サウザー!~School Idol Project~ (乾操)
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第一部 スクールアイドル聖帝編
1話 スクールアイドル聖帝爆誕! の巻


 今回初めて本格的に挿絵を使おうかなと思っています。とはいえ、あくまでイメージ促進用のモノなので、所詮はエミュとトレスで出来た品でしかありません。気に入らない方は非表示をお勧めいたします。
 あと、本作は北斗の拳もラブライブ!もメタメタになっているので、両作品に深い思い入れのある方は読まないことをお勧めいたします。
 
 セリフと地の文の間に空行を入れてみましたが、思った以上に目が滑るので次回から詰めます。


20XX年、音ノ木坂学院は廃校の危機に瀕していた!

 資金は枯れ、入学希望者は減り、廃校はやむなしかと思われた。

 しかし、(一部のゴキゲンな)生徒は諦めていなかった!

 そのゴキゲンな生徒の中でも、特に極め付けな者が一人。

 その名はサウザー。一子相伝の拳、南斗鳳凰拳伝承者にして、南斗六聖拳最強の闘士である!(この設定が今作で活かされる事は多分ない)

 

 

 

 音ノ木坂救世主伝説

 

【挿絵表示】

 

 

 

 高坂穂乃果は音ノ木坂学院に通うごく普通の高校二年生。

 そんな彼女の通う学校が廃校になるという事実が全校生徒に知らされたのは麗らかな春の日であった。 

 あまりにも突然の知らせであったから、全員初めは皆理事長の悪趣味なジョークかと思っていた。しかし、校内中の掲示板にこれでもかという勢いで貼りだされた告示にでかでかと躍る『廃校』の二文字に全校生徒は理事長の言葉が事実であると理解し、言葉を失った。

 それは、穂乃果や幼馴染の南ことり、園田海未も同様である。

 

「嘘……!?」

「廃校……」

「学校が無くなるってことですか……!?」

 

 そして、そんな三人より衝撃を受けたのがサウザーである。

 

「廃校だと!? フハハハハ―ッ! フハァッ!」

 

 あまりの衝撃にサウザーはバランスを崩し、そのまま仰向けに昏倒しそうになる。それを慌てて三人は支えた。

 

「サウザーちゃん!」

「サウザー!」

「ていうか重っ!」

 

 聖帝サウザーの瞳には明らかな動揺の色が走っていた。図体はデカいくせに妙にピュアだからこうなるのである。穂乃果たち三人はサウザーの名前をよびかけるが、彼はあまりのショックに心ここにあらず、といった様子だ。

 

「ぬぅぅぅう……! この俺の……!」

 

 サウザーはうわ言のように慟哭する。

 

「この俺の……輝かしい高校生活が! ぐはぁっ!」

「サウザーちゃーん!」

 

 サウザーは血を吐いて保健室に放り込まれた。

 

 

 

 サウザーが目を覚ましたのは丁度一時限目の終業チャイムが校内に鳴り響いた頃であった。

 

「ぬはぁっ!?」

 

 チャイムの音に驚きながら彼は掛布団を跳ねのけた。窓からはカーテン越しに春の陽が差し込み、清潔なシーツを照らしている。

 

「……夢か」

 

 結構嫌な夢だったなー、と振り返り思う。が、夢とわかれば何も恐れることは無い。聖帝には制圧前進あるのみ。たかだか夢ごときに右往左往する男ではないのだ。

 元気よく保健室を飛びだした彼は教室へと足取り軽く歩きだした。

 

「フッハハッハハーッ! 下郎のみなさま、おはよう!」

 

 すれ違う学友たちにも気前良く挨拶する。それを見て学友たちは顔を見合わせつつ、

 

「サウザー、いよいよおかしくなったのかしら」

「いつもあんな感じだよ」

「それもそうか」

 

 サウザーの平常運転はだいたいこんな感じなのだ。彼はよく笑うのだ。

 学友たちにそんなことを言われているとは露知らず、サウザーは教室へと向かって歩く。

 

「そんな急に廃校なぞあるはずがない! フハッ……フハハ―ッ!」

 

 しかし、教室の前の掲示板には廃校が夢ではないことを彼に教えるためが如く告示がズラリと並んでいる。であるから、サウザーは否応なしに現実へと引き戻された。

 

「フハハ……ハァーッ!?」

 

 

 教室に戻ったサウザーを穂乃果、ことり、海未の三人が迎えた。

 

「サウザーちゃん大丈夫?」 

 

 穂乃果が心配気に訊く。なにしろサウザーがショックで気を失うなんてことは今まで無かったのだ。彼が保健室の世話になるのはターバンのガキに脚を刺された時くらいなのである。

 

「廃校……フハッ……廃フハッ……フハハ―ッ!」

「ああサウザー……ショックでついにおかしくなったのですね」

 

 海未が哀しそうに呟く。それに対し、ことりが、

 

「海未ちゃん、サウザーちゃんはいつも割とこんな感じだよ」

「そう言えばそうでしたね」

 

 サウザーは相変わらず目を手で覆い隠しながら高笑いしている。これは別に涙を隠しているとかそんな理由じゃ無くて単なる癖である。

 とは言え廃校がやはりショックなのか、ひとしきり笑い終わり、自分の席(机といすのサイズが身長に合っていない)に着くと頬杖をついて黙りこくった。

 

「サウザーちゃん、この学校が大好きなんだね」

 

 ことりが若干涙ぐみながら言う。

 しかし、そんな彼女の言葉を海未は否定する。

 

「いいえことり。彼にそんな神妙なことを考える能はありません」

 

 彼女の言葉を肯定するがの如く、サウザーはまたも突然「フハハーッ」と笑い声を上げた。

 

「学校が廃校になるということは、毎日が夏休みのようなものだ!」

 

 言うやサウザーは立ち上がり、

「ビバ!」

 笑いながら飛び上がる。

「バケーション!」

「サウザー落ち着きなさい」

 

 

 そんな彼を窘めるように海未が口を開いた。

「別に今すぐ廃校になるわけじゃありませんよ」

 

 そもそも廃校自体本決まりではないのだ。来年度の入学希望者が増えれば、廃校は見送り、学校は存続というわけである。仮に入学希望者が定員割れしても、今年度の入学者が卒業するまでは廃校にはならないのだ。

 つまり、二年生であるサウザーがこの学校を追い出されることは無いし、バケーションが訪れることもない。

 とりあえず、二年生は廃校騒ぎとは関係ないわけである。だが……。

 

「今の一年生は後輩が一人もいないまま卒業を迎えるんだね……」

 

 ことりがポツリと呟く。

 そう、今の一年生は高校生活において卒業まで『後輩』という存在を知らぬまま学校を去らなければならないのだ。年度を重ねるごとに、一年生棟、二年生棟は無人となっていき、最後には三年生棟、学校そのものも……。

 ぶっちゃけ下郎の一人や二人どうなろうがサウザーには知ったこっちゃない。しかし、彼にはこの学校を廃校にしてはならない『理由』があった。その『理由』を胸に秘め、彼は三人に同調する。

 こうして、四人は廃校阻止のため動きだすことにした。

 

 

 

 要は入学希望者が増えれば廃校にはならないのである。

 今の中学三年生が「音ノ木坂に入学したい!」と思うような事がこの学校にはあるのか。四人はそれを見つけるべく校内を散策することにした。

 

「設備は結構整ってるよね。それにほら、最近校庭に出来たあれ」

 

 穂乃果は言いながら校庭のど真ん中に聳える建築物を指す。

 それは巨大な石造りのピラミッドとでも言うべき建造物であり、近代的設備を整えた学校とは不釣合いともいえる代物であった。なんでも、生徒の誰かが勝手に作ったらしく、生徒会もその巨大さゆえに撤去するに出来ない状態だとか。

 

「あれさ、真上から見ると十字になってるんだって。面白いよねー。誰が作ったんだろ」

「何言ってるんですか。あんなもの、余計に入学希望が減るだけです。変な宗教団体だと思われて……そうでしょう、サウザー」

「フハハハハ―ッ」

「でも、今時どこの学校も設備は整ってるからなぁ~」

 

 ことりはハァと嘆息する。

 部活動もさしたる結果は残していない。優秀な部活も、現代(いま)をトレンディーに生きる若い女の子たちには今一ウケが悪そうなものばかりであった。この学校が誇る歴史と伝統も、若者には埃を被った置物となんら変わりないのだ。

 四人は悩んだ……サウザーはそういう風には見えなかったが。

 そんな四人、特にことりに背中から声を掛ける人があった。

 

「南ことりさんね?」

「はい?」

 

 ことりと一緒にサウザーたちも振り向く。そこにあったのは、どこかで見たことのある生徒の姿であった。やや日本人離れした容姿の生徒と、胸がデカい生徒……。

 

「だれ?」

 

 穂乃果が海未に囁く。

 

「生徒会長の綾瀬絵里先輩と副会長の東條希先輩ですよ」

 

 そう言えば始業式で見たような気がするな、とサウザーも思いかえす。が、当時は居眠りしていた(新年度が楽しみで寝不足だったのだ)から、ほぼ覚えていないも同然である。

 そんな彼からしてみれば印象の薄い有象無象下郎の一人である絵里はサウザーたちを一瞥するとことりに向き直った。

 

「たしか、あなたって理事長の娘さんだったわね」

「はい、そうですけど……」

 

 ことりの親鳥はこの学校の理事長なのだ。理事長が彼女を特別扱いしないこともあって、そのことを知らない生徒も多々いるだろう。

 

「お母様から、何か聞いてないかしら。その……廃校の事とか」

 

 絵里は『廃校』と言う言葉をいう時に若干だが表情をゆがめた。やはり、生徒会長といえど理事長の発表には不満があると見える。

 

「いえ、特に……」

「そう……ありがとう。ごめんなさいね、呼び止めて」

 

 彼女は残念そうにそういうとその場を去って行った。

 その背中を見送りながら穂乃果は、

 

「生徒会長も大変だね……」

「ええ……私達に出来ることって、何なんでしょうね」

 

 結局この日四人は何も見出すことは出来ず、放課を迎え、それぞれの家路についた。

 

 

 

 

 

 サウザーの居城……

 

「もう、お食事はよろしいのですか?」

「今日はもういらん」

 

 サウザーはスプーンを放り出し、夕食の皿を下げるようモヒカンの手下に命じた。しかし、皿の上にはまだ半分以上残っており、モヒカンたちが心配げに問う。

 

「ご気分でも悪いのですか?」

「カレーを残されるとは、聖帝様らしくもない……」

 

 カレーはサウザー大の好物である。いつもは土日がカレーの日なのだが、今日は新学期ということもあってお祝いに予定が変更されたのだ。

 

「何かあったのでしたら、このブル(いつもサウザーの傍にいる髭のオッサン)にお話しください」

「うむ……」

 

 サウザーは今日学校であったことをブルに話した。音ノ木坂が廃校になること、穂乃果たちと廃校阻止のために行動することにしたこと……。

 

「なんと、廃校とはまた急な……」

「そうであろう? それに、廃校になるのは困るのだ。あとやっぱり残りのカレーも食べる」

 

 カレーを頬張りながらサウザーは考える。

 廃校になれば……せっかく校庭に拵えた聖帝十字陵も取り壊しになる可能性が高い。モブキャラを動員して築き上げた、あの十字陵を。

 

「何か廃校阻止の良い方法はないものか……む?」

 

 その時、丁度点けっぱなしにしていたテレビ画面が、サウザーの目に飛び込んできた。

 テレビの中の女性アナウンサーが元気よく話す。

 

『今人気のスクールアイドル! その人気の秘訣とは?』

「……スクールアイドル?」

 

 サウザーのスプーンを動かす手が止まる。

 

「流行ってるようですな。かく言う自分も『A-RISE』というグループのファンでして」

「ふむ……」

 

 画面の中ではアナウンサーからインタビューを受けるスクールアイドルが『風のヒューイ!』と自己紹介している。

 

「スクールアイドルか……」

 

 彼の頭の中に妙案が浮かんだ。

 これならば、廃校を阻止できるやもしれん。

 

 

 

 

「フハハハハーッ!」

「サウザーちゃん朝っぱらから元気だね。どうしたの?」

 

 翌朝の教室。登校してきたサウザーのご機嫌ぶりがいつもに増して()()()ことに気付いたことりが問いかける。

 

「フハハ、実は昨晩この学校を廃校から救う名案を思いついてな?」

「そ、それは本当!?」

 

 穂乃果が身を乗り出す。

 

「フフフ……はてさてこの歴史的名案、発表しちゃおうかな~? やめちゃおうかな~?」

「ウザったいですね、早く言ってください」

 

 海未が露骨にイライラしている。しかし、聖帝たるサウザーはそのような事お構いなしなのだ。

 彼はフハハと笑いながら重たそうな鞄を机の上にドスンと載せると、中から十冊近くの雑誌を取り出して見せた。どれもこれも、全国のスクールアイドルに関する雑誌である。

 

「今、スクールアイドルが空前の大ブームで、全国に増殖し続けている。ナウいヤングたちも、スクールアイドルがある学校への入学を希望することが多いらしいぞ? それに——」

 

「……あのね、サウザーちゃん」

 

 自信満々に話すサウザーだったが、ことりが申し訳なさげに話を遮る。それに続けるように、海未がため息交じりに口を開いた。

 

「どうせ『廃校阻止のために私達でスクールアイドルを結成しよう』とか言うんでしょう?」

「ほう、分かるか」

「分かります。丁度今さっき穂乃果も同じ提案をしていたところです」

 

 穂乃果が「でへへ」と困ったように笑う。海未は続ける。

 

「で、これもさっき私が穂乃果に言ったことなんですけど……」

 

 曰く、思いつきで行動しても結果は出ない、むしろ悪い方向に動く可能性もある。そもそも生徒を集めるには相応に有名になる必要があり、そのためにはプロに負けないほどの努力が必要であり、好奇心だけで行動したところで結果は見えている、とのことである。

 

「ですから……ちょっと聞いてるんですか?」

「もう少し分かりやすく話してくれても良いのだぞ、ん?」

「じゃあはっきり言わせてもらいます。アイドルは無しです!」

 

 海未の言う事は至極正論である。

 だが、残念ながら……結果としては良かったが……このサウザーと言う男には正論は全くの無意味であった。

 

「俺は聖帝サウザーだぞ? スクールアイドルなぞ……下郎どもに出来てこの俺に出来ぬはずがなかろうが! フハハーッ!」

 

 サウザーは高笑いする。

 

「帝王には制圧前進あるのみ! 有象無象のスクールアイドルなぞ、この帝王の前に跪くしかないのだ!」

「そ、その無根拠な自信はどこから出てくるんですか……」

 

 しかし、このサウザーの言葉に心打たれる少女が二人いた。穂乃果とことりである。

 

「海未ちゃん、私、やっぱり諦められない。私、可能性に賭けてみたい」

「穂乃果……」

「私も穂乃果ちゃんと同じ。このまま何もしないで卒業なんて、私やだよ……」

「ことり……」

「フハハハハハハハハハ―ッ!」

「サウザー……」

 

 海未の瞳が揺れる。彼女だってこの学校が廃校になるのは嫌なのだ。しかし、彼女は冷静な判断を最もとする。穂乃果やサウザーの思いつきに同調するなんて、友としてもあってはならない。自分が、冷静にならなければ……。

 海未が沸き上がる感情を押さえ込もうとする。その時、ことりの瞳が大きく潤んだ。

 

「海未ちゃん……」

「!?」

 

 海未に動揺が走る。彼女はことりの『アレ』が来ることを察したのだ。

 ことりは、全霊の思いを込めて海未に懇願した。

 

「海未ちゃん……お願ぁいッ!」

 

 次の瞬間、ことりの甘ったるい声音と子犬のように潤んだ瞳から発せられるいじらしさのオーラが海の身体を貫いた。

 

「ぐふっ!」

 

 ことりの『お願い』……またの名を『南小鳥嘆願波(みなみこちょうたんがんは)』はその甘ったるい声音も相まって妙な破壊力がある。この声で本気のお願いをされるとイエスと答えざるを得なくなる。ましてや、海未の心は大きく揺れ動いていたのだ。ダメージは相当である。

 だが、海未は持ちこたえた。

 

「し、しかし……! 軽率な、行動は……!」

「海未ちゃんお願ぁい!」

「ぬふしっ!」

 

 海未は崩れ落ちた。流石に二度は無理だった。

 彼女はしばし床の上で悶えた後、息も絶え絶えな様子で身を起こした。

 

「い、良いでしょう……私も、協力、します……」

「海未ちゅあんありがとう!」

 

 ことりが涙ぐみながら海未に駆け寄る。海未も(死にそうながらも)笑いながら、

 

「い、いえ、構いませんよ……。そのかわり……穂乃果も……サウザーも……生半可な気構えで臨んだら、容赦しませんからね……」

「うん! 分かってる!」

「フフン、聖帝に不可能は無い」

「そう……ですか……」

 

 そう言うと、海未はことりの腕の中で力尽きた。

 

 

 

 

 かくして、一つのスクールアイドル伝説が幕を開けた!

 持ち歌どころか、グループ名すら決まっていない現状! 

 しかし、四人の心には大いなる希望と野心があった!

 果たして、彼らはこの学校の救世主になりうるのだろうか!?

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

 




我ながらなんでこんなの書いてるんだろう。


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2話 聖帝の華麗なるスカウト の巻

南斗五車星は人気爆発中のスクールアイドルです。ただ、メンバーが一同に会することはほぼない(主にジュウザのせい)。


 +前回のラブライブ!+

 

 

【挿絵表示】

 

 

 俺は聖帝サウザー! なんやかんやでスクールアイドル始めることになっちゃいました。歌もダンスも未経験だけど、きっと余裕だよね! だって帝王だし!

 座右の銘は『退かぬ、媚びぬ、省みぬ』。でも、時々昔を思い出して泣きたくなるときもあるよ!

 好きな食べ物はカレーライス、嫌いなものは大人。だって、大人って汚いしわかってくれないしすぐ嘘つくんだもん! でも、お師様は好き! お師様のためにデカい十字陵だって作っちゃうくらい好き。ロン毛なのがもどかしいけど好き!

 こんな聖帝だけど、下郎の皆さん、どうかファンになってください。

 あ、でも愛はいらないよ!

 人気もファンも欲しいけど、愛はいらない(笑)

 

 

 

 スクールアイドルを始めることにした四人はさっそく部として登録するべく書類を手に生徒会室に向かった。

 生徒会長も学校の廃校は阻止したいはずである。きっと、この提案に快諾の判を押してくれるだろう。

 ……だが、現実はそううまく行かないものである。

 

「残念だけど、認められないわね」

 昼下がりの生徒会室、生徒会長の絢瀬絵里はそういうや部活動申請書を四人につき返した。

「な、何でですか!?」

 それに対し、穂乃果が食い下がる。しかし、絵里の言葉は冷たく、簡潔なものであった。

「部活、同好会問わず設立には五人以上の部員が必要よ」

 これは生徒手帳にもバッチリ銘記されていることである。また、現行の部活動には五人未満のものが数個あるが、それらも設立当時は五人以上の部員が登録されていた。

 こう言われては四人も引き下がるほかなく、すごすごと生徒会室を後にするのだった。

 

 しかし、部活動の申請が却下されたからといって個人的な活動が禁止されたわけではない。四人は来るべきアイドル部設立に向けて動きだすことにした。

 例えば——。

 

「三人とも、見て見て」

 翌日の昼休み、ことりは一冊のスケッチブックを鞄から取り出してサウザーたちに見せた。

「なんだこれは」

「ステージ衣装だよ! 昨日の夜考えたんだー」

 真っ白なスケッチブックの上に描かれた鮮やかな衣装は三人の目に眩しく映った。ことりは時折自分で服をこさえてしまうような腕の持ち主である。この衣装も、自分で作るつもりなのだろう。

 そんな衣装を見ながら、サウザーと海未がモジモジする。

 穂乃果が不思議そうに訊いた。

「ん? どうしたの二人とも?」

「こ、このスカート、丈が短すぎませんか……?」

「そ、そうだ。いくらおれでもこんなミニスカートは……」

「いやなんでサウザーちゃんは着る前提で話してんのさ」

「サウザーちゃんはいつものタンクトップでいいよー」

 しかし、ここは聖帝サウザー、自分だけ他と衣装が違うのは許さぬ……というか寂しい。とは言えいくらなんでもフリフリミニスカートというのは厳しい。 

 そういう事であるから、サウザーもまたお揃いの衣装案を引っ提げてきていた。

「貴様たちもタンクトップにすれば? それぞれ色違いのタンクトップにすればかなり鮮やかだと思うが?」

「タンクトッ……タンクトップ……うーん……」

 ことりはスケッチブックを眺めながら納得出来るような出来ないような微妙な表情をしている。しかし、海未はどちらにも反対な様子であった。

「破廉恥です!」

「確かに、サウザーちゃんのタンクトップって、女子が着ると大変なことになるよね。主に胸が」

「穂乃果の言う通りです! ことりの衣装だって、その……下着が……」

「それは俺も恥ずかしい」

「だからなんでサウザーちゃんは着る前提で話してんのさ」

 サウザーがフリフリミニスカートなぞ履こう日には国家権力の召喚は避けられまい。もっとも、サウザーにかかればその程度なんてことは無いだろうが。

 恥ずかしさで頬を染める海未。そんな彼女の肩を叩きながら、

「大丈夫だって! 海未ちゃん、脚も引き締まって綺麗だから似合うよ!」

「フハハハハ―ッ! 俺の脚も」

「サウザーちゃんちょっと黙ってくれないかな」 

 話は平行線を辿って決着がつかない。海未はてこを使っても持論を曲げそうにはなかった。曰く、衣装は膝下じゃないと認めない、と。ここでいつも着ている制服のスカートはどうなんだという野暮な指摘は断じて許されない。

「わかりましたか? ことり」

「はーい……」

「じゃあやっぱりこのタンクトップを」

「タンクトップも無しです」

「むう……」

 

  

 四人のやるべきことは衣装意外にも多々ある。

 リストアップされたものをことりが確認する。

「えっと、チームの名前は公募するとして、問題は曲だね」

「おや、曲は流通しているものを使うのではないのですか?」

「穂乃果は自分たちの曲が欲しいなー! 音ノ木坂の名前を上げるための活動なんだし!」

 穂乃果が元気に言う。と、なれば、歌詞とそれをのせるメロディを作る必要がある。しかし、四人は作詞も作曲もやったことは無いし、どうやればいいのかは分からない。

 特に、作曲に関してはある程度の専門知識が必要なわけで、昨日今日の人間がほいさっさと作れるものではない。

「となると、新メンバーが必要だね」

 穂乃果がフンスと意気込む。どちらにしろ、部活動申請のためにはあと最低一人は必要なのだ。

「でも、そう都合よく作曲出来る人なんているかなぁ?」

「まぁ、普通はいないですよね」

「フフハハハ―ッ! 心配するでない」

 サウザーはマントを華麗に翻しながら宣った。その姿には謎の信頼感がある。

「いなければスカウトすれば良いのだ。このおれのネゴシエイト力に括目するがいいわ!」

「で、サウザー。アテはあるんですか?」

「フハハ! そのようなものないわ! 放課後にでも音楽室に行けば、そう言う輩がいるんじゃね? っていう!?」

「穂乃果、ことり、私色々先が心配なんですけど」

 高笑いするサウザーに呆れかえる海未。穂乃果とことりは苦笑しながらも海未に同調するのであった。

 

 

 

 

 西木野マキは今年入学してきたピッカピカの一年生である。そして、入学早々に廃校の事実を突き付けられた可哀想な一年生の一人でもある。

 しかし、彼女にとってそのような事はどうでもよい。

 彼女にとって学校は勉学をする場所でしかない。例え廃校になろうと、自分の在学中にきちんと学校として機能していてくれるならば何ら問題ないのだ。

 それに、廃校になるというだけにこの学校は人が少ない。それゆえ、自分だけの大切な時間……放課後の音楽室で一人、ピアノの弾き語りをする時……それを誰にも邪魔されないというのは、大きな魅力であった。

 そして今日も彼女は人知れず音楽室で歌を唄う。

「……ふぅ」

 一通り唄い終わった彼女は息を一つ吐くと、鞄から水筒を取り出し喉を潤した。

 誰にも邪魔されないこの時間。この時間があるから、彼女は明日も頑張ろうと思えるのだ。

 彼女がそんな豊かな気分に浸っている時であった。

「フハハハハ―ッ!」

「ヴェェッ!?」

 突如音楽室の戸が開け放たれ、紫のタンクトップ姿の男が乱入してきた。 

「な、なに!? 誰!?」

「フフ……誰ですかって……フハハハハ―ッ!」

「お、お邪魔します……」

「すごい! ホントに音楽が出来そうな感じの子がいた!」

「流石聖帝だね~」 

 何が面白いのか大笑いするタンクトップに続いて三人の二年生も入室してきた。

 マキはあまりに突然の事態に呆然とするばかりである。

 そんなマキなぞお構いなし、タンクトップが自己紹介をする。

「俺の名はサウザー。南斗鳳凰拳伝承者にして聖帝、そして音ノ木坂スクールアイドルのリーダーである」

「す、スクール……なに?」

「スクールアイドルだよ!」

 サウザーを名乗るタンクトップに着いてきたマゲの二年生が言う。

「私、高坂穂乃果! こっちが南ことりちゃんで、こっちが園田海未ちゃん! あなたの名前は?」

「に、西木野マキ……」

「マキちゃんかぁ! 歌、上手だねぇ!」

 マキは意味が解らなかった。闖入者の襲来かと思えばやれスクールアイドルだのやれお前は歌が上手いなだの……まぁ、歌が上手いと言われたのは素直に嬉しかったが……。

 穂乃果は続ける。

「マキちゃん! 歌もピアノも上手だけど、もしかして作曲とかできたりするの!?」

「えっ、ま、まぁ……」

「すごい!」

「い、いや……」

 マキは照れたように頭を掻く。が、ここに来てようやく彼女は正気を取り戻した。

「ていうか、あなた達何!? 突然入ってきたかと思えば!」

「だから、スクールアイドルだと言っているであろう?」

「意味わかんない!」

「サウザー、ちゃんと順を追って説明しないと伝わらないでしょう」

 四人はマキに事情を説明をした。

 自分たちはこの学校を廃校から救いたいということ、そのためにスクールアイドルを結成したこと、そして、その曲作りのために西木野マキさんにも参加してほしいということ。

「西木野さん歌も上手いし美人だし、きっと衣装も似合うと思うな~」

 ことりも参加してマキを口説く。

「ことりちゃんの言う通り! ね、一緒にスクールアイドルやらない?」

 穂乃果は満面の笑みで元気よく誘う。それにマキは一瞬逡巡の気色を見せた。しかし、それも一瞬のことで、すぐに返事が返って来る。

「興味ないです!」

「え~?」

 穂乃果たちの声を無視するように、彼女は鞄に素早く荷物をまとめ、肩に下げた。

「失礼します!」

 そしてそのまま穂乃果たちの脇をすり抜けるように出口へと向かう。

 だが。

「へっへっへ~」

「逃がさねぇぜェ~」

「な、なによ!?」

 音楽室を出ようとしたマキの前に、どこに隠れていたのかという勢いでモヒカンの偉丈夫二人が立ちふさがってきた。

 それにはさすがの穂乃果たちも驚く。

「こ、この世紀末感あふるる人たちは……?」

「フフフ……。俺の部下、聖帝正規軍の兵士よ」

「学校は関係者以外立ち入り禁止では?」

「フハハ、立場上は俺の保護者となっている」

「ほ、保護者……」

 三人は思わず苦笑を漏らした。

 しかし、当のマキは全然笑いごとではない。

 聖帝軍の精鋭モヒカンズの二人は一見してマキの身長の倍はあるようにすら見える。そのような大男たちがニヨニヨ笑いながらいたいけな少女に迫ってくるのだ。これはいけない。

「フフ……行けい、者ども! 捕えてチーム『名称未定』の作曲担当とするのだー!」

「ヒャッハァーッ!」

 モヒカン達が舞う。

 このままではマキはあえなく捉えられ、なんやかんやの後にサウザーの下で作曲する羽目になってしまうだろう。ああ、哀れ西木野マキ!

 だが、次の瞬間!

「ねえ穂乃果ちゃん、何か聞こえない?」

「ほんとだ……海未ちゃんも聞こえる?」

「ええ……なにかしら……テーレッテー?」

 そう、その謎の音楽が流れてきた瞬間、マキがおもむろに腕を上げた瞬間である!

 マキの腕から鋭い闘気が放たれ、モヒカンズを貫いた!

 

 ——北斗有情破顔拳!

 

「あっ……げ……」

「うひぃ……」

 貫かれたモヒカンズは見事MENTAL K.O である。気が付けば気味が悪いほどに恍惚の表情を浮かべながら冷たい床の上で痙攣している。それを一瞥すると、マキは再びサウザーたちに向き直り、

「とにかく、お断りしますからっ!」

と言い捨てさっさと音楽室を後にしてしまった。

 彼女が去った音楽室は一気に静まり返り、床の上で痙攣するモヒカンのアヘアヘボイスだけが部屋の空気を震わせていた。

「えっ、何今の」

「ちょっと私にもわかりません」

「世紀末すぎるよ~」

 あまりの急展開に置いていかれ気味の穂乃果、海未、ことりの三人。対して、サウザーだけが血を流すほどに歯ぎしりしながら、

「ぬうう北斗めぇえええ!」

と唸っていた。

 

 

 時は流れ、放課後。

「メンバー探しも良いですけど、それに構かけて練習できなかったら意味ありません。そういうわけで、トレーニングです」

 四人は校庭にある聖帝十字陵前に来ていた。

 この誰が作ったのか分からないピラミッド……まぁ作らせたのはサウザーなのだが……には頂上まで長い長い階段が続いている。海未はそれをひたすら登る、という単純ながらも地味にハードなメニューを課した。

「私は弓道で鍛えてますし、こう見えて登山が趣味ですから体力には自信があります。サウザーも聖帝ですから問題ないでしょう。でも、穂乃果とことりはそうじゃないでしょう?」

「まぁ」

「そうだね」

 穂乃果とことりが準備体操しながら答える。

 準備体操が済むといよいよ登山の始まりである。海未を先頭に、穂乃果、ことり、サウザーの順で頂上を目指す。

 四人はしっかりとした足取りで階段を登り始めた。

 登りながら、穂乃果が漏らす。

「それにしても、マキちゃんの事は諦めきれないなぁ」

「フフ……安心しろ高坂穂乃果。いくら北斗神拳といえど、この俺の身体の秘密を暴かぬ限り奴は俺に勝てぬ」

「いや別に南斗と北斗の因縁的な話じゃなくてね? 歌が上手くて作曲も出来るんだから……」

 穂乃果にはマキはああ言えどスクールアイドルに興味を抱いているという確信があった。YESと答えられないのは、プライドがそれを許さないという理由もあるだろう。アイドルなんて、ヘラヘラ踊り狂っているだけにしか見えないのかもしれない。

 実際、穂乃果も最初はそう思っていた。廃校から学校を救いたいという気持ちは本物であったが、アイドルを軽く見ていたからこそ、気楽に、

「アイドルやろーぜアイドル」

と提案出来たのである。 

 しかし、海未に言われ、聖帝十字陵を登っている今、そのような気持ちは微塵もない。

 サウザーもまた同様にスクールアイドルを提案した者だ。しかし、彼の穂乃果と違うところは、過去も現在も特に何も考えていないというところである。海未に言われて考えてることといえばカレーに一番合う品種の米は何かということくらいである。

 

 ……四人が十字陵の頂上に着いたのは登り始めてから二十分ほど経った時の事である。

 その頃には穂乃果とことりはヘロヘロで、立っているのもやっとという様子であった。

「三人とも大丈夫ですか? 特にサウザーは途中でターバンの少年に脚を刺されていたようでしたが」

「フン、大丈夫だ。絆創膏も貼ったし」

「な、なんて強がりなのぉ!?」

「あの我慢強さは穂乃果じゃ絶対太刀打ちできないね……!」

「そんなことより、ほら、見てください!」

 三人のやり取りを無視しながら海未が目の前に広がる景色を示す。

 時刻はちょうど夕暮れであった。

 空は夜の装いを見せ始め、鮮やかな空の中で星々が輝き始めていた。間もなく夕日は光の残滓と共に消えて、街の灯が星よりも煌びやかに輝き始めるだろう。

 その風景に、四人は言葉を失う。

「綺麗……」

 そうとしか表現の仕様の無い景色であった。

 そんな夕暮れの景色を見て、サウザーの心に、昔の温かな記憶がよみがえる……。

 

 

 

 それは丁度このような夕暮れの事であった。

 その日の鍛錬を終えたサウザーは腕で額の汗を拭いながら、ふと近くにいた犬へと目を向けた。

 ——お師さん!

 ——どうしたサウザーよ

 ——あそこにいる犬は、何をしているのですか? 一匹がもう一匹に乗っかっているようですが……

 それを聞いた瞬間、師……オウガイの目が険しく光った。

 サウザーは一瞬その目に気圧された。だが、すぐにオウガイの目はサウザーを愛しむものへと変わり、手にしたタオルでサウザーの汗をわしわしと拭きながら、優しく語りかけた。

 ——あれは、犬同士の鍛錬だ。動物界にも険しい戦いがあるからな

 ——へぇ、動物も大変ですね!

 

 サウザーが事の真実を知ったのは、それからずっと後のことでった……。

 

 ——シュウ、見てみろ。犬が鍛錬に励んでいるぞ

 ——ン? いや、あれは……

 ——犬ですらあのように鍛錬するのだ。我々人間もうかうかしておれぬな

 ——いや……えっ? サウザー……えっ……?

 

 

 

 

 

「愛などいらぬぅっ!」

「うわビックリした!」

「大人の愛ゆえに、人は恥をかかなければならぬ!」

 サウザーが慟哭する。誰よりも純真であったが故に……。

 ……そうこう言っている内、空はみるみる暗くなっていった。

「そろそろ下りましょうか。本格的に暗くなると危ないですし」

 海未が言う。すると、サウザーがまた高らかに笑い出した。

「フハハハハ―ッ! 一番先に下へ行くのはこの聖帝サウザーだ! 一番遅れた下郎はジュース奢り~」

「あっ、サウザーちゃんずるい!」

「ちゅん! まってよサウザーちゃん!」

 穂乃果とことりの声を無視して、サウザーは高らかに飛翔する。

「フハハハハ! 省みぬ! フハハハハ―ッ!」

 その飛翔する姿は、まさに鳳凰!

 しかし、彼が着地した瞬間の僅かな隙を突いたターバンのガキに脚を刺され(しかも先ほどと寸分違わぬところ)、その痛みに絶えるためうずくまっている内に穂乃果たち三人に先を越されてしまった。

 結局、サウザーは三人にジュースを奢る羽目になった。

 

 

 

つづく




名前がカタカナのキャラは北斗の拳に片足突っ込んでるキャラ。



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3話 聖帝と甘いお願い の巻

 本作品は来年に迫るミスターハリウッドことアイン登場30周年を記念すべく連載されています。嘘だけど。


 +前回のラブライブ!+

 西木野マキよ。

 ジョインジョインマキィヴェヴェヴェヴェザタイムオブレトビューションバトーワンデッサイダデステニーヴェェッペシペシヴェェッペシペシハァーンヴェェッハァーンテンショーヒャクレツヴェェッイミワカンナイヴェェッヴェェッヴェェッフゥハァヴェェッナニソレイミワカンナヴェェッイイカゲンハァーテンショウヒャクレツケンヴェェッハアアアアキィーンホクトウジョウダンジンケンK.O. オコトワリシマス

バトートゥーデッサイダデステニー セッカッコーハアアアアキィーン テーレッテーホクトウジョーハガンケンハァーン

FATAL K.O. トラナイデ! ウィーンマキィ (パーフェクト) 

 

 

 

 

 十字陵から降りた四人はそのまま荷物をまとめると校門へと向かった。既におおよその部活も活動を終えており、薄暗い校門から出ていく人影はまばらである。

「さて、曲の目途も立ったことだし、あとは歌詞だね!」

 そんな校門で、穂乃果は三人に嬉しそうに言った。それに対して海未が驚いた様子で、

「穂乃果ったら、あの子のこと諦めて無いんですか?」

「当然! それにサウザーちゃんは絶対負けないって言ってるし、いざという時は大丈夫だよ!」

 答えるようにサウザーは「フハハハハ―ッ」と笑う。そんな二人を見て、ことりは恐る恐る訊く。

「穂乃果ちゃんもしかして西木野さんのこと拉致るつもり?」

「…………」

「何で黙るの」

 しかし、拉致るにせよなんにせよ、曲を作ってもらうにはまずは歌詞である。

 四人は歌詞を練り上げるべく、校門から出るやそのままサウザーの居城へと向かった。

 サウザーの居城は学校から二十分歩いたところにある大きな建物で、屋根の上にはいつも南斗の十字を象った旗がはためいている。

「相変わらずデカいねー」

 門をくぐりながら穂乃果がほえー、と溜息を吐く。彼女はここに来るたびにこれを言っていた。

 玄関ではサウザーのお世話役であるブルが出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ。ご学友の方もごいっしょでしたか」

「うむ」

「おじゃまします!」

「どうぞいらっしゃいまして。リゾ! おしぼりをお持ちしろ!」

「はっ!」

 サウザーの城は『城』と言うだけあってお客さんへ熱いもてなしをしてくれる。

 穂乃果たちは「こんなに良くしてくれるのだから、今度何かお土産でも持ってこないとなぁ」などと思っているのだが、実際のところこのおもてなしは、サウザーの相手をしている三人への聖帝軍からの労いと感謝の気持ちという面が強い。

 無論サウザーはそんな事情を知らない。

 

 サウザーの城は非常に広いが彼が使う部屋は玉座のある無駄に広い食堂とふかふかベッドのある寝室ぐらいなものである。それは来客があった時も同じで、穂乃果たちはいつも無駄に広い食堂に案内されている。

 この日も四人は広い食堂のデカい食卓に着き、さながら会議の如く話し始める。

「作曲ほど技術はいらないといっても、作詞もどうしたらいいか分かりませんね」

 海未の言う通り、作詞は単に文章を書けばいいというわけではない。いかに簡潔に、詩的に、リズムよく伝えたいメッセージをまとめ上げるかが重要である。好き勝手言葉を羅列すればいいというわけではないのだ。

「いっそその西木野とかいう下郎に歌詞も任せてもいいんじゃないか?」

「だめだよサウザーちゃん、何でもかんでも人任せは」

 ことりが窘めるように言う。

 そんな中、穂乃果にはどうも妙案があるらしく、ひとり不敵に笑っていた。

「穂乃果ちゃん、どうしたの?」

「ふっふっふ、実は作詞担当の目途は立ってるんだよねー!」

 彼女はガタンと立ち上がるや否や勢いよく人差し指を海未へと向けた。

「海未ちゃん!」

「はい!?」

「海未ちゃんってさ、中学の時、ポエムとか書いてたよね?」

「なっ………!?」

 瞬間、海未の顔が湯でタコのように紅潮した。顔全体で「恥ずかしい!」と叫んでいるようである。

「そういえば、書いてたよね、海未ちゃん」

 ことりも思い出した様子である。サウザーも、

「それは適任だな。フハハハハ―ッ!」

とご機嫌麗しい。

 しかし、対する海未は真っ赤になりながら口をパクパクするだけで、お世辞にも乗り気には見えない。当然である。中学時代のポエムなぞ、彼女にとっては忘れたいほど恥ずかしい思い出である。もしもこれ以上掘り返すようなら穂乃果たちを殺して自分んも死ぬというほどの思い出なのだ。

「いやですよ!」

「えー、なんでー?」

 穂乃果が悪意なき瞳で海未を見つめる。

「うっ……」

 やがて、その瞳に海未は耐えられなくなり、

「嫌なものは嫌です!」

と叫び立ち上がるとこの場から逃走しようとした。

 が、そんな彼女の前をサウザーが高速反復横跳びで遮る。

「フハハハハハハハ!」

「ぬっく……帰す気サラサラありませんね!?」

「海未ちゃんお願い、海未ちゃんしかいないの!」

 ことりはサウザーの隙を窺う海未を説得する。

「私がしたいのは山々なんだけど、衣装作りで精いっぱいで……」

「穂乃果がいるでしょう!?」

 とはいうものの、彼女は穂乃果に作詞というか文章的な才能が壊滅的なことは知っている。任せようものなら『パンを喰らう歌』などを作りかねない。

「でも……私はいやです! お断りします!」

「フフ……作詞しないと反逆罪で死刑だぞ?」

「突然力と恐怖で人を支配しようとしないでください! 何にせよ、作詞するくらいなら腹を切ります」

 海未の拒絶ぶりに穂乃果は「どれだけ嫌なんだ……」と若干引いていた。だが、海未がどれだけ拒絶しようとも、彼女は作詞をしてしまうだろう。なぜなら……。

「海未ちゃん……」

「うっ!?」

 そう、穂乃果とサウザーの方には南ことりがいるのだ。

「……お願ぁいっ!」

 ことりが放った『南小鳥嘆願波(みなみこちょうたんがんは)』がまたも海未の身体を貫く。それを受けた海未はたまらず身体を崩し、思わず尻もちをつく。

 だが、心はまだ完全に屈していないようで、

「そ……それでも……いやなものは……」

と声を絞り出していた。

 そんな彼女に追い打ちをかけるが如くことりは席を立って駆け寄り、嘆願波を連発した。

「お願い! 海未ちゃんお願い! ………お願ぁいっ! 海未ちゃぁん!」

「ぬうぅーーーーーーし!」

「待って待って、これ以上やると海未ちゃんおかしくなっちゃうって」

 穂乃果の制止が入り、ようやく海未は解放された。床の上で痙攣する彼女をことりは優しく抱きかかえる。

「うう……ことり……」

「海未ちゃん……どうしても、ダメ?」

 ことりが恐る恐る訊く。それに対し、死にかけの海未は困ったような笑みを浮かべて、

「もう……ことりったら、ズルいですよ……」

 彼女は、恥ずかしいと同時に怖かったのだ。 

 自分なんかが歌詞を書いたら、変なのになってしまうのではないか……いや、まだそれだけならいい。自分が恥をかいて済むだけなのだから。

 でも、書いてしまった以上、穂乃果とことりにそれを歌わせることになってしまうのだ。そうなれば、二人は人前で大きな恥をかくことになってしまう。大切な人にそんな思い、させたくなかったのだ。

「私は、口では偉そうなことを言ってますけど……本当は自信がないんです。みんなに、迷惑を掛けるかもと、不安なのです……」

 そういうと自嘲気味に笑った。

 だが、そんな声を吹き飛ばすように穂乃果が叫ぶ。

「そんなことないよっ!」

 死にかけ海未の傍へ穂乃果も駆け寄った。

「海未ちゃんならきっといい歌詞が書けるよ! 誰にでも自慢できる、どこでだって披露できる、素敵な歌詞が……! 私達に書けないものを、海未ちゃんは切っと書ける!」

「穂乃果……」

「もし私が歌詞なんか書いたら、ロクなのできないよ。『お饅頭音頭』とか『パンを喰らう歌』とか……もし海未ちゃんが引き受けてくれなかったら、歌詞を書くのは私とサウザーちゃんになるんだよ!?」

「……!?」

「海未ちゃんいいの!? 私とサウザーちゃんなんてロクなの作れないよ!? サウザーちゃんなんかが作ろう日にはオトノキの廃校が加速するよ!?」

「穂乃果ちゃんの言う通りだよ! サウザーちゃんに世紀末ソング作られるより、海未ちゃんの素敵な詩が良いよ!」

「穂乃果……ことり……」

 ことりの腕の中、呆然としていた海未。だが、二人からの言葉を受け、海未の瞳にはいつもの力強い光が舞い戻ってきていた。

 彼女は一つ笑うと、ことりの腕を離れ、一人でしっかりと立ち上がった。

「分かりました。作詞、引き受けさせていただきます」

 そう言う彼女の顔に、もう拒絶や恥じらいの色はなかった。

 

 そんな三人を傍から見ていたサウザー。

「なんだろう」

 彼は自分の胸をそっと抑えながら独り言ちる。

「この辺が……ズキズキする?」

 

 

 

 

 一度やる気になると海未の作業速度は非常に速くなる。頼まれていた歌詞も、翌々日には完成してみせた。

「海未ちゃんすごーい」

「ざっとこんなもんですよ」

 穂乃果に言われて誇らしげに胸を張る。

 歌詞が出来たとなると、後はメロディだけである。放課後になると、四人は歌詞を携えさっそく音楽室へと向かった。

 

 

 音楽室にはピアノの軽やかな旋律が流れていた。演奏しているのは、もちろん西木野マキである。

 しかし、彼女の指は以前ほど美しく動かない。

「……スクールアイドル、か……」

 彼女は悩んでいた。

 ……あの四人の提案、乗ってみても良かったのではないだろうか?

 確かに、彼女はアイドルというものを見下している節があった。チャラチャラして、ヘラヘラ愛想を撒きながら適当に歌い踊るだけのオチャラケな人だ、と。

 しかし、自分の作曲した歌が唄われる、というのは大きな魅力だったし、何より、彼女は見てしまったのだ……あの四人が、校庭の十字陵に登ってトレーニングしているところを。

 その姿に、マキは魅力を感じてしまったのだ。

 それでも彼女は素直になれなかった。

「バカみたい……」

「……ハハハ……」

「アイドルなんて……」

「フハ……ハハハ……」

「そんな連中の音楽なんて……ん?」

 マキは遠くから聞こえる奇妙な声に気付いた。何やら笑い声のようである。

 そして、その笑い声は……

「こっちに、近づいてくる?」

 彼女がそう呟いた、次の瞬間。

「扉ドーン!」

「ヴェエッ!?」

 音楽室の扉が景気よく蹴り破られ、吹き飛ばされた扉はそのまま音楽室の窓を突き破って外へ飛んでいってしまった。あまりに突然の事態にマキは慌てふためく。

「な、なによ……!?」

「フハハハハ―ッ!」

 その音楽室に似つかわしくない喧しい笑い声にマキは聞き覚えがあった。

 蹴破られた入り口に聳える偉丈夫……聖帝サウザーは宣う。

「西木野マキよ! 我々のために作曲するのだ!」

「お断り……」

「お断りしたら反逆罪で死刑だぞ? んん?」

「くっ……」

 何に対する反逆罪なのかは知れないが、出入り口を塞ぐようにフハハシュビドゥバと反復移動を繰り返すサウザーを見る限り、とにかくマキを外に出す気はないようだ。

「フフフ……貴様には作曲する以外の道は残されていないのだ!」

 サウザーは楽しそうに高笑いする。毎日が楽しそうな人だとマキは逆に感心した。だが、感心したからといって付き合う道理はない。彼女は手早く荷物をまとめると肩から下げた。

「……帰ります」

「おっと帰さんぞ? フハハ」

「…………」

 マキはサウザーのウザさに少しムッとした表情を見せると、荷物を床に置き、緩やかに手を上げる。だが、サウザーは不敵に笑いながら反復移動をやめない。

「フハハ。一つ警告しておこう。 俺の身体に北斗神拳は効かぬ!」

「?」

「俺の身体は神に与えられし身体だ。俺の身体に流れるのは帝王の血! 故に、何者にも止められぬのだ! そうであるから、諦めてこの歌詞にあった曲を作れ」

 彼は反復移動しながら懐より海未の記した歌詞を取り出してマキに手渡した。彼女は半ばひったくるように(相手が高速反復移動しているのだから仕方ないと言えば仕方ない)受け取り、サッと目を通した。

「フハハ……完成を待ち望んでいるぞ。さらばだ!」

 言うやサウザーは一目散にさきほど割れた窓へと突き進み、そのまま空へと羽ばたいた。

「………イミワカンナイ………」

 嵐の去った音楽室で、マキは一人そう呟くのだった。

 

 

 音楽室から飛び出したは良いものの、着地の瞬間ターバンのガキに襲われ死に体になってしまったサウザーは、ラマーズ法で痛みをこらえていたところをちょうど通りかかった穂乃果たちに助けられた。

「サウザーちゃん大丈夫?」

「ぬっふ! あのガキ、以前刺したところと寸分たがわぬところを……!」

「そんなことよりサウザー、ちゃんと歌詞は渡せたのですか?」

 海未に訊かれたサウザーは、不敵に(でもちょっと辛そうに)笑いながらユラリと立ち上がった。

「この聖帝に不可能は無い。無論、快諾であったわ」

「さすがだね」

 ことりが嬉しそうに言う。これには穂乃果もホッとした様子で、

「いや~、サウザーちゃんの事だから南斗と北斗の因縁深めてきただけかと思ったけど、案外大丈夫なもんだね」

「穂乃果ちゃんったら、さすがにサウザーちゃんもそこまで馬鹿じゃないよ」

「そうですよ穂乃果。いくらいつもパッパラパーでアッタタターなサウザーでもそこまでじゃないですよ」

「フハハハハ―ッ!」

 四人は仲良く声を上げて笑う。

 ひとしきり笑い終わったところで、海未が「さあ!」と声を上げた。

「今日もトレーニングしていきますよ!」

「おー!」

「フハハハハ」

 

 

 

 

 

 三日後。

「聖帝様のご登校だぁ~!」

 サウザーはいつものように豪奢なバイク(通称・聖帝バイク)の玉座に座りながら世紀末的な登校をしていた。彼の行く手は先遣隊が確保してくれているので、実にスムーズに登校できる。

 そんな彼の前に、「サウザーちゃん!」と突如として穂乃果が現れた。

「なんだテメェはぁ! 消毒されてぇかぁ~!」

 突然のことに先遣隊が反応する。しかし、それをサウザーはおさえ、

「まぁ待て。どうしたのだ高坂穂乃果、えらく慌てている様子だが?」

「そ、それがね!」

 言うと穂乃果は鞄をごそごそ漁り、一枚のCDを取り出して掲げて見せた。ケースには、「チーム『名称未定』へ」と走り書きがされている。

「朝起きたら家に届いてたの。マキちゃんが作ってくれたんだって!」

「なんだと?」

 それを聞くや、サウザーはスクと立ち上がり、快活な笑い声を上げた。

「フハハハハ―ッ! ついに北斗は南斗に屈したのだ」

「いや、別にそういうんじゃないと思うけど」

 CDにはメモ書きが同封されていたらしく、穂乃果が言うに、そこには「歌詞が良かったので今回だけ特別に作ることにした」と書かれていたらしい。決してサウザーの勧誘のおかげではないとマキは言うのだ。だが、聖帝サウザーにそんな道理が通用するはずもなく、

「そのようなもの、下郎の戯言に過ぎん。『ホザケ→ゲロゥ』でしかないわ!」

「いやいや」

 穂乃果は苦笑しながら言う。しかし彼は聞く耳を持たない。彼は根から人の話を真面目に聞くような性格ではないのだ。なにしろ聖帝なのだから。

「征け、音ノ木坂へ! 南斗の威光を知らしめるのだ!」

 サウザーの指示の下、聖帝バイクは大きな唸り声を上げ、穂乃果そっちのけの全速力で音ノ木坂学院へと猛進していった。 

 

 だが、存外に乗り心地の悪いバイクであるから、サウザーは校門前で胃の中を吐き戻す羽目となった。

 

 

つづく

 




師走なのと挿絵に地味ながら手間がかかることから更新は遅めになると思いますが、許してください。


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4話 ネゴシエーター聖帝 の巻

あけましておめでとうございます。
実はこんなもの書いてる状況じゃない。


 +前回のラブライブ!+

 

 拝啓、おばあさま。

 日本はすっかり春で、今年も音ノ木坂は桜が満開です。おばあさまも音ノ木坂の桜が好きでしたね。

 時に、おばあさまは学校が廃校になるということはもうご存知でしょうか? おばあさまの愛したこの学校がなくなるのは、私としてもとても悲しいことです。でも安心なさってください、絶対に、音ノ木坂学院を廃校になんてさせません。

 そういえば、この間初めて宅配ピザを食べました。量の割に値段が高いのは賢くないなぁと思いましたが、亜里沙がハラショーハラショー言っていたし美味しかったので、とってもハラショーだなぁと思いました。

 まだまだロシアは寒いでしょうから、お身体には気を付けて。

 かしこ。

 ——絢瀬絵里

 

 

 

 

 良いことは続くものらしい。

 曲が完成したのと北斗が南斗に降った(後者は思い込み)ことに喜び勇むサウザーであったが、彼の元にまたも嬉しい知らせが飛び込んできたのである。

 校内の掲示板の前に穂乃果が設置したグループ名募集の張り紙と箱。その箱の中に、一通だけ名前の投書があったのだ。

「穂乃果、いつの間に設置してたんですか?」

「私の行動力を舐めない方が良いよ海未ちゃん! 私の行動は人間の目ではとらえられない」

「変なこと言ってないで、早く見ようよー」

 一通だけの投書……丁寧に折りたたまれたそれは穂乃果の両手で大事にそうに抱えられている。そこに、四人に行く末を左右するであろう文字が綴られているのだ。

「そ、それじゃ、開けるね……」

 穂乃果が緊張した面持ちで言う。海未やことりも息を呑む。サウザーも、全身から闘気がにじみ出ている。

 何の変哲もない模造紙の切れ端。それを穂乃果の手が金箔を扱うがの如く丁寧に開いていく。そして、開かれたその紙には、ペンで走り書きのような文字が躍っていた。

 『μ's』

「……なに?」

「ユー……ズ?」

 それを見て、穂乃果とことりが首を傾げる。それに対して海未が、

「『ミューズ』ではないでしょうか。西洋の神様の名前か何かでしたね」

 μ's……ミューズ……石鹸的な名前でもあったが、そのイメージの分、清潔感のある素敵な名前である。穂乃果はこれを気にいった。

μ's(ミューズ)、いいね! サウザーちゃんはどう思う?」

「フフフ……神の名前とは、南斗の将星に相応しい」

 サウザーも気にいった様子だ。

「フハハハハ―ッ! 下郎にしては卓越したセンスだ! みゅ……みゅー……」

「『μ's(ミューズ)』ですよ」

「そう! 我らミュ……ミュー……フハハハハ―ッ! 我々がスクールアイドルの覇を成すのだ」

 全然名前を覚えないサウザーであったが、とにもかくにも四人はチーム『名称未定』から『μ's』へと生まれ変わった。

 曲も出来た。衣装も順調。そしてチームの顔とも言うべき名前も決まった。

 あとは、本番をどこでやるか、ということだけである。

 

 

 時と所変わって、生徒会室。

 放課後の生徒会室は穏やかな夕陽と静寂に包まれていた。

 会計や書記といった役員は既に帰宅し、室内にいるのは残った雑務をこなす生徒会長の絵里と補佐の希だけである。

「ふぅ……なんとか今日中には片付きそうね」

 散らばった書類を整え、絵里は背をウンと伸ばす。

「はいエリチ、お茶」

「あぁ、ありがとう、希」

 希の淹れてくれたお茶を受け取り、香りをかいでからズズッと口へ運ぶ。

「はぁ、美味しい」

「うふふありがとねー」

 様々な焦りに駆られている絵里にとってこの時間は貴重なリフレッシュタイムであった。友の淹れてくれた茶の香りがこんがらがった頭を整理してくれる。

 廃校……絵里はそれをどうにか阻止したかった。なにしろ音ノ木坂は祖母と母も通った思い出深い学校であるし、なにより希との思い出の詰まった場所でもあった。

 だが、理事長は言った。

 今の生徒のために精一杯を費やすべきではないか。それが、生徒の自治人権を司る生徒会の本来の使命ではないか、と。

「………」

 再び、茶を一口すする。

 ……いや、今はそんなことはひとまずどうでも良い。彼女にとっての今最大の注意の対象、それは、あのチーム『名称未定』の四人だ。中でも、あのサウザーとかいう二年生。全ての生徒に平等であるべき生徒会長であるが、どうもあの生徒だけは気に入らなかった。なんだか、音ノ木坂に相応しくない気がするのだ。

 それに、むやみやたらに「下郎! フハハハハ―ッ!」と高笑いしながらスクールアイドルをされては、音ノ木坂の印象にも変な影響を与えかねない。下手をすれば廃校が加速する。

「フハハハハハハハ!」

 そう、ちょうど、こんな風な笑い声で……。

「!?」

「なんやろ、この笑い声」

 その高笑いはみるみる近づいてくる。

 瞬間、絵里の脳裏に先日の何気ない記憶がよみがえった!

 

 ——音楽室の戸と窓が壊れてたですって?

 ——そうなんよ。なんでも、蹴り破られてたらしくて

 ——この学校にもそんなことをする生徒がいるのね。哀しいことだわ

 

「フハハハハ―ッ!」

「まって! ちょっと!」

 絵里は迫りくる高笑いに向けて懇願した。だが、その思いは届くことなく、高笑いは大きくなり、そして——。

「生徒会バァーン!」

「ひゃぁああああ!?」

 聖帝サウザーが生徒会室の扉を蹴破って入室してきた……いや、この場合は『乱入』とか『突入』とかと表現した方が適切だろう。

 サウザーの乱入に腰を抜かす絵里と希。それでも流石は生徒会長の絵里はすぐに気を取り直し、

「何事ですか! 扉を破壊して!」

「帝王には制圧前進あるのみ。立ち塞がる物は例え扉であっても容赦はせん」

 サウザーの言い分はまるで「そこに扉があるのが悪い」というようなものだ。扉の開け方も知らないのだろうかと絵里は思う。

「……それで、何か用かしら?」

「グループ名も決まったことだし、新入生歓迎会の後にライブをしようと思ってな? 講堂の使用許可を取りに来た」

 講堂はこの学校の生徒なら誰でも自由に使用することが出来る。部活動として登録していないサウザーたちも思う存分ライブが出来るというものだ。

 しかし、絵里は思った。

(認めたくないわぁ……)

 絵里は目の前で無駄に自信ありげな顔をするサウザーに、「許可は出来ませーん! 残念でチカ~(笑)」とでも言ってやりたいところであった。

 だが、いくら生徒会長といえど、特別理由なく生徒の要望を蹴ることは出来ない。『生徒会の許可』といっても所詮は形式的なものでしかないのだ。

「んん? どうした、さっさと許可するがいい。フハハ」

「ぬくく……」

 苦渋に顔をゆがめる絵里。と、そこへ。

「はいはいエリチ落ち着こうな?」

 希がフォローに入った。

「講堂の使用は全生徒に認められた権利。だから許可はあげる。せやけど、くれぐれも破壊してくれんように。な?」

「の、希!」

 希の言葉に絵里が抗議の声を上げる。サウザーはその声を掻き消すように、

「フハハハ! この聖帝に不可能は無い。見ているがいい! 大講堂に南斗の将星が輝くさまを!」

「その自信はどこから出てくんのよ!」

 破壊された扉を指しながら絵里が言う。だがそれが言い終わるか終わらないかの内にサウザーは既に生徒会室になく、廊下を全力で駆け抜けていた。

「…………」

 打って変わって静寂に包まれた生徒会室。そんな中で、絵里は口を開き、希に抗議の視線を送った。

「なんか甘くない?」

「ふふ、そうやろか?」

「そうよ。あんな連中にスクールアイドルとか、出来ると思えて?」

 絵里が問いかける。それに対して、希は可笑しそうに笑った。

「……なに?」

「いや。エリチ、心配なんやなって」

「はぁ!? そんなわけないでしょう! あんな賢さの欠片もない連中……なんで希は肩を持つのよ」

「せやなぁ……」

 希は微笑みながら、ポケットから一束のタロットカードを取り出し、一枚めくって見せた。

 そこに描かれていたのは、『太陽』……。

「カードがな、告げるんよ。そうしろって……」

「希そのカードインチキじゃないの捨てなさい」

「おい」

 

 

 生徒会室を荒らしまくったサウザーは認可書を手に穂乃果たちの待つ屋上へと凱旋した。数日前より、学校の屋上が四人の練習場所となっていたのだ。激しい練習が行われたこともあって、ところどころに床タイルが十字に切り裂かれている。

「この間のマキちゃんと言い、サウザーちゃんって結構ネゴシエーターの才能あるのかな?」

 ことりが感心したように言う。それに答えるように穂乃果も頷いて、

「うんうん。サウザーちゃんが交渉するなんて言い出した日には、生徒会に強襲でもかけるつもりなんじゃないかと思ったもん」

 あながち間違いではない。むしろ正解である。

 しかし事実サウザーは生徒会から許可をもぎ取ってきていた。これは穂乃果たちにとって純粋に喜ばしいことである。

「曲も出来た、衣装ももうすぐ完成! それにステージも! あとは本番までに練習を重ねるだけだね!」

「その通りです。そう言うわけですから、練習はもっとビシバシやっていきましょう!」

 海未の目が輝き始める。海未は意外にも練習が厳しければ厳しいほど燃えるタイプなのだ。

「よし! どんと来い海未ちゃん!」

「その意気です穂乃果! ことりもサウザーも、頑張っていきましょう!」

「うん!」

「よかろう! フハハハハ―ッ!」

 海未の主導する激しい練習は、この日も日が沈む寸前まで行われた。

 

 

 この日、練習の後再び四人はサウザーの城に集うこととなった。なんでも、ことりが見せたいものがあるのだという。

「えへへ、実はね」

 いつもの無駄にデカいダイニングに集まった四人。そこでことりは大きな紙袋を取り出すと、中から三着の服を取り出して三人に見せた。

「ついに完成したの!」

 それは、ことりがデザインしていたステージ衣装だった。ことりが自分で基礎を作り、仕立屋さんに仕上げてもらった逸品である。穂乃果、ことり、海未ごとにピンク、緑、青と色が違う手の込みようだ。

「おぉー!」

 穂乃果が食いつく。彼女は自分にあてがわれた衣装を手に持って、身体に合わせてみた。

「わぁ~、かわいい服! 素敵じゃん!」

「でしょ? 自信作だよ」

 キャッキャ戯れる二人。しかし、その横で海未とサウザーは震えていた。

「なななななんですかこのスカート丈は!?」

 海未は顔を真っ赤にして言う。併せてサウザーも、

「ミニスカートなぞおれも履けぬではないか!?」

「穂乃果は何度でも言うよ。なんでサウザーちゃんはこれを着る前提で話してるのさ」

「ことり! あれほど膝丈にしてくださいと……!」

 海未がことりに詰め寄る。ことりは恥じらいで顔を真っ赤にしながら迫る海未を「かわいい」と思いながらも、必死の口調で弁解した。

「いやほら、この方がアイドルらしいし……それに海未ちゃん、似合うって!」

「アイドルでも節度は守るべきです! こんなの恥ずかしすぎます!」

「やはりタンクっトップにすべきではないのか!?」

「あーもうサウザーちゃんうるさい! ちゃんと専用タンクトップ作ってるから黙ってて!」

「なんだと?」

 ことりから驚愕の事実を知らされ、嬉しさのあまりサウザーは高笑いをする。しかしそれとは関係なく海未はことりに迫り続けた。

「こ~と~り~!?」

「むぅ……」

 海未はことりが屈するまで迫り続ける様子だ。そしてついに、耐えきれなくなったことりは奥義を打ち出した!

「海未ちゃん! お願ぁいっ!」

 毎度お馴染み嘆願波である。しかし、三度目の正直と言う言葉があるように、海未もここまで来て黙ってやられる相手ではない。

「ふんっ!」

 なんと海未は間一髪のところで身体を横にずらし、嘆願波を回避した。

「やんやん避けられちゃいました!」 

 ちなみに避けられた嘆願波はちょうどお茶とおしぼりを持ってきたリゾに命中。彼は人知れず部屋の前で悶絶する羽目となった。

 そんなこと露知らず、海未の顔は恥ずかしさやら何やらで爆発寸前だ。

 と、そんな彼女に、海未の気迫にポカンとしていた穂乃果が気を持ちなおして言う。

「でも海未ちゃん! 穂乃果は海未ちゃんとこの衣装着て一緒にステージに立ちたい!」

「……穂乃果?」

「だってそのために、私達は今日まで練習してきたんだもん。三人一緒にそれを着て、一緒にステージに立とう!」

 穂乃果の純粋な言葉に海未の心は揺らいだ。

 口には出さないが、彼女にもことりの作った衣装へ強い憧れがあった。でも、それがあまりにも眩しすぎるあまり、直視できなかったのだ。

「でも……こんなに短いスカート……」

 憧れの衣装。憧れが強いが故に、彼女は素直になれない。

 海未は、俯く。

 すると、穂乃果はとんでもない事を言い出した。

「……でも、どうしても着たくないなら、穂乃果は構わないよ」

「ほ、穂乃果ちゃん!?」

 ことりが驚きの声を上げる。

「人が嫌がることはしたくないもん。ましてや、海未ちゃんに……」

「穂乃果……」

「ただ、海未ちゃんが着ないって言うなら、代わりに——」

 言うや穂乃果は立ち上がり、サウザーにビシリと人差し指を据えた。

「サウザーちゃんに、着てもらうから」

「ぬっ!?」

「穂乃果ちゃん正気!?」

「さ、サウザーが、その衣装を……!?」

 海未に動揺が走る。

 サウザーが、可愛いリボンのあしらわれた、フリフリのミニスカートを……!? 着ながら歌い踊る……!?

 そんな……そんなことがあっていいのか……!?

 

 

【挿絵表示】

 

「下郎のハートを切り裂くゾ☆ ズバーン!(極星十字拳)」

 

 

「私が着ます」

 そう言う海未の顔にもう迷いはなかった。

 今、穂乃果たちは輝こうとしている。その輝きを、何がとは言わないが、それによって失わさせるわけにはいかない……!

 海未の言葉を受けた穂乃果は感激の声を上げる。

「それでこそ海未ちゃん!」

 二人は互いに歩み寄り、はしと抱き合った。

 それを見ながらことりは涙ぐみ、

「感動的……ちゅん……」

「おれはどうも釈然とせんのだが」

「気のせいだよサウザーちゃん。それより、タンクトップ、期待しててね?」

「ほう? フハハハハ―ッ!」

 ことりの言葉に、嬉しさを隠せないサウザーであった。

 

 

 

 ファーストライブまで残すところあとわずか。果たして、ライブは成功するのか?

 そして、『μ's(九人の女神)』というグループ名の矛盾は解消されるのか?

 それは、神にも知りえないことである……。

 

つづく




『μ's』と書くとラブライブっぽいけど『九柱の女神』と書くと一気に北斗の拳っぽくなる。


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5話 聖帝マーケティング の巻

ホントはファーストライブまでやりたかったけどサウザー並みのペース配分の下手さで無理でした。


+前回のラブライブ!+

 小さいころって大人になったらなりたいもの、たくさんありましたよね。

 私はアイドルだったり、お米の専門家だったり、ジャンプ漫画で言うところの解説役キャラになりたかったです。

 でも、アイドルになりたいったって私、引っ込み思案で声も小さいし、解説役になるにしもせめてクリリンくらいの強さになりたいし。ていうかその『クリリンくらいの強さ』がまず無理だし。あっ、でもA-RISEのツバサさん、あの人のオデコなら太陽拳はできそうだな~……なんてネ……。

 ——小泉花陽

 

 

 

 小泉花陽は今年度音ノ木坂学院に入学した一年生である。

 そしてマキ同様、入学早々に廃校を知らされた可哀想な人の一人でもある。

 そんな彼女がチーム『名称未定』改め『μ's』の存在を知ったのはお昼休みの学生食堂での事である。

 

「みゅーず? 石鹸?」

「ちがうよぉ。掲示板に張り紙があったにゃー。たしか、スクールアイドル?」

 ラーメンに天かすをドカドカ入れながらそう言うのは花陽の幼馴染にして親友の星空凛である。

 スクールアイドル……廃校寸前のこの学校にもあったんだ。花陽は驚くと同時に興味を抱く。

 彼女は三度の飯の次に何が好きかと言われればアイドルと答えるような人間である。その対象はスクールアイドルとて例外ではない。

 小さかった頃は、それこそ「アイドルになりたい!」と思ったものだ。

 

 

~回想~

 

「花陽ちゃん、アイドル好きなんだね~」

 小学校の昼休み、ひょんなことから級友とそんな話になった。花陽は照れくさそうに「うん……」と答える。

「かよちんは色んなアイドルの歌と踊りを全部覚えてるんだよ!」

 何故か凛が誇らしげに言う。

「すごいね!」

「それにかよちんは北斗・南斗その他もろもろの流派や奥義を知り尽くしてるんだよ!」

「すごい……ね?」 

 またも自慢げに語る凛に花陽はますます顔を赤くする。友達は困惑の色を増した。

「それにそれに、かよちんはジャポニカ種の事なら何でも知っていて去年の自由研究は農水大臣賞も受賞してるんだよ!」

「えっ、花陽ちゃん何者?」

 級友たちは尊敬と畏怖の念のこもった視線を花陽へと向けた。彼女の顔は赤くなる一方であった。

 

~回想終わり~

 

 

「スクールアイドル『μ's』かぁ……凛ちゃん! ライブは一緒に見に行こうね!」

 引っ込み思案でな行動は凛に任せっきりの花陽であるが、アイドルとお米が絡むと立場は逆になる。凛はそんな花陽も大好きであった。

「うん、いいよ!」

 凛は快諾する。

 快諾するついで、大好きな花陽に凛は一つ提案があった。

「ねぇかよちん」

「なぁに?」

 花陽は大きな包みを広げておにぎりを幸せそうに取り出している。凛は何気ない調子で言った。

「かよちんはならないの?」

「何に?」

「スクールアイドル」

 言われると同時、花陽の動きがぴたりと止まった。おにぎりを頬張ろうとした瞬間であったから、凛にマヌケ面を曝し続けることになっている。でもそんなかよちんも凛は好きだよ。

「……なんで私が?」

「だって、かよちん昔からアイドルになりたいって言ってたし。折角だから入れてもらえばいいにゃ!」

「いやいやいや!」

 花陽は勢いよくかぶりを振る。

「そんなの小さい頃の夢だよ~!」

「でもかよちん、似合うにゃ~」

「私は普通に一人のお客さんとしていろんなアイドルを見ていきたいの」

 言うと彼女はおにぎりを勢いよく頬張った。それに対して凛は「そっかぁ」としか言えなかった。

 

 

 μ'sの初ライブの開催は新入生歓迎会の後にやることとなっている。その新入生歓迎会は明後日まで迫っていた。

「そろそろ宣伝とかしてもいいんじゃないかな?」

 朝礼の前、穂乃果はサウザーたちにそう提案した。これに海未は、

「宣伝といっても、もう張り紙はしてあるじゃないですか」

「ちがうよ~。チラシ配り! ここの生徒に直接手渡して来てもらうんだよ」

 穂乃果はそう言うと紙の束を鞄から引き出した。そこには、『μ's初ライブ!』の鮮やかな文字と開催日時、場所が記されていた。なるほど、掲示板だけでなく、ビラを直接配ることでより多くの生徒にμ'sの存在を知ってもらおうという作戦だ。

「でも穂乃果ちゃん、私たちだけじゃこれ全部配るの、厳しいんじゃないかな?」

 ことりが意見する。たしかに、いくら無駄な存在感を放つ誰かさんがいるといっても四人で数百人の生徒を相手にするのは難しい。練習もしなければならない。

 するとサウザーがいつものように不敵な笑みをこぼし始めた。こういう時の彼が言い出すことはだいたいロクでもないことなのだが、穂乃果たちはとりあえず聞くことにした。

「案ずることは無い。我が聖帝軍の精鋭にかかれば、ビラ配りなぞどうということは無いわ」

「でも、校内で部外者が動き回るのはどうかと思うのですが」

 海未の言う通りである。あの世紀末モヒカン軍団が校内を跋扈するようになったらお叱り程度で済むとは思えない。

 しかし、海未の言葉を受けてもサウザーの笑みは消えなかった。それどころか、「そう言うのは分かっていたぞ」とでも言いたげな表情で、海未を少しイラッとさせた。

「我が聖帝軍はモヒカン以外の要員もそろえている。例えば、ヒデコ、フミコ、ミカの三人」

「えっ」

 穂乃果が驚きの声を上げる。

 ヒデコ、フミコ、ミカの三人は穂乃果たちの高校からの友人である。

「いつの間に聖帝軍に……」

「フハハ……優秀なスタッフを聖帝軍は常時募集しているからな」

 自らのスカウト力に笑いが止まらないサウザー。しかし。

「こらこら、勝手に私達を加入させるな」

 さっそく登校してきたヒデコに否定された。

「ヒデコ、おはよー」

 穂乃果が挨拶する。ヒデコも笑顔で返事した。

「おはよ。そういえば、μ'sの初ライブ、新入生歓迎会の後にやるんだって?」

「そーだよ!」

「オトノキにもついにスクールアイドル誕生かぁ。感慨深いねぇ」

 ヒデコはウンウンと頷きながら言う。

「手伝えることがあったら言ってね。聖帝軍には入らないけど、そのビラ配るのくらいは手伝えるからさ」

 彼女は気前よく言ってくれた。それは、順次登校してきたフミコ、ミカも同様であった。

 「ビラ配りくらい」と言ったが、彼女たちはこの後、μ'sの行く先々でありとあらゆる活躍をすることとなり、『音ノ木坂の三神』とか『九柱の守護星』とか世紀末風な名を与えられることとなる……。

 

 さて、放課後。

 いよいよμ's初ライブの告知ビラ配りが始まった。μ'sメンバーに加え、ヒフミトリオ、さらに無理やり連れて来られたマキもビラ配りに協力してくれる。

「まったく、今回きりだから」

「ふふ、ありがとうございます」

「なに笑ってんのよ。意味わかんない!」

 マキは顔を赤くしてそっぽを向く。すると、ことりが辺りを見回しながら、

「意味わからないといえば、サウザーちゃんの姿が見えないけど」 

「あぁ、サウザーちゃんなら校内のみんなに配りに行くってさっき走ってったよ」

「相変わらず奔放ですね」

 海未が呆れた調子で言う。

 とりあえず、彼女たちはサウザーを放っておいて校門前でビラを配り始めることにした。

 

 

「おっ、やっとるやっとる」 

 生徒会室の窓から希は外でビラを配る後輩たちを見ていた。その目には子を見まもる母親的な優しさが宿っている。

「若いって良いもんやね」

「希ったら、お婆さんみたい」

 希の淹れてくれたお茶を飲みながら絵里がクスリと笑う。

 いつもの彼女ならμ'sの肩を持つ希に文句の一つでも言うところであるが、今日の彼女は機嫌が良かった。何しろ、どこぞの誰かさんが破壊した生徒会室のドアが復活したのである。

 ここ数日間、生徒会室の前を通る生徒……特に新一年生から向けられる、

「何があったんだ」「どうなってんだこの学校は」

という視線にさらされ続けていた(もっとも、思い込みの部分も大きいが)絵里にとって、これは喜ばしいことであった。

「希の淹れてくれたお茶は美味しいし、これから素敵なことが続きそう」

「でもエリチ、うちのカードは今日は厄日だと告げとるよ」

「なーに言ってんのよ。私はそんなの信じない。時代は科学よ」

 言って彼女は茶を啜る。

 しかし、友の忠告は聞いておいた方が良い。少なくとも、直後彼女はそう思った。

「生徒会ドーン!」

「ぶーっ」

 直したてのドアが再びサウザーの手によって破壊された。闖入者の出現に絵里は思わずお茶を吹く。

「あなたは!」

「フハハハハ―ッ!」

 サウザーは何が可笑しいのか高らかに笑うと手ごろな椅子にドカと腰かけて脚を組んだ。絵里は上機嫌から一転、激昂してサウザーを怒鳴りつける。

「そのドア、修理したばかりなのよ!?」

「フフ……二度あることは三度あるというぞ?」

「サラリと三回目予告してんじゃないわよ!」

 ふしーふしーと息を荒げる絵里に対し、サウザーはあくまで尊大であった。そのような態度が真面目な絵里をさらに苛立たせる。

「そんなことより喉が渇いてますけど?」

「くっ! 希、化学準備室からなんか薬持ってきなさい!」

「無茶言わんといて~」

 絵里に対して希はいたって冷静沈着、というよりゆるゆるであった。彼女は諭すようにふんぞり返るサウザーへ語り掛ける。

「まぁサウザーちゃん、エリチ……会長も怒ってるし、とりあえず謝っといた方がええよ」

「えっ?」

 サウザーは希に言われて絵里の顔を見据えた。

「……えっ、怒ってんの?」

「怒ってるも何も激オコよ!」

「カルシウム不足ではないか? 煮干しあたりでも食って補給するがいい」

「あなたが出てってくれた方がカルシウム摂取より効果的だと思うけど!」

 絵里の言葉にサウザーはまたも「フハハハハ―ッ!」と笑う。ジョークだと思われたようだ。絵里は全く真剣であるのだが。

 ひとしきり笑うとサウザーは組んでいた脚を解き、背もたれに深く背中を沈めた。

「まぁそう怒るでないわ。おれは別に貴様を怒らせに来たわけではない」

「嘘おっしゃい」

 絵里の言葉を軽く無視しつつ、サウザーは二枚のビラを懐から取り出し、絵里と希に手渡した。手渡されたビラ、その内容に二人は驚きの声を上げる。

「北斗の拳イチゴ味5巻……」

「2月20日発売……?」

 そこに書かれていたのは、『北斗の拳イチゴ味』待望の第五巻が今年の2月20日ついに発売となるという事実であった。収録話の詳しい内容やお値段は不明だが、たぶん面白いし良い本です。

「どうせ下郎の皆さんはバレンタインにチョコとか貰えないだろうし、その慰めに読めばいいんじゃないの?」

「不特定多数にケンカを売っているわよコイツ」

「スピリチュアルやね」

「そういうあなたは貰ったことあるわけ?」

「いや、おれは愛などいらぬし。でもチョコレートは嫌いではないぞ? ん?」

 サウザーは暗にチョコを寄越せてきな事を絵里に言った。が、なんで扉を二度も壊された上に食い物まで恵んでやらにゃあかんのだ、ということで絵里は華麗にスルーチカした。

 しかし、サウザーの真の目的は北斗の拳イチゴ味第五巻の宣伝でもチョコレートの()()()でもない。 

 彼は思い出した様子でもう二枚のビラを二人に手渡した。そのビラに絵里と希は目を通す。

「μ's初ライブ……?」

「新入生歓迎会の後に開催するので下郎の皆さんはこぞってお越しください! たぶん素敵なライブになります」

「さんざん引っ掻きまわしといて言いたいことはそれなわけ?」

「ペース配分下手やなぁ」

 二人の呆れ声なぞどこ吹く風、彼は愉快そうに笑うだけである。そして、生徒会室に飽きたのかしばらくすると扉なき出口から廊下へ出ていった。

 嵐の去った生徒会室。

 怒りを通り越して変な笑みがこぼれている絵里に希は訊いた。

「初ライブ、行くん?」

「希は見に行くんでしょ? なら、私も見に行くわよ」

 絵里の素直ではない言葉に希は小さく笑う。

「なにがおかしいのよ。大体希はなんで連中の肩を……」

 ちょっぴり不機嫌な絵里は希を追求し始めた。それでも希は「はいはい」と笑いながらなだめるだけであった。

 

 

 時は流れて新入生歓迎会当日。そして、μ's初ライブ当日。

『……新入生の皆さんは、興味のある部活動の見学へ行ってみてください。それと——』

 広々とした講堂に生徒会長の声が響き渡る。皆真剣な面持ちで聞いているが、新入生などは思考の大部分が別の事に向いている。

 花陽も例外ではない。

 彼女の頭は今日この後講堂で開催されるスクールアイドル『μ's』の初ライブのことでいっぱいであった。

 実は彼女は凛と一緒にμ'sの練習風景をチラ見したことがあった。そして、その光景に彼女のアイドルセンサーがビビッと来たのだ。

 まだまだ全体的に粗削りだし、一味も二味も足りない。でも、μ'sは綺麗に磨けばダイヤモンドより美しく輝く可能性を持っている。

 おまけにメンバーには南斗聖拳の使い手までいるではないか。それも超貴重な南斗鳳凰拳の継承者である。アイドルオタクであると同時に拳法マニアでもある彼女からしたら美味しすぎる話である。

(この学校に南斗聖拳伝承者がいるなんて、驚きです!)

 実は北斗神拳の使い手もいるのだが、マキがそうであることを彼女はまだ知らない。

 

 そんな心弾ませる花陽の席から十数メートル離れた場所。そこにも同じくμ'sの初ライブのことを考える者の姿があった。

 だが、彼女の心境は花陽とは真逆である。彼女もまたアイドルが大好きであるが、大好きであるが故に、素直にμ'sを認めてやれないのだ。

(ライブがどんなもんか見てやろうじゃないの)

 彼女……矢澤ニコはステージのライトを見つめながら一人そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついにやって来たファーストライブ当日!

 様々な思いが交錯し、宿命の九柱(プラス一人)が知らず知らずに集結する!

 ライブは成功するのか!?

 生徒会室の壊された扉に予算は下りるのか!?

 

 次回、聖帝オン・ステージ

 

 




絵里のキャラなんか違うなぁと思ったけど、そもそもそれどころじゃない事に気付き、心の安寧を得る。


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6話 聖帝オンステージ の巻

 +前回のラブライブ!+

 

 スクールアイドルとして着実に勢力を増す我ら南斗五車星。しかし、知名度が上がると同時にファンからは厳しい意見も跳びだしてきた。

「五車星の癖に雲のジュウザがいつも欠席で実質四車星じゃないか」

「しかも五車星ファンの八割がジュウザのファンじゃないか」

「その上残りの二割はトウのファンじゃないか」

「風のヒューイとかいう出オチはいいからトウを五車星に入れろ」

などなど散々である。

 特に最後の意見に関してはヒューイは男泣きし、

「トウだってアニメでオリジナルエピソードが追加される前は最後の将の影武者ポジでしかなかったではないか」

と慟哭。対してトウは、

「登場から数コマでラオウ様に倒された癖に偉そう」

と冷笑。これには兄星炎のシュレンも苦笑い。

 早々に暗雲立ちこめる南斗五車星。

 このような事態になるとは、このリハクの目を持ってしても読めなかった……! 

 海のリハク、一生の不覚!

 

 

 

 

 

 新入生歓迎会も終わり、いよいよμ's初ライブが迫って来た。照明の調整をヒフミに任せた四人は講堂の更衣室へと赴き、準備に入った。

 そこでサウザーは、ことりから待ちに待った『ブツ』を受け取る。

「はい! サウザーちゃんのタンクトップ!」

「ぬ!?」

 それは、肩袖に綺麗な羽飾りのついたステキタンクトップであった。鮮やかな紫に真白な羽はよく映え、穂乃果たちの衣装と並んでも違和感がないような気がする出来栄えであった。

 彼は素早く着替え、シュババと動き回り、着心地を確かめた。

「フハハ! 心地よいわ!」

 いたく気にいってくれた様子だ。

「この羽が素晴らしい。まさに鳳凰そのものではないか」

「気にいってくれて嬉しいよ」

 ことりもサウザーのリアクションを見てやんやんチュンチュン嬉しそうだ。

 サウザーたちに合わせて、穂乃果と海未、そして製作者のことりも衣装を着こむ(流石に更衣室はサウザーと同室ではないが)。いかにも「アイドル」然とした風で、三人とも良く似合っていた。

「おぉ~、ことりちゃん凄いよコレ!」

 鏡を見ながら穂乃果は興奮した面持ちで言う。しかし、対して海未は顔を真っ赤にし、スカートの裾をもじもじと押えて、

「ちょっと……破廉恥じゃないですか?」

「じゃぁサウザーちゃんに着てもらおうか」

「これスッゴイ素敵ですねさすがことりセンスの塊ですよ!」

 海未は早口にことりのセンスを褒め称えた。

 実際、ことりのセンスは中々のものである。デザインは元より、製作も仕上げこそ店に任せているがおおよその部分は彼女の手作りなのだ。なぁなぁな覚悟でこなせるものではない。

「それにしても……」

 ここで、衣装の調節を終えたことりが心配げに呟く。

「お客さん、来てくれるかな?」

「まあ、チラシは全部配りましたし……」

 何もかもが初めてな彼女たちである。ここまで手探りで進めてきたが、完成間近ともなると不安にならざるを得ない。

 だが、そんな不安をものともしない者が二人。

「大丈夫! ファイトだよ!」

「フハハハハ―ッ!」

 穂乃果とサウザーである。

 特にサウザーには絶大な自信がある様子であった。

「この聖帝自らが宣伝したこのライブ、下郎ならば見ずにはおられまい」

「その自信はどこから出てくるんですか……」

 そう言う海未であるが、彼女の顔からは不安の色は消え失せ、ことりも同様にクスリと笑っている。リラックスした面持ちで臨めそうだ。

 ちょうどその時、更衣室の扉が開け放たれた。

「開演五分前よ。急ぎなさい」

「あっ、マキちゃん!」

 穂乃果が声を上げる。

 マキは今回のファーストライブで音響を担当することとなっていた。自分が作った曲であるから、自らベストな音響にしたいと思ってのことらしい。つくづく付き合いの良い娘である。

「ありがとう! 本当に嬉しいよ!」

「べっ、別に。今回だけだから」

 マキは頬を染めると顔をプイと背けた。付き合いは良くても、素直でないことには変わりないようだ。

「ところで、マキちゃん。お客さん、入ってる?」

 穂乃果が訊く。大丈夫だと言いつつも、やはり気になるものは気になるのだ。

 しかし、マキは音響調整のためずっと緞帳の裏にいたらしく、客席の様子は見ていないのだという。それを聞いて少し落胆した様子の穂乃果に、マキは、

「なに? お客の入りで本気出すか出さないか決めてるの?」

「そんなことないよ!」

「ならいいけど。例えどんな状況でも、全力で歌ってもらわなきゃ腹が立つもの」

「うん! 任せといて!」

 穂乃果は、今日までの短いながらも全力で駆け抜けた練習を思いかえした。

 

 ……四人で駆け登った聖帝十字陵。 

 ……そこでターバンのガキに刺されたサウザー。

 ……屋上でした歌とダンスの練習。

 ……そこでターバンのガキに刺されたサウザー。 

 ……話し合いだって何度もやった。

 ……そして相変わらずサウザーはターバンのガキに刺された。 

 

「そう、今の私たちなら、きっと何だってできる!」

「本当に大丈夫なんでしょうね」

 心配(主にサウザーの脚が)そうなマキであったが、μ'sの四人は変わらずいつもの調子である。マキも、何だかんだで大丈夫な気がしてきた。

「まったく……」

「ん? なに?」

「なんでも。それより四人とも、もうすぐ開演よ。急ぎなさい」

 

 

 

 

 花陽は運動が得意ではない。対して、凛は運動が大得意である。

 故に、なにかあった時は大抵凛が花陽を引っ張って走り回る光景が展開される。

 しかし、ある事柄が関係すると、立場はまるっきり逆転する。

 この時も、まさにそんな逆転現象が起きていた。

「かよちんまって! 速すぎるにゃー!」

「急いで凛ちゃん! もうすぐライブ始まっちゃうから!」

 学校の長い廊下を花陽は凛の腕を引っ張りながら疾風のごときスピードで駆け抜けていた。彼女の起こす突風に、『廊下を走るな!』の張り紙が空しく揺れる。

「かよちん! 廊下は走るなって掲示があるよ!」

「大事の前の小事だよ! 凛ちゃんだって学食でラーメンフェアやったらきっと走るでしょ!?」

「まぁそうだけど!」

 二人はいくつかの階段と渡り廊下を経て、あっという間に講堂へと到着した。身体の限界ギリギリで駆けた花陽は息が切れかけの状態ながらも時計で今の時刻を確認した。

「ハー、ハー……よ、よし! 開演前! やったね」

「かよちんの執念には頭が下がるにゃー」

 講堂の入り口には多くの生徒が集まっていた。音ノ木坂初のスクールアイドルの初ライブに、学校中が興味津々と言ったところだ。

「すごい人だにゃー!」

「ほんとだね! ……あれ?」

 ここで花陽は一つおかしなことに気付いた。

(なんでみんな中に入らないんだろ……?)

 開演まであと数分。ともなれば、観客は各々席に着き、幕が上がるのを待つばかりのはずである。しかし、ここにいる人々はみな入り口の周辺でたむろするばかりで、一向に中へと入ろうとしない。

 そのあまりにも奇妙な状況に、花陽と凛は近くにいた同級生に事情を聞いた。

「どうしたの? 何かあったの?」

「小泉さんに星空さん。二人もライブを?」

「うん。それで、中で何かあったの?」

「それが、じつは……」

 同級生は講堂の中を見てみるよう二人に言った。言われるがまま、二人は照明の落とされた講堂をそっと覗きこむ。

「……!?」

 

 

 同時、μ'sの四人は緞帳の裏で最後の準備をしていた。

 緞帳(どんちょう)越しに聞こえてくるざわめきが、μ'sの心を高鳴らせる。

「お客さん、結構入ってるみたいだね……」

 穂乃果が小さな声で囁く。

「フハハハハ!」

「サウザーうるさいですよ!」

 海未も、予想される客入りに緊張してか声が上ずっている。

「やんやん海未ちゃんリラックス!」

「分かってます! 分かってますよ……スゥー……」

お客さんが来なかったらどうしようと思っていた穂乃果たちであったが、いざお客がいると解るとそれはそれで緊張してしまうものであった。きちんと歌えるだろうか? 踊れるだろうか? 不安が今更のように駆け巡る。

「うぅ、逃げ出したいです……サウザーはそう思いませんか?」

「帝王に逃走は無い。制圧前進あるのみ!」

「あなたはそういう人でしたねそう言えば……でも、今はちょっと頼もしいですよ……」

 そうこうしている内に、袖から幕を上げるとの合図が飛んできた。

 四人は並んで客席の方向へ身体を向ける。

 ……サスペンションライトが四人を照らしだし、ついに、緞帳が静かな唸りと共にゆっくりと上がり始めた。

 徐々に露わになる観客席。そして、緞帳が穂乃果たちの顔まで上がった時、彼女たちの目に飛び込んできたのは、会場の隅から隅まで埋め尽くされたお客さんの姿であった。

「わぁ……」

 思わず感嘆の声が洩れる。

 μ'sの姿が露わになるにつれて、客席の騒めきは大きくなり、完全に緞帳が上がり切った頃には大きな歓声の渦となって講堂内に飽和した。

 ……が、穂乃果、ことり、海未の三人はすぐに客席の異常さに気が付く。

「こ、このお客さんたちって……」

「まさか……」

 そう、講堂内の座席に座るお客さんたち。

 それらは右から左、もれなく全員モヒカン、モヒカン、モヒカン……時折非モヒカンも混じっているが、いずれにせよ世紀末感漂うならず者であった。そして、その世紀末野郎の中には穂乃果たちも見知った顔がいくつかあった。

「えっと……サウザーちゃん、これって……」

 穂乃果が恐る恐る声を掛ける。しかし、サウザーは聞く耳を持たず、一人前へ歩み出でると、全身にスポットライトを浴びて、諸手を上に掲げ(天翔十字鳳の構え)、ダブルピースと共に宣言した。

 

「客は全て、下郎!」

「うおおおおおおおおおおお!」

 

 講堂は歓声に震えた。下郎の大歓声に迎えられ、サウザーは上機嫌である。

「フハハ! 下郎の皆さん、こんにちは。……サウザー、ですっ! フハハハハ!」

「ヒャッハァァァアアァァァアアア!」

「今回は我ら『μ's』の初ライブにいらしていただき、光栄です。みたいな!? フハハハハ!」

「フィヒャハァァアァァアアアアァ!」

 とりあえず観客たちは楽しそうである。しかし、このテンションには穂乃果たちはついて行けず呆然としている。と、そんな彼女たちに突然、サウザーが、

「では、μ'sを構成する愉快な下郎の皆さんに挨拶をしていただきます」

「えっ!?」

 サウザーからマイクを手渡される穂乃果。彼女は数秒間の思考の後、マイクに向かって恐る恐る、と言った調子で、

「えっと……高坂穂乃果です——」

「ヒャッハァアッァァアアア!」「ほのキチ! ほのまげ!」「ヒャハァーッ!」

 名前を聞くや大いに沸きたつ世紀末集団。さすがの穂乃果も押され気味である。

 彼女はとりあえず隣にいたことりにマイクを手渡した。

「えっ、私?」

「うん、私は一応終わったし……?」

「あ、うん。……あー……南ことりです」

「ヒャッハァアッァァアアア!」「ことり! ちゅんちゅん!」「ヒャハァーッ!」

「あ、あはは……」

 ことりはそのままの流れで海未にマイクを手渡した。呆然としていたところを現実に引き戻された彼女は、穂乃果とことりの顔を見た後、マイクに向かって、

「園田……海未です……」

「ヒャッハァアッァァアアア!」「海未のリハク! ラブアロー!」「ヒャハァーッ!」

「なんですかこれ」

 

 

 一方、入り口付近では。

「かよちん、なんか危ない感じじゃないかにゃー?」

「…………」

 彼女たちを始めとする音ノ木坂学院の生徒たちは困惑の極みにあった。

 当校初のスクールアイドル。気になって来てみたらそこはまさに世紀末。中には様子を見るや逃げるように去って行く者もいくらかあった。当然である。

 凛もその一人であった。友達をこんな意味不明なところに入れてはいけない。そう思った。

 だが、花陽は。

「凛ちゃん、私、入るよ!」

「にゃっ!?」

 優柔不断で引っ込み思案な花陽の目が、かつてないほどの覚悟を孕んで輝いている。

「いやいやかよちん! 危ないにゃ! あのモヒカンはヤバいモヒカンだにゃ!」

「大丈夫! アイドル好きには悪い人なんていない!」

「いやいやそんなわけ……あぁ!」

 凛の制止空しく、花陽は会場へとずんずん足を踏み入れていく。こうなると、凛もついて行かざるを得ない。

「もー! 凛はこう言うかよちんも好きだけど今は勘弁してほしいにゃ!」

 恐れることなく突き進む花陽の元へ、凛も駆け出した。

 

 

 混乱の極みにあったのは一般生徒だけではない。当事者の穂乃果、ことり、海未の三人も同様だ。

 会場のボルテージは上がる一方。サウザーのテンションも上がる一方。初ライブは大いなる混沌に包まれつつあった。

「サッウザー! サッウザー!」

「フハハハハ―ッ!」

「どうするんですか穂乃果、これ収拾着きませんよ?」

「うぐぐ」

 サウザー以外の三人は舞台袖に控えるヒフミとマキに視線を送った。だが、四人とも黙って『お手あげ』のポーズを取るばかりである。

「これ、歌うんだよね……?」

 ことりが海未に訊く。

「そうですけど……観客があの調子では……」

 彼女たちそっちのけでファーストライブはサウザーのワンマンステージ状態である。客席後方でリゾと思しき男性が振り回す『μ's』の旗(というより巨大手ぬぐい)が空しく目に映る。

 待望のμ'sファーストライブ、このままサウザーの宴会芸ワンマンショーで終わるのだろうか。

 ……いや、そんなはずはない。

「……歌おう。歌おう、みんな!」

 穂乃果が言う。しかし、残念そうに海未が、

「でも、客席には音ノ木坂の生徒はほとんどいません。これでは……」

「何言ってるの海未ちゃん!」

 落ち込む海未とことりに肩を穂乃果が掴んだ。

「何があっても歌いきる。マキちゃんと約束したじゃん! それに、例えオトノキの生徒はいなくても、客席には来てくれた世紀末モヒカン野郎がたくさんいる! 誰がとか関係ない、私は、今日ここに来てくれた人のために歌いたい!」

「穂乃果……」

「穂乃果ちゃん……」

 穂乃果の熱い言葉に、海未とことりの目には涙が浮かぶ。そして、強く頷くと三人は再び笑顔で客席を見据え、揃って声を上げた。

「皆さん!」

 サウザーを含め、会場が水を打ったようになる。気にせず、穂乃果は続けた。

「今日は、μ'sのファーストライブに来てくれて、ありがとうございます!」

 穂乃果の声は先ほどのヒャッハーより遥かに朗々と講堂内に響き渡った。

「短い時間ですけど、私たちの歌、どうか最後まで、聴いていってください!」

 一瞬の静寂。次の瞬間、割れんばかりの歓声が穂乃果たちの身体を貫いた。

 何だかんだ言って、このモヒカンたちは『μ'sのファーストライブ』を見に来たのである。

「すごいですね……」

 海未が呟く。先ほどまでの歓声は全てサウザーに向けられたものであったが、自分に向けられる歓声の威力はまた凄まじいものであった。

「よーし! サウザーちゃん、準備は大丈夫!?」

「フハハハハ。この聖帝サウザー、何時でも抜かりないわ!」

「よーし! おれじゃぁいこうっ!」

 穂乃果が手を上げる。

「ミュージック……スタート!」

 

 

 

 ファーストライブはサウザーの暴走タイムを差し引くと五分程度の短いものであった。だが、そのたった五分と言う時間の中で、モヒカンたちは興奮の渦に包まれ、彼らに混じるように見ていた少女たちもまた、どのような形に背よそれぞれ胸に強い感動を抱いていた。

 時間は、まさに光の速さで過ぎ去った。

 

 

 歌い終わったμ'sに送られたのは、割れんばかりの拍手と幾多もの歓声であった。

「みなさん、聴いてくれて、ありがとうございますっ!」

「ヒャッハァァァァァァァ!」

 まだまだ粗削りなμ's。しかし、会場に渦巻く感動は紛れもない本物であり、真実であった。

 その熱気に、穂乃果たちは汗まみれの顔を見合わせ笑い合い、サウザーはいつものように高笑いした。

 

 しかし。

 

「なに良い話っぽく終わらせようとしてるの」

 そう言いながら会場に現れた二人の影があった。その姿を、穂乃果たちは良く知っている。

「会長、副会長……」

 穂乃果たち(サウザー除く)の顔に緊張が走る。

「やっほ。ライブ、よかったで」

「希は黙ってて! ……あなた達、これはどういうつもりなの?」

 絵里は四人に……とりわけサウザーに向かって問いただしてきた。対して、サウザーは平然と、

「スクールアイドルμ'sのファーストライブに決まっているであろう?」

「それくらい重々承知よ。私が言っているのは、この客席を占領する連中の事よ」

 彼女は言うや手近なモヒカンにズイと詰め寄り、

「あなたは何者?」

「何だ貴様ぁ~? この俺を聖帝軍兵士と知っての態度かぁ~!?」

「あらそう……そっちのあなたは?」

「えっと、リゾです。聖帝軍の……」

 絵里はこれ以上誰何をしなかったが、これだけで十分であった。

 この場にいる観客のほとんどが聖帝軍……つまり、そこのサウザーの身内。事実上のサクラのようなものなのだ。

 だが、そのような事はμ'sメンバーも重々承知しているし、実際のところ彼らはサクラではない。自分たちの意志で来たのだ。

 問題の本質はそこではない。

「このような連中を呼び集める者を当校のスクールアイドルとして認めるわけにはいかないわ」

 廃校の危機を迎えるこの学校。ただでさえ新入生希望者数が少ないのに、校内を大量の聖帝軍兵士がうろつき回った日には……。

「あなた達の活動はこのまま続けても学校の利にならないどころか逆に脚を引っ張ることになるわ」

「…………」

 悔しいことに、それは正論であった。

 そして彼女は暗にスクールアイドル『μ's』の早々な解散を迫っているのだ。

「よく、考えておくことね……」

 そう言うと、絵里は踵を返し、講堂から出ていこうとした。すると、その後を追う希が、

「でもな、実はかなりの生徒がここに見に来てたんよ。聖帝軍の人が怖くて入れなかったみたいやけど」

「希っ!」

「はいはい」

 希は絵里に返事すると手を軽く振って講堂を後にした。

 ……おそらく彼女は、くじけそうなμ'sへの励ましの言葉としてその事実を言ったのであろう。本当は学校中が注目している。だからがんばれ、と。

 だが、その事実は同時にμ's内に大きな爆弾を投下したも同然のものであった。

 緞帳が降りた後、海未がサウザーに詰め寄る。

「サウザー、どういうことですか?」

「ま、まぁまぁ海未ちゃん。上手くいったんだし」

 穂乃果が怒れる海未をなだめる。

「フフ……この聖帝サウザーの宣伝力の賜よ」

「誰が聖帝軍にまで宣伝しろって言いましたか!?」

 怒る海未に対して、サウザーは相も変わらず笑うだけであった。

「来てくれた人には誰でも歌うのがアイドルであろう?」

「それとこれとは話が別です!」

「フハハハハ―ッ!」

 この男、話を聞く男ではない。故に、海未が何を言っても無駄である。

 しかし、それでも彼女は文句の一つ二つぶつけたくてたまらなかったのであった。 

 

 

 

 

 



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7話 聖帝と出会いの季節 の巻

投稿遅れましてすみません。


 +前回のラブライブ!+

 南斗五車星の山のフドウは普段は音ノ木坂学院で用務員をしている。

 

Hudo 「Squirrel?」

Hanayo「NO! They are alpaca.」

Hudo 「...Squirrel?」

Hanayo「No! This is an alpaca.」

Hanayo「Alpaca is very cute!」

Hudo 「Oh,very cute...a...al...」

 

 

 

————リス!

