装甲少女隊、北へ CODE1940 (ボストーク)
しおりを挟む

第01話 ”プロローグ1940 西住みほ中尉の場合”

唐突に始まった【ガルパン×ゲート・シリーズ】の第二弾……
ホント、いきなりですみません。

そのスタートはプロローグであり、同時に”この世界”のみほにしては大人しく静かな滑り出しです(^^

ちなみに後書き設定資料も健在だったりして。


 

 

 

西暦1940年、皇紀2600年、あるいは昭和15年……

様々な書物でこのような三通りのいずれか表記がされるこの年、様々なイベントがおきた。

 

例えば、遣イタリカ師団の第6戦車中隊の面々が配置転換で『特地』、『門』の向こう側から大日本帝国本国に帰国したのは、帝都に桜の花咲く1940年4月のことだった。

帰ってくる前にもソ連とフィンランドとの間で国境紛争が勃発、1939年11月30日から1940年3月13日までの戦闘が続いた。

その戦闘期間から【冬戦争】と呼ばれたその戦争の開戦も停戦も、みほ達はイタリカで聞いた。

 

さて、「大洗女子」の出身者達が五体満足に本国へ戻ってきた直後に、再び欧州で大きな動きがあった。

かねてからアーダベルト・ヒットラー総統の退陣を求めていた英仏に対し、ドイツ……正確には”ナチス第三帝国(Drittes Reich)”は武力によってそれに応えた。

そう、欧州西部への武力侵攻の開始……ドイツは中立国であったデンマークとノルウェーに突如侵攻し占領したのだ。

 

翌月の5月10日ベルギーやオランダ、ルクセンブルクのベネルクス三国に侵攻して占領。

 

だが、ドイツの猛攻と快進撃は止まらず、難攻不落と思われていた巨大地下要塞型防衛線”マジノ線”を迂回し、侵攻不可能と言われていたアルデンヌ地方の深い森をあっさり突破した。

フランス政府は6月10日にパリの放棄を決定し、無防備都市化。

そしてイギリスは自国の兵士を欧州大陸から脱出させるためにダンケルクから大脱走させねばならなくなった。いわゆる”ダイナモ作戦”である。

そして同年7月、ドイツの要請によりフランス降伏後、イタリアはかねてよりイギリスに宣戦布告することになる。

 

実はこの時、ドイツは小さな綻びを生んでいた。

そう、戦力としては未知数のヘタリ……失礼。イタリアにイギリスへの宣戦布告を要請してしまったことだ。

そう、彼らは未だ”日英同盟”が機能していることを失念していたとしか思えなかった。

 

 

 

***

 

 

 

前作【祝☆劇場版公開記念! ガルパンにゲート成分を混ぜて『門』の開通を100年以上早めてみた】の中で何度か言及しているが……

 

”この世界”の日本は、1905年(明治38年)9月5日、ポーツマス条約に反対する市民が集結する日比谷公園に突如開いた異界の入り口……『(ゲート)』により国家の命運を思い切り捻じ曲げられた。

 

『門』外勢力、後に『特地』と呼ばれる世界からやってきた謎の軍勢により、市民は無残に大量虐殺され、日比谷公園を中心に帝都の一部を占拠されてしまったのだ。

いわゆる【日比谷『門』異変】だ。

 

しかし、日露戦争で疲弊しまた主力と呼ばれる部隊が外地におり、更には今とは比べものにならぬくらいに貧弱な装備しか持たぬ当時の日本軍は組織的で効果的な対処は出来ず、次々と『門』から送り込まれる敵の増援を食い止めるのが精一杯だった。

 

結果として、日本は帝都奪還の戦力をかき集めるために大陸と半島からの全面撤退を決定したのだ。

 

あれだけ日清/日露戦争とあれだけ苦労して手に入れた大陸権益だったのに、日本流された血とかけた金をご破算にせねばならないほど切羽詰っていた。

天皇陛下がおわしますべき場所”帝都”が占領される……陛下に危険だという理由で吹上御所にご避難いただいたということが、どれほどの国辱であるのか……

とはいえせっかくの大陸の権益。ついこの間まで戦争やってたというか……条約締結手続きやってる最中のロシアに渡したら、それこそ何の為の日露戦争なのかわからなくなってしまう。

そのため、日本は泣く泣く自分が持っていた大陸権益を『委任統治』という形でアメリカに委譲することになる。

 

無論、無料で手渡すわけにも行かないので日露戦争で負った英国からの借金の肩代わりとその後の大陸への市場参入権とその際の税的優遇、またアメリカとの通商関連の譲歩という代償を求めた。

 

はっきり言おう。そんなものは大国アメリカにとっては”はした金”であり、その程度の出費で大陸権益が手に入るなら、安い物どころかまさに「棚から牡丹餅」だった。

そもそもアメリカがわざわざ日露戦争の仲介役なんて面倒な役回りを買って出たのは、大陸の権益が欲しかったからだ。

 

それが僅かな出費で苦もなく日本から勝手に転がり込んできたのだから万々歳もいいところだろう。当時の日本首脳部の忸怩たる思いとは裏腹に、急速に対日感情が良好化するのは当然だろう。

無論、こんな情況で有らばこそ1910年の日韓併合なんて話は誰も考えすら及ばず、李氏朝鮮なんて隣国があったことは、日本人の誰もが忘れていった。

 

 

 

他にも第一世界大戦やら関東大震災やら、何回もの海軍軍縮条約やら、1924年の『日米砲弾/弾薬相互換協定』やら大きな流れはあるのだが……

ともかく、こんな歴史的背景(バックボーン)があり、1940年現在の日本は日英同盟を未だ堅持しつつ、更には”日米同盟”なるものまで組む流れになっていた。

 

更に言えば、日英同盟/日米同盟共に軍事同盟の性質を持つが、実は同盟内容がかなり違う。

 

日英同盟→どちらかの国が「二つ以上の国から宣戦布告されない以上、片方は中立以上の責務を負わない」とする”片務的同盟”

 

日米同盟→「どちらかの国の領土が攻撃を受けた場合、自動的に味方陣営となり共同して対処にあたるり、どちらかの国が宣戦布告を一国からでも受けた場合、自動的に参戦」となる攻撃的な”双務的同盟”

 

締結された時代も違うし、アメリカは中立法があったりで色々理由はあるのだが……英米の認識の違いが透けて見えるような気がするのが面白い。

 

 

 

***

 

 

 

話を1940年に戻すが……

パリの陥落は残念だが、イギリスの待ち望んだイタリアの参戦により、日本はついに対独/対伊戦に参戦が決定してしまったのだ。

先ほどの同盟を補足するならば、日英同盟は「どちらかが1ヶ国に宣戦布告された場合は中立以上の義務は負わない」が、「二ヶ国以上に宣戦布告された場合は無条件で参戦」となる同盟なのだ。

 

そしてこの展開を「出来ればやめて欲しかったんだが……」という諦めに似た心境でありながら読んでいた日本は、イタリアの英仏への宣戦布告の即日付けて既に出港準備を終えて待機させていた【遣英艦隊】を出向させる。

それは巡洋戦艦2隻(金剛、榛名)+空母2隻(天城、土佐)を中核とする戦闘艦総数36隻の中々の規模の艦隊で、赤城と加賀が近代化改修で入渠していた日本が機動的に運用できる艦隊戦力の大半と言ってよかった。

基本、『特地』の戦いにはお呼びでない海軍の気合の入れ方がわかるというものだ。

 

蛇足ながらこの時点での日本の海軍力は、戦艦×2/航空戦艦×2/巡洋戦艦×4/正規空母×6でしかない。不幸姉妹戦艦はとっくに退役&解体されていて、大和型は未だ試案すらできていない。今のところ海軍が建造しているのは大物は翔鶴型空母2隻で、後は古い船の代替である巡洋艦や駆逐艦ばかりだ。

つい最近、金剛型の代替となる”新型巡洋戦艦”の建造予算が承認されたばかりだが、これも前線に登場するのはかなり先だと思われている。

 

ともかく前作の冒頭で西住みほが言っていた、

 

『だったらそのうち(日本は)巻き込まれるかもね。ポーランド救援の動きはないとは言っても、英仏は第三帝国に宣戦布告してるわけだし』

 

が形を変えて当たってしまったわけだ。

もっとも列強の一角に数えられるフランスが、こうもあっさり負けるとは誰も予想しなかったかもしれないが……

 

そして6月22日、フランスはついに事実上の降伏をする。

フランスの現政権は解体され首班であったジャンポール・レノーやアルベール・ルフランはカサブランカに逃亡中に事故死、親独中立を掲げるフィリポネソス・ペタンを首相とするヴィシー政権が立った。

 

 

 

***

 

 

 

(フランスの陥落に関しては、陸軍でもショックを受けてた人、けっこういたなー)

 

戦車徽章と真新しい”陸軍中尉”の階級章を付けた少女、”西住みほ”はメンテナンスのためバラバラにした自動拳銃の部品一つ一つを確かめながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

 

無理はないと言えば無理はない。

第一次世界大戦の勝者であるフランスは兵器大国と見られていた。

現代日本人から見ると少し違和感があるかもしれないかもしれないが……特に日本陸軍人はその傾向が強く「戦車を開発したのがイギリスで、戦車を発展させたのがフランス」という見方が強い。

例えば今や当たり前になってる戦車の全周旋回砲塔だが、世界最初にそれを実用化して搭載したのは”ルノーFT17軽戦車”だし、”ルノー(シャール)B1重戦車”は「多砲搭載の重戦車の一つの到達点」と評された。”ソミュアS35中戦車”は鋳造工法を砲塔に取り入れたり自動消火装置を装備していたりと近代的構造が自慢だった。

言うまでもなくこの三つは仏製で、世代は違うがどれも日本に結構な数が輸入され、実戦部隊への配備のみならず各種実験や評価試験にも投入され、大きな影響を日本戦車に与えていた。

だからイギリス同様にフランスの血統……設計思想の影響を色濃く受けている日本陸軍戦車関係者は大騒ぎになるわけだ。

 

他にも大砲の多くがフランス製のそれを原型にしているなんてのはよく聞く話だ。

 

「まあでも、フランスは戦車作りは上手くても集中運用や機動運用って戦術面の発想はなかったから……」

 

みほの見立てだと、フランスの陸戦での敗北は戦車の性能差ではなく、戦車を用いた戦術の差だ。

実際、性能ならむしろフランス側に軍配が上がるとする研究者は多いのだ。

しかし、フランスはドイツの機甲師団に対し「難攻不落のマジノ線なら押さえられる、木々生い茂るアルデンヌの森は抜けられない」と思い込んでいた。

しかし、ドイツは「マジノ線が強固なら迂回すればいい。戦車には装甲や大砲だけじゃない。足の速さがある。森の中たって戦車が抜けられる隙間くらいあんだろ?」と考えた。

 

「結局、フランスは戦車や大砲はいいものが作れても、それはあくまで『工業品としての上出来さ』であって、その兵器の戦場で用いた場合の真価や性質を見抜いていなかった……それを見抜き、積極的に用いたのが旧敗戦国で性能でも数でも劣る戦車しか持つことができなかったドイツ……歴史の皮肉を感じるよ。それともここは、『持たないからこそ頭で、発想の転換とよく練り上げられた機甲戦術で大勝』したドイツを褒め称えるべきなのかな?」

 

実際、みほだけでなく「戦車を実際に運用する側」の軍人は皆、今回のドイツの戦術に非常に注目し、あらん限りの資料を集めて熱心に研究した。

 

イタリカの一連の戦いの功績が認められ、直属の上司である杏……角谷中尉をはじめ、兄やその上の階級の多くの装甲将校の推薦もあり、中尉に昇進(他にも昇進したものは中隊でも多くいるが)したみほの手元にも、そのフランスを巡る戦いを示した資料は既にいくつも回ってきており、彼女は紙がぼろぼろになるまで何度も何度も熟読していた。

 

実際、その書類は今も前任者から他の備品共々譲り受けた机の上においてある。

その傍らには、デスノー……もとい。”みほ☆のーと”と可愛らしい丸文字で書かれ、ついでに”ボコボコにされた熊のぬいぐるみ”のイラストまでおごられた大学ノートが、まるで対であるかのように鎮座している。

もっとも可愛い表紙に対して中身はみほが「フランス侵攻戦の報告書とその機甲戦」の報告書を読みながら思いついたことや、自分なりの解釈あるいは考察を書き込んだメモでありかなりえげつない。

その散文形式で書かれたそれらをきっちり論文でまとめれば、それこそ”機甲戦術の指南書”になりそうなそれは、もしかしたらこれから彼女と対峙する敵にとって文字通りの『死を呼ぶ帳面(デスノート)』になりかねないが……

 

 

 

***

 

 

 

”シャコン”

 

みほはバラバラの状態から慣れた手つきで再び組み上げられた自動拳銃……米コルト社製のM1911A1自動拳銃、通称【コルト・ガヴァメント】のスライドを引っ張り、フレームとのかみ合わせの確認をしていた。

 

そう、もしかしたらお気づきの皆様もいらっしゃるかもしれないが……このガヴァメント、実は前作の最後の戦い【敵司令部要員包囲戦】において敵司令官、”帝国”貴族【ヘルム・フレ・マイオ子爵】から奪った戦利品なのである。

 

しかし、この拳銃には少々胡散臭いものがあった。

みほは先ずガヴァメントの本来の持ち主……は敵将が持ってた以上は死んでるだろうから、せめて形見として遺族に返そうとした。

なんせ国内ではまだまだ高額で取引されてる輸入品なわけだし。

しかし……

 

『あれ? 製造番号が……ない?』

 

そう形をよく似せた密造銃とかではなく、刻印から何から全て純正品であるにも関わらず、銃の個体を示す製造番号だけが綺麗に削られていた。

わざわざ”帝国”側の人間がそんな面倒する理由もないし、何より消し跡から見てヤスリの手作業でなくマイクロ・グラインダーかなんかで削られたものだ。

なら”帝国”側に渡る以前、本来の持ち主が所有してた頃からそうだったと考えるべきであろう。

そうする理由は、

 

『出元や持ち主を特定されたくない……だろうな』

 

他に理由が思いつかなかった。

そういうわけで、今は戦利品としてみほの手元にあった。

ただ、ガンマニアのケがあるみほ所有となった以上は、

 

「うんうん。パーツの合いもいいみたい♪」

 

オリジナルのままというわけでは当然なく、かなりの改造が施されている。

素早い照準が出来て見やすい3ドット・タイプのフィクスド・フロント&リア・サイトや手の小さなみほが扱い易いように延長されて滑り止めに形状も変えられたスライド・リリース・レバーにセイフティ・レバー、それにマガジンキャッチ・ボタンの導入。より扱い易い形状の物に交換されたハンマーや3ホール・タイプの指がかかり易く引き易いアルミ製のワイド・トリガー、そして彼女の手にぴたりとフィットするように削りこまれたオリジナルの木製グリップまではお約束だ。

更に今回は新作部品、弾倉(マガジン)の挿入をしやすくするガイド”ワイド・マガジンウェル”も装着してみた。

無論、全ては銃本隊と同じ”艶消し加工の黒色《マットフィニッシュ・ブラック》”で色を統一させていた。

これらの部品全てがオーダー品で、「まるで最初からそういう拳銃だったか」のような統一感のある見栄えから、西住家御用達の鉄砲職人(ガンスミス)がいかにいい仕事をしたかを物語っていた。

みほには「ドワーフに似た印象のオッサンが、いい笑顔でサムズアップ」してる姿が目に見えるような気がした。

 

 

 

「さてと……」

 

みほは改造ガヴァメント、仮称”ガヴァメント・みほスペシャル”をこれまたフルオーダーで作らせたショルダーホルスターに入れ、椅子から立ち上がると拳銃を二つの予備弾倉と一緒にホルスターごとあまり肉付きの良くない細い身体に巻きつける。

実は注文していた部品が届いたのはもう二週間も前だったのだが、忙しく中々組み込んで調整する時間が取れなかった。

少ない自由時間をやりくりして、どうにか”みほスペシャル”を組み上げたのだ。

これから早速、楽しみにしていた試し撃ちを洒落込もうと思っていたのだが……

 

”Knock Knock”

 

唐突に扉がノックされた。

みほは顔を顰めそうになるのを努力して抑える。

 

「はい。空いてますよ」

 

(お楽しみの前に邪魔が入るのは、もしかして神の摂理かなんかなのかな?)

 

お約束過ぎる展開に小さく溜息を突いて、入室を促した。

 

「失礼します」

 

入室し敬礼したのは伍長の階級章をつけた見慣れない……いや顔を見た気はなんとなくするが、名前は覚えてない少女だった。

 

「西住中尉殿、”校長先生”がお呼びです。【一式中戦車】の改善点でお話があると」

 

「わかったわ。今行く」

 

みほはホルスターの上から上着を纏い、伍長に先導されて部屋を出る。

 

「”細見(ほそみ)”少将は、校長室?」

 

「いえ。一式のハンガーでお待ちしてます」

 

「そう」

 

 

 

兵舎……いや、それともこの場合は”校舎”か?

そこを出ると日本を象徴する大山、富士山の威容がみほの目に飛び込んでくる。

10月の日差しの照らされたその霊峰の姿は、威厳よりただただ美しさを感じられた……

 

みほはまだ正式には”試製”の頭文字が外れていない一式中戦車と大日本帝国陸軍軍立【富士機甲学校】校長、細見忠雄(ほそみ・ただお)少将が待つハンガーへと足を向けた。

 

 

 

1940年(昭和15年)10月中旬。”東京オリンピック”から早2ヶ月……

英国本土防空戦(バトル・オブ・ブリテン)】が未だ決着を見ないが、天城と土佐の航空部隊の奮戦もあり、全体的には英国有利の情況が続いている。

いかにドイツ空軍(ルフトバッフェ)が精強でも、航空機もパイロットも有限だ。

そう遠くない将来、ドイツの【英国本土侵攻(あしか)作戦】は頓挫するに違いない。

とはいえ、欧州の戦争は今のみほには遠い世界の出来事だ。

正直、自分が欧州で戦車を操る姿が上手く想像(イメージ)できない。

 

だが、彼女は未だ気が付かない。

まだ1940年という年はあと2ヶ月以上も残ってるということを……

そして、この年の戦争(イベント)は、まだまだ用意されているということを。

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
あらすじにも書きましたが、とりあえず「今の自分に書けるもの」から書いてみようと思い書き始めた「北へ」ですが、いかがだったでしょうか?

本当に次回作のリクエストを戴いた皆様には申し訳ないです。
正直、時間の関係でできるだけ早く新シリーズを立ち上げたかったので、書ける物のなかで一番書き易いのがこのシリーズだったんです。

さて、立ち上がりは静かに戦争の足音は徐々に……次回は、あんこうの面々が揃うかな? 揃うといいナー(えっ?

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



コルトM1911A1自動拳銃

全長:216mm
重量:1130g
使用弾薬:11.43mm×23(45ACP)
装弾数:7連発ボックス・マガジン
発射方式:セミオートマチック

備考
アメリカ軍が1911年に制式化した”コルトM1911軍用自動拳銃”の改良型で、1927年より製造され無印と同様にA1モデルもアメリカの制式軍用拳銃となっている。
俗称は【コルト・ガヴァメント】。
基本的に日本軍が近年に制式化し下士官以下への配給を進めている”武35式自動拳銃《ブローニング・ハイパワー》”より一回り大きく、装弾数は武35式の半分ながらより大口径/高威力の45ACP弾を用いる。
軍用拳銃としての完成度は、天才銃器技師ジョン・ブローニングの設計を源流としているために極めて高く、以後一世紀近くにわたり米軍の制式拳銃として君臨することになる。

この時代、日本でも自動拳銃としては破格の大口径拳銃(ハンドキャノン)として知られていて人気がある。

一応、民間市場向けの製品(コマーシャル・モデル)もあるにはあるが、軍への納品が最優先されてるので生産国アメリカでも品薄状態が続いていて、日本へ輸入されるのは無印/A1含めて更に少数で、お陰でプレミア価格がつきまくっている。
それに目をつけた新興民間銃器メーカーの帝都マルイ銃砲やイースタン・アームズ、東京RGC(リアル・ガン・カンパニー)社がライセンス権を得て現在、公認レプリカ・モデルを製造しようとしてるが……顧客名簿のトップが在日米軍というのがなんだかなーという感じである。

作中では「前作より引き継ぐみほの戦利品」、「製造番号が削り取られた出所が元から怪しい拳銃」として登場、みほの手により例によって”武35式・みほカスタム”の如く、”ガヴァメント・みほスペシャル”として改造されまくってしまう。
この「北へ」シリーズの彼女の最も身近な相棒であり、前作からつながる伏線であり、同時にこのシリーズから登場する『とあるキャラ』の出身国の象徴だったりする。










目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第02話 ”テスターです!”

皆様、こんにちわ~。
なんとか第2話も連日投降できました。
流石に前作よりちょっとノリを変えてるので、中々苦労しとります(^^

さてさて今回のエピソードは……今回まではどちらかと言えば、ガルパンらしからぬ基本シリアスな雰囲気です。
オリキャラの渋い先生やら、新型戦車の片鱗(アウトライン)が少しづつ出てきますよ~。




 

 

 

【富士機甲学校】

近年の陸上兵力の急速な自動車機動化/装甲化、総じて言うところの”機甲化”に対応するために新設された陸軍でも指折りの規模を誇る最新施設だ。

 

基本的には機甲装備と新しい時代の戦術である機甲戦に対応できる人材を戦車兵から整備兵まで包括して育成(つまり既存の戦車学校と機甲整備学校の包括)することが最大の目的であるが、同時に機甲戦に必要な装備……大は戦車から小は必要ならばネジの一本まで研究/開発/試作品製造を目的とする機関としても期待されている。

無論、それら物品だけでなく戦車などを用いた機甲戦術や戦術を用いる作戦立案から戦略までを研究の対象としている。

 

要するに陸軍は富士機甲学校を、「陸軍の機甲戦の複合研究施設(ナショナルセンター)」として使う腹積もりなのだ。

ゆえに富士の裾野、樹海のすぐ傍に日本国内としては破格の広大な演習地があてがわれていた。

戦車や装甲兵車、自走砲などの戦闘車両導入に加え、近接航空支援まで入ったことによる戦場の高速化や各種砲の長射程化により、これだけの広大な試験場が必要と判断されたのだろう。

 

実際、みほは徒歩ではなく陸軍カラーのトヨダABRで敷地内を移動していた。

運転については問題ない。みほが動かせるのは戦車だけでなく、自動車の運転免許は普通に持ってるし(というか軍に入ったら学生だろうがなんだろうが強制的に運転免許証は取らされる)、自分でも『MG-J2』という英国製2シーターのライトウエイト・スポーツカーを所有していて、普段はそれを足にしていた。

普通は一介の中尉ごときが買える値段の車ではないのだが、戦場の言動かなりアレでもみほは一応、熊本の名門西住家のお嬢様なのだ。

かなり忘れられがちな事実ではあるが……

 

みほはその敷地の一角に立つ戦車用の整備ハンガーの前に車を止め、中へ入ると一人の男性の前で教本の通りの敬礼を決める。

 

「西住中尉、出頭しました」

 

その”次世代の日本陸軍の主力”を担うはずの戦車を前に佇む壮年の男……なるほど確かに巷で「軍人というより学者のよう」と評されるだけのことはある。

軍服よりも今のような白衣姿の方が様になる男性、”細見忠雄(ほそみ・ただお)”陸軍少将は柔和な表情で、

 

「やあ、よく来たね。みほ君」

 

微笑みながら返礼をした。

 

 

***

 

 

 

細見忠雄

陸軍少将。第一次世界大戦において欧州で日本参戦前から駐在武官/観戦武官という立場で戦車をはじめとする新世代兵器の威力をまざまざと見せ付けられる。

終戦を欧州で迎え帰国後すぐに、輸入したてホヤホヤのルノーFT軽戦車やホイペット戦車の技術解析を行い、日本における戦車の第一人者となる。この時、同じ研究をした軍人の一人に現大日本帝国陸軍の機甲総監である”酒井勇次”中将がいる。

またこの時期に自動車工学の博士号を取ったようだ。

 

その後、教育畑に入り1922年に開校した日本最初の本格的機甲学校である”千葉戦車学校”の立ち上げメンバーとなり初期の教官を務め、また遅れて開校した陸軍機甲学校の教授として就任。

そして現在、1934年開校のこの陸軍の誇る大規模統合機甲学校、富士機甲学校の開校時から校長として就任している。

校長であると同時に戦車研究者としての看板も捨てておらず、例えば目の前にあるまだ試製という二文字を正式には頭からはずされていない【一式中戦車】も彼が計画当時から研究者の一人として関わってきたものだった。

 

教育者であると同時に技術者達の纏め役という役回りが期待される富士機甲学校校長という立ち位置は、細見にうってつけと言えるかもしれない。

 

「どうかね? 昨日乗ってみた感想は?」

 

「ええ。ちゃんと前の課題がきちんと修正されてて、一日一日完成に近づいていってるのが実感できます」

 

開発と試験が行えるのが富士機甲学校の特徴である以上、ここは他の軍施設に比べて民間の研究者……まあ戦車などの開発関連企業の技師達だから、厳密に言えば純粋な民間人というより軍属というべきだろうか?

そんな彼ら/彼女らが小さくガッツポーズを決めるのを、みほは見逃さなかった。

 

(毎度のこととはいえ、なんでこんな小娘……出世したてホヤホヤの新米中尉の言葉に一喜一憂してるんだろ?)

 

 

 

みほの最近の日課……というより、日本本国へ帰国してからの日常は、この富士機甲学校でひたすら”試製一式中戦車”を乗り回し、車長という立場から荒地を走らせ、主砲を撃たせ、戦場でやるたいていのことをシミュレートを行うことだった。

 

みほが研究者/開発者からのオーダーに応えるように戦車を走らせ、レポートを書いて戦車動作を外から観察/計測していた技官/技師たちに渡し、彼女のレポートをはじめ様々な角度の資料を検証/検討し実車にフィードバックさせる。

それをまたみほが乗って……の繰り返しだ。

それをもう半年も続けている。

 

もともと、西住の一族は戦車を酷使する、言い方を変えれば戦車の限界性能を引き出すことで有名な一族だ。

というより『自家用戦車』なんてふざけた物をしかも複数所有する家なんて、日本でもそうそうないだろう。

曰く、

 

『決して雑には扱わないが、荒っぽくは扱う連中』

 

である。そんな評判を聞いて、きっとみほのことだから、

 

「え~。凄いのはお母さんやお兄ちゃんやお姉ちゃんで、わたしはいたって普通だよ?」

 

とでも言い出すに違いない。

なにせみほのの自己評価は致命的なまでに低いのだから。

 

しかし、である。

帝国陸軍内部での彼女の……あのイタリカの激戦で最前線で戦い続け、最後のハイライト『敵野戦司令部追撃/包囲殲滅戦』をほぼ独力で、それも短時間で練り上げた少女の評価が低いわけはない。

しかも彼女は実質的に戦車中隊を率い、最後は夜の森に潜むという奇策で敵の残存部隊に止めを刺したのだ。

みほが最後に発した発令、『第一命令、蹂躙セヨ! 第二命令、蹂躙セヨ! 第三命令、蹂躙セヨッ!!』は、「近年稀に見る苛烈な命令」として軍内に広まっている。

なので、西住みほという新米中尉は……

 

”西住家の中でもっとも戦闘に特化した存在”

 

”死神をスポンサーにつけている(ロゥリィ・マーキュリーがいる以上、あながち間違いではないが……)”

 

”その身体は装甲板でできている。血潮は燃料、心は炸薬。敗北という文字を履帯で蹂躙し、圧倒的な火力で勝利に嗤う”

 

などと囁かれていたりするのだ。

それにしても本人が聞いたら卒倒しそうな内容だ。

 

そんな評判のみほだからこそ、この一式戦車のブラッシュアップに呼ばれたのだが。

本人無自覚のようだが、実は彼女の意見は辛辣というよりは的確かつシビアで、技術者達を凹ますことも多い(何しろ最初に試製一式中戦車に乗った時の感想が「なんか優等生っぽくてか弱い感じのする戦車ですね?」だった)が、その分頼りになるとも認識されていた。

つまるところ、みほは自分の評判をよく判っていなかった。

 

「みほ君、そろそろ一式は実戦で使えそうかね?」

 

そう問いかける細見に、みほは……

 

 

 

***

 

 

 

(素性はいい戦車なんだよね……)

 

みほは即座に細見の問いには答えず、試製一式戦車を見上げながらそう考える。

製造労力をの減少と強度の確保の双方をこなす(ただし重いが)全鋳造工法の砲塔は、避弾経始がよく考えられた丸みを帯びたなだらかな物で、みほから見ても中々貫通されにくそうな印象があった。

溶接が全面的に取り入れられた車体も悪くない。これで戦車のどこに敵砲弾が命中しても衝撃で折れた鉄鋲(リベット)が車内を跳ね回ることはないだろう。

それに車体正面もしっかり傾斜装甲が導入されているのもいい。

 

エンジンはついに大量生産が始まった九〇式統制型発動機AL型ディーゼル(V型12気筒、412馬力)で、トランス・ミッションはコンスタントロード型シンクロメッシュ機構の前進4段/後進1段の最新の物、操向装置は油圧サーボアシストが入った二重差動式遊星歯車型クラッチ・ブレーキ方式で、九七式などの従来の延長線上にある技術だけあって信頼性が高いはず。

無論、その分だけ……みほ達が『特地』で乗っていた九八式重戦車より強力になった分だけ重量もあるが、足回りも一番形式の新しい九七式中戦車の正常進化版のようなものを乗っけてるし、履帯は九八式重戦車と同じ幅広の500mmタイプだから大丈夫だろう。

 

(そして主砲は最新型長砲身の75mm45口径長軽量砲……)

 

おそらくは”一〇〇式長七十五粍戦車砲”と名づけられる予定の砲だ。

砲自体が合金配合の見直しや製法の改良で、大きな重量増をさせずに長砲身化させることに成功し、クロームメッキ処理された内部や薬室自体も強装の新型徹甲弾に対応するために強化されてると聞く。

噂では新型砲弾は薬莢のサイズは同じで、従来の九〇式野砲や九四式七十五粍戦車砲でも発射できるが、装薬(発射薬)の変更など様々な理由でかなりの強装弾らしく、従来の砲で撃つとかなり無理がかかるらしく磨耗や消耗が激しいらしいが……

 

「そういえば、新型の”高速徹甲弾”はもう納品されたんですか?」

 

通称【AP-HV】あるいは【APCR】と略される日本としては珍しい貫通力至上主義の純粋徹甲弾……これまでの日本陸軍の徹甲弾は、基本的には炸裂による副次的効果を狙った徹甲榴弾(APHE)が基本だった。

無論、従来型の徹甲榴弾でも長砲身化の恩恵である砲口初速の増大で貫通力はましているのだが、みほは大幅に対装甲貫通力があがりそうな新型砲弾の搭載を期待していた。

 

 

 

「いや。まだテストが十分とは言えなくてな……未だ最適値を出し切れんようだ」

 

首を横に振りながら細見は残念そうに答える。

 

(ないものねだりしてもしょうがないか……)

 

そのあたりの事情は、戦場ではよくあることなのでわかっていた。

それに自分は砲弾開発スタッフではなく、戦車開発スタッフだと思い直す。

 

「とりあえず現状で洗い出せる問題点は、この半年で全部洗い出したつもりです。これ以上のプルーフィングや判断は、おそらくわたしだけでは無理です」

 

「どういう意味だい?」

 

「わたしは小隊長、もしくは車長としてしか戦場を知らないということですよ。少将が用意してくださった戦車兵達は新型車両の試験を任されるぐらいですから、誰もがとても優秀です……」

 

 

 

この半年、一式中戦車のテスト・ドライバー達は、みほ以外は全て何度も入れ替わっていた。

逆に言えば専属テスターだったのはみほだけだったといえる。

みほは、「きっと他の娘達は別部隊からのレンタルで、わたしだけが暇に見えたんだろうな~」と思っていたが、実際にはそんなわけはない。

実は彼女以外の面々は、各部隊の将来を嘱望される(テスト・ドライバーとして使えるだけの)凄腕という評判の若手装甲少女達が選抜されて次々と送り込まれ、半ば研修としてこの場が使われているのだ。

 

実戦経験者の噂の天才女流戦車乗りから直々に戦車の何たるかを伝授されるのだから、送り出す側から見ればこれほど美味しいことはない。

また、受け手側も美味しいのだ。一式戦車のエンド・ユーザーは彼女達なので直に意見を聞けるのはありがたい。

 

それに若いわりに腕は立つと評判でも、若手である以上は戦車自体への搭乗時間はまだ短いはずで、そういう戦車乗りの意見も貴重だ。

まだ試製の段階……正確には問題点の洗い出しが終われば、先行量産型はすぐ作れるだけの生産体制は既に一式中戦車は整っている。

本格量産された暁には、新規導入分だけじゃなく現行の九七式中戦車や九八式重戦車はほぼ一式中戦車に置き換えられる予定だった。

つまり、新兵からベテラン戦車乗りまで一式を使う可能性があった。

なら、取れるデータは多いほうがいいに決まってる。結局はWin-Winの法則が成り立ち、知らぬはみほだけという具合だ。

 

「でも、戦場で無茶ができるかはわからない。望みもしないのに、無茶も無理も強いられるのが戦場ですから」

 

「みほ君、君は一式が実戦で使えるどうかは”戦場で無茶が出来る専門家”を用意してから判断しろと言うんだね?」

 

みほは頷き、

 

「一式を日本だけで使うなら、今のままで十分です。ですが、戦場に持ち込もうというのなら、こっから先は戦場での戦車の扱いを知ってる乗組員(クルー)の助言が必要になってくるでしょう」

 

 

 

***

 

 

 

その時、細見がなんと答えたのかは残念ながら記録に残っていない。

だが、数日後には半年会ってないだけなのに、おかしな位に懐かしい面々と再会することになるのだが……それは次回に取っておこう。

 

(やはり、私の目に狂いはなかったな……)

 

細見は内心でそう満足げに笑っていた。

彼が最初にみほの名を着目したのは、かつての教え子……”西住虎治郎”から軍便で届いた軍機指定のスタンプが捺された分厚い封筒を開けたときからだった。

 

その書類束を見たとき細見は眼を疑った。

そこには見たことも聞いたこともない機甲戦術と、ありえない戦果……何よりも斬新な試案が精密なイラスト入りで詰め込まれていたのだ。

 

しかも、それを書いたのは大規模戦経験が初めての新米少尉……二十歳に満たぬ少女だというのだから一層驚きだ。

 

『果たして異能か天才か……』

 

気が付くと彼はそう呟いていたという。

みほの考えたいくつかのアイデアは比較的簡単に実現でき、もう量産プランが出来てる初期量産分の一式中戦車には間に合わないだろうが、試験で効果が実証できれば一式の改良には盛り込めるだろう。

 

(残りも【三式】用に検討してみるか?)

 

細見は一式の計画が終われば待ち構えている次なる戦車計画に思いを馳せる。

 

(みほ君がこのままテスターをずっと引き受けてくれればいいが)

 

そうならないことは細見はよく判っていた。

1940年4月にみほが日本本国に帰還&所属する中隊が解散して一時的にフリー(その時点で、特にみほから希望異動先は出ていなかった)の身になると聞くと彼女の獲得に動いた。

本人あずかり知らぬ事だがみほを欲しがる部署は多く、水面下では熾烈な獲得競争があったらしいが……細見は「我ながら似合わないな……」と思いながらもコネを駆使して無事に彼女をゲットし、今に至る。

 

細見にはみほ……実戦を潜り抜け、戦場の多くを機甲戦という観点から知る優秀な戦車乗りがどうしても必要だった。

一式を可能な限り早期に「実戦投入レベル」で完成させるために。

だが、みほが手元におけるのは長くて本年度一杯だろう。

 

(果たして間に合うか……)

 

一式の完成が……もあるが、

 

「【冬戦争】に現れたという”噂の怪物戦車”が戦場に現れる前に、一式は配備できるのか?」

 

 

 

細見の問いに答える者は、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
細見少将と試製一式戦車、そしてみほの一般的評価(笑)が出てきたエピソードは如何だったでしょうか?

話の展開的に、どうやらあんこう小隊のメンバーの登場は次回に持ち越しになってしまいました(^^
それにしても第6中隊が既に解散……メンバーはそれぞれの道を歩んでるみたいですよ?

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!


***



設定資料



細見忠雄(ほそみ・ただお)

階級:陸軍少将
役職:富士機甲学校校長
資格:自動車工学系の博士号を保有
特記事項:”一式中戦車”の試験最高責任者。”三式重戦車”開発委員の一人。

備考
モデルとなったのは旧陸軍の細見惟雄(ほそみ・これお)中将。
「軍人というより学者」という表現は、細見中将の史実の人物評から。
第一世界大戦を欧州で過ごし帰国後は戦車研究に邁進、その後は新世代の機甲装備や機甲戦のなんたるかを伝授する機甲系の教育畑に転身。
『知波単女子戦車学校』の兄貴分である日本発の本格機甲学校である千葉戦車学校の立ち上げメンバーで同校の教官を務めた後、機甲整備学校の教授に就任。その後、富士機甲学校の開校当時から校長を務める陸軍教育界の大御所。

日本陸軍機甲兵力の元締めである現陸軍機甲総監の酒井勇次中将とは、若かりし頃共に他国の戦車を研究した仲で、みほの兄である西住虎治郎少佐は元教え子(虎治郎は富士機甲学校の出身)で一時的に部下だったこともあるようだ。

現在は、みほを招聘し一式中戦車の実戦投入レベルでの完成を急ぐ。
最近の懸念は「ソ連が冬戦争で試験投入したらしい新型戦車」らしい。








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第03話 ”あんこう、再結成です♪”

皆様、こんにちわ~。
前作から続いていた連続投稿は、二週間で終わってしまいましたです(^^
ちょっとペースダウンかな?

それはそうとして今回のエピソードは……サブタイ通り、ようやくあの娘達が帰ってきますよ~♪
あれから約1年……果たして彼女達は成長してるのか?

後書き設定は、これまた「CODE1940」の主役メカの登場です。



 

 

 

「隊長……!」

 

数日後、みほが試製一式中戦車が鎮座するハンガーで、技師や技官と戦車技術論やイタリカ四方山話をネタに談笑してると、

 

「わわっ」

 

”ぎゅっ”

 

唐突に黒猫が胸に飛び込んできた。

 

「麻子”ちゃん”、どうしたの? 今日はやけに甘えん坊だね?」

 

よく見たら黒毛の仔猫ではなかった。それによく似た印象の小柄な少女、冷泉麻子だった。

 

”すりすり”

 

麻子は豊満とはいえないが、確実に自分よりは重装甲なみほの胸に頬ずりしながら、

 

「んー、隊長分の補給。半年会えなかったから隊長分が大幅に欠乏」

 

冷泉麻子

1940年3月31日付の遣イタリカ師団第6戦車中隊の解散後、同年4月1日より短期士官養成コースを履修。9月30日で半年の集中講座を修了し、同時に准尉の階級資格を得る。

これまでの実績、軍歴と現階級(曹長)を鑑み10月1日付で少尉に昇進していた。

 

 

 

「あーっ!? 冷泉殿! 西住隊長の独り占めはズルイでありますっ!!」

 

カーキ色の軍用背嚢を床に落とす音がハンガーに響く。

そのくせっ毛の少女は世界新でも出すような勢いでみほに駆け寄ると、

 

「西住隊長、お久しぶりです! 秋山”一等”軍曹、ただ今帰参致しました!」

 

”ビシッ!”と擬音が付きそうな敬礼を決める。

 

「お帰りなさい、優花里”ちゃん”。半年ぶりだね?」

 

すると優花里は半年会えなかったことも手伝って、涙ぐみながら感激に打ち震え……

 

「西住たいちょお……秋山軍曹、突貫しますっ!」

 

”ぎゅむ”

 

予想できた展開だろうが、優花里は麻子に負けじとみほ抱きついた。

 

「ととっ」

 

その突進に思わず倒れそうになるみほだが、なんとか耐えた。

 

秋山優花里

大日本帝国陸軍は、近年の世界情勢の緊張や欧州での戦乱を鑑み、大量動員に備え米陸軍を倣って下士官の階級細分化を決定、1940年4月1日より施行した。

優花里は軍歴の短さから原初の階級を三等軍曹とされ、「イタリカ防衛線」などの功績で一階級昇進し4月1日付で二等軍曹に昇進。

更に「大洗女子戦車学校」での待機任務中、様々な軍資格を取り昇進試験にも合格し10月1日付で一等軍曹となる。

 

 

 

「むっ……狭い」

 

「冷泉殿、もうちょっと詰めてくださいよ~」

 

「断る。半年分の隊長分を補給してるんだ」

 

「それは自分だって同じですって」

 

「先任に譲れ」

 

「相手が将軍だろうとこれだけは譲れません」

 

忠犬と仔猫の頭を撫でながら、「たはは」と困ったようにように笑うみほだった。

 

 

 

***

 

 

 

「おお~っ。みぽりんも相変わらずモッテモテだね~♪ 女の子にだけど」

 

「ええ。日常が戻ってきたようでホッとしますわ。クスクス、わたくしってばすっかり職業婦人であることが当たり前になってしまいましたわ♪」

 

偶然なのか示し合わせてなのかはわからないが、二人揃って仲良く入ってきたのは、人のことは言えない陽気な通信手の武部沙織に、少なくても大和撫子系(色々な意味で)天然砲手の五十鈴華だ。

 

武部沙織

日本への帰還を他の誰よりもイタリカの老若を問わない多くの男性将兵(ヤロー)共から心底惜しまれた。

有志一同(穴兄弟)で行われた送別会は非常に……非常識なまでに盛り上がり、沙織曰く「上からも前からも後ろからも中に出されすぎちゃって、お腹がタポタポになっちゃったよ~。あごは外れそうになるし。お尻はしばらく広がったまんまだったし~」という感じの伝説を『特地』に残す。

第6中隊解散後は陸軍通信学校に入学。更なるキャリアアップを目指しているらしい。

基本的にイタリカ防衛戦、特に敵司令部包囲殲滅戦の参加者の中で、下士官以下は全員4月1日付で無条件で一階級昇進することになったので、現在の階級は三等軍曹。

 

五十鈴華

第6中隊解散後、有給を消化するために一時的に実家に戻り、しばらくは生け花の師範代として腕をふるい静かなる日々を過ごしていたが……

「華道は情熱と爆発ですわー!」と謎の言葉を残し失踪……ではなく、かねてより誘われていた知波単女子戦車学校に戦車砲撃の特別講師として参加していた。

沙織と同じ理由で、春から一階級昇進して三等軍曹となっていた。

それと職業軍人も確かに職業婦人の一つではあるのだが……何か釈然としないのは何故だろう?

 

 

 

かつての第6中隊第1小隊(アンコウ・プラトーン)小隊長車(アンコウ01)の面々……かつての仲間が全員集合したことを気が付いた麻子と優花里はかなり名残惜しそうにみほから離れ、

 

「全員、整列」

 

妙にフラットだがよく通る声で最先任の麻子が号令をかける。

そして麻子、優花里、沙織、華の順で並び……

 

「西住中尉に敬礼!」

 

その姿は、やはり彼女達も帝国軍人だと思わせる凛とした姿だった。

みほは彼女達に敬礼で応じ、

 

「”試製一式戦車”専任試験士官としてみんなの着任を歓迎します」

 

そしてニコッと彼女は微笑み、

 

「またみんなと一緒に仕事が出来て嬉しいよ♪ アンコウ01の復活だね?」

 

そして四人の少女達の歓声がハンガーに響いた。

そしてそれは、「イタリカ最良の戦車チーム」の一つが、再び結成されたことを意味していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

さて、再結成されたアンコウ01だが、翌日から早速活動を開始した。

 

「ほう……九八式に比べればひどく運転し易いな」

 

「麻子さん、どうかな?」

 

「意図はわかった」

 

「ん? どういうこと?」

 

「一式は、きっと自動車の運転に慣れた者をすぐに戦車操縦者に転向できるように考えられているということだ。ステアリングにクラッチ、ブレーキ、アクセル、ミッション……自動車の運転経験さえあれば慣れるのにそう時間はかかるまい。操縦系はそういう配置だし、例えばステアリングに油圧サーボのパワーアシストが入って操作入力が軽くなっていたり、シンクロメッシュ式のトランスミッションが採用されているのは、突き詰めてしまえばそういうことだと思う」

 

「あー、基本的に軍に入っちゃえば、16歳以上なら普通免許は強制的に取らされるもんね」

 

麻子は頷き、

 

「加えて陸軍なら陸上を走る大半の免許を取れる。必要なら飛行機免許もだ。一式の操縦系は増員に備えて戦車操縦者の確保を最大の目的として組まれたのかもしれない」

 

 

 

***

 

 

 

代表して麻子のテストランを抜粋してみたが、まずアンコウ・チーム最初の感触(1stインプレッション)はまずまず好印象なものだった。

だが、相手はあのアンコウ01に乗っていた少女達だ。

当然、ただ褒めちぎるわけもなく……

 

「動かし易いがミッションの切れが甘い。シンクロメッシュ構造の投入は英断だと思うがスリーブの磨耗が少々早くて、特にゴー&ストップの戦闘機動を繰り返すと性能劣化が激しい。素材をもう少し吟味したほうがいいんじゃないか? 同じことは操向装置にも言えるが……遊星歯車装置(プラネタリーギア)に若干のがたつきを感じるぞ」

 

「装填手としてはそうですね……弾薬庫の配置がちょっと効率的ではないと思います。特に即応弾をしまいこんでる砲弾ラックは場所はいいですが造りがちょっと華奢で、被弾の衝撃で落ちてきそうな気がします。あと、弾薬庫自体を防爆仕様にすることはできませんかね? 付け加えるならあと今以上の大型砲を搭載するなら、装填補助装置がいるかもしれませんよ?」

 

「砲手としては、砲だけでなく照準機にもジャイロ式安定装置を組み込んだのはいいと思うのですけど、エンジンの震動が大きすぎて宝の持ち腐れのよう気がします。それに照準機の安定化は1軸でなく2軸にした方が効率的なような?……主砲同軸の武2式機関銃をスポッティング・ライフルと兼用するのや強制排煙機(ベンチレーター)の搭載は悪くないと思いましけど」

 

「通信手としては、そうだなぁ……そもそも無線機が性能不足の信頼性かな? というか従来型の車載用作るくらいなら、新規で防振/防塵構造を使ったメタル管やミニチュア管使用の小型高性能の無線機を作ったほうがいいと思うよ? 無線学校の友達に聞いたら部品自体はもう日本企業が作り始めてるみたいだし、秋葉原にも出回ってるみたいだよ?」

 

と盛大に駄目出しを始めた。

ちなみにこれは一部である。

流石は若くても戦場を経験し、さらに今も自分の得意分野を磨いてる専門家である。

これでも彼女達は丁寧に言っていた。

端的に纏めると、

 

麻子「造りが甘い。素材選別からやり直せ」

優花里「人間工学や安全工学ってのがわかってませんね~。これだから実戦の使い勝手がわかってない人は……」

華「やりたいことはわかりますが震動で台無しです。あと色々効率が悪いですね? 宝の持ち腐れにしたいなら止めませんが」

沙織「いや、古いタイプの無線機ってあんま使えないから。いっそ新しく作ったほうが早いじゃん?」

 

である。まさに技術者涙目の滅多切りであった。

そして、みほはこう纏める。

 

「麻子さんの件は早急に改善要請出すよ。今、ニッケル合金系やモリブデン合金系の研究をやってるチームにも回すから」

 

「わかった」

 

「弾薬庫や砲弾ラックのレイアウトや造りに関しては優花里さんが陣頭指揮を。責任者はわたしの名義でいいから。防爆構造の弾薬庫と装填補助装置に関してはすぐには無理だけど、アイデアはあるから後でまとめておくよ」

 

「了解です! 全身全霊でアドバイスさせていただきます!」

 

「華さんの件はむしろディーゼルの搭載方法自体から改善したほうが早いかも。例えば、車体に搭載する接合部にラバーバッファーかましたりサブフレームを挟むことである程度は対処できると思う。2軸安定化の件は照準機開発グループ話を詰めて比較してみよう」

 

「心得ましたわ♪」

 

「沙織さん、最新の小型真空管を用いた軍用無線機の設計できそうな人に心当たりある? あるなら連絡とって欲しいんだけど……」

 

「心当たりならあるよー。すぐに声をかけてみるね?」

 

まるで立て板に水のようにスラスラと問題提起に対する対応策を考え出すみほ……

やっぱりこの娘は何かが違う。

というか、将来の日本戦車の命運に関わるようなことが何気に出てきたような気がするが……?

 

 

 

***

 

 

 

しかし、そんなみほの姿を娘の活躍を見る父親のような顔で細見は見ていた。

 

(流石はみほ君が肝いりで連れてきた娘達だ。目の付け所や鋭さが半端ではないな……それに何より『実戦で何が必要か?』を頭でわかってるだけではなく、言うなれば肌で感じてるのも心強い)

 

「若いとは良いものだな。カビの生えた既存技術や古臭い慣例にとらわれず、失敗を恐れず新しい技術に手を伸ばし、それを躊躇いなく使う勇気がある」

 

みほ達を見ていると、自分ですらもまた既成概念にとらわれていたと思い知らされる。

しかし、一教育者……いや、一工学博士としてはこういうのも悪くないと思う。

こういうことを繰り返しながら、人の技術は発展してきたのだから。

 

「何を老け込んだようなことを言ってるんです? 閣下」

 

そう苦笑したのは、いつの間にか傍に来ていて敬礼するみほだった。

 

「なに。率直な感想というものだよ」

 

「”温故知新”という言葉もありますから。古きを知らなければ何が新しいかわかりません。英国人に言わせれば『真なる革新は、伝統の中からしか生まれない』そうですよ?」

 

「それは古き伝統を再検証し、否定するところから新しい何かが始まることでもあるだろう?」

 

細見の切りかえしにみほは爽やかに微笑むと、

 

「そうであっても全否定はしませんよ? 創生や創造より改善や改良の方が大抵は簡単に話が進みますから」

 

彼女の思いのほか”保守的な”台詞回しに、細見は楽しそうな笑い声をあげた。

 

 

 

「しかし、よろしいのですか?」

 

「何がだい?」

 

みほは神妙な顔をすると、

 

「わたしが先ほど行った行動は、一介のテスターとしては明らかな越権行為にあたると思いますが?」

 

確かにうるさ型の上司なら、みほの行動に眉を顰めるどころか大声で怒鳴りつけて叱責するかもしれない。

だが、細見はどこにでもいるそんなタイプの人間ではなかった。

 

細見はみほの頭を撫でながら、

 

「私はみほ君の、いやみほ君と君の信じる仲間達のポテンシャルを引き出し、この一式にフィードバックさせたいと願って君達を呼び寄せたのだ。一日でも……いや一秒でも早く【試製一式中戦車】から試製の二文字を外し、戦場で走らせるという悲願を達成させるためにね」

 

その姿はまるで本当の父娘(おやこ)のようであったと、とある技師の手帳には後日書き記された。

 

「みほ君たちがその力を一式に全力で注ぐというなら、私に止める謂れはないさ。越権行為? 結構じゃないか。どんどん遠慮なくやりなさい」

 

みほは細見に釣られたように微笑んで、

 

「なら、せっかくなのでおねだりしてみようかと」

 

「言ってみたまえ」

 

「複数の発煙弾を同時発射できる専用の発煙弾投射機(スモークディスチャージャー)と、夜戦用に車載型の大型投光機(サーチライト)が砲塔に欲しいですね」

 

「他には?」

 

続きを促す細見に、

 

「一式って英国戦車にならって車長用に”グンドラフ式戦車用回転全周鏡(パノラマミック・ペリスコープ)”を標準搭載するじゃないですか? 【ビッカース・タンク・ペリスコープMk.IV】のライセンス生産品でしたっけ?」

 

「ああ」

 

「あれにちょっとした改良を……」

 

「後でまとめて稟議書にして提出したまえ」

 

「はい♪」

 

 

 

***

 

 

 

後年発見された故細見中将(退役時の階級)の手記には、こんな一文がある。

 

『もう軍人としてのピークを過ぎ、技官としても円熟期が終わろうとしていた時に西住みほ中尉(当時)と出会えたのは、まさに天の配剤といえるだろう。もし、彼女がこの計画に加わらなければ、私と既存概念が抜け切らぬスタッフだけで仕上げた一式は、もとまってはいるが平凡な戦車として戦車史の片隅に残ったに違いない。そしてそれはおそらく、後に続く三式重戦車以降の車両もそうだった筈だ。そう、戦後の子供向けの戦車本に「一式戦車はT-34のライバル!」と書かれる未来はなかったのかもしれない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
時系列的には久しぶり(笑)のあんこうガールズはいかがだったでしょうか?

なんか色々斜め上っぽい成長したような気もしますが……
そして今回は、一同による容赦ない駄目出しの嵐。
とあるご感想にも書かれてましたが、開発スタッフ涙目ですな(^^

そして次回は少しずつ戦の空気が……

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



試製一式中戦車


主砲:一〇〇式長七十五粍戦車砲(口径75mm、45口径長。九四式七十五粍戦車砲を再設計)
機銃:武2式重機関銃(12.7mm)×1(主砲同軸)
   武1919式車載機関銃(7.62mm)×2(砲塔上面、車体前面)
近接防御火器:九六式車載擲弾筒(砲塔上面。八九式重擲弾筒を車載用に改造した物)
エンジン:統制型九〇式発動機AL型(空冷V型12気筒ディーゼル、412馬力、排気量37.7L)
車体重量:32.5t
装甲厚:砲塔前面85mm(鋳造/避弾経始重視半球形状)、車体前面70mm(溶接/傾斜装甲)
砲塔駆動方式:油圧式
サスペンション:独立懸架装置+シーソー型連動懸架装置
変速機:前進4段/後進1段(コンスタントロード型シンクロメッシュ機構タイプ)
操向装置:油圧サーボ付二重差動式遊星歯車装置(プラネタリーギア)型クラッチ・ブレーキ
履帯幅:500mm
特殊装備:1軸式|砲安定装置(ガンスタビライザー)、1軸ジャイロ安定式(ジャイロスタビライズ)照準機、戦車用回転全周鏡(パノラマミック・ペリスコープ)強制排煙機(ベンチレーター)
試験搭載:60mm三連装発煙弾投射機(スモークディスチャージャー)×2(砲塔後方左右)、大型投光機(サーチライト)
最高速:45km/h
乗員:定員5名(車長が通信手を兼ねる4名運用も可能)
乗員用搭載自衛火器:ベ28式短機関銃

備考
前作の主役戦車である九八式重戦車と九七式中戦車を統合する「新世代の中戦車」……つまり後の”主力戦車”の概念に繋がる設計思想の元に作られた、「CODE1940」の主役戦車。
目標は「九八式以上の火力と防御力、九七式以上の機動力」であり、それを実現してるあたりが日本だけに限った話ではないが、ここ数年での戦車関連の技術向上を現している。

基本的にはソミュアS35戦車などの影響を受けたと思われる避弾経始を重視した半球形状の生産性に優れた鋳造工法で作られた砲塔と、表面を熱硬化処理(焼き入れ)された均質圧延鋼板製の全溶接の車体を組み合わせた40年代初頭の戦車のトレンドを踏まえた戦車だろう。

この砲塔に搭載されるのは”一〇〇式長七十五粍戦車砲”で、基本的には九八式重戦車等の九四式七十五粍戦車砲を長砲身化し、薬室や尾栓を構造強化し、内部にクロームメッキ処理をしたもの。
冶金技術の向上と合金配合の見直しにより軽量化に成功しており、原型の九四式と比べても大きな重量増はなく、基本的に九四式搭載の戦車には無改造で搭載できるといわれている。
そもそもこの砲が開発されたのは、AP-HVあるいはAPCRと呼ばれる現在開発中の”高速徹甲弾”に対応するものであるようだ。
また九八式重戦車から技術的/構造的熟成が進んだ1軸式の砲安定装置(ガンスタビライザー)が継続して搭載されている。
照準機は従来のドイツ式シュトリヒ・ゲージ型の発展型だが、搭載マウントに工夫がされており、上下方向のジャイロ安定化装置(スタビライザー)が組み込まれ、車体上下動の影響を極力受けないようにされた。
砲安定装置と安定化照準機という二つのデバイスは、日本がいかに命中精度にこだわってるかを示すものであり、以後も特に照準機は気を使われ設計されるようだ。
また九七式中戦車同様に武2式重機関銃を同軸に装備し、照準補助用のスポッティングライフルとして使用できるよう設定された。
作中の五十鈴華の言葉もあったが、照準機は今後二軸安定化が検討されるかもしれない。砲塔駆動は旋回速度の向上を目指して九八式の電気モーター式から油圧式に改められている。他に故障に備え手動旋回用の回転ハンドルも搭載されている。


パワートレインは、本来は九八式重戦車から搭載される予定だったが製造の遅れから間に合わなかった大排気量/高出力のAL型の九〇式統制型発動機で、発生した412馬力を伝達するトランスミッションは、日本戦車初のシンクロメッシュ機構を取り入れた物だ。
シンクロメッシュ自体がまだ新しい技術で、これから発展していくだろうが……麻子に言わせると、初乗車の時点では部品強度が足りてないらしい。
ただ、安心材料なのはこの時代の日本戦車は向上分業による大規模生産と整備製の向上のために今で言うユニット構造の概念が取り入れられ、特に「エンジンやトランスミッションは壊れ易い物」と認識されており、簡単に交換できるようになっている。
例えばエンジンは車体後部のエンジンパネル(車で言えばボンネットにあたる)は大きく開き、その開口部からエンジンを丸ごと取り出せるようになっている。また展開したパネルはそのまま整備台にもなる仕組みだ。
それだけではない。
エンジンとトランスミッションの結合は簡単に外せるようになっていて、またミッション自体がカセット式ユニットになっており、エンジンを下ろさずともミッションだけを車体底部に設けられた整備用パネルから抜き出せる構造だ。
そのような構造だった為に、エンジンマウントに防振用のラバーブッシュを追加する改造が簡単にでき、懸念だった大排気量化による震動はかなり軽減された模様。

操向装置は従来から使われてきた遊星歯車装置(プラネタリーギア)型クラッチ・ブレーキの発展型で旋回半径を二種類から選べる二重作動式となっている上に、増大した重量や今後の重量増大に備えて油圧サーボをパワーアシストに導入しており、現代風に言うなら”パワーステアリング”となっている。
操縦系全般に言えることだが、ハンドルやレバー、ペダルなどの操縦用インターフェースは可能な限り自動車に近い配置/操作感を得られるように配慮されている。
これはモータリゼーション以降日本人の免許保有率が上がると同時に日本における軍人は基本的に自動車免許の習得が強制されるため、有事の際に戦車操縦者を簡便に確保するための配慮だと思われる。
もっともこれは一式に限らず40年代開発の日本の戦闘車両全般に同じような配慮が為されており、後に車両転換の訓練日数を大幅に減少させる副次効果を生んだ。

サスペンションは、機械的熟成の進んだ九七式中戦車の強化発展型だが構造や素材を一部見直しし、自重40tまでの増加なら耐えられるキャパシティーがあるとされている。
また大型転輪と500mmの幅広履帯は九八式からの継承で、既にバトル・プルーフで信頼性実証されたものだ。

戦車用回転全周鏡《パノラマミック・ペリスコープ》は、簡単に言えば潜水艦に搭載される潜望鏡(ペリスコープ)の戦車搭載版で一式戦車に搭載されるそれは”グンドラフ式戦車用ペリスコープ”で車内にいながら車長に全方位の視界を与えることができる。
日本のオリジナルではなく英国ヴィッカース社の”タンク・ペリスコープMk.IV”のライセンス生産品で、オリジナルは様々な英国戦車に既に採用されている。
ただ、このペリスコープに面積が取られてしまったために砲塔上に50口径機関銃が搭載できずに30口径の武1919式にダウンサイジングされてしまっている。
強制排煙機(ベンチレーター)は車内にこもる主砲や機関銃の排煙(硝煙)を車外に強制的に吸い出す戦車版の換気扇のことで、戦車の密閉性が上がったことで改めて必要になった装備だった。

発煙弾投射機(スモークディスチャージャー)大型投光機(サーチライト)は量産型に必要か試験的に導入が決定された物で、実は未だ装備モデルや取り付け位置などが確定しておらず、最終的に30両ほど生産された試製型はそれぞれ微妙に仕様が異なっている。
また、量産型では時間的制約から取り入れられなかった改善点や改良点は、後年のモデルに受け継がれることになるかもしtれない。

このようなスペックを実現したために一式は試製型ですら九八式重戦車の重量を越えてしまったが、陸軍の区分基準が1941年4月1日以降、「車両重量40t以上を重戦車とすること」と決まっているので、制式化が41年度予定の一式は中戦車という区分で生産されることが決定している。

総じて言えるのは、一式戦車は史実と異なり英米との関係良好化により早期の国家や重工業の近代化とモータリゼーションによる産業構造の変化による恩恵を最大限に受けたがゆえに完成した戦車と言えるだろう。



史実の戦車と比較して全体の印象&楽屋オチ
全体的なイメージとしてはM4A2に近く、パワートレインや操向装置は史実の四式中戦車を参照。パノラマミック・ペリスコープは第二次世界大戦中からの英国系戦車の特徴で、照準機はドイツの流れをくみ、最新技術の塊と思いきや実は既存技術の延長線上にあるコンポーネントが多いというごった煮です(^^
同格の戦車としては、75mm砲搭載型のシャーマンやT-34/76、長砲身型のⅣ号戦車、おまけにイタリアのP40戦車など。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第04話 ”カレリアより友愛と砲弾をこめて Early1940”

皆様、こんばんわ~。
なんとか再び連日アップとなりました(^^

さて、今回のエピソードは……珍しく(もしかしてシリーズ初めて?)、みほ達が全く出てこないエピソードとなります。
それでは、誰が出てくるかと言えば……




 

 

 

1940年3月13日、カレリア地峡、ソ連-フィンランド”暫定”国境線付近

 

 

 

「はぁ……もう戦争は終わりかぁ」

 

まだ春の気配が届かないどころか、「どこかの妖怪が咲かない桜を咲かせるために春を閉じ込めたんじゃないの?」と疑いたくなるぐらい寒く凍てついた冬景色の中、まだ真新しい”丸っこい戦車”のキューポラから半身を乗り出した、ややツリ気味の瞳とショートボブのふわふわの金髪の組み合わせが妙に可愛い女の子が、小さな身体をだらけさせていた。

いや、それにしてもホントに小さい。

もしかしたら……いや、間違いなく140cmないだろう。

この世界でも”ベリヤ”がいたら真っ先に目を付けられ性玩具(オモチャ)にされそうだが、幸いにして今の彼女の故国……【ソビエト社会主義共和国連邦(Federation of Soviet Socialist Republics)】には、そのような変態小男は政府上層部にいないようだ。

 

まあ、この”新型戦車”は設計局がコンパクトに作りたいばかりに搭乗者の身長制限、「160cm以下の人物が好ましい」としてしまったため、この小さな女の子は能力さえかみ合えばまさにうってつけなのかもしれない。

というより日本語表記は同じだが英語表記が史実と違うソ連に、(日本を除く)各国に比べても少女戦車乗りが多い理由は、そのあたりが関係してそうだ。

昔からよく言われることだが、「競馬の騎手、パイロット、戦車兵は小さいほうがいい」らしい。

そのせいかソ連には女流パイロットが現時点でもかなりの数が存在している。

 

ちなみに日本の戦車には一応、戦車乗りに身長制限がないが(なんせノッポで有名な西住虎治郎が乗れるくらいだ)、女性のパイロットも戦車乗りもソ連に負けず劣らず多く、軍全体の男女比率なら日本が完勝してる。

 

日本の場合は産業構造の変化で優良な労働力としての成人男性の需要が高まり、富国強兵はどこへやらの「国家の近代化の牽引、産業の一助としての労働こそ男の本懐」という風潮が出来上がってしまい、また躍進目覚しい産業界が『無職者、失業者、食い詰め者=志願兵予備軍』の悉くを吸引し軍への志願者は激減した。

そのような現状では徴兵もやりにくいためにやむにやまれず志願枠を女性にも広げたという経緯であり、ソ連とは大分理由が異なる。

 

他国はもっと酷いもんで、【女性公民権(ウーマンリブ)運動への対策】など政治的な理由やプロパガンダで女性を軍に入隊させる場合がほとんどだ。

そういう時代といわれればそれまでで、「女房とイタリア人に戦争をさせる奴は……」なんて軍隊慣用句がまかり通る。

 

もっとも”彼女”にはそんなものは関係ない。

「女性が戦場で戦えるか?」という疑問に、鋼鉄の分身を使って回答し続ける”彼女”、”エカテリーナ・トハチェフスカヤ”中尉にとっては。

 

 

 

「”カチューシャ”様、ご機嫌斜めですね?」

 

そう声をかけてきたのは、中隊副長を務める名実共にトハチェフスカヤ中尉の副官である”ノンナ・テレジコーワ”少尉だった。

 

少し解説すると”カチューシャ”はロシア語でポピュラーな女の子の名前”エカテリーナ”の愛称であり、本来はエカテリーナと書くべきかも知れないが表記の混乱を防ぐため、以後はエカテリーナ・トハチェフスカヤをカチューシャと呼称する。

おそらくそれが紳士諸兄も見慣れた表記だろう。

 

「そりゃそうよ……ノンナ、周りを見なさい」

 

戦車に乗れるギリギリの長身と流れるような黒髪、涼やかな目元が印象的な彼女はカチューシャの言うとおり周囲を見回し、

 

「いつも通りですが?」

 

本来は清浄な雪と氷の世界のはずのそこは、今は”地獄”と形容できる風景が広がっていた。

あちこちで炎上するアメリカ、イギリス、今はかつての国の姿を失ったポーランドとフランス、イタリアの戦車まである。

言うまでもなく全てが既に兵器としての価値を失い、kg辺りいくらで取引される屑鉄としての価値しかないだろう。

そして、それらを操っていた者たちもまた人の姿を失い、「かつて人間と呼ばれた物体」となっていた。

そして、残骸から這い出てきた敵兵に戦利品であるフィンランド製のスオミKP/-31短機関銃を構え、

 

「カチューシャは射的じゃなくて狩猟がしたいの! 大体、相手が軽戦車(こもの)ばっかりじゃ、せっかく『ミーシャ伯父さま』に無理言って”新型戦車(この子)”を借りてきた甲斐がないったらありゃしないわよ!」

 

逃げ出す敵兵に無造作に引き金を絞った。

背中に銃弾を浴びて倒れる無駄にでかい背丈のスオミ人にカチューシャは既に興味を無くしていた。

 

カチューシャの言うことは間違っていない。

史実と違いソ連と名を変えたロシアに対しフィンランドは、相応の装備を用意できていた。

例えばそれは型遅れの軽戦車ばかりといえど、史実の戦車保有量の20倍近い約600両もの戦車をはじめとする装甲戦闘車両を用意していたのだ。

他にも性能はともかくとして航空機も史実以上に数を揃えた。その数、実に1000機だ。

 

国際連盟からの追放のみが懲罰だった史実に比べると、英米はよほど本気を出してフィンランドを支援したらしい。

 

 

 

***

 

 

 

だが、結果は変わらなかった。

簡単に言えばフィンランドは事実上敗北し、史実同様の条件を飲まざる得なくなっていた。

なぜか?

 

それはソ連の首班がスターリンではなくリヴォフ・ダヴィードヴィチ・トロツキーということも大きいだろう。

例えば、史実ではスターリンの大粛清によってその時代のソ連軍の大佐以上の軍高級将校の七割近くが粛清されたというのだ。

その中にはミハエル・トハチェフスキーのような有能な軍人も大勢いた。

 

しかし、軍とは良好な関係を築けていたトロツキーは無駄な粛清などしなかった。

無論、一切の粛清はしなかったとは言わない。

例えばレーニンの死の直前、スターリンが”事故死”した後に国家の実権を握ったトロツキーは、かねてから調べ上げていたスターリンとその腰巾着の悉くを一族郎党まとめて処刑してるのだ。

例えば、政治畑ではベリヤ、ポスティシェフ、コシオール、ルズタークなどがあげられるし、GPUはヤゴーダやエジェフなどの危険因子を真っ先に処刑、ヤゴーダ派のパウケル/モルチャーノフ/プロコーフィエフ、エジェフ派のフリノフスキー/ザコーフスキー/ベールマン/アグラーノフを次々と粛清し事実上の組織解体。

 

軍人でもスターリンと昵懇だっただけで出世しただけの無能者だったヴォロシーロフが真っ先に有無を言わさず処刑され、また政治将校制度が全面的に廃止された。

余談ながら、おそらくこの世界で開発されるJS戦車シリーズやKV戦車シリーズは、スターリンやヴォロシーロフとは無関係だろう。

おそらくは開発責任者のイニシャルだったり単なる開発コードだった可能性もある。

 

以上のようにトロツキーもかなり大掛かりな粛清はやったが、史実のスターリンに比べるなら「子供の火遊び」程度のものであり、むしろ国内の不穏分子の大掃除と言える程度のものかもしれない。

 

ただトロツキー流の粛清効果も確かにあり、フィンランド人にとっては残念なことに害毒や無能者を排除したソ連には、第一次世界大戦とロシア革命の内戦を潜り抜けた歴戦の優秀な軍人が丸々残り、また史実同様のジェーコフなどの優秀な若手も育ってきていた。

インテリゲンチャ全体はともかくとして、テクノクラートやビューロクラートはむしろ優遇されてきたのだった。

 

結果としてこの有様だった。

史実の20倍の装甲戦闘車両と7倍の航空機を投入しても……負けたのだ。

いや、今のソ連軍相手に『史実と同程度の被害』で済んだのだから、むしろ誉めるべきだろうか?

参考までにいっておけば、ソ連は逆に史実に比べて投入した戦力は『半分以下』で犠牲は1/4にも満たない。

 

シモン・ヘイへをはじめ多くのフィンランドの英雄が活躍したが、それでも結果は変わらなかった。

そしてカチューシャの不機嫌の要因……楽しい楽しい戦争の時間が史実と同じ日付で終わろうとしているのも、ソ連が多大な犠牲を犠牲をだしたのではなく「本来の目的(フィンランドに突きつけた要求)を達成したのだから、これ以上の戦闘継続の意味は無い」という判断だった。

 

 

 

***

 

 

 

はっきり言ってカチューシャは物足りなかった。

せっかく祖国が威信をかけて開発した最新鋭戦車群、脚が自慢の快速戦車BT-7シリーズにカチューシャお気に入りのKV-1/KV-2重戦車、何より……

 

「本当に何のために”この子”……”T-34”を持ってきたのかわからないわよ」

 

そう、彼女が「乗って戦うならこの戦車よねっ!」と一目惚れした、歴史に名を残す名戦車の『T-34中戦車』なのだ。

 

せっかくまだ若いのに赤軍元帥やってる大大大好きな伯父さまに、サンタコスまでしてものすごぉ~く甘えて一晩中小さな肢体と幼い器(口や尻も含む)でハッスルして、伯父さまの足腰立たなくしてからもぎ取ってきた、まだ工場で出来たばかりの最新の長砲身戦車砲『F-34/76mm戦車砲』を装備したテストモデルなのに、

 

「T-34が戦うのに相応しい相手がいないじゃない!」

 

とまあこういう具合だ。

 

「それは最初からわかっていたことでしょう?」

 

事前の調査でも、フィンランド軍にろくな戦車がないことは既に知られていた。

しかも、この戦争で大分消耗してしまっているのだ。

 

「そうだけどさ……でも、もうちょっと歯ごたえがあるって言うか」

 

ノンナは未だ燻る鋼鉄の残骸を見ながら、

 

「彼らはよくやったと思いますよ? 戦争の最終日に、奪われた祖国の領土を少しでも奪還しようと突撃してくるなんて……健気でいいじゃないですか」

 

そう、既に明日の3月13日には停戦がなることは決定し、両軍に通達されていた。

しかし、「停戦後の国境線は3月13日午前零時時点での両軍の占有地域を基準とする」という文言が加わっていたため、この最終日の攻勢にはそれなりの意味も正当性もあった。

そして、フィンランド側には「この地区には、警備任務の1個戦車中隊規模の車両しか護りに着いていない」という情報を意図的に流布してあった。

だからこそ、なけなしの残存戦車群を投入したのだ。

だが、スオミ戦車乗りを待ち受けていたのは過酷な運命だった……

 

「まあ、それを待ち伏せて一気に殲滅っていうのは確かに気分良かったけど……」

 

情報自体は間違っていなかった。確かにいたのは普通の国で言えば精々増強1個戦車中隊だ。

しかし、カチューシャは率いる最新鋭戦車ばかりで固められた【特設戦車試験中隊】の15両で、囮と待ち伏せを巧に組み合わせた戦術と性能差を生かし、その倍以上の……数だけなら大隊規模と言っていい相手を完膚なきまで叩き伏せてしまったのだから。

 

後に【冬戦争】と呼ばれるこの戦いにおいて、フィンランド軍が行った最後の機甲戦でソ連は……いや、カチューシャは一方的な勝利を収めていた。

敵の残存車両はなく、仮称カチューシャ中隊において故障以外の損失車は皆無だった。

 

 

「フィンランド人に多くを求めてはいけません。それともいっそフィンランド首都(ヘルシンキ)まで進軍しますか? するというなら最後までおつきあいしますけど」

 

心から信頼してる副官のノンナにこうまで言われてしまえば、さしものカチューシャも引くしかない。

いわゆる思考の戦術的撤退だ。

 

「ねえ、ノンナ……次はどこだっけ?」

 

「確か遠征軍は休息や補給を行った後、一部が転戦。増援と合流しつつこのまま『バルト三国』への侵攻だったと思いますが……いかがなさいますか?」

 

バルト三国とは、ちょうど地理的にフィンランドの下にあるバルト海に面した南北縦に並ぶ三カ国で、北から順にエストニア、ラトビア、リトアニアと並ぶ。

ソ連はドイツの内諾を得て、既にこの三カ国を手段を問わずに併合し、衛星国化することを規定路線として決定していた。

 

「はぁ……まっ、いっか。ノンナ、一旦祖国に戻るわよ」

 

実はカチューシャ達はあくまで、元帥の肝いりで「新型戦車の実戦テスト」という名目で冬戦争に参戦していた。

試験部隊隊長のカチューシャが「試験は終わったわ。帰る」と言えばいつでもモスクワに帰還できるのだ。

 

「よろしいので?」

 

カチューシャは頷きながら、

 

「バルト三国に攻め入るまで、どうせ2ヶ月はかかるもの。その間にレポートの提出やらなにやらをすませちゃうわ。でも、侵攻戦にはきっちり参加させてもらうけど」

 

「わざわざ戻ってきてですか?」

 

「フィンランド以上に碌な相手がいないと思うけど、まだ実戦データ取りたいし。少なくとも地形ごとの行軍走行記録や対人戦のデータくらいは収集できるだろうから」

 

 

 

しかし、世は常に無常なものである。

結局、バルト三国は彼女が残念そうな口調で言っていた規模の戦闘すら起きず、ほぼ無血でソ連の占領を受け入れた。

 

ちょうどその頃、パリはドイツ人の手により陥落していたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
カチューシャ&ノンナが初登場で、そして”この世界の赤い帝国”の概要が語られるエピソードはいかがでしたでしょうか?

やっぱりライバル・キャラの登場は派手にやらないと♪……と思っていたら、気が付くと丸々一本が彼女達のエピソードになっとりました(^^

そして次回は、少しずつ二人の歴史に名を残す……かもしれない装甲少女達の縁が近づく?
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***


設定資料



T-34bis中戦車(カチューシャ乗車モデル)

主砲:F-34/76.2mm戦車砲(口径76.2mm、41.5口径長)
機銃:DT機銃×2(7.62mm×54R弾。砲同軸、車体前面)
エンジン:V-2ディーゼル・エンジン(液冷V型12気筒ディーゼル、500馬力)
車体重量:29.5t
装甲厚:砲塔前面70mm(傾斜装甲),車体前面45mm(傾斜装甲)
サスペンション:クリスティー式
変速機:前進4段/後進1段
操向装置:サイドクラッチ型クラッチ・ブレーキ
最高速:55km/h
乗員:定員4名(5名乗車/操縦可能)
特殊装備:Fu2/Fu5車載無線機、強制排煙機(ベンチレーター)

備考
カチューシャが初登場で乗っていたT-34。何気にCODE1940のもう一つの主役戦車。
まだ1940年初頭だというのに主砲が長砲身のF-34タイプに換装(F-34の搭載は史実では1941年より)されていたり、F-34の搭載にあわせて分厚い装甲の試作大型砲塔……狭い”ピロシキ”型ではなく六角形の印象を持つ”ナット”が搭載されていたりと、色々な年式のハイブリッドな印象がある。
そのくせ、操向装置はサイドクラッチという面倒なものを採用してるあたりは、確かにこの時代のT-34らしいと言えばらしい。

しかし、最も史実のT-34とかけ離れていたのは、この”カチューシャ・モデル(あるいはカチューシャ・スペシャル)”以降に生産されるT-34は、全車に無線機が標準搭載していることだ。
実は史実のT-34は無線機の数が足りず、中隊長車以上の車両にしか搭載されてなかったのだ。
それが全車標準搭載となると大きく意味が変わってくる。
例えば、独ソ戦初期において戦車の性能でも数でも勝るソ連にドイツが圧倒できた理由の一つが、ドイツが無線機を標準装備しており、戦車の有機的な戦術運用が可能だったのだ。
確かに史実のソ連軍は大粛清の影響で優秀な将校が大幅に不足していたが、それを差し引いてもなおこれだけの差が出たのだ。

そして地味にみほ達に限らず敵対者に利くのは、照準機とトランスミッション、サスペンションに使われるバネなどのの構造自体は史実と大きく変わらぬものの、品質が「ドイツ軍規格水準」ということだろう。
史実のT-34の照準機は構造自体は優秀だった物の、ガラス自体の品質が悪く加工精度も低かったためにレンズの曇りや歪み/気泡がひどくソ連戦車の命中率の低さの一因とされていた。同時にトランスミッションとバネも冶金技術や加工精度の問題を抱えていた。
実際にトランスミッションの操作は非常に重く、バネは劣化しやすかった。

しかし、”この世界”では史実と違って良好なドイツに部品の生産を発注するという力技で問題を解決し、今はドイツ人技師の指導の下でライセンス生産の準備を整えている。

故に目と足に抱えていた問題は払拭され、オマケに耳まで付いた。
ただ欠点は相変わらず存在し、一つは前出のサイドクラッチ式の操向装置で小回りが利かないこと。もう一つはエア・フィルターの出来が悪くエンジンの磨耗が激しく性能低下を招き易いことであろう。

また車内の砲弾レイアウトの悪さや、例えば主砲操作のハンドルは腕を交差させて回さなければならないという使いにくい各種インターフェースの配置は、大型砲塔の採用により見直され、狭すぎたピロシキ型に比べて居住性も大幅に改善されている(というより大型砲塔の採用理由がそもそもそれらの不具合の改善)。


これらの欠点が根本的に解決されるのは1942年型T-34、通称”T-34M(仮称)”の登場を待つ必要があった。



追記事項
第11話にて”冬戦争”以降の1940年の秋よりにまだペースは遅いが小規模量産され、【T-34bis(bisは改良型の意味)】の制式名称が与えられていることが判明した。
開発時期から考えて、史実の41年型T-34に対応するモデルだと推察される。







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第05話 ”西住家の肖像……です”

皆様、こんばんわ~。
年末進行、年末を「帰省を迎える側」であるため忙殺スケジュールの作者です(泣)
本当に中々執筆がはかどらず、アップが遅れてしまいすいませんです。

さて今回は……みほが相変わらずトンデモ提案とかもしますが、基本的には拠点イベントというかギャグパートと言いましょうか(^^
あんこう以外……特にカメのその後とかも出てきます。
あっ、それと久しぶりにR-15的な表現があるので、その手の表現がお嫌いな読者様はブラウザバックを強く推奨いたします。

***

おそらくですが、今年の投降はこれで最後だと思います。
後書きにも改めて書くつもりですが、今年は本当にご愛読ありがとうございました!





 

 

さて、話は再び大日本帝国、秋深まる富士山の裾野に戻ろう。

 

「ひゃっほぉ~~~っ! 最高だぜぇ~~~~っ!!」

 

いつも元気なワン娘(優花里)のゴキゲンさに反して、実際に”試製一式中戦車”を蛇行走行(スロラーム)させていたニャン娘(麻子)は、転じていつもと同じあまり表情が出ない顔で、

 

「犬、うっさい」

 

と呟いていた。

そろそろ紅葉鮮やかな晩秋という時期に入り、秋の実りが一段落過ぎた頃……どうやら一式戦車も”あんこうガールズ”達のテストランの甲斐もあり、熟成が進み完成に近づきつつあった。

 

例えば、エンジンマウントに防振用の分厚い硬質ラバーブッシュをかますことによりディーゼル特有の大きな震動が車内に伝わるのを劇的に抑制したり、シンクロメッシュ機構のスリーブの素材を見直し削り出しで製作し直したりした。

このあたりは富士機甲学校に大規模な金工施設があったり、試製一式のトランスミッションがもともとカセット式でエンジンを下ろさなくとも単独で取り外してメンテナンスやオーバーホールが可能なことが功を奏したようだ。

また車内の砲弾ラックや弾薬庫の改善も進んだし、地味にバッテリーもより大容量の物に変更されていたりする。

 

無論、現時点では組み込めなかった改良案もある。

照準機の2軸安定化や防爆弾薬庫、メタル管やマイクロ管を用いた小型軽量高性能を目指す新型無線機などは、今後の課題とされた。

他にも車外砲塔後方左右に取り付けられる発煙弾投射機(スモークディスチャージャー)や砲塔の前部左側に取り付けられる大型投光機(サーチライト)は試験搭載の段階で、色々な大きさやタイプが車載実験されていた。

 

「今後は、発電装置の高効率化や鉛蓄電池の大容量化や耐衝撃化も課題ですね? 可能ならAuxiliary Power Unit(予備動力装置)とか積みたいなー。コンパクトなディーゼル発動機とか……」

 

とはみほの弁だ。

戦車で走りながら、何かまた(主に開発陣と敵対者にとって)碌でもないこと考えたのだろうか?

 

 

 

まあ、彼女のアイデアが取り入れられるかは別にして……

 

「細見少将、APUを搭載してエンジンから動力を引っ張るんじゃなくてAPUから動力引っ張って機械式過給機(スーパーチャージャー)を回す方法を考えたんですが……もしかしたら大排気量ディーゼルには、スーパーチャージャーより排気タービン式過給機(ターボチャージャー)の方が効率いいかもしれませんよ?」

 

いや、だから……細見忠雄少将閣下?

 

「ほう……その根拠はなんだね?」

 

「自己着火のディーゼルは、スロットルバルブがないから低速でも排気が多くて排圧が高いですよね? 過給圧を上げてもガソリン・エンジンと違ってノッキングやデトネーション起こさないし。基本、排気温度もガソリンエンジンに比べてディーゼルは低いですから、ネックになるタービンの耐熱合金……多分、ニッケル系になると思いますけど、設計がガソリン用のそれに比べて耐熱限界がシビアじゃありませんから」

 

「なるほど。みほ君はことディーゼルに関しては、エンジンから駆動力を引っ張る機械式より、排圧利用の排気タービン式の方が明らかに効率がいいというんだね?」

 

みほは無言で頷く。

 

「よろしい。後で模式図添付の稟議書として私のとこへ持ってきなさい。悪いようにはせんよ」

 

(ふむ……みほ君の稟議書が来たら、”原登美雄”少将(とみさん)に話を通してみるか)

 

みほは笑顔で敬礼を返す。

 

西住みほ……一体、どこまで日本の戦車開発を加速させるつもりだろうか?

というか日本戦車の開発スタッフの皆様の健闘を祈ると同時に黙祷を捧げたい。

 

 

 

***

 

 

 

「西住たいちょお~~~っ! 大分、仕上がってきましたよね♪」

 

ある日のミーティング、優花里はご機嫌が続いていた。

それもご尤もな話で、いよいよ試製一式戦車の熟成が進み実戦テストが可能なレベルになってきたのだ。

 

「単独で実戦投入するのか?」

 

「あ~……確かにちょっと」

 

麻子の鋭い指摘にちょっとテンション・ダウンしてしまう優花里だったが、

 

「それについては問題ないと思うよ? 細見少将が言ってたけど、基本的にわたし達の乗ってるのと同じセッティングの試製一式……それとも『一式中戦車・先行量産型』とでもなるのかな? とにかくその戦車が届くみたいだから」

 

「それは初耳です♪ もう量産が始まってるのですか?」

 

華の疑問にみほは少し考えてから、

 

「厳密には部品製造装置や治具なんかの生産設備のテストを兼ねた試験生産みたいだね。あと、サーチライトやスモーク・ディスチャージャーなんかの外部装備はまだ本決まりじゃないから、いろんな型式を試したいみたい。ライトだけでも出力や大きさ形状の違いで5種類、スモーク・ディスチャージャーで3種類用意されてるしね」

 

「組み合わせなら15通りだね……って、みぽりん、もしかして他に14両は届くってこと?」

 

沙織の言葉にみほは笑顔で頷き、

 

「わたし達の戦車も今、外部装備の取り付け作業してるところだよ♪」

 

 

 

「しかし、隊長……戦車は揃うとしても、搭乗員(クルー)はどうするんだ? 富士機甲学校(ココ)から借りるのか? 15両なら中隊規模の人員がいるぞ?」

 

「それも手配済みだよ。整備関係は人員も機材もココから借りれる予定になってるから……クルーは旧第6中隊を中心に、「大洗女子戦車学校」組に細見少将に頼んで声をかけてもらってるんだ。もしかしたら、同窓会できるかもよ?」

 

みほの口ぶりから察すると、旧第6中隊だけでなく、あの中隊にいなかった同期や、例えば原作で言う”1年生組”も入るようだ。

彼女達は今年の3月に無事に大洗女子を卒業し、4月からは1年生軍人として装甲士官をやってるはずである。

もしかしたら自分達のように『特地』派遣になった可能性もあるが、去年に大損害を与えたせいで今年の秋季大攻勢、”帝国”名物の「ドキッ! 傭兵と農夫だらけの農閑期の戦祭り」は早い段階から中止が発表されていたために、今年はイタリカ周辺でも小競り合いしか起きてない。

確かに自らも軍上層部の一員で、古い友人が機甲総監だったり陸軍中央後術本部の重鎮だったりする細見のコネなら、なるほど本人の同意があれば長くても三年兵でしかない新前軍人なら簡単に引き抜いて集められるかもしれない。

 

「え"っ?」

 

何やら酷く驚いた……いや、なんか微妙に違う反応をする沙織。

別に嬉しくないわけではないようだが、なんか複雑な事情があるような……?

 

「でも、さすがに杏さんは無理かなぁ……」

 

「ああ、確かに。今、陸軍大学(あおやま)にいますもんね」

 

華の言葉にみほは頷くが、

 

「というか中隊長車(カメ)組は無理なんじゃない? 河島先輩だって会長に感化されたのか、今は短期士官養成コースに入りなおして、修了したら他の軍立専門学校に通うって言ってるみたいだし。それに小山先輩は……」

 

「武部殿っ!?」

 

「馬鹿! 沙織、それ隊長の前では禁句だ……!」

 

”ビキッ!”

 

その瞬間、みほの持っていたマグカップの取っ手に不吉な皹が入った……

 

「優花里チャン、麻子チャン、何ヲ慌テテルノカナ? 大丈夫。ワタシハ冷静ダヨ? 冷静ニ決マッテルヨ」

 

「「ひいっ!?」」

 

口の端を吊り上げただけの笑みと呼ぶには冷たすぎる口元と、全く笑ってない目……ワン娘とニャン娘が震え上がって抱き合うのも無理もない。

 

「み、みぽりん……まさか、まだ根に持ってる……とか?」

 

「アンナ巨乳崇拝者ハ兄ジャナイ。兄ハ名誉ノ戦死ヲトゲタ。諸君ラノ愛シタ西住虎治郎ハ、ナゼ死ンダノカ? おっぱい星人ダカラダ!」

 

「いや死んでないって。きっとピンピンしてると思うよ?」

 

「脚の間の暴れん棒がですか?」

 

「……華、さらっと下ネタ入れない。いや、小山先輩のあのお腹を見てると間違ってない気もするけど」

 

すると華はコロコロと鈴が鳴るような笑い声で、

 

「沙織さん、さっきから気になってたんですけど……もう大分前に”小山先輩”でなく”西住先輩”ですよ? 旧姓でいつまでも言っていたら、柚子さんに失礼じゃないですか?」

 

「わわっ!? 華のおバカ! これ以上、みほを煽ってどうすんのよっ!?」

 

「あら? 最初に導火線に火をつけたのは沙織さんじゃないですか♪」

 

五十鈴華……相変わらず肝っ玉が据わっていた。

いや、もはやこれはそういうレベルではない気もするが……というか確信犯じゃね?

それより……

 

「すれんだーガ売リノ西住家ノ異端者ニ死ノ鉄槌ヲ! 起テヨ臣民! ジーク貧乳!」

 

誰かみほの熱暴走(?)止めてやれって。

それとそれは敵国(予定)の言い回しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***************************************

 

 

 

 

 

みほがこうなってしまった理由は、今年の春にあった。

ついこの間まで遣イタリカ師団戦車連隊第6中隊中隊長の元生徒会長、角谷杏中尉(当時)が、

 

『ほんじゃま、陸軍大学に行ってくっから。また会おうねー』

 

と近所に買い物に行くような気楽な台詞と共に去ったのは、別にいい。

寂しくないと言えば嘘になるが、いつまでも学生気分じゃいられないのは残された面々だってわかっていた。

それに既に3月31日付けで中隊は解散になっていたのだ。

皆にはそれぞれの進むべき道があった。

 

しかし、だ。

いくら鋼鉄将校の西住みほとて、この台詞は”8.8cmFlak18/36/37(アハト・アハト)”の直撃を食らったくらいのインパクトがあったはずだ。

 

それはとある春の日……

みほは、大洗女子組の中で最もロケットオパーイを誇る小山柚子(旧姓)に呼び出された。

 

 

 

***

 

 

 

(なんだろ? わたしはどちらかと言えば、ちっちゃくて平たい娘の方が好みなんだけどなあ……)

 

そっちの方向に思考が流れるあたり、みほも存外に業が深いのかもしれない。

だが、みほの好みは関係なかった。

どちらかと言えば兄の好みの問題だった。

 

『西住さん……ううん。みほちゃん、来てくれてありがとう』

 

(みほ、”ちゃん”……?)

 

『いえ。どうかしたんですか?』

 

『あ、あのね、突然だけど……私のこと”お義姉(ねえ)ちゃん”って呼んでみて欲しいかなって』

 

『へっ……?』

 

この時、みほの思考はかっきり10秒は空白化したという。

 

 

 

さて、前作【祝☆劇場版公開記念! ガルパンにゲート成分を混ぜて『門』の開通を100年以上早めてみた】を読んでいただけた紳士淑女諸兄は、最終話で小山柚子と西住虎治郎との間に、こんな会話があったことを覚えていないだろうか?

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「あっ、あの!」

 

「ん?」

 

「わ、私をもらってくださいっ!!」

 

「…………へっ?」

 

 

 

一応、この続きはあるにはあるのだが……

 

「そ、それじゃあ戴こうかな?」

 

柚子はズボンタイプの戦闘服ではなく、わざわざ着てきた制服のミニスカートのホックを外す。

ぱさっとスカートは床に落ち、むっちりとした太腿と清楚な下着が顕になる。

そのコントラストがまた妙にエロかった。

そして、柚子は上着のボタンとブラのフロントホックを外し……

 

「あ、あの……おっきいおっぱいって、す、好きですかっ!?」

 

緊張のあまり声が裏返る柚子だった。

虎治郎はゴクリと生唾を飲み込み、

 

「じ、実は大好物だ」

 

「よ、よかったあ~」

 

柚子はほっとした表情で、椅子に座る虎治郎の前にしゃがみこみ、

 

「じゃ、じゃあ、まずはその私の胸でその、遊んでください!」

 

柚子は徐にジッパーをおろし、虎治郎の起動も装填も終わった長砲身をじっと見て、覚悟を決めたように……

 

「えいっ」

 

”ぷにゅ”

 

「うひょ!?」

 

具体的には書けないのが残念だが……軍隊的な表現で言うと、虎治郎のソーセージを柚子は自前の巨大な肉マシュマロで挟んでいたということだ。

 

「ど、どこで君はこんな技を覚えたんだ……?」

 

「えっと、胸が大きい娘はこういうことをすれば男の人は喜ぶって友達が貸してくれた雑誌に……」

 

柚子にそんな素晴ら……ケシカラン雑誌を貸した友達が誰かは気になるが、誰かわかったら

(一杯おごりたい気分だ)

 

と、虎治郎は思ったとか思わなかったとか。

そして、

 

”どくっ”

 

「うっ!」

 

”びしゃ”

 

顔にかかった粘着質の白い液体に、柚子は一瞬だけびっくりしたような顔をしたが……

それが何なのかを理解した彼女は、うっとりした表情で、

 

「虎治郎さんの……あったかい……」

 

頬から口元に垂れてきたそれを、柚子は舌でぺろりと舐め、

 

「虎治郎さん……お願いですからえっちな柚子にもっとください……柚子のこと、めちゃくちゃにしてください」

 

 

 

どうやら柚子の”初めての場所”は、放課後の教室ならぬ戦闘後の虎治郎の執務室だったらしい。

いつかは完全版を書いてみたいものではあるが。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

さて、再びみほと柚子のシーンに戻ろう。

 

『えっとね……驚かないで欲しいんだけど、私のお腹の中に、ね。もう虎治郎さんとの赤ちゃんが……』

 

『へ、へぇ~。そうなんですか』

 

この時、みほは自分の顔に筋肉が上手く動かず引きつるのを確かに感じたという。

 

『そ、それでね、お腹が目立っちゃう前に祝言あげようかなって話になってて……私も3月31日付けで退役して、予備役編入の手続きとっちゃったし』

 

どうやら柚子は寿退社ならぬ寿退役するらしい。

 

『まず西住家にご挨拶に行く前に、みほちゃんに話すのが筋かなって。大洗女子時代からずっと一緒の戦友だし、これから義妹(いもうと)になるんだし』

 

『い、いい判断だと思いますよ?』

 

ここはいっそ『いい度胸してると思いますよ?』と喉から出かかったのを押さえ込んだみほを誉めてもいいところだ。

 

そして、二人は(少なくとも傍目から見れば)和やかな雰囲気のまま談笑し、分かれたという。

しかし、柚子の聴覚が鋭敏でなかったのは幸いである。

何しろ去り際、みほは確かに、

 

『バカ兄、コロス』

 

と呟いていたのだから。

 

 

 

***

 

 

 

さて、その後……

 

「異端者に死と滅びの鉄槌を! パンツァー・フォー!!」

 

「兄より優れた妹がいるかっ!!」

 

「今のわたしは阿修羅すら憤怒の炎で焼き尽くせそうだよ!」

 

「ガチ百合が言えた義理かっ!!」

 

「わたしは両刀(バイ)だもんっ!!」

 

虎治郎と柚子の祝言の余興として(あるいはその名目で)催された『西住†無双 ドキッ! 修羅道に落ちた兄妹(きょうだい)対決♪』において、西住家所有の八九式”自家用”戦車同士の1 on 1(タイマン)勝負は、後に戦車道が生まれる要因の一つになったといわれるほどの白熱灼熱の、模擬戦とは思えない熱量を帯びた名勝負(ガチバトル)だったらしい。

 

その時の参加者の一人……ボランティアで模擬戦後の戦車オーバーホールを買って出た参加者の一人によれば、

 

「一体何をどうやったら、演習弾(ペンキ)でフルメンテ必須なほどのダメージが与えられるんスかねぇ~」

 

とのことだったようだ。

 

ともかく柚子は現在、熊本……それも西住本家にいるようである。

きっと近々、おめでたい報告が来るかもしれない。

最後に西住中尉、何かコメントを。

 

「絶対に叔母さんとか呼ばせない」

 

 

 

……お後がよろしいようで。

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、おそらく今年最後のエピソード、ご愛読ありがとうございました!
虎治郎アニキと柚子の交際が順調……順調すぎてみほが阿修羅すらも凌駕した気もするエピソードは如何だったでしょうか?(^^

果たして今年最後のエピソードがこれでよかったのか、悩みどころですねー(笑)
とはいえ、次回からは「大洗女子」の面々が再集結?

