司波達也の日常 (ネコ)
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1話

 国立魔法大学付属第一高校。

 その外観は、通常の学校とそう変わりはない。

 しかし、その外観とは裏腹に、カリキュラムや設備などは全くと言って良いほど違うものだった。

 まずカリキュラムだが、初めに習うのは法律だ。

 魔法を個々人が自由に使用すれば、周囲への被害は図り知れず、いずれは破滅へと向かうのが目に見えている。

 そのため、魔法の使用に関しては厳重な管理体制が敷かれているのだ。

 特に、町中では自衛目的以外の魔法の使用は禁止されている。もし使用しようものなら、町中の至るところに設置されている機械が、魔法の想子波を感知し、反応することで、すぐにでも警察による治安維持部隊が派遣されるようになっている。

 そのためにも、魔法を学ぶ上でルールを覚えることは当然と言えるだろう。

 他にも数学などの基礎学科を学ぶが、これは魔法の起動式などを学ぶためのものでありそれ以上ではない。

 魔法科高校とは、その名前の通り魔法を学ぶための場所だった。

 東京にあるこの高校には、1学年に二百人ほどの生徒がいる。

 人口に対して潜在的なものを除外し、一般に魔法を使えるものは少ない。更には、魔法を使える者たちの間でもその差は歴然としたものがある。そのため、受験に関しての競争率はそれほど高くはないが、合格するためのハードルは中々に高いというのが実情だった。

 しかも、この第一高校では合格したとしてもクラスによっては生徒同士で蔑み合う事も多々あるのだ。

 その境は学年内で分かれており、『1科生』『2科生』と通常は言われている。

 それぞれのカリキュラムの違いは、1科生には担当の教師が着くのに対し、2科生にはほとんど着かないことだった。

 これは、国に魔法を使える者が少ないことが原因であると言える。

 絶対数が少なければ、それを教える事が出来る人材も少ないのは当然だった。

 そのため、教える事が出来る人数に上限を設けており、そのクラスへ入れなかった者たちは、必然的に自主学習の面が多くなる。それが持つ者と持たざる者と意識付けられたことにより、差別へと変わっていったのだった。

 

 その国立魔法大学付属第一高校の校門付近。

 晴れやかな青空の下を駆け抜ける一人の男子生徒の姿があった。

 背丈は180センチ程度あり、外見上は細く見える。

 その顔は良く見積もっても二枚目半。

 駆け抜ける男の顔からは、特に焦っているような表情は見てとれないが、その速度は魔法を使用しているのではないかと錯覚するほどの速さだった。

 校舎へ続く通路を進み。途中で方向を変える。

 行き先には大きなドーム場の建物があった。

 その建物の入り口には数人の人だかりが出来ており、周囲の確認や話し合いをしている。

 男子生徒は腕時計で時間を確認した。その時間は、これからの行事の開始時間には幾分の猶予があること示している。男子生徒は、それまでの速度を緩めて歩き出した。

 建物にいた数人の内の一人が、歩いてくる男子生徒を見て駆け寄ってくる。

 

「もうすぐ入学式が始まるから急いで走るんだ! 遅刻だぞ!」

「時間まで後5分ほどあるようですが?」

「ちゃんと案内を見たのか!? 5分前には入り口を閉鎖すると書いてあっただろ!」

 

 叱るように言った女子生徒の言葉が終わらぬ内に、男子生徒は再び走り出した。

 

「速いな……」

 

 そんな男子生徒を唖然として見ながら、女子生徒は呟く。

 

 建物の中は、入り口から見て奥の方に壇上があり、そこから入り口に向けて座席が段々に設けられている。

 男子生徒───達也は周囲を一瞥すると、近くの空いている席へ向かい、隣に座る生徒へ声を掛けた。

 

「隣空いてるか?」

「は、はい! 空いてます! ……どうぞ!」

 

 隣に座っていた女子生徒は、大きな眼鏡を掛けており、達也に声を掛けられて緊張しているのか、達也の指した座席を自分の手で何度か払い、達也へ席を薦める。

 

「ありがとう」

 

 達也は礼を述べて席に座ると、襟元を緩めて深呼吸を1度行い、改めて全体を見た。

 

(改めて見ると不思議なものだな)

 

 着席する生徒たちには法則があった。

 それは、生徒たちの肩にある図形である。

 その図形は第一高校を表した図形であり、1科生へ貸与された制服のみ着いている。

 そして、図形のついた制服を着た生徒は壇上から近い位置に。図形のついていない生徒は遠い位置に座っていた。特に座席の指定は無かったことから、生徒たちの意識には既に、優劣に関する差がはっきりと出ているのだろう。

 

「あの……」

「ん?」

 

 達也が振り向くと、隣席の女生徒が、緊張した面持ちで達也に向き直っている。

 

「柴田美月と言います。よろしくお願いします」

「司波達也だ。よろしく」

 

 胸の前で手を組み、祈るようにして挨拶をすると、達也からの挨拶を聞いて安心したのか、美月は反対側に座る女生徒へ声を掛けた。

 声を掛けられた女生徒は、身体を少し折り曲げて達也を見ると、片手を上げて笑顔を見せる。

 

「はーい。私は千葉エリカ。よろしくね~」

「よろしく───」

 

 達也が言い終わる前に建物内部にベルが鳴り響く。

 それまで話をしていた生徒たちは話すのを止め、壇上へと視線を向けた。

 そして、そのベルが鳴り終わると共に、一人の生徒が壇上へと上がり中央に設置してある演台にいくと、マイクを手に取る。

 

「魔法科第一高校への御入学おめでとうございます。私は第一高校の生徒会長である七草真由美といいます。さて、当校に───」

 

 生徒会長である真由美の話は長くなるか新入生にはと思われていたが、話自体は簡潔に纏められ、すぐに終わると礼をして壇上を後にした。

 その後の流れは何処も大体同じである。

 祝いの席として呼ばれた権力者たちの挨拶があり、メッセージの紹介がある。その大半が、軍の関係者からであることを考えると、国は魔法師に軍への加入を勧めていることが伺えた。

 最後の方になり、新入生の答辞が始まる。

 その生徒は、壇上へ上がると礼をして演台に向かう。

 特に緊張したような表情はしておらず、若干ではあるが、眠たそうな目をしていた。

 その生徒は、全体を一度見渡しひと呼吸入れると、持ってきていた紙を拡げる所で手を止める。

 特に内容を間違えたわけでもなく、その紙には述べるべき言葉がしっかりと書いてある。

 その手を止めた原因があるとすれば、生徒が見ている視線の先。

 その視線の先は、達也が座っている場所だった。

 止まったのは少しのことで、それ以降は達也の方を見ることもなく言い終えると、礼をして壇上を降りる。

 姿勢良く自席に戻る間、その生徒は盗み見るように、達也がいる方を見ていた。

 

「今年の新入生総代も女性ですね」

「そうだな」

 

 漫然と拍手をしながら、美月へ達也は空返事をすると、これからのことを考えて憂鬱そうに天井を見た。

 残るは閉会の挨拶のみ。

 捕まるのも時間の問題だった。

 

 入学式が終わり、各自が移動のために席を立ち始める。

 この後は、掲示板に各自のクラスが表示されるため、その確認にいかなければならない。

 

「司波さんも一緒に行きませんか?」

「ああ。場所も同じだしな」

「ありがとうございます」

「礼を言われることでもないと思うが……」

「そうよ美月。同じ方向なんだし、気にしない気にしない」

 

 達也たちが建物を出たところで、後ろから達也に近付く二人がいた。

 

「達也さん!」

 

 近付いてきた内の一人が達也へ声を掛けた。

 少し急いできたのか、その呼吸は僅かに乱れている。

 達也はわざとらしく溜め息を吐きながら振り返る。

 

「何か用か?」

「私たちは何も聞いてない」

「何故ここに? それにその制服は……」

「ここは邪魔になる。その件は後にしてくれ」

「はい……」

「わかった」

 

 二人は納得していないようだったが、後で聞けばいいとこの場を引く。

 しかし、引いたからと言って離れるわけではなく、達也たちの後に続いて歩いてきていた。

 そして、掲示板前に辿り着く。

 掲示板の前は既に生徒たちで溢れており、ガヤガヤと騒がしくしていた。

 

「あった! ありました! E組です!」

「私もEね」

「私はDだ~」

「私はFだよ」

 

 一喜一憂する生徒を他所に、美月が達也に問い掛ける。

 

「達也さんはどこのクラスですか?」

「俺はEだな」

「一緒ですね! これからよろしくお願いします!」

 

 差し出された手を握ったところで、達也を睨む二人がいた。

 

「なんでE?」

「手を抜かれたんですか?」

「元から俺は事象改変能力が著しく劣っているからこの結果は当然であって、手を抜いてはいない」

 

 疑惑の視線を受けても達也は慌てることなく言い返す。ここである程度の情報を言っておかねば、後々もっと面倒になりそうだと判断したからだ。

 達也は移動し始めた美月たちの後ろについて一緒に移動を始める。

 美月たちは達也が1科生と話していることで、やや遠慮気味に離れていた。

 しかし、そんな時間も長くはない。

 クラスが違えば校舎も違う。

 1科生と2科生では校舎が別れていた。

 校舎の前で名残惜しそうな二人との別れを済ませ、達也は自分のクラスへと足を踏み入れる。

 特に決まった席は無いため、廊下に近い入り口の席に座り、机に設置されたデバイスを立ち上げた。

 エリカと美月も達也の後ろの席へ並んで座る。

 二人の容姿はクラスでも目立つようで、教室へ入った際には、クラス皆の視線が一時的に集まった。

 しかし、それもすぐに散漫となり、自分達の会話へと戻っていく。

 

「司波さん。少しよろしいですか?」

「ああ」

 

 先程の事が気になったのだろう。美月が達也へ声を掛けてきた。

 

「先程のお二人とは知り合いですか? 一人は今日壇上で挨拶されていたように見えたのですが……」

「どこで知り合ったのか、キリキリ吐いた方が身のためよ!」

 

 達也の後ろの席からも、茶化すようにエリカが入ってくる。その声にはからかってやろうと言う意思が見てとれた。

 

「北山さんと光井さんの事なら知り合いだな。CADの関係で世話になっている」

「あ~。北山って聞いたことがあると思えば、数年前から新機種や技術をバンバン出してるとこじゃない?」

「その通りだ」

「そっか~。てことは、そんなとこにCADを頼むだなんて、司波君の家ってお金持ちなんだ」

「そこそこ……といったところだな。千葉さんこそ、あの千葉だろう?」

「まあ、ね」

 

 エリカは歯切れの悪そうな物言いをするが、美月は特に気づくこともなく話を続ける。

 

「お二人とも凄いんですね」

「凄いのは家であって、私たちじゃないんだけどね」

「そうだな」

「それはそうと、私の事は千葉じゃなくてエリカって呼んでくれたらいいわ」

「私も美月でお願いします!」

「分かったよ。俺だけ名字と言うのも変だしな。俺も下の名前で構わない」

 

 エリカに追従して、慌てたように腰を浮かせて話す美月を両手で落ち着け、達也も名前で呼ぶことを承諾する。

 その後、自己紹介を兼ねて話し、席もほどほどに埋まってきた頃、エリカが何かに気付いたように立ち上がる。

 美月は何事かとエリカを見たが、達也はエリカの視線の先を見て理解した。

 

「ちょっと待ってて」

 

 エリカはある生徒の元に行くと、仁王立ちで何やら説教を始め、その手を無理矢理取って立ち上がらせると、そのまま達也たちの元へ連れてきた。

 

「お待たせ。こいつはみき。よろしくして上げてね」

「僕は幹比古だ!」

 

 不機嫌なのを隠そうともせず叫ぶ幹比古を、強制的に達也の隣に座らせる。

 幹比古は文句を言いつつも、元の席には戻らずそのまま席に座り、不貞腐れたように机に設置されたデバイスを立ち上げた。

 まるで、動くことが無駄な事だと分かっているようで、その代わりの抵抗なのか、連れてきたエリカの方には見向きもせず作業を進める。

 

「困った奴よね。意固地になっちゃってさ」

「何かあったんですか?」

「まあ、その辺は本人に聞いて。それよりも───」

 

 エリカが違う話題を振ろうとした時、教室の扉を開けて手を叩きながら入ってきた人物がいた。

 その人物は私服の上に白衣を羽織り、大人に見せようとしているようだが、身体の一部を除き、顔を含めて幼く見えることから、逆にコスプレのように見えてしまっている。

 

「はいはい。各自近くの席に座って~…………座わりましたね。私は小野遥。この学校でカウンセラーをしています。今日は臨時で、このクラスへ今後のことについて説明しに来ました。まずは、手元のデバイスを立ち上げてね。今は自由に席へ座ってもらってますが、明日からは名前順に座り直してもらうので忘れないように」

 

 遥は生徒の顔を見回し、自分の手元にあるデバイスを覗きこむ。そこで、眉を僅かにあげた。

 

「数人は終わってるみたいね。今日はデバイスの設定だけだから、終わった人から部活等の見学に行っても構いません。困ったことがあったら、いつでも相談に乗るからね。では、操作の説明をします。まず───」

 

 遥が説明を始めると同時に、幹比古は立ち上がり廊下へと出ていく。

 それに続くようにして数人が部屋を出ていった。

 達也も遥が説明している途中で終わってはいたが、デバイスにて閲覧することが可能な、学校の見取り図などを見ていた。

 遥の説明後、数分もせずに次々と生徒たちが席を立っていく。

 その中には達也たちの姿もあった。

 

「達也さんはこれからどうされるんですか?」

「俺は校舎を一通り回ったら、図書館に行こうと思っている」

「それでしたら私たちと一緒に回りませんか?」

「美月たちも図書館に用事があるのか?」

「私たちは校舎の見学です。この学校は広いので少し不安で……」

 

 美月は恥ずかしそうに手を前で組むと、顔を赤らめた。迷子になると言っているようなものだ。

 

「見回るなら先に練武館へいかない?」

 

 会話の隙間を縫って、エリカが行き先を提示する。

 達也に異論は無いので、判断を委ねる目的で美月を見た。

 

「練武館からでいいですか?」

「どこからでも構わない」

「じゃあ、しゅっぱーつ」

 

 部屋を出ていく三人───特に達也へと、一時的ではあったが、クラスにいた男子生徒からの視線が集まったのは言うまでもない。

 

 校舎を出ると、そこには大勢の人で溢れていた。

 それもそのはずで、1年の他に、2、3年生もいるのだからその数が多いのも頷ける。

 人の流れはバラバラで思い思いに好きな方向へと向かっていた。

 

「じゃあ達也くん、案内よろしく!」

「俺は体のいい人避けか」

 

 達也は目の前の人混みを見て、案内だけではないことをすぐに悟る。

 達也の背丈を考えると、一緒に行動する際にはよい目標となることは間違いない。更に言うならば、エリカたちに言い寄ってくる男に対する虫除けのような役割もあるだろう。

 

「まあまあ。こんな美少女と一緒に回れるんだから気にしない!」

「それは自分では言わないものだ。どちらにしても回るのには変わりないからいいけどな」

「そうそう。寛容な心を持つことは大事よね」

「エリカちゃん……」

 

 エリカの物言いに呆れながら、美月は恐縮そうに何度か達也に向けて頭を下げる。

 達也は迷うことなく人混みの中を進んでいく。

 その速度は、後ろに着いていく二人のことを考えているのかそれほど早いものではなかった。

 練武館の中で行われているのは、剣道や柔道などの屋内で行われるものが多かった。

 

「うーん。やっぱり部活関係は明日以降の部活勧誘期間に見た方がいいかなぁ」

「今日は部活も昼までだから、そうした方がいいだろうな」

「そうしよっと」

「それにしても広いですね~。講堂よりも大きそうです」

「講堂の約1.5倍といったところか」

 

 入学式が行われた講堂よりも、練武館は更に広かった。

 観客席の上段からでは、競技を行っている人が豆粒ほどの小ささに見えるくらいだ。

 練武館で行われている部活を一通り見て回り外に出る。

 その後、次々に見て回り、最終的に図書館へ来た。

 

「やっぱり難しそうな本が多いわね~」

 

 棚に並べられた本を見ながらエリカは見たままの感想を呟く。

 今の時代に紙媒体の書籍というものは珍しく、流行はデータ書籍だ。

 寧ろ紙の書籍は今ではプレミアがつくほどの希少価値までついている。それほど、紙媒体が廃れてから時間が経っていた。

 達也はエリカの感想には取り合わず、検索用のパソコンで中に登録されているものを次々と見ていた。

 

「そんなに早く動かして分かるんですか?」

 

 美月が好奇心を抑えられずに、達也に質問する。

 それほど達也の画面を動かす速度は早かった。

 

「速読なんて慣れたら誰でも出来るようになるさ」

「私には無理な気がします……」

「うわっ。ほんとに見てる?」

 

 美月の言葉に興味が沸いたのか、エリカも達也の後ろからモニターを覗き、美月と一緒の反応を示した。

 

「もちろん見てるさ」

 

 達也は軽く流すと数分もせずにモニターの電源を落とす。

 

「なにか面白いものはありましたか?」

「面白いと言うより、興味深いものは色々とあったな」

「これで最後よね?」

 

 エリカは笑顔で達也に訊ねる。

 

「そうだな……。昼も近いし」

「はい! はい! 良い店見つけてるのよ! そこに行きましょ!」

「分かったよ」

 

 達也は、手を挙げてアピールするエリカの勢いに流され、お手上げとばかりに苦笑しながら頷いた。

 

 学校から出て、エリカの案内で着いたのは、大通りから少し離れた場所にある喫茶店だった。

 

───カランカラン

 

 喫茶店の扉を開くと同時に、扉につけられた鐘が鳴る。

 店内はこじんまりとしており、外の光を十分に取り込んでいるため明るく、綺麗に整頓され清潔感が溢れていた。

 

「いらっしゃい」

 

 カウンター越しに男がグラスを磨きながら声を掛けてくる。

 店内には、その男以外の従業員の姿は見えない。

 

「あそこに行こ」

 

 店内には達也たちの他に人影はない。

 エリカは店内を見回し、入り口からは遠い位置にあるテーブル席を指差し歩き始めた。

 達也と美月はエリカの後に続く。

 テーブル席のソファーに腰を下ろし、達也たちはメニュー表を手に取った。

 

「ご注文が決まりましたらお呼びください」

 

 男はテーブルにおしぼりとお冷やを置くと、カウンターへ戻っていった。

 

「何食べようかな~」

「意外にメニューは豊富ですね」

「そうだな……」

 

 メニューには洋風のものがほとんどで偏りはあるものの、種類は多く30品目ほどが書かれていた。

 達也と美月はすぐに決まったが、エリカは唸るばかりでなかなか決めることができないでいる。

 

「マスター」

「もうちょっと待って!」

 

 達也がマスターを呼んだことで、エリカに焦りが生まれる。

 しかし、達也に呼ばれたマスターが止まることはない。徐々に近付いてくるマスターの姿を視界の端で捉えたエリカは、決断を迫られる。

 そして、マスターがテーブルに到着すると、達也と美月はあっさりと注文を済ませた。

 残るはエリカのみ。

 3方向からの視線を受けて、エリカは長らく悩んでいたものの、最終的に絞りこみ決断を下した。

 

「パフェとワッフルとショートケーキで!」

「飲み物はいかがなさいますか?」

「オレンジで」

「かしこまりました」

 

 マスターは笑顔を崩さずに注文を受けると、カウンターへ戻っていく。 

 

「甘いものばかりだな……」

「な~に? 太るって言いたいの?」

「いや。胸焼けしそうだと思ったまでだ」

 

 達也はエリカの追求をあっさりかわす。

 美月はそんな二人のやり取りを見て、口を隠して苦笑するばかりだ。

 

「達也くん、意地悪過ぎない?」

「そんなことはないと思うぞ。なぁ、美月?」

「えっ!? 私ですか? えーっと。私は別に何とも思いませんけど……」

「美月の裏切り者~」

「ごめんなさい!」

「謝ることでもないと思うがな」

 

 雑談途中に運ばれてきたものを食べながら、会話に花を咲かせる。

 

 喫茶店に入ってから1時間は過ぎた頃。

 

「そろそろ出る?」

「そうだな」

「そうですね」

 

 3人ともが席を立ちカウンターへ向かう。

 会計のシステムとして、今では珍しい紙媒体の伝票を手に持ち、達也たちはカウンターへと向かう。

 

「達也くんご馳走さま!」

 

 カウンターに着いたところで、達也の後ろにいたエリカがにこやかに宣言した。

 エリカの言葉の意味が分からないのか、美月は首を傾げてエリカを見る。

 達也は苦笑しながら財布を取り出すと、伝票をマスターに手渡し頷く。

 マスターは何も言わずに達也を見て頷くと、金額が書かれた紙を達也に見えるように机に置く。

 達也は財布から紙幣を取り出し支払いを済ませた。

 美月はこの時点で漸く気付いたのか、慌てて財布を取り出し始める。

 

「私ったらボーッとしててすいません!」

「気にしなくて良い」

「達也くんもこう言ってるんだし、美月も気にしない」

「エリカは気にしても良いんだぞ?」

「デートの駄賃だと思えば良いじゃない」

「デート!?」

 

 美月はエリカのデート発言に驚き、顔をみるみるうちに赤く染め上げていった。

 

「デートは恋人同士がするものだと思ってたがな」

「古い! 今時は友達同士でもデートって言うくらいだから、何の問題もなし!」

 

 胸を張って言い張るエリカと、顔を赤くしながら何度も頭を下げて謝る美月を見てひと呼吸入れると、達也は店の外へと歩き出す。

 

「またのお越しを」

 

 その声に達也たちが振り返ることはなかったが、マスターは深々と頭を下げて、その背を見送った。

 店を出てからの3人の帰り道は、駅までが一緒で、その後はバラバラとなる。

 駅と言っても、車両に大人数が乗り込むような物はなく、キャビネットと呼ばれる数人用の自動小型車両が運行されていた。

 そのため、知らない者同士が一緒に乗り込むことはなく余計なトラブルが発生しないようになっている。

 

「家まで憂鬱だなぁ」

「家が道場を兼ねてるんでしたっけ?」

「そうなのよね~。門下生が多いのは良いんだけど、

あいつら五月蝿くってね……」

「それなりの防音設備が整っていそうなんだが」

「敷地の外には気を使ってるけど、身内のことは全く気にしてないわよ、あれは」

「大変なんですね」

「まあ、慣れてるんだけど」

「では大丈夫だな」

「達也くんの薄情者! 美月はそんなことないわよね!?」

「ええ。まあ」

「じゃあ、そんな可哀想な私は、美月のお家で慰められてくるわ」

「えーっと。あの~」

「すまないな、手間をかけて」

 

 美月はエリカの言葉に慌て、言った張本人のエリカは達也の言葉に気になることがあったのか、少し考える素振りをする。

 

「もしかして達也くん絡み?」

「特に気にする必要はないけどな」

「ふ~ん……。まあ、この手間は今日のお昼の分で手を打ってあげる」

「そうしてくれ」

「じゃあまた明日~」

「えーっと一体……。あっ! 今日はありがとうございました!」

 

 達也は見送る二人に手を挙げて答えると、家に向けて歩き出した。

 

 その日の夜。

 達也は居間にあるソファーに腰を下ろしていた。

 住宅街の一画にあるその家は、周囲の家と同じような大きさであったが、その実、かなりのセキュリティが盛り込まれていた。

 電子機器類による防犯体制はもとより、原始的な仕掛けすら施してある始末である。一番凶悪なのは、その設備が目に見えないことだった。

 現在達也が独り暮らしをしている家は、ある人から薦められたものであり、達也の方にも都合が良かったため、幾つかの条件を付けて自分用にカスタマイズして住んでいる。

 利便性の追求。

 それは意外にも、達也の利益となって返ってきていた。

 達也は、手元にあるリモコンを操作して画面を呼び出す。

 達也の操作に合わせて、白一色の飾り気のない壁際にモニターが現れた。

 その何も映ることのない画面は、数秒と待たずして形を変えて、通信相手の姿を映し出す。

 

「こんばんは、葉山さん。叔母上はいますか?」

「達也様……。何度も申し上げますが、真夜様への取り次ぎには手順が御座います。通常であれば、即座に会うことなど───」

 

 長くなりそうな葉山の説教など聞く耳を持たず、達也は眉根を寄せて不機嫌さを醸し出す。

 

「そもそも、問題がなければ、電話を掛けるという行為すら発生しませんよ。特に俺自身の問題でなければ尚更です」

「何かあったようですな。今、真夜様は忙しいため、私が代わりに伺いましょう」

「下手な監視を引き上げてください。高校生にバレるなど恥も良いところでしょう?」

「剣の一族である千葉家であれば、仕方ない部分もあるかと思いますが……」

 

 葉山は既に報告を聞いているのだろう。間髪入れずに即答する。

 

「仕方ないで割りきっても良いと?」

「そうは言いません。達也様がメイドを受け入れて頂くのが一番早くて助かるという話です」

「まともに自分の身も守れない者は要りませんよ」

「達也様のメイドになるには、少々ハードルが高くはありませんかな?」

「一般家庭にメイドはいません」

「達也様は一般家庭の生まれではございません」

 

 葉山にこれ以上言っても、お互いの主張は平行線のままだと感じた達也は溜め息を吐いて、少し譲る。

 

「それならば、せめて不自然じゃないようにしてください」

「分かりました。伝えておきましょう」

「ええ。お願いします」

 

 電源を切り、地下に向かう。

 今日も達也の睡眠時間は少なくなりそうだった。

 



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2話

 入学式を終えた翌日。

 達也の朝は家の周囲のランニングから始まる。

 ランニングと言っても、ただ漫然と走るばかりではない。魔法を使わず特殊な歩法を使い、フルマラソン出来る距離を走破していた。

 そして走り終わる頃には、暗かった空が明るくなっており、走り始めにはほとんどいなかった人の通りも、ちらほらと見え始めている。

 達也は怪しくない程度に速度を落とし軽いジョギングで体を休ませながら家に入ると、水分を補給して軽く汗を流した後に、制服へ着替えた。

 朝食に関しては、ホーム・オートメイション・ロボット───HAR通称ハルに家の事は任せているため、特に達也がすることはない。

 ハルが用意していた朝食を、リビングに設置されたテレビを見ながら食べる。

 天気予報は一週間晴れ。

 新生活スタートの天候としては申し分ない。

 後片付けはハルに任せ、達也は学校に向けて家を出た。

 そんな達也は、学校につくなり二人の少女に捕まっていた。

 

「…………」

「昨日はどうされてたんですか?」

 

 二人の少女とは雫とほのかだ。

 雫からは明らかに不機嫌なオーラが出ており、ほのかは達也を心配しているのが分かる。

 雫が不機嫌な理由はともかく、ほのかからの問いに答えるため口を開く。

 

「昨日はクラスメイトと一緒にいたが……それがどうかしたのか?」

「昨日E組へ行ったら既に帰ってると聞いて……」

「入れ違いになったみたいだな」

「…………」

 

 雫は黙したまま、達也の言葉を聞く度に不機嫌さが高まっていく。ほのかはそれを察したのか、雫と達也を交互に見て何とかしようと言葉を繋ぐ。

 

「えーっと。達也さんが良ければ、今日は一緒に帰りませんか?」

「まあ、特に───」

「おい! お前!」

 

 達也がほのかへ返事をしかけたところで、達也の後方から怒鳴るような声が掛けられる。そして、それと同時に声を掛けた人物が達也の肩へ振り向かせようと手を掛けてきた。

 

「彼女たちがめいわ───」

 

 達也の肩に手を掛けた男子生徒は、理解できなかったのだろう。

 その背を大地に叩きつけられ、一瞬呼吸が詰まりその場に踞る。

 

「いきなり後ろから襲ってくるとは……」

「襲ってないと思う……」

「あの……大丈夫ですか?」

 

 男子生徒が地に倒れていたのは数秒で、すぐに起き上がると達也から距離を取った。

 その手には、魔法を発動させるための媒体であるCADが握られている。

 

「よくもやってくれたな! ウィードの分際で! 身の程を知れ!」

 

 男子生徒が起動式を使った瞬間、それまで黙ってみていた周囲の者たちに緊張が走った。

 それもそのはずで、魔法の自衛目的以外の使用は禁止されている。特に攻撃系の魔法ならば尚更だ。

 

「はっ!」

 

 男子生徒が魔法を発動するよりも早く、そのCADは弾き飛ばされる。CADはそのまま宙を舞い、道の端へと転がっていった。

 

「な~んか朝から面白そうなことやってるわね」

 

 片手に警棒のようなものを持ち、それで肩を叩きながら達也たちに話し掛けてきたのはエリカだった。

 男子生徒は何をされたのかを理解していないのか、自分の手を見て呆然としている。

 

「学校の治安は外よりも良いと聞いていたんだがな。それよりも助かった。礼を言う」

「まあ、要らない世話だったかもしれないけど」

 

 エリカの視線は、達也の足元に注がれていた。

 そこには、ひび割れた石畳の路面が達也の靴から僅かにはみ出して見えている。

 明らかに出来たばかりのそのひび割れは、あの瞬間に達也が何かしようとしていたことに他ならない。

 しかし、エリカが先手を打ったため、それを見る機会は損なわれた。僅かに残念そうな顔を見せたエリカだったが、それもすぐに変わり、話題を元に戻す。

 

「まだやるのあんた?」

「くそっ! 覚えてろよ!」

「なんであんたのことなんか覚えとかなくちゃいけないのよ?」

 

 エリカの台詞で再起動を果たした男子生徒は、捨て台詞を吐いて走り去る。そんな男子生徒へ、聞こえよがしにエリカは追い討ちを掛けた。

 しかし、その男子生徒への追い討ちは、違う形でも現れる。

 

「魔法の無断使用により連行する」

「そこをどけ!」

 

 逃走する男子生徒の前に現れた大柄な男に、男子生徒は殴りかかるようにして踏み込むが、その拳はあっさりと空を切った。そして、本日二度目の地面への叩き付け。更には俯せにされた上に肘関節を極められ苦しそうに悶絶していた。

 

「元気がいいのは良いことだが、羽目を外しすぎたな」

「風紀委員の沢木だ。今回の関係者として君たちも来てもらうよ」

 

 達也たちの方へ寄ってくる男は、爽やかな顔を見せて、安心させるように言うと、男子生徒を取り押さえている男へ顔を向けた。

 

「こっちはこっちでやっとくから、沢木は先に行ってくれ」

「分かりました。ついてきてくれ」

 

 達也たちは顔を見合わせ、沢木の後に続いた、

 沢木に案内されたのは風紀委員たちの活動拠点である部屋だった。

 

「席に座ってくれ。何か飲むかい?」

「もうすぐ授業も始まるのでゆっくりするつもりはありません」

「それもそうか。自己紹介といこう。先程も言ったが、風紀委員2年の沢木碧だ。沢木と呼んでくれ」

「1年の司波達也です」

「同じく千葉エリカ」

「1年北山雫」

「1年A組の光井ほのかです」

 

 沢木は自己紹介の順にメンバーの顔を見て頷くと、本題に入った。

 

「先程のことを始めから話してくれないか?」

「では俺が」

 

 達也がみんなを代表して語る。その内容に、沢木は呆れた表情をしていた。

 

「もう少し穏便にできなかったのかい? 早い話が向こうの勘違いだったんだろう?」

「選民思想がなければ話し合う余地は合ったかもしれません」

「1科生と2科生か……」

「こちらとしても、余計な波風は立てたくありませんが、降りかかる火の粉くらいは払います」

「火の粉ね」

 

 沢木は達也の体を再度見る。その目は次第に細くなり、まるで達也を分析しているようだった。

 

「事情は分かった。君たちからも先程の話で補足するところはあるかな?」

「私は特にないかな~」

「ないです」

「私もありません」

「……分かった。話は以上だから戻っていいよ。時間を取らせてすまないね」

「では失礼します」

 

 達也たちは、風紀委員室を出ると、そのまま自分達の教室に向けて歩き出した。

 達也たちが教室に来た頃には、ほとんどの席が埋まっていた。

 今日からは、名前順に座席が決まっているため、エリカとは軽く手を上げる程度で別れを済ませ、達也は自分の席へ着く。

 そして、デバイスを立ち上げ今日のカリキュラム内容の確認を行った。

 始まったばかりだからだろう。その内容は法律関係ばかりであり、理論的なことは一切ない。

 そのまま達也は操作を続けていると、前の席から視線を感じ、顔を前に向ける。

 

「どうかしたか?」

「いや。いまどき珍しいと思ってな。昔はそれが流行ったらしいが、今の時代に使ってるやつがいるのかと思ってよ。おっと、自己紹介がまだだったな。俺は西城レオンハルト。レオって呼んでくれ、よろしくな」

「司波達也だ。こちらも達也でいい、よろしく」

「それにしても、打ち込みスピード早いな」

「慣れれば誰でも出来るさ」

 

 レオの視線は、達也の手元に注がれていた。

 達也にとって、特段気にするような速度ではなかったが、レオとしては初めて見るタイプ速度を頻りに感心したように見入っていた。

 カリキュラムが始まると、各自のデバイスにやるべき内容が送られてくる。

 そこには、テキストファイルが幾つかと、最後に簡易な確認用のテストが添付されていた。

 生徒たちは、自分のデバイスを操作して授業を開始する。

 確認テストでは、カンニングなどを防止するような機能はない。これは、生徒の認識度がどの程度か確認させるためのものであり、実際の試験と違うので、見ても仕方がない部分もある。それに加えて、日頃の勉強を真面目にやらなければ、簡単に落第することは目に見えていた。

 達也はものの数分で確認テストまで終わらせると、初日に確認できなかった、データとして保管してある目録の確認作業に入る。

 事前に目録の確認をすることで、後の効率を上げようというものだった。

 今、達也の使っているデバイスからはその詳細なデータの閲覧まではできないが故の暇潰しとも言える。

 そのようにして、無難にその後のカリキュラムも消化し、昼休みになったところで、達也に生徒会から呼び出しが掛かった。達也は仕方なく、それに応じる。

 何故なら、教室へ直接呼びに来たからだ。

 

「司波君と千葉君はいるか?」

 

 呼びに来た相手は、風紀委員の沢木。

 沢木は教室の中を見渡し、達也と千葉の姿を見つけると、手を挙げて呼び掛けてきた。

 

「二人とも来てくれ」

 

 遠慮がちに教室の入り口から声を掛ける沢木へ、達也とエリカは顔を見合わせて立ち上がり向かう。

 

「すまないが、昨日の事について判断が下される。その場で意見を求められることもあるだろうから、申し訳ないが付き合ってもらえないか?」

「分かりました」

 

 二人が案内されたのは風紀委員室ではなく、生徒会室だった。そこには、入学式の際に壇上へ上がった生徒会長───七草真由美の姿もある。

 

「お昼休み中ごめんなさいね。そこの席についてくれるかしら?」

 

 席には既に数名が座っており、達也たちは真由美の対面側の席へ腰を下ろす。

 呼びに来た沢木は、部屋の中には入らず、そのまま部屋の中にいる人物へ軽く頭を下げるとそのまま元来た道を戻り始めた。

 

「さて、関係者も揃ったことだし始めましょう。まずは自己紹介ね。私は本校の生徒会長をしている七草真由美です。あなたたちから向かって左側が───」

「部活連会頭の十文字克人だ」

「風紀委員長の渡辺摩利という」

「あなたたちの名前も聞かせてもらえるかしら?」

「司波達也です」

「千葉エリカ」

 

 第一高校の代表者である三人は、達也とエリカの両名を興味深そうに見ると、その視線を外し、真由美を見る。

 二人からの視線を受けて、真由美が話を進めた。

 

「察しはついてると思うけど、今日来てもらったのは、昨日の朝に起こった事についてです。摩利、頼めるかしら?」

「ああ。───昨日の登校時間帯に、校内での暴力行為と魔法の無断使用があった。暴力行為については、生徒の一人が君に話し掛けたところ、急に投げられたとある。これについて異議はあるか?」

「後ろから大声を上げて肩を掴んでくることをそう言うのでしたら、そうなのでしょう」

「つまり、自己防衛だと言いたいんだな?」

「はい」

「そんなことが学外でも通じると思ってるのか?」

「感覚的には絡んできたチンピラを制圧しただけです。何か問題はありますか?」

 

 達也の開き直りのような言い方に、摩利はこれ見よがしに溜め息を吐く。

 

「暴力行為については以上だ。次に魔法の無断使用についてだが、これは周囲にいた者全てが証人となっている。事前に防いでくれたことには礼を言う」

 

 摩利は表情を取り繕い、感情を表に出さないようにしていたが、エリカに向けて礼をする顔には色々と複雑な表情があった。

 エリカは何故か笑いをこらえるように、頷くばかりで何も話さない。

 

「司波と言ったか」

「何でしょう?」

「お前ほどの実力があれば、穏便に済ませることも出来たのではないか?」

「穏便というのがどこまでのことかわかりませんが、絡んできた以上はそれなりの対応をします」

「つまり、過剰防衛であったことを認めるんだな?」

「過剰かどうかは見る人によって違うのでなんとも言えません。俺は一時的に相手の行動力を奪ったのみです」

「ふぅ……。これ以上言っても中々折れそうにないから正直に話そう」

「ちょっと摩利」

「真由美は黙っててくれ。まず、今回は生徒の今後が関わっている」

「早い話が、その生徒の対応を考えるために呼ばれたということですね」

「その通りだ。少しは君の方で折れてくれると思ったが、見通しが甘かったようだな」

「事実を口にしているだけで、それ以上ではありません」

「まあそうなんだが……。と言うわけで、現状では一番重い処分として謹慎一ヶ月。軽くとも一週間の見立てだ」

「こちらに求めているものはなんですか?」

「情状酌量の余地の有無だったんだがな」

「それでしたら、補講という形をとっては如何でしょう? 謹慎しても改善されなければ一緒ですし、そもそも魔法は発動していません」

「では、当事者もこう言ってることだし、魔法が未遂であったことから期間を一週間として補講を行う。それで構わないか?」

 

 摩利は真由美と克人に視線を向けて、是非を問う。初日から新入生に重い処罰は如何なものかと判断が割れていたところだった。

 

「良いと思うわ。改善を促すことは大事だと思うし。十文字君はどう?」

「特に意見はない」

「では決まりだな。二人とも時間を取らせて済まなかった」

「それでは失礼します」

 

 達也はエリカと共に部屋を出る。

 そして、そのままの足で食堂へ向かっているところでエリカが口を開いた。

 

「あ~面白かった」

「何がそんなに面白かったんだ?」

 

 達也は不思議に思っていたことを聞いた。

 エリカの不審な挙動振りは隠そうとしても隠しきれるものではなく、表情を無理矢理取り繕っているのは明らかだったからだ。

 

「いやあ。個人的にスッキリしただけ。ちょっと高圧的に出れば好きにできると思ったら大間違いよね」

「よくわからないが、風紀委員長に恨みでもあるのか?」

「まあ、色々よ」

 

 エリカは多くは語らず、バツが悪そうに表情をしかめるのみ。達也は深くは聞かずに食堂へ入っていった。

 

 その日の放課後。

 授業を終えた達也は、明日のカリキュラムの確認を行い、デバイスを閉じる。

 それを待っていたのか、レオが達也に向き直った。

 

「達也は入る部活とかは決めてるのか?」

「特に決めてはいないな。レオはどうなんだ?」

「俺は山岳部に入ろうと思ってよ。決めてないならどうかと思ったんだ」

「部活に入るかはともかく、今日のところは見て回ろうと思っている」

「よし! それじゃあ早速見に行こうぜ!」

 

 レオは気合いを入れるように叫ぶと、達也を急かすように立ち上がる。

 

「えーっと。私たちも御一緒していいですか?」

 

 達也の後ろの座席から掛けられた声に振り返ると、そこには席から立ち上がり達也とレオを見る美月と、その隣にエリカがいた。

 

「特に問題ないが、レオはどうだ?」

「いいんじゃねえか?」

「回りたいところは決めてるのか?」

「私は文系の方を見ようかと」

「私は運動系の部活でも見よ~かなーって感じ」

 

 話し合った結果として、エリカの希望から先に向かい、その後に美月、レオの順で回ることになった。

 2科生の校舎を出ると、各施設に向かう通路には人だかりが多数できていた。

 その内容としては、部活勧誘期間であるため、2~3年生が1年生を囲んで勧誘するといったものだった。

 

「ここは通るのに苦労しそうだな」

「て、言っても今から反対側に行くのも面倒よね。しかも、いないとは限らないし」

「ここは強行突破だな」

「盾役よろしく! 美月はこっちね」

 

 エリカは美月の手を引くと、達也とレオを壁のようにして後ろ側に移動する。

 美月は困惑するばかりで、エリカになされるがまま移動した。

 この案は功を奏し、部活勧誘の手は悉くを達也とレオで対応し、無事に練武館へ着くことができた。

 

「中々危なかったわね。美月だけだったら拐われてたわよ」

「確かにな」

「気が弱そうだしな」

「そんなことないですよ」

 

 3人の声を受けて美月は反論するが、その声に力はなく自信の無さが表れていた。

 しかし、それには誰も突っ込みは入れず部活の風景へと視線を向ける。

 そこでは、中央の全面をひとつの部活が行っていた。

 そして、端の方には次の順番を待っているであろう生徒が時計を気にしながら待機している。

 

「今の時間はマーシャル・マジック・アーツ部の時間か」

「30分ずつ交代していくようだな。時間的には、次まで約5分後だがどうする?」

 

 興味津々で見ているレオを含めて、達也はこの場に留まるかの確認を行う。

 エリカと美月は興味無さそうにしていたが、レオの視線は魔法を使っての動きを追い続けていた。

 

「これちょっとだけ見といていいか?」

「俺は構わない」

「まあ、せっかく来たんだしね」

「私もいいですよ。他の部活を見るいい機会ですし」

 

 きっちり5分後に次の部活に替わったところまで見届けた4人は、練武館を後にして次の場所に向かう。

 その後に向かった美術部で体験してみるということで仮入部を果たした美月を皮切りに、山岳部でレオと別れ、エリカと二人どうするべきか顔を見合わせた。

 

「さて、ひと通り回ったが……」

「達也くんのお眼鏡に叶った所は無かったわけね」

「それはエリカもだろう?」

「う~ん。後はあんまり見たいとは思わないしな~。帰る?」

「俺は図書室に用事がある」

「また?」

「またというほどまだ行ってないが?」

「でも、今後も行くつもりなんじゃない?」

「色々と参考になるものも多い。当分は図書室通いだろうな」

「ん~。それなら私は適当に見て帰る」

「それじ───」

 

 達也がエリカに別れを告げようとしたところで、何かを抱えた生徒二人がすさまじい勢いで走ってくるのを視界の端に捉えた。

 その二人は、大勢の人に追われているが、余裕があるのか、その顔は笑顔だ。

 その二人が抱えているものと言えば、それは雫だった。

 特に抵抗するわけでもなく、成すがままの成り行き任せにしていたが、達也の姿を見つけて、その視線を達也に固定する。

 達也は何かを期待する目を見て溜め息を吐くと、達也たちの横を二人が通りすぎる際に、その二人から掠めるようにして雫を奪う。

 

「いったい何をしてるんだ?」

「誘拐されてた」

 

 全く焦ってもいない声で言ってきた雫に、達也は頭痛を堪えるように眉間を揉む。

 誘拐したと言っている犯人は、制服の着用をしてはいなかったが、その独特のユニホームから第一高校の生徒であることが伺えた。

 

「あれ? いつの間に!?」

「折角の逸材が!!」

 

 逃げることに専念していたため、雫を拐った二人の反応は遅れる。

 それは追いかけてきていた人たちには十分な時間であり、達也たちが囲まれることにもなった。

 

「是非私たちの部に!」

「マネージャーとして俺たちの部へ!」

「毎日甘いお菓子とジュースを付けるよ!」

「うちらが先に唾つけたんだぞ!」

「彼女は私たちの部に入るのよ! 邪魔しないで!」

 

 全く中にいる者の事を考えない言い合いはエスカレートしていき、達也と雫は女子生徒に囲まれると、その体を引っ張られ始めた。男子生徒は流石にその輪に入れないのか、輪の外から集団に対してヤジを飛ばしている。

 

「一緒にこの子も!」

 

 それまで、揉まれているだけだった達也は、魔の手が自らに及ぶと分かった瞬間、人の波をすり抜ける。

 達也が包囲網から出たところで、その過激な勧誘活動に待ったが掛かった。

 

「そこ! これ以上強引な手段に出るのならば、風紀委員として見過ごすことはできなくなるぞ!」

 

 颯爽と現れたのは、昼休みの時間にも会った、風紀委員長の摩利だった。

 その声に、それまで集まっていた生徒は蜘蛛の子を散らすように雫から離れる。

 そこには、制服を乱した雫が残った。

 それまで、包囲網の外からニヤニヤと傍観していたエリカは、雫の姿が見えた瞬間に顔つきを変えて駆け寄り、僅かに露になった胸元を隠す。

 そして、牽制とばかりに雫を見る者へ視線を飛ばした。

 衣服の乱れた状態の雫の姿を見た者は、特定の人物しかいないようで、ほとんどの視線が、大声を発した摩利に注がれていた。

 

「全く、何が風紀委員なんだか」

「ありがとう。後は自分でする」

「まあ、見られたのは達也くんだけみたいだし、これは慰謝料を請求しないとね」

「請求できるもの?」

「当然でしょ。乙女の柔肌はそんなに安くはないんだから」

 

 達也にとって聞き捨てならないやり取りをしている二人をよそに、生徒たちは摩利の周囲に集まっていた。

 それを好機と見たのか、最初に雫を拐った二人組は、こっそりと雫に近寄っていく。

 

「今度こそ!」

「甘い!」

 

 雫に抱きつくようにしてタックルしてきた生徒を、エリカはその突進の力を利用して投げ飛ばすと、雫の手を引いて達也の裏に回り込む。

 

「俺は壁じゃないんだがな」

「一人だけ逃げた罰ね」

「エリカも逃げたように見えたが?」

「私はそもそも包囲されてなかったからいいの」

 

 エリカは達也を見上げて怒ってますと言わんばかりに、腰へ手を当て達也を指差す。

 

「そもそも、達也くんだったら雫を連れて逃げられたでしょ」

「相手を殲滅するならともかく、ほぼ触らずにというのは無理だな」

 

 達也の視線は摩利に説教を受ける生徒に向けられる。その生徒は大半が女生徒であり、中にはユニホームを着ていることから、その体のラインが際立って目立つ者もいた。

 

「ところで、光井さんはどうしたんだ?」

「光井じゃなくほのか。私は雫で良いって何回も言ってる」

「分かったよ……。ほのかはどうしたんだ?」

「ほのかも拐われた」

 

 何となく予想できていたのだろう。達也は特に驚きもせず雫を見る。

 

「バイアスロンか……」

「知ってるの?」

「雫を拐った先輩と同じ部だろう?」

「そう」

 

 なぜ分かったのかと首を傾げる。しかし、達也はそれに答えることなかった。

 

「君たちすまないな」

 

 達也たちに近付いてきたのは、先程の対応を終えた摩利だった。

 摩利はエリカからの視線を受けて怯んだが、すぐに気を取り直す。

 

「先程のことで分かったと思うが、この一週間は、部活勧誘期間として激しい争奪戦が繰り広げられている。特に部活が決まっておらず、ブラブラ歩いていると狙われるので注意してほしい」

「そもそも、こんな期間を設けなければこんなことにはならないんじゃないの?」

「本来は自分達の部活動のアピールをする期間なんだが……」

「対応出来てないわけね? この学校の規律が緩いんじゃないの?」

「この学校は広くてだな。風紀委員も今は6名しか……」

「そんな言い訳を聞きたくはないんだけど?」

 

 何故か摩利を敵視し、追い込んでいくエリカを雫は不思議そうに見る。

 本来であれば、上級生に対してここまでズバズバと言えるものではない。

 それにも関わらず、逆に上から目線の言い方に雫は戸惑っていたのだった。

 

「取り敢えず無事解決したことだし、ほのかのところに行かないか?」

「ほのかが心配」

 

 二人が次の目的を告げたことで、エリカは摩利を相手にするのを止めて振り返る。

 摩利はその後ろで露骨にホッとしたような表情をした。そして、この隙を逃さないとばかりに逃げ出す。

 

「何かあったら言ってくれ! それじゃ!」

「───全く、根性ないなぁ……」

 

 走っていく摩利の後ろ姿を見てエリカは呟いた。

 

 バイアスロン部は、正式名称をSSボード・バイアスロン部といい、スケートボードやスキーボードに乗って移動しながら目標物を魔法による射撃で撃ち抜き、コースを走破する競技である。

 そのため、移動しながら他の事を行うマルチタスク能力やそれを維持する魔法力。更に目標に当てるという射撃力まで必要であり、選手にかなりの技量を要求するものだった。

 その競技が行われている場所では、一人の生徒が、制服姿のまま嬉々としてボードを動かしていた。

 

「ほのか楽しそう」

「どう見ても喜んでるよね」

 

 射撃は未だ行っていないが、ボードの扱いは見ていても安心できるほど安定している。

 それを確認した達也は雫に問い質した。

 

「ほのかは楽しんでいるようだがどうする?」

「内容は面白そう」

 

 そこへ、雫を拐った二人組が、どうしようか悩む雫の存在を見つけ近付いてきた。

 

「来てくれたの!?」

「ありがとう! こっちよ」

「それじゃあ」

「またね~」

 

 今度は両脇からガッチリと腕を絡まれて連れていかれる雫に、達也とエリカは軽く手を挙げて応えた。

 

「エリカは部活に入らないのか?」

「私は家の事があるし、見学だけなのよね。それよりもさ、新しくお店見つけたんだ。今日はそっちに行ってみない? 一人だと気まずくて」

「それが狙いか?」

「今回は偶々よ? ホントに」

「まあ、いいけどな」

「よし! じゃあ帰宅部同士、帰るとしましょ!」

 

 エリカは達也の返事を聞くと、急かすように校門へ向かい始める。

 その後は、結局エリカに奢ることになり、エリカは満足して達也と別れた。

 



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3話

 部活の勧誘期間中に達也たちが関与しないところで発生した人傷沙汰の事件により、生徒たちのCADの携帯に関する罰則が強化された。

 内容に関しては、剣術部と剣道部のデモンストレーション時に、どちらがより上かという言い合いから剣術部の生徒が殺傷の高い魔法を使用し傷付けた、と言うものだ。

 負傷した生徒の傷自体は浅かったものの、傷付けた方が1科生であり、傷を受けた方が2科生であったことから、1科生と2科生の間にあった溝は学年の垣根を越えて更に深まっていった。

 

「達也くん聞いた?」

「何をだ?」

「剣術部の人が1ヶ月の停学だって」

「ああ、その件か」

「俺も聞いたぜ、殺傷ランクB相当の魔法を使ったらしいな」

 

 達也の前の席にいたレオも話に加わり、美月の隣に立っているエリカの話に補足を加えてくる。

 魔法にはその規模や内容によりランク付けがあり、特殊なものを除き、最大をAとして、その後B、Cとランクがある。

 今回はその中でもBランクと言うことで、十分に相手を殺害することが可能な魔法だったことを表していた。

 

「相手が軽傷だったからって、1ヶ月の停学ってなんか対応が温いわよね。風紀委員はちゃんと仕事しろっての」

「言い方はあれだが、それは俺も思ったぜ。寧ろ、察にパクられるような案件だと思うんだけどな」

「そんなことがあったんですね」

 

 エリカとレオは今回の対応に不満があるようで、その言葉の端々に嫌味のような言い回しを含んでいる。

 美月は話を初めて聞いたのか、二人の話を聞いて頻りに頷くばかりで完全に聞き手へ回っていた。

 

「ただ、魔法を使用した先輩は、どうも暗示に掛かっていたようだけどな」

「「暗示?」」

 

 達也の言葉は、エリカとレオの双方にとって初耳だったようで、二人同時に声を揃えて達也を見る。

 

「魔法の使用に関する理性が僅かに緩くなっていたようだ。それも含めた検査入院と言うことで1ヶ月の停学なんだろうな」

「いったい誰が掛けたって言うんだ? 精神に作用する魔法は許可が無い限り違法だろう?」

「それはどこから聞いたの?」

「噂を耳にしただけだ。詳細は知らないな」

「ふーん……」

 

 達也の言い方に、エリカは若干詰まらなさそうに答えるのみで特に反応は示さなかった。

 

 

 

 4月も半ばに入り、生徒同士の立ち位置が明確になり始めた頃、昼休みの休憩時間にそれは起こった。

 

『これより……』

 

 急に始まった放送に、教室で談話をしていた生徒は勿論のこと、廊下や食堂にいた生徒も、その音量の大きさに驚き、食事をしていた者は箸を持つ手を止め、話していた者は口を閉ざす。

 

「いったい何事?」

「何か連絡しようとしたようだが、ボリュームの設定をミスったようだな」

「連絡なんてデバイスで十分じゃない?」

「そうだよな……」

 

 静かに聞き耳を立てていた生徒たちも、先程の放送に話題が変わる。

 それほど校内放送は珍しいことであり、話題に上がるには十分な出来事だった。

 

『あー。あー。───みなさん。お昼休みの貴重な時間ですが、拝聴願います。

 私たちは今の学校運営に不満を持つものです。なぜここまでの行動に至ったか。それは今年度に入ってからの立て続けに起きた事件が起因しています。

 まず、入学早々に起きた1科生による魔法の無断使用です。本来魔法の無断使用は犯罪に当たりますが、その生徒は特に謹慎などの処分にされることなく学校に来ています。

 次に、部活動においても同様の事が起きました。先週にあった部活勧誘期間において、殺傷性のある攻性魔法が1科生により使用されたのです。本来であればその部活は活動停止処分を受けるのが妥当にも関わらず、現在も活動しています。

 確かに私たちの通っている学校は魔法を学ぶ場ではありますが、あまりにも秩序が無さすぎます。私たちはこの原因が現在の運営体制にあると考えており、1科生のみで構成されていることが要因の1つであると───』

 

 長々と不満を言い綴る生徒のバック音声からは、時折扉を叩くような音がしており、それはこの放送が予定していたものではないことを表していた。

 

「放送室を占拠だってよ!」

「見に行ってみるか?」

「いま行ってきたが、人が多すぎて近付けなかったぞ」

 

 教室へ駆け込んできた生徒の話を聞いて、達也たちは顔を見合わせる。

 放送室に行ったからといって何かできるわけでもなく、寧ろ野次馬根性を出すことにより、その場を混乱させることになりかねない。

 それを理解していたがために、達也たちはその場から動こうとはしなかったが、興味があることには代わりはなかった。

 

「役員は大変だな」

「そうよね~。まあ、この放送にしても、言いたいことは何となくわかるけどやってることはテロだしね」

「テロ……ですか?」

「そうでしょ。放送室を不法占拠して、自分たちの主張が正しいと言い張り、要求が飲まれるまで閉じ籠るって……。小学生かっての」

「確かにな……。しかも要求の内容がなぁ……」

 

 要求は、非魔法クラブの優遇や現体制の解体など、その場で簡単に決められるような内容のものではなかった。

 達也たちのいる教室が2科生と言うこともあってか、放送の内容に関して否定はしないが、肯定というには微妙といった空気を醸し出している。

 

「俺たちがここで何を言っても変わらないさ」

「それもそうだな」

「ところで、部活に仮入部した感想はどうだ?」

 

 放送の内容に関しての意見を締めると、達也は部活の話題へと変える。

 

「それがよ。仮入部だからって楽しませてくれる訳じゃなく、みっちり時間一杯まで体力作りでよ。あれじゃあ、仮入部で何人が残るのか不安になっちまうぜ。確かに体力が無いと厳しいけどよ……」

「最初からとは珍しいな。最初は楽しい思いをさせるものだと思ってたんだがな」

「俺もそう思ったけどよ───」

 

 達也たちは静かになった放送を気にも止めなかったが、これが達也を巻き込むことになるとは、この時は誰も思いもしなかった。

 

 放送室立て籠り事件があった週の終わり。

 カリキュラムの調整の結果、午前中に全校集会が設けられることとなった。

 この日達也は、授業が無いのであればと欠席し、家の中に引き籠っていたが、この集会の場で決定された内容が自分の影響を与えるなど知るよしもない。

 学校に着くなり、いつもより自分に向けられる視線が多いことを不思議に思いながら教室に入ると、一斉に視線が達也に集まる。

 達也は何事かと思ったが、美月の席の近くで達也に向けて手をこまねいているエリカを見て、気にせずに自席へ行く。

 

「おはよう」

「おはよー」

「おう」

「おはようございます」

「どうも視線を集めるんだが、何かあったのか?」

 

 挨拶もそこそこに、何かを言いたそうにしているエリカへ、学校に来てから感じることを達也は訊ねる。

 

「達也くんは掲示板見てないの?」

「今学校に着いたばかりで、まだ見てないな」

「まあ、見たら一目瞭然だろ」

 

 達也は教える気のない3人へ呆れ気味な目を向けると、掲示板に行く手間を惜しんでデバイスを立ち上げた。

 そして、お知らせに記載された自分の名前に目が行く。

 

「達也くんも大変よね。これから頑張って!」

「何故こうなったのか、全く要領を得ないんだが?」

「俺はいいと思うぜ?」

「頑張ってください! 応援してます!」

 

 内容には触れずに励ましの言葉を掛けられるが、達也には理解できないことが増えるばかりだ。

 その時間は達也の疑問が解消されることなく、過ぎていった。

 しかし、1時限目のカリキュラムが始まる前に事態は動く。

 ざわざわと生徒の話し声が上がっている方へ達也が目を向けると、そこには上級生が教室の入り口に立ち、教室中を遠慮気味に見ていたのだ。

 その人物───摩利は達也を見つけると、素早く近づき達也だけに視線を合わせる。

 

「時間を貰いたい。授業については話をしてあるので、単位について気にする必要はない」

「単位は気にしていませんが、何の用でしょうか?」

「昨日集会があったことは知ってるな?」

「ええ。休んではいましたが、事前に周知がありましたので知っています」

「その会議で、君が生徒会役員に任命された」

「内容は意見討論会だったはずですが?」

 

 掲示板に記されていたのは、達也が生徒会入りをする事についてだった。しかも丁寧なことに簡易なプロフィールと顔写真までつけている。

 意見討論会で何故、任命にまで繋がったのか達也には全く理解できない。

 

「まあ、ここで説明もなんだし、その辺は生徒会長に直接聞いてくれ。さあ行くぞ」

 

 摩利は有無を言わさず決定事項として教室を出ていく。その間、全く振り返ることはしない。

 達也は溜め息混じりに、ニヤニヤと笑みの絶えない二人を一瞥して教室を後にした。

 

 達也が連れていかれたのは、二度目となる生徒会室。

 そこには、生徒会役員だけではなく、これまでに見たことのない生徒たちも座っていた。

 部屋の中では誰も話すことなく静まり返っている。

 部屋の中にいるのは以前にも話したことのある学生代表の3人と、見覚えのない女子生徒。顔だけは知っている生徒会役員書記である2年の先輩だった。

 

「お呼びとのことですが、何のご用でしょうか?」

「呼び出してごめんなさいね。既に聞いているとは思いますが、達也くんは生徒会役員に選ばれました。突然の事で驚いているとは思います。本人の了承を得ずに進めて───」

「先ずは、何故そうなったのか経緯を教えてください」

 

 達也は真由美の謝罪を遮る。

 僅かにそうなるかもしれないと達也は予感していただけにショックは少ないが納得はできなかった。

 

「分かったわ。現在の規則では1科生しか生徒会役員になれないことは知ってる?」

「ええ」

「それが昨日あった全校集会で変更になりました。内容は生徒会役員に2科生を入れるというものです。最近、1科生による問題行動が増えたことから、その原因は1科生だけで運営しているから……ということになったの。そこで、2科生を運営に関わらせることになったのだけど、入れるとして3年生はもうすぐ引退するから論外。1年生と2年生どちらを入れるか考えたときに、後々のことまで考えるのであれば1年生が望ましいという結論になったわ」

「1科生のみの運用では客観的に見ることが出来ないから2科生を入れると……。そこで、どうして俺なんです?」

 

 達也は一番の疑問を繰り返す。

 2科生を入れる事は分かったが、それを達也がしなければならないということには繋がらない。

 

「それはあなたの成績よ」

「成績? 言ってはなんですが、俺の成績は2科生の中でも良くて中位です。生徒会の要件には満たないと思われますが?」

「私たちが見たのは実技ではなく筆記の方よ。達也くんは筆記試験をダントツの成績で合格しています。二位との差は平均点で十点以上。魔法力で選んでいたら、今の1科生を選ぶのとそう変わらないので、逆に筆記試験が良かった人を選んだの」

 

 点数差までは聞いていなかったのだろう。生徒会役員を除く者たちは驚きを隠せずに達也を見つめる。

 達也は皆からの視線を気にすることなく真由美を見る。

 

「だからと言って、生徒の意志を無視するというのは如何かと思いますが?」

「どうしても駄目かしら? この話は既に先生方にも了承を得ているのだけど」

「あなたが入らなければ、私たちが頑張った意味がなくなるのよ! あなたも2科生でしょう!? 1科生からの嫌がらせは少なからずあったはずよ!」

 

 それまで静かに事の経緯を見守っていた女子生徒が急に大声をあげる。

 その声に達也は聞き覚えがあった。

 思い当たるのは、放送室を占拠して演説していた生徒の声。

 達也は目を細めて女子生徒を改めて見る。

 

「あなたは?」

「2年の壬生沙耶香よ。私の事はどうでもいいわ。それよりも、今がチャンスなのよ。この腐った体制を───」

 

 達也の動きは早かった。

 沙耶香が話に夢中で完全に無防備で、達也に詰め寄った際にその首を掴み一瞬で意識を奪う。

 

「この生徒は病院に見せた方がいいでしょう」

「なっ!」

 

 悪びれもせずに気を失った女子生徒を抱き上げて宣う達也へ、驚愕の視線が向けられる。

 それもそうだろう。何の予告もなく、話している最中にいきなり相手の意識を奪ったのだから。

 

「あなた……何をしたのか分かってるの?」

「こちらとしては、何故皆さんが気付かないのか不思議なのですが」

「あなたがやったことは暴行罪に値するのよ? ましてや、ここには客観的な立場である者がほとんど。言い逃れなど───」

「少し待て七草」

「でもね十文字君……」

 

 真由美は十文字の視線を受け、浮かせていた腰を椅子に降ろす。

 

「司波。我々が何に気付いてないと言うのだ?」

 

 返答次第では容赦しないとばかりに、十文字の圧力は上がっていく。

 それに伴い、その圧力に慣れていないのだろう。書記をしていた女子生徒は顔を俯かせ、十文字から視線を外して体を僅かに震わせていた。

 

「壬生先輩はマインドコントロールを受けているようです。医者に見せて掛けられた術を解くべきでしょう」

 

 達也は抱き抱えていた沙耶香を十文字に預ける。

 そして、話は終わりとばかりに部屋を出ようと扉に向かう。

 

「待て司波!」

「何でしょうか?」

「どうしてマインドコントロールを受けているとわかる?」

「相手の状態を分析することが得意だから……と言うことで納得していただけませんか?」

「───分かった。今日のことについては明日連絡しよう」

「それでは失礼します」

 

 達也は部屋にいる者の気が変わる前にそそくさと部屋を出て行く。

 残されたものたちは、誰も達也を引き留めることなく部屋を出ていくのを見送った。

 

「とりあえず、俺が壬生を病院へ連れていく」

「そうね。マインドコントロール云々はともかく、意識を失うような事をされたのだから、一度は見てもらった方がいいわ」

 

 十文字が沙耶香を抱えたまま保健室に向かうのを見て、部屋に残された真由美たちは緊張の糸が切れたように息を深く吐き出す。

 

「それにしても、動く前兆を全く感じなかった上に、私が反応できないとは……」

「仕方ないわ。誰もあんなことをするなんて思いもしなかったんだから」

「うう……怖かったです……」

 

 それまで、震えていた書記───中條梓の声に、居ることを忘れていた二人は顔を見合わせ、忘れていたことの贖罪とばかりに慰めていた。

 

 

 

 達也が呼び出された翌日。

 予想通りと言うべきか、登校して早々に再び生徒会室への呼び出しがあった。

 達也はどこか諦めたように、生徒会室の扉を潜る。

 

「率直に言おう。今回の実績を持って、司波の生徒会入りは不動のものとなった。

 ちなみに司波が気絶させた生徒だが、魔法による精神疾患で1ヶ月ほど入院することになっている」

「生徒会に入るのは構いませんが、入った際のメリットを教えてください」

「通常であれば、生徒会に入ることは名誉なことなんだが……、そう言うことではないんだな?」

「ええ。具体的なメリットがなければ、雑用係など御免です。ただでさえ、2科生という肩書きですので……」

「雑用係って……」

 

 真由美は達也の生徒会に対する評価に落ち込む。

 達也は真由美の態度を気にした様子もなく、部屋にいる者たちを見渡した。

 皆はそれぞれ表情は違うが、どのような判断が下されるのかと、真由美の方を見ている。

 

「では、図書館のデータベース使用の優先権っていうのはどう? 混んでるときにも1台は生徒会が優先的に使えるようになってるの。

 図書館の利用が多いみたいだし、便利だと思うんだけど」

「合わせて地下書庫へのフリーパスもあれば引き受けます」

「地下書庫……? 何か特別なものってあったかしら?」

「地下にあるのは、古文書と言えるような古い文献がほとんどです。一般の生徒が見ることはほとんど無いため知らないのも無理はないかと」

「それなら大丈夫……かな?」

 

 真由美は他のメンバーの顔を窺う。

 特に反対意見はないのか、真由美と目が合うと頷くばかりだ。

 

「興味があって聞くんだが、何を見るつもりなんだ?」

「一般的に出回ってない資料が多いので、魔工師志望としては見ておきたい資料があるだけです」

「司波は魔工師志望だったのか……」

 

 摩利が意外そうな口調で達也を見る。

 摩利がそう感じるのも、達也の昨日の対応を見て、かなりの力量があると感じた為だった。

 そのため、警官などの実力を伴う職業を目指していると思ったのである。

 

「司波の技量を見たいのだが構わないか?」

 

 それまで沈黙を保っていた克人が達也に訊ねる。

 

「今からですか?」

「いや、放課後だ。時間もかかるだろうしな。

 部屋はこちらで押さえておく」

「何かあるの?」

「九校戦のメンバー候補を見ておこうと思ってな」

「達也くんがメンバー?」

 

 真由美が不思議に思うのも仕方がない。九校戦は魔法力を競い合うため、魔法力の乏しい2科生では、勝負にならないと言うのが一般常識だ。そのため、真由美は克人に疑問を投げ掛けたのだった。

 

「語弊があるな。メンバーと言っても選手ではなく、CADのエンジニアとしてだ。

 司波は魔工師志望。テストの結果から、魔法に関する理解も深いことが分かる。その上、更に自らの知識を高めようとしているのだから、それを手助けするのも上の努めだろう」

「確かに、エンジニアは毎回選出に困っているからな……」

「エンジニアに頼りっぱなしの人が言うと重みが違うわね」

 

 摩利の何気ない一言に、真由美はジト目で反応する。

 摩利は目線を合わせないように、窓の外へ視線を移した。

 真由美の言葉からも分かるが、摩利はCADの調整が自分で出来ない。そのため、毎回エンジニアに頼っているのだが、真由美はそんな摩利に事あるごとに、自分で調整できるようにと呼び掛けているのだった。

 

「では、今日の放課後にこの場所に集合でいいわね? その時に先程の許可証を渡します」

「───分かりました」

 

 達也は、内心の思いを表情には出さずに承諾した。

 

 

 

 放課後に達也が集合場所へ訪れてみれば、既に他のメンバーは集まっており、入ってきた達也の顔を凝視している。

 集まったのは、既存の生徒会メンバーである4人と、1年生から生徒会に新任された雫。そこに、部活連から克人と風紀委員から摩利という内容だ。

 

「本当にこのような事を1年にさせるのですか?」

 

 挨拶もそこそこに、わざと聞こえるように克人に問い質したのは、生徒会副会長である服部だった。

 

「させなかったらこんな場を設けるわけないだろう?」

「そういうことではなくですね」

「服部君は黙ってて」

「……」

 

 真由美に叱られて黙った服部は納得がいかないのか、イライラの矛先を達也に向ける。

 達也はそんな視線に気付いてはいたが、敢えて何も言わずに無視していた。

 

「それでは、さっそくではあるが技師としての実力を見せてもらおうか」

「どなたでも構いませんよ。2科生に調整を任せても良いという方が居れば、ですが」

 

 達也の挑発的な物言いに服部は何かを言いかけるものの、口をつぐむ。

 言い方は挑発的だが、2科生としての立場を弁えているとも取れる発言だからだ。

 自らの首を締めるような行為をわざわざ止める必要もないと、沈黙したにすぎない。

 しかし、そんな事が通じたのはほんの一部で、それ以外のメンバーは気にせずに話し合っていた。

 

「この場を用意したからには、俺が率先してやるべきだろう」

「いやいや。ここはやはり、私のデバイスの調整をだな」

「ちょっとずるくない? 生徒会に入るのだからそこのトップが見るべきよ」

 

 何故か達也の調整に乗り気になっている状況だった。

 達也は困惑していたが、まさかという思いを込めて、雫に視線を向けると、雫は我関せずとばかりにそっぽを向く。

 

「なぜ皆さんそんなに乗り気なのでしょうか?」

 

 達也は確認の意味を込めて訊ねる。その答えは半ば予想した通りだった。

 

「司波くんは、北山さんのCADの調整をしていると聞いたからよ」

 

 真由美からはそれ以上の説明はなかったが、その場にいるものたちにはそれで十分だった。

 北山といえば、一代で大富豪の仲間入りを果たしており、それ故に商売上で信用できない者を使うことは、まずあり得ない。

 その考えからいくと、娘である雫のCADも、信頼できるプロの魔工師に任せるものであり、それだけの腕があるということを保証するものだった。

 そのため、雫が漏らした内容を察して、実力を見たいと思うのは、上の立場にいる者として当然の帰結なのかもしれない。

 ただし、その話を聞いても納得していない生徒がいた。

 その唯一の生徒───服部は疑わしい目を達也に向けている。

 聞いたことが信じられないと、その目は物語っていた。

 

「負けか……」

「くっ! この気合いを込めた拳が負けるとは……」

「やったわ!」

 

 じゃんけんで勝ったことに喜ぶ真由美は、小躍りしながら調整用の椅子に座り、自らのCADを机に置いた。

 

「さあ、司波くん! 早くここに!」

「分かりました」

 

 真由美は、楽しみなのが分かるくらい顔を綻ばせており、達也が席に座るのを今か今かと待ち構えている。

 

「調整するのはこのCADでよろしいですか?」

「ええ。お願いね」

「では準備します」

 

 達也は真由美のCADを手に取り、調整用の台に乗せて接続し、デバイスを起動する。

 そして、CAD内に保管された起動式を読み取り、幾つかのプログラムを立ち上げた状態で、真由美に向かい合った。

 

「それでは、そのパネルに両手を置いてください」

「はい。これでいい?」

「いつもと同じ感じでお願いします」

 

 達也はデバイスを操作して、真由美の想子波特性データを読み取っていく。その間も、CADの解析を進めていた。

 

「もう結構ですよ」

「もういいの?」

「ええ。後はこちらで調整します」

 

 話ながらも、達也の目線はモニターから外されることなく、指も動き続ける。

 第一高校が所有する調整機には自動調整機能が付いているため、この測定が終われば自動的に合わせてくれる。しかし、機械が行うことはベターではあるがベストではないため、プロの魔工師と比べると雲泥の差が出来てしまうのだった。

 

「───凄い……」

 

