた。

 

 「――――俺に何か用か?」

 

 自分の戦うロックベアから、視線を外さずにシガを打ち負かしたロックベアにゼノは問う。

 

 「お前ら、俺達(アークス)を知らねーのか? その程度じゃないぞ? 正規アークスは――」

 

 ゼノは、自らの対峙するロックベアの拳を側面に躱しながら、身体を横に向け、振り下ろされた剛腕にソードを叩き込む。

 シガを始末し、味方の援護に回ろうとしたロックベアは、不意に自らに向けられる敵意(けはい)に、そちらへ視線を向けた。

 

 「……がは! はぁ……はぁ……」

 

 血を吐き、息も荒く、折れて倒れた木の幹に手をかけながらも立ち上がって武器を持つ(シガ)の姿がそこにあった。

 そう、彼ら(ロックベアたち)は知らないのだ。

 

 本能で生き残ろうとする戦いでは無く……信念を貫こうとする者との戦いを――

 人類の最前線(アークス)を、まだ知らない――




瀕死ながらも立ち上がったシガ。次で決着がつきます。負けるのもある意味勉強です。

次話タイトル『ARKS 第一歩』


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19.ARKS 第一歩

 油断した……

 大型原生生物と戦うのは初めてとは言え、敵も生物。当然、怒るし、怯えたりするだろう。それは、弱点でもあり、同時に最大の優位性でもある。

 

 「……ッ……」

 

 額から流れる血で、左側の視界が塞がっている。

 咄嗟に通常形態のフォトンアームと、カタナの鞘で攻撃を受けたのだが、突き抜ける衝撃だけは無力化できなかった。激痛から怪我の度合いを予測……身体の中――肋骨にひびが入っているだろう。

 回復薬(モノメイト)で、体内フォトンの循環を高め、一時的に怪我を回復させるが、完治とは行かず痛みが少しだけ良くなった程度だった。

 

 「まだ……まだだ!」

 

 四肢は動く……なら、戦える!

 怒り状態のロックベアが、シガに近づいていく。弱々しくも立ち上がった彼に今度こそ止めを刺すような迂闊な動きだった。

 

 (ソレ)を逃さず、逆に踏込み一閃。岩に斬りつけたような音が響く。

 頼るな。考えるな。この左腕は……こんなところで、自分が進むのを諦める為に託された物じゃない――

 

 自分の力で……戦いを――

 アークスとして、戦えることを――

 自分自身に証明しろ!

 

 シガは、振り向いて来るロックベアの拳に合わせて、自分も振り向きながらカタナを抜刀する。狙うのはダメージを蓄積していた腕。この一刀で、致命傷を与えるつもりで――

 

 「……が!?」

 

 斬りつけたカタナごと、ロックベアはシガを正面から殴りつけた。未だ拳は十全に稼働しており、その一撃でシガは宙を舞い、少し離れた位置にドサッと落ちる。

 

 「…………」

 

 倒れたまま動かなくなったシガを見て、ロックベアは今度こそ倒したと、再びゼノへ視線を向けた。瞬間――

 

 「!?」

 

 ガンスラッシュの毛ほどにも効かない射撃がロックベアの背に当てられたのだ。まさか、と思いつつロックベアは振り向きながらシガへ視線を向ける。

 

 「……げフっ! かっ! はっ……はっ……」

 

 まるで這いずる様に、取りだしたガンスラッシュをロックベアに向けて、何とか気を引こうとしているシガが居た。

 立ち上がる様子も弱々しく、死んでいてもおかしくないダメージは原生生物(ロックベア)から見ても既に事切れていてもおかしくない。

 この時点でシガのダメージは、肋骨が折れ、意識も途絶え途絶えだった。

 

 “もう少し……もう少しなんだよ!!”

 

 「……そうだ」

 

 絶望的な状況で、とても強い感情が身体の中心を走った。

 誰にも理解されなくても、誰も見ていなくても、それでも……自分が立ち上がった事だけは……この瞬間だけは、絶対に膝を折る訳にはいかない!!

 

 この感覚は……記憶を失う前にも経験したのか、強く心に残っている感情のようだった。そして、自らが死を覚悟して真っ先に映った人は――

 

 「フ……デレデレだな……オレ――」

 

 振り下ろされてくるロックベアの死を告げる拳。轟音と共に、大地に打ちつけられた剛腕(ハンマー)は確実にシガの息の根を止めていた。

 

 「――――」

 

 その内側にシガは立っている。最後の見切り。ギリギリの刹那を踏込み、ロックベアの間合いの更に内側に入っていた。

 

 「ふー」

 

 軽く脱力するように息を吐く。ガンスラッシュを捨て、新しい可能性(カタナ)を手に持つ。

 

 ずっと……刃筋とフォトンの集束が合わなかった。最初は適性が無いのだと思っていたけれど……ただ落ち着きが足りなかっただけだ。

 

 ロックベアが掴みかかる様に、シガへ抱き着く様に掌を向けてくる。

 良く視える。まるで、世界の時間が止まったように、落ちる葉や空を流れる雲がスローモーションで動いていた。

 不規則なフォトンの流れ。だが、オレの意志に呼応して彼ら(フォトン)は力を貸してくれるのだ。

 

 ロックベアの掌が触れる程に接近した刹那、シガのカタナが鯉口を切る――

 

 「サクラエンド」

 

 アザナミから託されたフォトンアーツの一つの名前を呟く。

 高速の抜刀から生み出される最速の二連返しの刃。腕だけでは無く、全身のフォトンをこの動作に収束し、断てぬモノの無い二刃を生み出した。

 掴みかかるロックベアの腕が弾き開くほどの衝撃。同時に、岩と同等の強度を持つ身体へ、緑色のフォトンの刃が滑り込む。

 

 全身のバネから生み出される一閃。そして、返しに繰り出されるもう一閃。この二撃はロックベアの身体に×字の深い傷と、緑色のフォトン刃の軌跡を残していた。

 

 「ようやく、フォトンのタイミングが合った――」

 

 その二刃で、急所を斬り裂かれたロックベアは、全身の力を失い土煙を上げながら、ズゥゥンと仰向けに倒れて絶命する。

 

 「オレの勝ち……だ」

 

 カタナを鞘に納め、シガは倒れるロックベアに、そう告げると、シガも前のめりに倒れた。

 

 

 

 

 

 アークスは、フォトンに対して自力で適性を持つ関係上、オラクルの中でも特に重要視されている人材だった。そして、アークスは大きく三つの世代に分かれている。

 

 第一世代。40年前の巨躯戦争以前に現れたアークスの事を差している。当時の観点では、今では考えられない程の高いフォトン適性を持つアークスが多いとされており、三英雄と称されるレギアスも、この世代である。

 

 第二世代。特定の能力に特化したアークスであり、現段階で最も多いとされている世代。特定の能力に特化したことで第一世代よりも安定した能力を持つ。しかし、適性外の能力では並み程度しか実力を発揮できない。

 

 第三世代。あらゆる才覚が高域で安定し、どのクラスにも適性のある汎用性の高い世代。第二世代の突然変異とも言える存在で、20年前から少しずつ出現し始めた。

 

 シガは、適性上は第三世代だが、近接と法術に若干の偏りがある。

 そして、ゼノは第二世代のアークスであり、適性はレンジャーだった。ハンターとしての立ち回りは並ほどしか持ち合わせていない。

 

 「…………くっ――」

 

 シガは、まだ戦っているゼノの援護をするべく、何とか腕で身体を起き上がらせながら、視線を正面に向けた。

 

 途端、ロックベアの攻撃に、吹き飛ばれたゼノが近くの崖に叩きつけられる。その手から離れたソードが回転しながら地面に突き刺さった。

 

 「先輩……」

 

 ロックベアは未だ立っている。そして、ゼノは――

 

 「っと。やれやれ。ミスっちまったか」

 

 崖に叩きつけられたと思ったが、足の裏で衝撃を吸収していた。そして、何事も無かったように壁から地面へと着地すると、突き立ったソードの元に歩き地面から引き抜く。

 

 「ん? おお、シガ。よくやったな!」

 

 ゼノはシガの倒したロックベアを見ながら、褒める様に笑う。

 

 「せ、先輩! ロックベアが――」

 「こっちは、もう終わってるよ」

 

 その言葉がトドメになったように、ゼノが相手をしていたロックベアは、膝を着きそのまま前のめりに倒れて絶命していた。

 

 「最後の悪あがきを食らっちまってなぁ。だが、ダメージはゼロだから心配すんな」

 「……流石ですね。第三世代アークスとして、ハンターとしての適性を持つと言った所でしょうか」

 「いや、適性はレンジャーだよ。ちなみに間違いを指摘するなら、俺は第二世代のアークスだ」

 「え?」

 

 その言葉にシガは驚きを隠せなかった。第二世代のアークスは、自らの適性に特化した世代であり、それ以外のクラスでは並み以下の実力しか発揮できないからだ。

 にもかかわらず、レンジャーとしての適性を持つゼノは、シガよりも遥かに近接戦を熟知していた。

 

 「なんで、レンジャーではなく……ハンターを?」

 「まぁ、色々あってな。今は、お互いに生き残った事を良しとしようじゃねぇか」

 

 過去に何かあったのだろう。自分が追及されたくない事を探られるのは確かに良くはない。まぁ、オレの場合は追及する過去自体が不明なのだが……

 

 「お、来た来た」

 

 すると、外部からの通信を伝える音を聞き、ゼノは耳の通信機に手を当てて内容に集中する。

 

 『ゼノ、勝手に行かないでよ! オーラルさんから、二人一組で任務に就く様に言われてたでしょ!』

 「おせえのが悪いんだよ、エコー」

 

 ゼノは通信相手との会話を始めた。シガとは別の回線であり会話の内容的は解らないが、その口ぶりからして、相手は親しい相手の様だ。後、名前的に女性(おんなのひと)

 

 「それより、一人拾った。一度連れて、アークスシップに戻るつもりだ。お前は今どこだ?」

 『まだアークスシップ! もう……勝手に行って。早く戻ってきなさいよね! 後、遺体はちゃんと冷凍保存しておくこと!』

 「あ、そうだったな。いや、すっかり忘れてたわ」

 

 本来の任務である遺体の回収の事をゼノはすっかり忘れていた。とは言え、凶暴な大型原生生物を倒したので、間接的に惑星調査への貢献は出来ただろう。

 

 『顔か、IDが解るならこっちに送ってよ。帰って来るまでに検索しておくから』

 「エコー、言っとくが俺が拾ったのは死体じゃない。これから戻るから――」

 

 と、ゼノはシガを見る。彼は精根尽きたよう俯せで気を失っていた。




次はゼノ先輩のありがたい言葉。そろそろEP1-2も終わりです。

次話タイトル『Fear 抱えるモノ』


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20.Fear 抱えるモノ

 「こ、ここは!?」

 

 シガは気がつくと仮想ルームにいた。何の変哲もない、機械的で平坦な正方形の広いフィールドは実戦を想定した仮想訓練の場。しかし、シガが感じた驚きはそこでは無い。

 

 「あらあらあら。シガさん、ようやくお目覚めですかあ」

 「リ、リサさん……一応、言わせてください」

 

 シガは両手を上げて、目の前のキャストの女性――リサに言う。彼女は武器のライフルを手に持ち、引き金に指をかけて、興奮しながら銃口をこちらに向けていた。

 

 「なんでしょうかあ? 早くしてください。リサはこれ以上我慢できませんよお?」

 

 この状況で彼女と、まともに意思疎通が取れるとは思えないが、それでも最低限の理性を残している可能性に賭けた。

 

 「撃たないでください!」

 「ちゃんと逃げ回ってくださいねえ!!」

 

 歓喜の声と共に引き金にかかる指に力が入った。

 

 

 

 

 

 「――ハァァァァ!!!!!?」

 

 絶叫と共に悪夢から目覚めたシガはそんな声を上げて弾けるように身体を起こした。そして、怯える様に当り見回す。

 場所は、キャンプシップ内の簡易休息室だった。窓から、格納庫内に固定される音と、衝撃が響き、アークスシップに帰って来たことを放送で告げてくる。

 

 「い、居ない。夢か……」

 

 安堵の息を吐きながら、凄い汗を掻いていた。何度か見る悪夢の一つなのだが、本当にあの人は冗談じゃすまないのだ。

 

 「――いててっ」

 

 身体を動かすと、胴体に筋肉痛のような痛みが走った。気を失う直前の記憶を思い返すと――

 

 「……グダグダだったなぁ。あー、くそっ! ボロ負けだ……」

 

 最後まで自分の足で立っていてこそ、勝利したと言える。いくら敵を倒したとはいえ、それは勝利ではない。フィールドからキャンプシップに戻って来て初めて、無事に任務を達成できたと言えるだろう。

 

 「お、丁度眼を覚ましたな」

 

 と、シガを起こしにゼノが扉を開けて声をかけてきた。

 

 「あ……」

 

 初対面で啖呵を切っておいて、最後まで彼に頼り切った事はとても申し訳なかった。彼の半分の働きも出来なかったのだ。新人(ルーキー)と言われてもしょうがないだろう。

 

 「お、ははん。なる程な、俺は何もできなかった~、とか考えてるんだろ?」

 「うぐ……」

 「はは。解りやすいな、お前」

 

 とりあえず降りようぜ。と、整備員と清掃員との入れ違いに二人はタラップを降りる。シガは痛む身体で起き上がりながらゼノの後に続いた。

 

 「左腕、義手だろ? それにその武器も、資料以外では見た事の無い武器だ」

 

 前を歩くゼノは気を失ったシガに肩を貸してキャンプシップに運ぶ際に、彼もつ装備の違和感に気がついていた。

 

 「い、色々と試験運用を任されてまして……」

 

 こうも鋭いと、正直に喋って良いモノか解らなくなる。

 

 「色々事情があるのは解るさ。だが、感心しない事が一つだけある」

 

 ゼノは決して振り向かなかったが、真面目な口調でシガに問う。

 

 「その左腕、攻撃も出来る装備なんだろ? なんでロックベアに追いつめられた時に使わなかったんだ?」

 

 彼は全てを把握して戦っていた。シガがロックベアと交戦している際も、危険になればいつでも割って入れるように、立ち回っていたのである。

 

 「どこで……左腕(これ)の事を――」

 「登録を確認した。とは言っても、義手って事しか変わらなかったから、担当したアークスに聞いたんだよ」

 

 ゼノは、キャンプシップの帰路の間に、シガの事をオーラルに確認していた。オーラルはゼノに裏が無いと信用し、他言を無用と言う条件で、情報を提供したのである。

 

 「それ、使えば大型原生生物なんて一撃で倒せる代物だろ? もう一度聞く。何で使わなかったんだ?」

 「……先輩には、解らないですよ」

 

 シガは自然と前を歩くゼノの背中から視線を逸らしていた。左腕(フォトンアーム)が使えなくなれば、本当の意味で何もできない無能者となってしまう。それだけは、絶対に避けたかったのだ。

 

 「ああ、解らんね。お前が、左腕(それ)を使わない理由がな」

 

 基本性能として、通常状態中でもアークスに必要なフォトン変換は行えている。しかし、戦闘状態として使用制限を超えてしまうと、基本性能も全て停止(ダウン)してしまう。

 もう、怯えるだけの一週間は嫌だったのだ。だから、今回は――

 

 「左腕(フォトンアーム)を使わなくても、戦えるようにならないと……オレ自身が……納得でないんです」

 

 今は左腕がある。だから、アークスとして活動できるのだ。力を持っているから、戦えるから、安心できるのである。

 

 「オレってとてつもなく臆病なんです。だから、万が一でも、左腕(フォトンアーム)を失う訳には――」

 「て、事は、お前は結局、その“力の源”も信用しきれていないわけだ」

 「え?」

 「だってそうだろ? 一回や二回、使ったくらいで壊れるのを恐れてるって事は、左腕(ソレ)を作った奴の事が信用で来てないってことじゃねーか」

 

 ゼノの発言は、シガにとって……どう返していいか、自分の考えが解らなくなった。

 オーラルさんの事は信用している。この左腕(フォトンアーム)だって、少しでも使える様に尽力してくれている。でも……オレは、本当はどうしたかったんだ?

 力が欲しかっただけなのか。それとも、怯える毎日に耐えられなかったのか……

 

 「力ってのは、持ってるだけじゃ意味がない。大事に宝箱にしまうものでもない。確かに必要な瞬間は必ず来る。だが、その瞬間に使い慣れない力じゃ、何も護れないかもしれないぜ」

 

 必要な瞬間……先ほどナベリウスで交戦した大型原生生物(ロックベア)。あの戦いで、本来なら使うべきだったのかもしれない。何よりも、オレ自身が誰よりも左腕を信用しなければいけなかったと言うのに……

 

 「馬鹿だ……オレ――」

 

 くだらない意地から、全てを台無しにしてしまう所だった。

 

 「その悔しさを忘れるな。どんな時でも諦めるな。忘れず、諦めずにいれば、いつかきっと、前に進める」

 「はい――」

 

 

 

 

 

 「あ、戻ってきた! ゼノ!」

 

 ゲートを通り、アークスロビーに戻ってきたゼノとシガは、そこで二人の人物に出迎えられた。

 一人はオーラル。シガは知る由もないが、隣に立つニューマンの女性がゼノに言い聞かせる為に援軍として呼んでいたのである。

 

 「声が大きいぞ、エコー。ほら、注目されてるじゃねぇか」

 

 24時間、人通りが途絶える事の無いアークスロビーでゼノはニューマンの女性へ、周囲から注目されている事を指摘した。

 

 「あなたも大丈夫? 通信では怪我をしてたって聞いたけど――」

 

 と、次にニューマンの女性はシガに視線を向けた。ゼノがアークスシップに帰路する間に、キャンプシップからシガの事を把握していたのである。怪我をして気を失っていると聞いていた。

 

 「おいおい、俺がついてたんだぜ? 骨が折れたくらいだよ」

 「ちょっと。それって、最悪じゃない!」

 「心配ねぇって。気を失ってる間に、キャンプシップの簡易メディカルセンターで治療してもらったし。な!」

 

 どうりで、まだ身体が痛いわけだ。確かに、骨折する度にアークスシップのメディカルセンターにお世話になるのは、アークス個人の評判としてあまり良くないのだろう。

 

 「この程度は、余裕ですよ!」

 

 まだ痛むが、やせ我慢してここは先輩を立てていく事にしよう。

 

 「ごめんね。無茶ばっかりさせられたと思うけど、もう大丈夫だから」

 「……お前な」

 

 と、二人の一連の流れから、よほど仲の良いペアであるとシガは察する。こっちのニューマンのお姉さん。確かに美しいし、素晴らしいモノをお持ちだが、フラグは立ちそうにないなぁ。

 

 「ゼノ。お前は最低限の自己紹介をしたのか?」

 

 ここに来て、一連の会話の流れと雰囲気を分析したオーラルは、感じた違和感の正体を確かめる為に尋ねてきた。

 

 「ちょっとゼノ。自己紹介もしてなかったの!?」

 

 ニューマンのお姉さんは、アークスどころか、人として最低限の礼儀を欠いていた事に呆れたように驚きの声を上げる。

 

 「ああ、そういや忘れてた。いやぁ、なに、ちょっと新人だった頃を思い出してな。すっかり後回しになっちまってた」

 

 と、ゼノはニューマンの女性側に寄って改めて自己紹介を行う。

 

 「俺はゼノっていうんだ。そんでもって、こっちのうるさいのがエコー」

 

 素気なく相方のニューマンの女性の事も紹介していく。

 

 「よろしくね。あと、うるさくないからね」

 「オレはシガって言います。よろしくお願いします、ゼノ先輩、エコー先輩」

 

 シガは、ゼノとエコーの両名と握手を交わす。

 

 「ゼノ、エコー。お前達は引き続き任務に向かえ。今度は途中経過の報告を忘れるな」

 「了解」

 「はい」

 

 二人はオーラルに言われて、軽く手を振りながらシガと別れる。そして、そのままキャンプシップの出港区画へ歩いて行った。

 

 

 

 

 

 「左腕(フォトンアーム)の調子はどうだ?」

 

 二人が去った後に、オーラルはマザーシップに戻る前に、シガの状況を把握するつもりで話しかけた。

 

 「まだ、使ってません」

 「そうか。今、戦闘機能が停止した場合でも、最低限のフォトン変換を行えるように、設定を考えている。今も物には実装していないが、それでも遠慮なく使って行け」

 「――はい」

 

 こんな自分の為に、オーラルさんは出来るだけ戦えるようにしようとしてくれている。先ほどまで、自分の事しか考えていなかった身としては恥ずかしくて穴に入りたい気分だった。

 

 「その設定が組み上がったら、すぐに実装する。それまでは、現状で我慢してくれ」

 

 それだけを告げて、オーラルは歩いて行く。通常の業務に戻るのだろう。

 

 「……オーラルさん」

 「なんだ?」

 「『フォトンアーム』を本格的に戦いに混ぜたいんですけど、相手をしてくれませんか?」

 

 シガは、持てる力を全て使って前に進むと決めた。その力には当然、左腕(フォトンアーム)も入っている。

 最初の訓練の時の様に基本的な使用方法と動作を学ぶ為では無く、本格的な戦いとしての左腕の運用を模索したいと思っているのだ。

 故に、事情を知っていて、実力もあるオーラルが最も適任なのである。しかし、彼も多忙だ。簡単に首を縦に振ってくれるとは思えない。ダメもとでの懇願だった。

 

 「個人的な訓練はできん」

 「……そうですか」

 

 こちらの都合でワザワザ時間を作る程、彼も日常に余裕があるわけでは無い。仕方ない、フィールドで人気のない場所を見つけて、とシガは結論を出す。

 

 「だが、集団訓練のタイミングなら問題ない。手の空いた時間に、希望する奴らを集めて戦い方を教示していてな。最近はヒューイかクラリスクレイスしか来ないが……」

 「! オレもよろしくお願いします!」

 「なら日程が決まったら、こちらから連絡を入れる。それでいいな?」

 「はい!」

 

 嬉しそうなシガの声を聞き、オーラルは今度こそ去って行った。

 やることは沢山ある。まずは今の自分の力で、どれくらいまで進むことが出来るのか、全てを出しきって計ってみよう。

 

 ここまで多くの背中(アークス)を見て来た。そして、弱いと自覚できた自分を克服する為に、シガは全てを賭して前に進むことを強く誓った。




 ちょっとだけ、あの人が登場しました。シガにとってすれば苦手な女性の一人です。
 次は、彼が出ます。ニューマンの彼です。

次話タイトル『Aptitude person それしかなかったから』


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21.Aptitude person それしかなかったから

 自由探索許可申請。

 

 各惑星の特定の環境毎に存在するその申請は、特に目的も無く、その地域を自由に探索することが認められた証である。

 全アークスのIDには、誰が、どこの惑星まで行けるかを詳細に記録してあるのだ。そのため、まずアークス達が目指すのは、今手の届く全惑星と、全ての地域の自由探索許可であった。

 例外として、チームを組んだ際に、そのリーダーが行ける惑星と地域なら、チームメンバーは基準に達していなくても行くことが出来る。だが、結局は個人的にも、自由な行き来は必要になって来るので、全てのアークスは、最低限は全ての惑星と地域には足を踏み入れる事になるのだ。

 

 「よっと」

 

 無論、シガも例に漏れず、自由探索許可申請の為に三度目のナベリウスへ足を踏み入れていた。

 相変わらず原生生物の数は多いが、心なしか地形にも慣れている事もあり、不利有利を上手く使って立ち回る。この辺りは、あの時の先輩アークスであるゼノの立ち回りを参考にしていた。

 

 「それにしても、アザナミさん……本気なのかなぁ」

 

 多くの原生生物に囲まれていても、シガの考えている事は目の前の戦いでは無く、別の事だった。

 

 

 

 

 

 今から三日前。ゼノと共にロックベアと対峙した日の夕刻にアザナミに連絡を取ってカタナの基本モーションを提供した時の話。

 常に納刀し、攻撃時のみ刃を走らせる構えを、アザナミはえらく気に入ってくれたのだ。

 攻撃の幅も狭まる。毎回納刀しなければならない。など、欠点を上げた。しかし、彼女は、そんな事は問題ではないと言ってくれた。

 

 基本的に大切なのは、初めてカタナを触るアークスでも容易に威力を出せるかどうかによるらしい。

 通常の剣術の構えは、人によって個人差もあり、使えるようになるまでは本当に長い時間を要する。それこそ、達人、と呼ばれる領域までたどり着かなくては、絶えず武器が破損してしまう。

 だが、居合の構えは、その段階で攻撃の予備動作に入っている。エネミーを確実に捉える速度と攻撃力を初心者でも簡単に引き出せるモノとなっているのだ。

 常に納刀する事でフォトンの刃の維持にもつながり、絶えず最高の切れ味を保持し続ける事もできる。鞘を無意味なモノとせずに、受け流しや、防御にも使える。

 

 距離の問題はフォトンアーツや、装備者のステップでもカバーできるとの事で、現段階では最も機能的であると評価してくれた。

 そして、引き続き動作パターンの検証と、新しいフォトンアーツの試験も頼まれたのである。

 

 

 

 

 

 敵は猿型原生生物(ウーダン)鳥型原生生物(アギニス)

 ウーダンは慣れた相手で親しみさえ感じる事が出来るエネミーだ。逆にアギニスは、遠距離手段に乏しいシガではかなり手に余る敵である。

 

 向かって来るウーダン達の攻撃を、ステップで躱しつつフォトンアーツ『フドウクチナシ』の衝撃波で動きを止めた。そして流れる様に、接近し抜刀。緑色のフォトン刃の軌跡は、ウーダン達を一刀のもとに斬り捨てて行く。

 上空から、ウーダン達をしとめるシガの背を、隙であると見たアギニスが滑空攻撃を仕掛けてきた。

 

 「っと――」

 

 なんとなく、このタイミングで来ると思っていたシガは、滑空に合わせて身体を反るように躱しつつ、カタナでアギニスを縦に両断する。

 

 「だいぶ、フォトンの集束タイミングが解ってきたな」

 

 武器毎にある、フォトンが最も集束し、高い攻撃力を生み出すタイミングをシガはカタナで少しずつ確信を得ていた。戦えば戦う程強くなる。ある意味、どの惑星の生物にも無い、アークスならではの強さであると実感していく。

 

 「よし、これで終わりっと」

 

 シガは自由探索許可申請で回収するように言われた『ナベリウス観測素子a』を必要数手に入れた。これは、アークスが惑星の生態系を図る為に特定の原生生物に埋め込んだ代物であり、これの埋め込みと回収を定期的に行っているらしい。

 

 「不自由だよなぁ。ある意味管理されてるって事か」

 

 逃げて行くアギニス達を見ながら、本人たちは籠の中の鳥である事を自覚しているのか、少しだけ空しくなった。

 

 「まぁ、ダーカーに浸蝕されて、生態系が滅ぶよりはマシか」

 

 ダーカーを全て倒す事が出来れば、こんな装置は二度と必要ないのだろう。もしかすれば、アークスも必要なくなるのかもしれない。

 

 「…………」

 

 考えるとキリがないので、今は目的を達成したことを素直に喜び、帰るとしよう。

 

 「わぁぁ! た、助けてー!」

 

 そんな声が聞こえた。聞こえてしまったので、テレパイプを取り出した所で動きを停止する。

 

 「……男……だな。まぁ、頑張れ」

 

 と、起動スイッチを押そうとした瞬間だった。回転したガロンゴが側面に直撃する。

 

 「ごはぁ!?」

 

 完全に隙を突かれて轢かれる形になったシガ。ガロンゴが転がってきた方から、逃げる様にアークスの青年が走って来た。

 精一杯逃げてきた彼だったが、追い越されたガロンゴに進行方向を塞がれ、追われた後続に挟まれるような形となる。

 

 「か、囲まれた……もうだめだぁ……」

 

 ヘタッと、その場で座り込んでしまい、己の死を覚悟した。

 

 「痛てぇな! この野郎どもがぁ!!」

 

 その言葉と共に、瞬時に戦闘状態に移行した左腕(フォトンアーム)に造りだされた『フォトン・エッジ』が青年の上空を旋回する。

 青年の縦長の帽子を両断する程の切れ味を持つ一撃は、範囲に入っていた原生生物たちを瞬く間に両断。そして、怒りの感情に任せて立ち上がったシガに、その場の全ての生物(アークスの青年も含む)が怯えた視線を向ける。

 

 「はわわわ」

 

 その凄みに気落された原生生物たちは、蜘蛛の子を散らす様に逃げて行き、その場に残ったのは怯える一人の青年だけだった。

 

 

 

 

 

 「ふしゅぅぅぅぅ」

 

 怒りに任せた一撃は、瞬く間に敵を霧散させた。久しぶりに瞬間的に発動したフォトンアームは問題なく機能した。

 戦闘服(クローズクォーター)は毎回弾け飛ばない様に左腕部分だけをフォトンで外見は普通に見える様に擬態を施している。戦闘形態に移行するまでのタイムラグはほとんど感じず、通常状態に戻しても疲労はまるでなかった。初期型と比べて、だいぶ使いやすくなっている。

 

 「ふぅ……オーラルさん、いい仕事してるぜ」

 

 敵が消えて、怒りの矛先が居なくなったところで冷静になった。と、視界の端にこちらを見て小鹿の様に震えるニューマンの青年が居た。なぜか、頭の上には半分に両断された背高帽が乗っている。

 

 「あ、悪い悪い。帽子、壊しちゃったなぁ」

 

 腰を抜かしている青年へシガは右腕を差し出して、謝罪を入れた。

 

 「あ、いえ……ぼくも、考え無しに逃げて回っていたので……」

 

 話が分かる人間だと思ったのか、青年はシガの手を取って起き上がる。

 

 「あんた、フォースだろ? 男のフォースは始めて見たよ」

 「え、はぁ……」

 「逃げてたみたいだけど、なんか訳ありか?」

 

 と、シガは彼が逃げてた様子から自分と相性の悪い敵と遭遇したのではと推測した。それに、前衛職と組んでおらず、単身(ソロ)で活動するフォースも珍しい。

 

 「いや……ぼく、あんまり戦うのは好きじゃなくて、ですね……出来るなら戦わずに済ませたいなぁ……と」

 「え? じゃあ、なんでアークスに?」

 

 確かに、性格的にも気弱な雰囲気が感じ取れる。数匹の原生生物に追われて逃げていた状況から、擬態(理由があって本来の実力を隠す行為)でもないのだろう。

 

 「たまたま適性があったのと……人気があったからそうしただけで……」

 

 アフィンといい……なんだが、一般的な理由を持たない珍しいアークスと良く遭遇する気がする。

 

 「だけど、なっちまった以上、戦うのは最低限の義務だぜ? 逃げでもなんでも良いから、自分の身くらいは護れないと」

 

 先ほどの逃走状況から、ニューマンの彼は身体能力でも普通のアークスとは大きく差がある。まぁ、適性が法術主体のフォースであるのなら仕方がないと言えるが。

 

 「…………」

 

 ニューマンの青年は周囲に死体となって転がる、シガの一撃で絶命した原生生物を見やる。

 

 「弱肉強食だから、仕方ないけど。部外者とは言え、オレたちもその連鎖に割り込んでるんだからさ」

 

 正直、性格的に気弱な印象を受ける彼はこういう荒事に向いていないのかもしれない。アークスとして、身体的に素質があっても、誰もが精神的な素質があるとは限らないのだ。

 

 「あの……どうすればエネミーと戦わずに済むと思いますか?」

 「お、お前なぁ……」

 

 突拍子もない彼の発言にシガは呆れるしかなかった。今の発言を、ゼノ先輩が聞いたら、その場でぶん殴られていただろう。

 

 「はぁ、そんなに戦うのが嫌なら、アークスを止めればいいだろ? 適性があっても、身の丈に合わないなら、いつか取り返しのつかない大怪我をするぞ?」

 

 シガ自身もアークスとして活動を始めてひと月も満たない新人だが、それでも戦う意味と危険な事であるのは知っている。そして、今彼に言った自分の言葉は、ロックベアの戦いの後に、自分自身に言い聞かせている言葉でもあった。

 

 「でも、ぼくにはこれしかなくて……他には何も出来なかったけど、なぜかアークスになれる適性だけはあったみたいで……」

 

 曰く、アークスにしか成れなかったから、彼はこの道を選んだ。しかし、戦うのは怖いらしい。変な矛盾の狭間に板挟みにされた結果、現在のような形が出来上がってしまったと言う所だろう。

 

 「まぁ、エネミーと戦わずに済むのは無理だろ。どうにかして、その辺りは気合で何とかするしかない……と思う」

 

 最後の方はシガも自身が無かった。自分も結構な遠回りをして今の形に落ち着いたのだから、まだまだこれから強くなっていかなくてはならないと自覚している。

 

 「まぁ、でも……あんたの気持ちも解るよ」

 「え?」

 

 考え方は違っても、シガ自身も今の結論に至るまではずっと怯えていた。力の無い自分が怖くて、左腕(フォトンアーム)に縋っていた頃は、自分の殻に強く籠っていたのである。その所為で、死にかけ、危うく全てを台無しにしてしまう所でもあった。

 

 「名前、教えてもらっていい?」

 「え、ぼくは……テオドールって言います」

 

 急に名前を聞かれ、きょとんと、反射的にニューマンの青年――テオドールは答える。

 

 「オレはシガだ。偉そうな事を言ったけどさ、オレもあんたと同じだったんだ。だから、その気持ちは、よ~くわかるよぉ!」

 

 戦わずに済めばそれに越したことはない。しかし、そうはならない以上、やっぱり戦うしかない。

 

 「実はさ、知り合いが定期的に訓練をやってくれることになってるんだよ。これ、日程と場所ね」

 

 と、シガはテオドールの端末に情報をメールで送る。

 

 「せっかくですけど……ぼくは……」

 「ああいいよ、参加は自由だから。けど、計りなりにもアークスになったんだ。きっとテオドールとは正反対で、アークスに成りたくても成れない人だっている」

 「…………」

 「もし、アークスとしての責任みたいな事を感じ取れるなら、少しでも出来る事はやっておいて損はないと思うぜ」

 

 そう言いながら、シガはテレパイプを展開した。彼自身の目的は達成していたので、もうナベリウスには用はない。

 

 「男は強くなくちゃな!」

 

 ニッとシガは親指を立てて笑う。その笑顔は、今までテオドールが向けられていた他者からの嘲笑といった下卑た笑顔ではなかった。本当に、一緒に強くなろう、という自分を対等として見てくれているモノである。

 

 「あ、ありがとう。シガ!」

 「おう。待ってるぜ、テオドール!」

 

 そう言いながらシガは片手を振り上げながらテレパイプの中に消えた。その場には彼が展開した転移ポートが残っているが、しばらくすれば役目を終えて消えるだろう。

 

 すると消える前に転移ポートが再び起動する。テオドールは頭に疑問詞を浮かべていると、シガが戻ってきた。

 

 「あー、悪い。その帽子な、ちゃんと弁償するから」

 

 と、律儀にそれを言いに戻ってきた彼に、テオドールは思わず笑みを浮かべた。




彼です。テオドールです。後にガッツリメインに関わって来るので、交流をば。
次はニューマンの彼女がでます。後、ついでに彼も出ます。

次話タイトル『Conclusion ナベリウスの地質』


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22.Conclusion ナベリウスの地質

 『本日の午後より、仮想トレーニングルームで訓練を行う』

 

 「よし、来たぁ!」

 

 シガは、そんなメールをオーラルから受け取って、更にソレをテオドールへと送信する。

 彼が来るかは不明だが、少しでも今の自分を変えたいと願うならきっと姿を現すはずだ。

 

 「つっても、来るのはヒューイくらいって聞いたけど」

 

 テオドールとヒューイが顔を合わせれば対極な感じになりそうだが、まぁ何とかなるだろう。来るかどうかも解らないが、とりあえず準備だけはしておこうと、ゲートに向かった所で、

 

 「あ、こんにちは。シガさん」

 

 地質学者である、ロジオに声をかけられた。

 

 

 

 

 

 「三日前は、依頼を受けていただいてありがとうございました」

 「あ、あれ? そう言えば、収集したデータって渡しましたっけ?」

 

 いっけね、すっかり忘れてたよ、とデバイスデータを組み込んだ端末を取出そうとしたところで、ロジオが静止する。

 

 「いえ、お渡しした収集データは、情報をリアルタイムで私の情報端末に入るようになっているので、問題ありません。既に、データは受け取っているようなものです」

 

 データを手渡しする必要は無いらしい。オレの考えている以上にハイテクな情報統制が世の中には浸透しているようだ。

 

 「おかげさまで、欲しかった実地データがたくさん手に入ったのですが……うーむ……」

 

 彼の疑問は、シガから得た実地データだけでは納得いく結論には至らなかったらしい。

 

 「なんと言えばいいのでしょうか……環境値と地質がかみ合っていないというか。ところどころ、おかしな感じがしているんです」

 「かんきょうちとちしつがかみあってない?」

 

 正直、学者だけ解る専門用語は止めてほしい。

 

 「……歯切れが悪くて済みません。データを集めてもらった手前、シガさんにも結果をお知らせする義務があると思ったので。まだ結論は出ていませんが、これからしっかり調査してみます」

 「できるなら、次は素人にも解るように教えてくれると、凄くありがたいですね……」

 

 彼の親切心は尊重したいのだが、シガにとってはさっぱりわからない事を一方的に告げられるのは勘弁してほしいのである。

 

 

 

 

 

 戦いでは無く、星自体にも関心を持つべきだと、改めて考えていた。

 

 「地質かぁ……さっぱりだな」

 

 ロジオの言っていた、重要性がいまいち理解できない。もしかすれば何かの危機の前兆か何なのか? それとも単純に珍しいだけなのだろうか? 一応専門家がそう言っているので今度からは、その辺りの事を気にしてフィールドを散策してみよう。

 

 「ん?」

 

 回復薬を消費していたことを思い出て、まとめ買いに一階のショップエリアに降りると、何か物珍しそうにショップエリアを歩いているニューマンの少女を発見する。

 

 全体的にスタイルの良い美少女だ。服からしてアークスでは無く一般人のようだが、身内でも捜しているのだろうか? すると、目が合った。

 

 「あ、ちょっと、ちょっと! 貴方、アークスでしょ!」

 

 自分に注目していたと判断した少女は、気さくな雰囲気でシガに話しかけてくる。どうやら話しやすいアークスだと思われたようだ。

 

 「うわー、いいなー!」

 「お、おう」

 

 あまり褒められ慣れてないシガは、羨ましそうな視線を向けてくるニューマンの少女のまなざしに、驚いた声しか出なかった。雰囲気から清楚な少女かと思ったが、正反対であったらしい。

 

 「あ、ごめんごめん。わたし、ウルクっていうんだ」

 

 不意に話しかけて来たニューマンの少女――ウルクは軽く自己紹介をしてくる。

 

 「どうも。シガと言います」

 

 この辺りはアークスが主に活動する区画となっているが、一般市民の姿はそこそこ見受けられる。とは言っても一般人の目的は、個人的な依頼や、この辺りで簡単に買い付ける回復薬や家具などが目当てだ。

 アークスも正規の依頼よりも、一般人の個人依頼の方が見返りは多い事から、よほどの事が無ければ進んで受けている。彼女もその手の類だろうか?

 

 「何か用ですか?」

 

 初対面の女性と向き合う時の最低限の心得として、シガはキリッと表情を作る。

 

 「あー、依頼とかじゃないんだ。昔からアークスに憧れてたからさ、つい。ごめんごめん」

 

 と、ウルクは後頭部に手を当てて明るく笑う。何だ、逆ナンじゃないのか。内心落胆しつつも、彼女の発言の一つが気になった。

 

 「ん? 憧れてたって?」

 

 シガの言葉に彼女は少しだけ気落ちした表情になった。あ、地雷ふんじゃったかなぁ……と、その表情を見て軽率な発言をしたと反省する。

 

 「だめだったんだよね、わたし。フォトンを使う才能が無いんだって」

 

 アークスとしての最低条件であるフォトン適性。それに彼女はパス出来なかったらしい。こればっかりは、産まれ持った素質であるようで、適性の無い者は絶対にアークスには成れないのだ。

 

 「アークスってシビアなとこなんだし、無理は言えないもんね。でも、まぁ! わたしのことは別にどうでもいいのよ。それよりも気になるのは、わたしの友達のこと!」

 

 と、ウルクは陰険な雰囲気を取り払うように、明るい雰囲気を取り戻す。

 

 「あいつ、引っ込み思案で臆病なのに、何をトチ狂ったか、急にアークスになるとか言い始めてさ。そんでもって、実際に才能があって、一人でアークスになっちゃったからもう大変!」

 

 うーむ。美少女と話が出来るのはいいが、身内の事となると……どうも会話の意図が掴めない。彼女の言う“あいつ”とは、親しい間柄なんだろうけど。アークスはお悩み相談じゃないですよ!

 

 「一人でやっていけると思う? 貴方もアークスでしょ? 任務とか、結構キツイ?」

 「人によるんじゃないかな? アークスでも好戦的な奴と消極的な奴がいるし。中には、明らかにヤバイ人も――」

 

 射撃適性試験の時に教導官のリサ撃ち殺されそうになった事と、ゲッテムハルトの事を、嫌な思い出としてシガの脳裏によみがえる。

 

 「あ、あはは……嫌なこと思い出しちゃった?」

 

 夢にも何度か出てきた事もある体験(特に射撃適性試験)を改めて思い出し、近くの壁に顔を伏せて項垂れるシガにウルクは、フォローするように苦笑いを浮かべた。

 

 「もし、アークスとしてあいつと戦う事があったらよろしくね」

 「あの、そもそも、あいつって誰?」

 

 ウルクは知っている感じで話しているが、シガとしては誰の事を言っているのかさっぱりだった。

 

 「ああ、ごめんごめん。テオドールって名前のアークスだから。見かけたら気にかけてあげてね」




 ウルクは必要以上に絡んでくるので、これからも度々接触があります。ストーリーの本懐に関わってくるNPCキャラとは一通り交流をするつもりです。
 EP1の一番の課題は、マトイが空気になりやすい事なんですけどね!

次話タイトル『Distance 間合い』


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23.Distance 間合い

 オーラルから連絡を貰い、シガは訓練用仮想ルームにいた。入り口の前でテオドールがオロオロしていたので、捉まえて共にオーラルを待つ。

 

 「お前、頑張れよぉ~。本当に、頑張れよぉ~」

 「え? え!? な、なんですか!? 急に……」

 

 先ほど、ウルクに言われた事を思い返し、思わず激励する。急にそんな事を言われて、本人は混乱しているが。

 

 「困ったことがあれば言え。出来る限り協力するから」

 「え? は、はい。わかりました」

 

 いきなり肩を叩いてきたシガに、テオドールは終始戸惑っていた。

 そこへ、転移ポートが起動し、そこからオーラルが現れる。彼は二人の女性アークスを同行させていた。今回の仮想訓練に協力してくれる者達のようだ。

 

 「ヒューイは居ないか」

 「おやおや、あらあら、どうもどうもこんにちわ」

 「久しぶりね。シガ」

 

 同行している、キャストの女性とニューマンの女性がそれぞれ挨拶をしてくる。

 

 「あ、お久しぶりです。マールー先生。それと、リサさん……」

 

 天使と悪魔が同時に来た……。シガは、ニューマンの女性――マールーとキャストの女性――リサにそれぞれ愛想を変える。

 

 「シガさん。リサは貴方に会えて、とーっても嬉しいですよぉ。的が二つ……ふふふふ」

 「リサ、まだ撃つな」

 

 既にライフルを取り出しているリサは、オーラルに制止されて銃口を下に向けた。直さないんだ……と、シガは嫌な予感を感じ、そんな彼女を見てテオドールは相変わらず小動物の様に震えている。

 

 「今日はヒューイが居ない分、小分けになるな」

 「ちなみに、何でヒューイは居ないんですか?」

 

 手を上げたシガは、基準にのっとって質問する。最近は彼だけだったらしいが、人が増えた今回に限って出てこなかったことが疑問だった。アイツの性格なら、何があっても参加しそうなものだが。

 

 「アイツはレギアスとマザーシップの警護だ」

 「あ、なるほど」

 

 いつもなら抜け出してくるのだろうが、レギアスが目を着けている以上、抜け出すのは容易ではないのだろう。

 

 「知らん顔が居るな。名前は?」

 「テ、テオドールと言います! シガさんに訓練に誘われて……」

 「そうか」

 

 オーラルはテオドールを見て、僅かな動作や、気弱な口調と表情からどのような人物かを読み取る。

 

 「テオドール。お前は、マールーと訓練をしろ。マールー、予定と違うがいいか?」

 「私は構いませんけど……リサは――」

 「リサは構いませんよお。シガさんが相手でも。ふふふ、ふふふ。ふふふふふ」

 

 シガは意味深に笑うリサに嫌な予感しかしない。彼女はなんとなく、最初からオレをロックオンしている気がする。

 

 「訓練って……戦闘訓練じゃないんですか?」

 

 テオドールはマールーと組まされて、何をするのか大体を察した様だった。

 

 「研修生としては卒業出来た様だが、やはり修了と実戦は違う。お前は、その変化について行けてない様だな」

 

 オーラルはその場でテオドールの任務履歴を確認していた。どれも、受けるのはいいが、退却や失敗している。未だにナベリウス以外の惑星への進入許可の任務さえも許可がもらえていない様子だった。

 

 「マールー、(オレ)のIDを使っても良い。エネミーと仮想での戦闘訓練を行え」

 

 普通は、自分の幅に合った任務を行い、少しずつ慣らしていくものだ。しかし、テオドールは消極的過ぎる性格から、失敗して自信を喪失していると判断する。

 

 「とりあえず、お前の場合は、何度も敵と戦って慣れるしかない。荒療治になるが、仮想でもエネミーに対する立ち回りは実戦でも応用できる」

 「は、はい!」

 

 心に響く様なオーラルの効率的な訓練内容に、テオドールは納得できたようだ。

 

 「シガ。お前は(オレ)とリサが相手する」

 「げっ」

 「あらあらふふふ。シガさん……ふふふ」

 

 完全にロックオンされている。さしずめ、彼女は鎖に繋がれた猛獣。飼い主(オーラル)が鎖を解放すれば間を置かずに襲い掛かってくるだろう。

 

 「エリアを二つに分ける。マールー、そっちは別のフィールドでやれ」

 「わかりました」

 

 

 

 

 

 目の前に二つのエリアに向かう橋が現れた。一つの広い空間に、二つの正方形の仮想エリアを儲けた形となって目の前に展開されている。

 

 「ふふふ。ではではでは! シガさん。逝きましょうかあ」

 「……オーラルさん。なんで、オーザさんじゃなかったんですか?」

 

 歩いて行くリサを見ながらシガはオーラルを見た。

 近接での動きを見るのなら、レンジャーのリサよりもハンターのオーザの方が良いのではないのかと、それなりな理由をつけて問う。

 

 「アイツも誘ったが、業務が重なった。本来ならリサとマールーが中距離以降の連携を試したいと言う事だったが……ヒューイが居ないからな。お前とテオドールでは練習にさえならん」

 

 近接戦闘では、アークス内トップクラスのヒューイが居ないと訓練にすらならないらしい。シガだけだったら、ただ的にさせる予定だったと、何気に酷い事も付け加える。

 

 「色々ひでぇ」

 「お前は、敵の攻撃の気配を感じとり、飛び道具にも対応できるようになれ。リサの射撃を躱し、近接に持ち込んで見ろ」

 「はやく、はじめましょうよお」

 

 先にエリアに入ったリサは眼を爛々と光らせて、シガが仮想エリアに足を踏み入れる瞬間を待っていた。彼女は既に武器(ライフル)を出して、トリガーに指をかけている。

 

 「……いつもに増して怖いんですけど」

 「いいから行け」

 

 いつまで経っても始まらんだろ。と、見てくるオーラルにシガは覚悟を決めてリサと向き合う正方形のエリアにオーラルと踏み込んだ。

 瞬間、リサの持つライフルのトリガーが引かれ、銃口から弾丸が発射される。

 

 「いっきなり!?」

 

 左腕(フォトンアーム)を戦闘状態に解放し、最低限の防御――頭と胴体を出来るだけ護る。ライフル程度では攻撃の通らない強度で受けて行く。

 オーラルはリサが撃つと同時に横に大きくステップを踏んでシガから離れていた。

 

 「いいですねえ。簡単に終わったら困りますよお」

 

 リサの一回のトリガーで発射された連射が止まった。頭と身体の重要な器官をシガは護りきったが、それでも肩や脚に何発が被弾してしまっている。

 

 「実弾じゃなくて助かったな。仮想でも当たると死ぬほど痛いが」

 

 滅茶苦茶痛ぇ……けど、ソレ以上に――

 フワッとリサは距離の放れているシガから更に後ろにステップし距離を取った。その、眼前を僅かに掠める様に、『フォトン・エッジ』がギリギリ届かず通過していく。

 

 「みえてますよお?」

 

 この距離の取り方。完全に……こっちの攻撃距離が“視え”ている者の動きだ。そして――

 

 リサは再びジャキッとシガに銃口を向けて発砲。攻撃に躊躇いは一切無い。

 彼女の射撃は精確無慈悲に、足や腕を狙うスタイルである。一発で仕留める事をほとんど考えずに、まずは機動力を奪う事を重視した射撃だ。

 故に、頭や胴を防御しても肩や脚を狙われて釘づけにされてしまう。

 

 「ほんっと、きっついなぁ!」

 

 その時、リサのライフルの銃口が弾き上がった。少しだけ驚いたように、リサの射撃が中断される。

 

 「お、当った」

 

 間を突いて、右腕で取り出したガンスラッシュからの神頼みの一射。それは偶然にも彼女のライフルにあたった。その僅かなチャンスを逃さずに接近する。

 

 「いいですねえ。元気な獲物ほど、とーっても撃ち甲斐がありますよお」

 

 リサは接近してくるシガへ、その場に留まりライフルを撃つ。頭と胴を護る形で接近するが、彼女の狙いは脚だった。

 最初に機動力を削ぐ。それがリサの戦い方だ。動きが止まれば後はいくらでも対応できるからである。

 

 「オオ!」

 「良くもちますねえ。リサは、とーっても嬉しいですよお」

 

 シガは脚を狙われていると解っていても、あえて頭と胴を護る。彼女の腕前を知っているからだ。下手に急所を晒せば、咄嗟に打ち抜かれて、そのまま敗北になる可能性が高い。

 リサの射撃と、シガの突撃。お互いに、己の能力を信用して行動を選択する。すると、射撃が止んだ。

 

 「あらあ?」

 

 仮想とは言え、本来の武器と同等の性能を持つリサのライフルが一時的に弾詰まりを起こしたのだ。今までの獲物なら数発で行動不能に出来たため、その際に必然と射撃は停止し、弾詰まりは滅多に起きない。

 

 しかし、いつまでも倒れないシガに、その目測は大きく外れ、短時間の射撃の所要限界を迎えてしまったのである。

 ライフルを見て首をかしげるリサをシガはカタナの間合いまで踏み込んでいた。

 

 「()ったぁ!!」

 

 緑刃が鞘から解き放たれ、神速の抜刀が彼女へ向けられる。サクラエンド。フォトンの集束も完璧。距離も完全に捕えた――

 

 「リサが接近された時の事を、考えていないと思いましたかあ?」

 

 彼女は側転するように躱し、ライフルを持たない片手を押し上げて宙を舞う。小柄な身体(ボディ)はシガの攻撃はおろか、身体さえも易々と飛び越え、宙で彼の背後を捉え――

 

 「いでででででで!?」

 

 躊躇いなく引き金を引き、死ぬほど痛い弾丸をシガの背に叩き込む。

 

 「当然、近づかれた際も想定してある。マールーが居たら黒焦げだったぞ?」

 

 オーラルは迂闊な攻防の欠点を上げる。マールーがこの場にいれば、躱しつつ攻撃する必要は無い。本来は確実に避ける動作だけでいいのだ。

 

 「くっそぉ~」

 

 流石にダメージに耐えきれずに俯せでシガは倒れる。攻めが甘い。だから、回避されると同時に攻撃する余力を与えてしまったのだ。

 

 「この程度じゃないですよねえ? リサはまだまだ撃ち足りないですよお」

 

 何事も無かったかのように着地し、既にフォトン・エッジの間合からも外れているリサは弾倉を交換していた。

 

 「人を撃つなんて経験は、なかなか無いですからねえ」

 「シガ。お前に足りないのは長い攻撃距離を持つ敵との間合いの詰め方だ。今みたいに体力に言わせての猪突猛進では、避けられて撃たれる」

 

 射撃と近接では射撃が有利。これは子供が見ても明らかな優位関係だ。しかし、立ち回りによってはいくらでも距離の詰め方は存在するのである。

 

 「まぁ、当面の目標としてはリサに触る所からだな。このままだと、飛び道具を持つ敵に対しては成す術もなくやられてしまうぞ」

 「はい……」

 

 なんとか回復薬(モノメイト)を飲み、ダメージをある程度、回復すると再び立ち上がる。

 

 「いいんですかあ? ではではでは! ちゃんと痛がってくださいよお?」

 「オレが撃たれてばかりだと思うなよ! このドSめ! 触って良いって言われたからな! マジで触っちゃうぞぉ!!」

 

 うおおお! と先ほどの攻防から何も学んでいないシガに対して、適切な距離を取りながら嬉々として攻撃するリサ。

 

 当然彼女には一度も触れる事さえできず一方的に痛めつけられた。




次はオリキャラ紹介と種族とアークスの世代に関する用語紹介です。


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オリキャラ、用語紹介II

用語紹介IIです。PSO2の標準的な用語とオリキャラの紹介を掲載しようと思います。


★種族と、アークスの世代について

 ファンタシースターオンライン2における種族。現在は、『ヒューマン』『デューマン』『キャスト』『デューマン』の四種族が存在している。

 

【ヒューマン】

 最も安定してフォトンを扱える種族。その代わり突出した特徴を持たないと言う、欠点も存在し、それぞれの分野で他の種族に一歩引いた能力しか持たない。

 全ての種族の基本であり、他の種族はヒューマンの亜種として認識されている。遺伝子情報を持つ事から異種族間でも子孫を残す事は可能。

 主に、シガ、マトイ、ゼノ、ゲッテムハルトなどがこの種族。

 

【ニューマン】

 ヒューマンのフォトン使用効率を高める研究から生まれた人類。誕生当初はヒューマンよりもフォトン感応力が高い反面、身体能力では大きく劣っていた。現代では、さらなる研究によってニューマンの肉体と、ヒューマンのフォトンを扱う力の両方が進化している為、両者に能力の差はほとんどない。

 ちなみに、とがった耳は、大気中のフォトンに対するアンテナのような役割を果たしている。

 主に、アフィン、パティ、ティア、エコー、シーナ、テオドール、ウルク、マールーなどがこの種族。

 

【キャスト】

 生まれはヒューマンやニューマンだが、フォトンや優れた能力に肉体が耐えられない為に、身体の大部分を機械化した人類を差す。ただ、こうした強制的な理由は過去の事例であり、現在では本人や家族の要望があれば、肉体が健康的でもキャスト化できる。なお、生身の部分から遺伝子を採取する事で、子孫を残す事も可能。

 主に、オーラル、レギアス、リサなどがこの種族。

 

【デューマン】

 ヒューマンをベースに、さらなるフォトンへの適合性を得る研究の末に生まれた種族。起源は宇宙を漂流していた生体的な遺留物で、龍とダーカーの両方の性質を持ったその組織の研究と成果を反映させたものがデューマンである。頭部の角はフォトン受容体として機能し、アンテナのような役割も果たしている。

 オッドアイに男性は一本、女性は二本の角が生えているのが特徴。

 現段階では登場人物には無し。

 

 

★世代別フォトン特性

 現在のアークスのフォトンの特徴は一定ではなく、大きく第一から第三世代に分かれている。それぞれは第一世代と第二世代は極端なフォトン特性となっているが、第三世代で安定してきた。

 

 【第一世代アークス】

 巨躯戦争以前に生まれたものがこれにあたる。個々に持つ力に大きな差があり、飛び抜けた力を持つ者もいれば、全く戦力にならなかったものもいる。ちなみに能力が突出していた者は、肉体に能力が耐えきれずキャスト化した者が大半だった。

 主に、オーラル、レギアス、などがこれにあたる。

 

 【第二世代アークス】

 巨躯戦争後に行われた研究の成果により、特定の能力に特化したアークスが生まれた。殆どのアークスがこの第二世代であり、第一世代よりも安定した戦力となる。反面、生まれながらに適性が決まってしまう為、それ以外のことは不得手となってしまっている。

 主に、ゼノ、エコー、ゲッテムハルト、その他のアークスなどがこれにあたる。

 

 【第三世代アークス】

 あらゆる才能が高域で安定し、どのクラスに適性がある高い汎用性をもつ世代。第二世代の突然変異と言える存在であり、20年前から徐々に出現し始めた。才能と言う意味では、どのクラスにも適性はあるが、個人の好みもある為、誰もが全てのクラスを状況で使い分けるわけでは無い。

 主に、シガ、アフィン、などがこれにあたる。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

オリキャラ

 

【シガ】SHIGA

 

 性別…男

 年齢…21

 一人称…オレ

 種族…ヒューマン

 服装…クローズクォーター

 

 主人公。ナベリウスで左腕と深い傷を負って倒れている所を、オーラルとレギアスに救助された。その怪我の後遺症で、過去の記憶を失ってしまったが、本人はさほど重大に考えていない。

 アークスとしての日常に切磋琢磨し、少しずつ己の目指す高みへ歩を進めている。多くの者達と関わり、学び、初対面の人間に対しては気さくな性格で接し友好的に取られるなど、コミュニケーション能力も高い。基本的には女性には紳士だが、知り合いでは女性キャストが苦手(特にリサ)。

 自分にはない“強さ”を持つ人間にはどんな形であれ最終的には敬意を評すなど、広く柔軟な思考を持っている。

 ロックベアの一件と、ゼノの言葉で一皮むけ、“怯える毎日”ではなく、“強くなる毎日”を模索する事を自身に誓う。

 

【装備】

・カタナ

 現在、申請中の新クラス――ブレイバーの専用武器。試験段階である為、数本しか造られておらず、その内の一本をシガが実戦試験を行う意味でアザナミから託された。

 シガが片腕でも存分に威力を発揮できる“居合い”のモーションパターンは現状最もカタナを使う上で適していると評価されている。

 

・フォトンアーム

 大型原生生物でも一撃で葬る火力を持つと言われている。しかし、未だ多くの欠点がある上に、腕部の欠損が装備条件である事と、シガ様に出力をデチューンされている事から、まだまだ試作段階の兵装。独自にフォトンの変換を行える為、コレを失う、又は機能停止するとシガはアークスとして必要なフォトン特性を失う為、死ぬ手前まで使用を控えていた。

 

 

【オーラル】ORAL

 性別…男

 年齢…40以上。

 一人称…(オレ)

 種族…キャスト

 パーツ

 ・ヘッド…グアルディ・ヘッド

 ・ボディ…エヴァレット・ボディ

 ・アーム…エヴァレット・アーム

 ・レッグ…キオウガイ・レッグ

 

 

 各方面に広い権限を持つアンドロイド。ある意味、六芒均衡以上に多様な人物でもあり、そのおかげで多くの施設を個人的に使用する事が出来る。

 彼が他に依頼を出す時は、大概は正規アークスの依頼の様な形が多く、それであって適任者を定めて依頼を願い出るので、断わられる事も少ない。

 身寄りがなく、社会的にも進出が難しい人間に、個人的に資金援助を行っており、マトイもその内の一つ。ただし、シガに関しては一切関与していない。

 時間と日時を決めて、個人的に空いた時間の仮想ルーム(エクストリームクエストの部屋)を借りて、希望者に訓練を行っている。

 シガのフォトンアームの開発、設計者であり、調整と改造を一任している。(と言うよりも正式の装備ではない為、現在では彼の趣味として自らの私財を投じて調整が成されている)




次の用語紹介ではクラスと【六芒均衡】について説明します。
これでEP1-2は終了です。次回からはEP1-3に入ります。

次章『Episode1-3 Different future 不測の予測が見せるもの』
次話タイトル『Bonds 二人の距離』


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Episode1-3 Different future 不測の予測が見せるもの
24.Bonds 二人の距離


 「ナベリウス?」

 「そー、惑星ナベリウス!」

 

 二週間後、シガはロビーでマトイと会話を話していた。二人とも、記憶喪失であるため定期的な診断を必要としており、今回は丁度日程が重なったのだ。

 

 「一言で言えば大自然。森とか丘とか、人工的な自然環境じゃなくて、風が吹いて木々を揺らしてる。マイナスイオンが凄まじかった」

 「へぇー」

 

 アークスシップではどうしても手に入らない情報は、惑星に降りた際の実体験だ。これは、ある意味アークスの特権とも言える事柄で、一般市民では特別な事情が無い限りは、惑星への降下は許されていないのである。

 

 「シガは、もういろんな惑星に行ったの?」

 

 今現在でも、確認されている惑星は三つある。

 

 一つ目はナベリウス。よくシガが任務を受けて赴く、大自然が特徴で知的生命体はおらず、原始的な食物連鎖によって生態系が成されている惑星だ。

 

 二つ目はアムドゥスキア。地表には噴き出て固まった溶岩によって形成された洞窟で覆われている惑星であり、原住民が存在しているが、現在では交流が途絶えているらしい。

 

 三つ目はリリーパ。外見からも見るに、地表の殆どが砂漠に覆われている惑星で、知的生命体は今の所、可能性だけが確認されている惑星であった。

 

 「あ、いや……うん。中々厳しくてね」

 

 現在、アムドゥスキアとリリーパの進入任務を受けているが、その独特の環境からうまく立ち回れていないのだ。そのため、適性が無いと判断され、今のところはナベリウスしか進入許可は出ていないのである。

 

 「やっぱり、厳しい世界なんだね。でも、無理して怪我するよりは、少しずつ前に進む方が良いと思う」

 

 マトイちゃんの言う事は最もだった。実際に、悩んでいる所で先輩(ゼノ)と鉢合わせて、手伝ってやろうか? と言われたが丁寧に断りを入れた記憶も新しい。

 やはり自分自身で釣り合う実力を持った上で、堂々と惑星に足を踏み入れたいと言う気持ちが強かったのである。

 

 それに、まだまだ届かない。修了の時の【仮面】とゲッテムハルトさん。あの二人の域に手を伸ばすには経験が足りなさ過ぎる。ここ最近は、頻繁にあるオーラルさんの訓練でようやく、リサさんの薄ら笑いを止めさせるまで危機感を与えるようになった(それでも撃たれまくっているが)。

 

 「まだまだ、新人の域は出ないから。変に背伸びしない様に心がけているよ」

 

 無理に背伸びするのではなく、自分の出来る幅を見極めて、少しずつ、あの領域に足を向ければいい。

 

 「うん。シガが無事だと、わたしも嬉しい」

 

 ここ最近、マトイちゃんは良く笑顔を作れるようになるとフィリアさんが言っていた。病棟でも比較的に健康体である為、老人たちの話し相手や、簡単な手伝いなんかもやっていると言う。

 

 「そう言えば、マトイちゃんは何か思い出した? オレはからっきしだけど」

 

 と、共通の話題である“記憶喪失”について話を振る。シガは映像の様に走馬灯が走ることがあるが、全て断片的な事柄ばかりで、相変わらず解らない。

 

 「わたしのこと? ……ごめん。あんまり思い出せない」

 

 少しだけマトイは表情を暗くして答えを返す。皆が助けてくれているのに、自分自身の事は全く進展が無い現状に若干の罪悪感を覚えている様だ。

 

 「普通の事は覚えてる。常識も、言葉も全部わかるよ。けど……わたしの周りのことは、なんだか靄がかかってて……思い出そうとすると――」

 

 マトイは無意識にこの状況(シガとの会話)に何かが重なった気がした。

 一瞬でいくつかの映像が頭に流れ、連続でカメラがシャッターを切るように、高速で切り替わっていく。

 

 “聞いてみたいこと、いっぱいあるんだ。しっかり付き合ってもらうよ?”

 “何でもお答えしますよ? ちなみにオレの好みは――”

 

 “ああっ、うわわわっ!? え、あれ、なんで、どうして?”

 “驚きすぎだろ。会いに来ただけで動揺しすぎ”

 

 “平和になるそのときまで、ふつうの女の子はお預け。……それまで、とっておく”

 “……お前は、馬鹿だな”

 

 “……ああ……これはもう……だめだね。どうしようもないや……”

 “そんな事言うなよ……オレが……護るから……だから――”

 

 

 

 

 

 「………――――」

 

 マトイは眼を覚ました。場所は、自分が利用させてもらっている病室でベッドに寝てしまっていたらしい。どこまでが夢だったのか境が曖昧だった。

 

 「おう。急に倒れるから心配したぞ」

 

 と、混乱している所に横からもっとも安心できる声が意識を呼び起こす。そこには、シガがベッドの端に座って端末でどこかに連絡を取っていた。

 

 「シガ……」

 「なんか、悪かったな。無理に思い出させようとして」

 

 マトイは、一時間ほど前に強い頭痛によって倒れてしまったのだ。丁度、フィリアもメディカルセンターから離れており、適切な処置を出来なかったが、無事に眼を覚ました事で、ようやくシガは安堵する。

 

 「……ごめん」

 

 と、マトイの口から出た言葉に、つば悪そうに後頭部を掻くシガは驚いて彼女を見る。

 

 「シガの名前だけ覚えていたから……すがってしまってた。迷惑だったよね……」

 

 シガとマトイは、何か関係がある。それがオーラルの出した結論であった。名前を教えず、マトイがシガの名前を知っていた事と、シガがマトイに対して、無意識に強い感情を呼び起こされた事がソレを決定づけている。

 

 しかし、本人たちは何も知らないのだ。

 

 お互いの関係。なぜ、自分に関わる記憶はすべて消えたのに、互いの事を強く記憶しているのか。どちらかの記憶が戻れば、それに繋がって片方の事も判明するだろう。だが、それがいつになるのかは、現在の科学でも判断する事は出来ない。

 

 「迷惑……か。そんなわけないさ」

 

 なんとなく、マトイは彼ならそう言うだろうと思っていた。だから、そう言われても特に何も感じない。

 

 「ありがとう、シガ。気まで遣わせちゃって……ごめん」

 

 その優しさが逆に彼女の心を苦しめていた。知らないから罪悪感に苦しむ。せめて、彼の事だけでも覚えていれば、どれだけ救われただろうか。

 

 「わたし、がんばって思い出すから。少し時間はかかるかも……だけど必ず、思い出すから……」

 

 それが、自分自身がもっとも手繰り寄せなければならない事柄であると――

 すると、頭に何かが触れる感触が走った。俯いた顔を上げると、シガが隣に立ち、頭を撫でていた。

 

 「え? シガ?」

 

 驚いたように彼女はシガに視線を向ける。そして、何をされているのか理解すると途端に恥ずかしくなって彼と眼を合わせられない。

 

 「まぁ、なんていうかさ。責任感は大事だと思うよ。でも、それとこれとは話がまるで違う」

 

 シガはマトイの頭から手を放すと、左腕を見せる様に向けた。

 

 「これが、オレのアークスとしての、か細い繋がりなんだ」

 

 

 

 

 

 「アークスとしての……繋がり?」

 

 マトイは、隣に椅子を寄せて座ったシガに問う。

 

 「そー。左腕(これ)が無かったら、フォトンを扱う事も出来ないし、戦う事も出来ない」

 

 物で繋がる繋がり。左腕はアークスとして活動できるようになった事で、多くの繋がりを得た証でもあるのだ。だが、その繋がりは今後、永久に左腕(つながり)を失っても存在し続けるものだろうか?

 

 「アークスとして、色々な人と出会った。恐ろしいと感じる人や、一緒に逃げ回った親友や、尊敬できる人たち。でも、ソレは左腕(これ)があったから出来た繋がりなんだ」

 

 左腕が無ければ、修了に参加できなかった。アフィンとも会う事も無かっただろうし、アークスとなることも出来なかっただろう。

 

 「だけど、マトイちゃん。君とは違う」

 

 最初から、彼女だけは違った。目に見える形の繋がりでは無く……確かに心と心が繋がっていると確信できる感情。

 仮面に彼女が殺されかけた時に激怒した事も、眼を覚ました彼女に名前を呼ばれた時も。言葉では言い表せないような……彼女との“繋がり”を感じていたのである。

 

 「優しさでも、理屈でもない。この左腕以上の“繋がり”があるって事を、君が教えてくれた」

 

 ロックベアと対峙し、本当の意味で追いつめられた時、咄嗟に映ったのが彼女(きみ)だった。だから、伝えたかった。きっと、オレたちは記憶を失っても決してなくならない繋がりかあるんだって。

 

 彼女もオレの名前を、失った記憶の中で唯一覚えていてくれたのだ。きっと、自分たちが考えている以上に大きな絆で繋がっている――

 

 「だから、マトイちゃん。すがってるとか、そんな事はオレからすれば本当に些細な事だ。寧ろ、どんどんすがってくれ! 大歓迎!」

 

 冗談交じりにも、シガの言葉はマトイの心の中のある感情を揺さぶった。その込み上げた感情によって、マトイは――

 

 「……シガ」

 

 温かい涙が流れていた。悲しみでは無く、嬉しいと言う感情から。

 

 「ありがとう」

 

 今までで最高の笑顔でシガへ微笑んだ。

 

 

 

 

 

 「シガ。それと、“ちゃん”はつけなくていいよ」

 「いや、オレとしては、女の子には紳士な態度で――」

 「わたしとシガは、他人じゃない。だから、呼び捨ての方がわたしは嬉しいな」

 「…………そうかな。マトイ」

 「うん」

 「よし! マトイ。ハグしようか、ハグ」

 「ハグ?」

 「そう。こうやって、悩んだり、心が苦しいと感じた時に行う行為なんだ。心が温まる」

 「どうやるの?」

 「腕を開いて」

 「うん」

 「それで、このまま抱きしめる!」

 「なんか……恥ずかしいな……」

 「いや、結構日常的にやってるもんよ? いっちょ、ここいらで常識の一つを取り入れよう!」

 「う、うん。腕を開くんだよね?」

 「そー」

 「それで?」

 「オレが近づくから、座ったままで良いよ」

 「マトイさん! 大丈夫ですか!? 倒れたって聞いて――」

 「あ」

 「フィリアさん」

 「大丈夫そうだな」

 「オーラル」

 「…………オーラルさん。私はシガさんにちょっとお話があるので、少しの間マトイさんをお願いします」

 「あはは。マズイ! そう言えば頼まれた依頼があるんだった!! イカナキャナー」

 「こっちの方が重要です。シガさん……道徳の勉強をしましょう?」

 「こっちを見るなシガ」

 「さぁ、行きますよ。特別に手術室で講義です」

 「嫌だぁ~!!」

 「…………なにをやってたんだ?」

 「ハグ」




マトイが空気にならない様に必至に描写したりしています。
EP1は本当に、マトイが空気なので。

次話タイトル『Worries お悩み相談アークス、シガ』


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25.Worries お悩み相談アークス、シガ

 「――――」

 

 ショップエリアのステージ前広場に設けられたベンチにて、シガは魂を抜かれた様に、口を開けて眼を点にして座っていた。

 フィリアとの件は、オーラルやマトイの静止もあり、なんとか許してもらったが、次はありませんよ? と笑顔で言われて、番人の存在を再確認する事となった。

 

 マトイはまだ検査や治療中の身であり、早期に健康体であると判断され自力でアークスとして活動できるようになったシガとは違う。倒れた件と言い、まだ体調は万全とは言い難い。だから、もし彼女に好意を持っていても、その辺りの容体がしっかりしてからだと、面と向かって正論を言われた。

 

 「――――頭を撫でた事は黙っとこう」

 

 なんとか、男をやめずに済んだ。今はソレだけでかなり安堵している。

 

 「おっ、こんにちは!」

 

 と、気分が乗らず、意気消沈しているシガに陽気に話しかける声が聞こえた。

 

 「ん? ウルクさん」

 

 目の前には、手を上げながら気さくなに歩み寄ってくるニューマンの少女――ウルクの姿があった。

 

 

 

 

 

 「元気そうで何よりだね」

 

 相変わらずの明るいテンションは、どんよりしたシガの雰囲気をたった二言で吹き飛ばしてしまう。

 

 「まぁ、肉体面では元気だけどね。精神的にはローテーション気味」

 

 今は、正規の任務で、ナベリウスでは凍土地区へ進入を許されているので、しばらくはナベリウスを中心に活動しようかと思っていた。

 なので、今日は何かナベリウスで受けられる、個人的な依頼でもやろうと思ったが、気分が乗らないので帰ろうかと考えている。基本的、ソロで任務をこなす関係上、モチベーションが保てないと危険であるとも理解している。

 それに、先ほどの番人(フィリアさん)に植え付けられた恐怖を早く遠いモノとしたい。一晩寝れば少しは今日のフィリアさんから与えられた恐怖は薄れるだろう。

 

 「そうなんだ? アークスって危険と隣り合わせなんでしょ? だったら、こうして五体満足で無事に話が出来るのは良い事じゃない」

 「そうだね」

 

 オレの左腕、義手なんですけどね。

 

 「まぁ、安全圏にいるわたしの言葉じゃ、説得力は無いかもだけど……」

 

 また、ウルクらしくない気弱な表情だ。無理に笑顔を作っているのが、さほど親密でないシガから見ても察せるモノだった。

 

 「いや、それで良いと思うよ」

 「そう?」

 

 オレ達(アークス)が戦って、一般役職(そっち)が生活圏の維持を行う。もし、全部が全部、アークスであり生活圏のレベルが落ちてしまえば、補給や休息もままならない。

 人類が文明人である限り、どうしても需要と供給は必要になって来るのだ。

 アークスの持ち帰った情報を元に、新たな武器や防具がつくられ、それは一般社会にも浸透する基礎技術となる。そして文明の発展につながり、アークスにも質の高い支援が行えるようになる。

 

 「心から安心できる場所へ帰る事が出来るから、アークスは前だけを向いて戦えるんじゃないかな? もし、一般市民とアークスの数が逆だったら、惑星調査なんてやってる場合じゃなかったかもね」

 

 シガも最近は、自室(マイルーム)で休む時は左腕(フォトンアーム)を外す事が多くなった。自分自身が実感できる程の、確かな実力と繋がりがあると知った事が大きな要因だ。

 

 「そういう役割分担だもんね。そっか……わたしは、何をしようかなぁ」

 

 悩める若人が多いな。オーラルやヒューイは例外として、その辺りの悩みは人類共通の意志なのかもしれない。かく言うオレも、数週間前は悩みまくっていた訳だが。

 

 「食物管理……は向いて無さそうだし。製品開発……もなんだか微妙だなぁ」

 

 しっかりしてそうな様子だが、意外にも彼女はまだ自分の進みたい道が定まっていなかったらしい。前に会話した時の事と考えてみると、アークスを目指していたらしいのだが、それが絶対に叶わなかった。それでも、“アークスになりたい”という未練を断ち切ることが出来ない様だ。

 

 「アークス関連の職員は?」

 「ん?」

 

 シガは、ふと、よくフィールドで物資を運んでくる輸送機や、正規依頼を発行するアークスカウンターの人たちを思い出し提案する。

 

 「いいね! うん! それって凄く名案!!」

 

 今まで思いつきもしなかったのか、目から鱗! と言いたげにウルクのテンションが一気に上がった。シガとしては、何気なく思いついた事だったのだが、結果としては良い方に事が運んだようだ。

 

 「まぁ、知ってる人からは未練がましいって思われるかもしれないけど……ずっと憧れてたからね! 少しでも関わりたいと思うのは、当たり前の事だよね!」

 

 素質が無い。だから、ずっと目指していたモノを諦める。それが生きていく上で妥協や挫折(ざせつ)は必ず味わう洗礼だ。それを乗り越えられるかどうかは本人の資質による。一旦、見えていた道を断ち切って新しい道へ足を進む事はとても勇気のいる行為だ。

 

 しかしウルクは、そんな挫折(こと)は無かった! と言わん限りの前向きさで、先に進もうとしている。なんというか、オレが知っている人たちとは、まったく違う特性(タイプ)の人間だ。

 

 「たぶん、君みたいな人が『オラクル』には必要なんだと思うよ」

 

 彼女なら、どんな仕事でも妥協する事は無いだろう。そう言った意味では、優秀な人材としてアークスに近い仕事が出来る可能性は必然と高くなってくる。

 

 「もちろん! 絶対に、君が居てよかった、って働き先でも言わせてみせるよ!」

 

 良く見る彼女の笑顔を見て、こちらも少しだけ元気をもらった気がする。今日は、自室に引っ込むつもりだったが、やっぱり身体を動かして充実したと思える一日にしよう。

 

 「まぁ、アークスは困った人を助けるのも仕事の内だからさ。便利屋みたいに見られてもしょうがないって思ってるし……」

 

 少しでもウルクが、そちらへ関心を持てるようにアークスの不恰好さを口にした。

 ほとんどのアークスは個人営業の傭兵みたいなものだ。軍隊でも無いし、統率も部署も存在しない。中では、アークス同士が集まって“チーム”なる組織がいくつか存在するが、それも殆どが個人経営のモノばかり。規律を持って活動するのとでは訳が違う。

 

 例外として、アークス本部の正式の緊急依頼では、多くのアークスによる作戦行動の展開が義務付けられている。しかし、それも任務が始まれば殆ど個人戦のようなモノだ。

 

 「ふーん。あ、そう言えば困ってる人いたよ? なんかずっとため息ついててさ」

 「へー、誰?」

 「ほら、あそこ」

 

 と、ウルクの指差す先に、一人のキャストがベンチに腰を下ろしていた。

 

 

 

 

 

 「……なんじゃ、お主は」

 

 ウルクの言う、困っている人というキャストへシガは声をかけた。一人で、ため息を突いていても問題は解決しない。そう言う意味でも、声をかけたのだが、当然の様に歓迎されていない口調だった。

 

 「どうも。アークスのシガと言います」

 

 それでも、誰かに話す事で楽になることもある。声質的にそこそこ年配の方のようなので、数時間の愚痴でも付き合うつもりで会話を始めた。

 

 「ふん、好きに笑え。この刀匠ジグ、齢75にして既に枯れた様だ」

 

 初見の相手に、好きに笑え、とは……このご老人、心の闇はかなり深そうだ。

 

 「えーっと。刀匠、という事は武器製造の方ですか?」

 「正式では無い。ソレに、最近は燃えんのだ……」

 

 なかなか話が進まない。シガは、少ない会話から少しでも彼の生い立ちを推測する。

 

 刀匠。ということは、鍛冶職人。つまり武器の開発を行っているのだろう。

 正式じゃない。個人経営している鍛冶職人と予想。

 

 二つの単語を繋げて結論を出すと……特注(オーダーメイド)専用の武器職人と言った所かな?

 

 「燃えない?」

 

 そして、唯一解らない言葉の意図を何気なく尋ねる。

 

 「うむ。かつては泉の様に湧いてきた“創造心”というものが、奮い立たん」

 

 オーラルさんの勤務するマザーシップには、武器製造の機関も存在しているが、彼はソレとは別の仕事人。組織の中ではなく、個人で武器を一から創り上げる腕前を持っていると考えれば、今の言葉の意味はなんとなく理解できる。

 簡単に言うなら、彼は不調(スランプ)なのだ。

 

 「40年前の決戦時は心震えた……10年前の死闘もそうだ! 大規模な戦いは情熱をかき立てる!!」

 

 急に力強く拳を握り、力強く振り上げる。

 彼の年齢は75歳。定期的に整備と点検を行っているキャストに、老衰があるかは不明だが、生身ではそろそろ腰を落ち着かせて余生を考える年代で、まだまだ現役で行こうとしているらしい。

 

 「だが、戦線の鎮静化に伴って、わしの情熱も冷めて行った……」

 

 と、少しだけ加熱した様子から一気に鎮火していくように、しぼんでいく。

 弟子でも居れば、そうはならないのだろうが……自分の腕前一筋の職人は、中々新しいモノを取り入れるのは難しいと小耳にはさんだ事がある。そうなれば、彼の言う“創造心”も自ずと枯れてしまうだろう。

 

 「世間には色々ありますよ? 少し落ち着いて、最近の武器(モノ)を眺めて見たらどうです?」

 「……お前さんの持っとる武器。それは『サンゲキノキバ』か?」

 

 ジグは少しでもシガの言葉を実践しようと彼の武器を見て一言つぶやく様に尋ねた。

 

 「え?」

 

 対するシガは、アザナミに渡されたカタナを見る。試験武器であるため、現在はオラクルに数本しかない武器なのだ。だからこそ、この(フォルム)を見て“カタナ”以外の名前が出た事に驚いた。

 

 「『サンゲキノキバ』って……なんですか?」

 「なんじゃ違うのか? 一言で言うなら、“妖刀”だ。確か……見なくなったのは10年前からだったか。『世果』と双璧を成す武器であり、かの武器が悪用された際の抑止力として創られた。じゃが、高い能力と引き換えに、適合者でも装備者を数年以内に死なせると言う不具合があってのう。曰くつきの武器で、10年前のアークスシップ襲撃事件の際に紛失しておるらしい」

 「…………10年前」

 

 ジグの言う10年前に起こった事件は、シガも知っていた。

 あるアークスシップがダーカーに襲撃されて、多くの市民が犠牲になった。しかし、当時の【六芒均衡】の一人、二代目クラリスクレイスが命を犠牲にして、ダーカーを倒したおかげで、他のシップには影響が無かったと記録されている。

 

 「……シガと言ったな。悪いが、お前さんの言う事はわしにも解る。確かにこのままではいかんという事も。しかし、中途半端なものは作りたくないと言う意志の方が強い」

 「そうですか。うーむ。それなら今、オレに出来る事ってないですかね?」

 

 とりあえず、せっかく知り合いになれたのだ。今この場で依頼のような形で何かできないかを尋ねる。

 

 「ふむ……そうだな。もし、わしの情熱を滾らせるような“何か”を見つけたら持ってきてほしい。わしの“創造心(インスピレーション)”を刺激するような……武器とかな。なに、報酬はちゃんと払う」

 「了解です。それと、報酬はいいですよ。敬老精神溢れる青年からの、ちょっとした孝行だと思っていただければ」

 

 シガはなんとなく、ジグの事を初対面の他人の様には思えない。

 彼の声を聞けばどこか安心できる様な、なんとも言い表せない感情から無償で協力する事を告げた。




ジグさんは、意外と重要キャラです。次はナベリウスに降下して、彼女達と再会します。

次話タイトル『Second mission 不気味なナベリウスへ』


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26.Second mission 不気味なナベリウスへ(☆)

 「凍土っすか?」

 「はい。あれから、詳しくシガさんに集めてもらったデータを調べたんですが、比較する為にも、凍土のデータも必要そうでして……」

 

 シガは、近日の情報を集める為に適当にロビーとショップエリアをうろうろしていた。情報といえば自称情報屋の双子姉妹アークス『パティエンティア』なのだが、悲しい事に彼女たちの連絡先は知らない。

 

 仕方なく、足と耳と端末で、最近のアークス内の情勢や、どの惑星で何が起こっているかなどの情報を集めていた。そこに、前に依頼を貰ったロジオと再び顔を合わせたのである。

 

 「シガさんは、こちらの事情も知っていますし、余計な説明は省けるかと思いまして」

 

 ロジオの依頼は惑星ナベリウスの地質調査である。前に依頼を引き受けた関係から、今回も声をかけられたのだ。シガも、前の依頼を受けていた事もあって、出来るなら納得いくところまで協力したいとも思っている。

 

 そこそこ、オレもプロ意識が出て来たか……

 

 と、自分で自分を褒めると言う、気持ち悪い構図が出来ている事にシガは気づいていなかった。

 

 「いいっすよ。凍土への進入許可は下りてますし、前のロジオさんの依頼は、なんだかスッキリしない形で終わっちゃいましたから。最後まで付き合いましょう」

 

 そう言いつつも、それは単なる個人的な心得のようなもの。けれど、シガとしても、ロジオの依頼は気になっているのだ。

 

 「そもそも、あの温暖な森林を抜けると、いきなり凍土が生まれていること自体がおかしいんです。現に目の前に存在するので認めなければなりませんが……それでも納得するには理屈さえ思いつかない。この疑惑に気づいた者は必ず居たハズなのに、誰も名乗りを上げた事が無いのもおかしい――」

 

 自覚しない内に学者特有の考察モードに入っていたロジオは、ハッ、と我に返る。

 

 「すみません。つい考え込んじゃいました」

 「とにかく、凍土を調べれば良いんですよね? 方法は前と同じで?」

 「はい。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 これだから、アークスは人気の職業なのかもしれない。

 気落ちしていても、頼ってくれる人たちがいる。だから、自分の悩みなんて些細な事だと感じて、常に前を向いて歩ける。他の人の為になることを自ら進んで行えるから、何よりもそこに嬉しさを感じるのだ。

 

 「まぁ、オレの場合は……他人に話せないような事だけど……」

 

 本日の気落ちした理由が、マトイにスキンシップしようとして番人(フィリアさん)に警告をくらった事、だと言う理由は……墓場まで持って行こう。

 

 『シガさん。聞こえていますか?』

 「っと、はいはい。聞こえてますよ」

 

 今回は、ロジオ自身も直接映像を見たいとの事で、シガは耳に特殊な映像装置を装着して、ソレを右眼の前に展開していた。当然、通信機込みの機器である。

 

 『改めて、依頼を受けていただいてありがとうございます。データはこちらでモニターしているので、とりあえず奥地まで進んでください』

 「了解っす」

 『知っていると思いますが、森林を抜けると凍土です。過酷な環境で自ずと原生生物を強靭な進化をしていると思います。くれぐれも気を付けて』

 「戦闘(ソレ)は、こっちの本職ですからね。大船に乗った気でいてください」

 

 4度目のナベリウス。だが、最初の頃とは経験も装備も違う。シガは凍土へ向かう最短距離を選択すると思わず駆け出していた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 凍土。森林を抜けると、不自然に広がっている温暖で過ごしやすい環境とは正反対のフィールドだ。

 その名の通り、極寒の環境が特定の地区に集中して創られた、白銀の世界。フィールドは見渡す限り白一色であり、降り積もった雪は慣れていなくては進行に弊害をもたらす。更には戦闘でも優位性を左右する程の積雪と極寒に適応した、この地に存在する原生生物は、ロジオの言う通り高い体力と保温性を重視した体皮や毛皮を保持している。それらは自ずと強靭な防御手段として確立され、森林のエネミーとは別種として考えられるなど、一線を画する存在だ。

 

 そして、この辺り一帯のボスとも言える原生生物は、熟練アークスでも進んで遭遇したくないと言わしめるほどの強者でもある。

 

 「はーい! アークスいちの情報屋! パティちゃんですよー! 本日も絶賛営業中!」

 

 しかし今回、凍土に入ったシガが最初に足止めを食らったのは、環境でもエネミーでもなく、双子の姉妹アークス、パティとティアだった。

 

 「お、久しぶり」

 

 分かれ道を通った際に、丁度、視界に映ったシガへ、喋りたがりのパティが再び声をかけたことで邂逅となったのだ。ちなみにロジオは、少し調べものがあると言って席を外している。

 

 「こんにちは、シガさん。急に声をかけてすみません」

 「名前を覚えててくれたの? なんだか嬉しいね」

 

 妹のティアが、申し訳なさそうにお詫びを入れてくる。シガの眼に装着された機器を見て依頼の最中だと思ったようだ。

 

 「久しぶりだねー! あたしも覚えていたよー!」

 「いえーい!」

 

 と、シガとパティは軽いテンションで、ハイタッチする。ウルクといい、胸の大きい子は元気が良いなぁ。

 

 「情報屋と言っても、大した情報を掴んでこなかったんですけどね」

 

 ティアは横目でパティを見る。だがパティは、そんな事は知らん! と言いたげに見つめ返した。

 

 「過去は振り返らない!」

 「あっそ」

 

 相変わらずの二人の調子に、シガも再会できたことは嬉しい誤算である。今度こそ、連絡先を――

 

 「ああ、でも、休憩スペースでのんびりしてるおじいさんと、仲良くなったりしたんだよ! 昔は武器とか作ってたりしたんだって!」

 「おじいさん?」

 

 パティの言う“おじいさん”は休憩スペースにほとんどいるらしい。あの辺りの高齢者と言えばシグしかいない。一度彼と話せば、武器を造ってた、というキーワードでだいたい察せるだろう。

 

 「パティちゃん……情報屋名乗ってるくせに、なんで知らないの?」

 「興味ないから!」

 

 妹の疑問を、ズバッと一刀両断した姉にため息を吐きつつも、知る人なら当然と知っている情報をティアが補足する。

 

 「“おじいさん”は、刀匠ジグ。40年前くらいから、武器一筋の頑固な堅物さんなの」

 「最近は不調(スランプ)って聞いたけど?」

 

 ティアの補足に、更にシガが補足する。彼女たちがどのタイミングで(ジグ)の事を知ったのかは不明だが、シガはついさっき彼と話したのである。こちらが最新の情報のハズだ。

 

 「その噂は前から色々な方面で愚痴ってるみたい。けど腕前は本物。彼が造った武器は、いずれ『創世器』にも至るだろうって言われていた」

 

 『創世器』。確かジグとの会話にも少しだけ出て来た単語だ。

 

 「『創世器』ってなんだっけ?」

 「……『創世器』?」

 

 パティとシガはそれぞれ頭に疑問詞を浮かべて顔を見合わせる。その様子に、ティアはシガに対してだけ、驚いたように見ていた。

 

 「いやぁ、話の端には聞いた事があるけどね」

 「あたしは知らない!」

 

 てへ、と誤魔化す様に後頭部に手を当てて告げるシガと、当然! と言い切ったパティ。

 

 「はぁ~。パティちゃんはともかく、シガさんまで知らないなんて……」

 「はは。必要の無い知識は、少しずつ追いやられていくものだ」

 「そうそう!」

 

 二人にティアは嘆息をつきつつ、仕方なしと言いたげに簡単な説明を始めた。

 

 

 

 

 

 『創世器』。現在、アークスが行使する武器の雛型となった武器である。

 第一世代アークスが現れた当時、ダーカーと戦う上で最も有効となる武器の使用が検討され、確実に敵を葬るために、不恰好ながらも強大な出力を実現したのだ。

 桁違いの性能を持ち、ソレを扱うアークスは単騎で多くのダーカーを殲滅するほどの戦力として確立される。しかし、その武器を扱える者はごくわずかだった。

 

 それが唯一にして最大の欠点であり、最高峰の能力を持つ者にしか扱えなかった事が大きな問題となったのだ。

 武器は作っても、それを扱う者が居ないのなら意味は無い。根本的に敵の殲滅を追求し続けた結果、最も必要な担い手の事は考えられていなかったのである。

 

 「採算度外視の試作品(プロトタイプ)。所有者の事はまるで考えて無くて、わたし達の様な普通のアークスにも使える様にデチューンしたのが、今ある武器なの」

 「へー、そんな武器を作れちゃうんだ! すごいおじいさんだったんだね!」

 

 そう言えば、ジグのじいさん、『創世器』の事を良く知っている様子だった。やっぱり、それなりの腕があると、結構な物に関わって来るのか?