新年早々、賑やかになるかもしれないです。

本当に今年はご愛読ありがとうございました!
また来年も「CODE1940」をよろしくお願いいたします。
それでは皆様、よいお年を!!



***



設定資料集



原登美雄(はら・とみお)

階級:陸軍少将
役職:陸軍中央技術本部戦車開発局局長
資格:工学系の博士号を複数保有
特記事項:元”一式中戦車”の開発責任者。また現”三式重戦車”ならびその周辺システムの開発最高責任者。

モデルになったのは「日本における戦車の父」、「戦車の神様」こと”原乙未生”中将。
細見忠雄少将とは、第一次世界大戦の頃に観戦武官としてわざわざ欧州まで戦車を見に行った仲で、「とみさん」「たださん」と渾名で呼び合う関係。
ここに酒井勇次中将が入ると、【日本陸軍戦車三羽烏】もしくは【日本陸軍三大戦車馬鹿】が完成する。

当時は技官の一人だったが九七式戦車に遊星歯車装置(プラネタリーギア)式のクラッチ・ブレーキの採用をねじ込み採用に踏み切らせ、自らが開発最高責任者となった一式戦車にはその発展型である油圧サーボ付二重差動式遊星歯車装置(プラネタリーギア)型クラッチ・ブレーキを導入するなど、後の日本の戦車開発に残した影響は、戦後も含めて計り知れない。
現在は一式に引き続き”三式重戦車”の開発責任者になっており、彼の仕事っぷりによって1942年以降の機甲戦の難易度が変わるという実は重要キャラ。

本編ではなんとなくしか書かれてないかもしれないが、一式中戦車は日本で始めて「対戦車戦を想定して設計された戦車」であり、そのコンセプトを纏めたのが彼だと言えば、その先見性や能力の高さがわかると思う。

今後に登場予定の一式改中戦車、三式重戦車、四式中戦車、五式重戦車(全て仮称)の全ての裏に彼がいるのは間違いないだろう。











目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第06話 ”アルミラージとスパナ・ライオンです!”

皆様、あけましておめでとうございまーす!
今年もどうかよろしくお願いします。

さて、今年一発目のエピソードは……前作では出番が無かった「大洗女子戦車学校」の面々が出てくる回です。

彼女達は、果たしてどんな成長をしているのでしょうか?


 

 

 

大日本帝国、陸軍施設、某所

 

黒いカーテンと目張りにより、ある意味において外界から完全に途絶された世界……本来なら暗黒となるべき空間が、円卓の上に灯ったたった一本の蝋燭という頼りない光源の存在で、辛うじてその部屋には六人の人間がいることを教えてくれる。

 

ただし、光に浮かび上がったそれらのシルエットは、「いっそ見えないほうが良かった」と思えるほどに異様であり異質であった。

 

例えば”それら”……中身が人間、それも少女と仮定するならば六人は一様に黒い円錐型の頭巾をすっぽり被っている異様ないでたちだった。

きっと素顔を隠すためなのだろうが……その異常な空気は、どこかKKKや魔女の集会(サバト)のようなカルト的な、あるいはオカルティックな気配すらを感じさせる。

約一名、頭巾の上から丸眼鏡をかけ、ツインテールをわざわざ頭巾に穴をあけて出している……それがある種の残念感というか台無し感を出してるような気もするが、細かいことはきっと気にしてはいけないのだろう。

 

「皆に集まってもらったのは他でもないわ。我ら秘密結社【SS-KA】にとって、組織の存亡に関わる由々しき事態が発生してることは……みんな知ってるわね?」

 

と前出の残念……じゃなかった。頭巾&眼鏡+ツインテールというとてつもなく自己主張の激しい格好をしてる女の子が切り出す。

えっ? なんで女の子だと断定できるのかだって?

声もだけど着てるの女子用の制服だし……体形から見ても女の子っぽいけど、全員が男の娘だったら予想の斜め上過ぎる。だが、それはそれでありと言えばありだ。

 

あっ、ちなみに【SS-KA】とは、【(S)(S)輩を(K)よなく(A)する会】のことらしい。

別に”某国の鉤十字親衛隊”の関連組織とか日本支部とかではないので安心して欲しい。

 

「”イタリカでの一連の乱痴気騒ぎ”のことでしょ? 『エージェント・WAN娘』と『エージェント・NYAN娘』によれば、特に最終日までの1週間は酷かったらしいね?」

 

とはリーダー格の娘。よくは知らないけど、みほが卒業した後”アンコウの後継者”達を引っ張り、その年の「女子戦車学校交流選手権」で名門黒森峰と引き分け同率優勝を飾ったという栄誉の持ち主かもしれない。

 

参考までにに書いておけば、「女子戦車学校交流選手権」というのは女子戦車学校の技量向上を目的に各学校で中隊編成の1チームを結成、それらを総当りのリーグ戦方式で模擬戦を行うイベントのことだ。

そしてこの毎年の恒例行事が伝統化し、戦後に戦車を使った”とある女子武道”へ発展する……という未来があるかもしれない。

 

「……まこせんぱい♪」

 

何やら謎ワードを呟いたちっこくてぼ~っとしてる印象の娘は多分、きんつばと昆布茶が好きに違いない。

いや、確証はないが。

 

「いやぁ~っ! わたしのガンダ……じゃなかった沙織先輩が、男共の欲望と白濁液のはけ口になるなんてぇ~~~っ!!」

 

頭巾の下で涙目になりながらイヤイヤしてるのは、なんだか平行世界(げんさく)で、「戦車で彼氏に逃げられた」だのなんだの言ってた女の子のような気がする。

無論、確証はない。

 

()()()()()()()()()()だよっ!」

 

あれ? なんだかこの娘は返事が「あい!」のような気がしてきた。

 

「ごめーん。つい本音がでちゃった♪」

 

頭巾の中でテヘペロ☆をしながら、自分の頭を小突く……そんな、あざとい仕草が妙に様になっているような気がする。

 

「二人とも止めなよ。今は仲間同士で沙織先輩の所有権を主張する場じゃなくて、沙織先輩に『沙織先輩の男好きする肢体(からだ)が、男の手じゃなくて私達の手で作られた』ってことを思い出させることだろ?」

 

あっ、なんかこの娘って、ちょっとストレスためてそうな気がする。

特に理由があるわけじゃないけど、なんとなく沙織のご乱行に苛立ってるような?

 

「それよっ! 沙織先輩の処女を力技で無理やり奪ったのは、男なんかじゃなくてわたし達だもん♪ だから沙織先輩はずぅ~っとわたしの物よね?」

 

()()()()()()だってばっ!!」

 

いやそんな正々堂々とレイ……その種の発言されても、対応に困るんだが。

 

「ふっふっふ……優、じゃなかった。エージェント・UK&エージェント・KR、いいこと言うじゃないのさ? 実は、沙織先輩に会えなく、ただ近況報告を待つしかできなかった我ら【SS-KA】だったが……神は、我らを見捨ててはいなかったのだ!」

 

「あや、それどういう意味?」

 

()()()()()()()A()Y()! エージェント・AZ、我らの神といえば一人しかいないじゃない?」

 

「「「西住大明神(たいちょお)!!」」」

 

「にしずみせんぱい……♪」

 

「ご名答☆」

 

と、あや……もとい。エージェント・AYと名乗る少女は、懐から奇術師(マジシャン)よろしく懐から折りたたまれた書状を取り出した。

 

「西住隊長からの【招待状】だよ♪ どんな魔法を使ったか知らないけど、人事部から正式に辞令が出てて、私達『元・首狩りウサギ(アルミラージ)』を全員召集するってさ☆」

 

かつて彼女達六人は「大洗女子戦車学校」の1年生だった頃、まだまだ未熟ながらもウサギのパーソナルマークを掲げて交流戦で活躍し、杏が卒業する頃にはその格上(としうえ)の相手に果敢に挑み、それを倒す大物喰らい(ビッグイーター)っぷりから、「大洗女子の首狩りウサギ(アルミラージ)」という異名を轟かせていた。

 

「召集って? どういうことよ?」

 

エージェント・AZを名乗る少女が問いかければ、エージェント・AYが覆面の中で弾けるような笑みを浮かべ、

 

「新設される【新型戦車実験中隊】にだよっ☆ またみんなで沙織先輩に会えるんだっ!!」

 

 

 

***

 

 

今更だが……この六人、今年は大規模な秋季戦闘が起こらないことが早期に判明していたイタリカには配属されず、どうやら国内にいたようである。

故にみほ達との合流もスムーズに行われるだろう。

少し沙織の身が心配ではあるが……きっと、それはそれだ。

 

少女達の欲望は止まらない。

 

「う・ふ・ふ~♪ 沙織先輩にどんなオモチャためしちゃおっかなぁ? 今から楽しみだなぁ」

 

いや、さすがに少しは自重した方が……

 

「だって、沙織先輩に本来の”ご主人様”を思い出してもらうんだもん。中途半端は駄目だよね?」

 

沙織の明日はどっちだ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

さて、場所は変わってここは神奈川県相模原市、【陸軍機甲整備学校】。

史実では1940年当時は東京都世田谷区にあったのだが、戦車開発が激しい”この世界”では最初の開校予定地だった世田谷区ではすぐに手狭になることが判明したために、早期に計画が変更されて最初から相模原市に設立されることになったらしい。

 

【みほから招待状】を受け取った面々はここにもいて……

 

「みんなー、西住隊長から【招待状】が届いたよー」

 

と、少し間延びした声で告げるのは、技術将校(スパナ)章をつけた呑気な感じの女の子だ。

名を中嶋悟子(なかじま・さとこ)

かつて”「大洗女子」の第一次黄金期”と呼ばれることになる時代、整備面から支え続けた……文字通りの縁の下の力持ち的なポジションの女の子であり、二年生の頃から整備班長として辣腕を振るっていたという。

彼女率いる「大洗女子戦車学校」整備科、通称”ナカジマ・ワークス”がいなければ、第一次黄金期の角谷杏、西住みほ、澤梓と続く交流戦三連覇はなかったとされる。

 

「あっ、なんだって?」

 

さっそく興味を示したのは、健康的な小麦色の肌が自慢の鈴木亜里抄(すずき・ありさ)だった。

 

「なんでも新型の”試製一式中戦車のテストやってるから、整備側の意見も聞きたいみたいだよー。特にアウトドアでのさ」

 

「野戦整備は、私らの真骨頂だからな。さもありなんだ」

 

うんうんと頷くのは、かつて「大洗女子最速の女」と呼ばれたタンクトップ姿が眩しい……というか慎ましやかな膨らみが微妙にエロい少女、星野一美(ほしの・かずみ)だ。

とりあえず、ノーブラは止めたほうが……ごめん。お願いですからこのまま続けてください。

男前な口調なのが、またギャップがあってよいと思う。

 

「ドリフトドリフト♪」

 

実に楽しそうな声を上げるのは、リーダーと同じ類の程よい緩さを持つムードメーカーの土屋圭子(つちや・けいこ)だ。

 

「雪道とかの低μ路面で慣性モーメント使えばねー」

 

「超信地旋回とかは?」

 

「わたしの知ってる限りじゃ、一式の操向装置(ステア)は九七式の二重作動式遊星歯車装置(プラネタリーギア)タイプの発展型だから……緩旋回や信地旋回はできるけど、超信地は無理だとおもうよー」

 

「あれ? 新型って”メリット・ブラウン式”の使うって言ってなかったっけ? 変速機と操向装置が一体になったやつ?」

 

そう質問したのは鈴木、いやこの場合はスズキと書いたほうが的確か?だった。

 

「ああ、きっとそれは”三式重戦車”の方じゃないかな? 従来型のクラッチ・ブレーキと比較してるって、風の噂で聞いたことあるよー」

 

「そういえば、懸架装置(サス)も”捻り棒(トーションバー)方式”と”外装バネ(ホルストマン)方式”が試されてるって話だな」

 

こう返したのはホシノだ。

 

「なんせ日本初の40t超級の戦車になるって噂だからねー。中央技本(陸軍中央技術本部のこと)としては色々試してみたいんじゃないの?」

 

「メリット・ブラウンタイプの操向/変速装置(ステア・ミッション)とホルストマン・タイプのサスだったらまんま英国車って感じしない?」

 

とはツチヤの弁。

平行世界(げんさく)では自動車部だけあって、何やら言い回しが自動車用語っぽいのはご愛嬌と言った所か?

 

「となると……日本式はトーションバー・サスと従来型のステアとミッションの組み合わせか?」

 

しかしホシノの言葉にスズキは首を横に振り、

 

「そうとも言い切れないかな? トーションバーは【L-60軽戦車】を輸入した時から研究始めてるし、ホルストマン・サスはコイル・スプリング使ってるって意味なら米国のVVSSの発展型とも言えるし。ほら、九七式って連成懸架(シーソー)型と独立懸架型の複合懸架装置(ハイブリッド)っしょ? 独立のほうは米国のVVSSと構造的には近似だし」

 

【L-60軽戦車】というのは史実では1934年にスウェーデンのランツヴェルク社が開発した軽戦車で、世界最初のトーションバー式サスペンションを導入した戦車として知られている。

”この世界”の日本では実車を十数両輸入し、テストの結果、そのサスペンションの優秀さに着目。

すぐに技術パテントを戦車関連各社が連名で買い取り、現在進行形で研究されていた。

 

「だねー。ついでに言えばメリット・ブラウンのステア・ミッションは、英国から技術供与される前から【動力再生式操向変速機】って名称で前から研究されてるよー」

 

「えっ? それ初耳なんだが」

 

「だろうねー。実際にメリット・ブラウン型を開発/完成させたのは英国だけど、似たようなシステムは【ルノーB1bis重戦車】にも使われてるんだよ」

 

 

 

【ルノーB1bis重戦車】は別名”シャールB1bis重戦車”とも呼ばれ、今は事実上ドイツの傀儡であるヴィシー政権になってしまったフランスの重戦車で、開戦してからも兵器輸出に熱心だった彼の国らしく、日本にもかつて熱心に売込みがされた。

そのため、日本は無印のB1や改良型のB1bisを合計20両近く購入している。

ちなみに原作の風紀委員(カモさん)チームが乗っていた戦車がB1bisだ。

 

”この世界”の日本は、大陸や半島から撤退し、かつては『門』外勢力と呼ばれた”帝国”軍が操る怪異との戦闘が、昔は帝都で今は『特地』で恒常化してるため戦車開発が非常に盛んで、世界中の戦車を予算と政治的状況が許す限り買い漁り研究していた。

 

「もっともメリット・ブラウン型の方が完成度高いみたいだから、そっちを採用すると思うけどね。同盟国価格でライセンス料も安いみたいだし。だけど基礎技術は既にあったりするんだなー、これが」

 

これと類似するような話は他にもあり、例えば第3話に出てきた【ビッカース・タンク・ペリスコープMk.IV】がまさにそれだ。

この車長に車内にいながら全周視界を与える装置、”グンドラフ式戦車用回転全周鏡(パノラマミック・ペリスコープ)”は、元々は”グンドラフ式戦車用ペリスコープ”として開発者のルドルフ・グンドラフの母国の戦車、ポーランドの【TKS豆戦車】や、【7TP軽戦車・単砲塔型】に搭載されていた機材だ。

ちなみに両方とも日本には輸入されていて、特に7TP軽戦車は原作の秋山優花里嬢がお気に入り戦車に挙げている”双砲塔型”を含めた計10両が輸入されていた。

そんな経緯からパノラマミック・ペリスコープは小規模ながら日本でも研究されていて、英ビッカース社からライセンス生産権を含めて同盟割引価格で売込みがあった際に迅速に量産体制に移れたのは以上のような理由がある。

 

「というかナカジマ、妙に詳しいな?」

 

「これでも相応に色々コネはあるからねー。最新技術の収集は趣味みたいなもんだけどさ。ところでみんな、”参戦”する?」

 

「「「もっちろん!!」」」

 

三人の息のあった返答に、ナカジマは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

***

 

 

 

(西住隊長に会うのは、小山先輩の祝言以来だなぁ~)

 

そう、前話にちらっと出てきた西住家所有の八九式”自家用”中戦車を、「西住兄妹ガチバトル」の後にボランティアで修理してたのは彼女達らしい。

 

(しほ様、美人だったなー)

 

蛇足ながら、その時にナカジマ達が()せた見事な腕前に、「日本で最初に戦車に乗った女性」の一人である西住ママこと西住しほが惚れこんだようだ。

特にリーダーのナカジマはベッドに引っ張り込まれた……もとい。懇ろな仲になり、今でもその良好な関係は続いている。

先ほどナカジマが言っていたコネの一つは、間違いなくしほのことだろう。

 

妙な言い方をすれば、ナカジマは現代日本円の換算で資産500億円を軽く超える西住家をパトロンにつけてると言えるかもしれない。

 

どうでもいい話だが……みほは”あるプライベートな一面”においては、とてもしほ似らしい。

父や兄が将来を内心で心配するのも頷ける。

誤解のないように言っておくが、しほの夫との関係は仮面夫婦などではなく極めて円満であり、彼女いわく「可愛いものを愛でたくなるのは人間のサガよ」とのことだ。

 

 

 

かくて懐かしき顔は揃う。

それは試製一式中戦車の開発が佳境に入ったことを示すことでもあり、同時に”新たなステージ”が目前に迫ってることを意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
首狩りウサギが肉食ウサギ(アルミラージ)の属性を追加し、みほが実は性癖的には母親似だったことが判明していたエピソードは如何だったでしょうか?

改めまして、皆様あけましておめでとうございます!
今年も「CODE1940」共々よろしくお願いします!

さっそく、第05話で沙織が「え"っ!?」と微妙な驚き方をしてた伏線回収っと(笑)
そして、ナカジマがこっそり喰われてた(多分)件について。
しほさんが、実は可愛いもの好きだったとは(^^
旦那も参戦したら修羅場……いや、西住パパは斜め上の方向で器でかそうだから、夜目の愛人が女の子だったら普通に流しそうだな~っと。
いや、それとも夫婦兼用か?

なんか、みほが知らぬところでまた家族が増えそうな悪寒が……(汗)

とまあ新年早々百合尽くしのエピソードでしたが、微妙に三式重戦車(次世代戦車)の話が入ってたりしてます。
次回はいよいよ仲間も揃い、新展開か?

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



一〇〇式長七十五粍戦車砲

口径:75mm
砲身長:3375mm(45口径長)
貫通力:500mで垂直112mmの均質圧延鋼装甲(RHA)を貫通(”九九式仮帽/被帽付タングステン弾芯炸裂徹甲弾(APCBC-T/HE)”の使用時)
搭載車両:一式中戦車など

備考
九四式七十五粍戦車砲を再設計した砲で、基本コンセプトは「九四式搭載車両に無改造(あるいは最低限の小改造)で搭載できるギリギリの重さと長さで長砲身化して砲口初速を向上させ、対装甲能力を強化する」である。

そのために単純に九四式の長砲身モデルではなく、合金の配合比率の見直しや冶金技術の向上で長さあたりの重量を軽減すると同時に、ライフリング(腔線)の磨耗や腐食を防ぐために高度なクロームメッキ処理を砲身内部や各部に施すなどして砲身命数の延長を図っている。

しかし、この一〇〇式が開発された最大の理由は、対装甲貫通能力の向上である。
意外に聞こえるかもしれないが、実は原型となった九四式は徹甲弾の誤術発達で開発当時の世界水準を大きく上回る装甲貫通能力を持っていたが、根本的に『特地』での戦闘……対人/対陣地/対怪異を想定して開発されたために重視されたのは榴弾/榴散弾/キャニスター弾などの各種榴弾の使い勝手であり、また日本が徹甲弾開発にしても純粋徹甲弾ではなく徹甲弾に炸薬を仕込んだ「貫通した後に爆発する」徹甲榴弾に傾注したのはそのためだ。
しかし、時は流れて他国の戦車開発も進み、世界水準は軽/中/重戦車というカテゴリーに別れ、特に中/重戦車がますます重装甲化していくのは誰の目にも明らかだった。
そこで日本は、設計期間短縮のために九四式を再設計し「徹甲弾の使用を最優先とした本格的な対装甲戦車砲の開発」を進めた。

1924年(大正13年)、前年の関東大震災で製造施設の破壊などにより不足気味だった砲銃弾を補うために『日米砲弾/弾薬相互間協定』が締結されていたので、薬莢サイズはそのままだが、幸いにして日米共に後に”APHV(あるいはAPCR)”と呼ばれることになる新型の純粋”高速徹甲弾”……後の”一式高速徹甲弾”が開発されるに至った。
実は長砲身化はこの新型高速徹甲弾の性能を生かしきるために最適化された数値で、またこの弾頭を含め、従来型炸裂徹甲弾の完成形とも言える1939年に配備が始まったばかりの九九式APCBC-T/HE弾も新型装薬(発射薬)を使うので薬室内圧力が高く、薬室や尾栓の破損や薬莢の張り付きが懸念されたために全体的に構造強化がなされている。
その為、M4の75mm砲に比べて砲口初速は一割ほどアップしており、装甲貫通力は高い。

しかし、登場直後には世界最強の戦車砲の一角を九四式同様に担い、高速徹甲弾の量産化で当面の苦境は凌げると思われるが、数年以内に陳腐化する可能性が高いために現在、後継の戦車砲開発が急がれている。
一番実用化が早いのはおそらく、試作砲が完成してる【九五式(あるいは八八式改)三吋高射砲】ベースの物で、【九九式九糎高射砲】ベースの物は早くても42年の半ばといわれている。

しかし、一〇〇式での使用を推奨されている現在、誠意開発中の新型高速弾や従来型炸裂徹甲弾の完成形である前出の九九式APCBC-T/HEという事実上の専用弾(九四式で撃てないわけではないが、性能が発揮しきれない)のみならず、九四式で実用化された通常榴弾/粘着榴弾(HESE)/榴散弾/キャニスター弾や各種備蓄徹甲榴弾がそのまま使用できるという後継の新型砲には無い利点もあり、対戦車砲として主力を外れた後も活躍の場は多くあった。
例えば、榴弾の威力が後の三吋砲よりも大きい……初速が低いために貫通力は低いが弾頭が大きくその分威力が高い(九四式の開発ベースに戦車砲に八八式高射砲ではなく九〇式野砲が選ばれた理由がまさにそれ)ため、米国の75mm砲同様に戦争全期間を通じて使用された。
特に敵対する”帝国”が装甲戦闘車両を開発できなかったために、『特地』では一貫して九四式と一〇〇式が主力だったようだ。









目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第07話 ”満州コモンウェルス CODE1905-1931”

皆様、こんばんわ~。
今回のエピソードは……前話と打って変わって珍しく硬派です(えっ?
というか”ガルパン×ゲート・シリーズ”始まって以来、女の子が一切出てきませんです。はい(^^

なんというかこの先、ストーリーを進めるべく避けては通れない「”この世界”の歴史を振り返る」みたいな話になっております。
おかげで文字数はシリーズ最高に……(汗)

かなりややこしいかもしれませんが、「改竄された歴史の観測者」みたいな視点で楽しんでいただければ幸いです。


 

 

 

さて、唐突に物語の舞台は飛ぶ。

ここは日本より遥か離れた異国であり、太平洋を挟んだ隣国ともいえる色んな意味で世界最大級の国家、アメリカ合衆国。

より正確にはバージニア州アーリントン郡に立つ、上空からは正五角形(ペンタゴン)に見える巨大な白亜の建造物だ。

 

この巨大モニュメントの持ち主の名は、【アメリカ国防総省】である。

史実では1944年にトルーマン大統領が提案し、47年に発足した機関である。

実は建屋自体は、元は陸軍省庁舎として計画されたもので1941年9月11日に着工し、1943年1月15日に完成している。

実は世をにぎわせた”9・11テロ”だが、ちょうど着工から60年にあたるその日を狙ったのだから、偶然ではないのだろう。

 

話が横にそれたが、史実と違って”この世界”ではフランク・ディーノ・ルーズベルト大統領が世界恐慌からの影響(不景気)脱却を指針とした【ニューディール政策】の一環として発布されており、組織立ち上げの理由は……

 

『諸君、軍はもっと効率的に運用されねばならぬ。陸軍と海軍を別物と考えるのはあまりに非効率だ。海でも陸でも人は戦ってきた。ならばそれらを統括する機関が必要ではないのかね? 確かに我らには誇るべき”中立法”があるが、戦争は我らの都合や事情をお構いなしに降りかかってくることもある。ならば我々は、効率よく平時に軍を維持/運用し、有事には更なる効率をもって戦争をせねばならない。確かに平時において軍は生産性を持たない……平たく言えば金食い虫だが、平時にまどろみ平和を謳歌するだけで戦時を忘れるのは、愚か者の道徳だと私は思うのだよ』

 

と演説し、満場の拍手をもって国民に受け入れられた。

時に1934年のことである。

また建物自体は、ニューディール政策の一環である『大規模公共投資』の一つとして立案され、史実より5年も早い1938年に完成している。

 

 

 

***

 

 

 

1940年の秋、そのペンタゴンの一室ではある陸軍幹部の男達が、あまり楽しそうでない顔をつき合わせていた。

 

「我らが小さき同志《リトル・フレンド》は、英国で随分と健気に気炎をあgてるようではないか?」

 

「”英国本土防空決戦(バトル・オブ・ブリテン)”では空母機動部隊の活躍が目覚しかったようで。芳佳(よしか)タソ、テラカワユス」

 

「みーやーふーじーは色々駄目だろ? ガチ百合の上に中身淫獣だぞ? 噂じゃ早速、きゅぬーの現地妻をGETしたとか何とか」

 

きっと現地妻の名はリーネとかリネットとか言うに違いない。個人的にはエディフィルも捨てがたいが、アッチは和風黒髪おかっぱのひんぬー少女だ。

えっ? それはリネット違い?

 

「日本系ならここは精悍な”魔眼の射手”、”サムライ・ガール”の異名を持つレディ・坂本をだな……」

 

「二つ名の中二乙」

 

「ハァハァ……美緒様にマヂ踏まれたい」

 

「憲兵さん、こっちです!」

 

以上の会話は意訳(イメージ)なのは言うまでもない。

 

 

 

「ジェントルマン・プリーズ。我々は海式ではなく陸式だ。だからここで語るべきは大西洋の海軍飛行少女隊ではなく、昨今増強著しい”ハルハ川西岸地区(ハルハ・ウエストバンク)”に陣取るモンゴリアンの皮を被った共産主義者(コミュニスト)に関することではないかね?」

 

そう口を開いたのはこの場で一番階級が高そうな男だった。

 

「そうでしたな。確か”美味なる泉(タムサク・ボラグ)”に巨大な要塞を築城したと聞き及んでいますが」

 

「そして、ここ数ヶ月続々と兵器や物資を搬入してると」

 

「それに後方のマタト、ウラン・ツィレク、バイン・トゥメンの各補給基地も拡充してるとか」

 

「拡充というならシベリア鉄道もそうだろう。これまでは軍専用線はボルジャ - バイン・トゥメンまでだったが、つい先日バイン・トゥメン - タムサク・ボラグにも引込み線ができたらしい」

 

最初の会話で思わず能力に疑いをもってしまったが、見れば全員が軍情報部(ミリタリーインテリジェンス)の情報将校徽章持ちだ。

何か一部、その情報収集/分析/解析能力を無駄に使ってる気もするが、間違いなく有能な面々だろう。

 

「以上のような事情を鑑み、早ければ今期中に大規模国境紛争が勃発するかもしれんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

さて、ここで少し注釈が必要になってくるだろう。

1905年(明治38年)9月5日、ポーツマス条約に反対する市民の集まる日比谷公園に突如として開いた『門』と、そこから現れた正体不明の勢力による大虐殺……いわゆる【日比谷『門』異変】から始まる戦闘により、日本は四半世紀以上ににわたり帝都の一部を後に”帝国”と呼ばれる『門』外勢力に占拠されるという屈辱的な情況を味わうことになる。

 

これが結局、日本が中華大陸や朝鮮半島からの全面撤退を踏み切る理由になった……というのは前作も含め何度か触れてると思う。

 

日露戦争の勝敗やポーツマス条約の如何にかかわらず大陸から全面撤退するのはいいが、まさか日露戦争で戦っていた宿敵の帝政ロシアに日本が保有していた大陸権益を国防の観点から絶対に譲るわけには行かず、故に日本は泣く泣くロシアとの仲介役だったアメリカに「日露戦争とポーツマス条約で得た遼東半島を加えた、大陸に持つ『南満州(あるいは内満州)という租借地』を、アメリカに”委任統治”という形で任せる」という苦しい体裁で委譲することを決定した。

 

流石に無料(タダ)で手渡すわけにも行かないので、日露戦争で負った英国からの借金の肩代わりとその後の大陸への市場参入権とその際の税的優遇、またアメリカとの通商関連の譲歩という代償を求めた。

 

まあ、そんな物は大国アメリカにとって微々たる物である。

このあたりのくだりは、第01話にも述べたとおりだ。

 

 

 

では、ここではその後のアメリカと中華大陸のかかわりを書いてみよう。

 

さてポーツマス条約で日本が手に入れた……いや、【日比谷『門』異変】が無ければ日本が手に入れるはずだった大陸の土地は、前出の通り南満州もしくは内満州と呼ばれる土地に日露戦争で得た大連や旅順を含む遼東半島を加えたものだ。

ちなみに南満州の対義語である”北満州(あるいは外満州)”とは、1858年のアイグン条約と1860年の北京条約で、清からロシア帝国に割譲された部分で、そのままソ連に土地が引き継がれていた。

 

その規模は史実の”満州国”と変わらないといっていい。なので便宜上、しばらくはこのアメリカの実効支配地域を”満州”と呼称する。

アメリカは(彼らの感覚からすれば)大した出費もせずに棚ぼた式に易々と満州を手に入れ、念願だった中華大陸への進出を果たした。

しかし、史実の日本と大幅に違うのがこの先だ。

国内に多くの中華系移民を抱えるアメリカは、日本以上に彼らとの関わり方を心得ていた。

 

アメリカが”最初の政治的奇術”を見せたのは、第一次世界大戦前の1911年から1912年に中華大陸で発生した【辛亥革命】のときだ。

惰弱で列強各国に敗北を続け土地を奪われ続けた清王朝打倒と中華人の手による共和制国家の樹立を目的としたこの革命において、アメリカは孫文、黄興、宋教仁、蔡元培、趙声、章炳麟、陶成章等が率いる革命勢力を支援すると同時に、”ラスト・エンペラー”で知られる”愛新覚羅溥儀(あいしんかぐら・ふぎ)”をはじめとする新王朝一族郎党をアメリカに亡命させることに成功する。

そして1912年1月1日、孫文を臨時大統領とする【中華民国】が設立されるのだが、アメリカは満州に居座りながら「中華民国の後ろ盾」という体裁を確固たる物としたのだった。

 

さて、その後に袁世凱(えん・せいがい)が孫文に続いて大統領になるのだが……

第一次世界大戦の真っ最中である1915年-1916年に何をトチ狂ったのか、袁世凱は自ら中華皇帝に即位(実質的に簒奪)し国号を”中華帝国”に改めようとしたが、激怒したアメリカを始め内外から猛反発を浴び、結局それを断念する。

「さすがこの空気の読めなさは袁の姓を持つ一族」と感想を持ってしまうのは、某エロゲのやりすぎだろうか?

いや、れーは様はあれはあれで面白いキャラなんだけどね。

 

ともかく以後、中華大陸は北京政権となった中華民国を初め、軍閥やその他の勢力が跳梁跋扈する混沌(カオス)という表現が相応しい情況が長く続くことになる。

 

ちなみにアメリカはこのカオスを「世界大戦勃発中につき静観」という態度を貫いた。

結局、アメリカは満州の権益を守れればよいわけで、最終的な内乱の勝利者と手を結べばいいと考えていたのかもしれない。

この時のスタンスも史実の日本とは大幅に異なるものであり、「中華民国の後ろ盾」という立ち位置を維持していたために、満州に手を出そうという勢力は華人の中には現れなかった。

 

 

 

書き忘れていたが……史実で存在していた1910年の”日韓併合”は、日本が大陸からも半島からも全面撤退した”この世界”では誰も話題にしないどころか思いつきもせず、李氏朝鮮…、この時代の国号で言う大韓帝国は残っている。

ロシアないしソ連が朝鮮半島に南下しないのは、おそらく満州に居座る”在満米軍”の存在があるからであろう。

当時は『門』外勢力が帝都に居座り続ける日本が保護国にすることも当然なく、また大陸進出と地盤固めに忙しいアメリカも朝鮮半島には消極的であり、保護国とはしていない。

 

もっとも、それは「意図的な空白地帯」を作っている可能性も無視できない。

日本としてはソ連の朝鮮半島への南下と常駐は国防上由々しき事態なのだが、米国から言わせれば満州に常備陸軍兵力があり、同盟国の日本にも日米同盟締結直後から”在日米軍”基地があり艦隊を常駐させてある以上、朝鮮半島へソ連が南下するなら補給路を寸断し、包囲殲滅することは容易であるからだ。

 

 

 

***

 

 

 

さて世界大戦、後で言うところの第一次世界大戦が1918年に終わるのだが……

戦勝国として日本はドイツが支配していた山東半島と南洋諸島を割譲されるのだが、日本は治安管理能力の欠如を理由に……本音は帝都からまだ『門』の向こう側に敵軍を追い返せてない現状で、第一次大戦の参戦だって日英同盟/日米同盟が無ければ絶対しなかったくらいなのに、新たな土地の運営など冗談じゃないという理由で、英米に土地の移譲を提案。

その代わりに英米が代表して各国研究分を除くドイツからの鹵獲/押収兵器の日本への移譲を願い出た。

このあたりの経緯は、前作の【祝☆劇場版公開記念! ガルパンにゲート成分を混ぜて『門』の開通を100年以上早めてみた】に詳しいので、ここでは割愛させていただく。

 

もっとも英米は山東半島の移譲は認めたが、南洋諸島は日本の委任統治領とすることは譲らなかった。

まあ、これは日本に一定の海軍力を維持させるための方便ともいえる判断なのだが。

 

 

 

こうして英国と米国は山東半島の共同統治権を得るのだが、第一次世界大戦を通じて英国に成り代わり債務国から世界最大の債権国に変貌していた米国は、第一次世界大戦の借款の減額を条件に英国から統治権を買い取り、山東半島の単独オーナーとなった。

そう、米国は山東半島を中華民国との交渉カードに使う気満々だったのだ。

 

そのカードを切ったのは、1922年のワシントン会議においてだった。

この会議において、米国は山東半島の中華民国への返還を認めた。これは米国に一時亡命(史実では日本)していた孫文の功績とされ、そう見えるように米国も工作した。

 

こうして孫文は山東半島返還という巨大な功績を手に大陸に返り咲き、国民党(広東軍閥)の中でも最高権力者として君臨することになる。

また彼のスタッフの中には、米国陸軍士官学校(ウエストポイント)に留学という扱いで滞在していた蒋懐石という男がいた。

 

しかし1923年、孫文は米国を裏切る行動に出る。

ソ連と急接近し、中華大陸を国民党と共産党で統一する【国共合作】を目指した。

そして、国共合作に邪魔な北洋軍閥の討伐のために派軍、いわゆる”北伐”をはじめる。

だが、孫文の行動は米国の予想の範疇であり、北伐の中で”手駒”である蒋懐石に「来るべき日」に備えて力をつけるように指示を出すだけに留める。

 

 

 

そして1925年、孫文が死去。しかし、自分の後継者……つまり国民党最高指導者に蒋懐石を指名していた

1927年、蒋懐石率いる国民党が共産党を弾圧した”上海クーデター”により、国共合作は「米国の計算どおり」に瓦解した。

その後、波に乗る国民党は武漢・南京の両政府の合一を果たし、翌28年6月9には北京政府を打倒し入城、北伐を完遂させる。

 

 

 

***

 

 

 

この蒋懐石や国民党の躍進を支えていたのは米国(”米中合作”とも呼ばれる)だが、それが一時的に停滞したときもある。

そう、1929年10月24日の”暗黒の木曜日(ブラックサーズデー)”に代表される、【世界恐慌】の影響だ。

これも本来なら詳しく書きたいのではあるが……これだけで短編が一つ書けそうなので割愛させてもらう。

 

ただ、米国が満州を保有していたことと日米が相互市場化していた、あるいは過度な軍拡をしていなかったせいで、日米に関しては「史実よりは損害軽微だった」と記しておく。

 

実際、米国が「理想的なマーケット」と呼ぶには満州は未成熟だったが、穀倉地帯や地下鉱物をはじめとする資源地帯は既に米国式の運営で機能されており、また(米国水準から見れば)安価な労働力でそれらを効率的に収穫あるいは採掘できていた。

また、これらの食料や鉱物資源は日本が積極的に輸入していたために綺麗に循環していたのだ。

それ以外にも自動車/飛行機/船舶/各種電化製品などの重工業品や石油/肉類/果物/乳製品など大陸では入手しづらいゆえの米本国からの輸入量も右肩上がりに上昇していた。

「日本人の栄養事情の改善」という大日本帝国臣民にとって誰しも受け入れ易いお題目で行われた”食の欧米化”は立派な米国の国策であり、単に日本を市場と考えるだけでなく「日本を食糧輸入大国とすることで食のライフラインを掌握し、米国を裏切れないようにする」というまさに一石二鳥の理に適った国家戦略だった。

米国人は既に「日本人にとっての食の重要性」は最大限に認識しており、日本人が無自覚のうちに食生活を西洋化し輸入がなければ立ち行かないようにするのは実に上手いやり方だ。

 

では米国は何を日本から買っていたかと言えば……

意外なことにトップにあげられるのは、「在満米軍が消費する銃弾/砲弾/弾薬」だった。

これはモータリゼーションに代表されるように日本の工業力が質/量共に米国の水準に至ったこともそうだし、また1924年に締結『日米砲弾/弾薬相互間協定』の影響も大きい。

 

これにはからくりがあり、この時代の円ドル交換レートは変動性ではなく固定性(しかも金本位制)であり、同じ規格と性能の弾丸や砲弾/火薬なら日本から調達したほうが安く上がるのだ。

さらに運送コストも入れれば尚更だろう。太平洋を往復するのと日本から遼東半島に行くのがどっちが近いかと聞かれれば、地図を見れるなら子供でもわかる。

 

また、この『日米砲弾/弾薬相互間協定』に端を発し、燃料のオクタン価の統一や各電気部品をはじめ数多くの工業製品の規格統一などもあり、米国の日本からの輸入額は調達コストの低さもあいまって世界恐慌後に急成長してる分野だ。

 

かなり間接的な記し方だが、株価の暴落から始まった世界恐慌を相互輸出入の増大……広義な実体経済の拡充によって乗り切ったのが日米と言える。

 

 

 

しかし、この世界恐慌とその影響が残る数年はやや下火になったことは事実であり、その間隙を突いてソ連が中国共産党の支援を強化、上海クーデター以降、国民党に圧されていた共産党は息を吹き返すことになる。

 

それが1931年11月7日、江西省瑞金に開かれた共産党を主軸とする【中華ソビエト共和国臨時政府】に繋がってしまう。

 

 

 

***

 

 

 

無論米国は、ただ不況にあえいでいたわけではない。フーバー・モラトリアムなどの失策もあったが、ついに不況脱却の切り札として【ニューディール政策】をフランク・ディーノ・ルーズベルト大統領が発動させる。

大規模公共投資がメインステイとして語られがちなこの政策ではあるが、”この世界”は遥かに大規模かつ包括的なものであった。

”表”では語られぬが……【満州事変】すらニューディールの一環だったといえば、そのスケールは伝わるだろうか?

 

史実の満州事変は1931年の柳条湖事件を理由に関東軍が満州全土を武力掌握、”満州国”の建国につながる。

しかし、”この世界”においては今まで満州は、

 

『日露戦争とポーツマス条約で日本が得た遼東半島を加えた南満州(あるいは内満州)という租借地を”委任統治”という形で米国に任せる』

 

というスタンスで米国が実効支配を行っていたが、やはり米国は史実の日本と役者が違った。

1931年12月24日、ルーズベルト大統領は「親愛なる国民と満州華人に素晴らしいプレゼントがある」と称して次のような発布を行った。

 

「国際的な立ち位置が不安定だった満州を、正式に”米国自治連邦区(コモンウェルス)”に格上げする」

 

第二の”政治的奇術”、発動の瞬間である。

コモンウェルスの定義は米国の”自治的・未編入領域(Organized Unincorporated Territory)”であり、政治的には……

 

・自治政府による内政が認められる

・アメリカ合衆国憲法と連邦法の適用を受ける

・主権国はアメリカ合衆国

・元首はアメリカ合衆国大統領。自治政府代表者は弁務官

・地域的限定のある国際機関への加盟は、ワシントンD.C.が承認すれば可能

 

であり、軍事的には米国が全面的な国防権を持ち、必要であれば土地を収用できるという条項が入る。

無論、これはソ連が猛反対するのだが、これで終わらないのが米国だ。

米国は満州のコモンウェルス化と”セットで”こうも発表した。

 

「同時に米国は、『国民党こそ唯一の正統なる中華民国政府であり、国家元首は蒋懐石氏』であることを正式に宣言する」

 

だ。纏めてしまえば、これは高度な政治的取引なのだ。

史実では日本が満州国を力技で建国したために血みどろの日中戦争になったが、米国は「満州のコモンウェルス化を認めるなら、国民党を中華民国の正統政府として認めよう」なのだ。

これは前出の同年11月7日に誕生した【中華ソビエト共和国臨時政府】への対抗策という意味も含まれており、米国は国民党を中華民国正統政府とすることにより共産党の支配地域を「武装勢力に不法占拠された土地」と定義してしまったのだった。

 

既にお膳立てが整っていたせいで、この発表はまず日本、英国が即座に全面承認を発表。

また多くの賛同国が現れ、国際的に難なく受諾という形になった。

後に歴史家は語る。

 

『満州コモンウェルスの誕生と国民党の中華民国正統政府承認こそが、あとの米ソ対立の決定的な分水嶺となった』

 

と……

【満州事変】とはコモンウェルス化に反対した住民(多くは共産党やソ連工作員に煽動されたといわれている)による武装蜂起だが、これらは在満米軍と中華民国正規軍である”国民革命軍”の『米中共同戦線』により、僅か5ヶ月で鎮圧され満州全域を掌握。

「世界史でも稀に見る軍事的成功例」と評された。

 

こうして、満州や中華民国は仮初とはいえ安定化した。

しかし、対立と戦禍の火種は依然として残り続けた。

 

中華大陸に残る共産勢力は健在であり、またソ連のモンゴルへの強行介入(大粛清)も然りだ。

何よりソ連が満州コモンウェルスを承認していない。

 

それが再び表面化するのはノモンハン事件の前段階ともいえる1938年の米ソ軍事衝突、【張鼓峰事件】だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
シリーズ始まって以来の女の子が一切出てこないエピソードはいかがだったでしょうか?

いや~、歴史っていうのは実際調べて書くと大変ですね~(^^
孫文と袁世凱、溥儀帝は史実と行動がほぼそのまま、しいて言うなら亡命したり庇護を求めたのが日本からアメリカに変わったくらいですし、これ以上に歴史にかかわらないし子孫も登場しないのであえて改名しませんでした。
愛新覚羅一族は、きっと史実よりは平穏な末期(まつご)を迎えられるでしょう。

今回のエピソードは「満州が日本ではなく米国に統治されたら?」という思考シミュレーションでしたが、どうでしたか?
個人的には腹黒いアメさんのことだから、このぐらいはやってくれるかと(笑)

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



八八式三吋高射砲 / 九五式(八八式改)三吋高射砲


口径:76.2mm(3インチ)
砲身長
八八式:3353mm(44口径長)
九五式:3810mm(50口径長)

備考
史実の「八八式七糎野戦高射砲(あるいは八八式七糎半野戦高射砲)」に変わる”この世界”の日本の主力高射砲。
ただし元ネタの前出高射砲とは開発経緯が全く異なり、米国の【M1918/3インチ(3-in)高射砲(T9高射砲)】のライセンス生産品である。
1924年の『日米砲弾/弾薬相互間協定』が締結後に開発が始まった砲で、原型の設計は第一次世界大戦の頃と古いが、当時の高射砲としては飛びぬけた性能を持っていた。

制式化は皇紀2588年(1928年)であり、協定締結直後に製造された第一世代の「日米砲弾共用砲」と言えるだろう。
八八式は原型より少し長砲身の44口径長高射砲として完成したが、30年代の急速な航空機の発展……特に高速化/高高度化に対応するために更なる長砲身化による初速アップや、全体的な軽量化と砲架の改良による砲旋回速度の向上、照準機の改良による命中精度の向上、閉鎖機/駐退復座機/装填補助装置の改良による発射速度の向上など全体的な近代化設計変更が行われたのが九五式高射砲であった。

ただ、八八式と九五式は見た目が非常に似通っていて、また皇紀2995年(1935年)に制式化されるまで九五式は「仮称八八式改三吋高射砲」と呼ばれていたせいもあり、”八八式改三吋高射砲”と書かれた資料も多い。

また、”三吋(3インチ)”と日本の火砲としては珍しくインチ表記なのも、原型がインチ表記だったのに加え、当時の日本は75mm級の火砲が非常に多かったために砲弾の誤認を避けるためにインチ表記にしたといわれている。



戦車砲への転用
八八式高射砲の時代から戦車砲への転用の話はあり、実際『試製九三式三吋戦車砲』として戦車砲に再設計された試作モデルが作られたこともある。
しかし、九〇式野砲ベースの『試製九四式七十五粍戦車砲』と比較した結果、

「徹甲弾を用いた貫通力は試製九三式が勝るが、榴弾の威力は試製九四式が勝る。また九四式の方が軽量である」

という判断から当時は採用されなかった。
要するに九三式は弾頭が弾頭が九四式に比べてやや小ぶりで初速が速く、九四式は初速が低いために装甲貫通力は劣るが弾頭が大きくその分、威力の大きな榴弾が使用できたということだ。
当時、日本は装甲戦闘車両を持たない『特地』勢力との戦闘を最優先にしていたために、貫通力より榴弾の威力をとったということだろう。
しかし、「高射砲転用の戦車砲開発」というノウハウは残り、近年他国(特に仮想敵国)戦車の重装甲化が顕著なため、高貫通力が再評価され、今度は九五式三吋高射砲ベースの戦車砲開発が始まっている。
先に述べたとおり九五式は八八式の発展型であり、ゆえに試製九三式三吋戦車砲開発の技術蓄積が生かされ、その開発ペースは極めて速いと噂されている。








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第08話 ”キャスト決定 CODE1931-1940”

皆様、こんにちわ~。
なんとか時間を無理やりひねり出して連日投降と相成りました。

今回のエピソードも女の子が出てきません(^^
というか情報将校なので名前が出せない(笑)爺ちゃんやおっさんや兄ちゃんが喋るだけです。

意味深なサブタイの意味は、最後に判明?




 

 

 

戦争は戦場だけで行われるわけではない。

いや、むしろ戦場で行われる戦闘、あるいは戦争自体は『結果』であり、戦争の趨勢は戦場の外で決まり、戦争に至る過程はそれ以前に存在する。

正しく「戦争は政治の一形態に過ぎない」のである。

 

 

 

さて、激動の1930年代の始まりである。

 

1931年12月24日、米国は「日本の租借地であったものをさらに委任統治する」というややこしい体裁で実効支配していた満州を、自国の自治連邦区(コモンウェルス)として編入することを決定した。

同時に蒋懐石率いる国民党を、中華民国唯一の正統政府と認めると発表したのである。

 

無論、激怒したのがソ連だ。

当然、満州のコモンウェルス化などは認めず、また「中華民国唯一の正統政府は、”毛沢山”率いる共産党だ」と猛反発。

何しろ遡ること11月7日、中華共産党を主軸とする【中華ソビエト共和国臨時政府】を江西省瑞金に開かせたばかりなのだ。

 

これに対し、米国の後ろ盾を得ていた国民党は共産党の支配地域への猛攻を開始。

1934年、ついに瑞金を包囲することに成功する。

共産党は瑞金の放棄を決定、壊滅的被害を被りながら国民党の包囲をすり抜けて陝西省延安に落ち延びる(共産党用語では”長征”)。

実際、国民党の追撃をかわしながらの逃避行は2年間、徒歩で12,500kmの距離続くことになる。

またこの時、この包囲戦によって中華ソビエト共和国臨時政府は事実上崩壊する。

 

 

 

また史実では1936年、第二次国共合作の基点となるヨシフ・スターリンの指令で共産党プロデュースの張学良・楊虎城らによる”蒋介石”拉致監禁事件、いわゆる【西安事件】が起こるのであるが……

”この世界”ではバックにつけてるアメリカが、ソ連に対抗するため史実よりかなり早期に”優秀な諜報機関(OSS)”を組織していたために、これは未然に防がれることになる。

 

蛇足ではあるが、この時期の日本といえば、史実では満州国が成立した1932年にはついに『門』外勢力を帝都より駆逐した『5・15戦役』あるいは『帝都奪還戦』があり、36年は2月26日についに準備が整い『門』の向こう側へ逆侵攻をかけた『2・26出陣』がある。

 

いずれにせよこの時期、日本は中華大陸に深くコミットすることは無かった。

 

 

 

***

 

 

 

”この世界”での西安事件……蒋懐石を誘拐し、”説得”し国民党を日本ではなく米国と戦わせ、共倒れを狙おうとした目論見は未然に防がれた。

ソ連の指導者がスターリンではなくトロツキーだから失敗したという解釈は間違っているだろう。

当時、米国が中華大陸内に張り巡らせていた諜報網を考えれば、しかもその諜報網が香港に拠点をおく”SIS”……英国王立秘密諜報部第6課(MI6)の極東支部との強い協力体制が確立されていたとなれば、例えスターリンと粛清紳士(NKVD)の組み合わせがあったとしても成功はしなかっただろう。

 

自分の拉致誘拐計画があったと知った蒋懐石は激怒し、ますます共産党討伐に熱を注いでいくことになる。

こうして第二次国共合作は失敗し、ソ連は中ソ国境線に追い込まれた中国共産党を直接支援せざるえなくなり、長い内戦が再び始まることになった。

 

 

 

第二次国共合作に失敗したとはいえ、ソ連は中華民国、何より満州コモンウェルスに対する介入を諦めてはいなかった。

 

共産党が瑞金で包囲された1934年、今度はソ連は蒙古(モンゴル)に接触することになる。

当初はソ連とモンゴルの間で結ばれた口頭の紳士協定だったが……

協定が成立してからソ連のモンゴルや満州内での工作もあり、満蒙国境で小規模軍事衝突が頻発する情況となった。

そして1935年10月、モンゴルのゲンドゥン首相が「ソ連は唯一の友好国」であるとして、ソ連への軍事援助を求めるなどの事態が発生。

 

このような背景があり、また歴史的にもソ連が紳士協定など遵守するはずも無く、ソ連の圧力に屈する形でモンゴルは、満州コモンウェルス内の米軍と中華民国軍を仮想敵とした事実上の軍事同盟……「ソ蒙相互援助議定書」に署名せざる得なくなる。

1936年の事だ。

そして議定書が締結された直後、ソ連軍はモンゴルに進駐を開始。在蒙ソ連軍を形成する。

 

無論、これは米国だけでなく長年モンゴルの領有権を主張する中華民国も激怒させた。

 

米国や中華民国の批難にもかかわらず1937年、巨大な在蒙ソ連軍はモンゴルにおいて大々的に内政干渉を開始し、ついに「反革命的米国のスパイを捕縛する」という名目でモンゴル政府指導者やモンゴル軍人に対して大粛清を実施する。

この大粛清は39年まで続き、最終的に親ソ派(かいらい)のチョンバルサン元帥が政府権力を掌握することになり対米政策を硬化させることへ繋がる。

 

スターリンだから大粛清がおき、トロツキーなら起きないという認識はあくまでソ連国内に限定された区分だったようだ。

 

 

 

とにもかくにも、ここにノモンハンの軍事衝突へ繋がる対立要因が出揃うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

****************************************

 

 

 

 

再び舞台は米国国防総省(ペンタゴン)のとある一室へ戻る。

 

 

 

さて、皆さんは『スターリン線』というものが史実に存在していたことをご存知だろうか?

要塞線と言えば有名どころでは真っ先に出てくるフランスのマジノ線、ちょっとマイナーなドイツのジークフリート線。実際には要塞線とは呼べないがフィンランドのマンネルヘイム線などもそうだろうか?

だが、ソ連も負けず劣らずの要塞線を東西に築城していた。史実である。

西のスターリン線はバルト海から黒海に至る長大なものだったが、お粗末な防衛設備や政策の混乱の影響なども重なり、侵攻したドイツ軍にあっさりと突破されてしまったゆえにあまりメジャーではない。

 

では東のスターリン線とはなんぞや?と言うと……

史実では日本の侵攻に備え、モンゴルの干渉を契機に満ソ国境線から満蒙国境線に張り巡らされた国境線で、それは巨大軍事拠点”タムサク・ボラグ”に続いていた。

 

そしてソ連の指導者がトロツキーとなった”この世界”においても、西はともかく東の要塞線……【トロツキー線】はやはり築城されていた。

最大の軍事拠点は史実同様にタムサク・ボラグであり、ソ連から補給路を確保するために満ソ国境から数十km奥にあるソ連の街ボルジャ - モンゴル内の補給拠点バイン・トゥメン - タムサク・ボラグの間に鉄道が引かれ、またマタト、ウラン・ツィレクという補給基地も用意された。

 

米国の情報将校徽章をつけた面々が頭を悩ませてるのが、そのトロツキー線に続々と終結してるソ連軍であった。

 

「我々も軍は集結させているのだがな……」

 

「しかし、士気は高くないぞ? 我々の”M3中戦車”では、ソ連の新型戦車……ほら、”冬戦争”でデビューした……なんと言ったか?」

 

「”T-34中戦車”ですよ。大佐殿」

 

「おお、そうだった。やれやれ歳はとりたくないものだ。思い出すだけで苦労する」

 

「ははっ、小官も人事ではありませんな。届いたデータが正しいとするなら、おそらく性能的に正面きって勝つのは難しいでしょうな……認めたくはありませんが」

 

中佐の階級章をつけた情報将校は、『TOP SECRET』の赤いスタンプが押された資料を見やる。

 

「コッチは75mmの半固定砲に対し、向こうは同クラスの旋回砲。装甲も機動力もM3よりT-34が上回ると予想されます」

 

「いや、実際の性能差よりむしろ士気に影響するのは、前線の将兵が”ハサーン湖事件(ケース・レイクハサーン)”を引きずってる方じゃないのか?」

 

 

 

***

 

 

 

”ハサーン湖事件”、日本では”張鼓峰事件”として知られる米ソの軍事衝突は、1938年に勃発した。

場所は満州東南、ソ連と国境を接する豆満江とハサーン湖の間に位置する150mほどの丘陵張鼓峰だ。

 

事件の概要はこうだ。

そもそもこの軍事衝突は、互いの国境線の「意図的な認識の違い」により起きた。

ソ連は国境を張鼓峰の頂上を通過してると主張したのに対し、米国は鼓峰頂上一帯は満洲領であるとの見解を持っていた。

実際には、このあたりの国境線の認識は曖昧であった。

 

米国は7月より度重なる侵犯に「張鼓峰とその北方である沙草峰を結ぶライン、豆満江東岸(イーストバンク)は満州コモンウェルスの領土」とソ連に警告する。

しかし、1938年7月29日、ソ連軍は張鼓峰に向けて進軍を開始。続いて沙草峰にも進軍を開始した。

 

これによりついに国境紛争に発展した。

双方、航空機まで投入した大規模な衝突となったが……もっとも問題となったのが、『米国の装甲戦闘車両がソ連の同種兵器に翻弄され苦戦した』という事実だろう。

 

当時、米国はまだ”M2中戦車”すら完成しておらず主力は”M2軽戦車”のみで、対してソ連はT-28中戦車/T-35重戦車、そして37年のスペイン内乱でデビューしたばかりのBT-5快速戦車まで投入したのだ。

米国最初の機甲戦は敗北に終わり、それを砲兵隊や航空隊の活躍で失点を取り戻したというのがこの国境紛争の実態だろう。

 

日本は日米同盟の履行のために参戦準備はしていたが、この衝突自体は三週間ほどで終結したために参戦の機会は無かった。

 

 

 

***

 

 

 

ソ連の装甲戦闘力に驚いた米国は急遽、戦車開発を加速させることになる。

まだ配備も始まってない開発中のM2中戦車は「現時点でも力不足」とされ、即座に新型戦車の開発プロジェクトが立ち上がった。

 

当初、アンドレ・リチャード・チャーフィー・ジュニア米国陸軍少将と米陸軍兵器局の会談の中で、「次世代中戦車は装甲を強化した上で 75 mm 砲を搭載が必須」とされた上で、「同時に75mm砲を搭載可能な大型砲塔、砲塔リングなどを早急に設計するには兵器局は経験不足である」という結論が為された。

そうであるが故に、まずは半固定砲であるM3中戦車、そして75mm砲搭載戦車の経験を十分積んだ上で75mm旋回砲塔を標準搭載するM4中戦車の開発を行うと決定したのだ。

 

ただ米国は同盟国である日本が既に「75mm旋回砲塔を搭載する戦車」、九五式重戦車/九八式重戦車を開発/配備していたことを失念していたと言わざるおえない。

もっともこれは無理もない話で、九五式/九八式は『門』の向こう側……36年以降『特地』と通称される地域に集中配備されており、日本本国でお目にかかることは滅多になかった。

本国陸軍に配備されているのは九七式中戦車ばかりであれば、見落とすのは仕方の無いことではあるだろう。

 

もっとも失念してただけで思い出した米国は、張鼓峰事件で磨耗した陸軍戦車部隊を補うべく(そして自国での研究用も含めて)、1000両もの九八式の大量発注を行ったのだった。

米国が日本の戦車を輸入するなど前代未聞、史実ならありえない話だが……いざとなればなりふり構わない柔軟な対応が取れるのもアメリカの強みだ。

しかもこの世界では1924年の『日米砲弾/弾薬相互間協定』があり、主砲弾から機銃弾に至るまで米国と共有化されているのだ。

エンジンはガソリン・エンジン大好きな米国と違ってディーゼルだが、そんな物はディーゼル燃料(軽油)を優先供給されてる海軍や海兵隊から都合してもらうか、でなければ同じく日本から買い取ればいい。

この時代、相互協定の適応範囲は拡大され、ガソリンをはじめとする各種燃料油も日米で統一規格が採用されてるのだからなんら問題はない。

 

ところが、これで泡食ったのは大日本帝国政府と戦車開発製造メーカーだ。

値段分の借款棒引きは嬉しいが、ただでさえ『特地』配備分のバックオーダーを抱えた状態での受注、それも九五式から改修を含めた『特地』の一次配備数に匹敵するオーダーときたもんだ。

お陰で既存の九八式関連工場は以後、三交代制二十四時間操業の『デスマーチ・フル生産』を2年間もの間行う羽目となったのだ。

 

お陰で一式中戦車の生産は、九八式と共用の部品以外は既存の生産設備ではなく大部分が九七式中戦車の製造ラインを改築するか、新規工場で行われることになった。

 

 

 

***

 

 

 

「しかし、ケース・レイクハサーンほどには酷い情況にはなるまい? M3以外にも赤い血の流れるアメリカ人としては口惜しいが、満州コモンウェルスには800両以上のTYPE-98(九八式)重戦車が配備されてるんだ」

 

「いや、確かにTYPE-98は重装甲/高火力のいい戦車だが、馬力が足りずに鈍足なのが泣き所だからな。歩兵戦車や移動トーチカとして使うなら申し分ないが、機動力で引っ掻き回されたら厄介だ」

 

まさか史実では戦後に民間車両で高い評価をされた日本車が、”この世界”では公式に第二次大戦前によりによって戦車で米国に高評価されるとは誰も思いもしなかったろう。

これも超前倒しのモータリゼーションの恩恵だろうか?

 

「となると性能面でまがいなりにも張り合えるのは、やはり我が国のM4中戦車ということか……おい、生産情況はどうなっている?」

 

「ようやく先行量産型の数がそろい始めたばかりさ。ついでに言っておけば性能面で似通った日本のTYPE-1(一式)中戦車もテスト・プロダクション・モデルが完成したばかりで情況は似たりよったりらしい」

 

ここはいっそ驚くべき事象ではなかろうか?

いくら張鼓峰事件の当事者とはいえ、そして彼の地でソ連戦車の脅威のメカニズムを思い知ったとはいえ、あるいは九八式重戦車というお手本があったとはいえ史実より2年近く早く彼らはM4中戦車を完成させたと言っているのだ。

 

言い方を変えるなら、”この世界”では5年も前に旋回砲塔に75mm砲を搭載した日本の次期中戦車とカタログスペック的には遜色のない戦車をもう生み出してる……日本に戦車製造技術で追いついたといえる。

日本のモータリゼーション自体が米国の牽引で始まったのだから、当然と言えば当然なのだが、それでも驚嘆に値する工業力であった。

 

「それじゃあ”駆逐戦車”のほうはどうだ?」

 

「”M10”のことか? むしろM4より計画は遅れてるよ。辛うじて投入できるのは”M3対戦車自走砲”か”M6ファーゴ”くらいだ」

 

M3対戦車自走砲とは最近、日本でも大量生産が始まった装甲半装軌車(ハーフトラック)の荷台に、野砲ベースのM1897A4/75mm砲を搭載したモデルで、M6ファーゴにいたっては小型軍用トラックの荷台に防盾付きのM3/37mm対戦車砲と弾薬箱を追加しただけの簡易自走砲だ。

正直、まともな戦車と戦うには火力もそうだが、何より防御力不足だ。

 

「こんな実情が知られたら、ますます士気が下がるな……すでにノモンハン周辺では『ロシア人(イワン)が新型の化物戦車で俺達を殺しに来る』という噂が流れている。間違いなく共産主義者(コミュニスト)の工作員の仕業だろうが」

 

「困ったな……そんな具合じゃ、勝てる戦も勝てんぞ?」

 

「皆さん、ならばいっそ発想を変えませんか?」

 

そう発言したのは、一番歳若の士官だった。

 

「大尉、どういう意味だね?」

 

「はい。彼我の戦車の性能差は遺憾ながら変えられません。ならば、別の方法を使い現地の士気を上げるのです」

 

「ほう……言ってみたまえ」

 

最年長の将官が興味深そうな目をすると、

 

「せっかく我々には”志願兵募集用広報部隊(ピンナップ・ガールズ)”がいるのですから、それを有効利用しない手はありません」

 

「なるほど……”モンロー”でも慰問に向かわせるのかね?」

 

モンローとは多分、あのハリウッドの誇るお色気女優、人気急上昇の”マリアンヌ・モンロー”のことだろう。

 

「もっと適任がいるじゃないですか? モンローより愛らしく可憐で、なおかつ戦車を自在に操る我ら陸軍の誇るスーパー・アイドル・チームが!」

 

将官はポンと手を打ち、

 

「そうかっ! サンダース戦車中隊(サンダース・タンクトルーパーズ)か!!」

 

尉官の若者はわが意を得たりと大きく頷き、

 

「そうです。サンダース・タンクトルーパーズに最新鋭のM4中戦車を渡し、慣熟してもらう。その後にノモンハンに降り立ち、士気の鼓舞……我ながら、悪くないアイデアだと思いますが?」

 

しかし、そこに異を唱えるものがいた。

 

「待ちたまえ。確かにいいアイデアだとは思うが……しかし、サンダース・タンクトルーパーズと新鋭M4の組み合わせで万が一にも敗北するようなことがあれば、その時は一気に士気は瓦解するぞ?」

 

佐官の言葉は最もだと思った尉官は、

 

「では、保険をつけましょう」

 

「保険?」

 

「なんでもリーダーのケイ・ユリシーズ・サンダースには”特別な関係”の女性軍人がいるとか? 折り良くその女性軍人はプロトタイプTYPE-1(試製一式中戦車)のテストクルーをやっているそうですね?」

 

「つまり君はこう言いたいのかね? そろそろプロトタイプTYPE-1も実戦テストの頃合だろうと? 日本もそれを内心では望んでいると」

 

この業界で長い間飯を食ってきた老将は好好爺然とした笑みを浮かべた。

 

「その前に”予備行動(バッファー)”として、『新型中戦車同士の実車比較調査を日本で行いたい』と提案すれば万全かと思われます。閣下」

 

「ふふん。【シベリア出兵方式(ケース・シベリア)】というわけか?」

 

老将は鷹揚に頷き、

 

「いいだろう。存分にやりたまえ」

 

 

 

こうして満州コモンウェルスより遠く離れた白亜の五稜殿で、ノモンハンを舞台とした”熱く激しい厳冬”への参加キャストが決まった。

戦場で戦うのは前線の将兵なれど、戦争をプロデュースするのは彼らではない。

前線の将兵は、いつだって戦う戦場は選べないのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
前話と合わせて前後編となる対のエピソードはいかがだったでしょうか?

シャーマンが早期デビューの理由や、なぜケイ達が出てくる……タグにサンダースが付いてる理由が書けて、作者的にはホッとしとります(^^

それにしてもペンタゴンにお住まいの方々は腹黒いことで(笑)

さて、次回こそはそろそろ女の子出さないと書き方忘れそうで怖いです。
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



M4中戦車(先行量産型)

主砲:M3/75mm戦車砲(口径75mm、37.5口径長)
機銃:M2重機関銃(12.7mm)×1(砲塔上面)
   M1919A4車載機関銃(7.62mm)×2(主砲同軸、車体前面)
エンジン:ライトR-975-C/4ストローク・ガソリンエンジン(空冷星型9気筒、400馬力)
車体重量:30.4t
装甲厚:砲塔前面89mm(最大),車体前面51mm(最大)
サスペンション:VVSS式
変速機:前進5段/後進1段
操向装置:二重差動式スリーピース型コントロール・ディファレンシャル
最高速:38.62km/h
乗員:定員5名
特殊装備:車載無線機

備考
”この世界”での張鼓峰事件(ハサーン湖事件)で遭遇したソ連戦車に脅威を感じた米国陸軍が、登場する前に陳腐化が判明したM2中戦車の計画を縮小(事実上の計画廃棄)し、新型戦車開発計画を前倒ししたために史実より二年近く早く登場したアメリカの誇る中戦車。
ちなみに”シャーマン”というペットネームは英国にレンドリースされてから付いた物であり、現状ではまだない。

凡そ史実の無印シャーマンと同じ内容では在るが、最大の違いは「全車に車載無線機が標準搭載されてること」だ。
意外に思われるかもしれないが……一説によれば第二次大戦中期まで米国戦車の無線機搭載率は4割程度で史実のソ連戦車より大分マシとはいえかなり低く、全車に無線機が搭載されるのは1944年に入ってからだった。

しかし、”この世界”では日本が戦車の無線機搭載率を100%にしていたため、それが慣例となり全車搭載となったようだ(日本の場合は少ない戦車をより有機的/効率的に使うためという目論見だったのだが)。

また1924年の『日米砲弾/弾薬相互間協定』により、砲弾や銃弾は完全に日本の九五式/九八式重戦車や一式中戦車と共通化しており、燃料を除けば合同戦線でも大きな不安は無い。

米国人は決して認めたがらないだろうが……M4が早期に完成したのは、大量のTYPE-98(九八式)重戦車を日本より購入し、徹底的に解析した影響も無視できないだろう。













目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第09話 ”雷鳴と猫+1です♪”

みなさまこんばんわ~。
これで三日連続投降と相成りました作者です(^^
年末年始のデスマーチで失った勢いを、少しは取り戻せたかな?

さて今回のエピソードは……なんか感覚的には久しぶりのおにゃのこパートです。
いや、女の子の書き方忘れる前に路線が戻れてよかった~(笑)

そして、ついにお持ちかね(いや誰も待ってはいないかもしれませんが)の、あのキャラたちのご登場です!




 

 

 

米国、カンザス州、【サンダース戦車中隊(サンダース・タンクトルーパーズ)】拠点

 

 

 

「へへ~。今度は陸軍上層部(タヌキオヤジ)共は、何を考えついたのやら……」

 

タチの悪い笑みを浮かべながら、中隊長……サンダース・タンクトルーパーズのリーダー、”ケイ・ユリシーズ・サンダース”は、自分の執務机に書類を放り投げる。

 

ついでに椅子に座りながら両足も机の上に放り出してみる。

かなりお行儀が悪い上に、ミニスカでそんな格好をするもんだから青と白のアメリカン・ストライプのぱんつが丸見えなのだが……

当の本人は「どうせ女所帯。気にしたって仕方ないわね」程度なものだ。

それにしても……ふわふわ金髪の勝気な美少女は、こんなはしたない格好でもサマになってしまうのだから世の中実に不公平である。

 

「隊長、どうしたんですか?」

 

そう聞いてきたのは、コーヒーポット片手に従兵の真似事をしてるそばかすがチャームポイントの副官、”アリサ・ホイットニー”だった。

 

「”米国陸軍地上兵力管理本部(Army Ground Force)”からの贈答品目録よ。新型戦車のテストを私達でやれってさ」

 

「逆に剛毅でいいじゃないですか? 何が不満なんです?」

 

そう答えるのは愛用のオールドファッションなリボルバー、早撃ち(クイックドロウ)の相棒ことシルバーボディ&アイボリーグリップの【コルト・シングル(S)アクション(A)アーミー(A)】を磨いていた”ナオミ・マッキンリー”だ。

 

「ん~……うまく言えないけど、妙に引っかかるのよ。最新鋭の、それも正規大量生産型(マスプロダクション)じゃなくてその前段階、先行量産型(テストプロダクション)よ?」

 

「単に私達を使って新型戦車を派手に国民向けにアピールって感じじゃないんですか? 一応、私達は軍の広報部隊扱いですから。予算獲得のためにも国民の支持はあるに越したことはありませんしね」

 

「だとしたら国内のテスト・プレイだけで十分でしょ?」

 

ケイはアリサとナオミに書類を見るように促した。

 

 

 

***

 

 

 

「えっ? 『日本でプロトタイプTYPE-1(試製一式中戦車)と比較評価試験』……?」

 

「美味しいといえば美味しいですね?」

 

怪訝な顔をするアリサに対し、ナオミはいつものガムを噛みながらのポーカーフェイスだ。

 

「問題は、”美味し過ぎる”ってことよ。普通ならこの辺りは正規部隊、それも精鋭戦車隊の任務よね?」

 

「腕はそこいらの正規部隊に負ける気はしませんが……”AGF”がそこまで私達を信頼してるとは思えませんしね」

 

「我々の認識など、頭の固い連中(ディックヘッド)共に言わせれば、精々”軍服着た人寄せ女(ショウガール)”程度のものだろう」

 

ナオミは大して表情も変えずに言い切る。

 

「悔しいけどナオミの言う通りなのよね。日本みたいに女が主戦力はれれば、いつでも評価を覆せる自信はあるんだけどねー」

 

「いっそワシントンに『門』……は無理でも、火星あたりから本当に宇宙人でも落ちてきませんかね?」

 

アリサの言葉にケイは腹を抱えて笑い出し、

 

「HA-HA-HA !! Nice Jokeよ、アリサ! きっとその火星人の戦車は隕石の中から現れて三本の長い足(トリポッド)を生やしてるに違いないわね~♪」

 

ケタケタ笑うケイにナオミはコホンと咳払いし、

 

「”今”はまだジョークになりませんよ、それは。どちらかと言えばジョークじゃなくてブラック・ユーモアの類です」

 

今から2年前の1938年10月30日、某アメリカのラジオ局が放送していた古典SFの名作”宇宙戦争”をモチーフにしたラジオドラマの中で、「火星人が攻めてきた!」と実際の報道と勘違いされるほどの迫真の放送をしたものだから全米でパニックがおき、絶望のあまり自殺者まで出たのはまだ記憶に新しい話だ。

 

「でもどうせ戦うのなら、ロシア人(イワン)ドイツ人(クラウト)がいいわね~。いい感じに歯ごたえがありそうだし」

 

「今ならフランス人(フロッギー)もおまけについてきそうですけど?」

 

今思ったのだが、アリサが平行世界(げんさく)以上に辛辣というか……毒舌になってるような気がするのは気のせいか?

 

「やーよ。カエル相手なんて好みじゃないもの。出てきたら相手は英国人(ライミー)にでもしてもらうわ」

 

「カエルはわかりませんが、イタリア人(マカロニ)なら中東ではしゃいでるようですが」

 

「やれやれよねぇ~。わざわざ砂漠にまで茹で上がりに行く必要ないと思わない? 水の確保だって大変でしょうにさ」

 

「ところで隊長、”抗命権”を行使するんですか?」

 

 

 

***

 

 

 

実は彼女達サンダース・タンクトルーパーズには強い抗命権を行使できる特例が適応されている。

どういうことかと言えば、いまだアメリカ合衆国は広義な意味での軍属を含めた軍人の入隊は認めていても、戦闘員としての女性の入隊は公式には認めていない。

 

あくまでサンダース達の立ち位置は、日本のような『女性志願兵を募る』ためでなく、「可憐な少女が戦車に乗って頑張っているというのに、赤い血が流れる米国人(ヤンキー)として君達はこのままでいいのかね?」的な意味での『男性志願兵を募るためのリクルート部隊』なのだった。

ゆえに前話で出てきた”ピンナップガール”やナオミの発言にあった”ショウガール”という表現は、あながち間違いではないのだ。

 

つまりここに「正規の戦闘員ではなく軍属扱いなのだから、嫌な命令には従わなくて良い」のは当たり前という米国流の”民間人的解釈”が成立するのだ。

もっともこの抗命権は当然のように「一軍人として扱われることを希望する」ケイ達から言い出したことではなく、米陸軍が彼女達を「戦車という戦場に投入される現用兵器に乗せる」ための”免罪符”として扱われている。

 

つまり陸軍は、「彼女たちが嫌なら戦場に行くことに抗命できる」という建前、あるいは言い訳を言えるのだ。

故に彼女達の付けてる階級章は、例えばケイは”大尉”のそれをつけているが正確には”大尉待遇”であり、書類上は正規陸軍階級ではないのだ。

 

しかしケイは心底不思議そうな顔をすると、

 

「へっ? なんで? ワタシ、当然のように受けるつもりだけど?」

 

アリサが肩をコケさせ、ナオミが小さく溜息を突く。

 

「た、隊長~! 気乗りしないようだからてっきり断るかと思ったじゃないですかぁ~っ!?」

 

アリサの言葉にウンウンと頷くナオミ。

どうやらリアクションを見る限り、この二人の副隊長は恒常的にケイに振り回されているようだ。

少しだけ同情してもよいような気がするが……

 

「だって新型戦車に日本行きだよ? これだけでも美味しいのに、プロトタイプTYPE-1のテストラン、誰がやってるのかちゃんと見なさいよね」

 

アリサがじっくり見ると、メイン・テスターの氏名欄にはくっきりと……

 

”Miho Nisizumi”

 

その字列を見た途端、アリサの顔色が変わる。具体的には顔を青褪めさせた。

 

「いやぁ~、これ間違いなくワタシをピンポイントで釣るためのエサよね~♪ 何か裏があるのは判っていても、離れ離れのMy Sweetheartに会いたい私の恋心を理解した命令は大したものよ。これじゃあ何が待ち構えていても、”乗る”選択肢しかないじゃない☆」

 

呑気な口調でのたまうケイとは対照的に、アリサはついに顔色だけでなく身体まで小刻みにガタガタ小刻みに震えさせ、

 

「モシかシテ無自覚どS女ノミホサント合流デすカ?」

 

 

 

アリサがここまで劇症反応を示すなんて……一体、みほは何をやったんだっ!?

って、実は「みほという装甲少女から考えれば、極めて常識的かつ理性的な行動」しかない。

きっと彼女がこの場にいたら他意のない笑顔でこう言うだろう。

 

みほ

『えっ? 大したことはしてないよ~。ただちょっと日米親善を兼ねた実戦形式の合同演習で地形を利用してアリサさんの車両を孤立させて、散々追い掛け回しながら誘導、逃げ切ったと思わせた瞬間に待ち伏せさせていた対戦車砲群の一斉射でトドメさしただけだよ?』

 

合掌……

ちなみにこれも今から2年前、ちょうど張鼓峰事件が終わり日米で九八式重戦車の取引が決まった頃、みほが「大洗女子戦車学校」三年生の時の話である。

対ソ関係で日米のより親密な連携が重視され、一層の日米同盟の軍事連携強化が声高に叫ばれた頃であり、そこで大洗女子選抜チームとサンダース・タンクプラトーンとの敵味方に分かれての合同演習(模擬戦)となったわけだ。

 

当時、M2軽戦車しか装備していなかったサンダースとの不公平を是正するために、みほ達もまた戦車は九五式軽戦車のみで挑んだ。

ただ、より実戦に近いシチュエーションとするために門数制限はあった各種牽引砲の使用ありのフルコン殲滅戦(アルティメット)・ルールで行うことになったようだが。

 

無論、結果は「大洗女子」の勝利で、特にアリサの乗車は演習弾に炸薬代わりに詰められた塗料(ペンキ)で極彩色に塗り上げられていたという。

 

軽くトラウマになるのは当たり前で、むしろ戦争神経症(シェルショック)にならなかっただけアリサを誉めてもいいくらいかもしれない。

 

 

 

***

 

 

 

未だ動作不良を起こしているアリサの肩にナオミはポンと手を置き、小さく首を左右に振った。

こうなったケイは、例え大統領でも止められないことは二人は経験則から学んでいた。

 

「というわけで、M4中戦車とやらをさっさと受領して、ミホに会いに行くわよ~っ!!」

 

どうやらアリサとナオミの苦労はまだまだ続くようである。

しかし、彼女達は知らない。

この先に待ち構えているのが、サンダース・タンクトルーパーズ結成以来の最大の苦難と窮地であることを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

さて舞台は再び大日本帝国は御殿場、富士の裾野に広がる【富士機甲学校】に戻る。

 

 

 

「にし……ずみ……たいちょお……」

 

そのモデルのような長身痩躯で、長い金色の髪が美しい……されど丸眼鏡と猫背のせいど色々台無しになってる女性は、みほの顔を見るなりボトリと荷物を落とし……

 

「わあぁぁぁぁーーーん!!」

 

みほに駆け寄り、抱きつき、両膝を折り、彼女の腹に顔を埋めながら大声で泣きじゃくった。

誰に憚ることもなく、子供のような大声で……

 

「”にゃあ”……久しぶりだね? そっかもう離れ離れになってから二年になるんだよね……」

 

「うん……ボク……ずっと、たいちょおに…グス……会いたかった……だよ」

 

「寂しい思いさせてごめんね。でも、いつまでも泣いてたら駄目だよ?」

 

みほはすっと丸眼鏡を外す。

そこには明らかに白人の血が混じってること示す白い肌と、銀河鉄道の喪服の美女を連想させる整った顔立ちがあり、

 

「だってせっかくの美人さんが台無しだもん♪」

 

「たいちょお……」

 

”CHU”

 

みほはただ唇を合わせる。舌で口をこじ開け、歯茎を舐めながらねぶり、舌を絡め取る……

金髪の美人は、ただされるがままにみほに口の中を蹂躙され、同時に二年ぶりにみほの唾液の味を耽溺していた。

それは二年の空白を埋め、自分の主人が誰であるかを思い出すのに必要な通過儀礼(イニシエーション)……

 

「むむぅ~」

 

「むっ……」

 

優花里と麻子はヤキモチを隠す気はないようだが、だが邪魔をする気もないようだ。

何しろいたりかでずっと一緒にいた自分達と違い、”彼女達”は「大洗女子戦車学校」を卒業後、すぐに技術畑からお呼びがかかり開発方面に進んでいたのだ。

 

優花里にしても麻子にしても、もし「自分達がみほと二年間も離れ離れになったら」と考えるぐらいの分別と、そうなったら自分達がどうなるかがわかるくらいの想像力はある。

おまけに”彼女達”は仕事が忙しく、西住虎治郎・柚子の結婚式にも出れなかったのだから、正真正銘卒業後初めての再会である。

であれば、”にゃあ”と呼ばれる少女が取る行動に、強く出られるわけはなかった。

 

そう、大事なことなので三度言うが……今、この試製一式中戦車が揃うハンガーに着いたのは”彼女達”だ。

 

「あー、”ねこにゃー”。久しぶりだからそうなるのは理解できるけど、そろそろ着任の挨拶したほうがいいナリよ?」

 

とおかしな語尾で喋るのは桃を象った眼帯を右目につけた少女で、

 

「そうそう。私達は軍務で来たんだっちゃ」

 

と相槌を打つのは金髪美女とは対照的……同じく長身ながら、濃い目の灰銀髪(アッシュブロンド)の髪を後ろで束ね、かなりのきょぬー……今は西住姓に変わった某先輩と胸部重装甲で張り合えそうな立派なものをお持ちな女の子だ。

 

「そうだったボクとしたことが……」

 

金髪美女は名残惜しそうにみほから離れながら立ち上がり、他の二人と並んでしっかりと陸軍式敬礼を決めると、

 

「”猫田(ねこた)ニア”技術曹長」

 

「”桃園雅(ももぞの・みやび)”技術曹長」

 

「”日与田菫(ひよた・すみれ)”技術曹長」

 

「「「旧”アリクイ”チーム以上三名、試製一式中戦車試験中隊に着任いたします!!」」」」

 

 

 

***

 

 

 

そう彼女達は平行世界(げんさく)のアリクイさんチーム、HN”ねこにゃー”、”ももがー”、”ぴよたん”の三人である。

ねこにゃーはどうやらハーフらしく、名字の猫に名前のニアが訛って”ねこにゃー”。ももがーは名字の桃と名前の雅の音読みを組み合わせて”ももがー”。ぴよたんは名字の日与田を可愛く読み直して”ぴよたん”と言ったところか?

しかも三人揃って制服に技術徽章付だった。

 

「そうだ。たいちょお、ボク達トトラックで来たんだけど、たいちょお達にお土産があったんだ。荷台に積んであるんだけど……」

 

「お土産? どんな?」

 

見れば、そのねこにゃー達が乗ってきたどうもサイズから見てアメリカ製らしい軍用カラー(カーキ色)に塗られた大型トラックは早速……

 

「オーライオーライ」

 

一足早く合流していたホシノ達、原作レオポン・チームの手により搬入作業が行われていた。

整備服(ツナギ)姿の彼女達は、さっそくフラットトップの荷台に防水布に包まれ乗せられていた細長く巨大な荷物……”取り扱い注意”の札が貼られたそれに手馴れた動作で鎖を巻きつけ、

 

「ゆっくりねー」

 

慎重な動作で整備台に降ろした。

同じ技術畑とはいえ在学中に機械工学系の資格を取りまくり開発方面に進んだアリクイさんチームと、実践/実地の整備方面に進んだレオポン・チーム……

白衣とツナギの差はあれど、この二つのチームの二年間の成果が今重なっていた。

 

ホシノ達の動きは迷いのないものであり、既に防水布の中身が何か想像が付いているのだろう。

 

ねこにゃーは他の二人と共に頷きあい、結束バンドを解いて中身を披露する。

防水布にくるまれていた細長い物体の正体は……

 

「新型の”戦車砲”?」

 

「はいですにゃあ」

 

ねこにゃーは頷きながら、

 

「ボク達は、去年から戦車砲開発チームにいました。これがその成果の一つ、」

 

猫背を直し少し胸を張りながらこう告げる。

 

「試製一式中戦車改め一式中戦車の将来型強化改修案の要、”試製一式三吋戦車砲”。確かにお届けしましたにゃあ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
サンダースの面々+アリクイさんチーム初登場の回はいかがだったでしょうか?

いや~、それにしてもケイを出すまでが長かった(^^
タグにいれてあるのに、我ながらどんだけ引っ張るんだよ?って感じでした。
名前だけなら前話ではなく前作の冒頭、みほへの手紙って形で出演してたのに。

そしてねこにゃーは本当にネコだった(意味深)
みほさんは手広くヤッてますなぁ~。



楽屋オチ

ちなみに捏造した名前の由来は……

アリサ、ナオミ→二人の名字は、普通に米国で姓として使われてる北米の有名な山から。マッキンリー山は2015年の8月にデナリ山に変わってしまいましたが、この時代は間違いなくマッキンリーなので(^^

ねこにゃー→猫田という名字は公式なので、ハーフ設定にしてにゃーに近い発音の外人名でニアを選択。実は猫田メーテルという候補があったのは内緒です(笑)

ももがー→HNと桃の眼帯をしてるから桃が名字に入るだろうと想像(名前にすると某生徒会キャラと被る)、音読みでがガと読める雅を選択。ちなみに雅は中の人から一文字貰いました。

ぴよたん→HNはシンプルに名字をかわいくしたものと想像。名前はまんま中の人からいただきました(笑)



さて、次はいよいよサンダースと合流かな?
合流できるといいな~……

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



試製一式三吋戦車砲

口径:76.2mm(3インチ)
砲身長:3810mm(50口径長)
貫通力:500mで垂直122mmの均質圧延鋼装甲(RHA)を貫通(”九九式仮帽/被帽付タングステン弾芯炸裂徹甲弾(APCBC-T/HE)”の使用時)

備考
”九五式(八八式改)三吋高射砲”をベースに設計変更された戦車砲であり、現在、一式中戦車の将来型強化改修案の一つとして提言されている。
元々、陸軍や空軍の現用高射砲である八八式/九五式三吋高射砲が、より近代的で高性能な”九九式九糎高射砲”に切り替わるのを見越して余剰となった砲身などのパーツを生かして戦車砲を製造する計画は割と前からあったようだ。
しかし、開発が本格化したのは38年の”張鼓峰事件”以降で、ソ連の装甲兵力の強化が判明、近い将来従来の野砲ベースの75mm砲では貫通力不足になると予想されたために、急遽開発の促進が決定した。

開発ペースはきわめて早く1940年の秋には試作砲の”試製一式戦車砲”が完成している。
これは日本が魔法を使ったわけではなく、結局不採用にはなったが以前に九五式の原型となった八八式三吋高射砲ベースの”試製九三式三吋戦車砲”が開発され、比較評価のため十門以上製造された経緯があり、その「高射砲転用の戦車砲開発」というノウハウが存分に生かされたために早期開発が可能だったといえる。(このあたりのくだりは第07話のあとがき設定『八八式三吋高射砲 / 九五式(八八式改)三吋高射砲』に詳しいので、参照していただけるとありがたい)

さて、九九式APCBC-T/HEを使った場合の貫通力は、垂直のRHAを標的とした場合500mしか変わらないが、一式三吋戦車砲が真価を発揮するのは、後に”一式高速徹甲弾”と呼ばれることになるタングステン弾芯高速徹甲弾(HVAP-T or APCR-T)を使用した場合の貫通力だ。
大型薬莢/軽量弾頭/長砲身による高初速を生かせるこの条件なら、一式は従来の75mm砲弾を使う一〇〇式を性能的に凌駕する。

参考データ:一式高速徹甲弾使用自、垂直のRHAを標的とした貫通力比較
一〇〇式長七十五粍戦車砲:500m→137mm, 1000m→115mm, 1500m→90mm, 2000m→67mm
試製一式三吋戦車砲:500m→208mm, 1000m→180mm, 1500m→152mm, 2000m→124mm

と500mの距離で7cm以上の貫通力差があり、距離が遠くなるほどその開きは大きくない有効射程上限の2000mでは実に倍近い貫通力の違いがあるのだ。

この一式高速徹甲弾完成直後に行われた上記の実射比較試験の結果を重く見た大日本帝国陸軍は、僅かな手直しを指示した後に即座に量産体制に移行するように命じ、翌皇紀2601年(1941年)に制式化する。

デメリットをあげるとすれば、一〇〇式に比べて長く大きく重いため従来の一式中戦車の砲塔では不十分な大きさであり、新規の専用砲塔が必要とされることだったが、それは既に織り込み済みで、一式中戦車の砲塔が鋳造だった点を生かし、直ちに一式に対応した鋳型の研究が始まった。

また、『日米砲弾/弾薬相互間協定』にも対応しており、当時米国が開発していた”M10駆逐戦車”の搭載するM7/3インチ50口径長砲と砲弾が共用化されている。

試製が外れた一式三吋戦車砲は日本における高射砲転用の量産戦車砲としては先駆者であり、これは後の戦車砲にも引き継がれていくことになる。












目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 ”英国からの贈り物と米国からのお報せです!”

皆様、こんばんわ~。
ちょっと夕方から急に用事が入ってしまったので、慌てて書き上げた作者です(^^
なんか帰ってきてからだと書く気力が失せる匂いがプンプンして(笑)

それにしても「CODE1940」もいよいよ二桁突入です♪
長かったような短かったような?

さて今回のエピソードは……最初は飼い猫の躾についての話題です(えっ?
記念すべき第10話ですがR-15的表現が入るので、そういうのがお嫌いな方はブラウザバック推奨です。

そしてサブタイの謎ですが……米国については予想が付く方が多いでしょうが、英国から意外なものが?




 

 

 

「じゃあ、猫田さん。細見少将のところに着任と、それに装備到着の報告にいこっか?」

 

「はい。たいちょお」

 

公人としての顔と呼び方に戻すみほ。

しかし、猫田ニア(ねこにゃー)はそれに動じることもなく素直についていく。

ねこにゃー的には自分に出来ないこの切り替えの早さも、みほの魅力だと思っていた。

 

ねこにゃーは自分の性格を言い表すならば「不器用なチキンハート」とでもなるだろう。

「大洗女子戦車学校」時代、中々みほに声をかけられなかったねこにゃー。それでもなけなしの勇気を振り絞って声をかけた。

もしもこの時、冷たくあしらわれたり素気無くされたり怪訝な顔をされたら、今の自分はなかったとねこにゃーは思う。

もしかしたら学校すらも中途退学していたかもしれないと。

だけど……

 

「ん? 猫田さん、どうしたの?」

 

みほはそう柔らかく微笑んだ。

まるで自分とずっと友達だったかのような、当たり前のように友達から声をかけられたように。

初めて声をかけたのに、名前を知っていてくれるのも嬉しかった。

ねこにゃーは語る。

 

『あれはきっとボクの初恋の始まりだったんだ』

 

 

 

みほに何で始めて声をかけたとき名前を知っていたのかを聞いたら、

 

「えっ? わたしは全員の顔と名前を覚えてるよ? だっていつお友達になるか……何より”戦友”になるかわからないじゃない?」

 

その驚異的な記憶力に舌を巻き、学生の身でありながらその『常時戦場の覚悟(Allways in Tank)』に感動した。

 

みほは『ボクは機械いじりしか能がないから』と自嘲するねこにゃーに、『じゃあ猫田さんはきっと、工学士向きなのかもしれないね?』と進むべき道を示してくれた。

「大洗女子戦車学校」は戦車の操縦訓練や女性向にあるいは戦車兵向きにアレンジされた帝国軍人としてのあり方(あるいは軍や戦場へのアジャストの仕方)を最低限学ぶ軍事教練は必須だが、それ以上の特化型スキルを学ぶ学科(戦技科)は多岐にわたる。

凡そ戦車にまつわる大抵のことを、三年間みっちり集中教育で学べるのが女子戦車学校の強みであり、「大洗女子」もその例外ではない。

いやむしろ最も新しい戦車学校だけあり、より新鋭化/先鋭化されてると言ってもいい。

 

根本的な部分から機甲戦術論まで学べる戦車複合科が基本コースだが、例えばアンコウ01の面々も沙織などは通信士修身科をとっていたし、レオポン・チームは当然のように整備科、カモさんチームは憲兵養成科といった具合だった。

 

ねこにゃーはみほの薦めもあり二年生のときに戦車工学科を履修。そこで、ももがーやぴよたんと言った同志と出会った。

 

もしかするとねこにゃーのみほに対する想いは、恋愛感情よりもむしろ”信仰心”に近いかもしれない。

だからこそ、ねこにゃーは、みほの傍にいつもいる優花里にも麻子にも嫉妬したりすることはない。

心のどこかでみほに対する想いの差異、自分が”異質”なことに気が付いてる可能性も否定できないが……

 

ただ、それでもみほに処女を奪ってもらったとき、嬉しくて泣いてしまったのは生涯忘れることのない思い出にはなっていたが。

 

 

 

***

 

 

 

富士機甲学校の校舎廊下をねこにゃーを連れ立って校長室に向かっているとき、ふとみほは思い出したように、

 

「猫田さん、その書類鞄(ブリーフケース)に入ってるのは、もしかして機密書類?」

 

そう視線をねこにゃーが大事そうに抱えてる鞄にみほは向けた。

みほに再会できた瞬間、喜びのあまり思わず取り落としてしまったが中身に入っていたのはそれとなく【軍機】のスタンプが捺された書類だった。

まさか他国の諜報員も、一介の下士官……それも学校を出てから二年程度の技術者見習いの少女が重要機密書類を自分の荷物に忍ばせ持ち歩いているとは思わないだろう。

 

「にゃっ!? ど、どうしてわかったんです?」

 

驚くねこにゃーにみほは苦笑し、

 

「大事そうに抱えてるからね。それに……」

 

みほは笑みの質を柔らかくして、

 

「しばらく会ってなかったけど、”にゃあ”のことだもん。なんとなくだってわかるよ」

 

「にゃあ……」

 

”つうぅ……”

 

「ん? もしかして濡れちゃった?」

 

みほは何気ない動作でねこにゃーのスカートをめくる。

人気のない廊下だが、きっとみほにとっては関係ないだろう。

彼女の「愛玩動物(ペット)への躾」は生易しいものではないのだから。

 

「”にゃあ”はイケナイ猫ちゃんだね? 言葉だけでこんなに濡らしちゃうなんて」

 

「”ご主人様”、ごめんなさいですにゃあ……」

 

シュンとなるねこにゃーにみほはクスリと笑い、

 

「いいよ。それより”にゃあ”、そのままじゃ気持ち悪いでしょ? パンツ脱いじゃおうっか? ほら、足を抜いて」

 

みほの言葉に『疑問』という言葉がこの世から消え失せたように牝の臭いが染み付いた下着を脱がされるねこにゃーだった。

みほは濡れて役に立たなくなった脱ぎたてのパンツを普通に屑篭に捨てるが、

 

”ぶるっ”

 

ねこにゃーの肢体が小刻みに震えた。

 

「あれ? ”にゃあ”、もしかしておしっこもしたくなっちゃった?」

 

「にゃあ……」

 

力なく頷くねこにゃーに、

 

「冷えちゃったかな? ここから女子トイレはけっこう遠いしなぁ……そうだ♪」

 

みほはさきほどパンツを捨てた屑篭をねこにゃーの前に置き、

 

「これにしちゃいなよ」

 

「にゃ♪」

 

ねこにゃーは言われるままにスカートをたくし上げ、

 

”ぷしゃあぁぁぁ”

 

「にゃぁぁぁぁ~」

 

間延びした声と同時に恍惚とした表情を浮かべた。

学生時代のみほの放尿調教でも思い出したのだろうか?