 ぽつりと漏れた声は、生徒会所属の中條梓。

 梓はエンジニアとして活動しているため、ことのほか達也の技量の凄まじさが理解できていた。

 モニターは激しく動き続け、達也の手も止まらない。

 常人には本当に見えているのかと疑いたくなるようなスピードに、達也が今何をしているのか理解できた者はほぼいなかった。

 その時間も約十分という短い時間で終わりを迎える。

 

「ふぅ……」

 

 達也は目頭を押さえて揉むと、CADの接続をはずし、真由美に手渡す。

 

「元々のCADに弄るべき所が少なく、とても良い調整がされていましたので、今回は魔法を使用するに当たっての負担を減らすことを念頭に置いて組み直しています。

 確認してみてください」

「───こんなに……」

「どう違うんだ?」

「何て言うか、自分の身体の一部と思えるくらいって言ったらいいのかしら……」

「それほどか……」

 

 手に取り想子をCADに流し込んだことで今までとの違いがわかったのだろう。

 真由美は驚きも露に達也を見た。

 周囲は真由美の反応を見て興味深々に、達也の調整したCADを見ている。

 

「ここまではっきり変わるものなのね」

「次は私のでやってくれないか?」

「確認するだけであれば一人で十分なはずですが?」

「ケチケチするものじゃないだろう? 減るものではあるまいし」

「時間は減ります。と言いたいところですが、構いませんよ」

 

 その後、達也は摩利、克人、梓の分を手掛けることになり、その説明に追われたため、この日は生徒会の内容について話すことなく刻限を迎えた。

 



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4話

 達也が真由美たちの前でやってのけた内容は、本人の意思を無視してあっという間に学校内へ広がっていた。

 

「達也くん。また、なにかしたの?」

「有名人の仲間入りだな。CAD職人と言えばいいか?」

 

 エリカが「また」の部分を強調したことで達也は眉を潜め、レオの言葉で真相を悟る。

 

「特に何かをやった訳じゃないし、有名人になりたいわけでもない」

「でも、結構な噂になってますよ?」

「そっとしておいてほしいんだがな……」

 

 達也の希望は簡単に崩れ去る。

 

「司波くん。ちょっといい?」

「何か?」

「えーっとね。私たちのCAD見てくれないかなーと思って」

 

 2科生の女子数人が、達也たちの元を訪れ、遠慮がちに訊ねてくる。達也としては、色々なCADを見てみたいところが本音だが、それは独自で編み出された起動式を見るためであり、魔法科高校に入ったばかりの生徒が持っている一般的な起動式しか入っていないCADには興味がなかった。

 

「少しは中の起動式を変更したりしたのか?」

「少しだけ……」

 

 存外に、弄ってもないCADを見せるなと言っているのだが、周囲の女子生徒の圧力もあって声を掛けてきた女子生徒は中々引こうとはしない。

 

「CADの授業は別であるんだし、分からなかったらまずは自分で調べるべきじゃない?」

 

 横から口を挟んできたのは、それまで達也と話していたエリカだった。

 話の腰を折られた上に、頼んできた内容はCADの調整について。

 エリカの中では、授業中なら未だしも、休み時間にまで聞くべき内容ではないという認識だ。

 

「CADの調整なんて素人に分かるわけないでしょ」

「そーよ。そんなに簡単に分かれば苦労しないわ。テストの勉強とは違うの」

「大体私たちに先生なんて居ないんだから、分かる人に聞くしかないでしょ」

 

 口々にエリカへ反論するが、エリカの視線は呆れたようなものになっていく。

 

「CADの調整をこれからもずっと任せる気?」

「聞いてるだけじゃない! なんであなたにしつこく言われないといけないのよ!」

 

 それまでとは違い、大声を出して反論する女子生徒に、クラス中の視線が集まる。

 女子生徒は、それに気付かずエリカを睨み付けるが、エリカの態度が変わることはなかった。

 

「端から見てもいい迷惑ってわかるから教えて上げてるんだけど?」

「何。あなた司波くんの彼女なの? 関係ないなら黙っててよね」

「はっ?」

 

 それまでとは打って代わり、不愉快と言わんばかりにエリカの圧力が増していく。

 素人目にも、威圧しているのが伝わったのだろう、女子生徒は及び腰になり、無意識に前にいる生徒を盾のように突き出している。

 

「その辺でいいだろう。CADの調整は授業時間外であれば先生に見てもらうことが出来るから、まずはそちらに聞いてみてくれ。

 俺よりも、先生の方が遥かに教え方も上手いだろうし、物知りだと思うぞ」

 

 達也はエリカからの視線を塞ぐ形で前に立ち、女子生徒に諭すように伝える。

 

「ええ、そうね」

「分かったわ」

 

 女子生徒も頼む本人から言われては強く出れないのだろう、困惑と共に達也たちの前から離れていく。

 

(余計な噂が広まらなければいいが……)

 

 達也の希望むなしく、この事は尾びれ背びれを加えて広がっていくことになる。

 

「あーっと。ごめんね、達也くん。変に突っ込んじゃって」

「俺としても見る気はなかったから間違ってはないさ」

 

 エリカは達也に拝むようにして謝罪し、達也はそれを見て苦笑いで済ませた。

 それでも、エリカは謝罪できていないと考えているのか、後味が悪そうにしている。

 

「そうだな……。そこまで悪いと思ってるならうまいコーヒーの店でも教えてもらおうか」

「あー。そう言えばよく飲んでたわね。分かった! 調べとくから!」

「見付けたら教えてくれ」

「オッケー」

 

 落ち込んだような表情を払拭し、エリカは親指を立てて明るく答えた。

 

 放課後には、早速と言わんばかりの生徒会の業務に見舞われていた。

 内容としては、備品の在庫チェックやら、行事の調整など多岐にわたる。

 達也は不満など漏らすことなく淡々と進めていた。

 やり方を一通り学んでしまえば、後は単純作業の繰り返しになる。

 そのような内容のことを達也がミスするはずもなく、予定していた時間の半分ほどで終わりを告げた。

 

「これでは、私がもう一人いるような感じですね。本当にこういったことは初めてなのですか?」

 

 訊ねてきたのは、今回の引き継ぎを兼ねた指導を請け負っている三年生徒会会計の市原鈴音だった。

 

「はい。ですが、やることは決まっているのでそれほど迷うようなこともないと思います」

「確かに、会計業務はミスをしなければ早いですからね」

「それでは、これで本日は終わりでしょうか?」

「ええ。お疲れさまでした」

「それでは失礼します」

 

 達也が出ていった後に残った鈴音は、データを記録し生徒会室に戻っていく。

 生徒会室では、不貞腐れたような顔をしている服部が、黙々と与えられた仕事をこなしており、その隣では、ニコニコとした笑顔を真由美が振りまいていた。

 奥の方を見れば、大型のモニターを前にして、梓が雫へ書記の引き継ぎを行っている。

 

「おつかれさま、鈴ちゃん。司波くんはどうだった?」

「とても優秀ですね。明日から私に代わっても大丈夫と思えるほどです」

「そこまでかぁ……」

 

 真由美はわざとらしく服部を見ながら答える。

 鈴音が来るまでに、同様のことを服部に訊ねてからかっていたことが鈴音には手に取るように分かった。

 それというのも、放課後の最初の引き継ぎは服部から行っていたのである。

 それが予定の時間を大幅に短縮してしまったがために、次の日に予定していた鈴音からの引き継ぎを行ったのだが、早く終わったことから察するに、服部からの引き継いだ仕事も滞りなく終わったことが分かる。

 2科生が優秀なことを認めたくない服部にとって面白いことではない。

 しかし、面と向かって真由美に嘘をつくわけにもいかず、不貞腐れていたのだった。

 

「ですが、このままでは、予定が前倒しになってしまいます。悪いとは言いませんが、二度手間が増えることも確かです」

「そうよねえ。サポートしながら覚えてもらおうと思ってたけど、今のままだと効率が二倍になったようなものだし、どうしようかしら?」

「私の方は週に一回程度生徒会室に来てもらえれば十分ですが……」

 

 そこで鈴音は視線を服部に向ける。

 

「俺も週一で構いません」

 

 服部は表情をそのままに答える。

 元々一人でやるべきだった仕事なので、来なくても問題ないが、そういうわけにもいかないので、服部は鈴音の意見に乗ったのだった。

 

「司波くんはまた地下?」

「恐らくそうだと思われます」

「ふーん」

 

 真由美は考える素振りを見せると、何かを思い立ったのか、急に立ち上がる。

 

「ちょっと用事を思い出したわ」

「では、決裁の必要な書類は出力しておきますので、確認しておいてください」

「わかったわー。後で読んでおくから置いといてー」

 

 真由美は返事をしながら部屋を出ていく。

 その後ろ姿を見ながら、鈴音はそっと溜め息を吐いて整理したデータを呼び出した。

 

 

 

 数日後。

 生徒会室では、九校戦に向けた打ち合わせが行われていた。

 候補となる生徒は、事前に先生方の評価や部活に通っていれば、そこの部長からの情報を集め、ピックアップされている。

 達也が生徒会に入って行った仕事は先生方からの情報収集であり、その報告はまとめられて服部に手渡されていた。

 その中から実際の選手の選考にはいる。

 

「前回の競技の傾向からいくと、今年はスピードシューティングとバトルボードが濃厚かしら?」

「そうだな。昨年は個人競技しかなかったから、今年は団体競技が来るかもしれん」

「そうなると、モノリスコードかしら……」

 

 選手の選考をするに当たり必要なのは、どの競技にどの選手を割り当てるかと言うことだ。

 競技内容は九校戦の2週間ほど手前でしか発表されないため、現段階では予想を立てて、その競技への調整をしていくしかない。

 しかし、なんでもかんでもすればいいというものではなく、ある程度は昨年の九校戦から予測して候補を絞りこまなければ、選手となる生徒、ならびに関係のある生徒にまで迷惑をかけてしまう。

 

「モノリスコードは十文字くんの方で当たってくれるかしら?」

「ああ。スピードシューティングは七草でいいな?」

「ええ」

「じゃあ、私がバトルボードの選手を見繕うか」

「服部くんはスピードシューティングお願いね」

「分かりました」

 

 真由美が場を取り仕切り指示を出していく。

 鈴音と梓は各種競技の方向性を確かめていた。

 

「そう言えば、司波と北山はどうしたんだ?」

 

 司波という名前を聞いて、真由美は表情がこわばる。

 

「北山さんは入ったばかりなので、部活を優先してもらっています。司波くんは……」

 

 梓の視線は鈴音に向かう。

 視線を向けられた鈴音は首を横に振って真由美に視線を向けた。

 当の真由美は困惑したような表情をしている。

 

「えーっと。そう。やっぱり新入生だし放課後は部活を大事に───」

「司波くんは部活に入っていません」

 

 容赦なく突き付けられた現実に、真由美はあたふたと慌て始める。

 

「このメンバーでも今の段階なら十分だと判断したの。決して個人的な感情は含めてないわ」

「この資料をまとめたのは司波も含まれてるんだろう? だったら、まとめた本人がいれば更に効率的じゃないのか?」

 

 次第に論破していく皆をよそに、真由美は一生懸命言い訳を探すが中々思い浮かばない。

 そこへ別口から助け船が寄越された。

 

「会長は皆さんの能力を把握した上で、十分だと認識されていると考えれば、これ以上は余剰となります。資料については司波から引き継いでますので聞いてください」

「そうよね!」

「ええ……」

 

 真由美は身を乗り出して、服部の言葉に賛同する。

 賛同された服部は、突如として身を近づけてきた真由美に、顔を赤くして口を閉ざしてしまった。

 

「取り敢えず、今日中に選抜しておくのだろう? 出来なければ予定が遅れるのだから、その時改めて呼べばいい」

 

 克人の言葉に皆は頷き、作業を再開させた。

 

 

 

 5月に入って最初の連休を使い、達也は魔工師としての仕事をしていた。

 内容としては飛行術式のテストである。

 現在の技術では、汎用型の飛行術式は不可能とされてきたが、それは昔のこと。

 達也のいる部屋には、複数の技術者がおり、それぞれが目の前のモニターに釘付けとなっていた。

 些細な変化も見逃すまいと、神経を尖らせている。

 

「テストを開始します」

 

 モニターの先に並ぶ魔法師たちは、その声を聞いて緊張感が高まったのか、表情を引き締めて、各自のCADに収められた起動式を動かしていく。

 

「AからFまでの浮上を確認しました。各自ラインまで浮上後停止してください」

 

 設けられたラインは、地上から十メートル程度。

 下は柔らかな衝撃吸収マットになっているため、落ちたからといって大ケガに繋がることはない。

 ゆっくりと浮上を続けていた魔法師たちは、ラインに到着した者から、空中に停止した。

 

「AからFまでの停止を確認しました。これより水平移動を行ってください」

 

 上空へ飛び上がり、着地するだけであれば既存の起動式で可能だが、今行っている、空中での任意の方向へ移動するといったことは出来なかった。

 それというのも、前に発動した魔法が次の魔法を発動する邪魔となってしまうため、飛行魔法のように、任意の方向への飛翔は起動式を組むことが出来なくなっていた。

 そのため、三大難問の1つとして取り上げられていたのだが、今回達也たちはそのブレイクスルーに挑んだのである。

 

「AからFまでの水平移動を確認しました。それぞれ任意の方向への移動を規定時間まで行ってください」

 

 ここまで来たところで、モニターを見ていたものたちにも安堵の表情が浮かび始める。

 既に試験を済ませているとはいえ、本番での性能テストには、皆神経を張り詰めていたのだった。

 

「流石、大将の設計した起動式だ。無駄が全くといっていいほどありませんな」

「牛山さんたちスタッフが居たからこそです。俺だけの力ではありません」

「それでもですよ。元々の設計図がなければここまで来ることすらできませんでした。いやー、大将に着いてきて正解でしたな!」

 

 現在の達也たちのいる会社はトーラス・シルバーと言う、出来たばかりの小さな会社だった。

 しかし、小さいと言ってもその知名度は、このCAD業界では知らぬものが居ないほどのものとなっている。

 理由としては、ループキャストシステムなどの新しいCADを構築し、それが認められたことで飛躍的に知名度が高まったのだった。

 牛山たちは、ある会社において、個性が強すぎる事から、部門を隔離され腫れ物のような扱いを受けていた。

 そのような扱いをするくらいであれば、首にすればいいだけの話だったのだが、生憎とそれぞれが得意分野において優秀であったため、会社としても判断に困っていた部分もあったのである。

 それを達也は、ある筋からの協力により、その部門を丸ごと率いて新しい会社を設立するに至ったのだった。

 

「それにしても、あいつら嬉しそうに飛びやがる」

 

 モニターの先にいる魔法師たちを見て牛山が嬉しそうに言う。

 モニターに写る魔法師たちは、新しいおもちゃを与えられた子供のように、広大な空間を飛び回っていた。

 しかし、魔法も無限に使えるわけもなく、数時間経過したところで、次々と降下し始める。

 

「安全対策もバッチリ機能してますな」

「ええ」

 

 達也は難しい顔をして、魔法師の状況を記録していく。

 その表情に、それまで他の者と同様に受かれていた牛山は達也へ訊ねた。

 

「何か不満な点がお有りで?」

「もう少し、飛行時間を伸ばせないかと思いまして、各個人の状態を再確認していました」

「大将は貪欲ですな。おい! 数人は降りてきたやつらの確認と、数人はこっちで中身の再確認だ!」

 

 牛山の声に従い、研究員は言われずに分担して移動していく。

 達也はそれを頼もしく思いながら、中央のテーブルモニターに図面を呼び出し、意見を述べていく。

 

「まず、魔法を起動した際の、CADによる魔法力の吸収率ですが、このグラフで分かる通り、個人で僅かずつ違うことが分かります。しかし、今の起動式に吸収の効率化まで組み込んでしまうと、人によっては余計な魔法力を消費してしまうようになるでしょう。これについて意見はありますか?」

「ソフトが駄目であれば、ハードであるCADに組み込んでは?」

「ハードで調整したとしても微々たるもんでしょうが、多少は今よりもスムーズにいくはずです」

「余計な消費と言いましたが、どの程度でしょう?」

「このグラフで説明すると、最大値と最小値くらいの差は確実に出てきます。短時間であれば問題ないでしょうが、長時間となれば明らかに差がハッキリと出てしまうでしょう」

「となると、先程のハード対策に賛成ですね」

「他になさそうであれば、まずはそのハードの規格からいきましょう」

 

 達也が司会を務め、次々に進めていく。

 途中で、出戻りのような意見も出てくるが、それについても検証を怠ることはない。

 自分の意見が邪険に扱われることがないため、研究員たちは遠慮なく話し合い、時間はあっという間に過ぎていった。

 

「達也様。日付が変わりました。本日のスケジュールについてですがよろしいですか?」

「もうそんな時間か……」

 

 この会社の秘書に言われ、達也は壁に掛けられた時計を見て呟く。

 この会社では、一日当たりの勤務時間を定めてはいるが、何時に来てもいいようになっている。

 それだと、仕事が回らないように感じるが、基本的に研究を趣味にしている者が多く、必要な設備は一通り会社に備わっており、各自の休憩部屋まであるため、ほとんど会社にいると言っても過言ではなく、24時間常に動いているような有り様だった。

 

「明日は10時より北山様のお宅で、月に一度のCADの調整です。その後、昼食を一緒に摂っていただき、14時からフォアリーブスの社長との会見になります」

「分かった。ありがとう」

 

 スケジュールについては、達也の所持している完全記憶で忘れることはないが、対外的に会社としての対応を任せる人物が必要になる。

 そのため、3人ほどいるのだが、彼女たちは達也が選んだ人材ではないため、多少の警戒感を持って接している状況だった。

 達也はその後、3時頃まで研究員たちと議論を交わすと、睡眠をとった。

 

 

 

 北山邸に訪れた達也は、走り寄ってくる三つの人物を見て片手を挙げる。

 

「達也さんいらっしゃい!」

「今日もお願いします!」

「ああ」

 

 端的に挨拶を返すと、メイドに案内されるまま、いつもの調整部屋へと入っていく。

 

「怒ってる?」

 

 達也が機材の確認を行っている最中、不安そうに聞いてきたのは雫だった。

 他の二人は何の事か分からずに達也と雫を交互に見ている。

 

「怒ってはいない」

 

 何の感情も感じられない声に、雫はその本心を探ろうと、達也を見つめる。

 しかし、その表情は達也の一言で落ち込むことになる。

 

「ただ、余計な騒動に巻き込んでほしくないとは思ったがな」

「えーっと……何のことでしょう?」

 

 訊ねてきたのは雫の弟である北山航。

 話の内容が全くわからなかったのだろう、航は首を傾げて達也を見る。その動作は幼い顔つきも相まって、保護欲を擽りそうなものだったが、達也には全く効果はなかった。

 

「もしかして、CADの調整の話って……」

 

 ほのかは恐る恐るといった感じで達也の反応を窺う。

 雫たちのCADの調整をするに当たって、契約で明記してあるのが、達也の事についてだった。

 そこには、達也に関する個人情報の取り扱いは厳重なものとして、第三者には絶対に明かさない。渡さない。といったことが書かれていた。

 しかし、今回雫のやった行為はこの項目に違反するといってもいいだろう。

 

「その事を含めて確認したい。何故俺のことを話したんだ?」

「───副会長が達也さんのこと馬鹿にしたから……」

「そんなことくらい無視すればいい」

「でも、私も雫と一緒で達也さんが馬鹿にされたら許せません!」

「そう考えてくれているなら、俺の事も考慮してくれ」

「ごめんなさい……」

「すいません……」

 

 二人の落ち込む姿に、達也は溜め息を漏らすと、想子測定器の前に座る。

 

「先ずは雫からだ。余計なことは考えずに、集中してくれたらいい」

「…………」

 

 雫は測定器を握り締め、達也を見つめる。

 達也は雫が測定器を持ったのを確認し、測定を始めた。

 雫とほのかの想子量は、一般的な学生に比べて多く、現在に至るまで、互いをライバルとして切磋琢磨してきている。

 今回入学試験に関しても、総合的に雫に軍杯が上がったが、それほどの差はなかった。

 そんな二人に出会ったのは、約1年前のループキャストシステムを発表仕立ての頃になる。

 企業として目まぐるしい忙しさに見回れている中、その合間を縫うようにして会いに来たのが、雫の父親である北山潮だった。

 潮との会談は30分ほどで終わったが、その時間で互いの意思疏通は十分であり、最初の顔合わせはうまくいったと言っていいだろう。

 潮は、トーラス・シルバーの代表として達也が出てきたことに対して驚いた表情を浮かべることなく、挨拶を済ませるとビジネスの話をし始めたのである。

 潮としては、相手が誰であろうとも、余程の事がなければ差別したりはしない。ただ、今回は試す目的もあり、時間も押していることから、率直にビジネスの話しに入ったのである。

 潮から見てかなり若く見えた達也だったが、それでも一企業の運営をしている手前、その知識は十分に過ぎた。

 潮と話し合った大枠は、雫たちのCAD調整をすることと、業務提携をする旨の内容であり、何時までも親の脛をかじる訳にもいかない達也としては、ありがたい申し出だった。

 潮としても、会社経営から魔工師としての知識まで、達也の幅広い視野を直接確認できたため、今後とも付き合うべきと判断し、ビジネスパートナーとして話を持ちかけたのである。そして、その際に次の会見のセッティングまで行ったのであった。

 その改めて設けられた場で、達也は雫たちに会ったのだが、雫たちの最初の頃は警戒心があまりにも高かった。

 初めて会う相手に、自分のCADを任せることになる不安を考えれば当然の事ではある。

 最初の半月は、航のCADの調整を主に行い、雫たちは簡易的にしか見ていなかったが、航のあまりのはしゃぎようや、簡易的とはいえCADの調整力の高さに興味を抱き、自分達から調整をしてほしいと言ってきたのだった。

 それからは、それまであった壁が嘘のように消え去り、積極的に絡んでくるようになったのは良いのだが、妙に独占欲を働かせる時があるのは問題だった。

 

「失礼します。そろそろ11時となりますので、休憩されてはいかがでしょうか?」

「もうそんな時間ですか」

 

 落ち込んだ状況では、本来の力を十分に測れるわけもなく、結局この時は、航の調整だけを完了させ、雫たちは簡易なメンテナンスに留めることになった。

 室内に入ってきたメイドは、テーブルに紅茶を人数分準備していく。

 

「────航に関しては良い感じに向上していっている、と言っていいだろう」

「ありがとうございます! 先生!」

 

 達也からの助言をもらい、航は嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

 航は魔法力に関して雫たちほどの力はない。そのため、将来の夢は魔工師になることだった。

 そんな将来の夢である魔工師の達也に誉められて嬉しくないはずもなく、達也の助言をもらう度に喜んでいた。

 

「準備が整いました」

「それではいただくとしようかな」

 

 四人掛けのテーブル。

 着席する場所は既に決まっており、達也と航は対面に座り、雫とほのかが向かい合って座る。

 

「いつ飲んでも美味しいな」

「ありがとうございます」

 

 メイドは嬉しそうに微笑むと、空になった達也のカップに再び紅茶を注ぐ。

 

「達也さんは年上が好みなの?」

 

 それまで雑談をしていたのが嘘のように、部屋が静まりかえる。

 部屋にいる者は興味があるのだろう。質問をした雫ではなく、その視線は達也に注がれていた。

 

「好みというものは今のところないな。要は気に入るか、気に入らないか。それだけだ」

「最近達也さんのデートの目撃証言がある」

「えっ!?」

 

 声を上げたのはほのかだった。

 どこか焦りの見える表情で、達也の言葉を聞き逃すまいと集中している。

 

「帰宅途中で喫茶店に寄っただけなんだがな」

「恋人じゃない?」

「特にそういった人物はいないな」

 

 言質を取ったとばかりに、テーブルの下で雫は拳を握り締める。

 しかし、その先を口に出すには憚られた。

 流石にこの場の勢いで言うには、ムードの欠片もない。

 ほのかは見た目で分かるほど、胸の前で手を組みホッとしていた。

 

「数日前に、地下図書で会長が達也さんと一緒にいたのは? 会長の服が乱れていて、顔が真っ赤だったって聞いた」

 

 このまま一気に不安を払拭してしまおうと考えていたのだろう。

 学校で噂になっている事柄をあげていく。

 

「ああ。あまりにも積極的に誘惑してくるから少しお仕置きしただけだ」

「お仕置き……」

 

 何を考えていたのか、ほのかは急に気が遠くなったように力なく倒れてメイドに支えられ、航は顔を真っ赤にして何も言わずに聞き耳を立てていた。

 

「もっと詳しく」

 

 ほのかの安否を横目で気遣いながらも、雫は身を乗り出して達也を問い詰める。

 

「会長本人に確かめてくれ」

 

 このような返答で雫が満足するはずもなく、昼食の時間になるまで、雫の質問は続いていった。

 



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5話

 月日が流れるのは早く、達也たちの入学から、あっという間に3ヶ月の月日が過ぎ去っていった。

 達也の忙しさは、五月に入ってから更に増し、土日の休みは勿論の事ながら、平日の夜中にも仕事をしなければ追い付かないような有り様にまでなっている。

 それと言うのも、先日に発表した飛行術式が原因だった。

 今まで加重系統の技術的な三大難問とひとつと唱われてきたものが、事前に魔法協会への打診などなく、公表されたのだから問い合わせが殺到するのは当然と言えるだろう。

 しかも、達也が抱え込んでいる者はほとんどが研究者であり、その中に接客などのスキルを持つものはほとんどいない。

 そんな者たちに、外部の対応を任せてしまえば、余計な事にまで波及するのは明らかだった。

 今のところは現場の責任者である牛山が秘書と共に対応している。しかし、それにも限度がある。

 そのため、対応の窓口は減らすしかなく、解決までに時間が掛かるのは致し方なかった。

 

「達也さん。お疲れさまでした」

「ああ。亜夜子か」

 

 達也が今日の報告書をまとめ終え、椅子の背もたれに体重を掛けたところで声が掛けられた。

 部屋に訪れたのは、黒羽亜夜子。

 達也の再従妹であり、達也の手助けという名目で親元から送られてきた人材だった。

 亜夜子の仕事は秘書の統括的な業務であり、秘書の三人とは別に仕事をこなしている。

 基本的に対外的な対応は亜夜子が行っており、その対応の仕方は、見た目とは違って本当に中学生なのかと疑わしいことこの上なかった。

 

「コーヒーになります」

「ありがとう」

 

 達也は亜夜子からコーヒーカップを受け取り、ゆっくりと口に運ぶ。

 亜夜子の入れたコーヒーは濃く、眠気を取り去るのに十分なものだった。

 そんな達也の隣にある丸椅子に亜夜子もカップを片手に腰掛け達也を見る。

 

「今日も遅くまでされるのですか?」

「ああ。一段落ついたとはいえ、発注依頼を受けている物の納期が、半年先まで入っているとなっては、睡眠時間を削るしかないだろう? まあ、小さな会社としては嬉しい悲鳴と言うやつだ」

「無理は体に禁物です」

「分かってる。もう少し進めたら寝るつもりだ。亜夜子も明日は学校だろう? 早く寝ておいた方がいいぞ」

 

 心配そうに見てくる亜夜子の頭を撫でると、亜夜子は顔を紅潮させて慌て出す。

 

「子供扱いしないでください! これでも達也さんとは1歳しか離れてないんですから!」

「済まないな。それは気づかなかった」

「もういいです!」

 

 顔を赤らめたままそっぽを向く亜夜子に、達也はどこか懐かしく思いながらも、亜夜子の機嫌をどうやって回復しようかと、その髪を撫でながら考えるのだった。

 

 

 

 学校の授業にも生徒たちが慣れて余裕が出来始めた頃。

 生徒たちは学校での娯楽を求めるように、噂話しに対して敏感に感じとるようになっていた。

 そんな噂と無縁なのは、当の本人たちだけであり、辛うじてその周囲の人達くらいだろう。

 わざと隔離されたような形になってしまっているが、それを咎めるものがいないのもまた事実だった。

 しかし、噂と言うのは広まれば広まるだけ、漏れるリスクが増大し、本人の知るところとなる。

 

「達也。ちょっと聞きたいことがあるんだが」

「どうしたんだ? 改まって」

「達也はエリカと付き合ってるのか?」

「何?」

「えっ?」

 

 レオの質問の内容が理解できなかったわけではなかった。しかし、そのような質問がくるとは思っても見なかった達也は、思わず聞き返してしまう。

 驚いたのはエリカも同じようで、達也と共にレオを見ていた。

 

「俺が知ったのは最近だが、結構前から噂になってるみたいだな」

「初耳だな」

「私も……」

「お二人は付き合ってるんじゃなかったんですか?」

 

 それまでの視線を180度変えて、今度は美月に視線を向ける。

 

「まさか、美月が広めたんじゃないでしょうね?」

「そ、そ、そんなことないですよ! 周囲では普通にカップルとして認識されていたので、てっきりそうだとばかり思ってただけで!」

 

 必死に言い訳を語る美月を、エリカは顔を真っ赤にしながら威嚇するように見つめる。そんな美月は顔を真っ青にして慌てふためいていた。

 美月が勘違いするのも無理はない。

 むしろ、そう考えることが自然と思えるほどに、二人が行動していることが問題だったと言えるだろう。

 二人ともに部活動をしておらず、授業が終われば帰宅するのみ。

 入学初期の印象のせいなのか、帰宅部が原因なのか、はたまた性格が原因なのか。エリカの交遊関係はそれほど広がりを見せず、他の同級生と帰ることも少なかったことから、自然と達也と共に帰ることが多くなった。

 達也としても駅までは一緒のルートであるため、エリカの帰りの誘いに特に意識することもなく乗っていた部分があった。

 そのような事が続けばどうなるか……。

 端から見れば二人は恋人か何かだと考えても仕方ないだろう。

 

「それほど気にすることでもないだろう」

 

 そう言って間に入ったのが、噂の当人である達也だった。

 

「えーっとそれって……」

「所詮は他人の噂だ。飽きてくれば噂すらされなくなる」

「そ、そうよね。ハハハハハ……」

 

 誤魔化し笑いをするエリカを、達也は不審気に見るのだった。

 

 気にするなと言われた手前、エリカとしては意識せざるを得なかった。

 授業中に達也の顔色を何度か周囲にバレないように窺ったが、全く表情の変化は見られない。

 

(全く! 少しは反応してくれても良いじゃないの! これじゃ自意識過剰な奴みたいじゃない!)

 

 普段友達感覚で意識していなかっただけに、それまでの行動を振り返ってエリカは頭を抱える。

 そんなわけで、授業に身が入らなかったエリカは、当然のごとく休み時間を削って補講することになった。

 

「こんな始めの頃から補講になって大丈夫なのか?」

「大丈夫なわけないでしょ!」

 

 八つ当たりとは分かっていても止められないのか、エリカは測定器に向けて想子を流し込みながら答える。

 達也はやれやれとばかりに、自席の方へと視線を向けると、心配そうにエリカを見る美月と視線が交わる。

 達也は肩を軽くすくめて見せると、エリカの席に購買で買ってきた物を置いた。

 

「差し入れだ。適度に休憩を入れることだな」

「───ありがと……」

 

 ボソボソと小さい声で礼を言うと、エリカは袋の中からパンを取り出しくわえながら再び挑戦し始める。

 

「どうでした?」

「何やらむきになっているせいで、制御をミスっているようだな」

「やっぱ、朝の事が気になってるのかね」

「そうかもしれないな」

 

 レオは達也を窺うようにして話している。レオとしても、二人の関係には興味があるところだった。

 

「そのわりに達也さんは平然としてますね」

「特に何かを損するわけでもないし、気にするものでもないだろう? 女子だとそう言うわけにはいかないかもしれないが」

「いや。男だとしても気にするだろ、普通……」

 

 呆れたようにして答えるレオに、達也が答えようとしたところで口をつぐむ。

 レオは不審に思い声をかけようとしたが、顔に命中した上履きによって阻まれる。

 

「あの女……」

「話題にするなと言うことだろ。それよりも、もうすぐ九校戦だが二人は見に行くのか?」

「───毎年見に行ってるぜ。テレビで見るよりも実際に見た方が燃えるしな」

「私も行くと思います」

 

 達也は二人の意識を身近に迫ったイベントに向ける。

 顔に上履きを投げ付けられたレオも、文句を言いたいのを抑えてその話題に乗ってきた。

 美月もレオに賛同してくる。

 

「達也はどうするんだ?」

「俺も行くんだが……」

「どうしたんだ? 行くなら一緒に行こうぜ」

「私もご一緒して良いですか?」

「おう」

「俺は先に行くことになる」

「ん? ───そういや、エンジニアだっけか」

「あっ!」

「そう言うことだ」

 

 ここで改めて達也が違う立場で行くことになるのに気付いた二人は微妙な顔をし始める。

 当初の予定ではレオと達也と美月とエリカの四人であるため、バランス的に丁度良かったが、現在のメンバーはレオと美月の二人。

 これがレオ一人であれば、他の男友達を誘っていけるのだが、美月に対して一緒に行くと言ってしまった手前、美月の事を考慮しなければならなくなってしまった。ここにエリカが入ってくるとなると、両手に花ではあるが、居心地が悪いのは間違いない。

 そんな考えに没頭していたからだろう。

 近付いてくる人物がいるのにレオは気が付いていなかった。

 

「私も行くから」

 

 突然掛けられた声に反応してレオが顔を上げると、仁王立ちしたエリカが、一人の男子生徒を捕まえて来ていた。

 

「いきなり、引っ張らないでくれ!」

「ミキがめんどくさそうにするからでしょ」

「僕の名前は幹比古だ!」

 

 エリカが連れてきたのは、同じクラスにいる吉田幹比古だった。

 幹比古は、エリカの行動に対して不満があるようで、捕まれた手を離そうと躍起になっているが、解くことが出来ないでいる。

 

「あんたが心配しているようなことはないから安心なさい」

「安心できる材料が無いんだが……」

「宿泊場所でしょ? うちで取っとくから問題なし。ミキも来るのよ?」

「何で僕がいかないといけないんだ!」

「たまには他の事に目を向けるのも大事だってことよ。あんたの親にも話しとくから逃げられないわよ」

 

 エリカの一言で、幹比古からの抵抗が無くなる。

 エリカはそれを確認してから幹比古の手を離した。

 

「親まで使うとは鬼だな」

「使えるものは何でも使わないと損でしょ」

「その考え方はどうかと……」

 

 幹比古に対して同情的な二人に、エリカは眉値を寄せて不機嫌そうな表情になるが、何かを思い付いたように笑みを浮かべる。

 

「ふーん……。そんなに二人で旅行がしたいわけね」

「「!?」」

 

 いきなりの発言に戸惑うのも無理はない。

 先程まで、似たようなことを考えていたレオにとっては尚更だった。

 

「その辺にしておいたらどうだ」

「達也くんもこの二人の肩を持つんだ?」

「そう言うわけではないが」

「じゃあどういうわけよ?」

 

 今度はエリカの矛先が二人から達也に向かう。

 しかし、達也にはその矛先をかわす術があった。

 達也は前方の壁に向けて指を指す。

 エリカもその指先の方向へ、なぞるように視線を向けると、その方向には電子時計があった。

 今の時刻は昼休みの終わる1分前。

 休み時間がまもなく終わることを告げていた。

 エリカは時間を確認し、何も言わず席に戻っていく。

 それからのエリカは誰と話すでもなく、静かにカリキュラムをこなしていた。

 

 

 

 入学してから初めての定期試験を終えて、学生たちの気が緩んでいる中、達也の目には隈が浮かんでおり、疲労が目に見えてハッキリと出ていた。

 

「どうした達也? 試験は終わったんだからパーっとどこかに行こうぜ!」

 

 そんな達也に向けてレオは元気づけようと、肩を叩きながら誘ってくる。

 

「例の喫茶店で軽く慰労会でもやる?」

「いいですね。たまには息抜きをしないと」

 

 いつものメンバーが賛同したことで、達也も重い腰を上げた。

 

「そうだな。たまには息抜きも必要か」

「達也さんは今回そんなに勉強したのですか?」

「いや。勉強と言うより資料を見ていたというか……違うことをしていた」

「さっすが余裕がある人は違うね~」

「時間的な余裕はないがな……」

 

 達也の言っていることの意味を理解できる者はいなかったが、久しぶりに集まって騒ぐということで、特に気にせずに話を流す。

 

「よし! じゃあ行こうぜ!」

 

 レオの言葉で全員立ち上がり、教室を出ようとしたところで、四人は待ち構えていた人物に足を止められる。

 

「達也さん一緒に帰りませんか?」

「……」

 

 待っていたのは、Aクラスにいるはずの雫とほのかだった。

 今日は試験の最終日ではあるが、午後からは学校の都合上、下校するように連絡が入っているため、部活もない。

 そのため、二人は久し振りに達也と共に帰ろうと待ち構えていたのだった。

 

「いいか?」

「俺は別に人数が増えたところで大丈夫だぜ。あそこのマスターもお客が増えるんだし、文句ないだろ」

「私も色々聞きたいことあるし賛成~。多い方が楽しいもんね」

「もちろんです」

 

 声を掛けてきた皆の返事を聞いて、ホッとしたような表情をすると、笑顔でみんなに挨拶する。

 改めての自己紹介は喫茶店ですることにし、その場では簡潔に終わらせると、外に向けて歩き出す。

 季節は夏に入りかけな事もあり、外の気温は軽く運動すれば汗をかく程度には暑かった。

 学校からは近く、大通りから外れた場所にある喫茶店の扉を開く。

 店内からは涼しげな空気が、扉を開けた瞬間に漏れ出てきて、店を訪れた人に快適な気分を味あわせている。

 

「マスターお久し振り!」

「いつものとこ使うねー」

「お邪魔します」

 

 マスターへ挨拶をしながら、レオたちは一番奥の場所へ特等席とばかりに陣取った。

 陣取った場所は、Uの字型のソファーになっており、外からは見えにくい位置にあった。

 

「二人は奥ね」

 

 エリカの勧めで、雫とほのかはソファーの奥に座り、それをエリカと美月で挟むようにして座る。

 その後に、男二人がソファーの両端に座って席が整う。

 

「本日はどうされますか?」

 

 タイミング良くやって来たマスターに軽く注文をする。

 注文の品がくるまで、時間もあることから、改めて挨拶を交わした。

 

「1ーAの北山雫です。よろしく」

「同じく、1ーAの光井ほのかです。よろしくお願いします」

「俺は西城レオンハルト。長いからレオで良いぜ。よろしくな」

「柴田美月です。こちらこそよろしくお願いします」

「私は千葉エリカ。よろしくね。私の事はエリカって呼んで。二人も下の名前で良い?」

「うん」

「はい。もちろんです!」

「俺もした方がいいか?」

「当たり前だろ?」

「そこは、空気を呼んでしてほしかったな~」

「俺にボケの才能はないから無理だな」

 

 達也をからかうのもそこそこに、エリカは雫とほのかへ質問を始めた。

 

「Aクラスってカリキュラムはどんなことしてるの?」

「多分、そんなに変わったことはしてない。ただ、担当の教師がつくから、その場で聞くことができる」

「その教師にしても、教え方が違うので、自分に合ってなければ参考にしかならないかもですが……」

「ふーん。別にいるから絶対的に良いって訳じゃないのね」

「疑問に思った際に聞けるのは良いかもしれません」

「参考にはなるってことか~」

「カリキュラムの進行はみんなと同じになる」

 

 エリカは何度か頷きながら話を聞いていく。

 レオや美月も興味があるのか、黙って話の内容を聞いていた。

 

「お待たせしました」

 

 話が多岐に渡り始めた頃、マスターが注文の品を運んできたため、一旦質問を打ち切り、今日の目的を達成するべくレオが音頭を取る。

 

「それじゃあ、試験お疲れさん! また明日から頑張ろうぜってことでかんぱーい」

『かんぱーい』

 

 それぞれ持ったカップやグラスを上に掲げ、順次運ばれてくる食べ物に手を伸ばしていった。

 そうして、場が落ち着いてきた頃、今度は雫が質問を始める。

 

「みんな部活を何を?」

「俺は山岳部だな。見せ掛けじゃない使える肉体にしときたいしな」

「私は美術部です。自分の描いたイメージをそのまま絵に出来れば良いなと思って入りました」

「私たちはバイアスロン部。色んな事を一気にミスなくやると気持ちいい」

「ただ、ボードで滑走するだけでも気持ちが良いですよ。風をきって進む感じは、空を飛んでるみたいでとても良いです」

「私は一応剣道部に入ってるけど、家の道場で鍛錬してるから、帰宅部なのよね」

「俺も帰宅部だな。専らの活動は、真っ直ぐに家へ帰ることだ」

「それ部活じゃない」

 

 他愛ない雑談はその後も続き、一通り話終えたところでお開きとなった。

 雫たちが1科生ということもあり、最初は溝のようなものがあったが、特に偏見を持っていないことが分かると、次第に打ち解けていった。

 

「それじゃあ、また明日」

 

 駅まで着いたところで、達也たちは別れて帰宅した。

 

 

 

 九校戦の選抜はつつがなく終わった。

 初めて達也を見る生徒は不信な目を向けていたが、第一高校の代表である3人に保証されてなお、不満を口にするものはいない。

 しかし、それ以前の問題が発生する。

 どの選手に割り当てるか、だ。

 いくら真由美たち生徒代表が保証したとしても、決める権利は選手にもある。

 名乗りを上げたのは、今のところ達也の実力を知っている者のみ。

 いくら優秀だという噂が流れていても、自分の目で確かめていなければ、躊躇するのも無理はなかった。

 最終的に選ばれたのは、三年から真由美と摩利、二年から服部、一年から雫とほのか、そして英美だった。

 名乗りを上げた選手で予想外だったのが、服部である。あれほど2科生というカテゴリーで見ていたにも関わらず何を思ったのか、真っ先に手を上げたのだった。

 選手が望んでいるのであれば、他の生徒から不満などあるはずもない。

 真由美は自分でメンテナンス可能であったし、摩利は入れる術式が決まっているので、それの調整のみ。

 達也が見るのは実質的に四人しかいないことになる。

 エンジニアの人数に対して、四人というのは少ない数だった。

 

「大体こんな感じかな?」

「まあ、無難なところだな」

「そうねぇ。他に意見はあるかしら?」

 

 真由美の視線を受けて、各担当表を見る。無難ではあるのだが、達也のみ全学年を見ており、異質なのが浮き彫りになっている。

 

「達也くんは大変かもしれないけど、お願いね」

「練習時間については担当の選手と調整したいと思います」

「始めにも言ったけど、私と摩利は週に一回、水曜日に見てくれたらいいから時間を空けておいて」

「俺の方も基本的には火曜か木曜に見てくれれば良い、聞きたいことなとがあれば聞きに行く」

「分かりました」

 

 面倒が少なくて済むことに、達也は内心喜んだが、そんなことは一切表情には出さない。

 その達也に対して、独占できることに雫たちは二人して喜んでいた。

 

 顔合わせを兼ねた打ち合わせが終わり、達也たち四人は場所を以前も使った喫茶店に移していた。

 今回もお馴染みの場所に座る。

 

「初めまして! 明智英美っていいます! 皆からはエイミーって呼ばれてます! よろしくね!」

「司波達也だ。こちらこそよろしく」

 

 達也は差し出された手を握り返す。そんな達也にエイミーは握手した手を上下に激しく動かし、満足してから手を離した。

 自己紹介が済んだところで、雫が話始める。

 

「達也さん。土日も練習したいんだけどいける?」

「そうだな……。今週は無理だが、次の土日からはいけるな」

 

 達也は今のスケジュールを思い出しながら答える。

 飛行魔法の入ったCADの売り上げは爆発的な売り上げを未だに続けているが、問い合わせ自体は落ち着いてきており、残りは会社の人間に任せられるレベルにまでなってきていた。

 

「じゃあ、お父さんに言って場所の予約する」

「決まったら連絡してくれ」

「うん」

 

 話された内容は、学校外でも練習するというもの。

 エイミーは目をぱちくりと見開き、声を上げた。

 

「えーっと。それって私も参加して良い?」

 

 言い方は遠慮しがちだったが、言っていることはそうでもない。

 

「勿論」

「一緒に頑張りましょう!」

「おお! ありがとう!」

 

 喜びあう3人を見ながら、九校戦に向けて既に思考を開始していた。

 そんな忙しい達也の元に、会社からメールが届く。

 宛先はトーラス・シルバーに対してであり、送信元は北山潮から。

 本文の内容は施設の一部を貸して欲しいと言う内容だった。

 達也の立ち上げたトーラス・シルバーという会社で、一番達也が気にしていることはセキュリティである。

 外部とのリンクは一切出来ないよう物理的に遮断され、旧技術である有線の情報転送のみで社内のシステムは構築されていた。

 そのため、部外者は一切入ることは出来ないようにしている。これまでにも、取材などを求められてきたが、その全てを断ってきた。

 それでも、企業スパイなどはいるもので、その対策として、入り口に未だ技術を公開していない脳波を検出する装置を設置してある。これにより、登録された者以外は入室することが出来ず、無理に入ろうとすれば、強制的に捕まるシステムになっている。

 しかし、全ての建物がそうであるわけではない。

 会社を続けていくのであれば、将来の事を考えて雇用をしていかなければならない。

 そうした新たに入ってくる社員用の建物も準備されていた。

 そちらに関しては一般的にある強固なセキュリティを施しているだけなので、強行な手段や、世界的に実力のあるハッカーに対しては気休めにしかならない程度のものだ。

 そちらの建物のスケジュールを見て、土日の業務が無いことを確認し、返信する。

 

「司波くん何してるんです?」

 

 一人デバイスを操作していた達也に、エイミーが話し掛けてくる。

 

「土日のスケジュールを確認していただけだ」

「なんか司波くんって学生じゃなく、社会人みたいですね」

 

 エイミーの発言に、雫とほのかは頷いて賛同する。

 

「それは、俺が親父臭いってことじゃないか?」

「そんなんじゃなくて、何て言ったらいいのかなぁ。落ち着いてるというか、安心感があるというか……」

「達也さんは風格がありすぎる。社交界に出てくるべき」

「普通にいそうだよね」

「雫が言うと冗談になりそうにないから止めてくれ」

「あはは。でも、似合いそうですけどね」

 

 散々にからかわれた後に、自分の出る競技についてのスタイルなどを確認し、この日の打ち合わせは終わりを迎えた。




色々と省きすぎた模様


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6話

 九校戦の出場生徒は、全校生徒の前にて、その名前を知らされることになっている。その時期は、魔法協会より九校戦の種目が通達されてからすぐに行っているのが通例だ。

 第一高校でも、それに漏れることなく行われている。

 

『それでは、第一高校の代表選手とスタッフの紹介を行います』

 

 司会を行っているのは、生徒会に新しく入ったばかりの達也だった。

 達也自身もスタッフではあるのだが、壇上に並ぶことなく、司会を請け負ったのである。達也がスタッフであることは共通認識ではあるのだが、見た目としては1科生が並んだ方が良いという意見に、達也が賛同したのが原因だったりもするが、それはまた別の話である。

 代表選手とスタッフの氏名を読み終え、達也が胸に花を着けていく。

 この時、これを見守る生徒から凄まじい視線が選手ではなく達也に集まったが、達也はこれを無視して淡々と作業をこなしていく。

 そして、何事もなく紹介を終えると解散になった。

 

 

 

 紹介が終われば、その日から選手たちは九校戦に向けての本格的な練習に入る。

 始めに行うのはルールの詳細な確認と、選手の特性に合わせた作戦決めをすること。

 今回の大会の種目は、スピードシューティング、クラウド・ボール、バトル・ボード、アイス・ピラーズ・ブレイク、ミラージ・バット、モノリス・コードの計七種目である。

 

「エイミーの得意な事を教えてくれ」

「私は器用貧乏なので、一通りは水準以上に出来ますけど、その中で得意なのは移動系かも?」

「オールラウンダータイプか」

「そんなに良いもんじゃないですけどね」

 

 エイミーは肩をすくめて見せるが、選手に選ばれた段階で、その水準が高いことが調査をした達也には分かっていた。その上で移動系が得意と言っているのだから、相応の実力があることは想像に難くなかった。

 

「では一度、実際に競技を行ってみるか」

「あれ? 雫やほのかはいいの?」

 

 エイミーが疑問に思うのも無理はない。話の流れとしては、続けて雫とほのかに話を聞くものだと考えるからだ。

 達也はなんのことかと考えたが、すぐに理解の色を示す。

 

「既に聞いているから大丈夫だ」

「そうなんだ……」

 

 不思議そうに首を傾げ、あまり納得していないようではあったが、達也は時間の無駄を省くために、CADを3人に持たせる。

 

「先ずは射撃技術からだな」

「私もですか?」

「基本的な技能を見るだけだから3人ともしてもらうぞ」

 

 射撃の関わる競技は、今回で言えばスピードシューティングだけであり、その出場選手は雫とエイミーであるため、ほのかは意外そうな顔をして達也を見つめる。しかし、達也の考えが変わることはなかった。

 

「その汎用型CADに登録されているものは一般的な術式になる。一覧は手渡した情報から確認して好きなものを使ってくれ」

 

 3人はデバイスから情報を読み取り始める。

 

「───決まったら言ってくれ」

「じゃあ、私からお願いします!」

 

 始めに名乗りを上げたのはエイミーだった。

 射撃用のラインに立ち、CADを構えて的が現れるのを待つ。

 達也は準備が整ったことを確認すると、手元のコントロールパネルを操作し、標的を順次出していった。

 その後、雫、ほのかと行い、次々と他の科目についても調査を続けた。

 

「これで終わりだ」

「疲れたところに、バランス感覚を、要求するとか、鬼ですか」

「達也さんは、鬼畜で、間違いない」

「きっと、深い、考えが、あるんですよ」

 

 それぞれ思っている事を隠そうともせずに吐露するが、あまりの試験項目の多さに疲れ果てており、言葉に勢いがない。

 

「よし。先ずは魔法面から。雫は、魔法力が十分な反面、制御に難有りだな。エイミーはその逆だ。ほのかは全体的に高水準に纏まっている。次に身体面だが、バランス感覚はほのかがダントツに良い。次いでエイミー、雫の順だ。ただ、3人ともに言えることだが、体力不足だ」

 

 現在の3人は壁に寄りかかり息も絶え絶えの状態だった。

 それでも、達也の要求に従いやりきった3人に対して、達也が追い討ちを掛けることはなかった。

 

「後は実際に作戦が合うかの確認だな」

「えーっと……今からですか?」

「今日のところは、どういった内容で進めるかだけに留めるから、実技は無しだ。どうしてもと言うならば考えるが?」

「忘れてください!」

「何事にも限度はある」

「予定通り進めましょう!」

 

 このまま続行するという意見が無いことを、やや残念に感じながら、達也は各自の作戦を煮詰めていった。

 

 

 

 水曜日になり、約束された真由美と摩利の様子を確認しにいく。

 この二人に対して達也が行うことは、メンテナンスとインストールする術式の相談に乗ることくらいだった。

 作戦は既に決まっており、達也が口を出すべき事もない。

 真由美が出場する競技はスピードシューティングとクラウドボール。摩利はバトル・ボードとミラージバット。

 一応この練習期間に出場種目の交代をすることはあるが、この二人に至っては、過去の実績や日頃の成績から、種目の変更は有り得なかった。

 

「ところで司波くん」

「何でしょう?」

「一年生3人とはうまくやっているかい?」

「うまくというのがどのような意図を含むものか分かりませんが、3人の能力は一通り把握しました」

 

 達也がこのような回答をしたのにも理由がある。それというのも、摩利の顔が悪巧みをしているように、ニヤニヤとした厭らしい顔をしていたからだ。

 そのような表情を見て、達也の元々あまりなかったやる気が底辺にまで落ち込んでいる。

 

「美少女を侍らせてどんな気持ちだ? ん?」

「では先輩も美少女ということですね?」

「なっ!? 私の事なんか言ってないだろ!」

「誰も先輩が渡辺先輩であるなど言ってません」

「…………」

 

 摩利の言葉に対して、CADを摩利に返すと共に、お返しとばかりに言い終えると、雑談を打ち切って真面目な話に戻す。

 

「渡辺先輩のCADは、起動式を入れ替えることがなければ、こちらとしてもやることがほとんどありませんね」

「完成している……という認識で良いのか?」

「こちらがやれることは、定期的なメンテナンスと調整くらいでしょう。後は空き容量が少しあるので、そこに工夫をこらすことくらいでしょうか」

「これ以上を入れても、たぶん私は使わないぞ?」

「問題ありません。空き容量が勿体無いと思っているだけなので」

「余計な話かもしれないが、それを入れることで他のものと干渉しないか?」

 

 不安そうな声を出すが、その心配は無用とばかりに達也は断言する。

 

「そのような事はあり得ません」

「自信があるんだな」

「そう受け取ってもらっても構いませんよ」

 

 話を終えたことを見計らったように真由美が部屋の中へ入ってくる。

 その姿は実技の授業で使う服装に着替えられており、汗を掻いているため、服が肌に張り付いて、妖艶さが醸し出されてた。

 

「待たせちゃってごめんね」

「だいぶ待ったぞ!」

「ほとんど待っていません」

 

 摩利の言葉に被せるようにして、達也は答えた。

 

「ノリが悪いぞ」

「嘘をつく必要性が無かったので」

 

 達也は摩利の方を見向きもせずに、真由美へ向かって目の前の座席を勧める。

 

「こちらへどうぞ」

「ありがとう」

 

 摩利に替わって座った真由美に、測定用のデバイスを手渡す。

 真由美は自分のCADを達也へ渡した。

 

「この前と変わりはないから、調整だけで大丈夫よ」

「───そのようですね。前回から想子の値はほとんど変化はありません」

「それにしても、ただのメンテナンスであれほど変わるとは思わなかったわ」

 

 真由美は、前回の調整での事を感慨深そうに思い出しながら答える。

 しかし、達也にとっては当たり前の事をしただけに過ぎず、そのような事に感心されても困ってしまうのが本音だった。

 

「ただ、CAD内のゴミを掃除しただけですけどね」

「そんな事が出来るなんて知らなかったから、私にとっては凄くためになったわ」

「一般的な魔工師であれば知っていることですよ」

 

 メンテナンスを数分で終えると、真由美にCADを返す。

 真由美は受け取ったCADを両手で持ち、精神を集中するように想子を流し込んだ。

 そして、目を見開き達也を見る。

 

「いかがですか?」

「また、何かいじったの?」

「今の会長の想子状態を反映させただけです。誤差のようなものですよ」

「僅かだけど、使いやすくなってる……」

「お持ちのCADを、今の状態を含めて最適化しているだけですから、それほど明確な変化を感じるとは思わなかったのですが……、余程鋭敏な感覚をお持ちなのですね」

 

 この言葉に、真由美は絶句せざるを得ない。真由美から見て、今の状態からの調整など無いに等しいのだから、そこから更に上方修正するなど思い付きもしないからである。

 

「それほどの技術をどうやって会得したの?」

「勉強しましたから」

 

 達也は曖昧にしか答えずに、再度摩利のCADを貰うと、空き容量に記入を始めた。

 

「今度は何をする気?」

「CADの能力を向上させているだけです。他の起動式に対して何かをするものではありませんので、使用者本人にも影響はありません」

「えーっと。初めて聞くのだけど、そういったものというのは、作成段階に設定されているものなんじゃ……」

「後から付け加えることも可能です。ハードとソフト、両方の知識がないと難しいですが」

 

 何でもないことのように答える達也へ掛ける言葉もない。摩利は、中身についてそれほど詳細な知識があるわけではないので、首を傾げるだけに留めているが、真由美の方は目を見開いて達也を見つめていた。

 

 

 

 木曜日。

 この日は服部との調整の日であり、いざ達也が呼び出された場所に向かってみると、服部が既に席について待っていた。

 

「お待たせしました」

「時間前だ。特に問題ない」

「では早速ですが……」

 

 達也は服部の対面の席に座り、服部のデータを表示する。

 

「服部先輩について客観的に分析しました。出場される競技はバトル・ボードとモノリス・コード。まずバトル・ボードからですが、昨年度の他校の実力を鑑みても、十分に入賞圏内に入ると思われます。

 しかし、現状では不安要素が多いため、より確実にするための方法を提示しますので、参考にしてください」

「参考ということは、こちらが決めた作戦に準じると言うことだな?」

「その通りです。最終的には実際に行う選手に決めていただいた方が、不満もなく試合に望めると思いますので」

「ふん。とりあえず聞こう」

 

 服部は、最初こそ不機嫌そうな顔をしていたが、達也の低姿勢なやり方に、その表情は和らいでいく。

 達也はその変化をよく観察しながら続きを話す。

 

「バトルボードのルール内に、魔法で他者への妨害は禁止されていますのでこういったものを検討してみました」

 

 服部は表示された内容を読んでいく。そうして、次第に眉根を寄せると、困惑したような表情で達也に訊ねた。

 

「まず、最初のは理論上可能かもしれんが、起動式を作れるのか?」

「可能です。最終的に必要になってくるのは、魔法力と制御力になるので、そこは服部先輩の腕次第となります」

「まあいい。二つ目だが、これは効果があるのか?」

「経験されたことはありませんか? それを人為的に行うだけです。ただし、先頭にいなければ使えませんが」

「ひとつ目の策で圧倒的に突き放し、二つ目で更に差を広げ、三つ目は……やりすぎではないか?」

「三つ目は保険です」

 

 服部は提示された案を睨み付けて唸り始める。

 今までやったことがないだけに、判断が難しいところではあるが、表示された起動式を使用した際の速度は、コース的にロスはあるもののそれを補って余りあるものだった。

 後はその制御と最後までもたせることのできる持続力があれば問題はない。

 

「起動式はどの程度で用意できる?」

「服部先輩さえよければ、今からでも起動式を入れ換えることができます」

「使ってみないことには判断がつかないが……、その起動式の安全は保証されているのか? 今まで聞いたこともないんだが」

「ええ。これは独自に作成したものなので、聞いたことはないと思います」

「おい!」

 

 達也の言葉に、服部は台を叩いて立ち上がる。その瞳には怒りがはっきりと浮かんでいる。

 服部が怒るのも無理はない。元々起動式は、色々な技術者が試行錯誤をし、何度もテストを行ってから世に出すものであり、一介の技術者がおいそれと出せるものではない。

 達也の言っていることは、安全の確認が出来ていないものを、練習で使えと言っていることである。それは、もし事故が起こった際には最悪魔法師生命が断たれることを意味していた。

 

「安全性については、俺が最初に使ってみせますので、それを見てから判断してください」

「本当に大丈夫なんだろうな?」

 

 身をもって証明すると言われれば、それほど強く出ることもできない。そのため、駄目押しとばかりに安全について再確認するが、達也の返答は簡潔なものだった。

 

「問題ありません。問題があるとすれば、俺の能力では使いこなすことが出来ないだけです」

「───まあいい。そこまで言うのならば見てみよう。そうしなければ話にならないようだからな」

「では、移動しましょう」

 

 達也と服部は、CADの設定をするため立ち上がり、場所を移動した。

 服部のCADの設定と調整はスムーズに終わる。

 元々、そのつもりで達也は起動式を作っており、プレゼンをしたのであって、出来ないことを言うつもりはなかった。

 入れ換えの最中も、服部の表情はよくなかったが、そこには突っ込まずに達也は作業を進めたのである。

 そうして、場所を練習場に移る。

 練習場の端にある、ドーナツ型の簡易な訓練場にて、達也は制服姿のままプールの上に浮いているボードの上にゆっくりと乗った。

 

「司波」

「何でしょうか?」

 

 服部が中央にある陸の部分から、達也に向けて声を掛ける。

 

「お前は二科生ではあるが、エンジニアとしての実力だけは高いと思っている。一応、俺としても案を持っているから、失敗しても気にするな」

 

 達也は服部を見ると、わずかに口許を緩めた。二科生を見下すような態度に変わりはないが、服部は達也の心配をしているのである。

 

「安心してください。起動式を扱う技量が低いだけで、失敗はあり得ません」

「───分かった。取り敢えず、このプールを何周かしてみてくれ」

「では始めます」

 

 達也の合図後。

 その光景を信じられないように、服部はしばらく呆然と見ていた。

 

 

 

 土曜日の朝から、達也の姿はトーラス・シルバーの会社内のフロントにあった。

 服装はラフな格好をしており、一目見て社員だとは分からない。

 トーラス・シルバーの役員名簿で、社内に名前が公表されているのは牛山のみであり、実は達也が社長であるということを知っているのは、ほんの一握りしかいないのが現状である。そのため、普段着のような格好でフロントに居れば、不審人物として捕まってもおかしくない。

 今回はそのような雑事を避けるためにも、牛山に来てもらったのだが、先程から役員のひとりである牛山がいるため、社員からの視線が達也に集まってきていた。

 

「集合場所を間違えたな……」

「どうかしたんですかい?」

「いえ。少し早かったかなと思いまして」

「まあ、少し早いですが、出迎える方としてはこんなもんでしょう」

 

 柱に埋め込まれたアナログ式の時計の針は、約束の時間まで後15分程であることを示していた。

 

「それにしても、大将がエンジニアとして参加するなんて詐欺もいいとこですな」

「俺は歴とした高校生です。多少他の人よりも知識があるだけですよ」

「多少ねえ……」

「事実です」

「まあ、試合はこっちに皆を連れてきて応援しますんで、頑張ってください」

「俺が試合に出るわけではないんですが……、みんながこちらに来るのであれば、こちらのセキュリティを強化しなければなりませんね」

「まあ、同じ敷地内ですし移動自体は直ぐですがね」

「それでもですよ」

 

 達也が牛山と話しているところに、社内へと入ってくる数名の姿が見えた。

 人数は四人。先頭には北山家で、雫たちの世話を主にやっているメイドがおり、その後ろに雫とほのか、最後尾にエイミーがついてきている。

 雫たちは達也の姿を見つけると、受け付けには向かわずに、そのまま向かっていく。

 

「お待たせしました。北山家のメイドをしている黒沢といいます。この度は当家の急な依頼に対し、対応していただきありがとうございます」

「───あー。気にしなさんな。金は貰ってるんだし、思う存分やってくれ、設備で分からないことは、たいし……じゃなく、こちらの子に聞いてくれ。んじゃ受け付けはやっとくから後は任せた!」

 

 牛山は顔を赤くしながら言い終えると、逃げるようにその場を立ち去っていく。

 そんな牛山を視線で追っていた黒沢は、達也に向き直り再び礼をする。

 

「取り敢えず移動しましょう」

 

 物珍しげに建物内部を見ている3人に聞こえるように声を掛けると、達也は社員の視線から逃れるように移動した。

 

 移動した先には既に準備がされており、スピード・シューティング、ミラージ・バット、アイス・ピラーズ・ブレイク、バトル・ボードの舞台が出来ていた。

 

「すご!」

 

 エイミーがその光景を見て呟く。

 雫たちも同様に、その光景に見いっていた。

 達也たちのいる空間は広く、全体としては学校の体育館の4倍に迫るほどあり、その区画ごとに各種競技のセットがされている。

 この建物は外から見た場合、普通のビルに見えるが、その実、ビルで囲われた中央にこの空間が設けられているため、このような場所があるなど簡単には分からない。

 

「まずは、こちらを見てくれ」

 

 達也は3人それぞれに、3人についての調査結果が表示されたデバイスとCADを手渡す。

 4系統8種の魔法について、誰がどの系統を得意としているか、身体能力はどの程度かをグラフに纏めてある。

 

「これを見ると、全部丸裸にされてるような……」

「責任を取ってもらうしかない」

「こういう風に客観的に見るのは初めてですね」

 

 3人が調査結果に対する意見を述べるが、達也はそれに取り合わず、その分析結果を基にした作戦概要を映し出す。

 

「この作戦はあくまで仮に決めたものだ。他にもこうしたい、といった意見があれば遠慮なく言ってもらいたい」

 

 達也の言葉に従い、皆が質問をし始める。

 

「この起動式は見たことないけど、どういったもの?」

「そこのボタンを押せば、立体映像を可視化できるようになっている」

「私のもこれで見れる?」

「そうだな。エイミーも押してみてくれ」

「達也さん。私のものにはありませんが……」

「ほのかは既存の魔法のみだから作成しなかったが、イメージしにくいか?」

「いえ! 大丈夫です!」

 

 雫とエイミーが映像を見ている最中は、ほのかに付きっ切りで競技の中身についても触れていく。

 

「全部で3試合だが、一試合目はほのかの得意な光魔法によって、開始早々に仕掛ける。これで、かなりのリードを稼げるはずだ」

「それでも迫られたら……」

「その試合内であれば、同じように使えるだろう。ただし、遮光眼鏡の着用はしておくように」

「はい……。あの、2試合目は影の利用とありますが具体的にはどうするんでしょう?」

「こちらも光の調整だな。恐らく2試合目からは他の選手も警戒して遮光眼鏡を着用してくるだろうから、それを利用する」

「利用出来るんですか?」

「利用するのさ。人の知覚は無意識で闇を避ける。そこに道があったとしても、身体がそれを拒否するからな」

「それだと、私も無理な気がするんですけど……。私も遮光眼鏡を着用するんですよね?」

 

 ほのかは不安そうに達也を見上げてくる。

 

「ほのかなら出来るさ。そのためにみっちりと練習を積んでもらう。コースを身体に覚えこませれば、多少の誤差など気にする必要もないからな」

「分かりました!」

 

 ほのかはそれまでの不安を一切見せずに、達也に向けて微笑むと、恥ずかしそうにしながら、自分の状態を見て少し離れる。

 ほのかの顔が達也の顔に近付いたため、恥ずかしさのあまり離れたのが真相だが、達也は気にせずに、後の二人に視線を向けた。

 そこには、映像を見終わり、CADをセットする二人があり、CADに想子を流し込んでいるところだった。

 達也はほのかに、ミラージ・バットの練習を指示してそちらに向かう。

 

「内容は理解できたか?」

「私は大丈夫」

「私もです」

「それじゃあ早速練習を開始しよう。今回は雫がメインで白を狙ってくれ。エイミーは魔法力を温存しながら赤を狙ってくれ。無理に落とす必要はないからな」

 

 達也はコントロールルームに戻ると、スピード・シューティングの起動ボタンを押した。

 その数秒後、雫たちの目線の先にある信号が3つ表示され、時間と共に消えていく。

 そして、完全に消えると同時に、ふたりのいる空間内に赤と白の標的が射出された。

 始めは操作の仕方に手間取った雫だったが、途中からミスすることなく撃ち抜いていく。

 

「おお~。途中からパーフェクトじゃない?」

「良い感じ」

 

 エイミーは雫のスコアを見て褒め称え、雫も満更ではないように照れて見せると、銃身の長いCADを持ち上げてみせる。

 

「次は交代だ。エイミーがメインで、雫は休憩しながら狙ってくれ」

「よーし。頑張りますか~」

「分かった」

 

 エイミーは雫の時にコツをつかんでいたのだろう。初めて使う起動式であるにも関わらず、ほとんどミスをすることなく標的を撃ち抜いていく。

 

「ビリヤードみたいで楽しいかも!」

「後は交互に練習を重ねてくれ。一時間したら休憩にしよう」

 

 その後、達也は昼頃まで3人の状態を随時確認しながら調整を加えていった。

 

 昼になる頃には、3人共に疲れが見え始めており、顔には珠のような汗が浮かんでいた。

 そんな3人は、休憩所内のテーブル座り疲れを癒している。

 

「午前中はこのくらいにしておこう。昼からは種目を変えるからそのつもりで」

「これは結構疲れるね」

「ふぅ……」

「足がパンパンに……」

 

 足のふくらはぎを擦るほのかに、達也は予定していた練習メニューを変更することを視野に入れて、黒沢に話し掛ける。

 

「昼食の準備をお任せしてすいません」

「私の仕事ですので、お気になさらないでください」

 

 黒沢はワゴンから料理を取り出すと、テーブルの上に並べ始めた。

 

「それにしても、よくこんな場所取れましたね。トーラス・シルバーって言ったら、完全秘密主義の会社なのに……」

「ここは対外向けの建物だから使わせてもらえるだけ。もう1つの建物は関係者以外誰も入れない」

「いいなあ。そう言えば、雫たちはトーラス・シルバーの社長って見たことある?」

 

 エイミーの何気ない質問に、場の空気が緊張したのが分かったのか、エイミーは不思議そうにみんなの顔を見渡す。

 

「どうかした? 聞いちゃ不味かったとか?」

「気にしないで。一応私は会ったことはある」

「ほのかも?」

「ほのかはその時はいなかった」

「そっかー。で? どんな人だった?」

「普通の人に見えた。意外に若かったかも」

「普通の人か~。やっぱり能ある鷹は爪を隠すってやつなのかな~」

 

 雫は当たり障りのない答えで、エイミーの質問を交わしながら、時おり窺うように達也を見る。

 

(このまま続けば、いつかぼろが出るな)

 

 達也は昼食の途中ではあったが、話題を変えるために午後の予定を伝える。

 

「午後からの予定は、雫とエイミーがピラーズ・ブレイク。ほのかがバトル・ボードだ」

「今の状態だと、中途半端にしかならないと思うよ~」

 

 初日からの激しいトレーニングに、エイミーは休憩時間をもう少し延ばそうと画策するが、達也には通じなかった。

 

「本番でも、決勝では似たような状態になるだろうから、丁度いいだろう」

「もう、決勝の事を考えてるなんて。司波くんって自信家だね」

「そうでもないさ。初めから負ける気で試合に挑むやつはいないというだけだ」

「まあ、確かにそうだよね。私も期待に添えるよう頑張らなくちゃ!」

 

 エイミーは、弱音を吐いた自分を奮い立たせると、あまり喉を通らなかった昼食に手を付け始める。

 うまく話題をそらすことに成功した達也は、質問する気力が沸かないよう、徐々に練習のハードルを上げていくことにしたのだった。



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7話

 夏の暑い日差しが降り注ぐ中。達也は、集合場所であるバスの中で生徒名簿を基に人数の確認をしていた。

 バスに乗り込んでいる達也たち第一高校の生徒の行き先は、九校戦の行われる富士の演習場であり、他校に比べて第一高校は近い位置にある。

 

「後は会長のみです」

「ご苦労。第2車両に戻っていいぞ」

「分かりました」

 

 達也は名簿を服部に返却し、乗っていたバスから一旦外に出ると、後ろに控えていたもう1台のバスに乗り込んでいく。

 その姿を見送った服部は、名簿を再確認し前の座席のポケットに名簿を収納すると、ホッと息を吐いて座席に深々と体重を掛けた。

 

「服部くん。なんか貫禄出てきたね」

 

 声を掛けてきたのは前の座席に座る、同学年の千代田花音。ボーイッシュな格好がよく似合う女生徒だ。

 花音はその明るい性格から、男女の分け隔てなく、誰にでも気軽に話し掛けることが出来るため、クラス内ではムードメーカーであると共に、男女間の問題等ではよく助けを請われたりもしている。

 勿論、中には荒事も発生したりするが、花音は腕っぷしの強さがあることも、頼られる要因のひとつとなっていた。

 

「千代田か……」

「なんか元気なさそうね」

「体調は良いんだが、な」

「なんか悩み事? 相談くらいなら乗るけど?」

「まあ、悩みは色々とあるが、真っ先に浮かぶとなればこれからのことだろうな」

 

 服部は憂鬱そうに窓の外を覗き見る。晴天のような晴れ空とは対称的に、その表情は曇っている。

 

「まあ、不安に思うのも無理はないけど、精一杯やれば結果は二の次だと思うよ? 私だったら、やるからには勝たないと気がすまないけど!」

「結果の心配はしてないさ」

「さっすが無敗の男! その自信があれば悩む必要なんてないじゃん!」

 

 服部が深刻そうな顔をしていたために、余程の事があるのかと身構えていた花音は、服部の言葉を聞いて安心する。

 服部の方も花音の言葉に、表情が普段と違うことを知り、いつもの真面目な表情に戻した。

 