 

 「あのね、パティちゃん。あの人は作ってないからね」

 「細かい事はいいの! シガさんも勉強になったでしょ? そっかー、そんなに凄い人なら、あたし用の武器とか作ってもらおうかな!」

 「だから、今はやる気が無いって……」

 

 シガも少しだけ、武器に関しては興味が出ていた。今自分の使っているカタナは、少数量産の武器であり、ブレイバーが確立されない以上、公式に支給される事はないのである。

 武器の磨耗は、必然として今後の課題だ。色々とデータを集めているが、人もなかなか集まらないと言う事もあり、試験データの収拾は遅々として進んでいない。

 その上、武器まで疲労で低下してしまえば、確かな性能をデータとして収集するのが困難になるだろう。その辺りでジグのじいさんに相談できないか考えてみよう。

 

 とは言っても、ティアが言った通り、彼のやる気の無さが最大の障害になりそうだが。

 

 「よーし! そうと決まれば、ティア! さっそく、おじいさんの所に行くよ!」

 「え? ああ、ちょっと! 人の話を聞け! バカ姉!」

 

 と、ほんの少し考え事をしている間に、『パティエンティア』は展開したテレパイプに吸い込まれるように去って行った。

 

 「…………あれ? 連絡先……聞き忘れた」

 

 取り残されたシガは最も重要な事を思い出し、次に会ったら最初に情報交換しよう、と頑なに誓った。




はい、またもらえませんでした。お約束です。
対して必要な交流も無かったので、ストレートに任務へ向かわせました。
次は、オーラルと六芒均衡の関わりです。

次話タイトル『Top agonizing 訓練・ザ・六芒均衡』


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27.Top agonizing 訓練・ザ・六芒均衡

 仮想ルーム。

 普段は、他のアークスに仮想訓練のデータとして常時開放されている場所だが、今は個人的な貸し切りとして、鉄と鉄を打ちつける様な音共に、激しく動き回る影が二つ存在した。

 

 「なるほど! エネミーと違い、一つの行動に多くの選択が求められると言うわけだな、オーラル!」

 

 その二つの影の内の一つが空間全体に響くほどの大声で、対峙しているもう一人の影に告げる。

 

 「本職はエネミーとの戦いだ。本来は、こんな事は必要ないのだがな、ヒューイ」

 

 二人とも、ファイターの武器ナックルを装備し、互いに拳を繰り出して攻撃していく。

 

 「そんな事ない! 時として、人型と戦う可能性も大いにある!」

 

 まるで弾丸の様な速度と鋭さで、迫ってくるヒューイの拳を、首や身体の最小限の動きでオーラルは躱す。ヒューイよりも体格が大きく、凹凸があるオーラルには何故かヒューイの拳は当らない。

 

 「まぁ、無いと思うが」

 

 オーラルは下段の蹴りをヒューイに叩き込む。足を破壊する蹴打ではなく、態勢を崩す為に重心を狙った一撃。案の定、ヒューイは、

 

 「おわぁ!?」

 

 踏み込む事ばかり考えていた為、不意の蹴りをまともにくらうと、簡単に重心を払われて思わず尻もちをついた。

 

 「いてて――おわぁ!?」

 

 そこへ、オーラルが追撃に拳を振り上げていた。ヒューイは咄嗟に彼の胴に抱き着く様にしがみ付く。

 

 「ちょ、ちょっと待――」

 

 オーラルは、しがみ付いてきたヒューイの頭を掴むと膝蹴りを胴体へ叩き込む。

 

 「ごふ!?」

 

 その一撃で肺の空気を強制的に吐き出され、ヒューイは思わず掴んでいた手を放してしまった。膝蹴りの衝撃は彼の身体を宙に浮かせるほどのモノであり、ダメージで動きの硬直している所へ、オーラルは右ストレートを叩き込む。

 

 「ぬぐぅ!」

 

 だが、流石とも言うべきか。ヒューイはギリギリで反応し、腕をクロスたせてその一撃を何とか防いだ。

 少しだけ吹き飛ばされ、ダメージから着地も出来ずに不恰好に背中から落ちる。

 

 「人と戦う場合はこうなる。特に“達人”と呼ばれるその道の熟練者から見れば、お前の動きには無駄が多すぎる」

 

 体格も大きく凹凸から引っかかりやすいオーラルがヒューイと互角以上どころか、一発も掠めることなく打ち合っている理由は無駄な動きを極端に減らしていると言う事にある。

 

 武術で言う所の、見切り、を反射レベルで常に維持することで回避に対する思考を大きく減らす。そして、敵の隙を見極めて打ち込むだけに思考を向ければ、自ずと“躱して打つ”の構図が完成するのである。オーラルはその、“武の極地”とも言える程の技量を既に持ち合わせていた。

 

 「心、技、体。戦いにおいて、この三つは必要なモノだ。お前は、心と体は高水準。アークスとしてはそれで十分だ。寧ろ、下手に技術を請うと、修得まで時間がかかりすぎるが?」

 「それは解っている。だから、こうして教授を願い出ているのだ!」

 「だが、この訓練はエネミーと戦う上ではほとんど役に立たないだろう。あくまで対人用。間合いも体格も違う、(エネミー)に対しては対人用に創られた“武”ではほんの一部しか役に立たない」

 

 例えは、ゼノが使う“見切り”。相手を広く熟知しなければならない上に、対人用である。故に、ほぼ同じサイズの人間同士では、有効に機能する“技”だが、ソレ以上の体格と挙動を持つ敵には、一から、間合いを研鑚し直さなければならないのだ。

 

 「レギアスも剣術は“達人”なのだろう? ならば俺も、この拳に関しては“達人”の域に手を伸ばす」

 「何の為にだ?」

 

 オーラルはこれほどに対人戦に固執するヒューイを前々から計りかねていた。どこか強い信念を持ってこの道を極めようとしている。その理由を聞いておきたい。

 

 「特に理由は無い!」

 「…………」

 

 そして、自分が少しでも(ヒューイ)に物事の真理を求めた事に頭を抱える。そう言えば、コイツは……“馬鹿”だった。

 

 「そこに、未だ至らぬ境地があるのなら、全力で突き進むのみ! その頂に達した時、俺自身の手で納得できる時が来る」

 「……お前は“天才”だよ」

 「よくわからんが、褒め言葉として受け取っておこう!」

 

 再びファイティングポーズを構え合う。圧倒的に技量に差がある両者だが、日を追うごとに少しずつオーラルの装甲にヒューイの拳が掠めているのも事実だった。

 その時、妙なフォトンの流れを感じとりオーラルは咄嗟に飛び離れた。

 

 「え?」

 

 目の前のオーラルの動きに対して極端に集中していたヒューイは、ソレに対する反応が送れた。

 爆発。と言うにはあまりにも巨大な爆炎が二人の間で起こる。系統的には最も威力の低いフォイエと呼ばれる炎系法術だ。

 

 わあー、と吹き飛ばされたヒューイは、少し離れた地点に放物線を描いて落下する。

 

 「ずるい! ずるいぞ、ヒューイ! わたしも訓練だ!」

 「ここに居ったか。オーラル」

 

 そこへ現れたのは杖を構えた一人のヒューマンの少女と、純白のキャスト――レギアスだった。

 

 「クラリスクレイスとレギアスか。お前達は揃って出る所を考えろ。“三英雄”が二人も移動したとなると、アークス全体が揺らぐ可能性がある」

 「ヒューイだ! 訓練してるなら、わたしも参加するぞ!」

 「聞いてないな。クラリッサは一部機能を制限するぞ」

 

 オーラルは仮想ルームにおけるマスターとしての権限を使い、クラリスクレイスの持つ杖の性能を一部制限する。本来なら、『創世器』を持ち歩くこと自体、かなりの有事なのだが。

 そんな事はつゆ知らず、クラリスクレイスはヒューイの元へ走っていく。

 

 「なる程……ここならば――」

 

 レギアスは空間の制限に感心しながら、オーラルの隣へ。

 

 「お前の考えている通りだ。“奴”にはこの場所の情報は見えていない」

 

 彼が知りたがっている事を肯定する。とは言っても、“奴”が本気になれば容易く開かれてしまうほど脆弱なプロテクトだ。

 しかし、こちらに関心が無い事と、いつでも簡単に覗ける程度のプロテクトが逆に注目されない要因ともなっている。

 

 「お前は、あまり長居するなよ」

 

 爆発に巻き込まれて身動きを取らなくなったヒューイを、つんつん、しているクラリスクレイスを見ながらコントロールにて違う設定を発動する。

 

 「ヒューイ、次は連携訓練だ。クラリスクレイスと二人で、そいつらを倒してみろ」

 

 頭を摩りながら身体を起こすヒューイと、現れたソレを見て、おー、と眼を輝かせるクラリスクレイス。

 

 「こんな事も出来るのか?」

 「とは言っても、実力は本人(オリジナル)の半分も無い」

 

 二人の目の前に現れたのは、レギアスとオーラルの二人だった。それぞれ、近接の武器を装備している。

 

 「質問だ、オーラル!」

 

 ヒューイの声か響く。彼はレギアスの持っている武器を見ていた。

 

 「『世果』じゃん!」

 「安心しろ。形だけだ」

 「なぁなぁ、オーラル」

 

 次はクラリスクレイスが声を上げる。

 

 「あれ、爆破していいのか?」

 「いいぞ。ただ、二体同時(・・)に倒さないと倒せない」

 「? なんだかよくわからない。とにかく爆破だな!!」

 

 と、杖を現れた二体の敵に向け、間髪入れずに法術(テクニック)を発動させた。先ほどヒューイだけ吹き飛ばしたフォイエである。

 

 「どわー!? クラリスクレイス、ちょっと待て!」

 「なんだ? ヒューイ」

 

 ビシッと、手の平を向けるヒューイに、クラリスクレイスはテクニックの放出を止めた。

 

 「ここは、まず慎重に……俺が突っ込む! お前が爆破! これで行こう!」

 「わかった! わたしが、爆破だな!」

 「誰か、あいつらに“慎重”の意味を教えてやれ」

 

 

 

 

 

 オーラルとレギアスは、二人の戦いを観戦する事に決めて距離を取っていた。

 

 クラリスクレイスの初撃の爆炎が晴れると同時にヒューイが突っ込む。模倣体のレギアスとオーラルは、突出したヒューイを迎え撃つようにそれぞれの武器を構えた。

 だが、そのヒューイに意識が向いた瞬間にクラリスクレイスのフォイエが、レギアスの方に炸裂する。その間に、ヒューイはオーラルと拳をかち合せた。

 猪突猛進同士。組ませれば互いの攻撃に意識を置きすぎると言う“欠点”が露呈すると思っていたが、意外にも息があっている。

 

 「意外だな」

 「何がだ?」

 

 オーラルは隣で同じように目の前の戦いを観戦しているレギアスに問う。

 

 「クラリスクレイスをヒューイに任せた事だ。倫理的にはカスラ。道徳的にはマリア。この二人の内どちらかでも良かっただろう?」

 

 今、オーラルが上げた二人は、知る限りでもトップクラスのアークス。それにレギアスやクラリスクレイスとも知らぬ仲では無いのだから、我の強いヒューイに任せる事も無かっただろう。

 

 「ヒューイは、まだ新参も良いところだ。実力では他と見劣りしないだろうが、【六芒均衡】としての自覚がまだ足りない」

 「正直に言うと、人手不足だ」

 「おい」

 

 マリアは行動派であり、デスクワークが中心のレギアスと正反対だった。そのため、何週間もフィールドワークから戻らない事もザラ。常にあちらこちらの惑星に赴いている。

 カスラは別口の命令系統を指揮している関係上、クラリスクレイスを下に就かせる訳にはいかなかった。

 

 「“四”はまだ空席か」

 「うむ。お主が就いてくれれば私も安泰なのだがな」

 

 現在、【六芒均衡】は“四”だけが空席だった。

 

 「今更、老害(ロートル)が新たに権力を得て何になる? (オレ)は今の役職のままでいい」

 「そうか」

 

 レギアスは趣旨がずれてしまったので、クラリスクレイスの件に話を戻す。

 

 「ヒューイは己で自覚せぬほど、“アークス”を体現した存在だ。今や、白でも黒でもない灰色のアークスで、唯一己を見失わず突き進んでいる。彼女の模範となるにはふさわしい人格であると判断した」

 

 困った人間を助け、どんな時でも力強く、常に前向きに模索し続ける。彼こそが、自分たちの目指していたアークスの体現者であるとレギアスは判断していた。そして、実力もある関係上、クラリスクレイスも彼に懐いている。

 

 「本来なら……私が模範となるべきだが、ソレだけは叶わぬ」

 「レギアス。アルマに言われた事を覚えているか?」

 

 アルマ。という単語にレギアスは言葉を失ったように黙ってしまう。ソレに構わずオーラルは続けた。

 

 「(オレ)は覚えている。アルマだけじゃない。未来を繋ぐために、犠牲となった若者たち。本来なら、あいつ等が(オレ)達に代わって、“アークス”を引っ張っていくハズだった」

 「…………」

 「だが……」

 

 オーラルは、ヒューイとクラリスクレイスの二人を見る。若く、輝く未来を目指している彼らはこれからのアークスには必要なのだ。

 

 「(オレ)は……いつだって、ああいう若い奴らを見殺しにしてきた」

 

 未来に導く為の実力も権力もあった。心が痛まなかったわけじゃない。目的があるから、それ以外に心を動かされている暇はない。なのに――

 

 「オーラル」

 

 レギアスも同じだ。かつて大切な人の目指したアークス。ソレを護るためとはいえ、本当に、この選択で良かったのか常に考えてしまう。

 

 「私達は……“権限(ちから)”の意味を、もう一度考えなくてはならない。未来を託してくれた者達に報いる為にも」

 

 『創世器』の保有者。これは絶対の課題だ。必ず抑止力を確保しておかなければならない。“奴”が……動き出す前に、そして……

 

 “オーラルさん”

 “オーラル”

 

 あの二人の笑顔を見ていてつらい。だからこそ、全てを終わらせるために、果てにある未来を掴むために――どうしても犠牲者が必要なのだ。

 

 「……終わりにしないとな」

 

 取り返しのつかない過ちが生まれる前に――




 ほぼ完成した実力であるオーラルに比べて、ヒューイはまだまだ成長段階にあるとおもいます。
 次はナベリウスへ視点を戻します。六芒均衡のイーブンナンバーのリーダーが登場します。

次話タイトル『Maria 基礎指導者』


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28.Maria 基礎指導者

 色々な流れには節目というモノがある。

 

 人によって、その尺度は様々だろうが、オレにとってすれば数週間前の大型原生生物(ロックベア)との戦いが、自分の弱さと向き合う事になった“節目”となった。

 強敵との死闘。自分よりも先を歩く先輩(アークス)の背中。己の中で変わった意志。色々な要因から、今再び、“奴”と相対していた。

 

 「姿は違っても、系統は同じだよな?」

 

 目の前に巨大な体躯を誇示し、両腕を打ち鳴らす大型原生生物――キングイエーデは、ロックベアの亜種として凍土の環境に適応した種である。姿形や挙動はもちろん、新たに氷塊を投げつけたりとロックベアよりも行動が多彩であるが、それでも極寒の環境下では森林よりも適応能力が低かったようで、耐久力も落ちてしまっている。

 

 「……なんか、うーむ」

 

 一度、ロックベアと戦い死線をくぐった者としては、気落されるような迫力も、死を連想するような剛腕も、今となってはいい思い出だ。故に、同種とは言えロックベアよりも数段能力が劣るキングイエーデは、今のシガにとって特別な緊張感は生まれなかった。

 

 「あの先だからな。悪いが倒して進ませてもらうぜ」

 

 キングイエーデの後ろには大きなクレバスが存在し、設置されたカタパルトで反対側に飛んで移動をしなければならない。

 左腕で鞘を持ち“居合い”のスタイルでカタナを構える。まだ距離がだいぶある。なら、フォトンアーツの一つを試すには丁度いい。

 

 脚を中心にフォトンが集まるのがわかる。集束のタイミングと発動の呼吸は若干いままで使用したフォトンアーツとは違う性質のようだ。

 

 「『シュンカシュンラン』」

 

 その瞬間、まるで濁流に背を押された様に身体全体が前に向かって“加速”した。

 

 「どわ!?」

 

 予想以上の速度に、抜刀するタイミングも忘れてキングイエーデへ突っ込む。同時に抜刀。カタナを前方に突きだす様に向けていた。

 しかし、シガが柄に手をかけた瞬間、何かを察したキングイエーデは、横に跳んで向かって来る彼の直進射線から外れる。

 

 「避けた? だけどなぁ!」

 

 このフォトンアーツには二の撃がある。敵の躱した先を予測し、フォトンの流れを定め、一度停止してからその流れに再び乗り、速度を落とさずに追走――

 と、動きのイメージは出来ていたのだが、一つだけシガは見誤っていた。

 

 「ここで、ターン! んん!?」

 

 妙な浮遊感に足場を見る。あまりの“加速”に行き過ぎて、自らをクレバスの上――宙に放り出されていた。

 

 「ターンにラグがあるのかよ!」

 

 左腕(フォトンアーム)を展開。自分のいた方の崖に、『フォトン・エッジ』を伸ばし、何とか端に届くと、そのまま振り子の様に弧を描いて崖の壁に激突する。

 

 「危ねぇ……」

 

 何とか左腕の爪と、近くの凹凸に右手をかけて、落ちない様に耐える。下は光が届かない程に深い。落ちたらひとたまりもない。それに――

 

 「エネミーも……」

 

 対峙していたキングイエーデが歩いて来る地鳴りが聞こえる。

 武器は咄嗟に両手が使える様に歯に咥えたカタナだけ。無防備な今では突き落とされるだけで終わりだ。

 

 「こんなんで死んだら、マヌケも良いところだ……」

 

 次からはもっと、足場がちゃんとしたところでやろう。と、心に決めた所で急いで上へ手を伸ばす。しかし、雪が崩れてきて中々思うように登れない。

 足音が近づく。もう二、三歩すれば接触できるほど近づくだろう。

 

 シガは左腕(フォトンアーム)に、周囲のフォトンを集中する。いざとなれば、新しくオーラルさんから教わった“攻撃”を使用する事で打開できるかもしれない。

 恐らく覗き込んでくるであろう、キングイエーデとの邂逅を待つ。だが、

 

 「……ん?」

 

 足音が止まった。そして、別の方向――崖とは反対側へ向かっていく足音。別のアークスでも現れたのだろうか? 敵と対峙した際の威嚇が聞こえ、咆哮でパラパラと雪が落ちてくる。

 

 「原生生物まで、ご苦労なこったね」

 

 そんな聞き覚えのある女声が聞こえると、次に一撃だけ何かを振るった音が聞こえた。そして、重々しく何かが倒れる音。

 

 「倒した?」

 

 なんとなくだが、音だけでそんな予感がした。すると、今の声を聞き取ったのか、ザクザク、とキングイエーデとは別の足音が近づいて来る。そして、ひょこっと覗き込んでくる視線は女性キャストのモノだった。

 

 「あんた、そんなところで何やってんだい?」

 「どーっかで聞いた声だと思ったら……マリアさんですか」

 

 覗き込む女性キャスト――マリアは、シガがアークスとして必要な技量を確認する為に、基礎戦闘訓練を請け負った指導教官だった。

 

 

 

 

 

 「まったく、あの子といい、あんたと言い、少しはアタシを安心させとくれよ」

 

 マリアに片手で引き上げられたシガは、鞘にカタナを戻しながら苦笑いを浮かべる。まるで、つばの悪い所を母親に見つかったような引きつった笑みだった。

 

 「マリアさんも惑星調査ですか?」

 

 アークス内でもそれなりの地位をもつ彼女は、レギアスやオーラルと同期のアークスであり、あの巨躯戦争で共に戦線を張った古参の強者でもある。シガとしてもオーラルに続いて尊敬できる人物の一人だった。

 

 「アタシは野暮用だ。左腕は問題ないみたいだね」

 「はい。もう、絶好調って感じです」

 「驕るんじゃないよ。左腕(それ)があって、あんたはようやく半人前なんだ。研鑚を忘れてないだろうね?」

 

 ジロリ、と先ほどの崖にしがみ付くと言うマヌケな様子から訪ねてくる。

 

 「そ、それはもちろん!」

 「ならいい。それよりも、あんたは森林から来たんだろ? 凍土でダーカーを見なかったかい?」

 

 マリアはこの地へダーカーの調査に来ていた。と言うよりは、ナベリウス全体を調査して回っているらしく、修了のあった翌日から殆どアークスシップには戻っていないらしい。

 

 「いえ。今のところは」

 

 シガの情報を聞いて考える様に顎に手を当てる。

 

 「やはり、凍土でも奥地の方が多い。かと言っても……最深部にはほとんどいなかった。この辺りで何かを探している?」

 「何か気になる事でもあるんですか?」

 

 流石に無視して先に進む事は出来ない。彼女もシガにとってすれば恩師の一人でもあるのだ。

 

 「確証が無い限りは、余計な事は言わない主義でね。一つ言える事は、凍土(ここ)を探索するなら気をつける事だ」

 「目的を果たしたら帰りますよ。今は、依頼の最中なので」

 

 と、耳に着けているモニター装置を意識するように軽くいじる。

 

 「いいかい、引き際が最も肝心だ。それだけは、見誤るんじゃないよ」

 

 その言葉は、訓練された時からマリアに言われている心得だった。戦いの中で、どのタイミングで退くか。それを見極められるように、彼女は生存を意識した立ち回りを特に考えて指導している。

 

 「…………大丈夫デスヨ」

 

 ロックベアとの戦いは、今考えれば彼女の心得を大きく外れた立ち回りだった。嘘は言いたくないので、はぐらかして返事をする。

 

 「……はぁ、まあいいさ。生きてるのが何よりの証拠だ。けど、死んでしまったらそこまでだ。それだけは絶対に心に留めておきな」

 「はい」

 

 久しぶりに心に喝を入れられたシガは、マリアと別れて奥へ歩を進める。そこから先は、彼女の言う、不自然にダーカーが密集する地域であった。




マリアさん登場です。彼女はこの頃から、色々と警戒していたのだと思います。
次は、彼と再会します。後不発に終わった『シュンカシュンラン』の正常起動を描写していきますよ!

次話タイトル『Sword action 背を護る者』


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29.Sword action 背を護る者

 十分に気を付けろ。

 

 マリアさんは、特に慎重な感じでそう言っていたけれど、やはりエネミーの事だろう。しかし、凍土に入ってからキングイエーデ以外の原生生物に遭遇しないのも今考えれば妙だった。

 進入許可を貰ったと言っても、凍土に入るのはまだ4回目。今の凍土(フィールド)の状況は、良く知る熟練のアークスの眼から見ると少々おかしいようだ。

 

 「敵が居なくて進みやすいなぁ、と思ってたけど……そう簡単にはいかないか」

 

 本日二度目のエンカウント。目の前に敵の群が存在していた。

 多少、雪が振り始めた視界の先には、獣型原生生物(ガルフ)の亜種であるガルフルの群。そして、長い鼻と丸っこい中型の体格を持つ象型原生生物――マルモスと遭遇した。

 

 このように、別種同士が同じ敵を迎え討つという状況はナベリウスの生物には良くある特徴であるらしい。この場合は、正直言って逃げるのが得策なのだが、今は――

 

 「地図ではあの角を曲がった先にカタパルトがある。そこまで走り抜けるか」

 

 群の奥に進んだ突き当りを曲がると地図では崖になっていて反対側に飛び移る為のカタパルトがある。

 全て倒す必要は無い。何とか怯ませて目の前の群を突破し、カタパルトで(クレバス)を跳び越えれば追っては来れないハズだ。

 

 「さっきは不発に終わったけど、お前達で試させてもらうぞ」

 

 先ほど、キングイエーデとの戦いで不発に終わったフォトンアーツ、『シュンカシュンラン』。場の状況さえ整っていれば、強力な力になってくれる。特に目の前の状況こそ、おあつらえ向きだ。

 

 ガルフルたちが、群のボスであるファンガルフルから、最低限の警戒しながらから攻撃するように指示を貰う。少しずつ囲いをつくるように数匹が横の壁の上へ跳び乗った。前方の数匹は警戒しながら囲いが完成するまで待っているようである。

 

 「――――『シュンカシュンラン』」

 

 後、数秒で囲いが完成する時だった。シガの姿が消える様に、その場から“加速”した。

 

 「!?」

 

 ガルフル達に迎撃する間を与えぬほどの“加速”は、その群の奥に居るボス――ファンガルフルに向かう挙動だった。

 途中にいるマルモスが、長い鼻を振り上げ、高速で通り過ぎようとするシガへ叩きつける。丸太の様に正面に襲い掛かってくる攻撃を、シガは加速の中、強く雪を踏みしめて跳び上がって回避した。

 

 「うぉぉ!!」

 

 そして、空中で抜き放ったカタナの切っ先を、着地点にいるファンガルフルへ向かって、落下の勢いのまま突き出す。

 

 「――――」

 

 落下の衝撃で、積もった雪が捲れ上がるように吹き飛ぶ。シガの高速の刺突をファンガルフルは横に跳んで躱していた。奇襲を受けたのならまだしも、シガは一直線に敵に向かったのだ。そのまま攻撃を受ける方が難しいだろう。

 

 「だ、ろうな!」

 

 攻撃が外れ、雪に深く埋もれたカタナへ、シガは両手を添えると大きく雪を掘り起こしながら斬り上げた。

 

 「!?」

 

 まだ、『シュンカシュンラン』は終わっていない。最初の刺突は高い確率で避けられることがわかっていた。だから、このフォトンアーツには次の派生がある。

 

 加速できるようにレールの様に敷かれたフォトンは、まだいくつもの軌跡(ルート)を残したままだ。それに乗るように身体をそちらへ寄せる。

 敵が距離を取っても、間を開けさせず肉薄できるほどに接近。常に張り付きながら、相手に間合いを取らせないこのフォトンアーツは、“居合”の欠点である、距離の問題を大きく解消できる。

 

 ファンガルフルは、シガの雪に覆われた斬り上げの二刃目も壁を蹴って何とか躱す。元居た場所に深い斬撃の痕が残った。そして、シガは、未だに目の前に追いすがる。

 

 「二刃目(いまの)で決めるつもりだったんだけどな!」

 

 距離が離れない。ファンガルフルは、動物特有の瞬発力で躱しており、その方向は容易くは捉えられない。しかし、シガから見れば、ファンガルフルは未だ『シュンカシュンラン』の攻撃範囲に存在している。逃げられたとは思っていなかった。

 

 三刃目は、まだ着地途中のファンガルフルの身体を薙いだ。洗練された、緑色のフォトンの刃は、抵抗なくファンガルフルの身体を通り抜けると、一撃で胴を二つに叩き斬る。

 

 「悪いな。前にも同じように囲まれた事があってね」

 

 シガは、二つに分かれて白い雪に鮮血と共に絶命したファンガルフルに告げると、一度、鞘にカタナを納める。

 

 「相手が悪かった。ただそれだけ――おわ!?」

 

 せっかく、かっこよく決めようとしたところだったが、マルモスが振り下ろしてきた戦鼻を躱して、雪まみれになりながら距離を取った。

 

 「決めさせろや!」

 

 伝わるはずもない悪態を突きながら、状況を再認識する。群の頭は消えた。となれば統率は乱れ、逃げるか突破しやすくなると思っていたのだが、

 

 「もう適応してやがる。過酷な環境故に、か」

 

 ガルフルたちは、ボスが死んでも冷静に囲いを完成させていた。その中には闘技場の様にマルモスが二体入っており、上手く戦わせるような状況を作り出している。

 

 「オレとしては、抜けるだけで良かったんだけどねぇ……」

 

 (ファンガルフル)を倒したどさくさに紛れて、崖を飛び越えられれば良かったのだが、そちら側の方にはマルモスが立ちふさがっている。あの二匹をどうにかしなくては先には進めそうにない。

 

 「……流石に、無理だな」

 

 瞬間的に“加速”する『シュンカシュンラン』では、あの体格に突撃するのは壁に向かって突撃するようなものだ。当り負けすれば、ガルフルたちに襲う機会を与えるだけ。

 

 「…………」

 

 一旦退くか? マリアさんも引き際を間違うなと言っていたし、少し時間を置けば敵は霧散して簡単に通れるようになるかもしれない。

 

 「――――やっぱやめた」

 

 しかし、シガは、このまま先に進む事を選択する。その理由の一つとして、端末を通して入って来た通信が、良く知るアークスの物だったからだ。

 その警戒を解いた背中を隙であると見出した背後のガルフルがシガに襲い掛かる。しかし――

 

 『お前、いつも囲まれてるよな?』

 

 そのガルフルはシガに牙を突き立てるよりも早く、斜め上からの弾丸に撃ち落とされた。ガルフル達とマルモス達は咄嗟に、新たな敵へ意識を向ける。その一瞬の刹那を逃さずにフォトンアーツを発動する。

 

 「『カンランキキョウ』」

 

 意識が自分から逸れた刹那、抜刀。シガの周囲に斬撃の衝撃波が駆け巡る。その衝撃波は『フドウクチナシ』の様にドーム状に広がる破ではなく、センサーの様に平行に広がる斬撃の波。

 鎌鼬の様に波に触れた対象物を、斬り裂いていく。ソレによって、ガルフル達は致命傷を受けた物と、運よく斬撃波が当らなかった物とで大きく分かれていた。

 

 「やっぱり、コレじゃ倒れないか」

 

 キチンッと鞘にカタナを納める。ガルフル達は流石に割に合わなくなったのか、そそくさと逃げ出し、分厚い体皮をもつマルモスだけが、脚にかすり傷の様な痕を残して、未だ対峙していた。

 

 「よう、シガ。手を貸そうか?」

 

 上から滑り降りてくるのは、先輩アークスのゼノである。彼はガンスラッシュの射撃モードで、崖を滑り降りながらガルフルを狙い撃ったのだ。

 

 「色々な事は後で聞くとして、先輩はコイツを倒せます?」

 

 シガはマルモスを見ながら尋ねる。

 

 「余裕だよ。なんなら、座って見てても良いぜ?」

 「冗談。偉大な先輩が働いてるのに、それをのんきに眺められるほど、大物じゃないんで。背中、護りますよ」

 

 未だに“背中”を護るとしか言えない。それでも頼もしい先輩と共に、残党(マルモス)の討伐を開始した。




 ゼノ再登場。彼も調査に来ています。ここで二つ目のPA『シュンカシュンラン』と『カンランキキョウ』が発動しました。
 『カンランキキョウ』は良く、近づいて来る雑魚殲滅に使われているようなので、ソレに近い描写を。
 『シュンカシュンラン』は、高速で接近して突きです。某明治剣客の牙突を連想していただければ分かりやすいと思います。
 次はオーラル視点に移ります。そして、ゼノの悩みも同時に。

次話タイトル『Backward 過去に繋がれた者達』


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30.Backward 過去に繋がれた者達

 「どうだった?」

 

 ショップエリアの人通りの少ない場所で腰を下ろしていたオーラルは、不意に独り言のように呟いた。

 

 “毎回思うのですが、見えているのですか?”

 

 その彼に対して、どこからともなく声が降ってくる。周囲には彼以外に人影は見当たらない。

 

 「最低限の認識だけだ。フォトンを使う関係上、捉えられないモノではない。それでも、認識するには専用の装備が必要だが」

 

 オーラルの右眼は、姿の見えない声の主をサーモカメラの様に認識していた。すぐ横の壁に背を預けて、こちらを見ている。

 

 “彼に見覚えはありません。ちゃんと報告書は渡したハズですが?”

 「直接聞きたかった。お前の様子も久しく見ていなかったからな」

 “今も“視ている”ではなく、“捉えている”でしょう?”

 

 呆れた、と嘆息が聞こえる。姿の見えない会話相手は、小さい頃からの馴染の人物であるオーラルだからからこそ、彼との会話に警戒心は一切無い。

 

 「表の活動は、順調のようだな。そのまま周囲に溶け込めれば問題ない」

 “溶け込むの意味が、だいぶ違うと思いますが?”

 「表はお前にとっての隠れ蓑だ。『マイ』を与えられている意味を考えれば、“奴”にとっては駒の一つだからな。お前も(オレ)も三英雄も」

 “今更、分かりきった事を……ボケでも始まっているんですか?”

 

 その発言に、オーラルは思わず、フッ、と失笑する。それに対し怪訝そうな様子を表すフォトンが、会話相手から向けられた。

 

 「質問が多いな」

 “わたしは、ハドレッドに関する情報があると言うので赴いたんです”

 

 とある事件から逃亡し続けている標的を始末する事が今の任務だった。しかし、未だにその姿をさえも捉えていない焦りから、少しだけイライラしていた。

 

 “ハドレッドは、目の前で全てを壊していた。理由がどうあれ、オラクルの秩序を乱したことに変わりません。不穏分子を始末する事がわたしの仕事です”

 「知っている。今回の接触は、この件を正式に最優先するようにルーサーに進言する旨を伝える為だ。他の仕事と重なれば立ち回りが制限されるだろうからな」

 “ご配慮、感謝します”

 「虚空機関(ヴォイド)でも、ハドレッドの行方は最優先で追っている。空間移動能力は予想以上に厄介でな。何かわかれば即座に伝えるつもりだ」

 “……はい”

 

 オーラルは必要な情報のやり取りを終えて立ち上がる。会話相手も多忙なので、これ以上の世間話は活動に支障が出ると判断した。

 

 「それと、表の仕事は続けろ。必要な事だ」

 “元は貴方の進言であると、カスラから聞きましたが?”

 「お前は、忘れられやすいからな。それに声を出すのはストレス発散になって良いだろ?」

 “相変わらず、良くわからない思考ですね”

 「良く知る身内であっても、その腹の内は計りかねるものだ。簡単に腹の内を探られるようでは、まだまだ二流だな」

 

 その言葉に対する返答は帰って来なかった。まだ、フォトンの反応はそこに在るので、去ったわけでは無いらしい。

 

 「しっかりやれ。“表”も“裏”も。あと、ライブは悪く無かったぞ」

 

 そう言い残すとオーラルは去って行った。その背中を驚く様子で見つめながらも、会話相手もその場から移動を始める。

 

 “……そういうのを見るタイプの人じゃないと思ってましたけど。意外ですね”

 

 自覚しない嬉しさから、つい、そんな言葉が漏れた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 凍土の地にてシガとゼノは、瞬く間に敵を全滅させていた。

 二人にとって、マルモスは敵ではなかった。ゼノの助言で、弱点である背中を突いてシガも難なく撃破。

 相変わらずゼノの戦い方は、洗練されていて慌てた様子は一度もない。全ての動きを読み切っているように、安心して見ていられるほどの安定した戦い方だった。

 

 「相変わらず、安定した戦い方ですね」

 

 シガは、カタナを鞘に収めながら、学ぶことの絶えないゼノの立ち回りを称賛していた。エネミーに合わせての絶妙な間合いの取り方や、弱点を的確に突く攻撃。原生生物の生態を良く知らなければ、こうも見事に立ち回る事は出来ないだろう。

 

 「そっちもな。だいぶ、原生生物との戦いに慣れて来たんじゃないか?」

 

 ゼノはソードを背に戻しながら、久しぶりに顔を合わせたシガの動きから、だいぶ吹っ切れたと感じ取る。

 

 「それでも、まだまだ不安も耐えないです。色々と試験的なモノばかり請け負ってますし」

 「そう言えば、前に聞きそびれたんだが……シガのクラスってなんなんだ? 一般市販されてない系統の武器を使ってるよな?」

 「これも試験中なんですよ。新しく使いされる予定のクラスで、ブレイバーって言うらしいです」

 

 シガは自らがアザナミから、その辺りの試験を任されている事をゼノに説明した。これほど近接で立ち回りが出来る彼だ。もしかすればブレイバーに興味を持ってくれるかもしれない。

 

 「そっか、お前さんは第三世代だったな。フォトン特化傾向を自在に変更できるってのは、うらやましいぜ」

 

 少しだけ残念な表情を作るゼノ。シガは始めて見る自信無さ気な彼の表情に驚きつつ尋ねた。

 

 「先輩。ロックベアの時に言っていた事と関係があったりします?」

 

 あの時、少しだけ彼は第二世代アークスで、レンジャーとしての素質が強いと言う事を話してくれていた。当時ははぐらかされて、それ以上は追及しなかったが。

 

 「……なあ、シガ。お前から見て、俺は何に見える? ちゃんとハンターに見えるか?」

 

 武器(ソード)の扱いは知る限りではゼノに並ぶ者とは未だ出会った事は無い。自らの持つ経験(ちしき)を使い、そこらのアークスよりも近接戦の専門家(スペシャリスト)と言った感じだ。しかし、よく彼の戦い方を考えてみると一つだけ違和感もある。

 

 「少なくともオレは、先輩はハンターに見えます。けど――」

 「けど?」

 「いや、全くの余計なお世話なのかもしれませんが……先輩って射撃が上手いですよね? 最初に会った時も、さっき、ガルフルをピンポイントで狙い撃った時も」

 

 ガンスラッシュは、近接も射撃も出来る武器だ。しかし、そのどちらも主体とする、近接武器や射撃武器にはどうしても一歩劣る。

 しかし、ゼノは、ガンスラッシュの一射を、正確に原生生物の急所を狙い当てている。スコープも無しに遠くからの狙撃。まぐれで出来る事ではない。

 

 「やっぱり、そっちが突出しちまうか。前にも言ったけどよ、俺のフォトンは完全に射撃職(レンジャー)向きなんだよ」

 

 戦いながら感じた違和感は、彼に適したクラスは“ハンターでは無い”事だった。本人が言うのだから、間違いはないだろう。

 

 「正直言って、どのクラスにもなれるお前さんが、少しばかり羨ましいぜ」

 

 第三世代アークスとして、フォトン傾向は柔軟に変えられる。しかし、シガとしてはそれ以前の問題だ。

 

 「先輩。オレだって必死ですよ? 今、世間で活動するどのアークスよりも、不完全ですから」

 

 知ってるでしょ? と左腕を見せて告げる。

 とはいっても、その問題は己の中で解決済みだ。だから、前までは出来るだけ考えようともしなかった事を当然の様に言葉として出せる。自分が、一般人とアークスの境にいる異常(イレギュラー)な存在であると自覚しているからだ。

 

 「……なんか悪りぃな。愚痴に付き合わせちまってよ」

 「いえ、ゼノ先輩も悩みがあってホッとしました。なんか、お気楽でいつも余裕な感じでしたので」

 「お気楽、はお前にだけは言われたくねぇよ」

 

 スパンッとゼノはいつもの調子でシガの頭を叩く。シガは痛ってぇ、と頭を抱えた。

 

 「――っと」

 

 すると、ゼノの端末に通信が入って来る。やっとか、と彼は呟くと耳に当てた通信機を介した。

 

 『ゼノ! 今どこに居るのよ!? 急に崖を飛び降りて、音信不通って信じられない!』

 「怒鳴るなよエコー。雪崩が起きたらどうすんだ」

 

 思わずゼノは通信機を耳から放す。その声はシガにも聞こえるほどの大声だった。通信相手は、相方で同期のエコーである。

 

 『キャンプシップに居るから、一旦戻ってきなさいよ! 足並みそろえないと意味ないじゃない!』

 「へいへい」

 

 ゼノは通信を切ると、テレパイプを取り出した。

 

 「悪いなシガ。俺が手を貸せるのはここまでだ。って、言っても今のお前なら問題なさそうだがな」 

 「まぁ、余裕っすね」

 「へっ。俺とエコーは凍土をまだ探索するからよ。何かあったら通信を入れろよ?」

 

 そう言い残すと、発動した転移ポートにゼノは駆け足で向かって行く。シガは彼の姿が消えるまで見送ると、目的に向かって歩を進める。

 

 その先に何があり、何が起こるかを知っていれば引き返す手段もあったのだろうが……何も知らない彼は迷わず奥地を目指す――




 はい、???さんの再登場です。ゼノの悩みもぽろっと出ました。彼が何故レンジャーからハンターになったのかは、公式認定の小説PSO2サイドストーリーズで書かれています。
 次は最後の六芒均衡がでます。

次話タイトル『D-Arkers in frozen soil 極寒大地の捜索生物』


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31.D-Arkers in frozen soil 極寒大地の捜索生物

 『シガさん。聞こえますか?』

 

 ゼノと別れ、奥のカタパルトを使ってクレバスを飛び越えたシガは、入って来たロジオからの通信に応答した。

 

 「だいぶ長かったですね? 調べ物は終わりました?」

 

 シガは良く聞こえる様に通信機を押さえながら、歩を進める。

 

 『すみません。ナベリウスの地質について、資料を洗い直してみたのですが……やはり、私達の様に調べた例は今まで無いようです』

 「それって、おかしかったりします?」

 『はい。このナベリウスの環境を、学者であるなら疑問に思わなかった者は居ないハズなんです。そして、こうやって調査も行われたハズ……なのにデータが無いのは――』

 

 前方にT字の分かれ道に差し掛かった時、シガは耳に入って来た羽音を聞き、足を止めた。そして、腰のカタナに手をかける。

 

 「……なんだ?」

 

 すると、飛行系のダーカーがクレバスを越えた右岸側から現れた。咄嗟に後ろにステップを踏むと、来た道を数歩下がって本格的に攻撃に移れるように構える。

 間違いなくお互いに視認した。となれば必然と交戦する事になる。角から姿を現したら、『シュンカシュンラン』で間合いを詰める――

 近づいて来る羽音に、緊張の汗が頬をつたる。そして、飛行系ダーカーが姿を現す。しかし、

 

 「―――――?」

 

 ダーカーは、シガの存在をものともせずに目の前の分かれ道を一直線に通り過ぎて行った。向かって来れば一撃で斬り捨てるほどの気迫で構えていたが、肩透かしを食らった気分になる。

 

 『今のは……ダーカー、ですか?』

 

 目の前で(アークス)を見つけても交戦どころか敵意を向ける事も無かった。こちらは間違いなく殺気を向けたと言うのに、そんな場合では無い、と言った様子だ。

 

 『アークスを見つけたら、有無を言わさずに襲って来ると資料にはあるのですが……』

 

 ロジオは一般市民なのでダーカー自体が珍しいのだろう。無論、彼の認識は間違いではない。

 

 「なんですけどねぇ。なーんか、変だぞ」

 

 ここ数週間で研ぎ続けている経験が、嫌な感覚を捉えていた。しかし、この“感覚”には覚えがある。

 

 「マトイを見つけた時だ」

 

 “声”は聞こえないが、根拠もなく直感が出来たあの時と似ている。

 

 『……なんだか不気味です。シガさん、お節介かもしれませんが、十分、注意して進んでください』

 

 マリアさんやゼノ先輩と言った、腕の立つアークスが出向いているくらいだ。今の凍土は、自分が知っている凍土よりも、明らかな違和感が多すぎる。こういう場合は、一度退くのが良いのだろうけど……

 

 「好奇心が勝った」

 

 自ら火の中に飛び込むと解っていても、その先が気になる好奇心にシガは自分の足を委ねる。

 彼は、ダーカーの進んで行った方を選び、奴らを追う形でクレバスを飛び越えた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 「…………やはり、難しいか」

 

 マザーシップの『虚空機関(ヴォイド)』研究部から通路の端で、オーラルは一通りの業務の休憩がてら、フォトンアームの構成を練っていた。

 

 「どうも、オーラルさん」

 「今週の警備はお前か。カスラ」

 

 すると、そんな彼に丁寧な口調で話しかけてくる一人のニューマンの男が居た。彼はニューマンらしく、クラスが法術職(フォース)である為、よりフォトンの取り込みやすいように彼専用にオーダーメイド服装――カースドクルーンを着ている。

 

 「はい。正確には私とマリアさんなのですが、彼女は連絡が取れません」

 

 困ったようにカスラは笑うが、どうしようもない、と諦めていた。

 

 「お前も大変だな」

 「いえ、私など貴方に比べれば暇の様なモノです」

 

 数多くある部署でも、最もオラクルで高い権力を持つのが『虚空機関(ヴォイド)』。

 その研究部の室長という役職は、でも上位序列であり、必然と大きな存在として認識されているのだ。

 

 「お前が、裏を引き継いでくれて良かった。流石に、(オレ)はそこまで手は回らない」

 

 元々オーラルは、一線を退く意味でも室長の地位を別の人間に譲り、ただの研究員として研究部に在籍していた。しかし、ある事件を期に、前任者が自主的に責任を取る意味で辞任したため、能力的にも適しているオーラルが再び任命されたのである。

 

 「私が居なければ、それでもこなしていたでしょう? かつて【死神】と呼ばれた貴方の率いた部隊は、どんな標的でも確実に仕留めていたと聞きます。そして、アナタだけがその全容を記録している」

 「感心せんな。それ以上は、“三英雄”とは言え、消される事を覚悟した方が良い」

 

 表でアークス達が活躍する世間的な華々しさとは別に、裏側でその秩序の土台を支えた闇の部隊が存在した。オーラルはその隊長を務めていた経歴もある。

 

 「私は貴方の逆鱗を突つく、つもりはありません。もっとも、貴方が怒ったところは見た事が無いのですがね」

 「……なら、聞くな。(オレ)としても【死神】の名は、もう名乗るつもりはない」

 「ええ。今は、その役割は“零”が引き継いでいますから」

 

 そこまで聞いたところでオーラルは立ち上がる。そして、カスラから離れる様に歩き出した。

 

 「お前の目的は知らんし、知っても黙認する。だが、あまり詮索しすぎると、嫌われるぞ?」

 「私としては、その時が来たときに気兼ねなく殺してくれる方が都合は良いんです。それに――」

 

 カスラは意味深に感情の入った口調にオーラルは歩を止めて振り返る。

 

 「私は、私を殺せる実力をもった人にしか、突っかかりませんよ」

 「……自殺願望があるなら、自室で首を吊れ」

 「それは、最後の手段にします」

 

 冗談か本気か。カスラと言うアークスはオーラルがその本心を正確に測れない数少ない人間の一人だった。しかし、今の感情の入った“声”からは少しだけ読み取れた。

 正確に推察は出来ないが、そう言う場面になる、と解っているような様子である。

 

 「それと、何かフォトン変換でお悩みのようですが、“灯台下暗し”という言葉がありますよ」

 

 と、それだけを告げて、カスラはマザーシップ内の巡回をする為か、スタスタと歩いて行った。

 

 「……確かに、クーナとはそりが合いそうにないな。それと回りくどい」

 

 敢えて遠回しに伝えたのは、オーラルなら把握できると思ったのか、はたまた“奴”に聞かれない為の対策か。

 己にとって敵か味方か解らないカスラの助言を聞き入れる事を選択したオーラルは、デューマンのフォトン変換の構成データを確認した。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 「おいおい……マジかよ」

 

 シガは、ロジオと話をしながら先に進んでいると、咄嗟に視界に映った存在から、隠れるように氷柱の影に身を隠した。

 ちょっとだけ噂は聞いてたけど。まさか、本当にいるとは思わなかったぜ……

 

 「…………」

 

 視線の先には、修了の時に遭遇した【仮面】が居るのだ。あのゲッテムハルトさんと互角以上に渡り合った、シガの知る中でも最も強い敵。そして、マトイを狙った怨敵でもある。

 

 「一体なにやってんだ?」

 

 スッと半身だけ氷柱の影から出して様子を伺う。視界を彷徨わせながら何かを探している素振り。さっきのダーカーもそうだった……まさか、アイツか操ってるとか言わねェよな?

 そうなれば、奴は必然とダークファルスと言う事になる。シガ一人で、どうこうできる存在ではない。だが、

 

 「不意打ちなら……いけるか?」

 

 ある意味、こちらが一方的に発見したと言う状況は絶好の好機だ。左腕(フォトンアーム)の最大出力をお見舞いすれば――

 

 『シガさん? 座標のデータが止まっているようですが、何か問題でも起きましたか?』

 

 それはロジオからの通信だった。ただでさえ静かな周囲に加え、何かを探す様に神経を尖らせている中での通信は良くその場に通る。無論、【仮面】にも――

 

 「――――」

 

 【仮面】が後方の氷柱へ振り向く。その通信は【仮面】からしても聞き違いかと思う程に小さなものだったが、それでも確かめる意味で氷柱へと歩み寄って行く。

 

 「…………」

 

 シガは通信の音声を消し、姿を隠していた。いざとなれば左腕(フォトンアーム)を解放し、一撃を加えた上で相対するしかない。

 雪を踏みしめて近づく足音が徐々に大きくなる。心臓は気づかれるのではないかと思う程に強く高鳴っていた。

 【仮面】が氷柱の裏へ武器(コートエッジD)を片手に躍り出る。

 

 「…………」

 

 そこには誰もいなかった。荒く降り積もった雪だけが周囲に点在しており、ソレに対して、

 

 「――――」

 

 一薙ぎ、武器(コートエッジD)を振るって全て両断して吹き飛ばす。しかし、そこにも誰もいなかった。

 

 「…………」

 

 聞き違いと認識した【仮面】はそのまま武器を仕舞って崖の上へ跳び上がり、その奥へ歩いて消えて行った。

 その一分ほど、その場に静寂が流れる、すると氷柱の根元が盛り上がり、

 

 「ぶはっ!」

 

 そこから雪まみれのシガが飛び出した。氷柱は積雪の下で僅かに凹んでいた為、その隙間に逃げ込み、入り口を雪で覆ったのである。【仮面】が氷柱の裏ではなく、氷柱自体を注目していたら見つかっていたかもしれない。

 

 『す、すみませんでした。私の所為でシガさんが危険に……』

 「いえ……逆に助かりました」

 

 そう、ロジオが止めなければ、間違いなく彼は【仮面】に攻撃を仕掛けてた。奴がマトイを狙っているのはわかる。だからこそ、アイツを倒す事が今彼が最も強く“力”を求める理由だ。しかし、

 

 「まだ……震えてやがる」

 

 シガは寒さでは無い別の意味で震える右手を見る。隠れる事を選んだのは恐怖したからだ。歩み寄ってくる奴の足音から、まだ自分の届かない存在であると本能が理解したのである。

 

 「それでも」

 

 マトイを護る為に、必ず越えなければならない壁だ。必ず――

 その時、耳鳴りの様な高音が聞こえた。不思議と不快感を感じないその音色は、一度聞いたモノだ。

 

 「?」

 

 シガは周囲に視線を巡らせる。辺りには高音が鳴る様な物は何も無い。

 

 『どうしました?』

 「ロジオさん。今の音って聞こえました?」

 『音ですか?』

 「こう、キーンって耳鳴りみたいな高音が」

 『こちらの観測データには何も補足していませんが……』

 

 気のせいか? いや、この音は……さっきダーカーが素通りした時にも聞こえた音だ。

 

 「て、事は……こっちか?」

 

 シガは【仮面】が向かおうとしていた方向を選択して足を進めた。

 咄嗟の判断から【仮面】との接触は避けたシガだったが……この後、再び奴と対峙する事になるとは、この時は夢にも思いはしなかった。




 【仮面】とセカンドコンタクトです。今回の凍土での任務は奴との対決に視野が置かれます。
 今回で【六芒均衡】が劇中に全て出そろいました。中でも、クーナとカスラは最も関わりやすいキャラなので、そこそこ出番は多くなると思います。

次話タイトル『One arm ARKS vs Persona 怨敵対峙』


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32.One arm ARKS vs Persona 怨敵対峙(★)

 【仮面】は得体の知れない敵だ。

 その素性も定かではないし、何を目的に動いているのかわからない。それでも、一つだけ確かな事がある。

 

 奴は、マトイを殺そうとした。だから、オレの中では明確な敵なのだ。

 

 彼女の命を狙っている。護る為に、そして自分自身が越えるべき“壁”として、いつかは決着をつけなければならないと思っていた。しかし、今は無理だ。認めたくはないが、奴は……まだオレよりも強い。

 

 「…………またか」

 

 歩を進めていると、例の音をより鮮明に捉えた。

 

 『また、例の音ですか?』

 「いま、直接鳴ってるけど、やっぱりそっちには何も?」

 『はい』

 

 相変わらずロジオの方では何も観測できないらしい。オレにだけ聞こえるってのも妙な話だ。まるで呼んでいるような……そんな気がする。

 

 『あ! シガさん! 前方を見てください』

 

 少し傾斜のある坂を上り、視界が開けた。視界には少しだけ平坦な広場が映し出され、その中央に――

 

 「……氷?」

 

 ひし形の巨大な物体が不自然にも浮いていた。

 

 

 

 

 

 『なんでしょうか。これは……人工物?』

 

 ロジオは冷静に、目の前のひし形の物体を分析していた。彼の言い様から、氷に似ているが自然物ではなく、何らかの人工物であるらしい。

 

 「…………」

 

 なんだ? なんだが、懐かしい感じだ。

 シガは、その物体へ触れる様に手を伸ばしていた。そうする為に、この場に来たように、目の前の不確かな物体に対し何の警戒は要らないと、確証があったのだ。

 

 「……っ」

 

 物体に触れた瞬間、直視できない光に思わず目を細める。理由のわからない発光は数秒で消え、シガは一つの細長い武器を握っていた。

 

 「……は?」

 

 これまた即座には解明できそうにない状況から、そんな声と、また変な事に巻き込まれたのでは? と手に持つ杖の様に細長い棒状の物質を見ながら嫌な予感がする。

 

 『パラメーター的には、武器のようです。杖に近い形のようですけど……見た事の無い形状ですね』

 「折れたみたいな断面だな」

 

 不自然に割れた様な断面は、何らかの攻撃によって折れているようだ。と言う事は、上半分もどこかに?

 

 『壊れているようですね』

 「……壊れてる……」

 

 と、シガは頭に、ピコンッ、と電球が着いたように何かを思いつく。

 

 「ロジオさん、この武器の形状から推測できる完成系って検索できます?」

 『いま、確かめています。――――おかしいですね。アークスの武器なら、検索で出て来るはずなのですが』

 「元の形も不明って事ですか?」

 『そのようです』

 

 おあつらえ向きじゃないか。丁度いい、コレは持って帰ろう。と、シガは、ある人の悩みが意外と早く解決出来る事に少しだけ上機嫌だった。

 

 「だからよ、出来るなら会いたくなかったぜ」

 

 そんな捜索終了モードも束の間、背後から冷えた気配をシガは感じ取っていた。その気配は振り向かずとも解る。

 

 「…………それを放せ」

 

 【仮面(ヤツ)】だ。額に嫌な汗が流れるのを感じた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 「ロジオさん――」

 

 そこから、シガの行動は早かった。拾った例の杖を武器ストックへ収納し、【仮面】が接近するよりも早くテレパイプを取り出すと、スイッチを押――

 

 「――――」

 

 しかし、【仮面】は予想を超えた行動に出た。咄嗟に自らの武器(コートエッジD)を投擲して来たのである。

 

 野郎、武器を……

 テレパイプの起動は一旦止め、身体を反らして武器(コートエッジD)を躱す。嫌な汗と苦笑いだけが止まらない。何が何でも、逃がさないつもりか!?

 

 「だが、武器を捨てるのは――――」

 

 間違いだったな! そう言いながら振り向きつつ、カタナの柄に手を伸ばす。しかし、言い切る前に、【仮面】はシガの眼前に接近していた。カタナを抜けない様に、柄尻に手を乗せて抑え、反対の拳はシガの腹部へめり込む。

 

 「ぐっ……」

 

 予想以上の威力に、シガは途切れそうになる意識を寸前で繋ぎとめた。そして、逆に左腕で【仮面】の腕を掴む。そして、柄尻に乗せている腕を無理やり引きはがす。

 

 「掴まえた。『フドウクチナシ』!!」

 

 残った右手でカタナを抜き放つ。発生する波は、生き物である限り決して逃れられない衝撃波である。この距離なら【仮面】は確実に食う距離にいた。

 慣れたようにシガは納刀。そして、左手を【仮面】からカタナ鞘に掴み直し、中腰で“間合い”を図る。

 

 「ふー」

 

 それは独特の呼吸。僅か1秒足らずの初動作であり、ロックベアを仕留めた時と同じ集中力をこの場に引き出す。

 

 「『サクラエンド』」

 

 『フドウクチナシ』から2秒もかからずに繰り出された『サクラエンド』。高速の抜刀と返しの剣筋が、動きを止めた【仮面】に緑色のフォトンの軌跡が×字を刻む。

 

 

 

 

 

 「おいおい。今のを、避けるか……」

 

 シガは妙に軽い手応えだけをカタナを握る手に感じていた。太刀の入りが軽かったのだ。

 ほんの僅かに硬直した様子からも『フドウクチナシ』は間違いなく、くらったハズ……原生生物でさえ気を失う程の衝撃波だ。あの仮面が何か特殊な作用でも及ぼしたのだろうか?

 

 【仮面】は『サクラエンド』を、一歩だけ下がって直撃を避けていた。服の表面に浅くついた傷跡は、決して届かない距離では無かったとシガに認識する。

 

 「…………」

 

 しかし、次には【仮面】に残った斬り跡は、まるで逆再生されるように修復され、どこについていたのか、わからなくなった。

 

 「化け物め……」

 

 不敵に笑いながらも、シガは対峙してから嫌な汗が止まらない。こいつは、もはや人の枠に入るかどうかも不明だ。キチンッ、と音を立ててカタナを納刀する。

 

 「すー」

 

 シガは荒波の様に動揺する心を一つに沈める為に息を吐く。対する【仮面】は距離を取り、カタナの間合いから更に五メートル以上は離れている。

 二人の間に洗練された緊張感が張りつめていた。武器と無手。当然無手の方が不利だ。

 しかし、シガの“居合い”の構えからでは、明らかに届かない距離と油断したのか、【仮面】は意識を自らの武器(コートエッジD)へ向けた。

 

 「――――」

 

 まさに、ソレはコンマ5秒にも満たない“隙”だった。

 フッ、と【仮面】に影がかかる。眼前にはカタナの切っ先を突きだすシガが、渾身の刺突を行っていた。

 

 「知らないだろ? 『シュンカシュンラン』って言うんだぜ――」

 

 シガは一瞬で“間”を潰していた。それは決して近づけぬと判断した間合い。その予想を上回ったシガの接近に対して【仮面】の挙動は明らかに遅れている。

 そして、攻撃が当った事を証明するように、フォトンの反発する衝撃が、周囲の木々と雪を吹き飛ばす。




 vs仮面の始まりです。ソロでは中々厳しい相手だと聞くので、かなりの強敵として描かせてもらっています。

次話タイトル『Eyes of a confrontation 戦士の眼』


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33.Eyes of a confrontation 戦士の眼

 その一閃は、今まで何よりも鋭かった。

 彼の全身全霊。最もフォトンが集束し、敵の“虚”も完璧に捉えていた。防御も、回避も出来なかっただろう。ソレで居て、貫けぬモノは無いと自負する、最高の一閃だった。

 

 「――――」

 

 間違いなくその攻撃は【仮面】を仕留めていた。

 

 「…………」

 

 武器(カタナ)()っていれば――

 

 

 

 

 

 接触する手前で、フォトンの刃を維持できなくなったカタナは、無理やり流し込まれるフォトンに耐えきれず、炸裂するように刀身が砕け散る。

 

 不運? 整備不良? この武器を使い過ぎた? どれも違う。しかし、その全てが当てはまるだろう。

 

 【仮面】へ突き立てた一閃は、間違いなく完璧だった。唯一、完璧でなかったのは、磨耗した武器(カタナ)だ。

 本来のアークスの武器は、整備用のマニュアルと、不具合が出た場合や故障の恐れがある場合は、所持IDを通して自らの端末に告知されるようになっている。

 しかし、シガの持つカタナは試験武器。耐久性の上限を測るために、その告知は無かったのだ。

 

 限界を……見誤った。

 

 【仮面】に触れる前にカタナは攻撃性を失い、刀身はフォトンの刃を維持できなくなったのだ。しかし、攻撃能力は失ってもシガ本人の突進は止まらない。

 

 「――――」

 

 先ほどの接近から、【仮面】は警戒するように、シガと入れ違うと距離を取った。そして、積もった雪に突き刺さっている己の武器(コートエッジD)へ近寄り引き抜く。

 

 「っと」

 

 シガも着地。そして使えなくなったカタナを鞘に納めると【仮面】へ視線を向ける。武器を手にした敵は、こちらの命を一撃で奪える。ここからの戦いは、一秒たりとも奴の姿を視線から外すわけにはいかない。

 

 「形勢が――」

 

 逆転していた。カタナはもう使えない。シガに武器は無いと判断した【仮面】は、彼へ眼にも止まらぬ速さで踏み込むと、コートエッジDを斜め下から振り上げていた。

 

 「本気で、変わったと思うか?」

 

 戦闘形態へ発動した左腕(フォトンアーム)でシガはコートエッジDを掴み止める。黒く、全てを侵す邪悪なフォトンと、ソレを浄化する緑色のフォトンがぶつかり合って軌跡となって散った。

 

 「…………」

 

 動かない。【仮面】は左腕(フォトンアーム)掴まれた時点で、後ろへ下がろうとしたのだが、“爪”がコートエッジDへ楔の様に突き刺さって動かなかった。

 

 「あの時は不発だった。だがな……今はどうだ?」

 

 シガの攻撃意志を表す様に指部へ、重なるように更に青色のフォトンの“爪”が展開された。

 

 「『フォトン・エッジ』!」

 

 音を立てて、コートエッジDは砕け散る。ソレによって、残った下半分だけを握り、退く事が出来るようになった【仮面】は後ろへ下がり距離を取った。

 

 「逃がすか!! 接撃(コンタクト)!!」

 

 シガは、コートエッジDの破片を捨てると、“爪”を横なぎへ。【仮面】はまだ、こちらの攻撃範囲内だ。

 

 「――――」

 

 しかし、“爪”がどこを裂くか読んでいるかのごとく、【仮面】は軌道を見切っていた。その場で低く跳び上がり、斬り裂かれる空間の“間”に身体を預けて躱す。

 シガの前方には、五本の斬り裂き痕が、崖や木々を斬り裂いていた。

 

 「本当に何者だ? お前は――」

 

 距離が開く。“爪”は一旦解除するが、左腕(フォトンアーム)事体は戦闘形態を保ったままにする。【仮面】の武器は破損し、攻撃能力を失った。とは言え、何が飛び出してくるかわからない。いまの攻防で唯一解ったのは――

 

 「“(フォトン・エッジ)”はくらいたくない、みたいだな」

 

 カタナの時は、多少は食らっても問題ない様子で躱していた。しかし、左腕(フォトンアーム)を発動してから、一方的に距離を取ろうと動いている。

 “爪”は短く集束すれば威力と攻撃速度が出る。今のも相当だったのだが、大振りである以上、次は躱して接近して来るだろう。

 

 「出力……30か。オレにしては、そこそこ出来るようになったよ」

 

 新しい左腕(フォトンアーム=アイン)になってから、出力が小分けに出来る様になったとは言っても、“爪”の発動に、最初の頃は出力50%以上でなければ上手く形を作れなかった。

 しかし、オーラルとの研鑚を重ね、今は出力を30%で“爪”を展開できる。無論、それだけの出力でも両断できなかった物は今の所皆無。そして、それは――

 

 「お前も例外じゃない」

 「…………」

 

 明らかに【仮面】はシガの左腕を警戒していた。これ以上近づけば、避けられないと悟っている様だ。

 

 そうだ……よく考えろ。武器無しで、オレを殺すにはお前も命を賭けないといけない。

 

 まだ、シガがカタナを使える状態で持っていれば、ソレを奪われる懸念もあったが、壊れている以上、この場の武器は左腕(フォトンアーム)しかないのだ。それに……

 

 「いいのか? 騒ぎを聞きつけて、他のアークスが来るかもしれないぞ?」

 

 シガの言葉に【仮面】は少しだけ反応した。そう、派手な一撃を見舞ったのも、それが狙いだ。今、この凍土には、六芒均衡の一人であるマリアがいる。

 彼女がこの状況に気づけば、間違いなくこの場にやって来るだろう。

 

 「――――」

 

 すると、【仮面】は何を思ったのか、おもむろにコートエッジDの折れた断面に触れる。次の瞬間、生えて来るように折れた部分が再生された。

 

 「…………ん?」

 

 あまりの光景に、自分が圧し折り、投げ捨てた敵の武器(コートエッジD)の破片へ目を向ける。少しずつ形が崩れる様に風に流されていた。

 

 「ソレも“ダーカー”かよ!?」

 

 踏込み、振り下ろしていた【仮面】の重い一撃を左腕で掴み止める。あまりの攻撃力に片膝が折れて、雪の上に着く。

 

 まずい……この態勢は脚に力が入らない……

 

 押し潰されるような圧力(さつい)と、眼前の死(コートエッジ)。存在自体を全て、呑みこまれてしまうと錯覚するほどの強者には、まだ届かなかったのだ。

 

 「ったくよ……本当に勝てないか――」

 

 出力……50%――

 

 

 

 

 

 【仮面】の振り下ろしていたコートエッジDは吹き飛んだ。

 左腕の攻撃力は侮れない。故に【仮面】は攻撃しつつも回避の事を常に考えていた。しかし……警戒していたにもかかわらず、武器は弾き返され、その所為で次撃に繋ぐタイミングを完全に止められてしまった。

 

 「…………」

 

 距離を取りつつ、【仮面】は相手(シガ)の攻撃を考察する。今のは……爆発(テクニック)でもなければ、フォトンの射撃(ほうしゅつ)でもない。武器を通して手に残る……痺れた様な感覚は、まるで硬い物に打ちつけた様な振動――

 

 「こっちは、まだ……出力は50%以上じゃないと使えなくてな。しかも燃費も悪い」

 

 退いた【仮面】に対して、シガは真っ直ぐ向き合うように膝を立てる。もはや目の前の敵を畏怖していた影は一片も無い。

 

 「理由は知らないが、お前がマトイを狙ってるのは解っている。コレも何か理由があるんだろ?」

 

 シガはこの場で拾った、例の武器の事を告げる。

 

 「世の中、上手く行かないもんだ。オレ自身が身を持って体験してるからな」

 

 そう、上手く行く事なんてそうそうありはしない。皆、なにかしらの壁に突き当たる事は多いのだ。ただ、(それ)を越えて行けるかどうかは、本人の資質による。

 

 「今回ではっきりしたよ。お前も“死ぬ”ってことがな」

 

 シガの赤い瞳には、得体の知れない敵だけが映っている。それは、臆することなく目の前の敵を“倒す”と決めた『戦士の眼』だった。

 

 お前を倒す。覚悟しろ――

 




 仮面さんの武器。どこで整備しているのか不明なため、ダーカーと言う事にしました。ちょっと無理がありすぎるかな?
 ここで29話でチラッと話に出た新しい攻撃能力が発動しました。次話は、ソレを主体に【仮面】と攻防が繰り広げられます。

次話タイトル『Shock! 撃』


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34.Shock! 撃

 「…………ハッ!?」

 

 シガは意識が覚醒すると同時に、背中に響く鈍い痛みに耐えながら、仮想ルームの床から跳ね起きる様に立ち上がると即座位にファイティングポーズを取った。そして焦るように周囲に視線を巡らせる。

 

 「目を覚ましたか」

 

 少し離れた所にある備え付けのコンソールの内部をいじっていたオーラルは、シガの覚醒に作業の手を止めた。そして、コンソールの扉を閉める。

 

 「何やってたんですか?」

 「もうじきバージョンアップをするからな。基礎データの抽出を行っていた」

 

 他の惑星の原生生物の情報や地形データが集まってきているとの事なので、近々、ナベリウス以外のデータで仮想訓練も出来るようになるらしい。

 

 「……オレ、どれくらい眠ってました?」

 

 周囲を見渡すと、相手していたリサさんや、マールー先生とテオドールもいなくなっていた。

 

 「20分くらいだ。リサはつまらないから、生を撃ちに行くと惑星に降りていった。マールーとテオドールは、一緒にナベリウスに行っている。森林の自由探索許可を取るんだと」

 

 テオドールの手伝いか。アイツは、何かと弱腰だし、最初の内はその方が良いかもしれない。

 

 「シガ。お前は『アイン』をどのくらいまで制御できるようになった?」

 

 オーラルはシガの左腕――フォトンアーム=アインの様子を尋ねた。戦闘にも交えるつもりで、訓練でも良く使っているが、やはり無意識に出力を出すのを躊躇っていると自覚している。

 

 「えーっとですね。30%で『フォトン・エッジ』を使えるようになりましたよ。有効射程も10メートル近くに増えましたし」

 「だが、伸ばせば伸ばすほど、攻撃力が下がるハズだ」

 

 基本的に、フォトンを使う関係上、根元が高い出力を持つのは必然だ。10メートルまで伸ばせるとは言っても、その先端の攻撃力はそれなりの防御力を持つ敵は貫けないだろう。

 

 「無駄に攻撃距離を伸ばして安定しない形にするよりは、次の段階に移るぞ」

 「次の段階?」

 「元々、『フォトンアーム』は武器を介さずともフォトンを攻撃性に置き換える事が可能だ。その過程で、三つの攻撃パターンを想定してある」

 

 元より、防御に特化した義手を作ることは難しくない。しかし、義手の指部を損傷した際に両手仕様の武器が安定して使えなくなる懸念から、単独で武器に匹敵する攻撃能力を内蔵する意図で攻撃機能もつけてあるのだ。

 

 「その内の一つが、お前もよく使っている『爪』だ。この形態は指部の延長としてフォトンを纏う関係上、攻撃形状をイメージしやすい。お前もすぐに使えるようになっただろう?」

 「はい。まぁ、指の延長って考えれば――」

 

 シガはモノメイトを空中で放る。ソレを『フォトン・エッジ』を作り出し二本の爪で壊さない様に挟み込む。最初の頃は、攻撃する事しか考えていなかったが、今ではそれ以外の精密動作も、そこそこ出来る様になっていた。

 

 「形状のイメージが十分に出来る様になっているのなら、次はソレをぶつけるイメージを持て」

 「ぶつける?」

 

 オーラルの言いたい事を一言では理解できなかった。聞き返すと、実際に見せる、と目の前にガロンゴを仮想ルームに出現させる。

 

 「よく、お前が轢かれてる奴だ」

 「……恥を上塗りする為に、ソイツを選んだんですか?」

 

 目の前のガロンゴには良い思い出は無い。厄介で、近接武器しか持たない身としては中々刃が通らず、厄介な相手だ。

 

 「『爪』は基本的に形状とフォトンを固形化するイメージが必要だ。そのため、使用にはラグがあって、敵にも視認させやすい」

 

 ガロンゴは目の前でくるまると、車輪の様になりその場で回転を始める。

 

 「今から教えるのは『撃』だ。フォトンを拳、又は掌に集中し――」

 

 火蓋を切ったようにガロンゴは突進してくる。シガは轢かれないように、何気なく車線から外れた。

 

 「敵に叩き込む」

 

 オーラルは回転突進してくるガロンゴに正面から掌底打を叩き込んだ。勝敗は見なくても分かる。あの突進を止めるには、突進の衝撃に耐えるか、突進以上の衝撃で撃ち返すしかない。

 掌底打と、ガロンゴの回転してくる甲皮が接触した瞬間、破裂するような音が響いた。そして――

 

 「……マジですか」

 

 ガロンゴの甲皮が砕け、まるで一点だけが砕けて内側に凹むと、空箱の様に吹き飛んでいく。そして、行動不能になった事で仮想(バーチャル)のガロンゴは消えて無くなった。

 

 「フォトンは様々な用途として使われているが、極めて高い攻撃性を持たせるのがアークスの武器だ。そして、『フォトンアーム』も例外じゃない」

 「オレとしては、武器も無しに、攻撃性に変換したオーラルさんの方が凄いんですけど……」

 「72年も生きてれば、これくらいは出来る。とは言っても、仮想のガロンゴを吹っ飛ばせる程度だ」

 

 それでも、十分すぎる能力である。キャストのフォトン変換性能は、自然と長生きする関係上、高い技量を持つ事でも知られている。しかし、オーラルが見せたモノは武器を介さずに少ない周囲のフォトンを集めてガロンゴを吹き飛ばすほどの威力を持つと言う、常人ではそうそうに真似できない事だ。

 

 「話を戻すぞ。今ガロンゴに叩き込んだのが『撃』だ。『爪』と違い、こちらは物体の接触で生まれる反発作用――“衝撃”をフォトンで再現する必要がある」

 「つまり……『爪』の様に、“実”を想像して出来るものじゃないって事ですか?」

 

 形の無い、瞬間的に発生する現象。それを作り出せ、と言われても易々と出来ないだろう。

 

 「そうだ。形の無い“衝撃”を左腕に作り出す。最初は握り拳の表層か、手の平が良いだろう」

 

 早速、シガは左腕の拳に意識を集中する。フォトンの流れを操るのは造作もない。しかし、ソレを“衝撃エネルギー”に変換するのはどうもイメージが湧かない。

 

 「……難しそうですね」

 「だが、それだけの価値はある。『爪』よりも発動は早く、『撃』は“面”を破壊する事に適している。これから、別の惑星に行くのなら、『爪』だけでは必ず限界が来る。せめて、これくらいはフォトンを使いこなす意味合いで、挑戦してみるといい」

 

 

 

 

 

 左腕を前にする半身の構えは、『フォトンアーム=アイン』を盾にする様な構え方だった。そして腰を落し、中腰の姿勢で真っ直ぐ敵を見据えている。

 

 「…………」

 

 【仮面】はその構えが容易に踏み込めないモノであると悟っているのか、武器(コートエッジD)を構えたまま動かない。

 先ほどの荒れる様なフォトンの流れとは一変し、今は静寂に包まれている。シガも、出力を50%も解放している以上、集中力は長く続かない。このまま出力が沈下してしまえば、次に襲うのは疲労感だ。

 

 その針を通す間も無いほどに油断できない戦いの場では、ソレは決定的な隙を生みかねない。

 

 「……だな」

 

 自分の中で結論をシガは出す。そして、【仮面】に対し悠然と歩を進めた。

 

 「――――」

 

 その進んでくるシガに【仮面】は困惑する。先ほどまで、こちらの攻撃をしのぐ事しか出来なかったハズ。どういう事だ?

 

 「…………」

 

 だが、浅はか過ぎる。次の一歩で、逆に踏込み……叩き斬る――

 その呼吸を【仮面】は的確に捉えていた。シガの悠然と歩いて来る足運びは隙だらけなのだ。こちらが、得体の知れない攻撃に恐れて初手を許すと思っている事を“死”を持って正すつもりで――

 

 「――あら? 入れちゃったよ」

 

 その待っていた“一歩”は来なかった。シガは半身に身体を向け、出来るだけ接近の際の抵抗を減らし、持てる限りの瞬発力で【仮面】へ左腕(フォトンアーム)が届く距離まで接近していた。

 

 「――――」

 

 シガの狙っていた呼吸と【仮面】の狙っていた呼吸は、たった一歩の差である。シガが先に“虚”を突いていたのだ。僅かに遅れて【仮面】は武器(コートエッジD)を振り下ろす。

 

 「――――は……」

 

 先に振り下ろされたコートエッジDによって、どちらが早かったのかは明らかだった。白い積雪にシガの血が散る。ロジオより渡されていた記録機材ごと、右眼を縦に通る傷は間違いなく【仮面】の攻撃が当った事を証明していた。

 

 「……貴様――」

 「ようやく、喋りやがったな」

 

 シガは誘ったのだ。相討ちでは“負け”。だから、【仮面】が攻撃し、行動が硬直する“隙”を作らせた。あえて、ゼロ距離で敵の攻撃を右眼だけを犠牲にする形で、(ソレ)を掴みとっていた。

 

 「オレは越えて行くと言った!」

 

 地面を踏みしめ、歯を喰いしばり、『撃』を作り出した左腕を渾身の力で突き出す。

 

 「『フォトン・ショック』。接撃(コンタクト)!!」

 

 左腕が触れ、短く何かが破裂する音が響く。そして、次の瞬間――緑色のフォトンが弾けるように、辺りの木々を揺らし、積雪を吹き飛ばした。




 思考を持つ者同士、戦いの駆け引きは重要だと思います。特にタイマンですと、先に一撃入った方が有利でもあるので、その一撃を得るためにシガと【仮面】の意向錯誤を描写しました。
 そして次回は援軍が到着します。ストーリーをやってる人ならピンとくるあの二人です。

次話タイトル『Counterattack 合流』


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35.Counterattack 合流

 驚いたのはお互い様だった。

 

 出力50%の『フォトン・ショック』を【仮面】は警戒していた。だから、最後の最後まで、確実に打ち込める瞬間を狙ったのだ。

 相討ちになるつもりはない。だが、腕の一本は覚悟していた。そうしなければ、遥か先の実力を持った【仮面】を倒す事は出来ない――

 

 「だから……この結果は必然だ」

 

 正面は衝撃で発生した雪煙に包まれていた。間違いなく【仮面】は『フォトン・ショック』を食らっている。戦闘不能にしたのかどうかは分からないが……ただでは済まないハズだ。

 

 「…………必然か――」

 

 雪煙が晴れる。そこには、何も無かったかのように【仮面】が立ち尽くしていた。

 

 「!」

 

 マジか……こいつ――

 妙に、『フォトン・ショック』を当てた際の左腕に対する衝撃が浅いと思っていた。こいつ……拡散(インパクト)の瞬間に身体だけ半歩後ろに下げて威力を半分以下に……した? だが、あの刹那で出来るのか? そんな事が……可能なのか?

 

 「……あの時と同じだ」

 

 低く、およそ人のモノとは思えない声がシガに向けられる。シガは片膝を着いて荒い呼吸を整えていた。発生した左腕の反動である。

 

 「動けなくなるのは知っている……体力が戻る前に決めろ」

 

 いつの間にか接近した【仮面】の武器(コートエッジD)が首筋に当てられている。あと僅かに動かすだけで、シガの首は容易く飛ぶだろう。

 

 「貴様の手に入れたモノを寄越せ」

 「…………」

 

 シガにしてみれば、先ほど手に入れた“壊れた武器”は命を張る程の価値のあるモノでも無い。【仮面】からすれば、シガの死体からも例の武器は奪える。しかし、所持者以外がアイテムポーチを開くには手間がかかる為、差し出してくれる方がスムーズに済むのである。

 

 「……お前が何者で、何の為にコレを探していたのかは知らない」

 「時間稼ぎのつもりか? 命が飛ぶぞ――」

 

 【仮面】の腕に力が入る。刃の当っているシガの首筋からは血が流れ出ていた。

 

 「違う……宣言だ。オレはお前だけには絶対に屈さない」

 「死ね」

 

 左腕は動かない。後……数秒あれば――。その願いも空しくコートエッジDはシガの首を両断する……刹那だった――

 

 「!?」

 

 咄嗟に何かを察した【仮面】が、シガから跳び離れる。そして間を置いて目の前が爆発した。

 

 「どわ!?」

 

 シガは、相当近い所で起こった爆発によって、ごろんごろんと後ろに転がる。フォトンの特性から、その爆発は火属性中級テクニック――ラ・フォイエであると認識した。

 

 「シガ! 大丈夫!?」

 「エコー先輩!?」

 

 こちらに杖を持って走り寄ってくるニューマンの女性――エコーの姿を残った片目に写す。

 

 「――――」

 

 もはや猶予は無いと判断した【仮面】は、多少の被弾覚悟で、シガを始末する為に再度、踏み込んだ。

 

 「後輩が世話になったな――」

 

 その【仮面】を阻む様にソードを振り下ろした者も、シガを護るように割って入る。

 

 「ゼノ先輩!」

 「危ない所だったな、シガ! もう大丈夫だ――」

 

 その言葉が偽りでないと、証明する背中が目の前に存在していた。

 

 

 

 

 

 今更になって、右眼と殴られた腹部に疼痛が走る。腹部に至っては、骨が折れている様だ。

 

 「――『レスタ』」

 

 シガが回復薬を飲もうと取り出すと、エコーが更に重ねて回復テクニックである『レスタ』を発動してくれた。

 彼女はシガの右眼と脇腹に手を添える。集中して流れ込むフォトンは、発光と共に代謝能力を促し、問題なく動けるところまで傷を回復させた。

 

 「ありがとうございます」

 「気にしないで。この程度しか出来ないから」

 

 慣れたように右眼を簡易の医療キットから包帯を取り出して手当てする。

 基本的に『レスタ』は、回復薬と同じくらいしか効果は無いと言われているが、エコーの『レスタ』は根本的に質が違っていた。

 エコーもゼノと同じくらいの経歴(キャリア)を持つ、熟練のアークスであり、それに恥じぬ技量を証明するように、出血と痛みを完全に停止させている。流石に右眼は開けないが、今はそれだけで十分だった。

 

 「先輩たちが、援軍ですか?」

 

 シガは立ち上がりながら、ゼノとエコーを交互に見る。

 【仮面】と交戦を始めた当初、ロジオに周囲に居るアークスに状況を連絡するように頼んだのだ。今の不自然な凍土の状況から、様子を探っているマリアさんが真っ先に来ると思っていたが……

 

 「先輩、マリアさんとは会いませんでしたか?」

 

 「姐さんは、遺跡に行くって言ってたぜ。丁度、連絡と入れ違いになったみたいでな」

 

 ゼノは目の前の【仮面】から意識を外さずにシガの質問に答える。

 

 「ゼノ。その人……アークスなの?」

 

 エコーは、得体の知れない【仮面】を見て素朴な疑問を抱く。シガとしては、敵としての認識が強いが、何も知らない人間が見れば、アークスと間違えても不思議ではない。

 

 「そういうのを調べるのは、お前の役割だろ」

 

 ゼノとエコーのペアは、基本的には調査を軸に置いた、接触と離脱を主な立ち回りとしている。そのため、アークスの正規依頼を受ける形が多く、その達成率はアークスの上層部から、かなりの信頼を得ているらしい。

 

 「――――ええっと」

 

 手慣れたように、エコーは【仮面】の映像を端末に取り込み、その姿やフォトンの特性から一致するアークスを検索していく。そして、数秒ほどで結果は出た。

 

 「全件検索完了。該当するデータは……無し。無し!? どういうこと!?」

 

 と、目の前に表示された結果に驚きつつエコーは何度も見直していた。

 

 「おい、お前――」

 

 今度はゼノが【仮面】に直接問う。

 

 「どこの所属だ? 名前とIDを言え」

 「…………」

 

 当然の様に【仮面】は答えない。そのゼノの横へ、シガが代わりに答える様に並び立った。

 

 「敵です。少なくとも、あの武器もアークスの物じゃない。形だけを模倣したダーカーです」

 「なに? 前からナベリウスで噂になっている、人型のダーカーか?」

 

 ゼノは数週間前からナベリウスで数件の目撃証言のある事柄を掘り下げた。何人かのアークスが襲われている事もあり、調査と現場の判断にて殲滅も言い渡されている。

 

 「……邪魔をするなら、殺す」

 

 【仮面】はゼノとエコーの参戦を大した障害とは思っていなかった。彼らを殺し、シガから例の武器を奪う事に固執している。

 

 「……退く気はなさそうだな。どうする、シガ。お前さんが狙いみたいだが?」

 「縮こまるつもりはありませんよ。右眼をやられましたからね。借りは早めに返す主義なんです」

 

 左腕(フォトンアーム)はまだ戦闘状態を維持している。多少体力も回復したし、このまま行ける。

 

 「なら遠慮する必要はねぇな。三対一だが、力尽くで、ご退場願うぜ!」

 「二人とも、サポートは任せて!」

 

 そう、ダーカーがこちらに対して“力”で奪いに来るのなら――

 

 「こっちも、“力”で防衛するまでだ!」

 

 第二回戦。【仮面】との戦いの火ぶたが切って落とされた。




 シガ、ゼノ、エコーVS【仮面】です。この辺りは、本編ストーリーでもあった戦いとなります。
 次回で【仮面】戦は決着です。

次話タイトル『Winner 目的を達成したのは』


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36.Winner 目的を達成したのは

 「『シフタ』」

 

 エコーの補助テクニックがゼノとシガに対して発動した。取り込むフォトンが活性化し、一時的に取り込む量も増加。高い攻撃変換へフォトンの特性が変えられる。

 

 「オラっ!」

 

 有無を言わさずにゼノは斬り込んでいた。

重く、鋭いソードの一撃を【仮面】は正面から武器(コートエッジD)で受け止める。その際に、僅かに後ろへ後退。フォトンが反発するように散った。

 

 「邪魔を……」

 

 その一撃で相当な実力者と感じたのか、【仮面】の口調から苛立つような焦りが聞こえる。

 

 「へぇ、ソイツを受け止められる奴はそうはいねぇってのによ!!」

 

 次にゼノはソードを寝かし、横なぎの斬撃を見舞う。その一撃も振り下ろした一閃と同じ“質”で放たれていた。【仮面】は耐える様にコートエッジDで受け止める。

 そして、至近距離で二つの武器は鍔迫り合いをしながら、一呼吸が置かれると――

 

 「――――」

 

 青い軌跡と紫の軌跡が、互いに、その所持者を捉える為に乱れ放たれた。高速の斬り合いは、武器の中でも相当の重量を保持するソードタイプでは想像もつかない速度を生み出している。

 

 お互いに躱さない。受け、その返して斬りつけ、ソレを受け、返して斬りつける。

 

 その場から一歩も動かずに、他の参入を許さない乱刃の中心にいる二人は、目の前の敵を討つ事だけを考えていた。寧ろ、それ以外に思考を使う事は死を意味している。

 相手の挙動を見誤れば、一撃で命を持っていかれるのだ。

 

 相手の腕の動き。剣の挙動。下半身の力の入れ方による上半身の返す速度。武器の速度と軌道を見切る上で必要な情報に意識を集中する。

 

 「――――」

 

 その戦いは、瞬きさえも、優劣を決める一因となっていた。

 ゼノの顔や服に浅く【仮面】の攻撃が掠り始める。人が一定の間で出せる“全力”には限界がある。更にゼノは元々、フォトンの特性がハンターにでは無い。そのため、今は長く様子を見て敵と相対する戦う戦法をとっていた。

 しかし、今の乱刃は高い集中力を維持し続ける斬り合い。自ずと、努力では埋められない“差”が露呈してしまうのだ。

 

 「ッチ!」

 

 ゼノは、一度ソードで敵武器(コートエッジD)を強く弾き、側面へ回り込むように移動する。しかし、それは――

 

 「――――」

 

 【仮面】にとっては決定的な隙でしかない。移動をするゼノを両断する為に、武器(コートエッジD)を横に寝かせ、下半身に力を溜める。

 

 「わかってるよ。この選択は死ぬ。だが……お前は忘れてたか?」

 

 側面を追った【仮面】の思考は、背後を向ける形になったシガの存在を、一時的に忘れ去ってしまっていた。

 

 「任せるぜ。シガ!」

 

 カタナを抜き、渾身の『シュンカシュンラン』。【仮面】の頭部を狙う一撃は、完全に“虚”を――

 

 「――――」

 

 突いていなかった。下半身のバネと、上半身の体移動から背後のシガに対して、【仮面】はコートエッジDを回すように旋回させたのだ。

 防御するのではなく、攻撃。その刃は片目で距離感を見誤っていたシガにこそ、当らなかったが、範囲に入っていたカタナを完全に粉砕する。

 

 【仮面】は砕けて散るカタナを見て、咄嗟に思考が混乱した。

 この武器は……壊れていたハズ。いや、そう見せる為に演出した? フォトンの発光が……ない? 壊れているだど――

 

 なぜ、シガが左腕(フォトンアーム)では無く、壊れたカタナを使うと言う異常な行動に出たのか。ソレに対する答えが即座に出ない【仮面】は思考の網に捕らわれ、コンマ数秒だけ行動が停止した。

 

 その決定的な“隙”を、ゼノが強襲する。

 

 「隙あり!」

 

 “質”を取り戻したソードの振り下ろしに対して、【仮面】は不恰好ながらも反応するとコートエッジDで受け止める。

 

 「小賢しい真似を……」

 

 壊れた武器による混乱を狙う事が奴らの勝ち筋だったのだろう。しかし、【仮面】はギリギリで反応し、決定打であるゼノの一撃を受け止めていた。そう、思っていた――

 

 「ずっと避けてたからな。左腕(こいつ)だけは食らいたくなかったんだろ?」

 

 戦闘形態に再び展開した左腕(フォトンアーム)に、『撃』を纏ったシガの、その言葉でようやく理解した。

 

 「『フォトン・ショック』」

 

 そう全て囮。壊れた武器(カタナ)も、ゼノの行動も、(シガ)左腕(フォトンアーム)を【仮面】に叩き込む為の……この瞬間を迎えるための布石――

 

 「おのれ――」

 

 尚も反応する【仮面】。しかし、今度は躱しきることは出来なかった。【仮面】の身体にシガの左腕(フォトンアーム)が触れ――

 

 「接撃(コンタクト)!」

 

 刹那、爆発するような音共に、衝撃(フォトン)が炸裂した。

 

 

 

 

 

 右に左に意識を振って、ようやく『(フォトン・ショック)』は【仮面】を捉えた。

 この場で放てる出力70%の一撃は、シガに確かな感触を左腕から伝えてくる。

 

 「――――」

 

 空間が弾け、巻き上がった雪煙が晴れると、そこには三つの影が存在した。

 左腕の反動で力が抜け、踏ん張りが利かなくなった為、思わず衝撃で弾けて倒れてしまったシガ。

 そのシガの『撃』に巻き込まれないように咄嗟にソードを盾にしてその場で立っているゼノ。

 そして――

 

 「おのれ……」

 

 『撃』が直撃した【仮面】は片膝を着いて、ひびの入った仮面に手をかけていた。

 

 「おいおい。業物がいかれちまったよ……」

 

 ゼノは『撃』を防いだソードが、その衝撃で損傷し、刃の一部が不確かに明滅してる様子に感嘆していた。大型原生生物(ロックベア)の拳でさえ、正面から防ぎきって見せた愛刀。その損傷を見て『撃』が、ただの“打撃”ではないと瞬時に判断する。

 

 「だが、そっちも相当キてるみたいだな」

 

 ソードが損傷するほどの『撃』を【仮面】は直接その身に受けたのだ。胴部にはシガの叩き込んだ緑色のフォトンが未だに消えない軌跡として残っており、その威力を裏付けている。

 

 「……ちっ」

 

 【仮面】は周辺の状況から、未だに“目的”が達成可能か思考を巡らせた。

 未だ体力、能力共に無傷に近いゼノ。片膝を着き、息も荒いが、既に立ち上がっているシガ。その二人を細かく回復させ、補助まで重ねがけするエコー。

 

 「――――シガ……貴様は必ず殺す。彼女も、だ」

 

 彼女。それが誰を察しているのかシガは瞬時に判断した。やはり……コイツは――

 

 それは挑発にさえならない、ただの捨て台詞だったのだ。しかし奴の狙いがハッキリした事で、シガ強い激情に支配されると同時に【仮面】へ踏み込んでいた。

 

 「待て、シガ!」

 

 ゼノが静止する。それは、あまりにも迂闊な接近。感情に支配された戦い方は膨大な力を生むが代わりに繊細さを失ってしまう。今、シガの踏込みは【仮面】からすれば――

 

 「『(フォトン・ショック)』!」

 

 瞬時に『撃』を左腕(フォトンアーム)に纏う。片目では距離感が解らない。なら、お前に届くまで踏み込むまでだ!!

 ゼノは慌てて割り込もうとするが、【仮面】は既に向かって来るシガに対して横なぎに武器(コートエッジD)を振るっていた。

 コートエッジDがシガの脇腹に斬り込まれ、そのまま胴を薙ぐ――

 

 死は避けられない。それでも、シガは己の死を考えていなかった。ここで、【仮面(コイツ)】を殺す。それだけが彼を突き動かしている。

 

 「接撃(コンタクト)ォォォォ!!」

 

 『撃』を纏った左腕が【仮面】の顔面に叩き込まれる。しかし、既にコートエッジDはシガの身体を両断する為に浅く入り込み――

 

 「――――」

 

 その場に居る全ての人間の視界が、爆発するような『撃』で発生した雪煙によってホワイトアウトした。

 

 

 

 

 

 「くそ……エコー! 無事か!?」

 

 いち早く、その場で視界と思考が戻ったゼノは、ソードを背に直し、倒れているエコーへ駆け寄る。

 

 「ゼノ……痛っ。何が起こったの?」

 

 彼女は無傷。一番、“衝撃”から離れていた為、軽い衝撃を頭に受けて気を失っただけのようだ。その様子に、安堵の息をゼノは吐く。そして、最も至近距離で『撃』に巻き込まれたシガと【仮面】は――

 

 「――――」

 

 目の前は、ただ遠くの景色が見えていた。正面の丘が抉られた様に吹き飛び、そこに立っている者は、ただ一人――

 

 「出力……100%だ。ざまぁみろ……これで……マトイは……護っ――」

 

 中腰で何とか立っていたシガは、跡形もなく消え去った【仮面】へ、そんな捨て台詞を吐き事切れる様に倒れた。

 

 「シガ!? エコー!」

 「あ……れ?」

 

 僅かに途絶え途絶えの思考でも身体が全く動かない事を、シガは理解できなかった。彼が認識しているかどうかは分からないが、【仮面】の武器(コートエッジD)によって斬り込まれた脇腹からは、おびただしい量の血液が流れ出て、雪原を赤く染めて行く。

 

 「……臓器には達してない。でも……出血と体力、フォトンの低下が激しい――」

 

 エコーは医者ではない。しかし、回復法術を使う関係上、人体の欠損には詳しいのだ。無論、どれほどの致命傷を受けると人が死ぬかも知っている。

 

 「こちら、ゼノ! アークスが一人負傷。重体だ! ただちに救出艇を! ポイントは――」

 「シガ! 返事をしなさい! シガ!!」

 

 そんな慌ただし二人の声も、シガにはだんだん聞こえなくなっていく。

 ただ、彼の目の前に映っていたのは、護ると決めていた――彼女(マトイ)の笑顔だけだった。




 これで凍土の調査は終わりです。私の考えでは【仮面】の武器は相当なダーカー因子を含んでいると見ているので、深くくらえば毒になる様なイメージを考えています。
 次でEP1-3はラストです。オーラルとマリアが接触します。

次話タイトル『Necessary sacrifice 犠牲者』


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37.Necessary sacrifice 犠牲者

 この剣は磨くために渡され手に握られる。また、殺す者の手に渡されるために研がれ、磨かれる。

※旧約聖書『エゼキエル書』21章16節より


 「酷い有様だね」

 

 マリアは、ゼノ達が【仮面】と交戦を始めた時に受け取った救援要請を受けて、現場へ赴いていた。

 ゼノとエコーは、救護艇と共に現れた調査員に、場の状況から何があったのか事情聴取を受けている。

 

 「いい。わたしが聞くよ」

 

 マリアの参入に調査員は一度敬礼すると、テレパイプで帰って行った。その場には、三人だけが残される。

 

 「色々聞きたい事はあるけどね、ゼノ坊」

 「姐さん。その言い方は止めてくれって」

 

 ゼノはアークス内でも、レギアスに並ぶ大物であるマリアに対して、昔ながらの呼び方が未だ変わらない事を恥ずかしがった。

 

 「真面目な話さ。この雪に着いた血は理解できる。運ばれた、馬鹿(シガ)の奴のだろ?」

 

 重傷者一名。その報告を聞いて、マリアは“凍土”へ引き返す事を選んだのだ。

 

 「でも、こっちは流石に理解に苦しむね」

 

 マリアは血に染まった雪から、目の前の光景に視線を移す。

 本来は、少し山形の丘が存在している地形だった。しかし、地形データとは大きく現状は異なる。

 

 まるで何か巨大なモノが通り過ぎたように、抉られた丘は、“丘”と言う事さえ分からなくなる程に消滅していた。ソレは反対側の下り坂まで到達しており、向こう側の景色が拓けて良く見えている。

 

 「一番威力のあるランチャーを使ったってこうはならないよ。一体、何があったんだい?」

 

 地形を変えるほどの衝撃があったのは事実。問題はソレがどのようにして起こったかという事だ。

 全てのアークスの武器には、基本的にエネミーを討伐するだけの出力しか使えない様に制限が施されている。その理由として、使い慣れた武器を長く使い続ける者たちに、自らで武器の性能を熟知した上で、許容範囲内で制限を解除する事を許可されているからだ。

 無論、そのような改造を自身でする場合は、試験や実技などをパスして資格を得なければならない。しかし、それでも制限解除は強く法律で制限されている。

 

 例外として、その制限が段違いに外れているモノが『創世器』。

 そして、今現状にある、地形を変えるほどの攻撃力は『創世器(ソレ)』に匹敵する兵器でなければ再現は不可能な爪痕だ。

 

 「……シガの左腕だ」

 

 ゼノは、彼女は信用して包み隠さずに起こった事を説明した。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 「容体は!?」

 「出血がかなりひどいです。途中、救護艇内でも、何度かショック症状を起こしています」

 

 アークスシップのメディカルセンターに運び込まれたシガの意識は無く、現地から搬送してきた付添いの救護員がフィリアに引き継ぐために、どのような処置と症状が出ているのかを説明していた。

 

 「意識はありません。しかも、なぜか傷口のフォトンの活性化が行われず、未だ脇腹の傷は開いている状態です」

 「研究部のオーラル室長に連絡を。シガさんの手術は彼が担当しました。何か分かるかもしれません」

 

 フィリアは台車を押しながら、最善の判断を下す。シガの脇腹には、強く包帯が巻かれて少しでも出血を押さえている様だが、それでも止まらず真っ赤に染まっていた。

 そして緊急処置室の扉を開けて中に入った時、

 

 「! 心停止!? ショック状態です!」

 

 ピー、と心音が停止した事を告げる音が響く。

 

 「心臓マッサージを準備! 急いで!」

 

 手際よく補助看護師がAEDを用意し、即座に使える様に起動する。

 

 「脇腹の傷を押さえて! 1、2、3!」

 

 ドンッと重い音と共に、シガの身体はビクンと一度だけはねる。しかし――

 

 「もう一度! 1、2、3!」

 

 止まった心臓は動かない。それどころから、AEDの衝撃で脇腹の傷から溜まった血が出てきてしまう。

 

 「フィリアさん、これ以上は――」

 「駄目! もう一回――」

 「状況はどうだ?」

 

 そこへ、オーラルが駆けつける。先ほど連絡したにも関わらずかなり早い到着だった。

 

 「近場に用事があってな。それよりも――」

 

 オーラルはシガの様子を見て、瞬時に判断する。

 

 「AEDの電圧を今の半分にしろ。傷口はフォトンを直接流し込んで止血する。同時に輸血の準備だ」

 「は、はい!」

 

 補助看護師は、的確な指示に迅速に動く。一分一秒を争う時なのだ。

 

 「オーラルさん」

 「フィリア。お前が不安な顔をするな。シガは死なん。こんな所ではな」

 

 フィリアがAEDを持ち、オーラルは傷口にフォトンを流し込む。そして、

 

 「――――ハァ……」

 

 三度目の心臓マッサージで、シガの心臓が規則正しく動き出した事に、フィリアは安堵の息を吐いた。

 

 「まったく。人騒がせな奴だ」

 

 輸血の処置を施した後で、オーラルはシガの緊急手術を行う為に手術室へ。例の塞がらない傷は前例があるので、今は完全に処置が出来ると告げた。

 

 

 

 

 

 数時間後。術式を終えたオーラルが手術室から出て来ると、そこにはマトイが座って待っていた。

 

 「……まだ起きていたのか?」

 

 時刻は、シップ内で言う所の深夜を回っている。基本は24時間でアークスは活動しているが、一般市民に合わせて、深夜の時間帯は光量をロビー全体でも落すようにしていた。

 マトイが、いつもなら眠る時間に起きて待っていたのはシガの事をフィリアから聞いたのだろう。

 

 「オーラル……シガは――」

 「手術は問題ない。低下した体温も点滴と輸血で二日もすれば元に戻る」

 

 無事である事に、マトイは、ほっと胸をなでおろす。

 ここまで重体になった理由である“塞がらない傷”は、ダーカー因子によるフォトンの減少だった。高濃度のダーカー因子を直接体内に取り込んでしまった為に、アークスのフォトンと相反作用が起こり、一時的に治癒能力(フォトン)が内外とも受け付けなくなってしまったのである。

 現地で完治させるのは難しいが、治療法は既に確立されている上、設備が整っていればさほど危険な症状ではない。

 

 「だが、意識はいつ戻るかはわからん」

 

 心臓は動いていても、運ばれた時には意識を失っていた。原因として極度のショック状態が強く作用しているのだろう。

 左腕(フォトンアーム)を簡単に視た所、出力を100%を引き出されて停止していた。つまり、致命傷を負う前、シガは最大出力を使用したのである。

 放出する出力に応じて体力の消耗も大きい。その反動が、致命傷を負った直後に重なり、今回は命取りとなってしまったのだ。

 

 「そんな……」

 

 その時、移動の準備が終わったシガが、手術室から台車に乗せられ、呼吸器や点滴の繋が繋がれた状態で運ばれていく。

 

 「…………」

 「フィリアには言っておく。気が済むまで着いててやれ」

 

 返事をする間もなくマトイは、運ばれてゆくシガの後を追っていった。

 意識を失った人間を目覚めさせるには、身体を揺らしたり、外部からの声が最も良いとされている。しかし、それは……本人に目覚める“意志”がある場合の話だ。

 

 「フォトンは……意志の力か――」

 「驚いたね。まさか……あんたから、そんな言葉が出るとは」

 

 そのオーラルへ背後から声をかける者がいた。

 

 

 

 

 

 「マリアか。何の用だ?」

 「あんたとアタシの仲だ。まどろっこしいのは無しで行くよ」

 

 マリアは、心から真相を尋ねる様に、そして決して逃げる事は許さない気迫を纏いつつこの場に現れた理由を告げる。

 

 「シガの左腕。まだ試作のようだけど、何を目指しているんだい?」

 「…………」

 「『創世器』にも匹敵する攻撃力。ソレだけで警戒に値する。しかもそれが、一個人の“趣味”で造られたモノなら、尚更ね」

 「より良き世界となる為に、総長の意志を尊重する意味もある」

 

 オーラルの言葉にマリアは、ハンッ、と笑う。

 

 「奴の事は重々承知さ。だけど、あんたがそっち側だとは思わなかったね」

 「犠牲者が必要だ。だが、ソレは【六芒均衡】や、その辺りにいるアークスでは成り立たない」

 「あの子の経歴は調べた。身元無しで記憶喪失は、都合が良いって事かい?」

 「誰だってそうだ。死んだと認識していた方が動きやすい。“彼女”もそうだろう?」

 

 オーラルの発言は、例に上げた何気ない一言だったが、その言葉はマリアの怒りを僅かに突いてしまったようだ。

 

 「本当にあんたが偶数番(イーブンナンバー)じゃなくて良かったよ。そもそも、六芒じゃなくて良かった――」

 「言っておくが、分の悪いのはお前だ。(オレ)やレギアスの立ち回りの意味は重々理解しているだろう? その後ろに居る“奴”の存在も――」

 「十分承知さ。この場で、『創世器』を抜くほどアタシも馬鹿じゃない。けど、一つだけ言っておくよ」

 

 これ以上話していると、本当に殺し合いになると察したのか、マリアは背を向けて去り際に言い放つ。

 

 「シガやサラに手をかけたと判断した時は覚悟する事だ」

 「記憶に留めておこう」

 

 

 

 

 

 マトイは、シガの運ばれた病室で彼の手を握っていた。しかし、力を返してくれる様子は無い。

 

 「シガ……またお話しできるよね? わたし……待ってるから」

 

 あなたは、わたしを見つけてくれた。助けてくれた。ここに居ても良いと……笑顔で言ってくれた。

 

 「…………」

 

 シガは眼を閉じたまま何も返さない。

 今、力の無い彼の手を握るマトイだけが、彼が笑って話しかけてくれる事を祈るように心から強く願うように語りかけていた。




 今回でEP1-3は終わりです。シガはガンガン怪我をしてますけど、これは精神的にまだまだ未熟であり、更に格上の敵とばかり戦っている為、無傷で潜り抜けるのが難しい為です。
 オーラルはオリキャラなので、敵でも味方でもどっちでもいいんですよね。にしても、マリアはEPではイベントが少なくて空気になりやすいなぁ。結構この人好きなんですけど。

次は用語紹介IIIです。


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用語紹介III

 用語紹介IIIです。PSO2の標準的な用語や設定を紹介しようと思います。今回オリキャラの説明は無しです。毎回あると鬱陶しいと思うので。


★六芒均衡について

 アークスの象徴にして、トップクラスの実力を持つとされる6人。それぞれが『創世器』を完璧に使いこなせる存在であり、ダークファルスを筆頭に強力なダーカーと相対する、人類の切り札とも言える存在。

 絶対令(アビス)と呼ばれる権限を持つなど、通常のアークスとは一線を画する権利が与えられている。

 主に奇数番である“一”“三”“五”は、襲名制で“三英雄”が就く事が決められおり、偶数番(イーブンナンバー)である“二”“四”“六”は、『創世器』を扱えるほどの、高いフォトン適性を持つアークスから選抜される。

 

 

“一”レギアス

 【六芒均衡】のトップにして、全てのアークスの頂点とも言える“生きた伝説”。『巨躯戦争』にて近接職ながらも生き残り、高い功績を示すなど、当時から桁の違う実力を発揮し続けていた。『創世器』の中でも最も強力な“理を終わらせる”と言われている武器を扱う。

 その生き様は、教本にも頻繁に登場する程で彼自身の生き方に知れずと影響された者も多い。

 基本クラスはハンターであるが、当時は『創世器』に合わせて独特の動きを取っていた事もあり、完全な実力ではブレイバーに近い立ち回りを行っていた。

 最近はデスクワークばかりで、フィールドに出向くのは息抜きや、よほどの事情が出た場合のみ。普段はマザーシップやアークスシップを回って警護に就いている。

 唯一現存する“三英雄”である。

 

“二”マリア

 偶数番(イーブンナンバー)のリーダーにして、レギアスと同期。【六芒均衡】の創設当初から“二”に就いている歴戦の女性。レギアスの名声と実力に隠れがちだが、彼に匹敵する実力を合わせもち、巨躯戦争の生き残りでもある。レギアスとは正反対で、資料に纏められた情報よりも、自らでフィールドワークを行い、情報を確認すると言った行動派。そのため、整備や補給や、よほどの有事でない限りはシップに戻る事は無く、常に惑星間を行き来している。自らの目で見た情報や経験から、嘘を容易く見抜くほどの高度な観察眼を修得しており、同じ技量を持つオーラルとの対話では真意を測りかねていた。

 シガの基礎訓練教官を引き受けるなど最近は若い力の育成も視野に入れている。

 

“三”カスラ

 “三英雄”に与えられる奇数番だが、当時の“カスラ”は既に亡くなっており、彼は二代目である。飄々としてつかみどころのない性格や口調は、オーラルでもその真意を掴み切れない程の対話に対する高い処世術を身につけている。

 ある意味、オーラルに最も近い役職のアークスでもあり、彼の過去を少なからず把握している数少ない人物。『フォトンアーム』でオーラルが悩んでいる所に、助言をするなど研究者としても高い能力を保持している。

 

“四”空席

 偶数番(イーブンナンバー)の一つだが、現在は空席扱いになっている。空席があるからと言って、通常のアークスが立候補して任命される事は皆無。

 中々後任者が決まらず、レギアスは、実力、人格共に適していたオーラルに願い出るが、彼は“興味ない”と告げて拒否した。

 

“五”クラリスクレイス

 三英雄である『クラリスクレイス』が襲名する席。

 初代、二代目は共に命を落としており、現在のクラリスクレイスは三代目。世間的にも自立できるような精神を持たず心身共に幼い事から、人格形成の為にヒューイと共に行動している。常時『創世器』を持ち歩いており、使いこなすだけの素質と技量も持ち合わせているが、とにかく強力な攻撃を連発する事が最良と……フォースらしからぬ、後先考えない無邪気な思考を持ち合わせている為、彼女の後始末や不備はヒューイが代わりに謝って回っている。

 

“六”ヒューイ

 偶数番にして末席、現在の【六芒均衡】では新参であるが、実力は他に劣らずに高い成長の兆しを見せ、現段階では底が見えない程の素質を持ち合わせている青年。

 暑苦しく、大声で話す事が日常的。行動原理も、前に立つ強き存在(レギアスやマリア)を、超える為であり、常に更なる力を求めている。“三英雄”を越える力を手に入れたとしても特別に何か目的があるわけでは無く、常に高みを目指す精神から来る行動。

 その揺るがない真っ直ぐした思考と行動から、レギアスよりクラリスクレイスの監督を任されている。

 シガと最初に接触したアークスでもあり、彼が信頼できる親友の一人。

 

 

★創世器

 【六芒均衡】が常備している武器。寧ろ、『創世器』を扱える者に声掛け、アークス上層部が人格と経歴鑑定の結果を加味し【六芒均衡】として就任を要請される。

 一般普及されている武器の形状は全て『創世器』を参考にしている事から、全ての武器に『創世器』(原型)が存在するらしい。




 そろそろ説明する事が無くなってきた。基本的に情報の入れ替わりが激しいので、惑星やクラスの説明は難しいんですよね。

次章『Episode1-4 Lilipur heart 探すは姿、握るは腕』
次話タイトル『Survivor 三度目の対話』


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Episode1-4 Lilipur heart 探すは姿、握るは腕
38.Survivor 三度目の対話


 「……少し……無茶をし過ぎましたか……」
 目の前でショートして停止している“機甲種”の群との戦いは、まさに接戦だった。ランチャーという、取り回しのしにくい武器を主体に使う自分としては、この結果はまだ良い方だ。
 「……身体機能……68%ダウン……」
 近くの“機甲種”専用の転送ポートを見逃していたのがまずかった。早い内にそちらの機能を止めておけば、ここまでの損傷は受けなかっただろう。
 「……まず……い……」
 磁場を持つ特殊な砂嵐が近づいてきていた。両腕部を損傷しテレパイプも取りだす事が出来ない。このままで、磁場で機能を停止して、そのまま砂に埋もれてしまう。
 それは、言うなれば“死”であった。
 キャストはヒューマンに比べて強靭な肉体を持つ欠点として、火事場の馬鹿力なる底力を持たない。機能が停止して、誰にも発見されなければ周りの停止している敵の残骸と同じ様に砂に埋もれるだけ。
 「…………」
 砂嵐に視界が覆われる。なんとか……まだ意識がある内にせめて物陰に――
 しかし、磁場の影響でモニターの映像にもノイズが入りブレ始めた。完全に砂嵐に取り込まれてしまったと悟り、意識も遠のいていく。
 不確かな意識の中、砂嵐の中を小さな影が近づいて来る姿を見た。しかし、そこで彼女の意識は闇の中へ吸い込まれて行った。