 

 

 

 

 

「祝・ファーストライブ成功ーっ! フハハハハ」

 なんちゃってシャンペンをかざすサウザーの後ろでブルとリゾがクラッカーを鳴らす。

 ライブの晩、サウザーの居城の食卓には豪華な食事が並んでいた。ファーストライブの『成功』を祝しての晩餐会である。そして、晩餐会の参列者はサウザーと同じくμ'sのメンバーである穂乃果、ことり、海未の三人である。

「大成功って……お客さんのほとんどが聖帝軍の方々だったではないですか」

 海未が呆れ声で言う。

 μ'sの目的は、この学校の廃校を阻止すること。

 今回のライブは、そのための第一歩として校内の生徒にμ'sの存在を知ってもらおうというものであった。知ってもらい、ファンになってくれれば、そこから広がる活動というものもある。

「しかし、入り口にはかなりの数が来ていたらしいではないか。μ'sの名は知れ渡っているであろう」

「それはそれで問題です! なんでその人たちが入ってこられなかったのか分かりますか?」

「フッ、シャイなのだろう」

「私達を危ない集団だと思ったからです!」

 講堂に溢れんばかりの世紀末モヒカン軍団を呼び集める四人組だと思われていると考えておおよそ間違いではあるまい。

 このままではタイトルも『校内風紀壊乱者伝説 μ'sの拳』に変えなければならない。

 しかし、海未に対してことりは言う。

「でも、お客さんはお客さんだし、、優劣をつけるのは、ちょっと……」

「う……まぁ、ことりの言う事も一理ありますけど……」

釈然としない様子の海未に穂乃果も、

「そうだよ海未ちゃん。その点で言えば、今回のライブは成功だよ……?」

「言う割に疑問形なんですね」

 実際のところ、穂乃果とことりも今回のライブはお世辞にも大成功したと言えないと思っている。お客に優劣をつけるのがダメだというのなら、本来招待した人々が観覧できなかったという事実もまた許されないことなのだ。

 とはいえ、これらは過ぎてしまったことである。

「振り向いてばかりいては先へは進めないであろう?」

「なんか良いこと言ってるんでしょうけど不思議と腹が立ちますね」

 腹が立っても、真実である。

 現在のμ'sに必要なものは新たな仲間だ。さらに活動の幅を広げるにはμ'sを『アイドル部(仮称)』として正式に部活動登録をする必要がある。しかし、それには最低初期メンバーが五名必要であり、四人しかいないμ'sでは申請できない。

「しかもなんか私達生徒会長に凄い嫌われてない?」

 穂乃果が言う。

「嫌われているというか、危険視されてる感じだよね」

 ことりの言葉は正しい。

 正確には、μ's自体ではなくサウザーが生徒会長に敵視されている。罪状は主に生徒会室の破壊活動だ。

 生徒会長に危険視されていようがされていまいが、とにかく最低あと一人メンバーが必要である。

「そういえば、ライブの時、客席に一年生の子がいたのが見えましたけど、その子は誘えないのでしょうか」

 海未の言う一年生とは、小泉花陽と星空凛の二名である。世紀末と化した客席において場違いと化していた二人であったから、μ'sの目に留まっていたのだ。

 あんな場所にまで見に来てくれるからには、アイドルに並々ならぬ興味があると見て間違いないだろう。

「それなら、明日声をかけてみよう!」

 海未の提案を受けて穂乃果が叫ぶ。

 かくして、μ'sの新メンバー勧誘活動が再び始まった。

 

 

 翌日、昼休み。

 四人は新メンバーの勧誘……特に、件の小泉花陽、星空凛の二名……に励んでいた……はずであった。

「ことりちゃーん、新メンバー勧誘しなきゃだよー」

「分かってる~。もうちょっとだけ……」

 しかし、動物飼育小屋の前を通りかかった瞬間、そこで飼育されているアルパカの魔力にことりが捕まってしまった。

 この音ノ木坂学院ではいつからか二頭のアルパカを飼育している。つぶらな瞳が可愛い白アルパカ(♂)とやや乱暴な性格の茶アルパカ(♀)である。

 

 ——この二頭のアルパカは、かつて黒王谷の馬たちとしのぎを削り合ったアルパカ軍団のボスであった。しかし、数々のドラマを経て、現在は平和な音ノ木坂学院で暮らしている。二頭のアルパカをめぐる壮大な物語は、いずれ機会が訪れれば読者の皆様にもお話するかもしれないし、しないかもしれない。たぶんしない。——

 

「ヴェエェエェエ」

 ことりが首筋を撫でるとアルパカは気持ちよさげに啼き声を上げた。それに呼応するように、ことりもハフゥと溜息を吐きつつ愛で続ける。

「ことり、昼休み終わっちゃいますよ!」

「フハハ」

「サウザーも餌をあげてないで!」

 海未の説得空しく、ことりはアルパカを愛で続け、サウザーは餌やりに興じている。終いには穂乃果も、

「もうこの際アルパカが新メンバーでいいんじゃないかな。ほら、文字にすると啼き声がマキちゃんっぽいし?」

「ヴェエエエ」

「何言ってるんですか穂乃果は!」

 海未はプンスコ怒り声をあげた。すると、サウザーから餌を貰っていた茶アルパカが「うるさい!」と言わんばかりの様子で怒りながら海未に唾液を発射した。

 ちなみに、アルパカが発射する唾液は攻撃用に胃液も混ざっているため、とてもくさい。

 幸い、海未は日ごろことりの嘆願波で鍛えられていたため唾液は回避することが出来た。

「危ないですね!」

「ヴェエエッ!」

 海未とアルパカの間に緊張が走る。

 しかし、その緊張の間にサラリと割って入る体操服姿の一年生があった。

「よーしよし」

 その一年生は飼育委員らしく、ブヒヒンと興奮する茶アルパカを撫で、すぐに落ち着かせてみせた。落ち着かせると、くるりと振り向いて、

「大丈夫ですか?」

「ええ、何とか。嫌われましたかね」

「いえ、ちょっと遊んでただけだと思います」 

 遊びにしては殺意ビンビンだった気がしないでもない。

 するとここで、一年生の顔を見た穂乃果が突然「あー!」と声を上げた。

「ライブに来てくれた小泉花陽ちゃんだよね!?」

「え、あ、はい、そうです……」

 なんと、飼育委員の一年生は四人が探していた一年生の片割れ、小泉花陽であった。アルパカ小屋のまえでもたついているだけで向うからきてくれるとは、μ'sには神が味方しているようだ。

「丁度さがしてたんだよ!」

 穂乃果は素早く花陽の傍に寄り、肩をガシリと掴むと顔をズイと寄せた。花陽は驚いて身体を少しのけぞらせる。

「あなた、スクールアイドルやってみる気はない!?」

「ええっ!?」

 穂乃果の突然の誘い(本人はずっと昨日から考えていたことだから、『突然』なんてつもりはない)にますます驚く花陽。

 そこに、ここまで珍しく黙っていたサウザーも加わった。

「誘っているのだから加わってしまうがいい。入れば俺とお揃いの紫タンクトップが着られるぞ?」

「は、はぁ……?」

「今ならピンクもあるぞ?」

「はぁ、そうですか……」

 サウザーがどこからともなくタンクトツプを取り出して、さも羨ましかろうという風に見せびらかしてくる。当然だが、花陽はそんなタンクトップなぞ毛ほども欲しくはない。

「フハハハハ。どうだ、μ'sに入りたくなってきたのではないか?」

 サウザーが笑いながら詰め寄る。

「ひえぇ……」

 その気迫に花陽の口からは思わず変な悲鳴がこぼれた。

 と、ここで彼女に助け舟がやって来た。

「かよちん、そろそろ行かないと体育遅れちゃうよー」

 凛が花陽を呼びに来てくれたのである。凛がやって来るといつも嬉しくなる花陽であるが、タンクトツプを装備した男に詰め寄られている状況下ではその喜びもひとしおである。

 しかし、忘れてはいけないのが、凛もまたμ'sの勧誘対象なのである。

 自称凄腕スカウトマンの聖帝サウザーは勧誘の相手を花陽から新しくやって来た凛にチェンジする。

 南斗聖拳の華麗な足さばきで凛の傍へ素早く移動するサウザー。驚く凛を無視してさっそく勧誘を開始する。

「貴様もμ'sに入るのだ。今なら俺とお揃いとピンク色のタンクトップがもらえるぞ」

「ひどいセンスだにゃー」

「ピンクが嫌なら他も各種揃えているぞ? 貴様にはこのターコイズとか似合うであろう」

「そんなの着るくらいなら銀座をマッパで徘徊する方がマシだにゃ」

 凄まじい嫌がりようである。

 サウザーの気迫に恐れ戦いた(全然そうは見えないけど)凛は彼の元をすり抜けてはなれ、怯える花陽の腕をガシリと掴んだ。

「この人たちに関わってたらタンクトップ着せられるよ! 逃げよう!」

「酷い誤解をされてますね私達」

「でも仕方ないのかなぁ……?」

 海未とことりに至っては半ばあきらめムードである。だが、やはり穂乃果は諦めることが出来ないようで、すっかり怯えた後輩二人の傍へ素早く接近し、説得を始めた。

「二人ともスクールアイドル始めてみようよ! きっと楽しいよ! 別にタンクトップは着なくていいから! 私たちも着る気ないし!」

「あ、あの……」

 もじもじする花陽。

「大丈夫! 怖くないって!」

 迫りくる穂乃果。その後ろではサウザーがタンクトップをチラチラしている。

 着なくていいなんて絶対嘘だ。こいつ等着せる気満々だ……花陽はそう思わざるを得ない。

 だが、花陽と穂乃果の間に凛が割って入った。

「かよちんが嫌がってるでしょうが!」

「まぁそう言わずに。凛ちゃんだっけ? ここは一つ、どうかな? スクール……」

「お断りします!」

 凛はぴしゃりと言い放つと花陽の手を掴み、逃げるようにその場を後にしようとした。

 だが、その背中にサウザーが呼びかける。

「フハハハハ。断るのは構わんが、その代わり我が聖帝軍が四六時中貴様らをつけ回すことになるぞ?」

 敏腕凄腕スカウトマンの最終手段はまさかの脅迫である。聖帝は恐怖と力で他人を支配するのが大好きなのだ。

 花陽と凛はサウザーの言う聖帝軍がどのような人間で構成されているかを知っている。そうであるから、この脅迫はかなり効果的であった。あのような連中が付け回してくるなんて、考えただけで辟易するのだ。

「……かよちん行こう!」

「う、うん!」

 とりあえず、次の授業に遅れそうなこともあったから二人はサッサとその場を離れることにした。その背中を見送りながら、サウザーは満足げに、

「とりあえず、二人確保だな」

「サウザー、あなたは私達の想像を遥かに超える馬鹿ですね」

 海未にはもう怒る気力すら残っていなかった。

 

 

 体育の授業が終わり、教室に戻った花陽と凛。

「高校って怖いね。あんな先輩がいるなんて」

 水筒からお茶を飲みながら凛が言う。

 『あんな先輩』というのは無論μ'sの四名である。穂乃果、海未、ことりの三人からしたら迷惑極まりない話だが、彼女たち一年生からすると皆同じようにうつるものなのだ。

 しかし、花陽は脅されることで凛とは違う心の変化が生まれていた。

「……ねえ、凛ちゃん」

「にゃ?」

 花陽は恐る恐る、だがどこか期待に膨らんだような調子で、衝撃的なことを口にする。

「……スクールアイドルだけど」

「うん」

「……一緒に、参加してみない?」

「……うん?」

 言われた瞬間、凛は処理が追いつかないPCのような表情を見せた後、その顔を徐々に驚きの物へと変化させていった。

「えっ!? 参加っ……えっ!?」

「うん。μ'sのお誘い、答えてみない?」

「いやいやいや!」

 凛は水筒を放り出して花陽の肩をガシリと掴んだ。

「危ないって! 不審なひとの誘いに乗っちゃダメだにゃー! 脅しに屈するのもダメだにゃー!」

「違う違う、脅しに屈したとかじゃなくてね?」

 花陽は荒ぶる凛をどうどうと抑えると、ちょっとうつむき加減に話し始めた。

「私ね、実はスクールアイドルに興味あったんだ。見るだけじゃなくて、自分も歌ってみたい、って」

 

 花陽には小さなころから密かに抱いていた夢があった。それは、大好きなアイドルのようにステージの上で歌って踊ること。

 この学校にスクールアイドルが生まれた時、そして、そのグループがメンバーを募集していると知った時、小さな夢の実現がすぐそばまで近づいていることを知った。

 だが、彼女の中の理性が夢へ歩み寄る気持ちの前に立ちはだかった。

 自分は声だって小さいし、あがり症だし、運動神経も低い。こんな自分がスクールアイドルなんて絶対に無理だ。

 だからかつて凛にμ'sに参加してみたらどうかと訊かれた時、花陽は、

「私は普通に一人のお客さんとしていろんなアイドルを見ていきたいの」

と自分を偽ったのだ。

 これからも一人のファンとしてμ'sを応援していこう。

 そう思っていた。

 だが、今、彼女はμ'sから直々にメンバーに加わらないかとお誘い……というより脅迫されている。

 思ってもみなかったスクールアイドルへの道。それが今、向うから半ば無理やり示されているのだ。

 

「確かにあの先輩たちは何考えてるのか分かんないし、倫理観滅茶苦茶だし、どう考えてもまともな集団じゃないよ?」

「メッタぎりだにゃー」

「でも、なんだか私、変われそうな気がする……今これに答えないと、ずっと変われない、ずっと自分に嘘をつき続けていかなければならなくなる……そんな気がするの」

 花陽は俯いていた顔を上げて、凛の瞳を見つめた。その瞳のかつてない力強さに凛は息を呑む。

「私、μ'sに加わるよ!」

 

 

 

 

 放課後の屋上。

 そこで練習に励んでいたμ'sの元を花陽と凛の二人が訊ねた。

 そして、高らかに宣言した。

「私達を、μ'sの仲間に入れてください!」

 あんな勧誘(脅迫)をされては絶対に来る事は無いだろうと思いこんでいた穂乃果、海未、ことりの三人はこれには驚きを隠せなかった。

「ど、どうしちゃったの……?」

「もしかしてサウザーの脅しのせいでは……」

「あ、あのね、無理しなくてもいいよ? サウザーちゃんだって本気じゃないだろうし……」

 あたふたと弁明する三人。しかし、二人の目を見るや、けっして脅しに怯えてやって来たわけではないということをすぐさま理解した。

「ほ、ホントに、加わってくれるの?」

 穂乃果が問う。それに花陽と凛は、

「は、はい! 私もスクールアイドル、やってみたいです!」

「凛はかよちんが心配だから一緒に参加するにゃ」

 二人の言葉に穂乃果はしばし呆然とした。そして、自分を取り戻すや否や「ありがとうっ!」と手を広げて二人に思いっきり抱き付いた。

「これからよろしくね! 花陽ちゃん! 凛ちゃん!」

 穂乃果の言葉を受けて嬉しそうにはにかむ花陽と、照れくさげに笑う凛。二人の顔を、赤い夕陽が明るく照らし出していた。

 

 

「フハハ……またもおれのスカウト力が証明されてしまったな」

 三人を眺めながらサウザーが笑う。

「何故でしょう、喜ばしいはずなのに無性に腹が立ちますね」

「それもまたサウザーちゃんの力なのかもしれないね」

「フハハハハ―ッ!」

 

 かくして、μ'sは合計六人(暫定メンバーのマキを入れると七人)となった。部活動として申請する定員を上回った。

 これにて一安心……かとおもいきや、これからこそが、μ'sにとって本当の試練の始まりであった。

 

 ちなみに、加入するも警戒心バリバリであった凛だが、二日もすればμ'sにすっかり馴染んでしまった。

 良くも悪くも彼女は単純なのである。

 

 




中学一年生レベルのの英文にすらGoogle先生の協力が必要な作者の英語力。英語なのんたんってすごいんだね。


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8話 ストロベリー聖帝 の巻

 +前回のラブライブ!+

 

 昔かよちんに「凛ちゃんほどの運動神経あったら世紀末でも生きていけそう」と言われたことがあるけど、たぶん凛は生きていけないと思う。だって、世紀末だとお水手に入りにくいし、そしたら必然的にラーメンだって作れないし、ラーメンを定期摂取しないと凛はなんやかんやで死ぬから。

 そういえば水が無いとお米も炊けないから、なんやかんやでかよちんも死にそう。

 前回はそんな感じの話だったにゃー。

 

 ——星空凛

 

 

 

 

 学校が休みの日、μ'sの面々は朝から近くの神社で練習をしている。長い階段と広い境内という造りが練習に向いているのだ。おまけに生徒会の中でμ'sに好意的(敵対心を抱いているのは絵里だけだが)な希がここで巫女のバイトをしているから、そのコネ的なもので大手を振って練習ができる。

 この日、皆より一足早く神社の境内へやって来ていたことりは一人ストレッチに励んでいた。

「いっちに、いっちに……うん?」

 ストレッチに励みながら、彼女は奇妙な気配を感じた。何やら、じっと背中を見られているような……そのような感覚である。

 しかし、振り向いてもそこに人影はなく、静かな境内の砂利が広がるだけである。

「うーん……」

「ことりちゃんおはよー」

 そこへ、まだ少し眠たそうな穂乃果を筆頭に海未、花陽、凛がぞろぞろとやって来た。

「ことり、キョロキョロしてどうかしたのですか?」

「いや、なんだか誰かに見られてる気がして?」

 ことりが指で示すのは社務所の角である。そこから誰かが覗いている気がすると言うのだ。

「不審者かにゃ?」

「困りましたね、こういう時に限ってサウザーはいませんし」

 サウザーは現在、自らのベッドで絶賛爆睡中である。なんでも、昨日夜遅くまでテレビの映画を見ていたらしく、起きられないとのことだ。

 ブルが言うには、サウザーはしっかり八時間以上の睡眠を足らないといけないらしい。

「必要な時に限っていませんね」

「まぁ海未ちゃん、そう言わないで」

 しかし、ことりの勘はそこそこに当たる。きっとトサカ部分がレーダーにでもなっているのだろう。本当に不審者がいるとなれば、安心して練習が出来ない。

「……ちょっと様子見てくる」

 そう言うと穂乃果は近くに落ちていた木の棒を拾い上げるとじりじりと不審者が潜むと思われるポイントへ近づき始めた。

「先輩大丈夫なんですか?」

 心配げな花陽。しかし、穂乃果は自信に満ちた顔で、

「大丈夫! 漫画版だと私剣道やってるし? 余裕余裕」

 穂乃果は別次元に生きる己の力を信じ、不審者へと立ち向かっていく。

「穂乃果先輩カッコいいにゃー」

「こういうのは無謀って言うんですよ」

 心配するメンバーの声を背中に受けながら社務所の角へと近づく穂乃果。そして、木の棒を構えながらシュバッと角を飛びだした。が、その瞬間。

「ふおっ!?」

 穂乃果の胸が……正確には、穂乃果の練習着(ほの字シャツ)の胸の部分がお色気バトル漫画にありがちな感じで切り裂かれ、年相応に豊かな胸元が露わになった。

「穂乃果先輩の胸が!?」

「破廉恥ですー! ふんぬっ!」

「海未先輩がぶっ倒れたにゃー!」

 胸を隠しながら思わずしゃがみ込む穂乃果。そんな彼女の前に、マスクにサングラスという絵にかいたような不審者の少女が仁王立ちするように現れた。怪しい外見の割に頭から生えたツインテールがみょうちくりんな雰囲気を醸し出している。

「アンタたち!」

「は、はい!?」

 少女は穂乃果に指を突きつける。そして、

「とっとと解散しなさいっ!」

と言うと呆然とする面々をその場に残しさっさと逃げていってしまった。

 

 

 

 

 翌日の放課後、μ'sの面々は音楽室に集合していた。

「てなことがあって、ほんと大変だったんだよー」

「下郎にしてはやるようだが、この聖帝サウザーの敵ではあるまい」

「敵でなかろうがサウザーは寝坊してるんですから、偉そうに言う資格なんてありません」

 音楽室で穂乃果たちが昨日の事を話す相手はいつものようにピアノの前に座るマキである。

 今μ'sメンバーが音楽室にたむろしているのは、マキが得ている音楽室の使用許可に便乗しているからなのだ。

「不審者が出たのは大変だと思うけど、それとあなた達が音楽室(ここ)にいるのは別問題だと思うのだけど?」

「だって外雨降ってて屋上使えないんだもん」

「帰りなさいよ」

 この日、午後から天気は雨模様であった。初めは小雨程度で、このくらいなら練習できるだろうとタカをくくっていたμ'sメンバーでっあったが、練習を開始すると同時に本ぶりとなったのだ。

「フハハ。天も我々の練習に震えておるわ」

「そういうわけですから、今日は音楽室で練習と言うわけなのです」

「帰りなさいよ」

 マキはμ'sの図々しさに半ばあきれるようにため息をついた。しかし、心の底から嫌なわけではないという複雑な心境が、主にサウザーに付け込まれる要因となっているのに、本人は気付いていない。

 そんな彼女に、花陽が恐る恐る訊いた。

「あの、西木野さんってμ'sの一員じゃないんですか?」

「全然違うわよ」

「なに!?」

 マキの回答に一番驚きを見せたのは聖帝サウザーであった。

「バカなっ……確かに北斗は南斗に降ったはず……!?」

「そのバカが勝手に吹聴してるみたいだけど、入るなんて一言も言ってないから私。ていうか今更?」

「ぬっく……!」

 あまりにもの衝撃にサウザーはよろめきつつ、おでこのほくろから血を噴きだした。マキの告白はサウザーにとって秘孔を突かれたに等しき衝撃だったのだ。

 そんなサウザーは放っておいて、問題は練習場所である。

「言っておくけど、音楽室でダンスの練習は出来ないわよ? 高価な機材がいっぱいあるんだから……ちょっと! 勝手に機材をいじらないで!」

「フハハハハ」

「ところで先輩、どこか教室とか借りられないんですか?」

 マキを押しのけてピアノの鍵盤を叩くサウザーを尻目に、花陽がことりに訊く。ことりは困った様子で、

「訊いてはみたんだけど、部室を持つにはちゃんとした部としての登録が必要らしくて……」

「そうなんだよー。生徒会長がね、部の申請は五人以上いないと駄目だって」

 穂乃果はそう言うと参っちゃうよねー、と笑った。だが、ここで一同が頭の上に「?」と疑問符を浮かべる。

 部の申請には五人以上が必要……。

「穂乃果、今私達は何人いますか?」

「えー? 私でしょ? ことりちゃん、海未ちゃん、サウザーちゃん、花陽ちゃん、凛ちゃん、マキちゃん……うん、七人だね!」

「メンバーにフクメナイデ!」

 マキが声を上げる。だが、その声にかぶさるように穂乃果は「あっ!」と叫んだ。

「いるじゃん! 五人以上!」

「先が思いやられるにゃー」

 

 

 その頃、生徒会室。

 生徒会長の絢瀬絵里はしとしと降り注ぐ雨を眺めながら希の淹れてくれたお茶を啜っていた。

「今日から梅雨入りやってな。じとじとして嫌やわぁ」

「あら希、降り注ぐ雨もまた風情が合っていいじゃない」

 この日、絵里は機嫌が良かった。

 何しろ生徒会室の入り口に扉が設置されたからである。

 初代や二代目に比べると少々安っぽい作りではあるが、今の絵里にとって入り口に扉があると言う事実だけでも感涙ものであったのだ。

「でもエリチ、また扉が破壊される気がしてならないんやけど」

 希はタロットカードを一枚引いた。出たカードは死神の正位置である。これはもう三代目生徒会室扉の早々な逝去を予言していると言っても過言ではないだろう。

 しかし、それでも絵里は余裕綽々である。

 実は、彼女には三度目の正直と言わんが如く一つの『対策』を講じていたのだ。

サウザー(あのアホ)は生徒会室に突っ込んでくる時いつも笑い声あげてるでしょ?」

「せやね」

「それが合図よ。それが聞こえたら私は扉の前に移動するの」

 言うと彼女は湯のみを置くと扉の近くまで歩いていった。どうやら実演してくれるらしい。

サウザー(あのバカ)はいつもタックルして扉を破壊するわね?」

「うん」

「それに対して、私もこちら側から同時にタックルするの」

「……うん?」

「そうすれば互いに威力は相殺されて扉は壊れない、という理屈よ!」

 自信満々に顔を輝かせる絵里は「来たら、こう!」とタックルの仕草を見せてくれた。

 希はそれを見ながら思った。

(あぁエリチ、疲れとるんやなぁ……)

 そして、そんな彼女に何もしてあげることのできない自分がちょっぴり嫌になった。

 そんなこんなしている内、遠くから聞き覚えのある高笑いが近づいてきた。

「来たわね! サウザー(あのタラリラリン)が!」

 彼女はフンスフンスと意気込みながら扉に向かってタックルの姿勢を取った。希はもうそんな彼女を見て祈ることしかできない。

 そして、時は来た。

「フハハハハ!」

「……今よっ!」

 高笑いが最高潮になっとた時、絵里は渾身の力を込めて扉へタックルした。

 

 

 

 

「…………」

 穂乃果たちは突然のことに絶句した。

 彼女たちは生徒会に部活動の申請を行うべく、マキも半ば無理やり連れて生徒会室へと向かっていた。そして、生徒会室の扉に手を掛けようとした瞬間、勇ましい掛け声と共に生徒会長が扉を突き破って廊下に飛びだしてきたのだ。

「……!? ……!?」

 突き破られた扉の上で周りをキョロキョロと見回す絵里。彼女の顔は一件冷静沈着だったが、目にはあからさまな動揺が走っており、声を掛けるのも憚られるくらいだった。

「あの……生徒、会長?」

 海未は恐る恐ると言った調子で絵里に声を掛けた。

「この人が生徒会長……?」

「何かイメージと違うにゃー」

「破天荒な感じね」

 海未の後ろで、一年生三人組がごにょごにょと話す。声は押さえているつもりだったが、廊下は雨の音がはっきり聞こえるほどに静まり返っており、三人の会話も絵里には丸聞こえであった。

 その上、サウザーがいかにも困惑した調子で、

「えっ……? 何やってんの? ……えっ?」

などと言う。

 ここで、絵里の中で何かが切れた。

 彼女は何事も無かったかのようにスクと立ち上がると、生徒会室の中へ入って行き、手早く自分の荷物をまとめた。

「……エリチ、どないしたん?」

 希が訊く。それに対し絵里は、鞄を肩から下げるといつもと変わらない、冷静沈着な様子で、

「おうち帰る」

「えっ?」

 絵里はそうとだけ言うと廊下で呆然とするμ'sに目もくれず早足でさっさと生徒会室を後にしてしまった。

「ちょ、エリチ!」

「あの、副会長……」

「ゴメン、用事なら明日……いや明後日にして! 堪忍な!」

 希は困惑する穂乃果にそう言うと絵里を追いかけるようにその場を後にしていった。

 

 

 結局この日は練習は不可能だということで、一同は早々に学校を後にし、ファストフード店で買い食い&今後の方針についての会議という運びになった。

 これに対し、穂乃果はいたく不機嫌な様子であった。

 あからさまに不満な顔をした彼女はフライドポテトに怒りをぶつけるような勢いで食べていた。

 

【挿絵表示】

 

「穂乃果、やけ食いは太りますよ」

「やけ食いしたくもなるよ! 雨は降るし、生徒会長は謎の奇行に走るし!」

「あれはホントに謎だったね」

 ことりもポテトを食べながら同意する。関係ないが、彼女のポテトを食べる姿は小鳥が餌をついばんでいるようで可愛らしい。

「謎と言えば、なんで私まで連れ回されてるの?」

 生徒会室の騒動以来、マキはずっと連れ回されていた。いつもは音楽室でピアノを弾いている時間だからか、少しそわそわしてる。

 それに対して穂乃果は、

「そりゃ、マキちゃんにも仲間になって欲しいからだよ。ねー、サウザーちゃ……」

「んふっ……ちゅぅ……はふぅ……はぁはぁ……ちゅぅ……」

 サウザーはこの店の名物であるシェイクを吸うのに夢中であった。しかし中々上手に吸えないらしく、ひとり場違いに苦悶の表情を浮かべている。

「……みんなもマキちゃんに加わって欲しいよね?」

 穂乃果はサウザーをスルーすることにした。

「もちろん! 西木野さんもやろう?」

「かよちんの言う通り。犠せ……仲間は多い方がいいよ!」

「今『犠牲者』って言いかけなかった?」

 こうは言えど、マキの心は間違いなく揺れていた。彼女がもう少し素直なら、この段階で「私もμ'sに入れて」と声を張って言っていただろう。

 だが、素直になれない彼女は軽く話題を逸らした。

「ところで、昨日の不審者騒動だけど、大丈夫なの?」

「マキちゃん、心配してくれるの?」

「ウ、ウルサイ!」

 穂乃果のおどけた調子の声にマキは少しムキになって言い返す。

「でも、不審者問題は由々しき問題ではあります。活動にだって支障をきたすでしょう」

 海未は冷静に分析していった。

 もしあの不審者が再び現れ、活動を妨害してくるようであれば、μ'sは早々に活動停止となる。さすがに何をしてくるか分からない相手であるから、無茶は出来ないのだ。

「部活動申請だって結局できませんでしたし」

「あれは会長が……」

「穂乃果も言われるまで忘れていたでしょう! だいたい、この間申請は穂乃果がしておくと言ってたじゃないですか!」

「い、言ってたっけ? ことりちゃん?」

「言ってたねぇ……」

「あれまー……」

「あれまー、じゃありません!」

 海未はひょんなことから説教モードに突入するから油断できない。まるでお母さんのような性格の人だ。

 二人のやり取りは傍から見ている分には面白い。もっとも、当事者にとっては堪ったものではないだろうが。 

「たしかに、私も穂乃果に任せっきりだったのは良くないでしょうけど」

「そ、そうだよ海未ちゃん! よくないなぁ!」

「穂乃果! ……ああ、もう!」

 だが、ここでついに海未は穂乃果の隣でシェイクを啜る男に我慢が出来なくなった。

「気が散ります! だれかサウザーから取上げてくださいよもうっ!」

「ぬっふ……はうん……んはぁ」

 サウザーはひとしきりシェイクを飲み終えると(どれほど飲めたのかは甚だ疑問であるが)、フハハと笑った。

「不審者などと言う下郎、我が南斗鳳凰拳の前では屑も同然に過ぎぬ。まして、μ'sには我が配下たる北斗神拳も居るのであるから、恐れるに足らん」

「いや、だから加わるなんて一言も……」

「マキ、彼は人の話をちゃんと聞ける人間ではないのです」

 海未の諦観の混じった声は妙な説得力があった。

 そして、マキの北斗神拳に花陽がおもいきり食いつく。

「西木野さんって北斗神拳使えるんですか!?」

「えっ? ま、まぁ……」

「すごい!」 

 花陽が好きなものはお米(ジャポニカ種)、アイドル、そして様々な拳法

「まさか北斗神拳の使い手が音ノ木坂、それもμ'sにいるなんて……感激です!」

「だから加わるなんて一言も……はぁ」

 マキは馬鹿らしくなって反論する気をすっかり無くしてしまったらしい。サウザーはそれ好機と言わんばかりに、「と言うわけで西木野マキはμ's入りな?」と宣言した。

 

 ——西木野マキ、μ's入り決定!(クーリングオフ不可)

 

「いやぁ、マキちゃんも加わって良かった良かった」

「うるさいわよ」

 マキの不機嫌な声もどこ吹く風、先ほどまでの不満顔もどこへやら、穂乃果は大満足といった様子であった。μ'sもこれで七人、そこそこの大所帯になった物である。

「さーて、嬉しいしポテトたくさん食べちゃうぞ!」

「自棄にならなくても結局食べるんですね」

「えへへ」

 照れ笑いしながら彼女は自分のポテトに手を伸ばした。が、そこにすでに愛しのポテトの姿は無く、穂乃果はそれに愕然とした。

「私のポテトがない! ……海未ちゃん食べたでしょ!」

「えっ!? そんな事しませんよ失礼な」

「じゃぁサウザーちゃ……」

「んふっ……はぁ……はぁ……ぬふっ」

 しかし当のサウザーは再びシェイク吸引にチャレンジしており、その無駄に必死な相を見ると疑うのもバカバカしくなってきた。

「……おかしいなぁ」

「自分で食べたのでしょう……うん?」

 呆れながら海未も自らのポテトに手を伸ばそうとした。だが、そこには穂乃果同様ポテトの姿は影も形も無く、細かな欠片が申し訳程度に残っているのみであった。

「……穂乃果、食べましたか?」

「いくらなんでも人のは取らないよ!?」

「ぬっふ……はぁはぁ……ちゅぅ……はぁ……」

「おかしいですね……」

 困惑する海未と穂乃果。そんな二人に、ことり以下一年生ズは「ねえ……」と声を掛けた。

「どうかしましたか、ことり」

「…………」

 ことり達は海未の質問には答えず、一様に同じ方向へ視線を向けていた。

 その視線の先にあるのは隣の座席と区切るつい立がある。そのつい立の下にはちょっとした隙間があり、やろうと思えば隣の席を覗いたり、手を伸ばしたりもできる。

 そして今、そのつい立の隙間から細い手が伸びて、穂乃果のハンバーガーを掴み上げていた。

「…………!」

 異変に気付いたのか、その手はピクリと反応した後、そっとハンバーガーを元の位置に戻し、何事も無かったかのようについ立の向こうへ消えていった。

 呆気にとられる穂乃果たち。だが、ハッと気が付くとすぐさまつい立の裏側に回り込んだ。

「あっ!?」

「うっ!?」

 そこにいたには、そこそこに前衛的な服を着こんだ女の子であった。そして、髪型、服装は違えど彼女が何者なのかは、昨日の朝、神社にいたメンバーならすぐさまに解った。

「昨日の不審者!」

「誰が不審者よ!」

「服装も相まって不審度が倍増してるにゃー」

 不審者の少女の口元にはポテトの食べかすが付いていた。穂乃果と海未のポテトを獲ったのは彼女らしい。

「ポテト返してよー!」

 穂乃果が訴える。それに便乗するように凛も、

「とっ捕まえるにゃー!」

「ダメだよ凛ちゃん! 危ないよ!」

「花陽の言う通りです! ここはサウザーにでも何とかして……!?」

「んっ……ちゅう……んふぁ……むっふ……」

「ぬふぅ、参りましたね!」

 ぐぬぬと唸る海未。と、ここで花陽が、

「そうだ西木野さん! 秘孔で動けなくすれば! ほら、秘孔・新膻中(しんたんちゅう)!」

「ほら、じゃないわよ。ことりは? 日ごろ海未に浴びせまくってるとかいうやつをアイツに……」

「あれ、海未ちゃんじゃないと効かないんだよねぇ」

 μ'sは大混乱である。

 結局、協議の結果マキの北斗神拳で動けなくしてから捕まえるということになった(この間例の不審者は待ってくれた)。

「じゃぁ、とりあえず新膻中突いて動けなくすればいいのね?」

「やっておしまい!」

 ポテトを獲られたこともあり、プリプリ怒りながら穂乃果が言う。

 穂乃果の言葉を受け、マキは構えた。『北斗神拳を私闘に使ってはならない』という設定があった気がするが、忘れた。

 だが、当の不審者は何ら怯えることなくそこに立ち続けていた。もっとも、北斗神拳を知らない人間にとっては怖くもなんともないであろうが……。

(奇妙ね……)

 そう思わずにいられない。

(ま、さっさと捕まえちゃいましょ)

 とりあえず彼女は気を取り直した。

 そして、マキは小さな呼吸と共に秘孔・新膻中に向かって拳を突きだす。

 北斗神拳の突きはまさに神速であり、普通の人間ならば避けるどころかまともに捉えることさえもできない。

 だがしかし、相手がいわゆる普通の人間でなかった場合、話は違ってくる。

「!?」

 マキが秘孔に向けて突きだしたのと同時、不審者の姿が目前から消えた。

 否、消えたのではない。

 なんと、不審者の少女はマキの突きを上に跳躍して回避したのだ。

「あの足さばきは、南斗聖拳!」

「かよちん解るの?」

「うん! それにあの流麗さ、きっと南斗水鳥拳に属する拳法の一つだよ!」

「かよちんの話は凛にはむつかしいよ」

 マキの拳を華麗に回避した不審者は着地すると同時に、μ's一同に向かって、

「アンタ達のやってることはアイドルへの冒涜よ!」

と叫んだ。

「アイドルへの……」

「冒涜?」

「ちゅぅ……んはぁ……」

「いつまで飲んでるんですか……」

 不審者の言葉に驚くμ's。サウザーを見ているとなんだか正論を突き付けられているような気がして、反論できない。 

「さっさと解散することね! ばーかばーか」

 小学生並みの捨て台詞を吐いた彼女は、満足したのか踵を返して駆け出し、窓ガラスを突き破って退店していった。もしかしたらサウザーとメンタリティが変わらない人なのかもしれない。

「ねぇ、もしかして南斗聖拳ってあんな人しかいないのかな?」

 穂乃果が疑問を呈する。

 この問いに答えるものは無かった。誰もが目を逸らし、黙り込んだ。

 誰もいない店内。聞こえるのは、激しさを増した雨音とシェイクを吸う音のみであった。

「ちゅうちゅう……んっ……むはぅ……ちゅう」

 

 

 

 

 

 

 




実は挿絵のサウザーは服装に間違いがある(右肩に肩当は無い)んですけど、描き直すのしんどいのでそのままあげました。


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9話 伝説の聖帝伝説 の巻

お久しぶりです。のっぴきならない事情があって投稿遅れました。


 +前回のラブライブ!+

 南斗五車星が一人、風のヒューイは自らのグループのあり方、というか自らのグループ内での立ち位置に疑問を抱いていた。

 彼には、自分が雲のジュウザの次くらいにはアイドルっぽいという自信があったのだ。

 しかし、現実は彼に冷たく、五車星ファンは実質ジュウザファンとなっている。

 それに納得できなかったのだ。

 そんな彼の前に、一人の男が現れる。

「俺は、天狼星のリュウガ!」

 お互いカチューシャを装備していることもあって意気投合した二人は、新生ユニットとして共に歩んでいくことにした。

 ビジュアルもなんかひと昔のアイドルっぽくて、おばさまウケしそうだし。

 

 

 不審者との対決の翌々日、μ'sの一同は生徒会室に押しかけていた。

「何の用かしら?」

 絵里が露骨に嫌そうな顔で訊いてくる。「何の用かしら?(さっさと還れ。土に)」と言わんとしているのが丸わかりだ。

「会長、なんか怒ってる……?」

「良く分からない人だにゃー……」

「しっ、聞こえるわよ……」

 一年生達はそんな絵里に怯えてしまっている。

 実際のところ、絵里が嫌いなのはサウザーであって、そのほかのメンバーは困りものの後輩たち程度の認識しかない。ただ、彼女が元来不器用なのと、サウザーへの恨み……主に亡き生徒会室扉の恨み……が表に出過ぎているため、μ's全体を極度に敵視しているような印象を受けるのだ。

 そんな絵里に対し、穂乃果は言う。

「部活動の申請に来ました。人数もキチンと五人以上います」

 彼女はメンバーの署名の入った申請書を絵里に手渡した。

「……確かに、五人以上、七人いるわね」

「頭数揃っているい以上、貴様に残された選択肢は認めるか髪を剃るかの二択だぞ?」

 サウザーがフフンと自信満々に謎の選択肢を突き付ける。

 だが、絵里の口から出た回答はμ'sメンバーにとって予想外のものであった。

「残念だけど、認められないわね」

「えっ!?」

 なんでも既にこの学校には『アイドル研究部』なる部が存在するため、似たような目的の部をむやみやたら増やすのは許されない、と言う事だそうだ。

「初耳なのだが?」

 サウザーが言う。すると、絵里はちょっと嬉しそうに、

「だって、訊かれなかったし?」

 ……後に希が語るには、この時ほど悪い顔をしていた絵里は今まで見たことがなかったという。絵里の言葉にサウザーは悔しそうに唸る。これには生徒会長もすこぶる嬉しそうである。

 サウザーに一泡吹かせたことである程度満足したのか、彼女は途方に暮れる後輩たちに一つアドバイスをくれた。

「何なら、現アイドル研究部と交渉なりして来ると良いんじゃないかしら?」

「交渉、ですか?」

「そう。部の統合は別に校則違反じゃないし、生徒会としても乱立されるより助かるのだけど」

 それを聞いたμ's一同は喜んで、絵里に礼を言い(無論サウザー以外である)、一目散に生徒会室を後にしていった。

 後輩たちを見送り、ポケットから取り出した一口チョコを幸せそうに口に放り込む絵里。そんな彼女に希は意外そうな視線を送った。

「なに? じろじろ見て」

「いや、意外やなぁ、って? エリチ、あの子たちの事認めて無いのとちゃうの?」

「ええ、認めて無いわよ。でもだからと言って活動を妨害なんてできないし、放っておいたらあのバカ(サウザー)がまたろくでもない事しでかしそうでしょ?」

「なるほどなぁ」

 感心する希。絵里は壊された入り口を見つめながら、扉の代わりに暖簾でも掛けるかと思案していた。

 

 

 

 絵里に言われて勇んでアイドル研究部の部室に向かうμ's一同。その部室は校内でもあまり訪れないような場所にひっそりと存在していたこともあり、見つけ出すのには一苦労だった。

「ここかな?」

 穂乃果が指さす扉。そこは一見すると単なる物置か何かにしか見えないが、よく見ると小さく『アイドル研究部』と書かれたテープが貼り付けてあるのが見える。

「でも、真っ暗ですよ?」

 海未が指摘した通り、扉のガラスの向こうは電気が消され、真っ暗であった。どうやら、まだ部長は来ていないらしい。

「待ちますか?」

 花陽が言う。しかし、サウザーは、

「フン、このような扉破壊して、我々で占拠してしまえばいいではないか?」

 サウザーはこの学校の扉を壊し慣れている。彼の手にかかれば薄い扉の一枚や二枚、紙を裂くが如く簡単に破るであろう。

 しかし、それが出来るのはμ'sのメンバーがいないときだけ。流石に今度は穂乃果たちに止められた。

 そんなことをしている内、部室の主が彼女たちの前に姿を現した。

「あっ」

 そして、姿を現した少女はμ'sを見るや顔をひきつらせた。

 μ'sも少女の顔を驚愕の表情で見つめる。

 特徴的なツインテールに高校生にしてはちんまりとした体つき。その姿は服装が変われども見間違うことは無かった。

「この間の不審者!」

 穂乃果が叫ぶ。

「誰が不審者よ!」

「ここの生徒……ていうか、アイドル研究部の部長だったんですね」

 花陽が何故かやや尊敬の念を込めて言う。

 しかし、『不審者の少女』こと矢澤ニコにはここで「そうです私が部長ですどうぞよろしく」などと言えるほどの胆力と言うか図々しさは誰かさんと違って無いらしい。彼女は驚いて身動きの取れないμ'sメンバーの間を小柄な体を活かしてすり抜けるとそのまま部室へと飛び込み、扉を勢いよく閉められてしまった。

「おぉ、南斗特有の身のこなし!」

 花陽が感嘆の声を上げる。

「そういうもんなのかにゃー」

「ちょっと部長さん! なんで逃げるんですか!」

 穂乃果はドアノブに手を伸ばして扉を押し開けようとする。が、内側から鍵を掛けられたか、何か大きなものを積まれたらしく、ピクリとも動かない。

「開けてください! 部長さぁーん!」

 穂乃果が扉を叩く。

「ことり、どうしましょうか」

「うーん、外から入る、にしても窓も閉まってるだろうし……」

 考えあぐねることり。だが、聖帝の居る限り、開かない扉の存在に悩むことなど無いのだ。

 今度は、止めても無駄である。

 サウザーは扉の前で華麗に飛翔した。

 

 

「む、なんか寒気が……」

「やだエリチ、風邪?」

 

 

 あえて詳しくは書かないが、アイドル研究部部室の扉はどのような形にせよ開かれ、一同は中へ入ること叶った。

「おぉ……」

 部屋に入ると、一同は言葉を失った。

 『アイドル研究部』を名乗るだけあって、室内には日本全国津々浦々往古来今の資料、グッズが所狭しと並べられていた。まさか生徒会がアイドルグッズ購入の予算を承認するとも思えないから、並べられた数々の品は全てこの部屋の主である矢澤ニコの私物なのだろう。その途方もない収集意欲にある種の呆れと尊敬を感じたのだ。

 対して、ニコはいかにも不機嫌そうなしかめ面をしていた。当然である。

「勝手にじろじろ見ないでよね」

「じゃあ触るとするか」

「そういうことじゃないわよ!」

 シャーとサウザーを威嚇するニコ。

 そんな彼女を尻目に、棚を眺めていた花陽は何かを見つけたらしく、急に叫び声をあげた。

「あああああああ!」

「うわ、かよちんびっくりしたにゃー」

「こここここ、これは……!」

 わなわなと震える彼女の両手に握られているのは大きなDVDボックスである。箱には煌びやかな文字で『伝説のアイドル伝説』と描かれている。

「これ、持ってる人始めて見ました!」

 尊敬のまなざしをニコに向ける花陽。彼女の純粋な瞳にはさすがのニコも照れて顔を赤くする。

「ま、まぁね! アイドル研究部たるもの、持っておくべきだから!」

「すごいです!」

 この『伝説のアイドル伝説』は限定生産品であるため非常に稀少(故に存在が伝説化して『伝説の伝説のアイドル伝説、伝伝伝』と呼ばれている)らしく、アイドルファンにとっては垂涎の品らしい。そんなものを持っているともなれば、花陽が尊敬して当たり前のことなのだろう。

 そんなニコに謎の対抗意識を燃やすのがサウザーである。

「フフフ……このおれもその『伝伝伝』に負けず貴重な品を持っているぞ?」

「ホントですか!?」

 花陽が食いつく。しかし、サウザーを見ながら穂乃果は海未とことりに耳打ちする。

「なんか嫌な予感がするんだけど」

「奇遇ですね、私もです」

「しない方がおかしいんじゃないかな?」

 不安を他所にサウザーは「例の物を持ってこい!」と部室の外に呼びかける。すると、モヒカン二人によってシーツを掛けられた『何か』が台車に乗って運び込まれてきた。

「また勝手に校内に入りこんで……」

「いや、それより海未ちゃん? あれの大きさってさ、やっぱり……」

 穂乃果が息を呑む。ことりも同様で、

「台車も含めると大体190センチくらいかな? 大きさ……」

と慄きを隠せない。

 対するサウザーはゴキゲンなもので、

「『伝伝伝』なぞ、所詮は下郎の玩具に過ぎぬわ!」

と高笑いしている。そして、「見るがいい!」と掛けられていたシーツを豪快に払いのけた。

「これぞ『時価1000万円のクリスタル・ガラスをあしらった等身大ケンシロウフィギュア』だ!」

「サウザーちゃんマジか!」

 一同は悲鳴を上げた。この等身大ケンシロウフィギュアはある意味触れてはいけない聖域的アイテムなのである。

「ちなみに300万円で購入しました」

「やめろって!」

 全身にあしらわれた50万個のクリスタルが室内の蛍光灯の光を受けて虹色に輝いている。そんなケンシロウフィギュアをサウザーは部室の隅に鎮座させようと置いてあったアイドルグッズをどかした。

「ここに飾っておこう」

「ちょ、なにするのよ!?」

「フフフ……アイドル研究部のマスコットにすればよかろう?」

「どんなマスコットよ! ていうか勝手にグッズをいじるな!」

「売って部費の足しにすればよかろう?」

「それならそのケンシロウフィギュアを売りなさいよ!」

 サウザーの傍若無人な態度に激オコなニコである。そんなニコを穂乃果は、

「まぁまぁ、落ち着いてください」

となだめた。そして、どうにかニコを交渉の席に着けさせることに成功した。

「……で、用件はなに?」

 ジュースを一口飲んで気を鎮めたニコは穂乃果たちに問うた。

「はい、ニコラス先輩」

「ニコよ」

「ニコ先輩、実は私達、スクールアイドルやってまして」

「知ってる。どうせ生徒会に話しつけてこい言われたんでしょ?」

「おお、話が早い」

 穂乃果はあははと笑いながら身を乗り出した。

「で、ニコ先輩!」

「お断りよ」

 だが、ニコにはお願いする隙は無かった。彼女にあるのはμ'sへの拒絶だけのように見えて、まさに『取り付く島もない』というべき状況であった。

 穂乃果は食い下がる。

「いえ、別にアイドル研究部を廃部にしろとかいうわけじゃ無くて……」

「なんにせよお断りよ。前にも言った通り、アンタ達はアイドルを汚してるのよ!」

「そんな……」

 海未がニコの言葉に反発しようとする。しかし、不思議と、その先の言葉が出てこなかった。

「……ほ、穂乃果、ほら、否定してください」

「んふぅ?」

 誰かさんのせいでしどろもどろになるμ'sにニコは呆れ交じりのため息をついた。そして、ある質問をぶつけてきた。

「アンタ達、キャラづくりしてるの?」

「キャラ」

「づくり?」

 一同が首を傾げる。それにニコは「そう!」と言うやガタンと音を立てて立ち上がり、拳を握って語り始めた。

「アイドルに求められるものは非日常な夢のような時間よ! アイドルは文字通り、偶像としてお客さんの期待に答えなきゃいけないの! その辺にいる高校生の気構えじゃダメなのよ! つまるところアンタ達のキャラが薄いのよ!」

「キャラが薄い!?」

 穂乃果が驚愕の声を上げる。

「これで薄いんですか私達!?」

「うっ……へ、平均値の話よ! 一人アホみたいに濃厚でも周りが着いていけなきゃ意味ないでしょ」

 ニコの言葉にサウザーは嬉しそうに笑う。

「要はあれだな? このおれこそアイドルに相応しいと言うわけだな?」

「いや全然違うし」

 ニコはここ一番のため息をつき、μ's一同を見回した。そして、「たくしょうがないわねぇ」と呟き、手本を見せてあげると言うと一同に背を向け、一瞬の間の後、満面の笑みに愛らしい手振りを添えて振り返った。

 

「にっこにっこ(割愛)」

 

 ニコが見せつけてきたものはまさしく『あざとさ』の塊だった。これがアイドルに求められるものなのかと、尊敬と同時にちょっと引いた(花陽だけ感動していた)。

「これは……」

「なんというか……」

 言葉に困る一同。

 しかしそんな中、サウザーだけが例の不敵な笑みを浮かべていた。これはろくでもないことを考えているに違いない。

「その程度、我々でも出来るわ」

 これである。この台詞はニコも聞き捨てならなかったらしく、

「ほーう? じゃぁそこの聖帝、やってみなさいよ」

と挑発してみせた。

 だが聖帝は相も変わらず不敵に笑いを浮かべている。

「誰もおれがやるとは言っておらん。……北斗神拳の西木野マキよ!」

「あ?」

 だんまりを決めていたマキは不意に振られて驚いたのか変な声を出してしまった。

「そこの下郎(ニコ)にアイドルアピールをするのだ」

「な、何で私が……」

「やらねば、あることないこと吹聴して社会的信用を失わさせるぞ?」

「くっ……」

 サウザーお得意の力と恐怖による支配である。さすがにこれには強気なマキも屈せざるを得ない。そんな彼女にニコやμ'sメンバーも、

「ほら、やってみなさいよ」

「マキちゃん、ファイトだよ!」

「うるさいわよ!」

 ニコと他メンバーの視線を一心に集めて、マキはいよいよ追い詰められる。

「…………」

 ……しばしの沈黙の後、マキはいよいよ覚悟を決めた、深呼吸した後彼女はニコ同様一度一同に背を向け、振り返ると同時に笑顔で振りつけしてみせた。

 

「マッキマッキマ~☆ うぬの秘孔に猛翔破(もうしょうは)~☆ 秘孔打ちぬく西木野マキマキ~☆ 『マキマキ』って呼んで……マキッ☆」

 

 ………沈黙。その後、顔を真っ赤にしたマキが、「どうよ」とニコを睨んだ。

 そんなマキに、ニコは慈愛に満ちた微笑みを向けて、

「……うん……いいんじゃない?」

「ぬうぅぅぅぅぅぅ!」

 

 

 

 

 その後、何やかんやあってμ'sは部室から(等身大ケンシロウフィギュアと共に)追い出された。

「ああん、ニコ先輩!」

 穂乃果が扉の向こうに呼びかけるが、返事はない。

「駄目みたいですね……」

「まぁ、うっすら分かってたけど……」

 ことりの言う通り、何となくこのオチは読めていたから一同のショックはそれほどのものではなかった。しかし、だからと言ってこのまま引き下がるわけにもいかない。

「どうするにゃー。ニコ先輩、凛たちの事目の敵にしてるっぽいにゃー」

「そうともちがうような……サウザー先輩はどう思いますか?」

 花陽が訊く。

「フハハ……案ぜずとも、奴は所詮南斗水鳥拳の一派に属する下郎。南斗鳳凰拳に降るのは自明の理ではないか」

「花陽、サウザーにまともな答えを期待するだけ無駄ですよ」

 はぁ、と途方に暮れるμ's。

 その中で、マキだけが新しい世界への扉を開きかけて一人ドキドキしているのだった。

 

 

つづく

 

 

 

 



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10話 聖帝と宿命の拳士たち の巻

 +前回のラブライブ!+

 

 『アイドル』とはなにか、という問いは世のアイドル好きたちにとって永遠のテーマともいえる。『好みのアイドル像』はまさしく十人十色で、百人が見て百人の琴線に触れるアイドルなんて存在しないのだ。

 だから、あのサウザーとかいうふざけた輩がアイドルを名乗ることに理屈上で間違いはない。

 それでも私は認めないから。

 そこんとこ、よろしく。にこっ☆

 

 矢澤ニコ

 

 

 

 

 アイドル研究部を追い出されたμ's一行(with等身大ケンシロウフィギュア)は再び音楽室に屯していた。

「困りましたね……」

「どうしよっか、これから」

 困り顔の海未とことり。

 自分たちが音ノ木坂学院の名を背負ってスクールアイドルの活動をするには部として活動する必要がある。しかし、すでにアイドル研究部なる部が存在し、生徒会曰く同系の部の共存は不可能である。抜け道であるアイドル研究部との合併もバッサリ断られてしまった。

「いっそ、ゲリラ活動でもしていけばいいんじゃないかにゃー?」

「それは道理が通りませんよ。第一、そんなことしようものなら生徒会長の胃に穴が開きそうです」 

 主にサウザーのせいで。

 しかし、このような状況下でもお気楽なものはとことんお気楽であった。

「心配するでない。先も言ったが、南斗水鳥拳なぞ、所詮は将星に群がる衛星に過ぎぬ」

 ピアノの椅子を玉座の如く座りこなすサウザーは自信満々にほくそ笑む。

「それってアイドル活動になんの関係も無いんじゃ……」 

「おれはスクールアイドルの帝王でもあるから、問題ないであろう?」

「なんですかスクールアイドルの帝王って」

 呆れ声の海未。そんな彼女に、穂乃果はサウザーに負けず劣らずなお気楽さで「大丈夫だよ」と言ってのけた。

「先輩はアイドルが好きで、私達は本気でスクールアイドルになりたい。きっと分かってくれるって」

 彼女は言いながら「ねー」とケンシロウフィギュアをツンツン弄っていた。

「穂乃果はまた適当に……」

 彼女の能天気さは窮地に陥った彼女たちからすると一種の清涼剤のような効果を持つ。海未はそう言いつつ、なんだか実際穂乃果の言う通り事が運ぶような気がしていた。

 そして、それは間違いではなかった。

「その言い分は間違いやないで」

「うわっ!?」

 ケンシロウフィギュアの背後からぬっ、と副会長の希が姿を現した。

「出たなスピリチュアル女!」

「いつからそこにいたんですか?」

「気にしない気にしない」

 希は穂乃果の疑問を華麗に受け流した。

「間違いではないとは、どういうことですか?」

 海未は突如現れた希に驚きつつ、言葉の意味を問いかける。

「うん、そのままの意味やね。にこっちはアイドルが好き。でも、まだみんなの事は信用できないんよ」

 

 矢澤ニコは一年生の時、同級生数人と共にスクールアイドルを始めようとしたことがあった。

 だが、アイドルへの情熱、愛が並々ならぬ彼女であるから、半端な気持ちで始めた同級生たちはついて行くことが出来なかった。

 結果、彼女以外は早々にアイドル研究部を去った。

 以来、一人である。

 

「きっと本気じゃない、何となく楽しそうだから始めたんだろう……そう思ってしまうんやろね」

 希の言葉に一同は黙りこむ。しかし、希は「でもね」と続けた。

「心のどこかで、あなた達の事を羨ましい、応援したいと思っているのも確かやと思うよ? だって、そうでもなきゃ、ケチをつけたり、熱心に付け回したりしないもん」

「不器用だなその女は」

「サウザーちゃんが言えた口じゃないと思うな」

 言いながら、穂乃果は、

「じゃぁ、なにかきっかけがあれば、ニコ先輩は私達と一緒にスクールアイドルしてくれるかもしれないってことですか?」

「ま、そう言うことやね」

 希はそう言うと鞄からタロットを引きだし、ピッと見せてくれた。

「カードはいいのが出てるよー。ま、なにか困ったことがあったら相談してな」

 カードは、星の正位置であった。

 

 

 翌日の放課後。

 掃除当番のニコは窓を開けて黒板消しを叩いていた。

 叩きながら、思いを巡らす。

 正直、μ'sの初ライブを見た時、かつてないほどの高揚感があった。

 踊りだって、歌だってまだまだ未熟。その上ステージのほとんどがサウザーのワンマンショーで最初は開いた口がふさがらなかった。しかしながら、あの支離滅裂ながら楽し気な、活力に満ちたステージは不思議とニコの理想に近しいものに思えた。自分もあんな風にステージに立ちたいと思った。

 外は今日も雨が降っていた。μ'sは練習を屋上でやっているのだと言う。部活動と認可されればどこかしらの練習場所は都合してもらえるだろうが、いまのままでは雨の日は事実上活動休止状態だろう。

「……ま、知ったこっちゃないけど………」

 ニコは黒板消しを叩き終わり、窓を閉めようとした。だが、ちょうどその時、向かいの校舎の、同じ階の窓が開け放たれ、何かがキラリと光るのが見えた。

「ん?」

 ふと気になって、目を凝らす。すると、それと同時に、一条の矢がニコめがけて勢いよく放たれてきた! 

 危うく突き刺さるところだったそれをどうにかキャッチする。

「ああああぶなっ!?」

 向かいの教室の窓を見やると、すでにぴしゃりと閉ざされており、矢を放った主は見えなかった。

「いったい……うん?」

 手にした矢を見やると、先の方になにやら紙がくくりつけられていた。矢文のようだ。

 文をほどいて、ひらいてみると、それはμ's(というかサウザー)からのものであった。

 

 

 拝啓

 矢澤ニコなる下郎へ

 本日午後五時より講堂にてミューズと下郎で勝負するべくささやかなイベントを用意しております

 下郎であるあなた様にスクールアイドルとしてミジンコほどの矜恃があるなら、ふるってご参加ください

 かしこ

 聖帝サウザー(笑)

 

 

「えぇ……」

 これを読んだニコは、はっきり言って行きたいとは思わなかった。

 しかし、行かなければ行かないで後々ひどく面倒くさいことになりかねないと本能が警告していた。

 

 

 

 

 時刻は流れて、午後5時。

 ニコは言われた通り(しぶしぶ)講堂に顔を出した。

 そんな彼女を、ステージ上でいつもの如くご機嫌なサウザーが出迎えた。

「フフ……よくぞ来たな下郎」

「で、何の用よ。早く済ませて帰りたいんだけど」

「下郎の癖に急くでないわ。用は文面通り、我らがμ'sときさまの因縁に決着をつけることだ」

 そう言う割にはサウザーと共にいるμ's一同はなんとも申し訳なさそうな顔をニコに向けている。

 それにしても、勝負と言ってもいったいどのような勝負なのだろうか? スクールアイドルなのだから、アイドルクイズ対決でもするのだろうか? それならば、十二分な自信がある。例え出題者が向うでも、逆に質問の間違いを指摘していく自信だってある。

「勝負って、何よ?」

 そんなことを考えながらニコは問いかける。

 これに対し、サウザーは不敵に一つ笑い「こい!」とステージの袖へ呼びかけた。

 すると、袖から九人の偉丈夫がゾロゾロとステージ上へと現れた。当事者のμ'sメンバーは入れ替わるようにステージから降りて、最前列の席に座る。

 予想外の展開にニコは何がなんだかか解らなかった。

 サウザーはそんなことお構いなしで高らかに宣言する。

「南斗十人組手ーっ!」

 

 

 南斗十人組手とは!

 南斗の拳士十人を一人で全て倒していくという、勝ち抜き形式の散打である! 挑む者が他流派の者であった場合、十人全員倒せなければその場より生きて帰ることならぬという恐怖の掟が存在する。

 

 

「貴様の相手はここにいる九人の南斗拳士と、特別ゲストの計十人……負ければ、貴様は我が配下に加わり、カレー係として一生を終えてもらう」

「……は?」

「ちなみに勝ったらμ'sメンバーにしてやる」

「私にメリットなくない?」

 どう転んでもサウザーに有利という条件に疑問を呈するニコ。そんな彼女に、拳士の一人が、

「おい! ぐずぐずしないでステージまで来るんだ!」

 彼らの闘志は満々であった。

 それもそのはずである。

 彼ら九人は、かつて後の北斗神拳伝承者、当時九歳のケンシロウが南斗十人組手を挑んできた際、幼子相手に殆ど完敗といった屈辱的な経験を積んだ者たちなのだ。

「俺達はいつか北斗神拳のケンシロウに打ち勝つべく鍛錬を重ねてきた」

「血の滲むような努力の末、俺達は以前と見違えるような強さを手にした!」

「今こそ、新たなる一歩を踏み出す時!」

「その一歩として、同じく南斗聖拳の小娘、貴様に勝負を挑むのだ!」

 拳士たちは各々言うと一様に叫んだ。

「我らこそ南斗十人組手ドリームナイン、『ミューズ』だ!」

 南斗ドリームナイン改め『ミューズ』は自信と誇りに満ちた眼差しをニコに向けた。

 矢文の『ミューズ』とは穂乃果たち『μ's』のことではなく、彼ら組手の拳士たちのことだったのである。

 ちなみに『μ's』の語源である『ムーサ』は文芸を司る九柱の女神を指す言葉であるらしいから、ドリームナインのグループ名としては甚だ不適当である。

 が、彼らはそんなことを気にしない。

「南斗聖拳の矢澤ニコよ! 貴様に拳士としての誇りがあるのなら、登壇して、組手を挑まれよ!」

「怖気づいたなら逃げるもよしだが、それは拳士としての死を意味するぞ!」

「もとより逃げたらカレー係だがな?」

 最後の言葉はサウザーのものである。

 ニコは最前列に座るμ'sへ目をやった。一様に諦めモードになっている。対して、ステージ上のボルテージはうなぎのぼりであった。

 ……ニコは、覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

「弱っ!?」

 しかし、『ミューズ』の面々は拍子抜けするぐらいに弱かった。ニコが一人を破るのに平均一分を要さなかったであろう。それくらいにあっさりとミューズは全滅した。

「ぬっぐ……小娘と侮ったが……なんという強さ!」

 拳士の一人が呻く。

「かよちん、もしかしてニコ先輩ってすごく強いの?」

 観客席ではその様子に唖然とした凛が花陽に耳打ちした。

「いや、確かにニコ先輩も強いけど……」

「じゃぁ、ドリームナインが弱いの?」

「ううん、彼らは言葉通り血の滲むような努力をしてすごく強くなってると思う。ただ……」

「ただ?」

「彼らには……『噛ませ犬の星』が輝いちゃってる」

 それはありとあらゆる世界に存在する星である。名無しと生まれたが故、どれほどの手練れを名乗ろうとも名有には絶対勝てないという宿命の星……そんな悲しき星が、死兆星の如く彼らの頭上に輝いているのだ。

 実際の話、予想だにしないキャラに名前を設定するイチゴ味においても彼らは全員番号で呼ばれている。

「ぬぅ、予想していたとはいえ、思いの外不甲斐ない奴らだ」

 サウザーはミューズに退場を命じ、彼らはとぼとぼと哀し気な背中を向けて去っていった。

「だが矢澤ニコよ。次の相手たるスペシャルゲストは先の連中のようにはいかんぞ?」

 言うと、サウザーは再び袖に向かって呼びかけた。

「シュウ様ー! シュウ様ーっ!」

「えっ、シュウ様!?」

「かよちん知ってるの?」

「うん……!」

 

 南斗白鷺拳が伝承者、シュウ!

 その実力は南斗鳳凰拳伝承者の某氏にも匹敵すると言われ、実力者揃いの南斗六星の中でも屈指の力を持っている。

 無論、噛ませ犬の星は輝いていない!

 

 だが、サウザーの呼びかけに応じて姿を現したのは盲目の拳士ではなく、困り顔のブルであった。

「むっ、おれが呼んだのはシュウ様できさまではないわ」

「サウザー様、それが……」

 ブルは額の汗を拭きながら告げた。

「シュウ様は、いらしておりません」

「なに……!?」

 サウザーの顔が驚愕に染まる。

「いつもの気まぐれに付き合うつもりはない、とのことで……」

「ぬっふ!?」

 シュウの辛辣ながらある意味切実とも言える言葉の威力の前に、サウザーはオデコのほくろから血を噴きだしてよろめいた。

「な、何? シュウ様もしかして怒ってんの? あっ、アレか? 究極版11巻の描きおろしで、俺と一緒に『強敵(とも)』から外されてたことまだ根に持ってんの?」

「いやぁ、それ以前の問題だと思われますが」

 サウザーの受けたショックは余程のものであったらしく、ついにはガクーンっと膝をついてしまった。

「……あほらし」

 そのやり取りを見てニコの抱いた感想がこれである。当然である。

 彼女は鞄を手に取り肩にかけると、そのまま講堂を後にしようとした。 

 しかし、そんなニコの背中に、「待ってください!」と声が掛けられた。

 声の主は、穂乃果である。

「……なに?」

「あの……今回のことは、申し訳ないと思っています。でも、私達、本気でスクールアイドルやりたいんです!」

 穂乃果の言葉には本気さがにじみ出ていた。それはニコにも十分理解出来ることだ。

 それでも、である。

「前々から何度も言ってる通り、アンタ達はアイドルを汚してるの。急に呼びだして、何かと思えば組手させられて……否定できるの? 昨日みたいに、言葉に詰まるだけでしょ?」

 昨日、穂乃果たちが部の統合を申し出に行ったとき、ニコの「アイドルを汚している」という言葉に彼女たちは明確な否定が出来なかった。

 そして、否定できないのは今日も同じである。

 だが、穂乃果はあえて言い訳しなかった。

「はい。μ'sはまだ生まれたばかりで、アイドルの右も左もわかりません。先輩の『アイドルを否定している』っていうのも、否定できません。現に、こんなのですから」

 穂乃果はステージ状の上のサウザーを見やりながら言った。彼は既に機嫌を直していてフハハと尊大に笑っているから説得力抜群である。

「でも、私達は本気です。サウザーちゃんも、あんなんですけどスクールアイドルを頑張りたいと思ってます」

「だから、なに?」

 ニコの問いかけは、穂乃果のみならずμ's全体への問いかけであった。そして、穂乃果の回答は、μ's全体の総意の回答であった。

「私達に、アイドルのイロハを教えてください」

 ニコにとって、これは初めての経験であった。

 アイドル研究部がニコ一人な理由は、彼女の理想の高さゆえであった。

 アイドルという、厳しいながらもオチャラケている面だけクローズアップされる存在。ニコの理想は理解されないことがほとんどであったし、また、しようとする人も少なかった。

 だが、μ'sには……少なくとも、穂乃果の話を聞く限り……理解はせずとも、理解しようという心意気はあった。その心意気が一過性のものでないことは、こっそり覗き見ていた練習風景などからも十分計り知れた。

「……明日の放課後、入部届け持ってきなさい」

 それが、ニコの回答だった。

 

 

 

 




参考までに、リュウガも『強敵』から外されてます。


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11話 聖帝と迫りくる影 の巻

 +前回のラブライブ!+

 やっほ、のんたんやで。

 そういえば、生徒会室に新しい仲間が増えたんや。等身大ケンシロウフィギュアが色々あって生徒会に回ってきたんやって。エリチは最初、電気を落として薄暗い生徒会室にうっすら輝きながら立っているケンシロウフィギュアにえらくおどろいとったけど、二日もすれば慣れて、今ではすっかり生徒会の一員。

 でも、入り口は暖簾だし、中に入るとケンシロウフィギュアが鎮座してるし、もう何の部屋か分からなくなりつつあるね。

 ――東條希

 

 

 サウザーたちμ'sは晴れてアイドル研究部に入部し、同時、部長の矢澤ニコもμ'sの一員となった。

 これで、μ'sメンバーは合計八人である。

 そんなμ'sに、取材がやって来た。

 といっても、生徒会の部活動紹介ビデオの取材だが。

 

 

 ――今日はよろしくお願いします。

 μ's一同「よろしくおねがいします」

 ――今人気のスクールアイドルですが、この学校にもついに、と話題になっています。このことについてどう思いますか?

 穂乃果 「嬉しいと同時に緊張しますね。だって、この学校の名前を背負うわけですから」

  海未 「穂乃果にもそういう意識あったんですね。ホッとしました」

 穂乃果 「海未ちゃんひどーい!」

 ことり 「二人とも、インタビュー中だよ……」

 ――とても仲が良いですね。スクールアイドルの活動は、三人で始めたのですか?

 穂乃果 「あ、いえ、私と、サウザーちゃんが提案したんです。始めは海未ちゃん凄く嫌がってて」

 サウザー「今では一番ノリノリだがな(笑)」

 海未  「ちょ、勝手言わないでください!」

 サウザー「弓道場で練習していたではないか。ほら、ラブアロー? って?」

 穂乃果 「(笑)」

 海未  「サウザー!(怒)」

 ――どうどう。四人で始めたアイドル活動ですが、今では倍の所帯になっていますね。

 サウザー「俺の帝王としてのカリスマあればこそ、これだけ集まったというわけだ」

 ことり 「実際、サウザーちゃんが勧誘して集めたようなもんだよね」

 マキ  「あれを勧誘と言うならね」

 花陽  「誘われたとき、関わっちゃいけない危ない先輩だと思いました……」

 凛   「でもだいたい間違ってなかったよね。危ない人しかいないって言うか」

 海未  「私も含まれてるんですか(汗)」

 ――一番新しくメンバーに加わったという矢澤ニコさんは、以前からスクールアイドルの活動をしていたと伺っておりますが。

 ニコ  「うん! ニコ、一人で活動するの、とーっても、寂しかったの! でもー。新しい仲間が出来て、とってもうれしい、ニコっ!」

 凛   「(笑)」

 マキ  「(笑)」

 ニコ  「なによ」

 花陽  「アイドルの道は、厳しいということです!」 

 サウザー「フン。その程度、このおれにも出来るぞ」

 穂乃果 「やらなくていいからね?」

   

 

 

「ねぇ、本当にこんなのでいいの?」

 インタビューの途中で、マキが疑問を呈した。

 場所は学校の放送室にある簡易スタジオ。人数分の椅子がひな壇状に並べられ、インタビュアーの希と対談する形式で撮影していた。

「まぁ、生徒会のビデオであると同時に、μ'sの宣伝ビデオでもあるし、構へんのとちゃう?」

 ハンディカムを手にする希が応える。

 今回の撮影は生徒会の……というより希の個人的善意からμ'sのPV撮影も兼ねていた。それで、単なる部紹介でなくこのようなインタビュー形式になっているのだが……。

「言われてみれば、中々ひどいねぇ」

 穂乃果がしみじみ言う。

「言われなくとも酷いわよ。グダグダのトークが延々続くPVって何よ。こんなの公開したら、μ'sが変人の集団だと思われるじゃない」

 あながち間違いではない。

 それにしても、マキの発言に穂乃果たちは別次元な感動を見せていた。

「マキちゃんがμ'sの心配を……!」

「あっ! ちがっ……んもぅ!」

 穂乃果にほっぺをツンツンされて照れるマキ。微笑ましい光景だが、すぐそばでサウザーが笑っているせいで世紀末的な絵面にしかならないのが残念無念だ。  

 気を取り直して、希が提案する。

「それなら、各自一人一人の紹介ビデオ作るとかどうやろ?」

 言いながら彼女はマキにカメラを向け、ズームボタンを押した。

「ちょっと、勝手にトラナイデ!」

 ――彼女の名前は西木野マキ。木偶(デク)を使った新秘孔の究明が趣味な孤高の15歳……。

「勝手に変なナレーションツケナイデ!」

 ――えっ? 違うん? ほぉー……。

 希にからかわれてプンスコするマキが実に微笑ましい。

 

 

 三日後、なんとかPVは完成した。

 内容は、μ'sメンバーの生態と活動内容について。生徒会向けでもあるから真面目な内容であるが、編集段階でμ'sが(というよりそのメンバーの一人が)度々起こした故意過失様々な破壊活動の様子はまるまるカットされた。

「PVっていうか、ただの部活紹介ね。一応歌も入ってるけど」

 携帯端末に保存された映像を見ながらニコが言う。それに海未は、

「事実そうです。でも、良いんじゃないでしょうか。μ'sが真面目なグループだと思ってもらえるでしょうし?」

「まぁ、映像だけ観ればそうね」

「情報はこうやって歪められるんだねぇ」

「世の中知らない方が良い事もあるのよ穂乃果ちゃん。ちゅんちゅん」

 製作されたPVは簡単な紹介と共にスクールアイドルの専門サイトにアップしてある。

 この専門サイトは国内最大級のもので、一番人気のA-RISEから新進気鋭のZ(ジード)まで様々なスクールアイドルが登録され、ランキング形式で紹介されている。

 驚いたことに、μ'sの名前も調べたらその中にあった。ファーストライブの映像と共に誰かが登録したらしく、かなりのコメントが付いていた。が、そのコメントの九割が例の聖帝軍が付けたであろうことは想像に易い。

「それにしても、スクールアイドルってたくさんいるんだねー」

 穂乃果が言う。

 彼女は元々アイドルにはそれほど興味はなく、知識もほとんどと言ってなかった。いざこの世界に足を踏みこんで、そのあまりの広大さに驚いたのだ。

「こんなに多いんだから、大会とかないのかな、部長?」

 凛が訊く。

「噂でなら聞いたことあるけど。ホントにあったら、きっとすごい大会になるわねぇ……」

「フン、どれほどのスクールアイドルが居ようとも、我が鳳凰拳の前にひれ伏すのみよ……」

 サウザーの言葉に一同が「はいはい」と適当に相槌を打つ。

 と、そんな時、部のパソコンで情報収集をしていた花陽が悲鳴を上げた。驚いたマキが飲み物を噴きだしニコの顔面にかける。

「どうしたの!?」

 一同が何事かと駆け寄る。花陽はワナワナとしばらく画面を見やり、興奮した声で、

「ラブライブです!」

「ラブライブ?」

「そうです!」

 そう言って立ち上がる彼女の目は爛々と輝いていた。

「ラブライブが開催されるんです!」

 

 

 ラブライブとは!

 日本全国津々浦々のスクールアイドル、その上位グループがスクールアイドルの頂点を目指して覇を競い合う、青春をかけた熱き戦いである!

 

 

「これはアイドル史に残る大事件ですよ!」

「噂は本当だったのね……!」

 花陽に続きニコも興奮気味に呟く。

 そして、興奮……というかテンションが上がりまくりな男も一人。

「フハハハハーッ! ついに我ら南斗μ's軍がスクールアイドルに覇を唱える時が来たというわけだな!?」

 勝手に南斗の軍にされたμ'sだが、サウザーの言葉には賛同できる部分があった。

 一つ、μ'sの目的は音ノ木坂学院の廃校阻止である。しかし、μ'sは一つのユニットである以前にアイドル研究部という部活動でもある。部活動である以上、何らかの大会に出なければ示しがつかない。

 二つ、ラブライブで名を上げれば学校の宣伝にもなり、廃校阻止に大いに近づくであろう。

 三つ、これは全く個人的な思いであるのだが……。

 ――スクールアイドルとして名乗りを上げたからには、頂点に挑んでみたい!

 サウザーの言葉を受け、そのような思いが各人の胸にふつふつと沸き上がってきた。 

「ちょっと、面白そうだね」

 穂乃果が息を呑むように言う。

「しかし、その……ラブライブですか? 何かしら出場条件があるのではないですか?」

 海未が言うことは正しかった。

 全国に数多と存在するスクールアイドル、その中でも上位二十組のみが出場を許されるのだ。

「前見た順位じゃ無理ね」

 ニコの顔を拭きながらマキは嘆息した。しかし、それに対し花陽は、

「それがあながち不可能でもなさそうですよ……! 見てください……!」

 言われるままパソコンの画面を覗きこむ。

「あ!」

「順位が上がってる!?」

 なんと、μ'sの順位がグンと伸びていたのである。

 断っておくが、この順位の上昇に聖帝軍のモヒカンたちは関わっていない。純粋に、μ'sの実力の賜である。

「人気急上昇グループにピックアップされてるにゃ!」

「フハハハハーっ!」

 これにはサウザーもご満悦である。と、ここで、「あ」とマキが何かを思い出したような声を上げた。

「どったの?」

「いや、人気と言えば、そういえば一昨日……」

 

 

 

~回想~

 

 その日、マキは用事があって部活を休み、早めに学校を出ることにしていた。

 荷物をまとめ、いつものように校門を出ようとする。と、そこで。

「あ、あの!」

 声を掛けられ、振り返るとそこには二人の女の子がもじもじと立っていた。セーラー服を着ていることから、近所の中学生だと解る。

 女の子は鞄からデジカメを取り出すと、勇気を振り絞るように、

「写真、良いですか……!?」

「ヴェェ!?」

 突然のことに戸惑うマキ。しかし、年下二人の純真な目に見つめられ、結局訳の分からないままマキはカメラのフレームに女の子と共に収まった。

 

~回想終わり~

 

 

 

「それは、『出待ち』ですね!」

「出待ち?」

「わたし、されたことない……」

 ニコがやや悔しそうに言う。その中学生二人はマキのファンということだ。

「アイドルというのは残酷な格差社会でもありますから、そういうこともあるのです……!」

「へ、へぇー……」

「あ、マキちゃん赤くなったにゃー」

「う、うるさい! 岩山両斬波するわよ!」

「死ぬにゃ!」

 手刀を構えて凛を追いかけ回すマキ。それを他所に、サウザーも顎に手を当て「ふむ」と何かを考えていた。

「おや、どうかしましたか?」

「いや、どうやら俺もその『出待ち』とやらをされていたようだ」

「に゛ごっ!?」

 衝撃的な告白にニコが悲鳴を上げる。花陽は「ほんとですか!?」と瞳を輝かせていた。

「フハハハハーっ! 聖帝ともなれば、人気は下郎と天地ほどの差があるわ!」

「詳しく聞かせてくださいっ!」

 

 

 

~回想~

 

 その日、サウザーは聖帝バイクの迎えが無いため徒歩で居城に帰宅することにしていた。

 荷物をまとめ、いつものように校門を出ようとする。と、そこで。

「おい!」

 声を掛けられ、振り返るとそこには二人の男がわなわなと立っていた。武器を携えていることから、近所のレジスタンスだと解る。

 男は懐から銃を取り出すと、勇気を振り絞るように、

「お命、良いですか……!?」

「む!?」

 下郎の攻撃など微塵も怖くないサウザー。しかし、レジスタンス二人の殺意剥きだしな目に見つめられ、結局いつものようにサウザーはレジスタンスの男たちを蹴散らした。

 

~回想終わり~

 

 

 

「それも『出待ち』ですね……!」

「ほぉう……」

「アイドル関係ねぇし!」

 ニコが声を上げる。

「世紀末というのは残酷な弱肉強食の社会でもありますから、そういうこともあるのです……!」

「残酷のベクトルが違う気がするのだけど……」

 呆れた様子でマキは髪をくるくると弄る。

 何にせよ、人気が上昇しているのは間違いないのである。

 そして、上昇するとともに、コメント欄には厳し目の激励も書きこまれるようになっていた。

「あっ、このコメント、凄く細かく指摘してる」

 ことりが指さしたコメントはμ'sに対する指摘であった。

「人気が出ると、目の肥えた人の目にも留まりますから。でも、これはそれだけ期待されているという証拠なのです!」

 コメントのユーザーネームは『UD』となっている。

「ダンスにまだ華麗さ、洗練された力強さが足りない。一人だけ力強さが浮いてる……痛いところ突いてきますね、この……ウダ? という人は」

「それより、エントリーするの? しないの?」

 ニコが言う。

 現在ランキングが二十位圏外であるにせよ、出場する意思があるのならエントリーしなければならない。そして、エントリーするには学校の許可が必要である。

「参加したいけど……生徒会に許可取りに行かなきゃなんだよね……」

 穂乃果はため息をついた。

 生徒会長はμ'sを目の敵にしている……少なくとも彼女たちはそう思っている。一応アドバイスしてくれたりもしたが、警戒心を抱きまくっているのは火を見るより明らかであった。

「学校の許可ァ? 認められないわァ」

 順当な手続きを踏んでいけば、賢い生徒会長にこう却下されてしまうだろう。

 と、ここでマキが、

「いっそ理事長に直訴したら?」

「でも、校則には生徒会を通すよう銘記されていますよ?」

「理事長に直訴してはいけないとは書かれてないわ」

「すごい屁理屈だ……」

 強引な理論にさすがの凛も慄く。

 しかし、この際屁理屈だって上等だ。理事長だって廃校は阻止したいはずである。

「よし、ではこれより理事長室に奇襲をかけるぞ!」

 サウザーは高らかに宣言し、一同は部室を後にした。

 

 

 

 

 先手を打たれた。

 青竹の先に直訴状を挟み、いざ突撃という段になって、理事長室の中から生徒会長with副会長が姿を現したのだ。

「何ですかあなた達」

「あの、理事長にお話が……」

「各部から理事長への要望は生徒会を通す決まりなのは、知っているでしょうね?」

 絵里の賢さ溢れる物言いの前に一同は屁理屈をこねる余裕すら無くした。しかし、部屋の奥から理事長が、

「私は構いませんよ?」

と声を投げかけてくれた。

 

 

 理事長室に通されたのは生徒会とμ's初期メンバーである穂乃果、ことり、海未、サウザーの四人であった。最後の一人のせいで室温が二度ばかり上昇した。

「それで、話というのは?」

 理事長が問う。これに穂乃果たちはラブライブの開催とそれへのエントリーについて話した。そして、この大会が全国中継されること、つまり、大会に出場できればそれだけで学校の宣伝になるということ……廃校阻止の助けになること……。

 四人の話(話していたのは実質穂乃果、ことり、海未の三人であるが)を理事長はふんふんと聴いてくれた。

「なるほど、分かる話ね」

「……! では!」

「私は反対です!」

 と、ここで絵里が四人と会長の間に割りこむ。

「全国中継されるということは、学校の名を知らしめることになるでしょう。でも、私には今の彼女たちが全国に広めるのが良い風聞になるという確証が持てません!」

「う……」

 生徒会長の厳しい言葉に穂乃果はかすかな呻き声を上げる。しかし理事長は、

「悪い風聞を広めるという確証もないわ。いいんじゃないかしら、エントリーするくらいは……」

「理事長は、学校のために学校生活を疎かにするのは筋違いであるとおっしゃいました! 彼女たちは……」

「彼女たちは部活動として大会に参加する意思を見せています。部活動が大会に出場するのは、学校生活と言う面で何らおかしくはないでしょう。廃校阻止の意思があろうと、そこは関与すべきところではないわ」

「た、確かにそうですが……」

 理事長が乗り気なのはμ'sにとって喜ばしいことである。穂乃果たちは思わず顔を綻ばせ、サウザーはいつもの如く破顔した。

 だがしかし、理事長も無条件にμ'sの要望を受け入れるわけではない。

「ただ、生徒会長の言う事も至極もっともです」

「……?」

 理事長の出した条件は、至極簡単なものであった。

「当校の理念は文武両道です。今度の期末考査でいずれかの教科で赤点を取った者が一人でも出た場合、資格なしとして、ラブライブへのエントリーは認めません。いいですね?」

 至極簡単なものであったが……一部の者にとって、それはあまりにも厳しい言葉であった。

 

 

続く

 

 




ジードの発音はZARDと同じです。


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12話 聖帝VS修羅 の巻

OPがついたぞ!
挿絵だから見たくない人は非表示にするんだぞ!
あと大人の事情で歌詞は無しだからそこは想像力働かせるんだぞ!


 +前回のラブライブ+

 

 PVが完成した。

 

 

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 理事長から出されたラブライブ出場の条件は、『赤点を取らない』という簡単至極なものであった。

 しかし、これはあくまで勉強が出来る人間にとっての話で、世の中には『赤点と共にある』と言った具合の人間も多々存在するのである。

 少なくとも穂乃果と凛はその類の人間だった。

「数学! 数学だけがだめなの!」

「凛は英語! 英語だけが……!」

 他の教科は一応平均点前後は行くようであるが、総合点が赤点を免れたところでなんら意味はない。一つでも取ったらそこで終了なのだ。

「確かに穂乃果は小中とも数字が苦手でしたね」

「そーでしょ?」

7×4(しちし)?」

「……にじゅう……ろく?」

「……重症ですね」

 凛も似たようなもので、英語は基礎からしてところどころ抜け落ちていた。

 中間考査まで日はない。これは修羅場間違いなしである。

「そういえば、サウザーちゃんは大丈夫なの?」

 ことりが尊大に椅子に座るサウザーに訊く。

「フン、帝王たるおれ様が下郎に劣るはずがないであろう? 帝王学だってやってるし」

 そのわりにはグズグズである。しかし、自信はある様子だ。

6×7(ろくしち)?」

「フハハ。要は6を7回足せばいいのだろう?」

 言うとサウザーはノートを取り出してりんごを六個ずつ描き始めた。そして、それが七列描き終わると、一つずつ数えて、

「答えは43だ!」

「計算方法が原始人レベルな上に答えまで違うってこれどうするのよ」

 マキは呆れを通り越して諦めの境地に達そうとしているらしかった。対してサウザーは相も変わらず何が面白いのか笑うばかりだ。

 穂乃果、凛、サウザー。この三人が勉強が出来ないのは分かった……というより、かかわりのある人間なら大体予想はついた。

 だが、この三人にもう一人赤点候補を加える必要がある。

「どどどうするのよこれ!」

 ニコが動揺して言った。動揺するのも当然だろう。何しろ、こんなしょうもないことが原因で志が挫けるかもしれないのだから。

 しかし、彼女の動揺には違う意味も含まれているよう感ぜられた。

「もしかしてニコ先輩も……」

 海未が呟く。

「あ、赤点なんて取るわけないでしょー! なな何言ってんのー!」

「動揺しすぎです……」

 理事長は決してμ'sを陥れようとしているわけではない。理事長の出した条件は一般としてクリアして当然の提案であるのだ。赤点候補が半分を占めるμ'sに問題があるのである。

「……とりあえず私とことりで穂乃果とサウザーの、花陽とマキで凛の勉強を見ることにしましょう……」

 海未が提案する。と、ここでマキが質問する。

「部長の勉強はどうするのよ」

「に、ニコは赤点なんて―—」

「うだうだ言わないの。……私達はもとより、二年生も三年生の勉強は見れないんじゃないの?」

 ニコはアイドル研究部唯一の三年生である。海未もことりも優等生の部類に入るが、いくらなんでも三年生の勉強は教えることは出来ない。マキと花陽も同様である。

「むぅ、参りましたね」

 困り果てる一同。が、ここで頼りになるのが神出鬼没の妖怪スピリチュアルである。

「ニコッチはうちが担当するわ」

「うわびっくりした!」

 希が天井から生えてきた。

「出たなスピリチュアル女!」

「希、アンタいつからそこに……」

「まぁまぁ気にせんと」

 希はシュタッと、天井からニコの前に降り立った。

「とにかく、うちが勉強みてあげるから」

「みてあげるって……アンタ勉強できないでしょーが」

「それは初期設定やで。この世界のうちは勉強が出来るんよ」

 別世界にいる希には学年が二年生な個体も存在するらしい。どうでもいいが、とある世界には息子と娘がいるサウザーなんかも存在する。

 それはさておき、希のおかげでμ'sはなんとか危機を乗り越えられそうだ。ニコは相変わらず抵抗していたが、希に(無い)胸を揉まれてついに降参した。

 

 

 二年生組はサウザーの居城で勉強会をすることになり、各自一旦家に帰って勉強道具を持ちよることになった。ただ、海未だけ弓道部での活動があったため、終わり次第合流する旨を伝えた。

 そして全ての部活動が終わった放課後、海未は荷物をまとめ、下校しようといていた。

「ラブアローシュートの完成は間近ですね……む?」

 自らの奥義が完成しつつある充実感と共に校門を出ようとしていた彼女はどこからか微かに聞こえてくる聴き慣れた曲に気付いた。

~ 

「これは……」

 ファーストライブで歌った曲である。サウザーのやたらデカい笑い声も聞こえることから間違いない。

 音の発信源はすぐに分かった。

 門の支柱のすぐ傍、音楽プレイヤーを片手に立つ女の子だ。着ているセーラー服を見るに、近くの中学校……穂乃果の妹、雪穂の通う中学校の生徒と見えた。

「……あっ!?」

 海未がジッと見ていると、女の子が視線に気付き、驚きと感激をこめた目を海未に向けた。そして、

「ブレジネフ?」

「……?」

 女の子が何やら口走る。しかし、日本語でないらしく、海未にはイマイチ分からない。

「ウラジミール?」

「……!」

「スターリングラード!」

「……!?」

 異国の言葉の弾幕に海未はたじたじである。何かやたら興奮していることは分かるが、意味はさっぱりである。花陽ならダレカタスケテと泣き叫ぶところだ。

 と、ここで海未は女の子の顔を見て軽いデジャヴを感じた。

(この顔、誰かに似ているような……)

 明らかに海外の血の混じった、どこか東洋離れした顔立ち、瞳、髪……こんな感じの人が、知り合いにいたような……。

「トロツキー?」

 女の子は不思議そうに海未の顔を覗きこむ。

「あなたは―—」

 海未は名を訊こうとした。と、その時。

「亜里沙ー」

 学校の方から聴き慣れた声が呼びかけてきた。その声に女の子は「エリツィン!」と嬉しそうな声を上げた。

「遅くなってごめんね……あら?」

 声の主が海未に気付く。

 その人物は、生徒会長の絢瀬絵里であった。

 

 

 海未は亜里沙と呼ばれた女の子に半ば連れられるような形で絵里と共に夕暮れの公園へ赴くこととなった。海未と絵里はその公園のベンチに、やや距離を置いて座る。亜里沙はそんな二人に飲み物を買うべく自販機へと駆けて行った。

「亜里沙は私の妹なの」

 絵里が口を開いた。

「妹さんでしたか」

 海未も納得して答える。感じたデジャヴは間違いではなかったようだ。

「この間までロシアにいたから、日本語がまだ苦手なの、あの子」

「あれ、ロシア語だったんですね」 

「祖母がロシア人なのよ」

 絵里が言うと、そこへ亜里沙が飲み物を持って戻って来た。彼女は海未に缶を差し出して、

「ボリシェビキ」

「あぁ、ありがとうございます……ん?」

 受け取った缶には『おでん缶』とでかでかと書かれていた。それを見た絵里が苦笑しながら、

「亜里沙、それは飲み物じゃないのよ」

「チョイバルサン!?」

「それホントにロシア語なんですか……?」

 亜里沙は驚くやテコテコと再び自販機へと駆けて行った。

「亜里沙ったら、あなたのファンみたいなのよ」

「私の、ですか?」

 部室で花陽たちが言っていたことを思い出す。人気が出てきたということは、ファンも存在するようになると言う事だ。今回は違ったようだが、所謂出待ちされることもあるだろう。

「嬉しい?」

「嬉しい、と同時不安でもありますね。人気が出るとレジスタンスに襲われることもあると言いますから」

「ごめんちょっと意味わからない」

 ここで、海未は以前から気になっていたことを絵里に訊いてみることにした。

 なぜ、生徒会長はアイドル研究部を、μ'sを目の敵にするのか……。助言してくれた事もあったが、基本的にいつも冷たい態度である。その理由を知りたかった。

 海未の問いかけに、絵里はしばし沈黙し、口を開いた。

「……例えば……あくまで例えばだけど……」

「はい」

「あなたは弓道場で精神を静めているとする。その周囲を馬鹿が高笑いしながら駆け回っていたら、どう思う?」

「それは……煩わしく思います。静かにしてほしいと」

「でしょうね。しかも、その上その馬鹿が高笑いしながら弓道場の扉を蹴破って乱入して来たら、どう思う?」

「それってもしかして……」

 海未が口を開こうとするのを絵里は手で制した。

「その蹴破ってきた馬鹿が、偉そうに居座って、何かに付けて好き勝手した挙句返って行ったら……どう思う?」

「ま、まぁ、腹が立ちますね」

「……そういうことよ」

 海未は内心焦った。生徒会長の態度は理不尽なものと思っていたが、ふたを開けてみればどうだろう、思い当たる節がある。特に某聖帝ならやらかさないとは限らない。自分たちはアレに慣れてしまっているからそうでもないが、免疫のない人からすれば傍若無人が辞書から飛びだしてきたような印象を受けるだろう。

「で、でも―—」

 それだけが理由ではないはずだ。

 海未は生徒会長が個人を見てその集団全体を評価するほど狭量な人物でないと感じていた。どこぞの聖帝に思うところがあってもμ's全体を邪険に扱う理由にはならないはずだ。

 それを感じとったのか、絵里は、

「でも、これはあくまで理由の半分に過ぎないわ」

(半分は占めてるんですね)

「残りの半分は……純粋に、μ'sに学校を背負うだけの実力が感ぜられないからよ」

 その言葉は海未の胸に深く突き刺さった。

 実は海未自身、練習の度感じないでもなかった。今のままではμ'sは『上等な素人』でしかないのだ。

 絵里は続ける。

「μ'sだけじゃないわ。今、世間でもてはやされてるスクールアイドルだけど、そのすべてが……ナンバーワンの実力と言われるA-RISEだって……素人にしか見えないもの」

「会長……」

 その発言は後々色々問題になりそうな気もしたが、今はひとまず、海未……というよりμ'sに叩きつけられた厳しい現実であった。

「あなた達が勝手にスクールアイドルをやる分には構わないわ。亜里沙だってあなたのファンだし、私だって応援するわ。でも、廃校を阻止したい、そのために活動していると言う以上……音ノ木坂の名を背負うと宣言する以上、私はあなた達を認めない。絶対に……」

 

 

 

 

 絢瀬姉妹が公園を去った後も、海未はひとりベンチに座って考えていて、サウザーの居城に到着したころにはすっかり夜になっていた。

 いつもの玉座の間へ行くや、そこには凄まじい光景が展開されていた。

 まず、勉強を教えてもらうはずだった穂乃果が何故かサウザーに勉強を教えていた。

「―—つまり三権分立っていうのは、立法、司法、行政の権力を分離させて……」

「この聖帝の前には、そのような法なぞ無意味である! フハハハハー!」

 サウザーは相変わらず何が面白いのか高笑いしている。

「強者こそが法! それこそが世紀末の理よ!」

「そうは言ってもそーいうことになってんの!」

 そして、その傍らで勉強を教えていたはずのことりが頭をメトロノームのように左右に揺らしながら座りこんで、

「ちゅんちゅーん。ちゅんちゅーん」 

とさえずっていた。

「なんですかこの地獄絵図は! ことり、しっかりしてください!」

「うぶげのことりは、からあげになっちゃいました」

「何訳の分からないことを……」

「海未ちゃんたすけてー!」

「フハハハハハハハハハ! 勉強、楽しいね! フワハハハハ!」

 このままでは赤点回避どころの騒ぎではない。

 もし、赤点なぞを取ってラブライブのエントリーが叶わなかったら……。

 初めは海未も、仮にエントリー出来なかったとしても活動は続ければいいとどこか気楽に思っていた。だが、絵里と話し、あのようなことを言われ、それでもなお、スクールアイドルを続けられるだろうか?

 否である。

 赤点を取り、ラブライブへのエントリーが成らなかった以上、これまでの努力を否定するも同然なのである。そしてそれは、絵里の言葉を裏付けるのと同意なのである。

「サウザー……穂乃果……」

 海未はちゅんちゅんさえずることりをそっと寝かせるとゆらりと立ち上がった。

「フハハ……む!?」

「おぉ……海未ちゃんから闘気的なものが……」

 いつの間にやら外は雨模様となり、雷鳴と閃光が四人の部屋を震わせ、照らし出す。

「赤点を回避させるためなら、私は修羅ともなります」

「海未ちゃーん……」

 穂乃果はいつになくマジな海未に震えた。

 

 

 

 修羅海未の指導は苛烈であった。その苛烈さは、サウザーまでもが、

「お師さん……ぬくもりを……」

と弱音を吐くレベルのものであった。

 しかし、穂乃果も、サウザーも、挫けなかった。

 一方は海未の熱い思いを受け止めるため。

 一方は帝王としての矜恃のため。

 修羅と化した海未とのお勉強会を耐え抜いた。

 そして、期末考査を迎え……。

 

 

 

 

 

 サウザーは結局赤点を取った。

 

 

 

 

 

「あれだけやってダメって……」

 考査後の放課後、部室で海未はがっくりとうなだれていた。

 たしかにサウザーの点数は伸びた。だが、それはあくまでマイナスがプラスに転じた程度の問題であり……聖帝軍の面々曰く、それだけでも歴史的快挙らしいのだが……そのようなこと、学校には関係なかった。

 だがしかし、μ'sの面々に悲しみの影はない。と、言うのも……。

「まぁいいじゃない。エントリーの許可は出たんだから」

 マキが言う。

 そう、サウザーが赤点を取ったにもかかわらず、何故かラブライブへのエントリーの許可が下りたのである。

「フハハハハ! この帝王には前進あるのみ。赤点なぞ、なんの障害にもならんのだ」

「何言ってるんですか! 許可が下りるまで私がどれだけ……」

「サウザーちゃんが赤点だと解った瞬間の海未ちゃんは凄かったねぇ……」

 穂乃果が身震いしながら思いかえす。

 あまりのショックに魔界に堕ちかけた海未をマキが秘孔でどうにか押さえ込んだのだ。あれにはさすがのサウザーも肝を冷やしたことだろう。顔には出さないが……。

 何にせよ、ラブライブへのエントリーは成った。これはμ'sにとって大いなる一歩である。

 一同はラブライブ出場に向けて意気込みを新たにした。

 

 

 だが、しかし。

 海未の心の片隅には、絵里の言葉が深く食い込んだまま、しこりとなって残っていた。

 

 

つづく

 

 




PVにサウザーが出て無いのは今後もっとろくでもない登場をさせる予定だからです。
でも、今回のトレス&エミュだけで心折れそうだったんで、なんか色々心配です。
怖いです。


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13話 聖帝・ストライク・バック の巻

 +前回のラブライブ!+

 20XX年、国立音ノ木坂学院は廃校の危機に瀕していた。

 資金は枯れ、入学希望者は減り、理事会の老人の髪も死滅したように思われた。

 しかし、生徒たちは諦めてはいなかった。

 二年生の高坂穂乃果、園田海未、南ことり、そして聖帝サウザーの四人はそれぞれの思惑から、話題のスクールアイドルとなって学校の宣伝をすることを思い立つ。

 四人の始めたスクールアイドル、『μ's』は様々な困難に見舞われつつも勢力を拡大し、今や八人の所帯となってスクールアイドル界にも名が知られるようになっていた。

 だが、そんなμ'sの前に、音ノ木坂学院生徒会長である絢瀬絵里(とてもかしこい)が立ちはだかる。

 

 

 

 

 期末テストをどうにか乗り越えたμ'sは晴れてラブライブへのエントリーが叶った。が、あくまでこれはスタート地点に立っただけに過ぎない。

「順位を上げないことには出場は出来ないわよ。いくら急上昇しても、それっきりだってこともあるんだから」

 部室でニコが言う。これは全くその通りで、ラブライブへの出場条件は上位二十位内に入ることとなっている。急上昇に胡坐をかいていては、今が絶頂期、というなさけないことにもなりかねない。

「いっそう頑張らなきゃね!」

「フハハハハ!」

 さらなる高みを目指すべく、一層はりきるμ's。

 しかし、海未だけが素直にそこで声を上げられなかった。

 

……

 期末考査の二日前、海未は希がバイトしている神社を訪ねた。

「あら、よく来たね」

 巫女装束に身を包む彼女はまるで海未が来ることを予想していたかのような調子でそう言った。

 海未はそんな希に前に絵里と話したこと、言われたことについて説明した。

「正直ムッとしました。でも、あそこまで言うのには何か理由と思うのです……副会長は何かご存知では?」

 まだまだ成長途中のμ'sのみならず、その他のスクールアイドル、果てはその頂点に君臨するA-RISEまでも『素人』と呼んだ……その裏側には、何かがあると海未は睨んだのだ。

 そして、どうやらそれは当たっていたらしく、希はその問いが来ることを知っていたのか、ポケットからプレイヤーを取り出して海未に見てみるよう言った。

 プレイヤーに入れられた映像を見た時、海未は言葉を失った。

 ……画面に写っていたのは舞台の上で楽し気にバレエを舞う小さな女の子。白いチュチュに身を包み、伸び伸びと動き回るその姿は美しいの一言である。

「これ、会長ですか?」

「そう、小さい頃の。ロシアでは結構知られたらしいよ」

 絵里がスクールアイドルを素人と断じた理由がこれでわかった。

 海未は絵里のバレエを見て感動を覚えた。

 μ'sは、見る人にこのような感動を与えられるだろうか?

……

 

「―—みちゃん、海未ちゃーん!」

「あっ!? はい!?」

 思考の海に沈んでいたところを、穂乃果に引き上げられた。

「大丈夫?」

「えぇ、何でもありません。ちょっと考えごとしていただけです」

「そっか……まぁ、悩みは練習して吹き飛ばそう!」

 赤点を回避していつになく上機嫌な穂乃果は腕を突きあげて叫ぶ。

「よかろう! 聖帝サウザーの神髄、とくと見せてくれるわ」

 赤点のくせにいつも通り上機嫌なサウザーも同意して笑う。

 その勢いのまま、μ's一同は練習場所の屋上へと駆けだした。

 ところで、部室から屋上までの道中には理事長室がある。重い扉に閉ざされ、よっぽどのことがない限り生徒も用がないことからほとんどだれも見向きもしない部屋である。μ'sも同様で、この日はいつものように理事長室も前を駆け抜けようとした。が、その時。

「説明してください!」

 その理事長室から、最近聞き慣れた人の声が聞こえてきた。

「今のは……」

「生徒会長……?」

 見ると扉がわずかに空いている。一同はその隙間に、聞き耳を立てた。

 室内にいるのは絵里と理事長の二人らしい。

「……ごめんなさい、でも、これは決定事項なのよ」

 迫る絵里に対して、理事長が諭すように話す。

「音ノ木坂学院は、条件が満たなかった場合、来年度からの生徒募集をやめ―—廃校とします」

 理事長の言葉に、室外のμ'sは息を呑んだ。

 廃校……廃校が決まった? これからだというこの時に? 

「その話、本当なんですか!?」

「穂乃果!」

 海未の制止も聞く耳持たず、穂乃果は思わず理事長室に飛び込んだ。

「あなた達!」

 絵里が声を上げる。が、やはり効果は無く、穂乃果はそのまま理事長に迫った。

「廃校が決まったって、本当なんですか……!?」

「んふう!」

 サウザーもショックが大きかったのか血を吐いて座りこむ。

「ぐふ……鳳凰の……聖帝の夢は……潰えたか……」

「サウザー先輩が死にそうにゃ!」

「まぁ、静かになっていいんじゃない? 別に」

 突然乱入してきたμ'sに驚きながらも、理事長は事情を説明してくれた。

「少し誤解があるようね。絢瀬さんと話していたのは、『今度のオープンハイスクールにおけるアンケートで、入学希望者が定員割れした場合』廃校になるということですよ」

「あれ、そうなんですか?」

 理事長の言葉に穂乃果はほっと胸をなでおろす。

 が、だからといって全然安心できる状況ではない。

 μ'sはラブライブを通して廃校阻止キャンペーンをしていくつもりであった。それが、現実は早くも廃校の是非を問い始めているのだ。

 そのことをことりと海未に言われ慌てる穂乃果の前に、絵里が割りこんだ。

「今回のオープンハイスクールのイベントは、我々生徒会で企画します。よろしいですね?」

「止めてもダメでしょうね……。いいでしょう、お任せします」

「ありがとうございます。失礼します」

 絵里は理事長に礼をすると踵を返し、死にかけているサウザーを一瞥すると理事長室を後にしていった。

 

 オープンハイスクールには近くの中学生のみならず、学区外の中学校からもお客がやってくるだろう。

 一見すれば廃校をかけた重大な窮地だが、言い換えればこの学校をアピールする最大のチャンスでもある。

「ピンチをチャンスに! オープンハイスクールでライブやろう! ライブ!」

 屋上で穂乃果が提案したことに。一同はおおむね同意した。廃校撤回を目的に活動する以上、ここ一番の舞台である。しかし、問題があった。

「生徒会長はどうするのよ。許可要るんでしょ? 生徒会の……」

 マキの指摘する通りである。

 ライブをするとなると場所を押さえる必要がある。そして、それには今回のイベントを取り仕切る生徒会の認可が必要になるのだ。

「許可、下りるの?」

「下りるのではない。下させるのだ。フハハハハ」

「言っておきますけど、サウザーの強硬路線は生徒会のμ's評を悪くしてますよ?」

「!?」

 心外だと言う顔をする。

「そういえば海未ちゃん、最近悩んでる風だったけど、何かあったの? さっきも考え事してたし」

 生徒会の話で、ふとことりが海未に訊ねた。

「……そのことなんですけどね」

 海未は、もとより話さねばならぬと思っていたこともあり、一連の事をメンバーに話すことにした。

 

 

 

「フフフ……下郎の分際でデカい口を利くようになったな、絢瀬とやらも」

「下郎でも何でも、踊りが素晴らしいのは事実です。数多のスクールアイドルを素人と呼ぶだけのことはあります」

 絵里の知られざる過去に一同はうーむと悩んだ。

 彼女にμ'sを認めてもらうには、最低でも彼女の求めるラインに到達しなければならない。見ている人に感動を与えるような、そんなパフォーマンスが出来るレベルに。

「……無理でしょ」

 ニコが言う。

「確かに無理です。いまのままでは上手な素人で終わりです。心は動きません」

 ならば、どうすればいいか。

 答えは簡単である。

「生徒会長に先生やってもらうわけだね」

「穂乃果の言う通りです」

「えぇ!?」

 これには一同さすがに驚いた。逆転の発想も大概の意見である。

 反対意見は出た。

「私は反対よ。潰されかねないわ」

と、マキ。

「そうね。三年生はニコだけで十分」

と、ニコ。

 中でも一番反対したのはサウザーであった。

「おれが先生として認めるのは師オウガイのみ! 下郎の小娘なぞ、この帝王の師となるには器が小さすぎるわ!」

「サウザーちゃんだけ反対の論点が違うね。ていうか、いつも学校の先生の授業受けてんじゃん」

「フフフ、あのような者どもの説教を、このおれが聴いているとでも思っているのか?」

「いや聴きなよ」

「穂乃果も偉そうなこと言えないでしょうが」

 海未の言葉に穂乃果は苦笑いする。サウザーはそれに構わず「ハァっ!」と給水塔の上に飛び上がった。

「帝王は下郎に媚びぬのだ! フハハハハーッ!」

「じゃぁさ」

 穂乃果は偉そうに拒否するサウザーに、さらにとんでもない提案をした。

「先生じゃ無くて、身内にしちゃおう」

「穂乃果、それって……」

「うん。絵里先輩を、μ'sの一員にしちゃおう。それならサウザーちゃんも文句ないでしょ」

「ちょちょちょまち!」

 穂乃果の突拍子もない提案にニコが意見した。

「ニコたちの話聴いてた!? なんで先生より身近な存在に進化させてんのよ!」

「だってサウザーちゃんが先生にするのやだって言うし?」

「そういう問題じゃねーでしょうが!」

「おれは構わんぞ? フハハハハ」

 サウザーは給水塔の上から飛び降りると、ひときわ大きく笑い出した。

「生徒会長を我が配下に加えれば、この学校は南斗鳳凰拳の支配下といっても過言ではあるまい」

「どう考えても過言だにゃ」

「言っても無駄だよ凛ちゃん」

「フワハハハハー! そうと決まれば久々のスカウトだ! おれさまのネゴシエイト力とスカウト力が再び発揮される時が来たというわけだ」

 言うやサウザーは扉を破壊して階下へと降りていった。それを慌てて他のメンバーが追う。

 久々の巨大台風が、生徒会室に迫りつつあった。

 

 

 そのころ生徒会室はオープンハイスクールについての会議が終わり、他の執行部員が帰宅した後であった。

「良い案、出なかったわね」

 お茶を飲みながら絵里は嘆息する。

「そう? 結構良かったと思うけどなぁ……ほら、会計の子が言ってたやつとか」

 『会計の子が言ってたやつ』というのはμ'sのライブを開催するというものである。

 既にμ'sの名は校内に知れ渡り、陰ながらファンクラブめいた物も生まれ始めていた。今や、μ'sはちょっとしたブームとなっているのだ。

 しかし、その提案に対する絵里の答えは、

『認められないわぁ』

であった。

「あの程度のグループに廃校如何を委ねるなんて、言語道断よ」

「じゃぁ、どないするの?」

「いつも通りするだけよ。学校の良さをアピールするスピーチをして、校内案内をする……あとは、追々考えるとして、基本はそれよ」

 絵里の言葉に、希は「ふーん……」と意味あり気に答える。

「……何か言いたそうね」

「いやね、なんか、エリチ全然楽しそうやないなぁって」

「なっ……」

 希の言葉に絵里は色めく。

「廃校がかかっているのに、楽しいかどうかなんて……!」

「でも、今のエリチは単に生徒会長としての義務でやってるような気がしてならんのよ。エリチは本当は何をしたいん?」

「希! あなたは! ……うん!?」

 と、ここで絵里が急にブルッと身体を震わせた。

「どないしたん?」

「……悪寒が」

「風邪?」

「違うわね……これは、嵐の予感よ……」

 絵里はそう言って入り口に向かって身構える。それに答えるように、遠くから嫌と言うほど聴き慣れた笑い声が迫ってきた。

「……ハハ……ハハ…フハハ…フハハハハハハハー!」

 そして、高笑いが絶頂に達した瞬間、入り口に掛けられた暖簾を撒き上げながらサウザーが生徒会室に入ってきた。

「お邪魔しまーすっ! フハハ!」

 サウザーは言うや近くにあった椅子にドカッと腰を掛け、脚を組んでリラックスモードに突入した。

「よく生徒会室に来られたわね。何の用?」

「フフ、バカの癖に急くでないわ。バカの癖に」

 そう言って彼は首をぐるりと巡らし、室内を見回した。

「それにしても、校内自治を司る生徒会執行部の根城がこれほどみすぼらしいとは、改めて驚かざるを得んな! 入り口なぞ安っぽい暖簾だし?」

「誰のせいだと思ってんのよ」

「……不景気?」

「お前じゃ!」

「それにしても走ってきたから喉が渇いてますけど?」

「くっ、相も変らぬ傍若無人ぶりね! 希、象殺せる毒持ってきなさい!」

「んなもん無いって」

 ここで、μ'sの他のメンバーが生徒会室に到着する。全力で走ってきたからか、何人かは息が切れている。

「サウザーちゃん、速いって……!」

「フハハ。貴様らが遅いだけのことよ」

「今度はなに?」

 追いついたμ'sメンバーが見たのは明らかに不機嫌な絵里のご尊顔であった。そうであるから、さっそくサウザーが何かやらかしてくれたなと理解した。

 代表して、穂乃果が発言する。

「生徒会長、実はお願いがあって」

「は?」

(怒ってるゥー……)

 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。絵里の参加はμ'sがより発展するため必要なのだ。

「会長は、昔バレエをやっていたと聞きました」 

「……なんでそれを……希ね?」

 絵里がジロリと希を見やる。それに希はわざとらしく視線をずらし、口笛を一つ吹いた。

「海未ちゃんは会長の踊りを見て、すっごく感動したと言っていました。今のμ'sに足りないものがそれであるとも分かりました」

「要点言いなさい」

 ぴしゃりと絵里は言う。それに答えるべく、穂乃果は歩み出でて、絵里の目を見つめた。

「踊りを教えてください。そして……」

「そして?」

「μ'sの、新メンバーになってください」

 その言葉に絵里は息を呑んだ。いくらなんでも予想外の要求であったからだ。

 が、ここは生徒会長、動揺をすぐさま顔から掻き消すと、深く溜息をついて、「高坂さん」と語りかけた。

「あなた達の向上心は素晴らしいけど、突拍子もないことはさすがに理解しかねるわ」

「でも……」

「でもじゃないの。いいこと? あなた達のやってることは、混乱に乗じて世界征服しようとする悪の組織と同じなのよ」

 妙に分かりにくい例えである。

「あなたたちはオープンハイスクールで何かしようとしてるみたいだけど、はっきり言っておせっかいよ。ここは生徒会に任せて、あなた達はラブライブだかなんだかに向けて精進しなさい」

「会長!」

「話は終わり。さっさと出ていきなさい!」

 

 

 

 

「おのれサウザァー!」

 部室に戻ると、海未が全身から闘気を噴きだして暴走しそうになった。そんな彼女を久々の嘆願波で骨抜けにしながらことりは、

「でも、たぶんサウザーちゃんが騒がなくても会長はダメって言ってたんじゃないかな?」

「いきなり言われちゃ拒否るわよそりゃ」

 ニコも同意する。

 直情的なところがある穂乃果であるから、彼女のやり方では理性の塊な会長の心を動かすには足りないのかもしれない。

「でも、もうちょっとな気がするんだよね。ニコ先輩の時もそうだったけど……」

「穂乃果ちゃんの言う通りや」

「うおっ!?」

 穂乃果が首を捻っていると希が床板をはがして這い出てきた

「いい加減まともに登場しなさいよアンタ」

「まぁニコッチそう言わずに……」

 希は床板を元の位置に戻しながら、

「毎度のことやけど、穂乃果ちゃんの言う通りやで。エリチは自分のやりたいことで廃校に立ち向かうμ'sが羨ましいんやな。自分も加わりたい、加わればもっと良いものに出来る。そういう自信と実力があるんよ」

「なら……」

「でもね、エリチは不器用だから」

 音ノ木坂は不器用な人多すぎである。

「やりたいことと責任感のはざまでユラユラしとるんよ。本当はμ'sに加わりたいけど、生徒会長としての責任感がそれを邪魔するんやね」

 生徒会長だから……というのは絵里にとって全ての事を否定するに十分すぎる理由であった。サウザーが何かと「聖帝だから」と言うのと同じかもしれない。

 絵里の複雑な心境を察し黙る一同。

 しかし、そのなかで一人それを馬鹿らしいと一笑に付す男がいた。サウザーである。

「フハハハハ! 下郎らしい葛藤よ!」

 サウザーはパイプ椅子にふんぞり返り笑い続ける。

「下らぬ責任感とやらがしゃしゃり出てくるなら、それが出れない状況に追い込めばよいではないか」

「だから、そういうのが生徒会長に嫌がられるんでしょーが」

「省みぬ! フワハハハハ」

 サウザーの回答にイラッとするマキ。だが、そのような事どこ吹く風、

「まぁ見ているがいい。この聖帝サウザーの華麗な作戦の前に、絢瀬絵里は膝を屈することとなろう!」

 

 

続く

 




次回絵里編まさかの三話目。
あまりにもくだらない結末に憤怒不可避。


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14話 聖帝の新チーム誕生 の巻

+前回のラブライブ!+

 ついにスマートフォンデビューすることにした世紀末覇者ラオウ。

「『らいん』とやらが出来る物はどれだ?」

「『あぷりけーしょん』? なんだそれは」

「なに? スマホとは全て『あいふぉん』とやらではないのか?」

「『おーえす』? ぬぅ……」

 結局分からないから不本意ながら「うぬのおススメはどれ?」とショップの店員に頼ることにした。しかし、通常のスマホでは小さすぎたため、タブレットを購入することにした。

 とりあえず、トキにメールでも送ろうと思う世紀末覇者であった。

 

 

「——このように、音ノ木坂学院は伝統と歴史の豊かな……」

 μ'sが生徒会室を襲撃した日の夜、絵里は現役中学生である妹の亜里沙とその学友二人にスピーチの草案を聴いてもらっていた。

 しかし、表情を見るにイマイチらしく、友人の一人で……絵里は知らないが……穂乃果の妹である高坂雪穂などは舟をこぎ始めていた。そんな彼女は亜里沙に肩をつつかれ、「ぬっ!」と痙攣してから目を覚ました。

「あ……すみません……」

「ごめんなさい、あまり面白くなかった?」

「い、いえ! そんなことないですっ!」

 ぎこちなく笑いながら言う雪穂。

「いいのよ。当日までに直すから、どんどん意見を言って」

 絵里も現役中学生に面白いと思ってもらえなければ意味がないことを知っているからそう言う。

 そう言うと、亜理紗が厳しい顔で、

「イリューシン」

「ちょっと亜里沙!」

 雪穂が亜里沙を止めようとするが、彼女はお構いなしで続ける。

「ヤコヴレフ?」

「決まってるじゃない、学校を廃校にしたくないからよ?」

 絵里にとっては分かり切った問いかけであるから、首を傾げて訊き返す。すると、亜理紗は厳しく、やや困惑した表情で、

「ミコヤーン・グレーヴィチ?」

「……!?」

 絵里は、言葉を失った……。

 

 

「……てなことが昨日あったの」

「うん、意味わかんない」

 翌日の放課後、生徒会室で絵里は希に昨晩の事を話していた。

「自分の学校が無くなるなんて嫌でしょ? 分かり切ったことじゃない……」

「それは分かるけど、エリチ、どうにかしなきゃって、無理しとるんやない?」

「そんなことないわよ」

「頑固やね」

 クスリと笑いながら希はお茶を淹れ始めた。どんなに不機嫌な時も絵里は希のお茶で大なり小なり機嫌を直す。彼女の淹れてくれる茶の香りは絵里の心を豊かにしてくれるのだ。

「ほらエリチ、お茶淹れたよ」

「あら、ありがとう」

 塞ぎこむ絵里の前に熱い紅茶を置く。そして、その横に小皿を一つ置いた。

「キイチゴのジャムがあったから、今日はロシアンティーやで」

「ハラショーね!」

 小皿にジャムをとりわける。それを見ながら絵里は、

「希の紅茶を一度こんな風に飲んでみたかったの」

と嬉しそうに言ってくれた。

 そんな彼女を見ながら、希はすこし胸を締め付けられるような感覚を覚えた。

(ごめんなエリチ。でも、エリチのためでもあるから……)

 希が小皿に移したキイチゴのジャム。

 これこそ、スクールアイドルμ'sの大いなる陰謀の始まりを示すものなのだ!