「そうだぞ服部! 俺に勝った奴がそんなしけた表情をしてるんじゃねえ」

「桐原はふざけすぎるなよ。ただでさえ新学期から停学をくらってるんだ。次に問題行動を起こせば、分かってるだろう?」

「もう耳にタコができるくらい聞かされたよ……」

 

 それまでの態度が嘘のように消え去り、桐原の表情は歪む。

 桐原は、部活勧誘期間中に2科生を傷付けた張本人であり、その事をかなり後悔していた。なぜあの時に、ほんの些細なやり取りで、相手を傷付けるような展開に至ったのか、自分の事でありながら理解できていなかった。

 後で周囲の者に聞かされて、有り得ないと思う反面、その記憶があることに悩ませれ、暫く入院することになった。この時の記憶は、桐原にとってまだ新しい。

 

「それにしても、傷付けた相手に向かって『責任は取る!』かあ……言われてみたい言葉よねぇ」

「この場で言うんじゃねえ!」

「良いじゃない。もうみんな知ってることなんだし、結果的に付き合うことになったんだし」

「俺がよくねえよ!」

「賑やかなことは良いが、静かにしろ」

 

 服部は二人に注意を促すと、クーラーボックスからタオルを手に取って立ち上がり、バスの外に出る。

 服部が外に出た理由はすぐに分かった。

 

「お待たせしちゃったかしら?」

「いえ! 全然待っておりません!」

「そう?」

 

 服部が外に出た理由は、窓からバスに向かって歩いてくる真由美の姿が見えたからだった。

 暑い日差しの下を日傘をさしながら歩いてくる姿に、服部は慌てて立ち上がり、外に出たのである。

 

「これをどうぞ!」

「ありがとう。これお願いできる?」

「はい!」

 

 服部は冷えたタオルを真由美に渡すと、代わりに日傘を受け取り、バスの中に入るよう真由美に促した。

 

「あ~気持ちいいわねぇ」

「…………」

 

 服部は手で促すばかりで声を出せずに真由美に見入っていた。

 真由美の服装は、見慣れている制服姿ではなく、白のワンピース姿につばの広い帽子を被っており、風景と相まって、服部の目には目映く写った。

 そんな服部の視線に気付き、真由美はわざとらしく首回りから胸の辺りまでをタオルで軽く拭いていく。

 その姿に服部は知れず、唾を飲み込んだ。

 

「いつまで見てるのかな~?」

「はっ! いや! その! どうぞお入りください!」

 

 服部は真由美と目を合わさぬように視線を上に向けると、手をバスの入り口に向ける。

 真由美はクスクスと笑いながら、バスの中へと入っていった。

 

「今日は良い日になりそうだな……」

 

 服部はこれからの事を一旦棚上げし、太陽の光を片手で遮りながら呟いてバスに乗り込むと、操作盤で出発するよう指示を出し、自分の席に戻って着席した。

 

 

 

 会場が近いと言っても、他校に比べればであり、移動には三時間ほど掛かる。

 その移動の最中は、選手やエンジニア同士で雑談したり、ゲームに興じたりと様々なことで時間を潰していた。

 しかし、例外はあるもので、達也だけは黙々とひとりデバイスを操作していた。

 達也の見ている画面は、現在のバスの通行ルートであり、他の車両の状態が映像で表示されている。

 ほとんど代わり映えのしない画像であったが、1時間ほどしたところで、対向車線に規定よりも速度を出して走行する車両を発見する。

 達也は不審車両に対し、事前に用意していたスイッチを押した。

 そのスイッチを押しても、達也の乗っている2台目のバスには何も起こってはいない。

 起こったのは1台目のバス。

 数名に手渡していた受信機が震えだしたのだ。

 その受信機を持った数名は直ぐ様立ち上がり、バスの外を警戒する。

 

「かなりの速度で対向車が来てる! ───みんなは大人しく座っててね」

 

 七草の言葉に、克人、摩利、市原、服部の視線は前方へと向かい、他の生徒は何事かと、不安そうに立ち上がった生徒を見ていた。

 

「まさか……来る!」

 

 その数秒後、対向車線を大きくはみ出して飛び出てきた車両に対して、克人が持ち前の術式により車両が近付く前に撥ね飛ばし、服部が飛び散った炎を払い除ける。

 そして、それと同時に摩利は1台目、市原が2台目のバスに減速魔法を掛けて安全に停止させた。

 あまりの一瞬の出来事に、座っていた生徒は呆然とその光景を見て動けず、誰も声を出さない。

 真由美は安堵の息を吐きながら、他にも来ていないことを確認し、みんなに声をかけた。

 

「もう安心して良いわ。びっくりさせちゃってごめんなさいね。緊急の場では、魔法同士の相剋が起こると怖いからみんなには大人しくしてもらったの。私は後ろの車両の確認をして来るから服部くんはこの場をお願いね」

「俺は突撃してきた車両の方を見てこよう」

「行きましょう」

 

 真由美と克人は連れ立ってバスを降りていく。

 その後数分間は、状況が飲み込めなかったのか、誰からも質問されることはなかった。

 

 バスを降りた真由美たちが目にしたものは、カメラをセットして現場を撮影している達也だった。

 達也は降りてくる二人の方に歩いてくると、軽く頷く。

 

「ありがとうございます」

「お礼を言うのはこっちの方よ。それにしても、司波君の懸念が当たったわね」

「当たってほしくはありませんでしたが……」

「司波は車両の中を確認したか?」

「運転席のある前部があそこまで凹んでいては、例え安全装置があっても無意味でしょう」

「安否は確認してないんだな?」

 

 言外に安否確認しても無駄と伝えたが、克人は関係ないとばかりに、再度達也へ確認をとる。

 

「はい。かなり炎上しているので、迂闊に近付くのは危険かと判断しました」

「確かにな……」

 

 そう言いながら、克人は得意魔法であるファランクスを纏うと、炎上している車両に近付いていった。

 

「2台目のバスの方はどう?」

「生徒会の権限を使わせてもらっていますので、申し訳ありませんが、会長から説明願います」

「分かったわ。警察への連絡はお願いね」

「分かりました」

 

 真由美は達也に頷いて見せると2台目のバスに向かっていく。

 達也は、その後警察へ連絡を入れて事情を説明した。

 

 

 

 本来であれば、3時間程度で宿泊するホテルに着くはずだった時間は、大幅に遅れて倍の6時間も掛けることになった。バスから降りた時の空は、時刻が遅くなっていたこともあり、僅かに暗くなってきている。

 第一高校の生徒たちの顔には、動いていないにも関わらず疲労の色が見えた。

 

「今日は19時からホールでパーティを兼ねた食事会があるから、疲れてるとは思うけど出来る限り出席してね。ただし、強制はできないから、無理にとは言わないわ。一応今のうちに明日の事を言っておくけど、選手は8時にロビーへ。スタッフの皆は少し早いけど、7時半にバスに集合よ」

 

 真由美がバスから降りた生徒たちに聞こえるよう声を幾分大きくして予定を伝える。

 生徒たちはその話を聞き終えると、ホテルの鍵を受け取り各自の部屋に向かっていった。その後ろ姿を真由美は見つめながら横に立つ克人に話し掛ける。

 

「やっぱり今日の出来事はキツかったのかしら?」

「慣れていないのは間違いないだろうな。この事が明日に影響を及ぼさなければ良いが……」

 

 克人もその表情からは読み取れないが、不安があることを口にする。

 そして、今日の立役者へと視線を移した。

 

「それにしても、司波には驚かされるな」

「そうね……。事前に言われたときは、備えるだけという話だったけど、本当にその時が来るなんて思いもしなかったわ」

「確かに……俺たちだからよかったが、もし居なかったらと思うと、最悪な事態も有り得ただろう。今後の移動手段について検討しておくべきだろうな」

「そうね。引き継ぎ事項に書いておくわ」

 

 真由美たちは、それぞれ達也に対して思うことがあるのか、達也が見えなくなるまでその視線を外すことはなかった。

 

 達也は資機材の一部を部屋に置くと、すぐに部屋を出ようとして、足を止める。

 

「どうかしたのか?」

 

 達也の部屋の前には、雫とほのかが出口を塞ぐ形で陣取っていた。

 

「達也さん。その機械は何?」

「どこかに行かれる予定ですか?」

 

 質問を質問で返された達也は、溜め息を漏らすと、自らの用件を先に話す。

 

「俺はこれから、機材のセッティングとメンテナンスをする予定だ。二人はどうしてここへ? もうすぐパーティが始まるが出席しないのか?」

「そのパーティに誘いに来た」

「達也さん、一緒に行きましょう!」

 

 誘いに来ただけにも関わらず、二人は達也の両サイドに回り込むと、その腕に掴まり、達也の返答を催促するように顔を赤らめながら見上げてくる。

 達也の腕は、発展途中の二人の体に包まれるが、達也の表情に変化はない。

 しばし、達也は何も言わないままであったが、他の生徒の気配を感じて返事をする。

 

「───分かった。取り敢えず機材を戻すから両手を離してくれ」

 

 達也の言葉に二人は手を離す。

 達也は回れ右をして、部屋に戻ると持っていた機材を床に置いて再び廊下に出た。

 

「おお~い。そろそろパーティの時間だよ~」

 

 そこへエイミーが手を挙げながら、達也たちの方へと近付いてくる。

 

「エイミーまで来たのか」

「その言い方はちょっと失礼ですよ!」

 

 エイミーは怒ってますとアピールするように、両手を腰に当てて仁王立ちになり、達也を威嚇するように眉根を寄せる。

 

「達也さんが逃げ出す気だった」

「ええ!? 参加しないつもりだったんですか?」

「余った時間を有効に使おうと思っただけだ。他意はない」

「じゃあ、行きましょう」

 

 ほのかは恥ずかしそうに達也の手を取ると、案内するように手を引いていく。

 

「うわぁ。積極的~」

 

 しかしその積極的な対応も、エイミーの一言で終わりを告げた。

 

 

 

 パーティ会場にはそれぞれの学校ごとにテーブルが用意されており、その上には食べきれるか分からないほどの料理が並んでいた。

 そのテーブルを囲むように、各学校の生徒たちが集まって食事をしている。

 達也たちは会場に入ると、立ち止まることなく第一高校の面々が集っている場所に進み、空いている食器を手に持って料理をつまみだす。

 

「立食パーティかぁ」

「エイミーは初めて?」

「うん。テーブルマナーとか厳しかったから、立食とかは無かったんだよね。雫たちは?」

「私は何度かある」

「私も、雫と一緒に何度か……」

 

 パーティと言う名目の為か、エイミーはテーブルマナーを気にすることなく、皿に料理を盛り付けては口に運んでいる。

 対する雫とほのかは、幾つかを摘まむと、飲み物を手に持ち、達也から離れて、他の生徒との談話に興じていた。

 同校の生徒同士の話が落ち着いてきた頃、生徒たちはバラバラになり、違う学校の生徒たちとの交流を深めるべく移動し始めていた。

 達也もそのタイミングを見計らって、この場を離れようとしていたが、達也の後ろから近付いてくる人物に気付き、離れるのを少し待つ。

 

「お飲み物はいかがですか~」

「ひとつもらおうかな」

「お酒はありませんが、各種取り揃えております」

 

 笑みを浮かべて達也に声を掛けてきたのは、女性用の給仕服を身に纏ったエリカだった。

 片手に飲み物の入ったグラスが乗ったトレーを持ち、もう片方の手を腰に当てて胸を張り、達也に給仕服姿を見せつけている。 

 

「では、お茶を貰おうかな」

「はい、どうぞ」

 

 達也はトレーからお茶を受け取り、何か物言いたげなエリカに向けて、声を掛けた。

 

「よく似合っているな」

「ありがとう。素直に言ってくれるのは達也くんだけよ。ミキなんてコスプレとか口走るし、センスが欠落してると思われても仕方ないわね」

 

 エリカは顔を赤らめながら、ある方向を見て呟く。エリカの視線の先には、同じく男性用の給仕服に身を包んだ幹比古が、慣れない給仕の仕事をしている姿がある。

 

「元気そうで何よりだ。レオたちはどうしたんだ?」

「レオと美月は裏方ね。美月にも給仕の仕事を勧めたんだけど、拒否されちゃって……。かわいいと思うんだけどなあ」

 

 エリカは制服のスカートをつまみ上げ見せる。

 制服姿だけを見れば、良いのかもしれないが、その姿で仕事をするとなると、かなりのバランス感覚や体力が必要であることが、他の給仕を見て分かる。

 そんなところへ美月を無理に誘っても、あまり役に立つことがないのは、日頃一緒に授業を受けている達也には、想像に難くなかった。

 そんな二人が話しているところへ、大きな集団が寄ってくる。

 

「この場に何をしに来たのですか?」

 

 達也へ声を掛けてきたのは、第三高校の制服に身を包んだ女子生徒だった。

 その女子生徒の見た目は、10人が10人とも美しいと言えるほどのもので、その容姿に引き寄せられるように、その背後には大勢の人を連れている。

 

「食事をしに来ただけだが?」

「司波さんが声を掛けてやったって言うのに、その態度はなんだ!」

 

 達也の返事が気に入らなかったのだろう、取り巻きの一人が声を上げる。

 

「声を掛けてほしいと願い出たわけでもないんだがな」

「なんだと!?」

 

 険悪な雰囲気になってきたが、司波と呼ばれた女子生徒が腕を横に上げたことで、その雰囲気も霧散する。

 

「あなたは何の競技に出るのですか?」

「俺は選手ではない」

 

 達也の言葉に司波は目を見開き、驚きを露にすると、矢継ぎ早に質問をしてきた。

 

「何故出ないのです!? 有り得ません、実力がありながら出ないなど! あなたは何をしに来たのですか!?」

「何故と問われても、2科生だからだろうな。ただ、エンジニアとしてサポートは行う」

「2科生!?」

 

 今度の驚きは、これまでの比ではなく、そんな司波の姿に周囲は不思議そうな視線を向けていた。

 

「用がそれだけであれば失礼するよ」

 

 達也はその隙に、その場を離れていく。呼び止めるタイミングを逸した司波は、その後ろ姿を見つめることしかできなかった。

 

 達也は部屋に戻ると、機材を持って外に出ていく。

 パーティがまだ行われているためか、人影は全くと言ってよいほど無かった。

 

 

 

 早朝から、達也たちスタッフは割り当てられた拠点で仮設作業を行っていた。と言っても、大掛かりな作業はなく、各競技場所に設けられた部屋に、持ってきた機材を配置するだけの仕事だ。

 配置が終われば、スタッフのみでミーティングを開始する。

 

「今日から試合が始まります。各員悔いが残ることがないようにしましょう」

 

 そんな市原の言葉から始まったミーティングは、先日のパーティで集めた情報を基にした他校と第一高校の比較から行われる。

 

「やはり、最大のライバルは第三高校でしょうか?」

「そうですね。昨年度の実績から言っても、その可能性が高いでしょう。しかし、そちらに意識を払って目前の競技が疎かになることは避けてください」

「それはもちろんです」

「現在第一高校は二年連続で優勝しているため、狙われる可能性が非常に高い状況です。一対一の競技であれば、それほど気にする必要はありませんが、レースなどの競技ですと、真っ先に止めようと動いてくる学校もあることを念頭に置いておいてください」

 

 その場に揃ったスタッフは真剣な表情で、鈴音の言葉に耳を傾ける。

 その後のミーティングは、注意事項と相手選手のデータを渡すのみで終わり、それぞれの持ち場へと移動していった。

 

「お待たせしました」

「今日はお願いね」

「微力ではありますが、最善を尽くします」

 

 達也は真由美の状態を確認すると、CADの調整を素早く終わらせる。

 そして、調整の終わったCADを真由美に手渡した。

 

「えーっと。二人きりだけど、前みたいなことはしないわよね?」

 

 真由美は、少し怯えながら達也に訊ねる。その姿に、達也は悪戯しようかという考えが頭を過ったが、今から試合であることを思い出し、自重する。

 

「誘って来なければ何もしませんよ」

「誘ったらしてくるのね……」

「それよりも、使い心地はいかがですか?」

「文句なしよ。これで負ける方が難しいんじゃないかしら?」

 

 真由美は何度かCADに想子を流し込んで調子を確認すると、膝の上に置いて、意を決したように達也へ顔を向ける。

 

「ちょっと準備運動を手伝ってくれない?」

「良いですよ。試合前ですし、じっくりと準備運動しましょうか」

 

 達也の言葉に、真由美は顔を真っ赤にして両手を左右に激しく振る。

 

「誘ってるんじゃないから! 違うから!」

「試合前に体を解すことは普通です。何か勘違いなさっていませんか?」

「司波くんっていじめっこなの?」

 

 真由美は達也にからかわれていることを悟り、ジト目で達也を睨み付ける。

 

「その様なことはありませんよ」

「絶対嘘。司波くんはSね。───司波くんって呼び難いから達也くんでいいわよね? と言うか拒否は認めません!」

「どちらでも構いませんよ」

 

 達也は立ち上がると真由美に近付いていく。

 真由美は身の危険を感じたのか、同じく立ち上がり後ずさる。

 

「な、何?」

 

 手をわきわきと動かしながら、何も語らずに近付く達也へ真由美の精神はまともに思考することを放棄して目を瞑った。

 

「何をしているんですか?」

 

 そして、次に目を開けたときには、目の前に達也の姿はなく、準備運動用に敷いたマットの傍に座って待っていた。

 そこで、またからかわれたことを悟った真由美は、顔を真っ赤にしながら達也に文句を言いつつも、準備運動を行っていった。

 

 達也とのやり取りで緊張が解れたのか、真由美の快進撃は留まることを知らず、ひとつの取り零しもなくスピード・シューティングにて優勝を決める。

 

「お疲れさまでした」

「達也くんもね」

 

 達也は真由美からCADを受け取ると、真由美が休憩している間に内部のメンテナンスを行う。

 その後、真由美と共に作戦本部に戻ってみると、真由美は盛大に歓迎された。

 

「おめでとう!」

「連続で優勝ですね!!」

「ありがとう。男子の方はどう?」

「男子も優勝を勝ち取っています。作戦に携わる者としては、このまま他校を突き放して欲しいところですね」

「出足は好調ということね」

「明日のクラウド・ボールについても期待していますのでお願いします」

「任せて!」

 

 真由美は自信満々に請け負うと、他の生徒を見渡す。

 

「みんな、今日は応援ありがとう。明日からもお願いね」

 

 真由美から労いの言葉が掛けられる。

 その後、明日出場する選手を除き、第一高校の生徒たちは食事をするため、移動を開始した。

 本来であれば、真由美も微細な調整をするはずなのだが、生徒会長としてか、本日の立役者としてか、調整などは行わずに、他のみんなと一緒に食事を楽しんでいた。

 

 二日目に入り、達也と真由美は、第一高校に割り当てられた選手控え室にてCADの調整をしていた。

 達也は真由美にCADを手渡すと、対戦相手の分析結果を伝える。

 

「出力は七割程度もあれば余裕でしょう。恐らく、五割で辛勝、七割あれば完勝が狙えます」

「全力を出すなってこと?」

「出す必要がないということです。予選でわざわざ全力を出す必要もないでしょう」

「まあ、そうだけど……。そうね。優勝を目指してるんだし、作戦の一貫よね」

 

 真由美は納得はしていないが、達也の言葉に理解を示した。

 

「そろそろ時間のようです」

 

 試合開始の五分前になり、達也が真由美に試合会場へ入るよう促す。

 真由美は達也に頷いて見せると、それまでの迷いを振りきるように、CADを手に持って歩いていった。

 

 その後の試合は、前日同様スムーズに運ばれる。

 達也の分析を凌駕する選手が現れることもなく、真由美は決勝戦に辿り着き、一戦目を終えたところだった。

 

「例えるなら、まるで作業をしてるみたいだわ……」

「それはよかった。───これで完了です」

 

 達也は真由美の愚痴に、適当な相槌を返すと、調整したCADの具合を確かめ、真由美に渡す。

 真由美は達也の態度が不服なのか、わざとらしく頬を膨らませて抗議する。

 

「ちょっと、聞いてるの?」

「もちろんです。余裕を持って勝てるということは、それだけ力量差があるということに他なりません。喜びこそすれ、不満を持つこともないのでは?」

「確かに勝つことが絶対条件だけど、何て言ったらいいのかしら……。相手が気の毒になってしまうのよね……」

「敵に情けは無用です」

「……達也くんが敵じゃなくて本当に良かったわ」

 

 真由美はしみじみと呟き、CADの調子を確かめる。

 

「では、次の試合では9割ほどの力でお願いします」

「えっ!?」

 

 今まで良くて7割だったため、若干不完全燃焼ではあったが、確実な勝利のために抑えていただけに、達也の言葉が信じられなかった。

 

「次は第2セットよ? ここで、力を使うと後が少し怖いんだけど……」

「恐らく次はありません。となれば、会長の出番はこれが最後となりますので、ほぼ全力を出していただいても問題ないと考えました」

 

 達也の言葉を受けて、真由美は対戦相手の姿を視界に収める。対戦相手は椅子に座り頭からタオルを被っているため表情を確認することは出来ないが、その肩の動きから、呼吸を乱していることがわかった。

 真由美は再び達也へと視線を戻す。

 

「つまり、相手にはもう力が残されてないということね?」

「はい。ここまで力を温存してきたので、こちらに影響はほぼありませんが、通常の選手は勝ち残るだけでも消耗は激しいようですね」

 

 達也の視線は相手選手に向けられており、全てを見透かしたような内容を真由美に語る。

 

「よく見てるわね……」

「一応これでも魔工師志望ですから、観察や分析は得意です」

 

 真由美は呆れたような表情をするが、開始ブザーがなるとその表情を引き締め、ステージに向けて歩き出す。

 

「じゃあ、決めてくるわね!」

「ご存分に」

 

 達也は真由美を送り出すと、控え室内の片付けを始めた。

 達也の考え通りと言うべきか、相手選手の力はほとんど残されていなかったのだろう。試合半ばにして力尽き、真由美の優勝にて幕を閉じた。



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8話

 二日目を終えた段階で、総合順位はダントツのものとなり、第一高校は盛大な賑わいを見せていた。

 

「今日の真由美先輩の試合は格好よかったね!」

「ほんとほんと!」

「最後の試合なんて、圧倒的すぎて相手選手がかわいそうなくらいよ」

「それまでの試合なんて、最後のための調整って感じだったし凄いよねぇ」

「それを言うなら、十文字先輩もじゃない? 全試合完勝よ?」

「さすが十師族だね~」

 

 興奮したような声が聞こえる中、第一高校の代表である3人だけ、別の席で話し合いの場を設けて座っている。その表情は真剣そのものだ。

 

「まさか、九校戦が行われているときに、問題が起きるとはな……」

 

 克人の元には、第一高校で起きた事件の情報が入ってきており、それはもちろん生徒会長である真由美と、風紀委員長である摩利の元にも入ってきていた。

 内容は外部からの侵入に伴う校舎の損壊と、先生および生徒の被害報告。

 損壊状況は、扉と窓が突入の際に破壊され、戦闘により壁が一部破壊されていることが映像と共に入ってきている。

 

「人の被害が軽い事が救いかしら」

 

 真由美が目を通しているデータには、怪我の具合が記載されており、重傷者は居ないものの、軽傷者が多く出ている事が示されている。

 

「この相手の目的が恐らく特別資料室との事だが、そちらの報告が被害なしなのが腑に落ちないな」

 

 摩利は眉間に皺を寄せて考えるが理解できなかったようで、首を傾げる。

 扉や窓を破壊してまで突入してくる相手が、目的の部屋へ入るためにわざわざ鍵を壊さずに入るというのは考えにくい。

 武器として爆弾まで持ち込んでいるのだから尚更だった。

 

「戦闘のあった場所は2ヶ所のようだから、本当ならば陽動が騒ぎを起こしている間に、目的を達成するつもりだったんだろう」

「それにしても御粗末すぎる……。いったい何がしたかったんだ?」

「それは今後の取り調べでわかるだろう。当校の生徒にも共犯者が居るようだからな」

 

 克人はやや残念そうに事実を伝えると、送られてきたデータを閉じる。

 

「これは庇いようがないわね」

「懸念がこのような形で出てくるとは……」

「一応、解決した案件ではあるが、今後のこともある。犯人の身柄はこちらでも更に調べておこう」

「お願い」

 

 賑やかな夕食を行っている一方で、達也は目立たぬよう早々に切り上げて自室に戻っていた。

 その達也の部屋には、別口でホテルに来ていた3人の姿がある。

 

「達也くん今日もおつかれさまー」

「お疲れ達也」

「お疲れさまでした、達也さん」

「特に疲れるような事は無かったけどな」

 

 四人は、部屋のテーブルに置かれた菓子を摘まみながら、九校戦の話題で盛り上がっていく。

 

「それにしても、七草会長は凄まじいな。出た競技全て優勝とか俺には考えられねえよ」

「たぶん勝つことが当たり前なんでしょうね。生徒会長という肩書き以上に十師族なんだから、恐らく負けられないのよ」

「それでも、スピード・シューティングではノーミスですから、すごい技術ですよね」

「まあ、変な集団が沸いて出てくるくらいには凄かったわね」

 

 話の合間を縫って、達也は疑問を口にする。

 

「そう言えば、幹比古はどうしたんだ?」

「あ~。あいつ連れてこようと思ったんだけど、拗ねちゃってさ。一人にしてくれとか言って、外に出ていっちゃったのよね」

「ふむ……」

 

 達也が考え込む姿を取ると、エリカは不機嫌そうな顔で美月の肩に手を回す。

 

「な~に、達也くん。こーんな美少女が二人もいるのに、ミキのことを気にするなんて」

「自分で美少女とか───ぐっ!?」

「煩いわよ。男は黙って頷いてたらいいの」

「腹に蹴りをかますことはねえだろうが!」

「だって殴ったら拳が痛くなるじゃない」

「部位の話じゃねえよ!」

「二人とも落ち着いて」

 

 口喧嘩を始めた二人の仲裁に美月が入っていく。しかし、全く耳に入らないようで、口論は続いた。

 美月は助けを求めるように達也へ視線を向けると、達也はおもむろに立ち上がり、CADを手に取ると調子を確かめるように、確認を始める。

 

「達也くん何かするの?」

 

 達也の様子に気づいたエリカが、それまでしていた口論を止めて達也に訊ねると、達也はCADが収納されていたケースを閉じて鍵をかける。

 

「少し気になることがあるから席を外すが、3人は好きにやっててくれ」

「気になることって?」

「ハズレていたら恥ずかしいから言えないな」

 

 達也は言い終えると、部屋を出ていく。残された3人は顔を見合わせて、机の上に散らかった菓子の袋を見た。

 

「取り敢えず片付けようか」

「そうだな」

「そうしましょう」

 

 部屋の主がいなくなったことで、静かになった部屋を、3人は大人しく片付け始めた。

 

 

 

 真夏特有のじめじめとした暑さが、身体全体にまとわりつく。

 辺りには一定間隔で設置された灯りはあるものの、そこから外れれば、月明かりしか頼れるものはない闇。

 その暗闇があってなお、茂みに身を潜めて姿を隠しているのは、一人になるため外出した幹比古だった。

 何故、茂みに隠れているのか。それは、この暗闇に紛れるように、黒一色で統一された服を着た男たちを発見したからに他ならない。

 幹比古は、気分転換に散歩をしていたが、同じ年代の選手たちが、九校戦の舞台で競いあっている姿を見て、焦るように魔法の特訓を始めた。その際に、比較的近くにいたこの男たちの存在を知覚したのだった。

 最初は警備員の一部と言う認識だったが、訓練に利用しようと聞き耳を立てたことで、それが思い違いであることに気付く。

 

「控え室にこの爆弾を設置するだけで百万か……」

「スイッチを入れるのを忘れるなよ?」

「そんなへまはしないさ」

「それより、時間は大丈夫か?」

「そろそろ、オートロックが解除される頃だな」

 

 聞こえるはずのない距離の声は、鮮明なまま幹比古へと伝えられる。

 それと言うのも、幹比古は自分の五感を精霊に付与する魔法を使用することが出来るからだった。その間、本体は無防備になるものの、見えない位置に隠れてしまえば問題はない。

 幹比古は精霊とのリンクを切ると、自分のCADを握り締めて、唇を噛み締める。

 男たちの目的を知ってしまった以上は、取り抑えねば後悔することになる。しかし、それが自分にできるのか……。

 幹比古は思い悩むが、何時とも知れないタイムリミットに鼓動は早まっていく。何故すぐに行動に移さないか……。それは幹比古が自分の腕に絶対の自信が持てないからだ。

 そもそも、幹比古は2科生である。昔ならいざ知らず、今では術の起動に時間が掛かるため、四人の内、二人くらいは仕留めることが出来るが、後が続かない。警戒されたあげく、逆襲にあう恐れも十分に考えられる。

 本来であれば警備員に知らせることこそbetterなのだが、そこまでの思考力は無く、焦りの中で出した行動は、消極的ではあるものの、効果的なこと───時間稼ぎだった。

 自らのCADに入れてある起動式を確認し操作する。

 その十数秒後、視界が霧に覆われていき、男たちをすっぽりと包み込むと、その範囲を広げていった。

 

「霧が出てきたな」

「迷うほどの距離ではない。行くぞ」

 

 男たちは目的地に向けて進むが、既に幹比古の術中にいるため、方向感覚を狂わされて、同じところをぐるぐると回り始めるが、それもすぐに男たちに気付かれることになる。

 男たちは異常に気付くと顔を見合わせ、図ったようにCADを操作すると、その場に風を巻き起こした。それは、風と言うよりも竜巻に等しい暴風であり、霧は上空へ巻き上げられ霧散する。

 それからの男たちの行動は早い。

 それぞれがバラバラに散っていき、暗闇の中に溶け込んでいく。

 流石の幹比古も、四人を同時に追えるわけもなく、自分の力量の低さに溜め息を漏らした。

 その後。男たちが周囲にいないことを確認した幹比古は、不審な男たちが居たことを報告するため、立ち上がりその場を静かに去っていった。

 

 バラバラに移動した男たちについてではあるが、その後すぐに、捕まっていた。

 ここは、軍の演習場でもあるため、警備しているのは雇われ警備員だけではなく、軍の関係者も多数存在する。

 その中のひとつ───ある部隊に、ここの警備任務が通達されていた。

 

「それにしても、呆気ないものだ」

「そう言うな。これでも一応裏の者なのだから」

「だからこそなんだがな」

 

 話しているのは二人。

 それぞれが一人ずつ、不審な男を捕らえていた。

 そこへ近付いてくる気配に気付き、二人はそちらへと視線を向ける。

 

「ご苦労だった」

「少佐に二人も任せてしまいすいません」

「気にするな、結果的にそうなっただけだ」

 

 少佐と呼ばれた人物の両手には、気を失った黒服の男がそれぞれ握られている。

 

「後は尋問するだけですかね」

「簡単に口を割るとは思えないが……」

 

 話している場へ、大型の車両が近付いて止まると一人の男が降りてくる。

 

「大漁のようで何よりですな」

「後は任せた」

「では、警備に戻ります」

「ああ。俺は少々残る。連絡はいつもの方法だ」

「了解しました」

 

 最初にいた二人は、息を合わせたようにそれぞれ違う方向に移動していく。

 その光景を遠くから観察していた者がいた。その者は、内心ヒヤヒヤな場面はあったものの、概ね予想通りの展開に胸を撫で下ろすと、誰にも気付かれること無く静かにその場を立ち去っていった。

 

 

 

 九校戦三日目ともなると、会場の熱気は更に加速し、夏場の暑さもあって、応援団の一部から倒れるものが出るまでに至っていた。

 その暑さは、各校のスタッフが神経質な対応を迫られるほどの日差しを、容赦なく競技場へ降り注いでいく。

 本日行われるバトル・ボードは、コースがひとつしか無いことから、男女交互に行われる。そういう意味では、服部と摩利の競技がブッキングしている達也にとって有り難かった。

 この競技。現在1試合目が終わったところであるが、第2試合が始まる前に休憩が設けられることになった。

 理由は審議をするため。

 審議の内容は、一人の生徒が叩き出したタイムにあった。

 コースは全長数キロに亘っており、それを3周するため、1試合あたり時間は十分程度掛かってしまう。

そんな長丁場をただ走行すれば良い訳でもなく、他の競技者の妨害をしながらなのだが、この試合は違った。

 スタートはほぼ一緒であったにも関わらず、その速度は他の選手の約2倍。

 圧倒的過ぎて、一人だけで走っているのかと錯覚してしまうほどだった。

 歴代の選手が切磋琢磨して作り上げてきたタイムはなんだったのか。

 それほどの差が生まれてしまう。

 

「あれは……なんだ?」

 

 1校の控え室で映像を見ていた摩利は呟く。それは、他の者も是非聞きたい内容だった。

 

「服部くんが使用したのは、磁力誘導を応用したものです。自身をボードを含めて1つのオブジェクトとして設定し、撃ち出す魔法です。レールガンの応用でしょう」

「あの速度で、肉体の方は大丈夫なの?」

「1日3試合分が今の限界のようですね。肉体と言うよりも精神力がもたないようです。マルチタスクの能力に、先を見通す知覚能力、判断力などかなり繊細な技術が要求されます。そのため最後の一周は、流すように速度を落としたのでしょう」

「それでも……これは……」

 

 ゴールした服部は呼吸を整えると、競技用の選手控え室へ入っていった。

 

『ただいまのバトル・ボードのタイムは、公式タイムとして登録されます。繰り返します。ただいまの───』

 

 審議の結果を聞いて選手の表情は、色々なものへと変わる。

 第一高校のメンバーは顔を見合わせて喜び、他の高校の生徒の表情は暗いものとなった。

 タイムを比べてみても、スタートダッシュなど誤差にしかならないほどのタイムに、対抗手段など思い付くはずもない。

 

「男子は優勝間違いなし……でいいのかしら?」

「後は服部くんの調子次第でしょう。大きなミスさえなければ、優勝は確実です」

「そうとなれば、後は摩利の方ね……。もしかして摩利も……」

「それはありません。前回と同様の術式で登録されています」

「確かに、摩利だったら今のままでも十分ね」

「ええ。ここで男女ともに優勝を掴めば、ほぼ全体優勝は確実です」

「最後のモノリス・コードは十文字君だし分かるんだけど、新人戦がまだあるのよ? その結果次第じゃないかしら?」

 

 鈴音の言葉は、ほぼと頭についていたものの確信を含んだ物言いだった。真由美は作戦の指揮者として、全体を監督している鈴音の事を羨ましいと思いながらも、他の事については訊ねない。

 見る楽しみが減るのが主な理由だが……。

 

 

 

 摩利は、自分の出番を今か今かと逸る気持ちを抑えながら、スタート地点で待機していた。

 そこでは、スタート前に達也が言った言葉が脳裏を過る。

 

「危険走行するような選手がいても無視して走行してください」

「それは構わないが───」

「と、言っても実際には無理でしょうから、スタートは後ろから行くことを進めます。後からの追い上げでも十分に挽回可能なはずです」

「人の話を聞け」

「決勝に七校が出てきた場合は、特に気を付けてください」

「おい」

「これは作戦本部には伝えていないことなので、判断は任せます。まあ、聞いていただけないとは思いますが……。それではお気をつけて」

「…………」

 

 一方的に言い終えた達也は、摩利にスタート地点へ行くよう扉を開けて勧める。

 摩利は不満があるようで、顔をしかめながらも、時間であるため部屋を出ていった。

 

 レース開始の直後。

 一人の選手が使った魔法により、スタート地点は大波に飲み込まれた。

 魔法を使用した本人と、周囲の選手を巻き込んだ津波は数秒後に収まったが、巻き込まれた選手たちはボードから水中に投げ出されたりと、その場で足止めされる。

 この自爆のような魔法から難を逃れたのは、スタートダッシュを決めた者と、その選手から遠く離れた位置の選手のみ。

 スタートダッシュを決めたのは……。

 

「やはり、言うことを聞くことはない、か……」

 

 先頭を走るのは、スタートダッシュを決めた摩利だった。

 真横でやられたにも関わらず、逆にその津波の勢いを利用して一気に他の選手との差を広げてしまう。

 その光景を見たほとんどの選手が摩利の予選通過を確信した。

 

「変な助言をするから、危うく捲き込まれるところだったぞ!」

 

 控え室へ戻ってきて、開口一番に達也へ非難めいたセリフを吐くが、その内容とは違い、顔はニヤニヤとした笑みを浮かべている。

 

「慢心は禁物です」

「勿論分かっているさ」

「…………」

 

 達也は溜め息を吐く。それと同時にノックの音が部屋に響いた。

 

「入っていいぞ」

「失礼します」

 

 摩利の許可を受けて入ってきたのは服部だった。

 服部は摩利に対して軽く会釈をすると、CAD調整用の機材の場所に座る。

 

「司波。調整を頼む」

「分かりました」

 

 達也は摩利から視線を外し、服部の前にある座席に座ると、測定用の機器を服部に手渡し、測定を始めた。

 摩利は服部の様子を見て、それ以上茶化すことなく荷物をまとめ始める。

 

「私は一旦本部に戻る。服部頑張れよ」

「はい。ありがとうございます」

 

 顔を摩利に向けることなく告げられた言葉は簡潔なものだったが、その表情は真剣そのもので、かなり緊張していることが手に取るように伝わってくる。

 その張り詰めたような空気を感じ取った摩利は、余計なことは話さずに、そのまま部屋から出ていった。

 1試合目に目立ちすぎれば、2試合目からマークされるのが常だが、今回は全く当てはまることはない。

 他の選手も最初から服部を居ないものとして、2位争いをしていた。

 

「まるで、大人と子供が同じコースでやってるみたいね……」

 

 真由美の言葉は、観客席に座る者の心の一部を代弁していた。

 それほど圧倒的と言う言葉が、この試合結果には相応しい。

 

「では、私は戻るぞ」

「ええ。摩利も頑張ってね」

「勿論、私も勝つさ」

 

 笑顔で答える摩利に、真由美は微笑みながら送り出した。

 

 ここまでの流れは順調であり、第一高校の作戦本部としても特に何らかの措置をしなければならないほど、緊迫した様子もない。

 

「今日の種目を取れば、優勝できる確率は8割ほどになります」

「ふむ。あとの二割は新人戦か……」

「はい。ですが、女子の方で入賞が4種目で見込めるため、確率は9割ほどになるでしょう」

 

 鈴音の言葉に克人は目を閉じ、男子の部での結果を想定する。

 第一高校の1年生に、確実に入賞できると言える人材は少ない。その中で上げるとするならば、ボディーガードの家系として有名な森崎くらいのものだ。

 これで一人も入賞できず、他校の順位に偏りが出た場合、追い付かれる可能性は十分にあり得た。

 新人戦のポイントは、本戦とは違い貰えるポイントが少ないとはいえ油断はできない。

 本戦で貰える1位と2位のポイント差は20点。

 最後に行われるモノリス・コードは、克人が出場するため、能力上、優勝することは疑いようがない。

 克人は、組んでいた手をほどき、立ち上がる。

 

「1年を見てくる。何かあれば連絡をくれ」

「分かりました」

 

 克人は少しでも勝率を上げるために、調整しているであろう1年の選手のもとに向かった。

 

 スタートまでの時間を表示する信号に光が点る。

 選手は腰を落とし、その視線は信号の光をコンマ数秒以内に見極めようと必死だ。

 信号は3つ。

 始めに一番上が点き、次にその下が点く。

 そして、3つ目の信号が変わると共に、選手はスタート地点を飛び出した。

 最初で、摩利が徐々にその差を開いていく。その速度は、摩利にとってもオーバーペースであったが、勝てるという確信があるのだろう。速度を落とすことはない。

 その後ろにいた選手は、そのオーバーペースについていくことはせず、自らのペースを守っていたが、3番目にいた選手は、摩利のペースについていくため、速度を上げる。

 その速度は、摩利の速度を越えており、次第に差は縮まっていたが、最初のカーブでその表情が変わった。

 恐怖に歪んだ表情は、誰が見ても異常事態であることが分かる。

 摩利は、どの程度の差が開いたかを確認するため、カーブに差し掛かる場所で後方を見た。

 そして見てしまった。凄まじい速度でボードから投げ出された選手の姿を……。

 摩利の判断は早い。伊達に風紀委員長をやってはいなかった。始めに速度を落とし、後方に向き変えると、生徒を受け止めるために幾つかの魔法を使用する。

 相手の速度を緩めるもの、自らに起こる衝撃を逃がすもの、ボードと自分との座標固定。

 そして、摩利の意図とは別に、その魔法を起動したことで、他の魔法が発動した。

 摩利は自分が発動した魔法と、相手選手の状態、更には自分のバランスまで取らないといけないため、その事には気付けない。

 相手選手は摩利にぶつかる寸前で目を閉じ身構える。

 ここまでに過ぎた時間はほんの数秒。

 そして、選手との接触が起こる。

 摩利は選手を受け止めると、細心の注意を払って魔法を制御しようとするが、身体が言うことをきかない。

 身体と言うよりも、運動エネルギーの方向と言った方がいいだろう。

 本来であれば、衝撃を和らげつつ受け止める算段だったが、意図していない魔法により、一気に水面へ向けてその衝撃が抜けていく。

 水面は衝撃で凹むが、それは一瞬のことで、何事もなかったように穏やかな水面へと戻っていった。

 コース上で抱き合ったままの二人を、後から来た選手が次々と抜いていく。

 摩利は呆然と目を閉じたままの選手を介抱していたが、すぐに事態が解決したことを思い出し、選手をコースに預けてレースに復帰する。

 他の選手との差は十数秒。しかも、最初のオーバーペースと、マルチタスクの連続使用。普通の選手であればそこで止めるかもしれないが、摩利は未だ諦めてはいなかった。

 

「それにしても、一時はどうなることかと思ったわ」

「ですが、助けた生徒も無事なようですし、結果的には良かったかと……。あのままであれば、選手生命を絶たれていたことでしょうし」

 

 話し合っているのは、先ほどの摩利の試合。

 摩利と接触した選手は、身体に異常がなかったものの、精神的なダメージが大きかったため、試合途中ではあったが、そのまま病院へ直行していた。

 話の区切りに部屋へ十文字が戻ってくる。

 

「おかえりなさい、十文字君」

「どうでしたか?」

 

 十文字が行っていたのは、九校戦の大会本部。

 理由としては、摩利が試合中に行った対応が問題視された為だ。

 本来であれば、他者と接触した段階で失格である。しかし、摩利が行ったのは人命救助だった。しかも、大幅に遅れを取っていたにも関わらず、見事なボードさばきでギリギリ3位に入り、決勝進出まで手に入れたものだから、審議が行われたのである。

 

「今回は他者を害するものではなく、明らかに人命救助が目的であったことから、決勝進出が認められた」

「その割りには浮かない顔をしてるけど……」

 

 摩利が決勝に進出出来たというのに、克人の顔は不機嫌なままだった。

 

「嫌にもなる。他校がこうもルール違反だと騒ぎ立てればな」

「それは……」

 

 確かに、ルール違反ではあるが、内容を考慮すれば仕方ないと思うのが普通ではある。

 しかし他校にとって、九校戦という大舞台での優勝を目指しているものとしては、こだわりたくもなるのだろう。

 余裕があるものや、良識あるものからすれば理解され難いかもしれないが……。

 

「まあ、結果良ければ全て良しね!」

 

 真由美は、部屋に漂う暗い雰囲気を払拭するために、声を明るいものに変えて笑顔を振る舞う。

 克人はいつもの表情に戻すと、軽く真由美に頷いてみせ、部屋を見渡す。

 

「ところで、肝心の渡辺はどうしてるんだ?」

「摩利だったら、かなり無理したみたいで、寝込んでるわよ」

「ふむ……」

「一応、最悪時を見込んで今後のことは検討し直したから、1年生には頑張ってもらわないとね」

「無理はしないように伝えておこう」

「そうね。責任感が強い子が多いから、空回りしないように釘を刺しておかないと、無理しちゃう子が出るわね……。その辺りお願いできる?」

「ああ。今日の夕食の時にでも俺から伝えよう」

「じゃあお願いね」

 

 その場での話し合いは終わり、男子の決勝が始まる。

 第一高校の顔に不安の色は一切ない。寧ろ、余裕の表情をしていた。

 結果も、皆の想像を裏切ることなく、堂々の優勝。

 服部は疲労で今にも倒れそうなほどフラフラしていたが、プライドがあるのだろう。誰に頼ることもなく、ゆっくりではあるが、表彰台に上がりメダルを得た。

 

 その後に行われる女子の決勝では、それまでと違い、第一高校には緊張が走る。

 摩利は元気よくスタート地点に現れたものの、それで不安が拭えるわけではない。それどころか空元気だと考え、不安は増すばかりだ。

 

「摩利は大丈夫かしら?」

「そうですね。2試合目が終わったところでは、力尽きていましたから、恐らくあの場に立つだけでも相当きついでしょう」

「無事にゴールできたらそれでいいのだけど……」

 

 本部は再び暗い雰囲気になるが、対称的に摩利の顔には余裕が窺えた。



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9話

 女子バトル・ボード決勝。

 そこで起きた信じられない出来事に、各校の選手は唖然とし、観客たちは大いに沸いた。

 その原因は、前の試合でギリギリの勝利を掴み取った第一高校の生徒が、その試合での疲れを全く感じさせない動きを見せたことに他ならない。

 そのありえないはずの出来事に、他の選手たちは化け物を見るような目で第一高校の生徒───摩利を見つめる。

 

(ひと眠りしてから調子がすこぶる良い! まるで初戦のような体調だ!)

 

 摩利はスタートから一気にトップへ躍り出ると、更に速度を上げていった。

 それを見た者たちは、最初だけであり、すぐに力尽きるものという認識だったため、誰も摩利にはついていかず、自らのペースを守っていたが、コースの半分も過ぎた頃に、競り合っている集団は違和感を覚えたのである。

 違和感の正体は、いつまで経っても見掛けない選手。一体どこにいるのかと、前方に飛び出していった摩利に目を向けた。

 そこで選手が見たものとは……。

 全く衰えることのないスピード。

 徐々に離されていく距離。

 疲労など感じさせない表情。

 ここまで来れば、流石に……という甘い考えは、その段階で選手たちから消え失せる。

 有り得ないではなく、有り得ている今の状況に、自ずと競い合うことを止める。そして、選手たちはまるでひとつの生物になったように、摩利の追撃に入った。

 特に連携の練習をしたわけでもなく、合図もない。ただ、摩利に追い付くために先頭を入れ換えつつ、自身の最高速度で後ろの者を引っ張っていく。

 1周目の終わりには、開いていた差は止まり、2周目の終わりには、その差も半分ほどにまで近付く。

 摩利は近付いてくる気配に頬を緩ませながら、速度を落とすこと無く魔法を水面に向かって放った。

 水面は他の選手に対して、大きな波となってその行く手を遮る。

 しかし、その手の障害は過去にもあったものであり、その対処も選手は熟知しているため、無意識でも対応可能な事ではあった。しかし、無意識で対応可能だからこそ、対応できないことはある。

 摩利に追い付こうと密集していたがために、同じ場所で同じ対象に魔法を行使したことによる起こる現象。

 魔法同士の相剋が発生し、新たな魔法を使用することができずに、選手たちはその波にそのまま突撃してしまったのである。同じ魔法で対処すればまだなんとかなったかもしれないが、対処の仕方は個人の得意な分野で違うため難しい。それに、波自体の厚みはそれほどではないが、視界を遮られる上に、それまでの速度を奪われた。

 それだけなら未だしも、後方から来る選手と次々に前の選手がぶつかり合い、その波を無事に抜けきるものは3名ほどになってしまっていたのである。

 そこで開いた差はあまりにも大きく、摩利はそのままゴールし、優勝を果たすことになった。

 

「やったわ! さすが摩利ね!」

「まさか勝てるとは思いませんでしたね」

「小早川も4位に入れたようだ」

 

 第一高校の作戦本部は大いに賑わっていく。

 3年生は連続優勝を果たすことが出来ることに胸を撫で下ろし、1・2年生に至っては、先輩の技量を尊敬の眼差しで見つめる。

 モニターの先では摩利がインタビューを受けており、カメラに向けてコメントしているところだった。

 

『2試合目で全力を出しきったように見えましたが、あれはやはり演技だったのですか?』

 

『あれは本当に全力でした。それこそ、終わった後は体力も精神力も尽きていたくらいです』

 

『それから一時間程度しか経っていませんが、どうやって優勝されたのでしょう?』

 

『短い時間でしたが、回復に努め、試合に望んだ結果です』

 

 インタビューのコメントを聞いて、下級生は褒め称えるが、真由美と鈴音は、不審な顔でお互いの顔を見る。

 

「摩利って寝てただけよね?」

「マッサージを施しはしましたが、ほぼ寝てました」

「アップも準備運動もほとんどしてないわよね?」

「5分も掛けてないと思います」

「…………」

 

 人の肉体性能をハッキリと無視した結果に、喜んでいた一部の生徒は、モニターに映る摩利を心配そうに見つめていた。

 その後に行われたピラーズ・ブレイクでは、第一高校の作戦本部としては予定通りの結果が表示される。

 

「男子は残念ながら入賞できませんでしたが、女子の方は期待通り千代田さんがやってくれました」

「優勝候補と2連続で当たってはどうしようもあるまい」

「そうですね。2戦目も万全の体調であれば勝てたでしょうが、所詮はもしの話です」

「……鈴ちゃん、ちょっと不機嫌?」

「そんなことはありません」

「そう言えば、負けた後に、鈴音先輩が声を掛けにいったみたいですけど、その時に───ナンデモアリマセン」

 

 鈴音の鋭い眼光に気圧されて、その生徒は口を閉ざして後ずさる。

 真由美は気になり、知っていそうなもう一人───克人へ顔を向けた。

 

「我々の慰めは不要だったということだ」

「言う気はないということね」

 

 克人はそれ以上、その話題について話すことはせず、真由美は面白くなさそうに口を尖らせるのだった。

 

 三日目の試合が終わり、その日の夕食は、祝勝会のような勢いで盛り上がっていた。

 生徒たちの顔には優勝の事しか頭になく、これまでの結果を振り返って話のネタとして、談笑する。

 ただ、全ての生徒がそうであったわけでもなく、明日からの新人戦に出場する1年生は、談笑しているものの、それは緊張をまぎらわせようとしていることが分かるほど、その表情は固い。

 夕食の時間も終わりに近付いてきた頃、達也のもとに雫とほのかが歩いてくる。

 

「どうかしたのか?」

「今日はこの後、付き合ってほしい」

「お願いします」

「まあ、構わないが……」

 

 声を抑えてお願いしてきていたが、達也の近くにいた生徒には十分聞こえるものであり、視線が達也に集まりだす。

 達也はその視線を振り払うように立ち上がった。

 

「では行こうか」

「お願い」

「よろしくお願いします」

 

 達也たちが去った後には、その光景を見ていた生徒たちが小声で話を始める。

 

「まさか告白とか?」

「あれ? でも、司波くんって千葉さんと付き合ってるんじゃなかったの?」

「奪略愛ってやつかも!」

「うわー。えらいもの見ちゃったわね……結果が楽しみだわ」

 

 女子たちは新たな噂話に黄色い声を上げ、男子はその事に触れなかったものの、達也を見る目が厳しいものとなった。

 

 部屋に戻った達也は、二人にベッドへ腰かけるように言うと、機材の中から測定用のデバイスを取り出す。

 しかし、それを見た雫から変更するように言われる。

 

「達也さん。そっちじゃなく、精密測定の方で行ってほしい」

 

 達也の手は止まり、雫の顔を見る。その表情はいつもとは違い真剣なものの赤みが勝っていた。ほのかについても、同様に達也をじっと見つめている。

 

「精密測定を出来ないことはないが……」

「準備はしてきた」

 

 雫とほのかは顔を見合わせて頷くと、着ていた服を脱ぎ出す。

 達也は特に慌てること無く、精密調整器の準備を進めた。

 服を脱ぎ終えた二人を確認すると、機材をベッドの隣に設置する。

 

「どちらから先でも構わないから、ベッドへ横になってくれ」

「私から!」

 

 ほのかが達也の声に被せるように、雫に先じて宣言する。雫は少し驚いたような表情をするものの、何かを言うでもなく、ほのかに先を譲った。

 

「時間はあるからどちらからでも構わないんだが……何故、下着なんだ?」

 

 純白の下着を身に付けたほのかが、恥ずかしそうに顔を隠すように両手で抑え、身動ぎする。

 雫の方は黒一色の下着を身に付けてきており、顔は僅かに赤くなってはいるものの、身体を隠すようなことはせずに、ベッドへ腰掛けてほのかを見ていた。

 

「水着なんて持ってきてない」

「準備は出来てるとか言ってなかったか?」

「覚悟の話」

「覚悟するほどならしなければ良いと思うんだが……」

 

 達也はそれ以上は何も言わずに、モニタリング用のシールをほのかの身体に貼っていく。

 そして測定を開始すると、計測されていくデータに視線を固定し、ひとつも見逃すこと無く、文字の羅列を追い続けた。

 通常の測定とは違い、時間にして30分ほど掛かった測定は終わりを告げる。それと同時に達也はモニターから目を離すと、目の疲れを和らげるために、目頭を押さえて軽く揉んだ。そして目を開くと、ほのかに付けたシールを取り外す。

 

「ほのかは測定が終わったから服を着ていい。次は雫がベッドへ横になってくれ」

 

 達也は名残惜しそうにベッドから離れるほのかから、入れ替わるようにして寝転ぶ雫に視線を移し、取り外したばかりのシールをつけていく。

 その過程で、雫の身体がかなり強張っており、緊張していることが分かった。

 雫は、悟られないようにするためだろう、雑談のように達也へ質問をしてくる。

 

「達也さん」

「どうかしたか?」

「達也さんはいつからCADの調整が出来るようになったの?」

「本格的に覚え始めたのは中学生になってからだな。それまではずっと身体を動かしていた」

「3年でここまで?」

「基礎となる勉強自体は小学生の時にやったから、純粋に3年とは言えないな」

 

 シールを張り終わり、達也は席に座ると測定を開始する。

 

「もしかして、達也さんが起業したの?」

「ああ。親父の会社から、ある部門の人材をまるごと引き抜いて起業した」

「中学生でよく設立しようと思いましたね……。私には考え付かないです」

「しかも、すぐに新技術を開発してる」

「ループキャスト、ですよね? あの技術は、魔法の根本を変えたとして、大きく取り扱われていたのを覚えてます」

「10年は進歩したって言ってた」

「あれがあると便利だから作ったにすぎない。目的はその先だ」

「目的ってなんですか?」

「今は秘密、だな」

「む~。達也さん意地悪です」

 

 モニターから目を離すこと無く達也は答える。

 それからは、達也の邪魔をしないように、雫とほのかは口を閉ざした。

 計測が終われば、次はCADに反映させるための作業になる。

 達也は、雫からシールを剥がすべく、振り向いたところで立ち止まる。

 そこには、未だに着替えずにいるほのかの姿があった。

 

「今の季節、暑いとはいえ、そのままだと風邪を引く。体調管理は選手の大事な仕事だぞ」

「えーっと……」

 

 左右の指をつつきながら、モジモジと立ち尽くすほのかに注意すると、達也は雫の身体からシールを取り外していく。

 

「CADの調整も時間が掛かるから、二人は先に部屋へ戻るといい」

「私たちがいるとお邪魔ですか?」

「邪魔ではないが……はぁ……好きにしたらいい」

「はい!」

 

 元気よく答えるほのかを見て、これ以上言うことは良くないと判断し、達也はCADの調整を行う。

 調整自体は同じくらいの時間が掛かったが、測定したデータを全て反映させた時間と考えれば、かなりの短期間で作業をしたことになる。他の生徒にそのようなことを話せば、絶対にあり得ないと言えるほどの技術力だった。

 CADを調整し終えても、それで解放されるわけでもなく、その後、雫たちが満足するまで話に付き合うことになったのは、達也にとって予想通りの結末だった。

 

 

 

 次の日の朝。

 達也は部屋に備え付けられた、連絡用機器の受信音に起こされる。

 

「はい、もしもし」

「達也くんは無事!?」

「? ええ。何も変わりはありませんが……」

「それなら、すぐに機材を持って第一高校の本部まで来て!」

「───分かりました」

 

 緊迫した真由美の言葉に、達也は了承の返事をすると、着替えた後に機材を持って本部に向かう。

 本部には真由美の他にも数人の選手の姿があり、達也が機材を持ってきたことで、露骨にホッとしていた。

 

「何かあったのですか?」

「私たちの乗ってきたバスが、何者かに破壊されたわ。ほとんどの機器があそこに保管されていたから、私たちがまともに使えるのは現状でその機材だけなの」

「なるほど……」

 

 機材を他の先輩に渡し、達也は本部を出ようとすると引き止められる。

 

「達也くんちょっと待って。どこに行こうとしてるの?」

「朝食が未だなので、食堂に行こうと思ってますが、何か問題がありますか?」

「あ。えーっと……、そうね。みんなを呼び出しただけで、そこまで気が回らなかったわ。───みんなもこれから忙しくなるだろうし、しっかりと食事を摂ってきて!」

 

 真由美は部屋にいる生徒たちへ声を掛ける。

 達也に対して、不快そうな目を向けるものもいたが、一時のものであり、すぐにその視線は無くなる。

 達也はその視線を追求することなく、食堂に向けて歩き出した。

 

 食堂から帰ってきた達也が、他の先輩と共に、数人分の食事を持って本部に戻ると、他の主要なメンバーが出揃っていた。

 

「おお! 持ってきてくれたのか。悪いな」

 

 摩利は一番に持ってきた朝食を受け取ると、早速とばかりに手をつける。

 

「もう、摩利ったら……」

 

 摩利の行動で、それまで沈んでいた空気が入れ替わったように、軽いものへと変わる。

 食事をしていなかった生徒たちは、朝食を受け取り、席に座って食べ始めた。

 現在ある機材は、通常の調整器と、精密調整器の1セットずつ。第一高校から持ってくるにしても、午前中の競技には間に合わない。

 スピード・シューティングをどうするべきか、作戦本部は頭を悩ませていた。

 

「大会委員会からもっと借り受けることはできないのですか?」

「現状の1台だけしか認めないって言ってるわ。他は他校のデバイスを確認するために使用してることもあって、無理だそうよ」

「補充が届くのは午後からになる。それまでどうするかだが……」

 

 現在、調整を行っているのは、最初に行う一年生男子3人だった。その3人はそれぞれの調整器にて行っているが、精密調整器は測定に時間が掛かる上、そこから調整なので、かなりの時間が掛かる。それは新しく借りた調整器にも言えることで、慣れるまでに多少の時間が掛かることは明白だった。

 

「すぐに使えるようになるのは1台だけ……次の女子はどうしたらいいのかしらね……」

 

 八方塞がりの状況に対して、その場に一緒にいた選手から声が掛けられる。

 

「あの。私は昨日の内に調整を済ませているので、他の二人を優先的にしてあげてください」

 

 雫からの申し出に視線が集まる。

 女子の中では一番実力があるだけに、自信の現れであるということから納得できるものだったが、新人戦の入賞も目指そうとしている上位陣としては、あまり面白い話ではない。

 しかし、最終的には、誰かが身を引かねばならない中で、本人が言えば特に軋轢は生まれないことから、その意思が尊重された。

 

「分かった。では、他の二人を優先的に進めよう」

 

 話し合いは終わると同時に、今日の大会が開催される事を知らせる合図が鳴る。

 達也はミーティングが終わると、選手の控え室へ雫たちスピード・シューティングの選手と共に向かった。

 

 雫の調整は、昨日の夜に終えているため、余程の事がなければ、大きな変更はない。今回の事で、精神的なダメージを受けているかもしれないが、内容的にはそれほどのことはないと、達也は受け止めている。

 それと言うのも、達也にはエレメンタルサイトという、想子を直接視ることの出来る眼があるからだった。

 その眼により、雫の状態が普段と大差ないことを見てとることが出来る。

 

「CADに不具合はあるか?」

「特に問題ない」

「私も問題なしです」

「では、本部に登録してくる」

 

 達也は雫とエイミーからCADを受け取り、ケースに仕舞うと大会本部に向かう。

 本来であれば、選手が行うべき事ではあるが、ある懸念があることから、携わった選手の登録には必ずと言っていいほど付き添うか代わりに行っていた。

 

 登録会場には他校の生徒もおり、第一高校である達也に憐れみの視線を向けてきた。

 それにより、今日の出来事が他校に知れ渡っていることを達也は確信する。

 

「では、登録をお願いします」

 

 登録はスムーズに終わり、審査員からCADを返還される。

 達也は何事もなく終わったことに胸を撫で下ろし、部屋を出ると、控え室に戻るべく足を踏み出したところで、声が掛けられた。

 

「あの……」

「何か用か? 時間がないんだが」

「CADの調整が出来ないと聞いたのですが、本当ですか?」

「それを聞いてどうする? 他校の生徒には関係の無いことだ」

 

 話し掛けてきたのは、第三高校の制服に身を包んだ女子生徒。達也の妹である司波深雪だった。

 内心を表情に出さないようにしているために、何を考えているのか分からないが、その表情は真剣そのもの。 確認することに意味を見い出せない達也は、素っ気ない対応を取った。

 そのことに不満があるのか、深雪の表情が僅かに曇る。

 

「あなたはそのような言い方しかできないのですか? 昔からそうです。あなたは自分の事しか信じていない。私が何のために来たと思っているのです」

「俺の眼には小言を言いに来たようにしか見えないな」

「!?」

「用がそれだけならば失礼する」

 

 逃げるようにして立ち去る達也に、深雪はそれ以上なにも言わず、元の道を戻っていった。

 

 達也はCADを選手に手渡し、試合開始まで作戦と体調の最終確認を行う。

 

「特に注意すべき選手は居ないが、エイミーは焦らないようにな」

「分かってますよ~。何度も同じ失敗はしませんって」

「何度かしてるから言うんだけどな」

「そうは言っても、実質ライバルになり得るのは雫だけなんですよね~」

「最終に残れば、戦うことになるんだから、気を引き締めておけよ」

「もちろん! 勝率は3割と低めだけど、ここぞという時には力を出しきりますから!」

「まあ、頑張れ」

「ひどいなぁ。もうちょっとこう、やる気を出させるというか、何かありません?」

「ないな」

「そんな~」

 

 その声が聞こえたのだろう、同じ第一高校1年の出場選手が声を掛けてくる。

 

「エイミー。あなた、調整時間が短かったのに物凄い余裕ね……」

「気持ちで負けてたら誰にも勝てないよ!」

「まあ、それはそうでしょうけど……」

 

 エイミーのテンションの高さを、強がりだと判断したのだろう。それ以上は何も言わずにその場を離れていく。

 

「今のは詐欺っぽい」

「でも、あの目は完全に自分より下に見てる目だったから、これでいいかな~って。驚かせてやりたいし!」

「それは良いアイデア。これで負ける方が難しい」

 

 雫はCADを目の前に上げて見せると、エイミーと二人で顔を見合わせて笑いあった。

 程なくして、男子の試合が終わり、女子の競技に入る。

 第一高校のトップバッターである雫は、CADを持って立ち上がると、達也へ何かを期待するように向き直った。

 達也は少し悩んだが、選手を送り出すときには声を掛けるべきだと思い直し、雫に向き直る。

 

「まあ、頑張れ」

「頑張る」

 

 達也からの声援を受けて、雫は控え室を後にした。

 その後、起こった出来事は、今大会の関係者をことごとく混乱へと導く。

 

「えーっと……」

「一体どういうことだ?」

 

 雫、エイミーは予選を通過し、惜しくも3人目の予選通過はなかった。しかし、そのような事が、この場で問題なのではなく、その内容が問題だった。

 

「二人ともに新魔法だと?」

「ええ。私も驚きましたが、事実です」

「この大会に選ばれてからの期間は───」

「約1ヶ月と言ったところでしょう」

「それでこの成果かぁ……」

 

 真由美は自分のCADを服越しに触りながら呟く。

 プロ並みの腕があることは知っていたが、それでも、一般的なプロのレベルを想定していた。それが蓋を開けてみれば、そのプロでも難しい事を平然とやってのけている。

 他のエンジニアは、その試合を見て黙りこんでしまった。

 

「この調整を2科生がやったと知れば、他校に打撃を与えることが出来そうです」

「自分のところに与えていたら世話無いがな」

「本人はどうでも良さそうだけどね……」

「そのようですね。魔法の登録者を使用者である二人にするよう言うくらいですから」

「ええ!? 魔法大全に載るっていうのに、自分の名前をあげなかったの!?」

「何を考えてるんだ、あいつは……」

 

 1年女子のスピード・シューティングの結果は、圧倒的な差で、第一高校の二人がトップに君臨した。

 得点はパーフェクト。

 しかも、それぞれが違う魔法を使用している。

 雫の場合は、擬似的に空間へ設定した四角い立体型の各頂点を基軸として、その頂点の一定範囲に標的が入れば、その頂点の番号を起動することで、標的を振動で壊すことが出来るというものだった。

 雫は魔法干渉力が高いため、雫よりも干渉力が弱かった対戦相手の選手は、その空間内でまともな魔法を使うことができず、圧倒的な差がついてしまっていた。

 一方、エイミーの方は、標的に当ててしまえば良いという単純なものだったが、その内容は凶悪といっても過言ではない。

 エイミーは舞台に立ち、スタートの合図と共に、標的に向けて連射を始めたのである。しかも、そのほとんどが相手選手の標的を目掛けていた。

 魔法が当たった標的は、自分のものであればそのまま破壊され、相手のものであれば、情報強化で固定され、空間内を一定の速度でランダムに回り始めるのである。そして、近付いてきた標的を自動で破壊していく。

 そのため、ひとつでも撃ち抜かれてしまうと、手がつけられなくなってしまうものだった。

 その後の試合は当然と言うべきか、波乱が起きようはずもなく、決勝に雫とエイミーが勝ち残った。

 その二人は、決勝戦前に作戦本部へと呼び出されていた。

 

「3人を呼んだ理由を説明します」

 

 真由美の前には、雫とエイミー、そして達也が並んで立っている。

 その3人に向けて真由美は口を開いた。

 

「決勝戦を第一高校で独占したため、試合は無しにしてはどうかと、大会委員会から打診がありました。そのため、あなたたちの意思を確認したいのだけど……」

「私はやりたいです!」

「今日も負けない」

「……分かったわ。大会委員会へはそのように回答しておきます」

「俺が呼ばれた理由は何でしょうか?」

「達也くんは二人の調整をやってるんだから、知っておくべきだと判断したのよ」

「なるほど」

 

 達也は納得したのが分かるように頷き、二人を視てから、今後の事に思考を割いていった。

 

 舞台の上には二人。対象となるステージを挟んで両サイドに立っている。

 そんな二人の視線は、スタートの合図を伝える信号に釘付けとなっていた。

 観客の視線も、二人の魔法をよく観察しようと、眼を見開かれる。そして会場は静まり返った。

 そのような中で、スタートの合図が鳴り響く。

 雫は上空の空間に魔法を発動して、立方体を設置し、エイミーはその間に、ひとつでも多くの標的を撃ち抜こうと連射する。

 二人の顔に今までの試合であった余裕はない。

 雫はランダムで動き回る標的を捉えるのに精一杯であり、エイミーの方は雫の設定範囲に入る前に撃ち抜こうと必死である。

 実力的には、どちらが勝ってもおかしくはないが、エイミーは運に頼る部分があるのに対し、雫は自分の力量が全てである。

 この時の勝利の女神は、雫へと微笑んだ。

 

『優勝は第一高校の北山選手に決定しました! 盛大な拍手を!』

 

 観客席から割れんばかりの拍手喝采が巻き起こる。

 それに応えるように、雫は試合直後の疲れを感じさせないような振る舞いで片手を上げると、すぐに下ろし、観客席へ礼を返す。

 皆の視線が雫に集まる中、エイミーの頬には一筋の水跡が、太陽に照らされて光っていた。



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10話

 スピード・シューティングも終わり、新人戦の1日目は一高と三高のトップ争いとなった。

 男子の方は、準決勝まで第一高校の森崎が勝ち進んだものの、第三高校の吉祥寺に敗れたため、第三高校が1位と2位を独占。

 女子の方は、雫とエイミーが決勝に残ったことで、第三高校と並んでのトップとなったのである。

 

「流石にカーディナル・ジョージの名は伊達ではないな」

「そうね。組み合わせが決勝であれば良かったのだけど……それは言っても仕方ないわね」

「しかし、まだ負けているわけではありません」

「今のところは予定通りなのか?」

「男子の方が若干予定よりも低いことは確かですが、概ね予定通りです。違うと言えば、第三高校が台頭してきたことでしょう」

 

 作戦本部では、男子の作戦担当である克人、女子の作戦担当である鈴音を筆頭に、競技を終えた選手が話し合っていた。

 得点としては、ほぼ予定通り。むしろ少し多いくらいだが、第三高校が出てきたことで、その得点も少なく見える。

 

「明日の予定はクラウド・ボールだが……」

「これは、という選手がいないな」

「過去の実績から見ても、良くて3位入賞といったところでしょう」

「今からでも、北山か明智を持ってきた方が良くないか?」

「あまり新入生の入れ替えはしたくないのですが、そうも言ってられないですね……」

「男子の方はどうだ?」

「───やってみなければ分からん、としか言えんな」

 

 克人は腕を組み考えていたが、結論を保留して首を振る。

 摩利はそれ以上の追求を諦め、一人静かに機械の操作をしていた達也に顔を向ける。

 

「達也くんはどう思う?」

「女子クラウド・ボールは第三高校の優勝で確定でしょう」

「……何故だ?」

 

 達也の言葉を聞き、他の4人は揃って達也を見る。

 達也は、自分の見ていたモニターを他の者に見えるよう反転させて説明を始めた。

 

「男子にはそこそこ優秀な選手しかいませんが、女子の方には司波深雪がいます。能力的には十師族に近いのではないでしょうか? 第一高校の選手を見渡しても、勝てると思える選手はいません」

「何?」

「そこまで?」

 

 能力が十師族並み。それは真由美たち十師族にとって聞き逃すことのできない言葉だった。

 

「その根拠はなんだ?」

「具体的な事は言えません」

「言えない?」

「はい。ただ知っているだけです」

「司波深雪か……。ん? 司波というのは……」

 

 摩利が、記載された文字との関連性に気付き、達也へ目を向ける。

 達也はその視線に軽く頷いて見せた。

 

「ええ。妹です」

「だから知ってるわけね。でも言えないというのは?」

「どう受け取って頂いても構いませんが、俺の口から言えるのは、主な能力くらいでしょうか」

 

 達也から情報を得ることが難しいと判断したのだろう。それぞれ、深雪のデータに目を通すのみで、それ以上の詮索はしなかった。

 

「得意なものはなんだ?」

「全体的に高レベルなため、全てと言えます。その中で敢えて言うならば振動・減速系でしょう」

「だからこそのクラウド・ボールか……」

「かなり一方的な展開になることは想像できます」

「それほどですか……」

 

 達也の言葉に、その場の雰囲気は重いものとなる。

 それも仕方がないだろう。十師族と同レベルと言われては、一般人での勝率など高が知れている。

 

「1年の練習に付き合ってきた司波が言うのだから、確定情報として捉えた方がいいだろうな」

「明日のクラウド・ボールでの勝利は難しい……か」

 

 相手が悪かったと言えばそれまでだが、現状としてはどうしようもない。

 選手へのアドバイスが、消極的な案しか出ないことに、部屋の空気は重くなった。

 その日は、次の日がフリーということもあり、達也には自由時間が与えられる。

 達也は夕食を終えた後、レオたちと雑談混じりに時間を潰して過ごし部屋に戻っていく。

 夜も更けてきた頃、達也は部屋着から黒い服へ袖を通し、夜の闇へと溶けるように消えていった。

 

 

 

 ある高層ビルのフロアにて、会合が設けられていた。

 そこにいる男たちは、明らかに普通とはかけ離れた雰囲気を醸し出しており、それぞれが日本の警察に追われる立場にある者たちばかりだった。

 部屋の中にある円卓を囲んで、男たちが食事をしながら、モニターに映る九校戦の映像を見て話し合っている。

 部屋の隅には、男たちの護衛と思われる者たちが、微動だにせず立ち尽くしていた。

 