その顔に恥じらいや躊躇いはない。そんな”邪魔なもの”は、「戦場で羞恥心なんて感じる余裕あるのかな?」というみほの方針で学生時代にとっくに溶かされ、快楽に変換されていた。

 

もっともそれは、ねこにゃーに限った話ではないが。

 

 

 

***

 

 

 

「じゃあ猫田さん、行こっか? あんまり細見少将を待たせても悪いし」

 

ねこにゃーが用を足し終えると、みほは何事も無かったかのように促す。

 

「にゃあ♪」

 

かくてねこにゃあはノーパンで、そして脚の間を体液と尿でで濡らしたまま上官と対面することになる。

 

……もし、みほが一連の動きを自覚してやってるならかなりのSだが、もし素であるいは無自覚でやってるなら、間違いなく救いようのない天然ドSだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**********************************

 

 

 

 

 

 

さて、場所は変わってここは富士機甲学校校長室……

 

 

 

「細見少将、わたしは席を外したほうがよろしいでしょうか?」

 

他二人を代表したねこにゃーの着任挨拶もそこそこに、機密のスタンプを押された書類とにらめっこをしていた細見は視線を上げ、

 

「いや、その必要はないよ。むしろみほ君の意見を聞きたいくらいだ」

 

赴任してさほど月日はたってない筈なのに、将官……それも日本戦車界の重鎮の信頼を勝ち得てるみほに、ねこにゃーは改めて尊敬の目を向けていた。

 

「まずはこれを見たまえ」

 

そう吟味して渡したのは、

 

「英語の資料ですね? 拝見します」

 

それを淀みなく目で文字の羅列を追うみほ。

普段の言動から忘れられがちではあるが、彼女は資産500億円を軽く超える武の名門西住家のご令嬢で、教育にかけられた金も違う。

乳母兼家庭教師から様々な基礎学力と呼べるものを授けられ、日本語/英語/ドイツ語/ロシア語、おまけに『特地』の”帝国”語まで堪能だ。

 

「……これは、”新型対戦車砲”の資料……開発仕様書ですか? おそらくは戦車砲転用を前提とした」

 

細見は鷹揚に頷き、

 

「ああ。【オードナンス Quick-Firing 17ポンド砲】というらしいな」

 

「……この時点で、まだ開発段階にある新型砲の資料を日本に渡してきたということは……」

 

「思うところを言ってみたまえ」

 

「開発の協力要請。もっと言うなら『日英同盟の”陸戦を含めた”完全な履行を期待する』……察するにそういう解釈でよろしいですか?」

 

答える代わりに細見はこう切り替えした。

 

「陸軍と政府は、英国との共同開発を承認したそうだ。九九式九糎高射砲転用の戦車砲の開発の遅延もしくは計画放棄があった場合の”予備プラン”として、だ」

 

「正確には『予備プランという建前で』でしょうね。本音は英国支援の一環という感じだろうし」

 

みほの言葉に細見は好好爺然とした笑みと共に、

 

「みほ君、”プリンス・オブ・ウェールズ”と”レパルス”は知っているかね?」

 

「ええ、海式は詳しくないですけどそのくらいは。確か英国東洋艦隊に配備予定の最新鋭のキング・ジョージ5世級戦艦と巡洋戦艦でしたよね? 古いリヴェンジ級戦艦の代替でシンガポールに来るという噂でしたが……」

 

細見は頷き、

 

「まだ内々の話なんだがね……どうやらシンガポールへは来ずにセイロンへの配備に変更されたらしいね。最終的には西インド洋から紅海にかけてのいずれかの拠点に配備されるかもしれない」

 

「”カラブリア沖海戦”の敗北、その穴埋め……ということでしょうか?」

 

「ああ。つまるところ東アフリカへの戦力的梃入れだろうね。最新鋭空母インドミタブルもセイロン配備が決定したようだし。下手をすれば残る旧式戦艦もインド洋以西に引き抜かれるかもしれない」

 

みほは頭を抱えたくなった。

ソ連の脅威があるにも関わらず、香港などの植民地や租界が直接の脅威に晒されてないために戦力の補充は行われない……いやむしろ実質的には引き抜きにかかってると考えたほうが正しい。

まがいなりにも艦隊が残ってるのは、ドイツにより陥落した欧州列強の植民地が東南アジアを中心に多くあるからであるからだが、

 

「その様子じゃ、アジア方面で積極的攻勢は……そういうことですか」

 

「時にみほ君、このアジアには我々大日本帝国と領海/領空を接する形で仏領インドシナや蘭領東インドというものがあってだな……」

 

「少将、言わないでくださいね? 間違いなくロクでもない未来しか思い浮かびませんから」

 

 

 

***

 

 

 

自分で話をふりながらも、大日本帝国陸軍にとりあまりにもロクでもない未来予想図に辟易した細見は、積極的に話題を変えることにしたようだ。

確かに近い将来、英国が言い出しそうなこと、そして”中立法”を未だ建前的には維持してる米国(英国への武器弾薬供給支援(レンドリース)はあくまで中立法の枠内という解釈)が満面の笑顔でサムズアップしそうな情況は、今のスタンスが好ましいと思ってる帝国軍人には悪夢に等しい情況だろう。

 

「話は戻すが……みほ君、仮にその砲が日本で生産されるとして……牽引砲、対戦車機動砲として使うのはいいとして、後は何に使えると思うかね?」

 

みほはあえてその小芝居に乗ることにしたようだ。

 

「せっかくの高初速ですから、高射砲と言いたいところですが……生憎それは間に合ってますね?」

 

彼女は歳に似合わぬクセのある笑みで、

 

「いっそ”英国支援用の戦車”でも限定生産で作ってみたらどうでしょう? 開発時期から逆算すれば”三式重戦車”の車体(リグ)など砲プラットフォームに最適かと愚考いたします。なお今からの開発となれば、国産17ポンド砲の完成は仮称”九糎戦車砲”の後になりましょうから、同時にその時期に開発/実用化される戦車技術のテストベッドとして使うのならなおよろしいかと」

 

「手堅い技術で三式を仕上げ、その派生型で英国支援の新戦車を仕上げるか……実に悪くない。しかし”英国支援用新戦車”ではいかにも語呂が悪い……そうだな【仮称”四式戦車”】とでもしておくか?」

 

「よろしいかと思います」

 

「新技術のテストベッドとは、例えば三式に従来技術の延長線上にあるホルストマン式懸架装置(サスペンション)を導入し、派生した仮称四式の車体にトーションバー式サスペンションを試す……というような解釈でいいのかね?」

 

みほは肯定の意を示し、

 

「はい。あるいは三式に一式で熟成が進むであろう鋳造砲塔を採用し、仮称四式で現在技術開発中の電気溶接(新技術)を用いた砲塔を試験導入するようにです」

 

 

 

「ところで、何故一式では駄目なのかね?」

 

みほは首を横に振り、

 

「残念ながら車体が小さすぎます。17ポンド砲に要求されてる性能緒元から逆算すれば、仮に旋回砲として使用した場合は相応の無理が生じると思われます。戦車の主砲として性能を生かしきるなら、相応の車格が必要となってくるでしょう。どうしても一式をプラットフォームに使いたいのなら、」

 

「続けたまえ」

 

みほは頷き、

 

「固定砲ないし左右上下に僅かに砲を指向できる半固定砲とし、突撃砲あるいは駆逐戦車として開発するのがベターだと思われます」

 

細見は満足げな顔で小さく拍手しながら、

 

「パーフェクトだよ。みほ君」

 

みほは芝居がかった調子で恭しく一礼し、

 

「お褒めいただき感謝の極み」

 

 

 

***

 

 

 

「では、みほ君。現状では資料不足で稟議書は無理だろうから、”仮称四式戦車”の提案書をまとめておきたまえ。ああ、ついでに富士機甲学校(ココ)にある三式関連の文章の機密指定は君と猫田君達技術陣限定で解除しておくから、存分に活用するといい」

 

「御意に」

 

その様子を呆然と見ていたのはねこにゃーだ。

自分の崇拝する戦女神は、一体どれほどの信頼をこの戦車開発の重鎮から得ているのだろうと。

冷静になってみれば、彼女はまだ軍人二年目の一介の陸軍中尉に過ぎない。

 

ねこにゃーは西住みほという少女が、「戦車に関して過去/現在/未来に渡り知らないことはないのでは?」という錯覚を覚える。

実はみほのお母さんはしほだが、お父さんはルノーFT軽戦車だと言われても信じてしまいそうな自分がいた。

 

誤解のないように言っておくが、確かに西住みほは『特地』にて亜神と関わりを持ったが、断じて”異能の持ち主”ではない……公的にはその筈だった。

 

 

 

細見は仮称四式や、今回届いた軍機資料のいくつかについてみほと資料を読みながら言葉を交わす。

いつの間にかみほが細見の膝の上に座っていたが、二人ともそれがまるで自然であるかのように空気に変化はなかった。

当のねこにゃーも驚きはしたものの、そこに性的ななんらかを感じることは出来ず、後に『まるで仲の良い本当の父娘(おやこ)のようだった』と書き記している。

 

そしてそれが一通り終わると……

 

「みほ君、そういえば君に一つ伝えなければならないことがあった」

 

「なんでしょう?」

 

すると細見は微妙な顔つきで、

 

「時勢や背景を考えると私は微妙なのだがな……君にとっては間違いなく喜ばしい報せだろう」

 

「えっ?」

 

「米国から申し入れがあったのだよ。例の米国陸軍の装甲広報(リクルート)部隊、”サンダース戦車中隊(サンダース・タンクトルーパーズ)”が近々来日する予定だそうだ」

 

「ええっ~~っ!!? ケイ達が日本に来るんですかっ!?」

 

細見は言葉通りの微妙な表情で頷き、

 

「それもご丁寧に米国産の新型戦車……なんと言ったか? ああ、そうそう。確か”M4中戦車”と言ったか? それの先行量産型(テストプロダクション)をわざわざ伴って来るらしいな」

 

みほは細見の膝の上でちょこんと小首をかしげ、

 

「日本に対するお披露目……それを兼ねたソ連に対する武力示威行動(パワープレゼンス)ですかね?」

 

「その可能性も否定できないがね。ただ先方が望んでるのは『中隊規模の実戦形式の模擬戦を含む試製一式中戦車との性能比較調査』らしい。政府も軍部も歓迎して話を受けたらしい」

 

みほは小さく溜息を突き、

 

「多少の機密漏れより、同盟国の地上戦力把握が急務と判断しましたか。でも不自然と言えば不自然ですね? こっちはまだ試製車両(プロトタイプ)なのに、先行型とはいえM4は量産型なんですよね?」

 

すると細見はみほの頭を撫でながら苦笑し、

 

「なんといっても彼の国は底知れない膨大な工業力があるからな。量産型で欠点や弱点を洗い出し、量産しながら改良もできるのだろう。まったく羨ましい話さ」

 

 

 

 

 

しかし、細見もみほもまだ気が付いていない。

これが日本を”満州コモンウェルス”の戦いに巻き込む陰謀の一手である事を……

 

ちなみに存在を半ば忘れられてるねこにゃーと言えば……

 

「ああっ……放置プレイもまたいいにゃっ♪」

 

富士機甲学校は、今はまだ平和であった。

この平和がいつまで続くか保障の限りではないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
ねこにゃーの躾が明らかになり、英米の腹黒い意図が乱れ飛ぶエピソードはいかがだったでしょうか?
今回は推敲や添削の時間がなかったので、メガッさ後に修正を入れそうな悪寒が……(汗)

本人によれば、みほはガチ百合ではなくあくまで両刀使い(バイ)らしいです。
かなり百合に比重が偏ってる気がしますが(^^

そして英国からはまさかの設計段階での17ポンド砲資料が到着!
”この世界”では日英同盟が良好なようでなによりです(棒)
良好すぎて不穏な話題が出てましたケドネ。

次回あたりからいよいよケイが出せるかな? あとカバさんチームやアヒルさんチームも書けるといいなぁ~とか思ってます。

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



女子戦車学校

現時点で作中に確認されている女子戦車学校:大洗女子戦車学校(茨城県)、黒森峰女子戦車学校(熊本県)、知波単女子戦車学校(千葉県)。他にも複数ある模様。

備考
”この世界”の大日本帝国が大正期、女性の社会進出(労働力化)……いわゆる”大正デモクラシー”に持て囃された”職業婦人”を国家自らが率先して行うという名目で行われた【婦女子軍志願制度】の端を発して設立された軍学校。

実際には、日本が米国主導のモータリゼーションに代表されるような資本主義型の急速な国家全体の近代化、大量生産や徹底的な工業規格化/品質管理による産業界の大規模重工業化、それに伴う大量消費社会の実現によって成人男性の労働力需要が拡大。
かつては軍志願者の人材供給源の失業者や農村部の”口減らし対象者(余剰人口)”を凄まじい勢いで吸収し、また「平時より大量徴兵が行われれば国家発展に支障が出る上、下手をすれば国家存亡の危機になる」という力を増した産業界の主張により、かつてほど手軽に(あるいは安易に)徴兵ができなくなった政府や軍部が、苦肉の策として人材確保に用いたのが前出の【婦女子軍志願制度】だった。

「女子戦車学校」は特に陸軍における女子志願者向けの最新トレンドで、戦車の急速な発達とモータリゼーションが始まった1920年代後半に設立が始まり、1930年代にわたって全国各地に開校する。

基本的に陸軍は体力の劣る女性を歩兵に使う気はなく、「厚い装甲に守られ、足で歩かずにすみ、強力な砲を備えた戦車なら婦女子でも安心して戦える」という少々現実を無視した主張の元に制度全般を含め整備が進められたようだ。
また軍民を問わないあまりに急速な国全体の自動車化で、最新の兵科である機甲人員が不足することが目に見えていたことも、女子戦車学校設立に拍車をかけていた。

また、近年は装甲戦闘車両だけでなく砲兵や通信兵にも女性軍人の進出が目立ち、例えばもっとも新しい女子戦車学校である「大洗女子」には、開校当時から通信士養成科や砲兵科などこれまでにない戦技科(学科)も完備されている。(他の女子戦車学校も随時造設)



「三年間の間に戦車と機甲戦全般に関わる諸々のエキスパートを養成する」を目的としており、原則として寮生活。
本質的には「戦車兵(あるいは装甲戦闘車両兵)専門の促成養成機関」であり、帝国陸軍人としての一般教養と軍と戦闘にアジャストできる最低限の軍事教練は行われるが、戦車操縦だけでなく整備や車両開発を含めた各関係分野の専門教育が基本とされるが、士官教育はそこに含まれていない。
原則、卒業時に得られるのは下士官資格までだが、これにはいくつかの救済制度がある。

基本、単に卒業するだけでは下士官の最底辺である兵長だが、在学中に資格を取れば卒業時に下士官範囲内限定だが、伍長、軍曹、曹長というようなより上位に階級を正規任官時に得ることができ、また在学中や卒業後に短期養成士官コースなどを受講、修了して准尉資格が取れれば、卒業資格とあわせて陸軍士官学校卒業者と同じく少尉資格を得ることが出来る。
現時点までの作中登場人物だと、西住みほ、西絹代、角谷杏、冷泉麻子がそれに該当する。

最も古い女子戦車学校は熊本の黒森峰女子、現在最も新しいのが前出の大洗女子で角谷杏の世代が第一期生にあたる。








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 ”再来と再会です♪”

皆様、こんにちわ~。
さすがに前作後半のロングスパート・アップは無理だった作者です(--
あの勢いというか奇跡は不可能かな?

さて今回のエピソードは……前半と後半では、エピソード・ヒロインが違ってたりします。
というか全体的に戦いの準備回……でしょうか?(^^





 

 

 

さて、ここはモンゴル語で”美味なる泉”を意味する”タムサク・ボラグ”。

ソ連在蒙赤軍がモンゴル東端に作った巨大軍事施設だ。

 

その具体的な大きさは施設自体でも東西13km、南北10kmの多角形で、これを周囲39km/幅8m/深さ3mの対戦車壕で取り囲んでいた。

その敷地面積は、山手線の内側の面積より広いと言ったら、そのスケールは伝わるだろうか?

 

そして、このモンゴル平原に突如として出来たようにしか思えない巨大要塞の支援のためだけに二つの大規模野戦飛行場が整備され、ソ連の街ボルジャよりシベリア鉄道が引き込まれ、さらにはマタト、ウラン・ツィレク、バイン・トゥメンと三つの負けず劣らずの巨大補給基地が整備された。

 

さて、そんないかにもソヴィエトじみた馬鹿馬鹿しいまでの巨大軍事施設の一角に”彼女達”はいた。

 

「ねえ、ノンナ……カチューシャ達は、一体いつまでここで待機してればいいのかしら?」

 

二人乗りの小型砲塔(ピロシキ)ばかりが広がるT-34中戦車群の中で、一際目立つ六角形の印象を持つ三人乗りの大型砲塔(ナット)を持ち、それに見合った装甲貫通能力の高いを長砲身76.2mm砲”F-34”を装備する次世代装備試験型T-34……

かつては”カチューシャ・スペシャル”などと俗称されていたが、”冬戦争”での実践評価が良好だったせいで、この秋から正式に小規模生産が始まり【T-34bis】と名づけられ戦車の傍で、口元にジャムをつけたまま紅茶……彼女なりの”ロシアン・ティー”を楽しんでいるのは、もしかしたら身長130cmないかもしれない女の子がそう聞いてくる。

 

ふわふわの短い金髪に勝気そうな瞳……彼女こそは”冬戦争”において、他国なら僅か増強1個中隊規模の戦車で大隊規模の敵戦車隊を壊滅させるなど数々の武功を高く評価され、見事に女性で始めて『ソ連邦英雄勲章』を受賞した”エカテリーナ・トハチェフスカヤ”だ。

蛇足ながら”カチューシャ”とは彼女の愛称で、エカテリーナという名の女性の愛称としてはロシア語圏では一般的だ。

 

史実における女性初の英雄勲章受勲者は、反独抵抗活動(パルチザン)をしていた”ゾーヤ・コスモデミヤンスカヤ”で、彼女の受勲は1942年2月16日なのでカチューシャの受勲がいかに早いかよく判る。

しかもゾーヤの受勲は彼女の死後(ドイツによる処刑後)の受勲であり、「英雄の死」を対独戦のプロパガンダにしたいスターリン一派の意向という側面が強いが、カチューシャの受勲は誰もが認める実績に裏打ちにされたものだけにその価値の高さがわかると思う。(まあプロパガンダ要素がないと言えば嘘になるが……)

 

 

 

また、カチューシャという少女を語るうえで忘れてはならないことがある。

彼女はソ連最年少元帥であり「赤いナポレオン」と呼ばれ、後の戦術論に多大な影響を与えた”縦深戦術理論”の生みの親として知られる”ミカイル・トハチェフスキー”の姪(トハチェフスキー元帥の弟の娘)という出自で、近い将来の夢は大大大好きなミーシャ伯父様の……と、この先を言えば粛清対象か?

それと名字が微妙に違うのは、ロシア語特有の「男女による名字語尾の変化」のせいである。

 

 

 

***

 

 

 

スターリンが”事故死”してしまい、権力を握ったトロツキーが赤軍の実力派と手を組み行った(史実のスターリンに比べれば)小規模な粛清により、国内の政敵……特にスターリンの取り巻きを中心に、徹底的にこの世と違う場所に旅立たせた。

そのために生まれたのは、史実とは大幅に異なる人員で攻勢された【赤い新貴族(ノーメンクラトゥーラ)】だ。

やはり新たな赤い特権階級(パワーエリート)が生まれてしまうのは、歴史の修正力かはたまた人の業の深さゆえか?

 

ともかく史実では赤軍大粛清であまりに悲惨な最後を遂げたトハチェフスキーが生きているだけでなく、軍の大黒柱……名実共に「赤軍の至宝」として活躍し、逆に政治畑ではベリヤ、ポスティシェフ、コシオール、ルズタークが、秘密警察(GPU)関係ではヤゴーダやエジェフが取り巻き共々一族郎党ごと根絶やしされたという事実が象徴するように、”この世界”のノーメンクラトゥーラは共産党より赤軍が強力な勢力、一大派閥となっていた。

 

そういう意味においては、カチューシャは旧貴族社会なら公爵令嬢と呼ばれてもおかしくない立場だが、さすがは革命と戦闘で自らの歩むべき道を切り開くことをモットーとする赤軍。

例え名家令嬢であれど、愛すべき人民の尖兵として戦場に立ち、堕落した帝国主義者や放埓な資本主義者、無責任な民主主義者を討ち取ることこそ誉れと考えてるようだった。

奇しくもそれは古の貴族や騎士の理想像とする姿であり、また革新/革命を名乗る勢力ほど一周回って懐古趣味的になるという歴史事例に、ソ連もまた足を踏み込んでいるという証明でもあった。

 

 

 

「カチューシャ様、全ては同志ジェーコフ中将の胸のうちであらせられます」

 

そう答えたのはカチューシャとは好対照を成す長い黒髪&長身の涼やかな目元が印象的な妙齢の美女であった。

彼女の名は”ノンナ・テレジコーワ”。プライベートではカチューシャの専属メイド、軍務では従兵兼副官を務める才色兼備の有能な女性だった。

 

「確かに同志ジェーコフ中将の優秀さは、伯父様のお墨付きだけどさ~」

 

グリゴリー・ジェーコフ中将は幾多の赤い将軍の中でも、軍の機械化および戦争における機械化部隊の運用という新しい理論の強力な提唱者の一人として有名であり、それゆえにトハチェフスキーの覚えのめでたい若手将軍の一人であった。

また彼の立てる計画の緻密さ、厳しい訓練や厳格な規律の実施は有名であり同時に高く評価されていた。

 

「でも、カチューシャは()()をしに、わざわざこんな東の果てまで来たの!」

 

どうやら彼女は”冬戦争”では不完全燃焼だったらしく、そして持て余した闘争本能の捌け口を求めて、このモンゴル平原に来たようだ。

 

言い忘れていたが、カチューシャは戦功自体が先ず評価されカレリアから撤収する前に略式の戦地昇進という形でソ連独特の上級中尉になっており、先の通り英雄勲章を授与されると同時に1階級昇進(受勲昇進)しており、今は”トハチェフスカヤ大尉”となっていた。

そして、昇進した彼女に与えられたのは新しい階級章だけではなく……

 

「それにせっかくミーシャ伯父様が用意してくれた”独立増強試験戦車旅団”をいつまでも遊兵化させておきたくないじゃない」

 

 

 

***

 

 

 

それはソ連製の最新鋭戦闘装甲車両が、これでもかとつぎ込まれた真新しい戦闘集団だった。

 

カチューシャの操るT-34bisが配備された旅団直轄の3両(カチューシャの乗車を含めれば4両)に、今のところは主力のピロシキ砲塔(短砲身のL-11/76.2mm砲搭載型)のT-34が2個中隊26両の計30両のT-34を中核に、ノンナ率いる装甲自慢で機動防御を得意とするつい先日配備されたばかりの最新戦車技術を押し込めた”KV-1bis重戦車”が1個中隊の12両。”BT-7M快速戦車”装備の装甲偵察隊が1個中隊編成で12両。

そして火力支援と待ち伏せが専門の史実では「街道の怪物」と恐れられた”KV-2重戦車”までもが1個小隊4両が旅団長直結として配備されていた。

 

総勢58両に達する戦力で、旅団長であるカチューシャや副官のノンナをはじめとした”冬戦争”を経験した猛者と若手でも将来有望とされた選抜組を中心に編成され、現在極東に配されてるソ連装甲兵力の中でも有数の錬度を誇っている。

 

もっともこの数なら他国では増強大隊、あるいはせいぜい戦車連隊と呼ばれる規模なのであるが、ソ連はこのスケールの装甲戦闘集団を”旅団”と呼称していた。

史実を紐解くと独ソ戦が始まった頃のソ連の戦車旅団編成は、

 

1941年12月:戦車旅団:戦車大隊×2(KV-1重戦車=10両、T-34/76中戦車=16両、T-26軽戦車=10両、合計36両)

 

というもので、さすがに”この世界”では定数が増えているが、カチューシャがかなり優遇されてるのは間違いないだろう。

あと、ソ連は日本に継いで婦女子の多い軍隊ではあるが、特に”独立増強試験戦車旅団”……非公式な呼称だがこっちのほうが呼ばれ方としてはメジャーな”カチューシャ旅団”は女性比率が高い。

とはいえ、別に男性がいないというわけではなく……というより、旅団構成員の約半数は男だった。

 

おかげで美人系から可愛い系まで取り揃えたカチューシャ旅団の第一規律は、「ヤるのも誘ってヤられるのも感知しないけど、避妊だけはするように。妊娠が理由の除隊や後方送りとかありえないし」とのことだ。

 

実際にカチューシャ自身も気をつけている。年齢的というより体系的に、彼女には無用なような気もするが……それは追求しないのが吉だろう。

 

「それではカチューシャ様、威力偵察任務などを志願するのはいかがでしょう?」

 

カチューシャは少し考え、

 

「そうね……確かにハルハ河には視察にいったきりだもんね。戦場を実際に戦車で走ってみるのは重要よね? それに戦車を遊ばせておくよりはずっとマシだもん」

 

何より、北アフリカではしゃいでるイタリア人やバルカン半島でバカ騒ぎをしてるドイツ人を羨ましく思わなくてよいというのが精神衛生上よさそうだ。

 

「ただし遭遇戦は頻発するとお覚悟ください」

 

彼女達が陣取るタムサク・ボラグから東に行けばハルハ河があり、その東岸の帰属を巡って米ソが今まさに領土的対立を起こしていた。

ハルハ河東岸(イーストバンク)は、平たく言えば世界でも指折りにホットな”係争地”であった。

 

しかしカチューシャにとっては願ったり叶ったりだったようで、

 

「新戦車の性能やカチューシャ考案の戦術が実戦で試せるなら、むしろ望むところよ♪ 米国人(ヤンキー)が相手というのもまたいいわね。金に汚い資本主義のブタを戦車ごとポークチョップにできる機会なんてそうそう巡ってこないもの」

 

 

 

この地には、かつて内蒙古と外蒙古の境界線を示していた祭礼場(オボー)と呼ばれる宗教的な意味を持つモニュメントがいくつも点在していた。

 

そしてカチューシャ達が威力偵察に出ようとしてるハルハ・イーストバンクには、ホロンバイル草原とハルハ東部の境界標識一つが、現地語で”法の王(ノムンハン)”を意味する名が冠され【ノモンハン・ブルド・オボー】と呼ばれる場所が存在していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

Hi! Miho! I can't long time see you!!(ハイ! ミホ! 久しぶりじゃないっ!!)

 

「ケイ! ホント、久しぶりだねぇ~っ!!」

 

”ひしっ!”

 

熱い抱擁で体温を分け合う二人には、隔たれた時間も空間も関係なかった。

 

 

 

さて、言うまでもなくここは富士機甲学校。

話はちょっと前に遡るが……

 

全体的にオリーブドラブ(ODカラー)に塗られドアの部分に白い☆型が入った米軍仕様のアメ車、1938年式のビュイック・スーパーがハンガー前に停車するなり、

 

「ミホーーーッ!!」

 

バンとドアが開くと同時に、標準支給のタンカースジャケットではなく、なぜかブラウンレザーの陸軍航空隊用のA-2フライトジャケット金髪少女が飛び出し、全力全開でジャンピング・ハグを決めたのだった。

ケイの手加減なしのフライング・ボディ・プレスを察知して、恐るべき反射神経で体制を整えがっちりとそれを受け止めたみほの身体能力は驚嘆に値すると言っていいかもしれない。

 

「がるぅぅぅーーーっ!」

 

「フ―ーーーーッ!!」

 

何やら威嚇してるWAN娘(優花里)NYAN娘(麻子)がいたりするが、ケイは堂々としたもので、チラリと二匹を見やりフフン♪と挑発的に微笑む。

それはまるで「仔犬や仔猫に呻られた程度で恋人を譲る女がどこにいるの?」とでも言ってるようだった。

もっともケイの行動の半分は、みほ自慢の二匹のペットのジェラシーを煽ってからかっているのであるが。

 

実はケイ、仔犬も仔猫もついでに大人しい大きな猫も、みほのペットはみんな気に入ってるのだ。

特にみほがからむと打てば響くような食いつきのいい二匹は、ついついかまい倒して遊んでしまいたくなる。

 

この傍迷惑な愛情表現こそが、まさにケイ・ユリシーズ・サンダースという少女なのだが……

彼女の心理は、主人公の妹にかまいたくなる某森島先輩に近いと言えば、納得してもらえるだろうか?

 

 

 

「あれ? ケイ、そういえば新型戦車……確かM4だったっけ?と一緒に来るって聞いてたけど?」

 

いつもより、あるいは他の誰に接するよりも砕けた感じのみほの口調が、二人の距離の近さを報せるようだ。

 

「ああ、それは残りの隊員共々アリサとナオミに任せてきたわ」

 

ケイはみほに抱きついたまま、さらっととんでもないことを言い切った。

 

「ほら、ワタシってばヨコスカに降りたらすぐに車借りて、フジに直行したからね~♪」

 

そして自分で運転しながら「法定速度? なにそれ美味しいの?」という雰囲気でかっ飛ばしてきたようだ。

本人の言葉を信じるなら、隊員の入国手続きと戦車の揚陸作業など諸々は、全てアリサとナオミに投げてきたようである

みほに会いたい一念と言えば聞こえはいいが、単に面倒ごとを押し付けただけともとれる。

 

自由奔放(フリーダム)というか我が強い(セルフィッシュ)というか大雑把(アバウト)というか……ケイは良くも悪くもアメリカン気質のようだ。

 

「あの二人も可哀想に」

 

追い掛け回した挙句に待ち伏せ攻撃でフルボッコにした相手と、射撃と砲撃の名手でガムがトレードマークの二人を思い出し、思わず苦笑いするみほ。

 

「ノンノン! ミホ、こういう時は『頼りになる副官がいてラッキーじゃない♪』って言うべきところよ?」

 

「わたしはその割り切り方ができるケイを、いっそ凄いと思うよ」

 

「ンフフ~☆ 惚れ直した?」

 

「まあ、そうかな?」

 

みほの言葉と同時に唇を押し付けるケイ。ただでさえ、馴れ馴れしい(正妻ヅラ)のケイに面白くなかった仔犬と仔猫の悲鳴が上がったのは言うまでもない。

 

 

 

***

 

 

 

「ねえところでミホ、”この子”が噂のプロトタイプTYPE-1(試製一式中戦車)ってわけ?」

 

みほをハグハグしたままキラキラした瞳を向けるその視線の先には、比喩でなくみほ達がここしばらく毎日のように乗っている鋼鉄の獅子が居並んでいた。

このリアクションから察するに、ケイもみほに負けず劣らずのタンク・マニアクスのケがあるようだ。

 

「そうだよ♪ 最近になってようやく仕上がってきたんだぁ」

 

嬉しそうに微笑むみほを見てるとまたしても唇を奪いたくなる衝動に駆られるが、そうしたら話が進まなくなるくらいは自覚してるケイは、続きは今晩のお楽しみということにしておいて……

 

「ねっねっ、ワタシにも動かせるかな?」

 

「車の運転ができるなら、動かすぐらいはすぐにできるんじゃないかな? 麻子さんに言わせれば『歴代の日本戦車の中で一番運転し易い』らしいし」

 

「じゃあ、さっそく……」

 

試製一式中戦車に乗り込もうとするケイだったが、

 

”むんず”

 

首根っこをみほに握られてしまう。

 

「ちょっと~! ワタシと離れるのが名残惜しいのは判るけどさ~」

 

みほはニッコリ微笑み、

 

「そうじゃないでしょ?」

 

「だ、大丈夫よ! マニュアルくらいあるんでしょ? ワタシの戦車操縦技術(ドライビング・テク)をもってすれば、すぐにロデオ・スターになれるくらいに乗りこなしてみせるわよ♪」

 

「それでもない。ケイ、着任の挨拶がまだだったよね?」

 

「あん。ワタシとミホとの間に、そんな無粋なことはいいっこなしじゃない?」

 

「わたしには別にいいんだよ。わたしには」

 

「???」

 

本気で何を言ってるか判らないという顔をするケイに、ついみほは溜息を突いて……

 

「ケイ、”校長先生(ボス)”……細見少将への着任報告へはもう行ったの?」

 

「へっ?」

 

みほは「やっぱりか~」という表情で、

 

「挨拶は人間関係の基本だよ? 細かいことは言わないし、言うつもりもないけど……せめて最初くらいは隊長らしくしないとね?」

 

「He~y。じゃあミホ、校長室までエスコートしてよ♪」

 

「わたしでよければ喜んで」

 

 

 

どうやら富士機甲学校は、しばらくさらに賑やかになりそうだ。それとも喧しくなりそうという言い方の方が適格だろうか?

本当に良くも悪くもでありそうだが……

 

そしてアリサとナオミが、残る【サンダース戦車中隊(サンダース・タンクトルーパーズ)】の面々と戦車を引きつれ、引込み線を伝って臨時の軍用輸送列車(チャーター・トレイン)で富士機甲学校に辿り着いたのは翌日のことだったという。

 

 

 

***

 

 

 

こうして役者は……あるいは駒は揃った。

あと必要なのは、”ゲームを楽しむ盤面(せんじょう)”だけだ。

 

そしてそれはきっと、もうすぐ用意されるだろう。

それも世界有数の”熱い盤面”が、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
前半はカチューシャ再来、後半はみほとケイの再会のエピソードはいかがだったでしょうか?

カチューシャ様、ノモンハンに到着!
ケイ、みほ達と合流!

ついにお膳立てが整ってしまいました(^^
でも本格的な戦闘が始まる前にカバとかウサギとかカモとかアヒルとかちょっと書いておきたいな~とか思ってたりします。

それにしても、ケイはフリーダムだなっと(笑)

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



KV-1bis重戦車


主砲:ZIS-5/76.2mm戦車砲(口径76.2mm、41.5口径長)
機銃:DT機銃×3((7.62mm×54R弾)
エンジン:V-2Kディーゼル・エンジン(機械式過給機付液冷V型12気筒ディーゼル、550馬力)
車体重量:43t
装甲厚:砲塔前面90mm(傾斜装甲),車体前面75mm(傾斜装甲)
サスペンション:トーションバー(捻り棒)
変速機:前進5段/後進1段
操向装置:二重作動式遊星歯車装置(プラネタリーギア)型クラッチ・ブレーキ
最高速:42km/h
乗員:定員5名乗車(6名乗車可能)
特殊装備:Fu2/Fu5車載無線機、強制排煙機(ベンチレーター)

備考
実はT-34シリーズよりも史実よりかけ離れた開発背景とスペック・シートを持つに至った、ある意味1940年登場戦車の中で最も化物チックな戦車かもしれない。
史実ではT-35多砲塔重戦車の後継戦車としてSMK重戦車、T-100重戦車らと同時開発されたが、”この世界”では全く異なり、当初は「次世代戦車技術の研究/開発/実証の為の実走可能な大型実験プラットフォーム」というのが最初の立ち位置だった。
そして様々な機材を搭載することを想定して重戦車級の車体になってしまい、また開発期間短縮のためにSMK、T-100から流用された部品を用いている。

例えばT-34のクリスティー式より先進的な、スウェーデンのランズベルク(L-60)軽戦車を倣ったトーションバー式独立懸架装置と大型鋼製転輪の組み合わせを採用。
エンジンはT-34のV-2ディーゼル・エンジンをベースに、機械式過給機(スーパーチャージャー)を取り付け50馬力アップの550馬力まで出力を向上させたV-2Kディーゼル・エンジンを搭載。
エンジンの高出力化に伴いトランスミッションを新規設計の5速タイプとし、さらにはT-34の泣き所の一つとして数えられている旧態依然としたサイドクラッチ型クラッチ・ブレーキ操向装置をこの世代の戦車の標準となってきていた:二重作動式遊星歯車装置(プラネタリーギア)型クラッチ・ブレーキ操向装置を採用している。(これは大重量に従来型変速機とサイドクラッチ式操向装置が構造的に耐えられず、急遽採用という経緯があったらしい)
またこれらの最新の足回りと駆動系のコンビネーションにより、最高速では劣るものの小回りはbisを含む前期型T-34より利いたという情報もある。
しかもその最高速も55km/hを誇るT-34と比べて劣るだけで、試製一式中戦車の45km/hと比較するなら決して見劣りはしない。

ちなみに史実のKV-1は変速機の重さが数多い欠点の一つとされたが、”この世界”では使い勝手は「いたって普通」らしい。
また問題だった機械的信頼性や故障率はソ連戦車として考えれば「これも普通」であり、まだ技術実証の途中である多くの機材や装置を積み込んでいることを考えれば「驚異的信頼性」になるようだ。
これも”この世界”のT-34シリーズ同様に、ドイツに大量発注している高性能部品の影響も無視できないだろう。

またKV-1で試されたの新世代技術の数々は、後に第二世代(後期型)T-34シリーズなどに搭載されたものも多く、KV-1の先進性を証明するエピソードとして語られている。



砲塔は実験戦車だけあって量産性は考慮されてなかったのであえて鋳造にする必要なく、様々な砲を搭載できるようにするため部品単位で接合できる均質圧延鋼(RHA)の溶接構造とされた。

ただ区分的に”次世代試作重戦車”の体裁をとっていたために防御力は重視され(これは内試験装備の実戦テストを行うからという意味もある)、砲塔前面90mm/車体前面75mmと分厚く、しかもT-34と同様に避弾経始の概念を取り入れた傾斜装甲を採用しており、その防御力は他国の戦車から比べても頭一つ抜き出ていた。
そしてドイツのⅣ号戦車に倣い、三人乗り砲塔を採用してることも大きい。


また史実と違いKV-1重戦車のKVは、開発主任だったコーチン技師のイニシャルのKと、ロシア語で車両を表す”Vehicle”の頭文字を合わせた開発コードに過ぎなかった。
つまりKV-1とは「コーチン技師開発の1号車両」という意味だ。

ついでに言えばKV-2も「KV-1の車両に陣地や防衛線などの重防御地点攻撃用の大型砲を乗っけたら使い物になるのか?」という疑問から生まれた、こちらも「コーチン技師開発の2号車両」という意味の実験車両扱いだった。

しかし、実戦テストを行うために投入した”冬戦争”で予想外の大活躍(特にノンナやノンナとかノンナが)をしてしまったのと、SMK重戦車、T-100重戦車が実戦で思い切り弱点や急所や醜態を晒してしまったために急遽KV-1/KV-2の量産がきまったのだった。

”冬戦争”に登場したKV-1との最大の違いは、T-34bisに搭載されるF-34戦車砲と同時開発されていた同じく長砲身の76.2mm戦車砲”ZIS-5”を主砲として搭載していることだろう。

T-34シリーズとの住み分けは、火力は同等ながらも機動力で勝るT-34が騎兵や矛とするならKV-1は分厚い盾であり、特に機動防御など防御力や持久力が必要とされる戦いに真価を発揮するだろう。










目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 ”模擬戦です!”

皆様、こんばんわ~。

さて今回のエピソードは……サブタイのまんまです(^^

西住試験中隊とサンダース戦車中隊の激突! その果てには……?

あっ、あと原作とちょっとソウルネームが変わってしまった娘とかいます(えっ?





 

 

 

みほと一刻も早く再会したいケイが、一足早く富士機甲学校に着いたのは前話で語ったとおり。

あの後、みほの案内で校長室で滞りなく着任の挨拶を終わらせたわけだが……

その時、こんなやり取りが細見との間にあったという。

 

「Captain Saunders, Why did you come in Asia? (サンダース大尉、君は何故アジアまで来たのかね?)」

 

するとケイはにやりと笑い、

 

COMBAT(戦う為に)♪」

 

細見は目を細めながら満足げに頷いたという。

翌日の朝、サンダース戦車中隊(サンダース・タンクトルーパーズ)の面々がM4戦車共々臨時便(チャーター)の軍用輸送列車で富士に到着。

副官二人が代表して着任の挨拶を行い、その日は荷降しと顔合わせ、車両の搬入/整備に当てられた。

夜は当然、歓迎会だ。

副官という立場上、みほの傍(隣ではない)に座らされたアリサの顔が終始引きつってたことは記載しておく。

 

翌日は互いの戦車の試乗。

みほ達はM4中戦車の機械的完成度の高さに、ケイ達はカタログ・スペック的には大差ないのに明らかに優れた試製一式中戦車の性能に大いに驚くことになる。

 

そして三日目は……

 

 

 

***

 

 

 

「ファイヤ!」

 

「Fire !!」

 

ケイ来日から三日後、準備が終わった試製一式中戦車試験中隊(ミホ・テストトルーパーズ)サンダース戦車中隊(サンダース・タンクトルーパーズ)実戦形式(セメント)の模擬戦の幕が切って落とされた。

 

富士機甲学校の敷地内にある総合演習場を所狭しと走り回る2個中隊に日米新世代中戦車は、その開発者達が見守る中、戦車兵(クルー)達の気迫と闘争本能が乗り移ったように激しく砲火をまじわせていた。

 

純粋な戦車同士の戦いは長距離砲戦から始まるが、命中精度の問題で特に遠距離(ロングレンジ)での撃ち合いで分が悪いとすぐに判断したケイは中隊全車に、

 

All Bandits(中隊全車に告ぐ), Let's Dance(回避運動、自由)! Ready for Charge(全車、突撃用意)!!」

 

と、あえて隊列砲撃(ラインバレル)ではなく中隊各車の裁量による回避運動と集合突撃ではなく分散突撃を命じる。

 

無論、出鱈目にバラバラに突撃するわけじゃない。

一見乱雑に見えても、その戦車一両一両の動きは、きちんと整合性が取れていたのだ。

むしろ敵に「ヤケクソじみたバラバラの突撃」と認識させることが、この”陣形”を成功させる肝なのだ。

 

単純な技量差だけでなく砲や照準機の性能など複合要因で決まる”有効射程の長さ”で勝敗が大きく左右される遠距離と違い、敵味方双方とも命中率が跳ね上がる中距離(ミドルレンジ)以内での砲撃戦ならば、命中精度より手数の多さで勝敗を決することがままある。

一応、日本娘より大柄な娘が多いサンダースの方がパワーがあるはずなので、特に筋力が大きく物を言う装填手が差が出るはずだ。、

 

(速射性ならワタシ達が有利!)

 

ケイは命中精度の差を発射速度で補う判断をしたようだった。

 

そしてその情況を作り出すのにうってつけの陣形があった。

ケイ曰くアメリカン・フットボールの試合を観ていた時にインスピレーションが湧いたらしい「一見すると陣形に見えない戦術陣形」、その名も……

 

「”ショットガン・フォーメーション(散弾機甲陣形)”! Go ahead(突撃開始)!!」

 

敵が統率の取れてない各個突撃と思い込む幻惑効果があるこの陣形は、陣を「線の繋がり」でなく「空間全体」として考えることを基本としていて、散弾粒のようにバラバラに飛び込んでくるように見えるサンダースの戦車は、実はどの戦車が敵のどの戦車を相手する……撃破するだけでなく押さえ込んだり、連携を妨害したりすることも含めて割り振られ、そして互いが互いをフォローできるように動くのだった。

 

これこそが教科書どおりに綺麗な隊列を整えて横一列や縦一列、ちょっと変わっていても斜め一列に戦車並べて迫ってくる陸軍士官学校(ウエストポイント)出の”お坊ちゃん(エリート)”達を混乱の坩堝に叩き込み、連携と彼らのプライドをズタズタに引き裂いたサンダースら好みの「山賊風の荒っぽい戦術(バンディッツ・アタック)」であった。

 

普通に考えれば長距離射撃に分があるみほ達は、後進しながらの中隊統制射撃でこちらの勢いを止めにかかるだろうが、ケイにとってはそれはそれでかまわなかった。

スピードは一式が僅かに勝る(なので回りこむのは難しい)とはいえ変速機(ミッション)の後進は1速しかなく、M4の前進速度には叶わない。

なら”統制のとれた分散突撃”で的を絞らせずに撹乱、命中精度より手数で決まる乱戦に持ち込むのは悪い判断じゃなかった。

 

しかし……

 

 

 

「全車、集結! ”装甲鋒矢陣(そうこうほうしじん)”用意! 戦車隊、突貫!!(パンツァー・フォー!!)

 

みほにそんな定石(セオリー)は通じない!

散弾のように飛び込んでくる相手に対し、連携がズタズタにされるどころか味方を集結させ、敵のフォーメーションの密度の薄さをついて一点集中突破するさらに荒っぽい逆撃突撃戦術(カウンターアサルト)に打って出てきたのだ。

 

まだドイツが画期的な機甲鏃陣形(パンツァーカイル)を生み出す以前のこの時代、既にこと戦車と機甲に関しては常人離れした才能を発揮する西住みほという少女は既にそれに酷似した機甲戦術陣形を考案し、それを本日始めて実践していた。

 

「まってました隊長殿!!」

 

そう叫んだのは、今や旧カバさんチームの仲間共々車長に昇格していた、「三途の川の渡し賃」を意味する金糸で縫われた「真田六文銭」の刺繍が眩しい赤褌を下着として愛用する”左衛門佐(さえもんざ)”こと、”杉山清美(すぎやま・きよみ)”であった。

ちなみに現在のコールサインは”カバ03”である。

 

戦国史マニア、特に真田こねつけ餅と武田信玄に仕えた名将”真田幸村”が大好物な彼女が喜んでしまうのも無理はない。

この機甲鋒矢陣は全てがみほオリジナルというわけではなく、戦国時代に定められたとされる『武田八陣形』の一つ、強力な突破力を持つ”鋒矢陣”を元に、みほが現代機甲突破戦にアレンジした物が装甲鋒矢陣だったのだ。

 

古の武田の戦術陣形を試せるのならば、時代は違えど武田一門に仕えみたい左衛門佐の血が騒ぐのも無理はないだろう。

 

 

 

***

 

 

 

ショットガン・フォーメーションは根本的に奇襲効果を狙った完全に攻勢陣形だ。

つまり防御にはむかない。

つまり、

 

「Jesus!!」

 

サンダースの散弾たちは、みほが用いた一点集中突破の太い鋼矢の前にいとも簡単に弾幕を貫かれた。

しかし、そこで終わりではない。

そこで攻撃の手を緩めるほど西住の血脈は甘くないのだ!

 

「”鏃”左右に展開します! ”カバ01”、”アヒル01”、両端を引っ張ってください!」

 

Jawohl(ヤボール)!」

 

ドイツ語で『了解!』と返してきたカバ01が陣取っていたいたのは鋒矢の由来である”↑”の先端、鏃の右端で、

 

「任せてっ! 速攻いくよっ!」

 

と元気に返すアヒル01が陣取っていたのは鏃の左端だった。

みほがいるのは鏃の中央、最先端だ。

 

 

 

「What!?」

 

それはケイから見れば実戦でできるとは思えない複雑な戦術運動だった。

自分達と交錯し、大してダメージも与えられず(むしろ突破の際に行われた咄嗟砲撃で数両が撃破判定を喰らっていた)に一瞬で突き抜けた戦車の矢……その鏃を象っていた左右の一式が突然、まるでシンクロするような高速信地旋回で反転!

 

それにならって鏃の内側にいた他の戦車もまるで一本の神経で繋がっているように次々と反転し、矢の()……棒の部分までもがそれに続き、ケイが中隊全車に反転と同時に砲塔を後方に旋回を命じる頃には……

 

「Oh my Goddes……!」

 

みほの中隊は自分達を半包囲する陣形、V字型の大きく開き鳥が翼を広げた姿を髣髴される”|機甲鶴翼陣”を背面展開し、サンダースに砲門を向けていたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

「見事にしてやられたわ……」

 

模擬線終了後、アメリカ人らしい「お手上げ」を意味する肩を窄めて両手を挙げる大きなゼスチャーのケイである。

 

彼女の後ろで演習弾に詰め込まれた水性ペンキをブラシで擦って落とすサンダースの面々の姿が夕日とあいまって、哀愁のあまり涙を誘いそうになる。

 

「それにしても”ノリコ”、”モルトケ”、しばらく会わない間にますます腕を上げたんじゃない?」

 

そう苦笑しながらケイが見るのは、

 

「へっへ~ん♪」

 

自慢げな顔の元バレー部で最も小柄ながらセッターとキャプテンを務めあげた元気娘、”アヒル01”こと実はひんぬー&ちみっ娘好きな彼氏持ちの”磯辺典子(いそべ・のりこ)”と、

 

「フフン。貴様も中々の指揮っぷりだったぞ? サンダース大尉」

 

そう貫禄ある口調で答えるのは外跳ねの金色の髪を短くそろえ、制帽をあわせた”カバ01”、”松本里子(まつもと・りこ)”だ。

 

”モルトケ”というのは彼女の渾名、平行世界(げんさく)で言うソウルネームだ。

元ネタは『近代ドイツ陸軍の父』と呼ばれ、参謀総長としての重責に付き対デンマーク戦争・普墺戦争・普仏戦争の三つの戦争でプロイセンを勝利に導いた立役者、鉄血宰相ビスマルクとならぶプロイセンの英雄にして偉大な戦略家”ヘルムート・カール・ベルンハルト・フォン・モルトケ伯爵元帥”、通称”大モルトケ”だ。

彼女の特に中世以降の近世/近代/現代の陸戦に深い造詣を持ち、「大洗女子」の頃から例えばクラウセヴィッツの”戦争論”に対する論文や、戦争論を元に第一次世界大戦の事例を比較として検証した論文などを軍上層部に提出したりしている。

 

そのためについた渾名が近代屈指の戦略家”大モルトケ”にあやかったそれで、間違ってもシュリーフェン・プランを勝手に修正して主観や先入観で第一次大戦をはじめたあげく、ドイツ第二帝国を崩壊させた”小モルトケ”ではない。

 

蛇足ながら原作で彼女のソウルネームだったロンメルだが「砂漠の狐」と勇名を馳せたのは史実では北アフリカ戦線であり、”この世界”でも今のところは『父娘(おやこ)揃って』対仏戦で大活躍した新進気鋭の機甲将軍と前線装甲指揮官という評価だった。

 

 

 

***

 

 

 

「天下の名将”候補”のモルトケに評価されるなんて、光栄というべきかしら?」

 

「安心しろ。私は自分をそこまで過大評価していない。かといって”戦史研究室”詰めで腕を鈍らせた気もないがな?」

 

あまりに登場シーンが少なかったせいで覚えてらっしゃらない皆様が大半だろうが……、アヒルさん(バレー部)チームとカバさん(歴史研究)チームは、みほと共にイタリカの戦場を駆け抜けたいわゆる「戦場帰り」だった。

特にこの実戦を潜り抜けての2チームの成長は著しく、例えばアヒルさんチームは全員が車長を務めるだけでなく、キャプテンの典子は小隊長を務めた器が認められてイタリカ師団第6戦車中隊が解散後は、貴重な実戦経験者として他の三人を率いての母校の「大洗女子」の特別訓練官(コーチ)として招かれていた。

 

またカバさん一派の四月よりの新たな配属先は、”三軍統合参謀本部”直轄の【三軍統合歴史研究室】というディヴィジョンの陸軍班だった。

名前だけ聞くとごく平和な……民間大学の史学科の戦史特化版のような印象を受けるが、その実は「過去の戦場における事例や推移/結果、あるいは戦術論や戦略論を現代戦場に当てはめ、その結果と解釈からより有効な戦術/作戦/戦略を模索するための資料を作成する」というかなり戦闘的な活動内容なのだ。

 

史実の「過去の失敗例や反省を鑑みないもしくは軽んじ、自分達の失点は見なかったことや無かったことにする」という悪癖をもった旧軍とは対極に位置するような事例だった。

 

これはおそらく一部とはいえ帝都が、それも自分達より遥かに装備が劣るはずの敵に苦戦、四半世紀以上占拠されたという事実から、政府や軍のみならず国民レベルまで「戦争に対する意識」が様々な意味で変わってしまったことが影響してるだろう。

極端から極端に走り易い日本人らしい性質ゆえだろうが、”この世界”の「今を生きる日本人」にとって戦争は日常の延長線上にある避けられない事象の一つであり、娑婆と同じくどこまでも冷酷な現実が支配する世界だ。

故に「国家/民族の生存権」というものに史実以上にシビアに考え、戦争というものを身近にとらえる分、正直になっているといえた。

 

曰く「残酷な現実は、いつもこうありたいと願う理想を塗りつぶす」である。

いくら平和を望んでも決して戦争がなくならない現実を、日本人はそう受け入れていた。

 

 

***

 

 

 

また”松本里子(モルトケ)”はカバさんチームの中でもっとも前線装甲指揮官適性が高かったこともあり、旧カバさんチームのリーダー、”鈴木貴子(カエサル)”より謹んでカバ小隊(カバ・プラトーン)の地位を譲られたようだ。

 

「それにしても、アンタ達のプロトTYPE-1(試製一式)って、一体どんな照準機と主砲積んでんのよ? まさか1500ヤード以上の距離でボコボコ当ててくるなんて思いもしなかったわよ?」

 

「ごく普通だよ? 照準機はドイツ式のシュトリヒゲージ型を国内で改良した物だし、主砲は長砲身化してジャイロ効果を増すためにライフリングパターンを変えて砲内回転率(スピンレート)はいじってあるけど……主砲と照準機についてる一軸式の安定化装置(スタビライザー)は、元々はアメリカで開発されたものじゃなかったっけ?」

 

代表して両手にケイを小さく呻って威嚇してる仔犬(優花里)仔猫(麻子)をまとわり付かせた両手に花(ちょっと違う気もするが……)状態のみほが答えると、

 

「いや確かに砲安定化装置(ガンスタビライザー)はM3にもこの子(M4)にも積んでるけどさー……壊れ易いし扱いが面倒くさいからって外してる奴も結構いるわよ?」

 

するとみほ、チーム一の主砲の使い手である華に向き、

 

「華さん、そんなに面倒で使いにくかったっけ?」

 

「いいえ。慣れれば呼吸するように扱えますし、簡単に壊れるようなこともありませんよ?」

 

「きっとそれって、機械的な違いって言うより認識の違いよね~」

 

そう苦笑するケイだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

さて視点を勇ましい鋼鉄少女達ではなく、その戦いっぷりを特設観覧席から見学していた者たちに移そう。

 

「驚くべき錬度ですな。相手が乱戦目当てと見れば”ストライク・アロー”の一点突破/咄嗟砲撃でサンダースの分散合撃を食い破り、そのまま背面で流れるように”ウイング・フォーメーション”を展開、そのまま包囲殲滅……いやはや、陸軍士官学校(ウエストポイント)の機甲教本にこのまま載せたいくらいですよ」

 

「お褒めに預かり光栄至極だな」

 

米国陸軍大佐の階級章と情報将校徽章を付けた隣に座る男に、細見は皮肉げな口調のわりには満更でもない表情で返した。

 

「あんな戦術機動は合衆国(ステーツ)のトップクラスの戦車兵でも無理だ。いっそこのまま、ニシズミ中尉とその一党を丸ごと、士官待遇で陸軍にスカウトしてしまうかな? 中尉なら即中佐あたりに昇進させられる。そして独立装甲旅団でも率いてもらったら、きっと素晴らしい活躍をするに違いない」

 

「それは困るな。というかわざわざそんな与太話(ジョーク)を聞かせるためにこんな僻地まで見学に来たのかね? しかもサンダース戦車中隊(お嬢さん達)の”引率”まで引き受けて……」

 

「これもお仕事(ビジネス)、給料のうちですよ。今回は『サンダースの現地コーディネイター』が任務ってとこです」

 

細見は隣に座る男をジロリと見やり、

 

「”在日米軍”参謀長補佐というのは、そんなに閑職なのかね? ”ジョージ・ローソン・コリンズ”米国陸軍大佐殿」

 

するとコリンズ大佐はフフッと笑い。

 

「別に全てがジョークというわけでもないんですがね。それは今は置いておきましょう。本日は、”本職”絡みで細見少将にとっても悪くない話を持ってきたんですよ」

 

「……大体、そのような切り出し方をされる話題は碌な物がないんだがな」

 

「そうおっしゃらずに。なに、閣下にはまだ本格的な量産は始まってないもののワンダフルな戦車とその性能を十全に引き出せる素晴らしい技量の部下がいる」

 

「大佐、君は何が言いたいのかね……?」

 

「ただのお誘いですよ。日本自慢のプロトタイプTYPE-1(試製一式中戦車)を、そろそろ実戦でテストしたいのでは?と思いましてね」

 

「後ほど部屋で話を聞こう」

 

 

 

時代が動く。

少しずつ、そして確実に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
模擬戦&キャプテン+ロンメル改め”モルトケ”登場の回はいかがだったでしょうか?

この時代だとロンメルはまだフランス攻略で活躍した新進気鋭の将軍という感じなので、恐れ多くも大モルトケをソウルネームにしました(^^

そして、みほも大胆な戦術を使ったもんですが、ただ「戦力の集中/一点突破/背面展開/包囲殲滅」は機甲戦としては正道だったりします。

それにしても、大佐の階級章を付けた情報将校が怪しいこと怪しいこと(笑)

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料集



ジョージ・ローソン・コリンズ

階級:米国陸軍大佐
役職:在日米軍参謀長補佐
特記事項:”情報将校徽章”持ち

備考
モデルになった人物は第二次大戦で活躍した米国陸軍の”ジョーゼフ・ロートン・コリンズ”大将。
史実のコリンズ氏は1941年当時、臨時大佐でハワイ局の参謀長を務めていた。
また日本軍相手のガダルカナル戦を指揮し、その後に第二次大戦後半に欧州戦線に移動。第VII軍団からノルマンディー上陸作戦からドイツの降伏まで経験する。
前半は太平洋、後半は大西洋と東西またにかけて活躍した名将である。

”この世界”では、日米同盟の兼ね合いで存在する、満州コモンウェルスの後方最重要拠点である”在日米軍”の参謀長補佐を務めているらしい。
実質的には在日米軍首席参謀という評価もあるようだ。

詳細は現状では不明ながら、『サンダース戦車中隊の”引率者”』を任されている事から、切れ者なのは間違いないだろう。









目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 ”取引です!”

皆様、こんにちわ~。
活動報告に書きましたが、ちょっと不注意から事故りまして投降に間が空いてしまいました。
しばらくは少し投降ペースが遅くなるかもしれませんが、気長にお待ちいただければ幸いです。

それはさておき、今回のエピソードは……主役は日米のオッサンです(えっ?
戦場を書くといっそ清々しい破壊と殺戮描写(ヲイ)が書けるんですが、戦争を描くとどうにも腹黒い描写が増えますね~(^^





 

 

 

模擬戦後、外で打ち上げできない日米の装甲少女達のために酒保の扉が少々緩み、互いの健闘を称えるささやかな宴が開かれてる頃……

 

 

 

「ほう。満州コモンウェルス……それもハルハ河東岸戦域への慰問かね? サンダース戦車中隊の最終目的は?」

 

「有体に言えばそうなりますね」

 

細見の質問に答えるのは”在日米軍”の参謀長補佐、細見の見立ててでは米国国防総省(ペンタゴン)の紐付きエージェントのコリンズ情報大佐だった。

 

「コリンズ大佐……麗若き乙女達を騙すのは、あまり紳士的とは言えんぞ?」

 

細見が言っているのは、サンダース戦車中隊(サンダース・タンクプラトーン)が、「M4中戦車と試製一式中戦車の性能比較」という”名目”で来日してることだった。

 

「嘘はついてませんよ? ハルハ・イーストバンクへの慰問は、彼女達が日本に着いた後の発令ですから」

 

心外と言いたげなコリンズに、細見は嫌そうな溜息を突いた。

 

「それはわかった。それで君は……いや、”ジェフリー・シェブロン・マーシャル”中将、いや今は大統領に気に入られて大将だったな? 君達の親玉、米国陸軍参謀総長殿は我々に一体何をお望みだね?」

 

「大したことではありませんよ。ただ”プロトタイプTYPE-1(試製一式中戦車)”の実戦テスト投入のお手伝いをしてこいと上司から言われただけで」

 

「つまりは試製一式中戦車の試験中隊をその”慰問”とやらに同行させろと?」

 

しかしコリンズは首を横に振り、

 

「正確には『ミホ・ニシズミ中尉が率いるテスト・タンクトルーパーズ』の同行を要請してると解釈いただけるとありがたいです」

 

細見は渋面を作る。

単に「試製一式中戦車を同行させたい」と言い出すなら、他の試験部隊に話を回す腹積もりだったのだ。

確かにまとめて中隊規模の試製一式の試験運用をやってるのは富士機甲学校くらいだが、実戦前提のテスト自体をやってるのはここだけじゃない。

日本全国からかき集めれば、現在の試製一式の生産数から考えれば1個戦車大隊位にはなるはずだった。

 

「随分とみほ君にご執心だな? 何か裏でもありそうだが?」

 

「裏? 例えばどんなです?」

 

不思議そうな顔をするコリンズに、

 

「例えば謀殺。戦場では敵から撃たれようと”味方から誤射(フレンドリーファイア)”されようと、”戦死”という評価は変わらん」

 

 

 

「Ha-Ha-Ha! それは傑作だ! 細見閣下は思ったよりユーモア・センスがおありか、あるいは三文小説(ペーパーバック)が愛読者のようですね?」

 

「みほ君は間違いなく”これからの日本戦車の発展におけるキーパーソン”になるよ。日本戦車の発達を快く思わない勢力が米国内にいるのなら、別に今のうちに”始末”したいと考えてもおかしくないと私は思ってるよ」

 

するとコリンズは興味深そうに目を細め、

 

「”日本戦車にその人あり”と謳われた細見”技術”少将閣下にそこまでいわせるとは、西住中尉の評価を上方修正せねばなりませんな? 貴重な情報をありがとうございます。これは情報将校としては嬉しい誤算だったな」

 

愉快そうなコリンズに対し、ますます渋面を深くする細見。

だが、彼は良くも悪くも空気を読まないアメリカンで、

 

「生憎とそれは完全に勘違いですよ。少なくとも米国陸軍(われわれ)は西住中尉に大きな関心を払ってます。それに今回の模擬戦を見て確信しましたよ」

 

「何をだね?」

 

「西住中尉は男とか女とかいった枠組みが関係ない、『希代の装甲戦術家』になると。ドイツ人やロシア人に陸戦で打ち勝つには、彼女の力が不可欠……そう思わせるほどにね」

 

コリンズは心の中で「それこそ日本だけに独占させるには惜しいほどの才能ですよ?」と付け加えた。

 

「一米陸軍高級将校として言わせてもらえるなら、彼女は可能な限り早急にその才覚に相応しい地位に駆け上がるべきですな。彼女の本当の器がどの程度なのかは計り知れませんが……少なくとも前線装甲指揮官としての才覚は、”装甲独立連隊を率いる(佐官待遇)”くらいは今でも楽に在るでしょう。模擬戦見学のときに言ったじゃないですか? 私の言葉は”全てがジョークではない”と」

 

「ならば今ここで、好き好んで彼女を世界有数の火薬庫へ放り込む必要がどこにある?」

 

「細見少将……彼女は正規軍人なのですよ? それも戦場を経験し、五体満足で生きて帰ってきた」

 

コリンズの認識には些か誤認が含まれてるのだが……しかし、亜神(ロゥリィ)との関わりを彼に言っても意味は無いだろう。

擬似的な不死者(アンデッド)になったなんてまともな軍人が聞けば、鼻で笑うに違いない。

というより、あの出来事は今のところ『門』の向こう側にいるごく少数の人間しか真実を理解していない。

 

「ならば彼女が出世し、相応しい地位を得るのは戦場が最も効率的で都合がいい。しかも新型戦車のテストまでできるなら、願ったり叶ったりじゃないですか?」

 

 

 

***

 

 

 

細見はコリンズの言葉を否定したいが否定し切れなかった。

普段からみほを見守ってきた細見だからこそ、嫌でもわかってしまうのだ。

 

(みほ君がもっとも輝ける場所は、やはり戦場か……)

 

「コリンズ大佐、なぜ私に話を持ってきた? ”上”で話がつけられる内容だろうに」

 

するとコリンズは今までと違う種類の笑みで、

 

「まがいなりにも西住中尉は閣下の部下だ。それに”教え子”でもある。ならば、上官であると同時に恩師でもある閣下に話を通すのが筋というものでしょう」

 

(これはやられたな……)

 

どうやらコリンズは日本文化、あるいは日本の”シキタリ”にも精通しているようだ。

ならばここで断るというのは大日本帝国軍人としてはありえない。

 

「細見少将、せっかくですので閣下のお心が少し軽くなる話をしてよろしいですか?」

 

「なんだね?」

 

「既に永田陸軍長官や酒井機甲総監には話が通っている筈なんですが……この話をご承諾いただけるなら、米国陸軍は大規模な”レンドリース”を大日本帝国陸軍に予定してます。無論、来年英国支援を明確に合法化するために制定予定の”レンドリース法”発布と同時に」

 

それは”普通”なら、一介の陸軍大佐が知るべき内容でも話していい内容でもなかった。

今、話題に上がったレンドリースもしくはレンドリース法とは?

 

『その国の防衛が合衆国の防衛にとって重要であると大統領が考えるような国に対して、あらゆる軍需物資を、売却し、譲渡し、交換し、貸与し、賃貸し、あるいは処分する』

 

という趣旨の戦争向け物資支援プログラムで、他国から言わせれば無尽蔵の資金と生産力を持つアメリカ合衆国ならではの人類史上稀に見るダイナミックな支援法であった。

 

「まずは手付けとして『レンドリースとは無関係に米陸軍より無償譲渡される物資』の目録をご覧ください」

 

彼は持ち歩いていたブリーフケースを開いて、それを手渡す。

瞬間、細見の思考が固まった。

 

それは日本人の細見から見たら、あまりに剛毅豪胆……いや、むしろ非常識という代物だった。

小型四輪駆動車(ジープ)や軍用トラック、ハーフトラックなどの汎用軍用車両に始まり、「武装なき決戦兵器」と呼ばれたブルドーザーなどの建機、様々な火砲に大物は「ダグラスC-47輸送機」なんてものまであった。

 

「ちょっとまってくれ。”P-39戦闘機”というのは困るぞ? 我が国では戦闘機は空軍の管轄だ」

 

「ああ、それですか?」

 

コリンズは苦笑しながら、

 

「その機体、”エアコブラ”というペットネームで【バトル・オブ・ブリテン】の際、物資支援名目で英国に贈った代物なんですがね……着いて早々に『戦闘機としては使い物にならない』と烙印押されて、受け取り拒否された戦闘機なんです」

 

「ヲイ」

 

「ですが胴体に仕込まれた”37mm/T9機関砲(モーターカノン)は強力ですよ? それこそ戦車の上面装甲なんて容易く撃ち抜くくらいに。それに空対空戦闘に特化した日本の戦闘機より重装甲だ」

 

「君はこれを”九九式襲撃機(キューシュー)”と同じく近接(C)航空(A)支援(S)用の対地攻撃機……陸軍の襲撃機として使えというのか?」

 

「何にどう使うかは日本陸軍にお任せしますよ」

 

コリンズはしれっと言い切った。

 

 

 

***

 

 

 

「そういえば閣下……いえ、日本陸軍は英国より新型戦車砲の共同開発を申し込まれたとか?」

 

(機密情報も何のそのだな……)

 

「……米国紳士諸君の手紙を盗み読む能力の高さは驚嘆に値するよ。是非とも”中野学校(陸軍諜報部)”にも見習ってほしいものだ」

 

ほぼ皮肉の言葉を返す細見に、コリンズは何食わぬ顔で、

 

「閣下、お忘れかもしれませんが我が国と英国は盟友なのですよ? 中立法が無ければ貴国同様にすぐにも艦隊を差し向けたいぐらいです」

 

「それで? 君達も仮称17ポンド砲の開発にでも参加したいのかね? ならばそれは我が国で無く英国に……」

 

「いえいえ、そうではありません。いえ、確かに17ポンド砲には我々も期待しているのですがね? だが、それまでの”繋ぎ”として閣下ならきっと興味を示しそうな物を持ってまいりました」

 

「……なにを、だ?」

 

コリンズがブリーフ・ケースから取り出し書類に示されていたのは……

 

「”XM1/76mm戦車砲”? いや、17ポンド砲以前に3インチ口径の戦車砲なら既に間に合っているのだが?」

 

「日本で開発中のプロトTYPE-1/3インチ(試製一式三吋)戦車砲ですね? 我が国のM7/3インチ50口径長砲と砲弾が共用されている? ところがXM1は別物なんですよ」

 

「新開発の砲というわけか」

 

コリンズは大きく頷き、

 

「ええ。そもそもM7の原型になったT-9高射砲は、ああ日本で言う八八式高射砲ですね?の原設計は”M1898沿岸砲”なんですよ。端的に言えば今から40年以上前の設計の砲です」

 

「それは知っているが……」

 

「しかし40年の間に技術革新(イノベーション)はしていましてね。冶金技術や炸薬精製を含めあらゆる技術は向上してる……一回り小型の薬莢を使いながらXM1はM7と同等かそれ以上の性能を出せる目処がつきましたよ。オマケに砲自体の設計も新しいため、同重量でより長砲身化が可能だ」

 

史実である。M10駆逐戦車と76mm砲搭載型M4シャーマンは「同じ砲、もしくは似たような砲」と誤認されることがあるが、実際には薬莢のサイズが全く違い、例えばM7/3インチ砲の薬莢が長さ585mmのボトルネック・タイプと後の90mm砲弾の薬莢に近いサイズなのに対し、M1/76mm砲の薬莢は539mmで5cm近く短く、形状も細いストレート・タイプとなっている。

 

「砲弾のダウンサイジングのメリットは、閣下には今更語る必要も無いでしょう?」

 

同じ容積への搭載量の増大に装填手の負担軽減……

それは持続射撃時間の延伸や速射性の向上という戦闘力の向上にダイレクトに繋がる。

特に米兵と比べ体力や筋力に劣る日本兵にとり、砲弾の軽量化はメリットが大きい。

 

実際、九九式九糎高射砲ベースの次世代戦車砲は砲弾が日本人にとってかなり重いため、装填補助具の開発が真剣に行われてるほどだ。

 

「既に合衆国(ステーツ)は、このXM1の試作砲を数門完成させています。どこぞのまだ設計仕様書しかない砲と違ってね」

 

「……興味深い話だな」

 

コリンズはにんまり笑い、

 

「米国陸軍は、この試作砲を資料や砲製作に必要な様々なサンプルを付け、日本陸軍に”レンドリース法制定以前に、いや即座に無料(タダ)”でお譲りしてもいいと考えている。無論、今回の派兵……いえいえ、『日米同盟の正常なる履行』を飲んでくだされば」

 

「太っ腹なことで何よりだ」

 

しかし、コリンズは苦笑しながら

 

「正直に申し上げれば我々の都合もあるのですよ。XM1が”M1/76mm戦車砲”として採用された暁には、M4の次期主砲として採用する予定なのですから」

 

更にコリンズは、「”米国陸軍地上兵力管理本部(Army Ground Force)”の意向で榴弾の威力に勝る75mm砲も継続並行生産される予定ですがね」と付け加える。

『日米砲弾/弾薬相互間協定』を考えれば、悩む必要も無い案件だった。

 

(一式改の砲塔を、一式三吋とM1の双方を搭載可能(リバーシブル)な設計にすれば良いだけか……スペック表を見る限りM1の方が砲身長を除けば小さくなにより軽い……いけるか?)

 

「それにしても……米国が、”ただ一度の戦い”のためによくもここまで譲歩したものだな?」

 

「我々はそこまで真剣なのですよ。”今回の戦い”に負けはありえません」

 

 

 

***

 

 

 

二人の男の間に沈黙が流れる。

先に口を開いたのは、細見だった。

 

「是非もなしか……」

 

「ご納得していただけたようで何よりです」

 

細見は少し考え、

 

「ならばついでと言っては何だが、出兵まで少し時間を貰おう」

 

「あまり時間的猶予はございませんが?」

 

「なに。米国とてみほ君が率いれる戦力が大きければ大きいほど良いのだろう?」

 

「それはそうですが……」

 

少々困惑気味のコリンズに、会話のイニシアチブをようやく取り戻した細見は内心で溜飲を下げ、

 

「なら少し待ちたまえ。他に実戦投入可能な状態の試作車両があるか探してみようじゃないか」

 

と言いつつ既に心当たりがあるのに、顔に出さない細見も大した狸っぷりだった。

もっともこの程度の腹芸が出来なければ将官などやっていられないだろうが。

 

 

 

「時にコリンズ大佐」

 

「なんでしょう?」

 

「まさき君が……いや”君達”が声をかけたのは陸軍だけではあるまい?」

 

するとコリンズは途端にクセのある笑みで、

 

「当然、空軍にも声をかけてありますが?」

 

『それがどうかしましたか?』と言いたげなコリンズに細見は苦笑し、

 

「どうやら米国は、よほど我ら大日本帝国軍を大陸に引き戻したいようだな? 全く以て我々には不本意ながら」

 

「何をおっしゃってるやら。我々はただ、『日米同盟が完全に機能してる状態』を常に望んでいるだけですよ? 閣下」

 

「やれやれ。”物は言いよう”とはこういうことを言うのだろうな」

 

細見は深々と溜息を突いたという。

 

 

 

***

 

 

 

こうして、みほやケイ達の与り知らぬ所で、彼女達の新たな戦場が決まる。

しかし、そこに待ち受けているのは……

 

 

 

「ねえノンナ……もうちょっと食べ応えがある連中っていないのかしら? これじゃあ、まだフィンランド(スオミ)の雪だるま共の方が歯応えあったわよ」

 

「もうしばらくお待ちください。同志ジェーコフ中将閣下は大規模な作戦を近いうちに発動されるようですから」

 

それは現在、ハルハ河東岸一帯では日常的に起きる散発的な小規模武力衝突、その成れの果ての風景だった。

ただし、炎上している全ての戦車が”白い☆のマーク”が描かれてることを除けばだが……

 

そして白い☆を壊滅させた赤い☆は悠々と西へ、彼女らの拠点に向けて進路を取る。

その何事も……戦闘と呼べるものすら無かったような泰然とした隊列は、まさに覇者の風格を纏っていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
二匹の狸共の腹芸合戦は如何だったでしょうか?(ヲイ)

さすがのオッサン臭に作者も心折れそうになって、最後の最後にカチューシャ様とノンナを出したのは内緒です(^^

次回こそ女の子メインで書くぞ~。

とはいえ活動報告や前書きに書いたとおりちょっと現在負傷してるのでいつものようなペースでは書けないのが難点です。
気長にお待ちいただければ幸いです。

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



P-39”エアコブラ”

エンジン:アリソンV-1710(液例V型14気筒、1150馬力)
最高速:579km/h
航続距離:1,770 km(増槽装着時)
固定武装: 37mm/T9軸内機関砲(モーターカノン)×1(プロペラ軸内装備)、AN/M2航空機関銃×2(12.7mm。機首)、M1919機関銃×4(7.62mm。主翼)
搭載量:250kg×1(胴体下。爆弾ないし増槽)

備考
米国が英国支援に生産したが、史実同様に戦闘機として駄目出しされて受け取り拒否された不運な機体。
史実では一度アメリカに戻され、P-400として一部が改修された後にソ連のレンドリースに回されたが、”この世界”では英国支援用のC型相当の機体がD型仕様に改装され、『ある理由(第13話本文参照)』により日本に回されることになった。
”戦闘機として不合格”という烙印を既に英国より出されていたために、本機の陸軍への導入に空軍が目くじら立てることも無く、また同時に主機であるアリソン・エンジンが全て輸入とされたために日本の航空機生産を圧迫しないと考えられたためにすんなり陸軍の近接航空支援用の対地攻撃機(襲撃機)として採用が認められた。

しかし、最初の配備地が地球上ではなく『特地』であったのは皮肉と言えば皮肉、当然いえば当然であり、特に自慢の37mm機関砲は翼竜(ワイバーン)退治に大いに役に立ったらしい。

また一部資料では「日本に導入される際、225kg爆弾架を250kg仕様に変更された」とあるが、これは誤解であり、アメリカはヤード/ポンド法の関係できりのいい500ポンド(約225kg)爆弾を採用していただけで、きりのいい250kgという表記を好んでいた日本のそれと大きな違いは無く、500ポンド爆弾架と250kg爆弾架には完全な互換性があった。
また増槽(ドロップタンク)の給油口や燃料のオクタン価なども日米共通であったし、銃弾も共通だった為に補給面での苦労は無かった。

蛇足ながら37mm機関砲は当時より日本陸軍が地対空機関砲として既に試験導入していたようだ。







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 ”フライトジャケットです!”

皆様、こんばんわ。

今回のエピソードはちょっと閑話というか拠点イベント的な話です。
いや、前回はエピソードの九割方がどことなくオッサン臭がする物語だった為に、ちょっと女の子の日常的なシーンを書いてみたくなりまして(^^

基地内での買い物が、少女達の日常の一コマか?と言われると苦しいですが(笑)




 

 

 

「正直に言うけどさ……時折、日本陸軍(IJA)ってとんでもなくズルイって思うのよね……」

 

「へっ? なんで?」

 

PX(偕行社)で、なんで普通にレアなフライトジャケットがこんなにおいてるのよぉ~~~っ!!」

 

ここは富士機甲学校、場所は基地内にある大規模販売施設”偕行社”。

もしかしたら現代日本人ならPX(Post Xchange)の方が通りがいいかもしれない。

普通、基地の売店と言えば”酒保”が一般的なのだが、ここは天下の富士機甲学校、日本機甲戦力開発のナショナルセンターだけあって、普通は師団司令部にしか設置されない偕行社の販売施設(おおだな)がどどんとした店構えで立っていた。

というかここに勤務してる人間の数は軍民合わせれば並みの師団を超えるのだから当然と言えば当然か?

無論、兵達が気軽に嗜好品や日用品を買える酒保(ばいてん)も普通に完備されてるあたりが心憎い。

 

どうやら”この世界”の大日本帝国軍、国家のみならず軍も英米の影響が大きく世界的に見ても福利厚生が行き届いた軍隊に数えられるようだ。

全く以て幸いなことに。

 

ちなみに陸軍の偕行社、海軍の水交社は共に史実に実在していた組織で、組織としての性質は色々在るがこと物販に関しては『軍隊版の生活協同組合』と考えてもらって差し支えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

 

さて、なんでわざわざ偕行社までみほ&ケイが仲良く買い物に来ているのかと言えば……話は数時間前に遡る。

 

 

 

「What!? コリンズ大佐、”サンダース戦車中隊(われわれ)”に満州コモンウェルスの西部地帯に行って来いと言うんですかっ!?」

 

その唐突な命令に、思わずケイは目をむいた。

 

「そうだ。何か不服かね?」

 

「不服も何も……合衆国(ステーツ)から出るときはそんな命令、欠片ほども聞いてませんが?」

 

「だろうな。この発令自体、つい先日に出されたものだ。我々がこの命令を受け取ったのは君達が富士機甲学校に着いた後だったよ」

 

いけしゃあしゃあと言い切る肝の太さは、さすがは情報将校というところだ。

 

「君らが無理というならそれでかまわない。君達には強力な抗命権があるのだからそれを行使し、命令を拒否すればいい。ただし……」

 

コリンズは爽やかに微笑み、

 

「『ハリウッド女優(モンロー)すらできる慰問を断った装甲中隊』という評価と評判がずっと付いて回るだろうけどね。だが、それは仕方の無いことだろう?」

 

「ムッ……!」

 

「そう怖い顔をするものじゃないな。君達は”正規軍人”ではないのだから、陸軍での評判などさして気にする必要もないんじゃないかね?」

 

中々どうしてコリンズは人を追い込むのが上手い。

 

 

 

「いいでしょう。この任務、確かにお受けします」

 

僅かな逡巡の後に、確かな決意と共にケイが告げるが……

 

「いいのかい? 慰問とは言っても君達の任務は自ら戦車に乗り、前線の立ち兵士達を鼓舞し士気を高めることだ。当然ながら遭遇戦などの”偶発的な実戦”の危険も伴うし、全員が必ずステーツに帰れるとは約束できないんだが?」

 

するとケイは見事な米国陸軍式敬礼で、

 

「大佐殿、我々は『軍隊かぶれのミーハー婦女子(ピンナップ・ガールズ)』などではなく、『合衆国を守る一軍人』として自らを鍛えてきたつもりです!」

 

ぴしゃりと言い放つ。

コリンズは見事に”釣れた”喜びを表情には出さず、笑みという表情がこの世に無いようなただ厳しい顔のままで、

 

「良かろう。君の……いや、君達の覚悟に胸が熱くなる思いだよ。だが、我々とて鬼ではない」

 

コリンズは初めて薄い笑みを見せ、

 

合衆国陸軍(U.S.ARMY)は、君達に最高の援軍を用意したのだよ」

 

 

 

***

 

 

 

「ケイ達が最前線に士気鼓舞のために慰問……? 確実に戦闘に巻き込まれますね」

 

みほは細見の机に広げられたハルハ河近辺の地図に目を落としながら、そう呟いた。

 

「米国は当然、その覚悟で行かせるのだろうな」

 

と重々しく呟く細見であったが、どうにもみほを膝に乗っけたままではしまらない……というか色々台無しだった。

どうみても帝国陸軍の上司と部下というより『ファザコンをこじらせた娘と、そんな娘を溺愛する父親』にしか見えないのが難点だ。

着衣が乱れてないのが救いと言えば救いかもしれないが……

 

「ケイの事だから……引き受けるだろうな~」

 

相変わらず「たはは……」と困り顔で苦笑するみほだったが表情を正し、

 

「そして試製一式中戦車試験中隊の中隊長であるわたしが呼び出されたということは、ケイ達に現地に同行して護衛ということですか?」

 

今度は細見が苦笑し、

 

「察しは良いのは助かるが、そこまではみほ君達に要求しないよ。私も、陸軍もね。ただ君達は『試製一式戦車の実戦テスト』を最優先で果たせばいい」

 

みほは細見の言葉を思考的に咀嚼し、

 

「実戦を越えた試製一式を日本に持ち帰り、量産型に戦訓をフィードバックさせること……そのためにケイ達を見捨てることになってもですか?」

 

細見は頷き、

 

「その通りだ。例え彼女らを見捨てることになっても、一式と君達は日本に戻ってくるんだ」

 

みほはむしろ柔らかい笑顔で敬礼し、

 

「了解しました」

 

と答える。

そこには悲壮感は無かった。

無論、みほとてケイ達を戦場で置き去りにする気などない。

しかし、実戦を潜り抜けた彼女達は戦場で何が起きるかわからないことを百も承知していた。

だから細見に問うた。自分達の力ではどうにも抗えない極限状態に立たされたとき、「何を最優先すべきか?」と。

それはきっと免罪符に似た何かかもしれないが、それでみほ達が安心して任務に望めるなら安いものだと細見は考えていた。

 

 

 

「ああ、言い忘れていたがみほ君」

 

「はい?」

 

「”援軍”を要請しておいた。今頃は君の後輩達が取りにいってると思うが」

 

「ああ、だから梓ちゃん達が昨日の夜から見当たらなかったのかぁ。ついでに沙織さんも」

 

どうやら、みほ的には沙織が元一年生六人衆、首狩りウサギ(アルミラージ)一党に拉致られるのは規定路線だったらしい。

合流シーンは書いてはいなかったものの、どうやら自動車部(レオポン)同様に無事合流していたようだ。

 

本日は点検日につき、特に用が無いものは休日配置(オフ)としてあるので沙織がいなくとも特に問題はない。

何か別の意味で問題が起きてるような気もするが、任務に支障が無ければ割と大雑把(特に百合関係)な一面があるみほにしてみれば、このあたりはスルー案件なのだろう。

 

誤解の無いように書いておくが、別にみほはあの心配性な可愛い友人の私生活に無関心というわけではない。

むしろ、友人と認めてるからこそ私生活には、例えばイタリカ防衛戦後のビッチプレイなども込みで不干渉なのだ。

 

みほにとって正規任官してる以上は職業軍人(プロフェッショナル)、それ以前に社会人である以上は大人だ。

大人である以上は自分の行動には責任は持てるし、持つべきであると彼女は考える。

プライベートまで口を出すのは過干渉、要するにまだまだ要指導と同義であり一人前扱いしてないことに他ならない……

 

容姿からそう思われないことが多いが、存外にみほは生粋の軍人らしくストロング・スタイルなのだ。

 

 

 

加えて沙織があの後輩六人組に拉致られるのは、それこそ今に始まったことじゃない。

それに本日がオフだとわかってやっているのだから、一応分別は付いてるとみほは判断していた。

 

(まあ、確信犯的行動とも言うけどね~)

 

それについては首狩りウサギの性質と考えれば、特に腹も立たない。

もっとも、任務に支障をきたす……明日までに沙織が任務に復帰できない状態にあるならば、久しぶりに灸を据えないといけないとは思うが。

 

(歩兵用フル装備で10kmの泥濘地走破(マッディラン)くらいが打倒かな? 戦車の督戦付きで)

 

ちなみにこの程度の”修正”なら、「大洗女子戦車学校」では日常茶飯事だ。

なんせネボスケ相手には、空砲とはいえ戦車砲を目覚まし代わりにする校風をなめてはいけない。

早朝バズーカならぬ早朝戦車砲は「大洗女子」の名物の一つだったりする。

 

ちなみに最初から犬っ娘属性全開だった優花里はともかく、麻子は極端の朝の弱さ、ねこにゃーは虚弱体質をみほに矯正される過程において飼いネコになったという経緯があるらしい。

 

もっとも本人達によれば、

 

「朝起きられなかったら、気が付くと処女じゃなくなっていたが微塵も後悔はしてないぞ」

 

と黒い仔猫は無い胸をフンスと張り、大きいほうの白い猫は……

 

「できればあのちょうきょ……特訓をまたして欲しいですにゃあ」

 

何があったかはお察しくださいだが……色々と二匹は不可逆な所にいるようだ。(犬は元々だが)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

合衆国軍人とタンクガールの誇りと名誉にかけて任務を受けたケイと任務の優先順序さえはっきりしてくれるなら別にかまわないと受けるみほ。

 

ある意味、対極的な雰囲気での受諾だが……ケイはその後、隊員達には「実戦が嫌なら別にこのまま母国(ステーツ)に帰ってもかまわない。それを責めはしないし、恥と思う必要は無い」と意思確認をするあたり、けっこうきっちり隊長さんらしいことをやっていたりする。

 

みほはもっと気楽なもので、とりあえず機甲学校にいる関係者全員をブリーフィングルームに集めて……

 

「みんな、次の作戦が決まったよ」

 

さらりと、されど判り易く任務概要を説明しただけだ。

良くも悪くも「大洗女子」は軍学校で軍事教練を学習する場であり、またその卒業生は任官した瞬間から職業軍人なのだ。つまり命令一下に是非もない。

「行軍しろ」と命じられれば、「何故、行軍するのです?」ではなく「どこまでです?」と聞くのが良き軍人であり、正しき軍人の姿と言える。

 

 

 

***

 

 

 

「ミホ、今回はハルハ河までの遠征につき合わせちゃって So sorry(本当にゴメン)

 

Never mind(気にしないで), ケイ。 こっちはこっちでちゃんと『試製一式の実戦テスト』って目的があるから」

 

「ミホ……」

 

「ケイ……」

 

”ひしっ”

 

固くハグハグする日米の装甲少女だった。

仔犬と仔猫はまたしても威嚇してるが、フフン♪と挑発的な笑みを浮かべるケイ。

このやり取りは最早お約束というか、様式美になりつつあるのは気のせいか?

 

しかし、ここで困った問題が発生していた。

 

「ところでミホ、ハルハ河の気候って知ってる? ワタシ、ろくすっぽデータないんだけど?」

 

「う~ん……ハルハ河ってピンポイントではわたしも知らないけど、あの辺りの気候全般で言うなら11月からもう冬で4月まで冬だと思った方がいいんじゃないかな? 冬場の気温は摂氏-10度~-30度くらいだったかな? 華氏換算だと14度~-22度くらい?」

 

相変わらず抜群の記憶力と計算の速さを見せ付けるみほだったが、

 

「What !?!」

 

ケイが驚いたのは地味に凄いみほの能力ではないようだ。

 

「ちょ、ちょっと待って! ワタシ達、”HEAVY ZONE”用の戦闘服(ユニフォーム)なんて用意してないわよっ!?」

 

 

 

さて、ここで少し説明が必要だろう。

米軍の戦闘服(野戦服)は、主に気温によりその区分が分かれている。

具体的に摂氏で示すと……

 

VERY LIGHT ZONE(ベリーライトゾーン) :30度~50度

LIGHT ZONE(ライトゾーン)    :10度~30度

INTERMEDIATE ZONE(インターミディエイトゾーン):10度~-10度

HEAVY ZONE(ヘヴィゾーン)    :-10度~-30度

VERY HEAVY ZONE(ベリーヘヴィゾーン) :-30度~-50度

 

とこんな具合だ。史実ではフライトジャケットの区分だったが、”この世界”では米軍全隊で凡その目安として使われているようだ。

 

ちなみにケイがみほと再会を果たした時に着ていたA-2レザー・フライトジャケットはライトゾーン指定だ。

 

「あれ? ケイ達ってたしか冬季戦用のタンカース・ジャケット(戦車兵服)供給されてなかったっけ? ”ウィンター・コンバット・ジャケット(冬季戦闘服)”って名前の」

 

ケイ達がまだ試作(プロト)モデルのタンカース・ジャケット……翌1941年に”M-41WINTER COMBAT JACKET”として制式採用される野戦服を先行官給されてる理由は、端的に言えば日本でM4中戦車のお披露目に行くサンダース戦車中隊に『米国陸軍戦車隊の新しい冬のユニフォーム』のコマーシャルだ。

というより金のかかる新ユニフォームの導入に懐疑的な反対者(しぶちん)達を黙らせる方便と言ったほうが正しいか?

 

たしかに日本で冬を過ごすなら悪い案ではなかったのだが……

 

「あれ、インターミディエイト仕様だから! さすがに-22度とか無理無理!」

 

同じ冬でもモンゴルでは相手が悪すぎた。

というか間違いなくサンダース戦車中隊の被服担当者(ドレッサー)はハルハ河東岸への遠征など聞いてなかっただろう。

 

「モンゴルの冬は日本の冬より気温は低いけど乾燥してるから、素肌さえ晒さなければ割と平気だよ? 雪も多くないし」

 

似たような環境で冬を過ごしたこともあるみほは経験則からそれを知っていたが、

 

「とは言ってもさぁ……ワタシ、テキサス育ちだし」

 

みほは「しょうがないな~」と苦笑し、

 

「上司はコリンズ大佐だったっけ?」

 

「へっ? そうだけど……」

 

「細見少将を通じて話してみるよ」

 

 

 

***

 

 

 

 

「お初にお目にかかる。私がコリンズだ。あえて光栄だよミホ・ニシズミ中尉」

 

「わたしも会えて光栄です。コリンズ大佐殿。面会をお受けくださりありがとうございました」

 

互いに本心の見えないにこやかに微笑みで敬礼を交換した後、

 

「なに。私も君に会ってみたかったのだから願ったり叶ったりさ。ニシズミ中尉、君の噂はかねがね聞いてるよ」

 

「噂は尾ひれが付き物です。大佐を落胆させていなければよいのですが」

 

するとコリンズは大きく腕を広げる大げさなアメリカンらしいゼスチャーで、

 

「とんでもない! サンダースとの模擬戦は私も観させてもらったよ。噂以上の技量に逆に感銘したさ」

 

「ふふ。ここは下手に謙遜するより素直に喜んだほうがよろしいのでしょうね?」

 

歳には似合わない、しかし彼女の内面から見ればむしろよく似合う典雅と妖艶の狭間の笑みをみほは浮かべた。

 

「そうだね。謙遜と謙譲は日本人の美徳だとは思うが、それは”世界標準の考え(ワールド・スタンダード)”ではない。我が合衆国(ステーツ)では誇れるものは誇るのが当然であり、美徳だ」

 

「勉強になります」

 

みほはクスリと笑う。

 

 

 

言い忘れていたが二人が顔合わせをした場所は細見の執務室、つまりは校長室。

ついでに言えば細見も同席してる。

よほどのことが無い限り細見は口出しする気はないが、だがかと言って二人きりで合わせる気もなかった。

そこで折衷案として成立したのがこの会合だ。

やはりその姿は「部下を心配する上司」ではなく「娘を心配する父親」に見えてしまうのがなんともはや……

 

「このたびコリンズ大佐にわざわざお越しいただいたのは、少々お聞き届けいただきたい案件がございまして」

 

「何をかな? 大抵のことは都合をつけようじゃないか」

 

鷹揚な態度を崩さないコリンズに、

 

「実はサンダース・タンクトルーパーズの冬季戦ユニフォームに関してです?」

 

「ん? 彼女達には試作したばかりの”WINTER COMBAT JACKET”を既に回してる筈だが?」

 

するとみほは歳相応と言おうか……いつもと同じ困ったような苦笑で、

 

「いえ、それは存じ上げてるのですが……現地の気温が、インターミディエイトゾーンではなくヘヴィゾーンに該当する区分な物ですから」

 

これで大体内容を察したコリンズは、

 

「なるほどな……」

 

と小さく頷いた。

 

「軟弱とは言わないであげてくださいね? 戦車の中は暖房なんて気の利いた物はありませんので」

 

「わかってるさ。しかし困ったな……すぐにまとまった数の防寒着、それも女性用のそれ(ウーマンサイズ)を用意するなど、」

 

みほはわが意を得たりと微笑み、

 

「それに関しては妙案があるのですが……」

 

「言ってみたまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************************

 

 

 

 

 

 

「というわけで米陸軍の”識別票/認識票(ワッペン)”を付けるなら、富士機甲学校で防寒服を調達していいって。予算はもちろん米陸軍持ちで」

 

「ミホ、愛してる♪ さすがワタシのSweetheartネ!!」

 

感極まって飛びつくケイに今度こそ仔犬と仔猫が飛び掛ってみほを巡るちょっとしたバトルが展開されたのはご愛嬌。

 

 

 

一悶着が落ち着いた頃、みほはサンダース戦車中隊代表のケイを連れ立って偕行社に向かったのだが……

それが冒頭のシーンというわけだ。

 

「え~っと……ケイ、わたしには何を驚いてるのかよく判らないけど、そんなに珍しい代物なの?」

 

偕行社の一角には季節柄、冬物の軍用アウターが所狭しと陳列してあった。

その多くが表面加工をした革製の代物、特に米国のフライトジャケットを模した物が数多く居並んでいた。

 

「当然よ! いいミホ? フライトジャケットは『陸軍飛行隊の誇りとアイデンティティ』とか言って、基本的に配給のみでPXとかでも売ってないのよ。ワタシもA-2を手に入れるのに苦労したもの!」

 

「そ、そういうもんなんだ……」

 

基本的に航空機全般にさほど詳しくないみほは、ケイの迫力に思わずたじろいてしまう。

というかみほは特に気にすることも無く毎年のように購入し、軍務だけでなく私服としても使っていたりする。

 

「でもこれ全部、複製品(レプリカ)だよ? ほら、」

 

みほが一着、おそらくはB-3レザージャケットを模したと思われるレザーボマージャケットを手に取り、タグをみせる。

本来、米国のミリタリースペックであることが証明されるタグが縫いつけられてるそこには、【Kaikosha】というローマ字と五芒星が組み合わされたタグが仕込まれ、つまりそれはMade in Japan……偕行社被服部謹製のそれであることを示していた。

 

「ミホ……昔、ある偉い人が言ったらしいの」

 

ケイはやおら真剣な瞳で、

 

「『贋作が本物より劣ると誰が決めた?』って……」

 

いや、それは昔の人ではなくどこか別の世界の名言なのでは……?

 

 

 

***

 

 

 

とにもかくにもモンゴルでの戦闘に備えた準備は進む。

それは彼女達にどんな未来を見せるのだろうか?

 

「フフッ」

 

「コリンズ大佐、どうしたのかね?」

 

「なに……西住みほという希代の装甲指揮官の評価を、更に上方修正する必要があると思いましてね」

 

(まさかタフな交渉をこなせる頭の回転の速さと弁の切れ味まで備えてるとはね……嬉しい誤算ですよ。ええ、まったくね)

 

「本当に合衆国(ステーツ)に欲しいですねぇ」

 

「……やらんぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
実は意外とお洒落(?)な”この世界”の大日本帝国陸軍が描かれたエピソードは如何だったでしょうか?

みほとコリンズ大佐の初邂逅……上方修正された評価はみほにとって吉と出るか、はたまた凶と出るか?

ちなみにケイの「あの台詞」は、中の人つながりです(笑)

いよいよ次回は”援軍”が到着し、ノモンハンに出発かなぁ~と。出発できるといいなぁ(^^

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



偕行社謹製フライトジャケット

現在確認されてるレプリカタイプ
LIGHT ZONE(ライトゾーン)用:A-1型、A-2型
INTERMEDIATE ZONE(インターミディエイトゾーン)用:M-422&M-422A型、B-6型(40年冬からの新作!)
HEAVY ZONE(ヘヴィゾーン)用:B-2型、B-3型、D-1型(40年冬からの新作!)