 絵里が信頼する希はμ'sとグルだったのだ!

 そのような事は露知らず、絵里は嬉しそうにジャムをスプーンで口に運ぶのであった……。

 

 

「……うっ……うん……?」

 気が付くと、絵里は見知らぬ場所にいた。荘厳な柱の並んだ聖堂を思わせる広々とした部屋で、壁際に並んだ高い窓から陽の光が静かに差し込んでいる。

「ここは……確か私は生徒会室で……うっ?」

 一つ身じろぎして、彼女は自分の置かれている状況を理解した。どうやら自分は今万歳のような姿勢になっているらしい。両手首には枷がはめられ、天井から伸びた鎖につながれており、半ば吊るされたような状態になっているのだ。両足にも枷がはめられて、満足に身動きできない。 

「なんでこんなところに……薄暗くて、ちょっと怖いし……」

「目が覚めましたか?」

 状況を詳しく知ろうと首を巡らせていると、柱の影の暗闇から二人の人影がそう言いながら姿を現した。

 一人は、μ'sがメンバーの一人、園田海未。そしてもう一人は……。

「……希!?」

「あはは……」

 絵里の親友であり副会長、東條希であった。

「どういうことか説明してもらえるかしら」

 絵里は二人をじろりと睨む。このような仕打ちを受ければ当然である。

 しかし海未は臆することなく、

「このような事をしてしまい申し訳ありません。ですが、こうでもしなければμ'sに加わって頂けないので」

「ふん、正気で言ってるんなら相当おめでたいわね。こんなことされて。私がμ'sに入りたいなんて思うかしら。生徒会長は脅しには屈しないのよ」

「分かっています。脅しをしようなんて考えていません」

 海未がそう言うのと同時、どこからかガシャーンガシャーンと鎧が歩く音が聞こえてきた。やがてその音は大きくなり、音の主が絵里の前に姿を現す。

「!?」

 その者は頭からつま先まで重厚な鎧兜に身を包み、マントを翻していた。その鎧とは、『南斗最後の将』の鎧なのだが、一介の女子高生である絵里の知るところではない。だが、溢れ出るオーラに彼女は圧倒された。

 鎧の人物はゆっくりと絵里へ近づく。

「うっ……!?」

 その者は絵里の前まで来ると、ゆっくりと兜を脱ぎ、素顔を露わにした。

「あなたは……!」

「絢瀬とやらよ……」

 兜の下に隠されていたのは、絵里にとって嫌と言うほど見慣れてしまったあの顔……。

 聖帝サウザー、その人であった。

「なんていうか……μ'sのために……そのぅ……」

 サウザーは戸惑う絵里に頬を赤らめつつもじもじしながら言う。

「そのぅ……お前の命が……欲しい?」

「っ……」

 色んな意味で破壊力抜群なサウザーの『お願い』。それに堪らず絵里は慟哭した。

「にっ……にくらしい程に、いじらしいっ!」

 同時に、絵里は悟った。

 自分が置かれているこの状況が、自分のためにあるものだと言う事を。

 廃校阻止のために動くことに生徒会長であるからという理由を持ちださざるを得ない、自分のやりたいことに素直になれない自分のために。

 あえて逃げ場を無くしてくれているのだ。

 いつもの自分ならば、激怒した挙句μ'sに無期限活動禁止を言い渡すところであったろう。希と絶交して、大切な友達を失っていたであろう。

 だが、今の彼女は、サウザーの『にくらしい程いじらしい』態度にドキッとしてしまっていた(頭おかしい)。

「……ふっ、私も焼きがまわったわね」

「!」

「いいわ……私もスクールアイドルに……μ'sの一員になりましょう」

「エリチ……!」

 絵里の決心に希は感涙しそうになる。海未も嬉し気に頬を綻ばせた。

「ただし! ……私に教えを請うた以上、厳しくいくわよ。それと……」

 絵里は希を見やった。

「希も参加するわよね?」

「えっ?」

 絵里の予想外の問いかけに希は思わずこぼれた涙を引っ込めた。

「えっ? なんで?」

「だって希だってμ'sをずっと陰ながら支えていて……そろそろメンバーに加わりたいでしょ? その『μ's』って名前だって、あなたが考えたんでしょ?」

 そう言うと絵里はニヤリと笑った。

 ……これには希も内心参ったなと思った。

 絵里の言ったことは図星であった。自分はμ'sに対する絵里の本当の気持ちを知っていると自負していたが、まさか相手もそうであったとは……。

 だが、希は断らねばならない。

「それはできひんよ」

「なんでよ」

「『μ's』は九人だから輝ける……カードがそう告げとるんよ。グループ名も九人を意味するもの。ここでうちが加わったら、全部台無しになるもん」

 μ's……九柱の女神。すでに九人となった(一人は到底女神とは言えないが)グループに加わると、輪を乱す。希はμ'sが失敗する様を見たくなかった。

 が、こんな希の心配を一人の少女が一蹴した。

「べつにいいんじゃないですか?」

「えっ?」

 そう言って四人の前に姿を現したのは日直や補習で来るのが遅れた穂乃果たち他のμ'sメンバーであった。

 穂乃果の言葉に驚いた希に、彼女はもう一度言う。

「別にいいと思います。メンバーは多い方が楽しいです!」

「おれも配下の者が増えるのは歓迎であるぞ? フワハハハハ!」

「でも、グループ名だって『μ's』なのに……」

「じゃあ『μ's´(ミューズ・ダッシュ)』にしましょう?」

「そういう問題じゃ……」

「希」

 戸惑う希に絵里が優しく語りかけた。

「私は希の占いがよく当たるのは知ってるし、信頼もしてるわ。でも、占いは何かに迷ったときに使うものよ。私達の目的は廃校の阻止。そこに迷いはないわ」

「エリチ……」

 希は言葉を失った。そして、さっき驚いて引っ込んだ涙が再び頬をつたった。

「というわけで、東條希も我がμ'sの配下な? フハハハハ」

 

 

 『μ's´』、爆誕!

 

 

「ほんと、どうしようもなく強引なんだから……」

 絵里は呆れて言う。呆れて言うが―—そこにあるのは笑顔であった。

「いやホントごめんなさい、サウザーちゃんいつもこうですから」

「いいえのよ高坂さん。これも個性よね……さてと」

 彼女は一つ息を吐くと、「ぬうぅぅぅぅん」と力を溜め始めた。そして、ハラショーの掛け声と共に拘束具の鎖をブチチーンと引きちぎる。引きちぎった後、どこへともなく向かおうとした。

「あの、どこへ?」

 ことりが問いかける。

「決まってるでしょ?」

 綺麗な金髪をなびかせながら、絵里は笑顔で答えた。

「練習よ!」

 

 

 

 

 絵里の指導は宣言通り厳しいものであった。

「踊りの基本は体幹よ! 片足立ちでピクリとも動かないようにして!」

「それじゃぁこれを10セット!」

「身体が柔らかくなければ綺麗に踊れないわ! 足を開いて、おなかが床に付くように!」

 柔軟は絵里に言われるまで全く重視していなかったこともあり、メンバーの中にはカチコチに固い者もあった。

「だだだだだ!?」

 絵里に背中を押されながら凛が悲鳴を上げる。

「これだけじゃ何にもできないわよ! ほら!」

「あべし!」

「柔軟は全てにつながる基礎よ! これが出来て初めてスタートラインに立てると思いなさい!」

 対して中には予想外に身体の柔らかい者もある。

「フハハハハ!」

 サウザーが一番予想外な人物であった。彼は脚を開いて上半身をべったり床に密着させるほどの柔軟を持っていたのだ。

「サウザーちゃんすごい! ていうか気持ちわるっ!」

 穂乃果も思わず称賛の声を上げる。

「南斗鳳凰拳もまたしなやかさを求める拳法。故に、我が肉体はゴムも真っ青な柔軟性を持っているのだ!」

 言いながらサウザーは「ホレホレホレ」と上半身を床にめり込ませていく。

 それを見ながら、同じく南斗聖拳のニコは、

「不覚にもちょっと悔しいと思っちゃった……にしても、こんなに固かったかしら私って……む?」

 うんしょうんしょと柔軟に励むニコの目に恐ろしいものが飛び込んできた。

「ウーン……お腹つかへん」

 柔軟に励む希。彼女も絵里から言われたことに苦戦している様子だ。だが、そこには身体の柔らかさ云々の前に、胸に抱える二つのボールが大いに邪魔しているように見えた。

「……」

「ん、ニコッち? 南斗聖拳でもうちと同じで固いん?」

 言われた瞬間、ニコの中で何かが切れた。

「テメェの血の色は何色だー!」

「えっ」

「ニコォッ!」

「えっ、やめて! 飛燕流舞で追っかけてくるのやめて!」

 華麗に舞うニコから放たれる斬撃が希の服を良い具合に裂いていく。それを見ながら絵里は、

「なんか、良いわね」

「あっ、会長がいやらしい目で微笑んでるにゃ」

「違うわよ! ほら、固い!」

「たわば!」

 凛が押されて再び悲鳴を上げる。

 無駄に賑やかなμ'sを見ていると、このような活動も良いものだと思うのだ。

 ずっと堅苦しく真面目にやってきたけど、自分にはこういう雰囲気の方が性に合っているのかもしれない。

 そう思いながら、彼女は向うで二年生組に自らの軟体具合を見せつけて引かれているサウザーに、

「やるわね、あなたも!」

と声を掛けた。

「絢瀬とやらも下郎の分際でやるではないか」

「ふん、言わせといてやるわよ」

「あー、会長がサウザー先輩と少年漫画的ノリで会話してるにゃー」

「う、うるさいわよ!」

「ひでぶっ!」

 

 

 果たして、オープンハイスクール当日となった。

 音ノ木坂に興味のある子、別にないけどなんとなく来ている子など含め、多くの来校者があった。

 そして、その大多数の目当てが、十人に増殖もとい増員したμ's改めμ's´(ミューズ・ダッシュ)のライブである。

 校舎の前に設営されたステージの前には来校した中学三年生や中学生のコスプレをした聖帝軍のモヒカン共が多数つめかけていてまこと賑やかであった。

「なんか変な客居るんだけど」

「ニコ先輩気にしないで。ファイトですよ!」

「う、うん?」

 穂乃果ら二年生から奇妙な圧力を感じたニコはこれ以上追及しないことにした。

 今回のステージ衣装もことりがデザインを担当した。レッドコートを思わせる凛々しくも愛らしい衣装で、メンバーからの評価も上々であった。無論ではあるが、サウザーはタンクトップである。着心地が若干良くなっている。

「ちょっと胸がキツイやん……ちょニコッち構えないでこわいこわい」

「手前のパイオツ縮めやがりなさいよ!」

「ニコ先輩、もう始まりますから!」

 わちゃわちゃしている内に開演時間を迎えた。

 心地よい緊張に包まれた一同を、数多の観客が歓声と共に迎え入れてくれる。

 メンバーの中から、サウザーが一歩前に出て、ダブルピースで宣言する。

「客は全て、下郎!」

 その宣言と共に、観客たちは空気を揺るがすほどの大歓声を上げた。コスプレ世紀末野郎どもだけでなく、見学に来校した中学生や、学校の生徒たちもともに腕を突きあげ、腹から歓声を上げている。お客の順応ぶりにサウザー以外のメンバーは喜ぶ以前にやや引いた。

「下郎の皆さん、こんにちは……サウザー、です! フワハハハハ!」

「ヒャッハァァァァアアアウイイイ!」

「本日は新しい下郎の二人を迎えてお送りしまーす」

「イヤッフゥゥゥゥゥィイイイイイ!」

 聖帝軍も、中学生も、高校生も、老若男女の関係なく一緒に世紀末笑いをするこの地獄絵図な一体感はライブ特有のものであろう。穂乃果も観客の中に世紀末野郎と馬鹿笑いしている妹の姿を認めて変な笑いがこぼれた。

「フフフ……本当ならここで聖帝ワンマンショーをお見せしたいところであるが……いい加減他メンバーの視線が痛いので、歌の方に移りたいと思います。聴いてください、μ's´で『檄!帝国——』」

「違うでしょうが! 『僕らのLIVE 君とのLIFE』です!」

 穂乃果の曲紹介と同時、曲のイントロが流れてくる。

 本来なら、曲のイントロと同時、みんなで考えた振付のダンスが始まる予定であった。

 しかし、何度やってもサウザーが好き勝手躍る(しかも無駄にキレキレ)ものだから、最後には一同が根負けして、『サウザーに合わせて踊る』……つまりアドリブということにした。

 聞くだけなら破綻待ったなしのこの方式であるが、一同練習と主人公補正のおかげで問題なしにアドリブで踊ることが出来た。むしろ、全く予測のつかない動きをするおかげでダイナミックなダンスとなり、観客たちは終始興奮しっぱなしであった。

 一曲だけのライブであるから、時間は矢のごとく過ぎていった。

 曲が終わり、一列に並んだメンバー(サウザーは無理やり並ばせた)に、万雷の拍手が送られる。

 メンバーを代表して、穂乃果が〆の挨拶をする。

「今日はライブに来てくれて、ありがとうございます!」

「イィヤッフゥゥゥィエエエエエ!」

「あ、そのノリ続行なんだ……えっと、私達は、この音ノ木坂学院が大好きです! この学校だから、私達十人はこうやって出会ってしまったんだと思います。正直変な人しかいないかもだけど、皆さんにもこの学校で新しい出会いと挑戦を体験してほしいです!」

 彼女の言葉に、観客は先ほど以上に歓声と大きな拍手を送った。

 訪れた人々は、どんな形にせよμ'sに、音ノ木坂学院に興味を抱いた。絵里は、その光景に感動すら覚えた。

「ハラショー!」

 思わず、そう叫んだ。

 

 

つづく

 

 




μ'sメンバーの超人化が進み、まともな人の方が少なくなりりつつある。


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15話 サウザーゾーン(前編) の巻

 

 +前回のラブライブ!+

 スマホ(タブレット)デビューを果たし、トキにもメールと言う名の怪文書を送りつけた世紀末覇者ラオウは自分が21世紀の波に乗っていることに満足していた。

 しかし、力加減が分からない彼は早々に画面を割ってしまう。

 とりあえず、修理に赴くことにしたラオウ。こういった類のものは専門店に任すに限ると思い、彼は電気街秋葉原へ進軍する。 

 ところがここでトラブル発生。店が歩行者天国の中にあるため黒王号が入れないのだ。

 仕方ないので徒歩で向かうことにしたラオウ。

 彼は無事、タブレットを修理に出すことが出来るのであろうか!?

 

 

 

 

 

 

 ライブは大成功であった。

 おかげで入学希望の予備調査では音ノ木坂学院の希望者が急増、定員割れを回避した。このままいけば廃校は回避されるだろう。世紀末な中学生が入学してくる可能性もあるが、それはまた別問題である。

 さて、アンケートの結果もさることながら、μ's改めμ's´に嬉しい特典があった。

 部室が広くなったのである。

「これで雨の日もそれなりの事ができるよー!」

 穂乃果は広々とした部屋でくるくる回った。

 拡張されたスペースはもとよりアイドル研究部部室と扉でつながっていた部屋で、物置と化していたところを綺麗にし、アイドル研究部のものとしたのである。

「いやぁー、うれしいなぁー。うふふ……ふふふ……フハハハハー!」

「穂乃果、サウザーみたいな笑い方しないでください」

「それに、喜んでばかりいられないわよ」

 高笑いする穂乃果にそう釘を刺したのは新メンバーの生徒会長、絢瀬絵里である。

「今回の件はあくまでも『保留』。気を抜いたら、また廃校が加速するわよ」

 彼女の言う通りである。今回のアンケートはあくまでも調査に過ぎず、本願書が定員割れしたら結局は廃校が決定するのである。

 絵里からしてみれば至極当たり前のことである。しかし、そんな当たり前のことに海未は感動した。

「嬉しいです! こんなまともな人が入ってくれて……!」

「海未先輩、それは酷いですよー」

「ていうか自分はまともだと思ってるあたりめでたいにゃ」

 花陽と凛の抗議もどこ吹く風、真面目な海未は同じく真面目な生徒会長の加入を心から喜んでいた。自分と同じまともな判断力を持った人だと思っているのだ。もっとも、潜在的なポンコツ具合は似た者同士であるが。

「フハハ。今日も練習と洒落込もうではないか?」

 聖帝サウザーもゴキゲンである。彼の言葉に一同はおー、と賛成した。

 が、ここで。

「ごめんなさい、今日は用事があるから先に帰るね」

「む!?」

 ことりが荷物をまとめてそそくさと早退していった。

 最近、ことりは部活を切り上げることが多い。家の用事か何かであろうか。ちょっと気になりはしたが、あまり深く訊くのも申し訳ないから一同は気にしないことにした。サウザーは最初から気にしていなかった。

 

 

 一通り練習をして、小休憩である。

 小休憩中は各自水分を摂ったりして過ごす。スクールアイドルサイトの順位確認もこの時にやっていた。

「すごい、順位また上がってます!」

 花陽が興奮気味に報告した。どうやら絵里と希の加入は効果てきめんだったらしく、特に絵里は新規に女性ファンをも獲得していた。

「会長ってば、スタイルも良くて背も高くて脚も長いし、美人だし、しっかり者だし……流石は三年生!」

「や、やめてよ!」

 穂乃果の言葉に絵里は顔を赤くする。これに対して背が低くてちんちくりんな三年生は「ふん!」とそっぽを向いた。ついでにサウザーも対抗意識を燃やす。

「背が高くてスタイルも良くて帝王の風格を備えたおれこそトップアイドルに相応しいのではないか?」

「サウザーちゃんの中のアイドルの定義って何なのさ」

「退かなくて、媚びなくて、省みないこと?」

 それはさておき、人気が出たといっても、更に順位を上げるのは至難の業だ。

「何か思いきった事しないと、二十位内には入れないわよ?」

 マキが髪の毛くるくるしながら言う。

 その通りである。上位二十内にいるのはμ'sどころか『チーム名称未定』結成以前から既に大人気だったグループばかりで、ぽっと出の良く分かんないチームが入りこむ余地はない。かと言って、ライブをするだけでは新規ファンは短期間にそう集まらないだろう。

 うーむと一同考える。

 すると、ここでニコが、

「……その前に、しなきゃならないことがあるんじゃない?」

「えっ?」

 

 ニコに言われて練習を切り上げた一同が向かったのは秋葉原であった。スクールアイドルの聖地にして、学校から一番近い街でもある。

 そんな街の往来に、μ's´のメンバーは分厚いコート、サングラス、マスクという怪しいうえに暑苦しい格好で立っていた。

「あの、ニコ先輩、これは……」

 海未が汗を拭いながら訊く。

「変装に決まってるでしょ?」

「はぁ……?」

 ニコ曰く、これこそアイドルに生きるものの道であるという。

「有名人なら有名人らしく、街に紛れる身だしなみってものがあるのよ」

「でも、これ逆に目立ってませんか?」

 穂乃果が指摘する。季節はもう夏になったと言ってよい。にもかかわらず白昼炎天下でコートを着こんでいるのは目立ってしようがない。

「それに、サウザーちゃんに変装無意味っぽいですよ。存在感バリバリだし、向こうでさっきから通りすがりのレジスタンスの人がチラチラこっち見てるもん。ほとんどバレてるもん」

 サウザー自身この変装の無意味さを理解しているようで、

「おれは聖帝! 逃げも隠れもしないのだァー!」

とコートとサングラスを脱ぎすてた。

「ああ、やはり聖帝サウザー!」

「討ち取るのだァー!」

 変装を脱ぎすてたことで疑惑が確信に変わった反聖帝レジスタンスは一斉にサウザーに襲いかかる。

「お命頂戴!」

「フハハハハ! 来るがいい下郎!」

 かくして、秋葉原の真ん中で聖帝VSレジスタンスの戦いが始まった。しかし、他のメンバー的にはどうでも良い事(花陽は少し見ていきたいと言っていたが)であるから、暑いコートをしまって最近オープンしたというスクールアイドルショップへ向かった。

 スクールアイドルショップは未だ秋葉原に数件存在するのみであるが、ラブライブが開催されるということもあり、品ぞろえはかなり良かった。日本全国の有名なスクールアイドルのグッズが所狭しと売られている様は部室以上に圧巻であった。

「おぉぉぉー! すごいです! 天国はあったんです!」

 花陽は興奮しながら店内を物色し始める。

「まったく、スクールアイドルな上近所なのに知らないってどうなのよ?」

「いやぁ、灯台下暗し、です!」

「にしても凄い品揃えだねー」

 穂乃果たちも感心して見回した。見たところ、人気のあるグループには専用のコーナーが設けてあるらしい。

 と、ここでレジスタンスを蹴散らしたサウザーも合流した。

「遅いですよ……って、なんで死にかけてるんですか」

 海未がそう話しかけるサウザーは息も切れ切れで歩くのもつらそうな様子であった。

「ぬぐっ……ターバンのガキめ……」

「ああ、彼ですか。目的が分からない限り手の打ちようないですしね。そんなことより見てくださいよこれ、凄いですよ」

 サウザーにミジンコ程の心配を寄せないメンバーであるが、それはそれで信頼の顕れかもしれないし、全然そんなとはないのかもしれない。

 そんな中、凛が何かを見つけた。

「穂乃果先輩見て見て、この子カワイイ」

「どりどり……あホントだ。凛ちゃんこういう子好きなんだね」

「うん! なんかかよちんに似てるし?」

 凛が手にしているのはどこかのグループのメンバー写真がプリントされた缶バッジであった。なるほど、見れば見るほど花陽に似ている。目元とか、輪郭とか……というか……。

「これ花陽じゃないですか!?」

「えぇ!? うわっ、ホントだにゃー!」

 缶バッジの少女は紛れもなく小泉花陽その人であった。

 なんで花陽の商品が? と疑問に思う四人。しかし、その間もなく店の奥から「ぴやぁぁぁぁぁああ!」という花陽の悲鳴が聞こえてきた。何事かとメンバー全員が終結する。

「かよちんどうしたの!?」

「ここ、これ見て……!」

 花陽の指さす場所、そこに目を向けた一同は思わず声を上げて驚いた。

 なんと、μ's´の特設コーナーが作られていたのである。

「こ、これ私達だよっ!? 私達が売られてるよ!?」

「人身売買みたいに言わないでください!」

「ニコのグッズは!? ニコのグッズは無いの!?」

 棚には様々な商品が並べられていた。団扇にシャツ、バッジにブロマイド、可動関節のサウザーフィギュア……。これらを見たメンバーはそれぞれ大騒ぎである。

「ていうか、肖像権とかガン無視なんやね。売り上げってどこに行ってるんだろ」

「それ、私も気になった。生徒会の資料にもなかったわよね、これ」

 生徒会の希と絵里はそう言うが、アイドル部の部長はあまり気にしていないようであった。

「何言ってんのよ。ただで宣伝してくれてるようなもんよ? 私達にもうれしいことじゃないのよ」

「ニコは何か聞いてないの? グッズ化の話とか。こういうのってまず部長に行くと思うのだけど」

「いや、聞いてないわよ。なに? こういうのって人気が出たら勝手に作られるんじゃないの?」

「んなわけないやん。……ウチとエリチが加わってまだ少ししか経ってないのにもうグッズがあるって、おかしない?」

「こういう契約って学校とか生徒会も通すから自然時間かかるし……これヤバいんじゃないかしら」

「何よ、怖いこと言わないでよ二人とも……」

 ちょっと深刻気味に話し合う三年生。

「……ていうか」

 ここで、マキが声を上げた。

「何か話が持ちかけられて、勝手に契約結びそうな輩が一人いると思うのだけれど」

「え? ……あ」

 三年生組も気が付いた。

 そう、実はμ's´関連グッズの販売契約は学校に持ちかけられていたのである。しかし、本来ならば部、学校、生徒会を通すはずのこの契約は、その間に無理やり入りこんだ一人の男の手に依って驚くほどのスピードで成立したのだ。

「サウザー、あなたこれ……」

「フフフ……おれの手にかかればグッズ化なぞ容易いことよ」

「また勝手なことを……」

 絵里がハァと目元を押さえる。なるほど、通りで他のメンバーは写真のみなのにサウザーだけ立体化しているわけだ。

「アンタねぇ、そういうことは部長であるニコに通しなさいよ! ……でも、今回はよくやったと言えるわ!」

 グッズとなって流通すれば興味を持つ人もそれだけ増える。つまり、新規ファンの獲得につながるのである。

「フハハ―!」

 高笑いするサウザー。聖帝の暴走も(いつも暴走しているが)たまには役に立つこともあるのである。

 そんなやり取りを他所に、二年生以下の面々は自分たちがあしらわれたグッズに照れと嬉しさを感じながら物色していた。と、そんな時、穂乃果は飾ってある写真の中に気になるものを見つけた。

「これって……」

 それは、彼女の幼馴染、南ことり……と思われる少女の写真であった。その写真の中のことりはメイド服を着ていて、楽し気に笑っている。写真の下部には『ミナリンスキー』と東欧風な名前のサインが添えられていた。

「ねー海未ちゃん、これ見て」

「ん? ……おや、ことりではないですか。似あってますねぇ、メイド服」

「そうだけど、これってなんなんだろ」

「さぁ……」

 と、その時である。

「すみません! ここに私の写真があるって聞いて……」

 聞き覚えのある声が店の表から聞こえた。

「あの写真はマズいんです! お願いですから今すぐ外してください!」

「ことりちゃん?」

「ちゅん!?」

 見ると、表のことりは写真と同じメイド服を着ていた。穂乃果たちから見て背を向けているから顔は見えないが、頭のトサカは紛れもなくことりの物であろう。

「ことり、何やってるんですか?」

 海未も訊く。騒ぎを聞きつけて他のメンバーも集まってきた。

 ……が、ことりはあくまでしらを切った。彼女は足元の箱からガチャガチャの空カプセルを拾い上げると、それを両目に当てて、

「Kotori!? What!? Who is it!?」

「うおっ、外人さんだにゃ! ニコ先輩、通訳通訳!」

「え!? えーと……オーウ! ヘローヘロー! リメンバーパールハーバー?」

「ニコ先輩の英語想像以上にひどいわね」

「ことりちゃん、だよね?」

「チガイマース!」

 穂乃果は尋ねるがことりは頑なに認めようとしない。エセ外国人を演じながら、ことりは徐々に穂乃果たちから距離を取り始めた。そして、

「さらばっ!」

 裾を持ち上げて脱兎の如く逃げだした。

「あっ、逃げた!」

「なんで逃げるんですか!?」

 逃げられると追いたくなるものである。穂乃果と海未、そして便乗のサウザーはことりに事情を尋ねるべくその後を追い始めた。

「フハハー! この聖帝サウザーから逃げられるか!」

「サウザーちゃん頼もしい!」

 一介の女子高生が南斗鳳凰拳伝承者に追いかけられて逃げ切れるはずがない。ことりの捕縛も時間の問題かと思われた。

 が。

「ぬふ!? さっきガキに刺されたところが!?」

 傷口が開いてサウザーは悶絶、その身体をアスファルトに叩きつけるように転がり、全力で走る穂乃果と海未の視界からあっという間に消え去った。

「絶妙なタイミングで役に立たない! 海未ちゃーん、何か手はないのー!?」

 追いかけながら穂乃果は海未に助けを求める。

「じつはこんなこともあろうかと必殺技の練習をしていたのです」

「おお! 物騒だね!」

「ふふ、今までことりの嘆願波を喰らうばかりでしたが、いつまでもやられっぱなしではありません」

 海未の必殺技、それはウミウミ分を矢状にして相手に発射する技、その名も『ラブアロー・シュート』である。これを受けたものはあっという間に骨抜きにされ、しばらく立つことすらままならなくなる。

 彼女は走りながら腕を弓道の時のように構えた。

「いきます! 必殺『ラブアロー☆シュート』!」

 海未の放った矢状のウミウミ分はまっすぐ正確にことりの背中へ突き進んだ。弓道ではかなりの腕前を誇る彼女であるから当然である。

 が、ここで彼女の不幸であったのはその矢の進路上にタブレットの修理に訪れていた通りすがりの世紀末覇者拳王がビルの角から現れたことであった。

「ぬ!?」

 彼は高速で飛んでくる矢状の気を感知した。そして、その矢を二指真空把で受け止め(理屈は不明)、流れるように元来た方へ投げ返した。

 投げ返された矢は海未を見事に貫いた。

「ぬっふぅぅぅーん!」

「うわぁー! 海未ちゃーん!」

 自らの技で骨抜きにされた海未はもんどりうって地面に倒れた。さすがに海未まで倒れては追いかけることもままならない。穂乃果は足を止めて倒れた海未を抱き上げた。

「海未ちゃんしっかり!」

「あふん……我ながら凄い技です……ですが、まさか通行人に跳ね返されるとは、この園田海未の目を持ってしても読めなかった!」

「意外と元気そうだね」

 しばらくすると、二人の元に絆創膏を貼ることで復活したサウザーが合流した。だが、既にことりの姿はなく、完全に見失ってしまったようであった。

「ことりちゃん、なんで逃げるの……?」

 恍惚の表情を浮かべる海未を介抱しながら、穂乃果は口の中でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 ちなみに、その後すぐことりは希に捕獲された。

 

 

つづく。



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16話 サウザーゾーン(後編) の巻

『どんなときもずっと』の歌詞で「きみ」の部分が『うぬ』に脳内で自動変換されてラオウが会いにくる歌と化して困ってる今日この頃。


 +前回のラブライブ!+

 むかしむかしあるところに ほのか という女の子が住んでいました。

 ほのかの家はわがし屋さんで ご近所でも評判でした。

 ところがある日 お店に鬼が二人やってきて 「おいしそうやん」とか「チョコ以外認められないわァ」とか言いながら お店のおかしを ぜんぶ持っていってしまいました。

「おかあさん ほのかが おにをやっつけて だいきんをうけとってきます」

 お母さんは心配そうに

「きをつけてね とちゅうでおなかがすくだろうから この『きびだんご』を もっていきなさい」

と お父さんとくせいのきび団子を一ふくろわたしました。

 すると ほのかはお母さんに言いました。

「和菓子飽きたからパンの方が良かったなァ」

 

 

 

 

 穂乃果、海未、サウザーによる恐怖の追跡を撒いたことりであったが、ついに希に捕まり、「逃げたらわしわ神拳やん?」と脅迫され、観念した。

 

 

 

 メイド喫茶と言えば、秋葉原が本場である。

 その本場の地のメイド喫茶で、ことりはこっそりとアルバイトしていたのだ。

「もー、言ってくれればジュースとかご馳走してもらったのに」

「カレーが食べたいぞカレーが」

「穂乃果先輩とサウザー先輩たかる気満々にゃ」

「それにしても、先輩がアキバで伝説のメイド、『ミナリンスキー』さんだったなんて……すごいです!」

 花陽の言う『伝説のメイド』というのはここ最近、秋葉原で話題になっているというメイドカフェ店員のことである。ニコなぞは貰いもののサインを持っていたのだが、その正体が部の後輩とは驚きである。

「でも、またなぜメイド喫茶でアルバイトを?」

 海未が訊く。

「四人でスクールアイドルやろうって頃なんだけど……」

 

 帰り道、秋葉原に用事があって立ち寄ったところ、メイド喫茶の人にスカウトされたのだと言う。

 無論、初めは断った。しかし、持ち前の人の良さに引っ張られてなんやかんや店まで赴き、何となく制服であるメイド服を着てみたところそのデザインの良さに一目惚れ、めでたく就職、というわけである。

 そして何より、彼女の中でふつふつと芽生えていたとある感情が原因の一つにあった。

 

「自分を変えたいなって……私、三人と違って何もないから」

 ことりは語った。

「穂乃果ちゃんみたいにみんなを引っ張っていけないし、海未ちゃんみたいにしっかりもしてないし、サウザーちゃんみたいに聖帝でもないし……」

「南斗の聖帝はこのおれ一人だからな。フワハハハハ!」

「二年生の中だと、ことり先輩が一番まともだと思うのだけど」

 マキが言う。その言葉にショックを受ける海未を他所に、ことりは首を振る。

「私はただ、二人について行ってるだけ……」

「そんなことないですよ!」

「そうだにゃ! ことり先輩がいなけりゃ今頃どうなってたか」

「酷い言われようだ」

 穂乃果もわずかながらショックを受ける。実際、サウザーはもとより、ことりも海未もなんだか良く分からない必殺技を持っている時点であまりまともではないのだ。それでも外から見れば穂乃果の方が破天荒らしい。

 それはさておき。

「私達の衣装作ってくれたのことりちゃんじゃん!」

「フフフ、園田が歌詞、南が衣装となると、高坂穂乃果よ、何の仕事もしてなくて恥ずかしくないの?」

「サウザーちゃんにだけは言われたくないよ」

 

 

 その日は一同ことりの接客の下だらだらと過ごし、時間が来たので解散となった。ことりは仕事がまだあるため、他のメンバーだけ帰宅である。

 別れ際、ことりが、

「あっ、このことは、お母さんには……」

 音ノ木坂学院はアルバイトを特に禁止していない。しかし、理事長である以前に実の母親である人物に知られるのは恥ずかしいというのが思春期であった。

「わかってるよー!」

 穂乃果が手を振る。

 

 途中でそれぞれの家路につく為メンバーは別れていき、秋葉原の外れまで来た頃には穂乃果、海未、サウザーのいつもの面々に加えて絵里のみが並んで歩いていた。

「それにしても、ことりちゃんがあんな風に悩んでたなんて意外だな~」

「穂乃果は悩みなんてないから分からないんですよ」

「あっ、何気にひどい」

「冗談ですよ」

「おれに悩みは無いぞ?」

「十二分に知ってます」

「まぁ、人間誰にだって悩みはあるわよ」

 絵里が言う。

 自分の事を心の底から優れていると言える人間はそういない。だからこそ、努力して、同じく努力した友達を見て、また努力する。友達というのは、ある種最大のライバルなのかもしれない。

「おれにライバルはいないぞ? 何しろ聖帝だからな! フハハー!」

「言ってて空しくないですか?」

「全然空しくありませんけど!?」

「はいはい」

 そんなやり取りを見ながら絵里はクスリと笑う。――以前と比べると、ずいぶん彼女も丸くなったものだ。かつての彼女ならサウザーの事を「チーカチカチカ!」と嘲笑っていたことだろう。

 そして絵里は、今までなら絶対に思いつかなかったであろう妙案をこの時思いついた。

 

 

 翌日の放課後。

 ことりは一人教室でノートと向き合いながらブツブツと何やら呟いていた。

「チョコレートパフェ……おいしい……パリパリのクレープ……食べたい……」

 これは別に彼女がおかしくなったわけではない。

 それは、十数分前の部室での事であった。

 

「秋葉原で路上ライブ?」

「そうよ!」

 部室で絵里はメンバーにランキング上昇の策を説明していた。

 秋葉原はアイドルの聖地である。そこで観衆に認められるようなパフォーマンスが出来れば、ランキングの順位もグッと上がるわけだ。

「でも、秋葉原はあのA-RISEのホームよ? 大丈夫なの?」

 ニコが指摘する。スクールアイドルの頂点であるA-RISEのいるUTXは秋葉原に存在する。秋葉原にいる人にスクールアイドルと言えば? と訊くと九分九厘A-RISEの名が返って来るであろう。

「フフ、おもしろい」

 だが、サウザーは例のごとく乗り気だ。

「例えA-RISEとやらが襲って来ようと、南斗聖拳の前に跪くだけだ」

「アンタA-RISEをどういう集団だと思ってんのよ……」

 しかし、面白そうであるというのは事実である。目の肥えた人たち相手にどれだけできるか、純粋に若い好奇心と向上心が発露する。

「それでね、ライブで歌う曲の歌詞なんだけど、秋葉原について詳しい人に書いてもらおうと思うの」

「おれか」

「お前じゃない。南さん、お願いできるかしら」

「えっ?」

 ことりは驚いた。今回の歌詞も海未が書くであろうと完全に思いこんでいたからである。

「でも、歌詞なんて書いたことないですよぉ……」

「そうかもしれないけど、今回はあの街で働いて、あの街の人と接したあなただからこそ、素敵な歌詞が書けると思うの」

「その通りです。ことり、誰でも『はじめて』から始まるんです」

 歌詞担当で定着している海未も、ファーストライブの時が初めての作詞だったのだ。彼女に言わせてみれば、自分に出来てことりが出来ないはずがない、ということなのだ。

 他のメンバーも大いに賛成する。

 ことりは元来、頼みごとを断れない質である。

「う、うん! やってみる!」

 緊張しながらも、ことりは作詞担当を引き受けた。

 

 そして、放課後の教室での作詞作業である。ノートを前に、歌詞にピッタリなフレーズは無いかと呟き続けている。

「ふわふわのクリーム……甘い……北斗有情破顔拳……気持ちいい……」

 だが、簡単に注文通りの歌詞が浮かんでくることは無い。考えれば考えるほど訳の分からない方向へ思考が飛躍して、頭がこんがらがってしまうのだ。

「南斗人間砲弾……楽しそう……南斗暗鐘拳……もはや拳法じゃない……」

 ここまで呟いたのち、彼女はペンを放り出して突っ伏してしまった。

「あぁーん! 思いつかないよぉ……」

 弱音を吐いてしまう。そして、他のみんなならすぐに作れるだろうなぁ、などと考えてしまう。

 海未なら、素敵な歌詞をどんどん作れるだろう……。

 穂乃果もまた、持ち前のポジティブで書き上げてしまうだろう……。

 サウザーは知らない。

「うぅ~、ハノケチェン、海未ちゃん、たすけてぇ……」

 つい、泣きそうになる。

 しかし、そんな彼女のピンチに現れたのはハノカチェンでも海未ちゃんでもなかった。

「フハハハハ!」

「ぴぃ!?」

 ご存知、聖帝サウザーである。

 南斗聖拳特有の切れ味で入り口を切り裂きながら入室してきたサウザーにことりは驚きを隠せない。

「ど、どうしたのサウザーちゃん!?」

「忘れ物。フワハハ」

「そ、そう……」

 そんなサウザーはことりの意味不明な単語が羅列されたノートを見て、

「行き詰っているようだな小僧?」

とせせら笑った。

「うん……どうしても海未ちゃんみたいに上手くできなくて」

「フフ……なんならおれが教授してやってもいいのだぞ?」

「結構です」

 即答であった。

 しかし、今回のサウザーはいつもと一味違った。

「今回は一つ妙案があるのだが? 教えようかなー、どうしようかなー。聞きたい?」

「もー早く言ってよ」

 歌詞が思いつかないのも合わさってサウザーのテンションにイライラすることり。

 だが、今回ばかりは本当に珍しいことに、彼の提案は実に有効に働くこととなった。

 

 

 翌日、ことりのメイド喫茶に新人さんが加わった。

「いらっしゃいませぇ、ご主人様っ!」

 元気いっぱい穂乃果メイド。

「い、いらっしゃいませ、ご主人様……」

 恥じらいが初々しい海未メイド。

「いらっしゃいませ下郎。フハハハハ!」

 うるさい聖帝メイドの三人である。

 サウザーの提案、それはメイド喫茶で共に働きながら歌詞を考える、というものであった。今回のテーマである『秋葉原』で実際に働くことが、歌詞作りの最大の手助けになる、という理屈であった。

「サウザーにしては信じられないほど協調性にあふれてますね……」

「そうであろう? 聖帝に不可能は無いのだ」

 この提案を聞いた時、彼は海未にこう語っていた。しかし、海未はその背後に穂乃果の影が存在することを察した。大方、どこかで穂乃果が話していたことを思い出して適当に言っただけであろう。

 なんにせよ、穂乃果たちと働けてことりは大感激である。

「や~ん、穂乃果ちゃんも海未ちゃんも可愛い! 店長も快く受け入れてくれてよかったぁ!」

「私はここの店長の頭が心配かな」

「右に同じくです」

「メイド服とは心地よいではないか。フハハハハ」

 何故かサウザーもメイド服を着ている。本来なら執事用の燕尾服か何かを着る予定だったのだが、あいにくここは女性ものしか準備していなかったため、メイド服を着る運びとなった。なんの迷いも無く「じゃあ、代わりにこれ着て」とメイド服を手渡した店長にアキバの懐の深さと危うさを感じ取った穂乃果たちであった。

「それにしても、サウザーちゃんご奉仕とかできんの? 聖帝ってもっぱらされる側でしょ?」

 メイド服以上に穂乃果が気になったのはこれであった。

「何事も挑戦というであろう?」

「ファーストチャレンジが女装でメイドってレベル高すぎだと思うな!」

「常識にとらわれないことこそが飛躍への第一歩だと思うが?」

「サウザーにしては良いこと言いますね」

 何のことは無い、昨晩読んだ自己啓発本に間違った影響を受けているだけである。 

 そうこうしているうち、お客さんが来店した。

「にゃ!」

「お、お邪魔します」

「やってるわね」

「おや、凛に花陽、それにマキではないですか」

「私が呼んだんだよ」

 穂乃果はμ's´のメンバーを招待したらしい。次々と他のメンバーも店に入ってくる。

「よく来たな」

「うわ、なんでサウザー先輩まで着てんの!?」

「ここ十年で一番恐ろしいよぉ」

「控えめに言って馬鹿でしょ」

 凛と花陽、マキは大いに怯える。

「フフ……褒めても何も出んぞ?」

「褒めて無いにゃ」

 警戒する凛たち。そんな彼女たちへの接客は新人三人への手本も兼ねてことりが対応した。

「お帰りなさいませお嬢様方。お席にご案内しますね」

「おぉ、流石は伝説のメイド、物腰から何まですばらしいです……!」

 花陽が感動する。伝説のメイドは最初から最後までお客を魅了するから伝説と呼ばれるのだ。

「ことりちゃんすごい!」

「私達に出来るでしょうか……?」

「あのようなもの、このおれにかかれば造作もないことよ」

 言うやサウザーは続いて入店してきた絵里を出迎えた。

「いらっしゃいませ! 下郎! フハハハハ!」

「えぇ!? サウザー、なんであなた……」

「今日はこのおれ自らが貴様をもてなしてくれるわ」

「あら、面白いじゃない」

「フハハ! では席にご案内しますね! 来い!」

 そう言うサウザーに絵里は引きずられるように店の奥へと向かった。

「さぁ、私をどんどんもてなすチカ」

 サウザーにもてなされるというかつてない経験に絵里のテンションはアゲアゲである。なんやかんや今までの仕打ちを根に持っていた彼女はここぞとばかりに偉ぶった。

「メニューとお冷になります!」

 バン、とテーブルに叩きつけるように置く。

「ふーん……そうね、お腹ぺこぺこだし、オムライスでも頼もうかしら」

 この日の絵里は生徒会の仕事があってお昼を抜いていたのだ。

「オムライスだと? おれはカレーが食べたいのだが?」

「いや知らないわよ。なんでアンタの食べたいもの注文せにゃならんのよ」

「チッ、そうか」

 露骨に舌打ちをしたサウザーは厨房に向かって、

「オムライス一丁ーっ!」

「居酒屋かよ! もうすこしメイドらしく振る舞いなさいよ」

「接客の基本は元気だと聞いたが?」

「元気のベクトルが違うでしょうが。もっとこう明るい笑顔で……ごめん、何でもない」

 絵里はサウザーの『明るい笑顔』の想像以上のウザったさに降参した。

 しばらくして、厨房ではオムライスが完成し、サウザーはそれを絵里の元へと配膳した。

 持ってきたオムライスにはケチャップがかかっておらず、全くのプレーンな状態であった。これは、お客さんの名前や可愛い絵をケチャップでデコレーションするためである。

「メイド喫茶の定番ね。そういうわけで、『エリチカへ』って書いてもらおうかしら」

「なぜ貴様ら下郎の名をわざわざ書く必要があるのだ。おれのサインを書いてやろう」

「いらねぇよ! あっ、こら!」

 だがここはサウザー、店のサービスマニュアルをガン無視し、オムライスに赤々と『サウザー』のサインを施した。こうして絵里の前に欲しくもないサイン入りのオムライスが供された。が、ここでは終わらない。

「それでは、当店のサービスマニュアルに従い、このオムライスに『愛』を注入してやろう」

 彼はそう言うと胸の前で手でハートを象り、腰を振りながら、オムライスに愛を注入した。

「萌゛えっ! 萌゛えっ! ギュンッ!」

「なんでそんなサービスだけマニュアル守るのよ!」

「遠慮するな。おれは愛はいらんから、いくらでも注入してやるぞ?」

「もういらないから――」

「萌゛えっ! 萌゛えっ!」

「いらないって言ってるでしょ!」

 何とも賑やかなものである。それを希とニコは遠巻きに眺めている。

「アキバで歌う曲ならアキバで考える、というのは道理やね」

「そうでしょ?」

 穂乃果は二人にメニューを手渡しながらえへへと笑った。

「ま、アンタたちにしては上等な案ね……ところで、さっきから海未の姿が見えないんだけど」

「それがですね、海未ちゃんってば、恥ずかしいから出たくないって厨房に籠っちゃって」

 スクールアイドルをやってはいるが、本来海未は非常に恥ずかしがりやである。今までは見知った顔相手だったり、校内でのイベントでステージに立つだけであったからそうでもなかったが、見たことも会ったこともない人相手に立ち振る舞うのは相も変わらず苦手であった。

「本番大丈夫なの、それ」

 ニコがやや心配げに言う。

 だが、穂乃果は全く心配する素振を見せず、

「大丈夫です! ことりちゃんも素敵な歌を作ってくれるし、そうとなれば、海未ちゃんだってしっかりライブできます!」

「根拠は……って訊くのは無粋ね。ま、今日のところは信用してあげるわよ」

 ニコは苦笑しながら穂乃果の腰を叩いた。

 一方その頃サウザーは何故か絵里に供したオムライスを頬張り、絵里は悔し気にテーブルをバンバン叩いていた。

 

 

 共に働く中、ことりの中で歌にしたい感情がはっきりと見えるようになってきた。

 思いきって自分を変えようとしたとき、優しく受け入れてくれるであろうこの街への思い(サウザーをメイド喫茶で雇う程度には懐が深い)、この街で過ごすことの楽しさ、それらを曲に載せて歌いたい、みんなに伝えたいと思うのだ。

 その思いは穂乃果や海未にも伝わる。

 特に海未なぞ初めは接客が出来なくて厨房で皿洗いマシーンと化していたのだが、日に日に積極性が増し、最終的にはお客さんに芸(百発百中ダーツなど)を披露するにまで成長した。

 サウザーは相変わらずで、来店するたびに絵里と何らかの勝負をしては食事を強奪していた。

 しかし、それもいつの間にか店の名物と化し、絵里はサウザーに出演料としてジュースを毎回奢らせるほどの優位性を得た。毎回の食事代を払うのは絵里だから実際損しているのだが、彼女はそこに気付いていない……。

 とにかく、歌詞は完成し、マキも曲を完成させた。日時と場所、メンバーの衣装も決まり(総メイド服である)、あとは本番のみである。

 そして、幕は上がり、μ's´初の校外ライブは――。

 

 

 夕暮れ、いつもの神社から夕闇に沈もうとする街を四人は眺めていた。

「うまく行ってよかったね!」

 穂乃果が嬉しそうに言う。

 ライブは大が付くほどの成功をおさめた。いつものダイナミックなダンスに加えいつも以上にことりの脳トロボイスを前面に押し出したことが功を奏し、お客は揃いも揃って骨抜きにされた。反聖帝レジスタンスの人たちもライブ襲撃を敢行するほど無粋でもないため、安心してライブが出来た。

 途中うっかり発射した嘆願波が海未に命中するアクシデントがあったが、ここまでで大きく成長した海未は最後まで見事耐えきった。そのせいで今やや興奮気味である。

「はぁはぁ、ことりの、おかげですね……はふぅ」

「そんなことないよ。みんながいてくれたから……みんなで作った曲だから成功したんだよ」

「フハハ。感謝するがいい!」

「サウザーったら無粋ですよ……はぁはぁ」

「あはは。……そう、みんなで作った曲……」

「ことりちゃん?」

 ここでことりはふと、どこか寂し気な表情を見せた。

「私達、いつまで一緒にいられるかな……」

「どーしたのさ急に」

「だって、あと二年もしないで高校は終わっちゃうんだよ? そうしたら……」

「……まぁ、それは仕方ないことですよ」

「フハハ。それならば卒業しなければよいではないか」

「馬鹿ですか?」

 高校を卒業したらそれぞれの進路へ向けて歩み始めるだろう。そして、それは今までと違い、この先滅多に交わることのない道だ。

 一同に沈黙と高笑いが流れる。

「……じゃぁさ、卒業までに、たくさん思い出作らないとね」

「穂乃果?」

 穂乃果は夕日に照らされながら腕を上げ、笑う。

「二年間、たくさん遊んで、たくさん勉強して、たくさん歌って笑おう! それが全部思い出になって、卒業して別々の進路に行ったら時々集まって、お酒とか飲みながら思い出話をしよう!」

 穂乃果はどこまでも前向きである。前向きであるから、将来の心配だってこんな風に捉えることが出来る。

「だから残り二年、一緒に頑張ろう! その第一歩、ラブライブの出場を目指そう! 出場して、素敵な思い出をつくるんだよ!」

 そう考えてみれば、卒業してバラバラになるのも不安でなくなる。むしろ、ちょっぴり楽しみでさえある。大人になった時、どんな思い出を話せるか……海未とことりは思いを馳せた。

「そうですね。残り二年、悔いのないように」

「よろしくね、穂乃果ちゃん、海未ちゃん、サウザーちゃん」

「フハハハハ! こちらこそどうぞよろしく。みたいな! フワハハハハ!」

「もー、サウザーちゃんったら、うるさい☆」

 ことりはそう言いながらちゅんちゅん笑った。

 

 

 

 

 残り二年、一緒に頑張ろう。

 残り二年、たくさん思い出を作ろう。

 

 

 

 残り二年……きっと一緒にいられる。ことりは、そう思っていた。

 

 

 だが、彼女にも夢はある。

 そして、夢の実現は現状との別れをも意味する。

 その決断を迫る一枚のエアメールが彼女の元に届けられたのは、その日の晩のことであった。

 

 

つづく

 

  




EDテーマは『きっと断末魔がきこえる』です。



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17話 オーシャンビュー聖帝 の巻

ホントは挿絵つけたかったんですけどね。
スキャナが使えないので仕方ないね。


+前回のラブライブ!+

 穂乃果は英語で赤点を取ってしまった。

「穂乃果!」

「ひーん!」

「しょうがないですね……私が勉強を見てあげましょう」

 海未は教科書を開き、穂乃果の向かいに座った。

「まず『because』、これは『なぜなら』です。はいリピート」

「び、『びこーず』」

「では次、『アイ・ラブ・ユー』です。はい」

「あ、『アイ・ラブ・ユー』?」

「……ミートゥー!」

 

 

「外国に留学!?」

 放課後、練習のため屋上に向かう道中、穂乃果と海未はことりの話に驚いた。ことりの母……つまり理事長であるが、知り合いに海外で服飾の先生をしている人がいるらしく、そのツテで留学してみないかという提案が来たのだと言う。

「すごいことりちゃん! 国際派!」

「ことり、服飾関係目指してますからね」

 ことりは小さい頃からファッションデザイナーになるのが夢であった。その夢に近づきつつある友の姿は穂乃果と海未に眩しく映った。

「まぁ、断ったんだけどね」

「えー!? もったいない!」

「穂乃果、ことりが留学するというのは離れ離れになるということですよ? 分かってるんですか?」

「えっ? ……あっ! そうか!? 」

「もー穂乃果ちゃんったら……でも、そういうのはまだ早いと思って。きちんと日本で勉強してからにしようと思うの」

「ことりは堅実ですね。誰かさんと違って」

「その誰かさんってもしかして海未ちゃんの目の前にいる人かな?」

「その通りですよ穂乃果」

「ひどーい!」

 そんなことを話しているうちに三人は屋上へと続く階段までやって来た。だが、先に来ていた一年生ズとニコは何やら外に出るのを躊躇っている様子である。

「あれ、どうしたの?」

 穂乃果が訊く。それに答えたのはニコであった。

「外、暑いのよ」

「夏ですから暑いのは当然では……」

「影も無くて直射日光な上床タイルの照り返しもあるのよ? 死ぬわよ、あんなとこで練習したら」

 実際、この日はここ数日で一番の猛暑日であった。朝礼でも水分補給を怠らないようと口酸っぱく言われていた。

「サウザーは普通に外に出ているようですが」

 海未が外を覗きながら言う。外では陽炎に揺れるサウザーが何が面白いのか高らかに笑いながら踊っていた。

「アイツは人間じゃないから」

「人間ですよ一応。というか、先輩も世紀末に片足突っ込んでる設定なんですから平気なのでは?」

「あんな化け物と一緒にしないでくれる?」

「ていうか暑さでおかしくなってるようにも見えるね、アレ」

 穂乃果の指摘する通り、そう見えないこともない。まぁ、死ぬことは無いだろうし何かの間違いで大人しくなってくれるかもしれない。一同はそのまま放置しておくことにした。

「あなた達、そんなところで何してるの?」

 そうこうしていると絵里と希もやって来た。

「外があんまりにも暑いから」

「サウザーは出てるじゃない。うだうだ言わないで、レッスン始めるわよ」

 流石はエリチ、妥協を許さない姿勢は相変わらず尊敬に値するカッコよさだ。

 だが、今回ばかりはニコたちも易々と従わない。こんな炎天下で練習しようものならメンバー内で飛びぬけて色白なニコなど大変なことになると思ったからだ。

「じゃあアンタ先に出てみなさいよ」

 ニコは絵里の背中を蹴って外へ追い出した。

「なにこれアツイ! 溶けちゃうチカー!」

 屋上の灼熱地獄は絢瀬絵里のクールさを持ってしても中和できないほどであった。紫外線に焼かれた絵里は慌ててニコたちの元へ這い戻って来た。

「ロースト・エリチやん。おいしそうやん」

「何わけわかんないこと言ってるのよ希は……それにしても、想像以上ね」

 暑さはどんどん増していく。踊り狂うサウザーがまるで蜃気楼のように揺らめいていた。予報ではこの暑さが数日ほど続くらしい。

 これでは、まともに練習が出来ないではないか。

 と、ここで穂乃果が「あっ!」と何か閃いた様子で声を上げた。

「合宿しよう!」

「合宿?」

「そう! あーなんでこんな良いこと思いつかなかったんだろ!」

 合宿……なんとも魅力溢れるフレーズである。部活で合宿など、いかにも青春っぽい。凛や希は大賛成であった。

「でも、どこに?」

 花陽が疑問を投げかける。

「夏と言えば海であろうが!」

 それに答えたのはいつの間にか近くまで来ていたサウザーであった。暑さで静かになることは無く、いつも通りうるさい。

「おぉサウザーちゃん! その通りだよ!」

「宿泊はどこでするのですか?」

「それは……あっ」

 穂乃果は一瞬の思案の後、マキにソソソと近づいた。

「マキちゃん()って、海辺に別荘とかないの?」

「海辺の? 親戚のオジサンが持ってるけど……」

「おお! マキちゃん、その別荘借りること出来ないかな!?」

「ヴェッ!?」

 マキは困惑の声を上げる。だが、一同から向けられる期待の視線に逆らうことは彼女にはできない。

「……わかった、訊いてみるわね」

 一同は歓声を上げた。

 

 

 数日たって、合宿当日。

 一同は東京駅へ集合していた。それぞれ数日分の着替えと小道具を持参し、あとは改札を通るだけである。

「サウザーちゃん楽しそうだね」

「鉄道を使うのは初めてだからな!」

「もっぱらバイクですからね」

「フハハ。駅弁とやらを食べたいぞ」

「さて、全員集まったわね」

 絵里の声に全員が耳を傾ける。この日の前日、絵里から皆に話があるという連絡が送られていたのである。内容は現地にてとなっていたため、皆気になっていた。

 そして、絵里から離された内容は一同を驚かせるに足るものであった。

「先輩禁止!?」

 先輩禁止……読んで字の如く、上級生を呼ぶ際に『先輩』を付けないようにする、というものである。

 『μ's´』として成立した今、先輩後輩の垣根を無くし、より一体感を出そうというのが絵里の狙いである。年齢による上下関係はこの先の話し合いでも不公平が生じるという心配があった。

「なるほど、確かに何となく先輩に話を合わせてしまう時はありましたからね」

「ニコはそんな気遣い全く感じなかったんだけど?」

「そりゃ気を使ってないから当然にゃ」

「くっ……!」

「なんにせよ、これからは先輩後輩じゃなくて、μ's´のメンバーとしての関係を持っていきましょ」

「はい! 絵里先輩……あっ!」

 言っている傍から穂乃果は先輩付けで読んでしまう。彼女は顔を赤くして、少し恐る恐るといった調子で呼び直した。

「絵里……ちゃん?」

「うんっ、よろしくね、穂乃果!」

 絵里が満面の笑みで答える。

「くはー、緊張する! でも、なんか良い感じだね」

 穂乃果に続き、一、二年生の面々は照れながらも『先輩』なしで名前を呼ぶ。そして先輩たちはそれに笑顔で答えた。

 サウザーもテレテレしながら一年生に、

「こ、このおれの事も呼び捨てで構わんぞ?」

「おっ、そうだにゃサウザー」

「おにぎり買ってこいやサウザー」

「そのいじらしい仕草止めなさいサウザー」

「ぬっく……!」

 そんな和気あいあいとした雰囲気のまま一同は改札をくぐった。

 

 電車に揺られることしばらく、一向は目的の駅に到着し、そこからあるくこと数分、別荘へと到着した。

 やはりお金持ちであるから、別荘は豪華なものであった。しかし、別荘もさることながら、眼前に広がるどう考えても本州とは思えない白い砂浜に青い海、南国の美しい草花……それらの景色に一同は高笑いが止まらなかった。

「すごーい!」

「フハハハハ!」

 別荘も、外観だけでなく中も相応の造りであった。広くて天井の高いダイニングにこれまた広々としたキッチン、寝室も大きなベッドが備え付けられてなお余裕がたっぷりあった。

「ここ取ーった!」

 穂乃果がその大きなベッドに飛び込む。しかし、豪華なベッドゆえ反発力が大きかったらしく、穂乃果はそのまま跳ね飛ばされ天井に背中を打ち付けた。

「ぐふぉっ!?」

「穂乃果ったら、はしゃぎすぎです」

 はしゃいでいるのは穂乃果だけでないらしく、別の部屋からドコンバコンと賑やかな音が響いてくる。

 そんなメンバーを見ながら、海未はフフンと笑った。

 楽しそうな面々を見て自分も楽しくなっているのもあるが、それ以前に、練ってきた練習メニューを実行に移せる嬉しさによるものである。

 海未の用意してきたメニューは一階のテラスで発表された。オーシャンビューの、素敵な場所である。

「えっ」

「なにこのメニューは」

 海未の提示したメニュー。それは、遠泳・マラソン10キロやら精神統一やら、酷くハードなものばかりであった。

「ちょっと海未ちゃん! これどうなのさー!」

「最近基礎体力をつける練習が減っていますから? ここでみっちりやっちゃおうと」

「せっかく海に来てるんだよ!? 海水浴はー!?」

「だからほら、遠泳あるじゃないですか」

「そんな防大みたいな海水浴じゃ無くて!」

 しかし、海未のメニューに別段抗議を唱えない連中もいる。

「まぁ、その程度ならすぐ終わるわね」

「最近泳いでないけど何とかなるでしょ」

「フハハハハ。聖帝の前には虫けら同然なメニューよ」

 ニコ、マキ、サウザーといった世紀末トリオである。

「世紀末組は黙るぅ!」

 穂乃果が一喝する。一喝してから、泣きつく。

「絵里ちゃーん! 何とか言ってよぉー!」

「まぁ海未、いいんじゃないかしら」

「しかし……」

 海未は大変真面目であった。それは素晴らしい長所であるが、同時に短所ともなりえる。そんな彼女に絵里はやさしく、

「ラブライブ出場枠決定まで一か月、気を張るのは分かるけど、張り過ぎた風船は破裂しちゃうわ。それに、先輩後輩の垣根を本当になくすための交流だって必要よ」

「そうでしょうか?」

「そうだよ!」

 絵里の言葉に穂乃果が同意する。そして、錦の御旗を得たと言わんばかりに、「いっくぞー!」と海へ駆けだした。世紀末組を含めた面々もそれに続いて駆けて行く。練習を軽くこなせるからと言って、遊ぶのとどちらがいいかと問われれば後者を選ぶものだ。

「あふん……」

「ほら、海未も行きましょ」

 

 

 

 

 青く澄んだ海に白く輝く砂浜。その上を、九人の女神と一人の聖帝が舞い踊る。麗しい女神とやかましい聖帝の重奏は見聞きする者に大きな混乱をもたらすであろう。

 

「スイカ割りにゃ!」

「受けてみよ! 極星十字拳!」

 用意されたスイカはサウザーの奥義を受けて赤い汁をまき散らしながら切り裂かれた。

「フハハ! 南斗聖拳の前には一介の農産物なぞ敵ではないわ!」

「ふぉー! さすがです!」

 拳法マニアの花陽は貴重な鳳凰拳で切り裂かれるスイカに興奮を隠せない。

「ニコちゃんのもみたいな」

 凛はそう言いながら新しいスイカをセットした。

「しょーがないわねぇー!」

 まんざらでもなさそうにそう言うとニコはスイカを天高く放り投げ、自らも跳び上がった。

「南斗水鳥拳奥義・飛燕流舞!」

「ぴゃぁー! 美しいよニコちゃぁーん!」

 花陽、大興奮である。

「まったく、馬鹿じゃないの」

 スイカ割りに興じる面々を見ながらマキは言う。彼女はパラソルの下、優雅にビーチチェアで読書していた。そんな彼女が面白くないのか、ニコとサウザーは、

「マキちゃんったら、スイカも割れないほどか弱いニコ~?」

「誰かが言っていたが、南斗聖拳の前にはゴミ屑同然! フハハハハ!」

と挑発する。

 挑発に乗ってやる義理なぞないマキだが、一方的に言われるのも癪であるし、なによりうるさかった。

「そこまで言うなら見せてあげるわよ! 北斗残悔拳!」

 マキの技を受けたスイカは三秒後に爆発し、やはり花陽を大いに喜ばせた。 

 そんな光景を見ながら海未は、

「スイカにも秘孔ってあるんですね」

「スイカ割りってなんだろう」

 穂乃果はその光景を見ながら哲学を始めている。ことりも困り顔だ。

 スイカ割りを楽しむ面々を差し置いて二年生の彼女たちが何をしているのかと言えば、PVの撮影、という名目で水遊びである。

「水着出しとけばとりあえず売れるやん」

 カメラマンは希。恥じらう海未をこれでもかというほど舐め回すように撮影している。

「というか、なんで私の水着こんなのなんですか!」

 海未は白が眩しいビキニである。スレンダーな彼女のラインが丸見えであった。

 この白いビキニ、彼女の所持品ではないのである。いざ水着に着替えようとして、バッグを開けたら本来ある筈の水着の代わりにこれが詰められていたのだ。

「競泳用のを詰めていたはずなのに……! ことり、何か知りませんか!?」

「さぁ、なんでチュンかねぇ」

 ことりは全く関知しない様子だ。

「そういえばあそこの連中の撮影はしないの?」

 絵里が浜辺を指さして希に訊く。浜辺ではまた新たなスイカが粉砕されていた。

「一応するよ……というかもうある程度した」

「あら、仕事速いのね?」

「うん。せやけど、こうやって相応に水遊びする穂乃果ちゃん達とスイカの破壊活動に興じるサウザーちゃんたちを交互に見せ続けるのは、視聴者の脳に優しくない気がするんよ」

「いままで優しかったことがあるとは思えないけど、それもそうね」

「そういう事だから、あの子たちも誘おう。おーい、ニコッチ!」

「さぁどんどん行くわよ! ……なに!? 今良いところなんだけど!?」

 ニコはすっかりスイカ割りに熱中してしまっていた。後輩から黄色い声援を送られれば頑張ってしまうのが人情である。

 しかし、ニコもアイドルの端くれ。希がカメラを構えていることに気付き、すぐさまアイドルモードへ切り替える。

「スイカ割りもいいけど~ニコは海で泳ぎたいニコ☆」

 きゃぴきゃぴしながら「にっこにっこに~」と宣うニコ。

「さすがニコッチやね」

「でもスイカ果汁が返り血に見えないこともないですね……」

 返り血まみれでにこにこに~と躍る彼女は良い具合にサイコ野郎である。そんなサイコ野郎は一緒にスイカを虐殺した面々も誘う。

「一緒に泳ぐニコ☆」

 一同はハーイ、と返事して海へと駆けていく。そんな中、マキだけが、

「私はパス」

と先ほどのビーチチェアへと戻っていった。

「え~、ツレないニコねぇ」

 ニコが頬を膨らませる。

 そんなマキと対照的だったのがサウザーである。 

「よかろう。フワハハハハ」

 誘いを受けたサウザーは元気いっぱい、「トァッ!」と高らかに飛翔すると空中で身を翻し、大きな水しぶきを上げて着水した。だが、着水と同時にこむら返りを起こしたらしく、低い悲鳴を上げてがぼがぼ言い出した。

「ぬうん! 初めての感覚!」

「体操しないで飛び込むからそうなるんだよぉ」

 苦笑することり。

「ごぼごぼ」

「にしてもこれ大丈夫なのかな」

「大丈夫よ。二、三回死んで徳でも積んで来ればいいのよ」

「エリチ鬼畜やん」

 言いながらも絵里はもがくサウザーを希と二人で引き上げた。

「ちょっと大丈夫?」

「えっほんっほ! えっ? 全然平気ですけど!?」

「あらそう」

 答えて絵里はサウザーを再び海に落とした。

「がぼがぼ」

「それにしても、マキは大変そうね」

 浜辺で読書に耽るマキを見ながら、絵里が苦笑するように言う。そんな彼女を見て希は可笑しかったようで、薬と笑った。

「何が可笑しいのよう」

「ううん、別に?」

 意味あり気に囁く希に絵里は「もう……」と照れるように膨れた。

「ごぼがぼ」

 

 

 

 つづく

 



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18話 聖帝と遥かなる天竺 の巻

三年生は希が母、絵里が父、にこは姉って役割なんだなぁ、と最近しみじみと思う。
あと、今回は+前回のラブライブ!+ないです。


 

 

「買い出し?」

 海でひとしきり遊んだ後、一同は別荘の方に戻ってまったりしていた。そんな折に、ことりの口から告げられたことを穂乃果がオウム返しに問いかける。

「うん、なんだかスーパー遠いらしくて」

「はーい! なら私行く!」

 穂乃果が元気に手を挙げる。しかし、マキが、

「私が行くわよ。スーパーの場所しらないでしょうし、移動手段も無いでしょ」

「移動手段って、じゃあマキちゃん何で行くの?」

「おじさんの馬」

 言われて、一同は表の厩にびっくりするほど大きな馬がいたことを思い出した。真黒な毛並みの厳つい馬である。

「マキちゃん馬乗れるんだ! さすがブルジョアだにゃ!」

「私も乗ってみたい!」

 穂乃果が目を輝かせて言う。

「あの子、他人はよっぽどじゃないと乗せてくれないのよ。私だっておじさん程好きにしてもらえないもの」

「そうなんだぁ。ムツカシイ馬なんだね」

 少しがっかりした様子の穂乃果。

「そうなの。……じゃあ、行ってくるわね」

「カレーが食べたいぞ。カレー」

「はいはい」

 こむら返りで身動きが取れなくなっているサウザーの要求に答えながらマキは出掛ける準備をする。すると、そんな彼女に希が、

「じゃあ、うちも行く」

「は? ……いや、だからこの中で私以外は―—」

「かまへんかまへん。ええやろ?」

 

 

「うっそ」

 希は何の問題もなく馬にまたがることが出来た。

「なんで? どうやったの?」

「スピリチュアルパワーのなせる業やん」

 そのスピリチュルパワーのおかげか馬の方もゴキゲンである。ブヒヒンと準備万端といった様子だ。

「さ、マキちゃんも乗って!」

 

 

 夕陽に煌めく海沿いに、二人の少女を乗せて一頭の馬が歩く。手綱を握るのはマキだが、曰く持っていなくても賢いからスーパーに連れて行ってくれるらしい。

「おぉー、綺麗な夕陽やね!」

「まったく、どういうつもりよ」

「別に、マキちゃんも面倒なタイプやなーって」

「…………」

 ズシンドシンと馬の蹄がアスファルトを抉る。暗くなりつつある町を少女二人で歩き回るのは危険だが、この馬に乗っている限り、不審者なぞ一瞬で蹴散らしてくれるであろう。

「本当はみんなと仲良くなりたいのに、中々素直になれない」

「……私は普段通りでいるだけよ」

「その割に、一緒にスイカ割りしてる時は楽しそうだったやん?」

「なっ……あれはサウザーと達がウザかったから……!」

「顔が赤いよ?」

「か、返り血のせいよっ!」

「言い訳恐ろしすぎやん」

「ていうか、なんで私に絡むのよ?」

 振り向きながらマキが吠える。素直になれない自分を隠すように。

 そんなマキの姿は、希の知る人物に良く似ていた。

「ほっとけないのよ。良く知ってるから、あなたに似たタイプ……」

「私に……?」

 

 この瞬間、西木野マキの灰色の脳細胞は希の言う人物が何者なのかを高速で割り出そうとしていた。

 希の良く知る人物で、不器用で、素直になれなくて……。

 まさか……サウザーのことだろうか?

 

「私、そんなに似てるかしら……」

「……? うん、ま、そうやね。そっくりやね」

「そ、そう……ふうん……へぇ……」

 マキが露骨に落ち込むのを見て希は驚く。

(エリチに似てるのそんなにショックなん!? そんな事実エリチが一番ショックやわ!)

 確かに、絵里にはちょいちょいマヌケさんなところはあった。最近では「クールで賢いエリーチカ、略してKKEよ!」と自慢げに言っていた時など最高にマヌケだった。その完璧でないところが、希が絵里を素敵な存在だと思う所以でもあるのだが……他人から見れば相当なものなのだろうか?

 そんなことを考えていると、マキがポツリと、

「……私、変わらなきゃね」

と呟いた。

「えっ!? う、うん。まぁ、無理はせんでもいいんとちゃう?」

「フフ……希って優しいのね。でも……なんか、もう少し素直になろうって気になったわ」

 そう言いながら見せるマキの横顔は少し晴れやかになっていた。

 その横顔を見て、希は複雑な気持ちになった。

 ……微妙なすれ違いを起こした二人を乗せて、馬は歩み続けた。

 

 

 

 

 買い出しから戻った頃にはあたりはすっかり暗くなっていた。

 晩御飯のメニューはサウザーの希望通りカレーライスである。調理担当はニコだ。

「ニコちゃん手際良い~」

 手伝っていたことりがニコの手際を見て感嘆する。

「ま、ざっとこんなもんよ。これからのアイドルは、家事もできなきゃダメなのよ!」

「家庭派アイドルですね!」

 お米担当の花陽がフンスと息荒く答える。

「料理には南斗聖拳使わないの?」

「ことり、料理に南斗聖拳使うお嫁さんなんて欲しいと思う?」

「スイカ割りに散々使ってた人の言う台詞じゃないような……」

「私は欲しいです!」

 ワイワイと賑やかなキッチンである。一方、リビングの方も賑やかながらもまったりした時間が流れていた。

「カレーの良い匂いやん」

「ホントね」

 答える絵里は無沙汰で小腹がすいたのか板チョコをポリポリ齧っている。チョコレートは彼女の大好物なのだ。

「エリチ、もうすぐご飯できるよ」

「でも、チョコレート美味しくて」

「そう言えば、カレーにチョコを隠し味に入れると味に深みが増すと聞きますね」

 海未が何気なしに齧った知識を呟く。すると、カレーとなると三割増しでうるさいことに定評のあるサウザーが、良い事聞いたと言わんばかりに、

「絵里よ、そのチョコレートを寄越すのだ」

「いやよ。私はチョコレートそのものが好きなの」

「フフ……よろしい。ならば奪い取るまでの事だ!」

「ちょっ! やめなさいよ! 離しなさいよ!」

 突如始まるサウザーと絵里のチョコ争奪戦。力なら無論サウザーの方が圧倒的に上だが、絵里も負けじとサウザーの脚をベシベシ蹴る。こむら返りの影響がまだ残っていて単なる蹴りでもそこそこのダメージが入るのだ。

「ぬっふ! なっふ!」

「離しなさい! ばかばか!」

「あはは。子供みたいだね二人とも」

「横になって野球見てる穂乃果はオジサンみたいですよ」

 騒いでいる内に時は流れ、カレーとサラダ、ホカホカのご飯が完成した。チョコレート争奪戦争はサウザーが勝利をおさめ、残りのチョコはカレーへと投入された。

「チカァ……」

「まぁまぁエリチ、カレーが美味しくなったんだからええやん」

「まったく、アンタ達騒がしいったら無かったわよ。もっとアイドルらしく振る舞いなさいよ」

 言いながら配膳するニコちゃんはお母さんみたいだね、と凛は思ったが、なんだか恥ずかしいので言うのをやめた。

 カレーは具がゴロゴロと入っておりで実に美味しそうであった。かぐわしい香りが一同の食欲をそそる。

「ニコちゃん料理上手だねー。うへへ」

「穂乃果、よだれ出てます」

「やはりカレーこそが至高であるな。むっ? 花陽は何故白米とカレーを別に盛っているのだ」

 サウザーが指摘する。見れば、他の面々はご飯にカレーをかける、というスタンダードなカレーライスなのに対し、花陽だけカレーとライスが別々に配膳されていた。

「これでいいのです! 良い具合に蒸らされてピカピカで……ああ、麗しきかな銀シャリ」

 山盛りに盛られたご飯を前に花陽は至福の笑みを浮かべている。

「これでは点睛を欠くではないか。このおれが二つを合わせてやろう」

 なぜか余計な気を利かせるサウザー。彼は南斗聖拳特有の目にも留まらぬ速さで茶碗を取ると花陽のカレー皿に投入した。

「ぴやぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「フハハハハ! カレーとライスが合わさってこそ真のカレーライスが誕生するのだ!」

 サウザーの手によって花陽のライスとカレーは見事なカレーライスと化した。だが、彼女がその二つを敢えて別々に盛っていたのは米好きの信念によるものであり、その信念を踏みにじるが行為は許されるものではなかった。

 花陽は怒髪天を衝つくばかりの勢いきおいで怒る。

「サウザァー! 貴様の髪の毛一本もこの世に残さぬ!」

「フフフ……よかろう、かかってくるがいい!」

 リビングに闘気が渦巻く。

「ふふ……賑やかな食卓やね」

「賑やかってレベルじゃ無いにゃ。でもこんなかよちんも嫌いじゃないよ」

「チョコ入りカレー美味しいわねぇ……」

 至福の表情を浮かべる絵里であった。

 

 

 夕食を終えた一同はお風呂を終えて寝間着に着替えた。

 せっかくの合宿であるからという理由で、一同リビングで寝ることになり、床に布団を敷く。

「十人分の布団を敷いてもなお余りあるリビングってすごいわね」

 改めて驚きの声を上げる絵里。対してマキは、

「そう? 普通じゃない?」

と平然と言ってのけた。さすが、金持ちはレベルが違う。

 そんな広さを思う存分堪能するのは穂乃果、ニコ、凛の三バカである。三人は敷き詰められた布団の上に飛び込むとゴロゴロと転がり始めた。

「こら、邪魔ですよ」

「だって、こういうの一度やりたかったんでもん」

「何言ってるんですか。明日ははやくから練習だというのに」

「おれさまはここで寝るー! フハハハハ」

「あっ、そこはニコの場所でしょーが!」

「元気やねぇ。……マキちゃんはどこにする?」

「えっ? 別に、どこでも同じでしょ?」

「凛はかよちんのとーなりっ!」

 就寝前まで賑やかな連中である。

 やがて、それぞれ自分の領土を定め、布団の中に入った。

「じゃあ、明日は5時半には起きるわよ」

 絵里の言葉に一同はーい、と返事をする。

「電気消すわね。おやすみなさい」

「おやすみなさーい」

 リモコンのボタンを押し、電気を消す。

 室内は一気に静寂に包まれ、窓から差し込む月のシンとした光のみが部屋を照らすようになる。じっと目をつむっていれば、移動や海ではしゃいだ疲れも相まって自然と眠りへ落ちていくだろう。

 しかし、静寂を破る者の存在が一気に一同を現実世界へ引き戻す。

「フフッ……フハ……」

「……ッ……なに?」

 静かな室内に笑い声が響く。

「ンフフ……クハハ……」

「ちょっと……電気つけるわよ……」

 そう言って絵里は電気を付けた。

 起きてみると、布団にもぐったサウザーが何が面白いのか一人ケラケラと笑っていた。まったく不気味である。

「サウザーちゃん、なに笑ってんのさ……」

「フフ……こう静かだとな……なんか笑けてきてな? フフ……」

「んふっ……なにそれ……んふふ」

 あまりにもくだらないことに穂乃果も思わずつられて笑う。

「笑うのは構わないけどさ……うふっ……もう少し静かに……ぐふっ」

「穂乃果ちゃん、釣られ笑いしてる……うふ」

 そうい言うことりもmy枕を抱きながらくすくすと笑い出した。

 こういった笑いはすぐに伝播する。リビングはすぐにクスクス笑いで充満した。

「なにこれ、意味わかんない……ふふふ」

「んふんふ……マキちゃんも笑っとるやん」

「私は……フフッ……笑ってないわよ」

 マキもさすがにこれには笑わざるを得なかった。

 そんなクスクス笑いをしていると、

「……なぁによ、うるさいわねぇ……」

と横になっていたニコもムクリと起き上ってきた。

 そして、その顔を一同に向けた瞬間、クスクス笑いが途絶えた。

「なにそれ」

「妖怪やん」

「だれが妖怪よ!」

 そう言うニコの顔には美肌クリームとキュウリが点々と貼りつけられていた。目と鼻、口の部分だけあけているものだからマスクか何かをしているように見える。

「ハラショー……」

「きもい」

 絵里とサウザーもドン引きである。

 これにはニコも抗議の声を上げる。

「何よアンタ達! いいこと? アイドルたる者、常に美容には細心の注意を―—」

 だが、矢澤ニコのアイドル美容口座はそこまでであった。彼女の顔面に何者かが投擲した枕が命中したのだ。

 犯人は希である。しかし、彼女は投げた後、白々しく、

「あーんマキちゃん何するのぉー」

「ヴェ」

「ぐぬぬー、やったわねー!」

 ニコは単純であるから希の言葉を簡単に信じた。

「受けてみなさい! 南斗枕投げ!」

「にゃっ!」

 負けじと投げ返すニコ。しかし投げた枕はマキを大きく外れ凛に命中する。彼女は楽しいことが始まると瞬時に察知したのか、目を輝かせて「なにするにゃー!」とその枕を穂乃果へと投げた。

「おー、やったなー! くらえ、花陽ちゃん!」

「ばふっ!」 

 今度の枕は狙い通り花陽へと命中した。引っ込み思案でこういったことの経験が無い彼女であるが、「よし!」と勇気を振り絞って参加することを決めた。

「死ねえええええええサウザァァァァァァァ!」

「かよちん晩御飯の事まだ根に持ってる!」

「来るがいい! 我が南斗鳳凰拳は枕投げにおいても無敵!」

 突如として始まった枕投げ大会は大いに盛り上がり始めた。本来なら止める立場にあるマキや絵里も、前者は煽られて、後者はサウザーに仕返しするチャンスと思って全力で参加し始めた。

 室内を飛び交う枕。

 その下で、一人すやすや眠る者が一人いた。園田海未である。

 彼女は夜の寝つきが非常に良い。このような騒ぎの中でも気持ちよさげな寝息を絶やさないでいる。だが、今のこの状態の中、海未の元に流れ枕が飛んでこないはずがない。

 だれが投げたものかは知れないが、果たして枕は海未の顔にボスボスと命中した。

「あっ」

「…………」

 いくら眠っているとはいえ、顔面に枕が叩きつけられれば誰だって目が覚める。

 そして、無理やり眠りから覚醒させられた彼女は枕をぐわしと掴むとやおら起き上って、

「……何事ですか」

「えっと……あの……」

「あわわわ」

 ことりと穂乃果が恐怖の声を上げる。他の面々もただならぬ海未の様子に息を呑んだ。

「明日は早朝から練習すると言いましたよね……にもかかわらず……こんな夜中に何してるんですか……」

「か、かよちん怖いよぅ」

「私もだよ凛ちゃん……」

「フハハ。たかが園田海未、何を恐れる必要がある」

 怯える二人に対し余裕綽々なサウザーは右手に枕を構えると、大きく振りかぶってから海未めがけて投擲した。

「受けてみよ! 南斗爆枕投(なんとばくちんとう)!」

 放たれた枕は空気を切り裂きながら海未へ迫る。常人ならばこのような枕を投げることは不可能であった。

 だが! 放たれた枕は海未に命中することはなくその後ろの壁に叩きつけられるに終わった!

「む!?」

「サウザーの枕を避けた……!?」

 ニコが驚きの声を上げる。今の枕、同じ南斗聖拳の使い手である彼女でも(というかだからこそ)避けることは出来なかったであろうから、当然である。

「フフ。やるようだな園田海未よ。だが、幸運は長くは続かないのだ! 爆枕投!」

 再び枕が放たれる。だが、海未は二度までもそれを回避してみせた。

「ぬぅ!」

「海未ちゃんすごいにゃ……」

「……まって! あれ、海未ちゃんは別に避けて無いよ!?」

 ここで、花陽はとんでもないことに気付く。マキも同様で、息を呑みながら、

「闘気が流れている……! あの動きはまさか……」

「マキちゃん知ってるのォ!?」

「ええ。あれは紛れもなく、北斗神拳究極奥義『無想転生』!」

 

 ―—無想転生!

 その真髄は、『無』より転じて『生』を拾うことにあり!

 数多の哀しみを背負った者のみが習得しうる究極の奥義である!

 

「なんでそんな北斗の奥義を海未ちゃんが習得してるの!?」

 ことりが悲鳴を上げる。当然である。

「きっと、その辺を超越しうる哀しみを背負っているのね、彼女は……」

「海未ちゃんの、哀しみ……?」

 穂乃果が呟く。かけがえのない親友の背負う哀しみとは、一体——?

 

 μ's´のメンバーは、無想転生の後ろに海未の背負いし数々の哀しみを見た……。

 

 

 ―—穂乃果がさぼった宿題を手伝わされた哀しみ……。

 ―—穂乃果の悪戯に巻き込まれて説教されたときの哀しみ……。

 ―—穂乃果がさぼった夏休みの宿題を手伝わされた哀しみ……。

 ―—勉強を教えて欲しいというから教えてるのに全然話聞いていないという哀しみ……。

 ―—穂乃果がさぼった冬休みの宿題を手伝わされたときの哀しみ……。

 ―—穂乃果がさぼった……哀しみ……。

 ……

 …

 

「哀しみ思いの外軽くない?」

「ていうかほぼ穂乃果が原因じゃないの!」

 絵里が吠える。

「いや、確かに宿題さぼって海未ちゃんに頼りまくってるけど! 無想転生習得するレベルで哀しんでたのあれ!?」

「現にそうでしょうが! 何とかしなさい!」

「そんなこと言ったってー!」

「ところで穂乃果ちゃん、今回の夏休みの宿題はちゃんとやってるの?」

 ことりが恐る恐る訊く。すると穂乃果は、きまり悪げに視線を逸らし、

「えー……まだ、手を付けて無いです……」

 

 ―—今年も宿題手伝う羽目になりそうっていう哀しみ……

  

「えっ!? これリアルタイムで更新されんの!?」

「穂乃果何とかしなさいよ!」

「うわーん! 希ちゃん助けてー!」

「まかせるやん」

 穂乃果に縋りつかれた希は「ほああ」と息を吐きながら両手を掲げた。

「わしわ神拳の神髄をお見せするやん」

「なにその胡散くさい拳法は」

「やぁぁぁぁぁぁん……やぁぁぁぁぁぁん……」

 希はこれまた胡散くさい呼吸法で気を高め、無に転じている海未との間合いを詰めた。そして、一瞬の緊張の後、希が目をキラリと光らせ海未の背後に回った。

「わしわ神拳!」

「なはん!」

「なっ……無想転生を破った!?」

 なんと希は実態を空に消し去っているはずの海未の胸を背後から鷲掴みにしたのだ。

「ほれ、わしわしわしわしわしわしわしわしわし」

「ぬふううううう!」

 希の超高速わしわしの前に海未はあえなく撃沈、魔人は再び眠りの園へと帰って行った。

「ざっとこんなもんやね」

「……希、アンタマジで何者なのよ」

「無想転生をどうやって……」

 ニコとマキは戦慄する。しかし、希はいつも通り飄々とした調子で言うだけであった。

「スピリチュアルやん?」

 

 その後、一同は明日の練習に備えるのとまた海未に無想転生されてはたまらないということで床に就いた。

 明日は海未の組んだメニューをこなす約束である。世紀末組ならいざ知らず、一般人には休息が必要であった。

 

「ぬふっ……フハハ……」

「サウザーちゃんうるさい!」

 

つづく




あっ、今回で合宿編終わりです。


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19話 聖帝とウェハースチョコ の巻

膝微差の連日投稿。
今回はややシリアス。


+前回のラブライブ!+

 

 古文でも赤点を取ってしまった穂乃果ちゃん。

「こどりぢゃんだすけてぇ~」

「ハノケチェン国語得意な方じゃ……」

「古文は別なの~!」

 泣き顔のハノケチェンも可愛い! でも、いつまでもそれじゃ可哀想だから……。

「じゃあ、教えてあげるね!」

「うん! ありがと!」

「じゃあまず、古文は『いとおかし』! 雅で風情があるって意味だよ。これを制すれば古文は簡単! じゃあ、リピート!」

「いと……おかし?」

「……いと恋し!」

 

 

 

 

 

 ラブライブ……スクールアイドルの祭典。

 それに出場できるのは人気グループ上位20位以内……。

 星の数ほどあるスクールアイドルの中で上位20位に入ることなど、余程のグループでもない限り不可能である。まして、ぽっと出の新グループになぞ―—。

 

 

「おぉ……」

 部室のパソコン前にμ's´のメンバーが集まって画面を覗きこんでいる。

 見ているのは、スクールアイドルサイトのページ。μ's´も登録しているサイトである。

 そして、そこには現在のμ's´の全国ランキングが表示されており……。

「19位……!」

 19位……つまり、ラブライブ出場枠に入ったということである。

「すごいよ! 19位だよ19位!」

「耳元で怒鳴らないでください! ほ、ホントに19位なんですか!? 伊19とかの間違いじゃないんですか!?」

「何をどうして潜水艦と間違えるのさ! 順位だよ! ラブライブだよー!」

 嬉しさのあまりピョンピョン跳ねる穂乃果。思わず「フハハー!」とサウザーみたいな笑い声を上げてしまう。

「この聖帝が1位じゃないのが少々不満だが……フフ、世にμ's´の恐ろしさを知らしめる機会がいよいよ来たというわけだ」

「恐ろしさ知らしめてどうすんのよ」

 絵里が呆れながら言う。同時に、一同にこれで気を緩めないようにとも言った。

「分かってるとは思うけど、出場枠確定までまだ二週間あるわ。他のチームも、最後の追い込みをかけてくる」

 ラブライブ出場枠は二週間後の確定日の時点で20位以内にあったチームに与えられる。つまり、他のチームが追い上げたり順位の落ちたチームが巻き上げたりすれば容易に枠外へ追い出されてしまうのだ。

「これからが本番ってわけね」

「マキの言う通り。ただ、今から出来ることもそう無いから、とりあえず目の前に迫ったことに専念すべきね」

 絵里の言う『目の前に迫ったこと』というのは音ノ木坂学院の学園祭のことである。この学園祭でμ's´はライブを開催する予定でいた。

「そういえば、文化祭のライブはどこでやるの? やっぱり講堂?」

 ことりが三年生に訊く。ライブに適した場所と言えばやはり講堂であろう。『μ's』のファーストライブの舞台でもある、始まりの地とでも言うべき場所だ。

「まぁそうなるでしょうね。でも、使えるかどうかは分からないわよ?」

 絵里の言うとり、講堂は文化部の発表に最も適した場所であるため、様々な部が使用申請をしている。アイドル研究部が使えるかどうかは分からないのだ。

「あんたら生徒会長に副会長なんだから都合しなさいよ」

「ダメに決まってるでしょ? それに、どの部が使うかを決めるのは生徒会じゃないわ」

「……? どういうこと?」

 花陽が首を傾げる。使用許可を出すのは生徒会の仕事であるはずだが……。

「使えるかどうかは、ニコッチの運しだいやね」

 希が意味深に笑った。

 

 

 

 

 

 生徒会室。

「はい、書道部に一時間の講堂使用を許可します」

 生徒会会計の言葉に書道部の代表二人は抱擁し合って喜んだ。

 二人の前には回転抽選器がひとつでんと設置されている。抽選器の中には二種類の玉が入れられていて、アタリが出れば講堂の一時間使用権、ハズレが出れば参加賞に『北斗のマンチョコ』がもらえる。

「なんでくじ引きなのよ……」

「昔からの伝統らしくてね」

 絵里が苦笑する。もっとも、公平性という面で見れば最良の手ではある。

「ニコちゃん、ファイトだよ!」

「ニコちゃんならできるにゃ!」

「ハズレを引いたら死刑な?」

 メンバーからの激励の言葉を受けて、ニコは抽選器へ挑む。

 ―—大丈夫、確率は低くない、何しろ文化部そんな数ないし、ハズレ玉の方が少ないはず……。

 自分を鼓舞しながらニコは抽選器のバーを握った。そして、メンバーと生徒会、等身大ケンシロウフィギュア(時価一千万円のクリスタルガラスを使用)の見守る中、ゆっくりと回転させ始める。

 抽選器を回す時間はほんの数秒にしか過ぎない。その数秒が、μ's´の面々にはまるで永遠のように思われた。

 そして、抽選器の口から吐き出されたのは……。

 

 

 

 抽選終わって、屋上。

「困ったわね」

 北斗のマンチョコを食べながら絵里は呟いた。

 矢澤先輩のくじ運は良くなかった。彼女が引くという時点で何となく予想できたオチではあったが、だからと言って困らないというわけではない。

「矢澤ニコよ、覚悟は出来てるんだろうな?」

「まってまってまって! くじは運でしょ!? 今回ばかりはニコにはどうにもできなかったわよ!」

「ニコちゃん、今まで楽しかったにゃ」

「伝伝伝は私が引き継ぐね」

「りんぱな! おのれらー!」

 冗談はさておき、講堂が使えないとなるとライブをどこでやるか、という問題がいよいよ大きくなってくる。

 当然であるが、ライブは歌うだけでなく、踊りも合わさって成り立つ。μ's´の売りの一つが無駄にダイナミックで予測不可能な踊りであるから、狭い教室や廊下のような場所でやるわけにはいかない。

「体育館も運動部が使うやん」

「どうしましょう……」

 うーん、と考える一同。広くてライブに適した場所……そんなもの講堂や体育館の他にこの学校にあったでだろうか……。

 そんな中、サウザーが「あ」と何か閃いた様子で声を上げた。

「良い事思いついちゃった」

「む、何か案があるのですか?」

 一同がサウザーに注目する。

「教えようかな~? どうしようかな~!?」

「さっさと教えてくださいよ」

 いつもの嬉しくもない焦らしプレイにイライラする一同。

「フフ……あそこを見るがいい!」

 サウザーの指さす先、そこには校庭に聳える聖帝十字陵の姿があった。

「階段部分に簡易ステージをしつらえれば良い具合の舞台になると思うが?」

 最近いよいよ邪魔だと話題になってきた聖帝十字陵。万里の長城、戦艦大和と並んで『世界三大無用の長物』の一つにも(音ノ木坂限定で)語られる聖帝十字陵。  

 そんな聖帝十字陵が、初めて有効に活用される時が来た。

「なるほど、お客さんのスペースにも困らないし」

「高低差を使った演出とかも出来るわけやね」

 絵里と希も納得する。

「すごいよサウザーちゃん! らしからぬ名案だよ!」

「サウザーちゃんも人の役に立てるんだね」

「すこし見直しましたよサウザー」

 断っておくが、穂乃果、ことり、海未の三人はサウザーをけなしているのではない。称賛しているのである。

「フハハハハ!」

 十字陵の使用許可なら簡単に下せるだろう。何しろ利用希望なぞアイドル研究部以外にある筈もないからだ。

「決まりね。それじゃ、学園祭に向けて、練習気張って行くわよ!」

「おー!」

 

 

 練習を終えた一同はサウザーの城へと集まっていた。学園祭の演目に付いて会議するためである。

「ようこそいらっやいまして。リゾ! 皆様にお手拭きを!」

 メンバーは副官のブルに案内されていつもの無駄に広いダイニングへとやって来た。

「ここも久々だね」

「アイ研に入部してから基本部室で会議だったもんね」

 穂乃果とことり、海未はμ's結成当初に思いを馳せる。思えば遠くまで来たものだ。四人で始めたグループは今や十人となり、グループ名にも『´』が付いて、果てにはラブライブへの出場まで……。

「こら、まだ決まったわけじゃないのよ?」

「えへへ、ごめんね絵里ちゃん」

 それぞれ席に着き、供されたお茶を飲んで一息つくと本題へと移った。

 会議の進行は絢瀬絵里である。

「えー、じゃあ学園祭で歌う曲を決めましょうか。なにか希望ある人」

「はいっ!」

「はい、サウザー」

「『それが大事』が歌いたいぞ」

「却下」

 既存の曲は権利関係上難しいのだ。μ's´がここまで自分たちで作詞作曲してきたのにはこう言った理由もあるのだ。

「はい!」

 続いて手を上げたのは穂乃果であった。

「はい、高坂穂乃果」

「新曲を頭に入れたら盛り上がるんじゃないかな!?」

「新曲!?」

 絵里が驚きの声を上げる。

 確かに、この間マキと海未が新曲を完成させたと語っており、聴いてみたところ大変素晴らしい曲であった。しかし、文化祭まで数えるほどしかない今から新曲の練習というのは難しいように思われたからだ。

「だいいち、踊りの振り付けすら決まってないじゃない」

「でも、いままで振付作っても誰かさんのおかげで有名無実化してたじゃん」

「それはそうだけど……」

「フフ、面白い」

 その『誰かさん』は穂乃果の提案に賛成の模様だ。

「簡単に言いますけど、出来るんですか? 今までの物に磨きをかけた方が良いのでは?」

「聖帝に不可能など無い! それとも園田海未よ、もしかしてあれか? ビビってんの?」

「ぬっ……そう言われると無性に腹が立ちますね」

 しかし、いくら言おうと難しい事実に変わりはない。それでも穂乃果はやる気満々であった。

「大丈夫! 今までだって出来たんだもん! ラブライブの出場もかかってるし! 頑張ればできるって!」

「呆れるほどの根性論ね。……ま、嫌いじゃないけど」

 新曲を披露する機会が早くも回ってきたからか、マキもやや乗り気だ。

 ラブライブを目指し、無名グループでありながらここまでのし上がることが出来た。ここまで来たなら、やれることは全てやって、ラブライブのステージに立ちたい。たくさんのお客さんの前で歌いたい!

 穂乃果の純粋ながら熱い思いは少女たちの心に深くしみこんでいった。

「反対の人は……いないみたいね」

 演目は決まった。

 後は、本番までに歌を完全にするだけである。

「ようし! みんな頑張ろう!」

 穂乃果は満面の笑みで言った。

 

 

 しばらくの相談の後会議はお開きとなった。

「お気を付けてお帰りくださいませ」

 聖帝軍に見送られ、それぞれの家路につく。

 穂乃果、ことり、海未の三人も一緒に夕暮れの街を歩いた。

「う~……いよいよだね!」

「穂乃果は相変わらず強引ですね」

 海未が苦笑する。強引さだけで言うなら、サウザーにも負けず劣らずだ。人望は穂乃果の方があるが。

「でも穂乃果、大丈夫なんですか?」

 海未が言う。

 穂乃果はセンターボーカルを務める(サウザーがリーダー、ニコが部長、穂乃果がセンターボーカル、という具合にμ's´のリーダー事情は複雑怪奇なのだ)。それは、彼女の練習量が他のメンバーよりも多くなることを示していた。

「大丈夫! 宿題と違ってさぼらないから!」

「自慢気に言うことじゃないですよそれ……それに、私が言いたいのは……」

「心配しないで! ちゃんと練習するよ!」

 興奮気味の穂乃果は海未の注意を受ける前に宣言する。ギラギラと輝く瞳に、海未とことりは圧倒された。

「じゃあ、私はここだから。じゃああね! また明日!」

 そうこうしている内に穂乃果は家の前まで来たため二人と別れた。別れ際まで元気いっぱいである。

「海未ちゃん……」

「ええ……あれは、あぶないですね……」

 穂乃果の背中を見送りながら、二人の胸中に漠然とした不安が広がる……。

 

 

 翌日から学園祭に向けての練習が始まった。

「ちょっとサウザー! 振付通りに踊りなさいよ!」

「フハハハハ! おれは聖帝! 誰の指図も受けぬのだァー!」

「だから振付けは無意味だって言うのに……」

 マキが呆れ声で言う。毎度毎度振付を考えてくる絵里だが、彼女の作った振付けがまともに本番で踊られたことは一度もない。

「今回もアドリブかな?」

「凛はアドリブダンスも好きだよー」

 練習はいつも通り怒声と文句の飛び交う楽しいものであったが、いつもに増してハードなものだった。

「はい、じゃあ休憩タイム!」

 絵里の声に一同がフゥー、と息を吐く。

「ちゅーん……脚がパンパンだよぉ。穂乃果ちゃんは平気なの?」

「そりゃきついけど、学園祭はもうすぐだからね!」

 練習はハードになったが、穂乃果の目の輝きは練習量に合わせて増大しているように感じられた。彼女の気迫が、一同を引っ張っているとも言える。

「そういえば穂乃果、夜も練習してるんだって?」

 スポーツドリンクを飲みながらニコが言う。

「あれ、ニコちゃん知ってたの?」

「希から聞いた。練習もいいけど、身体はアイドルの大事な資本なんだからほどほどにしなさいよ?」

「分かってるって! でも、なんか動いてないと落ち着かなくてさ!」

 ウキウキである。だが、そんな穂乃果の姿が海未とことりには少し恐ろしく見えた。

(穂乃果、日中もいつもに増して眠たそうですが……もしかして興奮で眠れないのでは……)

 いつも昼寝している穂乃果だが、ここ数日はそれに拍車がかかっているように感ぜられた。気のせいと言ってしまえば、その程度のことなのだが……。

「何事もなければよいのですが……」

「……? 海未ちゃん何か言った?」

「いえ、なんでも……」

 

 

 

 

 数日たって、学園祭前日の夜。穂乃果はいつも通り夜のランニングに繰り出そうとしていた。

「お姉ちゃん今夜も?」

 ジャージに着替える姉に妹の雪穂が声を掛ける。

「うん! 本番までに、体力できるだけ付けないと!」

「でも外雨だよ? 今日はやめといた方が……」

「通り雨みたいだから大丈夫。それに、本番は明日だからね! がんばらなくちゃ」

「そういうもんかな……くれぐれも無理しないで?」

「分かってるよー!」

 外は雪穂の言う通り雨模様。

 それでも穂乃果はフードを被り走りだした。

 

 

「穂乃果、大丈夫でしょうか」

 その頃、海未は縁側に出てことりと電話で話していた。

『明日は学園祭、今日まで何もなかったから、案外大丈夫なのかもね』

「私もそう思いたいですけど……」

 近頃の穂乃果は周りどころか自分すらも見えていない様子だった。それで心配になり、ことりに電話したのだ。

『さすがに今日はゆっくり休んでいるんじゃないかな?』

「そうですね……サウザーはなんと?」

『連絡したらもう寝てるみたい。明日に備えて』

「早いですね。まぁ、どうせ興奮して眠れないでしょうが……ん?」

『? 海未ちゃんどうかした?』

「いえ」

 海未は屋根の下から外に顔を出し、空を見上げた。いつの間にやら雨雲は去り、空には星が輝いていた。

「雨が、止んだみたいなので」

 

 

「おっ、雨が止んだ」

 神社の前までやって来たところで穂乃果はフードを脱いで空を見上げた。

 先ほどまでの雨空が嘘のように晴れ渡り、星が穂乃果を見下ろしていた。

「あっ、北斗七星」

 夜空の中で一際輝く星々に彼女は目を向けた。星座なぞ全く知らない人間でも北斗七星は知っている、というのは多いものだ。穂乃果もその一人であった。

「今日は北斗七星がよく見えるなぁ」

 星々がよく見えることは、彼女には吉兆に思えた。

「脇にある小さな星までも……」

 

つづく




割と死なない。


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20話 聖帝と最高のライブ の巻

 学園祭当日。

「……か……ほーのか! もう朝よ!」

「う………?」

 カーテンの隙間からこぼれる光と母の呼ぶが穂乃果に朝だということを知らせた。

「今日は学園祭で、はやく起きるって言ってたでしょ!」

 部屋の外から聞こえる声に、穂乃果は今日が何の日かを思い出した。学園祭、ライブ……。今日この日のためにたくさん練習してきたのだ。

 彼女は学校へ行く準備のため、ベッドから這い出した。

「う……あ……?」

 しかし、立ち上がってみると、なんだか体全体がけだるく、視界が揺らめくように感じられた。そして、数歩歩くとバランスを崩し、床に座りこんでしまった。

「あ、あれ……」

 だるい、視界がぼやける、寒気もする……頭が痛い……喉も……。

「そんな……」

 声が掠れる。関節も痛む。これでは、ライブなんて……。

 穂乃果は、途方に暮れた。

 

 

 空は雨模様だったが学園祭は盛況で、校内はお祭りムードに染まっていた。

 しかし、部室で準備を進めていたμ's´の面々は一名を除き皆すぐれない表情をしている。ライブは校庭にある聖帝十字陵で行うのだ。雨が降っていては、パフォーマンスにも影響が出てくる。

「幸い、お客さんは校舎の窓から観覧できるけど、それでも外に出れない分減るでしょうね」

 絵里が冷静に賢く分析する。

「サウザー、あなた雨の一つくらい止ますことできないの?」

「雹なら降らせられるが?」

「毛ほども役に立たないわね。どうしたものかしら」

 むーんと絵里は悩む。しかし、売店で買ったフランクフルトを掲げながらサウザーは、

「このおれが歌い踊れば下郎はおのずと外に出てくるであろう。全ての下郎は将星の下に集うのだ!」

 はいはいと相槌を打つ一同。

 それにしても、心配なのはお客が集まるかどうか以前に、未だ穂乃果が来ていないということであった。いつもの寝坊なのか、それとも彼女の身に何か起きたのか……海未とことりは不安げに顔を見合わせる。

 と、その時。

 入り口の戸が開かれ、穂乃果が姿を現した。

「えへへ、おまたせ」

「遅いわよ穂乃果」

 ニコがムスッとして言う。

「ゴメンゴメン、寝坊しちゃって」

 そう言いながら笑う穂乃果は一見いつも通りに見えた。しかし、幼馴染の海未とことりは妙な違和感を感じずにはいられなかった。

「穂乃果ちゃん……」

「本当に大丈夫なのですか?」

「えっ!? な、何が?」

 ドキッとした様子で答える。やはり様子が変だが、具体的にどこがおかしいかはやはり指摘できない。

 すると、サウザーが、

「さてはアレだな? 本番を前にして緊張しているのだな?」

「えっ……そ、そう! 緊張しちゃって、参っちゃうよね。あはは」

「フッ、情けないものだな! このおれは微塵も緊張なぞしておらぬわ!」

「鈍いだけでしょ」

 マキがボソッと呟く。

「なんにせよ、間に合ってよかったやん」

「その通りね。さ、これに着替えて。もうすぐ本番よ」

 穂乃果は絵里から今回の衣装を受け取ると一つ頷いて更衣室へと向かった。

 

 更衣室に入り、穂乃果は息を吐いて座りこむ。鏡に映る自分の顔は酷く青ざめて見えた。

「マキちゃんに教えてもらったのを試してみたけど……」

 マキに教えてもらったもの……それは、身体を活性化させる秘孔のことである。

 北斗神拳は秘孔に気を流すことで血流を操り、内部より破裂させることを得意とする暗殺拳である。しかし、死と生は表裏一体、秘孔の知識は使い方によっては医療などにも応用できる。

 マキに教えてもらったのはそんな秘孔の一つであった。医療に用いられる秘孔は強力な気を用いる暗殺拳と違い優しく突くことで効果を発するため、鍛えていなくともある程度なら効果を発揮することが出来るのである。

 とは言え、所詮穂乃果は素人な上人から聞いたモノの見まねである。確実な効果は出ていなかった。

 しかし、それでも彼女はそれに頼らざるを得なかった。

 今度のライブは、ラブライブ出場もかかったもの。無理が祟って身体を壊しました、では済まないのだ。

 このライブは落とせない。これさえ乗り越えれば、次に向けて体調を整える余裕も出てくる。

 大丈夫、出来る。今までだってそうやってうまくやって来れた……!