「新人戦は、第一高校か第三高校が有利か……」

「まだ始まったばかりだ。今日の結果だけではわかるまい」

「しかし、本当に大丈夫なのか? このままでは元は取れるかもしれんが、今回の献上金には届かないぞ?」

「分かっている。十師族が入ると噂されていた第三高校と、常連の第一高校に賭けの対象が分かれたのは都合がよかった。他の高校には賭けられてないということは、そこが勝てば胴元のひとり勝ちだ」

「何か手を打っているのか?」

「もしや、今日の爆破は……」

「あれは効果がなかったな。次は確実に行く」

 

 円卓の上に並べられた料理を小皿に取り分けながら、ひとりの男が自信を持って請け負った。それ以外の男たちは、ひとりの男へ視線を集めると、話の続きを催促する。

 

「あれ以上に確実なことがあるのか?」

 

 円卓を囲む男たちは、調整器を破壊する以外に確実なことを考え、食事の箸を止める。

 発言した男は、ひとり満足気に料理を口に運んでいく。

 

「委員会の中に手の者を入れただけだ」

「委員会? 特に審判が必要になるものはなかったはずだが?」

「委員会で行うものの中に、CADの審査がある。ハードが規定の物であるか確認するだけではあるが……」

「なるほどな。それで、第一高校と第三高校には落ちてもらうということか」

「ああ。明日の結果を楽しみにしていろ」

 

 薄気味悪く笑い合う男たちは杯を持ち、それぞれ掲げて成功の前祝いを述べた。

 

 

 

 九校戦五日目。

 その日の競技では、皆の予想を遥かに越えることが起こった。

 男子の初戦で、優勝候補と目されていた第一高校と第三高校の生徒のCADが、競技の最中に使えなくなったのである。これには、両校の生徒がその解析を行ったが、原因は分かったものの、それが何であるのか分からなかった。

 もちろん、そんな細工をエンジニアがした覚えもなく、だからと言ってそんな細工を入れる者は両校共にいない。

 そのため、第三者によるCADへの細工は、夜間に行われた可能性が高いとして、再確認が行われたが、該当のCADは本人がずっと所持しており、それ以外の手にCADが渡ったという事実は確認されなかった。

 

「まさかこんなことになるなんて……」

「確実な情報を得ることはできませんでしたが、幾つかの証言から第三高校と同様の事象であると推測されます」

「誰かが故意に狙ってるみたいね……」

「今思えば、ここへ来るまでの事故も、その一環であったかもしれません」

「確かにな……」

 

 黙りこむメンバーを見渡し、克人が気になっていた事を口にする。

 

「そう言えば、司波は来ていないのか?」

「司波くんは、今日は担当選手も居らず空いていますので、ゆっくりしてもらおうと1日オフにしています」

「間接的に当校の生徒を狙ってきている。今度は直接狙ってきてもおかしくはない。極力ひとりにならないようにした方がいいだろう」

「───そうですね。複数人で行動するよう全員に連絡しましょう」

 

 そんな会合が行われている中、達也がどこにいたかと言うと……。

 競技場から離れた場所に停車しているバスの中で、あるCADの中身について解析を行っていた。

 その中は、CADを調整する設備以外にも、様々な設備が備え付けられており、改造にかなりの金額が掛かっていることが伺える。

 達也は、モニターから目を離し、後ろに控えていた亜夜子へ向き直った。

 

「ウイルスのようなものが入っているな」

「ウイルス……ですか?」

「ああ。魔法を使用した際に、CADを使用不能に陥れるものだ。入れた時刻は調整の履歴から考えると、昨日の朝。試合前と言ったところか……」

 

 達也は、CADを機械から取り外し亜夜子に手渡す。

 亜夜子は両手でCADを受け取ると、そのCADに視線を落とした。

 

「データは洗い出してあるから、後は調べるように伝えてくれ。しかし、こんな依頼を四葉がしてくるとはね……」

「申し訳ありません」

「亜夜子が謝る必要はないさ。何処からの依頼かは分かってるんだからな」

「…………」

 

 亜夜子は何も言わずに、達也に礼をして扉に待機している男へと視線を移す。

 男は頷き、扉を開くとその先にはテーブルと椅子が設置されていた。

 テーブルの上には菓子が飾られ、空のカップが二つ、テーブルの両側に置かれている。

 達也は何も言わずにその椅子へ座り、菓子を摘まんだ。

 

「コーヒーを」

 

 亜夜子は手慣れた動作で、コーヒーをいれ始める。

 

「それにしても、九校戦を賭けの対象にするのはやめてもらいたいものだな」

「賭け……ですか?」

「ああ。マフィアが今回の九校戦を賭けの対象にしている。そのせいで初日から面倒なことばかりだ」

「もしや、初日の事故も……」

「まあ、間違いないだろうな。奴等の拠点については、昨日の夜に目星は付けてあるから、今日の夜には片付けるよ。また、夜に電話をするから処理が出来るよう頼む。と言っても証拠は残らないが……」

 

 達也は亜夜子のいれたコーヒーを飲むと、疲れを取るように椅子の背もたれへ体重をかけて目を瞑る。

 その数分後。

 達也は上級生からの呼び出し音により、起こされることとなった。

 

 クラウド・ボールの女子では、流石にCADの異常が起こることなく、優勝を第三高校が勝ち取って幕を閉じた。

 しかし、その喜びもどこかぎこちなく、ハッキリとした形になっていない。

 

「司波さん。優勝おめでとう」

「ありがとう」

 

 深雪が内心でどのように思っているかはともかく、微笑みを浮かべて、少しでも他の生徒の安心する材料になればと対応している。

 現在の第三高校の懸念は、男子のクラウド・ボールで出場していた選手にあった。競技中に発生した事象は、皆揃って不安を煽るものであり、自分にも被害が及ぶかもしれないと思ったからである。

 女子のCADは行程毎にチェックを行い、何事もなかったが、だからと言って今後も安心できるとは限らない。

 その部屋の中へ、選手に付き添って病院に行った吉祥寺が戻って来たことで、その場の全員の視線が部屋の入り口に立つ吉祥寺へ集まる。

 

「あいつはどうだった?」

「特に問題はないみたいだ。CADが壊れただけで、人体への影響は無さそうだという話しだから、恐らく明日には顔を見せると思う」

 

 生徒たちは吉祥寺の言葉に安堵した。

 

「それにしても、誰があんなことをしたんだ?」

「先輩があんなことをするはずないし、出来る機会なんて無かったよな?」

「CADは担当のエンジニアで持っていたから、触る機会なんてなかったはずだ。それに、忍び込んで細工をし、再び返すなんてリスキーなことをするとは考えにくい」

 

 行き詰まった内容に、生徒は唸るばかりで、新たな意見が上がることはない。

 

「そう言えば、調べて頂けるということでしたが、何か分かりましたか?」

「ええ……。しかし、現段階では細工をされた時間しか分かりません」

「時間が分かったんですか!?」

 

 深雪がモニターを見ながら話した言葉に、目を見開き吉祥寺が食いつく。

 これまでに分かったことは、何かしらの起動式が作用して、CADが使えなくなったということだけだった。

 

「正確な時間は分かりませんが、試合当日の開始前のようです」

「開始前……」

「デバイスの確認をしていた時間だが、あの場には何人もいたし、本人も目の前にいたぞ?」

「だから先輩じゃないと言ってるだろ」

「じゃあ誰がしたっていうんだよ?」

「それは……」

「推測ですが……」

 

 回りの喧騒を他所に、深雪が再び口を開いた。

 その言葉を受けて、言いあいをしていた生徒は口を閉ざし、深雪へ顔を向けた。

 

「大会委員のCADチェックが怪しいと思われます」

『えっ!?』

 

 深雪の発言は、信じられないものだったが、深雪の見ている画面を公開したことで、その内容に対する検証が始まる。

 

「これは……大会委員会に問い合わせが必要だな」

「うやむやにされないよう十師族から言ってもらったらどうだ?」

「分かった。俺の方でも連絡しておこう」

「早い方がいいだろうし、僕は先輩方に相談してくるよ。司波さん。このデータは貰ってもいいかな?」

「ええ。構いませんよ。そのために調べたのですから」

 

 吉祥寺と将輝は、深雪からデータを受け取ると、部屋を出ていく。

 残った生徒たちは、一旦CADの件は棚上げし、次の議題に移った。

 

「モノリス・コードの代役はどうする?」

「一応、結果としては大丈夫と言う話だったけど……」

「それ以前にモノリス・コードの練習なんて、当人たちしかしてないぞ?」

「だよなあ」

「いいでしょうか?」

 

 深雪が会話の途切れた頃を見計らい声をかける。

 その場の皆の視線は自然と深雪に集まった。

 

「吉祥寺君の話ですと、明日には来られると言うことなので、その時改めてご本人に確認を取ってはいかがでしょう?」

「確かにその通りね」

「ただし、メンバーだけは決めておいた方が良いとは思います」

「では、候補だけは決めておきましょう」

 

 深雪の言葉に、女子生徒が場を取り仕切り進めていく。

 不安材料が少しずつ解消されていく中で、深雪の表情に変化はないものの、彼女の中の懸念が晴れることはなかった。

 

 

 

 その日の夜。

 横浜の繁華街の中を、闇夜に隠れるようにして移動する二つの影があった。

 一つは長身であり、それ以外の特徴は着ている黒い服によって隠され、もう一つの方はそれほど高くはないが、幅の大きなスカートを履いているため、性別は想像がつくものの、前者と同様に黒一色に身を包んでいるため、分かりにくい。

 二つの影はあるビルまで来ると、CADを抜き出し構える。そして、一人が頷いて見せると、その姿がその場から消えた。

 

「それにしても、予定通りだな」

「このまま第一と第三に落ちていただこう」

「同じ手を何度も使うのは危険ではないか?」

「そんなへまはせんさ。ちゃんと次の手は考えてある」

 

 円卓を囲んでいる男たちの表情に不安の色はなく、代わりに赤みが掛かっていた顔色をしていた。

 男たちは手に持ったグラスを掲げ、前祝いとばかりに中に入った酒を口に運ぶ。

 男たちの所属している組織の名前は無頭竜。香港に拠点を置く犯罪シンジケートの一つであり、日本の公安が必死に探し回っている組織の一つだった。ボスの姿は幹部にしか知らされておらず、その幹部同士も交流が少ないため、どのくらいの構成員がいるのか掴めていない。

 なぜこの組織がマークされているのかと言うと、ある製品を作り出したことにあった。

 それは人の体を生きたまま、改造することにより、魔法の媒体としたり、完全な繰り人形とする技術だ。その成果品である人形は、男たちを護衛するように、部屋の隅に黙って立っている。

 男たちが祝宴を上げて喜び合っているなか、その護衛を兼ねた人形は跡形もなく一瞬にして消えた。その事に、円卓を囲む男たちは気付かない。それほどの早さ。

 その部屋からは他にも通信手段である機器や、出入り口の鍵を制御する機械などが破壊されていった。

 そのような中、男たちは何度目になるか分からない乾杯を行う。

 

「我々の未来に」

『乾杯!』

 

 手を上げた動作のまま、その手が再び下に下ろされることはなかった。

 突然消失した腕。

 溢れ出る大量の血。

 かなりのアルコールを摂取しているため、痛覚は少し麻痺をしていたが、それを越える痛みに、男たちは腕を押さえてもがき苦しむ。

 

「いったい何事だ!?」

「くそ!!」

「ジェネレーター!!」

 

 痛みを堪えて口々に叫ぶが、それらに返事が返ってくることはない。

 そこへ、何処からともなく部屋に現れた物があったが、男たちには気にするだけの余裕はなく、口々に護衛をしているはずの人形に向けて罵るばかりで、その場から動くことができずにいた。

 

『あー。あー。聞こえるな?』

 

 突如部屋の中に響く声に、男たちは警戒心を高めて声のした方───円卓の中央に置かれた四角い箱を見る。

 男たちは先程まで見ていた円卓に、突如として現れた箱を不気味な物でも見るように、少しずつ距離をとっていった。

 

『お前たちは俺の邪魔だから消すことにしたが、言い残すことはあるか? せめてもの慈悲に、遺言を言うくらいの時間をくれてやるが』

「何者だ!?」

『答える必要性を感じないな。まあ、現状を認識できない無能竜のおたくらには丁度良いのかもしれないが』

「…………」

 

 男たちは無頭竜であると叫びたかったが、そのような事をする者はいない。例え相手が自分達の事を知っていたとしても、言えるわけがなかった。

 

『言いたいことはないようだ。ではさようなら』

「待て! 待ってく───」

 

 男が喋ろうとしたところで、次々と他の男たちが消え去っていく。

 男は何かの冗談なのかと、口を開けたまま呆然としていたが、腕の痛みに意識を無理矢理現実に戻された。

 

『お前を残した理由を聞きたいか?』

「お前の、目的は、なんだ……」

『無頭竜の情報を得るためだ。早い話がリチャード・孫の居場所が知りたい』

「何故おまえがその名前を知っている!?」

 

 リチャード・孫は無頭竜のトップであり、その存在は秘匿されてきた。

 その秘匿性の高さから、一番上は居ないという例えを用いて頭の無い竜───から組織の名前はきている。

 

『お前は質問する立場に無い。知っているか知らないか、それだけだ』

「───知って、いる……」

『お前が本当の事を言えば生き長らえることが出来るだろう』

 

 それからの質問に男は、最初は躊躇ったものの、ゆっくりとではあるが答えていく。

 それというのも、大量出血により意識が朦朧とし始めたためだ。一種の催眠術のように、男の思考を誘導し答えを引き出していく。

 男は譫言のようにそれに答えるだけだった。

 

『ではゆっくりと休むといい』

 

 その言葉を最後に、部屋からは誰もいなくなった。

 

 

 

 新人戦も半ばに入り、新人戦としては、僅かに第三高校が優勢なものの、得点としてはそれほど離れてはいない。

 その後の競技で十分に追い越すことの出来る点数差だった。

 今日はバトル・ボードとアイス・ピラーズ・ブレイクが行われる。

 選手や関係者は、いつ何が起こるとも不明なため、極度の緊張の中にいたが、例外もいる。

 その一人が、今から競技を行うほのかだった。

 ほのかの体調は、僅かに睡眠不足の気があるものの、コンディションとしては悪くない。

 

「調子はどうだ?」

「バッチリです!」

「───大丈夫そうだな」

 

 達也はほのかの様子を見て判断すると、CADをほのかに手渡す。

 ほのかはCADを受け取ると、イメージトレーニングとして、ボードの上に乗り、目を閉じて身構える。

 達也は邪魔をしないように開始時刻となるまで、その光景を静かに視ていた。

 

 ほのかのバトル・ボードは、達也の示した作戦により、スムーズに勝ちをおさめた。

 初戦は、スタート直後に閃光魔法を水面に放つことによって、対戦選手の視界を奪い、他の選手の視力が戻ってきた頃には、圧倒的な差を作り出す事に成功していた。この意図していなかった閃光に、選手たちは戸惑い、中にはボードから転落するものまで出る始末だ。

 この時、ほのかは遮光眼鏡を着用していたために、全く影響を受けず、そのまま他の選手との差を維持して予選を突破する。

 2戦目では、他の選手も同じ手は食らわないと、全員が遮光眼鏡を着用してきた。

 しかし、遮光眼鏡を着けたことにより、思わぬ落とし穴に陥る事になる。

 それは、遮光眼鏡により、視界が見にくくなること。

 日当たりが良いところではそれほどでもないが、影になった部分では、その場所がどのようになっているのか把握することができず、無意識で回避してしまうのだ。

 それにより、影になった場所ではコースを大回りしてしまい、練習によりその無意識の回避を克服したほのかに、内側から抜き去られたのである。

 決勝では、無理に影の部分に入り込んでいった選手が、壁の存在に恐怖してその速度を緩めたことにより、難なく優勝を果たしたのである。

 

「優勝おめでとう!」

「ありがとう!」

 

 これまでの事が嘘のように、何事もなく終わったことで、上級生は安堵し、下級生は喜びあう。

 しかしながら、裏の立役者である達也はこの場にはいない。

 ほのかが優勝を果たしてすぐに、アイス・ピラーズ・ブレイクの準備に取り掛かったからだ。

 アイス・ピラーズ・ブレイクで、達也が担当するのは1年生の雫とエイミーの2人。

 雫とエイミーは、達也の分析結果を、借りてきた猫のように大人しく待っている。

 

「エイミーは寝れてないようだな」

「いやー。緊張しちゃって……」

「まあ、この程度なら大丈夫だろう」

「あはははは……。ごめんなさい」

 

 笑っているところを達也に一睨みされ、エイミーはすぐに謝る。試合において勝つために必要な事を、実際に行う選手が疎かにしていては、勝てるものも勝てなくなる。

 その事を十分に理解しているからこそ、逆にエイミーにプレッシャーとなって、眠れない夜になったのだった。

 

「眠気防止は入れておくから、競技中に居眠りはするなよ?」

「さすがの私もそんなことはしないよ!」

「まあ、試合の合間に仮眠を取ることだ。それだけでも十分に眠気は取れる」

「誰も起こさなかったり……」

「ええ!?」

「雫は余計なことを言うな」

 

 舌を出して、おどけて見せる雫に、エイミーは驚きの声を上げてから、脅すようなことをいう雫に頬を膨らませて抗議する。

 

「今度は勝ちを頂くからね!」

「負けない」

「取り敢えず、二人とも後悔の無いようにな」

 

 達也は二人をたしなめて、部屋にいる生徒たちを見渡す。

 生徒たちの表情は昨日の事もあり、暗いものが漂っていた。



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11話

 男子のアイス・ピラーズ・ブレイクは、周囲から心配の声が上がったものの、そのような心配は無用とばかりに、第三高校の一条将輝が優勝を果たした。

 十師族の力を誇示するように、膨大な魔法力にものを言わせて相手を圧倒する。

 その姿に、観客は十師族の強さを再認識した。

 

 女子のアイス・ピラーズ・ブレイクは、大方の予想を裏切り、第一高校の快進撃が繰り広げられていた。

 勝ち進めているのは第一高校の二人。雫とエイミーである。

 雫は、情報強化で自陣の氷柱の守りを固めた後に、振動魔法の応用による共振で、悠々と相手選手の氷柱を破壊していく。

 対するエイミーは、先手必勝と言わんばかりに、相手選手の氷柱全体に横加重を掛けて倒し、倒すことの出来なかったものは早々に諦めて、完全に攻守を入れ換えて時間切れの作戦を取っている。1本でも多く倒せていれば完全に守りに入るスタイルだ。

 雫と当たれば、少しずつ破壊されていく氷柱に絶望し、エイミーと当たれば、いつまでも破壊できない事に焦りを感じる。

 中には先日までの不幸な事故を期待する者もいたが、起こる気配は全くなかった。

 

「良い形で進んでいるみたいだな」

「そうですね。ここまでは予定通りです」

「それにしても、大会委員に買収されたやつがいるとは驚いたな。言われなければ、全く分からなかった」

「既に大会委員の身辺調査が始まってるみたいですよ。公私ともに……」

「十師族の内、3つも相手取ってはそこまでいかざるを得ないだろうな」

「国としても、魔法協会所属である大会委員が、自国の魔法師を意図的に傷付けることは許容できないでしょう。九校戦に出場するような選手であればなおさらです。状況によっては、国家反逆罪として取り扱われるのではないかと思いますよ」

「まあ、自業自得だな」

「ほらほら、暗い話は止めにして応援するわよ!」

 

 真由美が手を叩きながら、皆に視線を送り、意識の矛先を会場が映ったモニターに向ける。

 そこには、準決勝で相手を圧倒している雫の姿があった。

 

 その後、予定調和の如く、雫とエイミーは決勝戦へと駒を進める。

 アイス・ピラーズ・ブレイクを一目見ようと、観客席は満員状態になり、通路には人が溢れていた。

 その原因は、スピード・シューティングに続き、第一高校が再び決勝戦を行うからである。しかも、スピード・シューティングは新魔法を披露しているため、前回の競技を見ていた者は、今回も驚くようなことがあるかもしれないと、足を運んだのだった。

 決勝戦まで、同校の生徒が勝ち進むことは喜ばしいことではあるのだが、そうも言ってられないのが、達也の立場である。

 両者ともに、作戦の立案からCADの調整までを達也が手掛けているため、相手がどのような戦法をとってくるのか丸分かりであるため、どちらかを贔屓にするわけにはいかず、板挟みのような状態だった。

 そのため達也が取った方法は、各自に合わせた作戦とCADの起動式の案を話した上で、そこからは完全に個別相談へと切り替えたのである。

 最初の方法は知ってはいても、その後の経過を双方とも知ることがないまま、今回の九校戦に来ていた。

 その二人は、今まさに勝負服に身を包んで、4メートルの高さにあるステージの上に立っている。

 アイス・ピラーズ・ブレイクの競技は、ひとつの通例行事のようなものがある。それは、服装の自由だった。

 各人、自分の一番気合いが入る服を着用しており、雫は着物を、エイミーは乗馬服を着ていた。

 余談ではあるが、達也に言わせれば、動作の邪魔になりそうな物は、余計な思考を取られる分不利なのではと思っているものの、わざわざ本人に言うことで、やる気を低下させることはないと、その事には触れずに、黙々と調整していたりする。

 ステージの二人は、相手の表情を見つめる。

 試合開始の合図前ではあるが、既に試合は始まっていた。

 相手がどこから狙ってくるか。それを相手の些細な行動から先読みし、対策を立てては次の一手を考える。

 両者の距離は約24メートル。

 自陣の範囲は、12メートル四方の中に立っている12本の氷柱のみ。勝負は、相手より先に全て倒すか、相手よりも多く自陣の氷柱が残れば勝ち。

 短期戦になるか、はたまた長期戦になるかは、試合が始まってみなければわからない。観客は、競技が始まるのを今か今かと待ちわびていた。

 スタートの合図を示す3つの信号の内、1つ目が点り二人の間に緊張が走る。フライングは失格となるため、絶対にできないが、コンマ数秒の世界で見極めようと、意識を極限まで集中する。

 そして、二つ目が点り、相手の行動を推測して二人が動く。この時に、もう片方にとって全く予想だにしていなかった出来事に動揺し、3つ目が点った後、数瞬のタイムロスを発生させてしまう。

 その予想を裏切る行為とは、CADを二つ同時に構えたことだった。

 CADを二つ構えると言うことは、同時使用するということを示している。同時使用するには、平行して別々の事象に対する処理を行わなければならず、かなりの高難易度な技術であるため、高校生レベルで出来るものはほとんどいない。

 しかも、これまでの競技で一切使われなかったことも、相手に衝撃を与える要因のひとつとなった。

 

(まさか、エイミーがCADの同時使用を使ってくるなんて……)

 

 雫は意識を切り替え、予定通りに自陣の氷柱を情報強化で固めていく。

 しかし、事象改変が完了するよりも、エイミーの攻撃は早かった。

 4本が3列に並んでいる氷柱の1列目を、丸ごと雫の方へと飛ばしてきたのである。

 その速度は、加重、加速、移動の3つから織りなされ、雫の氷柱へ襲い掛かった。

 雫の1列目の氷柱は、その速度を多少緩める緩衝材にしかならず、2列目に至っては何も出来ないまま崩される。

 そして、3列目は……。

 観客は一瞬で起こった出来事に、静まり返っていたが、一旦流れが止まったことで大きな歓声を放ち始める。

 雫の陣に残ったのは、僅かに2本。

 それ以外は成す術なく倒されたが、逆に言うならば、その2本は倒れることはなかった。

 雫は目標を絞ったことで、改変の速度を上げ、更に強度を増したのである。

 エイミーは更に2列目の2本を使い攻撃を仕掛けたが、その氷柱は雫の事象改変力も合わさって、エイミーの攻撃を耐えきる。

 それを見たエイミーは、攻撃を諦めて完全に守勢へ回った。

 雫に勝つための手順は今のところ順調。

 エイミーは自らの力では行き詰まり、達也に相談していたことを思い出す。

 

『司波くん、相談があるんだけど……』

『なんだ?』

『雫に勝つにはどうしたら良いか教えてほしい』

 

 雫と一緒に訓練するようになり、アイス・ピラーズ・ブレイクで、完全に負けていたエイミーからの言葉に、達也は考えた末に、幾つかの問いかけをエイミーに行った。

 その中には、聞き逃すことのできない事もあったが、詳しく聞くのが怖かったこともあり、その場で明確な答えは出さなかった。

 しかし、エイミーの真剣な相談に、達也も意見を出し、対雫用の作戦で応える。

 その作戦は、完全にエイミーへ対するものであり、この目論見が上手く行けば、雫を封殺できるような内容だった。

 

『これ! これでいきます!』

『かなりの練習が必要になる。コツは教えるから、自宅で練習を積むと良い』

『ありがとう! 司波くん!』

 

 その作戦とは、最初に雫へ伝えられた攻撃手段の振動魔法による共振を、自らも振動魔法を使うことで防ぐというものだった。

 ひとつのCADで、振動魔法を発生させ、もう片方のCADで、自陣の氷柱を守る。

 CADの同時操作が出来るからこその芸当だった。

 対する雫は、完全に自分の攻撃手段のひとつが潰されたことで、着物の袖に腕を通し、そこにしまわれていたCADを取り出す。

 そして、それまでに使われなかった魔法を使う。

 

「フォノンメーザー!?」

 

 雫のCADから放たれたメーザーは、エイミーの防御を上回り、氷柱を貫いていく。

 しかしながら、貫いただけでは氷柱が倒れることもなく、雫はゆっくりと横へメーザーを動かしていった。

 雫はフォノンメーザーに集中し、エイミーはその進行を遅らせようと、魔法力を注ぎ込む。

 

(このままだと最後まで持たない……)

 

 時間は残り五分。

 エイミーの魔法力が尽きるのが先か、氷柱が倒されるのが先か……。

 迷ったのはわずかな時間。

 エイミーは残り5本にまで減らされた氷柱の内、2本を使い、雫の氷柱へ攻撃を仕掛けた。

 このままジリジリとやられるのを待つだけよりも、自分本来の持ち味を活かした攻撃を行なうという意思によるものだ。

 

「あ……」

 

 最後は呆気なく終わりを迎えた。

 完全に倒された氷柱に、再び静まり返っていた観客席は、拍手喝采のもと、立ち上がって両者を褒め称える。

 勝ったのはエイミー。

 フォノンメーザーを使用するのに意識を割いたため、情報強化に回す余力が雫にはなかったのである。

 ただ立っているだけの氷柱に、エイミーの放った氷柱の弾丸が防げるはずもなく、呆気なく破壊された欠片を撒き散らしながら倒れていった。

 その光景を見終わり、エイミーは笑顔を浮かべながら倒れる。

 そこへ、他の誰よりも早く分かっていたように駆け寄った達也は、エイミーを抱き上げて、走り寄ってきた雫と共に医務室へと向かっていった。

 

「エイミーは大丈夫?」

「少し無理をしただけだ。寝ていれば治るだろう」

 

 医務室に到着してベッドに寝かせると、真由美を始め、摩利や1年生女子が集まってくる。

 達也は後のことを任せると、その場を離れた。

 

 新人戦も残すところ2日。

 明日がミラージ・バットで、新人戦最終日がモノリス・コードになる。

 最初の想定から練り直された予定では、第三高校に25ポイントの差が出る計算だったが、蓋を開けてみれば、10ポイント差で第一高校が勝っていた。

 第一高校の生徒たちは、今の勝利に喜んではいるものの、上に立つ克人や鈴音の表情が晴れることはない。

 

「今のままでは厳しいな」

「そうですね。後の2つの競技は、第三高校もあの二人を出してきますので、優勝は難しいでしょう」

「でも、ここまでこれたのは皆が頑張ったからなんだし、最後まで諦めずに応援しましょう」

 

 真由美が話を締め括り、笑顔で場を盛り上げようとしたところで、達也が口を出す。

 

「ほのかについてですが、勝率を変更させてもらいます」

「どういうことですか?」

 

 達也はデータを鈴音に送り、自身もそのデータを表示させる。

 

「先ほど本人から使用する旨の連絡が入りました。それを使用すれば、ほのかの特性を考慮しなくとも、勝率は飛躍的に上がるはずです」

「これは……」

「まあ、今のほのかでは自由自在に使えるわけではないので、要所要所にはなりますが、十分に勝てるはずです」

「…………」

 

 誰も達也の提示したデータに対して意見を述べることができない。

 それほど信じられない事が目の前で行われようとしていた。

 

「俺の話は以上です」

「───作戦参謀として承諾します」

「鈴ちゃん!?」

「これは、数ヵ月前に公表されたばかりのはずだが……」

「問題ありません。練習でも十分な成果は出ています」

 

 達也は摩利の言葉に即答すると、視線を鈴音に移す。

 鈴音は達也に頷いて見せると、再び興味津々といったていで、達也から渡されたデータに釘付けとなる。

 表示されているのは、数ヵ月前にトーラス・シルバーが発表した飛行デバイスに記述されている起動式と、その効果。

 起動式が分かったとしても、現在使用しているハードに合わせなければならず、更に調整を加えるとなると、高校生が出来るようなものではない。それどころか、一般の魔工師ですら手を焼く行為だ。

 それをわずかな時間でやり遂げる達也を、真由美たちは畏敬の念を抱かずにはいられなかった。

 

 その日の夜。

 夕食を終えて部屋に戻っていった達也は、部屋の前に佇む人影に目をやる。

 そこには、申し訳なさそうに立ち尽くす亜夜子と深雪が立っていた。

 

「何か用か?」

「お手間は取らせません」

 

 達也の無愛想な言葉に、亜夜子は深雪の後ろで頭を下げ、深雪は姿勢を正し達也に向き直る。

 

「先日はこちらの依頼を受けていただきありがとうございます」

「依頼だから受けたにすぎない。損得勘定で動いたにすぎないから気にするな」

「受けていただいたのは事実です」

「昔から真面目だな……」

 

 深雪は礼を言い終えると、別の話題を切り出した。

 

「残りの競技で、担当される選手はどなたになりますか?」

「突然だな……」

「世間話として捉えていただいて構いません。何分久しく会ってなかったのですから、どういったことをしているのか興味があるだけです」

「対抗心を燃やすのは良いが、ほどほどにしといた方がいいぞ」

「それはどう言うことです?」

「分からないなら良いさ」

 

 達也の意味深な言葉に、深雪は眉根を寄せて訝しむ。

 昔から、深雪は達也に対してよく絡んでいた。理由は深雪自身よくわかっていない。兄妹以上の何か見えない力でそうなるように仕組まれていると思えるほどだ。

 

「はあ……。もういいです」

 

 聞いても誤魔化されると感じた深雪は、問うのを諦めた。

 達也はそれに答えることは無かったが、代わりに最初の質問に答える。

 

「俺が担当するのは、ミラージ・バットの新人戦では光井、本戦では渡辺先輩になる」

「光井……」

「聞いたところで、どうすることもできないとは思うが……」

「私が負けるとでも?」

「何事もやってみなければ分からんさ。勝負は時の運ともいうしな」

 

 達也の言葉に納得できないものの、担当選手の名前を聞けたため、それ以上は深く聞かずに深雪は引き下がる。

 

「では、この辺りで失礼します」

 

 達也は亜夜子と共に立ち去っていく深雪を見送ると、部屋の中へと入っていった。

 

 

 

 新人戦、ミラージ・バット当日。

 達也は選手控え室にて、CADの調整も終わったことから、ほのかの話し相手になっていた。

 ほのかの体調は、昨日に睡眠をしっかり取ったこともありすこぶるよい。後は精神的なケアさえ出来れば、不安材料は無くなるといってもいい。

 そのための話し相手だった。

 

「そろそろ時間だな」

「達也さん!」

「どうかしたか?」

「大会が終わった後のことなんですけど───」

 

 ほのかが言い掛けたところで、競技開始を知らせるブザーが鳴り響く。

 ほのかは言いかけた言葉を飲み込み、CADを握り締めた。

 

「競技が終わってから言いますね!」

「ああ。今はミラージ・バットに集中するようにな」

「はい! では行ってきます!」

 

 ほのかは軽い足取りで選手控え室を出ていく。

 達也はその後ろ姿を見送り、選手がよく見える位置に移動する。

 プールの中に設置された円柱に、各校の選手は上空を睨み付けて身構えた。片手には出現した光球を叩くためのステッキを持ち、もう片方の手は、いつでも魔法を起動できるようCADに添えられている。

 競技開始の合図と共に、選手は腰を落とし、上空に現れる光球を見逃すまいと、目を見開いた。

 最初に足場から飛んだのはほのか。

 飛んだ先には何もなかったが、ほのか近づくにつれて光球が形を成し始める。

 それを余裕を持って、ステッキを使い打ち消していく。他の選手は、ほのかが間に合うことのなかった光球に狙いを定めるしかなく、その差はあっという間に開いていった。

 認識できる前に飛び上がられ、認識した頃には間に合わない。

 他の選手からすれば、何か不正をしているとしか見えないが、誰も気付くことはできなかった。

 不正などしていないので当然ではあるが……。

 

「達也さん! 勝てましたーー!!」

「お疲れさま」

 

 抱きつきそうな勢いで駆け寄ってくるほのかに、達也は笑みを見せながら出迎える。

 それでも、興奮止まぬ状況で、ほのかは達也に駆け寄った速度のまま抱き着いた。

 

「上手くいきました! 作戦通りです!」

「それは、よかった、な……」

「はい! これも全て達也さんのお陰です!」

「そうか……」

 

 抱き着いたまま、上目遣いで達也を見つめてくるほのかに、達也は頬を掻いて、自分の心境を知られないようにほのかから視線を逸らす。

 ミラージ・バットは別名フェアリー・ダンスとも呼ばれており、水上を選手が妖精のように飛び回っている姿が、まるでダンスを踊っているように見えることからついている。

 着ている服もそれを助長するような、神秘性を纏ったものであるため、あまり多くを着飾っているわけではない。そのため、肌の露出は少ないものの、身体の線がハッキリと出ており、抱き着かれるとその感触がダイレクトに伝わってくる。

 ほのかは、そのようなことを気にせずに自分の胸を押し当てたまま、話し続けた。

 極短い時間であれば、一時の気の迷いと言うべき興奮状態と言えるが、ずっととなれば話は変わってくる。

 達也も、周囲の視線をいやというほど感じ始め、迷いを振り切るようにほのかの両肩に手を置いた。

 

「まだ予選を通過しただけだ。目標はもっと上だろう?」

「あっ……。そうですね。達也さんの言われる通りです。最後まで気を緩めずに頑張ります!」

 

 ほのかは、達也の意図を知らずに、応援されていると考え、胸の前で手を組み瞳を潤ませながら、決心を告げる。

 端から見れば、告白しているように見える姿を、周囲は息を飲んで見守っていた。

 2試合目も、ほのかは順調に勝ち進み、決勝を迎える。

 決勝の相手にいるのは、第三高校の深雪。それ以外にも同じ第一高校の生徒が勝ち上がってきていた。

 

「決勝か……。真由美はどう見る?」

「そうね……。やはり、達也くんの妹が一番の脅威でしょうけど、光井さんはまだあれを使っていないし……」

「光井が優勢ということだな」

「実際に、あれが使えるのであれば、光井さんの勝ちが揺らぐことはありません。後は光球の出現ポイント次第ですね」

 

 鈴音が補足を加える。その手には、達也から貰ったデータを表示したデバイスが握られていた。

 通常時の勝率は、これまでのデータを反映した結果40%。

 予想以上に下がってしまったが、達也の用意した作戦とCADは、それを簡単に覆す。

 

 ───勝率95%

 

 ほのかの体調が悪かったり、ミスをしなければどんな相手であろうと勝てる計算だ。

 元々のほのかの特性として、光波振動系魔法を得意としており、特に光波には敏感に反応する。

 そのため、ミラージ・バットのように光波を打ち消すような競技では、他の選手よりも先に出現位置を察知することが出来るため、その地点に向けて先に飛び立つことが出来るのだった。

 しかも、そこに達也の調整したCADが加わったとなれば、まさに、鬼に金棒のような状態なのである。

 決勝の合図後、ほのかが空中に飛び上がり、他の選手が円柱に立ったままであることから、予選と同じ光景を幻視していた観客たちは、その後の結果に驚きを見せた。

 第三高校の選手が、ほのかが飛び上がってからかなりのタイムラグで飛び上がったにも関わらず、ほのかよりも先に光球を打ち消したのである。

 他の選手はほとんど何もできないまま、時間だけは過ぎていく。

 同じ第一高校の選手である里見スバルだけは、冷静に二人から離れた光球でポイントを稼いでいった。

 元々ほのかと競い合っていたため、ほのかが狙う光球以外を狙うようになっていたことが、今回は幸をそうした形になったと言える。

 大差でほのかが勝つと思っていた大衆は、第一クォーターが終わった段階で、大盛り上がりを見せていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

「よく頑張ったな」

「ふぅ……。やっぱり予選でも見てましたけど、第三高校の深雪さんは凄いですね」

「そうだな。魔法力にものをいわせて、力業でこちらを追い詰めてくるとは思っていなかった。あれだけ無駄の多い起動式でよくやるものだ」

「そうですね。勿体なく感じてしまいます。達也さんが深雪さんについていたら絶対に勝てないところです」

「そんなあり得ないことは気にしなくていい。それよりも……いけそうか?」

「はい。次から少しずつ使っていきます」

「まあ、無理はしないようにな。このまま続けても2位は確実なんだ。無理をする必要はない」

「任せてください! 達也さんに恥は掻かせません!」

「いや。俺のことはいいから……」

 

 聞く耳持たずとは言ったもので、ほのかは深雪がいる選手控え室を睨み付けると、闘志を燃やしやる気をみなぎらせていった。

 

 第二、第三クォーターも終わり、次が最後の第四クォーター。

 ほのかの動きに不審を覚えたものは数多く、皆首を傾けて近くにいるものと語り出す。

 観客はそれでよいが、当事者はそうもいかない。

 

「あれはなんだ!? 明らかに上空を移動したぞ!?」

「きっと、重複起動しているんだろ。だから、すぐに下へ降りてきてたじゃないか」

「あんなに自由に動いてからの着地は有り得ないんだよ! 3・4回連続起動すれば失速していく上に、それ以降は魔法が発動しない事もあり得るんだ! しかし、この画像では明らかに7回以上は使ってないとおかしい計算になる!」

 

 画像を見ながら言い合いを続けるエンジニアに、疲れたような表情を見せず、食い入るように見つめていた深雪が発言する。

 

「おそらくは飛行魔法を入れているのでしょう。もしくは改良型かもしれませんが」

「はっ!?」

「飛行魔法ってついこの前発表されたあれか?」

「この短期間では無理だろ……」

「でもそれなら説明はつく……」

 

 深雪の言葉に、それまで選択肢にも入っていなかったことが浮き彫りになる。

 深雪としては、飛行魔法を使ってくるかもしれないと考えていたため、序盤から積極的にポイントを稼ぎにいっていたので、それほどのショックはなかったが、他の第三高校の生徒たちは違った。

 呆気に取られたような表情で、モニターを見つめる。

 そのモニターは、普通の人では知覚できない想子を捉えることができ、その流れを見ることができる。

 対戦相手であるほのかの魔法からは、極小の想子しか使われていないのに対し、深雪の方は莫大な想子を使用している。

 深雪ではなく、他の生徒であれば1試合目で終わっていた。それほどの魔法力を行使して、少し疲れた表情を見せるだけの深雪に、尊敬と畏怖が向けられる。

 

「まだ負けた訳じゃない。第一クォーターのポイントがきいてるわ」

 

 ポイント差は追いつかれつつあるものの、未だにリードしている。その事実を再認識し、期待の目を深雪に向けた。

 

「私はまだいけますよ」

「これ以上は深雪には不要かもしれないけど……頑張ってね!!」

「ええ。皆さんのご期待に応えられるよう頑張ります」

 

 不安を感じるものが多かったが、深雪ならば何とかしてくれると考えてしまうものが大半であり、深雪の後ろ姿へ、力を送り込むように拳を握り締めて、第三高校の生徒たちは見送った。



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12話

 ミラージ・バット決勝戦。

 残っているのは6名の選手のみ。

 9名の内3名は、これまでの試合で魔法力不足により脱落していった。

 残った選手についても、半分以上が疲労困憊のような状況である。

 それも仕方のないことではあった。圧倒的な強さの2人がいる中で、残った光球の奪い合いになっているのだ。しかも限られた範囲であるが故に、その運動量と集中力は、必然と高いものが要求される。

 ほのかは、最後の試合だからと、全力で光球を追い続ける。足場にはほとんど戻らず、空を駆けるように飛び回っていた。

 対する深雪は、ほのかの行く手に先回りし、膨大な魔法力にものをいわせて、ひたすらに上空へのジャンプを繰り返す。こちらについても、ほとんど地に足をつけていない。

 勝負の行方は、時間と運。そして自らの集中力に懸かっている。

 一時も緩めることなく動き続ける2人に、観客は固唾を飲んで、黙って見守ることしかできなかった。

 

 ───ビーーーーー

 

 電子音が鳴ると同時に、それまで現れていた光球は消え去り、競技の時間は終わりを迎える。

 選手たちは息も絶え絶えの状態になり、円柱の上に座り込んだり、寝転がったりしている。

 ほのかは地に手を着けて、深雪は意地なのか地に手をつけることなく、膝に手を着けて勝者が記される掲示板に目を向ける。

 そして、表示された文字を見て目を見開いた。

 記された文字はまさかの2名分。

 ほのかと深雪の名前がそこには表示されている。

 これには観客も困惑の色を隠せなかった。

 

『ただいまのミラージ・バットの得点は、トップ2名が同数となりました。2名については、同じ高校ではないため、大会規定に基づき、30分後、再度時間を短縮して競技を行います。繰り返します───』

 

 アナウンスが告げるのは、同点と言うもの。

 しかも30分後に試合となれば、ほとんど休む時間もない。

 最終的な勝利がどちらに転ぶかを予想したときに、2人の現状を見てみるとよく分かる。

 ほのかが立つことが出来ないのに対し、深雪は声が掛けられた方へ向けて手を振っているのだ。どちらが余力を残しているかなど一目瞭然だった。

 各校のスタッフが、選手に付き添って控え室に戻っていく。

 達也も他の選手に習ってほのかの元へ歩いていく。

 

「よく頑張ったな」

「すい、ま、せん」

 

 目元を腕で隠し、震える声で答えるほのかに、達也は近付き横に片膝をつく。

 ほのかの状態は誰が見ても分かる通り、魔法力がほとんど無いと言ってもよい状態だった。体力についても同様で、マッサージを施したところで焼け石に水なのは分かりきっている。

 

「取り敢えず今はゆっくり休むといい」

 

 達也は選手控え室へほのかを連れていくと、簡易ベッドに寝かせると、安心させるように額へ手を置く。ほのかはゆっくりと目を瞑り、仮眠を取り始めた。

 もう1台のベッドには、ほのかと同様にスバルがベッドへ横になっている。

 

「光井さんの状態はどうですか?」

「思わしくはないです」

 

 小さな声で話し掛けてきたのは、スバルのCADを担当している梓だった。

 梓は心配そうにほのかを見ている。

 

「そうですか……」

 

 本当は決勝に出場するかどうかを確認したいようだったが、それはさすがに憚られたのだろう。特にそれ以上何も言わずに、スバルの横に戻る。

 その10数分後。

 今度は真由美と鈴音が選手控え室へ入ってきた。

 

「達也くん。光井さんの具合はどう?」

「本人に確認した方がいいでしょう」

 

 達也は額に翳していた手を退けると、その手でほのかを揺さぶり優しく起こす。

 

「ほのか、起きろ」

 

 達也の呼び掛けに、ほのかは目を擦りながら起き上がる。

 

「達也さんが、何で私の部屋に? これは夢?」

 

 ほのかは達也の手を取り、抱き締めて感触を確かめる。その光景を見て、真由美が茶化すように、鈴音は冷めた目線で声を掛けた。

 

「ん~元気そうね?」

「貴方たちも、あのバカップルと同じようなことをする気ですか?」

 

 その声に気付いていないほのかを正気に戻すため、達也は抱き抱えられた手でほのかの頬を掴む。

 

「ほのか。そろそろ起きろ」

「ふぇ!?」

 

 いきなり掴まれた事に驚き、ほのかは飛び上がるようにして起き上がると、顔を激しく左右に動かし、今の状況の確認を始める。

 

「ここは……」

「選手控え室だ」

「光井さん大丈夫?」

「はい! 大丈夫です!」

「あと数分後に試合があるけど、光井さんはどうしたい?」

「今大会については総合優勝は決まっていますので、無理に出場する必要はありません」

「やります! やらせてください!」

 

 ほのかの叫びに、真由美と鈴音は困ったような表情で達也に目線で問う。達也は、その視線に頷いて見せるとその場に立ち上がった。

 

「ではお願いね」

「司波くん。くれぐれも無理はさせないように」

 

 真由美と鈴音は、控え室を出ていく。それを見送った達也は、ほのかを立ち上がらせた。

 

「さて、残り数分しかない。CADの調整をしよう」

「はい!」

 

 それまでの間、近くにいた梓は顔を真っ赤にして動けずにいた。それと言うのも、達也がほのかを立ち上がらせた距離が近すぎたことから、梓の方から見ると、二人が重なって見えたためだ。それは抱き合っているようにも見え、男女の経験のない梓にとっては刺激が強すぎた。

 そんな事はお構いなしに、達也はほのかを調整機器に連れていく。

 しばらくの間、梓は顔を伏せてその場から動くことができなかった。

 

 ミラージ・バットの舞台には、2人の選手が立っている。

 1人はほのか。もう1人は深雪。

 二人に対して力を注ぐように、それぞれの高校や関係者が応援している。

 そうして始まった競技は、皆の想像を越えるものとなった。

 まさに独壇場と言っても差し支えない。それほどの差がそこには存在していた。

 皆の目に映るのは、空中を飛び回るほのかの姿。

 時折、視界に深雪の姿が映るが、それもすぐに映らなくなり、ほのかだけが得点を重ねていく。

 達也の目には、2人の状態が鮮明に映っていた。

 魔法力が満ちているほのかと、前の試合で出し切った深雪。

 達也としても、深雪があそこまでなりふり構わずに追いすがってくるとは思っていなかっただけに、この第5試合は想定していなかった。

 だからこそ、不安材料を全て無くしたのだが、逆にそれが目立ってしまっている。

 

(やりすぎだったかもしれないな)

 

 達也は反省しつつも、試合の行く末を黙って見ていた。

 

 勝敗は誰の目にも明らかだった通り、ほのかの勝利で終わる。

 試合が終わった後の深雪は、顔が真っ青になりつつも、その表情から笑顔が尽きることはなかった。

 魔法力がほぼ枯渇した中で、得点できたことは誉めるべきだろうが、達也は第三高校の生徒でもない。

 その日の第一高校の夕食は、多いに盛り上がった。

 

 その後、夕食が終わると、達也たち作戦本部の人間は、新人戦最終日に向けてのミーティングを行っていた。

 

「ここまでの得点差は25点。最後のスバルさんが獲得した点数がきいています」

「つまり、明日のモノリスで2位以内に着けることが出来ればいいわけだな?」

「はい」

「森崎か……」

「いけそうですか?」

「入賞はするだろうが、本番でどれだけ動けるかで変わってくるだろうな」

「勝率通りと言うことか」

 

 達也たちの前には、グラフが表示されており、各順位になる確率が表示されている。

 ステージによりその勝率は変わってくるが、あるチームに当たったときのみ、同じ確率になった。

 それは第三高校のチーム。

 勝率は、0が幾つか並んだ後に、気持ち程度につけられた1が表示されている。

 つまるところ、勝てる見込みが全く無いことを示していた。

 

「後は祈るしかありませんね」

「新人戦も優勝できたら最高だけど、流石にそこまでいくと欲張りすぎかもね」

「まあ、なるようにしかならんさ」

 

 達也は静かにデータの打ち込みを行い、克人は目を瞑り考え込む。その場の主導権は、完全に女性陣が握っていた。

 

 ミーティングはあっさりと終わり、部屋に戻っていると、呼び出し用の振動が胸を叩く。

 達也は胸のポケットから携帯を取り出して相手を見ると、部屋に向かっていた足を止め、元来た道を戻り始める。

 達也が向かった先はホテルの娯楽施設。

 そこでは浴衣に着替えたエリカたちがエアホッケーで白熱した試合をしていた。

 

「貰った!」

「っ!?」

 

 幹比古の手を潜り抜けて、ゴールへと打ち込まれる。

 

「やりぃ!」

「くっ!!」

「エリカちゃん上手ですねぇ」

「よっしゃー!! 幹比古の敵は俺が取ってやるぜ!」

「任せるよ……」

 

 丁度入れ替わりのタイミングであったため、自分達に近付いてくる達也に気が付く。

 

「おお、来たか! 後で俺とやろうぜ!」

「私が勝つからそれは無理な話ね!」

「言ってろ!」

 

 達也は競技台の横に置かれた長椅子に座っている幹比古の隣に腰を降ろす。

 

「珍しいな吉田がこういったことに加わるなんて」

「エリカに言われなければ来なかったよ……」

「尻に敷かれているのか?」

「幼馴染みなだけだ。腐れ縁とも言うけど……」

 

 幹比古は溜め息混じりに話すと、視線を足元に向ける。

 

「まあ、エリカが幼馴染みだと苦労しそうだな」

「分かるかい?」

「まあ、な……」

 

 達也の視線は、エアホッケーの台へと向けられる。丁度そこでは、エリカのスマッシュが決まり、レオに二倍以上の点差をつけて、エリカが勝利をおさめたところだった。エリカはガッツポーズをすると、挑戦的な目を達也に向ける。

 

「次は達也くんよ! さっきから私の事をコソコソと言ってたのは聞こえてたんだからね! こてんぱんにのしてあげるわ!」

「お手柔らかに頼む」

「徹底的に勝ってから考えてあげるわ」

「達也気いつけろ! そいつはサイボーグかなんかでできてんぞ!」

「それは気を付けないとな。体力勝負になれば勝てそうにない」

「レオ! あんた覚えてなさいよ!」

「おお、こわ!!」

 

 エリカの言葉に、レオはわざと団扇で顔を隠して見せる。エリカは達也の手元にある円盤から目を話さずに、レオを威嚇した。

 達也は、エリカの意識がレオに向いた瞬間を狙い、素早く動かす。一瞬で決まったゴールに、身動きができなかったエリカは驚いたものの表情を引き締めて、手元に排出された円盤を止めて達也に問い質す。

 

「今のはどうやったの?」

「その作戦には乗れないな」

「ふーん。答える気はないってこと……」

 

 喋り終わるよりも早く、エリカは円盤を達也に向けて打ち込むが、達也はガードした上で、その速度を利用し打ち返す。

 エリカは更に加速されたその円盤を防ぐが、円盤は達也の元に流れてしまった。

 

「簡単なクラウド・ボールのようなものだな」

「そんな余裕の態度でいれるのは今の内だけよ」

 

 話しながらも意識を切るようなことはせず、円盤に集中させる。達也はそれを利用し、片手で円盤との視界を遮った瞬間に打ち込んだ。

 一瞬遅れてエリカは反応するが、それでも僅かに遅れたことで、ゴールを割られてしまう。

 

「達也くん、なんかズルくない?」

「言い訳は俺が勝った後に聞く」

「そう簡単に勝たせない!」

 

 何度か円盤が宙に舞ったものの、スコア表示は11対3で達也がエリカを下した。

 

「次は俺だな!」

「次は美月の番でしょ!」

「おっと、そうだった」

「お手柔らかにお願いします」

 

 特に特別なことがあるわけでもないが、ここ連日の忙しさから解放されたようで、達也の表情は明るいものへと変わっていった。

 

 

 

 新人戦最終日。

 男子のモノリスコードでは、予想通りの結末と言うべき事象が発生していた。

 それは、第三高校のチームである。

 相手チームのメンバーを再起不能にすることで、呆気なく勝利を掴んでいく。もちろん他校の生徒も応戦してはいるのだが、それは試合が終わるまでの時間を伸ばしているにすぎなかった。

 最後まで粘ったのは第一高校のチームであり、特に森崎は、ボディーガード家業をやっているせいもあるのだろうが、護衛対象であるモノリスの前に立ちはだかり、一条と撃ち合いまで行っている。

 対する一条は、モノリスなど気にも止めず、標的のみを狙っており、森崎はなす術なく、身体を地に押さえつけられた。

 この時の戦闘が尾を引いて、第一高校の成績は3位に、第三高校は予定通りの1位となって、新人戦の優勝は第三高校のものとなる。

 

「みんなお疲れさま! 九高戦の残り2日も張り切っていきましょう!」

 

 新人戦の敗けを抱え込んでいたため、暗い雰囲気になっていた空気を一変させて真由美が乾杯の音頭を取る。

 しかし、自分の責任であると思い込んでいる生徒には、あまり効果が無いようで、暗い表情のまま夕食に参加していた。

 

 明日からの本戦のために、出場選手とエンジニアは早々に切り上げて、調整のために移動する。

 達也も例に漏れず、摩利と共に明日の調整のため部屋を移動していた。そこで、摩利の携帯が鳴る。

 

「司波。すまないが先に行っててくれ」

「分かりました」

 

 摩利は携帯の画面を見るや、その表情を緩め、ロビーの方へ向けて駆けていく。

 達也は摩利を見送ることなく、そのまま踵を返して進んでいった。

 

「達也くん、もう準備終わったの?」

「いや。終わってはいないんだが、少し暇してたところだ」

「じゃあ、ラウンジで話さない? 丁度私も暇してたし」

「ラウンジよりも、最上階にあるバーにいかないか?」

「───私を酔わせてどうする気?」

「流石に、高校生に酒は出さないさ。あそこならゆっくりできそうだしな」

「確かに、達也くんかなりの有名人になっちゃったからね」

「成りたくてなった訳じゃないんだが……」

「エンジニアだけじゃなくて、お姫様抱っこなんかするからよ。自業自得ね」

「短い距離を運ぶのには、あの方が楽だからなんだが……」

 

 達也はエンジニアとして、他校にも響き渡るほどの知名度に達していた。新魔法の開発に、起動式の効率化。そして、高等魔法の起動式の調整。さらには最新技術のオンパレード。有名にならない方がおかしいと言えるだろう。

 また、エンジニアとしてだけではなく、サポートスタッフとしても優秀ともなれば、要注意人物として他校に顔が知られるのも無理はなかった。

 

「言い訳はみっともないわよ。さっさと最上階にエスコートしてよね」

「了解しました、お嬢様」

「う!?」

 

 達也の口から紡がれた聞きなれない言葉に、エリカは背筋を仰け反らせ、耳を塞いで駆け出す。

 達也は笑いながらその後に続いた。

 

 

 

 結局、前日に摩利から呼び出されることもなく、寧ろ上機嫌な摩利と選手控え室で会う。

 

「今日は負ける気がしないな」

「それは良かった」

「なんだ? 昨日の事を怒っているのか? それならば謝っただろう?」

「特に怒ってなどいませんよ。測定結果としても問題なく、本人の調子も良いとなれば、こちらから言うべきことはありません」

「分かってるじゃないか! まあ、こっちには勝利の女神がいるんだ。大船に乗ったつもりでいてくれ」

「凡ミスだけしなければ、先輩に勝てる人はいません」

「任せろ!」

 

 摩利は自信満々に控え室を出ていく。

 達也は溜め息を吐きながら、摩利の様子だけではなく、他の選手の状態も把握していく。

 他の選手についても、この試合に向けて調整してきたのだろう。体調不良と思われる生徒はおらず、魔法力に関しても十分だと言える。

 しかし、相手が悪い。

 何故ならば───。

 

『オオーーー!!!』

 

 そこは摩利の独壇場だった。

 とは言っても、ほのかの時のように自由自在に飛び回っているわけではない。ただ、空中を蹴って、次の標的へ駆けているだけだ。

 その移動速度に他の選手はついていけず、呆然と見守ることしかできない。

 まるで上空に足場があるような錯覚に、その光景を見ている者は陥っていた。

 

「いやー。爽快だったな」

 

 試合を終えた摩利の第一声はそれだった。

 摩利は僅かに汗を滲ませているものの、その表情は、まだまだ余裕があることを物語っている。

 

「まだ第一試合が終わったところです」

「分かっているさ。しかし、負けることなどあり得んだろ? これで負けたら選手として失格だな」

 

 摩利は上機嫌にストレッチをこなし、疲れを解していく。

 点差は、大人と子供の試合と思えるほど開いており、新人戦では深雪がいたため、感じることはそれほどなかったが、バトル・ボードの服部の時を思い起こさせるには十分であると言えた。

 苦手意識を刷り込んだ相手に、絶好調の摩利が負けるはずもなく、最後の決勝で少し苦戦したものの、無事に優勝を果たした。

 

「おめでとう、摩利」

「いやー。ここまで綺麗に勝てると気持ちがいいな」

「そうでしょうね。まあ、摩利は昨日の逢い引きで調子がよかったとも言えるけど」

「ナ、ナ、ナンノコトダ!?」

 

 真由美からの爆弾発言で、摩利は動揺し、他の生徒は興味津々にその話しに食いついた。

 明日のモノリス・コードは、勝利が確定しているだけに、はめを外す者も見受けられる。

 それは最後の夕食ということもあり、盛大に盛り上がり、それまで新人戦の優勝を逃したことで暗かった生徒たちも、次第にその輪に乗じていく。

 達也は鈴音に頭を下げると、静かにその場を後にした。

 

 

 

 九高戦最終日。

 達也の姿は、作戦本部や選手控え室にはなく、観客席にあった。

 その周囲には、第一高校の生徒や、新人戦の選手が集まっている。

 達也は、ジュースとポップコーンを器用に片手で持っているエリカの隣で、試合を観戦していた。

 

「達也くんはあっちにいなくてもいいの?」

 

 エリカが指差した先は第一高校の作戦本部。

 本来であれば、達也は補助する役目であるため居なければならないが、今日の競技はどこにいようとも結果が変わるものではない。

 その証拠に、克人が一条以上の力を持って、相手を蹂躙していた。

 

「その必要はないだろうな。昨日の競技が終わった段階で俺の役目も終わりだ」

「だろうな。これを知ってたら、やることなんて何もないだろ。どうやったらあれに勝てるのか想像もつかないぜ」

「規定のCADを使っているから、僅かに魔法の発動が遅いところをつくしかないが、そもそも接近する前に起動する魔法には手も足もでないだろうな」

 

 克人の得意な魔法であるファランクスで圧倒する姿に、達也たちはどうやって攻略するかを議論しあう。

 

 モノリス・コードは第一高校の優勝で終わり、新人戦は第三高校に軍配が上がったものの、総合優勝は第一高校で決まった。

 表彰式も無事に終わり、最後の締めとしてパーティーが行われる。

 パーティの始まりには、関係者の他に、魔法に関わる各メーカーの代表者も来ており、今回の大会における目ぼしい人材へと声を掛けていた。

 しかし、肝心の生徒に会うことは叶わず、時間まで会場の入り口を気にしたり、生徒たちへそれとなく訊ねたりと様々な反応をみせる。

 その肝心の生徒であるところの達也と言えば……。

 

「ああ。今回の大会でも十分にデータは取れた。個人に対しての販売についても検討していこう」

 

 会場の外に停めてある大型車両の中で、会社の事務処理を行っていた。仕事の内容は多岐にわたり、それらを平行して処理していく。

 その横では、亜夜子が黙々とモニターを操作していた。

 

「これで最後か……」

「───はい。お疲れさまでした」

「亜夜子もご苦労様」

 

 亜夜子は最後のデータを整理し終わると、立ち上がり、奥に設置してある給湯室に向かう。

 そこで、コーヒーをカップに注ぐと達也に運んでいった。

 達也はそのコーヒーを受け取り、軽く口に含むと、味わうようにゆっくりと飲み込む。

 

「最初は煩わしいと感じたが、こうしてみると得るものが多かったな」

「そうですね。新術式の開発と実証実験には丁度よかったかと思います」

 

 寛いでいる傍らで、携帯が振動を始める。

 その表示には見馴れた名前が数人分表示されていた。

 

「少し溜めていた業務も終わったし、呼び出しに応じるか……」

「わざわざ行く必要性をあまり感じませんが……」

「これをネタにされてはかなわないからな。少しは顔を出しておかないと……。では行ってくる」

「───お気をつけて」

 

 達也はカップを皿に戻すと、自分のCADを腕に嵌めて車両を出ていく。

 車両に残った亜夜子は寂しそうに達也が出ていくのを見つめていた。

 

 第三者を交えたパーティも終わり、残ったのは生徒たちとホテルの従業員のみとなっている。

 他校ではあるものの、交流を深めようと談話をしていた。

 パーティは盛り上がっていたものの、一瞬にしてその場は水を打ったように静まりかえる。

 会場に入ってきたのは第一高校の達也。

 皆の視線は図らずも達也に集中した。

 達也は居心地悪そうに、第一高校の生徒が集っている場所へ行くと、ほのかと雫が飲み物を持って近付いてくる。

 

「どうぞ、達也さん」

「ああ、ありがとう」

「何度か電話したけど、何してたの?」

「色々とやることがあったんだ。ところで、なぜ皆こちらを見ているんだ?」

 

 達也は周囲を見渡すと、目があった生徒たちは視線を逸らし、自分達の話へと戻っていく。

 

「達也さんは有名人」

「たぶん各校に達也さんのデータが回ってるからではないでしょうか」

「まるで手配書だな」

 

 達也は受け取ったジュースを飲み干すと、テーブルに並べられた料理に手を付けた。そして、食事を済ませて退散しようとしたが、両サイドをガッチリと固められて、その場から動けなくなってしまう。

 達也は、この後の予定を思い浮かべて憂鬱そうに溜め息を漏らした。

 暫くすると、会場の照明が少し落ち、中央に光が寄せられる。

 そして、その雰囲気にあった音楽が流れ始めた。

 達也の目の前には、ほのかが立ち上目遣いで、何かを期待するように達也を見つめている。

 会場内では、少しずつではあるが曲に合わせて踊っている者がいることから、ほのかが何を期待しているのか理解することはできた。

 

「あー。俺は踊れないんだが……」

「大丈夫です!」

「達也さんならできる」

 

 何を以て大丈夫なのか、達也には全くわからないが、逃げることも出来そうにないと諦め、ほのかに手を向ける。

 

「踊っていただけますか?」

「はい! 喜んで!」

 

 始めに、ほのかと踊り、次いで雫、エイミー。その後、真由美と摩利、そして鈴音と踊り、達也はようやくダンスからは解放された。

 第一高校の生徒からは解放されたものの、達也のダンスパートナーを狙っている者はまだいるようで、遠巻きに達也を見ている。

 

「ほい。お疲れさま」

 

 そんな達也に近付いてきたのは、メイド服に身を包んだエリカ。

 達也はトレイの上に載せられた飲み物を手に取ると、口を潤すために口へ含む。

 

「それにしても、いつにもまして疲れてるわねー」

「───馴れないことはするもんじゃないな」

「でも、まだまだ狙ってる子は居るみたいよ?」

「終わるまであと30分くらいか……」

「長話すると睨まれそうだから、私は退散するから」

 

 エリカはそう言うと、その場を離れて仕事に戻る。

 その後の達也は、第三高校の生徒と踊ることになり、精神的な疲労はたまっていくのだった。



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13話

 九高戦が終われば、残りの夏休みを満喫しようと、生徒たちはそれまでに立てた計画を実行に移す。

 達也の計画は、研究所で新たな起動式の組み立てを行う予定ではあったが、その予定を覆さなければならなくなった。

 

『達也は私の話を聞いているの?』

「もちろん聞いてる」

『では、今週の金曜日にはこちらへ来てもらえるわね?』

「それとこれとは話が別だ。大体、そちらに行って話す事なんてそんなにない」

『こんなに頼んでいるのに駄目なのかしら?』

「───分かった……。まあ、事後処理を色々と任せていたことだし、この程度の労力は仕方ないか」

『ああ。あの件ならいいのよ。色々と取引材料として使ったから。とても役に立ったわ』

「それはよかった。ということで、そちらに行かなくても……」

『駄目』

「…………」

『取り敢えず、あなたの今後についてだから、こちらに来なさい』

「分かった」

『車はこちらで手配するから、そうね……時間は10時でどうかしら?』

「特に問題ない」

『そう。では楽しみにしてるわ』

 

 その言葉を最後に通信が切れる。

 達也は面倒臭そうに顔をしかめると、仕事の続きに専念した。

 通信相手は四葉真夜。

 四葉家の当主にして、達也の叔母でもある。

 斯く言うトーラス・シルバーの会社も、四葉から支援を受けて起業しており、無理な要請でなければ応えなければならない立場にあった。

 当主に対して、通常ここまで馴れ馴れしい態度をしようものならば、その者には不幸な出来事が訪れる。しかし達也に限っては、例外的に許されていた。理由としては、達也の能力と四葉への貢献度、更には過去の実績を勘案された結果だ。

 予定の一部が変わったことでスケジュールの見直しを行い、それまで黙って立ち尽くしていた亜夜子に声を掛ける。

 

「と言うわけで、今週金曜日については本家に行くことになったから調整しておいてくれ」

「はい。私も向かうことになっていますので、そこも含めて調整しておきます」

「亜夜子も呼ばれたのか?」

「はい。昨日連絡がありました」

「良からぬ事を考えてなければいいが……」

「そうですね……」

 

 達也の表情は僅かに困惑しているものの、特に懸念事項があるわけでもなく、気軽に構えていたが、亜夜子の方は顔を真っ赤にして仕事に身が入っていないのが丸分かりな状態だった。

 達也は亜夜子の表情が変わったことを見たものの、特に追求するでもなく、新しく作成している起動式に思考を移した。

 

 

 

 達也の人生が変わったのは、未だに幼い子供の頃。

 その日に、本来あるべき流れが覆され、全ての歯車が狂い始めたと言える。

 その始まりは、手術室の中のような部屋だった。

 

 

 

 部屋の中央のベッドに寝かされていた達也は、目を開き、ゆっくりと起き上がる。

 その後、手を何度が握ったり開いたりを繰り返し、部屋の中を見回した。

 部屋の中は清潔な印象を受けるほどの白で埋め尽くされ、ベッド以外には何もない。

 あると言えば、1つの扉と、部屋を照らすライトくらい。窓もなく、まるで監禁するためにあるような部屋だ。

 顔を左右に動かしていたところで、声が掛けられる。

 

『起きたようね。体調はいかがかしら?』

 

 スピーカーから聞こえてくるような、機械的な音声の方向へ達也が顔を向けると、そこには一人の女性が音も無く立っていた。

 部屋の中を見回したときには確かに居なかった筈の女性に、達也は僅かに眉をしかめ、その女性を上から下までじっくりと観察する。

 そこで、音がしなかった原因に辿り着いた。

 ほんの少しではあるが、地に足が着いていないのだ。しかも、女性の身体はよく見れば透けており、存在感が全くないことを示している。

 興味深そうに観察するのみで、何も答えない達也に対し、女性は何かを言うでもなく話を進め始めた。

 

『モニタリングの状況でも身体に影響が無かったことは確認済み。視覚及び聴覚は先程の結果を以て良しとしましょう。そこから立ち上がってみなさい』

 

 達也は言われるがままにベッドから立ち上がり、女性に向けて歩き始めた。

 その歩みは遅いとは言え、女性との距離が近かったこともあり、女性が止まることを伝える前に、達也は女性の目の前まで来てしまう。

 

『止まりなさい!』

 

 制止の声は間に合わず、達也は立ち止まり、その手で女性を触ろうとするが、女性に触れることは出来なかった。

 何故ならば、達也の手は女性の体をすり抜けたからだ。

 

「幽霊か……」

 

 達也が呟いた声は小さく、女性に届くことはない。

 女性の方は、最初こそ慌てたものの、達也が何をしようと、自分には何もできないことを思い出し、恐怖の表情から打って変わり、余裕の笑みを浮かべ始める。

 

『達也はそのままベッドまで戻りなさい』

 

 達也は女性へ頷くように頭を下げると、ベッドへ戻る。

 女性は、達也がベッドに戻ったのを確認すると、ひと安心したように深く息を吐いた。

 

『これからの事を言いますからよく聞きなさい』

 

 女性の言葉に反応し、達也はベッドに腰掛けて女性を見つめる。

 

『これからあなたは、深雪様のガーディアンとして行動をします。必要な知識は既にあるはずだから割愛しますが、これまで以上に鍛練は厳しいものとなることを覚えておきなさい』

 

 女性の一方的な話に、達也は女性を見つめたまま思案に暮れていた。

 

(深雪……司波深雪。俺の妹であり、四葉の後継者候補……。なるほど……)

 

 知りたい知識は始めから知っていたように達也の頭に過っていく。まるで頭の中に別の情報体が居座っているような不思議な感覚に陥るが、便利なことに変わりはない。

 色々な言葉を検索し、自分の頭の中から新しい情報を得る。その情報を基に、言葉の意味を調べることを繰り返し、必要な事を粗方知り終えた頃には、女性の話も終わりを迎えていた。

 

『───あなたはここを出た後に、いつもの部屋で待機していなさい。話は以上です』

 

 話を終えると共に、女性の姿は部屋から消え去り、静寂のみが残る。

 

(これは当分、言われた通りに動いていた方がよさそうだ)

 

 達也は女性から言われた通り、ベッドから立ち上がると、部屋の外へ出ていく。

 部屋の外で待ち構えていた人物は、達也の記憶で知る人物───この屋敷の執事である葉山だった。

 

「お待ちしておりました。私めが部屋までご案内いたします」

「よろしくお願いします」

 

 達也は葉山へ軽く頭を下げると、葉山も頷き返し、踵を返して歩き始める。

 屋敷の中は、あの部屋の中だけが逸脱していたようで、外観上は和風に染められた造りをしていた。

 廊下に面した庭には庭園が設けられ、そこを流れる小川のみが音を奏でている。

 静かで風流のある景色だが、達也には違って見えていた。

 庭園を囲む壁の向こうに、虹色の輝きを見せるオーロラのような壁が、風に吹かれたカーテンのように揺らめいていたのだ。

 このオーロラのような壁が、外からの攻撃を防ぐ他、屋敷を隠すカモフラージュになることを、達也は視ることで認識することができた。

 それは壁の外だけではなく、屋敷の中にも所々張り巡らされており、屋敷の警備状態は、目では見えない堅牢な防壁で護られていることを窺い知ることができる。

 

「こちらです」

 

 通された部屋は、洋室の一室。

 その部屋の中に、達也は葉山に促されて入っていく。

 飾り気のない部屋に、目ぼしい物と言えば机と椅子のみ。後は幾つかの棚が設置してあり、押し入れには布団と衣装タンスが置かれていた。

 窓は無かったが、代わりに扉が二つあり、それぞれ風呂とトイレに繋がっている。

 主要な物を見終わった達也は、葉山に顔を向ける。

 葉山は一通り達也が見終わるのを待っていたようで、部屋の入り口に立ち、達也に向けて確認してきた。

 

「何かご不明な点など御座いますでしょうか?」

「外へアクセスするための機器はありませんか?」

「申し訳ありませんが、外部との接触防止のため、通信機器を置くことはできません」

「では、この屋敷の者との連絡手段は?」

「そちらにあります呼び鈴を鳴らしていただければ、係の者が出向くようになっております」

 

 葉山の答えは、あらかじめ質問の内容が分かっていたかのように淀みがない。

 

「分かりました。他の事については、随時聞かせてもらいます。案内ありがとうございました」

「では、ごゆっくりお休みください。食事の時間になりましたらお呼びに上がります」

 

 葉山は、静かに部屋を後にする。

 達也は再び部屋の中を、先程とは違い詳細に確認していく。

 