 「…………ここ、どこ?」

 

 シガは、眼を覚ますと草花の生い茂る、庭園の様な空間に居た。色々な花が咲き乱れ、辺り一面を覆っている。今まで見た事の無い場所だ。

 惑星は大方回ったと思ったが、こんな所が存在するとは。

 

 「……いや、いやいやいや! まさか、天国とか言わないよね?」

 

 自分の姿を見た。いつもの戦闘服(クローズクォーター)に、左腕(フォトンアーム)もある。近くに流れる小川を鏡代わりに、黒髪に赤い眼も変わりない。

 寸分変わらない、いつもの自分だ。となれば、ここは現実の世界と言う事だろう。

 

 「新たな、マターボードが産まれた」

 

 と、まるで空間からすり抜けて出て来るように聡明な黒髪の女性――シオンがその言葉と共に現れた。

 

 

 

 

 

 「久しぶりー。シオンさん」

 

 シガは、街角で知り合いと久しぶりに出会った雰囲気で彼女に話しかけた。

 

 「新たなマターボード……これは、貴方の行為が意味を為し……事象が好転した事を示す」

 

 変わらずに淡々とよく解らない言葉を話すシオン。もう慣れてきたシガは、彼女の言葉から何か、目的を果たした様であると悟る。いつも通りに行動しただけなのだが、彼女にとってすればとても大きな意味があったようだ。

 

 「って、言っても……ただ任務に出て、やられただけですけどね」

 

 知らず内に彼女の依頼も着々と進んでいるようだ。彼女の依頼の一番の問題は、明確な説明が無い事だった。理由があるのかもしれないが、そう簡単には行かないと思っているので長い時間をかけて理解していくしかない。

 

 「わたしと……わたしたちから、千の感謝を。易き道程でない事を……わたしたちは知り、それでもわたしは貴方を頼った」

 

 任務先での負傷の事を気にかけているのだろうか? 確かに、ロックベアや【仮面】との戦いでは最後まで立っていなかったと思うが……それでも目的は果たす事が出来たのだから――

 

 「気にしなくていいよ」

 「……貴方の意志に、わたしは感謝する」

 

 彼女の正確な意図は読めない。しかし、彼女から感じる罪悪感は疑いの無い物として感じ取れた。だから、この程度はアークスの仕事の範疇だと、笑みで返す。

 

 「貴方の認識において……優先事象の習得が行われている。その過程で得た物は、貴方以外に得られぬ物となる」

 

 事象の習得? マターボードは正直言って、説明しようのない“感覚”のようなものだ。今回、彼女が“新たに産まれた”と言う言葉から推測すると、パズル盤の様なモノなのかもしれない。

 ピースの無いパズル盤。必要な情報(ピース)が揃えば、分かる形となって彼女の目的が達成されるようだ。

 

 「故に、貴方が手にした武器について……わたしは知らない。知り得ない」

 

 そう言えば忘れてた。今回の凍土での一件で、最も注目されていたのが、あの武器。【仮面】も狙っていたようだ。しかし、壊れているので知り合いに引き渡そうと思っていた。

 

 「ていうか、何で知ってるの?」

 

 ちゃんとした返答は帰って来ないと思いつつも、何故あの武器を手に入れた事を知っているのか尋ねた。

 

 「その質問には答えられない事をわたしは謝罪する。ただ、貴方にとって、いずれわかる事象であると……わたしは知っている」

 「まぁ……あの武器の残りの破片を見つければいいって事?」

 

 彼女が意識させる様に、ワザと例の壊れた武器を話題に出したと察した。つまり、あの武器の完成が、彼女が望んでいる事なのだろう。少しだけ目的が見えてきた気がする。

 

 「幾度となく、貴方を頼らねばならないわたしを……どうか、許してほしい」

 「別に全然無問題ですよ?」

 

 いくつあの武器の破片があるかは分からないが、美女の頼みだ。断る理由はどこにもない。

 

 「こうして貴方と話すまで、一日の時を要いた。多くの者達が心配している――」

 

 

 

 

 

 「――――」

 

 シガは眼を覚ました。場所はメディカルセンターの病室。

 見慣れた光景だ。身体には点滴と、口には呼吸器が付けられている。そして、両腕を使ってソレを外した。

 

 「あの時は……片腕だったっけ?」

 

 左腕は付けたままにしてくれたようだ。おかげで、ベッドから起き上がるのも――

 

 「ん? 痛い!?」

 

 簡単には行かなかった。脇腹からの激痛に思わず身体が硬直してしまう。そして視界も右半分が真っ暗になっている。

 

 「あー、忘れてた……」

 

 倒れ込む様に起こした上半身を再びベッドへ身体を預ける。

 

 「あの野郎~」

 

 両方とも【仮面】から受けた傷だ。思わず憎たらしく奴を思い浮かべた。最後の記憶では、奴の顔面に出力100%の『フォトン・ショック』を叩き込み、姿形も残らずに消し飛ばしたところまで覚えている。しかし……

 

 「…………死んだよな?」

 

 なんとなくだし、考えたくもないが……奴の命には届かなかったかもしれない。何故か、そう思ってしまうような不安が残ってしまっていた。

 

 「……もっと強く……ならないとなぁ」

 

 マトイを護れない。そして、自分自身も――

 

 「今は、身体を治そう……」

 

 とにかく、身体を万全に動かせるようにしなくては。現状を見るに、色々な人に迷惑をかけた様だ。

 シオンさんの、お告げの様な三度目の邂逅は夢の中だった。だが、夢ではない。マターボードは確かに変わっている。

 

 「新しく産まれた……か」

 

 具体的な道は決まらないが、大筋は決まった。とにかく、今は彼女の言っていた武器を完全に修復する事を目的に動こう。

 シガは、近くの机に置かれていた自分のアイテムポーチを見つけた。誰かが気を使って、置いててくれたのだろう。手を伸ばして中身を確認する。

 

 「……やっぱり、じっとするのは苦手だ。痛てて――」

 

 そして、胸についた心拍を図るセンサーを外し、点滴の針も取ると、近くのハンガーに吊るされたいつもの服(クローズクォーター)の上着だけを羽織って外に出た。

 

 

 

 

 

 マトイは、ロビーでいつもの様にアークスの入れ替わる様を眺めていた。

 いつもなら、ここでシガが何気なく話しかけてきて、驚いたり、信じられないような話をしてくれる。けれど、今は――

 

 「…………」

 

 やっぱり、こんな精神状態では意味が無い。マトイは日課の観察を早めに切り上げて、シガの病室へ向かった。

 自動の扉をくぐって、中に入ると顔なじみの看護婦や、仲良くなった老人たちが気兼ねなく挨拶をしてくる。

 

 「マトイさん。なにかありましたか?」

 

 フィリアは、先ほど外に出て行ったマトイが、すぐ戻ってきている事に首をかしげた。

 

 「あ……シガが気になって――」

 

 あれから丸一日。シガは相変わらず眠り続けている。いつ眼を覚ますか分からないと言われて、自分に出来る事は何も無いと解っていても、いてもたってもいられなかった。

 

 「シガさんは、大丈夫ですよ。私やオーラルさんもついています。もちろん、マトイさんも」

 「でも……」

 「もし、シガさんの為を思うなら、彼が目覚めた時にちゃんと迎えられるように、日ごろの生活リズムを崩さない事が大事です」

 

 シガの事で心配するのも分かる。フィリアにとってもシガは、出来の悪い弟の様なものだ。仕事に没頭する事で誤魔化して入るが、無理をして倒れてしまってはそれこそ意味が無い。

 

 「…………」

 

 それでも、マトイは納得しかねる様子だった。何か言いたげに俯いている。

 

 「……そうですね。そろそろシガさんの点滴を交換するので、マトイさんも手伝ってくれますか?」

 

 フィリアが仕方ない、と言う風にそう告げると、丸一日暗かったマトイの表情が初めて明るくなった。

 

 「フィリアさん! 大変です!」

 

 と、別の看護婦が、慌てて駆け寄ってくる。落ち着いて、とフィリアの冷静な声に看護婦は落ち着きを取り戻した。

 

 「心拍に異常が見られたので、急いで確認したんですが――」

 

 彼女の口から出た情報を聞いて、思わずマトイは駆け出してしまった。フィリアも看護婦に、二、三指示をして後を追う。

 

 そして辿り着いた病室には――

 

 「…………シガ――」

 

 棒立ちするマトイ。彼女が見ている視線の先には、もぬけの殻になったベッドと、ピー、と無機質な心電機器の音だけが響いていた。




 シオンとの邂逅三度目です。はっきり言って、初見の方では本当に何を言っているのか解らないとおもいます。ていうか、EP1とEP2のストーリーをすべて調べたを私ですら、何を言っているのか理解するのに時間がかかりました。
 彼女がこうも回りくどい言葉を選んでいるのは理由があります。その理由が回収されるのは、まだ結構先になりますが。

次話タイトル『Your smiling face 笑顔』


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39.Your smiling face 笑顔

 シガはしばらく歩いて、病室から抜け出したことを少しだけ後悔した。

 予想以上に腹部が痛い。それに片目が見えないと言う事も、慣れない距離間で何度も転びそうになった。

 

 「なんだ、お主か」

 

 それでも、シガは気合と根性で、気落ちした刀匠――ジグの元へたどり着く。しかし、流石に立っていられる程の気力は無く、へなへなと近くの手ごろな段差に座る。

 

 「……どーも」

 

 ジグはシガの様子を見ても、さほど驚きはしなかった。アークスと関わっていて、この様にボロボロな人間とも幾重と関わってきたのだろう。

 

 「昨日、言ってた依頼を覚えてます?」

 「なんだ? 何か見せようとでも言うのか? 無駄だ、無駄無駄。そんじょそこらの武器では、わしの冷めきった情熱は――」

 

 あからさまに否定するジグの声は無視して、シガはアイテムポーチから例の武器の破片を取り出した。

 

 「な……なんだ……これは!」

 

 はい、と差し出した棒状の武器の破片を見て、ジグは驚く声と共に、とびついてくる。

 

 「無駄しかないようなフォルムで、その実は全てがかみ合っている! この形状、どうやって作って……いや! それよりもこれだけの物を、どうやって錬成したと言うのだ!?」

 

 アークス内でも存在し得ないと判断した、謎の武器の破片を見ただけで、ジグはどれだけの代物かを瞬時に見抜いていた。若干、シガは引き気味になるほどに。

 

 「一体……これをどこで――」

 「あー、はい。信じてもらえないと思いますけど、氷の中です」

 

 他に言いようもない。シガは手に入れた経緯を知る限り詳細に説明した。

 

 「なんだと……しかしこれは……ええいっ! 悩むよりも行動じゃ!」

 

 入手過程はどうでもいい、と余計な思考をジグは振り払う。

 

 「お主、この壊れた武器の一部を貸してはくれまいか?」

 

 予想通りの反応をしてくれてシガとしては嬉しい限りである。

 

 「いいっすよ。別にオレが持ってても何の得にもなりませんし、壊れたままよりは、使えるようにしてもらった方が良いですよね」

 「うむ! そうだろう、そうだろう!」

 

 誰が使うにしても、壊れたままと言うのは良い気分はしない。それに、この武器の完成形状はシオンさんの頼みでもあると解釈している。

 

 「む、お主。他にも壊れた武器を持っているのか?」

 

 次にジグの修理センサーが感じ取ったのは、シガが凍土の調査で壊してしまったカタナだった。どういう原理か分からないが、ジグじいさんには、気づかれてしまったらしい。

 

 「試作品の武器が破損しただけです。別に新しい物を支給してもらうので――」

 「ふむ。この件の報酬とは言わんが……気持ちとして、そのカタナを修繕し、更に改良させてくれんか?」

 

 壊れたカタナ。正規の武器ではない為、修理されずに破棄される事になるだろう。しかし、刀匠の眼からすれば、まだまだ修理して使えるとの事だ。

 

 「すみません、これの責任者はオレじゃないんで……その代わり、責任者から許可を取ったら修繕依頼を出したいんで予約でいいっすか?」

 

 正直、手に馴染んだ武器が一番だ。フォトンの伝達性も最も合わせやすいし、新品を受け取るよりも遥かに良い。このカタナが直ると言うのなら、是非ともお願いしたいところだ。

 

 「その必要はないよ」

 

 ハァイ。と片手を上げて歩いて来る一人のヒューマンの女性が居た。赤い髪にどこか楽天的で飄々とした雰囲気と立派な胸が特徴のアークス――アザナミだった。

 

 

 

 

 

 「なんだ、元気じゃない。シガ」

 

 ニッ、笑ってアザナミは座るシガへ見下ろす様に視線を下げる。アザナミさんも、相変わらず立派ですね。

 

 「刀匠ジグ。実は、貴方に依頼をしたくてね」

 

 アザナミは、ジグにブレイバーの武器となる“カタナ”と“バレットボウ”の量産の為の雛型を作ってもらうつもりで訪れたのだ。

 

 「え、じゃあ。認可されたんですか?」

 「んにゃ。生産ラインにも余裕はないから、量産が出来る様に、武器の雛型の手配も必要だーって言われてね」

 

 今ある数本のカタナとバレットボウは、アザナミがデータを集める為に無理を言って作った代物だ。当然、最低限のフォトンを伝達する機能しかついていないし、安全装置もない。彼女の今の目的は、その全ての性能を持った“カタナ”と“バレットボウ”の雛型を手に入れる事だった。

 

 「設計図なんかは全部そろってるんだけどさ。アークスじゃ当然、作って貰えないし、他の工房も無理だったんだよね」

 「難しい設計なんですか?」

 「お金がすごくかかる」

 「あー」

 

 途端にリアルな話になってきた。確実に正規クラスとなるのなら、スポンサーもいくつか付くだろう。しかし、ブレイバーは、未だ必要性の低いと見られている。武器の扱い的にもデータを集めているとは言え、まだ初期の初期も良い所だ。不確かで確立するかどうかも分からない試験クラスには誰も投資などしない。

 

 「だ・か・ら。気落ちしている刀匠さんに、作って貰おうと思ってね。ついでにシガの見舞いに寄ったってところ」

 「オレはついでですか」

 

 その程度じゃ、アークスは死なない死なない、とアザナミはシガの肩を叩きながら楽天的に笑う。痛てて、脇腹が……

 

 「ふむ。よかろう、アザナミとやら。お主の依頼を引き受けよう」

 「お、意外と話が分かるね」

 「ちょっと、アザナミさん……」

 

 この人、色々と発言が軽率なんだよなぁ。ここまで来てジグじいさんの機嫌を損ねるのは得策じゃないだろうに。

 

 「シガ、お主へのお礼は、この設計図を元に最新式に改良した“カタナ”だ。それで良いな?」

 「お、よかったね。シガ」

 「なーんか、アザナミさんは漁夫の利みたいな感じですけど?」

 「ブレイバー。早く正規で使いたいでしょ?」

 

 ニヤニヤしながら、アザナミはシガの反応を見ていた。なんとなく、のせられている気もしないでもないが、答えは決まっている。

 

 「当然です。オレのクラスはブレイバーっすから」

 

 (えん)。そんなモノがあるなら、きっとこの繋がりがそうなのだろう。

 

 「ふふ……ふふふ! 楽しみだ、楽しみだぞ! おまえさんの真の姿は一体どんなものなのか! わくわくが止まらぬ!」

 

 と、ジグじいさんのやる気に薪をくべるどころか、大炎上させてしまった様子に、アザナミとシガは思わず笑みを浮かべた。

 

 「シガ!」

 

 すると、名前を呼ばれて視線を向けると、そこには息を荒くしたマトイが泣きそうな眼でこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 「どこ……?」

 

 マトイはショップエリアへシガを捜しに来ていた。無理を言って、自分にも捜させてほしいと願い出たのだ。

 アークスには、自分の位置が解るようにIDの識別が出来るようになっている。ソレで、知り合いや待ち合わせ相手の位置が解るのだ。

 しかし、シガは病室にIDを置いて出ていってしまっていた。

 

 「遠くに……行かないで……」

 

 あの怪我だ。別のアークスシップや、まして、惑星(フィールド)に降りる事は考え辛い。フィリアさんはロビーの方を探してくれている。そう広くはない。居なければすぐにショップエリアに駆けつけてくれるだろう。

 

 「……シガ……」

 

 もし、気を失って倒れてしまって助けを求めていたら? 丸一日も意識を失う程の怪我をしているのだから、その可能性も十分に考えられる。

 慌ただしく走った。物珍しい姿をした自分に注目する眼にもくれず、近くの武器強化のカウンターに声をかける。

 

 「ふっふっふ。何用かね?」

 

 髭を生やした、年配の男性が慣れた様に返してくる。

 

 「あの……シガ……じゃなくて……黒い髪に赤い眼をした人を……見ませんでしたか?」

 「ふむ。それは患者服を着た青年の事かね?」

 「! はい!」

 

 シガの目撃情報があった事で、思わず声を上げてしまった。

 

 「そこの階段を下りていくと広場がある。恐らく、そこに向かったのだろう」

 「ありがとうございます!」

 

 お礼を言って、お辞儀をするとマトイは脇目も振らずに走り出した。

 

 「また来たまえ」

 

 

 

 

 

 「ハァ……ハァ……シガ!」

 

 声を振り絞って、マトイはシガの名前を呼ぶ。

 

 「マトイ?」

 

 その様子にシガは痛みを忘れて立ち上がり、彼女へ歩み寄る。そこからのマトイの行動は反射的だった。無事に眼を覚ました彼に、縋るように駆け寄って身を寄せたのである。

 

 「う゛!?」

 「良かった……眼を覚まさないかと思って……」

 「お、おう。まぁ、見ての通りだ」

 

 アザナミに、ヘルプ! と視線を送る。脇腹が痛いのと、番人(フィリアさん)から言われている事と、このまま思いっきり抱きしめたい事の、三つの狭間で思考が渦巻いていた。

 

 対してアザナミは親指を立てて、頑張れYO! と笑い、ジグと細かい打ち合わせをする為に去って行く。ジグも、じゃあの、と言って上機嫌で歩いて行った。

 

 「……ボロボロだよ。本当に情けないったらありゃしない」

 

 改めて、心配してくれるマトイに視線を移す。心配をさせてしまった事だけは謝るつもりだった。それに……一人の力で帰って来たわけじゃない。

 

 今回は相当危険な事をしてしまった。逃げる選択もあったのに、マトイを殺す、と言われた時は、どうしても退く事は出来なかったのだ。

 

 「でも……帰って来てくれた。わたしは……それだけで、いい」

 

 彼女は心から、彼の無事な帰還をいつも願っている。

 

 「…………」

 

 どんな言葉よりも心に響いた。彼はただ、【仮面】さえ倒せばマトイを護れると本気で考えていた。

 しかし、彼女の不安な表情を見て、ソレは間違いだった。本当にマトイを護ると言う事は、一度別れたら、次に同じように笑顔で顔を合わせる事なのだと――

 

 「ただいま。マトイ」

 

 それだけでいい……それだけで、マトイは救われる。

 

 「おかえり。シガ」

 

 そして、帰って来ても一人じゃと……そう教えてくれる笑顔を彼女は向けてくれた。

 

 

 

 

 

 「どうも、シガさん。手こずらせてくれましたね」

 「! フィリアさん!?」

 「フィ、フィリアさん!?」

 「マトイさん。先に戻っててください」

 「は、はい。じゃあね、シガ」

 「お、おう……」

 「では、シガさん。言いたい事はありますか?」

 「ノーコメント」

 「はい、では病室に戻りましょうか」

 「ノーコメント?」

 「重症の身でありながら、勝手に病室を抜け出すのは、流石に見逃せませんよ?」

 「ゴメンナサイ……」

 「謝って済むなら、法律はいらないんです」

 「ゴメンナサイ!」

 「別にどうこうするつもりはありません。ただ、必死にわたし達が捜している中で、のんきにマトイさんと抱き合ったりするは、いささかやり過ぎだと思いますが?」

 「…………」

 「さぁ、帰りましょう。病室に。今後は道徳を守って大人しく、治療に専念すれば……何も“変わらず”に退院できますからね」

 「はい……」

 「本当に分かっていますか?」

 「イエス! サー! 返す言葉もありません!」

 「よろしい」




 次から、ようやく動けそうです。公式ではEP4も始まっているので、そちらもぜひプレイしてみてください。

次話タイトル『Thought of the sword 剣として』


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40.Thought of the sword 剣として

 「動きはどうだ?」

 「問題なしですよ。ボタンもかけられますし、紐も結べます」

 

 シガは、二日の検査入院後、退院できるとお墨付きをもらい、オーラルから性能を上げた『フォトンアーム=アイン』を受け取っていた。

 装着して、入院の間で動作を確認する。指部の動きや、手首、肘、肩関節の動作。そしてフォトン循環の効率化の向上を実感しつつ、今日からアークスとして行動できる事を素直に喜ぶ。

 

 「今回から、機能が停止する事になっても最低限のフォトン循環機能を確立した。そして、出力に伴った疲労感も大幅に軽減している」

 「凄く助かります」

 

 今まで最大のネックだった、使用後の疲労が大幅に改善されたのは大きいだろう。後で、フィールドに降りて、その幅を確認しておかなくては。

 

 「それと、例の人型ダーカーの件だ」

 

 オーラルは、シガが襲われた経緯をゼノから聞いていた。敵は相当な腕前を持つらしく、三人がかりでも決定打を与えるには行かなかったとも報告を受けている。

 

 「『フォトンアーム』の戦闘記録を見て、奴のフォトン因子からダークファルスであると結果が出た。奴らは一個人のアークスの攻撃では、どうやっても消滅させる事は出来ない。『創世器』並みの攻撃力がなければな」

 「…………やっぱり」

 

 ダークファルス。それは、ダーカーの中でも理性を持ち、特に突出した能力を持つことで知られる敵であった。一方的にアークスを敵として本能で襲ってくる普通のダーカーと違い、主に人型が基準の姿。そして、人としての理性と、それに伴った力を保持していると推測されている。

 加えて、ソレは依り代でもあり、本当の姿となった時には、星一つが滅ぶ程の力を発揮するとも言われている、ダーカーの中でも得に危険な敵だ。

 

 「奴がマトイを狙っている事も知っている。だが、アークスシップには、そう簡単には奴ら(ダーカー)は侵入出来ない。ここに居る限り、マトイは安全だ。お前は彼女の事になると少しだけ冷静さを失っているぞ?」

 

 オーラルの言いたい事は【仮面】が何と言おうが、アークスシップに入り込むことは不可能であると言う事だ。常にアークスが徘徊し『六芒均衡』もアークスシップへは定期警備のように移動している。

 

 「もう大丈夫ですよ。その件は、オレ自身の中で片付いていますから」

 「それなら言う事は無い」

 

 オーラルは必要な事を終えた様子で、病室を出て行った。

 

 

 

 

 

 「……嘘ついちゃったな」

 

 彼が居なくなってから、シガはポツリと呟く。

 もし、【仮面】ともう一度対峙する事になっても、よほどの事が無ければ退く事はしない。オーラルさんや、アークスを信用しないわけでは無いが……これは、オレと奴の因縁だ。

 

 「次は絶対に遅れは取らない。届かないなら……届く領域まで手を伸ばしてやる」

 

 今は、持っている技術を磨く。奴にはソレで届いていた。通じるかどうかは分からないが……アークスとして得た技術を使い、必ず、【仮面】はオレが倒さなくてはならない。

 

 「お、やる気満々だねぇ」

 

 と、オーラルの出て行った扉が開き、そこから赤髪のアークス――アザナミが入って来る。

 

 「あ、アザナミさん~」

 

 自分自身に浸っていたところを、聞かれてしまったらしい。結構恥ずかしいぞ、これ。

 

 「フィリアさんに色々聞いたけど、右眼、大丈夫?」

 

 アザナミはシガの右眼に縦に通るような傷跡を指摘する。

 

 「大丈夫っすよ。視力も問題ないですし、傷もそんなに深くなかったので」

 「なら良いけど。あんまり無茶はしないでよ? せっかく、手伝ってもらってるんだから、ブレイバーが認定された時、わたし一人なんて寂しいじゃない」

 「まぁ、これくらいしか出来ないんで、武器は壊さないようになるべく無茶は減らします」

 

 と立ち上がろうとすると、その額をアザナミが人差し指で押さえる。立ち上がる直前を容易く潰されて椅子替わりにしているベッドから起き上がれなかった。

 

 「武器なんてどうでもいいの。何よりも、無事に帰って来てくれる方が良いんだからさ」

 「アザナミさん……」

 「人が無事なら、何度でもカタナを試験できるでしょ? これでも、人を捜すのって大変なんだよ?」

 「そっちですか」

 

 思わず苦笑いで、シガは彼女の発言が大した意味が無い事を認識する。そういえば、こういう人だったなぁ。真意を突いているように見えて、彼女としては特に深い意味は無かったりする。

 

 「そういえば、朗報を二つ持って来たよ」

 

 と、情報の入り辛いこの場に、最新の情報を持って来てくれたらしい。それも期待できそうな話を二つ。

 

 「一つは、ブレイバーに脈がありそうな子が居てね」

 「そうなんですか? 物好きなアークスもいますねぇ」

 

 まだ新設されるのが不確かなクラスに、よくもまぁ……入る人がいたものだ。

 

 「引っかかる言い方だねぇ。まぁ、それは置いといてと。その子、アークスじゃないよ」

 「え?」

 「正確には訓練生。一緒にナベリウスに連れて降りたんだけど結構筋が良かったからねぇ。バレットボウをプレゼントして渡してきた」

 「…………え?」

 

 えーっと、とシガはこめかみに指を当てて彼女の言葉を整理する。

 

 「つまり、正規アークスじゃない人に」

 「うん」

 「認定されてないクラスの、数少ない試験武器を渡してきたと?」

 「そう言う事になるねぇ。あ、でもジグさんに頼んで正式武器と同等の機能はついた奴だから問題ないよ。カタナとバレットボウを三つずつ作って貰った内の一つだけど」

 「なにやってんすか」

 

 思わず、そんな事を言ってしまった。ようやく、揃ってきた重要な情報(データ)の一部を、事もあろうに宣伝も見込めない、訓練生に渡してきたと言うのだ。本気でブレイバーを認定させようとしているのか、ちょっと疑いたくなる。

 

 「あ、でもその子、女の子だよ?」

 「じゃあ、仕方ないですね」

 

 うん。なら仕方ない。

 

 「それと、もう一つの朗報ね」

 

 アザナミは自分のアイテムポーチから、一つの武器を取り出す。全体的に青色に染められた一本のカタナ。形は基準で使ってきた物とは変わらず、相違点は見た目の色だけだ。

 

 「ま、まさか……」

 「その、まさか」

 

 シガは恐る恐る、触っても良いですか? とアザナミに言うと、はい、と彼女はカタナを渡す。

 

 「お」

 

 そして、ソレを手に取っただけで、今までと違う性能を持っていると把握できた。高性能で、高純度のフォトンを扱う関係上、色は青に変わっている。そのため武器全体の色を青にする事で外見の違和感を消しているのだ。

 

 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 「気に入った?」

 「いい! すっごく、いい!!」

 

 わーい、わーい。と玩具を貰った子供の様にシガは、はしゃぐ。本気で嬉しかった。

 

 「今回ジグさんに作って貰った内、一つは雛型用。もう一つはわたし用で使っていく、つもりだからね」

 「なんだか、本格稼働って感じがしますね!」

 「そっちのカタナの名称は『青のカタナ』だってさ。基本的なカタナに比べて、かなり高性能に仕上がってるみたいだから、修理や改良はジグさんに話を通してね」

 「イエッサー!」

 「後、新しいフォトンアーツも渡しとくから試してね」

 「イエッサー!」

 「それと、来るついでに困ってる人から依頼を受けちゃったから、病み上がりついでにお願いね」

 「イエッサー!」

 

 

 

 

 

 あまりに嬉しすぎて後半からアザナミさんが何を言っていたのか、あやふやだった。

 時間が戻るなら、数分前のオレを殴りたい。アザナミさんが依頼を受けたのは女性。いつもなら、問題なしにキリッと引き受けるのだが……

 

 「もしかしなくても、依頼を受けてくれたシガさん?」

 

 目の前に居るのは、凹凸の多い、重量感あふれる装甲を身に纏った女性キャスト。

 

 「あ、ありがとうございます!」

 「はは。どうも……」

 

 知り合いに良い思い出が無い事もあり、キャストの女性は……どうも苦手だった。




 新しい武器は『青のカタナ』です。友達に相談したところ、無難な武器を教えてくれました。かなり性能が良い武器だと聞いています。
 次はフーリエさんの依頼を受け、惑星リリーパへ本格稼働します。作中でもお察しの通り、シガは女性キャストに良い思い出が無いので、少しだけ苦手意識が生まれています。

次話タイトル『Fourie 人の良心』


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41.Fourie 人の良心

 「確か、この辺りだよ」

 

 シガは、砂と風の舞う砂礫の惑星――リリーパへ訪れていた。まだ、自由探索許可が出ておらず、その為の正規任務も終わらせる意味で、『貴重物質運搬計画』を受けて、もう終わる所だった。

 

 「オレも度々、視界の端に覗いた事はあったけど、いつも見間違いかと思ってた。マジで生物とかいるのか?」

 

 砂嵐が吹き荒れるこの惑星は、凍土の極寒とは違った意味で過酷な環境なのだ。どこで造られているのか解らない“機甲種”と呼ばれる機械の(エネミー)に昔から頻繁に確認されているダーカー。正直、生身の生物が居ても、違法に捨てられたペットが野生化したものだと、ばかり思っていた。

 

 「おれも最初に見た時は驚いたよ。ちっこくて、耳が長い。水筒とかリュックとか背負ってたな」

 「おいおい。それって知能的な原生民って事になるんじゃないか?」

 「かもな」

 

 惑星リリーパの生態系? は“機甲種”とダーカーに板挟みにされてる。そこに知的生物が入り込み、尚且つ文明を築くには、それらの外敵から逃げて生き延びるほどの知能が必要不可欠だ。

 

 「外敵が多いから、今までアークスも敵だと見てたのかもしれないな」

 

 アフィンの証言から、その姿をなんとなく想像してみる。

 長い耳。服。リュック。水筒……

 

 「ぜひ会ってみたいね。ふふ」

 「相棒。たまに、お前が何を考えているのかわからなくなるよ……」

 

 シガの脳内には、バニーガールでリュックを背負ったマトイが、物陰で発見されて驚いている姿が妄想されている。アリ……だな!

 むふふ。と気持ち悪い笑みを浮かべているシガにアフィンは相変わらず、と言った様子で嘆息をつく。

 

 「ちなみにどういう理由なんだ?」

 「何が?」

 「今捜している人影の事だよ。そんなのを正規任務の片手間で気に掛ける事でもないだろ? 誰かの依頼か?」

 「ああ。ちょっとな」

 

 シガは、アフィンの言葉で、この依頼を頼まれた女性キャスト――フーリエとの会話を、もやもやと思い出した。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 「依頼の話をする前に、少しよろしいでしょうか?」

 

 女性には皆フレンドリーなシガであるが、女性キャストだけは、二人の知り合いの影響もあり無意識に苦手意識が出てしまっていた。

 

 「第二惑星リリーパの砂漠で、“小さな影”を見かけた事はありませんか?」

 「小さな影?」

 

 不意に出た彼女の単語は、何かを捜しているような口ぶりだ。とは言っても、リリーパ特有のエネミーである“機甲種”は大概が自分達と同じくらいのサイズで、“小さな影”、と言う程ではない。

 だが、彼女の言葉から思い返してみると探索中に、それっぽい影を見た様な気もしなくもない。

 

 「はい。接触をしたことがあるとか、どこにいるとか、そのあたりの事を知りませんか?」

 

 シガの心当たりがある様な様子に、フーリエは、ずいずいと近づきながら尋ねてくる。そして、彼女の頭と、彼の額がぶつかった。

 

 「うご!?」

 

 ゴンッと、石でも落したような音が響く。キャストの装甲は当然高い硬度を持つ。軽く当たったとはいえ、結構痛かった。やっぱり、キャストの女性は苦手だ……

 

 「あ、ご、ごめんなさい!!」

 

 慌てて距離を取る彼女は、頭を何度も下げて謝る。シガは内心穏やかではないが、大丈夫デスヨ、と額をさすりながら紳士な態度で対応していた。

 

 「……すみません。変な質問でしたね。忘れてください」

 「と言うよりは、その影に関係する情報は、いくつも報告されてるみたいですよ」

 

 リリーパへ最初に降りる前に、エネミーの種類や、ダーカーの情報などを入念に調べたのだ。その時、正確な情報は無くても、生命体らしき存在の目撃が多々あるらしい。

 

 「そこまでは、私も情報を掴んでいます」

 

 と、そこまで喋ったところで何かを思い出した様に、

 

 「申し遅れました。私、フーリエといいます。これでも一応アークスなんです」

 「フーリエさんね」

 

 苦手な女性キャストだが、名前だけはちゃんと記憶しておく。

 

 「実は私、その小さな影に命を救われたんです」

 

 リリーパの“機甲種”はアークスやダーカーへ攻撃を仕掛けてくる。その理由は未だハッキリとはしておらず、一説では防衛設備が生きていて、侵入者を排除する為に動いているとか。惑星規模の防衛とは……開発者たちはよほど神経を尖らせていたのだろう。

 そして、リリーパには頻繁にダーカーも目撃されている。こちらは認識する間もなく敵であるので、姿を見かけたら殲滅が最優先だ。

 そんな、リリーパの環境下で現地でアークス意外に“救われた”という経験はかなり珍しい部類だろう。

 

 「他のアークスとかじゃなくてですか?」

 

 良く見ると、フーリエさんの身体のあっちこっちに傷や、装甲に亀裂が入っている部分がある。“機甲種”は生物では無く自立型の機械だ。強力な武装を装備しており、生身ならもちろん、キャストでさえ脅威となる武器を保持しているのである。

 

 「はい。砂漠で怪我をして、砂嵐も酷く動けなくて――」

 

 砂嵐の特殊な地場で通信も使えず、もうダメだと思った時、例の小さな影が助けてくれたのだと言う。

 

 「色々あって戻って来れたのですが……命の恩人に、お礼も言えてないんです」

 

 不確かな目撃情報はあっても、ソレをはっきりと、見た者は居ない。

 彼女の依頼は自分を助けてくれた存在が、実在する者なのか、それともただの夢だったのか、それを確かめてほしいと言うモノだった。

 

 「まだ、私は修理中なので……身動きが取れないんです」

 「依頼は受けても良いんですが……正直、オレもまだ、砂漠の自由探索許可は持ってないんですよ。片手間になっちゃって、更に時間がかかると思いますけど、それでも良いですか?」

 

 彼女からすれば居るか居ないかと言う、曖昧な、この依頼を受けてくれるとは思っていなかったらしい。

 

 「はい! お暇な時で良いので、よろしくお願いします!」

 

 流石に女性の頼みは断れない。今はナベリウスの遺跡の自由探索許可を取ろうと思っていたが、コレを契機にリリーパの事を良く知っておこう。

 シガは、そんな前向きな思考で物事をまとめると、今度の目的を惑星リリーパの砂漠に決め、本格的に自由探索許可を取るべく惑星へ降りたのだった。




そしてリリーパに降ります。アフィンと出会うまで、まだ一つ二つイベントに遭遇します。

次話タイトル『Zeno and Echo 幼馴染』


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42.Zeno and Echo 幼馴染

 ちょっと小事情により更新が遅くなってます。少なくとも今週中には何とか更新の目途を立てるので、詳しくは活動報告にて。


 惑星リリーパ。

 地表の殆どが砂漠化した惑星で、何者かが採掘をしたような痕跡が随所に残されている。推測では大規模な文明があったとされており、例の惑星中を徘徊する“機甲種”に分類される機械のエネミーは、その文明の名残であるとか。

 オラクルがリリーパを発見した当初から砂漠であったため、相当古い時代に、文明は滅んでしまった可能性が高かった。

 

 「相変わらず、手厳しい環境だな」

 

 シガは、砂嵐の防止としてコーグルと口元を布で覆い、後ろ腰に装備した武器(カタナ)には、布を巻いて砂塵対策をしていた。

 流石に、正規の武器に近いとは言っても、精密武器でもあるので粉塵によって誤作動を引き起こす可能性を懸念する。本来なら使う時だけ、ポーチが取りだせば良いのだが、まだデータを集めている最中なので、出来るだけ直に装備しておきたい。

 

 「『貴重物質運搬計画』か。地表に存在する特定の反応を回収っと」

 

 端末から、改めて本筋となる依頼を確認する。どうやらこの辺りには、目的の物は存在しない様なので奥に進む必要がありそうだ。

 

 「お? いいぞ」

 

 すると、風が弱まって砂嵐が晴れて来た。先ほどまでは10メートル先も見えない程に吹き荒れていたのだが、今は開けた視界が確保できる。

 

 「エリア2に行くか。こっちだな」

 

 出発地点を起点に、最短ルートを検索してソレに従って歩き出す。この視界なら、フーリエさんの依頼も調べながら行けそうだ。

 

 “だーかーらー! 何度言えばわかるのよ!”

 

 その時、聞き覚えのある声にそちらへ視線を向けると、二人のアークスの影があった。

 

 

 

 

 

 「だーかーらー! 何度言えばわかるのよ!」

 

 防塵マスクにマントのフードを取ったエコーは、同じ装備をしているゼノと言い争っていた。

 

 「そっちじゃなくて、こっちが先! 二度手間になっちゃったでしょ!」

 「うっせーな。どうだっていいだろ! 両方とも終わったんだからよ!」

 

 二人は調査任務の為にリリーパに訪れている。砂に埋もれた所為で不自然な高低差が生まれている地形は、迷路の様にもなっており、環境の砂嵐と相まって遭難の組み合わせが完成しているのだ。その為、遭難はせずとも、通い慣れたアークスでも“迷う”事は少なくない。

 

 「いつもいつも、そんな調子じゃ、効率が悪いって言ってるの!」

 

 エコーは、基本的に適当に何でもこなすゼノに対して、それなりの“効率”を要求していた。ほんの少し、工夫するだけで依頼の達成時間も大幅に減らせると告げる。

 

 「へいへい、わかりましたよ。すみませんでしたー!」

 

 不本意ながら、エコーの言っている事もゼノは理解できる。彼女の提案通りに進んでいれば今はとっくにアークスシップに居てもおかしくないだろう。

 

 「ていうか、元はと言えば……お前が思いっきり依頼内容を勘違いしたせいだろうが!」

 

 しかし、噛みついてくるエコーに対して、ゼノ側の言い分もある。そうまで、強く踏み込んでくるのなら、と返しの刃を突き立てた。

 

 「なによそれ。自分で“まあ、気にすんなよ。キリッ”とかキザったらしい台詞吐いておいて、すぐに翻意とか、かっこ悪っ!」

 「キ、キザとか言うな! お前こそ、さっきまで泣きそうな顔してたくせに!」

 「そ、それは言わないでよ! ……間違えたのは事実なんだし」

 

 最後の方の言葉が小さくなったのは、エコー自身も比がある事を認めているからだ。そんな彼女の様子をゼノも察し、荒げていた口調を穏やかな雰囲気に戻す。

 

 「あのなぁ、俺は別にそんなことを責めたりしないっての。ガキの頃からの付き合いなんだから、分かるだろ?」

 「……わかってる……けど。ゼノの足手まといになるのは嫌だし……」

 「ハァ……」

 

 どちらにも比がある状況で、お互いに自身の比を認めてしまった。妙に嫌な雰囲気がその場を包む。

 

 「すいません、御二方。結構、遠くまで聴こえてますよ?」

 

 と、声をかけるタイミングを図っていたシガは、横から恐る恐る二人の会話に参入した。

 

 「シ、シガ? お、おお。怪我はもういいのか?」

 「あ……」

 

 声をかけられるまで、シガの接近に気がつかなかったゼノとエコーは驚いた様子で視線を向ける。

 

 「はい。タイミング悪かったですか?」

 

 シガも言葉を選んで話しかけたのだ。自分の所為で二人の口論が再燃する事だけは避けなければならない。

 

 「俺達は別の任務だ! さ、さぁ、エコー! 任務の続きと行こうじゃないか!」

 

 情けない所を見られたと判断したゼノは、慌ててこの場を去ろうとエコーに告げた。

 

 「そ、そうね。まだ終わって無いし! 効率の悪いやり方で、大きく遅れてるから急いで終わらせないとね!」

 「そうだな! 誰かさんが勘違いしてなかったら、もうアークスシップだったけどな!」

 

 二人の仲を取り持ったつもりだったが、どうやら自分たちで燃料をくべてしまったようだ。

 

 「……ねぇ、ゼノ――」

 「……おい、エコー――」

 

 そして、再び口論(ほのお)は燃え上がり、二人はシガの存在を忘れたように言い争いを始めた。

 

 

 

 

 

 「…………くわばらくわばら」

 

 触らぬ神に祟り無し。入院してた時に、一般市民の老人に言われた(ことわざ)を思い出すと、エリア2へ逃げる様に移動する。

 

 「前に見た時は、本当に仲は良さそうだったけどなぁ」

 

 エリア2へ抜けたシガは、ゼノとエコーの様子からかなり親密な関係であると察していた。二人は小さい頃からの幼馴染であったと聞いている。だから、ああやって本心をぶつけ合う事が出来るのだろう。正直、そう言う相手が居るのは記憶喪失としては羨ましい。

 

 「喧嘩するほど仲が良いって言うし……そう言えば、エリア1にはエネミーは居なかったよなぁ」

 

 そこで、ふとした事を思い当たる。二人の先輩が、あの辺りのエネミーを全て排除していたのだ。それが任務なのだろうが、こっちとしてはありがたい限りである。

 

 「いやはや、頭が上がりませんねぇ」

 

 いつか、二人を助ける時が来るだろうか。

 まだまだ、己の力の足りなさを自覚しながら、されど頼もしい人たちと知り合いである事を誇りながら、シガは先に進んだ。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 「君の報告を読んだよ。少しだけ興味を惹かれてね。こうして出向いてもらった訳だけど」

 「シガの事ですか?」

 「正確に言うなら、君が“わざと”ダーカー因子を体内に残したアークスの事だ。彼は稀有だね。高濃度のダーカー因子を一時的とは言え、何の処置なしに体内に蓄積し、ただ回復適性を失っただけ、とは」

 「可能性の話です。前から、フォトンによる相反は確認されていました。彼の場合は、自身にフォトン適性が殆ど無く、左腕で全て賄っているので、肉体には軽度の初期症状しか出なかったと推測しています」

 「『フォトンアーム』。君の趣味だったかな? 偽善事業でも始めるつもりかい?」

 「アークスの戦力低迷を押さえる為です。例の計画は……それほどに石橋を叩く価値があります」

 「その為にはダーカー因子の有無も左右する、か……実に効率的だ。しかし、余計な手間と言うモノだよ」

 「失敗許されないのでは? 今のままでは計画は……下手をすれば全ての駒がひっくり返る可能性があります。レギアスも心から忠誠を誓っている訳じゃない」

 「いざとなれば、君が始末してくれるのだろう? 【六亡均衡】の半分は僕の手の内さ。偶数番(イーブンナンバー)がどう動こうと、“三英雄”と君が要れば、戦力としては事足りる。それに、その為の実験なのだろう? この『フォトンアーム』は」

 「唯一、計画を盤上毎、ひっくり返す可能性である『サンゲキノキバ』。ソレを扱える者の監視は必然と言える処置です」

 「結構だよ。本当に君は頼りになる。僕は少しの間“演算”に入るとしよう。後は任せるよ、オーラル」

 「……はい。ルーサー総長」




 オリキャラって意外と使い勝手がいいんですよね。オーラルが敵か味方かは、皆さんの推測に任せます。無論、物語上、でしゃばりすぎないようには立ち回らせるつもりです。
 次は、ゲッテム様が登場します。

次話タイトル『Blade of insanity 狂者再び』


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43.Blade of insanity 狂者再び

 機甲種。生息地は主に惑星リリーパであり、その全域で存在が確認されている。

 高低差を越える為に設計された基礎骨格は、四脚による蜘蛛型関節を保有していた。胴部には、それぞれの機体ごとに装備している武器は異なり、大砲やミサイルやスタンマインなどを装備している。

 

 惑星ナベリウスが生身の獣たちによる食物連鎖が確立された生態系ならば、リリーパは機械によって管理された星と言っても差し支えないだろう。

 そこには一切の感情はなく、生物的な本能も存在しない。“機甲種”は、ただ進入してきたモノを全て外敵と見なし、事務的に排除に移る。どこかに生産ラインが存在すると推測されているが、現在は調査中であるとの事だ。

 

 「情報の共有って大事だよな。お前らもそうなのか?」

 

 シガは目の前で群れを成して現れた機甲種――スパルダンAの姿を捉えていた。どうやら、一機が発見したら近場の他の機体にも信号が伝わるらしく、一機だけだと思っていたら、ぞろぞろと周囲の物陰から増え始めた。

 

 「ふっふっふ」

 

 しかし、シガは特に焦る事も無くむしろ、待ち望んだ瞬間でもある。

 

 「運が良いぜ、お前らは。この新しい愛刀を錆びになるんだからな」

 

 新しい武器――青のカタナを左腕で鞘を持ち、右腕で柄を握った。そのフォトンの上昇する反応を捉えたのか、スパルダンAは援軍と足並みを合わせずに、突出して向かって来る。

 しかし、その接近さえも許さぬシガのフォトンアーツがスパルダンAの波を吹き飛ばした。

 

 「『ハトウリンドウ』」

 

 抜刀の勢いをそのままに、刀身に溜めた高密度のフォトンを斬撃として中距離に飛ばすフォトンアーツである。スパルダンAは呑み込まれるように吹き飛ばされた。

 そして、その空いた群の穴にシガは『シュンカシュンラン』で加速し入り込む。

 自ら、囲まれるように群の中心に入り込んだシガに対し、頭部に二連装砲を持つスパルガンと、軽快な機動で動き回るシグノガンがそれぞれの照準を合わせた。

 

 「遅い。『カンランキキョウ』」

 

 既に納刀されていたカタナが抜き放たれ、変換された斬撃の波が周囲の物体を刻む。

 シガが、キチンッと、気味の良い音を立てて納刀する。同時に自前の装甲では防ぎきれず随所を切り裂かれ、又は抉られるなどの損傷を負った“機甲種”達は機能停止し爆散した。

 

 「シグじいさん。本当に良い仕事してるぜ」

 

 青のカタナ。予想以上の攻撃力だ。前にリリーパで“機甲種”と対峙した時は関節を切り裂かなくては倒す事が出来なかった。

 

 「腕前も重要だけど、やっぱり武器の性能もそれなりの物が安定するって事だね」

 

 今は装甲の上からでも断つことが出来る程だ。あまり、武器の性能に頼りたくはないが、一撃で戦闘不能に出来ると言う事が、これほど立ち回りやすいとは思わなかった。

 

 「こりぁ、絶対にアークスには必要なクラスだな」

 

 この攻撃力。ハンターのように耐えて戦線を張る戦いでは無く、敵を殲滅して戦線を確保する戦い方が出来る。単機での素早さはもちろん、ハンターの様な近接職と組むことで、安定した突破力も生み出せるだろう。

 

 「戦略の幅も広がるし、一撃離脱は近接戦での生存力も上がる。メモっとくか」

 

 後でアザナミさんに、今思った事は報告しよう。少しでも実感した事はまとめて、承認の説明時に有利になるように協力するのだ。

 

 「まぁ、こんな事を考えられる程、オレも余裕になってきたわけだな」

 

 未だ、煙の上がっている残骸を見ながら武器と実力が足並みを合わせて来た事に、まだまだ先に行けると実感していた。

 

 「そう言えば、新しい子って女の子って言ってたよな。どんな子が聞いておけば良かった……」

 

 アザナミさんが新たに目を付けたブレイバーの候補者。彼女が直接接触し、その特性は問題ないと判断したのだ。相当出来る人材なのだろう。

 

 「訓練生って言ってたし、会う機会はやっぱりブレイバーが新設されてからか」

 

 本格的にフォトンアーツも形が整ってきたと言っていたし、カタナのモーションパターンも“居合い”で行くそうだ。不確かな可能性でも色がついて来たと思うと、嬉しく思う。

 と、そんな考え事をしているシガの背後に、重々しい音を立てて何かが現れた。

 

 「…………は?」

 

 後ろを振り向くと、戦車の様なキャタピラを持つ巨大な“機甲種”がこちらを補足していた。

 

 

 

 

 

 普通に逃げる。当たり前だ。今まではあんなのは見た事が無い。

 

 「戦力の温存とか! 卑怯だぞ!! お前らぁ!!」

 

 後ろから、叩きつけるような衝撃が意志を持つかのように迫ってくる。ソレを生み出しているのは戦車の様な外見から変形し、直立したような体制をとっている“機甲種”だった。鋭い爪を持った四本のアームを腕の様に扱い、シガを狙って振り下ろす度に砂が巻き上がり、地面が揺れる。

 

 「えーっと! えっと!! 『トランマイザー』!」

 

 シガは追って来ている巨大な“機甲種”を逃げながら端末で調べていた。

 基本的な“機甲種”に比べると比較的大型な種類であり、その機動力、耐久力、攻撃力も他とは比べ物にならないらしい。

 

 「見りぁ解る!!」

 

 背後からアームを叩き付けて、爆発するような音を発生させながら『トランマイザー』は迫る。直撃すれば、即ミンチだろう。

 

 「うお!?」

 

 と、背後の『トランマイザー』から逃げるのに必死で、目の前のクレーターの様な空間に気がつかなかった。そこは、円形でアリジゴクのような傾斜となっている地形。凹凸の激しい今までの地形とは異なり、良く見渡せる広場といった場所だ。

 しかし、シガが驚いたのは地形の事ではない。

 

 「――っと。無関係の人を巻き込むわけにはいかねぇか!」

 

 その広場の前方を横断するように二つの人影が歩いていたのだ。二人ともフード付きの防塵コートに全身を覆っている。

 このままでは巻き込んでしまうと判断して、腹をくくって振り向くと『トランマイザー』と対峙する。

 

 「弱点は……放熱(オーバーヒート)時に露出するコアか」

 

 敵も機械。当然稼働限界も存在するし、激しく動き回れば熱も蓄えていく。戦闘用であればある程、厚みのある装甲や重量によって必然と溜熱の割合は高くなるハズだ。

 

 「それを狙って行――」

 

 その時、中にかがシガの横を通り過ぎる様に駆けて行った。

 

 「本当にお前はよぉ……面白れぇもんを引き連れてんじゃねぇか!!」

 

 フードがはだけ、嬉々とした狂った笑みを作っていたのは、修了時に遭遇したもう一つの“強”――

 

 「ゲッテムハルトさん!?」

 

 ゲッテムハルトは眼にも止まらぬ速さで『トランマイザー』へ向かっていくと、振り下ろしてくるアームに合わせて、自らの拳を大きく振り上げた。

 耳障りな音が響き、『トランマイザー』のアームが壊れる様に跳ねあがっている。彼は拳の振り上げ(アッパー)でアームを叩き上げたのだ。

 

 「嘘ぉ!?」

 「オラァ! 悲鳴の一つでも、上げてみやがれ!!」

 

 大きく仰け反った『トランマイザー』へゲッテムハルトは止まらずに距離を詰めると、渾身の一撃をお見舞いする。

 

 「くふふふ……くははははは!!」

 

 まるで、玩具を解体するように破壊していく彼の戦いは、もはや“戦い”とは思えない。一方的な蹂躙はシガが割り込む間が無いほどに苛烈で凄まじかった。

 

 「ゲッテムハルト様に加勢は必要ありません」

 「おわ!?」

 

 気配もなく背後から声をかけられたシガは驚いた猫の様に、一瞬身体が跳ね上がる。

 

 「ありがとうございます、シガ様。最近、ゲッテムハルト様は退屈だとおっしゃられていました。貴方様のおかげで程よく解消出来た様です」

 「は、はぁ。どうも……」

 

 ゲッテムハルトさんの実力は信用できるし、シーナちゃんは可愛いんだけど。正直言って出会うと心臓に悪い二人だった。




 みんな大好きゲッテム様の前に敵はありません。ある意味、ファイターということで、ガンガン人外差をアピールしていきます。
 次はリサたそが出ます。

次話タイトル『Truth at hand 目の前の真実』


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44.Thought of baresark 狂力

 強さには多くの特性(ベクトル)があると思っている。

 オーラルさんや、マリアさんの様に高水準で負ける所が想像もつかない肉体的な強さ。

 ウルクやマトイの様に多くの挫折があっても、次へ進む意志を持ち続ける精神的な強さ。

 その他に出会った人たちが持つ“強さ”はどれも同じモノに感じた事は無い。十人十色なのだ。

 

 「…………強ぇ――」

 

 目の前で『トランマイザー』はバチバチとショートしながら不確かな明滅を繰り返して停止していた。アームの一つを潰され、キャタピラは破損し、表面装甲は至る所が凹み、その亀裂から黒い煙が漂っている。

 

 「まったくよぉ……本当に味気のねぇ奴らだ」

 

 ゲッテムハルトは、つまらなそうに吐き捨てながら『トランマイザー』だった鉄屑の上から降りた。

 

 「お見事です。ゲッテムハルト様」

 

 シーナは従者の様に丁寧な物腰でゲッテムハルトへ近づくと『トランマイザー』との戦闘でボロボロになった防塵コートの予備を手渡す。

 

 「つまんねぇなァ。こんな鉄屑ぶっ殺しても嬲り甲斐もねぇ――」

 

 彼は目立った傷を何一つ負っていない。無茶苦茶な戦い方に見えたのだが……高度な体運びで敵の攻撃を躱しきったのだろう。

 

 「おい、ちったァ、マシな奴を連れて来い」

 「そうですか……」

 

 正直言って、苦笑いしか出ない。ゲッテムハルトさんは、オレが知る中でもトップクラスの実力者(アークス)である。同じ、近接で立ち回るからこそ、その凄さが更にわかるのだ。

 ゼノ先輩と同等かそれ以上の“強さ”……しかし、その特性は――

 

 「チッ、ここにはうじゃうじゃダーカーが居ると思ったのによぉ。無尽蔵に湧いてくるくせに、こんな時に限って全然出てこねぇ」

 

 この人は、まだ戦い足りないらしい。一人で大型機甲種(トランマイザー)を倒しておきながら、息一つ上がっていないのだ。

 

 「……前よりはマシだが、まだ喰えるほどじゃねぇなァ」

 

 お願いですから、その獲物を見るような眼でオレを見るのは止めてください。

 

 「オマエもわかってるよなァ? ダーカーは見つけ次第殺せ。出来る限り、苦しめて、だ」

 「……はい。わかってます」

 

 その事に関してはシガも共感できる。オーラルより判明した情報――【仮面】がダークファルスだったからだ。ダーカーの中でも優先して排除される敵である以上、そこに一切の妥協は無い。

 

 「くふふふ。良い雰囲気じゃねぇか……次に会う時が楽しみだ」

 

 バサッと、ゲッテムハルトは予備の防塵コート羽織ると歩き出す。獲物としてのシガに対する優先順位が上がったのか、いやに上機嫌だった。

 

 「……貴方様は、ゲッテムハルト様を残酷だと思いますか?」

 

 シーナは、ゲッテムハルトを見るシガの様子からそう尋ねてくる。

 

 「……正直に言っていい?」

 「はい」

 「恐いよ。ゲッテムハルトさんの持つ“強さ”は――」

 

 強さには、様々な特性(ベクトル)がある。彼のアレを例えるのなら――

 

 「“狂力”。狂った力だ」

 

 狂った力。そう表して何の遜色がないほどに、ゲッテムハルトの攻撃性は荒々しいのだ。

 

 「…………そうかもしれません。ですが、それが必要であるのなら仕方ないと言えます」

 「あらら」

 

 どうやら、シーナちゃんは彼の力の在り方がどれほど危険かを知っているようだった。制限なくまき散らす“暴力”は、いずれ大きな隔たりを生む。それこそ、自分と他を切り離してしまう程に強大な“個”は一度孤立してしまうと、中々人の輪の中に戻れなくなるだろう。

 

 「貴方様と、ゲッテムハルト様は考えが合わない様です」

 

 お願いだから、オレに興味を持つのは止めてと言って欲しい。

 

 「しかし、ダーカーの処遇については、私もゲッテムハルト様と同意見です」

 

 すると、何かを思い出す様にシーナは冷たくなるような殺気を纏う。シガでも少しだけ悪寒を覚えるような雰囲気だった。

 

 「殺しますよ。容赦なく殺します……」

 

 その殺気は、身に覚えがあった。誰かから感じたのではなく、自分自身の心の奥底に沈んでいる記憶(モノ)と同等の――

 

 “謝らないでください……。そうじゃないと、オレは隊長の顔まで“見えなく”なる”

 

 今のは……また、走馬灯(コレ)か。

 

 「……それでは、失礼します」

 

 最後にシーナは、丁寧にお辞儀をするとゲッテムハルトの後に続いた。

 

 「……形はどうであれ、まだ“人”だな。あの人でも――」

 

 シガは去っていく二人の背を見ながら、思う所があり、そんな言葉を呟く。

 ゲッテムハルトさんに、賛同できる者は中々いないだろう。だが、彼にはシーナちゃんがいる。彼女が傍に居る限り、人とのつながりは切れることは無いハズだ。

 

 「あらあ、こんにちは。よく会いますねえ、ですよねえ」

 

 ピシッと凍りついたようにシガは硬直する。その声は、生涯を通して、なるべく聞きたくない人物の(モノ)であり、同時にフィールドでは絶対に会いたくない人物だった。

 

 「リサさん……」

 

 思わずカタナに手をかけたのは、防衛本能として見逃してほしい。

 

 

 

 

 

 「凄まじいですねえ。大きな音がしたと思ったら、終ってましたよお」

 

 ふふふ。と笑いながら『トランマイザー』の残骸を嘗め回す様にリサは視線を動かしていた。

 

 「一応、聞きますけど……何しに来たんですか?」

 「撃ちに来たんですよお? アークスが惑星に降りてする事なんて、それくらいしかないじゃないですかあ」

 

 それはリサさんだけです! と、思ったのは黙っておこう。

 

 「あなたもよく戦っていますよねえ。もしかして死にたがりですかあ?」

 

 予想を全く覆さない発言は、他者(シガ)にとってすれは異常なれど、彼女(リサ)としては平常運転の証の様なモノである。

 

 「いえ、そんな事はありません。命、大好きです! マイライフ最高~!!」

 「ふふふ。任務で無茶をして緊急手術をするほどの大けがを負った人の発言ではありませんねえ」

 

 げ!? ばれている――

 

 「アークスには時々いるんですよお。死に場所を探す様に戦う人が」

 

 その言葉に、先ほど出会ったからか、ゲッテムハルトさんの事が強く頭をよぎった。彼女が言うまで気がつかなかったが……確かに彼の動き方は後先考えない――“後退”の無い戦い方のようにも考えられる。

 戦いの中で、回避も考えているが、ソレが無力となった際の“手札”を何も用意していない。そこで死んでも構わないと言う狂戦士ぶりだった。

 

 「有名な所ですと……ゲッテムハルトですかねえ。あれの思考は、相手を“殺す”か自分が“死ぬ”かのどっちかしかないです」

 

 あ、やっぱりあの人は他の人にもそう見られてるのか。

 

 「まあ、何を思うが、何を願うが、それはその人の自由ですしねえ。リサには止める権利も義務もありません」

 

 とは言っても、“止める”選択を選んだ場合、ゲッテムハルトさんを止める事が出来る人間はヒューイやオーラルさんのレベルでも苦労するだろう。それほどに彼の持つ“狂力”は凄まじいモノだ。

 

 「でも、どうせ散らすつもりの命ならリサが散らしてあげたいですねえ。ふふっ」

 

 その“ふふっ”が恐いんですよ。と、思ったのは黙っておこう。

 

 「もし、戦う事になったら苦労しそうですけど……それも面白そうです」

 

 そのうち、この人は本当に人を撃っちゃうんじゃないのかな?

 そんなリサのヤバさとは別に、シガはゲッテムハルトのステータスから戦った場合の勝算を考えてみる。

 

 「…………普通に死ぬ」

 

 正直、一対一は勝ち目がまるで見えない。出来れば敵対したくない存在(アークス)であった。




 ちょっとした砂漠のイベントです。EP1でも特に目を見張る場面の無い箇所に入っているので、早く戦闘パートに入りたいですね。
 次はようやくアフィンと合流し、ちょっとマリアが出てきます。

次話タイトル『Truth at hand 目の前の真実』


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45.Truth at hand 目の前の真実

 「あんまり戦ってないのに、何故かすごく疲れてる」

 

 シガは、ここまできた経緯を改めて思い出し、かなり疲れた顔になっていた。

 今思い返しても、普通に任務に赴くよりも心身疲れた気がする。特にゲッテムハルトさんとリサさんが……

 そして、何かと背後を気にしながら(狙われないように)リサと別れ、依頼に必要な物資を回収したところで、偶然アフィンと出会ったのである。

 

 「ははは。そっちは相変わらず大変そうだな」

 

 今は、彼が持つ“小さな人影”の情報を頼りに行動している所だった。

 リサは、ダーカーの気配を感じとり、そちらの方へそそくさと去って行った。ずっと一緒にいるといつ背後から撃たれるか分からないのだ。彼女曰く、怒られるから人は撃たない、そうだが……出来れば彼女とはペアは組みたくない。

 

 「リサさんは、俺も色々と実技依頼を受けてるよ」

 「そう言えば、そっちも射撃職(レンジャー)だったな」

 

 アフィンは、度々リサさんに手ほどきを受けているらしい。とは言っても彼女が出す依頼をこなすだけなのだが。

 

 「まぁ、ちょっと危ない雰囲気だけどよ。理にかなった事は言ってると思うぜ? おかげて、前とは比べ物にならないくらい腕前は上達してる」

 

 修了の時以来、アフィンとは共に肩並べて戦った事は無い。見ると武器もライフルよりも高性能の機種に変わっている。

 

 「お互いにな」

 

 シガも『青のカタナ』を左腕で少しだけ持ち上げた。

 修了の時とは別人のように、二人が纏うフォトンは高く洗練されていた。まだまだ極みには程遠いいが、今ではあの時の様な遅れは取らないだろう。

 

 「確か……この辺りで見かけたんだが……」

 

 アフィンは、例の“小さな人影”を見たと言う場所まで案内してくれた。岩がごろごろ転がっており死角の多い場所。この辺りはしゃがめば身を隠せる物陰が多く、射撃職からすれば有利な地形だった。

 

 「わりぃ、相棒。どうやら、もう居ないみたいだ」

 「いや、別にいいよ。こっちも不確かな情報で、見つかればいいなー、みたいな感じだったからさ」

 

 案外、目撃情報が多い。シガも度々、ソレが居るような気配を感じ取った事があったので、フーリエさんの言っていた“小さな影”は高い確率で存在する生物だろう。

 

 「とは言っても、やっぱり何か現物(しょうこ)が欲しいな――」

 

 眼に見える形で何か納得できるモノが欲しい。そう思いながら、目の前の物陰を覗きこんでいくと――

 

 「なんだそりゃ。布か?」

 

 掴み、持ち上げたのは明らかに加工された跡のある布だ。それも、アークスが落すようなハンカチの様なモノではなく、袖や肩幅が判断できる……明らかに“衣服”だった。

 

 「かなり小さいな。なぁ、アフィン。お前が見たのってこのくらい?」

 

 シガは今拾った“布”を衣服であると仮定して、だいたいの全長を予測しながら実際に姿を見たと言うアフィンに問う。

 

 「そのくらいかもな。少し遠目だったけど、この辺りの岩との比率を考えると、そんな感じだ」

 

 大きさは膝くらい。となれば、相当小さい。穴や岩の隙間を通って移動しているのであれば、見つける事は出来ても接触する事は難しいだろう。

 

 「これで納得してくれるかなぁ……」

 

 シガは両手で拾った布を広げて改めて見る。最低限の証拠とは言え、フーリエさんに見せた場合、納得してもらうには少しだけ弱い要素な気がした。

 しかし、その後しばらく探し回っても、特に有力なモノは最初に拾った“布”以外は出てこなかった。

 

 

 

 

 

 「シガさん。どうでした?」

 

 自身は目的も果たしていた為、まだ探索すると言うアフィンと別れて、シガは一足先にアークスシップへ帰還した。

 

 「あんまり期待しないでくださいよ?」

 

 と、リリーパで拾った、みずほらしい“布”をフーリエに渡す。

 キャンプシップで戻る時に少し調べたが、この布はオラクルでも簡単に作れる代物だった。しかし、ここまで不恰好で、しかも使い捨ての様な形で布を使った品物は現在では普及していない。古物(レトロ)好きなアークスが探索中に落したとも考えられなくはないが、とりあえずフーリエがどのように判断するかがシガとしては気になる所だ。

 

 「この布は、小さな影が残していったもの?」

 「たぶんそうです。けど……実物をこの眼で見た訳じゃないのでなんとも……」

 

 高い確率で知的生命体は居るだろう。しかし、接触した例が無い事もあり、ハッキリと断言できないのが歯がゆかった。

 

 「やっぱり、いたんですね。私が夢を見ていた訳じゃなかったんだ――」

 

 しかし、フーリエとしてはシガとは違い、“布”を見て確信した様である。それ程に、助けてもらった事に心から感謝しているようだった。

 

 「……よかったです。お礼を言う相手がいてくれたんですね」

 

 感激に浸るフーリエ。少しだけ彼女の目的に沿う物かどうか不安があったが、そんな嬉しそうな顔を見せられて、問題は無かったと安心できた。

 

 「シガさん。私、怪我が治ったら彼らにお礼を言いに行きたいです。ご迷惑でなければ、その時にまたお願いしても良いでしょうか?」

 「いいっすよ」

 

 砂漠の惑星リリーパの知的生物。自覚できる程にシガ自身も興味が出てきている。そして、ほんの少しだけだが、女性キャストへの苦手意識も解消できたと実感していた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 「彼の事は僕にも解らない。まるで見えない膜で覆われているように、自分の情報を洩らさないみたいだ」

 「あんたでも解らないとなると、ますます怪しいね」

 「彼を疑っているのかい?」

 「昔から何も言わない奴さ。だからこそ、何を目的で動いているのかがさっぱり掴めないんだよ」

 「彼の権限は、まるで【六亡均衡】並だ。研究部室長であり、一部の施設の管理まで一任されている」

 「趣味で『創世器』に準ずる“兵器”まで作っちまう始末だ。どれほどの潜在能力(ポテンシャル)を秘めているのか……警戒するに越したことはない」

 「君は彼と親友だろう? そんなに信用ならないのかい?」

 「いつの時だって、奴は一人で悲劇を抱え続けていた。最初は自己犠牲で責任を受けるだけだと思っていたけど……最近は妙に動きが目立ってきたからね。何の為に? と考える様になっちまったのさ」

 「記録だと40年前から関わりがある様だね」

 「ああ。だけど、わたしはアイツが生身だった頃を知らない」

 「なる程……キャストが自意識的な自我を持つには100年近くの月日が一般的だ。後は、君やレギアスの様に生身からキャストに変わった場合だね」

 「だから、かつては信用できると言っても、今も同じとは限らないのさ。人から成り上がった可能性が見えない分、ある意味得体の知れない存在だよ」

 「解ったマリア。僕の方でも出来る限りの情報は集めておくよ。彼の過去を中心にね」

 「悪いね、シャオ。こっちは、こっちで牽制と調査を中心で動く。何か解ったら連絡しとくれ」




 この段階で、マリアとシャオは既に動いていると仮定しています。やはり、奴を警戒していますが、現場に出てきているオーラルも同様に警戒しています。
 次はマトイが出ます。ていうか、マトイ回。

次話タイトル『I remember my heart 心の記憶』


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46.I remember my heart 心の記憶

 現在、ハピナさんが企画しているハーメルンコンテストが始まっています。私も参加しているので、よろしければぜひ一読を↓
 https://novel.syosetu.org/78213/

 テーマは『嘘』らしいので、興味がある方はこちらを↓
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=102585&uid=119899 


 「はい。確かに任務は完了ですね」

 

 シガは、フーリエに報告後、コフィに言われた『貴重物質運搬計画』の報告も滞りなく終わらせていた。

 結果としてはまずまず。途中で『トランマイザー』と遭遇したが、ゲッテムハルトさんが倒した関係上、シガの戦果としては数えられていないようだ。

 

 「うーむ……」

 

 どうしても、彼の強さを考えてしまう。アレがこちらに向けられたとき、オレは何とかする事が出来るのか……何度もシュミレートして見たが、どうしても突破口が見つからない。

 接近しても抜刀するよりも速く顔面を殴られる。あの、『トランマイザー』のアームを跳ね上げる程の威力を持つ拳で、である。即死も良い所だ。

 

 「おかえり、シガ」

 

 と、考え事をしながら歩いていると、ロビーのゲートの横にある椅子にマトイが座って手を振っていた。

 

 

 

 

 

 「今、自由時間?」

 

 フィリアさんから聞いているが、マトイはオレよりも定期検査が多い。時折、同じように酷い頭痛に襲われているらしく、特に彼女の同行には気を付ける様に言われていた。

 

 「そうだね。それじゃ、前に話せなかったリリーパの事でも話そうか?」

 

 シガは、中心的に活動を始めた惑星リリーパについて、感じた事を彼女に話す。

 酷い砂嵐。“機甲種”と呼ばれる機械の敵。何度か竜巻に飛ばされて、敵の中心に落ちた事もある。

 

 「砂だらけの星なんだね。そういうの、砂漠って言うんだっけ?」

 「お、知ってたか」

 「そのくらい知ってるよ」

 

 と、マトイは少しだけ不機嫌に頬を膨らませた。

 

 「地味に暑い。さらに、砂嵐が酷いから防塵コートは絶対に必要だよ。特にオレは、左腕の事もあるし」

 

 リリーパを歩く為に必要なのは装備よりも天候の情報だ。大概は、風に巻き上げられた砂による“砂嵐”が吹き乱れ、稀に磁気を含んだ特殊な砂嵐がフィールドを直撃する事もあるのだ。

 ソレに巻き込まれれば電子機器は全てダウンし、キャストに至っては、モニターや聴覚機能といった、人で言う五感に相当する性能が全て無力化されてしまう。

 

 「簡易転送装置(テレパイプ)も使えなくなるから。あまりリリーパには長居するのは良くないって言われてるんだ。そのおかげで、あまり調査も進んでいない様だけど」

 「でも、あまり調査が進んでないって事は、まだ何か隠れてるかもしれないんだよね?」

 「そういう話も結構あるよ。謎の現生民とか、地下に“機甲種”の生産工場があるとか。オレとしても、そのうちの一つは心当たりがあるし」

 

 フーリエさんが見たと言う“小さな影”。それの存在を裏付ける現地で拾った“布”。うーむ、居ると断言するにはまだ情報が弱いか……

 

 「心当たり?」

 

 と、首をかしげて疑問詞を浮かべるマトイ。その姿を見て、フィールドを歩いている時に妄想したバニー姿と重なった。

 

 「…………」

 「どうしたの?」

 

 絶対可愛いと思うけどなぁ。多分、頼んだら99%着てくれると思うけど――

 

 「いや……何でもない」

 

 意味深に、ハサミを持った番人(フィリアさん)の姿がちらついた。男の尊厳を賭けるにはまだ時期が早い……

 

 「そう言えば、マトイは普段はどうやって過ごしてるんだ?」

 「わたし? わたしは、フィリアさんの手伝いとか、他の患者さんと話したりとか……あ、最近はオーラルがフォトンの適性を見たいって、少しだけテクニックを使ってみたよ」

 

 オーラルから、マトイは【六亡均衡】に匹敵するフォトン適性を持つと言う事を聞いている。そして、彼女の事は虚偽の報告をするとも言っていたが……

 

 「オーラルさんは何か言ってた?」

 「何かって?」

 「例えば、フィールドに降りてもらうとか」

 「別に何も言われてないよ。ただ、どれくらいの事が出来るのかを知りたいだけって」

 

 必要な調査の範疇かな。シガはなんとなく過った予感は気のせいであると考えて、忘れる事にした。オーラルさん限って、そんな予感は不要であるのだ。彼は心から信頼できる。

 

 「色んな人と話すと、やっぱり気を使った話し方になっちゃわない?」

 「他の人と話す時?」

 「そー。オレの場合は敬語の方が多いかな。同年代のアークスってなかなか居ないから。そっちはどう?」

 

 先へ先へ、歩いて行くと、自分の立っている場所を把握し、どれほど他の人たちと離れているのか、明確に測れるようになっていた。

 特に身に着けている実力では、まだまだ背中しか見えない者達も居る。多くの人の背を目標にして、彼らに追いつき、追い越すのが今の目標だ。

 

 「ええっと……上手く言葉に出せないから、ちょっとやってみる」

 「どうぞどうぞ」

 

 と、マトイは少し真剣な顔になって、畏まった雰囲気で、

 

 「“……はい、そうですね”“わかりました……”“はい、そうですか……”“それでは、そのように……”」

 

 言い終わると数秒の沈黙。マトイは、思いのほか恥ずかしい事に気がつき、頬を赤く染めて顔を下に向けた。そんな彼女を見て、シガは笑いを堪える様に震えている。

 

 「いやぁ、新鮮なマトイちゃんが見れてこっちとしては眼福ですわ」

 「もう!」

 

 からかうようなシガの様子に、少しだけ怒りながらも改めて自分の口調を見直してみた。

 

 「……でも、確かに相づちばかり。緊張してるのかな……」

 「初対面の相手には、それが普通だけどね」

 「シガもそうだった?」

 「右も左もわからない頃は色々と大変だったよ。その内、マトイも慣れるさ」

 

 彼女はまだ、情報を組み上げてる最中だ。今は他者と繋がりを作る事と、コミュニケーションの能力を磨く事が大切だろう。

 

 「……う、つっ……」

 

 その時、何の前触れもなくマトイが苦痛の表情で額を押さえる。前にシガの目の前で気を失った時と同じように、不意に映像が頭の中を流れていく。

 

 “マトイ!”

 “シガ……? どうして、わたしの名前を……”

 

 「マトイ?! 例の頭痛か!?」

 

 シガは慌てて、フィリアに連絡しようと端末を取り出す。しかし、ソレをマトイは静止するように遮った。

 

 「……ごめん。もう大丈夫だよ」

 「大丈夫って……」

 

 強がって入るが彼女の顔色はかなり悪かった。無理をしているのだと、容易に判断できる。

 

 「ちょっと……頭が痛いだけだから。それよりも、せっかく色々お話ししてくれたのに……ごめんね」

 「……どこに謝る必要があるんだよ」

 「悪いと思ったから、謝りたかったの」

 

 他がどう思おうと、自分に比があると感じれば謝るのは普通であると彼女は言う。そして立ち上がり、メディカルセンターに帰ろうと歩き出す。だが、未だ頭痛に襲われているのか、少しだけ不確かだった。

 

 「……じゃあ、オレもそうしようっと――」

 

 シガはふらつくマトイへ近づくとそのまま抱え上げた。左腕は肩を抱く様に、右腕は太腿も持ち上げる様に、俗にいうお姫様だっこである。

 

 「え……シガ……?」

 「気にするな。これはオレの性分だからな」

 「……性分?」

 

 驚きと恥ずかしさが混ざった感情でマトイは言葉を搾り出した。

 

 「女の子には優しくするのに理由はいらないだろ?」

 

 突然のシガの行動に驚いていた彼女の眼がゆっくりと、安心する瞳に変わる。

 ずっと前から……なんとなく、そう言ってもらいたかった気がしたからである。

 

 「それじゃ、お嬢様。メディカルセンターへお運びします」

 「は……はい……」

 

 シガの傍は安心できる。それが何故なのかは解らない。けど……これだけは間違いなかった。

 

 記憶を失う前のわたしは、彼の事を誰よりも信頼していたのだと――




 色々とイベントを混ぜた結果こうなりました。
 次はウルクやテオドールとイベントです。

次話タイトル『Power should have 戦士の道』


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47.Power should have 戦士の道

 眼の前の現実が完璧であるとは限らない。

 

 オーラルさんは、アークスシップは大丈夫だと言っていたが、やはり“完璧”ではないのが事実だろう。その証拠に、『オラクル』は過去に幾度か、シップ毎の襲撃を受けている。

 その中で新しいのは10年前の襲撃だった。

 

 「――――完璧じゃないんだよな」

 

 シガはショップエリアのベンチに座って、眼前を通るアークスや市民を見ていた。相変わらずの女性アークスの露出に、時折目で追うが――

 

 「……くそ。落ち着かん」

 

 いつもの保養時間でも頭にいくつもの可能性がちらつく。その中で、最悪な可能性の一つが、脳裏を横切った。

 

 “クラリッサァ!! 絶対に彼女を助けろ!!”

 

 「……久しぶりだな……おい――」

 

 走馬灯に比例した酷い頭痛が久しぶりに襲った。

 怒っている……。オレは、何に怒っている? 走馬灯は視界だ。誰の視界か分からないが……そいつが視線に捉えている敵は――

 

 「よーっす、こんにちは!」

 

 その声を聞いて、ブツッと映像が途切れた。

 

 「ウルクさん……」

 

 頭痛に額を押さえながら視線を向けた相手は、アークスとして適性を持たないニューマンの少女――ウルクだった。

 

 

 

 

 

 「大丈夫? アークスって心労凄そうだからねー」

 「そう言う君は、いつも元気だね」

 

 シガは、酷い頭痛が起きた時の為に渡されていた鎮痛薬を飲み、数分で落ち着いていた。

 

 「まぁ、わたしはいつも元気だけはありあまってるからさー。周りからは、やる気が空回りとかよく言われてたけど、どっちかと言うと、やる気がある方が良いでしょ?」

 

 相変わらずのポジティブ思考は、何よりも変わらない彼女の存在証明だったりする。色々な物事に悩んでいるシガとしては彼女の思考は見習いたいとも思っていた。

 

 「いやさ、アークスやってるわたしの友達の事なんだけど、前に話したでしょ? テオドールっていうアークス」

 「ああ。覚えてるよ」

 

 新しい記憶では、訓練でリサさんとマールー先生のペアに有無を言わさずにボコボコにされた事を鮮明に思い出せた。嫌な思い出だ。

 

 「本当にやる気なくてねー。可能なら代わってあげたいくらい。けど、そう言うわけにもいかないし」

 

 ウルクはフォトンを扱えない事を今も気にかけているようだ。小さい頃から追いかけてきていたと言っていたし、次に進む為とはいえ切り離すのは容易ではないらしい。

 

 「だから、アークス関連の職員になるって決めたの。前にシガさんが提案してくれたでしょ?」

 「え? ああ、うん」

 「ひょっとして忘れてた?」

 

 と、言うよりは本当に、その職業を目指すとは思っていなかったのだ。あの時は慰めの意味で、そんな提案をしたのだが……

 

 「まぁ、当然かな。この職業もアークスに負けず劣らずの厳しい感じでさ。わたしにはクリアー出来ないって思ってるでしょ?」

 「いや……まぁ――」

 「別にいいって。わたしだって無謀だと思ってるけど、その方が燃えるからね!」

 

 ウルクは両手に力を入れる様に強い意志を見せる。

 

 「やる気は才能を凌駕するってところを、見せてやりたいからさ。もちろん、あいつにも――」

 

 彼女の言う“あいつ”とは十中八九テオドールの事だろう。まったく、テオドールにウルクの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 

 「まぁ、がんばれよ。オレは応援する事しか出来ないけど……」

 「おっけー」

 

 アザナミさんにも言われていた。

 

 “戦う時は戦う事だけを考えて、悩む時は悩む事だけを考える。わたしは、そう言う風に割り切ってるけどね”

 

 今の事ばかり考えていても仕方がない。歩いた先に何が待っているかなんて、誰にも解らないのだ。そうならないように、今を懸命に努力する事こそが、より良い未来に繋がると――

 

 「まぁ、あの人はそこまで考えてるとは思えないけど……」

 

 深い言葉に聞こえても、アザナミさんはそこまで考えていなかったりする。行き当たりばったりで、飄々とした性格なのだ。

 

 

 

 

 

 仮想訓練ルームにて、シガとテオドールは原生生物を相手に立ち回っていた。

 

 「右だ!」

 

 相対するのはリリーパに出現する“機甲種”であり、最新の仮想データの試験を二人は任されているのだ。

 高機動で動きながら射撃してくる“機甲種”――シグノカノンの挙動から、テオドールを狙っているとシガは察していた。

 

 「え? あわわ!?」

 

 ダーカーの様な、足の動きで回り込むのならまだ迎撃に猶予はある。しかし、シグノカノンはホイールで移動しており、現在もその機動性は遺憾なく発揮されていた。

 

 「テオドール! 動くな!」

 

 全体的に戦いのスピードが速い。カタナやテクニックでは相性が悪く、一体にかかりきりでは他の固体から攻撃を食らってしまう。

 

 「『フォトン・エッジ』、接撃(コンタクト)!」

 

 指部に形成されたフォトンの“爪”がテオドールの間を抜け、予測した移動先に現れたシグノカノンを貫いていた。

 

 「! フェイエ!」

 

 と、テオドールはシガの背後に回ろうとしているシグノカノンが視界に入り、咄嗟にテクニックを放つ。初級テクニックながら、ぶつかった瞬間、爆破するようにシグノカノンは粉々に砕け散った。

 

 「助かった」

 「いえ……大したことは――」

 

 シガはテオドールと背中合わせに位置を取ると、残り三体のシグノカノンを警戒する。

 

 「そこまでだ」

 

 すると、シグノカノンはビデオを停止させたようにピタッと動きが止まると、薄れて消えて行った。

 

 「少し調整を行う。10分休憩だ」

 

 オーラルは先ほどのシガとテオドールの戦いを加味しながら、出来るだけ現地の“機甲種”と同じ性能に近づけようと微調整を行っていた。

 その様子に、シガとテオドールは背中合わせのまま、その場に座り込んだ。

 

 「ふー、今日は他に誰も居ないとはいえ、こんな訓練に付き合わされるとはな」

 「そうですね……」

 

 テオドールはシガよりも息が上がっていた。彼はまだ、ナベリウスとアムドゥスキアにしか進入しておらず、リリーパの“機甲種”は初見であるのだ。

 その為、シガがなるべくヘイトを取り、戦闘を組み立てていた。

 

 「なんだ? やる気ねぇみたいだな」

 

 テオドールのやる気の無さは今に始まった事ではないが、今日はいつもよりも酷い気がする。

 

 「ちょっと、マールーさんに怒られちゃいまして……」

 「先生が?」

 

 あの温厚な人が、怒るなどちょっと考えられない。よくオーザさんと言い争いになる事はあるが、基本的には穏やかな人だ。

 

 「なんとなく、真面目じゃない所を見抜かれてしまいまして……」

 「それって、相当だと思うぞ?」

 

 フォース同士である事もあり、マールー先生の立ち回りは手本に出来ると言うのが、オーラルさんとしても狙いだったのだろうが……

 

 「最初からやる気なんてないのに……はぁ、アークスは遮二無二に戦うって誰が決めたんでしょうか?」

 「…………」

 

 そこからかぁ、とシガは呆れて何も言えなかった。テオドールは成り行きに任せてアークスになったと言っている。その為、他のアークスが持つような“目標”の様なモノが無いのだろう。

 

 「見つければいいんじゃないか?」

 「……え?」

 

 シガは立ち上がりながら、フォトンの感性を整える。フォトンを左腕(フォトンアーム)に集中し、戦闘状態を維持していた。

 

 「戦う理由だよ」

 

 バタンッと、オーラルがコンソールのパネルを閉める音が聞こえる。そして、モニターの操作を始めた。

 

 「……戦う力があるから戦う……。あまりにも理論が乱暴な気がします……」

 

 その言葉にシガが思い出すのはゲッテムハルトの戦い方だった。あまりに暴力的な他を圧倒する“力”は、まるで人災。その眼に映った(もの)全てを徹底的に壊すまで止まらない。

 

 「力に憑りつかれるのはマズいと思うけどな。それでも、武力は必要だと思うぜ? 戦う理由が無くても、言おう無しに戦わないといけない時が来る」

 「そうでしょうか?」

 「アークスである限りな。辞める気は無いんだろ?」

 

 すると目の前にゆっくりと巨躯が形作られていく。高機動のキャタピラに、二本のアームが特徴の“機甲種”。

 

 「次は『トランマイザー』のデータを検証する。テオドール」

 「は、はい!」

 

 オーラルに声をかけられて、テオドールは慌てて立ち上がった。

 

 「考えは人それぞれだ。答えが出るまで好きなだけ考えればいい。だが、今は目の前の敵に集中しろ」

 「……はい」

 

 また怒られたと察したのだろう。そんな彼を励ます様に、シガは背中を強く叩く。バシィッ!! と痛々しい音が響いた。

 

 「痛ッ!!?」

 「ほれ、敵は目の前だぜ相棒。気合入れて行こうか」

 

 目標も無ければ、前に進む理由もない。けど、その事を真面目に捉えて一緒に肩を並べようとしてくれる人がいる。

 

 「…………うん。わかったよ」

 

 戦う意味……僕も考えてみようかな。前に立つ彼のように決定的じゃなくても、少しでもアークスとして前を向いて歩いていると彼女に報告できるように、その背中を目指してみようかな――

 

 

 

 

 

 うらぁぁぁ!! と、シガとテオドールは『トランマイザー』を相手に立ち回り始めた。

 

 「…………未熟故に、お互いで高め合う……か」

 

 オーラルは、目の前で戦う二人を見ながら、自分では教えられない事を二人が知らずに得ていく様子にどこか思う事がある。

 そして、一つの端末を取り出すと二人の戦闘データを記録していく。

 

 「……テオドール。興味深いデータだ」

 

 その潜在力を見ながら、もし彼が献身的なアークスであった時の事を考えると、今後の“計画”に支障が出て来ると見る。

 

 「関わりは少ない方が良い……か」

 

 そして、今後の“計画”の懸念となるリストに“テオドール”の名を追加した。




EP2のあの時に向かって着々と準備を進めている感じです。

次話タイトル『Deep consciousness 深層意識』


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48.Deep consciousness 深層意識

 「ふーん。色々と伸び悩んでるのねぇ」

 

 シガはアザナミと共にカタナのフォトンアーツの性能試験の為にリリーパへ降り立っていた。

 

 「人それぞれで、もちろん目指す理由もあるってわかっているんですけど」

 

 見せつけられっぱなしなのだ。

 他を圧倒する力。他を護るための力。理論と経験によって現れる力。

 色々な“力”が自分の周りには存在する。中には、生まれながらに強大な力を宿している者も居れば、努力し成り上がる者も居るだろう。

 

 「オレが求める力ってなんだろうって思うんですよ」

 

 『サクラエンド』で、向かって来るダカンを切り裂く。場所はリリーパでも小規模の採掘場であり、二人は『希少鉱石採掘任務』を受注し、今は採掘機の援護をしていた。

 

 「求める力ねぇ。まぁ、第一にその“力”で何がしたいって話だよね? シガは敵を圧倒したいの? それとも味方を護りたいの?」

 

 アザナミの言葉でシガの脳裏に、その二つの力を持ちそれぞれの道を歩む二人のアークスが映った。

 ゼノとゲッテムハルト。

 二人とも、シガに直接教示するのではなく、見せつける形で“力”の在り方を教えてくれていたのだ。

 

 「剛と柔。あの二人は戦い方も対極です」

 

 ゼノ先輩のような他を護る力を、ゲッテムハルトさんのように他を圧倒する程に持たいのが本音だ。

 

 「…………」

 

 相対する敵は自ずと強大で、もし次に【仮面】と相対した時、マトイが殺されそうになった時……オレは彼女を護れるか……? 結論は――

 

 「――――最悪の未来を予想してしまうんです」

 

 背後から襲うダカンを振り向きながらカタナで斬り伏せる。強敵と戦って、強者の戦いを目の当たりにして、このままではダメだと強く思うようになっていた。

 

 「まぁ、あんたの考えには図らずとも理解できる所はあるけどさ」

 

 アザナミはバレットボウで離れた場所に居るダカンを次々に撃ち抜く。

 

 「それでも、無理な背伸びは必ずどこかで歯車が狂う。師も居なくて強い力を求めるのなら尚更ね」

 

 自然な流れで、シガは周囲を警戒し、アザナミが採掘機の操作パネルをいじって採掘作業を始める。

 

 「それって、誰かの受け売りだったりします?」

 「えー、なんで?」

 「いえ、アザナミさんがそんな事言うのは珍しいなって」

 「ほほう?」

 

 意味ありげな笑みを向けられて、シガは思わず口笛を吹きながら顔を逸らした。すると、肩を組む様にドカッと身を寄せてくる。

 

 「わたしもさ、あんたほどじゃないけど、力が欲しいって思った事はあるのよ」

 

 彼女の師は、最強のアークスと称される【六亡均衡】の一、レギアス。少ない期間とは言え、その傍で彼の強さを目の当たりにしてきたのであれば、憧れるのも無理はないだろう。

 

 「あの人の“力”を他に伝えたい。それが、ブレイバーを創ろうと思った理由なんだよね」

 

 アザナミさんの目的は、師の力を目の前で証明する事だった。ただ“強い”と言われているレギアスの力そのものを証明する為に“力”を求めた事がある。

 無論、最強と言われているアークスに直接教示を受けたのだ。それに似合う実力を手に入れる事は難しくなかったのだが――

 

 「でも、わたし一人が頑張ったって、いつまで経っても“あの人”がどれだけ凄いか分かってもらえるわけない。だから、形にする事にしたのよ」

 

 それが、新たなクラス、ブレイバーの設立であると言う。自分の願いを自分で叶える。当然と言えばそれまでだか、ゼロから始めるには多くの障害があったはずだ。

 

 「凄いですね」

 「おーおー、もっと褒めていいよ」

 

 ニコニコと笑うアザナミは得意げに語るが、その言葉の奥には絶対に揺るがない芯のようなものも感じ取れる。これも、自分にはない強さであるとシガは悟った。

 

 「おっと、これで採掘任務は終わりだね。時間的にも許容内でしょ?」

 「はい」

 

 時計を確認するとコフィーに言われた時間内で任務を終える事が出来たので、これでようやく手に入れる事が出来た。

 

 「はいはい。おねーさんに感謝しなさいよ?」

 「ていうか、一人で行こうとしようとした所に割り込んできただけ――」

 「なんか言った?」

 

 現れたテレパイプへ向かうアザナミはシガに笑みを浮かべて問う。

 

 「いえ、本当にアリガトウゴザイマシタ」

 「ふふ。ま、何か考え事してるみたいだったし、そういう時こそ一人で惑星に降りるべきじゃないよ。一人で得られる力には限界がある。ソレが分かってれば、納得できる時が来るからさ」

 

 そう言われつつ、シガもテレパイプに向かう。力は欲しい。それも、手に届く者達を護れる力だ。オレは急ぎ過ぎてるのだろうか? そんな自覚は無いけど……

 

 「背伸びはしないって決めたけど、やっぱり……」

 

 力への強い渇望は捨てられない。この答えだけは、自分自身で導き出さなければならず、シガはまだ辿り着く気配は無かった。

 

 

 

 

 

 惑星リリーパの自由探索許可を貰ったシガは、なにか迷いが有る内は一人で降りる事は極力避ける様に、アザナミに釘を刺されて別れた。

 シガは自分が不安定であると自覚している。しかし、彼の周りには手本となる“力”を持つ者達が多すぎた。短時間で、多くの“力”を垣間見てしまい、己が求める力を迷走してしまっているのである。

 

 「どうした、迷っているのか?」

 

 訓練にて、オーラルと対峙しているシガは、数撃交えただけで集中していない様子を看破されていた。

 

 「いえ……私事なので」

 「戦いに影響が出るなら尚更だ。一足一挙動が戦いでは命を左右するからな」

 

 ソードを片手に持ったオーラルは、両手で構えながら接近する。振り上げて、振り下ろすだけの動作。だが、その動きにもオーラルの持つ洗練された一撃であると見て取れた。

 

 「――――」

 

 対するシガはそんな彼を見て重なる。凍土の地で向かって来る【仮面】に――

 

 「当てつけですか?」

 

 オーラルの意図から『フォトンアーム』を戦闘形態へ解放。振り下ろしてくる大剣を、左腕の表面へ滑らせる様に軌道を逸らす。

 

 「ほう」

 

 感心するような声を出すオーラルへ、二の撃――鞘に収まったカタナを至近距離で抜刀する。しかし、

 

 「い゛!?」

 

 パシッと、カタナの柄尻を押さえられて抜刀は鞘から半分抜かれた所で止められる。体格に物を言わせてオーラルはシガへ身体をぶつけて吹き飛ばす。

 

 「うげ」

 「身に入っていないぞ。これ以上続けても時間の無駄なだけだ」

 

 情けなく後ろへ倒れたシガへオーラルは言い放つと、奪い取ったソードとカタナを消失させ、仮想戦闘を終了させる。

 

 「オーラルさん」

 「まだ、やるとは言うな。今のお前は、肉体よりも先に自分の考えをまとめる時だ。心と体が別々の事を考えていても、前に進めないどころか後退するだけだ」

 「…………」

 

 そう、だらだら目標が定まらないまま、技術だけ身に着けても何もならない。それどこから、先に進む可能性すらなくなってしまうとオーラルは告げる。

 

 「オーラルさん。人が求める中で、一番の強い“力”ってなんだと思います?」

 「(オレ)が言う“答え”で、お前は納得できるのか?」

 「…………納得ですか?」

 「他人の出す答えは確かに納得できるモノを得られるだろう。だが、何か迷いが生じる度に、お前は他人に答えを求めるのか?」

 「…………」

 「悩め。迷え。お前の決める人生なんだ。(オレ)はお前に手を貸すだけで、どう歩くかは自分で決めろ。進むべき道が決まってからでいい。ソレを極めるのは」

 

 お前は、その為に左腕(フォトンアーム)をつけてるんだろ? とオーラルは付け加えた。

 心のどこかで、焦っていると自覚していた。けれど、未だにオレ自身が求める“力”姿を捉えられずにいるのだ。必ず、また【仮面】と相対する時が来る。今までは、運よく命を拾っていたが、もし奴に大切な者を奪われたと考えると――

 

 「…………」

 

 マトイを護るためには、まだ奴の足元にも及ばない。せめて、相討ちになるくらいの実力を見に着けなければ……

 

 「シガ」

 「なんですか? オーラルさ――――!?」

 

 と、視線を向ける先には、気を失って倒れているマトイと、それにソードを振り下ろそうとしている【仮面】が居た。

 

 「何してんだ! テメェ!!」

 

 有無を言わさずに、シガは『フォトン・ショック』を【仮面】へ向けた。衝撃に変換したフォトンが空間を通り振り下ろす直前の【仮面】を消し飛ばす。だが、更に追撃をかけようと踏み込んだ所で、

 

 「少しは何か見えたか?」

 

 肩をオーラルに掴まれて、ようやく我に返った。目の前の倒れているマトイが消えていく。仮想映像であったらしい。

 

 「オーラル……さん?」

 「すまんな。少し確かめたかった」

 

 左腕に二撃目の『フォトン・ショック』を纏っているシガは、待機状態の衝撃フォトンを散らせる。

 

 「お前は、そのまま強くなれる。蛇行したり、回り道したり、迷い、悩んで、自分に合う“力”を見つければいい。それに気がついた時、お前は誰よりも前に進めるアークスになっているさ」

 

 包むような優しいオーラルの手はシガの頭に乗せられた。まるで、息子を見守る様な父性が向けられている。

 

 「オーラルさん。髪の毛、ぼさぼさになるんですけど……」

 「とにかく、無理に背伸びしても結局は一時的なモノに過ぎん。本当に護りたいモノは、いつか手をこぼれていく――」

 

 その口調には、何か感情の入ったモノをシガは感じ取る。まるで、自分の様な間違いを犯さないで欲しい、と言っている様だった。

 

 「余計なお世話だったな。忘れてくれ」

 「いえ……少しだけ、わかった気がします」

 

 うっすらと。だけど、マトイを護りたいという意志には偽り無い。だから、そこに求める“力”の答えがあるのかもしれない。

 

 「それと、フーリエがお前の事を捜していたぞ。後で連絡してやれ」

 「知り合いなんですか?」

 「彼女は、教習所の元生徒だ」

 

 ちなみにリサもな、とオーラルは付け加える。




 次はようやく、メインストーリーが進みます。色々とオリジナルな展開も考えてあるのでお楽しみに。

次話タイトル『Analyze the Lilipur 砂塵の奥へ』


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49.Analyze the Lilipur 砂塵の奥へ(☆)

 「あ、フーリエさーん」

 

 三階の空中庭園前でシガはフーリエの姿を確認すると手を挙げて近づく。数日ぶりの女性キャストの良心へ友好的な笑顔を向けていた。

 

 「シガさん!」

 

 彼の姿を見て、フーリエも友好的な笑みで迎え入れる。

 

 「この前は、どうもありがとうございました!」

 「怪我の調子はどうですか?」

 「大丈夫です! もう全力全開で、どこへでも行けますよ!」

 

 全快である事を示す様に、脇を締めて力強さをアピールする。

 ああ、彼女を見ていると女性キャストに植え付けられたトラウマが浄化されていく……特にリサさんとか、リサさんとか、マリアさんとか、リサさんとか――

 

 「あ、あの……シガさん?」

 「ん? ああ、ごめんごめん」

 

 と、知らず内にじっと見つめてしまっていたのか、フーリエは若干顔を赤らめていた。

 

 「それで、ですね! シガさんに折り入ってお願いがあります!」

 「なんでしょうか?」

 「私と一緒にリリーパの砂漠に行ってくれませんか?」

 

 どうやら、彼女は手渡してくれた証拠ではなく、自分の眼で直に確認したいらしい。シガとしても、彼女の性格はある程度理解していた。それをふまえるなら、当然の行動と言えるだろう。

 

 「私も、意識が朦朧としていた事もあって、見たものに自信が無いんです」

 

 不安そうにそう呟くフーリエ。

 キャストは、生身の種族に比べて耐久力だけではなく分析力や記憶力もずば抜けている。そのかわり、損傷した場合の機能低下はどの種族よりも下回る性能となってしまうのだ。特に、リリーパの磁気環境は、ある意味キャストの天敵とも言える。

 

 「だから誰かと一緒に助けてくれた方と会う事が出来れば、きっと自分の眼が正しいと思えるんです!」

 「確かに、リリーパの環境はリサたちに優しくないですけどねぇ」

 「ハァァァァ!!!?」

 

 フーリエの後ろから、よじ登るように現れたのはリサだった。ふふふ、と意味深な笑みを浮かべながら現れた彼女は一種のホラー映像を作り出している。シガは心臓が口から飛び出すところだった。

 

 「リサさん」

 「あらあら、フーリエさん。お元気になって何よりです。シガさんは、相変わらず面白いですねえ」

 「リ、リサさん。人が現れない場所から急に現れないでください! 口から心臓が飛び出す所でしたよ!」

 

 くそー。せっかくトラウマを忘れかけてたのに、また思い出しちまったよ!