「頑張って、私の身体!」

 立ち上がり、着替えを終えた彼女は再び自らの秘孔を優しく突いた。

 

 ※

 

 雨はいよいよ激しさを増した。十字陵の下腹部に設営された簡易ステージには屋根もあったが、雨はそれを乗り越えるようにしてステージにも降り注いだ。

 校舎の窓には観客たちが所狭しと詰めかけ、ライブの開演を今か今かと待ち続けている。

「亜里沙、こっちこっち!」

「ミンスク!」

 その観客の中には穂乃果の妹である雪穂と絵里の妹である亜里沙の姿もあった。姉の勇士を見るべく学園祭に訪れていたのだ。

「モスクワ?」

「うん、丁度今始まるとこ」

「クルスク~……」

 亜里沙はホッとした様子で息をついた。彼女にとってμ's´は憧れであり、そのライブを見逃したとなっては大変なことなのだ。

「それにしても、お姉ちゃん大丈夫かな」

「バルチースク?」

「いやね、なんかお姉ちゃん、朝の様子が変だったから……」

 穂乃果本人には照れくさくて言えなかったが、雪穂は今日のライブを楽しみにしていた。しかし、朝に見た姉はいつものように溌剌としておらず、どこかけだるげに見えたのだ。単なる寝起きにも見えたが、どうも気になっていた。

「ダリネレチェンスク」

「うん、そうだといいんだけど……」

 

 妹の心配など露知らず、ステージ奥のしきりの隙間から外の様子を眺めた穂乃果は雨にもかかわらず観客が多く詰めかけていることに感動していた。

「すごいよ! お客さん一杯!」

「相変わらず女装した聖帝軍が紛れ込んでますけどね」

「女装する意味あるのかなぁ……?」

 だが、聖帝軍兵士より一般の観客の方が多く見えた。ファーストライブではモヒカン一色だった観客が、今ではごく普通のさまざまな人で埋まって……。

「ううっ、まともな観客が多く占めるのって素晴らしいですね……!」

「海未ちゃんそこで感動するのォ!?」

「色々壮絶だにゃ!」

「いつまで話してるのよ。もうすぐ開演よ」

 髪の毛をくるくるしながら言うマキ……どうやら緊張しているらしく、いつもに増してくるくるしている。そんな彼女に一同は「はーい!」と元気に返事をした。

 

 開演の時間となり、ステージに姿を現すμ's´。観客はそれを大歓声で迎えた。

 そしていつものように、サウザーが一歩前に進み出て、ダブルピースしながら諸手挙げて宣言する。

「客は全て——下郎!」

 サウザーの宣言に天は震え、雲間から閃光が数条轟音と共にほとばしった。観客たちのボルテージは上がりまくり、校舎の中の湿度はぐんぐん上がっていった。

「フハハハハ! 天もμ's´のライブのに震えておるわ!」

 下郎たちも興奮しっぱなしだ。

 最初はサウザーが勝手にやり始めたこの下郎宣言だがいつの間にかライブの始まりを告げる恒例行事と化していた。サウザー以外のメンバー(特にニコ)は「アイドルが客を下郎呼ばわりってどうよ」と思っていたが、実際にはお客はそれで喜んでいるし、最近はこういうスタイルもアリか、と思うようになっていた。

「皆さんこんにちわ……サウザー、です! フハハハハ!」

「イィィヤッホォォォウ!」

「ヒャッハァァァァァアア!」

「今日は下郎の皆様のために新曲を引っ提げてまいりました。我が下僕の西木野マキと園田海未に作らせたものです」

 マキと海未にじろりと睨まれるが、聖帝はそのようなこと気にしない。

「それでは、聞いてください。μ's´で、『それが大事』」

「違うってぇの!」

 またも勝手に歌おうとしてきたため、穂乃果が前に割りこんで曲紹介をする。

「聞いてください! 『No brand girls』です!」

「略して『ノーブラ』だな。フハハハハ!」

「サウザーちゃん黙るゥ!」

 穂乃果の叱責と同時、曲のイントロが流れてきた。

 力強いギターソロが特徴の曲である。このイントロを聞いた者は思わず「Oh Yeah!」な気分になること請け合いである。

 力強く激しい曲。そうなれば、歌唱にも体力を使うし、踊りだって激しくなる。

 サウザーの相手をしたこともあって始まる前から穂乃果の気力は大きく消費されていた。いつもならなんてことないものだが、だましだまし動いている今の身体には大きな負担だったのだ。

 身体が註に浮かんでいるような錯覚にとらわれる。スピーカーから響く曲が、皆の歌う声が、何重にもなって頭の中を駆け回る。それでも踊り続けて歌い続けるのは練習の賜だろう。曲の中盤になると立っているという感覚すら危うくなってきた。

(し、視界がぼやける……)

 焦点も会わなくなってきたらしい。

(くっ……ぼやけて……サウザーちゃんが三人に見える……)

「サウザーちゃん分身してるにゃ!」

「フハハ! これぞ北斗無双版天翔十字鳳よ!」

(ホントに増えてるんかい……)

 しかし、増えているのはサウザーだけではなかった。他のメンバーも、穂乃果の目には幾人にも見える。

(まだ……ライブが終わるまで……倒れるわけには……)

 自分の身体に必死に願う。ライブさえ終われば……これさえ乗り切ることが出来れば……。

 だが、神は非情で身体は正直であった。

 『No brand girls』が終わった瞬間、彼女の視界は暗転した。

 

「あっ!?」

「穂乃果!?」

 曲が終わると同時、穂乃果が身体を前後に大きく揺らしてそのまま倒れこんだ。突然の事態に観客たちは騒然となる。

「穂乃果ちゃん! ……す、すごい熱!」

 駆け寄ったことりが声を震わせる。

「穂乃果ちゃんしっかりして! 穂乃果ちゃーん!」

「すみません、メンバーにアクシデントが発生しました! もうしばらくお待ちください!」

 絵里がマイクを掴んで観客に呼びかける。呼びかけてから、ニコと希に問う。

「……どうする?」

「もちろん続けたいわ」

「でも、穂乃果ちゃんは無理そうやね」

「センターボーカルなしで続ける自信は?」

「あるわよ……あるけど、この状況で続けるのは、得策じゃないわね」

 観客たちは一様に不安げな表情をしていた。中には今日はもう無理そうだと窓際を離れる人もチラチラといる。それに、メンバーが倒れるという事態だ。このまま続けたら学校からどのような処分を受けるか分からない。下手をすれば部は解散となるだろう。

「……これまでね」

 ニコが呟く。絵里はそれを唇を噛んで聞いた。

 雨は、止まない。

 

 

 

 

 

 翌々日、学校が終わると同時にメンバーは穂乃果の実家である『穂むら』へ赴いた。

 その場でまずしたのは、穂乃果の保護者への謝罪である。

「申し訳ありませんでした……!」

 三年生三人が頭を下げる。先輩禁止をして対等のメンバーとなったとは言え、上級生には下級生への責任があることに変わりはないのだ。

 しかし、穂乃果の母は何てことない様子で、

「いいのよ別に! どうせあの子が一人で無理したんでしょ? 怠け者の癖に無理だけはする子だから……」

「でも……」

「気にしないで! それより、良かったらあの子に一つ説教してやってあげて。今朝から熱も下がって、元気持て余してるみたいだから」

 

 穂乃果の部屋へは三年生と二年生が上がることとなった。最初は病み上がりにサウザーは強烈すぎるという理由で一年生と外で待つ予定だったが、なんやかんやで押し通された。

「あ、いらっしゃい!」

 部屋に入ってみると、穂乃果はベッドで上半身を起こしながらプリンを食べていた。空カップが二つあることから見て、食欲は旺盛なようだ。

「穂乃果、身体は大丈夫なのですか?」

「うん。あと二、三日休んだら学校行っていいって」

 倒れた穂乃果はマキの家の病院へと運び込まれた。そこで穂乃果がにわか仕込みの秘孔術を用いたことが発覚し、マキの父である院長先生からお叱りとしっかり休みを取るよう言われたのだ。

「身体に無理をさせ過ぎたんだって」

「フハハ。愚かな奴よ」

「うーむ、今回ばかりは返す言葉もないね」

 照れるように笑う穂乃果。一つ笑ってから、シュンとした表情になる。

「今回はごめんね、私のせいで……」

「別に穂乃果のせいじゃないわよ」

 絵里が笑いながら言う。ニコも続けて、

「そーそー。それを言うなら、部長である私の管理不行き届きでもあるし……」

「……そういえばニコちゃんは三年生でアイ研の部長だったね」

「おっ、病み上がりの分際でケンカ売るとか上等じゃない?」

「はいはいニコッチ構えない」

「痛いところを突かれたな矢澤ニコよ。フハハハハー!」

「サウザーも病み上がりのそばで爆笑しないでください」

 まったく、と言わんばかりにため息を吐く海未。ことりも、

「なんか騒がしくなっちゃったね、やっぱり」

と穂乃果の背中をさすった。

「まぁ、そのほうがらしいよ。わざわざありがと」

 礼を言ってから、穂乃果は「で、ライブの埋め合わせったらなんだけどさ」と話しを切りだした。

「今回はこんなんなっちゃったけど、休み明けたらちょっとしたミニライブやろうよ。せっかくラブライブ出場枠決定まで少しあるし!」

「穂乃果……」

「ああ、大丈夫! 今度は無理しないよ!」

「そうじゃなくてね……」

 歯切れが悪そうな絵里に穂乃果は首を傾げた。

「なに? どうかしたの?」

「……ラブライブなんだけど……」

 

 穂乃果の見るスクールアイドルのサイト。そこのランキングに、ついこの間まであった名前が無くなっていた。

「理事長に言われたの。あなた達のやりたいことは、こういうことだったのかって……」

 ラブライブの棄権……事態を受けてメンバーで話し合った結果導きだされた答えは、それであった。

 誰かが無理をして、それに気付くことが出来なかったという事実は、ラブライブへのエントリーをやめるに十分すぎるものであった。

「要はグループとして未熟だったのね。まぁ、前々からお世辞にもまとまりがあるとは言えなかったけど」

「そんな……」

 穂乃果は顔を伏せる。

 悔しい、悲しい、もったいない……様々な感情が入り乱れる。その中でひときわ大きかったのが『申し訳ない』という気持ちであった。

 そして、それらが交わった思いはメンバーが部屋を後にした後、涙となって穂乃果の顔を濡らした。

 

 

 ※

 

 

 部屋で落ち込んでいた穂乃果だったが、良いこともあった。

 それは、翌日のことである。見舞いに来た海未とことりが持ってきた知らせは穂乃果を大いに喜ばせた。

「廃校が無くなった!?」

「そうです! 入学希望者が定員を超えたらしくて!」

 嬉しそうに書類を見せる海未。そこには間違いなく廃校の件が白紙に戻ったという内容が記されており、穂乃果は何度も何度もそれを読み返した。

「はぁ……私達のやってきたこと、無駄じゃなかったんだねぇ!」

 廃校を阻止するために始めたスクールアイドル。その目的が今まさに果たされたのだ。その喜びは絶大である。

「アイ研も廃部にならなかったし、これからは純粋にスクールアイドルとして頑張っていけるね!」

「やることはあまり変わらないだろうけどね」

 ことりがクスリと笑いながら言う。

「まぁそうだろうけどね。いつも通りいつものメンバーで練習して……って、あれ?」

 ここで、穂乃果は首を傾げる。

「そういえば、今日はサウザーちゃんいないね?」

「……サウザーは、今日は用事で来られないようです」

「サウザーちゃんが? 珍しいこともあるもんだ」

 まぁ、いたらいたでうるさいだけなんだけどね! と穂乃果は笑う。それに答えるように海未とことりも小さく笑った。

 

 陽も傾いてきて、海未とことりは名残惜しくも穂乃果の部屋を後にいた。

「……結局、言えなかったね」

「今言っても仕方ないですよ。せっかくラブライブの棄権で落ち込んでいた穂乃果を喜ばせることが出来たんですから、また落ち込ませるわけにはいきませんし。しっかり元気になって、学校に来てから話しましょう」

「うん、そうだね……」

 夕暮れに沈む街、二人はそのようなやり取りをしながら家に向かう。

 しかし、この二人の優しさが、再び騒動を引き起こすことになろうとは、この時は誰一人として予想していなかった。

 

 

つづく

 

 

 

 

  




次回(たぶん)最終回


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21話 聖帝と強敵(とも)だち の巻

最終回と言ってましたけど嘘でした。
今回サウザーの出番は無し
あと後半部分がかつてないほどシリアスです。念のため。


+聖帝軍からのお知らせ+

 あの超人気プライズ景品、ラブライブのハイパーでジャンボな上寝そべっている某ぬいぐるみシリーズにμ's´のリーダー、聖帝サウザーが登場!

 今回のぬいぐるみには小型スピーカーとセンサーが搭載。オデコのほくろを押すと楽しそうに高笑いするぞ!

 デフォルメされてもなおにじみ出るくどいほどの存在感に下郎の皆さんはたじたじになること間違いなし!

 従来のキャラクターも『μ's´仕様』として順次発売予定! 第二弾は高坂穂乃果! サウザーと向かい合わせに寝かせると内蔵されたセンサーとスピーカーが連動してギスギスした会話を楽しむことが出来るぞ!

 HJNNサウザー、世紀末発売予定!

 

 

 体調も万全になった穂乃果は学校に出て良いとお許しが出た。

「いやー、退屈で死ぬかと思ったよ」

 朝、迎えに来てくれた海未とことりに穂乃果は笑いながら言った。いつも朝はいやだいやだ寝ていたいと言う彼女だが、数日に渡りベッドの上と言うのはさすがに堪えた。

 学校に近づくにつれ、音ノ木坂の生徒の姿が多く目に入るようになった。その表情はいつも通りであるが、やはり廃校が白紙になったからだろうか、晴れやかである。

「ほんと、廃校が無くなってよかったぁ」

「そうですね。前に穂乃果も言っていましたけど、私達のやって来たことは無駄ではなかったのですね」

 ことりと海未は感慨深げに思いを馳せる。

「ホントそうだよね。でも……」

 穂乃果はそこまで言って、塀に貼られたラブライブのポスターを見やった。

 そこには、UTXのA-RISEが写っていて、『ランキング一位!』の文字が大きく踊っていた。

 ―—ラブライブ、出たかったなぁ……。

 やはり、そう思わずにいられない。

「未練ですよ、穂乃果」

「分かってるけどさ……」

 ラブライブに出場する目的は学校の知名度を上げるためであった。廃校が回避された以上、出場する理由はない。だが、一度は夢見た大舞台。それと葉関係なく、純粋に歌い踊ってみたかった。

 ……沈黙が三人の間に流れる。

「……そう言えば、サウザーちゃんは?」

 話題を変えるように穂乃果が言った。

 いつもこの時間帯になれば、サウザーの乗った聖帝バイクが汚物を消毒しながら登校してくる頃合いのはずである。律儀に遅刻せず決まった時間に来るものだから、その騒がしさも相まってこのあたりでは時報代わりとなっていた。

 そんなサウザーの姿が、今日は無い。

「ていうか最近全然話聞かないし。死んだの?」

「……まぁ、その話は、部活の時に詳しく話します。とにかく、今は学校へ行きましょう。遅刻しちゃいますよ」

「あ、うん。わかった」

 意味あり気な海未の言葉に疑問を抱きつつ、穂乃果は学校へと急いだ。

 

 

 その日の穂乃果は忙しかった。同級生だけでなく、下級生、上級生にまでサインをねだられたのである。

「うひー……お昼ご飯食べる暇すらなかった……」

 最後の授業が終わり、生徒たちはそれぞれ部活や帰宅の準備を始める。

「お疲れさまー」

「休んでたぶんたまってたからね、サイン待ちの人」

「みんな感謝してるんだよ、穂乃果たちに」

 机に突っ伏す穂乃果の頭をヒフミの三人が撫でる。

「それにしてもホントごめんね三人とも」

 穂乃果は頭を撫でられながら謝罪する。ヒフミの三人はμ's´縁の下の力持ちとでも言うべき存在で、今までとり行われてきた数々のライブの成功の立役者であった。今回の昏倒騒ぎでは三人にも大きく迷惑をかけたのだ。

「気にしないで気にしないで」

「そーそ。一生懸命やった結果だし」

「私たちも裏方なら気付いてあげるべきだったし……」

 三人は申し訳なさげに笑う。

 穂乃果も小さく笑った。そして、ふと思い出したように訊いた。

「今日サウザーちゃん来てないよね?」

 朝は遅刻かと思っていたが、結局放課後まで姿を見せなかった。おかげで学校は静かであったが、あの高笑いが無いのは少し寂しかった。いたらいたでウザったいことこの上ないのだが。

「三人とも何か知らない? やっぱり死んだの?」

「ううん、知らない。て言うかここ何日かずっと休んでるよ」

 ヒデコが答える。

「そうなの?」

 一同はウンと答える。

 誰も事情の知らない欠席。しかし、海未とことりは事情を知っている風であった。海未は部活の時間に詳しく話すと言っていた。

 穂乃果は荷物をまとめると三人に別れを告げて部室へ急いだ。

 

「おはようございまーす」

 部室の扉を開けると、既にメンバーはサウザーを除き全員が集まっていた。

「穂乃果ちゃん!

「身体はもう大丈夫なの?」

 花陽と凛が嬉しそうに問いかける。

「うん、お陰様で。マキちゃんもごめんね?」

「いいわよ別に」

 マキの家の病院に穂乃果は大変世話になったのだ。皆が言うには、倒れて病院に運び込まれた日、面会時間の関係で帰らざるを得ない他のメンバーに代わって一晩付きっきりで看病してくれたらしい。

 そのことを言われるとマキは顔を赤くしてしまい、凛にからかわれる。

 今回も同様で、マキは凛の顔面に岩山両斬波を叩きこもうとしている。

 その様子を笑いながら見つつ、何気ない調子で穂乃果は尋ねた。

「ところで、海未ちゃん。朝話してたことってなに?」

 サウザーについての話である。

 穂乃果はどうせしょうもないことだろうと思っていた。サウザーがらみと言えば毎度しょうもないくせに厄介な話ばかりである。

 だが、今回は毛色が違うようであった。穂乃果が訊くや、一同しんと静まり返り、余計な口を利かなくなった。

「えっ、なに?」

 穂乃果は戸惑う。

「穂乃果、サウザーのことなんですが……」

「うん、サウザーちゃん、何かあったの?」

「……単刀直入に言いますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サウザーは、退学になりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 海未の言葉に穂乃果は思わず呆けた声を上げた。だが、それも当然の事である。

 退学? なぜ? 廃校が回避されて急に……どういうこと?

「ちょ、ちょっと分かんない。イミワカンナイ。退学? なんで……いや、分からなくもないよ? 退学になるような所業しまくってるし? でもなんで今?」

「穂乃果ちゃん、落ち着いて……」

 ことりにお茶を差し出され、穂乃果はそれを一息に飲み干し、少し深呼吸した。

「ふぅ……で、改めて訊くけど、なんで退学?」

 今までサウザーは学校の備品やらなにやらを南斗聖拳で破壊しまくってきたがそれでもお咎めは無かった。にもかかわらず、なぜ今退学なのか。

 おそろしく高価なものでも壊したのだろうか。まさか何か犯罪行為を? いや、世紀末の世において犯罪などは存在しないだろう。他の生徒に手を出した? いやいや、それこそありえないだろう。何しろあのサウザーであるし……。

 全く予想がつかない。

 そんな穂乃果の疑問に対する海未の回答は予想の斜め上を行っていた。

 

「音ノ木坂が、女子校だからです」

「は?」

「ですから、音ノ木坂学院が女子学校だからです」

 

 穂乃果は海未の言葉を頭の中で十二分に反芻した。

 音ノ木坂が、女子校だから……女子校だから……。

「……えっ!?」

 ここって女子校だったの!?

 言われてみれば、サウザー以外の男子生徒は見たことがなかった。右を左を見てもいるのはうら若き乙女ばかり。

「音ノ木坂学院は伝統ある女子校です。スクフェス時空では共学の可能性もありとのことですがここはそっちの世界ではありません」

「んなアホな……なんで今までサウザーちゃんがいることに誰も疑問抱かなかったの?」

「廃校騒ぎであたふたしていましたからね」

「そんなもんなの!?」

 人というものは、大きなトラブルが発生すると目の前の小さなトラブルを見落としてしまいがちである。学校は廃校という大きな事件を前に右往左往していたのだ。そして、廃校問題に決着がつき、ホッと一息冷静さを取り戻したとき、気付いたのだ。

 ―—あれ、サウザーがいるのおかしくね?

「バカでしょ」

「組織とはそういうものです。それに、先ほどサウザーは退学と言いましたが、正確には退学ではありません」

「……どういうこと?」

「そもそも、サウザーは音ノ木坂の生徒ではありませんでした。学籍はありません」

「ええええええ!?」 

 なんと、同級生だと思っていた彼が実は同級生ではなく不法侵入者だったのである!

「ラブライブへのエントリーの時のこと、覚えてますか?」

「ん? あぁ、もちろん。覚えてるよ」

「あの時、サウザーが赤点を取ったにもかかわらずエントリーの許可が降りましたよね? あの時、私達は不思議に思いつつもエントリー許可に浮かれて深く考えませんでした」

 だが、今なら何故か分かる。

 学校で受けたテストは各生徒の成績情報として管理される。データを見ればアイドル研究部の誰が何の教科を何点取ったか一目瞭然であった。エントリーの許可は、そのデータを照らし合わせた結果降りたのである。

「サウザーちゃんのデータは存在しないから、アイ研に赤点はいないと判断された……」

「……そういうことです」

 なんと……なんと杜撰なんだ。

 穂乃果は自他ともに認めるおっちょこちょいである。だが、サウザーの不法在学については『おっちょこちょい』なんてレベルの話ではない。世紀末の世にだってこんなことそうそうは無い。

 だが、穂乃果にとっての問題はそこではなかった。

「……μ's´は、どうなるの?」

 十人揃っての『μ's´』である。そしてサウザーはそのリーダーである。

 メンバーが欠けては、μ's´ではなくなってしまう。

「どうなるって……」

 海未はニコの方を見た。それに答えるようにニコは、

「『μ's´』は『μ's』に名前を戻すわ。リーダーは穂乃果、アンタに任せるから」

「ちょ、ちょっと待って!」

 ニコの言葉を受けて穂乃果は動揺しながら叫んだ。

「待ってよ! みんな、サウザーちゃんいなくなって良いの!? せっかく十人でμ's´だったのに、そんな簡単に……!」

 例えサウザーが何か良く分からない不法な聖帝だったとしても、穂乃果にとって共に廃校を阻止するためにスクールアイドルを始めた人物であった。それを、はいそうですかと見送ることは出来なかった。

 だが、穂乃果に対する皆の反応は鈍いもので、

「と言っても」

「ここ女子校だし」

「そういう規則だし」

 というものばかり。むしろ、穂乃果が何を言っているかちょっと分からない、といった様子であった。

「最初にスクールアイドルを始めたメンバーであるから名残惜しいのは分かります。でも、サウザーがいるのは冷静に考えて不自然でしょう?」

 海未が穂乃果をなだめる様に言う。

「でも……寂しくないの!?」

「そりゃ、寂しくないと言えば嘘になりますけど」

 答える海未の声に未練はなかった。仕方ない、そういうことになったのだから、それに従おう。そういった軽い感じの声だ。

「穂乃果も、分かってください」

 海未の優しくなだめる様な優しい声。いつもの穂乃果なら素直に「うん」と答える、そんな声だ。

 だが、穂乃果はうんと言えなかった。

 信じられなかったのだ。目の前にいる仲間たちが、メンバーの脱退に対してこれほどまでに淡泊でいられることが、信じられなかったのだ。

「さ、気を取り直して屋上レッスン行きましょ」

 絵里が声を張って手を叩く。

 いつもなら、穂乃果は率先して「おー!」と声を上げる。だが、今回は違った。

「……みんな、本当にいいの?」

「え」

 聞いたことがないほど暗い声。思わず一同は声を上げて穂乃果を注視する。

「……一人抜けたから今日から普通の『μ's』ねっ、て。本当に……」

「仕方ないじゃない? 学校が決めたことだし……」

「まぁ、サウザーちゃんが居るのは本来おかしなことだったらしいから……」

「元に戻ったっ、て感じ……なのかなぁ?」

 マキ、花陽、凛が恐る恐る答える。部長のニコも、

「そうよ! それに、ラブライブだって次があるかもしれない。そしたら、今度こそ出場してやるんだから!」

と気勢を上げて言う。

 しかし、穂乃果は冷たく、

「……出る必要なんてないじゃん」

「……え?」

「廃校阻止したんだから、出る必要ないじゃん」

「ほ、穂乃果ちゃん……」

 ことりが悲し気な声を上げる。それでも穂乃果は構わず続ける。

「出てどうするの? 優勝目指すの? 無理だよ、A-RISEみたいのだっているし」

「だから、今からしっかり練習して、備えるんでしょ?」

 そういうニコの声は少し震えていた。

「無駄だよ、そんなの……今までだって、どうしてμ's´がランキングの上位にまでこれたと思う? 素人に毛が生えた程度なのに。サウザーちゃんが破天荒にライブ荒らしたからじゃん。それが結果的に良く働いて、他のチームにない持ち味になったんだよ」

「…………」

 ニコは答えない。ただ拳をぐっと握りしめて黙る。

「ニコちゃんだって分かってるでしょ? サウザーちゃんが居なくなって、ただの『μ's』になったら……その辺の有象無象でしかないよ」

「……アンタ、それ本気で言ってるの?」

 今度は、ニコが問いかける番だ。だが、穂乃果は答えない。黙って俯くだけだ。

「本気だったら許さないわよ?」

「…………」

「本気なのかって訊いてるのが聞こえないの!?」

 ニコの怒りは頂点に達し、彼女は穂乃果に飛び掛かろうとした。それをすんででマキが食い止める。

「離しなさいよ! アイツのそっ首切り落としてくれるわ!」

「だめに決まってるでしょ! 冷静になって!」

「私はね! アンタが本気でアイドルやろうとしてるって思ったから私はμ'sに入ったのよ! それなのに、うぬはこんなことで諦めるの!?」

 思わず二人称が『うぬ』になるほど興奮しているニコは穂乃果を切り殺さんが勢いだった。マキはひとまず新膻中を突いてニコの動きを封じる。

「ぬふぅん!」

「穂乃果……!」

「海未ちゃん、海未ちゃんは平気なの?」

 あまりな態度に語気を強める海未に、穂乃果は問いかける。

「ことりちゃんも。サウザーちゃんと最初から一緒にやってきたけど」

「……先ほども言いましたが、寂しいです。しかし! この学校が——」

「わかった、もういいよ」

 そういう穂乃果の声に、いつもの明るさは微塵も無く、まるで、相手を軽蔑するような冷たさすらあって……。

「海未ちゃん、真面目だもんね」

「穂乃果……?」

「決まりだから、そういう規則だからって。きっと、海未ちゃんは―—」

 

 ―—私やことりちゃんがいなくなっても平気だろうね。

 

 その言葉が発せられると同時、海未の掌は知らずの内に穂乃果の頬を思いきり叩いていた。思わず手が出たのだ。その事実に、海未自身が驚く。驚くと同時に、恐ろしいほどの後悔が胸中に広がる。

「……私、スクールアイドル辞める」

「……! 穂乃果っ……」

「最低だよ、海未ちゃん……最低だよ、みんな……」

 そういい捨てると、穂乃果は荷物を持って部室を飛びだしてしまった。

 

 

 

 夕暮れの廊下を走る。

「最低だな、私って……」

 思わず涙がこぼれた。

 

 

つづく  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こんなだけど次回(こんどこそ最終回)から通常営業にもどる。


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第一部最終話 さらば聖帝よ! の巻

 

【挿絵表示】

 

 

「スクールアイドル辞める」

「みんな最低だよ」

 思わず口を突いて出たこれらの言葉。

「あーなんであんなこと言っちゃったんだろー!」

 休日の午前、穂乃果は自室のベッドの上でそんなことを叫んでいた。

 朝起きて、洗面をしてご飯を食べて、昨日の事を振り返った彼女は大いに後悔したのだ。

 昨日は衝撃の事実やらなんやらでテンションが上がってあんなことを言ってしまったが、一晩おいて冷静に考えてみると海未たちの言に何らおかしなことは無いのだ。むしろ、妙に盛り上がっていた自分が変人なのである。

 きっと、他のメンバーも初め聴かされたとき、穂乃果と同様な気分になったのだろう。一緒に廃校を阻止するためラブライブを目指してきた仲間なのに! ……と。だが、これまた穂乃果と同様、一晩経ってから冷静に考えてみな一様の結論に達したのだろう。

「まぁ、別にいいか。サウザーだし」

 昨日の穂乃果と他メンバーの温度差は時間の差であったのだ。『病人に聴かせる話ではない』という海未の優しさが裏目に出たのである。

 しかし、だからと言って全てスッキリ腑に落ちると言うわけでもなかった。

 

 

 翌々日、月曜日。

 いつもは海未、ことりと共に登校する穂乃果であったが、この日は一人きりでの登校だった。

 学校に着いて、顔を合わせても、なんだか話すのが気まずい。ただ一言、「この間はごめんね」と言えば済む話なのだが、仲が良い分、ちょっとした衝突が埋めきれない亀裂を生むのだ。

 結局この日は三人が一緒に話すことは一度も無く過ぎた。

 荷物をまとめ、帰りの支度をする。海未はさっさと弓道部へ行き、ことりもいつの間にか姿を消していた。

「…………」

「穂乃果!」

 黙々としたくする穂乃果にヒフミの三人が声を掛ける。

「今日、このあと暇?」

「……うん、まぁ……」

「じゃぁさ、久々でゲーセン行こうよ!」

 突然の誘いに穂乃果は困惑する。

 しかし、すぐに思いなおした。

 スクールアイドルは辞めると宣言してしまった手前、一人で部室に顔を出すことなぞ出来ない。なら、もう放課後なにかに気張る必要もない。好き勝手出来るのだ。

「……そうだね! 行こう行こう!」

 

 穂乃果がよく行くゲームセンターは学校から30分以上の距離にあり、はっきり言って遠いし店内は異常なまでに狭いが、往年のゲームが50円でプレイできるという格安さが魅力であった。

「よーしじゃぁまずは私が相手だ!」

 ヒデコが穂乃果の向かいに着き、それぞれお金を投入する。

『ジョインジョインジョインジャギィ』

 ゲームを始めながらも、穂乃果の思考は別の方向へ向いていた。

 本当に……本当にこれでいいのだろうか?

『デデデデザタイムオブレトビューションバトーワンデッサイダデステニー』

 今からでもみんなに謝って、μ'sとして活動するべきなのではないのだろうか?

『ヒャッハーペシッペシッペシッペシッペシッペシッペシッペシッペシッ』

 サウザーが居なくなったのはぶっちゃけサウザー一人の責任であるし、それによって、スクールアイドルの本流に戻ることになるだろう。

『ヒャッハー ヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッ』

 ……それでも、一応、曲りなりにも、彼は仲間であったのだ。いくらサウザーだからと言って、それを黙って見送るのは筋違いではないのか?

『ヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒK.O. カテバイイ』

 しかし、考えてみればμ'sを抜けてしまった今、サウザーを見送ることすらできない。

『バトートゥーデッサイダデステニー ペシッヒャッハーバカメ ペシッホクトセンジュサツコイツハドウダァ』

 それは、昨日自分が訴えたことに矛盾するのではないか? 一番冷たいのは、実は自分ではないのか?

『FATAL K.O. マダマダヒヨッコダァ ウィーンジャギィ』

「だぁー、負けたー! やっぱ穂乃果強いわ……穂乃果?」

「えっ!? あっ、うん、そう!?」

「大丈夫?」

 はっと気が付くと筐体の向こうからヒデコが顔をのぞかせていた。画面では自分の選んだヘルメット助教授が誇らしげにヒデコのキャラを踏みつけている。

「なんか、ボーッとしてたみたい」

「ボーッとしながら圧勝するあたり穂乃果だよねぇ……」

「やっぱダンスの練習してただけあるね」

「関係なくない?」

「さあさあ、次は誰が相手かな~!」

「あっ、じゃあ私!」

 穂乃果の挑戦にヒデコと代わってフミカが対戦台に着く。

「本気出しちゃうゾ!」

『ジョインジョイントキィ』

 

 ゲームセンターを出るころには空は真っ赤に染まっていて、秋葉原まで戻って来たころにはいくらかの残滓を残すのみとなっていた。

 歩いていると、UTXのモニターにA-RISEの面々が映っているのが見えた。どうやらラブライブで見事優勝を成し遂げたらしく、観客たちは大いに盛り上がっていた。

『うぬら全員私達についてきてねー!』

 沸き上がる歓声。

(きっと、すごいアイドルになるんだろうなぁ)

 自分には関係ないけど。

 そんなことを思いながら、フラフラと歩き回る。

 そのうち、彼女は何の気なしに神田明神まで足を延ばしていた。たまに練習に使っていた、彼女にとっては思い出の場所である。

 そんな場所に、見知った顔があった。

「花陽ちゃん、凛ちゃん」

「穂乃果ちゃん」

 練習着姿の二人は穂乃果の姿を認めると少し気まずい様子でテコテコと駆け寄ってきた。

「こんな時間まで練習?」

「うん、もう丁度終わるところなんだけど」

「ニコちゃんのシゴキ厳しくてぶっ倒れそうだにゃー」

「ニコちゃんの?」

「そうよ」

 穂乃果が声のする方を見ると、そこにはいつの間にやらニコの姿があった。鞄を肩から下げていることから、これから帰宅するものと見える。

「絵里の判断でμ'sが活動休止になったの。だから私達三人だけで練習してんの」

「活動休止?」

「穂乃果ちゃんが居ないと、μ'sは解散したも同然だって」

 花陽の言葉は穂乃果の心に深く突き刺さった。

「ニコ達、『にこりんぱな』でスクールアイドル続けていくから」

「そうなんだ……でも、どうして?」

 花陽の話を聞けば、μ'sは事実上の解散状態のようだ。それでもなお、矢澤ニコという人はスクールアイドルを続けようとしているのだ。

「アイドルが好きだからよ」

「それだけ?」

「当たり前でしょ。アンタみたいにブレブレじゃないのよ」

「ブレブレ、かぁ……」

「そうよ。だからニコは、メンバーが抜けたってチームが解散したって活動をやめないから。アンタのなあなあな心構えとは違うのよ」

 そう言うと、ニコは踵を返して階段を降りていった。そんな彼女の背中を見送る穂乃果を、花陽と凛がちょいちょいとつつく。

「今度、私たちだけでライブやるの。穂乃果ちゃんには来てほしいってニコちゃんが」

「自分が始めたことなんだからケジメ付けろ! だって」

「ケジメ、か……うん、わかった! 行くね」

 

 花陽と凛と別れて、今度こそ家路につく。

 家の前まで帰って来ると、今度は絵里とばったり出くわした。

「絵里ちゃん」

「あら、穂乃果。おかえり」

「なんで絵里ちゃんが?」

「雪穂さんが家に遊びに来てたから、亜里沙と一緒に送ってきたの」

 絵里が言う通り、店先で亜里沙と雪穂が饅頭片手に話していた。

「これは、お饅頭」

「お……お・マンジュウ?」

「そーそー! お饅頭!」

「お……おま……お……ピロシキ!」

「あー、ダメかー」

「うはは、マトリョーシカ!」

 笑い合う二人を微笑まし気に眺めながら絵里は、

「雪穂さんのおかげで、亜里沙はだいぶ日本語が上達したわ」

「どこが?」

 

「はい、粗茶ですが」

「ありがとう……あっついチカー!」

 立ち話も何だということで、穂乃果は絵里を自室まで招き入れた。絵里と話したいこともあったのだ。

「ごめんね絵里ちゃん、この間はあんなこと言って」

「いいのよ。私たちも悪かったと思ってるわ」

 お茶をフーフーしながら慎重に口へ運ぶ。それでもまだ熱かったらしく、諦めてひとまずテーブルへ戻した。

「急に言われれば誰でもああなるわね。もう少し考えるべきだったわ。海未もことりも、そのことで引け目を感じてる」

 言いながら供されたほむまんにパクリとかぶりつく絵里。穂乃果は自分の湯呑に目を落としながら、

「冷静になってみれば、サウザーちゃんが退学になるのは当然の話だし、怒るような内容でもないんだってわかったの。だってサウザーちゃんだし」

「そうね。学校の怠慢が原因だからこそ、学校も気付き次第さっさと手を打たなきゃならないしね」

「でも……なんだかやっぱりスッとしなくて……なんでかな?」

「ふむ、分からなくも無いわ」

 二個目のほむまんに手を伸ばしながら絵里は頷く。

「ぶっちゃけると私サウザー嫌いなんだけどね」

「えっ、そうなの?」

「そうよ。出来れば死んでほしいくらい」

 衝撃発言に唖然とする穂乃果を差し置いて絵里はほむまんを頬張る。

「でもね、それとは別に、穂乃果と同じで釈然としない気持ちがあったのね。これでいいのかって。あんなクソバカヤロウでも一応はメンバーだったんだから」

「言いたい放題だね」

「で、その気持ちは何かしらって、考えたの。サウザーが居なくなるって考えたら、胸が苦しくなるこの感じ。それでね、分かったの」

 三つめのほむまんの包装を解きながら、絵里は言った。

「これ、ムカついてんのね。荒らしまわるだけ荒らしまわって、巻き込むだけ巻き込んだらさっさと出ていくアイツに。ケジメ付けてから()ねって思うの」

「ケジメかぁ。ニコちゃんも言ってたな。人づてに聞いた話だけど」

「穂乃果」

 ほむまんを食べ終えた絵里はまっすぐ穂乃果を見つめる。

「あのタコにケジメをつけさせる事が出来るのはあなただけよ」

「でも……」

「無論、無理強いはしないわ。でも、この間言ったこと……スクールアイドルを辞めるって言ったこと、後悔してるんでしょう?」

「……うん」

「第一、抜けるには退部届が必要よ。ニコはそんなの受け取って無いって言うし……海未もことりも、あなたを待ってるわ」

 絵里はそう言って微笑むとお茶を一息に飲んだ。

「……あっつい!」

 

 

 

 翌日。

 海未とことりはヒフミの三人から「穂乃果が講堂で待ってる」と言われ、なんだろうかと思いながら講堂へ赴いた。

 講堂に入ると、客席の照明は落とされており、ステージだけが、明かりを灯された状態であった。

 その明かりの下に、穂乃果の姿があった。

「ごめんね、急に呼び出したりして……」

「いえいえ」

「どうかしたの?」

 ことりが訊く。

「うん。この間の事、謝りたくて」

「ああ、あれは」

「そんな。あれは私たちも悪かったから……」

「……あのね、あの後冷静に考えて、海未ちゃんやことりちゃんが別に間違ったこと言ってないって分かったの。て言うか当然の判断だよね。常識的に考えて。でも、その後もずっと何かが引っかかってて、それで二人に全然謝れなかったの」

 『μ's´』は遡れば穂乃果、海未、ことり、サウザーの四人で始めた『チーム名称未定』が祖だ。そして、その『チーム名称未定』は、穂乃果とサウザーの思いつきに海未とことりを巻き込む形で始動したものだ。

 二人の思いつきがやがて大きくなり、マキ、花陽、凛、ニコ、絵里、希とどんどん人を巻き込んでいった。

 穂乃果とサウザーは、責任を取らなければならない。 

「サウザーちゃんは退学になって、『μ's´』はただの『μ's』になった。でも、その前に、サウザーちゃんは『μ's´』に対してちゃんとケジメをつけてほしいの」

 別にサウザーがこの学校を去ることもチームから抜けることもぶっちゃけどうでも良い。ただ、黙って抜けるのではなく、何らかの形で責任を果たしてから抜けてほしいのだ。

「サウザーちゃんに責任取らせるのは、同じ元凶の私じゃないとダメだと思うの。海未ちゃん、ことりちゃん。振り回しっぱなしで申し訳ないけど、サウザーちゃんに責任取らせるためにも、私を、高坂穂乃果をもう一度仲間に入れてください!」

 穂乃果は思いきり頭を下げた。

 彼女は至って真剣である。

 だが、穂乃果の言葉に対する返事は海未とことりの笑い声であった。

「えっ!? なんで笑うのさぁ!?」

「いえ、んふふ。別にそんなこと言わずとも、穂乃果は私達の仲間ですよ」

「無駄に真剣なハノケチェンかわいい」

「ひどーい!」

 ぷんすこ怒る穂乃果。海未とことりはひとしきり笑うと、逆に穂乃果に対して謝った。

「私たちこそ、一方的に打ったり」

「無理に追いこんだり……本当にごめんなさい」

「そんな……」

 穂乃果が否定しようとするが、海未がそれを先に制するように続けた。

「私達は穂乃果に愛想を尽かされても仕方ないと思ってさえいました。でも、そんなことは無かった。それだけで私達は十分です」

「責任とかそんなんじゃなくて、私達は純粋に穂乃果ちゃんとスクールアイドルやっていたいって思うな」

「海未ちゃん……ことりちゃん……」

 話すのが気まずかったというのが嘘のように、三人は楽し気に笑い合った。大きく見えた溝は、気付いてしまえば呆れるほどに小さなものだったのだ。

「でも、サウザーに責任を取らせたいというのは同意です」

「穂乃果ちゃんも、今までそれが原因で悩んでたんだよね?」

「うん。だから、二人にはそのためにちょっと手伝ってほしいんだ」

 穂乃果は海未とことりに考えてきたことを話した。黙って話を聞いていた二人は、穂乃果のお願いを快く受け入れてくれた。

「二人とも、本当にありがとう! じゃあ、私サウザーちゃん迎えに行ってくる!」

 そう言って講堂を飛びだした穂乃果はすっかりいつもの調子に戻っていた。そんな彼女を見送りながら、

「穂乃果ちゃん、サウザーちゃんの居場所知ってるのかなぁ?」

「さぁ……まぁ、穂乃果なら大丈夫でしょう。私達はみんなを集めるだけです」

「そうだね」

 

 

 講堂を飛びだした穂乃果。足取りは軽く、全速力で校門へと駆ける。

 しかし、そんな彼女に思いもよらない試練が待ち受けていた。

「き、牙一族だ!」

「牙一族の襲撃だー!」

 なんと、音ノ木坂学院に牙大王率いる軍団が攻めこんできたのである。

「こ、こんなときに!」

 あまりにものタイミングの悪さに歯ぎしりする。

 だが、彼女には心強い仲間たちがいた。

「ここは任せて」

「アンタはサウザーのとこへ行きなさい」

「マキちゃん! ニコちゃん!」

 北斗神拳の西木野マキと南斗水鳥拳の矢澤ニコの登場である。

「でも二人だけで平気なの……? 数は多いしなんか頭目が滅茶苦茶デカいけど……」

「当然デッショー!」

「バカサウザーに比べりゃ烏合の衆よ!」

 この二人がかつてこれほどまで頼もしく見えたことは無い。

 穂乃果は二人に礼を言うと牙一族に見つからないようダッシュで校門を抜けていった。牙大王はそれに気付くことなく、小生意気な娘二人に気が向いている。

「小娘二人が何になるかぁ~!」

「そっちこそさっさと巣に帰りなさいよ」

「アイドル舐めると痛い目に遭うわよ」

 言いながら二人はそれぞれ構えの姿勢を取った。

 学校を抜けだした穂乃果はひたすら走った。走りながら、

「そういえばサウザーちゃんが今どこにいるか知らない!」

と根本的なところに気付いた。

「なんて間抜けなんだろー!」

 一人慟哭する穂乃果。そんな声に答えるように、背後から「お~い」と呼ぶ声と馬のひづめのような音が迫ってきた。

「この声……希ちゃん!?」

 振り返ると、そこには茶アルパカに跨る希の勇姿があった。

「お待たせやん」

「お待たせって……このアルパカ、飼育小屋の?」

「せやで」

 希はアルパカから降りるとよしよしと首筋を撫でた。アルパカは「ヴェェエエェ~」とマキっぽい啼き声を上げる。

「サウザーちゃん探しとるんやろ?」

「う、うん」

「じゃあ、このアルパカに乗っていけばいいやん」

 アルパカの背には馬術部からかっぱらってきたであろう鐙が取りつけられている。しかし、小さな子供ならともかく高校生がアルパカなんぞに乗れるものなのだろうか。

 穂乃果の疑問を察してか、希は、

「このアルパカはただのアルパカじゃないんよ。穂乃果ちゃんくらい余裕で乗せることが出来る」

「ヴェヘァッ!」

 アルパカは鼻息荒く一啼きしてみせる。そして、首を巡らせてしきりに背中を鼻で指した。早く乗れと言っているらしい。

 穂乃果はさすがに躊躇したが、乗らないと唾液を噴きかけてきそうな勢いであったため、大人しく跨ることにした。

「よいしょ……で、この子が連れてってくれるの?」

「せやで。スピリチュアルに探知してくれるから」

「スピリチュアル万能だねぇ」

「ま、それはひとまず置いといて。穂乃果ちゃん、行ってらっしゃい」

 希の見送りを受けて、穂乃果はアルパカの腹を蹴る。アルパカは一つ「ヴェエエエ」と啼くと電光石火のスピードで駆けだした。

 

 

 

 

「下郎のみなさんお久しぶりです。サウザー、です!」

 サウザーが座する聖帝バイクは街の中をゆるゆると走っていた。学校から追い出されて暇であるから、シュウのところにでも遊びに行こうとしているのである。もちろんアポなしで。

「しかし、まさか退学になるとは。これからどうなさるので?」

「案ずるなブルよ。聖帝は常に前進あるのみ。既に新しいプロジェクトを考えておるわ」

 聖帝の目標は音ノ木坂の校庭に(勝手に)築いた聖帝十字陵を護ることであった。廃校をまぬがれ、取り壊される心配が無くなった今、次なるステップへ進むべき時なのだ。

「しかし、聖帝様は以来元気がございませんな」

 ブルに聖帝軍兵士の一人が囁く。

「うむ。失われし青春を取り戻されようとしていたのを邪魔されたのはさすがに哀しいのであろう。おいたわしや……」

「なるほど……む?」

 ここで、兵士の一人が前方から土煙を上げて駆けてくる物体に気付いた。

「なんだ!」

「レジスタンスどもの襲撃かぁ~!?」

「まさか、拳王軍の攻撃か!?」

 親衛隊の兵士たちが色めく。しかし、すぐにそれがレジスタンスや拳王軍の類でないことに気付き、警戒を解いた。

「あれは、高坂嬢ではございませぬか?」

「ぬ?」

 穂乃果は聖帝軍の前まで来ると「どうどう」とアルパカを止めた。

「久しぶりだな高坂穂乃果よ」

 サウザーはバイクの玉座から掛け声と共に飛び降り、アルパカに乗る穂乃果の前へ降り立った。

「聖帝軍に加わりたくば、子供を一人はさらってくるのだな」

「いや別に加わりたくなんかないし。それより、サウザーちゃん!」

 穂乃果もアルパカからよっこいしょと降り、聖帝軍と向き合うように立った。

「μ's´が解散して『μ's』に戻ることになったんだけどね」

「ほう。フフ、このおれ無くして『´』を名乗ることは出来ぬからな」

「うん、まぁ。それでなんだけど、これから『μ's´』のラストライブをやるの。サウザーちゃんも参加してね。ていうか参加しろ」

「しかし、サウザー様は学校を追い出されておりますぞ?」

 ブルが訊く。常識ある大人として当然の質問だ。

「関係ないよ! サウザーちゃんはオトノキの生徒ではなかったけど、μ's´の元凶の一人で、メンバーの一人なんだから、辞めるならケジメ付けないと!」

「フッ、ケジメだと?」

 穂乃果の言葉をサウザーは一笑する。

「この聖帝にそのようなもの必要ないのだ! 我がモットー、それは『退かぬ 媚びぬ 省みぬ』! 過去へのケジメなど、聖帝三原則に反することだ! フハハハハ!」

「サウザーちゃんの信念なんて知らないよ。第一、学校追い出されて素直に従うとか、それこそ三原則に反してんじゃん」

「ぬっく!」

 言われてみればそうである。

「帝王に逃走は無いんでしょ! ラストライブ出ろー!」

「ぬぅ、ほざくな下郎! 何にせよ、俺はこれからシュウ様ん家に遊びに行くんだからそのような暇はない!」

「どうせアポなしの襲撃なんでしょ! ライブ出なさいってば!」

「くどい! ブル、出発するぞ!」

 サウザーは穂乃果に背を向けると再びバイクの玉座へ戻ろうとした。

 何だかんだ言ってサウザーである。穂乃果が実力行使でどうにかできる相手ではない。

 しかし、穂乃果は天に愛された少女である。

 そして、この時も運は彼女に味方した!

「あっ!」

「む? ぬっふ!?」

 どこからともなく現れたターバンのガキがサウザーの脚を刺突したのである!

「んふっ……! ターバンのガキめ、このおれの行進を阻もうと言うのか!」

 毎度のことながらピンポイントで急所を突く強力な一撃。サウザーは思わず膝をつきそうになる。

「だが……俺は聖帝サウザー! 南斗六星の帝王! 退かぬ! 媚びぬ省みぬ!」

 シュウからしてみればいい迷惑だが、彼はシュウのところへ行くと決めているのである。一度決めた以上、省みないのが聖帝流だ。

「帝王に逃走は無いのだ! テァ―ッ!」

 脚に走る激痛を圧してサウザーは玉座へ跳躍しようとする。だが。

「鳳凰すでに翔ばず!」

 穂乃果が脚の刺されたところをピンポイントで蹴り飛ばした。

「ぬっふぅぅぅぅ!?」

 いくら聖帝でもたまらない激痛が駆け抜ける。翼をもがれた鳳凰は地に伏した。

「き、貴様……有情の欠片もない攻撃を……」

 サウザーはどういう理屈か足のケガなのに口から血を吐いた。

「高坂穂乃果よ、なぜ貴様はここまでおれにラストライブさせることに拘る……」

 彼の問いに答えるべく、穂乃果は倒れる彼の傍に寄り、語りかける。

「何度も言うけど、μ's´が新しく生まれ変わるためのケジメが必要だから。これは私達の問題でもあるし、サウザーちゃん自身の問題でもあるんだよ」

「おれ……自身の……?」

「μ's´のリーダーとして作ったたくさんの思い出。その最後を華々しく飾ってこそ、新しい一歩を踏み出せるんじゃないかな」

「思い出……」

 その瞬間、省みることを知らない彼の脳裏に、スクールアイドルとしての輝かしい思い出が駆け巡った!

 

 初めてのライブの快感……。

 ナイフで刺された痛み……。

 配下がどんどん増えていく喜び……。

 ナイフで刺された痛み……。

 下郎たちの歓声、応援……。

 ナイフで刺された痛み←今ここ。

 

「フッ……聖帝ともあろうこのおれが、未練を感じてしまうとは……」

 サウザーは思った。

 μ's´を去るならば、最後は華々しく飾りたい。もう一度、あのステージで高笑いがしたい……。

 そんなサウザーの様子を見守っていた聖帝軍兵士たちが気付く。

「おお、聖帝様の顔を見ろ!」

「顔から険がとれて子供のように……いや、それどころか」

「アヒル口を……アヒル口をしていらっしゃる!」

「見ろ、高坂穂乃果を!」

「おぉ、この状況でのアヒル口に明らかな苛立ちを覚えている!」

 サウザーはターバンのガキに刺された場所にキズバンをぺたりと貼り付けると「フハハハハー!」と高笑いしながら立ち上がった。

「これで傷は万事オッケー!」

「サウザーちゃん!」

「いざ征かん音ノ木坂! 聖帝の威光を知らしめるのだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって音ノ木坂学院講堂。

 ステージの脇で、μ's´のメンバーが穂乃果とサウザーの到着を待っていた。

「うぅ、緊張する……」

 花陽は身を震わす。ライブ前は何度経験しても緊張するものだ。

「凛たち制服のままだよ!?」

「スクールアイドルらしくていいんじゃないの?」

 困惑する凛にマキが気軽そうに言った。

「そうかもだけど……ていうかなんでマキちゃんとニコちゃん体操服なの?」

「しょうがないじゃない。制服が返り血でグチャグチャなんだから」

「それより、もうすぐ開演やで」

 希が時計を見ながら言う。ただでさえ時間がやや押しているのだ。これ以上は観客も待てないだろう。

「ちょっと、『にこりんぱな』のステージをわざわざ変更してあげたのに、来ないなんてことは無いでしょうね?」

 ニコが訴える。だが、海未とことりは至って平然としていた。

「大丈夫です」

「穂乃果ちゃんはちゃんと来るよ」

 それは、絶対的な信頼。

 信頼への返答はど派手に行われた。

「ユメノトビラバーン!」

 外へつながる通用口が吹き飛ばされたのである。外から差し込む光。それを背に、一人の男と少女が立っていた。

「フハハハハ!」

「おまたせ!」

 サウザーと穂乃果である。バイクを全速力で飛ばしてきたようだ。

「あなた、また扉壊して!」

「まぁ怒るな絢瀬絵里よ。来てやったんだから喜んではどうだ? ん?」

「相変わらずムカつくわね。でも、間に合ったことは褒めてやるわ」

「穂乃果、来たばかりですが歌と踊りの方は大丈夫ですか?」

「分かってるよ。どっちにしろ、踊りに関しては打ち合わせ意味ないし」

 歌う曲はもう決まっている。ファーストライブで歌った、このチームの始まりの曲だ。

 ラストライブには、相応しすぎると言っても過言ではない。

 一同はステージへ並んだ。

 幕は上がり、一同の目に飛び込んでくるのは、煌びやかなサイリウムの光と、振り回される聖帝軍の旗。

 音ノ木坂の生徒と、聖帝軍のモヒカンが一体となり、μ's´最後のライブへボルテージを高めている。 

 サウザーは一歩前へ歩み出て、高らかに宣言した。

 

 

「――客はすべて、下郎!」

 

 

 

 

 

 

聖帝伝説 第一部

「聖帝は今の中で天翔十字鳳編」 

完 

 

 

 




というわけで第一部完です。お疲れ様でした。
『第一部完』というので読者の皆様は察しておいででしょうが、第二部やります。
 TVA版北斗ならOPが愛をとりもどせ!からTough Boyに変わる感じです。
 音ノ木坂からサウザー追い出されたのに続くの? と疑問に思う方もいらっしゃると思いますが、続きます。物語の舞台はアニメ二期です。
 二部開始は未定ですが、そんな遠くない内に始まります。ていうか早ければ明日明後日に始まります。どうぞ期待せずお待ちください。
 あと、全然関係ないですけどサンシャインの「キラキラと輝くスクールアイドルになりたい!」でなんか元斗皇拳思い出しちゃった自分はもうだめだなと思いました。キラキラ輝くってそういうことじゃないって言うね。何言ってんのかね。


おわり
 


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第二部 世紀末清純派アイドル編
第1話 もう一度ラブライブ!時は流れ また時代が動いた……!


ザワさんの誕生日に第二部開始です。
ちなみに特に意味はなく、全くの偶然です。


 かつて、九人の少女と一人の聖帝はスクールアイドルとして歌い踊り喚き、一つの学院を廃校の危機から救った。

 やがて、『μ's´』の戦いの歴史は砂に埋もれ、伝説が残った。

 伝説のライブから悠久の時(一か月くらい)が流れ、新たなる戦乱の世を迎えようとしていた。

 

 

 

 +南斗聖拳スクールアイドル伝説+

 

 

 

 

 夏の暑さはどこへやら、季節は既に秋を迎え、並木は赤々と色づき始めていた。

 二学期が始まり秋が深まるころ、音ノ木坂学院ではとあるイベントが挙行される。

「――音ノ木坂学院は、全校生徒の尽力の甲斐あり、来年度も生徒募集を続けることとなりました」

 講堂のステージで生徒会長の絢瀬絵里は全校生徒へ向けてスピーチしていた。

「私が生徒会長を務めた一年……特に先学期はまったく波乱万丈で、生徒会室の扉を二度に渡り破壊する不届き者もいましたが、今、このように清々しい気持ちでスピーチ出来ることを嬉しく思います」

絵里は一学期から夏休み明けまでの出来事に思いを馳せた。碌でもないことも多々あったが、過ぎてしまえば良き思い出、青春の一ページである。涙が出ちゃう。

 彼女はその後適当に言葉を並べると、さっさとスピーチを切り上げた。今日の主役は絵里ではないのだ。

「……これで、退任の挨拶とさせていただきます。生徒会長、絢瀬絵里」

 客席から拍手が送られる。絵里は一礼すると、演説台から少し横にずれてマイク前のスペースを譲った。

『続きまして、新生徒会長就任あいさつです。新生徒会長、高坂穂乃果さん、お願いします』

「はいっ!」

 司会に呼ばれ、席を立った穂乃果が演説台へと向かう。

 生徒会長を穂乃果に推薦したのは絵里だった。初めは穂乃果含むμ'sメンバーから気でも狂ったのかと言われたが、彼女には彼女なりの思惑があった。

 穂乃果の発想力と強いリーダーシップがあれば、学校はもっと良くなる。そんな予感がするのだ。

 そんな絵里から期待を背負わされた穂乃果は堂々たる足取りで演説台の前に立った。

「どうも、新生徒会長の、高坂穂乃果です!」

 元気よく挨拶する穂乃果。生徒たちは新会長のつづく言葉を今か今かと待つ。

 ……だが、この先に続く言葉は無かった。

 

 

「折角昨日考えてきたのにさぁー」

 その日の放課後、生徒会室。穂乃果はついこの間まで絵里が鎮座していた席に座り、机に頬を張りつけて呻いていた。

「穂乃果ちゃん、記憶を失う秘孔でも突かれたの?」

「そうかもしれない。マキちゃんあたりに」

「後輩にありもしない罪をかぶせるのはやめなさい!」

 穂乃果と共に生徒会室にはことりと海未もいる。ことりは会計、海未は副会長として共に生徒会役員となった。

「第一作ったのが昨日というのは遅すぎます! 告示はずっと前から出ていたのですから……」

「あーん! 就任早々説教やめてよぉー」

 穂乃果はホワイトバードの横に飾ってある時価一千万円のクリスタルガラスをあしらった等身大ケンシロウフィギュアに泣きついた。

「まったく……それより、就任早々ですがたくさん仕事がありますよ」

 そう言いながら彼女は穂乃果の前に大型ファイル三冊分ぎっしりの書類をドン、と置いた。重みに机が軋む。

「おや、これは何かな?」

「生徒会長の仕事です。全て目を通してください」

「えええっ!? これ全部!?」

「当然です。それに、生徒からの意見陳述にも目を通さなければなりませんよ」

 海未は陳述書を穂乃果にバッと突きだす。

 学食のカレーがマズイ、アルパカがなつかない、登校中に野良のモヒカンに襲われる、等々。どれも生徒会ではどうしようもない事柄ばかりだ。それでも、生徒会長として出来うる限り善処しなければならない。

「うう……生徒会長って大変なんだねぇ……」

「分かってくれたかしら」

 半泣きの穂乃果に答えながら生徒会室に入ってきたのは前会長と前副会長の二人であった。

「絵里ちゃん希ちゃん! どうかしたの?」

「引き継ぎの仕事が少しあるから、それでちょっとね」

 絵里にとっては生徒会最後の仕事である。

「それにしても、スピーチかなり危なかったようだけど、大丈夫?」

「いやぁ、面目ない」

「うふふ、カードによれば穂乃果ちゃん、生徒会長として相当苦労するみたいよ?」

 希が少し意地悪な顔でカードを見せる。カードには吊られた男が描かれていた。

「酷いよ希ちゃん!」

「ま、明日からはまた練習が始まるし、無理せんとね?」

 

 

 その頃、アイドル研究部部室。

 今日は練習が休みであったが、ニコと一年生三人は暇なこともあって何となく部室に屯していた。

「にっこにっこにー☆」

「あら、新しい振りつけ?」

「そうよ! どう?」

「うふふ、素晴らしくキモチワルイわ」

 それぞれ何か目的があるわけでもなく、そんなことをしている。花陽も今月号のスクールアイドル雑誌を読み、凛も雑誌のラーメン屋特集を読んでいた。

「それにしても、穂乃果ちゃんホントに生徒会長になっちゃったね」

 凛が雑誌に目を落としながら呟く。

「μ's閥もいいところよね。反対意見出なかったの?」

「生徒会長なんて誰も好んでやりたがらないから、誰も気にしないニコよ☆」

 ニコはポーズを取ながら答える。実際、前会長の絵里も誰もやりたがらなかったから何となくやることになっていた、というのが真相である。

「サウザーちゃんだったら頼みもしないのに会長やりたがりそうだよね」

「その時は全力で反対候補擁立してたわね」

 凛とマキはしみじみと言った。

 サウザーが音ノ木坂学院を追い出されて一か月、校内は至って平和だった。響くのは乙女たちの声のみで、聖帝の高笑いが響くことは無い。部室にも、まったりした空気が流れている。

 だが、花陽の悲鳴が部室の平穏を切り裂いた。

「ぴやぁああああああ!?」

「ど、どうしたのかよちん!?」

「みみみみんな、これ! 雑誌の、ここ!」

 花陽の狂乱ぶりに驚く一同だったが、ニコは、

「ああ、もしかしてラブライブがまた開催されるって話?」

「えっ、マジなの?」

 凛が驚きの声を上げる。

「マジよ。前回のはプレ大会みたいなものなんだって」

 ラブライブ第二回大会が早くも開催されるというニュースは全国のスクールアイドルに驚きと喜びを持って受け入れられた。今回は前大会と違って予選形式で行うらしく、ランキング下位のグループでもパフォーマンス如何では優勝も夢ではないという仕様になっていた。

「かなり話題になってたのに、花陽が知らないなんて意外」

「違うよニコちゃん! そうじゃなくて!」

 どうやら花陽の驚いている理由はラブライブ第二回大会についてのことではないらしい。

 慌てふためく花陽は取り落としそうになりながら雑誌を三人に見せつけた。

 そのページは、新進気鋭のグループを取材するというものであった。μ'sも一度取材の申し込みが来たことがあったが、ごたごたしていたため断った。ニコなぞそれを非常に惜しがったものだ。

「どれどれ」

 一同はそんな紹介ページに注目する。そして、花陽と同様に叫び声をあげた。

 雑誌を手に慌てて部室を飛び出す。向かうのは生徒会室。そこにはμ'sのリーダーである穂乃果がいるはずだ。四人は一陣の風と化して生徒会室へ押しかけた。

「穂乃果!」

「穂乃果ちゃん!」

 入り口の暖簾を巻き上げながら生徒会室に飛び込んだ。

「うん? みんなどうかしたの?」

 生徒会室ではちょうど穂乃果を始め海未、ことり、絵里、希らが書類の整理をしていた。思いもよらずメンバーが全員集合してくれて、ありがたい。

「これ! この雑誌見て!」

 花陽が穂乃果たちに件のアイドル雑誌を見せる。

「あぁ、ラブライブ第二回大会大会でしょ? 知ってるよー」

「違います! ここ! ここの記事!」

 花陽は雑誌をビシビシ指でド突きながら示した。新旧生徒会メンバーは顔を寄せてページを覗きこんだ。

 そこに書かれていたことは、一同を驚愕させるには十分な内容であった。

「『世紀末清純派アイドルユニット』……」

「『南斗DE5MEN』……!?」

 

 

 

 

 時は二週間ほど遡る。

 サウザーの居城に、彼を除いて四人の男が集結していた。

 『仁星』のシュウ

 『妖星』のユダ

 『殉星』のシン

 『義星』のレイ

 それぞれが南斗六聖拳の一角を担う伝承者であり、南斗108派のトップでもある。

 そんな彼らにサウザーから呼び出しがかかったのがこの日の三日前のことである。四人ともぶっちゃけ行きたくなかったが、応じなければ碌なことにならないだろうことは目に見えていたため、しぶしぶ参上した。

「それで、用件はなんだサウザーよ」

 供された茶を一口飲んで、シュウが切りだした。

「貴様らはこのおれがこの間まで『スクールアイドル』なるものをやっていたのは知っているな?」

「ああ、『μ's´』だったか? 確か」

「初めは、というか今でも正気を疑っているぞ」

 レイとシンが答える。最近見ないと思ったら女子高でスクールアイドルをやっているというのだから驚きは尋常ではなかった。

「結局追い出されてしまったがな。時に貴様ら、スクールアイドルに興味はないか?」

「いや」

「別に」

「全然」

「フハハハハ! 照れるではないわ!」

 シュウ、レイ、シンの即答をサウザーは笑って受け流す。質問風に訊いてはいるが、もとより答えは求めていないのだ。

「レイよ、貴様は妹がA-RISEのファンだと言うではないか?」

「うん? まぁ、そうだが?」

「フフフ……スクールアイドルファンの妹か……ならば、貴様自身がスクールアイドルになれば、もっと喜ばれるのではないか?」

「なっ、サウザー、何を!?」

「いかん、これはかつてないほど碌でもないことを考えているぞ!」

 シュウの警告に一同は身構えた。そして、サウザーの口から放たれた言葉はおおよそ予想通りのものであった。

「我々でスクールアイドル結成しませんかっていう!?」

「馬鹿な!」

 シュウが叫ぶ。しかしサウザーはご機嫌に高笑いして、

「南斗聖拳でスクールアイドル界に覇を唱えませんか!? っていう!?」

「唱えませんかと言われて『うむそうしよう』となるか?」

「第一、『スクール』アイドルなわけだから、名乗る資格はないだろう!?」

 シンが指摘する。これは実にもっともだ。学生がやるからスクールアイドルなわけで、大人が興じるものではない。

 しかし、今日のサウザーは(困ったことに)一味違った。

「ならば、貴様らが『学生』であったら?」

「む? どういうことだ」

 シンの問いかけにサウザーは意味あり気な笑いを浮かべる。

「実は、最近十字陵建設のためにさらってきたガキを聖帝軍兵士に教育するため学校を開設したのだがな?」

「む、目的はさておきサウザーにしては珍しく善行ではないか」

「感心している場合ではないぞシュウよ。これは……」

 レイが何かに気付いた。シュウ、シンもすぐさまサウザーの言わんとするところを察し、戦慄する。

「そう、生徒名簿の中に貴様らの名前を入れておいてやったのだ!」

 なんと、サウザーはシンから言われた指摘を事前に予想し、先手を打ってきたのだ。学生として登録されている以上、スクールアイドルとして名乗る分にはなんら問題はない。

「しかしサウザーよ、我々が学生なのは良い事として、それ以前な問題もあるだろう。私なぞ子持ちだぞ?」

 シュウにはシバというよく出来た息子がいる。子持ちでスクールアイドルはいかがなものか、というのがシュウの意見であった。もっとも、子持ちでなくとも参加する気はないのだが。

「子持ちであることなぞ問題ではない。世の中には孫がいるのに学生というジジィとかもいるぞ?」

「そういう話ではなかろう?」

 別にシュウは老いてなお知的好奇心あふるる老人というわけではない。

 とにかく、シュウを初めレイ、シンはスクールアイドルに反対であった。

 だが、一人サウザーの案に賛成するものが現れる。

 先ほどから一言も声を発さないユダだ。

「おれはスクールアイドルに賛成だ」

「なっ、正気かユダ!?」

 レイが声を上げる。ユダは至って本気で、口元をにやりと歪ませた。

「今話題のスクールアイドル。トップと呼ばれるUTXだとかも所詮は素人同然!」

 ユダは『UD』の腕輪をバッとかざす。

「そう! 誰よりも強く美しいおれにかかれば、スクールアイドル界におれの美名を知らしめる好機!」

「むぅ、ユダは変なところでサウザーと同調するな?」 

 シュウが呆れ声を上げる。

 ユダが結成に賛成したため、これで3:2となった。

 サウザーは味方に引き込もうとしてシンに声を掛ける。

「シンよ」

「なんだ。言っておくが、おれはスクールアイドルなぞに参加せんぞ!」

「フフフ……そうは言うがなシンよ? スクールアイドルになれば、歌で思いを伝えるようなこともできるぞ?」

「……? なんの話だ?」

 シンが怪訝な顔をする。サウザーはニヤニヤ笑いながら、

「聴けばシン、お前はその不器用さで思い人に振られまくりらしいではないか」

「!」

 シンの顔に緊張が走る。

 サウザーは風の噂で、シンが思い人……ユリアにアプローチしまくっているがその尽くが失敗に終わっているという話を聞いたのだ。

 反応を見るに、図星のようだ。

「スクールアイドルとして思いを歌に乗せ、有名になれば思い人が振り向いてくれるのではないか? ん?」

「ぬっふ……」

 シンの心は大いに揺れ動いた。

 届かないと思っていたこの想い。スクールアイドルになれば、また振り向いてくれる……?

 …………ケン……!

「……わかった……おれも加わろう」

 シンは一筋の涙を流しながらサウザーの誘いに応えた。

「なっ!」

「シン!?」 

「フハハハハ!」

 サウザーは勝利の高笑いをあげる。

「南斗の星は我が将星の下にひれ伏す定めなのだ! さぁ、貴様らも参加するがいい!」

「いや、ならば貴様ら三人で活動すればいい話であろう!?」

「なんにせよ、参加は辞退させてもらう」

 そう言うとレイとシュウは席を立ち、出口へ向かおうとした。そんな二人の背中にサウザーは、

「よし! ならば先にこの部屋から出た者のところに泊まりに行こうではないか!」

 

 

 聖帝校のスクールアイドルとして活動することが決定したサウザーら五名だが、決めなければならないことが山のようにあった。

「グループ名はどうするのだ」

 シンが訊く。

 スクールアイドル活動をするにはまずグループ名が必要だ。チームの顔ともなるわけだから、疎かには出来ない。

「『ユダボーイズ』でどうだ?」

「うむ、却下だな」

 ユダの案を速攻却下しながら、サウザーは二枚のパネルをテーブル下から取り出した。

「フフフ、実は昨晩寝ずに考えたグループ名があるのだ」

 サウザーは自信満々の様子(いつものことだが)でパネルをテーブルに裏返して立てる。

「グループ名というのはチームの顔であるから、メッセージ性があるものが良いとおれは考えた」

「そのやる気をもっと南斗六星の安定へ向けようとは思わないのか?」

「ん? 聞こえんなぁシュウ様」

 ニヤリと笑うサウザー。笑いながら、彼はチーム名の由来の説明を始めた。

「まず一つだが……ユダよ、世紀末の世を制する物は何だと思うか?」

「フン、決まっている。美と知略、そして力! それを制する物が乱世を制するのだ」

「ぶっぶー、はずれ~、フハハハハ」

「ぬっく……!」

 そのウザいリアクションに青筋を立てるユダだが、サウザーはそんなこと気にしない。

「世紀末を制する物、それは『水』!」

「まぁ、それは道理だな」

 レイが頷く。

「そこでおれはチーム名に世紀末の覇者たらん願いを込めて、こう名付けた!」

 パネルをクルリと回してチーム名をお披露目する。

「『Aqours』だ!」

「やめろ!」

 サウザーを除く一同がテーブルを叩きながら立ち上がって叫んだ。

「それはダメだ!」

「む? なぜだシュウ様よ」

「それは……とにかくいかん!」

「むぅ、そうか。まぁ良い。これはあくまで候補の一つにしか過ぎん」

 そう言うと彼は、もう一枚のパネルを一同に披露した。

「『南斗DE5MEN』?」

「……うん、もうそれでいいんじゃない?」

 レイが言う。ぶっちゃけ危ない名前でなければどうでもいいのだ。

「じゃあ、グループ名は『南斗DE5MEN』で決定ー!」

 サウザーは高らかに宣言すると笑いながら一人パチパチと喜びの拍手をした。そして、ひとしきり笑い終わると副官のブルに「例の物を!」と何か持ってくるよう指示を出した。

「晴れて南斗DE5MENのメンバーとなった貴様らに衣装を進呈しようではないか」

「衣装?」

 異口同音に問うメンバーに答えるようにブルと手伝いのリゾの手によってサウザーの言う『衣装』の入った袋が配られていく。

「……うっ!?」

「これは……!?」

 袋の中を改めた一同は絶句した。

 なんと、中身はサウザーとお揃いのタンクトップ(ピンク)であった。

「ちなみにおれは紫だ! 5MENとして活動するときはこれを着てやるのだ」

「ピンク……うん、ピンクか……」

 常識を超越したセンスに絶句するメンバー。だが、サウザーだけは会心のデザインだと言わんばかりに上機嫌で、「着心地にこだわってみました」など宣っている。着心地以前のものにこだわって欲しかったのがメンバーの総意であった。

 

 

つづく

 



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第2話 聖帝 屋根より来る!

今回は短め。
あと、一部同様、本作はいわゆる原作沿いで進行いたします。


+前回のラブライブ!+

 第二回ラブライブの開催が決定されたことにより、世のスクールアイドルたちは「もう一度ラブライブ!」を合言葉に再び天を目指して活動を始め、聖帝サウザーも慈母星を除く南斗六聖拳を招集し世紀末清純派アイドルユニット『南斗DE5MEN』を結成、スクールアイドル戦国時代へ名乗りを上げた。

 あとどうでも良い話だが、天帝を頂く『帝都』と呼ばれる軍事勢力が急激に力を増大させ、当代最大と謳われる巨大軍閥である拳王軍に迫るほどまでになっていた。

 世界は、戦乱の時を迎えようとしていた。

 

 

 第二回ラブライブ開催決定!

 このニュースはμ'sを大いに沸かせた。

 まさかこんなに早く開催されるなんて、前大会の無念を晴らしてやろうじゃないのと内心息巻いた。

 しかし、一同の中で一番その思いが強いと思われた穂乃果が言った一言はメンバーを驚愕させた。

「いいんじゃない? 出なくて」

 あまりにもあっけらかんとした調子で言うものだから、反応に困った。

「……え? なんて?」

「だから、出なくていいんじゃない? ラブライブ」

 

 

「ラブライブか、ふふ、面白い」

 同じころ、そんな穂乃果とは対象にサウザーは5MENのメンバーに自らの居城でそう告げていた。

「スクールアイドル界に覇を唱えるにはもってこいの祭典だ」

「なんだ? まさか参加するのか?」

 シンが問いかける。サウザーの答えは「無論」であった。

「スクールアイドルとして名乗りを上げたからには出ないわけにはいくまい?」

「むぅ、しかし、今は帝都とかいう勢力の拡大で南斗聖拳も戦乱を迎えつつある」

「アイドル活動よりすべきことがあるのではないか?」

 シュウとレイの言う通りであった。

 現在、帝都は拳王軍をも凌駕せんと力を増しつつある。その争いに南斗の勢力が巻き込まれるのは必至だ。そのような状況で、呑気に歌い踊りをしていてよいものだろうか?

「フフ、二人はアイドルを馬鹿にしているようだが?」

「いや、別に馬鹿にしているのではない。ただ、やるべき事の順序があるであろう」

 レイは実際アイドルを馬鹿にしてはいない。アイリからスクールアイドルについて教えられているからなおさらだ。むしろ、アイドルの大変さを知っているからこその発言でもある。

「南斗六星の使命を忘れるべきではない」

「ラブライブ優勝以外に何があるというのだ?」

「さっそく忘れているじゃないか!」

 南斗六聖拳の目的は南斗聖拳各流派の伝承、守護である。帝都の元斗皇拳は南斗、北斗を滅殺しようとしているらしい。戦いとなれば、六聖拳がその最前線に立つこととなる。

 しかし、ユダとシンはシュウとレイに反論する。

「フン、そのようなもの、我が紅鶴拳にかかれば敵ではない」

「それ以前に、こうやって5MENとでしか集まれない現状、議論しても無駄ではないか?」

 ユダの言はさておき、シンの意見はかなり痛いところであった。

 現状、この五名は『南斗DE5MEN』とでしか集まることは無く、それ以外はレイはフラフラしていてシュウに至っては反聖帝レジスタンスの頭目である。帝都の脅威の前に団結しようといってみてもイマイチ説得力に欠けるのだ。

「そういう事だから、ラブライブ出場するしかないのだシュウ様?」

「ぬう、まったく納得できないが反論もできん」

「だいいち、別にラブライブ出場を目指しているのは我々5MENだけではない。ブル!」

「はっ」

 サウザーに言われてブルが一同の前に運んできたのは一台のノートパソコンであった。画面にはラブライブのサイトが映っていて、様々なスクールアイドルが紹介されていた。

「見ろ。『南斗五車星』、『Z(ジード)』、『見上げてGOLAN』等など……世紀末に覇を唱えんとする者どもが、スクールアイドルとして名乗りを上げておるわ!」

「なんか色々突っ込みたいのだが……」

「言うだけ無駄だぞレイよ。それにしても、スクールアイドルがこれほどまでとは思わなかった」

「フハハハハ。時代に乗れぬとは哀しいことだなシュウ様」

 サウザーは勝利を確信したように高笑う。だが、シンがページを送りながら何かに気付いた。

「おいサウザー、ラブライブ出場規定だが」

「む? 安心しろ。聖帝校は学校法人として登録済みだ」

「そうではない! これを見ろ!」

 シンが示す場所を全員で覗きこむ。

 そこにはラブライブ出場に関する諸規定が記載されており、前大会の反省を踏まえたものも多くあった。

 その中に、気になるものが一つ。

 

 

・ラブライブ予選および本選において唱歌する曲は既存の物ではなく、オリジナルの物に限る

 

『曲は既存の物ではなく、オリジナルの物に限る』

 

『オリジナルの物に限る』

 

 

「なに!?」

 サウザーは思わずオデコのほくろから血を噴きだした。

「ぬっく……! オリジナル楽曲だと……!?」

「なんだ、作っていなかったのか?」

 盲点であった。μ's´時代、彼は作詞作曲の現場に立ち会うことは無く(強いて言えばメイド喫茶で萌え萌えキュンしたくらい)、『活動するには歌が必要で歌は曲と歌詞から成り立つ』という根本を見落としていたのだ。

「ぬぅぅ……おいユダ! 作詞とか作曲とかできるのではないのか?」

「なっ、できるはずなかろう!?」

「なんだ貴様、如何にもビジュアル系な見た目の癖に役に立たないな!」

「なんだと!?」

 ガタッと立ち上がるユダだが、サウザーは気にすることなく続けた。

「貴様ら持ってないのか? 『キャラソン』とやらを」

「持ってないな。それに、仮に持っていたとしても使えないだろう。別に俺達が作るわけではないのだから」

 レイが答える。その答えに対しサウザーはつまらなそうに、

「なんだ貴様ら存外に使えんな。ロン毛の癖にクリエイト(りょく)の無い者どもめ」

「ロン毛関係ないだろう」

 シンは指摘するが、サウザーはすでに別の思考に移っていた。

 サウザー率いる聖帝軍を初め、ユダ軍、KING軍、レジスタンスすべてに作曲家の類はいない。ならば、どうするか……。

 熟考の末、サウザーは一つ名案を思い浮かべた。

 

 

 一方、μ'sの方はなんやかんやで穂乃果の説得に成功し、ラブライブ出場することとなった。

 雨降り注ぐ神田明神の境内。μ'sメンバーは境内の門の下で雨宿りをしていた。

「いいんですか? こんなに割愛して」

「いいんだよ。詳しい事情はDVD買うか録画したの見直そう」

 面白いし、たぶん買って損はないです。

 そんなことより、ラブライブ出場である。諸事情で消極的になっていた穂乃果も、胸の底から沸き上がるやる気を押さえることは出来なかった。

「やろう! ラブライブ、出よう!」

「その意気よ穂乃果!」

 一番出たがっていたニコが嬉しそうに言う。

「よーし!」

 すると、穂乃果は何を思ったのか、雨の中へ飛びだした。そして、大声で、

「雨、止めーッ!」

 それは、あまりにもバカバカしい奇行であった。

 しかし、天はまるで彼女の声に答えるように雨を止ませ、雨雲を晴らし、煌めく太陽を出現させた!

「穂乃果ちゃんすごい……!」

「穂乃果、ラブライブに出て何を目指すのですか?」

 海未は問うた。雨を止ませるほどのやる気。それは、単に『みんなで思い出を作ろう』に留まらぬことを感じ取ったのだ。

 彼女の問いに答えるよう、穂乃果はブアッと右腕を振り上げ、真上を指さした。

「天……!」

「優勝ですか!?」

「大きく出たにゃ!」

 騒めく一同。しかし穂乃果は大まじめだ。

「人間その気になれば何だってできる! だから掴もう、スクールアイドルの天を!」

 理屈抜きの有無を言わせぬ説得力。それにμ'sは圧倒された。そして、同時に一同の心に前回以上に『優勝』のに文字が深く刻み込まれた。

 そうだ、やってやろう! 優勝してやろう! できたらいいなとかじゃ無くて、してやろう! 

 そうなれば、俄然やる気が出てくるのが若者である。

「よーし、いくぞー!」

「おー!」

 穂乃果の掛け声に、メンバーは大きな声で答えた。

 と、その時。

「フハハハハ!」

 聞き覚えのある笑い声がどこからともなく響いてきた。

「む!?」

「このバリトンなギャラクシーヴォイスは……!」  

 辺りを見回す。すると、希が「あっ!」と声を上げながら神社の社の屋根を指さした。

 人差し指の先、そこにいたのは、タンクトップ姿の偉丈夫五人! そして、その中心に構える男は、見まごうはずもない、かつてのμ's´のリーダーにして将星を司りし南斗の拳士!

「サウザーちゃん!」

「フハハハハ! お久しぶりです、サウザーです!」

 屋根の上で全力でダブルピースを決める姿には時間の流れは微塵も感じられない。言っても一カ月程度しか経っていないが。 

「高坂穂乃果よ、貴様らμ'sもラブライブに覇を唱えんとしているらしいな?」

「うん」

「フハハ。面白い。トァッ!」

 サウザーは掛け声と共に屋根から跳び上がると穂乃果たちの前に降り立った。他のメンバーもそれに続く。

「我ら『南斗DE5MEN』もラブライブ出場を目指している」

 フハハハハ、と彼は笑う。

 南斗DE5MEN。雑誌で見ただけであったが、実際に対面すると強そうである。ラブライブにはあまり関係ない要素だが。

「貴様らμ'sを我が5MENの配下に加えてやらんこともないぞ?」

「いや、別にいいよ」

「フフフ……遠慮するな」

 いきなりやってきて早々に配下になれとはずいぶんな挨拶である。しかし、μ'sの頭脳担当を自負するKKEこと絵里はそんな彼が何か(碌でもないことを)言わんとしていると察した。

「うだうだと賢くないわよ。用件は何?」

「フハハハハ」

「サウザーがこんな調子なので私が説明しよう」

 そう言って前に出てきたのはシュウであった。

 用件はこうだ。

 ラブライブの規定として、歌う曲は全てオリジナルでないといけない、というものがある。しかし、当然のことながら結成から日が浅い5MENにオリジナル楽曲なぞある筈も無く、また、作る技術も無い。

 そこでサウザーはかつて自身がリーダーを務めていたグループ……現μ'sのメンバーに作詞、作曲をやってもらおうと考えた。

「えっとサウザーちゃん」

 シュウから話を聞かされて、穂乃果はサウザーに言う。

「μ'sもラブライブの優勝を目指すって知ってるよね?」

「当然であろうが。さっき聞いたからな?」

「うん、じゃぁサウザーちゃんたちの目標は?」

「ラブライブ優勝!」

「うんうん。目標は同じ優勝。てことは?」

「同じ目標を持つ者同士手を組むべき?」

「バカなのかな?」

 しかし、サウザーは本気の様子だ。

「そういうことだから、ここは一つ同盟を組もうではないか」

「ど、同盟?」

「それが対戦相手でも時に手を貸すというのがスクールアイドルのあるべき姿であろう?」

 互いに競い合い、助け合う。それこそが、スクールアイドルの強敵(とも)としてのあり方だ。だから、規定にもグループ間での連帯は禁止されていない。サウザーはそう言うのだ。

 なんか美談っぽく聞こえる。穂乃果の心も思わず動く。だが、後方から、

「冷静になってください!」

「どう考えてもスポーツマンシップ的にはならないわ!」

「ダマサレナイデ!」

などと穂乃果を説得する声が投げかけられる。

 だが、穂乃果の心はもう決まっていた。

「……じゃぁ、一時的だけど、連合成立ってことで」

「フハハハハ!」

「!?」

 リーダーの決断にメンバーは驚愕の声を上げる。

「穂乃果、アンタ馬鹿じゃないの!?」

 ニコが悲鳴を上げた。だが、やはり穂乃果は平気な風で、

「うん、なんか、サウザーちゃんの言ってることももっともだし?」

「穂乃果ァー!」

「いやいや待って!」

 ニコに切り刻まれそうになりながら穂乃果は慌てて説明する。

「確かに優勝はしたいし、するつもりで頑張る所存だし、その辺は別に5MENに遠慮するつもりはないよ!? でも……でも、やっぱり、せっかくまた目指すなら、前回みたいに、賑やかに目指したいから……」

 前大会は残念な結果に終わったが、何だかんだ言って賑やかで楽しかった。そして、また目指すなら、もっと賑やかな方が良い。優勝だけを見るのは、あまりにも寂しい。

「穂乃果……」

「だから、今回は、サウザーちゃんたちも一緒に、ね?」

「フフフ……」

「……まぁ、穂乃果の言うことにも一理あるわね」

「ちょっと強引じゃないかにゃー?」

「いいんじゃないかな?穂乃果ちゃんらしいし」

 ニコに続いて、凛と花陽も賛成する。他の面々も、次々賛成してくれた。

「エリチ、いいの?」

「いいも何もリーダーの決定だから仕方ないわね」

 サウザーが嫌いだという絵里も諦めたように苦笑する。

「よーし! それじゃあ改めて、がんばるぞー!」

 穂乃果の掛け声に、一同先ほどに増して大きな声で「おー!」と声を上げる。

 かくして、μ's5MEN連合が成立したのであった。

 

 

 

 

 

「それにしても、あのサウザーとまともにやり合えるとは」

 シュウが感心したように言う。レイも、

「うむ、末恐ろしい女子高生だ」 

 改めてスクールアイドルの色んな意味での過酷さに思いを馳せる二人であった。

 

 

 

つづく

 

 

 

 

   

 

 




次回から帝都編


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第3話 天帝怒る!ファルコ、アイドルを 地上より根絶やしにせよ!!

下郎の皆さんお久しぶり。
熱中症には気を付けて。
1話のケンシロウみたくならないようにね。


+世紀末スクフェス伝説+

 世界が核の炎に包まれた後、スクフェスは暴力が支配する世界となっていた。

 しかし、そのような中でも暴力で全てを解決しようとしない健気な人間もあった。

「これはラブカストーンの種もみじゃ」

 そう語るミスミ氏の手には小さな袋があった。

「これを畑に植えれば、来年も、そのまた来年もラブカストーンが実る」

「ラブカストーンを巡って争うこともない」

「今日よりも明日なんじゃ」

 ミスミ氏は笑顔を見せる。

 だが、そんな彼に、ラブカストーンを狙うスペードの影が迫る……。

 

 

 

 

 μ'sと南斗DE5MENの衝撃的な連合から二日、サウザーの居城にはμ'sと5MENのメンバーが集まっていた。

「合宿に行こうではないか合宿に」

 そんな会議の場でサウザーはこう提案した。

「なるほど、サウザーにしては名案ね」

 絵里が賛同する。というのも、彼女自身合宿の必要性を感じていたのだ。マキ、海未、ことりの三人がスランプに陥ったのである。

「スランプの解消には環境を変えることが一番よ」

「ていうか単にお泊りしたかっただけとちゃうの」

「それもあるわね」 

「しかし、ふむ、合宿か」

 サウザーの提案にこれといって反対意見も無いシュウであったが、現実的な問題とおうものがあった。

「14人での合宿となればそれなりの施設が必要ではないか?」

「その辺はマキちゃん、どうにかならない?」

 穂乃果がマキに窺う。こういう局面においてお金持ちの子供は非常に便利に扱われるのが古き時代からの習わしなのだ。しかし、いくらお金持ちでも限度というものはある。

「流石に14人は厳しいわよ。まして内5人は大柄な男の人だし」

「というより女子高生9人と成人男性5人の合宿ってどうなんだ?」

 レイがこれまた現実的な指摘をするが、一同にスルーされた。触れてはならないことというのはいつの時代も存在するものなのだ。

 様々な問題が噴出したものの、サウザーはどこ吹く風である。どうやら、プランは彼の中で決まっているらしい。

「ところで、最近『帝都』とかいう勢力がブイブイ言わせているらしいではないか」

「ああ、なんか拳王軍と揉めてるらしいわね」

「ニコちゃん詳しいね?」

「穂乃果、アンタそんなじゃ世紀末の荒野で生き残っていけないわよどうするの」

「どうするの言われましても」

「その帝都なのだが、どうやら『天帝』とか名乗る不届き者が支配しているらしい」

 元斗皇拳が守護せし天帝の座する都、『帝都』……非世紀末民である穂乃果たちにとって帝都とは東京を指す言葉であるが、世紀末の民にとっては意味が大いに異なる。

「天に輝く天帝はこのおれの将星を持って他にないわけだ」

「この流れ、サウザーまた碌でもないこと考えてますね?」

「碌でもないこと……? フハハ。至上の名案の間違いであるわ」

 サウザーはそう言うと諸手を広げて高らかに言った。

「帝都襲撃合宿しませんかっていう誘い!」

「よしみんな帰るぞ!」

「サウザーちゃんに付き合ってたら命いくつあっても足りないよ!」

 一同は一斉に席を立って部屋を後にしようとした。だがサウザーは一同の前を高笑いと共に反復横飛びをしながらがっつり塞ぐ。

「フハハハハ!」

「まずい帰す気が無いらしいぞ!」

「フフフ……まぁ待て。まず話を聞いてみてはどうだ? ブル!」

 サウザーはブルを呼んで帝都についての説明をさせた。

 曰く、『帝都』は無辜の民をさらって強制労働させているとか、実は天帝は幽閉されていて総督が権力をほしいままにしているとか、元斗皇拳の拳士たちは天帝を人質に取られているから総督に逆らえないでいるとか……様々な噂があるらしい。

「正義面のシュウ様とかレイとか、くすぐられないか正義感とやらが?」

「むぅ」

「小泉お前もどうだ? 南斗六聖拳と元斗皇拳の対戦が拝めるぞ?」

「あぁ~、そっかぁ~」

「かよちんを引き込まないの!」

「でも、悪い話ではないわね」

 サウザーの提案に最初に賛同の意を見せたのはなんと絵里であった。まさかの人物に一同驚きの声を上げる。

「絵里、気は確かですか!?」

「まぁ聞きなさい。知っての通り、今回のラブライブ大会は予選式になって前大会より優勝への門戸が広がったわ。でも、私達の地区にはあのA‐RISEがいる」

 A‐RISE……現状ランキング一位のスクールアイドルアイドルである。

 今回の大会ではランキングの順位は選考に影響しないとされる。つまり、パフォーマンスの出来次第では下剋上が可能なのだ。だが、しかし。

「パフォーマンスを評価するのは他ならぬお客さん。やはり、ランキング上位のグループの方が名が知れてるし、評も入りやすいわ」

「まぁ、そればかりは仕方ないわね」

 ニコが絵里に同意する。格段に勝負しやすくなったとはいえ、そういったものはどうしても発生するのだ。

「だから、合宿も兼ねた帝都進撃ライブを行うことで、予選前に知名度をさらに上げておくのも悪くないと思うの」

 スランプ解消のための合宿にもなるし、μ's及び5MENの知名度向上にもつながる上、帝都の圧政に苦しむ人々を解放することもできる。絵里曰く、帝都進撃ライブには一石三鳥以上の効果が望めるらしい。

 この絵里の賢いんだか賢くないんだか分からない意見に揺れ動くμ's。南斗六聖拳に先んじて帝都進攻を可決しそうな勢いだ。

「μ'sの面々は帝都行きに賛成のようだがロン毛男子の皆様は? まさか女子供だけに行かせる気ではあるまい?」

 こう言われてはシュウやレイは帝都行きに賛同せざるを得ない。

 だが、六聖拳の悪党の内二人……ユダとシンは未だ反対の様子であった。

「ふん。得体の知れぬ相手に突撃を仕掛けるのは愚の極みだ」

「第一、おれは貴様らが死のうが別にどうということは無いのだ」

「そう言うがな……おい、ユダよ」

 ユダが身構える。こういう意味あり気に声を掛けてくる時は要注意なのだ。

「とある村の長老が南斗の拳士を彫っていたのだがな」

 究極版にして11巻のワンシーンである。

「その時、ユダの彫像だけ作りかけだったのだが……それを完成する前に破壊した奴、どうやら元斗の拳士らしいぞ?」

「帝都はやはり潰さねばならん!」

 不人気コンプレックスに火をつけられたユダは勇ましく立ち上がった。天帝の血で化粧がしたい!

 シンも何だかんだ誰とは言わないが思い人を引き合いに出されて帝都進撃ライブに賛同せざるを得なくなった。 

 かくして、μ's&5MENによる帝都進撃合宿兼ライブの敢行が決定された。

 

 

 

 

 荒野に聳える眩い建造物。

 『中央帝都』は天帝軍の本拠地であり、天帝の権威を世に知らしめるがごとき威容を誇っている。

 だが、その実態は天帝の威を借る総督ジャコウが作らせた城であり、まばゆいばかりの光は天帝のためではなく闇を恐れるジャコウの為だけに放たれている。

「ソリア将軍、偵察部隊の報告によると、中央帝都に至る郡都が信じられない速さで陥落しつつあるとのことです!」

 帝都の将軍である『紫光のソリア』は配下の兵からもたらされた報告に驚かされた。

「拳王軍の攻撃か?」

「いえ、詳しくは目下調査中であります!」

「そうか。こうなれば、おれも出陣する!」

 ソリアはそう言うとマントを羽織って部下に出陣の準備を始めるように言った。

 中央帝都に進撃してくる輩が何者かは知れぬが、天帝には向かうものには死あるのみである。例え、それが真の天帝の意でなくとも……。

 彼は側近の部下と共にとある部屋へ向かった。

 とある部屋……それは、中央帝都の電気を賄う発電施設である。 

 この発電施設では連れ去られてきた数多の奴隷たちが死ぬまで天帝のため……天帝の威を借る総督ジャコウのため、発電機を回し続けている。

 ジャコウがごとき俗物の専横を許したばかりに、このような事態を招いてしまった自らの不甲斐なさがもどかしかった。

「ファルコ将軍とショウキ将軍にも報告しておけ」

「は!」

 部下にそう命じると、ソリアは壁際に立って我が物顔で奴隷たちに鞭打つジャコウの部下たちを忌々し気に見つめた。

 そんな時である。

 カモ カテ ペテ― 

「む?」

 発電機の回る音に混じって何やら音楽らしきものが聞こえてきた。

 デンゴゴ デンゴゴ デデデデ― 

 デンゴゴ デンゴゴ デデデデ― 

「なんだこの音楽は」

「は……自分にはさっぱり」

 チャ チャ チャ 

 チャ チャ チャ 

「というより近づいてきているような」

 次の瞬間である。

 丁度ソリアの立っていた背後の壁が突如として崩壊し、無駄に豪奢なバイクが壁を破りながら発電施設へ侵入してきた。

「ぬふっ!」

 あまりにもの不意打ちであったためソリアは崩れた壁に押しつぶされた。

「フハハハハ!」

 そのバイクに据えられた玉座に座るのは聖帝サウザーその人である。玉座の周りには5MENのメンバーがそれぞれ適当に腰かけていて、後続のバギーにはμ'sのメンバーが乗車していた。

「うわ、ひどい」

「ちゅん!? ホントに奴隷労働させてる」

「これは許されませんねぇ」

 発電所内で行われていた所業に穂乃果やことり、海未といったμ'sメンバーは眉をひそめた。

「フハハハハ! 引き裂いた闇が吠えて帝都も震えておるわ」

「ぬぅ、貴様は南斗の……!」

 瓦礫を押しのけて立ち上がったソリア。しかし、ちょうどそこをレイとシュウによって拘束されてしまった。

「元斗皇拳恐れるに足らず!」

「なんだと~!?」

「貴様らここが天帝のおわす中央帝都と知っての狼藉かぁ~!?」

 奴隷たちを鞭打っていた兵士たちがぞろぞろと武器を携えて集まってきた。その矛先はソリアを(半分事故のようなものではあるが)倒した5MENではなく、ごく普通の女子高生であるμ'sのほうへ向けられているようだ。

「女のガキどもの分際でぇ~」

「すごいやられ役っぽいセリフだにゃー」

「この有象無象の雑魚から溢れ出る小物感、たまりません!」

「言わせておけばぁ―!」

 女子高生にここまで言われて怒らない者は無いだろう。兵士たちは一斉にμ'sに襲いかかった。

 だが、彼女たちは高校生は高校生でもスクールアイドルなのである。有象無象の雑魚にやられることは無いのだ。

「女相手に男多勢とかイミワカンナイ!」

「ウチの可愛い後輩に手ェ出してんじゃないわよ!」

 案の定というか、マキとニコによって返り討ちとなった。

「μ'sには北斗神拳の使い手までいたのか」

 その様を見てレイが驚く。レイの言葉に違和感を覚えた海未は、

「北斗神拳の使い手までって、ニコの事はご存知だったのですか?」

「ああ、矢澤家は南斗水鳥拳において代々素晴らしい拳士を輩出している名家なのだ」

「なんですかその驚きの設定は!?」

「うむ、というかニコとは何度か会ってるからな」

 そうこうしている内に、兵士たちは突如襲撃してきたわけわかんない連中がただ物ではないことをようやく悟り、

「じ、ジャコウ総督に報告しなくては!」

と逃げるように去っていった。発電機を回されたいた奴隷たちは口々にあなた方は救世主だと礼を述べている。

「フフ、帝都進撃ライブはひとまず大成功というわけだ」

「進撃というかもう奇襲だねこれ」

 穂乃果がしみじみと言う。言ってから、

「それにしても、お腹空いたね」

「もう時間もお昼だもんね」

「どうでしょう、ひとまず外に出てお昼にしませんか?」 

 

 

「襲撃を受けただとぉ!?」

 所変わって、玉座の間。ここでは総督のジャコウが配下の兵から中央帝都が襲撃を受けたという報告を受けていた。発電設備が襲われて照明が点いていない今、ジャコウは懐中電灯のあかりにすがるような姿勢を取っていた。

「一体何者だ! その不届き者は!?」

「は! どうやら、南斗六聖拳と、スクールアイドルのμ'sが襲撃犯の模様です!」

「スクール……スクールアイドル!? 何故!?」

「さ、さぁ……」

「ぬぅぅ……と、とにかく、スクールアイドルでも何でも構わぬ! ファルコを呼べ!」

 金色のファルコ……天帝軍の若き猛将軍であり、元斗皇拳伝承者の拳士である。天帝へ絶対の忠誠を誓い、それ故に、ジャコウの専横に逆らえないでいる人物でもある。

「金色のファルコ、お呼びにより参上しました……」

「ファルコ! 今すぐ出陣して、中央帝都を襲撃せし南斗とスクールアイドルを滅殺するのだ!」

「……スクールアイドル?」

「そうだ! これは天帝の勅命なるぞ! 天帝に背きし者共は尽く滅ぼすのだ!」

 ジャコウの命令は天帝の命令。

 ともなれば、ファルコに逆らうという選択は無い。

「行けい、ファルコ!」

「……は……」

 ファルコは踵を返し、出口へ向かって歩いていく。

「光を! もっと光を~!」

 ジャコウは懐中電灯を振り回しながら高々に叫んだ。

 

 

 

 μ'sと5MENはその頃中央帝都の外れでランチタイムであった。

「おにぎりですよ~! 具は、左からおかかに昆布、梅干しです! 絵里ちゃん用に海苔無しもあるよ」

「こっちはニコ特製のラブにこ弁当にこ☆」

 花陽が拵えてきた山のようなおにぎりに、ニコの作ってきた卵焼きなどのおかず。どれも美味しそうであった。

「ラーメンもいいけど、凛はかよちんのおにぎりも大好きだよ」

「カレーが食べたいぞ」

「カレーは夜ごはん!」

 食べ盛りの高校生九人に大男五人ともなれば食べる量は多くなるものだ。そして、大量に作った物というのは不思議と美味しくなるものだ。

「む、この卵焼きは美味いな」

「あれ、シンさんもお料理するにこ?」

「むっ!? まぁ……少しだが……」

 シンの脳裏に甘くて少し苦い青春時代がフラッシュバックする。朝早くからお弁当をあの人のためにこさえたのに、素直に渡せなかったほろ苦いあの思い出……。

 …………ケン…………!

「えっ、なんで急に泣くの……?」

「くぅ、それにしてもこのおれの彫像を破壊したとか言う輩には会えなかったのが残念だ」

「まぁそう言うなユダよ。TVアニメ版ではあのソリアという者が壊したらしいから、それで十分であろう?」

「ええいやめろレイ、リボルテックが4種ある貴様に慰められると殺意が沸く!」

「まぁまぁユダさん。私たちだってリボルテック化されてないし?」

「ぬぅっ、高坂穂乃果、貴様らはfigma化されているではないか! くそっ、おれもねんどろいど化したい!」

 5MENだけでなく、μ'sをも含めて立体化に恵まれないユダ魂の慟哭である。 

 そんな和気あいあいとした昼食会場であったが、その最中、絵里が遠方より迫る人影の存在に気付いた。

「誰か来るわね」

「む?」

 ガチャリ、ガチャリと変わった足音を立てながら、その人影は大柄な男性で、みるみるこちらに近づいてきた。状況からして、少なくともピクニックの仲間に入れてほしい人でないことだけは確かだ。

「ほう、ご飯時に来るとは無粋な下郎もいたものだな?」

 おかかおむすびをモグモグしながらサウザーはスクと立ち上がった。

「貴様たちのリーダーは誰だ」

 男はそう問いかける。

「世紀末清純派アイドル『南斗DE5MEN』のリーダー、ということならこのおれ、聖帝サウザーだが?」

「はい! μ'sのリーダーやらせてもらってる高坂穂乃果ですっ!」

「そうか……」

 二人は元気よく名乗り出た。

 すると、男は両腕を掲げ、なんと黄金に光輝かせた。

「南斗DE5MENのサウザー、μ'sの高坂穂乃果。天帝の命により滅殺する!」

 

つづく



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第4話 帝都崩壊!ジャコウ、せめて地獄でライブを見よ!!

ハノケチェンの誕生日
なお本編に一切関係なし


 +前回のラブライブ!+

 若き猛将軍、元斗皇拳伝承者『金色のファルコ』!

 5MENとμ'sの前に現れた彼はサウザーと穂乃果に言った!

「天帝の命により、お前たちを滅殺する!」

 危うし、サウザー! もっと危うし、高坂穂乃果!

 

 

 

 

「穂乃果に指一本触れてみなさい」

「ことりのおやつにしてやるぅ」

 穂乃果のピンチである。海未とことりはファルコを威嚇した。だが、マキがそんな二人を制す。

「やめなさい、一介の女子高生である私達にどうにかできる相手ではないわ」

「そんなすごい相手なの?」

 凛が首を傾げながら訊くと、花陽は息を荒げながら「その通り!」と手帳を捲り始めた。

 この手帳、古今東西の拳法と有名拳士を網羅した花陽オリジナルの拳法百科事典である。有名拳法の、更に伝承者ともなれば載っていて当然であった。

「これです! 元斗皇拳伝承者、『金色のファルコ』! 元斗皇拳は天帝を守護するための拳法で、闘気の刃で相手の細胞を文字通り滅殺することにその真髄がある、一時は北斗をもしのぐと言われた拳法です!」

 花陽の声は生で元斗皇拳の使い手を見ることが出来る興奮と恐怖とでがちがちに震えていた。

 だが、例のごとくサウザーはまったく平気で、

「元斗皇拳なぞ、我ら南斗の前には敵ではないわ!」

 その言葉と同時、シュウとシンがファルコに対して踊りかかった。南斗白鷺拳と南斗孤鷲拳の伝承者二人がかりともなれば、まず勝てる相手はいないはずである。

 だが、ファルコは両腕をグルンと縦に回すや闘気の輪を作りだし、迫る二人に叩きつけた。

「ぐっ!」

「んはっ!」

 咄嗟に防御する二人であったが、それでもな衝撃は消えず、吹き飛ばされた挙句地面に伏した。 

「あれは、『衝の輪』!」

「かよちん知ってるの!?」

 衝の輪……リング状の闘気を叩きつける技である。強力な闘気は強力な攻撃ともなりうる。受けたものはどれほどの手練れであろうとしばらく動けないほどだ。

「ちょっと花陽! あのファルコっての弱点とかないわけ!?」

 ニコが急かすように訊いた。花陽は訊かれると同時、辞典に目を落とし必死で読み進めた。そして、

「ありました! ファルコさんの弱点!」

「でかしたわ花陽! ユダさん、レイさんちょっと来てくれる!?」

 ニコは観戦中の二人を呼び寄せ、花陽の辞典を見せた。

 一方、再びファルコはサウザーと対峙していた。

「南斗、北斗、μ's滅ぶべし!」

 南斗の伝承者二人を軽くあしらったファルコ。なるほど実力は並大抵のものではないようだ。だが、サウザーはやはり余裕綽々で、

「天帝なぞ仕える時点で元斗皇拳は下郎! 天に輝くのは我が南斗の将星なのだ!」

「ぬぅ!」

 なおほざくサウザーに向けて闘気を放とうとするファルコ。だが、

「たぁーっ!」

「む!?」

 彼の背後でレイが跳び上がり、ファルコに向け両手の手刀を振り降ろした。

「南斗水鳥拳奥義・飛翔白麗!」

 奥義というだけあって、この技は非常に強力である。受けたものは方から胸までを大きく切り裂かれ、斃れざるを得ない。

 それをファルコは両腕でガードして受け止めた。

 しかし、レイの目的は飛翔白麗でファルコを倒すことではない! レイは囮であった!

「とあっ!」

 レイの飛翔白麗に気を取られたファルコ。彼の右脚をユダが思いきり払う!

 ファルコ程の強者、いくら不意打ちとは言え普通に考えれば足払いごときでバランスを崩すことは無いだろう。だが、しかし、彼はユダの足払いでいとも簡単に姿勢を崩した。

「ぐうっ!?」

 金色のファルコの弱点、それは右脚。彼の右脚は『義足』なのである!

「なんか、卑怯に見えるんやけど」

「卑怯ではないわ。相手の弱点を探り、効果的に突く。賢い戦い方よ」

 絵里絶賛の戦法。この囮戦術のトリを飾るのは、もちろん南斗の将星であるサウザーである。

「受けてみよ! 南斗鳳凰拳奥義・極星十字拳!」

 極星十字拳は目にも留まらぬ踏み込みと同時に両手の手刀で相手を十字に切り裂く技。ファルコといえど、態勢を崩しながら躱せる技ではなかった。

 ファルコの胸はサウザーの手刀により大きく切り裂かれた!

「フワハハハー! 南斗鳳凰拳は下郎ごときに倒せるものではないわー!」

 

 

「なるほど、伊達に南斗最強ではないわけですね」

「フハハハハ。こんな寿司屋の板前みたいな奴に負けるはずがないわ」

「それにしても、花陽のおかげで助かった」

 ファルコを拘束しながらレイが言う。

「うむ。情けないことだが、花陽の情報がなければ我々は敗れていたやも知れぬ」

 シュウもレイに同意なようで、二人の言葉に花陽はすっかり照れて、

「ぴゃああ、そんな、照れちゃいます……」

「フフ、まぁおれはそんなの無くても普通に勝てたけど? 実のところ?」

「そうは思えぬが?」

「というか、ほとんどイイとこ取りしただけではないか」

 今回のMVPの一人であるユダが吐き捨てる。だが、やはりサウザーはそんなの気にしないで高笑いをするだけだ。

「ところで、この人どうする? 煮る? 焼く?」

 そう言いながらことりはファルコの角刈りをペチペチ叩いた。どうやら穂乃果の件で相当ご立腹らしい。しかし花陽は、

「待ってことりちゃん! ファルコさんは本来忠義に溢れると同時に優しくて無暗な殺生を好まない人のはずです! 今回の件、なにか理由があるんじゃないかな」

 花陽の推測は当たっていた。

 ファルコを拘束した後に先に捕まえていた紫光のソリアを尋問したのだが、そこで帝都の事情を聞きだすことが出来た。

「ジャコウ総督?」

「うむ、天帝を掌中に収め、やりたい放題をしている」

 天帝を幽閉したジャコウが元斗皇拳の拳士たちを手ゴマに好き勝手やってるという噂は本当であったらしい。しかし、花陽データベースによればジャコウはファルコを初め、ソリア、ショウキなどといった名だたる拳士とは天と地ほどの実力差がある。ジャコウを倒し天帝を救い出すことなど容易いのではないか?