(構造体が丸見えになるというのも考えものだな……)

 

 達也の目には、部屋に仕掛けられた機械の数々がしっかりと見えていた。

 どの機械がどのような役割を持っているのかを理解することは出来ていなかったが、確実に自分を監視する物であることは理解できる。

 その日は、落ち着かない部屋の中で達也は就寝することになった。

 

 翌日になり、早朝の四時に達也は目が覚める。

 目覚めた理由は、達也の部屋に近付く気配が2つあったからだ。

 その気配は達也の部屋の前で止まり、小さくノックをすると、中の確認もせずに音もほとんどさせることなく入ってくる。

 侵入者は、一人が照明を付け、もう一人がその手に持った道具を広げて打ち鳴らした。

 

「起きなさい」

 

 ベッドの前で鍋とお玉を打ち鳴らしながら、冷たい視線をベッドに向ける。

 

「何かご用でしょうか?」

 

 自分達の後ろから掛けられた声に、侵入者の二人は固まり、恐る恐る後ろを振り返る。

 そこには、二人が入ってきた入り口を塞ぐようにして立つ達也の姿があった。

 

「お、起きていたのなら話しは早いです」

 

 侵入してきたのは、この屋敷に勤める侍女たち。

 侍女は、達也を見て僅かに怯えながらも、達也に対して高圧的に言い放つ。

 

「五分で準備を行い部屋から出てきなさい。私たちは部屋の外で待っています」

「分かりました」

 

 達也は、二人を気にした様子もなく、二人が出ていく前に着替えを始め、二分もせずに出てきた達也へ頷くと無言で廊下を進み始める。

 着いた先は厨房で、そこでは既に朝食の仕込みが始まっていた。

 その中を進み、達也が通されたのは、立食で食事を済ませる者たちがいる部屋だった。

 食べていた者たちは、部屋に入ってきた達也たちを見て手を止める。

 その視線からは嫌悪の色が見え隠れしていた。

 

「あなたの食事はこれです。今後はこの時間に自分で起きて朝食を取ること。注意事項として、食事は四時半になると片付けるので、それまでに来るように。食べ終わったら、オートメイションに掛けて、掃除と片付けをしてもらいます。場所はあの扉の先にあるので、そこにいる係の者に聞くように。慣れてきたら、範囲を広げていくからそのつもりで。それが終われば、部屋に戻って結構です」

 

 侍女は言い終えると、達也を置いて立ち去っていく。

 残された達也は、色々な視線に晒されながら朝食を取った。

 朝食が終わってから達也が向かった先は、大量の洗濯物が積まれた一室だった。

 そこにいた一人が部屋に入ってきた達也に気付き、面倒臭そうに声を掛ける。

 

「お前の分はそっちの隅にあるやつだ。服毎に直す場所が違うから、収納場所の入り口に書いてあるサイズを確認しろよ。それが終わったら玄関に行け」

「分かりました」

 

 達也に課せられた量は、他の者から見れば少ない。それというのも、大半が人の形をしたロボットであったからだ。

 人としてこの場にいるのは三人のみで、行っている内容は、ミスがないかのチェックと外からの連絡があった際の対応であり、互いに話すほどの余裕はあるようだった。

 指示された物量を収納し、終わった報告を行うが、返事はない。

 達也を横目で確認するのみで、コミュニケーションの拒否を雰囲気で表していた。

 達也は気にせず、次に指示された玄関へ向かう。

 玄関には幾人かの使用人がいたが、揃って達也を見ると、顔をしかめて目を逸らす。

 その中の年長者と思わしき者は、渋々といった体で達也の対応をした。

 その説明はこれまでと同様で、必要なことしか告げずに、それ以上説明することを拒否していた。

 達也としても、余計な接触をしなくてすむと、寧ろ達也の方から進んでその境遇に甘んじる。

 そうして今の生活に慣れてきた頃、達也は呼び出しを受けた。

 呼び出してきた相手は、達也の叔母に当たる四葉真夜。

 端から見れば、漆黒の長い髪に着物が良く合う美女だが、その口調や仕草、雰囲気などもあり、更には真夜の固有魔法も合わさって、極東の魔女などと呼ばれている。

 呼び出された内容は単純明快であり、達也の妹である深雪と、挨拶を兼ねた顔合わせを実施するためだった。

 部屋には、真夜とそのガーディアンである穂波。さして、四葉の執事である葉山が既に待ち構えていた。

 

「達也はそちらに」

 

 真夜が指した方向は、中央のテーブルを挟んで葉山と対面に位置しており、入り口から入ってくる人物を囲むような位置を示していた。

 達也は軽く頷くと、真夜の示した方向に移動し、葉山に向き直る。

 

「最近の調子はどうかしら?」

 

 真夜から突如として掛けられた声に、達也は真夜へ顔を向けて答える。

 

「悪くはありません」

 

 達也の答えはいたってシンプルであり、曖昧なものだった。

 真夜は達也を見つめるが、達也の表情は鉄壁と言ってよいほど、真夜の視線を受けても小揺るぎもしない。

 真夜は「そう」と相槌を打つと、視線を葉山に向ける。

 

「そろそろかと」

 

 特に真夜が葉山へ何かを聞いたわけではないが、葉山は心得たもので、真夜の意図を理解し、すぐに返事をする。

 その声が聞こえたわけではないだろうが、達也たちのいる部屋に、強大な魔法力を持つ者が近付いてきていた。

 

「失礼いたします」

 

 数秒後。

 扉をノックする音と共に部屋へ入ってきたのは、綺麗に着飾った少女だった。

 髪を真夜と一緒で真っ直ぐに伸ばしており、その顔は作り物のような美しさと幼さがある。

 しかしそれも、少女が醸し出す冷たい雰囲気で損なわれており、逆に見る者を恐怖に歪めるようなものへと変わっていた。

 

「良く来ましたね、深雪さん」

「お待たせしました」

 

 深雪は部屋に入って一歩進むと、真夜に対して深く頭を垂れて謝罪する。

 

「気にする必要はありません。時間通りなのですから。私たちが早かっただけです」

「ありがとうございます」

 

 真夜は深雪が再び下げた頭が上がるのを待ち、話を切り出す。

 

「来年から深雪さんも小学生となりますね」

「はい。頑張って勉強してきます」

 

 意気込みを語る深雪に、真夜は微笑みを返し、壁際に立つ達也へ視線を僅かに向けてから深雪に再び戻した。

 

「学校に行くと言うことは、この屋敷の外に出るということ。外は、こことは違って多くの危険があります。それは分かりますね?」

「はい」

「そのため、あなたには今日からガーディアンをつけます。外に出る時は必ず連れていきなさい」

「分かりました」

 

 深雪は分かっていたのだろう。真夜に返事をすると、その視線を達也に向けた。

 真夜もその視線を達也に向けて挨拶をするよう促す。

 

「深雪さんのガーディアンである達也よ。達也挨拶なさい」

「司波達也です。よろしくお願いします」

 

 達也の挨拶に、深雪は不快げな目を向けるが、それは一瞬のことで、すぐに表情を繕い頭を軽く下げる。

 

「司波深雪です。よろしくお願いします」

 

 挨拶が済むと、部屋には静寂が訪れた。

 通常であれば、挨拶の続きを話すような場面だが、双方共に自ら話そうとはしない。

 真夜はそんな二人を見て話しを切り出した。

 

「挨拶も済んだことですし、このまま昼食としましょう。葉山さん、準備をお任せしてもいいかしら?」

「承知しました」

 

 葉山は折り目正しく返事をすると、深雪の後ろを通り部屋を出ていく。

 残された者たちは、静かに部屋にいる者を観察していた。

 

 昼食の準備は、最初から出来ていたようで、そう待たずして再び葉山が戻ってくる。

 案内された先には、十人ほどが座れる長方形のテーブル席があった。

 テーブルの一番奥の椅子を穂波が軽く引き、そこへ真夜が座ると、部屋に入って立ち尽くしていた達也と深雪に声を掛ける。

 

「深雪さんはそちらに座りなさい。今日はそこまで煩くマナーについて言うつもりはないから、達也もこちらへ座りなさい」

 

 二人は指示された席は真夜の両隣の席であり、座ることで否応なく達也と深雪は顔を会わせることになる。

 二人は座席に座り真夜に顔を向けた。

 

「初めてだから仕方ないかもしれないけど、二人ともまだ表情が固いわね。この時間はお互いを知っておく良い機会だから、色々と聞いてもらえれば答えるわ。極力お互いに聞いてほしいけど、そのような雰囲気ではなさそうですしね」

 

 真夜は二人を見て、口許を扇子で隠しながら答える。

 達也は元から、表情が動くことがほぼないため、何を考えているのか不明だが、深雪の方は分かりやすく、不機嫌さを隠しきれずにいた。

 

「深雪さん。何かあるかしら?」

「はい。教えて欲しいのは、ガーディアンが司波と言ったことです。私とはどのような関係なのですか?」

「初お披露目だから知らなくても当然ね。彼は貴女の兄に当たる人よ」

 

 その言葉を聞き、深雪は達也に顔を向けて見つめる。予想はついていたのだろうが、改めて言われたことで、自分とは似ていない兄と言われる人物を再度確認していた。

 

「達也の方からは何かないかしら?」

「特にありません」

「そう。深雪さんは他にある?」

 

 達也の回答を予想していたのだろう。真夜はそれ以上問うこともなく、深雪に視線を戻す。

 

「ガーディアンの歳は幾つでしょう?」

「達也。答えなさい」

 

 深雪は本人が目の前にいるにも関わらず、真夜へ質問する。しかし、真夜は自分に向けられた問いには答えず、達也本人に答えを求めた。

 

「六歳になります」

 

 達也の答えに、深雪の目が開かれる。

 見た目が幼いだけで、もう少し上だと思っていたのだろう。その後、深雪は下を向き、手を両足の上で握りしめる。

 その様子を見て、真夜からフォローが入った。

 

「深雪さんが心配するのも分かるけど、護衛という事で言えば達也以上の者はそういません。足りない部分はこちらで補いますから、それほど心配しなくても良いわ」

「……分かりました」

 

 深雪は顔を上げる。深雪のその表情は、氷の仮面を付けているように見えた。

 

 

 

 達也が深雪のガーディアンになったからと言って、達也がいつもとやることは変わらない。早朝に起き、ご飯を食べて働き、深雪と共に学校へ通う。

 学校には、四葉邸から車で仮の家まで送迎してもらうことになっているため、それほどの距離を歩くことはない。

 学校の生徒は場所が場所だけに、人数も少なく各学年二十人もいないため、それほど騒がしくもなかった。

 学校が終われば帰宅し、達也は自らの鍛練に当てる。 現状で達也に不満があるとすれば、ネットワークにアクセスするための機器が使えないことだろう。それ以外では、概ね平和な日常に、文句など出ようはずもない。

 そのような生活を送っていたある日。

 それは、学校の帰り道での出来事だった。

 

「もう少し周囲を気にしたらどうです」

 

 二人きりになって、初めて深雪から掛けられた言葉がそれだった。

 達也がガーディアンになってから数年間。ずっと我慢していたのだろう。深雪の言葉は、叱責を含んだ形をとって達也に向けられる。

 しかし、達也に堪えた様子はなく、寧ろ急に何を言い出すのかという気配を醸し出していた。

 

「これだけ周囲に見張りがいる中で何を気にしろと?」

 

 深雪はその言葉で、周囲を見渡すが誰もいない。

 ちょっとした片田舎であるため、視界を遮るものはほとんど無いのだ。にもかかわらず、周囲に見張りがいると言われても、全く信憑性がないに等しい。

 深雪は達也にバカにされていると感じ、拳を握りしめて達也を睨む。

 

「……嘘を吐くと───」

 

 深雪が言い終える前に、達也は近くの茂みに右手を向けた。その直後、達也の手から放たれた魔法により、 茂みと同化して隠れていた者の姿が露になる。

 

「これで満足か?」

 

 姿を隠していた者は、見破られるとは思っていなかったのだろう。達也たちを見上げたまま、その場から動けずにいた。

 深雪は、達也のしたことに驚くが、これ以上の醜態はさらすべきではないと、顔を赤くして下を向くと、なにも言わず、家へ向けて足早に進み始めた。

 達也は呆けている者へ軽く頭を下げてから、深雪の後に続いて歩き出す。

 この時のことを切っ掛けにして、深雪の中で少しずつ達也に対する意識が変わり始めていた。

 

 

 

 小学校の教室の中。

 教壇の前に立つ先生の質問に対して元気よく答える子供たちに交じり、温度差の違う二人がいた。

 その二人とは司波兄妹である。

 達也たちが入学した当初は、その容姿が全く似ても似つかない事から、赤の他人ではと話されていたが、それも今では変わってきていた。それと言うのも共通しているところがあるからだ。それは、二人ともが揃って言えること───クラスから浮いているということだった。

 兄の方は、皆がやっている教科書を開くこともなく、辞書を片手に違う言語の勉強をしており。妹の方は、誰とも交わる気が無いとばかりに、周囲のやり方に同調せず、静かに座って先生の話しを聞いている。

 妹の方はともかく、兄の態度には、先生の方で注意をしていたが、その後授業に加わった達也に、ミスがある度指摘され、それが数日続いたところで流石に根負けしたという経緯がある。

 それ以降、達也が違うことをしても咎められることはなく、むしろ腫れ物を扱うように先生たちも関わることを止めた。

 深雪の方は、指名すれば達也同様に完璧な答えを言うため、先生としてもあまり当てたりはせず、分かっていなさそうな子へと当てることが多くなっていた。

 それにより、二人は更に浮いた存在になってしまったのである。

 学校の授業が終われば、二人揃って家に帰るが、帰っている最中、二人の間に会話などは一切ない。

 客観的に見れば赤の他人に見えるだろう。

 そのような生活は、更に数年間続いた。



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14話

 小学校の卒業も近付いた休日。

 いつもであれば、深雪と共に達也は呼び出されるが、今回は達也のみが呼び出しを受けていた。

 呼び出した相手は四葉深夜。達也の実母であり、四葉の当主でもある。

 

「失礼します」

「来ましたね。中に入りなさい」

 

 呼ばれて訪れた深夜の部屋には、深夜の他に二人の女性がおり、一人の顔には見覚えがなかった。

 達也は部屋の中に入りながら、目線は動かすことなく、部屋にいる者へと意識を向ける。

 部屋の中央の執務机には深夜が座っている。そして、その両脇を固めるように二人の女性が立っていた。

 一人は深夜と瓜二つな女性。これは言わずと知れた真夜であり、その口許をいつもの扇子で隠している。

 もう一人は完全に初めて見る女性で、なぜこの場にいるのか達也には検討もつかなかった。

 部屋の中央に着いたところで達也は立ち止まり、休めの姿勢で何を言うでもなく、この部屋の主である深夜を見つめる。

 暫く無言の時間が過ぎ、見知らぬ女性が深夜と真夜へ目配せをした瞬間。真夜を中心として、部屋が黒に塗りつぶされていった。

 事前に魔法の兆候を感じ取っていた達也は、部屋を黒へと塗りつぶしていく魔法を、完成する前に消し飛ばすと、何食わぬ顔で言葉を紡ぐ。

 

「御用件はどのようなことでしょうか?」

「…………」

 

 深夜は僅かに驚いた表情をし、見知らぬ女性も同様に目を見開き驚いた表情で達也を見つめる。

 真夜は、最初こそ驚いたような表情をしたが、扇子の下がった瞬間、僅かに唇の端がつり上がるのを達也は見逃さなかった。

 

「どうやったのかしら?」

「魔法のことを言っておられるのであれば、分解いたしました」

「もうそこまでの力を……」

 

 信じきれないといった表情を晒し、深夜の言葉へ覆い被せるように見知らぬ女性は、達也に問い質す。

 

「私が聞きたいことはそちらではない! 深雪様との繋がりをどうやって消したのかと言うことだ! あの魔法は解くことなどできないはず! 一体どうやって解いたと言うのだ!?」

 

 女性は語気を強めて達也を睨み付ける。あり得ない事への畏怖を忘れ去るように、怒りに任せて達也に問いただす。

 

「何の事を言っておられるのか分かりませんが、深雪とは戸籍上及び血縁関係のみの繋がりしかないと思います」

「そんな言い逃れで───」

「冬歌、控えなさい」

「……失礼しました」

 

 深夜の言葉に、自身の興奮状態が覚めたのか、冬歌は大人しく口を閉ざす。余計なことを幾つか口走っていたことに、苦々しく表情を歪める。

 静かになった部屋で、深夜は溜め息に似た息を吐きながら椅子の背もたれにゆっくりと体を預け、リラックスするように手足を伸ばした。

 その様は、これからのことを憂いているように見える。

 

「一応補足しますが、この部屋に設置されている重火器では、傷ひとつ負うことはありません」

 

 深夜の手がピクリと動き、止まった。

 達也からは視覚的に見えない位置で、深夜の指先にはいくつかのスイッチがあり、今まさに押されようとしていたのだ。

 達也はその行動を察して事前に釘を指したのである。

 しかし、その忠告は無駄に終わった。

 深夜が躊躇ったのは一瞬にすぎない。

 その一瞬後には、幾つもの銃弾が達也に向けて放たれたのである。発射された弾は非殺傷弾ではあったが、当たり所次第では命に関わることも有り得る。

 迫り来る銃弾は色々な角度から発射されており、常人には到底捌ききれるものではない。ましてや、何の備えもしていなければ尚更だ。

 しかし、達也に迫った銃弾は途中でその姿を消した。

 達也はその場から1歩たりとも動いていない。むしろ指一本すら動かしていなかった。

 

「…………」

 

 普通であれば、部屋の家具は四散するような火力であったが、何一つ、ボタンを押す前と変わることなく、時間だけがイタズラに過ぎていく。

 そんな沈黙が降りた部屋の中で、始めに声を上げたのは真夜だった。

 

「それにしても、先程の私の魔法を消し飛ばした事といい、この部屋の事といい、よく分かったわね」

「───カマを掛けただけです。目の前には防弾性能を重視している透明な壁があり、魔法が有効でないのならば近代兵器を使うと予想できます。それでもダメならば古典的な罠を───」

「隠さなくてもいいわ。あなたには物理的な攻撃など意味を成さないことを知っているから。先程のは軽い挨拶みたいなものよ。弾も非殺傷の物だったでしょう?」

「あれだけの数を打ち込めば非殺傷とは言えないと思われますが?」

「それはもちろん。あなたの事を信用しているからよ」

 

 その言葉の真偽を疑うように、達也は真夜を見つめるが、その笑顔が変わることはない。寧ろ、最初の表情とは違い、心底喜んでいるようでもあった。

 

「まだ用件を伺っていませんでしたが、そちらをお聞きしてもよろしいですか?」

 

 これ以上の事は、言い合っても仕方ないとばかりに、達也は本題を切り出す。

 真夜たちの真意がどちらだとしても、それを知ったところで達也の行動がそれほど変わるものでもないからだ。

 

「その前に確認なのだけど、あなたは深雪さんの事をどう感じるかしら? 余計な脚色など必要なく簡潔にお願いね。本音で構わないから」

 

 真夜の気楽な物言いに、この部屋を訪れて初めて達也が困惑した表情を見せる。

 真夜は達也の困ったような表情を見て楽しんでいるようでもあった。

 

「そうですね……」

 

 達也が考え込むのも仕方がない。この発言内容が今後の事に大きく左右することが、達也には分かったからだ。

 達也は真夜に顔を向けて答える。

 

「先程も言いましたが、俺にとって深雪はただの妹にすぎません。特に深い愛情を持っているわけでもなく、少し我が儘で癇癪持ちといった認識です」

「まさか、感情も……」

「勿論ありますよ。人が持っていて然るべきでしょう? まあ、一定以上になると、抑制されてしまうようですが……。自動的に冷静になれると思えば、苦ではありませんね」

 

 達也の言葉に、冬歌は顔を真っ青にして震えだし、深夜は何事もないように振る舞う。そんな二人とは対照的に、真夜は満足気に微笑んだ。

 

「では、こうしましょう。達也には───」

 

 真夜からの提案は、達也にとって都合がよく、それに添う形で達也は了承した。

 

 

 

 達也は中学へ上がる前に、今まで過ごしていた長野県と山梨県の境にある屋敷から引っ越し、父親が住んでいる東京の地へとその住まいを変えていた。

 父親は四葉から達也を紹介された当初、信じられないような表情をしていたが、これは仕方ないと言えるだろう。何故ならば、達也が生まれてから一回たりとも会ったことなど無く、十数年振りに会って、実の息子ですと言われたところで簡単に信じられるものではないからだ。

 しかし、それは達也だけが会いに来たらと言う前置きがつく。

 達也たちと共に父親である龍郎の元を訪れたのは、叔母である真夜と葉山だった。

 真夜は龍郎の弁明など聞かず、一方的に話をすると、龍郎に達也たちを預けたのである。

 龍郎は難色を示したものの、真夜に対して面と向かって言えるだけの力や気概もなく、流されるままに頷くしかなかった。

 

「これからはここに住め。鍵はこれだ」

 

 龍郎は、不機嫌そうに懐からカードキーを取り出すと、達也に向けて放り投げる。

 達也は危うげなくそれを掴み取ると、手元で一回転させて一目確認し、ポケットに仕舞う。

 

「金が必要になったら、そのカードから落とせばいい。後は自由にしろ」

「フォアリーブスに入る方法は?」

「……お前、本当に来る気か?」

 

 達也がここへ来るに当たって要望を出したのは一点。フォアリーブスの開発に携わることだった。しかも、要望した先は、社内において周囲から浮いた存在───はみ出し者ばかりが集うような場所であるCAD開発第三課。

 言い方を変えれば個性的な面々が集う場所だ。

 これと言った実績はあまりなく、出来た品は広く販売できないような一点物ばかり。

 しかし、解析の腕や技術力は確かなため、他社の製品の解析などを行うなどの作業ばかりしている部署になっている。

 何故そのような場所を達也が望むのか誰にもわからない。

 むしろどうやって、CAD開発第三課の事を調べたのかさえ分からないのだ。

 それを聞いたときの深夜たちの反応は、達也にとってなかなかに面白いものだった。

 

「そのつもりで親父のところへ厄介になりに来たんだ。会社に近い方が色々と都合がいい」

「達也については分かったが……。もしかして、あんたもついて来る気か?」

 

 そう言って達也のことは諦め、龍郎が目線を向けた先には、達也の後ろに従うようにして大きなトランクケースを横に携えた穂波が立っていた。

 

「私は達也さんの世話係ですので、当然ついて行きます」

 

 穂波がここにいる理由は、達也のガーディアンとして活動する為ではない。

 達也の立場は一応、後継者候補の序列に入ってはいるが、その魔法特性から序列は最下位に近い扱いとなっている。

 四葉では、魔法力を以て序列を決めているところもあり、魔法力が低ければ当然肩身は狭くなり、蔑みの対象となる。

 そのため、達也のような血筋のみで候補に入っているような者は、四葉内ではその辺の石ころと変わりない。

 今回の呼び出しにより、達也の実力を知らされた深夜たちは、今後の対応に苦心したのはいうまでもない。

 本来であれば、従順なロボットの筈が、自由気ままに動くことのできる爆弾になったのだ。しかも、個人で取り扱うことが出来ないレベルに達している。

 だからと言って、達也をそのまま野放しにするわけにはいかない。そこで、苦肉の策ではあるが、現当主である深夜のガーディアンである穂波を、達也のメイドとしてあてがうことにしたのだった。

 これにより、これまでの方向性を逆転させ、達也の重要性を親族に認識してもらおうという考えと同時に、達也への誠意を見せる。

 それだけ、深夜たちは達也の力を恐れていたのであった。

 穂波の言葉に、龍郎は諦めたようにガックリと肩を落とす。

 

「もう好きにしてくれ。警備の者には明日にでも俺から連絡しておく。───他に何かあるか?」

「特にない。穂波さんは何かありますか?」

「私の分のカードキーは無いのでしょうか?」

「……明日にでも手配しておくよ」

 

 龍郎の投げやりな物言いに対して、誰も文句を言うことはなかった。

 

 

 

 春休みを利用しての引っ越しと、それに関わる諸々の手続きは穂波の手回しによりつつがなく終了し、達也たちは翌日、フォア・リーブス・テクノロジー───FLTへと足を運んでいた。

 

「司波達也ですが、上から話は通っていますか?」

「しば……? ああ。昨日に連絡のあった方ですね。少々お待ちください。……何か身分を保証できるものはお持ちでしょうか?」

「これでよければ」

 

 手元にある顔写真と達也たちを見比べている警備員に、達也は昨日発行されたばかりの身分証を提示する。

 その後、提示された身分証を基に身分確認などの照会が始まった。

 照会には十分ほどを要したが、事前に話をしていたため、特に揉めること無く作業は済んだ。この中には次回から自由に行き来できる通行許可証の発行も含んでおり、その事を踏まえれば迅速な対応だと言えるだろう。

 警備員による案内に従い、達也たちは第三課に通される。

 指紋認証を抜けた扉の先には、警備員から連絡を受けたのだろう、気難しい顔をした白衣を着込んでいる男が腕を組んで待っていた。

 

「それでは、私たちはこれで」

 

 警備員は案内を終えると、すぐに戻っていく。

 達也は、待っていた男に軽く会釈し挨拶を行った。

 

「司波達也です。これからお世話になります」

「桜井穂波です。私は達也さんの付き添いですので気にしないでください」

 

 達也たちの挨拶を受けた男は、自分の想像していた高慢ちきな態度と違っていたからだろう。首を傾げて達也たちを見詰め、組んでいた手をほどく。

 

「あー。一応ここを任されてる責任者の牛山だ。坊っちゃんたちには難しいことを色々やってるから、邪魔だけはしないようにしてくれ。後は好きにしてくれたらいい」

 

 頭を掻きながら面倒そうに告げると、終わりとばかりに踵を返してその場から立ち去ろうとする。

 達也は牛山が完全に立ち去る前に声を掛けた。

 

「自由にしても構わない情報機器は何かありますか?」

「それなら、そっちの奥にあるのを使ったらいい。まあ、どうしても分からないことがあったら聞いてくれ」

 

 牛山が指差した先には、昔使われていたであろう情報体───デスクトップ型のパソコンが置かれていた。

 達也は、見向きもせずに立ち去る牛山へ軽く頭を下げると、早速とばかりにパソコンを起動させ必要な事を調べ始める。

 

「達也様。お聞きしてもよろしいですか?」

「何ですか?」

 

 達也は穂波の問いかけに手を止めること無く、次々と色々な情報に目を通していく。

 

「達也さまはこの機体に触るのは初めてですよね?」

「そうなりますね」

「どうして、操作方法がわかったのでしょうか?」

 

 今まで穂波が観察してきた中で、達也は明らかに知らない筈の事象を、当然のように行っていることがあった。

 その様子はまるで始めから知っていたかのように……。

 それは、周囲からは見れば未来予知そのものだ。寧ろそれ以上と言っても差し支えない。

 達也は穂波の様子に気づいた風もなく、淡々と言ってのける。

 

「そうですね……。まあ、この程度であれば、見るだけで大体予測できるからです。ほとんどの機械には起動するためのスイッチくらいあるでしょうし、手に握っているこれにしても、画面を操作するための物と言うのは分かります。後は……推測です」

 

 始めはぎこちなかったキーボードの操作は、ものの数分で見もせずに素早く打ち込まれるほどになっていく。

 穂波は違和感を感じながらも、それ以上は何も聞かず、達也の作業を後ろで黙って見ているのだった。

 

 

 

 春休みが終わり、新しい学校での達也の授業風景は、以前の学校と変わるものではなかった。

 最初こそ、変わった転校生だと色々声を掛けられたが、それも最初の数週間だけ。

 達也自身の愛想の無さも合わさって、次第に達也へ興味を抱く者は減っていった。

 この時の達也の興味は、自分用のCAD開発にあり、その事に集中していたのも大きな要因だろう。

 平日は、授業が終われば、自宅に閉じ籠り理論の組み立てを行い、土日などの学校が休みの時は、FLTに住み着いていた。

 そのせいもあったのだろう。

 達也の存在は第三課にも受け入れられており、CAD開発に関する質問に対しては色々と教えてもらえていた。

 

「こんなピーキーなCADは坊っちゃんじゃないと使えませんね」

「俺用だからこれでいいんですよ」

「まあ、そうでしょうが……。それにしても、たった数ヵ月で自分用にセッティング出来るようになるとは大したもんだ。来た当初は、金持ちの道楽だとばかり思ってましたよ」

 

 数ヵ月前に来たときの事を思い出し、牛山は懐かしそうに、顎に手をやって思いを馳せる。

 

「道楽という言い方は合ってるかもしれません。趣味でやっている部分もありますから」

「ハッハッハ。坊っちゃんも冗談を言うんですな。ここまでの事ができれば、今の年齢を考慮すると趣味のレベルを逸脱してるでしょ」

 

 牛山は笑いながら、達也の手にあるCADを見詰める。

 全くのゼロから知識を吸収し、たった数ヵ月で自分用にCADをチューニングする。

 最初を知らなければ、本当に素人だったのかと疑いを持ってもおかしくはない。

 

「それは否定しません。必要に迫られている……と言うこともありますから」

「必要……ですか?」

 

 それまで沈黙を保っていた穂波が達也に訊ねる。

 

「それはもうすぐ分かりますよ。牛山さん。ありがとうございました」

「いいってことですよ。また何かあったら気軽に聞いてください」

 

 達也は穂波の問いをはぐらかし、牛山に礼を言うと、再びデバイスに向き直って作業を開始した。

 夏休みの前日。

 司波宅の1階にある居間から、呼び出しのための通知音がなる。

 通知先を確認し、穂波はすぐに身嗜みを確認すると姿勢を正して、すぐに受話設定に切り替えた。

 

「お久しぶりです。真夜様」

「お久しぶりね。穂波さん。そちらの様子はいかがかしら?」

「日常生活では、特筆すべきことはありません」

「───では特筆すべきところを教えてちょうだい」

「はい。まず、この数ヵ月で自らのCADの調整が出来るようになり、魔法の精度が上がっています。また、新しい技術の開発を手掛けているようです」

「新しい技術というのは?」

「私はそこまで詳しいわけではありませんが、魔法の連続使用を可能にするもののようです」

 

 既に今の技術においても、CADの操作次第ではあるが、連続にて魔法を使用することはできる。

 この連続と言うのは、あくまで「短時間に」という意味であり、それ以上ではなかった。

 

「何故今頃そのような事をしているのかしら?」

「認識のズレがあるようですので補足しますが、私の言う連続と言うのは瞬時に、という意味です」

「もしかして……」

 

 真夜は言葉の続きを発せずに、穂波を見る。

 穂波は、真夜の勘違いが正されたことにひとまず安堵し、続きの核心部分に触れる。

 

「恐らくフラッシュキャストを技術的に使えるようにする事が目的だと思われます」

「───達也は秘匿すべき事を知っていてやっているのかしら?」

「その事についてお聞きしたところ、あくまでもCADに登録された魔法の連続使用を目的としており、脳内の魔法領域に関したものではないとの事です」

「……達也には困ったものね」

 

 全く困ったようには聞き取れない調子で真夜は答えると、僅かに溜め息を吐いた。

 

「そう言えば、当の本人は何処かしら? 少しお話したいのだけど」

 

 真夜は居間に達也が居ないことを指摘する。

 時間的には夕食時間に近い時間帯であるため、居間にいてもおかしくはない。

 穂波は苦笑いを浮かべながら、達也の居場所と、この場にいない理由を話した。

 

「達也様は、自分用のデバイスを設定するのに夢中のため、暫くは地下にある部屋から出てこないと思われます」

 

 達也は、会社に設置してある機械の操作になれたからだろう。カードを使用し、持ち運び可能なデバイスを購入していた。

 購入にあたっては、龍郎に一言告げたが、値段が数万で済んだことにより了承を得ている。

 

「あの子は一体何がしたいのかしら?」

「私には分かりかねます」

 

 真夜は、指を顔に当てて傾け、悩むように溜め息を吐く。

 小学校卒業前に聞いたあの返答に、真夜は嬉しさで笑い出しそうなほどだったが、今の大人しい状況からは、あの時の事が本当だったのかと疑わしくなってくる。

 

「まあいいわ。その事は後日、本人から直接聞きましょう。穂波さん。1週間後の予定は空いているかしら? もちろん達也もよ」

「確認してみないと申せませんが、夏休みにつきましては、恐らくFLTに行く以外の予定はないと思われます」

「そう。それなら、一週間後の予定を開けておくように伝えてちょうだい」

「分かりました」

 

 通話はそこで終わり、真夜の姿が写し出されていたスクリーンは元の壁へと戻る。

 静かになった居間を後にして、1週間後の予定を達也へ伝えるために穂波は地下へと向かった。

 



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15話

 狭苦しい機内から解放されて、身体を解しながら荷物を詰めた旅行鞄を持って降りた先は、暑い日差しが降り注ぐ空港だった。

 暑いのは外のみで、空港内は空調が整っており、過ごしやすくなっているため、達也たちが直接日に焼かれることはない。

 達也は壁に設置された時計を確認し、腕時計と見比べる。

 予定の時間まで後数十分。その間は完全にフリーで行動できる。

 達也はお供を連れて空港内の店を巡り暇を潰すことにした。

 

「穂波さんは何か買わないのですか?」

「これから移動するため、余分な荷物になるものは買えません」

「護衛ではないんですから気にすることはないですよ」

「これは性分です」

 

 穂波はきっぱりと断り、荷物を持って達也の後に続く。達也はそれ以降に、買い物を勧めるようなことをせず、店を回って小物を幾つか買っていく。

 

「達也様。そろそろお時間です」

「もうそんな時間ですか」

 

 穂波の言葉に、達也は着けていた腕時計へ視線を落とし時間を確認する。

 時刻は昼前。

 周囲を見渡せば、飲食店の方へ人が流れており、観光客用の店に居る人は少なくなってきていた。

 

「では、向かいましょう」

「手荷物をお持ちしましょうか?」

 

 穂波の視線の先には、店で購入した物品が幾つか、ビニール袋に入って達也の手からぶら下がっていた。

 特に多いものではなかったが、主である達也を気遣い、目に入る度に声を掛けているが、達也からの返答は変わらない。

 

「自分の物は自分で持ちます。それに見た目ほど重くはないので大丈夫です」

 

 達也は穂波の言葉を断ると、そのまま目的の方向へ進み出した。

 穂波もそれ以上は何も言わずに達也の後に続く。

 

 空港内にある掲示板に、達也たちが待っている飛行機が、予定通り到着したことが表示される。

 待ち合わせの相手は、他の乗客に先じて、ゆっくりと歩いてきた。

 達也はゆっくりと歩いてくる相手に近付いていき、軽く頭を下げる。

 

「お久し振りです」

「久し振りね。達也」

「お待たせしました、達也様」

「……」

 

 達也の前にいるのは、四葉の当主である深夜と、そのガーディアンである葉山。深夜の後ろには深雪とその少し後ろに見知らぬ少女が立っていた。

 達也の挨拶に対して、興味がないように答えたのは深夜で、深雪に至っては軽く頭を下げるのみであり、返事さえない。

 葉山が、深雪の後ろにいる少女に目配せし達也に視線を戻すと、主の代わりに話し始めた。

 

「初めての者もおりますし、挨拶をしてから移動しましょう。櫻井さん、前へ」

 

 深雪の後ろに控えていた少女は、持っていた荷物から手を離し、少し前に出る。

 

「櫻井水波と言います。深雪さまのお付きです。よろしくお願いします」

「司波達也です。よろしく」

 

 深々とお辞儀をする水波に、達也は軽くお辞儀で返すと、後ろにいる穂波に視線を向けた。

 穂波は達也の視線に気付き、軽く頷く。

 

「では、移動しましょう」

 

 葉山が空港の外へ歩き出すのに合わせて、他の者も後に続いた。

 移動している最中であっても、葉山の説明は続く。

 

「真夜様は急遽来れないことを非常に残念がっておいででした。その分、皆様には楽しんでいただくように、との御言葉を頂戴しております」

「来れませんでしたか……」

「───何か不都合でもあるのかしら?」

 

 達也が珍しく残念そうな言葉を口にしたことに、深夜は気になり達也に問う。

 

「そうですね。葉山さんと水波も居ますのでなんとかなる、とは思っています」

「どういう事でしょう?」

 

 自分の名前が出てきたことで、水波までもが達也の言葉に興味を示す。

 現在のメンバーは四葉に連なるものが6人。

 達也たちの素性を知る者が居れば、接触しないように離れていくのは間違いない。喧嘩を売るような輩がいるとは考えられなかった。

 

「軍が近郊で演習を行っていますか?」

 

 水波の問いには答えず、達也は葉山に確認する。

 葉山の答えは達也の考えていた通りだった。

 

「名目は演習ですが、私たちの警護も兼ねて依頼しております。演習はしばしば行われていますので、それほど不自然には見えないと思ったのですが……」

「近日中に戦闘───もしくは戦争に近い形の事が起きそうだと思っただけです。その際には、守りが厚い方が良いでしょう?」

 

 深夜と水波の質問に遅れて答えるが、全くといって良いほど納得できる回答ではなかった。

 

「達也。あなたの説明には肝心な部分が抜けています。何故、戦争が起こると考えたのかを述べなさい」

 

 若干苛立ちを含んだ声に、達也は臆した風もなく淡々と言って退けた。

 

「ただの勘です」

 

 達也の言葉に車内は静まりかえる。

 水波だけが達也の一言を信じてはいなかった。しかしそれも無理はない。達也と会ったのは今日が初めてなのだから。ただ残念なことに、達也の勘が外れたことはなかった。

 

 真夏のビーチには、晴天にも関わらず、ほとんど人影は見えない。

 それと言うのも、このビーチは軍関係者以外立ち入り禁止のプライベートビーチだからだ。

 それでも極僅かに人がいるのは、軍のコネを利用したり、その家族であったりするためだった。

 そんなビーチで一人。かなりの速度で泳ぐ姿があった。言わずと知れた達也である。

 泳ぐ達也の肉体は、室内に籠っていたのか疑わしいほど鍛え込まれており、無駄な脂肪など全く見当たらない。

 その身体の色は、日焼けをしていないため肌白く、太陽の元で活動していない事の証明となっている。

 一方砂浜では、シートにパラソルを立てて、深雪たちがそんな達也の姿を、特に何をするでもなく眺めていた。

 深雪たちはパーカーを羽織っているが、その下には水着を着込んでいるため泳ぐことは可能。しかし、3人がパラソルから出て泳ぐ気配はない。

 

「かなり早いですね」

「そうね」

 

 達也の泳ぎを見ていた現ガーディアンと元ガーディアンの二人は、見た目はただ泳いでいる達也を見ているだけのようであったが、自分の職務を忘れることなく、周囲の警戒を怠ることはない。

 そのため、自分達に近付いてくる男たち3人組に気付きつつも、素知らぬ顔で達也を見続けていた。

 

「へい! 彼女たち! 俺たちと一緒に遊ばないか!?」

「お断りします」

 

 穂波は視線を向けもせずに間髪入れず即答すると、少しだけ男たちを見て、すぐに視線を達也に向け直す。

 話し掛けてきた男たちは、肉体を見せつけるように海パンひとつであり、他に装着している物はサングラスだけといった出で立ちだ。

 場所と姿を見れば、軍の関係者であることは容易に想像がつく。

 男たちは穂波に断られたからといって簡単に諦めることはなかったが、深雪たちの目には、ある人物しか無いことに気付き、それ以上の声掛けは効果がない事を悟って、興味の対象を変えるために、矛先を変えた。

 

「よし! それなら俺たちが彼に勝ったら付き合ってくれよ!」

 

 条件を勝手につけて言い終えると、男たちは海に向かって走り始める。しかし、間が悪いと言うべきか、丁度、時を同じくして、泳ぐのに満足した達也が、浜辺に上がってきたところだった。

 

「もう上がるのか? ちょっとばかし、俺たちに付き合ってもらいたいんだがな」

「……」

 

 達也が何か言うことはなく、男たちの間を素通りしていく。

 

「おい! ちょっと待て!」

 

 完全に無視された男は、達也を引き留めようと、その肩に手を伸ばして掴もうとした。

 しかし、達也を掴もうと近付いた男は、次の瞬間には地面に寝ており、空を見上げて目を瞬かせている。

 

「何しやがった!!」

 

 一人が何かされたと感じた二人は、警戒感を露にして達也を挟むように飛びすさる。このあたりの行動は、軍で鍛えられていると感じられるだろう。

 達也は路傍の石のような扱いで、二人を無視して先に進みはじめた。

 そんな達也に、二人の男は同時に襲い掛かる。

 二人には、仲間の一人が一瞬の内に倒されたことで、一般人を襲っているという意識は完全に無かった。

 それまで、見向きもしなかった達也が、二人の動きに合わせて流れるように移動する。

 達也の移動は、砂場の上であることを全く感じさせるものではなかった。

 二人は達也を追うようにして、足を踏み込んだところで、二人同時に砂浜へ倒れる。

 達也は疲れた様子も見せずに深雪たちのパラソルまで戻ると、穂波からバスタオルを受け取り、頭を拭き始めた。

 

「今のは何かしたのですか?」

「ただのフェイントと、ピンポイントで顎を打っただけです。暫くは起きないでしょう」

 

 穂波の問いに、達也はバスタオルを返しながら答え、代わりにスポーツドリンクを受け取る。

 小一時間泳いでいたが、達也の表情に疲れの色は見えない。

 そこで、最初に倒された男が立ち上がり、二人に駆け寄ると、怪物を見るような目で達也を見つめる。

 自身は不可解な技で倒され、同僚の二人に至っては、反応できない速度の攻撃。そのことにより、敵愾心よりも恐怖の方が男の心中では勝っていた。

 

「それよりも、折角水着で来たのに泳がなくてよかったのですか?」

 

 男の思いは兎も角、達也の意識の中に、男たちの事は既になかった。それよりも関心は深雪たちに行く。

 

「達也様。先ずは私達の水着姿を見て言うことはないのですか?」

 

 穂波の言葉に、達也は改めて穂波の水着を見る。

 穂波の水着はビキニタイプの上と下が別れたものを着ており、名前に合わせたのか水色に花がポイントで入っていた。

 深雪と水波も同様のタイプで、深雪は真っ白な生地に青のラインが入ったもの。水波はピンクの生地に白のラインが入ったものをそれぞれ着ている。

 

「そうだな……。今着ているものは、泳ぐのに適してはいない……かな」

 

 達也は納得すると、飲み終えたスポーツドリンクを穂波に手渡す。

 穂波は溜め息を吐いて、露骨に首を振った。

 

「違います。こういうときの男性は、女性の姿を見て真っ先に似合っている、等の声を掛けるものです。機能にばかり目がいっていては、視野狭窄と言わざるを得ません。今一度チャンスをあげますから、言ってみてください」

 

 穂波は羽織っていたパーカーを脱ぎ、仁王立ちになって両腰に手をやると、胸を張って達也を見る。

 達也は困ったように頭を掻くと、視線を深雪や水波に向ける。

 深雪たちも穂波の意見に賛同するように、わざとらしく達也を見ていた。

 

「俺にセンスを求められても困ります。何をもって似合っているとするのか、その判断基準となるものを明確にしていただければ答えられるのですがね……」

 

 穂波は予想通りだったのだろう。落胆した表情で達也をたしなめる。

 他の二人に至っては半眼で達也を睨んでいた。

 

「そういうことではありません。このような状況の時は女性を立てるものです」

「それを立てる側の貴女が言っていては世話ないですね」

「そういうことを言わない!」

 

 達也たちが言い合っている間に、倒された男たちは姿を消していた。

 

 夕食の時になり、皆が一同に会した場で、達也は深夜からあることを告げられる。

 

「達也」

「なんでしょう?」

 

 達也は食べていた箸を置き、深夜を見る。

 

「貴方に軍から招待が来ています」

「なるほど」

「なるほど、ではありません。何時もの事ですが、あなたは一体何を考えているのです?」

「それについては、後程お話しします」

「───はぐらかしたりせず話すのですね?」

「はい」

 

 これまでと打って変わったように返事をする達也に、深夜は取り敢えず、といった風に話を戻した。

 

「では、この夕食が終わり次第、私の部屋に来なさい。そこで話を聞きます。後、軍の方はどうするのかしら?」

「あまり興味は無いのですが……」

「そう……」

 

 深夜は特に何を言うでもなく、食事を再開する。

 既に深夜の頭の中では、達也に対して何を聞くべきという事が駆け巡っていた。

 

 夕食後に部屋へ呼ばれたのは達也のみ。

 深夜のいる部屋はVIPルームに相応しく、シンプルながらも金の掛かっている部屋だった。

 深夜は部屋の中央にあるテーブルにつき、リラックスした格好で達也が来るのを待っている。

 達也は葉山に促されて、深夜の対面にある椅子に腰掛けると、改めて深夜を見た。

 

「堅苦しい言い方はしなくていいから、本当のことを話しなさい」

 

 達也が席につくと、深夜は前置きで達也に釘を指す。

 今まで散々はぐらかされてきた事もあり、深夜は少々気が立っていた。

 

「勿論そのつもりです」

 

 深夜が達也を半眼で睨み付けると、達也は肩をわざとらしく上げて、言い直す。

 

「場を和ませようとジョークを言っただけだから、それほど怒ることもないだろ」

 

 今までの達也とは思えない軽い口調に、葉山は驚きのあまり、ポットを持ったまま立ち止まり目を見開く。

 

「葉山さんは初めてだったわね。これがこの子の正体よ」

「正体とはひどい言い方だ。どっちも俺であり、片方だけを否定されるものじゃない」

「そのような戯れ言が聞きたくて呼んだのではありません」

「それではどうぞ」

 

 達也の不遜な態度に、深夜は文句を言うでもなく質問をした。

 

「……あなたは一体何者です?」

 

 この問いに驚いたのは、聞かれた達也ではなく葉山だった。

 これまでの成長記録などを見ても、達也が変わったということは記されていない。

 それにも関わらず、深夜が達也は別人だと言ったことに、驚きを隠せずにいた。

 

「生まれたての頃に一族から殺されかけ、当時の四葉家当主の判断から戦闘を仕付けられ、挙げ句には精神構造を母親に弄られた事により生まれた人格? が一番しっくりくるかな」

「……」

 

 達也の言葉で、部屋に緊張がはしった。

 本来であれば、達也が預かり知らぬ事を当の本人が知っている。

 深夜の方ではある程度予想できてはいたのだろうが、本人の口から聞くことになるとは思ってもいなかったようで、黙りこんでしまう。

 その後の沈黙により、達也に対する緊張感や警戒心が高まっていく。

 そんな二人を見て達也は笑いだした。

 

「何がおかしいというの?」

「何故そんなにも警戒するのか考えると、二人とも殺伐とした世界で生きてきたんだと実感しただけ。特に深い意味はない」

 

 深夜は不満気味ではあったが、質問を続ける。

 

「あなたの知識はどこから来たものかしら?」

「深雪との繋がりを作ることで、枷を付けようとしたあの日に得た。完全記憶力は凄まじいと実感したのもあの時だな。最初はホログラフィーを見て幽霊と見間違えるくらいには記憶が混乱していたし、一つ一つ理解するのに時間がかかったなぁ」

「要点を纏めなさい!」

 

 深夜は達也の愚痴のようになり始めた話を遮る。

 達也の愚痴に付き合うつもりは毛頭なかった。

 

「要は精神を弄られたことで、過去と未来の知識を得たと言うことですよ。まあ、既にこうして話している時点で、俺の知識とは違う平行世界に進んでいる訳ですがね」

 

 達也の言葉に、部屋にいる深夜たちは絶句するしかなかった。

 世界の情報を覗き見ることができる、とある機械など問題にもならない。

 ただでさえ達也は戦略級魔法師としての力を有しているのだ。それに加えて未来知識も付与されているとあっては、未来を全て達也に握られていると言っても過言ではない。

 

「───あなたの願いは何?」

 

 この化け物をどうすべきか。

 

「俺の願いは、何者にも脅かされることなく普通に暮らすこと」

 

 深夜は四葉家当主として、判断を下さねばならない。

 

「どうして、今頃話す気になったのかしら?」

 

 味方につけるように尽力するか、敵対しないように尽力するか。

 

「もうすぐ貴女が死ぬから」

 

 深夜の考える時間が、少ないことを宣言された。

 

 結局、達也の要望は聞き入れられることなく、深夜のお願いと言う名の指示により軍の施設に赴くことになる。

 達也は特に文句を言うでもなく、その指示を聞き入れた。



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16話

 深夜に指示された翌日。

 達也はホテルのエントランスに向かうと、達也が来るのを待っていたように、フロアに設置してある応接用の椅子から数人が達也を見て立ち上がる。

 今朝になって急遽連絡があったことだが、軍の施設には達也だけが行くわけではなく、深雪たちもついて行くことになったのだった。

 ただし、深夜だけは用事があると言って、ついてくることはなかったが……。

 軍の施設はホテルから近いところにあり、車で五分程度の移動で済む。

 広大な敷地の中を進み、厳重そうな壁の手前で車を降りる。

 壁は高さが五メートルはあり、一般人が簡単に入れないようになっていた。

 壁に設置されたゲートの守衛に、達也は目的を告げて許可を貰うと、ゲートを潜って中に入っていく。

 

「どうしてついてきたんだ?」

「私は軍の施設が見たかっただけです。あなたについて行くわけではありません」

 

 達也は歩きながら振り向くことなく、深雪に問い掛ける。

 深雪は口で反論しているものの、その視線は軍の施設よりも前を歩く達也に向いていた。

 深雪は達也を意識していることを隠しているつもりだったかもしれないが、達也にはバレており、他の二人にも深雪の言葉が、そのまま本心ではないことが、その行動から分かっていた。

 前を歩く達也たちの更に前には、ゲートのあった場所から軍の者が案内をしており、迷路のような施設内部を迷うことなく進んでいく。

 そうして通された部屋には、勲章を幾つか着けた体格の良い男が、数人に囲まれるようにして立っていた。

 

「よく来てくれた。私の名は風間と言う。階級は大尉だ。この基地では教官を兼務している。先日はここの部隊の者が迷惑を掛けた。───3人は前に出ろ!」

 

 教官と言うだけはあり、風間の怒鳴り声は、その場にいる者たちの身体に響いた。

 そして、身体を強張らせた3人が達也の前に姿を表す。

 

「「「先日は失礼しました」」」

 

 そう言って3人は頭を下げる。

 

「いえ。こちらも少々大人気なかったと思います」

 

 達也の言葉に、再び周囲がざわめきだした。

 捉え方によっては、挑発しているように聞こえる。実際、達也としてもそのような意図があって言っているのだから、底意地が悪いと言えるだろう。

 

「名前を伺っても良いかな?」

 

 達也を知らないものたちばかりの中でやってのける達也の胆力に、風間は興味を引かれたように訊ねた。

 

「司波達也と言います。後ろに連れているのが───」

「司波深雪です」

「櫻井穂波と言います。以前は陸軍の方に所属していました。よろしくお願いします」

「櫻井水波です。よろしくお願いします」

「ありがとう。それでは……施設の方を案内をさせたいのは山々だが、血気盛んな者たちが多くてね。少々我々の運動に付き合ってはくれないか?」

 

 風間の側に立っていた者たちはそうでもなかったが、その周囲にいる者たちからは、達也に対して明らかな敵意が溢れだしていた。

 今にも風間がいなければ襲いそうな剣幕に、風間は呆れたように周囲の者たちを見る。

 風間は、達也とその者たちの実力差を見抜き、その差が分からない者たちを呆れたように見ていたのだった。

 

「構いません。深雪たちはどうする?」

「私は───」

「私たちも御一緒させて頂きます。同じ施設内を見て回るのでしたら、一緒に回った方が効率的ですから」

 

 穂波は深雪の迷いを含んだ言葉を遮り、行動を決める。

 深雪は自分の発言が遮られたことに怒る訳でもなく、「そうですね」と肯定を示した。

 

「では部下に案内させましょう」

 

 風間の視線を受けて側に立っていた男が頷くと、達也たちの前に進み出る。

 

「自分は真田と言う。階級は中尉だ。よろしく」

「よろしくお願いします」

 

 達也は真田から差し出された手を握り返し挨拶をすると、真田は何がわかったのか笑顔になり、案内を始めた。

 

「変な騒動に巻き込んでしまってすまないね」

「構いません。折角の機会ですから、良い経験として行動するだけです。施設の中を見るだけでは面白くありませんから」

 

 真田は目を大きく見開き、達也を見ると笑い始めた。

 

「あっはっは! そんなことを言う人は珍しいね! 実に良い! どうだい? うちのところに来ないかい? うちのところは人数が少なくて癖が強いのが集まってるけど、君みたいに面白い人が多いよ」

「学生の内は自由を満喫したいのでお断りします」

「うーん。振られちゃったか。でもその言い方だと、まだ希望はあると見て良いのかな?」

「未来はどうなるか分かりませんから」

「それもそうだね」

 

 ここに深夜が入れば、どのような口がそのようなことを言うのかと思ったかもしれないが、ここにいるのは一部を除き、誰も達也の事を知らぬ者たちばかり。

 達也の言葉は、そのまま受け流された。

 

 一般的な体育館よりも広い空間で、軍の訓練は行われていた。

 その中には、達也にも見覚えのある顔が数人ある。

 

「準備運動はいいかな?」

「何時でも動ける様にしていますので、今からでも構いません」

「りょーかい。……数人ほど連れてきてくれ」

 

 真田は脇に控えていた男に声を掛ける。

 男は真田に敬礼し、達也を睨み付けるようにしてその場を立ち去った。

 

「すまないね。どうも思うところが色々とあるようなんだ」

「その辺りは気にしません。ただ、こちらからもお願いしたい事があります」

「なんだい? 審判ならば僕がするから安心してくれていい。急所を狙う攻撃についても禁止するから───」

「そうではありません」

 

 達也は首を振り真田の懸念を否定する。

 疑問に首を傾げる真田に達也は要望を告げた。

 

「風間少佐の左側に立っておられた方との組手をお願いできませんか?」

「少佐の左側と言うと……彼か……」

 

 真田は難しい顔をしたが、懐から携帯取り出しボタンを幾つか押す。

 数秒とせずに電話を掛けた相手が出た。

 

『何のようだ? 今は案内を任されている身だろう』

「その通りなんだけどね、その案内をしている彼からの要望でね。君との手合わせを希望しているんだ」

『……そうか───すぐに向かう。第一演習場で間違いないか?』

「ああ。頼むよ」

『分かった』

 

 真田は電話を切ると、達也に向き直った。

 

「ご要望の人はもうすぐ来るけど、それまで待っておくかい?」

 

 真田が向けた視線の先には、達也の相手となる者たちが横一列に並んで待っていた。

 その数は9名。

 確かに、真田の言った「数人」の枠内だが、常識知らずと言われても仕方がない。

 しかし、達也の返答は真田の予想を超えていた。

 

「その9人は同時と言うことで良いですか?」

「いや。流石にそれは止めておいた方がいい。いくら君が強さに自信があると言ってもだね───」

「良いではないですか真田中尉。本人が求めているなら答えてやるのが筋と言うものでしょう」

「余計なトラブルはごめん被りたいんだが?」

「しかし、彼は既にやる気のようです」

 

 横一列に並んでいた男たちは、達也を半ば囲むように展開しており、いつ始まってもおかしくはなかった。

 

「ああ、もう。仕方ない。取り敢えずお前たちは急所への攻撃を禁止とする。なお、彼が意識を失った場合も止めるのでそのつもりで……達也くん準備はいいかな?」

「何時でも」

「それでは……開始!」

 

 真田の言葉を合図にして、四人が同時に達也へ飛び掛かるが、他の四人は構えたのみでその場から動こうとはしない。それに対して達也の方もただ待っているわけではなかった。

 軽い動作で飛び掛かってくる一人に向けて飛ぶ。

 囲んでいた対象が動いたことで、達也が向かった先の男が僅かに動揺する。しかし、それは一瞬のことで、男は達也との間合いを測り直して拳を握りしめた。

 しかし、達也に対してその一瞬が勝敗を分けることになる。

 男が体勢を整え、拳を握りしめた瞬間、更に達也は地を這うように加速した。そして、すれ違い様に男の足を引っ掛け、体勢を何とか保とうとした男の背中を更に蹴りつけて、その反動を利用し構えもせず様子見をしていた一人に肉薄する。

 背中を蹴りつけられた男は、達也に襲いかかった他の男の一人と激突し、双方ともに顔を押さえて蹲る。

 肉薄してきた達也に対して、心構えは出来てはいたが、その速度は男が想定していたものを超えていたのだろう。全く反応できていなかった。

 今のところ達也は魔法を使っていない。

 それにも関わらず、その速度は加速術式を使ったかのような速さだった。

 男は達也の速度を殺すために捕まえようと手を伸ばすが、達也は嘲笑うかのように回避すると、その両手首を掴んで足を蹴り上げる。

 達也の爪先は男の顎を掠め戦闘不能にすると、男の体を壁にして再び元の位置に向けて蹴りつけた。

 達也に迫ってきているのは二人。

 二人はそのままの速度で、達也にタックルをするが、それこそ達也に都合がよかった。

 男たちが飛んだ瞬間に合わせて、達也は一人に狙いを絞るとわざと一人の男の懐に入り込む。

 そして達也を掴んだ男は笑みを浮かべたが、その次の瞬間には意識を失っていた。

 達也がしたのは背負い投げ。

 頭から激しくぶつかった男はすぐに意識を失ったのだった。

 タックルを掛けたもう一人は、達也が寝ている男の上から起き上がるのを見て再度タックルを掛ける。

 しかし、男は逆上していたために、何故一緒にタックルを掛けた男が寝ているか分からなかったのだろう、前の男と同様に懐に潜り込んだ達也によって意識を刈り取られた。

 残った者は男3人と女が1人。

 達也の様子を見逃すまいと目を見開き、どの方向にも対応できるように重心を低く取っている。

 達也は4人が動かないことを悟ると、今度は自らが行った。

 手始めに一番近くにいた方へ走る。

 男は一発もらう覚悟なのだろう。達也が近くに来ても動かずにガードの構えを崩さない。

 達也はそんな男の心情など気にもせずに、呆れた目を向けて男の側頭部に掌底を叩き込んだ。

 そして崩れ去る男を無視して次の者に向かう。

 結果からして、一対一で達也に敵うものは居なかった。

 倒し終えたところで、達也に拍手が送られる。

 

「大したものだ。余程の鍛練を積んだと見える」

 

 拍手をしたのは真田が呼んだ───達也の望んだ相手だった。

「貴方ほどではありません。恐らく今の俺では貴方に勝てないでしょう」

「ほう、それでも俺が相手をすることを望むというのか?」

「今の自分がどの程度なのか知るには良い機会ですから」

「なるほど。俺は計りと言ったところか……」

「胸を貸していただきます」

 

 達也は摺り足で慎重に男との距離を縮めていく。

 男はそれまで浮かべていた笑みを引っ込めると、自然体で達也に相対した。

 達也と男の距離が五メートルを切ったところで、達也が止まる。

 双方ともに動きはないが、それは場所だけの話。

 達也はエレメンタルサイトを駆使して男の動きをつぶさに観察し、先手を取るため高速で思考を続けていた。

 男の方も達也の隙を作ろうと、僅かに体を動かし偽の情報を送り続ける。

 数分が経った頃。

 達也の顔には汗が浮かび、対する男の方にも疲れが見え始めた。

 先に動いたのは達也。

 一瞬にして距離を詰めると、鳩尾に向けて左拳を突き出す。

 しかしそれはフェイントであり、その左拳で相手を掴み、引き寄せる速度を加えての右拳によるフックがメインだった。

 しかし、その突きは男の服を掴んだ瞬間に解除された上、そのまま遠くへ投げ飛ばされる。

 達也は投げ飛ばされるままになっていたが、地面に着く前に体勢を立て直し、受け身を取った。

 そして静かに立ち上がる。

 

「ありがとうございました」

「こちらも良い訓練になった。しかし、あそこから受け身を取るとは……まだまだ己の技量が足りないことを思い知らされるな」

「こちらもです。まさか、完全にこちらの力の流れを把握されるとは思いもしませんでした」

「……あれに気付いたか」

「やはり、貴方を指名して正解でした。……すいませんがお名前を伺ってもよろしいですか? 遅くなりましたが、俺の名前は司波達也です」

「俺は柳と言う。あいつの同僚だ。またの機会があれば手合わせ願おう」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 二人が握手を交わしたのを見て真田が近付いてくる。

 

「二人の世界に浸るのはいいけどそろそろ現実的な話をしよう。他にもお客さんはいるんだし、この演習場だけでは色気がない。他のところも案内したいんだけど?」

「そうだな。それほど見るべき所はないが、地下の施設は良いかもしれん」

「そう言うわけだから、ついてきてくれ」

 

 真田は達也たちを連れて、施設の案内を始める。

 達也が演習場を出るまで、訓練をしていた幾人らから憎悪の目が幾つも達也に突き刺さった。

 

 柳が言っていた地下の施設とは、巨大なフィルターにより直接海の中が見れると言うものだった。

 早い話が水族館のようになっており、ちょっとした暇潰しに使えるようになっている。

 その後は昼食を取り、施設を後にした。

 

「軍の施設にあんなものがあるとは思いませんでした」

「上の人の考え次第だから、他にも色々あるわよ」

 

 穂波と水波が話している間、達也は今日の出来事を回想し、対策を幾通りも立てていく。

 

「やはり、身体作りが第一だな」

「何か言われましたか?」

「独り言だから気にしなくていい」

 

 そう言って達也は目を瞑る。

 深雪の方も軍の施設を出てからずっと黙り込んでおり、水波も話し掛け辛そうにしていた。

 そのため、穂波と水波の会話だけが自動操縦のコミューター内で響いていた。

 

 その日の昼からは、各自で自由行動となった。

 達也は自室に閉じ籠ってしまったため、穂波は深雪たちと行動を共にする。

 場所はちょっとした繁華街の入り口付近。

 3人は周囲の人目を引きながら奥へと進んでいく。

 

「護衛は良いのですか?」

「今日は自室から出ない予定だから、あなたたちと買い物にでも行ってくるようにって言われてるの」

「しかし、自室に一人というのは些か危険なように思いますが……」

 

 穂波がついてくることに、深雪も水波も反対しない。

 寧ろ水波としては、親戚でもあり、先輩でもある穂波に聞きたいことが色々とあったため、断る理由などなかった。

 しかし、自分の感情と任務は別だ。

 ガーディアンは、基本的に主人から離れることを良しとせず、常に身辺警護をするという認識がある。

 水波の場合は、ガーディアンとしての年月が浅いため、経験豊富な穂波が一緒であることは心強い。

 その反対に、今の達也は護衛がいない状態である。

 これはかなりよくない事態だった。

 深刻そうな顔をする水波へ安心させるように、僅かに苦笑しながら穂波は答えた。

 

「大丈夫よ。そもそもわたしはガーディアンじゃないから」

 

 この言葉に驚いたのは水波だけではない。

 深雪も穂波に振り返り、目を大きく見開いていた。

 

「それは、どう言うことなのでしょう?」

「早い話がメイドね。それに見たでしょう? 彼に警護は必要ないわ。元々ガーディアンは女性に対してつけるものだしね」

 

 それでも納得していない水波は更に質問を続ける。

 

「では、何故メイドをつけるのでしょう? しかも、穂波さんほどの人をつけるのは不思議でなりません」

「その辺りは、流石に分からないわ。候補を蹴ったとは言え、深夜様の息子だからかしら?」

 

 穂波にとっては何気なく言った言葉だったが、過敏に反応する者がいた。

 

「候補を降りたのですか!?」

 

 食い付いてきたのは、それまで黙って話を聞いていた深雪だった。

 深雪は思わず大きな声を上げて立ち止まる。

 その顔には穂波がガーディアンではないと言ったとき以上の驚愕を露にしていた。

 

「ええ。中学校へ上がる前にそのような話があったとお聞きしています」

 

 達也としては、面倒な四葉関係の事に巻き込まれたくがないため、中学へ上がる前の話し合いでその旨を伝えていた。

 そして、どうせ当主は決まっているのだからと深雪を推薦したのだが、その場に居なかった穂波たちにはそこまでのことは伝えられていない。

 

「候補を降りてまでしたいこと……」

 

 深雪には達也の考えが全く分からなかった。

 深雪は小さな頃から四葉家の当主となるべく教育を受けてきた。

 権利者にとって、当主を目指すことは当然であり、それ以外は些事にすぎない。

 達也がガーディアンを降りた当初は、当主候補として名乗りを上げたと思ったのだ。

 自分に権利があって、その兄である達也に権利がないなど有り得ない。

 そのため、ライバルとして隙を見せないように気を張っていたのだが、こうなってくると話しは違ってくる。

 降りたのであれば、扱いは一般人と大差無い。

 それでも確認はしなければ、と深雪は再度穂波に訊ねた。

 

「その話の信憑性はどの程度なのでしょう?」

「私が達也さまの付き人を命じられた時に、直接深夜様から言われましたので確かな事かと」

「そう」

 

 当主の名前まで出されては否定する要素はない。

 ある意味残念ではあるが、幸運とも言える。

 達也と共に過ごしてきた中で、深雪は達也に対し劣等感ばかり感じていた。

 達也は頭脳明晰であり、運動能力にも優れている。

 周囲への警戒は事細かに行われ、その戦闘力も申し分ない。

 まだ見ていない部分は多々あるが、ここまで完璧に出来ていた人間が、他の事だけ不器用ということもないだろう。

 そんな人間が当主候補として深雪のライバルになるのだと思い込んでいた。

 そのため深雪はこの四ヶ月ほどを悶々としたまま過ごしていたのだった。

 

「御気分が優れないようでしたらホテルに戻られますか?」

「心配掛けてごめんなさいね。大丈夫よ」

「しかし……」

 

 何事もないように振る舞う深雪に、水波は困惑した表情を見せる。

 

「本人もこう言っているのだし、買い物を楽しみましょ。折角沖縄に来たのだから楽しまないとね」

 

 穂波は二人を引率するように、先頭を歩いていく。

 そんな3人の知らないところで、事態は静かに動いていた。

 

 

 

 達也たちが軍の基地を訪れた次の日。

 深夜からクルージングの誘いがあった。

 しかし、達也はこれに対して苦い顔をして難色を示す。

 

「何が起こるのです?」

 

 深夜は達也が難色を示したことで、何かが起こることを察すると、事態を確認するべく達也に問い質す。

 

「そろそろ他国からの沖縄侵攻が始まるので、その標的となりやすいクルーザーには乗りたくないだけです」

 

 達也の言葉に、深夜の部屋に集まった面々は唖然とする。

 達也が述べたことが本当であれば、暢気にクルージングどころではない。

 今すぐにでも本土に戻り対応せねばならない事だ。

 

「その信憑性はどれ程あるのです?」

 

 対応せねばならないのが現状だが、仮定の話しなど幾らでも出来る。

 深夜は根拠の提示を達也に求めた。

 

「勘です」

 

 緊張しきった場に、数名が呆れたような目を向けるが、他の数名にとって達也の言葉を軽々しく扱うことはできない。

 

「そう。それも知っていることなのね?」

「その通りです」

 

 深夜は葉山に指示を出す。

 

「至急、真夜に連絡を」

「承知しました」

「避難場所は?」

 

 深夜は責めるように達也に問う。

 達也は気にした風もなく言った。

 

「ホテルにてゆっくりしていれば終わるのでは?」

「それで被害はでないのですか?」

「軍内部の裏切りもあるため確定はできませんが、このメンバーが揃っていてこちらに被害が出るなど考えにくいと思います」

「……すぐにホテルへ戻りますよ」

 

 深夜が達也を睨み付けるように言い放つが、その圧力に困惑しているのは深雪たち三人。

 達也は穂波へと近付くと、顔を向けて耳打ちした。

 

「達也様はどうされるのですか?」

「適当にぶらついてくる」

 

 達也の言ったことが聞こえたのだろう。

 深夜が達也に釘をさす。

 

「あなたには聞きたいことがまだまだあります。他の場所へ行くことは許しません」

 

 達也は溜め息を吐くと深夜の後に続いてホテルへと向かった。

 

 ホテルに到着して早々に、達也は深夜に手を引かれて、深夜の取った部屋にある、こじんまりとした隣室に連れ込まれる。

 深雪たちは、リビングでそんな珍しい深夜の姿を呆然と眺めていた。

 

 隣の部屋では、いつ準備を終えたのか、部屋の壁面に大型のモニターが設置されており、そこには数人の人影が見えた。

 

「取り敢えず、詳しい事を聞いてもいいかしら?」

 

 モニターに映っている真夜が、深夜と達也が席に座ると同時に声を掛ける。

 モニターに映し出されたのは、四葉に連なる者達だった。

「椎葉」「真柴」「新発田」「黒羽」「武倉」「津久葉」「静」

 四葉における有力七家。

 それぞれの代表が席に座り、静かに会議の開始を待ち構えていた。

 

『至急、話があるとの事ですが、何故その者もいるのです』

 

 新発田は達也を見るのも嫌なのか、渋い顔をして深夜を見る。

 

「達也。これから起こることを話しなさい」

 

 そんな新発田の言葉を取り合わずに、深夜は達也に促した。

 

「近日中にでも、大亜連合がこの沖縄に攻めてきます。また、軍の基地内部にも敵の勢力があり、外と内の両方からの襲撃となります」

『…………』

 

 内容の大きさに、モニターに映った者たちは揃って黙りこむ。

 真偽の程を問い質したいと思う者がほとんどであったが、当主である深夜が判断して、この場に達也を連れてきたことを考えれば、疑うことすら烏滸がましい。

 

「皆さんにも言いたいことは色々あるとは思うけど、備えだけはしていても問題はないでしょう」

 

 杞憂に終われば多少の労力で済むが、実際にやられてしまえばその被害は計り知れない。

 深夜の言葉に、四葉全体として動き出す。

 中には苦い顔をしていた者もいたが、誰も反対などしなかった。

 それだけ、当主という地位から発せられる言葉には、拒否を許さないだけの拘束力があった。

 その後、部屋のモニターからの映像は途切れ、残っているのは真夜の画面のみ。

 その画面に映る真夜にしても、その席を立とうとしていた。

 達也はその姿をモニターが消えるまで見続ける。

 

「さて、私たちは本土に戻りましょう。短いバカンスでしたが、退屈はしませんでしたね。葉山さん手続きの方はどうかしら?」

「2時間後にフライト予定のものを押さえましたので、それに合わせて準備を進めます」

「よろしくね。私は少し休むから、時間になったら起こしてちょうだい。達也も戻っていいわ」

 

 達也は礼をして部屋を出る。

 深夜の顔には、この度の出来事が原因なのか、疲れたような表情が浮かんでおり、座っていた椅子の背もたれに深々と身を任せていた。

 

 部屋を出た達也に、隣の部屋で待機していた三人の視線が集まる。

 その視線を無視して、達也は保冷庫から飲み物を取り出し、窓際の椅子に腰を下ろして一息つく。

 何も言わない達也に、説明を求めたのは穂波だった。

 

「これからどうするのでしょうか?」

「2時間後に飛行機に乗りますので、各自準備をお願いします。私は手続きをして参りますので、一時的にお二方には深夜様の護衛をお願いします」

 

 穂波の問いに答えたのは、達也の後から部屋を出てきた葉山だった。

 葉山は手早く、デバイスを操作しながら部屋を出ていく。

 穂波と水波は顔を見合わせ頷くと、帰り支度を本格的に始めた。

 

「ここから空港まで、コミューターで1時間くらいだから、ほとんど時間がないわね。達也くん。私たちは帰る準備をするから、この部屋に近付く奴等がいないか見てもらえるかしら?」

「このホテル近郊には今のところ不審な人影はなし。従業員はこの階に二人。怪しい動きは今のところありません」

 

 達也の回答に穂波は頷くと、その場に固まる二人へ声を掛けた。

 