”この世界”における大日本帝国陸軍の偕行社の被服部とその提携企業で製作されてる米国のフライトジャケットのレプリカモデル。
アメリカ国防総省から正式にライセンスを得ているが、米国の軍隊規格基準(ミリタリースペック)の審査を受けてないので、ミリタリースペックのタグではなく偕行社謹製を意味する”桜”や”五芒星”などのシンボルマークと”Kaikosha”のローマ字を組み合わせた(かつては漢字仕様もあった)ロゴとスペックが表記された偕行社タグがついてるのが、オリジナルとの大きな識別点。

実は大日本帝国陸軍が米国製フライトジャケットの導入は古く、一説によれば1932年のロサンゼルス・オリンピックの乗馬競技のゴールドメダリスト、洒落者で知られる西竹臣氏が米国で知己を得た友人より当時採用されたばかりのB-2レザー・フライトジャケットを譲り受けてそれ冬場に愛用。その防寒服としての高い機能性に目を付けた陸軍が米国に頼みこみ、ライセンスを得てレプリカを生産したのが最初とされている。

ちなみに史実ではこの時代の日本にそこまでの皮革供給量はないはずなのだが、米英との良好な関係に加え皮革流通量の多い『特地』を得たことにより安定供給が可能となっている。
実際、1937年まではレプリカ・フライトジャケットは受注生産(テーラーメイド)が基本で、ほぼ需要は比較的に金銭的余裕のある高級将校に限られていたが、38年以降は既製服(プレタポルテ)として全国の偕行社の店先に並ぶようになり、士官や下士官への敷居が低くなった。

無論、陸軍に限らず標準防寒服は官給品として別にあり、これらのフライトジャケットはあくまで「日本陸軍規格合格品を私費購入する」という扱いである。
故に簡易認識票などになるワッペンやペイントなどの装飾の類は”吊るし”の段階では一切無い。

実は在日米軍の間で密かに人気になっており、在日米軍では航空隊員以外では入手しにくいフライトジャケットを購入するため、偕行社のある基地への出張希望者が後を絶たないらしい。

余談ながらフライトジャケットというのは厳密には米陸軍航空隊(後の空軍)の飛行服のことで、米海軍航空隊の場合は同種の服を”アヴィエイター(あるいはアヴィエイタージャケット)”と呼んでいた。
そしてD-1にいたっては飛行服ですらなく、基地の地上整備員用防寒着(グランドクルージャケット)だった。
しかし、この時代の日本にはまだそのような細かい区分は伝わりきれてなかったようで、全て一緒くたにフライトジャケットと呼ばれてるようだ。

D-1型は整備つながりでレオポンの四人娘がノモンハン出兵前にまとめて購入したらしい(四人分まとめて出したのはナカジマで、資金元(パトロン)はしほという噂が……)








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 ”援軍です!”

皆様、こんにちわ~。

今回のエピソードはサブタイ通りに何度か話題に出てきた援軍が到着するようですが、一緒になぜか懐かしい顔が……?

さらにラストはR-15表現込みのちょっとした伏線回収になってます(^^




 

 

 

さてさて、ここは富士機甲学校の偕行社。

うら若き二人の乙女……もとい。ハルハ河東岸(イーストバンク)への出兵が決まった日米の装甲少女二人は、なんとなく平行世界の戦後で横須賀辺りの米軍放出品販売店(ミリタリーショップ)を物色する女子大生の雰囲気を醸し出しながら、極寒に耐える防寒着を選んでいた。

 

「あっ、新作出てる……」

 

みほが手に取ったのは去年(1939年)に米陸軍航空隊が爆撃機乗り用に採用したばかりの”B-6”の国産レプリカ・モデルだった。

試しに袖を通してみると……

 

「あっ、”B-3”タイプより軽くて動き易いかも。これ買っちゃおうかな?」

 

「えっ? ミホ、それ買うの? じゃあワタシもそれにしよっと♪」

 

「いいの? これインターミディエイトゾーン(適性気温区分:10度~-10度)の奴だよ?」

 

「No Plobrem !! ワンサイズ大きいの買って、タンカース・ジャケットの上に重ね着すればきっとパーフェクトよ☆」

 

まあミリタリーファッション的にはありなのだろう。

しかし、みほとの期せずにお揃いを纏うことにはしゃぐケイに注がれる三対の視線があった。

 

「たかがお揃いで満足するなんてまだまだですね~」

 

「だな。そんなものは私達が既に学生時代に通り抜けた道だ」

 

「ですにゃあ。やっぱりここは……」

 

この仔犬と仔猫と白猫が何を言いたいかと言えば、

 

「「「隊長の使用済み一択!!」」」

 

要するに優花里、麻子、ねこにゃーの三人はみほが着古した、言い方を変えればみほの汗と体臭が染み付いた古着を貰ってるのだ。

変なとこで天然のみほはその意味を気付いてないようだが……少なくともこの三名は普段着にはそれを用いていない。

着ないならナニに使ってるかは……読者の皆様の想像にお任せする。

 

もっともこの三人をさらに上回るツワモノが元・黒森峰女子戦車学校の装甲士官にいるとかいないとか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

こうして無事に買い物も終わり、サンダース戦車中隊全員へのフライトジャケット(防寒服)の手配も終わった。

さすがに機甲学校の偕行社においてある在庫では足りずに他拠点の偕行社やらからかき集めるようだ。

 

ただそれらが到着する前に帰ってきたのが……

 

 

 

「西住隊長ぉーーー、只今戻りましたぁーーーっ」

 

ハンガーに到着したパイオニア戦車運搬車(タンクトランスポーター)の車列、その先頭車両から手を振るのは澤梓曹長だった。

 

「おかえりー」

 

と小さく手を振って答えるみほ。

 

「ところで何を運んできたの? 実はわたし、”援軍”の内容、よく知らないんだけど……」

 

どういうわけか細見はにんまり笑うだけで教えてはくれなかった。

 

「あはは、ちょっと少々閣下の気持ちわかります。私達もこんなのが開発されてるって知りませんでしたし」

 

そう苦笑する梓の号令で、合計12両の英国製タンクトランポから降ろされたのは……

 

 

 

「へっ? これって”突撃砲”? それとも”駆逐戦車”?」

 

最初に現れたのは、やたらと車高の低い無砲塔の装甲戦闘車両、傾斜した車体正面装甲からピンと前に伸びた主砲が印象的な……

 

「”試製一式突撃砲車”というらしいですよ?」

 

車体前面と戦闘室が一体化され、一枚板に見える傾斜装甲とされてるあたり印象的にはⅢ突というよりヘッツァーに近いだろうか?

ただし砲の位置が中央にセットされており、デザイン的には大体左右対称だ。

 

「”九七式中戦車”をベースに余剰となった九八式重戦車の九四式戦車砲とAC-K型エンジンを搭載した砲戦車で、ただの砲戦車じゃなくて”突撃砲車”と着いたのは正面装甲が80mmと分厚くしかも傾斜してるから、『突撃しても正面装甲で攻撃を受けてるうちは大丈夫。側面や後面は保証の限りじゃないけどネ』だからだそうですよ? 少なくても私はそう説明を受けました」

 

「たはは……要するに二線級落ち確定の兵器同士を組み合わせた有効利用か」

 

 

 

***

 

 

 

みほの困ったような苦笑を説明すると……

この”試製一式突撃砲車”の開発には、主に二つの経緯がある。

 

一つは言うまでも無く”一式中戦車”だ。九八式重戦車は日本では『特地』に集中配備されていて、本国では未だに九七式中戦車が主力戦車だ。

しかし大量生産に向く一式中戦車への切り替えは、既に確定している。なので今後、九七式中戦車は余剰となるので、その有効利用を行おうという計画は複数同時進行していた。

実際、前作に登場した”九九式七十五粍自走榴弾砲”

 

もう一つは、今話題に出てきた九八式重戦車だ。装甲兵力を持たない”帝国”に対し、日本政府は九八式重戦車の更新の必要性は認めていないが、やはり鈍足という評価が運用側から多く出ており、近代化改修(レトロフィット)の計画が持ち上がった。

元々九八式は同じ九〇式統制型発動機でも一式と同じ大排気量/高出力のAL型ディーゼル・エンジンを搭載する予定だったが、開発/生産が間に合わず九七式に採用されたAC型に機械式過給機(スーパーチャージャー)中間冷却機(インタークーラー)を取り付けた出力向上型のAC-K型を苦肉の策として搭載していた。

なのでAL型への換装はある意味”本来の姿”に戻すことであり、同時に主砲の九四式戦車砲を無改造(あるいは小改造)で交換できるより長砲身/高威力の一式と同じ一〇〇式戦車砲に換装してしまおうということらしい。

他にも細かい部品交換があるのだが、それらを含むエンジンと主砲の交換を骨子とした『九八式重戦車近代化改修パッケージ』として大量生産しようとしているのだ。

無論、一式の生産が最優先されるだろうが、これも事実上決定事項と言える。

 

そうなれば余剰となるのがAC-K型エンジンと九四式戦車砲で、これと前出の九七式の車体コンポーネントと組み合わせて試作されたのが、試製一式突撃砲車というわけである。

 

 

 

「あと他にもまだありますよ」

 

梓の言葉通り、続いて降ろされたのは……

 

「今度は”新型自走砲”? 至れり尽くせりだね~」

 

半ば呆れるようにみほは呟いた。

 

そう、彼女の目の前にあるのは日本最初の自走砲である前作登場の”九九式七十五粍自走榴弾砲”の火力強化版ともいえる、

 

「”試製一式十糎半自走榴弾砲”……もう完成してたんだ」

 

そのどこか急造じみた不恰好とも思える巨大な砲塔、いや非旋回なのでやはり戦闘室と呼ぶべきか?を乗せた自走砲……”一式十糎半自走榴弾砲”は、九九式七十五粍自走榴弾砲が火力不足という評価から砲の旋回を諦め急遽開発された車両であり、みほとて現在開発中としか聞いてなかった。

そんな稀少(レア)車が4両もやってくるとは驚きである。

 

 

 

これでみほの手元には予備として追加された1両を含む試製一式中戦車が16両に加え、試製一式突撃砲戦車が8両+試製一式十糎半自走榴弾砲が4両の合計28両が揃ったことになる。

中々悪くない戦力だが、

 

「確かにこれは一式同様に実戦テストが必要な車両だよ。まさか増援が両方とも同じ試作車両だとは思わなかったけど」

 

みほがそう笑いの中の苦味成分を強くしていると、

 

「みほお嬢様っ!!」

 

突然に聞こえる少女の声。

 

(あれ? この声って……)

 

とてとてと走ってくる黒い戦車兵戦闘服(パンツァージャケット)に身を包んだその姿、特にどこか優花里を思わせる短く纏められたくせっ毛は……

 

「もしかして、”小梅”ちゃん?」

 

「お嬢様、お久しゅうございます!」

 

”だきっ!”

 

みほに全力全開に抱きつくその姿に、

 

「「「「あああああぁ~~~っ!!」」」」

 

ケイ+ペット三匹の絶叫が木霊した!

 

 

 

***

 

 

 

「試製一式中戦車試験中隊の皆様、始めまして! 黒森峰女子戦車学校の出身で、今は試製一式突撃砲車、通称”一突”の試験部隊に所属している”赤星小梅(あかぼし・こうめ)”と申します! 階級は曹長ですっ!!」

 

大きく一礼した後に、名前と階級を告げるあたりで陸軍式敬礼を決める小梅であった。

 

「びっくりしたよ~。まさか小梅ちゃんとこんなところで再会するとは思わなかった」

 

「それは私も一緒ですよ、お嬢様。まさか私もお嬢様の所属する部隊からお呼びがかかるとは思いませんでした! きっとこれって運命ですよね!?」

 

「たはは……ところでいい加減、お嬢様はやめない? 一応、元同級生なんだし」

 

すると小梅はニッコリ微笑み、

 

「嫌です♪」

 

 

 

手を取ってキャッキャッと盛り上がる二人に、

 

「コホン。ちょっといいかしら?」

 

割って入るのは強引さには定評のあるヤンキー娘、ケイである。

 

「ミホ、その娘はなんなの?」

 

「えっと……どこから説明したらいいかな? わたしが「大洗女子」に来る前に居た「黒森峰女子」時代の同級生で、」

 

「お嬢様、きっとこの方が聞きたいのはそういうことではないと思いますよ?」

 

小梅は台詞をインターセプトし、

 

「では改めまして。かつて演習中の事故で命を落としかけたときにみほお嬢様に救われ、それ以来『自他共に認めるお嬢様の第一の下僕』である赤星小梅です♪」

 

「What !?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

みほが「大洗女子戦車学校」に来る前に所属していたのは、女子戦車学校の先駆者(パイオニア)である「黒森峰女子戦車学校」である。

実はこの女子戦車学校、一応は軍学校……つまりは、一種の国立学校なのだが、その設立にあたって西住家の巨大な力添えがあったという噂がある。

実際、登記簿を見る限り学校があるのは国有地ではなく西住家の私有地を国が無償で借り受けてる形になっているらしい。

 

元々そういう意味では最初から西住姉妹は別格扱い、正真正銘のお嬢様であった。

だが、例えば姉のまほそれでお高く留まるわけではなく、また実力や才能に溺れることもなく直向きに真摯に……あるいは愚直なまでに自らを鍛える姿は、多くの女生徒の嫉妬ややっかみを羨望や憧憬に変えた。

そして、みほが入学する頃には西住家に妙な色眼鏡はほぼ無くなっていた様だ。

 

さて、みほといわゆる同期の桜の中で、みほと比べても遜色のない逸材と呼ばれた少女が二人いた。

一人は”逸見(いつみ)エリカ”、もう一人が小梅だった。

 

しかし、みほが入学した年の夏季特別演習(がっしゅく)でその事故は起きた。

野戦を想定した野営込みの48時間模擬戦の中で、二両一組で雨中偵察に出ていた戦車の一両が川に転落したのだ。

 

その転落した戦車に乗車していたのが小梅であり、僚車の車長を務めていたのがみほだった。

 

みほは躊躇うことなく水嵩の増した川に飛び込み、見事に小梅を含む全員を救い出してみせたのだ。

ちなみにその時、みほが腰に結んでいた命綱を握っていた一人が、みほと同車していたエリカなのは書いておくべきだろう。

 

 

 

その後、姉のまほは演習を中止するよう進言しようとしたが……

 

「お姉ちゃん、戦場では何が起こるか分からないんだよ?」

 

と続行を言い出したのが、他の誰でもない。救助した五名の応急処置を終え、無事と野戦病院への搬送を確認したみほ自身だった。

 

「それに戦いは、自分達の都合で終わらせることなんてできないから……」

 

この時、エリカはその静かな言葉ながら鮮烈な印象を持ったみほの姿に打ち震えたらしい。

 

 

 

***

 

 

 

さて、野戦病院の見慣れぬ天井を見上げながら目を覚ました小梅は、最初は少し混乱したもののすぐに自分の身に何が起きたのかを思い出し、そして悟った。

 

「私、西住さんに命を救ってもらったんだ……」

 

そう思った瞬間、彼女の心の中に沸々と湧き上がる”想い”があった。

 

最初は吊橋効果のような刹那の感情を、勘違いしてるかもしれない……そう思った小梅は目をつぶりゆっくり深呼吸をして呼吸を整え、心を落ち着かせて考えた。

 

(西住さん……)

 

しかし、瞼を閉じても浮かぶのはみほの顔ばかり……

 

そして翌朝、

 

「ここにあるのは”みほお嬢様”に救われた命! ならば、それをお嬢様のために使うのは道理!」

 

そう拳をグッと固く握りながら宣言したという。

小梅の頭の中でどんな化学反応が起きたのかは未だわからないが……ともかく、彼女はその斜め上過ぎる決意の元に行動を始めた。

 

先ず最初に始めたのは、みほを「みほお嬢様」と呼ぶことと私服を女中(メイド)服に変えることだったようだ。

……赤星小梅、存外に色々残念な娘のようである。

 

 

 

その後、違う方向性(ベクトル)ながら同じくみほに対する決意を新たにしたエリカとの間に一悶着あったようだが……

しかし「黒森峰女子」の誇る”新人装甲三人娘”は概ね上手く行ってたし、確かに幸せだった。

 

 

 

だが、その幸せは長くは続かなかった。

全国の女子戦車学校の均質化を目論む陸軍教育関係上層部の思惑で、みほが選抜され学生でありながら現場指導官として新設の「大洗女子」に転校(あるいは赴任)することが決まってしまったのだ。

 

逆に言えばそのような梃入れをせねばならないほど、その年の「大洗女子」の【女子戦車学校交流選手権】の戦績はまずかったのだ。

 

これを1年足らずの間に精強の一角に押し上げ黄金期を築いたたみほの実力は末恐ろしいものがあるが……

 

ともかく秋の選手権終了後にみほは短期士官養成コースを履修/修了し、准尉資格を手に入れ大洗に向かったのだった。

 

 

 

***

 

 

 

「というわけで、みほお嬢様は「大洗女子」の不甲斐無さのせいで黒森峰を泣く泣く去らねばならず、私たちと引き裂かれてしまったのです」

 

よよよと、わざとらしくハンカチで目頭を拭う小梅。

 

大洗出身組からは氷のような視線を向けられているが、この程度でひるむようなヤワな神経はしていない。

小梅とて伊達や酔狂で名門黒森峰で三年間も鍛えられてないのだ。

 

実際、彼女の実力は任官二年目で新戦車試験部隊の一員に加えられてることからもわかると思う。

 

「あっ、ちなみにみほお嬢様、今回連れてきた”一突試験部隊”の娘って黒森峰出身が多いんですよ。ね?」

 

「「「「「はいっ! 小梅お姉様っ!!」」」」」

 

「いや、ここはもう女子校じゃないから」

 

リアクションに困る顔をするみほに対し、

 

「大丈夫です、お嬢様。ちゃんと帝国陸軍軍人としての教育も受け、お嬢様”達”には敵いませんが相応に実績もつんでいます」

 

「なんか心配だなぁ~。腕よりも主にノリが」

 

『頭の中身が』と言わないあたり、みほの優しさだろうか?

 

「みほお嬢様がそれを言いますか?」

 

「どういう意味?」

 

「お嬢様の両腕張り付いてるのと後ろにいる約二名に、さっきからメンチ切られてるんですけど?」

 

「たはは……これは一本取られたかな?」

 

 

 

こうして懐かしい顔であると同時に頼りになる仲間を加え、みほ達はいよいよ大陸へ向かうことになるのだった。

 

 

 

***

 

 

 

さて、まったくの蛇足ながら……

 

「ところで梓ちゃん」

 

「西住隊長、なんでしょう?」

 

「沙織さんはちゃんと連れ帰ってきた?」

 

「はいっ! もちろんです!」

 

首狩りウサギのリーダー、澤梓はきっちり敬礼し、残る五人が本来なら弾薬などを運ぶ防水処理された大型ケースを慎重な手つきで下ろしていた。

ケースの大きさはょうど折りたためば人一人が入る大きさで……

 

「どれどれ……」

 

丁寧に床に置かれたそれの蓋をみほは開ける。

 

「なるほど」

 

そこにいたのは【全裸に剥かれ、全身キスマークと赤い蝋燭痕だらけにされ、目隠し&ボールギャグをはめられ、M字開脚&亀甲縛りで緊縛され、とどめに三穴に異物が挿入されたまま】という、ある意味フルコースにされた友人がいた。

 

六人がかりで責められたのであろう。快楽に飲み込まれ身をよじらせる反応から察するに、既に理性などとうの昔に消し飛んだ感じだが……この程度の責めで修復不能なほど壊れるような脆弱さを彼女が持ち合わせてないことをよく知るみほは、何事も無かったように蓋を閉める。

 

(まっ、遠征準備に支障が出なければ、口うるさく言う必要もないっか)

 

当然のようにみほは全く動じていない。

第一、これで全損するようなら沙織は学生時代に軍人としては”廃棄処分”になっていて、今ごろは目の前の仔兎の誰かの所有物にでもなっていただろう。

もしかしたら六人の共有財産エンドかもしれないが。

 

「休日は今日だけだよ? もし、明日になっても沙織さんが使い物にならなかったら……わかってるよね?」

 

「「「「「「い、イエス・マム!!」」」」」」

 

まるで背中に鋼の棒を突き入れられたように直立不動の敬礼をとる六人に、みほはただ静かに微笑んでいたという。

 

きっと首狩りウサギ(アルミラージ)は思い出したことだろう。

世の中には例えモンスターであっても怒らせてはいけない人間がいるということを……

 

ノモンハンに行く前に、敵より怖い娘の存在を思い出せたのは、きっと彼女達にとり幸いなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
新型試作車両二種の援軍と、黒森峰の小梅ちゃんというレアキャラ(笑)登場の回はいかがだったでしょうか?

そう簡単に(百合的な意味で)ケイの一人勝ちにはさせませんよ~♪
小梅が妙な方向に残念になってしまったのは仕様です(^^

そして首狩りウサギ+沙織の再登場。沙織の場合、無事にかどうかは言及しませんが(笑)

さて、長かった準備パートも終わり次回はいよいよ大陸編に突入ですよ~。
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



試製一式突撃砲車

主砲:九四式七十五粍戦車砲(口径75mm、38口径長。九〇式野砲を戦車砲に再設計)
機銃:武2式重機関銃(12.7mm)×1(主砲同軸。スポッティングライフル兼用)
   武1919式車載機関銃(7.62mm)×1(車体上面)
近接防御火器:九六式車載擲弾筒(砲塔上面。八九式重擲弾筒を車載用に改造した物)
エンジン:統制型九〇式発動機AC-K型(過給機/中間冷却機付空冷V型12気筒ディーゼル、307馬力)
車体重量:20.5t
装甲厚:車体正面80mm(傾斜装甲)
サスペンション:独立懸架+シーソー式連動懸架装置
変速機:前進4段/後進1段(コンスタントロード型シンクロメッシュ機構タイプ)
操向装置:二重差動式遊星歯車装置(プラネタリーギア)型クラッチ・ブレーキ
特殊装備:1軸式|砲安定装置(ガンスタビライザー)、1軸式安定化照準機、戦車用回転全周鏡《パノラマミック・ペリスコープ》、強制排煙機(ベンチレーター)
最高速:45km/h

備考
既に決定事項の一式中戦車の大量生産で発生するだろう九七式中戦車の余剰コンポーネントと、エンジンと主砲の交換を骨子とする九八式重戦車の近代化改修(レトロフィット)により余剰が予想される九四式七十五粍戦車砲とAC-K型ディーゼル・エンジンを組み合わせた、一般的に言う突撃砲もしくは駆逐戦車。

基本的には一式の大量配備により一気に余剰が出るだろう九七式を有効利用すべく考えられたバリエーションの一つで、前作に登場した”九九式七十五粍自走榴弾砲”と同こような、米軍で言うところの『TYPE-97(九七式)ファミリー』の一つと考えていい。
現在判明してるだけで、この二つ以外にも十糎半自走榴弾砲型、対空自走砲型、戦車回収型、工作型があるらしい。

歴史的な立ち位置としては”一式砲戦車(ホニ)”なのだが、無砲塔で車体と戦闘室が一体化された構造から、むしろ形状と性質はヘッツァーに近い。
ただしヘッツァーが車体右側に主砲をオフセット搭載してるのに対し、車体中央軸線に主砲を配置してるので容易に判別できる。
またベースとなった車体が車体なだけに一回り大きい印象がある。

そのため呼称が大分異なり、砲戦車ではなく”突撃砲車”という呼称だ。
これは予想だが……当初は史実と同じく砲戦車にしようとしたのだろうが、そうするとセクトに煩い輩が「戦車とついてるなら機甲科(戦車科)に優先配備しろ」とか言い出しそうなので、それなりに数が揃えば砲兵科や歩兵科の火力支援にも投入し諸兵科混合(コンバインドアームズ)のさらなるズムーズ化を図りたい陸軍上層部としては、この『どうとでも取れる曖昧な名称』にしたのだろう。
開発陣によれば、『敵陣に突撃しても80mmの分厚く傾斜した正面装甲で攻撃を受けてるうちは大丈夫。側面や後面は保証の限りじゃないけどネ』というのが、”突撃砲車”という奇妙な名称の由来らしい。

一応、”突撃砲車()イ型()”という略称はあるが、俗称の”一突(いちとつ)”の方が呼び名としてはメジャーになったようだ。

コンポーネントは旧来の寄せ集めに見えるが、変速機は新型のシンクロメッシュ型で、試製一式中戦車同様に戦車用回転全周鏡(パノラマミック・ペリスコープ)を搭載している。
これは旋回する砲塔を持たないので戦闘死角が大きいため、少しでも小回りの利く車体と広い視界を与えようとした配慮の結果だろう。
また主砲は一見すると上下しか動かない固定砲に見えるが、実は米国のM3中戦車同様に15度ずつではあるが、左右にも指向可能となっている。



初陣のノモンハンで戦車に比べれば汎用には劣るがそれでも車体の性質を考えれば十分な成果が出たと判断した上層部は、発展的余裕がある広めの戦闘室をもつ一突の強化改良型を後に開発していくことになるようだ。








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 ”船旅です♪”

皆様、こんばんわ~。
今回のエピソードは、物語の折り返し地点に相応しい内容というべきでしょうか?(^^

いよいよ、みほ達が日本から旅立ちます。
しかし……みほとコリンズが急接近?





 

 

 

さて、それは戦車各種を臨時軍用輸送(チャーター)列車に積み込み、いよいよ富士機甲学校から港へ向かう朝のことだった。

 

「みほ君」

 

「細見少将……」

 

彼女を見送るのは機甲学校校長で、今や恩師であり「もう一人の父親」と呼べるほどの絆をえた細見だった。

 

「”引率”は、コリンズ大佐らしいね?」

 

「はい。中々に厄介というか……」

 

みほはクスリと笑い、

 

「腹黒い御仁のようですね? おかげで上手くやれそうです」

 

どうもその爽やかに見える笑みはコリンズと同じ類の仄暗い何かを含有してる気もするが、細見はそれを気にした様子も無く、

 

「努々忘れるのではないぞ? あの男には決して気を許してはならん」

 

どうにも軍人同士というより「娘の旅立ちを心配する父親」という構図に見えてならないのが難点だろう。

 

「心配ないですよ。コリンズ大佐は腹黒いからこそ、信頼できる側面もあるのですから」

 

みほは”実直な無能”より”性格の悪い有能”を選ぶタイプだった。

少なくともみほは世間一般で言われる「悪い人じゃない」という言葉は、誉め言葉とは思ってない。

 

「そういうもんなのかな? しかし、みほ君(中尉)が最高階級というのはどうにも座りが悪い。そこで、だ」

 

細見は好好爺然とした笑みで、

 

「陸軍は”連絡将校”を送ることを決定した。補給物資の手配もあるしな。多少なりとも『機甲予備』も用意しよう。現場にはそう君達に遅れずに到着するはずだ」

 

 

 

帝国陸軍上層部の思惑も色々あるのだろうが……

どうやら細見は細見で意外と世話好き、いや過保護なタイプなのは確かだと思われる。

 

「お待ちください! 軍上層部も政府も気が付いてますよね? 米国が再び日本を大陸に深くコミットさせようとしていることを」

 

頷く細見に、

 

「ならば……ここは徒に派兵勢力を増やすより、少数での行動の方が……」

 

「みほ君」

 

彼は柔和な表情で告げる。

 

「私とて人の子、”教え子”を他人どころか他国の好きにされて面白いと思うわけなかろう?」

 

「細見少将……」

 

「安心したまえ。出兵する以上、”それなりの代償”は得るつもりさ。帝国陸軍(われわれ)はね」

 

 

 

「ご配慮、ありがとうございます。少将閣下」

 

綺麗な敬礼を魅せるみほに、細見は軍人らしく顔を引き締め返礼すると、

 

「帰国したら顔を出したまえ。無事な帰りを待っている」

 

「クス。ここは『武運長久を祈る』と言う場面ですよ?」

 

「かまわんさ。武運が無くとも、君は戦場で下手は打たないだろ?」

 

「買い被りですよ」

 

そして二人は真っ直ぐ視線を合わせ、

 

()って参ります!」

 

「ああ。良き報告を待つ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****************************************

 

 

 

 

「隣、よいかな?」

 

「あれ? ケイはあっちですよ?」

 

大陸へ向かう米軍の大型輸送船、その客室(キャビン)にてみほに声をかけてきたのはコリンズだった。

 

今は軍用船にしては豪華な内装の船室には各々がグループを作り陣取っている最中だ。

 

サンダース戦車中隊(サンダース・タンクトルーパーズ)の面々はケイをはじめ椅子を円陣に並べてミーティングの真っ只中で、試製一式突撃砲車試験分派隊(小梅たち)や試製一式自走榴弾砲試験分派隊も同じである。

普段みほに張り付いてる優花里(こいぬ)麻子(こねこ)をはじめとしたアンコウ01の面々はそちらの方に参加し、みほの中隊との連携などの調整を行っている。

 

原作レオポン組は日米整備班と何やら熱く語り合ってるようだし、いつの間にか合流していた風紀委員(カモ)、そど子率いる憲兵三人娘とねこにゃー達技術者三人はみほ直轄の試験中隊ミーティングに参加していた。

 

「君と少し話したくてね、ニシズミ中尉」

 

「わたし程度でよろしいのであれば喜んで」

 

みほが珍しく一人で椅子に座っていた理由は、彼女の手元にある資料をみればわかる。

 

ハルハ河東岸(イーストバンク)の資料かな?」

 

「ええ。冷たく乾いた開けた土地……戦車戦をやるにはそう悪くない場所ですね。かといって森がまったく無いわけじゃないし、隠蔽壕を上手く配置すれば待ち伏せも可能かな?」

 

と、みほは思いついたことをメモではなく大学ノートに書き留めてゆく。

 

「後でそのノートをコピーさせて欲しい物だね」

 

「かまいませんよ。ただ、中身は軍機どころか落書き帳レベルですよ?」

 

「君の落書きというだけでも興味はあるさ」

 

そう笑うコリンズに、

 

「落書きからわたしの思考や性格をプロファイリングですか? 別に読み取られて困るような秘密は無いからいいですけど」

 

「……君は本当に頭の回転が早いな」

 

呆れるコリンズに対しみほはクスクスと笑い、

 

「大佐が情報将校徽章なんてつけてるからです♪ 情報将校なのに無条件で味方を信じたり、あるいは情報を精査しなかったりするのは怠慢です。敵の情報収得と分析と同じくらい味方の把握は重要ですよ?」

 

「……ニシズミ中尉、君は存外に装甲将校よりも情報将校の方が肌に合うかも知れんぞ?」

 

みほはちょっと苦笑して、

 

「せっかくのお誘いですが、謹んで遠慮申し上げます。やっぱり紙束片手に弁舌振るう(ディベート)より、鉄火場で戦車砲の撃ち合いをやるほうが性に合いそうですから」

 

「残念だよ」

 

コリンズの口調は、なんとなくだがリップサービスというわけではなさそうだった。

 

 

 

***

 

 

 

「ところでコリンズ大佐、わたしに何か用があったのでは?」

 

「おおそうだった。危うく忘れるとこだったよ」

 

そしてコリンズは同行させていた従兵から紙袋と取っ手付きのハードケースを受け取り、それをそのままみほに手渡した。

 

「いわゆる”お近づきの印”という奴だ。受け取りたまえ」

 

まず、紙袋を開けるみほだったが……

 

「これってケイ達が着てる”ウィンター・コンバット・ジャケット(タンカース・ジャケット)”じゃないですか? いいんですか?」

 

サンダース戦車中隊(かのじょたち)の予備で悪いんだけどね」

 

しかし紙袋にはもう一着入っていて、

 

「これは?」

 

みほが広げたのはオリーブ(O)ドラブ(D)カラーの野戦服だったが、どうにも見覚えの無いデザインだった。

 

「”ジャケット・フィールドOD”って呼ばれてる来年採用予定のフィールドジャケット(野戦服)、その試作品さ。戦車兵ではなくどちらかといえば歩兵用装備だが、着心地の感想などを聞かせてくれるとありがたい」

 

「ケイ達に怒られますよ?」

 

問題ないさ(ノープロブレム)。彼女達にも同じものを支給してあるよ」

 

「なるほど……そういうことなら遠慮なく。もう一つはもしかしてガンケースですか?」

「いい洞察力だ」

 

そう満足げな顔をしながらコリンズはケースを開けるように促す。

 

 

 

「これはもしかして”シカゴ・タイプライター”? わっ、本物初めて見たかも……」

 

ケースの中に鎮座していたのは米国製の短機関銃(サブマシンガン)、正確には米国トンプソン社謹製の短機関銃ラインナップで米軍が制式採用している”M1928”だ。

 

”シカゴ・タイプライター”というのは1920年代のシカゴ・ギャングの抗争でよく使われていたトンプソン・サブマシンガン全体の俗称(むしろ隠語か?)で、どちらかと言えば”トミーガン”という呼び方のほうがメジャーだろうか?

 

「詳しいね? それでこそ贈った甲斐もある」

 

ミリタリージャケット(軍用野戦服)や銃器もらって喜ぶ女の子というのもどうかと思うが、そのリアクション自体はコリンズが望んでいたものだった。

 

「いいんですか? 後で返せといわれても返しませんよ?」

 

含み笑いで言うみほに、

 

「喜んでもらえたようで何よりだ。風の噂で君が最近、我が国(ステーツ)軍用拳銃(ガヴァメント)を愛用してると聞いてね。同じ弾丸(タマ)を使うんだ、相棒にちょうどいいだろ?」

 

「さすがは情報将校、お見事な観察と見識です」

 

 

 

「ところでこれは懐柔工作の一環として判断してよろしいので?」

 

何食わぬ顔でみほが切り出せば、

 

「懐柔工作というならこれは三流だな。米国の工作としてはあからさま過ぎるし金額が小さすぎる。ニシズミ中尉を陥落するなら、そうだな……」

 

コリンズは考えるそぶりをした後に、

 

「最低でも佐官待遇の前線装甲指揮官のポストとキャデラックのリムジン、自家用機の一つも用意しないと釣り合いが取れない」

 

「アメリカンジョークとスルーしたいところですが、本当に用意できてしまうのが米国の恐ろしさなんですよね~」

 

二人は笑う。

そしてひとしきり笑った後に、

 

「ならばこれらの『()()()()()()()』をわたしに与えて、大佐殿は何をお望みですか? 一介の中尉に?」

 

トンプソン短機関銃をいじりながら、みほが少し芝居がかった調子で問いかければ、

 

「大した理由はないさ。ただ軍広報誌で使う写真の一枚(ピンナップ)でも取らせてもらえれば重畳だね」

 

「その程度でよければ喜んで♪……と言いたいところですが、日本(ウチ)の陸軍がなんていうか。ほら、頭の硬い人はどこにもいるじゃないですか?」

 

しかしコリンズはフフッと笑い、

 

「その辺りは既に話はついてるよ。上は『日米同盟の強固な関係を内外にアピールでき、更なる緊密化にも繋がる』と喜んでるようだよ?」

 

「あざといですね~。いや、それともこの生臭さこそ政治というべきかな?」

 

「中尉はずいぶんとそちら方面にも耐性がありそうに……いや得意そうに見えるが?」

 

「過大評価ですよ」

 

コリンズの言葉にみほは苦笑を作り、

 

「戦車学校の先輩、元上官にこの手の交渉がやけに上手い人がいまして。得意に見えるとしたら、きっとその人の影響です」

 

みほの脳裏に浮かんだのは、にやりと笑いサムズアップする角谷杏の姿だった。

 

「生臭い話はともかくとして、君と一緒にグラビアを飾れるならサンダース大尉も喜ぶんじゃないか?」

 

「それを言われると弱いなぁ~」

 

 

 

「今のうちに米軍に”貸し”を作っておくのは悪い話じゃないと思うがね?」

 

「貸しと思ってくれれば、ありがたいんですけどね」

 

みほはじっとコリンズの顔を見て、

 

「米軍だとわたしには枠が大きすぎるので、ここはコリンズ大佐への貸しという事にしておきましょう。だから出世してくださいね?」

 

「これはまいったな。なら今回の遠征でそれなりの成果をあげねばならない。では、こう言っていいかな?」

 

コリンズはクセのある笑みで、

 

「ならば私の出世のために奮闘してくれたまえ」

 

「あの、コリンズ大佐……失礼ながら、わたしが米国陸軍軍人ではなく、大日本帝国軍人だってこと忘れてません?」

 

「なに。そんなものは些細な問題さ」

 

瞬間、二人はプッと噴き出した。

 

 

 

***

 

 

 

和やかな様子でジョークを飛ばしあう二人を怪訝な目で見る人物がいた。

他の誰でもない、中隊ミーティングを終えたケイ・ユリシーズ・サンダースだった。

 

(ミホ……なんでコリンズ大佐とそんな風に笑いあえるの?)

 

ケイにとってそれは信じられない光景だった。

その重要性は認識してるとはいえ、生粋の陽気なテキサス・カウガール気質の彼女に取り、腹と頭の中に何を詰め込んでるか判らない情報将校(タヌキ)など、理解不能の妖怪に等しい。

そう、国防総省(ペンタゴン)という伏魔殿に巣食う情報将校(ようかい)となれば尚更だ。

 

自分達への態度からコリンズがペンタゴンの”紐付き”であることは予想が付いた。

おそらくは在日米軍を隠れ蓑に裏では好き放題、トーキョーで跳梁跋扈してることだろう。

 

(そしてミホがそれに気付かないわけがないのよね)

 

それをわかった上で、なおコリンズと気楽に話せるみほが不思議でならないようだ。

 

(でも、詮索しても意味は無いのも事実)

 

幸い、みほが異性としてコリンズを認識してる雰囲気は無い。

ならば気にしてもしょうがないとケイは割り切った。

 

「あっ」

 

そしてケイがミーティングを終えたのを気付いたのか、みほが手招きしてケイを呼んでいた。

 

(今度は大佐を交えて中隊長ミーティングってわけね?)

 

ならば断る理由はない。

即断即決が自分の持ち味と知るケイは、特に躊躇うことなく歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

「ところでニシズミ中尉、今回予想される戦闘の中で警戒すべきポイントはどこにあると思う?」

 

ケイが合流するなりそう話題を向けてきたコリンズに、みほは特に考えるまでも無く答える。

 

「もっとも脅威なのは、先ずはソ連赤軍がモンゴル内と満ソ国境に配備した兵力ですよ。米軍の最新情報が正しいのなら……」

 

総兵力:約72万人

戦車:約4600両

火砲:迫撃砲:約14000門

航空機:約4800機

自動車:約60000台

トラクター:約12000台

 

信じられない規模である。

実はこの数字、荒唐無稽なものではなく、”史実”の1941年6月時点のソ連ザバイカル・極東方面軍に配備された総兵力なのである。

 

スターリンがいない”この世界”において、これだけの戦力の集中が可能かと問われれば、可能と答えるしかない。

 

そもそも”この世界”におけるソ連は、史実よりもはるかに『状態が良い』のだ。

理由はいくつもあるが、主だった物だけでも……

 

・赤軍大粛清をはじめとする国力を大幅に低下させる技術者や科学者、生産業務関連への粛清はほとんど行われておらず(代わりに敵対的政治家や秘密警察の駆除は徹底的に行われたが)、国力……特に軍部は高い水準を維持している。

 

・隣国ドイツとの関係は極めて良好。”両国相互に”大量の生産委託を受ける離れ業をやってのけてる。なので西側に強力な戦力を貼り付けている必然が史実より遥かに低い。

おそらくドイツによるヴァルカン半島攻略を容認してるのは、『柔らかい下っ腹』の守りを固めるのに好都合だから。それほど相互の信頼度は高い。

 

・上記の理由の結果でもあるがポーランド侵攻やバルト三国平定、特に”冬戦争”のダメージが極めて低い水準。

 

更には史実と違い、関東軍よりよほど巨大な戦力を保有する『強力な米軍』が満州に居座っている為、トロツキーが在満米軍が中華民国の手勢を加えた西進もしくは北進を警戒している。

加えて米軍のほぼ全面支援を受けてる中華民国(国民党)が史実よりはるかに大きな勢力であり、相対的に共産党勢力圏が小さいためにリスクが高すぎて中華に大規模な戦力を置けないという事情もある。

 

トロツキーに言わせれば、この兵力でもまだ不安があるに違いない。

 

 

 

ロシア人(イワン)はどのぐらいイーストバンクに投入できると思う?」

 

「現状のソ連の政治状況と赤軍のドクトリンから考えて、守備兵力こそが肝でしょうから……それでも全体の二割、最大で15万人というところでしょうか? 戦車をはじめとする戦闘装甲車両や航空機はもっと比率が高いかもしれませんが」

 

「根拠は?」

 

「二割が”万が一損耗したとしても防衛に支障をきたさない最大投入戦力”だと思われるからです。これ以上の損耗なら、在満米軍がいざ攻撃的オプションを選択したときに北進ないし西進を阻止しきれない可能性(リスク)が高くなります。米軍は補給線(ロジック)維持能力が秀逸ですから、攻め込んだはいいものの補給線を叩かれて敵地で分散孤立、あげくに各個撃破されるような下手は打たないでしょう?」

 

みほの聞き様によっては辛辣に聞こえる言葉にコリンズは苦笑する。

 

「装甲戦闘車両と航空機の比率が高くなる可能性は、やはり寒いけど乾いた開けた土地で、どちらも運用に向いてるからです。戦力を最大限に生かせる土地なら、大量投入を躊躇う意味はありません」

 

「では仮にソ連が後先考えず、更なる戦力投入を行う可能性は?」

 

コリンズの問いかけにみほは首を横に振り、

 

「かなり少ないでしょう。5万人程度なら被害補填のために追加投入される可能性はありますが、それ以外の継続投入は今度は拠点の問題が出てきます。ご覧ください」

 

みほはケイ達の同行が決まった時点で米国から供給された、ハルハ河周辺の地形を精密に記したオフセット印刷のフルカラー地図を開き、

 

「最大の出兵拠点となるのは、この前線基地の”タムサク・ボラグ”。補給拠点はマタト、ウラン・ツィレク、バイン・トゥメンの三ヶ所……確かに巨大ですが、逆に言えばこの規模から敵がこの地に展開できる戦力の上限が見えてくるというわけです」

 

基地の面積と予想される備蓄規模から考えて常識的には15万人前後、多くとも20万人が上限というのがみほの見立てだった。

 

「しかし、シベリア鉄道からの支線が引かれてるぞ? ソ連領内の軍事拠点、ボルジャなどから補給は受けられる」

 

「ソ連は帝政ロシアの時代から要塞築城や野戦築城は上手いんですが、ロジックはさほど強くないんですよ。鉄道は逆に言えば鉄路を破壊されれば復旧に時間がかかります。それにタムサク・ボラグの後ろに巨大な補給拠点を三つも作ったのはなぜだと思います?」

 

コリンズはあえて答えない。ただ目だけは愉快そうな光を湛えていた。

彼はこういう知的好奇心が刺激される”遊び”が大好物なのだった。

 

「それはロジック維持に対する自信の無さの裏返しなんですよ。米国のドクトリンはロジックをいかに流し続け、補給を滞らせないことに注力します。ですが、ソ連のドクトリンは逆に戦地後方に巨大な拠点を作り、そこにいかにして戦闘に必要な物資を溜め込むかに腐心します」

 

みほは楽しそうな表情で、

 

「これも国民性の違いでしょうかね? アメリカ人の補給線を断つのは難しいけど、歴史的にロシア人は補給を断ってからも粘り強いんです」

 

 

 

***

 

 

 

「パーフェクトだよ、中尉。まさに非の打ち所がない分析だ」

 

「お褒めに預かり恐悦至極」

 

恭しく一礼するみほだったが……

 

「大佐、ミホ……」

 

一人置いていかれたようにきょとんとしていたのはケイは、

 

「ワタシ達、これから”慰問”に行くんだよね?」

 

しかし、みほは不思議そうな顔をしながらこう告げた。

 

「ケイ、わたし達はこれから”()()”に行くんだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
細見に見送られて日本を離れ、ノモンハンへみほ達が向かうエピソードはいかがだったでしょうか?

それにしても、コリンズはアメリカらしい物量戦的なプレゼント攻勢(笑)
とりあえず、みほの好感度アップ作戦は成功か?

それにしても……みほに米陸軍コスさせて何をさせるつもりなんだか(^^

何やらみほとケイの間にも現状認識の違いがあるようですが……
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



試製一式十糎半自走榴弾砲

主砲:九九式十糎半榴弾砲(口径105mm、28口径長、最大射程12.3km)
機銃:武1919式車載機関銃(7.62mm)×2(砲塔上、車体前面)
エンジン:統制型九〇式発動機AC-K型(過給機/中間冷却機付空冷V型12気筒ディーゼル、307馬力)
車体重量:22.5t
装甲厚:最大50mm(傾斜装甲)
サスペンション:独立懸架+シーソー式連動懸架装置
変速機:前進4段/後進1段(コンスタントロード型シンクロメッシュ機構タイプ)
操向装置:二重差動式遊星歯車装置(プラネタリーギア)型クラッチ・ブレーキ
最高速:43km/h

備考
”試製一式突撃砲車”と同じく一式中戦車配備の折に余剰となるであろう九七式中戦車と、九八式重戦車の余剰部品(エンジン回り)を用いて製作された『TYPE-97(九七式)ファミリー』の一つ。
略称は”自走砲()ニ型()”であるが、普通に一式自走砲と呼ばれることの方が多い。

実は一式自走砲の開発開始は古く、一式自走砲の先輩とも言える”九九式七十五粍自走榴弾砲”とほぼ同時期だったらしい。
実は九九式自走砲開発当初から主砲の九〇式野砲の「榴弾砲としての威力不足」は言われていて、実際に九一式十糎半榴弾砲を搭載した試作型が作られたことがある。
しかし、九七式の車体に「九一式十糎半榴弾砲の車載型と大量の砲弾を内蔵した旋回式砲塔」を搭載すると、その砲塔の巨大さから極端なトップヘビーとなりバランスが著しく悪化し、特に砲を旋回した状態で撃てば最悪横転する危険性が指摘されたために開発が中断された経緯があるのだ。

だが野砲である九〇式の威力不足は事実であり、それを何とかしたい陸軍は継続研究を行い、旋回砲塔ではなく砲の左右方向を固定し仰角/俯角(上下方向)にしか動かさない非旋回砲塔(あるいは固定砲塔、戦闘室という記載もあり)の採用という形で技術的に妥協し、十糎半榴弾砲を搭載することにした。

ただ開発が遅れたのは悪いことばかりでもなかった。
30年代に入ると、米国でも急速に始まった他国陸上兵力の急装甲化/自動車化に対し、当時主力だったM1897/75mm野砲やM1/75mm榴弾砲の威力不足が叫ばれ、より大口径な野砲や榴弾砲の開発が声高に言われた時期だった。
日本はこれに便乗し、九一式に代わる新型野砲の開発を計画、九一式をサンプルとして提出して『日米砲弾/弾薬相互間協定』に基づき共同研究開発を提案した。
大変珍しいことだが、米国が105mm砲弾を持っていなかったせいもあり砲弾規格は九一式、つまり日本の規格が採用され、新型装薬を含めた半完全弾薬筒(分離薬莢)が新たに日米共同の新規開発とされた。
この成果として生まれたのが、米国の”M2/105mm榴弾砲シリーズ”であり、そして日本での”九九式十糎半榴弾砲シリーズ”である。

九九式十糎半榴弾砲はエポックメイキングな側面を持っていて、それは牽引型と車載型が同時開発されたことだ。
それを効率的に行うために全体的に最初から一種のユニット構造として設計され、可能な限りのコンポーネントの共有化が図られていることは特筆すべきだろう。
また同時開発とも言えるM2/105mm榴弾砲との大きな識別点は、より長砲身なこととマズルブレーキを標準搭載していることだ。

砲としての性能は、ほぼ九一式の長砲身化発展モデルとして考えていいが、新型装薬を使う新規開発の”372mmR型分離薬莢”を用いることにより長砲身との相乗効果で九一式との比較で1.5km、同じ砲弾と薬莢を使うM2/105mm榴弾砲と比べても1km以上の射程の延伸を実現した。
この射程はドイツの同級榴弾砲”10.5cm/leFH18”や英国の”QF25ポンド砲”とほぼ同等だった。

車体としては一式突撃砲車(いちとつ)とほぼ同じコンポーネントであり、旋回し砲を指向できないウィークポイントをシンクロメッシュ機構を搭載した新型トランスミッションとよりハイパワーなエンジンを組み合わせた機動力で補うという発想である。

イメージ的にはドイツのヴェスペに近いが、役割的にはM7プリーストという感じだろうか?
実際、量産型は英米(特に英国)にも歓迎され、後にはQF25ポンド砲を搭載したヴァリエーションモデルも作られることになる。











目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 ”日米混成”慰問”部隊……です?”

皆様、こんばんわ~。
さて今回のエピソードは……いよいよ、みほ達が幻想入り!ではなく満州入りです(^^

しかし、待っていたのは酸っぱくて辛いオッサン?




 

 

 

「在日米軍より出向で参りました、今回の【日米混成”慰問”部隊】の臨時指揮官を任されました”ジョージ・ローソン・コリンズ”大佐です」

 

そう敬礼するコリンズに、

 

「私が在満米陸軍西部方面軍団司令官、”ジェファーソン・ウォレス・スティルウェル”少将だ。”満州米国自治連邦区(コモンウェルス)”にようこそだな」

 

言葉通りに米国陸軍少将の階級章をつけた眼鏡の少し神経質そうな印象を受ける男……スティルウィルがニコリともせず難しい顔で返礼する。

 

ここはハルハ河から東へ進み、呼倫貝爾(フルンボイル)高原の東の端にある”海拉爾(ハイラル)”という街だ。

 

正確には旧市街から外れた場所に築城された巨大米国陸軍基地、在満米軍あるいは日本を含めた”米国極東総軍”有数の規模を誇る”ハイラル・ベース”だった。

 

そう大連から船を折り、”この世界”ならではの米国版満州鉄道【トランス(T

)コモンウェルス(C)トレイン(T)】の臨時軍用輸送列車に乗り、奉天→長春経由で北上して哈爾浜(ハルピン)に入り、そこより西進してこの場所に辿り着いた。

日本の国有鉄道も協力してる(車両を輸出してる)この鉄道の旅は中々快適で、アメリカンサイズのベッドが収められた寝台車や味はイマイチだが雰囲気は楽しめた食堂車など日米の戦車娘たちにとってもレアな体験だったろう。

 

みほとしては1934年より大連-ハルピン間で定期運行してる噂の日本製超特急【ASIA】に乗ってみたかったが、戦車を引き連れてる現状じゃさすがに無理だった。

 

 

 

(とはいえこれは予想外だよ……)

 

しかし、まさか着任の挨拶に()()させられるとは思ってなかった。

そう、西住みほは今、ケイ・ユリシーズ・サンダースと共に着任の挨拶のために司令官執務室を訪れたコリンズに同行し、その後ろに突っ立っていた。

 

(これじゃあ出来の悪い茶番だよ)

 

あまりに率直すぎる感想を思い浮かべるみほであるが、

 

(まっ、でも……)

 

表情には出さず、心の中でほくそ笑む。

 

(米国陸軍指折りの毒舌家、”アセティック・ジョー”のキャラ把握と洒落込みますか♪)

 

実は予想外の現状を、ちょっと楽しんでるみほだった。

 

 

 

***

 

 

 

「ふん。女子校生(スクールガール)の旅行引率とは、中々にいいご身分だな? 大佐」

 

嫌味なのか皮肉なのか、いやその辛辣家や毒舌家として知られ【アセティック・ジョー】の陰口のような二つ名で呼ばれるスティルウィルにとっては挨拶程度のものなのかもしれないが。

ちなみにアセティック(acetic)とはまんま”酢酸”のことだ。

 

「ええ。我ながらそう思いますよ、閣下」

 

とはいえ後ろで明らかに表情を強張らせたケイと違い、この程度の酢酸で溶かされるような鉄面皮を持ち合わせていないコリンズは平然と返した。

 

「ならば君は退役後にアイドル・グループのプロデューサーでもやるといい。芸能事務所でも紹介したいところだが、生憎と真面目な軍人の私には”そちらの業界(ブロードウェイ)”にコネも伝手もない」

 

そちらのほう(ショウビズ)はやろうと思えば、いつでも小官なら伝手もコネも作れるでしょう」

 

性格に問題ある(コミュ障)閣下と違ってね』という言葉を口からは出さなかったあたり、さすがは情報将校……いや、大人と言うべきか?

 

「ですので今は戦争を楽しもうと思いましてね。少なくとも給料分くらいは」

 

「ほう、興味深いな。君に戦争に参加(ベット)できるほどの掛け金(戦力)があるようには見えんが?」

 

「あるじゃないですか? 小官の後ろに二人も装甲中隊指揮官がいますよ」

 

それを聞いたスティルウィルは鼻でせせら笑い、

 

「大佐、君は”慰問要員(チアガール)”で戦争しようというのかね?」

 

「乗ってるのは日米の最新鋭戦車ですが? 陸軍情報部の分析では、両者共に閣下がお困りの”共産主義者の新型”に十分対抗できるとお墨付きです」

 

コリンズの返しにスティルウェルは苦虫を噛み潰したような顔になり、

 

「……上層部は何を考えている? 最新の戦車があるのなら、チアガールでプロモーションなどせずに、さっさと前線に回せばいいものを」

 

「さあ。小官もそのあたりの事情は推測すら出来ませんね」

 

と対してコリンズはオリエンタル・スマイルを浮かべた。

 

 

 

「いいだろう」

 

何事かに納得した、あるいは割り切ったスティルウェルは頷き、

 

「”上”の要望どおり、君達の慰問活動とやらには最大限の助力はしよう。そして日本陸軍(I.J.ARMY)の連絡将校が連れてくる戦力も君の管轄として任そう。好きなだけ前線将兵の士気を上げてくるがいい」

 

しかし釘を刺すようにジロリとコリンズを睨み、

 

「だが、『我々の戦争』の邪魔をするな。貴官らは”Independent Tank Battalion(インディペンデント・タンク・バタリオン=独立戦車大隊)”扱いとする。大佐、君の階級で率いるには小さすぎる戦力だが、”戦場の後ろ”を走り回るなら十分だろう?」

 

独立を意味する”Independent(インディペンデント)”という言葉がわざわざ被されたということは、コリンズ曰く【日米混成”慰問”部隊】という明らかに方便チック……急造臭満載の部隊は、『編成において師団などの上位組織に所属していない部隊』という解釈になる。

つまりは在日米軍直轄の部隊であり、ハイラル・ベースを根城にする在満米陸軍西部方面軍団の指揮系統には入らず(というよりスティルウェルが指揮権を拒否した形)、在日米軍からの派遣部隊として”現場での独自裁量権(フリーハンド)”を得たということだろう。

スティルウェルが約束してる以上、弾薬/燃料の補給路の確保まで自分達でやれとは言われないだろうし、米軍の組織工学上で連携を取るのにそう難しくは無い(連絡の不備はありえる)だろうが……

 

「申し訳ありませんが、それでは足りませんな。少将閣下」

 

しかしコリンズは首を横に振り、慇懃無礼という言葉を体現したような表情で告げる。

 

「現有の兵力と合流する兵力、合算すれば小官の率いる兵力は”|ndependent Combined Regiment(インディペンデント・コンバインド・レジメント=独立混合連隊)”規模になることは明白ですからな」

 

「ふん。好きにするがいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

「もうっ! なんなのよっ!? あのクソ親父!!」

 

司令官室から出るなり、早速精神的癇癪玉を破裂させ、ゴミ箱を蹴飛ばすケイだったが、

 

「そっかな? ”堅物の軍人”なんてあんなものじゃない? むしろ、自慢の辛辣も噂ほどじゃなかったというか……予想以下?」

 

みほの発言に思わずぎょっとするケイ。

しかし、みほはコロコロ笑い、

 

「それにああいう扱いの方が、わたし達が取れるオプションは大きく広くなるから。ですよね? 大佐」

 

するとコリンズは人の悪い笑みを浮かべ、

 

「中尉には”見えて”いたのかね?」

 

みほは笑みを強めて返す。

 

「上官侮辱罪に該当しないラインであれだけあけすけに挑発すれば、嫌でもわかりますよ~」

 

もっともみほに言わせれば、コリンズの挑発に煽られたというよりスティルウェルが「あえて乗った」という雰囲気だったが。

 

「えっ? あの胸糞悪くなる軽口の叩き合いに、意味があったの?」

 

「もちろんだよ。ケイ、大佐はあの出来の悪いドタバタ喜劇(スラップスティック)みたいな交渉で、しっかり”独立部隊”って成果を引き出したじゃない?」

 

「出来の悪いとはご挨拶だな? 君も存外に口が悪い」

 

「クスクス。失礼、大佐殿」

 

 

 

***

 

 

 

「それにしても独立部隊か……ニシズミ中尉はどう解釈する?」

 

「慰問は当然としても……該当区域で戦闘が発生したら、”戦場の火消し役”をやれってことじゃないですか?」

 

コリンズの問いに、みほは最初から答えがわかってたように答える。

 

「詳細は?」

 

「端的に言えば”機甲予備”、あるいは”遊撃隊”扱い。独立混合連隊ってことは、自分達の判断で味方が危険な場所に駆けつけて助太刀して来いことでしょうから」

 

「いい回答だ」

 

 

 

だが、この二人のやり取りにケイが首を捻る。

 

(なんだろう? この違和感……?)

 

二人揃って『戦闘を前提』に話をしている。

たしかにこれもおかしい。

だが、理解できなくは無い。

”慰問”が主任務ではあるだろうが、前線での士気の鼓舞である以上は”戦闘に巻き込まれる公算”は決して低くは無いのだから。

 

(ミホも船の中で『任務は慰問だけど、行くのは戦場だ』って言ってたし……)

 

まあ、この『巻き込まれる』という感覚そのものが、既にみほ&コリンズと決定的な意識の差があるのだが、生憎とケイはそれに気付けるほど軍隊で長く飯を食ってるわけではない。

 

(でも、ちょっと違うような?)

 

そしてケイは気付かない。

それとも、それが当たり前だと思ってるから気付けないのか?

 

コリンズがこと軍事に関する限り、真っ先に意見を求めているのがまがいなりにも『自国の陸軍士官”待遇”であるケイ』ではなく、『日本陸軍の正規士官であるみほ』であるという現実を、だ。

 

 

 

「ところで大佐……【日米混成”慰問”部隊】だなんて取って付けたような名前はなんなんです?」

 

「方便さ」

 

何食わぬ顔であっさりコリンズは言い切った。

 

「今の政治状況では、日本は『満州コモンウェルスに正規派兵』はできないだろ? ならば書類上は国防総省(ペンタゴン)の書いた台本(シナリオ)にしたがってキャスティングしたほうが何かと都合がいい」

 

要するに名目上あるいは書類上、みほ達『混成増強試験中隊』は米軍の傘下に入るということだ。

 

(まあ、在満米軍西部方面司令官(アセティック・ジョー)の指揮下にならないだけマシだけど)

 

呆れたように溜息を突くのはみほだ。

いかに好きに戦車の実戦テストを行うという目的があるとはいえ、

 

「タンカース・ジャケットにフィールド・ジャケット、それにM1928(トンプソン)短機関銃の意味がようやく納得できましたよ。単なる広報用の被写体(ピンナップ)だけじゃないですね?」

 

みほは珍しくジト目で、

 

「なるほど……要するに演目『ハルハ河東岸の狂詩曲(イーストバンク・ラプソディ)』に必要な小道具(プロップ)ということですか」

 

 

 

「中々、洒落たことを言うじゃないか?」

 

何が嬉しいのか実に愉快そうなコリンズに、

 

「反省してませんね?」

 

「後悔はしてないな」

 

コリンズのあまりといえばあまりの確信犯的狂言回しに、みほはいつものように「たはは……」と困ったような苦笑いをして、

 

「大佐殿、くれぐれもわたし達が合衆国陸軍(U.S.ARMY)でないことお忘れなきよう」

 

「実は中尉、日米同盟には”Emergency Response Provisions(緊急事態対応条項)”というのがあってだな……」

 

「絶対、確信犯だこの人!」

 

フフンとコリンズはしたり顔で、

 

「待っていたまえ。君の野外戦闘服(ユニフォーム)に付ける簡易階級章(ワッペン)を用意しようじゃないか」

 

「それ、絶対に日本陸軍のワッペンじゃないですよね……?」

 

 

 

その時、コリンズがなんと答えたのかは残念ながら記録には残っていない。

しかし、みほはこう呟いたという。

 

「……これは一本取られたかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

さて、数刻後……

コリンズは車長以上の者を基地から借りたブリーフィング・ルームに集結するよう通達を出した。

 

「”慰問”はとりあえずサンダース戦車中隊(サンダース・タンクプラトーン)にやってもらう。それは了解済みだが、一応確認だな。それにニシズミ中尉も協力的姿勢を示してくれてるのが幸いだ」

 

”えっ!?”っと試験中隊+仮称”赤星隊”の面々がみほを振り向くが、

 

「たはは……成り行きで」

 

もっとも、みほの能力を熟知してる「大洗女子」組は驚きはしたものの、「隊長の判断ならきっと何か理由があるのだろう」と納得し、そもそも小梅は小梅で「我が命、我が物と思わず。全てはみほお嬢様のために」という斜め上過ぎる覚悟を心に秘めてるので、みほの判断ならば全肯定だ。

 

というわけで大きな混乱は無かったのだが……

 

「あの、それはいいのですが……コリンズ大佐殿、一つ質問してよろしいでしょうか?」

 

そう挙手したのは、小梅だった。

 

「なんだね?」

 

「あの……どうしてみほお嬢様は、サンダース大尉と同じお召し物を羽織ってるのでしょうか?」

 

うん。

確かにそれはツッコミを入れたくなるところだろう。

今、みほが羽織ってるのは日本陸軍正規戦車兵服でもなければ、「大洗女子」時代から愛用している戦車兵用戦闘服(パンツァージャケット)でもない。

 

ケイと同じく来年より米軍で制式化予定のウィンター・コンバット(タンカース)・ジャケットだった。

 

「日米同盟の関係強化を狙った広報活動の一環と思ってもらってかまわない」

 

コリンズにそうきっぱり明言されたら、さすがに小梅は納得するしかない。

もっともコリンズに言わせれば、小梅の私服が悉く女中(メイド)服な方が理解しかねるようだが。

 

 

 

***

 

 

 

「ニシズミ中尉への疑問が解消されたところで、諸君に見てもらいたい資料がある。各々に回すので確認してくれ」

 

コリンズが促すと従兵が資料を手渡し始める。

やけに真新しい”SECRET”の赤いスタンプが押された冊子を開いてみれば……

 

「”偵察隊狩り(スカウト・ハント)”……?」

 

最初の数頁はここ最近の満州コモンウェルス西部の現状、特に係争地となっているハルハ河東岸(イースト・バンク)の情勢が詳細に纏められていた。

 

みほが手を止めたのは、そんな不穏な文字が躍る一節だった。

 

「大佐、この”スカウト・ハント(Scout Hunt)”というのは何なんです?」

 

「読んで字の如く、さ」

 

コリンズは面白く無さそうな顔をして、

 

「イースト・バンクに偵察に出した我々の装甲偵察隊を狩ってる者がいるのさ。隠蔽に長けて巧妙に姿を隠し、前もって我々の偵察路(ルート)を知ってるかのように待ち伏せをしかけてくる……らしい」

 

「”らしい”ですか?」

 

みほの質問にコリンズは頷き、

 

「生憎とスカウト・ハントに合った連中で生き残ってる者は今のところいない。いつも見つかるのは残骸と遺体だけだ。オマケに獲物を始末したら余計な欲をかかずにさっさと撤収するから尻尾がつかみ辛いことこの上ない……プロの手際だな」

 

そう言った時の反応はコリンズから見て両極端で、興味深かった。

ぎょっとした顔をしてるのはサンダース戦車中隊と赤星隊で、みほが率いる部隊は一部を除いて平然としたものだった。

 

「大佐、一人も生き残っていないのですか? さすがにそれは……」

 

ケイが何を言いたいのか理解したコリンズは、

 

「一人もだ。『爆発炎上した戦車から脱出できた人員』はいただろうさ。もしかしたら運よく五体満足で逃げようとした兵や、怪我を負い戦闘不能なため投降しようとした兵はいたかもしれん。だが、『生き残りは一人もいない』のさ」

 

その意味を理解したケイは、少し顔を青くさせる。

 

「ハーグ陸戦規定はっ!? ジュネーヴ条約は!?」

 

今にも詰め寄らんばかりのケイに、コリンズは体温を落したような視線で、

 

「それを共産主義者(コミュニスト)が遵守すると誰が決めた?」

 

 

 

しかし、そんなやり取りにもみほは顔色一つ変えなかった。

当然と言えば当然かもしれない。

彼女が去年の今頃にいた土地は、ハーグやジュネーヴを土地の名前を出したとしても『おっ、それどんな食い物だ? 美味いのか?』と返ってくるような戦場だったのだ。

 

(男は殺され、女は犯される、か……)

 

太古からの戦場の慣わしが、未だ強く息づく土地……それこそが『特地』なのだから。

 

「ニシズミ中尉、君は何か感想はないのかね?」

 

(そうだなぁ……)

 

「随分、腕のいい”赤い猟師(レッド・ハンター)”が潜り込んでるみたいですね? 間違いなく精鋭でしょう」

 

彼女は小さく嗤う。

嗤いながら、

 

「会ってみたいなぁ」

 

そう呟くみほの唇は、血を思わせるように紅く濡れていた……

その口元は、どこかエムロイに仕える亜神に似ている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
またしてもオッサンオリキャラ(笑)が出てきたエピソードはいかがだったでしょうか?(^^

いや~、スティルウェルとコリンズの毒舌合戦が書いてて楽しい楽しい♪
それにしても……コリンズ大佐が順調にみほの外堀を埋めてってるなぁ~と(笑)

なにやら最後に不穏な、あるいは血腥い空気が漂い出しましたが……
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料集



ジェファーソン・ウォレス・スティルウェル

階級:米国陸軍少将
役職:在満米陸軍西部方面軍団司令官
特記事項:二つ名は【アセティック(酢酸の)・ジョー】

備考
モデルになった人物は第二次大戦で活躍し、その辛辣な性格から”ビネガー・ジョー”と呼ばれた米国陸軍の”ジョーゼフ・ウォーレン・スティルウェル”大将。
史実のスティルウェル大将は在中華民国大使館附陸軍武官であり蒋介石の参謀長を務め、対日作戦の指揮を執ると同時に援蒋ルートの確保に腐心した人物。
しかし、冷静な戦略眼を持ち、中国戦線に楽観的だったルーズベルトとは正反対に彼は中国国民党軍の腐敗と弱小ぶりを見抜いていており、史実の日本が行った大陸打通作戦の一環、衡陽会戦に際しては夜も眠れず2回も自殺を考えたという逸話が残ってる。
ストレスを感じ易い性格だったのか? 死因は神経性胃潰瘍から悪化した胃癌といわれている。

ただ、”この世界”のウォレス少将はモデル同様に辛辣な性格の毒舌家だが、幸いにして”蒋懐石”や中華民国に「内部の人間」として関わりになることはなく、満州コモンウェルスの陸軍西部方面軍団の司令官として腕を振るうことになる。
性格はアレだが、基本的には有能で生真面目で堅物な軍人。










目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 ”少佐と姫、そして真実です!”

皆様、こんばんわ~。
久しぶりに深夜アップの作者です(^^
なんか今日は予定が立て込んで執筆時間が取れませんでした。

さて、今回のエピソードは……新キャラ登場です♪
それもオリのオッサンではなく、女の子が二人ですよ~。
二次に出てくるのはちょっと珍しい二人ですが、誰だかは呼んでからのお楽しみってっことで(笑)

サブタイの意味は……作中で判明するはずですよ?






 

 

 

「みほちゃん!」

 

「ほえっ? 亜美さん?」

 

ハイラル・ベース到着から数日……すぐにミッションというわけではなく、部隊はセッティング出しのための試乗と試射を繰り返していた。

 

そんな折、到着したのが……

 

「お久しぶり……というほどでもないけど、虎治郎君の結婚式以来だね? みほちゃん」

 

「ですね」

 

みほは敬礼して、

 

「到着を歓迎します」

 

「うふふ。大日本帝国陸軍少佐”蝶野亜美(ちょうの・あみ)”、帝国陸軍より連絡将校として只今着任しました」

 

そう返礼しながら、

 

「さっそくだけどコリンズ大佐のところに案内してくれるかな?」

 

 

 

蝶野亜美

自己紹介にもあった通り大日本帝国陸軍少佐で、みほの兄であり今年柚子と結婚した西住虎治郎(にしずみ・こじろう)の同期の桜だ。

現在は陸軍機甲科に所属し、仮想敵部隊(アグレッサー)を率いて全国の女子戦車学校を回り、仮想敵役を演じることで全体の技術向上(底上げ)を図る特別技術指導教官を務めている。

露骨な「大洗女子」の梃入れ工作だったみほの転校劇同様、陸軍による「全国女子戦車学校均質化」キャンペーンの一端を務めているというわけだった。

 

ちなみに陸軍機婦女子装甲将兵の一大勢力、西住派(あるいは西住閥)の若手ホープの一人でもあり、みほや姉のまほにとっても”頼りになるお姉さんポジ”的な人物だった。

 

「あっ、そうそう。一通り着任の挨拶が終わったら、私が連れてきた娘達と顔合わせして欲しいんだけど、いい?」

 

「ええ、もちろん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

コリンズに亜美は着任の挨拶をし、その後に無事にスティルウィルにも謁見できたようだ。

コリンズが呆れた顔をして、亜美が苦笑していたので……中でどんな会話がなされたのは大体察しがつく。

少なくともスティルウェルは亜美と引き連れてきた戦力を見ても、「正規軍扱い」にはしなかったのだろう。

もっとも、もしそんな思惑……西部方面軍団の指揮系統に亜美たちを組み込もうとしたのなら、コリンズが全力で妨害しただろうが。

 

 

「小官は此度、蝶野少佐よりご抜擢いただき臨時編成の装甲偵察中隊を任されました大日本帝国陸軍少尉、”鶴姫(つるき)しずか”と申します」

 

ビシッとした敬礼に古色漂うお堅い口調。

そど子並みに短く切り揃えられた黒髪に巻いた赤いリボンは、可愛いというよりむしろ凛々しく見えてしまうから不思議だ。

どこか日本人形を思わせる品のある整った顔立ちなのに、纏う雰囲気は精悍な武者人形とはどういうわけだろうか?

 

「貴殿が西住中尉殿でありますか? 武勲誉れ高き噂は、かながね耳にしております」

 

そのいかにも軍人然とした硬質な雰囲気に最初は驚いたものの、

 

(何か西さんとは正反対のキャラの娘だなぁ~)

 

つい思い出したのはイタリカの戦友、大らかで派手好きなあの豪放磊落な知波単娘だった。

 

「はじめましてだね? わたしが今回、半分成り行きみたいなものだけど……」

 

チラリと傍らにいるコリンズを見やる。無論、彼は涼しい顔で手を振っていた。

 

「今回の『混成試験中隊』……もはや中隊規模じゃないような気もするけど、中隊前線指揮官の西住みほだよ」

 

と柔らかい笑顔で敬礼してみる。

すると日本刀を思わせる鋭い眼差しだった鶴姫の瞳が丸くなり、

 

「どうしたの?」

 

「いえ。耳に挟んだ『特地』における赫赫たる戦果から、なんと申しましょうか……もっと覇気に溢れた御方だと思っていたので」

 

鶴姫がそう思うのは無理はない。

イタリカでの戦いは、今や帝国陸軍全体で語り草となっているのだ。

防衛ターンはともかく、臨時編成(きゅうぞう)の装甲大隊を率いて”帝国”のイタリカ攻略野戦司令部を丸ごと包囲して叩き潰すまでの主役は、明らかに西住みほという新米装甲士官の少女だったのだから。

 

 

 

「たはは。幻滅させちゃったかな?」

 

「いえ。そのようなことは……」

 

何とか取り繕おうとする鶴姫だったが、

 

「別にいいよ。普段から戦闘意欲を漲らせるのは好きじゃないから」

 

「なるほど。あくまで自然体……明鏡止水の心構えですか」

 

「そんな立派なものじゃないよ。”常時戦場”の心構えは確かに大事だけど、いつも気を張っていたらいざってときに力を発揮できないかもしれないでしょ? 人間はそこまで強くも無ければ万能でもないから」

 

「そういうものでしょうか?」

 

「”堅い樫は強風で折れるけど、柳は風に流されても折れはしない”だよ。堅いことと強靭なことは必ずしも一致しない……時には柔軟なものの方が強靭な場合もある。うん。そういうもんかな?」

 

「……深いですね」

 

 

 

後世、鶴姫はこの時の出会いをこう記したという。

 

『我が生涯において幾つもの重要な出会いはあった。しかし、最も印象的な出会いは間違いなく西住みほ殿と胸を張って言える。陸兵で生粋の装甲将校として知られる彼女であるが、私は不思議と海を思い浮かべた。海は天候や季節、地域によって様々な表情を見せる。だが総じて言えるのは、海の広さと深さは人知の及ぶところではない。地図で大きさはわかったとしても感覚として理解するのは難しい。私は彼女に同じものを感じた』

 

と……

 

 

 

***

 

 

 

「うふふ♪ 二人ともさっそく仲良くなれたようでお姉さんは嬉しいゾ♪」

 

「西住中尉……私は仲良くなれたのですか?」

 

「さあ? それはきっと、鶴姫さんの考え方次第だよ」

 

みほはそう苦笑した後、

 

「それにしても”九八式巡航軽戦車”とはまた珍しい戦車持ってきたね?」

 

「確かに配備数が少ない車両ですから」

 

「ほう。”TYPE-98偵察軽戦車(スカウトスペシャル)”かね? 私も見るのは初めてだよ」

 

そう話に入ってきたのは、少女達のコミュニケーションの邪魔をしないようにこれまで黙っていたコリンズで、

 

「淑女諸君、そろそろ君達が引き連れてきた戦力を私にも紹介してくれないかね?」

 

すると亜美は、

 

「正面戦力としては変則中隊編成の”九八式巡航軽戦車”が10両、”九九式七十五粍自走榴弾砲”が8両、”一〇〇式二十粍対空自走砲”が4両の合計22両です。それに整備/補給/糧食/衛生/管理/通信/観測、そして”計測分析”をなどの支援部隊です」

 

 

 

正面戦力よりも亜美が主力として率いてるのは各支援部隊(サポート・ユニット)の方であろう。

計測分析は実戦データをとりあえずこの場でまとめる科学者チームだと思われる。

 

「悪くないな。ニシズミ中尉の手持ちの装甲戦力が28両あるから、合計50両か……」

 

コリンズは同じく同席しているケイに目をむけ、

 

(そしてサンダースのM4中戦車が予備も含めて20両……ふむ。確かに戦力的には独立装甲連隊と呼べる陣容だな)

 

純粋戦力なら増強大隊規模というところだが、これに整備/補給/糧食などのサポート部隊を入れればその人員は立派に連隊規模になる。

特に今回は日米共にテスト車両のオンパレードなため、整備/補給部隊の陣容が分厚いのがありがたい。

 

そして今頃在日米軍で編成され、「満州コモンウェルスの非常事態に備えた緊急支援」名目で送り出されてるはずのサンダースの実戦運用を用意されたサポートも、1個戦車中隊の運用に用意された部隊にしてはかなり大掛かりで亜美が引き連れてきたサポートと同程度……いや、『完全自動車化された1個増強歩兵中隊』まで加わるので大規模になるか?まで合流する予定だ。

 

そうなれば人員規模は最終的には連隊どころかちょっとした”旅団”編成になる。

 

さて、前話においてスティルウェルがこんなことを言っていたのを覚えているだろうか?

 

『大佐、君の階級で率いるには小さすぎる戦力だが、”戦場の後ろ”を走り回るなら十分だろう?』

 

だが米軍では旅団を率いるのは大佐とされているため、

 

(どうやら私が率いるのに相応しい規模になったようですよ? スティルウェル少将閣下)

 

 

 

「コリンズ大佐、なんだか悪い顔になってますよ?」

 

微笑みながらみほが告げれば、

 

「おや? どんな顔をしてるんだい?」

 

「そうですね……例えば、質の悪い詐欺が成功したような?」

 

「君は本当に可憐な容姿に似合わず口が悪いな?」

 

「率直なだけですよ♪」

 

 

 

***

 

 

 

「では現有戦力を確認しておくか」

 

「ええ。そうですね」

 

・中戦車

試製一式中戦車×16両、M4中戦車(先行量産型)×20両

合計36両(2個増強中隊)

 

・駆逐戦車

試製一式突撃砲車×8両(2個小隊)

 

・軽戦車

九八式巡航軽戦車×10両(変則1個中隊)

 

・自走砲

試製一式十糎半自走榴弾砲×4両、九九式七十五粍自走榴弾砲×8両

合計12両(1個中隊)

 

・対空自走砲

一〇〇式二十粍対空自走砲×4両(1個小隊)

 

装甲兵力総数:70両

 

「チョーノ少佐、一応私の直轄扱いになるが増強中隊編成の機動歩兵も後に合流する予定だ」

 

「とても、【日米混成”慰問”部隊】の陣容じゃないですね~。むしろ精鋭装甲旅団?」

 

それはだれしも思ったかもしれない感想だろう。

 

「ねえ、ミホ……これって」

 

「旅団レベルでの大規模なテストができそうだね♪ これは嬉しい誤算かな?」

 

にっこりと微笑むみほは、

 

「ケイ、とりあえずは与えられた軍務をこなすことが最優先だよ?」

 

 

 

何やら向こうでは、

 

「えっ? 私がコリンズ大佐の副官扱いですか?」

「不服かね?」

「不服に決まってるじゃないですかっ!」

「文句は日本(ほんごく)の上官に言いたまえ。まとまって動いたほうが効率的で合理的、おまけに日米同盟の一層の親密化が図れると合意したのは上層部なんだから」

 

とコリンズと亜美がやりあってるようだが、そっちはそっちで始末をつけてもらおうとみほは考えていた。

 

(でも結構、コリンズ大佐と亜美さんって相性いいんじゃないかな? なんとなく馬が合うというか、波長が合う……みたいな?)

 

なんて感想を持ちながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****************************************

 

 

 

 

 

「うふふふ♪ たまらないわねっ!」

 

ここは”タムサク・ボラグ”、”美味なる泉”という意味の地名だが今は在蒙ソ連軍最大級の基地が置かれた土地である。

この、いわゆる『トロツキー・ライン』の最重要拠点であるこの場所、その高級将校用宿舎の中で、特に豪華な部屋の中で、”カチューシャ”こと”エカテリーナ・トハチェフスカヤ”は上機嫌だった。

 

「まさか伯父様からこんな素敵なプレゼントが届くとは思わなかったわっ♪」

 

まあこれだけ浮かれるのも無理はないといえば無理はない。

何せ……

 

「最新の”T-50軽戦車”が、どど~んまとめて20両! フフッ、これでこそ偉大なる我が祖国よ」

 

そうなのだ。

本国から最新鋭の軽戦車が20両纏めて送られてきたのだ。

しかも最愛の伯父、「贔屓? それがどうした? 上等じゃないか」なソ連最年少元帥のトハチェフスキー直々にというのが、また彼女を高揚させた。

 

T-50ほどではないが、他の戦車も軒並み増強されていて……

 

T-34bis中戦車(ナット砲塔):4両→10両

T-34/76(ピロシキ砲塔)中戦車:26両→30両

KV-1bis重戦車:12両→15両

KV-2重戦車:4両→5両

 

BT-7M快速戦車12両は、その足の速さを買われて司令部直轄の装甲偵察隊として接収されたが、その交代として送られてきたのがT-50軽戦車20両というわけである。

 

これでカチューシャ直轄の車両は計80両、それも()()()()()である!

 

一応参考までに書いておけば、史実における1941年12月、独ソ戦初期のソ連軍の戦車隊編成はと言えば……

 

戦車大隊:KV-1重戦車が5両、T-34/76中戦車が8両、T-26軽戦車が10両、合計23両

戦車旅団:戦車大隊×2

 

という有様だった。

戦車大隊としても独英米と比べても小規模だが、ソ連は戦車に関しては連隊という概念を使わず旅団という言葉を好んだ。

というより、ソ連では戦車部隊は旅団編成が基本だった。

参考までに言っておけば、何より旅団というのは普通1500名~6000名規模の戦闘集団のことを指す。

 

無論、”この世界”のソ連戦車隊はドイツの影響を受けたのか史実よりは定数が上昇しているが、それでも戦車旅団の定数は1943年編成(旅団定数:65両)には及ばず、50両台ということだ。

 

カチューシャの部隊がいかに破格かわかるというものだ。

少々変則的だが現在のカチューシャ保有戦力の編成を言うならば、T-34bisが1個中隊/T-34/76が3個中隊/KV-1bisが2個中隊/KV-2が1個小隊/T-50が2個中隊という分厚い布陣だった。

 

 

 

***

 

 

 

「それに何より喜ばしいのは、”これ”よ! ノンナ、そう思わない?」

 

「おめでとうございます。カチューシャ様」

 

今日はオフだったのだろうか?

ノンナ・テレジコーワはメイド服だった。

もっとも軍務では副官で、プライベートではカチューシャの専属メイドであるノンナにとって、どっちも仕事着であり大きな差はないのかもしれないが。

 

そんな彼女もパッと見は普段と表情は変わらないが、なんとなく心なし嬉しそうだ。

 

「ちまちま偵察車(ザコ)を地道に潰してきた甲斐があったわね♪」

 

カチューシャとノンナ、二人が見上げるのは壁にでかでかとタペストリーのように掲げられた隊旗だった。

 

一見するとソビエトの国旗のように見えるが、そこには誇らしげな金糸の刺繍でこう綴られていた。

 

Правда(プラウダ) Гвардия(グヴァールヂヤ) Танковая(タンカーヴァ) Бригада(プリガーダ)

 

その意味は、【真実の親衛戦車旅団】である。

そう、カチューシャ達の活躍……「腐敗した資本主義者、憎むべき支配階層を抹殺した功績」により、ついに部隊に与えられるものとしてはソ連では最高の栄誉の一つである【近衛】の冠を頂くと同時に、(少なくとも建前的には)試験編成だったカチューシャの部隊を”増強戦車旅団”として正規部隊化したのだ。

 

 

 

「フフ、随分とお膳立てが揃ってきたわ! 後はそろそろ……」

 

「食べ応えがある相手……ですか?」

 

 

 

カチューシャはそれに答えずに、ただジャムを舐めながら紅茶を飲んだ。

だが口元についたイチゴジャムの赤が、どういうわけか血の色を連想させた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
亜美に鶴姫が九八式巡航軽戦車と共に初登場し、”プラウダ”の名が初披露されるエピソードはいかがだったでしょうか?

鶴姫をご存知ない皆様のために軽く説明しますと、ガルパンのスピンオフ『リボンの武者』の主人公で、「生まれる時代を間違えた」と評されるほどの武士気質(もののふかたぎ)な女の子です。

いや、とある読者様の感想で存在を指摘されたとき、ドキッ!としました(笑)
実は作者的にお気に入りのキャラで、「生まれた時代を間違えたのなら、間違いとは言わせない時代に生まれさせよう」という思いで、いわば隠し球(サプライズ)として用意していたキャラだったもので(^^

原作よりみほに対する言葉遣いが丁寧なのは、軍人としての上官に対する礼儀と何より武人としての尊敬からだと思われます。

なんとなくみほとも相性がよさそうな娘なので、「ペットでない枠(笑)」で活躍して欲しいなぁ~と。
まあ、鶴姫には既にペットがいますしね(えっ?

ちょっと土日は忙しくなりそうなので更新できるかわかりませんが(深夜アップを強行したのはそのせいだったりして……)
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



九八式巡航軽戦車

主砲:九八式長三七粍戦車砲(口径37mm、53.5口径長。米国M3/37mm砲のライセンス生産モデルの車載型)
機銃:武1919式車載機関銃(7.62mm)×2(主砲同軸、砲塔上)
エンジン:統制型九〇式発動機AC型(空冷V型12気筒ディーゼル、240馬力)
車体重量:11t
装甲厚:砲塔前面40mm(傾斜装甲),砲塔側面/後方20mm,車体前面40mm(傾斜装甲)
サスペンション:捻り棒(トーションバー)方式
変速機:前進5段/後進1段
操向装置:二重差動式遊星歯車装置(プラネタリーギア)型クラッチ・ブレーキ
最高速:60km/h
乗員:定員3名

備考
日本が開発した軽戦車。実は九五式軽戦車の後継というわけではなく、それとは別の開発系譜を持つ車体。

そもそも開発の理由は、日本が米国より入手したソ連の快速戦車”BT-5”だった。
クリスティー式戦車をもつこの戦車は、快速戦車の名の通り履帯走行で最高速度52km/h、履帯を外し装輪(タイヤ)走行に切り替えれば実に72km/hという凄まじい速度性能を誇る戦車だった。
この計画中の物も含めいかなる日本戦車も追従不可能な高速戦車に脅威を感じた日本は、ただちに「BT-5戦車に劣らぬ速度性能を持ち、追撃し撃破可能な戦車」を開発することを決定した。

ただ同じく米国からの情報でクリスティー式の弱点、履帯は確かに取り外せるものの瞬時に付け替えられるものではなく、あくまで「速度性能に優れた装輪走行で戦場まで急行し、戦場では走破性に優れた履帯を装着した状態で投入する」ということが判明したので、要求性能は履帯装着時のBT-5をスピードで凌駕することに改められた。

その時、陸軍機甲科が出したコンセプトは単純明快で、「軽戦車級の車体に九七式中戦車に採用予定の大馬力エンジンを搭載して速度を稼ぐ」ことと「英国の高速戦車である巡航戦車を規範とする」ことであった。
この”巡航軽戦車”という代わった名称は、以上二つの条件から生まれたものだ。
また、この戦車の特性を秘匿する目的で、開発名称は九五式軽戦車(ケハ)の後継車両開発に見せかけるために”軽戦車()ニ型()”の開発名称が与えられた。

この時、開発に名乗りを上げた日野自動車は既存の技術の延長線上で目新しくは無いが堅実な設計の「ケニA」案を、三菱重工業が革新的だが実績は無い技術を用いた「ケニB」案をそれぞれ提出した。

史実ではケニA案が採用され九八式軽戦車となったわけだが、”この世界”ではテスト車両の比較調査で性能に勝ったケニB案が採用された。

最大の特徴は、日本戦車初採用となる”捻り棒(トーションバー)式懸架装置”だろう。
”この世界”の日本は、怪異(モンスター)を武器とする『特地』(当時の呼称は”『門』外勢力”)との戦いのため世界中から対怪異用の切り札になると期待された戦車を買いあさっていて、その中の一つが世界で最初にトーションバー式サスペンションを用いたスウェーデンのランツヴェルク社謹製”L-60軽戦車”だった。

このサスペンションの高性能に目を付けた日本陸軍は早速、技術パテントを買い取り国産化に向けた研究を行った。
それがようやく日の目を見たのがこの九八式巡航軽戦車なわけだが……

しかし、これには続きがあり当時の日本の冶金技術では重くても10t台前半の軽戦車ならともかく重量30tを越え40t級に迫ろうとしていた中戦車以上に使用できる強度には中々届かず、それが可能となったのは40年代に入ってからだった。
擁護するわけではないが、スプリングとなる捻り棒を車体の内部を通す構造のトーションバーは破損した場合に従来の懸架装置に比べても部品交換に手間がかかるため、強度要求性能が高かったことも一因だろう。

これ以外の特徴としては、硬化表面処理された均質圧延装甲の溶接で車体と砲塔は作られているが、これに全面的に電気溶接が用いられてることも当時としては目新しい。
装甲の厚さもあり、軽戦車としてはかなり高い防御力を誇っており、新ニセコの軽量装甲板の採用もあって装甲の厚さほど車体が重くないのも特徴だろう。

また主砲は九五式軽戦車と同じ三七粍だが全くの別物で、米国で30年代に開発されたM3/37mm砲を『日米砲弾/弾薬相互間協定』のからみと格安のライセンス生産料に惹かれて、九四式三十七粍砲/九四式三七粍戦車砲の後継砲としてライセンス生産を開始した物。
採用からわずか四年で同じ口径で違う弾を使う砲を採用するとは一見すると無駄に見えるかもしれないが、実は口径は同じでも九四式に比べ九八式は約1.5倍の貫通力(500ヤード=457m/垂直の均質圧延装甲の場合の貫通力。弾種APCBC-T:九四式→43mm、九八式→61mm)があり、大幅な火力アップには繋がっている。
火力アップの理由は「可能ならBT-5をアウトレンジで撃破する」という要項があることから、わりと重要度は高かったらしい。

操向装置は基本的に先発の九七式中戦車と同じものだが、変速機は速度性能向上のために専用の前進5速のものが開発された。



性能的には申し分なかった九八式だったが、敵は意外なところに潜んでいた。
一つは扱いずらさ。高性能では在るが軽い車体にハイパワーなエンジンを積んだ九八式はピーキーな特性であり非常に乗り手を選ぶ戦車であり、性能を引き出すには相応のテクニックがいる”じゃじゃ馬”だった。
もう一つはコストの高さだ。新機軸の技術を色々投入したために九八式は軽戦車としては高価になってしまい、一説には九七式中戦車と同等かそれ以上だったとされている。

上記の理由により、1000両以上製造された九五式に対し、九八式は200両強という1/5程度の生産数であり、レアな戦車となってしまっている。

余談ながら米国は、同じく”TYPE-98(九八式)”と名がつく九八式重戦車を輸入し主に満州コモンウェルスに配備していたため、識別するために”TYPE-98偵察軽戦車(スカウトスペシャル)”と呼称している。








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 ”コサックです!”

皆様、こんばんわ~。
色々忙しかったですが、なんとか週末で一本アップできそうな作者です(^^

今回のエピソードは……珍しくシリアス風味です。どちらかと言えばシリアヌかもしれませんが。

今回は、少し『プラウダ親衛戦車旅団』を掘り下げてます。
”この世界”のカチューシャ様と愉快な仲間達の実像、興味を持っていただければ幸いです。

そして、またしても新キャラが……





 

 

 

ここはハルハ河西岸からモンゴル奥地に入ること数十キロ、日本なら県を一つまたぐくらい距離を直線で走って辿り着く在蒙ソ連軍最大級の軍事拠点”タムサク・ボラグ”。

 

地獄の一丁目と呼ぶには最前線から距離が離れているが、されどキリスト教的な解釈なら”魔軍の出撃門”と解釈してそう間違いはないだろう。

何しろここに集結してるのは、神を信じぬあるいは神を殺した強度武装した共産主義者(コミュニスト)だ。

背信者や異教徒よりよっぽど質が悪いと理解されてもおかしくない。

 

そして基地内の高級将校用宿舎の中で最も大きく豪華な部屋この一室、【Правда(プラウダ) Гвардия(グヴァールヂヤ) Танковая(タンカーヴァ) Бригада(プリガーダ)】……”プラウダ親衛戦車旅団”と金糸で刺繍されたキリル文字が踊る部屋に劣らず豪奢な隊旗が飾られたこの執務室の主、”カチューシャ(Катюша)”ことエカテリーナ・トハチェフスカヤ大尉は、上機嫌のまま”冬戦争”で共に戦った部下を呼び出していた。

 

”コンコン”

 

程なく響くノックの音の後に、

 

「Леди Катюша, Я Клара (カチューシャ様、クラーラです). Мы принесли Сержант Алданова и Сержант Базарова (アルダーノヴァ軍曹とバザロヴァ軍曹を連れてまいりました). Вы уверены, что вы хотите ввести? (入室してよろしいでしょうか?)」

 

「Разрешить(許可するわ). Ставить(入りなさい)」

 

カチューシャに促され入室してきたのは、流れるような長く美しい金色の髪に優しげな紺碧の瞳の少女だった。

ノンナが美人……美人過ぎてどこか体温を感じない陶製人形(ピスクドール)のような美しさなのに対し、この金色の髪の少女はどこか愛嬌があり美人と可愛いの中間のような雰囲気があった。

 

彼女の名前は”クラーラ・シャラポワ(Клара Шарапова)”。名字からしてベラルーシ系だろうか?

副官のノンナ・テレジコーワ中尉に続く旅団No3で、階級は少尉だった。

 

そして、彼女に連れてこられたのは……

 

ニーナ(Нина)アルダーノヴァ(Алданова)軍曹、入りますだ」

 

と入ってきたのは短い黒髪ツインテールの女の子で、

 

アリーナ(Алина)バザロヴァ(Базарова)軍曹、入るべっちゃ」

 

もう片方は短い茶色の髪の女の子だ。

二人揃って言えるのは、かなりの訛の強いロシア語と純朴で素朴な雰囲気。

きっと田舎育ちなのだろう。

ついでに言えばカチューシャほどではないがかなり背が低い。

史実の日本で言うなら、東北農村部出身の一兵卒という感じだろうか?