 

 「あらあらあらあら。シガさんは口から心臓が飛び出すんですかあ? ぜひ見せてほしいですねえ」

 「勘弁してください……」

 

 この人が言うと、冗談に聞こえないのだ。なんだか、顔を合わせる度にロックオンされてる気がする……

 

 「シガさん!」

 

 リサの介入で、じりじりと距離を取り始めたシガが、そのままダッシュで逃げ出そうとしていた様子だったので、フーリエは改めて声を張り上げる。

 

 「シガさんの、お暇な時で構いませんので! 私の依頼をお願いしますね」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 その後、すぐにリリーパに降下した。

 理由は、たった一つしかない。その後にリサさんが別の任務があって一緒に来る事が出来ないと言うからである。即断即決で本日に降りる事にしたのだ。

 

 「さっそく依頼を受けていただいて、ありがとうございます。よろしくお願いしますよ!」

 「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 こうやって、誰かの依頼でキャンプシップからペアを組んで任務にあたるのは久しぶりだ。前のリリーパでの『自由探索許可』の依頼では、アザナミさんが無理やり途中から参加した事もあり、適当な雑談をしながら最初から二人組(ペア)で惑星に降りるのは修了以来である。

 防塵コートに身を包み二人は砂漠の惑星(リリーパ)へ。環境情報では特に大きな磁気嵐はなさそうだ。

 

 「よぉし! ちゃんとお礼しますよー!」

 「そう言えば、生息地の目安とかはあるんですか?」

 

 現状の情報は、シガの持ち帰ったボロボロの布と不確かな目撃情報だけである。それ以外でフーリエも何か持っているのかと尋ねた。

 

 「いえ、私の持つ情報はシガさんのものと大差ないです。大丈夫! やるだけやってみてから考えるのが私の信条です!」

 

 シガの持つキャストのイメージは冷静に理的に状況を分析して裏付けを取り、確信を持ってから行動すると言った性質が強かった。

 実際に、知り合いのキャストも皆、理的に効率の良い行動を体現している。中には己の欲望を優先させる、キャストらしくない人(主にリサさんとか)がいるが、それは例外で良いだろう。

 

 「もっと、キャストってガチガチの思考理論を持ってる物だと思ってましたけど」

 「たはは。オーラルさんからも、よく言われるんです。“お前はキャストっぽくない”って。でも、それが私の個性だと思って誇らしく前に進んでいくつもりですよ!」

 

 そこには、ひたむきに自分自身と向き合う一人のアークスが居た。他人なんて関係ない“自分らしく生きた方が良い”と誇らしげに言っている。

 

 「……そうですね。それじゃ、行きましょうか」

 「はい! 行きましょう!」

 

 

 

 

 

 フーリエの武器はランチャーを主体に立ち回る、レンジャーとしては珍しい戦い方を主軸に置いていた。

 

 「げ。フーリエさん!」

 

 シガとフーリエは機甲種でも遭遇率の高い、スパンダンAの群と戦っている。統率された動きは地味に戦いにくいモノだが、それは一対多数の場合である。今は中距離からの支援としてフーリエが同行してくれているのだ。

 

 「任せてください!」

 

 重量があり、取り回し難いランチャーを使って、迫ってくるスパルダンAを相手に、見事に立ち回っている。敵が近づけば引き、逆に距離が開けば前に詰める。

 それに――

 

 シガはフーリエが撃ちやすいように下がる。すると、前方から追って来るスパルダンAはランチャーの爆撃によって粉散して吹き飛んでいった。

 

 「カタナを振るよりも圧倒的に殲滅効率が良い」

 

 一人の時は常に囲まれてしまう為、背後を気にして立ち回っていたが、今はただ正面で囮になって敵を集めるだけでいい。纏まったところをフーリエさんが爆撃してくれる。

 アフィンやゼノ先輩と組んだ時とは、まったく違う戦い方だが、一番消耗の少ない戦いが出来ており、意外と相性は良さそうだ。

 

 「シガさんのおかげで、いつもよりスムーズに殲滅できました。立ち回りは……ハンターに近いみたいですが……当ってます?」

 「いえ、オレって今試験中のクラスをやってるんです。ブレイバーって言うんですけどね」

 「そうなんですか。どうりでハンターにしては動きが軽いなーっと思ったんです。ハンターは力強くて耐久性の高い性質から“壁”になるイメージが強いんですが、シガさんの動きはどちらかと言うと“風”みたいですね」

 「風ですか?」

 「はい。敵の隙間をすり抜けるように動き攻撃する。優雅に、まるで敵を操っている様にも見えます」

 

 そんな事を言われたのは初めてだった。確かに、武器の性質上、敵と斬り合ったりは不利になりやすいので、常に一太刀か二太刀目で敵を斬り伏せるようにしている。そして、集団では囲まれないように、囲まれても脱する事が出来るように常に背後には気を配って動く事を無意識で行っている為、敵の動きを操っているように見えるのかもしれない。

 

 「なんか照れます」

 

 後頭部に手を当てて、素直に褒められた事を喜ぶ。理解してくれる人はどこにでも居るものだ。

 

 「立ち回りからでも、相当な熟練度を感じます。試験とは言え、真面目に取り組んでいるんですね」

 

 あれ? なんか眼から涙が出てきた。すっごい嬉しい……

 

 「オレも偏見は持たないようにしますよ!」

 

 フーリエさんは頭に疑問詞を浮かべているが、もう女性キャストに対する抵抗は彼女のおかげでだいぶ薄れてきている。

 

 「なんだかよくわかりませんけど、お役に立てて何よりです!」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 「――マトイ」

 「あ、オーラル」

 

 アークス・ロビーにて、正規任務の達成率と、カウンターの対応力をチェックしていたオーラルは、視界の端にマトイを捉え、声をかけた。

 

 「元気そうだな。頭痛が度々あると聞いているが……何か思い出したか?」

 「ううん。そっちの方は、まだ分からない」

 

 フィリアからの報告は何かある度に聞いている。身体に危険な兆候は無く、気を失った例も今のところは一回だけだ。

 

 「記憶というモノは、不意に思い出す事が多い。何度も言っているが、思い出す事よりも、今は自分に出来る事を探すといい。シガもそうだった」

 「うん。私は、私に出来る事を頑張る」

 「フィリアの手伝いも進んでやっているようだな。病院関係者からも評判は良いとの事だ」

 「え? そんな事言われてるの?」

 「フィリアから聞いてないのか?」

 

 妙な情報の食い違い。大方、フィリアの方であまり甘やかさないように配慮しての事だろうが……周りが彼女をどう評価しているかくらいは教えてあげても良いだろうに。

 

 「どうせなら、そのまま医療班で働いてみるか? お前が良ければ推薦するが」

 「その提案は嬉しいけど……もうちょっと、考えてみたいかな」

 「何か、やりたい事でもあるのか?」

 

 オーラルとして、なるべく彼女の事が把握できる役職についてもらう方が都合は良い。シガの例もある。近い場所に居た方が“事”が起こった時にコントロールしやすい。

 

 「うん。でも、まだ目的がふらふらしてるから、まとまったら相談するね」

 「しっかり悩んで、自分の納得いく答えを見つけるといい。困った事や、力を貸してほしい時は、(オレ)やフィリアに遠慮なく相談してくれ」

 「ありがとう。その時は頼らせてもらうから」

 

 その時、オーラルのヘッドパーツに内蔵している通信端末へ連絡が入る。

 

 「どうした? ……位置を捉えたか。予測は? ……遠いな。わかった、すぐ行く。現地には護衛をつけて分析班を急行させろ」

 「仕事?」

 

 マトイはオーラルの様子から首をかしげて尋ねると、彼は肯定して早足で去って行く。

 

 「ああ。シガの事もよろしく頼む」

 「うん。オーラルも、がんばってね」

 

 彼が聞いた情報は、惑星リリーパにて、空間転移とダーカー因子の観測を捉えた件だった。




 PSO2アニメ10話のマトイさんが可愛い。つっこみどころ満載ですが、ニコ動でまだ見れると思うので、アニメの方もお勧めですよ。まぁ、この小説はアニメは関わりないですが。
 ようやくメインストーリーが進みました。そしてリリーパで謎の反応。こちらはオリジナルの展開となります。

次話タイトル『D-Arkers eat 製造生物』


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50.D-Arkers eat 製造生物

 オーラルは、例の反応を見て迅速に降下の手続きをし、一機のキャンプシップを使って惑星リリーパに向かっていた。その間でも、研究部に待機しているチームとは連絡を取り合っている。

 

 「捉えているか?」

 『はい! ですが座標の確保は不安定です。リリーパの環境も影響し、常に把握するが難しく……』

 「とにかく、まだ()がそこに居るのなら、それだけを随時伝えてくれれば良い。カスラに連絡したか?」

 『既に伝えてあります』

 「分析班よりも、こっちの方が早い。いいか、こちらが補足している事は絶対に悟られるな。リリーパのアークスにはその地点へ向かわないように(オレ)の権限を使って誘導要請を出せ。これから降下するアークスも全てだ。ポイントはズラして降下させろ」

 『手配します』

 「現地についたら連絡を入れる」

 

 キャンプシップの通信機を切ると、何も無かった空間から現れるように、一人の少女が姿を見せる。彼女は転移してきたのではなく、最初からキャンプシップに乗っていたのだ。

 

 「見つけたのですね?」

 

 冷やかに、感情さえも凍りついたような声と表情で少女はオーラルに問う。

 

 「奴は見つけ次第、即時抹殺だ。一対一で戦おうとは思うな。トドメを刺せる様にお膳立てはしてやる」

 「わたし一人で始末します。それは前からの約束でしょう?」

 

 その補足は、膨大な海の中から一匹の魚を見つけるに等しい行為であった。しかし、ダーカーの動きが不自然に活発化した事で、より多くの(ダーカー)を求めてリリーパかナベリウスへ現れる可能性が高くなっていたのだ。

 

 「いや、ハドレッドの“成長”は予想以上だ。今回反応を捉えた理由は前の反応パターンよりも強力になっていたからだ」

 「…………ですが!」

 「わがままを言うな。今の奴は一人で相手に出来るレベルじゃない。どのように進化しているか……今回でなるべく仕留めに行くが、現状では【六亡均衡】でも正面からの対峙は危険だと判断している」

 

 夜空に輝く星の中で一つだけ強力な光を発するモノがあるように、今回のハドレットの補足はより強力になっていたからこその結果だったのだ。

 

 「…………わかりました」

 

 少女は悔しそうに拳に力を入れる。分別はつくと思っていたが、この件に関して彼女は神経質になり過ぎだ。

 

 「コレを使わずに済めば良いがな……」

 

 オーラルは、壁に立てかけられた特別な封印が施されている細長いケースに意識を向ける。状況は十全ではない……だが、それでも()()がやらなければならないのだ。

 キャンプシップは転移を終え、惑星リリーパの重力下に捉われた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 「シッ!」

 

 金属を断つ音が響き、『サクラエンド』で四等分にされたスパルダンAは爆散した。

 

 「そこです!」

 

 重々しい砲撃の音が響き、フォトンの砲弾が直撃したスパルダンAは地雷を踏んだようにバラバラになって四肢が降ってくる。

 

 「フーッ」

 「ふぅっ」

 

 惑星リリーパ。

 シガとフーリエは、向かって来るエネミーの討伐を終えると、それぞれ緊張から解放された様に一息つく。

 

 「ヘイトを取っていただき、ありがとうございます。スムーズに倒す事が出来ました!」

 「いや、こっちとしては大分助かってます。“機甲種”は武器の性質上、中々戦い辛いので」

 

 それぞれの武器を納刀し、お互いの立ち回りから、形になっていると認識していた。

 

 「確か、カタナと呼ばれる試験武器ですよね?」

 

 ペアを組む関係上、シガは自分の装備やクラスの事を一通り説明している。試験的で特殊な装備で固めているシガだが、フーリエはさほど抵抗なく受け入れてくれていた。

 

 「性能的には安定してるんですが、新しい敵に対する対応性とかはまだ試験中なんですよ」

 

 ある程度は敵の俊敏性や、硬度に対してのデータを集めておかねばならない。アザナミさんの話では、基本的な条件はほぼ承認されたとの事だが、後は汎用性があるかどうか、であると言われている。

 

 「大変ですね」

 「はい。フーリエさんも、やって見ます? ブレイバー」

 

 そことなく誘ってみる。

 

 「せっかくですが、私は射撃寄りの適性なので、力になれないと思います」

 「そうですか」

 「ごめんなさい」

 「あ、いや……こっちも無理言ってるのは解っているんで」

 

 共に戦っていてフーリエさんのランチャーの扱いには高い練度を感じる。ここまでフォトンアーツを一つも使わない様子から見ても、実力上そこまでの苦戦を強いられていない事を意味していた。

 

 「それにしても、ダーカーとあまり遭遇しないですね」

 

 そこそこ奥まで進んできたと思ったが、意外にもダーカーとは一度も遭遇せずに、“機甲種”ばかり相手にしている。その内、遭遇するだろうと思って特に気にしていなかったが、ここまで静かだと逆に警戒してしまう。

 

 「確かに、言われてみればそんな気がします」

 「ですよね? リリーパの任務記録では降下すれば、ほぼ確実に遭遇してるみたいなんですけど……」

 

 惑星降下の際に、帰還したアークス達の情報を閲覧する事が可能であり、遭遇エネミーの情報などは特に気にかけていた。中でもダーカーは必ずと言っていいほどに遭遇しているのだが。

 

 「地味に適当なんですよねぇ。現地では違和感ありまくりなのに……」

 

 オラクルとしては、ダーカーが大量に出た時は警戒が出されるが、逆に少ない場合には対して重要視されていないのだ。居なければ、それはそれで問題ない、と言う意味なのだろう。

 

 「そうですね。私も、リリーパにはそれなりに降りますが、ダーカーとはよく――」

 

 と、そこでフーリエは何かを思い出す様に あっ! と声を上げた。そして慌てて端末を開き、目の前で操作を始める。

 

 「すみません、シガさん。任務記録をつけるのを忘れていたので、少し待っていてもらえますか?」

 「いいですよ」

 「すみません! えっと、ええっとぉ……これとこれをまとめて……こっちの記録を繋げて――」

 

 少し時間がかかりそうなので待っている間、辺りを見回る。ダーカーの出現は予測の範疇を上回る事が多い。警戒しすぎる事に越したことはないだろう。

 

 「にしたって、全然見かけないのはおかしいよな……」

 

 丁度、先ほどから死角になる位置へ何気なく移動し、様子を探った――

 

 「――――!?」

 

 シガは視界に入った光景を見て、思わず目を見開いて驚愕する。何かリアクションをするよりも、目の前の光景に本能的な恐怖の硬直が優って声が出なかったのだ。

 

 グチャ、グチャと、生々しい咀嚼音を立てながら、何かを貪っている巨大な生物が居た。背骨や肋骨や腕の骨が皮に張りつくほどに痩せ細った不気味な外見。昔の面影なのか、尻尾の様なモノだけが残っており、最も近い生物を考えるなら惑星アムドゥスキアに居る先住民の“龍族”に近いかもしれない。

 

 すると、何かを喰らっていた生物は、背後の気配を感じ咀嚼音を止めて振り向く。

 

 「…………」

 

 そして、何事も無かったかのように“食事”を再開する。

 

 「な、何だ……!?」

 

 咄嗟に岩陰に隠れたシガはその生物にはギリギリ見つからなかった。爆発そうなほどに高鳴っている心臓を押さえながら目の前の現状を再認識する為に慎重に覗きこむ。

 グチャ、グチャ――

 

 「……幻覚じゃない」

 

 もしかしたら、砂漠が見せた幻か何かかと思ったが、残念ながら、目の前のホラー映像はリアルタイムで目の前に存在している現実である様だ。

 更に良く見ると、ソイツの喰っているのは――

 

 「……嘘だろ。ダーカー喰ってやがる……」

 

 まるで、それだけしか見えていないように、一心不乱で細長い手で鷲掴みにしてそのまま口に運んでいた。

 

 「――――」

 

 シガはただ、そいつの同行だけを気に掛ける。どっちだ? こいつは……アークスの味方か? それとも――

 ダーカーを処理していると言う点では、ダーカーの敵である様だが……敵の敵が味方とは限らない。それに、ホラーは苦手なのだ。

 

 「シガさん? すみませーん!」

 

 フーリエの声に気がついたソレは、彼女の方へ視線を向けた。未だに死角に居るので、フーリエの姿はソイツには見えない。シガのカタナを持つ手に力が入る。

 

 とにかく、こちらに危害を加えるなら一撃見舞って様子を見る。倒せそうなら、フーリエさんと協力して……無理なら退却を――

 すると、ソレは脚を撓めると、蛙のように跳び上がり、目の前の空間に吸い込まれるように消え去った。

 

 「!?」

 

 思わず物陰から飛び出すシガ。ソレの居た場所は、最初から何も無かったような静寂に包まれていた。

 

 「あ、シガさん。今の時刻を教えていただけませんか? 私の時計は、修理してから時間を合わせ忘れてまして」

 「あ、はい……早朝の8時です」

 「ありがとうございます」

 

 一体……なんだったんだ?

 現実味の無い出来事に、悪寒と鳥肌は未だに止まらない。ただ単純に、関わるべきではないと思えるほどの別次元の恐怖だけを肌で感じていた。




謎の生物出現。まぁ、本編やってる人なら解ると思います。

次話タイトル『Way of curse 呪いの道』


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51.Way of curse 呪いの縁

 「これで、よしっと。お待たせしました、シガさん」

 

 フーリエは報告書を作り終わると、ようやく目の前に集中できるとシガに告げた。

 

 「今思えば、ずいぶん早い出発ですね。見た所、誰も来ていないみたいですし……早い時刻からの任務も悪くないですね!」

 「うん? ああ、そうだね」

 

 そんな彼女の声が聞こえない程に、シガは先ほど遭遇したホラーの事が頭から離れなかった。

 

 「何か気になる事でも?」

 「あ、いえ……ちょっと部屋の電気を消し忘れたかと思いまして」

 

 例のホラーをフーリエさんは見ていない。あくまで、自分だけが目撃した事柄であるので、変に騒ぎ立てても頭がおかしいと思われるだけだろう。

 

 「でしたら、もう少し探索して早めに切り上げましょうか?」

 「そうしてもらえると嬉しいですね」

 

 と、口では冷静を装い動揺を見せないように歩き出す。ダーカーが居ない理由がようやく分かった気がする。

 奴が喰っていたのだ。ダーカーを。しかし、もしそうだとすれば分からない事が多すぎる。

 

 味方だとすれば『オラクル』の制御下にあるのか?

 敵だとすればアークスは攻撃対象なのか?

 それに、姿を消した際の移動法は? 物理的に高速で移動した様には見えなかった。

 転移をした? 何の装置も使わず独断で? そんな生物が存在するのだろうか?

 

 と、考え出せばキリがない。幸い、例のホラー映像は持ち歩いている端末にも記録されているので、後で抽出してオーラルさんに相談しよう。

 

 「あっ! シガさん、あれを見てください!」

 

 その時、フーリエが何かを見つけ、ソレに歩み寄る。場所は先に進む為の通り道。その道の節々が黒く燃やされた様に変色しており、“機甲種”の残骸が点々と散らばっていた。一通りの戦いがあったようだ。

 

 「見た所、戦闘の痕跡みたいですね。しかも中枢機関(コア)だけを的確に……」

 

 動かなくなっている“機甲種”の残骸は装甲の上から叩きつけられたように凹んでいた。その凹んでいる位置は全て弱点と言える中枢機関が、内部に存在する箇所である。

 機能を停止し残骸となっている周囲の“機甲種”は、全て一撃で戦闘不能にさせられた事を物語っていた。

 

 「相当な腕だ……あっ!」

 

 残骸を見てシガはある事に気づく。致命傷は中枢機関の損傷だが、それ以外にも外装には損傷が激しいのだ。あえて、手や頭を破壊した後で、中枢機関(コア)を破壊している。その戦い方には心当たりがあった。

 

 今日はもしかして途轍もなく運の悪い日なのでは? と思ってしまう程に確信できる。

 

 「結果は中枢を一撃みたいですけど……機体事態にも損傷がひどい。まるで痛ぶって倒したような――」

 

 フーリエさんも“機甲種”の異常な残骸に思う所がある様だ。

 

 「こんな戦い方をする人が、アークスに居ると思うと……なんだか怖いですね」

 

 いやいや、フーリエさん。意外と多いですよ? 知り合いだけでも二人はいます。ちなみに一人は降下前にアークスシップで遭遇した方です。

 

 「戦い方は人それぞれって言われてますし、こればっかりは慣れるか、避けるしかないからなぁ」

 

 アークスは十人十色。波長の合う者同士は中々いない。相方が強い個性を持つ場合は、もう片方がソレに合わせるのが一般的だ。軍隊でもない限り、厳しい規律は枷でしかないだろう。

 

 「いえ、アークスの在り方ではなく……こんなに暴れまわったら怖がられて逃げられてしまうと思いまして……」

 

 今回の目的は、彼女が助けてもらったリリーパの恩人に会う事だ。しかし、こうも暴れ回っている者が居るのなら、逆に警戒して引っ込んでしまうのではないかとフーリエは懸念していた。

 

 「リリーパって、“機甲種”とダーカー以外にエネミーは居ないじゃないですか? だから、この星で暮らしている“彼ら”にとって周りは全部敵として認識しているんだろうなって」

 「……こんな現場が残っちゃあ、アークスも同じような対象として見られてもって事でしょうか?」

 

 フーリエの言葉にシガも、なるほど、と共感する。

 

 「……そうです。けど、それでも私たちは敵じゃないって教えてあげないと、交流も何もできませんよね」

 

 第一歩。その一歩をフーリエは明確に決めているようだった。そして、直進的な性格も相まって、揺るがない意志として確立し妥協する事は考えていないのである。

 

 「それに、せっかく会えたのに……仲良くできないなんて悲しすぎます」

 

 相手がどんな存在なのか未だに姿を確認できない。それでも彼女は心を通わせる事を決めているのだ。

 現地の生物にオレたちの事をちゃんと知ってもらうのもアークスの仕事であり、今回はいい経験になるかもしれない。

 

 それに、なんとなく“彼ら”は姿を現すと確信がある。今日のリリーパは明らかに何かが違っている。慎重に進むべきなのだろうが……なんとなく、このままの行進速度で問題は無い気がしていた。完全な勘だが。

 

 「はい。行きましょう!」

 

 迷いないフーリエの歩みを頼もしく感じながら、シガもその後に続く。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 「リリーパは久しぶりだな」

 

 オーラルは砂嵐にはためく防塵コート姿に、専用の電波障害用の装備を身体の至る所に装着していた。

 例え、電磁嵐に遭遇しても、いつもの様に行動できる装備であり、有事の際に備えて彼自身が自分で設計した非売品である。

 

 「用意周到ですね」

 

 その隣に防塵コートを着て、ゴーグルをつけた相方も同じように砂の上に足を乗せる。

 

 「天候情報では、特に磁気嵐は無いようだが……何が起こるか分からん。長居はしたくない」

 「位置は把握しているのでしょう?」

 「ああ。ここから南西に5キロ圏内に居る。既に各チームが探索し見つけ次第、空間拘束する。そこからは(オレ)達の仕事だ」

 「…………」

 「……躊躇いは“死”を生む。いつでもシップに帰って良い」

 

 まるで置き去りにするようにオーラルは歩き出す。ただ、殺すだけの関係では無いと理解しているからこそ……彼女を思って、ここまでお膳立てをしたのだ。その上で、躊躇いがあるのなら関わるべきじゃない。

 

 「いえ。行きます」

 

 それでも、強い意志によって彼女の足はオーラルの後に続く。自らでやり遂げると決めた事柄。一時の感情で曲げるわけにはいかない。

 

 「『マイ』は問題なさそうだな」

 「この程度の砂嵐で性能不全とはなりません。問題なく戦力と数えてください。それよりも、アナタが使う武器の方が心配ですが」

 

 今回、オーラルが携えた武器。様々な武器をその道の熟練者のごとく行使できる彼が、【六亡均衡】でも相対が危険だと判断した(ハドレット)に対して持って来たソレに純粋に興味があった。

 

 「少し特殊な武器だが問題ない。その代わり、道中で遭遇した敵は全て任せる」

 「それは構いませんが……」

 

 彼の背に収まっている武器は何重にも封印されており、もはや元の形が分からない程だった。その様から相当危険な武器だと理解できる。だが、ソレ以上に、オーラルが扱いきれない武器がある事に驚きだった。

 

 「一時的に“創世器”でさえ使いこなせるアナタが、それほどの封印をしなくてはならない武器がある事に驚きです」

 「……この武器は、所有者が決まっている。そいつ以外には()()()でな。今回はその“特性”を借りるだけだ」

 「?」

 

 使う為に持って来たのではないのか? ふと、そんな事を聞き返そうと思ったが、彼が使えると言っているのだ。今は、その事よりも相対する奴の事に集中する。

 複雑な感情が心には渦巻いているが、ソレを一時的に全て切り捨てる。『マイ』を所有すると決めた時からずっと、そうやって生きて来たのだ。

 

 「……絶対に逃がさない。ハドレッド――」

 

 例え世界で二つと居ない存在を討つとしても、それだけは変わらない。それだけが、わたしに求められた事で、それだけが存在価値なのだから――




 シガ、フーリエ、オーラルの行動は同時間帯で行われています。ただし、場所はかなり離れているので互いに所在の感知はしていません。
 次はカスラが少し出てきて、シガ達は例の方と遭遇します。

次話タイトル『Border of the weak and the strong 道』


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52.Border of the weak and the strong 道

 「カスラ!」

 「おや? どうしました、ヒューイさん」

 

 オーラルから連絡を受けて、遅れながらも現地(リリーパ)へ向かおうとしていたカスラはどこからともなく現れたヒューイに声をかけられて歩を止めた。

 既に現地にはいくつかの班と、二人が降下している。情報では『六亡均衡』に匹敵する程にハドレットは膨れ上がっているとの事だが、オーラルが行った以上無茶はしないだろう。しかし、一つだけ懸念があった。

 

 「オーラルを知らんか? ちょっと稽古つけてもらおうと思ってな」

 「私の記憶では、アナタはマザーシップの警護を任されているハズでは?」

 「問題ない!! 特に何も起こっていないからな!! それに、オーラルは研究部に居るのだろう! ならばやる事は一つ!!」

 「ええ。ちゃんと警護していてください」

 「おう! って違ーう!! 常に己を高める為に精進する事! それがオレ! それが心得――」

 「カスラ」

 

 と、次にその場に現れたのは珍しくマザーシップの警護に就いているマリアだった。数週間ぶりに他の『六亡均衡』と邂逅しており、色々と報告の為にこの場に居る。

 

 「用があるんだろ? さっさと行きな」

 「ありがとうございます。それとヒューイさん。オーラルさんはリリーパへ降りているので今は此処(マザーシップ)には居ませんよ」

 

 研究部に居ないと知れば、オーラルを捜してマザーシップ内をあっちこっちに顔を出すだろう。その前に彼の行動を操作する情報を与えた。

 

 「なんだいヒューイ。組手の相手を捜してるのか? アタシが相手をしてやるよ」

 「え?」

 「六番研究室が空いています。武器の性能試験にも使われている場所なので、ある程度は暴れても結構ですよ」

 「気が利くね。ほら、ヒューイ顔を貸しな」

 「え?」

 

 ありがたく厄介な存在(ヒューイ)を処理してくれたマリアに感謝しつつ、時間を取られてしまったとカスラは現地(リリーパ)へ向かう。

 背後では、えー!? と言いながらマリアに首根っこを掴まれて引きずられていくヒューイの姿を気の毒に思いつつ後を任せた。

 

 「……オーラルさん。アレも持ち出しましたか」

 

 先ほど重要保管庫を確認した。そこから消えていた例の武器。そして、カスラにも届いていた“造龍”の情報は予想以上に深刻なモノだ。

 

 「今のハドレットは……レギアスと同格と見るべき相手。オーラルさん、クーナさん。無茶はしないでください」

 

 カスラは持ち出された武器が使()()()()()事を特に気にかける。アレは本当に扱い方を誤れば、星が滅ぶ程の兵器だからだ。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 シガは、フーリエと共にリリーパの砂漠を進む。その最中で、度々襲撃を受ける機甲種を難なく退けながら、順調であると言えた。ただし、例のホラーエネミーとの邂逅は余計に不安にさせるだけと思いフーリエには告げずに自分の中でだけで留める。

 後で『フォトンアーム』に記録されている、エネミーの情報を見てもらって、判断する事にする。

 

 「うわぁ……道に迷わないようにパンくずを落す様に続いてる……」

 

 そして、蛇行した一本道を進むと、道なりに破壊されて放置された機甲種が多々存在していた。その様子からも、段々嫌な予感に近づいていると確信する。

 

 「……この音は……剣戟の音?」

 

 すると、隣で同じようにただ事でない様子を感じ取ったフーリエが、キャスト特有の任意的な五感の引き上げで()()()を捉えていた。

 

 「――――」

 「あ、ちょっと――」

 

 思わず走り出したフーリエの後を追う様にシガも走り出す。ヒューマンであるシガよりも一時的に数倍は引き上がっている聴覚で明確に何が行われているのかをフーリエは捉えていた。砂漠に設置された足場を登って反対側に降りると、視界に入ってきた様子からシガもフーリエの捉えていたモノを認識する。

 

 「おらおらどうしたァ!!」

 「…………」

 

 そこには、機能停止した“機甲種”と、物足りないと言った様子でソレを殴りつける一人のアークスの男だった。

 その様子は他から見ても必然に動物的恐怖を感じるほどの暴力。しかし、付き人のニューマンの女はただ無言で彼の気が済むまで見守っている。

 

 「この環境に対応してんだろ!? つまんねぇぞ! もっと気張れよ!!」

 

 一撃で『トランマイザー』の装甲を凹ませる程の拳は、小型の“機甲種”程度では防げるモノではない。周囲の機能停止している“機甲種”は全て一撃で倒している。

 しかし、彼は倒しただけでは己の中で満たされるモノは無かったらしく、動かなくなった“機甲種”に明らかな過剰暴力(オーバーキル)を与えているのだ。

 

 「うわぁ……」

 「……ひどい」

 

 その場へ駆けつけたシガとフーリエは、その惨状を見てそれぞれ思った事を短く口にする。シガとしては意外と慣れてしまった光景であるため若干引き気味の言葉だったが。

 

 「あぁ? なんだお前ら――」

 

 人の気配に気がついて、男のアークス――ゲッテムハルトは二人へ視線を向けていた。

 

 「ここは俺の遊び場だ。譲ってやる気はねぇぞ?」

 

 どうやら、ゲッテムハルトさんはこの場所を取られると思っているらしい。て言うか、敵は全滅しているんですけど……ナックル仕舞ってくれませんか?

 

 「なんだお前かァ」

 

 うわ。眼が合っちゃった……

 

 「こんにちは。シガ様」

 

 メルフォンシーナの丁寧な挨拶に友好的な笑みを返しつつも、シガとしては嫌な予感が加速していた。特にゲッテムハルトの目は、新しい玩具を見つけた様に野獣の眼光を放っている。

 

 「それで、お前が頻繁にここにいるって事は……あのふざけた仮面野郎もリリーパに来てんのか?」

 「え……あ、いや……そっちの方は無いモノとして考えていただければ……」

 

 正直【仮面】とは、あれから一度交戦しているが、この場では言わない方が明らかに得策だろう。下手をすれば今後ついて来るかもしれないし。正直言ってこの人は恐過ぎる。

 

 「じゃあ、今回はオマエが俺を楽しませてくれんのか? 俺の楽しみに横槍を入れた事だしなァ」

 

 え……? 嘘……マジで? ()っちゃうの? この人と()らないといけないの?

 思考が追いつかない。勝ち目なんぞ皆無に等しいのに、それどころか一撃でスイカのごとく頭を叩き割られる未来しか見えない。だから、両腕のナックルを仕舞ってください。

 

 「なんだ女。オマエに用はねェ……」

 「こ、この辺りで大暴れしているアークスは貴方ですね!!?」

 「ちょ、フーリエさん――」

 

 シガに対して歩み出してくるゲッテムハルトへ、逆に歩を寄せたのはフーリエだった。もはや、戦闘開始は秒読み状態。ソレを静止する彼女の行動は正直言って危険極まりない。

 

 「大暴れ? ハッ、何言ってんだテメェはよ。これこそがアークスとしての本分だろうが。惑星に降り立ち、敵を排除する……俺たちがやっているのはそういうことだぞ?」

 

 それがゲッテムハルトの独自のアークスとしての活動理論。彼の場合は“戦い”を中心に活動模様を組み立てている。

 

 「違います! わたしたちアークスは原生住民との交流を行う事も――」

 「それが詭弁だっつってんだよ!!」

 

 必死に訴えるフーリエの言葉を、塗りつぶすようにゲッテムハルトは声を張り上げる。若干苛立っているような口調だった。

 そして、同時に彼がフーリエに対して両腕に装備したナックルを向けるのは、“狩り”を二度も中断された本能的な怒りから来る行動であり、その拳速は並のアークスでは成す術もない。無論フーリエには躱すなど絶望的な代物だ。

 

 「ちょっと、ゲムッテムハルトさん……それは流石に見過ごせませんって!!」

 

 だが、先に攻撃挙動を感じ取ったシガが数呼吸早く動きフーリエを庇うようにゲッテムハルトの間に入って対峙する。

 

 拳を向けながら笑う(ゲッテムハルト)

 一瞬でスイッチを切り替える対峙者(シガ)

 

 二人の実力差はどうあれ、この対峙は2秒で決着がついた圧倒的な決闘(たたかい)だった。




 ちょっと機嫌が悪いので、ゲッテムハルトさんはアグレッシブに描写しています。ゲームでも思ってたんですが、良く逮捕されないよなぁ、この人。

次話タイトル『His find was a force 彼の目指す力』


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53.His find was a force 彼の目指す力(☆)

 弱肉強食。

 文字通り、弱者は強者の肉となり食される、“本能の理”である。常に、“肉”を求め続ける強者が居る限り、弱者は単なる“肉”でしかない。

 そして、強者が肉と認める己の“糧”を判断する方法はただ一つ――

 

 『獣の嗅覚』

 

 それは、ただ臭いをかぎ取るだけでは無い。時に防衛本能として、時に牙を立てる瞬間を見極める為の重要な器官として機能する。

 だが、ソレは理解して持ち合わせるモノではなく、未だ人の理論に及ばない人の意識の奥底に存在する、“限られた者”だけが覚醒する圧倒的な“本能”だった。

 

 今現在、砂漠の惑星(リリーパ)において、“獣の嗅覚”を持つ二人が対峙していた。戦いは実力差があったとしても、一瞬の相対で決まる事が多い。

 

 その一瞬で相手を()()()()()()()()が“強”であり()()()()()()()()()が“弱”。

 さらに場所は秩序(オラクル)の届かぬ未解析の惑星(ほし)――砂礫の惑星(リリーパ)である。

 

 

 

 

 

 その拳は、決して正面から受けてはならなかった。

 ゲッテムハルトの戦いぶりをいくつも目の当たりにしてきたシガは、ソレだけは解っているつもりだった。全てにおいて、ゲッテムハルトの動きはシガを凌駕している。

 

 その突き出された拳は単なる一撃では無い。

 威力、速度共に何とかシガの反応できる程の質の高い代物であり、後ろにフーリエが居る事もあり、彼は()()()という事しか選択できなかった。

 

 「――――」

 

 重い音が響く。その拳を受けると同時に身体を砕かれそうな威力を、身を持って痛感した。だが痛みに反応して肉体と思考が硬直する前に、身体は流れる様に動いていた。

 その突き出された腕に飛びつきながら足を絡めるとそのまま全体重を使い、拘束する様に関節技――肘十字へ移行する。

 

 なぜか、ヒューイとの訓練で付き合わされて不本意に習得したその動きは絶対に使う事が無いと思っていた対人用の関節技(わざ)。しかし、人生は何があるか分からない。今日、こんな形で有効に機能するとは思わなかった。

 

 「――――ハッ」

 

 そのまま、絡めた全体重に押されて、ゲッテムハルトが倒れるのがシガの予想した未来だった。だが、彼はシガの全体重を()()で支えて持ち上げていたのだ。

 

 「!? 嘘――」

 

 シガが両手と拘束を放して次の動作に移るよりも速く、ゲッテムハルトは彼の服の襟首を掴む。そして、残っている片腕で絡みついているシガの足へ力を加える。

 パキッ。と嫌な音を聞いたシガは、一瞬で脳に伝わった激痛(いたみ)で、足の骨を折られた事を悟る。そして、そのまま振り回される様に地面に叩きつけられた。

 

 「カハッ――」

 

 その威力に意識が飛びそうになったが、気を失う間もなく横から襲ってきた蹴打に辛うじて反応する。かろうじて左腕で受け止めるが、機能停止している機甲種を巻き込みながら転がり吹き飛んで行った。

 

 「シガさん!!」

 

 フーリエの声。ただシガは自負の念に駆られていた。

 自分は甘すぎた。戦闘力の差は圧倒的。ソレは解っていた……解っていたハズなのに……ゲッテムハルトさんを殺してしまう事に気を使ってしまった。最初から実力はおろか、考え方でさえも勝ち目なんて無かったのだ。

 

 戦いは対峙してから2秒で決した。

 

 シガの敗因は“弱さ”と“甘さ”。一度の接触で足の骨と肋骨の一部を砕かれ、一瞬で戦闘不能に追い込まれたのは必然とした敗北なのだった……

 

 

 

 

 

 「あーあー。やっちまたなァ……まぁ、いいか。次はちゃんと殺しに来い」

 

 ゲッテムハルトの興味は吹き飛んで行ったシガから完全に消え去っていた。彼としてはもっと楽しませてくれると思っていたが、シガが全力どころか命に気を使ってきたのである。ゲッテムハルトとしては今の2秒間は()()とも思っていなかった。

 

 「シガさ――」

 

 フーリエは機甲種の残骸を巻き込みながら砂地から突き出ている、柱に背中から当って停止したシガへ走り寄ろうとして、

 

 「あァ? なんだ、このちっちぇーのは――」

 

 この喧騒が珍しいと思ったのか、好奇心の強い小動物がトコトコ近づいてきた。兎の様な耳だが熊の様な身体を持ち、腰ほどまでの小柄な体躯の生物。

 フーリエは、その姿を見て直感した。あの時、視界が暗転(ブラックアウト)する直前に見た影と合致したのだ。彼らが自分を助けてくれたのだと――

 

 「まぁいい。どうせ、ダーカーに汚染されて俺たちを狙ってるんだろ?」

 

 それはゲッテムハルトにとって当然の動作であり、彼らの命は(ゲッテムハルト)にとって簡単に踏み消えるほど脆弱なモノ。

 

 「アークスとして、ここで始末しておかないとなァ!!」

 

 振り上げる拳へ抵抗できる者も、止める事が出来る者も居ない。場所は秩序の無い砂漠の惑星。ただこの場にいる獣だけが殺意与奪の権利を行使できるのだ。

 

 「ダメッ!!」

 

 それでも、その身を挺して護る事は出来る。彼女に出来る選択はそれしかなかった。

 機甲種よりも容易く屠れる小動物の始末はさほど労力を要らないと、ゲッテムハルトとしては軽い一撃だったがそれでも、近接職の武器装備の一撃は強力なモノには変わりない。

 

 フーリエは、狙われた彼らを庇う様に間に入ってゲッテムハルトの一撃を受けた。治ったばかりの装甲にヒビが入る程の一撃に思わず片膝を着いて蹲る。

 

 「何?」

 

 ゲッテムハルトは驚く様に、哀れむ眼でフーリエを見下ろしていた。何やってんだ? 馬鹿か、と――

 

 「……っ……大丈夫? 今のうちに……早く逃げて……」

 

 勝てる可能性は皆無で彼を止める事も出来ない。フーリエは自分の実力を理解し時間を稼ぐ事しか出来ないと悟っていた。だから、背後にいる小さき恩人を護るにはこの身を削る事でしか護る事が出来ないと――

 

 「テメェの敵を、身を挺して庇うとか……お前、気が狂ってんじゃねぇのか?」

 「敵じゃ……ありません! この子たちは……私を助けてくれた! だから……今度は私が……」

 

 すると、背後に庇っていた恩人が逆にフーリエを護る様に前に出た。その小さな体が震えているが、それは彼がフーリエとゲッテムハルトの違いを明確に認識している証明だった。

 

 「本当に……本当によぉ……くだらねぇ。そんな事を考えてるお前もくだらねぇ。そんなに敵と戯れたきゃ……テメェもアークスの敵だァ!!」

 

 その彼の行動はゲッテムハルトの逆鱗を突いた。本気の拳を振り上げる。ソレは『トランマイザー』を易々と戦闘不能にする一撃を更に超えた一撃。フーリエもろとも“敵”と認識した彼女の恩人へ振り下ろされた。

 

 「――――」

 

 そんな中、フーリエは目の前に立った小さき恩人を庇う様に抱きかかえてその一撃に対して背を向ける。

 そんなモノでは耐えられないと解っている。それでも彼女は最後まで自らの命と抱える小さき恩人の命を投げ出す事は出来なかった。

 最後まで僅かな可能性を諦めない。その選択しか、この場の弱者には選べない運命だったのだ。

 フーリエは、訪れる“(こうげき)”に対してキュッと眼を閉じた。

 

 

 

 

 

 “強く在れ”

 

 綺麗な夜の桜を見上げていた。それを見納めの様に見上げるオレの隣に扇子を片手に一緒にその景色を眺める瞳があった。

 

 “力の無い者が無理に力を誇示しても、それは結局のところ単なる()()()に過ぎん。これから、おまえは……ゼロと共に、もっともっと広い世界を知って行く事になる”

 

 彼女は笑う。少女の様な笑み。色の違う両目。額に生える一本の角――

 

 “その中で、どうしようもない()()()と向き合う事もあるだろう。だから、どんなモノにも屈さず、どんな存在にも圧倒し、どんな理不尽をも打ち砕く……それほどの強さを求めよ”

 

 彼女は言った。その元を去る、その日に……手向けの様にその言葉をオレにくれたのだ。

 

 “強く在れ。どんな存在も許せるほどに、どんな存在にも優しくなれるように、そして……どんな理不尽からも――”

 

 

 

 

 

 ただ、無意識だった。

 失われていた記憶が視覚へ駆け巡る。今までの様に、無理やり映像が引き出た走馬灯ではなく、その言葉を告げていた()()の顔までハッキリと見えた。そしてその言葉も……覚えていなくても、震え立つ心は()()()()()

 

 左腕(フォトンアーム)が鳴動し戦闘形態へ移行する。

 

 明滅する意識でも、その眼には目の前で脅威にさらされているフーリエさんが映る。ゲッテムハルトさんの周りにフォトンが見えている。だから……止められる。止めなきゃいけない!!

 (ゲッテムハルトさん)の為にも、彼女(フーリエさん)の為にも――イメージするのは――

 

 

【挿絵表示】

 

 

 強く在れ。どんな理不尽からも――

 

 「大切な(ひと)を護る為に!!」

 

 その意志を体現すると同時に、フーリエへ狂者の拳が振り下ろされる。




 アグレッシブゲッテムサマーです。正直、この人はアークスでも上位クラスだと思います。EP1が終わったら、仲間になると思ったのになぁ。
 次でシガとフーリエの探索は終了です。

次話タイトル『Lilipur heart 星の心』


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54.Lilipur heart 星の心

 「――――え……」

 「あァ?」

 

 その場に居る全員が理解できないと言った眼で目の前で起こっている状況に驚く。

 ゲッテムハルトの拳は振り下ろされている。彼は大気を貫くほどの拳速を放ていた。

 フーリエは出来る限りフォトンを防御に回し、少しでもダメージを抑える為に身を強張られていた。

 

 だが、二人が本来、感じるべき感覚は何も無かったのである。その理由を瞬時に把握したのは、全てを無言で見守っていたメルフォンシーナと――

 

 「――――」

 

 左腕を戦闘用に発動し、柱に背を預けて立ち上がれぬまま、開いた掌を向けているシガだけだった。

 ゲッテムハルトの拳速で舞い上がった土埃によってフーリエを護る様に、細く、光る軌跡が見える。彼の拳に巻きつく様に、周囲の柱や機能を停止した機甲種から伸びるフォトンの“糸”は、完全にその動きを拘束していた。

 

 「おいおい……なんだァ? こりゃぁ――」

 

 怪訝そうに止まっている拳を動かす。周囲の“糸”が繋がっている根元が、ミシミシと音を立てるだけで拘束は解けない。

 

 「……お前ら……本当に言葉も通じねぇ奴らと交流なんて出来ると思ってんのか!?」

 

 自らと反する意志を見せつける二人――フーリエとシガに、ゲッテムハルトは苛立つように叫ぶ。その拘束されている腕はさほど気にしていない様子で、二人の護ろうとする意志だけを否定していた。

 

 「……オレは、ゲッテムハルトさんやフーリエさんみたいに、疑うことなく前に進める程の強い目標はありません。けど――」

 

 その道を必ず見つけると決めたのだ。オレ自身が求める力を……そして、何よりも――

 

 「大切な者を護る為に“力”が欲しかった。ゲッテムハルトさん……アナタの力が――」

 「…………くだらねぇ」

 

 相変わらずの様子に、シガは笑いながら何とか柱を掴み片足で立ち上がる。

 

 「……はは……ですよね。でも、オレは――護りたかった。フーリエさんとアナタを――」

 

 いくら高い実力を持つゲッテムハルトと言えど、世間的にはただのアークスだ。それが惑星降下中に、他のアークスを殺してしまったら間違いなく重い処罰を科せられることになる。それは誰も望まない結末だろう。

 

 「……ちっ、いい子ちゃんが!」

 

 ゲッテムハルトは拳を通して腕まで巻きついている“糸”を力付くに引き千切った。その際に“糸”の繋がっていた物体の根元が壊れて拘束が解ける。千切れた“糸”はフォトンの軌跡となって空間に溶けるように消えた。

 

 「わかっちゃいねぇ……オマエらは、何もわかっちゃいねぇぞ!」

 

 そして、意外にも武器(ナックル)を仕舞って未だ剣幕が晴れぬ様子で、フーリエとシガに対して叫ぶ。

 

 「そんな奴らでも、いずれはダーカーに侵食されて狂う! そうなった時にテメェらは殺せんのか!? そんな甘い考えが今までの悲劇を生んできたとは思わねェのか! ああ!?」

 「…………」

 

 そのゲッテムハルトの問いにシガは答えられなかった。ただ、フーリエはそれでも曲がらない自分の意志を伝えるようにゲッテムハルトを見つめる。

 それでも、信じたい、と強い瞳は彼に訴えていた。

 

 「キャストのくせに……そんな目で俺を見るな」

 「ゲッテムハルトさん。信じる事ってそんなに“弱い”事なんですか?」

 

 シガの言葉に今度はゲッテムハルトが口をつぐんだ。そして、これ以上は会話する事さえ無駄だと悟ったのか、一度強く舌打ちする。

 

 「一気に冷めた。帰るぞ、シーナ」

 

 何か思う所があったのか、殺すつもりの一撃を見舞っていた様子から、多少張りつめた空気が抜き出た様子で彼は二人に背を向けて去って行く。

 

 「……シガ様、失礼します。それと、ありがとうございました」

 「シーナ! とろとろしてんじゃねぇ!!」

 「は、はい! すみません!」

 

 丁寧に礼をして、メルフォンシーナは慌てて歩いて行くゲッテムハルトへ追いついて行った。

 

 「…………シーナちゃん」

 

 良い娘なんだけどなぁ。うーむ、スリーサイズとか教えてくれないかしら――

 

 「リー! リー!」

 「おっとと」

 

 聞き慣れない鳴き声は、例のちっこい生物が発した声であると解った。シガは『青のカタナ』を杖代わりにして、フーリエに歩み寄る。

 

 彼女は肩と腕の装甲を破損していた。“機甲種”の攻撃でも耐えられるように調整したと言っていた装甲にヒビが入っている。これで本気でない一撃とは、本当にゲッテムハルトさんは色々とヤバイ人だ。

 

 「……大丈夫です。私、頑丈なのが取り柄ですからね」

 

 フーリエは、片足で器用に歩き、横に腰を下ろしたシガの様子を見て、申し訳なさそうに謝る。

 

 「ごめんなさい! 私の所為で……シガさんに怪我を――」

 「フーリエさん。これは当然の事をしたまでです!」

 「ですけど……」

 「男が女の子を助けるのに理由は要りません! だから、この傷は支払うべき対価って所です。でも、結局は護り切れませんでしたけど……」

 

 結局、彼女(フーリエさん)に傷を負わせてしまった。出来る事なら、怪我をするのは自分だけに留めたかった。というか、近接職で女の子と任務に出て怪我をさせるなど、お上に報告できない。

 

 「ほ、ほら! 私ってキャストですから! こんな怪我は怪我の内に入りません!」

 

 落ち込んでいるシガの様子を察したフーリエは何とか元気づける様に、そんな事を口にする。

 

 「フーリエさん」

 

 シガの真剣な眼差しに、フーリエも緊張しながらその瞳を見つめ返す。

 

 「女の子が怪我して大丈夫とか言ってちゃダメです! もっと自分を大切にしてください!」

 「は、はい!」

 

 と、シガは自己満足したのか、ようやくいつもの調子を取り戻した。そして、先ほどゲッテムハルトの攻撃を止めた事を思い出す。

 

 「シガさん。先ほど、あの人から護ってくれたのはシガさんの力ですよね」

 「そう……なんですかね」

 

 あの時、どうしようもない一瞬で、目の前で失われる命を諦める事は微塵も無かった。無かったからこそ、自分に出来る事に対して極限まで集中した。

 それが、フォトンの流れを視覚で捉える結果に辿り着いたのだろう。だが……それによって発生したあの現象は予想していなかった要素だ。

 

 「まるで、“糸”みたいにフォトンが形を作っていました。一瞬で彼の攻撃だけを止めた……結果的に、誰も死なずに済んだんです」

 

 フーリエには、左腕(フォトンアーム)の性能は一通り説明してある。

 先ほどのゲッテムハルトがフーリエへ拳を振り下ろしていた時、シガの存在は完全にフリーだった。座った状態でも、“爪”を展開すれば、ゲッテムハルトを横から貫く事も難しくなかった。

 

 どちらかの命を救う為に、どちらかを殺す。その選択が最も多くの者達が生き残れただろう。だが、シガの放った一手は、その血みどろの結果が強く出ていたその場で“誰も死なずに終わらせる”という未来を引き寄せたのである。

 とは言っても、相当なダメージを受けたのは弱者(シガとフーリエ)だったのだが。

 

 「うごご……ア、アバラが……折れてるんだった――」

 

 と、落ち着いて緊張が解けたのか激痛を思い出した。やっぱ、ゲッテムハルトさんの拳は半端無い。上手く衝撃を逃がしたつもりだったが、掠ってこれだ。

 そんな彼の様子にフーリエは慌てて中級回復薬(ディメイト)を手渡した。

 

 「ふー、ありがとうございます。少しだけ楽になりました」

 

 飲み干したら少しは痛みが和らいだ。まだ痛いが、我慢できない程ではない。すると視界の端に岩陰からこちらの様子を伺う例の生物たちを視界に捉える。

 

 「本当に居たよ……」

 

 シガもこの眼で見るまで信じられなかったが、確かに惑星リリーパで生きている生身の生物だ。しかも服を着て二足歩行している。

 

 「……わかっています。あの人の言う事も一理あるんです」

 

 フーリエは“彼ら”を見ながらゲッテムハルトに言われた事を思い返していた。

 

 「ダーカーが居る限り、狂ってしまう可能性は常にあります。そうなってしまったら、倒すしかない。それは……アークスである以上、私がやらないといけない事です」

 

 恩返しがしたい。その意志に嘘偽りが無くても、結局は問題の先送りでしかない、とフーリエは現実を認識している。だが、それを容易く納得したくはないのだ。

 

 「私は、それでも信じたいんです」

 

 すると、その中の一匹が心配する様に歩み寄って来る。先ほどフーリエを庇った一匹だ。

 

 「ありがとう……心配してくれるの?」

 「リっリっ!」

 

 意志表す様に全身で何を言いたいのか伝えている様だ。声と言うよりは鳴き声。これは翻訳機で解読できる声ではない。理性のある意思疎通は難しそうだ。

 残りの者達は未だ距離を取って物陰から見守っている。見た感じ、凶暴な肉食性があるとは思えない。臆病で小柄だから生き延びたのだと推測すると、“機甲種”と戦うアークスの存在は恐怖の対象でしかないのだろう。

 

 「たはは……まだ怖いみたいですね」

 「いや、でも一歩は踏み出せたんじゃないですか?」

 

 遠巻きの彼らを見て落胆するフーリエだが、足元に居る彼は紛れもなく心が通った証拠であるとシガは見ていた。

 

 「彼らが、きっと……この星の“心”ですよ」

 

 “機甲種”と“ダーカー”の蔓延る砂漠の星――リリーパで心を持つ星の住人は彼らである。

 フーリエの行動は、オラクルにとって……とても大きな一歩であり、この瞬間は歴史的瞬間なのではないのかとシガは感じていた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 そして、物語は少しだけ戻る。

 

 「……やはり、一筋縄ではいかんか――」

 「っ……」

 

 周囲は対象を逃がさぬようにドーム状の隔離空間が設けられていた。

 

 その中には片腕を喪失し、装甲にヒビの入っているオーラル。

 深いダメージを負ったクーナ。

 威嚇する様に唸り声をあげる、抹殺対象の造龍。

 

 そして、オーラルの放れた腕部が握ったまま、地面に突き立つ、錆色の刀身のカタナ――

 

 それは、シガとフーリエがゲッテムハルトと対峙する少し前。彼らの居た場所から、惑星(リリーパ)の裏側で起こった……非公式の戦いだった。




 次はリリーパでのオーラルとクーナVSハドレッドです。こちらは本作オリジナル展開となります。

次話タイトル『The another order 定めと向き合う』


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55.The another order 定めと向き合う(★)

 傍から見れば、どう考えてもその生物がリリーパに居る事はおかしな事態だった。

 生態理論から見ても、現地の生物から進化したにしては絶対的にありえない外見。作物の育たず、無機質な惑星にはその巨体を維持するだけの食料すら存在していない。

 

 「ハドレッド」

 

 “ソレ”の骨と皮だけの痩せ細った体躯は、いくら貪ったとしても満たされる事の無い制限なき我欲に支配されていた。

 

 「皮肉だな……この星(リリーパ)にある“因子”に惹かれたか?」

 

 ただ、目に付いた(ダーカー)を貪るだけの思考しか残されていない造龍――ハドレッドの前に対峙したのは、フードコートを身にまとった一人の黒いキャスト――オーラルである。

 

 10年前の負の遺産。ソレにハドレッドは引き寄せられたとオーラルは推測していた。

 対して、オーラルの姿を確認したハドレッドは、彼を敵であると瞬時に認識。巨大な咆哮と衝撃波を周囲に発生させる。

 

 「……言葉さえも忘れたか――」

 

 目の前に(オーラル)に気を取られていたハドレッドは存在を“完全遮断”したクーナに気がついていなかった。彼女は、その隙だらけの背後に杭のような形をした一本の装置を――

 

 「…………っ」

 

 頭ではなく背へ突き刺す。その頭に巻いているアクセサリーを避ける様な反射的な判断は一瞬だけ生まれた躊躇いだった。だが、最低限の仕事は出来ていた。

 簡単には引き抜けない為に(やじり)の様になっている杭は、この場にハドレッドを拘束する最後の要素であるのだ。

 

 「……空間隔離起動」

 『了解!』

 

 オーラルは、一キロの感覚を置いて六つの特定の地点に待機している部下達へ通信を送る。次の瞬間、水をこぼした様に上空を緑色の壁がドーム状に覆った。

 

 「――――」

 

 本能で何かを悟ったのか、ハドレッドは空間転移を行って逃走を図る。瞬間、背に刺さった杭が反応し、バチバチ、と音を立てて身体を強く拘束する。その激痛は転移能力を妨害していた。

 

 「無駄よ。これはお前を逃がさない結界(モノ)……ここで決着をつける」

 

 クーナは、肘から伸びる武器を構えながらオーラルと挟むような形でハドレッドを見据える。

 

 「正常起動を確認した。後は待機。もし、(オレ)が討たれたら、カスラの指示に従え」

 『了解です。オーラル室長、御武運を』

 

 結果は装置を担当している一人から、その様な言葉を最後にオーラルは通信を切る。

 

 「この件は、今回(これ)で終わりにする」

 

 場は整った。そして“姉弟の物語”に結末を添える為に戦闘を開始する。

 その背に静かに躍動する“封印された武器”は、猛獣が獲物へ喰らいつく時を見定めるかのように使われる瞬間を待っていた。

 

 キリタイ――――

 

 

 

 

 

 ソレは、自然に生まれたものではない。

 多くの要素と、結果によって生まれた“業”とも言える存在。ハドレッドは細長い腕に伸びる爪で、背後のクーナへ振り向きざまに斬撃を放つ。

 

 「――――」

 

 その時、クーナの姿が消える。爪は空を切り裂き、その余波で土煙が吹き荒れた。瞬間、ハドレッドの腕、脚、身体の至る所に、鋭い斬撃が走る。

 

 「『ファセットフォリア』」

 

 通り抜ける様に姿を現したクーナは、後ろ目でハドレッドの様子を伺う。その一撃一撃が、深く洗練された斬撃であり、並のエネミーは一撃で葬る一閃である。

 

 しかし、ハドレッドは少し怯んだだけで、振り向くと口から散弾のような礫を広範囲に吐き出す。消えるクーナの様子から、“線”から“面”の攻撃に切り替えたのだ。

 蒼いツインテールが揺れる。礫は、地面から伸びる過去の文明を撃ち砕き、瓦礫に変えながら広範囲を吹き飛ばす。

 

 「『オウルケストラー』」

 

 フォトンが肘のブレードへ通う。蒼色の軌跡がまるで舞う様に彼女のまわりを動く。ソレは自分に当る礫を見切ってブレードで丁寧に弾いている様が結果的に舞うような軌跡に見えているのだ。

 

 「――――」

 

 散弾を撃ち終わったハドレッドの一呼吸の間。その瞬間、クーナの姿は空間に呑み込まれる様に消失する。

 再び姿が消えた様子に、ハドレッドは苛立ちを感じたのか、咆哮を交えた衝撃波で周囲一帯を吹き飛ばした。大気が震え、先ほどの攻撃で瓦解した瓦礫が吹き飛ぶ。舞い上がった土埃によって有視界が無意味と化す。

 

 「『シンフォニックドライブ』」

 

 クーナは消えると同時に跳び上がっていた。最も影響の少ない空中で耐え忍んだ彼女は、突進系のフォトンアーツを全身に纏う。

 

 彗星の様に、蒼い軌跡(フォトン)を尾引きながら、その顔面へ強力な蹴打を叩き込んだ。その攻撃で発生した余波は砂埃を晴らすほどの威力で放たれていた。クーナは攻撃の感触から確かな手ごたえを感じる。

 

 「――――!」

 

 だが、ハドレッドは無傷だった。全ての攻撃は、確かに当っていたがハドレッドの周囲を漂うフォトンを通過する程では無かったのだ。

 ハドレッドは視界にクーナを捉えると、ハエでも叩き落とす様に掌を振り下ろす。

 

 「『青のナックル』、『ハートレスインパクト』」

 

 腕をクロスして、衝撃に備えたクーナへのハドレッドの攻撃は、彼の足元を強靭な拳撃が襲った事によって外す結果となった。

 

 「先行し過ぎだ。少し間を置け」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 割って入ったのはオーラル。彼はナックルの衝撃だけでハドレッドの体躯を大きく怯ませて吹き飛ばしていた。そして、クーナが着地するまでの間に、更に追撃を行う。

 

 「『青のパルチザン』、『セイクリッドスキュア』」

 

 凝縮するフォトンを乗せる様に、溜めを入れたパルチザンを大振りに()()()()で投擲する。投げた途端、空間が揺れる程の威力を纏ったソレは、ハドレッドへ直撃し盛大に炸裂する。

 

 「――――得意武器ですか?」

 

 スタッと足を折り曲げて着地したクーナは、通常とは違う『セイクリッドスキュア』の挙動に疑問が浮かぶ。

 『セイクリッドスキュア』は上空にパルチザンを投げ上げて敵に落すようなモーションが最も威力を発揮する。だが、それ以上の威力で直線的に投げた様子はオーラルの高いステータスを体現した一撃と言えるだろう。

 

 まるで戦艦の主砲のような一撃。流石にハドレッドもただでは済まない。それどころか投げた『青のパルチザン』の方が心配だ。

 

 「いや……やはり、適性が寄っていないクラスでは威力がだいぶ落ちる」

 「だいぶ?」

 

 思わず聞き返す。その瞬間、怒る様な咆哮が響き、周囲にダーカーが現れた。

 

 「!」

 「ある程度は、解っていた事だが……やはり、“ダークファルス”と考えて当たる方が良いか……」

 

 ダーカーの召喚。それは奴ら(ダーカー)の“特異点”となる、ダークファルスに見られる能力だ。

 クーナは現れた多種のダーカー達へ警戒し、オーラルは自意識でダーカーを召還したハドレッドの警戒度を改めた。ここからは、目の前のダーカーに警戒しつつ、同時にハドレッドも相手にしなければならない。

 

 「レギアスも連れてくるべきだったな」

 

 それか、カスラを待つべきだった? 少なくとも分が悪いのはこちらだ。

 こちらの姿を捉え向かって来るダーカーへ、クーナは肘のブレードを構えて、オーラルは『青のソード』を取り出す。

 殲滅に向かって動き出そうとした時だった。現れたダーカー達は、何かに引っ張られるように一定の方向――オーラルが『青のパルチザン』で『セイクリッドスキュア』を放った地点へ引っ張られていく。

 

 「くっ……」

 「掴まれ!」

 

 オーラルは『青のソード』を地面に突き立てて、体重の軽いクーナが同じように引っ張られ始めたので、その手を取りその場で耐え忍ぶ。

 

 「今のは――」

 「……これは想定以上だ」

 

 昔から、その為に特化させた器官だったのだが……まさか、直にダーカーを喰らい、しかも己の力として確立させているとは思いもしなかった。

 自らで召還し、自らで集めたダーカーを一心不乱に喰らうハドレッドは、次の瞬間、それらを自らの能力として昇華する。

 

 翼。腕周りの装甲。

 痩せ細っていた腹部にダーカー因子を蓄えている。

 

 その姿に驚愕している二人の目の前で、不自然に浮き上がると、自らの持つダーカー因子を固形化した結晶が周囲に出現していた――

 

 「! クーナ!!」

 

 オーラルはおもむろに、手を取っていたクーナをそのまま離れた場所へ(ほう)った。ハドレッドの周囲に現れたダーカー因子の結晶が、もっともダメージを与え危険であると認識された(オーラル)へ向いたからである。

 

 「オーラル!!」

 

 次の瞬間、降り注ぐダーカー結晶の雨に晒され、砂の大地がオーラルを中心に吹き飛んだ。




 ハドレッドの能力は蓄え続けたダーカー因子が起因です。という設定で動かしています。
 次で、この戦いに決着がつきます。どうなるかはお楽しみに

次話タイトル『Criminal 咎を持つ者』


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56.Criminal 咎を持つ者

 降り注ぐ錆色の結晶は、ハドレッドの体内に蓄積したダーカー因子が物理的な効果を及ぼす固形まで凝縮したモノだった。接触による破壊はもちろん、着弾し炸裂すればその周辺は一時的にダーカー因子に汚染されるほどの密度を持つ。

 

 クーナはダーカー因子(ソレ)に対して、通常のアークスよりも高い耐性を持つが、それでも汚染の危険であるとオーラルは判断していた。

 

 「『青のソード』、『オーバーエンド』!」

 

 出現した『青のソード』の刀身に、大量のフォトンが通い半透明の巨刃を作り出す。そして、狙って飛来するダーカー結晶に合わせてフォトンの巨刃を接触させた。

 

 砕き、逸らし、巨刃と錆色の結晶がぶつかり合い砕け散る。自分に当る物だけを全て処理し直撃は避けたが周囲に散るダーカー因子は防げない。砕けた破片は周囲に煙の様に停滞して視界さえも奪う程の濃度をまき散らす。

 

 「……流石に処理しきれんか――」

 

 ダーカー因子は無機質にも侵食する。無論、オーラル自身も高い耐性を獲得しているが現状の濃度は明らかに予想外なのだ。

 じわじわと、ダーカー因子は無機質の身体を蝕んでいく。ハドレッドが扱う事で、少しはアークス側に寄った汚染抑制が成されていると思ったが、その純度はダーカーのモノとなんら遜色がない。

 

 「っ……」

 

 クーナも服装(スーツ)に内蔵されたマスクを展開し、汚染大気を直接吸わないように考慮していた。だが、彼女も先ほどの攻撃の余波を少なからず受けており、そのダメージは無視できないモノになっている。

 

 「オーラル!」

 

 状況を冷静に把握しつつ煙のような濃度で汚染されたオーラルの周辺へは、近づけなかったが、せめて、と危険だと声を張り上げた。

 その濃度の中でも平気な様子でハドレッドが、オーラルめがけて突進していくのが見えていたからである。

 

 キリタイ――

 

 「…………お前にも、クーナにも、アキにも罪は無い。(オレ)はお前たちを止められなかった」

 

 キリタイ――

 

 「できれば、正当な手順で葬りたかったが……悪かったな……ハドレッド。これで、さよならだ――」

 

 オーラルは突進してくるハドレッドを見て現状を打破するには一刻の猶予が無いと悟っている。

 

 封印式解除。

 

 背に持っていた“武器の封印”が剥がれる様に解けていく。そして、ガシャ、と音を立てて背に現れた“柄”を握った瞬間、ソレを最後まで抑制していた封印式は全て停止し、その武器は解放された。

 

 「『惨牙(サンゲキノキバ)【無刃】』」

 

 オーラルが右腕で抜き放ったソレは柄のみで刀身の無いカタナだった。

 不完全な武器。だがソレの様子は明らかに異質な雰囲気を醸し出し、まるで()()()のような鼓動で大気を揺らしている。

 

 ハドレッドが迫る。オーラルは逆に距離を詰める様に、踏み込むとすれ違い様に一閃を見舞う。その瞬間、周囲を汚染していたダーカー因子が一瞬で消失する。

 

 

 

 

 

 見てはならないモノ、という存在(もの)は、人に言われて認識するモノではない。

 それは人の本能が決定的に危険な物だと悟った時が、ソレに値するからである。今、クーナは自らの経験の中でも、『見てはならないモノ』の存在を本能で理解していた。

 

 「――――あ……」

 

 オーラルがソレを抜き放った瞬間、一度突風が吹き抜ける様にダーカー因子の汚染は完全に消え去っていた。

 そして、クーナはソレを見た――()()()()()()

 (オーラル)の右腕を取り込む様なフォトンを要しているその武器を見てしまった。その瞬間、ソレと眼が合った気がする。

 

 キリタイ――

 

 ソレから流れ出るフォトンが彼女の思考を呑み込む様に身体へまとわりつき、魂を抜き取られるかのようにフォトンが奪われていく。

 

 「!? ッ!?」

 

 意識が飛びそうになった所で、いつの間にか放心していたクーナは己の危機状況に気がついた。フォトンが吸われている……? 意識が失う手前まで、気がつかなかった――

 

 「クーナ、(オレ)から距離を取れ!! ()()()()()()()()!!」

 

 その声に、クーナは一度ハドレッドを見る。彼女よりも、ソレに近い位置にいるハドレッドはダーカー因子特有の錆色のフォトンが凄まじい速度でオーラルの右手に持つ武器に奪われるように吸い取られていた。

 

 キリタイ――

 

 ただ、オーラルはその武器を抜き放っただけで、攻撃は柄を一度振っただけ。

 それも刀身は存在していないのだ。物理的な攻撃では無い。今、この場を支配しているのは、枯れる事の無い膨大な一つの意志(かんじょう)

 

 「オォォォォ!!」

 

 ソレを直接握るオーラルは最もその影響を受けていた。右腕は制御できていない様子で膨大なフォトンを喰われ、色が黒から灰色へ変色。そして枯れる様に乾き、ヒビが入っていた。

 ソレは腕から肩へ、肩からヘッドパーツの右眼(レフトアイ)付近まで及んでいる。

 そして、形作られるように柄だけだったソレには、周囲の最も多いフォトンである、ダーカー因子を吸収し“錆色の刀身”を生み出していた。

 

 「鷲……ウタ――」

 

 ただ、ソレはただ奪い取るだけでは無く、支配する為に自らの情報を装備者へ流し込むのだ。強制的に流し込まれる膨大な情報に常人ならば、さほど時間を要さずに自らの意志を支配される。

 

 あはは――

 いいぞ! 最強だ!

 痛い……痛いよぉ……

 殺す! 殺すぞ! 貴様ぁ!

 皆殺しだ――

 憎い……

 ウタは? ウタじゃない!

 父上……私を愛していないのは解っている……

 隊長。オレ、好きな人が出来たよ――

 

 解っている。だが……それでも(オレ)にはやらなければならない事がある。それが終わったら()()を迎えに行くと決めている。今は、護らなければならない奴が居る――

 

 「だから今は――――」

 

 瞬間、微睡(まどろみ)から強制的に意識を覚醒させる様に右腕が弾け飛ぶ。

 故意にフォトンの流れを肩口で停止する事で、フォトン潤滑へ支障を起こし、塞き止められたフォトンは一瞬で膨張。結果、右肩から二の腕以下のパーツが弾ける様に吹き飛んだのだ。

 

 「オーラル!」

 

 その声に、まだクーナが声の届く範囲にいると認識。そして、ハドレッドに意識と視線を向ける。倒すまでは行かないが相当弱っているが……

 オーラルは現段階でハドレッドよりも目の前で、自らの外れた右腕が握ったままのソレの方が危険であると判断を切り替える。

 

 砂の大地に錆色の刀身で突き立つソレは、現段階で史上最悪の武器。こうなっては惑星のフォトンは制限なく食い尽くされてしまうだろう。

 

 キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――キリタイ――

 

 まるで、それだけが自らの行使する物事であるように、その貪欲性に制限は無い。ダーカー因子のみならず、周囲のフォトンを全て吸収していた。ハドレッドの空間転移を抑制する空間隔離ドームが、フォトンの減少により機能を維持できず効果を消失する。

 

 「――――」

 

 この場の脅威を肌で理解していたハドレッドは、周囲の空間拘束が解けたことで即座に転移を行って空間に消えた。

 

 「ハドレッド!!」

 

 クーナは逃げた造龍へ思わず声を張り上げる。だが、オーラルは下手に動く事を、手をかざして静止する。そして、目の前で天に上る程のフォトンの軌跡を生み出しながら、膨大なソレを引っ張り上げていた。

 

 「全て吸い上げるつもりか!?」

 

 10年前に、この星に封印された膨大な力。目の前の大地に突き立つ武器はソレに気がついたのだ。このままでは惑星が滅ぶだけでは済まない。

 アレが復活する――

 

 「……クーナ、お前は離脱しろ」

 

 “ジェネシス”がいない以上、単体でアレを止められる奴は“六道”意外に(オレ)しかいない。

 

 「拒否します。今のアナタの状況では、まともに立ち回れるとは思えません……」

 

 お互いに冷静だった。オーラルはクーナへ離脱する事を告げ、クーナはオーラルの状況から何をするにしても補佐が必要だと感じている。

 周囲のフォトンを喰い尽くすような吸収力が最も意識を向いているのは地下のアレだ。せめて、武器の意識を一瞬でも逸らす事ができれば――

 

 「なら……オレがどうなろうと、お前は絶対に生きて帰れ。結果をカスラに伝え、今後の対策をとれ」

 「…………」

 「命令だ。いいな?」

 「……はい」

 

 これは、奴の為に取っておいた切り札だったんだがな。まだ試作段階だが……今の損傷した身体の状況で耐えきれるかも解らない。だが再び()()()()事は出来る。

 

 「――――制限解(リミットオー)

 

 まさに、自らの存在を賭してこの場で出来る最善の選択を取ろうとした瞬間だった。

 

 ウタ――?

 

 ソレの意識が地下から別のモノに向いたのである。その時間は僅か数秒にも満たないモノだったが、オーラルはその瞬間を逃さなかった。

 

 「――――六点結界『結灰陣』、発動!!」

 

 六点に設置していた空間拘束する為の結界装置を発動する。本来、その装置の役割はハドレッドを拘束する為のモノだった。だが、もしもの事態を考えてオーラルは別の封印式を発動する為に改良しておいたのだ。

 

 六つの光の柱が、貪欲にフォトンを貪るソレを囲う様に空へ伸びる。

 特殊封印式が最大結束する起点はオーラルの右腕。

 

 光の帯がフォトンの吸収をものともせず、錆色の刀身に巻きつく。次々に、飛来する六つの光の帯によって錆色の武器は完全に光に包まれた。

 

 「空間拘束! 反転!」

 

 そして、光が直視できるほどの光量になると、先ほどの“膨大な滅び”を連想させる力が嘘の様に消え、周囲は静寂に包まれていた。

 

 だが、ソレが夢では無かったと証明する様に、封印された錆色の武器が、一つの小さな光となって目の前に浮いていた――




 決着です。謎の武器に関しましては、本作オリジナルのヤバい武器です。
 次は、戦い後のオーラルとシガの話となります。

次話タイトル『Born from those who're seeking 意味のある敗北』


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57.Born from those who're seeking 意味のある敗北

小事情により、週一更新の曜日を、月曜→日曜にします。
と言うわけで、本日更新


 戦いの後、オーラルの指示で分析班がハドレッドとの戦闘地域の状況調査を開始した。

 この場だけ周囲の物質の色が変わる程にフォトンの消失率が高く、要検証が必要であると適切な指示を飛ばしつつオーラルはクーナへ歩み寄る。

 

 「……逃がしましたか」

 

 クーナは逃亡したハドレッドの事を考えていた。その口調は、敵を追う者としては決定的な憎悪がある様な雰囲気では無く、様々な意味を感じ取れる口調である。

 

 「クーナ。しばらくハドレッドを追う事を禁じる」

 「! 何故ですか!」

 

 予想しない指示に、クーナは思わず声を張り上げた。

 

 「お前の着けたマーカーで特定の範囲に入ればハドレッドは、いつでも『虚空機関(ヴォイド)』で補足できる。今は傷を癒せ。そんな顔では表の仕事にも支障が出る」

 「そんな事を気にしている場合では!」

 「気にしている場合だ。それに、ハドレッドに以前以上の脅威は無くなった」

 

 オーラルは封印に成功し今は特殊なケースに入れた例の武器を意識しながら告げる。コイツにハドレッドは長い期間をかけて溜め込んだダーカー因子を奪われたのだ。今は、並のアークスが多少脅威に感じる程度のステータスとなっているだろう。

 

 「ハドレッドは溜めこんだダーカー因子を殆ど失った。今なら一人でも仕留められる。万全の状態で確実に仕留めろ」

 

 無理に追いかけて返り討ちになる可能性をオーラルは危惧していた。万全の状態なら、クーナが今のハドレッドに後れを取る事は無いだろう。

 

 「……わかりました」

 

 悔しそうに返事をする様子から、少なくとも理解してくれたとオーラルは察するとその頭を撫でる。

 

 「無理はするな。いつも通り冷静に仕事を熟せ」

 「……やめてください」

 

 と、クーナは頭に載せられた左腕をぶっきらぼうに弾いた。

 

 「そこまで言うのであれば、しばらく療養します。それと……セクハラですよ?」

 「次からは気をつける」

 

 そこまで言うとクーナはオーラルに背を向けて『マイ』を発動する。フォトンが少ないため少しだけ半透明だったが、さほど間を置かず、完全にその姿が消え去った。どことなく、嬉しそうな様子をオーラルは僅かに感じ取ったが、気のせいだと忘れる事にする。

 

 「アナタほどのアークスが、そこまでの傷を負うとは……ハドレッドの能力は予想以上と言う事だったのでしょうか?」

 

 そこへ、クーナと入れ違う様にカスラが現れた。少しだけ遅れての参入だったが、戦いは既に終わっており、結果として目的だった造龍は取り逃がした形となっている。

 

 「予想以上の成長だった事は確かだ。戦闘データは取ってある」

 

 オーラルは左腕で収集したデータチップを渡す。

 

 「奴にはマーカーがついている。索敵圏内に捉えれば、ついでも対策をとれる」

 「最低限の処理は出来た様で何よりです。それと、その傷はやはり――」

 

 カスラはオーラルの損傷から、何が起こったかをだいたい察していた。オーラルとクーナ。高い実力を持つ二人が、いくら予想外の成長を遂げていたハドレッドに一方的にやられたとは考えにくいのだ。

 

 「やはり、適合者以外では解放する事もままならん。コイツを『オラクル』に置いておくのは良策ではないな」

 

 あの時……コイツの意識が逸れたのは――やはり……

 

 「カスラ。現場の指揮は任せる。現場保全は必要ない。状況データを収集後、撤収していい」

 

 片腕と最低限の治療として補強資材を巻きつけたオーラルは立ち上がると必要な指揮権利を一時的にカスラに譲渡する。

 

 「分かりました。それと、一つ報告です。六道さんとの通信が途絶えました」

 

 六道。その名を聞いて、オーラルは頭を抱える。リリーパの地下に居るヤツの意志を今回の件で少しだけ引っ張り出してしまった。故に“六道”に潜って貰わなければならなかったのだが――

 

 「ったく……あいつは――」

 

 とは言っても、痕跡を残さないように姿を消したと言う事は、()()()と言う事なのだろう。長い間、懸念していた“奴ら”を――

 

 「こっちで連絡を取る。それと、総長に一つだけ報告を頼む。『サンゲキノキバ』を処理した、と」

 「了解です」

 

 そして、必要な事を彼に任せて、厳重な封印が再度施された武器をもったままオーラルはある場所へ行くつもりだった。

 

 「少し休暇を貰う。周囲には告知するが詳しい事を聞かれたら、ひと月程度で戻ると言っておいてくれ」

 

 

 

 

 

 「これ、撮り直せよ」

 

 アークスシップ――市街地のカフェテラスで、シガはアフィンから見せられて、アークスのプロモーションビデオを見て、そんな感想を呟いた。

 

 「やっぱ、相棒もそう思うか? ハァ……」

 

 ぐったりするアフィンは疲れた様な溜め意を吐く。

 周囲には一般市民が行き交いそれなりの活気が生まれている日道。二人もなるべく目立たない服装でその場に溶け込んでいた。

 そんな中で気落ちしているのはアフィン一人だけである。

 彼はアークスのイメージPVの制作を頼まれ先輩アークスのゼノとエコーと共に撮影し、上層部に提出した。しかし、上の反応は良いモノでは無かったのだ。

 

 「上層部に見せたんだけど、お蔵入りになるって言われてさ」

 「同業者なら苦労したのは伝わっているよ。ていうか、ヤバいだろこれ。特にフランカさんの所とかR-18だぞ」

 

 シガは、せめて加工しろよ、とグロ映像の所を指摘する。

 

 「尺が足りなくてさ。使わざる得なかったんだよ」

 「子供は泣くなぁ……これ」

 「俺もそう思った……」

 

 とにかく、撮影した本人も良い出来ではなかったらしい。しかし苦労した身として、一方的にお蔵入りとなった事に少なからずショックを隠せない様だ。

 アフィンの様子からも、相当苦労した撮影であったとシガは察し、他人事のように、あはは、と笑う。

 

 「笑い事じゃねぇって」

 

 アフィンは目の前にあるジュースをストローで飲む。愚痴らなければやってられないのだろう。その時、シガの持つ携帯端末が鳴った。送られてきたのは画像。ソレを見て、ある事を思い出す。

 

 「お、そう言えば……ほれ」

 

 シガはアフィンへ画像を見せた。それは、リリーパで発見された新しい原生生物。発見者はフーリエと言うアークスで、今後は彼女が調査と交流を進んで行う旨が記載されている。

 

 「ん? ぶほっ!? ごほっ! ごほっ!!」

 

 シガが見せた画像に、アフィンは思いっきり(むせ)て鼻からジュースが逆流した。それは小型の兎のような生物――リリーパ族がリュックに服を着て、Vピースをしている画像だった。

 

 「相棒、変な画像見せるなって!」

 「取りあえず情報の共有な。新しい原生生物――もとい、先住民として交流していくんだってさ」

 

 マジで居たのか……。とアフィンはシガの端末の画像をマジマジと見ながら感嘆の声を出す。そして、記載されている情報からは、一定の文化を持つ知的生命体であると書かれていた。

 

 「前の任務で見つけたのか? そっちも苦労してるんだな」

 

 アフィンはシガが、足を負傷して今は松葉杖に歩いている事を指摘する。

 骨折だが、三日で完治できる怪我。現在治療二日目で殆ど骨はくっ付いているが、大事を取って松葉杖で移動しているのだ。

 

 「現地で怪我したんだろ? 大変だったろ」

 

 アフィンの指摘は、シガがリリーパへ赴いていた時間帯に緊急の厳戒令が出された事にあった。ダーカーの危険値が一定の許容量を超えたため、特殊班による浄化作戦が行われたとの事。詳しい事は不明だが、当時はテレパイプも使用できずアークスシップも特定のポイントに行かなくては回収してくれなかったのである。

 

 「まぁ……色々と助けてもらってさ」

 「?」

 

 最後辺り、シガの台詞が小さくなる様子から苦い思い出がある様だ。まぁ、こんな怪我をするほどだ。よほどの事があったのだろう。

 

 ちなみに、シガは自力で移動できなかった為、フーリエに抱えられて(お姫様抱っこ)で、キャンプシップの回収地点へ移動するという、恥ずかしい体験をしていた。無論、恥ずかしすぎて誰にも言えない事である。

 

 「それよりも、今日は直接聞きたい事があってさ」

 

 シガは、これ以上追及される前に話題を逸らし、アフィンを呼び出した本題に移った。

 

 「この女性(ひと)って見たこと無い?」

 

 それは、写真では無く一枚の絵だった。鮮明に特徴を捉えた、一人のデューマンの女性。だが、その絵を見てアフィンは首をかしげる。

 

 「なぁ、相棒。これって一部創作入ってる?」

 「いいや。ほら、オレって記憶喪失だって前に話しただろ? その女性(ひと)、走馬灯で出て来たんだよ」

 

 今までで一番鮮明な映像(きおく)で記憶に留めておくことが出来ていたのだ。その記憶では……確かにこの女性は、

 

 “色の違う双瞳”に“一本の角”

 

 を持っている。

 

 「その絵は間違いないぜ。ただ、デューマンの女性って角は“二本”だろ? だから、ちょっとなぁ」

 

 オラクルでも角を持つ種族は、デューマンと呼ばれる者達のみだ。そして男女で決定的な特徴として角の本数が挙げられる。男が“一本角”で、女が“二本角”ということ。

 

 「悪いが見たこと無いなぁ。そもそも、“一本角”のデューマンの女なんて噂でも聞いたこと無い」

 

 アフィンもアークスとして活動を始めて、シガと同等で一年も経っていない。

 流石に情報網の構築や、他者との関わりはまだ浅い部類に入る。それでなくとも、シガの話を全面的に信用するなら、この“一本角”の女デューマンは、常識的に存在するはずの無い者。

 決定的な矛盾を生む事になってしまっていた。

 

 「やっぱりか。まぁ、仕方ないと思ってたんだよ」

 

 シガ自身も絵の女性は常識的にありえないと自覚している。それでも、自分が得る事の出来た記憶に関する唯一の手がかりなのだ。

 

 「それなら、オーラルさん、だっけ? その人は顔が広いんだろ? 何か解るんじゃないのか?」

 「ああ、そうなんだけどさ……」

 

 シオンに続いて、自らの記憶に関する事を気にかけてくれた恩師(オーラル)。彼に頼ることも当然の様に思いついた事だったが――

 

 「なんか、連絡つかないんだよなぁ」

 

 オラクルでも重要な役職に就いているオーラル。彼の行動は、こちらから把握する事が出来ない。だが、連絡すれば半日で返答が帰って来るのだが――

 

 「もう、二日も音信不通。ちょっと困っている」

 

 最後にオーラルさんに会った身内はマトイであり、彼女が言うにはリリーパに行くと言っていたが……

 まぁ、オーラルさんの事は心配する必要はないだろう。オレなんかよりも圧倒的に強い心身を持つ。

 

 そんな彼が、何かに()()()など考えられないからだ。




 アフィンが作っていたPVはドラマCD第一弾の件です。
 時系列的に、ゼノが居るころの話なので、このあたりにあったイベントだと思います。
 シガの記憶にあった謎の女性。オリキャラではなく、既存NPCです。
 次は、オーラルの向かった先と、例の“六道”が何者なのかを描写していきます。

次話タイトル『Guardian our darkness 暗闇の部隊』


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58.Guardian our darkness 暗闇の部隊

 桜が舞う。

 風に揺れた枝から放たれる花びらは、その世界の『和』の雰囲気と相まって、象徴的で、幻想的な光景を生み出していた。

 

 「……変わらんな。ここは」

 

 オーラルは舞う桜を一瞥し、小川にかかる小さな橋を渡る。背には封印した武器を携えており、ソレを対処できる者の元へ向かっていた。

 本来ならば、惑星へ跨いで飛ぶ際にはアークスシップへ連絡を入れなければ他の惑星への転移座標を貰えない。しかし、オーラルは自分の持つ権限を使い、この地へ自由に足を運んでいた。

 

 この惑星の事は厳重な情報管理の下で『オラクル』でも知っている者は極僅か。他には知られないようにデータもオーラル個人が管理しており、キャンプシップの信号も偽装して待機させている。

 ここまで、徹底的な秘匿が行っている理由は二つ。

 一つは、この星に古くから存在する災悪の存在。そして、この星には自分に関する情報が()()()()と言う事だった。

 

 “全部が全部、“憎い”って顔だな……”

 “ああ……そうだ。『オラクル』はゴミだし、この星の奴らも……お前らも全部クソだ!”

 

 それが、この星で獣のように生きていた一人の少年との出会いだった。

 

 「…………」

 

 そして、オーラルは迷うことなく一つの『社』へたどり着く。何十年経っても変わらない街並みは、逆に迷う方が難しい。

 

 「――――これは、これは。お久しぶりです」

 

 そして、社とその主を護る“守人”がオーラルへ声をかけてきた。見上げる程の身体はオーラルとの対比で“人”と“小人”程に差がある。

 

 「コトか……久しいな。またデカくなったか?」

 「昔から、この体躯が標準です。数日前に“六道”様もお見えになりました」

 「アイツもマメだな。マガツは問題ないのだろう?」

 「はい。そちらは問題ありません。なんでも、二人の童を追いかけているとか」

 

 やはり六道は奴らを見つけたか。アイツなら、そのまま始末できる可能性は高いが、その間、他の“管理”が疎かになるのはいただけない。

 

 「それよりも、オーラル様……その武器は――」

 

 コトと呼ばれた、“守人”はオーラルの背に封印された武器の存在を肌で感じ取っていた。独特の生き物の様な気配を、盲目故に明確に認識する事が出来るのだ。

 

 「事情があって解放してな。封印に『結灰陣』を使った。封印には成功したが右腕をコイツに捕まったままでな。スクナは居るか?」

 「今は黒の王の元へ行っております」

 

 そういえば、道中の町に“民”の姿が無かった。昔の事もあると言うのに、まだ種族間での小競り合いは続いているらしい。

 

 「どこの星でも思考の行きつく先は闘争か」

 「じゃが、その闘争を管理する“神”はどこの星にもおるまい?」

 

 そんな声が聞こえ、灰色の風が舞う。その様は、オーラルからすれば見慣れた光景。コトは“主”の帰りを悟り、畏まる様に片膝つく。

 

 「これはこれは、二十年ぶりの顔がおるのぅ。さてさて、めったに帰らないお主が、どう言った風の吹き回しじゃ?」

 

 風が止むと、かかっ、と独特な笑い声を共に扇子を片手に持つ一人の女が現れた。コトよりも小柄でオーラルに近い人型である彼女は、バサッと扇子を開いて口元を隠す。

 

 「休暇だ。(たま)には身体を休める事も必要だと知っているからな」

 「その台本をそのまま読んでいる様な言葉回しは、まぎれもなく貴様か。姿をコロコロ変えるでない」

 

 最後に会った時と、全く違う姿に扇子で指を差す様に指摘する。

 

 「パーツを変えるのはキャストの特徴だ。その機能をフルに使った技術の結論だ」

 「かかっ。その結果が片腕損失か?」

 

 女は閉じた扇子で喪失しているオーラルの右腕を差した。いつもはスカした彼をチャンスとばかりに叩くつもりである。

 

 「その件だ。コイツから、右腕を取り返してほしい」

 

 オーラルの目的は、“封印した武器”から右腕を取り出す事だった。緊急事態だったため、右腕を起点として封印を施したのである。

 

 「“ぱーつ”を変えればよかろう?」

 「そう言うわけにはいかない状況でな。右腕には重要なデータと技術の一部を使っている。それに、大まかに姿(パーツ)を変えるつもりはない。出来るなら取り戻したい」

 

 二人を迎えに行った時に、自分が誰だか分からなくなってしまったら本末転倒なのだ。更に、今のパーツ全てが、長年積み上げたデータを最も有効に機能させるために、調整を行っているのである。

 

 「なら“ウタ”に取りだしてもらえばよかろう? 今の『サンゲキノキバ』の所持者は――」

 

 そこで、彼女は何かを思い出す様に意味のある笑みを浮かべる。

 

 「前に“ウタ”が来たぞ。なんでも好きな人が出来たとか。『ブラックペーパー』だったかのう? お主の部隊は。ウタは除隊してその者と籍を入れたのだろう?」

 

 だから、隊長であるお主が直接動いているのだろう? と女は全てを悟ったように、部下の為に身を粉にして働いているオーラルへ、かか、と笑いを向けた。

 

 「ウタは死んだ」

 

 だが、その和気藹々とした雰囲気は、オーラルから告げられた言葉によって一気に消沈する。

 

 「―――は? 何を悪い冗談を」

 「(オレ)は冗談を言わん。それは、お前が一番良く知っているだろう?」

 

 そう、彼は冗談を言わない。言う人間ではない。だから、その言葉は真実だと、認識するしかなかった。

 

 「……馬鹿な。ウタ程の強者が討たれる事など――!!」

 「事実だ。だから、『サンゲキノキバ』をこの地に還しに来た。悪災(マガツ)の封印に使ってくれてかまわない」

 「……その前に、納得がいくように話してもらうぞ、ゼロよ。一体、ウタに何があった?」

 

 凄みを増した彼女は怒り狂えばある種の災害と化す。

 ソレに応じる様にオーラルが語ったのは、嘘偽り無い“笑顔”を取り戻して……生きていた、一人の青年の最後の瞬間(とき)だった。

 

 

 

 

 

 同時刻、とある“模倣惑星”――

 大気が、大地が、海が、その星全てが揺れていた。空は紫色になり、大陸の端端から、千切れる様に瓦解し、海の底へ沈んでいく。

 濁り始めた大気は、視界の確保もままならない毒として辺りに充満し、紫色の空には風に揺れるカーテンの様に、虹色のオーロラが荒れ狂っていた。

 

 「まぁ、子供の悪戯にしては度が過ぎとる」

 

 滅びが止まらない星。赤い水。噴火する大地。そんな、絶望を体現したような崩壊惑星で、ただ一人の人間(アークス)である初老の男はハルベルト――ヴァルヴェットを肩に担いでいた。

 

 彼は不思議と落ち着いている。いや、そんな状況は慣れっこだと言いたげに、目の前で浮かび見下ろしている二人の瓜二つの容姿をした童子を見上げていたのだ。

 周囲には玩具を散らかした様に、バラバラになった敵の残骸が錯乱している。老人を中心に散らかっている様から、彼が全て撃退したのだろう。その中には、明らかに人の体躯を越えるモノも存在していた。

 

 「なーに、なになに? おじいさん」

 「なーに、なになに? おじいちゃん」

 

 浮いている二人の童子が老人を見下ろしながら(わら)う。

 

 「さて、()ろうか?」

 

 そんな純粋な悪意を前に老人は一つも焦る様子無く、ただ笑っていた。

 

 「せーっかく、愉しかったにねぇ」

 「あの船団にぶつけるつもりだったのにねぇ」

 

 二人の目的は、言葉にも出た通り“ある船団”に、この星をぶつける事だった。ただ、それだけの為に創り出した惑星。それも、戦略的な意味合いでは無く、理由は至極単純――

 

 ただ、“それが楽しそう”だったからである。

 

 だが、その計画は、わざわざこの惑星に足を踏み入れて、対面した一人のアークスが居た事で破綻した。二人の興味の対象は彼に移ったのだ。

 

 「純粋悪よのぅ。愛の一つでも教示してやるか。そうさのぉ……賭けるのは――」

 

 老人が言う。数時間後には大爆発(ビックバン)を起こし、星が跡形もなく炸裂すると言うのに、そんな事よりも大事がある様に立振る舞っていた。

 

 「なーに、なになに?」

 「なーに、なになに?」

 

 二人は同じ顔、同じ表情で老人と滅びる星で“遊ぶ”ことだけしか考えていない。

 きっと、今まで一番“楽しい時間”になる、と感じていたから他の事など、どうでもよくなっていたのだ。

 

 「六道(ワシ)貴様(きさん)ら命でいいかのぅ? 【双子(ダブル)】――」

 

 砕ける大地。嗤う双子の悪魔。

 老人が所属するのは、『ブラックペーパー』と呼ばれる、オラクルの秩序を乱す存在を排除する秩序調停部隊。

 そして部隊の長を除けば、現段階で部隊に登録されているのは彼が最後だった。




 オーラルの指揮する部隊『ブラックペーパー』は、初期PSOを知っている人なら、ニヤリと来る組織名だと思います。あの、クハハの方が猟犬やってた組織です。
 さて、今回でEP1-4は終わりです。ようやくです。次はオリジナルキャラの紹介をします。そろそろ、情報が溜まってきたと思うので、ここらでまとめのつもりで。

次話タイトル『オリキャラ、オリジナル武器紹介IV』


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オリキャラ、オリジナル武器紹介IV

オリジナルキャラ

 

【シガ】SHIGA

性別……男

年齢……21

種族……ヒューマン

身長……180

クラス……ブレイバー(非公式試験クラス)

好きなもの……女性全般、見たこと無い景色

苦手なもの……女性キャスト

最近始めた事……楽器集め

 

 隻腕、黒髪のヒューマンの青年。

 記憶喪失であるが、楽天的に考えている節があり、アークスとしての活動を優先している。

 それでも、飄々として、どこか女性ばかり追う不真面目さが目立つ性格をしており、任務の最中でも自身よりも相方の女性を気遣うほど。

 己の弱さを強く自覚し、己の求める“強さ”を見つける為に苦悩していた。

 今回、フーリエとリリーパへ降りた事で、己の弱さと正面から向き合い、更に圧倒的な脅威の前に“強く在る”と言う、言葉を思い出し“背に居る誰かを護るための強さ”を見出す。

 女性キャストは苦手だったが、フーリエとの交流によってある程度緩和された。

 

 

【装備】

・フォトンアーム

 シガの左腕の代わりをしている義手。

 元々薄いフォトン適性を、これによって補っており、『フォトンアーム』の機能が停止すれば、アークスとして活動が出来なくなる。

 通常の義手と変わらない外見――『通常状態』と戦闘時にフォトンを強く通わせる事で、爪の着いた手甲の様な姿――『戦闘形態』に外見が変化する。

 周囲のフォトンを吸収し、濃度が高いほど高い硬度と、攻撃力を得る。最大出力は100%だが、出した出力に比例して『戦闘形態』解除時の疲労感は強くなる。

 『フォトンアーム=アイン』になってからは、その懸念も軽減されており、シガも主武器の一つとして数えている。

 

 ■(フォトン・エッジ)

 ・指部にフォトンを集め、切れ味とリーチを変幻させる爪を創り出す。出力によって攻撃力が変わるが、現状、最もイメージしやすい攻撃形状である。

 

 ■(フォトン・ショック)

 ・フォトンアームの表層にフォトンを纏い、敵に接触した際に衝撃を生み出す。接触時でしか発動しないが、面に対する破壊力と発動速度は爪よりも性能が高い。

 

 ■糸

 ・今回、フーリエを護る為に偶発的に発生した技。周囲に漂うフォトンを、武器を介さずその場で細い糸状に密度を集めて出現させ、対象を拘束する事が可能できる。

 現在はその情報だけで詳しい事は不明。

 

 

 

 

【オーラル】ORAL

性別…男

年齢…72

一人称…(オレ)

種族…キャスト

パーツ

・ヘッド…グアルディ・ヘッド

・ボディ…エヴァレット・ボディ

・アーム…エヴァレット・アーム

・レッグ…キオウガイ・レッグ

最近始めた事……記念品集め

 

 虚空機関(ヴォイド)の研究部、室長であるアンドロイド。

 アークスへ提供する技術躍進の第一人者であり、40年前の巨躯戦争(エルダー戦争)にも参加していた歴戦の戦士でもある。

 各方面に広い権限を持ち、世間には広まっていないが、オラクル内部では六亡均衡に匹敵する実力を持つ事で知られており、縁の下でアークス全体を支えている。

 アンドロイドで肉体派に見えるが、どちらかと言うと研究者、開発者としての理が強く、シガのフォトンアームも、オーラルが趣味で造り上げた装備である。

 クーナと共に、リリーパに現れたハドレッドと交戦。その際に持ってきていた武器を使い、ハドレッドのダーカー因子を摘出に成功するも逃げられてしまう。

 その後、暴走しかけた武器を封印し、“休暇”と称してある惑星へ向かった。

 

 

 

 

【六道】

性別……男

年齢……63

一人称…ワシ

 

 謎のジジイ。

以上

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

オリジナル武器

 

惨牙(サンゲキノキバ)

 カタナタイプの創世器と登録されている。既に適性所有者を10人以上変えている曰くつきの武器であるが、その詳細は不明。

 

 外気に晒すだけで、周囲のフォトンを吸収する特性を持つ事から保管時は特殊な封印をされている。敵に斬り込めば一度に膨大な量を取り込むことが出来る。

 ある一定の意志を持っており、最終的にはソレを体現する為の能力として、フォトンの吸収はその副次効果に過ぎないと推測されている。

 その凶悪な特性から他の創世器と違い“適性が無ければ使えない”のではなく“適性が無ければ死ぬ”と結論が出されていた為、所持者は慎重に選定された。

 “ウタ”と呼ばれる所有者を最後に現在は封印されていたが、リリーパでハドレットを倒す為に、オーラルが一時的に開放。しかし、扱いきれず右腕ごと封印する事で事なきを得た。

 その後、ある惑星に運ばれて、その地で管理される事となる。




 とりあえず、オリジナル情報のまとめネタバレにならないように、重要情報は一部外しています。
 六道に関しては、まだチラ見せの形なので割合。次話からEP1-5が開始です。

次章タイトル『Episode1-5 Disease of a dragon 潜む病毒への標』
次話タイトル『Instructor officer アークスの指導者たち』






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Episode1-5 Disease of a dragon 潜む病毒への標
59.Instructor officer アークスの指導者たち


 「? アキ――」
 オーラルはマザーシップの通路を歩いていると“同僚”の後ろ姿を捉えた。
 普段は自らの研究室に籠りっぱなしの彼女が、珍しく出歩いている様を見て声をかけたのである。
 「やあ、オーラル室長。こんなところに何の用かな?」
 「それはこっちの台詞だ。大概はメールでやり取りを済ませるお前が、どういう風の吹き回しだ?」
 オーラル自身も、彼女と何度か仕事をする事があったが、大半の打ち合わせに顔を出さずに、データのやり取りが大半だったので良い顔はしていなかった。
 「失礼だな君は。私としても、己の意に沿わない事柄が行われれば重い腰を上げると言うモノだよ」
 「ある意味問題児だ。お前は」
 「君に言われたくないな。『フォトンガントレット』だったかね? 燃費の悪い武器であり、その他にも問題があると聞いているぞ?」
 アキは腕を組んで告げる。彼女はオーラルが研究している新たな武器に関する情報を掴んでいた。そして、ソレが“失敗”したとも聞いている。
 「人の意志を測りかねた。その代償が『ウタ』だった」
 「苦労するのは互いだね。それでは私は野暮用があるので失礼するよ」
 「そっちは総長の部屋だぞ?」
 歩いて行く先は、めったに人の寄りつかない『虚空機関(ヴォイド)』の総長の部屋。オーラルでさえ、研究結果を直接口頭で伝える以外に踏み込む事は無い場所である。
 「ああ、間違いない。君は私の事よりも、待たせている児童の元へ向かいたまえ」
 その言葉を残して歩いて行く背中へ、オーラルは“その計画”を始めてからの違和感を確かめる為に問う。
 「……やはり龍族の生体データはお前の物か」
 その言葉にアキは足を止めた。
 「ルーサーは、創世器の研究をしているからな。急に別の部署に手を出してくるのは、おかしいと思っていたところだ」
 あの総長が直接意見をしてくるなど、それなりの“要素”を手に入れたからだとオーラルは推測していた。そして、彼女がアムドゥスキアの龍族の研究をしていた事も知っている。
 「……なぁ、オーラル室長。これは本当に――」
 「『オラクル』の『虚空機関(ヴォイド)』だ。お前が間違いなく所属している、研究機関だよ」
 その言葉は、この『虚空機関(ヴォイド)』で、彼女が他者から聞かされた“唯一の真実”だった。
 「そうか……ソレを聞いて決心がついた。例を言う」
 「……責任を感じているのならお門違いだ。お前はただ、結果を出しただけで勝手に流用したのはこちらだぞ」
 「だが、始まりは私だ。卵が先か、鶏が先か。今回は明らかに私が発端だ」
 だからこそ、自身の責任であると彼女は研究者としての意志を曲げない。
 「そうでなければ、“仕方がない”と自身に言い聞かせて命を奪っていた龍族に申し訳が立たないのだよ」
 「贖罪のつもりか? 責任の矛先を考える前に、自分に出来る事を見直した方が良い」
 アキは背を向けたまま、オーラルの言葉に思わず笑みを浮かべた。やるべき事は解っている。ただ、今のままでは明らかに良い結果にはならないと解っているから、行動を起こしていたのだ。
 「その助言は参考にさせてもらうよ。それでは」
 「アキ、あまり思いつめるな。これは研究者が必ず通る道だ」
 「ああ。知っている。だが、私は()()()できそうにない」
 振り返る事無く、総長(ルーサー)の元へ歩いて行く彼女へ、オーラルは背中合わせに別れる。彼もまた、ルーサーより任命された新たな実験の役員に選ばれていた。
 そして、アムドゥスキアの龍族研究の第一人者である同僚の白衣の姿を見たのは、ソレが最後だった。


 「とりあえず、今はこれで全部です」

 「おっけー」

 

 シガは、アークスロビーでアザナミにリリーパでのカタナの収集データを渡していた。

 砂塵地域における武器の出力増減とフォトンの伝達性の比率。その情報によって、クラスに適した調整が成され、武器にも適応し、ブレイバー独特の“特性”として確立されるのだ。

 

 「ふむふむ、なるほどね。ヒット&アウェイは意識してたけど、取り回し辛い武器と相性がいいのは大きな意識点だね」

 

 その場でデータを簡単に閲覧するアザナミ。シガとフーリエの立ち回りは、射撃職(レンジャー)でも特に扱い辛い武器――ランチャーとの相性の良さを認識する。

 

 ハンターの様に、その場で耐える前線では広範囲を破壊する事に特化したランチャーでは相性が悪い。レンジャーでも次弾を撃つまでの間を押さえつける能力に難がある。フォースでは、前線を護る関係上、どうしてもランチャー以外の武器を使わざるえない。

 だが、ブレイバーは違う。前線で滑る様に軽快に動き、敵を翻弄する事で各個撃破する。集団が相手でも、その速度と攻撃力で強引に一対一に持ち込む事が最大の特徴だ。

 

 だからこそ()()()()。敵を一点に引付ける能力ではハンターよりも高く、それでいて離脱もしやすい。そこへ、広範囲を攻撃できるランチャーは連携をしていれば凄まじい戦果を生むだろう。

 

 「フーリエさんの腕がいいって事もありますけど」

 「そんな事はないよ。シガもよく動けてるし、彼女も戦いやすかったんじゃないかな?」

 

 誰かの役に立てた。そう実感できる言葉を貰い、不思議と笑みが浮かぶ。必死に前に進もうとしていた事もあり正当に評価されると嬉しい。

 

 「そう言えば、アザナミさんの方はどうなんですか?」

 

 実地データは問題なく集まっている。だが、有益な情報が集まっても、他のクラスの容認がなければ意味をなさない。

 

 「今は他のクラスの責任者と、教導官の承諾を得てる最中。スムーズにいけばいいけど、中には癖の強いのも居るからねぇ」

 「あー、分かります」

 

 ちらっと、リサさんを見る。彼女は丁度、レンジャーのアークスに依頼を出している所だった。と、こちらの視線に気がついた所で視線を逸らす。

 

 「――――そ、それで。オレが引き続き出来る事ってあります?」

 

 咄嗟に目を逸らしたが、ギリギリ気づかれていなかっただろう。

 

 「そうだねー、クラスの責任者にはこっちで接触するから、教導官の方に話を通しておいてほしいかな」

 「教導官――」

 

 と、再びリサへチラッと視線を向ける。この任務は彼女が一番の障害だろう。

 すると、リサはクラスカウンターの前で、別のアークスへ依頼の達成報酬を渡している。

 

 ん? さっきより近づいている様な……

 

 「あれ、誰か知らない? ハンターはオーザ、フォースはマールー、レンジャーはリサで――」

 「あ、いえ、知ってますよ? 大丈夫です。顔見知りですので」

 

 そう……恐怖の顔見知りが――チラっ……

 リサはシガに背を向け、ドリンクの関係者であるファイナと話していた。

 ち、近づいてきている!?