「水波は深雪さんの準備と自分の分を。私は深夜様の方をするから、お願いね」

「あ、はい」

 

 穂波の言葉で、二人は動き出す。

 その帰り支度をしている中、深雪は覗き見るように達也をチラチラと見ていた。

 

 飛行機に搭乗した深夜たち一行は、周囲とは明らかに空気が違った。特に、水波の顔は緊張でこわばっており、顔を頻繁に動かすような事はしていないが、周囲へ視線をキョロキョロと動かしていた。

 

「水波、落ち着きなさい。緊張しているのが丸分かりよ」

 

 後ろの座席からの声に、水波は深呼吸をする。

 

「ありがとうございます」

「気にしないで、緊張するなと言うのも無理があるし、何事も程々が一番よ」

「分かりました」

 

 声では肯定を示したものの、水波の緊張感が薄れることはない。

 そんな水波を見て、穂波は軽く笑うと溜め息をついた。

 

「心配なのかしら?」

「ええ……まあ」

 

 横の座席に座る深夜からの問いかけに、穂波は頷く。

 今この場にいるのは四人。

 居ないのは二人。

 達也と葉山だ。

 この二人は、諸事情により沖縄へ残ったのである。

 ガーディアンである葉山の代わりに穂波を深夜につけて……。



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17話

 沖縄に残された達也は、葉山と共に港へと向かっていた。

 その達也の手には、普段持っていないケースが握られている。

 

「葉山さんは、ここに残ってもらって構いませんよ」

「深夜様から補佐するように申し付けられておりますので、達也様についてまいります」

「……俺ってあまり信用ないのでしょうかね?」

「お一人では何かと不便なことも多々あろうかと思いますので、その辺りの御配慮かと」

「まあいいんですが……」

 

 葉山に対しての達也の言葉遣いは、自分の事を知る数少ない人物として、フランクなものへと変わっていた。

 ここで、丁寧な対応も出来ないことはないが、他に人がいないこともあり、わざわざ取り繕う必要がないため、達也は気にせずに話す。

 葉山の方も、達也の言葉遣いが砕けたものになったからと言って対応が変わることもなく、いつも通りに対応する。

 達也たちが着いた港には、幾つもの船が停泊していた。

 葉山は1隻の船の前で車を止めると、車を降りて達也に説明する。

 

「こちらが、今回用意した船です。船体に穴が開いても基本的に水に沈むことはなく、ライフル程度であれば防ぐことも可能です」

「操作については?」

「自動操縦がついていますので、こちらのリモコンにより操作は可能となります」

「十分です」

 

 達也は船に乗り込むと、船内の要らないものを移動させ、動くようなものを取り除く。そして、受け取ったリモコンで船の操作性を確認し、デバイスを取り出した。

 達也の手元のデバイスには、本来この海域付近にはあり得ないはずの大型の潜水艦が鎮座していることを示している。

 その潜水艦までの距離は、約三十キロメートルはあり、普通のCADでは届きもしないし、まずもって視認することすら出来ない。

 デバイスには、その潜水艦の細かな仕様が記載されており、その内容は、攻撃を仕掛けるための武装を大量に積載していることを示していた。

 達也はデータから、リモコンに座標を入力して船を走らせ始める。

 攻撃前に撃沈させることが出来ればいいが、今の達也では十キロメートル程度が、魔法の射程の限界である。

 そのため、その船に近付くことが必要になるわけだが、今回は船に乗っていくのが一番効率的だと判断したため、葉山に船を手配して貰ったのだった。

 達也は船の限界まで速度を上げると、視線はそれっきり前を見ることなく、ぼんやりと遠くを見る。それ以降、動きがあるまで達也が口を開くことはなかった。

 葉山は船内の空調管理などを行うのみで、達也の邪魔にならぬようにと、話しかけることせず、離れた場所から、達也の手元に視線を向けている。

 そうして進んでいくと、変化は突然に起こった。

 達也がリモコンを操作して、船のエンジンを止めたのと、警報がなったのは一緒。

 葉山はレーダー類にサッと目をやり、状況を確認すると、達也に向き直る。

 

「どうやら、この船はロックされているようですな。魚雷が2発向かってきます」

「ここまで来れば問題ありませんよ」

 

 達也はケースから、銃形態のCADを取り出す。

 そのCADは達也が普段使っているものとは違い、銃身が長く、更には眼鏡に直結した作りになっている。

 達也は直ぐにCADのトリガーを2度引くと、付属品である眼鏡をかけた。

 

「───魚雷沈黙しました」

「そうですか」

 

 ソナーから消えた光点を見て、葉山は静かに呟く。

 結果の分かっていたことに達也は興味がないようで、眼鏡の調整をすると、進行方向に向けて構えを取る。

 前方に何かが見えているわけではない。

 しかし、達也は見えているかのように、やや下へ向けてそのトリガーを引いた。

 発動は一瞬。

 光は一瞬にして潜水艦を包み込み、周囲の海水もろとも消し去った。

 達也はすぐに壁へ寄ると、眼鏡を外して葉山に視線を見る。

 葉山も心得たもので、達也と同様に、壁に掴まり衝撃に備えていた。

 数秒後に訪れた衝撃は、船を大きく揺らすが転覆までには至らない。

 達也は衝撃が収まると、今度は港に向けて船を進ませる。

 沖にいた外部勢力はこれだけだが、未だ沖縄本島には敵対勢力がいるためだ。

 船を最高速度にしながら、達也はデバイスに目を向けて、随時更新される情報を見逃すまいと神経を尖らせていた。

 気付いたのは数分後。

 陸地に近くなったところで、その文字に目を見張る。

 

「まさか!?」

 

 達也は信じられない思いで、船内から出るとCADを構えて空を見上げる。

 達也の様子に、葉山も続くと、達也の見ている方向を見上げた。

 特に代わり映えのない空に、達也はすぐにCADを下ろすと、葉山に向き直る。

 

「葉山さん。四葉深夜にすぐ連絡を」

「分かりました」

 

 葉山は携帯を取り出し、四葉深夜に向けて掛けると、それを達也に差し出した。

 

 

 

 沖縄の防衛軍の基地内部は、ある時刻に到達してから至るところで建物の爆発が相次いだ。

 基地内部に詰めていた隊員たちは、教育のために新兵が多いことから、非常時の対応が統一出来ておらず、慌てふためくものが大多数だった。

 過去に実践を潜り抜けてきた者もいたが、初手で敵に管制室を押さえられ、通信網も掌握されるなど、大きく遅れを取ることになり、事態の収集も儘ならない状況に追い込まれている。

 そんな中にあって素早く動けたのは、規模の小さな部隊だけであり、それらは他の部隊と連携を取ることなく独自で動いていく。それというのも、敵が誰であるのかが正確に把握できないためであった。

 疑心暗鬼に陥っているなかで、信用できるのは長年一緒にいる部隊の仲間のみ。それ以外は敵という認識で行動していた。

 

『現在動いている者はその場に武器を捨てて我々の指示に従え。さもなくば、基地内部の空調を切る。意味はわかるな?』

 

 基地内に響き渡る声に、動いていた隊員たちは足を止め聞き入る。

 武器を捨てて指示された先は、地下にある広場。以前達也たちが、海の中の景色を覗いた場所だった。

 収容人数は基地内部の人間がギリギリ入るほどだが、その後の目的があまりにも不気味であったため、隊員たちの動きは鈍い。

 しかし、全員がその指示に従うわけもなく、特に風間の部隊は敵を殲滅する方向に進んでいった。

 

「解除にどれ程かかる?」

「数分で、セキュリティは掌握するわ」

「では、僕と柳で敵陣に突撃しますか」

「俺はモニター側から破壊して入る」

「そんな野蛮なことは遠慮するよ」

「管制室前までの通路は確保しましたので向かってください」

 

 女性の声で、降りていた扉が次々と開いていく。

 その状態がわかったのだろう。管制室から慌てたような声が聞こえてきた。

 

『誰だ! くそっ! お前たちがその気ならば、こちらは外へ攻撃を仕掛ける! お前たちのせいで、上空を飛ぶ機体は海の藻屑と消えるのだ! お前たちのせいでな!』

 

 言葉と同時に数発のミサイルが発射される。それは、基地内部の者には振動で伝わり、相手の本気度が伺えた。

 しかし、その後に聞こえた声は微妙に情けないものになる。

 

『今度はミサイルの制御を奪われた!』

『他にないのか!?』

『今度はこっちので当てる!!』

 

 基地内は、一部の隊員を除き、敵も味方も双方混乱の一途を辿っていた。

 

 

 

 所変わって空の上を旋回しながら上昇していく機体には、沖縄から出立した深夜たちが乗っていた。

 深夜が背もたれを倒した椅子に深々と体を横たえ、目を瞑っていると、腕に着けてあるデバイスが自己主張するように振動する。

 

「どうかしたのかしら?」

 

 デバイスには、深夜のガーディアンである葉山からの呼び出しであることが表示されており、深夜は不審に思いながらも呼び出しに応じる。

 葉山は長く四葉に仕えており、屋敷の取りまとめなどもガーディアンの役目の傍らで行うほど有能であるため、最初に指示を出しておけば、その後はほぼ指示など必要ない。

 そんな葉山が連絡してきたことに、何かが起きたのだと深夜は感じ取っていた。

 

『達也です。恐らく、その機体に向けて、軍の基地からミサイルが発射されました。すぐに防壁を────』

「穂波さんは機体の前、深雪さんは中央、水波さんは後ろにシールドを張りなさい。私が全体のサポートをします」

 

 達也の言葉が終わる前に、周囲にいる3人へ問答無用で指示を飛ばす。深雪たちは告げられた内容に、不満など見せず直ぐに移動を開始した。

 深夜たちがいるのはファーストクラスのシートであり、その場所は機体の前方に位置する。

 機体の大きさは約30メートルあるため、それぞれが配置に着くまで少し時間はかかるが、その時間は深夜の事象干渉力により凌ぐことになる。

 深雪たちは配置に着くと、周囲の視線を気にせずに機体に防壁を張り始めた。

 それを感じた深夜は、深く息を吐くと額に汗を浮かばせたまま達也に問い掛ける。

 

「では、詳しい話を聞きましょうか」

『軍の基地内部に裏切り者がいるとお話ししたと思いますが、その裏切り者が今回の攻撃に関与しているものと思います』

「最初から分からなかったのですか?』

『未来が少しずつズレているようなので、こうなることは想定しておくべきだったかもしれません』

「確かに、あの段階で───」

 

 深夜の言葉は、爆音と外からの閃光により妨げられる。

 機体に向けて何かが当たったのは明白であり、それにより僅かに機体が揺らぐ。

 

『今のところ、発射されたミサイルは数発。時間差はほとんど無かったため、ミサイルについては今ので凌げたでしょうが、基地には光学兵器があるので注意してください』

「簡単に言ってくれるわね……」

 

 達也の感情の籠っていない台詞に、深夜は自重を止めてその異能を使用する。

 元々深夜は精神干渉系の魔法師であり、物理に対する干渉力はそれほど強くはない。

 そのため、深夜の事象干渉力では、3人のカバーをするのが精一杯と言うのが本当のところだ。

 しかし、それは「物理に拘れば」の話であり、異能として使うならば、話は全く変わってくる。

 同じ機体に搭乗している魔法師を、集中力を極限まで高めて感知すると、遠隔操作で無理矢理魔法師を動かした。

 その魔法師を繰り人形のように、機体の護りにつかせる。

 深夜の魔法による強化が、その機体の細部に至るまで行き渡った。

 

 

 

 達也は港について早々に、乗ってきたコミューターに乗り込むと、軍の基地に向けて走らせる。

 葉山はこの場にはいない。別件で動いてもらっているからだった。

 軍の基地は、騒音などの観点から空港に近く、住宅街から遠い場所にある。達也はあまりにも遅いコミューターに多少なりともイラつきながらCADの眼鏡を装着して基地の方を見る。

 基地からは、ミサイルでは効果がないと判断したのか、レーザーが空に向けて発射されたところだった。

 達也の魔法の射程距離まで後僅か。

 レーザーが発射されて数秒後に、達也はすぐさまCADを操作して、レーザーの根本に向けてトリガーを引く。

 既に基地との距離は10キロメートル内。

 達也の魔法の射程範囲である。

 続けざまに魔法を発動させて建物の一部を消し去ると、順次他の構造物についても消し去っていく。

 基地内部は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していたが、犯人を特定できる者は誰もその場にはいない。

 達也は、混沌としてきた基地の設備をひと通り破壊し終えると、ゆっくりコミューターをUターンさせる。

 

『ずいぶん派手にやったね』

「今更だ」

『もういいのかい?』

「ああ。今回はこれで終わりだ」

『なかなか面白いものが見れた。次回も何かあったら声を掛けて欲しい』

「次はまだ先だな」

『では、その時に』

 

 デバイス越しに短く交わされた文字を理解できるのは、当人たちだけしかいない。

 達也はデバイスの通話記録を消し去ると、CADの眼鏡を取り外してひと息吐いた。

 

 達也が訪れたのは、沖縄の四葉に連なる黒羽家の別荘だった。

 四葉本家の屋敷に比べて狭くはあるが、それなりの広さがある豪邸は、見るものを圧倒させるだけの迫力がある。

 達也は気にせずに屋敷の入り口に進むと、呼び鈴を鳴らして人を呼ぶ。

 

「お疲れさまでした」

「問題ありません……ですが少々疲れたので少し休ませてもらいます」

「こちらへ」

 

 達也は葉山に案内されるまま部屋に入ると、CADを枕元に置いてそのまま寝入った。

 

 葉山は案内を終えると、達也から指示されたことをこなしていた。

 その内容とは、潜水艦の消滅や基地の崩壊などの後始末が主なものだ。

 しかし、葉山がすべてをするわけではない。元々四葉には、情報操作や収集に長けた分家があるため、今回はそこへ葉山が依頼をした形となる。

 

「四葉が関わった痕跡は、ほぼ抹消しましたよ」

「ありがとうございます。貢様」

 

 葉山に報告しているのは黒羽貢。

 四葉の情報処理業務を一手に引き受けている黒羽家の当主である。

 貢は不快そうに達也が入っていった部屋を一瞬だけ見ると、直ぐに葉山へ視線を戻す。

 

「それにしても、今回の件は唐突すぎませんか? 何故あそこまで、やつの言葉を信じるのです?」

「私は深夜様の指示に従ったにすぎません」

「───そうでしたな……。では言い方を変えましょう。何故、やつが好き勝手に動くことを当主が良しとしているか御存知ですか?」

「深夜様にもお考えがあるのでしょう。私はガーディアンとしての責務を果たすのみです」

「…………」

 

 何を言っても反応が変わらない葉山に、溜め息を吐くことで精神を落ち着けた貢は、遠くを見つめ、話題を変える。

 

「では、やつの会社に、私の娘を入れることについて知ってますか?」

「恐らくですが、歯止めとして期待されているのでしょう」

「それは……それでは体のいい生け贄ではないか……。悪魔に私の娘を差し出せと言うのか!? くそっ! あの時やつを殺ってさえいれば……」

 

 貢は頭を掻きむしり、後悔の言葉を吐くが、そんな貢に慰めの言葉などが掛けられることは一切ない。

 寧ろ、追撃するように、揚げ足を取られる。

 

「その言葉は叛意ありと受け取れますが、どうなのでしょうか?」

 

 貢は口を閉ざし、逃げるようにその場を去る。

 葉山は観察するように、貢が見えなくなるまでその背中を視線で追った。

 

 沖縄で起きた事件の当日。

 飛行機内で使用した魔法行使の過負荷に耐えきれず、穂波が空港に到着すると同時に息を引き取った。

 この時の死者は穂波のみで、後は気絶していたり、疲労により動けない者がいたくらいで、起きた事象を鑑みれば、最小の被害で済んだと言えるだろう。

 何故、穂波だけがこのようになったかと言えば、運が悪かったと言わざるを得ない。ミサイル群やレーザーは機体の前方に集中し、それらを防ぐのに、穂波は全力を振り絞らなければならなかったからだ。

 深雪たちがカバーしようにも、いつ矛先が変わるとも分からない状況で、動くことは出来なかった。

 そうして、深雪たちは自分の無力を感じていたのだが、それに追い討ちを掛けるようにして、その1ヶ月後に、四葉家当主である深夜が亡くなった。

 本来であれば引き継ぐ前に当主が亡くなるなど、大事になるのだが、四葉当主が亡くなったことによる混乱は小さいもので済んだ。

 理由としては、深夜がこの1ヶ月で、諸々の引き継ぎを済ませていたことが大きい。

 その事から、深夜は自らの死期を悟っていたことが伺えた。

 当主を引き継いだのは深夜の双子の妹である四葉真夜。

 長らく仲の悪さが目立っていたが、特に表立った争いもなくスムーズに移行できたのは、四葉内での意思統一が出来ていたからだろう。

 当主が変わったことで、変化があったのは達也への対応くらいだ。

 今までの事が嘘のような扱いは、ここまで人は単純な生き物なのかと、達也が感じるほどのものだった。

 しかし、四葉の分家に当たる当主たちまでは、流石にその意識が浸透しないようで、露骨な嫌がらせはなかったものの、居ないものとして扱われることは多分にあった。

 達也としてはそちらの方が嬉しかったりするのだが、それが当人たちに伝わることはない。

 金銭にしても、達也が新しく会社を起こす際には、条件を幾つか付けられたものの、無償で提供するなど、かなりの厚待遇といえる。

 そのため、この当主の交代した日からが、達也の新しい人生のスタート地点と言えるだろう。

 その後は、順調に進み今に至る。

 

 

 

 達也は車を降りて、四葉本家を見上げた。

 

 四葉───十師族の中のひとつであり、その中にあって、七草家と並び最有力候補として、魔法会に影響力を持っている有名な家系だ。

 十師族はそれぞれ管轄の地があり、四葉は東海方面と岐阜及び長野方面を監視、守護している。

 四葉は過去に起きたある事件以降、触れてはならない者たちとして、魔法を扱う者だけではなく、一般人にも、更には諸外国に至るまでその認識が浸透していた。

 その四葉本家であるが、長野方面の山奥にあり、一般人の目に触れることはない。それと言うのも、魔法による幻惑効果を持った結界により隠蔽されているためだった。

 本家に行くためには、結界の術式に登録するか、中に居る者に招いてもらう他ない。

 この術式は一部の者しか知らないが、達也が改良を加えており、かなり凶悪なものへと変わっていた。

 そのため、過去から数度に渡り侵入しようとする輩はいたが、改良以降生き延びた者はいない。

 最寄りの駅から、山の合間を車で数時間進んだ場所にある本家の前に、達也は亜夜子と共に門が開くのを待っていた。

 

「司波達也です」

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 

 二人は屋敷にある客人用の部屋にそれぞれ通される。

 

「荷物はこちらの部屋に置いてください。置いた後は、当主の元へご案内するよう云い遣っていますので、準備が出来次第、部屋から出ていただきますようお願いします」

 

 達也は殺風景な部屋にある、ベッドの真ん中にトランクケースを置くと、すぐに部屋を出る。

 部屋の外には達也を案内してきたメイドが控えていた。

 

「ご案内してもよろしいでしょうか?」

「ああ」

「ではご案内いたします」

 

 達也はメイドに続き、屋敷の奥へ足を進める。

 その部屋は、昔と変わりのない家具の配置ではあったが、主が変わったことで達也には全くの別物に見えた。

 

「最近は忙しいようだけど、学校の方はどうなのかしら?」

「特に変わったことはないな」

「そう」

 

 達也は近くの椅子に腰掛け、興味なさ気に答える。

 真夜は僅かに残念そうな顔をするが、すぐに表情を戻し、今日の呼び出しの名目について触れた。

 

「横浜での事だけど……、あの情報は軍との取引に使ったわ。詳しい内容は言った方がいいかしら?」

「いりませんよ。余計なしがらみなどは持ちたくないんで」

「じゃあ、ここまではあなたの想定の範囲なのかしら?」

「今のところは、と頭に付きますがね……。後は、10月に少々と、来年の始めにでも外国に出るくらいか……」

「外国に出ると言うことは、達也一人であの国を潰してくれるのかしら?」

「そんな面倒なことをするわけがない」

「無理とは言わないのね」

「手段を選ばなければ可能ですよっと……」

 

 達也は言い終えると同時に立ち上がると、壁際に寄る。

 

「一体どこまで筒抜けなのかしらね?」

 

 真夜は呆れたように達也に問い掛けるが、明確な答えが返ってくることはない。

 真夜が呆れたのは達也の感知能力に対してのものだった。何故なら、この部屋は完全な防音対策が施されており、過去に比べて魔法的な遮断を幾重にも張り巡らしているなかで、達也がそれらをものともせずに、この部屋へ来る者を感知したからだ。

 達也は全体の結界には携わったものの、四葉の主要な部屋などに設置された魔法結界には関わっていない。

 それでもなお、知ることのできる達也の能力は、四葉の技術力を完全に上回っていることの証左だった。

 そうして待つこと約十秒。

 呼び掛けるための音が部屋の中に響き、その後にゆっくりと扉が開いていく。

 

「黒羽亜夜子様をお連れしました」

「入ってちょうだい」

 

 真夜の言葉で入ってきたのは、移動用の服から着物に着替えた亜夜子だった。

 

「お待たせしました」

 

 着物姿が慣れていないのだろう。亜夜子は慎重に歩を進める。

 

「さて、揃ったことだし本題に入りましょうか」

 

 亜夜子が座るのを見計らい、真夜は話を切り出す。

 

「二人に来てもらったのは、意思を確認するためよ」

「意思?」

「ええ。やはり、双方の合意がないとうまくいかないって言うでしょ?」

「まさか……」

 

 ここまで来れば、達也にも真夜が何を言いたいのか理解することが出来た。

 達也が横を見れば、顔を真っ赤にした亜夜子が俯いて拳を握りしめている。その様子から、亜夜子には事前に話が通っているのが手に取るように分かった。

 

「貴方と亜夜子さんの婚約を、正式に結んでおこうと思ったのよ。驚いたかしら?」

「まだ学生の身には早いと思うが?」

「早いと言うことはないわ。寧ろ、貴方の才を知っている者からすれば当然のこと。それに、亜夜子さんならば、貴方の不満もそれほどないはず。貴方の出時を知っているし、秘書として会社の経営も手伝ってきた実績もある。メリットだらけではないかしら?」

「メリットだけならばな……」

「亜夜子さんはどうかしら?」

「はい!?」

 

 それまで、驚いた表情で達也を見ていた亜夜子が、真夜の呼び掛けに反応して、慌てて返事をする。

 真夜はその亜夜子の反応で、先程の質問を聞いていなかったことを知ると、再度同じ質問を亜夜子に向けた。

 

「達也さんとの婚約について異論はあるかしら?」

「あ、ありません!」

「ということよ。後は貴方次第」

「根回しは十分にしてあると言うことか……。しかし、亜夜子の両親はどうかな? 俺の事を忌み嫌っているようだったが?」

 

 黒羽亜夜子は、四葉家の分家である黒羽家の長女。

 自らの家族を大事にする黒羽家の当主である貢が、今回の婚約を快く思う筈がなく、必ず反対すると思っての問い掛けだったが、真夜は何ら問題ないとばかりに、達也に言って聞かせる。

 

「本来付き合うのに親の同意など必要ないものよ。貴方が望むならば黙らせてあげるわ」

「そこまでの事は望まないが、近くでうろうろされるのは煩わしいと思っただけだ」

 

 達也は少し思案するように、片手で口許を隠し、真夜と亜夜子を見る。

 真夜の表情は変わらないが、亜夜子の方は先程までの驚いたような表情から、不安そうなものへと変わり、呼吸をするのも忘れたように達也を見つめている。

 

「お返事を聞かせてもらえるかしら?」

「そうだな。黒羽貢から何かされるようなことがなければ特に構わない」

 

 亜夜子は達也の言葉に、安堵するよう息を漏らし、真夜を見る。

 真夜は扇子で口許を隠すと、軽く頷いた。

 

「では、四葉内で貴方の事は伝えておくから。それと、そろそろ貴方も父親の元を離れてはいかが?」

「特に今の場所でも不満はないが、確かに稼ぎのある者が親の脛をかじるのもあれか……」

「忙しいのだったら、婚約祝いに良い物件を見繕ってあげますよ?」

「そうしてくれ。今はラボに籠りきりだからあまり寄ることはないが、その内使うだろうしな」

「何か希望はありますか?」

「そうだな……」

 

 達也は真夜に、家の条件を幾つか伝える。

 

「それではその条件で探しておきましょう」

「他に何かあるか? サプライズはしなくていいぞ」

「それはこちらの台詞です。出来ればこれからの事をこちらは知りたいのだけど?」

「不確定要素が多いんだが───」

 

 達也は前置きしてこれからの事を語る。

 それは、数ヵ月後に起こると予想される出来事。

 真夜は達也の口を凝視し、一言も聞き逃すまいと耳を澄ませる。

 達也の語る内容は、達也が不確定要素が多いと言ったわりに、詳細に過ぎるものだった。

 真夜はそれらを聞き終えて、達也に質問する。

 

「それらの起こる可能性はどれ程あるのです?」

「可能性は低くはない、しかし、確実にあるとは言えない」

「極力貴方の関与は排除してきたわ。それでも変わらないのかしら?」

「四葉の力を使って押さえることが出来るのならば、先程言った場所はこちらで処理するんだが」

「それほどの人数になると流石に無理ね」

「それなら、多少の犠牲は見込んでおいた方がいいだろう」

「そうするわ」

 

 達也と真夜の会話は淡々と行われ、内容の掴めない亜夜子は目を白黒させて、ただ聞くだけに留まる。

 話が一通り終わったところで、達也だけが部屋に戻された。

 残されたのは、話についていけなかった亜夜子と真夜のみ。

 亜夜子は緊張した面持ちで、真夜の前に立ち尽くす。

 

「亜夜子さんには前から伝えていたけど、達也を支えてあげて頂戴ね」

「はい。───あの、先程のは……」

 

 亜夜子は、先程の達也の話が気になってしまい、真夜に訊ねる。真夜も分かっていたのか、亜夜子に優しく語りかけた。

 

「気にするな、と言っても難しいでしょうから、達也の指示に従いなさい。その方が安全なはずよ」

「分かりました。───後ひとつだけお聞きしても良いでしょうか?」

「何かしら?」

「四葉と、達也さんの関係を、教えてください」

 

 亜夜子にとって一番の懸念を取り去りたい思いで、声を絞り出す。

 父親である貢からは、悪魔の子である達也に極力近付くなと耳にタコが出来るほど聞かされ、今に至っては、当主である真夜に向かっての態度が全くなっていない。それにも関わらず、真夜は達也を注意することなく黙認しており、これではどちらが上か分かったものではないのが現状だ。

 今の達也の態度を許すのは、油断させるための罠であり、信頼を勝ち取ったところで、達也を暗殺しろとでも言われるとなれば、亜夜子の希望が絶望へと変わることは間違いなかった。

 そのための確認であり、亜夜子は祈るように真夜を見つめる。

 

「今のところはビジネスパートナーといった側面が強いわね。私としては、達也は息子のような存在だから、もっと頼ってくれても良いと思うんだけど……」

 

 亜夜子は拍子抜けするような内容に、緊張の意図が切れたのか、よろよろと後ろの応接机に座り込み、慌てて立ち上がる。

 そんな亜夜子を見て真夜は微笑むと、退室を促した。

 

「安心して、幸せになりなさい。そうすれば、達也が全てから守ってくれるわ」

 

 真夜は微笑むと、退室する亜夜子の背に聞こえないよう呟く。

 

「護るものが増えることで、敵も増える……。もっと好き勝手に暴れなさい。私の可愛い息子……」 



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18話

 夏休みも後半に差し掛かった頃。

 達也の元へ、雫から連絡が入った。

 

「どうかしたのか?」

『こんばんは達也さん、今度の日曜日……何してるの?』

 

 雫は、モニターに映った達也の姿と、その周囲にある物を見て興味深そうに訊ねる。

 

「今週にはここを出ていくから荷物の整理をしているところだ」

『えっ? 引っ越し? どこに?』

『そんな!! 達也さんどこかに転校してしまうんですか!?』

 

 達也の言葉を聞いて、身を乗り出すように話しに割り込んできたのはほのかだった。

 達也の周りには、引っ越し用の箱が幾つか積み上げられており、部屋の中は余分な荷物が少ないこともあって閑散としている。

 達也は箱詰め作業をしながらほのかたちの問いに答えた。

 

「何処かに行くと言うよりも、ここより研究所に近い場所へ引っ越すだけだ。転校する訳じゃない」

『そうですか……良かったぁ』

 

 ほのかの安堵するような声が小さく聞こえてくるが、それに被せるようにして、雫が質問を続ける。

 

『でも、なんで急に引っ越しなんてするの?』

「良い物件が見つかったからだな」

 

 本当の理由からはほど遠い答えではあったが、嘘でもない。

 雫は達也の答えに納得していなかったものの、それ以上の事を達也に問い掛けることはしなかった。その代わりに、本来の用件を訊ねる。

 

『達也さん、夏休みの間で、空いてる日はある?』

 

 本当であれば達也を誘う日を日曜日に予定していたものの、この調子では了承を得るのが難しいと判断した雫は、言い方を変える。

 

「そうだな……8月の終わり頃であれば調整できる」

『じゃあ、8月の最後の日曜日は空けておいて。それと新しい住所も教えて』

「あまり教えるようなものではないんだが……」

 

 少し渋ったものの、バレるのが遅いか早いかの違いしかなく、その差によって生じる不都合は今のところ存在しない。

 

『誰にも言ったりしない』

『私も!』

「分かったよ」

 

 達也は近くに置いてある端末を手に取って、雫とほのかにデータを転送する。

 雫たちは、そのデータを見て嬉しそうに場所の詳細を閲覧し始めた。

 

 達也の引っ越しは、荷物が少なかったことからすぐに終わった。寧ろ、時間が掛かったのは同居する亜夜子の方である。

 

「不束者ですがよろしくお願いします」

「ああ。こっちこそよろしく」

 

 折り目正しく、正座して三指ついて待ち構えていたときは何事かと達也は思ったが、婚約していればそう言うものだろうかと、亜夜子が一緒に住むことについて、特に異論は無かった。

 達也たちが住むのは、見た目一般的な2階建ての建造物。周囲にはポツポツと幾つか家が建っており、それぞれの家の敷地はそれなりの広さを持っている。

 達也の家は、敷地の周りを塀で囲まれ、少し広目の庭があり、隣接の家とそう変わりはない。

 庭には少し大きめの小屋が設置してあるだけであり、誰が見ても特に不自然な点は見当たらないだろう。しかし、その実態は不自然など生ぬるいものとなっていた。

 建造物は全て対戦車ライフルすら防ぐ性能を有し、地下には簡易のシェルターが設けられ、欲を出さなければ一生を暮らすことのできる設備が完備されている。

 電力だけは外部からの供給が必要になるが、一ヶ月程度であれば、自家発電と太陽光の組み合わせにより不自由なく対応可能な作りになっている。

 達也としては、その電力の部分についても、永久機関にしたいところではあったが、未だ開発途上であるため実現できていない。

 今まで構想として作ってきた設計図を活かす造りに、達也は満足そうに家の中を見て回った。

 

「達也さんも嬉しいですか?」

「ああ。勿論嬉しいに決まっている。この日が来るのを待っていたからな」

「そんなに待ち遠しくしていたなんて知りませんでした……」

「感情が抑制されているせいで分かりにくいとは思うが本音だよ」

 

 多少の認識の違いはあるものの、亜夜子は達也の言葉を感動したように聞き入ると、拳を握りしめて気合いを入れる。

 

「今日の夕食は頑張りますから期待しててください!」

「楽しみにしていよう」

 

 亜夜子は軽く頭を下げると、その場を去り、達也は続けて家の細部まで確認していく。

 大分突貫工事な部分もあったのだが、達也が監督しただけあって異常なところは見受けられない。

 達也は一通り見て回り満足すると、敷地内に達也と亜夜子を除いて誰もいないことを確認し、システムを起動させる。

 そのシステムは、魔法の結界であり、四葉本家で採用されているものに、認識阻害を加えたものだった。

 認識阻害と言っても強力なものではなく、目的意識がなければ、その邸宅から認識を反らす程度のものである。そのため、達也の元を訪ねてくる者には効果が薄い代物だった。

 達也はその調整や、他の機材の設置、そして持ってきた荷物の整理でこの日を終えることになる。

 

「達也さん。ご飯出来ました」

「今いく」

 

 可愛らしいエプロン姿で呼びに来た亜夜子へ、達也は無愛想に答えるが、亜夜子の笑顔は崩れることなく、笑顔のまま食事の準備してある部屋へ案内する。

 案内された部屋には、四人掛けのテーブルに、二人で食べるには些か多すぎる料理の数々が並び、雰囲気を出すためなのか、照明を僅かに落として、テーブルの上に設置してあるライトで、そこだけを明るく照らし出していた。

 達也を先導していた亜夜子は、片方の椅子を引くと達也へ座るように目で訴える。

 達也が、その招きに応じて椅子に座ると、亜夜子は達也の対面に向かい、エプロンを外してから椅子に座った。

 

「達也さん飲まれますか?」

 

 亜夜子が掲げたのは年代物のワインであり、達也によく見えるよう銘柄を見せる。

 

「戴くよ」

 

 亜夜子はワインのコルクを抜き、達也の持つグラスへと注ぐ。

 勿論法律的に、飲酒が認められるわけではなかったが、この場にそれを咎める者はいないし、ましてや達也は酒に溺れることがないため、飲み物については全く気にしてない。

 二人で注がれたワイングラスを持ち、軽く掲げる。

 

「新しい門出に乾杯」

「乾杯」

 

 亜夜子は飲んでもいないのに、既に顔は真っ赤に染まっていた。

 元々それほどアルコールに対して強くはなかったのだろう。食事の半ば頃には頭をフラフラとさせ始め、終盤にはそのままテーブルにうつ伏せになってしまう。

 達也はアルコールを含んだ吐息を漏らすと、身体の機能を一瞬で元に戻し、幸せそうに眠る亜夜子を部屋へと運ぶ。そして、料理の後片付けを素早く済ませると、自室へと戻っていった。

 翌朝は、予想通りというべきか、寝坊した上に二日酔いで頭を押さえる亜夜子が、朝食を準備していた達也にひたすら謝り続けていたのは余談である。

 

 

 

 雫たちと約束を交わした夏休み最後の日曜日。

 自分たちが迎えに行くからと、結局当日になっても目的地を告げずに、達也の家に迎えに来た。

 その際に軽いハプニングが発生する。それは予想できたことであるが、現状では回避不可能。

 インターホンを鳴らした雫の呼び出しに応じたのは、達也と一緒に住む亜夜子だった。

 亜夜子との軽いやり取りの後、玄関から出ていく達也へ、亜夜子が新妻のように、少しだけ追随して達也を見送るために外へ出てくる。

 そして、雫たちに見せつけるように達也の頬へ軽くキスをすると、満面な笑顔で手を振って送り出した。

 女の勘とでも言うべきものか、亜夜子は雫たちから感じ取れる達也への想いに反応し、悪い虫を寄せ付けないようにと先手を打ったに過ぎない。

 それを見ていた雫たちは、まるで時が止まったかのように、その場からしばらく動けずにいた。

 

「出掛けるんだろう? そんな所に立ってないで、乗ったらどうだ?」

 

 達也は先程のやり取りを気にせずに、北山家の使用人である黒沢に勧められて、既に乗り込んでいた車の中から、雫たちに不思議そうに声を掛けた。

 豪胆と言うべきか、その顔には微塵も動揺など見られない。寧ろ、動揺しているのは雫たちだった。

 ショッキングな光景を見て動けないほのかの手を引き、雫は達也を睨み付けるようにして車に向かう。

 先程の一幕について、必ず聞き出すという決意に満ち溢れていた。

 

 車が出発してから十数分。

 車内では、心を落ち着けるためだろう、ゆったりとしたクラシックが流れ、場の雰囲気を落ち着かせていた。

 誰一人として口を開こうとはしないが、だからと言って、音楽に耳を傾けているわけでもない。

 ほのかは下を向いて俯き、雫も同様に下を向いて、時折ほのかの方を見る。

 達也は内心で溜め息を吐いたものの、ここまでショックを受けることだろうかと、窓の外へ視線を移し、行き先について推察する。

 一番初めに口を開いたのは、雫だった。

 それまで下に向けていた顔を上げると、意を決したように達也を見つめる。

 

「さっきの子は誰?」

 

 雫の問いに対して敏感に反応したのは、問い掛けられた達也ではなく、隣に座っていたほのかだった。

 達也はそれまでの思考を放棄し、雫に顔を向けると、手短に答える。

 

「婚約者だな」

 

 達也の言葉は、車内の空気を一気に鉛へと変えたかのような威力があり、誰一人として動こうとしない。

 暗い雰囲気は、目的地に到着するまで引き摺ることになり、結果としてその目的地で待っていた人物に伝わることになる。

 

「よく来てくれた!」

「お久し振りです」

 

 達也に片手を差し出し握手を求めてきたのは、雫の父親である北山潮だった。

 潮は夏の日差しを避けるために麦わら帽子を被っており、その服装はラフな格好で纏められている。

 その後ろには、夫を立てるようにして、1歩下がった位置に、潮の妻である紅音が静かに微笑みながら立っており、その反対側には、航がニコニコと笑顔で達也を迎える。

 潮は握手を交わすと、今日の本題に入った。

 

「今日はバーベキューを近くの島で行うんだが、いつも世話になっている達也くんを誘おうということになってね。突然のことで驚いたと思うが、楽しんでいってくれ」

「お誘いありがとうございます」

「遠慮することはない。私と君の仲じゃないか」

「礼を失するわけにはいきませんよ」

 

 達也たちの会話の背後で、車からゆっくり出てきた雫たちは、黒沢から渡された潮とお揃いの、つばの広い麦わら帽子を深々と被り潮たちの元に進む。

 最初に雫たちの異変に気付いたのは紅音だった。

 潮の傍からそっと離れると、雫とほのかの前に軽く膝を曲げて顔を確認すると、視線を黒沢に向ける。

 黒沢は頷いて紅音の耳に口を寄せて原因について話した。

 聞いてみれば、誰が悪いわけでもない。

 いるかもしれないことを考慮しておくのは当然のこと。

 娘たちを応援していた身としては、事前にそこまで確認しておくべきだったことを反省しつつも、過ぎたことを言っても仕方がないと割りきる。

 

「どこまで確認したのです?」

「お嬢様方が聞いたのは、その娘との関係性のみで、それ以上のことは聞いておりません」

「分かりました。後は私が引き受けます。あなたは準備をしてらっしゃい」

「はい」

 

 紅音は黒沢に指示を出し、自らは雫たちの肩を抱いて船に誘導する。

 達也と会話が盛り上がっていた潮が気付くのはもう少し後になるが、先に船へ乗り込む紅音たちを見て、航も何かがあったのだと気付いた。

 

 船は最新式のものであり、船に乗ってからも潮の話は止まることを知らない。

 ようやく潮の話相手から解放された時には、目前に島が見える位置にまで近付いていた。

 

「あなた……。ちょっといいかしら?」

「ん? どうかしたのか?」

 

 妻に呼ばれて船内へと入っていく潮を見送ると、特にすることもなくなったため、達也はデバイスを立ち上げて、掛かりきりになっていた作業を始めた。

 

 船内の一室に通された潮は、お通夜のような暗い雰囲気の部屋に思わず顔をしかめたものの、その原因である二人の様子を見て、慌てたように振り返る。

 

「船酔いか!? 極力振動を吸収するはずなんだが……。やはり、この会社の売り込みは───」

「黙ってよく聞きなさい」

 

 紅音は、独り言をぶつぶつ言い始めた潮の手を掴むと、強引に部屋の外へ連れ出し、少し離れた場所で、他の者に聞かれないよう小さな声で話し出す。

 

「今日誘ったあの子だけど、婚約者がいるそうね」

「何? そんなことは初耳だ……」

「あなたも知らなかったのね……。でも、二人があの子に気があるのは分かるでしょう?」

「それくらいは分かるとも。そのためにこうやって機会を作ろうとしたんだが……」

 

 企業の上役とは言え、未だ中学を出たばかり。魔法科高校へは2科生でギリギリ入れたということと、あまり聞かない家名であったことから、楽観視していたことに、潮は頭を抱える。

 

「雫の方は落ち着いてきたのだけど、ほのかがショックのあまり泣き続けてるわ。ほのかの血と性格を考えれば……、何をすべきか分かるわね?」

「ああ。親として、ゆっくりと傷付いた心を癒しつつ、ただの友達だったと───」

 

───バシン!

 

 潮の頬を紅音が打ちすえる。

 音の割りにそれほど痛くはなかったのだろう。潮は叩かれた頬を押さえて紅音を見た。

 

「まだ終わってない」

 

 潮は説明を求めるように、声は出さず紅音の目を見つめたまま、続く言葉を黙って待つ。

 

「未だ婚約。結婚できる年齢までまだ2年の猶予があるわ」

 

 潮は紅音が言いたいことが分かったのだろう。見つめ合ったまま頷くと、潮は達也の元に、紅音は雫たちの元に戻っていった。

 

 精神的なショックと言うものは、思いの丈により変わってくる。特に恋などという曖昧な形のものは、それが如実に現れると言ってもいいだろう。

 受けた傷を回復するには、自然に治すか、薬など別のもので治すか。

 紅音たちが行ったのは、どちらかと言えば後者に当たる。

 相手に好きな人がいるかもしれないというごく当たり前の心構えをさせ、関係性を変えることなく、最初の頃に戻す。

 

 北山家は、僅か数代で築いた資産家であるため、成金などと言われているが、苦労を経験しなかったわけではない。

 日々、他の企業との顔繋ぎに奔走し、営業を重ね、今の地位をもぎ取っていた。

 紅音にしても、Aランク魔法師として有名になるまでは、地道な活動を繰り返し、ひたむきに研鑽を積み重ねてきた。

 そんな二人が出した結論。

 それは、長い人生において、これまで目標を諦めるという選択をしたことのないふたりが、恋愛だからといって、諦めるという選択をさせないことだった。

 

 その日のバーベキューは、当然の結果とも言うべきか、静かなものだった。

 音としての静けさではなく、雰囲気としての静けさ。

 話すのは主に潮と達也のみで、リラックスする音楽が場を繋ぐように流れていく。

 

「時に達也くん。婚約者がいると聞いたのだが、どのような娘か聞いても構わないかい?」

「ええ。名前は黒羽亜夜子。年は1つ下ですね。外見としては、黒髪が腰付近まであり、背丈は雫くらいでしょうか」

「その子も魔法が使えるのかい?」

「そうですね」

「なるほど……。しかし、過去に君は恋人などいないと言っていたと思ったんだが……」

「婚約を言い渡されたのは、九校戦後に実家へ帰ったときですから、まだ2週間ほど前ですよ」

「それほど経ってないか……」

 

 その後も潮からの質問攻めに、達也は淡々と答えていった。

 

 

 

 夏休みが終わり、学業に戻った達也は、ある決心をしてエリカに声を掛けた。

 

「エリカ。少しいいか?」

「どうかした?」

 

 駅に向けて歩く帰宅部二人。

 夏休み前とあまり変わることなく続く光景は、知らないものが見れば、付き合っていると勘違いしても仕方ないだろう。

 

「エリカの家に修次さんがいるだろう?」

「うん、いるよ。もしかしてサインとか? 有名人だからねぇ」

 

 修次の事に関して、エリカに聞く者が多いのだろう。顎に手を当てて遠くを見ながら沁々と感慨深げに呟く。

 

「サインではないんだが」

「じゃあなんだろ? 一緒に写真撮るとか?」

 

 予想とは違った答えに、それでも似たようなことだろうと、当たりをつけて問うが、達也は首を横に振る。

 

「いつ頃戻ってこられるか分かるか?」

「ん~。次は10月の始め頃かな。そこで1ヶ月くらいこっちに戻ってくるって言ってた気がするから、たぶん毎週日曜には帰ってくると思うな~」

「流石に毎週はキツいんじゃないか? 防衛大とはいえ、実務ばかりだからその内の2週くらいか……」

「まあ、ちょっとした理由があってね……。確実に毎週来るわ……。それよりも修次兄がどうかした?」

 

 毎週帰る理由について、エリカは確信があるようだが、その理由には触れず、目的を訊ねた。

 

「少々手合わせ願いたいんだが、都合を聞くことはできないか?」

「それなら、日曜の昼過ぎくらいに来たらいいよ。たぶん鍛練してると思うし」

「わかった。帰ってくる頃にまた教えてくれ」

「りょーかい。それよりも、いったいどんな風の吹き回し? 達也くんが他の人と手合わせしたいなんて」

 

 不思議そうに首を傾げて達也を見る。

 エリカから見た達也は、全てを一人でこなしてしまうような性格であると見ていたため、この申し出がとても珍しいと感じてしまう。

 

「今自宅で鍛練を積んでるんだが、実践経験が乏しくてな」

「それなら、私とやろうよ。私も達也くんとやりたいと思っていたから丁度いいし」

「そうだな……。あまり時間もないし、毎週でも構わないか?」

「毎日でもオッケー」

 

 エリカは片手を目の前に上げて了承すると、達也は頷き、近付いてくる日に向けて、当座の目標が達成できそうなことに心の中で安堵した。

 二人は気にしていないが、二人が今いるのは第一高校への通学路。

 当然のことながら、そこを通るのは達也たちだけではなく、他の生徒の姿も複数見掛けられる。

 会話の端々を捉えた他の生徒は、達也とエリカの関係性を誤解したまま、その誤解を加速させていく。

 

 エリカの誘いに乗って、達也はエリカと共にコミューターに乗り込み、千葉家の道場へ足を運ぶ。

 目的の場所まで時間にして数十分。

 到着して早々に通された部屋で、エリカは達也を待たせると、達也のための鍛練用の服を取りに、そのまま部屋を出ていく。

 千葉の家は、古い武家屋敷のようで、広大な土地に昔ながらの木造建築物が計算された配置で並んでいる。

 見た目は古いが、頑丈さや防犯レベルは、流石千葉家というべきだろう。しっかりと魔法的な守護もされていた。

 四葉家と似たような雰囲気に、どこも考えることは同じなのかと思いを巡らせていたところに、エリカが服を携えて戻ってくる。

 

「はい、これに着替えて。着替えたら、この部屋の外で待っててね」

 

 エリカはそう言うと、嬉しそうに再び部屋を出ていく。

 達也は着替えを手早く済ませると、部屋の前でエリカを待った。

 女性の準備には、時間が掛かるというのが相場だが、エリカはそのようなことなく、数分で戻ってくる。僅かに乱れた呼吸を見れば、かなり急いで準備したのが分かった。

 

「案内するからついてきて」

 

 迷路のような作りの廊下を進み、大広間へと通される。

 

「家の中にスペースがあるんだな」

「そうなのよね。ここ維持するお金あるなら小遣いをもう少し増やしてくれても良さそうじゃない?」

「ノーコメントで」

「ノリが悪いなぁ」

 

 軽口を叩いて不機嫌そうに見せてはいるが、エリカは既に戦闘体勢に入っており、自然な格好で木刀を垂らしたまま部屋の中央に向かう。

 

「そこに立て掛けてあるのなら、どれでも使っていいよ」

「無手でいかせてもらう」

「お好きなように」

 

 怪我をするかもと言った陳腐な台詞は吐かず、二人は対峙したままその場に立ち尽くす。

 合図など必要なくとも、既に手合わせが始まっていることを二人は認識していた。

 最初に動いたのはエリカから。

 地を這うように足を前へ踏み出し、床板が軋むほどの踏み込みで一気に加速すると、更に魔法を発動して、その速度を視認が困難な域にまで高める。

 そして、その速度のまま達也の胴を薙ぐようにして横を通りすぎようとしたが、エリカは手首を捕まれ、一本背負いの要領で、床板から体を浮かされる。

 そのままでは、床に叩きつけられるところを、エリカは手首の拘束を解いて逃れたが、勢いが消えることはなく、そのままあっさりと空中へ投げられた。

 僅かな滞空時間を利用して、エリカは体勢を整えると、足から着地しようとする。しかし、達也の攻撃はこれで終わりではなかった。着地した瞬間を狙って、床にエリカの体重が乗りきる前に、エリカの首を捉えると、両足へ足払いを掛けてそのまま床に押し倒した。

 エリカが動き始めてから僅か数秒足らずの出来事。

 常人の目には、何が起こったのかさえ理解することが困難な速度域でのやりとりに、エリカは興奮したように目を輝かせて達也を見た。

 達也は首に添えられた手を退けると、エリカの手首を掴み立たせる。

 

「達也くん、もう一回!」

「分かった」

 

 はしゃぐエリカに応えるため、達也は一旦距離を取り、再び対峙する。

 その日はエリカが満足するまで、実践に近い手合わせは続いた。



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19話

 第一高校では、九校戦という一大イベントが終わって落ち着いたものの、その間に起こった出来事により、生徒会や風紀委員会、部活連に携わる生徒たちは、事後処理に奔走されていた。

 生徒による建造物の損壊に加え、第一高校と関わりのない人物が学校内へ侵入する際の手引き。

 しかも、侵入した人物が破壊活動まで行ったのだから、手引きした生徒に重い処罰が下るのは明白だった。

 これ以外にも、保健医による全校生徒の診断が行われ、黒と出た生徒については、長期加療という名目で入院を余儀なくされている。

 

「やっとひと区切りついたわ……」

「お疲れさまです」

「達也くんお茶ちょーだい」

 

 生徒会室にいるのは、真由美と鈴音、達也に雫の四人だった。

 服部は部活連との連携で、梓は風紀委員との連携のためこの場にはいない。

 達也は、四人分のお茶を用意すると、それぞれの前に置いていく。

 大体の処理を終えた真由美は、目頭を揉みながら、席に座る各人の顔を見て切り出す。

 

「北山さんは元気がなさそうだけど、何かあったの? 困ったことがあるなら相談に乗るわよ?」

「いえ、大丈夫です」

 

 真由美の声掛けに反応して体を強張らせたものの、達也へ視線を一瞬だけ向けてすぐに外す。

 雫の行動に、真由美は何かを勘づいたが、深くは聞かずに達也へ睨むような視線を向けた。

 

「達也くんは反省するように」

「何を反省しなければならないのでしょう?」

「それは自分の胸に聞いてみなさい」

「胸からは心臓の鼓動しか感じられません」

 

 わざとらしく胸に手を当てて答える達也に、真由美の視線は更にきつさを増す。

 

「そうじゃなくて! 心当たりがあるでしょ!」

「心当たりがありすぎて、どれのことを言っておられるのかわかりません」

「口答えしないの! 全てに対して反省してなさい!」

 

 達也は理不尽なものを感じたが、それ以上は真由美をからかうのを止め、カップを手に取り、口から出そうになる言葉をお茶と共に飲み込む。

 達也としても、これまで反省すべき点は幾つもある。しかし、達也にとって後悔と呼べるものはそれほどない。

 現時点では、達也にとってまずいと言わしめるほどの問題は起きていなかった。

 達也の性格をこの数ヵ月で理解している真由美は、溜め息を吐くと、話の矛先を鈴音に向ける。

 

「鈴ちゃんはどう? 論文進んでる?」

「今週が締め切りなので、進んでるという言い方はおかしいですね」

「鈴ちゃんまで揚げ足を取るなんて……」

「その呼び方を訂正して頂けるのであれば、改善するよう検討します」

「それでも、検討なのね……」

 

 休憩しているはずの時間に、精神的な疲労が溜まっていく真由美。その姿は、部屋の重たい空気を払拭する程度には役に立っていた。

 

「終わったか?」

 

 そこへ現れたのは、風紀委員長として、引き継ぎ書類を作成しているはずの摩利だった。

 摩利は遠慮無く、勝手知ったる我が家と言えるほど自然に部屋へ入ってくると、真由美の隣に座る。

 

「やっぱり私には事務処理は向いてないな」

「どのくらいできたの?」

「半分も出来ていない!」

「それは自信をもって言うことじゃないでしょ……」

 

 呆れたような目で摩利を見つめ、真由美は自分の言葉で思い出したように頭を抱える。

 

「そうだったわ……。私も後任を探さないといけないんだった……」

「なんだ。私よりもひどいじゃないか」

「一緒にしないで頂戴。引き継ぎ書類は完成してるんだから」

 

 どっちもどっちといった感じだが、事態が深刻なのは真由美の方だった。

 引き継ぎ書類など、後でも十分に作成できるが、後任はそういうわけにもいかない。特に生徒会長の選任ともなれば1つの学校行事。期限が決まっているだけに、急がなければならない問題だった。

 本来、生徒会長というのは、立候補者の中から全校生徒の投票で決められる。

 しかし、その立候補者が出てこなければどうなるか……。

 過去にそのような事例はない。だからこそ、末代まで嘲笑の対象となるのは明白だった。

 

「はあ……。あーちゃんにも重責は無理ですとか言われて断られちゃうし、後任どうしようかしら……」

 

 真由美は困ったように頬に手を当てて目を閉じ呟く。

 

「もういっそのこと、北山を生徒会長にしたらどうだ?」

「私では無理です」

 

 摩利の言葉に即答で拒否し、自分の割り当てられた仕事に再び手をつける。

 摩利はお手上げとばかりに肩を竦めて見せると、その視線を達也へと向けた。

 

「2科生と言うのも───」

「しませんよ」

 

 達也に至っては、摩利が言い終える前に拒否を述べる。

 摩利は眉間に皺を寄せると、面白くなさそうに両手を頭の後ろに組み、窓の外へ視線を移した。

 

「誰か良い人いない?」

「服部はやっぱり駄目なんだよな?」

「ええ。部活連の会頭をやりたいらしいし、その辺りは本人の意思を尊重してあげたいのよね」

「だったら、中条にもう一度聞いてみるしかないな」

「もしくは、五十里くんでもいいかもしれません。風紀委員長も彼女ですし、丁度良いかと」

 

 真由美は鈴音の意見を聞いて少し考え込む。

 

「そうね。声を掛けてみるわ」

「どうせなら、千代田と一緒に説得するか。何かと生徒会と風紀委員会は一緒になることが多いから、その辺をうまく言えば協力するだろ」

 

 上級生の腹黒い一面を聞きながら、自分の分を片付けた達也は、生徒会室を出るべく立ち上がる。

 

「では、俺の分は終わったので、これで失礼します」

「いつも思うけど、達也くん早いわね」

「やるべきことが決まっていれば、それに合わせて作るだけです。それほど時間はかかりません」

 

 達也は言い終えると、データを各自のデバイスに送信し、部屋を後にする。

 

「さて、悪の元凶は去ったわ、北山さん。達也くんに関わることなんでしょう? 力になるわよ」

「私も興味がありますね」

「司波がどうかしたのか?」

 

 興味津々の上級生3人に囲まれて、雫は退路がないことを自覚した。

 

 

 

 郊外にある木々の色が、緑から茶色へと変わり、季節は秋へ移ったことを、感じるようになってきたものの、未だに気温は暖かく、人々は活動的に動いている。

 開放された道場内にいるのは、達也、エリカ、摩利。そして今回、達也の目的の人物である修次だった。

 軽く会釈を終えた後に、エリカが今回のルールなどを説明し、手合わせが開始される。

 達也と修次の間に会話はない。双方ともに相手から視線を外すことなく、神経を研ぎ澄ませていく。

 どちらも積極的に動くことはないが、時間が経つ毎に少しずつ移動を重ねていた。

 達也はいつもの無手スタイルに対し、修次は長めの木刀をぶら下げるようにして構えている。

 二人ともに、戦闘スタイルが後の先を得意としているため大きな動きはないが、二人の顔からは汗が見え始め、かなりの集中力を要しているのが、見ている者に伝わってくる。

 先に動いたのは達也。

 修次の間合いに入ると、左手を前に突き出し、牽制のための突きを放つ。

 対する修次は、冷静にその突きをかわし、持っていた木刀を振り上げた。達也は振り上げられた木刀を、突き出した左手を盾にして受け止めると、そのまま肘を曲げて体当たりをするように修次へ肘打ちを仕掛ける。

 修次は、木刀と達也が接触している箇所を支点にして、回転するようにかわし、その遠心力を利用してフックを達也の顔に向けて叩き込む。達也はそれをもう片方の手で受け止めた。

 

「高校生にしておくには勿体ないね」

「ありがとうございます」

 

 忌憚無く褒める修次の言葉に、達也は棒読み口調で、修次から視線を外すことなく返す。

 手合わせは未だ終わっていない。

 それは、力の入れ具合を見れば一目瞭然だった。

 その後も接近戦は続いた。

 接近戦というには近すぎる。正確に言えば超接近戦。

 達也は自らの攻撃により、修次の動きを予測しやすいように誘導し、距離を離されないように立ち回る。

 一方、修次はその動きを理解しているものの、その流れに逆らうこと無く、達也に隙が出来るのを待つ。

 状況は千日手に陥っていた。

 攻める達也に、防ぐ修次。

 最終的に、一時間の攻防の末、第三者の介入により呆気なく決着がついた。

 

「お! 休日なのに精が出るねぇ」

 

 パチパチと気のない拍手と声を送りながら入ってきた人物により、手合わせはうやむやの内に流れてしまう。

 緊迫した空気を醸し出していた場の雰囲気は、その瞬間に霧散した。

 

「何しに来たわけ?」

「そうつれないこと言うなよ。たまの休みに、家の中にいるのは当然だろ?」

「和兄の休みは毎週あるじゃない」

「言うほどないからな? 本当だからな?」

 

 入ってきた人物は、千葉家の長男である千葉寿和。

 いつもゆったりとした動きをしているため、周囲の評価は遅い、鈍い、不真面目、と言われているのだが、当の本人は気にしていない。

 

「折角良いところだったのに潰しちゃうし……、ちゃんと空気読んでよね」

「そうは言っても、ずっと同じことの繰り返しだったろ? そんなときは刺激が必要なのさ」

「それを外部から与えてどうするのよ!」

「まあ、固いことは言いっこなしだ」

「もう!」

 

 兄妹喧嘩には関わらず、達也はタオルを手に取って汗を拭う。今の魔法なしの実力では、手加減していた修次と同等程度。

 後10分ほど掛ければ、罠に掛けることも出来たのだが、またの機会として今回の手合わせでは使うことを諦めた。

 それというのも、ルールとして1試合のみであるということが事前に言われていたからだ。他のメンバーでさえも、ここまで時間が掛かると思っていなかったのだろう。汗を拭き終えた達也のもとに、修次が摩利を引き連れて来る。

 

「良い経験になったよ」

「こちらこそありがとうございました」

 

 達也は修次に礼を述べ、修次の後ろで恥ずかしそうに俯く摩利を見る。

 摩利は借りてきた猫のように大人しくしていた。

 

「では、僕たちはこれで失礼するよ」

 

 手を上げて道場を後にする二人に、道場に取り残された達也は、未だに続く兄妹喧嘩をどうするべきかと、思案に暮れるのだった。

 

 

 

 定期的な生徒会の集まりで、議題になったのは約1ヶ月後に控えた論文コンペについてだった。

 具体的な内容としては、当日の段取りと、機材の手配。それに加えて生徒の参加者の確認など、当事者で無いにも関わらずやることは多い。

 しかも、生徒会の書記である鈴音が論文の選考で選ばれたものだから、その分の業務は他のメンバーにのし掛かっていた。

 しかし、そんな中にあっても飄々と自分に割り当てられた業務を余裕でこなしてしまう人物がいる。

 それは達也であり、他のメンバーが慣れない業務に四苦八苦している時、我関せずとばかりに図書館の地下室で自分の時間を過ごしていた。

 達也がそのような状態であろうとも、誰もそれを咎めることはできない。何故なら、達也のやった業務の量は、他のメンバーの約2倍に近かったからだ。

 今日の集まりには、議題の内容と関連の深い風紀委員会とコンペに出場するメンバーからも参加者が訪れていた。

 

「では、明日よりコンペに出場する3名については、それぞれ護衛をつけます。これについては、風紀委員から説明があります」

「風紀委員長の渡辺摩利だ。今回コンペに出場する選手については、過去の事例を鑑みるに、護衛の必要性がある。我々風紀委員としては、登下校時をサポートするつもりだ。ここまではいいか?」

 

 その場に集まった皆は、摩利に頷いて見せた。

 

「メインの執筆者である市原には服部と桐原。サブである五十里には千代田。同じくサブである平河には私と辰巳がつく。五十里に一人だけなのは、婚約者である千代田の要望だな。最近この界隈で、不穏な噂は聞かないが、用心するに越したことはないので、基本をペアの組み合わせにしてある。護衛については以上だ」

「まあ、啓については当然よね!」

「お手柔らかにね」

 

 花音のやる気に対して、五十里は微笑み返す。花音は鼻息荒く、絶対に離れないとばかりに、隣へ座る五十里の腕に自分の腕を絡ませる。

 学内でのいつもの光景に、誰からも突っ込みはなく、それについては終わったものとして処理された。

 

「休みの日はどうするんです?」

 

 花音たちのことは完全に忘れ去り話を続ける。

 

「事前にスケジュールを確認して、学校に登校するのであれば護衛につく。辰巳には少し風紀委員の活動期間をオーバーすることになるが頼むぞ」

「まあ、姐さんもやるんですから、その事は言いっこ無しですよ」

 

 辰巳は摩利に頷いて見せると、その場にいるメンバーの顔を見渡した。

 

「何か意見はあるか?」

 

 異論は無いようで、誰からも言葉はない。それに満足したのか、摩利は頷くと司会役である達也に頷いてみせ、着席した。

 

「では、次に現場の視察についてですが……」

 

 メインの議題が終わったことで、風紀委員のメンバーからは尖ったような気配は消え、達也の説明を気軽に聞いている。

 コンペ出場メンバーについては、引き続き準備のために部屋を出ていった。

 その後の議題もスムーズに終えたメンバーは、解散となったのだが、達也のみその場に留まることになる。

 

「さて、詳しい事情を話してもらおうか」

「私もかなり興味があるわね」

「一体何のことでしょうか?」

 

 部屋に残ったのは、真由美と摩利。

 皆が部屋を出ていく傍らで、達也のみ呼び止められたのだった。

 

「きりきり白状してもらうわよ」

「そうだぞ。聞けば他にも色々と手を出しているそうじゃないか」

 

 何に対してなのか触れないせいで、達也に伝わるのに少し時間がかかったが、それでも何の事か見当はついた。

 

「もしや、婚約者についてですか?」

「その通りだよ。可愛いんだってな」

「歳はひとつ下で、少し背は低いらしいわね。達也くんはもしかしてロリコンの気があるのかしら?」

 

 一気に質問攻めにしてくる二人に対して、達也は慌てること無く、冷静に対応する。

 

「可愛いと思うかどうかは、各人の主観に寄ります。先日の渡辺先輩も彼氏の前では可愛く見えましたよ。それと、婚約者についての情報ですが、正確には、背丈で言えば会長と同じくらいにはありますよ? それでロリコン疑惑とするならば、会長と付き合う男性はほとんどがロリコンと言うことになります」

「修とのことは言う必要ないだろう!」

「くっ! 人が気にしていることをズバズバと言うなんて……」

 

 達也からの反撃に、精神的なダメージを負いながらも、真由美たちの口撃は止まらない。

 

「それよりも、婚約者のことよ! どういう子なの!?」

「そうですね……。可愛い子ではないでしょうか」

「ハッキリしないな、きみは」

 

 摩利と真由美の目が合うと、部屋の中に、僅かながら普通とは異なる香りが漂い始める。

 真由美は、わざとらしくないように、顔を押さえているが、その実は鼻を押さえているのが、達也にはわかった。

 

(これには、自白作用を促す効果があるのか)

 

 頭の回転が鈍ろうとするも、すぐに回復してしまい、達也には実感が感じられなかったが、香りを使った自白誘導は摩利が密かに得意とする技術だった。

 その後も質問は続くが、達也からは具体性の欠ける答えしか得られない。

 それに真由美たちが満足するはずもなく、執拗な質問は、尋問のように30分に渡って続いた。

 

「もしや、効いてないのか?」

「この香りの事を仰っているのでしたら、その通りですね」

「!?」

「これに気付くなんて……」

「会長が分かりやすく鼻を摘まんで頂けましたから、委員長の手に持つ小瓶に気付けました」

 

 信じられない洞察力とその結果に、真由美と摩利は顔を見合わせて肩を竦める。

 

「自信があったんだがなぁ……」

「魔法を使わずに、香りで人の意識を誘導する技術は素晴らしいと思います。魔法が絶対ではありませんしね」

「効かなかった君に言われてもな……」

 

 陥れようとした相手に気遣われ、いたたまれない気持ちにされた摩利は、小瓶を収納し盛大に溜め息を吐く。

 

「ところで、何故そこまでして婚約者の情報が知りたいのですか?」

 

 根本的な事が理解できていなかった達也は、真由美たちに問い返した。そもそも、興味はあるかもしれないが、ここまでして聞きたい内容とは思えない。

 達也だから効果がなかったが、実際には犯罪と言ってもおかしくないのである。

 

「まあ、ある生徒の悩み相談の結果だな」

「摩利!」

「遠回しに聞いても、無駄だと分かっただろ。それなら、ストレートに聞いた方がいい……」

「確かにそうかもしれないけど……」

「と言うわけで、婚約者が名ばかりであったなら、君にはその子と付き合ってほしくてな」

「なるほど……。理解しました。今度会う機会に、話し合わせてもらいます」

「もし断るにしても、出来るだけ傷付けないように配慮しろよ?」

「相手次第でしょうね」

 

 達也は相談者の顔を思い浮かべると、次のスケジュールの確認を頭の中で行い始めた。

 

 

 

 九高戦と論文コンペの間の期間に、第一高校では全校生徒に関わりの深い行事がひとつある。

 それは───

 

「それではこれより、生徒会長に立候補された生徒による演説を行います。立候補されるのは、2年の五十里さんです」

 

 今回、生徒会長に立候補したのは五十里のみであるため、生徒たちに選ぶことの出来る選択肢は少ない。

 票を入れるか、入れないかの2択だ。

 五十里は壇上にゆっくりと中央に進み、軽く頭を下げるとマイクを手に持ち語り始める。

 

「この度、生徒会長に立候補した五十里です。これまで、全くと言って良いほど生徒会とは関わりを持っていませんでした。そのため、生徒会が実際に何を行っていたのかを深くは知りませんでした。しかし、最近になって知る機会があり、生徒会の重要性について考えさせられ、───」

 

 五十里の演説は、一般生徒にも関心を持ってもらう生徒会にすること。

 目標は確かであるが、そこまでの過程がどうすれば良いのかが見えてこない。本人もどうすれば良いのか手探りになると言っており、質疑応答の時間になっても、その事に対する質問はなかった。しかし、今回の事には関係のない質問が上がる。

 

「今年も2科生を生徒会に入れるのですか?」

「僕はそのつもりです。演説の中でも言いましたが、人の想いは人それぞれです。つまりは考え方や意見も様々であり、それを取り入れて形にすることこそが僕の役目だと思っています。意見と言うものに、1科生や2科生という縛りはありませんから」

「分かりました……」

 

 納得半分、不満半分、といった様子で座る生徒に、五十里は軽く頭を下げて、司会をしている雫に視線を向ける。

 雫は頷いて見せると、再びホールを見る。

 

「他に質疑のある方はいませんか? 無ければ、投票に入らせていただきます」

 

 この投票に関しては、前時代的な投票方法である、紙による投票が採用されており、学年ごとに投票箱へ記入した紙を入れていく。

 投票した生徒たちは、そのままホールを出て教室へと戻っていった。

 

「ふう……疲れた~」

「啓おつかれさま!」

「ちょっと、花音!」

 

 ホールの警備の仕事を終えた花音が五十里に抱きつく。五十里は慌てて離そうとするが、花音の方が力は上であったため簡単に離れるわけもなく、周囲からはそれがただイチャついているようにしか見えなかった。

 そんな二人っきりの空間には誰も触れず、それぞれ労りの言葉を掛け合う。

 達也は雫と共に投票箱を持ち生徒会室に戻った。

 二人は言葉を交わすこと無く、投票箱から紙を取り出し、仕分けを始める。

 

 ───五十里、五十里、空白、五十里、北山、五十里

 

 無効票を取り除き、票を数え終えた頃に、真由美たちが部屋へ入ってきた。

 

「ご苦労様。数え終わったかしら?」

「もう少しで終わるところです」

 

 達也は雫の手元にある数枚の投票用紙を見て答えた。

 結果の分かっている選挙ではあるが、しないわけにはいかない。

 余程の失敗をしなければ、立候補者が落ちることなどないが、投票者の半数に届かなければ、選挙のやり直しも想定される。

 実際には、生徒総数の半分以上を確認できた段階で終えても良いのだが、そこは報告の義務があるために、最後まで確認しなければならない。

 

「良かったわ……。五十里くんが受けてくれて」

「副会長は北山さん。書記に中条さんですから、それほど苦労もしないでしょう」

「引き継ぎはゆっくりやっていきましょ」

 

 論文コンペを見据えた発言に、余計なこととわかりつつ、鈴音は口を挟む。

 

「まあ、私の業務は、北山さんと司波くんが居れば十分かもしれません」

「鈴ちゃんズルいわよ! 生徒会の期間中に引き継いでおくなんて!」

「それが役目でもあります。円滑な業務運営には必須です」

「会長は選挙後だから、終わってからじゃないと引き継ぎ出来ないのに……」

「そこは諦めてください」

「うぅ……」

 

 愚痴を漏らす真由美には慣れたもので、鈴音の対応はいつも同様素っ気ない。

 達也は投票用紙を纏め終え、雫の分を合わせて揃えると、真由美と鈴音の前に投票用紙の束を置き、自分の業務に戻る。

 

「それにしても、毎回立候補者以外の名前を書く人って何を考えてるのかしらね」

 

 真由美は無効票を捲りながら呟く。

 パラパラと捲り続け、意外な事実を発見すると、達也に声を掛けてきた。

 

「達也くん、達也くん」

「どうかしましたか?」

 

 興奮したような真由美の態度に、何事かと達也は振り返る。

 

「達也くんの名前が三十票くらいあるわよ!」

「あったところで、それらは無効票として処理されます。白紙と一緒ですね」

「それでも、票を入れる人がいるということは、2科生である達也くんにも期待しているってことよね!?」

「入れるとしても、2科生だと思います」

「つ、ま、り! 今の体制は、両方の支持を得られているということよ!」

 

 真由美の目標は、1科生や2科生に拘ること無く、純粋に互いを高めあう校風だった。その足掛かりとして、達也を入れたのだが、その成果と言うには小さい出来事でも、実際に目にすると興奮せずにはいられないようで、真由美は感極まったように両手を組み、祈るように目を伏せる。

 

「五十里くんで確定のようですし、呼んできます」

 

 鈴音は席を立ち、部屋を出ていく。

 残されたメンバーは誰も真由美には触れず、自分の業務に没頭した。



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20話

 月に一度のメンテナンスの日。

 前回は体調不良のため行われることがなかったが、今回は実施する旨の連絡が北山家からきていた。

 以前は明るい雰囲気であったそれは、今では見る影もないほど暗いものへと変わっている。

 変わってないのは、達也の態度くらいだろう。

 いつも通りに、依頼された仕事をこなしていく。

 

「これで終わりだが……、何か言いたいことがあるんだろう?」

「僕は席を外しますね」

 

 航は3人から発せられるただならぬ様子に、空気を読んですぐに部屋を出る。

 残された3人の間には、それまで航が取り成してきた雰囲気が、静寂と共に消え去っていく。

 

「そうだな。そちらからないのであれば、こちらからしようか」

 

 達也から自分の事を話すなど滅多にないこと。突然のことに、それまで俯いていた2人は顔を上げて達也を見た。

 

「まず、俺の出生についてだが、父親は知っての通り、FLTのトップである司波達郎。母親も雫たちがよく知る人物だ」

 