 

幼い容姿ながら軍隊で相応に(しご)かれたことをうかがわせる敬礼に、カチューシャはいつもの”小さな肉食獣”を思わせる笑みでなく、少しだけ優しい笑みを浮かべていた。

 

「よく来たわね? 今日呼び出したのは他でもないわ。ニーナ、アリーナ、二人に頼みたいことがあるのよ」

 

「「なしてもおっしゃってけろ!」」

 

元気に答える二人。

ニーナもアリーナも、人類が中々出来ない病……貧困と飢餓から救ってくれた赤軍に心から感謝を捧げていた。

温かい食事と寝床、寒さを凌げる服だけでも十分に嬉しかった。

軍に入隊できなければ、きっと自分達は口減らしを兼ねて二束三文で人買いに売られ、今頃はどこぞの女郎屋にでもいただろう。

 

実際、偶然に見かけた同郷の顔見知りの娘は、兵士達に小さな肢体を差し出し性玩具(オモチャ)にされることで日銭を稼ぎ、なんとか糊口を凌いでいた……その姿を見たときに二人は『ありえたかもしれない自分の姿』を重ね、愕然としたものだ。

 

カチューシャの旅団には、士官は普通から中々体格のいいものが多いが、下士官や兵はニーナやアリーナのように小柄なものが少なくない。

 

これには笑えない理由があった。

このような地方の寒村出身の娘達は、例え帝政ロシアがソ連になっても栄養状態が悪く、成長期の頃に十分な栄養が摂取できなかったゆえの成長不良のため、小柄の者が多いといわれていたのだ。(ニーナとアリーナの場合は遺伝もあるが)

 

 

 

蛇足ながらカチューシャの場合は、生活環境ではなく完全に遺伝だ。

彼女の母である”サーシャ(Саша)こと”アレクサンドラ・トハチェフスカヤ”は既に40代だというのに見た目はカチューシャそっくりだ。

識別点はツリ目気味のカチューシャに対しややタレ目気味で、どちらかと言えば良家の子女然としたおっとりした性格らしい(つまりカチューシャの瞳と性格は父親似と思われる)。

二人が並ぶと母娘(おやこ)というより姉妹であり、しかもどっちが妹かわからないレベルのようだ。

よく妊娠できたものである。まったく人の身体は神秘に満ちている。

 

聞いた話によればその昔、母を巡って凄まじい争奪戦がおき、それに勝ち抜いたのが伯父と同じく当時はバリバリの前線将校だった父のアレクセイ・トハチェフスキーらしい。

その後、母に心配をかけたくなかったのか父は、ロシア革命の終結と母の妊娠を契機に前線将校から身を引き同じ軍でも教育畑に転出している。

 

カチューシャ的には、戦車に乗り込むのにひどく苦労しそうな体形になってしまった父が前線将校だったと言われてもピンと来ず、日に日に母親に似てくる自分を溺愛する姿と母といちゃつく姿くらいしか上手く思い出せない。

もっとも父の人脈があればこそ、これだけ”まともな”人材を自分の手元に集められたのだから、大いに感謝してるのだが。

カチューシャの貞操観念の緩さは、存外にその環境と幼き日から何度も聞かされた父の言葉、

 

『欲しいものがあるのなら、ねだるな。実力で勝ち取れ』

 

が影響を与えているのかもしれない。

 

 

 

***

 

 

 

「いい返事ね」

 

カチューシャは彼女達を非同性愛的な意味で愛していた。

生きるのに厳しい寒村出身の彼女らは、軍隊以上に苛酷な生活環境に晒されていたために我慢強く粘り強い。

軍隊という不条理な環境に、軍隊以上に不条理な環境出身の彼女達は実に上手くアジャストするのだ。

そして彼女達はバカだ愚図だ田舎者だと心の無い言葉を浴びせられながらも、一兵卒から一歩一歩……まるで踏みしめるように出世の道を歩んできた。

 

カチューシャは生れや育ちにはどちらかと言えば無頓着で、国家や共産党/共産主義への忠誠など正直二の次、評価の最前列に来るのは常に能力だ。

冷徹なまでの能力主義がカチューシャの心情であり、そしてその意味においてカチューシャは共産主義者らしい”平等さ”を発揮し、純粋に才能を含めた能力を見るのだ。

 

だから……そんな彼女達の姿を誰よりも見てきたカチューシャは判断する。

 

 

 

「ニーナ、アリーナ、これまでBT-7M(快速戦車)で偵察任務ご苦労様だったわね」

 

平行世界(げんさく)ではKV-2に乗っていた二人だが、”この世界”ではKV-2に乗っていたのは”冬戦争”までで、モンゴルに来る前にBT-7Mの車種転換訓練を受けてつい先日までカチューシャの目となり耳となる偵察小隊の一員、ソ連式に自車を含める3両を率いる装甲偵察小隊の小隊長として活躍していたのだ。

 

「知っての通り、今後は強行偵察任務は師団司令部直轄で行うことが決まったから、BT-7Mは取り上げられちゃったわけだけど」

 

別にカチューシャに不満は無い。

これまでのように旅団単位でちまちま偵察隊を出すのではなく、司令部が装甲偵察隊を大量の偵察中隊を編成して集中運用するということは、大規模作戦の決行が近いということ他ならない。

 

「つい先日、最新鋭のT-50軽戦車が20両届いたのは知ってるかしら?」

 

「「はいだべっ!」」

 

「よろしい」

 

カチューシャは部下が勤勉に情報を得ていることに満足し、

 

「ニーナ、アリーナ、10台ずつ預けるわ」

 

「「えっ?」」

 

驚く二人に、

 

「ノンナ」

 

メイド服から軍服に着替えたノンナは、

 

「二人とも今日からこれをお付けなさい」

 

そう手渡されたのは真新しい”Старший-сержант(上級軍曹)”と描かれた階級章と、紅い星に掲げられた赤旗に”ГВАРДИЯ(親衛隊)”と誇らしげに刻まれたバッヂだった。

 

「アルダーノヴァ”上級軍曹”、バザロヴァ”上級軍曹”」

 

「「はいっ!」」

 

カチューシャの言葉に弾かれたように二人は反射的に敬礼し、

 

「隊長……いえ、旅団長命令よ。今日から栄えある”Советская(ソヴィエト) Гвардия(親衛隊)”の一員として軽戦車中隊を率いなさい!」

 

「「Да(ダー)!! 粉骨砕身の覚悟でお受けしますだっ!!」」

 

カチューシャが彼女達を愛してるように、ニーナもアリーナも彼女達が”Маленький(マールィ) Капитан(カピターン)”……”小さな隊長さん”と親しみを込めて呼ぶカチューシャを愛していた。

 

確かにカチューシャは傲慢でわがままな、いかにもお嬢様気質な部分がある。

だが、二人にとってそれは人間的な欠点というものにはあたらない。

むしろ、チャームポイントと言っていいぐらいだ。

 

何よりこの都会育ちでモダンな紅い新貴族様は、自分達を田舎者だと馬鹿にしたりしない。農民だと見下したりしない。

彼女評価するのは才能を含めた能力だけで、生れや身分はささいなことだ。

ニーナやアリーナにとって、彼女こそが平等を金科玉条とする共産主義の体現者であり、共産主義の正しさを証明する者であった。

 

 

 

***

 

 

 

「ニーナ、アリーナ、軽戦車は決して薄くて弱い戦車じゃないわ。ノンナが率いる重戦車が現代の重装歩兵、KV-2(かーベー)たんが弓兵、T-34が騎兵とするなら」

 

カチューシャは自信に満ちた表情で、

 

「T-50は現代に蘇った軽騎兵よ! かつてチンギス・カンが率いるモンゴル軽騎兵が猛威を振るったこの草原で、今度は二人が存分に暴れ、コサック騎兵が未だ健在であることを世界に知らしめなさいなさいっ!!」

 

「「Да!! Наш Большой Главный!!(我らが偉大なる族長様っ!!)」」

 

カチューシャは知っていたのだ。

この二人がなぜ辺境の貧しい寒村地帯に生まれねばならなかったのかを。

 

史実ほどではない。だから滅亡はしたとはいえないが……だが、やはり”この世界”のコサックも「敵階級」として共産党に弾圧されたのだ。

440万人のうち308万人……全コサック人口の70%が殺害された史実とは違うが、やはりコサックの多くは中央や都市部から追われ、貧しく痩せた土地に押し込められた。

コサック弾圧を積極的に行ったレーニンからトロツキーに政権に移ったとき、コサックは敵階級から外された。

おそらく、軍と昵懇なトロツキーが「戦力供給源として有用」と判断したからであろう。

だが、自然発生的に市民レベルの憎悪の対象として、コサック差別は未だソビエトに根強く残ってるのが現実だった。

 

 

 

だが、ニーナもアリーナも覚えている。

自分達がコサックの末裔だと知られ、カチューシャに呼び出されたときは恐怖した。

軍から放逐される……それでなくとももっと過酷な、例えば噂に聞く懲罰部隊と大差ないコサックを家畜か何かと思われてる部隊に送られるかもしれないと思った。

 

少なくともノーメンクラトゥーラ(紅い新貴族様)の中でもトップクラスのお嬢様、他国なら公爵令嬢と呼ばれてもおかしくないカチューシャの部隊にこのままいられるとは思えなかった。

だが……

 

『ふ~ん……コサック出身なんだ』

 

彼女は侮蔑の瞳ではなく興味深そうな顔をしただけで、

 

『ならかつて世界最強の騎兵と謳われたその実力、存分に発揮してみなさい。期待してるわよ?』

 

それはきっとカチューシャにとっては何気ない……きっともう覚えていないようなささやかな激励だったのかもしれない。

だが、きっとニーナもアリーナもその言葉を生涯忘れることはないだろう。

 

 

 

カチューシャの旅団……今や【プラウダ親衛戦車旅団】となったこの戦闘集団の精強さの秘密は、何も装備のよさや錬度の高さだけではない。

相思相愛……忠誠や信仰にまで昇華した祖国とカチューシャへの思いこそが、彼女達の強さの秘密だった。

 

ノンナやクラーラと同じくカチューシャが初陣を飾った『スペイン内戦(1936-39)』以来の最古参の部下、カチューシャの下で一歩一歩出世を重ねたニーナとアリーナの瞳に炎が宿る。

 

それは、カチューシャの前に立ちはだかるもの全てを焼き払わんとする狂気の色を秘めていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

その頃一方、在満米軍ハイラル・ベースでは……

 

 

 

「は~い。目線こっちね~」

 

「こうですか?」

 

「いいね~。実にいいわよ~!」

 

西住みほ中尉(米国陸軍戦車兵コス仕様)が、M4中戦車をバックにピンナップ撮影の真っ最中だった。

 

「でも、わたしなんかでいいんですか? そんな発育よくないし……ケイみたいな金髪グラマーの方が受けがいいでしょう?」

 

「そんなことないわ~。確かにケイちゃんは絵になる美人だけど、初々しいミホちゃんみたいなオリエンタルなプリティ・ガールにもしっかり需要があるわよぉ♪」

 

とノリノリで返すカメラマンである。

ちなみに性別は男だ。

 

 

 

***

 

 

 

さて、撮影も終わった後……

 

「ん? 鶴姫さん、なんだか不機嫌だね?」

 

「……そういうわけではありませんが」

 

みほが声をかけたのは、大きな赤いリボンを鉢巻のように巻いた侍少女、日本陸軍に開放された一区画(ブース)で明らかに詰まらなさそうな顔をした鶴姫だった。

 

「ただ」

 

「ただ?」

 

「我らはいつまで、米軍基地で油を売らねばならないのかと思いまして」

 

「ふ~ん」

 

みほはふと思い出したように、

 

「ところで、調整出し(セッティング)はもう終わったのかな?」

 

「ええ。もちろん”松風”が既に終わらせましたが」

 

”松風”というのは彼女の愛馬……もとい。鶴姫が駆る九八式巡航軽戦車の運転手を務める”松風鈴(まつかぜ・りん)”のことだ。

 

「重畳だよ♪」

 

みほはニッコリ微笑む。

 

「猛り昂ぶる気持ちはわかるけどね……それはもうちょっと取っておいてよ」

 

そして彼女は天を仰ぎ、

 

「匂わない? 草原を渡る風が、血と鉄の匂いを運んできたよ……」

 

「えっ?」

 

「大丈夫。心配しなくても鶴姫”ちゃん”が望む戦場(いくさば)は、わたしがちゃんと用意してあげる」

 

みほはただ微笑んだ。心の奥底から湧き上がる歓喜の予感を押さえきれないように……

 

「だから今は備えよ? 万全に」

 

そして、西……ハルハ河の方角を見つめる。

 

「一心不乱の大戦闘に備えてね♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
”この世界”のプラウダの実像はいかがだったでしょうか?

実はクラーラ、ニーナとアリーナも健気で好きなキャラなんですよね~♪
劇場版では本当に魅せてくれました。

基本的にロシア語会話のクラーラの雰囲気を出すため、冒頭にロシア語を入れてみましたが上手く表現できたかどうか(^^
とりあえず……ロシア語、難しい~!
しかもルビ調整が面倒!

それはともっかくチーム・カチューシャはこれで打ち止め。
いよいよ準備は整いました。

みほは何やら呑気なことをやってるようですが……
そして昂ぶる鶴姫に、戦の匂いを嗅ぎつけたみほがアップを始めたようですよ?

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



T-50軽戦車

主砲:M1938(20K)/45mm戦車砲×1(口径45mm、46口径長) 
機銃::DT機銃×2(7.62mm×54R弾。砲同軸、車体前面
エンジン:V-4ディーゼル・エンジン(液冷直列6気筒、300馬力)
車体重量:14.5t
装甲厚:砲塔前面45mm(傾斜装甲),車体前面37mm(傾斜装甲)
サスペンション:捻り棒(トーションバー)方式
変速機:前進5段/後進1段
操向装置:二重差動式遊星歯車装置(プラネタリーギア)型クラッチ・ブレーキ
最高速:58km/h
乗員:定員3名
特殊装備:Fu2/Fu5車載無線機、強制排煙機(ベンチレーター)

備考
ソ連の誇る最新鋭の軽戦車。軽戦車としては強力な防御力を持つ高性能車両だが、史実では独ソ戦では火力不足大きな戦力にならないと判断されたことと、軽戦車にしては高価なこと、同程度の戦力とみなされたバレンタイン歩兵戦車が大量にレンドリースされたことにより大量生産に至らなかった戦車だが、”この世界”では上記の三つの条件のうち二つが成立しなかったために、多少高価ではあるが大量生産が予定されてる高性能戦車。

史実との最大の違いはその防御力で、オリジナルの砲塔前面装甲が37mm厚だったのに対し、原型のT-126SP軽戦車と同等の45mm厚と強化され、傾斜装甲とあいまって最初期型のT-34に匹敵する防御力があった。
特に優れているのは足回りと駆動系で、KV-1譲りのトーションバーサスペンションに新開発の5速トランスミッション、操向装置は二重差動式遊星歯車装置(プラネタリーギア)型クラッチ・ブレーキとT-34より一歩先をいく足腰を持っていた。
それもその筈で「CODE1940」の中ではソ連戦車としては最も後発であり、そうであるが故に最新技術をフィードバックできたのだろう。
そしてこの最新の足腰があったからこそ、最高速55km/hを実現できたといえよう。

史実では歩兵支援などにも考えられていたようだが、”この世界”ではその目的はぶれずに機動力は十分でも防御力に難がありすぎたBTシリーズに代わる新たな斥候、装甲偵察や機動遊撃に使われることを前提に開発されたようだ。

軽戦車としては初となる全車通信機標準搭載は史実どおりだが高性能なドイツ製で、構造は同じだが曇りや歪みのないドイツ製高品質レンズを用いた照準機とあいまって耳も目も史実以上のものだろう。

軽戦車にしては強力な火力と最初期型T-34と比べて遜色のない防御力、そして最新のT-34を凌ぐ機動力と三拍子揃い、「山椒は小粒でピリリと辛い」という言葉を体現したような戦車がT-50と言えよう。












目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 ”百足衆、見参です!”

皆様、こんにちわ~。
今週は慌しくなってしまいそうなので、時間が空いてるうちに可能な限り書いておきたい作者です(^^

それにしても今回で「CODE1940」は20話。早いもんですね~。

さて今回のエピソードは……サブタイ通りに姫様活躍の回です♪
はてさて、果たしてどうなることやら……

最後はちょっとお嬢なみほが黒かったりして(笑)





 

 

 

ここはハルハ河東岸、かつて内蒙古と外蒙古の教会に設置された祭礼場(オボー)の一つ【ノモンハン・ブルド・オボー】近辺……

 

「各々方、準備は良いか?」

 

傍受の危険性がほぼない中隊内用の近距離無線機で彼女……鶴姫しずか中尉呼びかけると、配下9両の九八式巡航軽戦車から音声ではなく、無線機のマイク部分を指で弾くモールスで返信がきた。

別に無線封鎖をしているわけではないが、慎重に慎重を重ね無線傍受を警戒してのことだろう。よほど注意して聞かなければ無線ノイズにまぎれてしまう返信の内容は9両同じで、

 

・-・・・() ・・-()

 

即ち『応』。

この装甲偵察小隊を率いる鶴姫しずか少尉は獰猛な笑みを浮かべる。

 

「全車、突貫セヨッ!!」

 

馬に使う(くつわ)を象った、鉄臭さが苦手な彼女のためにわざわざ拵えさせた革造りのマウスピース……いや、レザーギャグを可憐な口元にはめた少女を、素足で少し強めにで踏む。

 

「っ!」

 

口の轡のせいで上手く発音できないが、その少女……”松風鈴(まつかぜ・りん)”二等軍曹は愛する調教主(ご主人様)に踏まれる歓喜と快楽で、口と足の間からだらしなく涎を垂らした。

彼女の意志は、人ではなくむしろ馬だ。

 

(姫様にもっと踏まれたい。姫様にもっと踏まれたい。姫様にもっと踏まれたい。姫様にもっと踏まれたい。姫様にもっと踏まれたい。姫様にもっと踏まれたい……)

 

ご主人様に軍馬として調教され、ご主人様のおみ足に踏まれ命じられるまま、燃料が尽きるまでどこまでも走る忠実な鶴姫の愛馬だ。

そこには松風鈴という少女はなく、ただ”松風”という名の忠勇で淫乱な牝馬がいるだけだった……

 

 

 

「百足衆、鶴姫しずか! 推して参るっ!!」

 

ここはハルハ河東岸(イーストバンク)、米ソの係争地にして戦鬼と修羅しか生きられない地獄の一丁目なりっ!

 

 

 

***

 

 

 

「隊長! 敵襲ですっ!!」

 

「なぜ我々の位置が露見したっ!?」

 

そう驚いたのは、BT-7M快速戦車10両で編成された装甲偵察中隊を率いていたロシア人少尉だった。

 

彼らはいつも同じコースを走っているわけではない。

そしてこれまで敵と遭遇したこともなければ、ましてや攻撃を受けたこともない。

 

だが、彼らの不運は現状認識の甘さにあった。

確かに彼らの定期巡回コースはランダムだった。しかし、神出鬼没で見つかりにくい少数(3両の小隊編成)で偵察任務を行っていた旧カチューシャ旅団と違い、ジェーコフ司令部は効率を優先し、中隊編成の装甲偵察隊を波状投入する、数に任せた(ある意味、ソ連らしい)強行偵察に切り替えていた。

 

数多くの装甲偵察中隊を投入するのであれば、その偵察範囲が被らぬように設定されるのは必然であった。

つまり、彼らの言うランダムとは、いくつかある巡回コースの一つを選択することであった。

 

そして彼らは一つ勘違いしていることがあったのだ。

敵と遭遇したことはないというのは、あくまで「敵の装甲偵察隊と遭遇したことがない」であり、米陸軍情報部が随所に紛れ込ませていた”分隊”というごく少数規模の偵察隊にずっと継続監視(モニタリング)されていたのだ。

 

厳しい訓練により人間の限界に近い忍耐力と持久力を身につけた偵察専門の特殊部隊(スペシャリスト)は草むらと同化し潜み続け、自ら一切手を出すこともなく故に敵に悟られることもなく、ただ敵の巡回コースと日時を記録し続けた。

 

そしてその情報収集能力の高さと解析技術の高さを武器とする米軍は、ソ連の偵察パターンの割り出し……もしかしたら、ソ連司令部すらも気付いてない規則性を割り出すことに成功したのだ。

おそらくそれは、偵察スケジュールの決定を行ってる担当官の思考解析(プロファイリング)に成功したという意味なのだろう。

 

そして今日、彼らは”その結果”を味わうことになる……

 

「7号車被弾! 大破っ!」

 

「各個の判断で発砲せよっ!」

 

だが、中隊長にはわかっていた敵は側面から一気呵成に攻めてくる。

今更、迎撃フォーメーションを組みなおしても無駄だということを。

 

「全車転進! 砲撃にて牽制しながら撤退するっ!!」

 

その判断が出来ただけでも、この装甲隊長は有能と言えよう。

 

「敵はM2もしくはM3軽戦車かっ!?」

 

警戒すべきはBT-7Mに勝る速度を誇るこの二種だったが、

 

「違いますっ! 識別不明! もしかしたら日本戦車かもしれませんっ!」

 

(日本戦車? ならば例のTYPE-98か……?)

 

「敵戦車は我らより鈍足だっ! 速度で振り切れっ!!」

 

しかし、相手が悪すぎた。

そう、ここで彼らは致命的な判断ミスを犯したのだ。

 

ロシア人にとって満州に配備された日本戦車と言えば、アメリカ人が資本主義者らしく借金のかたに日本人から奪って(注:あくまでロシア人の解釈)きた”九八式重戦車”を真っ先に思い浮かべる。

報告では装甲防御と砲威力は中々のものだが、アンダーパワーなエンジンのせいで英国の歩兵戦車と同じ程度の速度しか出せないらしい鈍亀だ。

 

更に彼らが米軍の動向を探る頼みの綱、あちこちに潜ませた諜報部員の報告にも問題があった。

 

潜伏員達は、僅か10両とはいえ日本人の九八式巡航軽戦車がハイラル・ベース入りしたことを確かに掴み、報告していた。

だが、その報告書には米軍が俗称で使う”TYPE-98 Scout(スカウト) Special(スペシャル)”とそのまま書かれていたのだ。

 

特に注釈なく書かれたそれを情報担当官が満州(と『特地』)では一般的な九八式重戦車、その”偵察特別仕様”だと思い込んでも無理はなかった。

 

組織工学的な弱点なのだろう。その情報は誰にも精査されることなく上に提出され、そのまま”事実”として認識されたのだろう。

 

そしてその誤認情報を手渡されていたこの不運な赤軍装甲偵察中隊長が、「重戦車ベースの偵察戦車がBT系列(快速戦車)の完成形であるBT-7Mに足で勝てるわけはない」と思い込むのも、ある意味においては必然だったかもしれない。

 

 

 

***

 

 

 

「ほう。”犬追物”とは面白い。一度嗜んでみたいとと思っていたところだ!」

 

鶴姫はニヤリと笑い、

 

「全車に告ぐ! これより我ら”百足衆(偵察中隊)”は追撃戦に移行するっ! ついて参れっ!!」

 

「「「「「はっ!!」」」」」

 

鶴姫の号令一下、全車が綺麗に最小の回転半径を誇る信地旋回を決め、中隊符丁”百足衆(鶴姫命名)”が追撃に移行する!

 

 

 

「隊長! 振り切れませんっ!」

 

「馬鹿な……」

 

それはありえない光景だった。

正体不明の敵戦車は、引き剥がされるどころか信じられないほど小さな回転半径で一斉回頭するとこちらを凌ぐ勢いで追撃してきたのだ!

 

「3号車被弾! 炎上!」

 

 

 

遠藤(エンドー)、4両そちらに回す。左に追い込むから頭を押さえよ!」

 

『あいよ。姫様、まかせな』

 

鶴姫が近距離(中隊内)通信を繋げたのは、副長を務める”遠藤はるか”一等軍曹だ。

松風同様に学生の頃……「楯無女子戦車学校」時代からの古い付き合いで、頼れる副官であると同時に松風が少々過剰な雌馬調教のせいで鶴姫の細い足で踏まれ蹴られることが至上の喜びとなってしまった今となっては、数少ない気の置けない人間の友人と言える。

 

「全車、敵右前方に一斉射! 放てっ!」

 

 

 

「本部に援軍要請!」

 

「無線が繋がりません!」

 

それは必然だった。

この周辺には、既にソ連の大半の無線周波数を割り出していた米軍により短時間の電波妨害(ジャミング)がかけられていたのだ。

 

「隊長! 頭を抑えられます!」

 

操縦手から悲鳴のような報告が聞こえれば、キューポラから半身を乗り出し自分の目で敵……TYPE-98とは明らかに異なるそれを恐怖と共に見ていた隊長は、

 

「食い破ってみせろっ!」

 

しかし、その勇ましい命令は実行されることはなかった。

 

”ガツンッ!!”

 

「!?」

 

車体に強力な衝撃が走ると同時にそれに抗えなかった隊長の身体は宙を舞い、投げ出された勢いそのままに地面に叩きつけられる。

 

彼が意識を刈り取られる前に最後に見た光景は、爆発し燃え上がる自分の戦車の姿だったという……

 

 

 

***

 

 

 

(俺は運がいいのか……?)

 

気が付いたとき、身体の節々が痛むがなんとか無事なようだった。

しかし……

 

”ちゃき”

 

首筋に雪以上に冷たい感触を感じたときに悟る。

 

(いや、悪いな。やはり俺の命運もここまでか……)

 

突きつけられたそれはサムライ・ブレード(日本刀)、握っていたのは……

 

(女? それも少女じゃないかっ!?)

 

細く華奢な肢体にやけに目立つ黒髪に巻かれた赤いリボン……

 

「ははっ……俺はこんな年端も行かぬ少女に負けたのか……」

 

自嘲する”元”隊長に、リボンと刀の少女……鶴姫は、

 

「失敬な。既に元服しておるわ」

 

「なんだとっ!?」

 

「驚くのそこかよっ! ……ってまあ、東洋人は年齢より幼く見えるらしいから無理ないか」

 

そう苦笑するのはウェーブがかったセミロングの茶髪がトレードマークの副官、遠藤だ。

 

「名乗れ」

 

鶴姫がそう命じれば、

 

「イサーク・コマロフ。階級は赤軍少尉だ」

 

「そうか。ならば武器を捨て投降せよ。さすれば首級(みしるし)は取らないでおいてやる」

 

思い切りハーグ陸戦規定を無視した発言だが、隊長改めコマロフは意外そうな顔で、

 

「随分と慈悲深いな?」

 

考えてみれば、「ハーグ陸戦規定? 何それ美味しいの?」的なノリで戦争やってるソ連赤軍である。

なら、この返答も納得と言えば納得だろうか?

 

「お前の部下は最後までよく戦った……誰一人降伏することなく最後まで自陣に帰ることを諦めなかった。敵ながら天晴れなものよ」

 

鶴姫は真っ直ぐにコマロフを見つめ、

 

「ならばその散り際に免じ、褒美と思ってくれてかまわぬ」

 

「……そうか」

 

コマロフはただ短く返し、

 

「俺が持ってるのは拳銃とナイフだけだ。捨てたいんだが、首から刃を引いてくれないか? サムライのお嬢さん」

 

「いいだろう。言い忘れていたが、我が名は鶴姫しずか。お主と同じ少尉だ。ただし所属は大日本帝国陸軍だがな」

 

「ははっ……そりゃ勝てないわけだ。ロシア人(おれたち)米国人(ヤンキー)相手ならともかく、日本人(ヤーパン)とは相性が悪い。俺の爺さんも旅順で日本人に負けたしな」

 

そう苦笑しながらコマロフは右手でホルスターから拳銃を抜こうとするが……

 

”ズキッ”

 

「あがっ!?」

 

思わずのた打ち回りたくなるような激痛が背筋を駆け上った!

 

「無理するでない。気が付かぬようだったので話してなかったが、お主の右腕はポッキリ折れておるぞ?」

 

「……そういうことは先に言ってくれ」

 

”すっ”

 

すると鶴姫は流れように動き、抱きつくような姿勢でコマロフから拳銃とナイフを抜き去る。

 

「……アンタ、いい匂いがするのな……」

 

「ああ、沈香(じんこう)(=香木の一種)の香りだろう。香十徳……古来より武士(もののふ)の嗜みの一つよ」

 

 

 

後ろで牝馬がコマロフを今にも蹴り殺しそうな目で見ていたが、それに気付かなかったのは幸いだろう。

 

 

 

***

 

 

 

コマロフは、自分と同じく乗車は破壊されても生き残り、捕虜になった部下達の大半と共に日本に渡ることになる。

戦時特例で亡命/帰化が許された彼は、後に自らの半生を振り返る手記でこう語った。

 

『小生が本当の意味で降伏を決意したのは、姫君のあの沈香の香りを嗅いだ時だろう。あの時、小生はおかしなくらい感情の荒波が収まり頭が冴え、自分が何をやってるのか……何をすべきなのかを真剣に考えてしまったのだ。故に、小生がこうして今ここで香道を極めんと心静かに佇めるのは、全てはあの日あの時の出会いがあらばこそなのだと思う』

 

駒炉布伊作著『沈香に魅せられた日』より抜粋、一部改変

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

 

「お手柄だよ♪ 鶴姫さん」

 

「ありがとうございます」

 

鶴姫達の小さな凱旋を出迎えてくれたのは、彼女の上役である……そして長い付き合いになるかもしれない西住みほ中尉だった。

 

「受けた損害は軽微で、10両全車が無事に帰還! おまけに敵指揮官まで捕虜にするなんてね~。うんうん、大したもんだよ」

 

「過分な評価です。そもそも九八式巡航軽戦車はBTシリーズ(敵快速戦車)を狩る為に生み出された、言わば”鋼鉄の猟犬”。よほどの下手を打たなければ、同数のBT相手にそうそう遅れをとることはございますまい」

 

謙遜でなく明らかに本気でそう思ってる鶴姫に、みほは「たはは」と苦笑する。

 

「それより差料(さしりょう)として預かって物ををお返しいたします」

 

そう鶴姫が腰から抜いたのは赤鞘の軍刀、先ほどコマロフに突きつけていた軍刀に拵え直した日本刀だった。

 

「いいよ。それは鶴姫さんにあげる」

 

「それはできません。天下の名刀”同田貫”など、簡単にいただくわけには……」

 

 

 

”同田貫”とは?

加藤清正も寵愛した刀工集団作の日本刀の総称で、生み出された刀の特徴は「身巾尋常ながらも重ね厚く、刃肉豊かにつき、切先伸び、反り浅い」と評されている。

華やかさには欠けて美術品としての評価はイマイチだが、質実剛健という言葉を具現化したような造りはまさに”実戦刀”然とした趣がある。

 

事実、鋭い切れ味と頑強さを兼ね備えていて、それを証明するエピソードも史実に残っている。

明治19年(1886年)に明治天皇の御前で行われた「天覧兜割り」において、直心影流の剣豪が振るった同田貫が見事に十二間筋の兜を切っている。

そして”この世界”でも振るった人物こそ違うが同年同月に「天覧兜割り」が行われ、こちらは見事に兜を真っ二つにしたようだ。

 

美術品として床の間に飾るのではなく、腰に下げて武器として振るう者にこそ相応しい名刀……それが同田貫なのかもしれない。

 

 

 

「いいよいいよ。それ倉にまだまだいっぱいあるし」

 

同田貫の由来は実は地名であり、銘に”肥後州同田抜”とあるように肥後の国、今の熊本県にあたる地域を活動拠点とした刀工集団なのだ。

 

もうオチが見えた読者諸兄もいるだろうが……熊本県といえばくまもん発祥の地! ではなく、西住家の地元。

現在進行形で地元名士にして代々名門武家の一角であり続けた西住家は、”この世界”において同田貫と関わりが深く……というよりぶっちゃけ代々発注元であったり、あるいはパトロンであったりしてきたのだ。

実際、西住家が隆盛し文明開化を楽々乗り切れるついでに新事業まで投資できるような財貨を築いた一因は、この同田貫の全国武家への寡占販売だったりする。

 

そして現在、明治に施行された廃刀令で多くの刀工が廃れる中、”この世界”の同田貫一門は刀工としての勢力拡大に成功しているのだ。

機を見るのに長けた当時の西住家当主が維新勢力に参加し持ち前の財力と機微で次々にコネを作り上げ、帝に同田貫を献上するなどしてキャンペーンを実施。

予想は付いたかもしれないが……先にあげた「天覧兜割り」も、”この世界”では西住家が裏で糸を引いた「同田貫プロデュース作戦」の一環として行ったものだ。

 

これが功を奏して同田貫は天皇家御用達の看板を掲げられるようになり、やんごとなき方々が従軍する際の愛刀を献上する栄誉を賜ったのだった。

 

となれば”同田貫の軍刀”を帯刀するというのは、陸海空を問わず大日本帝国軍人のステータス・シンボルとなり、高級将校以上ならばこぞって買い求めるようになる。

その刀工集団を現代に見合うように見直し未だ寡占販売……事実上の独占販売権を握るのは西住家だ。

そして西住家の独占販売にも誰も文句を言わない、いや言えないのは代々の実績や現在の権勢のみならず、未だ同田貫を高品質なまま出荷できる体制を維持し、また美術品や骨董的価値を持ってプレミアがついてしまった他の名刀と違い、「ちょっと無理や背伸びすれば高級将校でも手が伸びる」という”適正価格”で出荷し続けてるからである。

 

 

 

そしてみほが言っていた「倉にごろごろしてる」というのは全くの真実で、数百年間パトロンであるのだからその代々の名刀の収蔵数も日本一だ。

 

ちなみに前作で出てきた『ケイに贈ったナイフ』も、倉に眠っていた年代物(ヴィンテージ)の同田貫の短刀をベースに拵え直したものだ。

あまりに身近にあったものだから、みほは今一つ価値がピンときてないようだが……

 

「わたしが持ってるより、きっと鶴姫さんがもっていた方が役に立つよ」

 

「されど……」

 

「武具に限らず道具はね、その持ち主に相応しい者の手に渡って初めて真価を発揮するんだよ♪」

 

みほは無垢に微笑み、

 

「だから、鶴姫さんにこそその刀を使って欲しいかな?」

 

「西住中尉……」

 

「その代わり、鶴姫さんから預かっていた軍刀はわたしが貰っていい?」

 

「しかし、あれは同田貫とは比べるべくもない無銘の……」

 

「いいんだよ。わたしは”それがいい”んだから」

 

この話はこれでおしまいとばかりに手を振って立ち去るみほ。

鶴姫はそれを一礼して見送った。

 

 

 

「家宝にできそうな刀一本をポンとくれるとは、なんとも太っ腹な御仁だねぇ~。さすがは名門”西住の末姫様”ってところかな?」

 

そうケラケラ笑いながら肩を叩いてくる遠藤だったが、

 

「……やはり甘い御仁ではない」

 

鶴姫は、まるで遠藤の言葉を聞いてなかったかのようにグッと刀の柄を握る。

 

「『この刀に見合う働き』を示せ……おそらくはそういう意味だ」

 

「はっ?」

 

「要するに、だ」

 

鶴姫はシャープな笑いを浮かべ、

 

「褒美の先払いということであろう?」

 

 

 

***

 

 

 

「フフッ、楽しくなってきたなぁ~♪」

 

鶴姫と別れた後、みほは上機嫌で基地を歩いていた。

 

(コリンズ大佐に無理を言って、敵強行偵察隊の迎撃任務に鶴姫ちゃんを行かせた甲斐が合ったよ)

 

みほは鶴姫との「戦場を用意する」という約束を確かに守った。

 

(今はまだ、小さな戦場の小さな勝利だけど……)

 

「刀一振りで一層の奮闘をしてもらえるなら安いもんだよ」

 

要するにみほが刀を渡したのは、闘気のやり場を持て余していた鶴姫の戦闘意欲に方向を持たせ焚きつけるためだったらしい。

お陰で戦果は上々と言っていい。何より……

 

(日米同盟が満州で初めて『同数の敵と対峙して圧倒した』……この意味、ちゃんと伝わるかな?)

 

みほはよく晴れた……透き通るあまりに空虚感さえ抱きそうなモンゴルの冬の空を見上げた。

 

「ねえ、”まだ見ぬ強敵”さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、御愛読ありがとうございました。
姫様が愛馬と共にモンゴルの草原を駆け、コマロフ君が新たな人生を見つけた(笑)エピソードはいかがだったでしょうか?

それにしても、何百年も同田貫のパトロンやってた西住家って一体……(汗
みほの腹黒な部分はエムロイの影響じゃなくて、むしろ遺伝だったりして(^^

そして松風は完全にしずか姫の愛馬として定着していますね~(棒)

それにしても既に20話……なんとなくですが、ゴールは見えてきた気がします。
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



一〇〇式二十粍対空自走砲

主砲:九八式二十粍高射機関砲×2(20×110mmRB(エリコンFFS)弾を使用。エリコンSS対空機関砲のライセンス生産版)+武2式重機関銃(12.7mm)×2
機銃:武1919式車載機関銃(7.62mm)×1(車体前面)
エンジン:統制型九〇式発動機AC型(空冷V型12気筒ディーゼル、240馬力)
車体重量:18t
サスペンション:独立懸架+シーソー式連動懸架装置
変速機:前進4段/後進1段(コンスタントロード型シンクロメッシュ機構タイプ)
操向装置:二重差動式遊星歯車装置(プラネタリーギア)型クラッチ・ブレーキ
最高速:42km/h

備考
”九九式七十五粍自走榴弾砲”に続いて、エンジンの過給機による強化をしない「第一期TYPE-97(九七式中戦車)ファミリー」の一つとして、皇紀2600年に制式化された対空自走砲。
目的は当然のように年々加速度的に増強され、翼竜(ワイバーン)より脅威度が跳ね上がりつつある各国の航空兵力に対抗するためである。
基本的なコンセプトはシンプルで、九七式中戦車の車体に防盾(シールド)式/オープントップ構造の動力旋回式砲架を搭載するというものである。

主砲と言えるのは”九八式二十粍高射機関砲”だが、史実と違いフランスのオチキス機関砲ベースではなく、スイス・エリコン社が同社のFFS航空機関砲をベースに車載/艦載を目的に開発した”エリコンSS機関砲”が原型となっている。
これの採用は、当然のように陸海空での銃砲弾の共用化であり海空軍ともにエリコン機関砲のライセンス・モデルは大量導入していた上に、米国が航空機用のイスパノ系機関砲以外にも地対空/艦対空用にエリコンSSをライセンス生産することが決定していたので、この運びとなったようだ。
ちなみにライセンス生産モデルはかつて「漢字もしくはカタカナとアラビア数字の組み合わせでライセンス品を表し識別する」という命名基準があったが、どうにもあやふやになるケースも30年代後半から増えてくるようである。

ただ九八式二十粍高射機関砲に欠点がなかったかといえばそういうわけではなく、特に弾倉(マガジン)式給弾を採用してるゆえの装弾数不足、それに起因する持続射撃時間の短さが問題とされた。また、発射速度も決して早いレートとは言えなかった。

実はこの時期、既にエリコンFFS機関砲を改良し装弾数に問題ないベルト給弾を採用し、発射速度を引き上げた”九九式二十粍航空機関砲”という最新モデルの開発/生産が始まっていたのだが、これらは零戦などの海空航空機の搭載が最優先とされ、地対空や艦対空用には当分は回ってこないことが決定されていたのだ。
そこで陸軍は、苦肉の策としてM2ブローニングのライセンスモデルである武2式重機関銃2丁をバックアップとして同じ砲架に搭載することで補うこととしたようだ。

基本的なコンセプトは「武2式で牽制し、九八式で止めを刺す」というところだろうか?

かなり間に合わせ感があるコンポーネントではあるが、対空車両の需要が急増した時期に間に合った車両という意味において戦力的な重要度は高かった戦闘車両と言えよう。








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 ”女の子だって戦えます!”

皆様、こんばんわ~。
本日は深夜アップとなってしまった作者です(^^

さて、今回のエピソードは……一言で言えば「次なる戦いの準備パート」ですね~。

カチューシャ様の興が乗り、米国籍のオッサン達がろくでもないことを決めたようですよ?

そして、日米ソ以外の装甲少女たちの情報も……?





 

 

 

「ふ~ん……うちの偵察中隊が、まるっと丸ごと喰われたんだ?」

 

在蒙赤軍の巨大拠点”タムサク・ボラグ”、その一室では主であるカチューシャ、エカテリーナ・トハチェフスカヤ大尉が報告書に書かれた内容を面白そうに眺めていた。

 

(圧倒的多数の敵に囲まれ、奮戦するも全滅。敵の捕虜になるのをよしとせず、最後の一両まで戦った……ねえ)

 

赤軍の掲げる英雄譚を載せた広報誌のような内容の報告書に、カチューシャは訝しげな顔をした後、

 

「ノンナ」

 

「はい」

 

今日は公務中なのか、軍服姿で紅茶の準備をしていた副官にして専属メイドのノンナ・テレジコーワ中尉にカチューシャは目を向け、

 

「興が乗ったわ。近いうちにちょっと遠乗りするから付き合いなさい」

 

 

 

(やっぱり気になることは自分で確かめなくちゃね♪)

 

「わかりました。同行する規模はいかがなさいましょう?」

 

「そうね……」

 

カチューシャは少し考え、

 

「確かT-34(ピロシキ)乗りの大半が、”冬戦争”以降の加入だったわね?」

 

Да(ダー)

 

「じゃあノンナ、その中から最も経験が浅く技量に劣るものを4両選びなさい」

 

彼女はクスっと笑い、

 

「カチューシャ自らが、新兵達に”戦場(地獄)巡り”のガイドをしてあげようじゃないの♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

さて一方、こちらは米軍のハイラル・ベース……

 

 

 

「問題だな」

 

基地の最も大きな会議場で開口一番そう呟いたのは、この地の主……在満米陸軍西部方面軍団司令官のジェファーソン・スティルウェル少将だった。

 

本日の議題となっているのは……先日、鶴姫率いる独立装甲偵察中隊、通称”百足衆”があっさりとほぼ同規模の敵装甲偵察中隊を仕留めた件であった。

 

仕留めた事自体に問題はなかった。事実、作戦書に了承の決済印を押したのはスティルウェル自身だ。

敵は全滅し、オマケに捕虜まで確保できた。

しかもその捕虜は、特に拷問された後もないのに不思議と協力的で、もたらす情報はまさに値千金だった。

あまりにも情報の引き出しが順調なために欺瞞情報を疑ってみたが、その少尉という階級で知りうる最大限だと思われる情報を陸軍情報部が洗ってみたところ、彼らの見解とほぼ一致していたのだ。

 

唯一困ったことがあるとすれば、その捕虜になった装甲中隊長がとある日本人の少女としか話そうとしないことぐらいだろうか?

その少女が香を焚くと、不思議とその捕虜はリラックスした雰囲気でペラペラと喋ったらしい。

 

あまりに劇的な効果から香に自白効果でもある麻薬成分でも入ってるのかと思い分析してみたところ、、

 

『特に高いものでも特別なものでもなく、尉官の給料でも普通に買えるありふれた一般的なもの』

 

とのことらしい。日本文化に精通した詳しいものに聞いたところによれば、彼女……鶴姫しずかの焚く香の効果らしい効果はと言えば、

 

『リラックス効果は確かに得られますよ?』

 

だった。

 

 

 

***

 

 

 

なるほど。結果だけで見れば上々だ。

同数の敵を圧倒したという事実に兵達は歓喜し、確かに士気は上がった。

しかし……

 

「日本人に倒せて、米国人に倒せないという評判はいかがなものかな?」

 

長年この地を守ってきた在満米軍としてみれば冗談ではないだろう。

38年の”張鼓峰事件(あるいはハサーン湖事件)”からこっち、ロシア人(イワン)に煮え湯を飲まされっぱなしの在満米軍を尻目に、日本の戦車隊があっさりと同程度の規模の敵を、それも一方的に叩き潰してしまったのだ。

 

特にそれが婦女子部隊というのがまたよくなかった。

人の口に戸は立てられないもので、既に「米国戦車は日本戦車に劣り、米兵は日本の少女に劣る」という噂が広がっていた。

この異常な噂の拡大速度は明らかに工作員の介在によるものだろうが、結果は事実だけに米軍としても否定しにくい。

 

「こういう事態は予想していなかった。我々はどうするべきかね?」

 

スティルウェルがジロリと睨んだのは事の元凶、コリンズ大佐だった。

 

「そうですねぇ……」

 

腹案は既に在るのだが、一応は考える振りをするコリンズ。

 

(いっそ「在満米軍が弱いのは小官の責任ではありません」とでも言えたら楽だったんだが……)

 

そう表情に出さず内心で苦笑して、

 

「ならば、我々も同じことをするしかないのでは?」

 

「どういう意味だね?」

 

先を促すスティルウェルに、

 

「我々も美少女戦車隊(サンダース戦車中隊)を用いて、末端でもいいので敵を撃破してみせる」

 

とコリンズはまず軽くジャブを放ってみる。

 

「だが、それでは”U.S.ARMY(我々)”の威信は回復できん」

 

 

 

(言葉が違いますよ、少将閣下。回復すべきは威信ではなく面子でしょうに)

 

コリンズは心中で訂正する。

スティルウェルの物言いは、まるでサンダース戦車中隊が合衆国陸軍の一員ではないかのようだが……

 

(それを指摘するのは野暮というものだろうな、やっぱり)

 

スティルウェルのような生粋の、あるいは古き良き時代(オールドファッション)の軍人にとって、サンダース・タンクトルーパーズのような部隊はある種の悪夢であることをコリンズは心得ていた。

 

そもそも、「守るべき女子供を戦場に出す」こと自体がこれまでの価値観の中では恥ずべき行為であるのだ。

ましてやその「守るべき婦女子」が実戦部隊として最前線で活躍し、自分達ができなかった戦果をいとも簡単に討ち立てた。

あまつさえ、それが満州という舞台の”主役”である米軍ではなく、”脇役”……それどころか飛び入りの端役、語義通りの”エキストラ”であるはずの日本軍だというのだ。

スティルウェルはこの残酷な現実に、耐え難い何かを感じていてもおかしくない。

 

 

 

***

 

 

 

(日本人並みにとは言いませんが、もう少し戦争というものに素直になってくれれば、米軍は取れる選択肢(オプション)も多くなるんですがね……)

 

例えば婦女子の参戦だ。

少なくとも”この世界”においては女子の参政より参戦の方が遥かに先行している。

例えば、”総統若年近衛隊(ヒットラー・ユーゲント)”。

史実のそれとは大分趣が異なり、ドイツの再軍備あるいはナチス第三帝国建国当時から「アーダベルト・ヒットラー個人の私兵であり身辺警護を担当する」という名目で武装組織として存在し、親衛隊の主要戦力と各個たる地位と基盤を築いている。

その中核戦力は結成当時はまだ幼き美少女で、今や見目麗しき美女に成長した女性だ。

ちなみに親衛隊や国防軍はともかく、未だ”ヒットラー・ユーゲント”は女性の方が圧倒的に入隊し易く、入隊上限は18歳だが下限は今は撤廃されてる(かつては下限は10歳)ほどだ。

故に口の悪い者は「幼女趣味独裁者の武装ハーレム」などと呼んでいるが、噂によればメンバーの一部はそれが事実というか……中身はその表現と大差ないらしい。

ただ馬鹿にできないのは、最近のヒットラー・ユーゲントは総統の身辺警護という建前すら放り出し、新たな事業に手を染めていた。

それが何かと言えば、「支配地の婦女子を自国の正規戦闘員として仕立てる」ことだろう。

例えば、併合したオーストリアや占領地としたフランス(ヴィシー・フランス)や西ポーランドなどの東欧支配国の面々だ。

これもまた噂では「祖国の地位向上」や「ドイツ市民権の獲得」など様々な特典を餌に募集してるらしい。

元々、被支配国は経済や産業、政治や治安など社会のあらゆる要素が一時的にせよ何にせよ衰退し、荒廃する。

それを以下に早く復興させるかが新たな支配者の腕の見せ所で、また「荒廃から手早く復興させ夜会秩序を取り戻す」ことは、かつて敵国だった市民に新たな支配体制を積極的に受け入れさせる第一条件と言える。

 

つまりその一環で、ヒットラー・ユーゲントは敗戦国では特に社会的な弱者になりやすい「婦女子の保護と救済」というお題目で堂々と活動してるのだ。

 

 

 

これは皮肉としか言いようがないのだが……

ヒットラー・ユーゲントのそれは明らかに日本の『婦女子軍志願制度』を参考にしたものであり、また女性の登用にさほど積極的ではない(しかし、米国よりは遥かに積極的)国家の正規軍である”国防軍”や党の武装組織である”親衛隊(SS)”に比べて人員の伸び率も高い。

また女性の保護や社会的地位向上を訴える各国女性権利団体からの支持も厚いのだから、この政策を声高に批難するのも少々厳しい現状がある。

 

無論、ヒットラー本人としては女性の地位向上だの男女同権云々などということに配慮したわけではない。

ただ、筆頭愛人と目される者から、

 

『女が戦えないと誰が決めた?』

 

『ふん。我が主様は、人的戦争資源の半分を眠らせたまま戦争に勝てると思ってるのか? いつからチュートン人は、そんな余裕/余力が持てるようになったのだ?』

 

と諭されたからに過ぎない。

 

 

 

少し脱線してしまうが……

ヒットラーの筆頭愛人と伝わっているのは、”エヴァンジェリン・カーミラ・ミレニアム・ブラウン”という名の幼女(?)だ。

「ヒットラー・ユーゲントの頭目」とされてるが、それも定かではない。

常識的に考えて幼女が頭目ということはありえない。あるとすればプロパガンダの広告塔、マスコット・キャラとかなのだろうが……

 

このエヴァンジェリン・ブラウンという女性はかなり謎が多い。

目撃証言によると、たしかに見た目は「金色の長い髪が特徴の10歳にも満たなさそうなアーリア系の美幼女」らしいのだが……その存在が公となった1933年から今年に至るまで”一切、容姿が変わっていない”という情報があるのだ。

 

確かにおかしな話である。見た目どおりの年齢ならいい加減、成長期(二次性徴)に入り少なからず容姿が変わるはずだ。

あるいはたまにいる「成長期を終えても容姿が子供な人(合法ロリ)」という可能性もあるが……ただ、どういうわけか存在ははっきりしているのにこのエヴァンジェリンの年齢はどの資料にもはっきりと記載されたものはなく、またヒットラーと出会うまでの前歴は霧がかかったように不確実だ。

ある情報官によれば「まるである日突然、ヒットラーの前に姿を現した」ような印象があるらしい。

「実はエヴァンジェリンの正体は、”吸血鬼千年帝国(ヴァンパイア・ミレニアム)”の姫君だ」なんてミドルネームにちなんだ馬鹿げたアメリカン・ジョークまで出る始末で、米国情報部の中でも彼女の正体は都市伝説じみた「奇妙な謎」として保留案件となっていた。

 

 

 

***

 

 

 

ともかく、国防軍と親衛隊だけでなく、本来は国籍が違った行き場を失くした(行き場を求めた)少女達の受け皿となり休息に規模を拡大させている若年近衛隊を正規戦力として数えるなら、かなりの数の女性将兵がいる計算になる。

 

(ドイツだけではないか……)

 

目下の敵であるソ連は日本と並んで婦女子の軍人登用に積極的な国で、軍の女性比率では日本に負けるが、数自体では勝っている。

なりふり構ってられないカナダのケベック州に拠点を構えた亡命フランス政府(自由フランス)は男女を問わず志願を受け付けてるし、またイタリアでは……

 

(”黒のケッタ”、か……)

 

ケッタとはイタリアの総帥(ドゥーチェ)”ヴィスコンティ・ムッソリーニ”の息子、”バルケッタ・ムッソリーニ”の渾名であった。

 

(あの”Principi Nero(黒の貴公子)”様は、婦女子の雇用を積極的におこなってるからな)

 

世に曰く『イタリア人と女房に戦争をやらせる奴は』なんて言い回しもあるようだが、それも今は昔なのかもしれない。

親父以上に有能と評判で、ドゥーチェの右腕として”黒”付く由来になった「冷血といえるほど冷徹さ」で采配を振るい、北部を中心に経済/産業改革を成功させたケッタは特に若手を中心とした軍部と工業界に絶大な人気を誇り、また”改革者”としても内外に知られている(ただし未だ出遅れて農業主体の南部では評判がイマイチという噂もある)。

その改革の一つが、軍をはじめとする戦闘的公共機関への女性の登用である。

 

その改革もさることながら、夜のような黒髪と黒真珠のような瞳が印象的なかなりの美丈夫で、またまだ世界が平和だと思われた時代、水上機レースの最高峰だったシュナイダー杯のイタリア艇パイロットを務めていたなど華々しい一面もあり、老いも若きもイタリア娘達には絶大な人気があるらしい。

そんな王族でもないのに”殿下(プリンシペ)”などと呼ばれるこの男の私兵と目される最精鋭婦女子部隊が今、北アフリカ……具体的にはリビアに集結してるのだ。頭の痛いことに。

 

(ならば、合衆国も手付かずの自国戦争資源に手を伸ばさねばならないときがきたということか)

 

 

 

「ならばこういう計画(プラン)はどうです? 『サンダースの少女に率いられた精強な米軍戦車隊。屈強な男達はその身を挺し可憐な少女を守る!』 『モンゴルの地に蘇る現代のジャンヌダルク!』という感じです。まあ、タブロイド紙が喜びそうなネタですけどね」

 

滑稽なほど大げさなアメリカン・ゼスチャーを加えながら道化を演じたコリンズに、スティルウェルはニコリともせずに、

 

「続けたまえ」

 

コリンズはコリンズで最初から乗ってくれるとは思ってないので軽くスルーし、

 

「閣下、簡単(シンプル)な話です。陸軍の正規装甲偵察隊にサンダースの一員を混ぜた”混成偵察隊”を編成し、派手に活動してもらうんですよ。無論、敵の装甲偵察隊と遭遇したら、そのまま戦闘に突入してもらいましょう」

 

偶発的な遭遇戦のみに言及してるということは、逆に言えば鶴姫のように待ち伏せの上に「狩りをさせる」気はないということだろう。

 

「サンダースから借りる人員は理想的には”名目上”、小隊以上を指揮できるものがいいでしょう。可能なら尉官(尉官待遇)ですな。そして彼女を中心に正規兵の中戦車級を4両護衛につけ、そして随伴に本物の1個ないし2個装甲偵察小隊を同行させる。これで装甲偵察隊の体面は保てるし、中戦車は偵察車両の護衛につけたという言い訳も立つ」

 

「仮に敵が現れれば4両の中戦車が盾になり、か……」

 

「そうなれば今度は合衆国陸軍としての体面が保たれます。もっとも『中戦車1個小隊を護衛につけた偵察中隊』と遭遇すれば、通常編成の敵装甲偵察中隊なら交戦を避けるでしょう。特に偵察中隊が丸々食われた後では尚更でしょう。なので警戒すべきは……」

 

コリンズは一度言葉を切り、

 

「例の”偵察隊狩り(スカウトハント)”ですが……”彼女達”は、どうやらしばらく出てきそうもありませんし」

 

「その根拠は?」

 

「情報部の分析が正解だったというわけです。捕虜の証言で裏づけも取れたました。スカウトハント……米国装甲偵察隊への遊撃任務に動いていたのは、やはり”エカテリーナ・トハチェフスカヤ”大尉に間違いありません。あの機甲戦の申し子、トハチェフスキー赤軍元帥の姪っ子ですよ」

 

”ざわっ”

 

既に報告書は回っているはずだが、だとしてもやはりその名が出ると会議の場がざわめく。

 

「”Witch of Winter War(冬戦争の魔女)”か……」

 

呻くようなスティルウェルの声に、

 

「赤軍でのオフィシャルな二つ名は、”Катюша(カチューシャ) из(リズ) Метелей(ミティリー)”……”地吹雪のカチューシャ”だそうですよ?」

 

コリンズはそう情報を追加してから、

 

「ですがその地吹雪のお嬢さんは、アメリカ人を大量に戦車ごと殺した褒美に、部隊が”親衛隊”に格上げされ戦力が増強されたそうです。おそらく、”ソ連型戦車旅団(アメリカ基準なら戦車大隊規模)”より大規模な部隊になると思われますが……その規模の大きさゆえに今頃はその再編と掌握に忙しいでしょうな? 常識的に考えて。ここ数日、スカウトハントが発生してない理由もそこでしょう」

 

「なるほど部隊再編中というわけか? 魔女の戦力増強はありがたくない話だが、確かにそれではハンティングをしてる場合ではないだろうな」

 

スティルウェルは納得したような表情で頷き、

 

「いいだろう。コリンズ大佐、早急に草案を纏めて提出したまえ」

 

「アイアイサー」

 

「嘆かわしいことだとは思わないか? 大佐」

 

「? 何がです?」

 

聞き返すコリンズに、スティルウェルは苦虫を噛み潰したような顔で告げた。

 

「栄えある合衆国陸軍が、ドイツ人やロシア人、それに日本人と同じく女子供を戦場に出さねばならないということが、だ」

 

「きっと今はそういう時代なのですよ、少将閣下」

 

 

 

 

 

こうして一部、一両ではあるもののサンダース戦車中隊(サンダース・タンクトルーパーズ)の初陣が決まった。

たった1両の戦車を守るために4両の中戦車が用意され、更にはソ連の一般的な戦車中隊と同規模の10両のM2/M3軽戦車も同行させるという。

 

まさにこと物量戦に関しては天下一品の米国らしい万全の布陣だった。

だが、同時にこうとも言えるだろう。

 

彼らは結局、カチューシャという装甲少女をよく判っていなかったのだと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、御愛読ありがとうございました。
何やら色々とあからさまな伏線が混入しまくったエピソードはいかがだったでしょうか?(^^

誰とは言いませんが……米国籍のオッサン達の決定で、貧乏くじ引きそうな娘がいそうですね~(汗

そして、初めて言及されたこれまで出てこなかった他国の装甲少女隊の存在。
どうやら”この世界”は、やむにやまれずとはいえ日本が婦女子の戦力化に先鞭をつけてしまったせいで、形振り構わなくなった国家の行動前例として装甲少女が徐々に特異ではなくなってきてるようです。

さて、次回はいよいよ戦いの第2ラウンドが幕開けそうです。
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



トンプソンM1928短機関銃
全長:876mm
重量:5210g
使用弾薬:11.43x23mm(45ACP)
装弾数:50連発/100連発ドラム・マガジン、20連発/30連発ボックス・マガジン
発射方式:セミ/フルオートマチック切替式
発射速度:600発/分

備考
1928年に米国陸軍ではなく米国海軍に制式採用された短機関銃。
実は米国陸軍は当初、トンプソン短機関銃の調達は消極的で騎兵科の偵察車両や戦車の乗員向けに限定調達していただけだった。

しかし、久方ぶりの実戦となった1938年の”張鼓峰事件(あるいはハサーン湖事件)”において機甲兵力の不足と同時に歩兵の火力不足を米陸軍は再認識し、限定調達から全面調達に切り替えられた。
ちなみに限定調達時代のものがM1928、全面調達時代のものがM1928A1と呼ばれるが基本的には同じモデルと考えていい。
特徴は、銃身下部に付くフォアグリップと銃口についた反動抑制器の一種であるカッツコンペサイター。
これに約5kgの短機関銃でも重い部類に入る本体重量やさほど早くない発射レートとあいまって、45ACPという強力な弾丸を使うわりには反動を小さく感じ、フルオートでも制御し易い。

軍に採用される前はシカゴ・マフィアに愛用され、これに発射音の特徴を組み合わせた”シカゴ・タイプライター”、あるいは”トミーガン”という俗称が知られている。

コリンズよりみほに贈られたのはM1928の方で、2種のドラム・マガジンと2種のボックス・マガジンが同梱されたフルキットだった。
みほ的には嵩張るが火力(持続射撃力)に優れる100連発ドラム・マガジンがお気に入りのようである。











目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 ”当選発表です!”

皆様、こんばんわ~。

今回のエピソードは、出撃を言い渡される貧乏くじの当選発表です(えっ?

ついでにケイとコリンズのバトルがついに勃発?
そして日米同盟も、どうやらそう単純ではないような……







 

 

 

「というわけだアリサ・ホイットニー少尉。君は臨時編成の装甲偵察中隊を率いて、ハルハ河東岸(イースト・バンク)の強行偵察任務に就いてもらう」

 

「へっ?」

 

ここは米国ハイラル・ベース内、【日米混成”慰問”部隊】の仮設司令部……と言っても単に空いてた佐官用の執務室を間借りしてるだけなのだが。

 

人員だけなら連隊を超えて、ちょっとした旅団並みの規模となってる部隊の司令部としてはお寒い限りだが、彼ら/彼女らの立ち位置……在満米軍西部方面軍から見れば「招いてもない客」であるのだから妥当と言えば妥当な扱いなのかもしれない。

 

さて、この部屋に呼び出されたアリサにコリンズから告げられたのが、上の言葉だった。

 

「ちょっと待ってください大佐! なんでアリサなんですかっ!?」

 

そう机にバンと手を置き立ち上がったのはケイだった。

ちなみにこの部屋には成り行きでコリンズの副官扱いになってしまった日米部隊の調整役である蝶野亜美少佐と、中核戦力となる二つの中隊の隊長であるみほとケイのデスクもあった。

無論、中隊ごとのミーティングルームもあり、二人はデスクワークではそこにいることも多いのだが……どうやら今回は二人ともアリサ同様に呼び出され、同席を命じられているようだ。

 

「条件から考えて彼女が適任だからだ。理由は話したとおりだが? 聞いてなかったのかね?」

 

「聞いてました。しかし……!」

 

「これは決定事項だ。どうしても嫌なら抗命権を行使すればいい。だが、そうすれば『軍人として命令を受けない=正規の軍人ではない』という理由と判断から、スティルウェル少将は嬉々としてサンダース戦車中隊をあらゆる軍務から外しにかかるだろうさ。国防総省(ペンタゴン)への言い訳も立つしな。抗命する以上、私もかばいだてできん」

 

コリンズの言うことは恫喝でもなく脅迫でもなく、今度こそ純然たる事実であった。

婦女子が戦場に出ることを良しとせず、故にサンダース戦車中隊をまともな戦力として考えていないスティルウェルならむしろ「小娘達は兵士として使えない」ことをアピールできるまたとない機会として捉えるだろう。

だが彼は演技でなく少し考えて、

 

「……いや、むしろそっちの方が好都合か? M4中戦車は置いてってもらうが、代わりの兵員は正規部隊を日本から呼び寄せればいいだけだ。幸いM4の操作系はM3と大差ないし、馬鹿でも扱えるように御丁寧にマニュアル付だ。促成でもなんとか動かせる……」

 

しかし、コリンズの言わんとする意味を察したケイは、別の方法でやりこめることを思いついた。

 

「米陸軍において中隊の指揮は、”慣例により”大尉以上と心得ていますが?」

 

ケイは思い出したのだ。

なぜ自分が大尉”待遇”なのかと。

 

「今が”平時”ならば君の言い分も通るだろうな」

 

しかしコリンズはにべもなく返した。

 

「原則論を言うなら、本来は【在満米陸軍西部方面軍団】の司令官は、軍団規模の慣例に則り中将でなければならん。ところがぎっちょんスティルウェル閣下は少将だ。何故だと思う?」

 

「ぐっ……」

 

答えがわかってるだけにケイは言葉を詰まらせた。

しかし、コリンズは追撃の手を緩めるつもりはないようで、

 

「答えは今が”準戦時”、あるいは”非常事態”扱いだからだ。本来、閣下が率いていた戦力は精々増強師団級+ちょっとした陸軍航空隊だ。しかし、ここ数ヶ月の間に状態が緊迫し、満州どころか米国からもかき集められた総勢2個師団規模が閣下の元に集結した……師団編成された部隊が送られたわけじゃないから結局は大きくても旅団、あるいは連隊、下手をすれば独立大隊単位で運用せねばならない部隊まであるから指揮命令系統の再構築に軍団司令部は頭を抱えてるよ?」

 

 

 

***

 

 

 

これは全くの事実だった。

今の米陸軍西部方面軍団は本来、普通なら完全編成の2個師団弱となる程度の、軍団ではなく増強師団と呼べる規模だった。

だから司令官は少将でもよいとされたのだ。

 

まだ人工衛星が無いこの時代、陸地の偵察と言えば斥候を出すか航空機による上空からの偵察しかなかった。

 

何やら39年からキナ臭くなってきた国境の向こう側を探るために発足したばかりの航空偵察のスペシャリスト・チーム、”陸軍航空偵察隊”をモンゴルに放った。

 

蛇足ながら……史実の米陸軍航空隊は専用の偵察機は持っておらず、戦闘機の改造モデルかセスナ機と大差ない観測機くらいしかなかった。

実はこの偵察機、米国名称”R-1ベイブ”は、元々は東京からロンドンへの飛行を成功させた「神風号」で知られる日本の”九七式司令部偵察機(キ15-I)”なのだ。

その高性能に魅せられた米陸軍はただちに購入を打診、日本が受諾するとまとめて300機(!?)ほど発注し、製造元の工員を3交代24時間操業のデスマーチさせた逸話が残っていた。

現在は主機の”光”エンジンを、そのオリジナルと言えるよりハイパワーな”R-1820”に換装した性能向上版を使用している。

 

ソ連の野戦飛行場から飛び立つ迎撃機に追い掛け回されながら情報を持ち帰った米陸軍パイロットの皆様には頭が下がる思いだが……その史実には無かった陸軍航空偵察隊が持ち帰った情報は値千金どころか値万金、それと同時に在満米軍どころかペンタゴンまで驚愕させ、恐怖させた。

 

そう、”極東のトロツキー線”……巨大要塞”タムサク・ボラグ”を筆頭とする巨大要塞群が確認されたのだ。

 

 

 

「それでなし崩し敵に増強され、司令部能力が後追いの形で現在に至るということだな」

 

コリンズの言葉通りにかき集められるだけの抽出可能戦力を集め、随時的に投入されたのが偽らざる今の米陸軍西部方面軍団の姿だった。

 

なので複数の師団が集まり軍団を形成する通常の編成ではなく、根幹となる増強師団に旅団/連隊/大隊規模の複数の戦闘集団がそこにぶら下がるというものだった。

 

編成から言えば正規軍団編成の方面軍というより臨時編成の軍団規模の方面軍と呼ぶべきだろう。

なので戦闘集団の再編と指揮系統の再構築に多忙を極め、それこそ昇進など二の次であろう。

ならば、サンダース戦車中隊の到着をスティルウェルが歓迎しなかったのも頷ける。

ただでさえ多忙なスティルウェルが、これ以上の面倒事を抱え込むのを喜ぶはずも無かった。

 

「さて、サンダース大尉……何か他に説明がいるかね?」

 

「……必要ないです」

 

コリンズはフフンと笑い、

 

「それと君の懸念を少し払拭しようじゃないか」

 

と、ここで切り札を切る……というか種明かしをするようだ。

 

「ホットニー少尉が実際に率いるのは、M3中戦車の4両だけだ。残る2個装甲偵察小隊は、また別の隊長に率いてもらうことになる。もちろん、体面的に少尉より下の階級のものが務めるだろうがね」

 

「えっ?」

 

「1個戦車小隊なら少尉が率いても問題ないだろ?」

 

 

 

少尉より下の階級で小隊を率いれるのなら、米陸軍の基準では曹長か一等軍曹だろう。

下士官で軍曹以上となれば、米陸軍なら普通は”一兵卒にとっての将軍”であり、経験豊かな軍人だ。

 

つまりコリンズはアリサのために4両の中戦車を護衛に用意し、オマケに下手をすれば自分の年齢より長く軍隊で飯を食ってる古参の前線装甲隊長が率いる部隊までつけようというのだ。

見かけは中隊、だが実際は中隊編成の3個小隊であり、建前的には「昨今のハルハ河東岸(イースト・バンク)の情勢を鑑み、装甲偵察隊護衛のために1個中戦車小隊を護衛につける」というお題目が成立する。

しかも、それを”名目上”指揮するのがサンダース戦車中隊の装甲将校で主力は米陸軍戦車隊なのだから、色々と面目も立ち誰も損はしない。

 

まさに至れり尽くせりだった。

ケイの心情はまさにこの一言に集約されよう。

 

「……嵌められたわ」

 

 

 

***

 

 

 

「ケイ、これはもう仕方ないことなんじゃないかな?」

 

「ミホ……」

 

意外なことにコリンズに助け舟を出したのは、これまで二人のやり取りを黙って見ていたみほだった。

 

「こと駆け引きに関しては大佐の方が一枚も二枚も上手だよ。多分、ケイの反論は事前に予想されてるだろうし、その逃げ道も全部ふさがれてるはず」

 

「それは随分と高い評価だな? 光栄だよ」

 

コリンズはニヤッと笑い、

 

「そういえば39年の『秋季イタリカ防衛戦』の最終局面において、確かニシズミ中尉も大隊規模の装甲兵力を実質的に率いたそうだね? しかも当時は少尉という身分で」

 

「それを今ここで言いますか?」

 

(よく調べてるなぁー)

 

と半ば呆れ気味に感心しながら、みほはコリンズを真っ直ぐに見て、

 

「原因は、わたし達……正確には、鶴姫少尉の戦果ですか?」

 

「そうなるだろうな」

 

「ミホ、どういうこと?」

 

「同数の赤軍の装甲隊を圧倒した……その事実はいいとしても、勝ったのは『米軍の正規兵』じゃなくて『ゲストの日本の部隊』、しかも『女の子だけで編成された部隊』だよ? スティルウェル少将がどう思ったかなんて、簡単に想像できるよ」

 

「米軍の面子の問題……?」

 

みほは静かに頷き、

 

「こと軍にとっては面子は大事だからね。面子は”威”と言い換えてもいいんだけど……軍は敵に恐れられてるからこそ、敵は簡単に倒せないと思い込む。これは抑止力の概念だね? そして自国民は軍が自分達を守れると思うから税金の投入を了承する。国防において国民の了承は現代国家じゃ必須だよ」

 

「つまり、面子が潰された軍隊は敵からナメられ攻められ易くなり、国民からも信用されず支持を失う?」

 

「うん。そして、今現状で満州で起こってることを要約すれば『米軍の正規部隊に勝てない相手にわたし達は勝ってしまった』、引っくり返せば『米軍正規部隊は小国日本の戦車と女の子より弱い』って解釈になってしまうんだよ」

 

米軍で飯を食ってる、特に日米合同演習を年間スケジュールに組み込んでる太平洋方面で展開してる米軍は、日本を弱小な国だと思ってる馬鹿はいない。

平時の常備兵力こそ正規100万以下と小さいが、その分精強さで知られているのだ。

 

しかし、一般の米国人の認識はかなり違う。

未だ日本は彼らにとって「人口は半分以下で、国力は1/3程度の島国の小国」に過ぎないのだ。

史実に比べれば明らかに日本の国力は過剰だが、米国の国家規模としての評価はそう大きく変わらない。

現状でも世界有数の、潜在的には世界最大の大国であるアメリカ合衆国の軍隊が、取るに足らない小国の軍隊より劣るなどあってはならないのだ。

 

それに史実以上に米国一般市民の日本の認知度が低いのも、その認識に拍車がけになってしまっていた。

今から35年前の1905年(明治38年)9月5日、【日比谷『門』異変】により帝都の一部を四半世紀以上のわたり正体不明の軍勢に不法占拠された国家的非常時において、日本(明治)政府は国力の集約を図るために海外への移民を事実上禁止し、既に先発隊として出ていた小数の日系移民さえも帰還指示が出た。

 

『コノ国家非常事態ニ対シ挙国一致ニテ対処スルベシ』

 

そのような趣旨の言葉が、とあるやんごとなきお方より出たことも大きいだろう。

こんな背景のせいで米国に日系移民があまりいないせいもあり、日本は同盟国であるということは知っていても、「小国の島国である」以上のことを知る米国人はまだまだ少なかったのだ。

なにせ”この世界”では、「日米市民レベルの相互理解を深める」という理由で、帰還命令以前に日本人が移り住んでいたロサンゼルス市のダウンタウンの日本人街を、米政府命令で観光都市”リトル・トーキョー”にしてしまったぐらいだ

参考までに書いておけば史実の日系移民の急増は世界恐慌以降の30年代がピークだが、モータリゼーションに代表される国家の急速な近代化(大規模工業化)で、慢性化しつつある労働力不足に悩む”この世界”の日本にそのような人口学的余力は無かった。

 

 

 

「ならば、『米国戦車が工業後進国の日本の戦車より強く、米兵が日本の女の子より弱い』なんて評価を覆すことは急務なんだよ。特に大規模軍事衝突の危険性が高まった今は、ね」

 

するとコリンズは興味深そうに、

 

「ほう? 中尉はなぜ、大規模衝突が起こると?」

 

「最近の中隊規模の赤軍偵察隊、その数に任せた投入は明らかにその前触れじゃないですか? その強行偵察隊がピタッと止まった時が、おそらく開戦の合図です」

 

コリンズは満足げに、

 

「米国陸軍の見解と一致したな。赤軍のドクトリンと照らし合わせても全く正しい」

 

 

 

***

 

 

 

「でも、問題なのはむしろ”スティルウェル少将の心情”かもしれませんね」

 

「どういう意味だい?」

 

「少将閣下の前歴を考えると……必要以上に面子の回復にこだわったり、わたし達の戦力を戦力としてみなさず、開戦しても『最初から無いもの』として扱う危険性があります」

 

「スティルウェル少将の前歴?」

 

首を捻るケイに、

 

「少将はここの司令官に着任する前は、米国陸軍からの派遣で蒋懐石の下で参謀長をやってたんだよ」

 

史実のジョセフ・スティルウェル将軍も年は違うが同じ中華民国参謀長の経歴を持つのだが、その結果……

 

「ところが蒋懐石と喧嘩別れに近い形で解任されてるの。大体何があったか想像付くでしょ?」

 

そう。参謀長時代のスティルウェルは1942年から中国方面を担当し、「蒋介石は全く役に立たず、能力はあっても抗日戦に軍を使う気がない」という趣旨のレポートを提出していた。

彼は中国国民党軍の腐敗と弱小ぶりを見抜いていており、このままじゃ戦争を遂行できないと自分の元に中国陸軍の数個師団をよこし、彼に中国兵の訓練を任せるよう要求するのである。

いわゆる「米国式中国軍」創設の構想だが、これは構想は蒋介石の利害と正面から衝突することとなり、これが理由で解任劇に繋がるのだ。

どうやら”この世界”のスティルウェル少将も似たりよったりの経験をしたらしい。

 

「経験則に基づく東洋人蔑視……は言い過ぎにしても、露骨ではない程度の軽視はあると思うよ?」

 

「でもミホたちはチャイニーズ・アーミーじゃないわよ!」

 

義憤に近い声を上げるケイにみほは首を小さく左右に振り、

 

「スティルウェル少将は、日本軍と合同演習をやったことがないんだよ。だから知識としては知ってるしデータとしても入ってるかもしれないけど、体験にはなってない。人は客観的知識と主観的経験則を天秤にかけたら、往々にして経験則をとってしまうものなの。日本人が東洋人に区分されるのは事実だし、少将の東洋人評価が経験則に基づくものなら、それを無意識に優先してもおかしくはないから」

 

特にスティルウェルの場合、なまじ真面目な性格が災いしてより評価が凝り固まってる可能性も否定できなかった。

 

「頭ではわかっていても……という物かもね。人間の心情はそう簡単に割り切れるものじゃないから。確かに無能な人でもなければ、悪い人でもないんだけどね」

 

そう言葉を入れてきたのは、成り行きを見守ってた蝶野亜美少佐だった。

彼女もスティルウェルの言動に、何か感じるものがあったのだろう。

 

「事実上、命令が撤回できないなら”最善の手段”を考えるべきだよね?」

 

とみほは腕を組み、

 

「大佐、陸軍航空隊の支援は期待できますか?」

 

「無論だ。近接(C)航空(A)支援(S)用のスクランブル・チームは、夜間を除き常に待機させてるさ」

 

「いいですね」

 

みほは今度は亜美を見て、

 

「蝶野少佐、確か少佐が引率してきた日本の増援部隊には英国から貰った【ドーチェスター装甲指揮車】が2両、試験的に持ち込まれてましたよね?」

 

「ええ。確かにあるけど……」

 

みほは小さく微笑み、

 

「そこに無線傍受チームを乗せて、二手に分けて要偵察区域後方に待機させておきませんか?」

 

「!? なるほど……”三角測量による無線発信源の特定”か」

 

真っ先にみほが言わんとすることを理解したのは、やはり情報将校徽章持ちのコリンズだ。

 

「万が一に備えての保険みたいなものですけどね」

 

みほはアリサを見て微笑む。

目を合わせるたびにビクッとされるのがいつも不思議だったが、

 

「打てる手は全部打っておきたいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
少しばかり日米同盟や在満米軍、そしてスティルウェル少将の舞台裏とか内面に触れたエピソードはいかがだったでしょうか?

ちょっとケイやアリサをいじめすぎ?
いやいや、でも彼女達には立派な軍人になってもらわないと(笑)

次回はいよいよバトルステージに突入しそうですが……
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



R-1ベイブ

エンジン:R-1820-40(空冷星型9気筒、1200馬力)
最高速:540km/h
航続距離: 2,400km(増槽装着時)
固定武装:M1919A4機関銃×1(7.62mm。後部座席、旋回銃)
乗員:2名

備考
日本の”九七式司令部偵察機(キ15-I)”を原型に開発された戦術偵察機。
史実の米陸軍航空隊は専用偵察機を持っていなかったが”この世界”においては、同盟国日本の”神風号”の東京-ロンドン間の飛行の成功と、新しいもの好きの日本空軍が戦術偵察隊を発足させたことに触発され、在満米軍の陸軍航空隊に試験的に部隊を編成することに決定した。
その運用実績が良好だったために予備機や訓練用を含め300機の大量発注を行い、製造元の三菱重工を大いに慌てさせた。

日本から輸入後、近代化改修プランが提案され、エンジンを光(ハ8)からそのオリジナルと言えるR-1820(サイクロン9)系列のR-1820-40(F2A-2バッファロー戦闘機などと同じエンジン)への換装をはじめ様々な改造が行われた。
出力が750馬力→1200馬力と大幅にアップしたせいもあり、最高速は540km/hまで上昇している。

蛇足ながら史実の光エンジンはサイクロン・エンジンとパテント問題があったが、”この世界”では普通に製造元の中島飛行機は技術パテントを収得してから光エンジンの製造を行っている。

識別コードの”R”は偵察を意味する”Reconnaissance(レコンナイサンス)”の頭文字だ。

在満米軍偵察航空隊とR-1ベイブの最大の活躍は”極東のトロツキー線”、タムサク・ボラグを中心としたモンゴル内の巨大赤軍拠点の発見だろう。
当時の在蒙ソ連軍はI-15、I-16 、I-153といった戦闘機しかなく、ベイブはそれらを振り切りながら強行偵察を行っていた。
しかし、この現状に業を煮やしたソ連は高速戦闘機の”MIG-1”などをトロツキー線基地群に大量導入しており、ベイブにとっても徐々に危険な空になりつつある。











目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 ”魔女の瞳です!”

皆様、こんばんわ~。
今夜は外は雪、今にも凍えそうな作者です(^^

さて今回のエピソードは……前半は空の話題(+海の話題がちょびっと)が出てきますが、後半は……カチューシャ様が生き生きしてます(えっ?




 

 

 

「アリサ、行くよ」

 

「だね。わたしもケイの中隊と少し詰めておいたほうがいいと思うから」

 

ケイとみほに左右の肩を叩かれるアリサ。

コリンズに退出を促され、三人の少女は部屋を去る。

 

名目上、【ホイットニー装甲偵察中隊】はスティルウェル少将以下軍団司令部の命令だが、そのサポートまでは禁じられていない。

 

実際、みほの出したプラン……彼女の言う「打てる手」をコリンズは止めなかった。

 

 

 

「コリンズ大佐、サンダース大尉の教育をするのはかまいませんが、あまり西住中尉に頼りすぎるのはどうかと思いますよ?」

 

「人聞きが悪いな。チョーノ少佐、ニシズミ中尉は自発的に協力してくれてるんだ。彼女の好意を無碍にする必要はあるまい?」

 

”むー”と擬音が付きそうな顔をする亜美だったが、

 

「ところでコリンズ大佐……米国は今回の件に限らず、このハルハ河東岸の軍事衝突で本気で勝ちにいく気はあると思いますか?」

 

「……君の言いたいことがよくわからないのだが?」

 

本気で首を捻るコリンズに、

 

「今、日本に決して好感は持てませんが……興味深い人物が来ています。日本に対する”特殊な航空機”の売り込みもかねて」

 

「ほう……チョーノ少佐が興味を持つとはどんな人物かね?」

 

「合衆国陸軍長距離爆撃機隊(ロングレンジ・ボマーズ)隊長、”カーソン・ルメー”少佐です」

 

「ああ、あの『ボーイングのプロモーションチーム』の飛行隊長か」

 

亜美は頷き、

 

「日本には現在、各種C/D/E型B-17”フライング・フォートレス”が合計24機駐留してるのは御存知ですか?」

 

「ああ、もちろん知っている。確かナカジマ(中島飛行機)がライセンス生産する方向で話が進んでたんじゃないかな? ボーイングは合衆国政府からのバックオーダーで手一杯だから、せめてライセンス生産料で儲けようとか何とか」

 

「ええ。不本意ながら中島は、間違いなくその話を受けるでしょう。中島は四発以上の大型爆撃機を作りたがってますし、空軍はドゥーエや貴国の故ミッチェル准将の信者(ファン)は多いんですよ。嘆かわしいことに」

 

ドゥーエもミッチェルも史実では戦略爆撃の概念提唱者であり、戦略爆撃機の有用性を解いた先駆者として今日では評価されている。

 

しかし、ドゥーエもミッチェルは当時登場したばかりの航空機を集中運用するための専門軍事組織”空軍”の設立を声高に叫ぶ「空軍独立論者」で、また旧来の陸軍や海軍を軽視する発言を繰り返したために軍上層部から嫌われ、左遷の憂き目を見ている。

 

特に鬼籍に入ってまだ日が浅いミッチェルは、空軍独立論であると同時に戦艦不要論まで声高に主張し、ひいて海軍不要論まで言い出す始末だった。

ミッチェルの常軌を逸した海軍嫌いと、ある事故から友人を失い陸海軍統帥部を激しく批判したことが引き金となり、史実でも”この世界”でも軍法会議にかけられ有罪判決を受け、ミッチェルは最終的に除隊させられていた。

 

 

 

ちなみにミッチェルの”預言”を裏切るように米国海軍は大艦巨砲主義まっしぐらで、米国自身が主役だった1938年の”張鼓峰事件”や、1939年の独ソのポーランド侵攻と東西分割などを材料に「領土的野心を持った好戦的国家群により、世界は再び戦乱期に入った」と宣言、ルーズベルト大統領は実質的な戦争準備である「国防力強化=軍備増強」の方針を打ち出したのだ。

 

中立法は当面維持する方針だったが、フランスの陥落と英独戦開戦をきっかけに英国が【第二次ロンドン海軍軍縮条約】に盛り込んでいた「開戦特例による条約の凍結」宣言をし、日米仏(亡命フランス政府)の合意により、海軍軍縮条項は全凍結された。

棚ボタ式に艦隊拡張のフリーハンドを得た米国海軍は、「戦力として中途半端、”サウスダコタ級戦艦”を高速化した強化拡大版に過ぎない。16in砲搭載の巡洋戦艦」と評された”アイオワ級”の建造を取りやめ、「アメリカ海軍らしい強力で重厚な戦艦」を求めて”モンタナ級”の建造を前倒しして着手した。

また、このモンタナ級の建造を後押ししたのは、ニューディール政策(大規模公共投資)の一環としてはじめられた『パナマ運河拡張工事』が1941年までに完了する目処がついたからだ。

これに【パナマ運河航行可能船舶最大値(パナマックス)】が従来より大幅に拡大され、全長366m/全幅49m/喫水15.2m/排水量65000tの船が、つまりモンタナ級が航行可能となるのだ。

逆に言えばモンタナ級は、この【新パナマックス】を見越して計画/設計がなされたのかもしれない。

 

ちなみに”この世界”では日の目を見なかったアイオワ級は、どういう理屈か「金剛型の後継となる巡洋戦艦」を探していた日本に「ハワイを経由」して流れ着き、とある巡洋戦艦の建造に繋がるのだが……まあそれはまだ未来の話だ。

 

 

 

***

 

 

 

ともかく、そんなミッチェルの先鋭的……あるいは反社会的なロックスター並みの過激さゆえだろうか?

彼のファンは多く、その日本における最右翼として知られてるのが空軍司令官”山本一二三(やまもと・ひふみ)”大将だというのだから何を況やである。

とっくに日米同盟が締結された1925年……ミッチェルは、

 

『日本が太平洋で戦争を引き起こすとすれば、はじめにある晴れた日曜日の朝にハワイを叩くことでアメリカに攻撃する』

 

と語ったという。

これは軍法会議で明らかになった事実で、「日米双方の不穏を煽り、最終的に日米同盟を破棄させることを目的とした離間工作」の嫌疑をかけられたのだ。

これを聞いた山本は呵呵大笑し、

 

『確かに大国アメリカに小国日本が喧嘩吹っかけるには、それぐらいのインパクトは必要だよなぁ、おい。そう思わんか?』

 

とコメントを残し、周囲の日米士官達を苦笑いさせたという逸話が残っている。

山本は大日本帝国軍の中でも親英米派の最右翼といわれる存在で、今回のルメーとB-17部隊の来日も中島とボーイングを引き合わせたのも、裏で糸を引いてるのは山本だともっぱらの噂だった。

 

 

 

「ところで、その爆撃機隊がどうしたというんだね?」

 

「うちが試製一式中戦車をはじめとする試製車両群の実戦テストがしたかったように、あるいは米軍地上管理本部(AGF)がM4中戦車の実戦評価をしたかったように、我が国の空軍も米国陸軍航空隊も中島もボーイングも、得体の知れない”戦略爆撃機”なんてデカブツが実戦で使えるか試してみたいのでは?と思いまして」

 

「なるほど……仮にそうだとして、チョーノ少佐はどこにどういう風に使いたい?」

 

亜美は地図の一点、モンゴルに築城された赤軍の巨大陣地を指差し、

 

「狙うはタムサク・ボラグとそのサポート補給拠点。列車砲で眼前の敵を撃つ馬鹿はいません。高射砲でハエを撃つ馬鹿がいないのと同様に」

 

「しかし、護衛はどうする? ちょっと前ならともかく今はソ連(むこう)には高性能戦闘機が配備されている。噂じゃ600km/hを越える最高速が出ると言われてるが?」

 

九七式司偵を原型とした米陸軍の偵察機”R-1ベイブ”は最近の偵察任務は苦労してると報告があった。

敵はMIG-1やそれと似た形状の正体不明の高速戦闘機を軍事拠点の隣接飛行場に多数配備し、こちらを待ち構えているようなのだ。

航続距離が短いのかあまり長距離を追尾できないようなので今のところは振り切れているが、これもいつまで続くか判らない。

事態を重く見た米軍が、さっそくR-1ベイブの後継となる双発の新型長距離高速偵察機を早速、日本に大量発注したというのも頷ける話だった。

 

「確かにそれは問題ですね……米軍の主力戦闘機”P-40”は航続距離は1500kmくらいですから。正直、護衛は厳しいです」

 

日本空軍が陸軍同じく在日米軍(あるいはペンタゴン)の依頼で実戦テスト用に持ち込んでいるのは、今のところ”一〇〇式重爆撃機”だけだった。

40年の東京オリンピックで開会式が行われた国立競技場上空をフライパスし派手なお披露目を決めた一〇〇式重爆は『護衛戦闘機いらずの高速/重装甲/重武装の新世代爆撃機』を謳っていたが、その前評判が本当なのか確かめるために満州に持ち込まれたらしいのだが……

 

(この場合は意味ないわよね?)

 

B-17と編隊を組ませて日米連合爆撃機隊の結成というシチュエーションは心惹かれるが、それ以上の話ではない。

 

(あと投入できそうな部隊は……)

 

亜美は考える。

 

(”一〇〇式重局地戦闘機”は駄目。航続距離がP-40と大差ないし、何より英国支援分で生産は手一杯のはず。出来たそばから英国に送られてるみたいだし……米軍の”P-38”はまだ本格生産に至ってないし、生産された少数機も米国本土にしか配備されてない。”P-39”は論外。性能不足で航続距離も足りない……)

 

消去法で一つ一つ候補の戦闘機を消していくが……

 

「あっ!」

 

やがてある一つの結論に辿り着く。

 

「大佐、在日米軍に働きかけて、我が国の空軍に遠征の要請はできますか?」

 

「出来なくはないだろうが……一体、何を思いついたんだ?」

 

「あったんですよ! 日本でたった一つだけ、あったんです! B-17を護衛できる長い航続距離を有する戦闘機を運用してる部隊が♪」

 

「なにっ?」

 

「【飛行第64戦隊】……”加藤武雄(かとう・たけお)”少佐の部隊が今、”新型戦闘機”の集中配備をされ、慣熟訓練を行ってる筈です!」

 

「興味深いな……」

 

コリンズは本当に興味深そうに呟くが、ふと思い立ったように……

 

「そう言えばチョーノ少佐は、ルメー少佐に合った事があるのかね? 君にしては珍しく毛嫌いしてるようだが」

 

「えっ? 面識はまったくありませんよ?」

 

亜美はきょとんとした顔をした後、

 

「私は機甲師団を現代の騎兵だと思っています。槍を戦車砲に持ち替え、馬の代わりに強力な馬力を誇るエンジンを備え、甲冑の代わりに分厚い装甲を纏った……言うなれば、”装甲騎兵”です」

 

「なるほど……中々に貴重な見解だな」

 

そして口は笑っているが目は笑ってない表情で、

 

「そんな私が、どうして街を住人ごとまとめて吹き飛ばして更地に変える”空飛ぶ土建屋”に好意を向けられると思うんです?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

数日後……

米国がイーストバンクと呼ぶハルハ河東岸、【ノモンハン・ブルド・オボー】近辺ではちょっとした騒音が鳴り響いていた。

 

 

 

「弾種榴弾、距離そのまま左右に1度ずつ散らしながら3発続けて! Огонь(撃てっ)!」

 

その時、カチューシャ……エカテリーナ・トハチェフスカヤ大尉はまだ遠くにある「何の変哲も無い草むら」に、いきなり榴弾による砲撃命令を出した!

 

隊長車の砲撃に驚く部下達であったが、ノンナだけは冷静で間髪いれずに、

 

「弾種榴弾、照準は大尉殿の着弾位置。Огонь(アゴーン)

 

そして着弾……よく見れば爆風で舞い上がるのは草や土煙だけではなく、もっと肉っぽい何かが赤い液体を振りまきながら宙を舞った。

 

「ノンナ、BT-7Mの残骸の陰に戦車を隠蔽するよう指示出しておきなさい」

 

「はい。カチューシャ様もお気をつけください」

 

カチューシャは”冬戦争”の戦利品、71連発ドラム・マガジンを装着したフィンランド製の”スオミKP/-31”短機関銃を片手に嗤う。

 

「ノンナ、誰に向かって言ってるのかしら? こと陸上戦でカチューシャ様に勝てる人間は、この世に一体何人いるの?」

 

「愚問でしたね。でも、くれぐれも油断なさらぬよう」

 

「判ってるわよ。久しぶりの白兵戦になるかもしれないもん♪ 楽しまなくっちゃね?」

 

 

 

***

 

 

 

「はぁ~い♪ Американски(アメリカンスキー)。それとも、こういう時はあなた達の国の言葉で”覗き屋トム(ピーピングトム)”とでも言ったほうがいいのかしら?」

 

「ぐふっ……」

 

その男は既に死に掛けていた。

いや、正確には彼の率いてた歩兵偵察分隊の中で辛うじて生きているのはこの男だけだった。

 

思いもしない距離から戦車の砲塔がこちらを向いた。

実戦を潜り抜けたこともあるこの男は、これまでの戦訓から考えて偶然だと思った。

第一次世界大戦の頃、自分がまだ新兵だった時代に偶然に自分達に向いた戦車砲に反応し、逃げようと身を隠していた遮蔽物から慌てて飛び出して車載機関銃で蜂の巣にされた戦友がいた。

それを貴重な経験として、自分はその愚は犯すまいと心に誓った。

 

何しろ彼我の距離は1000ヤードもあるのだ。ここに迷彩を施した歩兵がいるなんてわかるわけなかった。

自分達は敵戦車隊に気取られぬようにやり過ごし、敵の定期巡回ではないイレギュラーの集団が滲出してきた事を本部に連絡することが最優先な任務だった。

 

しかし……発砲炎が煌いたときには既に遅かった。

初弾は分隊のほぼ真ん中に降り注ぎ炸裂……運の悪い部下はこの時点で死んでいた。

 

更に左右に2発、同じところにさらに1発が落ち、分隊の半分が死か死を待つだけの身体となり、残りも無傷な者はいなくなっていた。

急報しなければならなかったが、肝心の無線機はその担当者と一緒に破片となり肉片と混じり、どこからどこまでが無線手でどこからが無線機なのかわからなくなっていた。

 

 

 

そして硝煙の臭いと土の臭いと鉄錆の臭いが混じった煙が晴れる頃、気が付くと一人の小さな女の子が立っていた。

最初はあまりにも非現実的な光景に、幻覚でも見てるのかと思った……しかし、手に持った短機関銃で死にかけた部下を嗤いながらまとめて薙ぎ払った時、その女の子が敵だと理解していた。

見ればソ連の戦車兵服を着てるではないか。

何故、その時まで気が付かなかった……どうも頭の回転が鈍いのが気にかかったが、反撃するのが先決だった。

でも、何故か腰に下げてるはずの拳銃が上手く持てなかった。

 

その男……分隊長はまだ気付いてなかった。

自分の右腕がすでに無くなり、止めようも無く血を流し続けてる事に……

 

 

 

「どうして、俺たちが潜んでいるのがわかった……?」

 

短機関銃の銃口が目の前にあり、分隊長は既に自分の命が長くないことを悟った。

その予感が外れないことも判っていた。

だから人生最後の時間を疑問の解消に費やすことにした。

 

「だって”見えて”いたもの」

 

「???」

 

「カチューシャ自慢の【Глаз Бабы Яги(バーバヤーガの瞳)】からは何人(なんぴと)たりとも逃げられないし、隠れられないの」

 

「魔女の……瞳……」

 

それが分隊長の最後の言葉だった。

 

 

 

***

 

 

 

「おかえりなさい。カチューシャ様」

 

「駄目だったわ。Спецназ(スペツナズ)みたいだったから、少しは活きのいい敵兵が残ってると思ったけど、結局いつもとおんなじ。一方的に撃ち倒しておしまい。楽しめるほどじゃなかったわよ」

 

と迎えたノンナに不満げな声を漏らすカチューシャ。

ちなみにスペツナズとは英語で言う”スペシャルズ”という意味で、本来ならば”特殊部隊”全般を示す言葉だ。

 

「それは残念でしたね? ですが、カチューシャ様にお楽しみいただけそうな報告が入ってきました」

 

「どんな?」

 

大して興味なさそうな顔をする彼女に、

 

「我が方の装甲偵察中隊が、敵の装甲偵察中隊を遠距離で目視発見しました。我が方は攻撃せずに離脱したのですが……ただし、敵装甲偵察隊がこちらに向かっているのを確認しました」

 

「ふ~ん……でも、軽戦車や軽装甲車両はもう食傷気味なんだけど?」

 

するとノンナはほんのかすかに口の端を動かすように微笑み、

 

「敵の中隊には5両の中戦車が入っていたそうです。そのうち4両はM3でしたが、うち一両は『識別不明。ただし中戦車サイズ。新型戦車と思われる』だそうです」

 

その言葉を聞くなり、カチューシャは口を三日月を思わせる形に曲げる。

 

「フフフ……あっはっはっ! ようやく楽しそうなのが出てきたわねっ! きっとそれって報告にあった噂の【エムチャ(M4)】よねっ!?」

 

「おそらくは。遭遇したのは明らかにアメリカの部隊だそうですから」

 

ノンナがそう答えたとき、カチューシャの鼻先に冷たい感触が走った。

 

「雪……? ねえノンナ、カチューシャにはよくわからないけど、」

 

「はい」

 

「こういうの”天佑”って言うのかしら?」

 

 

 

そのカチューシャの笑みは、子供のような無邪気で同時に残酷なものだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。
カチューシャ様の”異能(ちから)”が発覚したエピソードはいかがだったでしょうか?

この能力、実は……

カチューシャ「カチューシャにもよくわかんないけど、なんとなく見えるのよ」

というかなり曖昧なもので、脳が「視覚情報として処理」してるだけで本当に視覚強化系能力なのかは謎です。

それにしても亜美は戦争を小規模に納める気、まるで無し(笑)
これ以上コリンズを喜ばせてどうする(^^

とにもかくにもアリサとのエンカウントはもう目の前……
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



一〇〇式重爆撃機 / 一式陸上攻撃機

エンジン:火星二五型×2(空冷星型14気筒、燃料噴射装置/メタノール噴射装置/強制冷却ファンを搭載、1850馬力)
最高速(爆装時):492km/h(一〇〇式重爆)、479km/h(一式陸攻)
航続距離(爆装時):2,200km(一〇〇式重爆)、2,176km(一式陸攻)
固定武装:武2式航空機関銃×2(12.7mm。尾部、連装搭載、旋回銃)、武1919式機関銃×5(7.62mm。旋回銃)
搭載量:爆弾1t(一〇〇式重爆)、1t航空酸素魚雷×1(一式陸攻)
配備年:1940年(一〇〇式重爆)、1941年(一式陸攻)

備考
”この世界”において大日本帝国空軍が1930年より採用している「双発万能プラットフォーム・コンセプト」の第二世代機。
「双発万能プラットフォーム・コンセプト」とは、大柄で発展性や拡張性のある双発機をプラットフォームを先ず完成させ、それを叩き台に近似仕様で使える機体を分化/開発しようというコンセプトで、開発期間の短縮と合理的な生産/整備体系を狙ったものである。
その第一世代は、九七式重爆撃機と九六式陸上攻撃機だった。

第一世代の九七式重爆と九六式陸攻は第一世代ということもあり、試行錯誤の連続で最終的な両機の形状は最大の相違である尾翼や背部構造に代表されるように似ても似つかないものとなり、思ったよりは量産効果は高くなかったが、コンポーネントはかなり共通性があり、保守部品の供給や整備面においては極めて効果が高く、また稼働率も高かった。

一〇〇式重爆撃機と一式陸上攻撃機は、その第二世代ということもあり更に設計の融合や統合を進めたもので、非常に形状も似通っていて一般人では見分けが付かないほどだった。
基本コンセプトは下記の通りだ。

・大馬力の火星エンジンを搭載し、機体の余力を持たせると同時に高速化を図る。

・インテグラルタンクの採用による燃料搭載量の拡大と長距離飛行の達成

・インタグラルタンクのセルフシーリング化、機体構造自体の高剛性化、重要部分の装甲化/防弾化、自動消火装置の導入などによる直接的/間接的防御力の強化

・将来的な機体発展性、拡張性の確保

・自衛武装の強化

などであり、史実の一〇〇式重爆と一式陸攻のいいとこ取りのような機体であった。
特にエンジンの開発が早いが、これは何も火星に限ったことではなくモータリゼーションの影響や英米のエンジンメーカーや周辺企業の有償無償を問わない技術供与のために前倒しになったのだろう。
例えば、ゼロ戦として有名な零式艦上戦闘機は十二試艦戦の時点で三菱製の”金星51型”、空軍の一式戦闘機”隼”は中島製の”栄21型”の搭載を前提とされていた。
ちなみに”この世界”ではエンジンは基本的に識別し易くするためにペットネームで呼ばれることが普通で、史実のように「同じエンジンなのに陸軍と海軍と呼び方が違う」などということはない。

基本的に特殊機材がほとんど無く、爆撃用機材のかなりの部分が九七式の発展型で補える上に需要の大きな一〇〇式重爆が先に開発され、史実と違い英米と敵対しておらず当面は敵艦隊と戦う可能性が低かった(低いと思われていた)ために一式陸攻が後発となった。
もっともこれは、一式陸攻の開発が後回しにされていたとか優先度が低かったというより、新世代主力対艦装備である航空酸素魚雷の開発に手間取ったから、それに歩調を合わせたといわれている。

蛇足ながら、英米の艦隊と衝突する危険性が少ないのに史実よりも強力な、高精度ジャイロと触発信管だけでなく艦底爆発を狙える磁気信管を装備した航空機用の酸素魚雷が開発されたのは、ちょっとした逸話がある。

”この世界”の帝国海軍では当然のように条約派が勝ち、悉く「国家を破産に導く元凶」として艦隊派が軍よりパージされたわけだが……
一説によると、大艦巨砲主義者の巣窟だった艦隊派の懲罰と粛清の象徴、国民へのアピールとして赤城型と加賀型の4隻の戦艦を空母に設計変更し、更に酸素魚雷の資料を根こそぎ空軍に渡し海軍と共同の強力な航空機用の対艦兵装開発を要請したらしい。

ペットネームとして”呑龍”という名が与えられた理由は、東京オリンピックでの上空をフライパスしてお披露目した空軍機は一〇〇式重爆撃機以外にも一〇〇式重局地戦闘機、一〇〇式司令部偵察機の三種あり、”一〇〇式トリオ”と呼ばれているが、それを混同しないようにする配慮だと言われている。










目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 ”コミュニケーションは重要です♪”

皆様、こんばんわ~。
本日は深夜アップの作者です(^^

さて今回のエピソードは……サブタイ通りに「意思疎通(コミュニケーション)は大事だよね?」って感じのエピソードが大半を占めたりします(えっ?