 

 「ファイター、ガンナー、テクターはバルハラだから――って聞いている?」

 「え、は、はい! 聞いてマスヨッ!」

 

 どこかで聞いた、メ○ーさんの怪談を彷彿とさせるホラー実体験(リアルタイム)に、声が裏返りつつも何とか返答する。

 

 「じゃあ、よろしくね。前に責任者と話す時に、教導官の人とは話したけど皆良い人だったからさ。知り合いなら、スムーズに話も行くでしょ?」

 「任せてください」

 

 リサさん以外は……チラっ――

 

 「――――」

 「――――ふふ」

 

 幽霊の様に立ち、こっちを見ている。眼が確実に合った。距離は5メートルを切っている!?

 

 「仲も良さそうで何より。じゃ、よろしくねー」

 

 シガに渡されたデータを持ってアザナミは去って行く。そして、その場で一人残された。周りにはアークス達が絶えず行き交っている。そう、一人ではないのだ。無いのだが――

 

 「さっきからぁ。チラチラとリサを見ててますけどぉ。何か用ですかぁ?」

 

 肩口から耳元にそんな声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 「――――」

 

 速攻で走って逃げる。もう、何と言うか本能的な恐怖が完全に逃げろと言っていた。

 

 例えば、恐い話を聞き、夜道を歩いていると感じる恐怖と同じだ。実際にいないと言い聞かせながら歩いた先でソレと遭遇した時の恐怖は半端無いだろう。

 現状は、ソレと同じなのだ。そんな状況に遭遇したらどうするか? 大半の人が逃げる。中には対峙しようとする猛者がいるが、オレはその他大勢なので当然“逃走”を選択する。

 

 「あら? あらあらあらあら。そう言うのって、あんまり良くないんじゃないですかあ? ふふふ」

 

 走り出した瞬間、リサに襟首を掴まれてシガの足が浮く。そして、そのまま足を延ばして座る様な姿勢で、恐る恐る掴んだ本人を彼は見上げた。

 

 「リ、リサさん……どうも! ごきげんよう! さようなら!」

 

 恐るべき、キャストの反応速度とパワー。体格はシガより小柄にもかかわらず男性キャストとの性能差は殆ど無い。

 

 「あらあら、ごきげんよう。リサは挨拶してもらって、とーっても嬉しいですよお」

 「あはは。そうですか」

 「そうですよお。でもぉ、人の顔を見て急に逃げるのは、失礼だと思いますねえ」

 

 ハッ! リ、リサさんが真面目な事を言っている!? ど、どうなっているんだ!?

 

 「人として、当然ですよお。後ぉ、思った事が声に出ているのも、いただけないですねえ」

 

 リサはシガが逃げないと思ったのか、襟首から手を放す。変に注目が集まって来たので、シガは有無を言わさずに立ち上がった。

 

 どうやら……オレは途轍もない勘違いをしていたのかもしれない。うん、きっとそうだ。だって普通に考えて、敵をいたぶって、悲鳴を聞く事が趣味の危険思考の変人が、クラスの教導官に任命されるハズがないのだ。

 

 「すみません。オレ、リサさんの事、誤解していたみたいです」

 

 こういう風に考えられるようになったのは、フーリエさんとの交流による所が大きいだろう。苦手なモノは少しずつ克服していかないとね。

 

 「何だか知りませんが、お役に立てて、リサはとーっても嬉しいですよぉ」

 

 ちょっと変な人だけど、本来は真面目で普通な女性なんだろう――

 

 「では、リサは失礼しますよ。これからアムドゥスキアに行って、整備したライフルでぇ、龍族の四肢を吹き飛ばすんですよぉ」

 「…………」

 「最近は凶暴性が上がっている様なので、正当に撃てるんですねえ。おや? おやおや。シガさんも興味ありますかあ? リサは実の所、シガさんの方が興味あるんですよお。無駄に抵抗してくれそうですし~」

 

 前言撤回。やっぱりこの人に対するオレの認識は少しも間違っていなかった。そして、絶対にフィールドでは彼女と遭遇しないようにしよう。

 

 

 

 

 

 「いいか、決して精進を忘れるな! これから、色々な力の前に迷いが生じる事もあるだろう!」

 

 ロビーのゲート前で、帰還した一つのパーティーから聞こえてくる声は、アークスシップでも馴染みのある声だった。

 

 「だが、コレだけは覚えておけ!」

 

 腕を組んで声を張り上げるのは、シガとは色違いの服装(コスチューム)――クローズクォーター影を着た男だ。長髪をオールバックにして後ろで一つにまとめており、その声はロビーに良く通っていた。

 

 「迷ったら、ハンター! これは、鉄板だ!」

 「はい!」

 「よし、俺が教示できるのはここまで。後は、各員で努力する様に! 解散!」

 

 はきはきとした声の主は、実に満足そうに歩いて行く若いアークス達の背を眺めていた。

 

 「ありがとうございます! やっぱりフォースに変えてよかったです!」

 「む!?」

 

 その時、背後でそんな声を聞き、バッと後ろを振り向く。視線に移ったのは、一人のヒューマンの若者が、背の低いニューマンの女性へお礼を言っている姿だった。

 

 

 

 

 

 「貴方は三世代だけど、どちらかというとフォースの特性が強かったから。今までは無理に他のクラスで戦っていたみたいだけど、まずはフォースで基盤を作ってから他のクラスに挑戦すると良いわ」

 

 クラスカウンターの前に居るフォースの教導官を務める小柄なニューマンの女性は、依頼の報酬をヒューマンの青年に手渡した。

 

 「頑張ってね」

 「はい!」

 「ちょっと待った!」

 

 そこへ、先ほどのヒューマンの男が割り込んでくる。その姿を見て、ニューマンの女は一瞥すると、もう行っていいわ、と青年を解放した。

 

 「おい。一体どういうつもりだ?」

 「……何の事かしら?」

 

 少しだけ不機嫌な剣幕で、ニューマンの女は、ヒューマンの男を見上げる。

 

 「彼は、数日前に俺がハンターとしての資質を見出してやったんだ。それを無理にフォースに勧めるなど、危険であると解らないのか!?」

 「……なにそれ。彼は自分の意志でフォースが合っていると判断して私に相談したの。無理に不適合のクラスに誘導するのは、無理意地じゃない」

 

 互いに互いを理解し合えないのは、互いを理解しようとしていないだけなのだが、この二人の場合は向かい合うだけで喧嘩になってしまう。

 

 「フォースでは、彼は十全に戦えん! 塞き止めるがごとく敵の前に立つハンターこそが確実な特性だ!」

 「ハンターはうるさいし、攻撃の射線を遮るし、もしかすればレンジャークラスもハンターの立ち回りを不満に抱いているハズよ」

 

 バチバチ、と怒りの火花が散る。そこへ、

 

 「あ、丁度良かった。お二人さん。ちょっと話が――」

 「シガ!」

 「……シガ!」

 

 話しかけた瞬間に、勢いよく名前を呼ばれてビクッと反応してシガはたじろぐ。

 

 「な、何ですか?」

 「お前は、最も戦いで適したクラスはハンターだと思うよな!」

 「何を言っているの? シガの法術特性はB。何よりもフォースの方が有益であると解っているのよ」

 「あ、あの……」

 「間違いなくハンター!」

 「絶対……フォース!」

 「ちょっと、二人とも――」

 「「どっちだと思う!!?」」

 

 オーザとマールー。

 二人は周囲でも良く知られた互いに互いのクラスを批判している程に仲の悪い関係の教導官だった。




 ようやくオーザさん出せました。どのタイミングにしようかと悩んでいましたが、ここで出せてよかった。
 EP1-5の最初はオリジナル展開で行きます。

次話タイトル『I have a good idea 名案』


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60.I have a good idea 名案

 「って事があったんだけど、シオンさんはどう思う?」

 

 例のごとく、時間の止まった世界でシガは慣れた様に、シオンと邂逅していた。

 とは言っても、こちらから接触する事は出来ないのでシオンからの一方的なアプローチだが、シガとしては別に彼女の事を特別視はしていなかった。

 

 「……確執は簡単に払う事は出来ない。道が違えば、その間には亀裂が生まれる。人の本質。されど、それを繋ぐのも人の本質」

 「なんか……オーラルさんに言われてるみたいだ」

 「彼も又、本質の中に生きている。故に、眼をそらさずにまっすぐ結末へ歩を進めている」

 

 知らず内にこちらの事情を知るシオンさん。つまるところ、何らかを要して常に、こっちの動きを把握しているのだろう。

 

 「貴方も、多くを見るだろう。この後も、この先も、この前にも。だが、そこから目を逸らしてはならない」

 

 未来は誰にも解らない。だから“未来”なのだと言いたいようだ。大切なのは……未来を知った時、不都合な事から目を逸らさずに己の意志を貫くと言う事らしい。

 

 「事実へと通暁し、解へと至る。それは、貴方のみに……貴方だけに許されることである」

 「オレだけが……許されたこと?」

 

 シオンはゆっくり頷くと、瞳を閉じて考える様に胸に手を当てる。

 

 「本来はわたしとわたしたちの責務。だが、それには能わず……わたしとわたしたちはただ知るのみ。道を外れし道理は霧散する。故にわたし(しょく)し、託すしかできない」

 「…………」

 「貴方は貴方であればいい。今はこの言葉への理解も理会も不要と、わたしとわたしたちは判断する」

 

 本当に、申し訳なさそうな表情を作るシオンを見て、シガは逆に微笑みを向けた。

 

 「気にしなくてもいいよ。オレはオレだ。ソレを見失う事は絶対にない。だから、シオンさんも偶には笑ってよ。女の子は笑わなきゃ損だよ?」

 

 その言葉に、シオンは驚いたように目を見開く。貴重な彼女の表情の変化にシガは、ただ喋るだけの存在ではなく感情を持った“人”であると嬉しくなった。

 

 「今は信じて欲しいと、それしか言えない」

 「愚問だねぇ。そんなのは、本当にささやかな問題だよ」

 「貴方に……感謝を」

 

 

 

 

 

 とりあえず、シオンさんの話は後で考えてまとめるとして、当面は目の前の問題を片付けなければならない!

 クラスの教導官たちへのブレイバーの容認。

 オーザさんと、マールー先生は犬猿の中。リサさんに至っては、一対一での接触は控えたい。一筋縄ではいかない。こんなに難しい任務(ミッション)だったかしら?

 

 「うーむ」

 

 何かいい方法は――

 

 「シガ」

 「あら、シガさん」

 

 考え事をしていると、フィリアさんとマトイに遭遇した。と言っても、オレはショップエリアの手ごろなベンチに座っていただけなので、あちらがこちらを発見した形である。

 

 「どうも。二人とも買い物?」

 「近い内に、メディカルセンターの開院記念会があるの」

 「へー」

 

 マトイは遠足を明日に控えた子供の様な雰囲気で楽しそうに告げた。彼女たちの抱える紙袋には、色々なパーティー用のルームグッツが詰まっている。

 

 「シガも来るでしょ?」

 「まぁ、マイホームパーティーとあれば、行かないわけにはいかないでしょ」

 

 度々お世話になってるし。久しぶりに任務を忘れてじーさん、ばーさんと老後の話に花でも咲かせよ――――

 

 「…………これだ」

 「どうしたの?」

 「マトイ、パーティしよう!」

 

 その言葉に、きょとんとするマトイ。フィリアもシガの考えを読み切れず、その場では頭に疑問詞を浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

 

 「パーティ?」

 

 シガはアークスロビーに居るアフィンを手始めに捉えた。明日に自身の自室に集まって、他のアークスとの交流の延長として、パーティをする旨を伝える。

 

 「そう。そっちも、他のアークスと関係は持ってても損は無いだろ? オレとしては知り合いを紹介したいってのもある。交流パーティ!」

 「なーんか、裏がありそうな雰囲気満々なのは、気のせいで良いのか?」

 「ぬぅ、相棒よ。疑うもんじゃないぜ」

 「腹を割って話してくれよ。困ってる事があるなら、協力するからさ」

 

 うーむ。確かに正面からちゃんと話せばアフィンは協力してくれるかもしれない。ここは一つ、親友にも手伝ってもらおう。

 

 「実はな、今、ブレイバーの――」

 

 シガは、パーティと言う名目で、教導官の面々を一度にアザナミと引き合わせようと考えていた。

 正直言って、あの三人は知り合いと言っても正面からでは荷が重い。

 

 天真爛漫のアザナミさんや他の面子に緩衝剤になってもらって、どさぐさに紛れて容認してもらうと言う、浅いようで意外と有効な手段だ。

 その為に、パーティという要素で違和感なしに引き合わせる作戦を思いついたのである。

 

 

 

 

 

 「アザナミさんはおっけー、と――」

 

 アザナミさんは、雰囲気的に祭り好きな感じがジャストで的中し、二言で“行く”と言ってくれた。これで二人、いや三人か。

 その時、電気の様な感覚が頭を通り抜けた。

 

 「おっと。センサーが反応しましたよ。困った女の子の――」

 

 ジグじいさんでも誘おうと思ったが、彼は丁度居なかったので、仕方なしに帰ろうとしたところで、隅の花壇で座っているニューマンの少女を発見。

 

 「はぁ……」

 「ねぇ、知ってる? ため息をすると、それだけ幸せが出て行くんだってさ」

 

 そんな事を言いながら、近づくシガにニューマンの少女――ウルクはいつもの元気の感じられない様子で顔を上げた。

 

 「……あ、こんちはっす」

 「あらら。だいぶ元気がないみたいだね」

 

 いつもなら、太陽の様なエネルギーを発するウルク。だが今は、最低限のエネルギーだけを確保した乾電池の様な弱々しさだ。

 

 「たはは、面目ない。前にシガさんに、アークスになれないなら、その関係役職に就けばいいって言ってくれたでしょ?」

 

 ウルクはフォトンの才能が無くても、アークスに関わる何かがしたいらしい。

 だが、シガも後で知ったのだが、ショップやロビーカウンターの人間は、有事の際に戦闘要員としても召集される事があり、その時に戦える者としても数えられている。

 過去に幾度とアークスシップが襲撃された事もあり、年々、その規定は厳しくなっているのだとか。

 

 「だからさ、戦う才能がない人は、ちょっと難しいかもって言われてさ」

 

 どれだけ、やる気があっても結局は、“才能”の一言で片づけられてしまった。その理不尽に夢の全てが否定された様に感じてしまったのだ。

 ウルクは天井を見上げる様に、身体を後ろへ逸らす。

 

 「正直、今回ばっかりは堪えちゃってさ。せっかく目標が見え始めたのに……はぁ……」

 

 再びため息を吐くウルク。シガは自身の左腕を意識した。

 彼も、『フォトンアーム』が無ければアークスとしての活動は出来ないのだ。彼女の気持ちは痛いほどよくわかる。

 

 「……! じゃあ、そんなウルクさんに耳寄りのイベントがあるんですけど、参加しますか?」

 「イベント?」

 「パーティするんだ。色々と現役アークスの人が来るから、今後の参考になると思うよ。それと友達も誘って来なよ」

 

 

 

 

 

 「シガ」

 「お、マトイ。どうだった?」

 「フィリアさんは、時間作ってくれるって。私も一緒に行くことになったよ!」

 「いやー、本当にありがとうね。オレの知り合いって、男ばっかりだからさ」

 

 むさ苦しいパーティだけは絶対に避けなければと思っている。やっぱり、ワイワイ騒ぐなら花が無いとね!

 

 「それで、私は次に何をすればいいかな?」

 「ちょっと、説得をば」

 

 こっちこっち。と、シガはマトイを手招きすると物陰に隠れて、ある人物の様子を伺う。マトイもシガのマネをして物陰から顔だけを出して彼の注視している人物を見る。

 

 「右、リサさん無し。左、オーザさん無し」

 「?」

 「よし、あの人を説得に行くよ!」

 

 シガは、フォース寄りのフォトン適性を持つマトイを表に立たせ、フォースの教導官――マールーをパーティに誘う作戦に出たのだった。




 パーティ編です。本編では、他キャラとの交流や関係はほとんどないので、全くのオリジナルな会話になっていきます。公式がなかなか他キャラ同士のかかわりをやってくれないので。
 パーティ編は大体七話くらいを予定していますが、前後する可能性があります。アキファンの人は、もう少し待ってください。
 
次話タイトル『Differences of mighty will 確執と因縁』


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61.Differences of mighty will 確執と因縁

 「つまり、別の角度から他のクラスも見てみる方がいい……と?」

 「はい。確かに、フォースは素晴らしいと思いますけど、そこに欠点が無い訳じゃないですよね?」

 

 シガはマトイと共に、マールーをパーティに誘うべく説得していた。普通に説得して誘っても先生は参加してくれるだろうが、教導官三人を同時に引き合わせるとなれば話は別だ。

 

 「それは、わたしも重々承知しているわ……だからこそ、欠点を補う相手を選んで組む必要があるの。特にハンターはダメよ。邪魔なだけだから」

 「むぅ」

 

 先生のハンター嫌いは相当なものだ。ていうか、単純にオーザさんが嫌いなだけの様な気がする。オーザ=ハンター。という縮図が彼女の頭の中で定着してしまっているかもしれない。

 一応、パーティには彼女の宿敵であるオーザさんも誘う関係上、ここで下手に嘘をついて返事をとっても逆効果にしかならないだろう。

 

 「……でも……任務って、思った通りに行かない事が多いんじゃないかな?」

 

 思う所があったのか、マトイが横から声を挟む。

 

 「自分だけの力じゃどうしようもない時に頼れるのは、自分の思いを預けられる仲間だと思う」

 

 

 “事情は分かった。背後はオレに任せろ。お前は……アイツをやれ!”

 “わかった”

 

 

 彼女の言葉が見せかけでないように、その意志を強く現した表情が、何かの瞬間と重なって見えた気がした。

 そう、オレもそうだ。色んな人と共に背を預けて戦ったからこそ、アークスとして生きる意味を強く感じる事ができているのだ。

 

 「マトイちゃん。言うねぇ~」

 

 と、シガの発言で自分が偉そうな発言を自覚したマトイは慌てて頭を下げて謝罪する。

 

 「ご、ごめんなさい! 私……偉そうな事を――」

 

 慌てるマトイちゃんも可愛いなぁー。と、シガはのんきに眺めていた。

 

 「……そうね。わたしも、ちょっとだけ頭が固くなってたみたいね」

 

 どうやらマールー先生はマトイの意志に共感してくれたようだ。今がチャンスとシガは畳みかける。

 

 「先生。明日、オレの部屋でパーティするんですけど、先生もどうですか?」

 「いいわよ。それはそうと、マトイさん? だっけ」

 「は、はい!」

 

 名前を呼ばれて、ピシッと背筋を伸ばすマトイ。なんか挙動一つ一つに愛らしさを感じるなぁ。

 

 「あなたも参加するの?」

 「はい」

 「あなたのフォトン特性は……フォースに適している。ぜひ、アークスとして活動して見ない?」

 

 

 

 

 

 マールー先生によるマトイ捕獲作戦を“あ、ちなみにオーザさんも呼びますよ”という発言で何とか撒くと、次はゼノ先輩を補完する為にショップエリアへ移動した。

 

 先生は、“オーザさん”というキーワードに、見たこと無いしかめっ面を晒していたが、何か言う前に退却したので“来る”と言う言質は取った。言ったことは守ってくれる人なので、パーティには来てくれるだろう。

 

 「う~、なんか……オーラルの喋り方がうつった気がする……」

 「いや、実はあれが素だったりして」

 「もう! シガはすぐそう言う事言う!」

 「あはは。いや、おにいさんはね。実の所、心配してたんだよ」

 

 マトイも自分と同じ記憶喪失の身。だから、何かしら不安や迷いが日々の生活で大きくなっている可能性も懸念していたが、ちゃんと自分の思った事を言えるように成長しているようだ。

 

 「マトイも、ちゃんと前に進んでるみたいで一安心ですよ」

 「……私は、ちょっと心配かな」

 

 少しだけ意味ありげな言葉と、暗い表情になったマトイの様子は見逃せなかった。

 

 「? 何が?」

 「シガには言えないことー。いつもからかうから、そのお返し」

 「ぬぅ……」

 

 その様子にマトイは、ふふっと笑う。出来るようになったのぅ……マトイさん。

 

 “ふざけるなよ、テメェ!”

 

 その時、そんな声が聞こえて、二人はショップエリアが騒がしくなっている様子に気がつく。シガとしては目的の人の声であったために、その元へ歩を進めた。

 

 

 

 

 

 ゼノは『オラクル』でも優れたアークスとして認識されている。

 第二世代にも関わらず、自らの適したクラス以外で標準以上の立ち回りが出来ている彼は、新人アークスへの面倒見もいい。人格的にも実力的にも、上層部からは高い評価を得ていた。

 

 対するゲッテムハルトは『オラクル』でも問題児として認識されていた。

 粗暴で、マナーも悪く、他のアークスの任務に割り込んで担当アークスを危機に晒した事もある。だが、そんな彼が未だに拘束されず、状況注意だけで済まされているのは、その圧倒的な実力にあった。

 あの、オーラルが次代の『六亡均衡』の候補に挙げる程のセンスとフォトン適性を評価していたが、ある事件を境に“人格的に問題あり”と評価から外された経緯がある。

 

 二人は優れたアークスであり、その力を行使する方向性(ベクトル)は違えど、ダーカーを滅ぼす、という結果だけは揺るがないモノだった。

 

 「……ふざけるなよ、テメェ!」

 「いいぜ、ゼノォ! 来いよ! オマエとなら……それなりに楽しめるからなァ!」

 

 そんな有名なアークスである二人が、人の行き交うショップエリアの広場で衝突していた。思わず足を止めるアークスは居るが、ゼノの相対している者がゲッテムハルトであったため、皆関わりにならないようにそそくさと去って行く。

 その為、二人を止める役目を担っているのは、相方の二人だけだ。

 

 「ゼノ、落ち着いてって!」

 

 アークス同士の衝突はご法度である。ゼノ側にいるエコーは、冷静に状況を見て手を出さないように彼を静止していた。

 

 「ちょっと、メルフォンシーナ! あなたもそっちの、凶暴バカを止めなさいよ!」

 「……一体誰の事を差しているのか、私にはわかりかねます」

 

 対するゲッテムハルト側にいるメルフォンシーナは、彼が何をしようと傍観を決め込むつもりだった。

 挑発するゲッテムハルトに、今にも殴り掛かりそうなゼノ。この場でまともな精神で静止をかけているのはエコーだけ。警備のアークスが駆けつけるのも時間の問題であった。

 

 「ちょっとちょっと、お二人さん! めっちゃ注目されてますよ!」

 

 その場へ声を挟んだ、勇気のあるアークスはシガだった。ゼノとゲッテムハルトはそれぞれ、マトイを連れた彼を一瞥する。

 

 「シガ……」

 「……チッ、間の悪いヤツめ」

 

 ゲッテムハルトは、気勢が削がれた様に一度、ため息を吐くとゼノに皮肉を言いながら歩き出す。

 

 「じゃあなァ、ゼノ。甘ちゃんは甘ちゃんらしく、ザコ共とピーピー慰め合ってな!」

 「……それでは、失礼します」

 

 最後まで、狂笑を浮かべながらゲッテムハルトは去って行った。

 

 「あ、まいったな……ゲッテムハルトさんの連絡先聞き忘れた」

 

 殺伐した空気の中でも、シガは己を見失っていなかった。

 何と言うか、ゲッテムハルトさんに足を折られたわけだけど、別に恨んでいるつもりも無ければ、怖いと感じている訳でもない。(寧ろ、リサさんの方が数倍コワイ)

 

 「タイミング逃しちゃったなぁ……」

 

 それどころか、明日のパーティに誘おうかと思っていた。

 

 「シガ……今の人って?」

 

 マトイは歩いて行くゲッテムハルトの背を見ながら、その凶暴性からシガとの関係が気になっていた。

 

 「ああ、ちょっと任務で何度か世話になってる人。マトイも助けられたことあるよ」

 「え?」

 「最初に救助した時、ゲッテムハルトさんが居なかったらオレも君も、今ここには居ない」

 

 まだ、届かない背中だけど……必ず()()()()()見せる。自然と生身の右手に力が入った。

 

 「…………」

 

 その背中を見るシガの表情を見てマトイは気落ちする様に表情が下を向く。

 

 「ゼノ……」

 「……悪かった、エコー。手間かけちまったな」

 

 すると、その声を聞きシガは本来の目的を思い出しゼノへ振り向いた。

 

 「大丈夫ですか? ゼノ先輩――」

 

 ゼノとゲッテムハルトはシガから見れば正反対の性質だと思っていたが、まさか二人が知り合いだとは思わなかった。しかも相当の確執がありそうだ。

 

 「ああ、格好悪いところを見せちまったな」

 「凄く、格好悪かったですよ~」

 

 ゼノは茶化すシガに高速で回り込むと、古いプロレスの絞め技を極める。

 

 「格好悪くて、わ・る・か・っ・た・な!」

 「ギャー!」

 

 変な悲鳴を上げるシガ。彼の意識が完全に消えてからゼノは解放すると、少しだけどこかすっきりした感じだった。

 

 「ったく……出来た後輩を持つと、先輩は苦労するぜ」

 

 あのままでは間違いなくゲッテムハルトと衝突していた。あの場を治められるのは、ただのアークスでは荷が重い。特に、レギアスやオーラルの様な、有無を言わさない実力者でなければこうも穏便には行かなかっただろう。

 

 「気持ちは解るけど、せめて場所を選びなさいよ」

 

 エコーも、ゲッテムハルトとの衝突は仕方ないと諦めていた。ゲッテムハルトとゼノの二人の関係は、ただの“仲の悪いアークス”では済まされないからである。

 

 「……だな」

 

 明らかに冷静さを失っていた数分前の自分を思い出しつつ、ゼノはポリポリと後頭部を掻く。

 

 「それで、君はシガの友達?」

 

 エコーは、気を失ったシガにオロオロしているマトイに声をかける。

 

 「は、はい! えーっと……こんにちは!」

 

 初々しいその様子にエコーはあまり他人とのコミニュケーションが慣れていないと察して口調を和らげる。

 

 「おーい、シガ。起きろー」

 

 ゼノは自己責任で気絶させたシガの意識を引き戻す。

 

 「ハッ!? 痛てて……ちょっとは加減してくださいよ」

 

 シガは首の調子を確認しながら、立ち上がり記憶と現状を何とか思い返す。

 

 「大丈夫?」

 

 マトイは心配そうに近づいて来ると、自然な動きでシガの傍へ寄った。

 

 「シガ。紹介してくれないの?」

 

 小動物の様にシガの影に隠れるマトイを見ながらエコーは問う。

 やれやれ、とエコー側に戻ったゼノも、この場の人間関係を問題なく繋ぐ事の出来るシガの言葉を待った。




 人が着々と集まりつつあります。もう、誰がパーティーに参加するのか決めているので、もう一悶着あります。
 あ、次はゲストで後輩が出てきます。

次話タイトル『Apprentice Braver 剣士見習い』


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62.Apprentice Braver 剣士見習い

 「そうか。手伝ってくれるか! 相棒(アフィン)よ! そんじゃ、そっちのメインクラスの教導官を誘ってくれ! 任せたぞ!」

 

 と、一方的にそれだけを言い残すと相棒(シガ)は、ぴゅー、と走って逃げて行った。そして、言い返す間もなく、安請負(やすうけおい)したことを後悔しつつも、今更責任を放棄する事も出来なかった。

 

 「……相棒。最初から、このつもりだったか……」

 

 協力すると言い出したのは自分だが……そう、自分だけれども! ちゃんと何をするのか聞いてから返事をするべきだったなぁ。

 正直言って、リサさんは苦手なのだ。そりぁ、最初の頃はレンジャーというクラスで戦っていく関係上、彼女の教えに感心する事は多かった。相棒も、試作クラスで頑張っている事もあり、次に組んだ時に出来るだけサポートしてあげようと精進したのである。

 だが、彼女に関わって少しずつ苦手意識が生まれるのは必然と言っても良いだろう。寧ろ、リサさんを“普通”だと断言できる人の方が少ない。ていうか居ないかもしれない。

 

 「っと、噂をすれば――」

 

 アフィンは、満足そうに帰還したリサの姿を捉えた。そして、意を決して声をかける。

 

 

 

 

 

 『せっかく誘っていただいたのですが、明日も任務でアークスシップには帰れそうにないんです』

 「あ、別に気にしないでください。こっちとしては急な事だったので」

 『次の機会にはぜひ! 絶対に、時間を作ってお伺いします!』

 「はーい。任務、頑張ってください」

 『はい。それでは失礼します』

 

 シガは端末を経由した連絡を切る。会話相手は前の任務にて連絡先を交換したフーリエであった。彼女は是非とも参加してほしいと思っていたので連絡を取ったのだが、最近のリリーパは色々と騒々しい。リリーパ族との仲渡し役であることもあり、あちらこちらから依頼が舞い込んでくるのだろう。

 

 「どうだったの?」

 

 マトイが結果を尋ねてくる。

 

 「仕事だって。しょうがない」

 

 出来るなら、マトイにフーリエさんを紹介したかったが、今リリーパは色々と大変な時期だ。今度手伝いに行こう。

 

 「それで、なんで俺を連れてるのか説明してくれんのか?」

 

 シガは、マトイに続き、もう一人の仲間(パーティ)を加えていた。仲間の名前はゼノ。シガの先輩アークスである。

 

 「ちょっと癖の強い人が居ましてね。おっと、マトイはそろそろフィリアさんの所に帰った方がいいんじゃない?」

 

 端末のデジタル時計を見せてあげると時間の事を忘れていたマトイは、あわわ! と慌てて走って行った。

 

 「うむ。時間的にいい感じ」

 「シガ。どういう事かちゃんと説明してくれよ」

 

 シガはゼノとエコーをパーティに誘った。そしてエコーはパーティで前に撮ったアークスのPVを見せるとデータを倉庫から引っ張り出しに行っており、この場にはいない。

 

 「だから、ちょっと一筋縄ではいかない人が居まして、その人をパーティに誘いたいんですよ」

 「ふーん。で、それって、まさかオーザじゃねぇよな?」

 「あ、そのまさかです。ささ、先輩。現役のハンター同士、上手く説得をお願いします!」

 「おいコラ」

 「む! そこにいるのは、シガ!」

 「わわ。来たァ!」

 

 ささっと、シガはゼノの影に隠れる。

 

 「よう、オーザ。相変わらず熱血やってんな」

 

 と、ゼノは頼もしくも前に出てオーザと会話を開始した。彼を仲介してオーザを説得する作戦であり、予想通り話は弾んで行く。なんか、パーティに誘う事とは全く別の会話(フォトンアーツや立ち回りなど)をしている。

 

 「なんじゃ? ゼノじゃねぇか」

 

 すると、その場へ第三者の声が入って来る。聞き慣れない声に、シガはそちらへ視線を向けた。

 

 

 

 

 

 そこには、あまり見ない和服を身に包んだ一人の老人。シガよりも高い身長に、短髪を逆立てるように後ろに流していた。

 

 「六ジイ!」

 「六道殿。お久しぶりです」

 

 なんだ、このジイサン? と疑問詞を浮かべるシガを余所に、知り合いらしいゼノとオーザはそれぞれ反応を見せる。

 

 「かっかっか。相変わらず、暑苦しいハンター共よ。少しは浮いた話とかせんか」

 「おいおい、勘弁してくれって」

 「そのような事にうつつを抜かしている場合ではないのです」

 「なんじゃつまらんのぅ。任務明けの老人をいたわる事もしらんのか」

 

 と、今度は六道の視線にシガが入る。シガは、どうも、と軽く会釈した。

 しかし、対する六道は少しだけ驚いたような表情の後、何かを考える表情へ変わる。

 

 「……なんじゃ、そう言う事か。ゼロの奴め……」

 「?」

 

 とシガを見る六道の眼は、どこか懐かしむようだった。特に言葉の最後の方は消える程に小さく呟いていたため、シガには聞こえていない。

 

 「して、ボウズ。名はなんという?」

 

 ゼノ先輩や教導官のオーザさんが敬意を払う相手だ。それに、立ち振る舞いから気配まで、相当の実力者である事は初対面でも判断できる。ここは、機嫌を取っておいた方がいいだろう。

 

 「シガっす」

 「“シガ”――か。良い名だ。名付けた者はさぞ(ほま)れじゃろう」

 

 六道は優しく微笑む。その様子はシガとしても、どこか心から安心できるモノがあった。なんとなくだが、六道(かれ)の事を知っている気がする――

 

 「あの――」

 「そうだ。六ジイも、パーティに来ないか?」

 

 その言葉を中断する様にゼノが声を出した。オーザが首を傾げ、六道が聞き返す。シガもすっかり忘れていたと思い出し、その事を切り出す。

 

 「パーティ?」

 

 明日にシガの自室で行われる身内だけの小さなパーティ。今、人数集めをしている最中で、シガも、ぜひと誘った。

 

 「間が悪い事にのぅ。明日は任務でな」

 「あらら」

 「代わりにパーティにはオーザが行くわい。のぅ」

 「む、六道殿の言葉では仕方ない」

 

 と、意外な形で目的を達成できた。謎の老人――六道に感謝。当初の目的も達成し、後は相棒からの結果を待つだけだ。

 

 「ところでシガよ。そのパーティなるものに女子(おなご)は来るのかのぅ?」

 「一応、男女対比は平等になる様に考えてますけど……」

 「うむぅ。本当に行けなくて残念じゃあ」

 

 

 

 

 

 「よし、だいたいこんなものだな」

 

 とりあえず、ある程度の人数は揃った。いや、ちょっと誘い過ぎたかなぁ、と思える程の人数になっている。

 

 「断られた人もいたけど、形だけは整いそうだな」

 

 連絡の取れないゲッテムハルトさんとオーラルさんはさておき、ヒューイやマリアさんも誘ったが、二人とも任務でありタイミングが悪かった(ヒューイに関しては、とてつもなく来たそうだったが、電話の向こうで六亡の一の声が聞こえたのは幻聴ではないだろう)。

 

 「うーむ。後気になったのは、ブレイバーの候補生かぁ」

 

 アザナミさんに、例のバレットボウを渡した候補生も誘ってもらったが、後に当人から連絡があると言っていた。そちらは連絡待ちでいいが、出来れば今日中に欲しい所――

 

 「っと、噂をすれば」

 

 鳴った端末を手に取ると、着信はアザナミさんから。いつもは適当にメールなのに、妙な所で律儀だ。

 

 「シガです」

 『お、出た出た』

 「?」

 『ほら、自分で言いなって。連絡つくなら自分で話すんでしょ?』

 

 通信の向こうから、アザナミさん以外の声が聞こえる。少しばかり、幼い口調が耳に入る。

 

 「アザナミさん。誰か居るんですか?」

 『ん? ああ、ちょっと待ってね。ほら! いずれ会う事になるんだから、色々と聞いておきなって』

 

 なんとなく予想できる会話相手を少しだけ無言で待っていると、

 

 『あ……ど、どうも』

 

 と、しどろもどろの口調が聞こえてきた。予想通り、だいぶ幼い声。年齢的には20代は行ってないだろう。

 

 「おっす。君は、アザナミさんが話してた子?」

 『え、あ、は、はい! イオって言いマス!』

 「オレはシガね。よろしく」

 

 初々しいなぁ。声が裏返ってるよ。

 

 “イオ、声が裏返ってるよ~”

 『え!? あ、いや、もう! 今指摘する事じゃないだろ!』

 

 と、電話の向こうではアザナミ節が全開でイオを攻撃していた。

 

 「それで、明日のパーティはイオちゃんは来れるの?」

 

 シガの問いに、慌てて対応するイオ。なんとなく端末を落としそうになって、お手玉している様が目に浮かぶ。

 

 『そ、その件なんですけど……おれ――あ、いや! わたしなんかじゃ畏れ多いというか……』

 “イオは気難しく考えすぎなんだよねぇ。別に気楽でいいじゃん”

 “そう言うわけにはいかないだろ!”

 

 そんな二人の会話が受話器越しに聞こえてくる。

 

 「まぁ、無理強いはしないけどさ。オレ個人としてはイオちゃんと会いたいってのはあるかな」

 『え?』

 「どうなるにしても、イオちゃんはアークスになるんだろ? なら、どちらにせよ、オレの後輩って事じゃない?」

 『後輩……』

 「君が背中を追ってくれるアークスになってるかは解らないけどサ。その時は気軽に“先輩”って呼んで欲しい。同じクラスのアークスとして色々と話しておきたいし」

 『わ、わかりました!』

 「それで今回はどうする?」

 

 変に緊張していたイオはいつの間にかその緊張が解けている事に気づいた。シガは別に畏まる存在ではないと、遠回しに伝えたのだが、察しが良い子だったらしい。イオは、少し悩んだ後に回答を出す。

 

 『今回は遠慮しておきます』

 「そう。うーむ。すーっごく、残念」

 『べ、別に、先輩が嫌いとか! そう言う事じゃなくて! やっぱり、ちゃんとアークスになって肩を並べた時に色々と話をしたいから――』

 「……そう。いやー、本当に出来る後輩が入って来るって思うと、先輩はプレッシャーで押しつぶされそうですよ」

 『ええ!? 別におれは出来るアークスってわけじゃ……そもそもまだアークスじゃなくて候補生――』

 「イオちゃん。()()()行こう。自分を見失うのが一番遠回りになるよ」

 『――――はい!』

 「アザナミさんいる? 変わって頂戴」

 

 と、はいはーい、と陽気な先輩の声が聞こえてくる。

 

 『どうだった?』

 「一つだけ良いですか?」

 『どうぞ』

 

 アザナミはシガが何を言おうとしたのか察して、発言の権利を与える。

 

 「メッチャいい子じゃないですか! イオちゃん!」

 『でしょ。ちょっとひねくれてるけど』

 “余計なお世話だ!”

 「これは、絶対に“ブレイバー”を容認させないといけませんね!」

 『そそ。絶対に“ブレイバー”を創るぞー! ほら、イオも』

 「ウォー!」

 “お、おおー!”

 

 と、未だに姿の揃わないブレイバー三人衆は、容認に向けてエネルギーを充電したのであった。

 そして、その一歩として明日のパーティは成功させなければならないのだ。




 普通に生きてた六道のジジィと、イオさんが出て来る回。友達がイオさんの登場を待ちきれず、この原稿を投げて来たので、邂逅する事にしました。ちなみにEP1ではイオさんの出番はこれまでの予定です。アイディアがあれば、また出すかもしれませんが基本的に彼女の本格的な出番はEP2からです。

次話タイトル『Feast of young people 若者たちの宴』


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63.Feast of young people 若者たちの宴

 「それじゃ、ダラダラ喋るのは性に合ってないので、適当に始めちゃいましょう!」

 “カンパーイ!”

 

 二十歳以上は、アルコールの入ったグラスを持ち上げ、それ以外は法律と言う壁を越える事が出来ずに、仕方なしにジュースを持っていた。

 モダン・テーマのリモデルームLの三部屋の中で12人の来訪者たちは陽気にパーティを開始した。

 シガを入れて12人の招待客が座っても余裕な程の長テーブルの上には、パーティ用の馳走が所狭しと並べられている。

 

 「いやぁ~、偶にはこういう集まりはいいよな! そう思うだろ! オーザ!」

 

 ゼノはコップに入った最初のアルコールを飲み干して、隣に座っているオーザに絡む。

 

 「うむ。確かに一人で資料を片付けるよりは、いささか有意義な時間だな」

 「お前……いつもそんな事してんのか?」

 「基本だ! 任務で得た情報を即日にまとめるのは鉄則! 次の戦いは十全に動くには――」

 「まぁ、良いから飲め飲め」

 

 ゼノがオーザに絡んでいる場所の向かいの席には、エコーとフィリアが程ほどにコップのアルコールを消化していた。

 

 「まったく、あんまり飲み過ぎたら明日が酷いってのに」

 「飲み過ぎはあまり良くは無いですが、適量であれば程よいリラックス効果も得られますよ。エコーさん」

 「飲み過ぎた後の二日酔いの頭痛が嫌なの」

 「そういう時は、カフェインを取ると良いですよ?」

 「そうなの?」

 「はい。頭痛の主な原因は、脳内血管の膨張による神経圧迫と言われています。その為、膨張した血管を収縮するカフェイン――コーヒーなどを取ると効果的ですよ。後、牛乳などに含まれているセントロニンなどにも血管収縮作用があるのでお勧めです」

 「へえー。流石、現役の救護班ね」

 

 と、医療関係の話に花を咲かせているエコー達と、立ち回りやハンターについて景気よく意見が合っているゼノ達の隣ではアザナミとシガが、とりあえず目的の教導官へのさり気ない説得へ移っていた。

 

 「ハンターと被ってる面もあるけどね。あ、どうぞどうぞ。それでね。ハンターよりも軽快で、蝶の様に舞い、蜂の様に刺すって感じかな。あ、どうぞどうぞ」

 

 アザナミは、マールーのアルコールを絶やさないように注いでいた。一体、そのアルコールは、その小さい身体のどこに入っているのか? そう思わせる程に注がれたら空にするのが義務の様に飲んでいる。

 

 「なるほど……ハンターよりは、ひっく、状況に臨機応変に、ひっく、立ち回れるってことね」

 「あー、先生。酔ってます?」

 

 シガは、言葉の途中に現れるしゃっくりを発するマールーを心配する。

 

 「酔ってらい!」

 「だってさ」

 「いや、酔ってるっしょ」

 

 先生はアザナミさんに任せて、オレは――

 

 「いやあ、意外とシガさんの部屋って意外と片付いているんですねえ」

 

 隣に座るラスボス(リサさん)を相手にしなければならない。

 

 「そりゃ人が来るなら片付けますよ。リサさんはキャストなのにアルコール飲めるんですか?」

 「リサは、雰囲気を楽しむのが好きなんですよお」

 「意外ですね。もっとこう――血を見るのが好きな感じかと思いましたけど……」

 「ふふ。シガさんは勘違いしてますよお? リサは、生き物のもだえ苦しむ様が好きなんですよお。この料理も元を辿れば、生きていた生物を痛ぶって、切って、焼いて、加工して出来上がってるんですねえ。ぜひぜひ、その場に立ち会ってみたいですねえ」

 

 うん。いつもの認識と間違っていない。彼女は間違いなく危険人物だ。しかも、ゲッテムハルトさんの様に直線的でない分、性質(タチ)が悪い。

 

 「それよりもお、リサはあっちの部屋が気になりますねえ」

 

 と、リサは反対の部屋の扉を指差す。あちらは進入禁止の部屋なので間違えて入らないように鍵をかけていた。

 

 「気にならないでくださいよ。男の一人暮らしなんですから検索しないでください」

 「そういうのって、定番はベッドの下とかに隠しているモノですかあ」

 「あ、結構ずけずけ入り込んでくるんですね」

 

 なんとなく、リサさんの扱い方が解ってきた気がする。

 

 「ブレイバーですねえ。リサはとーっても素敵なクラスだと思いますよお。色々とぉ、アークスも大変なので、クラスが増えて教導官の役割が分散するのは、良い傾向だとおもいますねえ」

 

 意外にもリサさんは、ブレイバーというクラスの性能では無く、新たなクラスが増えた際のアークス内の戦闘力増加を考えていた。

 なるほど。ただのキチガールじゃなかったか。

 

 「リサはですねえ。もっと、自由に敵を撃つ時間が欲しいんですねえ。オーラルさんに言われて教導官をやってますけどお、色々と見本にならないといけないので、好きに勝手に撃てないんですよお」

 

 あ、なんだかようやくリサさんが教導官に任命された理由がわかった気がする。教導官と言う地位はある種の枷だ。もし彼女が、何の役職を持たないフリーのアークスだったら問題行動だらけだっただろう。

 

 「リサさんって、オーラルさんに勧められて教導官を?」

 「ですねえ。辞めたいって言ってもお、オーラルさんに止められて辞められないんですよお」

 「さいですか」

 

 危険な獣は鎖でつないでおく方が良い。オーラルさんはそう言う意味で彼女を教導官にしているのだと悟る。

 と、そんなアルコール組とは反対側に集まっている未成年組は、料理を中心に食べて各々で適度に話に花を咲かせていた。

 

 「へー、アークスの仕事って意外と幅広いんだ」

 「多いっていうよりは、思い通り行くことの方が少ない感じだな」

 

 ウルクは現役のアークスであるアフィンより、どのような活動をしているのか、テーブルの料理を食べながら聞いていた。

 

 「そう言う場合ってどうするの? やっぱり退却とか?」

 「一人の時だったら、無理はせずに一度態勢を整える場合もあるよ。それでも依頼を破棄する事はよほどのことが無い限りは考えないかな」

 「アフィンさんもそう言う経験がある?」

 「あるよ。俺の場合は火力とかの問題で戦いが長期化するのはしょっちゅう。レンジャー一人だと出来る事も限られるし。幸いなのは、敵と距離を取って戦うから時間をかければ何とかなるって事かな」

 「そう言う場合って、前線職が要ると良いって聞くけど」

 「基本はそうだよ。だけど、俺の場合は戦いよりも違う目的があるからさ。基本的には一人で探索する事が多いかな」

 

 と、席を挟んでウルクが現役アークスであるアフィンと話をしている最中、マトイは普段食べない色のあるパーティフードに興味を示し、口に運び、その美味しさに目を子供の様に輝かせていた。

 

 「…………」

 

 そんな中、一人だけ空気に溶け込めない人間がいた。ウルクに誘われてこの場に来たテオドールである。内気な彼としては、ウルクに強引に連れてこられた体であったのだ。

 最初は、一人じゃ気まずいと言う幼馴染の頼みと、シガが開催していると聞いたので興味があったのも事実だったが、今では来たことを後悔している。

 

 「はいはい。それじゃ、買い足しに行ってきますよ」

 

 その時、シガが酒飲み勢の予想以上のアルコールの消費に、このままでは足りないと酒の買い足しに腰を上げる。

 

 「おう! 酒樽買ってこい!」

 

 一番、エンジョイしてるゼノがシガに向かって告げる。

 

 「あはは、それでねー。PV撮影の時なんてひどいのよ! ゼノってば全部私に押し付けて――」

 

 エコーはフィリアに愚痴っていた。よしよし、とフィリアもほろ酔いで彼女の話を聞いている。

 

 「あのPV、ロビーで流れたぞ。まさか、俺まで映っているとは……」

 「気にするなって。あんなもんだろ! 俺達は」

 「だが、俺は教導官だ……くっ、ハンターを希望するアークス達に合わす顔が無い」

 

 酔うとテンションが下がる性格だったらしいオーザは、PVで醜態をさらしたと思い込んで項垂れていた。

 

 「とりあえず、困らない程度には買ってきますよ」

 

 と、酔っ払いどもから逃るように立ち上がったシガは隅で一人取り残されている感のあるテオドールにロックオンする。

 

 「テオドール、買い出し手伝ってくれ」




 酔った様子や、NPC間の関係はなるべく本作の関係に近づけていますが、ほとんどがオリジナルです。

次話タイトル『Hope 意義』


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64.Hope 意義(☆)

画像はイメージです


 「それで、最近どんな感じ?」

 

 シガはテオドールと共に、夜のショップエリアに買い出しへ赴いていた。アークスシップの施設は基本的に24時間稼働であるが、まだ時刻的にもさほど遅くは無い。

 

 「……どんな感じって?」

 

 二人は、任務帰りやこれから惑星に降りるアークスなどとすれ違い、とりあえず雑貨の売られているリサイクルショップへ向かっていた。

 

 「色々あるだろ。て言うか、テンションがいつも以上に低いなー、お前」

 「……シガの事は何で僕を誘ってくれたの?」

 「ん? お前をパーティに誘ったのはウルクさんだろ?」

 

 最初はテオドールにも連絡を入れたが、返答が無かったため諦めていた。しかし、ウルクが友達を誘って連れてきてくれたため、結果としては参加してくれたと言っても良いだろう。

 リサイクルショップに辿り着いたシガは、適当なアルコールとパーティフードを見繕う。

 

 「……やっぱり、僕ってアークスには向いていないかもしれない」

 「話聞くぞ?」

 

 

 

 

 

 シガとテオドールは、パーティに戻る前に、ショップエリアでも人気のない隅に移動して、そこから市街地を見下ろせる位置のベンチに腰を下ろしていた。

 

 「まだ、中々任務に慣れなくて、オーラルさんに仕事を回してもらったり、手伝ってもらったりしていたんです」

 

 未成年のパーティ参加者の為に買い足した缶ジュースの一つを、テオドールに渡す。

 

 「……マジで? オーラルさんとフィールドに降りたの?」

 「うん。すごく強かったよ」

 

 あれから、オーラルは彼に色々と世話を回してあげていたらしい。めっちゃ羨ましい。あの人の戦いは、訓練での手加減した技術(モノ)しか見たことが無い。実力が高いのは自ずと理解しているが、どのように立ち回るのかすごく興味があるのだ。

 

 「でも、手伝ってくれたのは『アムドゥスキア』の自由探索許可を取るまでで、後は対応した依頼を回してもらってたんだ」

 「なら、ソレを熟していたら慣れて来るだろ?」

 

 オーラルさんもそれを見越して無茶な依頼は出さないだろう。テオドールの性格を彼が読み違えるのは考えられないからなぁ。

 

 「そうなんですけど……なんていうか……新人でも簡単にこなせる依頼ばかりで、知り合いにサボっているのがバレてしまいまして」

 

 その発言にシガはズっこけた。ベンチから落ちそうになって何とか態勢を整える。

 

 「その辺りは、おにーさんは覚悟を決めたと思ってたけどなぁ~」

 

 シガもテオドールの性格は重々承知している。だが、これは他人が言っても中々治るものではないのだ。それこそ自分の中で、何か強い一つの“芯”のようなモノを持たなければ変わることは出来ないだろう。

 テオドールにはまだ“(ソレ)”がない。だから、アークスとして気の進まない活動しているのだ。

 

 「……ぼくも怒られると思ったんです。けど彼女は――」

 

 そのテオドールの怠惰を、その友達――ウルクは叱りつける事はせずに、逆に優しく“無理をしないで”と諭したのだと言う。

 

 シガは買い足した袋から、一つの缶のお茶を取り出して空ける。

 

 「最初は許してくれたと思ったんですよ。けど、その言葉を思い出す度に、ぼくは本当に何をしているんだろうって思うようになって……」

 「ふむ」

 「彼女はアークスになりたくてもなることが出来ない。だから、彼女の分までぼくが頑張らないといけないのに……その為にオーラルさんやマールーさんも手伝ってくれるのに――」

 「ふむふむ」

 「ぼくの不甲斐なさを、彼女が彼女のせいだと感じているのが、とても歯がゆい。悪いのは、ぼくなのに……」

 

 と、項垂れて顔を上げる事さえも気まずくなったテオドールはどんどんネガティブな思考に沈んでいた。と、その肩をシガは軽く叩く。

 

 「なぁ、テオドール。これ見てみ」

 

 シガはテオドールに顔を上げる様に促す。重々しく彼は顔を上げると、そこには夜の街模様に変わった市街地の明かりが俯瞰視点で視界に入り込んできた。何て事の無い、通常の街模様である。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 「あの光の一つ一つをオレ達が護ってるんだぜ?」

 「ぼく達が……護ってる?」

 

 テオドールからすれば、単なる夜になった市街地の光景。だが、シガからしてみれば少しだけ違って見えるらしい。

 

 「アークスは人類にとって、最も前を歩く存在だろ? そこに、出来る奴、出来ない奴の線引き意識はない。平等に“ダーカーの脅威から護ってくれる存在”として認識している以上は、驚異の前に()()()()()()()()()

 

 幾度と、過去にアークスシップはダーカーによって襲撃を受けた。だからこそ、自分たちの世代で、ソレが起こらない保証はどこにもない。そんな時に矢面に立って戦わなければならないのが、自分達――アークスなのだ。

 

 「それに、オレ達は無限の宇宙に出る権利を持ってるんだぜ? あっちこっちの惑星に行けば、お前の悩みなんてぶっ飛んじまうほどの光景が数えきれないほどある」

 

 お前は、まだナベリウスの森とアムドゥスキアの洞窟にしか言った事が無いだろ? とシガは付け加えた。

 

 「今以上に惑星間の安全性が良くなれば、一般市民でも星に降りる時代が絶対に来る。そうなる様に、オレ達で頑張ってみようじゃないか」

 「そうかな……」

 「オレはオーラルさんみたいに上手く諭せるわけじゃないからなぁ……言いたい事はただ一つだ!」

 

 シガは、半分持てよ、と買い物袋の半分をテオドールに差し出す。

 

 「可愛い娘は絶対に傷つけるなよ! 悪いと思ったら、男から謝るのか基本だ!!」

 「…………あはは。シガ……君は本当に変わらないね」

 

 と、本日初めてテオドールはネガティブな表情から、良い感情を乗せた顔で笑った。そして、差し出された買い物の半分を受け取る。

 

 「パーティに戻るぞ、親友。オーラルさんの戦いぶりを詳しく聞かせてくれ」

 

 

 

 

 

 「ハッ!!」

 

 マイルームに戻ったシガは入った直後に感じた不意な影に一瞬だけ回避行動を取るが、それは一つでは無く複数存在していた。最初の襲撃は躱すが、次の襲撃は躱しきれずそのまま拘束される。

 

 「よーし! 確保ぉー!!」

 

 まるで容疑者を拘束する様にシガは俯せに、手を後ろに回されて拘束された。拘束したのはゼノであり、酔った悪ふざけかと思ったが――

 

 「ちょっと! なんなんスか! これ!」

 

 と、アザナミが意味深に目の前に立っていた。なんだか、というか結構わかりやすく彼女も酔っている気がする。あ、パンツ見えそう。

 

 「シガぁ~。アタシ達はねぇ、あの部屋に興味があるのよ」

 

 彼女が指差す先には、開かずの間となっているもう一部屋である。侵入厳禁で開けられないように厳重なセキュリティを着けてある部屋だ。

 

 「…………いや、開けませんよ?」

 

 パンツなんかを気にするよりも、顔が青ざめる事態が進行している事を認識する。絶対に開けない理由はただ一つ。オレの恥ずかしい趣味が露呈してしまうからだ。

 

 「ふっ、そう言うと思ってたぜ。だが、会場は満場一致した! 鍵があるんだろぉ~」

 「滅茶苦茶酔ってますね! ゼノ先輩!」

 

 苦笑いを浮かべるシガは、眼の合ったアフィンにアイコンタクトで助けを求める。

 

 “助けてくれ! 相棒!”

 “無理だ”

 

 手で×字を作るアフィンにシガは、そんな~、という視線を向ける。

 

 「ふ、ふっ! 絶対に開けませんよ! ちなみに無理にこじ開けようとすると、警報が鳴りますからね!」

 「ありましたよぉ」

 

 だか義手に隠した小さなキーは、スキャンしたリサによってあっさり見つかってしまった。リサさんも賛同者かい!

 

 「よし、ナイス、リサ! ゼノはシガを押さえておいてね」

 「うわぁぁ、止めてくれぇぇ!!」

 「お、結構力あるなお前。だが、おとなしく観念するんだな!」

 

 なぜか、何も悪いことをしていないシガが悪者の様に見られてしまうと言う不思議な光景。

 エコーとフィリアはマールーとマトイを混ぜて呆れ顔と苦笑いで、様子を眺めており、オーザとアフィンとウルクはハンターのなんたるかを聞かされていた。

 

 見事な反対勢力の足止め!? テオドールは何が起こっているのか理解できずフリーズしている。

 

 「よし、開いた。それじゃ、シガの秘密を拝見じゃあ!!」

 

 ぷしゅーと空気が抜ける音が聞こえて開いた扉をアザナミとリサはくぐる。部屋は真っ暗だった。リサは暗視視界でスイッチの意志を探ると、明かりをつけると――

 

 「…………? ねー、シガ。この部屋って何?」

 「あらあら」

 「なんだ?」

 「なになに?」

 

 と、ゼノは目的を達成したのでシガの拘束を解いて立ち上がる。他の面々も、アザナミとリサの反応から気になり、立ち上がるとその部屋にゾロゾロと入って行く。

 

 「……楽器?」

 

 その部屋には、一つのスタンドマイクと、十一の楽器が並べられていた。




 テオドールのイベントを消化しました。そして最後の楽器云々は、人物紹介で伏線張ってました。
 次は演奏会して、少しオーラルが出てきます。

 ↓宴会開始時の席(○は長机)
エコー 〇ゼノ
フィリア〇オーザ
アザナミ〇シガ
マールー〇リサ
ウルク 〇アフィン
マトイ 〇テオドール

次話タイトル『Because with knowledge 後悔を知っているからこそ』


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65.Because with knowledge 後悔を知っているからこそ

 「なんだ、ただの楽器部屋じゃねぇか。別に隠すようなことじゃねぇだろ」

 「いや……普通に一人で、十二種類の楽器並べて満足するって、どう考えても変じゃないですか……」

 「ああ、そう言う事ね」

 

 ワイワイして物珍しそうに楽器を触って楽しんでいる面々から、壁に向かって項垂れて座っているシガにゼノは声をかけていた。

 

 「折角だから、全員で演奏してみないか? 丁度12人いるし」

 「別に良いですけど……はぁ」

 

 シガがテンションを下げている様子から、ゼノは流石に悪いと思ったのか気持ちを立て直せるようにフォローしていく。

 

 「じゃあ、俺は“ベース”にするわ」

 

 そそくさと、注目されている楽器の中でもあまり人気のない楽器をゼノは手に取った。

 

 「なになに? 演奏するのー? じゃあ、あたしは“サイドギター”にしようかな」

 

 いえーい、と既に形から入ってるアザナミは結構わかり辛いが酔っている様だ。

 

 「なんだ演奏するのか? ならば俺は“リズムギター”を弾かせてもらおう」

 

 意外にもオーザも乗り気で、ゼノとアザナミを見て自らも弦楽器を手に取る。

 

 「私も弦楽器に――」

 

 と、エコーも残っていた最後の弦楽器である“ヴァイオリン”を選択する。

 

 「皆、楽器弾けるんだ。やっぱりアークスって凄いなー」

 「いや、別に弾けるってわけじゃなくて。この楽器、半自動機能(セミオートプログラム)付きでさ。一定範囲に設定した楽器があって、同じ曲の演奏を設定してれば、それに調律が誘導してくれるんだよ」

 

 困ったように見てるウルクに、シガは立ち上がりながら楽器の説明をする。

 

 「へー」

 「別に好きなの取ってもいいよ。管楽器は後で消毒して片付けるから」

 「じゃあ、遠慮なく“トランペット”を。あ、テオ! アンタはこれね」

 

 ウルクはトランペットを片手に持ち、もう片手でコントラバスにテオドールを誘導していた。

 

 「シガさん、シガさん。リサはどれが似合うと思いますかあ?」

 「あ、リサさんはこれを」

 

 シガは既にリサに渡す為に用意していた楽器――トライアングルを手渡す。

 

 「…………ふふ」

 

 リサは“トライアングル”を受け取ると、(ビーター)で鳴らしてキィーン、と言う音色を立てる。どことなく、その音を恐ろしさを感じつつ、次はアフィンへ“ティンパニ”を薦める。

 

 「お、そうそう。そんな感じ、結構適当でも行けるだろ?」

 「なんか楽しくなってきたな」

 

 適当に叩くだけでも、それなりの音程が出る様子にアフィンもご満悦のようだ。すると、ピアノの綺麗な音色が聞こえてくる。

 

 「先生は“ピアノ”ですか?」

 「大丈夫、大丈夫。ちゃんと弾けるらら」

 「酔ってますね」

 「酔ってらい!」

 

 次にシガ今度はフィリアとマトイへ視線を移す。彼女たちは“フルート”を興味津々に眺めていた。

 

 「“フルート”ですか」

 「シガさん。これって、結構値が張るモノじゃないですか?」

 「あ、レプリカっす。完全手動(マニュアル)の楽器なんて買っても吹けませんからね」

 「シガはよく一人で吹くの?」

 「ああ。吹いた後はちゃんと消毒しているから安心――」

 

 と、マトイの疑問にシガは、一人で楽器を吹く変質者であると自覚し、体育座りで隅っこに縮こまる。

 

 「変態ですよー。一人で楽器吹いてて満足してる変態です。僕はぁ~」

 「ああ! だ、大丈夫だよ! ほら、皆で演奏しよ!」

 

 マトイに手を引っ張られて渋々立ち上がると、皆、各々で楽器を鳴らして楽しんでいた。

 その光景を見て、趣味でも集めていた楽器が皆を楽しませている事に自然と笑みが浮かぶ。

 

 「よっし、はーい。皆さん、注目ー!」

 

 一度手を叩いて、シガは注目を集める。全員の視線が向いている事を確認すると、

 

 「その楽器に入ってる曲は一曲しかないので、あんまり楽しめないかもしれませんが――」

 「いいから、さっさと始めようぜ」

 

 前振りはいいから、と、ゼノの言葉に全員が視線を向けて来る。

 

 「では、さっそく演奏しちゃいましょうか。それでは、ヴォーカルはマトイさんでーす」

 「はい! 私がヴォーカルです! ……シガ。ヴォーカルって何?」

 

 シガの隣で元気に手を上げたマトイは、はきはきとして役目を引き受けたが、何をするのか理解していなかった。

 

 「はい」

 

 困惑する彼女へ、シガは“ヴォーカルマイク”を手渡す。

 

 「…………え?」

 

 ようやく、この演奏団での自分の役割を理解したマトイは眼を点にして受け取る。

 

 「大丈夫、大丈夫。これも半自動(セミオート)だからある程度は音程を合わせてくれるよ」

 「そ、そうじゃなくて――」

 「はい、お立ち(だーい)

 

 マトイを皆の前に残し、シガは唯一の残っていた“ドラムセット”に座った。

 

 「叩けんのか?」

 「結構練習したので無問題です。それじゃ、皆! 準備はいいかー?」

 

 慌てるマトイ以外はノリノリで返事をしてくれる。楽器を持つ各員の目線に曲名と歌詞がバーチャル映像で浮かび上がった。

 シガはマトイへ落ち着く様にジェスチャーし、彼女も覚悟を決めたのか、一度深呼吸して呼吸を整える。

 

 「それじゃ、登録曲『Our Fighting』! 行ってみようか!」

 

 始まりの音程を取る様に、シガはクラッシュシンバルを、三度リズムよく打ち鳴らし、ソレが合図で演奏が始まった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 「…………」

 

 桜の舞い散る夜。知り合いと夜桜の下で勝負事をしているオーラルは、ふと、夜空を見上げた。

 

 「むむむ。むぅ。おのれぇぇ」

 

 目の前に座る、角を生やした親友は盤面を見て腕を組み怪訝そうな顔をして盤面を見ている。

 

 「また、“待った”か?」

 

 既に5分以上も長考している彼女へ、オーラルはどこか楽しそうな口調で尋ねた。

 

 「まて! むむむ。ここが、こうだから……こうで……ここだ!」

 

 パチリ。と気味の良い音を響かせて、打たれた一手を本人は会心のモノだと満足する。

 

 「どうだ! これは凌げまい! かかっ!」

 「ふむ」

 

 と、次にオーラルが片手で、パチリと駒を打った所を見て彼女の表情は、みるみる不貞腐れていく。

 

 「おっと、流石に気がついたか? “詰み”だ」

 「お……おのれぇぇー! 止めだ、止め! “ショーギ”は止めだぁ!」

 

 ちゃぶ台返しの様に、盤面をひっくり返す。オーラルは飛び散った駒を無くさないように全て拾い上げると“やれやれ”と、アイテムポーチに仕舞った。

 

 「次は“とらんぷ”で勝負!」

 「お前は毎日が楽しそうだな」

 

 と、オーラルが持ち込んだ原始的なゲームに興味津々な、この星の神様。彼女を見て彼は呆れる様に穏やかな雰囲気を纏う。

 

 「それはそうじゃ。自らの星、自らの故郷に居て楽しくない事があるものか」

 

 バサッと扇子を開くと、立ち上がり見下ろせる景色の全てを瞳に映す。

 

 「この星に生れ落ちて妾は誇りに思う。ゼロ、お主もそうであろう?」

 「…………もう、“家族”と呼べるほどの絆は残ってはいないがな」

 

 既に解散も当然の部隊。それでも、未だに活動しているのは、まだ何も()()()()()()からだ。

 『ブラックペーパー』の本来の目的。それは『オラクル』の秩序を護る事が第一優先()()()()。ソレは二の次なのだ。簡単ではない道のりである事は理解していた。それでも駆け抜ける事が出来る部隊員を集めたのだが……結局は――

 

 「失っただけだったな。結果として――」

 「お主はいつも気づくのが遅すぎるからのぅ。だから失ってから後悔する。誰よりも力を持ちながら、ソレを有効に使えんのは愚者のする事ぞ。お主は愚者ではあるまい?」

 

 オーラルは驚いたようにその言葉を聞き入れると、思わず()()()()()()()()事に失笑が出る。

 

 「フッ。まさか、お前に悟される日が来るとはな」

 「馬鹿にするでないわ!」

 

 桜舞う月夜。オーラルは彼女との会話に知れず内に救われている事を自覚していた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 演奏を二回三回、繰り返し、休憩がてらにアフィン達の撮った、アークスのPVを全員で見て盛り上がった後、アルコール組が酔いつぶれ始めたので、パーティはそこで解散する事になった。

 

 「いやー楽しかったわぁ。またやろう! あはは!」

 「アザナミさん。流石に酔ってますね」

 「あたしはいつもこんな感じだよ! あはは!」

 「くー……」

 

 まぁ、アザナミさんは前を向いて歩く事は出来るので大丈夫だろう。

 フィリアさんは、アザナミさんの肩で死んだようにぐったりしているが、眠り上戸らしく、このままメディカルセンターの仮眠室へ連れて行くらしい。

 

 「マトイ。二人から目を離すなよ。メディカルセンターまで絶対に送り届けてくれ」

 「め、目を放すとどうなるの?」

 「その辺りで看板を抱えて朝を迎える事になる」

 「それは大変だね!」

 

 手に力を入れて、まかせて! と意思表示するマトイ。彼女に任せておけば無事に帰還できるだろう。

 

 「ちょっと、飲み過ぎちまったか」

 「自己意識を制御する事も大切だ! それこそがハンターとして大切な――」

 「あー、俺が言うものなんだが、面倒な奴酔わせちまったな」

 

 ゼノは酔っていても意識ははっきりしているらしく、オーザを見て気の毒そうに呟く。

 

 「責任もって対処してくださいよ」

 「ハンターなんて邪魔なだけ。邪魔邪魔」

 

 と、横から“ハンター”という単語に強烈に反応したのは、マールーだった。彼女は酔いつぶれてしまっていた為、リサが肩を貸していた。

 

 「何を言うかっ! ハンターこそ、至高の選択! 全てのアークスはハンターであるべき――」

 「偏見よ! 前に出て、射線も遮って! うろちょろうっとおしいし! リサも迷惑してるでしょ――」

 「リサは、前に出れば“事故”で済ませられるので大歓迎ですけどねぇ。ふふふ」

 

 物珍しい教導官三人の話は、それぞれの趣旨が強烈に作用した結果となった。まぁ、アルコールで酔っているのでまともな思考状態ではないが。そして、それ以上は言い争うことなくハンターとフォースの責任者二人は仲良く隅の下水でリバースしてる。

 

 「仲良さそうで何よりです」

 「オーザは俺が送って行く。エコーはマールーとリサについて行ってやってくれ」

 「ていうか、ゼノ。あんた、オーラルさんの依頼溜まってるでしょ? 共同依頼は帰って来る前に片付けないといけないってわかってる?」

 「わかってるって。うっせぇな……」

 「行く時はちゃんと声をかける事」

 「へいへい。それじゃーな、シガ。またパーティやろうぜ」

 「じゃあね、シガ。今日は楽しかったわ」

 

 ゼノ、エコー、教導官三人へ手を振って見送る。五人はなんやかんや言いながら歩いて行った。

 

 「それじゃ、俺も帰るよ」

 「あんまり遅くなると未成年は補導されちゃうからね」

 「それって、アークスには適応されないんだけどね」

 「そうなの!?」

 「夜間の任務もあるからね。真夜中に歩き回ってて報道される事は無し」

 

 ウルクは驚きに目を見開く。いいなー、夜更かしし放題じゃん! と楽観的に捉えていた。

 

 「ま、未成年の護衛は現役アークスが引き受けるってよ。な、テオドール」

 「え! あ、うん。そうだね」

 「はは。じゃあ、送ってもらおうかな。アークスさん」

 「送ってやれ。アークスさん」

 

 と、シガとウルクに視線を向けられてテオドールは恥ずかしながらも笑みを浮かべている。最初の暗い思考は今回のパーティで少しだけ改善されたようで何よりだ。

 

 「でもまだ、ちょっと心配なんで、アフィンも一応ついて行ってやってくれない?」

 「ていうか、俺も同じ方向だから途中まで一緒に行くよ」

 「よろしくなー」

 

 

 

 

 

 「どれ。これから戦争だな……」

 

 皆が帰ってから、改めてパーティ後の惨状を受け止めて、シガは片づけを開始する。

 まずは管楽器を消毒容器に入れて噴射消毒。次にアルコールの瓶を廃品回収の為に隅に集めて……おっと台所も悲惨な事になってるぞ。うーむ、この辺りは明日でいいか――

 その時、テーブルの上に置いてある端末が鳴った。相手はアザナミさん。通話では無く、メールだった。

 

 『言質、とった。三人から。片付けの手伝い。派遣』

 「おお」

 

 あの状況で三人からブレイバー承認の言質をとったのか。ていうか、メール内容が辛うじて感が凄い。最後の気力を振り絞って打ったんだろう。ん?

 

 「片付けの手伝い? 派遣?」

 

 最後の二つが気になった。なんのこっちゃい? と首をかしげていると、インターホンが鳴る。

 

 「はいはーい。誰か忘れ物――」

 

 と、パーティの誰かが忘れ物でも捕りに来たのかと思って扉を開けると――

 

 「あ、シガ。その……片付けの手伝い……いる?」

 

 マトイが扉の前に立っていた。




 宴会編はそろそろ終わりです。楽器の演奏は12人だったので、この12人に選定しました。最初はアフィンの代わりにヒューイを入れようかと思ったのですが、彼は六芒均衡であることもあったので、ちょっと遠慮させました。
 次はリリーパへ任務に行った六道と、宴会その後の話です。もうちょっと続きます。

演奏楽器/担当↓
シガ   / ドラムセット
マトイ  / ヴォーカルマイク
ゼノ   / ベース
エコー  / ヴァイオリン
アフィン / ティンパニ
フィリア / フルート
リサ   / トライアングル
オーザ  / リズムギター
マールー / グランドピアノ
アザナミ / サイドギター
ウルク  / トランペット
テオドール/ コントラバス

次話タイトル『Clean up 片付け』


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66.Clean up 片付け

 惑星リリーパ。

 シガたちが演奏をしている同時刻、任務に赴いているフーリエは、今まで見た事の無い施設を歩いていた。

 灰色で、機能を停止したように寂れた通路は、原始的な砂漠が地上に広がるリリーパには不釣り合いな文明跡である。

 

 「リリーパにこんな所があるなんて……」

 「目ぼしい入り口は全て塞いで、一部だけ閉鎖し他に知られないように徹底的に管理していたからのぅ。じゃが、このモフモフ族は、知っておったようだ」

 「リリーパ族です。六道さん」

 

 フーリエよりも背が高く、体格も良い六道の肩に乗って行く方向を指差して遊んでいるリリーパ族の子供は、彼に懐いているようだった。

 

 「六道さんが、彼らと仲が良いなんて知りませんでした」

 「よく、リリーパには来てからのぅ。特にここは、オーラルに言われて度々入っていた。その時にケーキをくれてやったんじゃが、それ以来、まとわりつくようになった」

 「うう……羨ましいです」

 

 リリーパ族からすれば、六道は美味しい食べ物をくれる存在の様に映っている。だが、よく餌をやっていたのは別の部隊員で、餌付けをしていた()()はまとわりつくモフモフに埋もれて幸せそうにしていた。

 

 だが、それは……もう絶対に見る事が出来ない光景だった。幸いなのは、彼らが人の言葉をしゃべれない事。もし、龍族のように言語が翻訳できたら始末されていてもおかしくなかっただろう。

 

 「オーラルさんの仕事って事は、やっぱり『オラクル』でも重要な任務なのでしょうか?」

 

 トコトコついて来るリリーパ族達によって軽いパレード状態になりつつある現状。フーリエは本来の任務に興味を示す。

 

 「今後の“アークス”に必要な事でのぅ。いずれ、坑道(ここ)は解放する事が決定しておる」

 

 興味本位で、フーリエの後をついて来るリリーパ族は、りーりー! と異を唱える様に声を上げていた。

 案内人として、リリーパに詳しいフーリエに同行の依頼を出した六道は、彼女と共に人工的な足場を歩いていて行く。

 

 「この場所は『オラクル』の方で、まだアークスが侵入するには危険だと判断されていたのですか?」

 「まぁ、平たく言えばそんな感じじゃな。一番の理由は、人の出入りが増える事で、見るべきでない事も()()()()()事が最も懸念されておった」

 「? どういう事でしょうか?」

 「そろそろ、手が足りなくなってきた、と言う事じゃよ。フーリエ」

 

 砂塵の舞うリリーパの特徴的な砂漠とは違い、機械的で人工的な通路と広大な空間は地下に存在する施設だった。

 その入り口は今まで固く封じられてきたが、目の前を歩く六道が言うには、それも限界になってきているのだと言う。

 

 「ま、細かい事はあまり気にせんでくれ。納得はいかんだろうが、その内公式に説明があるわい」

 

 彼は、この坑道には定期的に“掃除”に来ているのだ。

 そのおかげで、今までは【若人】に詳しい位置を特定されずに凌げていたが、数日前の『サンゲキノキバ』によって、封印している“アレ”を刺激してしまった。その所為で、因子が外に漏れだしてしまったのである。

 

 結果、漏れ出した僅かながらの因子で【若人】が嗅ぎ付ける可能性を懸念して、無人で居るよりはアークス達に解放する方が防衛意識は高くなるとオーラルは判断した。六道がここに来たのは、もう一度だけ“奴”を押さえつける為である。

 

 「やれやれ。“ジェネシス”が対応していてくれれば楽だったんじゃがのぉ」

 「ジェネシスって何かの装置ですか?」

 「ん? いいや、ワシの同僚じゃよ。現在行方不明でな」

 「無事に見つかると良いですね」

 

 気を使ってくれるフーリエとは対照的に六道は、ジェネシスは戻らないと、どことなく悟っていた。

 

 「ここじゃな」

 

 そんな会話をしていると六道は目的の地下へ続く特定の扉の前に辿り着いた。

 それは巨大な鋼鉄の扉。周囲の機械的な技術よりも、更に高度な技術が使われている事が決定的にわかる程のオーバーテクノロジーである。

 

 「これは――」

 

 その扉を無意識のうちに索敵していたフーリエは、自分では到底理解できない材質や、機構が使われている事しか理解できない。すると、

 

 「!」

 

 その時、扉の隙間から漏れ出る煙のようにフーリエへ、錆色のフォトンがまとわりついて来る。それは、少しずつ濃くなり、その最も濃度の高い扉付近から、大顎を空けて向かって来る“何か”に呑み込まれそうに――

 

 「フーリエ。(ほう)けとると、呑み込まれるぞい」

 

 六道の言葉に、ハッとフーリエは意識を取り戻した。周囲には錆色のフォトンも、迫っていた不気味な“何か”も消え失せていた。

 

 「……六道さん。私、怖いです」

 

 人の部分の持つ恐怖心を極端に刺激された事で、フーリエは扉より先に進む事を躊躇ってしまう。あの先には絶対に行ってはならない。行けば、絶対に戻って来れない。そう思ってしまう程に本能的に確信できる。

 

 「まぁ、お前さんには最初からここに待機してもらう予定だったからのぅ。おっと、ティラノサウルスはここでリタイヤか」

 

 六道は、いつの間にか肩に乗っていたリリーパ族の子供が少し離れた物陰から扉の様子を伺っているパレードの群に混じっている事に、かっかっか、と笑う。

 

 「ティラノサウルス?」

 「あのちっこいモフモフ族の名前じゃよ。かっこいいじゃろ?」

 「なんというか……そのネーミングは色々と誤解しそうになるのでやめた方が良いと思います」

 

 呆れるフーリエに、六道は一度不敵に笑みを浮かべると、踵を返して扉に近づいて行く。その後にフーリエもオドオドしながら続いた。

 

 「何と言ったかな。ワシにも解らんが、この扉は“ふとなー”の技術で造ってあるとか」

 「ふとなー?」

 「なんか、そんなニュアンスの……まぁ、忘れたわい。とにかく確実なのは、この扉より向こうにいる奴は、絶対にこっちには来れんと言う事だ」

 

 だが、扉の向こう側に行くためには一度開かなくてはならず、向こう側から帰る為にこちら側から開けてもらわなければならない。

 

 「フーリエよ。(ぬし)は扉の開閉を頼む。用が済んだら通信を入れるから、開けてくれい」

 

 六道は慣れた様に、扉の隅にあるパネルに手をかざすと、パスワード用の入力画面とキーが滑り出て来る。

 

 「六道さん。本当に入るつもりですか?」

 「当然じゃろう。その為に来たんじゃから」

 

 まったく臆することなく彼は操作する。そして、認証を終えると空気が抜ける音を立てて、扉が開いた瞬間――

 その隙間から噴き出る様に錆色のフォトンが、火事現場の煙のように吹き出た。そして意志を持つように、こちら側に広がって行く。

 

 「六道さん!」

 

 フーリエは思わず『ランチャー』を取出し、リリーパ族は更に離れたところまで逃げて行った。少しずつ錆色の濃度が高くなっていく。その様は、さっき見た幻覚と類似して――

 

 「喝!!!」

 

 六道の発声一つで全て掻き消えた。そして、戦闘状態にセンサーを切り替えたフーリエが見たのは、ただの発声に乗せられていた“フォトン”だった。

 その、ダーカー因子を中和するアークス特有のフォトンによって、錆色の煙は相殺され、ソレを上回る威力によって強引に消し飛ばしたのである。

 それは、本来は“武器”を使う事によって発生する現象だが、六道は武器も無しにソレをやってのけたのだ。

 

 「やれやれ。今から相手してやるわい。それじゃ、フーリエよ。帰る時は通信を入れるから通信機の電源は切らずにな。なに、一時間ほどで済む」

 

 そう言って、まるでピクニックでも行くかのように六道は扉の向こう側へ入って行く。それと同時に、重い音を立てて扉は閉まると、仰々しくロックが動き、最後に半透明の膜の様なフォトンによって表面がコーティングされた。

 

 「……本当に何者なんですか~」

 

 どっと疲れたフーリエは少し扉から離れた場所にある手ごろな廃材に腰を下ろす。その彼女のまわりに、リリーパ族も集まり、六道の帰還を共に待つ事になった。

 

 

 

 

 

 「別にいいのにさ。今日は皆、お客さんだったんだから」

 

 シガは、片づけを手伝うと言って戻ってきたマトイに、気にしなくていいと告げた。目的は達成できたので、後はのんびり片付けるつもりだ。

 

 「私が手伝いたいの。迷惑かな……?」

 

 彼女は困ったような眼と上目づかいで懇願してくる。それは反則ですよ、マトイさん。この彼女を断れる人いるの?

 

 「わかった、わかった。じゃあ、オレは楽器を片付けるから、こっちの宴会の片付けをよろしく」

 「任せて」

 

 やる気満々のマトイに宴会部屋の片づけは任せて、楽器部屋の清掃を再開。

 最初の管楽器の噴射消毒と乾燥が終わっているので、ケースに戻して次の管楽器の消毒を開始する。

 その間に、弦楽器も丁寧に手入れをしてケースに直す。トライアングルは……適当に拭いて錆びないように乾拭きもキッチリしてケースへ。と――

 

 「おっと、これは焼き増しして皆に配るかな」

 

 次に目に入ったのは今回のパーティに集まった面々で楽器を持って撮影した集合写真。これは画像で送るよりも、現物の写真で出した方が思い出深く感じてもらえるだろう。

 

 「よし、これで後は直すだけだね」

 

 この管楽器を噴射消毒すればこっちの片づけは終わり。さて、マトイの方は――

 

 「お、結構進んでるね」

 

 やりたい放題散らばっていた皿はテーブルの隅に重ねられており瓶も同じように寄せられていた。そして、マトイはテーブルを拭いている。

 

 「お皿は台所で良かった?」

 「いいよ」

 

 どうせだし、もう洗っておこう。

 シガは台所に向かうと、置かれている大皿を手に取ってスポンジに洗剤を着けて慣れた様に洗っていく。ちなみに義手側にはゴム手袋をはめて、出来るだけ水に濡れないように気をつけている。

 

 「義手は濡れるとダメなの?」

 

 横から残りの皿を持って来たマトイが生身では無い左腕の事で尋ねてくる。

 

 「別にそう言うわけじゃないけど、なるべく長く使っていきたいからね」

 

 水中での活動も考えられているとオーラルさんからは聞いており、今の所、過負荷による機能停止以外では、強制的に故障したような事は起こっていない。

 

 「……シガは片腕で不便に感じた事はないの?」

 「ん? まぁ、義手が無かった最初は、色々と出来る事が出来なくなって大変だったけどね。一番ショックだったのは、ボタンを一人でかけられなかった事と、紐が結べなかった事かな」

 

 最初は大変だった。だが今となっては人並みの生活が出来ている事もあり、不自由だった事はいい思い出だ。おかげで、両腕のありがたみを知ったのである。

 

 「届くところにも手が伸ばせるようになったし、本当にオーラルさんには感謝しかないよ」

 

 前を向いて進む事が出来ているのは、間違いなく左腕(フォトンアーム)のおかげだ。ソレを忘れずに、驕らずに、目指すべき高みは決めている。

 

 「……シガはどんどん先に行っちゃうんだね」

 「マトイ?」

 「私は、自分の事も思い出せない。それが一番大事な事なのに……今が続けばずっといいって思うの」

 

 シガと違って、マトイは多くの者達に護られて日々を過ごしている。それでも自分に出来る事は最大限努力しているし、記憶を取り戻すのも諦めたわけではない。

 

 「思い出したら……全部壊れちゃうんじゃないかって……ごめん。変な話をして」

 「不安になるのは解るよ」

 

 洗った皿を乾燥機に治めながらシガは続ける。

 

 「オレもそうだった。それに、今でも一人の時に考える事がある」

 

 度々過る、記憶の断片。まるで割れたガラスの破片だ。組み合わせる事が困難な、ガラスのパズル。ピースを一つ一つ吟味していては、永遠に本来の自分を取り戻せない。

 だからこそ不安なのだ。何か、大事な使命を帯びていて、ソレが疎かになっているのではないか? その所為で、誰かが苦しんでいるのではないか? 一人の時、時折そう考えてしまうのは必然だった。

 

 「けど、今やってて間違いのない事がある」

 

 そう。絶対に間違いない事――それはアークスとして歩く事だろう。

 

 「その時の為に、ちゃんと伸ばした所に手が届くようになっておけば、良いんじゃないかなって」

 「伸ばした所に……手が届くように?」

 「オレは――そうだね……大切な場所を護りたくて、その為に必要な力に手を伸ばしてるかな」

 

 今日の様に、皆で騒いで、笑う場所。それが彼自身の帰る場所だと思っている。だが、まだソレを護るだけの力はまだ無い。それに届くどころか追いついてさえいない。まだまだ、目指す頂は遠いのだ。

 

 「私も届くかな?」

 

 と、マトイは何か思いついた事があったらしく、思いつめた様な言葉を口にする。

 

 「もちろん。それは誰でも同じだよ。オレに限った話じゃない。誰だって手を伸ばす事も出来るし、届かせる事だってできる」

 「うん……でも、シガはあんまり無茶しないでね」

 「はは。まぁ、アークスとして活動する以上は、ある程度は覚悟してるよ」

 「……そう……だよね……わ、私、残りのお皿持って来るね。――わわ!?」

 

 その時の表情を見られたくなかったマトイは、テーブルに残された残りの皿を取りに行こうとして、足元に自分で置いた瓶に躓いてしまった。そのまま、盛大に転んで――

 

 「っと、まぁ、ね。こんな感じで、手が届く様に――」

 

 咄嗟にシガは左腕を伸ばし、倒れそうになったマトイの手を取った。だが手慣れな態勢では以上の力の入れようがない。そして、左腕では強く転ばないように勢いを殺す事しか出来ず、そのまま倒れ込む。

 

 「痛てて……マトイ、大丈夫――」

 

 と、なるべく考慮したが、下敷きにしてしまう形となった転倒にマトイの安否を気にして――

 

 「あ……」

 

 彼女に覆いかぶさっていた。




 お約束。モンハンのキャラ紹介に絵を追加したので拝見をお願いします。
 次はシガ側と六道側の続きです。

次話タイトル『D-Arkers busters 六道武念とクーナ』


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67.D-Arkers busters 六道武念とクーナ

 シガは人生の選択に立たされていた。

 部屋には彼女と二人きり。そして、酔わない程度とは言え、多少のアルコールを飲んでいる事もあり、理性のタガは緩くなっていた。

 

 「…………シガ?」

 

 不安そうでありながらも、どこか緊張したような声を出すマトイ。その頬を赤める様子が、シガの理性をガリガリと削り取っていた。

 

 「あ……マトイ――」

 

 くらくらする。さっきまでは平気だったのに……状況が変わっただけで、いつものように見えない――

 

 赤い瞳も、長い髪も、敏感に鼻孔を着く匂いも、五感全てが彼女の魅力をすべて的確に感じ取っていた。

 

 「――――」

 

 お互いの瞳には、お互いしか映っていない。そして、無意識にも顔が近づいていき――

 

 「…………ぶ」

 

 棚の上に置かれていた小麦粉が、シガの後頭部に落ちてきて中身を盛大にぶちまけた事で、一気に理性が引き戻った。

 

 シガは身体を起こして、真っ白な頭と顔で不機嫌な表情を作りながら、落ちて来た小麦粉の袋をつまみ上げる。そして、

 

 「けほっ……」

 

 渇いた咳を一つ吐く。

 

 「ぷっ……あははははは――」

 

 と、何かツボに入ったのか、マトイはそのシガを見て腹を抱えて笑い出した。シガとしては複雑な気持ちだが、幸せそうに薄く涙まで浮かべて笑う彼女を見て嘆息を吐く。

 

 そう言えば、こんなに感情的に笑う所を見た事がなかった。

 自然と口元が緩んでいた事に気がつき、

 

 「あ」

 「あはははは――はふ?」

 

 ポフッと、棚の上にあったもう一つの小麦粉がマトイの頭を直撃したのだった。

 

 

 

 

 

 惑星リリーパ、坑道――封印の奥地。

 六道は扉を抜けて、5人ほどが並んで歩けるほどの広い横幅の通路を歩いていた。

 

 「出迎えは別にいいんだが……毎度の事ながら、ただでは行かせてくれんか。のぅ、クー」

 「気づいてたんですか?」

 

 不意に横から姿を現すのは、ツインテールに縛った髪に、隠密仕様のスーツ――ゼルシウスを着た少女だった。肘部には専用武器の為に用意された装着具が存在し、常にスーツと一体化している。

 

 「あまり過信せんほうがええ。『マイ』はあくまで、全ての認識から外れるだけで、その場に居ないわけではない。実があるのなら、当然、足を踏み出した際に痕跡が残るし、不自然にフォトンの増減も出る。特にこういう場所ではな」

 

 六道に言われて、クーナは埃っぽい通路と、異様なフォトンで充満する様子から『マイ』の能力では相性の悪い場所であると悟る。

 

 「病み上がりじゃろう? 別に隅っこで休んでてええ」

 

 六道はクーナの頭に巻かれた包帯や顔の傷の事を考慮する。ハドレッドを直接()り合ったと聞いていた。

 

 「……オーラルに言われました。後に必ず必要になる、“六道武念”の戦いを見ておけ、と」

 「かっかっか。奴も過保護じゃのう。お前さんに全てを見せるつもりらしい」

 「それなら、直接教えていただければこんな手間は無かったと思いますが?」

 

 すると、通路の奥の闇から異様な気配を感じ取る。

 何かが向かって来る。それも……一体や二体では無い。まるで大軍が引きめし合い我先にと進んできている様だった。

 

 「ワシらは各々の情報を話すわけにはいかんのだ。尋問に備えた『アビス』に近い契約のようなモノでのぅ。隊の長が許可しない限り、他での『ブラックペーパー』の情報開示は極端に制限されている」

 「……それは、“奴”が関わっているからでしょうか?」

 「かっか、本当にいい女子(おなご)になったのぅ、クー。それだけ察しが良ければ解るじゃろう? 『ブラックペーパー』は秩序調停特務部隊。その秩序の安定には有事となれば【六亡均衡】もターゲットに含まれている」

 「――――いいのですか? その情報は……」

 「ん? ああ、部隊の方向性は別に話しても構わんのだよ。部隊の能力を把握されん限り、()()()()()()()からのぅ。元々、ソレが出来る人材が揃っていた事もある」

 

 六道の言葉をそのまま解釈するのなら、『ブラックペーパー』の部隊員は、皆が【六亡均衡】並の能力を持っていたことになる。今となっては、彼とオーラルの二人だけだが、部隊が全盛期の時は、もう一つの【六亡均衡】と噂された事もあったらしい。

 

 「と、雑談はここまで。どれ、“掃除”を始めるか」

 

 すると、通路の奥から闇が迫って来ていた。いや……違う。それは暗い色だからこそ、そう見えるだけで実際は通路を覆い尽くすほどのダーカーの大軍だ。

 ソレが視界に映る距離まで迫っている。

 

 四脚が特徴のダーカー、ダカン。

 羽を持ち飛行能力を持つ、ブリアーダ。

 素早く空中を移動する、エルアーダ。

 その他、見た事の無い形状をしたダーカーと言った、まるで魑魅魍魎の百鬼夜行を彷彿とさせる光景だ。

 

 思わず冷や汗が流れるクーナの横で、六道は着物の袖をまくってのんきな様子で逆に歩み出る。

 

 「クー、手伝ってくれるのはええが、初手は少し放れてた方がええ」

 

 濁流の様なソレに臆することなく六道は歩み出す。クーナは彼の警告を聞き入れ、『マイ』を発動して敵の向ける自身への認識を消す。結果、敵の全ては六道をロックオンしていた。

 

 「――――」

 

 一体どんなものか。クーナは純粋に、このダーカーの大軍に対して六道武念がどのように切り抜けるのか興味が出ていた。そして――

 

 「おっと、草履の紐が切れてるわい」

 

 草履を結び直そうと屈んだ六道をダーカーの群が呑み込んだ。生々しく、もみくちゃにされる音が響いて行く。

 

 「…………は?」

 

 あまりにもあっけない最期に、クーナの口からそんな声が出るまで呆れた所で、

 

 「やれやれ。準備運動には丁度ええか」

 

 百鬼夜行が内側から吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 闇が止まった。

 六道が呑み込まれた百鬼夜行が吹き飛び、バラバラになったダーカーの四肢(パーツ)が花火の残り香のように降り落ちてくる。

 不自然に穴の開いた百鬼夜行。六道はいかにしてやり過ごしたのかは不明だが現在は大量のダーカーに囲まれる状況になっていた。

 

 「丁度いい。ほれ、かかって来んか」

 

 通じているかは不明だが、ダーカーの群はまるで質量で押しつぶさんと言わんばかりに、六道へ殺到し――

 

 「DFでも居れば少しはマシな動きをするんだろうが……雑兵では数の暴力が限界か」

 

 ダーカーが次々に消滅していく。

 

 “なっ!?”

 

 クーナは驚愕に目を見開く。六道が、触れた端からダーカー共は、フォトンに洗い流されるように分解され消滅していくのだ。

 一体何をしているのか……状況を集中して認識の視野を広げると、六道からフォトンはほとんど感じられなかった。

 

 つまり、膨大なフォトンでダーカーを討ち滅ぼしているのではなく、何か別の用途で倒している――

 

 ふと、背後から襲い掛かって来たダカンに、六道は身を沈める様に躱すと踏込み、四脚の裏側に存在するコアに肘鉄を叩き込む。

 割れるわけでもなく、ほんの少しダカンは下がっただけだが、次の瞬間、悲鳴を上げて一定のフォトンとなって消滅した。

 

 “……今のは――ダーカーの因子がフォトンに反転した?”

 

 クーナは不確かにも、六道が行っている事を目の当たりにして信じられないと思いつつ、今目の前で行われている事を事実として認識する。

 

 六道は、ダーカー因子を体内を介することなく無害なフォトンへと“反転”させている。

 

 それも、触れるだけでその箇所からダーカー因子を侵食しフォトンへ変換しているのだ。これは()()ではない。そして、狙って()()()()()()でも無い。

 

 六道の持つ『特異体質』であり、彼はダーカー因子に触れた際に、自らの特殊なフォトンを僅かながら打ち込む事によって、フォトンへ反転させる事が出来る。

 故に無手でも問題ない。敵がダーカーであり、ダーカー因子の塊である限り、彼に取ってすれはダカンもダークファルスも大差ない敵なのである。

 

 掌底打。足刀。前蹴り。裏拳。

 

 武器を持たず、拳打を、蹴打を叩き込んだダーカーは片っ端にフォトンへと散って行く。その様は、闇が少しずつフォトンに侵食されている様と錯覚するほどのモノだ。

 

 「どれ、そろそろ整ったかのぅ」

 

 その後ろから、一つ目のダーカーが、六道へ鉄塊のような腕を振り下ろした。

 

 「驚きです。まさか、キュクロナーダを容易く切り裂けるとは――」

 

 クーナは六道を援護する様に『マイ』を解除すると同時に牽制のつもりで切りつけた。その斬撃は怯ませる程度の目的で放ったモノだったが予想以上の切れ味を発揮し、鎧に身を包んだダーカーを鉄塊の腕ごと容易く切り裂いていた。

 

 「『マイ』が順応しやすいフォトンに調整しておいた。存分に舞えい」

 

 リリーパでのハドレッドとの戦いで、負傷したクーナは完調には程遠い。だが、周囲のダーカー因子の反転したフォトンは『マイ』が、より吸収しやすいモノとして確立されている。これならいつもと同じ通りに――いや、

 

 「『シンフォニックドライブ』!!」

 

 跳び上がり、溢れるフォトンが軌跡を尾引きながらダーカーの群へ流星のように蹴撃する。同時に爆発するような衝撃と共に着弾地点のダーカー達は粉々に砕け散っていた。

 

 「いつも以上に動ける――」

 

 着地したクーナへ残りのダーカーが群がる。だが、同時に『マイ』を発動し、認識を消す。そして、群の隙間をすり抜ける様に斬撃を加え、拓けた場所で姿を現す。

 同時にダーカーはフォトンに浄化され消滅していった。

 

 「身体が軽い。これなら残りも――」

 

 クーナは、六道によって分断されたダーカーの群の後ろ半分を引き受ける事にした。本来ならこの数は退却を考えての撤退戦と見るしかないが、今のこの状況では負ける気がしない。

 

 「ふむ、任せる」

 

 六道は背後をクーナに任せて正面を担当した。未だに奥の闇からから出てくる質量は終わりがないと錯覚するほどのモノだが、“六道武念”には関係ない。

 向かって来るダーカーを次々にフォトンへ反転させていると、

 

 「おう? ようやくか――」

 

 奥より、目的だったモノがやってきた。より、濃いダーカー因子によって創られた大型のダーカー。

 地響きが奥から響く。ソレだけで、かなりの重量を要する巨体であると理解できた。そして暗闇に浮かぶシルエットは、見上げる程の影。身体を支える脚とは別に二本の腕が存在し、頭部からは角が伸びている。

 

 「やれやれ」

 

 圧倒的な巨躯を前にしても六道は不敵に笑う。腕を回しながら意気揚々と踏み出す。周囲のフォトンが一点に集まり、煌々と闇を照らしていた。

 地が揺れるほどの踏込を持って放たれた拳は突進してくる影に正面から叩きつけられた。




 六道の能力を開示しました。チートです。彼の前にダーカーは等しくダカンです。
 ちなみに、六道にとってクーナは孫娘のようなもので、その成長を楽しみにしています。
 次はシガの方の続きです。

次話タイトル『Feelings that do not intersect 交錯する想い』


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68.Feelings that do not intersect 交錯する想い

 例えば、いつものように日常を過ごしていて、あ、今日は何だかラッキーだぞ! と、ちょっとした嬉しさを感じることがある。

 

 一般的な“幸福”と言うモノは()()()()、だからこそ、その価値をかみしめて、“嬉しい”や“楽しい”といった事を感じることができるのだろう。

 逆に、自分にとってあまりにも出来過ぎて事が運んでいると、逆に恐ろしさを感じて来る。

 何か前兆のような……大きい幸運に比例して、大きい不運も襲って来るのではないか? という錯覚が思考をよぎる。

 

 

 

 

 

 部屋に備え付けのバスルームから発生するシャワーの流れる音が鮮明に耳に入って来る。

 

 「…………え、オレ……死ぬのかな?」

 

 シガは、演奏ルームや宴会ルームに比べて一回り小さい、就寝を主に行っている自室からベランダに出て夜風にあたっていた。

 

 「…………」

 

 ものすごく、もやもやする。耳を塞いでもシャワーの音が聞こえて、ソレを浴びているマトイの姿が――

 

 「うがぁぁ」

 

 思わず頭をベランダに打ちつける。頭を冷やせ! 冷やせオレ!