 達也の事はある程度のことを親から聞かされていたのだろうが、母親が誰かなど聞いたことがなかった2人は、達也の言葉を聞き逃すまいと、僅かに身体を前の方に傾ける。

 

「両親が企業のトップ程度であれば、俺にももう少し自由が与えられるんだろうが、そうもいかないと言うのが現状だ。───早い話が、俺の素性を知られると、皆して距離を取ることが明白だからな。生涯付き合うとなると、その覚悟があり、更に言えば自分の身は自分で守れる程度の力が必要になる」

 

 達也は一旦話を区切り、聞く覚悟があるのかと問うように、雫とほのかの顔を見る。2人の表情に変化はなく、真剣な顔つきで達也を見つめ返していた。

 達也はその態度を肯定と捉えて話を進める。

 

「2人は魔法界におけるアンタッチャブルという言葉を聞いたことはあるか?」

 

 達也の言葉に2人は少し考えたものの頷いてみせ、ここで今日初めて雫が口を開く。

 

「魔法界で触れてはならない者たちと言ったら1つしかない。十師族の1つである四葉だけ」

「何故そんなことが言われるようになったかまでは知ってるか?」

「過去に起きた崑崙の大虐殺が原因って聞いてる」

 

 雫たちの知識の程度を確認し、達也は初めから話すことに決めた。

 

「事の引き金は、向こうが四葉の人間を拐ったことから始まった。すぐに四葉は救助に向かったが、発見されたときには人体実験をされて心を壊された状態だった。それを見た当主は報復を行った。いや、報復と言うには生温いな……。殲滅と言っていいだろう。一族の同胞、数十人を連れて海を渡り、1万人に届こうかという人数を地に返したんだからな。───勿論、四葉も多大な犠牲を被った。その時に一緒に行って生き残った者はいない。何故なら行った者は、生きている限りにおいて与えられた役目を全うしたからな……。それからだ。四葉の考えはある方面に固執することになったのは。誰にも負けず、誰にも奪われることのない。そんな力を求め続けた。そして、それが形となったのは約25年前。それからは、完成された魔法師を産み出すために人体実験が繰り返され、そうして産まれたのが、俺と深雪だ」

 

 ショックな内容が多かったのだろう。雫とほのかは押し黙る。

 十師族の家系と言うのにも驚かされたが、一番のショックは、達也が人体実験の産物と言うことだった。

 一般的に人体実験で生まれてきた者は寿命が短く、よくて30年と言われている。

 これまでに、知識としては知っていても、身近な人がそうだと知って動揺しないわけがなかった。

 

「深雪の方はこれまでの成果の集大成と言っていいだろう。彼女は四葉が目指した魔法師としての完成形。完全調整体と呼ばれている。つまりは、強大な魔法力を持ったまま普通の寿命を持ち、なんら人と変わることがない」

「達也さんは、どうなんですか?」

 

 恐る恐るといった感じでほのかが問い掛ける。聞きたくはないが、聞かなければ前には進めない。

 達也は特に気にした様子もなく答えた。

 

「まあ、2科生であることを考えれば分かると思うが、俺の方は魔法師として欠陥品だったようだ。ある2つの魔法しか満足に使えない。ただ、その魔法を恐れて俺には監視がついている。婚約者というのも、俺に枷を付けるためだろうな」

「達也さんはそれでいいの?」

「自分の事を知ってなお、変わらない存在というのは貴重だ。実力も折り紙付きとなれば、否はないな」

「そう……」

 

 話し終えた達也は、観察するように2人を見る。

 2人は、朝に比べて顔色が回復し、何かを決心したような表情をして見せる。

 

「達也さんの事情は分かりました。でも、分かったからと言って私の気持ちは変わりません!」

「そんな理由なら尚更」

 

 2人の言葉は、達也には信じられないものだった。

 話の流れから言うと、達也には必要以上に関わらない方が良いと考える場面である。

 これまでも、達也としては、特に親密にした記憶もなく、ビジネスとしての付き合いしかない。

 CAD調整の関係で、身体的な確認を行ったことはあるが、それ以上の事は一切ないと言い切れる。

 そのような状態で、原作同様司波達也を好きになるなど有り得ない、と言うのが達也の考えだった。

 しかし、夏休みから始まり、真由美たちの言葉を聞くうちに、その考えが間違っていることを認識させられ、今からでも遅くはないと、自分のおかれた実情を吐露したにも関わらず歩み寄ってくる。

 達也にはこれ以上、遠回しに断るための術は持ち合わせていなかった。

 

「はっきり言うと、俺の近くは危険だから離れていた方が身のためだ。ビジネスだけの間柄であれば、簡単に切り捨てられるが、親密になればなるほど、最悪の時は自分だけではなく家族にまで不幸が降りかかる」

 

 遠回しに伝えることを諦め、達也はハッキリと伝える。

 業務提携は構わないが、これ以上踏み込まれると少々困ったことになる。付かず離れずの関係が達也には丁度良かった。

 

「分かった」

「分かりました」

 

 2人同時の答えに、達也は分かってくれたかと、安堵の溜め息を漏らした。

 この時の2人の目には、達也の安堵した表情がしっかりと映っていた。

 

 

 

 論文コンペの開催地である横浜へ、生徒会の役員であるメンバーは下見に来ていた。

 メンバーと言っても、出場者である鈴音とその護衛である服部は、今回の下見のメンバーから外れている。

 そのためここにいるメンバーは、真由美を筆頭に、梓と達也と雫の4人。五十里はプレゼンの準備のため、真由美が代理として来ている。

 紅3点の中に黒1点の状況は、端から見ればハーレムのようだが、実際には虫除けであることを達也はよく理解していた。

 美少女3人で下見に行こうものならば、声を掛けまくられ、満足に移動できないのが目に見えている。

 そのための男手であり、前年度はこれを服部が受け持った。

 

「さて! 今日は見終わったあとにショッピングね!」

「まだ早いですよ。会長」

「あーちゃん。私はもう会長じゃないの。堅苦しい役職からは解放されたの。分かる?」

「だからと言って、手を抜いていいわけではありません」

「誰も手を抜くなんて言ってないわよ? ただ、予定の確認をしただけじゃない」

 

 梓と達也の突っ込みをものともせず、真由美は元気一杯に胸を張って答えた。

 コンペが行われる会場は、繁華街から少し離れた東京湾の近くにあり、その近辺には魔法協会が空高く聳え立っている。

 

「さて、先ずは各部屋を見て回りましょう」

 

 真由美を先頭にして、建物の内部を確認していく。

 各校の論文成果品を置く場所から、スタッフの休憩所を見て回り、緊急時の避難経路を見る。

 論文コンペの開催地は、横浜と京都で交互に行われている。そのため、3年生である真由美は、過去に横浜へ来たことがあった。

 過去に来たことがあるため、案内役を務めながら進んでいく。そのせいだろう、当初の予定では、昼前に終わるはずの確認があまりにも効率的に回ったため、昼には未だ遠い時間帯である。

 

「終わったわね? 何か質問はある?」

「テロに遭遇した場合の移動経路についてですが、地下ですと爆破による生き埋めが想定されます。また、戦闘となった際に、逃げるルートが限定されてしまうため、得策とは言い難いと思います」

 

 生真面目に意見を述べる達也に向けて、真由美はわざとらしく溜め息を漏らす。

 

「あのね達也くん。コンペを何処の誰が襲うって言うの? 未熟とはいえ魔法師の卵なのだから、軍の規模レベルで来ない限りそんな事にはならないわ。しかも、魔法協会のお膝元な上に、軍の基地にも近いから、すぐに直近の魔法師が駆けつけて対処するだろうし」

「魔法師とは言え所詮は人です。対策は練っておくべきと思います」

「心配性ねぇ……」

 

 駄々をこねる弟を見る目付きで、真由美はどうやって説得しようかと頭を悩ませたが、他の案が思い浮かばない。

 

「じゃあ達也くんはどうしたら良いと思う?」

「先程も言われた通り、軍の基地にも近いのですから、移動などせずに防衛したまま待っていた方がいいでしょう。こちらには十文字家の次期当主がいるのです。その後ろに隠れていた方が余程安全かと」

「そうは言っても、会場には何百人もいるのよ? 流石に十文字くんだけではきついと思うわ」

「当校の生徒で来る人数は数十人です。他校の事まで考える必要はないでしょう」

 

 責任感があるのか無責任なのか。達也の言動に頭を抱える真由美だが、最初の前提を思い出す。

 

(そもそも、テロが起こった時の事だし)

 

 過去を見ても、論文コンペの会場がテロの標的になったなど聞いたこともない。

 狙われるとするならば、十師族の住んでいる場所や、政府官僚のいる邸宅などがほとんどだ。無差別に狙うなら未だしも、この会場を狙う可能性は極僅かであると真由美は判断した。

 

「じゃあ、非常時にはホール内で防衛に徹しましょ」

「そうですね。ホールであれば、天井の壁も薄いですし、落ちてきたとしても対応できるでしょう」

「他に何かある?」

 

 真由美は梓と雫に顔を向けて問うが、2人は顔を横に振って何もないことを伝える。

 真由美は頷き、他にも何か言いたそうにしている達也に向けて言い放った。

 

「非常時災害などの対応は風紀委員の仕事だから、それ関連は帰ってから摩利と話してちょうだいね。私たちはあくまでも、それらをスムーズに行うために下見をしているだけだから」

「分かりました」

 

 達也は素直に引き下がると、下見した場所でのシミュレーションを頭の中で描き始めた。

 

 その後は予定通りというべきか、達也は女子3人の行動に振り回される。

 ましな事と言えば、荷物を持つ手間がないことくらいだろう。もし、郵送ではなく持ち帰っていれば、達也は今頃荷物で両手が完全に塞がれてしまっている。

 それほどの量を3人……と言うより2人が購入していた。

 服装などは、この場にいる唯一の男子と言うことで、達也の意見を求められる。その際、顔を赤らめながらも聞いてくる様子は、心惹かれるものはあったが、達也としてはそれよりも、場違い感に頭を悩ませていた。

 周囲には女性しか居らず、男性は達也一人。

 浮いてしまうのは仕方ないと言えるだろう。

 そうして遅めのランチをとる頃には、達也の精神は戦闘時よりも疲弊していた。

 

(横浜の地理を昼間確認するのに、わざわざこの3人といる必要はなかったな……)

 

 注文したパスタを口に含みながら、反省する点を思い起こしていると、4人組の男たちが店に入ってくる。

 その男たちは達也たちの方を指差し、ぞろぞろと近付いてくると、わざとらしく隣のテーブル席に腰掛け、振り向きながら話し掛けてきた。

 

「この後、俺らと遊ばない?」

「…………」

「そうそう、いろんなとこ知ってるし、飽きさせないよ~」

「…………」

 

 男たちの言葉に返事をする者はいない。

 真由美と雫は達也を見ており、梓に至っては知らない男たちに声を掛けられたせいか、俯いてしまい顔を上げようともしない。

 

「迷惑という言葉を知っているか?」

 

 達也は店内の呼び出し音を鳴らしながら、男たちに向けて声を掛ける。

 

「はぁ?」

「何言ってんだ?」

 

 男たちが達也を睨みながら席を立ち近付いてきたところに、店員が駆け寄ってきた。

 そして、達也たちとの状況を見て分かったのか、男たちに向けて頭を下げながら話し出す。

 

「お客様。席は空いておりますので移動をお願いします」

「俺らはここがいいんだよ!」

「神様に指図すんじゃねえぞ!」

 

 このような相手は初めてだったのだろう。店員はそれ以上言葉を続けることができずに、泣きそうになりながら、店の奥へと戻っていく。

 店員を追い払い気を良くした男たちは、ブザーを鳴らした達也を睨み始める。

 

「いちい───」

 

 達也の胸ぐらを掴もうと立ち上がり近付いた男は、達也に触れる前に突如として倒れる。

 

「何しやがった!」

 

 倒れた仲間を見て、男たちは一斉に立ち上がり達也に掴み掛かる。

 達也は、面倒くさそうに男たちを見ながら、一人一人確実に意識を奪っていった。

 4人とも倒したところで、達也は再度呼び出し音を鳴らす。

 

「あのね達也くん。もう少し穏便に処理できなかったの?」

「振り掛かる火の粉くらいは払いますよ。しかも、店員が処理を放棄したとなれば尚更です」

「全く……」

 

 真由美が頭を抱えていると、店の奥から警備員を引き連れた店員が戻ってきた。

 店員は、男たちが倒れているにも関わらず、達也たちに向けて何度も頭を下げているところを見るに、何処かで様子を見ていたのは明らかだったが、その店員の出来る限りの誠意に、その場での事はそれ以上問題となることはなかった。

 

「拘束もほとんどされなかったし、ラッキーだったわね」

「まあ、証人がいればそんなものでしょう。男たちにしても外傷は無いわけですから」

「だからってすぐに暴力へ走るのは感心しないわよ」

「あの時受けたアイコンタクトでは、こいつらを始末しろと読み取れたのですが?」

「そんな物騒なこと思うわけ無いでしょ!」

「私は思ったかも……」

「北山さんも、その考え方は改めなさい」

 

 4人は、今日宿泊するホテルに向けて歩いていた。

 拘束された時間は短いと真由美が言ったものの、約2時間は話をするはめになっている。

 それでも、通常の尋問に掛けられる時間を考えれば、遥かに短いものだった。

 

「今日は疲れたし、ホテルの中で食事にしましょう。達也くんの奢りで!」

「そこは先輩が出すところではないんですか?」

「こういう時は男の甲斐性を見せる時よ。それに聞いたんですからね。達也くんが実はお金持ちだって」

 

 達也の視線は自然と雫に向けられる。雫はその視線を受けて顔を左右に振った。

 

「やっぱりお金持ちだったのね!」

「ハッタリですか……」

「何て言うか、女の勘ってやつ?」

 

 達也は自分の軽率な行動に呆れるが、雫を疑ったことと、この時間まで束縛した事も踏まえて出すことに決める。

 

「まあ、いいですけどね」

「えっ? ほんとに? 無理をしなくても大丈夫よ?」

「構いませんよ」

「じゃあお願いしようかしら」

 

 その後ホテルに戻り、達也に呼び出しを受けた場所が、VIPルームでの夕食だったため、真由美は驚き、梓は恐縮し続けたのを見て、達也は雫と密かに笑いながら食事を続けた。

 

 

 

 論文コンペの当日。

 会場では、各校の生徒と、その引率である先生たちで賑わっていた。

 報道関係者は時間が決められているため、未だ入場できずに、時間が来るまで入り口で網を張り、通過していく生徒たちにコメントを貰おうとたむろしている。

 第一高校の生徒が集まる場所では、代表者である3人が皆から声援を貰っているところだった。

 

「皆さんありがとうございます」

「それでは行ってきたまえ」

 

 生徒の引率である第一高校の廿楽教師に送り出され、3人はホールを出ていく。

 各校も似たようなもので、送り出した後に所定の場所へ腰を下ろしていた。

 各校の生徒たちが席についた頃に、報道関係者の入場が許可されたようで、次々に後部座席が埋まっていく。

 コンペは予定通り開催された。

 会場は暗くなり、舞台の上のみが明るく照らしだされる。

 そんな中にあって、達也は身動きが取れない状態に陥っていた。

 達也の両サイドは、ある2人の女生徒によって塞がれ、会場が暗くなってからは、肘掛けに置いた手がしっかりと掴まれており、立ち上がることすらままならない。

 このままでも問題はないが、咄嗟の対応が遅れることを達也は憂慮していた。

 

「流石に各校とも仕上げてきているな」

「皆緊張しないんでしょうか?」

「私だったら無理。それ以前に論文を書けるほどの知識がないけど……」

 

 達也の隣に座っているのは、ほのかと雫だった。

 雫は達也に向けて、何故出場しないのかと目で訴えるが、達也は視線を逸らして回答を避ける。

 発表の合間には、休憩と交代のための時間が10分ほどあるため、達也は両手に少し力を入れて立ち上がることを2人に伝える。

 第一高校の順番は後ろから数えた方が早い。

 達也は用事を済ませるために立ち上がると、少し席を外すと伝えてホールを出た。

 

 達也が向かったのは誰もいない部屋のひとつ。

 屋上近くに設置されているその部屋へ近付く者はほとんどいない。居たとしても、会場のメンテナンスをしている業者くらいだ。

 達也は見られていないことを再度確認し、デバイスを立ち上げた。

 

「達也ですが、ネズミは見つかりましたか?」

『全てを発見できておりません。どうも、こちらが近付くと察してしまうようで、すぐに逃げてしまいます』

「と言うことは、ネズミは隠れることと逃げるので精一杯と言うことですかね?」

『今のところはそうですが、殲滅には至っておりません。精々半分程度駆除しただけで、巣穴には未だ沢山おりましょう』

「巣穴の殲滅は折を見て話し合いましょう。それよりも、海にいるネズミですがそちらはどうです?」

『そちらは予定通りに近付いているようですな。飛んで火に入るなんとやら……、とはこの事を言うのでしょう』

 

 達也の知る情報と第3者からの情報により、この横浜の地が狙われていることは分かっていた。

 自分の手を煩わせることなく処理するために、四葉に情報を流し、四葉はそれを軍と七草、十文字に流す。

 関東地方は七草と十文字の守護地域であるために、そのようにしているのだが、守護地域外からの情報で動かされると言うのは、2家にとって業腹であったのは言うまでもない。

 しかしながら、守護を委任されている以上は、行動に移さねばならず、表面では何事もないように見せかけ、水面下で対応するための準備が行われた。

 

『今動きがあったようですな。対応しますので一旦切らせていただきます』

「分かりました」

 

 通信を切り、達也は懐に入れてあったCADを確認して、元来た道を戻り始めた。

 達也の両目はいつもより僅かに細められ、遠くを見るように、焦点の合っていない眼差しで歩いていく。

 それは、これから起こるであろう事に憂慮しているようでもあった。

 

 

 

 繁華街の中にある雑居ビルの一室。

 そこには物言わぬ骸が数体転がっていた。

 そんな状態であるにも関わらず、部屋の隅に隠れるようにして男が一人立っている。

 

「当たりであって欲しいが……」

 

 男は小声で呟くと、デバイスを立ち上げて素早く視線をはしらせると、室内の明かりを点けて転がっている死体の顔を確認する。

 しかし、目的の顔がなかったのか、顔を左右に振り顔をしかめてデバイスを閉じた。

 男は明かりを消すと、静かに部屋を去っていく。

 男に与えられた命令に等しい指示は、まだ多く残されていた。

 

 

 

 コンペが行われている会場内で警報が鳴ったのは、第一高校の発表が間近に迫った時だった。

 何が起こったのか理解したものは達也を除き皆無。

 雫とほのかは不安そうに達也の手を握りしめている。

 

「いったい何事かしら?」

「───七草。少し話がある」

 

 十文字は、自らのデバイスに目を通すと、周囲の喧騒を無視して真由美を少し離れた場所に連れていき、密談を始める。

 達也はそんな2人を少し見たものの、座席の背もたれに体重を預け、目をつぶった。

 そうして達也に見えてきたのは銃撃戦の様子。

 この国の魔法師と相対しているのは、一般的な魔法障壁など紙の如く貫くハイパワーライフルを持った集団。

 防衛側は応戦に手一杯で、反撃の魔法にしてもあまり効果を発揮していなかった。

 そんな攻防も、突如として崩れる。

 ハイパワーライフルを手に持った集団が次々と消えていったのだ。

 防衛に回っていた魔法師は、自らの魔法で沈黙したと思い込み、徐々に相手を追う形へと移行し始める。

 追い詰められ始めた集団は、自殺覚悟なのだろう。車両に次々と乗り込むと、魔法師たちを狙って突撃していく。その突撃が避けられると、近くの一般市民や建物に突っ込むと同時に爆発する。

 全員が身元を隠すために木っ端微塵になるほどの爆弾を所持していた。

 被害は多少出たものの、防衛側の勝利に終わったことを確認した達也は、そっと目を開けた。

 そこには、心配そうに達也の顔を身を乗り出して覗きこむ雫とほのかがいた。

 

「達也さん、魔法を使いましたか?」

 

 顔を青醒めさせて訊ねてきたのはほのか。

 その手は震えているものの、しっかりと達也の手を離さないように掴んでいる。

 

「このパニックが起こりそうな状況であれば、分からないだろうと思ったんだけどな」

「ずっと達也さんを見てなければ分からなかったと思います」

 

 達也はほのかが安心できるように微笑んで見せると、ざっと周囲に目をやる。

 既に警報がなってから時間が経っていることもあり、ほとんどの者が立ち上がって移動の準備をしていた。

 

『少々時間をいただきたい』

 

 放送で呼び掛けたのは克人だった。

 ホールにいた者たちは、その声に話すのを止めて声の聞こえてくる方を見る。

 

『私は十師族に名を連ねる十文字家の当主代行をしている十文字克人と言う。皆は、今、何が起こっているのか知りたいことと思われるので、状況について説明しよう。現在この横浜を中心として、他国からの攻撃を受けている』

 

 克人の言葉は、ホールにいる者たちに衝撃を与えた。

 これまで、警報が鳴るほどの事態に直面したことが無い者がほとんどであり、それも他国からの攻撃となれば尚更だろう。

 ざわめきが広がる中、克人の説明は続く。

 

『この攻撃に対し、既に反撃を開始しているため、鎮圧されるのも時間の問題だろう。ただ、残党はいると思われるので、各人注意してもらいたい』

 

 ホール内は不安を塗り潰すためだろう、それぞれの話す声が聞こえてくる。

 そのような中にあり、報道関係者の1人が克人に質問をした。

 

「我々はいつまでここで待てば良いか教えてくれ!」

『何時まで、と言う確約は出来かねるが、現在ここへ軍が向かっているので、後数時間以内にはここを出られるはずだ』

「それまでに襲われたらどうする!?」

『それまでは、ここに詰める警備員と各校の風紀委員等動ける者で対応しよう。矢面には主に私が立つので、他の者にはフォローしてもらうことになる』

「それはどのような立場での発言でしょうか!?」

 

 非常時であるにも関わらず、報道関係者は次々に質問を浴びせかける。

 克人はそれに答えつつも、横に立つ真由美に話し掛け、今の事態に対して迅速に動き始めた。

 

「五十里くん、第一高校の皆をまとめてちょうだい。私は各校に話をつけに行ってくるわ。鈴ちゃんと摩利もサポートしてあげて」

「分かりました」

「私が出来ることはなさそうだけどな」

 

 摩利の軽口には付き合わず、真由美は他の学校の元へ移動していく。

 摩利は振り返り肩を竦めて見せると、五十里に顔を向けた。

 

「それで? 私たちはどうするんだ?」

「まずは点呼を取りましょう。この場から離れた人がいれば捜索しないといけませんし……、中条さんは3年生。司波くんは2年生。北山さんは1年生を確認してください」

「啓! 私は!?」

「花音は風紀委員を纏めておいて。十文字先輩も言われていたけど、もしもの時があるし、すぐに動けるようにしておきたいんだ」

「任せて!」

 

 花音は、五十里から任された内容に頷くと、興奮気味に風紀委員の元へ駆け出していった。

 

「花音のやつ大丈夫か?」

「……一応、渡辺先輩でサポートしていただけますか?」

「そうなるよな……。やる気に水を差さない程度でフォローしておくよ」

「お願いします」

 

 五十里が指示を出していく中、達也はこの会場へ同伴した2年生を確認していく。

 達也の確認は既に半ばまで終わっていた。

 電子帳に記された顔と名前を確認し、この場を離れないよう一緒に伝える。

 元々克人の放送は、館内にいる者たちに聞こえていたのだろう。外に向けて走り出すような生徒は居らず、ホール内に固まっているため、把握はしやすかった。

 達也の手元に、未だ確認できていない名前として残るのは、服部と桐原の2人。その行方に心当たりのあった達也は、3人がいるであろう場所に向けて歩き始めた。

 そんな達也の後ろを、カルガモの子供のように、ほのかが離れないようについていく。

 

「ここでしたか」

「!! 司波か……」

 

 突然開いた扉から現れた達也を見て、服部と桐原は露骨にホッとしたような表情をしたものの、すぐに引き締めて辺りの警戒に入る。

 2人の顔に余裕はなく、いつ敵が現れるのかという不安がありありと見てとれた。

 護衛されている鈴音は気にした様子もなく、黙々と手元を動かし続ける。

 

「どうして司波はここに来たんだ?」

「当校の生徒の安否を確認するためです。お三方はここで作業をされる旨を伝えておきます」

「ああ、頼む」

 

 護衛対象である鈴音をおいては行けないからだろう、服部は達也に頷き返すと、鈴音の傍らに立ち、周囲の警戒に戻る。

 本来であれば、扉からの侵入に気を付ければ良いのかもしれないが、敵が他国であれば、注意を全方位に向けているのも無理はない。何故なら、手段を選ばなければ何処からでも攻撃は可能だからである。

 達也はそんな3人のいる部屋を後にして、ホールへと戻っていったのだった。



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21話

 生徒の確認が終わった後の達也に、それ以上の役割が与えられることはなかった。

 達也は空いた時間の有効活用をすべく、誰もいない部屋に入り、デバイスを操作して仕事を始める。

 その達也の近くには当然とばかりに、雫とほのかが座っていた。

 2人はモニターを操作して、緊急中継で映っている横浜の状況を見ている。

 

「達也さん、皆さんの近くにいなくて良かったんですか?」

 

 モニターを見て少し不安が増したのか、ほのかが達也に問い掛けてきた。

 

「何かあれば呼び出してもらえるよう言ってあるし、十文字先輩が防衛を務めるからには、ここの安全はある程度保証されたようなものだ。あそこにいる意味はないな」

 

 達也は手を止めることなく、ほのかの問いに答える。その達也の言葉が正しいかのように、他の学校の生徒たちが部屋の中を覗いていったり、中で休憩したりと、次第に人が増えていった。

 ここは会議用の部屋であるため、多くの人を収容できるが、それでも限度はある。

 収容人数の半分を越えた辺りで、達也は移動を始めた。

 行き先はホール。そこには、軍服に身を包んだ人と克人が何やら話し合っている。

 その近くには、真由美と将輝がおり、話の内容を一緒に聞いていた。

 

「お出迎えも来たことだし、やっと帰れるな」

「もう安心ですよね?」

「何を以て安全と言えるか分からない以上、なんとも言えないな」

 

 達也たちが座席に座り暫くすると、放送が流れ始める。

 内容は軍の迎えが来たので、指示に従い帰るようにというものだった。

 その放送を聞いて安堵する者がほとんどであり、それを受けて克人と真由美、将輝が静かにホールを出ていく。

 ホールは再び人が増えはじめ、人の声が通りにくくなる。

 

「第一高校の生徒は、こちらに集まってください!」

「静かに聞きなさい!」

 

 五十里と花音は大声を張り上げて生徒の誘導に当たるが、この場にいるのは第一高校の生徒だけではないため、周囲の話し声により、すぐに掻き消されてしまう。

 達也は生徒会役員としてその補助を行うが、訓練も積んでいないような生徒が、その声をまともに聞くことはなく、聞いていたとしてもその歩みは鈍い。

 要改善項目として達也は取り上げつつ、地道な作業を繰り返した。

 第一高校の面々が会場を出たのは、前の組が出てから約10分後。一番最初に会場から逃げるように出て行き、迎えに来た軍のバスに乗り込んだのは報道陣であり、その次は入り口に近い高校から順次会場を後にしていく。

 達也は乗り込んでいく生徒を確認し、生徒会長である五十里に結果を伝える。

 

「五十里先輩。第一高校の生徒は、十文字先輩と七草先輩を除き、バスへの乗車を確認しました」

「ありがとう。それじゃあ僕たちもバスに乗ろう」

 

 五十里は残った面々を見渡しバスへと歩いていき、花音もその後に続く。

 この場に残っているのは、五十里、花音、達也、雫、ほのかの5名。

 五十里は生徒会長として、花音はその護衛として残っており、雫とほのかは達也の付き添いとして残っていた。

 

「と言うわけで、バスに乗らないか?」

「達也さんと一緒に行く」

「私もご一緒させてください!」

「そう言われてもな……」

 

 達也としては、これから先の事を考えると了承できるものではなかったが、突き放して変について来られるよりマシかと思い直す。

 

「2人の想子量に多少の不安はあるが……、最低限こちらの指示には従うこと。いいな?」

「分かった」

「勿論です!」

 

 達也は頷き、50メートル程離れたバスへ視線を向ける。

 バスの乗車口では、なかなか来ない3人を五十里が不思議そうに見ていた。

 達也は携帯を取り出し、五十里に電話を掛ける。

 

『司波くん、何かあったのか?』

「忘れ物をしたので、次のバスで戻ります」

『……忘れ物くらいなら待っておくよ?』

「待たなくても大丈夫です。それよりも、バスの運行の妨げにもなりますので先に行ってください」

『北山さんたちもかい?』

「ええ。2人も残るそうですので」

『分かった。司波くんは2人をちゃんと送り届けるように』

「分かりました」

 

 連絡を終えた達也は、2人に目配せすると会場の方に向かう。

 会場の脇には、黒塗りの車が建物の影に隠れるようにして停まっていた。

 達也は迷うことなく、その車の扉を開けて中に乗り込む。

 

「待たせた」

「大丈夫です」

 

 運転席に座るのは達也の婚約者である亜夜子だった。亜夜子は達也の後ろに続く2人を見ても、特に何も言わず、2人が車に乗るのを確認して車を出発させる。

 車内での会話はなく、達也はある場所から送られてくる映像に目を通し、雫とほのかは運転している少女に注目していた。

 

「予定通りだな」

「では、このまま魔法協会に向かいます」

「この車の防弾性能は?」

「ミサイルまでであれば防ぐことは可能ですが、走行は不可能になります」

「ミサイルの類いはこちらで防ぐ。この車に求めるのは、ばら蒔かれた銃弾を防ぐ程度だな」

 

 達也は広げていたデバイスを収納すると、新しく大きなケースを取り出し、中にある部品を組み立て始めた。

 

「どれくらい誤魔化せる?」

「1分以内であれば」

 

 達也と亜夜子の会話はそれで終わった。

 魔法協会は、コンペの会場から近いこともあり車で10分も掛からない位置にある。

 魔法協会にも軍による護衛はあったようで、通常であればいるはずの警備員の姿が入り口から消えていた。

 亜夜子は魔法協会の脇に車を停止させると、デバイスを取り出し、通信を始める。

 

「使用する際には教えてください」

「ああ」

 

 達也は座席を倒して楽な姿勢をとると、魔法協会内部に意識を向けた。

 

「流石に誰もいなければ侵入は容易いか……」

 

 達也の意識には、イデアと言う情報の海を介して、魔法協会内部にいる人の動きが手に取るように分かった。

 人数は10人程度。それぞれが、並の術者よりも強いことは視て取るように分かるものの、達也にとっては一般人と大差ない。

 その中でも強大な力を持つのは一人だけで、後は通常のCADでも対処できる。

 それよりも厄介なのは……。

 

「イデアの情報すら希薄に出来るとは恐れ入るな……。しかし、全てを把握した。1分後に起動する」

「はい」

 

 亜夜子は達也を見て頷き、自らのデバイスを操作する。

 亜夜子が行ったのは、魔法協会を中心としての魔法の使用を感知する機器の沈静化。

 それにより、魔法の不正使用を誰も捉えることは出来なくなるといったものだ。

 それでも、多少の痕跡は残ってしまうが、誰が、いつ、どのような魔法を使ったのかまで把握することは出来なくなる。

 達也は限られた時間を無駄にせず、次々に魔法を発動していった。

 

「綺麗……」

 

 ほのかは達也の魔法を見て、感嘆の響きを纏わせて呟く。

 達也の魔法には、他の人のような余剰想子や無駄な式が一切なく、ほのかの目には美しい1枚絵のような光景に見えていた。

 その光景は30秒と掛からずに終わりを迎える。

 

「終わりだ」

 

 達也はそう言って一息吐くと、使用したCADを元のケースに戻し始めた。

 亜夜子も手元のデバイスを操作して、システムをダウンさせていたプログラムを停止させる。

 程なくして片付けを終えた亜夜子は、再び車を走らせ始めた。

 達也が異常を感じたのは、車を走らせ始めてすぐの事。達也が意識を外に向けると、達也たちの乗る車を追うようにして、1羽の鳥がついてきていた。

 

「尾行されているな……」

「いかがいたしましょう?」

 

 達也とて万能ではないので、広範囲を知覚しながらの魔法使用は困難を極める。

 そのために、魔法監視システムをダウンさせたのだが、それだけでは足りなかったのだと思い知らされた。

 しかし、この機会を利用しない手はない。

 達也は追跡する鳥に手を出すことなく、車を進めさせる。

 行き先だけを変えて……。

 

 達也が向かった先は七草の経営する企業の1つ。

 その地下の駐車場に入っていき、地下にその鳥が侵入してきたところで、さも結界があるかのようにその鳥を消滅させる。

 そして、何食わぬ顔でその駐車場から出ていった。

 

「では予定通り向かってくれ」

「はい」

 

 予定の場所に遠回りをしながら向かう傍ら、達也は後部座席に座るほのかに訊ねる。

 

「ほのか」

「はい!」

「そう緊張しないでいい。この車を中心として、上空からの映像を出せるか?」

「任せてください!」

 

 ほのかは達也から任された内容に即答すると、すぐに魔法を起動し始める。

 それを慌てて達也は打ち消した。

 

「こちらも準備をするから少し待て」

「ごめんなさい……」

「雫はほのかのサポートを頼む」

「任せて」

 

 達也は、ほのかと雫にそれぞれCADを手渡す。その光景に亜夜子が反応するものの、何も言わずに運転を続ける。

 達也はそんな亜夜子の視線に気付いたものの、見向きもせずに2人へ説明を始めた。

 

「それはまだ試験的なものなんだが、ほのかの方は光の屈折率を操作しやすくしている。情報収集は元より、攻撃にも転用可能だ。ほのかの特性に合っているだろう。雫の方はまだ実地試験の終わっていないものだが、周囲から隠蔽するための結界を幾つか組み込んでいる。運用方法としては、認識阻害の結界を張った後に、光屈折の魔法を使用するためのものだ。1時間ほど使用してもらうことになるから、きつかったら言ってくれ。まずは雫からだ」

 

 達也は簡単な説明を終えると雫に使用を促す。雫はそれに頷いて見せると、程なくして結界を起動させた。

 

「結界の範囲を上に伸ばしてくれ」

 

 ゆっくりと範囲を広げ、結界の高さが50メートルに届こうかといったところで停止させ、今度はほのかに指示を出す。

 

「次にほのかだが、雫の張った結界内部で魔法を起動。集められる情報はその範囲から見える分だけでいい」

「はい」

 

 ほのかは慎重に魔法を使う。

 そうしてほのかの目の前に現れたのは、半球状のレンズのような物体だった。

 それは次第に色を着けていき、上空からの景色を映し出す。

 

「移動する物体からでも問題は無さそうだな」

 

 達也は映像を見ながら、自分の眼との誤差を確認する。

 ほのかの技量があるためか、達也の想定を大幅に超えて映し出される映像は、高解像度カメラで撮影したものと遜色はない。

 達也はそれに満足すると、その映像を利用して不審なものがないか監視を行う。

 時間としては約1時間。

 目的地にまで到着した事で、達也は魔法の使用を止めるよう2人に伝えた。

 

「ほのかは魔法の使用を停止してくれ。それが終わったら、次は雫だ」

 

 2人は頷くのみで、言葉を発することなく達也の指示に従う。その顔には珠のような汗が浮き出ていた。

 達也は2人にタオルと飲み物の入ったボトルを手渡す。

 

「お疲れさま。尾行は無しと見て良いだろう。亜夜子、2人の服の替えはあるか?」

「次の車に手配しています」

「この車については?」

「達也さんにお任せすると」

「分かった。では、亜夜子は2人を送ってあげてくれ」

「はい」

 

 達也は先に車から降りると、疲れ果てている2人を別の車に移動させ、自らは元の車へ戻っていく。

 そうして達也は黒塗りの車に乗って去っていった。

 亜夜子は、達也を見送った後に寂しそうな顔をしたものの、雫たちを家に送るために車を出す。

 車の中は達也が居たとき以上に、張り詰めた空気で占められていた。

 

「あなた方はどのような目的があって、達也さんに近付いたのです?」

 

 自動操縦であるため、亜夜子は2人に向かい合って座っている。

 問い掛けられた2人は身体の疲れがあったものの、答えなければならないと、動きの鈍い身体に鞭打って亜夜子に向き直る。

 

「私は達也さんが何者でも関係ない。達也さんが好きだから一緒にいる」

「目的はハッキリしてます! 達也さんと幸せになることです!」

 

 2人の決意を聞いて亜夜子は溜め息を漏らす。

 達也が連れてきた以上、達也の事情をある程度知っているはず。それにも拘わらずついてくるという物好きに、亜夜子も続く言葉がすぐには出てこない。

 

「あなたたちがどのように考えているかは分かりました。しかしこの世界は、そのような理想や思想だけではどうにもなりません。力が無ければ達也さんの負担になるだけです。早々に諦めて、一般的な幸せを掴むことを勧めますよ」

「自分の幸せは自分で見つける」

「私もです!」

「忠告はしました」

 

 睨み合いは終わり、亜夜子は不機嫌そうに外の景色へ視線を向ける。

 その横顔を見て、雫たちは少しホッとしていた。

 

 

 

 亜夜子たち3人と別れた達也は、黒塗りの車を運転し、次の目的地へ向かう。

 ほのかたちに任せた術式で尾行の影がないことは分かっていたが、それはほんの小さな範囲でのこと。

 現在の技術力があれば、宇宙からの監視も出来ることから、達也の偽装工作はまだまだ続いた。

 車を駅の駐車場に寄せ、カメラに撮られることがないよう仮面を取り付け、カメラの死角に車を駐車する。

 そして、認識阻害の結界を張り、車を消滅させると、何食わぬ顔で雑踏の中に消えていった。

 

 達也が家に戻ったのは夜も更けた頃。

 玄関を開けた先には、亜夜子が達也の帰りを待っていた。

 

「食事にされますか? お風呂に入られますか? それとも───」

「風呂に入ってから食事で頼む」

「分かりました……」

 

 家の中にしては、少し露出の多い服を着ている亜夜子を見て達也は不審に思ったが、特に追求はせず脱衣所に向かった。

 

 程なくして風呂から上がった達也はテーブルに座ると、手を合わせて食事を始めた。

 対面の席では、亜夜子が少し暗い顔をして達也の顔を見ている。

 

「どうかしたのか?」

「いえ……」

「───今日の2人のことか?」

「!!」

 

 興味のある素振りは一切見せなかったはずにも関わらず、達也にしっかりと見破られていたことに、亜夜子は驚きのあまり反応してしまう。

 

「CADの事もある。それについては後で話そう。今は食事を摂るんだ」

「はい……」

 

 それからは静かに食事を続けた。

 

 食事後に、片付けを素早く終えた達也と亜夜子はリビングにあるソファーに腰かける。

 

「どこから話したものかな……」

「あの2人にはどこまで話されたのですか?」

「俺がどこの家の生まれかは話したな」

「そ、それは当主の御意向ですか?」

「いや。考えた末に出した答えだ。そう簡単に噂を拡げる2人じゃないさ」

「ですが、所詮は一般人です。私たちの近くに不必要に近付ける必要性は感じません」

 

 亜夜子がここまで達也に対して、意見を言うことは通常無い。達也に理由は分からずとも、自ら進んで意見を言ってくるのは良い傾向だと考えながら、亜夜子の懸念に答える。

 

「それについては、向こうに伝えてある。無責任な言い方になるが、巻き込まれるとするなら、必要以上に接触してきた雫たちに問題があるだけだ。亜夜子が気にする必要はない」

「───分かりました」

 

 亜夜子は不満があるのだろう。達也の言葉に納得を示さず、いじけたように頬を膨らませる。

 

「では、この話は終わりだ。次は亜夜子のCADについてだな」

「今日のは本来私がするはずでした……」

「ただの試験なんだから、そう拗ねなくていいだろう」

 

 亜夜子からブレスレット型のCADを受け取る際に、その顔を見て達也が声を掛ける。

 亜夜子は少し口を尖らせたままで話そうとはしない。

 達也は溜め息を漏らしながら、亜夜子のCADに今日の結果を反映させた起動式を組み込んでいく。

 今日使った2つのCADの内の1つは、ほのかの特性をモチーフにしたものだった。普通の魔法師では、ほのか程の高解像度映像を光の屈折のみで再現することは難しい。それを可能にするほのかは並みの魔法師ではないことは間違いないだろう。

 達也は光以外の情報も使って再現した物を、自分を鍛える片手間に組み上げたのだった。

 もう1つのCADには、亜夜子の特性を利用した魔法が入っていた。

 亜夜子の特性は極致拡散。

 収束系統の魔法であり、指定した範囲のエネルギーの分布を平均化するもの。それは想子ですら例外ではない。

 市内に設置してある魔法の検知システムは、想子の乱れを検知して作動する仕組みだが、乱れを捉えることが出来なければ作動しない。

 つまり、亜夜子の特性を利用したこのCADは、流通すれば世界に混乱を招きかねない禁制品であるのは間違いなかった。

 

「これで完成だ。後は微調整していけばいいだろう」

 

 達也は亜夜子の手を取ると、CADをその腕に通していく。

 亜夜子は先程までの不機嫌そうにしていた顔を赤くしてCADを受け取ると、そのCADに想子を流して確認する。

 

「問題がないようなら地下に行こうか」

「はい……」

 

 達也は亜夜子を連れて地下に作った部屋に向かっていった。

 

 

 

 コンペのあった翌日は、横浜へ他国から侵攻があった話で持ちきりだった。

 横浜の海に近い場所は、この侵攻により建物が破壊され、酷いところではビル自体が倒壊しているところもある。

 しかし、この侵攻で一番の被害が出たのはそこではなかった。

 確かに他国からの侵攻はその場所で大々的に行われたが、それよりも大きな被害が出たのは横浜の繁華街だった。設備的な被害は少なかったが、人的な被害で言えば一番多いと言える。

 判明しただけで死亡者は、100人に届こうかと言えるほどの人数にのぼり、そのほとんどが日本人ではなかったのだから、今回の侵攻になんらかの関係があったと思う者がほとんどだった。

 これにより、横浜の繁華街を拠点にしていた者は日本人を含めて移住をしていき、元の繁華街として機能していた華やかさを取り戻すのに時間が掛かったのは言うまでもない。

 噂は色々と尾鰭、背鰭がついて広まったものの、真実を知る者は少なかった。

 第一高校においても、十師族である真由美と克人揃ってこの件の事を口に出さないのだから、広がるのは臆測ばかりである。

 

「今回のコンペについては中止となりました。皆には色々と手伝ってもらったのにごめんなさいね」

「私たちの誰も悪くはないんだ。気にしたら損するだけだぞ」

「まあ、一番の被害者は鈴ちゃんよね」

「私は進学するつもりですので、まだ機会はあります」

 

 真由美は鈴音に頷いて見せると、みんなの顔を見渡す。

 そんな真由美に達也が問い掛けた。

 

「ところで、なぜ七草先輩や市原先輩に渡辺先輩までおられるのですか?」

「何故って……事後報告的な?」

「私は先日のお礼と最終引き継ぎの確認を兼ねて来ました」

「暇だから来た」

 

 真由美と鈴音は未だしも、摩利の理由には流石の達也も呆れてものが言えない。

 わざとらしく盛大に溜め息を吐いて摩利を見ると、3人を無視して議題を進めた。

 

「その他の事項として、他に何かありませんか?」

 

 週に1度の会議は、新しい生徒会になっても引き継がれ、こうして週始めに行われている。

 

「無いようです」

「ありがとう司波くん。それでは、今日もお疲れさまでした。先輩方も来ていただきありがとうございます」

 

 五十里の締めの言葉で集まりを終えると、それぞれ部屋を出ていく。

 達也は真っ先に出ていくと、暗くなり始めた家路を急ぎ帰った。

 

 達也が急ぎ帰ったのには理由がある。

 それは、ある組織の動きが活発化してきたためだった。

 達也はほくそ笑みながら、その連絡を受けるために我慢のできない子供のようにワクワクしながら急ぐ。

 連絡は通常の回線を用いたものではなく、人伝により行われる。これは、相手の持つ機械故の最善の策。そうでもしなければ、あっという間に逃げられることは明白だった。

 家に帰りついた達也は、待っていた亜夜子に、着替える時間すら惜しんで訊ねた。

 

「場所は?」

「繁華街の地下のようです」

 

 亜夜子は紙ベースの市販の地図を取り出すと、指を指して目的地を示す。

 達也は満足そうに頷くと、自分の部屋に向かった。

 着替え自体は数分で終わり、達也は亜夜子に声を掛ける。

 

「今日は遅くなる」

「お気を付けて、いってらっしゃいませ」

 

 達也は黒で染め上げられたハードコートを羽織ると、同じく黒のヘルメットを被り、家の車庫に置いてあるバイクに跨がった。

 エンジン音はほとんどしない。

 静かに走り出したバイクは、すぐに亜夜子の視界から消えた。

 

 達也が家を発ってから数時間後。ある組織が総帥を含めて壊滅した。

 生き残りはおらず、静かにその殺戮は行われ、目撃者は誰も存在しない。

 組織の名前はブランシュ。

 ブランシュは、魔法師が優遇されている現状に反対し、魔法能力による社会差別を根絶することを目的に活動する反魔法国際政治団体であるが、その実態は、大亜細亜連合の手先になっているテロリストである。

 達也としては、自分の立場が悪くなるような集団を生かしておくつもりもなく、相手の言い分すら聞かずに殲滅すると、必要なものだけ頂戴しその場を後にした。

 この組織を潰すチャンスは、今までにも幾つかあった。その全てを無視してここまで放置しておいたのには理由がある。

 この組織自体に価値は無いのだが、この組織の総帥が持つある機械だけは、達也にとって喉から手が出るほど欲しかった物なのであった。

 その機械の所在は、達也が知っているだけで2ヶ所あり、それらを持つ者は達也に協力的であるため、強硬な手段を取ってまで手に入れるメリットは少なかった。だが、今回の相手は達也にとって完全に敵方であり、奪うことになんの忌避も感じられない相手なのだから、達也にとってはこの数ヵ月、獲物が罠に掛かるのを今か今かと待っていたのである。

 その機械は、ネットワークに繋がるありとあらゆる情報を閲覧できるシステムを有しており、更には暗号化された情報すら解析するという、今の達也ですら成し得ないオーバーテクノロジーの塊のようなものだ。

 この機械を持つ者は、他者に気取られることがないよう慎重に動く者が多く、自分の事を嗅ぎ回っている者がいることを察すると、すぐに行方を眩ましてしまうため、通常のやり方ではその所在を知ることは不可能に近い。

 しかし、それを誰が持っており、その人物がどのような肩書きを持っているか知っていればその限りではなかった。

 その人物が所属する組織を、悟られないように監視し、現れるのを待てばいいのである。

 相手が日本進出を目論んでいることを知っていれば、そう遠くない未来に来ることは確実だった。

 ただ、数ヵ月の日数は掛かったが、得たものは大きい。

 この日から、達也の帰りが早くなり、それを亜夜子が喜んだのは別の話である。



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22話

 達也の生活は、先日手に入れたばかりの機械により、忙しさが格段に増したと言える。

 平日の日中は図書館に籠り、夜間は家の地下で機械を装着し情報を漁る。休日は身体を鍛えはするものの、CADの開発や調整に掛けていた時間をそのままに、寝る間も惜しんで機械の使用に時間を割り振ったのだから、仕方がないことではあった。

 そんな休日のある日。寒い夜空の下で、CADの訓練は行われていた。

 訓練を行っているのは亜夜子であり、その傍らには達也が立って、手元のデバイスに亜夜子の状態を事細かに記載している。

 そうして記載しながら、浮き彫りになってきている改善点をピックアップしていく。

 

「そこまでだ」

「───はい……」

 

 精神的な重圧から解放された亜夜子は、荒い息をあげながら近くの椅子に座り込む。

 それまで映っていた夜空は、達也の声で消え去り、元の部屋の形を一瞬にして取り戻していく。それに伴って室温も徐々に上がっていき、暖かい空気が達也たちの身を包んでいった。

 

「ここまでは順調だな」

「ありがとう、ございます……」

 

 今行っているのは、亜夜子の特性を活かした魔法の特訓だった。

 達也は実験の傍ら、魔法の開発に合わせて亜夜子の特訓を行っていたのである。

 忙しいはずの達也がこのようなことをしているのには理由があった。それは、現在取りかかっている事が難航しているためだ。

 11月の初めに手に入れた機械───フリズスキャルヴは、ネットワークに接続されている端末であれば、その情報を閲覧することが可能な物であり、達也は情報を集めつつ、その本体のある場所の特定を進めているのだが、これがなかなかうまくいっていない。

 情報を得ること自体は問題ないのだが、本体の位置情報の解析に関しては、全く歯応えが得られていないのが現状である。

 

(こういったことは電子の魔女の方が得意なんだよな……)

 

 ネットワークなどの情報体に対する技術が、自分よりも数段上の人物の事を思い起こしながらも、解析を頼もうとは思えない相手。

 達也は嘆息しながら、情報を読み取っていく。

 この情報を読み解く作業は、達也にとって不愉快なものであることには間違いなかった。

 着けてみるたびに、まるで脳の中を読み取られている感覚に襲われるのだ。

 それでも、現状ではそれ以上のメリットがあるため、渋々といった感じで情報を読みとっていた。

 達也には完全記憶能力があり、覚えようと思えば瞬時に覚えることができ、それをいつでも思い出せる。しかしながら、一度に覚えられる量には限度というものが存在し、達也の能力をもってしても、情報の制限を掛けなければ、身体が持たないほどにフリズスキャルヴの性能は高いものだった。

 そんな機械相手の作業の息抜きに、亜夜子の訓練を行っていたのである。

 

 地下から1階に上がり、少し遅めの朝食を摂っていたところで、達也の携帯が鳴り響く。

 発信元は雫。

 月に1度のメンテナンスはつい先週終えたばかりで、急ぎの用事も無ければ、約束などした覚えもない。

 達也は不審に思いながらも、その携帯に出た。

 

『おはよう』

『おはようございます』

「おはよう2人とも。どうかしたのか?」

『達也さんの家にお邪魔してもいい?』

「今日か?」

『はい。───駄目ですか?』

 

 何故か少し上から撮影されている映像に対して、上目遣いな視線を返す2人に、達也は気軽な気持ちで許可を出す。

 

「別に構わない。散らかっているわけでもないしな」

『分かった。午後1時に行く』

『楽しみに待っててくださいね』

 

 見られて困るのは地下の施設のみであり、それ以外の見た目としては、他の住宅と変わり無い。

 達也は亜夜子に声を掛けると、2人が来る旨を伝えた。

 

「達也さん。御二人は何をしにいらっしゃるのでしょう?」

「同級生の家が珍しいんじゃないか? 男子の家に上がる機会なんてないだろうし」

「嫌な予感がします……」

「何か言ったか?」

「いえ。何も……」

 

 亜夜子の呟いた声は、達也にも聞き取れないほど小さなものであり、亜夜子の予感は当たることになる。

 

 その日の午後に、達也の家の前へ運送業者の車が到着した。

 達也は何か頼んだだろうかと記憶を探るが、そのような覚えはない。亜夜子にしても、わざわざ他の手の者に頼むはずもなく、不審な車両に他ならなかった。

 亜夜子を控えさせて、達也が玄関を開けると、そこに立っていたのは今日訪ねてくると言っていた2人。

 その2人は、門の前で達也が来るのを待っているようだった。

 

「1つ聞きたいんだが、その車はなんだ?」

「私たちの荷物」

「引っ越すことに決めたんです」

「何処に?」

「お世話になります」

 

 深々と頭を下げる2人に、達也は開いた口が塞がらない。

 口をパクパクと動かし、何か言葉を紡ごうとするが、明確なものは出てこなかった。

 しかし達也が何も言わずとも言える人物はいる。

 

「何を突拍子も無いことを仰っているのですか? この家に空いている部屋はありません」

「分かってる。ただの冗談」

「流石にいきなりお邪魔したりしませんよ~」

 

 雫を送ってきたであろう北山家に仕える黒沢が、向かいの家に指を突きつけて運送会社の人に指示を出し、手提げの荷物を雫とほのかに渡す。

 

「いってらっしゃいませ」

「うん」

「いってきます」

 

 何事もなかったように入ってこようとするが、ある境界から前に進めない2人に、達也は結界の存在を思い出し、ブレスレット型の小型デバイスから許可を出した。

 

「色々聞きたいことはあるが、とりあえず上がってくれ」

「お邪魔します」

「失礼しますね」

「ようこそ……」

 

 先程の1件が尾を引いているのか、亜夜子の挨拶からは歓迎している気配が感じられない。

 それでも亜夜子は、家の中をキョロキョロ見ている2人を先導してリビングに案内していた。

 残された達也は向かいの家を見て嘆息する。

 家の防衛機能を過信して研究に熱中していたせいか、向かいの家の住人が変わっていたなど気付きもしなかった。

 亜夜子には、達也が会社の運営に携わらない分苦労させているため、調べる時間すらなかっただろう。

 四葉は基本的に達也たちに不干渉であるため、余程の事がなければ連絡はない。

 今回のことは、少し研究の時間を減らし、周囲に注意を払わなければならないと達也に考え直させる出来事だった。

 

 家に訪れた雫たちに問い質すべく、達也はリビングに向かうと、2人は行儀よく椅子に座っていた。

 座っている場所はいつも空いている2ヵ所。

 達也は椅子に座ると、2人を見据えて話し始める。

 

「今日の用事を伺おう」

「引越しの挨拶?」

「ご近所付き合いは大事だとお聞きしました」

「この住宅街でそのような事をしているところはない」

 

 雫は手持ちの鞄から包みを取り出すと、机の上にそっと置く。

 丁寧にリボンで巻かれた高級感の溢れる包みを差し出しながら、雫は遠慮がちに答える。

 

「つまらないものですが」

「本当に引越しの挨拶だけなんですね?」

 

 その包みへ見向きもせずに亜夜子が雫へ鋭い視線を向ける。

 雫は微かに唇の端を上げると、何も言わずに亜夜子をじっと見つめた。

 

「やっぱり、何事にも順序があると思うんです」

「それで、これですか……」

 

 理解が及ばないところで話される内容に、達也は取り敢えず聞き手に徹する。

 達也が理解できたことは少ない。

 雫たちは何らかの目的があり、それは達也の近くにいた方が叶う、もしくは叶いやすいことから、向かいの家に引っ越してきており(そこにほのかが一緒なのかもしれない)、事前に亜夜子と話がされていたことまでは分かった。

 

「雫たちの目的はなんだ?」

『達也さんと一緒にいること(です)!』

 

 2人同時に同じことを言われ、達也は困ったように眉根を寄せる。

 目的が一緒にいることに理解が及ばない。それは目的ではなく手段ではないのかと言いたかったが、言葉を発するより先に亜夜子が間に入る。

 

「間に合っています。お引き取りください」

「諦めない」

「私は愛人でも……」

 

 亜夜子の平静を装いきれず引くついている顔を見つめ、雫は強気に言い返す。

 ほのかはボソボソと呟くが、亜夜子の鋭い眼光に顔を下に向けつつも目を反らすことなく見つめ返す。

 

「まああれだ。隣に住むことになったからには、注意事項を言っておこう。まず、この家には魔法的、そして機械的な防犯対策が施してあるから、無断で家に立ち入らないこと。次に、土日の休みについてだが、俺たちは留守にすることが多い、何かあったら連絡は個人携帯に入れてくれ」

 

 達也の説明に、亜夜子は少し機嫌がよくなり、逆に雫たちの表情が沈んでいく。

 不可解な現象に、達也は内心で首を傾げながらも言葉を続けた。

 

「簡単な注意事項はそれくらいだ」

「分かった」

 

 本当に分かったのかと疑わしそうな視線を亜夜子が2人に投げ掛ける。

 元々、2人が何処に住もうと達也たちの関与するところではない。故に、引越しの挨拶に来ただけであると、最終的に達也の中で纏まった。

 その後、家の中を地下を除いて一通り見せて回ると、雫たちは満足したのか、大人しく向かいの家に帰っていく。そもそも、引っ越したばかりで荷物の整理も終わってない状況だ。明日は平日であるため学校に行くことを考えると、今日中にはある程度荷物を片付けておきたいところだろう。

 2人が帰った後、達也たちは地下に潜り午前中の続きを行うのだった。

 

 

 

 季節は冬に入り、まもなく始まる冬休みを、ある生徒たちは内心焦ったようにどうするべきかと悩んでいた。

 それというのも、12月の終わりにはカップルで過ごすという伝統的な行事───クリスマスが控えているからである。

 学校の勉強を疎かにすることは出来ないが、さりとて青春も謳歌したい。そのように考える生徒は多く、カップルもしくは友達と予定を組み始めていた。

 

「皆さんは冬休みどうされるのですか?」

「私は特に無いかなぁ」

「俺は部活で雪山に挑戦してくるぜ!」

「───勉強だな」

「達也くん真面目だね~。そういう美月はどうなの?」

「私も勉強していると思います」

「2人とも固いなぁ。こう学校生活を楽しもうとかないわけ?」

 

 自分の事を棚に上げてエリカは達也と美月に訴えかける。

 

「まあ、生徒会として企画していることはある」

「おっ! 何々?」

「なんかするのか?」

「生徒会がすること……ですか?」

 

 興味津々に達也へ3人の顔が向けられる。達也の声が聞こえたであろう周囲も、聞き耳を立てていた。

 

「学校側の承諾を得ている最中だから確実ではないんだが、クリスマスパーティを行う予定だ」

 

 達也の言葉に、それまで話していたクラス全員が一斉に話すのを止めて静寂の時が訪れる。

 しかし、動きがないわけではない。皆の顔は達也に向けられ次の言葉を待っていた。

 一気に静まり返ったことで、微妙な顔をしながらもエリカが皆を代表して次の言葉を促す。

 

「それで、いつ、どこで、やるの?」

「クリスマスパーティと言うからには、クリスマス当日だな。夕方頃から3時間程度を予定している。学校のホールを借りるつもりだ」

 

 達也の言葉はクラス全体に衝撃をもたらした。

 

『おおおおおお!!』

『さすが生徒会!!』

『感謝します!!』

『友達に伝えてくる!』

 

 クラスは達也の意図を越えて、一致団結し各方面に走り始める。

 達也としては、今の内に少しずつ情報を流し、集客率を上げようと目論んでいたのだが、予想以上の反応に困惑するばかりだった。

 

「皆は何故、発狂したように喜んでいるんだ?」

 

 達也の心底理解できないと言う風な態度に、エリカは溜め息を漏らしながら答えた。

 

「達也くんのせいでしょ……」

 

 この日。

 予定の決まっていなかった大半の生徒が、生徒会に対して感謝したのは言うまでもない。

 

 無事にクリスマスパーティの承諾を得ることが出来たのは、12月も半ばに近付いた頃だった。

 ここまで時間が掛かったのには理由がある。

 これまでに行ったことがない初の試み。本来ここまで大規模なものは、魔法の技能向上に関することでなければ、学校側の承諾を取り付けることは難しい。

 教師の側としても、この案件に対する賛否の反応は半々といったところ。

 学校の運営を生徒会に任せているとはいえ、内容としては学校で行うことでもない。

 しかし、達也たちは、ただパーティを行うだけにはしなかった。

 パーティと銘打ってはいるものの、その実、生徒による催し物として魔法の研究成果を発表する場としたのである。

 これは、コンペが実現できなかった鈴音に対するものでもあり、教師陣を納得させるためのものでもあった。

 最終的に教師陣も、魔法の発表会の場に飲食物が置いてあるだけ、と納得?した。

 それまでに行っておくことはある。

 会場の設営をどうするか。

 人員はどこからだすのか。

 費用は幾らを見込むのか。

 案内内容をどうするのか。

 細部まで考えるには時間が足りず、然りとて疎かにすれば不満が出る。

 生徒会としては、このクリスマスパーティを恒例行事として毎年行いたかったのである。

 理由としては───

 

「これで少しでも1科生と2科生の溝が埋まればいいんだけど」

「カップルに1科生も2科生もありません。好きか嫌いかです」

「まあ、そんなにシンプルなものじゃないと思うけど……、そうだね、取り敢えずやるべき事をやろうか」

 

 この生徒会を発足させるにあたり五十里が掲げたのは、生徒会に生徒たちが関心を持ち、1科生や2科生の括り無く意見を言うようになることだった。

 それをするには、互いに交流を持つことが第一であると考え、今回の事を企画したのである。

 承諾後は、水面下で動いていたことを表面化させて、風紀委員会や部活連も巻き込み行動していく。

 

「よく千代田先輩が許可しましたね。2人で過ごす予定があったのではありませんか?」

「そうなんだよね……。まあ、冬休みに色々と埋め合わせをしないといけなくなったけど、これは始めからやると決めてたからね。悔いはないようにしたいし……。それよりも、生徒会の皆には付き合わせて悪いと思ってるよ」

「私は予定なんて無かったですし構いませんよ」

「やる日も平日の夕方だから問題ないです」

 

 生徒会の面々は、五十里に慰めとも励ましともとれる言葉を掛ける。

 五十里は「ありがとう」と礼を述べると、クリスマスパーティの本題に入った。

 

「設営の計画案は出来た?」

「出来ています。こちらです」

 

 達也がホログラムを起動させ、ホールの設営状況を立体的に映し出す。

 ホール内は、中央に立食用の机が円を描くように並べられ、端の方に休憩用の椅子が並べられている。

 壇上のすぐ近くには、発表内容をよく聞くための席も設けられており、立食の席とは少し間を空けているため、余程の大騒ぎをしなければ影響を与えることはない。

 起動させると同時に流れた音楽は、ゆったりとしたムードを醸し出すものであり、聞き手を落ち着かせる効果を期待できるものだった。

 収容予定人数は、生徒総数の約3分の1である1学年分。それでも少し多いかなと達也は考えていた。

 学校が終わってから行われるため、部活に行く者は来る可能性が低く、来たとしても一時的なものであり、すぐに去るだろうというのが達也の考えだ。それでなくても当日はクリスマス。既に約束をしている相手がいるのであれば、その約束を変更してまで来ることはないというのもあった。

 

「ん~。少なすぎないですか?」

「そうだね……。これだと、想定している設営範囲では収まりきらないと思うよ」

「しかし、どれほど集まるか不明な現状では、これよりも広くすると、交流が図りにくいと思われます」

「ん~。案内文書は回してたよね? 参加人数の方はどう? もう戻ってきてるところはある?」

「現状で回答は7割ですが、既に5割の生徒が参加を表明しているみたいです。3年生は受験が近いこともあって悩んでいるせいか、まだ回答はありません」

 

 雫の回答に達也は目を丸くして驚く。

 全くと言っていいほどそんな雰囲気を出していなかったにも拘わらず、かなり高い参加率。それほど生徒たちが期待しているとは夢にも思っていなかった。

 

「そんな訳で、会場の広さを最低でも5割増しにしておこう」

「分かりました」

 

 達也はデバイスを操作して、会場のセッティングを変えていく。そこに、他の意見を取り入れていき、会場の配置図は完成した。

 

「当日の人員だけど、風紀委員と部活連から人を派遣してもらえることになったから、後は有志を募るだけなんだけど……」

「そちらの応募は今のところ0です」

「やっぱりか……」

「ただ、ロボット研究会からの提案でピクシーを使用してはどうかと言われています」

「ピクシーってヒューマノイド・ホーム・ヘルパーだよね?」

「はい」

「台数は少なかったような……」

「現在あるのは3台だけ……かな? たぶんロボット研究会としては、もう少し予算を見込んで欲しいと言う思惑もあるんだと思いますよ」

「確かにいいアピールになるだろうね……」

 

 五十里は、梓の意見も踏まえながら考え込む。

 しかし、今はそれ以上に人手不足なのは否めない。

 募集をかけたものの、パーティとは別に打ち上げを行えるだけでは、メリットが無さすぎるのが原因の1つでもある。

 

「達也さんが参加者のCADの調整をすれば万事解決」

「確かにあの技術力は凄いですよねぇ……」

「噂は2年のクラスにも来てるよ。未だに司波くんに調整してもらおうと声を掛けにくる人がいるんだろう?」

「ええ、まあ……」

 

 九校戦が終わってからは、1年生だけではなく、2年生や3年生まで達也の元を訪れるようになった。

 エリカの牽制があってなお諦めずに来るのだから、達也としても辟易している部分ではある。

 しかし、今回のように人員が足りない場合は話が変わってくる。

 達也とて技術を安売りするつもりはないが、如何せんそうでもしないと人が集まらない。集まらなければ皺寄せは自分にも来てしまう。

 お金を払って生徒から募集をするわけにもいかず、外部の人を雇って学校へ入れるわけにもいかない。

 だが、達也の調整を売りにするとしても、それで人が集まる保証もなく、人が来たとしても達也の負担が増すだけだ。達也としては容認できるものではない。

 

「引き受けてくれるなら、当日と片付けはこちらでやるよ。人数自体も五、六人を予定してる」

「分かりました。その人数であれば構いません」

「じゃあ北山さん、それで再募集を掛けておいて」

「分かりました」

 

 雫は自分のデバイスを操作して、数分後には学校内の掲示板の書き換えを完了していた。

 まるで、そうなることが分かっていたような手際の良さに、さしもの達也も疑わし気な目線を、言い出しっぺである雫に向ける。

 

「後は料理についてだけど……」

「それは手配できました。七草先輩が相談に乗ってくださったお陰で、食堂の方たちに当日の料理を作ってもらえます。レパートリーはこのような感じです」

 

 梓が出される料理の一覧を提示して見せる。

 その内容を見て、特に意見がないことを確認した五十里は一番気になるところに触れた。

 他が良くても、それが参加者の考えに沿っていなければ意味はない。

 

「それはよかった。ところでそれらを踏まえての予算だけど……」

「1人あたり千円でなんとかなりそうです」

「───本当に?」

「安い……」

 

 梓の言った金額は、五十里や雫には信じられないものだった。

 パーティと言えば最低でも五千円は掛かるもの。それが千円となれば、ほぼ料理代だけである。

 最初の募集では数千円掛かりますとはぐらかしていただけに、安堵できる金額だった。

 

「最初に相談して賛同して下さった安宿先生や小野先生たちに、出資していただけたのが大きいです。ホール自体も設営や片付けをすればいいと言うことで、無償で借りられましたし、人件費も……ほぼ0ですし」

 

 梓は申し訳なさそうに達也を見ながら答える。

 パーティで掛かるのは会場代と人件費。それがないだけでも随分違うことを感じさせられるものだ。

 話し合いは門限になったことから、場所を喫茶店に移し、参加者も増えて行われ、それが数日続いた。

 

 

 

 クリスマス当日。

 朝から生徒たちは浮き足立ち、カリキュラム後に行われるパーティに意識が飛んでいた。

 しかし、飛んでいたからと言ってカリキュラムをおろそかにすることはない。逆に、全力でカリキュラムに取り組みすぐに終わらせると、放課後の話に花を咲かせていた。

 1科生は教師がいるためにそのようなことが出来ず、早く終わらせると、次のカリキュラムに移るだけであり、この時ばかりは2科生を羨ましく感じた生徒がほとんどだった。

 

 放課後になり、生徒たちは雪崩れ込むようにホールに向かった。

 その数は、生徒総数の7割。

 その中にはカップルの姿もあり、ホール内は賑やかさで満ち溢れていた。

 ホールの飾りつけは、クリスマスと言うこともあり白で統一しつつ、クリスマスツリーのホログラムが間隔をおいて邪魔にならないよう設置してある。

 そこへ、白の学生服を着た生徒たちが入ることで、一人一人が会場全体のアクセサリーの1つとして見えた。

 会場の入りは十分で、広げたはずの会場も、想定より生徒たちが窮屈そうに思える。

 それでも生徒たちは気にした様子もなく、これから行われる内容に興奮したような表情をしていた。

 

 その頃、クリスマスパーティでの雑用を免れた達也は、違うクリスマスパーティに捕まっていた。

 

「はい、達也さん」

「あぁ……」

 

 達也に注いでいるのはシャンパン。

 記念日に、何かと祝いたがる亜夜子は、既に出来上がっていた。

 普段とは違い、亜夜子はパーティドレスに身を包んでおり、達也も何故かスーツに着替えている。

 雰囲気を出すためとはいえ、手間であるそれを亜夜子が求めてきたために、達也としては仕方なく応じたのである。

 あまり知られていない事実だが、そもそも達也は人前で何かをすることは苦手であり、特にお堅い上流階級の付き合いは極力したくないと考えている。

 それは前世のことが影響を与えているのだが、それを知っているのは四葉内でも数人のみ。亜夜子が知るよしもなく、達也が苦手とすら気づいていなかった。

 何時もの事に、達也は苦笑しながらも亜夜子を抱き上げて部屋に運ぶ。

 抱き上げられた亜夜子は、顔を真っ赤に染めつつも、何かを求めるように瞳を潤ませながら達也をじっと見つめていた。

 

(あの程度の量で行動不能になるなんて、亜夜子は酒の類いに弱いな……)

 

 亜夜子の求めに気付かず、亜夜子もそれ以上は恥ずかしいのか踏み込めず、2人の仲は平行線を辿っていた。



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23話

 クリスマスが終わってから、冬休みに入るまでの数日。達也は放課後を、生徒の持つCADの調整に追われていた。

 達也の調整を売りにした募集は、主に3年生からの応募が多く、最終的に10人ほど採用することになったのである。

 そのほとんどが2科生であり、進路が魔工師志望ともなれば、募集をかけさせた五十里としても5人まで絞りこむのは難しいものがあった。

 その際に、達也の了承を得ることで10人まで募集枠を増やすことにより事なきを得たのだが、最初の応募数を考えるとそれでも少ない。それほど、3年生の2科生には余裕があまりないことが窺えた。

 

「これで調整は完了です」

 

 調整したパラメーターを見せながら達也は答える。

 その内容は一年生では困難なものであり、達也に調整してもらった3年生の生徒にとっても難しい分野だった。

 達也はそれを調整する片手間で説明しながらやってのけるのだから、その技術力が、生徒とは隔絶していることがよく分かる。

 

「一般的な起動式とは言え、その思想から組み立て、調整まで見れるなんて信じられないわ……」

「理解すればそう難しいことでもありません。経験だけで応用しようとすれば失敗するかもしれませんが、理を理解すれば、自ずと組み上げた式の結果が分かってくるものです。後は細部を詰めていくだけですね」

「簡単に言うけど……、魔工師ってみんなこんなことができるのかしら?」

「その辺りの事は疎いので分かりません」

「そう……、兎に角勉強になったわ! ありがとう! パーティを諦めただけの価値はあったわね」

「そう言っていただけると助かります」

 

 3年の女子生徒は満足気にその部屋を後にする。

 今の生徒で最後であり、冬休みまでの時間も残すところ明日だけだった。

 

「司波くん、お疲れさまでした」

「それではこれで失礼しますね」

「あっ」

「何かありましたか?」

「いえ、なんでも……。気を付けて帰ってください」

 

 梓の言葉に頷き、達也は部屋を出た。

 平日の放課後に複数人のCADを解説混じりに調整するとなると、部活に精を出している生徒達と変わらない下校時間になってしまう。

 この事が分かっていたためか、雫とほのかに一緒に帰ることを約束させられた達也は、門の前で待つ。

 時刻は19時。後30分もすれば閉校の時間である。

 どの部活も、基本的に19時には終わるため、達也が待ったとしても20分程度だ。それぐらいならと、達也は了承したのである。

 雫たちは、達也が門に辿り着いてから数分後に姿を現した。冬の19時ともなれば空はすっかり暗くなっており、周囲に明かりが灯されているとはいえ見にくいことには変わりないが、達也の眼にはしっかりと映っている。

 

「お待たせ……」

「お待たせ、しました……」

 