そしてまたしても端役のようなそうでないような新キャラ登場♪
ヤローばっかで相変わらず色気が無いのが難点ですが(笑)





 

 

 

その日、アリサ・ホイットニー少尉は緊張状態にあった。

軍人としての初めての出撃、初めての戦場、サンダース戦車中隊(サンダース・タンクトルーパーズ)以外の人間と初めて組む部隊……

 

誰しも初めてというものがあるが、初めてづくしの彼女の心境は察して余りある。

落ち着かないのかこの氷点下の寒空の中、アリサはキューポラから上半身を出ししきりに双眼鏡を覗きこみ、不必要なほど周囲を警戒していた。

日本で調達したD-1タイプのレザー・グランドクルージャケットをタンカースジャケットの上に重ね着してなければきっと凍えていただろう。

 

「なあお嬢ちゃん、そんなに気ぃはる必要は無いぜ? 敵偵察中隊とのエンカウントなんてそう滅多にあるもんじゃねえ。一日に二度当たるなんて聞いたこともねぇしな」

 

そう南部訛で陽気に笑うのは、一等軍曹の階級を付けた髭面の男だった。

おそらくは、この本来は4両のM3中戦車で編成されていると思わしき小隊の小隊長ではないのだろうか?

アリサの父親と同年代と思われてもおかしくない風貌からして、そう外れた予想でもないだろう。

 

アリサはアリサで普段ならお嬢ちゃん呼ばわりされたら怒るかもしれないが、軍曹の燻し銀の雰囲気と何より余裕の無さからそういう考えに及ばないようだ。

 

「そうね……そうよね」

 

アリサは既に『最初の会敵』を経験していた。

基本的に遮蔽物の少なく見晴らしの良いモンゴル平原は、かなり遠くから敵を発見できる場合が多い。

アリサを名目上の中隊長とした【ホイットニー臨時編成装甲偵察中隊】の面々は、警戒を密にしていたせいもあり主砲の有効射程よりかなり遠い間合いで敵装甲偵察中隊を発見していた。

 

その瞬間、アリサの緊張はピークに達したが、敵も中戦車を含むこちらの陣容を確認したのだろう。

2個偵察小隊が、戦闘力の高い1個中戦車小隊を護衛に付け行軍してると判断したのかもしれない。

幸いにして敵の偵察中隊は交戦の意思を見せず、すぐに西側……ハルハ河方面に逃走したのだった。

 

「ありがとう。オッドボール軍曹」

 

「いや、俺の名はオールドボールなんだけどよ……」

 

「あっ、ごめんなさい! あれ……?」

 

ふと視界を横切るちらちらと舞い降りる白い欠片……

 

「雪……? 今日は珍しく曇ってると思ったら、降ってきちゃったか……」

 

彼女の生れ故郷はそう積雪の多いところではないが、かといって冬になれば珍しいというほどでもない。

 

でも故郷と違いモンゴルは心まで乾くくらい冷たく乾燥していて、そのせいか実家がひどく懐かしくなった。

 

「”おうちがいちばん”か……」

 

ふとアリサは昔、父親と見たミュージカルを思い出した。

 

(そういえば映画化されたのは、去年だっけ?)

 

「雪雲の向こうには、虹の架け橋が待ってるのかな……?」

 

「お嬢ちゃん、何か言ったか?」

 

「ううん。なんでもないわ」

 

 

 

臨時編成の米国陸軍装甲偵察中隊は、そのままとある祭礼場(オボー)のある方面に向けた進路を進んでいた。

その先に何が待ち構えているのか知らずに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

 

世の中には不幸な人間はいくらでもいる。

というより自分が幸福だと思える人間の方が少数派(マイノリティ)だろう。

特に戦争という政治劇が蔓延する世界では……

 

 

 

その日その時間、ハイラル・ベースで通信当番をしていたジョージ・マーフィー上等兵は、自分が担当するハルハ河東岸(イースト・バンク)に潜伏しているはずの偵察分隊から定時連絡が無いことに気が付いた。

 

彼はそれを異常と判断し、上司……現在当番に入ってる”通信班(チーム)”の班長に話を持っていく。

 

軍は基本的に通信関係は常時24時間体制であり、最前線の基地ともなれば尚更だった。

実際、通信は大雑把に分けても司令部/陸上部隊/航空隊の三系統あり、通信形態も音声/モールス信号/電文がある。

 

この初期戦力に加え下は大隊規模から上は旅団規模にいたる様々な戦闘集団の付け焼刃的動員で急激に煩雑で大量になってしまった情報のやり取りを効率的に行うため、ハイラル・ベース本来の満州西部方面師団の通信部隊を中核に組織を再編し新たに通信統括部を設置、各戦闘集団から抽出してきた通信隊を細分化し、通信班単位でパートごとにローテンションを組ませ、複数同時並列処理することで対応していた。

 

 

 

「なんだ、そんなことかね? 今日は悪天候、生憎の雪だ。電波が散乱しまともに通信できないことなんてよくあることではないか」

 

そうつまらなさそうな顔をするのは、”アンドリュース・フォーク”少尉だった。

米陸軍士官学校(ウエストポイント)を「座学は首席」で卒業したという評判だが、

 

「あまりくだらないことで、私の時間を無駄にさせないで欲しいものだな」

 

(この出世にしか興味の無い、実戦を知らない頭でっかちの青二才が!)

 

正直、マーフィー上等兵はこの士官学校出たてのこの男を反吐をかけたいほど嫌っていた。

ペーパーテストの出来はいいかもしれないが、ともかく性格が最悪なのだ。

悪い意味で士官学校出のエリート意識丸出しで、周りが見えておらず一兵卒を見下す態度を隠そうともしない。

だが、上官には露骨に媚びる態度を取るのがまたいけ好かない。

おかげでごく短期間の間で兵や下士官の間から「ベース1係わり合いになりたくない士官」「フレンドリー・ファイアの第1標的」「あの世へ転属して欲しい奴No.1」というような輝かしい栄誉を獲得していた。

ネガティブな意味だがそれでも一位は一位だ。フォークにとっては本懐だろう。

 

そして通信隊に志願したのも、出世コースの登竜門の一つである情報徽章を得るための早道だともっぱらの噂だった。

 

コミュニケーションをこれ以上取る気が無い、言い方を変えれば部下の報告より上官への得点稼ぎの書類仕事に忙しいらしいフォークに愛想をつかしたマーフィーは、コーヒーブレイクを取ることを告げる。

別に許可が無くても勝手に取るつもりだったが、フォークは顎をしゃくって「勝手に行け」という態度で許可を出した。まあ、本気でどうでもいいことなのだろう。

 

その態度がまた腹立たしかったが、これ以上この男と会話するということのほうがより強く怒りがわきそうだったのでそのままマーフィーは部屋を出た。

 

 

 

***

 

 

 

「よう、ジョージ。どうした? 不景気な顔をして?」

 

「あっ、ハロルド教官……」

 

マーフィーが基地内のコーヒースタンドでコーヒーの苦味以上に渋い顔をしてると、そう声をかけてきたのは少し歳の離れた中年男……”ハロルド・スタンフィールド”曹長だった。

 

「阿呆。俺は今、曹長だっつーの。いつまで訓練兵気分でいやがる?」

 

かつてマーフィーは訓練兵だった時代に、当時鬼軍曹(きょうかん)だったスタンフィールドに散々扱かれた経験があった。

 

その教官殿も階級が上がると同時に原隊復帰、配置転換でなんの因果かスタンフィールドもまた、部署こそ違うが同じベースに配属されていた。

 

「んで? なんでそんな腐ってやがるんだ?」

 

「実は……」

 

 

 

「なるほどな」

 

マーフィーから話を聞いたスタンフィールドは腕を組みながら頷き、

 

「こいつはひょっとするとひょっとするかもな……確か、その偵察隊が張ってたのは確か”ムカデの嬢ちゃん”がイワン食い殺したすぐ近くだったよな?」

 

「む、ムカデ?」

 

「ああ。あの女だてらガチの装甲偵察隊率いてる、日本から来たっていう赤いリボン巻いたお嬢ちゃんだ」

 

「ああ、噂の……」

 

マーフィー自身は直接姿を見たこと無いが、噂は耳に届いていた

 

「確かあそこにはサンダースの娘っ子が向かってるはず……万が一ってこともある。こうしちゃおれんか」

 

スタンフィールドは一気にコーヒーを飲み干すと、

 

「ジョージ、その一件については俺の方に任せろ。直属じゃないが知ってるのが嬢ちゃん達の上役との連絡将校をやってる。伊達と酔狂が三度の飯よる好きって困りモンだが、頭の回転は悪くはねぇ」

 

そう言った時、曇り空から降ってきた雪粒が空になったペーパーカップに落ちてきた。

 

(雪じゃ飛行機はまともに飛べん)

 

「……こりゃ急がんと」

 

 

 

***

 

 

 

「報告ご苦労だったな。アッテンボロー少尉」

 

ジョージ・ローソン・コリンズ大佐は基地よりの連絡官としてよく顔を出している”ダスティン・アッテンボロー”少尉にそう告げる。

 

「はっ!」

 

彼にしては珍しく、教本に載せてもおかしくない綺麗な陸軍式の敬礼を返す。

アッテンボローはそれなりに”曲者”と評判の大佐を気に入り、それなりに敬意を払っていた。

まだ付き合いが短いが、底が見えない得体の知れない奥深さが見てて飽きないのだ。

 

(どうせ上官を持つならこういうタイプがいい。少なくとも飽きることは無さそうだ)

 

伊達と酔狂を愛する彼らしい人物評といえよう。

コリンズはコリンズで、この未だそばかすが消えない若い少尉を「有能。ただし使い方を間違えると危険」とそれなりに高く評価してるのだが。

 

アッテンボローは基本的に”郵便配達人(ポストマン)”と呼ばれる連絡将校で、西部方面軍団司令部や時にはスティルウェル本人からの書簡をこの【日米混成”慰問”部隊】の仮設司令部(コリンズの執務室兼用)に届ける、または書簡を預かるのが主な役目だった。

 

はっきり言えば雑用で、一応司令部や司令官の執務室に入っておかしくない士官の身分ではあるが、まだまだ娑婆っ気が抜けない新米少尉には相応しいと言えば相応しい役割だ。

まあ、将来を有望視されてる新進気鋭の若手将校に回される役回りかと言えば……軍隊でよく言われるジョークの中では『頭の悪い怠け者』にやらせる仕事だ。

 

だが、アッテンボローは別に不満は無い。

むしろ頭の出来というよりフォークと違う意味での性格の問題から自分を煙たがり、顔を見なくて済むという理由で連絡将校に推薦した「じゃがいも野郎(じょうかん)」にはむしろ感謝しても良いくらいだと思っていた。

お陰で陰気なポテト顔を見なくて済むし、退屈もしない。おまけに美人も多いとなれば文句の出ようなどない。

 

アッテンボローがそんなことを考えてる最中、コリンズはなんらかの結論に達したらしく、

 

「サンダース大尉、ニシズミ中尉」

 

「「ハッ!」」

 

何かを嗅ぎつけ待機していたような雰囲気を持つ二人は自分の執務机から立ち上がると、

 

「急な話ではあるが、【日米混成”慰問”部隊】の独立権限内で、現在可動可能な新型戦車を投入しての野戦テストを命じる。せっかくの荒れ模様の天気だ。雪中行軍のいいデータがとれるだろう?」

 

コリンズは、様式美すら感じる流暢な言葉の流れで発令した。

 

「「アイアイ・サー!!」」

 

そして二人の少女は敬礼すると石弓で弾かれたように部屋から飛び出していった。

正確には、万が一のときにこの発令を受けるためにみほもケイもアリサが出発したときから司令部に詰めていたのだ。

 

 

 

少女達のあまりの反応のよさに唖然とするアッテンボローに、

 

「アッテンボロー少尉」

 

「は、はあ……い、いえ! 大佐、なんでしょうか!」

 

彼のリアクションに思わず笑いを噛み殺すコリンズは、

 

「こちらからすぐに軍団司令部に出すような書類はないのだが……良ければ、少々我が部隊の仕事を手伝ってくれないか? なに、君の上官……ドーソン大尉と言ったかね? 彼には私から話しておこう」

 

「りょ、了解であります!」

 

「すまんな。私の優秀な副官(チョーノ少佐)が、ちょうど部下を引き連れて出払ってしまってね」

 

「どちらへ?」

 

「何でも日本人がバトル・オブ・ブリテン参戦のご褒美に、ジョンブルからプレゼントされた車両……AECだかドーチェスターだかって名の野戦指揮車のテストに出ているのだよ。なんとも間の悪い話だ」

 

HA-HA-HAと陽気に笑うコリンズに、アッテンボローはどうしようもない胡散臭さを感じてしまう。

一頻り笑った後にコリンズは少し考え、

 

「我々にもそういった車両(野戦装甲指揮車)が必要な時期に来てるのかもしれんな」

 

と窓の雪を見ながら呟いた。

 

 

 

この世には自分がラッキーだ、幸運だと思える人間はいつだってマイノリティーだ。

しかし、この時のダスティン・アッテンボローは紛れも無くそのマイノリティ側にいた。

伊達と酔狂という言葉で表した、彼が心のどこかで望んだ精神的刺激が最も間近に感じられる場所に、あるいは最も刺激的な戦争という物語に「登場人物の一人」として舞台に立っていられるのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

舞うという表現が似つかわしい表現だった雪が、ここ【ノモンハン・ブルド・オボー】近辺では既に激しく降り積もるという表現が正しくなっていた。

 

分厚い雲から降り積もる雪は上空を飛ぶ飛行物体からの目を奪い、電波を減衰させて無線の有効半径を狭め、人間の視界も著しく狭めていた。

 

もっともカチューシャ、エカテリーナ・トハチェフスキーにとってはこの程度の降雪など降ってるうちには入らないかもしれないが。

 

「最終的な確認をするわよ? 第2射までは中隊統制の一斉射撃。今、隠れてる残骸から出ないように撃つのよ? T-34(ピロシキ)の4両は集中的に軽戦車を狙いなさい」

 

カチューシャに外に集められたのは経験の浅い4人の戦車長とノンナだ。

 

「「「「Да(了解)!!」」」」

 

威勢よく響く四人の少年少女と呼んで差し支えない幼を残した声に、カチューシャは満足げな声を出した。

 

「ノンナは統制射撃後は”M4中戦車(エムチャM4)”を無力化して。ただし撃破しちゃ駄目」

 

「了解しました。今回は全員”処分”しないのですか?」

 

するとカチューシャはニヤリと笑い、

 

「フフン。そろそろ”正体不明の殺戮者”って役回りに飽きてきたのよ」

 

「左様ですか」

 

「ねぇ、ノンナ」

 

「はい」

 

「恐怖ってそれを伝える人間がいなければ、残らないと思わない?」

 

 

 

***

 

 

 

カチューシャは雪が好きだった。

純粋に白くて冷たいところが好きだった。

眠らせるように命を奪うところが好きだった。

 

ロシアがナポレオンに蹂躙されなかったのも冬将軍のおかげ、雪を武器としたからだ。

時には命を奪うが、凍てついた土と同じく雪はいつだってロシア人の味方だった。

それになにより、

 

(汚いものも綺麗なものも何もかも覆い尽くすのが好き……)

 

その下に何が埋もれているのかを誰にも気付かせないまま……

例えば、主ごと朽ち果てた戦車や亡骸となった米兵の死体の上にも雪は平等に降り注ぐ。

 

(ん……)

 

その時、”感知領域(エリア)”に何者かが侵入する感覚に、カチューシャの口の端が自然と吊り上る。

 

(まだよ……まだまだ)

 

雪が降り積もったせいで、敵はまだ残骸の陰に”生きた戦車”が隠れていることに気付いていない。

 

ならば、可能な限り近づくのを待つべきだ。

一斉射はカチューシャ車の発砲と無線の指令(コマンド)によって行われる手はずになっていた。

経験の足りない戦車長がプレッシャーに耐えられず自己判断で発砲するリスクはあったが……

 

(今のところはよく耐えてるわね♪)

 

思ったよりも我慢強いことにカチューシャは満足を覚える。

そして、しばし後……

 

(そろそろ耐えたご褒美をあげないと)

 

M4中戦車とM3中戦車が感覚的には眼前を通り過ぎ、尻をこちらに向けていた。

 

「今よっ! Все танки(全戦車、), стрельба подготовлен(射撃よぉーい)……Сальво(一斉射開始)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、御愛読ありがとうございました。
どこかで聞いたことあるような名前のオリキャラ(?)が混入したエピソードはいかがだったでしょうか?

それにしても……ヤロー新キャラの登場数最多のエピソードだったような?(^^
フォークとアッテンボローは両極端な行く末が待ってそうです。

そして、カチューシャ様がいよいよ初弾発射!
次回はいよいよカチューシャvsアリサのバトルステージ!
果たして結果は……?
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料集



ドーチェスター装甲指揮車(AEC装甲指揮車)

全長:6.1m
重量:12.2t
速度:60 km/h
装甲:12mm(最大)
エンジン:AEC187(6気筒ディーゼルエンジン、95馬力)
武装:武1919式機関銃(7.62mm)を銃架に装着可能
乗員:7-8 名

備考
英国AEC(Associated Equipment Company)社の4×4輪駆動装甲車”マタドール”を原型に開発された野戦指揮車で、基本的には『野戦指揮所の機能を詰め込んだ軽装甲バス』という代物で、第二次大戦開戦当時にこの種の野戦装甲指揮車を保有していたのは英国だけだった。

ドイツだけでなくイタリアの英国への宣戦布告により、日英同盟に基づき日本が”英国本土直上防衛戦(バトル・オブ・ブリテン)”より参戦、その報酬代わりに『技術供与』の一環として英国より10両纏めて送られた物。
野戦指揮所機能を存分に生かすために通信設備も充実しており、作中ではその無線設備を生かして電波観測班を乗せた2両のドーチェスターを別々の場所に配置し、三角測量の原理で電波発信源の測定を行う予定。

満州での数々の活躍でその有用性が明らかとなった為、日本でも国産統制型ディーゼルエンジンに乗せかえるなど数々の改造をした国産ライセンスモデルやその発展型の開発が急がれることになる。

ちなみに”AEC装甲指揮車”というのが正式な名称だが、中が広く快適なことからロンドンにある高級ホテル「ドーチェスター・ホテル」に因んで名付けられた”ドーチェスター装甲指揮車”という通称が日本では広まってしまい、軍での公式資料でもドーチェスターの方で記載されていることが多い。

蛇足ながらドーチェスター装甲指揮車と同様に英国から齎されたのは、17ポンド砲の仕様書や設計図、新型マーリンエンジンやその後継であるグリフォン・エンジンの設計図、無線方向探知機(RDF)や短波方向探知機(HF/DF)を含む様々な電波探信儀(レーダー)の技術や、この時代は後に広まった米国式の”ソナー”より英国式の”アスディック”という呼び方が海軍内では一般的だった音波探信儀の技術などがあるようだ。








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 ”アンブッシュです!”

皆様、こんばんわ~。
深夜アップはいつも頭が痺れる気がする作者です(えっ?

今回のエピソードは……サブタイ通りにカチューシャ&ノンナによる待ち伏せ+奇襲の大攻勢です。
果たして、アリサは生き残れるのか……?




 

 

 

「今よっ! Все танки(全戦車、), стрельба подготовлен(射撃よぉーい)……Сальво(一斉射開始)!!」

 

カチューシャの号令一下、合計6門のソ連製76.2mm戦車砲が同時に火を噴いた!

 

 

 

***

 

 

 

「へっ?」

 

その時、「はっきりと硬直した」とアリサは後に語る。

唐突に雪を被った残骸が煌き、次に来たのは……

 

”ズズゥン!”

 

腹の底から響くような二つ重なった炸裂音……自分の周囲にいたM3中戦車が後ろから砲弾で貫かれ、一両はエンジンから出火し、漏れ出し気化した燃料(ガソリン)に引火爆発した音で、

 

「オールドボール軍曹!?」

 

もう一つは37mm砲を仕込んだ砲塔に炸裂徹甲弾が命中し、砲弾に仕込まれた炸薬と自らの砲弾誘爆の相乗効果で「キューポラから上半身を出してた車長ごと」吹き飛んだ音だった。

 

「ひっ!?」

 

その時、アリサは見てしまったのだ。

かつてオールドボールの身体の一部だった物……右腕が血を撒き散らしながら飛んできて、

 

”ばんっ! べっちょ……”

 

M4の砲塔に当たり、鉄錆臭いレッドペイントを残した瞬間を。

 

”じょろろろろ”

 

アリサが盛大に失禁してしまったとしても誰も責められないだろう。

いや、むしろショックで失神しなかっただけでも誉めてもいいかもしれない。

 

そして、叩き込まれた訓練の成果だろうか?

半ば空白化した意識でありながら、キューポラから乗り出していた上半身を車内に滑り込ませ、

 

「司令部に緊急通信。内容は『緊急事態発生(エマージェンシー)。我、待ち伏せした有力な敵の奇襲を受けり。至急、救援乞う』。車体反転、砲旋回、反撃準備」

 

妙に抑揚の無い声で告げた。

初の実戦で、しかも奇襲を受けて反射的にここまでできれば大したものだろう。

アリサは、きっといい装甲将校になれるだろう。

ただ、この場を生き延びられればだが……

 

 

 

***

 

 

 

しかし、実は今の一斉射撃はカチューシャの計画とはちょっと違っていた。

 

Черт(しまった。). Вы должны удалить цель(的を外してしまいました)

 

『あははっ♪ Нонна(ノンナ、), Леди не так необычно(貴女が狙いを外すなんて) для удаления цели? (珍しいじゃない?)

 

無線機越しのカチューシャの笑い声。

やはり我が主はいつでもどこでも愛らしいと思いながらも、普段は声にも表情にも出さないのが彼女なりのメイドの嗜み。

愛らしさを堪能するなら主の就寝後、その日の仕事を終えて一人きりのときにすればいい。

幸い主の古着(オカズ)なら十分な弾数がある。

声が漏れて主の眠りを妨げないように、自分の口に主が幼少期に愛用していたパンツをねじ込み、体臭のたっぷり染み込んだ洗濯前の主の服の臭いを嗅ぎながら自慰にふける快楽は、中々他には得がたいものだ。

 

カチューシャはその生い立ちゆえか、ノンナ的には国宝指定したい……いや、むしろ人類の財産として永久保存したいと思ってる”完全なる幼児体系”からか、羞恥心が低い。

 

自室どころか執務室で平然と着替えるし、自分の前なら平気で全裸になる。

いや、もしかしたら女同士であるからゆえかもしれないが、ノンナにはそれはどうでもよい。

重要なのは命じられる前に着替えを手伝い、その最中に至近距離から主の体臭を堪能し、視姦することが重要なのだ。

脳内を駆け巡る官能が、表情や声に出ないように続けた訓練の成果が問われる瞬間でもある。

更に洗濯せずに捨てるように命じられた脱いだばかりの主の下着を放り投げられたときは、自室に持ち帰ると鍵をかけ、先ず嗅ぎ、味わい、最後に履いて自慰にふける。

その瞬間の絶頂は、この世のものとは思えないほどだ。

そういう時には素直に反応する自分の肢体をノンナは気に入っていた。

 

だから主より全幅の信頼を得る、完璧なメイドの皮を被り続けるノンナは代わりにこう答える。

 

Способ в настоящее(射線上に邪魔が) время в линии огня(入りましたもので)

 

最初の予定ではノンナがアリサの乗るM4中戦車(エムチェ)を仕留める(行動不能にする)予定だったが、どうやら何かの拍子に射線上にM3中戦車が入り込み、結果的にM4の弾除けとなった……「アリサを守る」という役割を果たすことが出来たのだった。

 

『うふふ。でも、お陰でM3は2両潰せたわ。残りの2両はカチューシャが潰すから、ノンナはM4の無力化を継続して。”念入りに優しく”ね?』

 

Да(ダー)

 

ならば、今は主の命令を忠実に果たそう。

そう決めたノンナはキューポラから上半身を出し、あまりに長いために車内に持ち込めずに砲塔の後ろにマウントした”ある銃”に手を伸ばした。

 

まだその試作段階であるその銃は、その長さから”флагшток(フラシュトック)”、ロシア語で”旗竿”という意味のコードネームで呼ばれていた。

使用弾はソ連が対装甲用に開発したタングステンカーバイド製の弾芯(コア)を持つ最新の”14.5mmx114弾”、それを5連発のボックスマガジンに収めセミオートで発射する。

後に【シモノフPTRS1941】と制式名称が与えられることになる対戦車ライフルだった。

 

ルパン三世の劇場版『カリオストロの城』のラストバトルで、次元大介が振り回していたで馬鹿でかい銃と言えばイメージし易いだろうか?

 

ノンナはそれを綺麗なフォームで構え、彼女に言わせれば緩慢な動きをするM4の履帯に銃口を向け、

 

На этот раз не удаляет цель(今度は外しません)

 

”DAM!”

 

 

 

***

 

 

 

「うふふっ♪ その動きじゃカチューシャは捉えられないわよ!」

 

M4の無力化はノンナに任せ、二回目のノンナを除く一斉射で更に一両のM3をしとめたカチューシャは、

 

「全速前進! M3の主砲は旋回できない! 回りこんで一気に仕留めるわっ!!」

 

「「「Урааааーーー!!(ウラァァーーーッ!!)」」」

 

カチューシャの操るT-34bisの乗員全てが雄たけびを上げ、心を一つにする。

その結果として生み出された動きは、鋼鉄の塊というよりむしろ有機的な何かを感じさせるものだった。

 

この時代の米国戦車は実はそれほど運動性は高くなく、例えば緩旋回や信地旋回などはできない。

それが改良され、米国戦車が一気に超信地旋回まで出来るようになるのはクロス・ミッション採用以降の話で、まだまだ遠い未来の話だ。

 

なので、直線は速いが変速機や操向装置に問題があり小回りの利かないbisを含む現行型のT-34でも、容易に回り込むことが出来るのだった。

 

「あははっ! 遅い! 遅いわっ! まるでアメリカンスキーの言う”Sitting Duck(座ったアヒル)”よねっ!!」

 

カチューシャは最後のM3をしとめるのは都合の悪い(射界を得られない)遮蔽物……数日前に鶴姫により撃破されたBT-7Mの残骸から飛び出し、鋭いゴー&ストップで優位な位置(真後ろ)を取る。

更に言えばカチューシャ車の操縦手(ドライバー)が車体を滑り込ませたのは、ちょうど4両のT-34の奇襲砲撃によって隊列を乱されたM2軽戦車群とM3の間に割り入る位置で、その連携を分断することに成功していた。

 

無論、下手なタイミングで行えばM2集団から集中砲火を浴びるリスクはあるが、それと戦果を天秤にかけて最善の判断ができるだけの経験と技術蓄積をこのドライバーは持っていた。

いや、それはドライバーだけでなく砲手(ガンナー)をはじめとする乗組員(クルー)全員がそうだ。

彼女達は皆、カチューシャが華々しく初陣を飾り、「女が戦場で戦えるか?」という嘲笑めいた疑問を圧倒的な戦果で回答とした”スペイン内乱”の頃からの、カチューシャがまだBT-5快速戦車を愛車としていた時代からの最古参の部下達だ。

この程度のことができなくては、とても”機甲戦の魔女”と敵に恐れられたカチューシャのクルーなどやってはいられない!

 

 

 

Огонь(アゴーン)!!」

 

戦車の挙動と姿勢が安定すれば、即座に発令される射撃命令!

それに即応できるからこその『Команда(チーム・) Катюша(カチューシャ)』となりえる。

 

後ろに回りこまれ焦って旋回するM3に斜め後方から突き刺さった76.2mmのソ連製徹甲弾は、直角に切り立った側面装甲を易々と貫通しM3の砲弾を盛大に誘爆させる!

内部から爆散したM3は、誰の目から見てももはや戦車とは呼べない姿を晒していた。

 

「さて……少しは新人達の手伝いでもしてあげようかしら?」

 

カチューシャがそう微笑む頃には既に砲塔が旋回を始めていて、砲口が既に隊の体裁を為さず個で逃げ惑う1両のM2へと向けられていた。

 

 

 

***

 

 

 

『念入りに優しく』とM4中戦車の料理方法をカチューシャより賜ったノンナは、14.5mmx114徹甲弾で先ずはM4の右の履帯を破壊する。

 

”DAM!”

 

その次は念入りに転輪を。

20kgもある対戦車ライフルを軽々と振り回すノンナも大したものだが、世の中には誘拐された主人を助けるため20kgどころでない武器を満載して駆けつける歩く武器庫みたいな猟犬メイドや、あまつさえ時間を操作する瀟洒メイドがいるらしいのでそれほど驚くにはあたらないかもしれないが。

 

”DAM! DAM!”

 

その次はエンジンに2発。

500mで垂直に立った32mm厚の均質圧延装甲を貫通できる性能ゆえに、鋼製のエンジンカバーなどボール紙も同じだ。

 

そしてM4にはある欠点があった。

M4の砲塔旋回の駆動は油圧と電動があり、アリサが乗っていたのは油圧駆動モデルだった。

M4に限らずこの世代の油圧駆動の戦車砲塔全般に言える構造なのだが、その駆動油に圧力を加えるポンプはエンジンから動力を引っ張っており、例えばアイドリング時では旋回速度がかなり落ちるのだ。

では、エンジン自体を破壊されれば?

 

結果は当然、砲塔が動かなくなる。無論、万が一のときに備えて手回しハンドル式の手動旋回装置を備えた戦車も多いが、中戦車級となれば数tには達する砲塔を腕力で動かすのは容易ではなく、その旋回速度は著しく劣化する。

 

”DAM!”

 

そして、緩慢に砲塔が動き出す前にノンナは更に1発放つ。

その徹甲弾は37.5口径長の75mm砲身に当たり、圧し折りはしなかったが砲弾が発射できないほど変形させた。

何故かその様子は、服を一枚一枚剥ぎ取るように見えなくも無かった。

 

”DAM!”

 

弾倉(マガジン)に残った最後の1発を砲塔上に置かれたM2重機関銃の機関部に当て、人殺しの道具をただに屑鉄に変えておくことも忘れない。

これで事実上、M4の機動力も攻撃力の大半も奪ったことになる。

 

それを確認したノンナは徐にマガジンを交換し、戦車砲と一緒に銃口を再び敵戦車に向けると流暢な英語で告げる。

 

Get out to surrender(降伏し、出てきなさい。). Also destroy the tanks each crew otherwise be(さもなくば戦車ごと乗員を破壊します)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

 

『みほちゃん、アリサちゃんからエマージェンシー・コールが入った』

 

米軍の軍用周波数や日米共用の周波数ではなく、日本軍独自の周波数で通信を入れてくる亜美。

暗号符丁(コールサイン)を使わず、慌てた様子で階級を抜いた名前を呼ぶ……本来の軍通信なら懲罰は言い過ぎにしても厳重注意ものだが……「野戦テストを兼ねて通信途絶した歩兵部隊の調査に向かった部隊」が、「”たまたま”野戦指揮車の野外テストをしていた部隊」が拾ったエマージェンシー・コールに慌てて指令を伝えるというシチュエーションには必要な演出だった。

 

『コリンズ大佐からは、調査任務から【ホイットニー臨時装甲偵察中隊】の救出任務に|作戦目的の変更(ミッション・シフト)するよう命令が下ったわ』

 

「了解。これより”試製一式中戦車実験中隊(プロトワン・テストトルーパーズ)”は野戦テストを中断し、救出任務に向かいます」

 

『無線発信源の座標や判ってる限りの情報を口頭で伝えるわ』

 

「お願いします」

 

 

 

亜美との通信が終わった後、みほは近距離通信を繋げ、

 

「ケイ、聞こえてたと思うけどアリサちゃんがピンチだよ」

 

面倒この上ない話だが、独立部隊の権限で出撃できるのはテストを絡めた「通信途絶した分隊の調査」までだろう。

それが味方部隊の救出作戦となれば情況が変わってくる。

今回の【ホイットニー臨時装甲偵察中隊】は、コリンズ大佐直轄の人員はアリサとM4の乗員だけで、他はハイラル・ベースからの借り物だ。

そして、その編成である以上は偵察中隊の命令権はコリンズで無く西方軍団司令部、最終的にはスティルウェルにある。

 

では、偵察中隊が危機に陥った場合はどうするか?

当然ながら救出隊の編成から出撃まで行うのは、軍団司令部だろう。

だが、そんなのを待っていれば手遅れになるのは明白だった。

 

実際、エマージェンシー・コールは基地の通信隊も拾っただろうが、おそらく今頃は救出隊の編成決めで忙しいだろう。

下手をすれば救出隊を出す出さないでもめてるかもしれない。

 

ならば、この万が一に起こりうる事態を想定し、張れるだけの予防線を張っていたコリンズ指揮下の部隊が動ける情況、「たまたま野戦テストをしていた部隊がエマージェンシーを受信し、たまたま救援に迎える位置にいた部隊を救援に向かわせる」という状況的免罪符が使える。

そして、これならば「緊急時における事後承諾」の大義名分が立つのだ。

 

すべからく軍とは公的組織であり、同時に官僚的組織でもある。

そうであるならば、常に急場に対応できない”組織の硬直化”は宿命といえた。

それを是正する手段は色々とあるが……困ったことに、組織が大きければ大きいほど官僚化の弊害は大きく出やすい。

 

しかも今回は急激に組織が膨らみすぎて、硬直化どころか情報学的な神経網が末端まで行き届けてないことも事態を深刻にしていた。

 

逆に言えば、コリンズがここまで露骨に無茶をやるのも、西方軍団の組織的欠点を見抜いていたからだと言えよう。

スティルウェルは多少頭は硬く神経質なところもあるが、優秀な軍人であり将軍としての器量もある。

だが、それでも力及ばないことは多々あるのだった。

 

『ええ、わかってる。急ぐわよ!』

 

「うん! 戦車隊、前進セヨ(パンツァー・フォー)!!」

 

 

 

(間に合えばいいけど……)

 

全ては時間との勝負……みほはそっと唇をかんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、御愛読ありがとうございました。
ノリノリのカチューシャ&ノンナのバトルは如何だったでしょうか?

それにしても……ノンナ、君もかい!?(笑)
多分、世界が違えばみほ、あるいはそのペットと百合談義で盛り上がれたことでしょう。

ちなみにノンナ+対戦車ライフルはいつか書いてみたかったシーンの一つで、元ネタは”黒い珊瑚礁”のロベルタとか、まあ色々(^^
美人+デカイ銃は浪漫の一つだなっと♪

そしてアリサはお漏らししながらも頑張ってます。
ただ、相手が強すぎるのが難点ですが(えっ?

果たしてみほとケイは、アリサが”壊されて”しまう前に辿り着けるのか?
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



シモノフPTRS1941
全長:2140mm
重量:20800g
使用弾薬:14.5mmx114弾
装弾数:5連発箱型弾倉
発射方式:セミオートマチック

デグチャレフPTRD1941
全長:2020mm
重量:15750g
使用弾薬:14.5mmx114弾
装弾数:単発
発射方式:ボルトアクション手動式(ただし排莢のみは自動)

備考
ソ連が開発した対戦車ライフル。
使用弾である14.5mmx114弾は垂直の均質圧延装甲相手ならば、500mで32mm厚の物まで貫通可能である。
実際、史実では100mからIII号戦車やIV号戦車の側面装甲(垂直/30mm厚保)や後面を撃ち抜いている。
史実においてはバルバロッサ作戦前後に配備されたが、”この世界”においては満州コモンウェルス/モンゴルでの緊張の高まりからテストモデルが急遽生産され、制式採用前の先行量産品という形で実戦テストを兼ねて配備されたようだ。

もっとも、セミオートで製造コストが高く手間のかかるシモノフPTRSは作中でノンナが使用したものも含めてごく少数で、大半は単純な構造のデグチャレフPTRDのようだ。

威力的には既に日米戦車なら例え軽戦車が相手でも正面装甲狙いは厳しいが、逆に言えば軽装甲車両には恐ろしい相手であり、また史実同様に中戦車以上であっても正面装甲以外では貫通もしくは破壊される箇所はあり、ウィークポイントを狙われたら非常に厄介な相手でもある。

また史実の独ソ戦では防弾ガラスのはめ込まれた外部視察用の覗き窓を撃ち抜かれ、ドイツ戦車の乗員が死傷したケースも多発し、ドイツがアニマル・シリーズのような重装甲車両を投入した後もペリスコープ・砲身・起動輪・ハッチの基部や隙間・キャタピラといった部位を狙い、破壊は無理でも戦闘力や機動力を減じる用途に使われた。

”この世界”においても同様に用いられ、以後の日米戦車開発に大きく影響を与えた銃器であろう。

また日本でも20×110mmRB(エリコンFFS)弾を使用する”九七式自動対装甲小銃”という同種の銃器があるが、PTRS1941の倍以上の重量があるため取り扱いが難しいために、12.7mm×99弾を用いる同級の長距離/対軽装甲小銃の開発が進められている。










目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 ”大猟です!”

皆様。こんにちわ~。
何か真昼間にアップするのは久しぶりのような(^^

さて今回のエピソードは……アリサの受難です(えっ?
カチューシャ様ははしゃいでますが、どうも世の中ってのは中々思い通りにはいかないようですよ?




 

 

 

その時、ハルハ河東岸の一角は数日前と同じ……いやそれ以上の地獄の様相を呈していた。

 

漂うのは硝煙と燃料油の臭い、鉄錆臭い血の臭いそして焦げ臭い人の焼ける臭い……

 

「う・ふ・ふ~♪ 大猟大猟♪ やっぱり中戦車は喰い応えがちがうわね~。装甲に弾が食い込む感触が断然上質よ! 軽戦車の薄っぺらい紙装甲じゃ、あの手応えは無いもの!」

 

そう御満悦な表情で【ホイットニー臨時装甲偵察中隊】の中で”唯一、生き残らされた”M4中戦車の傍に愛車のT-34bisと共に帰ってくるカチューシャだった。

 

それは上機嫌にもなるだろう。今回の彼女の戦果はM3中戦車3両にM2軽戦車2両の計5両。個人スコアとしてはダントツである。

いや、むしろ配下の新前T-34達の前に「8両も獲物を分け与えた」ことを評価すべきか?

 

本来であれば軽戦車の群れなどカチューシャの……いや、カチューシャの操る戦車の前では物の数ではない。

やろうと思えば1両でも全滅させられた。

しかし、それでは後輩が育たない。その可憐な容姿や普段の言動、その生れから傲岸不遜な我侭お嬢様と思われがちなカチューシャであるが、本当の姿は実にお嬢様らしくないアクティブで国家や軍を最優先に考えてる、優秀な前線装甲指揮官なのである。

だから、「新人達が倒せない位置にいた2両」のみを狙ったのだ。

 

 

 

これからの赤軍にとって、優秀な人材はどれほどいても困ることはない……それがカチューシャの考え方だ。

”この世界”では愚かしい赤軍大粛清は無かったし、優秀な人材は史実に比べれば多くいるが、それでも足りることは無い。

共産主義者にとっては”この世界”は未だに特権的資本家のものであり、腐敗した支配階層をこの世から駆逐するまで闘争はとまらないのだ。

 

それを言うなら史実と異なり、新たなソ連の御旗となったトロツキー一派や、トロツキーと手を携えロシア革命のあと権力者の権化となり堕落した偽共産主義者(スターリニスト)や国民の圧迫と弾圧と搾取しかしない溝鼠よりおぞましい国家保安諸組織(チェーカー)との実力行使(ないせん)に勝利し、新たな権力構造の頂点となった赤軍はどうなるのか?と言われそうだが、チェーカー……正式には、【Всероссийская чрезвычайная комиссия по борьбе с контрреволюцией и саботажем(反革命・サボタージュ取締全ロシア非常委員会)】が設立した当時から名をかえ国内の弾圧を行っていた「軍以外の武装組織」の悪行を徹底的に(あるいは意図的に誇張して)公表したことにより、その国内の評判は地に落ちた。

史実における冷静時代のチェーカーの評価は、「反革命の血で汚れた人物」という意味合いの蔑称扱いだったが、”この世界”はついに1930年代にはそのような評価がソ連国内で起きたのだ。

 

 

 

代わりに「軍は民衆の味方であり、チェキストは国外の本当の敵と戦わない臆病者の集団で、粛清の名の下に弱者である無実の民衆を弾圧した卑怯者。それを叩き潰し国民の命を救ったのが軍」という評価が一般化したのだ。

 

確かに”この世界”においても、【ソビエト社会主義共和国連邦(Federation of Soviet Socialist Republics)】という国名は同じだが、その中身は国家元首でなく大分異なるようだ。

史実のソ連が純粋な共産主義国家だとするならば、”この世界”のソ連は言うならば「共産主義の国家体制を持つ軍事政権国家」と揶揄できるだろうか?

 

その国家の根幹となる赤軍のエリート中のエリートであり、他国なら公爵令嬢と呼ばれるほどの地位を持つ赤い新貴族(ノーメンクラトゥーラ)の一員であるエカテリーナ・トハチェフスカヤは、4両のT-34で8両の軽戦車を血祭りに上げた部下達に大いなる満足を覚えると共に、

 

「ふふん。全員生き残らせた上に生け捕りにするなんて、ノンナやるじゃない?」

 

「お褒めに預かり恐悦至極」

 

そうノンナは、血は流れているものの命には別状無さそうな……故に武装解除させられた上に頭の後ろで手を組まされ、五人揃って草原から雪原に姿を変えつつある地面に腹ばいで転がされた五人の少女を前に恭しく頭を垂れるのだった。

 

 

 

***

 

 

 

「ふ~ん、M4中戦車(エムチャ)の乗っていたのがАмериканская девочка(アメリカの小娘)なんて予想外だったけど……戦場にノコノコ出てくるなんて、アメリカ女も中々根性あるじゃない?」

 

そう感心するが、すぐに異臭に気が付いた。

見れば五人の少女達は、例外なく股間を濡らしていたのだ。

カチューシャは茶色の髪を両脇で縛った少女……アリサ・ホイットニーに近づき、

 

”くいっ”

 

「ひっ!」

 

顎につま先を引っ掛け上を向かせた。

恐怖で小さな悲鳴を上げるアリサに、

 

「ねぇ、貴女……おしっこだけじゃなくて、ウンチも漏らしちゃったの?」

 

”カッ”

 

「なっ!」

 

羞恥のあまり恐怖も忘れ一瞬で顔を紅潮させるアリサだったが、

 

「きゃはははははっ♪ あら、別に恥ずかしがらなくていいわよ? 戦場ではよくあることだし、性癖や趣味だとしてもカチューシャは理解あるほうよ?」

 

理解があるどころか、かくゆうカチューシャ自身もよく伯父の前では放尿ショーをしてたりするのだが。「お漏らしする姿が可愛い」と伯父からも評判だった。

 

「古来より戦場では男は殺され、女は犯されるものだけど……貴女はどっちの扱いが好みかしら?」

 

「ひぅ!?」

 

恐怖に筋肉が引きつり妙な声を上げるアリサに、カチューシャはニヤニヤと笑いながら、

「アメリカ女なんて今のロシアじゃ珍しいし、貴方達がもっと小さければ伯父様のお土産にしてもよかったんだけど……ちょっと育ちすぎなのが問題よね? ノンナ、そう思わない?」

 

Да(ダー)。その大きさだと梱包が大変です。手足を切り落としてコンパクトにする手段もありますが」

 

ノンナは意外とノリのいい相槌(ボケ)を返した。

……もしかしたら本気かもしれないが。

 

「そういう加工をしたら、それこそ伯父様の趣味から外れてしまうわよ。それに解体する道具もないじゃない?」

 

「スコップや銃剣ならありますが?」

 

「あのね~。塹壕戦やるんじゃないんだから……そんなもので解体したら、出血で基地に着く前にお陀仏に決まってるでしょ? 死体が戦利品だなんて誰得なのよ?」

 

「……喜びそうな高官に何人か心当たりありますが」

 

「一応、それが誰なのかは後で聞かせてもらうとして……さて、どうしたもんかしらね?」

 

カチューシャとノンナの会話を聞いていた……その言葉がどう聞いても冗談に聞こえなかったアリサは、いやアリサたち全員は既に歯の根が合わず、寒さでなく恐怖でガチガチと歯を鳴らしていた。

 

だが、アリサたちが冷静なら本来なら気付いていただろう。

自分達が……”ロシア語を知らないはずの自分達”が、どういうわけか「敵の話してる会話を完全に理解できる」不自然さをだ。

 

先ほども話題にしたが……軍では旅団長とその副官という立場だが、カチューシャは名門のお嬢様でノンナはその専属メイドだ。

二人の受けた教育は半端ではなく、ノンナは6ヶ国語、カチューシャに至っては13ヶ国語を話せる。

はっきり言って世界の大半で言葉で苦労しないのだ。ちなみに二人揃って英語だけでなく帝政ロシア時代からの宿敵の国の言語、日本語もマスターしてる。

 

『敵を知りたければ、その敵の言語を知るのが先決。思考は言語で形成される。言い方を変えれば言語で思考は縛られる。言語に無いものを人は簡単に思考できない』

 

というのが軍人家系トハチェフスキー(トハチェフスカヤ)の家訓の一つだった。

 

 

 

「部下達へのこの場限りの臨時褒賞(ボーナス)が妥当なところかしら?」

 

「一種の福利厚生ですね」

 

ノンナはさらっと言い切った。

殺すのは簡単だが、この女達には自分の強さを知らしめるための”証拠”、あるいは米軍に対する”挑発”になってもらわねばせっかく生け捕りにした意味が無くなる。

”死人に口なし”とはよく言ったもので、死体は語らない。

検死なんてやるのは娑婆の作法で、戦死者の扱いなど死体袋に詰められ然るべく処理されるのが戦場の慣わしだ。

 

部下達の性玩具(オモチャ)になれば発狂するかもしれないが、そうなったらなったでその姿こそが恐怖の伝達や挑発になる。

最もその程度のメンタル強度しかないのなら、戦場に出てくるのが間違いだとカチューシャは思っているが。

 

ならここは一つ、彼女達の命運も決まったことだし、小粋なロシアン・ジョークでも聞かせてやろうかと思ったカチューシャは、

 

「喜びなさい。貴女達はロシア男に種付けされる栄誉を授かれるわよ?」

 

「いやぁぁぁぁぁーーーっ!!」

 

アリサの悲痛な叫びが雪原に木霊した……

 

 

 

***

 

 

 

さて、それはカチューシャが部下を集合させるために声を上げようとしたとき……

 

”ぞくっ”

 

「なに? 今の?」

 

「カチューシャ様?」

 

急に首を左右に振り、きょろきょろ周囲を見回す愛らしい主人を不思議そうに見るノンナに、

 

「ちょっと待ちなさい……」

 

カチューシャは目を瞑り、精神を集中させる……

 

(心は冬の湖面のように静かに……視点は北極星のように高く……)

 

自分に暗示をかけるように心で念じる。

 

(”Глаз Бабы Яги(グラス・バーバヤギ)”をこういう風に使うのは久しぶりね……)

 

”Глаз Бабы Яги”、”バーバヤーガの瞳”を意味するこの”異能”は物心付いたころからカチューシャに備わっていたものだった。

昔からカチューシャは宝探しやかくれんぼが妙に得意な子供だった。

また家の中で失せ物があったとき、カチューシャに頼めばすぐ見つけてくれると両親からはよく重宝されたものだ。

 

幼い頃の彼女は、それを上手く説明できなかったので「なんとなく見えた気がする」と曖昧な言葉で答えていた。

そうであるが故に、さして誰もその異能を気にすることも無く……いや、そもそも彼女に異能があることも気が付かなかった。

 

カチューシャは聡明な子で、自分の「ちょっと変わった不思議な力」を喧伝するような真似はしなかった。身内なら誰でも知ってるが別段、話題に上げるようなものではないというスタンスに安定させたのだ。

 

そして、そのことが彼女や大切な人達の命を何度も救った。

時は20年代後半から30年代前半。偉大なる指導者レーニンの死後、ソ連国内は「決して公式史には残らない」血腥い暗闘の嵐が吹き荒れていた。

 

レーニンが死去する前にスターリンの”事故死(排除)”は終わったが、彼の同志(スターリニスト)やチェーカーとトロツキー達右派勢力と軍部連合の熾烈を極める戦いが始まったのだ。

 

史実でスターリンが行った粛清に比べれば、生ぬるいどころか児戯にも等しいが、それでもこの赤軍大粛清の代替イベントとも言える”内戦”で、100万人規模が粛清の対象となったのだ。

その中には同じ軍人でもスターリンと昵懇だっただけで出世しただけの無能者だったヴォロシーロフや、GPUと名を変えたチェーカーの一派である政治将校達が有無を言わさず処刑されている。

やはりロシアの凍土は生暖かい血に飢えていたのだろう。

 

 

 

その最中、有力軍人であるミカイル・トハチェフスキーの姪であるカチューシャが敵対勢力から暗殺や誘拐の対象にならないわけが無かった。

そして、何度も”魔女の瞳”が彼女の命を救った。

ある時は暗殺者の隠し武器を見破り、またある時は車に仕掛けられた爆弾を見抜いた。

 

そしてカチューシャが、護身用として父からプレゼントされたブローニングの小型拳銃(M1910)を引き抜き、初めて人を殺したのもこの時代だった。

無論、彼女が軍人として初陣を飾る”スペイン内乱”の遥か以前だ。

正当防衛なのは間違いないが、幼児体験としては強烈過ぎるそれをカチューシャは大した感慨も無かったと語る。

 

『だってこの世が残酷な場所だなんて、最初からわかりきったことじゃない?』

 

と……

そして、そんな修羅場を何度も潜り抜け、また軍人となりスペイン内乱より最前線で戦い続けたことで磨きをかけられたのだろうか?

”バーバヤーガの瞳”はその能力を更に引き上げていた。

 

カチューシャ自身よく判っていないようなのだが……”バーバヤーガの瞳”は、脳が視覚情報として認識してるだけで、実際に目から入ってくる本当の光学的視覚情報ではないようなのだ。

 

強いて言うなら”感覚的空間情報”とでもなるのだろう?

普段は視覚情報の補強……本来人の目には見えないものを見る一種の透視能力(クレヤボヤンス)として機能してるようだが、精神集中すればカチューシャは自分の感知範囲(エリア)内なら”視点”を自由に変えられるようになっていた。

 

 

 

(あちゃー……随分とレスポンスいいじゃない? 愚鈍な米軍にしては妙に動きが早いわね……)

 

そして彼女の視野はしっかりと俯瞰図(バーズアイ)……鳥が地面を見下ろすような高いところからの視点ではっきり捉えたのだ。

 

「ノンナ! お遊びは終わりよ! 大至急、戦利品漁りをしている全員を乗車させなさいっ!!」

 

「カチューシャ様……まさか?」

 

「そのまさかよ。敵の中隊編成以上の戦車隊が、真っ直ぐこちらに向かってきてるわ。ちょっと今の兵力と弛緩した雰囲気じゃ相手をしたくない程度の規模ね」

 

そう命じた後、

 

(それにしても……)

 

「あの悪寒はなんだったのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************************

 

 

 

 

 

「ん? 誰かに見られてたような……?」

 

試製一式中戦車のキューポラからケンタウロスよろしく上半身を出してたみほは、思わずきょろきょろと周囲をうかがう。

 

『ミホ、どうしたの?』

 

そう通信を入れてきたのは、同じようにM4中戦車のキューポラから顔を出して「Hurry up(急げーーーっ!!)! !」と激を飛ばしながら併走するケイだった。

 

「んー。千里眼系の魔法で見られてたような気がしただけだよ?」

 

『ちょっとぉ~! ここは”トクチ”じゃないのよ?』

 

「でも、『特地』じゃないからって魔法使いがいないってことにはならないんじゃないかな?」

 

『地球上の魔女は、魔女狩りで絶滅したはずじゃないの?』

 

「わからないよ~。魔法使いって結構、しぶといから。わたしも危うく殺されかけたし」

さすがは実際に魔導師とガチな殺し合いを演じた女、説得力が違った。

 

『ちょっ!?』

 

「世の中には自分の常識が通用しないものや通用しない事象があるっていうのは、覚えておいても損はないと思うかな?」

 

そう言いながらみほは車内通信に切り替え、

 

「沙織さん、麻子さん、方位はこのままで大丈夫?」

 

慣性航法装置やGPSなどの航法系便利装置が開発されてないこの時代、頼りになるナビゲーショングッズは地図とコンパス、それに計算尺だ。

このランドマークがほとんど何も無い、草原から雪原に変わりつつある平原においてこのアナログな方法しか自分達の”今の場所”を知るすべは無い。

 

「大丈夫だよ! 方角も距離もぴたりと一致してる筈。誤差があったとしても目視できる範囲に収まる筈だから」

 

そう告げるのは、さっきからアンダーフレームの眼鏡をかけて地図とにらめっこしてる無線手の沙織で、

 

「問題ない。隊長は中隊指揮に集中してくれればいい」

 

そう答えたのは黒い仔猫……もとい。操縦手の麻子だ。

 

「安心しろ。戦場には必ず”私が”連れて行ってやる」

 

「冷泉殿! ここぞとばかりにアピールはずるいですよ~っ!!」

 

そう苦言申し立てるのは”みほの忠犬”こと優花里で、

 

「あらあらまあまあ」

 

とコロコロと微笑むのは華だ。

 

 

 

(久しぶりの実戦だけど、みんないつもどおりみたいだね♪)

 

車内のリアクションにみほは心中で安堵する。

なんだかんだと全員が1年も実戦から離れていたのだ。

みほでなくとも変な緊張をしてないか気になるところだろう。

 

(これなら戦える……!!)

 

グッと無意識に拳を握り、みほは双眼鏡を翳した。

そして程なく”それ”を見つけることになる。

 

「全車に告ぐっ!! 11時の方向に黒煙!! 距離、約3500!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、御愛読ありがとうございました。
アリサはロシア男の子を孕む事態は避けられましたが、その分、着衣の放尿&脱糞ショーを披露してしまったエピソードはいかがだったでしょうか?(^^

カチューシャ様はどこまで本気でどこからが冗談なのかわからんですたい(笑)
ただ、”バーバヤーガの瞳”は思ったより汎用性の高い能力みたいですね?

動乱と戦乱の耐えない激動の時代を生き抜いたカチューシャは、お嬢様にあるまじきししぶとく図太く強かです。

さて、次回はいよいよみほとの邂逅でしょうか?
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



栄21型
中島飛行機製
形式:空冷複列星型14気筒、OHV
直径:1150mm
重量:571kg
燃料供給方式:キャブレター式
過給機:遠心式軸駆動式過給器(スーパーチャージャー)、1段2速
出力:1150馬力(公称、高度6000m)
排気装置:推力式単排気管
使用機:一式戦闘機”隼”(初期型)など

金星51型
三菱重工製
形式:空冷複列星型14気筒、OHV
直径:1218mm
重量:642kg
燃料供給方式:キャブレター式
過給機:遠心式軸駆動式過給器(スーパーチャージャー)、1段2速
出力:1300馬力(公称、高度6000m)
排気装置:推力式単排気管
使用機:零式艦上戦闘機(21型まで)など

備考
1940年当時の大日本帝国の空海軍の代表的な戦闘機用エンジン。
史実と大きく違うのは、まず開発時期だろう。例えば史実では零式輸送機、瑞雲などに採用された金星50番台が試作されたのは1940年だが、”この世界”では生産が40年には始まっていた。例えば、零戦などは十二試艦上戦闘機の頃から金星51型のテストモデルを搭載し、最初の量産型である零戦一一型にはマスプロモデルに移行していた。
ちなみに東京五輪においてデモフライトを見せたのは零戦一一型である。

史実ではありえなかった早期の開発は、モータリゼーションに代表する大幅な産業の近代化、アメリカ式の大量生産工学の導入が理由の一つではあるが、根本的には”この世界”における日米の良好な関係というのが最大の理由なのかもしれない。

例えば史実でも栄は明らかにプラット・アンド・ホイットニー社のワスプ系エンジンの影響を強く受けているし、金星の開発起点となった”明星”というエンジンは1934年(昭和9年)に三菱が製造権を購入した同じくプラット・アンド・ホイットニー社の”R-1690ホーネット”のライセンス生産品だ。
つまり栄にせよ金星にせよ、その規範はプラット・アンド・ホイットニー社、米国製エンジンであり史実と異なり”この世界”においては良好な日米関係(日米同盟)が継続されていたために技術交流が盛んであり、テクニカル・フィードバックが順調に行われていたことが開発が加速された要因であろう。

実は単純に実用化や量産が早まっただけではない。品質が均質化され安定供給できる製造ラインがあるのはもちろんの事、パーツレベルの史実の差異が極めて大きい。
そもそもこの時代、日米の航空機用ガソリンのオクタン価は共通化されており、史実よりハイオク航空燃料を使用することが前提となっているのだ。
また潤滑油をはじめ各種の燃料外のオイルも米国規格で統一されており、史実よりも遥かに高品質なところも見逃せない。

また、日本エンジンの泣き所であった電装系の弱さ、特にスパークプラグの劣悪さやギア関係の強度不足は初期においてはアメリカ製の部品を購入することで、中途より精密加工技術や冶金技術の向上でアメリカに準拠する品質の部品が製造可能となったために、”この世界”では大きく問題になることはなかった。

基本的に同じ設計であるのにも関わらず微妙に馬力が上がってる(馬力表示は”離昇馬力”ではなく高度6000m計測の”公称馬力”)のもその影響だろうし、また「カタログスペックどおりの出力が安定して出る」こともそうだ。
また、両方のエンジン揃って推力式単排気管(ロケット排気管)を採用しているのは、アメリカというよりはイギリス、日英同盟の影響だろう。推力式排気管は英国は先駆者(パイオニア)の一つで、例えば排気タービン(ターボチャージャー)の製造技術があるのにマーリンやグリフォンに搭載しなかったのは、ターボがエンジン排気を使う構造の為にこの推力式排気管を使えなくなるのを嫌ったためと言われている。
史実でも「日本のロケット排気管の起源はスピットファイア」、という空技廠OBの回想もあるようで、”この世界”では米国同様に良好な英国との関係から早期に導入され、この時代は標準的とは言わないものの一般的な排気装置になっているようだ。

エンジン本体の話ではないが、両者にメーカー推奨の標準プロペラとされているのは米ハミルトン社製の純正品、もしくは正規ライセンス生産品の三枚翅の定速度型プロペラというのも性能を語る上では無視できないだろう。

史実との違いは以上のように色々あるが、”この世界”においては陸軍航空隊ではなく山本一二三大将を頂点とする空軍が設立されてる影響なのか名称も微妙に変わっていて、金星はともかく史実では陸軍に”ハ115(115型発動機)”という名称で採用されたはずの栄21型がペットネームのまま採用されている。
おそらくだがこれは書類記載の際などの名称の混乱を避けるための配慮と思われる。

また、零式艦上戦闘機に最初から金星が選択されているのも”この世界”ならの事象で、基本的に「三菱の機体には三菱のエンジン、中島の機体には中島のエンジン」という図式が成り立っている。

以上のようにこの二つのエンジンに限らず日本の航空用エンジンは、史実と異なり英米からの技術流入と米品質/規格の様々な部品や燃料の恩恵を最大限に受けた分野であろう。









目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 ”礼砲です!”

皆様、こんばんわ~。

今回のエピソードは……カチューシャvsアリサ・イベントのラスト・エピソードになります。
果たして、アリサは戦車乗りとして復帰できるのか……?




 

 

 

ハルハ河東岸、ノモンハン・ブルド・オボー近辺……

 

雪原の中に散らばる多くの乗員ごと焼け爛れた米国製戦車の残骸の中、カチューシャの声が響き渡る。

 

「全員、撤収準備! 急ぎなさいっ!!」

 

カチューシャの激が飛ぶ中、米兵からの戦利品回収もそこそこに大慌てで自分の戦車へ駆け戻る新兵達。

もたもたしてたらいつカチューシャの短機関銃かノンナの対戦車ライフルが火を噴くかわからない。

当然、新兵達は一度ならずも足元を掠める銃弾の洗礼を浴び、”無様なダンス”を踊った経験があるのだ。

 

「ノンナ、残念だけどご褒美タイムもしくはオシオキタイムは終了よ! あと10分もすれば交戦距離に入るわ」

 

Да(ダー)。手榴弾とカメラはこちらに」

 

さすが副官以前からのカチューシャのメイド。彼女の行動が読めてるようだった。

 

「気が利くわね♪」

 

カチューシャはノンナから受け取ったF1手榴弾×2と私物の(伯父と一緒にドイツへ視察に行ったときに買って貰った)”コンタックスⅢ”を片手に軽い動きでM4中戦車に飛び乗り、ととんと駆け上がる。

引っかかる場所のないフラットでちんまい肢体の特性をフルに生かし、素早く車内に身を滑り込ませると……

 

「中々に宝の山じゃない」

 

とにんまりと笑う。

先ず手に取ったのは、原作で言う「馬鹿でも判るマニュアル」とその他の書類一式、目に付いたものはとりあえずゲット。

無線機も取り外して奪取したいところだけど、どうやら防振マウントにがっちりボルト止めされてあるらしく、時間がないので諦める。

ついでにパシャパシャとスマートなライカなどに比べるとカチューシャ好みのゴツイ外観が自慢のコンタックスで内部を撮影。

ベルリンのメインストリートでライカを薦める伯父に、この通称”ユニバーサル・コンタックス”をねだったのは、特徴である当時としては先進的なセレン光電池式電気露出計が物珍しかった……からではなく、無骨な外観が気に入ったからだった。

車内の撮影の後は引き抜けそうな砲弾を抜いて、

 

「ノンナ、砲弾を投げるからそれを積み込んで」

 

「かしこまりました」

 

75mm砲弾を片手でポイポイ放り投げるカチューシャもカチューシャだが、それをキャッチして数本纏めて運ぶノンナも大概だ。

二人揃って見た目以上にパワフルなようである。

 

そして”探索”を一通り終わらせたカチューシャは、

 

「よっと」

 

M4のキューポラから飛び降りる拍子にピンを抜いた手榴弾を車内に放り込み、

 

Финиш!(フィニッシュ!)

 

”ちゅどぉ~~~ん!!”

 

哀れまだ生産されて間もないM4は、中から手榴弾で吹き飛ばされるという戦車としては惨めな最後を遂げた。

 

そして、車内から引き摺り出されて雪原に縛られ転がされていたからこそ、砲弾の誘爆に巻き込まれなかったアリサたち五人の”元・乗員”に、

 

「貴女達、運がいいわ。カチューシャ様と対峙して五体満足でいられるんですもの。その武運に精々感謝しなさい」

 

そう言い残し、

 

до свидания(ダスビダーニャ)~♪」

 

と軽やかなステップでT-34bis(自分の戦車)に乗り込み、悠々と走り行くのだった……

 

 

 

このハルハ河東岸の小さな戦いは、「倍以上の敵を鎧袖一触、圧倒的な強さで文字通り全滅させる」という形でソ連側の圧勝という結果に終わった。

 

これが米ソ両軍に大きく影響を与えることになるのだが……それはやがて語られよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

みほが”現場”に着いたときは、ただただ酷い有様だった。

そうとしか言いようがなかった。

潰されているのは、全て米軍の車両ばかりで……まさに想像する限り、最悪の結果の一つだった。

 

「アリサ!」

 

ケイはキューポラから飛び降り、アリサに駆け寄るが……

 

「いやぁぁぁーーーっ! いやぁぁぁぁぁっ!!」

 

彼女は完全に錯乱していた。

今までの生活ではありえなかった命の危機とその恐怖、そして唐突な解放……

女性というには語弊のある処女が心に傷を負い、精神の均衡を崩すには十分すぎる衝撃であり、惨事だった。

 

戦争神経症(シェルショック)……

ケイの脳裏に兵士としては再起不能を意味する、その不吉な単語が浮かんだが……

 

”ぐいっ”

 

みほは何も言わずにアリサの着こんだ日本製のレプリカ・フライトジャケットの頑丈な襟首を左手で掴んで無理やり立たせた……いや、この場合は膂力に任せて吊り上げたというべきか?

 

そして腰のホルスターから愛用の拳銃……”ガヴァメント・みほスペシャル”を引き抜き、

 

「ミホっ!?」

 

”PAM!”

 

銃声が鳴り響いた……

 

 

 

***

 

 

 

「ひゅ……」

 

恐慌状態にあったアリサの体がぴたりと硬直する……

何のことはない。

みほはアリサの耳元で銃口を背後に向けて、なおかつ排出された空薬莢が誰にも当たらぬよう気を使いながら発砲したのだ。

無論、気付けが理由だ。

みほは硬直したアリサを更に更に引き寄せ、そして……

 

”CHU”

 

「!?」

 

強引に唇を重ねると同時に、

 

”がりっ”

 

「Ouch !?」

 

みほが唇を離すと噛んだアリサの唇から血が流れていた。

みほはそれをそっと指先で拭い、アリサの唇にルージュのように塗る……

 

「痛みを感じるってことは、生きてるってことだよ」

 

そして、アリサの瞳をじっと見つめる。

そこには感情を表す色合いはなく、ただただ仄昏(ほのぐら)い……底の見えない深さが揺蕩(たゆた)っていた……

 

「思い出しなさいアリサ・ホイットニー……自分が何者なのかを」

 

「えっ……?」

 

「あなたは栄光曇ることなき”サンダース戦車中隊(サンダース・タンクトルーパーズ)”の一員、それも部下を率いる立場の副隊長(サブチーフ)。そのあなたが部下を残して『壊れる』なんて贅沢が許されると思う?」

 

「そ、それは……」

 

「アリサ・ホイットニー、思い出しなさい。あなたは一方的に狩られる存在でもなければ、嬲られる存在でもない……武器を持ち、戦場に立つことを許された兵士だよ。あなたの仕事は国家に許された破壊と殺戮を行うこと……OK?」

 

「Y, Yea Mam !!」

 

「いい娘ね」

 

みほは握っていた襟首をぱっと放す。ぺちゃっと腰から崩れ落ちるアリサ……

 

 

 

「ケイ、残りの娘達を面倒を頼んでいい?」

 

「う、うん。それはもちろんだけど……」

 

みほの行動に戸惑うケイだが、みほは西を真っ直ぐ見つめる。

その視線の遥か彼方……3km以上遠方。

遮蔽物のない平原だからこそ、雪の中でもおぼろげながら見える周囲の景色に溶け込むように佇む鋼鉄の獣の群れがいた……

 

「距離の取り方からと姿勢から見て、一戦やらかす気はないみたいだけど……」

 

その戦車群は車体をハルハ河のある西側に向けていた。だが……

 

「このまま大人しく帰る気もないみたいだね?」

 

砲塔を旋回させ砲身がエンジンルームにかぶるように真後ろを向いている。

東側を向く……自分達に砲口を向ける”赤い戦車”にみほは不敵に笑う。

 

「ケイ、サンダース戦車中隊は救助活動を優先して」

 

「了解よ!」

 

そしてみほは周囲を見回し、

 

「試製一式試験中隊は前方に200m進出! ケイたちの壁になるよっ!!」

 

 

 

***

 

 

 

「やるじゃない♪」

 

カチューシャは素直に感心していた。

撤収したカチューシャ達は先ほどの現場から、3.5km西進した場所で一度隊を停車させ、砲塔を回転させて敵の増援が来るのを待っていた。

 

能力(いのう)”を使って見るのも悪くはないが、さっき使った”俯瞰図の視点(バーズアイ)”は非常に高い集中力を必要とし精神的消耗が激しいので、カチューシャ的には今日はもう異能に頼りたい気分じゃない。

 

無理をしなくちゃいけない時としなくていいときの見極めが上手いのも、またカチューシャの強みだ。

これは天性のものというよりどちらかと言えば後天的なもので、人並みとは言わないがカチューシャとてある程度の失敗はしてるし失敗を糧として学習している。

ただ、文字通り致命的な失敗をしないから、こうして生き残っているのだ。

 

というわけで彼女が腰のポーチから取り出して覗いているのは独ツァイス社の”8×30CF Deltrintem(デルトリンテム)”という双眼鏡だった。

マニアなことを言えばCFとはセンター・フォーカスのことで、左右のレンズのピントを同時に合わせられるタイプの双眼鏡だ。

ついでに言えばこのモデルは非球面型の「リヒター・レンズ」を採用した改良型のほうだ。

出所は今度は最愛の伯父ではなく、両親から”冬戦争”の活躍で英雄勲章を授与されたお祝いに貰った物だった。

 

微妙にカチューシャの持つ小物がブルジョワジーな気もするが……まあ、彼女の身分や立場からすれば別段おかしなものではないだろう。

ともかく、そのシャープな視界が自慢のレンズ越しに見える風景は、仲間を保護するアメリカ女達を庇う様に横列隊形で並ぶ、ついさっき手榴弾で中から吹き飛ばしたM4中戦車(エムチャ)と良く似た印象の印象の戦車だった。

 

「ふ~ん。あれが報告にあったЯпонский(日本人)の新型戦車ってわけね?」

 

「情報部の見解ではアメリカ人との共同開発で作り上げた戦車で、M4中戦車の兄弟車両とのことですが」

 

「う~ん。カチューシャには全く別の戦車に見えるんだけどなぁ? むしろ丸っこい鋳造砲塔以外には共通点無いんじゃない? そりゃ砲弾は相変わらず共通かもしれないけどさ」

 

と首を捻るカチューシャ。

日本が試作車両で米国が先行量産型、同じく75mmの主砲と鋳造構造の砲塔を持っている上に開発時期がほぼ同じとなれば、いくらスパイを潜る込ませる/スパイに仕立てることにかけては世界史上稀に見る能力を持つソ連でも見誤ることはあるということだろう。

もっとも”戦車の格”という意味では、将来的な発展も考えて試製一式とM4は同格と言えるので結果的には大きく的外れな見解ではないが。

 

「まあ、いいわ。ちょっとは挨拶くらいはしておきましょう。全車、Сальво(全門斉射)!!」

 

その号令と共にみほ達に向いていた砲が一斉に火を噴く!

 

 

 

***

 

 

 

見える発砲炎に、空気を切り裂き迫り来る砲弾……

しかし、みほは落ち着いたものだった。

 

案の定、敵砲弾……榴弾は、みほたちのかなり”手前”に着弾し土煙ならぬ雪煙をあげる。

 

(まあ、こんなところだよね?)

 

この距離では向こうだってまともに狙う気はないだろうが……

それに1両だけ大型砲塔を乗せたT-34(みほはあれが改良型のbisだとあたりをつけた)はともかく、日米英にT-34として知られる小型砲塔(ピロシキ)モデルは砲身が短い上に砲塔が小さすぎて十分な主砲の仰俯角が取れないと推察されていたのだ。

相手も本気で狙ってないだろうから、本当の有効射程距離はこれではわからないだろうが……

 

(でも散布界から見て、そう遠距離における榴弾の曲射には向いてないってことか……)

 

左右はあえて散らして撃った可能性はあるが、前後の着弾のばらつきがかなり大きい。

偶然ではなく必然だが、みほもまたカチューシャ同様に双眼鏡を覗きながらそう結論付ける。

ただしこちらは日本製、それも陸軍御用達の東京光学製の6×24の官給品ではなく、一回りは大きい私物の海軍が大好きな日本光学製”Novar(ノバー)7x50”というモデルだ。

カチューシャ愛用のそれと比べるなら無骨で愛想の無い形をしているが、甲板要員の見張り用に官給されてるだけあって中々見やすく、IF(インディヴィジュアル・フォーカス:左右のレンズ別々にピントを合わせる)であることを差し引いても使い勝手が良かった。

 

(せっかくの礼砲。こっちも返礼しなくちゃね♪)

 

「沙織さん、中隊全車に通達! 弾種、榴弾。敵の”鼻先”に落すように照準!」

 

「了解!」

 

「”鼻先”でいいんですか? こちらの射程の長さを知られてしまうことになりますが?」

 

華の疑問にみほはクスリと笑い、

 

「別に有効射程まで教えるわけじゃないからかまわないよ。”弾がそこまで届く”ことを教えるだけだから。むしろ、それでこちらの戦力を過大評価してくれるなら御の字だよ。それに……」

 

そしてみほは笑いの質を悪戯っぽい物に変え、

 

「アリサ”ちゃん”を可愛がってくれた意趣返し……少しぐらい慌ててもらってもいいんじゃないかな?」

 

一瞬、優花里と麻子が「むむむっ……」という顔をしたことだけは追記しておく。

 

 

 

***

 

 

 

「ファイヤ!!」

 

みほの号令の元に参加してる”試製一式中戦車試験中隊”全車の主砲が火を噴く!

 

「あはははっ♪ 礼砲返しとは戦の礼儀がわかってるじゃない☆」

 

自分達の頭上を通り越し、進行方向……”車体の前方”に落ちる砲弾を見て、カチューシャは上機嫌な声で笑う。

 

「敵の主砲の射程距離はかなり長いようですね?」

 

冷静に分析するノンナに、

 

「確かに”最大射程”は長そうね? 有効射程はそれほどでもないと思うけど」

 

クスクスとカチューシャは笑い、

 

「挑発……ううん。意趣返しのつもりなんじゃない? こっちがアメリカ女をいたぶったね」

 

 

 

そして砲撃は一射で終わる。

敵はどうやらしつこく撃ってくる気はないようだ。

ピッチャーマウンドから投手がストライクを取れるのは普通だが、外野……それもバックスタンドからストライクを取れる投手などまずいないことをよく知るカチューシャは、

 

「ざぁ~んねん。もっと無駄弾撃ってくれれば、更に詳しくデータも取れたんだけどね」

 

(でも、おかげでなんとなく”あの悪寒”の正体がわかったわ……)

 

「これはこれで得がたい経験って奴かもね?」

 

「カチューシャ様?」

 

「なんでもないわ。全車、今度こそ基地に帰投するわよっ!!」

 

 

 

***

 

 

 

「カチューシャ様」

 

それは基地への帰り道、ふと自分と同じようにキューポラから身を乗り出した隣を走るノンナが話しかけてきた。

 

「なに?」

 

「どうして敵の接近に気が付かれたのですか? カチューシャ様の感知範囲(エリア)でも、そこまでは広くないでしょう」

 

ノンナがわざわざこのタイミングで話しかけてきた理由がわかった。

カチューシャの異能、”バーバヤーガの瞳”に関わる話題彼女の身の安全のためにも大っぴらに話すようなものじゃない。

しかし、今は行軍中で走行中の戦車は騒音の塊、オマケにカチューシャとノンナ以外の全員は車内にこもってる現状では、内緒話するのに最適な環境だった。

 

本来、走ってる戦車同士のキューポラ間の会話は、戦車から漏れです騒音で難しいものだが、不思議とこの二人の間では通じてしまう。

これも長年の主従関係の成果だろうか?

 

「ああ、それね……いきなり、背中に氷柱を差し込まれたような冷たい感覚を感じたのよ」

 

「えっ?……もしかして、あの左右を見回してた時ですか?」

 

「ええ。でも、その”悪寒”の正体も見当ついたけどね」

 

「そうなのですか?」

 

カチューシャは頷き、

 

「敵の中で一人だけキューポラから上半身出して双眼鏡で覗いてた奴がいたでしょ? おそらく、あいつよ」

 

カチューシャは腕を組み、

 

「多分、あれが噂の”ミホ・ニシズミ”でしょうね」

 

「”トクチの若き軍神”……ですか」

 

ノンナの言葉にカチューシャはもう一度頷き、

 

「眉唾物の噂だと思ってたけど、少なくとも戦闘力に関しては舐めてかからないほうが賢明みたいね?」

 

しかしカチューシャの頬が緩み、

 

「でも、不思議と嬉しいのよ」

 

「何故です?」

 

「ようやく敵にカチューシャが本気で戦える相手が出てきてくれたんだもの♪」

 

その表情は笑みと呼ぶには獰猛過ぎるものだった。

笑顔とは本来、攻撃的な表情だったというよいサンプルになるかもしれない。

 

 

 

(それにしても……)

 

「あの”異常な違和感”は一体……ねえ、ノンナ」

 

「はい」

 

「ミホ・ニシズミは、本当に人間なのかしら?」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*********************************

 

 

 

 

 

戦いは終わった。

それも米軍の惨敗という形で、だ。

しばらく陣取ってると戦車回収車群がやってきて牽引準備をはじめた。

無論、遺体処理も同時に行っての撤収だろう。

 

みほ達はその作業中は護衛の為に暫く現場に留まるようだ。

雪はまだ降り止みそうもないし、しばらく空襲の心配は無いはずなのでこれで十分だろう。

 

サンダース戦車中隊にはいち早く帰投命令が出ており、アリサたちは車両に分譲させてもらい同じく帰路につくことになった。

命に別状が無いとはいえ、怪我人はいるし、何より精神的後遺症が懸念される者がいる以上は当然の処置といえた。

 

まさか現場に急ぐ回収班にアリサたちの着替えの出前(デリバリー)を頼むわけにもいかず、糞尿に汚れたズボンや下着は現場で廃棄した。

お陰で剥き出しの下半身に車内にあったタオルを巻くという敗者に相応しい惨めな姿となったが……戦車にエアコンなんて気の利いたものの無いこの時代、凍傷に罹り文字通り”使い物にならなく”なるよりはマシだった。

 

アリサが便乗したのは、ナオミの車両だったが……

 

「ねえ、ナオミ……」

 

「ん?」

 

いつものようにガムを噛みながら、言葉少なに答える。

いつもと変わらぬ姿が、今はありがたかった。

 

「私、もう男の人いらないかも……」

 

「……はっ?」

 

アリサは細い指でみほに噛まれた唇の傷をそっと撫でた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、御愛読ありがとうございました。
小さな戦いの顛末はいかがだったでしょうか?

実はアリサの

「私、もう男の人いらないかも……」

は最も初期のプロットにもあった。カチューシャとの戦闘を含め「最も古くに完成したシーン」の一つだったりします(^^
ちなみに原案ではもっとえげつないシーンだったんですが、それをやるとアリサを含め再起不能になりそうで(えっ?

アリサは確かに兵士として死ぬことはなかったですが、これが彼女にとって幸せな結末なのかは不明です。

さて、次回からは戦いがいよいよ新たな局面に入ります。
さしずめシリーズの最後の戦いに向けた準備回でしょうか?

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



一式十二・七粍固定航空機関銃

全長:1557mm
重量:29500g
使用弾薬:12.7×99mm(50口径BMG)
装弾数:金属製ベルト・リンク給弾方式
発射方式:フルオートマチック
発射速度:800発/分
銃口初速:875m/s(”マ103炸裂徹甲弾”使用時)

備考
ブローニングAN/M2航空機関銃を参考に、汎用性を切り捨て航空機用固定機関銃に特化した機関銃として再設計された日本三軍統合採用の新型航空機関銃。
史実の”ホ103/一式十二・七粍固定機関砲”に該当する機関銃だが、三軍統合名称で口径20mm以下は全て機関銃とされていて、また航空機関銃は重/軽機関銃の区分は無く航空機関銃で統一され、区分は主翼や機首に固定装備されるか、あるいは爆撃機や攻撃機のように旋回銃座に搭載されるかの懸架方法で区分される。

史実より30cm近く長く、また6kg以上重いが、この理由はただ一つで1924年(大正13年)に締結された『日米砲弾/弾薬相互間協定』により、武2式重機関銃から継続して史実で用いた12.7x81mmSR弾より強力な米軍共通の12.7×99mm(50口径BMG)弾を使用するため、オリジナルより長銃身となり強度アップの為に主に機関部を肉厚にしたために重量が増した結果だ。
それでも設計を先鋭化させただけありAN/M2に比べるなら主に機関部が短く、また軽量である。
スペックだけ見るなら、史実の一式機関砲よりも”三式十三粍固定機銃”の方が近いかもしれない。

何より、AN/M2とそのライセンス生産モデルである武2式航空機関銃に共通の問題だった「高G機動時の装填不良(ジャム)」は、装填前に給弾ベルトに一定の張力を与え安定した装填を可能とする”展張式給弾補助具(フィード・テンショナー)”の採用で解決している。

また航空機用に発射速度1000発/分まで強化したAN/M2のカスタム・モデルに比べ発射速度は劣るが、負担が大きく強度や耐用性が著しく落ちるそれに比べ、耐久性はかなり高い。

ただし、これだけの高性能でありながら小型軽量という優れた特性は、逆に言えば前出のように不必要なものを全て切り捨てた結果であり、例えばAN/M2で、部品の付け替えにより給弾ベルトの差し込み方向を左右自在に変更できたが、一式ではそれは不可能で阿/吽型(史実では甲/乙型。”この世界”では混同を避けるために使われなかった)という左右給弾専用のモデルが作られた。
また撃発装置は電気式であり、グリップをつけて旋回機銃への転用や航空機への固定銃搭載以外での使用は一切考慮されてないため、ファミリー化するには再設計が必要なほど特化した構造だった。



***



さて一式機関砲と言えば断熱圧縮効果を使う空気信管を持つ”マ103炸裂弾”だが、この世界では大幅に開発が前倒しされている。
そもそも”この世界”における日本軍戦闘機隊の最初のライバルは、敵戦闘機ではなく『特地』名物の翼竜(ワイバーン)である。
軽戦車に匹敵する硬い装甲防御……鱗を全身に持つ”空飛ぶ装甲車”相手に、確かに鱗を抜ける50口径弾は有益だった。

しかし、それに慣れてしまえばそれ以上を求めるのが人間というものである。
というわけで50口径の榴弾ないし徹甲榴弾の要望が出たのだが、生憎米軍の50口径弾にはそのどちらもなく、また開発予定も無かったのだ。
米軍にとってはM2は十分に高威力で通常弾や徹甲弾、焼夷徹甲弾(トレーサー)などで十分と考えていたのだろう。

だが、それで済まないのは日本軍だ。
なにせ相手はタフネスさで知られた史実の米軍機やシュトゥルモヴィックもびっくりな重防御で、スピードはないが生物翼ならではの恐ろしく自由度の高いフラップ設定に加え、尻尾や首を一種のアクティブ・スタビライザーとして使うことにより、重装甲の癖に抜群の運動性を誇る……どころか空中停止(ホバリング)すらこなすのだ。

しかも日本が『特地』に逆侵攻をかける頃にはある程度の翼竜使いの対戦闘機戦術は固まっており、生物的なトリッキーな空中機動やホバリングでこちらの戦闘機をオーバーシュートさせると、無防備な背中に向けて竜騎兵が機銃掃射を行ったり、便乗した魔導師が攻撃魔法を放ってきたりするのだ。

実は”この世界”において日本戦闘機はやはり抜群の運動性を誇るが、そうなった理由は全く違い、史実では圧倒的な運動性で敵を空中機動で翻弄し巴戦で駆逐する攻勢の発想だったが、”この世界”では翼竜の空中機動に追従するためとオーバーシュートした場合に敵の追撃を振り切るためだ。

本当に意外に思われるかもしれないが……軍種を問わず”この世界”の日本の戦闘機乗りは必勝の戦術は『一撃離脱』だと叩き込まれている。
例えば、翼竜と対峙した場合は翼竜に勝る速度と高度性能を生かして上空を取り、可能なら太陽を背に奇襲、空中逆落としによる初撃を加える。
しかし、相手は横滑りや木の葉落し、空中急停止を自在にこなす翼竜であり、完全な奇襲でなければ回避されることも多い。
そして、巴戦……運動性能を生かした空中格闘線技能は、あくまで竜に引き剥がされないように機動し、敵の攻撃を交わしながら次の一撃を入れるチャンスを得るために必要な技能だった。
一時期は単純な上昇と下降、一撃離脱の繰り返しという戦術も行われたがそれもすぐに慣れられてしまった。
特に翼竜は生物である以上は生存本能があり、竜使いよりも翼竜自体に察知されることも珍しくないのだ。

以上のような条件から、日本のファイター・パイロットは史実以上に短い射撃時間を余儀なくされ、開発側は「時間当たりの火力の集中」に心血を注いだ。

故に威力を落さず発射速度を増大させた特化型機関銃を作った。軽量化は重自体の搭載数や銃弾搭載数の増大につながり大きなメリットに繋がる。

そして同時に銃弾の威力強化は発射速度の増大と並んで威力拡大の必須事項であり、かなり50口径弾導入直後から多くの努力と時間と予算が割かれた。
米軍が開発しないというだけあり、その開発は困難を極めた。従来型の信管では小型化が難しく、作ったはいいものの鋭敏すぎて砲身内や薬室で暴発する腔発や、発射直後の早期炸裂といった事故が多発した。

実際、『特地』の翼竜と戦う必然の低い海軍の次世代戦闘機は、”対戦闘機を主目的とする制空戦闘機”をコンセプトとして掲げ、早々と20mm機関砲の搭載を決めていた。

だが、「翼竜を狩る者(ワイバーン・スレイヤー)」としての宿命を背負ってしまった空軍はそうも言ってられなかった。
当時の20mm機関砲は発射速度が遅く装弾数が少なく、短時間の高速弾幕射撃が最も有効な翼竜退治には少々難ありと判断されたのだ。

そして日本は一式航空機関銃と同時に、ある銃弾をデビューさせる。
それこそが断熱圧縮効果を使う空気信管を採用した”マ103炸裂徹甲弾”であった。
史実のマ103炸裂弾(榴弾)との最大の違いは、装甲鱗を持つ翼竜相手なので貫通力の低下を嫌った空軍が、空気信管で増えた内部容積の全てを炸薬に当てたのではなく、炸薬と同時に表面硬化処理した重金属弾芯(コア)を仕込んだことだろう。
つまりはHEでなく日独戦車が大好きなAPHEであり、その為、史実のそれより爆発力は幾分弱いが貫通力は大幅に上回っている。

そして、このマ103の炸裂徹甲弾構造はすぐに20mm弾にも応用され、開発が進められた。
特に20mm弾はドイツの薄殻榴弾頭(ミーネンゲショス)を参考に、薄型弾殻を開発していたので、このマ103の空気信管と硬化弾芯を持つ構造は非常に重宝された。
完成したのは大戦中期以降だが、この時期は航空機の重装甲化が進んだ時期でもあり、なんとか間に合ったというところである。

また弾芯の代わりに焼夷剤を封入したマ104炸裂焼夷弾なども開発され、一式航空機関銃共々日本の主力空対空兵器として活躍した。

蛇足ながら、この一式は空軍に優先的に生産分がまわされ、海軍機が採用するようになったのは生産に余力が出てきた大戦中期以降のことである。
また、あるレポートによれば同数の武2式航空機関銃とマ103を装填した一式航空機関銃を比較した場合、発射速度と銃弾威力の相乗効果で時間当たりの相対火力は倍以上とされている。












目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 ”戦いの顛末です……”

皆様、こんばんわ~。

今回のエピソードは……大きな戦いの前のインターバルのような話になっています。
戦いの顛末と次の戦いの準備……でも、西住みほは平常運転です(^^





 

 

 

戦いから数日後……その日、西住みほは雲ひとつなく澄み渡る満州の青空を仰ぎ見ていた。

 

もう11月のモンゴル平原は冬に突入している。

おかげであの日降った雪はもう無いが、少々……いや、結構肌寒い。

 

そのせいかレジャーシートに寝転がる彼女の左手には猫田ニア(しろねこ)、右手には秋山優花里(ちゅうけん)が抱かれ、更には上には冷泉麻子(くろねこ)が丸くなっていた。

互いの温もりで温めあう……と言えば聞こえはいいが、みほ的にはきっと肉布団のつもりなのかもしれない。

主人にしっかりと抱きついてる犬1匹と猫2匹は、なんのつもりなのか首にはしっかりチョーカー……ではなく首輪を巻いていた。

しかも御丁寧に軍の制式認識票以外に、表には自分の名前、裏に主の名前が彫られたペット専用ネームプレート入りで。

たしかにこの時代は史実でも”犬の登録票(ドッグダグ)”型の認識票は使われていたようだが、ガチに犬猫用の首輪に付けてるのはこやつらくらいだろう。

 

 

どうやら三人は、自分達が”みほの愛玩動物(ペット)”であることを隠す気は無いらしい。

 

それというのも……

 

「ミ、ミホ中尉! こ、コーヒーをお持ちしました」

 

「ん……Thanks. アリサちゃん」

 

最近、妙にみほの周りをチョロチョロしてるこのヤンキー娘、アリサ・ホイットニーのせいだ。

最近、仕事が忙しいのかあるいは思うところがあるのか、ケイ・サンダースがあまり姿を見せないと思えばこの有様だ。

本妻(あるいは夫か?)気取りのケイとは違って、顔を真っ赤にしながら来るアリサは可愛げあると言えるが、「大洗女子戦車学校」時代からのみほのペットとしては譲れない一線があるのだろう。

 

みほは上半身を起き上がらせ、ステンレス製魔法瓶(サーモス)からホーローのマグカップに注がれるコーヒーで体を少し温める。

 

「あったかい……美味しいよ♪」

 

「ありがとうございます!」

 

小さくガッツポーズを取るアリサ。しかし、その時……

 

”VWvwooooooooooooooooooooooooooooM !!”

 

そして上空から聞こえてきた大排気量エンジン特有の轟音……

低空を飛び着陸態勢に入る”それら”の群れのが太陽を遮り、大きく影を落した。

 

「”空の要塞”に”隼”のコラボレーションか……」

 

 

 

それらが目指すのは、急遽大幅に拡張された在満米軍西部方面軍団、最大の拠点である米陸軍”海拉爾基地(ハイラル・ベース)”の飛行場だった。

みほは思う。

 

「戦いは、いよいよ最終局面に入ったってことかぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

 

米国名称【ノモンハン・オボー遭遇戦】と銘打たれたこの戦いは、奇妙な顛末を迎えた。

指揮を取っていたのは”名目上”、アリサ・ホイットニー少尉であったが……彼女はあくまで”少尉待遇”であり、軍法と厳密に照らし合わせるなら彼女に指揮権はなかったことになる。

軍法とはいえ法は法、ならばその弾力的な解釈はされて然るべきだった。

とはいえ、誰も処罰無しと言うのはさすがに締りが悪い。

 

だが、ここで軍団司令官であるスティルウェル少将にコリンズ大佐はこう囁いたのだ。

 

「そういえば閣下の目である潜伏していた偵察分隊の連絡途絶を握り潰した士官がいるようなんですよ? 彼がまともに報告入れていたら、【ホイットニー臨時装甲偵察中隊】を”あんな危険な場所”に行かせず済んだんじゃないですかね?」

 

それはあまりに甘い言葉だった。

そして、コリンズはこう付け加えた。

 

「もしかしたら”アカ”の妨害工作かもしれませんよ? その士官が”共産主義者(コミュニスト)”であるかどうかを念入りに確かめてみるべきなのでは?」

 

 

 

こうして関係各位の事情聴取が行われ、軍団査問委員会が開催された。

招聘されたのは言うまでも無く「実際に情報を握り潰した」、アンドリュース・フォーク少尉だった。

委員会で、

 

『職務怠慢による連絡義務の放棄により多くの善良なアメリカ人が死んだ』

 

と最初に厳しく叱責し、続いて彼の嫌疑を読み上げ、

 

『君には共産主義者との共謀の嫌疑もかけられている』

 

という言葉がかけられた。

実を言えばスティルウェルは、本気で顔も知らなかった士官であるフォークがソ連と繋がってるなど思っていなかった。

ただスケープゴートに都合よく、口では立場上厳しく言わざるえないが、内心では軍法会議には送らず比較的軽い懲罰で済まそうと思っていたに違いない。

温情というより交換条件のような感情だったろうが……

 

しかし、”それ”は唐突に起きた。

 

「ひぃぃぃぃーーーーーーーっ!!」

 

フォークは絶叫をあげると同時に目を押さえると床に転げ、のた打ち回ったのだ。

駆けつけた憲兵が暴れるフォークを押さえつけ、衛生兵が鎮静剤を打った。

 

ぐったりしたフォークを診断した軍医から、驚くべき病名が明かされたのだ。

 

『”転換性ヒステリー障害”と、それに起因する一時的な失明ですな。治療法はとりあえず彼には逆らわないことです』

 

 

 

***

 

 

 

査問委員会は当然、中止となった。

 

「恐ろしいものですな。キャンディーを欲しがって泣き叫ぶ幼児程度のメンタリティしか持たない男が、我が国の士官にいたなど。彼がそのまま出世し、まかり間違って将官になっていたとしたら……ぞっとしますな。合衆国(ステーツ)はどんな戦争も勝てなくなりそうだ」

 

いつものユーモア溢れる言い回しではなく、真剣に冷や汗交じりの顔で告げるコリンズに、

 

「コリンズ大佐、これは君だけでなく我々全てにとって重大な問題だよ。フォーク少尉は軍を、国防省を、合衆国政府を謀ったのだ。自分の病気をひた隠し士官学校に潜り込んだのだ。今までそれが発覚しなかったのは、本当に彼の能力かね? それとも運が良かったからかね?」

 

「閣下……」

 

「コリンズ大佐、彼の背後を洗いたまえ。いいかね? 彼が共産主義者と繋がってる証拠を『必ず見つけ』るんだ」

 

コリンズは静かに敬礼して足早に去った。

 

 

 

***

 

 

 

これが後の世に言う【フォーク・スキャンダル】の始まりだった。

彼が”鉄格子つきの特別な治療室”に入れられ、拘束服と自殺防止の猿轡をかまされたまま本国陸軍省の軍法会議場に送還される間、あらゆる情報が出回った。

 

【ノモンハン・オボー遭遇戦】は彼が情報を意図的に握り潰し、隠蔽したことにより早期警戒態勢が取れず、敵の罠にはまり敗北に終わったこと。

 

それが彼と接触していた者からの指示だったという証拠。その人物を憲兵隊が逮捕してみればソ連の”国際共産主義組織(コミンテルン)”の諜報員だったこと。

 

士官学校入学時の医療記録の改竄は、共産主義シンパだった医師が行ったこと。

 

彼の幼馴染や知人友人に北米コミンテルン支部、アメリカ共産党に関わりのある人間がいたこと。

 

またフォークの騒ぎとアメリカ陸軍の惨敗を聞きつけ、彼を擁護しつつアメリカの敗北を声高に叫ぶキャンペーンを張った新聞社が、実はソ連がアメリカ共産党を含む多くの”迂回路”を通して資金を流していたコミンテルンの出先宣伝機関だったこと……

 

 

 

全てが事実というわけではないだろうが……実際にフォークの周辺人物にコミンテルン要員や共産主義者やそのシンパがいたことは動かしがたい事実であり、事件はスティルウェルやコリンズすらも思いもよらなかった巨大スパイ網摘発事件に発展。

多くの逮捕者を出し、米国初となる大規模【アカ狩り(レッドパージ)】の事例として人々の記憶に残ることになる。

 

また、同時期に英国の【ケンブリッジ大学閥共産主義五人組(ケンブリッジ・ファイブ)】の摘発や、日本でもゾルゲ/尾崎事件が起きたばかりであり、日英米は共産主義が足元から自分達の国家を、民族を、生存域を侵食し脅かしつつあることを嫌が上でも思い知ることになり恐怖に慄いた。

 

日英米は三国共同で国内外を問わない防諜/防共関係を強化することを合意し、本格的な戦争となる前に各国で共産党やそれに類似する政党は”事実上の非合法化”されると同時に、大規模な赤色諜報員/工作員ネットワークの摘発と殲滅に熱を上げることになるのだった……

 

それは血腥く後ろ暗い”暗闘”と呼んで差し支えないものであったが、これもまた戦争の一つの形と言えよう。

そして、これは”半世紀以上続く長い長い暗闘の最初の一幕”だと後年に語る歴史家もいる出来事だった。

 

 

 

***

 

 

 

結局、フォークは軍法会議での証言も非常にまずいものであった。

裁判官を務める軍高官の心象も最悪の自己弁護と他者攻撃の嵐であり、特に在満米軍西部方面軍団司令官であるスティルウェルやその幕僚や上層部を激しく罵り、自分は嵌られたのだと支離滅裂気味に主張した。

 

どうやらフォークの頭の中には「任命責任」という言葉が欠落していたらしい。

例えば、その軍法会議……軍事法廷の判事役にはスティルウェルを軍団司令官に推薦した人間もいた。

また比較的関係が良好な同期もいた。

何より一介のひよっこ士官が、軍法廷で公然と上層部批判などあってはならないのだ。

 

フォークの発言は彼らの心象を更に最悪なものに変え、結果として即日付けで軍刑務所で禁固刑を喰らい釈放と同時に不名誉除隊処分が確定した。

 

かみそりのようなもので裂かれた傷が残る緩み大きく開いた肛門のフォークが、首を吊った姿で発見されたのはそれから半年後のことである。

フォークの交友関係から飛び火して共産主義者達の暗躍が一部とはいえ白日の下に晒されたアメリカ合衆国は、もはや飛び火して延焼した火事の方で大混乱の最中にあり、火元の獄死はひっそりと記事になっただけである。

 

その顛末を満州から配置転換で帰国した、フォークと同期だったとある士官はこう語ったという。

 

『あんにゃろー頭はいいけど性格は最悪だったからな。あれと友達になろうなんて奴は、きっとロクでもない思惑があるに違いないとは思っちゃいたが……その通りになっちまったなあ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************************

 

 

 

 

 

アンドリュース・フォークという放置すれば「米軍のガン細胞」になりかねなかった人物をスケープゴートにする……結果から見れば合理的な判断により、「数に勝っていた米軍の敗北は、薄汚い内通者フォークの情報隠蔽があったから」という結論で【ノモンハン・オボー遭遇戦】の最終報告書はまとめられた。

無論、それは建前の話、舞台裏では次の戦い……おそらくは最大規模の戦いになるだろうそれに向けて、西部方面軍団では熱心に将官の討議が進められていた。

 

 

付け加える話があるとすれば、結果的にだがスティルウェル少将に恩を売った形となったコリンズ大佐は、幕僚としてまんまとダスティン・アッテンボロー少尉を引き抜くことに成功していたことぐらいか?