 節約の為に、買いこんでいた小麦粉を二人仲良く浴び、シガはマトイに風呂に入る様に勧めた。そのままでは気持ち悪いだろうし、汚したままメディカルセンターに送るのも悪いと思ったので、もらい湯を促したのだ。

 

 “じゃあ……お湯、もらおうかな”

 

 散らばった小麦粉を片付けて、宴会のルームの残りの片づけも終えて、雑念を消す為にベランダで夜風にあたっているのだが……

 

 「……くそ……ダメだ」

 

 健全な男子であると自覚し、それ相当の妄想しか出来ない。最低だ。最低だよ、オレ。情けないよ、オレ。だって、好意を感じている女の子が、自分の部屋でシャワーを浴びていたら、その手の期待をしちゃうじゃない?

 それが普通だと思うんだよね。うん。オレ同性愛者じゃないし、女の子大好きだし。一緒に寝たいと思ってるし――

 けど……

 

 「……悲しむところは見たくない」

 

 やっぱり、ソレが一番強い意志だ。彼女を悲しませるような事だけは絶対にしたくないのだ。

 

 「左腕は外して置くか」

 

 少しでもそう言った要因は減らしておこう。片腕なら少しは煩悩的な気持ちも紛れるだろう。

 

 「……シガ――」

 

 左手を接続部(アタッチメント)から外して、近くに『青のカタナ』と一緒に立てかけるホルダーへ置き、マトイの声に振り向く。

 そこには代わりの着替えである、適当なシャツとズボンを着たマトイが居た。シガのサイズに合っているので、彼女には一回りほど大きく袖から手が出ていない。

 

 「あ、ごめん。勝手に入っちゃって……」

 「い、いや! 別に気にしてないから!」

 

 と、腕を外した事で多少は軽減されるハズだった煩悩は……湯上り、たぼついた服、火照った顔を持つ彼女の雰囲気によって再び膨れ上がって行く。

 

 「この部屋って……」

 

 そんなシガの葛藤を知らずにマトイは扉近くの本棚を見上げていた。

 そこには、ナベリウスやリリーパなどの環境情報をまとめた情報誌、オラクルの歴史やアークスの情報などが実本で治められている。

 

 「……こういう雑誌って、普通は記録媒体だと思っていた」

 

 メディカルセンターでは、雑誌の閲覧は全て端末によって行われる。その方が場所も取らず、物資の搬入の手間も省けるからだ。ちなみに、メディカルセンターだけでは無くオラクル全体で、この手の雑誌は殆ど無くなりつつあるのだ。本棚に至ってはインテリアになりつつある。

 

 「普通はそうだよ。その方が場所もかさばらないし、端末一つあれば事足りるからね」

 

 しかし、シガは左腕の訓練の為にこう言った実在の雑誌を手に入れて日常的に使用しているのだ。

 オーラル曰く、左腕は機械的な電気信号で繋がっており、生身の腕のように筋肉や骨によって常に繋がっている訳ではない。その為、腕を動かす事を意識的に行い、左腕の動作に相違性が出ないように“ボディ・イメージ”を身につける様に言われているのだ。

 

 「左腕の為?」

 「最初はそうだったけど、今は少し違うかな」

 

 シガは右腕で『ナベリウスの総景』と書かれた本を取るとマトイに手渡す。マトイは手渡された本を開くと、惑星ナベリウスの景色を写真に収めたページが目に飛び込んで来た。

 

 木々の生い茂る道。

 子供と寄り添って歩いているフォンガルフル。

 日陰に群れで昼寝をしているガロンゴ。

 

 「――――」

 

 画面を挟んだ端末での閲覧とは何かが違う。その理由は解らないが、こうして自分の手で持ちページをめくることが、その気持ちを呼び起こしているのかもしれない。

 

 「どう? 意外とハマりそうでしょ」

 「すごいね。なんだか……行ってみたいって気持ちになる」

 「記録媒体だと、何故かそう思えないんだよな」

 

 気持ちを共感してくれたマトイにシガは『リリーパの夜景』と書かれた同種の雑誌を取る。その時、髪の毛に残っていた小麦粉がポロっと落ちてきた。タオルで拭ったと思っていたが、やはり一度さっぱりする方が良いだろう。

 

 「とっとと。オレも風呂に入りますか」

 

 はい、とマトイに『リリーパの夜景』を手渡す。

 

 「適当に見てていいよ。ちょっと風呂に入るから、その後でメディカルセンターに送って行くよ」

 「うん。ありがとう」

 

 

 

 

 

 マトイはシガを待つ間、いくつかの雑誌を見繕う。

 『ナベリウスの総景』『リリーパの夜景』『アムドゥスキアの地形』。その他にもタイトルで興味を惹かれた雑誌を持ってベッドに腰を下ろした。

 メディカルセンターでは、こう言った雑誌を開く機会はほとんどない。だから、少しだけ新鮮な体験だった。

 

 「…………シガはこんな場所に出向いてるのかな」

 

 写真の中では平和そのものの惑星の光景。けど、きっとこんな綺麗な光景ばかりではない。寧ろ、危険の方がずっと多いハズだ。

 メディカルセンターで、怪我をして運ばれるアークスの人を多く見る。中には意識の無い人や、血まみれで目を向ける事が出来ない程の怪我を負った人も見たことがあった。

 

 「…………」

 

 置かれているシガの『左腕(フォトンアーム)』と『青のカタナ』を見る。彼の武器であり、アークスとしてなくてはならないモノだ。けど……もし、『フォトンアーム』が無ければシガは――

 

 「…………」

 

 マトイは雑誌から目を話して、どうしようもない感情から座っているベッドに横になる。

 

 彼の匂い。ずっと、前から彼の事を知っている。記憶は無くても、感情は覚えていた。彼の傍に居るだけでいい。ソレだけでいいのに……彼は先に行ってしまう。

 

 「……私は――」

 

 眼に映るのは、いつも笑いかけてくれる彼の笑顔。そして、ゆっくりと瞳が閉じて行く。

 

 

 

 

 

 耐えた……耐えたぞ!

 シャワーを浴びながらシガは、魅力120%のマトイに手を出さないように理性を保つことが出来ていた。

 

 危なかった。ヤバかった。両腕揃ってたらそのまま抱きしめてても、おかしくなかった。オレってこんなに辛抱強くない人間だったっけ……

 

 「ある意味、最大の試練だ」

 

 油断すればすぐ、本能に身を任せようと理性が引っ込み始める。シャワーをお湯から水にして頭を冷やす事にしよう。

 

 「…………やれやれ」

 

 いつもの調子で、左腕でノズルを手に取ろうとして今は()()事を思い返す。冷水を浴びるよりも一気に頭が冷えた。そう、ただでさえ()()()()な今のオレが、本当に彼女を幸せに出来るハズが無い。

 まだまだ、越えるべき存在もやるべき事もたくさんある。そして、彼女の命を狙う奴も――

 

 「…………」

 

 鏡に映った自分の顔。そこには奴につけられた右眼を縦に通る傷がある。オーラルさんは整形で消せると言ったが、残しておいてもらった。

 奴の強さを、恐怖を忘れないように。そして倒すために……

 

 “シガ……貴様は必ず殺す。彼女も、だ”

 

 「させねぇよ」

 

 凍土で奴に言われた言葉を思い出し、鏡に映った傷に向かって強い意志をぶつけた。

 シャワーを止めて、浴室から出ると服を着て、タオルで頭を拭きながら自室へ向かう。その際に欠伸が出たので時間を確認すると、もう夜も深くなっていた。

 

 「早く送って行くかな」

 

 ふと、浴槽から出る際に脱いだ服を入れておく為の籠に目が行った。そこにはマトイの着ていた服――ミコトクラスタの端が見える。

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………履いてる……よな?」

 

 後に色々と決定的な誤解を受けそうなので、早く送り届けてあげよう。(ミコトクラスタ)は……うん、バックに入れて、と――

 

 

 

 

 

 「マトイー、帰ろうかー」

 

 服を入れたバックを手渡そうと自室に入る。しかし彼女は、スースーと寝息を立てて眠っていた。今日は珍しく楽しそうにしていたので、それなりに疲れたのかもしれない。

 

 「…………起こせないなぁ」

 

 寝顔は初めて見るが、超絶可愛い。これを起こすのは罪だ! 罪なんだ! 罪なんだけど……

 

 「……あっちの部屋で寝よう」

 

 ただでさえ、魅力的なのに一緒の部屋に居てこれ以上自分を押さえられる自身が無い。理性が消し飛ぶ前に少し距離を取ろう。

 

 「っと、その前に――」

 

 彼女が風邪をひかないように毛布を掛けてあげた。風邪でも引いてしまったら本当に目も当てられない。

 

 「……シガ……」

 

 自分の名を呼ぶ寝言に思わず毛布を掛ける手が止まる。

 毛布を首の下まで掛けて、もう一つの毛布を取ると部屋の電気を消した。そして、宴会ルームで壁に背を預けて照明を落とす。

 

 「…………嘘ついちまったな」

 

 本当はマトイを護るだけの力があればそれだけで良かった。

 けど……それはまだ叶わない。オレでは彼女を【仮面】から護りきれないと自分でも理解している。

 

 だから、今はこれでいい。ここにいれば、オーラルさんやフィリアさん――アークスの皆がマトイを護ってくれる。その中で、彼女が道を決めて歩んでくれれば、それがどんな道でも応援するつもりだ。そして何より――

 

 「君の悲しむ顔は見たくない」

 

 悲しませたくない。けど、彼女を護る為にアークスを続けて、その力に手を届かせなければならない。だからせめて、どんな形でも生きて帰って彼女を安心させるためにこう言うのだ。

 

 ただいま――と。




 とりあえず、宴会編は次で終わる予定。予定です。
 次はオーラルに映ります。

 次話タイトル『How to walk road あなたの意志とわたしの見ている世界』


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69.How to walk road あなたの意志とわたしの見ている世界

 気がつくと、わたしは虹色の空間に居た。

 まるで、身体が無くなったように意識だけが浮いて世界を認識している。フワフワとした感覚。あまり気分の良いモノでは無かった。

 

 “いつから……だったんですか?”

 

 それは彼の声だった。一番、傍に居て安心できる彼の声に、その場所に意識を向ける。

 

 “彼女が……救われないと解った時からだ”

 

 そこには、オーラルに向かい合うシガが居た。そして、シガの側には、違う服を着たゼノさんに、蒼い髪を持つツインテールの女の子が居る。

 

 “此処(ここ)へは数多くの間違いを重ねて、ようやくたどり着いた。シガ、お前は()()()()()だろう? 我々の意味を。全てはこの瞬間の為だったと――”

 

 オーラルは何を言っているのか解らなかった。けど……何が起こっているのか、そして何が起こるのかは、私でも解る。

 

 ソレは絶対に起こってほしくなかった事だった――

 シガとオーラルが戦い始めた。

 

 シガの持つ武器とオーラルの武器が互いにぶつかり合う。その度にフォトンが散って、そして――

 やめて……

 

 “シガ……本当に……お前は―――いい奴だったよ”

 

 オーラルの攻撃が深くシガを切り裂いた。明らかな致命傷と言える一撃。誰が見ても解るその攻撃にシガは膝を着く。しかし、それでも彼は立ち上がった。

 

 見たくない……これ以上、二人が傷つけ合う様は――

 

 “『フォトンアーム』オーバーフロー!!”

 

 今度は逆にシガの左腕がオーラルを貫く。装甲を撃ち抜いた一撃は、彼の胴体を貫通し、背後からフォトンが吹き出ていた。

 

 “貴様の存在が! その意志が! (ワタシ)の全てを否定する!! ふざけるなよ! シガァァ!!”

 “オォォォォ!!”

 

 至近距離でぶつかり合うフォトンは、二人の意志が形となり弾け合う。周囲の地形も変える程の激突。このまま続ければ、どちらかの命が尽きるのは時間の問題だった。

 

 もうやめて……二人とも……もう――

 

 

 

 

 

 「やめて!」

 

 その言葉と共にマトイは思わず起き上がった。そして、荒くなった呼吸を整えながら周囲を見回す。

 一瞬見覚えが無い場所だったが、瞬時に最後の記憶を辿る。シガの部屋だ。彼が用意してくれた大きめの服の上から毛布が掛けられている事に気づく。

 

 「――――シガ」

 

 夢の内容から彼を捜しに部屋を出る。すると、宴会をした部屋に壁に寄りかかる様に眠っているシガを見つけた。

 電灯が落ちているが夜闇に慣れた眼で簡単に見つける事が出来た。

 

 「夢…………」

 

 何であんな夢を見たのか解らないが、ほっと胸をなでおろす。

 デジタル時計に表示されている時間を見ると、深夜を回っている。彼が送って行ってくれると言っていたけれど、思わず眠ってしまったので起こすのを遠慮してくれたのだ。

 しかも、自分が彼のベッドで横になっていた。普段シガはここで眠っている。悪い事をしてしまった。

 

 「――――」

 

 眠る彼の寝顔は、いつもからかって来る時に比べて無垢な子供の様だった。思わず微笑みが漏れる程の安眠に、はだけた毛布をかけ直してあげると――

 彼の右眼を縦に通る傷が見えた。その傷は、凍土から帰った時に着いていた傷だった。

 

 「…………」

 

 凍土からシガ意識不明で帰ってきて以来、怪我をして運ばれたのがアークスだと聞くと、彼の事ではないかと怖くなる。

 彼はいつも話しかけてくれる。わたしの事を気にかけてくれる。なんで、彼の事を疑う事も無く信用できるのか、私には解らない。

 けど……凍土から運ばれた時から、そして……リリーパで怪我を負ったと聞いた時、彼を失うと思った時……本当に心が締め付けられるくらい怖かった。

 

 「シガ……」

 

 言えない。彼に……任務に出ないで、アークスを止めてほしい、と言えるわけがない。もしその意志を伝えたとしても、彼は笑って、必ず帰って来ると言うだろう。

 その意志を……どうする事も出来ない。

 

 「わたしは……」

 

 わたし自身は進むべき道はまだ見えない。けど、彼はどんどん前に進んでしまう。きっと彼なら目指しているモノを手につかむ事が出来る。けど、その道中で倒れてしまわない保証はどこにもないのだ。

 

 「わたしに出来る事……」

 

 それはきっと他の誰でもなく、わたしが導き出さないといけない答えなのだ。

 

 「だから……今は……シガが居るだけでいい……」

 

 いつものように彼が話しかけてくれる日常だけでいい。それだけで……わたしは他には何も望まない――

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 「未練。妄執。苦悩。嫉妬。憤怒。孤独。アレに集約したモノは全て一人の存在が受けきれるモノではない」

 

 オーラルは彼女と共に在る場所に向かって歩いていた。相変わらずオーラルは隻腕のままだが、戦意を強く纏っている。

 

 「不可能ではないハズだった。少なくとも“鷲”は適応していた」

 

 少し前を歩く彼女は、はんっと当然のように告げる。

 

 「当たり前じゃ。“鷲”は妾の娘だったのだから、その手の加護は……産まれつき持っていてもおかしくない」

 「だが……代わりに短命だった」

 

 その言葉に、彼女はしゃべる事が無くなったように沈黙する。石畳を歩く音だけが響き、その道中ですれ違う者達は道を空けて会釈してくる。

 

 「馬鹿者が……解っておったわ」

 

 思う所があったのか、彼女は表情を見せず前を歩いたまま口を開く。

 

 「望むままに生きてほしかった」

 

 彼女は娘を傍に置く事を強く唱えなかった。(オーラル)の傍に置いておく事が、鷲の望みだったからだ。そして、彼女は望むままに死んだ。

 『サンゲキノキバ』を次に――ウタに継承して……

 

 「(オレ)を恨んでいるか?」

 

 その言葉は後悔するような言葉であると同時に、数少ないオーラルの感情が読み取れる一言だった。

 

 「……恨む……か。ウタもそんな事を言っておった」

 

 “母さん……姉さんを殺した。必要だったとしても……間違った事をしたと思っている”

 

 悲しみに押しつぶされそうな表情で語ったウタは、衰弱したように笑ってこの星を出て行った時とは別人のような雰囲気を纏っていたのだ。

 

 「……一つだけ教えてくれ、ゼロ」

 

 目的地と市街地を繋ぐ門の途中で立ち止まる。どうしても、彼の説明では納得いかなかった。

 

 「何故……ウタを一人にした? お主なら……救えたハズだ」

 「……(オレ)は……全てを突き放そうとし、そして何も捨てられず、何も成せなかった愚かな存在だ。ソレを“鷲”と“ウタ”の死でようやく理解した」

 

 だから、終わらせるのだと、二人を迎えに行くのだと語る。それ以外に、自らの贖罪は無いと――

 

 「“鷲”と“ウタ”を取り戻す。今は、ソレが第一優先だ」

 

 その為にも、必ず“右腕”は取り戻す。計画はその為に動き出しているのだ。

 

 「そうか……お主の事だ。今度は役割を見失うでないぞ?」

 「言われなくても解っている」

 

 そして、門を抜ける。月明かりが差し込む拓けた空間に出た。風が吹き抜けた風が彼女の髪を撫でた。

 

 

 

 

 

 その場には見上げる程の巨体を持つ白い巨人たちが鎧を着て、空間の真ん中に存在する祠を警戒する様に武器を携えていた。

 

 「流石に“黒”は居ないか。コト」

 「はい。今回は白の者達で対応する事になりました」

 

 重装備をした巨人たちの中で、一人だけ違う装いをしている者に声をかける。

 

 「ここは“白”寄りの陣地だが……まったく、“マガツ”の関する問題の時は双族から戦士を出す事になっていると言うのに……」

 

 頭を抱える彼女は、相変わらずの様子に恨めしそうに“黒の王”の居る方角を見やる。

 

 「別にいい。今回は(オレ)の問題だ」

 「たわけ。図らずとも“災悪”を起こすのだ。貴様個人の問題では片付かんわ」

 

 そう言いつつも、ソレを起こす事に協力してくれるのは、オーラルのみならず彼の部隊が、この星で数多くの貢献をしているからである。一度……封印の綻びによって解放された“災悪”を封じ込めた様が一番新しい出来事だ。そして、今でも気にかけてくれる『ブラックペーパー』の事は同族のように思っている。

 

 「まぁ、腐れ縁の()()()じゃ。準備はいいな?」

 

 彼女の言葉に、白の巨人たちは一斉に剣を抜き、オーラルは全身を解放する。

 

 「機関解放。解放率――37%」

 「解印――『惨牙(サンゲキノキバ)【一重】』」

 

 封印された刀を抜き放った彼女は、空間に泳がせる様に手放す。するとソレは近くにある災悪――“自分の断片”へ強く引き寄せられた。

 

 「来るぞ! 皆の者! 意志(こころ)を強く保て!」

 

 竜巻のように黒い渦が回転していくと、少しずつ一定の形へ縮小。浮いていた刀は地に突き立つように落ちる。そして――

 

 「――――」

 「……ああ、そうだろう。お前は最後に、ウタの手で死んだ。だからコレは予想していた」

 

 驚きに見開く彼女を巨人たちの中で唯一通常の思考で動いていたのはオーラルだけだった。彼はフォトンを背部から放出し、戦う能力を強く保っている。

 突き立った『サンゲキノキバ』を掴み取った黒い渦は人。そして、その姿は寸分違わない娘のモノ――

 

 “父上……私を愛していないのは知っている――”

 

 空間に響くその声は、明らかに目の前で『サンゲキノキバ』を持つソレが発したモノ。

 

 「大鷲……お前は死んだ。死んだんだ。スクナやコト……この場の者達――六道やジェネシスやウタは惑わせても、(オレ)は惑わされない」

 

 “私の事は愛さなくていい……だけど……ウタは……ウタだけは、見捨てないであげて”

 

 「黙れ。『フォトンショック』」

 

 全てを払拭する一撃がオーラルから放たれ、空間がフォトンの光に包まれた。




 これにて宴会編は終了です。次からようやくEP1-5本編に進みます。

次話タイトル『Right 助手』


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70.Right 助手

 ピピピピピ――

 

 「――――」

 

 机に伏していた一人のニューマンは、高音で鳴り響く電子音で眼を覚まし、同時に自分が居眠りしていたことを思い出し、弾ける様に上体を起こした。

 未だ完全に覚醒しきらない頭を少しずつ立ち上げて行く。まずは最後の記憶からだ。どうして、自分の部屋では無くこんな研究室の机で眠っていたのかを思い出し――

 

 「…………! 先生!!?」

 

 この研究室の主である人間の姿を捜す様に室内に視線を巡らせる。だが、視界に目的の人物の姿を捉える事は出来なかった。

 その時、ひらりと机の端から何かが落ちた。それは眠っていた自分宛てに書かれたであろうメモ。彼は裏返ったメモを拾うと、そこに書かれた文面を頭の中で読み上げる。

 

 “やあ、ライト君。よく眠れたかな? 脳を休めている君を起こすのは忍びないと考え、自然に覚醒するまで放置する事にしたよ”

 

 「……先生が資料の整理を押し付けたんでしょ! もぅ!!」

 

 返答の返ってこないメモへ彼は愚痴を洩らす。本人が目前に居れば直接ぶつけている感情だった。

 

 “とは言っても、私の方は時間が惜しい。そう、一秒も惜しい。だからアムドゥスキアに行くことにしたよ。ああ、安心したまえ。キャンプシップで適当に仮眠はとる。流石に三徹は私でも限界だからね。では、気が済んだら戻るからそれまで資料の整理をよろしく頼むよ。食事は適当に冷蔵庫のモノを摂取していい。後、帰る時は、研究室の空調は落とすように――”

 

 「ま、またぁ!? またですか!!」

 

 あー! もー!! と頭を抱える。

 いつもの事なのだが、いつも戻ってきた時に注意するのだが、それでも彼女の現場放浪の癖は一向に治る気配がない。

 

 “ライト。最近、アキを現場(アムドゥスキア)で目撃する機会が増えている。お前の方で少しは何とかならないか?”

 

 「無理みたいです……オーラル室長」

 

 彼女の下に就いて研究を補佐する様に言われている上司からの言葉を思い出す。

 

 「はぁ……」

 

 二人の間に板挟みにされているニューマンの研究員――ライトは、とりあえず部屋の主――アキが帰ってくるまで待つという結論を出す。入れ違いになると困るからだ。

 

 待っている間、言われている事を終わらせるべく目の前の資料から手に取った。

 

 資料No.5879『アムドゥスキアの龍族生態記録』――

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ふらふらと、シガは力なくメディカルセンターを歩いていた。

 

 「ふぉぉぉ……」

 

 やつれた顔に、まるで精根尽きた様な足取りは、本日行われた定期検査が原因である。

 先ほど全ての検査が終わった。そして、何故かいつも以上に血を抜かれた事で少しだけ思考能力が低下している。

 

 「…………」

 

 アレが原因か。マトイを朝送って行ったのが……

 ぼーっと魂を抜かれた様に呆けていると、近くの扉が開き、そこからマトイが姿を現した。ガーゼで腕を抑えているところを見ると、彼女も採血されたらしい。

 

 「あ、シガ」

 「おーう」

 

 ひらひらと手をかざす。マトイは患者服を着ていた。いつもの服装(ミコトクラスター)は洗濯機で回っている頃だろう。

 

 「どうしたの?」

 

 あまりに色の無いシガの様子に隣に座りながらマトイは尋ねる。その仕草に思わずシガはドキッと目をそらす。

 朝起きたら隣でマトイが眠っていたのだ。シガは壁に背を預けて毛布にくるまって眠っていたのだが、彼女も同じ毛布に入っていたである。

 

 「あのさ、マトイ」

 「なに?」

 「……ごめん。やっぱり、何でもない」

 「えー」

 

 なんか恥ずかしいし、昨日の事は無かった事にしよう。そしてフィリアさんは表面上は、この件に関しては寛大だった。

 

 「気になるよー」

 「色々と情報が混乱しててさ。なんか、血をたくさん抜かれたし」

 

 今回の定期検査では、いつもの2倍ほどの血液を抜かれた。

 担当したのはフィリアさんだったので、最初は昨日の“マトイお泊り”のお仕置きかと思ったが、必要な事であるとオーラルさんから許可は取ってあったらしい。

 

 「あ、居た居た。シガー」

 

 おはよう、とシガを目指して歩いて来るアークスはアザナミであった。彼女は昨日メディカルセンターの仮眠室で夜を明かしていたらしい。欠伸をしながら歩いてくる様子からこれから自分の部屋に変える様だった。

 

 「おはようございます。アザナミさん」

 「ん。おはよう、マトイ。今日は検査だって、フィリアから昨日聞いててね。その分だと、結構痛めつけられたみたいね」

 

 相変わらずの楽天家である彼女は同じブレイバーの試験員である。シガにとってすれば直属の上司のようなものだ。そんな彼女は、ニッと笑って、やる気が戻らないシガを見下ろす。

 

 「いつも以上に血を抜かれまして」

 「あらら。でも、それって大丈夫なの?」

 

 血液は臓器と同じ扱いであり、規定以上の採血は違法臓器摘出が適応されている。故に明確な理由と、公共機関の許可が必要なのだ。

 

 「オーラルさんが許可しているらしいです。オレもその辺りの保護者はオーラルさんになってますし……まぁ、増血剤も貰ってるんで、少し飯食えば元に戻りますよ」

 「それは大丈夫なのね。いやー、まさか。シガが朝チュンするとは思わなかったよ」

 「ちょっ! アザナミさん~」

 「? シガ。朝チュンってなに?」

 

 焦るシガの対照的にマトイは言葉の意味を理解していないようだった。

 

 「ほ、ほら! 朝起きたら鳥がチュンチュン鳴く事があるだろ! その朝が来たぞーって意味だよ!!」

 

 当らずとも遠からずの回答だがマトイは、そうなんだー、と新しい情報を認識する。

 本当の意味を知るアザナミはニヤニヤしながら、そうなんだー、と悪戯な笑みを浮かべていた。

 

 「それよりも! アザナミさん、一体何の用ですか?」

 「あたしが来たのは、依頼以外に無いでしょ? 昨日、ちょっと気になる依頼を見つけてさ」

 「あー、せっかくですけど……ちょっと左腕(フォトンアーム)の調子が良くなくて」

 

 シガは左腕をかざしながら言う。あのリリーパの一件以来、戦闘形態にはしていないが、それでも違和感を覚えていた。

 通常形態なら、必要以上にフォトンを使わないので問題は無いが、不安定な感覚が左腕を通っているのだ。

 

 この状態はリリーパで咄嗟に発生させたフォトンの“糸”が原因だと見ている。

 

 本来『フォトンアーム』に組み込まれているのは攻撃能力のみだと説明を受けていた。

 実際に、“(エッジ)”と“(ショック)”は強力な斬撃と打撃の攻撃特性。そして後一つあるとシガはオーラルより聞いているが、ソレが“糸”だとは思えないのだ。

 

 『フォトンアーム』の持つ標準機能はフォトン特性の獲得にある。理論的な事は解らないが、“糸”が本来の機能とは別の効果で作り出されたモノであるのなら、“形”にはまらない効果だったのだろう。

 

 更に『フォトンアーム』はまだ試作と言う事もあり、形違いの能力の発言に攻撃向きの“爪”と“撃”が上手く発生できなくなるのは必然と言える結果かもしれない。

 つまり、今の左腕(フォトンアーム)は“(エッジ)”と“(ショック)”が使えないのだ。

 

 「ああ、大丈夫。大丈夫。人捜しだからさ。多分、戦闘にはならないっしょ」

 「本当ですか~?」

 「マトイさん。次の検査です。診察室へ」

 

 と、奥から看護婦がマトイの姿を捜して訪れる。マトイは一度返事をして立ち上がった。

 

 「…………シガ。無理はダメだよ」

 

 左腕の事を察したマトイは、完調では無いシガの様子を察していた。無理は良くないとその言葉を言い残す。そして、手を振って看護婦の後に着いて行った。

 

 「まぁ、マトイもああ言ってるし、どうする? やっぱ止めとく?」

 「アザナミさんはどうなんですか?」

 「あたし? ああ、ちょっと二日酔いでさ。頭が痛くて」

 

 

 

 

 この依頼を二日酔いのアザナミさんに任せるわけにはいかなかった。

 まったく……二日酔いなら、もっと依頼は期限の長いモノをもってきてくれればよかったのに、この依頼は今日中に受けなければならないモノだった。

 

 試験クラスである以上、出来るだけ受けた依頼は達成して行きたい。そこらへんが、妙に不真面目なんだよなぁ、アザナミさん。

 

 とは言っても、シガ自身は出来る事が依頼と実技試験(コレ)しかないのも事実なので、その手の作業は出来るだけ肩代わりするつもりである。

 

 「ああ、良かった! 依頼を受けてくれたアークスの方ですよね!」

 

 一通りの装備を整え適当に食事を済ませたシガは、ショップエリアにて依頼人である、ニューマンの青年と顔を合わせていた。

 

 眼鏡をかけて辮髪(べんぱつ)という少し特徴的な髪形。法術職(フォース)であり、慌てた様子は依頼に余裕がない雰囲気をかもしだしている。

 

 「どうも。シガって言います」

 

 それでも挨拶は最低限の礼儀。シガの自己紹介を受けて、ライトも慌てて畏まる。

 

 「申し遅れました。僕はライト。研究者です」

 

 研究者と言う言葉に、ロジオやオーラルの印象を受けるが、二人に比べてどこか知的な雰囲気が欠けている気がする。どっちかと言うと助手的な印象が強い。

 

 「アキ博士の助手をやっていまして」

 

 依頼人が研究者と言う事はアザナミさんの情報から把握している。だが、懸念が一つあるのだ。

 

 「今回の件は人捜しって聞いてますけど」

 

 そう、研究者の依頼が、人捜しと言うのは様々な裏を想定せざるえない。寧ろ、人捜しにかっこつけた、なんか人には言えない実験とかさせられるかもしれない。心してかからなければ!

 

 「そうなんです! 先生が行方不明なんです! 一週間も連絡が取れなくて……アークスでも個人探索の資格を持っているので、一人でフィールドワークに行かれちゃったみたいなんですよ!」

 「…………え? 本当に人捜し?」

 

 しかも、助手が上司の捜索を依頼すると言う、なんとも情けない状況だ。連携が全く取れていない。本当に研究室の上司と部下なのだろうか? 人の事言えないけど。

 

 「はい。依頼の話に戻りますけど……先生を捜してくれないでしょうか!」

 「別にソレは構わないですけど。本当に人捜しだけ?」

 「? そうですけど……」

 「本当に?」

 「はい」

 

 なんだか、アザナミさんが持って来た依頼だから、一癖も二癖もあると想定していたけれど、杞憂に終わりそうだった。

 

 簡単に内容を把握すると、捜してほしい人物は“アキ”という研究者。

 あのクソ暑いアムドゥスキアの火山洞窟に通いつけているとの事で、ライトが言うには今回もそこに居る可能性が高いらしい。

 シガ自身も“アキ博士”と言う人物にも純粋に興味が出ていた。

 

 「一体、どんなおっさんだ?」

 

 予想としては、無精ひげぼーぼーで眼鏡をかけたおっさん。又は、ハゲで眼鏡をかけたおっさん。

 そのどちらかだろうと思っていた。




シガとしては博士というのは男性に多いイメージをしています。作中でもオーラルやロジオと言った研究者しか邂逅していないこともあり、アキも彼の中ではまだおっさんをイメージしています。
 次は六道の次の任務と、アムドゥスキアへシガは降ります。


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71.Bottom of the volcano 灼熱の底

 10000アクセス突破!
 これも、読んで下さる方、お気に入りに登録してくれる方々のおかげです! これからもこの作品をよろしくお願いします!!


 『六道』

 「どうした? 休暇は終わったか?」

 『(パーツ)は取り戻した。だが、もう少しハルコタンで世話になる』

 「ワシも立ち会った方が良かったか?」

 『いや……こっちは大丈夫だ。少しマガツを起こしたが……“試作A.I.S”を使い、封印式へ還す』

 「生き仏になるなよ。まだ、お主は『オラクル』に必要だ」

 『代わりを務めてもらってすまんな。そっちは変わりないか?』

 「問題は起こっとらんよ。【若人】の断片も封じた。クーも頑張ったぞい」

 『よくやってくれた。クーナにもそう言っておいてくれ。それと次の任務がある』

 「やれやれ。少しは老人をいたわってくれんかのぅ」

 『お前を老人扱いするのは無理がある』

 「ふむ。否定はせん。して、任務とは?」

 『新たな『DF』の存在だ。仮面を着けた人型のダークファルス。呼称は【仮面】として、捜索兼、抹殺を主に動いてくれ』

 「【双子】はいいのかのぅ?」

 『奴らの観測は『虚空機関(ヴォイド)』では反応が消えた。上手く押し込んだようだな』

 「ワシの担当だったからのぅ。それで、次が【仮面】か?」

 『明らかな不確要素だ。(オレ)たちの計画に支障が出来る可能性として、早期に排除しておく必要がある』

 「やれやれ。ままならんのぅ。次は【若人】ちゃんが良かったんじゃが」

 『今『オラクル』で一番情報の少ないのが【仮面】だ。【巨躯】や【若人】のように解放時の姿を持っている可能性が高い。ソレを発揮する前に仕留めろ。【若人】はその後でもいい。リリーパに引き寄せられて、アークスとぶつかるかもしれんからな』

 「それで観測がいくらでも出来る……か。そう考えると、確かに今は【仮面】が危険だな。目的が不明な事もあるか……」

 『10年前に確認だけはされていた。だが、それ以降は音沙汰が一切無く、今期に不意に出現した』

 「アークスシップ襲撃事件か……嫌な記録だのぅ」

 『少なくとも、【仮面】が関わっている可能性は否定できない。あの時も、奴は不意にアークスシップに現れた』

 「それは初耳じゃ。まったく……本当に……やってくれたのぅ――」

 『六道武念、任務だ。【仮面】を確実に捕捉し、撃滅せよ。二度と10年前のような悲劇は繰り返させるな』

 「任務了解した、隊長。確実に遂行する」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 正直に言うと、アムドゥスキアの“火山洞窟”は嫌いだった。

 

 別に汗を流す事や、身体を動かす事が嫌いなわけではない。単純に、何もせずにジリジリと体力を奪われる行為がもどかしいのである。

 それでも、ナベリウスの爽やかな日差しや、リリーパのじわじわ来る地熱はまだ耐えられるが、“アムドゥスキア”の火山洞窟だけはどうしても克服できないのだ。

 

 その理由は、避暑地が無い事にある。

 

 天井が開けている訳では無く、常に洞窟内に篭る熱は、体力は元より“やる気”を奪っていく。

 それでも、アークスである以上はこの地へ足を踏み出さなければならず、その際にフォトンによる防護が無ければ一瞬で死に至るだろう。

 

 

 

 

 

 「あぢー」

 

 ライトの依頼を受けて、シガはアムドゥスキアの火山洞窟に足を踏み入れていた。

 火山洞窟。その名前をそのまま体現したフィールドは、薄暗い内部の光源は、至る所に姿を見せるマグマの照りつけによるモノだった。加えて直に灼熱が熱を放出する空間でもある。しかも“洞窟”である為、熱がこもり、外の何倍もの温度となっているのだ。

 

 当然、人が足を踏み入れれば一瞬で肺を焼かれて死に至るのだが、アークスは周囲を薄いフォトンで覆い、外気との温度差を一定数値に調整する事を可能にしているので、少し暑い程度で済まされている。

 なので、今現在の環境下でも、“暑い”と感じる程度の体感に引き下げられ、活動に支障は殆ど無かった。

 

 「うーむ。やっぱり、もう一人くらい誰かに声をかければ良かったかなぁ」

 

 適当に水分補給しつつ端末を見る。ライトから、“アキ博士”の索敵用のフォトンデータは貰っており、惑星を衛星軌道からぐるりと回って、この辺りの地点に居る事は解っていた。

 だが、広い洞窟内はレーダーで見るだけでは計り知れないほどの広さがある。実際に降り立ち、更に細かく位置が解るレーダーに切り替えて捜索を開始したのだが……

 

 「やっぱり、索敵用の端末は苦手だ……」

 

 ポチポチ操作しているが、有効設定が一キロ未満より縮められない。常時使わない機能であるので、上手くいかないのだ。

 

 「ま、いっか」

 

 とにかく、“アキ博士”はレーダーに捉えている。一キロ圏内に居る事は確定で、テレパイプでも使ってくれれば即座に位置を把握できるので、こっちは淡々とレーダーの反応を目指して進むだけでいいのだ。

 

 「……はぁ。やっぱり、花が無いよなぁ」

 

 中々やる気が上がらないのは、やはりおっさんを捜しているからだろう。そう言えば、“アキ博士”の写真をライトから貰い忘れたが、あったところで任務に支障はない。

 

 「こんなところに、女の子もいるとは思えないしなぁ」

 

 アムドゥスキアは不人気な惑星である。最近、原生民が発見されたリリーパよりも、前々から先住民――『龍族』の存在も確認されていた事から彼らとの交流は避けられないモノだ。

 だが、仲が良かったのはほんの数十年前まで。今では衝突も度々ある様で、一部の『龍族』に至ってはエネミー扱いにさえなっている。日々の確執が今現在の関係に既決してしまっているのだ。

 

 「なるべく“龍族”とは避けて行くかな」

 

 彼らもレーダーに映る。こちらとしては十全に動く事が出来ないので、この過酷な環境に適応した種族である“龍族”とは戦いたくなかった。

 

 

 

 

 

 極熱の支配する火山洞窟は生物が存在するにはあまりにも劣悪な環境だった。

 いくら、その地に適応した龍族と言えど、食料も無い洞窟での生活は困難である。そもそも、洞窟が彼らの住処であると言う考え方が間違っているのだ。

 彼らからしても、洞窟は過酷な環境であり、普段は“浮遊大陸”なる土地にて生活をしている。

 

 〔どうした〕〔これは……一体〕

 

 龍族でも数多ある一族の一つ――ヒの一族の戦士ヒ・エンは破壊された集落を見て驚きの声を上げた。

 

 〔エンか?〕

 

 同胞の一人がヒ・エンの姿を見つけて駆けつけた。その身体には痛々しい傷跡が存在している。

 

 〔!〕〔その怪我は!?〕

 〔問題ない〕〔気にするな〕〔それよりも〕〔ロガ様が乱心なされた〕

 〔どういうことだ?〕

 〔わからぬ〕〔急に暴れ出し〕〔数人の戦士達の声も聞こえていないようだった〕〔止めようとした戦士達の数人が負傷し〕〔ロの一族に助命を受けている〕

 

 不意に暴れ出してロガはまるで見境なく、集落を焼き払ったのだ。幸い死に者は出なかったが、止めようとした戦士達が負傷していた。

 

 〔ロガ様が〕〔何かあったのか?〕〔まさか〕〔数日前より姿を見せるようになった賢しいアークスの仕業か?!〕

 〔解らん〕〔無関係ではないと思うが〕〔今はロガ様の安否が心配だ〕

 〔そう言えばチの一族でも〕〔似たような事が起こったと聞いた〕〔急に同胞が暴れ出し〕〔酷い事になったと〕

 

 昔からその手の事件は度々起こっていたが、これ程までに頻繁に起こることは無かったのだ。

 

 〔ロガ様を捜す〕〔そちらは負傷した戦士達に着いててくれ〕

 〔ロガ様は〕〔恐らくカッシーナだ〕〔気をつけろよ〕〔エン〕




 あんまり話の進まない回。ですが、これでオリジナルのフラグは立ったと思います。
 六道の次の標的は【仮面】です。エンカウントすれば即死亡です。【仮面】は。

 次話タイトル『Magical girl 魔砲少女』


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72.Magical girl 魔砲少女

 文明が存在すると言う事は、そこに文化が在ると言う事だ。

 文化は創り出した知的生命体によって繋がれており、今日まで脈々と受け継がれてきた。

 この火山洞窟もシガからすれば単に暑く、活動し辛いと言う認識の空間であり、精神的に不快感を感じる。実益の少ない、この場所に他のアークス達も好き好んで訪れる事はない。

 

 だが、この惑星の住人――龍族はその限りでは無いのだ。

 

 火山洞窟も、この惑星の一部で彼らにとっても適応した生活環境なのだ。ただ、彼らの中で火山洞窟がどのような立ち位置にあるかは、流石に知りようがない。

 少なくとも、罠が仕掛けられている時点で、相当大切な場所であると推測は出来る程度だ。

 

 

 

 

 

 「マジかぁ。いきなり現れるもんだな」

 

 シガは困ったように進行方向に突如として出現した“壁”を見上げていた。仕方なくルートを変えようと引き返した時、そちら側にも“壁”が現れ、今は閉じ込められる形となっている。

 囲うような“壁”の出現は、明らかに意図のある拘束のようなモノであると考えられた。

 

 「ちょっと戦闘は勘弁してほしいんだけどねぇ」

 

 左腕は相変わらず使えそうにない。壁もだいぶ頑丈で、生半可な攻撃ではびくともしないだろう。“爪”か“撃”が使えれば何とかできるだろうが……

 

 「右よし! 左よし! よし! 帰ろう!」

 

 閉じ込められて、ソレを突破してまで人捜しを続ける意味は無い。一度テレパイプでキャンプシップに戻り、そこから改めてこのエリアを探索しよう。

 アイテムパックからごそごそとテレパイプを取り出し、起動スイッチを入れようとした時だった。不自然に影がかかった様子から上を見上げる。

 

 「うひょ!?」

 

 壁を乗り越えて囲いの中に侵入して来たのか、龍族が剣の切先をこちらに向けて落下して来ていた。

 

 「んっとによぉ! このパターン多すぎだろ!!」

 

 転がって回避した姿勢から、元いた場所に降ってきた龍族を視界に入れる。

 水色の鱗に左眼が傷によって潰れて、剣と盾を持っている。龍族でも戦士にあたる存在である事は一目瞭然だ。だが、姿を見なくてもシガには感じ取れていた。目の前の龍族から漂い出る“気迫”はその辺りで遭遇する龍族とは一線を画するものであると。

 

 「こう言うのが、成長してるって言うんだな。わかるぜ。お前の強さは」

 

 幾度と死線を超えて来た。その経験が、シガの“獣の嗅覚”を引き上げたのである。その感知能力は今も成長を続けている。

 盾を構えて接近してくる龍族。シガも『青のカタナ』を抜刀の構えで迎え撃つ。

 

 

 

 

 

 初めての戦闘だった。

 今までは、向かって来る敵に対して使える限りの手段を用いて撃破し、活路を開いてきたからだ。しかし、コレは今まで経験したことが無かった。

 

 知性を合わせた武器と武器を使った戦い。

 

 人と人で戦う経験はリリーパでしている。心身ともに圧倒的な負けだったが、ゲッテムハルトさんとの戦いは今でもいい経験として生きていた。

 今までの(エネミー)は、本能で喰らいかかって来るだけ。だが、今回相対したのは“龍族”である。

 確かな知性を持と文化を持つ星の戦士なのだ。こちらも剣を持つが、その刃を合わせる戦いは未だ無い。

 

 身軽な身体能力を使って、隻眼の龍族は飛びかかる様にこちらへ剣を振り下ろしてくる。体重を乗せた重剣。それを躱すことなく、シガはその場で迎え撃つ。

 

 抜刀で必要なのは、腕の力だけでは無い。鞘を滑らせる速度が速ければ速いほど、その切れ味は跳ね上がる――

 

 「合った――」

 

 一瞬、左腕(フォトンアーム)から、洗練されたフォトンが漂い出ると、飛びかかってくる龍族へ高速の抜刀が抜き放たれる。

 下半身の軸、腰の回転、柄を握る握力、肘の動き、肩の稼働。身体能力で全てが完璧に機能して今出せる最高の一撃が隻眼の龍族へ向けられた。

 

 「――――っ」

 

 どのような反射神経を持っているのか。隻眼の龍族はシガの渾身の抜刀に盾を差し込んでいた。

 未熟故か、それとも未知の硬度を持つのか、抜き放たれ青い刀身は盾を両断できず、その前面に当って止まっている。

 

 コレはヤバイ――

 

 シガは直感で隻眼の龍族が盾に角度をつけて、こちらの刃を逸らそうとしていると判断したが、既に身体は弾かれた状態へ――

 

 〔――――〕

 

 態勢を崩して着地したにもかかわらず隻眼の龍族の方が先に次の行動へ移っている。盾を前面に構えて、シガへシールドでタックルを喰らわせた。確かな感触を盾を持つ手に感じ取る。

 

 「……まさか、アイツのマネをする事になるとは思わなかったぜ」

 

 しかし、シガは向かって来る盾に足の裏を合わせると、その衝撃と共に後ろへ跳び下がっていた。

 ソレはナベリウスで【仮面】が見せた挙動。あの動きを知っていなければ、今の攻撃はまともに受けていただろう。

 

 再び納刀。開いた距離を隻眼の龍族は詰めようとしなかった。シガが悟ったように彼も悟っていたのだ。

 

 この敵は強い、と――

 

 「…………フッ」

 

 シガは変に力んでいる事を自覚し、構えを解いて少しだけ脱力する。らしく行こう――

 

 〔――――〕

 

 隻眼の龍族はシガの様子に、先ほど以上の警戒を抱く。鋭い戦気よりも、()()()の方が読めないのだ。

 

 「『ハットリンドウ』」

 〔!?〕

 

 無拍子。シガはその場で抜刀し、フォトンの斬撃派を飛ばす。隻眼の龍族は盾で防ぎきれない範囲の攻撃に回避を選択――

 

 「『シュンカシュンラン』」

 

 次の間に隻眼の龍族の眼前へ『青のカタナ』が迫る。狙いは頭――

 

 〔――――ッ〕

 

 隻眼の龍族は更に回避を選択した。僅かに頬を『青のカタナ』が掠めて傷を負うが、完全に間合の内側に入っていた。

 大きく伸び出したシガの『青のカタナ』の内側へもぐりこむ事に成功している。この間合ではシガは刀を(かえ)す事は出来ないが、短い刃を持つ隻眼の龍族の剣は問題なく機能する。

 シガの顔を剣が串刺しに――

 

 「これで、全部だ」

 

 その攻撃は装甲を持つ機械的な腕に掴み止められていた。

 明らかに生身では無い腕――フォトンアーム、戦闘形態。初めて見たその異形に、隻眼の龍族は衝撃と困惑から次の行動がコンマだけ遅れ――

 

 「『カザンナデシコ』!!」

 

 フォトンにより増幅された切れ味と長刃を『青のカタナ』は纏い、地の岩肌を両断する一撃が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 ただ、感じたのは驚きだった。そして、次に敬意であり、自分がまだまだだと思い知らされる。

 

 「……」

 

 至近距離での『カザンナデシコ』。ソレを隻眼の龍族は剣を離す事で逃げ延びていたのだ。片腕であったため質と速度が落ちたせいもあるだろう。だがそれ以上に、いまの回避は根本的に質が違っている。

 

 「こういう職業(アークス)だからさ。武器を手放すって概念はなかった」

 

 武器を捨てる。それが出来るかどうかで、戦士としての素質は大きく異なる。自らの武器に固執するかどうか。その選択が出来る者は“強い”のだ。

 武器とはただの敵を倒す手段に過ぎない。ソレを理解していても、捨てる、という選択は、なかなか出来るモノではない。

 

 打破すべき防衛本能――

 

 シガは確信していた。目の前の隻眼の龍族は、自分よりも遥かに先に居る戦士だ。

 

 〔……ッ〕

 「さて、どうする?」

 

 シガは奪った剣を捨てると、盾だけの敵に告げる。この戦いの優位性は剣を掴み持っているシガにあった。

 倒すなら今がチャンスだが、シガとしてはそのまま退いてくれればそれに越したことはない。出来るなら彼は斬りたくなかった。

 

 〔……〕

 

 だが、隻眼の龍族から戦意は消えていなかった。盾だけでも戦うと言った様子で身構えている。

 

 「そう言う事なら……仕方ない」

 

 壁が開かない上に、この龍族を倒さなければテレパイプを起動する隙もない。不本意だが倒させてもらおう。

 その時、横の壁から強力な爆発音が響いた。爆発は壁の向こう側から。まるで何者かが向こう側から叩いている様に二度三度と爆音が響き、ヒビが入って行く。

 

 「なんじゃぁ!?」

 

 洞窟が崩れるんじゃないかと錯覚する衝撃に天井の岩盤がパラパラと剥離して落ちてくる。そして、外側から吹き飛び、爆熱と煙によって視界が塞がれた。

 

 「ゴホッ、コボッ……ったく……一体、なんだって――」

 「なんだ? やけに固い岩だったなぁ」

 

 煙で若干せき込みながら、シガは聞き覚えのある声に気がついた。壁を爆破した張本人は、自分で起こした土煙の中をスタスタと歩いて、視界に映る距離まで近づいてきた。

 

 「ん? なんだ、貴様。貴様ではないか! こんなところで何をしているんだ?」

 

 いつもならヒューイが目付け役になっているヒューマンの少女。そして、アークスの頂点たる六人の内でも最上とされる三人の一人。

 六亡の五にして、三英雄の一角――三代目クラリスクレイスだった。

 

 

 

 

 

 「なんで、クララちゃんがこんなところに居るの?」

 

 シガは歩いて来るクラリスクレイスを見ていたが、視界の端に煙の中を失踪する影を捉えた。

 やべ――

 

 「おーい。なんだ、なんだ? こんなところで貴様は何をして――」 

 

 その時、クラリスクレイスの死角から煙を突き破る様に隻眼の龍族が彼女へ強襲する。拾い戻した剣はおろか、その接近すら気づいていないクラリスクレイスは素人丸出しで隙だらけだった。

 

 「? 何をしてる? 貴様は」

 

 隻眼の龍族は、剣を振り上げた所で停止していた。固定されて様に宙に浮いている。その様子に当人も驚き、身体を拘束する様に巻きついている“糸”の存在を確認する。

 

 「そうか。敵だな? そうだろ」

 

 クラリスクレイスは流石に隻眼の龍族を敵と認識し、背に持つ紫色のロッドを眼前の龍族へ向ける。

 

 「ちょっと待って!」

 「ん? なんだ?」

 

 走って来るシガの静止に、クラリスクレイスは視線だけを彼に向け、半ば反射的にロッド――灰錫クラリッサⅡから“フェイエ”を発射していた。

 意識がシガに向いたおかげで、フォイエは隻眼の龍族では無く、少し逸れて天井に向かって放たれる。

 洞窟が揺れる爆発と轟音が響いた。そして、次にシガが懸念していた事態が起こる。

 

 「なんとなく、こんな予感はしてたけどね!!」

 

 天井が音を立てて崩れて来たのだ。分厚い岩盤は瓦礫となって降り注ぎ、流石にその全てを“糸”で止める事など出来ない。

 シガは隻眼の龍族を拘束している“糸”を解除して、走り抜け様にクラリスクレイスを小荷物のように小脇に肩に抱える。

 

 「何をする!」

 「そりゃ、こっちの台詞だっ!! 黙ってないと舌を噛むぞ!」

 

 降り注ぐ瓦礫を躱しながら彼女の壊した扉を抜けて、瓦解の及ばない場所まで全力で駆けて行く。




 クラリスクレイスとの邂逅です。EP1本編では彼女とはマターのサブイベントでしか、かかわりがないので、オリジナルの邂逅となります。
 次はようやく彼女が出てきます。

 次話タイトル『Aki 賢人』


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73.Aki 賢人

 「おや?」

 

 火山洞窟で収集作業をしていたヒューマンの女は、揺れる地面と爆発するような音に、その方向へ視線を向けた。

 

 「ふむ。どうやら盛大に騒いでいる者達が要る様だね。やれやれ『オラクル』は何をしているのやら」

 

 鉱石を採取していた彼女は眼鏡を一度整えて、必要な分の回収を終えたことを確認する。そして、端末を開くと、すぐに地図が表示され様々な区画に×の印がつけられていた。

 

 「この辺りは終わりだね。次はあっちの区画で最後か」

 

 本当は三日程度で戻るつもりだったのだが、アムドゥスキアはあまりにも魅力が多すぎるため、つい長居をしてしまった。中でも先住民でもある“龍族”の文化には眼から鱗が出っぱなしなのだ。

 今回も最低限の環境収集を終えたらさっさと引き上げるつもりだったのだが、あれもこれもとやっている間に一週間も経っていた。

 

 「それにしても……いや、結論を出すのは早計だな。まずは要素を固めねば」

 

 鉱石採取を始めてから検出し始めた、アムドゥスキアを蝕む“ある要素”に彼女は懸念を抱く。

 それでも、研究者である以上、きちんと検証してからの結論が彼女の納得できる流れであるのだ。今はデータ収集の段階。考えるのは次の段階だ。

 

 「丁度、騒ぎのあった方角か」

 

 

 

 

 

 「それで、貴様は何をしていたんだ?」

 

 崩落が終わり、瓦礫となって塞がれた帰り道を見ているシガにクラリスクレイスは、ふふん、と偉そうにふんぞり返っていた。

 

 「人捜し。クララちゃんも相変わらず魔法少女(ボンバーガール)やってるね」

 

 どう見ても生意気な少女にしか見えないが、こんな小柄な体格でも内包するフォトンは凄まじいモノである。向かい合っていても、感じ取れる溢れんばかりのフォントは、流石アークスの頂点とも言えるステータスだ。

 

 「人捜し? ああ、行方不明者探索ってやつだな? そうだろ?」

 

 腰に手を立ててシガを見上げる頭半分背の低い少女は六亡均衡の“五”――三代目クラリスクレイス。ちなみにシガは彼女とはオーラルの訓練でシガも面識があった。

 必ずと言っても良いほどに、ヒューイと共に行動している為、知れずと邂逅する機会は多くなっていたのだ。

 もちろん、訓練にも参加した事もあり、その時はヒューイと二人してフォイエで敵ごと吹っ飛ばされた記憶が新しい。

 

 「よし、喜べ! わたしが手伝ってやろう」

 「えー」

 

 無い胸を叩いてクラリスクレイスは無い胸を張る。

 最も人捜しに向かない性格を持つ彼女。恐らく、ヒューイの影響を強く受けているのだろう。ヒューイもヒューイで、クラリスクレイスの事は妹のように接しており、レギアスから彼女の指導を任されているとか。

 

 「む、何か不満か? これほど頼もしい存在は他にはおるまい! 六亡均衡の五にして三英雄自らが手伝ってやるのだからな!」

 「あ、もう手伝う方で話は決まってるのね」

 

 面倒事が一つ追加されただけ、とシガは断ろうと思ったが、

 

 “シガ、あれだ。うん。オレも常にクラリスクレイスに就いている訳じゃない。彼女も、自分の足で惑星に降りる事もある。もし遭遇したら気にかけてあげてくれ。うん。クラリスクレイスが起こした問題は、オレの責任になるんだ!! レギアスに殴られるんだ!!”

 

 「……おお。頼もしいぞ、クララちゃん。手伝ってちょうだい」

 「そうだろう、そうだろう!」

 

 ここはヒューイの顔を立てて、彼女にはご同行願おう。それに一人にして、洞窟を爆破して崩されれば今度はもっとヤバイ事になるかもしれない。

 

 精神的に未熟とは言え、彼女も能力的には間違いなく六亡均衡なのだ。その内に秘めるフォトンは普通のアークスとは比べ物にならないモノを保持している。

 

 「それじゃ、レッツゴー」

 「おー」

 

 戦力的には頼もしい事は変わりないので、その力の使い方にちゃんと方向性を持たせてあげなくては。

 

 

 

 

 

 「とりあえずどうする? こっちに行くか?」

 

 スッ、と壁に向かって『灰錫クラリッサⅡ』を構える。

 

 「ちょっと落ち着いて、オレに考えがあるから」

 

 いきなり壁を破壊しようとしたよ。さっきの崩落は記憶から抜け落ちちゃったのかなぁ。その辺りもちゃんと教えてあげないと、やっぱりとんでもない事になるかもしれない。

 

 「道を進もうか」

 「(こっち)は破壊しないのか?」

 「また天井が崩れるかもしれないから、出来るだけ大きな衝撃は与えないようにしようね」

 「そうか。ヒューイも言ってたぞ! 環境に適応する事が大事だってな!!」

 

 そうかー、保護者(ヒューイ)はそんな事を言ってるのかぁ。もうちょっと他人とのマナーについて教えろよ。アイツ……

 ともかく、ヒューイにマナー関係の教授は無理なので、今回出来るだけオレの方で補填しておこう。

 

 「とにかく、あまりどこもかしこも爆破しちゃダメだ」

 「なんでだ?」

 「色んな人に迷惑になるからだ」

 

 とりあえず、良い事と悪い事と、考慮することを教えて行く。本当はオレの役割じゃないんだけどね。

 

 「ふむ……迷惑になるのか……」

 

 先ほどまでクラリスクレイスが纏っていた唯我独尊な雰囲気がしぼみ、悩むように腕を組んで考え始めた。

 

 「ヒューイが言ってたんだ。困ってる人は絶対に助ける。だが、自分が“迷惑”になってはダメだって」

 

 おお。ちゃんと必要な事は教えてるんだな。クララちゃんも理解してるみたいだし。

 

 「なぁ、どんなことが“迷惑”になるんだ?」

 「どこでも構わず爆破するのは“迷惑”になるし、地形によってはさっきみたいに二次被害が起きる」

 

 つまり、彼女は何も知らないのだ。アークスとしては一級品の能力を持っていても、フィールドに出て生き残れるかどうかと言えば別の話である。

 先ほども、シガが割り込まなければ、“龍族の襲撃”と“崩落”で彼女は二回死んでいるのだ。

 

 「とりあえず、その辺りは後でヒューイにでも聞くといいさ。今は、出来るだけオレの指示に従ってくれないか」

 「それで迷惑にならないなら、従ってやろう!」

 

 

 

 

 

 「やはり、先ほどの衝撃は崩落だったか。ふむ、フォトンの反応がある。コレはテクニックのフォイエだね。だが練度は浅いモノだ」

 

 それであっても、洞窟を破壊する程の威力となると、扱える者はアークスの中でも限られる。記憶してる限りでのこれほどの能力を持つ者は――

 

 「“五”。三代目クラリスクレイスか。彼女が来たと言う事は……『オラクル』もアムドゥスキアを気にかけたと言う事なのだろうか」

 

 と、そこまで考えてそれ以上は不毛な思考だと、横から入った情報を振り払う。今は当初の目的である採取を終わらせるのが先決だ。

 

 “なぁ、どんなことが“迷惑”になるんだ?”

 「おや?」

 

 すると、少し突き当たった先から声が聞こえた。

 

 「挨拶くらいはしておくかな」

 

 

 

 

 

 「ん?」

 「ふぐっ!?」

 

 シガは先に進もうとしたところで、レーダーの反応が近づいてきている様子に、足を止めた。その彼の背にクラリスクレイスは激突して鼻を抑える。

 

 「急に止まるな!」

 「やー、ごめんごめん。いや、ほら人捜しで、その人の反応が凄く近いんだよね」

 

 端末のレーダーを見せると、クラリスクレイスは、おお、と食い入るようにその情報を認識する。

 

 「向こうから来てる」

 「向こうから……」

 

 ゴクリ、とクラリスクレイスは妙に緊張して邂逅する予定の通路を凝視する。

 別に決闘じゃないんだけどね。と、シガもクラリスクレイスを習って、向こうが現れるまで構える事にした。

 

 とりあえず、ライトくんの名前を出して握手して、テレパイプで帰還。よし、流れ的には完璧――

 既に邂逅後の動きもスムーズに決めた所で“アキ”が現れた。

 邪魔にならないように前髪を持ち上げて後ろに流し、反渕の眼鏡と理的に物事を見定める視線はいかにも学者的な印象を強く受ける。その知的な雰囲気はと容姿は一般的に美人に分類される端正な顔つきをしていた。動きやすい服装――タイガーピアスに身を包んだ“女性”(←ここ重要)だったのである。

 

 

 「おや。やはり六亡均衡の五か。こんなところまでご苦労だね」

 「…………」

 「むぅ、貴様。名前を名乗る時は自分からなのだぞ!」

 「おっとこれは済まない。私はアキという、しがいない研究者だ。ふむ、そっちの君は私の記憶にないな。少なくとも面識者ではないようだね」

 「…………」

 「おや? 何らかの感情が強く現れて言語機能に支障を来しているのかい?」

 「えーっと……アキ博士?」

 

 シガはようやく発せた言葉がソレだった。とにかく、この質疑応答ではっきりさせたかったのだ。

 

 「自己紹介はしたつもりなのだがね。今度は忘れないでくれたまえよ? 私はアキで間違いない」

 

 その言葉を聞いて、シガはガクッと片膝をついて項垂れる。

 

 「ば……馬鹿な。もっとこう……予想の斜めを行くならキャストだってオチが一般的だろう!?」

 「どうやら君は失礼な予想を現在進行形でしているようだね。本人を前に口に出せるとは、大者なのか単に愚者なのか。どちらにせよ、君の名前を知ってから判断しても遅くは無いのだが?」

 「申し訳ありません」

 

 次の瞬間に、シガは立ち上がると胸に手を当てて執事風にお辞儀をする。

 

 「シガと言います。ご婦人。以後お見知りおきを」

 「なんというか、初対面でも性格が解り易いな。君は」




 ようやく、EP1-4のメインキャラクターであるアキとの邂逅です。オリ設定では、彼女はオーラルとかかわりのある研究者ということにしているので、今後ともあちらこちらでかかわってきます。

 次話タイトル『Harvesting 灼岩収集』


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74.Harvesting 灼岩収集

 アキは資料片手にマザーシップを歩いていた。それは、純粋に自分の研究が『オラクル』の為になると信じていた頃の記憶である。

 

 「おや?」

 

 研究室まで近道(ショートカット)しようとした事で、思いもよらぬモノを眼にして足を止めた。

 ソレは三つの影。

 

 一人は同任者であり、違う部署の室長をしている黒い外装のキャスト。

 一人はキャストの腰ほどまでの身長しか持たない青い髪を持つ少女。

 そして、もう一人は仮面と左腕に特殊なユニットを着けた白髪の男。

 

 三人の中で、仮面の男がこちらに気がつき、その奥にある青い眼をアキへ向ける。

 

 「やぁ、オーラル室長」

 

 男の動作と、アキの声で黒いキャスト――オーラルもそちらを見た。青い髪の少女は仮面の男の後ろに怖がるように隠れる。

 

 「アキか。珍しいな。お前が研究室から出ているとは」

 

 広間を行き交う研究員たちは、アキとオーラルの邂逅を物珍しげに一瞥するだけで早足に通り過ぎて行く。

 

 「……隊長。彼女は?」

 

 横に立つ仮面の男はアキを見てオーラルに尋ねる。アキは、仮面で籠った口調から白髪のモノは若人であると推測した。

 

 「同じ研究者だ。とは言っても専門は大きく異なるが」

 「私はアキと言う、しがいない研究者だ。君は?」

 

 仮面に見慣れない少女。密かに噂になっているオーラルが率いる部隊の有無。その手の者達であるとアキは察していた。いたのだが、好奇心が優り質問を投げかけたのだ。

 

 「オレは――」

 「待て」

 

 何か言おうとする男にオーラルは静止する。まるで、つい口に出そうとすることを意図して止めた様な口ぶりだった。

 

 「悪い癖だ。“改めろ”といつも言っている」

 「……すみません」

 「クーと一緒にハドレッドの元へ行け。後から(オレ)も行く」

 

 白髪の男は一礼すると、こちらを気にする様にチラチラと見てくる青い髪の少女を連れて歩いて行った。

 

 「気まぐれか。好奇心は科学者には不可欠だが……世の中には知らなくていい事もある」

 「都市伝説のような噂だ。だが、君はこういうのだろう? 『白髪の者は雇っているアークスで、青い髪の少女は彼の身内』だとね」

 「物分りが良い奴は長生きできる。これからも、他の事情に突っ込む事はせず自分の研究(こと)に没頭するんだな」

 「良い忠告だ。だが、君も研究者なら解るだろう? これは(さが)なのだ」

 

 それは“知らぬ事”を、知ろうとする――解明しようとする探究心。

 研究者として持っていなければ、研究を続ける事が出来ないソレを当然のごとくアキも持ち合わせている。

 

 その探究心(センサー)は目の前の知らぬ事(オーラルの部下)に向いているのだ。

 

 「答えが欲しいか?」

 

 オーラルは腕を組みながら、その探究心(こと)を咎める様子は無い。ただ、どうすれば彼女が退いてくれるのかを呆れながら尋ねたのだ。

 

 「ふむ。確かに答えの提示(それ)ならこの問題は解決だな。しかし、それでは私は面白くない。探究とは“結果”ではなくその過程にある。オーラル室長、君もそう思うだろう?」

 「探られる側としてはたまったモノではないがな」

 「だが、その問題に時間を割けないのも辛い“問題”でもある。私が今、魅力的に感じているのは“アムドゥスキア”の全てだよ。それを上回る魅力は今の所、他の何にも感じていない。突発的な“興味”は出るがね」

 「…………やれやれ。問題児だ。お前は」

 「それは褒め言葉かな? それとも――」

 

 オーラルは、どこかフッと短く笑ったような音声を出す。そして、

 

 「アキ。お前の好奇心の範囲でいい。機会があれは、あいつ等を気にかけてやってくれ」

 「それは、私にも都市伝説に関われと言う事かな? 悪いが断らせてもらうよ」

 「気が向いたらでいい。お前は口が堅いからな。後で、ウタにもそう言っておく」

 

 まるで父親のような雰囲気で、オーラルはアキに背を向けて去って行く。彼らの元に向かうのだろう。意外にも父性が漂うその背中に驚きを感じつつも、唯一解らなかった単語をアキは問う

 

 「ウタ?」

 「白髪の青年の名前だ。言っておくが、データベースで検索しても出てこない」

 

 その意味は、より深い暗澹(あんたん)に居る者である事を遠回しに伝えていた。

 一枚岩では到底維持できない程に『オラクル』は組織として相当膨れ上がっている。その様な者が居るのも秩序を守る上で仕方がない事だと、アキ自身も他人事だった。

 

 「ウタ? ああ、なるほど。そう言う読み方も出来るな」

 

 珍しいオーラルの頼みでもある事もあって、アキは記憶の片隅に、白髪と青い目を優先度の低い情報として記録しておくことにした。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 「これは素晴らしい。これも回収しておこう」

 

 アキは目的の地点に着くや否や、鉱石の収拾を開始した。連れ人を二人増やしての探索は、思いのほか軽快に事が進んでいる。ただし――

 

 「アキさん!? ちょっ、手伝ってください!!」

 「むー、やっぱり難しいな……難しいぞ!!」

 

 “龍族”に襲われていなければ、だが。

 今現在、三人は襲撃を受けていた。この場所に着くと同時に、待っていたように出現した“龍族”は敵意むき出しで明らかにこちらの命を()りに来ている。

 

 シガとクラリスクレイスは応戦し、アキはそそくさと収集を開始した。そのため、戦いは二人だけが行っている。

 

 「むー、これでどうだ!!」

 

 バッとクラリスクレイスが杖を構えると爆発(フォイエ)が炸裂した。射線状で直撃した複数の“龍族”を呑み込み、掠めた者達も吹き飛ばしていた。

 

 「どうだ!」

 

 ドヤッ、とシガを見るクラリスクレイス。ちなみに今の攻撃(フォイエ)も、強力な衝撃で洞窟は揺れている。少しだけ、天井の岩盤がパラパラと降って来ていたが、ギリギリ崩壊せず持ちこたえた、と言った状況だった。

 

 「まだ、アウトォー」

 

 シガは横の地面から飛び出してきた、四足歩行の龍族――フォードランの角を正面から『青のカタナ』で受け止めて、強引に向きを逸らす。

 

 「くそ、さっきから体力ばかり奪われる……」

 

 一人だけ、尋常でない汗を掻いているシガは、火山洞窟の暑さをいつもよりも数倍に感じ取っていた。そして敵は知性を持つ龍族。クラリスクレイスの火力を見て、迂闊に飛び込んで来ず、奇襲や距離を置いて攻撃を行って来る。

 

 唯一の利点といえば、クラリスクレイスの攻撃によって広範囲に散ったフォトンだけだった。

 

 「まったく、どうなってんだ?」

 

 遠距離の龍族で視界に捉えられる者は全て“糸”で縛りつけて遠距離攻撃の数は減らす。だが、まともに戦っているのがシガ一人と言う状況は数によって押し込まれればもたない事を意味している。

 その事に“龍族(てき)”が気がつけば――

 

 「だよな!」

 

 地面から、高台の上から、眼につくだけでも50近い龍族が現れ始めた。質量で押し込むつもりなのだ。

 

 いけるか? 糸で正面を封鎖する。だが、ソレでは遠距離の敵に対して何の対策もとれない。クララちゃんも、火力が強すぎて次は倒壊するかもしれないし……うーむ、これは――

 

 「無理だね」

 

 シガの頭の中を呼んだようにアキはライフル――『ヴィタブラスター』を取り出しながら、戦う意志を表す。

 

 「終わりました?」

 「いや、もう少しだ。これほどの“龍族”に関心を持たれるのは嬉しい事柄だね。私達は素晴らしい体験をしているよ!! まさに、私達は幸福の中心にいる!!」

 

 アキはフハハハ!! と現状にとても満足していた。敵に敵意を向けられて囲まれていると言うのに。

 

 「…………」

 「なぁなぁ、シガ。アキは何と言っているんだ?」

 

 オラクルの美人さんにはまともな人は居ないのか!? それとも……オレって女運が悪い!?

 

 「どうしたんだ? そうか! この数を前に、やはりわたしの力が必要だな!! 任せるがいい!! まとめて爆破だ!!」

 

 まともな女の子が居ない。やっぱり……フーリエさんやマトイは希少な存在なんだなぁ……

 シガが現実逃避している横で、アキとクラリスクレイスは戦闘状態へ移行していた。

 

 

 

 

 

 「何とも、この素晴らしい瞬間を永久に感じて居たいのだが……優先するべき事がある以上、退けさせてもらうよ」

 

 ジャキッとアキは『ヴィタブラスター』を構えて発砲。出力を調整し遠距離に居る龍族を殺さないように気を失わせるだけに留める。

 

 「爆破♪ ばっくっは~♪ さっきからスッキリしなくてもやもやしてたんだ!! まとめて消し飛べ!!」

 

 ゴバッと地形が変わる程の爆発が、クラリスクレイスが掲げた『灰錫クラリッサII』から無数に発生。龍族を次々に呑み込み、吹き飛ばして行く。熱と衝撃に態勢を持つ龍族は、死亡するに至らず気を失う所で留まった。

 

 「もー! ほんとっ! もー!!」

 

 ヒュッと爆発で発生した煙の中を失踪するシガは『青のカタナ』を抜き放つ。すれ違い様に、出力を押さえた斬撃で龍族を無力化して行く。

 

 三人は遠距離、中距離、近距離の適性距離で意図せずともかみ合い、見事に龍族の襲撃を受け続ける。だが、次々に出現する龍族はまるで無限に湧いていると錯覚するほどに制限がない。

 

 その時、地面を潜って回り込んだ龍族がアキの背後から飛び出す。

 

 「おっと――」

 

 アキは反応してその龍族へ『ヴィタブラスター』を向けると――

 

 「おや?」

 

 その龍族は、もつれる様に倒れ、拘束された様に手足を縛られていた。良く見ると地面には網目状に緩く広く、フォトンの“糸”が張り巡らされている。

 

 「大丈夫ですか!?」

 

 最前線で後衛が動きやすいように敵を引きつけているシガが声を張り上げた。地中からの襲撃を読んでいたシガはアキとクラリスクレイスの周囲に網目状の“糸”を罠として仕掛けていたのだ。

 

 「こちらに怪我は無い。安心したまえ!!」

 

 アキも聞こえる様に大声で返す。そして、その龍族を撃って気を失わせると、次は“糸”を見た。

 

 「……驚いたな。これは――」

 

 そして、その“糸”の特性を瞬時に分析して驚きと同時に、この状況を打開できる過程を瞬時に導き出す。

 

 「シガ君! 聞こえるかね!」

 「なんすか!? 今ッ! 手がッ! 離せないんですけどッ!!」

 

 “糸”と『青のカタナ』を使ってギリギリ戦線を維持しているシガは、受け答えするのも最後の余力だった。

 

 「シガ! 任せろ!! まとめて爆――」

 「わー! クララちゃん! ストップ!」

 

 天井の強度は既に限界だった。次にクラリスクレイスが攻撃を見舞えば、間違いなく倒壊してくる。

 

 「聞きたまえ、シガ君! このフォトンの“糸”は君が作り出したのだろう!!?」

 「そうですよッと!!」

 

 シガは横からのフォードランを撃破する。

 

 「ならば、今君の前線にいる龍族達に“糸”を繋げることが出来るか!?」

 「難しくは無いです! ですけど、何も意味は無いですよ!!?」

 

 今考えるべき事は、どうやってテレパイプを起動するか、だ。僅かな隙でも見出すか、今手の空いているアキが起動してくれるのが一番なのだが、彼女は帰るつもりはなさそうだった。

 

 「“糸”は視界に捉えていれば、対象の周辺にあるフォトンを物理化して、拘束する為の技術です!! 巻きつけないと意味がないんですよ!!」

 

 しかも、瞬間的な強度は得る事が出来るが、長時間の拘束は不可能なのだ。今も、最初に拘束した遠距離の龍族は、自然にフォトンへと散った“糸”の強度が弱くなり、自力で引きちぎって立ち上がったところを、アキに撃ち抜かれていく。

 

 「その方法は正しいが、現状では効率の良い事とは思えないな!!」

 「なにか、打開策があるんですか!?」

 

 止まることの無い龍族の増援。まるで意志を持つ津波を相手にしている様だ。動き回って捕まらないようにしているが、このままでは――

 

 「後で説明する! 今は、出来るだけ多くの“龍族”に“糸”を繋げて、こちらから触れられる距離に“糸”を作ってくれ!!」

 

 意味が解らないが、このままでいずれ押し込まれる。アキに何か考えがあるのだとすれば、根拠のない事ではないのだろう。図らずとも彼女は科学者であり、理論を元に行動を決めているのなら――

 

 「――――」

 

 シガは眼につく龍族に繋がる様に“糸”を作り出す。数が多くなる分、一体に対する本数も強度も大きく下がってしまう。だがアキを信じ、龍族につなげた“糸”を『青のカタナ』の柄に結び付けると、後方へ投擲する。

 それは、アキとクラリスクレイスの中間の位置に突き刺さった。

 

 「クラリスクレイス君! その“糸”が見えるな!?」

 「これか?」

 

 アキは前進しつつ、クラリスクレイスに向かって来る龍族を撃つ。クラリスクレイスは『青のカタナ』の柄から伸びる“糸”に触れた。

 

 「それに、君のテクニック――フォイエを流し込みたまえ!!」

 「こうか?」

 

 クラリスクレイスのフォトンに呼応する様に、“糸”にはオレンジ色のフォトンが導火線のように走る。それは、この戦いを終わらせる一手だった。

 武器を後方に投げて殺されるまで秒読みだったシガは、次の瞬間に龍族が次々に爆発した様を間近で確認した。

 

 「うお!?」

 

 まるでゼロ距離でフォイエを食らったように、龍族達は次々に倒れて行った。




 連携技炸裂です。解説は次回にアキさんがやってくれます。

 次話タイトル『Photon ability 特性』


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75.Photon ability 特性

 「や、シガ。どうだった? 上手く行った?」

 

 ライトの依頼である、アキの捜索。アザナミから振られた仕事を無事に終え、アークスシップに帰還したシガは市街地にある行きつけのカフェテラスで彼女と対面していた。

 

 「大変でしたよ。ただの人捜しって言っても二転三転する事があるんですね」

 

 シガはアザナミの目の前に席に座ると、適当にコーヒーを注文する。

 

 「急ぎの依頼であればある程、その傾向が強いからねぇ。で、予想外の事って何が起こった?」

 「70体近い龍族に襲撃されました」

 「あっはは。よく生きてたね」

 

 やっぱり、アレは死ぬ可能性の高い戦闘行為だった。アザナミさんは笑っているが、現場で対峙した身としては生きた心地がしなかった。

 

 「アキさんの機転に助けられまして。ほんと、彼女が居なかったら――」

 

 居なかったら……さっさと逃げてたんだよなぁ――

 

 「うーむ。変人と上手く付き合えるようになりたい……」

 「アキ博士は、アムドゥスキアを専門に研究している研究者で、龍族の生体理論の権威。アムドゥスキアに関する情報の大半は彼女の提供による所が多いらしいね」

 

 アザナミは、その場でアークスの特権を使い、自前の端末からアキの事を簡単に調べた。

 

 「あ、研究者って言ってました。それに、だいぶアムドゥスキアにご執心でしたよ」

 「アークスとしても活動して、個人でフィールドにも降りてるみたいだね。色々と有名で、結構顔の利く人らしいよ。こりゃ、良い人見つけたね」

 

 ブレイバーの容認として、今は功績と有力者による評価が求められている。現場での汎用性と依頼達成は当然ながら、その過程で一定の評価が必要になって来るのだ。

 しかも、それは交友関係の強い人間からの評価では無く、他人からの評価(もの)でなければならない。

 

 「アキ博士程のアークスが評価してくれれば、容認までだいぶ近道になると思うんだよね」

 「確かに、今回の依頼でも良い印象を与えたと思います」

 

 アキは、研究者の間では中々の有名人であるらしい。そんな彼女が、ブレイバーの実力を証明してくれれば、評価的にも大きな前進となるだろう。

 

 「シガは今後、アキ博士の依頼を優先していこうか。他のはあたしがやっとくからさ」

 「了解っす」

 

 運ばれてきたコーヒーを飲む。アザナミに言われつつも、シガ個人としてもアキとの交流は別に苦では無い。寧ろ、彼女には色々と教えてほしい事があるのも事実だった。

 その決定的となったのが、今回の依頼の帰り――キャンプシップでの彼女との会話である。

 

 

 

 

 

 「限りなく“無色のフォトン”。それが君のフォトンの特性だよ」

 

 キャンプシップでアークスシップへの帰路。アキはシガに説明する様に呟いた。

 

 「無色のフォトン?」

 

 シガは、『青のカタナ』の状態を確認している所だった。ちなみにクラリスクレイスは、疲れたのか別室で眠っている。彼女に関してはヒューイに迎えに来るように連絡を入れたので、キャンプシップの着港で出迎えに来る手筈になっている。

 

 「君は疑問に思わなかったのかい? 何故“糸”は君に接触せずとも、視認している箇所に自在に発動するのか」

 

 アークスの使う武器は、ライフルならば“弾丸”にソードならば“刃”に武器を起点に攻撃能力が展開されるように設計されている。

 しかし、シガの使用する“糸”は、自らが接触していなくてもフォトンが一定数値存在し、視認で来ていればどこでも作り出す事が出来るのだ。

 しかも、ソレは彼が自らで変換したフォトンでも無い。空間に存在するフォトンを操り、糸状に凝縮する事で“糸”として機能するのである。

 

 「万能な能力だが、それ故に欠点もある。まぁ、これを使うのが君の特殊なフォトンだから出来る事なのだがね」

 「無色のフォトンって事ですか?」

 

 アキの分析では、“糸”はかつて『オラクル』でも研究されていた技術であるらしい。フォトンを遠隔で操作し、巨大な敵を捕える目的で考えられた。

 

 だが、試験の過程で大きな問題が発生する。

 

 より正確に空間のフォトンを認識し、更に拘束の造形イメージと、自らに色付けしたフォトン以外を操る特質が必要だったのだ。

 これは、機械では代用できない。理論構築には膨大な時間と費用が掛かることから研究は見送られ、初期の試験だけで中止された。

 

 「無色のフォトンを操る特性。近接にて敵との間合いを測る為に培われた空間認識能力。奇跡的に条件は揃っていた。その結果、君は“糸”を発動する事が出来るようになったようだね」

 「偶発的に生まれたと思ってましたけど……」

 「いや、寧ろ必然だっただろうね。逆に別の要素でソレは阻害されていたと見ても良いだろう」

 「別の要素……」

 

 それはまさか、“爪”と“撃”の事だろうか? 考えてみれば、その二つはフォトンを放出する。その所為で周囲のフォトンを消費し散らせてしまう事になっているだろう。

 

 「それほどの特性は貴重なモノだ。無色のフォトンは逆に言えばどんなモノにも染まることを意味している。“龍族”を退けた時の事を覚えて居るかい?」

 「はい。て言うか、数時間前の事ですよね?」

 

 ああ、とアキは腕を組んで壁に背を預ける。

 

 「アレは、君の“糸”にクラリスクレイス君のフォイエが伝わったのだ。とは言っても、70近くに分散しても、彼女の異常に威力のあるフォイエは、熱に強い“龍族”を失神させる程の威力があったわけだが」

 

 シガの糸は単に捕縛するだけでは無い。その性質は空間に漂う自然なフォトンと同じモノなのである。作り出した“糸”は形を成しただけで自然なフォトンと同じ性質を持っているのだ。だからこそ、他の者が“糸”を介して攻撃を行う事も不可能ではなかったのだと言う。

 

 「相方が居れば十全に機能する能力だ。ただ、クラリスクレイス君のように強力なテクニックの使い手に限るだろう」

 

 敵に繋いだ“糸”にテクニックを流すだけで、ゼロ距離で炸裂する。防ぎようのない攻撃であると同時に、捕縛した状態では避ける事も出来ないだろう。

 

 「やっぱり、一人じゃ捕縛する程度ですね」

 

 それでも重宝するのだが、高レベルのテクニックの使い手と組む事で、戦術の幅が広がる。しかし、当面はソロでの使用で問題なさそうだ。

 

 「だが、私には一つだけ解らない事がある」

 「なんですか?」

 「君のその特性は、後天的なモノではあるまい。フォトン特性とは生まれながらにして個人の持つ指紋のようなモノだ。大きく変わることはありえない」

 「ああ。オレ左腕にフォトン特性を頼っているんですよ。その所為かもしれないです」

 

 オーラルさんは、“あるアークス”のデータを元にフォトンアームは組み上げたと言っていた。シガにも扱いやすいように多少は変更されているかもしれないが。

 

 「ふむ。君と話していると興味が尽きないね。私が言いたいのは、それほどの特性を持ちながら、なぜ放任されていると言う事だ。君の適性試験の担当者は誰だい?」

 「オーラルって人ですけど」

 「……オーラルか。ふむ、妙な縁だね。こういうのはあまり信じたくは無いのだが」

 「知り合いですか?」

 「それは愚問な質問だよ。『オラクル』の科学者でオーラルの名前を知らぬ者はいない。彼は一部の学術書にも名前が出てくる程に、技術躍進の先行者だ」

 

 オーラルさんって、結構な有名人だったのか……身近でよく話をするのでそんな事は全く知らなかった。

 

 「なるほど。さしずめ、その左腕の実験と言った体だろうね」

 「オレも自覚してます」

 

 この左腕(フォトンアーム)が、シガの為だけに造られたとは流石に彼も考えていない。オーラルの方で実用できるように試験データを集めていてもおかしくは無いだろう。

 

 「これは私の勧めだがね。あまり“糸”は他の者の前で見せない方がいい。無論、緊急事態では話は別だが」

 「あまり、歓迎されない能力って事ですか?」

 「どうなるかは察しが付くのではないかな? 今の生活を続けたければ、己の情報の露見に気をつける事だよ。他とは“違う”場合は特にだ」

 

 アキはシガの事はイレギュラーな存在であると告げる。

 シガも自分の装備は特殊なモノだとは自覚している。そして、自分が中途半端だと言う事も。だからこそ、ある程度立ち回れるようになったことで、今度は自分の立ち位置について考えなければならないのだ。

 

 「アキさん。ありがとうございます」

 

 一人では絶対に気づかなかった事だ。親身になって教えてくれた彼女に感謝する。

 

 「なに、今後とも君とは接点を持って行きたいと思っていたところだったからね。近い内に依頼を頼みたいのだが――」

 「あ、それは……ちょっと考えさせてください」

 

 アムドゥスキアの溶岩の温度を測ってくれ。とか平気で言いそうなので、彼女の依頼は二重チェックしてから受注しよう。

 

 スタイル抜群で美人なのだけれど……うーむ……依頼の過酷さと、つり合いが取れてるようで取れてないなぁ……




 アキさんのセリフはどうしても考えるのに時間がかかります。考える分には楽しいんですけど、それが読んでくれる方に理解してもらえるかは別の話なので、気を付けています。
 次はようやくストーリー『龍の病』が始まります。今までは依頼の前準備的な形だったので、ちょっと長かったです。少しオリジナルな展開も考えているので、ぜひお楽しみに。

次話タイトル『Know those who その病を知る者達』


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76.Know those who その病を知る者達

 「ロッティ。これではダメよ」

 「え? ど、どう言う事ですか!?」

 

 学園地区。アークス研修校の教諭室に呼び出されたニューマンの研修生――ロッティは提出したレポートを担当教諭から渡し返されていた。

 

 「貴女の提出テーマは『ダーカー汚染によるエネミーへの影響』だったわね? けれど、このレポートはナベリウスとリリーパの情報が多い。アムドゥスキアは調べきれなかった?」

 「え……はい……なんと言いますか……アムドゥスキアの情報はあまりなくて――」

 

 追及を逃れるように情報不足の理由をロッティは語る。

 大自然界(ナベリウス)砂漠の大地(リリーパ)と違い、アムドゥスキアは独自の種族――龍族と彼らの紡ぐ文明が存在している。その為、自由に動き回れるナベリウスやリリーパよりもアムドゥスキアは敬遠される事が多かったのだ。

 

 「今回の課題(レポート)は、ただ調べればいいと言うわけではないのよ。現役のアークスへ依頼を行う事による交流を図ることも重要とされている」

 

 ロッティの提出したレポートは、資料や既存の情報でも解るものなのだ。そこに彼女独自の考えがまるで見えなかったため、教諭は注意しているのである。

 

 「調べる事は必要だけど、今回はどれだけ自分の足で“視た”かが重要なの」

 

 大まかに言うなれば、別に丁寧に課題をまとめる必要はない。評価の大きな箇所として、自分の眼で見て、感じて、そしてこれから自分たちが歩く世界がどんなところなのか。それを知るための課題なのだ。

 

 「ナベリウスとリリーパはもういいわ。特に情報の少ないアムドゥスキアを退出し直しなさい」

 

 

 

 

 

 「失礼します……」

 

 ロッティは、期限を数日だけ貰ってレポートの再提出を言い渡された。人見知りの激しい彼女は、アークスに依頼するにしても中々話しかける事が出来なかったのだ。

 だから、資料室や現役アークスが残している情報を見合わせて、期限までレポートをまとめる事が出来たのだが、どうしても手の届かなかったところを指摘されてしまった。

 

 アムドゥスキア。

 

 砂漠(リリーパ)と違い、惑星から噴き出る熱によって高温に保たれている熔熱の星。その場所は、独自の文化を持つ観点からアークスによる立ち入はあまり進められていない。情報を集めるには実際に通っているアークスから聞くか、自分自身の足で踏み入るしかないだろう。

 

 ロッティはふらふらと力なく中庭へたどり着くと手ごろなベンチへ座り込む。

 

 しかも期限は短い。となれば実際に自分自身がアムドゥスキアに降下(おり)なければ間に合わない。

 唯一頼れそうなアークスである兄は、リリーパの依頼で手一杯と言った事もあり、頼み難い。手伝ってはくれるだろうが……できるなら自分だけの問題として片づけたいのだ。

 

 「アムドゥスキアかぁ……」

 

 アークスに手伝ってもらう際の依頼料は、学校側の負担としてくれるので気にする必要はない。しかし、ロッティにとって見知らぬ人間に話しかけること自体が高いハードルなのだ。

 

 「お、ロッティ。どうしたんだ? ため息をついて」

 

 校内にある中庭のベンチに座っていたロッティはため息をついたところを、数少ない顔見知りの先輩であるデューマンのイオに見られてしまった。

 

 「先輩。こんにちは」

 「どーも。なんだか元気ないな。なにかあったのか?」

 

 二人はあまり進んで他人と交流を取ろうとする性格では無かった。故に気が合い、こうして顔を合わせる度に会話をしている。ロッティにとっては兄に続いて気を許せる相手だった。

 

 「はい。ちょっとレポートの再提出を言われまして……」

 「おれもあったよ、課題提出(それ)。必要な通過儀礼みたいなものだからなー」

 

 懐かしむイオは、この性格から自分の頃もだいぶ苦労したと記憶している。ちなみにイオは既にアークスとして活動する事も決め、卒業まで学校には出席するだけでいい。

 本来はクラスも決まった研修生は、必要な課題と出席数が規定内なら、すぐに卒業扱いとしてアークスとして修了検定を受けても良い。

 しかし、イオが活動するクラスは少し特殊で、正式に認証されるまではまだ時間がかかるので、まだ学校に通っているのである。

 

 「なるほど、アムドゥスキアか。あの惑星は、好き好んで歩き回る奴はいないからなぁ。前に見た資料ではアキってアークスが個人的に情報を開示してるらしいけど、そっちは調べた?」

 「はい。けど、専門用語が多くで解読に時間がかかりすぎまして……」

 

 結果としてそっちは諦めた情報だった。しかし、今となってはそんな事も言っていられない。出来る事はやって行かなければ期限に間に合わないのだ。

 

 「なら、おれの方の伝手(つて)をあたって見ようか?」

 「先輩の知り合いですか?」

 「ああ。他のクラスに比べれば色々と安定しないトコもあるかもしれないけど、問題は無いと思う」

 

 と、そこでイオは再び考えて、やっぱりやめとこうか? と言うがロッティとしては全く知らない人に頼るよりは、先輩(イオ)の信用している人の力を借りる方が現在は最善であると判断した。

 

 「ぜひ、お願いします。先輩」

 

 

 

 

 

 「仮説の範囲だったが最悪の方向へ事態は動いている……か」

 

 アキは数日前に持ち帰った“アムドゥスキア”の鉱石の性質による分布の一年前と現在を見合わせて、ある事に気がついていた。

 

 「どうしたんですか? 先生――」

 

 資料を運んでいたライトは、近くに資料を置きつつ研究結果に訝しげな様子を浮かべるアキを珍しく思いつつ問う。

 

 「ライト君。直ちにアムドゥスキアに降下(いく)ぞ!」

 「え……前に帰って来てから一週間も経ってませんよ!?」

 

 無断で消えない所は前回の事件を見直してくれたのだとライトは思ったが、この突発的な行動は直ったわけではなかったらしい。

 

 「惑星の危機だ。今回の調査で裏を取ってアークスに報告する。となれば、こちらも無事に帰還する為に戦力が必要だな――」

 

 

 

 

 

 ボディ・イメージ。

 それは、自分自身の肉体を知る能力の事である。『自分の身体がここにある』『こういう状態』という事を意識的に把握する事であり、人はコレが十分に発達していない。

 この機能が著しく低下、又は低迷すると金縛りを起こしたり、思った通りに自分の身体を動かせない症状が現れたりする。

 

 「―――――」

 

 シガは自室で義手を着け、窓を閉め切り、照明は全て落していた。

 暗転した室内の隅にはケースに入れられて片付けられた楽器が存在しているが、それでも十分な広さが確保できている。

 

 「…………」

 

 “糸”が使えるようになってから、神経を研ぎ澄ませばフォトンの流れを目視できるようになっていた。これは左腕を着けている時だけに視える能力で今では意図的に視界に捉える事が出来る。

 少しだけ集まっているフォトンの塊に左腕を伸ばす。

 

 『触覚』。自分の輪郭と周りとの相対的な感覚。左腕に感覚は無い。その為、“掴んだ““掴む”と言った判断は接続部から伝わる肩への圧力でしか認識できない。

 

 とれる――

 

 己の眼で神経の通らない左腕が確かに触れていると認識する。そして、目の前の吹けば散ってしまいそうな程にささやかなフォトンの塊を左手に納める事が――

 

 「―――ッ……」

 

 出来ずに散ってしまった。力の入れ方が若干強すぎたようだ。

 

 『固有覚』。筋肉それぞれの力の入れ方を調整する感覚である。日常で扱う物は自動で圧力を調整してくれるので壊す危険は無いが、その際にいつも他人の腕のような錯覚を感じてしまう。

 

 「……まだ“他人の手”だなぁ」

 

 しかし、最初に比べてだいぶ制御下に置く事が出来ている。今はそれだけでも良しとしよう。

 窓やカーテンを開けて、昼間の光と空気を閉め切った室内に通す。その時、連絡用の端末が鳴り響いた。着信の相手は――

 

 「はい。ああ、どーも。はい。良いですよ。今すぐ行きます」

 

 電話の来た相手からの情報で、キリッとシガは真剣な表情を作ると上着を羽織り、『青のカタナ』を装備する。

 そして、待ち合わせ場所であるショップエリアへ向かった。




 感想を載せてくれてるキーロフさんの勧めで、ロッティを関わらせました。オラクルには『学園地区』なるものが存在し、そこで一般教養を受けているようです。

 次話タイトル『Tell those who 伝人』


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77.Tell those who 伝人(☆)

 火山洞窟は一部の地形が変化する事態が起こっていた。

 原因は惑星外から訪れたアークスと呼ばれる者達で、交戦した龍族は、火山洞窟を主な活動地とする“チの一族”であった。

 

 彼らは一族の半数を使って三人のアークスを襲撃したのだが、攻めきることが出来ずに敗北を期している。その敗北は龍族内でも早急に広がり、アークスという存在に対する警戒を強める様にと言われていた。

 

 〔酷い有様だ〕

 

 火山洞窟の戦闘跡地に足を運んでいたのは、ヒの一族――ヒ・エンである。彼はロガを捜し火山洞窟中を捜し歩いている。この件に関する情報を頼りにあちらこちらに足を運んでおり、今回のチの一族とアークスの交戦の件も全く消息の掴めないロガの安否を期待をしての散策だった。

 

 〔天が崩落し〕〔天外が見えている〕〔強力な存在が現れたのだな〕

 

 チの一族の半数がやられるほどの相手だ。地形を変える程の力を持っていると仮定するのも大袈裟ではない。

 

 〔……やはり〕〔ロガ様は――〕

 

 ここも外れだったと落胆するが、気落ちしている暇はない。早く見つけ出さなくてはならない。ロガ様は同族を襲う程に自らを制御できていなかった。眼につくモノは全て攻撃対象だと仮定すると、アークスにも躊躇いなく襲い掛かるだろう。

 ロガ様が後れを取るとは考え辛いが……カッシーナをここまで変貌させる程の者がアークスには居るのだ。余計な被害が生まれる前に見つけて差し上げなくては――

 

 〔その杖は〕〔ヒの者か?〕

 

 そこへ現れたのは右眼が潰れて失明している隻眼の龍族である。

 

 〔その剣〕〔コの戦士だな?〕

 〔コ・リウと言う〕

 〔ヒ・エンだ〕〔コの一族はカッシーナではあまり見ないのだが〕〔何か用事か?〕

 〔鍛錬の内だ〕〔カッシーナには良くアークスが来る〕〔最近は一族内でもアークスとの接触は特に気をつける様に言われている〕

 〔そうか〕

 〔最近起こっている〕〔同族内での不穏な“病”の事は知っているか?〕

 〔病?〕

 〔うむ〕〔カッシーナでもテリオトーでも同じ症状が確認されている〕〔ロが近い内に一族全体に通達するそうだ〕

 

 しかし、“病”は一族の一部を蝕み始めているらしく、ロの命で一族でも腕利きの者達は原因の究明と“病”の対処法を探す様に言い渡されていた。

 コ・リウもその内の一人である。

 

 〔“病”に侵された同族は理性を失い〕〔眼に映るモノを無差別に攻撃する〕

 〔なんだと?〕

 

 コ・リウの言葉にヒ・エンはヒ・ロガの行動は病に侵されたモノと類似していると瞬時に悟った。

 

 〔今の所〕〔有効な治療法は見つかっていない〕〔事態は深刻だ〕

 

 近年になって現れた“病”。それは、この地に足を運ぶアークスには何ら影響がなく、発病するのは龍族だけだった。

 

 

 

 

 

 「お、こっちこっち」

 

 シガはショップエリアで、アザナミの姿を探して視線を彷徨わせていると、手を振ってこちらを呼ぶ声に目的の人間を捉える。

 

 「アザナミさーん。えーっと、知り合いですか?」

 

 そこに居たのは、アザナミと学生服を着たニューマンの少女だった。確か、この学生服はアークスの修練生のものだ。大人びたウルクと違って歳相当の幼さを感じ取れる。

 

 「まぁね。イオの紹介でさ。彼女困ってるんだって」

 

 困っている。女の子が。その言葉にシガはキリッと表情を整える。

 

 「ロ、ロッティと言います! アムドゥスキアの調査に協力してください」

 「いいとも!!」

 「早ッ」

 

 思わずつっこみを入れたアザナミは、即答したシガに少しだけ心配するような表情のロッティを見る。

 

 「こっちの彼はシガ。わたしと同じブレイバーの試験員。ウチもまだ試験的なクラスだからさ。不安になる気持ちも仕方ないと思うけど、腕だけは保障するよ」

 「は、はぁ……」

 「こっちも無理にとは言わない。あたしの伝手で正式なクラスの人を紹介しようか?」

 

 ロッティの依頼は、本日中に終わらせる事を希望する内容なのである。正式なクラスでは無いブレイバーは他の正式なクラスと違って即行動に移せる。しかし、そこに確実が保障されているかと言えばそうではないのだ。

 

 「い、いえ! イオ先輩の紹介です! 頼りにさせてください!」

 

 信頼できる先輩の紹介と言う事もあるが、それよりも新しく承認される予定のクラスを先んじて知ることが出来るのは貴重な経験でもある。

 レポートは提出日時を逆算して今日中にアムドゥスキアに降りる事が出来れば良い。

 

 「よし。じゃあ、シガに任せるよ」

 「任せてくださいよ!」

 

 シガも依頼相手が女の子と言う事でテンションはだいぶ高い様子を見届けて、アザナミはリリーパの依頼を片付ける為に去って行った。

 

 「ロッティちゃん。早速アムドゥスキアに降りるけど準備は出来てる?」

 

 全は急げ。ロッティも時間がないと言ってるので、このまま降りるのが得策だろう。

 

 「は、はい。アイテムは大丈夫なので……」

 

 慣れない様子の彼女にシガは、責任を持ってエスコートせねば! と意気込む。

 

 「それじゃ、降下()れるキャンプシップを探すからちょっと待っ――」

 

 丁度端末を取り出した所で着信音が鳴り、ロッティに断って通話に出た。

 

 『やあ、シガ君。数日ぶりだね。今都合がいいかな? これからアムドゥスキアに降下(おり)るのだが、是非とも君に同行してほしくてね』

 

 

 

 

 

 「こちらが依頼人のロッティさんです」

 

 シガはアキからの連絡を受け、彼女のアムドゥスキアに降下すると言う依頼を同時に受ける事にした。もちろん、先に依頼をしていたロッティにはちゃんと話を通し、彼女はアキと言う名前に強く反応して、ぜひ、と快く了承してくれたのだった。

 

 「け、研修生のロッティです! こ、今回はよろしくお願いします!!」

 

 キャンプシップの発着場で、シガとロッティを待っていたアキとライトは既に出発準備も完了している。

 

 「私はアキと言う。そうかしこまらなくていい。最低限の敬語だけで私から要求するモノは他にはないよ」

 「依頼を受けてくださってありがとうございます。シガさん」

 

 ロッティとアキが会話をしている間、シガはライトと今回の件の話を照らし合せる。

 

 「いやぁ、正直言って助かったよライト君。ここだけの話、アムドゥスキアは苦手でさ。あんまり深く探索は出来ないと思ってたから。ほら、数日前のアキさんの捜索で龍族とごたごたがあったって言ったでしょ?」

 「先生から聞きましたけど、取るに足らない小事だったのでは?」

 「ちょ、アキさーん!」

 

 シガは、あの時の状況をどのようにライトへ説明したのか尋ねた。

 

 「なに。あんなのは大したことは無い。たかだか70体ほどの龍族に襲われただけじゃないか」

 「70!?」

 「70!!?」

 

 その言葉にロッティとライトは声を上げて反応する。

 

 「あのですね。それって結構やばいんじゃ……そもそも、オレとアキさんってアムドゥスキアの龍族に警戒されているんじゃ……」

 「それは無問題だよ。恐らく襲ってきたのは龍族の中でも数ある部族の一つだろう。あれほどの数を退けられたのだ。そう易々と同じ戦力をぶつけて来る事もあるまい」

 「いや、今回は研修生(ロッティちゃん)も居るんですよ?」

 「心配はいらないよ。自慢ではないが龍族(あちら)の情勢や性質は把握している。今のタイミングならばさほど危険な接触は無いハズだ」

 「本当ですか? 信じちゃいますよ!?」

 「信じてくれたまえ。それでは行こうか、諸君! アムドゥスキアは私達を待っているぞ!」

 

 本当ですか~? と意気揚々とキャンプシップに乗り込むアキに続くシガ。

 心配だなぁ。とそのシガの後に乗り込むライト。

 

 「…………あぁ。なんだか嫌な予感がします」

 

 ロッティは経験の浅い自分の予感を振り切り、彼らの後に続き、最後にキャンプシップに乗り込んだ。

 

 

【挿絵表示】

 




 降下開始です。ロッティも連れての四人パーティ。元は主人公、アキ、ライトですがオリジナルの展開を入れようと思ってロッティを追加しました。
 調べたところ、彼女はディフェンス寄りのハンターらしいのでそれらしく立ち回らせます。

 次話タイトル『Analyze the amduskia 真実の探求者達』


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78.Analyze the amduskia 真実の探求者達

 それは生まれ持った“モノ”なのかもしれない。

 小さく、細かい情報(かけら)。十人中九人が見逃すソレを、ただ一人が気付き、繋ぎ合わせる。

 果てしない労力。正しいと決まったわけでもなく、確実なものに辿り着く保証の無い。だが、彼女はソレを信じていた。

 

 その先にある“解”。それを追いかけるのは彼女の資質だったからだ。

 

 断片の隅々に見え隠れする“解”。

 ソレを繋ぎ合わせ、偽りを読み解く才能。

 疑わしきものには明らかな事実があり、明白なものには裏がある。

 

 そして、彼女は()()()()

 

 研究……と言うにはアムドゥスキアに対する彼女の過剰な執着。それは資質から成せるモノなのか、それとも何か別の要素があるのか。

 ソレを知るのは本人以外に存在しない――

 

「相変わらずあっちぃーな。ここは……」

 

 熱気のこもる火山洞窟。その地に再び足を着けたシガは、最初に出る言葉はいつもと同じだった。

 

 

 

 

 相変わらず……暑い。いや、そもそもこの環境は人に適したモノでは無い。龍族と言う種族が適応している環境なのだから、人が適しているとは言えないのである。

 本来なら対策も無しに踏み入れれば“暑い”で済むような場所ではないのだ。

 

『シガ君。龍族の姿はあるかい?』

「いえ。それどころか気配もしませんよ」

 

 耳に取り付けた端末に通信が入って来る。現在はシガだけが先に降下し火山洞窟を先行していた。

 惑星に転移する際にアキが特定の地区の探索をすると告げたので、その間の移動はシガが引き受けたのだ。

 その地点に辿り着いたら『テレパイプ』を起動し、他のメンバーもそこから降下する予定である。

 

「っと」

 

 数日前にクラリスクレイスが崩落させた場所は、上部の瓦礫が退かされ通れるようになっていた。恐らく龍族が処理したのだろう。

 申し訳なく思いつつ通り抜け、更に先へ。“糸”を使って高低差のある崖を難なく降り、今まで足を踏み入れた事の無い地区へたどり着く。

 

『その辺りで『テレパイプ』を頼めるかい?』

「わかりました」

 

 意識を集中しフォトンの濃度を視覚に映す。『テレパイプ』の起動に十分な様子を確認する。

 

 

 

 

 全員が『テレパイプ』の転移を確認しながら、シガ葉は周囲を警戒していた。転移はアキ、ロッティ、ライトの順で現れる。

 

「すごい……」

 

 初めて、実物のアムドゥスキアを目の当たりにしてロッティは軽く心に来るものがあった。彼女はここで初めて教諭の言っていた“自分の足で見る”という言葉の意味を理解している。

 

「…………」

 

 その様をシガは微笑を浮かべながら見守る。自分も初めてアムドゥスキアに来たときは彼女と同じような気持ちになったと思い出した。

 

「それでは、今一度確認しよう。今回、私たちの目的は“龍族”の調査だ。ロッティ君以外は言わなくても解るだろう? さぁ、行こうではないか諸君! こうしている時間も惜しい。実に惜しいのだよ!」

 

 ふははは! と既に“アムドゥスキア100%”状態になっているアキを見て、ロッティはキャンプシップでの知的な彼女と同一人物なのかを確かめる様にシガを見る。

 

「オレも最初はそうだったよ」

 

 スタイルも合わせて知的な女性としては上位ランクなのだが……やっぱり変人なのは仕方のない事なのか? 綺麗なバラには棘があると言うが、うーむ納得いかん。

 

「すみません。ロクな説明もなしに」

 

 そんなロッティとシガに謝りを入れて来たのは、ライトだった。彼はアキの助手を長年務めてきており、彼女の性格は諦めているらしい。

 

「今回は龍族の生態調査と接触も視野に入れているらしいです。ですから、戦力が必要でして」

「まぁ……数日前の出来事を考えれば妥当だよね」

 

 寧ろ、あの時と比べてクラリスクレイスが居ない分戦力は下がっているとも言える。しかし、大勢でどかどか行っても警戒させてしまうだけなので、少人数での機動力を重視したと言う所か。

 

「正直な所、急ぎに降りる必要もあったらしく、その辺りは僕も説明を受けていません」

「そ、そうなんですか?」

 

 急に不安そうにロッティが割り込む。まだ彼女(ロッティ)は緊張が抜けていない様だった。

 

「正直、前みたいな暴走が怖いです。シガさんは身を持って経験していると思います」

「あー」

 

 ライトの言うのは数日前の“龍族”キル70オーバーの事を言っているのだ。いくら勝てる要素が揃っていたとはいえ、一歩間違えればあっさり人生に幕を下ろしていただろう。

 ライトも何か苦い思い出があるのか、額に手を当てていた。

 

「…………」

 

 そんな二人を、アークスって大変なんだな……、とロッティが眺めると言う、変な構図が出来上がっている。

 

「おっと、そうだった。言い忘れていたよ、シガ君」

 

 アキに言葉を向けられて、シガは咄嗟に返事をして彼女を見る。

 

「今回はなるべくダーカーを殲滅して行ってくれないか?」

「ダーカーをですか?」

 

 確かにそれはアークスの領分だが、龍族からも敵視されているこの状況でダーカーまで思考を割くのは危険な状況になる可能性が増す。

 アキもソレは分かった上での進言なのだろうが……

 

「ああ。データ……というには曖昧だが、少しばかり気になっている要素でね。だが今回、前線を張り、手数を多く稼ぐのは君だ。だから、目的以外の戦闘行為は君の判断に一任したい」

 

 ライトは後衛のクラス――フォースであり、アキは中距離のクラス――レンジャーである。ロッティはハンターとして登録されているが、訓練生である彼女を重要な戦力として考えるのは無理があるだろう。

 結果、前線を管理するは近接のクラス――ブレイバーであるシガの役目だ。だからアキは必要以上の戦闘行為の有無をシガに任せると言っているのである。

 

「そうですね――――」

 

 シガとしては、ブレイバーの能力を見せる意味としては依頼の達成を優先したい。だが、今回は修練生(ロッティ)も居るのだ。なら、アークスとして当然の姿を彼女に見せるつもりで――

 

「なるべく殲滅して行きましょう。もちろん無理をしない範囲で、です」

 

 ダーカーはなるべく倒していくつもりで立ち回ると告げた。

 

 

 

 

「…………シガは任務かぁ」

 

 マトイはいつもの決まり事として、本日もロビーに姿を出していた。

 椅子に座って、ロビー観察を始めてから一時間。何気なく端末でシガの情報を調べると、彼は任務に出ていた。

 アムドゥスキア。それはシガの部屋の本でも見た、灼熱の火山洞窟のある惑星である。前に彼が話していたのだが、酷く暑くてあまり何度も足を運びたくないと言っていた。

 “でも、ダイエットには丁度いいかもね”

 

「……そうだね」

 

 冗談めいてそんな事を言っていたと思い出し、自然と口元が緩んだ。彼はいつだってそうなんだ。

 どんなに辛い事でもなんでもないように話してくれる。だから、彼の傍に居るのが心地いい。

 

「…………」

 

 今回、彼は一人で任務に出たわけではなかった。少なくとも四人で降下していたので、一人の時のような無茶はしない……と思うけど心配だ。

 

「……はっ!?」

 

 その時、マトイは別の事に気がつく。こうやって彼の事を思って心配するのは、逆にうっとうしいと思われるのでは!?