 一同はそう疑問を投げかける。だが、ソリアは首を横に振った。

「天帝の居場所を知っているのはジャコウとその息子だけなのだ。逆らうことは出来ぬ」

「なら、締め上げて居場所を吐かせればよいのでは?」

「海未ちゃんさらりと怖いこと言うね?」

「天帝の居場所がつかめればファルコが反旗を翻すということはジャコウにも分かっている。半端な締め上げでは余計に天帝を危険にさらすだけだ」

 天帝の身を案じるからこそ、身動きが取れないのだろう。

 だが、天帝の身なぞ至極どうでもよいサウザーは、

「面倒だ、おれたちでそのジャコウとやらを締め上げ吐かせてやろうではないか」

「吐かせられるものならとうにやっている!」

「ふん、案ずるでない。こちらには焼き印のスペシャリストもいることだしな?」

 ユダとシンの事である。

「まぁ貴様らは大人しく見ていることだな。それに、悪い話ではあるまい?」

「むう……」

 ソリアの沈黙が回答であった。

 5MENとμ'sは(コテ)の支度をしながら中央帝都へ向かった。

 

 

「ファルコが倒されただとぅ!?」

 報告を受けたジャコウは顔面を蒼白にさせながら慄いた。

「オヤジ! もしやファルコめ裏切ったんじゃないか!?」

「ああ、ファルコの事だからそれもありえる話だ」

 息子であるジャスクとシーノが喚く。

「それより、相手はあの南斗六星! どうするのだ!?」

「もう一方は女子高生のグループらしいがなんか色々ヤバいらしいぞ!?」

「ぬっくぅぅぅ!」

 ジャコウは呻く。

 こうなれば、中央帝都を捨ててお落ち延びるほかに手はないだろう。大丈夫、天帝は未だ掌中にある。どうにでもなるだろう……。

 と、その時。

 デンゴゴ デンゴゴ デデデデ―  

 デンゴゴ デンゴゴ デデデデ― 

「な、なんだこの世紀末にあるまじき太正浪漫を感じる旋律は」

「オヤジ、近づいてくるぞ!?」

 気付いた頃にはもう手遅れ。

 BGMが最大になると同時、玉座の間の壁が轟音と共に崩れ去り、5MENとμ'sを乗せてやや定員オーバー気味の聖帝バイクがその雄姿を現した。

「フハハハハ! 街の灯が消え果て帝都も怯えておるわ!」

「ヒィィィィィ!?」

 金色のファルコをも倒した相手、敵うわけもなしと思ったか、ジャコウファミリーは一目散に逃げ出した。だが、そんな三人の逃走を怒りに震える海未が許すはずもない。

「逃がしません! ラブアロー☆シュート!」

 海未は矢をつがえる姿勢を取るとファミリーに向けて闘気の矢を放った。矢は飛翔しながら三本に分裂し、それぞれジャコウファミリーの胸を見事貫いた。

「はうん!?」

「なはん!?」

「ぬふん!?」

 ラブアロー☆シュートを受けたものは骨抜きにされ、まともに動くことすらままならなくなる。

「な、なんだこれは……はぁんっ!」

「元斗の男でありながらここまで効くとは、鍛錬を怠っていた証拠です。反省なさい」

「海未ちゃんやるぅ」

 穂乃果が称賛の拍手をパチパチと送る。

 

 骨抜きにされたエリマキファミリーはあえなく御用となった。そして、そのまま焼き印の刑に処されることとなった。

 移動中すっかり熱されたシンとユダの焼き鏝はまさに焼き印時と言った熟し具合である。

 二人の焼き印が推されるたび、ジャコウたちの悲鳴が中央帝都に響き渡った。

「うぐぐ、貴様らこのジャコウに手をかければ、天帝も……ギャアアア!」

「うるさいぞ。大体、おれは天帝なぞどうでも良い」

「とっとと終わらせたいだけだ。お前や天帝が死のうが構わん」

 面倒くさそうに答えるシンとユダ。交渉に応じる気なぞサラサラないのだ。

「ググ、お、おい、そこの娘! スクールアイドル的にも女子高生的にもこの所業はよくないだろうが! 見て無いで止めぬか~!」

 ジャコウは焼き印の儀式を見物していることりと海未に助けを求めた。だが、

「え~? でもファルコさんに穂乃果ちゃん殺せって命令したんでしょ?」

「万死に値しますね」

 親友を手に掛けようとした罪、許されるものではない。二人のマジ具合は当の穂乃果が怖がるほどだ。

「き、貴様らぁ! ウギャアアアア!?」

「あ、なんだか良い詩が思い浮かびそうです」

「私も素敵な衣装デザインできそう」

「フハハハハー! 下郎が身の程を知らぬ野心を抱くからこうなるのだ!」

 サウザーも満悦そうに高笑う。

 一方、他のμ'sメンバーは今晩の支度を始めていた。

「今日はここに泊まるん?」

「ええ、この辺は中央帝都以外は荒野らしいから。ニコ、調理場は使えそう?」

「ばっちりよ。まったく、ジャコウはずいぶんな暮らしをしていたようね」

 ニコが呆れて言う。調理場、というのはジャコウのために料理を作る場所の事だ。設備も上等で、奴隷たちを酷使する中悠々とご馳走を食べていたらしい。

「お米持ってきたよー!」

 ちょうどそこへ、花陽が大きな米袋を肩に載せて運んできた。十数キロ分はあるようで、重さのあまり足取りはおぼつかないようだ。

「おい、大丈夫か?」

 レイが心配げに声を掛ける。

「だ、だいじょうぶです! 今日のために準備した魚沼産コシヒカリです! 私が用意したからには、自分の手で運ぶ義務があります!」

「そうは言うが……」

「はふぅ、はふぅ」

 一生懸命運ぶ花陽。しかし、乙女の身体では限界がある。

「ちょ、ちょっと休憩」

 花陽は米袋を手近な台の上に一旦どしんと置いた。と、その時。

「うおっ!?」

 焼き印の儀式を行う面々の立つ場所の床がパカッと下に開いたのだ。

「あぁ~!?」

 シンとユダにジャコウファミリー、そして一緒に焼き印を押させてもらおうとしていた海未とことりは悲鳴を上げながら奈落の底へと転落していった。

 花陽が米袋を置いた台、どうやら落とし穴のスイッチだったらしい。

「海未ちゃーん! ことりちゃーん!」

「ぴやぁぁぁぁ!? 皆さん大丈夫ですかー!?」

 落とし穴は相当深いと見えて、底まで視界が届かなかった。が、どうやら一同息災なようで、声賭けには「大丈夫~」と返事があった。

「やんやん、真っ暗だよぉ」

「何か明かりをくださいーい」

 底から海未の声が聞こえる。その要望に答え、サウザーは焼き印を熱していた焼石を穴の中へ放り込んだ。

「バカかおまえ!」

 焼石は穴の底の面々にゴロゴロと降り注ぐ。

「うわっち! 何なんだ一体!」

 しかし、真っ暗な中では焼き石のぼんやりした赤い光でも結構助けになるもので、ないよりは幾分かマシであった。

「だれか……だれかいるのですか……?」

 闇を切り裂く喧騒を恐れるかのようなか細い声。

 うすぼんやりとした明かりに照らし出されるように現れたのは、幼い少女であった。

「おや、どなたですか?」

「綺麗な服だね」

「まさか、このガキが天帝か? シン!」

「どうやらそうらしいな。それにしても……」

 このガキ、ケンシロウの連れているガキの片割れにそっくりではないか。確か、リンとかいった……。

 シンの思考はそこまで達した瞬間、夜空の南十字星より眩く輝いた。

 ……そういえば、μ'sにも凛がいたな……つまり、星空凛と天帝(このガキ)を合わせて連れ歩けばケンとお揃いになれる可能性が……!?

「どうかしたかシン?」

「……いや、なんでもない」

 なんにせよ、南斗DE5MENとμ'sは天帝の救出という歴史的偉業を成し遂げたのだった。

 

 

 中央帝都で一泊した一同は翌日、帝都の人々にライブを披露してから音ノ木坂へ帰還した。

「喜んでもらえて良かったね」

 サウザーの居城での反省会で穂乃果は嬉しそうに言った。

「ハラショー! スランプ三人組も脱したみたいだし、万事めでたしって感じね」

「せやね。そういえば、天帝のルイちゃん、海未ちゃんのファンになったらしいで?」

「照れちゃいますね」

 新たなファンの獲得もできたし、合宿は大成功であった。言いだしっぺのサウザーに珍しく感謝である。

 南斗DE5MENも数多くの新規ファンに勝るとも劣らない収穫があった。

「紹介しよう、5MENの新星、金色のファルコだ」

「…………」

 金色のタンクトップを着こなすファルコが5MENに加入したのは天帝救出の礼も兼ねてのことである。ロン毛ではないところと元斗皇拳の人間サイリウムみたいなところをサウザーはいたく気に入ったのだ。

「ファルコの加わった今日から我々は『南斗DE5MEN・G』だ!」

「しかし、良いのか? 現状の人数だけでも扱いに困っているというのに」

 シュウが指摘する。南斗DE5MENとμ'sを合わせて14名。この人数でさえ扱いきれていないというのに、更に1人追加するなど後先を考えない愚行というほかないだろう。 

「フッ、心配することは無い。金色のが招集されるのはここぞという時だけだ。まだ聖帝校の入学手続きも終わってないしな」

「というか、ファルコは納得しているのか?」

「…………」

 ファルコはむっすり黙るばかりである。別に怒っているわけでもないらしいが……イマイチ表情の読めない男である。

 凛は、そんな彼を見て行きつけのラーメン屋のオヤジを思い出すのであった。

 

 

つづく




+どうでもいい解説+
 5MEN VS ファルコの戦いでの聖帝ですが、イチゴ味本編では天翔十字鳳で決着をつけたように見えますが、色々あって極星十字拳を使わせました。
 あと海未ちゃんのラブアローシュートですが、より実戦性を高めるために香川の親戚に手ほどきしてもらいました。海未ちゃんの親戚はあと富山とかにもいます。みんな声がそっくりだったりします。


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第5話 善か悪か?A‐RISE現わる!!

サウザーちょっと出番少な目


 +前回の北斗の拳サンシャイン!+

 スクールアイドル部設立のため、生徒会長の元へ赴いた千歌と曜。しかし、生徒会長でありKING軍の幹部でもあるダイヤは二人の要望を一蹴した。

「部の設立には五人必要だってのを知らねえのか!?」

「そこを何とかお願いします!」

「うるせえ! おれの棒術を受けてみやがれぇ~!」

 ダイヤは鉄の棒を取り出すと千歌に向けて振りかざした。

「貴様にこの棒が受けられるかぁー!」

 しかし、振りかざされた鉄棒は目標の頭を割る前に千歌によってピタリと受け止められた!

「ナニィ!?」

「あくびが出るぜ」

 

 

 

 

 ……ここは、スクールアイドル界のトップであるA‐RISEが牙城、UTX学院。電気街秋葉原に聳えるビル丸々が学校である。そんな校舎の一角には、A‐RISEのためのプライベートなスペースがあり、メンバーはそこで練習やミーティングを行っている。

「フフッ……」

 A‐RISEのリーダー、綺羅ツバサはそこでノートパソコンを見つつ一つ笑った。

「なんだ、急に笑って気持ち悪いな」

「英玲奈、言ってはダメよ。ツバサってそういうところがあるって、知ってるでしょ?」

「ああ、そうだったなあんじゅ」

「二人の中での私がどんな存在なのか甚だ疑問だけど、まあいいわ。それより、ほら」

 ツバサはパソコンを回して自身が見ていた画面を統堂英玲奈、優木あんじゅの二人にも見せた。

 画面に写っているのはラブライブの公式サイト。ここには今回の大会にエントリーしたグループやそれについてのニュースが掲載されている。

「これは……」

「あらあら」

 ツバサが見ていたのは、μ's、そして南斗DE5MENに関するページであった。記事の内容は先日の帝都進撃ライブに関するものであった。

「相変わらずカオスな連中だな」

「それで、これがどうかしたの?」

 あんじゅの問いにツバサは腰を椅子に深く沈めてから答えた。

「このライブ見てきたのだけど」

「姿を見かけない日が続いたのはそれが原因か」

「わざわざ帝都に捕まって奴隷労働までやったんでしょ?」

「おいおいマジか筋金入りの追っかけじゃないか」

 ツバサはμ'sのファンであった。

 きっかけは些細なことであった。隣の校区に位置する音ノ木坂にスクールアイドルが誕生したらしいという情報を得た彼女はオープンハイスクールに潜入し、μ's(当時はμ's´)のライブを観たのだ。ツバサは背が低いから、セーラー服を着てちょっと変装すれば中学生にしか見えなくなるのだ。

 初めは偵察的な趣が強かった。A‐RISEが全国に名を轟かせる要因の一つが相手を見下さないことにある。無名のグループだろうが何だろうが、見ることが出来るものは実際に見て調査するに越したものは無い、というのがツバサの信条なのだ。 

 そのライブは……酷いものであった。主にサウザーとかいう南斗鳳凰拳伝承者が酷かった。

 酷かったが……感動した。心が震えた。A‐RISEのライブには無い別な高揚感がそこにはあった。

 この高揚感は何だろう? 知りたい……それを知ることが出来れば、A‐RISEはもっと成長できる。そう確信した彼女はμ'sの行ったライブは欠かさず観に行った。μ's´のラストライブも聖帝軍に紛れて参加した。そのためにモヒカンと化した時にはあんじゅが卒倒した。

 そんなことをしている内に、ツバサは自身がμ'sのファンになっていることに気付き、自分で衝撃を受けた。

「ちなみに高坂さん推しよ」

「別に訊いてない」

「で、進撃ライブの感想はぁ?」

「控えめに言って最高だったわ」

 奴隷から解放された喜びや高揚感も相まってライブは凄まじい盛り上がりを見せた。ぶっちゃけツバサとしても発電機を回し続けるなんて面白くもくそも無かったから、感動はひとしおであった。

「μ'sと南斗DE5MEN……一見滅茶苦茶な同盟に思えるけど」

「実際滅茶苦茶だろ」

「まぁそうだけど……だからこそ、並のスクールアイドルには出せないエネルギーがある」

「……つまり、μ'sと5MENなら『あのグループ』も破れるかもしれないってこと?」

 あんじゅが真剣な面持ちで呟く。それを聞くと英玲奈もハッとして顔を引き締めた。

「私たちだけでは叶わなかった、『あのグループ』……μ'sと5MENが新しいアイドル伝説を作るかもしれないわね」

 

 

 

 

 A‐RISEの三人が無駄に意味深な会話を繰り広げていたころ、μ'sと5MENはいつも通りサウザーの居城で会議をしていた。今日はお茶うけに穂むらの和菓子セットが供されている。

「今回の予選は参加グループが多いので特定のステージではなく、各グループが選んだ場所でライブを行い、それを全国配信する、という方式が取られています」

「つまり、ライブをする場所そのものも評点に大きく関わってくるのです!」

 ホワイトボードの前でそう解説するのは海未と花陽である。

「そして、地区予選を通過できるのは上位五組」

「同地区のA‐RISEが一位で通過するのは決まったようなものなので、私達は残り四組に食いこまなければなりません」

「5MENの予選通過は決まったようなものだから、μ'sは残り三組に食い込む必要があるな?」

「サウザーのその自信はどこから沸いているのだ?」

 シュウが呆れ声で言う。

 しかし、大きな問題である。

 μ'sと5MENは同盟関係にあるとはいえ、枠組みで言えば『二組で一枠』というわけではなく、それぞれ一枠ずつの扱いとなる。今後も同盟を続けていくには、四組のうち二組を勝ち取らなければいけないのだ。

「ていうか、別に無理に二組みとも進出しなくてもいいんじゃ……」

「5MENが予選敗退したらとりあえずマキの家にでも泊まりに行くとするか?」

「一緒に勝ちぬきましょうね!」

「それで、ライブをどこでやるのかは決めたのか?」

 水羊羹をすくいながらユダが訊く。進出枠以前の問題である。

「いえ……最初は学校でやるというつもりだったのですが」

「インパクトにかけちゃう」

 ライブにおいて『場の空気』というのは馬鹿に出来ないものである。実際、そのことは先日の帝都進撃ライブで実感したばかりであった。

 純粋な技術を最大に引き出すのであればホームでやるのが一番。でもそれでは駄目……難しい問題である。

 だが、こんな時に頼りになってしまうのが傍若無人、唯我独尊、自己中心の権化、聖帝サウザーである。

「アキバでやればよいではないか! 下郎どももたくさんいるし、我々のライブを見せつけてやるのだ!」

「ちょっと、ワンダーゾーンの時とは違うのよ?」

 ニコが指摘する。

 ワンダーゾーンの時も秋葉原でライブを行ったが、今回は『予選会場』の選定なのだ。A‐RISEのお膝元でのライブは下手をすれば喧嘩を売っているようにも見える。

「見えるも何も喧嘩を売るに決まっているであろうが!」

「あんたねぇ……」

「でも、面白そうやん?」

「希まで!」

「しかし、インパクトを求めるとなるとそれくらいはせねばなるまい」

 シュウは腕を組んでサウザーらの意見に(珍しく)同調の気色を見せた。

 それに、μ's内の『A‐RISEに喧嘩を売る』ことへのためらいはワンダーゾーンの時ほど強くは無かった。何しろこの間まで帝都という軍閥勢力に喧嘩を売っていたのだ。怖いものなしである。

「フハハハハ! では、我々のライブ会場を探しに行こうではないか!」

 

 とは言ったものの、秋葉原でもライブが行えるポイントは限られてくる。一同はぞろぞろと秋葉原内をうろついた。

「うーん、いざ探すと良い場所無いにゃー」

「そういえば、神田明神では出来ないの?」

 穂乃果が希に訊く。

「うーん、あそこは普通に参拝する人も多いから無理やんなぁ」

「そっか、ライブのために邪魔するわけにもいかないしね」

「フン、そのような連中のことまで配慮する必要はなかろう」

「まぁそう言うなユダよ!」

 うろうろしている内に一同はUTX学院の前までたどり着いてしまった。夕日に聳える現代的な校舎のビルは今を生きるナウい若者からしたら憧れの的だ。

「いつ見ても凄いですねここは」

「圧倒されちゃうね」

「フフ、このようなビル、我が南斗鳳凰拳にかかれば……」

「何する気か知らないけどヤメテね?」

 穂乃果がサウザーにくぎを刺すと同時、校舎ビルに取りつけられている大きなモニターにA‐RISEの三人が映し出された。

『UTX高校にようこそ!』

 画面の中の三人が唱和する。

『ついに、新曲が完成しました! 今度の予選で披露するから、是非見に来てね!』

 リーダーの綺羅ツバサがそう言うや、校舎の前に集まっていたファンは皆歓声を上げて喜んだ。このファンたちは、A‐RISEのメンバーが何か話すだけでも大喜びするのだ。

「堂々としてますね」

「図太さだけなら私たちも負けないんだけどなー」

 穂乃果は嘆息する。画面越しだというのに圧倒されてしまう。

 けれども、彼女とて負ける気はない。

(負けないぞ……!)

 今は画面越しだけど、きっと追いついてみせる。そう心に決めた。

「私たちも負けないくらい素敵にならなくちゃね!」

「その通りですね穂乃果」

「頑張ろうね! 穂乃果ちゃん」

「高坂さんは今のままでも十分素敵だと思うけど、応援するわ」

「うん! ……ん?」

 何やら聴き慣れぬ声での返事があったような気がする。穂乃果は隣に目をやった。

 すると、そこには先ほどまで画面からファンに手を振っていた綺羅ツバサがニコニコしながら立っていた。

「えっ……えっ!?」

 あまりに意味不明な事態に穂乃果は困惑する。しかし、ツバサはそんなのお構いなし、穂乃果の腕をぐわしと掴むと「来て!」と言って引っ張り走りだした。

「ほ、穂乃果ちゃん!」

「穂乃果をどこに連れて行く気ですか! ラブアロー☆シュート!」

 とっさに海未はツバサの背中へ向けてラブアローシュートを放った。これを受ければ、例えデビルリバースといえども立ってはいられない。

 だが。

「!」

 ツバサは放たれた矢状の闘気(ウミ成分)を二本の指で挟み取ると素早く元来た方へ投げ返した。

「なっ!? ぬふっし!」

 いつかと同じように自らの放った技で悶絶する海未。ことりはいつもの様に崩れ落ちた海未に駆け寄り抱き上げた。

「海未ちゃん!」

「んうふ……一度ならず二度までも破られるとは……」

「フハハ! 園田海未を倒せてもこの聖帝は倒せるかな? トァッ!」

 サウザーは跳躍した。

「なんだか知らんが5MENに勝負を挑むとは愚かなる下郎! 受けてみよ、南斗鳳凰拳奥義『南斗爆星波』!」

 サウザーは空中で腕を十字に切り、闘気の刃を放った。

 対するツバサは一旦穂乃果の腕を放し、空中のサウザーと迫りくる爆星波に対して手を構えた。

「『白羅滅精(はくらめっせい)』!」

「ぬ!?」

 ツバサの手から闘気が放たれ、サウザーの爆星波を吹き飛ばした。サウザー自身は空中で身を翻し迫る闘気の波を避けたが、ツバサへの攻撃の機会を逃した。

「む、ちょこざいな」

 一方で、他のメンバーもツバサの存在にすぐ気づき、サウザーとの攻防の始終も目撃した。

「あの娘、闘気を操るぞ」

「何者だ?」

 シュウとシンが驚く。

「なんなん? アキバ周辺にはまともな女子高生おらへんの?」

「希も大概じゃないかしら……」

「ていうか、あれツバサよね!? 花陽!」

「うん! 追いかけましょう!」

 ニコと花陽はA‐RISEの大ファンである。そして、この二人はアイドルの追っかけとなると運動神経が倍増する素敵性能の持ち主でもある。

「あぁ、かよちん待って! ていうか速っ!?」

 二人のスピードは元陸上部の凛ですら見失うほどであった。

 

 サウザーの追撃を逃れたツバサは穂乃果を連れたまま校舎エントランスに飛び込んだ。校舎へ入るには在校生であるICカードが必要なのだが、流石はA‐RISEのリーダー、穂乃果を手続きなしに校舎へと招き入れた。エントランスには既に英玲奈とあんじゅが待っており、ここに穂乃果が連れてこられるのが予定通りと言った風であった。

「はじめまして、高坂穂乃果さん。UTX高校へようこそ」

 状況を飲みこめない穂乃果はツバサの挨拶に「ご、ご丁寧にどうも!」と答えてお辞儀した。

「はじめましてです! ……って、えっと、これってどういうことなんですか……?」

「うふふ」

 遅れること数秒、今度はニコと花陽がエントランスに飛び込んできた。

「うわ、ホントにA‐RISE!」

「あああああの、よろしければササササササインください……!」

 花陽はいつどこでアイドルに出会ってもいいよういサイン色紙とネームペンを鞄に忍ばせているのだ。

「あっ、抜け駆けズルいわよ!」

 ニコと花陽のすったもんだ劇が展開される。それをA‐RISEは咎めることなく、おかしそうに笑いながら、

「会っただけで喜んでもらえて嬉しいわ」

「えぇ!? そんな……そんな」

「照れちゃいますぅ~」

「えっと、まだ状況が飲みこめないんですけど……」

 盛り上がる二名はひとまず置いておいて、穂乃果は何故自分を連れこんできたのかを訊こうとした。突然すぎて訳が分からないのだ。

「ああ、ごめんなさい」

 ツバサはうっかりしてたと言うと、穂乃果たちに、

「立ち話も何だし、上で落ち着いて話しをしましょう。良かったら、他のメンバーの方や、南斗DE5MENの方も一緒に」

 

 

 音ノ木坂学院の学食と違ってUTXの食堂(というよりカフェテリア)は煌びやかでお洒落だった。そんなカフェテリアの一角に設けられている個別ブースへμ'sと5MENは通された。ガラス張りの部屋で、夕日に照らされる秋葉原が一望できるブースである。

「あの、さっきはうるさくてごめんなさい……」

 冷静さを取り戻した花陽が先ほどの取り乱し振りを謝る。

「良いのよ。さっきも言ったけど、あそこまで喜んでもらえてこちらこそ嬉しかったわ」

 あんじゅはウフフと笑いながら言う。花陽は嬉しさとやはり申し訳なさでもじもじと恐縮した。

「μ'sと南斗DE5MEN。一度話してみたいと思っていた」

「そうなの。高坂穂乃果さん?」

「は、はい!?」

 ツバサに声を掛けられて飲みかけのお茶を吹きだしそうになる。

「下で見つけた時、すぐあなただと解ったわ。映像で見るより、ずっと魅力的」

「えぇ、そんな……」

「本当の事よ? 前回の大会も、μ's……当時は『´』がついていたわね……あなた達が一番のライバル、つまり強敵(とも)になると思っていたわ」

「そうなんですか!?」

 穂乃果たちは驚きの声を上げた。いくら人気が上昇していたとはいえ、A‐RISEはμ'sなど眼中にないと思っていたのだ。

「そうなのよ。だからツバサったら、あなた達が棄権した時はもう……いたっ!」

「?」

「何でもないわ。気にしないで?」

 ツバサはニコニコ笑う。彼女の手がテーブルの下であんじゅの股をつねっていたことはA‐RISEだけしか知らない。

「μ'sは羨ましいほど個性的なメンバーが集まっているわ」

「私たちの事、調べてくれたんですか?」

「もちろん」

 A‐RISEの三人はμ'sメンバーのプロフィールや魅力をすらすらと述べた。あまりに褒めるものだから、一同顔を赤く染める。

「無論、南斗DE5MENのメンバーもばっちりよ?」

「……ほう、面白い」

 そう言われて、サウザーはシェイクのストローから口を離した(相変わらず吸えていない)。

 

 

「『将星』のサウザー。南斗鳳凰拳伝承者にして南斗DE5MENのリーダー。圧倒的戦闘力とバイタリティーを誇る。かつてはμ's´のリーダーも務め、斬新なパフォーマンスで客を沸かせた。リボルテック化済み」

 

「『仁星』のシュウ。南斗白鷺拳伝承者で一児の父。最年長らしい落ち着きと見識で個性派ぞろいのメンバーをまとめ上げる。リボルテック化済み。あとロン毛」

 

「『殉星』のシン。最年少メンバーでファンも多いがたった一人の人物を一途に愛している。もちろんリボルテック化済み。あとロン毛」

 

「『義星』のレイ。不器用ながらもまっすぐな姿勢で女性ファンからモテモテ。リボルテックが四種も出ている。あとロン毛」

 

「『妖星』のユダ。リボルテック化されて無い上ロン毛」

 

 

「なんと、そこまで調べ上げていたか……」

 シュウは驚きを隠せない。誕生からまだ一か月ほどしか経っていない5MENの事をここまで調べ上げているとは、ただ者ではないと言わざるを得ない。

「納得できんぞ!?」

「まぁ、実際ユダはロン毛以外良く分からんしな?」

「ぬっく……おのれサウザー!」

「とにかく、我らA‐RISEにとって、μ'sと5MENはただならぬ存在となったわけだ」

「そして、そんなあなた達に、私たちからひとつの真実を話しておかなければならない」

 ツバサの顔から笑みが消えた。和やかだった空気が一気に緊張し、ただならぬ話がなされると全員が理解した。

「あなた達は、全てのスクールアイドルの元祖を知っているかしら?」

 ツバサが問う。

「それって、あなた達A‐RISEじゃないの?」

 マキが答えた。一般常識として、スクールアイドル流行のきっかけを作ったのはA‐RISEだ。ノウハウも豊富で、だからトップアイドルとして君臨することが出来る。

 しかし、ツバサはそれを否定した。

「いいえ、違う」

「『現在のスクールアイドルのイメージを作った』という点ではあってるけどね」

 あんじゅの言の真意を掴みかねて穂乃果たちは首を傾げる。そんな中、ニコと花陽だけが何かに気付き始めている様子であった。

「まさか……『アレ』は伝説の存在じゃ……」

「違うわ。実在した……いえ、『アレ』は今も実在する」

 ニコと花陽は息を呑んだ。他の面々には全く理解できない。サウザーは相変わらずシェイクを吸おうと苦難している。

「スクールアイドルの起源は今からずっと昔に遡るわ」

「それって具体的にいつ頃なんですか?」

「詳しくは分かっていない。ただ、『ラブライバー』がまだ『ラブライ部員』と呼ばれていた時代であることは確かだ」

「割と最近だにゃ」

「そもそも、スクールアイドルの起源は日本ではない」

 英玲奈がそう言うと、答えるように花陽がぽつりと呟いた。

「……『修羅の国』」

「そう。我らスクールアイドルの源流は『修羅の国』で生まれたのだ!」

「修羅の国だと!?」

「なに? シュウ、知っているのか!?」

 レイの問いかけにシュウは「うむ」と答える。

 

 修羅の国……南斗聖拳や北斗神拳、元斗皇拳などといった諸拳法の源流となった四千年の歴史を持つ拳法が存在し、住人同士が殺し合い、生き残った者こそが強者であるという武の掟によって支配された恐るべき国である。

 

「その修羅の国を支配する三人の羅将……彼らこそ、スクールアイドルの源流なの」

「彼らは自らをこう名乗っていたわ……」

 ツバサの目が、キラリと輝いた。

 

 

「『修‐羅イズ(シュライズ)』と……」

 

 

 

つづく

 

 




プロット通りだけど何書いてんだって気分になる


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第6話 非情の予言! μ's、 お前たちは予選突破できない!!

お久しぶりです。
投稿遅れた上に駆け足展開で短いのを許してほしい。


 

 +メリー・クリスマス+

 

 サンタさんを信じているマキちゃん。毎年プレゼントを持って来てくれるのだという。

「ぬぅ、おれのところには来んぞ!?」

「サウザーは良い子じゃないからでしょ」

「二人ともまだそのようなものを信じてるのか」

「む、シンはサンタを信じていないのか?」

「当然だ。そのようなもの、ガキの妄想に過ぎん」

 シンはリアリストであった。

 だが、そんな彼にマキは反論する。

「何言ってるのよ。グリーンランドには国際サンタクロース協会があるし、デンマークのコペンハーゲンで毎年7月に会議も開いているのよ。それに、クリスマスには毎年北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)がサンタをレーダー、衛星、戦闘機で追跡しているわ」

「…………!?」

 サンタさんは実在するのか……!? シンに衝撃が走る。

 そして強く思う。

 もし、マキの言う通りサンタさんが実在するのなら……。

 この思いを、あの人に届けてほしい―—。

 …………ケン!

 

 

 

 

「『修‐羅イズ(シュライズ)』……!?」

「なに、その……冗談みたいな名前」

 穂乃果たちはそのグループのネーミングセンスに絶句した。しかし、名前はさておき実情は恐ろしいグループであったらしい。

 海の向こうにあるという『修羅の国』。12歳で戦いに身を投じ、15歳までに100度の死闘を制したものだけが生きることを許されるまさしく修羅たちの国。その国を支配する三人の羅将たちこそが『修‐羅イズ』である。

「羅将一人の力は、第三の羅将の時点で我らA‐RISE20組分に匹敵する」

「A‐RISE20組分……!?」

「凄いのか凄くないのかイマイチ分からないにゃ……!」

「第二、第一の羅将についてはもはや未知のレベルだ」

 英玲奈の語る修‐羅イズの凄さにはピンとこなかったが、深刻な表情から察するに余程なのだろう。

 それにしても、何故A‐RISEの三人はこのことをμ's、そして5MENに話したのであろうか。

 シュウがそのことを訪ねると、ツバサはどこかその話をはぐらかすように、

「それはそうとして……今度の予選の場所を探しているんでしょ?」

「あ、はい。でも、良いところが無くって」

 穂乃果は困ったように笑うと頭をかいた。すると、

「私達、屋上にステージを設営してライブをするのだけど、もし良かったら、一緒にどうかしら」

「……へ?」

 想像もしない、突然の誘いであった。言われた瞬間、穂乃果たちは目の前のデコ助は何を言っているんだろうと思った。

「フハハハハ! 面白いではないか」

 シェイクをテーブルに戻して(結局ほとんど吸えていない)、混乱する穂乃果たちに先んじサウザーは高らかに笑う。

「我ら南斗DE5MENに正面から勝負を挑むとは、見上げた下郎もいたものだ!」

「サウザー、少しは控えてください……」

 海未がサウザーに囁くが、無論きく耳なぞもたない。だが、ツバサもサウザーに負けじと大きく笑い、

「その意気や良し、と言ったところね。それで、どうかしら?」

 ツバサからの誘い、受けないサウザーと穂乃果ではなかった。

 

 

 一同はツバサからの誘いを受けると礼を述べてUTXを後にした。

「よかったんですか穂乃果にサウザー、ほいほい受けてしまって……」

「いいんじゃないかな」

「あのような下郎、南斗鳳凰拳の敵ではない」

 呑気なものである。

 しかし、どうしても気になるところもあった。

「目的が分からぬな」

「ああ、それに、なぜか我々が予選会場を探していることを知っていた」

 シュウとレイが言う。

 もしやすると、μ'sと5MENはA‐RISEにマークされているのではないか? だとしたらなぜ?

「このおれの美しさを脅威に感じたのだろう!」

「ユダよ、出番がないからと無理に割りこむ必要はないぞ?」

「うるさい!」

「脅威か何かには感じられているのだろう」

 様々な疑念と同じくらいの期待を胸に一同は秋葉原を去っていく。

 なんにせよ、予選まで二週間。μ'sと5MENに出来ることと言えば、それまでに準備を万全なものにしておくことぐらいである。

 去りゆく一同の背中を、ツバサはカフェテリアの窓から眺め続けていた。

 

 

 そして、あれよあれよと二週間。

 UTXから貸し出された控室でμ'sメンバーは準備に勤しんでいた。

「改めてハラショーな衣装ね。衣装はらしょう」

「んふっ……、絵里ちゃん似合ってる~」

 ことりの作ってきた衣装は可愛らしい妖精を思わせるデザインであった。妖精的なデザインの中に以前の帝都進撃の経験が生かされている。元斗、天帝の意匠が組みこまれているのだ。

「ルイちゃんの服素敵だったから」

「良いセンスだわ」 

 ニコも髪をセットしながらことりを称賛する。

「おっ、ニコちゃんの髪型が浦安のネズミみたいだにゃ!」

「訴訟ものやん」

「これはお団子になってんの!」

「フハハハハ!」

 そんなところへサウザー率いる南斗DE5MENが入室してくる。

「準備は出来たかな? ん?」

「まぁだいたいは。サウザーちゃん達相変わらずそのタンクトップなんだね」

「素晴らしいセンスであろうが」

「う、うん……?」

「無理しなくて良いぞ」

 レイが半ばあきらめたように言った。

「μ'sのみなさんはいるかしら?」

「うわ、なんだこの人口密度は」

「濃ゆい空間ねぇ」

 5MENに続いてA‐RISEの面々も来訪した。いい加減控え室の人口密度が大変なものになりつつある。

「今日は一緒にライブが出来て、とても嬉しいわ」

「そんな、こちらこそうれしいです!」

 ツバサの言葉に感激するように穂乃果は答える。

 二週間前に出会ったとき以来、μ'sと5MENの中でA‐RISEが何を考えているか分からない、という話が度々起きていたが、穂乃果はそのような事気にしない少女である。

「ふふっ、今日はお互い予選突破を目指して高め合えるライブにしましょうね」

「は、はい!」

 

 ライブはA‐RISE、μ's、5MENの順で行われる。

 一番がA‐RISEなのは会場の都合当然として、二番目、三番目をどちらにするかは決めていなかった。しかし、サウザーの、

「大トリに相応しいのはこの聖帝サウザーをおいて他におるまい?」

といういつもの謎の自信により順は決められた。

 開始の時間となって、一同は観客席の後方へと移動する。

「そう言えば、A-RISEのライブって初めてですね」

「ニコちゃんと花陽ちゃんは行ったことあるの?」

 ことりが訊くと、二人は「もちろん!」と強く頷いた。

「もうすごいわよ? 同じ学生なのが嘘みたいだもの」

「粟立ちが止まらないですよ!」

「そんなにすごいんやね」

 そんなすごい人たちのライブが始まろうとしている。 

 

 A-RISEの踊り、歌は学生のそれを裕に超えるものであった。A-RISEのライブはビデオで幾度となく視聴したものだが、それらすら上回る動きだ。慢心せず、絶えず練習してきた証拠であろう。

「素晴らしいパフォーマンスだな」

 シュウが感心した様子で言う。レイも、

「女学生とは思えんな。アイリが熱中するわけだ」

 A-RISEのダンスがキレキレなのは大人の事情にもよるのだが、それはひとまずいい。

 問題は、この華麗なショーの後に自分たちが唄い踊ると言う事実だ。

「大丈夫でしょうか」

 海未が弱気な声を上げる。

 そんな彼女に穂乃果が、

「大丈夫だよ! この日まできっちり練習してきたし、それに」

 彼女が振り返る。そこには、μ'sを(ついでに5MENも)助けたいという音ノ木坂の仲間たちが手を振りながら控えていた。

「私達は九人だけじゃないから」

「その通り!」

 便乗するようにサウザーが叫ぶ。

「今回は聖帝軍音ノ木坂分隊に加え、照明設備の扱いに長けた帝都の下郎も動員しているから、無敵感が尋常ではないわ」

「勝手に聖帝軍扱いすんな!」

 音ノ木坂生徒から抗議の声がぶーぶー上がるがサウザーは文字通り一笑に付した。

「まぁ、実際今までうまくやって来れたんやし、今回もいつも通りいけばええんとちゃう?」

「希の言う通り。努力は嘘をつかないわ」

 そう言うと絵里は海未の背中をポンポンと叩いた。

 そうこうしている内、A-RISEのパフォーマンスは終了し、会場は大喝采に包まれた。インターネット上における得票数もうなぎのぼりである。

「ほぁ~……」

「さすがA-RISEね~……」

 花陽とニコはメロメロだ。ユダなどは、

「フン、おれの美しさの足元にも及ばぬわ!」

 などといっているが、そこそこ感心してはいる様子だ。

「キャラの濃厚さでは負けんかもしれんな」

「どういう意味だシン」

「とにかく、次はμ'sであろう。精一杯頑張ってきなさい」

 ギャーギャー喚くシンとユダを尻目にシュウがそう声を掛けてくれた。

「はい!」

 μ's一同は元気に返事をした。同じ南斗でもサウザーとは大違いのリアクションである。これが人徳の差である。

「よーし、それじゃあ行こう! μ's、ミュージック……」

「スタート!」

 

 

 

 

 嵐のような予選から二日……結果発表である。

 結果はネットで発表され、上位五組が予選通過となる。

「いよいよです……」

 学校の部室では花陽がパソコンの画面とにらめっこをし、残るメンバーがその背中を緊張の面持ちで見守っていた。5MENのメンバーはサウザーの城で結果を確認するらしい。

「一位……A‐RISE」

 花陽の口から上位チームが発表されていく。一位に続いて二位、三位と告げられるがμ'sの名前は未だない。

「四位……南斗DE5MEN」

「えぇ……」

 μ'sより先に5MENの名前が読み上げられたことに多少ショックを受ける一同。だが、今はそれどころではない。出場枠は残り一つなのだ。

「ご、五位……」

 花陽が画面を恐る恐るスクロールさせる。

「み……」

「み……?」

「みー……」

「みー……?」

「みいぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

「みいぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 

 誰かがつばを飲み込む音が聞こえる。期待と不安に胸が張り裂けそうになる。動悸が早まり、胸が苦しくなる……。

 そして、ついに……。

 

 

 

 

「ミスターハリウッド」

 カモンビバリーヒルズ!

 

 

 

 

「うわああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

「うわああああああ夢かああああああ!?」

 穂乃果はそう絶叫しながら布団を跳ねのけた。

 

 

 

 

「ひ、酷い夢ですね……」

「でしょ? いやー、夢で良かった良かった」

 放課後の部室、穂乃果はそう笑いながらジュースを飲んだ。

「なんて夢見てんのよ、縁起の悪い」

 ニコが半ば怒ったように言う。

「仕方ないじゃん、見ちゃったんだからさ……」

「大丈夫だにゃ、そもそもミスターハリウッドなんてチームないし」

「なくても、予選落ちが正夢だったなんて事もあるかもでしょーが?」

 ハァ、と不安げなため息を付くニコ。こういう時、縁起とかのことがいつも以上に気になったりするのだ。

 そんな面々を見て絵里が、

「みんなナンセンスよ、科学万能の時代に夢がどうとかって。やるべき事はやったんだから落ち着いて沙汰を待つの。チョコでも食べて落ち着きましょう?」

「エリチ、それ作りモンのチョコやで。エリチこそ落ち着き」

 いまさらどうやっても結果は変わらないとは言え、落ち着けというのは無理な話である。九人それぞれ落ち着きが無く、マキは室内を意味も無くグルグルと徘徊し、ことりは突っ伏してブツブツ念仏のようなものを呟いている。

「……更新来ました! 結果発表です!」

 パソコンの前の花陽が吠える。それに呼応するように、一同は彼女の後ろにゾロゾロと集結して画面を覗きこんだ。

「一位……A‐RISE……」

 花陽は緊張で震える手を押えながら画面をスクロールさせ、予選通過チームを読み上げる。 

 その予選通過チームだが、なにやら穂乃果の夢と同じ順位のようである。

「ヤバいよ! 夢の通りじゃん!」

「お、落ち着くのです穂乃果、沈着に、冷静沈着に」

「海未ちゃんこそ落ち着いて」

 海未をなだめることりの声も心なしか震えている。

 μ'sは恐慌寸前だ。

 が、しかし。

「四位、μ's……あ」

「あ」

 四位に自分たちの名前があるのを確認した瞬間、一同は一気にクールダウンした。

 μ's、予選四位通過!

「おぉ、やった! やったよー!」

 嬉しさのあまり穂乃果はピョンピョン飛び撥ねた。

「四位だよ! ラブライブだよー!」

「やりました! やりました!」

「ちゅんちゅん!」

 つられて海未とことりも一緒になって飛び撥ねる。

 だが、安心するのはまだ早い。マキが真剣な面持ちで、

「まだ5MENが通過したか分からないわ」

「マキちゃん、何だかんだ言ってサウザーちゃんたちが心配なのかにゃ?」

「5MENが予選落ちするとサウザーが家に来るのよ。是が非でも通過してもらってなくちゃ……」

 そういえばそんな話もあったなぁ、と思いかえす。その場の思いつきで言っただけであろうから気にも留めていなかったが、名指しされた本人からすれば可能性がわずかでもあるだけで十分脅威というか恐怖なわけだ。

「それで花陽! 五位は!?」

 マキは満足げにしていた花陽にパソコンへ向かうよう急かす。

「えっと待ってね。えーと、五位は……な……」

「な……?」

「なんと……」

「なんと……!?」

 マキの胸が期待に膨らむ。

「南斗……」

 

 

 

「南斗五車星」

 

 

 

 

南斗DE5MEN

予選敗退!

 

 

 

 

 

 

つづく




これからどうなってしまうのか!?


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第7話 五車星つかの間の勝利宣言! 海渡るムッシュが彼らを襲う!

+前回のラブライブ!+

 ついにはじまったラブライブ予選。

 μ'sは見事予選を勝ち抜き、目標のラブライブ優勝へと一歩近づく。

 しかし、一方で南斗DE5MENは見事予選落ちし、マキちゃんはサウザーによる突撃となりの晩御飯開催の恐怖に慄くこととなってしまった。

 どうなる5MEN、どうなるマキちゃん!

 

 

「西木野家でのお泊り大会計画はさて置きだな」

 サウザーの居城にある無駄に広いリビング。5MENメンバーはいつもの様に会議を開催していた。

「今回の戦犯を決めようと思うのだが?」

「待て、サウザーよ」

 勝手にメンバーを弾劾しようとするサウザーにシュウが待ったをかける。

「予選にはチームで参加したのだ。誰か一人を責めると言うのは――」

「シュウ様は死刑。罪状はロン毛なところ」

「聴け!」

 シュウの正論なぞに耳を傾ける聖帝ではない。

 そもそも、サウザーにとって5MENは『サウザーと愉快な仲間たち』な認識であり、そこにμ'sのように仲間たちと夢をかなえよう! という青春的な認識は存在しないのだ。

「そう言うわけだからおれ以外が罪人と言うわけだ」

「いや、しかしだな――」

「レイも死刑! 罪状はロン毛!」

「聴けってば!」

 聴く耳持たないサウザーにメンバーのイライラは募る。

 その後シンとユダに死刑を宣告して(罪状はロン毛)満足したのか、サウザーはひとしきり笑うと「それにしても」と切り出した。

「予選落ちより五車星に後れを取ったことが不満なのだが?」

「まぁ、それは少し同意できるな」

 一同が頷く。

 南斗五車星……海のリハクとかいうとぼけたジジィ率いる集団で、サウザーらと同じくスクールアイドルを名乗り、スクールアイドルの定義を混沌とさせている集団でもある。

 ランキングと共に掲載されていた風のヒューイのドヤ顔はこの世のものとは思えないウザさであった。

「天に輝くのは我が将星で、その他は衛星に過ぎん。そんな衛星の慈母星のさらに衛星の連中が予選突破なぞ……ぬううん」

 サウザーはよほど悔しいと見える。

「やはりお前らがロン毛だから?」

「それは違うだろう」

 と、ここで、五人の中では一番派手な見た目の癖に文字になると一気に存在感を失ってしまうことでお馴染みのユダがここぞとばかりに声を上げた。

「大体、センスの無い貴様(サウザー)がリーダーをやっている時点で敗北していたも同然なのだ」

「む?」

「アイドルグループのリーダーに真に相応しいのはこのユダを除いておるまい。なぜなら」 

 ユダはマントを翻しながら立ち上がり、トレードマークのユダブレスレットを構え、

「誰よりも強く、そして美しいからだ!」

 アイドルと言うよりビジュアル系ロックバンドの方が似合いそうな見た目だが、とにかく一番芸術性が高い(と、本人は思っている)のだから、自分こそがリーダーに相応しいと言いたいようだ。

 だが、シュウにはそんなユダのキモチより気になることがあった。

「そう言えば、ユダがそうやって見せつけてくるブレスレットだが」

 ユダのトレードマークである金のブレスレット。彼の名を示す『UD』の刻印がシャレオツな逸品である。

「これがどうかしたのか」

「いや、対したことではないんだけど……」

 シュウは何とも気まずそうに、まるで気付いてはいけないことに気付いたかのような素振を見せる。

「その『UD』マークなのだが、名前の略なら『UD』じゃなくて『JD』が正しいんじゃないか?」

「えっ?」

 ユダの英語綴りは『Judah』である。間違っても『U』から始まることは無い。

 であるから、略表は『JD』が綴り的に正しくなる。

 『UD』は普通ユダと呼ぶことは無いのだ。

 衝撃の事実が語られると同時、5MENメンバーに衝撃が走った。

「うわ、マジか!?」

「焼き印までしておいて!?」

「いや、ちょ」

 サウザーに至っては窓の外に向かって、

「下郎のみなさーん! コイツヤバいぞーっ!」

「貴様やめろ!」

「あ、そうだ。せっかくだしμ'sにも伝えよう。音ノ木坂に伝令を出せ!」

「貴様ぁ―!」

 美と知略を豪語する男がこのような勘違いをした上に見せびらかしたり焼き印にしてしまっていたという事実に他メンバーは引かざるを得ない。

「そもそも、だれがこれを名前の略だと言った!?」

「じゃあなんだ」

 シンに問われ、すこし悩んだのち、ユダは、

「『美しい(U)だろ(D)』の略だ!」

 この言い訳は少々苦しい。シュウはユダの肩を叩き、憐憫の念を込めた声音で、

「ドツボってやつだ『ウダ』?」

「ユダだ!」

「音ノ木坂に伝令を出せ!」

「やめろサウザー!」

「フハハハハ!」

 すったもんだに興じた彼らは、しばししてユダいじりに飽きたから話を本題に戻すことにした。

「で、今回の戦犯だが」

「本題ってそれなのか」

 レイが呆れたように言う。

「やはりユダであろう。『UD』などと片腹痛いことしてるから予選落ちするのだ」

「なっ……!? それは関係ないだろう!? だいたい話変わってないし!」

「まぁ落ち着けウダよ!」

「ユダだっ!」

「あとやはりロン毛なところだな!」

 サウザーによる戦犯探しとユダいじりは結局夜が更けるまで続いた。

 

 しかし、5MENが呑気なことをしている間に、ラブライブは新たなる局面を迎えつつあった。

 

 

 

 

 サウザーらがユダいじりをしていたころ、南斗五車星が一人、雲のジュウザは他の面々が予選突破を祝すのをよそに、ひとり小高い崖の上で空の雲を眺めていた。

 このジュウザ、スクールアイドルなぞには微塵も興味が無い。女は好きだが、その女のファンのために縛られるのは好きじゃないのだ。

 そうであるから、今回のラブライブも彼は参加する気なぞなかった。

 だが、どうでも良い事には知恵が回るリハクの奇策によって、彼はつい予選に参加し、数多の女性ファンを虜にした。

 参加したいなぞ思ってもいなかったのに参加させられてしまう……それは、彼の『自由』のポリシーに反することであった。

 予選突破のを五車星と共に祝わないのはそのためである。一人で昼寝している方が気楽なのだ。

「む?」

 そんな彼の目に、崖の下を歩く数人の人影が飛び込んできた。

 一人の男を数人の女性が取り囲むように歩く集団である。

 ジュウザは女好きである。そして、そうであるが故に、得意気に女を侍らせている男を見ると無性にからかいたくなる。

 彼は跳ねるように置き上がると跳躍し、男の背後に降り立った。

「へぇ、この辺じゃ見ない美人揃いじゃねぇか。おれも仲間に入れてくれよ」

「……ほう、このおれに恐れず近寄るとは余程の愚か者か……」

 男はマントを翻しつつジュウザへ身体を向けた。

「もしくは童貞と言ったところだな?」

(なんだこの男、濃ゆい……!?)

 その男は顔立ちから沸き上がるオーラなどどれを取っても『濃厚』な雰囲気の男だった。胸やけを起こしそうな濃厚具合にジュウザも思わずたじろぐ……否、ただ濃いだけではない。そう目にかかれないレベルの強大な気もある。

「む、我が気を感じ取ったか。となれば貴様、童貞ではないな?」

「童貞とか童貞じゃないとか、良く分からんが貴様は何者だ?」

「この『羅将ハン』の名を知らぬか……ふふ、この国に我が名を轟かす甲斐があるというもので粟立ちが止まらぬわ」

 なんだか良く分からない男だが、とてつもなく強いと言う事は分かる。

 と、その時。

「探したぞジュウザ!」

「ダンスの振りつけの打ち合わせをすると言っていたであろうが!」

 ジュウザと同じく五車星のメンバーである『風のヒューイ』と『炎のシュレン』の二人がバイクに乗ってやって来た。表情から見て、ずいぶん探し回った様子である。

「ほう、この国の童貞はずいぶんカラフルなのだな?」

「何……ってなんだコイツ!?」

「エスプレッソを擬人化したかのような紳士! ジュウザの知り合いか!?」

 ヒューイとシュレンもハンの濃さに戦慄する。

「二人とも引っ込んでな! お前らの敵う相手じゃねぇ」

「なに、敵か!?」

「ジュウザ、貴様打ち合わせはサボる上に我らを軽んじるのか!」

「何とも賑やかな童貞だ。長旅で退屈していたところ実に愉快だ。童貞も山の賑わいとはまさにこのことであるな」

「なんだそのことわざは!」

「ていうかなんださっきから童貞童貞と! ヒューイもおれも童貞ではない!」

「貴様らがどう言おうと知らぬ。童貞か否かはおれが決める!」

 不思議と基準の知りたい話である。とりあえず、ハン基準ではジュウザは童貞ではないがヒューイとシュレンは童貞と言う事だそうだ。

「とにかく、ジュウザよ、あんな奴に構ってないで打ち合わせをするぞ!」

「次のステージでもお前が必要なのだからな!」

 ヒューイとシュレンはジュウザの腕を掴むと無理やり連れて行こうとした。これ以上ハンと関わっていたら濃さで頭がおかしくなると考えたのだ。

「ステージ? 童貞がまるでアイドルか何かのような催しをするのか?」

「ようなもなにも、我らはスクールアイドル、『南斗五車星』だ!」

「関東予選突破を成し遂げた南斗五車星とは我らの事だ!」

「なに?」

 ハンは驚きの表情を見せる。

「この国では童貞がアイドルをやるのか?」

「童貞関係ないだろ!」

「ふふ、童貞でありながらスクールアイドルとは、片腹痛すぎて粟立ちの臨界点を軽く超えそうであるな」

 ハンの嘲笑。

 さすがにここまで言われては、ヒューイもシュレンも黙ってはいられない。

「先ほどから口を開けば童貞と!」

「口を慎め!」

 二人はこの失礼なムッシュに制裁を加えんとそれぞれ風と炎を纏った。

「てめえらやめろ!」

「止めてくれるなジュウザ!」

「童貞認定されたままここを去るわけにはいかぬ!」

 涙に顔を濡らす二人。風と炎の妙技は謎の哀しみも相まっていつも以上に勢いがある。

「ほう、まるでサーカスを見ているようだ。『シルク・童・ソレイユ』とはまさにこのことであるな」

「全然うまくないぞ!」

「我が炎と弟星の風、存分に味わうがいい!」

 ヒューイとシュレンの放った『炎の嵐』が、羅将ハンに襲いかかる。

 

 

 

 

「あっ」

「かよちんどったの?」

 翌日の放課後、いつもの様に部室のパソコンでラブライブ運営を確認していた花陽はお知らせ欄を見て声を上げた。凛も花陽の肩に顎を乗せてパソコンを覗きこむ。

「どれどれ……『予選通過チームが一組棄権したため、敗者復活戦を開催します』……へぇ~、こんなこともあるんだね」

「棄権したのは……『南斗五車星』……五位通過チームだね。メンバーが負傷したって」

「サウザーたちにもチャンスが巡ってきたってわけね」

 話を聞いていたマキがホッとしたようにため息をつく。これで家に突撃されることはひとまず無くなったわけである。

「ま、ニコたちには関係ないけどね~」

「はぁ!? 5MENがこれで勝てなかったら(うち)にサウザーが来るのよ!? 関係ないわけないでしょバカジャナイノ!?」

「マ、マキちゃん怖いニコ~……」

「どんだけ嫌やねん」

「ところで、その敗者復活戦っていつなの?」

 穂乃果が花陽に訊く。

「えっとね……あ」

「どしたの?」

「私達のライブの日と重なってる」

 花陽の言う『ライブ』というのは、学校の近くで開催されるファッションショーの余興の事である。ラブライブに向けてここでさらに知名度あげておこうということで絵里が引き受けてきたライブだ。

「あ、そうなの。じゃあ見に行けないね。残念」

「ホントに思ってますか?」

「思ってるって」

「でも、今回は全部5MENでやってもらわないとだね」

ことりがマカロンを食べながら言う。

 予選の時、5MENはμ'sの作った曲で参加していた。海未とマキで練習がてらに何曲か未発表曲を製作していたために出来た振る舞いである。しかし、所詮は未発表曲……つまり、二人が相談の上で人前に出すものではないと判断した曲である。

「ことりの言う通りです。予選前は深く考えていませんでしたが、もしかしたらあれが予選敗退の原因かもしれませんし」

「いやぁ、原因はサウザーよどうせ。ことり、マカロン一つ貰っていいかしら?」

「どうぞ。絵里ちゃんはホントサウザーちゃんが嫌いなのね」

「当然よ。海未とマキが作った曲で予選敗退なんて、失礼だわ……それより、私達は今度のファッションショーよ」

 絵里はマカロンを飲みこむと真剣な面持ちで、

「確か、ショーのすぐ前まで二年生は修学旅行だったわよね?」

「沖縄だよー! 楽しみ!」

 穂乃果が待ちきれないといった様子で声を上げる。

「いいなぁ、沖縄。凛も連れてって」

「凛ちゃん来年行けるじゃん」

「かよちんが修学旅行先をコシヒカリ食べたさに北陸にするようロビー活動展開してるって噂が」

「してないよ!」

「で、そのファッションショーが何?」

 収集がつかなくなりそうなのでマキが話を軌道に戻す。

「ええ。その修学旅行前後の期間だけど、二年生はもちろん、私と希も練習に参加できそうにないの」

「にゃにゃ!? なんで?」

「生徒会長が修学旅行に行っちゃうでしょ? 慣例として、前執行部員がその期間仕事をすることになってるの」

 へぇー、と一年生組がやや他人事のように声を上げる。

「で、その期間なんだけど、一年生の誰かにリーダーをやってもらおうと思うの」

「へ?」

「穂乃果と話し合ってね、決めたのよ」

 思いもよらなかったことに、一年生トリオは驚きを隠せない。

 リーダーを、一年生の中で……? 

 現在、μ'sのリーダーは穂乃果である。普段の彼女を見ていればまとめ役なぞ簡単に見えるが、それは彼女のある意味天才的ともいえるリーダーシップがなせる業であり、そうであることを一年生の三人は重々に理解していた。

 と、ここで凛が、

「それならニコちゃんがいいにゃ~」

「どういう意味よ!」

「そのままだよ~」

 なははと笑う凛。どうやら彼女は早々にリーダー候補から自らを外したようだ。リーダーなんてとんでもない。相応しくない。そう思っているのだ。

 だが。

(リーダーは……凛ちゃんがいいかな)

(凛あたりが良いかもしれないわね)

 他の二人は違った。

 

 

 星空凛の挑戦が、始まろうとしている。

 

 

 

つづく

  

 

 




矢澤姉貴回書いてたんですけど、あんまりにも突拍子もない話になったのでカットしました。μ'sメンバーによる矢澤家突入はユダいじりの頃に行われていたとします。
設定だけは今後出てくる可能性があるので、活動報告にでも簡単に説明を記すかもしれません。
あと次回以降は凛ちゃん回と見せかけてユダ回です。


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第8話 南斗DE5MENのユダ! 俺は誰よりもリーダーに相応しい!!

通算30話目。だから何だって話だけど。


+登場人物紹介~華麗なる生徒会執行部編~+

 

 高坂穂乃果 

 生徒会長。リーダーシップはあるがあまり仕事はしない。世の中適材適所、生徒会の事務は海未ちゃんの得意分野だから全部お任せします、と思っているが口にしようものなら無想転生されかねないので口が裂けても言えない。

 

 園田海未

 副会長。会長が仕事しないから人一倍仕事している。口では文句を言っているが、穂乃果に頼られることに対して凄まじい充実を感じているため口ほど怒っていなかったりする。でもやっぱりしっかりしてほしいから怒る。

 

 南ことり

 会計。会長が仕事しないから人一倍仕事している。でも海未同様に充実を感じているためそれほど不満ではない。実の娘でも他生徒と同様に扱う親鳥を誇りに思っていたが、最近はもう少し融通してくれたら楽なのに、と思うようになった。

 

 等身大ケンシロウフィギュア

 マスコット。時価にして1000万円相当のクリスタルガラスがあしらわれており、生徒会長席の後ろでいつもキラキラ輝いている。前生徒会長がアイドル研究部から押し付け、もとい寄贈された逸品である。早くも音ノ木坂七不思議の一つに数えられている。

 

 

 

  

 修学旅行。

 ティーンエイジの中でも最大級のイベントであるこれはまさに青春の象徴である。

 音ノ木坂学院の二年生は今年、沖縄へ修学旅行へ来ていた。

「海だ! 海だよー! 海!」

 青く澄んだ海を前にして穂乃果は雄叫びをあげる。

「なんですか穂乃果は、人の名前を何度も呼んだりして」

「違うよ! 海未ちゃんじゃないよ! 海! seaの方!」

「綺麗だね~」

 海も空も砂浜も、本州ではそうお目にかかれないほど美しいものである。

 季節はもう秋深まる頃合いであったが、この時期にも海には入れるとはさすがは沖縄である。

「ねえ、一緒に飛び込もうよ!」

 穂乃果は興奮しながら海未とことり提案する。このような子供っぽいはしゃぎ方は特に海未などが恥ずかしがるものであったが、今日ばかりは彼女も大いに興奮していた。

「良いですね!」

「ちゅんちゅん!」

 弾けるような若さを沖縄の太陽は燦燦と照らしていた。

 

 

 一方、東京は音ノ木坂学院。

「修学旅行かぁ……」

 全ての授業が終わり、クラスメイトが帰り支度や部活の準備をする中、凛は机に突っ伏しながら嘆息した。

「凛も行きたいなぁ」

「来年行けるじゃない」

 呆れたようにマキはそう言う。しかし、凛は、

「今行きたいの!」

「まったく……」

「沖縄は晴れてるのかな?」

 花陽は窓から空を眺めて呟いた。東京はすっかり秋雨で、朝からずっと雨が降っている。絵里なぞはこれを風流だと言っていたが、凛はやはり晴れの方が良かった。

「雨って憂鬱だなぁ……」

「そうだよね。刈り入れだって出来ないし?」

「いやそういうことじゃないけど……」

 大きなため息と共に凛は天井を仰ぐ。

 二年生トリオは遥か沖縄、絵里と希は生徒会代行、ニコは部長会で練習お休み。おまけに外は雨。練習するにしても張り合いがない。

「あっ!」

 ここで凛は名案が閃いたと声を上げる。

「サウザーちゃんの学校に行こう! あそこ屋内プールあったよね?」

「えぇ……? スポーツセンターのプールでいいじゃない……」

 マキが露骨に嫌そうな顔をする。

「聖帝校のプールなら無料(タダ)にゃ」

「まぁ、そうだね」

 花陽が苦笑しながら頷く。

 聖帝校こと聖帝軍十字陵学園はサウザーが十字陵建設のためにさらってきた奴隷のガキどもを将来の聖帝軍兵士に育て上げるため設立された学校で、南斗DE5MENが所属する学校でもある。μ'sのメンバーも何回か訪れたことがった。

「まぁ確かに無料だけど……うーん……?」

「マ、マキちゃんそこまで嫌がらなくても……」

「そうそう。それに、ここまでジメジメしてるとサウザーちゃんの()()()がちょうどいい中和剤になりそうだし。と言うわけで、いっくにゃー!」

 

 聖帝校は東京都内の荒野にデンと聳え、地下鉄で行くことが出来る。

「相変わらず意味不明な立地ね」

「突っ込んじゃダメだよマキちゃん」

「やっほー、μ'sの一年トリオでーす」

 校門に設置されたインターホンに凛が話しかける。すると、副官のブルが応答してくれた。

『おお、ようこそ聖帝校へ』

「プール使わせろにゃー」

『ええどうぞ、構いませぬぞ。ただ、今日は聖帝様や他の生徒はおりません』

「え?」

 驚きの声を上げる三人。言われてみれば、いつも校舎から校門まで聞こえてくる喧騒が今日は全く聞こえない。

「必要な時にいないわね」

 マキが心なしか安堵した調子で言う。

「あの、どこかにお出かけしてるんですか?」

 花陽がインターホンに問いかけた。ブルは『はい』と答える。

『聖帝様は現在、修学旅行で沖縄に行っております』

 

 

 

「なんで雨なのさー!」

 穂乃果の慟哭が曇天に空しく吸いこまれる

 秋の沖縄と言えば台風シーズン真っ盛りであり、その台風が穂乃果たちの修学旅行なぞ知ったこっちゃないとでも言わんばかりに襲来した。外は雨と風が吹き荒れ、椰子の樹が穂乃果をあざ笑うかのように踊り狂う。

「仕方ないじゃないですか」

「仕方なくないよ! 高校の修学旅行だよ!? 一生に一度なんだよ!?」

「まぁまぁ穂乃果ちゃん……」

 ことりの除く携帯の画面には台風の進路が表示されていた。このままいけば数時間もすれば沖縄本島に上陸し、九州へ抜けていくようだ。

 穂乃果はそんな携帯の画面に手を向けて、

「逸れろぉ~……逸れろぉ~……!」

と念を送る。

「意味無いと思うな」

「なんでぇ……雨はやませられたのに」

「穂乃果の神通力でも台風は無理なんでしょうね」

「世の中うまく行かないね」

 ことりはそう言うと携帯をしまって立ち上がるとウンと一つ背伸びをした。

「ラウンジにでも行こうよ。飲み物でも飲んで気分転換しよ?」

「それが良いですね。ほら穂乃果、いつまでもうだうだ言ってないで」

「うぅ」

 三人は部屋を出てラウンジへ赴く。

 着いてみると、そこは他の宿泊客や同級生で賑わっていた。晴れていればオーシャンビューのテラスも利用できたのだが、今はあいにくの天気である。

 そんなラウンジで、穂乃果同様に台風を嘆く人物の姿があった。

「ぬぅ! ここまで来てなぜ外に出られんのだ!?」

「だから台風だと言っているだろう」

「おれは台風なんて敵じゃないし!?」

「サウザーちゃん!? シュウ様も!?」

 そこにいたのは、外で泳ぎたいと言い張るサウザーとそれをなだめるシュウであった。聖帝校のガキどもも一緒にいる。

「む、高坂穂乃果と愉快な仲間たちではないか」

「君たちも修学旅行か?」

「君たちもって、もしかしてシュウ様たちも……?」

「うむ、聖帝校の修学旅行だ」

 サウザーと『同級生』のガキども十数名、生徒兼引率のシュウというメンバーである。

 失われし青春を取り戻したいサウザーにとって修学旅行は絶対にこなしておきたいイベントだったらしく、シュウを巻き添えにして急遽決行されたらしい。 

「シュウ様も大変ですね」

「うむ……まぁ、子供たちのこともあるからその点は喜んで引き受けるのだが、正直サウザーが一番手がかかる」

「ええい穂乃果、貴様もシュウ様を説得しろ!」

 サウザーは愛は簡単に捨てられても海への未練は簡単には捨てきれないようだ。

「サウザー、海などいつでもは入れるではないか」

「何を言うか下郎! 聖帝校の修学旅行は一生一度! 今入らずしていつ入る!」

「……なんか、さっきの穂乃果みたいですね」

「『人の振り見て我が振り直せ』って、よく言ったもんだよ」

 穂乃果はがっくりと頭を落とした。

「そう言えば、もうすぐ敗者復活戦じゃなかったっけ?」

 ことりが思い出したように訊く。

 五車星の謎の棄権により空席となった五番目の再予選はμ'sのファッションショーイベントと同じ日、四日後の土曜日の開催である。

「金曜日の便で帰るから出場に問題はない」

「フハハハハ。この聖帝の計画に抜かりはないわ!」

「まぁ考えたのはほとんどリゾたちなのだがな?」

「じゃあ私達と同じ便かもしれないね」

 ことりはそこまで言って機内で暴れるサウザーを想像し、ちょっぴり微妙な気持ちになった。

「では、今は残りの三人だけで練習しているということですか?」

「いや、今回は金色のファルコも参加してもらうことになっている」

 海未の問いにシュウは答える。サウザーがそれに付け足すように、 

「このおれを欠いた5MENでは練習もままならんだろうがな? 聖帝こそが5MENのリーダーに相応しいと言う事をこの機会に再認識するがいいわ! フハハハハ!」

「うん、まぁ、そうだな」

 シュウは適当に相槌を打つとバーカウンターに子供たちの飲み物を取りに向かった。

 そんな彼の背中には既に変な疲れが浮き出ていて、穂乃果たちはなんだか申し訳ない気持ちになった。

 

 

 

 

 サウザーとシュウがいない今、残されたメンバーはレイ、シン、ユダ、不定期メンバーのファルコである。そして、この中で一番スクールアイドルへのやる気を見せているのが『妖星』のユダである。

「サウザーがいない今、このユダこそがリーダーに相応しいことを証明するチャンスだ!」

 聖帝校に設けられた会議室でユダが高らかに宣言する。

「いや、別にリーダーとかどうでもいいのだが?」

 シンが面倒くさげに言い返す。

 燃えるユダに対してシンとレイは至って冷静だった。何と言ってもこの二人は初めからスクールアイドルには乗り気ではなかった二人である。

「やりたければどうぞとしか言えんのだが」

 レイもやや戸惑った様子で言う。

 ユダは、

「もとより貴様らに許可など取る気はないがな。だが! このユダがリーダーとなった以上、貴様らにはおれに従ってもらうぞ! そこの何考えてるか分からないファルコもだ!」

「…………」

「ユダ、一体どうしたというのだ。今日は一際おかしいぞ」

 レイがつい心配気に問いかける。いつもどこかおかしいユダだが、今日は燃え上がり方が異常だ。

 と、その時。

「こにゃにゃちわー!」

「こ、こんにちわ」

「あら、会議か何か?」

 μ'sの一年生組がやって来た。プールに来たついでに挨拶していこうと思ったのだ。

「そうだ。このユダが新たなる躍進を遂げるための会議だ」

 ユダが自信を込めて言う。するとマキがニヤニヤしながら、

「ウダさんの?」

「ユダだ! ていうかなんで知ってるんだ!?」

「もうみんな知ってるわよ」

「ぬっく……! ま、まぁ、いい!」

 気を取り直して、話を本道に戻す。

「知っているだろうが、おれはこの世で誰よりも強く、そして美しい」

「はいはい」

「にもかかわらず、不本意ながら人気は六聖拳で……否、北斗の拳全体でもかなり低い!」

 ユダは人気が無い。

 故に立体化の機会も非常に少なく、リボルテック化は未だされないしこれからされる予定もない。心無い者なぞはユダが、

『レイの最期を飾るための噛ませ犬』

『派手なのは見た目だけ』

『良く分からんロン毛』

であると評する。

「納得できるか!?」

「うん、まぁ」

「酷いわね?」

「あー、酷いにゃ。うん」

 一年生三人は一応の同意を見せる。

「ホントに思ってる?」

「思ってるにゃー」

「……とにかく、世の中はこのユダ様を軽んじすぎているのだ」

 リボルテック化されないし、無想転生には入れないし、絵面が強い分文字にすると微妙だし、キャラが良く分かんないし、リボルテック化されないし、リボルテック化されない。

「……つまりあれか? この機会にスクールアイドルとしてサウザー以上に活躍して、存在感を強めたいと言うのか?」

 シンが訊く。

「要するとそうだ」

「その……それで良いのか?」

「無論だ! リボルテック化済みの貴様らには分からんだろうな、このおれのキモチ!」

「引っ張るなそれ」

 シンとレイの困惑を他所に、ユダはますます輝きを増す。

「今は仮リーダーだが、サウザーが戻って来た時にはその席はおれの物となっていよう!」

「へぇー。じゃあユダさん、穂乃果ちゃんじゃないけど、ファイトだにゃ!」

「ハアハハハハ! 妖星は生まれ変わる――つまり、『ユダ・ノヴァ』だ!」

「語呂悪っ!」

「うるさいぞ西木野マキ!」

 大いなる野望を持った新リーダー、ユダの誕生である。果たして、彼のサウザーへの下克上は完遂されるのか!?

 と、ここで花陽が思い出したように声を上げて凛に話しかけた。

「そういえば凛ちゃん」

「うん? なぁにかよちん?」

「新リーダーで思い出したけど、穂乃果ちゃん帰って来るまで凛ちゃんがリーダーお願いね」

「うん……うん!?」

 ユダ・ノヴァ宣言に気を取られていた凛は花陽からの突然の宣告に素っ頓狂な声を上げた。マキも、

「そうそう忘れてたわ。三年生も賛成してるわよ。がんばって」

「がんばってって……えっ……今言う!?」

「む? 穂乃果たちはいないのか?」

 三人のやり取りに疑問を感じてレイが質問する。

「二年生は今修学旅行で沖縄です」

「ああ、なるほど。沖縄と言う事はサウザーと会うかもしれんな。頑張れよ、凛」

「ありがとうレイさん……じゃなくて!」

 凛は数秒かけて頭を整理してから抗議の声を高らかに上げた。

「待って待って! なんで凛!? 向いて無いにゃ!」

「話し合った結果よ。私も花陽もあなたが適任だと思って推薦したの」

「えっなにそれ、いつそんな話し合いしたの?」

「凛ちゃんが日直で遅れた時あったでしょ? あの時だよ」

「凛が来るの待ってから話し合おう!?」

「貴様はリーダーがそんなに嫌なのか?」

 ユダと対照的にリーダーになることを異様に嫌がる凛にシンが問いかける。いつも見ている凛ならノリノリで引き受けるイメージがあったから、意外に思ったのだ。

「だって、リーダーとか、向いてないし……」 

 凛は見た目の割に引っ込み思案なところや常に弱気なところがあるのだ。

 口が裂けても言えないことだが、彼女はリーダーである穂乃果の事を尊敬している。自分にはない物を持っているからだ。だからこそ、そんな彼女が務めるリーダーという責任を果たす自信がないのだ。

「大丈夫だよ凛ちゃん! 凛ちゃんには出来るし、私達の中で一番向いてるよ!」

「花陽の言う通り。凛は自分が思う以上にリーダーに向いているのよ」

「でも……」

 なおも自信が持てない凛。

 そんな彼女に、レイやシンも励ましの言葉をかける。

「大丈夫だ凛。おれはお前にあって日は浅いが、だからこそ、客観的に見ることもできる。その上で、お前になら出来ると思う」

「レイさん……」

「おれはスクールアイドルなぞ興味ないが……貴様がリーダーに向いているかどうかという話は別だ。……こなせると思うぞ、リーダー」

「シンさん……」

 親友二人のみならず、5MENのメンバーからも励ましを受けた凛。

 自分がリーダーに向いていないという思いは変わらない。だが、しかし、「ちょっと挑戦してみよう」という思いが僅かながらに芽生えてきた。

「じ、じゃあ、やってみるよ。リーダー」

「凛ちゃん!」

「凛!」

 花陽とマキはぱぁっと顔をほころばせた。レイとシンも、

「頑張れよ、凛。ほら、シンも」

「……フンッ」

 わいわいと盛り上がる凛たち。

 

 対して――。

「まずい」

 颯爽とユダ・ノヴァ宣言をしたにもかかわらず早々に存在感を奪われたユダは部屋の隅に立ち尽くしていた。

「泣いてしまいそうだ」

 

 

 

 がんばれ、凛ちゃん!

 がんばれ、ユダ様!

 

 

つづく




シンが凛に対して妙に優しいのは、名前がケンシロウの連れてるガキ(リン)と同じだからです。恋する人は、好きな人が絡むと一見関係ないように思えるものまで気になっちゃうものなのです。知らんけど。


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第9話 リーダーに推す者よ! 凛の熱き心の叫びを聞け!!

忙しいのとユダのキャラクターが書くの難しすぎて遅れました。


+前回のラブライブ!+

 予選で早くも敗退した南斗DE5MEN。しかし、五位通過の南斗五車星のメンバーが素性不明のムッシュによって倒されたことにより棄権、敗者復活戦が開催されることとなった。

 一方予選四位通過のμ'sは地区本選を目指す傍らファッションショーの余興を務めることになった。

 そして両チームのリーダーは修学旅行で沖縄へ赴いていた。

 ユダと凛を臨時リーダーに据えた両チーム。果たして、どうなってしまうのか?

 

 

 翌日の放課後。

 いつもの屋上で花陽、マキ、ニコの三人は臨時リーダー凛の指示を待っていた。

「え~と、そ、それでは、練習を始めたいと思いまーす……?」

「おぉー」

 照れながら挨拶する凛に花陽がパチパチ拍手を送る。

 いつも練習時は元気すぎるくらいな凛だが、今回ばかりはそうはいかないらしく、もじもじとしている。

「どうしたのよ、いつも通りでいいのよ」

 ニコはそう言うが、今の凛にとっては難しい注文である。

「い、いつも通り?」

「そう、いつも通り」

「いつも通り……いつも通りでー……」

 ニコに言われて凛は一つ深呼吸をする。そして、

「この星空凛、μ'sのリーダーとして天に覇を唱えてくれるわ!」

「ニコの話聞いてた?」

「準備体操! 1・2・ジョイヤァー!」

「これどうすんのよ」

 マキが呆れながら髪の毛をくるくるする。花陽も凛の想像以上の迷走ぶりには開いた口が塞がらないといった様子であった。

「ジョイヤー!」

 

 どうしようもないから一同はユダの居城へ向かうことにした。

 いつも5MENはサウザーの居城か聖帝校で練習をしているのだが、今はユダがリーダーなため彼の城で練習するらしい。

「連絡しなくて大丈夫かな?」

「別に構わないでしょ。だいたい、世紀末に電話なんてないわよ」

 花陽の疑問を一蹴するマキ。

 四人は他愛もない談笑を続けながらユダの城への道を歩いていた。そんな道中で、ニコが「あっ」と声を上げる。

「どうかしたにゃ?」

「レイさんとシンさんじゃない? あれ」

 指す方を見やると、なるほど、レイとシンが歩いている。中々珍しい組み合わせである。凛が「おーい」と声を掛けると二人もこちらに気付いて、レイが、

「おお、どうした?」

「気分転換にユダ城で練習もいいとかなと思って」

「酔狂なものだな」

 シンが鼻を鳴らして笑う。

 冷静に考えてみれば酔狂もいいところである。

「そういう二人は何をしてるんですか?」

 酔狂ついでに花陽が尋ねる。基本的に絡みの無い珍しい組み合わせであるから興味も沸くのだ。

「いや、なんてことは無い。これからユダの城に向かうところだ」

「予定より早いのだが、まぁ自分の城にいてもバーチャルボーイくらいしかやることないしな」

「バー……なに?」

「もう少し私たちの世代に即した話ししなさい」

 ニコがため息を吐いた。

 

 

 ユダの城は音ノ木坂から車で30分ほどにある朽ち果てた都市の中に聳える大きなビルヂングである。美しさに絶大な執着を見せる彼の城であるから、内装は他の六聖拳と比べても絢爛なものである。

 そんなユダの城最大の名物と言えば各地からさらってきた美女軍団、通称『ユダガールズ』である。

「おれはこの世で誰よりも強く、そして美しい……!」

 ユダはユダガールズを玉座のあるテラスに集め、城下に広がる街を見ながら言った。そして、くるりと踵を返し、ユダガールズに向き直って、

「もう一度言う! おれはこの世で誰よりも強く……せーの」

「そして、美しい!」

 ユダガールズはお辞儀をしながらユダの言った通り繰り返す。

 彼は毎日こんなことを繰り返しているのだ。

「OKもう一度! ……おれはこの世で誰よりも強く?」

「そして、美しい!」

「おいユダ」

「OKOK! 次はジェーン、クラリス、シェリーの三人だ。おれはこの世で――」

「ユダ!」

「なんだ今忙しい……!?」

 日課を邪魔する何者かがいるから声のする方を見てみると、そこには見知った、かつ最悪の顔ぶれが並んでいた。

「シン!? レイ!?」

「ウダさん……」

「μ'sの奴らも! あとおれはユダだ!」

 招かれざる来訪者は揃って気まずい表情をしている。

「おい貴様ら、約束の時間はまだだろう!?」

「いや、どうせ暇だったから……?」

「その……なんかすまん」

 レイもシンもユダと目を合わさないように謝罪する。

「ユダさん、こんなの毎日やってるんですか……?」

 花陽が露骨に引きながら訊く。凛も、

「趣味悪いにゃー」

「う、うるさい! というか、星空凛貴様は何をしている!」

「ムービー撮ってる」

 彼女はスマホのカメラをユダに向けていた。

「撮影した映像はどうするつもりだ」

「穂乃果ちゃんのRhinに送信するにゃ」

「やめろ!」

 凛の撮影したユダの痛々しい姿は無慈悲な勢いで穂乃果へ送信された。しばらくして、返信が送られてくる。

「奴め、何と言っている!?」

「えっとね」

 

穂乃果『ことりちゃんと海未ちゃん爆笑! サウザーちゃんとシュウ様にも見せるね^^』

 

「ぬううう!?」

「穂乃果容赦ないわね」

「悪意無さげなのが余計に恐ろしいわ」  

 マキとニコが返信を見ながら慄く。

 

 しばしわちゃわちゃした後、ひとまず一同はお茶を飲んで一休みすることにした。

「で、シンとレイは分かるとしてμ'sが何の用だ?」

「うん、実は……」

 四人はユダにここへ来た経緯を説明した。同じく臨時リーダーとなっているユダなら凛の良いアドバイザーになると思ったのだ。

「ふん、下らん」

 凛の状況を聴いたユダはそう鼻で笑う。

「この乱世に何を遠慮する。むしろ下克上の好機ではないか?」

「う、うん?」

「そもそも相談する相手間違えたわね」

 ニコがマキに耳打ちする。ユダには聞こえなかったようであるが。

 分かり切ったことであるが、別に凛は穂乃果に下克上しようなどとは思ってないし、しろと言われても願い下げである。

「それなのにリーダーなんて……凛には向いてないよ」

「安心しろ。ユダより向いてる」

「レイっ! 貴様っ!」

「何の慰めにもならないにゃ……」

「ぬぐぅう!」

 これも分かり切ったことであるが、ユダは非常にプライドが高い。周りの人間に軽んじられることを嫌う。そうであるから、ここまで年下たちに軽んじられては我慢できない。

「おのれらー!」

「落ち着くニコ、ウダ!」

「ユダだ!」

「ユダ様ー!」

 収拾がつかなくなりそうになった時、息を切らせたダカールが広間へと駆けこんできた。

「なんだ! 今忙しい……」

「大変でございます!」

 ユダの言葉を遮るようにダカールは懐から紙を取り出す。

「何だそれは」

「電報でございます」

 ユダはダカールから電報をひったくると目を通し始めた。

「電報ってなんだにゃ?」

「最近めっきり使わなくなったものだよ」

「まだ使えるのね」

「まぁユダ城電話無いみたいだし」

 ユダは電報を幾度となく読み返す。そして、気持ちの悪い笑い声を上げ始めると、喜びに打ち震えながら諸手を上げた。

「フワハハハ! ついにこのユダに天が微笑んだわ!」

 そう叫ぶや彼は一同に電報を突きだした。

 

『タイフウキタル ヒコウキケッコウ ヨセンカエレヌ』

 

「どういう意味にゃ?」

「飛行機が台風で飛べないんだって。大変だねぇ」

 花陽が憐れむ様に頷く。対して

「サウザーが帰れぬとなれば、このユダ様がリーダーとして再選を戦うしかあるまい!」

「まぁ……そうだな」

「……うん……」

 レイとシンもしぶしぶといった様子で頷いた。ユダがリーダーなのも微妙な心境だが、自分がやらされるよりはましだと思ったのである。

「……え、待って」

 凛が何かに気付いて声を上げる。

「かよちん、飛行機止まってんだよね?」

「そうだね」

「サウザーちゃん達帰ってこれないんだよね?」

「そうだね。大変だねぇ?」

「いや『大変だねぇ?』じゃなくて? ……これってあれじゃん、穂乃果ちゃんたちも帰ってこれないじゃん」

「……あっ!」

 

 

 

 

「うん、そういうことなんだ」

 ユダの城で凛が驚愕の真実に辿りついている頃、穂乃果はホテルのラウンジで荒天の外を眺めながら絵里と通話していた。

『大変ね……まぁ、予想はしてたから、安心して』

「流石絵里ちゃん!」

『台風シーズンだしね。海未とことりは元気?』

「うん?」

 言われて穂乃果は後ろを振り向いた。そこでは、ババ抜きに興ずることり、海未、シュウ、サウザーの姿があった。ことりとレイは早々に抜けて、海未とサウザーの一騎打ちである。

「サウザー……いきますよ」

「フフフ……こい、下郎!」

 ここまで海未とサウザーはそれぞれ5回最下位になっている。そして、ババ抜きはここまで10回行われた。つまりそういうことである。

「……終わらないパーティーしてる」

『……? まあいいわ。ところで、センターなんだけど』

 センター……今度のファッションショーでのステージでの話である。今回も従来通りとりあえず穂乃果を真ん中に立てておく予定であった。だが、飛行機の都合で帰ることが出来なくなった以上、代わってセンターを務めるメンバーを選出する必要がある。

『私は凛が良いと思うの』

「こっちもそう思ってた。ていうか、私のセンター率高いけど別に私じゃなくていいよね? 最近思ったけど」

『まぁとりあえずリーダーだから? 深く考えて無かったわ。慣例になってて』

「絵里ちゃんそういうとこ雑だよねぇ。それはさておき、凛ちゃんどうかな、引き受けてくれるかな?」

 穂乃果は出発前、凛に「帰って来るまでよろしくね!」と声を掛けていた。その時の凛の反応は微妙で、しきりに、

「なんとか……えぇ……?」

などと言っていた。

『どうかしらね……でも、みんな凛が相応しいって考えているのは事実だわ』

「うん。だから――」

 

「ぬぅぅぅぅうん!? おのれ園田海未!」

「ふふふ、この園田海未、サウザーごときに後れは取りません。これで六勝です!」

「ワンモア―! ワンモアバトル―!」

 

「ちょっと静かにして!? 今絵里ちゃんと大事な話してるから!」

 穂乃果が注意すると海未とサウザーは声を潜め、シュウとことりを無理やり引き入れて再びババ抜きを始めた。

『どうかしたの?』

「いや別に。それで、凛ちゃんの事なんだけど」

『大丈夫、あの子も分かってくれるわよ。エリーチカに任せなさい』

「うーん……まぁ、希ちゃんもいるし大丈夫か」

『何気にひどくない?』

「まぁまぁ……あっ、そうだ」

 穂乃果は大事なことを思い出して声を上げる。

「衣装なんだけど、凛ちゃんのサイズに調整しなきゃ。ことりちゃんいないけど出来そう?」

『ああ、それなら大丈夫。それくらいなら私とニコで――』

 

「ああああ! サウザーあなた私の手札覗きましたね!?」

「覗いてません~! 貴様の勘違いだ!」

「いいえ覗きました今チラッと見ました! 下劣です卑劣です破廉恥ですぅー!」

「覗いてません~! 貴様の勘違いですぅ~! この聖帝サウザー、覗きなぞしなくとも下郎に負けません~」

「ぬぐぐおのれサウザー!」

 

「うるさいって言ってるでしょバカチンが!」

『ほ、穂乃果? 大丈夫?』

 怒鳴る穂乃果に驚いたのか電話の向こうの声はやや震えていた。気を取り直して穂乃果は「なんでもないよ!」と声を掛けた。

「で、絵里ちゃんとニコちゃんがなんだって?」

『えっ? あ、ああ……衣装の手直しは私とニコで出来るって話よ』

「ああそういう話ね。了解了解」

 絵里は設定上キルトやアクセサリー製作が趣味だから手先は器用である。ニコも裁縫は得意でことりの手伝いを度々している。心配はいらないだろう。

 となれば、やはり問題は凛本人である。

「絵里ちゃんほんと頼むよ?」

『大丈夫って言ってるでしょ? ……ちょ希、やめてよそういうのマジで』

 そう言って絵里は電話を切った。

 ……本当に大丈夫だろうか?

 とは言え、自分なら絵里以上に凛を説得できるとも思えないから、ひとまず信じることにした。 

 らしくなく心配してもしょうがない。せっかく修学旅行が延長になったのだから、その分楽しまないと。

 そう思うことにした穂乃果はさっそくトランプに混ぜてもらおうと振り向いた。

「さーて、私もトランプ混ぜ――」

 だが、そこにあった光景は賑やかにトランプに興じる面々の姿ではなくサウザーに無想転生を繰り出す海未の台風張りに荒れ狂った姿であった。

「サウザァー!」

「ぬぅぅぅし! ぬぅぅぅし!」

「えぇ……?」

 

 

 

 

 所戻って再びユダ城。

 ユダからの励ましなのか何なのか分からない言葉攻めに辟易していた凛の元に少なくとも今の彼女にとってはお世辞にも朗報とは言えない情報が舞い込んだ。

「あ、絵里ちゃんからメッセージ来てる」

 花陽はスマホをぽちぽち操作してメッセージの内容を確認した。じっくり読んでいることからそこそこの量の文章だと解る。

「……かよちん、絵里ちゃん何だって?」

「えっとね、簡潔に言うとね」

「うん」

「穂乃果ちゃんの代わりにセンターがんばれって」

「は?」

「これ、衣装」

「はぁ!?」

 花陽は絵里からのメッセージと共に凛の着ることとなった衣装の画像を見せた。

 その衣装は花嫁衣裳を彷彿とさせる可愛らしいドレスで、画像を見せる花嫁の顔はこれを着た凛を妄想しているのか、かつてないレベルでニヤついていた。

「凛ちゃん、きっと、否、間違いなく似合うよ!」

「まって! かよちん待って!」

 ぐいぐい迫る花陽に慄きながら凛は拒否する。

「凛にそういうのは似合わないって! ほ、ほら! ユダさんは!? ユダさんに着せなよ!」

「何故そこで俺が出るのだ?」

 しかし、ここは当世最高の美を自称するユダ、満更でもなさげだ。100%女物のドレスだって着こなして見せると言う気概が感じられる。

 だが。

「は!? なんでこんなに素敵な衣装をアレに着せなくちゃいけないの!? 凛ちゃんにこそ似合うよ!」

 花陽が全面否定した。

「ぬっくっ……!?」

「だ、だめかにゃ~?」

「駄目!」

「……じ、じゃあレイさんにあげれば良いにゃ! ほら、アイリさんのウエディングケープ、たしか今返り血で真っ赤でしょ!? マミヤさんへのプレゼンとにもピッタリにゃ!」

「いや、それなら間に合っている、心配するな。そもそもサイズ合わんし」

「くっ……! じ、じゃじゃじゃぁ、シンさん! シンさんの好きな人へプレゼントに! どうぞ!」

(ケンシロウへドレスをプレゼントだと……!?)

 シンの脳裏に華やかな純白のドレスに身を包んだケンシロウの姿が思い浮かぶ!

 ――シン、ご飯にするか? 風呂にするか? それとも、ア・タ・タ?

「……悪いが、奴にドレスは似合わん……」

「そんにゃ」

「凛、恥ずかしいのは分かるけど、そこまで嫌がること?」

 ニコが問いかける。

 これまでの拒絶ぶりも相当であったがドレスやセンターに関する拒絶の仕方がそれに勝る勢いである。今まで普通に衣装を着て唄っていたにも関わらず、何故今更拒絶するのだろうか?

「花陽の言う通り、凛に似合うわよそのドレス」

 マキも微笑みながらフォローする。

 事実、そのドレスは凛に抜群に似合うものであった。ひとたび身に纏えば、誰にも恥じることのない天使がそこに誕生することであろう。

 だから一同は凛に着るよう薦める。

 だが、しかし。

「――もー! 凛には似合わないったら似合わないの! それくらいわかるでしょ!?」

「凛ちゃん、でも……」

「でもじゃないっ! かよちんの……違うえーと……ニコちゃんのバカ!」

「いや何で私がディスられてんの?」

「うにゃああああああああ!」

 凛はニコの疑問に答えることなく席から跳ねるように立ち上がると雄たけびを上げながら部屋の外へ逃げていった。

「あ、凛ちゃん!」

「足速っ! もう外にいるし!」

 快足を誇る凛の突然の逃亡には一同為す術なく、叫びながら遠く去りゆく凛の背中を見送ることしかできなかった。

「な、なんなのだ一体……」

「訳が分からん」

 レイとシンも困惑の声を上げる。

「……凛ちゃんがあんなに嫌がるのには理由があるんです」

 凛に困惑する一同に、冷静になった花陽が口を開いた。

「理由……?」

「はい……」

 凛が可愛い服を拒絶する理由……それは、彼女がまだ小学生だったころにまで遡る……。

 

つづく 

 




電報届くの速すぎとか突っ込んではいけない。死ぬぞ。


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第10話 センター立つのか凛! 今・乙女はここまで美しい!!

尺の都合で後半雑です


+前回のラブライブ!+

 予選敗退するも敗者復活戦が開催されるとなって訓練に一層気合を入れる『見上げてGOLAN』。神に選ばれし自分たちが予選敗退など、あってはならないことなのだ。

だが、そんな彼らに忍び寄る濃い影が一つ。

「ほほう、神に選ばれし童貞とは……興味深い!」

「!?」

 

 

 花陽と凛がまだ小学生だったころの、ある日の話である。

 その日の朝、花陽は凛の服装に驚きの声を上げた。

「あ、凛ちゃんスカートだ!」

「えへへ」

 凛の普段着は専らズボンであり、フォーマルな場面以外でスカートを履くことは無かった。花陽は前々から凛にはスカートが似合うと確信していたから、非常に嬉しかった。

「似合ってるよぉ」

「えへ、ありがと」

 だが、そんなことなぞ微塵も理解しない通りがかった男子が凛をからかう。

「あー! 星空の奴スカートなんか履いてるぜー!」

「いつもズボンなのに~」

「悪くないんじゃねえのって気持ちだけど素直になれないからばーかばーか全然似合ってないって言っちゃうし!」

 その男子たちはやんややんや言いながら走り去っていった。

「凛ちゃん……大丈夫?」

「いやいや、気にしてないよ」

 心配げな花陽に凛は笑ってそう答えた。

 しかし、この日以来彼女が再び私服でスカートを履くことは無かった。

 

 

「そんなことがあったのね」

 マキが納得した風に答える。

「しかし、そんな昔の事をいつまでも引きずるものか?」

「分かっていないなシン」

 シンの疑問に答えたのは意外や意外、ユダであった。

「何気ないからかいが一生の傷になることもあるのだ。言った人間にそれほど悪意がなかろうと、言われた方は忘れることは出来ないものだ」

「うむ……その通りかもしれんな、ウダ」

「行ってる傍からそれを言うな!」

「というか、マミヤを深く傷つけた分際でよくもそのような事が言えるな?」

 レイにバッサリ言われてユダはぐぬぬと唸るばかりであった。

 ただ、発言者の人間性はさておきユダの言は至極正しいものである。他人からすればなんてことは無いかもしれないが、凛の心には一種のトラウマを植え付けられているのだ。

 今度の衣装は凛が着れば間違いなく似合う。それは誰しもが認めていることである。特に花陽の思いが強く、是非とも着てセンターに立ってほしいと願っている。

「なんとなくだけど、凛ちゃん、本当はあれを着てみたいって思ってるんじゃないかな。可愛い物好きだし、憧れも強いと思うの。でも、だからこそ素直になれないっていうか」

「凛ってば意外と不器用なのね」

 ニコが呆れた様子で息を吐いた。

「フッ、ニコちゃんがそれ言うとか片腹痛いわね」

「どういう意味よ?」

「マキちゃんも人の事言えないけどね。……とにかく、今度のステージは凛ちゃんがセンターに立つべきだよ」

 花陽の言葉に世辞はない。本気である。むしろ、彼女の欲望ですらある。 

 しかし、例え凛が心の底でどれだけ着てみたいと思っていたとしても、それを表面に出さない限り無理強いは出来ない。

 と、ここで。

「お困りのようやん」

「そういう時はこのエリーチカに任せなさい」

 生徒会の仕事を片付けた希と絵里がやって来た。絵里はすたすたと歩いてきて空いている席にスッと腰かけた。

「呼んでも無いのに来るとはサウザーか貴様らは」

「あらユダさん死にたいのかしら? それより、凛がセンターをやりたがらなくてどうしようもないみたいね?」

「そうなの。凛ちゃん、本当はやってみたいと思ってるんじゃないかって感じるんだけど……」

 花陽の言葉をふんふんと聴きながら絵里はお茶うけのクッキーを齧る。

「花陽が言うのだから、まぁ間違いはないんでしょうね」

「間違いないかは知らないけど……」

「まぁまぁ。そんな花陽に応えるべく、とっておきの秘策があるのだけど」

「秘策?」

 一同の問いに絵里は供された紅茶をぐいと一息に飲んでから答えた。

「その名も、『北風と太陽作戦』!」

「割と安直な策だな」

 シンが言う。しかし絵里はそれを華麗にスル―チカする。

「北風と太陽のお話は知ってるわね?」

 

 

 

~北斗昔ばなし・北風と太陽~

 むかしむかし あるところに 北風 と 太陽 がいました。

「風のヒューイ!」

「炎のシュレン!」

 ふたりには 南斗最後の将のもとへ向かう 旅人(ラオウ)を足止めする任務が 与えられていました。

 北風 が 太陽 に 言いました。

「どちらが拳王を足止めするか勝負をしようではないか!」

「うむ! このシュレン、ヒューイといえど手加減せぬ!」

 やがて 旅人(ラオウ)が 二人の前に現れました。

 最初に 飛び掛かるのは 北風です。

「拳王、覚悟!」

「ぬん!」

「ばわっ!」

 しかし 北風は 旅人(ラオウ)の剛拳で 一瞬にして 粉砕されてしまいました。

 太陽は 北風の死を 嘆きました。

「ヒューイ! お前の仇はこのシュレンがとるぞ!」

 太陽は 全身に炎をまとうと 旅人(ラオウ)に とびかかりました。

「我が五車炎情拳、受けてみよ!」

「ぬん!」

「ぼあっ!」

 太陽もまた 旅人(ラオウ)の剛拳の前に 粉砕されました。

 北風より 善戦したっぽく見えましたが 五十歩百歩でした。

 そんな二人を見て海は やっぱり 山 か 雲 を ぶつけるべきだったなぁ とおもいましたとさ。

 

おしまい

 

 

 

 

「この寓話に基づいてね」

「まってまって。おかしい、色々」

 絵里の話した物語は花陽の知るものとちょっと違った。

 だが、絵里的にそういうのは誤差の範囲らしく、「大丈夫、気にしないで」とほほ笑んだ。

「要は、あえて凛の要求を呑む形でセンターを花陽なりに任命するの。そうすれば、凛は逆にセンターをやりたくなるんじゃないかしら」

「なるほど、賢い策だな?」

「でしょでしょ?」

 南斗の知を称するユダからも太鼓判を押された。

 しかし、他の面々はこの賢い奇策に不思議と不安を覚えざるを得なかった。

 

 

 翌日の放課後。

 μ'sメンバーは練習場所である屋上に集合していた。そこで絵里は凛に質問する。

「凛、リーダーやりたくないってホント?」

「うん。凛には向いてないにゃ」

 相変わらず凛はそう言って受け入れようとはしない。頑なである。

 そんな彼女に、絵里は、

「あーじゃあしかたないわねー。凛が嫌って言うなら、花陽にでもセンターたのもうかしらー。しかたないなー」

(ド下手か)

 絵里の腹芸のでき無さぶりに戦慄する希を他所に、絵里は棒読みを続けた。

「ざんねんだなー。でもしかたないわよねー。花陽、おねがいできるー?」

「えっ……? あ、う、うん」 

 絵里の作戦では、ここで凛が「やっぱりやる!」と言うはずである。

 が、しかし。

「それがいいにゃ!」

「え」

 絵里の提案に凛が大賛成した。

「流石絵里ちゃん! 賢い選択だにゃー」

「まままって? え? 凛、それでいいの?」

「良いも悪いもへちまも無いよ。あれをかよちんが着るのかぁ……想像しただけでワクワクする!」

 うきうきした様子の凛。

 絵里は諦めず、部室で花陽に件の衣装を試着させた。実際に来ている姿を見れば、凛の考えも変わるだろうという腹だ。

「かよちんめちゃんこ可愛いにゃー!」

「えっ……あ、そう。アリガト……」

 駄目であった。

 

 

 

 

「さて、絵里ちゃん」

「はい」

「好きな死に方教えて」

「まってまってまってまって! 確かに作戦は失敗したわよ!? でも……まって!?」

 練習が終わった後、凛以外のメンバーは再びユダ城へ集結していた。

「エリチ……二年半楽しかったで?」

「絵里、アンタのこと、忘れないから……!」

「香典は期待してね!」

「悪ノリすな! ていうか、私だけで死なないから! ユダさんも道連れだから!」

「ぶっ……なっ何を言う……!?」

 突然死出の同行人としての役割を言い渡されたユダは口に含んでいた紅茶を噴きだしながら立ち上がって抗議した。しかし、レイとシンは、

「まぁ、絵里の案に太鼓判押したのは貴様だからな?」

「文句は言えまい」

「文句しかないわ!」

「じょ、冗談だよぉ」

 事が大きくなりそうだったから花陽があたふたと取り繕う。希には花陽の目がかつての合宿カレー事件(第1部18話参照)以来のマジに見えたが、黙っておくことにした。

「絵里ちゃんごめんね、折角考えてくれたのに……」

「いやホントごめん。良く考えたら私、花陽と凛みたいな友人関係って経験したことないから良く分かって無かった」

 絵里は深く溜息をついた。

「せやなぁ。ていうか、三年生組はみんなそんな感じやね……」

 希も苦笑しながら絵里に同調した。ニコも、

「悔しいけどその通りね……って、希ってなんか友達多そうなイメージだけど?」

「えっ!? あっ、いや……まぁ、色々あるんよ」

「ふぅん。レイさんは? なにか、こう……いいアイデアとか」

「残念だが思いつかないな……」

「そっかぁ。レイさんにないなら残りの二人も無理ね」

「どういう意味だそれ」

「……ていうか、ここまで頑なってことは本当にセンターは嫌なんじゃないの?」

 マキの指摘は一同が薄々感じ始めていたことであった。 

 凛が本当はあの衣装を着てセンターに立ってみたいと思っている、というのは思いこみで、これ以上は本人に迷惑な押し売り状態になるのではないか、と。

 しかし、花陽は首を振る。

「ううん、凛ちゃんは絶対着たいと思ってる」

「根拠は何よ」

「私があの衣装を着た時ね」

 花陽は衣装を姿見で確認しながら試着した。それを凛がすぐ後ろで見ながら可愛いとはしゃいでいたのだが……。

「あの時、凛ちゃんが一瞬……ほんの一瞬だけね、いつもと違う表情をしたの」

「どんな?」

「なんて言うのかな……嫉妬?」

「フン、あの娘にそのようなもの似合わんだろう」

 シンが一蹴する。身も蓋もない言いぐさだが、確かに凛と嫉妬とは中々不釣合いなワードである。カラッとした明るい性格が彼女の魅力でもあるからなおさらである。

「シン、やはり貴様は分かっとらんなぁ?」

「なに?」

 ユダがシンをあざ笑うかのように言う。

「女と嫉妬は切っても切れぬ関係にあるのだ。嫉妬をすればするほど人は美しくなる……もっとも、美の頂点にあるこのユダにとって嫉妬なぞ下等な感情でしかないがな……」

 本当はレイに嫉妬しまくりという事実を除けば、なるほど、ユダの言も理解できる。

「そうね、凛も女の子だものね」

「だからと言って、何か有効な手があるの?」

 髪をくるくるさせながらマキは言う。

 凛の背中をどうやって押せばいいか。問題はそこである。

 相談するとすれば、花陽と凛のような幼馴染関係にあって、こういう問題になれていそうな人だろう……。

「穂乃果ちゃんあたりに相談すればええんとちゃうの?」

「あ」

 

 

 その頃沖縄は、台風は過ぎ去りつつあったものの未だ天気は悪く、東京便再開の目途も立っていない状態であった。 

 外にも出られずホテルに缶詰めな穂乃果たちはホテルが用意してくれた映画を見て気分を紛らわしていた。

「や~ん、良い映画だったなぁ~」

 上映が終わって、ことりはうっとりしている。

「いや~、恋愛映画って分かんないね、難しくて」

「穂乃果ちゃんずっと寝てたじゃん……」

 ロマンチックなシーンで胸がキュンキュンしていたことりは隣の席で爆睡する穂乃果を見て一瞬現実へ引き戻されたものだ。

「おかげで気分爽快だよ。海未ちゃんはどうだった?」

「なんですかあれは!」

「なんですかってなんですか?」

「好きですが好きですか的な?」

「違います!」

 海未は顔を真っ赤にして叫んだ。

 彼女が恥じているのはクライマックスのキスシーンである。

 幾多の危機を乗り越え再開した二人が、駅の雑踏の中抱擁し、熱いキスを交わす……男女問わずに胸がキュンとなる名シーンである。だが、海未的には胸より顔が熱くなったようである。

「あれはね、海未ちゃん。キスよ」

「きっ……!?」

「キス……マウス・トゥ・マウス、口づけ、接吻」

「ぬふうううう!」

「ことりちゃん、あまり海未ちゃんをからかわないの」

 ところで、このような状態に陥ったのは何も海未に限らない。

「見たかシュウ様……やつら、大衆の面前でキスをしたぞ!?」

「ああ、そうだな。よいシーンであったと思うが」

「バカなっ! あのような場所でチューするなど、どんな育ち方をしているんだ!?」

 サウザーも海未同様、ラストシーンでただならぬ衝撃を受けていた。現代社会から隔絶されて育ったからその辺の箱入り娘以上に初心なのだ。

「まぁまぁサウザーちゃん」

 そんな彼を穂乃果が慰める。

「この後、劇場版北斗の拳(1986年版)やるらしいから、それで口直ししよう?」

「やだ」

「は?」

「あの映画レイばかり目立ってむかつくんですけど?」

「めんどくさいなアンタ」

 と、この時、穂乃果の携帯が着信を告げた。

『アタタタタタタタタタタ!』

「ん? ……あっ、花陽ちゃんだ」

「その着信音なんですか」

「もしもしー?」

 電話に出ると、電話口の向こうに他に人がいる様子で、ザワザワチカチカ声が聞こえる。

『もしもし花陽です』

「知ってる」

『実は、相談があって』

 

 花陽は語った。

 凛が衣装を着てセンターをやるのは嫌だ、と言う事。

 でも、本当はやってみたいと思っているんじゃないか、と思う事。

 だとすれば、どうやって背中を押してあげればいいんだろう、という事。

 

「小泉は何だと言っているんだ?」

 穂乃果はサウザーに簡単に事のあらましを説明した。

「ほう……」

 サウザーはそれを聞いてニヤリと笑う。

「愚かなことだな。下郎らしい悩みだ」

 悩みなぞない彼からすれば花陽の抱える問題はくだらないことなのだ。

「聖帝には制圧前進あるのみ! おれは蟻の反逆をも許さん。星空凛が嫌だと言うなら、良しというよう屈服させれば良いのだ!」

「バカかお前は」

 シュウが呆れたように言う。電話の向こうの花陽も聴いていたようで、『はぁ……?』と困惑の声を上げている。

 しかし、穂乃果は、

「うーん、でも、サウザーちゃんの言うのもありかもね」

『えっ!?』

「だって、凛ちゃんはリーダーをやってみたくて、花陽ちゃんはやって欲しいんでしょ?」

『いや、凛ちゃんのは私の思い込みかもしれないし』

「それでもいいよ。当たって砕けろ、遠慮なんてしないでさ。私なんて遠慮したことないもん、ことりちゃんにも、海未ちゃんにも」

『そういうもんかなぁ』

「そーそ」

 花陽にはなかった考え方である。友人への遠慮……確かに、あったかもしれない。

 でも、無理強いして関係が壊れてしまうのではないか。そう思ってしまう。

「心配いらないよ! バキバキの海未ちゃんが大丈夫なんだから。凛ちゃんだって分かってるって」

 穂乃果はそう言うとにっこりと笑った。

 

 

 当日。

 

 敗者復活戦の会場で5MENの三人は出番を待っていた。

「クッ……ファルコ()が用事で欠席なのは想定外だが……まぁいい!」

 いつものタンクトップに身を包み(本当はもっと違うものを用意したかったが時間と技術が無かった)、ステージ脇をウロウロする。

「デカい貴様がウロウロするだけでウザいのだからじっとしろ!」

 シンがイライラしながら言う。どうやら緊張しているらしい。最年少らしく可愛いところもあるものだ。

「それにしても、凛は衣装を着ただろうか」

 レイが椅子に座りながら呟く。

「うむ、まぁ、何とかなるのではないか?」

「はっきり言って気になるな」

「貴様ら!」

 μ'sの心配をする二人にユダが吠える。

「おれ達はこの敗者復活戦にかかっているのだ! 何を呑気に!」

「そうは言うがなウダ」

「ユ・ダ・だ! いい加減くどいぞレイ!」

「ユダよ、こういっては何だが、読者は凛が衣装を着たか否か、トラウマを乗り越えたか否かの方が気になると思うのだが?」

「うるさい! そんなのDVDを見れば分かる話だろう!」

 ユダはマントを翻しながらこぶしをグッと握りしめた。

「この復活戦はこのユダにとって単なる復活戦以上の価値を持つ……すなわち、ユダ・ノヴァの第一歩!」

「要はサウザーを見返したいのだろう」

「違う! もはやおれはその次元にない……見ているがいい、このユダの活躍を!」

「5MENの皆さん、おねがいしまーす」

 

 

 

 

 果たして、敗者復活戦の結果、5MENは無事次への切符を手に入れた。

 何とも奇妙なことに、この敗者復活戦は『見上げてGOLAN』などの有力チームがそろって棄権し、参加チームは南斗DE5MENを除けば『Z(ジード)』のみという有様であった。そうであるから、ユダ的には些か不満の残る試合ではあった。

 しかし、当初の目的……つまり、サウザー不在での躍進による抜け駆け的行動は成功したと言える。

 そう、ユダ・ノヴァの第一段階は果たされたのである。

 これは、ユダにとって大きな一歩であった。

 だが、ユダの良く分からないキャラクター性があだとなり、今後ユダ・ノヴァの第二段階が描かれることは無いのであった。

 

 あと、凛はなんやかんやトラウマを乗り切ったのであった。

 

 

つづく 




散々なエリチカだけど、そのぶん今後名誉挽回の機会あるので絵里ファンの方々ご安心ください。
ユダにはありません。


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第11話 ここがアイ研の部屋! 堕天使は舞い降りた!!