 

 

 

ともかく、迫り来る大規模戦の対策会議の一環として非公式に開かれた公聴会では、なんと我らが西住みほ大日本帝国陸軍中尉殿も招かれていたのだ。

もちろん、【ノモンハン・オボー遭遇戦】の参考人召致的なものではなく「実際にロシア人の戦車と砲火をまじわした装甲将校」としての意見を聞くためにだ。

 

「おそらくですが……トハチェフスカヤ大尉の部隊がノモンハン・オボー近辺にいたのは偶然でしょう。彼女の判明してる性格や戦歴、戦術からして最初から待ち伏せ(アンブッシュ)するつもりなら、あそこまで小勢で来るのは考えにくいです。米陸軍情報部から渡された資料によれば彼女が現在率いる戦力は、我々の基準でいえば1個戦車大隊以上とのことですから」

 

「しかしニシズミ中尉、彼女は”偵察隊狩り(スカウトハント)”の首謀者なのだろう? ならば今回の行動はその延長線上にあったのではないのかね?」

 

そう訊ねてきたのは、スティルウェルの幕僚の一人だった。

 

「であるなら尚更です。これまでのトハチェフスカヤ大尉の戦術行動は、履帯跡から考えて1作戦で最低10両……ソ連式1個戦車中隊の編成で作戦を遂行してました。スカウトハントが目的なら、6両といういかにも中途半端な数で行う積極的理由がありません」

 

「では中尉、何ゆえにトハチェフスカヤ大尉のような新進気鋭の赤い新貴族(ノーメンクラトゥーラ)の大物が、少数の部下を引き連れあのような場所にいたと思うのかね?」

 

「ここから先は多分に確証の乏しい推測が入ってしまいますが……よろしいでしょうか?」

 

無言で頷いたのはスティルウェル本人だった。

 

「では……結論から先に申し上げれば”調査”あるいは”視察”目的だったと思われます」

 

「調査?」

 

今度はみほが頷き、

 

「ええ。こういう言い方は申し訳ないのですが……”先の戦闘”の結果、ソ連の装甲部隊がほぼ同数の敵国装甲部隊に後れを取った……それもこれほど一方的なワンサイド・ゲームは初めての経験でしょう。だから興味を持ち、自分の目で戦闘の現場を確かめに来たのだと思われます」

 

”先の戦闘”とは鶴姫がソ連の装甲偵察隊を全滅させた戦いだった。

米軍が参加した戦いではないのであえて公式名称を言わず、また言い方を「ほぼ同数の日米戦車に」としなかったのは、みほなりの気の使いだった。

現実を辛辣な言葉で表し、日米同盟に不和の火種を巻くのは害悪とみほは考えていた。

 

「そういう物なのかね?」

 

「おそらく。わたしなりのプロファイリングですが……初陣の”スペイン内乱”、主戦域にいたわけではないですが”西ポーランド侵攻”、そして”冬戦争”と、ソ連のプロパガンダという側面もありますが、とかく大胆不敵で派手な活躍が目立つトハチェフスカヤ大尉ですが、それはあくまで繊細で緻密な”戦闘前の下準備”の裏打ちがあればこそだとわたしは推察します。そして、その戦闘前になすべきことに手を抜くタイプではないということも」

 

「なるほど。そうなると、偶然居合わせたトハチェフスカヤ大尉の部隊が何らかの方法で潜伏していた斥候分隊に気づき、通信する間もなくそれを壊滅させ、また同じく【ホイットニー装甲偵察中隊】の接近を察知し残骸をカモフラージュにして待ち伏せをしかけたということかね?」

 

「信じられませんが、わたしの結論はまさにおっしゃる通りです。ただ、いかなる手段で斥候部隊の存在や偵察中隊の接近を察知したのかまでは、残念ながら具体的な手段を絞りこめませんでしたが……」

 

 

 

みほの言葉に場が騒然となった。

彼女がいい加減で荒唐無稽なことを言ってるからではない。

論理的に考えて、みほの結論が納得いくからであった。

 

「ニシズミ中尉……」

 

手をかざしてざわつきを鎮めたスティルウェルが重々しく口を開いた。

 

「我々の戦車で勝てるかね? 忌憚の無い意見を言ってくれたまえ」

 

みほは一瞬、考えてから……

 

「それでは遠慮なく……”単純な戦車戦”では、正直勝ち目が薄いです。敵の主力であるT-34は、砲力ではM3中戦車と大きな違いは無いはずです。しかし、旋回砲塔や傾斜装甲の導入、更に高い機動性……『戦車としての素養』はT-34が勝ります。九八式重戦車は、火力や防御力で勝ってる可能性はありますが、足が致命的に遅い。KV-1は運動性は低いですが速度自体は低くなく、防御力はデータどおりなら脅威でしょう」

 

みほの率直な言葉に呻くような声が上がる。

 

「しかも今回新たに確認された長砲身/大型砲塔搭載の新型T-34やKV-1の新型の戦闘力は未知数な部分が多いです。下手をすればM4や試製一式でどの程度太刀打ちできるか……少なくとも火力において互角と考えたほうがいいでしょう」

 

その否定的(ネガティブ)な見解に、誰しもが言うべき言葉を捜し長考に入る中……

 

「ニシズミ中尉、君は今『”単純な戦車戦”ならば勝てない』と言ったのかね?」

 

「Yes Sir」

 

真っ先にみほの真意に気が付いたのはさすがは司令官というべきか?

スティルウェルだった。

 

「わたしはまともに戦って勝てない相手なら、”まともではない戦い方”も選択肢に入るのではと愚考いたします」

 

「続けたまえ」

 

 

 

***

 

 

 

(いいぞ、ニシズミ中尉。その調子だ……)

 

公聴会にオブザーバーとして出席が許されたコリンズは内心でほくそ笑む。

 

(その調子でお偉いさん方に、君が『有能で、合衆国(ステーツ)にとって有益な人材』であることを印象付けてくれ)

 

コリンズはそう願う。

彼のささやかな計画(プラン)を遂行するには、その方が都合がよかったのだから……

 

 

 

「すでにコリンズ大佐より立案計画は出てると思いますが……わたしが示したいのは”米陸軍戦略爆撃機隊による後方基地への爆撃”を補完するための作戦と定義くださればと思います」

 

そして、在満米軍の高級将校や将軍達は、この年端もいかぬ少女が示す計画に驚嘆することになる。

 

後に戦史研究者は語る。

 

『この時のプランニングこそが、米陸軍という巨大組織が西住みほという小さな少女を強く認識する最初の瞬間だった』

 

と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、御愛読ありがとうございました。
ある意味、戦闘よりえげつない部分が含まれたエピソードでしたが、いかがだったでしょうか?

ある読者様からのご感想でその部分が指摘されて手ドキドキしていたのですが、詰め腹はフォークに切ってもらいました。
というかフォークを出したのは、最初からその予定だったからだったりして(^^

みほは冒頭でペットと睦んでいましたが、B-17と隼の満州到来の原因の一つは、実はみほが原因の一つなのがラストで明かされました。

一体、彼女はどんな戦争を行おうというのか……?
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



一式戦闘機”隼”

製造元:中島飛行機
エンジン:栄21型(1速2段軸駆動式過給器(スーパーチャージャー)付き空冷複列星型14気筒OHV、1150馬力)+推力式単排気管
最高速:548km/h(高度6000m)
降下制限速度:700km
航続距離:3000km(落下式増槽装着時、最大)
上昇力:5,000mまで4分48秒、8,000mまで11分9秒
固定武装:一式十二・七粍固定航空機関銃×4(12.7mm。機首×2+主翼×2、各250発)
プロペラ:定速式3翅(米ハミルトン社製の正規ライセンス生産品)
特殊装備:自動防漏(セルフシーリング)構造防火タンク(13mm厚積層ゴム。50口径級機銃弾対応)、防弾板(50口径級機銃弾対応)、防振処理空中無線機、蝶型フラップ(空戦フラップ)
オプション:空海軍共用落下式増槽、30kg~250kg爆弾1~2発

備考
史実で言う隼Ⅱ型とⅢ型の特徴を併せ持つ”この世界”ならではの隼。史実とはことなり大日本帝国空軍の大戦初期における主力戦闘機として活躍予定。
先ず目に付くのはオリジナルより倍加した武装だろう。そして次は最高速はⅡ型後期モデルと変わらないが、100km/h以上上昇した降下制限速度だろうか?

第27話のあとがき、”一式十二・七粍固定航空機関銃”の設定資料で詳しく触れたが、”この世界”の日本戦闘機、特に『特地』への配備を前提にしなければならない空軍機は、考えようによっては敵戦闘機より遥かに手強い翼竜(ワイバーン)との戦闘を考慮せねばならず、そのため優れた運動性はもちろんのこと「短時間での火力集中」と「一撃離脱を繰り返せる優れた加速/上昇&下降性能」が要求されているのだ。

そのため史実より武装と機体構造が強化され、重量も幾分増してるはずなのだが、史実のⅡ型と同等の空中性能を誇るのは、まずスパークプラグなどの電装系やキャブレターやロケット式排気管などの給排気系のリファイン、史実より高オクタンな航空燃料や高品質な潤滑油、そして”この世界”のゼロ戦と共通の定速式3翅プロペラの採用による史実より高い推進効率など様々な要素によるものだろう。

その長い航続距離や優れた空中戦能力から、日本空軍初の”制空戦闘機”と呼べる機体であり、ゼロ戦と並び以後の日本のレシプロ戦闘機のベンチマークとなった名機である。

1940年の東京オリンピックの開会式で”一〇〇式トリオ(一〇〇式重爆、一〇〇式新司偵、一〇〇式重局戦)”やゼロ戦と共にスモークを引きながら会場上空をフライパスし、華々しいデビューを飾ったが、実は40年11月の時点では先行量産型が”加藤武雄(かとう・たけお)”空軍少佐を戦隊長とする【飛行第64戦隊】においてまだ試験運用を行ってる段階だったようだ。



蛇足ながら、この”隼”より空軍は公式に戦闘機にペットネームをつけるようになり、また戦闘機の系番に年号を使わなくなった。
例えば九七式重局地戦闘機やその後継である一〇〇式トリオの一角、一〇〇式重局地戦闘機は皇紀2597年の下二桁を取ったものだし、一〇〇式は皇紀2600年を記念し「海軍機は(0)、空軍機は一〇〇をつける」と取り決めがあったからだ。

だが、一式戦闘機の一は皇紀2601年の下一桁をとったわけではなく、一〇〇式を最後にキリがいいので系番をリセットし「一から仕切りなおす」という決定が為されたのである。
判り易いのが英文資料で、一〇〇式重局地戦闘機は『TYPE-100 Heavy Interceptor』と記されているのに対し、一式戦闘機”隼”は『Fighter-1”Falcon”』と記されていることが多い。
ちなみに史実では連合軍は隼に”Oscar(オスカー)”というコードネームをふっていたが、”この世界”においては日米英共通の暗号識別符丁として使われている。

「ジョージ、”オスカー”が二人、ボギーを出迎えに行ったぜ。誘導を頼む」

「了解。”オスカー”が二人もいれば客人(ボギー)をもてなすには十分だな」









目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 ”野戦任官です♪……って、えええっ~~~っ!?”

皆様、こんばんわ~。
本日は深夜アップのボストークです(^^

さて、今回のエピソードは……サブタイから考えるに、みほの身に大変なことが起こるようですよ?
どうやら平常運転ではいられないほどに……




 

 

 

「驚いたものだな……まさかあのような幼い少女が、ここまで緻密な戦術/戦略計画を立てるとは」

 

「お言葉ですが閣下……ニシズミ中尉は既に××(ピー)歳で、日本では既に成人(Adult)扱いです」

 

ちなみに米国では日本のように全国一律の成人(元服)という風習はなく、選挙権/飲酒/喫煙などは連邦法ではなく州法で規定されるので、州ごとによって各種の年齢制限が違う。

 

「なんとっ!?」

 

コリンズの言葉に、目をむいて驚くスティルウェル。

 

「閣下も経験があるかと思いますが、とかく我々の眼には東洋人は若く見えますからな。ニシズミ中尉は見方によってはローティーンにも見えましょう」

 

もっとも、それは平行世界(げんさく)とほとんど容姿の変わらないみほ達にも原因はありそうだが。

 

蛇足ながら史実でも戦前の徴兵は満20歳からであるが、志願は満17歳から可能であった。

この年齢区分を上手く利用しているのが『婦女子軍志願制度』であり、例えば少女装甲兵には一般的な「女子戦車学校」は受験資格は義務教育を終えていることが条件で、卒業時は普通、満18歳だ。

しかし、17歳と言えば軍人とはなんぞやが叩き込まれる基礎課程を終えていよいよ専門課程に本腰が入り始める頃。

1年間の余裕を持たせているのは、専門課程のカリキュラムについていけずに中途退学(ドロップアウト)した者でも軍に志願できる選択肢を残す、あるいは事例は少ないが飛び級に対応、もしくは誰も口にはしないが止むを得ない事情(主に戦況の悪化)により卒業を前倒しせねばならない場合の時間的余力だろう。

 

 

戦前は今日のような”成人の日”というイベントはなく、その代わり……と言うと語弊があるが、徴兵に耐えうる肉体化を審査する”徴兵審査”制度が存在していた。

そして、この徴兵審査を終えた者を、成人男子とみなすという風潮があったのだ。

 

だが、何度か述べたように”この世界”では史実に比べ極端に国家の近代化/産業の大規模重工業化があったために、兵役よりも労働力の確保が急務とされ1920年代中期以降は安易な徴兵は、国体維持と国力増強の関係で難しくなっている。

 

日進月歩で生産規模を拡張する産業界にとって、戦争も無いのに100万人もの優良な労働力(成人男子)を兵役に着かせるなど言語道断、ましてや現役労働力を軍に徴集されて現場から引き抜かれるなど悪夢もいいところであり、「潤沢な軍備は十分な予算が必須」という動かしがたい現実から、政府や軍部も少なくとも平時であれば強くは出れないのだ。

 

故にいざ戦争が始まるまで……少なくとも国際情勢から戦争が不可避と判断されるまで徴兵は大規模に行われることはなく、より正確には徴兵免除者が大半であり「徴兵検査合格=即軍に徴集」という図式は”この世界”の日本では成立しない。

産業界からの労働力引き抜きの反発もあり、基本的に職についてる者は平時においては免除されることがほとんどであり、その場合は最長徴兵服役期間(三年間)に相当する期間に『徴兵免除税』が発生する。

『徴兵免除税』は収入に応じた5~15%の累進課税で、「兵役につく代わりにお金でお国に貢献する」というお題目である以上、脱税した場合は国民感情の関係から他の脱税とは区別して考えられ、「軍法による規定」でより重い罰則が与えられる。

具体的には一切の免責や徴兵期間の短縮や退役や出世や昇給の無い「懲罰的徴兵」に処される。

期間こそ最長徴兵期間と同じ三年間だが、軍隊の最底辺の地位で最低限の給料しか出ずに過ごすのだからかなりきつい。

耐えられずに脱走したら、軍法で裁かれ下手をすれば銃殺(懲罰的徴兵は情状酌量の余地を考慮されないのが一般的)だし、懲罰的徴兵の服役者というのは生涯ついて回る評価だ。

 

こんな重いペナルティーがある以上、「(通常徴兵服役期間の)二年を軍で過ごすぐらいなら、三年間高い税金払ったほうがマシ」という意見が大勢を占めるのも頷ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**********************************

 

 

 

 

 

 

さて、後に【ニシズミ・タクティカル・プラン】と俗称されるこの計画の詳細は、実行を以て明らかになるとして……

 

「ミホ・ニシズミ大日本(I)帝国(J)陸軍(A)中尉」

 

「はい」

 

在日米軍に日本空軍への”ライセンス生産権の売り込み(ライセンス・セールス)”の為に期間限定配備されていたB-17戦略爆撃機”フライング・フォートレス”と【飛行第64戦隊】で先行量産型の試験運用が行われている”隼”がハイラル・ベースに飛来した翌日、みほは改めて【日米混成”慰問”部隊】の執務室にてコリンズ大佐と机を挟んで対峙していた。

 

「貴官は現時刻より満州コモンウェルスにおける全作戦を終了し、帰国の途に着くまでの間……戦時任官の特例により、大日本帝国陸軍中尉の階級と並列し【合衆国陸軍(U.S.ARMY)”少佐”】への任官を命じる」

 

「ちょっ!?」

 

コリンズ大佐から出たのは衝撃の言葉!

 

「これは日米同盟基本条項に基づく、『緊急時における必要に応じた臨時的昇進/任官の措置』であり、貴官の現階級を永続的に保障するものではない。また、この事案は既に大日本帝国国防総省ならびアメリカ合衆国国防総省が承諾/合意に至った案件であり、また在満米軍西部方面軍団司令官であるスティルウェル少将も了承済みである。ゆえに異論は認められない」

 

「なっ!? ちょっとお待ちくださいっ!!」

 

「異論は認めないと言った筈だが?」

 

コリンズの口調は咎めるようなそれではなく、どちらかと言えば面白そう……いや、愉快そうだ。

まあ、彼に言わせれば限定的にでも”ささやかな計画”の一端は成ったのだから無理はないが。

 

「ではせめて質問させてください……」

 

「よろしい」

 

「一体……何がどうなったらわたしが米国陸軍の少佐になるんですかっ!?」

 

「なに、簡単なことさ」

 

コリンズはにやりと笑い、

 

「スティルウェル閣下は、ニシズミ中尉……失礼。ニシズミ”少佐”に前線装甲指揮官の役割を担って欲しい……我らが【日米混成”慰問”部隊】が保有する大隊規模の独立戦車対の指揮を執り、モンゴル平原を駆け抜けることを御所望でね」

 

「へっ……?」

 

いきなり自分に関わるダイレクトな部分にスティルウェルの名が出たことに、思わず目を白黒させるみほ。

口を出さず同席していた亜美は、

 

(こんな狼狽したみほちゃんは初めて見たかも……)

 

と砲撃は的を外さないのに、思考的には少し的のずれた感心の仕方をしていた。

ただ、この上層部の決定は色々思うことは合っても、その合理性や妥当さは亜美も納得している。

 

 

 

「しかし、合衆国陸軍的に中尉が戦車大隊の指揮を取るのはいかにも座りが悪い。また、今回の戦いはあくまで『合衆国が主役』だ。しかし、ニシズミ少佐、君は言ったな? 『我々の戦車では正面からまともに戦うには分が悪い』と」

 

「確かに言いましたが……」

 

「本来なら、試製一式中戦車試験中隊やサンダース戦車中隊から新型戦車だけを借り受け、米陸軍(我々)自身で動かすべきなのだろうが……」

 

コリンズは一度言葉を切ると、じっとみほの目を見て、

 

「生憎と新型戦車を君たち以上に操れるものは満州には存在しなく、また君達から操縦を習うにしても慣熟にいたる時間が無いのが実情だ。以前にニシズミ少佐が指摘したとおり、我々もまた赤色勢力の近日の動向を見る限り”決戦”は間近いと結論している」

 

「それは……ええ。残念ながら大規模軍事衝突は既に不可避だと思います。ハルハ河周辺に戦力が集まりすぎました。戦闘は化学の不可逆反応のようなものです。特定のエリアに一定以上の武器や兵力が一度集まれば、それを使わないという選択肢は中々難しいですから……」

 

「中々含蓄深い言葉だね? ともかく我々は来るべき決戦に備えて、最善の手を打ちたいと思ったのだよ。ついでに言うなら、君を少佐に推薦したのは私ではなくスティルウェル少将自身だよ」

 

「えっ!?」

 

「我々が軍団の指揮系統にダイレクトには入らない、”独立旅団”扱いなのは相変わらずだ。となれば求められる役割は……少佐、なんだと思う?」

 

「……”戦場の火消し役”です」

 

コリンズは満足そうに頷き、

 

「その通りだ。君がまさに『イタリカ防衛線』で魅せた働きと同種だよ。それも踏まえて『味方が危機に陥ったときに真っ先に駆けつける働き者の”白馬の騎士(ホワイトナイト)”』役には君が適任だと閣下は判断したのさ」

 

「”それも”と言う事は、他にも判断材料があったということですね?」

 

「公聴会での少佐は、眩いばかりに輝いていたよ?」

 

悪戯っぽく笑うコリンズに、

 

「オブザーバーなんて引き受けるんじゃなかったと、今すごく後悔していますよ。ええ、そりゃあもう」

 

「ヲイヲイ。謙譲と謙遜は確かに日本人にとって美徳かもしれないが、アメリカ人にとって使うべきときにその才覚や能力を使わないのは罪悪だぞ?」

 

みほは深々と溜息を突き、

 

「コリンズ大佐……やはり貴方には口では勝てそうもありません。わたしもケイのことはいえませんね?」

 

コリンズは勝利の笑みを浮かべて、

 

「その言葉を以て了解と受け取るよ。いいじゃないか? 自分が出した作戦案を自らその一翼として実践できるなんて幸運、滅多にないぞ? 世の用兵家が聞いたら泣いて悔しがりそうだ」

 

「……大佐、それってわたし的には結構あります」

 

それというのも今は亡き(いや、死んでないが)角谷杏という名隊長がいればこそなのだが……

 

(杏さん、どうやらわたしは杏さんの苦労を実戦で味わえそうだよ……)

 

なぜか脳裏に浮かんだ杏はサムズアップしてたりするのだが。

その笑顔は、どこかコリンズに似ていた。

 

 

 

***

 

 

 

「これが簡易ではあるが、ニシズミ少佐の”米軍(我々)の階級章”だ。冬季戦車兵戦闘服(タンカース・ジャケット)にでも張っておくといい」

 

と渡されたのは、ワッペンタイプとバッヂタイプの階級章だ。

 

実は、米国では情況が情況なら”野戦任官”で臨時により上級の階級や役職が与えられることはそれほど珍しくはない。

合衆国軍という組織は階級と役職がかなり一致しており、逆に言えばその階級のもつ権限が無ければ与えられない役職や役職に必要な階級がかなり綿密に規定されていた。

 

しかし、戦死やその他の理由でとある役職が空席となり、その役職に相応しい階級のものが部隊にいない、もしくはすぐに要員補充できない場合どうするのか?

平時にはあまりないが戦時にはありがちなこのシチュエーションに対する対応策も決まっており、答えは「本来は行うべき役職に足りてない階級のものを野戦任官で臨時にその役職に相応しい階級に一時的に引き上げる」だ。

 

よく似たような”戦地昇進”と混同されるが、実際はまったくの別物で戦地昇進は任官式が戦地での昇進ゆえに略式になるだけで正規の昇進だ。

例えば、戦地昇進での少尉→中尉への昇進は確定で、永続的なものである。

 

”野戦任官”の場合は、「本来は少尉の物に、付けたい役職が中尉以上とされているために臨時に中尉の階級を与える」という一時的処置で、厳密に言えば昇進ではない。

ニュアンスとしては「その役職に”任官”するために形的に昇進する」という具合で、故に昇進という言葉は使われないのだ。

 

有名どころでは、例えば”この世界”でも同じ姓の者が米国陸軍参謀総長をやってる”ジョージ・キャトレット・マーシャル”元帥がそうだ。

史実のマーシャル元帥は、第一次世界大戦時は少佐だったが、欧州戦線で作戦参謀等を務める為に野戦任官で大佐となるが、終戦後には元の階級である少佐に戻っている。

これは昇進の反対語である”降格”処分ではなく、「終戦により野戦任官が解除され、本来の階級に戻った」という解釈になる。

これはマーシャルだけでなく、他にも有名どころの軍人では米陸軍ならパットンがそうだし米海軍ならハルゼーがそれに該当する。

 

もっともみほのように国籍を超えての野戦任官は、さすがに珍しいが。

 

「大佐、まさとは思いますが……最初からそのつもりでタンカース・ジャケットをくれたわけじゃないですよね?」

 

「それこそまさか、さ。神でなき我が身ならばこそ、見通せる未来などありはしない」

 

しかし、口の端を歪め……

 

「ただ、こうなればいいとは思っていたがね」

 

「……本気で食えない人ですね~」

 

「誉め言葉として受け取っておこう」

 

「御随意に」

 

 

 

”ぱちぱちぱち”

 

みほが階級章を受け取ると、途端に場違いに呑気な拍手がおきた。

……亜美だった。

 

(なんでだろう? なんでこんなに裏切られたような残念感があるんだろ?)

 

「みほちゃん、いいえ”西住少佐”。昇進おめでとう♪ 国は違うけど、ついに階級は並ばれちゃったわね?」

 

「亜美さん……お願いですから、いきなり米軍に売り飛ばさないでください」

 

と思わずジト目になるみほである。

 

「まあいいじゃない♪ とりあえず帰国までの期間限定なんだし、米軍士官になるなんて確かに得がたい経験よ?」

 

「個人的には、できれば一生経験したくはなかったんですけどね」

 

たはは……いつもどおりの困ったような笑いを浮かべるみほ。

どうやら、平常運転に戻ってきたようだ。

 

 

 

「ところでニシズミ少佐」

 

言葉を挟んできたのはコリンズで、

 

「なんでしょう?」

 

「君もめでたく佐官に昇進したわけだし、これからはチョーノ少佐同様に私の副官待遇で軍団の幕僚会議にも出席するように」

 

「た、大佐っ!? 正気なんですかっ!?」

 

「いや~。日本軍との連絡将校であるチョーノ少佐を出席させて、”米国正規士官”である君を出席させないわけにはいくまい?」

 

「だ、騙された……」

 

してやったりとドヤ顔のコリンズは、どこまでも楽しそうだったという。

 

 

 

こうして大日本帝国陸軍中尉にして、同時に”アメリカ合衆国陸軍少佐”でもあるミホ・ニシズミ独立装甲大隊長は生まれた。

それが、これからの戦いにいかなる結果を齎すのか……それは誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

さて、みほがコリンズの執務室兼旅団司令部を出て、妙にトボトボした足取り……

具体的にはTVシリーズ1~2話の姿を髣髴させる姿で、コリンズの”用事”が終わった後に来るよう言われていたミーティングルームのドアを開けると、

 

”ぱ~ん! ぱぱぱ~ん!!”

 

いきなり響いたのはクラッカーの多重奏。

 

「ほえっ? 今日はクリスマス? 誰かの誕生日? サンクス・ギビング・デイ?」

 

しかし、それはどれも違ってて……

 

「「「「「「「”少佐”! ご昇進おめでとうございまーーーーすっ!!」」」」」」」

 

その瞬間、みほは腰から力が抜けてぺたんと座り込みそうになったという。

 

 

 

***

 

 

 

どうやら彼女が米陸軍少佐への昇進あるいは就任は既に知らされていたらしく、それを聞いた有志一同は大慌てて昇進パーティーの準備をしたらしい。

いくら巨大とはいえ前線基地でよくこれだけの食材を集められたものだが……

 

(”あの確信犯(コリンズ大佐)”の暗躍があるのは間違いないだろうなぁー)

 

というか他に根回ししそうな人物を思いつけない。

 

「西住隊長、このまま米軍に行きませんよねっ!? 行っちゃいませんよねっ!?」

 

と縋りつくのはもちろん秋山優花里(ワン娘)で、

 

「隊長が移籍するのなら付いて行くまで。米国市民権(シチズンシップ)を獲得して再入隊するにはどの方法が早道だ? 米軍との人材トレードを進言してみるか……」

 

と名字とおりに冷静に(いや、あまり冷静じゃないかもしれないが)長考に入る冷泉麻子(ニャン娘)

 

「ふふふ。アメリカにだって戦車研究者の空き席はあるはず。ボク、英語もバッチリだし」

 

と肌の白さに反して腹黒い笑みを浮かべる猫田ニア(しろねこ)

加えて、「みほお嬢様が行くというのならどこまでもお供します」と新たに決意を固める”西住みほ専属メイド(自称)”の赤星小梅に、やけに嬉しそうなアリサ・ホイットニーとバラエティ豊かなリアクションを見せる中、

 

「ミホ、ついにワタシの上官になったね?」

 

「ケイ……」

 

「ミホ・ニシズミ少佐殿!」

 

ケイはビシッと敬礼し、だが確かに笑顔で……

 

「ケイ・ユリシーズ・サンダース大尉以下”サンダース戦車中隊(サンダース・タンクトルーパーズ)”は以後、少佐殿の指揮下に入り、その任を全力で果たしたい所存ですっ!!」

 

”ババッ!”

 

ケイに倣い、その場にいたサンダース中隊の全員がみほに敬礼を捧げた。

みほは静かに返礼し、

 

「ありがとう。皆が生き残れるようにわたしも精一杯努力するよ」

 

そして歓声が上がった!!

 

 

 

***

 

 

 

パーティーがお開きになった後、みほからケイを誘い基地の巡回にかこつけた夜の散歩と洒落込むことにしたようだが……

 

「ケイ、本当にこれでよかったの?」

 

「ん? 何が?」

 

「本来、中尉であるわたしがケイの直接の上官になることが……だよ」

 

「ああ、そのこと」

 

ケイは気にした様子もなく答えた。

 

「ワタシはむしろミホが指揮権を握るのは順当……ううん。当然だと思ってるよ?」

 

「えっ?」

 

彼女はウェーブがかった綺麗な金髪を手で梳きながら、

 

「今までの演習でも思ってたけど、この間の”実戦”でミホを見てて改めて思い知ったんだ……『ああ、ワタシはまだまだ名実共に隊長を名乗るのは経験不足だな』ってネ♪」

 

「ケイ……」

 

「だから今回の戦争、ワタシは部下って立場で特等席からミホの指揮っぷりを見れるチャンスなのよ。そのチャンスをくれた神様に心から感謝してる。それに……」

 

ケイはクスッと微笑み、

 

「ミホならワタシ以上にサンダース中隊を上手く扱えて、なおかつ部下を生き残らせてくれるでしょ?」

 

 

 

(恨みますよ、大佐……ケイ達と日本で合同訓練させたのって、本当に最初からこうするつもりだったからじゃないですよね?)

 

みほは天を仰いだ後、

 

「やれやれだよ。望んでないのに責任ばかりが増えてくのは困ったものだよ」

 

「うふふ。ミホがそれだけのSkill&Abilityを持ってるって証拠よ♪」

 

「ここまでケイに言わせたらしょうがないか……」

 

みほはただ優しく微笑み、

 

「ケイ・サンダース大尉」

 

「はっ!」

 

真剣な動きと微笑む瞳でケイは敬礼し、

 

「上官として命じます……目を、つぶりなさい」

 

「Yes Mam」

 

”Chu”

 

重なる二人の影……

そんな姿をモンゴル平原に昇る蒼い月だけが見ていた。

 

 

 

……

………

…………とまあここで終われば珍しく綺麗なエピソードエンドの筈だが、無論世の中そうそう上手くは行かないものだ。

 

「「「むむむ……」」」

 

匍匐前進してケイの察知圏内ギリギリから様子を伺い、介入タイミングを推し量るような犬+猫×2。

何やらその動きは獲物を狙う肉食獣を思わせる。

鶴姫の”愛馬(松風)”もそうだが、段々人間の行動から逸脱し、ガチに動物に近づいてるんじゃないだろうか?

 

「みほお嬢様……立派に成長なさって」

 

何故か目頭にたまった感涙を拭う小梅。

ここは有志諸君に是非とも「お前が育てたんじゃねぇだろっ!」とツッコんで欲しいところだ。

 

「隊長……いいなあ……」

 

妙に子供っぽい仕草で指を舐めるアリサ。

彼女もどうやら順調に毒されてるようである。

 

 

 

とにもかくにもこんな平原に浮かぶ月が綺麗な夜、戦いの前にこんな空気も悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、御愛読ありがとうございました。
みほがいきなり米軍の少佐になってしまったエピソードはいかがだったでしょうか?
皆様の予想の斜め上を行っていたら幸いです(笑)

曲者コリンズ大佐と西住”少佐”の相性がよすぎて怖い(^^
なんだか長い付き合いになりそうですね~(えっ?
というか亜美さんも、知らず知らずの間にコリンズ大佐に大分染まってきたような……?

ラストは久々にみほケイのいいシーンで終わろうとしたら、そうは問屋が卸さなかった(笑)

さて次回はみほも少佐になったことだし、着々と戦闘準備が行われる予定です。
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



設定資料



一〇〇式重局地戦闘機(フェンファイア)

製造元:川崎重工
エンジン:川崎マーリン45型(1速2段軸駆動式過給器(スーパーチャージャー)付き液冷V型12気筒SOHC、公称:1450馬力)+推力式単排気管
最高速:605km/h(高度6000m、戦闘重量)
航続距離:1850km(落下式増槽装着時、最大)
実用上昇限度: 11300 m

固定武装
[一〇〇式]:一式十二・七粍固定航空機関銃×6(12.7mm。機首×2+主翼×4、各250発。J-ウイング)
[フェンファイア]:武2式航空機関銃×6(12.7mm。機首×2+主翼×4、各250発。M2ブローニングの航空機搭載型AN/M2のライセンス品。B-ウイング)

プロペラ:定速式3翅(米ハミルトン社製の正規ライセンス生産品)
特殊装備:自動防漏(セルフシーリング)構造防火タンク(30口径級機銃弾対応)、防弾板(30口径級機銃弾対応)、防振処理空中無線機
オプション:空海軍共用落下式増槽、30kg~250kg爆弾1~2発

備考
”九七式重駆逐戦闘機”の正統なる後継機。
ただし、開発元はゼロ戦等の製造に忙しい三菱に代わり、製造力に余力があった川崎重工がメインコントラクターを請け負った。

元々川崎重工は、日本における複葉機時代最後の主力戦闘機である”九五式戦闘機(史実のキ10-II改相当)”を製造していて、そのエンジンは”マーリン”エンジンの一つ前の型と言える英ロールスロイス社の”ケストレル”エンジンを選択、川崎重工はケストレルのライセンス生産と出力強化型の開発も同時に請け負っていた。(ただし史実の九五式戦闘機のエンジンはBMW Ⅵのライセンス生産品の発展改良型エンジン)

そのような経緯もあり、九七式重局地戦闘機は本来、ロールスロイス系の液冷航空エンジンになれた川崎重工が行う予定だったが、当時の川崎は九五式戦闘機の生産に加え、後に”九八式軽爆撃機”として採用される単発小型爆撃機の開発や急降下爆撃が可能という後の”九九式双発軽爆撃機”の開発が重なり、非常に多忙であり九七式重局地戦闘機まで手が回らない有様だった。
そこで白羽の矢が立ったのが三菱重工で、液冷エンジン製造のノウハウを習得させるという意味も兼ねて九七式のメインコントラクターとなったのだった。

しかし、三菱ではマーリン・エンジンのライセンス生産は難航し、需要に供給が追いつかない日々が続いた。
そこでサポートに入ったのが九五式戦闘機の生産を終了させ、九八式軽爆撃機の生産が軌道に乗り、九九式双発軽爆撃機が少数生産で終わることが決定した川崎だった。
当時の川崎は、九八式軽爆撃機と九九式双発軽爆撃機を統合した「新対地攻撃機(後の二式双発復座戦闘爆撃機”屠龍”)」の開発しかバックオーダーを抱えておらず、液冷エンジンの製造ノウハウを失いたくない川崎は九七式のエンジンと機体製造の協力を三菱と空軍に申し出た。
これはスムーズに決まり、ゼロ戦や一〇〇式重爆撃機 / 一式陸上攻撃機の全規模開発と大規模生産が規定路線だった三菱は、九七式の機体/エンジンのライセンス製造権と製造設備一式を川崎に売却、その流れで川崎は九七式の後継である一〇〇式のメインコントラクターとなった。

さて機体特性としては、初期型スピットファイアの日本版というべき九七式の後継に相応しくほぼ”スピットファイアMk-V”準拠という仕様だった。
しかし、例えばMk-Vの記述で「補助翼の効きを良くするために羽布張りから金属製に改めただけで、エンジン以外はMk-Ⅱと代わらなかった」とあるが、九七式は最初から全金属製だったために細かい部分の差異は多々あり、またインテグラル・タンク構造の機内タンクなど日本独自の構造も多い。
むしろ『特地』への逆侵攻に対応するため、海軍が”試験導入”名目で購入した”ハインケル He112”戦闘機の改良やエンジン換装を承った経験やノウハウが生かされているようだ。
エンジンは同じマーリンでも改良出力向上型のマーリン45をベースとしているが、過給機を扱いなれた三菱/ギャレットの1速2段軸駆動式過給器(スーパーチャージャー)型に変更している。
結果として、日本戦闘機として初めて600km/hを越えた戦闘機となった。


そして一〇〇式重局地戦闘機として忘れてはならないのは、「英国支援モデル」……”フェンファイア”の存在だろう。
これは英独戦勃発とイタリアの英国への宣戦布告により日英同盟発動の条件が揃ったために生産が開始されたもので、大きな違いは武装が最新の一式十二・七粍固定航空機関銃から先祖返りともいえるAN/M2のライセンス生産品の武2式航空機関銃に変更されている。
これは英国がAN/M2を使用しているために補給やメンテナンスを考えた結果だろう。
ペットネームの「フェンファイア(”狐火”の意味)」は、スピットファイアにちなんで英国空軍が名づけたもので、日本空軍の公式なものではない。

この一〇〇式の開発ノウハウは、後に「日本最高の高高度防空戦闘機」の一つである”三式戦闘機”に繋がることになる。








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 ”お仕事お仕事です♪”

皆様、こんばんわ~。
いよいよCODE1940も30話の王台に乗ってしまいました(^^
あれ? これって最長不倒距離……?

さて今回のエピソードは……前半はみほがサブタイどおりにお仕事に励みます。
そこにも小さな出会いが……?

後半はカチューシャ様がなんだか不機嫌です。
その理由とは……




 

 

 

みほが、西住みほ大日本帝国陸軍中尉であると同時に”ミホ・ニシズミ合衆国陸軍少佐”となってしまった翌日から、彼女の仕事は始まった。

 

まず真っ先にはじめたのは自分が率いる戦力の最把握だった。

 

「となるとわたしが直接率いる実働戦力は、正面戦力なら中戦車32両、軽戦車10両、突撃砲が8両の合計50両か……」

 

具体的には、

 

試製一式中戦車試験中隊(プロトワン・テストトルーパーズ) → 試製一式中戦車×16

 

サンダース戦車中隊(サンダース・タンクトルーパーズ) → M4中戦車×16(実働)

 

赤星突撃砲車隊 → 試製一式突撃砲車×8両(2個小隊)

 

百足装甲偵察中隊 → 九八式巡航軽戦車×10両(変則1個中隊)

 

M4中戦車は1両カチューシャに潰され、回収はされたが軍事的に意味がある時間内に修理不可能として「資料として保持。戦闘車両としては廃棄処分」という扱いになった。

アリサ以外の乗員(クルー)は一人を除いて未だ戦線復帰は出来てないが、幸いにして重度の戦争神経症(シェルショック)に陥った者はいなかった。

それに元々サンダース戦車中隊が持ち込んだ20両は予備車両を含めての数で、予備人員もいるので中隊通常編成の実働16両は維持できているのが幸いだ。

 

自走榴弾砲と対空自走砲は、【日米混成”慰問”部隊】改め【日米臨時混成独立機甲旅団】本部直轄扱いとなった。

 

名称の変更……みほの少佐就任に合わせ”慰問”の二文字が外されたということは、実戦部隊に格上げされたという意味であり、アメリカ人は戦争というものに少し正直になったのかもれない。

少なくとも戦車単体としては満州最強の車両を保有部隊を遊ばせている理由はないし、合理的な判断といえた。

 

「あと、増援で”一〇〇式観測挺進車(テレ)”と”試製一式回収工作車(セリ)”が来たのはありがたかったな。他の支援車もだけど……戦闘継続能力が格段に上がるよ」

 

満州コモンウェルスでの戦闘が不可避となった現状、日本陸空軍からの増援は続いていた。

戦闘車両は予備以上(補充人員無しで2両の試製一式中戦車が届いていた)の持ち込みは無理だったが、戦闘をサポートできる体制が確立できるのはありがたかった。

バックアップ無しに戦う愚を、みほは教育と実戦から重々承知していた。

 

(補給や補充、整備が出来なくなった部隊はあっという間に稼働率が急降下して、戦力すり減らすからなぁ……)

 

”この世界”の大日本帝国は日露戦争と第一次世界大戦、『特地』勢力との度重なる戦闘から得られた戦訓と、英米の影響の相乗効果でロジック面を非常に重視していた。

 

前作でも少し触れたが、今の日本は戦車などの機甲兵力が登場する第一次世界大戦前から、”怪異”という知能は低くても文字通りの人外のタフネスさを誇るモンスターと戦ってきたのだ。

そのせいで極端な火力偏重主義になり、「敵にいかに大量の有効火力を叩き込めるか?」が軍種を問わない課題だ。

だが逆に言えば火力偏重主義は「根本は弾の投射量で決まる」のであり、それだけの弾を前線に用意できなければ途端に破綻する。

おまけに機甲化によって燃料の消費まで跳ね上がっている。

高火力化させるのは一部の例外を除き火砲は大型化の一途を辿り、であるならば旧来の人馬で前線まで運ぼうとするなら自然と限界は来る。

「望む時間に望む場所への火力の集中投入」を金科玉条とする”この世界”の日本陸軍にとって機甲化、自動車化は必然なのであった。

 

つまり、前線火力を支える大量生産を前提にした輸送や補給、保守/整備などの史実とは比べ物にならないくらいランクアップしたロジックは、物資の大量消耗/消費が大前提の火力偏重主義の裏返しというわけである。

 

少なくとも”この世界”の日本において「前線に鉄砲と兵と食料さえあれば戦える」なんて補給線軽視の中世脳指揮官が排除されるような教育/考査システムが、敵味方問わない大量の出血と引き換えに完成していた。

 

 

 

***

 

 

 

「戦争において重要なのは、戦術レベルでさえも”前線に必要な兵力を揃える”だけじゃなくて、それを前提とした上で消耗を考慮して”揃えた兵力を維持し、いつでも有機的に動かせる”ことの方が重要だからなぁー」

 

そう呟きながら自作のチェックシートに何やら書き込んでいく。

 

(十分とはいえないけど、贅沢を言い出したらキリが無いし……)

 

 

 

”BuWwwwooooooooM !!”

 

ふと響いたB-17に比べると軽めの爆音に上を見上げると……

 

近接(C)航空(A)支援(S)用の機体の「三種盛り」かぁ……『特地』でも御馴染みの”九九式襲撃機(キューシュー)”に、空軍の”九七式軽爆撃機(キュウナナケーバク)”に”九八式軽爆撃機(キュッパチケーバク)”かな? あれ? でも、なんとなく違うような……?」

 

「ああ、それは? どちらもエンジン換装と機体改修を終えた”二二型”だからですよ♪ 九七式はエンジンを九九式襲撃機と同じ金星44型にしたモデルで、技術フォーマットの多くを海軍の九九式艦上爆撃機(キューキューカンバク)と共用化してます。実はエンジンも九九式艦上爆撃機の近代化改修で同じ金星でも54型に換装した際、余剰になった物が回ってきたみたいですよ? 九八式はエンジンを米国から輸入した”アリソンV-1710”に換装した物らしいです」

 

「えっ?」

 

みほが振り向いた先にいたのは、

 

「どちらもまだロールアウトしたばかりのテストモデルに毛が生えたようなものですけど……既に”九七式軽爆改”、”九八式軽爆改”って現場では呼ばれてます」

 

そうたおやかな微笑を浮かべるのは、美しく長い黒髪とグラマラスな肢体を大日本帝国空軍の地上要員制服に身を包んだ女性……

”少佐”を示す階級章に、みほは先に敬礼する。

確かに自分も”米陸軍少佐”だが、それは臨時任官であり本来は”日本陸軍中尉”であるのだから当然。

それでなくとも少佐になりたての自分より先任なのは間違いない。

 

「大日本帝国空軍戦術航空爆撃管制官、”赤城由美(あかぎ・ゆみ)”少佐よ。はじめまして♪ あなたが亜美が言っていたみほちゃんね?」

 

 

 

***

 

 

 

「赤城少佐は亜美さん……じゃなかった蝶野少佐と同級生だったんですかぁ~」

 

「ええ。中学生の頃のね。『亜美由美コンビ』って呼ばれてて、学校帰りに一緒によく買い食いした仲よ♪」

 

声をかけてきた由美が穏やかで気さくな性格をしていたせいもあり、みほはすぐに打ち解けたようだ。

 

「あははっ♪ 目に浮かぶようです」

 

同じ黒髪キャラでもショートカットでマニッシュな魅力の亜美と、大和撫子然という雰囲気の由美は確かに好対照で絵になりそうだ。

 

「でも、びっくりしたわ。私は空に、亜美は陸にそれぞれの道へ行ったけど……まさか満州で再会するとは思わなかったもの」

 

「百万人近くいる帝国軍で、ですからね~。凄い偶然ですよ」

 

クスクス笑うみほに、

 

「でも、偶然と言えばここでみほちゃんに会えたのは運が良かったわ。あっ、私のことは、作戦中以外ならどう呼んでもいいわよ? その分、私もみほちゃんて呼ばせてもらうから」

 

「あっ、はい。では赤城さんで。ところで運がいいっていうのは?」

 

「えっとね、私が管制する九七式軽爆改の飛行中隊12機が、陸軍の九九式同様に【日米臨時混成独立機甲旅団】の直轄の近接航空支援を担当することになったの。だから顔合わせをしておこうと思ってね」

 

 

 

ちょっと由美の言葉を捕捉しておくと、日本空軍において戦闘機や軽爆撃機、攻撃機(襲撃機)などの戦術単発小型機は”2機編隊(ロッテ)戦術”ができる2機1組の『飛行分隊』を最小の航空機戦闘単位としていて、飛行分隊分隊が二つで『飛行小隊』、飛行小隊が三つ集まり合計12機で『飛行中隊』になる。

双発以上の中型機以上は、飛行分隊がなく3機編隊(ケッテ)を組める飛行小隊となり、3個小隊9機で1個飛行中隊になる編成だ。

 

また1中隊ごとにかならず地上要員である1整備班が付随する。整備班という呼び方は機種ごとに整備に必要な人員が異なり、一般的な歩兵に換算すると増強分隊~小隊規模になるので、このような呼び方に成ったらしい。

 

そして3個中隊以上で『飛行戦隊』となり、これが通常1飛行場の定数と成る。

1個戦隊には必ず飛行場大隊が存在し、その大隊には例外なく整備班の統括も役割に含む整備中隊と補給中隊、警備中隊を内包する。

もっとも現在、空軍は組織のより柔軟な運用を進めるべく組織改変プランが提唱されている。

 

ハイラル・ベースには、B-17と行動を共にする予定の一〇〇式重爆”呑龍”に制空任務の一式戦闘機”隼”、隼と実戦での比較調査目的に持ち込まれたらしい戦場防空担当の”一〇〇式重局地戦闘機”、前出の九七式軽爆改に九八式軽爆改に各種偵察機や観測機、連絡機など合計3個飛行戦隊を越える規模、つまり2個飛行戦隊以上の機数が集合した『飛行旅団』が最終的には展開することになる。

ついでの言えば、団とつくと司令部が置かれるのは陸軍と同じだ。そして司令部がある以上は空軍自慢の「一〇〇式トリオ」の最後の一つであり、史実では「第二次世界大戦の中で登場した航空機の中で最も美しい機体の一つ」と評された”一〇〇式司令部偵察機”もしっかり各種偵察機の中に含まれている。

 

これに陸軍が持ち込んだ地上直協の九九式襲撃機が9機編成中隊×2の18機と戦術偵察と着弾/爆撃観測を兼ねた戦術偵察機が1個飛行小隊が加わり、それだけの規模を受け入れ運用するために在満米軍は、ハイラル・ベースの敷地内には日本人の感覚すれば信じられないほど速いスピードで野戦飛行場やそれに付随する施設が増設されていた。

 

消極的参戦から頭を切り替えたのか飛行旅団規模を派遣し、新型機の実戦テストを纏めてやってしまいたいという意図を隠す気も無い日本空軍の本気っぷりも大概だが、あっさりそれを受け入れるだけの野戦基地を即席で作ってしまう米国の底力はまさに驚嘆に値する。

例えば、「100台のブルドーザーを投入しても工事が間に合わないのなら、三交代24時間シフトにしてブラックと呼ばれようと間に合わせる」のが日本式なら、「100台で足りないなら200台を、200台で足りないのなら1000台を投入して間に合わせる」のが米国式だ。

根本的な民族性の違いと言ってしまえばそれまでだが……それはみほからすれば魔法と同じく常識や理解を超えたところにある力を見せ付けられてるようで、

 

『どうりで地球では魔法が科学に……機械文明に駆逐されたわけだよ』

 

と呟いたという。

ともかく、こうして飛行場が完成したからこそ、こうして増援が日本から飛んできたわけなのだが。

 

「心強いです。空軍のエアカバーが期待できるなら、戦術オプションや作戦の選択肢が増えますから♪」

 

「うふふ。腕は保障するから、アテにしていいわよ?」

 

 

 

***

 

 

 

(まあ、これで目鼻立ちが付いてきたかな?)

 

自分が直轄できる戦闘車両は50両だが、要請で投入できる兵力は12門の自走砲と陸空軍合計30機の対地攻撃機。

 

「悪くないな……」

 

(陸軍は2個小隊6機、空軍は1個4機の3ローテーションが通常最大動員か……)

 

航空機は一度に投射できる火力は大きいが、持続性が無いのが欠点だ。

基本的に対地攻撃の場合、爆弾を投下したら申し訳程度の機銃掃射をしてさようならが基本になる。

だが、機甲戦という火力と機動力に特化した集中戦術が既に定着しつつあるが、地上戦はそれでも長丁場になりやすい。

一度に30機を飛ばして短時間の火力集中でまとめて吹き飛ばすのは攻勢ではありえるシチュエーションだが、

 

(前半はそれでも後半は装甲兵力の機動防御と臨時陣地の野戦防御が主体になるから……)

 

その場合、航空機に求められるのは阻止攻撃だ。

要するに波状攻撃を重ねて、持続的に敵の頭を押さえて突進力を減少させる戦術になる。

 

作戦発動の初期における積極的攻勢と、その後に来る積極的防衛……だが、みほの考えではそれすらも、

 

「勝負はどこまで敵を誘引できるか……だね」

 

 

 

その後、みほは残る戦力の確認に向かう。

コリンズが師団直轄として在日米軍から呼び寄せた『完全自動車化された1個増強歩兵中隊』と顔合わせをしたが、

 

(ちゃんと戦力として数えられる部隊でよかったよ♪)

 

ただ何故か、十人ばかりと徒手空拳の模擬戦をやったら、帰る時に妙に怯えた目で自分を見る隊員がいたのは気になったが。

 

「おかしいなぁ……怪我とかさせてないのに」

 

どうやらみほは、『屈強に鍛え上げられた米歩兵を、怪我一つさせずに苦もなく次々と昏倒させる子供にしか見えない女の子』がどう見られるか理解してないようだ。

ただ、「あれ? わたしってこんなに動けたっけ? 戦車ばっかりで運動不足だと思ってたけど……」と首を捻っただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

みほが戦争準備に余念が無い頃、もう一方の陣営では……

 

 

 

「ねえ、ノンナ……」

 

「はい」

 

彼女は自分の襟章と一緒に付けた真新しいバッヂを指差し、

 

「この”肉弾戦車撃破章”って、カチューシャ的にはすごく不本意なんだけど」

 

ここは在蒙赤軍最大級の拠点、巨大要塞”タムサク・ボラグ”。

カチューシャとノンナは、司令官であるジェーコフの執務室からの帰りだった。

ジェーコフに呼び出された理由は、戦地ゆえの略式だが肉弾戦車撃破章の授与式だ。

だが、どうやらカチューシャの不機嫌の理由もそこだったようで……

 

「でも、手榴弾で敵戦車を撃破したのは事実ですよ?」

 

”肉弾戦車撃破章”とは、文字通り戦車や対戦車砲などの大型兵器を使わず、簡便な個人携行武装のみで戦車を撃破した物に与えられる勲章である。

 

「あんなのノンナが中身を引き摺りだした抜け殻に、ただ手榴弾を放り込んだだけじゃない! ああいうのは撃破じゃなくてただの処分って言うのよ!」

 

そしてカチューシャはぷりぷり怒りながら、

 

「加えて兵達は『さすがです! 素手で戦車を破壊するとは!』なんて言い出すし! どうしてそうなるのかしら!? いくらカチューシャでも素手で装甲板穿てるわけないじゃない! 普通に文明の利器(しゅりゅうだん)くらい使うわよっ!!」

 

しかし、ノンナは無表情ながら慈しみに満ちた瞳でカチューシャを見て、

 

「でも、私はカチューシャ様と一緒に肉弾戦車撃破章を受勲できて嬉しいですが?」

 

カチューシャは「はぁ~っ」と毒気が抜かれたような溜息を突いて、

 

「……ノンナ、その言い回しはズルイわ」

 

「そうでしょうか?」

 

 

 

***

 

 

 

「それにしても、本当にこの情報は信じていいものなのかしらね?」

 

自分の執務室に戻るなり、カチューシャは受勲ついでに渡された資料を開く。

その資料は、先の戦闘でカチューシャ達が持ち帰ったアリサのM4中戦車に搭載されていたマニュアルや砲弾、その他備品の調査報告書だった。

 

「『M4中戦車(エムチャ)に搭載されていた砲弾はいずれも古く、榴弾は信管が経年劣化を起こして激発せず、徹甲弾も砲の火力が活かせない古い代物』……ですか?」

 

実はこれ、史実でも起きたことなのだ。

米国は大量生産/大量消費を美徳とする国ではあるが、反面おそろしく物持ちがいい部分もある。

例えば、上の報告は実際に英国に渡したM3グラント中戦車で起きていた事例で、榴弾も徹甲弾も使い物にならなかった英国は信管の交換と撃破した四号戦車から入手した徹甲弾頭を薬莢に差し込んで凌いだらしい。

 

アリサのM4にこんな年代物の砲弾(アンティーク)が搭載されていたのは、「実弾発砲はデモンストレーションだけで実戦には出ないだろう」という甘い判断からだった。

 

本格的な戦闘が始まる前の装備総点検でこれに気付いたみほとケイは青くなるのだが……それはまた別の話。

 

「日本戦車はともかく、アメリカ戦車が万事この調子だったら楽に戦争にも勝てるんだろうけどね……」

 

「カチューシャ様はそう思ってらっしゃらないのでしょう?」

 

「まあね」

 

カチューシャはフフンと笑い、

 

「希望的観測を信じて厳しい現実に裏切られるのと、厳しい現実を想定して思わぬ幸運に出くわすのとではどっちがよりマシだと思う?」

 

ノンナはそれに答える必要は無いと感じた。主とてわかりきった答えなど所望ではないはずだ。

だとすれば、今のカチューシャが考え込んでる姿はなんなのだろうと気になりだした頃、

 

「でもね、ノンナ……」

 

そう切り出したのはカチューシャで、

 

「世の中には希望的観測に縋り、それを現実と取り違える人間もまた多いのよ……」

 

 

 

そして彼女の懸念は残念ながら的中する。

「米軍の新型戦車、車体は新型なれど砲弾は中古。全て最新の我らには恐れるに足らず」という風潮が出来上がってしまったのだ。

 

確かに諜報員や工作員を使った浸透工作や情報収集はソ連の十八番だろう。

なんだったら共産主義という思想的洗脳によって売国奴の量産を得意技に加えてもいい。

共産主義者の言うインターナショナルは、ゾルゲの最後の言葉から判るように「自分の住む国より国際共産主義を優先し、国や民族のためでなく共産主義の為に生き殉ぜよ」という意味なのだから。

 

だが、だからと言って所詮は人間の生み出す組織。正しい情報を得られたとしてもそれをジグソーパズルのように組み上げて、事実や真実や真相というような言葉に代表される”正しい解答”に辿り着けるとは限らないのだった。

 

そして人間は目の前に「都合のいい事実」というのがあれば、それを現実として認識しがちな生物である。

ソ連の政治と軍部が満州コモンウェルスにおける米軍の戦力評価を僅かとはいえ下方修正したのは、それから三日後のことであった。

故に現状において援軍の必要は無い……現状の在満米軍にハルハ河東岸で大規模な軍事衝突を起こす力は無く、あったとしても現有兵力だけで十分対応できると判断したのだ。

そして日本軍に対する評価は、

 

英国本土直上防空戦(バトル・オブ・ブリテン)におけるナチス・ドイツ空軍(ルフトバッフェ)との戦闘から考察し、海上戦力/航空戦力は相応に強力なれど陸上戦力は米国と同等、英国より劣ると思われる。新型戦車はM4の性能劣化版(デッドコピー)で総戦力としても小さく、ハルハ河東岸で勃発する可能性のある戦闘において、戦況を左右するような決定的な役割を果たすものではない』

 

それが彼らの最終的な結論であり、彼らの共通化された認識だった……

 

それほど間違った評価ではない。「日本が米国より劣る」のは常識だし、日露戦争においてロシアが惨敗したのは海上であり、旅順要塞をはじめ日本人相手に陸戦ではそこまで劣っていない。

それに彼らは日露戦争の停戦交渉の最中に未開地人(バーバリアン)に帝都を蹂躙される体たらく……バーバリアンに帝都を占領されたことに恐れをなし、尻尾を巻いてさっさと大陸から逃げ出してしまったではないか!

 

『確かに対馬沖では負けたが、最後まで大陸に足をとどめていたのはロシア人』

 

それがロシア革命後のロシア人、いやソ連人の一般認識だった。

そして近代兵器を持たないバーバリアン相手に、四半世紀以上も帝都を占拠され続けた日本人を笑っていたのだ。

 

『日本人は同じ野蛮人と戦っているのがお似合い』

 

だと……

結局のところ、この認識と現実との間に転がる()()()()()が、次の戦いに繋がるのだが……そのズレを是正するために、どちらの勢力とは言わないが大量の出血を必要とされることにまだ赤の広場を見下ろす立場のの人々は気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、御愛読ありがとうございました。
みほが戦争準備しつつ、赤城山ではなく赤城さんとの出会いを果たしたエピソードはいかがだったでしょうか?

いきなり出てきた謎(笑)の空軍少佐、赤城由美。
亜美の中学時代の同級生で親友、オマケに食いしん坊♪
更に中隊編成の九九式艦爆の類似機体の使い手となれば……モデルは、皆様のお察しの通り某空母娘です(^^

えっ? 同僚の名前はもしかして加賀さん? 声がなんとなく麻子に似てる?
それは秘密です(笑)

それにしてもソ連側に危ない雰囲気の楽観論が蔓延しつつあるような……?
では皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



試製一式回収工作車

主要装備:クレーン、ウインチ
機銃:武1919式車載機関銃(7.62mm)×2(自衛用)
エンジン:統制型九〇式発動機AC-K型(過給機/中間冷却機付空冷V型12気筒ディーゼル、307馬力)
車体重量:22.5t
装甲厚:最大40mm(傾斜装甲)
サスペンション:独立懸架+シーソー式連動懸架装置
変速機:前進4段/後進1段(コンスタントロード型シンクロメッシュ機構タイプ)
操向装置:二重差動式遊星歯車装置(プラネタリーギア)型クラッチ・ブレーキ
最高速:40km/h
オプション:ドーザーブレードなど

備考
史実の”装甲工作車”に該当する車両で、他国での一般的な呼称では戦車回収車。略称の”セリ”は、開発時のコードである”()車隊用()作車”から取られている。
ベースとなったのは史実のセリ車同様に九七式中戦車で、『TYPE-97(九七式)ファミリー』の一つと言える。
しかし、ベースとなった九七式が史実のそれより余力がある大きさだった為にエンジン位置の変更など手間の改良は必要なく、砲塔を撤去しそこにクレーンやウインチを操作する作業室が設けられている。

ウインチの牽引力は28t、クレーンは支持脚を展開しない状態で5t、支持脚を展開した状態で5.5t、支持脚を展開し地面に設置した状態で14tの重量物を吊架することが可能だった。
車体前部及び後部には牽引用のピントルフックが装備され、最大牽引重量は33tとされている。
また、クレーンで重量物を吊り下げる際に車体バランスを崩さないように懸架装置にロック機構が追加されている。

基本的に史実の米陸軍”M31戦車回収車”に該当するスペックの車両だが、実はその開発が始まったのは九七式ファミリーの中でも古く、最初の試作車が完成したのは九八式重戦車の時代だった。
機械的に無理がかかりやすい戦車は、そのタフな外観に反して中身は壊れ易く第二次大戦では敵戦車に破壊されるより故障で自走できなくなり廃棄された戦車の方が目立つ戦場が珍しくなかった。
故に戦車回収車の登場は必然だったのだが……試作された最初の試製セリ車は九七式オリジナルと同じAC型統制発動機だった為に全体的にアンダーパワー気味で同じ九七式ならともかく、重戦車の牽引や回収は難しかった。
故に初期試作型は4両ほどしか製造されなかったようだ。

しかし、車体開発中に実用化した機械式過給機(スーパーチャージャー)搭載の高出力なAC-K型発動機の安定供給に目処が立ち、また米国製のよりハイパワーなウインチやクレーンなど牽引機材のライセンス生産が成功したために開発は一気に加速し、40年にテストモデルを兼ねた先行量産型の生産が始まり、41年(皇紀2601年)より制式化される運びとなった。

とはいえ、日本戦車の大重量化はとまらず42年にはエンジンを含む全体的な強化を行い、牽引重量を38tまで引き上げ溶接機材やコンプレッサーを追加した改良型(というかほとんど原型が残ってない魔改造型)や、より車体に余裕のある一式中戦車や三式重戦車をベースにした後継モデルが開発されることになる。

武装をほとんど持たない本車だが、陸軍からは「武装なき決戦兵器」と最大限の賞賛を贈られ、第二次大戦初期の日本機甲兵力を支えた「影の立役者」「最も成功した九七式ファミリー」として記憶されることになる。










目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 ”準備です!……と言いたかったのですが”

皆様、こんばんわ~。

いよいよ本格的に戦闘に近づいてきましたが……今回はその前の一悶着と、ちょっとした準備ステージみたいなエピソードとなっています。

戦闘は始まる前の準備が肝心ですから(^^

そして、またしても新キャラ(♂)の影が……




 

 

 

曖昧な3インチ(正確には75mm)

そりゃ古ってコトかい?

 

「ちょっ!?」

 

ここは満州コモンウェルス西方、ハイラル・ベース。

増設された飛行場に無数の爆音が響き、清浄な天空を排気ガスで汚す風景が日常の地獄の入り口……

 

とにもかくにも満州最大規模の米軍拠点に急成長したハイラル・ベース、拡張に拡張を続ける姿も驚きだが、空路/陸路を問わずそれに対応できる輸送力を見せ付ける米国も本当に凄まじい。

どうりで史実の日本がボロ負けしたわけである。

 

しかし、巨大な物量を見せ付ける米国も、完全無欠というわけではないようで……

 

「ケイ。このカビが生えたような砲弾って、もしかして……」

 

「ええ。錆や埃は落してあるみたいだけど、製造番号から考えて世界大戦中に製造された骨董品(ヴィンテージ)みたいね……」

 

問題が発覚したのは、戦力確認で実弾発砲をした時だ。

経緯を話せば……満州に着いてから急展開の連続で、みほ達がサンダース戦車中隊の実弾砲撃を確認してないことを思い出した。

日本にいるときは演習弾(ペンキ)しか撃たなかったので、M4中戦車の実際の火力を把握としようと思ったのだが、

 

『きゃーっ!? 徹甲弾が的に弾かれたぁ~っ!?』

 

『げげっ!? 榴弾不発三連(チャン)!?』

 

という有様。

みほが慌てて中隊全車の砲弾をチェックさせたところ判明したの事実が、冒頭の台詞に繋がるのだった。

 

 

 

なぜこんな事態になってしまったのか?

そもそも日本戦車では標準的な九四式七十五粍戦車砲(38口径長)も試製一式中戦車に搭載される最新長砲身の一〇〇式長七十五粍戦車砲(45口径長)も原型は同じく九〇式野砲(38口径長)で、そのモデルとされたのがフランスのMle1897/75mm野砲(36口径長)だ。

そして米国のM3中戦車のM2/75mm戦車砲(31口径長)、M4中戦車のM3/75mm戦車砲(37.5口径長)も、その直接の原型を第一次世界大戦参戦時にフランスから急遽1900門購入し、その後ライセンス生産した同じくMle1897/75mm野砲としている。

 

もう気付かれた読者の皆様もいるかもしれないが……日本がMle1897/75mm野砲規格の砲弾を採用したのは九〇式野砲からで一番古いものでも1930年(皇紀2590年)製造だが、米国は第一次世界大戦(1914~1918年)から同種の砲弾を使っているのだ。

そして世界大戦で過剰購入もしくは過剰生産した砲弾が、今も当然のように倉庫の端っこでなく主役に近い位置に”備蓄砲弾”として山積みされていた。

 

それは日常的に”実弾練習の砲弾”として米国陸軍の戦車隊や砲兵隊で消費されていたのだが……

 

「Oh my Goddes, I can't bilieve it !! 一体、なんだってこんなことに……」

 

「そっか……ケイ達って実戦部隊扱いじゃなかったもんね」

 

「Ouch!」

 

しみじみ言うみほの言葉がケイの胸に突き刺さる!

ケイもみほが言わんとする意味を理解したのだろう。

曰く、

 

『実戦部隊でもないのに正規の”最新の戦闘用砲弾”が供給されるはずもない』

 

だ。

そして、そのヴィンテージ砲弾は戦車搭載分だけでなく、米軍がサンダース戦車中隊用の物資として持ち込んだ備蓄用砲弾まで及んでいた。

みほに言わせると、

 

「まったく……ヴィンテージはワインと日本刀だけで十分だよ」

 

 

 

***

 

 

 

もっとも、これはもろにガテン系な砲弾の入れ替え作業が大変だったというだけで、さしたる問題にならなかった。

というのも1924年(大正13年)に締結された『日米砲弾/弾薬相互間協定』のおかげで、みほ達日本勢が持ち込んでいた砲弾がそのまま使えたからだ。

備蓄砲弾が目減りしたが、それは日本への砲弾発注量を増やすことで対応できた。

 

そう、確かに対応できたのだ。

【日米混成”慰問”部隊】改め【日米臨時混成独立機甲旅団】()()()()()

 

 

 

しつこいようだが西住みほ大日本帝国陸軍中尉は、日米軍上層部の陰謀(?)により野戦任官扱いで合衆国陸軍少佐となってしまった。

となればこんなシチュエーションもありありな訳で……

 

「今更だが、昇進おめでとう。”合衆国陸軍(U.S.ARMY)”へようこそだな」

 

「ありがとうございます。スティルウェル”臨時”中将閣下」

 

合衆国陸軍士官として最初に参加した在満米軍西方軍団幕僚会議において、同じく率いる戦力が一気に肥大化したため野戦任官で”中将扱い”となっていたスティルウェルにそう声をかけられ、みほは起立し綺麗な敬礼を返した。

 

ただ、合衆国陸軍では(今のところ)物珍しい女性将校二人を引き連れてるコリンズを見る目に少々険が入ったものになってしまうのは仕方がない。

当のコリンズはコリンズで、「ふふん♪ 羨ましかろう?」という態度を崩そうともしない。

まさに「リア充(コリンズ)、爆発しやがれ!」という空気を内包しながら始まったその会議で、みほはサンダース戦車中隊の保有弾薬に起きた事態を説明し、

 

「他の戦車隊や砲兵隊の砲弾は大丈夫でしょうか?」

 

その発言と同時に、独立旅団扱いであることとテスト装備の多さから在日米軍と日本陸軍から直接補給を受けれる【日米臨時混成独立機甲旅団】を除き、軍団全ての補給を統括する”アレキサンダー・キャゼルヌ”臨時准将(本来は大佐)が顔面を蒼白にさせたのが印象深い会議だった。

 

 

 

確認したところ……結果から言えば、やはり「訓練弾以外には使い物になりそうもない年代物の砲弾」が実戦部隊に実戦用砲弾として、それもかなりの数が混入していた。

運が悪かったのは、本来の西部方面師団本隊ならともかく、雑多な部隊が交じり合って軍団規模に膨れ上がっていたことだ。

 

お陰で大戦(おおいくさ)の前に検査と砲弾入れ替え、他の在満米軍部隊や在日米軍、果ては日本軍から慌てて取り寄せた砲弾やその他の補給物資の対応に、特に補給部や整備部を中心に戦以上の大童(おおわらわ)になったのだ。

 

ソ連の諜報員や工作員達は最初大規模な攻勢準備に入ったかと思ったが、詳細を調べてみると……

 

『内部の補給物資に機械的トラブルが発覚。装備品の中に大量の不良品も見つかる。補給部や整備部はオーバーワークで戦闘前に戦死寸前』

 

とのことだった。

その情報を受け取った赤い情報分析チームは、【Ставка Главного Командования(ソヴィエト連邦軍総司令部)】、通称”スタフカ”にこう報告した。

 

『在満米軍西部方面軍団は補給物資の不備やトラブルから混乱の渦中にあり。当面、積極的行動は不可能と思われる』

 

だが、諜報員も工作員も情報分析官も気付いていなかった。

いや、そもそも諜報戦(スパイゲーム)で圧倒的優位を誇る自分達が、まさか「敵に騙される」なんて思いもしなかったろう。

そう漏洩した情報は「不自然に思われない程度に操作された物」で、その情報はジグソーパズルのように組み合わせても『間違った絵』が完成するようになっていた。

そのダミーの絵にタイトルをつけるとすれば……

 

魔女の(Witch's)大釜(Caldron)

 

とでもなるだろうか?

その大釜に何を放り込むつもりなのかは、知るところではないが。

 

 

 

人を騙すコツは真実の中に嘘を、嘘の中に真実を紛れ込ませることだ。

99の嘘の中に1つの真実を紛れ込ませてもその真実は嘘と認識され、逆もまた同じだ。

虚虚実実とはよく言ったものである。

 

付け加えるなら、赤い紳士諸兄はもう一つの隠し事にも気付けずにいた。

意図的な改竄をされた情報は、それ自体がマーキングになるということを、だ。

伝言ゲームじゃないが、虚情報が流れる経路を注意深く観察すれば、その漏洩する道程も自ずと見えてくるのだ。

 

 

 

***

 

 

 

後日、みほが旅団自前の補給物資では不足がちの物資(主にサンダース中隊向け)の供給を受けようと書類片手に執務室を訪れた時……

 

「オリヴィエ、心から君に会いたいよ……シャルロット、君の顔を自分の目で見る前にお父さんは戦死するかもしれない。敵の砲弾じゃなくて味方の砲弾不備のケツを拭く書類束に殺されそうだ……」

 

と死んだ目で家族の写真に語りかけていたという。

みほも後で知ったことだが、キャゼルヌ大佐は中佐の頃に結婚して奥方が妊娠6ヶ月の頃に大佐に昇進すると同時に満州コモンウェルスに配置転換になったらしい。

 

みほは”家族の時間”を邪魔しないように気配を消して書類を机の上に置き、そっと部屋を出たという。

その涙を誘う光景に、

 

「頑張れ。お父さん」

 

と言い残して……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

第64航空戦隊とは旧多摩飛行場、現空軍”横田基地”を拠点に、『特地』での実戦経験のある戦闘機パイロットを中心に編成された飛行戦隊で、実質的に一式戦闘機”隼”の開発部隊だった各務原の第59航空戦隊に次いで隼が配備された部隊だった。

 

第64航空戦隊の隼の運用目的は「隼の実戦運用」を見極めることであり、第59戦隊が開発チームなら第64戦隊は実戦運用チームだった。

 

だが、基本3個中隊36機で編成される1個飛行戦隊丸々は、他に投入機の兼ね合いもあり連れてこれなかった

 

そこで空軍上層部は、飛行隊長(パイロットの最上指揮官)だった加藤武雄少佐の権限を特例により増大させ戦隊長(基地司令官)とほぼ同格としつつ、同時に選抜24機+予備4機を1部隊の”独立戦闘機隊”として満州コモンウェルスに派遣することを決定した。

 

更に次世代の整備編成として”整備隊本部”制度を導入した。

第30話で言及されているが、従来の空軍の方針では1飛行中隊につき1整備班が付随し、地上要員の統括で基地運営担当の基地大隊に整備中隊は付随するというやり方だった。

これまでのように基地と飛行戦隊が固定されてる場合はこれでもよかったが、この先の世界情勢を考えると、飛行戦隊は基地を点々とする可能性があり、その場合でも最低限の戦闘力を維持するために整備中隊を”整備隊本部”として独立させ、飛行戦隊に付随させようというのが計画の骨子だった。

 

しかも飛行戦隊ではなく飛行中隊単位での移動も考え、整備隊は「指揮小隊+整備小隊×中隊数」で編成されるようになっており、中隊だけの移動だとしても最低でも整備小隊は同行できるシステムだ。

 

今回の派兵は上記二つの組織工学的な新機軸のテストケースとして最適と判断されたようだ。

 

 

 

「それはいいとして……【加藤隼戦闘隊】ってのはなんだよ?」

 

と不機嫌そうにタバコをくねらせている黒髪で長身痩身の中年男。

トレードマークの丸レンズのサングラスに綺麗に揃えられた口ひげ……イメージ的にはさしずめアドリア海の赤い戦闘飛行艇乗り(人間ヴァージョンの方)と言ったところだろうか?

 

そう、彼こそは後に空戦史に名を残すことになるエースのひとり、大日本帝国空軍少佐、”加藤武雄(かとう・たけお)”だ。

どうやら”この世界”の日本軍は、陸海空問わず別に戦闘に支障ない程度の短い髪なら、坊主頭でなくてもよいようだ。

 

「何って……この部隊の名称でしょう? 書類上は第64航空戦隊はまだ日本にいることになってるんですから。公式には第64航空戦隊からの抽出航空兵力と新機軸編成の整備隊本部を掛け合わせた『隼と組織工学的新フォーマット』を掛け合わせた”実験部隊”が名無しじゃ困るって言うんで、山本長官自らが命名されたとかって」

 

そう返したのは、少年の面影が色濃く残る童顔で少し太っちょの人物。

女学生が憧れるパイロットとの一般像とはかけ離れた雰囲気の持ち主で、体形的にはこっちの方が「空飛ぶ豚」と言われそうだが。

ただし、ただ飛ぶだけではなく空飛ぶ豚の前に「誰よりも加速し、誰よりも速く」という修飾語がそのうち付きそうだが……

 

春幸(はるゆき)、俺が言いたいのはそんなことじゃねぇんだ。あのクソ親父が何を考えて人の名字を部隊名に付けたってことをだな……」

 

若く見えるがここにいるってことは17歳以上は確定で、普通は訓練学校やら何やらで志願から実戦配備まで平時なら二年はかかるし、そもそも第64飛行戦隊には新兵はいないはずだった。

というわけで、こう見えて『特地』でワイバーン・スレイヤーとなった……1939年のイタリカ防衛線にも参加し、その頃から加藤の下にいた最古参の部下、元・九七式重局地戦闘機乗りで加藤共々腕前を買われて第64航空戦隊に引っ張られた”有田春幸(ありた・はるゆき)”一等飛行兵曹は、

 

「いいじゃないですか? これもお国のためですよ」

 

と古参兵ならではの気楽な言葉で返す。

 

 

 

ここで少し空軍の下士官制度について触れておこう。

空軍は、有事の際の大量のパイロット消耗を考慮し、米国式の”二直制(機体の倍のパイロットを確保する)”を方針としている。

その為、士官学校だけでなく兵卒パイロットの養成や民間からの協力も積極的に行っていて、可能な限り裾野広く人材の確保を目指していた。

その為、士官学校を卒業していない下士官以下の階級制度も充実しており、下から二等飛行兵、一等飛行兵、上等飛行兵、飛行兵長とここまではいわゆる兵隊の階級だ。

実はこの飛行兵達は空軍が出資してる民間パイロット養成学校の出身者がほとんどで、卒業後に短期軍用機パイロットコースで学び、最低限の兵役をこなした後は有事になる(召集される)まで予備役に編入されることがほとんどだ。

その場合は二等飛行兵で退役し、予備役から復帰する際に一等飛行兵で復帰するというパターンだ。

当然、軍に残れば普通に出世するし、基本的に兵は出世が早くて最も考慮されるのは飛行時間で、よほどへまをして飛行禁止命令でも喰らわなければ毎年出世できる仕組みだ。

それに飛行兵長になれば短期下士官養成コースを受講でき、終了すれば下士官への道も開ける。

 

軍の正規飛行兵養成学校(士官学校ではない)の出身者は、軍隊の要である下士官からが基本で、春幸もそのクチだった。

階級は三等飛行兵曹、二等飛行兵曹、一等飛行兵曹、上等飛行兵曹、飛行兵曹長の5階級があり、飛行兵養成学校を出れば誰でも取れるのが三等飛行兵曹で陸軍機甲科だとちょうど三等軍曹に相当する。

軍飛行学校を出てから三年で一飛曹は、中々早い出世スピードだった。

 

 

 

「お前なぁ~。なんだったら今すぐに”有田隼戦闘隊”に部隊名を変えてやろうか?」

 

「遠慮しておきますよ。第一、一介の下士官の名前を部隊の冠に掲げるなんて格好つかないじゃないですか?」

 

「ふん。覚えてやがれ。本国に戻ったら即座に空軍の短期士官養成コースに叩きこんじゃる」

 

「あははっ。お手柔らかに」

 

まあこの二人はいつもこんな感じなのだが……

 

「そういや春幸、西住中尉の一件聞いてるか?」

 

「西住”少佐”殿ですよ。加藤少佐殿と同じ階級です」

 

「フン……運のない娘だな」

 

「何故です?」

 

「本来いるべき場所じゃない所に立たされるってことは、責任だのなんだのって給料に不相応な面倒ごとを背負うってことだ」

 

「なるほど……でも、西住少佐なら大丈夫だと思いますよ? 『本来の実力から考えれば、尉官って階級は低すぎる』って聞いてますし」

 

「聞いたって……誰からだ?」

 

春幸はポケットから一枚の写真を取り出すとにへらっと頬を緩ませ、

 

「僕の婚約者(フィアンセ)からです。イタリカ時代、西住少佐の上官だったんですよ」

 

その写真の中では、幼い容姿の赤毛&ツインテールのおで()……角谷杏が優しく微笑んでいた。

一応、誤解のないように言っておくが、間違ってもアヘ顔ダブルピースなどではない。断じて。ただ持ち歩いてないだけで、春幸がそんな写真を一枚も持ってないとは言ってないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***************************************

 

 

 

 

 

さてさて、いよいよ”X-DAY”が近づいてきた。

クソ忙しい日々が続く中、ついに施設大隊の職人芸により【日米臨時混成独立機甲旅団】の仮設司令部が開設された。

 

もはや旅団規模の地上戦力と、陸軍2個中隊18機の直協対地攻撃機と4機の観測機を兼ねた戦術偵察機、更に空軍から派遣される1個中隊12機の直協対地攻撃機まで参入するのだから、さすがに軍団本部施設を間借りし続けるには無理があった。

 

「ミホ、いよいよだね?」

 

「うん」

 

”決戦”前に備蓄分も含め砲弾の切り替えを終えて、補完分も無事に届いた。

十分なのは砲弾だけでなく他の装備もだ。

戦争準備は既に整っている。

 

仮設司令部に入ると、飛行中隊長と整備小隊長を引き連れた赤城由美少佐がちょうど着任の挨拶をしているところだった。

 

なるほど少佐という階級の管制官にしては率いる機数がやや少なめと思ったが、どうやら空軍からの派遣部隊の最先任、実質的な統括指揮官が彼女らしい。

空軍も機体だけでなく実戦で使えそうな色々な組織工学的なチャレンジを行いたいらしい。

 

 

 

(空軍も最後発の軍組織だけあって、色々大変みたいだなー)

 

それは空軍最高司令官(長官)である山本一二三(ひふみ)大将の性格もあるだろうが、とにかく空軍は目新しいものが大好きで、かなり怪しげなものでもとりあえず取り入れようと動くのが特色だった。

明治からある陸海軍と違い空軍が生まれたのは航空機が戦場に現れ、空を戦場に変えた第一次世界大戦以降……要するに、大正年間だ。

そのために保守派が嫌い陸海軍が手を伸ばさないようなこともチャレンジし、とにかく目立ってみることで国民に存在意義を示し続けるのが空軍のやり方だ。

 

例えば海軍は、最新鋭機の零式艦上戦闘機や九九式艦上爆撃機、九七式艦上攻撃機を”英国本土直上防空戦(バトル・オブ・ブリテン)に投入しているにも関わらず、未だ詳細を発表していない。

東京五輪のときに空軍に負けじと東京の空を飛ばしていたが、名前は公表されていても詳細を知っている一般市民はまずいないだろう。

ましてや九九式艦爆や九七式艦攻が、早々と戦訓を踏まえて機体の大規模設計変更と、部品の互換化なども含め整備性や稼働率の向上とパワーアップが同時に行える一粒で二度美味しいゼロ戦が、同じ金星50番台へのエンジン換装を行った”二二型”に生産が切り替わろうとしていることなど尚更だ。

 

だが、対して空軍は一〇〇式重局地戦、一〇〇式重爆、一〇〇式新司偵の”一〇〇式トリオ”を東京五輪の開会式の上空を飛ばして華々しくデビューさせて改竄されているとはいえスペックシートまで公表……だけでは飽き足らず、”隼”もデビューフライトを敢行。

更にはようやく試作機が飛んだばかりの”試製二式戦闘機”やエンジン開発すら終わっていない”試製三式戦闘機”も早速「鍾馗」「飛燕」なんてペットネームまで発表する始末だ。

きっと中島と川崎の戦闘機開発担当者は頭を抱えてるだろう。

 

 

 

とにかく派手で挑戦的……それが一般国民が持つ空軍のイメージで、その目新しさゆえに志願兵も男女問わず多いと聞くが、

 

(それでも所詮は、軍隊なんだけど……)

 

由美が引率してきたまだ少年っぽさが残照のように残る飛行兵達を見てるとつくづくそう思う。

特に婦女子だらけ、しかも日米混合の現場を見て明らかに動揺してる様など見てて微笑ましいぐらいだが……

 

「問題は、何人生き残れるかだね……」

 

「ミホ……」

 

「ケイ、死は不公平に見えて公平なんだよ。誰の元にもいつかはやってくるって意味ではね」

 

みほは微かに、本当に微かに微笑み……

 

「だから不公平な死なんてない。ただあるのは……生きるために殺すなんて、不条理な世界に相応しい”不条理な死”だけだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、御愛読ありがとうございました。
なんか名前が似た人が宇宙戦争でも苦労してた気がするエピソードはいかがだったでしょうか?(^^

もう覚えてらっしゃる方はいないかもしれませんが……前作でちょこっとだけ話題に出てきた”かいちょーの恋人兼婚約者”をようやく出せました~♪
作品越しの伏線回収です(笑)

もう気が付いた皆様も多いでしょうが、有田春幸一飛曹の元ネタは【アクセルワールド】の主人公君ですね~。
楽屋オチですが、作者の思考パターンは……

杏→なんとなく外観的特長がニコ(加速世界)に似てるなぁ~→じゃあ、彼氏は”最速の空飛ぶブタくん”でいいじゃん!

ってな感じです(^^
裏設定では、普段は傲岸不遜で泰然自若なかいちょーも春幸がかかわると途端に不安定になるとかならないとか……たまにはNLもいいですよね?(苦笑)

ちなみに春幸くんは、性格的には「あくちぇるわーるど」寄りで細かいことは気にしなく、精神的にめっぽう打たれ強いです。
えっ? NTR気満々の幼馴染(CV:豊崎某)とかいませんよ?

さて、次回からいよいよ戦闘パートに入りそうです。
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



九七式軽爆撃機二二型(九七式軽爆改)

製造元:三菱重工
エンジン:金星44型(1速1段軸駆動式過給器(スーパーチャージャー)付き空冷複列星型14気筒OHV、公称:1070馬力)
乗員:2名
最高速:438km/h
航続距離:1700km(落下式増槽装着時、最大)
上昇限界:8500m
固定武装:武1919式機関銃×3(7.62mm。主翼×2、後部座席旋回銃×1)
プロペラ:定速式3翅(米ハミルトン社製の正規ライセンス生産品)
特殊装備:自動防漏(セルフシーリング)構造防火タンク(30口径級機銃弾対応)、主要区画防弾板(30口径級機銃弾対応)、防振処理空中無線機、ダイブ・ブレーキ兼用ピンホール・フラップ板&上下分割作動型スプリットフラップ
搭載量:500kg爆弾×1もしくは250kg爆弾×2、落下式増槽+60kg×4

備考
九七式軽爆撃機を本格的な機体再設計を行った改修機。一一型との大きな相違点は三つで、

・機内爆弾倉を廃止し爆弾類を全て外部懸架とし、機内爆弾倉用装備の撤去による軽量化と搭載機器の再配分+機内燃料タンクの追加、機体構造の強化と本格的な防弾装備を整えると同時に長すぎた前後パイロットシート間距離を短縮

・エンジンを”中島ハ5”から金星44型と新型プロペラの採用によりパワーアップと推進効率の向上による全体的な機体性能の底上げ

・重量増を招き取り付け位置も難しいダイブ・ブレーキを兼ねた余剰空気抜き用小穴(ピンホール)付きのフラップ板を用いた上下分割型のスプリット・フラップを従来型フラップに代えて採用することにより、急降下爆撃適性と運動性の向上

である。
基本的には九七式軽爆撃機に本格的な防弾性能を追加し、機内爆弾倉を廃止することで機体構造の簡易化と軽量化をはかり、エンジン出力増強との相乗効果で運動性を増強すると同時に、軽爆撃機からより急降下爆撃機に特化させた機体といえる。
やはり改造の影響はスペイン内乱で猛威を振るったJu-87(スツーカ)の影響があるようだ。
急降下爆撃機に必須のダイブ・ブレーキこそ機体設計の制約から装備してないが、新開発の上下分割作動型のスプリット・フラップとエア抜き用の小穴を無数にあけたピンホール・フラップ板を採用することにより、同等の効果を発揮している。

改装に必要なエンジンは、海軍の九九式艦上爆撃機が二二型にアップデートする際、エンジンも換装するので余剰となった金星44型が回ってきたらしい。
また、これで九九式襲撃機とエンジンは共用化されたため、後に後継の機体が登場した際には残存の九七式軽爆改は近接航空支援用の直協機として陸軍に移管されることになる。


***



九九式襲撃機

エンジン:金星44型(1速1段軸駆動式過給器(スーパーチャージャー)付き空冷複列星型14気筒OHV、公称:1070馬力)
乗員:2名
最高速:430km/h
航続距離:1082km
上昇限界:8300m
固定武装:武2式航空機関銃×2(12.7mm。主翼内。M2ブローニングの航空機搭載型AN/M2)、武1919式機関銃×1(7.62mm。後部座席、旋回銃)
特殊装備:自動防漏(セルフシーリング)構造防火タンク(50口径級機銃弾対応)、主要区画防弾板(50口径級機銃弾対応)、防振処理空中無線機、主翼スラット、ダイブ・ブレーキ
搭載量:60kg対物/対人爆弾×4(主翼下)もしくは250kg×1(胴体下)

備考
基本的に前作【祝☆劇場版公開記念! ガルパンにゲート成分を混ぜて『門』の開通を100年以上早めてみた】の設定資料で記したそれの改定版。
機体の特徴としては、整備性の良さや稼働率の高さ/野戦飛行場での使用を前提としたゆえの堅牢さ、何より燃料弾薬を補給などを行う再出撃までの所要時間の短さが強みである。
九七式軽爆改と比べるなら、搭載量と航続距離では劣るが防弾性能と運動性では勝り、急降下爆撃機としての適性も高くより敵と肉薄した攻撃が可能である。









目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 ”少佐です!”

皆様、こんばんわ~。
今回のエピソードは……前半は、「ここにいるはずのない人物」が出てきたり、ラストは懐かしいお方が出てきたりします。

そして、サブタイの意味は……




 

 

 

1940年(昭和15年)12月1日未明、ハイラル・ベース近郊……

 

”バジュ!”

 

「ぐえっ!?」

 

響く奇妙にくぐもった銃声とカエルを踏み潰したような悲鳴……

米軍基地近郊にある、なんの変哲もない民家で起きた一幕だった。

 

「こちらフォックス・トロット。ホワイト・ロックへ。目標をスプラッシュ」

 

了解(ラジャー)。フォックス・トロット。ブラボー・ブラボー・チャーリーへ移動し、作戦を継続せよ』

 

「ラジャー」

 

そう返答し消音装置(サイレンサー)付きの特殊な拳銃で”濡れ仕事”を終えた所属不明の男は、闇に体を溶け込ませるように夜の街に消えた。

 

 

その日の夜、類似した風景はハイラルの街の随所で見られ、いくつもの米軍基地を特殊な視線で見ていた「コミンテルンの友人」や「世界同時共産主義革命の支持者」が現世から消えた。

 

富の公平分配という”机上の空論”は、欲望渦巻く物質文明(げんせい)では実現不可能なので、生者からの配置転換はちょうどよかったのかもしれない。

 

さて基地の外の風景がこれであるのならば、それでは基地内では……

 

 

 

***

 

 

 

「エベレット・エベンス()中佐、残念ですよ。まさか通信統括官の貴官が基地内の赤色諜報網の元締めだったとはね?」

 

「なっ……!?」

 

ベッドルームに何の前触れもなく突入してきた紳士達、完全武装の憲兵隊に銃を突きつけられ、思わず声を失うエベンスだったが、

 

「君の”同志少佐”であるクリスチアン()少佐は、『国際共産主義、万歳!』という遺言を残して蜂の巣になりましたよ」

 

「!?」

 

「薄汚い裏切り者の共産主義者めっ! せいぜい()()の時間を楽しむがいい。どうやら尋問担当者は、新しい配合(ニューフレーバー)の自白剤を試したくてウズウズしてるようだからな」

 

「きっ、貴様っ! 曹長風情がっ!!」

 

「もはや”軍人ですらなくなった”貴方よりは、階級は上ですがね。連行しろ」

 

それはこの日、基地内の随所で見られたことだった。

 

瓢箪から出た独楽、嘘から出たまことあるいは薮蛇……アンドリュース・フォークという藪を突いたら出てきたのは、基地内に浸透した赤色諜報網という洗脳という猛毒を持った大蛇だったというわけだ。

 

 

 

「やれやれ。まったく合衆国軍人になるときに聖書に宣誓しておいて、神殺しの共産主義者(コミュニスト)に魂を売るとは呆れ果てて物も言えませんな?」

 

その男はくるりと振り向き、

 

「コリンズ大佐殿」

 

と完璧な敬礼を決める。

 

「手間をかけさせてすまないな。”ブライアン・ラーケン”曹長」

 

「いえいえ。これも仕事、棒給の内。どうかお気になさらずに」

 

だがラーケンと呼ばれた男はにやりと笑い、

 

「ただお礼をくださるというのなら、ドライ・マティーニと美女を所望しますぞ?」

 

「おいおい。どちらも最前線の基地ではどう転んだところで手に入らないものばかりじゃないか」

 

「嘘をついてはいけない。少なくとも片方は侍らせてると、もっぱらの評判じゃないですか」

 

しかしコリンズは、アメリカンらしい大げさなゼスチャーで頭を振り、

 

「君がその手のゴシップを好むとは初耳だよ。確かに彼女達は美しく有能で、仕事は捗りはするがね」

 

クックックとラーケンと呼ばれた男は喉の奥から笑い声を漏らし、

 

「正直で何よりですな。有能さで書類仕事が捗り、見目で心が潤うなら軍人冥利に尽きるというものですぞ?」

 

「一つ聞きたいんだがな”少佐”」

 

「なんなりと」

 

「君たち【SOE】はそんなタレントばかりなのかね?」

 

 

 

【SOE】……正式名称は【Special Operations Executive(特殊作戦執行部)】といい、表沙汰にできない危険で陰惨な任務を行う特殊作戦部門で、紛れも無くMI6などと同じ『英国の公的組織』である。

 

なぜ彼らがこんな場所にいるかと言えば……フォーク絡みと言えばそれまでだ。

立憲君主制であるとはいえ王国である英国は、早くから神殺しであると同時に帝殺しでもあるソ連と共産主義を警戒していた。

特に警戒していたのは、英国人に取り自国の凋落を示す嘆かわしい現実だが……1930年代に将来エリート官僚になり国家の礎となる予定のケンブリッジ大学などの有名大学が共産主義者に汚染され、共産主義に傾倒した学生達が進んでソ連のスパイに成り下がっていたことだった。

 

そして革命思想ではなく古き良き価値観こそ正しいと信じる英国人は、大学内部の共産主義ネットワークと英国共産党を重要監視組織に認定し、常に目を光らせていた。

ともかく史実では当時のケンブリッジ大学の共産主義汚染度は酷く、マルクス主義経済学者の多くは国際共産主義(コミンテルン)と繋がっており、例えば正規の大物スパイである”キム・フィルビー”にスパイとして最初の道を歩ませた一人……コミンテルンの工作員を紹介したのはケンブリッジ大学のマルクス主義経済学教授モーリス・ドブであった。

教授だけでなく学生も同じで、キム・フィルビー絡みならロンドン大学大学院に籍を置いていたアルノルト・ドイッチュは、NKVDのスパイ徴募係だった。

ただし、”レフチェンコ事件”を例に出すまでもなく戦後日本や今の日本とて、国会議事堂周辺の風景や沖縄の現状を見るだけで絶対に笑えない。

 

ともかく史実と異なり、明確な敵としてソ連と国際共産主義を認識した英国は、深く静かに暗闘を開始し、諜報機関や特殊工作機関を目に見えぬ形で整備し、”来るべき日”に備えて「共産主義に汚染された危険分子」を組織に取り込むことで重点監視を開始。

その結果が史実と異なる”ケンブリッジ・ファイヴ”の逮捕劇と粛清に繋がるのだが……それはまた別の機会にでも。

 

こんな背景があり、好む好まないに関わらず英国人は米国人より共産主義者との戦いになれていたのだ。

故にフォークの一件で基地内の共産主義ネットワークの存在が明らかになり、「アカ狩りの名猟師(エキスパート)」として”英国よりの客人”を招いたのだ。

 

そう、情報将校徽章持ちのコリンズの伝手で、「増援でやってくる合衆国陸軍に紛れ込ませて」だ。

無論、身分証も階級章も全て()()()()()()()()()()であっても、名前も階級も全て偽者である。

 

 

 

「そうですなぁ……小官は”ベイカー街遊撃隊(SOEの俗称。シャーロック・ホームズに因む)”の悪ガキの中では、別段変わったほうではありませんが? むしろ善良なほうだと自負しております」

 

どう考えても大嘘だろう返答に、コリンズは溜息を突きつつ……

 

「とりあえずコーヒー程度ならいつでもおごるが?」

 

「それは遠慮しておきます。大佐殿」

 

「なぜかね?」

 

「小官は、コーヒーに妥協したくないのですよ」

 

「英国人がこだわるのは、紅茶だけだと思っていたが?」

 

「それは偏見というものですよ。世の中には、英国籍なのに紅茶よりもそれに入れるブランデーの量と質にこだわる御仁もいますので。例えば小官の知り合いのように」

 

 

 

 

こうして、米国人と英国人の抗体免疫反応のような暗闘紳士達の活躍により、ごくローカルな意味で全てではないが多くの禍根が断たれた。

しかし、これは所詮始まりに過ぎない。

これから始まる戦いにとっても、そして偶然にもフォークの一件で末端が判明した既に米国国内に深く広く根を張る赤色諜報網との戦いにとっても。

 

以後、米軍は軍情報部(DIA)を内面外面双方から強化すると共に、共産主義の不穏分子を内部に入れて証拠固めをし、軍法によって()()するという方法を積極的に行うことにより、国内防諜の一翼を担うことになる。

その主導的役割を果たした一人が、ジェフリー・ローソン・コリンズだったのは、組織工学的必然だろう。

 

そして、米国は日英共にFBIや生まれたばかりのOSSも巻き込み、大規模な”赤いモグラ叩き(モール・ハント)”を全国家規模で始めることとなるのだった……

 

そんな中、”VENONA(ヴェノナ)”という秘匿コードを持つ計画が、世界の片隅で静かに始まっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

同日、夜明け前……

 

夜明け前が最も闇が深くなるという言い回しがあるが、その闇を少しだけ削るような適度な照明があたる”ここ”には、みほが投入できる戦力全ての人員が集結していた。

表沙汰に出来ない作戦を得意とする紳士達の手で速やかに行われた”掃除の後、【日米臨時混成独立機甲旅団】司令部では、今から決行される作戦のへ向けての最後のミーティングが行われていたのだ。

 

「では、ニシズミ装甲大隊指揮官……君からも訓示を述べたまえ」

 

「えっ? わたしですか?」

 

きょとんとするみほに、

 

「戦闘の先陣を切る君が、これから率いて共に戦う者達に何も伝えないでどうする?」

 

「あっ、それもそうですね……では、」

 

みほはコリンズに譲られ、壇上に立つ。

そして……空気が変わった!