 

 “あ、マトイ。紹介するよ、オレのパートナーの××さん”

 

「うう……」

 

 あまり考えたくない未来を想像して自己嫌悪に陥っている彼女に、近づく影があった。

 その影はロビーを歩く姿は単なる一アークスにしか見えないが、『オラクル』の深部では多大な権力を持つ存在――

 

「どうした、マトイ。悩み事か?」

 

 信頼できるその声にマトイは視線を上げると、そこにあったのは――

 

「なんだ? まるで幽霊でも見た様な表情だな」

「オーラル……?」

 

 黒甲のキャスト――オーラルの帰還だった。




 オーラル帰還。シガとは入れ違いになりました。
 マトイさんの描写。すり込ってこんな感じだと思います。ヤンデレ化はしません。マトイさんはピュアなので。

次話タイトル『Onset expansion 狂龍族』


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79.Onset expansion 狂龍族

「お、オーラル。帰って来てたんだ……」

 

 マトイは親に恥ずかしい所を見られた娘のように、顔を真っ赤にしてしおれて行く。

 

「さっき帰港した。何か問題は無かったか? 定期検査はフィリアに一任していたが」

「全然っ大丈夫だよ! 私もシガも、元気……」

 

 今度は、背を向けてロビーを去って行くシガの背中を思い出す。どんどん歩いて行って、その背中を最後に二度と会えないのではないかと、最近は思う様になってしまっていた。

 

「あまり、気を背負い過ぎるな」

 

 オーラルはマトイの隣に座り、諭す様に優しい声を出す。

 

「お前の今の状態は、身内がアークスになったばかりに掛《かか》かる症状だ。心配でしょうがないが、自分では傍に居る事が出来ないと思い込む」

 

 マトイは自分がオーラルやシガのようにフィールドに降りる事が出来ない事を自覚していた。アークスでは無いのだ。だから、出発する人たちの背中までしか見送る事が出来ないのである。

 

「だが、それは大きな間違いだ」

「え?」

 

 よくある事で、思い過ぎるが故に気がつかないのだ。それは一人で抱え込んでしまう事で他人にも相談できず、他が気付いてあげるしかない。

 

「前にシガが言ってたんじゃないか? 帰る所があるから、アークスは前を向いて戦える。ここに護るものがあると自覚しているから、臆することなくフィールドに降りる事が出来る」

「……あ」

 

 そこまで言われて、マトイはシガに言われていた事を思い出した。

 

“ちゃんと伸ばした所に手が届くようになっておけば、良いんじゃないかなって”

 

 あの時、彼は何を思ってそのような事を言ってくれたのか。私は今の今まで彼の事を心配するだけだった。けど、そうじゃない。待っている者が出来る事はそれだけでは無いのだ。そしてその時、私はこう答えた。

 

「私も届くかな……」

 

 シガの様に、自分が今成すべき事を見つけて、それに向かって手を伸ばす事。それが今私に出来る事なのかもしれない。

 

「良い顔になった。もうそろそろ時間だろう。フィリアの所に戻れ」

 

 オーラルは立ち上がるとマトイの起立を促す。気がつけば時間は経っていた。

 

「ありがとう、オーラル。もう行くね」

「何かあったら連絡しろ。当面は『オラクル』を放れん」

 

 うん。と短く返事をしてマトイは走って行く。その背中は迷いなく、今出来る事を見つけた様に止まる事は無かった。

 彼を心配するだけでは無く、彼が帰って来たときに笑顔で言ってあげよう。

 

 おかえりって――――

 

 

 

 

 

 オーラルは迷いながらも道を見つけて前を向く彼女から、早々に視線を逸らして歩き出す。

 ただの気まぐれだ。それに、悪い方向へ進んでしまうと、こちらの計画にも支障が出る。今は、前を向いて進んでもらわなくてはならない。

 

「…………ああ、知っている。()()は選べない――」

 

 選ぶのは一つだけだ。それがウタの願いでもある。

 

「……シオン。ウタは良い奴だっただろ? だから(オレ)はそっちを選ぶ」

 

 だが、本格的に動くのはまだだ。確実に目的を果たすには何度石橋を叩いても安心できない。

 大丈夫だ……ルーサー以外には悟られていない。(オレ)の本当の目的を――

 端末が鳴る。それは自らの上司――『虚空機関』の総長からの連絡である。

 

「はい……今から行きます」

 

 欠けたモノは取り戻した。後は全てを奴が握った時に達成される。後悔して無くした大切な二人が帰って来るのだ――

 

「悪いな……シガ。マトイ」

 

 この場には居ない、最も自分を信頼してくれる二人へ何を思うのか。そんな言葉が漏れ出た。

 

 

 

 

 

 シガたちは、一直線に進むのではなく所々調査をしながら進んでいた。

 調査と言ってもアキとライトが持ち込んだ機器が何か反応を示した時だけ、その場に留まって周辺を調べると言った形である。

 

「シガ先輩。凄い汗ですよ」

 

 周囲の警戒と、先に進むルートの確認から戻ってきたシガは、アキとライトの傍に居たロッティからそんな事を言われた。

 

「無茶苦茶暑いけど……ロッティちゃんは暑くないの?」

 

 だらだらと滝のように汗を流すシガと違い、ロッティやアキ達は涼しそうにしている。

 

「普通ですけど……ん? あれ? 先輩の周辺環境適応(フォトン)ってどうなってます?」

「え? あ、ちょっとまって――」

 

 腰の端末から確認できる、周囲の環境と適応するための最適なフォトン係数を確認する。

 【環境適応率45%】

 

「は? あれ?」

「え?」

 

 シガとロッティは一度眼をこすって、改めで確認した。

 

 【環境適応率44%】

 

 あ、下がった……

 

「どうしたのかな?」

 

 何か別の事をしている二人にアキは興味をそそられ近寄ってきた。どうやらここでの調査は終わったようだ。器材は既に片付けて先に進む準備を済ませている。

 

「アキさん。これってユニットの故障ですかね」

 

 シガは端末の情報をアキに見てもらった。彼女は、ん? と見て何かを思い出した様にアイテムパックを探り始める。

 

「シガさん。これはユニットの故障では無いですよ。と言うよりは、シガさんのフォトン特性が下がっているんです。その所為で、ユニットの性能が十全に発揮されていないようですね」

「あ、なんかオレだけ無茶苦茶暑いのもその所為だったり……」

「え、それじゃ。シガ先輩って今まともにフォトンを使えないって事ですか!?」

 

 それは非常に困る。しかし……『青のカタナ』の出力は特に問題ない。出力下限になる警告も出ていないし。

 

「お、あったあった。すまないね、シガ君。本当は依頼の始めで渡しておくべきだった」

 

 アキが取り出したのは一つの腕章だった。左肩につけてみると良い、と差し出されたので言われた通りに取り付けてみる。

 

 【環境適応率98%】

 

 表示が正常に戻った。同時に左腕に強くフォトンが循環される様を見て取れ、同時に気だるい暑さが一瞬で消え去る。

 

「おおう!? なんだ……この感じは――」

 

 コォォォ! と覚醒したような高揚感が全身から溢れ出る。まるで制限された力が解放された様に――

 

「それは気のせいだ。ふむ、どうやら役に立てたようだね」

「何をしたんですか?」

 

 最近、アムドゥスキアに降りてから余計に暑いと思っていたが、何か原因があったのだろうか。

 

「前に、君のフォトン特性について説明したのを覚えているかい?」

 

 アキは歩きながら説明を始めた。

 

 

 

 

 

 シガの持つフォトン特性は、周囲のフォトンさえも使役下に置く事が可能であると“糸”を使う事で証明している。

 

 だが、逆に言えば自らのフォトンが周囲のモノに染まってしまう短所が存在しているのだ。それはシガ自身も気づいておらず、前の依頼で彼が異常に汗を流していた事を気にしたアキが片手間に調べて発覚した。

 

 彼は左腕(フォトンアーム)にフォトンの操作を頼っている。それに加えて周囲との温度差を調整するフォトンも、外気のモノに塗りつぶされてしまっていた。

 一般的なアークスは、外部との環境差を自らのフォトンを纏う事で軽減できる。しかし、シガは無色であるが故に、自らのフォトンを纏っても外部との環境差に差異がなく、塗りつぶされてしまっていた為、適応できていなかったのだ。

 

「その事をオーラル君が想定していない訳ではないだろうが……少なくとも、今までの君はまともに環境適応が機能していなかったのだよ」

 

 そこで、アキがシガの左腕の為に用意したのは、負傷してフォトン適応に支障を来した際にフォトンの適応率を手助けする補佐ユニットである。シガ用に多少仕様はいじっているものの、理論的には問題なく機能し、一時的に数値を正常に戻したのだ。

 

「今回の依頼中はもつだろう。アークスシップに戻ったらオーラル君に相談したまえ」

「はい。て言うか普通に会話してますけど……いつ左腕(これ)の事を調べたんですか?」

 

 普通に会話をしていたが、左腕の件はオーラルさんの許可が無ければ閲覧不可の情報であるハズだ。

 

「それは実に簡単な問いだ。オーラル君に直接許可を取ったのだよ」

「あ、なるほど……って! オーラルさんは帰って来てたんですか!?」

 

 思わずシガは叫ぶ。色々と確かめたい事もあり、彼の帰還を一番に待ちわびていたのはシガなのだ。何度も連絡を入れているが何の連絡も無かった。

 

「丁度入れ違いになったようだね。私とライト君は、君とロッティ君を待ってる時に発着場で顔を合わせてね。少しダメージを受けていたが行動に支障はなさそうだったよ」

 

 マジか……入れ違いとは。けど、これでようやく色々な事が進む。この任務から帰ったら真っ先に連絡を取ろう。

 

 

 

 

 

 火山洞窟を徘徊していたコ・リウは、剣を振るっていた。

 相対するのは、黒い虫のような生物。群で襲いかかってくるその敵は、歴戦の戦士でもあるコ・リウにとってすれば烏合の衆でしかない。

 前衛と後衛に特化した種類で襲い掛かって来るが連携も無いのだ。前に戦った隻腕のアークスの方がはるかに手を焼いた相手だった。

 

〔アークス以上に〕「星を汚す〕〔いくらカッシーナとは言え〕〔これ以上は好きにさせぬ〕

 

 切り裂き、悲鳴を上げて絶命する四足の敵。眼につく全ての敵を倒しきった。

 

〔面妖な〕〔死体さえ残らないとは〕

 

 どこからともなく現れるこの敵は、テリオトーでもしばしば確認されている。その度に、その場へ出向き屠って来たのだが、カッシーナは更に特に多い――

 

〔――――〕

 

 ふと、手に持っていた愛剣を落してしまった。剣を拾おうとして立ちくらみのように視界が歪む。思わず片膝を着くと、額を抑えた。

 

〔なんだ――〕〔なにかが――〕

 

 身体の内側から何かが湧き出る様に、ソレによって理性が塗りつぶされていく。

 コ・リウはダーカー因子に呑み込まれている事にさえ気がついておらず、何が起こっているのか理解する間も無かった。

 

〔ゴアアアァァ!!〕

 

 そしてまた一人――龍族がダーカーに侵される。

 少しずつ確実に、星に広がる病は止まる事無く、命の全てを汚していく――




 マトイさんが光を見つける回でオーラルさんの闇が見える回でした。

次話タイトル『Sickness侵食されゆく』


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80.Sickness 侵食されゆく

小事情により少し遅れました。24時間稼働の後に昼寝はするものじゃないですね。
16:00→00:55起床



「記録日付A.P.233年3月19日12時。今居るのは、課題対象の惑星――アムドゥスキア。現在、わたしはアークスの方々と一緒に降下し、直に惑星の環境を調べています。この映像レポートも後の参考に所々で撮影して行こうと思い、今回持ち込みました。それでは、今回、わたしの依頼を手伝ってくれる現役アークスの方々を紹介します」

「シガ君。こっちに来てくれ。君ならあの上に登れるだろう?」

「パーティリーダのアキさんです。今、高所へ登るためのルートを模索している最中で、どうやら突破口を見つけた様ですね」

「んー、ちょっと狭いですね。あ、何だろうこの穴――――」

「今、少し上がった場所を調べているのが、シガ先輩です。わたしの先輩の先輩なので、そう呼んでいます」

「向こう側に繋がっているかどうかを確認してくれればいい。迂回する道もあるのだが、広間を通ってしまう。龍族とは極力戦いたくなくてね」

「あれ? 先生! ちょっとマズイですよ! あの穴の温度が上昇して、あれは火炎泉(かえんせん)――」

「アキさんの隣で端末を片手に操っているのがライトさん。アキさんの助手で研究員です」

「――――ぶほ!?」

「うわ! 火炎泉から炎が噴き出しました! カメラが溶けるかもしれないので、ここでいったん撮影を中断します!! シガ先輩!! 大丈夫―――」

 

 

 

 

 

「うむ。行けそうにないね」

「事前調査は欠かさずにお願いします。ほんとにマジで」

 

 黒こげになったシガは珍しく抗議していた。これで五回目なのだ。彼女の指示に従って黒こげになるのは。

 

「すまない。火山洞窟の地表は数メートル掘り返せばマグマなのだ。だが高所ならその可能性は低いと思っていたが……地形データを更新しておくよ」

「すみません、シガさん」

 

 ライトも申し訳なさそうに頭を下げて来る。そう言った先行調査を引き受けるのもこの任務の範疇なので仕方ないが……ある程度は妥協し続ければいくら体力があっても足りない。

 

「まぁ、これでどう進むか決めてくれれば一番いいですけど」

 

 自分の苦労がこれからの道筋に貢献できたと信じておこう。

 

「シガ先輩、大丈夫ですか!?」

「大丈夫。大丈夫。これでも結構打たれ強いからさ」

 

 マリアさんやリサさんにボコボコにされて手に入れた、打たれ強さは健在だ。二人に感謝しなくては。……あれ? 感謝する必要あるっけ?

 

「くっ、過去のトラウマが。まだ克服できていないか……」

 

 片膝を着いて額を抑えるシガにロッティは困ったようにおろおろしていた。

 

「先生。あちらの壁はかなり薄いようです」

 

 そんなシガとロッティとは別に、ライトは地形データから比較的に壊しやすい壁を調べ上げていた。データと照合して見つけたのは厚さ的に30センチほどしかない壁。その向こうには道が続いている。

 

「なら、迷う程では無いな。シガ君。今度はこっちを頼む」

 

 アキの声にシガは顔を上げる。その時、壊す筈だった壁が()()()()から吹き飛ぶように破壊された。

 

「……アキさん。いくら待ちきれないからって、爆弾を使うのはちょっと……」

「私ではないよ。いくら私でもむやみやたらに爆発物は使わない。大事な研究資料が損傷してしまうかもしれないからね」

「そこじゃないような気もするんですけど……」

 

 苦笑いをしながらロッティがツッコミを入れる。そして破壊された壁の向こう側から現れたのは、唸り声をあげながらダーカー因子に侵食された“隻眼の龍族”であった。

 

 

 

 

 

 オーラルは機関の旨を、上司(ルーサー)と知り合いに報告した後、自らのオフィスへ戻っていた。

 ひと月も無い休暇だったのだが、その間にも仕事は山積みとなり、しばらく大きく息をつく事は出来そうにない。例の希望者を集めての訓練もしばらくは中止するしかない。

 

「ヒューイには悪いがな」

 

 アイツもそろそろ自分一人での力の磨き方を学んだ方がいい。それよりも、未成熟な力の持ち主たちを伸ばしてあげる方がアークスの底上げになるだろう。

 

「……“(クラリスクレイス)”がフィールドに降りたか」

 

 六亡均衡の動向の把握も仕事の一つである。中でもクラリスクレイスは特に注意が必要だ。任務にあたる時は、なるべく(ヒューイ)と組ませて事を任せているが、流石に(カスラ)ではそこまで調整が出来なかったらしい。

 

 『交戦時同行者有り』

 

「ほう」

 

 癖の強い彼女と共に戦うアークスが居たか。それともクラリスクレイスが妥協したのか。オーラルは興味を覚えて同行者を確認する。

 

 『アキ』『シガ』

 

「……なるほど。そう言う事か」

 

 妙に納得できてしまった。シガは訓練を通してクラリスクレイスとは顔を合わせている。アキも独自の概念を持っている事もあり、変な衝突は無かったのだろう。

 

「……?」

 

 そこでオーラルはある事に気づく。そして、特殊な回線で自宅(マイルーム)に繋がるPCを起動するとそちらに自動で送られてくる『フォトンアーム』のデータを開いた。

 

「フォトン係数に変化が生じている」

 

 組み上げたフォトンアームに想定していない機能が生まれている可能性が高い。同時に、シガでは他の機能を引き出せずに環境適応にも支障を来している可能性も……

 

「――――これは……まさか」

 

 フォトンアームが現在発している波長(バイタル)は見た事があった。いや、かつて常に把握していたモノだ。10年前を最後にもう見る事が無いと思っていた――

 

「変化した時は……あの時か」

 

 リリーパ降下時――――あの時、シガもリリーパに居たのだ。あの時、サンゲキノキバの意志が逸れた謎が解けた。

 

「……まだ、残っていたのか。それとも捨てきれない意志(おもい)でもあったか? ウタ」

 

 フォトンアームに使用した生体パーツ。その持ち主だった部下の名を懐かしむ様にオーラルは呟いた。

 

 

 

 

 

「アイツは――」

 

 シガは目の前に現れた“隻眼の龍族”には心当たりがあった。いや、姿を見た時に確信したのだが……その雰囲気はあの時とはまるで違い過ぎる。

 

〔ゴアアアアア!!〕

 

 狂った様な雄叫びと同時に走って来る。高所の多い地形に特化した龍族特有の身体能力で一気に間合いを縮めて行く。狙いは、ロッティだった。

 

「――つれない事するなよな」

 

 狂った突撃は“糸”によって止められた。そして、隻眼の龍族――コ・リウは光の無い右眼でシガを標的として捉える。

 

「来い」

 

 シガはあえてこちらに向かって来れるように“糸”を出現させた。案の定、コ・リウはシガへターゲットを変え、シールドを構えて再度突撃を開始した。

 その最中、シガは前と違ってあまりに変貌した雰囲気の原因を一瞬で把握していた。コ・リウから漂い出る錆色のフォトンは見た事がある。

 

 雪原で【仮面】が操っていたダーカー因子と同じだ。奴はダーカー因子を物質化する程に支配していたが、この龍族は体内に取り込んでいる。いや、取り込んでしまった、と言う方が正しいかもしれない。

 

「理由はどうであれ、お前はオレの心得(ルール)を侵した。女性に手を出す奴は誰であろうと許すわけにはいかないな!」

 

 盾攻撃(シールドアタック)は躱す方が危険だと知っている。左腕(フォトンアーム)を戦闘状態に展開し、受け止めると同時に“糸”で捕縛――――

 フォトンアームを展開。盾に掌を合わせてそのまま動きを止めた瞬間、シガは予想外の要素に思わず驚いた。

 

「なっ!?」

 

 止めきれると思っていた突進は、シガの体重ごと大きく後方へ押しやったのである。

 なんだ!? この(パワー)――

 押されていく勢いはまだ止まらない。受けて耐える事はあまり得意ではないとしても、ここまで一方的に押されるなど考えられなかった。

 

 シガはそのまま、コ・リウが破壊した壁から向こう側に押し出されると、更にその先にある壁に叩きつけられる。




 狂った龍族であるコ・リウとの戦いです。シガとしては二回目の戦いとなります。
 本来ここは、別の龍族なのですが割合としてリウさんに狂ってもらいました。ほら、彼はまた出てきますし。
 今回、シガのフォトンアームの裏情報も少し公開。ですが彼の正体についてはまだまだ謎を残しているので、ミスリードもガンガンのせていきます。

次話タイトル『Think of the left arm 彼の意志』


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81.Think of the left arm 彼の意志

おはよう


 狂った龍族――コ・リウの予想以上の膂力に油断していたシガはなす術もなく壁に叩きつけられた。

 

「カハッ!?」

 

 まるで高所から落下した様な衝撃が背中から体内を駆け、肺の空気が乾いた声と共に強制的に放出された。

 

 まずい……トぶ……次に殺されてなければだが―――

 

 意識の途切れる数瞬で、シガは無防備となる事で必然と訪れる己の死を予感していた。『青のカタナ』を本能的に近くの壁に投擲する。そして、思考は暗転した。

 

 

 

 

 

 アキは、コ・リウとシガが壁の向こう側へ移動した時には後を追うように走っていた。

 頭の回転が速い彼女は状況がいかに切迫しているかは理解している。予想外の力。それはアキとしては予想していた事態だが、シガの反応から彼は想像もしていなかったと見ている。

 だから、奇襲を受けた形となった。そして、次は――

 

「待ちたまえ」

 

 壁に叩きつけられて気を失っているシガに、コ・リウは剣を振り上げていた。ソレを阻止する様にアキは発砲。フォトンの弾丸に反応してコ・リウはシガから大きく飛び離れる。

 

「ふむ、身体能力は二倍ほどに向上している。そして、理性は欠片も無い……か」

 

 次にアキを敵と見なしたコ・リウは、気を失ったシガよりも彼女を標的に移し替える。その時、

 

〔アガァァァ!!?〕

 

 コ・リウは頭を抱えて苦しみ出した。そして、身体から錆色のフォトンが溢れ出る。

 

「! これは――」

「先生!」

「アキさん!」

 

 そこへ、ライトとロッティも遅れて現れる。そして、三人が目の当たりにしたのはこの星を蝕む“病”そのものだった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 次に何かを認識したシガの視界は、火山洞窟の熱や薄暗さを捉えたものでは無かった。まるで別の空間に転移したように真っ白な空間が永遠に続いている。

 

「誰だ……?」

 

 そして、シガの目の前に立つのは仮面を着けた白髪の男だった。身長的には同じくらいで体格も似通っているが顔だけは晒すつもりがないらしい。

 

左腕(それ)の持ち主だ」

 

 白髪の男は左腕を消失していた。左腕の袖は空洞である事を証明する様に、力なく垂れ下がっている。そして、仮面の奥の“青い眼”がシガに向けられていた。

 

 品定めする様に相対する者の全てを探る様な眼。あらゆる知識を持った上で探りを入れる視線。その視線を向けられたシガは、すぐに嫌悪感を覚え白髪の男を睨み返す。

 

「……一体何者だ?」

「ただの世話焼きさ。そして、時代の“飽和点”に呑み込まれた存在でもある」

 

 喋りたがりなのか、白髪の男は残っている右腕をかざし、説明する様に呟く。

 

「例えば、一つの時代の終始の起点(ターニングポイント)として、『DF』の出現がある」

 

 DF(ダークファルス)。それはアークスにとって最も身近な脅威だ。同時に、必ず倒さなくてはならない決定的な(そんざい)でもある。

 

「繰り返される破壊と創造。永遠の因縁(たたかい)は決して交わる事の無い平行線。ダーカーとアークスがある限りね。そして、時代を代表する“根幹”が飽和点を迎える事で一つの時代(ふしめ)を終わらせるんだ」

 

 白髪の男が語るのは、まるで全てを知っているかのような神のごとき視線から見た言葉だった。

 

「“飽和点”と“根幹”は定まっていない。今この瞬間にも無限に枝分かれし、変化し、そしてそこに辿り着く者だけがソレに成り得る。オレは――――」

 

 そして、右腕をかざしつつ青い眼がシガを示す様に向けられた。

 

「シガ。お前が“根幹”に最も近い存在であると感じている。()()と同様に」

「……気に入らねぇな。その達観具合」

 

 何か目的がある様にも感じられず、探る様な眼も変わらない。シガは己が好きにはなれない存在で間違いないと感じていた。

 

「全てを鳥瞰しているような……全てを知った上での回りくどい言い方……生き仏にでもなったつもりか?」

 

 友好的では無い嫌悪感をシガから向けられて、白髪の男はどこか嬉しそうに笑う。

 

「おっと、残念。嫌われたようだな」

 

 白髪の男は歩き出すとシガの隣をすれ違う様に通り過ぎる。

 

「まぁ、仕方ないんだ。ソレは、どうしようもない事でもある。オレは既に()()()()()し、この考えも“彼女”の力を借りて最近理解した知識だからな」

 

 だが、今は――。と白髪の男は自らの背を負うシガの視線に気づいて告げる。

 

「状況を乗り切る方がお前にとっては重要か。そして、左腕(フォトンアーム)を使いこなせていないのも事実のようだな」

「…………」

 

 言われなくても分かっている。己の力が足りないから今“爪”と“撃”を失っている。だから、一刻も早くオーラルさんに調整してもらわなければならないのだ。

 

「オレに言わせれば“左腕(フォントンアーム)”は可能性そのものだ。だから、他人に委ね続けるよりも自らで可能性を信じれば()()()()()()

 

 白い空間が揺らぎ始めた。そして、白髪の男の姿も蜃気楼のように霞んで消えて行く。

 

「オレは彼女を護れなかった。だからお前は繰り返すなよ。お前はオレと違って、一人じゃないんだ――――」

 

 

 

 

 

〔ア゛ア゛ア゛ア゛!!〕

 

 地の底から恨む様に苦しむ声をコ・リウが咆哮のように叫ぶとその頭に不気味に脈動する肌色の球体が出現した。

 

「――――侵食核」

 

 ソレを見て、アキは驚愕に目を見開く。彼女の推測では、まだこの段階では無いと思っていた。だから――

 

「――――」

 

 反応が遅れた。アキは投擲されたコ・リウの剣を避ける事が出来ず咄嗟に『アルバライフル』で受けた。銃体に当り、『アルバライフル』は叩きつけた様に砕け散る。砕けた衝撃で思わず後ろへ倒れ込んだ。

 そのアキを殺すべく、コ・リウは疾走し宙で回転して落下する剣の着地地点でキャッチする意図を狙っての速度だ。

 

 ここは戦場。頼れるのは研究者としての知識では無い。今必要なのは生き延びる知恵だけなのだ。それ以外の思考は死を意味する。

 

「さ、させない!」

 

 シガの次に“生き残る術(それ)”を理解していたのはロッティだった。『ガンスラッシュ』を構えてアキと彼女へ疾走するコ・リウの間に入って迎え撃つ。だが、

 

「あ……」

 

 理性の無い眼。不気味に身体を覆う錆色のフォトン。頭に存在する不気味な侵食核。そして一瞬で幾重にも死を迎えるほどの殺意――

 向かって来る龍族(コ・リウ)と相対して初めて敵の強大さが理解できた。出来てしまった事で、身体が震えてただ割り込んだだけで何もできない。

 

「――――」

 

 まるでゴミでも払うかのように盾で殴られて、小柄な彼女の身体は軽々と吹き飛ばされる。それでも死ななかったのは彼女が事前に発動していた『ガードスタンス』の効果も大きい。

 

 怖い……これが……敵? アークスはこんなのと戦わないといけないの? こんなになっても……立ち上がらないといけないの?

 

 ロッティは衝撃で全身が痺れていたが、それでも立ち上がって対峙するには問題ない。しかし、精神的な恐怖によって彼女の心は折れてしまった。

 そんなロッティを道端の子石のように蹴散らしたコ・リウは、宙に舞う自らの剣をキャッチする。アキは僅かにもロッティが時間を稼いだ間に別の武器(ライフル)を取り出しているが。

 

「――――くっ」

 

 しかし、今度は投擲されたコ・リウの盾によって銃身が跳ね上がった。壊れてはいないが数秒だけ間が生まれる。その間にコ・リウは更に距離を詰め、遂にアキを間合いに捉えて剣を振り下ろす――

 

「先生!」

 

 その一閃は次に間へ入ることができたライトが『アルバロッド』で防ぐ。しかし、シガでも耐えきれなかった狂化(コ・リウ)の力に少しずつ身体が押されていく。

 

「ううう」

 

 侵食核を狙えば――

 その間でもアキは侵食核を撃ち抜く事を狙った。アレは現在、脳と直結している。破壊する事で、動きを止めるか、殺す事が出来――

 

“アキ、あまり思いつめるな。これは研究者が必ず通る道だ”

 

 その時、頭をよぎったのは虚空機関(ヴォイド)から去る時に同僚から言われた言葉。あの言葉に対して私は――

 

 アキは引き金を引けなかった。だが、今は瞬きの間に最善の判断をしなければならない。()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 めまぐるしく移り変わる戦局の中を駆け抜けるのは生半可な修羅を経験していなければ不可能である。このパーティで、その役目はシガが引き受けるべき事柄だった。

 

 

 

 

 

「先輩!? どうしたんですか!? その怪我」

 

 あれは先輩がクラスを決めたと喜んでいた時に顔を合わせた際の驚きだった。

 イオ先輩は痛々しく包帯を巻き、時折思い出した様に、いてて、と呟いている。

 

「怪我をするのが仕方ないって思うつもりはないけど、それで自分の中にある壁を乗り越える事が出来れば、それでもいいと思うんだ」

 

 詳しくは話してくれなかったが、初めて相対した絶望に、イオ先輩は自分の壁を乗り越えられたと晴れ晴れとしていた。

 

「乗り越えなければならない壁。それは人それぞれだと思う。そこで立ち上がる事が出来るかどうかが、アークスだって――」

 

 立ち上がる。目の前の脅威に立ち向かえるかどうか。先輩……わたしは――

 脅威(コ・リウ)に立ち向かっているライトが視線には映っている。けど、ロッティは何もできない。武器(ガンスラッシュ)は手の届かない場所に落ちている。例え立ち上がる事が出来ても()()()()()()

 

 その時――視界の端に壁に突き刺さる武器(青のカタナ)を見つけた。

 

 後は迷わなかった。それは彼女の持つ“立ち向かう資質”が強く何かを護りたいと体現した――アークスの証だったのだ。

 

 

 

 

 

 少しずつライトは押されていたが、次の瞬間、『アルバロッド』に亀裂が入り。破壊される。

 それはアキがコ・リウを殺す決意を数秒だけ躊躇した間に訪れた死。

 高速で返す剣により、次の一閃でライトの命は奪われ――

 

「やぁぁぁぁ!!」

 

 その一閃は、『青のカタナ』を持ったロッティが横から斬りかかって来た為、ソレを防ぐために動いた。

 青色のフォトンと錆色のフォトンが弾けるが、鍔迫り合いも無くロッティは再び弾き返される。

 

 触った事も無い武器。攻撃力があったかもわからない。

 

 武器を手に立ち上がったロッティはそんな事を考えるよりも、アキとライトを護る事だけが恐怖に立ち向かう要素となっていたのだ。

 

 しかし、だからと言って脅威を攻略できるわけではない。

 

 弾き飛ばされたロッティの眼には、蹴り飛ばされるライトが映り、次に『アルバライフル』を向けるアキよりも先に剣を振り下ろすコ・リウが映っていた。

 ダメだった……。もう何もできない。良くて数秒だけ時間を稼いだ程度だった――

 

「ナイス、ファイト。ロッティちゃん」

 

 前を駆け抜ける黒髪の剣士が労う様にロッティへ告げた。

 

 シガはアキへ振り下ろされた一閃を“糸”で止めると、走る勢いのまま、コ・リウの横っ腹に飛び蹴りを叩き込む。

 

 ロッティとライトが賭した数秒は、覆す要素(シガ)が駆けつける十分な足止めとなっていた。




 謎の存在と邂逅。まぁ、前話から読んでいる方ならピンとくると思います。ちなみにシガの正体は既に固めてます。なので、それらしいミスリードはあっちこっちにちりばめてますよ。すべてがわかるのはEP2の終盤です。
 ロッティさんは、まだ未熟と言うことで恐怖に対する葛藤を書きました。イオも小説では似たような感じでしたし、誰にもあることだと思っています。

次話タイトル『Dissection 龍族の遺体』


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82.Dissection 龍族の遺体

 意識を取り戻してすぐに瞳に映ったのは傷ついた仲間たちが更なる脅威に晒されていた事だ。

 前で耐えるのは自分の役目。ソレができなかったから仲間が危機に陥った。

 まだアークスで無いロッティも立ち向かったのだ。これ以上は、自分の役目を放棄するわけにはいかない。

 

「隙だらけだ」

 

 アキへ剣を振り下ろしていたコ・リウへ、駆け抜けたシガは助走がつき威力の上がった飛び蹴りを叩き込む。まともに身構える事も出来なかったコ・リウの小柄な体は、空箱のように飛ぶ。

 

「――――」

 

 その時、シガは侵食核を見た。恐らく、コ・リウを狂わせている元凶。体内に蓄積したダーカー因子が形となって外部に物理化したモノだ。そうする事で、更にダーカー因子を吸収するのである。

 

 なんだ――――

 

 壁に激突して流石に気を失ったコ・リウにシガは念のため“糸”で捕縛すると同時に、その情報が入り込んできた。

 まるで透視した様に、一瞬でコ・リウの体内を蝕むダーカー因子の流れが見える。侵食核から脳へ伸びて、絡まる様に無数の神経と繋がっていた。

 

 ――――い……けるか?

 

 左腕が自然と侵食核へ触れる。すると、今度はシガへ侵食せんと、勢いよくダーカー因子を放出した。

 

「おいおい。アークスを――」

 

 なめるなよ。ダーカー――

 しかし、龍族と違いアークスのダーカー因子を浄化するフォトン特性を前に、その程度のダーカー因子は脅威ではない。逆にシガは侵食核から浄化フォトンを通し、コ・リウの神経と絡まっているダーカー因子を全て(ほど)く様に切り離していく。

 

「らぁ!」

 

 そして、芋でも収穫するかのように侵食核をコ・リウの頭部から引き抜いた。

 

 

 

 

 

〔どうやら、ようやく来てくれたようだ〕

「うん、僕の方でも確認したよ。龍族を蝕むダーカー因子が完全に浄化された一例が確認できた」

〔改めて感謝をしたい。私達ではこればかりはどうにもならない〕

「僕は別に何もしていない。感謝すべきは、この事態に気がついた人の可能性だよ」

〔無限に繋いでいく、可能性の海。前にそう言っていたね〕

「そうさ。人はどんな困難も超えて行ける。そして、彼らは誰かを思いやる()を持っているんだ。僕はそれを強く理解できる」

〔彼は、ここに来れるだろうか?〕

「自力でたどり着くのは難しいと思うよ。それに、呼ぶ時はオラクルの……“彼の眼”から逸らさなくてはならない。その辺りは僕の方で対応を考えている」

〔“星の病”“彼女の欠片”“迷い龍”。本来は存在しない多くの“意志”がこの星にも渦巻いている。それを一つずつ解決していて間に合うだろうか……〕

「なる様にしかならないよ、カミツ。それでも僕には観測()えている。彼ならきっと僕たちの前に正しき意志を持って現れてくれる」

〔確信が? シャオ〕

「うん。だって()は――女の子が好きだからね」

 

 

 

 

 

 

 アキはシガが交戦している間に自分を庇ってコ・リウの攻撃を受けたライトの安否を確認していた。

 打身で痛がっている以外に大した怪我がないと確認して彼の手を引いて立ち上がらせる。次にシガの状況を見る為に目を向けると彼が行っている事に驚愕した。

 

「――――シガ君。それは……」

「あ! アキさん! 大丈夫ですか?! 怪我とかありません!?」

 

 おずおずと申し訳なさそうにシガが近寄ってくる。だが、アキの視線は彼の左腕(フォトンアーム)()()()()()、侵食核の方に釘づけだった。

 

「いや、大きな怪我は無い。他の皆も同様だ。それよりもそれは――」

 

 アキに指摘されてシガは侵食核を持ち上げる。そして、いります? と掲げて彼女に尋ねた。

 その時、物理形成の持続が困難になった侵食核は、ボロボロと崩れ始めた。まるでシガから逃げる様に煙のように漂い少しずつ散って行く――

 

「あ。テメ!」

 

 だが、シガは逃がさない。フォトンの流れから的確にダーカー因子を捉えると、再び左腕を伸ばし握りつぶした。錆色のフォトンが正常な軌跡となって散る。完全に消滅した様をアキも確認する。

 

「シガ君。君は今自分が何をしたのか解っているかい?」

「え? 普通に侵食核を引っこ抜いただけですが……」

 

 そこで、シガは視界の端に未だ地面に座り込んでいるロッティに気がつき、アキに断りを入れて彼女の元へ向かった。

 

「先生」

 

 そのシガの背を追うアキへ立ち上がったライトも声をかける。彼も先ほどのシガの行為を目の当たりにして驚いていた。

 

「君も見ていたね」

「はい。シガさんの行った行為(こと)……理論上は可能とされていますが……今の技術では不可能な事ですよね?」

 

 アキとライトは研究者である。そして、ダーカーの事も常人以上に把握している。だからこそ、起こった事を完全に理解できるのだ。

 まさか、侵食核を()()()()()()()()()なんて――しかも……

 

「ふむ。やはりと言うか必然だな。ダーカー因子は全て消え去っている」

 

 アキは気を失っているコ・リウを簡単に診察する。体内のダーカー因子が全て体外の侵食核として出現した事で身体のダーカー因子は全て消え去っていた。

 

「恐らく、侵食核は脳に繋がっていた。理性を奪い、狂わせるには最も有効な部位だからね」

 

 脳と同調し、受けるダメージも直結していたハズだ。

 既に手遅れの状態……だからこそ、(コ・リウ)を救うには殺すしかないと結論を出したのだ。引き金は引けなかったが……

 

「もし、そうだとすると。シガさんの行為は途方もない事になります」

 

 侵食対象の体内神経と直結する侵食核は一度出現した状態で切除するには神経の同調を一つずつ丁寧に(ほど)いて行かなければならない。

 それは乾草の中から針を見つける作業を何兆回と繰り返す行為に等しい。それをシガは一瞬で行い、対象(コ・リウ)を殺すことなく侵食核だけ切り離す事に成功したのだ。

 

「シガ君を同行者に選んだのは完全に偶然だが……彼を選んでよかったよ」

 

 アキはロッティに申し訳なく謝罪しているシガに視線を向ける。その彼女の眼は今までは諦めるしかなかった事が()()()()()()()()()()()()と、どこか嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 その後、アキ達はその場で少しだけ態勢を整えてから再び出発した。先ほどの交戦で他の龍族が来る事も考え、本格的に休憩するのは少し移動してからと言う事で皆納得する。

 気を失ったコ・リウは少しだけ外傷の治療を施しておいた。眼を覚ますか、他の龍族に発見されれば無事に生還できるだろう。

 

「あ、あの……」

「ん? どうしたのロッティちゃん。もしかして、乗り心地悪い?」

「い、いえ! そんな事は無いですけど……重くないですか……?」

「軽い軽い。気にしなくていいって」

 

 シガは己が役目で先頭を歩いていた。たが、その背にはロッティを背負い、器用にマグマに浮いた岩を飛び渡って行く。

 

「いや、仕方ないって。そもそも、君をそんな目に合わせたオレが悪いんだし、このくらいは当然だよ」

 

 シガは出発の際に、ロッティに声をかけたが彼女は立ち上がる事が出来なくなっていた。怪我は何も無いが、いわゆる腰が抜けた状態だったのである。

 

「で、でも! わたしが要るんじゃ先輩戦えないんじゃ……」

 

 自分を背負った状態では上手く動けない。それは誰が見ても明らかだが、シガは特に問題だと思っていなかった。

 

「その時は降ろせばいいし、少なかったらアキさんとライト君に任せればいいよ」

「は、はぁ……」

 

 少し傾斜のある地形を歩いて登り、アキが先行して状況を探ってくれている。狭い道なので上にも注意すれば敵を見落とす事は無いだろう。

 研修生であるロッティの負担には、パーティーリーダーでもあるアキも気にかけていた。彼女はロッティに帰る事を提案したが、途中で投げ出す事を考えていなかったロッティは大丈夫だと告げて残る事にしたのである。

 

「…………」

 

 そして、自分の足で立てないと分かった時は死ぬほど恥ずかしかった。言っておいて移動からいきなりこの体たらく。シガは背負う事を特に気にしていなかったが、ロッティとしては今の状況は穴があれば入りたいほどの羞恥心に駆られている。

 

「シガ先輩は――」

「ん?」

 

 ロッティはシガだけに聞こえる様に声を出した。

 

「なんで、そんなに強いんですか?」

 

 もし、もう一度あの敵と戦えと言われて立ち向かう事が出来るだろうか? 正直な所、わたしには無理だ。仲間がいるのなら何とか向えるかもしれない。けど、()()()()()()()のだ。

 

 ダーカー因子に侵食された、ただの龍族が()()()()()()()()()()()()に――

 

 (コ・リウ)から向けられた全てを呑み込まれると錯覚する意志(さつい)を思い出し、また身体が震えはじめた。もし、シガ先輩が起き上がらなかったら、わたしはどうなっていたのだろう……と――

 

「オレは別に強くないよ。アークスにオレなんかよりも強い人は沢山いる」

「『六亡均衡』って方たちの事ですよね?」

「おおっと、結構大きい所を言うね。確かに、『六亡均衡(かれら)』は強いよ。何人かは知り合いだし。けど、別に『六亡均衡』じゃなくても、オレより強い人は沢山いるよ?」

 

 オーラルさんなら皆をあんな状況に陥らせないし、ゼノ先輩なら気を失うなんて事は無いだろうし、ゲッテムハルトさんなら有無を言わさずに嬉々として撃破していただろう。

 

 オレは、どれも出来なかった。ただ、無様に敵に意識を奪われて、挙句に助けられたのだ。これが一人だったら既に死んでいる。

 

「君に助けられた。アキさんとライト君にも。だから君を運ぶのはオレに出来る助け方って事で」

「……やっぱり……シガ先輩は強いです」

 

 その声は誰にも聞こえない程に小さなものだった。

 それは、彼の強さを見て、自分の弱さを見つめ直し次に繋ごうと決めた彼女の意志が言葉として出たのである。

 

“乗り越えなければならない壁。それは人それぞれだと思う”

 

 イオ先輩の言っていた事の意味が少しだけ分かった。わたしもいつか、こうやって誰かを背負える日が来るのかな?

 二人の先輩のように、強くなって――

 

 

 

 

 

 

「ん?」

「うっ……」

 

 アキとシガは、ある異臭に気がついて進行を停止した。だが、考え事をしていた背のロッティと、最後尾を殿として歩いているライトは気づいていなかった。

 

「こっちかな?」

 

 アキは異臭の方向から脇道を見つけるとそちらへ入って行く。

 

「あ、ちょっ、アキさん――」

「先輩。もう歩けるので降ろしてもらって大丈夫です」

 

 アキを追おうとしたシガはロッティの言葉に先に彼女を降ろす。そして、異臭のする脇道へ遅れて向かった。

 

 その先には異臭の正体が居た。

 

 表面の皮膚がグスグズに崩れて骨がむき出しになっている龍族の遺体である。それも戦って果てた様子は無く、ただ倒れてそのまま死に至ったような態勢で腐食だけが進んでいる。

 

「殆ど原形は留めいていないが……龍族の遺体だ。どれ」

 

 アキは慣れた様にゴム手袋をはめると腐食している遺体を調べ始めた。

 

「気持ち悪い……」

 

 思わず戻しそうになったシガは何とかこらえる。そしてライトも三人へ追いつくと、その死体を目の当たりにして表情を変えた。

 

「ううぇぇぇ。先生……よくさわれますね」

 

 手袋をはめているとは言え、直に触れる感触は消えないだろう。加えて凝視する事が出来ない程に崩れた遺体は眼を背けても当然の代物となっている。

 

「まったく、君は何年私の助手をしているのだ? 私の研究対象は生きるものが優先対象だよ。終わったモノに興味は無い。龍族の遺体(これ)はただの物だ。触れない道理はない」

 

 理的に、研究の線引きを独自の価値観で決めているアキは、終わっているのであれば大した弊害は無いらしい。

 戦いで(エネミー)へ直接手にかけるシガでさえ目を背ける程の腐乱死体。彼女は落ちているペンでも拾い上げる様に調べて行く。

 

「あの、アキさん。わたしも見させてもらっていいですか?」

「ん? ああ、手伝ってくれるなら歓迎するよ。だが、流石に触る際は衛生面を気にかけてこれを着けたまえ」

 

 アキは興味に駆られて覗いて来るロッティに予備のゴム手袋を渡す。すると、ロッティは当然のように着けた。触るつもりらしい。

 

「どれ、内臓は――」

「これが脳ですねー」

「狂気の光景だ……」

 

 美女と美少女が平然と腐乱死体を漁っている。状況を間違えればホラー映像に視えなくもないだろう。

 

「うわっ、うわわわっ……うえぇぇ」

「ライト君、うるさいよ。興味があるのかないのか、スタンスをはっきりさせたまえ」

「ロッティちゃん……平気なの?」

「アムドゥスキアの事を調べていた時に、龍族の身体機能に興味が出たんです。それで実際に見てみたいなー、と」

「タフだね。うっぷ……」

 

 向こうに行ってます。とアキに告げてシガとライトは口を押えながら脇道から離れた。

 

「……やはり、予想通りか」

 

 一通りの検死を終えて、アキはコ・リウの戦闘も思い返し確信を得たようだった。

 

「何か分かったんですか?」

「うむ。内部組織を調べた結果、ダーカーの侵食度が極端に高い。恐らく体内に蓄積したものだろう」

「龍族の方々は――あ!」

 

 ロッティもアキに言われて気がつく。龍族とは戦える戦士なのだ。だから、ダーカーの侵食が早いのだ。

 

「基本的に、ダーカー因子はアークスのフォトンによって浄化される。逆に言えばそうする事でしか浄化できない」

 

 戦う事の出来る龍族は脅威と見なしたダーカーを()()()()ことが出来る。だが、眼前の脅威を退けただけではダーカーが完全に潰える事は無い。

 撃破された際にまき散らすダーカー因子。それをアークスなら自然と相殺する事が出来るが、龍族にその耐性は一切無いのだ。

 

「塵も積もれば山となる。アークスの有無を拒否している龍族には致命的な事だ。この“病”は(アムドゥスキア)全てを侵食する」

 

 その病は、()()()()()()の事なのか、はたまた、()()()()()()()()()()()()()()なのか。それは今のアキにも把握できない事柄だ。

 

「じゃ、じゃあ。どうすれば……」

「幸いにも龍族(かれら)とは話ができる。望ましいのは“ロの一族”だが……とにかく今は話の通じる格式の高い龍族に、この事態を伝える事が最優先だよ」

 

 その後にアークスを受け入れたとしても、その間にもダーカーの侵食は進んでいく。事態は悪化するばかりだ。

 

「だが、進まなければ何も始まらないのも事実だな」

 

 これが使命であると言い聞かせるようにアキは呟く。今、この事態に気がついているのは自分だけなのだ。絶対に伝えなければならない。

 

「あ……終わりました……?」

 

 遺体の検死を終えたアキとロッティはシガとライトの元へ戻る。二人はマグマに向かってリバースしていた。

 どうやら、先ほどの死体で嘔吐を(もよお)したのだろう。

 

「しばらく、肉料理は食えそうにありません……」

「ボクも……うぇぇ」

「まったく、二人ともしっかりしてくれたまえ」

「あはは……」

 

 呆れるように腕を組むアキ。戦闘での勇敢さが嘘のように弱っている二人を見てロッティは苦笑いを浮かべた。




 遺体です。流石にリアルだと18規制になるのでほと程に描写しました。
 シガを吐せました。普通は吐くと思ったので、例外は作りません。彼は完璧超人ではないのです。
 対してロッティはかなり平気そうに描写しました。もともと、彼女の依頼には侵食核持ちのエネミー討伐が主な内容なので、そういうのに興味があるのかなー、と思っての結論です。
 一部謎の二人による会話を出しました。これもEP2の伏線です。
 次は、ようやくEP1-5の終盤戦へ突入します。

次話タイトル『Values 彼女の標』


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83.Values 彼女の標

 命の強さ。

 それは、生きとし生けるもの全てに存在する、世界に対する己の“存在証明”である。

 己の住む世界で受ける多くの障害や軋轢。その中で、理不尽と戦い、また攻略し、その環境に適応して命は()()()()

 

 種の生存本能として、“強い光を放つ命”は、そう易々と消えたりはしない。

 

 アムドゥスキアの龍族も、そうだった。

 熱に強い皮膚。高低差を物ともしない身体能力。武器を駆り善悪を判断する知性。

 龍族(かれら)は、命の強さを誰よりも知っている。ソレを誇り、磨き、対峙する敵にぶつける。

 純粋な意志は対峙した者にしか分からない。彼らは常にまっすぐなのだ。故に、他に頼らず自らの力で問題が解決できると信じて止まない。

 

 だからこそ、今回の“病”は解決できなかった。

 種が滅亡の危機を迎えた時、新たな進化が必要となる場合もある。しかし、その進化が間に合わない程の脅威が訪れた場合……その種は滅ぶしかない。

 

 いくら、命が強くとも。

 いくら、知恵を絞ろうとも。

 いくら、敵を倒そうとも。

 

 己の理の中で生きる龍族には客観的に、“病”の本質を捉える事が出来なかった。

 進化は、時として外界の力を要いなければならない。それに気づき、受け入れる事が出来るか否か。

 独特の価値観を持つ龍族には難しい事だろう。

 彼らの事を、彼ら以上に“知る者”が現れない限り――

 

 

 

 

 

 フォトンが弾ける。青い剣線が無数の起動を描いで、対峙する“エル・アーダ”に向けられていた。

 

「『アサギリレンダン』」

 

 シガは距離を瞬時に詰め、高速の剣撃を“エル・アーダ”に与える。一撃、二撃、と順当に刃は通っていたが、三撃目からは水中を泳ぐように移動する“エル・アーダ”から外れてしまった。

 

「やっぱり手数が増える分、威力が落ちる」

 

 瞬間的な威力は期待できるが、敵に対して終始怯みが取れない。このフォトンアーツは正面から出なく、奇襲気味に使う方が効果的な様だ。

 

 二つの腕に強力な詰めを宿すダーカー――エル・アーダは、飛行能力を備えたダーカーであり厄介な部類に入る。防御力はそれほどではないが、三次元移動による機動力と一撃で沈黙することもある強力な爪撃や突進攻撃は、まともにもらえば熟練のアークスでも一撃で沈むほどの威力がある。

 対策としては翻弄しつつ、むき出しのコアを破壊するのが一般的だ。

 

 エル・アーダは、一度反動をつけると、爪による横なぎの一閃を見舞う。シガはその一閃に“(フォトンエッジ)”を連想し懐かしく感じながら身を屈めて躱す。

 

「『シュンカシュンラン』」

 

 高速接近による刺突。一撃目で突き、次に上段振りおろし、横なぎ、そして切り上げ、と言った一連の流れで“エル・アーダ”のコアを破壊した。

 

「地味に厄介な奴だ。どうやって浮いてるんだか」

 

 ボロボロと崩れて死んで行く“エル・アーダ”の妙に良い機動性に疑問を抱きながら『青のカタナ』を鞘に収める。

 

「シガ先輩」

 

 アキ達も、後方のダーカーを問題なく片付けていた。

 

 

 

 

 

 コ・リウとの戦闘後、シガ達は更に火山洞窟の奥へと足を進めていた。

 行先はアキの先行によって決められており、彼女もそれなりの確信を持って進む様子から、シガとしては特に反論も無い。

 時折、周囲を端末で調べながら、ふむ、と考えている様を見れば、まだ自分達には断言できない何かを追っているらしい。

 

 シガは、状況は確認はアキに任せて、パーティーの戦闘状況に気を回す事にしていた。

 奥に進むにつれてダーカーの襲撃が多くなっていった。

 アムドゥスキアに留まらず、最近は数多の惑星でもダーカーの活発化が著しいと聞いているが、こうも立て続けに出会う事になるのは流石のシガも初めてである。

 

「なんだが、ダーカーの数が多いですね」

 

 ガンスラッシュを直しながらロッティも呟く。研修生である彼女でも気がつくほどに現状は異質らしい。

 

「本当は、ダーカーと短期の連戦は控えた方が良いんだけどね」

 

 条件が揃えば無尽蔵に湧くダーカーに対しての消耗戦は絶対に控えなければならない。

 大規模な掃討作戦のように後方の補給や支援が約束されているなら話は別だが、そうでない場合は極力、一対多数の戦闘は避ける必要がある。

 奴らは止めどなく溢れる。アークスはダーカーの殲滅を主としているが、その際には“慎重”を常に傍らに置いて戦わなければならないのだ。

 

 ある程度の情報は揃っていると言っても、ダーカーは常に進化している。今まで有効だった手が通じなくなると言った事も数多に確認され、連戦となる場合には特に、その挙動に気をつける事が大事なのだ。

 

「だが、これだけの敵を平然と凌ぐ君も、大したものだよ」

 

 と、ライトと共に周辺の調査をしながらアキが会話に入って来た。どうやら、パーティリーダーとして、メンバーの実力はきちんと見定めているらしい。

 

「ロッティ君も、その身のこなしは将来有望だね。君はハンター志望だったかな?」

「は、はい! でも、シガ先輩が機動力のある敵を引きつけてくれるおかげで何とかなってる感じですけど……」

「そこまで謙虚なら危険な事はあるまい。だが、油断は禁物だ。君はまだ、アークスではない。戻ったら洗浄処置をきちんと受けた方が良い」

 

 ロッティは研修生である為、惑星の踏査と戦闘行為が出来る最低限の装備しか支給されていない。なので、ここまで継続的にダーカーと戦闘行為を行う事は想定されておらず、ダーカー因子の蓄積もアキ達に比べてかなり多くなっている。

 その事をシガも察して彼女には交戦を避けさせているのだが、予想以上のダーカーの展開能力の所為で有無を言わさずに戦わせる状況になってしまっていた。

 

「はい」

 

 すると、ピピ、と短い電子音が鳴り、アキは再び調査用の端末に目を向ける。そして、ライトと何かを話し始めた。

 

「あんまり無茶はしないようにね、ロッティちゃん」

 

 戦いになれば、戦える者の手を借りなければならない場面はどうしても避けられない。そして戦う以上は命の危機が付きまとう。

 まだ、研修生である彼女にはそんな重荷を背負わせたくないのも事実だった。

 

「大丈夫です。無理をしても良い結果は得られないってちゃんとわかっていますから」

 

 本当に良い娘だよなぁ。アークスに成り立てだったオレとは全然違う。

 

「君は良いアークスになるよ」

 

 出来るなら、その純粋さをずっと持ち続けてほしい。片腕のオレとは違い、彼女はまっすぐ進むことができるだろう。

 

「もし、アークスになった時はぜひ、よろしくお願いしますね。って言っても、まだまだ先の話なると思いますけど」

「二人とも、ちょっといいかな?」

 

 ライトと話を終えたアキが再び歩み寄って来る。少しだけ神妙な面持ちであった。

 

「ここから先に、強大な生命反応を感知した」

 

 アキはより強いダーカー因子の反応を選んでルートを決めていた。

 龍族は敵を倒している。ならばダーカーの集まる場所ならば必然と遭遇できると言う考えからの選択だった。

 

 そんな時、今までの比では無いダーカー因子の反応を検知したのである。距離を置いても感知できる程に巨大な反応。近づけばもっと詳しい事は分かるだろうが、この反応は大型ダーカーと同義のモノだった。

 

「理由はどうであれ、戦う事に成れば命を晒すほどの危機に遭遇する事になる。君達は元々私たちとは別の意図でここに居る。ここで、帰ってもらっても構わない」

 

 アキは、これから命を落とす可能性が強くなった以上、無理に付き合う事は無いと言っていた。

 シガを選んだのはアキだが、彼は先にロッティの依頼を受けている。彼女が帰るのなら同行者である彼も帰るのは必然の流れだ。

 

 そして、ロッティの依頼であるアムドゥスキアの調査は概ね達成できているだろう。ならば、これ以上の死地に関わる必要はない。これから命を落とす可能性が極端に高くなる事から、彼女を護りきれない事も考察に入っている。

 

「狂化した龍族の事もある。あの時以上の脅威にさらされる事は確実だ。だから、君達はもう帰りたまえ」

「断ります」

「お断りします」

 

 同時に同じ意見が出たシガとロッティは思わず顔を見合わせた。

 

「ロッティちゃん。君は戻っていい。オレは君の依頼を途中放棄してフリーで降りたって事にするから」

「シガ君。それでは、君の評価に傷がつく。君は試験クラスの評価を任されているんだろう?」

 

 依頼の失敗。又は、途中放棄は新クラス(ブレイバー)承認に大きく響く事になる。それは、彼個人の評価としても後々まで引っ張りかねない行為だ。

 

「確かにそれもありますけど、だからと言って目の前でさらに“危険な場所”へ赴く人を見捨てる事は出来ません。少なくともオレは、そうである事がアークスだと学びました」

 

 シガは分かっていた。アキのアムドゥスキアに対する気持ちは偽り無いモノだ。そして、彼女が龍族を殺す事に強い抵抗を持っている事も――――

 

「オレは役に立ちますよ? 最初の戦闘では不覚を取りましたけど、それを次で挽回させてください」

 

 アキさんでは、龍族を殺す事は出来ない。短い付き合いだがそれだけは分かっているつもりだ。なら、その役目はオレが引き受けなければ。そうしなくては、()()()()()()()()ができないかもしれない。

 

「わたしも、途中で“依頼”を投げたしたくありません」

 

 ロッティも、強い意志を瞳に宿してアキと向き合う。

 

「少しだけ状況は特殊かもしれませんけど……これはわたしの初めての依頼なんです。絶対に邪魔はしません! 最後まで居させてください!」

 

 アキの考えとして、ここらは予想を超えた事が数多く起こるだろう。予測できない道の先に踏み込むなど自殺行為も良い所だ。

 

 しかし……ソレから逃げたりすれば同じ状況に陥った時にまた、逃げ出してしまうのではないか?

 

 あの時、自分は逃げ出した。しかしだからと言って何かが変わる訳でもなく、更なる悲劇を生み出した。

 

 “人の意志を測りかねた。その代償が『ウタ』だった”

 

 同僚は、人の意志を測りかねて大切なモノを失ったと言っていた。しかし彼女には大切なモノなど無い。そう、彼女は思い込みたかった――

 

 この星を救いたい――

 

「……ここから先は未知の領域だ。もしかすれば危険な事を君達にあえて強いるかもしれない」

「わたしは、レポートを提出しないといけないので! 絶対に生きて還りましょう! 皆で!」

 

 ロッティの台詞に、命の賭け方がどこかズレているとアキは微笑を浮かべる。

 

「確信は無いんですけど……きっと、この中で誰か一人でも欠けてしまうと、この中の誰かが死ぬ。そんな気がするんです」

 

 シガはここに自分たちが四人でいる事には何か意味があると思っていた。今は分からない事柄だろう。そして、科学的根拠もなにもない完全な勘だ。

 

「君達二人は……本当に不条理な思考を持っているね」

 

 だが、それは……それこそが、私には()()()()だ。理屈を超えた決断。絶対に選ぶことの無い選択肢を彼らは迷うことなく口にできる。

 

 それが、正直羨ましい。

 

「手を貸してくれ。君たちの力が私達には必要だ」

「任せてください!」

「当然です」

 

 ロッティとシガの強い意志を改めてアキは再認識した。

 

「では、ライト君。君はどうする?」

「と、当然、行きますよ!」

「では決定だ。諸君、もうすこしだけ、私の依頼(わがまま)に付き合ってくれたまえ」

 

 この星を救うを決めた。それに賛同してくれる者達もいる。

 

「三人とも、ありがとう」

 

 アキは、着いてきてくれる三人に改めて礼を口にした。




 ライト君は状況的に断れないよね。
 前回の予告タイトルを変えました。リアルが忙しくて今後もそんな事が度々起こるかもしれないのでご了承ください。オリンピックって2020年だろうが!

 次話タイトル『Hi Roga ヒの標』




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84.Hi Roga ヒの標

「龍族って戦士のイメージが強いですけど、やっぱり序列的なモノってあるんですか?」

 

 感知した反応を目指して歩いている中、ロッティの素朴な疑問は、皆の中に漂い始めた緊張感を少しだけ緩和する役割を果たした。

 

「ふむ。では、シガ君。君はどう思う?」

 

 答えを知っているアキは、一番前を先行しているシガへ尋ねた。

 

「何体か戦った事はありますけど、やっぱりそれなりの“格の違い”ってのは有るんじゃないですか?」

 

 アキのおかげで、この短期間で龍族と濃い交戦を幾度と経験している。

 中でも手ごわいと感じる龍族は数多に相対していた。中でも一線を画する実力を持ったコ・リウは龍族の中でも上位に存在する者だろう。

 

「なるほど。君は龍族の序列を弱肉強食のピラミッド型として見ているのだね?」

「なんか、強い奴が群のボス。みたいな感じですか?」

「そーそー」

 

 なんとなく共感してくれたロッティにシガは嬉しそうに肯定する。

 

「確かに、そう思われていた時期もあったそうですが、龍族には文明社会が存在します。なので、少し異なる組織図になっていると言われています」

 

 ライトもアキに就いている関係上、龍族については人並み以上に把握していた。

 

「そう、文明社会だ。例えば、私達が生活を預けている『オラクル』は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ではないだろう?」

 

 力による序列は強固な組織を創る事が出来る。だが、それは長くは続かない。知性を持つ存在は最終的にソレを悟り、崩れる事の無い組織図を模索するのだ。

 

「文明社会とは、力による淘汰(とうた)を取り除いた意志の縮図の事であり、俗にいう“秩序”と言われている事柄を中心に据える(しゅう)なのだ」

 

 秩序という言葉の定義は様々で組織ごとに違いもある。しかし、理無き行動を起こす事だけは絶対にありえないのだという。

 

「シガ君。君が戦った龍族は、本来ならこのような場所に足を運ぶことは至極稀な者であるハズだ。強く有能な存在はどの社会でも貴重だからね。そう言うモノが動く時は組織全体が脅かされる程の脅威に遭遇している事を意味している」

 

 龍族の希少な戦士とシガは意図せず数度、遭遇している。星でも、その戦士が本来に求められる場所を離れて、アークスでも自由に立ち入る事の出来る場所を徘徊しているのだ。龍族は現状の異変には気付いているのだろう。

 

「なら、龍族もダーカーの侵食に気がついているって事ですよね? 話はスムーズに通るんじゃないですか?」

「龍族の組織図はピラミッド型では無いのだよ」

 

 思いついたように発言したロッティの言葉にアキは答えを返す様に告げた。

 

「多くの一族が存在し、その中でも“標”となる存在が一族の方向性を定めている。だから、情報の伝達が遅れる」

「ああ、なるほど。()()()ですか」

 

 ライトも当然のようにその事は把握していたが、シガはアキのその言葉で完全に理解した。

 

 龍族の組織図。それは“ピラミッド型”ではなく、“蜘蛛の巣型”なのだ。

 

 上と下が明確に決まっているのではなく、全ての一族が平行線の平等として認識されている。その為、どこかの一族が滅んだとしても龍族全体の滅びには直結しない。

 ピラミッド型のように、全ての一族が重要な役職を担っているのではなく、一族ごとに完結した“個”であるのだ。

 その代わり、龍族全体で動く際には時間がかかり、種全体の進歩が極端に遅いと言う欠点が存在している。

 それでも脈々と種が続いてきた様を見ると、『オラクル』とは違った組織図の成功例と言えた。

 

「今回は、一族間の致命的な伝達の遅さが滅びに直結しているって事ですね」

 

 なるほど。と、ロッティはメモを取り、シガは喉のつっかえが取れた様に納得する。

 今までは気にかけていなかった要素によって、現在の龍族は滅亡の危機に晒されているのだ。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「して、アザナミよ。お前さんはレギアスの弟子か?」

 

 地下坑道を歩くアザナミは、通路で遭遇した機甲種を全て撃破し、一度『カタナ』を払って鞘に納めた。その動作を視た六道は、彼女にそんな言葉を投げかけたのだ。

 

「なんでそう思うの? 六道さん」

 

 惑星リリーパ。アザナミはフーリエから地下坑道探索のマップ制作の依頼を請け負って、フーリエと六道と共にいた。

 

「『血振り』。実に懐かしい動作での。ジジィキャストが行うよりも花があるわい」

 

 狭い通路で、挟撃を受ける形となったが問題なく処理していた。少しだけ息の上がったアザナミに比べて、六道は彼女の所作を見る程度に余裕があったらしい。

 その六道の眼前には機能停止した『トランマイザー』の二体が、もつれる様に煙を上げて行動を停止している。

 

「本来は、フォトンの刃を展開する『カタナ』には必要の無い動作ですよね?」

 

 敵の全滅と増援が無いかを確認していたフーリエはシガの動きを目の当たりにしていた事もあり、『カタナ』という非公式の武器については人並み以上に情報を持っている。

 

「継いでいくのなら絶対に怠れない動作なんだよね。もう癖みたいなものかな」

 

 必要の無い無駄な事。他人が見ればそう映っても仕方ないだろう。しかし、レギアスに教示を受けたアザナミにとってすれば、彼より教えてもらった事全てに無駄な所作など存在しないと思っている。

 

「よき心得。あの堅物のレギアスが弟子を取るだけでも話のネタになるわい」

 

 かっかっか、と六道は笑う。今回の依頼で偶然とはいえレギアスの弟子と噂されていた彼女と会い見える機会に恵まれた。

 その動きは、寸分たがわずとは行かなくとも十二分に彼の動きを体現したモノ。良い弟子を得たものだ。

 

「六道さんは、レギアスと知り合いなの?」

「ま、腐れ縁ってやつじゃからの。背中を預けた事もある」

 

 40年前の『巨躯戦争』に参加していた六道も、オーラルの元で動き、要所的に投入された戦力だった。その際に、レギアスや当時の【六亡均衡】とも顔を合わせており、顔見知り程度には交流がある。

 

「へー」

「参加している事は知っていましたけど、【三英雄】と知り合いだったんですか」

「うむ。とは言っても、自慢するようなモノではないわい。生き延びたのも運が良かっただけ。知り合いになったのも成り()きじゃけぇの」

 

 六道は当時最前線で戦っていた者達を思い返し、自分もジジィになったな、と懐かしむ様に自覚する。

 

「時に人は“防衛本能”を打破しなければならん」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

〔間違いない〕〔この気配は〕

 

 ヒ・エンが、自らの一族の“標”である、ヒ・ロガを捜して数週間。火山洞窟を歩きつづけ、遂にその存在を見つける寸前まで来ていた。

 

〔ロガ様〕〔一体、何があったのですか……〕

 

 火山洞窟を駆けるヒ・エンはその気配のあった場所がどこであるのかを捉えていた。

 火山洞窟でも有数の大広間。周りを切り立った崖に囲まれているが、溶岩の中を移動する事の出来る龍族なら入る事も難しくない。

 溶岩の中から大広間に辿り着いたヒ・エンは、遂に捜し龍――ヒ・ロガを見つけた。

 

〔グォォォォ……〕

 

 頭部と背部に生える猛々しい角。その身体を支える二つの脚は必然と大きな物となっている。一歩は踏み出す度に重々しい音を作り出す。長い尻尾の先には鉱石が結晶となってついており、見上げる程の巨体を持ち上げる大きな翼は、今現在は畳まれていた。

 

〔!〕〔ロガ様!!〕

 

 ヒ・エンは声を張り上げた。なぜ、集落を? 一体、何があったのか? 彼に聞きたい事は多くある。

 だが、そんな疑惑を語り合う事など無いと言っているように、ヒ・ロガは狂ったように強靭な足で地を蹴ると、ヒ・エンに向かって突撃する。

 

〔くっ……〕

 

 単調な突撃だが、大きさが大きさだ。頑丈な龍族の身体と言えど、ぶつかればただでは済まない。ヒ・エンは大きく横に転がって回避する。

 

〔ロガ様……〕

 

 自らの武器である戦杖を向けるが、その背中はかつて、他の族と戦った際に救われた背でもあった。

 

 まだ、ロガ様から真意を何も聞いていない――

 

〔ガアアアアア!!〕

〔!〕

 

 力任せに側面から襲いかかって来た尻尾は躊躇いなく、ヒ・エンを殺す一撃だった。

 

〔なぜ暴れ〕〔なぜ我々が戦うのです!?〕〔ロガ様!!〕

 

 伏せる様に尻尾の横なぎをヒ・エンは躱す。一つ一つが躊躇なく、敵にぶつける程の一撃。一体、彼に何があったのか。ヒ・ロガを知るヒ・エンには、その答えが導き出せない。

 

 一族の中でも誰よりも聡明で“標”として誇れるロガ様が――

 

〔グォォォォオオオオ!!〕

 

 炎がヒ・エンの視界を覆った。ヒ・ロガの口内から吐き出された炎は、強力な衝撃となってヒ・エンを吹き飛ばす。

 鉄を溶かす熱と岩盤をも粉砕する衝撃。それを同時に受けたヒ・エンだが、それでも熱と衝撃に強い龍族の肉体では致命傷には至らない。

 

〔ぐ……ロガ様……〕〔何故なのです……!?〕

 

 だが、その一撃はヒ・エンの持つ“誇り”を大きく揺るがす一撃となって、彼の身体を縛る要因として機能する。

 

 ロガ様はもはや、ロガ様ではない。ならば……我らが掟は――

 

 戦士として、やらなければならない事をヒ・エンは理解している。他の誰でも無い……これはヒの一族である自分がやるべき事―――

 

「アキさん、ちょっと聞いて良いですか?」

 

 その時、第三者の声にヒ・エンはそちらへ視線を向ける。この場所へ同胞以外に居るハズがない。

 

「あの、ヴォルドラゴンって“序列”的にどのくらいだと思います?」

「最高位か、その一つ下の龍だろうね」

 

 そこに立っていたのは四人のアークス――アキ、シガ、ライト、ロッティだった。




 次はヒ・ロガ戦です。ちゃんと描写していきますよ。
 六道は巨躯戦争の参戦者ということにしました。公式がその頃の話を展開して辻褄が狂わない限りはこの設定で行きます。

次話タイトル『Overcome instinct 打破するべき防衛本能』


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85.Overcome instinct 打破するべき防衛本能

「りゅ、龍族同士が争ってる?!」

「ケ、ケンカですか!?」

 

 新たにその場へ足を着けた四人は、今まで見た事の無い雰囲気にそれぞれの感想を抱く。

 

「その説は否定しないが……声を聞く限りではそうではなさそうだよ」

 

 アキの足は自然と前へ。シガは『青のカタナ』の柄を左手で添え、いつでも抜ける様に

脱力を行っていた。

 

「え、ちょっ、先生。もしかして関わるつもりですか!?」

 

 ただ一人だけ前に出たアキの行動にライトは動揺する。彼女の目の前には、龍族の中でも最上固体とされているヴォルドラゴンが居る。それをアキ以外の者達は肌で感じていたのだ。

 相手にするべきではない。と――

 

「ロッティちゃん。後悔してる?」

 

 ヴォルドラゴンから目を離さぬまま、シガは隣で同じように緊張しているロッティに囁く様に尋ねる。

 

「し、してませんよ。シ、シガ先輩は?」

「すっごく帰りたい」

「あはは。なんですかそれ……」

 

 と、軽口を叩いてみるが、それでもこの場を覆う脅威はまるで薄れない。全信号が全力で発している。

 『危険』『逃げろ』『今なら間に合う』と――

 

「説得は無駄だ、龍族のキミ」

 

 アキの声は不思議と良く通った。ヴォルドラゴンの唸りに打消されない不思議な声色である。

 

〔……アークスか〕

 

 ヴォルドラゴンと対峙しているディーニアンは立ち上がりながらその声を聞き入れる。

 

「彼はダーカーの侵食を受けている。もはや、自我は無い」

〔……今、貴様らに構っている暇はない〕〔去れ!〕

 

 そんな事は無い。そう否定したくて出したような、躊躇いのあるディーニアンの口調をアキは見逃さなかった。

 目の前の存在(ヴォルドラゴン)を何とかするのは自分の役目だとディーニアンは思っているのだ。

 

「仰る通り帰りましょうよ、先生! どう考えてもソレが最善ですって!」

「賛成1」

「2です……」

「まったく、君達は。先ほどの威勢はどうしたのだ? いい加減腹をくくりたまえ。どうせ、テレパイプは不確かなフォトンの乱れで使用は出来ないのだからね」

 

 この場へは設置されていた転送装置で行き来が可能となっている。しかし、現在はヴォルドラゴンという強力固体によるフォトンの乱れで転送が安定しない。

 つまり、戦ってヴォルドラゴンを沈黙させる以外に逃げる事も出来なくなっている。

 

「さて、龍族のキミ。君の意見ももっともだが、目の前のソレをどうするつもりだい?」

 

 四人が現れたにもかかわらず、ヴォルドラゴンはディーニアンを標的にしている。

 

〔ヒ族のロガ様は〕〔我らが標――――〕

 

 そう。ロガ様は導きだ。ヒの一族にとって彼は光そのもの。

 

〔だが……〕〔同族を侵した〕〔その掟に例外はあらず〕〔掟を破りしもの〕〔カッシーナの元へ送らねばならない……〕

「カッシーナ?」

「龍族の神話の地獄龍の事です。シガ先輩」

 

 ロッティは調べていた知識の中からシガへ説明した。

 

「物騒な事だね。つまるところ、終わらせるってことだろう?」

 

 更に彼女は前に出る。そんな事はさせないと言わんばかりの行動は傍から見れば命を放っているようにも映っていた。

 

〔……(さか)しいアークス〕〔何を考えている〕

 

 ディーニアンの言葉に、アキは感情的に出そうとした言葉を一度止めると、一呼吸置いていつもの事務的な口調で語り出す。

 

「任せろ、と言っているのだよ。コレは私たちの専門でもある。その為に、赴いたと言っても過言ではない。それに――」

 

 これは私に課せられた使命だ。その為なら、この身が焼ける事も(いと)わない――

 ヴォルドラゴンが、ディーニアンからアキへ視線を変えた。まるで彼女の意志に惹かれた様に、意志の無い眼光が死を纏う。

 

「ちょーっと、前に出過ぎじゃないですか? アキさん」

 

 更にその前に割り込む様に立ったのはシガだった。彼は先へ歩く彼女の背に、ある記憶が重なったのである。

 

 “ごめん、シガ。わたし、急がなくちゃ――”

 

 このまま一人で行かせれば絶対に後悔する。そう、()()()()()()()背中だったのだ。

 

前衛(ここ)はオレの位置です。アキさんは、ライト君よりも少し前でしょう?」

「――――そうだね。そうだったね」

 

 

 

 

 

 後悔。そんな事で歩みを止める事が必要なのか?

 時には必要になるのだろう。人は迷走し、そして崩れ落ちるもの。

 だが、その先へ歩み出す事が出来るもの“人”なのだ。

 その意志は“人の意志”。だからこそ、彼は前に出た。ソレが彼の本質で、何よりも得難いアークスとしての性質だ。

 

 彼は真っ直ぐ目の前の存在を見ている。私は見ていただろうか? まだ、その資格があるのだろうか?

 

「まだ、救えるんでしょ?」

 

 その言葉は、不確かな結論。過程の無い可能性だ。保証はない。しかし不思議とその言葉に確信を持てる。

 

「ああ。いいかい? シガ君。この龍族――ヴォルドラゴンは道中で出会ったあの龍族よりも比較的に()()()()だ」

 

 侵食核も突出していない。まだ、体内に蓄積されたままなのだ。

 

「フォトンの力で浄化すれば間に合うかもしれない。救える可能性がある」

「了解です。それじゃ、今までどおりに動きましょう」

 

 『青のカタナ』が鯉口を切る。その抜刀は開戦の合図となり、ヴォルドラゴン――ヒ・ロガへ青い刃が見舞われた。

 

 

 

 

 

 体格差。それは戦いにおいて重要な要素(ファクター)である。

 骨格の大きさは打たれ強さに直結し、長い身体部位は攻撃距離を表している。

 大型原生生物(ロックベア)大型機甲種(トランマイザー)も人に比べて見上げる程の体格を得ている。

 最も効率良く、そして……その星で最も強く有る為には体格の有無は大きな優位点であるのだ。

 ただし、それは―――その戦いに()()()()が無い場合である。

 

 

 

 

 

 抜刀と同時に『青のカタナ』の刀身と宿ったフォトンは巨大な刃となって飛翔。ヒ・ロガの表層を浅く削り取る。

 

「『ハトウリンドウ』」

 

 既に納刀を終えているシガはもう一度、抜刀。先の一撃でだいたいの感覚は掴めた。次に飛翔したフォトンの刃はヒ・ロガの鱗へ大きく傷を残す。

 

 距離は少し近い……か。最大火力が出る適性距離が有りそうだ。

 

 まだカタナのフォトンアーツは全て試作である為、情報の収集は怠らない。『ハトウリンドウ』……適性距離を見極めれば一方的に攻撃できる。

 近接戦闘(インファイト)主体のブレイバーにとっては嬉しいフォトンアーツだ。

 

「扱い難度は高いが、悪くない」

 

 再び抜刀し、刃が飛んだ瞬間、ヒ・ロガはシガに向かって突進を仕掛けていた。適性距離から外れ、『ハトウリンドウ』の与える威力は極端に落ちる。

 

「計画通りだ。アキさん!」

 

 今回のパーティでの戦いにおいてのシガの役割は、前線で敵を引きつけることだ。この時点で必勝の状況に入り込んだと言っても良い。

 

「前線は任せる。ライト君はシガ君の補佐を! ロッティ君! 狙いを尻尾の晶石にしぼる! ヴォルドラゴンの動きを止めるぞ!」

 

 四人は常備している通信機を耳に取り付け、離れていても通信機による時間差無しの立ち回りを意識する。

 

 アキはヒ・ロガの動きを注視し、次に何か来るかを先読みする。突進を躱すシガは、同時に“糸”を巻きつけていた。

 突進を躱されたヒ・ロガは、加速した自らの重量を強靭な脚で踏ん張ると、地面を削りながら減速している。

 

「流石に突進は、まともに受けられないな」

 

 左腕(フォトンアーム)の爪先から伸びる“糸”は、完全に停止して、こちらを振り向くヒ・ロガに絡みつく。

 ヒ・ロガは、シガへ向き直ると再び突進しようと脚を撓め、踏み出すが――

 

「――――どうだ? 流石に動けないだろ?」

 

 身体中に巻きつき、地面に張るように展開された“糸”はヒ・ロガの行動を完全に封じ込めていた。ギリギリと音を立てて“糸”は張るが、千切れる気配は無い。

 

「これなら!」

 

 そこへ、ライトが雷属性のテクニック――ゾンデを見舞った。黄色い閃光がジクザクに落ちると空気が弾け、ヒ・ロガの背にある角に避雷する。更に“糸”を伝わり一点から全身に拡散して通り抜けて行った。

 

「先生の言った通りですね」

 

 ヴォルドラゴンに有効なのは、氷属性のテクニックが一般的に知られている。極熱の環境に適応したヴォルドラゴンにとって極端に温度差の影響を受ける氷属性には耐性が殆どないからだ。

 しかし、アキの考えは一般の会見とは違っていた。

 

 ヴォルドラゴンも心臓も持ち、体内に体液が流れる生物である。

 鱗の下には皮膚が存在し、更にその下には神経が、更にその下には臓器も存在する。脳から流れる身体を動かす為の伝達(でんき)信号。その機能があると言う事は、外部からの電気攻撃は少なからず身体機能に影響が出るダメージは負う。

 無論、その効果は身体を痺れさせる程度のモノだが、殺さずに動きを止めると言う目的の現状では、有効な手である事は確かだった。

 

「ロッティ君、あまり近づかなくていい。距離を保ったまま、尻尾の晶石を破壊する。それで完全にヴォルドラゴンの動きを止まる」

「はい!」

 

 ヴォルドラゴンの尻尾の先端は鱗が生えておらず、その箇所は感覚神経がむき出しになっている。それは周囲の温度や、死角に居る敵との間隔を測ったりするために使われ、鱗に覆われていれば分からない様々な事柄を把握するための重要な感覚器官なのだ。

 

 その弱点と成り得る器官を護る為に、鉱物を混ぜた伝達性の高い結晶で覆っている。その晶石が壊れればその衝撃で神経が直に外気に晒されて一時的に意識を失う。

 更に新たに晶石を作り出す動作を優先する為、その間、完全に動きを止める事が出来る。

 

「シガ君は引き続き拘束しておいてくれ。ライト君もその補助を頼む」

 

 アキはヒ・ロガの側面に回り込むと、『アルバブラスター』を構え、精度の高い射撃で晶石を狙い撃つ。

 ロッティもアキとは対面側に回り、射線に入らないように角度を取って撃って行く。

 一度動きを止めてしまえば、後は今回持ってきているキットで、ダーカー因子を取り除く事が出来る。侵食核が出る程に因子が根付いてしまえば手遅れだが、今ならまだ有効だ。

 

「っと――」

 

 晶石に攻撃を喰らい続けて、ヒ・ロガは抜け出そうと力を入れる。ミシミシと“糸”の繋がっている箇所は音を立てて気軋むが、ライトの『ゾンデ』を受けて上手く力が入れられずにいた。

 (かた)(はま)った。これを抜け出す事は不可能だ。

 その場に居る誰もが、アキさえもこのまま弊害なく目的に達せると確信した。だからこそ、次の可能性を見落としてしまった。

 

 一瞬、“糸”が緩んだ。シガがそう感じた時には、既にソレを阻止する手は間に合わない。

 

「マジか!?」

 

 ヒ・ロガはその場で、地の岩盤を水面から水中へ潜水する様に潜って行ったのだ。その動作は緩慢だが、アキはソレを見落としていた事に自らの汚点として深く刻む。

 

「全員! レーダーを警戒! ヴォルドラゴンの動きを――」

 

 アキの声と共に、四人の目の前に出現したモニターにはヴォルドラゴンの位置が記されていた。何をするのかは全く読めない。

 だが、どこから出て来るかは瞬時に分かった。

 

「――――先生!!」

 

 地面が煮立つように、アキの足元が音を立てる。ヴォルドラゴンはシガよりも手数を稼いでいた彼女に標的を変えていたのだ。

 

「しまっ――」

 

 死が吹き出て来る。地中で鉱石の鎧をまとい、質量を増したヴォルドラゴンの突出は地中が爆発で吹き飛んだと言っても過言ではない威力をアキに与えていた。

 

 

 

 

 

 死を覚悟した。真下にヴォルドラゴンの反応を足の裏から直に感じたアキは次の動作に移る事も出来なかった。

 しかし、その死が訪れる刹那に身体が引っ張られギリギリで、死の枠から抜け出す。身体に巻きつく様に伸びる“糸”。シガが彼女を引っ張ったのである。

 

「――――すまない、シガ君」

 

 シガはフォトンの流れがアキの足元に強く集まった事で、そこから出て来ると判断し、数瞬だけ先んじて動く事が出来た。

 

「気にしないでくださいよ。役得なので」

 

 引っ張り、抱き止めるようにアキを支える。そして、ヒ・ロガがこちらを狙って突進してくる初動を視たシガは、左腕を前に突出し、掌を開くと“糸”で再び拘束する。だが――

 

「あれ?」

 

 形成された“糸”はその身体を抑えきれずに千切れて散る。質量が増えた事で重量も増し、先ほどまでの“糸”では強度が足りないのだ。

 今度はアキが動くと、シガを抱えて横に飛び退き突進を躱した。

 

「あの鎧は多くの鉱石を含んでいる。重量も本来のものより二倍近くになっているハズだ」

 

 姿形が変わって見える程の質量を纏ったヒ・ロガの鎧は、先ほどとは別物の性能を携えている。

 立ち上がったアキに手を引かれてシガも立ち上がる。その時、閃光が光った。

 

 ライトが『ゾンデ』を放ったのだ。しかし、雷は鎧の表層を滑る様に流れ落ちて、ダメージは殆ど受けていない。

 

「ライト君! もうゾンデは効かないぞ!」

 

 車と同じだ。鎧が放電(アース)の役目を果たし、電撃は内部まで届いていなかった。

 

 シガは戦闘力の見直しを測った。

 攻撃力はさることながら、その防御力に磨きがかかった。拘束はおろか、こちらの攻撃が殆ど受け付けなくなっている。

 

「だが、弱点は存在する」

 

 絶対に鎧に覆う事が出来ない感覚器官――尻尾の晶石。それが今となっては唯一の弱点(ウィークポイント)だ。

 

「あの晶石ですか」

「そうだ。あれを破壊すれば動きは止められる」

 

 だが例え動きを止めたとしても、あの分厚い鎧越しに、キットは使えるか? それだけが問題点だ。

 突進から停止したヒ・ロガへシガは向かっていく。効かずとも攻撃を与えて、こちらに注意を引きつけなければならない。

 

 自分の役割をこなす。それぞれがそのように動けば必ず勝利に繋がるハズだ!

 

 

 

 

 

 翼を広がった。ヒ・ロガは大きく鎧に覆われた翼を広げると、大きく上下させる。その風圧にシガはそれ以上近づけず、咄嗟に“糸”を出すが拘束が間に合わない。

 アキ達も飛行を阻止しようと攻撃を行うが、鎧に全て阻まれて高々と頭上に舞い上がる事を許してしまった。

 その動作は何気ない飛行。だが、シガは飛び上がったヒ・ロガに対して、凄まじい悪寒を感じ取っていた。

 

 次の瞬間、シガの身体は燃え上がる。いや、燃えると言う現象を更に通り越し、身体の端から侵食する様に火の粉になって骨も残さずに灰塵と消えて行く。残った右眼が周囲を見ると、皆も同じように灰塵となって空間へ消えていた。

 

「うお!?」

 

 まるで夢を見ていたように、意識が切り替わると自分の身体を見る。何ともない……。メンバーの様子も確認する、皆は飛び上がったヒ・ロガを注視していた。

 

 それは、シガの本能だけが視た、必然に近い“(みらい)”。飛び上がったヴォルドラゴンは何かする。それも、有無を言わさずに皆が死に絶える程の攻撃を――

 

「何をするか分からない。皆、ヴォルドラゴンから少し距離を取ろう。幸い、高速で飛行する様子はなさそうだ」

 

 アキも初めて見るヴォルドラゴンの行動に、次の手を決めあぐねていた。あの巨体で落下してくる? それとも上から火球を吐いて来る? どちらにせよ、距離を取っておけば何をするにしても遅れる事は――

 

「いや、アキさ――」

 

 すると、上空が少しだけ明るくなった。それは、滞空しているヴォルドラゴンが自らの鎧を一点の熱エネルギーに集めており、それが淡い光を発して――

 

「全員! 走れ!!」

 

 そこでシガ以外の三人もようやく察した。あの攻撃はマズイ、と――

 

 それは人が持つ必然とした防衛本能だった。彼らは襲い掛かる脅威に対して、最善に護る手段を取った。

 

 

 炎が落ちる。

 全てを灰塵と成す、死の炎がフィールドを埋め尽く――――

 




 今回の描写を考える上でヴォルドラゴンと再度戦いました。物語上はかなり上位の敵のようですが、慣れたアークスの前ではただの作業と化してしまいます。
 バータが有効ですが、今回のパーティーにバータ使いは居ないので、生物としてゾンデも有効だと科学的に見て見ました。

最近執筆中に聞いてる曲→https://www.youtube.com/watch?v=OlUV1M_yVI8

次話タイトル『Break through 突破者』


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86.Break through 突破者

 アキは視界が熱で埋め尽くされた所で、リモコンで電源を切ったテレビのように気を失っていしまった。

 

「くっ……皆……無事――」

 

 そして、再び熱と地面が焦げるような臭いが鼻を突き、意識の覚醒に至る。

 一体、どれくらい意識が無くなっていた……?