今回サウザーの出番なし
マキちゃん回


+前回のラブライブ!+

 二年生不在の中、ファッションショーのステージを務めることになったμ's。

 素直になれない凛とその背中を押す仲間たち。

 そして彼女は、過去を振り切りステージに立ったのであった。

 あと、ユダがなんか頑張ったのであった。

 

 

 

 

 その日、生徒会室で穂乃果、海未、ことりの三人は書類の整理に励んでいた。

「……穂乃果」

「うん?」

 そんな中、海未が半泣きで仕事をこなす穂乃果を見てふと気が付いた。

「なんか……少し太りました?」

「え゛っ」

 穂乃果はギクリとした様子で声を上げる。

「……何の事かな」

「どことなく肥えたような気がします。穂乃果、この間の健康診断の結果を教えてくれませんか?」

 海未の言葉に穂乃果は気まずそうに眼を逸らすばかりである。その態度に、海未は疑念を確信へと変化させる。

「ダイエットですね」

「い、いや……そんなに? そんなに増えて無いし。背も伸びたし……」

「ダイエットですね」

 問答無用であった。有無を言わせぬ断言であった。

 海未曰く、スタイルはアイドルの資本であり、モデル並みにナイスボディでなくとも見苦しくないスタイルは保たねばならない。まして、これから地区本選、最終予選、そして本大会と続いていくというのにだらしのないボディを曝し続けるなど言語道断である。

「でも海未ちゃん、私には言うほど太って見えないよ? それに、女の子は少し肥えてた方が良いって言うし」

「だよねことりちゃん!」

「……確かに、今はまだそう太って見えませんし、誤差の範囲ともいえるかもしれません」

「――! なら……」

「ですがっ!」

 穂乃果の言葉を遮るように海未が声を張り上げる。

「このまま放置すると穂乃果は間違いなく際限なしに太ります! 『今日もパンが美味いねぇ。わはは』とか言いながらパクパクパクパク……」

「で、でもぉ……」

「でもじゃありません。……いいですか、ここに一枚の写真があります」

 そう言うや海未はどこからともなくパネルを取り出し穂乃果に見せた。そのパネルには中学生ほどの少年の写真で、なかなかどうしての美少年であった。

「綺麗な男の子だね」

「そうですね。では、続けてこちらをご覧ください」

 次に取り出したパネル。そこにはKING軍の幹部であるハート様のお姿が写っていた。

「ハート様じゃん。この子とハート様がどうしたのさ」

「この二人は同一人物です」

「……うん?」

「同じ人なんです。これ」

「…………」

「何が言いたいか……分かりますね?」

「…………」

 

 

 所変わって、一年生三人組と部室。

 部室では花陽が活動前のおやつを食べようとしていた。

「新米の季節です!」

 そう言いながら手にするのは大きな大きなおにぎり。花陽の顔がまるっきり隠れてしまうほどのサイズだ。

「あむ! う~ん、美味しい!」

「…………」

 そんな花陽を恨めしそうに睨むのが穂乃果である。

 彼女もいつも部活の前はパンを食べたりしているのだが、海未に制限されているのである。

「言われてみれば穂乃果ちゃん、少し丸くなったにゃ」

「ぐぬぬぅ……」

 さすがに後輩にまで言われては認めるほかない。

「もぐもぐ、食欲の秋に食べられないなんて……もぐもぐ、可哀想ですねぇ」

 先輩の不幸を尻目に花陽は幸せそうにおにぎりを頬張る。食べること、それが彼女の幸せなのだ。

 そんな幸せ全開な花陽を見ながら、凛がポツリと言う。

「……かよちんさ」

「もぐもぐ?」

「ちょっと太った?」

「まぐっ!?」

 花陽おにぎりを齧ったまま新膻中を突かれたが如く硬直した。

「……言われてみれば……」

 花陽をじろじろ見ながら海未も凛に同意する。

「ぴゃああああああ!」

「いや、そんなかよちんも好きだよ?」

「うふふ、花陽ちゃんも穂乃果の仲間だねぇ? ええ?」

 失意から一転、穂乃果はニヤニヤしながら花陽の肩に手を回した。何事も仲間が出来ると嬉しいものである。

「そ、そんな……新米……ごはんがぁ……」

「私もパン食べれないし。まぁ、頑張ろうや? へっへっへ……」

「穂乃果ちゃん悪い顔してる……」

 ことりが苦笑する。

 だが、ご飯を食べられないのはあまりにも苦しい。

「で、でも!」

「何が『でも』ですか?」

 海未が花陽に問う。有無を言わさぬ口調だが、花陽は挫けない。

「マキちゃんも……マキちゃんも太って見えるよ!?」

 そう言いながら彼女はマキを指さした。

 指の先で椅子に座るマキは、確かに以前に比べて身体が大きくなったように見えた。

「マキ、花陽はこう言いますが……太ったのですか?」

 椅子に座るマキに海未は問いかけた。すると、マキはニヤニヤしながら、

「ん~!? なんのことかな」

「マキちゃんは太ったと言うより、逞しくなった気がするにゃ」

 凛はそう言いながらマキの逞しい二の腕を叩く。

「凛の言う通りですね」

「背も伸びたかな?」

「顔も濃くなってるね」

 海未、ことり、穂乃果も凛と同意見のようだ。

「ぬ、ぐぐぐぐ……」

「観念なさい花陽。第一、マキが太っていたところであなたの食事制限になんら影響はありません」

「フフフ……」

 マキは落ち込む花陽を見てニヤニヤと笑う。

 と、そこへ絵里と希がやって来た。

「おはよう、みんな」

「おはよーさん」

「絵里ちゃん、希ちゃん! ニコちゃんは一緒じゃないの?」

「部長会で遅れるそうよ」

 絵里は鞄をテーブルに置きながら答える。その時、彼女の目に椅子にふんぞり返るマキの姿がとまった。

「あら、マキ……」

「んん~?」

「マキ、あなた……ちょっと雰囲気変わった?」

 絵里は顎に手をやりながら問いかける。

「おれは変わらん! ただ時代が変わったのだ!!」

「あらそう、大変ね」

 マキの回答に納得すると彼女は海未の方へ向き直り、今度の地区本選の歌詞は問題ないか訊いた。

「とうに完成して、マキに渡してありますよ」

「あらそう? マキ、曲の方はどうかしら?」

 そろそろ歌が完成していないと地区本選には間に合わない。ハードスケジュールではあるが、大会規則上仕方のないことである。

 絵里の問いかけに、マキは自信満々の様子で答える。

「安心しろ! おれは天才だ~!!」

「フフッ、頼もしい限りだわ」

「ヒッヒッヒ」

 笑い合う絵里とマキ。

 と、その時。

「おはよう。日直で遅くなったわ」

 扉を開いて一人の少女が部室へ入ってきた。その人物に、一同が驚愕する。

「マ、マキちゃん!?」

「マキちゃんが……二人……!?」

 なんと、挨拶と共に現れたのはもう一人の西木野マキだったのだ。

「もう、花陽に凛ったら何言ってんの……」

 呆れながら答えるマキであったが、自分の定位置に座る人物を見た瞬間、ぎょっとして鞄を抱きかかえた。

「……あ、あなた、誰よ?」

「おれの名はマキ! 北斗神拳のマキだぁ~!」

「いやいや、何よアンタ。そんなんで私とか片腹痛いわよ」

 ため息を付き、頭に手をやる後から入って来た方のマキ。しかし、他の面々は混乱の極みにあった。

「マキちゃんが分裂したにゃ!」

「違うよ凛ちゃん! これ、どっちかが偽物なんだよ!」

「う、海未ちゃん、穂乃果ちゃん、どっちが本物か分かる……?」

「皆目見当もつきません……」

「どっちも本物のマキちゃんに見えるよ……!」

「いやいや」

 息を呑む一同に後マキは思わず苦笑しながら、

「冗談はヤメテ。どう見てもアイツが偽物じゃない」

「どう見てもって言われても……」

「文字だから見た目なんてわかんないにゃ」

「文字にしたところでセリフからして偽物感が溢れ出てるじゃないのよ!」

 後マキの剣幕に花陽と凛は怯える。怯えながらも、

「だ、だって! 髪型だって二人とも一緒だし!」

「髪型以外がどう見てもおかしいでしょうが! ていうかアイツどう見ても男じゃない!」

「フッフッフ……」

 後マキの言葉を聴いて前マキはニヤニヤしながら髪の毛をくるくるし始めた。

「ほら! 髪の毛くるくるし始めたにゃ! マキちゃんの癖だにゃ!」

「私はあんなキモチワルイ顔しながらくるくるしないっ!」

「スピリチャルやね。でも、どうやって本物と偽物の区別つけるん?」

「希まで……一目瞭然じゃないのよ……」

 後マキは深いため息をついた。

 しかし、こんな時頼りになるのが、かしこいかわいいエリーチカである。

「私に任せなさい」

「何か策があるん?」

「簡単な質問をするのよ。マキに関する質問をして、合っていた方が本物って寸法ね」

 簡単だが効果的な案だ。本物や親密な者しか知りえない事柄を偽物が知りえるはずがないからだ。

「それじゃまず、後に入って来た方のマキ……便宜上『マキA』と呼ぶわ。あなたからね?」

「分かった。それで、質問は?」

「あなたの大好物は何かしら」

「トマトよ」

 マキAは答える。

「ふーん。マキBは?」

「おれも同じだ」

「二人とも、同じですって……!?」

 絵里が困惑の表情を見せる。

「絵里、言いたくないけどあなたバカジャナイノ?」

「まぁまぁ。ウチに任せとき」

 ショックを受ける絵里に変わり今度は希が質問をする。先はマキAから質問したから、今度はBから訊いていく。

「マキBちゃん、趣味は?」

「新秘孔の究明だ!」

 マキBは自信満々に答える。

「マキAちゃんは?」

「写真とか。あと天体観測とかもするわね」

「……うーん」

 二人の回答を受けて希は腕を組み、困ったように唸った。

「分からんねぇ」

「なんでよ!」

「どっちもマキちゃんらしいって言うか……」

「日頃の私のどこから新秘孔の究明なんて要素感じるのよ!」

 ぷりぷり怒るマキA。そんな彼女を他所に、突如としてマキBが花陽に声を掛けた。

「かよちん……」

「うん?」

「暴力はいいぞ!」

「あ、うん、そう……」

「何の話ですか……」

 と、ここで凛が何かに気付き海未にかぶさるように声を上げた。

「あーっ!」

「うわっ、なんですか凛、突然驚かさないでください」

「マキちゃん、今『かよちん』って呼んだにゃ!」

「えっ……あ!?」

 彼女の指摘に一同が声を上げた。

 そう、マキはいつも花陽のことを『花陽』と呼び捨てにしている。花陽のことを『かよちん』と呼ぶのは凛だけである。にもかかわらず、マキBは凛と同じように花陽を呼んだのだ。

「じゃあ、マキBちゃんが偽物!?」

 穂乃果が驚いて言う。

「当たり前でしょ! 驚く要素ないじゃない……」

 マキAは仲間のポンコツぶりに呆れながらも胸をなでおろしながら言った。無いとは思いつつも、このまま自分が偽物認定されたらどうしようという不安もあったのだ。

「……いや、ちょっと待って!」

 だが、ことりが納得しかける一同にまったをかける。

「ことりちゃん、どうしたの?」

「みんなマキちゃんは『かよちん』呼びしないって言うけど……」

「うん」

「初期っていうか、TV版以外は結構『かよちん』呼びしてたよね?」

「!?」

 ことりの指摘に一同は衝撃を受けた。

「言われてみれば、その通りです……!」

「スクフェスでもちょいちょい『かよちん』呼びしてたにゃ!」

「ドラマパートでも『かよちん』言ってたやん!」

「いや……何の話?」

 全く盲点だったぜと言わんばかりな面々にマキAは困惑するばかりである。

「言われてみれば、無駄にナルシストで自信家なところも初期っぽいわね」

 ふむふむと言いながら納得する絵里。

「てことは……両方とも本物のマキちゃん!? わけわかんないよぉダレカタスケテー!」

「分からなくないよ!」

 混乱する一同を落ち着かせようとしてか、穂乃果が立ち上がって叫ぶ。

「キャラは違うけどマキBちゃんも歴としたマキちゃん!」

「違うでしょうどう考えても」

「私達は今まで通りでいいんだよ。そうすれば、マキちゃんが二人いるのにもすぐに慣れる!」

「慣れねぇよ!」

 マキAの必死の抵抗も空しく、穂乃果の言葉に感化され面々はマキBをメンバーに迎え入れる準備を始めていた。穂乃果のリーダーシップや影響力をマキAは尊敬していたが、今回ばかりは恨めしい限りである。

「マキBちゃん……『マキB』ってのもあれだね……今日からあなたの事、『西木野初期』ちゃんって、呼んでいい?」

「凄い名前!」

「うむ、気に入った!」

「気に入るんだ!」

「よろしくね、初期ちゃん!」

「フフフ……」

 マキB改め初期ちゃんは嬉しそうにニタニタ笑った。

 かくして、久々にμ'sが10名となった。

「また賑やかになるね!」

「まったく、穂乃果には困ったものです」

 海未が困り顔で、でもどこか嬉しそうに言う。他の面々も同様だ。釈然としていないのはマキだけである。彼女としてはこんな得体の知れない人間をμ'sに置いておきたくはなかった。

 そんな彼女に、神が味方した。

 爽やかな秋の風が、開け放たれていた窓から部室の中へ舞いこんできたのだ。

 風は小さな旋風となって初期ちゃんの傍を通り過ぎた。

 その時である。

 初期ちゃんの、マキと同じような形をした髪の毛が。

 ぽとり、と、床に落ちた。

「…………え」

 まるで、空間そのものが凍り付いたかのようであった。

 初期ちゃんの髪が何故か床に落ちて、見直してみればそこにいたのは西木野初期ちゃんではなくニタニタ笑いの良く分からない変な男だったのである。

「……だれだお前!?」

 穂乃果が叫ぶ。それは全員が抱いた疑問でもあった。

 その疑問に答える者が一人。

「穂乃果、その男は私達の良く知る西木野マキではないわよ」

 部長会を終えたニコが何故かカッコよく入り口に寄りかかりながら告げる。

「ニコちゃん! うん、見ればわかる」

「その男の名はアミバ。レイさん達と南斗聖拳を学んだ男よ」

「な、なんだって!?」

 なんと、西木野初期ちゃんの正体は、南斗聖拳の拳士、アミバだったのである。 

 ニコからの告発に、初期ちゃん改めアミバは「クックック……」と不気味な笑い声をあげた。

「お前の言う通り、おれはアミバだ。だが、もう遅い!」

 言うや、彼は突然身をかがめ、腕を伸ばすとマキの背中に指を突きいれた。

「うぐっ!?」

「マキちゃん!」

 アミバが背中を突くと同時、マキは体操よろしく両腕を真横にピンと伸ばし、そのまま身動きが取れなくなってしまった。

「秘孔『戦癰(せんよう)』を突いた! ほれ!」

 彼は身動きの取れないマキの足元を払う。受け身も取れないから彼女はそのままうつ伏せになる形で倒れてしまった。

「もうマキは身動きが取れまい! これで今日からおれ様がμ'sの西木野マキだぁ~!」

「その理屈はどうなのかなぁ?」

「ていうかこれ、かつてない大ピンチじゃないですか?」

「ヤバいよ! ニコちゃーん! 南斗水鳥拳でどうにかしてよ!」

 困惑するμ'sを他所にアミバは上機嫌である。

「おれを認めなかったファンどもをいずれおれの前で平伏させてやるわ~!! そしておれにファンどもが媚びるのだぁ!!」

 なんだか知らないがとてつもないコンプレックスの波動を感じる。一周して憐れみを覚えてしまいそうであった。

「おれは天才だ! 天才マキ様だぁ~!」

 高笑いするアミバ。絶好調である。

 だが、だからと言ってアミバのμ's入りを認めるなど、許されることではない。

「アミバ、知らないようだから教えてあげるけど、北斗神拳には、『秘孔封じ』という奥義があるらしいわよ?」

「なぁにぃ? ……ぶばっ!」

 ニコに言われて倒れたマキを見やった瞬間、既に起き上っていたマキに蹴り飛ばされた。

「マキちゃん!」

「ハラショー! さすがね!」

 アミバの秘孔を封じたマキだったが、倒れた拍子に鼻を打ったらしく、弱冠涙目であった。鼻をさすりながら、彼女はアミバを煽る。

「私なんかに秘孔を封じられるなんて、穂乃果にも敵わないんじゃないかしら?」

「な、なにぃ?」

「天才が聴いて呆れるわね」

「ぬっ……ぐぐぅぅう!」

 蹴り飛ばされたアミバは壁に顔面から激突して鼻血を流していた。

 彼は怒りに震えていた。

 たかだか小娘にしてやられたこと。

 そして、その小娘に秘孔の技術がこれまた別の小娘にすら劣ると言われたこと。

 天才を自負する彼にとって、それは許し難いことであった。

「うくくっ! マキとおれとでは差があるというのか!? おれが劣ると……そんなわけない! おれは天才だ! 誰もおれには勝てん!!」

 言い聞かせるように叫ぶと彼は壁に向かって走りだした。そして、壁を蹴り跳躍すると、マキに踊りかかった。

「くらえ! 鷹爪三角脚(ようそうさんかくきゃく)!」

「マキちゃん危ない!」

 だが、マキは避けない。

 避けないどころか、彼女は拳を構え、アミバを迎え撃つ姿勢を取った。そして、マキの拳が向かいくるアミバへ向けて放たれた!

「えひゃっ!」

 マキの拳を受けたアミバはたまらず吹き飛ばされた。

「北斗残悔積歩拳(ざんかいせきほけん)!」

 

 ――残悔積歩拳!

 秘孔『膝限(しつげん)』を突き、自分の意志とは無関係に足を後ろへと進ませるという北斗神拳の奥義である! 技を受けたものは、後ろへ歩む一歩一歩に己の所業を後悔するのだ!

 

「あ、足が勝手にぃ~!」

 拳を受けたアミバは立ち上がるや否や後ろ歩きで部室を後にしていった。一同はそれを追いかける。

 アミバは後ろ歩きのまま廊下を通り、生徒玄関を経て、校門へと向かった。

「なんで天才のおれがこんな目にぃ~!?」

 校門には下校しようとする生徒が数多くいた。そんな中ヒィヒィ言いながら後ろ歩きするアミバは奇怪そのもので、大変注目を集めた。

 そして、彼が校門まで達した、次の瞬間。

「う  わ  ら  ば  !!」

 断末魔と共に身に付けている服が爆散し、アミバは素っ裸になった。

 後ろ歩きをしていた男が突然衆人……それも年頃の少女たちも前で真っ裸になったのだから、校門周辺では多くの悲鳴が上がる。

「これはアレですか? 社会的に爆死する秘孔ですか?」

「そんなところね」

「北斗神拳って、滅茶苦茶器用やね」

「器用さこそが北斗神拳の神髄です!」

 かくして、西木野マキ分裂事件は幕を閉じたのであった。

 




なんやかんやあってアミバはマキの家に居候することになりました。
次回、南斗DE5MEN会議


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第12話 μ'sをおおうマンネリの星! 迷走の果てに時代は動く!!

+前回のラブライブ!+

 サウザーとシュウ様に加え助っ人に来るはずだった黄金の角刈りまで不在という中で行われた敗者復活戦。

 臨時リーダーであるユダの下で見事勝利、5MENは無事次へと駒を進めた。

 しかし、このことは喜ばしいと同時にユダの増長とサウザーの権力低下を招きかねない事態でもあった。

 ユダの専横を阻止するべく、サウザーは会議を招集した!

 

 

「フフフ……下郎の諸君、今回は南斗DE5MEN総会にご参列頂きどうもありがとうございます」

 サウザー城のいつもの部屋。そこに5MENメンバーに加え多くのゲストが参列していた。

「もーサウザーちゃん、私達だって暇じゃないんだからさ、しょうもない話なら帰るからね!」

 穂乃果は機嫌が悪かった。何しろダイエットで海未から厳格なカロリー制限を言い渡されているのだ。しかも、それが自業自得であるという事実が余計に彼女を不機嫌にさせている。

「急くな高坂! バカみたいだぞ? ……フフフ。いや? バカだから急くのだな高坂?」

「開幕早々なんなのさ!?」

「落ち着きなさい穂乃果、いつものことでしょ?」

 ぷんすこ怒る穂乃果を押さえるのは絵里である。μ'sメンバーからは彼女たちの他に花陽も招集されている。学年ごとに一人ずつ、という塩梅だ。

「さて、今回の議題だが、5MENの更なる人気獲得のためにはどうすればいいかという話だ」

 敗者復活戦により蘇った南斗DE5MEN。しかし、地区本選でまた負けてしまっては意味がない。これからを見据えて新しい要素を練らなければならない。

「フッ、分かり切ったことだ」

 サウザーの出した議題に最初に反応したのはユダである。

「このユダを新リーダーにするのが良いに決まっている。何しろ実績があるからな」

「実績……? あぁ、あの『Z』とかいう下郎に勝ったという話か。ユダらしくナンセンスだな?」

「ふん、何とでも言うがよい」

 サウザーの皮肉もどこ吹く風、ユダは自信満々であった。当然である。例え『Z』がとるに足らない相手だとしても、ユダ率いる5MENが勝利したのは事実であり、サウザーが敗軍の将である事実は変わらないのだ。

「これからは妖星が輝く時代だ……それに、このおれがリーダーに相応しいという証拠は他にもあるぞ?」

「なに?」

 ユダの言葉にサウザーだけでなく他の面々も反応する。

「感想欄を見てみろ。このユダの活躍を讃え、更なる望む読者の声があふれておるわ!」

「なんだと!?」

 

 

ユダ様LOVE ID:UKpP4ICU  2016年10月27日(木) 22:34

ユダ様の活躍がもっと見たいです!

はっきり言ってユダ様こそがリーダーに相応しいと思います。

サウザーと違ってユダ様はとても美しく、頭もあります。

是非、主人公をユダ様にしてください!

 

ユダ様最高 ID:UKpP4ICU  2016年10月27日(木) 22:35

ユダ様の活躍に感動して涙が止まりませんでした。

友達もみんなユダ様が主役がいいと言っています。

サウザーなんか除けてユダ様が主役のストーリーにしてください!

 

ユダ様神 ID:UKpP4ICU  2016年10月27日(木) 22:35

ユダ様がなんかよかったです。

今後もなんかユダ様が良いと思います。

 

 

 

「どうだサウザー。反論の余地はあるまい?」

「ぬうぐぐ……」

 さすがにここまで見せつけられてはサウザーも黙るしかない。彼は悔し気に歯ぎしりして口から血を流した。

「ユダが新リーダーなのもどうかと思うが……」

「ここまで支持されているのなら仕方あるまい」

「レイっ! シュウ様ぁぁ~!」

 サウザーは納得いかない。

「おれは聖帝! このような戯言、力でねじ伏せてくれる!」

「フーハハハ! しかしだサウザー。貴様がいくら力を行使したところで、人気が出ない限り5MENの本選落ちは変わらんぞ?」

「すっふ……!」

 ユダの残酷な言葉にサウザーは思わず吐血する。

 サウザーにとって誰かの……よりによって同じ六聖拳の下につくのは前例がないレベルで屈辱的なことである。ユダの専横を阻止するべく開催した会議でまさか逆に追い詰められるとは不覚の極みであった。

 虫の息のサウザーを見下しご満悦のユダ。彼はμ's代表の三人へ身体を向ける。

「どうだ! スクールアイドルで最も強く美しいのはこのユダをおいて他にいないのだ」

「う、うん……」

 自信満々のユダであったが、μ'sらの反応は薄い。当然と言えば当然ではあるが……他にも理由があった。

「あ、あの」

「どうした小泉」

「いや、その感想なんだけど……」

 花陽はなんとも申し訳なさそうにユダを見やると、並ぶ感想の一角を指さした。

「名前の後の英数字の並びなんだけど、たぶんID的なものだよね? これが全部同じなんだけど……」

「それは……どういう意味だ?」

 シュウが問いかける。

「えっと、これが一緒ってことは、たぶんこの感想書いたの全部同じ人だと思うのだけど……」

「なに!?」

 花陽の言葉を聞いた瞬間、虫の息だったサウザーは復活、ユダを嘲笑うかのように高笑いを始めた。

「フハハハハ! 滑稽だなユダ! 貴様を讃えるのは一人きりだそうだぞ? ええ?」

「う、うるさい! どちらにせよ、このおれに熱狂的なファンがいると言う事実は覆らん。残念だったなサウザー!」

 事実を突き付けられてもユダは挫けない。一人でいくつもの感想を書いてくれるファンなぞサウザーにはいないから、その点でまだ優位にいるのだ。

 だが、花陽はまだ何かあるらしく「あの」と再び手を挙げる。

「今度は何だ!?」

「いや、これは完全に私の想像なんだけどね……?」

 もじもじしながら花陽は続ける。

「この感想、もしかして全部ユダさんの自演だったりして、なんて……いや、想像だけどね?」

「!?」

 それは、あまりにも衝撃的で、かつあまりにも『ありそうな』話であった。

「うわっ、まじか!?」

「ま、まて! 貴様ら、何を根拠に!?」

「毎日女たちに自分の賛辞を言わせていればそうも思われるだろ!」

 シンが言う。日頃の行いからすれば十分に想像できる話だ。

「ユダ、さすがにそれはアレだぞ、趣味悪いぞ」

「黙れサウザー! 大体、証拠はあるのか証拠は!?」

「な、無いです……だから想像だって」

「想像で変なこと言うな失礼なっ! ……おい絢瀬絵里、貴様何してる」

 ユダの目に慄く花陽の隣でポチポチスマホを操作する絵里の姿が目に入った。ユダの直感が碌でもないことをしていると告げる。

「ん? いや、嘘かホントか確かめようと思って、シェリーさんにRhineしてる」

「なっ……!?」

 シェリーとはユダガールズの一員で、黒いボブカットの女性である。

「絵里ちゃんいつの間に連絡先交換したの?」

「穂乃果が修学旅行行ってるときにちょっとね」

「ちょ……きさまっ!」

 ユダが制止しようとするが、もう遅い。

 

 

 エリーチカ『最近ユダさん称賛の感想とか書いた?』

 シェリ子 『書いた書いた。命令されて自演した』

 シェリ子 『マジうける』

 

 

「ぬっぐ……シェリィィィィィィ!」

「うわぁ……」

「呟きの方にも書かれてるみたいよコレ」

「ど、どういうことだ!?」

 絵里は言われてユダにスマホの画面を見せた。

 

 シェリ子@吉祥寺住みたい

 『ユダ様の命令でユダ様を褒めちぎる感想書かされなう(笑) #イタイ上司』

 

「シェリィィィィィィッ!」

「全世界に発信されちゃったのォ!?」

「めっちゃリツイートされてるし」

「やはり、所詮は将星に群がる衛星の一つ……リーダーの器ではないということだな?」

 形勢逆転である。知略を自負する妖星は自らの策に溺れて自滅した。

 ユダの自爆劇はさておき、本題の本選である。

 本選はいわゆる都道府県大会のようなものであり、上位三組が次のステップへ進むことが出来る。形式は予選同様ネット投票で、披露する舞台は自由だ。

「μ'sはどこでやるんだ? よかったら参考にしたいのだが」

 シュウが穂乃果に質問する。

「実は秋葉原のハロウィンイベントにA-RISEと一緒に招待されてて、そこでやろうかなって」

「A-RISEも同様だそうです!」

 そう言う花陽はとてもうれしそうであった。もう一度A-RISEの生ステージを近くで見られるとなってたまらないらしい。

「ほう……ハロウィーンか……」

 サウザーはそれを聞いてニヤリと笑う。

「……あなた、今から無理やりイベントに割りこもうなんて言うんじゃないでしょうね?」

「何を言う絢瀬絵里。その通りに決まっているだろうが!」

「馬鹿じゃないの? 出来るわけないでしょ」

 絵里はそうバッサリ切り捨てる。

 だが、ご存知の通りサウザーにそのような常識は一切合切通用しない。

「やってみなければ分からんであろう? 何事も本気で挑めば何だって叶えられると思いますけど?」

「サウザーちゃん良い事言うね」

「やろうとしてることは迷惑行為だけどね」

「善は急げだ! リゾ! ハロウィンイベントの運営に使者を出せ!」

「は!」

 A-RISE、μ's、5MEN……この三チームが同自場所で同じ日にライブをするとなると、これはまるで予選と同じ展開である。

「何か手を打たないと、以前の二の舞になるのではないか?」

 レイが指摘する。それにシンが、

「何かって、具体的な案があるのか?」

「いや……無いが、こう、インパクトのある事をした方が良いのではないか?」

 レイの言はμ'sにも言えることであった。

 確実に実力を伸ばしているとはいえ、未だA-RISEに知名度、人気で劣るのは事実である。前回こそどうにか追いすがることが出来たが、今回も予選同様の感覚で行けば間違いなく敗退するだろう。

(インパクトか……)

 穂乃果は腕を組んでうーんと考え込んだ。

 

 

 翌日、部室で穂乃果は一同に5MEN会議での事を話した。

「インパクト、ですか?」

「そう! 今のμ'sにはインパクトが無い!」

「5MENがインパクトの塊なだけじゃないの?」

 マキが指摘する。確かに、5MENと並べばμ'sは圧倒的にインパクトが足りないと言えるだろう。もっとも、そこについてはA-RISEも同様であろうが……。

「穂乃果ちゃんが言いたいのは、『目新しさ』みたいなのかな?」

「そう! ことりちゃんそう!」

 穂乃果は聞いたことがあった。

 A-RISEは常に進化し、前進し続けることをモットーにしているらしい。つまり、彼女たちの強みとは毎回『今までとは違う自分たち』を演出出来ることであるのだ。

「確かに、μ'sの安定感とか安心感って、言い換えれば『マンネリ』よね」

 ニコがうんうんと頷く。

 μ'sがA-RISEに追いつくには、このマンネリを打開しなくてはならない。

「そう言っても、どういう風に打開するん?」

「そうですね……」

 海未が熟考する。そして、一つの提案を閃いた。

「キャラを変えてみる、とかですかね?」

 

 

 とりあえず言いだしっぺの海未とリーダーの穂乃果、併せてこちりのキャラを変えてみることにした。

 二人はことりに隣の部屋へ連れられて行き、しばしの問答の後再び部室へ戻って来た。

「ごきげんよう、高坂穂乃果です」

「あ、なんか賢いっぽい」

 キャラチェンジした穂乃果はいつもの能天気感を拭い去りなんか賢い雰囲気を纏っていた。

「はい、私、少しバカっぽいみたいなので、逆に賢い感じになりました。はい、勉強とか超好きです」

「既にその発言がバカっぽいわね」

「マキちゃん? 何か言いましたか?」

「別に。……ところで」

 マキは穂乃果よりもその隣に立つ海未の方が気になっていた。

 穂乃果がキャラチェンジで賢く、お淑やかになった。では、元来が賢くお淑やかな海未はどうなったのか……。

「えっと、海未は……」

「はい! 園田海未だよーん!」

「あっ……うん」

 海未はバカっぽいキャラになっていた。

「ちくびーム!」

「いいですね海未ちゃん、あなた、今地球上でも類を見ないレベルでバカみたいですね」

「あびゃびゃびゃびゃー」

「見るに耐えないにゃー……」

 密かに尊敬する先輩のあんまりな惨状に凛は思わず涙ぐむ。

「穴があったら入りたいヴェエエエエエイ」

「一応理性はあるのね。で、ことりは……」

 海未が(一応)正気なことを確認したニコは次にさらにその隣に立つことりに視線を映した。

 ことりは海未が醜態をさらすのを腕を組んでじっと見ているだけである。

「ことりちゃんはとっても優しいので、逆にしてみました」

「この南ことり、この世紀末を力と恐怖で支配してくれよう!」

 力こそ正義とでも言いたげなキャラである。

 それにしても、キャラを変えてみたは良いものの、酷いものである。

「どうですか? インパクト、感じますか?」

「我は鳥王! チュンヤァー!」 

「コマネチ! コマネチ!」

 穂乃果はまだしも、残り二人が酷い。

「これ駄目じゃないかな……?」

「あら、奇遇ね花陽? 私もそう思っていたところよ」

「たぶんみんな同じ感想やと思うのやけど」

 

 

 キャラチェンジ作戦は失敗であった。

 恥ずかしさのあまり逃亡を図った海未を久々の南小鳥嘆願波で大人しくさせ、会議は続行である。

「どうしたものかなぁ」

 穂乃果はうんうん悩む。

 すると、今度は絵里が提案した。

「内面よりもわかりやすく外を変えてみるのがいいと思うのだけど」

「衣装でも変えるん?」

「そう。今までにない、アイドルという壁を壊すような、そんな感じの」 

 そう言うと彼女はパチンと指を鳴らした。

 

つづく



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第13話 アイドルの魂燃ゆ!壮絶ハロウィン!!

お久しぶりです。
久々の投稿なところ悪いけど、今回早足です。
許せっ!


+前回のラブライブ!+

 次なるステージに向けてインパクトを模索するμ's。

 しかし、インパクトの塊であるサウザーと共に行動しすぎたせいで『インパクト』に疎くなってしまっていた。

「ちくビーム!」

 そして、ついには海未が犠牲になってしまう。

 果たして、μ'sはインパクトを見出すことは出来るのか?

 そして、5MENは次こそ勝つことが出来るのか?

 

 

 

 

 絵里は言った。

 敢えてアイドルという概念を打ち砕くことをすればいいのではないか?

 なるほど、それはインパクト抜群だ。

 

 翌朝。

 

 続々登校してくる音ノ木坂の生徒たち。

 そんな彼女たちを狙う者がいた。

「本当に大丈夫なんですか……?」

「ここまで来たらやるしかないよ! やるったらやる」

「よし、じゃあせーのでいくわよ? ……せー、の!」

 その人影たちは登校してくる生徒の前に勢いよく躍り出た。そして一言叫ぶ。

「ヒャッハー!」

「!?」

 躍り出た人影、それはμ'sの一同であった。

 全員が肩パッドを装着し、頭をモヒカンにしている(断っておくがズラである)。

「ヒャッハー! 生まれ変わった、μ'sだぁー!」

 アイドルという概念を打ち破るにはアイドルと真逆の事をすればいいのである。

 つまり、それはモヒカンになるということ。

 それこそが絵里の導きだした答えであった。

 モヒカンエリーチカは登校してきた後輩たちに迫る。

「次のライブ観に来ねえと、ブチ殺すぞぉ~!」

 そう叫びながら彼女は輸入したAKを空に向けてぶっ放した。

 だが、しかし。

「やだなー絢瀬先輩」

「観に行くに決まってるじゃないですか~」

「……うん?」

 思いのほか反応が普通である。

 試しに他の生徒へもアプローチをかけてみた。

「ヒャッハー! 水だぁー!」

 しかし、反応は同様で、

「あ、おはようございます」

「穂乃果、この間貸したノートちゃんと持ってきた?」

「園田先輩、今日の部活の時間訊きたいことが……」

「ライブ、頑張ってね!」

 まるで、μ'sのスタイルが何らおかしくない、日常とまるで変わらないかのようなリアクションである。

「どういうことだにゃー」

「……もしかして」

 花陽がふと気が付いた。

「学校の周辺って割と野良のモヒカン見るよね」

「そうだね……あ」

 そう、音ノ木坂学院に通う女学生にとって、モヒカンは日常なのだ。エブリデイ・モヒカンなのだ。

 つまり、音ノ木坂周辺におけるμ's一同の格好というのはビジネス街でスーツを着こんでいるようなものなのだ。

「なるほど、それは盲点だったわね」

 コイツは参ったゼ、とでも言わんばかりに絵里は笑う。

 だが、学生間で想像以上の浸透を見せている格好でも、だからと言って公序良俗に反しないかと言えば答えはNOである。

 一同は即刻理事長室に呼びだされた。

 

「……なんでまたこんなことを?」

 整列したモヒカンガールズに理事長は問いかける。

「迷える若人なんです、私達」

 穂乃果は訴える。

「迷うにも限度があると思うのだけど……誰が言い出したのそんなの」

 理事長が問うた瞬間、一同は一斉に絵里を指さした。

「躊躇なく売ったわね? 呪うわよ?」

「絢瀬さん……らしくないんじゃなくて?」

「いやぁ、エリチこんなんですよ実際」

「希ィ!」

「とにかく、私達は次に向けて模索してるんです。応援されはすれど、怒られるなんて心外です!」

 穂乃果は理事長に声を強めて訴えた。

 しかし、彼女の若き訴えは理事長の一言で覆された。

「じゃあそれで出場するのね?」

「着替えてきます」

 

 

 

 

 結局本選前日まで彼女たちは新しきインパクトを見出すことが出来なかった。

 一同は浮かない表情でハロウィンイベントへ赴く。

 数日にわたって開催される秋葉原のハロウィンイベント。その最終日、つまり明日、μ's、A-RISE、そして南斗DE5MENは歌と踊りを披露するのだ。

「凄い人ですね」

 路上はお魔女やら吸血鬼やらモヒカンやら……モヒカンのそれは普段着なのだが……様々なコスプレをした人々でごった返していた。制服のμ'sが逆に浮いているともいえる状況だ。

「あら、μ'sのみなさん」

 歩いていると、見知った人物が声を掛けてきた。

「あっ、ツバサさん」

 A-RISEの綺羅ツバサと他2名である。みなそれぞれハロウィンのコスプレをしている。

「すごく似合ってるニコ~!」

「ふっ、ありがとう」

 そう答えながらマントを翻すのは英玲奈である。吸血鬼のコスプレのようだ。あんじゅは魔女のコスプレのようで、胸元に見える大胆な肌色に海未なぞ顔を真っ赤にしている。

 一方、ツバサはというと……。

「あの、ツバサさんはなんの格好なんですかそれ」

「カボチャよ」

 いつもの様にクールに微笑むツバサ。しかし、その姿は巨大なカボチャから手と足が生えている、といった風体で、非常にシュールであった。

「バボちゃんだにゃ」

「どこかで見たと思ったらそれね」

「はぁ、クールだけど愛嬌もあるツバサさん素敵です……!」

 花陽はメロメロである。

 ツバサはよちよちと歩きながら穂乃果に近づくと、手をニュッと差し出した。どうやら握手を求めているらしい。

「今度もお互い、精一杯頑張りましょうね」

「……! はい!」 

 穂乃果は笑顔で握手を返した。

 対戦者同士でありながら芽生える美しい友情。アイドルといえど、スポーツマンシップにのっとるのがスクールアイドルというものだ。

 だが、そんなものどうでも良いと言わんばかりに割りこむ輩もいる。

「フハハハハ!」

 ご存知聖帝サウザーである。

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! フワハハハハ!」

「別に呼んでないけどね」

 呆れながら穂乃果は言う。が、目の前に登場したサウザーの姿に彼女は思わず悲鳴を上げた。

「なななにその恰好!?」

 ハロウィンということで彼もまたコスプレをしていた。

 しかし、何を勘違いしたのか上半身裸にサスペンダー付きの短パンを履いて頭にアメリカンポリスな帽子を戴くという控えめに言って変態としか言いようのない恰好である。サスペンダーで乳首を隠しているあたりが実にいじらしい。

「フフフ……」

 サウザーはニヤリと笑いながらサスペンダーをチラリとずらして見せた。

「なっ! 破廉恥です!」

 思わず海未は両手で目を覆った。

 だが、ハレンチズム全開のサウザーを見てことりがあることに気が付く。

「あれは、ニップレス!」

「えっ!?」

 見ると、サウザーは胸に輝く将星に南斗を示す十字星型のニップレスを貼りつけていた。そのあまりに冒涜的かつ背徳的な姿にμ'sは思わず戦慄する。

 戦慄する一同に満足するとサウザーはサスペンダーをパチンと元の位置に戻した。

「あっ戻した」

「やってくれるにゃ」

「フハハハハ」

 意味深に笑うサウザー。

「……なるほど。サウザーさんはこの混迷する現代社会に大胆さと恥じらいの間を表現しようといているのね」

 ツバサはサウザーの姿に隠された真意を理解することが出来たようで、感心した様子であった。流石はスクールアイドルのトップである。

 本当にサウザーがそこまで考えているかは別にして、ではあるが。

 そんなサウザーの姿を見て、穂乃果は気付いた。

 

 ――あっ、私達このままでいいや。

 

 A-RISEばかりを意識してインパクトを求めてきた穂乃果であったが、サウザーを見て冷静になったのだ。

 A-RISEにはA-RISEの魅力がある。ならば、μ'sにはまた違った魅力がある筈だ。

 それはきっと、今のままの、ありのままの個性的な仲間たちなんだろう。

 断じてニップレスでカバーした乳首にサスペンダーをペチペチしながら大胆さと恥じらいの間を表現するようなことではない。

「……そうだよね」

「む、どうかしましたか?」

「私達、今のままでいいんだよね」

「なんですか突然……と言いたいところですけど、確かにサウザーを見ているとなんだかそんな気がしますね」

 どうやら穂乃果以外のメンバーも同様の結論に至ったようである。

 穂乃果は嬉しそうにサウザーの手を握った。

「ありがとうサウザーちゃん! お蔭で目が覚めたよ」

「フハハ。もっと褒めても良いぞ?」

「たぶん褒めて無いぞ」

 シュウは冷静に言いながらA-RISEとμ'sに礼を言った。

「今回はかたじけない、この男の無理を聴いてくれて」

A-RISE(私達)は構わないわ。そうでしょ、英玲奈、あんじゅ」

「そうだな」

「その通りね。それに、今はこうして競う合う間柄だけど、いつか手を取り合って敵に立ち向かう日が来るから」

「あの、それってどういう意味なんですか?」

 無駄に意味深なセリフを吐いて後々回収できるか甚だ心配な穂乃果はA-RISEに質問した。

 質問に答えてくれたのは英玲奈である。

「修-羅イズについては以前話したな?」

「はい、たわけた名前だなぁってみんなで話してました」

「うむ、その修-羅イズなのだが、メンバーの一人が日本に上陸を果たしたそうだ」

 英玲奈の言葉に一同が騒然となる。特に花陽なぞは目をキラキラ輝かせている始末だ。

「羽田のロビーでUTX(うち)の生徒が見かけたらしくてな」

「飛行機で来たんですか!?」

「意外と近代的な移動手段やね」

 日本にやって来たのは第三の羅将「ハン」。疾風の拳速を持ち、拳筋を見極めたものは未だいないのだと言う。英玲奈が言うには、最近の続くスクールアイドルグループのラブライブ辞退はハンの襲撃を受けての事らしい。

「奴の目的は知れんが、津々浦々のスクールアイドルへカチコミをかけては壊滅させているようだ」

「割と深刻な事態ね……」

 絵里が腕を組んで言う。

「フン、羅将だか裸将だか知らんが、この聖帝の敵ではない」

「はぁ? あなた、第三の羅将一人の力がA-RISE二十組分に匹敵するって話、もう忘れたの?」

「関係ないし。おれはA-RISE一億万組分の力あるし!」

「小学生か!」

「そのハンというのは、どういった人なんですか?」

 ことりが質問する。その質問に今度はあんじゅが答えてくれた。

「とにかく『濃い』の一言ねぇ……」

「こ、濃い?」

「キャラクター、顔立ち、オーラ……一挙手一投足が『濃い』わ」

「濃さならμ'sにも負けないの居るにゃ~。ねー、ニコちゃん」

「当たり前よ! ニコニーの濃厚な可愛さに勝てるわけないじゃない!」

 そう言うといつもの様ににっこにっこに~、と振りつけて見せた。しかし、ツバサ曰く我々の知りうる濃さを超越した濃厚さを持っているらしい。

「そんな人に勝てるの?」

 マキが訊く。

「だからこそ、我々はいずれ手を組むと言うのだ。我々だけでは非力だが、μ's、そして南斗DE5MENが加われば勝機は見える」

「なるほど、毒を以て毒を制すのね」

「引っかかる物言いだな?」

 ユダが抗議するが、事実みたいなものだから仕方ない。

「まぁ、今はひとまずハンの事は置いておきましょう」

 ツバサは腕をひょこひょこさせながら言った。

「明日のイベント、お互いに精一杯頑張りましょうね」

「は、はい!」

 穂乃果は大きな声で返事をした。それにツバサは嬉しそうに笑って見せた。

 

 

 結果だけ言うと、ライブは成功した。

 μ's、A-RISE、そして5MENは見事、最終予選へコマを進めることとなった。

「最終予選は関東A、Bに分けられているの。私達μ'sはA、5MENはBです」

「ちなみにA‐RISEはAです。まぁ、μ'sと5MENがぶつからなかったのは良かったと言えば良かったですね」

 サウザーの居城の広間、μ'sと5MENは例のごとく会議を開いていた。一同を前に花陽と海未が状況を説明していた。

 ラブライブ本選へ出場できるのは各一組ずつ。μ'sはA‐RISEを下さなければならなかった。

「そう言うわけなんで、最終予選で何を歌うか、どう演出するか、活発な議論を期待します」

 穂乃果が締めにそう言うと、真っ先にマキが手を上げた。

「はいマキちゃん」

「冷静に考えて、なんで5MENと共同で会議してるわけ?」

「不満か? 西木野マキよ」

「不満と言うか、理解できないだけよ。最終予選にまでなったんだから、各グループごとに話し合えばいいじゃない」

 マキの言うところはもっともである。5MENもいい加減作詞作曲の技術は(サウザー以外のメンバーは)少し身についている。最終的な調整は武士の情けで手伝ってやるものの、ここまで緊密に会議する必要が見いだせなかったのだ。

 だが、これに希が異を唱える。

「でも、ここまで一緒にやってきたからこそ、最後まで一緒に頑張りたいと思うのが人情やん?」

「順調に勝ち進めば、本選でぶつかることになるけどいいわけ?」

「だからこそやん。ここで会議するのも、これが最後の機会になるかもしれへんやろ?」

「むーん……」

 納得出来るような全然できないような……そんな感じである。

「フフフ……貴様は黙って作詞していればよいのだ。エェ? 西木野マキよ」

「やっぱり手ェ切らない?」

「まぁまぁ」

「で、何歌うわけ?」

 話を戻すようにニコが言った。

 それに答えるように、穂乃果の差し入れのお菓子(本日は豆大福)をモチモチ食べながら絵里が、

「新曲が良いわね」

「ここにきて新曲ですか」

 海未がやや驚きを含めて言う。

「して、新曲のイメージは」

 海未が訊く。これは非常に大事なポイントだ。

 その問いに答えたのは希であった。

「ラブソング、とか?」

「ラブッ!?」

「ソング!?」

 回答に海未とシンはビターン! と床に崩れ落ちた。

「いや、海未ちゃんは予想できたけど何でシンさんまで?」

「報われぬ恋をしているからな、シンは」

 レイのコメントにシンはコクリと頷く。会話としては成り立っているが二人の間には齟齬が存在することを一同は知らない。

「羅武ソング」

「ラブソングだにゃ」

「愛など要らんぞ?」

「いやサウザーちゃんの矜恃なんかどうでも良いし」

 ラブソングといえば歌の王道、往年のアイドルは皆、愛の歌でヒットを飛ばしてきた。

「そう言えば今までラブソングって無かったよね?」

 ことりが思い出したように指摘する。

「メンバーの殆どに恋愛経験が無い以上、ラブソングというのもどうかと思いまして」

「海未ちゃんはあるみたいな口振りやねぇ?」

「なっ!?」

「どぅえぇ!? 海未ちゃんあるの!?」

「海未ちゃん……ホントぉ……?」

 希の言葉に幼馴染二人が反応し、海未に詰め寄った。ことりに至っては何故か涙を目に浮かべている。

「なっ……あ、ありません……」

「……だよねぇ」

「ヨカッタ……」

「なんか怖いですよ……特にことりが」

 一応うら若き乙女であるμ'sの面々は素敵なラブストーリーに心躍らせることはあってもいざ自分たちで考えるとなるとどうしていいのか分からなかった。

 その点で言うならラブソングについて5MENは相当に有利である。何しろ絶賛片思い中が一人、既婚子持ちが一人、事実上恋人持ちが一人。ここに金髪角刈りも加えれば三人に二人は何らかの恋愛経験があるのである。

 だが、問題は残り二人である。

「ラブソング……どんな曲だ、レイよ」

「フッ……愛を知らぬお前には決してわかるまい」

「貴様! その『恋人がいる奴はいない奴より上級な存在』みたいな態度をやめろ! 殺されたいかっ!?」

「それは貴様のやっかみだ、ウダ」

「ユダだ!」

「愛などいらぬぅぅぅぅぅぅ!」

 

 果たして、μ'sと5MENはラブソングを作ることは出来るのか?

 

 



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第14話  新曲創造主宣言! 俺の名は聖帝サウザー!!

+前回のラブライブ!+

 インパクトを求めて駆け抜けたμ's。しかし、サウザーの格好を見て冷静になった。そして、見事最終予選へ駒を進める。

 一同は最終予選の舞台では新曲、それもラブソングを歌うことを決める。

 だが、それぞれの事情で作詞は難航することが予想された……。

 

 

 放課後。

 恋って何だ? ていうか愛とは何だ?

 とでも言わんばかりに愛を見失ったμ'sはひとまずそれの研究を始めることにした。

「とりあえずシミュレーションしましょう」

 絵里がカチンコを手に言う。カメラマンは凛だ。ちょっとした寸劇をつくり、見返すことでラブの研究をしようと言うのだ。

「シーン1、愛の告白」

 恋愛の王道、放課後、体育館裏での愛の告白。青春の甘酸っぱい雰囲気が凝縮されたシチュエーションである。設定は、恋に恋する女の子が、彼女が憧れる素敵な先輩へ勇気を振り絞って告白をするというモノだ。

 後輩女子はマキ、先輩はニコが演じる。

「なんでニコちゃんなんかに告白しなきゃいけないわけ? イミワカンナイ」

「何でニコが男役なのよ。私にこそ恋する乙女が似合うでしょうが」

「はーいうだうだ言わないの」

 完全に面白がっている穂乃果は手をパンパンと叩いて二人を黙らせる。

「じゃあ行くわよ? よーい、アクション!」

 

 

「せ、先輩」

「な、なんだいマキ」

 マキは鞄から一枚の便箋を取り出した。ハートのシールで封印された、べったべたのラブレターである。

「これ、読んでください」

「これは何かし……何だい、これ」

「そ、その……」

 マキはもじもじしながら便箋を渡す。良い感じに乙女だ。成長したものである。

 だが、哀しいかな、彼女は生まれながらにしてツンデレである。こういうシチュエーションになれば、その才能を発揮してしまうのは、仕方のないことであった。

「べ、別にアンタのために書いたんじゃないから……勘違いしないでよね」 

「あん?」

「別にアンタなんかこれっぽっちも好きじゃないわ……でも、答えてくれるなら……」

 中々のツンデレ具合だ。

 しかし、忘れてはならないのがニコもまたそっち(ツンデレ)の気があると言う事だ。

 ツンデレとツンデレが会話すれば、それは泥沼である。

「何よ、アンタその態度」

「はぁ? そっちこそ何よ」

「あんたこっちのこと好きなんじゃないの?」

「ぜ、全然好きじゃないわよ! 全く! イミワカンナイ!」

「意味わかんないのはそっちでしょ? 折角私も……」

「なに?」

「なんでもない! アンタなんか大っ嫌い!」

「なんですって!? 私こそ嫌いよ!」

「南斗水鳥拳奥義!」

「北斗神拳奥義!」

 

 

「はい、そこまでやん」

 収拾がつかなくなるどころか死闘の様相を呈し始めたため希のわしわ神拳により二人は地に伏した。

「ハラショー、希、でかしたわ」

「恋愛って難しいにゃー」

「やはり、我々にラブソングは無理なのでは? 今まで作った曲をメドレーするなどで安定感を出したほうが……」

 海未が指摘する。

 これまでも新しさを求めて新曲を作ってきたが、正直なところギリギリな勝負であった。今回は歌詞のノウハウすらないのである。下手をすれば、未完成曲を歌うことにすらなりかねない。

 彼女の指摘は実にもっともで、理に適った話であった。だが。

「新曲を作るべきだわ」

 いつになく強硬な姿勢で絵里が言った。

「私達はA‐RISEほか関東圏の地区予選を勝ち抜いたグループを下さなければならないの。ならば、ラブソングのような求心力のある曲にするべきよ」

「ですが……ことりはどう思いますか?」

「ラブソングはやっぱり素敵だし歌いたいけど……穂乃果ちゃんは?」

「無理は良くないかな。でも、絵里ちゃんの言う事ももっともだよね。今度はA‐RISEに追いすがるだけじゃダメなわけだし」

 そう……今まではA‐RISEの背中を追いかけるだけで良かった。だが、優勝を目指す以上追い越さなければならない。

「無理をして作るわけじゃないわ。慌てず、みんなで歌詞を考えるのよ」

 絵里の説明に一同は少し考えた後とりあえず了承してくれた。

 そんな絵里の背中を、希は見つめるばかりである。

 

 

 しばしあと、サウザーの居城。

「……とまぁ、こんな感じです」

「ふむ、そちらも苦戦しているのだな」

 海未の話を聞いてシュウが頷く。

 μ'sに比べて圧倒的に恋愛経験、人生経験の豊富な5MENであるが、それはそれで困るものであった。それぞれの愛の形がある分、統一された多数へ訴えかけるフレーズが中々作れないのだ。

 さらに、サウザーという男の存在がある。

「あれがうるさい」

「うるさいのはいつものことでは……」

「まぁそうなのだが……」

 シュウは答えながら部屋の片隅を見やった。そこにはノートに向かうシンとその周りをウロウロするサウザーの姿があった。

「だから愛などいらぬってば!」

「貴様の意見なぞ訊いていない!」

「ぬぅぅぅ!」

 5MENは結局シンに作詞を任せることにしたらしい。

「一番若いからな。それだけ若者の心に訴える出来になるだろう。正直心配しかないがな」

 しかし、シンもまた後ろでうるさい聖帝を差し引いても苦戦しているようだ。

「女子高だから仕方ないとは言え、寂しい青春だねぇ私達……」

 穂乃果はテーブルに突っ伏して言う。

「彼氏なんかいなくても、いいのよ?」

「えっ、なにことりちゃん、目が怖いよ」

「ウフフ……そんなことより、ここは研究のため映画を見てみない?」 

 悶々考えても仕方がないということで一同はことりの提案に賛成する。

 さっそくスクリーンとプロジェクタにプレイヤーを用意して上映会が開催されることとなった。

 以前恋愛映画を見た時に穂乃果が爆睡してしまったため、今回はアニメ映画である。恋愛もアイドルも登場する作品で、今の一同に持ってこいである。

 

 

『あなたに……最初に確かめてもらおうと思ったのに……!』

『ちょっと待って! 違うんだよ! それは君の誤解!』

『違うだなんて! ――誤解だなんて……』

 

 場面はいよいよクライマックスである。

「修羅場だにゃー」

「この主人公、どちらの方を選ぶのでしょう……」

「フフフ、欲しければ……力尽くで奪い取るまでだ! フワハハハ!」

「サウザーちゃんうるさい!」

 穂乃果が声を抑えながら叱る。爆睡することもなく終始夢中である。

 

『私、歌うわ……思いっきり!』

 

「あああああああド名曲来ますよおおおおお!」

「花陽ちゃんうるさい!」

「穂乃果もうるさいですよ……」

 

 やがて、映画は終わり、部屋に再び電気が灯る。

「ハラショー! 面白かったわ!」

 絵里も大満足のようだ。作詞で行き詰っていたシンも声がケンシロウ似なキャラがいたから嬉しそうだ。

「映画どうだった? 何かヒントになった?」

 ことりがDVDをしまいながら訊いた。

「うん、歌の力ってすごいんだねぇ」

「恋愛についての事なんだけど」

「あぁそっか……うーん、やっぱり映画観ただけじゃ分かんないよねぇ……」

 穂乃果はうんうん唸りながら腕を組んだ。

 他の面々も同様である。感動的だが、これをどう歌詞にするのか……。

「フッ、やはり愛などいらぬということが証明されてしまったようだな?」

「されてないわよ?」

 絵里がぴしゃりと言う。

 だが。

「サウザーの言じゃないけど、ラブソングはやっぱり無理があるんじゃないかしら」

 μ'sの作曲担当がこう言い出した。

「な、なんで急に……」

「今から新曲となるとどうしてもクオリティを下げざるを得ないと思う。新曲作りは些か分が悪いわ」

「私も、マキに賛成です。このままの状態での歌詞作りは、品質の低下を招きます」

「で、でも……」

 頑なに新曲作りを意見する絵里。しかし。

「ウチは二人に賛成やね」

 今度は希がマキ、海未(ついでにサウザー)の意見に同調した。希の言葉に絵里は驚きを隠せないという顔をする。

「……じゃあ、μ'sは既存曲をいじって行く感じかな? 5MENはどうするの?」

 穂乃果が意見を取り纏め、5MENのメンバーに訊く。

「新曲を作りたいところだが、我々の技術の問題もあるからな」

「まぁ、μ'sと変わらぬ路線だろう」

 レイとユダは仕方ないと言うような調子で頷く。おれが直々に作詞してやると喚くサウザーは無視だ。

 ここまで意見がまとまってしまっては、絵里にどうこう出来る問題ではない。

 ひとまず、この日は解散となった。

 

 ※

 

 解散となったのだが、マキはまだ家に帰るつもりはなかった。

 絵里の不自然なまでに新曲作りをこだわる姿勢が、世紀末に片足突っ込んだ人間特有のセンサーにBiBiっと来たのだ。その直感の正体を確かめるため、彼女は絵里と希の後を物陰い隠れながらつける。

 追跡者の存在など露知らず、絵里は希に問いかける。

「本当にいいの?」

「かまへんよ」

「でも、μ'sに加わった時からやりたかったことなんでしょ?」

「μ'sの目標は優勝なんやから、それに向かって努力するのが大切やろ?」

 希のやりたかったこと……? マキは口の中で絵里の言葉を呟く。今まで聴いたことのない話だ。いったいどういうことなのだろうか。

 この時マキは絵里の言葉の意味を考えたため一瞬だけ希から目を離した。すると、その瞬間に視界から希の姿は消えて、絵里だけが道に立っているという状態になっていた。

「あれ? ……ヴェエエ!?」

「ストーカーとはマキちゃんらしくないやん?」

 いつの間にか背後に回っていた希に胸を揉みしばかれた。

 

 マキはしばし胸をもまれた後、彼女にも話しておこうと絵里が言い出し、二人にマンションの一室へ連行された。

 その部屋は家族で住むにはやや小ぶりで、一人で済むには広すぎる、そんな部屋であった。室内は整理整頓され清潔だ。

「ここは?」

「ウチの家や」

「希の?」

「希は一人暮らしなの」

 絵里は靴を脱ぎ希の後に続きながら、マキに早く上がれとジェスチャーした。たびたび訪れるのか、慣れている様子だ。

 マキは言われるがままにダイニングへ案内され、テーブルへ着かされた。希はお茶を淹れると言ってキッチンへ向かう。

「……で、どういうわけなの? 希のやりたかったことって何?」

 彼女はずいと半ば身を乗り出す形で向かいに座る絵里に質問した。

 そんなマキに絵里は苦笑交じりに微笑みながら話す。

 希のやりたかったこと……それは、μ'sのみんなで一つの歌を作ること――μ's、ついでに5MENのみんなで意見を出し合って作った歌をステージで歌うことであった。

 絵里やμ's、あと5MENは転勤族な親の都合でろくに友人関係も築けなかった彼女にとって生まれて初めて出会った目標を共にして苦楽を共に出来る仲間、友達である。思いは他人の想像するそれを遥かに上回るものであった。

「そんな大層なものやないよ」

 絵里の説明に少し照れながら希は二人にお茶とジャム……ロシアンティー用の……を配った。

「……今度は睡眠薬とか入れて無いわよね?」

「入れてへんから安心してな。ジャム瓶もちゃんと洗ったし……ウチは別に歌とかじゃ無くて、何かをみんなでやってみたかっただけなんよ。だから、μ'sのみんなと活動できるだけで満足すぎるくらい。μ'sはウチにとって、奇跡みたいなもんやからね」

「奇跡?」

「そう。みんなで一緒にいられるだけで、ウチの夢は叶ったようなものなんよ」

 そう言いながら彼女は紅茶を口に運ぶ。

 希の言葉を受けて絵里は苦笑しながら、

「てな風に希は言うんだけど、マキはどう思う?」

「よくもまぁそんなで私をいつか『面倒なタイプ』呼ばわりしてくれたわね」

 想定外の反応に驚いたのか希は紅茶でむせ返ってしまった。そんな彼女を他所にマキはポケットから携帯を取り出した。

「なにそれ」

「知らないの? これはスマートフォンって言うのよ」

「そうじゃなくてな?」

「もう希ったらにぶちんね」

 絵里は笑いながら言った。マキのしようとしていることを理解したのだ。

「別にいいでしょ?」

「友達なんだから、ね?」

 二人の言葉を受けると、希はたちまち顔を赤くして、かと思ったら恥ずかしそうにはにかみながらうつ向いてしまった。

 

 

 マキがスマホを取り出してしばらくとしない内にμ'sの一同は希ハウスに集結した。

「ってなんでサウザーまでいるのよ!」

「いやぁ、通知見た時丁度一緒にいてさ」

 穂乃果があははと頭を掻く。サウザーが駄々をこねたらしい。

 一同はダイニングの隣にある希の寝室に屯しているのだが、人数が人数なだけに超が付くほど窮屈である。

「貴様らだけで何を企むつもりか知れんが、この聖帝の目を逃れられると思うなよ?」

「サウザーよ、何度も言うように私達がここにいるのは明らかにアレだから帰った方が良いと思うのだが?」

 巻き込まれるように連れてこられたシュウがサウザーを諭す。が、

「くどいぞシュウ様。μ'sの抜け駆けは天が許してもこのおれが許さん!」

 どうやらサウザーは何か勘違いを起こしているようである。

 こんな騒がしいことこの上ない連中であるが、希はどことなく嬉しそうである。

「ウチ、この部屋いつも広いと思っとったけど、こんなに狭く感じるなんて思わなかったわ」

「女子9人に成人男性二人もいればよっぽどの部屋じゃないと狭いに決まってるにゃ」

「それで、急にみんな集めてどうしたの?」

 花陽がマキに質問する。

「実は、やっぱりみんなで新曲作りをしようと思いなおしたの」

「突然ですね、何かあったのですか?」

「別に、何もないわよ」

 マキはそう言うが、表情から何かあったのは一目瞭然であった。

「あと、反対意見は聞かないから。反対したら問答無用で死刑だから」

「マ、マキちゃんが力と恐怖による支配を……!」

 マキのいつにないやる気っぷりにことりが慄く。マキの言を補足するように、絵里も、

「まぁ、μ'sを作ってくれた女神さまへのちょっとしたクリスマスプレゼントってことで……あ、サウザーは帰って良いわよ?」

「帰らん! フハハハハ!」

「死ね」

「アイドルがそんなこと言っちゃダメだよぅ」

 絵里を窘めながら花陽は何か歌詞に向いているフレーズは無いか思案しながら部屋の中を見回すように頭をグリグリ巡らせる。

 そんな時、ふと彼女の目に一つの写真立てが留まった。

「この写真……」

「あっ!?」

 その写真は、いつか講堂で行われたμ's´のラストライブの最後に皆で撮影した集合写真である。あまりの存在感にピントがややサウザーに合わさっているクソみたいな写真だが、希にとっては大切な写真らしい。

「ほんの数か月前なのになんか懐かしいにゃー」

「牙一族の襲撃と重なって、その返り血で制服がぐちゃぐちゃになっちゃったからニコちゃんとマキちゃんは体操服なんだよね」

「音ノ木坂とは凄まじい学校なのだな」

 シュウも感心してくれた。

 そんな写真を、顔を真っ赤にした希が強奪する。

「そんなの飾っちゃって、希も可愛いとこあんのねー?」

「ええやん別に! ……友達、なんやし」

 そう言いながら希はかつてないほど健気な表情を見せた。

「えっ、友達……? 照れるな! フハハ」

 希の言葉を受けてサウザーもかつてないほど健気な表情を見せる。

「は?」

 絵里もサウザーの反応を見てかつてないほど不愉快を露わにした。

 そんなぷわぷわギスギスした雰囲気の中、穂乃果がふと窓の外で起きる異変に気が付いた。

「見て!」

 すっかり暗くなった空から、ひらひらと白い物が落ちてくる。それは街の街頭に照らされて、キラキラと輝いていた。

「死の灰か!」

「ちげぇよ! 雪だよー!」

 そう歓声を上げる穂乃果を筆頭に、ニコと凛の3バカトリオとワンマンバカのサウザーが外へと駆けだしていき、残りの面々もぞろぞろと近くの公園へと繰り出した。

 陽の落ちた公園には人の影はなく、しんしんと降る雪の音だけが流れていた。

「ほぁー……」

 天を仰ぎ、思わず感嘆の声が洩れる。

 そして、雪の結晶は少女たちの掌に落ち、スッと溶けていく。

 

「――思い」

 

 穂乃果がふと呟く。

 それは、何気ない単語にすぎなかった。

 ――メロディー。

 ――予感。

 何気ない単語、しかしそれが連なれば意味も持つし、詩にもなる。

 ――不思議。

 ――未来。

 ――退かぬ。

 ――ときめき。

 ただ思ったことを口にするだけでも、それは率直な気持ちだから、心に訴えるフレーズとなる。

 ――空。 

 ――媚びぬ。

 ――気持ち。

 今、この瞬間、μ'sの新しい歌が、希の夢が完成しつつあった。

 ――省みぬ。

 ――好き……ってちょっと待って待って、変なの混じっとるやんけ。

 ――フハハハハ。

 

「フハハハハ!」

「サウザー、何のつもりですか!」

 紡がれる言葉の中に世紀末なものが混じっていることに気付いたμ's一同。海未がサウザーに追及する。

「フフフ……折角だから手伝ってやろうと言う粋な計らい?」

 海未は今まで生きて来てこれほどまでに『余計なお世話』という言葉を痛感したことは無かった。

 気を取り直して心を静め、今一度歌詞のフレーズを考える。

 

 ――コシヒカリ。

 

「駄目だにゃ、かよちん完全に雑念入ってるにゃ」

「ぬふぅ、おのれサウザー!」

「曲名も考えてやったぞ。『Gelow(下郎) Halation(ハレーション)』だ!」

「あなたは最低です!」

 ギャーギャー喚き始める面々。結局いつものこれである。

 だが、それを見つめる希は、寒空とは対照的に温かな幸せに包まれていた。

 

 

 

つづく

 

 

 




『下郎ハレーション』言わせたかっただけの回でした。
穂乃果に「略してゲロハレかゲローションだね!」と言わせる予定でしたがあまりにもあんまりなのでカット。


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第15話 高坂穂乃果!  お前は雪深きゆえに雪におぼれる!!

 首都圏は例年にない大寒波に見舞われた。

 この日も前の晩から雪が降り続き、夜が明けてなお止む気配を見せなかった。こんもりと降り積もった雪は喧騒を吸い取り、東京は静寂であった。

「ぴゃー、これが会場……」

「でっかいにゃ」

 昼少し前、最終予選の海上に到着した面々は設営されたステージの規模に息を呑んだ。巨大でありながらきめ細かな装飾を施されたステージは降りしきる雪の中によく映えて、開演の夕刻にはそれはそれは美しくなるであろうことが容易に想像できた。

「穂乃果ちゃん達に写真送るにゃー」

 凛はそう言いながら携帯で会場をパチリと撮る。

 現在、会場にいるのは穂乃果、ことり、海未を除いた六名だけである。と、いうのも、生徒会の役員を務める三人は入学希望者への学校説明会に狩りだされ、到着が遅れるからであった。

「それにしても間に合うのかしら」

 マキがやや不安げに呟く。

 例年にない大雪の影響で交通に乱れが生じ、説明会の開始が一時間以上遅れているとのことであった。一応時間的余裕はまだあるが、何があるか分からないため不安も大きかった。

「穂乃果たちなら大丈夫よ」

 不安げな一年生に絵里が言う。

「今までも色々なピンチがあったけど、その度にどうにかなったんだから」

「だといいんだけど……」

「ま、私達が不安になったところでどうにかなるわけでもないわ。お昼に何か温かいものでも食べましょう」

「らーめん!」

 凛がシュバと挙手して希望する。温かいし、スタミナも付けたいしラーメンは中々良案である。

 一応はひとまず不安を胸中の戸棚に仕舞ってお昼ご飯へ向かった。

 

 

 同時刻、Bブロック最終予選会場。

「サウザーめ、何をしているのだ!」

 ユダが激昂しながら雪を蹴った。

 Bブロックの会場もμ'sたちのいるA会場に負けず劣らず豪勢な作りであった。が、今はそれをのんびり見物している余裕はない。

 なにしろ、サウザーだけが会場に来ていないのだ。今日は助っ人角刈りのファルコも来ているというのに、である。

「これではエントリーが出来ないではないか!」

「落ち着けユダよ!」

 シュウがユダを諫める。

「時間の余裕はまだまだある。何も慌てる必要はない」

「クッ……『エントリーするには全メンバーが揃っていなければならない』などというルールがなければさっさと登録してしまえるものを……!」

 最終予選のエントリーはよっぽどの理由が無い限りグループ全員で行う必要がある。南斗DE5MENはサウザーをリーダーにして登録しているため、彼抜きでは事が進められないのだ。

「いっそのことまた沖縄とかに行っていれば……!」

「それにしても本当に何をしているのだ?」

 ユダほどに怒りはしないものの、レイも不思議そうに言う。

 サウザーは間違いなく居城の周辺にいるはずである。にも拘わらず、なぜ遅れているのか……。

 しょうもない理由であることは確かである。

 

 

 

 

 時と所は移って音ノ木坂学院。

 一時間遅れで開催された学校説明会は無事成功し、生徒会長としてスピーチを行った穂乃果は舞台そでに引っ込むとひとまず胸をなでおろした。

「穂乃果にしては上出来でしたね」

「引っかかる褒め方だね? まぁいいけど。ところで、時間は大丈夫?」

 穂乃果が訊くとことりが携帯の時計を確認して、

「うん、まだ二時間以上あるから大丈夫ね」

「そっかぁ、よかったよかった。さぁ、会場に急ごう!」

 三人はあらかじめ纏めてあった荷物を肩にかけると玄関へ駆けだした。

 だが、玄関にたどり着くと同時、彼女たちにとって特に悪い知らせが伝えられた。

「で、電車が止まってる!?」

 大雪のせいでついに電車が止まったのだ。バスや車も身動きが取れないところがあるらしく、交通は麻痺状態と言っていい有様であった。

「ど、どうしよう穂乃果ちゃん……!?」

「穂乃果……」

 ことりと海未は途方に暮れる。

 説明会の前に除いた雪は再びつもりだしており、風も強くなり始めている。降る雪に遮られ、遠くはかすんで見えた。

 だが、ここで諦めないのが穂乃果である。

「移動手段は……私達の脚がある!」

 本当はライブまで無暗に体力は消費したくない。しかし、背に腹は代えられないのである。

「走って行こう! 時間は十分にあるから、きっと大丈夫! 私は絵里ちゃんに連絡しておくから、海未ちゃんとことりちゃんは備品室に長靴とジャンパー取りに行ってきて!」

 大ピンチに穂乃果のリーダーシップが発揮される。海未は胸中いつもこれくらい頑張ってくれればいいのにと思いながらことりと共に備品室へ走った。

 二人を見送るとすぐに穂乃果は絵里に電話をかけた。

 

 

「えっ!? ……それで、大丈夫なの?」

 会場近くのビルのロビーで絵里は穂乃果からの連絡を受けていた。

『うん、間に合わせるから、準備だけ進めておいてくれる?』

「わかったわ……穂乃果、くれぐれも無理はしないように、気を付けて」

 そう言って電話を切る絵里に一年生一同は心配げな顔を向ける。

「心配しないで、穂乃果たちは大丈夫だって」

 そんな後輩を励ましていると、向うから見知った三人組が近づいてくるのが見えた。

 A‐RISEである。

「ごきげんよう、μ'sの皆さん」

「む……全員そろってないようだが」

 英玲奈が穂乃果たちの不在に気付いて指摘する。

「それが、電車が止まってしもうたらしくて」

「歩きで会場まで来るんですにゃー」

「……! それは、大変ね……」

 ツバサが心配げに答える。

「でも、ちゃんと間に合いますから、その点は大丈夫です」

 絵里はやや語気を強めてそう断言した。本心では不安でいっぱいなのだが、A-RISEの、そして自分以上に不安な仲間たちの手前こう言うのだ。

 そう言われれば、不敵に笑うのがA‐RISEで、綺羅ツバサである。

「そう。……なら、穂乃果さん達にも伝えておいて」

 彼女はμ'sの脇を通りすぎながら続けた。

「お互いベストを尽くしましょう。そして、私達は、絶対に負けない」

 まさに、王者の風格。彼女の言葉にμ'sは緊張せざるを得なかった。

 そして、A-RISEの三人はそのまま立ち去って行き、μ'sから死角に入ったところでツバサは懐の携帯電話を取り出した。

 

 

 一方、穂乃果ら三人は備品室から借りてきた装備を身に着けて会場へと向かおうとしていた。風はやや弱まり、行くなら今である。

 だが、悪いことは重なるものである。

「うぉ、ウォリアーズだあぁぁ!」

「ジャッカルの襲撃だあぁぁ!」

 なんと、ジャッカル率いる野盗集団『ウォリアーズ』が音ノ木坂学院に襲来したのである。

「よりによって、こんな時にですか!?」

「なんかデジャブ感じちゃうなぁ……」

「言ってる場合じゃないよぉ!」

 以前牙一族が音ノ木坂に襲来したときは学校にニコとマキがいた。しかし、今二人は最終予選の会場にいる。迎撃することは出来ない。ジャッカルという男は狡猾だから、そこを狙って襲撃に訪れたのかもしれない。

「くっ、こうなったらラブアローシュートで……!」

「わ、私マキちゃんに教えてもらった簡単な秘孔術しか知らないよぉ~!」

「嘆願波は海未ちゃんにしか効かないから使えないし……」

 今度こそ途方に暮れる三人。

 しかし、そんな彼女たちの前にヒフミの三人が立った。

「穂乃果たちは行って」

「μ'sは、学校を廃校から守ってくれた」

「今度は私達がμ'sを、学校を守る番だよ」

 三人がそう言うと、他の生徒もゾロゾロと校門に集まってきた。どうやら、来るジャッカル軍団と対決するつもりのようだ。

「無茶だよ――」

「無茶を切り開いてきたのがμ'sでしょ?」

 穂乃果の言葉にかぶせるようにヒデコが言う。

「伊達にμ'sの裏方やってないよ」

「ラブライブ、優勝するんでしょ? 行った行った!」

 フミコ、ミカも続けて三人を急かす。

 あまりに無謀な戦いを挑もうとする彼女たちと突然すぎる展開に戸惑う穂乃果。しかし、海未とことりも、

「行きましょう穂乃果」

「ラブライブ、出よう!」

 二人に背中を押され、穂乃果もついに決心する。

「……わかった。絶対予選通過してくる! だから、無茶しないでね!」

「任せなさい!」

 ヒフミ達の声を受けて、三人は雪の中を傘をささずに駆け出した。

 駆け抜ける三人と入れ替わるようにジャッカルらウォリアーズが校門からバイクのエンジンを唸らせながら侵入してきた。

「なんだぁ~きさまらはぁ~!?」

「モブごときがおれらに敵うとでも思ってんのかぁ~!?」

 立ち塞がる音ノ木坂生徒を見てウォリアーズの男たちはアヒャヒャと下品に笑う。

「北斗神拳とか南斗聖拳の使い手がいないきさまらなぞ、捻りつぶしてくれるわ~!」

 ジャッカルはそう言いながら尊大に葉巻をふかした。

 しかし、対するヒフミ以下音ノ木坂学生たちは不敵そのものだった。

そっち(世紀末)ではモブは単なるやられ役かもしれない」

「でも、こっち(ラブライブ)ではそうはいかないよ」

そっち(世紀末)こっち(ラブライブ)が融合したモブの恐ろしさ、存分に思い知らせてあげる」

 ヒデコ、フミコ、ミカ……人呼んで『神モブ』、またの名を『九柱の守護星』である。

 

 

 

 

 いったん弱まったように見えた雪であるが、校門を出てしばらくすると再び勢いを増し、三人の視界を奪った。わずか数メートル先の視界もままならないばかりか、凍てつくような風が顔を刺すため、まともに前を向くことすらできない。

 その結果、彼女らは近所でありながら遭難する羽目となった。

「こ、ここどこ!?」

 気が付くと彼女たちは断崖絶壁の道……とうより岸壁から少し突き出た足場……の上にいた。一歩間違えれば滑落しそうな場所である。そんな場所を海未、穂乃果、ことりの順で進む。

「なんで東京にこんなところがあるのさぁ……」

「出来るだけ壁に密着しながら進むのです!」

 風と雪は容赦なく三人に襲いかかる。暴力的ともいえるそれは三人から気力を徐々に奪っていった。

「これ、私達ホントに会場行けるのかなぁ……」

「穂乃果、弱音を吐くなんてらしくありませんよ!」

「そうだよ穂乃果ちゃん! 死ぬ気で行けば行けない道は無いよ!」

 海未はともかく、ことりまで異様に興奮しているのは穂乃果には不思議に思えたが、ことりとしては、そうでもしないと気力がもたないのであった。

「滑りやすいですから、くれぐれも気を付けてください」

 重ねて海未は二人に注意する。

「うん! すふぉっ!?」

 それに元気よく答える穂乃果であったが、答えると同時に脚を滑らせ崖から滑り出た。

「穂乃果!」

「うひぃっ!」

 人間は危機的状況に陥るととりあえず近くにあるものに掴まろうとする習性がある。

 この時、穂乃果の手の届く範囲にあったのは海未の足首であった。

「んはっ!?」

 穂乃果に足首を掴まれ海未もまた崖下へ真っ逆さまに堕ちそうになる。引きずり降ろされる彼女の両手をことりがキャッチしなければ重力に任せるまま二人は崖下の肥やしになるところであった。

「う、海未ちゃん大丈夫~!?」

「ええ、なんとか……穂乃果は大丈夫ですか!? 絶対に手を放してはいけませんよ!」

 吹き荒れる吹雪にユラユラと揺れる海未とその足首に下がる穂乃果。視界が悪いこともあって崖下は全く見えない。

 まさに絶体絶命であった。

 そんな中、海未は先から穂乃果が全く返事しないことが気になっていた。

「大丈夫ですか!?」

「…………」

 足首を掴んだまま器用に気絶でもしているのかと心配になる。

「穂乃果っ!?」

「……白か」

 だが、心配を他所に帰って来た返事はマヌケそのもので、意味を理解した海未は顔を真っ赤にして空いている足で穂乃果の手をげしげし蹴った。

「いたっ……痛いって堕ちる!」

「あなたは最低です!」

「ゴメンって! 許して!」

「やんやん腕がもげそうですぅ~」

 海未と穂乃果がはしゃぐものだからことりの腕に負担がかかる。小さい頃から背中に海未なんかを乗せた状態で木にしがみ付くほどの腕力を誇ったことり(TV版)であるが、流石に暴れる女子高生二人をぶら下げ続けるのはきつかった。

 ついに、耐えられなくなったことりが二人に引きずられる形で崖から飛びだしてしまう。

「あっ」

 三人の悲鳴が崖の下へと吸いこまれていく。

 

 

 

 

 その頃、サウザーは峡谷に軍を進めていた。

「フハハ! 征け、拳王軍を滅ぼすのだ!」

 ご機嫌なサウザーは吹雪にも関わらずイチゴシェイクを吸いながら聖帝バイクの玉座で高笑いしている。

「しかしサウザー様、よろしいのですか?」

「案ずるなリゾ、我が聖帝軍の乗り物は全てスタッドレスに変えてある」

「いえ、そうではなく――」

「征けい! フハハハハ!」

 リゾの言葉なぞ聴く耳を持たない。今彼は最高に楽しい気分なのだ。今が楽しければ割とそれでいいのである。

 そんな時、兵士の一人が空を見上げて何かに気付いた。

「なんだあれは!」

「女だぁ~!」

「落ちてくるぞ!」

 なんと、崖の上から女が三人落ちてくるではないか。

 三人は吹き荒れる吹雪に揉まれながら、丁度サウザーのところへ落ちようとしていた。

「聖帝様!」

「ぬっ……はぁはぁ……む!?」

 寒さのせいで余計に飲みにくくなっているシェイクに苦戦するサウザーは落ちてくる三人に反応するのが遅くなってしまった。

「ぬはん!?」

 玉座にあったサウザーは三人に押しつぶされた。兵士たちは突然の事態に唖然とし、サウザーもぐぬぬと唸るばかりである。

「おや、サウザーではないですか」

「偶然だね」

「ちゅんちゅん」

 落ちてきたのはμ's二年組の三人であった。聖帝軍の進攻路はちょうど彼女たちの歩いていた場所の真下だったのである。

「サウザーちゃんがクッションにならなかったら助からなかったよぉ」

「クッ……小娘ども、何故……」

「いやぁ、実は会場に向かおうとして道に迷っちゃって?」

 三人はサウザーから降りながら事情を説明した。それを聞くやサウザーは嘲笑混じりに、

「たかがこのような雪で混乱するとは、フフフ……」

「うるさい。ていうか、サウザーちゃんこそこんなところで何をしてるのさ」

 穂乃果が問いかけると、サウザーはよくぞ訊いてくれたと言わんばかりに高笑いして、

「この雪の混乱に乗じ拳王軍を攻めるのだ! 実質帝都とも同盟関係にある今が好機!」

 サウザーにしては賢い(ような気がする)攻め方である。伊達に軍閥勢力のトップではないということであろう。

 ただ、自信満々のサウザーに対してことりは、

「でも、最終予選はどうするの?」

「なに?」

「最終予選。今日だよ?」

 ことりの言葉を受けてサウザーはしばしだまり、うーんと思考する。そして、閃くと同時に愕然として、

「やっちゃった!」

「馬鹿じゃない?」

「全軍反転~! 最終予選会場へ向かうぞ!」

「し、しかし聖帝様、拳王軍は!?」

「拳王軍なぞ気が向いた時にでも潰してやればよいわ! このままでは、またもユダに5MENのリーダーの座を奪われかねん!」 

「それどころの問題ではない気がするのですが……」

 しかし、真にピンチなのはサウザーではなく穂乃果たち三人だ。

 ただでさえ道に迷ったというのに、崖から落ちてしまっていよいよここがどこか分からないのである。

「サウザーちゃん、バイク貸して?」

「嫌に決まっているだろうが」

「うーん、ケチ」

「そもそも免許持ってませんよ私達」

 上下左右雪と崖に囲まれ、いよいよ東京離れしてきた光景である。

 そんな折、吹雪の中からこれまた東京離れしたものが徐々に近づいてくるのが見えた。

「なんだ!? 馬が近づいてくるぞ!?」

「まさか拳王軍か!?」

「三頭だけのようだぜぇ~!」

「ぶっ殺してやるぜェ~!」

 まともな戦闘が無いからここのところ元気を持て余していた兵士たちは大いに沸き立ち各々武器をぺろぺろ舐めた。今なら拳王軍でも蹴散らせそうである。

 しかし。

「武器を収められよ!」

「UTXの者だ!」

「聖帝軍は下がれい!」

 なんと、馬上にあったのはUTXの生徒だったのである。制服もUTXのブレザーだし、間違いあるまい。

「μ'sの高坂穂乃果様、園田海未様、南ことり様はご無事か?」

「えっと、はーい、ここでーす」

 穂乃果がひょこと手を上げ返事をすると、UTXの隊長らしき人は馬に乗ったまま兵士を蹴散らしつつそばまでやって来た。

「綺羅様の命によりお迎えに上がりました」

「ツバサさんの?」

「そうです。我々が会場までお連れ致します」

 これは非常に助かる。だが、一体どういう風の吹き回しなのだろうか?

 その疑問を感じ取ったのか、隊長は、

「綺羅様は誇り高きお方です。不戦勝などはご自身が許されないのでしょう」

「なるほど……思っていたより立派な人物ですね」

「カッコいいなぁ」

 海未とことりはほえ~と感心する。だが、そんな隊長の言にサウザーは、

「分からんぞ? 実は迎えに来たと見せかけて貴様らを抹殺する気かもしれんぞ?」

「んなわけないじゃん、そんな百人の女子供を人質に取ってシュウ様を黙らせた誰かさんじゃあるまいし」

「そうだよぉ、ツバサさんは、拳王に従うと見せかけてこっそりユダさんに拳王府を攻めこませるような卑怯者の誰かさんとは違うよ」

「まったくサウザーときたら、そんなだからサウザーなんですよ」

「ぬっく……」

 

 

 

 

 その後、穂乃果たちはUTX生の馬に乗せてもらい会場へと向かった。サウザーもまた、軍勢を引き連れて自らの会場へと赴く。

「フハハハハ!」

「遅いぞサウザー!」

 会場に着いた彼を真っ先に(怒声と共に)出迎えてくれたのはユダである。イライラしすぎていつも以上にロン毛がもさもさしている。

「受付締め切りまであと30分しかないんだぞ!?」

「まだそれだけあると言う事は余裕と言うことではないか? ん? 主役は遅れてくるものだしな?」

「貴様ァー!」

「おいおい、バカやって無いで受付に行くぞ」

 ガミガミ喚くユダをシュウが抑えて、六人は受付へ向かった。未だ受付を済ませていないのは南斗DE5MENだけだったらしく、受付スタッフは待たされたのかやや不機嫌であった。

「それにしても、ここまで来たのだな……というか来てしまったというか」

 控室に入り、レイがふと呟く。

「フハハ、レイよ、ここはあくまで通過点に過ぎんぞ?」

「まぁそうなのだが……いっそもう最終回でも良い気が……」

「そう言いながら、アイドルをそこそこ楽しんでいるようではないか?」

 ユダが嫉妬交じりに指摘する。

 南斗DE5MENで女性に一番人気があるのは何と言ってもレイである。整っていながらもどこか憂いを含んだ顔立ちと男らしさにメロメロである。そして、レイは相応にスケベな面があるため、満更でもなかったのだ。

「……まぁ、マミヤやアイリも応援してくれるからな」

「私も子持ちでアイドルはそうかと思っていたが、存外に受け入れられてな。奇妙ではあるが、少し自信が沸いた」

 シュウもレイと同じくスクールアイドルをすることに反対していた男である。そして、今回の作詞を担当したシンもまた同様であった。

「まさかシンがあのようなラブソングを書くとはな……」

「……フン、当然だ。別段難しくも無い」

 シンの書き上げた歌詞は届きそうで届かない、届けたいけど届けられない、そんな恋する乙女心をキュンキュン突く出来栄えで、μ'sの面々に見せた時は大絶賛であった。

「もっとも、この聖帝の指導力あってのものだが」

「……寝言は寝て言え」

「今言ったのは角刈りか? 言っておくが貴様の存在はかなり持て余してるぞ?」

「自ら引き込んでおいて結局持て余しているのか……」

 ステージ前にギスギス談笑する光景ももはや見慣れたものである。

 そして。

「5MENのみなさん、お願いしまーす」

「フハハハハ! 下郎どもに我が鳳凰の舞を見せてやろうではないか!」

 六人はステージに向かって歩きだした。

 最終予選、μ'sと5MENの戦いが始まる。

 

 

 




最初、「スノハレはシンが作詞した」って設定で構想してたんですけど、今更ながらに「ないな」ってなったので無くなりました。
でも、ネタ的にはもったいないので、嫌じゃない方は「スノハレはシンが作詞した」と考えながら原曲聴いてみてください。印象代わります。


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第16話 μ'sのキャッチフレーズ! 穂乃果、愛する者のために餅をつけ!!

二期十話冒頭のA‐RISEと男坂ですれ違うシーンで銀河英雄伝説を思い出した人は少なくないはずだけど自分以外見たことがない。


+前回のラブライブ!+

 『鬼の哭く街』カサンドラに攻め込んだ羅将ハン。巨大な童貞とかオリエントな童貞を倒した彼は予想以上に手ごたえの無いこの国にやや失望していた。

 そんな中、彼はカサンドラ内で一枚のチラシを見つける。

「ラブライブ……? なんだこの童貞チックなイベントは」

 だが、見てみると全国スクールアイドルのトップが集うと書いてある。

 スクールアイドルの大会……。

「粟立ちの予感!」

 ハンはそう呟くとともにカサンドラを後にした。

 

 

 除夜。

 歌合戦が終わり、ゆく年くる年が始まってもなお、サウザーは相も変わらずうるさかった。大晦日だけ特別に夜更かしを許されている子供みたいなものである。

「見ているがいい、新年を迎えた瞬間、おれは地上には立っていない!」

 城の広間でサウザーは年明けの瞬間に集中していた。

 そして、時計の秒針が零時を示そうとした瞬間、サウザーは「とあっ!」という掛け声と共に跳躍した。同時、外から新年の鐘が厳かに鳴り響いた。

「フハハハハハハーっ!」

「お見事でございますサウザーさま」

 着地して満足げに笑うサウザーにブルが拍手を送る。

「それではサウザーさま、今日はもうお休みになりませんと」

 いつも十時までには寝るサウザーであるから、ブルはそう進言した。歯も磨いたし、あとはパジャマに着替えてベッドに入るだけである。

 だが、新年特有のテンションでギンギンに目が冴えているサウザーは、「今日はまだ寝ん!」と高らかに宣言した。

「なんでも、世の下郎どもは新年を迎えるや初詣とやらに繰り出し神に願いをかなえるよう命令するそうではないか?」

「微妙に違いますが、そうですな」

「我々も繰り出そうではないか?」

 サウザーはニヤリと笑いながら言った。

「この辺りの神社となれば神田明神ですな」

「神田明神の神に、どちらが各上の存在か知らしめる好機と見たな!」

 彼はそう言うとマントを翻し全軍に出撃命令を出した。

 

 

 その頃、μ'sの二年生&一年生は揃って神田明神へごく普通の初詣に向かっていた。

「まったく、なんでみんな着物じゃないのよ」

 道中マキはしきりにこう愚痴っていた。皆がそれぞれ普段着なのに対し、マキだけが振袖だったのである。母が新年と言えばこれだと言って着付けたらしいが、やはり年頃の娘、一人だけでは恥ずかしかったようだ。

「いいじゃん、似合ってるにゃ~」

「似合う似合わないじゃなくて。なんか私だけ張り切ってるみたいだし、それに……」

「それに?」

「動きにくくって、襲われたら即座に反撃できないじゃない」

「さすが、世紀末に片足突っ込んでる勢はものの考え方がちがうにゃ」

 そんなことを話しながら歩き、男坂のところまでやって来た。すると、神田明神の方から知った三人組が階段を降りてくるのが見えた。

「A-RISE出雲」

「それはサンライズね。あけましておめでとう、あなた達も初詣?」

「おめでとうございます!」

 A-RISEの三人は既に初詣を終えたらしい。何をお願いしたのか気になったが、訊くのもあれなのでとりあえず「はい」とだけ返事をした。

「そう……」

 ツバサは微笑むと、穂乃果たちの脇を通り過ぎた。そして、去り際に振り向き、

「本選には『ヤツ』が現れる可能性が高いわ。くれぐれも気を付けて……ラブライブ、優勝しなさいよね!」

「……! はい!」

 ツバサからのエールを受け、穂乃果は大きな声で返事をする。

 ラブライブ……本選……。

 そう、μ'sは(ついでに5MENも)関東代表として本選に駒を進めたのだ。

 分かっていたことだが、A‐RISEに言われると、なおのこと現実として胸に迫る。優勝すると言った手前、あくまで通過点の一つをクリアしたに過ぎないのだが、それでも嬉しい物は嬉しかった。

「私達、あのA‐RISEに勝ったんだね……」

「そうですね。未だに信じられません」

 ことりと海未も感慨深げに話す。

 それにしても、気になるのはツバサの言っていた『ヤツ』についてである。

「それって、やっぱり例の羅将ハンのことなのかしら」

「伝説のスクールアイドル『修‐羅イズ』、それが私達の前に現れるなんて……ピャアア……」

「穂乃果はどう思いますか? 羅将ハンの話……」

「『スクールアイドルとは何か』って哲学しちゃう気分だよ。ていうかなんでみんな普通に話受け入れちゃえてるの?」

 仲間たちの適応力の高さに戦慄しつつ、穂乃果はツバサの背中を見送った。

 ツバサさんは……A‐RISEは、私達に思いを託してくれた。だから、それに応えるためにも精いっぱい頑張ろう。

 そう、思いながら。

 

 一方、穂乃果たちに見送られながら、ツバサはあんじゅと英玲奈に、

「今の私、カッコよかったかしら」

「まぁ、強者感はあったな」

「完全にフルハウスね」

「え、なんだそれは」

「前回言いそびれたから、言っとこうと思って?」

 三人はそれぞれの家に帰るわけだが、途中までは一緒である。初詣の客でにぎわう神田明神から離れるにつれて、街は夜の静けさに包まれるようになり、しんとした冷たさが三人を震わせた。

「後悔してるか?」

 ふと、英玲奈はツバサに訊ねる。

「何が?」

「迎えを寄越したことだ。あの三人に」

 最終予選、雪に閉じ込められ会場に向かうことがままならなくなった穂乃果、ことり、海未の三人にツバサはUTXから迎えを出して、μ'sは無事歌うことが出来、勝ち進むことが出来た。最終予選、次点はA‐RISEであった。つまり、あの時迎えを出さなければ、本選への切符を手にしていたのはA‐RISEだったのである。

 実際予選の後、ツバサは学校で幾人かにもったいないことをしたと言われた。 

 だが、ツバサは英玲奈の問いを一蹴する。

「英玲奈らしくない愚問ね」

「そうだな……すまなかった」

 英玲奈は満足そうに微笑むとそう謝罪した。

 敗退してなお、綺羅ツバサはA‐RISEのリーダーであり、スクールアイドルの頂点足りうる人物であった。

「……あら?」

 この時、あんじゅが何かに気付いた。

「どうかしたか?」

「何か聞こえたような……」

 ツバサはあんじゅの言葉を受けると地面に耳を当て、何が近づいてくるのか探った。彼女の耳に、振動となった音が伝わる。

「これは……バイクのエンジン音!」

「え!?」

「それも一台や二台ではないわ」

 音と振動はみるみる大きくなる。

 音の正体は向うから土煙を上げながら迫ってきた。

「フハハハハ!」

 ご存知、サウザー率いる聖帝軍である。彼はA‐RISEの三人を認めると全軍に停止するよう伝えた。

「あけましておめでとう。聖帝も初詣かしら?」

 ツバサに続いてあんじゅと英玲奈も挨拶する。だが、サウザーはそれに答えることは無く、

「『A‐RISE』……いや? 『負‐け犬』ではないか」

 ニヤニヤ笑いと共にとんでもなく失礼なことを言ってのけた。

「凄いぞツバサ、こんなに調子に乗ってる奴は始めて見たぞ」

「おれが乗っているのは時代の波だぞ? フフフ……このフィーバーっぷり、来年は紅白に出れるほどと言って過言ではない」

「過言でしょ」

「A-RISEの時代は終わり、スクールアイドルの頂点に立つのはこの聖帝率いる南斗DE5MENであるのは明白と言えよう」

 そう言うとサウザーは可笑しくてたまらないという風に高笑いした。

 人間はここまで調子に乗ることが出来るのか。

 A‐RISEの三人は二周ほど回って逆に納得した。きっと、彼が最終予選を突破できたのもこの良く分からない自信に依るところが多いだろう。

「……そう言えば」

 ここで、ツバサの脳裏に一つ疑問が浮かんだ。

「どうかしたか?」

「私達って、なんでμ'sに負けたのかしら」

「なんでって、そりゃ……」

 英玲奈とあんじゅはツバサの疑問に答えようとした。だが、

「……なんでだろう?」

 答えは出てこなかった。

 

 

 正月休みが終わり、校舎が解放されるとμ'sは練習を再開した。本来なら穂乃果は生徒会の仕事もあるんのだが、九柱の守護星ことヒフミトリオが代わりに仕上げてくれた。

「足向けて寝られないね」

 ストレッチをしながらことりが言う。

「全くだよ。おかげでラブライブに向けて集中できるけど、私が生徒会にいる意味も分からなくなるね」

「穂乃果は業務的にいてもいなくても変わりませんよ」

「海未ちゃんひっどーい」

「冗談ですよ」

 本選に向けて練習に励む彼女たちを学校中が応援しているのだ。これは嫌でも優勝しなければならないだろう。

 そんな本選であるが、ルールが従来の予選とやや違っている。それについては花陽が説明してくれた。

「選曲とか衣装とかは公序良俗に反しない限り自由。ただ、会場は晴海で、投票形式は会場投票とネット投票で行われるんだって」

「ふーん、この間の世紀末モヒカンスタイルは使えないのね?」

「なんでエリチ少し残念そうなん?」

「まぁ、会場と投票形式が少し変わるだけで実質従来通りで大丈夫です! ただ、今度は事前の印象付けが今まで以上に重要で」

 

 一同は一旦部室に戻り、パソコンでラブライブの公式ページを開いた。

 各グループの紹介ページに、『キャッチフレーズ』の項目が追加されているのが分かる。

「『おまえのようなババァがいるか』『今日を生きる資格なし』『戦いの荒野で死にたい』……ほぇー、色々あるんだねぇ」

 穂乃果は趣向を凝らしたフレーズの数々に感心する。

「そのチームを一言で表すような、そんなキャッチフレーズが理想です!」

「そう言えば、5MENはどんなキャッチフレーズなの?」

 訊かれると花陽は画面をスクロールして5MENの項目を表示した。

「えっと……まだ決めて無いみたいだね」

「すぐ決めそうな気がしたから意外だなぁ……ていうか恐っ!? プロフ画サウザーちゃんのドアップかよ!?」

 画面いっぱいに広がるサウザーの笑顔に恐怖する穂乃果。それを他所に、一年生ズは5MENのキャッチフレーズ予想で盛り上がる。

「サウザーの事だから、どうせアレでしょうね。『退かぬ! 媚びぬ省みぬ!』」

「いや~分からないにゃ。『客はすべて下郎!』かもよ?」

「『愛などいらぬ!』じゃないかな?」

「とりあえず、5MENよりも今はうち等のキャッチフレーズやん」 

 μ'sを簡潔に表現する、そんなキャッチフレーズ……。

 一同は腕を組んで考える。しかし、こういったものはそうポンポン浮かんでくるものではない。まして、一介の女子高生に、である。

「μ's……みゅーず……あ」

 穂乃果が何か閃いた。

「思いついたのですか!?」

「全然」

「ぜんぜ……じゃあ、何を――」

「餅つきしよう!」

「は?」

 想定外の言葉に唖然とする仲間に穂乃果は繰り返し言った。

「餅つきしよう、餅つき!」

 

 

 二日後。

 穂乃果の家である和菓子屋『穂むら』の前に人だかりが出来ていた。その中心では穂乃果が蒸したもち米を臼に移している。

「で、なんで餅つき?」

 ニコが質問する。これは今日まで一同が思っていた疑問でもあった。

「いやさ、そう言えばみんなにお礼してないなーって」

 海未と一緒に杵でもち米を潰しながら穂乃果はそう答えた。

 キャッチフレーズを考えている時、穂乃果はなぜ自分たちがここまで来られたのかを考えた。

 μ'sがA‐RISEを破り本選まで来られた理由。それは、μ'sだけでなく、音ノ木坂の生徒を初め、色々な人の応援や手助けがあったからである。最終予選だけで見ても、音ノ木坂の生徒がジャッカルたちに立ち向かってくれたから、A-RISEとUTXの生徒が雪に閉ざされた穂乃果たちに手を差し伸べてくれたから、突破することが出来たのである。どれか一つでも欠けていたら、突破はありえなかったであろう。

 だから、こういった形でとりあえずお礼をしなければと思ったのだ。

「そう言うわけで、今日は暇を持て余してるオトノキ生に来てもらったの」

「穂乃果らしいハラショーな発想ね。ところで……」

 絵里は穂乃果を称賛しつつ、女子高生の中に紛れ込む異質な人物に目を向けた。

「あれなに」

「サウザーちゃんだよ」

「見ればわかるわ」

 此度の餅つき大会には南斗DE5MENGも招かれていた。だが、他の面々は新年ということで何かと忙しく、暇なサウザーだけが参加という事になったのだ。

「馳走になってやらんこともないぞ?」

「なんでアイツあんなに偉そうなのよ。ていうか、なんで招いたの?」

「まぁ、何だかんだ言ってお世話になったし、サウザーちゃんが居なければμ'sも無かったからね」

「む……それは、そうだけど……」

 元々μ'sは穂乃果、海未、ことり、そして不法在学していたサウザーによって結成されたグループである。実際のところ、サウザーが居なくてもμ'sは結成されたであろうが、その傍若無人っぷりで様々な困難を乗り越えて(というより突き壊して)きたのは事実である。

「何をもたもたしている。早くつけい!」

「やっぱ帰ってもらいましょう?」

「まぁまぁ」

 サウザーに急かされたこともあり、準備が出来るやさっそく餅をつき始めた。杵を振るうのは穂乃果で、餅を返すのは海未である。

 二人の息はピッタリで、みるみる餅が完成していく。

「ほう、これが餅つきか」

「サウザーちゃんは初めて見るの? なんなら少しやってみる?」

 穂乃果はそう言って杵をサウザーに手渡す。サウザーはそれを半ば奪うように取ると、大きく振りかぶって高笑いと共に臼に振り降ろした。そして、それはお約束ともでも言いたげに餅の上にあった海未の手を直撃する。

「なっふううう!」

「うわー! 海未ちゃーん!?」

「ぬぐぐぐ……サウザー! 世紀末でなかったら複雑骨折どころではありませんよ!?」

 赤くはれた手をフーフーしながら涙目の海未が吠える。意外と大丈夫そうである。

「臼も……割れて無いね。よかった……」 

 穂乃果も店の財産が無事なのを確認してホッとする。

「もー! 杵は振り降ろすんじゃなくて重さに任せて落とすようにするの分かった!?」

 言っておくと、杵で思いっきりつかれた場合本当にシャレにならない事になる。良い子は絶対に真似しないようにしよう。

 悶着合ったものの、餅は無事完成し、来ていた人全員に配られた。つきたてほやほやの餅は美味この上ない。花陽などはそのままプレーンな餅を食べながら至福の表情をしている。

「はわぁ~白くてもちもちで、美味しいなぁ」

「あんまり食べると太りますよ」

「そう厳しく言わずにさ、ほら花陽ちゃん、まだまだあるからドンドン食べてね」

「はぁ~い」

 るんるん気分でお代わりを受け取る花陽。だが、そんなところへいらんことするのがサウザーの神髄である。

「砂糖醤油をかけないと画竜点睛を欠く云々」

「ああああああああ!?」

 皿に受け取ると同時、花陽の白く輝く餅はサウザーの手によって甘しょっぱくて風味豊かな砂糖醤油に侵食され、香しく輝く物体へ変貌した。実に美味しそうであるが、花陽にとってそれは許されざる行為である。

「撲殺日和、です!」

 怒り心頭の彼女は杵をブンブン振り回す。だが、一介の女子高生が振り回す杵なぞ、南斗鳳凰拳伝承者からすれば蚊がとまっているようなものだから、サウザーは高笑いと共にひらりひらりと躱すばかりである。

「こらこら花陽、殺るなら食べ物を作る道具以外で殺りなさい」

「エリチのアドバイス正しいけど間違ってるやん」

 

 餅つき大会が終わり、メンバーはそれぞれ後片付けをする。サウザーはいるとかえって邪魔だからカレー粉をまぶした餅を与えてその辺に座らせた。

「喜んでもらえて良かったねっ」

「はい。お餅も美味しかったですし」

 穂乃果の言い出した突拍子もない話であったが、いざ実行してみるとかなり盛り上がり、ちょっとしたお祭りのようになった。かわるがわる杵を振るい、餅を返し、また、持ちよった具をつけて食べたりもした。

「本当はUTXの人にも来てもらいたかったんだけどね、さすがにね」

 穂乃果は苦笑しながら言う。UTX、そしてA‐RISEの三人には、彼女たちの分も歌うという形で恩返しをしよう、ということになった。

「で、キャッチフレーズ、どうするの」

 道具をよっこいせと持ち上げながらニコが訊く。

 精一杯のパフォーマンスが恩返しになるなら、万全の態勢で本選に臨む必要があるわけで、それにはまず素敵なキャッチフレーズを考えなければならない。

 しかし、ニコの心配とは裏腹に、穂乃果は確信したような表情をしていた。

「私、気付いたんだ」

「気付いた?」

「何に?」

 一同が問い返す。

 

 μ'sがなぜ頑張ってこられたか。それは、たくさんの人の支えがあったから。

 これは既に分かり切った話である。

 だが、μ'sにとってその『たくさんの人々』は支え以上の存在……μ'sの原動力そのものと言っても良かった。

 

「『客はすべて下郎!』とか言ってたけど、そんなことなかったんだよ! 応援してくれている人と一緒に、一歩ずつ前に進んで、少しずつ作り上げて行って、夢をかなえようとする……それがμ'sなんだよ!」

 共に舞台を作り上げる。

 そういう意味では、世紀末感あふるるμ's´時代から変わらぬ魅力ともいえた。

「それを、さっきの餅つき大会で思いついたんですか?」

「うん!」

 穂乃果は海未の問いに笑顔で答える。

「ちょっと無理がないかにゃー?」

「凛ちゃん、これは尺の都合ってのもあるんやで。そろそろ纏めとかにゃあかんし」

「なるほど」

「台無しだよ!」

 なにはともあれ、μ'sのキャッチフレーズは決まった。

 そして、それを餅を食べつつ傍から眺めるサウザーもまた、5MENのキャッチフレーズを閃いていた。

 

 

 

 

 数日後。

 UTXの校舎に設置されている巨大モニター。μ'sや5MEN、ほかにも様々な人が注目するそこに、本選へ駒を進めたチームのキャッチフレーズが映し出されていた。

 流れるように次々と映し出される様々なフレーズたち。どれもこれもそれぞれのチームの思いがこもった出来である。

 そして、ついにμ'sのものが映し出される。

 

μ's

 

『みんなで叶える物語』

 

「素敵なフレーズね」

 いつの間にか隣に立っていたツバサが穂乃果にそう語りかけた。

「ツバサさん! ありがとうございます! 餅つきしてたら思いついたんです!」

「シチュエーションが謎だけど、まぁいいわ。……私ね、どうして自分たちがμ'sに負けたのか不思議に思っていたの」

 だが、今日このキャッチフレーズを見て理解できた。A‐RISEになくてμ'sにあった物。言葉では言い表せないが、確かに存在するものだ。

「穂乃果さん、心の底から応援するわ。あのキャッチフレーズにある『みんな』の一人として」

 そう言うと彼女はニコリと笑みを見せた。ライバルとして、そして、μ'sの一ファンとしてツバサは穂乃果たちを応援するだろう。

「ツバサさん……」

「ふふっ……あっ、ほら、次は南斗DE5MENのキャッチフレーズよ」

「えっ?」

 μ'sの素敵なキャッチフレーズに続いて登場したのは南斗DE5MENである。キラキラと輝く青春を体現したかのようなものであるから、見る人々の期待は高まった。

 そして……。

 

南斗DE5MENG

 

『下郎たちに作らせる十字陵』

 

 

「えぇ……」

 それは、μ'sメンバー全員の口から共通して漏れた声であった。

「下郎たちに作らせる」

「十字陵……」

「ある意味予想外のフレーズですね……」

「凛たちのとリズムが微妙に被ってるのもムカつくにゃ」

「否応なしにテンションが下がるやん」

 ちなみにこのフレーズは下郎たち(オトノキ生)が一生懸命餅をついている様を見て思いついたそうである。最低である。

 

 かくして、μ's、そして南斗DE5MENは本選に向けての準備を着々と進めていた。

 だが、ラブライブとは別に迫りくるものが存在した。

 三年生の卒業……そして……。

 

 




たぶん今年最後の投稿です。
よいお年を。


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第17話  果てしなき試練! μ's海を見る!!