 両手を膝について荒い息を吐き続ける2人。達也は2人の呼吸が落ち着くのを待ってから声を掛ける。

 

「行こうか」

「分かった」

「はい」

 

 他の生徒も同様に、駅へ向かって帰る道中で、雫とほのかは達也の両サイドから挟む形で歩いている。

 その中で話題になるのは、やはり至近に迫っている冬休みについてだった。

 

「達也さんは冬休みの予定はありますか?」

「今のところ仕事があるから、会社の方にいるくらいだな」

「家にいないの?」

「正月くらいは戻るつもりだが、それ以外は概ねいないと思う」

 

 達也の言葉に、ほのかと雫は顔を見合わせ、アイコンタクトで会話を図る。

 

「正月だけど、初日の出を見に行かない?」

「初日の出か……。未だにそんな文化があるんだな」

「初詣に行かれたことはないんですか?」

「ないな。それ以前に一般的な休みなんて、無いも同然と言っていい」

「それはブラック過ぎる……」

「お身体は大丈夫なんですか?」

 

 達也の言葉足らずな表現に、雫とほのかは顔をしかめて達也の体調を心配する。

 

「とは言っても、仕事と趣味が一緒になっている側面が強いから気にする必要はないさ。休みも各自で考えて取ってるからな」

「じゃあ私も就職してみる」

「体験することはできますか?」

「んー……。仕事をするにしても、うちでは技術がなければさっき言ったようなものは無理だな。後は一般的な事務処理くらいだろうし、そちらは普通に有給二日制だ。それなら、自分のところの会社で働いている様を見た方がいいだろう」

 

 自分の会社の実態を思い出しながら達也は語る。

 達也が言ったように、仕事と言うよりも趣味に限りなく近い者たちばかりであり、休暇を取るのは冠婚葬祭の時くらいだ。人生をCAD開発に捧げていると言ってもいいだろう。

 その原因の一端は達也にもある。達也が次々と新しい起動式やモデルを作り出すため、それらの研究と開発に夢中になってしまうのである。子供に新しいおもちゃを次々に与える事と同じようなものだった。

 

「達也さんの会社じゃないと意味がない」

「どうしてもダメですか?」

「───研究棟に部外者を入れる訳にはいかない。通常のオフィスなら問題ないが」

「社長室を見てみたい」

「それなら別段構わない」

 

 社長室は一般棟の方にあり、社外からアポを取って訪ねてきた人物は、そこに通される。

 早い話が応接室と同義であり、見られて困るようなものは一切無かった。

 

「では来年にでも見せてください」

「分かった」

「と言うわけで、正月の4時に迎えに行く」

「行くことは確定なのか……」

「勿論です。ずっと室内にいるのは身体によくありません」

「部屋の環境を外と同じにすれば問題は───」

『ダメ(です)!』

「…………」

 

 あまりにも理不尽なものではあったが、この考え方は達也に無いものでもある。それは現在、達也が目標としている物の開発状況に拘わってくるからだ。

 未だに先行き不透明ではあるが、既に大まかな道筋は朧気ながら見えてきた目標物。

 達也は初詣に行くことを受け入れた。

 

 

 

 冬休みに入ってすぐの日曜日。

 達也は今年最後になる千葉家での稽古に精を出していた。稽古と言っても技を教えてもらっているわけではなく、延々と修次またはエリカや摩利と組手をしているだけである。

 しかし、その組手の中で相手の技量を吸収して自分のものとしているのだから、組手と言うよりも稽古としての側面の方が強いだろう。

 達也はこの数ヵ月で格段に強くなっていることを実感していた。

 それは、相対している相手も同様で、この短期間の内にメキメキと実力を上げている。その理由としては、あまりにも実践に則したものだからだ。

 目潰しはないものの、それ以外の急所は容赦なく狙い、緊張感溢れたものとなっている。

 

「そこまで!」

 

 摩利の声で、それまでの動きはピタリと止まり、互いに最初の位置へ戻って礼をする。

 

「君の相手はきついね。もう魔法なしでは捌ききれないよ」

「魔法有りだとまだまだ追い付けませんね」

「追い付かれたらたまったものじゃないよ。只でさえこちらの得意とする白兵戦で負けたとあっては、鍛練内容を考え直さないといけない」

 

 修次は、先程の内容から反省点を思い出しているのだろう。目を閉じて身動ぎせずに考え込んでいる。

 達也はタオルをエリカから受け取ると、腕に着けてある籠手を外して軽く汗を拭き、水分を補給した。

 

「今日もためになった。礼を言うよ」

「こちらこそ、良い経験になりました」

 

 修次は摩利を伴って部屋を出ていく。残された達也とエリカは、顔を見合わせた。

 

「これからどうする?」

「そうだな……」

「あっ! じゃあ、私のCADの調整してよ」

「エリカには世話になっているからな。それくらい構わない」

「んじゃ移動ね」

 

 達也とエリカは荷物をまとめると、部屋を出る。その際にエリカが壁際のスイッチを押すと、部屋は暗くなり、床や壁が光り始めた。

 それを確認したエリカは、戸を閉じてCADを調整するための部屋に達也を連れていく。

 エリカの家は、門下生が大勢いるだけあって、CADの調整をする設備は整っている。

 幾つかある調整器の1つに達也を座らせると、エリカは達也を待たせて部屋を出ていった。

 達也は慣れた動作で機械を立ち上げていく。

 そこへ、先程出ていったエリカが大きな刀を胸に抱き抱えて戻ってきた。

 それは千葉家に伝わるCADであり、そうおいそれと門外に出せるものではない。しかし、現状としてはエリカしか使い手のないものであり、家の中であればエリカの自由に出来た。

 

「やっぱり反射速度の上乗せをもうちょっとした方がいいと思うのよ」

「それだと本当に使い手がいなくなってしまうぞ。エリカの動体視力と反射神経が無ければ、返しの刃の起動式を発動した瞬間に飛んでいってしまう」

「それを制御してこそでしょ。この子を使いこなせない人に持って欲しくないし」

「まあ、俺が口を出すことでもないか……」

 

 達也はエリカの要望に応えて、更に起動式を変更していく。今では、最初にエリカから見せてもらった時と比べると全くの別物と言っても差し支えがないものとなっていた。

 調整を終えてエリカは軽く刀を振るう。

 そうして、予備動作を抜きにしていきなり刀に込められた起動式───山津波を使用した。

 フォームを固定したまま、音もなく移動して、大上段に構えた刀を振り下ろす。そして、刀が床に着く瞬間に次の起動式を使い、返しの刃を放つ。返しの刃は1つではない。ある座標を決めた上で、更に振り抜く。威力は最初の一太刀よりも低くなっているものの、その連撃は一向に止まることを知らなかった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 体力の持つ限り振り続けた結果、エリカは刀に体重を預けて膝を着く。

 慣れない技に、エリカの身体は悲鳴を上げ、身体全体が酸素を求めて、それ以上の行動を取れないと訴えていた。

 辛うじて膝立ちで止まったものの、すぐに刀を横に置き、自らは沈むように反対側へ倒れる。

 

「まだ百には届かないな」

 

 その倒れそうになった身体を、近くまで来ていた達也が支え、ゆっくりと横たえた。

 そして、エリカの胸元にタオルを掛けると、顔の横にスポーツドリンクを置く。

 

「そのCADを手離さなかったのは素晴らしいが、意識が分散しているせいで、威力が段々と低下していっている。本来ならば、更に加速することも可能なはずだ」

 

 達也は、エリカがまともに言い返すことができないことを知りつつ、改善点を言い続ける。

 エリカは荒い呼吸を繰り返しながらも、その内容を聞き続けた。

 

「後は、その刀の形状を弄るくらいしか手はないな」

「あり、が、と……」

「どういたしまして」

 

 エリカは少しだけ回復した体力で、身体に掛かったタオルを掴み、顔や手を拭いていく。

 達也は調整器に近づくと、今日の調整は終わりであると言うように、調整器の電源を落とした。

 

「次は正月明けにまた来る」

「…………」

 

 エリカは話すのも億劫なのか、手に持ったタオルを軽く振って了承を伝えると、その手を疲れたとばかりにパタンと降ろした。

 

 

 

 現在、トーラス・シルバーの会社は波に乗っていると言っても過言ではない。

 新しい魔法の起動式や、技術を開発し続けており、それは今までの成果を嘲笑うかのように、無造作に発表されていく。

 ただ、魔法ばかりを追い求めているわけではない。電気的な製品も数多くあり、それらもまた大勢の人気を集めていた。

 そのため、金額的には数年間ではあるが、何もしなくとも十分な余裕が出来ている。

 トーラス・シルバーの研究棟では今日も、新しい起動式の改良が行なわれていた。

 

「結界の範囲をもう少し広げられないか?」

「広げるのは可能だが、魔法師の力量次第だろ」

「それよりも、完全に自分の姿を消してしまうのはどうだ?」

「それはもう1つの方の機能で代用できる」

「この際、結界内の時を止めるとか」

「そりゃ無理だ」

「いや、もしかしたらボスなら……」

「それよりも、魔法の同時発動でやってみてはどうだ?」

「確か十師族がやってたような」

「それをするなら、人の脳の仕組みから考えないと難しいだろう」

 

 研究員は色々な可能性を上げては検証し、まとめたものを達也に提出する。どんなに些細な事であろうとも、達也が面白いと感じれば、その意見を上げたものがその指揮を執り、採用された意見の内容を進める事になるのだった。

 

「この時を止めるという意見を取り上げて進めてみましょう」

「方針としては何かありますかい?」

「人が認知可能な速度の限界。それを取り払うか。もしくは周囲の動きを固定するか。例として上げましたが、特に指定はしません。出来たとしても表に出せないでしょうしね」

「それだと売り物になりませんが……」

「金の心配は不要です。稼ぐ種はまだまだあります」

「多才ですな……。取り敢えずこっちは進めときますが、何かあったら言ってください」

「ええ。例の建設の会議を金曜日に行うことだけ伝えておいてください」

「分かりやした。それじゃ失礼しますよ」

 

 部屋を出ていく牛山を見送り、達也は立ち入り禁止区画に向かう。そこは、信用している研究員さえ入れていない特殊な部屋だった。

 中央には、リラクゼーション機能を有した椅子が置かれており、それ以外には部屋に何も置かれていない。

 達也はその椅子に身体を預けると、これまでに得た知識を総動員して、プログラムの作成に当てた。

 

 達也が作業を止めたのは、腕に着けたデバイスが知らせる振動によってだった。

 2日ほど動きのほとんど無かった身体は、久し振りに動かしたため、達也には酷く重く感じられる。

 達也は背筋を伸ばしながら時間を確認すると、部屋を出て、誰も入れないようにロックした。

 現在の時刻は大晦日の23時。あと一時間ほどで新しい年を迎える時間だ。

 軽くシャワーを浴びて頭と身体をリフレッシュさせると、着替えてから研究員の様子を見に行く。

 

「調子はどうです?」

「取り敢えず、アプローチの方法を幾通りか試してみることにしました。今は班毎に分かれて概念の設定に取り掛かっています」

「概念が決まったら起動式を作ってみます」

「ええ。その時はお願いします。それにしても、起動式を簡単に作れる才能は羨ましいですな」

「作れたとしても所詮は未完成品です。結局は皆の意見が必要になります」

「それでも、我々では最初の取っ掛かりすら思い付きませんよ」

 

 牛山と幾つかの会話を済ませ、家に向かう。

 対面の家は暗くなっており、人の気配を感じさせなかったが、逆に達也の家には明かりが点っている。達也が玄関に近付くと、出迎えるように明かりが点き、扉が少しだけ開く。その隙間からは亜夜子が、恐る恐るといった感じで顔を覗かせていた。

 亜夜子は達也の姿を見つけると、ホッとしたように外へ出迎えに現れる。

 

「おかえりなさい。達也さん」

「ただいま。変わりはなかったか?」

「ええ。ありません」

 

 達也が家の中に入ると同時に漂ってきたのは、料理の香りだった。その匂いに釣られるようにリビングへ向かうと、机の上には、おせちの重箱が置かれている。

 

「食べられますか?」

「少しだけもらおう」

「温めますね」

 

 亜夜子は、おせちをキッチンに備え付けられたクッキングコントローラーに入れて、温度の設定をする。

 この機械は達也が開発したもので、既に製品化しており、任意の箇所の温度を変えることが出来るものだった。

 最高温度は200度から最低温度-10度まで変更が可能であり、内容物の場所毎に調整が利くため、温度に関係なく一緒に入れることが出来る。

 魔法の理論を応用したものではあるが、電気で動くことから一般家庭用として売り出し、爆発的な人気を博していた。

 

 達也は席に座りテレビをつける。

 色々な番組を渡り見て、何もないことを確認すると、テレビを消し、亜夜子の持ってきた料理に手をつけた。

 

「今更だが、亜夜子も初詣に行くか?」

「私は達也さんが戻るのをお待ちしています」

「そうか」

「申し訳ありません」

「謝る必要はないさ。ただ、誰も来ないとは思うが、戸締まりには十分に注意してくれ」

「分かりました」

 

 達也の忠告に亜夜子は頷き、熱いお茶を注いだ。

 

 雫たちが来たのは、夜明け前の4時頃だった。

 達也は、亜夜子の準備した服に着替えて待っており、その姿はどこかの殿様を彷彿とさせるような貫禄を見せている。

 

「よくお似合いです」

「少々仰々しくないか?」

「いえ。そのようなことはございません」

 

 呼び鈴が鳴ったことで達也がソファーから立ち上がり、亜夜子はその服を軽く払うと、玄関まで見送りに行く。

 

「いってらっしゃいませ」

「行ってくる」

 

 門のところで待つ車に乗り込むと、そこにはいつもとは違い振り袖を着込んだ2人が待機していた。

 2人は玄関の方を気にしたように、達也と玄関を交互に見る。

 

「亜夜子ちゃんはよかったの?」

「亜夜子は家で待っているそうだ」

「そう」

 

 余程、亜夜子のことが気になっていたのだろう、雫が安堵の溜め息を漏らす。

 

「達也さん、よくお似合いですね!」

「ほのかたちもよく似合っていると思うぞ」

 

 2人は達也の視線を受けて恥ずかしそうに、顔を赤く染める。

 他愛ない話をしながら、車の振動に揺られること約1時間。達也たちは目的地である神社の近くへ到着した。

 少し離れた位置に車を停めたことに、達也は不思議に思い訊ねる。

 

「ここからだと、少し距離があるみたいだが、なにか理由があるのか?」

「毎年参拝客が多くて混雑するから少し遠くに停めてもらっただけ」

「達也さん降りましょう」

 

 ほのかの声を合図にドアが開く。それと同時に1月の寒さが一気に車の中へ浸入してきた。

 達也はワンボックスカーの後部座席から、2人に引っ張られる形で車を降りると、身嗜みを整えて辺りを見渡す。

 古い町並みを残した場所で、一定間隔に昔ながらの形をした電灯が灯され、電灯の下を僅かに明るくしている。

 その他の場所は光量が足りないためか、電灯の明かりが際立っているせいで、逆に真っ暗に見えた。

 達也は2人に両手を引かれ、神社までの道を歩き始める。

 通りをひとつ越える度に、人通りが増えていき、それに合わせて明かりも増えていく。

 そうして神社の入り口に到着する頃には、大勢の人で賑わっていた。

 

「屋台か……」

 

 昨今では全く見なくなった多くの屋台に、達也は染々と呟く。

 達也が外に出ることが少ないこともあるが、最近では技術が進歩し、お手軽に欲しい品が手に入るため、この手の店舗は売り上げが落ち込んでおり、次々と廃業していっているのが現状だ。

 達也の言葉を聞き取っていたほのかが達也の言葉に補足する。

 

「ここの屋台は、この地域の人が独自でやってるそうですよ。年始年末と盆にだけ開くみたいです」

「わざわざご苦労なことだな……」

「達也さん。あれ食べたい」

 

 雫の指した先には、リンゴ飴が売られていた。

 達也は何故そんなものを欲しがるのか理解できなかったが、続くほのかも、物欲しそうに達也を見てくるとなれば、買うことに躊躇いはない。

 

「1つ300円ね!」

「2つ貰おう」

「へい! まいど!」

 

 達也は購入したそれを2人に手渡し先に進む。

 2人は満足そうに達也の手を握ったまま、先へ進んだ。

 神社の参道は、予想通りと言うべきか、人が多く行き交っており、前が全く見通せない。

 2人を連れて、この人混みの中を通るのは正直遠慮したかったが、2人にそのようなことは通じなかった。

 

「ここから先は人通りが多い。参拝は止めて初日の───」

『だめ(です)!』

「…………」

 

 2人は参道の端にあるゴミ箱へ食べ終わった串を捨てると、達也の手を引いて人混みの中へ楽しそうに突撃していく。

 達也は溜め息を吐くと、2人の盾替わりになるため少しだけ前に行った。

 人混みを掻き分けて辿り着いた先では、鐘を鳴らそうと人集りが出来ている。

 その人で出来た壁を無理矢理こじ開け、ようやく最前列に出ると、2人を前に押し出して、鐘からぶら下がっている鈴緒を握らせる。

 2人は息を合わせて鐘を鳴らし、賽銭箱に小銭を投げ入れて両手を合わせて目を閉じた。達也は、周囲からの様々な視線を受けながら、顔を上げた2人を何か言う暇も与えずに再び力強く引っ張り連れていく。あれほど密集した中を通れば当然と言うべきか、参道から抜けた時には、達也たちの着物は着崩れていた。

 

「酷い目に遭ったな。やはり来るものじゃない」

「ごめんなさい……」

「すいません、達也さん……」

「こういったことはこれっきりにしてくれ」

 

 達也は身嗜みを直しながら2人に近付き、それとなく通りかかった男を転ばせ踏みつける。

 

「これだけ多いと物盗りもいる。盗られやすい場所に財布を入れておかないことだ」

 

 達也は悲鳴を上げる男の手を捻り上げた。

 

「さて、お前が盗った財布を出せ」

「知ら───ギャーーー!!!」

 

 達也は躊躇なく乱暴に肩を脱臼させて転がす。周囲の参拝客は何事かと、足を止めて達也たちを見入っていた。

 

「人の関節は意外と多い。どこまで耐えれるか見物だな」

 

 公開処刑にも等しい行為であったが、触らぬ神に祟りなしと言えるほど、周囲から止める声は上がらない。むしろ、興味津々といった感じでことの成り行きを見守っていた。

 

「出す! 出します!」

 

 男が泣きながら無事な方の手を使い、ポケットから出したのは幾つもの財布だった。

 最低でも数人の被害者がいることが分かり、周囲を取り囲んでいた参拝客の視線が、倒れている男に突き刺さる。

 

「雫のはこれで合ってたか?」

「ありがとう……」

 

 雫は投げ渡された財布を受け取ると、今度は盗られないよう胸の隙間に差し込む。

 達也は苦しむ男には目もくれず、2人を引き連れてその場を離れていった。

 残った周囲の者たちは、慌てて警察を呼び、男が逃げないように取り押さえるのに精一杯で、達也を引き留めることはできなかった。

 

 神社で参拝したその足で、今度はその横手にある山に登る。登ると言っても、小さな丘のような所であるため、10分ほど歩けば頂上付近に着くことが出来た。

 時刻としては朝の6時に近く、東の空がうっすらと明るくなっているのが見える。

 

「間に合ったな」

「綺麗……」

「良い眺め」

 

 この場所は近くに高層ビルが無いため、初日の出を見るのにうってつけのスポットであり、メジャーなようで達也が調べた限りでは、毎年数万人が参拝に訪れていることがわかっている。

 そのため、周囲には人が多く、達也は先程と同じ事態にならないかと、少々神経質になりながら辺りの警戒をすることになった。

 日が出るまでを見届けることなく、達也たちは途中で下山を始める。

 人混みの混雑を避けるためだった。

 未だに登ってくる人を避けながら、良い香りを漂わせる屋台を素通りして神社を後にする。

 

「ありがとう」

「ありがとうございます」

「ああ。しかし、2人はいつもどうやってきてるんだ?」

「私たちもここに来たのは初めて」

「いつもは、家で過ごしてるんです。でも、一度でいいから初詣に行きたくて……」

 

 2人も初めてだったことが分かった達也は、それまでの心労が倍になったような錯覚にとらわれる。

 何も知らないから、屋台に対して興味津々だったり、人混みの中に気にせず入っていけるわけだと、今更ながらに気付いたのだった。

 重たい身体を2人に引かれながら、元来た道を戻る3人に、柄の悪い男たちが近付いていたが、男たちは達也に絡むことなく、突如として身体の痛みに襲われる。

 

「何か悲鳴が聞こえたような……」

「野良犬でもいるんだろう」

「叫び声のようにも聞こえますけど……」

「気のせいだろう。それよりも、身体が冷えきる前に車へ戻ろう」

「そうですね」

 

 こうして達也の年明けは、辛い経験から始まった。




ぐだぐだになりつつある


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24話

 冬休み明けは、周囲の気候も相まって生徒たちのやる気を確実に奪っていた。

 約1年という期間学んできて、自分には向いていないのではないかという考えに囚われてしまう者も少なくない。

 目的意識がはっきりとしていればそのような事はないのだが、将来に不安を抱える生徒は、目前に迫った事態に悩み苦しんでいた。

 

「もうすぐ学年末テストかぁ。これって落ちたらヤバイのよね?」

「そうだな。現在の制度では留年を認めていない以上、退学になる可能性が高いのは間違いないだろう」

「単刀直入に言われると、少しきついな……」

「でも、皆さんそんなに成績が悪い訳じゃないですよね?」

「きついのはやっぱり実技だよな……。筆記はなんとかなりそうだけどよ」

「みんなそうだろう。2科生なんだからな」

「そうよねー。実技が良かったら1科生だったかもね」

 

 ここにいる4人は、筆記試験でも高い位置についている。筆記が苦手そうにしているレオの順位も、50番以内であり、筆記だけで言えば十分に優秀であると言えた。

 

「3年は卒業か……」

「なーに染々呟いてんのよ」

「いいじゃねえか! わざわざ叩くんじゃねぇ!」

 

 容赦なくエリカから背中を叩かれ、レオは抗議するが、それをエリカは何でもないことのように手を振って受け流す。

 

「卒業式はやっぱり3年生だけですか?」

「いや。卒業式は全校生徒参加みたいだ」

「まあ、世話になったしそんなもんだろ」

 

 その後も雑談に花を咲かせていると、予鈴がなる。生徒たちは自分の席へ戻り、デバイスを立ち上げると、与えられたカリキュラムを消化するべく、静かにテキストへ目を通すのだった。

 

 授業が終われば各自が別行動になる。

 レオと美月は部活に向かい、エリカはそのまま帰宅。達也は生徒会へ顔を出していた。

 年度末ということもあり、この時期に生徒会でやるべきことは少ない。あったとしても、卒業式に関することばかりだ。

 

「卒業式の司会は北山さんで、中条さんはそのサポート。司波君は設営をお願いするよ。僕は会場案内の件で風紀委員会と調整してくる」

 

 それぞれに与えられた仕事はあるものの、その内容は無いのと変わらない。司会については、決まった文言を言うだけであり、達也に与えられた設営にしても、既に配置などは決まっている。

 むしろ一番忙しいのは、生徒会長である五十里の調整の方だった。

 しかし、達也はそれを分かっていても口には出さない。達也だけではなく、他のメンバーにしても口を出すことはなかった。

 理由としては、風紀委員長である花音と五十里が恋人同士であることを考えれば、自ずと察せられるものである。

 誰も2人の逢瀬を邪魔しようなどとは考えていない。

 

 生徒会の集まりが終わると、達也は図書館の地下の書庫に足を伸ばす。

 フリズスキャルヴをもってしても、ネットワークに接続の無い機械には、入ることが出来なかった。

 この件について、達也は安心と苛立ちの両方を感じていた。

 理由としては単純なもので、これまでの防犯対策であるネットワークの閉鎖が有効であると知ることが出来たことと、わざわざ学校の図書館の地下へ足を運ばなければならない事の2つである。

 達也は溜め息を漏らしながらも、地下に行き書物漁りに没頭した。

 

 達也が日常を平和に過ごしている間も、他の場所では事態が推移している。これに対し、達也としても何もしなかったわけではない。ただ時間的な制約もあり、この冬休みで出来たことなど少なかったと言っていい。

 アメリカに行き、協力者に挨拶を済ませ、米軍基地を遠くから観察し、日本に帰る。主なものはそれだけだが、他にも色々と動いていた。この行程は1泊2日の過密なスケジュールで行われたため、達也はろくに眠らず帰国したのである。

 達也がわざわざアメリカにまで足を運んだのは、現在アメリカである研究がされていたためだ。

 その研究は途中で失敗に終わる上に、日本への被害も馬鹿にならないことを未来の知識で知っている達也は、状況を確認するために来たのである。

 夜間の内に施設へ侵入し調査した結果、研究はほぼ予定通りに進んでいることが判明した。

 達也がマテリアルバーストを使用していなかったことにより、僅かに未来知識より進捗は遅れているものの、既に憑依実験まで来ていることを考えると、次の事件が起こるのは時間の問題であった。

 達也はその後、アメリカ軍の基地の内部を確認してから脱出すると、車を乗り換えて足跡を確実に消す。

 そして、朝になってから帰国したのだった。

 この時には、既に完成していた認識阻害専用CADが大変役に立ったのは言うまでもない。

 

 達也が帰国してから数日後。

 事件は起きた。

 米国兵の脱走。

 その報が達也に知らされたのは、帰国して1週間後だった。

 

 

 

 静かな部屋の中で、達也は四葉真夜と向かい合っていた。

 

「今回は、結構急だったわね」

「それは仕方ない。いつ起こるかは未知数。前回起こったのが早かったのは、恐らくマテリアルバーストを使用したことで、危機感を募らせたせいだろう。俺が関わらなければ、本来はこれくらいになっていたということだな」

「十師族への勧告はしなくてよかったのね?」

「内容を知れば欲を出す老人がいるだろうから、ばれない方がいいだろうな」

 

 達也は葉山の入れた紅茶を飲みながら、自分の推測を交えて話す。

 未来の出来事は確定ではない。確定ではないが、それを変えるべきアクションを取らなければ、変わることが無いこともまた道理だった。

 

「では、渡航してきた米軍兵はこちらで監視しておきましょう。ですが、追っ手も来るのでしょう?」

「追っ手はスターズのシリウス少佐か同僚のカノープス少佐か……、その辺りが来たら、渡航してきた段階で広域監視体制を敷いた方がいいんじゃないか?」

「今回、あなたは何もしないのかしら?」

「捕まえる準備はするから、あとは勝手に……と言うわけにはいかないか……。まあ、俺よりも深雪の力が必要となるんだが」

「それはどう言うことかしら?」

 

 真夜は不思議そうに達也を見る。

 真夜の元に入っている情報は、アメリカで吸血騒動があり、その元凶である兵士が脱走したというものだった。

 そのため、渡ってきた兵士を捕まえれば済むはずだが、達也の言葉を信じるならば、それを深雪に頼まねばならないとあっては、捕まえることが容易なことではないことを知ることができる。

 

「早い話が肉体の無い寄生生物だから、精神に直接作用する魔法じゃないと効果が無いに等しい」

「つまり、精神生命体ね……。確かに魔法特性を考えれば深雪さんに頼むのが一番でしょう。事のついでに話しておくわ。日程はこちらで組んでも構わないかしら?」

「見張るのはそっちなんだ。好きにしたら良い。ただ、少しだけ馴らす時間を設けたい」

「分かりました。2、3日後にここへ来てもらえるかしら?」

「分かった」

 

 話が終わると、達也は席を立ち部屋を出ていく。

 達也が屋敷を出ていくのをモニターで確認しながら、葉山が口を開いた。

 

「よろしかったのですか?」

 

 何が、とは言わずに、事の成り行きを見守っていた葉山が真夜に問い掛ける。

 それだけで、真夜は葉山がどのことを言っているのか悟り、軽く微笑みを浮かべて答える。

 

「あの子は干渉を嫌がるから、これくらいの距離感でいいのよ。持ちつ持たれつ。双方のメリットを考えれば、今以上を求めない方が身のためよ」

「それでは、亜夜子さんから上がっている件についてはいかがされますか?」

「それは困ったものよねぇ……。達也は四葉の力の象徴と言っても良いのに、本人は四葉と縁を切りたがってるし……。でも、婚約自体を拒否しなかったことを考えれば、四葉というより、世間体を気にしてるのかしらね。亜夜子さんからの案件は……守るべき者が増えるのも面白そうね」

 

 悪戯を考えている子供のように、真夜はクスクスと笑う。葉山は真夜の笑う声に、少しばかり驚いたものの、気分を害することが無いように、会話を続けた。

 

 

 

 移動する車の中は、暖房で暖められているにも拘わらず、運転手である小原は肌寒いものを感じていた。

 その原因は後部座席に座る2人と助手席に座る1人。つまるところ小原以外のメンバーによるものだ。

 助手席には黒羽家当主の貢が険しい顔で座っており、後部座席には不機嫌そうな四葉家当主候補の深雪が、隣をチラチラと見ながら時折溜め息を吐いている。

 そして残る1人は、四葉家の当主候補を辞退した司波達也。

 使用人として四葉に仕えてきた小原にとって、北極の監獄に囚われているようなものだった。

 何時もであれば、気軽に話せるはずの貢は、雰囲気的に会話を拒否しており、深雪もその状態に近い。達也に至っては、イヤホンを着けているため、話を聞く気すら無いだろうことが分かる。

 かなりの精神的プレッシャーの中で、小原は運転手であることを嘆いていた。

 

 車での移動は2時間ほど掛かり、目的地へと到着した頃には真夜中になっていた。

 目的地は都内のホテル。

 3人は車から降りると、部屋から溢れ出る光を頼りに、上空へ向けて飛んでいく。

 そして、あるベランダに音もなく入り、達也は魔法を行使すると共に深雪へ目を向ける。

 深雪は苛立ちを感じながらも、達也の意図を読み取り、魔法を行使した。

 深雪の使った魔法は、精神干渉魔法である系統外魔法のコキュートス。

 精神を凍結させる魔法であるため、肉体も精神に付随するように硬直し、徐々に死へと向かっていくという恐るべき魔法である。

 四葉の英才教育の為せる技なのか、深雪に罪悪感を感じるような表情は見受けられない。むしろ眠気を我慢するように、目を吊り上がらせて対象のいる部屋を睨み付けていた。

 達也と深雪が魔法を行使する間、貢は部屋の電子ロックを解除して中へ入ると、一切の痕跡を残さないよう気を配りながら、精神の凍結した身体を持ち上げ、素早く外へ出て、暗い闇夜の中へ飛び降り姿を消す。

 深雪もその後に続き、ベランダから飛び降りる。

 達也は、開いたままの扉へ魔法を放ち、数分前の状態へ戻すと、2人の後を追ってベランダから飛び降りた。

 後続のトラックに拐ってきた身体を押し込め、それを3度ほど繰り返したところで、日が昇り始める。

 

「今日のところはここまでですね」

「ああ」

「お先に失礼させてもらいます」

 

 深雪は小原の運転する車に乗り込み、先に帰っていく。

 それを見送ることなく、達也と貢はトラックに乗り込み、四葉の研究施設へと向かった。

 

 今回、達也が開発したのは、肉体をコールドスリープ状態へするもの。精神に関しては、深雪の魔法で凍結させることは可能だが、その後に肉体が消滅した場合、どのように作用するのか不明であったため、このような手段を取った次第である。

 研究施設に着いた達也のすることは、それほどない。

 コールドスリープ用の機械を設置し、その調整を行うだけだ。この機械に関しては、四葉にて購入するとの申し出があったので、今回の夜間の作業は設置までのアフターサービスのようなものであると達也は認識していた。

 

「これで終わりです。必要なことはマニュアルを読んでください」

「…………」

 

 一切話すことの無い貢に対して、達也は説明を続ける。

 聞いていようがいまいが、達也の言っている説明はマニュアルに記載してあり、重要な事項を抜き出して説明しているにすぎなかった。

 

 対する貢は、複雑な心境でその話を聞いていた。

 目の前にいるのは悪魔であり、気紛れ1つで都市を壊滅させることもできる化物。そんな悪魔のところへ、可愛い娘───亜夜子がいると思うと、気が気ではなかった。

 亜夜子には才がなかった。才がないと言っても、それは四葉内でのことであり、一般的な魔法師で比べるならばかなり優秀であると言っていいだろう。しかし、それはなんの慰めにもならないことは分かっていた。周囲の者達には後から生まれた弟と比較され続け、それでも諦めずに自分の出来ることを伸ばそうと、亜夜子は魔法よりも勉学に比重をおいて取り組んだ。

 それを悪いとは言えなかったが、四葉内では、異端な行為であることは間違いない。

 しかし、その事を忘れさせるような出来事が起こった。

 それは、封印したはずのものが、封印できていない上に、感情すら持っているという事実。しかも、既に相当な力をつけているということが分かっている。

 全てを破壊する力を持つという当時の先代の言葉を思い出し、精神干渉魔法すら効かないのかと嘆いたものだった。あの時、殺してしまえばという言葉も、所詮はifの話。唯一の成果は、感情に制限が掛かっているようで、一定以上に高まることが無いとのことだが、そんなことなど気休めにしかならない。

 悪魔に触れることなく、過ごそうと思った矢先、当主である深夜の目に亜夜子が映った。

 順番から言えば、達也を抑えるための鎖として四葉内を探した結果、亜夜子が目に留まったと言った方がいいだろう。

 亜夜子は悪魔の元に連れていかれ、次に会った時には別人のように変わっていた。

 姿形は変わらないのに、雰囲気は全く違う。

 余裕の無い表情で必死に勉学に励んでいた姿はどこにも見当たらず、周囲へ余裕を持って接しているように見える。

 何も言えずに見ていると、亜夜子の方から話し掛けてきた。聞かされる内容は、達也を褒め称えるものばかり。表情には出さないように必死で説得したが、効果は無いどころか、余計に達也へ執心してしまうほどだった。

 そうして忙しい中、会う度に達也への想いまで暴露し始めたことは、当主へ直談判しようと決意させるに十分値した。新しく当主になった真夜であれば、考え方も変わっているだろうという密かな期待を胸に駆け込んでみれば、丁度良いと、話を切り出す前に婚約の話を言い渡される。

 貢は目の前が真っ暗になったのを今でも思い出せた。

 娘は達也と一緒にいることに幸せを感じ、親は悪魔の近くに娘がいるというだけで、心労が溜まる。

 拘わらないように立ち回ってはいるものの、生業のせいで達也と関わることが多いため、むしろ拍車がかかっていた。

 

「では、失礼します」

「待て」

 

 達也が説明を終えて去ろうとしたところを呼び止める。それは咄嗟に出た言葉だったために、続けて掛ける言葉を貢は考えていなかった。

 達也は首を軽く傾げながら貢を見る。

 

「亜夜子は……、元気にしているか」

「正月に会ったばかりと思いますが、健康状態に異常はないようです」

「───そうか」

「では」

 

 達也は貢にそれ以上話すことが無いと分かると、話を打ち切り踵を返す。

 貢は黙ってその後ろ姿を見送っていた。

 

 

 

 期末試験を終え、生徒たちが一喜一憂した後に控えているのは卒業式である。 卒業式の内容は一般の学校と変わりはなく、お偉方の長い話があり、送られてきた祝辞を読み上げ、一人一人が卒業証書を授与される。

 卒業式が終わった後は、各自で解散となった。

 達也は風紀委員会のメンバーと共に片付けを終えると、家に帰宅するべく校舎を出る。

 校舎から校門まで続く道は、生徒たちで溢れており簡易のバリケードのように立ちはだかっていた。

 達也はその人の波の隙間を上手く抜けていくが、まるで示し合わせたように行き先を塞がれ、腕を掴まれる。

 

「挨拶もなく行ってしまうなんて事は……、ないわよね?」

「そんな冷血漢じゃないだろう?」

 

 そう言って腕を掴んだのは、真由美と摩利だった。更に達也の前方には、見覚えのある3年生の生徒が数名立ちはだかっていた。

 達也は観念したように、肩を落として腕を掴む2人へ声を掛ける。

 

「卒業おめでとうございます」

「ありがとう。無事に大学へ進学できたし、優秀な後輩が引き継いでくれたから安心だわ」

「そうだな。私も防衛大に受かったし、心残りは司波に任せて大学生活をエンジョイすることにしよう。そんなわけで花音の事を頼んだぞ!」

「風紀委員長のことは会長に言ってください」

 

 他にも言いたい事はあったが、余計なことを言って気分を台無しにしてはしょうがないと、それ以上は話さずに聞き役に徹する。

 真由美と摩利がいるせいか、次第に人がその場に増えていき、達也は囲まれることとなった。

 思い出話に花が咲き、そこへは達也の名前も挙げられる。

 達也がその集団から解放された頃には、達也が校舎を出てからゆうに30分は経過していた。

 

 達也が家に戻って来るのを待っていたのは、一緒に住んでいる亜夜子である。

 亜夜子は第一高校の1科生の制服に身を包んでいた。

 

「どうでしょう? 似合いますか?」

「そう言えば、今年から高校生だったな」

「達也さんは一体、私を何歳だと思ってたんですか」

 

 腰に手を当て頬を膨らませる亜夜子に、達也は苦笑しながら答える。

 

「すまない」

「滅相もないです。こちらこそすいません」

 

 達也が頭を下げて謝る姿に、亜夜子は慌てて両手を振り気にしてないことを伝える。それを見た達也は、神妙にしていた表情を何事もなかったように元に戻す。

 

「この話は終わりだな。飯はできているか?」

「出来てますよ。何となく、良いように扱われたような気がします……」

 

 達也は亜夜子の呟きには応じず、リビングへ向かい食事をとる。

 この時ばかりは、4月からの学校生活について亜夜子から投げ掛けられる質問に、達也は律儀に答えていた。

 

 

 

 卒業式も終わり、少しの休みと共に新年度に入る。

 達也は生徒会役員として、いつもと同じように会場の設営を行っていた。

 

「手伝った方がよろしいですか?」

 

 そんな達也に声を掛けたのは、一緒に学校へ登校した亜夜子だった。

 

「必要ないよ。それより、学校の探索は終わったのか?」

 

 達也は亜夜子の背後にいるほのかを含めて問い掛ける。

 家が隣ということもあり、達也、雫、ほのか、亜夜子の4人は一緒に学校へと登校した。

 ただ、達也と雫は生徒会役員であったため、学校に着いた段階で分かれることになる。この空いた時間を潰すために、達也はほのかに亜夜子へ学校の中を案内するよう頼んだのだった。

 

「知りたかったことは、大まかに知ることができましたので戻ってきました」

「そうか。ほのかには急に案内を頼んですまなかったな」

「とんでもないです! 私も空いてましたし丁度よかったです」

 

 オーバーリアクションを取るほのかを微笑ましく見て、達也は再度礼を述べると、2人を待たせて、設営を手早く終える。

 

「さて、これで俺の方も手空きだな」

「そう言えば、今年の首席は何方だったんですか?」

 

 ふと思い出したように、ほのかが達也に問い掛ける。

 達也はわずかに溜め息を漏らしながら、気怠そうに答えた。

 

「七宝だ」

「七宝……女性ですか?」

「今年の首席は男だな」

「どんな方なんでしょう?」

「癇癪持ちの子供だ」

「?」

「会ってみれば分かるさ」

 

 達也はそれ以上は答えずに、会場を出ていく。

 会場の外では、チラホラと新入生の姿が目に入った。

 達也は腕に填めたデバイスで時間を確認すると、会場の扉を解放し、入り口近くに設置してある受付に腰を下ろす。

 ほのかと亜夜子も、幾つか置いてある椅子を引いて達也の両隣に座った。

 

「ここにいても、何もないぞ?」

「授業時間まで少しあるので、それまではここで見てます」

「中に入っても暇なだけですからここにいます」

 

 そう言うと、2人は時間ギリギリまで、受付で雑談しつつ残っていた。

 

 入学式が無事に終わると、休む暇もなく生徒会は次に向けて動き出す。

 

「よく来てくれたね。僕が生徒会長の五十里だ」

「七宝です」

 

 七宝は軽く頭を下げると、生徒会室の中を見渡す。

 生徒会室にいるのは生徒会メンバーだが、そこに見慣れない人物を見つけて少し不機嫌そうな顔になった。

 しかし、七宝はすぐに表情を元に戻し、生徒会メンバーの挨拶を受ける。

 

「七宝君は、生徒会に興味はあるかな?」

「すいませんが、俺は自分の能力を高めたいので、生徒会に入るつもりはありません」

「そうか……。変なことを聞いてすまなかったね」

 

 あらかじめ決めていたのだろう七宝の答えに、五十里は残念そうにしながらも、無理強いは良くないと、意識を切り替えて挨拶だけに止めた。

 

「遅くなったけど、入学式お疲れさま。これから新しい環境になるけど、頑張ってね」

「あ……、はい。えっと、これで失礼します」

 

 七宝は、喉に物が詰まったように言い淀んだものの、慌てて返事をすると、すぐに回れ右をして逃げ出すように去っていった。

 

「ん~。七宝君に断られちゃったし、次の子に行ってみようか」

「次って言うと成績順?」

「そうだね。それが無難だろうし」

 

 五十里は梓に頷いて見せると、デバイスを操作している達也に顔を向けた。

 

「彼を含めた上位4人は、ほぼ僅差ですね」

「誰だい?」

「2位が七草泉美。3位が七草香澄。4位が黒羽亜夜子の3人です」

 

 達也の答えに五十里は少し考えたものの、次の方針を打ち出す。

 

「じゃあ、次は七草さんのところの姉妹を呼ぼう」

「2人同時にと言うことですか?」

「そうだね。本当なら1人ずつがいいんだろうけど、そうも言ってられないし……、それに、2科生の生徒も入れないといけないから、止まっていても仕方ないよ」

 

 五十里の言葉に生徒会の皆は頷き、次の候補について検討を始めたのだった。



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25話

 生徒会の勧誘として七草姉妹を呼んだのはいいものの、2人からの返答は五十里の期待を裏切るものだった。

 

「折角ですが、生徒会に興味はありませんので御断りさせていただきます」

「私も興味ないかなー。───私もお断りします……」

 

 泉美からの非難するような視線を受けて言い直したが、香澄の回答は変わることなく、言葉を変えただけだった。

 五十里は残念そうに2人を送り出したものの、姿が見えなくなると落ち込み、頭を抱えて悩み出す。

 

「やばい……。このままだと歴代の先輩方に顔向けできないよ……」

 

 そもそも、昨年からの出来事を除き、1年生で生徒会に入るための条件は1科生であることが挙げられる。

 それは学校の代表として、次世代を任せる人材を育成するためであり、交渉などスキルも必須となるため、優秀な者が求められるからだ。

 そこから言えば、上位3人に断られる事は、学校の体面的にもあまり良いことではなかった。

 

「五十里君、元気出してください」

 

 慰めるように、肩へ手を当てて声を掛ける梓を見て、達也と雫は何も言わずに一歩下がる。

 

「中条さんはうちの啓に何してるのかなー?」

「ヒッ!?」

 

 肩をビクンッと震わせて、梓が恐る恐る後ろを振り向くとそこには、五十里の彼女である花音が、歯を食い縛り、目を吊り上がらせて立っていた。

 梓は咄嗟に言葉が出ず、顔を左右に振って無実である事をアピールするが、花音には届かない。

 ゆっくりと近付いてくる花音に、梓は震えるばかりで何も出来ず、ただ、刑が執行されるのを待つだけだった。

 そんな梓に救いの手を差し伸べたのは、慰められていた五十里だ。梓と花音の間に入り込み、事情を説明する。

 

「中条さんは励ましてくれてただけなんだ。花音が心配するようなことは何にもないよ」

「啓は私よりも中条さんを取るわけ?」

「だから、そう言うことじゃなくて───」

 

 三角関係に発展しそうな状況の中。

 巻き込まれないように離れた2人は冷静だった。

 

「達也さん。亜夜子ちゃんに入ってもらうのはいい?」

「本人の気持ち次第だろう。そもそも、この成績も手を抜いた結果だろうしな」

「何故?」

 

 雫は手を抜くことが理解できずに達也へ問い掛ける。成績が悪ければ落ちることもある以上、試験で手を抜くべきではなく、亜夜子の意図が分からなかった。

 

「本人に聞いてみないと分からないな。勉強を見ていた限りでは、首席を取れると思っていたんだが……」

 

 達也は生徒会の権限を使い、亜夜子の成績を眺めながら呟いた。

 亜夜子の成績は、他の3人に比べると、筆記でトップを取っており、実技で劣っているという結果だ。劣っていると言っても、平均よりも少し上なくらいであるため、総合4位であることを考えれば、筆記が余程良かったことが分かる。

 詳しい内訳を見ることはできないが、亜夜子の技能を以てすれば、1位を取ることは然程難しいこととは思えなかった。

 

「達也さんが家庭教師をしたの?」

「同じ家に住んでいるんだし、受験生ともなれば先輩として家庭教師くらいはするさ」

「なんかズルい」

「そう言われてもな……」

 

 達也は画面を見ながら、2科生の成績を見ていく。

 昨年から2科生も生徒会への勧誘が必要になったのだが、1科生とは違い、2科生の勧誘に関して達也はすぐに決まるだろうと考えていた。

 

 しばらくして、生徒会室の雰囲気が落ち着いた頃に亜夜子を呼び出したわけだが、亜夜子は五十里に聞かれて達也へ視線を向けると、達也が軽く頷いたのを見て返事をする。

 雫はその動作に気付いたが、何も言わずに亜夜子を見つめる。

 

「私で務まるか分かりませんが、精一杯頑張らせていただきます」

「ありがとう!」

 

 五十里が亜夜子と握手しようとしたところを花音に咎められ、再び喧しくなった室内で、梓がホッとしながら亜夜子に話し掛ける。

 

「それにしても、黒羽さんが受けてくれて良かったです。このまま断られ続けると思いました」

「他の方は断られたのですか?」

「ええ……」

 

 断られたことを思い出し、暗くなっていく梓を気遣ったわけではないが、話を進めるために達也は次の案件を口にする。

 

「後は2科生ですね」

『!?』

 

 それまで言い合っていた五十里と俯いていた梓は、驚いたように達也へ顔を向ける。そして、従来の制度は昨年から変わったことを徐々に思い出し、頭を抱え始めた。

 

「2科生の事を忘れてたなんて!」

「制度が変わったんでした……」

「上げて落とす……鬼畜の所業」

「変なことを言うな。そもそも、これは雫が進めるべきことだぞ」

「適材適所。私は達也さんに私の全てを任せる」

「それは駄目だろ……」

 

 僅かに顔を赤くしながら答える雫に、達也は突っ込みを入れる。

 亜夜子は、そんな雫を少し睨んだものの、部屋の混沌とした雰囲気に馬鹿馬鹿しくなり溜め息を漏らした。

 

「賑やかな事はいいことですが、そろそろ進めてはいかがでしょう?」

 

 1年生に諭されて、更に落ち込む人が約2名いたが、達也はその状況を無視して先に進めた。

 

 入学式が終われば、学校の行事として待っているのは部活動による新入生の勧誘期間だ。

 この時期の生徒会としての役割は、生徒同士のトラブルが頻発するため、その仲裁役を任されることが多い。

 本来は風紀委員会で対応するのだが、人手が全く足りないことと、風紀委員会だけでは手に余る案件の対応をするためだった。

 この時ばかりは、達也にも役割が与えられる。

 それは、生徒会室に訪れた人の対応だった。

 生徒会長の五十里と、副会長の梓は揃って風紀委員の部屋に、即座に動けるよう待機しており、その間空いた生徒会への対応を誰かがしなければならない。

 会長と副会長がいなければ、他の生徒会メンバーがするしかなく、達也は雫と共に居残りを指示されたのだった。

 

「亜夜子ちゃんは、無理して居なくてもいいよ」

「生徒会に入ったのですから、少しでも先輩方の負担を減らしたいと考えています」

 

 内心はどうあれ、相手を気遣うような言葉を掛け合う。

 そんな平和な生徒会室に、呼び出し音が鳴り響いた。

 

「司波くんいるかい!?」

「ええ」

「すぐにロボ研の建物に向かってくれ!」

「分かりました」

 

 余計な言葉や必要な情報を話さずに、目的地だけを告げた五十里の電話はすぐに切れた。

 達也は通信機器の通話状態を切ると、2人に向き直り、2人へ留守を頼み部屋を出る。

 2人が声を掛ける前に達也が出ていった部屋は、その後、人がいるにも拘わらず静まり返った。

 

 指示された場所では、予想通りと言うべきか、部活同士の激しい口論が飛び交っていた。

 片方には風紀委員が、もう片方には部活連が対応し落ち着くように言い聞かせている。

 それでも、その抑えを乗り越えるようにして言い争っている状況から、いつ抑えが効かなくなってもおかしくはなかった。

 達也はざっと状況を確認すると、対立している部活のメンバーの後方に回り込み、数人ずつ目にも止まらぬ早さで気絶させると、対立している間に入り、事前に渡されていた風紀委員用のモニターに備え付けられた拡声機能を使用して呼び掛ける。

 

『代表者に話を聞きます。それ以外のメンバーは解散してください。この指示に従わない場合は、部活連を通して罰則が課せられます。その事を十分に認識した上で反論があれば伺います』

「ふざけるな!」

「悪いのはそっちだぞ!」

 

 他の者の言葉で止まらなかったのに、達也の言葉で止まるはずもなく、言い合いは続くが、最初よりもその勢いはなかった。

 

『2つの部活については、部活動に関する規約違反として取り締まります。また、これ以上騒ぐようであれば強制的に沈静化させてもらいます』

 

 元々、生徒会としての役割は仲裁であり、それ以上の権限はない。ここで前置きをしたのは、風紀委員会と部活連に対して、早く事態を終息させろという意味だった。

 この言葉を理解したのは2、3年生であり、1年生は意味が分からなかったのか、達也に向けてどうやるのかと疑問を視線に乗せてぶつけていた。

 しかし、そんな1年生も、達也が手に持ったデバイスで周囲の撮影をするのみであり、上級生が苛立ちを込めて鎮圧しているのを見て事態を察し、達也を睨み付ける。

 達也にしてみれば、数を減らした上に、言わなければならないことを言っただけに過ぎず、何故こちらを睨み付けるのか内心で首を傾げていた。

 争う人数が減ったことで、程なく鎮圧された生徒たちを確認し、達也がその場を去ろうとしたところで声が掛けられる。

 

「司波くんすまない。余計な手間を掛けさせて」

「この期間はお互い様だ」

「そう言って貰えると助かる。ただ、大人しくさせるなら、もう少し穏便に出来なかったのかい?」

「何の事か分からないが、後ろから説得していたら急に気絶しただけだ。体調に問題があったんだろうな」

「そういうことにしておくよ……」

 

 やれやれといった感じで納得したのは、部活連の副会頭を努める十三束だった。

 そんな十三束の元にやってきたのは、生徒会入りを拒否した七宝で、達也を一瞥した後取るに足らない相手と言わんばかりに無視して十三束へ話し掛ける。

 

「十三束先輩、戻りましょう」

「ああ」

 

 七宝は十三束に言い終えると、そのまま踵を返して去っていく。

 

「すまない。後で七宝にはきちんと言っておく」

 

 後輩の態度に、十三束はすまなそうに謝ると、七宝の後を追って駆け出した。

 達也は嵐のように去っていく2人を見て、溜め息を吐くと、生徒会室へと戻っていった。

 

 

 

 部活動の勧誘期間も無事に終わり、ひとまず静かになった学校生活とは裏腹に、達也の方は慌ただしくなり始めていた。

 

「今日は何の用件が?」

 

 達也の経営するトーラス・シルバーに訪れたのは、達也の父親である龍郎と、その再婚相手である小百合だった。

 達也は珍しい人物の来訪に、少々驚きながら応じる。

 

「今日は役員として来た訳じゃない」

「? まあ、中で話そう」

 

 達也はロビーから応接室へと場所を移し、飲み物を準備させてから改めて問い掛けた。

 

「それで?」

「達也に有益な話を持ってきた」

「有益……ね」

「トーラス・シルバーにとって有益なことは間違いないわ」

 

 自信に溢れた返答に、達也は嫌な予感を感じながらも疑いの眼差しを向けつつ確認する。

 

「今度は何をしたんだ?」

「微妙に失礼な物言いだが、ある大手と繋がりが強固になる」

「資産はこちらの倍以上あるし、経営内容を見てもつぶれることはまず無いから安心してちょうだい」

「全く安心できないんだが? はっきりと言ってくれ」

 

 嫌な予感が高まっていくなかで、達也は聞きたくもなかったが、聞かなければ事態が更に悪化するような気がして先を急かす。

 

「トーラス・シルバーとも懇意にしている北山財閥と縁談を組んだ。縁談については本家にも確認済みだ」

 

 突拍子もない話に達也の頭がすぐにはついていかず、聞き返してしまう。

 

「誰が?」

「あなたが」

「誰と?」

「北山家とだ」

「…………」

 

 達也は2人が言っていることを理解できずに、しばらく唖然としていたが、言われた内容を消化して再起動を果たす。

 

「既に俺は婚約している。聞かされてないのか?」

「言われなかったが……」

「私たちの方は、つい先日に確認したことよ。既に先方とは婚約について了承した旨を通知してあるわ。もう決まったことなの」

「勝手なことを……」

 

 達也は溜め息を漏らしながら呟く。

 取り敢えず、達也がうるさく言わないことに、話がうまくいったと考えた2人は、達也が余計なことを言い出す前に立ち去ることを決めた。

 

「良かったな。先方の写真を見せてもらったが、綺麗な子だったぞ。確か昨年の九校戦に出て優勝していたはずだ」

「優秀で資産家。年齢も同じであれば、私たちも言うこと無いわ。見合いの日取りの設定などは先方から来ると思うから待ってちょうだい」

「───おい」

 

 言い終えると2人は立ち上がり扉に向けて歩き出し、達也の引き留める声も無視して部屋を出ていった。

 

「あいつらは余計なことしかしないな……」

 

 達也はソファーに座ったまま天井を仰ぎ見てしばらくすると、机と一体化しているデバイスを操作して電話を掛ける。

 

「どうかされましたかな?」

 

 数コールで電話に出たのは葉山だった。

 達也は葉山へ手短に用件を伝える。

 

「そこにいる叔母と代わってください」

「───分かりました」

 

 葉山は少しの間を空けて了承する。それにより、葉山を映していたモニターは一瞬で切り替わり、真夜を映し出した。

 

「どうかしたのかしら?」

「うちの親に婚約を進めたと聞いたんだが?」

「ええ。婚約だけだったら問題ないでしょう?」

「確か亜夜子と既に婚約していたと思ったんだが、気のせいか?」

「それがねぇ、貢さんから苦情が何度も来るのよ。面と向かって苦情を言ってくる訳じゃないんだけど、不満は募る一方。ここで黒羽に不満を抱かせても仕方ないから、一旦白紙に戻させてもらったわ」

「つまり?」

「あなたとの婚約はなかったと言うことね。次に目をつけてたのは津久葉家だったのだけど断られたのよ。分家のあなたに対する考え方は変わらないみたいね。少し残念だわ」

 

 昨日から姿の見えない亜夜子が、何処に行ったのか理解した達也は、真夜の説明に頷く。

 

「言いたいことは理解できた」

「そう? では、良い機会だしもう1つの方も言っておくわね。あなたの妹である深雪さんについてだけど、私の養子と言うことで、正式に四葉の名前を名乗ってもらい、その後当主として指名させてもらうけどいいかしら?」

「その辺りは勝手にやればいい」

 

 達也は気にした様子もなく、どうでもいいことのように答える。実際に、妹の人生は妹のものであるため、達也に口を挟む気は毛頭なかった。これがもし、司波姓のまま当主として指名するとなれば別だが、養子にした上で指名するとなれば、達也への影響は少ないものとなるだろう。

 

「そう? それならば秋にでも発表させていただくわね」

 

 真夜は達也へ言質を取ったことを確認する。

 達也はこれ以上無駄な会話をする気もなく、挨拶もそこそこに電話を切った。

 達也はこれからのことを予測するが、これまでの事と比べてあまり変化がないことに思い至る。

 そもそも亜夜子との婚約を認めたのは、達也の素性を知ってなお一緒にいてくれる存在だったからだ。

 その点を考慮すれば、何ら今までと変わることはない。

 今後の亜夜子の出方が気になるところではあるが、問題があるとすれば、亜夜子の身の振り方だろう。

 会社の対外的な交渉を亜夜子に任せているため、会社を辞めるとなれば、引き継ぎなどで膨大な時間をとられることは間違いなかった。

 会社から家に戻り、明日の支度をしながらしばらく悩んでいると、玄関が開く音と共に敷地内への無断侵入による警報が鳴り響く。

 すぐさま達也は敷地内を可視化して視てみれば、数人の人物が玄関並びに裏口へと回り込んでいた。

 達也は取り敢えずといった感じで様子を見ていると、数秒後には全員が崩れ去り、物言わぬ置物に成り果てる。

 

「急いでいたようだが、何かあったのか?」

「親と絶縁してきただけです。その際に洗脳されそうになったため、こうして逃げてきたのですが……やはりご迷惑だったでしょうか?」

「特に迷惑などとは思ってないが、こういったことが何度も続くようであれば、それなりの対応を取らせてもらうことになる」

「お手数をお掛けして申し訳ありません」

 

 達也は頭を下げる亜夜子の頭に手を置き、慰めるように声を掛ける。

 

「気にするな」

「はい……」

 

 達也は亜夜子を落ち着かせるために部屋へ戻すと、自らは家の外に出て一人ずつ敷地の外に放り出す。

 それを待っていたのだろう、敷地外で待機していた者たちが達也の放り投げた侵入者を受け取り、連れ去っていった。

 




最近のスランプ具合は酷いです。
話を圧縮して終わらせようとも思います。
時間を掛ければ少しはましになるでしょうが、たぶんダラダラとなってしまいます。
見切り発車な作品を見て頂きありがとうございました。
また、誤字脱字を指摘して頂きありがとうございました。


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26話

 達也の生活は、あまり変わることなく過ぎていく。唯一変わったところと言えば、見合いだの婚約だのと周囲が色々と騒いだ結果として、達也の家には新しい同居人が2人増えた状態になったことだろう。

 その2人に対して、それまで攻撃的だった亜夜子は大人しくなり、逆に仲良くなったことで達也は不思議に思っていたが、煩くなければ良いかと納得した。

 達也にとっては、平和であれば何でも良かったりするのだが、イベントごとの賑やかさが更に増えたのには少し困惑することになる。

 その際に、達也の生活を真に変える言葉が掛けられた。

 

「達也さん。高校生活は今しか出来ないんだし、色々楽しんだ方が良いと思う」

「そうですよ。学生の内に出来ることはやるべきです!」

「私も、達也さんが何故目立ちたがらないのか不思議でなりません。素性を知られるのは不味いですが、会社の社長をやっていることはばれても問題ないのではないですか? 宣伝にもなりますし」

 

 この言葉は、達也の考えを改めさせるに十分だった。

 達也の奥の手が知られるのは不味いが、技術力の高さや想子保有量が多いのは別に知られても問題ないのでは、と。

 この日から、達也は実利に走るばかりではなく、学校生活にも目を向け始めた。

 

 

 

 学校生活では、始めに生徒会内での達也の後任として、1年2科生の隅守が入った。この勧誘については、1科生の勧誘とは違いスムーズに事が運んだと言って良いだろう。それと言うのも、隅守は昨年の九校戦以降、達也のCADの調整技術に憧れて第一高校を受けることを決めたのだから、憧れの達也からの勧誘であれば、ほぼ否は無いと言うのも頷ける。

 そうして、生徒会は上手く機能し始めた。

 また、亜夜子が親との縁を切ったことで自制を止めたことにより、学年トップの座を不動のものとし始めた。それにより、生徒会に対する1年生の認識が変わったことも、上手くいくための一助となっている。

 更には、元々プライドの高かった入試首席の七宝が、成績で負けたことが悔しいのか亜夜子へ勝負を挑んだことも、要因のひとつとなった。

 その勝負の行方は達也にとって予想通りと言ってよいだろう。亜夜子と七宝とでは、あまりにも実践経験が違いすぎた。

 七宝のミリオン・エッジという紙を媒体とした攻撃に対して、亜夜子が取った手段は、極散(極致拡散)の応用により空気の分布へ干渉しただけ。

 それにより、酸欠状態に陥った七宝は何が起きたのかすら理解せずに倒れ、制御不能となった七宝の攻撃は、極散の副次的な効果により座標を狂わされて、あらぬ方向へと飛んでいく。

 そして、設定した距離を消化した紙は、紙の雨となってパラパラと周囲へ降り注ぐ。

 あまりにも呆気ない幕切れに、同席した生徒会のメンバーと風紀委員のメンバーに加え、部活連のメンバーは呆然とその光景を見ていた。

 

「今のは?」

「このような茶番に付き合うのも面倒なので、瞬殺致しましたが、何か問題でもありましたか?」

「瞬殺って……」

「問題はなさそうだけど……」

 

 七宝に外傷はなく、意識を失っているだけという状況に、七宝の指導役を努めてきた十三束は釈然としない様子で亜夜子を見る。

 亜夜子が何をしたのかは、薄々ではあるが十三束には分かった。確かにあのようなことをされれば、魔法力の大小など些末なこと。相手が何をしようとしているのか気付かなければ、十三束の魔法を接触することで破壊する術式解体も役に立たない。

 

「私とも試合してくれないかしら?」

 

 香澄の言葉に驚いたのは、姉妹である泉美を除いたメンバーだ。

 挑発的な態度は取るものの、これまで自ら向かっていったことなど無い。そんな人物が何を思ったのか亜夜子へ宣戦布告したことに、言葉もなかった。

 

「えーっと……。色々と手続きしないといけないんだけど」

「私は構いません。確か承認は会長、または風紀委員長の承認により試合は可能だったと思いますし」

「確かにそうなんだけどね……」

「すぐに終わらせます」

 

 亜夜子の言葉にまたしてもその場にいるメンバーは絶句する。相手は十師族。その十師族に対して絶対に負けることがないという自信に、何も言葉がでなかった。

 

「すぐ終わってしまうようであれば、七草としても困りますし、2人で挑んでも構いませんか?」

「泉美ちゃん!」

「ここまで虚仮にされては私も黙っていられません」

「まあ、私もやることには変わり無いんだけどさ」

 

 2人のやる気に、各代表が集まり相談を始める。

 

「良いんじゃない? やらせても。ここで後腐れ無いようにキッチリしといた方が良いと思うし」

「俺も問題ないと思うぞ。1年の時は何かと挑戦したいと思うしな。危険であれば俺たちが止めれば良いだろう」

「2人が賛成であれば僕に否はないよ」

 

 相談の結果として、相対することになった2組。そんな代表3人に亜夜子は提案した。

 

「人数的に問題があるのでしたら、司波先輩にこちらへ入っていただいてよろしいでしょうか?」

 

 亜夜子の提案に、3人の顔が達也に向けられる。

 名前を出された達也は、僅かに困ったような表情をしたが、こちらを見る2人組を見て答えた。

 

「2科生の俺でよければ構いませんよ」

「ん~。人数的には良いとして、本当にいいのかい?」

「私は全く問題ありません。むしろこちらからお願いしたいくらいです」

「そこまでいうなら……。2人は問題ないかな?」

「ええ。人数としての数合わせということは理解できました。そこまでの自信を砕いて見せます」

「それでは双方ともに、離れて」

 

 五十里の言葉に、2組はそれぞれ離れた位置に向けて歩いて行く。

 

「狡過ぎる……」

 

 雫の独り言は誰にも聞きとられることはなかった。

 

 始まった試合は、その瞬間に終わりを迎えた。

 アイコンタクトも何もなしに達也が七草姉妹の魔法を粉砕し、亜夜子が止めを刺す。

 呆気ない幕切れに、最初の七宝の時以上の静寂がその場に漂った。

 亜夜子は達也に軽く礼をすると、達也共々CADを収納しに行く。

 この日から亜夜子は、1年における成績と実力の双方がトップであるという認識が広がっていった。

 

 

 

 学校生活と会社生活を快適なものとするため、達也が何もしなかったわけではない。

 政界における反魔法師派の政治家のスキャンダルを掴んでは、匿名による情報提供を色々な放送局に送りつけるなどの地味な嫌がらせを続けて信頼を落としたり、地域の魔法師に対する悪感情を持つ者たちを裏で操り、同じ感情を持つ連中同士をぶつけたりと、平和な日常の裏で活動を続けていた。

 フリズスキャルヴの解析が上手くいっていないが故のストレス解消ではあるが、自分達の立場の向上も兼ねることが出来るため、達也としては一石二鳥のようなものだ。

 そのような地道な活動が効を奏したのか、関東方面では反魔法師団体の勢力が他と比べてかなり弱いものとなっている。

 そのような活動の賜物なのか、それとも軍の活躍のせいか。

 九校戦の種目の大幅な変更は無くなった。

 制限はこれまで通り、1選手につき2種目まで。

 変わったことと言えば、ミラージ・バットがロアー・アンド・ガンナーに変わったことだろう。

 この種目の変更に関しては、昨年度のほのかの飛行魔法が原因だと言える。

 高校生のエンジニアに、飛行魔法の術式を弄るだけの技術力はほぼないと言っていい。そのため、この競技を認めてしまえば、第一高校の優勝がほぼ確定となってしまうため、魔法協会としても変更を余儀なくされたのは余談である。

 ただ、今回の九校戦でも運営する魔法協会では頭の痛くなるような事が起こった。

 技術力に関して自重を止めた達也が、担当選手のCADを大会の規定されたハード内で改造したのである。

 この世界に、達也以上に魔法の理論を理解している者はいない。魔法には世間一般にブラックボックスとなっている場所があり、達也にとっては仕掛けをするに十分な場所であると言えた。

 ハード的にはスペックを抑えられているはずなのに、市販されている最新のCADを越える性能なのだから、使った選手たちが動揺したのも頷ける。

 達也が担当したのは、昨年同様、2年生の雫とほのか、エイミー、それに加えて1年生の亜夜子と七草姉妹と大幅に増えた。

 達也のエンジニアとしての腕を知っている2年生や亜夜子はさておき、七草姉妹が手を挙げたのには、他の者も驚きを露にした。

 七草姉妹としては、姉である真由美に相談した結果と、亜夜子の自信に溢れた指名に、確信を持っていた部分もある。

 ただ、負担が余りにも大きいということで、達也の補助に隅守がつけられた。

 

「こんなの詐欺もいいところじゃない……」

「流石にここまでとは思いませんでしたね」

 

 香澄と泉美は、大会用に調整されたCADを使いながら、言葉をこぼす。それほどまでに、2人にとって衝撃的なことだった。

 CADは身体の一部であり、それを見知らぬ人に弄られることに拒否感があるのが普通である。しかし、香澄たちの手に持つCADは、そんなことを考えることすら失礼であると思わせる出来だった。

 それこそ、身体の一部であると思えるほどに親しんだ自分のCADと遜色無い。

 

「亜夜子が譲らないわけだわ」

「お姉さまも言われてましたし、既にエンジニアとして活動しているそうですよ」

「えっ!?」

「高校生の大会にプロが参加しているようなものですね」

「これって本当に、大会用のCADなのよね?」

「家の者に調べてもらった結果、そうであるとしか答えが返ってきませんでしたし、そうだと思うんですけど……」

 

 泉美は、CADをしげしげと見ながら呟く。

 

「持って返って調べたの?」

「持ち帰るべきじゃなかったと反省しています」

「学校の備品だしね」

「いえ。そうではなく、どこから話がいったのか、お父様が会ってみたいとおっしゃられて……」

「そこまでの物かぁ」

「最近、海外からの風当たりが強く、会社の業績がよろしくないようですし、技術力が高い方を入れたいのだと思いますよ」

「なるほどー」

 

 泉美の説明に香澄は納得を示す。

 既に九校戦での勝敗の事など忘れたように、2人は話し合っていた。

 

 

 

───〆───

 

 あれから約10年。

 技術は日々進歩し、その最先端を進むのは、達也が経営するトーラス・シルバーである。

 日本の国内のみならず、他国にまでその支店を置き、あらゆる分野でシェアを伸ばしていた。

 

「もっとお話ししてよ~」

「そろそろ時間。後はほのかに任せた」

「え~。もっと聞きたい~!!」

「続きは私がしてあげるからね」

 

 その部屋には、雫とほのかの他に、3人の子供たちがそれぞれ布団に寝転がっていた。その内の2人はすでに寝付いているが、最後の1人は眠たそうにしながらも、雫の語っていた昔話に耳を傾けていたのである。

 

「後は頼んだから」

「いってらっしゃい。達也さんたちによろしく言っておいて」

「ん」

 

 雫はテキパキと着替えると、急いで部屋を出ていく。

 残されたほのかは、子供の横で添い寝しながら、子供が寝るまで続きを語って聞かせていた。

 

 雫が向かったのは、昔と同じ場所にあるトーラス・シルバーのラボ。そこではこの日、大規模な実験が行われようとしていた。

 

「計器に乱れなし!」

「結界の状況も良好です!」

「よし! てめーら気合い入れろよ!」

「開始してください」

 

 開始の合図と共に、研究者たちの目の前には、太陽を圧縮したような光を放つ物体があった。

 その物体はしばらくそのままだったが、次第に発光は落ち着き、その後に中心で青白い光を放つ球体になる。

 

「これで、核となる機能は完成ですな」

「皆さんのお陰ですよ」

「いやぁ。これは過去の歴史を遡っても、誰も成したことの無い偉業でしょうな」

「まあ、そうでしょうね」

 

 達也たちが行ったのは、重力制御装置の開発だ。

 数年前に永続式の熱核融合炉を完成させ、今度は宇宙開拓を進めるためのプランに着手していた。

 電力に関しての不安はなく、宇宙に出た際のコロニーも小さいながら完成した。

 学校の校庭並みの広さしかないが、数十人が自給自足で生活できることは、研究者たちが住んでいることにより確認住みである。

 そのため、後は宇宙での移動手段として重力発生装置を開発していたのだった。

 

「これで、またひとつ目標が叶いましたな」

「次は惑星間の長距離移動についてですね」

「短距離の瞬間移動が出来るなら、長距離も可能という考えは嫌いじゃないですぜ」

 

 研究者たちの一部は、達也の隣に立つ亜夜子へと目をやる。

 亜夜子は視線を向けられても、なんら表情を変えること無く達也に熱い視線を向けていた。

 

「おめでとうございます。達也さん」

「ありがとう。亜夜子」

「お熱いことですな」

 

 冷やかしの言葉はそこら中から出るが、2人は気にした様子もない。

 そんな2人の空間に、割って入る人物がいた。

 

「達也さん、おめでとう」

「ありがとう」

 

 雫は達也を挟むようにして亜夜子の反対側に行くと、開発した機器の成果物を見る。

 

「これが例の言ってたやつ?」

「少し浮いたのがわからなかったか? 多分、この施設の端から見た方が分かりやすいかもな」

 

 モニターの映像には確かに浮いている姿が映っているが、あまり実感の伴うものではなかった。そのため、達也は自分の目で確かめることを勧めたのである。

 この日を境に、各国間での戦争は沈静化の兆しを見せ始めた。

 他の国に先駆けて日本が宇宙へ進出し始めたのが大きいだろう。

 各国はこぞって技術提供をトーラス・シルバーに申し入れ、達也はこの件に賛同的な技術員を派遣し宇宙開拓への推進に努めた。

 その数年後、長距離移動の技術開発に成功した達也は、過去へ遡る開発を手掛けることになる。




すいません。
リハビリ失敗致しました。

ここで他の作品のことに触れるのはあれですが、多分あの作品の続き書けよ!と思われる方が多いかと思います。

ハッキリ言って思い浮かばないんですorz

お詫びの変わりに、やる気のあったときに作ってた作品(未完)をチラ裏に投げときます。

それでは長々と言い訳失礼しました。


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