 頭を押さえながらいの一番に状況を把握する。まだ生きている所を見るとヒ・ロガの攻撃を受けた所で意識が途絶えていた様だ。意外にもダメージが少な――――

 

「! ライト君!」

 

 身体を起き上がらせようとすると、自分を庇う様に覆いかぶさったライトがダメージを受けていた。

 

「先生……無事……ですか……」

 

 アキの無事を確認したライトは、安堵の笑みを浮かべて気を失う。背は服ごと焼かれ、最低限のフォトンを残して酷い怪我を負っていた。

 

「今、治療を――」

 

 地面が揺れる。ヒ・ロガが降りて来たのだ。地中に潜っときに身に着けた鎧は無くなり、最初に相対した姿であった。

 

 距離が近い……

 

 近くに放ってしまっていた『アルバブラスター』を取り構えるが、銃身が熱で溶けて機能を失っている。

 

「残るのは――」

 

 『ガンスラッシュ』だけ。その時、近くの瓦礫が音を立てて崩れた。そこには、(すす)に咳き込むロッティの姿を確認できる。彼女はヒ・ロガの攻撃をヒ・エンに助けられたのだ。

 

「あ、ありがとうございます!」

〔気にするな〕〔あの攻撃は〕〔人の身では二度焼かれても耐えられない〕

 

 本来なら、こんな瓦礫では防ぎきれる威力では無い。地面に着弾せず、宙で炸裂したからこそまだ、我々は原形を保てているのだ。

 

〔何が〕〔ロガ様の攻撃を抑えたのだ?〕

「アキさん!」

「! ダメだ! ロッティ君! 君は逃げろ!!」

 

 ロッティは、倒れているライトを庇う様に『ガンスラッシュ』をヒ・ロガへ構えるアキへ声を上げる。

 

 作戦は失敗。私の意志に巻き込んだのだ。私が責任を取らなければ――

 

 そこで、アキはある事にきがつく。

 

「――――なに?」

 

 ヒ・ロガが見ているのはアキでもロッティ達でもなかった。

 

「糸が――」

〔オァァァァ!!〕

 

 火柱が上がる。ソレを躱してすれ違い様に角を切りつけるシガに、ヒ・ロガは狙いを定めているのだ。

 

「――――アキさん。まだ、終わってません」

 

 シガは“糸”を使って、ヒ・ロガの攻撃を周囲に拡散して威力を減らしていた。蜘蛛の巣のように周囲の壁から伸ばし、あの攻撃を、糸を伝わせて壁に流したのである。

 

 だが、まともに防御しなかったシガのダメージは相当なものとなっている。

 装備の一部が溶解し、戦闘サポートユニットは機能しておらず、『青のカタナ』の刃を維持するフォトンは明滅している。残っているのは左腕のフォトン変換機能のみだった。

 

 感覚を研ぎ澄ませ。僅かな可能性も見逃すな――

 

 この相対は、数瞬の誤りが死に直結する対戦。それをシガはたった一人で引きつける。その際にも本能は悟っている。

 

 目を閉じたくなるほどに焼けるような死。甲羅の中に籠りたくなるような本能を凌駕しろ――

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「防衛本能を“打破”する?」

 

 坑道を更に先に進むアザナミ達。彼女はフーリエと並んで歩く六道の背に聞き返した。

 

「うむ。打破するべき防衛本能があるのだ。例えば――」

 

 と、六道は空間を叩く。するとその際に乱れたフォトンの軌跡が必然とアザナミの視界を塞いだ。

 

「!?」

「咄嗟に“(まぶた)を閉じる”と言う行為。見たくない脅威をシャットアウトし、異物から眼球を護る為の、反射的な防衛本能だが――」

 

 塞がれた視界に対して、アザナミは視線を集中して隙間となる箇所を見出す。そして『カタナ』に手をかけ、いつでも攻撃できるように構えた。

 

「その行為が、“危険な状況”“敵の姿”“窮地を打破する情報”その全てを見逃してしまう」

 

 フォトンの目くらましがゆっくり晴れて行くと六道は腕を組んでアザナミを称賛する。彼女の本能に身を任せない意志に満足げにニッと笑う。

 

「それは命を片手に立ち回りを要求される状況に、おいて致命的となってしまう」

 

 アザナミは自らの警戒状態を解いた。そして、嘆息を吐きながら六道を見る。

 

「だからこそ“見る”のだ。身に沁みついた本能を打破し、勝利への、生き残るための“兆し”を――」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ヒ・ロガが頭を振り上げる。閉じた口の間から、口内に蓄えた炎が漏れ出しており、大きくシガに向かって()()()()()()()

 

「!!?」

 

 硬い岩盤のような地面を抉りながら迫る炎。しかし、速度はそれほど速くない。

 二度、ステップを踏み横へ躱す。シガの身体には常に“死の恐怖”がまとわりつき、少しでも心が“死”に怯えれば、身体の自由を奪われる。

 ただ集中する。超えろ。昨日のオレを。さっきまでのオレを。一秒前のオレを――

 

「『シュンカシュンラン』!!」

 

 横に躱した瞬間に逆に攻め行く。フォトンの流れを自発的に生み出し、『青のカタナ』を立てて高速で刺突する――

 

〔!?〕〔グガァァァァ!!〕

 

 『シュンカシュンラン』は、ヒ・ロガの頭部の角を傷つけ、大きく仰け反らせる。シガは踵を返すと追撃の二撃目を振い――

 

「――――」

 

 身体焼ける死の未来(ヴィジョン)が視えた。そこから踏み込む事が危険であると足を止める。

 すると、横から勢いがつけられた尻尾が襲い掛かってくる。もし、あのまま踏み込んでいれば、躱す事も出来ずに受けてしまっていただろう。

 

「『サクラエンド』ォ!!」

 

 一瞬で切り替え、抜刀から生み出された高速の斬撃を見舞う。向かって来る尻尾の先端――晶石に斬撃を刻む。

 

 固い……

 

 だが、刃の感触はいいものでは無かった。まるで岩でも切りつけた様な感触が柄を伝って返って来る。戦闘サポートユニットの補佐なしに、『青のカタナ』の刀身を維持するのは困難を極める。

 

「まだ、足りないか!」

 

 もっと、フォトンを収束させなければ。まだ……まだまだ足りない。

 集束は自分の手で最高峰のモノに()()()()()()()()()。ヒ・ロガは警戒する様に距離を取ったシガに対して間を置いている。大したダメージを負っていない。それどころか、まだまだ余力があるように見えた。

 

 フォトンアームが鳴動を始め、その出力を上げて行く。

 

「先輩!」

 

 そこへロッティが共に戦う意志を持ち、声を上げた。その手には『ガンスラッシュ』を持っている。

 

〔ロガ様は〕〔まだ本気じゃない〕〔ここからが正念場だ〕〔アークス〕

 

 ヒ・エンも自らの戦杖を持ち参戦してくれるようだった。

 

「状況的にも、消費的にも次に誰かが倒れれば勝ち目どころか生存も難しいだろう」

 

 アキは残った最後の武器――『ガンスラッシュ』を携えシガに並ぶ。

 

「ライト君は?」

「安全な所で休ませてある。だが、早く治療を受けさせた方が良い」

 

 時間もそう永くは使えない。皆ボロボロで状況はかなり厳しいだろう。

 

「諦めるつもりはないんですよね?」

「当然だよ。私は“龍族”に関する事で、二度と諦めるつもりはない」

 

 既に手札は使い切った。後は、結果を見るだけだ。

 

「行くぞ皆!」

 

 アキの声は、人の声。そして、この場で最も強く輝く“人の意志”。

 

 これが最後の戦い――

 ここに有る意志のどれが残るのか。

 “人”か“龍”か“ダーカー”か。ソレを知る事が出来るのは最後に立っている者だけだ。

 

 それが“結果”と言うものだろう。私が……私の研究で最も求めていたモノだ――

 

 

 そして、それは意図せずとも“彼”が求めている可能性でもある。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「どうも」

「……どうした?」

 

 オーラルは、一度資料を片付けに自室に帰った時、偶然クーナと遭遇した。彼女はどこか、不機嫌なオーラを漂わせており、オーラルは心当たりを探す。

 

「なんの通達も無しに消えたので、てっきり死んだものかと」

 

 そう言えば、自分がどこに居るかは六道以外には伝えていなかった。リリーパでハドレッドと交戦以降、中破状態で姿を暗ませた事も死んだと連想させる要因となってしまったらしい。

 

「事情が事情でな。色々と世話をかけた」

「別に気にしてはいません。ただ、貴方が死んでしまったら、ハドレッドの行方を知るのが困難になってしまいます」

「そうだな。次はお前も連れて行こう」

「え?」

 

 予想外の答えにクーナは思わず驚く。今回のようにオーラルが姿を暗ます時は少なからず、特殊部隊(ブラックペーパー)がらみで、必要以上に情報を貰う事が出来なかったからだ。

 

「……いいのですか? ソレは機密なのでしょう?」

「お前は口が堅いから別に気にしてはいない。それに遅すぎたくらいだ」

 

 少なくとも、クーナも一員の様なものだ。『ブラックペーパー』は完全な独立部隊。部隊目的は創設時より変わることはないが、それに至る方向性を変える事くらいなら問題ない。

 

「少し上がって行くか? 一時間ほどしたら【マザーシップ】に戻るが」

「……では、少しだけ」

 

 クーナは口に出しつつも彼の部屋には興味がある。未だ全容の明らかにならないオーラルについて何か知る事が出来るかもしれないからだ。

 

 音を立てて開いたオーラルの自室は、一般的な部屋というよりもかけ離れたものだった。

 一度に複数の画面を展開できる端末が部屋の真ん中で常に機能し、バーチャルの画面を部屋中に展開している。

 

「ここはモニター室だ。データ保管している資料を(オレ)の意志一つで展開できるようにしてある」

 

 オーラルが確認したいと判断した事柄を読み取って、記録されているデータから瞬時に表示してくれるのだ。

 

「凄いですね」

「ちょっとした技術の応用だ。特別な事をしているわけではない」

 

 ルーサーは端末など使わずとも、『オラクル』全ての情報を把握できている。それを普通の研究者でも出来るように応用しただけだ。

 

 その時、ポン、と音を立てて赤い枠に囲われた情報が強制的に開示された。必然とクーナはその情報へ目を向ける。

 

「これは……」

「なに?」

 

 どうやらオーラルにも予期しない情報だったらしい。別の資料を確認していた彼は、その作業を中断し不意に開示された情報へ近寄った。

 

 それは、“ある波長(バイタル)”を表示している。そして、別の波長が並列して表示され、二つの波長はほぼ同じ波を表していた。

 

「――――まさか」

「何か重要な試験でもしていたのですか?」

 

 この波長は……ウタの――

 

「…………」

 

 それほどに捨てられない意志があるのか? シガをのっとってまで――

 

 

 

 

 

「あっ」

 

 マトイは給湯室で、食器を片付けていると持っていたカップに音を立ててヒビが入った事に驚いて落してしまった。

 

「マトイさん!? 大丈夫ですか?!」

 

 近くで同じように作業していたフィリアが慌てて近寄ってくる。

 

「大丈夫だよ」

 

 咄嗟に手を引っ込めたため、割れた破片で怪我はしなかった。その様子にフィリアは安堵すると、割れたカップを片付け始める。

 

「あら。これは」

 

 割れたカップの破片から、シガが入院していた時に使っていたモノだった。オーラルからの仕送り品で、全てマイルームに移動させたつもりだったが、これだけは見落としていたらしい。

 

「シガさんが入院した時に使っていたカップです。忘れてたのかなぁ」

「…………」

 

 マトイは、よぎった不安な未来を、頭を振って振り払った。

 大丈夫。いつものように彼は帰ってくる。彼は強いから――




 次でヒ・ロガ戦、最終決着です。の予定です。
 シガについては少しずつ成長させていく予定で考えています。本来のフォトンアームの攻撃能力は三つ。爪と撃と、あと一つありますが、糸ではありません。

次話タイトル『Distance the neighbor 言葉の届く距離』


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87.Distance the neighbor 言葉の届く距離

 圧倒的に不利な状況であったが、シガの作った流れは未だに生きていた。

 シガの猛攻が止んだにもかかわらず、ヒ・ロガは警戒して行動を躊躇っている。まるで、目の前に立つ者達の動向を逃さぬように後手に回っているのだ。

 

「散開!」

 

 アキの声にシガを残し、他のメンバーは二手に分かれる。

 

〔グォォォ――〕

「―――――」

 

 他のメンバーを追おうとしたヒ・ロガへシガは一歩踏み出す。その“一歩”と、目の前のアークスの発する並みならぬ気迫を感じ取り、最も強大な脅威として彼から目を離せずにいた。

 

「怖いのか?」

 

 『青のカタナ』は鞘に収まったまま、シガは街でも歩くかのようにヒ・ロガへ歩み寄る。彼の眼には見えていた。

 まるで悪霊のように憑りつくダーカー因子。ソレはシガに対して大きく敵意を表す様に呑み込もうとヒ・ロガから溢れ出て来る。

 

「……オレの言葉が()()()()()()()()過信しない方が良い。お前らごときじゃ龍族(かれら)を完全には支配できない」

 

 漂う因子が怯む様に、近づいてくるシガから避け始めた。

 

「嘗めるなよ、ダーカー。意志を持つ存在を――容易く支配できると思うな」

 

 その時、角度を取ったアキとロッティの尻尾の晶石へ射撃で、目の前の存在に気を取られ過ぎたと気がつく。

 同時の攻撃。ヒ・ロガは前足を振り上げ火柱を発生させようと叩きつけた。

 

〔ロガ様――〕

 

 火柱は出なかった。まるで、ソレを望まぬ別の意志がまだ残っていると察したヒ・エンは心から感情的に呟いた。

 

「『サクラエンド』」

 

 目の前の戦士(シガ)が鞘に入った武器(カタナ)を行使する。抜き放たれた刀身は澄んだ青色のフォトンを凝縮していた。

 まるで名刀の一振りのように洗練された刃は、ヒ・ロガの角を傷つけ、返しのもう一閃で角を両断する。

 

〔グァァァ!!?〕

 

 角を破壊した衝撃がヒ・ロガの頭部へ痛みの信号を伝える。大きく怯み、その巨体が地に伏す。

 

「止まっ――」

「った!!」

 

 アキとロッティは撃ち尽くした『ガンスラッシュ』のカートリッジを切り替える。弾丸も残り少ない。しかし、晶石も未だに壊れる気配が無い。

 角を破壊されて数秒怯んだ程度では、ダーカー因子を除去するキットを使う間が足りない――

 

「『ゲッカザクロ』」

 

 伏したヒ・ロガの背を駆けあがり、渡って尻尾まで走って来たシガは、そのまま飛び上がって体重を乗せた斬撃を振り下ろす。

 狙いは晶石。だが、寸前で集束が乱れてしまい破壊するには至らず大きく亀裂を入れるにとどまった。

 

「後、行けますか?」

 

 これ以上は一度納刀しなければ。シガは鞘に『青のカタナ』を収めて射撃の邪魔にならないように跳び離れる。

 

「十分だ。ロッティく――」

〔コレデオワリダァァァァ!!〕

 

 その怒りは何の怒りなのか。ただ、言えることは終わりが近いと皆が予感した事だけだった。

 まるで間欠泉のように止まる事無く吹き出してくる火柱は、怒り狂ったヒ・ロガの感情を表している。それは狙ったものでは無かった。フィールドをランダムに吹き出し動ける箇所を埋め尽くしていく。

 

「精度は無い。足元の予兆を見極めて躱すんだ!」

 

 アキの助言は的確だった。シガは動こうとした際に、その先の地面から火柱の予兆を視とり、その場で動きを止める。

 

「視界も塞がれるか……――!?」

 

 火柱の向こう側に影がかかったと感じた時には躱せない距離までヒ・ロガの尻尾による攻撃が迫る。

 

「お前は動けんのかよ!!」

 

 左腕と『青のカタナ』の鞘を盾に、フォトンを纏って出来る限り防御を固める。

 それはロックベアに直接殴られた時の数倍の衝撃だった。腕力で殴る攻撃では無く、ヴォルドラゴンの体重全てを尻尾に乗せた一撃は、本来()()()()()ではないのだ。

 

「ぐぉ……」

 

 一撃で飛びそうになる意識を繋ぎ止めながらも、衝撃は身体の機能を一時的に停止させる程のモノ。一度、二度地面を跳ねながら吹き飛ばされていった。

 

 

 

 

 

「シガ君!」

 

 アキは止む事の無い火柱の中でシガが吹き飛ばされた様を辛うじて捉えていた。そして、シガを始末したヒ・ロガの次の標的はアキである。

 ヒ・ロガはその場から動かず、首だけをアキに向けるとその口内から炎を吐き出した。

 

「くっ!」

 

 火柱の上がる箇所を予測し、両方の攻撃が当らないように移動し回避する。その際に、火柱の隙間から見えた尻尾の晶石に射撃を行う。

 

 シガの一撃が効いている。相当脆くなっているらしく、その射撃が当るとひび割れた晶石は破片となって少しずつ剥離して行く。もう少しだ――

 その時、『ガンスラッシュ』に警告が走った。弾数が10発を切ったのだ。予備弾倉も既に使い果たしている。

 

「迷う事は無い!」

 

 接近する。それしか、もう手は残されていない。

 

〔こじ開けたぞ!〕〔撃て!〕〔アークス!〕

「はい!」

 

 反対側でロッティは、ヒ・エンによって嵐のように地面から噴き出る火柱の一部を抑え込んでもらい、晶石までの射線を確保していた。

 その様を確認したアキは接近を止め、別の角度から火柱に影響されない射線を確保する為に動く。

 ロッティの放つ『ガンスラッシュ』の弾丸は晶石を着実には削っていった。そして亀裂が晶石全体に広がる。

 

「このまま!」

 

 だが、そこで1マガジンが切れる。次が最後の弾倉。ロッティはカートリッジを交換しようとして――

 

〔!?〕

 

 ヒ・エンがヒ・ロガが火柱の向こうから突進して来ている様を感じ取り、ロッティに飛びつくように抱え、彼女と共に回避した。巨体が凄まじい圧力を纏いながら真横を通り過ぎて行く。

 

「すみません……」

〔近づく以上リスクはある〕

 

 何度も助けられ、今回も助けられた事に感謝する。次にロッティは手に持っていたマガジンが無くなっている事に気がついた。

 

「どこに――」

 

 最後のマガジンは突撃してきたヒ・ロガに当って、軽く跳ね上がっていた。そして、落ちてくる。その様を火柱の隙間からアキの瞳は的確に捉えていた。

 

 極限の集中力が、瞳に映す映像をスローで再生する。ガンスラッシュを構える。そして、音が何も聞こえず、ただ自分のやるべき事をもう一度説いていた。

 

 私に、この引き金を引く資格はあるのだろうか? その解は――

 

「アキさん! 撃ってください」

 

 ロッティの声が響く。

 

〔賢しいアークス!〕〔証明してみせろ!〕〔救えると〕

 

 ヒ・ロガの声が聞こえる。

 

“諦めるつもりは無いんでしょ?”

 

 シガの言葉が蘇る。

 

「先生……先生は間違っていません……」

 

 無線からライトの声が聞こえて――

 

 

「私には贅沢すぎる言葉だよ……」

 

 背中を押してくれた仲間たちの意志を宿し、引き金にかける指先に力を入れた。

 

 

 

 

 

 アキの『ガンスラッシュ』から放たれた弾丸はロッティの手放したマガジンと晶石が重なった瞬間にマガジンを撃ち抜いた。

 炸裂する弾丸を直に受けた晶石は、その硬度を凌駕する衝撃に砕け散る。その瞬間、ヒ・ロガは一度咆哮を上げると重々しく倒れ込んだ。

 荒れ狂っていた火柱が止む。

 

 

 

 

 

 自らの意志を証明する際に立ち塞がる『障害』。

 ソレは“命を溶かす猛毒”か。それとも、更なる強さを得るための“撃ち破るべき壁”となるか。

 

 

“アキは走った。その足に迷いはない。救う(その)為にこの瞬間を幾度と目指したのだ。”

 

 

 その()()()()になるかは、窮地に追い込まれた人間の資質よって異なるだろう。

 

 

“彼女はダーカー因子除去キットを取出し、動きを止めたヒ・ロガへ――”

 

 

 彼女自身の研究意欲は多くの犠牲を伴ってきた。彼女の研究が『オラクル』の深部に知れずと大きな影響を与え、それによって産まれるべきでなかった“モノ”も多く産まれた。

 

 

“その瞬間だった。ヒ・ロガの頭部から禍々しくダーカー因子が収束すると、内部から突き破る様に巨大な腫瘍が突出する”

 

 

 罪。その言葉で彼女は己が過ちを締めくくっているが、それでもその身に降りかかる『障害』は止まらずに襲い掛かり続ける。

 

 

“「――――」”

“目を見開いて目の前の現実に足が止まった。その『侵食核』は、今まで彼女が貫いてきた意志を簡単に打ち砕いた瞬間だった。”

 

 

 意志を曲げることなく貫き続けると、立ち塞がる『障害』は次第に強大になって行く。少しずつ己が限界に近づき、『障害』は己の理では()()()()()()なる。

 

 

“全部無駄だった……私のやってきた事……やろうとした事全てが――”

“この(アムドゥスキア)に居る事を否定された。残ったのは覆る事の無い結果だけ――”

“私は何の為に……今まで――”

 

 

 本当に決して越えられない壁だと認識した瞬間、人は諦めて膝を折る。そして、全てを停止する。身体も、心も、今まで貫いてきた意志も全て捨て――

 

 

 

“そのアキの横を影が走った。足を止めた彼女とは対照的に、ただ()()()()()()()()()()彼は、彼女の代わりに走ったのである。”

“貴女は何も間違っていない。彼は躊躇いなく、”

“「時間を稼ぎます。(ヒ・ロガ)を救ってください」”

“そう言った。”

 

 圧倒的な壁の前は“抗う術”はないのだ。

 ()()()()()()()()()()以外には――

 

「フォトンアーム、出力解放100%――――」

 

 理不尽を打ち砕く。その意志があると――

 シガは迷わず、『侵食核』へ左腕を突き出した。その結末に何が待っているかも知らずに……

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「“シガ”では限界だな。意図しない結末だとは思うけど、お前は気にしないよな? シオン」

「…………」

 仮面をつけた白髪の男は、白衣を着た彼女の背に向かってそう告げると消えて行った。

「……私は()……間違えたのだろうか……」

 




 バキッ!!(  ̄ー ̄)=○() ̄O ̄)アウッ!
  ↑一週間前の私    ↑今の私

 はい、次回の予告通りに終わらなかったです。ヒ・ロガ戦。じっくり書くとここまで長引くとは私も予想外でした。
 しかし、それでもボス戦なのであっさり倒すのはなんか違う、と私に言い続けて、なるべく手を抜かずに描写しています。
 それでいてあっさりした感じで終わらせる。小説って難しいです。
 言い訳として、章タイトルの回収もしたかったですし(震え声

次話タイトル『Disease of a dragon 潜む病毒への標』


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88.Disease of a dragon 潜む病毒への標

 アキさんの気持ちは理解している。オレも同じ気持ちだからだ。

 救えると思っていて、救えなかった時の事を思うと、いてもたってもいられない。少しでも救える可能性があるなら試すべきだ。

 

 だからオレは迷わず走ったのだ。

 

 やり方は同じ。道中で襲撃を受けた隻眼の龍族にしたように、侵食核とヒ・ロガの身体を分断する。それは、この場でオレしか出来ない。

 ダーカー因子の集束体とも言える、“侵食核”を外す事が出来れば何とかできるハズだ。

 

「フォトンアーム、出力100%――」

 

 最初から限界まで行く。

 シガはヒ・ロガの身体を渡って正面に着地すると、その侵食核を左腕(フォトンアーム)で掴んだ。

 次にその視界を支配したのは暗闇。テレビの電源を落した様に、一瞬で何も見えなくなる。

 

 

 

 

 

 侵食核はヒ・ロガの脳に繋がってしまった。

 その所為なのだろうか、少しでもその侵食を抑える為にシガは行動を起こしたのだが、逆にヒ・ロガの内部へ意識が入り込んでしまったらしい。

 

「これは……」

 

 意識がとんだわけではない。入り込んだヒ・ロガの精神は隻眼の龍族の時とは比べ物にならない程の先が見えない不気味な闇だったのだ。

 

 なんだ……これが全部ダーカー因子なのか?

 

 本来なら侵食したダーカー因子は外部からの攻撃で少しずつ対のフォトンで浄化していくモノである。これほど、深部まで侵されていたとは……

 

「ん?」

 

 辺りを見回していると、ぽつりと浮かぶ光が目に入る。それは小さな炎。ひとだまのような小さな炎が浮いていた。

 

〔何奴……〕

 

 その時、宙に浮く“炎”に話しかけられた。若干驚きつつも、ふとシガは思いついた事を“炎”に尋ねる。

 

「えっと、ロガさん?」

 

 一緒に戦った龍族が言っていたヴォルドラゴンの名前を口にする。

 

〔いかにも……〕〔と言いたいが〕〔この無様な様ではそう名乗るのも屈辱よ〕

 

 どうやらご本人であるらしい。なんともコンパクトになってしまったものだ。

 

「いえいえ。かなり強かったですよ? 何度も死を覚悟しましたから」

〔あのような戦は(たわむ)れも良い所だ〕〔このヒ・ロガ〕〔あの程度は半分程度しか力は出ておらぬ〕

「マジですか」

〔気に入らぬ事に〕〔今は別の意識に我が肉体が支配されてしまっている〕〔この意識も辛うじて残留しているに過ぎぬのだ〕

 

 やはり、彼の異常な凶暴性はダーカー因子で確定らしい。道中で出会った隻眼の龍族も侵食されていた所を見ると、あちらこちらで狂った龍族が発生している可能性が高いだろう。

 

〔エンも奮起していてくれるが〕〔我の事は諦めよと伝えてほしい〕

「いやいや、諦めるのは早いって。少なくとも、諦めている人は誰も居ない」

 

 ヒ・ロガは、己の意志が離れた肉体に既に見切りをつけている様だった。

 すると、その奥でざわざわと動く何かに気がつく。

 

「?」

〔最後の“我”に気づいたようだ〕〔奴らにとって我は邪魔な意志にすぎん〕〔アークスよ還るが良い〕〔そして〕〔我の肉体をカッシーナの元へ〕

 

 既に消えゆくだけだとヒ・ロガは告げる。シガとしてはそんなつもりは微塵もない。それどころか、まだヒ・ロガの意識が深層に残っていた事に希望さえも感じたのだ。

 

「いや……あんたは消させないよ」

 

 ヒ・ロガを救う。それが今回の任務の集大成だ。その為にも皆、命を賭けて戦ってきた。

 視界の端に赤い光が点々と不気味な光が灯る。シガは、ソレが何なのか瞬時に理解できた。

 

 それはヒ・ロガを侵食するダーカー因子が形となって現れたダカンの群。

 星の数ほど点々と赤く灯った光は、全てダカンのコアの光だ。それがシガに向かって押し寄せて来る。

 

「アキさん。急いでくださいよー」

 

 武器は左腕しかない。シガは額に嫌な汗を流しながら僅かに残っている“(ヒ・ロガ)”を護る為に左腕(フォトンアーム)を戦闘形態に展開した。

 

 

 

 

 

「先輩……」

 

 ロッティは侵食核を左腕で掴んだまま動かなくなったシガへ心配する様に歩み寄る。

 

「ロッティ君。近づかない方が良い」

 

 アキはシガの状態から彼が、隻眼の龍族と同じような事をしていると察していた。しかし……今回は分が悪すぎる。

 ヒ・ロガの巨体に蓄積されたダーカー因子は比べ物にならない程の量と濃度なのだ。下手をすれば――

 

 その時、侵食核に触れているフォトンアームが少しずつ錆色に侵され始めた。ダーカー因子の侵食がシガのフォトンを上回っているのだ。

 

「あ、アキさん!」

 

 ソレは少しずつシガを取り込む様に侵食核からも煙のように溢れ出る。それは巨大な手のように、シガを握りつぶす為に――

 

「少し下がろう」

 

 形が無ければフォトンの浄化も出来ない。アークスとはダーカーを浄化する存在では無かったのか? それが……今は見ている事しか本当に出来ないのか?

 

「…………ロッティ君。シガ君を援護する。君の力も貸してくれないか?」

「! はい!」

 

 一人では無理でも三人なら出来るハズだ。アキは因子浄化キットを取り出すとその場で広げる。

 必要な物は揃っている。そして、ソレをこの場で有効にするための知識も、私は持っている。

 幾度と、シガ君が見せてくれたフォトンの軌跡。それはオーラルの情報と独自の認識で理解している。知識をフル稼働させ、この場で有効な手段を造り出せるハズだ。

 

 キットを分解する。そして新たに組み替えるには、余っている武器(ガンスラッシュ)を使う。公認の武器を独自に解体するのは違法行為だ。しかし、今はそんな事を構ってはいられない。

 ガンスラッシュにあるフォトン伝達機構をキットの因子浄化設定と同調させる。その際に、自分に寄ったフォトンではダーカー因子に正面からぶつかってしまう。

 それは、巨大な津波に正面から立ち向かうようなモノだ。だから、シガ君の“無色の特性”を一時的に体現させる。そうする事で、正面から津波に立ち向かうのではなく、水中を移動し、津波の向こう側に出れるハズ。

 その為のデータも、オーラルから見せてもらったフォトンアームの情報から再現は可能だ。

 

「ロッティ君、これを」

 

 出来上がったのは一つの『フォトン変換装置』。即席の装置で、耐久度も持続時間も不安が残るが少なくとも、今この場では有効な装置としては完成している。

 

「これは」

「私たちのフォトンを内部に通し、内側から彼のダーカー因子を浄化する。その為の装置だ」

 

 侵食核は突出したばかりだ。だから完全に動いているわけだは無い。まだ、ヴォルドラゴンの体内に蓄積されているダーカー因子の“標”が存在しているハズだ。

 

「“病毒の標”を捉え、そこで私たちの本来のフォトン特性を解放し、内側から浄化する」

 

 そうすれば、ヴォルドラゴンの命を脅かすことなく侵食核を滅ぼす事ができる。

 しかし、問題はタイミングだ。無色のフォトンは他のフォトンに侵食されやすい傾向にある。外部からの浄化フォトンに対する抵抗をすり抜ける事は出来るが、その先にある“病毒の標”を捉えて、そこで解放しなければならない。

 

 時間をかけ過ぎれば自分たちがダーカー因子に侵されて死に至るだろう。

 

「この作戦は生存率が絶望的だ。それでも……」

「行きましょう! シガ先輩はもう戦っているですよね? なら、私たちが助けないと!」

 

 迷っている時間さえも惜しい。ロッティは今やるべき事を自然と口にしていた。そして、その眼も一切の迷いを見せていない。

 

「ああ。行こう――」

 

 アキは『フォトン変換装置(ビーコン)』を起動すると、ヒ・ロガの侵食核に装着。そして、フォトンを侵食核へ流し込む様に意識を集中した。

 

 

 

 

 

 数が多い……!!

 ヒ・ロガの精神の中でシガは戦い続けていた。

 向かって来るダカンの群。シガはフォトンアームで殴りつけるしか攻撃方法が無かった。ダカンの方もさほど強度は無い様子で、一度殴りつけるとそのまま塵となって消えて行く。

 

 しかし、問題は圧倒的な数だった。倒しても倒しても湧き出てくる。いつもはカタナの一太刀で倒す。だが、今の武器は左腕(フォトンアーム)だけだ。

 

「それでも狙いはオレじゃないのね」

 

 シガはダカンの脚を掴むと、(ヒ・ロガ)に向かっているダカンに投げつける。

 

〔なにをする?〕

「諦めるなって」

 

 (ヒ・ロガ)は逃げる気配も抵抗する様子も無かった。ただ、目の前の滅び(ダカン)からは逃げられないと勝手に悟り、死ぬ事を選んだのだ。

 

〔無駄な足掻きだ〕〔我はそう思っている〕

「オレはそう思った事は一度もない」

 

 そんな気持ちも知らないし、同じような事を思い返す事も無い。記憶を失う前のオレも相当、怖いもの知らずだったらしい。

 

「お? いいぜ」

 

 淡く、フォトンの光りを纏い始めたシガへダカンの群はそちらの排除を優先し向かって来る。

 

「上等!」

 

 ただ、シガは不敵に笑った。

 “糸”を展開。今までの澄んだフォトンの糸ではなく、錆色のダーカー因子を体現したような糸が出現する。そして、

 

「使わない方が良さそうだな……」

 

 僅かに侵食し始めた左腕から、使えばこちらの方が不利になると察する。

 向かって来る先頭の一匹を殴り倒す。次のダカンに組みつかれるが、引きはがし、その後ろにいるダカンに投げつける。

 雪崩。抗う事の出来ない災害のように圧倒的な滅びが――

 

「く……」

 

 向かって来る。一つを散らしても、次々にシガへ突撃し、まとわりつき、その意志を呑み込んでいく――

 侵食されていく――

 

「フォトンアーム……制限解除(オーバーフロー)――」

 

 発動しない。既にフォトンを全て使い切ったのだ。辺りにあるのはダーカー因子だけ。もう、後は――

 

 帰る……帰るんだ。オレはこんなところで――

 

「マ……トイ」

 

 黒く、全てが塗りつぶされていく。思い出も、意識も、全てが――“深淵”の意志に――

 

「最後に彼女の名前が出て来るなら上等だ」

 

 次の瞬間、()()()()()()()

 

 

 

 

 

 光の無い夜空に、一点だけ強く輝く星が現れた様に、シガにまとわりついたダカンが一瞬でフォトンへ反転したのである。

 

「カハッ! ゲホッ……」

 

 息を吹き返した様にシガは呼吸を整えながら膝を着く。

 

「お前じゃ無理だ。お前じゃ彼女は守れない」

「お前は――」

 

 顔を上げたシガの目の前に映ったのは、白髪の男。その顔につけている仮面は、表情を隠しているが、奥にある青い瞳だけがシガに向けられていた。

 

()()()()()()()




 後二話ほどで終わらせる予定。年内までにはEP1-5を終わらせたいです。
 既に88話とは普通に100話超えるなこれ。公式ではEP4も年初めには終わるらしいです。
 こっちは、まぁ、たぶん公式のEP5が終わるくらいにはEP1が終わってます。はい。

次話タイトル『Warrior's Oath 誓い』


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89.Warrior's Oath 誓い

 あけましておめでとうございます。お気に入り100人を突破しました。今年も、この小説をよろしくお願いします。


 アキとロッティは黒い空間に浮いていた。

 地面も空も無く、平衡感覚も失いそうな空間は水中にいるような感覚を得ながら周囲を見回す。

 

「ここは――」

「どうやら、上手く言ったようだ。ここは、ヒ・ロガ君の中だろう」

 

 隣で同じように闇の中に浮遊するアキ。服装の後布が漂って空間の不思議な様子を表していた。

 

「これはダーカー因子だな」

「こ、これ全部ですか!?」

 

 ロッティは慌てて周囲と自分の身体を交互に見る。周囲にはフォトンは全く感じないと言うのに、自分はダーカー因子に侵食されていない。

 

「『フォトン変換装置』で一時的に誤魔化しているからね。しかし、長くは持たないだろう」

「シガ先輩は……」

 

 この場に居ないシガの安否を気に掛けるロッティは、せめて自分たちが居る事を伝えられないか考える。

 

「私達の行動に全て掛かっている。今は“標”を探す事を優先しよう」

「はい」

 

 フワッと既に移動の仕方を確立している様にアキは迷いなく闇の中を移動する。

 

「その、“標”がどこにあるかわかるんですか?」

「侵食核へ、全てのダーカー因子を収拾しようとするのなら、因子の流れに方向性が生まれる。その流れの逆を辿って行けばいい」

「流れの逆?」

 

 すると、突風のような流れが二人身体を通り抜けた。思わず攫われそうになった帽子をロッティは抑える。

 

「この先だ。急ごう」

 

 渦のような流れの中心を見出し、アキはその先へ向かって迷わず進む。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「行くのか?」

 

 研究者としてのIDを返したアキは『虚空機関(ヴォイド)』から去る当日に、オーラルと遭遇していた。

 

「ああ。未練はないよ」

 

 自分の研究は私欲な所もあったけれど、それでも『オラクル』の為になると思ってきたのだ。だが、ソレが利用されていたとわかった以上……『オラクル』で研究を続けることは出来ない。

 

「あの時には既に……私の研究は歪められていたんだな」

 

 アキは、オーラルがウタとクーと呼んだ者達を連れていた時の“ハドレッド”という言葉を忘れていなかった。

 

「…………」

「別に謝罪を求めるつもりはないよ。『造龍計画』は君が主任(チーフ)として行われるのだろう? 他の研究員が陣頭指揮をとるよりも幾許かは救われる」

(オレ)は聖人じゃない。お前の思っている様な研究者でもない」

 

 そう言う彼だがアキは、あの時の事を覚えている。傍らに居たウタという青年とクーという少女。二人がオーラルへ向けていた眼は何の不安の無い信頼したものだったのだ。

 

「そう言う事にしておこう。私は、私にやるべき事をするつもりだ」

「……(オレ)たち研究者は、いつか代償を払わなければならない」

「知っている」

「お前は、十分払った。それ以上に身を削る必要はない」

「……私は研究者としての生き方しかしらない。生憎にな」

 

 研究者は生涯“研究者”なのだ。

 何かを求めて、その過程を立て、そして解き明かしていく。そう言う人生しか自分は歩く事が出来ない。

 それが、探究すると言う事。そして、その道を歩き続ける限り、払うべき代償が必要なのも知っている。

 

「それに、まだ十分に代償を支払ったとは思っていない」

 

 代償を払い続ける。その先にある結末を薄々だが感じている。それでも、私は……研究者としての生涯を歩み続けなければならない。

 この手の平で奪った命の数だけ、歩みを止めるわけにはいかないのだ。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「責務だよ。アークスとして、そして……研究者(わたし)としての――」

 

 アキは、闇の中で渦を巻きながら流れを作っている黒い球体と相対していた。これが、ヒ・ロガを巣食い蝕んでいるダーカー因子の“標”そのものである。

 

「アキさん……あれが――」

「その認識は間違いじゃないよ。“標”だ」

 

 鼓動する様に空間が波打つ。まるで意志を持っているかのような不気味な鳴動は、まぎれもなくこちらに対して敵意を抱いている様を肌で感じた。

 

「怒っている? いや、これは……恐れか」

 

 長年の研究で『オラクル』ではダーカーには個の感情は無いと言われている。

 例外として、司令塔となる知性を持つダーカー――ダークファルスだけが知性と意志を持ちアークスにとって強大な敵として立ちはだかって来た。

 

 キィィィィィアアアアア――

 

「!?」

 

 悲鳴を上げるような音が響き、ロッティは思わず耳を塞いだ。不気味で心から恐怖を揺さぶられる断末魔。それと同時に目の前の黒い球体は揺れるようにヴォルドラゴンの姿へと形を変え始める。

 

「……消え去る。ソレを間近に控え必死になっている……か」

 

 アキは『フォトン変換装置』を停止するスイッチを取り出した。ここに肉体は無いが、神経は繋がっている。ここで行う意志は強く作用し問題なく起動するハズだ。

 

「アキさん!」

 

 形を成したヴォルドラゴンは黒い炎を口内に溜め、大きく動作をすると吐き出してくる。ダーカーの因子そのものを放ち、こちらを取り込もうと言う魂胆なのだろうが、もう遅い。

 

「こう言うのも変な気分だが……礼を言うよダーカー。おかげで新たに()()()()()も出来た」

 

 ずっと、一人で抱えて来た。だが、それではたどり着けない場所もあると知る事が出来た。

 

「意志のあるモノを苦しめたのだ。それ相当の代償を払わなければな。それはダーカーも例外では無いよ」

 

 アキは停止スイッチに力を入れる。暗闇がまばゆい光に包まれた。

 

 

 

 

 

〔……どうなったのだ?〕

 

 侵食核に触れたまま、動きを停止した三人の様子からヒ・エンは落ち着かなかった。

 素人が見ても侵食核という異質なモノは明らかに症状が進んだと考えても間違いではない。

 

「……帰ってきますよ」

 

 ライトは身体を起こして立ち上がる。フォトンもある程度安定して来たので自らに『レスタ』をかけて傷を回復していた。

 その時、侵食核にヒビが入ると勢いよく砕け散る。

 

〔!?〕

「先生!」

 

 吹き飛ばされるように倒れるアキをライトは支えた。ロッティはシガと同じ方向に吹き飛ばされ、彼に覆いかぶさるような形で倒れ込んでいる。

 

「……痛ッ――――」

 

 すぐに意識を取り戻したアキは頭を押さえながらゆっくりと眼を開いた。

 

「……ライト君? もう大丈夫なのかね……痛ッ」

「先生こそ、無茶し過ぎですよ! 緊急時とは言え、ダーカー因子に直接意識を溶かすなんて……下手をすれば先生が侵食されていたのかもしれないんですよ!?」

 

 ライトの言葉通りだった。アキとしても、あの感情的な行動はどう考えても自分らしくない。終始論理的に行動したと思っていたのだが、他から見れば相当無茶をしていたらしい。

 

「そうだね。次からは控えるとしよう」

 

 いつまでも支えられている訳にもいかず、立ち上がるが少しだけふらつく。これは戻ったら検査治療を受けた方が良いな……

 

〔……ぐ〕〔……これ……は……〕

〔!〕〔ロガ様!!〕

 

 その時、目の前のヴォルドラゴンがゆっくりと動き出した。その様子に、ヒ・エンも駆け寄る。

 

〔エン……か?〕

〔――――正気に……〕

「賭けではあったが……上手く行って良かったよ」

 

 ライトから肩を借りていたアキは、もう大丈夫だと彼から離れてヒ・ロガとヒ・エンの目の前に立つ。

 

〔賢しいアークスよ〕〔何をした〕

 

 ヒ・エンのその言葉には警戒心は無くなっていた。

 

「簡単な話さ。内部にいたダーカー因子を私達アークスのフォトンが完全に滅した」

〔……アークスの力か〕

 

 自分達では、なす術も無かった“龍の病”は、今までの龍族には無かった力でなければ対応できないとアキは身を持って伝える事が出来ていた。

 

「だが、安心は出来ないよ。これはただの始まりに過ぎない。これから、君達と同じような龍族はどんどん増えて行くだろう」

 

 まだ何も解決していない。目の前の有事だけを処理するだけでは意味がないのだ。

 

〔……我らに〕〔何を求める?〕

 

 アキの言葉の真意を察したヒ・エンは彼女の要求を問う。

 

「対話を……君達と()()()()()

〔…………改めて名乗ろう〕〔我が名は〕〔ヒのエン〕〔こちらは〕〔我がヒの標――ヒ・ロガ様だ〕

 

 ヒ・エンはヴォルドラゴンが自分たちにとって大切な存在であると告げた。

 

「私の名はアキ。こちらは助手のライト君に……」

「先輩!!? シガ先輩!」

 

 その声にアキ達は、声を上げるロッティに視線を向けた。彼女は涙を流しながら、倒れたまま眼を開かないシガを揺さぶっている。

 

「すまない。少し失礼する」

 

 アキは一言断ると、二人の元へ駆け寄った。

 

「アキさん……シガ先輩が――」

 

 涙目でロッティはアキに縋る様に声を出す。ライトはシガの様子を確認する。アキも用いる救急知識を使って彼の安否を測った。

 

〔そのアークスは……〕

 

 その後ろから、ヒ・エンがシガの様子を尋ねる。

 

「彼が居なければ、ロガ君を含めて誰も助からなかった。ライト君! シガ君の状況は?」

「脈は安定していますし、呼吸をしています。けど、彼も先生と同じようにダーカー因子に意識を溶かしていたとすると、ここでそう判断するのは早計だと思います」

「ライト君。テレパイプは使えるかい?」

 

 ライトは周囲のフォトンの乱れを確認する。荒れ狂っていた場のフォトンは正常値に戻っておりいつでも起動できるようになっていた。

 

「問題ありません」

「キャンプシップに戻り、アークスシップに帰還しよう」

「はい」

 

 ここではまともな治療が出来ない。キャンプシップなら簡単な検査は出来るし、異常が見つかってもアークスシップまで持たせる事が出来る。

 

〔還るのか?〕

 

 慌ただしい様子に、ヒ・エンは彼らの次の行動を察する。

 

「ああ。出来れば次の席を用意してもらいたい」

〔構わない〕〔こちらとしても同胞を失う痛みは知っている〕〔次に訪れた時にどの龍族でもいい〕〔“ヒのロガに話がある”と言えば〕〔数刻後に我が姿を現そう〕

「ありがとう」

 

 ライトとロッティが肩を貸してシガをテレパイプまで運ぶ。アキもその後に続いた。

 

〔シガ……と言う戦士に……彼に伝えてほしい〕

 

 ヒ・エンの言葉にアキは足を止めて振り向く。

 

〔感謝を〕〔ロガ様を救いし力〕〔その恩を決して忘れはしないと〕〔この言葉を戦士として偽りの無いものとして誓おう〕

「伝えておこう」

 

 そう返すアキも、テレパイプのポータルに乗ると光と共に消えて行った。

 

 

 

 

 この戦いでアキは龍族との会話と言う目的を成すことができた。

 しかし、彼女は知らなかった。この戦いで失った者がいたことに。そして、それに気づいているのは彼だけだったことを――




 二話掲載

次話タイトル『And he ... そして彼は…』


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90.And he ... そして彼は…

 彼女を救う為に必要なモノは何だと思う?

 いずれ来る“未来”をお前は見ていたか?

 オレは見ていた。彼女の隣を歩いている人間が誰なのか、オレは10年前に視た。

 だからだ。ダメなんだ。今のお前では彼女を護れない――

 だから……返してもらう――

 

 

 

 

「異常はありません。ダーカーの侵食率も規定以下です。念のため、浄化治療を?」

「ああ。だが、先に彼を優先してほしい」

「わかりました」

 

 アキはアークスシップに帰還し、メディカルセンターで先の任務で負った傷と、侵食されたダーカー因子の治療を受けていた。

 外傷の種類は火傷が大半である。ヒ・ロガの攻撃で、フォトンによる防護が防ぎきれなかった熱による火傷。傷跡も残らずに綺麗に治るので気にする必要はないと、メディカルスタッフは告げて去って行く。

 

「! アキさん!」

 

 すると、診察室から出てきたロッティはフロアで座るアキの姿を見て歩み寄る。

 

「やぁ、ロッティ君。君は大丈夫そうだね」

「はい。特に身体には異常なしです。診察でも因子の浄化を受ければ問題ないって言われましたのでっ!」

 

 と、ロッティは不安そうに、この場に居ない二人の安否を気にする。

 

「二人は大丈夫だよ。意識もはっきりしていたし、キャンプシップでの簡易検査では因子の影響は少ないと診断できたからね」

 

 ライトとシガもアキ達と同じ程度の負傷である。だが、アキとしては一つの懸念が残ったままだった。

 それは、アークスシップへの帰路の時、キャンプシップで眼を覚ましたシガのフォトン特性が変化していた事についてだった。

 

 

 

 

 

「フィリアさん」

 

 マトイは患者服の洗浄と収納を終えて、次の作業を求めてフィリアに声をかけていた。

 

「服の片づけは終わりました」

「ありがとうございます、マトイさん。そうですね、次は――」

 

 フィリアとしてはマトイに手伝わせるわけにはいかない医療関係の作業が山積みとなっており、他の雑用を彼女に任せていた。時には、ロビーにいる老患者たちの話し相手なども任せたりすることもある。

 

「そう言えば、シガさんが治療に寄っています。会いに行ってあげてください」

「え……シガがここに?」

「任務でダーカー因子に強く当ってしまったようで、検査を求めてきました。それと、なんだか様子が変なんです」

「様子が?」

「はい。診断は終わっていると思いますので、声をかけてあげてください。シガさんにとってマトイさんの言葉は“良薬”ですから」

「そう……かな」

 

 と言いつつも、嬉しい事には変わりない。

 マトイはフィリアに一度断わってから、シガを捜してメディカルセンターの見慣れた通路を歩く。

 すれ違う看護スタッフや、医師スタッフに度々挨拶を交わしながらほどなくしてフロアへたどり着いた。

 

「……あれ? どこに居るのかなぁ」

 

 ひと目フロアを見回すがシガの姿を見つけられなかった。次に足を運んだのは診察室が面した通路。ここにはベンチが用意され、次に診察を受ける人が座って待てるようになっている。

 

「居ない……」

 

 ここもハズレ。次はスタッフの人達も使う、自販機の置かれた休憩所へ。しかし、彼の姿を見つける事は出来なかった。

 

「……」

 

 どこに居るんだろう……もう帰ったのかなぁ……

 せっかくフィリアさんから時間を貰ったのに、肝心の彼が居ないのなら意味は無い。マトイはフィリアの元へ戻ろうとして、中庭が面した通路へ何気なく視線を向けると、

 

「あ……」

 

 中庭の植物を目的に散策する入院患者に混じって、シガは用意されたベンチに座っていた。

 

 

 

 

「シガ。元気?」

「ん? マトイ――」

 

 近づくと、シガはすぐに気がついた。いつもの表情で笑みを返してくれるが、その笑顔はいつもと違う気がする。

 

「隣座る? 今なら先着一名様だけ空けてあるよ」

「じゃあ、座ろうかな」

 

 いつもは、マトイが座っている所にシガが並ぶことが多いが今回は逆のパターンだった。

 

「……何かあったの?」

 

 表情からも彼が何か違うと言う雰囲気をマトイは悟っていた。最初は、気のせいかと思ったが、隣に座って確信を得たのである。

 

「……君に会えてオレは本当に良かった」

 

 その言葉を口に出したシガは、何か別の事を考えながら発した様にマトイには聞こえた。初めて見る彼のその様子に、マトイは少しだけ不安になった。

 

「……どうしたの? シガ……」

 

 少しずつ中庭から人が消えて行く。元より、あまり人気の無い場所なので人が絶えることは珍しくない事なのだ。

 

「……ゴメン。話はまた今度にしよう」

 

 そう言ってシガは逃げるように立ちあがった。その服の袖を、マトイは思わず掴んで引き止める。彼女の行動も無意識に近いモノだった。

 

 このままシガを行かせれば、何か取り返しのつかない事になる。そんな危険な様子をその背中から感じ取ったのである。

 

「…………」

「…………シガ。何があったの?」

 

 マトイの問いにシガは何も答えない。まるで思い出す事を拒んでいるようで、それでも手を差し伸べてくれる彼女の手は払えなかった。彼らしさが葛藤しているように。

 

「シガ……」

「オレは……どれだけ自分が恵まれているのかを今日知ったよ」

 

 彼女の手を払う事はせず、シガは言葉を繋ぎながら再び座る。そして、ヒ・ロガの精神の中での事を思い返した。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「返してもらう」

 

 そう言って、白髪に仮面を着けた男は、オレに手をかざす。すると、確かに何かを奪われたような脱力感が全身を襲った。

 

「“無色の性質”。これは、お前にはまだ早すぎた」

 

 何が失われたのか、オレはハッキリ理解した。フォトン流れが消え、錆色に侵食され始めた身体は正常のフォトンを纏う。

 “フォトンを見る眼”と“無色の特性”を失っていた。

 

「何を――」

「なんてことは無い。ただ、戻っただけだ。お前にはコレは使いこなせない」

 

 自らを侵食しようとしていたダーカー因子。それが、一部フォトンへと変わっている。白髪の男はまるで形作る様に、その少ないフォトンを手に収束させ、一本のカタナを創り出していた。

 

「次に、この力を使えるようになった時の為に覚えておくといい。強すぎる力は、いずれ己を滅ぼす。自分が何でもできると錯覚してしまうんだ」

 

 白髪の男は向かって来るダカンの群を、まるでハエでも払うかのように次々に切り裂いて撃破して行く。しかし、それでも分が悪い事には変わりない。

 この場で消費されるフォトンは有限なのだ。ほぼ無尽蔵に供給されるダーカー因子には焼け石に水だった。

 

「シガ、力に呑まれるな。一人で何でもできると思うな。人は、一人じゃ何もできない。出来ると思っていても()()()()()()

 

 その時、暗闇に一点の光が灯る。それは、少しずつ近づく様にこちらに広がって来る。

 

「あれは――」

 

 間違いなく、フォトンの光。きっとアキさんが上手くやったのだ。

 もう、ここに用は無い。むしろ、早く離脱しなければ『無色のフォトン』でダーカー寄りに自分自身の特性がなっている可能性も――

 

「――――」

 

 無色の特性は……先ほど目の前の男に取られた――

 

「ま、そう言う事だ。オレはここまでだ」

 

 男は肩をすくめて困ったように告げた。もし、無色の特性を持ち続けていればこの場ではダーカー因子として浄化され消えるのはシガだった。

 だが、それは……目の前の男が奪った事で彼が消える事に――

 

「訳が……」

「あ?」

「訳がわからねぇよ!!」

 

 光が迫る。男によって影がかかり、シガは仮面で顔の見えないその男に向かって叫んだ。

 

「いきなり現れて、意味深な事を言って、それで勝手に消える? 本当に……お前は何なんだよ!!」

 

 訳が分からない。この状況で理解が足りないのは、オレが記憶を失っているからなのか? 彼が誰だか知っていれば、全て理解して納得できたのだろうか――

 

()()()いいんだ。オレみたいな存在は闇から闇に消える運命だからな。だが、お前は違う」

 

 光が周囲の闇を晴らす。そして、白髪の男の身体も(フォトン)による浄化が始まった。

 

「お前は、ちゃんと道が見えているだろう? だからだ」

「――――」

 

 すると、白髪の男はシガの肩を軽く押す。先ほどまで地に足を着けていたと思っていたが、ダーカー因子が浄化された事によって無の空間へと変わっていた。自分が落ちるように男の姿が遠くなっていく。

 

「忘れるなよ、シガ。お前は一人じゃない」

 

 光の中へシガは落ちて行く。それは、夢と現実の境を通り抜け、次に目を覚ましたのはキャンプシップだった。

 

 

 

 

 

 それがあの空間で起きた顛末だ。

 誰も知らない。シガ自身でさえ、彼の名前は知らないのだ。そして、彼は消えた。それは左腕(フォトンアーム)から、何かが欠けた様子を感じて確信へと変わっている。

 

「…………よく、わからない奴だった」

 

 その全てをマトイに話していた。どこまで信じてくれるか分からないが、それでも知っていて欲しかったのだ。

 誰にも知られずにただ、闇から闇に消える。それが、どれだけ恐ろしい事なのか。知らない者にはわからないだろう。

 

「……私もよくわからない」

 

 マトイもシガと同意見のようだ。名前も名乗らずに、勝手に消えた存在。そう思っても間違いではない。

 それでもシガは、名も知らない彼の事を救えなかったと悔やんでいた。

 

「でも、もう一度だけ会えることがあれば、私はお礼を言うよ」

「……なんで?」

 

 マトイの思っていることは当然のことだった。何故なら、名も知らぬ彼は――

 

「シガを助けてくれてありがとう、って」

 

 名も知らない男は救ったのだ。彼女にとっての大切な人を。その死は悲しくても、決して無駄ではなかった。

 マトイは名も知らない彼の死に嘆くのではなく、その生き方を肯定してくれた。あなたが居たからシガが帰って来てくれた、と――

 

「――ああ。そうだな。そう……だな――」

 

 彼は無意味に死んだのではない。マトイの一言は悲観の念に押しつぶされそうだったシガの心に、僅かながらの“救い”をもたらす。

 

「シガ?」

 

 感情が溢れ、瞳から流れる涙が頬を通る。シガは項垂れるようにその涙を隠した。泣いている所を……弱気になった所を彼女に見られたくなかったから。

 

「あ……ああ。ごめん……今だけ……今だけは――」

「……うん。そうだね」

 

 マトイは彼が涙を見られたくないと悟り、立ち上がると正面からその涙を隠す様に優しく抱きしめた。

 

「大丈夫。大丈夫だからね」

 

 彼女の暖かさに包まれながら彼はただ泣いた。

 

 オレは弱い……だから……今だけ……今だけは涙を流す事を許してほしい。この後悔を忘れないために――

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 浄化されて正常に戻っていく空間で白髪の仮面をつけた男は静かに消滅に身をゆだねていた。

 

〔誰かに……伝える事はあるか?〕

 

 ダーカー因子の消滅によってこの精神(せかい)の主導権を取り戻したヒ・ロガが男に問う。

 

「ありがとよ。なら、一つだけ頼まれてくれるか?」

 

 男は残った片腕で仮面を取る。その素顔を見てヒ・ロガは――

 

〔お前だったのか……戦士(とも)よ〕

「ああ、オレだ。祖父さんか隊長のどっちかでいい。伝言を頼む」

〔なんと、残す?〕

 

 最後まで自分の死を恐れずに、男は笑ってその言葉を残した。

 

「母さん()に、親孝行できなくてすまなかった、と」

 

 光がすべてを浄化した――




 これでEP1-5は終了です。
 糸は、今回でとりあえず見納めです。かなりのチートなので、次に使えるようになるのはだいぶ後を考えています。
 色々な謎と伏線を残して、シガは初めて自分の力不足を思い知りました。犠牲になるのが自分ではなく他者であることは、ある意味自分が傷つくよりもつらいことになります。
 次章から武器集めの再開です。いやー長かった。次章はストレートにストーリーを進めます。オリジナル展開を少し考えるので更新は週一ですが、中身の進みは遅くなるかもしれません。

次話タイトル『閑話1 とあるアークス達の作戦』


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閑話1 とあるアークス達の作戦

「数人で会話をしていると、たまにこんな事が起こらないか?」

 

 例えば『A』『B』『C』『D』の4人で会話をしていたとしよう。

 その中で『A』が高いテンションで『B』に話しかけたにもかかわらず、話しかけられた『B』は『C』と会話を始めてしまった。

 出鼻をくじかれてしまったのならば、まだ引っ込みはつく。しかし、『A』は引き返しのつかない所まで深く語ってしまっている。

 

 『A』としては……ここで話を止めると言う事は、お前は今まで誰に話をしていたんだ? と言う事になる。

 しかし、聞いていない『B』に話し続けるのも同じく馬鹿みたいになってしまう。

 

「その時、高確率でこういう事が起こる」

 

 急遽、『A』は話し相手を『D』に()()()()()()

 最初から話しかけていた相手を『B』から『D』だった風に(よそお)うのだ。

 『A』は出来る限り自然にふるまうが、ターゲットにされた『D』にはバレバレだし、『A』本人も心中は穏やかではない。

 

 転んだ猫が、いや? 最初から寝るつもりでしたよ? と、その場で伏せるという強引なごまかし。

 

 自分は無視されていた上、誰も居ない所に話しかけていた訳ではない。そうじゃないんだ!

 その『A』からにじみ出る哀愁、まるでその眼は“すがりついてくる小動物”の様なのだと。

 

 

 

 

 

「で、その“すがりついてくる小動物”ってのはなんなんだ? シガ」

 

 ショップエリアのベンチに座って、シガと話しているヒューイは疑問詞を浮かべて彼に尋ね返す。

 

「なぁ、ヒューイ。一度、すがりつかせてみたくはないか?」

「?」

 

 視線の先にはジグと話をしている一人の女性キャストの姿。その存在にヒューイは思わず目を見開いた。

 

「彼女を」

 

 マリア。六亡均衡“ニ”にして偶数番(イーブンナンバー)のリーダー。最古参の一人で、その実力も影響力も折り紙つきで、『オラクル』でも実質ナンバー2のアークスと言っても過言ではない。同時に、二人にとって頭の上がらない恩師の一人だ。

 

「おいおい……」

「大丈夫。アキさんにも確認を取った。この理論は絶対だ」

 

 額に汗を流すヒューイにシガは自信を持って宣言する。

 一歩間違えば死となる極秘任務(シークレットミッション)が数時間後に開始される事になった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「こんなものか」

 

 溜まりに溜まっていた責務の整理を一通り終えたオーラルは一息入れる事にした。

 キャストの身体は肉体的な疲労をほとんど感じないが、整備(メンテナンス)に時間がかかる。

 メディカルセンターでもキャストの整備は対応しているが、オーラルは自らのパーツを自身で組み上げている為、ボディを調整する以外は付け替えで補っていた。

 

「…………よし」

 

 オフィスで、一人しかいないのだが一度辺りを見回す。そして、全ての状況を確認。

 同時進行している試験や、調整は全て後15分以上はかかる。結果を伝えに来るのは更に20分後。問題ない。

 時間を確認すると、そろそろだと凄腕ハッカーのように足跡を辿られないように様々なコードを経由し、ある会場の映像に画面を繋げた。音も漏れないように制限する。

 

『みんなー! 今日は来てくれてありがとー!』

 

 それは、部下の活動の一端である。しかし、オーラルとしては状況を確認する為では無い。存在が希薄になりがちなクーナに与えたもう一つの居場所を時折見ているのだ。

 

『今日も全身全霊、魂込めて、あっついあの歌を、歌うからねー!』

 

 闇で身を寄せ合って光を見出していた自分達とは違い、彼女には人の目が届く“光”の中に存在してほしいと思って決めた為に任せた役回りだ。文句を言わずに続けている所を見るとまんざらでも無いのだろう。

 

『明るく、激しく、鮮烈にっ! みんなも盛り上がって、いこーっ!』

 

 演出として画面の下部に曲名――『Our Fighting』と表示され曲が始まり――

 

「――――なんだ?」

 

 咄嗟に入った緊急の連絡に切り替える。

 

『失礼します。タイミングが悪かったでしょうか?』

 

 若干、不機嫌な様子が口調に出てしまったらしい。オーラルは一度、感情を切り替えると改めて口調を整える。

 

「……いい。どうした?」

『例のリリーパ採掘場に配置する兵器の更新設計が出来上がったので、実用試験のモニターをと。映像を中継します』

「いや……直接立ち会う。初期機動で待機させておいてくれ。すぐに向かう」

『解りました』

 

 通信を切る。そして、ライブの状況を一目だけ映すと、その中で楽しそうに歌っているクーナの様子だけ確認して映像を切った。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 任務の概要。

 AがBに話しかける。(1~2秒くらい)

 しかし、BはCと会話を開始。

 Aは“話を聞かれていなかった(ショック)”+“次の話し手を探す(もう引き返せない)”

 そして、Aはすがりつく様な眼でDと()()()()()()()()()

 Aの心の中は、とても不安、恥ずかしい、と言った気持ちでいっぱいになる。

 

 

 

 

「何やってんだい、アンタたち。こんなところで雁首揃えて」

 

 マリアはアークスシップを警邏中、ショップエリアの一階の階段下にあるモニターの前で座っている三人のアークスを発見した。

 それは、ヒューイ、ゼノ、シガの三人。三人ともマリアの教え子であり、同時にアークスとしても決して無名では無い者たちである。

 それが三人揃って、こんなところで固まって話している事に何事かと声をかけたのだ。

 

「ただ世間話してるだけですよ~。マリアさんもどうですか?」

 

 シガは偶然を装っているが、マリアが警邏する事は知っていたし、この三人で固まっていれば間違いなく足を止めると踏んで状況を作り上げて待っていたのだ。

 

「暇じゃないんだけどねぇ。少しだけだよ」

 

 そう言いながら、開いている席に腰を下ろす。どうもー、と挨拶しつつ、シガはこの任務に協力してくれるゼノとヒューイにアイコンタクトを送った。

 

 頼むよ。二人とも――

 構図的にはAがマリア、Bがゼノ、Cがヒューイ、Dがシガと言う形である。

 

「え、ええとな。そういやー、ヒューイって近接のスペシャリストなんだろ? 基本的な立ち回りはどんな感じなんだ?」

「お、おう。基本は近接(インファイト)だ。何よりも早く打ち込む事を基本とし、それでいて重い打撃をだな――」

 

 ぎこちなくとも話し始めた二人とその会話に度々口を挟むシガ。適度に会話をしていれば、きっと入って来る。そして、

 

「ヒューイ」

 

 マリアが会話に割り込んできた。

 

「あんた、クラリスクレイスがまた惑星に降りたそうだよ。大事に至る前に駆けつけてやりな」

「なに!? それはマズイ……前のアムドゥスキアの件でも俺がレギアスに怒られて……こうしちゃ居られん!! 待っていろ! クラリスクレイス!! そして早まるなぁぁ!!」

 

 と、叫びながら後塵を残しヒューイは去って行った。

 

「…………」

 

 マジか!? アイツ――

 今の行動は、焦ってこの場から離れたのでは無く、本気で駆けつけなければならないと言う、ヒューイの持つ条件反射的な行動力なのだ。

 しかし、これでは作戦が難しくなったぞ……どうする――

 

「あ、ここにいた! ゼノ!」

「げ、エコー」

 

 今度はゼノの姿を見つけたエコーが歩いて来る。

 

「あんた、オーラルさんからの『地下坑道の地図作成』の依頼がまだ40%しか終わってないじゃないの! 今日中に目途(めど)立てないといけないのに、こんなところで油売ってて良いわけ!?」

「あ、後でやるって――」

「ゼノ坊」

 

 そこでマリアの声が割って入る。

 

「何を優先するかは、アンタはよく解ってるハズだろ?」

「ほら。さっさと行くわよ」

「わかった、わかったって――」

 

 え、ちょ……先輩?

 シガのアイコンタクトも空しくゼノは、今度埋め合わせするからよ。すまねぇな。とアイコンタクトを返して去って行った。

 

「――――」

「…………」

 

 その場に二人だけが残された。

 

「シガ。二人きりになっちまったねぇ」

「……はい」

 

 今まで受けたどの任務よりも明確な死を感じつつ、シガは滝のような汗が流れ出る。そして、出来る限りの笑顔を彼女に向けるしかできなかった。




 EP1-5は後半にシリアスが多かったので、少し柔軟な話を挟みました。
 次はオリキャラ紹介。六道も記載します。

次話タイトル『オリキャラ紹介V』


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オリキャラ紹介V

◆【シガ】SHIGA

性別……男

年齢……21

種族……ヒューマン

身長……180

クラス……ブレイバー(非公式試験クラス)

好きなもの……女性全般、見たこと無い景色

苦手なもの……リサ、マリア

 

人物紹介

 黒髪に、レッドアイを持つヒューマンの青年。 試作型特殊義手――フォトンアームを左腕の代わりとするアークスである。

 常に飄々として女性には絶対に手を上げないフェニミスト。逆に女子が脅かされる際には身体を張ることを厭わないと断言する、生粋のアホ。

 リサとマリアによく追いかけられる事から女性キャストに苦手意志があったが、フーリエとの任務(EP1-4)を得て女性キャストに対する見方が緩和された。(それでもリサとマリアは苦手)

 現在、試験クラスであるブレイバーの現場試験要員としても動いてあり、任務の傍らブレイバーの勧誘とフォトンアーツや武器の試験も行っている。

 基本戦術はブレイバー特有のヒット&アウェイと、フォトンアームによる瞬間火力。

 カタナを使った柔軟な立ち回りは、アキとの任務(EP1-5)でも彼らの生存に一躍買う程に洗練されている。

 自らに特殊なフォトン特性として『無色のフォトン』を持ち合わせている。周囲に漂うフォトンと同調する事でそれらを意のままに操る事が出来、フォトンの密度を高めて敵を拘束する“糸”を創り出す事が出来る。

 フォトンアームが意図せずに獲得した“糸”を使って多くの窮地を乗り越えたが、更に別次元の領域へ足を踏み入れた所為で、任務で初めての死者を出してしまう。

 

 

武器

・青のカタナ

 【仮面】との戦いでほぼ廃棄同然になった愛刀をジグに鍛え直してもらい、更に性能を向上させた武器。フォトンの出力が上がり、切れ味と性能は元来のモノよりも高くなっている。

 

・試作型特殊義手――フォトンアーム

 初期試作型を改良し、現在のナンバリングは『アイン』。正式名称は『フォトンアーム=アイン』だが、当人たちは『フォトンアーム』と呼んでいる。

 開発者であるオーラルは三つの攻撃特性を持たせていると公言し、“爪”と“撃”とあと一つあるようだが、現在は不明。

 “糸”は本来持ち合わせる事の無かった能力であり、アキとの任務後消失する。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

◆【オーラル】ORAL

性別…男

年齢…72

一人称…(オレ)

種族…キャスト

パーツ

・ヘッド…グアルディ・ヘッド

・ボディ…エヴァレット・ボディ

・アーム…エヴァレット・アーム

・レッグ…キオウガイ・レッグ

 

人物紹介

 虚空機関(ヴォイド)の研究部で室長を務めるキャスト。

 アークスへ提供する技術躍進の第一人者であり、様々な方面での権限を持ち、『オラクル』でも重役の一人。

 基本的には研究者として立ち回っているが、現場に出る事も多く、その実力は現役の【六亡均衡】に引けを取らない。

 研究者、アークスの双方で、高い実力者として認識され、現在も現役で動いている。

 シガの義手であるフォトンアームの開発者兼、管理者であり、調整と改良も一任している。

 特殊部隊である『ブラックペーパー』の隊長を務めているが、そちらの指示は細かくは行っておらず、唯一の部隊員である六道には自由に行動させ、それによってダークファルスの動きを牽制している。

 休暇から帰還し、溜まった仕事に追われる日々に戻っている。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

◆【六道武念】ROKUBO WAR

性別……男

年齢……63

一人称…ワシ

好きなもの…家族。酒。

嫌いなもの…上記を脅かすモノ。

最近の楽しみ…若者たちの成長を見る事。

 

人物紹介

 掴みどころがなく、雲のようにフラフラしている老人。長い間、任務で『オラクル』を空けており、最近になって戻ってきた。

 今はリリーパに降り、地下坑道を解放する為に、マップの生成を主な動きとしている。

 

 『六道武念(ろくどうぶねん)』という名前をコードネームとして、活動する『ブラックペーパー』の現存する最後の部隊員であり、その能力は疑いも無く最強候補。

 独自の体質として、『フォトンの変換』という、類稀な特性を持つダーカーキラー。

 ダーカー因子を一方的にフォトンへと反転させる事が可能であるため、基本的には武器の使用よりも、直接打撃を主な戦いとしている。

 長い間、あるダークファルスの惑星衝突を防ぐために様々な世界を又にかけて追いかけていたが、遂にその姿を捉え『オラクル』に帰還。今は、リリーパに封印されているダークファルスを抑える為に、現地に降りて生活している。




 活動報告にてお知らせあり。

次章タイトル『Episode1-6 Pieces hidden in the sand 先導なき無策の探索』


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Episode1-6 Pieces hidden in the sand 先導なき無策の探索
91.Extension mission at amduskia 次の席へ


「アークスと言うモノは、“もめ事処理の便利屋”だと思うとる」
「中々斬新な意見だね」
「もめ事処理屋さんですか?」

 地下坑道を探索し、最深部までたどり着いた六道、アザナミ、フーリエの三人は、自分たちの居る場所に充満する煙を見て、()()()()()を確認していた。

「うむ。二人にとってアークスとしての活動はどのようなものだ?」

 陽気な老人の印象をそのままに、六道は二人の若人に自らの意味を問う。先の戦いによって、煤のついた頬と額を持つアザナミとフーリエはそれぞれ少し間をおいて口を開く。

「あたしは“証明”かな。ここにいる、ここにあるっていう証明」
「私は“私に出来る事があるから”です!」

 両脇に力を入れて、フーリエもその心に通る揺るがない芯を言葉に出した。彼女たちの答えに六道は歯を見せてニッと笑う。

「――二人とも、任務はこれにて完了。テレパイプでキャンプシップに戻るとええ」
「別にいいけどさ、六道さん。ここが最深部だとしても、まだ細かい所は残ってると思うけど?」
「そうです。まだ、私達も手伝いますよ」

 まだ転送設備も繋がっていない深部。この場所は三人がそれぞれ活躍する事で見つけ、たどり着いた場所だった。
 六道のフォトンの感知による地形把握で裏道を見つけ、アザナミの身軽な動きで高低差をクリアし、瓦礫の撤去にフーリエの発破知識を使ってこの場所を見つけたのだ。
 同時に、ここを護る()()と交戦し、その鎮静化に成功していた。

「その気持ちは嬉しいがのう。若い女子(おなご)をこれ以上、振り回すのは紳士にあるまじき行為でな」
「あはは」
「私は気にしません」

 笑うアザナミに、キャストとして十全なフーリエ。能力的には二人はまだまだ疲労の少ない。

「なんにせよ、一度戻って報告する方がええ。コイツの事もあるからのぅ」

 六道は自分たちが立っている巨大な要塞の事を指摘する。それは停止した巨大な機械仕掛けの自立兵器だった。

 『ビックヴァーダー』。
 この坑道の深部に存在した防衛システムの一つである。艦を彷彿とさせる土台部は左右に無数の砲塔が存在し、後部に存在するミサイルポットからは絶え間ない弾幕が生み出される。そして、広いデッキに登るとそこをカバーする様に迎撃姿勢を取るクレーンロボは、見上げる程の巨体な本体だった。
 一個部隊での攻略が想定されるその要塞を、六道、アザナミ、フーリエの三人はそれぞれの役割を持って完璧に制圧していた。現在は機能停止したデッキに乗っている。

「これほどの巨大兵器が必要なんて……ここには一体何があるんでしょうか?」
「それを調べる為にも、報告はこまめにせんといかんからのぅ。ひも解くのは上層部の仕事じゃわい」
「六道さんも一緒に帰るの?」
「ワシはもう少しふらついてから帰る事にするでの」

 アザナミとフーリエは、六道の勧める通り一度戻る事にした。更に奥へ行き、これ以上のモノが出てこない保証はない。道に対して慎重すぎる事もまた、アークスとして必要な判断だ。

「じゃ、またよろしくね。六道さん」

 テレパイプを起動し、キャンプシップに続くポータルの出現を確認する。

「無理しないでくださいね。何かあれば、いつでも連絡してくださいです!」

 と、女子二人が消えるまで手を振る六道は、ポータルが消え去る様を確認した。

「どれ。まぁ、聞こえるものだのぅ」

 六道には“ある音”が聞こえていた。キーンと、耳鳴りのような高音は呼んでいる証なのだとわかる。二人に聞こえていなかったところを見ると、やはり“彼女”に関わりのある者にだけ聞こえる様だ。

「因果か、それとも引かれたか?」

 『ビックヴァーダー』から、軽快な動きで六道は降りると、同時に自分がこの空間に入る為に使った亀裂から人影が着地した。

「…………」

 目の前に現れたのは――ダークファルス【仮面】。その場にいた六道の存在を見ても何の反応は無かった。

「ワシを知っておるのか? なら分かるじゃろう?」

 六道はかっかっか、笑いながら歩み出る。それだけで、空気が避けるようにフォトンが舞い上がる。戦闘意思を感じ取った【仮面】は『コートエッジD』を取り出した。

「ほう。逃げんのか? それは正しい選択であり、同時に――」

 次の瞬間、【仮面】は咄嗟に、その場で『コートエッジD』を振るった。何かに当ったような音が響き、『コートエッジD』大きく跳ね上がる。

「愚かな結末でもある」

 六道が突き出したのは拳。空間を通してフォトンを【仮面】に間接的に叩きつけたのだ。その特殊なフォトンを受けた『コートエッジD』は、侵食されるようにダーカー因子から正常なフォトンへ反転して行く。

「…………」

 【仮面】は迷いなく『コートエッジD』を捨てる。その僅かな挙動さえ六道にとっては決定的な“隙”として確定している。刹那には必死の間合いへ六道は踏み込んでいた。

「『ハートレスインパクト』」

 拳が【仮面】にめり込む。先ほどの間接的攻撃とは比べ物にならない速度で、【仮面】の身体がフォトンへ反転して行く。六道が腰を構えて拳を引いた時には、ダークファルス【仮面】は完全にフォトンへと消え去っていた。

「…………童か? 面倒な真似をするわい」

 六道は肩透かしのようにポリポリと後頭部を掻く。やはり、ダークファルスは揃うと厄介だ。今の内にどれか一つを潰しておければ御の字なのだか……

「ワシも報告に戻るかのぅ」

 今の【仮面】も恐らくは奴らの――

「――――む」

 すると停止している『ビックヴァーダー』が揺れ始めた。再起動したのか、空間を揺らすほどの震動に思わずふらついた六道は――

「! これは――」

 事態の全てを悟り、周囲のフォトンを全て自らに集める。そして、拳を勢いよく地に叩きつけた。

「『フォトン・ストップ』――」

 それは状況を打開する一手だったが、数瞬間に合わなかった。何かに“喰われる”ように『ビックヴァーダー』を含めた空間の一部ごと六道武念は消え去る。
 不自然に抉られた様に円形の喪失痕だけが静寂と共に残された。


「あはは」
「あはは」
「さようなら」
「さようなら」
「「おじいさん」」

 ソレを嗤って見ていたのは“双子の悪童”だけだった。


「シガ」

 

 シガがアムドゥスキアで負った侵食の治療の最終検査を終え、マトイと会話を楽しんでいると、そこへ声を向け歩いて来るキャストの姿があった。

 

「オーラル」

「オーラルさん」

 

 黒いカラーが特徴のキャスト――オーラルである。

 椅子に座ったままの二人は、親代わりと言っても良いほどに信頼しているオーラルへ好意的な反応を示す。

 

「すまんな、色々と事情が合って連絡を返すのに時間がかかってしまった」

 

 ひと月ほど前からシガからのコンタクトはオーラルも把握していたが、先倒ししなければならない仕事が多く、直接会う事が今日まで伸びてしまっていた。

 

「いや、オーラルさんの大変な様子は知ってますし。オレも何とか乗り越えてますから」

 

 シガは左腕を軽く見せるように上げながら告げる。

 

「よくみると、傷がいっぱいだね」

「ん? そうか?」

 

 マトイは左腕(フォトンアーム)を見て手で触れた。人肌の持つ内側から感じる温かさは感じないが、常に稼働している機械的な熱を感じる。

 

「…………くっ」

 

 すると、シガは不意に頭を抱える。

 

「ど、どうしたの!?」

「いや……せっかくマトイが触ってくれてるのに、何にも感覚が……ない!」

 

 元々、フォトンアームには触覚は存在しない。物を掴む時に限り、その物質の圧力を感じる事が出来る程度の機能しかないのである。

 

「つけてやろうか? ただし、手術を――」

「いや、いいです」

 

 オーラルの提案したその件を再び丁寧にお断りする。その二人の様子にマトイはクスッと笑った。

 

「なんだが、親子みたいだね」

「そう見えるか?」

「うん」

 

 口調からオーラルもまんざらでも無い様子でマトイに訊き返す。

 

「なら、マトイはどっちが良い?」

「なにが?」

 

 シガの問いに今度はマトイが彼に視線を向けた。

 

「姉か妹」

「え……うん……ええっと……どっち……がいい?」

 

 どうやら、彼女の見ている家族には当人は含まれていなかったようだ。すぐに答えの用意できない問いにマトイは訊き返すしか出来なかった。

 

「姉だな」

「妹!」

 

 同時にオーラルとシガは声を上げる。

 

「オーラルさん。オレの方がマトイより年上ですけど……」

「精神的にはマトイの方が落ち着いて物事を見ている」

「た、確かにそうですけど」

「早足になり過ぎるのはお前の悪い癖だぞ? その左腕も使えとは言ったが、そこまで浪費には相当な修羅場をくぐらなければ不可能だ」

 

 キャストの装甲以上の強度を持つフォトンアーム。今の消耗具合を見ると数年は使い込んだように傷が入っている。

 

「…………私も、少しシガは早歩きだと思うなぁ」

「む、マトイもか……了解です。しばらくは軽い任務を基本的に動きます」

 

 その言葉にマトイは嬉しそうに表情を作った。

 アムドゥスキアでの任務は、綱渡りが多く、その分左腕には相当な負荷がかかってしまっているのも事実。ここいらで、少し調整して行こう。

 

「フォトンアームの改修を行いたいところだが、もう少ししてから自室の方に顔を出す形でいいか? まだ、片付けないといけない仕事があってな」

「良いですよ。ふむ、ではマトイは“姉”って事でいいかな?」

「ええ? その話……続いてたの?」

 

 マトイは逸れてほしかった話題が生きていた事に恥ずかしそうに俯く。

 

「お姉ちゃん! 抱き着いて良い――」

「こんにちは。シガさん」

 

 背後からの声に、時間が止まったようにピタッとシガは硬直した。動きの悪い機械のように首を声のした方に向けると、そこには、

 

「フィ、フィリアさん!!」

 

 ニコニコと聖母の様な笑みを作るフィリアが立っていた。オーラルも彼女の存在に気づいて視線を向ける。

 

「久しいな、フィリア」

「マトイさんから聞いていましたよ。戻って来たなら連絡くらいはしてください」

 

 と、シガとマトイの診察データをオーラルへ渡す。

 

「忙しくてな。この後、お前の所には寄ろうと思っていた」

 

 シガとマトイの診察データはオーラルの方で改編されて報告がされている。その為、通信で記録が残らないようにデータは手渡しの方が都合はいいのである。

 

「それで、シガさんはどこへ行くのですか?」

 

 オーラル話している間に、こそこそ逃げようとしたシガへ鶴の一声を向く。その言葉にシガはビクッと反応して身体を硬直させるが、

 

「あ、あはは。ちょっと、用事を思い出したので、それを片付けてきまーす!! マトイ、またな! オーラルさん! 後で連絡するのでタイミングがよかったら向かいます! それじゃ!!」

 

 ソレだけを言い残すと、全力で逃げて行った。

 

「まったく……病院では走ってはダメだとあれほど……」

「あはは……」

 

 フィリアは頭を抱え、マトイはその様子に苦笑いを浮かべた。

 

「……根は一緒か」

 

 ぼそりと呟いたオーラルの言葉をマトイは聞こえていたが、それが何を意味するのか理解する事は出来なかった。

 

 

 

 

 

「後少しだったのに……」

 

 メディカルセンターを後ろ目で見ながらシガは、あぶないあぶないと呟いた。

 確かに、フィリアさんの言う事は正しい。間違いなく正しい。けど、可愛いものを愛でたくなるの仕方のない性だ。それが、意中の女の子なら尚更だろう?

 

「何かなぁ。やっぱり、好きなのかもね」

 

 心から彼女の事が気にかかるのは、やっぱり記憶を失う前から知っているからなのだ。だとすればオレとマトイの共通点は何だろう?

 

「マジで姉弟だったりして」

 

 ほぼありえない事を呟く。

 

「あ……そう言えば……まぁ、会う時にオーラルさんに聞いておけばいいか」

 

 思わず忘れていた。記憶の中に出てきた“一本の角を持つデューマンの女性”についてオーラルさんに確認を取ってもらわなければ。

 記憶に繋がる重要な手がかりだ。忘れないようにしておこう。

 

「ん? やあ、シガ君。丁度よかった」

 

 自室に向かってロビーを横切っていると声をかけられた。

 

「アキさん」

 

 そこに居たのは黒髪に眼鏡をかけた聡明美人――アキである。一週間前の任務で背中を預け合った仲間であった。

 

「元気そうじゃないか。治療はもういいのだね?」

「はい、おかげ様で。それよりも“例の件”はどうなりました?」

 

 自分の事を気にかけてくれるよりも、そちらの方が気になっていた。

 

 “龍族の病”。

 アキを筆頭にして受けた依頼は思いもよらぬ死地を駆け抜ける事となった。それでも、皆が全ての限界を駆使して生きて還って来る事が出来ている。あの時、シガは最後に意識を失っていた事もあって結末は言伝で訊いただけだった。

 

「問題なく進んでいるよ。これから向かう所なのだが、君も来るかい?」

「一人で行くんですか? ライト君は?」

 

 見回すと、また彼女は一人で歩いている様だ。後で助手のライト君が慌てて連絡をかける様に同情する。

 

「彼はデータをまとめてもらっている。私もいつも無断で出るわけではないよ? 今回は招待だからね。危険な事は何一つない」

「なら、オレは必要ないんじゃないですか?」

 

 アキ自身も相当な実力者である事は直に戦いを見て理解していた。彼女はリサさんと同じかそれ以上の射撃技術を持っている。

 

「あの時、君は気を失っていたからね。“龍族(かれら)”も直接お礼を言いたい様子だったし、戦力抜きにしても是非とも同行してほしいのだが」

「そう言う事なら褒められに行くのもやぶさかじゃないですけど……本当に戦力として、あてにしないでくださいよ? ちょっと色々あって、前みたいな大立ち回りは控えるように言われてるので」

 

 それ以上に、フォトンアームの性能も最低限のモノしか用意されていない。“糸”も使えなくなっているし、オーラルさんの調整が入るまでは“爪”も“撃”も使えない。前のように立ちまわる事は不可能なのだ。

 

「病み上がりはお互いだからね。向こうにもその事は気をつけるように言ってある。まぁ、野暮な事にはなるまい。依頼ではなくパーティーを組んでの自由探索になるから依頼料は何も出ないが」

 

 アキさんはそう言うが、シガとしては同行に問題は無い。オーラルさんの所に行くまで時間があるし、時間を潰すのにちょうどいい。

 

「いいですよ。同行します」

「それは助かる。だが一応、武器は持ってきてくれたまえ」




EP1-6開始です。不定期になりますが、お付き合いいただければ幸いです。

次話タイトル『Proof 力の証明』


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92.Proof 力の証明

〔よく来てくれた〕

 

 アムドゥスキアの火山洞窟へ降りたシガとアキを迎えるように、ヒ・エンが到着を待っていた。

 アキはあれから何度か足歩運び、今日に話をする事を約束していたとシガもキャンプシップで説明されており、さほど驚くことではなかった。

 

「やぁ。傷の具合は問題なさそうだね」

〔我らの身体は強靭だ〕〔それに身を覆う加護も存在する〕

 

 ヒ・エンは“龍族”の持つ回復力と耐久力は、元来の強靭な身体も踏まえて並ではないのだ。例え動けなくなるほどの瀕死の傷を負っても数日後には問題なく動けるほどに、強靭な身体を持つ。

 

「加護……とても興味のある事柄だね」

 

 アキはキラリと眼鏡を光らせた。

 

〔貴殿たちも大事に至らずよかった〕〔我が標――ロガ様も心配していた〕

 

 シガにも視線を向け、無事である様子にヒ・エンは安堵する。ヒの一族にとってシガとアキ、他二人は恩人だった。

 

「他の二人も後遺症もなく無事に日常生活を送っているよ。それよりも、今回の席は重要なモノであると認識してもいいのかい?」

〔もちろんだ〕〔ヒはもちろん〕〔他の一族全てが貴殿(アークス)たちに興味を示している〕

 

 すると、ヒ・エンは何気なくシガへ視線を向けた。シガは会話をアキに任せていたが、どうも、と会釈する。その際――

 

「…………」

〔案内しよう〕

「お願いするよ」

 

 龍族の責任者達が集まるのに時間は大してかからないらしい。移動している間に全員揃うと、ヒ・エンは説明しながら先を歩く。

 

「アキさん」

「なんだい?」

 

 どこかワクワクしている様を彼女から感じ取りつつもシガ自身は別の違和感を捉えている。

 

「本当に戦う事は無いんですか?」

「それは間違いないだろう。逆に考えてみたまえ。ここまで来て、私達を罠にかける理由があるかね? それよりもコレは本当に貴重な経験だよ。なにせ、“龍族”全ての族と会い見える事が出来るのだ。これは『オラクル』の歴史から見てもとても貴重な――」

 

 龍族モードに入ったアキの言葉を適当に聞き流しつつ、シガは先ほどヒ・エンがこちらに向けた視線が特に気になっていたのだ。

 

「……ほんと、気のせいならいいけど」

 

 ヒ・エンは、シガの『青のカタナ』を見たのである。

 それは何を意味するのか、テレパイプをいつでも発動できるように、アイテムポーチの上の方に配置した。

 

 

 

 

 

 ヒ・エンに導かれ、洞窟を抜けた二人がたどり着いたのは、薄暗い火山洞窟に慣れた目では、いささか眩しさを感じる晴天の下だった。

 

「ここは――」

 

 アキとシガは真上から注ぐ光に、思わず掌で影を作って周りの様子を確認する。

 

〔ここは浮遊大陸(テリオトー)〕〔火山洞窟(カッシーナ)が試練の地とするならば〕〔この場所は安住の地〕

 

 拓けたフィールドだが、地平線が無い。草が生えている所からも大気は存在し、一定の光合成は行われているようだ。だが驚くのはその高さだろう。シガは周囲に同じ高さで浮かぶ雲の位置から自分たちがどれほどの高さに居るのか、端末で調べる間もなく理解した。

 

「……使えっかなぁ。テレパイプ」

 

 キャンプシップに登録されている座標かどうかを気にする。左腕も攻撃能力は皆無。前の様な大立ち回りは出来ない事もあって、強引な離脱は想定できない。

 ここから先は未知の領域だ。出来る事なら他にも同行者を増やすべきだったかもしれない。

 

「ふむ、初めて見る。ふはは! 何と言うことだー! これほどの場所があったとは! 興奮を禁じ得ないよ!! あはははははははははははは!!!!」

 

 大してアキは何から手を付けていいのか迷う様に、幸せいっぱいに手を上げて興奮していた。アムドゥスキア専門の彼女の目の様子からも、新しい場所である事は明らかである。

 

「アキさん、アキさん。まずは本来の目的から行きましょうよ」

「ハッ! 失礼。確かにその通りだ。危うく……我を見失う所だったよ」

 

 アキはシガの言葉に元に戻ったようだが、まるでプレゼントを前におあずけを言い渡された子供の様に、そわそわと落ち着きがない。

 

「それで、他の“龍族”のお偉いさんはどこに?」

 

 アキの代わりにシガがヒ・エンと話を進める。

 

〔もう、皆来ている〕

「ん?」

「ほう」

 

 三人を囲む様に、様々な形の結晶がいつの間にか周囲に浮いていた。

 

 

 

 

 

「こ、これは……! 一体なんなのだ!? なんなのだー!!」

「アキさん! ちょっと落ち着いて!!」

 

 どういう原理で浮いているかも定かではない結晶の群にアキの好奇心は制限解除(リミットブレイク)してしまった。シガは何とか羽交い絞めで彼女を押さえつける。

 

〔友よ〕〔そう〕〔()く必要はない〕

 

 結晶の一つから聞き覚えのある声が、アキを落ち着かせた。

 

「その声は、ロガ君だね?」

 

 ヒ・エンは自然な動きで片膝をつくと、自らの一族の標の発言を聞いていた。

 

〔エン〕〔案内〕〔ご苦労であった〕

〔お言葉を受けたまりました〕〔ロガ様〕

〔我がヒの族を救ってくれた二人の戦士よ〕〔出来る事なら〕〔他二人もこの場に有ってほしかったが〕

「二人はそれぞれ事情があってね。私たちだけでは不足かな?」

 

 アキは冷静にあの時の二人――ライトとロッティの事を告げる。ライトは実験室で資料をまとめており、ロッティは学生生活に戻ったとの事。今回の席には二人は各々の都合で立ち会うことが出来なかった。

 

〔いや〕〔そう言うわけではない〕〔此度はコの族も参加している故〕〔出来るなら当事者全て揃うことが望ましかったのだ〕

「それはこの問題に本格的に向き合ってくれると言う事だね?」

 

 シガは二人の会話を着いて行けず、とりあえず理性を取り戻したアキに任せる。周囲に漂う水晶からは見られている様な視線はあまりいい感じはしないが我慢するしかなさそうだ。

 

「見世物みたいで嫌だなぁ」

〔すまぬな〕〔今回は星全体に関わる事態故に〕〔皆〕〔貴殿たちの能力を知っておきたいのだ〕

「能力?」

〔そう〕〔ヒの族は認知しているが〕〔他の族は貴殿たちが我々にとって〕〔協力に値する戦士かどうかを見極めたいらしい〕

「見極めって――」

 

 その時、アキとシガの上空に影がかかった。最初は雲が陽を隠したのかと思ったが――

 

「!? アキさん!」

 

 いち早く気付いた声にアキは跳び退き、シガも同様に横へ転がる様に警戒する。

 近くの高台から跳びかかって来たのだろう。シガとアキを分けるように、剣を振り下ろしてきたソレは次の呼吸に既に動いていた。

 シガへ標的を定めた様子で、高速で間合いを詰めると彼の胴を薙ぐ為に剣を振るう。

 

〔…………〕

 

 二人を襲撃したのは隻眼の龍族。その手に持つ剣は確実にシガの胴を二つに割るつもりで振り抜いていた。

 しかし、シガは『青のカタナ』の柄を右手で握り、僅かに鞘から覗いた青色の刃で隻眼の龍族の剣を受け止める。

 

「――――ったく……どーなってんのか、説明はあるんだろうな?」

 

 納得できる答えを用意しているのか。嘆息を吐きつつも、シガは剣を受けたまま、『青のカタナ』を鞘から吹き放つ。

 

 

 

 

 

 『青のカタナ』は漂い出る青色のフォトンを収束させ、高い切れ味を持つ青色の刃を造り出していた。

 滑る様にゆっくりと抜かれている刀身が、止めている隻眼の龍族の剣の刃へ切り込みを入れ始める。

 

〔……ほう?〕

 

 隻眼の龍族は自らの剣が断たれる程の切れ味を察し、咄嗟に剣を引いて後ろに下がった。同時にシガは『青のカタナ』を抜き放つ。

 

〔反った刀身と〕〔幅の狭い(つるぎ)で……そこまでの切れ味を生み出せるとはな〕

 

 陽の下でも淡く発光する『青のカタナ』を見て、軟な作りに見える武器が、自らの(つるぎ)よりも高い切断性を持っている事に感嘆する。

 

「てめぇの剣も良い剣だ」

 

 シガも不敵に笑って隻眼の龍族の剣を見定める。抜刀で剣を断つつもりだったのだが……思った以上早い判断と、(つるぎ)の性能が高かった。刃が上手く立たず、僅かに切り込みを入れる程度にとどまっている。

 

〔我が名はコ・リウ〕〔貴殿らの戦士としての裁量を審判させてもらう〕

 

 隻眼の龍族――コ・リウは盾と剣を構え、シガへと相対する。

 

「別にそう言うのは嫌いじゃないぜ。実にシンプルで解りやすい。けどな――」

 

 シガも中腰で納刀し、溜めるように腰を落すと『青のカタナ』の柄に手をかける。

 

「向かって来る以上は、腕一本は覚悟してもらうぞ」




 オリジナル展開のコ・リウ戦です。

次話タイトル『Communicate 御前仕合』


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93.Communicate 御前仕合

〔“ヒ”より報が入った。今日(こんにち)にアークスより使者が来る〕

 

 シガとアキが浮遊大陸に案内される少し前、隻眼の龍族――コ・リウは龍族の“長”からの言葉に呼び出された命を受けていた。

 

〔カッシーナにての邂逅と言う事でしょうか?〕

〔カッシーナは遠く、間に合わない族もある。場所はテリオトーにて対談を行う事とする〕

〔その判断に“コ”は弊害はありませぬ〕〔“ヒ”も同意見でしょうが〕〔他の族と標たちは納得するでしょうか〕

〔簡単には行かない事は承知だ。元より、最初から知らぬ者を受け入れるのは難しいだろう〕

〔では〕〔この件は“ヒ”と“コ”が少しずつ〕〔龍族へ浸透させると?〕

 

 アークスと過去に交流があったと言う事例は、今では廃れた事柄だった。寧ろ、現在では衝突の方が多く、敵としての意味の方が各族には強く根付いている。

 

〔それには及ばない。他の族にも、アークスに協力を求めるに値する者達であると証明できればいい〕

〔しかし〕〔簡単にいきますまい〕

 

 龍族は生まれながらにして戦士なのだ。自らの意志と誇りを持ち、敵となる存在と対峙してきた。だからこそ、今まで敵として認識していたアークスに対して考えを改めるなど、よほどなキッカケか、納得できる証明(もの)がなければ心は動かないだろう。

 

〔リウ。君に戦ってもらう〕

〔今日に来るアークスとでしょうか?〕

〔そう。龍族でも最上位とされる君が戦い、渡り合える存在であると他の族に証明する事が出来ればキッカケにはなる〕

〔ですが〕〔手を抜くと言う事はあまりに――〕

〔その必要はない。リウ、君には本気で戦ってもらう。手を抜けば他の“標”には見抜かれてしまうし、誰も納得しない。あくまで本気で戦ってもらわなければならないだろう〕

〔それでは“証明”とはならないと思います〕

 

 龍族全体でもトップクラスの実力を持つ戦士であるコ・リウを相手に出来る存在は、アークス側でも類稀な存在であるのは事実だった。戦士としての質は龍族もアークスもほとんど差はない。

 コ・リウは下手をすればアークス側が無残に負け、他の族の考えが変わらない可能性を考慮して進言した。

 

〔そうなるかもしれない。しかし、そうならないかもしれない〕

〔意味を図りかねます〕

〔彼らもまた戦士、と言う事だ。だからこそ無様な結末にはならない〕

 

 互いに決して歪む事の無い信念があるのなら、戦いの勝敗は関係なくとも、戦士の誇りを持つ“族”の者達は分かってくれるだろう。

 

〔今一度、共に歩むべきなのだ。我々とアークスは――〕

 

 

 

 

 

〔フ〕〔腕一本とは……大層な妄言だな〕

 

 コ・リウはシガと相対し、先ほどの発言を聞き思わず失笑してしまった。

 侮っている訳ではない。ただ……いや、やはりとしか言えないのだ。目の前に立つ“ヒの族”を救ったアークスの能力はこのコ・リウには到底届いていない。

 

「強さが勝利に繋がる訳じゃない。それを試してみるか?」

 

 対するシガは、コ・リウの失笑を冷静に受け止めて、静かに心を燃やしていた。

 中腰に構え、『青のカタナ』の鞘に左手を添えて右手で柄を握る。身体の向きは半身。敵に対して身体の見える面積を減らす事で、攻撃の選択を制限する。

 

〔……良い集中力だ〕〔隙がない〕

 

 だが、それでもまだ未熟。隙のない構えを持つ事は戦士として必須の条件である。問題は動きの中で無駄を減らせるかと言う事――

 

()く〕

 

 コ・リウが間合いを詰める。右腕に持つ盾を前に接近。その威圧は壁が迫ってきていると錯覚する程のモノだった。

 ドンッとぶつかる手応えをコ・リウは感じたが、次の瞬間、弾かれたのは盾を持った手の方だった。

 

 何が起こった?

 

 まるで爆発した様に盾突を弾かれた。コ・リウは身体が開き、大きな隙を晒す。

 

「ハンターにも見られる技術だね。こればっかりは、フォトンを使わない“龍族”には理解できないだろう」

 

 アキはシガの行為を冷静に分析して感嘆する。

 盾がぶつかる際に、鞘に纏うフォトンを同じようにぶつけて相殺以上の衝撃を相手に与え返したのだ。

 ハンターのソードの様な幅の広い武器なら比較的容易だが、カタナの鞘に同じ効果を持たせて発動させるのは相当な技量を要するだろう。

 

 『青のカタナ』が鯉口を切る――

 

「『サクラエンド』」

 

 神速の抜刀による二斬が、完璧なタイミングでコ・リウに見舞う。だが――

 (つるぎ)が『青のカタナ』とは対照的な軌道を取る。コ・リウのバランスを崩した状態で迎え打った剣撃はシガの渾身の『サクラエンド』と同等の()を持って耐え抜かれた。

 

「――――」

〔……この状況で笑うか〕

 

 コ・リウは斬撃によって僅かに後ろに下がりながらシガの表情を見て呟いた。

 

「――――笑ってる?」

 

 シガは自分の表情に気づいていなかった。今までは必死で、必死に、駆け抜ける事しか考えていなかったのだ。しかし、今の状況は――

 

「――――ああ、そうか。お前は、オレより強いんだな?」

 

 極限状態による窮地からの脱出ではなく、今まで培った技を持って超えるべきであると――

 

〔手加減をするつもりはない〕

 

 刹那、シガは『シュンカシュンラン』で、コ・リウへ高速で接近すると『青のカタナ』を突き出していた。奇襲を狙った一撃だったが、読んでいたコ・リウは盾を横から割り込ませて、『青のカタナ』の軌道を逸らす。

 

 先ほどと逆――今度はシガが横へ武器を逸らされて、刺突はバランスを崩してあらぬ方向へ身体が直進する。コ・リウは流れるような動作で追撃。短く跳び、シガをめがけて剣を振り下ろす。

 

 二の太刀。シガは『シュンカシュンラン』の二太刀目の振り上げを合わせて、振り下ろしてくる剣と相殺させた。

 

「くぅ……」

 

 しかし、砲弾でも正面から受け止めた様な衝撃を含んでいた剣によって、『青のカタナ』は弾き返された。

 

〔ハァ!!〕

 

 着地したコ・リウは、怯んだシガに間を置かずに更に斬撃を重ねる。その一撃も、大きく弾かれる程の威力を持つ。シガのは『青のカタナ』で受けるが身体ごと大きく弾じかれて反撃の隙をつかめない。

 

〔ヘア!!〕

 

 コ・リウの追撃にシガは納刀する間もなく受けるしかなかった。辛うじてその重剣を受けて行くが、受け損じれば『青のカタナ』が破壊されてしまう。

 

〔シャア!!〕

 

 重剣の連撃によって、よろけて膝を折りそうになったシガの様を見て、コ・リウは深く踏み込むと、袈裟懸けに剣を振り下ろす。

 その一太刀はシガの肩口から通り抜け、脇腹を抜けた――

 

 

 ように観ている者達の目には映った――

 

 

「――――」

〔ここでも笑うか〕

 

 シガが膝を折った様に動かしたのは、バネを作るため。シガは袈裟懸けに振り下ろしてくる剣を、横へ飛び退くとコ・リウの右側へ躍り出る。

 

「『カザンナデシコ』」

 

 右手を返して左手を添え『青のカタナ』を斜め下から振り上げる。溜めはないので最大の威力では無いが……それでもこの一閃は今までで最高の代物と自負できる――

 

 コ・リウは咄嗟に盾を出し、その一閃を受ける。

 フォトンによる伸びた刀身は、盾にぶつかりその硬度に止められるも、それは一瞬。次の瞬間には容易く盾を両断し、その先に居るコ・リウも斬った。

 

〔流石はアークスの武器だ〕

 

 コ・リウは盾で受けると同時に捨て、身体を逸らして『カザンナデシコ』の範囲から外れていた。そして、その切れ味に称賛を送る。

 

「そうでもないさ」

 

 シガは『青のカタナ』を納刀する。

 

 

 

 

 

〔なんと……!〕

〔コのリウの盾が断れるとは――〕

〔何者だ?〕〔あのアークスは〕

 

 御前試合を見ている他の族の“標”たちは、現状に驚愕していた。それほどに、コ・リウの盾が断たれた事は信じられない物事なのだ。

 

 『龍族』の持つ“剣”と“盾”はただの武具ではない。

 

 剣は牙。盾は鱗。まさに、その盾を両断されたという事態は、その身を断たれたに等しい事なのだ。

 加えて、コ・リウは龍族全体でも最上の戦士。彼と対峙した者達ならば皆知っている。本来ならコ・リウの盾は彼の技量も相まって、傷をつける事さえも難しいとされている事を。

 

「流石だね、シガ君は」

 

 そんな同族間のどよめきの中、アキは盾を斬ったのはシガ自身の技量であると悟っている。

 アークスの武器は、総じて使用者のフォトンによって大きく性能が変わる。シガの持つ『青のカタナ』は、まだ情報を集めている段階の試作武器。

 既存の武器よりも出力の安定性は低いが、技量によって大きく性能が偏る事は十分に考えられるだろう。問題は、ソレを引き出すほどの技量を持っているかどうかだが――

 

「武器と君の技量。二つが揃って、その一撃が生まれたのだ」

 

 だが……武具の片方を失った程度では埋められないモノは埋められない。

 

〔リウ。君の判断を問おう〕

 

 その場にて最も強い発言権を持つ“長”が尋ねる。

 

〔問題ありません〕〔盾を失っただけです〕

 

 納刀し、まだ終わらないと感じているシガへ、コ・リウは剣だけを持ち再び対峙する。

 戦いにおいて武器は重要な要素だ。鈍でも技量を伴う事で切れ味を補う事は出来る。逆に武器によって実力の差を埋める事は可能だろう。だが――

 

〔それに頼りすぎると言う事は〕

 

 己が限界を晒したのと同じだ。




次で御前試合は決着です。シオンとオーラルの邂逅があります。

次話タイトル『Settlement 勝利の代償』


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