新年あけましておめでとうございます。


 雪穂と亜里沙は音ノ木坂学院に来ていた。

 二人が注目するのは番号の羅列された大きな掲示板。集まった人々はその番号に一喜一憂するわけだが、雪穂と亜里沙は喜ぶ側の人間だった。

「ユキホ! 私の番号あったよ!」

「私も! いやぁ、良かった良かった」

 羅列された番号……この番号に該当したものは、来年から音ノ木坂学院の学生たる資格を得る。

「それにしても、亜理紗ホント頑張ったよね。日本語も今ではペラペラだし」

「前の出番から半年近く経つからね! 一生懸命勉強したんだもん」

 イマイチ学力程度が知れない音ノ木坂学院であるが、無勉強では入れるようなところでないことは確かである。二人は相応の努力をしてきた。雪穂などは、当初UTXへの受験を考えていたが、それをやめて音ノ木坂を受験したのである。

「オトノキ生かぁ。ユキホ、入学したら一緒にμ'sに入ろうね!?」

 亜里沙が瞳をキラキラ輝かせながら言う。

 だが、雪穂はそれに素直に『うん』と答えることが出来なかった。だから、歯切れ悪く返事してしまい、亜理紗に心配されてしまった。

 

 

「本選まで一カ月を切りました」

 部室、ホワイトボードを前に海未が今後のプランを説明する。

「これからは練習量を減らし、本番までコンディションを整えて行きたいと思老います。あと、サウザーがこれから嫌がらせをしていくと公言していたので、その辺も注意しましょう」

「今まで嫌がらせのつもりが無かったのが意外ね。ところで」

 マキが穂乃果と絵里に話しかける。

「雪穂ちゃんと亜里沙ちゃん、合格したんですってね」

「ええ、お陰様で」

 絵里が嬉しそうに答える。穂乃果も、

「散々UTXが良いって言ってたんだけどね、急にオトノキにする言い出したときは驚いたよ」

「やっぱり二人ともアイ研に入るのかな!?」

 花陽が興奮気味に言う。亜里沙はもちろんだが、最近は雪穂も穂乃果にそれとなくそのような話をするようになっていた。凛も一緒に喜んで、

「そしたらμ'sも11人だにゃ」

 しかし、言ってすぐに「あっ」と気付く。

「絵里ちゃんと希ちゃんは卒業しちゃうんだね……」

 三年生は卒業である。彼女たちが卒業して亜里沙と雪穂が加入した時、果たしてそれは二人が憧れたμ'sであることが出来るのだろうか……。

「絵里と希が卒業ね……ニコちゃんはどう思う?」

「取り合えず私が卒業しない体で話すのやめなさいよ、泣くわよ?」

「冗談に決まってるじゃない。ホントは、卒業してほしくないケド……」

「んん~!? マキちゃん、なんて言ったにこ~?」

「う、うるさい!」

「そこ、イチャイチャしないでください」

「絵里ちゃんはどう思う?」

 穂乃果が絵里に問いかける。卒業生はどうしてほしいのだろうか。

「私は何ともいえないわね。μ'sをどうするかは穂乃果たちが決めるべきよ」

「丸投げ?」

「違うわよ! あなた達はスクールアイドル続けるんでしょ? なら、決めるのは私達じゃないわ」

 道理である。

 だが、そう簡単に決められる話でないのも事実であった。

 

 

 μ'sで三年生の卒業が話題になった二日後。

 サウザーたち南斗DE5MENの中でも同様の話題が出ていた。

「ところで、ラブライブが終わった後もスクールアイドルは続けるのか?」

 サウザーの居城における会議の中でシュウがサウザーに問いかける。

「愚問だな。当然であろうが」

「そうなのか……」

「しかし、スクールと言うからには卒業があるのだろう」

 レイが言う通り、南斗DE5MENは聖帝十字陵学園のスクールアイドルである。今までに登場した『Z』とか『南斗五車星』とか『見上げてGOLAN』とか、その辺はどこのスクールアイドルなんだという指摘があるだろうが、とりあえず5MENはそうなのである。

 だが、サウザーは「これまた愚問だな!」とレイの意見を一蹴する。

「聖帝十字陵学園は終身就学制度! 貴様らは入学した以上卒業は許されん!」

「なっ……聞いてないぞ!?」

「言ってないからな?」

「悪質商法か何かか……」

 困惑と呆れの声を無視し、サウザーはやはり高らかに笑う。 

「フハハハハー! 故に5MENは永久に続く! 強いて言うならおれが飽きるまで続く」

「しかし、ラブライブと言えば、μ'sはどうするのであろうな」

 三年生が卒業することはシュウも気にしていた。彼にとっては当に過ぎてしまったイベントだが、そうであるが故にその意味の大きさも理解しているのだ。

「フフフ、そうなればμ'sの人数は六人となり、戦力的に我々と拮抗すると言う事だ」

「何の話だ」

「あ、そうだ。そろそろμ'sの邪魔をしに行こうではないか!」

 相変わらず気まぐれなサウザーは思い出したように立ち上がった。

「学生の大会で露骨な妨害ってどうなんだ」

「知らん! 行くぞ!」

 

 5MENは意気揚々と(意気揚々なのはサウザーのみだが)μ'sの活動する音ノ木坂学院へと向かう。

 だが、目的の面々は学院に到着する前に、昌平橋に来た時点で目に入った。

「む!」

「げ」

 そこにいたのはいつもの制服ではなく私服姿のμ'sご一行である。サウザーの姿を見て良からぬ予感がしたのか露骨に引いている。

「貴様ら練習じゃないのか?」

「いやぁ、たまには息抜きも必要だよねって。九人で遊んだことなかったし」

「毎日お気楽に遊んでいるようなものだろう貴様らは」

「サウザーちゃんに言われたくないね。サウザーちゃんたちはなんの用なの?」

「貴様らを邪魔してやろうと思ってな」

「帰れ」

 帰れと言われて帰る聖帝ではない。μ'sの目的を知るや彼はそうとなれば同行してやろうと何故か上から目線で提案してきた。

「えぇ……」

「貴様らにある選択肢はおれを同行させるか神田川に今から飛び込むかの二択だぞ?」

「うん……まぁ、いいか」

「穂乃果! ホントにいいの!? その場のノリで適当に決めて無い!?」

「絵里ちゃん落ち着いて! だって、μ'sの九人もそうだけど、サウザーちゃん達と遊びに行くことなんてもっとなかったし、お互いの健闘を祈ってってことでいいんじゃないかな」

「無理しなくていいぞ」

 レイが申し訳なさげに言う。だが、穂乃果は首を振って、

「どうせ言ってもサウザーちゃんは着いてくるし、人数が多い方が負担が分散されるから」

 サウザーを荷物呼ばわりすることにためらいが無いあたり、扱いになれている。

 とにかく、遊びに行く仲間は全員で十四人となり、ちょっとした団体様となった。そんな一同が向かう場所は……。

「みんなが行きたいところ全部に行こうって話してたんだ」

「さすが若いと行動力があるな」

「そう言うとはシュウ様、老いは隠せんようだな? おれは修羅の国に行きたい!」

「却下」

 穂乃果に即行で断られる。そして、気を取り直して「よーし!」と元気よく宣言した。

「しゅっぱーつ!」

 

推奨BGM:有情ノーチェンジ

 

「『有情ノーチェンジ』ってなにさ?」

「『痛いのは嫌』みたいな意味ではないでしょうか?」

「ちなみに読み方は『うじょう』でも『ゆうじょう』でもOKだよっ」

 

+ゲームセンター+

『FATAL K.O.ウィーンレェイパーフェクト』

「んはぁ! 負けたぁ!」

「どんなもんよ!」

 うなだれる穂乃果にニコが勝ち誇ったようにポーズを決める。 

「ほ、穂乃果が完封されるの始めて見ました……!」

「ニコちゃんすごぉい!」

「ユダはやらんのか? 色々な鬱憤を自分の登場するこのゲームで発散しているのだろう?」

「なっ……レイっ、貴様何故それを……!」

「あっ、本当だったのか……なんかすまん」

「ぬっくぅぅぅ!」

 一方でサウザーは最近稼働開始したスクフェスACに興じていた。

「ふっ! トゥアっ! ヤァッ!」

「サウザーちゃん凄いにゃー」

「それにしても最近のCGは凄いな」

 シュウ様が感心するのは画面で踊り狂う3DCGサウザーである。滑らかな質感と違和感のない挙動で画面越しにウザさが迫りくるほどだ。

「フルコンボだドン! フワハハハハ!」

「違うゲームだけどね」

「よーし次行ってみよう!」

 

+動物園(牙一族のアジト)+

「フハハハハ! サファリパァ~ク! フハハハハ!」

 サウザーたちを乗せたバスは牙一族の潜む谷間を進む。車外には獣のごとき者どもがうようよいて、バスをガンガン攻撃してくる。

「私たち上野に行きたかったんだけど……うひぃ!」

「愚痴って無いでパンをちぎっては投げろ高坂穂乃果!」

「パンダ、見たかったなぁ……」

 残念そうにことりは窓の外で威嚇するマダラにちょっかいをかけている。

「まぁ、ある意味レアやね」

「レアなら何でもいいってわけではないでしょ」

「フハハハハ! 次行ってみよう!」

 

+美術館+

「これが北斗宗家に伝わる女人像かにゃ」

「レプリカだけどね。はわぁ、本物を見てみたいです!」

「で、こっちがシンさんの作った1分の1スケールユリア像かにゃ」

「すごい精密です! 生きてるみたいだね」

 シンの作り上げたユリア像は驚くほどに精巧で、ケンシロウがあっさり騙されるのも納得の出来栄えである。

「好きな女とは言え、巨大フィギュアにするとは些か気持ち悪いな、えぇ? おしゃまイエローよ」

「うるさい!」

 だが、ここにいる一同は知らないし、知られてはならない。

 音ノ木坂学院生徒会室にある、時価一千万円相当のクリスタルガラスがあしらわれた等身大ケンシロウフィギュア。

 あれを作り上げたのが他ならぬシンであるという事実を……。

「フハハハハ! 次行ってみよう!」

 

+お昼ご飯+

「吉祥寺! フハハハハー!」

 吉祥寺はお洒落な街としても有名だが、新年になると聖帝祭なる祭りが開催されどうしようもない下郎どもが押し寄せる世紀末な街でもある。

「ここが噂に訊くカフェですか」

「お洒落だねっ」

「お洒落な中5MENの関連グッズが明らかに異彩を放ってるよ」

「フフフ、ここは聖帝軍がスポンサーを務めている店だからな……積極的に5MENの宣伝を行っているのだ!」

 店内には等身大ケンシロウフィギュア(通常版)がいる。記念撮影しよう。

「ところで今年もやるのか、聖帝祭」

 レイが尋ねると、サウザーはフンスと鼻を鳴らして、

「当然だ! 今年はややロングな期間やるから下郎はこぞっておいでになるがいい」

「何の宣伝やねん」

「形状は気に入らないけど、このカレー美味しいわね」

「この死兆星つきパンナコッタもすごい趣味だけど美味しいよ!」

 絵里と穂乃果も大絶賛。

 行きたくても行けない人だっているんだから、近所に住んでたり東京に用事がある下郎はちゃんと行こうね。

 

+浅草+

「人形焼き! ブフワハハハハ!」

「ちょっとサウザー、口に物入れながらしゃべらないの」

「あはは、絵里ちゃんサウザーちゃんのお母さんみた……ごめんホントゴメン謝るからそんな怖い顔で睨まないで」

「何やってるんですか穂乃果……」

「東京随一のスピリチュルスポットやん」

 一向は仲見世を通り抜け、常香炉のところまで到達した。

「けむいぞ!」

「あれを浴びると身体の悪いところが良くなるんやで」

「ハラショーね。サウザー、さっそく浴びてきなさい。頭を中心に」

「これ以上おれの頭が冴えわたっても知らんぞ?」

「ほざけ」

 

 

 その後、一行は花やしきやボウリング場、スクールアイドルショップ、ピレニィプリズンなどを巡り、休日を存分に楽しんだ。

「さて、あとは穂乃果の行きたい場所ですね」

「ハノケチェンはどこ行きたいの?」

 海未とことりが問いかける。穂乃果は、少し考えた後、微笑んで、でもどこか寂しそうに呟いた。

「海、かな」

 

 

 

 

 暦の上では春だが、まだまだ風は冷たく、海の傍ではなおさらである。

 夕陽が静かに水平線の向こうへ沈もうとしている。

「綺麗だねぇ……」

「そうですね……」

 海を見つめながら、μ'sの面々はそれぞれの思いに耽った。穂乃果が何を話したいのかを悟ったのである。

 それはサウザーを除く5MENの連中も同様で、

「サウザー、我々は先に駅に帰るぞ」

「なっ、シュウ様! やだやだ、おれは海で遊ぶ」

「ぬっく……レイ! 手伝ってくれ!」

 シュウとレイは暴れるサウザーを両側から抑えようとする。だが、さすがは南斗鳳凰拳伝承者、無駄に抵抗してくる。と、そこへマキがμ'sの群れから離れてこちらへツカツカと歩いてきた。

「む?」

 彼女はサウザーのそばまで近づくと、黙って彼の胸を突いた。すると、

「うっ!?」

 サウザーの身体がピシィッ、と動かなくなった。新膻中である。

「バカなっ……西木野マキがおれの身体の秘密を……!?」

「いまだ、連れて行くぞ!」

 

 サウザーはごね続けていたが、新膻中で動けないとなっては運ぶのは至極簡単な作業である。一行は海岸を後にし、最寄り駅へと向かっていた。

 その道中、彼らの傍に一台の馬車が停まった。

「む?」

「そこの者たち! 道を尋ねたいのだが?」

 声とともに馬車のドアが開かれる。すると同時、中から形容しがたい『濃い』オーラがむわっと噴出した。そのオーラの発生源……これまた『濃き』紳士が馬車から降り立った時には歴戦の六聖拳といえど緊張せざるを得なかった。

「晴海客船ターミナルに行きたいのだが!?」

「晴海ならここからずっと先だ。東京へ着いたら改めて道を尋ねるがよい」

「そうか、助かる。それにしても……」

 そう言いながら男は5MENを見渡し、小さく笑うと、

「童貞が童貞を連行する構図には粟立ちを覚えざるを得んな?」

「!?」

 突然の評価に5MENは戸惑う。そして、その口ぶりにとある人物を連想せざるを得ない。

「貴様、まさか『羅将ハン』ではないか?」

 シュウが指摘する。すると男は、

「ほう……このおれの名を知るとは、ただの童貞ではないようだな?」

 ここ最近のスクールアイドル襲撃事件の犯人の特徴に『相手をやたらめったら童貞認定する濃い男』というものがあった。そして、A-RISEが言うにはこの襲撃の犯人は羅将ハンとのことである……。であれば、この目の前にいる濃くて童貞認定してくる男こそ、伝説のスクールアイドル『修‐羅イズ』のハンであるに違いないということだ。

「晴海客船ターミナルはラブライブの会場だが、目的はそこか?」

「そこまで当ててくるとは……まさか貴様、童貞ではないな!?」

「うん……まぁ童貞ではないが……」

 ハンの濃厚さに圧倒されそうになるシュウ。

「今まで倒してきたスクールアイドルは童貞ばかりであったが、ラブライブ本線ともなれば童貞ならざる強敵が現れるであろう! そう思うと粟立ちが止まらなくてその事実にまた粟立つ次第であるわ」

 そう言うとハンは馬車に戻っていった。

「礼を言おう童貞諸君! いざ征かん、粟立ちの向こう側へ!」

 馬車は東へ去っていった。

「……何だったんだあれは」

「ろくな男でないことは確かだな」

「羅将ハンか、フフ、面白い」

 いつの間にか縛を破ったサウザーが起き上りながら言う。

「奴が何を考えているかは知らんが、ラブライブ優勝はおれのものだ!」

「うむ、良く分からんが今回のサウザーは謎の頼もしさがあるぞ」

 そのような事を話している内に、用事を終えたμ'sの一同が駅へ戻って来た。

 目が赤くなっているのも何人かいたのは、つまりそういうことなのだろう。 

 そんな彼女たちにとって、帰り路でのサウザーの空気の読めなさっぷりはある意味ありがたかったかもしれない。

 

 

 

 

 




穂乃果の、μ'sの葛藤、そして決断はDVDなりバンダイチャンネルなりで見れば良いやん?


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第18話  愛の戦士ツバサ死す! 友よ、愛こそすべてと知れ!!

 +前回のラブライブ!+

 北斗練気闘座……またの名を晴海客船ターミナル。北斗神拳伝承者をめぐる争いは、常この場所で行われてきた。

 ラブライブの本選もまた、この新聖なる場所で開催される。

 今、日本全国で死闘を勝ち抜いてきたスクールアイドルがここへ集いつつある。

 天を掴むのは、μ'sか、南斗DE5MENか、それとも……。

 最後の戦いが、始まろうとしている。

 

 

 本選当日。

 金色の角刈りを加えた南斗DE5MEN・Gの一行は晴海客船ターミナルへとやって来ていた。そこに設営されているステージは最終予選を上回る規模と設備で、モニターに煌めく『LoveLive!』の文字が否応に集まった人々の高揚感を煽っている。

「ここが本選会場か」

「最終予選の時も言ったことだが、まさかここまで来てしまうとはな……」

 シュウとレイが呟く。サウザーの気まぐれで始まった南斗六聖拳のスクールアイドルプロジェクトであるが、最初はまさか最後まで勝ち抜くとは思っていなかった。

「しかし、最終予選ともなれば今までのようにはいかんだろう」

 シンが指摘する。

 最終予選まで勝ち抜いてきたのは5MENとμ'sだけではない。国中の強敵がここに集うのだ。一筋縄ではいかないことは明らかである。

 だが、サウザーはそんなシンの言葉を笑い飛ばした。

「フハハハハ! 努力は裏切らないと思います!」

 サウザーは神に選ばれし肉体を豪語し尊大極まる男だが、意外と努力も怠らなかったタイプである。

 そうであるから、前日も慢心することなく六人は聖帝十字陵学園でお泊り練習していた。

「『生徒兼理事長』という時代を先取りしたと言わざるを得ないこのおれの肩書を持ってすれば、学校でのお泊りなぞ容易いわ!」

 もっとも、お泊り練習とは名ばかりで、サウザーの遊びに付き合わされたと言った方が適切である。寝ようとする面々への怒涛のトランプ攻勢は辟易させられた。

「まぁ、子供たちの様子を見れただけでも良しとするが……」

 シュウが昨晩の事を思い出しながら呟く。

「そう言えば、聖帝校の生徒はさらわれた子供たちだったな……」

「うむ、何かと忘れられがちではあるが」

 子供たちの元気な顔を見ると、レジスタンスとは何だったのかという状況に陥ってしまう。

「フフフ……とっとと下らんレジスタンス活動は止めるべきであるな? ……む?」

 サウザーは遠くに見知った集団がいるのを見つけた。

 μ'sの九人である。

「フハハハハ! フハハハーっ!」

 姿を認めるや否や跳躍と共に彼女たちの元へ赴く。突然の襲来に慣れているとはいえ彼女たちは大いに驚いた。

「うわっ出た」

「貴様らも本選にしつじょ……しゅちゅじょ……フハハハー!」

「えっ、なんて?」

 穂乃果が訊き返すが、サウザーは無かったことにして、

「ところで、九人揃って登場とは仲の良い事だな?」

「あぁ、それは昨日みんなで学校にお泊りしたから、それでね」

 穂乃果の説明に他の面々もそうそうと頷く。

 『ラブライブの前日』という言葉は、彼女たちにとってその字面以上の意味を持つものであった。

 だが、サウザーはそんなこと微塵も知らないから、

「なに!? まさか、我ら5MENのパクリか!?」

「は?」

「ぬぅうううし!」

 勝手に衝撃を受けているサウザーはほっといて、穂乃果は近付いてきた残りの5MENメンバーに挨拶する。

「おはようございます!」

「うむ、おはよう。昨日は休めたか?」

 シュウが訊くと、穂乃果は少し照れたようにはにかみながら、

「緊張でちょっと寝不足かもしれません」

「そう言う割に穂乃果ぐっすりだったわよね」

 というのも、昨晩、トイレに生きたくて目が覚めた絵里は手近にいた穂乃果についてきてもらおうと身体を揺さぶった。暗がりが苦手ゆえに、誰かについてきて欲しかったのである。しかし、穂乃果はすっかり夢の中で全く起きる気配も無かった。

「希が起きてくれたからよかったけど、あの時はどうなることかと思ったわ」

「ほう……貴様は夜一人でトイレも行けんのか?」

「あっ……」

 話してから、絵里は口を押えた。サウザーはニヤニヤし、勝利を確信したかのように笑う。

「そのようなものが元生徒会長とは片腹痛いな! おれは一人で行けるもん!」

「まぁ、サウザーちゃんの図体で行けなかったら不味いにゃ、色々と」

「南斗鳳凰拳の前には魑魅魍魎も跪くしかないってことです!」

「本選は今日午後! 震えて待つが良い! フハハハハ!」

 

 

 ラブライブ本選は大きな歓声の中で開催された。

 ステージの前にはかつて見たことないほどのお客がひしめき、そのさらに後ろには数えきれないほどのネット視聴者がいる。その事実の前に、本選まで進んできた強者たちは震えた。

 だが、舞台袖にいた5MENだけは別である。

「下郎どもがおれを一目見ようとおしくらまんじゅうしておるわ!」

「別にそんな目的で集まっているのではないと思うが」

 南斗六星拳はこれまで幾多の危機を乗り越えてきた。この程度で緊張はしないのである。もっとも、危機の次元が一般的な女子高生のそれとは乖離しているのだが。

 参加グループは次々ステージに立ち、万雷の拍手を受け、はけていく。そして、今ステージにはμ'sの九人が立ち、集大成といえる歌と踊りを見せている。彼女たちの出番が終わったら、次は南斗DE5MENGの出番だ。

「我々でラストだったな。緊張しているか、ユダ」

 レイが配られた飲み物を飲みながら訊く。

「フンッ、他の連中にこのユダが後れを取ると思うか?」

「しかし、気になるのは例の男だ。もし本当に現れるなら……」

 数日前にμ'sと海に行った日にめぐりあった濃き男、羅将ハン。彼はここ、晴海客船ターミナルを目指していた。もうすぐ本選は終わりを迎えるが、今のところ姿は見えない。

「まぁ、来ないならそれに越したことは無いが」

「ほう? 弱気だなシュウ様」

 シュウの言葉にサウザーはせせら笑いながら、

「おれの前に現れるのが何者であろうと、それは跪くのみ! 天に輝くのは南斗DE5MENGの将星なのだ!」

「そうは言うが……む、μ'sが終わったようだ」

 観客席から拍手が沸き上がり、九人の「ありがとうございました!」の言葉が響く。

 汗だくになった九人は少し息を切らしながらサウザー達のいる袖へはけてきた。

「うむ、素晴らしいステージであった」

「おれ様のには劣るがな?」

「ありがとうございますシュウ様。サウザーちゃんは黙って」

「次は南斗DE5MENですね」

 会場はいよいよラストだということもあってボルテージは最高潮に達している。そのような環境で歌うのは相当のプレッシャーであろう。

 だが、サウザーにとってそのような環境は無意味であろ。

『それでは、南斗DE5MENGのみなさん、おねがいしまーす!』

 呼びだしのアナウンスが入る。

 六人は立ち上がり、まばゆいステージに身を踊りださせる。

「客はすべて、下郎!」

 

 

 その頃、会場入り口。

「もうラブライブ本選も終わりだな」

「穂乃果ちゃんの姿一目見たかったぜェ~!」

 入り口を警備するのは聖帝軍の兵士である。ラブライブのスタッフには参加校のボランティアが数多く存在しており、その一環で聖帝軍の兵士が海上警備を担当していた。

 彼らが警備を擦る限り、並の不審者は会場に入ることは出来ない。

 だが、その不審者が並でなかった場合、話は別だ。

「ん? なんだぁ~!?」

「馬車が近づいてくるぜぇ~!」

 やって来たのは一台の馬車。その場所は入り口のすぐそばでピタリと停車した。

「きさまぁ~! ここをどこだと思ってやがる~!?」

「ラブライブ本選会場だぁ~! 関係者以外立ち入り禁止だぜぇ~!」

 兵士は馬車に近づき武器を振りかざして威嚇してみせた。すると、馬車の扉が開け放たれ、一人の男が姿を現した。

「この国最強のスクールアイドルが集う『ラブライブ』……少し期待していたが」

「うっ!?」

 兵士は馬車から降り立った男の濃厚さに戦慄した。

「あまりにも粟立ちを感じないことにかえって粟立たざるを得んな、ここは!」

「なんだこいつ!?」

「なんというか……濃厚!」

 

 

「む? なんだ?」

 ステージに立ち、例のごとくグダグダトークをしていたサウザーは会場入り口付近で発生した異変に気が付いた。

 その異変の正体はすぐに分かった。入り口の辺りに奇妙なオーラ的なものが漂っており、それが徐々にステージへ近づいてくるのだ。そのオーラが進むごとに観客は紅海の如く割れ、やがて、サウザーの前に一人の男が姿を現した。

「貴様は……『濃き男』!」

「ほう! この間の童貞たちではないか……まさか貴様らがスクールアイドルであったとは、運命を感じずにはいられないな!」

「ぬぅ、改めて会ってみても慣れぬほどに『濃い』!」

 濃き男……ハンは軽く跳躍すると、ステージの上に降り立ち、5MENと対峙する形となった。

「いくら芳醇な童貞を揃えようと所詮はB止まりのD!」

「童貞だのBだのDだのが何かは知らんが、おれは聖帝サウザー! 南斗108派の頂きに位置する南斗鳳凰拳伝承者にして南斗の帝王!」

「聖帝……? ほう、聖なる童貞とは、興味深い!」

「フハハハハ! 分かったなら失せろ、下郎!」

「会話が成り立っているようで成り立っていないわね」

 ステージの騒ぎを聴いて、袖で休んでいたμ'sの面々も顔を出す。そんな彼女たちを見るや、ハンは興味深そうな表情を見せた。

「まさか貴様らもスクールアイドルか? 女でありながらスクールアイドルとは、この国は興味深いことだらけだな!」

「えっ、どういうこと?」

 ハンの言葉に疑問符を浮かべる穂乃果。すると、

「それについては私から説明させてもらうわ」

「ツバサさん!」

「ほいほい人が出てくるな」

 今度は綺羅ツバサが群衆の中から跳躍して5MENとハンの間に降り立った。

「む、貴様は綺羅ツバサ!」

 ハンがツバサを見て叫ぶ。どうやら知り合いらしい。彼女はハンを一瞥するとμ'sの方へ身体を向けた。

「スクールアイドルの起源が修羅の国であることは前に説明したわね?」

 

 

 スクールアイドル……かつてそれは『剝空琉愛弗(すくうるあいどる)』と呼ばれていた。その誕生は1800年前、野に降ったリュウオウが劉家守護のため北斗琉拳を創始したころにまで遡り――

 

「えっ、まってください」

「どうかしたの穂乃果さん」

「この間の話と違いませんか?」

 穂乃果の記憶では、スクールアイドルが誕生したのは『ラブライバー』がいまだ『ラブライ部員』と呼ばれていた時代で、創始はカイオウをリーダーとする『修‐羅イズ』によるもの、となっていた。今のツバサの話とはまるで違う。

 しかし、そう言う穂乃果に海未は、

「何を言っているのですか。設定が変わることなんてそう珍しいことでもないでしょう?」

「えぇ……?」

「そうだよ穂乃果ちゃん。私や海未ちゃんは昔姉妹や弟がいたけど今はいないことになってるし」

 ことりも海未に同調する。

 花陽と凛も同様で、絵里なぞは、

「穂乃果だって忘れられた設定とかあるでしょ? そういうことよ。そもそも初期と今じゃあなた声質も違うし」

「それは中の人の演技が変わったから……って、なにこれもしかして穂乃果が間違ってるの?」

「まぁ、続き聴こうやん?」

 希に促されてツバサは解説を続ける。

 

 北斗琉拳と共に生まれた剝空琉愛弗。それは神聖な戦いを前にした拳士が士気を上げるために歌い踊った舞いであった。そして、歌はその強力無比さ故に何かと魔界に堕ちそうになる拳士を引き留めるための『愛の賛歌』でもあった。字面的に愛を全く否定してそうだが、その辺は気にしてはいけない。

 スクールアイドルは、すなわち強き漢の歌であったのだ。

 

「剝空琉愛弗は故に愛を知らなければ成り立たないのだ……愛、それはすなわち、『女を抱いたか否か』!」

 ハンはそう断言する。

「それこそが究極の愛であり、童貞には辿りつけぬスクールアイドルの境地なのだ」

 ハンの理論と思春期の少女たちの前でも断言してみせるそのデリカシーの無さにμ'sの面々は圧倒された。

 だが、彼の自信満々の発現をツバサは真正面からバッサリと切り捨てた。

「否!」

「なんだと?」

「私の師匠はかつて言っていたわ」

 ツバサは拳を振り上げて叫んだ。

「その女性(ひと)が……愛するその女性が眩しすぎるために、抱けぬ愛もある!」

「ない!」

「いやある!」

「フッ、女でありながら男の愛を語るとは笑止千万、粟立ちの臨界を越える勢いであるわ!」

「そういうあなたも羅将でありながら肉欲的な愛にこだわり続けるとは狭量にも程があるわね」

 二人の間の緊張は高まり続ける。

「すごい、あの羅将の濃厚さ対してツバサさんも負けじと濃厚なオーラを出している……! 羅将ハンの濃厚さがガンガンに煮詰めたグレイビーソースなら、ツバサさんはアボカド的な方向で濃厚さを醸し出しています!」

「花陽ちゃんすごいね。私にはついていけない世界だよ……」

「会話の次元が高すぎてサウザーも静かね、さっきから」

 マキが指摘する通り、サウザーは先から頭の上にクエスチョンマークを浮かべたままニヤニヤしている。童貞とか、その辺の意味が分からないのだから仕方あるまい。

 そんな5MENとμ'sをよそに二人の舌戦は最高潮に達する。

「アイドルに求められる愛は純愛! すなわち、プラトニック・ラブよ!」

「プラトニック・ラブなぞ、真の愛を知らない童貞の妄想に過ぎぬ……そのような妄言をほざく時点で、貴様も女の身でありながら童貞ということだ!」

「何とでも言うといいわ。でも、肉欲ばかり追求するあなたに私は倒せない!」

 そう言うとツバサは呼吸を整え両手を天にかざし全身に闘気を纏わせ始めた。それを見て花陽が衝撃を受ける。

「あ、あれはまさか!?」

「かよちん知ってるの?」

「あれは、自らの身体に他人の意思を纏わせ力にする奥義、『降意纏身(こういてんしん)!』 まさか、ツバサさんはこの世の童貞の力を自らの身に宿そうと……!?」

「色々な疑問を差し置いてあえて言わせてもらうけど、それって何か不味いの?」

 穂乃果が訊くと花陽は目をひん剥いて「不味いなんてもんじゃないよ!」と迫った。

「ツバサさんは女性ですよ!? 女性が男性である童貞の思念を纏ったら発狂しますよ!」

「花陽ちゃん落ち着いて……」

「でも、地球には70億人以上の人間がいるんやし、一人くらい女性の童貞がいてもおかしくないんちゃう?」

「そんなまさか……」

「分からないわ。なんたってあのツバサよ? 私達が憧れた、最高のスクールアイドルの……」

 ニコはツバサに絶大な信頼を寄せているようだ。当然である。彼女は綺羅ツバサの大ファン。A-RISEが結成された当初からずっと応援しているスクールアイドルなのだ。

 μ'sからの期待を背に、ツバサは天に向かって叫ぶ。

「童貞よ、我に力をーっ!」

「酷いセリフですね……」

 酷くとも効果は抜群である。

 ツバサが叫ぶと同時、星の輝いていた空は突如曇天となり、雲の切れ間からは紫光がほとばしり始めた。そして、その内の一条が轟音と共にツバサの身体に突き刺さる。同時、もうもうとした煙が会場を包んだ。

「ツバサさん!?」

「げほげほ……大丈夫なんですかこれ……!?」

 煙はすぐに晴れた。

 煙の晴れたステージに立っていたのは、何ともなさげなツバサであった。……しかし、明らかに彼女ならざる者の力が宿っている気配があった。

「ツ、ツバサさん……?」

「フッフッフ……ヨーソロー! 羅将ハン、恐れるに足らずね!」

「あれ誰の思念が憑依してるの……?」

「さぁ……」

「男子ならざる童貞な上、時を駆ける童貞とは……超常現象に粟立ちを抑えきれん。が、そうまでしてこのハンに立ち向かおうとする気概を見せる貴様に敬意を表してみたり!」

「余裕ぶっていられるのも今の内だけ。さぁ、受けてみなさい!」

 そう言うと彼女は高らかに飛び上がり、ハンに踊りかかった。

「うぉ~! 奥義・『清廉潔白』~!」

「ぬるいわ!」

 しかし、彼女の攻撃をハンは軽々と受け止めた。

「……ほう、確かに力は上がっているようだ。童貞も極めればこうもなると言う事、覚えておこう。とか言っちゃう、余裕!」

「!?」

「だが、所詮は童貞! 愛を語る資格無き哀しき存在よ! 『白羅滅精』!」

「ぬふぁ!」

 ハンの放った闘気波はツバサの身体を容易く吹き飛ばした。彼女は大きく吹き飛ばされ、μ'sのすぐ傍に身体を打ち付ける。

「ツバサさーん!」

「ぐふ……まさか、私の攻撃が跳ね返されるなんて……」

 ツバサは口からケチャップを吐きながら身をよじらせる。

「言ったであろう。童貞に真の愛は知りえないと!」

「くっ……純愛が肉欲に負けるなんて……」

 ツバサが何とも悔しそうに呟く。だが、そんな彼女にハンは高らかに告げる。

「さっきから肉欲肉欲と言うが、それは間違いということだ」

「なんですって?」

「女を抱くこと……それは肉欲にあらず……抱くことこそが女への最大の敬意にして、愛!」

「!?」

「女は女であるだけで素晴らしいのだ! それを賞賛することが剝空琉愛弗の神髄! プラトニック・ラブなどという上辺の愛ではないのだ!」

 ハンの言葉はツバサの胸に深く突き刺さった。

 ハンの語る愛は、もはや単なる愛に非ず。それはもはや……博愛。地球に存在する全ての女性への隔たり無き、絶大な愛。

 狭量なのは、ツバサ自身であった。

「ぐっ……ぐはっ!」

「つ、ツバサさん!?」

 穂乃果はツバサに駆け寄り、抱き起した。

「わ、私では羅将ハンに勝てない……スクールアイドルとして奴に敵わない……!」

「良く分からないですけど、そうなんですか……」

「ええ……。穂乃果さん……!」

「え? あ、はい」

 ツバサは穂乃果の手を握る。そして、声を出すのもやっとという調子で、

「あなたが……羅将ハンを倒すのよ……!」

「は? いやいやいや! 無理ですって!」

「今やつを倒さなければ、この国のスクールアイドルは滅びてしまうわ……どうか、ハンを倒して……頼んだ……わ……がくっ」

「ツバサさん? ツバサさーん!」

 スクールアイドルの未来を穂乃果たちに託し、ツバサは息絶えた。

 そうは言っても、穂乃果たちμ'sは一介のただのごく普通の何の変哲もない女子高生でしかない。修羅の国の剝空琉愛弗に勝つことなど、到底不可能なのだ。

 だが、この場所(ステージ)にいるのはμ'sだけではない。

「このおれの出番を奪おうとは、小賢しいわ!」

「サウザーちゃん!」

「ほう……聖なる童貞か。あまりにもセリフが無いから存在を忘れておったわ!」

 そう言ってハンは高らかに笑う。だが、笑い声ならサウザーも負けてはいない。

「フハハハハハハー! 先ほどから聞いていれば真の愛がどうとかこうとか言っているが、片腹痛いわ!」

「ほう……では聖なる童貞にとって愛とはなんだ?」

 ハンはサウザーに問いかける。それに対する答えはまたして高らかな嘲笑であった。

「愚問だな! 愛は小さなガキまでをも狂わす! 故に!」

 サウザーは断言した。

「愛などいらぬッ!」

 

 



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第19話 決戦場は晴海客船ターミナル! もう誰も奴らをとめられない!

+前回のラブライブ!+

 

 北斗練気闘座こと晴海客船ターミナルで開催されたラブライブ本選は羅将ハンの乱入と綺羅ツバサの死という衝撃的な展開を迎えていた。愛とは何か……明日無き世紀末で問い続ける男たち。そんな場所でサウザーが放った空気の読めない

「愛などいらぬ!」

の一言は会場全体に衝撃を与えた。そしてハンの肌を粟立たせた。

 果たして、南斗DE5MENは、そしてμ'sは羅将ハンを倒し、スクールアイドルの未来を守れるのか? そんなのどうでもいいのか?

 

 

 

「愛も知らぬくせにスクールアイドルを名乗るとは、童貞ここに極まれり、だな!」

 ハンはサウザーを嘲笑うと全身からこってりとした闘気を放った。

「おれの拳は疾風! 未だ誰にも捉えられたことは無い!」

 ハンは早さがウリの拳法使いの様である。リュウガといいヒューイといいユダといい、速さがウリの拳法家はどうして揃いも揃って『アレ』なのだろうか。

「ユダさん、一つ戦ってみては?」

 海未がユダに提案してみる。

「なんであんなオイリーな奴と絡まねばならんのだ! 貴様こそそのラブアローシュートとやらで動きを止めたらどうだ」

「あの濃厚な闘気の前では私のラブアローシュートは無意味です。弾き返されます」

「いくらサウザーでも、アレには勝てないんじゃない?」

 マキは髪の毛をくるくるさせながら分析した。実力は未知数であるが、『A‐RISE二十組分に相当』が真実だとすれば相当の手練れであることは間違いない。

 ギャラリーの分析を他所にサウザーはハンと相対して高らかに笑う。

「我が南斗鳳凰拳の前では貴様の愛とやらも無意味!」

「南斗鳳凰拳……ふん、我が北斗琉拳の前には下等な拳よ!」

 そう言うとハンはもわっと拳を構える。

 北斗琉拳……少なくともユダには聞き覚えの無い拳法であった。

「先ほど綺羅ツバサが言っていた拳法か……北斗神拳のまがい物か?」

「ちがいますっ!」

 そんなユダに花陽が食いかかる。

「北斗琉拳は北斗神拳から分離した拳法の一つで、曰く『あらゆる拳法の中で唯一輝く拳』とされる恐ろしい拳法です! 経絡破孔を突くことで身体の内側から破壊することを真髄とします!」

「ほう、そこの少女、中々詳しいではないか」 

 花陽の解説を聴いてハンはパチパチと手を叩いてみせた。

「北斗神拳が自らを童貞と自覚すらしない寝起きの童貞だとするなら、北斗琉拳は夜の歓楽街を行きかう紳士そのものなのだ」

「分かりにくい上に最低の解説だにゃ」

 無論サウザーには何がなんだか分からない。だが、馬鹿にされていることは間違いないから、

「フハハハ。下郎が図に乗るでないわ!」

とハンに向かおうとする。

 しかし、それを5MENは一斉に止めた。

「待てサウザー! 奴はまだ実力の半分も見せてはいない!」

「やみくもに向かっても返り討ちに会うだけだぞ!」

「ほう?いじらしくもリーダーを思いやっているのか? えぇ?」

「馬鹿がっ、貴様が負けたら南斗の名折れとなるのだぞ!」

「フハハハハハハ! 聖帝には逃走も敗北も無いわ!」

「見くびっていると返り討ちにあうと言っているのだ!」

「怖気づいたのなら全員でかかってきてくれても構わんぞ?」

 5MENをあざ笑うかのようにハンが言う。相当な自信があると見える。それと併せてこうも言う。

「ただ戦うだけでは芸がない……ここはひとつ『ライブバトル』と行こうではないか」

「ライブバトルだと?」

 ハンの提案にサウザーがオウム返しで訊き返す。穂乃果も、

「ライブバトルなら私達も何とかできるんじゃないかな? 何をもって勝ちかは知らないけど」

 だが、彼女の言葉を聴いた花陽はとんでもないと言わんばかりにそれを否定した。

「ライブバトルなんてやったら死んじゃうよ!?」

「えっ!? 死ぬ要素あるの!?」

 

 ライブとは、本来『羅威舞』と書く。修羅たちが舞いながら戦うというもので、鮮やかな血の舞うその戦いは息を呑むほど美しく、残酷であるとされる。

 

「修羅の生羅威舞(ライブ)が見られるなんて、ほぁ~、決勝戦まで進んできて良かったよぉ」

「花陽ちゃんはブレないねぇ」

「世紀末ナンバーワンアイドルであるこのサウザーにライブバトルを挑むとは……フハハ、おもしろい!」

「フッ、その無駄な自信、まさに童貞のそれと言っていい!」

 ハンがそう言うと同時、ステージの上で圧倒的な濃さの『気』が吹き荒れた。それに当てられて最前列のお客などはあっという間に気絶してしまった。μ'sもスクールアイドルとして成長していなかったら同じような状態になっていただろう。

「聴くがいい!」

 彼は跳躍すると高らかに歌いながらサウザーへ拳撃を放った。その拳の速さは疾風を自称するだけにまさに目にも留まらぬもので、さすがの聖帝もこれには防戦するよりほかなかった。

 拳だけではない。同時に彼の唄う歌も素晴らしいもので、μ'sのような若いスクールアイドルには到達しえない大人の濃密な歌詞をエロティックかつ大胆に歌い上げている。歌と拳撃が合わさることで、その攻撃力は通常の数倍にもなっていた。

「これが『羅威舞』……!」

「凄まじいの一言ですね……!」

「…………」

 ことりと海未は圧倒されてそうとしか言えなかった。穂乃果は色んな意味で言葉を失っていた。

 ごく普通の女子高生には凄いとしか言いようのない羅威舞であるが、世紀末組は彼女たちよりは冷静に分析できる。

「恐ろしい拳速だな……」

「うむ、しかしサウザーもそれについて行くとは……ムカつくが伊達に将星を背負いし男ではないと言う事だな」

「性格に難がなければ今頃南斗をまとめ上げていたやもしれんな?」

 レイ、ユダ、シュウ様の分析通り、ハンも凄いがサウザーもサウザーでかなりすごい。ここにきて強さを再認識させられた次第である。だからと言ってどうにかなるわけではないが。

「でも、やっぱりサウザーが不利っぽくない?」

 マキがニコに問いかけた。

「歌ってるのと無いのとでの差かしらね。サウザー! アンタも何か歌いなさい!」

 それを受けてニコはサウザーにそう呼びかけた。

「歌だと? フハハハハハハ!」

 サウザーはハンの拳撃をひとしきり捌くと距離を取るため後方へ跳躍した。

「なるほどライブバトルであるからな! この聖帝も歌わねばなるまい」

「フッ、童貞の歌なぞ粟立ちにも値せぬわ」

「ほざけ! さて、何を歌おうかな~!?」

 ニヤニヤしながら彼は首を巡らす。すると、丁度穂乃果たちのところで視線を止め、何やら思いついたような顔をした。

「よし! では聴いてください、聖帝サウザーで『それは僕たちの奇跡』」

「え゛っ!?」

 穂乃果たちは予想外の展開に声を上げる。だが、サウザーは気にするでもなく、「ミュージックスタート!」と宣言した。 

 スピーカーから『それは僕たちの奇跡』のメロディが流れ出す。

 ティロティロティロティロ………。

「さあァァァァァァァァァ! 夢をォ―ッ! ……フンフフンフンフフン……フンフフン……」

「うろ覚えかよ!」 

 穂乃果渾身の突っ込みである。

「まぁ本当に歌ったら色々問題ありますしねぇ?」

「そりゃそうだけど……なんだかなぁ」

「フフフフン……フフフンフンフフン」

 うろ覚えの鼻歌を歌いながらサウザーはハンに襲いかかる。

 ハンは自らの拳を疾風と言っていたが、素早さならサウザーの南斗鳳凰拳も負けてはいない。一瞬で間合いを詰めると同時、相手を切り裂きながら駆け抜ける。この拳の前に数多の漢たちが斃れたのだ。

 しかし。

「ほう。凄まじい踏み込みの速さだ。粟立ちリストに加えておこうではないか!」

「フーンフフフーン……!?」

 ハンはサウザーの神速の踏み込みを余裕すら見せつつ受け止めた!

「うわ全然効いてないにゃ!」

「サウザーちゃーん! 天翔十字鳳ダヨォー!」

 ギャラリーの声援が空しく響く。

 踏み込みが抑えられるとなれば後は純粋な拳の打ち合いとならざるを得ない。拳の応酬となれば、南斗聖拳より北斗系の方が有利である。ハンのダメージは与えてはいるものの、さすがのサウザーも目に見えて不利になっていった。

 そして、ついに。

「とぅあ!」

 ハンの放った拳がサウザーを捉えた。

「ぐはぁっ!」

 もろにハンの拳を受けたサウザーは無残に吹き飛ばされ、ステージの舞台装置に叩きつけられた。

「サウザー!?」

「サウザーちゃーん! 天翔十字ほォー!」

 聖帝サウザーがここまで苦戦するとは……μ'sも5MENもハンの想像以上の実力に戦慄せざるを得なかった。

「フン、いくら位が高かろうが所詮はBにも至らぬ哀しきD(童貞)よ……少しは楽しめはしたがな……」

 ハンはポケットからハンカチーフを取り出し、顔に付いた血や汚れを拭きとった。拭きとりながら、

「さて、次は誰が相手だ? なんなら全員でかかってきても良いのだぞ?」

「フハハ。下郎が……これしきで何を勝った気になっているのだ!?」

 崩壊した舞台装置を除けながら立ち上がるサウザー。だが、ハンは既にサウザーに背を向けていた。

「勝負ならすでについておる! 先の打ち合いで貴様の破孔を突いた……間もなく貴様の身体は砕け散る!」

「!?」

 ハンの疾風の拳はただ速いだけではなく、正確に相手の急所もついている。ひとたび打ち合い、一瞬でも隙が存在すれば、余裕で破孔を突けるのだ。 

 彼の中では既に聖帝は死んだも同然、敵ではなかった。

 しかし、サウザーは神に選ばれし肉体を持つ漢である。

「はいドーン!」

「ぬふぉ!?」

 ハンの背中をサウザーの跳び蹴りが直撃した。倒したと思った相手からの予想外の攻撃にハンはたまらず吹き飛ばされる。

「なっ……なぜ破孔を突かれて無事なのだ!?」

「フハハハハハハーッ!」

 ハンの反応があまりにも期待通りであったからサウザーはいつもに増して高らかに笑う。

「なぜ破孔を突かれっ……フハハハ! 絶対言うと思ったしぃ~! フワハハハーッ!」

 破孔は秘孔と原理は同じである。となれば、サウザーの身体に通常のそれが効かないことは当然の話であった。

「神に与えられし身体を持つこのおれにとって北斗の技など強めのマッサージでしかないわ!」

「フンッ! ならば、直接その身体を砕き割るまでの事!」

 ハンは先ほどまで浮かべていた余裕を消し去り、体中を緊張させた。

「いくら破孔が効かん言うても不利なのには変わりないのとちゃう?」

 半ば仕切り直しともいえる様相のサウザーとハンを見て希が指摘する。天翔十字鳳さえ繰り出せば何とかなりそうなのだが、サウザーには何らかのこだわりがあると見えて中々使おうとしない。

「羅威舞は単純な力だけではなく『歌』も重要な部分を占めます! 何かこの場に相応しい曲があれば、逆転も夢じゃないんだけど……」

「確かに『それは僕たちの奇跡』は不釣合い極まりないわね……でも、何かあるかしら?」

 絵里が腕を組んで考える。

 少なくとも、μ'sの持ち歌には『ラブライブ本選で羅将と戦うに相応しい曲』は存在しない。というか、そんなピンポイントに相応しい曲なぞそうあるものではない……いや……。

「……ある!」

「かよちん!?」

「あるよ! この場に相応しい曲が!」 

 花陽はハンと対峙するサウザーに呼びかけた。

「サウザーちゃーん! リクエストです! 『KILL THE FIGHT』! 『KILL THE FIGHT』を歌って!」

 彼女の渾身のリクエスト。それは、VSハンという死闘にあまりにも相応しい選曲であった。

「フハハハーっ! それでは、下郎からのリクエストで歌います。聖帝サウザーで、『KILL THE FIGHT』。ミュージック、スタート!」

 掛け声と共に、音響装置からイントロが流れだしてくる。

デンデンデン……デケデケ……デンデンデン……デケデケ……

ブンパカパーパカパーパカパーデーデーデデーデー

「なんだ、この童貞ならざる曲は……!?」

ブンパカパーパカパーパカパーデーデー

ブンパカパーパカパーパカパーデーデーデデブンチャカダカダン

「アイ! キル! ザはんふーん、フフフフンハハハフン……」

「やっぱりうろ覚えかよ!」

「著作権の問題とかありますからね。仕方ないです」

 うろ覚えでも、効果はあったようだ。

「所詮は童貞の悪あがきに過ぎん!」

 ハンは口ではこう言っているが、サウザーを改めて脅威に感じている様子である。

 歌いながら、二人は再び羅威舞バトルを始めた。

「てぃやぁぁぁぁ!」

「ホンフンフンハンホフン」

「もはやうろ覚えとか言うレベルではないですねあれは」

「でも、効果はてきめんやん?」

 先ほどと比べサウザーはハンに対して拮抗……否、優勢と言っても過言ではない。選曲が良かったようだ。花陽さまさまである。

「童貞に後れを取るなど!」

「フハハハ、このおれとここまで対等に戦った貴様に褒美をくれてやろう!」

 サウザーはそう言うとハンの拳を捌いて高く飛翔し、ステージの骨組みの上へと着地した。

「とくと見るがよい! 帝王の誇りをかけた無敗の拳を!」

 ステージ上のハンを見下ろす形で彼は腕を回し構えを取る。空は再び厚い雲に覆われ、雷光がほとばしった。

 南斗鳳凰拳究極奥義・天翔十字鳳!

「敵はすべて下郎! イエイ! ダブルピース!」

 雲の割れ目から迸る雷光はサウザーを照らしだし、まるで天からエネルギーを得ているように錯覚させた。

「マックスパワー! チャージアーップ!」

「童貞が光るなど……!?」

 ハンは信じられないと言った調子で呻く。

「とどめだ! とぅあッ!」

 サウザーは足場を蹴り、ステージ上のハンに半ば落下するように直進した。向かいくる彼をハンは全霊の拳で撃ちぬこうとする。だが、サウザーの羽毛も同然と化している身体はハンの拳をひらりと躱し、そのまま両足でハンの首を掴み、身体を捻って天高く放り上げた。

「なに!?」

「受けてみよ! 南斗鳳凰拳奥義!」

 サウザーはハンを追いかける形で飛翔した。そして、

「極星十字拳!」

 ハンの胸は空中で十字に切り裂かれた!

「バカなっ、このおれが童貞に敗れるなどと……!」

「フハハハハハハー!」

 地上に降り立った時には既に勝負はついていた。静かに着地したサウザーに対して、ハンは身体をステージの上に強かに打ち付け、一つ唸った後動かなくなった。 

 一瞬の静寂が会場を包む。

 それを破ったのは、サウザーの声であった。

「敵は全て……下郎!」

 まるでそれが合図とでも言うように、次の瞬間には会場は大歓声に包まれていた。雷鳴のような拍手に、歓喜と称賛の絶叫。それら全てがステージ上に勝者として立つサウザーへ向けられていた。

「サッウッザー! サッウッザー!」

「サッウッザー! サッウッザー!」

 地鳴りのように響くサウザーコール。観客も、袖にいた他のスクールアイドルも……もちろんμ'sも、一様にサウザーの勝利を祝福し、大歓声を送った。

「サッウッザー!サッウッザー!」

「フハハハハハハーッ! 客はすべて下郎! フワハハハーッ!」

 

 かくして、第二回ラブライブは波乱の内に幕を閉じた。迫りくる修羅の魔の手からスクールアイドルの未来は守られたのだ。

 ありがとう、南斗DE5MEN。

 ありがとう、南斗聖拳。

 ありがとう、聖帝サウザー。

 人々は、この日の事を永遠に記憶するであろう。

 

 

 

 ちなみに優勝はμ'sであった。

 

 

 




次回、第二部最終回です。


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第二部最終話 μ's永遠に…そしてサウザーよ!

第二部、最終回です。


「行ってきまーす!」

 俺は聖帝サウザー! なんやかんやでスクールアイドル始めることになっちゃいました。歌もダンスも未経験だけど、きっと余裕だよね! だって帝王だし!

 座右の銘は『退かぬ、媚びぬ、省みぬ』。でも、時々昔を思い出して泣きたくなるときもあるよ!

 好きな食べ物はカレーライス、嫌いなものは大人。だって、大人って汚いしわかってくれないしすぐ嘘つくんだもん! でも、お師様は好き! お師様のためにデカい十字陵だって作っちゃうくらい好き。ロン毛なのがもどかしいけど好き!

 こんな聖帝だけど、下郎の皆さん、どうかファンになってください。

 あ、でも愛はいらないよ!

 人気もファンも欲しいけど、愛はいらない(笑)

 そういえば、今日は音ノ木坂学院の卒業式なんだって! マジウケる。このおれも呼ばれて無いけど来賓として顔を出してやろうと言う粋な計らい? みたいな!?

 

 

 今日は卒業式。並木の桜も明らかに早い開花で卒業生を祝福している。

「にも関わらず遅刻ですか?」

「ごめんごめん、ニコちゃんのお母さんたちと話してたらつい……」

 当然の如く生徒会は忙しかった。保護者来賓に配布するパンフレットや卒業記念品の準備など、やることはたくさんあるのである。

「ニコちゃんのお母さんってどんな人だったの?」

「うんとね、月に代わってお仕置きしたりエヴェの事エバーって言いそうな人」

「それより、送辞は完成したのですか?」

 呑気に笑う穂乃果に海未が訊く。在校生送辞は生徒会長……つまり穂乃果が述べることになっているのだ。まさかここにきて出来ていなかったり忘れていたなどとなったら大事である。

 だが、さすがの穂乃果も成長する。

「ちゃんと作ってきたよ。ほら」

 そう言って鞄の中から便箋を取り出し、海未とことりに見せた。キチンと形式に則りながらも穂乃果らしさのある素敵な送辞である。

「てっきり歌い出すのかと思いました」

「いやそれもいいかなと思ったんだけどね、文字じゃ分かりにくいし?」

「どっちにしても穂乃果ちゃんらしいね」

 三人は必要な道具を段ボールにまとめるとそれをもって会場の体育館へと向かった。そこではヒフミトリオの三人を始め委員会の生徒が最後の飾りつけやら調整やらをしているはずである。

 だが、三人が体育館に近づくにつれて、聞き慣れているが出来ればここではあまり聞きたくなかった声がひい美いていることに気が付いた。

 ――フハハハ……。

「穂乃果ちゃんこれって……」

「うん……少し予想はしてたけど」

「とりあえず入りましょうか」

 恐る恐る扉を開けて中を窺う。扉を開けると同時、笑い声が炸裂する。

「フハハハハハハ―っ!」

「あ、やっぱり……」

 聖帝サウザーである。ヒフミとなにやら問答しているようである。

「なに、どうしたの?」

「あっ、穂乃果!」

 ヒデコが穂乃果たちに助けを求めるような表情で振り向いた。彼女たちの前にはサウザーが居て何が楽しいのか知らないがフハハと笑っている。

「サウザーちゃんが来賓席に入れろってきかなくてさ……」

「はぁ?」

「この聖帝が来てやったからには下郎と同列の席などありえん話であろう?」

「呼んでも無いのに来賓席に座らせろ言う方がありえん話であるよ。ていうか聖帝校は卒業式とかないの?」

「聖帝校は終身就学制! 卒業は認められんのだ!」

 高らかに笑うサウザー。聖帝校は十字陵建設のために拉致してきたガキどもを聖帝軍兵士に育て上げるのが目的の学校であるから、卒業が存在したとしてもまだまだ先の話であろう。

「他の六星の方の苦労が察せられますね……」

「勝手に入学させられて卒業もできないとなるとね……」

 恐ろしい話である。

 サウザーの要求は他にもあった。

「この旗をステージの校旗と国旗の上に飾るのだ」

「なにそれ?」

 訊くとサウザーはその旗をバッと広げて見せた。

 その旗というのが凄まじいデザインで、でかでかとプリントされたサウザーの笑顔とその下に『聖帝軍』の筆字が躍ると言うものであった。

「趣味悪っ!?」

「この学校は事実上聖帝校の分校であるしおかしくはないと思うが?」

「そんな事実ねぇよ!」

「穂乃果、律儀に相手にしても埒があきませんよコレ」

 ぐぬぬと唸る穂乃果に海未が耳打ちした。言われずとも分かっている。サウザーとの議論で埒があいたことはほぼない。毎回不毛な言い合いが続くだけである。

 とりあえず、来賓席の配置などに関しては生徒の担当外に当たるため、先生にでも相談なり命令なりしてくれとお願いした。 

 卒業式、波乱の予感である。

 

 

 会場設営はサウザー襲来以外は何らトラブルなく完了した。設営が終わると各クラスの在校生や保護者がゾロゾロ入ってきてそれぞれの席に着席する。来賓も次々体育館に入ってきて、割り振られた席へと着いた。サウザーに関しては来賓席を新たに一つ増やすことで対処したらしい。さすがの先生といえどもサウザーの要求には逆らえなかったようだ。満足気にふんぞり返るサウザーが実ににくらしい。

『……年度、音ノ木坂学院卒業式を行います』

 生徒によるアナウンスが流れる。すると、体育館の照明が落され、卒業生が通る花道だけにスポットライトが当てられた。ヒフミ渾身の演出である。

 扉が開かれ、卒業生たちが体育館に次々と入ってきて、それを在校生や教員、保護者、来賓が拍手で迎える。

 音ノ木坂学院では慣例として卒業生の先頭は旧生徒会メンバーが歩くこととなっている。つまり、今回は絵里と希が先頭を務めるのだ。先頭の二人は少し恥ずかしそうに頬を染めて花道を歩く。今まで多くのステージに立ってきた二人だが、それとはまた違ったテレがそこにはあった。

「エリチ泣きそう?」 

 希は隣を歩く絵里にそっと問いかける。

「私は泣かないわ。恥ずかしいじゃない?」

「ウチ既に泣きそうやわ」

「意外と涙もろいのね……!?」

 そんなことを話していると、絵里は来賓席で笑いながら拍手するサウザーに気付いて愕然とした表情を見せた。

「どないしたの?」

「サウザーがいる」

「えっ!? ……あ、ホンマや。わー、涙引っ込んだ」

「私は逆に泣きそう。色んな意味で」

 後ろを窺ってみると、ニコもサウザーの存在に気付いたらしく三度見ほどした後に先頭の二人に目くばせしてきた。

「何考えてるのかしらアイツ」

「まぁ、変なことはしないのとちゃう?」

「甘いわね。チョコレートよりも甘いわ」

 

 そうこうしている内、卒業生は全員席に着いた。

 作法としてはまっすぐ壇上を見据えるべきなのだが、来賓席の聖帝が気になってしょうがないようで皆チラチラとそちらを見ている。

 一体何をする気なんだ?

 そういった不安が卒業生たちの間に流れていた。

 

 だが、いざ式が始まってもサウザーは動かなかった。国歌を斉唱し、卒業証書が授与され、理事長からの式辞がなされても……来賓からの祝辞の時も動かなかった。ただ来賓席の端で偉そうにふんぞり返っているだけである。式は何ら問題なく、淡々と進んでいく。

 ……すると、全く不思議なことに、サウザーが行動を起こさないことで卒業生の間に流れていた不安は消え失せ、逆に期待が渦巻くようになっていった。

 偉そうにふんぞり返っているからにはきっと何か句を企んでいるのだろう。何故動かないんだ。一体何をやらかしてくれるんだ……。 

 そのような些か不謹慎ともいえる期待である。

 式は後半を過ぎ、生徒会長による送辞、卒業生代表による答辞までもが終了した。間もなく卒業式は終わる。終わりに近づくにつれ、卒業生たちの期待は爆発寸前にまで高まっていた。

 ……そして、ついに事は起こった。

 卒業生の答辞が終わると卒業式のハイライトともいえる卒業歌である。今年の卒業生は『蛍の光』を合唱することになっていた。

 だが、司会のアナウンスと共に、さも当然のようにサウザーは立ち上がり、ズカズカとステージの上に上がった。そのあまりに突然な行動に、会場にいた全員が呆然と壇上のサウザーを見やる。

「――下郎のみなさま」

 サウザーがマイクに向かって口を開く。

「ご卒業……フハハッ……ご卒フハハハハハハ!」

「なに? なんなの?」

「ご卒業おめでとうございます!」

 彼は高らかに宣言すると両手を天に掲げダブルピースの姿勢を取った。彼がこの姿勢を取ることで天は震え、雷鳴が轟くようになる。

「フハハハハハハーっ!」

「サウザーちゃん! 進行の邪魔しちゃダメでしょ!」

 舞台脇の生徒会席から穂乃果の注意が飛ぶ。だが、サウザーは、

「邪魔はしてないぞ? これより、卒業の歌を歌う! おい、マキ!」

 彼はステージ上に置かれたピアノの前に座るマキを呼んだ。蛍の光の伴奏担当として座っていたのだ。

「ヴェエエ!?」

「貴様がかつて音楽室で演奏していたアレ、アレを弾くのだ」

 『アレ』とはマキがμ'sに入る前に作った曲、『愛してるばんざーい!』のことである。思えば、彼にとっても思い出深い曲であった。

「ハァ? 蛍の光やるって決まりでしょ?」

「フフフ……貴様の実家の病院についていらぬ風説を流布されたくなかったら大人しく言う事を聞いた方が良いぞ?」

「ぬっく……」

「高坂が歌わないみたいだからこのおれが代わりに歌ってやろうという心遣い?」

 いらぬ配慮である。

「フハハハ。それでは、ミュージック・スタート!」

 脅迫されたマキは渋々といった調子で鍵盤を叩き始めた。体育館に響くメロディ。

「愛などいらなーい!」

「いきなり歌詞間違えてんじゃないわよ!」

「フフフンフフンフンフン」

「しかもうろ覚えかよ!」

 マキの指摘は体育館の高い天井に虚しく吸いこまれ、代わりにサウザーの鼻歌がこれでもかというくらい響き渡った。

「卒業生の下郎たちも歌え!」

「え!?」

 突然振られた卒業生一同は当然戸惑った。だが、このまま歌わないままではサウザーに何をされるか分かったものではないため、

「フ……フンフフンフンフーン……」

と合わせるように鼻歌を歌った。

 卒業式の会場はピアノの音色とサウザー、そして卒業生一同の鼻歌が響くと言う奇妙な状況へ陥った。

「フフンフフンフフフ~ン!」

 

 

 以外すぎることに(絵里以外の)卒業生には今回の式は好評であった。

「いやぁ、一生忘れられない卒業式になったね!」

 教室に戻った時、同級生たちがしきりにそう言っているのを絵里は信じられないと言った表情で見たものである。

「みんなどうかしてるわ。認められないわ」

「まぁ過ぎたことやしええやろ」

 式が終わり、最後のクラス会を終えた三年生トリオは後輩たちのいるアイ研の部室を訪れていた。私物を引き上げなければならないニコの付き添いである。

「記録には残らないが記憶に残る卒業式であったろう?」

「記録にも残るでしょうね。無論悪い意味で」

 自信満々のサウザーを絵里はそう断ずる。

「そんなことより、片づけ手伝いなさいよ」

 ニコは雑誌を箱にまとめながら絵里、希の二人に言う。

「ニコッチのモノなんやから責任もって片しいや」

「それにしても、ここにあるモノなくなっちゃったら寂しくなるね」

 どんどん片されていくニコのアイドルグッズを見ながら花陽が苦笑する。私物が撤去された部室はなんだか妙に広く感ぜられた。

「それに関しては花陽が持ってくればいいじゃない。部長なんだから」

「まぁそうだけど――え?」

 ニコの言葉に驚く。

「部長? 誰が?」

「花陽が」

「えぇ!? なんで!? 聴いてないよ!?」

 花陽はてっきり穂乃果あたりが部長をやるものだとばかり思っていたのだ。

 そのことを訴えると、穂乃果は、

「いや、私一応生徒会長だし」

「そもそも書類上はハロウィンイベントの頃から花陽が部長ですよ。知らなかったんですか?」

「初耳だよぉ!?」

 生徒会からの告示も出ていたらしい。まさか自分が部長になるなんて夢にも思わなかったから確認すらしていなかった。

「ちなみに副部長はマキちゃんで凛はスーパー平部員だよ!」

「もう! 凛ちゃんもマキちゃんもなんで教えてくれなかったの!?」

「出来心ってやつだにゃー」

 センター騒動の際のちょっとした仕返しである。

「でも、ニコちゃんの後継者ってなると花陽ちゃん意外いないよねぇ」

 ことりが言う通りである。いくらスクールアイドルで、ラブライブ優勝者といえど、花陽にくらべて他の部員は素人みたいなものなのだ。

「そんな、無理だよぉ……」

「大丈夫よ。花陽なら出来るって」

 ニコは委縮する花陽の両肩を掴んで励ました。

「でも……」

「伝伝伝、ひとつあげるから」

「やらせていただきます」

「あっさりモノでつられたにゃ」

「おれには何かないのか?」

「なんでお前にあげにゃならんのよ」

 ニコの私物の片づけはおおよそ終わり、残りの細かな物は今月中にまた回収しにくる運びになった。

「ま、入学式までには回収しちゃうわね」

「残しとけば? 来年も遊びに来なよ」

 穂乃果が提案する。だが、

「バカね、卒業した先輩がしょっちゅう来たら新入生の迷惑でしょうが」

「むむ、なるほど」

「ニコちゃんにしては、正論ね」

「ちょいマキ、それどういう意味?」

「そのままの意味よ」

 ふふんと笑うマキ。だが、その憎まれ口にも隠しきれない寂しさがにじみ出ていた。

「さて、必要なことも終わったし、行きましょうか」

 絵里がマキに絡むニコに声を掛ける。

「えぇ? もう行っちゃうの!?」

 穂乃果が声を上げた。絵里ははにかみながら、

「いえ、少し校舎を見て回ろうかと思って」

「じゃあ、私達も行くよ! この九人でっていうのも最後だし……」

「フハハハ九人とは。おい西木野マキよ、ハブられているぞ?」

「穂乃果の言う九人に自分が入っていると思って疑わないとかどんな脳構造してるのよアンタは。……ていうか」

 髪の毛をくるくるしながらマキは穂乃果の方を見た。他の面々もニヤニヤしながら穂乃果に視線を送る。一瞬その意味が理解できなかった彼女だったが、気付くと同時、絶望にも似た表情を見せた。

「あっ!?」

 『最後』。この言葉を言ったものは全員にジュースを奢ると言う約束だったのだ。

 

 ぽかぽか陽気の中庭は歩いていて気持ちよかった。奢りのジュースの味もまた格別である。

「いやぁ、穂乃果のおごりのジュースはおっいしっいなぁ~」

 絵里が嬉しそうに賢くないことを言う。

「うぅ、紙パックだから安いとは言え千円近くの出費……何故かサウザーちゃんの分も買う羽目になってるし……」

「自分で言い出したルールを自分で破るとは中々出来ませんよ」

 茶をストローで吸いながら海未が苦笑する。

「絵里ちゃんとかニコちゃんあたりが言うの期待してたのに……」

「失礼ね」

「まぁ最後ぐらいいいのではないか? フフフ……」

 そう言いながらニヤニヤ笑うサウザーはイチゴ・オレを美味しそうに吸っている。さすがにシェイクと違って問題なく吸えているようだ。

「あっ! サウザーちゃん最後って言った! ジュース!」

「フハハハ。おれはμ'sメンバーではないからそのルールは適用されん!」

「じゃあジュース奢らせないでよ!」

 一同は話ながら思い出の場所を次々と回った。

 講堂……まだ四人だったμ's最初のステージと、μ's´最後のステージを行った場所。あの頃のお客さんはほとんどが聖帝軍のモヒカンだった。あれほど広く感じられたステージは、成長した彼女たちには少し小さく見えた。

 聖帝十字陵……音ノ木坂七不思議の一つ。文化祭、ここでライブをやったら穂乃果がぶっ倒れた事件は今となっては良き思い出の一部である。

 グラウンド……十人となったμ's´がライブを開いた場所。やはりお客の中にモヒカンが目立ちはしたが、それでも普通のお客さんの数もぐんと増えていた。

 生徒会室……誰かさんがドアを壊しまくったために入り口に暖簾が駆けられビデオ屋のR18コーナーみたいな見た目になってしまった。奥に飾られたケンシロウフィギュアは変わらぬ輝きを放っている。

 音楽室……マキが弾き語りをよくしていた場所で、アイ研に入る前のμ'sが雨の日に屯していた教室。

 そして……屋上。

「練習場所が無いから仕方なくここに来てたんですよね、最初は」

 海未が感慨深げに言う。

 十分なスペースのある教室を確保で来たらそこへ引っ込むつもりだったが、結局最後までここで練習していた。屋根が無いのはもちろん、夏は照りかえしでバカみたいに熱く、屋上な分秋冬は風も強く冷たく、おまけに床タイルもズタズタ(これはサウザーのせい)で、よくよく考えたらお世辞にも快適な場所ではなかった。

 それでも、九人と、もう一人にとって思い出深い場所であることには変わりなかった。

「ここから敷地が見渡せるんだね」

 この場所からは中庭からグラウンド、講堂、聖帝十字陵まで全てが見渡せた。

「結局、あの十字陵作ったのは誰だったのかしら……」

「フハハ」

 後輩が入って来たら、再びここで練習するのだろう。この学校でスクールアイドルが活動を続ける限り、この場所は彼女たちの練習場所として受け継がれていくのだろう。

『ありがとう。それと、これからもよろしくね』

 穂乃果が心の中で呟く。そして、

「……じゃぁ、そろそろ行きましょうか」

 絵里が、いつもの調子で……『今日の練習は終わり』と同じ調子で……皆に告げる。

 それに答える面々の声もいつもと何ら変わらないものであった。

「お腹すいたねぇ」

「帰りに何か食べて行きますか?」

「ラーメンがいいにゃ!」

「定食屋さんに行きましょう!」

「やっぱり今日は卒業生の行きたいところに行こっか?」

「そうね……なら私はハンバーガーが食べたいわ。美味しかったもの」

「焼き肉やね。焼き肉行こう焼き肉」

「カレーが食べたいぞカレーが」

「ことりの話聞いてた? ……えっとぉ、ニコはぁ、クレープが食べたいニコ☆」

「キモチワルイ」

「カレークレープが食べたいぞカレークレープが!」

 九人の少女と一人の男の声は徐々に遠くなり、やがて聞こえなくなった。

 

 屋上は、いつもと何ら変わらぬ静けさを迎えた。

 

 

 

 

 聖帝伝説 第二部

「聖帝は僕たちの奇跡 編」 

完 




 というわけで、第二部は完結です。お疲れ様でした。
 最終回にしては微妙な終わり方ですけど、まぁ、第三部やるんでその辺は勘弁してください。まだ続くのかよ!と思うかもしれませんが、続けます。読者の方がやめろと言っても続けます。逆にやめる時はやめるなといってもやめます。僕はこういう人間です。
 第二部ですが、サブタイトルが最高に面倒くさかったです。おおよその読者の方のご想像の通り、テレビアニメ版サブタイをもじって付けてたんですけど、まぁメンドクサイ。すんなり思いつけばいいけど30分考えて微妙なサブタイっていうのはホント辛い。
 あと、登場人物増やしすぎ問題ね。ファルコ加えたのはホント後悔してます。ファルコ超好きなのに全然活かせて無いって言うね。悪いけど第三部は君お留守番ね。
 
 さて、第三部ですが、一応それが最終章となります。物語の舞台は分かってるとは思いますが『ラブライブ!The School Idol Movie』です。今の内に言っておきますと、映画本編中及び旅のしおり等入場者プレゼントでμ'sが行ったあの国がアメリカであるとは一切明言されていないので、こちらで勝手に『あの国は修羅の国である』と解釈させていただきました。認められない方は割とマジで読まない方が良いです。精神衛生的に。
 というわけで最終章は修羅の国編です。まぁ、基本は原作沿いなので大きな逸脱はありませんけど。
 投稿は現在未定。
 第三部の一話と一緒に没短編集も投稿するかもしれませんし、しないかもしれません。

 なんにせよ、ありがとうございました。それと、最終章も気が向いたら読んでやってください。


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第三部 最終章・世紀末スクールアイドル伝説編
Chapter1・いざ!修羅の国へ!!


第三部、最終章です。


 夕焼けの公園、目の前には大きな水たまりがあって、それを小さな私は助走をつけて飛び越えようとする。

 何をムキになっているのか、何度も挑戦しては水たまりに落ちて、足を滑らせて転んで、泥水まみれになる。

 一緒にいる海未ちゃんとことりちゃんは諦めて帰ろうと言うんだけど、それだけは絶対にいやで……あの水たまりを越えられないと前に進めない気がして……。

 そうやって何度も跳んでいると、不思議とコツみたいのが分かってきて、だんだん飛距離が伸びてくる。

 ……何度目かの挑戦かもしれないとき、助走をつけながら、「あっ、とべるな」って分かった瞬間があった。だから、私は土を蹴った。

「とぁー! 帝王に逃走は無いのだ!」

「南斗鳳凰拳にかかればこの程度の水たまり易々と越えてくれるわ!」

「天翔十字鳳!」

「敵はすべて下郎!」

「フハハハハハハーっ!」

 

 

 

 

「!?」

 穂乃果が目を覚ましたのは目覚ましが鳴る二分前の事であった。

「……?」

 よく覚えていないが、酷い夢を見た気がする。幼い頃の思い出の中を土足で跋扈されたような、そのような夢を見た気がする。

「……ま、いっか……」

 起きてすぐに忘れるような夢である。大したものではないのだろう。

 そう考えると彼女はもぞもぞと布団の中から這い出し、学校へ行く支度を始めた。

 卒業式が終わってちょっと経つが、在校生の三学期はもう少し続くのだ。

 

 

+世紀末スクールアイドル伝説 最終章+

 

 

 三年生は卒業後、進学や就職に向けての準備をする。一人暮らしにするか、実家通いにするかで準備の内容は大きく変わるが、等しく言えることはおおよその者が暇を持て余すということである。活動的な若者などはこの暇を使って卒業旅行へ繰り出したりするのだが、音ノ木坂学院アイドル研究部の卒業生三人はそこまでの行動力は持ち合わせていなかった。

 そんな三人が何となくやってくる場所が、アイ研の部室である。

「卒業式の日散々別れを惜しんだのに、しょっちゅう来られるとあれは何だったのかって感じね」

 放課後、いつもの様に椅子に座って髪の毛くるくるしながらそう言うのはマキである。今、部室には彼女含む一年生三人組と一緒に、この間卒業した三年生連中が音ノ木坂の制服姿でたむろしている。

「別にいいでしょ? 今月いっぱいは書類上ここの生徒なんだから」

 ニコがアイドル雑誌に目を落としながら答える。

「気持ちの問題よ。卒業生がいつまでも未練がましく……呆れてものも言えないわ」

「こう言ってるけどマキちゃんね、昨日用事でニコちゃんたちが来なくて露骨に落ち込んでたにゃ」

「ヴェ?」

「あらあら、マキちゃん可愛いとこあるじゃな~い?」

 凛のリークにニヤニヤ笑うニコ。マキは顔を真っ赤にして、

「凛! 今日という今日は許さないんだから!」

「だから岩山両斬波は死ぬからやめてって言ってるにゃ!」

「凛が余計なこと言うからでしょ!? 『新一』を突かれたわけでもないのにベラベラと……!」

 秘孔『新一』というのは自らの意思に関係なく相手の問いに答えてしまう自白用の恐ろしい秘孔である。テレビや新聞をにぎわす高校生探偵とは関係ない。

 と、マキが凛をかち割ろうと追いかけ回しているところへ生徒会の仕事を終えた二年生三人組も合流した。

「はいおはよう! 三人ともやっぱり来てたんだね」

 卒業生三人を見て穂乃果はやや嬉しさを含めて小さく笑う。

「暇やからね。それに、カードによれば来ておけば何か面白いことが始まるらしいし?」

 希がもっともらしく言う。カードの件はちょっとした方便でしかない。

 だが、ここはさすがのラッキーガール、もとい妖怪スピリチュアル女。彼女の方便が招いたのか、『面白いこと』は起きた。

「ぴゃあああああ!?」

先ほどからカタカタとパソコンをいじっていた花陽が悲鳴を上げた。驚いた絵里が口に含んでいたジュースをニコの顔にぶちまける。

「どうかしたのですか?」

「どっ……どっどど……どど」

「風の又三郎?」

「ちがいますっ! ドーム! ドームです! アキバドームです!」

 アキバドーム……ビレニィプリズンの上に築かれたドーム型の大きな野球場である。

「そこがどうかしたの?」

 ことりが訊くと、花陽は勢いよく立ち上がると身振り手振り交えて興奮気味に、

「大会です! 第三回ラブライブが、アキバドームでの開催を検討しているんです!」

「えぇっ!?」

 一同は驚きを隠せない。何しろアキバドームで行われる野球以外のイベントと言えば大人気歌手のコンサートとかで、普通の高校生にとってそこは行く場所であり立つ場所ではなかった。

「アキバドームって、アキバドーム何個分の広さ!?」

 驚きのあまり穂乃果などは意味不明なことを口走っている。

「私達も出演できるの!?」

「いやいやニコッチ、うち等もう卒業しとるやん?」

「今月いっぱいはスクールアイドルでしょうが!?」

 衝撃の情報に沸き立つ部室。そこへ、理事長がひょっこり顔を出してきた。

「やっぱり、全員そろってるわね?」

「あ、理事長!」

「この雰囲気だと知ってるようね、第三回大会のこと」

「は、はい! 今知りました……本当なんですか?」

 穂乃果が訊く。

「本当よ。といっても、本決まりではないけど……それで、ドーム大会実現に向けて、あなた達に協力してほしいって、今知らせが来たわ」

 そう言いながら理事長は一通の便箋……しかもエアメールを九人に見せる。

「……!?」

「それって……」

「まさか……!?」

 

 

「招待状だと?」

 同時刻、サウザーの居城。

 いつもの部屋にいつもの様に集まっているのはご存知南斗DE5MENの面々である。

 μ'sに届けられたものと同様のエアメールがサウザーらの元へも届けられていたのだ。

「日本を代表するスクールアイドルとして、我ら5MENとμ'sをテレビ取材をしたいとか書いてあるらしぞ?」 

 海外からの招待という事態にウキウキのサウザー。

「『らしいぞ』って、貴様が読んだのではないのか?」

「中身は英語だったから読めなかったのだ! フハハ!」

「何を自慢げに……」

 ユダが呆れたように言う。

 それより、差出人である。どこの国のマスコミがスクールアイドルに、それもμ'sはともかく5MENにまで興味を持っているというのだろうか。

 すると、シュウがハッとして気付いた。

「まさか……修羅の国か!?」

「なっ……!?」

「ピンポーン☆」

 サウザーが楽し気に笑う。だが、他の面々からしてみれば冗談ではない話だ。

「まさか行こうと言うのではないだろうな!?」

「何を言うかレイ……行くに決まっているではないか!」

「バカなっ……貴様、ラブライブでの苦戦を覚えていないのか!?」

 ラブライブの苦戦……羅将ハンとの死闘のことである。あの時はハンの油断などもあってどうにか倒し、サウザー城の地下牢に放り込むことに成功したが、修羅の国ともなればハンほどとはいかなくともその辺のモヒカンとは比較にならない猛者共がうようよしているのである。

「いやハンとか、全然余裕でしたけど?」

「無意味な強がりをするなっ」

「大体、おれたちに何かメリットはあるのか?」

 シンが問いかける。

「第三回ラブライブがアキバドームでの開催を検討しているということは話したな?」

「うむ……ラブライブが想像以上の人気を見せているということだな」

 シュウが頷く。

「修羅の国遠征がラブライブの宣伝も兼ねているという話も分かるな?」

「ああ、人気がますます高まればドーム大会も実現できるという話だ」

 ユダも答える。

「もしドーム大会が実現すれば我ら5MENもそこでライブが出来るのだぞ?」

「誰がドームでライブがしたいなどと言った!?」

「というか第三回ラブライブ出場はもう決定事項なのか……」

「日本人選手がメジャーリーグに出るのとはわけが違うのだぞ!?」

「ええい、貴様ら、反対するならまず髪を切ってからにしろ!」

 議論は(いつものことだが)平行線を辿り、結局はμ'sだけで修羅の国に行かせるわけにはいかないということでシュウとレイがサウザーに賛同し、シンも修羅の国にケンシロウの実兄がいると知って賛同(義兄にあいさつしておきたい)、ユダもなんやかんやで賛同した。

  

 かくして、μ's、そして南斗DE5MENの修羅の国行きが決定した!

 

 

 

 

 数日後、羽田空港。 

 出発ロビーでは集合時間までそれぞれが家族の見送りを受けたりなどをしていた。

「お気を付けて」

「留守は頼んだぞ、シバ」

 息子の見送りを受けるのはシュウである。傍から見ると出張する父とその息子と言った体だが、まさか父親がスクールアイドルだとはロビーにいる誰もが想像だにしない事である。

「土産を期待していろよ」

「兄さんも身体には気を付けて」

 レイもまた、シバと共に来ていたアイリに見送りを受ける。

 一方で、家族がいない5MENメンバーはそれぞれの部下に見送りを受けていた。中でも異彩を放っていたのはユダで、わざわざユダガールズを連れてきて「おれは誰よりも~!?」とやっていた。もはや羞恥心すら捨てたらしい。

 

「全員そろいましたね?」

 時間になって、チェックインカウンターの前にμ's、5MENの合計14名が集まる。遅刻なく全員が時刻通りに集まった。

「サウザーはこういう時に限って遅刻しないのね?」

「フフ……乗り遅れても泳いで追いついてやるぞ?」

「絵里、サウザー、早々にケンカしないでくださいね……忘れものとかは無いですね? パスポートもちましたね?」

 心配性の海未はここに来るまでの間何度も確認をしていた。その度に面々は大丈夫だと答えている。

「ふぅ……5MEN(サウザー除く)の皆さんやマキ、希、絵里あたりは平気でしょうけど私達は慣れていませんから、くれぐれも慎重に行かなくては……」

「海未ちゃん心配し過ぎだよ、平気平気」

「そう言いますけど、パスポート忘れたと言って騒いだのは穂乃果ですからね!?」

 羽田に向かうモノレールの中で穂乃果はパスポートを忘れたと慌てていた。実際は鞄の奥に入っていたのだが、その時の海未といったら卒倒寸前といっていい様子だった。

「まったく……それでは、搭乗手続きの前に向うに着いてからの行動をおさらいしますよ」

「それぞれしおりを読んで確認すればいいではないか」

 ユダが指摘する。だが、海未は首を振って、

「いえ。何度でもやります。心配な人が何人かいるので」

「フハハハハハハ!」

「そこで高笑いしてる人とか。……とにかく、しおりを開いてください」

 海未が促すとそれぞれしおりを取り出しページをめくる。このしおりはことりが用意したもので、可愛らしくも見やすく作られている。

「搭乗する飛行機は――」

AAL(赤鯱航空)132便!」

「到着後移動は――」

「公式タクシー!」

「宿泊ホテルは――」

「ホテル・オハラ!」

「……よろしい」

 ここまで幾度と繰り返されたやり取りである。全員が暗記していた。

「ああ、やはり心配です……」

「大丈夫よ海未。ほら、亜理紗からもらったお守り、これでも持って気を落ちつけなさい」

「うう、ありがとうございます絵里……ってこれ安産祈願じゃないですか!」

「そろそろ出国手続きを済ませよう」

 シュウに促されて全員ゾロゾロと移動する。

 空港という場所は性質上非常に厳重な検査がなされる。手荷物から身体の隅々まで、危険物が無いか検査されるのだ。

「そう言えばシュウ様たちはいつもの格好じゃないんですね」

 ふと気付いたことりが訊く。

 5MENはいつも世紀末ファッションかタンクトップを着ている。だが、今日は世紀末感の無い、ごく普通のカジュアルな服装であった。

「うむ、いつもの服では金属類が多かったりで検査に引っかかりかねないのでな」

「なるほどぉ」

「世紀末の荒野では頑丈さが求められるから、金属類多めの服が人気なのだ。もちろん、ファッションでこてこてに着けるものもいるが、そのような格好でゲートを通ったら――」

 そこまで言うと、保安検査機の方からキンコンキンコン音が鳴り響いてきた。

「あのようになる」

「そうなんだぁー……って、サウザーちゃんが引っかかってません? あれ」

「む?」

 見ると、金属探知機のところでサウザーが係員に捕まっていた。

「見た感じシュウ様たちと同じ格好に見えたけど……」

「まさか」 

 サウザーは長めのコートを着こんできていた。全然似あっていないと道中笑っていたのだが……。

「申し訳ありません、そのコートを脱いでいただけますか?」

 係員がサウザーに言う。言われた通りにコートを脱ぐと、その下にはいつもの金属の肩当などが施された豪奢な聖帝ルックが出現した。

「帝王に相応しい服装というものもあるのでな?」

「金属探知機に引っかかる帝王と言うのもどうかと思いますけど?」

 後ろに並ぶ海未が指摘する。

 とにかく、金属反応がデカすぎることもあり、サウザーはより精密な検査を受けるべく別な場所へ連れられて行かれた。

「時間に余裕があるわけでもないのにアイツは……」

 絵里が忌々し気に呟く。それにニコが、

「あれって時間かかるの?」

「金属探知機が反応すると結構調べられるのよ。あれだけ言ったのにもう……」

「サウザーめ他愛もない」

 そういって謎の優越感に浸るのはウダ……ユダである。

「ユダさんは大丈夫?」

「フン、このおれがあのような物に捕まるか。おれは誰よりも強く、美しいのだから」

「関係なくない?」

「見ているがいい」

 ユダの番となり、堂々たる足取りで金属探知機の下を通りすぎようとした。だが、ある意味期待通りに、

「キンコンキンコン」

と探知機が泣き始めた。

「ぬっく……!」

「バカなの?」

「やはりウダね」

「ユ・ダ・だ!」

 ユダもサウザー同様別な場所へ連れて行かれた。

 

 全員の検査が終わった頃には時間ギリギリで、一同は慌てて搭乗ゲートへ向かった。搭乗ゲートには出発の三十分前には着いていなければならないのである。

「なんとか間に合ったにゃ」

「はふぅ、はふぅ」

 凛に引っ張られるように走った花陽は早くも息切れしている。

「先が思いやられるよぉ……」

「まったくだな。フハハ」

「誰のせいだと……」

「フハハ―ッ! とにかく乗りこむのだ!」

  

 飛行機は時刻通りに飛び立った。

 何人かは初めての飛行機であったから、離陸の瞬間は大いに緊張していた。

 凛もその一人で、飛行機が飛び立ってしばらくして機体が安定するとシートベルトを外しながら右隣の花陽に話しかけた。

「ふぅ、飛行機乗るのは初めてだから緊張したにゃ。かよちんは二回目だっけ?」

「うん、でもやっぱりドキドキするよね」

「フフフ……おれは二回目だから全然怖くなかったぞ?」

 花陽の前に座るサウザーが何を張り合っているのか振り向きながら言うが、離陸時に酔ったのか若干顔が青かった。

「そ、そう。でも気分が悪いならトイレに行ってね?」

「フハハ……フフ……聖帝が乗り物酔いなぞ……フフ……」

「いやほんと……」

 そこまで言われると彼は仕方ないとばかりやおら立ち上がっていそいそと後ろのトイレへ向かった。それを見送ると凛の背後から絵里の「無様ね!」という嬉しそうな声が聞こえてきた。

「サウザーちゃんって乗り物に弱いんですか?」

 右隣に座るシュウに花陽が訊く。

「そうだな、言われてみれば昔から弱かったやも知れん」

「だから聖帝バイクで移動してる時いつも酔ってるんですねぇ」

「ここで吐かれたら堪らんな……」

 サウザーの隣の席に座るユダが忌々し気に呟いた。

 一方、通路を挟んで窓側二列を座席とする面々も酔うものはいた。

「うぅ、気圧差のせいか気持ち悪いです……」

 海未が座席に深く腰を沈めて呻く。

「海未ちゃん大丈夫?」

「沖縄の時は平気だったじゃん」

 前に座ることりと穂乃果が言う。

「少し緊張しているからでしょうか」

「どんだけ緊張してるのさ」

「マキ、酔い止めに良い秘孔とかありませんか……?」

 隣に座るマキに助けを求める。

「秘孔とかじゃないけど、耳の水抜きと同じ要領で息を吐けば収まることがあるわよ」

「こ、こうですか? ぬんー! ぬんー!」

「ウフフ、海未ちゃんかわいい」

「ことりってたまに分かんないわね……で、どう?」

 マキに言われた通りの処置をした海未は、どうやら酔いが改善されたらしく、目をキラキラさせながらマキに礼を言った。

「すごいです! さすがは北斗神拳ですね!」

「関係ないけどね、ま、ありがと」

 飛行機は修羅の国へ向かって飛び続ける。

 時間にして約13時間。一つ言えることは、色々疲れる移動になるであろうということだけだ。

 

つづく

 

 



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Chapter2・スクールアイドル伝説走る!

 ……修羅の国 国際空港

「やっぱり国内線とは違うね、クタクタだよ」

 入国ゲートに向かって歩きながら穂乃果は首をこきこき言わせた。

「そうだね。でもほら、ユダさんに比べればマシだよ。二日間不眠だった人の背中だよあれは」

 ことりが前を歩くユダを示しながら言う。確かに、その背中には単に移動に疲れた以上の疲労を滲ませていた。

「そりゃサウザーちゃんの隣に13時間もいればああなるよ」

 対してサウザーは元気いっぱいである。着陸の時も気持ち悪くならなかったようで、ひたすら笑い続けていた。

「さぁ、入国手続きよ。何があるか分からないから、余計なことはくれぐれも言わないようにね」

 絵里が歩きながら注意を飛ばす。

 ここは修羅の国。いつどこで攻撃を受けるか分かったものではないのだ。

 一同は緊張と主に入国審査の窓口へ並んだ。

 ……この時、彼らは一つ大きなミスを犯していた。なんと、入国審査に並ぶ際、サウザーを列の先頭にしてしまったのだ。

Sightseeing(観光ですか)?」

 修羅の仮面を付けた入国管理官がサウザーに問う。すると、サウザーは小さく笑いながら、決め顔と共に、

「フフ……ノゥ(いいえ)! コンバット(闘うために)!」

「アイツ機内で何か映画見たわね」

 後ろに並ぶ絵里が舌打ちする。どうやらサウザーは映画か何かに影響されたらしい。

 ここが日本だったり普通の国であれば、サウザーの言は戯言と捉えられるか、または別室に連れて行かれ職質を受けるところであろう。

 だが、ここは修羅の国。

 サウザーの放った返答は紛れもない宣戦布告であった!

「コンバットだと? フフフ……」

 入国管理官は不敵に笑うとユラリと立ち上がり、顔に付けていた仮面を取り外した。仮面の下にあったのは羅将ハン程ではないにしろ中々濃い表情のおかっぱ男子であった。

「ここを修羅の国と知ってか!」

「ぬぅ、貴様、単なる入国管理官ではないな? 名を聞こう!」

「オレにまだ名など許されておらぬ! オレはただの修羅の一人!」

 修羅の国は戦いに勝ちぬいてようやく名を名乗ることを許される。この圧倒的強者感を出すおかっぱ男子が名前を持たないと言う事は、修羅の国にはコイツなど目ではない者が跋扈しているということを示すのだ。

「こ、これが修羅の国……! ん? ユダさんどうかしましたか?」

 慄く花陽はひとりワナワナと怒りを露わにするユダに気付き声を掛けた。

「何故だか知らんが、あの名も無き修羅、無性に腹が立つ……!」

「そう言えば、名も無き修羅もリボルテック化してるにゃ」

「あぁ、そういう……」

 凛の言葉を受けたマキは憐れみの目をユダに向けた。

「ぬっく……!」

 怒りと悲しみが混在した感情に震えるユダを他所に、修羅とサウザーのやり取りは続いた。

「貴様ら、この国へ何しに来た?」

 修羅がサウザーに問いかける。

「先ほど言った通りだ……闘いにきたのだ!」

「違います違います、私達スクールアイドルやってて、それでこの国に招待されたんです」

 サウザーに代わって穂乃果が修羅に説明する。すると、

「貴様らごときが剝空琉愛弗だと……? 笑止!」

「となると、貴様ら修羅もスクールアイドルなのか?」

 サウザーが訊くと修羅はそうだと肯定した。

「我ら修羅は剝空琉愛弗としてユニットを組む。認められるまではソロ活動してはならぬのだ」

「『名も無き修羅』ってそういう意味なんですね」

「我々は入国審査修羅でユニットを組んでいる。冥土の土産に教えてやろう……」

 修羅は背中にあった二本の棍を引き抜くと構えの姿勢を取った。

「『砂ップ(スナップ)』!」

「これまた際どい名前やなぁ」

「スナップだかパナップだか知らんが我々は南斗DE5MEN! そしておれは聖帝サウザー! 世紀末ナンバーワンアイドルとして頂点に立つモノだ!」 

「南斗DE5MEN?」

 修羅はサウザーの名乗りを聴いてフフンと鼻で笑った。

「この国では南斗DE5MENなど知らぬ! 通じぬ!」

「ならば、知らしめてやるだけのことよ……!」

 

 

「手強かった」

 入国審査を終えた一同はロビーを通り抜けて外へと出た。

「さすがに六聖拳が相手となると修羅といえどひとたまりもないのね」

 ニコが感心したように言う。

 結局名も無き修羅は六聖拳を相手にして返り討ちにあった。ただ、さすがにその辺のモブでは済まない実力を備えていたことは確かで、修羅の国の恐ろしさを存分に思い知った。

「とにかくホテルへ急ぐぞ。いつになくクタクタだ」

 ユダが急かす。

 ホテルまではタクシーを利用する。公式の黄色いタクシーだ。

 空港前には十数台に及ぶタクシーが列を成して客が来るのを待っている。客は乗り場に列になって並び、ドアマンの案内で乗車する。

Next person please(次の方どうぞ)!」

 ドアマンの修羅が呼びかける。

 意味は分かっても慣れない英語で呼びかけられると委縮するもので、穂乃果は「い、いえ~す……」とヘラヘラしながら案内に従った。ここでもたもたするとドアマン修羅に攻撃されかねない。

 当然だが、タクシーには分乗して行く。穂乃果の他には花陽、絵里、サウザーが乗ることになっていた。

「本当に大丈夫なのですか!?」

 絵里が乗りこもうとした時、海未が彼女に半泣きですがってきた。

「あなたのタクシーはレイさんだって一緒に乗ってくれるんだから。それに……」

 泣きすがる海未にメモ用紙を一枚手渡す。

「これを運転手さんに見せれば、ちゃんと連れて行ってくれるから。ね?」

「本当に!? 本当に大丈夫なんですね!?」

「海未ちゃんはこっちでしょー!」

「早くするにゃ!」

「後ろが詰まってるぞ!」

 念押しして確認する海未はことり、凛、レイに引きずられるように後方のタクシーへと消えていった。

「海未ちゃんって心配性だよね」

「まったくだな!」

 穂乃果はサウザーと一緒にフハハと笑った。

 

 乗車の終わったタクシーから順次発車していった。窓の外に広がる景色が日本のそれと全然違うから、単なる移動も楽しいものである。

 ただ、一人を除いて。

「本当に大丈夫でしょうか……どこか知らない場所へ連れて行かれたりしないでしょうか……?」

 海未は外の景色を楽しむ余裕も無いらしく、体中を強張らせていた。そんな彼女をなだめる様にことりは、

「正規のタクシーなら平気だって絵里ちゃんと希ちゃんも言ってたし……ていうか海未ちゃんも散々言ってたじゃない?」

「でもっ……常識が通じないんですよ!?」

「常識が通じない連中は音ノ木坂の周りにもいたにゃ」

「程度が違います! まったく、心配過ぎて吐きそうです」

「まぁ落ち着け。入国審査の時の修羅程度ならおれ一人でもどうにかなる」

「そうですけど……うぅ……」

 震える海未。

 そんな彼女が乗るタクシーの数台先を走る台にはサウザーらが乗っている。

「伝説によれば、内地の修羅の強さは沿岸付近の修羅のおよそ十倍!」

「じ、十倍!? そんなに強いんだ……」

「内地の修羅の方が弱いと言う話も聞きはしますが、油断は禁物ですっ!」

「そんなすごいところなのね。5MENが一緒で助かったわ」

「もっと褒めてもいいぞ?」

「あなただけで帰ってもいいのよ?」

「フハハハ。断る!」

「二人は相変わらずだねぇ」

 そんな風に話している内に、タクシーはトンネルに入った。そして、長い長いトンネルを抜けた瞬間。

「おぉ!」

 修羅の街が一同の目に飛び込んできた。

 そびえたつ摩天楼が陽光にキラキラと輝き、その下をハイウェイや高架鉄道が縫うように走っている。どことなくアメリカのニューヨークに似たその街は一同を圧倒した。

「すごい……たくさんのビル!」

「ほんとだ!」

「あのダム、北斗の拳で見たことがある!」

「シンのサザンクロスとか言う街以上の規模だな?」

 街に見とれていると、タクシーの隣をヌメリ様が駆け抜けていった。

「おっきな修羅!」

「山のフドウ並はあるな!」 

 メンバーを乗せたタクシーは街の中へと入って行き、やがて目的地のホテルへと到着した。立派なホテルで、外見からして中々のグレードであることが窺えた。

「おっきなホテル!」

 中も外見に比例して豪華な作りで、ボロや修羅のボーイが動き回っている。学生旅行で泊まるにはもったいないような気すらした。

「おっきなロビー!」

 天井からぶら下がった大きなシャンデリアに穂乃果は目をパチクリさせた。 

 彼女たちに続いて、他のグループも続々到着し、ロビーへと入ってくる。

「これは、想像以上に豪奢な作りだ」

 シュウが嘆息した。

「運営してるのリゾートホテルの会社なんですって」

「日本にもあるのよ、ここのホテル」

「ほえー……」

 絵里とマキの解説を聴いて嘆息する穂乃果だったが、彼女的にはそれよりもホテル内の設備の方が気になる様子だった。バーやレストランはもちろん、プールにジム、スタジオやホールまで設置されているらしい。

「さすが修羅の国やね」

「関係なくないか? ……あとはレイたちがそろえば全員集合か」

 ユダがようやく一息つけると言わんばかりに呟いた。

「やや遅れているようだが、道は大丈夫なのか?」

 シンが絵里に訊いた。残りがそろわないことには落ち着くことは出来ないのだ。もしトラブルが発生したのならそれに関する対応もしなければならない。

「それなら、穂乃果の書いたメモ渡してあるから大丈夫!」

 絵里はシンにウインクしてみせた。それに答えるように穂乃果も胸を張る。

 

 だが、彼女たちの自信とは裏腹に海未たちの身にはトラブルが発生していた。

「ここは」

「どこぉ?」

「にゃー……」

 タクシーに連れてこられたのはダウンタウンの一角にある古びたホテルであった。壁の塗装は剥がれ、看板のネオンはちゃんと点くのかすら怪しい。というか、本当に営業しているのかすら怪しい。

「こんなところに泊まるんですか……?」

「世紀末的には上等な部類だが……」

「凛たち的にはかなりヤバ目っていうか……」

 凛が周りに視線を移動させると、通りすがりのボロたちがこちらを訝し気にじろじろ見ていることに気付き、慌てて元に戻した。

「……とりあえず、入ってみる?」

「ちょっとことり正気ですか!?」

「まぁ、修羅の国だし……意外と中はまともかもしれないし……実は喉も渇いてて」

「凛も喉カラカラ。何かあったらレイさんの南斗水鳥拳と海未ちゃんのラブアローシュートで切り抜ければ良いにゃ」

「んな楽観な……あぁ、待ってください! 置いてかないでください~!」

 一行は恐る恐るそのホテルの入り口を叩き、中へとはいった。

「え、えくすきゅーずみー……」

 中は薄暗く、カビ臭かった。天井には水漏れらしいシミがいくつかあって、どこからともなく聞こえる甲高い啼き声も幻聴ではない。

「エクスキューズミー……! すみませーん!」

 ことりが奥に向けて声を上げる。すると、

「はあぁ~い、どなたかな~」

奥からしわがれた老婆らしき声が帰って来た。

「人がいたにゃ……」

「営業しているのかここは……」

 しばらくすると、奥からこのホテルの主と思しき老婆がのそのそと出て来た。

「どうなされた、旅のお人」

「あ、あの、お水を一杯いただけませんか?」

「あぁいいですとも、ささ、そこで休んでいきなされ」

「わぁ、ありがとうございます!」

「いいんですよぉ~。ヒッヒッヒ……」

 店主の老婆は一向に部屋の隅にあるテーブルをすすめた。ことりは礼を言い、三人に向かって「すこし休んでいこっか」と言う。

 だが。

「海未ちゃん……」

「はい……あれは……」

「二人とも気付いたか……」

「そりゃ気付くにゃ……」

 凛、海未、レイの三人はこそこそと話した。

 四人を快く受け入れてくれた老婆。

 この老婆、異常にデカいのである。

 ことりと並ぶと優に倍の身長はあると言うくらいにデカいのである。

 明らかにただの老婆ではない。

「みんなどうしたの?」

 ことりが不思議そうに三人を見やる。

「なんでことりは気付かないのでしょうか……」

「修羅の国補正だろう。修羅の国だからデカいババァのに三人はいるだろう、みたいに思っているんじゃないか……?」

「こ、ことりちゃん?」

「……? ホントにどうしたの?」

「ことり、早く出ましょう。ここは――」

「はぁ~い、お待たせしました」

 海未が言い終わる直前、デカいババァが水を四人分持って戻って来た。入り口近くで立ち尽くす三人にババァは手招きして、

「さ、休んでいきなされ。冷たい水ですじゃ。ヒッヒッヒ」

「…………」

 怪しすぎる。

 だが、疑うことを知らないことりは満面の笑みで老婆に礼を言うと水の入ったコップを手に取った。

「ことりっ!?」

「え?」

 海未が制止しようとする。

 だが、もうおそい。

 喉の渇いていたことりは、海未の制止空しく、コップの水を飲み干してしまった……。

 

 

  

 

 一時間後、ホテル・オハラ。

 本来の目的地であるそのホテルにあるラウンジの一角で海未は号泣していた。

「うっううっ……」

「う、海未ちゃんごめ~ん……ガイドブックから写した地図間違えてたみたいで……英語だったから――」

「穂乃果っ! 今日という今日は許しませんっ!」

 海未は泣いて真っ赤になった目を穂乃果に向けて激怒と共に説教した。

「あなたのその適当でお気楽な性格が、どれほど周りに混乱を振りまいているかぁ!」

「まぁ、ちゃんと着いたんだし――」

「それは結果論ですっ!」

 マキのフォローにかぶせるように吠える。

「あのホテルの主人が本当にただデカいだけのお婆さんで奇跡的に良い人だったから良かったものの、拳王軍の特殊部隊とかそんなんだったら今頃命はないのですよぉぉぉ……!?」

「あはは、修羅の国(ここ)に拳王軍はいないよ」

「例え話ですっ! 大体あなたはいつもいつも……! んひぃ、おーいおいおい……」

 海未は穂乃果に説教を続けようとしたが、ついに耐えきれなくなってソファーにうずくまり年甲斐もなく泣き始めてしまった。

「フハハ、情けないことこの上ないな!」

「サウザーちゃんは黙ってて! ……う、海未ちゃーん、みんなの部屋見に行かない?」

「ううぅうう……」

 クッションに顔を押し付けて首をグリグリ横へ振る。

「近くにカフェがあったのだが、コーヒーでも飲みに行くか?」

「シュウ様もそう言ってるよ! お茶しに行かない!?」

「ううぅうぅうう……」

 余程怖かったと見え、もうホテルから出たくないと言わんばかりの勢いで首を振る。

 海未は非常に頑固者で、一度決めたらそう簡単には変えない性格をしている。彼女の長所でもあるが、時としては短所にもなりえた。

 と、ここで。

「あそうだ」

 花陽が声を上げて白い箱を袋から取り出す。

「さっきカップケーキ買ったんだ。気分転換に食べない?」

「おぉ、花陽ちゃんナイス! 修羅の国のカップケーキと言えば美味しいって評判だよね!」

 二人のやり取りに海未が反応を示す。やはり年相応に女の子、美味しいスイーツには目が無い。

「では、それを食べたら明日以降の打ち合わせだな?」

 レイが苦笑しながら言った。それに絵里は「そうですね」と答えて、

「そういうことで。海未も食べるでしょ?」

「……いただきます」

  

 

 陽が沈み、夕闇に包まれると街はますます賑やかさを増した。

 μ'sと5MENはホテル近くのレストランで夕食を取りつつ、作戦会議を行うことにした。

「私あのエンピツみたいなビル登りたい!」

「お洒落なお店もいっぱいあったから、それも見て回りたいねっ」

「わ、私は本物の北斗宗家に伝わるジャイアント女人象を見たいな」

「凛は修羅の国のラーメン食べてみたい!」

 口々にそれぞれ行ってみたい場所を言っていく。完全に観光する気である。しかし、海未がそれに否と唱える。

「ここに何しに来たと思ってるんですか!?」

「拳王伝説に代わって聖帝伝説を始めちゃうためであろう?」

「んなわけないでしょうが!」

 ライブである。

 修羅の国でライブをし、その中継を通してスクールアイドル全体をもっと盛り上げていくため海を越えてやって来たのである。

「幸いホテルにはスタジオもあります。そこを借りて練習しましょう。外には出ずに!」 

 海未は一連の出来事が完全にトラウマになってしまっているようだった。

「いつどんな危険があるか分かりません!」

「そこは我ら六聖拳とニコマキがいるからには平気だと思うが?」

「関係ありませんっ!」

 シュウの言葉を一刀両断。海未の意志は固かった。

 そんな彼女を懐柔するのは絵里の仕事である。

「でも、どこでライブするかを決めるのは私たちだし……どこでパフォーマンスをすればμ'sらしい、5MENらしいライブが出来るかを見極めるには街を見て回る必要があるんじゃないかしら」

「ほほう……絢瀬絵里にしては賢い」

「うるさい……それで、どうかしら?」

「し、しかし……」

 絵里の言葉はもっともの話である。それに、海未も怖さが勝っているだけで観光したくないかと言えば嘘になる。

「絵里に賛成の人」

 不意にニコが多数決を取った。結果は当然海未以外が賛成というものである。

「ぐぬぬ……分かりました。では、明日は早く起きてトレーニングをし、後は街を見て回るということで……」

「やったー!」

「フハハハハハハ!」

 穂乃果とサウザーが歓声を上げる。

「この国に南斗鳳凰拳の名を知らしめてくれるわ!」

「くれぐれも面倒は起こさないでくださいね……?」

「よーし、そうと決まればご飯にしよう!」

 レストランのメニューはすべて英語であったが、大体どんな料理化は想像が付いた。とりあえず、修羅の国に来たからには大きなステーキや大きなハンバーガーは食べておきたいところである。

 この瞬間を一番楽しみにしていたのは意外にもことりであった。

 注文を終え、ことりの前に運ばれてきたのはニューヨークチーズケーキ丸々1ホールであった。しかも日本のものと違いかなり大きい。これには一同度肝を抜かされた。

「そ、それが夕食ですか?」

「晩飯にチーズケーキとは……」

「こっちに来たら食べるって決めてたんだぁ」

 彼女は嬉しそうにフォークで大きな欠片をすくいとり、口に放り込む。

「ふあぁぁ、あまくて美味しぃ」

「さすがは修羅の国やねぇ」

「それ、関係あるの?」

 マキが呆れ半分に指摘した。

 

修羅の国最初の夜は、更けていった。

 

つづく




用事があるので更新は遅れます。たぶん。


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Chapter3・非情の現実!!

 南斗六聖拳が一人、『妖星』のユダは夢を見ていた!

 

「レイ……俺がただひとりこの世で認めた男……」

戦いの決着はついた。ユダはレイに羨望と嫉妬を抱いていたことを告白し、今まさに絶命しようとしていた。

「せめてその胸の中で……」

 ユダはレイの胸に身体を預け、瞳を閉じる。

 だが!

「……?」

 なぜかレイがグググとユダの方へ身体を傾けてきた。

「なっ……貴様、このおれがまさに死のうとしているのにっ……!?」

 ユダは抗議するがレイは聞かない。聞かないばかりかさらにユダに体重をかけ、そのまま二人で倒れてしまった。

 レイは掛布団のようにユダの腹の上にうつぶせで横たわっている。

「くっ、どけっレイ! お、重い……ぐああああ!」

 

 

 

「はっ!?」

 目が覚めると朝で、窓からカーテン越しに射し込む朝日がベッドの天蓋を照らしている。

「夢……」

 首を横に巡らすと何故か半笑いですやすや眠るサウザーの顔があり、朝からイラッとさせられた。しかし、それよりも、腹部に感じる圧迫感が気になった。

「重ッ! なんだ!?」

 顔を起こして足もとを見やると、腹の上でユダの身体に垂直になるように……ちょうど夢の中のレイの如く掛布団のように……シンがうつ伏せで横たわっていた。うつ伏せのシンは腹が圧迫されて苦しいのか知らないがしきりに、

「ケン……ケンシロウ……ふっぐ……」

と呻いている。

 ユダはワナワナと身体を震わせると、シンを跳ねのけるように起き上った。

「クソッ! どけ! 起きろシン!」

「すふぉっ!」

 突然跳ねのけられたシンは身の危険を感じたのかすぐさま目を覚まし、ベッドから跳躍してユダから距離を取った。

「なっ……ユダ!? 貴様なぜおれの城に……!?」

「ここが貴様の城ではないからだっ! 寝相が悪いにも程があるぞ! だいたい、なぜこのユダ様がシン(貴様)、サウザーと同じベッドで寝なければならんのだ!?」

 この部屋のベッドはキングサイズの大きなものが一つだけである。修羅の国基準のキングサイズであるから広さは十分であるとはいえ、大の漢三人が同じベッドで一緒に寝ると言うのは些か気持ち悪すぎた。

「おれが知るか! そもそも、嫌ならそこのソファで寝ればよかっただろう!?」

「あんなところで寝たら美容に悪いだろうが! ……クソッ、シュウの奴、許さんぞ……!」

 シュウとレイの部屋は普通にツインルームであった。シュウは出国前の部屋割りで、

「このタイプの部屋はベッドがかなり大きい上に天蓋付きだそうだぞ?」

と三人に薦めていたのである。自前の城を持つ三人としては大きなベッドに慣れている事もあり、彼の薦めを受け入れたのだが……。

「まさ一部屋で三人纏められるとは……!」

「正義面してる割に意外と狡い手を使うなアイツ」

「おのれシュウ……! ええい、起きろサウザー!」

 どうしようもない苛立ちからユダは隣のサウザーをゲシゲシと蹴る。

「う……うぅん……お師さん……」

「貴様が寝言を言っても気持ち悪いだけだっ! 起きろっ!」

 

 

「なぜ朝からそんな濃厚かつ気色悪い話を聞かねばならないのだ?」

「誰のせいだと思っているっ!?」

 引き気味のシュウにユダが吠えた。

 早朝。μ'sと5MENの一同は朝食前にランニングをするべくホテル近くの公園へ集合していた。半ば昨晩の報告かいみたいになっている。

「私達の部屋も似たような感じだったわ」

 ユダらの話を聞いたニコが言う。

 ニコ、穂乃果、絵里の三人部屋だったのだが、ユダ、サウザー、シンの部屋同様何故かベッドは大きなものが一つという作りで、しかも用意された小物類やメイキングから推察するにハネムーン仕様の部屋であった。

「レズの三人組だと思われてるわよ」

「そんなことより早く行こうよ!」

 凛が一同に呼びかける。走るのが好きな彼女だ。見知らぬ土地でワクワクしている。

「よーし、いっくにゃー!」

 ピョンと一つ跳ねあがると彼女は元気よく走りだした。

「にゃにゃにゃにゃー!」

 それに負けじとサウザーも、

「フハハハハー!」

 と走りだす。

「凛ちゃんもサウザーちゃんも元気やねぇ」

「そうね。じゃあ、私達も行きましょうか」

 

 早朝の気持ちの良い冷気が走る面々の顔を撫でる。大都市の中にあるにもかかわらず、まるで自然の中を走っているかのように錯覚させた。

「街の中なのにこんな自然があるなんてすごいねぇ」

 走りながらことりは感動を込めて辺りを見回した。

「実はこれ全部人工的に設置されたものなんだって。いわば超巨大庭園みたいなものなんです」

「すごいねぇ。花陽ちゃん何でそんなこと知ってるの?」

「それはもちろん! ここは私が来てみたかった場所でもあるから!」

 

戦闘羅琉公園(セントラルパーク)』! 

 かつてはここも都市の一部であった。しかし、修羅同士のあまりにも激しい戦いから街は崩壊! 以降ここは公園として再整備され、修羅たちの憩いの場、そして死闘の場として愛されているのだ!

 

「この道を形成する窪地も戦いで抉られた地面を整備したものなんだよ」

「へぇ~、綺麗に見えるけど恐ろしい場所なんだねぇ」

 しばらく走っていると、一同の目に小さな石造りの野外劇場が飛び込んできた。ドームを縦に切ったような形状をしていて、修羅の国でのライブ場所を探していたこともあり、興味をそそられる。

「登ってみようよ!」

「また穂乃果はそう思いつきを……勝手に登って良いのでしょうか」

「ええと思うよ? 公園の公共物やし、変な事しなければ特に禁止もされてへんみたいやし」

 と言うわけで、μ's九人は脇の階段からステージに登った。サウザーも登ろうとしてきたが大男一人混じるだけで圧迫感が尋常ではなかった為無理やり降ろした。

 九人は横一列に並んでみる。

「塩梅はどのようだ?」

 シンが呼びかける。

「いいステージだですよー」

 穂乃果の答える通り、音響機器の無い屋外で声を響かせるための工夫などがお洒落に凝らされた作りとなっている。ここでやるのも悪くはないだろう。

「でも、やや手狭かも……5MENなんてステージ破壊するかも?」

 広々としたステージすらも破壊しかねない5MENのライブである。開始早々に破壊する光景が目に浮かぶようだ。

 と、そこへ。

「吾曹!」

「ん?」

 声の方へ向くと、数人のボロがひょこひょこと近づいてくるのが見えた。

「爬!」

「袍!」

「えっと、う、うぃーあージャパニーズスチューデント……」

 突如異国の言葉で話しかけられて戸惑いつつも自己紹介をしようとする穂乃果。しかし、イマイチ通じていないらしく、ボロたちは互いに顔を見合わせるばかりである。

 すると、希が、

「曹!」

「散?」

「吾曹剝空琉愛弗!」

「!?」

 希の説明(?)を聞くやボロたちは驚いた様子で……顔は見えないが、動きで分かる……慄きながらひょこひょことその場を去っていった。

「希ちゃんすごーい!」

 異国の言葉を操る希に穂乃果が賞賛の声を上げる。

「それにしても、なぜ彼らはあれほどに驚いていたのでしょう?」

「そりゃ、スクールアイドルと言えば修羅、という国やからね」

 一緒にいる五人はまだしも、女子高生九人がスクールアイドルを名乗ることに驚いたと見える。

「やっぱり恐ろしい国だなぁ」

 ことりはブルルと身体を震わせる。

「フフ……所詮は下郎。南斗鳳凰拳の前に跪くのみ!」

「サウザーちゃんは気楽でいいね」

 

 

 朝食を終えた一同はさっそく観光……もといライブの下見するべく街へと繰り出した。

「おぉー! 見えてきたー!」

 最初に向かったのはこの街の象徴ともいえる、巨大な女人像(通称ジャイアント女人像)のある島である。読者の皆様もご存知の通り、北斗神拳の伝承者が真の伝承者となるために北斗琉拳伝承者と対決する『天授の儀』が行われることで世界的に有名な場所でもある。

「ことりちゃん撮って撮ってー!」

 穂乃果はジャイアント女人象をバックにポーズを取る。

「穂乃果ちゃん、北斗神拳伝承者みた~い」

「ここでライブするのも映えるかもしれませんね」

 一同の中でも見たい見たいと言っていた花陽は特に大興奮状態であった。

「ほぁ~、北斗宗家の歴史を感ぜられる素晴らしい像だよぉ」

「上野の美術館にあったのはこれのレプリカなんだね。すっごいにゃ~」

 サウザーも感心した様子で見上げながら、

「ほう……我々も南斗を象徴する像なり作らねばならんなシュウ様?」

「構わんが子供たちをさらうような真似はするな。……む、マキの様子が変だぞ?」」

 見ると、先ほどまで元気だったマキが一変してフラフラと立ち尽くしており、意識が朦朧としているかのようであった。その割には目は爛々と輝いているようで、異質である。

「こ、これは!」

「かよちんどうしたの?」

「マキちゃんに北斗宗家の亡霊が憑りついている!」

「えぇ!?」

 ジャイアント女人象の聳えるこの島は北斗宗家にとって最も神聖な場所に一つ。故に、数世代にわたる宗家の人間たちの亡霊がうようよといるのだ!

「なんでマキちゃんに取りつくにゃ? まさか、マキちゃんには北斗宗家の血が!?」

「いや、だってマキちゃん可愛いから……」

「宗家は真っ姫患者の集団だった……!?」

 マキちゃんが生まれる前からの真っ姫患者集団という筋金入りにも程がある亡霊たちの出現にはさすがに恐怖した。わしわ神拳でマキを除霊し正気に戻すと一同は慌てて島を後にした。

「あそこでのライブは無理そうですね」

「マキちゃん的には良い場所なんじゃない? ファンがいっぱいいて」

 ニコが皮肉交じりにいう。しかしマキは水を飲みながら、

「ファンは生きてる人間であってほしいわ」

と疲れた様子で呟いた。

 

 武牢怒通り(ブロードウェイ)! 戦闘羅琉公園と似たような感じの経緯で生まれた区画である! 特に耐霧棲巣喰獲唖(タイムズスクエア)は『世紀末の交差点』として有名である。

「『てふぁにぃ』ってところで朝食食べる映画で有名なんだよね? サウザーちゃん知ってる?」 

「フハハ! 当然だろうが……美味すぎて涙がちょちょぎれるとか、きれないとか?」

「おぉ!」

「全然違うわよ?」

 昼食はその近くにあるレストランでとることとなった。

 修羅の国に来たら食べておきたいのは、何といってもハンバーガーである。日本のそれと違ってハンバーガー自体も、付け合わせのポテトも、ジュースも何もかも修羅サイズであった。

「うん、うまい!」

「穂乃果、がっつくと太りますよ」

「今は別にいいじゃん! それにほら、こうやって食べると美味しいよ?」

 穂乃果に促されて、海未も恥ずかしがりながら口を大きく開けてハンバーガーにかぶりついた。

ほうへふは(こうですか)?」

「あはは、海未ちゃん変な顔」

ほほは(穂乃果)!」

「こらこら海未、頬張りながら話さないの」

「そう言うエリチも口の周りにソースついとるやん」

「あらやだ……」

「このサイズ全部食べたらさすがに()()()そうだな」

「シュウ様も歳だな? フフ……おれは全然平気だし?」

「その張り合おうとする精神はなんなのだ?」

 

 昼食を終え、一同は服屋へ入った。

 ことりの希望である。衣装担当としては気になるところらしい。

「やぁ~ん、海未ちゃんかあいいっ」

 なんやかんやでマネキン役をやらされることになった海未は顔を真っ赤にしながらことりにされるがまま色々な服を試着した。

「修羅の国っていうから肩パッドとかそんなのしか売って無いと思ったけど、可愛い服もあるんだねぇ~!」

「こ、ことり……少々裾が短いというか……」

「上半身裸の人だって大勢いる国だし平気だよ!」

「それとこれとは話が違うでしょう!?」

「フハハハハ!」

 一方、サウザーは大量のアクセサリーを購入し全身に取りつけて喜んでいた。店内照明に反射して無駄に眩しい。

「帝王たるもの、『高級感』も必要だからな」

 サウザーが何か動くごとに身に付けたアクセサリーがぶつかり合ってジャラジャラと音がする。非常にうるさい。

「いるよな、旅行先で無意味なアクセサリーを衝動買いするやつ」

「完全に修学旅行に来た男子中学生のノリだな」

 レイとシュウの呆れ声もどこ吹く風、青春を謳歌するサウザーは楽しそうに高笑いするばかりであった。

 

 一通り目ぼしいものを見て回ったμ'sと5MENは街の一角にある高いビルへ上った。そのビルには展望階があって、夜の街並みを一望することが出来た。

「わあぁぁ……」

 夜空の星をそのまま地上に降ろしたような、そんな夜景であった。

「きれいね……」

 街を照らすのは電気の明かりだけではなく、火はもちろん、その辺の修羅が放っているオーラ的な何かの明かりもあるから、複雑な色調を見せている。混沌ゆえの美と言えた。

「どこも素敵な場所で、迷っちゃうね」

 ことりが苦笑しながら言う。 

 ライブステージは全く決まらなかった……観光してただけじゃないかと言う者もいるが、それで素敵だと思った場所をライブステージにするつもりだったのである。修羅の国には暴力だけではなく魅力も溢れていた。

「初めは、遠い異国の、武が支配する国で私達らしいライブが出来るかどうか不安でしたが……まぁ今も結構不安ですが……不思議ですね、スッと馴染む街です」

 故郷は水平線のはるか向こう。にもかかわらずホッとするような、そんな街だ……。

「……そっか」

 凛がふと気付く。

「この街、秋葉原に似てるんだにゃ」

「何故そう思うのだ?」

 シンが問いかける。

「うんと……うまく言葉に出来ないなぁ……」

「……なるほど、凛の言う通りね」

 凛に代わって絵里がこの不思議な感覚の説明をしてくれた。

「アキバっていうのは、新しいものをどんどん吸収して、どんどん変わっていく……そんな街なの。初めは音ノ木坂にサウザーがいる程度だった世紀末要素が、今では秋葉原全体に広がっているのはそういうことなのよ」

 最初の頃、秋葉原近辺の世紀末要素はサウザーだけだった。しかし、いつしか聖帝軍が音ノ木坂を中心にはびこるようになり、やがて野良モヒカンが闊歩しだし、ついには『アキバドームの地下にはビレニィプリズンがある』といった意味不明な設定までもが誕生してしまった。にもかかわらず、そこで暮らす人々は当然のようにそれを受け入れている。

 これは秋葉原と言う街の特性が引き起こしたことである。新しいものを何でも吸収する懐の深さ故に、秋葉原近辺は世紀末と化したのだ。

「修羅の国に流れる一歩間違えれば死ぬ感じの空気……これは、今の秋葉原の空気のそれと一緒なんだわ」

 そう、μ'sの一同は知らず知らずに世紀末の空気に馴染んでしまっていたのだ。暴力が支配する世界の空気に懐かしさを覚えるようになってしまっていたのだ。

「そういうことだったのですね」

「いや海未ちゃん何納得してんの!?」

 穂乃果が吠える。しかし、納得しているのは海未だけではない。穂乃果以外、みんなが「なるほど」といったような表情を見せている。

「穂乃果、あなたもここ(修羅の国)の空気に安心感を覚えているのではないですか?」

「うっ……そ、そんなこと」

「嘘おっしゃいよ」

 マキが優しく諭す。

「穂乃果、分かっているはずよ。振りだけは世紀末組と一線を画していたつもりのようだけど、あなたはもう世紀末に生きる人間なの」

「そ、そんな……」

 穂乃果はサウザーや世紀末理論に対しいつもツッコミを入れていた。それは、自分がごく普通の女子高生だという思いがあったからだ。だが、今日、この場所で、穂乃果は指摘通りある種の『安心感』を得ていた。力が支配するこの国で何故か感じてしまう腑に落ちるような感覚……それは、彼女が『世紀末に片足突っ込んだ人間』になっていたという証拠に他ならなかった。

「わ、わたしは……私は……うわあああ!」

「穂乃果!」

 気が付けば、穂乃果は走りだしていた。

 ビルを降り、一人夜の街を駆け抜けた。

 いつしか降り出した雨にも構わず、穂乃果は修羅の街を走り続けた。

 

つづく




名前がどちらかと言えば男塾だし世界観もDDだし分かんないね。
あとシリアス(?)は続かないよ。悪いけど。


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Chapter4 ・ 白熱する野望!!

 衝動的に飛びだした後、ただひたすらに走った穂乃果であったが、雨が上がった頃には自分が完全に迷子になっていることに気が付いた。

「うわーん、どーしよー!」

 彼女の後先考えない行動力は今まで数多くの奇跡の要因ともなってきたものであるが、今回は完全に悪い方向に働いている。

 ここは修羅の国。何かあっても知り合いのモヒカンとかが助けてくれる場所ではないのだ。

 雨に打たれて冷静になった彼女はもと来た道を辿ってみんなのいる場所へ帰ろうとした。

「あれ……?」

 この街は、慣れない人間から見るとどこも似たような作りをしている。どの角で曲がったのか、どの通りをかけてきたのか……てんで分からない。

「と、とにかくホテルに戻ろう」

 何かあった時はホテルで集合する手はずとなっている。ポケットには地図(絵里のこさえたちゃんとしたやつ)と道を尋ねる時の例文集が書かれた紙が入っている。

 ところが、ポケットに手を突っ込んだ瞬間、滴るほどにウェットな感触が指先に触れた。嫌な予感がして慌てて取り出してみると、先ほどの雨でポケットにしみ込んだ水のせいでグチャグチャにぬれており、文字が完全に滲んで読めなくなっていた。

「オーマイガッて感じだねぇ……くしゅんっ」

 傘もささずに走ってきたから雨が服にしみ込んで冷たい。それ程酷いものではなかったものの、このままでは風邪をひきそうである。

「そうだ携帯……! て、やっぱりつながるわけないか……修羅の国だもんね……」

 とりあえず、彼女はもと来た道のあたりをつけて歩くことにした。大まかな方角さえ合っていれば大きな通りに出るだろう。そうすればどうにかなると思ったのだ。

 一人ぼっちでの心細さから、自然と足は速くなる。

「はっはっはっ……んはぁっ!?」

 早足で歩いている内に、不安と疲れのせいか足がもつれ、左足首を思い切り捻ってしまった。

「いてて……あーもう……はぁ」

 自分の情けなさにため息が出てしまう。 

 明日をも知れぬ修羅の国で、こんなことで心が折れそうになるとは情けない……いや、むしろ一般的な女子高生として当然のメンタルか……。

「もう、世紀末ってなんなのさ……ん?」

 そんな風に愚痴る彼女の耳に、何やらメロディめいたものが聞こえてきた。 

 初めは修羅がライブでもしているのかと思ったが、どうやら違うようである。世紀末にあるまじき、軽やかで明るい、それでいてしっとりとした……そんな歌だ。

 穂乃果は歌声につられるように、捻った足を引っ張って声のする方へ歩いていく。

 歌声の主はすぐに見つかった。

 表通りから少し入った、劇場の脇で数人の修羅やボロを客に歌を唄う女性の姿が。長い髪にニット帽……。

 穂乃果たちの若さがほとばしる曲とも、サウザーたちの鮮血がほとばしりそうな曲とも違う、大人の成熟した女性の歌。

 穂乃果は思わず修羅やボロに混じってその歌に聞き入ってしまった。

 やがて曲は終わり、その女性には大きな拍手が送られた。女性も拍手に応えて礼を言う。

「すごーい!」

 穂乃果は感動のあまり、他の客が散った後も拍手を送っていた。そして、いつの間にか拍手しているのが自分だけになっていることに気付き、慌てて手を引っ込めた。その仕草が可笑しかったのか、女性はクスリと笑う。

「日本人? 迷子かな?」

「は、はい! 何でわかったんですか!?」

「だって、さっき『すごーい!』って言ってくれたじゃない」

「あっ、そっか」

「それに、そんなにびしょ濡れで……ほら、タオル貸してあげる」

 

 女性はいろんな国で歌を唄って回る渡りのシンガーだった。修羅の国に来たのは二度目らしい。

「すごいですね! カッコいいです!」

「ありがと。そんな大した事してるわけじゃないんだけどね~。はい、タオル」

「ありがとうございます」

 穂乃果はよく乾いたタオルと異郷で出会った言葉の通じる人の存在にほっと一息つくことが出来た。

「それにしても、なんで迷子に? 仲間とはぐれたの?」

「……それがですね……」

 女性シンガーに訊かれて穂乃果はぽつぽつと事の成り行きを説明した。

 普通に考えて、『ごく普通の女子高生と世紀末に生きる女子高生の狭間における葛藤』のような悩みは理解されることは無い。しかし、その女性シンガーは穂乃果の話をしっかりと理解してくれた様子だった。修羅の国に二度も来るような人物だし、分かる話なのだろう。

「まぁ、そう簡単には受け入れられないよね」

「ですよね!」

「でも、実際のところ、本心ではどうなの?」

 本心では……まぁ、世紀末な感覚にはある程度……いや、かなり慣れている。何しろ穂乃果はにわか仕込みではあるがマキから教えてもらった秘孔術が扱えるのだ。秘孔術が扱える時点で世間一般的に普通の女子高生へはカテゴライズされない。

 だが……穂乃果は女子高生でありたいのだ。

 これは別に大人になりたくないとか、そういう意味ではない。あと少しもしない内に大人になるその前に、大好きな仲間たちと一緒にスクールアイドルとして活動していたいという気持ちの表れなのだ。

「まぁ、別に世紀末に馴染んだところで女子高生じゃなくなるわけでもないし友達と活動もできるんですけどね」

「そっか……私も似たようなことあったよ」

「えぇ……?」

「いや、世紀末がどうのの話ではないよ? なんていうか、仲間との感覚の違いと言うか、そういうの」

「はぇ~」

「昔は私も仲間たちと歌ってたからね」

 シンガーは遠い目をしながら言った。

 過去形と言う事は、今はもう共に歌ってはいないのだろう。その人の姿に、穂乃果は何となく未来の自分を重ねてしまった。

「色々あってね。あの時はどうして良いのか分からなくて、次に進むいい機会なのかなとか思ったりして」

 穂乃果にとって仲間との別れ……μ'sが無くなるということは、すぐ目の前まで迫っている話であった。

「それで、どうしたんですか……?」

 だから、気になった。

 その女性がその時、いったいどうやって仲間と別れることへ踏ん切りをつけたのか。

「……自分にとって大切な物なにで、なにが好きで、何故歌ってきたのか。それを考えたら、答えは簡単だったな」

「はぁ……?」

「ま、そういうこと」

「分かるような分からないような……いややっぱり分かんない。どういうことですか?」

 抽象的な回答に穂乃果は首を傾げるばかり。

 しかし女性は意味ありげに微笑むだけで、穂乃果の問いには答えてくれない。

「今はそれでいいの」

「えー!?」

「すぐに分かるから――それより、道に迷ってるんじゃないの?」

「あっ」

 言われて穂乃果は思い出す。

 皆はホテルで待っているだろうか。だとしたら、かなり心配をかけているかもしれない。

「そうでした! あの、ホテル・オハラってところに泊まってるんですけど……」

「ああ、それなら地下鉄ですぐだよ。ついてきて」

 女性シンガーは荷物を担ぐと穂乃果についてくるようジェスチャーした。

「は、はい!」

 嬉しさで穂乃果は勢いよく返事をしながらついて行こうとする。だが。

「いてっ!?」

 足を捻っていたことをすっかり忘れていた。左足首に激痛が走る。

「大丈夫? どうかしたの?」

「じ、実はここに来る途中で足捻っちゃって……」

「あれま。ほら、見せてみて」

 女性は荷物をいったん置いて穂乃果に靴を脱がせた。そして、指を立てて患部の周りを数か所触れるように突く。すると、足首の痛みはみるみる引いていき、あっという間に全く問題なく歩けるようになっていた。

「すごーい! お姉さんも秘孔術が使えるんですね!?」

「昔知り合いに少し教えてもらったの。一人で旅してると何かと役に立つからね」

 元気になった穂乃果は女性シンガーに連れられて皆の待つホテルへと歩きだした。

 

 

 ホテル・オハラの正面玄関前。

「ひょえ~!」

「この写真の子を見ませんでしたか?」

 μ'sと5MENは穂乃果がホテルに戻っていないことを知り、丁度捜索へ乗り出そうとしていた。手始めに、海未が入り口近くで捕まえた修羅に尋問しているところである。

「し、知らないアル! 誰アルか~!?」

「あるのかないのかはっきりしてください。この子を知っているのかと訊いているのです」

 海未は修羅にぐいと穂乃果の写真を押し付けながら訊く。その迫力はもはや女子高生のそれではない。

 修羅はたまらず近くにいたことりに助けを求めた。

「ち、ちょっと!? そこのお前も見て無いで助けるアル!」

「え?」

「なんで焼きゴテをスタンバイしてるアルか!? 本当に知らないアルよ!」

「どうやら本当に知らんみたいだぞ」

 レイに言われ海未は修羅を解放。彼は「ないあるないあるないある~!」などとわめきながら夜の街に消えていった。

「ああ、穂乃果大丈夫でしょうか……」

「おれはお前とことりの方が心配だ。色々と」

「ん? あれは……」

 すったもんだしているところ、凛が猫特有の夜目で遠くから迫りくる人影を見つけた。

「穂乃果ちゃんだにゃ!」

「え!?」

 一同が目を向ける。そこには、大きく手を振りながらこちらに駆け寄る穂乃果の姿があった。

「みんな~!」

 嬉しそうな笑顔を見せる穂乃果。無事な姿に一同はほっと胸をなでおろす。

 中でも特に安心していたのは海未であった。無事な穂乃果の姿を見た彼女の胸には安堵や怒りなど様々な感情が入り乱れていた。

「何やってたんですかっ!」

 だから、駆け寄る穂乃果にそう怒鳴ってしまう。それでも、顔には安堵による笑顔と涙が浮かんでいた。

「心配したんですよ……?」

「ごめんね……」

「ほんと、無事で良かったぁ」

 ことりも海未程感情が迸ってはいなかったが、同じく安堵の涙は流している。

「それにしても、一人で帰ってこれて……本当に良かったです」

「うん。途中であった人にね、案内してもらったんだ」

 穂乃果は振り向いて例の女性シンガーを紹介しようとした。

「あれ?」

 しかし、そこにすでの女性の姿は無い。海未たちも、穂乃果一人の姿しか見えなかったと言っていた。

「おかしいなぁ」

「その手に持っているケースは?」

「うん? あっ」

 手にしていたのはその女性シンガーのマイクスタンドのケース……穂乃果が案内してくれるお礼にでもなればと預かって運んでいた物だ。受け取らないまま去ってしまったらしい。

「それにしても、安心したらお腹が空いたわね」 

 ほうと息を吐きながら絵里が言った。

 晩御飯の前のことであったから、一同何も食べていないのだ。仲間が行方不明という状況では常識的な人間なら食事も喉を通らないのだ。

「何食べに行こうか?」

 希が一同に問いかける。すると、いつもはこう言ったとき控えめな花陽が「はい!」と挙手をした。

「ご飯が食べたいです!」

「だからこれから食べに行くんでしょ?」

「そうじゃなくて白米が食べたいの!」

 花陽はここ数日白米を食べていない。当然である。ここ修羅の国はパンケーキやパンのような小麦系の美味しい食べ物は豊富にあるが、米に関しては付け合わせのサフランライスくらいしかないのだ。

「インディカ米も美味しいけど、やっぱり私はジャポニカ米がいいの! それに、修羅の国でも狩葬爾唖(カリフォルニア)ってとこでジャポニカ米を栽培してるって伝説があるから、それも気になるの」

「こだわりの人ね」

 ニコが半ば呆れたように言う。

 といっても、一同これといって押さえておきたい食べ物ももうないし、花陽の禁断症状を満たし明日のステージに備えるという手もありである。

「おれもカレーが食べたいぞ。土日はカレーの日だからな」

 ついでにサウザーも要求する。

「日本の料理が食べられるお店なら白米もカレーもありそうだけど……マキ、どこか知らない?」

 絵里が訊く。何となく知っていそうな気がするからだ。 

 そして絵里の勘は当たっていた。

「まぁ、知らないこともないけど」

 

 

 ホテルから十分ほど歩いた場所にその店はあった。ネオンがてかてか光り、謎の日本語が筆書きされたプレートが飾られていたりと全体的に怪しい外見だが、中身はまっとうな日本料理店らしい。

 その店内で茶碗に盛られた白米を供された花陽は嬉しそうに嘆息し、パクパクと食べ始めた。

「美味しそうに食べるね」

「今回の旅、花陽が一番楽しんでいるようですね」

「そもそも前々から修羅の国に行きたいと思ってた人が花陽ちゃんだけだからねぇ」

「修羅の国にはおれも前から目をつけておったわ」

 カレーをパクパク食べながらサウザーが穂乃果らに話す。

「なにやらここでは拳王伝説なる伝説があるらしいから、それを聖帝伝説に塗り替えてやろうと思ってな?」

「別に勝手に塗り替えてもいいんだけどさ」

 味噌汁を啜りながら穂乃果は、

「明日のステージちゃんとうまく行くかなぁ」

「私たちならきっと大丈夫だよ!」

「いやねことりちゃん、そういうんじゃなくて……ほら、ラブライブの本選みたいなことになりそうじゃん?」

 修‐羅イズが一人、第三の羅将ハン。あの無駄に濃厚な男が乱入してきたことが思い出される。

 ましてやここは修羅の国。修‐羅イズのお膝元である。いくら招待されたからと言って連中が介入してこないと言う保証はない。むしろしてくる可能性の方がずっと高い。

「『A-RISEのお膝元でライブ』とは次元が違うよ、次元が」

「フッ、向うから来てくれるのであれば、手間が省けると言う事だ」

「巻き込まれるこっちの身にもなってよ……」

「フハハハハ! 羅将だろうが何だろうが、南斗鳳凰拳の前には斃れ去るのみ!」

 自信満々のサウザーであるが、どう考えてもフラグにしか思えず、穂乃果は頭が痛くなった。

 

つづく

 



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Chapter5・君臨せる魔拳!

 ライブ会場は修羅の国で最も賑やかな場所の一つである武老怒通り(ブロードウェイ)である。

 ステージが開演するのは陽が落ちてからであるが、まだうすら明るい頃から舞台の前には数えきれないほどのボロと修羅たちが押し寄せ、異国の剝空琉愛弗(スクールアイドル)を一目見ようとしていた。

「すごい人数だよ」

 客席を見ながらことりが言う。

 単純な数だけ見ればラブライブ本選より客数は少ない。しかし、客の一人一人が発する圧迫感が日本の比ではないため、実数の数倍に感じてしまう。

「大丈夫かなぁ」 

 凛が心配げに言う。モヒカン共が客に混じっていたことはいくらかあったが、このような状況は初めてである。

 が、そんな彼女の肩を叩きながら穂乃果は、

「心配いらないって。こんな感じの状況前に経験したけど何とかなったし」

 穂乃果、ことり、海未の三人が初めて開いたライブは観客の九分九厘が聖帝軍の世紀末モヒカン野郎という凄まじいものだった。それでもうまく行ったのだから、いくつもの修羅場を潜り抜けて、仲間の数も九人プラス五人となった今、苦戦しようはずがない。

「もうすぐ開演ですよ」

「よぅし、じゃあいつものかけ声いこっか!」

 穂乃果はピッと手を差し出した。他の面々もそれに掌を重ね、円陣を組む。

「1!」

「2!」

「3!」

「4!」

「5!」

「6!」

「7!」

「8!」

「9!」

「10! フハハハハ!」

「サウザーちゃんは5MENでやってろよ! μ's、ミュージック……スタート!」

 

 武老怒通りのライブはμ's、5MENが交互に歌い踊る。このケーキとステーキをひたすら交互に食べさせられるような状況は下手をすれば胃もたれを起こすような内容である。事実、このライブは衛星放送的なアレで日本でも流されているわけだが、画面の前の一般下郎は奇妙な膨満感に襲われた。生でライブに参加したら立っていることすらままならなかったであろう。

 しかし、今回の観客は修羅の国に生きる者共である。絵面的に何かと濃い方々が暮らす国に住まうものとしてはこの程度朝飯前の事であった。

「フハハハハ! 楽しんでいるか下郎!」

「オォーッ!」

 ライブも終盤に差し掛かり、μ'sも5MENも残すところあと一曲となっていた。客の盛り上がり具合から見て、今回の修羅の国ライブは大成功と言っていいだろう。

「ククク……それではこのまま『Angelic Angel』行っちゃおうかな?」

「人の曲とるんじゃないわよ!」

 ステージ上で調子に乗るサウザーに抗議の声を上げる絵里も、どことなく声が弾んでいた。このライブの成功はラブライブ、スクールアイドルの更なる発展につながるのだ。

 だが、しかし。

「ん?」

 ふと、穂乃果が遠方から近づく影に気が付く。

「海未ちゃんことりちゃん、なんか向うのほうおかしくない?」

「え? ……おや、ほんとうですね」

「陽炎みたいな……なんだろ?」

 彼女たちが異変に気付いたのとほぼ同時、観客席にもライブの盛り上がりとは明らかに違うざわめきが起き始めていた。

 ステージ上で異変の正体に真っ先に気付いたのは花陽であった。

「あ、あれは……!」

「花陽ちゃんはあの陽炎みたいなの何か分かるの?」

 観客の向こうに立ち上る陽炎は夜の星を歪ませながら徐々に近づいてくるように見えた。花陽は慄きながらそれが何なのか断言する。

「空間をも歪ませるあれは、魔闘気!」

「まとうき?」

「北斗琉拳において、魔界に足を踏み入れた者の身体から発せられる禍々しい黒の闘気……! そして、あれほどの魔闘気を噴出させるのはただ一人、第一の羅将、『カイオウ』!」

 彼女の言葉を裏付けるように観客の修羅が口々に叫ぶ。

「だ、第一の羅将だ!」

第一の剝空琉愛弗(ナンバーワンスクールアイドル)、カイオウさまだ~!」

 禍々しい魔闘気の発生源は観客を巨馬で蹴散らしながらμ'sと5MENの前まで突撃してきた。カイオウは全身に鎧をまとっていて顔は見えない。しかし、鎧の隙間から噴出する魔闘気の見せる鬼神の影が、カイオウの姿そのもののように錯覚させた。

「きさまらがμ'sと南斗DE5MENか……」

 地獄の底から響くような声……声一つだけでも、そこらの修羅とは桁が違うことが理解できる。

「そう言うきさまが第一の羅将、カイオウか。フフフ……そのナンセンスな仮面、さては相当シャイだな?」

「絶対違うと思うぞ」

 シュウの指摘を無視しつつ、サウザーは続ける。

「第一の羅将……この間第三の羅将とか名乗る濃き男と戦ったが、大したことは無かったな?」

(ハン)は純粋に戦いだけを求める故魔闘気も纏わぬ酔狂な男よ」

「ていうか『第二の羅将』は? いきなり第一の羅将が出てくるとか飛ばしすぎでしょ」

 ニコがカイオウに問いかける。

 第二の羅将……ヒョウのことである。

「ヒョウは部下共と慰安旅行に行っておるわ」

「そ、そう……」

「とにかく、きさまの首を取ればこの国は5MENのものと言うわけだな?」

「ちょっとサウザー、話をややこしくしないでください」

 海未が注意するが、意味のないことである。

 そしてカイオウ自身、最初から5MEN、μ'sと事を構えるつもりであったようだ。

「この国の土を踏み、スクールアイドルを名乗るからには生きて帰ることができるとはよもや思うまい」

「いやいやそっちが招いたんじゃ――」

「フハハハハ!」

 穂乃果の突っ込みを掻き消すようサウザーは高笑いを始めた。

「世紀末のナンバーワンアイドルはこの聖帝を置いて他にない! 下郎が図に乗るでないわ!」

「笑止!」

 カイオウの魔闘気はより一層強くなる。

 ところで、このカイオウだが、μ'sの面々はどこかサウザーと似たような空気を感じていた。

「なんでしょうか、あの二人の間にある調和された空気は」

「アレね、カイオウも愛ゆえに愛を捨てた気があるっていうし。あと器が小さいところもそっくり」

 マキの分析に一同はなるほどと頷いた。

 そんなことを言っている場合ではない。

「我が羅威舞を受けてみるがよい! ぬぅ~ん!」

 カイオウは腕をかかげ、掌をサウザーに向けた。

「フワハハ! 闘気を使うつもりかもしれんが、このおれには秘孔も破孔もきかぬわ!」

 だが、カイオウの放った技はサウザーたちの常識を凌駕していた。

南無(フーム)!」

 瞬間、サウザー達の身体を急激な浮遊感が襲った! 

「むう!?」

「わわっ!?」

 それは、まるで天地を喪失したような……否! 実際に一同は天地を喪失していた! 

「これは、暗琉天破!」

「かよちん知ってるの!?」

「強力な魔闘気で相手の天地を喪失させる、北斗琉拳の奥義! 魔界に達したものだけが使える、究極のゼロGパフォーマンス!」

「知っているなら早く言え!」

 5MENとμ'sはすでにカイオウの必勝パターンにはまっていた。

 通常のライブならしれないが、これは修羅の国の『羅威舞』。無重力化でぐるぐるするだけでは終わらない。

「わはぁ~!」

 完全に無防備となったサウザーらにカイオウは魔闘気の塊を放った。この魔闘気……暗琉霏破(あんりゅうひは)と呼ばれる技だが……は、寸分たがわずサウザーに命中、彼を吹き飛ばした。

「ぐふぉ!」

「サウザー!?」

「うわっ、一撃で伸びてるし!」

 無駄なタフネスさを誇るサウザーを一撃で黙らせる技、ただものではない。

「これはいかん! 逃げるぞ!」

 シュウが伸びたサウザーを肩に担ぎながら言うと、残りの面々も異議なく従い逃走の態勢に入った。ちょうど近くを通りかかったトラックの荷台に飛び乗る。

 だが、カイオウはサウザーが気に入らなかったのか追撃の態勢に入り、巨大な馬と共にトラックを追いかけてきた。

「しつこいなーもー!」

「だめでもともと、ここは一つラブアローシュートを撃ってみましょう」 

 これでカイオウをうまく骨抜きに出来ればそのすきにホテルへ行って荷物をまとめた後、修羅の国から脱出すればいい。

 海未は後方から迫るカイオウに狙いを定めた。

「いきます! ラブアロー☆シュート!」

 海未の放った闘気の矢は寸分たがわずカイオウに向かい飛翔する。

 しかし、やはりと言うべきか、濃厚な魔闘気の壁に阻まれ、カイオウ本体に到達する前に闘気の矢はかき消えてしまった。

 そればかりか、海未が攻撃してきたのを認めたカイオウは今度は彼女に暗琉霏破を放った。

「はぁっ!」

「ふぉっ!?」

「海未ちゃん!」

 幸い、色々な補正のおかげで海未の肉体にそれほどのダメージはない。だがしかし、着ていた衣装が魔闘気に耐えきれず、胸元などの布以外がお色気バトル漫画よろしく全て吹き飛んだ。

「破廉恥! ぬふしっ!」

 そんな自分の姿にびっくりして海未は昏倒した。

「海未ちゃーん!?」

「やばいやばい、全員脱がされるよコレ!?」

「とんだ変態野郎やんけ!」

「ていうか、いつまでも荷台に乗ってるんじゃなくてこの際トラック奪うのもやむなしじゃないの!?」

 絵里が5MENの面々に進言する。しかし、レイとシンが、

「すまん、免許を持っていないのだ」

「免許取る前に世界が核の炎に包まれたからな」

「この状況で免許云々いる!?」

「まぁ、仮にも強敵(とも)枠が無免許運転するのもアレやしねぇ?」

「そういえば、ユダ、おまえ免許取ったと言っていなかったか?」

 シュウがユダに指摘する。

「おぉ、さすがは南斗の美と知略を司る妖星!」

「ユダさん、おねがいしますっ!」

 シュウの言葉に穂乃果とことりも喜びと称賛の声を上げる。 

 しかし、ユダは気まずそうに眼を逸らすばかりである。

「どうしたのだユダ」

 シュウが不思議そうに声を掛ける。するとユダはボソボソと、

「…………だから………」

「む……?」

「AT限定だから、MT車は運転できんのだ……!」

「…………」

「やはりウダね」

 ニコがため息交じりに呟いた。

 それと同時、カイオウの三度目の暗琉霏破が一行を襲う。

「ぬわ~!」

 μ'sと5MENは吹っ飛ばされて宙を舞った。

 

 

 その後なんやかんやあって一行はカイオウの執拗にも程がある追撃をふりきり、荷物をまとめて帰国の途に就いた。さすがの羅将も空を自由に飛びまわれるわけもなく、これで一安心である。

 飛行機に乗って、機内食を食べた後は泥のように眠り、穂乃果が目覚めたのは羽田まであと一数時間というところであった。

「……!?」

 ケンシロウアイマスクのせいでこちらを凝視しているように見える窓際のことりに驚きつつ、窓のシェードを開ける。

「ふわぁ……」

 外には水平線の向こうまで広がる雲海が広がっており、その絶景に思わずため息が出た。

「うーん……?」

 穂乃果の気配を感じてか、少し身じろぎした後ことりも目を覚ました。

「あっ、起こしちゃった?」

「ううん、ちょうど起きただけだよ。ずっと起きてたの?」

「私も今起きたとこ」

 目を醒ましたことりは穂乃果同様窓の外を見て、感嘆の声を上げる。

「わぁ……!」

「ライブ、総合的に見てまぁ楽しかったね」

 穂乃果の言葉にことりは微笑んで「うん」と答えた。穂乃果は続けて、

「またいつか行こうね」

「わたしはもういいかな?」

「えー?」

  

 

「帰国! フハハハハ!」

「サウザー、静かにしてください」

 羽田につき、入国手続きを済ませた一同は荷物を受け取って到着ロビーを後にしようとしていた。

「ねぇ、ライブの中継、すごい評判よかったみたいだよ!」

 荷物を受け取りながら花陽が呟きの画面を皆に見せてくれた。

「ほえ~、最後は滅茶苦茶だったのにねぇ」

 穂乃果が意外そうな言葉に花陽は、

「アレを含めても面白かったみたいだよ」

「ところで、機内で変な夢を見たのだが?」

 サウザーがウーンと首を傾げながら訊いてきた。

「どんな夢?」

「カイオウとか言う下郎にコテンパンにされる夢なのだが」

「夢じゃないわよそれ」 

 不思議がるサウザーに絵里が現実を突き付ける。

「ほう……絢瀬絵里よ、まさかこの聖帝サウザーがあのような下郎に負けると言いたいのか?」

「事実なんだからしょうがないでしょうが。衛星中継されたわよ」

「じゃああれだな? ライブ前ドキドキしてお昼ご飯ちゃんと食べられなかったからだな?」

「お代わりまでしてたくせによく言うわね」

「お二人さん相変わらず元気やねぇ」

「それより、もうバスが来るぞ?」

 シュウに言われ、一同は荷物を取ると出口へ向かって他愛無い話をしながら歩いていった。

 と、到着ロビーから出ようとした直前で、海未が周囲の様子がおかしいことに気が付く。

「……なんだか、私達見られてませんか?」

「えっ?」

 海未に言われて穂乃果は辺りを見回す。

 ……言われてみれば、確かにこちらを注目している人影がいくらか……いや、かなりの人数が見えた。制服を着た学生から、妙齢の女性、モヒカンの無法者まで、男女問わずこちらを見ている。

「私達の自意識過剰……ってわけでもないわね」

 マキが髪の毛をくるくるしながら呟いた。

「もしかして、凛たちの命を狙うスナイパー的な!?」

「ぴゃああ!?」

「大丈夫、かよちんは凛が護るから!」

「凛ちゃん……!」

「いやいやなんでアタシたちが命狙われなきゃならんのよ? 5MENならいざ知らず」

 ニコの言う通り、5MENのメンバーの内少なくとも3人は相当に恨みを買う程度には悪行を尽くしているため、ありえない話ではない。

「サウザーの自業自得ね。ざまぁみろ」

「フフ、この聖帝がこのような下郎に負けるはずがなかろう? 蹴散らしてくれるわ!」

 そうこう話していると、こちらを注視していたセーラー服の中学生の一人が意を決した様子で近づいてきた。

「フハハ! ガキなぞターバンのガキでもない限り虫けら同然!」

 来るがいい! と仁王立ちするサウザー。

 しかし、その中学生はサウザーを見向きもせず一目散に穂乃果の方へ向かった。

「うぇえ!?」

「穂乃果!」

「穂乃果ちゃん!」

 穂乃果を守るべく海未とことりは彼女の前に南斗聖拳顔負けの素早さで移動した。

 女子中学生は肩から下げていた鞄の口を開け、中から何かを取り出す。

「銃的なアレですか!?」

「やっぱりスナイパーだったにゃ!」

 緊張に包まれるμ's。

 しかし、中学生が取り出したのは何の変哲もない厚紙……それもサイン色紙だった。

「あのっ、μ'sの高坂穂乃果さんですよね!?」

「えっ!? は、はい、そうです」

「穂乃果! 無暗に名を明かすのは――」

「ファンです! サインしてください!」

「……え?」

 呆気にとられる穂乃果らを他所に、中学生は頭を下げながら色紙とサインペンを両手で差し出してきた。

 彼女を皮切りに、連れと思われる中学生二人も近づいてきて、

「南ことりさん!」

「園田海未さん!」

と名前を呼ぶと同様に「お願いします!」と色紙とペンを差し出してきた。

 

 ゲート側でのサインは迷惑になると思い、とりあえずμ'sと5MENは到着ロビーを後にした。すると、先ほどまでこちらを見ていた群衆がゾロゾロと近づいてきて、サインをもらうべく自然と列を成し始めた。

「えっと……はい、どうぞ」

「わぁ……! ありがとうございます!」

 穂乃果に声を掛けた中学生はサインを受け取ると嬉しそうにお辞儀をして、恥ずかし気に顔を赤くしながら友達と去っていった。

 彼女たちが去ると、また別な人がサインを求めてくる。

 穂乃果だけではなく、μ'sメンバー、更に5MENのメンバーも同様の状況になった。

「シュウ様~!」

「レイ様~!」

「これは、どういう状況なんだ?」

 サインしつつ、レイは頭の上に疑問符を浮かべながら誰にでもなく問いかける。

「さぁ……はっ!? もしかしてこれは夢!?」

 穂乃果が声を上げる。

「どのへんから夢なんだにゃ」

「えっと、いざ修羅の国へ! のところ……まさか、『学校が廃校に!?』のところから!?」

「長い夢だにゃ!」

「なるほど、これが夢ならこのおれがカイオウごときに後れを取った理由も説明がつくな?」

「現実を直視なさいサウザー。あなたは一撃で無様にも伸びてしまったのよ」

「ぬっく……」

「でも、なんでこんなことになっとるんやろ……ん?」

 サインしながら希はふと聞き覚えのある曲が流れているのを耳にした。

 この曲は……間違いない。修羅の国で歌った曲の一つだ。それがいったいなぜ羽田のロビーで……。

「………!? エリチ!? えりち!」

「へぇ、わざわざ静岡から……ちょっと何よ希今取り込み中……!?」

 希に言われた絵里は顔を上げて驚愕する。 

 その驚愕は、瞬く間に他のメンバーにも伝播した。

 ロビーに設置された大小のテレビモニター。それら全てに、昨日の修羅の国ライブの映像が流れているのだ。

 若さと鮮血がはじけるライブ映像。以前からのファンを初め、この映像で新たにμ's、そして5MENの虜になった人々が是非一目見ようと羽田にお仕掛けたのだ。

 羽田のロビーでもこの状況である。

「もしかして、街中であれが流れてるのとちゃう?」

 下手すれば日本中である。

 修羅の国で歌い踊りカイオウに吹っ飛ばされた映像が、日本中で大絶賛されているのである。

「ライブ、凄かったです!」

「あ、ありがとうございます」

 憧れの眼差しを向けられながら、海未は震える手でサインをこなしていく。

(うぅ……だれか助けてください)

 彼女は胸中そう訴えながら仲間たちを見回した。しかし、誰も彼もサインに忙殺され、助けどころの話ではない。

 ……いや、一人だけ忙殺されていないのがいた。

「ユダさん……」

「…………」

 5MENの他のメンバー……サウザーでさえもそこそこの人数がサインを求めているのに、ユダは一人もいなかった。

「…………」

「あ、あの」

「ぬふぉああああ!!」

「!? どうしたのだユダよ!?」

「ぬくぅぅぅおのれぇぇぇ! おれも無想転生にさえ入っておればあぁぁぁーっ!」

「あっ! ユダ!」

「ユダさん!」

 慟哭と共に、ユダは一人仲間たちの声を振り切り駆け出し、去っていった。

「ユダ……リボルテック化もされないばかりか……」

 シュウがさすがに憐れんで呟いた。

 と、そこへ。

「あの……」

「む、どうしたのだ?」

 シュウに声を掛けてきたのは小学生か中学一年生くらいの少女であった。彼女はサイン色紙とペンを持ちながら、

「あの、ユダ様ってどこにいますか」

「……ユダのファンか」

「フハハ。物好きもいるものだな?」

「というかユダの間の悪さが凄い。ニアミスにも程があるぞ」

 シンが呆れたように言った。

 

 南斗六聖拳が一人、『妖星』のユダ。

 彼は誰よりも強く、そして美しい(彼談)。

 

 

つづく




作者もAT限定だったり


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Chapter6・よみがえるアイドル!

 空港から脱出した一同は秋葉原についてなおもファンに追われることとなった。

 何しろ街中でライブ映像が流れているだけでなく、ポスターが貼られ、挙句大きな垂れ幕まで作られているのである。悪いことは何もしていないにもかかわらず、指名手配犯のような状況に陥っていた。

「はぁっ! はぁっ!」

 おまけにファンに紛れたターバンのガキが5MENの脚を尽く刺していったため、移動力も低下していた。

「ど、どうします?」

 ひとまず路地裏に逃げ込んだ後、海未がおろおろと問いかける。元来が恥ずかしがりやな彼女である。今の状況に慣れるにはまだまだ時間がかかるのである。

「とにかく、ここから一番近いのが私の家(穂むら)だから、そこに避難しよう!」

 本当ならサウザーの城などに行きたいところだが、少々距離があるため仕方ない。それに、間もなく穂むらは閉店時間でお客が押し寄せることもないはずだ。

「それにしても、どないしよか」

「とりあえず変装していくしかないわね」

「何しろニコたちは有名人なんですもの」

「……あなた達、楽しそうね」

 マキが指摘する通り、状況に困惑する一、二年生組に対して卒業生三人衆は至って楽しそうだった。修羅の国でノリと勢いで購入したサングラスをぬしぃ…と装着している。

「この状況を打開せにゃね」

「ランランランナウェイするしかないわね」

「何しろニコたちは有名人なんですもの」

「何よその謎のノリは。ていうかそのサングラス似合ってないし」

「穂むらへの逃げ道はことりちゃんに任せるよ。この辺に一番詳しいし」

「うんっ」

 穂乃果に言われ、ことりの灰色の脳みそが最も適切な逃走ルートを導きだす。一方で、心配事もあった。

「迷惑ではないか? こんな時間に、大勢で押しかけては」

 レイが質問する。

 時刻は夕方、間もなく夜と呼べる時間だ。そのような時間に女子高生9名プラス大男5名が家の中にいるのは邪魔以外の何物でもないはずだ。

「まぁ一時的な避難先で、すぐに解散すれば済む話だし。閉店の後すぐは店の片づけで居間には誰もいないから邪魔にもならないし」

「ならいいのだが……」

「そもそも、いくらなんでもこの人数収まるんですか?」

「詰めれば平気でしょ。とにかく、しゅっぱーつ!」

 

 流石は秋葉原の伝説のメイド、ミナリンスキーさんである。彼女の示したルートは安全かつ人目につかない絶妙なもので、トラブルに見舞われることなく穂むらに到着した。

「ただいまー!」

「お帰り。みなさんもいらっしゃい!」

 穂乃果母は事前に電話で連絡を受けたこともあって一同を快く受け入れた。

「狭い居間だけど……あら、5MENの皆さん怪我してない?」

「いつもの事だから気にしなくていいよ。それよりお茶~」

「自分で淹れなさい! お菓子は店の適当に持っていっていいから」

 高坂家の居間はそこそこ広い方だがいくらなんでもサウザーの城やマキの家程ではないため、全員が入ると窮屈であった……が、収まりはした。

 お茶を飲んでほっと一息つくと、穂乃果の妹、雪穂から今の状況の説明を受けた。

「ライブの評判が凄く良くて、色んなとこで取上げられてるよ」

 彼女が見せるパソコンの画面。それは大手ネットニュースサイトで、μ'sと5MENのライブが『ラブライブのため命がけで歌い踊る戦士たちに賞賛の声!』と題しとり上げられている。

 タイトルに色々突っ込みたいのはやまやまであるが、とにかく、あのライブが日本中で視聴され、注目を集めているのは確かなようだ。

「このライブの後、店にもお姉ちゃんのファンの人来てさ。売り上げも良くなったってお父さんもお母さんも喜んでたよ」

「えっ!? じゃあお小遣い上げてもらわなきゃ!」

「フハハ、小市民的発想だな?」

「うっさい」

 そんな穂乃果にニコが、

「今回はサウザーの言う通りよ。人気アイドルなんだから、言動には注意しなさい」

「でも……」

「A‐RISEを見れば分かるでしょ? 人気アイドルたるもの、プライドを常に持って、優雅に……」 

 

+イメージ+

 輝くビーチ。

 トロピカルジュースを傍らに、ビーチパラソルの下チェアに身体を横たえながら読書と洒落込む水着姿の矢澤ニコ。そこへ、彼女のファンたちがやってくる。

「ニコちゃん今日はバカンスですか!? 胸小さいですね」

「わぁ~、きれーい! でも胸小さいですね」

+イメージ終了+

 

「余計なお世話じゃ!」

「妄想の世界ぐらい自画自賛しいや」

「不憫な子……」

「そんなことより、他の問題があると思うのですが……」

「他の問題?」

 一同が異口同音で問う。

「いえ、5MENにはあまり関係のないことだと思うのですけど――」

 

 

 翌日。

「μ'sを続けてほしい?」

 穂乃果、ことり、海未の三人は理事長室に呼び出され、そのような事を言われた。

 μ'sが今年度いっぱいで解散すると言う話はメンバー以外に話してはいなかったが、音ノ木坂の関係者、そして5MENの(サウザー以外の)メンバーは何となく察してはいた。穂乃果たちも三年生が卒業するからにはμ'sは解散するとみんなも察していると思っていたのだ。

 しかし、μ'sの人気は穂乃果たちの想像を遥かに超えるものとなった。

 全国のファンからしてみれば、三年生だろうがなんだろうが九人とも等しく『μ's』のメンバーなのである。卒業するかどうかなど、あまり関係が無かった。

「ええ。今、スクールアイドルの中でμ'sと南斗DE5MENは絶大な人気を誇るわ。ドーム大会の実現のためには、どうしてもあなた達の力が必要だと、皆が思っているわ」

 南斗DE5MENなぞはやめろと言われてもやめないであろうが、それだけではドーム大会の実現は困難だ。仮に実現したとしても『スクールアイドル』の定義が大きく変わることになるのは必至である。

「三年生の卒業で『スクールアイドル』であることが難しいのなら、別の形でも構いません。とにかく、この熱を冷めないようにするためにも、『μ's』の力が必要なの。分かってもらえないかしら」

「……少し、考えさせてください」

 

「てなことなんだけど」

 所変わってサウザーの居城。理事長から受けた話を穂乃果はμ'sの面々と5MENに伝えた。

「うむ、やはり解散を考えていたか」

 レイが腕を組んで唸る。

「はい。μ'sは、九人だからこそμ's。三年生が卒業したらそれで終わり、のつもりだったんだけど……」

「私は反対よ」

 マキがきっぱりと反対する。

「ラブライブのおかげでここまで来られたのは事実だけど、そこまでする必要は感じられないわ」

 しかし、絵里がさらにそれに反論して、

「でも、ドーム大会が実現すれば、スクールアイドルはもっと大きなものになる。わざわざ修羅の国にまで行ったのも、そもそもそのためよ」

「エリチはμ'sを続けたいん?」

「私は今度の修羅の国遠征で最後、解散するつもりでいたし、今だってその思いは変わらないわ。……でも、μ'sの存続の可否は、もう私たちだけの問題じゃない」

 ここでμ'sが解散すれば、ドーム大会は実現できないかもしれない。それは、多くの人の思いを裏切ることにもつながるのではないか?

 そう思わざるを得ない。

「何を躊躇うのだ? 勝手に続ければいいではないか」

 場を混乱させるようにサウザーも口を挟む。

「約束とかそう決めたとか、どうでも良いし! 好きなだけ破ればよかろうが!」

「約束を守らないことに定評のある男が言うと重みが違うな」

 約束を破られたシュウが皮肉交じりにいう。

「フハハハハ! 退かぬ、媚びぬ、省みぬ! これこそがスクールアイドル三原則なのだ」

「でもさ、μ'sを続けたら媚びてることになるんじゃない?」

 穂乃果が首を傾げる。するとサウザーは、

「む!? じゃあ解散すればいいんじゃないかな?」

「黙ってろよ!」

 解散か、それとも継続か。

 ドーム大会は実現してほしいし、スクールアイドルももっともっと大きなものになって欲しい。これは紛れもない彼女たちの願いだ。だが、μ'sをここできっぱりと終わりにしたい、というのもまた紛れもない思いだ。

 答えはまとまらない。

 と、その時であった。

「話は聞かせてもらったわ」

 部屋の入り口から女性の声が響く。

「何者だ!」

 サウザーが誰何する。すると、名前を応える代わりに声の主が直接その姿を一同の前に露わにした。

「むぅ!? きさまは……サンライズの修羅ウワサ!」

「A-RISEの綺羅ツバサよ。本選以来ね」

「ツバサさん!?」

 穂乃果たちは驚きと喜びのあまり一斉に席を立った。

 綺羅ツバサ……ラブライブ本選で『第三の羅将』ハンと死闘の果てに死亡したはずである。

 だが、一同の目の前にいるのは紛れもない本物、生きている綺羅ツバサその人であった。

「無事だったんですね!?」

「ええ。生死の境をさまよったけど、何とかね」

 ツバサに続いて、A-RISEメンバーの英玲奈、あんじゅも姿を現す。

「ツバサはここしばらく、生きていることを隠してとある山の寺院で修業していたのだ」

「完全にフルハウスなスクールアイドルになるためにね」

「良く分かんないけど凄いですね!」

「ありがとう。ところで、μ's、解散するんですって?」

 ツバサの質問に穂乃果は少し躊躇しながら「はい。まだ本決まりではないですけど……」と答えた。ツバサはそれを聞くと少し残念そうに、だが微笑んで、

「そう……解散なら寂しいわね。私達はこれからも活動を続けるつもりだったから……それで、解散するとして、最後にライブはしないの?」

「へ?」

 ツバサの問いかけに穂乃果は間抜けな声で返事をする。

 最後のライブ……ラストライブのことなぞ、考えてもみなかった。というより、修羅の国でのライブが彼女たちにとってのラストライブであったのだ。

「スクールアイドルとはいえファンを持つ歴としたアイドル。ましてμ'sはあなた達が思う以上に大きな存在になっているわ。解散するなら、正式に告知を出してラストライブを執り行うべきよ」

「な、なるほど」

「それに、あなた達が解散するにせよしないにせよ、近いうちにライブを……それも大規模なライブを執り行う必要があるわ」

 ツバサがそう言うと同時、部屋の空気がにわかに変化した。具体的に言うなら、今までは純粋な『スクールアイドル』の話であったところに、世紀末特有の成分が流れ込んできた感覚だ。

「あの、それってどういうことですか……?」

「第一の羅将、カイオウには会ったわね?」

 μ'sだけでなく、5MENもウンと頷く。

「そのカイオウが、近いうちにこの国へ襲来するわ」

「えぇー!?」

 衝撃の知らせであった。

 修羅の国の王たるあの男が、わざわざ海を越えてこの国へ……? 

 想像するのも恐ろしい話である。

「それは本当なのか?」

 シュウがにわかに信じ難いと言った調子で訊く。ツバサは明確に頷き、

「間違いないわ。(カイオウ)の目的は、スクールアイドルの抹殺。なんで抹殺したいのかは知らないし、たぶんこの先知ることもないだろうけど、この国のスクールアイドルを滅ぼすため、来日するのは必至よ」

「フハハハハ―ッ! いずれ修羅の国へ再び攻め込もうと思っていたが、まさか向うから来てくれるとはな!」

「笑いごとではないぞサウザー!」

 レイが窘める。

 カイオウの強さは南斗六聖拳をもってしても次元が違うものであった。このままでは、敗北を重ねるだけの結果となる。

「前回は敵地での戦いであったが、今度はホームでの戦いなのだ! この聖帝がホーム戦で負けるはずがなかろうが!」

「あの負けっぷりはホーム云々以前の問題のような気がするのですが……」

 サウザーの慢心ぶりには呆れるばかりである。

 するとそこへ、

「フフ……その無駄な自信――」

 先ほどのツバサ同様に部屋の入り口の方から声が響いてきた。今度は男の声である。そして。

「うっ!? この良く分かんないけど濃厚な空気!」

 入り口からもわわっと入りこんできたオーラに部屋の湿度が心なしか上昇したような気さえした。

 このようなオーラを出せる漢なぞ、この世に一人しかいない。

「――経験はないけど知識は豊富な童貞にありがちと言わざるを得んな!?」

「羅将ハン!?」

「バカな、きさまは聖帝十字陵の地下牢獄で鎖につながれていたはず!?」

 5MENは驚愕の声を上げるが、ハンは余裕の笑みすら浮かべて、

「フッ、童貞のつけた鎖を断ち切るなぞ造作もないこと。そもそも童貞でないと言う事は童貞と言う鎖を断ち切っていると言う事だからな」

「良く分かんないけど、帰ってくれないかなあの人……」

「穂乃果、あまりそう言う事を言っては……」

「ほう、例のμ'sではないか」

 穂乃果たちを見ながらハンは堂々とマントを翻す。

「九人もの少女と向き合うと童貞なら取り乱すところだが、おれは童貞ではないのでなんら臆することなく紳士的に向き合えるのだ」

「そう……」

「ところでそこの聖なる童貞!」

 ハンはサウザーの方を向いてズビシと指さしながら、

「いくら神聖であろうと童貞にカイオウを倒すことなど出来ぬわ!」

「フフハハ……負け犬がほざきおる」

「確かにサウザーちゃんは羅将ハンには勝ったけど、それとカイオウに勝てるかは別問題やん?」

「一度戦った相手だし、いくらでも対策は立てられると思うが?」

「そんなに器用じゃないやん」

「それより、ハン、あなたは何の目的でここに来たの?」

 ツバサがギロリとハンを睨む。

「そう構えるでない……粟立ちの予感がおれをここまで運んだまでのこと!」

 そう言いながらハンは空いている席にドカッと腰かけた。どこからともなくグラスを取り出し、優雅に揺らす。

「正直な話、カイオウのスクールアイドル滅殺には反対なのがおれなのだ」

「そうなんですか?」

 穂乃果が意外だと声を上げる。てっきりカイオウに従う第三の羅将としてスクールアイドル狩りをするものだと思っていたからである。

「おれが望む世界は闘いに満ちた世界。スクールアイドルを根こそぎ滅ぼされては困るし、むしろどんどん振興してもらいたい所存なのだ」

「スクールアイドルの発展が闘いに満ちた世界につながるとは思えないけど、まぁ助かる話ね」

 ハンの言葉に絵里も安心する。

 しかし、とハンは続ける。

「とはいえおれはあくまで羅将の一人! カイオウと拳を交わすことは出来ぬ」

「そうなのですか?」

「それならせめて倒すまで行かずとも追い返す手くらいは教えてくれても良いではないか?」

 レイが言うと、ハンは「もっともだ」とニヤリと笑いながらグラスの酒を飲み干した。

「童貞へ正しい知識を授けるのもまた紳士の務めと言えるからな!」

「一々そういう風に言わんといけんもんなん?」

「童貞がカイオウに打ち勝つ方法、それは」

 希からの指摘をスルーし、ハンは立ち上がってもわっと言い放つ。

「まず童貞を卒業することだ!」

「よォーしお帰り頂こう!」

 穂乃果の宣言でこの日はお開きとなった。

 

つづく



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Chapter7・愛しきモノのために!

久しぶりですね。生きてます。


 μ'sと南斗DE5MENが修羅の国へ赴いたのは、第三回ラブライブ大会のドーム大会の実現を手助けするためのものであった。

 修羅の国におけるライブは大成功をおさめ、その効果は関係者たちの想像を遥かに超えるものだった。

 しかし、想像以上の成果はさらなる試練を二つのグループに……特にμ'sに課すこととなる。

 一つは、μ'sにこれからも活動を続けて欲しいと言う願い。

 もう一つは、修羅の国からカイオウが攻めてくると言う脅威。

 特に後者に関しては喜んでいるのはサウザーくらいなものであった。スクールアイドルをこれからも活発なものにするために行ったはずの修羅の国ライブが、存続どころか滅亡の危機を招いたのである。

 いったいなんでこんなことになってしまったのだろう――。

 

「割とマジでなんでこんなことになってるんだろう……」

 翌日、穂乃果は一人部屋であまりにも理不尽な現状に頭を悩ませていた。

 『μ'sを続けてほしい』……これは自身で思うのも何だが分かる話であった。帰国した時に見た風景、人々の反応……μ'sの存続がどれほどのモノを生むか、穂乃果でもわかる。

 しかし、『カイオウ襲来の危機』はさっぱり分からない。そもそも、μ'sと5MENはそのカイオウが支配する修羅の国から呼ばれたからそれに応える形でライブをしたのである。それなのに、何故に暗琉霏破を連発された挙句外患誘致する羽目になっているのだ。

 ツバサはライブを開催して対抗すべきだと言っていた。ライブの開催がカイオウを破ることになる理屈は不明だが、どちらにせよあの強さを見た以上、A-RISEが加わっても歯が立たないことは間違いないだろう。

 μ'sの解散、続行、カイオウの襲来、スクールアイドルの危機……最良の答えが全く見えない様々な問題が同時に振りかかって、穂乃果の頭はパンク寸前である。

「あーもー! わっけわかんないしどうしていいのかも分かんないよー!」

 たまらず穂乃果は枕に顔を埋めてジタバタした。意味もなく叫びたくなる。

「ああああああああああああああ!」

「お姉ちゃんうっさい!」

「おじゃましてまーす!」

 そこへ、雪穂&亜里沙がやって来た。二人が一緒にやってきたと言う事は、ただうるさいと文句を言いに来ただけではないのだろう。

「亜里沙ちゃんいらっしゃい。ロシアには帰らなかったんだね?」

「はい! これから高校も始まって、スクールアイドルも始めていこうって時に帰ってられません!」

 ふんすふんすと意気込む亜里沙。

「あはは。それで、どうしたの?」

「実はさ、おススメの練習場所とか聞いておきたくて」

「練習場所ねぇ……」

 穂乃果は考える。

 音ノ木坂学院で、ダンスや歌の練習に向いている場所……。

「やっぱり屋上かなぁ。雨の日は練習できないし夏は熱くて冬は寒いし床タイルは誰かさんのせいでボロボロだけど――あれ、本当に向いているのかな……?」

「穂乃果さん、気を確かに」

「……まぁ、何だかんだ言って屋上だね。雨の日はサウザーちゃんの城にでも行ってやればいいよ」

「そっか。……ところで、お姉ちゃん」

 穂乃果は、雪穂はこの「ところで」の部分が話したくてここに来たであろうことを察した。

「μ'sは続けるの?」

 いったい誰から聞いたのやら……いや、たぶん自分で考えたのだろう。μ'sを解散するという話は雪歩と亜里沙にしていなかったが、二人とも賢い子である。おおよそ察していたはずだ。そして、現在そのμ'sが置かれている状況も理解しているだろう。

「……わかんない」 

 これが穂乃果に出来る精一杯の返事だった。

「色んな人は続けてほしいっていうし、サウザーちゃんたちも卒業しないことでスクールアイドルを続けるらしいし……雪穂と亜里沙ちゃんは続けてほしい?」

 穂乃果が訊くと、亜里沙は凄まじい喰いつきで「とうぜんですっ!」と叫んだ。

「μ'sのファンならだれだってそう思ってます! 雪穂もそうだよね?」

「えっ!? うん、まぁね」

 亜里沙に訊かれて雪穂は照れくさげに返す。

「続けてもらえるなら、ずっと続けてほしいくらいです! でも――」

「μ'sは、μ'sの物だからね」

 妹たちの優しい言葉に穂乃果は嬉しくなる。

 しかし、だからといって物事が解決へ向かうわけではなかった。

 

 ※

 

 家で悶々と悩むのも何だと思い、穂乃果は散歩に出ることにした。気晴らしになるかと思ったが、空には厚い雲がかかっていて、気分が落ち込むだけのようにも思えた。

「はぁ……」

 橋の欄干に寄りかかりながら深くため息を吐く。ため息をひとつ吐けば幸せが一つ逃げるとか、一歳老けるとか色々言われるが、吐かざるを得ない……というかこの一年がため息まみれだったような気も……。 

 と、そんなことを考えていた彼女の耳にいつか聞いたことがある歌声が流れてきた。

「……これは……」

 彼女は誘われるように歌のする方へ歩いていく。

 修羅の国でもそうであったように、表通りから少し外れた街角で、あの女性シンガーが歌を唄っていた。

「あなたは……」

 驚く穂乃果に、シンガーは歌い終わると微笑みかけてくれた。

「修羅の国ぶりだね」

「な、なんでここに? ていうか、なんであの時すぐいなくなっちゃったんですかぁ!? お礼だってしたかったのに! そのマイクだって、私同じの持ってます! 返せなくって――」

「まぁまぁ落ち着いて」

「そうだ! (うち)でお茶でも飲んでいってください! この間のお礼も兼ねて! マイクも返したいですし、それに家は和菓子屋なんです! 久々に日本の味でもどうですか!?」

「どうどう」

 興奮する穂乃果をシンガーは手で静止ながら落ちつけた。自らの狂乱ぶりに恥入り穂乃果は顔を赤くする。

「す、すみません」

「いいって。なんだか若い頃思い出しちゃった。……マイクは別にいいよ。どうせ買い替えるつもりだったし、中古で良ければあれ、あげるわ」

「そんな――」

 うけとれませんよ、と言いかけた穂乃果の口を彼女は人差し指でそっと押さえた。

「それより、μ's、どうするの?」

「えっ……? 何で知ってるんですか?」

「あなたが教えてくれたのよ?」

「……そうでしたっけ?」

「そうだよ」

 微笑むシンガーの顔を見ると、そうだったかもと思えてくる。不思議な魅力を持った人だ。

 穂乃果は訊かれたことに正直に答えた。

「μ'sは解散したいです。別に嫌になったからとかじゃ無くて、みんなで決めたことだから。でも、ドーム大会も実現してほしいし、スクールアイドルにこれからもずっと続いてほしい。カイオウさんが攻めてくるのもどうにかしたい……なんでも欲しがってわがままなのは分かるんです。でも……」

 どれが正しい選択なのかが分からない。

 ……いや、正直なところ今までも正しい選択がどれか分かったことなど無いのだが、今回は穂乃果持ち前の決断力すら鈍る。

 穂乃果の言葉を聞いたシンガーは微笑みながら「そうかそうか」と頷いた。

「穂乃果は大人になりつつあるんだねぇ」

「そういうものなんですか?」

「そう」

 シンガーは頷いて続けた。

「大人になると何でも自由に出来るような気がするけど、実際は違う。なればなるほど、何でも出来無くなってしまう。若い頃にあった自信や無鉄砲さがどんどん薄れて行くの。あの頃の、根拠のない無敵感……それが無くなってしまう」

「はぁ」

「穂乃果のやりたいことを全部出来るのは、今だけなんだよ。あの大きな水たまりを飛び越えられるのは、今だけ……」

 

 

 

 

「んあ……」

 気が付くと、穂乃果はパジャマ姿で自室のベッドの上にいた。

 カーテンの隙間からは朝日が洩れて、雀のさえずりがかすかに聞こえる。

「……夢……?」

 どこから夢なのだろうか……。 

 夢にしては、鮮明に記憶に残っている。あの女性シンガーは言っていた。『やりたいことを全部出来るのは、今だけ』と。

 自慢ではないが彼女は今のところ将来への見通しがまるでない。和菓子に携わるものとして働いているか、はたまた歌を作っているか。だから、あのシンガーの言っていたことを全て理解できてはいなかった。

 だが、今の自分がどうすべきなのかは理解できていた。

(μ'sは、やっぱりこれで終わりにしよう)

 そう心に決めている。それと同時に、

(スクールアイドルは、これで終わりじゃない)

 そうとも確信していた。

 

 

 

 その日の午後、サウザーの居城にあるいつもの広間で穂乃果はμ's、5MEN、そしてA-RISEに自らの計画を説明した。

「すっごい大きなライブをやるんだよ! 日本中のスクールアイドルをアキバに集めて、みんなで歌い踊るの! A-RISEや5MEN、μ'sが凄いんじゃなくて、『スクールアイドル』そのものが凄いってことをアピールするんだよ!」

「日本中のスクールアイドルを……」

「秋葉原に……!?」

 穂乃果の言葉には一同が息を呑んだ。

「それは現実的な話なのか……?」

 レイが尋ねる。

 そう思うのも無理はない。

 登録している『正式な』スクールアイドルだけでも文字通り星の数ほどいる。穂乃果はそれら全てを秋葉原に呼び寄せようとしているのだ。しかも自腹で。

 しかし、この穂乃果の提案にツバサが太鼓判を押した。

「スクールアイドルは売られた喧嘩は倍値で買うような連中よ。少なく見積もって八割は来るわ」

「マジか……」

「スクールアイドル思いの外血の気が多いな」

 レイと一緒に戦慄するシュウを他所にツバサは続ける。

「それに、『スクールアイドル』のライブを開くというのは対カイオウ的に考えてももっともベストな対応だわ。A-RISE、μ's、5MENで立ち向かっても勝てるか分からない。けど、『スクールアイドル』として立ち向かえば、十分すぎるほど勝算がある」

「私にはツバサさんの勝ち負けの基準がイマイチ謎だけど、このライブ自体は是非ともやりたいと思ってるの。みんなどうかな!?」

 穂乃果は問いかける。

 沈黙が流れる。

 その沈黙を、ニコがまず破った。

「過去類を見ない伝説的なライブになるわね」

 実現すれば伝説となる――。この言葉は、一同の心に深く染みわたった。

 静寂を破るように賛成の声が一斉に上がる。

「フハハハハ! この聖帝サウザーの伝説を世に知らしめる好機!」

 サウザーもウハウハである。そういう話じゃないと全員思ったが、訂正しようとしたところで面倒ごとが増えるだけだと解ったいるからとりあえず勝手にほざかせておくことにした。

 そうと決まれば善は急げ。

 一同(といっても、パソコンを扱える者だけだが)は全国のスクールアイドルたちへ招待のメールを送る準備を始めた。

 

 

 

 

 

 拝啓

 浅春の候、哀れな負け犬の下郎におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。

 さて、この度このようなメールをお送りいたしましたのは、東京秋葉原で『スクールアイドルのスクールアイドルによるスクールアイドルのためのライブ』を開催するにあたりまして、是非下郎の皆様にも参加していただきたいと思った故にございます。

 負け犬の皆様に未だスクールアイドルとしての矜恃がカス程でも残っておられるなら、是非ともご参加ください。

 かしこ(笑)

 南斗DE5MEN代表 聖帝サウザー

 

 

 

 

 

 

 

 スクールアイドルをやっている人は多少の違いはあれど、所謂ところの『お調子者』たちである。

 そんな彼女たちにこんなに大規模で面白い話を持ちかけたらどうなるか。

「すごいです! 見てこれ!」

 花陽はパソコンの画面を一同に見せた。

 そこには全国のスクールアイドルからの返信が表示されていた。中身は一言で行ってしまえば『快諾』の二文字である。返信の数は脅威の100%であった。

「あんな手紙でも参加する気になるなんて、言っては何だけど、正気とは思えないわね」

 絵里が感心と呆れを交えたため息を付く。

「正気でスクールアイドルが出来るもんですか」

「にこっちええこと言うやん?」 

 しかし、全てが快諾、と言うわけにはいかない。

 中には常識的な判断力を持ち合わせたスクールアイドルも存在しており、詳しく話を聞かないと無理だという返信もいくつか存在した。

「電話で話し合うべきなのではないでしょうか?」

「でも、直接会いに来いってメールもあるよ?」

 ことりの言う通りである。恐らく、μ'sたちの本気度を試しているのだろう。本気ならば愛に来られるはずだ……そんな謎の漢気あふれる精神構造のスクールアイドルも多く存在するのだ。

「フフ、おもしろい」

 この返信に関心を示したのはサウザーであった。

「おれは蟻の反逆も赦さぬ! 全てのスクールアイドルを将星の前に跪かせるのだ!」

「跪かせるかはさておき、会いに行くったってどうやっていくつもりなのだ?」

 シュウの指摘はもっともである。

「バイクで行けばよかろう?」

「さすがに厳しいであろう?」

 遠く日本海側の街からや、海未を挟んで四国からの返信も来ている。時間も満足に無い中、バイク移動はいささか無理があった。

 と、そこで。

「私のお金持ちの娘設定が久々に炸裂するときが来たみたいね」

「マキちゃん!」

「いくらなんでもこの人数の交通費は馬鹿にならないのでは?」

 海未の心配する声に、マキは自信ありげな髪の毛くるくるで答えた。

「口座にコツコツ貯めてたおこずかいを解放するわ」

「そんな大事な物、いいにゃ?」

「いいわよ。ぶっちゃけ欲しいものはサンタさんにお願いしてるから使うことのないお金だったし」

「すごいにゃー」 

「ただし、使える割引は全部使ってね。学割証の発行も忘れないように」

 かつて、彼女が戦闘以外でこれほどまでに頼りになったことがあっただろうか? 穂乃果にはマキが輝いて見えた。

「よーし、じゃあタイムリミットは明々後日! 本日は解散!」

 穂乃果の言葉に一同はおー! と答えた。

 

 

 

 

 

 

 数日後、目的を果たした面々はご当地のお土産と共に東京へ凱旋した。

「みんなお疲れさまー!」

 お土産の山に負けないくらい身体を大きく広げて穂乃果が一同を労った。

「どうだった!?」

「フフフ……渦潮は凄かったし、『讃岐うどん』とやらも美味しかったです!」

「旅行の感想訊いてんじゃないんだよ! 首尾はどうだったかって訊いてんの!」

「フハハハハ! 言ったであろう? おれは蟻の反逆も赦さぬのだ!」

「とにかくうまくいったんだね」

「フハハハハ! 肯定~! フハハハハ!」

 イラッとするのをグッと抑える。

 とにかく、役者は揃った。 

 あとは、舞台設営だけである。

 

つづく

 

 




次回、最終回(予定)


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 世紀末スクールアイドル伝説~さらばサウザー! さらばμ's! そして輝きの物語へ!~ 

最終回です。


 数日後。

 秋葉原の歩行者天国に数えきれないほどのスクールアイドルが集結した。全国津々浦々から集結したお調子者軍団である。

「あー、テステス、マイクテスト」

 そのスクールアイドルたちに、代表して穂乃果が拡声器で語り掛ける。

『どうも、μ'sの高坂穂乃果です! 今回は全国から来ていただき、ありがとうございます! どう見ても『スクール』じゃない面々もちらほら見えるけど、気にしません! お互い様だし!』

 群衆には『南斗五車星』や『Z』『見上げてGOLAN』のような世紀末連中も混じっており、非常に目立つ。しかし、スクールアイドルに違いはないため、快く歓迎するのだ。

『このライブは、大会と違ってスクールアイドルみんなで作るライブです! 自分たちの手でステージを作り、たくさんの人に呼びかけます。大変な準備になると思いますが、頑張っていきましょう! 何か質問ある人!』

 穂乃果がそう言うと群衆は一斉に「はいはいはい!」と手を上げた。とりあえず近くにいた者に「どうぞ!」と質問を言わせる。

「あの、いきなり下世話な話なんですけど、運営費用的な物ってどうなるんでしょうか? 交通費でもわりとカツカツなのであまり出せないんですけど……」

 喜び勇んで参加している面々ではあるが、だからと言ってお金が沸いて出るような環境にいるものはほとんどいない。現実的な問題であった。

 それに対してツバサが「心配無用よ」と回答してくれた。

『ラブライブ運営の人たちを脅……説得して、お金を出してもらうことになったわ。全員分の宿泊代もね。さすが、儲けてるわね』

 群衆から歓声と拍手が沸き上がる。

『流石はツバサさんですね! ハイ次の人!』

「南斗五車星、風のヒューイ!」

『自己紹介は良いんで用件をどうぞ!』

「我々は『スクールアイドル』としてこの行事に協力する。だが、そこで偉そうにしているサウザーはなんだ!」

 ヒューイが指し示す方ではサウザーが集まった群衆を見下すようにふんぞり返っていた。それがどうも世紀末組的に気に食わないらしい。

『いやぁ、すみません。サウザーちゃんってこういう子なんで。サウザーちゃん、ちゃんとしてよ!』

 穂乃果はそう言うが、サウザーはえらそうな姿勢を崩すことなく、そればかりか拡声器を散り出して、

『フフフ、何を勘違いしている下郎。貴様らはここに来たこの瞬間、南斗DE5MENの軍門に降ったことになるのが分からんようだなぁ?』

「なんだと!?」

 世紀末組が色めき立つ。

『ああっ、なんかめんどくさいことに!』

「穂乃果、話を進めてください!」

 キリがないので世紀末組は無視することにした。説得しなくても、同じスクールアイドルならきっとわかってくれるだろう。たぶん。おそらく。

 

 

 会場設営は恐ろしいほどのスピードで進んだ。何しろ、数えきれないほどのスクールアイドルに加え、世紀末組の率いる軍団もそれに加わっているからだ。

「スクールアイドルの手で作り上げるライブなのにそれはアリなのか?」

という疑問を全員が抱いた。しかし、それを言うなら音ノ木坂やUTXの生徒が参加するのもどうなのだという話になってくるため、早々に誰も話さなくなった。

 とにかく、高校生の域を超えた驚異の人海戦術によって会場設営が快調なため、小銭を稼ぐ余裕も出来てくる。

 ライブと言えば祭、祭と言えば屋台。 

 そう言った理屈で、幾人かが屋台を出店した。

「お米スムージーだぁ~!」

 ナウいヤングに受けそうな店舗を構えて、『Z』はシャレオツな飲み物を通りがかりの女子高生に販売する。ただし、彼らのスムージーの原料は購入したものではなくて、村々から奪ったモノである。

「コメが尽きたぜぇーっ!?」

「あそこのジジィから奪えぇ~!」

「ヒャハー!」

 偶然通りかかったミスミのじいさんは哀れ『Z』の餌食となってしまう。

「やめてくれぃ! わしはこの種もみを……この種もみを村に届けなければならないのじゃ! この種もみが実れば、毎年米が獲れるんじゃ! 今日よりも明日なんじゃ!」

「ますますその種もみをスムージーにしたくなってきたぜぇ~!」

「後生じゃ、見逃してくれぇ!」

 ミスミの必死の願いも届かず、Zは種もみをスムージーにしてしまった。

「あぁ~! 明日が……!」

「見てニコちゃん! 種もみのお爺さんが危ない!」

「あ、うん。そうね、なんであんなのがここで展開されてるのかしら……」

「Zをぶっ潰しに行こう! さぁ、ニコちゃん!」

「あぁっ、花陽! もう、しょうがないわね~!」

「過激だにゃー」

 

 

 些細なトラブルはあったものの、陽が傾き始めたころには全ての作業は完了し、明日の本番を控えるのみとなった。

『皆さんのおかげで会場は完成しました! 後は明日の本番を残すのみです!』

 穂乃果の言葉にスクールアイドルたちは期待の歓声を上げた。一日中動き回ってクタクタのはずなのに、不思議なことに体中に未だあり余るエネルギーを感じられた。

「前日に準備など、最初はどうかと思いましたけど何とかなるものですね。おや? こんなところ赤くペイントする予定ありましたっけ?」

「たぶんそれ明日にはもう少し黒っぽい色合いになってるよ」

「それより、穂乃果ちゃん……」

 ことりがそう静かに声を掛ける。

 皆まで言わずとも分かる。 

 μ'sの事である。

「……あのっ!」

 穂乃果は拡声器を使うことなく群衆に呼びかけた。夕暮れの秋葉原にその声は不思議なほどに良く響いた。

「私達は……私達μ'sは……」

 全ての視線が一斉に穂乃果へ向けられる。期待と不安、疑問の入り混じった視線。それに彼女は力強く答えた。

「このライブを以って、活動を終了することにしました――」

 しんとした沈黙が街を包む。人々にとって、穂乃果の口から発せられた言葉はあまりにも衝撃的なものだったのだ。 

 耳にした人々が頭の中で穂乃果の発言を理解すると、口々に、

「嘘……」

「解散……?」

「これからなのに……」

等々の声が聞こえてきた。

 穂乃果は、μ'sがこれほどまでみんなに惜しまれる存在であることを、この時初めて真実に心から理解した。

「色々な人が、μ'sはスクールアイドルの発展に必要だと言ってくれました。それはとても嬉しいことです。でも、私はそんなことは無いと思います。スクールアイドルがここまで大きくなったのは、ここに集まってくれた皆さんがいたからだと思うんです。μ'sがそんなスクールアイドルの一つであった事を、誇らしく思います」 

 嗚咽が聞こえる。

 喜びとも違う、不思議な感覚が彼女の鼻をつんとさせた。

 そんな感極まる穂乃果を押しのけて、拡声器を手にしたサウザーが高らかに笑い出した。

「フハハハハ! なんかμ'sは解散するそうだけど、5MENは~……」

 無意味に溜める。

「解散しません! フフッ……フハッハハハ!」

 突然の宣言に群衆はポカンとしてしまったが、耳にした人々が頭の中で穂乃果の発言を理解すると、口々に、

「そう……」

「解散しないんだ……」

「割とどうでもいい……」

等々の声が聞こえてきた。

「サウザーちゃん……」

「見ろ高坂穂乃果。5MEN存続の感動に下郎どもが打ち震えておるわ」

「……まぁ、サウザーちゃんが楽しいならいいよ。良かったね」

「うん! フフフ……そう言うわけだから、明日の血肉沸き躍るライブに備えてさっさと帰って寝るのだな!」

 結局、この日はサウザーが締めて解散となった。

 

 

 翌日。

 唯一心配されていた天気も快晴で、春の日差しが気持ちのいい日であった。

 絶好のライブ日和である。

「おはよう!」

 かつてないほどの速度でベッドから飛びだし、これまたかつてないほどの速度で朝の支度を終えた穂乃果は家の前へやってきた海未とことりに元気よく挨拶した。

「今日は寝坊しませんでしたね」

「当然!」

「ついにこの日だねぇ」

 ことりがしみじみと言う。

 当日になって急に悲しくなったりしないだろうかと心配したものの、いらぬ心配だった。彼女たちの心は空同様に雲一つない。晴れ渡っている。

「よーし、じゃあ行こう!」

 

 昨日のしんみりはどこへやら、μ'sも、A-RISEも、そして当然5MENも、その他のスクールアイドルたちも、皆ワイワイと賑やかに最後の支度をしている。

 ことりのデザインした衣装はA-RISEのコネにより短時間で大量に用意することが出来た。

「男には聖帝軍謹製のタンクトップを進呈してあげちゃう所存」

「むう、サウザーよ、折角なんだからもう少しましな衣装は用意できなかったのか」

「ほう……シュウ様はもしかしてこのタンクトップが嫌になったのか?」

「嫌になったも何も好きになったことなぞないが?」

「フハハハハーっ!」

 

 昼前には参加者全員の準備が整い、ステージである秋葉原の路上に集結した。

 そこには未来のスクールアイドルである雪穂や亜里沙、μ'sやA-RISEを支えてくれた人々、聖帝軍の兵士たちも含まれる。

 数多のスクールアイドルと、彼女たち&彼たちがこれから披露する世紀のライブを一目見ようと駆け付けた数多の観客によって秋葉原は熱気……心地よい、心躍る熱気に包まれていた。

 そんな群衆が今、一つの光――死兆星ではない――となって輝かんとしている。

 始まりの音頭を取るのは穂乃果であった。

「よし、いこう! スクールアイドル、ミュージック――」

「スタートッ! フハハハハ!」

「あぁっ、私の台詞! てか音楽始まったしくそっ!」

 明るく愉快な前奏が流れ出すと、キャストもゲストも一斉に顔を笑顔にして、リズムを刻み始めた。サウザーに台詞を奪われた穂乃果も瞬く間に満面の笑顔を浮かべた。さすがである。

 音楽は秋葉原に朗々と響き渡り、満ち、それに乗った歌声は驚くほどの調和して響いた。スクールアイドルたちの踊りも、これといった打ち合わせをしていないにもかかわらず不思議と一体感を感じるものであった。

 

「このような中でも俺が最も強く、そして美しい!」

「ユダ、自画自賛していないで歌に集中しろ!」

 このような時でもギスギスと楽しく話すのが世紀末勢である。

「フンッ、シンこそ踊りのテンポが悪いのではないか?」

「なっ、貴様……んは!?」

 ユダに突っかかっていたシンだったが、突如として悲鳴を上げ、腰を抜かしビターン! と座りこんでしまった。

「ど、どうしたのだシン!?」

 シュウが心配げに声を掛ける。しかし、シンは答えることなく、ただ一点を見つめるだけであった。

 その視線の先にあるもの。

 

「こんなにすごいライブは初めてだぜ! なぁケン!」

「……みかん!」

「表現が独特過ぎて分からないぜケン!」

「きっと感動してるのよ!」

「……みかん!」

「みかん好きアピールは時代を先取りしすぎてるぜ!」

 

「け、ケンシロウ……」

「む? あぁ、どうやら我々のライブを観に来てくれたようだな」

「ケン……」

 観客の中に――ケンが――。

 ――――いた。

 

「なんか後ろで恋の波動を感じるんだけど」

「穂乃果、歌に集中してください」

「わかってるよ! かーなえるのは―――ん?」

 楽しいライブであったが、歌声は遠方から迫りくる『気』を一同が感じ取ったためかだんだん弱くなっていった。

 迫りくる『気』……そう、ついに奴が来たのだ。

「来たわね……カイオウ」

 ツバサが息を呑む。

 重く響く蹄の音とともに、どす黒い魔闘気を噴出させながらカイオウが近づいてくる。 

 巨大な『影』のようにも見える魔闘気は、道路沿いの観客たちを飲むこんでいく。魔闘気に呑まれた観客たちは耐性のあるもの以外全員が次々に気絶していった。アレに耐えられるのは、スクールアイドルかそれに準ずる存在の者だけであろう。

「ぶはあぁ~!」

 一々息を吐くだけでうるさい。伊達に第一の羅将ではない。

「フフ……よく来たなカイオウとやら。わざわざこの国まで来るとは……さては5MENの大ファンだな?」

「ちょっとサウザーちゃん、無意味に挑発しないで?」

「カイオウ、わざわざ海を渡ってここに来た理由は何?」 

 ツバサがカイオウを問いただす。

「知れたことを……この世から剝空琉愛弗(スクールアイドル)を滅殺するためよ!」

「あなたにスクールアイドルを滅ぼすことは不可能よ!」

「たわけたことを~っ!」

 カイオウの鎧の隙間から吹き出した魔闘気は蛇のようにうねり、スクールアイドルを何人か吹き飛ばした。

 その光景にざわめきが起こる。が、それをサウザーは一笑に伏した。

「その『魔闘気』とやらが幾ら便利でも、この聖帝に通じはせぬわ!」

「コイツ、修羅の国でコテンパンにされたこと忘れてそうね」

 絵里が呟く。

「貴様らなぞ、俺の『羅威舞』で粉微塵にしてくれようぞ!」

 言うやカイオウは「ぬはぁ~」とポーズを取り始めた。

 カイオウとのライブバトル……修羅の国での苦い記憶がよみがえる。

 魔闘気を使った究極のゼロGパフォーマンス……圧倒的な力の前にμ'sと5MENは屈するのみであった。

 だが、今度はμ'sと5MENだけではない。数えきれないほどの仲間たちが共に戦ってくれる。サウザーは仲間だと思ってなぞいないが。

「ミュージック……スタート!」

 穂乃果が声を上げた。 

 スピーカーから音楽が流れ出す。 

 この日のため……カイオウの魔の手からスクールアイドルを守り抜く為の必殺の歌。

 悪には正義、闇には光……太陽の歌、『SUNNY DAY SONG』だ。

 テーレテッテーレテッテッテー↑

 テーレテッテーレテッテッテー↑

「ぬぅ~」

 明るい曲調に明るい歌詞。それはカイオウの神経を大いに逆なでした。

「ふざけた曲を! しかし、魔闘気の前では無力!」

 カイオウは掌を構え、膨大な魔闘気をスクールアイドルたちに向けて放つ。

南無(フーム)!」

 次の瞬間、スクールアイドル達は無重力の状態へと陥った! 暗琉天破である!

 本来は有効範囲の狭いはずの暗琉天破が数百人もの人々を飲みこむほどの規模になっているのは、ひとえにカイオウがスクールアイドルへ抱く憎しみの力(ゆえ)である。

 カイオウが何故スクールアイドルをこれほど憎むのか――その答えは読者の皆様の想像にお任せしよう。

 それはそれとして、暗琉天破に飲み込まれたが最期、そこから繋がる暗琉霏破を受けることによって全員が吹き飛ばされてしまうだろう。

 暗琉天破からの暗琉霏破はカイオウの必勝コンボであった。

 が、しかし。

「なっ!?」

 なんと、暗琉天破を受けたスクールアイドル達は自らの身体をグルグルと回転させ始めたのだ。

 腹の中心部分よりやや上を軸として回転することで、足元へ遠心力を発生させ重力を発生させているのだ!

「さにでいそん! さにでいそん!」

 歌いながら高速回転する数百のスクールアイドル達!

「これが暗琉天破破りの奥義、『末っ子ローリング』よ!」

「『末っ子ローリング』だと!?」

 ツバサの言葉に呻き声を上げる。

「さにでいそん!」

 回転するスクールアイドルから放たれた気がカイオウを襲う。数の暴力とでもいうべき気の波に、さすがのカイオウも吹っ飛ばされた。

「ぬはぁ!」

 スクールアイドル達は暗琉天破から解放され、地に足をつけることが出来た。

「穂乃果ちゃんやったにゃー!」

「うぬぬほ……穂乃果ちゃんの力だと言うのか……!?」

「違います。これは私たち全員の……スクールアイドルそのものの力です!」

「スクールアイドルそのものの力だと!?」

「そして貴様にトドメを刺すのはこの将星の力だ! とあっ!」

 歌い踊るスクールアイドルの群れの中からサウザーが南斗特有の跳躍で飛びだす。そして、風船でデコレーションされたゲートの頂点に着地すると両手を広げ、鳳凰が如き姿勢を取った。

「本当はお前なんか大したことないけど、特別にこの技をくれてやろう! ダブルピース!」

 先ほどまでの青天から一変、空には厚い雲がかかり、雷鳴がとどろき始めた。

 南斗鳳凰拳奥義 天翔十字鳳!

「ほざけ! わはぁ~!」

「とうっ!」

 カイオウは魔闘気を放つ。だが、サウザーは跳躍によってそれを躱す。そして、そのまま宙で身体を翻すとカイオウの懐に飛び込み、そして身に纏う鎧を引き裂いた!

「ばわはぁ~っ!」

「フハハハハ! 北斗琉拳恐れるに……フハハ!」

 しかし、カイオウは重い鎧を着ている。そしてその鎧は単なる防御用ではない。溢れる魔闘気を無理やり抑え込むための拘束具なのだ。

 鎧が外れた瞬間、秋葉原に魔闘気が一気に解放される!。

 が、である!

「ラストスパート、いくよっ!」

 曲はいよいよラストへ近づき盛り上がりは最大になっていた。

 説明しよう。

 スクールアイドルはパフォーマンス中、わずかながらに『闘気』のようなものを発している。その気は曲が盛り上がるにつれてだんだん強くなっていく。

 普通にパフォーマンスしているだけでも気が発生する。

 ともなれば、このような状況で最大の盛り上がりを見せた時、スクールアイドル一人当たりの闘気は絶大なものとなる。

 それが、実に数百人分!

「ばっ、馬鹿な!?」

 カイオウの魔闘気を押さえ込むことも出来るのだ!

「こっちはサウザーちゃんの相手しててカイオウさんみたいなめんどくさいタイプには馴れてるんだよ!」

「むはぁ、なんだと!」

「スクールアイドルの力、受けてみてください」

 海未はラブアロー☆シュートの構えを取った。

 彼女の構える闘気の矢……修羅の国で弾かれたものとは比べ物にならない、ここにいるスクールアイドル全員分の闘気が集束されているのだ!

「ラブアロー☆シュート!」

 放たれた闘気の矢は太陽が乗り移ったかのようなまばゆい光をばらまきながら直進する。そして。

「ぐほぉあああああああああああ!」

 カイオウに命中した。

 爆発的な闘気の矢を受けたカイオウは魔闘気と共に派手に吹き飛ばされ、近くのビルに突っ込んでしまった。そして、瓦礫の山に飲み込まれ――動かなくなった。

 打って変わって静寂が秋葉原を包む。

 それを破るのは、サウザーの高らかな声であった。

「――敵は全て、下郎!」

 大歓声が、街中に飽和した。

 

 

 

 

 

 

 スクールアイドル達の前に倒されたカイオウはおっつけやって来たヒョウに回収され、修羅の国へと帰っていった。結局なんでスクールアイドル滅亡にお熱だったのかは分からなかったが、そんなことどうでもよかった。

 この歴史的なライブは全国に放送され、大反響を受けた。

 スクールアイドルと言う存在が、またひとつ、大きな羽ばたきを見せたのだ。

 その中心にあったμ'sは、それと同時に解散し、ラブライブの舞台から消えた。 

 彼女たちが望む望まない関係なく、その存在はスクールアイドルやラブライブにかかわる人々の間で長く語り継がれることだろう。

 μ'sは、伝説となった。

 その伝説は、新しい世代の物語へと続いていく。

 そして、5MEN……サウザーは――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジョニーのバーと言えば、音ノ木坂学院の近くにあるバーで、オトノキ生や世紀末野郎でいつも賑やかな店だ。酒と言ってメチルアルコールを提供するときもあるが、人気の店である。

 そんな店のカウンター席で海未とことりは並んで座っていた。

 かつて九人で来た時、彼女たちの前にあった飲み物はジュースやお茶であったが、今はアルコール入りの飲み物が置かれている。

「ここに来るのも久しぶりですね」

「前は穂乃果ちゃんも一緒だったよね」

 穂乃果は今日本にいない。

 それどころか正確にはどこにいるのかも分からない。携帯電話は持ち歩いているはずだが、インターネットに繋がらない場所にすらいることがあるらしく、中々会話できない。

 そんな彼女が少なくとも生きて元気にやっていることを知らせるのが高坂家と海未の元へ届けられる手紙であった。海未への手紙は日本を発つ前日、心配性の海未が口酸っぱく書くように言っていたもので、定期的に送られてくる。

 定期的に送られてくる手紙を、海未の家でことりと二人で読んだものだ。

「ことりはこれを読むのは久々ですね」

 ことりは二年ほど仕事で日本を離れていて、一昨日帰国したばかりなのだ。

 二年会っていなかっただけの幼馴染が海未には大変大人びて見えた。

「うん。ちゃんと元気してるの?」

「はい。相変わらずです」

 海未は手紙を広げた。

 

 拝啓、園田海未様。

 これが着くころには日本は春かな? 今いる場所はずっと冬だから季節感が狂いそうだよ。

 いろんな国を回ってきたけど、今いるサヴァっていう国は今の王様の跡継ぎ三人が喧嘩してたんだけど、私が歌って、ケンシロウさんが物理的に説得したら仲直りしてくれてよかったよ。

 今度はブランカという国に行きます。『羊の民の国』というくらい穏やかな国らしいから、楽しみ。

 日本に帰った時は連絡するから、一緒にご飯でも食べようね。他のみんなも誘って! できるだけそっちの都合に合わせるようにはするから。

 また会える日を楽しみに待ってます。ことりちゃんにもよろしく伝えてね。

 高坂穂乃果

 

 手紙には数枚の風景写真と彼女自身を写した写真が添えられていた。旅に同行しているリュウという子が撮ったのだろう。短く髷を結っていた髪はすっかり伸び、より大人っぽい顔立ちへと成長していた。それでも、元来の悪戯っぽい瞳は変わらぬ輝きを持っている。

「ほんと、相変わらずだねぇ」

「ですね。まぁ、まるで変ってしまうよりずっといいですけど」

「そうだね。変わらないと言えば、サウザーちゃんも相変わらずなの?」

「あぁ、サウザーですか。近所で例の悪趣味バイクを乗り回しているのをよく見かけたんですけど、最近は見ませんね。シュウ様の話では、しばらく遠出をしているとか」

「旅行かな?」

「第二聖帝十字陵を造るとかなんとからしいです。なんでしょうね、聖帝十字陵って」

「さぁ……。どこにいるのかなぁ? 知ってどうするわけでもないけど」

「ああ、それならシュウ様から聞いてます。確か――」

 飲み物で口を潤しながら、海未はやや思考して続ける。

「――静岡だったような」

 

 

 

 

 

 

 

 

「第二聖帝十字陵は海が見える場所がよろしいとのことでしたので、ここなどよろしいかと」

「フフフ、大した田舎だ。この分だとあり余る土地で第十聖帝十字陵まで造れそうだな」

 眼前に広がる青い太平洋は関東で見るそれとは違った輝きを持っていた。

 音ノ木坂学院の十字陵が使えなくなって数年経つ。いい加減お師さんをおさめる新しい十字陵が欲しいところであった。

 ずっと山暮らしであったろうから海の見えるところに……サウザーなりのお師さんへ対する心配りである。

「しかし聖帝様、このような田舎では労働力の確保に難儀致すのでは」

「フン、案ずることは無い。見ろ!」

 サウザーは遠く見える岬のほうを指さした。

 岬のてっぺんにはなにやら学校らしきものが見える。

「中々の規模! 労働力はあそこのガキを使えばよいわ!」

「しかし、アレは確か高校、それも女子校だったような気が」

「なに、女子校だと? ではスクールアイドルがいるのか?」

「いえ、そこまでは存じませぬ」

 ブルの言葉を受けてサウザーは突如「フハハハハ!」と笑い声を上げた。

「面白い! 田舎の芋娘どもにシティボーイなアイドルの力を見せつけてやるわ! ゆくぞブル!」

「おぉ、聖帝様、お待ちください!」

 

 学校はその日、ちょうど入学式であった。 

 校門には少ない新入生をどうにか引き込もうとする部活による勧誘合戦が繰り広げられていた。

 全員が新入生を引っ張ることに夢中で、不法侵入してきたサウザーとブルの存在に気が付かない。

「フハッ……哀れなり田舎娘! 同じ学校の部活同士で争うとは……愚かフハハハ!」

「南斗聖拳も人の事を言えない気が……むむ、聖帝様、アレをご覧ください」

「む!?」

 ブルが示した方向。そこにはお立ち台の上で喚く少女とチラシを配る少女の姿があった。彼女たちも新入生獲得に必死の様子だ。しかし、サウザーが興味を示したのはその内容である。

「スクールアイドル部でーす! 春から始まる、スクールアイドル部ゥー!」

「よろしくお願いしまーす」

「スクールアイドル始めませんかァーッ!? 今大人気のォー!」

「お願いしまーす! ……はぁ、千歌ちゃーん、新入生全然興味示してくれないよ」

「おっかしいなー」

 かなり苦戦している様子だ。

 そのような光景を見ると、いらぬ節介(別名・邪魔)をしたくなるのが聖帝サウザーという男である。

「行くぞブル! 田舎者にこの聖帝のアイドル力とプロデュース力を見せつけるのだ!」

 サウザーは二人の少女へ向かって歩きだした。

「フハハハー! お困りの下郎!」

「うわっ!? なに!? 曜ちゃんの知り合い!?」

「し、知らないよこんな人! ……あの、どちら様で……?」

 恐る恐る尋ねる少女に、サウザーは高笑いと共に自己紹介した。

「南斗DE5MENリーダー、世紀末ナンバーワンアイドルの……サウザーですっ!」

 

 伝説は終わり、輝きたい下郎と聖帝の紡ぐ新しい物語が、始まろうとしていた。

 

 

サウザー!~School Idol Project~ 完

 

 




 長きにわたりお付き合いいただき、ありがとうございました。怒られそうな内容の小説でありながら多くの下郎に読んでいただき、嬉しく思います。
 『ラブライブ』と『北斗の拳イチゴ味』のクロスオーバーは誰しも一度は考えたことがあると思います。そんな中で少なくともハーメルンでは最初の一人になることが出来たこと、光栄の極みです。これを書き始めた当初はそれほどでもなかったのですが、だんだん5MENがガチアイドルになっていくのは実に奇妙で楽しかったです。イチゴ味がアイドル漫画になることを見抜いた私の先見の明には我ながら惚れ惚れします。まぁ偶然なんですけど。
 さて、最終話のラストはサンシャインへとつながる感じとなりました。
 が、サンシャインはやりません。
 理由は三つあって、
 一つはそもそもサンシャインのアニメが終わっていない事。
 二つは似たような展開の繰り返しになる可能性が高い事。
 三つは単純に疲れたという事。
 主たる理由は最後です。
 これ書いてて楽しかったですけど疲れました。書いててこんなにエネルギーを使う小説は初めてです。妹氏も作者紹介でサウザー漬けの恐ろしさを語っていましたが、文字でも変わりません。書いてて胸やけ起こします。
 ただ、私としてはサンシャイン編普通に読みたいので、誰かに書いてほしいです。マジで。
「イチゴ味とラブライブのクロス、書きたいけど乾のアホがもう書いてるしな~」という人がいるなら気にせず書いてください。マジで。
 とにかく、無事? 完結できておかったです。
 もう更新することは無いので、お気に入り整理の際は外していただいて大丈夫です。
 では最後に、ラブライブ、北斗の拳本編、北斗の拳イチゴ味、各作品考察サイト、各種資料、関わっている全ての方々へお礼の言葉とさせていただきます。
 本当にありがとうございました。


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