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

諸君、これから行う戦いは怖いか?

これから向かう戦場は怖いか?

無理しなくてもいい。

嘘もいらない。虚勢もいらない。

わたしも怖い。

 

死ぬのが怖い。

二度と回復できなく怪我を負うのが怖い。

味方が傷つくのが怖い。

味方が死ぬのが怖い。

大切な人が傷つくのが怖い。

大切な人が死ぬのが怖い。

日常が壊れるのが怖い。

自分の中にある人として大切な何かを失いそうで怖い……

 

わたしは恐怖を否定しない。

むしろ積極的に恐怖は受け入れるべきだと思う。

それは自然なことなのだから。

恐怖心の欠落は、時には兵としての欠点にすらなる。

恐怖は克服するものであり、失うものじゃないのだから。

 

だけど代わりに問う。

何故、そこまで怖いのに戦場に立とうとするのかと。

 

軍人だから?

それもいいだろう。

国家や民族のため?

それも悪くない。

戦友のため?

それは美しく尊い。

 

否定はしない。

だが、それでは弱い。理由として脆弱すぎる!

 

人が戦うのは、”楽しい”からだ!

人が戦うのは、戦えるのは恐怖の先のあるその快楽を本能で知り、理解しているからだ!

殺人と性交と麻薬は同じ快楽だという。

何故か?

闘争こそ人が原初の時間から内包していた欲求であり、生存本能に由来する始まりの欲求だからだ!

人は太古より闘争に焦がれ愛してきたのだ!!

 

人が生物である以上、生存を望むのは本能であり存在理由でもある。

ならば時自分の生存を脅かすものを排他するのは必然であり、それが本能となり快楽という感覚に結びついた。

そう……闘争とは人の存在そのものであり、人が集まり社会を形成したからこそ闘争も集合し、より効率的に組織的に殺しあう戦争に形を変えた!

 

喜べ!

闘争の集合体たるその戦争、その戦争の一端である戦場に足を踏み入れることを許された!!

諸君らはどこまでも人間だっ!!

 

何故、戦場(ここ)に来た?

軍人だからか?

軍人として認められたかったからか?

 

思い出せ! 諸君らの仕事はなんだ!?

 

 

 

「「「「「「「COMBAT! 戦闘! WAR! 戦争!」」」」」」」

 

 

 

それでいい!

かつて「勝利より悲惨な光景は敗北しかない」と(うそぶ)く者がいた。

いいだろう。

上等だ。

諸君らは、自分達が敵より悲惨な光景を見るのを望むか?

 

 

 

「「「「「「「NO()!!」」」」」」」

 

 

 

ならば戦おう。

敵が味方が踏み潰されるなら、その倍の敵を履帯の下敷きにしよう。

敵が味方を吹き飛ばすなら、その倍の砲弾によって返礼としよう。

 

殺されたら殺し返し、敵が千切れ飛ぶ姿を鑑賞し、鉄と血と硝煙の臭いを嗅ぎ、存分に戦場を……殺戮を楽しもうじゃないかっ!!

たくさん殺し、たくさん殺され、戦闘の後に良心の呵責に苛まれ、血みどろの悪夢に苦しむのもまた一興じゃないかっ!!

 

我らは()く!

この敵意と殺意に不足なき極寒の地を!

赤色兵を殺しつくし、モンゴル草原を死体で埋めるだけの砲弾の準備は十分か?

 

 

 

「「「「「「「YES! MAM!!」」」」」」」

 

 

 

さあ、では戦争を始めよう……

空前絶後の、人類史上かつてない戦車戦を!!

問答無用の大機甲戦をっ!!!

 

 

「全戦闘員、乗車せよっ!!」

 

「「「「「「「了解ですっ! 全て勝利を貴女に!! 装甲少佐殿!! 我らが装甲大隊指揮官殿っ!!!」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

遥かなる時と空の彼方……

世界すら隔てた『門』の向こう側……

 

 

 

「くすくす。ミホったら中々言うじゃなぁい♪」

 

そう黒のゴスロリ衣装に身を包んだ可憐な黒髪少女は、『特地』と呼ばれる世界の大日本帝国領領、”イタリカ”の城壁に風を楽しむように腰を掛け、彼女の分身とも言えるハルバート片手に上機嫌に微笑む。

みほと”繋がって”いる彼女には、色々見えているものもあるようだ。

もっとも、”彼女の仕える神(エムロイ)”が余計な干渉をかけてる可能性も否定できないが……

 

「それにしても順調に成長してるわねぇ~。ねえ、何かした?」

 

彼女は誰もいないはずの虚空に話しかける。

 

「そう、何もしてないのに……ミホは”近づき”つつあるのね?」

 

微かな間……

 

「わかってるわよぉ。それにミホは戦争に恋して、戦争に愛されてるものぉ。きっと向こうの世界で戦争が終われば、物足りなくなるわよぉ~♪ えっ? そうね……来年はきっと”帝国”もまた攻めて来るだろうし、それが終わったら……」

 

彼女は赤い唇で微笑んだ。

 

「ミホの成長を、この目で確かめにいくのも悪くないわねぇ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、御愛読ありがとうございました。
みほが”少佐”らしい訓示を述べたエピソードは如何だったでしょうか?

いや~、野戦任官とはいえせっかく少佐になったのだから、みほに”某最後の大隊長”っぽい言い回しをさせてみたかったんですよ~♪

ついでに言えば、冒頭に出てきた「コーヒーと女には妥協しない謎の英国紳士(笑)」も本来の階級は少佐ですので、サブタイは二重の意味でかかってるってわけです。

”掃除”も終わり、みほが訓示を述べ、さていよいよ戦闘か?と思いきや、ラストにお久しぶりの聖下の登場です。
なんか怪しいことを言ってるようですが、果たしてエムロイと何を話していたのやら(^^

次回からはいよいよ血腥いガチ戦になりそうですが……
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***


設定資料



九八式軽爆撃機二二型(九八式軽爆改)

製造元:川崎重工
エンジン:アリソンV-1710-35(1速1段軸駆動式過給器(スーパーチャージャー)付き液冷V型12気筒SOHC、1150馬力)
乗員:2名
最高速:444km/h
航続距離:1300km
上昇限界:9200m
固定武装:武1919式機関銃×3(7.62mm。主翼×2、後部座席旋回銃×1)
プロペラ:定速式3翅(米ハミルトン社製の正規ライセンス生産品)
特殊装備:自動防漏(セルフシーリング)構造防火タンク(50口径級機銃弾対応)、主要区画防弾板(50口径級機銃弾対応)、防振処理空中無線機、ダイブ・ブレーキ
搭載量:500kg爆弾×1もしくは250kg爆弾×2、落下式増槽+60kg×4

備考
九八式軽爆撃機の主力エンジンだったハ9-II(800馬力)を米国から供給されたベルP-39”エアコブラ”と同じアリソンV-1710-35に交換し、それに合わせた改修を行った機体。
実はこの二つのエンジンは重量差が70kg程度しかない割には350馬力もパワーアップしており、全体的な飛行性能が上昇もあるが、同時に馬力上昇のリソースの多くを防弾装備の拡充に費やしており、九九式襲撃機並みの撃たれ強さ(タフネスさ)を獲得している。

実際、機体特性も九七式軽爆改と九九式襲撃機とちょうど中間と言っていい。
ただこのような性能アップもさることながら、信頼性に問題があり整備員泣かせだったハ9-IIより、遥かに信頼性の高いアリソンV-1710を主機にしたことにより、稼働率が一気に向上したことが本機にとって一番の恩恵なのかもしれない。

アリソンV-1710エンジンは、1941年から始まる友好国供与(レンドリース)目録に記載されるエンジンであり、おそらくは整備/運用の習得を目的に先行供給されたものと思われる。
日本が戦時中に採用した液冷エンジンは、純国産設計の物はなくマーリンとアリソンV-1710の2系列のみだが、マーリンは三菱や川崎でライセンス生産され英国支援で機体込みで逆輸出までされたのに対し、アリソンは終戦まで一貫して米国からの給与であった。
しかし、それが悪影響だったかと言えばむしろ逆で、「もっとも供給が安定し、潤沢に使えるエンジン」となった。
実際、空軍の設計した九七式軽爆改/九八式軽爆改の直接的な後継となる軽爆撃機は出力強化版のV-1710-85(1200馬力)や機械式過給機を2段2速式にしたV-1710-85(1325馬力)の搭載を前提に設計されていた。

またレンドリース以降、空軍には戦闘爆撃機(ヤーボ)としてP-38が、陸軍には限定的な空戦もこなせる近接航空支援用の直協機としてP-39/P-63がアリソン・エンジン機として回ってきており、日本最初のアリソン・エンジン搭載機として九八式軽爆改はパイオニア的な存在と言える。











目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 ”作戦発動です!”

皆様、こんばんわ~。
ここ数日、風邪をこじらせて寝込んでいた作者です(^^
いや~、酷い目にあった。皆様も気をつけてくださいね?
今年の風邪は凶悪です(汗

さてさて、お待たせしました今回のエピソードは……いよいよ作戦開始です♪
序盤は静かに幕開けるかと思いきや、我らが西住少佐はノリノリのようですよ?




 

 

 

 

 

「これより【オペレーション・バルジ・ブレイク(張り出し破砕作戦)】を発動する」

 

それが在満米軍西部方面軍団司令官、ジェファーソン・ウォレス・スティルウェル中将(臨時)がその日に皆の前で最初に発した言葉だったと記録されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

1940年12月1日、その日のハルハ河東岸(イーストバンク)の目覚めは、柔らかな冬のモンゴル平原の朝日でも鶏の鳴き声でもなく……

 

”BWwooooooooooooooom !!”

 

空から響く航空機の爆音と、

 

”ZuBoooooooM !!”

 

”ZuBoooooooM !!”

 

”ZuBoooooooM !!”

 

投下された航空爆弾の炸裂音から始まった。

 

「な、何が起きたっ!?」

 

現在のハルハ河東岸は、互いの部隊が接敵して大きくても中隊レベルの小規模な戦闘になることはあるが、基本的にはロシア人の実効支配地域だった。

 

そもそも祭礼場(オボー)というのは内モンゴルと外モンゴルの境界線であるため、オボーより西側、具体的にはハルハ河東方約20キロの低い稜線上の線を国境とした場所は我らの土地と『モンゴル人民共和国』は主張していた。

 

無論、この場合のモンゴルはソ連赤軍を招き入れて自国民を大量粛清した独裁者、”ホルロギン・チョンバルサン”の個人崇拝じみた政治体制の国家であり、実質的にはソ連の傀儡である。

そもそも、米国は「ソ蒙相互援助議定書」などというふざけた代物に署名し、在蒙ソ連軍に自国民を虐殺させる指導者がいる国など、まともな国家とみなしていない。

 

しかし、モンゴルとソ連はアイグン条約・北京条約を盾に取り、そこを国境と主張していた。

しかし米国は、『ハルハ河からモンゴル・ソ連側主張の国境線までは、草原と砂漠である。土地利用は遊牧のみであり、国境管理はほぼ不可能と考えられる』と主張し、ハルハ河を国境線とすることこそ合理的と主張していた。

 

 

 

さて、ここ1週間ほど……正確には「米軍は戦車は最新でも砲弾は中古」という結論が出てから、在蒙赤軍とモンゴル軍は”ノモンハン・ブルド・オボー”に代表されるハルハ河東岸に配備する兵力を一気に増やしていた。

 

現状、在満米軍西部方面軍団に積極的攻勢に出る力はなく、大規模な兵力を展開しても問題ないと判断されたのだ。

むしろこれみよがしに大規模な部隊展開を行うことで、金に汚く欲深い資本主義者達の領土的野心を抑制できると踏んでいた。

 

その効果は確かにあり、米軍は時折偵察機を飛ばしたり歩兵の偵察隊を潜り込ませたりしてくるくらいで、装甲偵察隊の投入は自粛していた。

これをソ連は、

 

『エカテリーナ大尉の部隊に粉砕され、砲弾の不備をこちらに気付かれた米国は装甲隊を積極的に投入することができなくなった』

 

と判断していた。

唯一気になるのは、高高度を信じられないような高速で飛ぶ日本人が持ち込んだらしい双発偵察機だが……

これもこちらが高射砲を撃ったり、迎撃機を上げればすぐに逃げ出してしまうのだから特に問題ないとされた。

確かに領空侵犯した上に一方的に上から見られるのは癪だが、こちらの巨大な兵力を見せ付けることによってむしろ抑止力になると上は判断していた。

だが……

 

 

 

「指揮官殿! 米軍の空襲ですっ! ぎゃぁぁぁーーーーっ!!」

 

報告してきた兵は地上掃射に放たれた50口径機銃弾により細切れにされた。

案ずることはない。

指揮官も射線上にいたためほぼタイムラグ無く兵の後を追ったのだから。

 

 

 

***

 

 

 

延べ200機の航空機が投入された第一次攻撃(1stストライク)は、ハルハ河東岸に設営された野戦飛行場や機甲兵力集積地、それに砲兵陣地や隣接する燃料/弾薬庫などが集中的に狙われた。

 

この時期、ソ連軍は臨時に完全充足の米国1個師団相当(2万5千人以上)の戦力をハルハ河東岸に展開していたと言われているが、この最初の攻撃で3千人以上が戦死したと言われている。

繰り返すが、何もしないうちに全体戦力の1割強が失われたのだ。

しかも航空機はほぼ使い物にならず、

 

 

だが、所詮それは殺戮劇の始まりに過ぎない。

 

”ZvooooM !”

 

「ぐひゃあっ!?」

 

”ZvooooM !”

 

「ひげえっ!」

 

”ZvooooM !”

”ZvooooM !”

”ZvooooM !”

”ZvooooM !”

”ZvooooM !”

”ZvooooM !”

 

次に飛んできたのは大口径の榴弾。

アメリカ陸軍自慢の野戦砲隊の釣瓶撃ちだった!

 

彼らが狙ったのは、判明してる限りの野砲隠蔽点や永久陣地、前線集結地だった。

航空偵察を地道に続ける日本空軍の”一〇〇式司令部偵察機”がソ連は酷く気になったようだが、それをあえて”見せ札”にし、従来どおりの歩兵を使った偵察や原住民を使った諜報活動、近距離偵察機などを併用し、米軍はかなり正確にハルハ河東岸の敵戦力分布を把握してるようだ。

 

ヒューマン・リソースを使った諜報戦ではソ連の後塵を浴び続けてる米国だが、ことハードウェア的な偵察能力とソフトウェア的な情報分析は一級品だ。

 

物量と火力に物を言わせた攻撃に関しては特に米国は強い。

空爆と砲撃がお家芸になるのも頷ける次第だ。

 

何もかも吹き飛ばすような戦争屋というより土建屋の発破仕事を思わせる(それにしては規模が大きすぎるが……)間隔の短い、どれほどの砲が投入されているのか予想もつかないような砲撃の後……

 

 

 

「おい……嘘だろ……」

 

「戦車だぁぁぁーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

 

「蹴散らせっ!」

 

キューポラから身を乗り出し、みほから賜った同田貫を指揮棒代わりに振るい、百足衆全員に突撃指示を出すのは鶴姫しずか少尉だった。

 

彼女の率いる10両の”九八式巡航軽戦車”からなる「百足装甲偵察中隊」の役割は、本来の装甲偵察中隊ならありえないこと……装甲隊の先陣を切り空爆と砲撃で混乱した敵の防衛線に持ち前の高い機動力を生かして切り込み寸断。

敵の組織的な反撃を阻害し、戦線を立て直す時間を与えないことだった。

 

無論、この”防衛線切断作業”を行っているのは鶴姫達だけでなく、M2軽戦車やぎりぎりで納品が間に合った最新のM3軽戦車で構成される多くの米軍装甲偵察隊も参加している。

 

 

 

無論、軽戦車のこんな使い方を考案したのはみほだ。

当初、防御力の低い軽戦車を偵察でなく先陣として使うことには反対していた。

砲撃支援と航空支援が受けられるとしてもだ。

だが、

 

『装甲偵察隊は、馬を軽戦車に代えた現代の軽騎兵ではなかったのですか?』

 

『それはそうだが……』

 

『なるほど。南北戦争において騎兵は突撃し、敵の隊列を崩し、回り込み、敵を混乱折るつぼに叩き込み、敵の防衛線をパワーとスピードで突破し蹂躙するものと弁えていましたが……騎兵精神が、もう北米大陸から失われたのなら仕方ないですね? その先陣を切る役目と名誉、名門騎馬軍団の血を引く極東の小娘に全て任せますが、よろしいですよね?』

 

この時、装甲偵察隊の統括を任された将校がなんと答えたのかは残っていない。

ただ、米軍の騎兵隊(軽戦車隊)がこの第一陣に参加してるのは確かだ。

 

そしてそのやり取りをスティルウェルとコリンズは、

 

((この娘はひょっとして、こと戦争に関する限り知らないことはないんじゃないか?))

 

と錯覚に満ちた感想を抱きながら、そのやり取り興味深げに見ていた。

 

 

 

***

 

 

 

「ふははっ! さすがは”軍神”と噂高い西住少佐殿! 我らに一番槍、朱槍の名誉を下さるとは実に愉快っ!!」

 

戦場に呵呵大笑する鶴姫。

その間にも行進間射撃による砲撃で、こちらを狙おうとしていた旋回中の野砲にキャニスター弾を叩き込み、砲兵を挽肉に変えると同時に野砲をスクラップに変えていた。

 

「それにしても……」

 

鶴姫は艶かしい表情をすると、

 

「西住少佐殿の演説……濡れたな」

 

「ぶるるっ!」

 

足下から響く嘶き……「走行中の震動で舌を噛まないように」という名目で轡をはめてる少女に、

 

「妬くな妬くな。松風とて漏らしていたでおろう?」

 

「ひひん……」

 

「恥じることも謝ることもないぞ? 馬が所かまわずいばる(放尿する)のは当然ぞ。犬猫ではあるまいし、愛馬のお前にいちいち厠の躾などしたりせん」

 

「ひひん♪」

 

「ふむ。我も愛しておるぞ?」

 

そして鶴姫は松風(馬娘)の首筋を足で撫でる。

 

『なあ、姫……』

 

「なんだ遠藤?」

 

『毎度思うが、よくそれで会話が成立できるな?』

 

「松風は我が愛馬ぞ? 嘶き一つで心根を理解できんようでは、主は務まらん」

 

「ぶるぅ♪」

 

『へいへい。お熱いこって』

 

 

 

***

 

 

 

『アリサ、小隊1個率いて左の野砲陣地、潰してきてくれる?』

 

「Yes, Mam !」

 

アリサは武者震いというより歓喜に打ち震えた。

今やすっかり虜になったみほ直々の指名だ。

これに応えられなければ女が廃る!

 

「サンダース中隊第3小隊! 全車、榴弾装填! 我に続け!」

 

命令一下、アリサ車含め5両が向かい、

 

「FIRE !」

 

間髪いれずに日本製の75mm榴弾を叩き込む!

誤解のないように言っておくが、アリサだけでなくサンダース中隊の技量は、他の米国戦車部隊に比べて元々技量は劣っていない。というよりむしろ平均と比べて勝ってるくらいだ。

それは戦車の座乗時間の長さであり、軍広報部隊として潤沢な予算が与えられた彼女達は、望めば望むだけ戦車に乗ることができた。

陸軍兵という意味での経験の浅さを戦車を動かした時間で埋めようとしてるのが彼女達であり、なによりも彼女達には既に目標とすべき存在がいたのが大きかった。

かつての「大洗女子戦車学校」、その中でも規格外の実力を持つ”アンコウ01”という目標を、だ。

 

「全車、もう一射後に蹂躙戦用意!」

 

「ア、アリサ、何もそこまで……」

 

”ガッ”

 

アリサは、操縦手の肩を強めに踏みつける。

 

「痛っ!?」

 

「何、甘いこと言ってるのよ?」

 

「えっ?」

 

その瞳は彼女が知る”前のアリサ”とは明らかに違っていた。

端的な言い方をすれば”座った目”で、

 

「ミホ隊長が”潰せ”とおっしゃったのよ? なら徹底的に()るに決まってるじゃない」

 

みほの影響でまた一人”戦鬼”が生まれたようだ。

後に言う「サンダース三巨頭」、”タクティカル・ケイ(戦術家ケイ)”に”ロングバレル・ナオミ(長距離砲戦のナオミ)”に続く三人目、そしてある意味三人の中でもっとも恐れられる”ノーマーシィー・アリサ(無慈悲なアリサ)”の開眼の瞬間でもあった。

 

「All Guns, FIRE !!」

 

 

 

***

 

 

 

さて、ここで少し編成のおさらいをしておこう。

 

みほが率いる装甲大隊の中核となるのは、試製一式中戦車16両とM4中戦車16両の2個中隊で、百足衆装甲中隊10両の九八式巡航軽戦車と赤星小梅率いる8両の試製一式突撃砲車からなる”黒森峰隊”の合計50両だ。

 

同じ中隊編成16両と言っても今回は日米で少し編成に差があり……

 

試製一式中戦車試験中隊(プロトワン・テストトルーパーズ)

大隊指揮小隊:アンコウ(みほ車)、アリクイ(猫田車)、カモ(そど子車)、レオポン(ナカジマ車)

カバ小隊:カバ01(カエサル/モルトケ車)、02、03、04

アヒル小隊:アヒル01(磯部車)、02、03、04

ウサギ小隊:ウサギ01(澤/阪口/宇津木車)、ウサギ02(山郷/丸山/大野車)、03、04

 

基本4両編成小隊×4の編成の日本式で、サンダース戦車中隊(サンダース・タンクトルーパーズ)は中隊指揮小隊であるケイ直轄の第1小隊が6両で、ナオミとアリサが率いる第2/第3小隊がそれぞれ5両ずつの米国式準拠となっている。

 

 

 

『西住隊長、どうやらようやく敵さん戦車で迎撃することに気が付いたみたいですよ?』

そう通信を繋いできたのはナカジマで、みほも双眼鏡で確認。

ざっと見たところ、

 

(ソ連式1個旅団ってとこか……)

 

KV-1重戦車10両にT-34(ピロシキ)中戦車16両、T-26軽戦車20両。

史実の1941年編成と言ったところだ。”この世界”ではもう少し旅団規模が大きくなってる筈なので、空爆や砲撃で少しばかり数を減らしたのだろう。

数的には釣り合いが取れるが……

 

「こちらでも確認したよ。ケイ、サンダース2個小隊率いて右から回りこんで追い込める? アリサは合流を優先!」

 

『まかせといてよっ!』

 

『了解ですっ!』

 

ついで僅かに後方を走る小梅たちに

 

「黒森峰隊は左へ展開。敵の逃げ道に控えて! 百足衆は追撃準備をしつつ私の中隊後方に待機!」

 

『承知!』

 

「試験中隊は全車停止! 弾種、APCBC-T/HE! 優先撃破目標、KV-1! 狙いは車体! 中隊統制射撃用意! 足を止めて殴りあうよ!」

 

 

 

***

 

 

 

『旅団長! 敵戦車隊主力、足を止めました! 分派隊は左へ回り込みます!』

 

車高が低い上に光学的な意味でも戦場雑音の多いこの環境、黒森峰はどうやら見落とされてしまったようだ。

 

「面白い! 中古砲弾で我らと殺り合おうというのか? 軽戦車隊を左へ! 足止めに専念させよ! 正面の敵を蹴散らした後に蹂躙してくれる!」

 

彼我の距離は約800m、

 

「KV-1を前面に! 各車500で発砲開始! 敵の主砲ならまず零距離でも貫通はせん! 足を止めての殴り合いが望みなら受けて立ってやる!」

 

その赤色旅団長の自信はもっともではあった。

KV-1の正面装甲は車体前面でさえ75mm、砲塔前面に至っては90mmもあるのだ。

日米戦車の中古砲弾などに貫かれるわけはなかった。

そして距離550mとなった時……

 

「敵戦車、発砲!」

 

「馬鹿が、あせりおって。そのような距離で発砲したところでこちらにダメージが……」

 

それが旅団長の最後の言葉だった……

 

 

 

「ファイヤ!」

 

みほの言葉によって16両の一式中戦車が一斉に火を噴く!

 

この赤色師団長にとっての不幸はいくつかあった。

まず、このとき使われたタングステン弾芯仮帽/被帽付炸裂徹甲弾(APCBC-T/HE)が、現在開発中のHVAP-Tの開発過程で出来上がった強装薬薬莢と最新砲弾を組み合わせたハイパワーカートリッジだったこと、また一式中戦車の主砲がAPCBC-T/HEやHVAP-Tなどのハイパワーカートリッジの性能を生かすべく長砲身化したモデルで、結果として砲口初速がM4のそれと比べて1割以上高速であり運動エネルギー換算で2割ほど上回っていたこと。

 

また旅団長の乗るKV-1がbisでなく初期モデルであり、表記的には同じ90mm厚装甲でも、その傾斜角度が浅く、また車体にはほぼ垂直面もあったことなど……

 

そして結果は無残なまでに一方的だった。

 

『旅団長車、擱坐!!』

 

『指揮は大隊長のどちらかが……』

 

『敵、第2射! ぎゃあぁぁぁぁっ!?』

 

阿鼻叫喚とはまさにこのこと言うのであろう。

旅団長戦死で一時的に浮き足立ったところで間髪いれずに再び統制射撃、それに加えて……

 

Go A Head(全車、突撃)!」

 

タイミングを見計らうようにケイ達が横合いから殴りかかったのだ。

いくら倍の数があると言っても、最大速度30km/hで最も厚い部分でも25mmの装甲では、まともな中戦車相手には分が悪すぎる。

しかも……

 

「鶴姫さん、外から回りこんで半包囲! 敵の逃げ道を一本に絞って!」

 

敵の統制が乱れたことにより敵将の戦死を勘付いたみほが機甲予備の鶴姫を投入!

KV-1を殲滅した後に合流したアリサ小隊と共にT-34の掃討戦に移行する!

 

敵は体制を建て直しながら撤退しようとするが、

 

「全車追撃戦、用意! 戦車隊、前進っ(パンツァー・フォー)!!」

 

容赦のない追撃が襲い掛かった!

 

 

そして、とどめは……

 

「みほお嬢様の命により、お命頂戴します! 全車、砲撃開始!」

 

逃げ出すT-34の横合いから殴りかかる一式突撃砲車の群れ……ここに哀れな赤軍旅団の命運は決まった。

 

 

 

***

 

 

 

これはこの日に起きた戦いのほんの一幕に過ぎない。

しかし、ここまで一方的でないにせよ戦いの勝敗という意味においては、ハルハ河東岸で起きた戦いの縮図と言っていい。

 

航空機の大半を野戦飛行場ごと潰され、統制の取れた組織だった反撃が最後まで取れなかった赤軍は、日米両軍の総攻撃により総展開兵力の半数以上の死者を出し、ハルハ川西岸まで撤退することになる。

 

一部決死隊による夕闇にまぎれた暫定的な反撃も試みられたようだが、結果としてそれも徒労に終わる。

 

かくてハルハ河東岸はこの日を境に支配権が在蒙赤軍より在満米軍の手に移った。

もっともこれが恒久的支配権と成るかは、まだまだ予断を許さないところではあるが……

 

「第一段階、終了……かな?」

 

残敵掃討を行う最中、みほは夕暮れに染まるモンゴル平原を見ながらそう呟いた。

うっすらと微笑む彼女の視線の先には、血の海を思わせる鮮烈な紅い風景が広がっていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、御愛読ありがとうございました。
久しぶりの血と硝煙の香り漂う戦場はいかがだったでしょうか?

みほと鶴姫は平常運転(笑)ですが、アリサの変貌っぷりガガガ……

次回は益々激しくなる戦場、戦闘は陸上だけではすまなくなりそうです。
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



一〇〇式司令部偵察機

製造元:三菱重工
エンジン:金星51型(1速2段軸駆動式過給器(スーパーチャージャー)付き空冷複列星型14気筒OHV、1300馬力)+推力式単排気管
最高速:615km/h(高度6000m)
航続距離:4000km(落下式増槽装着時、最大)
上昇限度:10700m
上昇力:8000mまで11分59秒
プロペラ:定速式3翅(米ハミルトン社製の正規ライセンス生産品)
特殊装備:自動防漏(セルフシーリング)構造防火タンク(13mm厚積層ゴム。50口径級機銃弾対応)、防弾板(50口径級機銃弾対応)、防振処理空中無線機(近~中距離、遠距離用二系統)、各種航空写真機、航空機用ムービーカメラ、高精度航法装置(慣性航法装置、電波高度計)、無線誘導装置
オプション:三軍共用落下式増槽

備考
日本空軍の誇る”一〇〇式トリオ”の一つであり、傑作そろいと評判のトリオの中で最も成功作とする者も多い長距離偵察機。別名”新司偵”。
スペック的にはⅡ型とⅢ型のちょうど中間に当たる機体で、ややⅢ型よりと言ったところだろうか?
とにかく司令部に必要な情報をいち早く探るために「速く遠く正確に飛ぶ」ことを絶対のコンセプトとして作られた機体である。
その為、エンジンや機体よりもとにかく撮影機材と航法装置関連が原型に比べて著しくバージョンアップされており、日本だけでなく英米の最新機材がこれでもかとかき集められた風情がある。
その見返りと言ってはなんだが、その機材提供の代わりに高性能に目を付けた両国から供出を求められた機体であり、かなりの数が英米の識別マークをつけた第二次大戦に参戦してる。
東京五輪の空で華々しいデビューを飾っただけではなく、日英米の三軍で使われたせいもありその生産数のわりにはメジャーになりすぎてしまったせいか”第二次世界大戦で登場した最も美しい機体の一つ”という評価はまだしも、”空の百合”や”地獄の天使”などに代表されるように様々なニックネームが付いた。

元々、戦略偵察機の先駆けともなった先進的なコンセプトと優れた空力設計に加え、将来的にどのような機材が搭載されるのかわからないので発展的余裕のある機体拡張性も考慮され設計されたためにアップデートがしやすく、例えば日本では最終的に電探を搭載した排気タービン付星型18気筒エンジン版が製造されたり、英国では爆撃隊の先導をするパスフィンダー・モデルも製造されたようである。










目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 ”張り出し大作戦です!”


皆様、こんばんわ。
最近、深夜アップの頻度が増してる気がする作者です(^^

さて、今回のエピソードは……みほ達が今度は防戦側に回ります。
しかし、戦いは陸地だけとは限らない?




 

 

 

『まずハルハ河東岸部分を、満州コモンウェルスに張り出した敵地……そうですね仮に”張り出し地(バルジ)”と呼びましょうか? そのバルジをどう捉えるかから始まります』

 

『続けたまえ』

 

『第一段階は一時的なバルジよりの敵勢力の駆逐です。これは恒久的なものでなくてかまいません。あくまでバルジを恒久的米国領にすべく”布石”ですので、現有で投入できる全ての戦力を注ぎ込み、可能な限り短時間で成し遂げます。無論、全ての敵戦力を殲滅する必要はなく敵戦力の大半をハルハ河西岸まで押し戻せれば十分です』

 

『次の段階はなんだね?』

 

『第二段階は野戦築城と機動防御戦の準備です。野戦陣地による防衛線でバルジを防御すると見せかけ、機動防御と航空阻止攻撃で侵攻を阻止。重要なのは、これらの行動は「バルジに敵勢力の再揚陸を阻止」することではなく、「敵戦力を可能な限りバルジに吸引する」ことです』

 

『どういうことかね?』

 

『罠にはめる数は、大きければ大きいほどいいということです。時に中将閣下、”浅河川用機雷”の用意はありますか? 無ければ急いで日本で用意しますが』

 

 

 

 

 

以上、とある会議の議事録より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

 

 

1941年12月2日、明朝

 

 

 

「今日は絶好の空戦日和だねぇー」

 

急拵えの戦車掩体壕に車体をダグインさせ、突き出した砲塔からよく晴れた青空を見上げた……

 

 

 

目標を照準円に入れて(ターゲット・オン・サイト)……引き金(トリガー)!」

 

”シュタタタタタタタッ!!”

 

4丁合計毎秒50発を叩き出す50口径機銃弾が、ソ連製のシュトゥルモヴィーク(襲撃機)、まだ単座時代の初期型”Il-2”に突き刺さる!

 

史実ではドイツ空軍からは「空飛ぶベトンブンカー」、「鉄のグスタフ」、「コンクリート爆撃機」と厄介がられ、空爆を喰らうドイツ陸軍の兵士達からは「空飛ぶ戦車」、「屠殺者」、「黒死病」と恐れられたIl-2だが、全く弱点が無いわけじゃない。

確かに頑強な相手だが、日本空軍はそれに匹敵するか血は流すが火を噴かないので下手をすればそれ以上に頑丈な敵、翼竜(ワイバーン)と1905年以来、戦場の空の覇権を巡って戦ってきたのだ。

 

弱点の一つである胴体外部に設置された潤滑油冷却機を炸裂徹甲弾に破壊されたIl-2は、強力な殺虫剤をかけられたハエのように落ちていった。

 

これが”この世界”の日本ではさほど珍しくないが、「翼竜退治でエース(=5機撃墜)になった男」の一人であり、将来的に日本を代表する撃墜王の一人となる有田春幸一等飛行兵曹の「生涯最初の”航空機”撃墜」の瞬間であった。

 

「どうも相手が翼竜じゃないとやりにくいなぁ……呼吸が掴みづらいというか。動きが単調なのは読みやすくていいけど、痛覚が通ってない分、痛みで動きが鈍ることも無いか。よっと」

 

と感慨に浸るまもなく愛機の隼を横滑りさせて、敵戦闘機……見慣れない、やけに洗練された液冷エンジンのシルエットから察するに噂のMiG-1だろうか?の銃撃を春幸はやり過ごす。

 

「スピードは速いけど、一度やり過ごしてしまえば簡単にオーバーシュート(行き過ぎ)させられるのが利点かなぁ?」

 

空戦のセオリーは、相手が後部に撃てる旋回機銃でも持ってない限りほぼ一方的に攻撃できる後方……そうであるが故に”王手の六時方向(チェック・シックス)”と呼ばれるポジションをいかに相手より素早くとるかだ。

というよりミサイルが発達する前の戦場の空戦技術は、極論すればチェックシックス争奪戦の方法論だ。

翼竜は速度はそれほどでもないがいきなりホバリングとかするから、いつもこちらがオーバーシュートを警戒しないとならない。

そして春幸の言葉通りにオーバーシュートしたMiG-1は、追いすがった僚機の機銃射を浴びて火達磨になった。

 

どうやら小柄な戦闘機タイプは、スピードは出るが幸いにしてさっき落した戦闘爆撃機タイプほどには頑丈ではないらしい。

共通してるのはどちらも運動性は高くないことぐらいか?

 

エアカバーに入っていた春幸は、視界の中にもう1機の戦闘爆撃機タイプを捉える。

 

「僕もつくづく重装甲の相手と縁があるなぁ……」

 

口ではそうぼやきながらも思考するより先に体が先に反応し、隼はその名の通り鈍重なアホウドリを狙う猛禽のように急降下を開始する!

 

きっと僚機は既にエアカバーに入ってることだろう。

史実で2機編隊(ロッテ)戦法と言えばドイツ空軍(ルフトバッフェ)の代名詞だが、奇妙な経緯で”この世界”では日本空軍も違う理由からロッテ戦法を自分達の戦術として組み込んでいた。

そう何度も出てきた「翼竜退治」の基本戦術として生み出されたのだ。

 

こっちがまともな火力を行使できる航空機を投入できるようになってから、その対抗手段として”帝国”翼竜隊はオーバーシュート戦術を完成させた。

そこで更なる対抗策として編み出されたのは「2機編隊を基本とし、1機がオーバーシュートさせられたら、予備についたもう1機で静止した敵を撃墜する」が基本という戦術だった。

簡単に言えば「互いに無防備な部分をフォローしあう」ための戦術と言っていい。

その際、さすがに空中待機させているだけでは燃料が勿体無いというなんとも日本的な理由でエアカバーに入るという名目が追加されたわけである。

 

「そこっ!」

 

再び火線を集中させ撃墜!

しかし……

 

「嫌になるほど頑丈だね。このままじゃあ燃料より先に機銃弾の方が怪しくなるなぁ」

 

春幸に言わせれば落すこと自体はそう難しくない。

ただ、大型の機体はやたらに撃たれ強く、急所と思われる場所を近距離から狙っても100発近く当てないとまともに落ちてくれない気がした。

無論、春幸とて百発百中ではないので、命中弾に比例して無駄弾が発生するわけだ。

これは単に有限な弾数が著しく消費するという現実だけでなく、必然的に射撃時間が長くなりそれだけ隙が生まれやすいということを意味していた。

 

機体に4丁装備された一式十二・七粍固定航空機関銃の装弾数の多さに感謝しながらも、

 

「ソ連機と殺りあうにはもっと火力が欲しいよ……」

 

そうぼやきながら攻撃ポジションに着いた僚機のカバーに入った。

 

 

 

この日、春幸はもう一度出撃、その日だけで合計5機のソ連機を撃墜し早々と「航空機相手のエース」となった。

もっとも特筆すべきは、彼のスコアはその日のトップクラスであっても決してトップではなかったということであろう。

 

とはいえ、ハルハ河東岸の制空権は今のところ日米軍が確保することに成功し、この結果が今後の戦況を大きく左右することになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

「よしっ! この様子なら制空権奪われて空爆の嵐の中で迎撃戦……なんて最悪のシチュエーションだけは避けられそうだよ」

 

「みぽりん、余裕だね~」

 

と下から沙織の声がかかる。もっとも彼女の表情も負けず劣らず落ち着いたものだが。

 

「んー……そうでもないよ? 今回の相手は、油断すると装甲抜いてくるからね」

 

そうキューポラから上半身を突き出したケンタウロス状態で、みほは日本光学製の双眼鏡を覗きこむ。

 

「こっちも爆撃を開始したみたいだ」

 

制空権確保を遂げた後、切り裂くように低空から突っ込んできたのは直協ではなく日米合同の戦術爆撃機隊だ。

爆撃機隊が集中的に潰してるのは、ハルハ川西岸に牽引されてきた敵重砲や野砲だろう。

弓なりの弾道で敵戦車の進軍を支援してくるこれらの砲は、とにかくこちらの邪魔になる。

運悪く直撃した場合ももちろんだが、近くに着弾しただけで車体は揺らされ照準は狂い、土煙や爆煙は照準を阻害する。

極至近着弾なら軽い戦車では横転したり、薄い装甲なら衝撃や破片でそのまま破壊されることもある。

そうでなくとも破片が照準機や砲身に当たれば破損し、戦闘力喪失なんてことにもなりかねない。

 

時折、轟音と同時に巨大な火柱が上がるのは敵砲弾が誘爆でもしたのだろう。

 

 

 

制空権が取れず、そうであるが故に敵の空爆を許し砲兵隊は大打撃を受けるはずだ。

もっとも、これで終わりなわけはない。

後方からは味方重砲の発射音……みほ達の頭上を砲弾が飛んで行き、程なく先ほどの爆撃とは一味違った炸裂音が河の向こう側から響く。

その砲声と弾着音は一度ではなく、何度と無く続いた。

 

上空には制空権が取れたからこそ出来る弾着観測機を飛ばしての着弾修正で、少しずつ着弾点がずらされているのだろう。

一度の投射重量は空爆に劣るかもしれないが、違いこの持続性の高さが砲撃の強みだった。

 

本来ならこの役割は一〇〇式観測挺進車でも行う作業だが、今回の砲撃は些か遠間合いすぎる。

一〇〇式観測挺進車には通称”火見櫓(ひのみやぐら)”と呼ばれる観測員を乗せてまま上下できる動力式の昇降バスケットが搭載されてるが、それでもこの距離では厳しい。

それにも増してハルハ河は東岸より西岸の方が平均して40~50mほども標高が高いため、元々地上からの観測は難しいのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「こっちもお客さんが来たみたいだよ。各車戦闘よぉーい!」

 

双眼鏡に映るのは河を渡ってきた敵戦車隊だった。

ハルハ河には多くの支流があり、支流の川幅は10m程度から300m超で水深は1~3m位が多い。

つまり浅瀬を選べばまともな戦車なら特殊な装備が無くとも渡河が可能だ。

無論、戦車が問題なく渡れる渡河ポイントは限られており、みほ達が陣取っていたのもそんな場所の一つだった。

いや、むしろ最も渡河可能量が大きそうな場所を選んで陣取っていた。

 

「沙織さん、航空統制官に阻止攻撃の開始要請! ついで一〇〇式観測挺進車(テレ)に連絡! 阻止砲撃の開始と弾着修正の要請!」

 

河に入り込む敵戦車を確認しながらみほは矢継ぎ早に命令を出す。

 

「了解!」

 

 

 

最初の爆撃機隊が飛来したのは、敵戦車の先頭が河を渡りきった直後だった。

6機の九九式襲撃機が急降下し、合計24発の60kg対地爆弾が投下される!

 

無論、無誘導の爆弾なので高い直撃率は期待薄だが、それでも3両の戦車を擱坐させたのだから十分な成果と言えるだろう。

そして行きがけの駄賃とばかりに上空を二往復して機銃掃射を繰り返した。

だが、さすがはスチームローラーと揶揄される蹂躙戦をお家芸とするソ連軍。この程度じゃ止まらないし止まれない。

 

そして次に浴びせられるのは後方の自走砲隊からの阻止砲撃だ。

無論、直撃を狙ったものではない。

しかし、先に述べたとおり至近弾でも限定的だが効果が期待できるのが野砲や重砲の砲撃だ。

1両が突然、大爆発を起こし炎上する。

間違いなく薄い上面装甲に直撃を食らったのだろう。日米側にしてみればラッキーヒット、敵側にしては運が悪い……言ってしまえばそれだけの事だ。

 

『ミホ、もしかして戦車にへばりついてるのって……』

 

川岸まで距離は約2.5km。通信を入れてきたケイもおそらく敵を双眼鏡で確認したのだろう。

そして、その光景を見たのだ。

日米では信じがたい……戦車の表面に鈴なりにへばりつく”無防備な兵士”を。

 

「うん。ソ連名物”танковый(タンコーヴィイ) десант(ヂサーン)”……いわゆるタンク・デサント(戦車跨乗)兵だね。わたしも聞いてただけで見るのは初めてだけど」

 

しかし、驚くケイに対しみほは平然と返しただけだ。

 

『ちょ、待ってよ! タンク・デサントって歩兵移動の手段が無いときの手段で、普通は非戦闘地域限定の手段でしょっ!?』

 

「きっと戦闘地域でやるのがソ連流なんだよ。相手の文化と戦術をいきなり否定するのは感心しないかな?」

 

そう言うみほの口元は微かに笑っていた。

 

『文化って……』

 

「きっとソ連では歩兵は畑で栽培されてるから代えが効くんだよ。日米と違って」

 

『そんな出鱈目な……ねぇ、撃つのアレ?』

 

「撃たなければこっちが撃たれるだけだけど?」

 

みほはまるで明日の天気でも話すような口調で、

 

「わたしは見ず知らずのロシア人の命より、可愛い愛玩動物(ペット)や部下の命の方が大事だけどな?」

 

『それはそうだけど』

 

「ケイ、この程度の無茶は戦場じゃ当たり前だよ。究極的には殺すか殺されるかだよ。ケイは寝袋で眠るのと死体袋で永遠に眠るのとどっちでいたい?」

 

『わかったわよ! ったくなんて胸糞悪い戦争しかけてくるのかしら!』

 

(ケイ、胸糞悪くない戦争なんて無いよ)

 

みほはそれを言葉にする代わりに、

 

「全車、最終確認をする! タイミング的にもう一度空爆があるっ! それが終了し敵が地雷原を突破、距離1000mに入ったら砲撃開始! 弾種はAPCBC-T/HE! 一式は優先目標をKV-1に絞って! M4と一突はT-34を優先! M4と一突の砲力じゃ500m以下じゃないと効果は薄い! 八九式はとにかくT-26を叩く!」

 

「「「「「「「「Yes, Mam !!」」」」」」」」

 

 

 

***

 

 

 

飛んできた空軍から分派された九七式軽爆撃機4機の急降下爆撃。

投下されたのは五十番(500kg爆弾)のように見えたが……

 

”ばらっ”

 

それは唐突に空中で弾殻を割り、

 

”ZuZuZuZuZuZuBoooooM !!”

 

まるで超大型の散弾銃を発射したように、中から拡散した大量の子弾が地面に大量の小規模爆発を刻みこむ!

 

別にみほたちに気を使ったわけではないだろうが、この爆撃で結果として多くのソ連製肉装甲が剥離することになった。

 

「あれが噂の対人用集束爆弾(クラスター)か……うん。悪くない」

 

そう、『特地』での戦訓から開発が急がれていた対人用のクラスター爆弾だ。

本来は対装甲兵力に使うものではないが、デサント兵の報告を見た赤城少佐が判断したのだろう。

 

”対人用”と銘打ってあるように人のような軟目標殲滅に考案された代物で、500kg弾なら内部には44発の10kg子弾が仕込まれており、きわめて薄い外殻を持つ子弾の中身は炸薬とそれを取り囲むように直径2cm程度の鋼鉄球が1000個以上仕込まれ、先端に取り付けられた信管で起爆すると水平方向に鉄球を撒き散らす。

現在、空中で起爆し円錐状に鉄球を飛散させるタイプも研究中だ。

 

だが、肉装甲を失っても戦車自体にさしたるダメージが無い以上は止まらない。

 

しかし、みほ達との距離が1500mを割った時、

 

”Zuvom !!”

 

工兵隊が徹夜の突貫作業で仕掛けた対戦車地雷の最初の1発が起爆した……

 

 

 

***

 

 

 

「健気だね。感動的だよ」

 

キューポラから上半身を出したままみほは嗤う。

高らかに、そして禍々しく……

 

(敵は既にこの時点で満身創痍、されど撤退の意思は見せず、か)

 

砲爆撃に地雷原、それを潜り抜けてきた敵は恐ろしく同族を減らしていたが、その進軍に翳りは見えない。

 

「その”無謀”には心から敬服する……だけど、それは愚か者の選択だったね♪」

 

そして彼女は手を振り上げ、

 

「全車、砲撃開始っ!!」

 

 

 

そして、口径や砲身長の差はあれど合計50門の一斉射撃がソ連戦車の群れに飛び込んだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、御愛読ありがとうございました。
短編挟んだりしたのでちょっと間が空きましたが、空も戦いのステージとなったエピソードは如何だったでしょうか?

春幸くんが以外と動いてくれるので、作者としては大助かりです(^^
彼はそのうち、銀鴉のパーソナルマークでもつけるかな?

そして、みぽりん……本気で彼女はデサント兵ごと戦車を吹き飛ばすことを屁とも思ってません(^^
戦争って物に対してとても正直な娘ですからね~。

さて次回もまだまだ続きますが、こんな情況をカチューシャ様が黙って見てるはずも無く……
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



一〇〇式観測挺進車

エンジン:統制型九〇式発動機DB52型(空冷直列6気筒ディーゼル、134馬力)
装甲:8mm
車体重量:8t
最高速:45km/h
武装:武1919式車載機関銃(7.62mm)×1(操縦席)
乗員:最大8名
特殊装備:砲兵用測距儀、方位盤、マルチバンド高性能無線通信機、有線電話、電話線敷設装置、風向計、風速計、弾着観測用動力昇降式防弾装甲バスケット

備考
砲撃に強いこだわりを見せる日本らしい弾着観測専用に作られた車両。略称は”テレ”。
しかしテレというのは略称ではなく実は英語で遠距離を意味する”Tele”から取られた愛称だとする説が有力。
史実での同名の車両があるが、オリジナルでは九八式装甲運搬車をベースに開発されたが、”この世界”ではよりキャパシティに余力のある九八式装軌装甲兵車をベースに開発された。

基本的なコンセプトは、「弾着観測に必要な機材を一切合財詰め込んだ移動式オールインワン・ユニット」と呼ぶべきもので、砲兵用測距儀/方位盤等の弾着観測機材に加えその情報を砲兵隊に正確に伝えるために戦車搭載の物よりずっと上等な無線機に、無線が使えない場合に備えての有線電話に電話線敷設装置まで備え、砲撃に影響のある風向きと風速の参照値を割り出す精密な風向計と風速計も搭載している。
またオリジナルに無い装備としては、より遠距離の着弾を観測するため高所観測を可能とした通称”火見櫓(ひのみやぐら)”と呼ばれる観測員を乗せてまま上下できる動力式の昇降バスケットが採用されている。
基本的には電気工事や電線工事で見かける高所作業車の一人乗り用バスケット・ブームと同じものだが、バスケット自体に簡易式ながら防弾処理(装甲化)がされてるのが民生の物との最大の違いと言える。









目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 ”シンキングタイムです!”

皆様、おはようございま~す。
本日は珍しく午前中アップです(^^

さて今回のエピソードは戦争の中休み♪……なんですけど、やっぱりどこか血腥く硝煙臭いです(笑)




 

 

 

「はぁ!? たった二日で2万人以上殺られたって言うの!?」

 

「正確には”死者/未帰還者合わせて2万人以上”ですが」

 

「同じことよ! そんな派手な負け方したら、おめおめと祖国に帰れるわけないじゃない」

 

ここはモンゴルにあるソ連自慢の巨大要塞”タムサク・ボラグ”。

ここで豪奢な椅子から転がり落ちんばかりに驚いているのは、我らが”カチューシャ”様こと、【Правда(プラウダ) Гвардия(グヴァールヂヤ) Танковая(タンカーヴァ) Бригада(プリガーダ)】、【プラウダ親衛戦車旅団】の旅団長、”エカテリーナ・トハチェフスカヤ”大尉だった。

 

「空陸一体のドイツ式機甲戦術に、ソ連式の物量戦術を組み合わせた大規模機甲戦術を正面から打ち破るなんて、連中は一体どんな魔法を使ったのかしら?」

 

「大きな魔法ではないようですよ? 言うなれば順当勝ち……こちらは制空権を最後の最後まで取れなかったのが痛かったようです」

 

と答えるのはプライベートでは専属メイド、軍務では副官を務めるノンナだった。

 

「夜戦は?」

 

「それも試したようですが……敵方は十分な数の照明機材と照明弾を持っていた上、こちらのワイヤートラップを逆利用され、返り討ちにされたようです」

 

ここで言うワイヤートラップとは鋼線(ピアノ線)を2mほどのらせん状に巻いて設置しておくという代物だ。

戦車が踏みつけると起動輪や転輪の軸部に絡みついて隙間に入り込み、機動できなくさせるという仕掛けだった。

史実では日本軍の九七式中戦車がこれの餌食となり、身動き取れなくなったところでソ連野砲の砲撃を浴び、数多く撃破されていた。

 

みほ達は幸いにして遭遇しなかったようだが”この世界”でも使用され、初日の戦闘ではアメリカ戦車隊が対応に難儀したようだ。

 

だが、転んでもただでは起きないのが米軍である。

単純な罠だけに徹夜の突貫作業で、基地にあるありったけの鋼線やワイヤーが集められて同じように加工され、ソ連軍の進撃路になりそうな場所に片っ端からばら撒かれた。

みほ達の前に置かれなかったのは、それをせずとも一度に渡河可能な戦車の数から十分に撃破可能とされたことに加えて、自前の工兵隊により地雷原の設置が完了していたためであった。

 

ただ、二日目の戦闘で地雷もだいぶ消耗したため、敵戦車の残骸を回収車等で必要なだけ撤去した後に臨時名称”スパイラル・ワイヤートラップ”が、防御陣地の補強を兼ねて同じように設置されてはいたが。

 

 

 

「駄目じゃない。それにしても厄介なことになったわ……初日にハルハ河東岸の支配権を握られたのが、こうも響いてくるなんてね」

 

「どういう意味です?」

 

「単純よ。連中が欲しいのは、ハルハ河東岸だけ。そこを手に入れた以上、西岸部まで進軍してくることはまず無いわね。あるとすれば空爆くらいよ」

 

彼女は腕を組みながら思考をまとめ始めた。

 

「今回のアメリカンスキーの攻勢の第一目的は、係争地であるハルハ河東岸部の確保。連中のドクトリンから考えて西岸部への進出はありえない。きっと、ハルハ河東岸の実効支配権を手に入れたまま停戦交渉をして、ハルハ河を国境線とすることを既成事実化してしまうことが目的よね?」

 

それはノンナに答えを求めてるのではなく、あくまで自らの思考をまとめ絞り、結論を導くための通過儀礼のようなものだろう。

それがわかっているからこそ、ノンナも余計な口は挟まない。

 

「となればこちらの勝利条件は? ハルハ河東岸の奪還? Нет(ニェット)。それが出来ればベストだけど、そうするだけの戦力が足りないわ。本国が本気で奪還を命じて大量の増援が来るならそれもありえるかもしれないけど、国家の面子でそこまで戦力を抽出するとは思えないわね……所詮、祖国でなくモンゴルの国境線の話だもの」

 

カチューシャが言ってることは事実であった。

現在、チョンバルサンが独裁するモンゴル人民共和国は表向き、一時期は「ソ連唯一の友好国」と言っていたが所詮は傀儡の治める衛星国であり、満州コモンウェルスへの緩衝地帯というのが最大の価値だ。

ソ連がいかに自国民の出血を無視できる国家だとしても、わざわざ傀儡国家の為にそうまでする理由が思い浮かばない。

 

「今のところ戦力枯渇の可能性は無いけど、これ以上の損害はいくら祖国の動員力が高いと言っても限度があるからね。かといってモンゴル軍……ああ、そうか。その手があったか」

 

彼女はポンと手を打ち、

 

「何もソ連の同志だけで戦争する必要ないじゃない♪ でも、それでも戦力不足なのは間違いないわね……なら勝利条件を変えるしかないわ」

 

カチューシャの恐ろしさの一つは、その柔軟な発想力だ。

異能”バーバヤーガの瞳”により能力的に様々な視点を持てるカチューシャだが、それは彼女の思考にも影響していた。

若さゆえの経験不足から戦略眼を磨くのはまだまだこれからだろうが、思考的視野狭窄に陥りがちな戦術レベルでの視点、その着眼点を自在に変えられるのは本人の気付かぬカチューシャの大きな強みだった。

 

「米国の敗北条件から逆算すれば、現状の在蒙ソ連軍の勝利条件が探れるか……米国の勝利条件は、ハルハ河東岸の継続的制圧と実効支配権を掌握した状態での停戦。それによる暫定支配権の既成事実化と国境線の確定……となれば、ハルハ河東岸の維持に困難をきたすほどの損耗を受ければ、現状維持?」

 

つまり”係争地としてのハルハ河東岸”が残るということだ。

そして、ある程度の結論が出たところで……

 

 

 

「ノンナ、今回はしてやられたわ。米国の輸送力を甘く見ていたわね」

 

「??? カチューシャ様、どの話でしょうか?」

 

基本的にノンナは聡明だが、主の思考の速さは更にその上を行くようだ。

 

「砲弾の話よ。カチューシャが回収した錆弾、あれがブラッフやこちらの誤認させるトラップだったとは思えない。工作員達の報告もそれを裏付けてるわ」

 

カチューシャは少し考え込み、

 

「だとしたら、こちらの被害を考えれば米国はこの短時間で新しい砲弾を用意したとしか思えないわ。米国は確かに大量生産の国だけど、生産した物資を『必要な時、必要な場所に。必要なだけ』用意するにはまた別の技術がいるのよ。米国は生産力だけでなく物流にも優れてる……それは認めないとね」

 

「カチューシャ様は、その打開策をお考えついたのですか?」

 

「決定的な情況打破の手段じゃないけどね。敵が物流に優れるのなら、その物流をパンクさせるほどの損害を強いればいい。本来なら補給路自体を叩いて物流網を寸断したいところだけど、残念ながら今のソ連軍の実力じゃ無理よ。敵の補給路を直接叩ける遠距離打撃力がないわ」

 

カチューシャはちょっとだけ渋い顔をして、

 

「出来るのは満州に潜らせた工作員による鉄道の破壊やトラックの襲撃だけど……米国だって馬鹿じゃないから対策くらいはしてある、あるいはしてくるだろうしね。せっかく潜伏してる連中をここで使い潰すのはさすがに勿体無いもの」

 

「カチューシャ様の深慮、感服します」

 

恭しく改めて敬服の意を伝えるノンナにカチューシャは手を振り、

 

「よしてよ。そんな大したものじゃないから。それはさておき……幸い、米国の動員力は我が国ほど高くは無いから、兵士の出血は嫌うはず。そこにも付入る隙はあるわ。物流が破綻するより先に、兵士の損耗に耐えかねて……というのもありえるわね? 何しろ無意味なほど過剰にマスコミや民意、有権者ってのを恐れる国だから」

 

「民主主義国家の急所ということですか?」

 

「ええ、そのとおりよ。民主主義の本質は、政治家が民衆に仕えるのよ。だから民意が怖い。大衆を導くべき国家指導者が民の顔色を伺いながら政治をするなんて、カチューシャに言わせれば不合理で、滑稽もいいとこだけどね」

 

「確かにシステム的な脆弱さを感じますね」

 

「そうよ。カチューシャの解釈だけど、国民が全員賢人、ニーチェの定義する”哲人”であるなら民主主義は上手く行くかもしれない。だけど、基本的にこれまでの政治は衆愚政治を基本としてきたの。民が賢しいと為政者が困るもの。そんな政治的土壌で民主主義なんて上手く行くわけないでしょ? だから彼らのかなりの数が民主主義を裏切って、自ら望んで社会主義や共産主義に恭順を誓うのよ」

 

「国家や民族の旧来の価値観ではなく、新しき価値観である国際共産主義に……ですね?」

 

カチューシャは大きく頷く。

 

「彼らが大好きな聖書から引用するなら、『新しい酒は新しい革袋に盛れ』とでもなるのかしらね?」

 

「しかし、カチューシャ様。戦場の制空権は今や完全に敵に握られています。カチューシャ様が望む破壊と流血を得るには、些か情況が悪いと思われますが?」

 

「ノンナ、よく考えなさい」

 

カチューシャはニンマリと笑うと、

 

「いかに敵が圧倒的航空優位を誇っていたとしても、それが無効化される瞬間があるでしょう?」

 

「!?」

 

ノンナの大きく見開かれた目を見ながらカチューシャは満足げに、

 

「ノンナ、これからジェーコフ将軍に提出する作戦草案をまとめるわ。手伝いなさい」

 

Да сэр(かしこまりました). Милорд(我がご主人様)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***********************************

 

 

 

 

 

 

「う~ん……これはどういうことかな?」

 

話は1941年12月2日、その日の戦闘終了後まで遡る。

こちらのバリケードとして使える戦車は残し、回収できる戦車はソ連戦車の資料として保存することになった。

無論、死んだふりをしてたり、瀕死でも撃ってくる者はいるので慎重にだ。

その判別をするべくみほも調査に加わっていたのだが……

 

その時、ふと奇妙な戦車……パッと見た感じ、貫通痕など目立った損傷はないのに擱坐しているT-34を見かけたのだ。

 

トラップの可能性を考えて、みほは肩からスリングで吊るしたトンプソンM1928のグリップを握り安全装置(セイフティ)を解除する。

トンプソン短機関銃は操作系が左側に集中してるので、右利きには非常に使いやすい。

 

キューポラのハッチを開けると銃口を向けながら慎重に中を覗き込む。

無論、乗員が死んだふりをしていていきなり撃ってきた場合に備えてだ。

本来なら手榴弾でも放り込んだほうが手っ取り早いのだが、下手を打てば砲弾が誘爆するのであまりお勧めは出来ない。

カチューシャがやったように破壊するつもりならそれでもいいかもしれないが、できればこの無傷とは言わないまでも自走できそうに見える戦車は状態のいいままで鹵獲したかった。

 

「ありゃま」

 

とりあえずハッチを開いても撃ってこなかったので中に潜ってみると、ズタズタに切り裂かれた死体がいくつも転がっている。

 

「ううっ……」

 

うめき声が聞こえたのでどうやら一人生きているらしいが、みほは躊躇無く銃口を向けると、

 

”Pam! Pam!”

 

セミオートで二度引き金を引き、二発の45口径弾を頭部に叩き込むことでこの世のしがらみから解放した。

ハーグ条約違反と言ってはいけない。

どう見ても助からない敵兵、言うならば死に切れずに苦しんでる敵兵にトドメを刺す行為は十分に人道的な行為として許容されるのだ。

ハーグ陸戦規定は、別に全ての兵士を救うための条約ではない。

 

そして、みほは跪いて丹念に他の死体を調べ始める。

死因は、対人地雷を至近距離から浴びたように破片が突き刺さったことによる失血性ショック死だろう。

 

「これってまさか……」

 

そしてジュラルミン製の軍用懐中電灯を点灯して、内壁を詳しく確認する。

T-34中戦車の中、特に砲塔は貫通された形跡が無いにも関わらず「普通ならありえないほど」激しく損傷していた。

 

「これってもしかしなくても”ホプキンソン効果”かな?」

 

 

 

ホプキンソン効果とは?

金属に起きた場合は特に”スポール破壊”とも呼ぶが、例えば金属板の表面で爆発が起こるとその爆圧が金属板を伝播し、裏面を剥離/飛散させる現象だ。

 

これを最大限に引き出すのが、前作で試験的に実戦使用された”HESH(粘着榴弾)”なわけなのだが……今回の戦いでは、まだ用いられてない筈だった。

 

「おそらくは、誰かが徹甲弾じゃなくて間違えて榴弾を撃った……ってとこかな? それにしても普通の榴弾が当たったにしては、破損が酷いな……」

 

確かに普通の榴弾が直撃したところで、乗員が皆殺しになるほどのスポール破壊が起こるという現象は、日米の戦車では考えにくい。

 

ちょっとした豆知識程度の話だが、圧延均質鋼板の溶接と鋳造ではどちらが硬くしやすいかと言えば、意外なことに鋳造のほうなのだ。

いや、むしろ鋳造の場合は『硬くなりすぎる』ことに問題点がある。

どういう意味かと言えば、当たり前に聞こえるかもしれないが『硬いものほど脆い』を地でいくのだ。

金属の、特に装甲板に使うような物の場合、硬い(硬度が高い)だけでは駄目で靭性(粘り強さ)も高くないと途端に危険な代物に代わる。

要するに割れ易く、あるいは砕け易くなるのだ。

そして鋳造では製法的にこの靭性を高くしにくい。

ただ、ここまで酷い有様になると……

 

「もしかして、ソ連戦車って本来鋳造に向いてない金属を鋳造砲塔に使ってるんじゃ……?」

 

みほの脳裏に閃くものがあった。だが、

 

(こういう結論は急いじゃいけないな。結論を間違えれば、全てが御破算になる)

 

みほはキューポラから顔を出し、

 

「麻子さん、ちょっと来てくれる?」

 

みほの言葉に戦車の中にいたのにも関わらずぴくりと反応し、しなやかな動作で車体から身を抜き出すと、たたっと地面を蹴って駆けてきてぴょんと身軽にT-34に飛び乗る。

やっぱり動きが人間というより猫に近い気がした。

 

「隊長、呼んだか?」

 

「うん。悪いけど、この戦車を動かせるか試してみて欲しいんだ」

 

「わかった」

 

そう二つ返事で返すと、やはりするりと身を滑り込ませた。

中はちょっとしたスプラッタ状態だったが、麻子は気にもしない。

というか死体にも血の臭いにも『特地』で嫌というほど慣れた。

むしろ、温度が低い分腐敗がはじまってないだけマシだとさえ思っていた。

 

 

 

***

 

 

 

数時間後、交替のM3中戦車隊がやってきた。

みほ達とローテーションを組むべく派遣された部隊だろう。

戦闘が継続しているなら仕方ないが、そうでないなら1戦闘ごとに部隊を後方に下げ、車両の整備と補給、人員の休息を取らせるのが米軍の方針らしい。

 

(これは日本も見習うべきとこだね~)

 

誉めるべきは米国合理主義か?

史実に比べれば天と地ほどの差はあれど、日本は機械にも人にも無理をさせがちな傾向がある。

例えば、”この世界”の日本なら交替させないということはありえないが、間隔は無理が利かなくなる手前くらいまでは長いかもしれない。

その間も休息は取れるが、おそらくはこの前線で交替でとなるだろう。

これは最大火力を持つみほ達を前線から下げるリスクを考えた上での判断となるだろう。

最大瞬間戦闘力を考えれば、これはこれで納得はいく。

 

しかし米国が重んじるのは、みほ達がリスクを踏まえた上での継戦能力だ。

米国はいざ大規模戦となった時、みほ達の疲労や戦車の故障で肝心なときに戦闘力を十全に発揮できなくなるリスクを恐れているのだ。

 

どっちが正しいかは戦況によりけりだが、みほは少なからず米国式を好意的に見ていた。

休むべきときはきっちり休む。その原則はこうでもしないと中々守られるものではない。

この寒空の下、窮屈な車内で仮眠を取るのと後方の陣地や基地で柔らかいベッドとは行かず寝袋かもしれないが、ささやかでも暖房と屋根のある場所で体を伸ばして休むのとでは、回復できる疲労に雲泥の差があるだろう。

 

 

 

みほ達は後退するのだが……ハイラル・ベースに付くなり、みほは自走可能状態ではなく半ばスクラップと化したT-34(KV-1は重過ぎて牽引できないので後日解体し、改めて運ぶことになった)数両を、中の遺体ごと演習場に運ぶように命じた。

そして補給係に命じて複数種類の砲弾が用意され……

 

「ファイヤ!」

 

 

 

***

 

 

 

「やっぱり……」

 

砲撃を受けた残骸を調べた結果、彼女の予想が確信に変わる。

試製一式中戦車を整備班に預け、彼女は真っ直ぐにコリンズや亜美の待つ司令部に向かい、

 

「【日米臨時混成独立機甲旅団】の全戦車にありったけのHESH(粘着榴弾)の搭載を許可していただきたく参上しました」

 

開口一番、そう告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

二人の英雄が戦訓によりそれぞれの答えを導き出す。

戦いはどうやら、いよいよ最終局面を迎えようとしていた……

 

無論、相応の苛烈さをもって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、御愛読ありがとうございました。
戦闘もちょっと小休止……と思いきや、破壊と殺戮の増量セールをするための準備に過ぎなかったエピソードは如何だったでしょうか?

いや~、カチューシャ様もみぽりんも怖い怖い(^^
タイプは違っても、本当に戦争の申し子みたいな二人です。

次回からはいよいよ最後の激戦の開幕かな?
ちょっと長丁場の戦いになるかもしれませんが、最後までお付き合いいただけたら幸いです。
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



九九式軽機関銃

全長:1180mm
重量:10400g
使用弾薬:7.62mm×63(30-06スプリングフィールド)
装弾数:20連発/30連発箱型弾倉(ブローニングM1918BARとマガジン共通化。30連発は九九式と同時開発)
発射方式:フルオートマチック
発射速度:520~550発/分ないし700~800発/分(ガスレギュレーターによる二段階切り替え式)

備考
1939年より大日本帝国陸軍制式軽機関銃として採用されている。
設計元となったのは前作において弾薬補給の混乱を避けるため『特地』専用装備となっているチェコ・ブルノ兵器廠製の”ブルーノZB26軽機関銃”の正規ライセンス生産品となっている”チ26式軽機関銃”。
基本的にはチ26式軽機関銃をベースに、1924年(大正13年)に締結された『日米砲弾/弾薬相互間協定』に従い日米共通の30口径標準小銃弾として定められた30-06スプリングフィールド弾を使用できるように再設計したものだ。
ただ同じZB26軽機関銃をベースにした英国製のブレン軽機関銃の影響も少なからず見受けられ、銃身部を除けば非常に似通った作りになっている。

逆に言えば九九式軽機関銃の外観的特長は銃身部に集中してると言ってよく、銃口部には日本人の体格からすればかなり強力な実包を使うので消炎器を兼ねた大型の反動抑制器(マズルブレーキ)が装着され、日本の軽機関銃らしく銃剣(バヨネット)用の着剣装置が標準装備され、銃身には砲身冷却用のリブとキャリングハンドルが取り付けられている。
実は、この九九式でもっとも工夫が凝らされたのはこの銃身交換システムで、ドイツ製の各種機関銃を参考に、基部にある原型となった試製九六式軽機関銃のそれを更に改良したラッチレバー式の止め具をワンタッチで解除し銃身を回転させれば簡単に交換できるように作られており、またその際にはキャリングハンドルを握って回転させれば熱された銃身に触れる必要は無く耐熱手袋なども不要となっている。

内部はクロームメッキ処理がなされて極めて耐久性が高く、また排莢方向はブレンとは逆に右側となっており、右利きの射手には使いやすいだろう。
二脚は銃身ではなく銃身下に沿うように延長したフレーム部分に取り付けられ、照準機(メタルサイト)は対空照準が可能なタンジェントサイトが左側にオフセット搭載されるが、オプションでプリズム式の光学照準機(スコープ)を取り付けられた。
また、従来の削り出し加工部分を極力減らし、シートメタル・プレス加工を多用することを前提に設計されるなど生産性の向上も考えられている。
また、安全装置は日本独自設計のものである。

全体として言えるのは、30-06スプリングフィールド弾という日本人としてこれまでにない強装弾を使うため、やりすぎ(オーバースペック)とも取れるぐらいに耐久性や強度を考えて設計されており、銃身などは設計当初銃身命数に自信が無かったために銃身のクイック・チェンジ・システムが採用されたという経緯がある。
その代償として重量が嵩んでしまったが、史実より体格の良い者が多い”この世界”の日本人ならなんとかなる重量ではあり、むしろ信頼性が高く量産性もよかったために1939年(皇紀2599年)から小改良を受けながら1945年まで15万丁近くが生産され、分隊に1丁ずつ配備されることになった。
『特地』の人外に苦しんだ成れの果ての「火力馬鹿の日本人」を代名詞の一つとして、第二次世界大戦を代表する機関銃として活躍した。

特筆すべきはが九九式軽機は射撃持続性を考慮され標準弾倉(マガジン)が新たに開発された30連発とされたが、ブローニングM1918BARや同時期に制式化された”九九式自動小銃”と共用化(しかし双方とも標準は20連発)されており、そういう意味においても分隊支援機関銃として相応しい素性を持っていたといえる。



***



試製九六式軽機関銃


全長:1075mm
重量:9900g
使用弾薬:6.5mm×51(6.5mmアリサカ)
装弾数:30連発箱型弾倉
発射方式:フルオートマチック
発射速度:520~550発/分

備考
史実では九六式軽機関銃として制式化されたが、”この世界”では少数生産の試験採用(それでも1万丁近く生産されたらしいが)で終わっている。
というのも『特地』の怪異との戦いで6.5mm弾の威力不足は既に露呈しており、また6.5mm弾の採用の論拠となった「小柄な日本人にとってフルサイズの30口径小銃弾の反動は強すぎる」という論拠も、四半世紀の間に栄養状態の改善などにより体格が大きくなった”この世界”の日本人には既に過去のものとなっていたことが大きい。
前出の『日米砲弾/弾薬相互間協定』により、既に30-06スプリングフィールド弾を使う新型機関銃の開発はスタートしていたのだった。

では、この機関銃の存在意義とは?
無論、6.5mm弾の在庫処分という意味もあるが、もう一つは九九式軽機関銃開発の叩き台(ケーススタディ)という側面だった。
ZB26軽機関銃を参考に開発された試製九六式は、単純なコピーではなく日本独自のエポックメイキングな新機軸がいくつも導入され、素性のいい機関銃だった。
おそらく試製九六式が無ければ九九式軽機はあそこまでの完成度はなかったとさえ言われている。
またその持ち前の軽さと6.5mm弾の特性から正規部隊ではなく、特殊部隊などの非正規部隊には好まれ、大戦中は現役武装として使われていた。









目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 ”地吹雪の所以です!”

皆様、こんにちわ~。
今回のエピソードは……いよいよ戦いも激しくなってくるようです。
そしてサブタイ通りにカチューシャ様が大暴れの予感……?




 

 

 

1940年12月7日

 

戦闘開始から1週間、ハルハ河東岸での戦闘は膠着していた。

ソ連は猛攻に継ぐ猛攻をかけるかと思いきや、四日目以降は小規模で散発的な戦闘……小規模勢力による奇襲浸透戦術と航空機による強行偵察に切り替え、大規模な戦闘は控えてるようであった。

 

「まずいですね。このままじゃジリ貧になるのはこちらです」

 

米軍ハルハ・ベースで開かれた首脳部会議でそう発言したのは、いい加減会議の発言に慣れてきた(慣らされてしまった)我らが西住みほ”臨時”少佐だった。

 

「しかし、このまま戦線が膠着し、外交交渉でハルハ河東岸(イーストバンク)が我々の実効支配地域とソ連に認めさせれば、完全勝利ではないかね? 少なくとも当初の目的は達成できる」

 

そう返したのは、在満米軍西部方面軍団司令官スティルウェル中将だ。

 

「それが一番の理想です。そうすればわたし達も余計な出血をせずに済みますが……でも、おそらくそうはならないでしょう」

 

そして彼女は全員に資料を読むように促した。

映っていたのは、小銃を担いだ騎馬兵と歩兵の軍勢だっただった。

航空写真ゆえにそこまで鮮明ではないが、地面に列を成して行軍する人の群れは、なんとなく装備が雑多で服装も統一性に欠けてる様に見えた。

 

「一〇〇式新司偵からの最新の情報ですが、敵はモンゴル人民共和国から大量の歩兵を集結させてます。情報部から太鼓判押されてますが、装備の雑多さやそのほかの論拠からしてソ連赤軍正規部隊ではありません。おそらくモンゴルで臨時徴兵をしたのでしょう。そして、その数は10万人規模に達する可能性があります」

 

会場がざわつく。

その意味は一つしかなかった。

 

「皆さんの想像通り、敵は大規模なイーストバンクへの侵攻を意図してます。最大規模の基地であるタムサク・ボラグでもこれだけの人員は収容できませんので、増援組は”パオ”による野営でしょう。彼らはその生活に慣れてるでしょうから」

 

(パオ)”とは中国語表記で、蒙古では”ゲル”と呼ばれる遊牧民のテントのことだ。

 

「また問題なのは後方の一大補給拠点であるバイン・トゥメン、タムサク・ボラグを支える補給基地であるマタト、ウラン・ツィレクにも10万人規模を長期に支える食糧備蓄はないはずです。であるなら、結論として言えるのは……」

 

「短期における集中した戦力投入における”決戦”。それも『10万人の鉄砲玉を投入した』かな?」

 

と、不謹慎なことにどこか楽しげに告げたのはコリンズ大佐だった。

みほは頷き、

 

「我々は『10万人のモンゴル兵を殺すと同時にロシア人の正規軍を相手にする』必要がある……それだけの戦闘が可能かということです。相手がソ連正規兵だろうとモンゴル民兵だろうと使う弾を変える訳じゃありませんから」

 

みほの言わんとすることは、この場にいる全員が嫌でもわかった。

 

「弾薬庫が空になるかもしれんな……」

 

誰かが呻くように呟いた。

 

「いや、そちらはまだ何とかなるさ。問題は兵力が足りるかだ」

 

「防衛の絶対有利の原則から、3倍までは耐えられると思うが……」

 

「それに敵はこちらの戦力倍化要素を潰しにかかると思いますよ?」

 

みほのやけに通る声に一同が注目する。

 

「天気図と等高線の張り出しから見る限り、今夜半から天候は雪……明日は吹雪くかもしれません」

 

「航空機が……」

 

誰かの呟きにみほは頷く。

 

「ええ。航空機が飛べなくなるこの時をソ連軍は待っていたはずです。制空権を確保してきた我々が絶対優位といえなくなる情況を。少なくともわたしなら、このチャンスを逃しません」

 

 

 

「激戦必須だな……雪原は鮮血で染まる、か」

 

そう呻くように呟いたのはスティルウェルだった。

 

「コリンズ大佐」

 

「はっ!」

 

「別命があるまで、現時刻を持って君の独立旅団は軍団司令部……いや、わたしの直轄とする」

 

「はっ! 我々に遊撃任務(ハンターキラー)を行えということですね?」

 

敬礼しながら問うコリンズにスティルウェルは頷く。

 

「その通りだ。水漏れを起こした場所を塞ぐ修理工といったところだ」

 

かすかに笑うと、

 

「諸君、残念ながら航空支援無しに我々に10万……いや赤軍を加えれば15万に達する敵軍をハルハ河をボーダーに押しとどめる力は無い。だとすれば我々が取れる戦略は、戦線の崩壊を防ぎ耐え凌ぐことだ」

 

そして全員を見回した。

 

「だが、同時に勝機はある。今までの統計から鑑みて、吹雪は二日と続かない。そして航空機が飛べる情況になれば……ニシズミ少佐」

 

「はい。我々の好機となります。【オペレーション・バルジ・ブレイク(張り出し破砕作戦)】の第1フェーズはバルジ(張り出し)、イーストバンクからの一時的な敵の殲滅。第2フェーズは敵の誘引による段階的漸滅……現在、この段階で頓挫し無意味なにらみ合いが続いてましたが、敵が大規模侵攻を仕掛けてくるなら、そして”我が軍”がそれに耐え切れることが可能ならば、第2フェーズの条件を満たします」

 

「上出来だ」

 

そう満足そうな表情を浮かべるスティルウェル。

しかし、コリンズは別の意味の笑みを浮かべ、

 

(”我が軍”か……うん。実に良い傾向だ)

 

彼のろくでもない目論みも上手く行ってる様である。

 

「よって敵の誘引がなされ我々が耐え抜き、そして航空機が使用可能となったその時……”ファイナル・フェーズ”を発動させる」

 

 

 

先ほどとは違うざわめきが起きる。

無論、だれしもこの先に起こる戦いが苛烈という言葉では言い表せないほど激しくなるのはわかってはいた。

しかし、「耐えた先には展望がある」と判れば俄然士気が違ってくる。

それは彼らがとある一神教であることも関係しているのかもしれない。

聖書では煉獄の先にあるものが言われているのだから。

もっともピューリタンの中では煉獄の存在を認めてない教派もあるが。

 

「では諸君らの健闘を祈る」

 

具体的な迎撃プランの確認と修正などの詰めの後、スティルウェルの言葉によって会議は締めくくられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

 

1940年12月8日

 

昨晩より降り続いた雪は降り止まず、朝から吹雪く傾向にあった。

こういう天気はむしろカチューシャ、エカテリーナ・トハチェフスカヤにとっては慣れ親しんだものである。

 

「同志諸君! 傾聴せよ!」

 

小さな肢体からどうやってそれだけの声量を出すのか謎だが、カチューシャは自らの配下全ての者に聞こえるように宣言する。

 

「ついに我々が待っていた時が来た! 敵は地上兵力が惰弱である故に航空兵力に頼ってきたが最早そのようなまやかしの手は通じない!!」

 

そして大きく平たい胸を張り、

 

「雪は吹雪は冬将軍は、ナポレオンの時代より我らが民族の味方だ! 凡そこの世において我等以上に雪上での戦いを熟知した民族など、世界のどこにもいはしない! 雪と風を友軍にせよっ!! 今こそ我らが真価が問われるときだっ!!」

 

そして、周囲を見回し……

 

「同志諸君、砲弾の準備は万全かっ!!」

 

「「「「「「「Урааааааааーーーーーーー!!」」」」」」」

 

「全員、戦車に乗り込めっ!! 我ら一人一人が吹雪に響く雷となり、薄汚い資本家の鼠共に裁きの鉄槌を与えるわよっ!!」

 

「「「「「「「Наши командиры(我らが偉大な指揮官), Слава Леди Катюша(カチューシャ様に栄光を)!! Мы в победу(我らに勝利を)! !」」」」」」」

 

「【Правда(プラウダ) Гвардия(グヴァールヂヤ) Танковая(タンカーヴァ) Бригада(プリガーダ)、全車出陣するっ!!」

 

「「「「「「「Урааааааааーーーーーーー!!」」」」」」」

 

 

 

そして彼女の率いる【プラウダ親衛戦車旅団】、計70両のソ連製戦車はハルハ河に迫るっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

「な、なんだありゃ……?」

 

「なんかやばいぞ……」

 

それはハルハ河に面したフロントラインを守る米国将兵にとって、本能的な恐怖を感じる光景だった。

 

航空機が飛ばせないだけじゃない。吹雪は視界と音を阻害する……この地点を守る米軍は致命的に接近に気付くのに遅れてしまったのだ。

 

「全車戦闘用意! 敵もまだこっちの位置には……」

 

「発砲炎、確認! 敵、発砲しました!!」

 

「馬鹿な……」

 

最初のM3中戦車が撃破されたのは、中隊長が唖然と呟いた直後だった!

 

 

 

***

 

 

 

守備の米軍戦車中隊隊長は、ある意味正しかった。

その赤い戦車隊とてこの吹雪の中、正確に米軍戦車が見えていたわけではない。

無論、”ただ一人を除いて”だ。

 

「全車、斉射用意! 10時方向! 距離1000m! 弾種、徹甲! 着弾点はカチューシャに合わせて! Огонь(撃てっ)!」

 

そう、旅団の先鋒に指示を出していたのは言うまでもなくカチューシャだ。

語弊を恐れず言うなら、「見通せないものはあまりない」彼女の固有異能、”Глаз Бабы Яги(バーバヤーガの瞳)”の前では吹雪など物の数ではなかった。

 

彼女にとって夜や悪天候は、以前に見せた上空から見下ろす”鳥の視点(バーズアイ)”のような視点変更に比べればよっぽど精神力消費の少ない能力行使で絶対優位が得られる得意環境だった。

 

簡単に言えば、今のカチューシャは左目だけを「可視光以外の波長が見える」ように異能で調整していた。

具体的に言うなら8~14μm波長の「遠赤外線領域」を見えるようにだ。

普通、赤外線は大気に吸収/拡散され易いと思われがちだが、実は8~14μm波長の赤外線は”大気の窓”と言われる波長領域であり、大気の透過性が例外的に高いのである。

言うならばカチューシャは史実なら数十年後、エレクトロニクスの進化によって実現した”受動型(パッシブ)赤外線装置”を自分の生体機能としてもっているのだ。

もっともカチューシャ自身はそのような小難しい理屈を知るわけもなく、ただ「見えないなら見え易い色を探して合わ(チューニング)している」という感覚であるらしい。

 

欠点があるとすれば遠赤外線は可視光に比べて波長が長いため鮮明度が下がる(つまりぼやけて見える)のだが、それを補強するためにカチューシャは右目は可視光領域のままにしていた。

 

 

 

「今の着弾点に射撃可能な全車、Сальво(斉射開始)!!」

 

直撃こそしなかったものの着弾点に満足し、射撃指示を出す。

無論、一発必中が狙える精密射撃ではないが『その周辺に敵がいる』のは間違いなく、命中率の低さを「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」を地で行き、数で補うのがソ連式だ。

それにこのような撃ち方をすれば……

 

”ZuVoooooooooooooM !!”

 

”ZuVoooooooooooooM !!”

 

立て続けに場発音が響いた。カチューシャが狙っていただろう1両が集中砲火を浴び成す術もなく吹き飛び、もう1両が巻き添えを喰らい流れ弾の直撃を浴びたのだ。

 

 

 

***

 

 

 

最初に中隊長が思ったのは、

 

戦車跨乗(タンクデサント)兵がいねぇ……?)

 

緒戦により、ケイだけでなく多くの米国戦車兵がソ連のあまりに危険なタンクデサントを目の当たりにしてたので、それが強烈な印象として残っていたのだろう。

確かに「ソ連戦車=タンクデサント」という図式が成立してもおかしくないトラウマ級の光景だったろう。

 

(デサント兵がいないということは、こいつらもしかして……)

 

こちらの想像より遥かに早いタイミング……中隊長が何らかの結論に辿り着く前に発砲され、立て続けに2両が破壊された。

よほどの歴戦でなければ、この戦況で冷静な判断を求めるのは些か酷というものであろう。

 

畜生(ダム)! 相手はどういう理屈かは知らんがこっちが見えてるようだっ!」

 

もし、彼が乗っているのが開発された時代を考えれば強固な装甲を持つTYPE-98(九八式重戦車)で、車体を掩蔽壕に潜り込ませ砲塔のみを突き出したダグイン状態だったら別の判断をしたかもしれない。

しかし、彼……戦車中隊長が乗っていたのは車体に主砲がついてる故にダグインできず、ハルダウン(車体を稜線に隠す)が精々のM3中戦車だったのだ。

 

「中隊全車、後退せよっ!! こいつらおそらく対戦車特化部隊(タンクデストロイヤーズ)だっ!! 戦車狩のエキスパートだ畜生めっ!!」

 

大隊長から死守命令でも出ない限り、それは順当な命令……少なくとも全くの的外れな命令ではなかった。

だが、彼に運がなかったのは相手がカチューシャ率いる【プラウダ親衛戦車旅団】だったことだった……

 

 

 

***

 

 

 

「引いたわね? ウフフ♪ 馬鹿ね~」

 

一つの中隊が後退を始めると、まるで恐怖が伝播したように一帯に守護についていた他の中隊までも一斉に後退を始めた。

キューポラから身を乗り出したままのカチューシャはにんまり笑うと無線機を握り、

 

「鼠が巣穴から飛び出してきたわ! ニーナ、アリーナ! 回りこんで引っ掻き回し、逃げ道を塞ぎなさいっ!!」

 

『『Да(ダー)!!』』

 

最新のT-50軽戦車を10両ずつ与えられた新米上級軍曹コンビが元気のいい返答を返し、その声に負けぬ勢いで飛び出してゆく。

最高速58km/hを誇る快速もそうだが、初陣を飾ったスペイン内乱の頃からの古参の部下である二人の技量は半端ではなかった。

それ以外にも、彼女達の率いる部下もBT(快速戦車)シリーズで腕慣らしをした者が多く、また隊長の二人を筆頭に「(ニーナとアリーナが優秀だったために気をよくした)カチューシャに拾われたコサックの血を引く娘」がメンバーのかなり部分を占めることも異常に高い士気や忠誠、そして死に物狂いで上げてきた高い技量を持つに至った理由と言えるだろう。

ずっと高機動と引き換えの薄い装甲に慣れてきた彼女らに取り、「敵の砲弾など当たらなければどうと言う事はない」程度の代物だった。

 

「ノンナ、クラーラ! 蹂躙戦の準備なさいっ!!」

 

『はい。カチューシャ様』

 

Это нормально(了解いたしました)

 

「【プラウダ親衛戦車旅団】全車に告ぐ! 敵戦車大隊を一気に殲滅するわよっ!!」

 

『『『『『『Урааааааааーーーーーーー!!』』』』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

「そったらへっぴり腰で大砲撃ったところで当たるわけねえべ!」

 

「そんだら逃げ腰だったら、当たるもんも当たらんべさ!」

 

本来、前線にいた米軍戦車隊の行動はあながち間違ったものではない。

相手の圧力に抗しきれないと判断すれば即座に後退し、敵を誘引しつつ後方で立て直すという戦術が事前に指示されてたからだ。

しかし……

 

「なんて速さだっ!? チッ! 囲まれるぞっ!」

 

「な、なんだあの軽戦車!? こっちの装甲正面を抜いてくるぞっ!? ソ連の軽戦車は化物かっ!?」

 

「軽戦車のクセに生意気なっ! ぎゃぁぁぁーーーっ!!」

 

現出したのは阿鼻叫喚だった。

元々、M3中戦車の最高速は40km/hに届くか届かないで、後進になればさらに速度は下がる。

対して史実よりも随所が強化されたT-50軽戦車の最高速は約1.5倍の58km/hに達する。

オマケに主砲の45mm46口径長砲は徹甲弾を用いるなら、500mで直角に並べられた厚さ60mmの均質圧延鋼板を射抜く。

参考に言っておけば、M3中戦車の最も厚い装甲でも50.8mmしかなく、鋳造の砲塔ならともかく車体で言うならほぼ傾斜してないのだ。

正面装甲で受けられた者はまだ幸運で、ほとんどのM3中戦車は左右から回り込まれたT-50の圧倒的な機動力の前に翻弄され、より薄く無防備な側面や後面を撃ち抜かれて行った。

車体に半固定化された75mm砲じゃ到底追いつかず、車体上の小ぶりな旋回砲塔に据えつけられた37mm砲でなんとか狙おうとするが、所詮は副砲扱いの砲であり、中々命中弾は出せないようだ。

いや、主砲でなく副砲で狙おうと命じた車長はまだ優秀だろう。

狙われた車両の大半は、T-50のスピードと運動性に対応するまもなく撃破されたのだから。

 

その混乱した戦場にカチューシャの号令の下、とどめとばかり一気に主力が飛び込んでくる!

もしも米国戦車隊の中に冷静なものがいれば、集中砲火で対処することも出来たのかもしれない。

M3の主砲は、短砲身とはいえ75mm砲であり、30度の傾斜装甲相手でも徹甲弾を使えば1000mで51mmを貫通できるのだ。

カチューシャの乗るT-34bisならともかく、装甲厚最大45~50mm程度の鋳造砲塔である初期型T-34(ピロシキ)なら、史実のドイツの突撃砲ばりの戦術を取れば十分に対抗できた筈だが……

 

「「「「「ぐわあああああぁーーーーーーーっ!!」」」」」

 

だが、このようなイレギュラーな事態でそのような対応を出来るほど実戦慣れした者はいなかった。

それでも2両のピロシキを撃破し、1両を行動不能にしたのは上出来と言えるだろう。

ただ、その引き換えに……

 

 

 

***

 

 

 

「こちら”プラウダ”。第13地区の敵守備兵力、1個戦車大隊規模の殲滅を終了したわ。罠は雪に埋もれて気にするほどじゃないわ。遠慮なくいらっしゃい」

 

米軍の守備隊は全滅していた……

これがカチューシャの必勝パターンだった。

雪と風に紛れ敵からの発見を遅らせ、「こちらからだけ見える」状態で先制攻撃を行い戦闘主導権(イニシアチブ)を掌握。敵砲兵の支援砲撃が来る前に情況を混交させ一方的に相手を叩き伏せる。

 

「さあ、敵の砲弾が降り注いでくる前に移動するわよっ!!」

 

あれだけ情況が混乱すれば、敵は砲兵支援なんて頼む暇はなかったろう。

仮に頼んだとしても敵味方まとめて吹き飛ばすなんて判断が出来るとは思えない。

そして自分達は、敵砲兵が味方の全滅に気付く……遠慮なく砲弾を放り込める情況になったと気付く前に場所を移動する。

この吹雪の中じゃ、よほど近づかない限りまともに弾着観測など出来はしないだろう。

 

徹頭徹尾、戦術の最初から最後まで吹雪を利用しつくす、”吹雪と共にやってくる戦車に乗った魔女”……これこそがエカテリーナ・トハチェフスカヤ大尉の二つ名、

 

Катюша из Метелей(地吹雪のカチューシャ)

 

の本当の所以なのだ。

 

 

 

 

 

プラウダ親衛戦車旅団がイースト・バンクのまた別の戦場に向かってほどなく、米戦車の残骸を押しのけるように現れたのは、モンゴルでかき集められた跨乗(デサント)兵を満載したT-34をはじめとするソ連製装甲戦闘車両の大群だった……

 

戦いは、新たな局面を迎えつつあるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、御愛読ありがとうございました。
久しぶりにプラウダ組が大暴れのエピソードはいかがだったでしょうか?

あっ、クラーラが戦闘に参加した描写って今回が初めてかも(^^
実は微妙にニーナ&アリーナのコサック娘コンビがお気に入りだったりします(笑)

前半でみほがモンゴル兵を警戒してましたが、どうやらプラウダ親衛戦車旅団の到来で、戦況は予想以上に悪くなりつつあるようです。

果たして日米はソ連の猛攻を耐え凌げるのか?
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



ブローニングM1918A1/A2自動小銃(BAR)(武1918式改分隊機関銃)

全長:1214mm
重量:7700g(A1),、8800g(A2)
使用弾薬:7.62mm×63(30-06スプリングフィールド)
装弾数:20連発
発射方式:セミ/フルオートマチック切替式(A1)、発射速度二段階切替式フルオート(A2)
発射速度:フルオート時500~550発/分(A1)、350~450発/分ないし550~650発/分(A2。ガスレギュレーターによる二段階切り替え式)

備考
第一次大戦末期に開発された自動小火器。よく略称で出てくる”BAR”とは”Browning Automatic Rifle”の略で、意味は”ブローニング自動小銃”なのだが、実際には分隊支援機関銃の元祖という位置づけの銃である。
オリジナルであるM1918は1917年に開発され第一次大戦集結までに5万丁以上生産/配備され、その後も生産が続き米陸軍や海兵隊に配備される。
1937年には既存のM1918を近代化改修したM1918A1が配備(新造はされていない)され、40年からはセミオートをオミットし、発射速度を二段階に切替えられるようにしてより機関銃色を強くしたA2が新たに製造されている。

実は”この世界”の日本とこの銃の付き合いは古く、1924年(大正13年)の『日米砲弾/弾薬相互間協定』締結直後にM1919機関銃と共に早々と”武1918式分隊機関銃”としてライセンス契約が行われている。
理由は言うまでもなく、後に『特地』勢力と総称される『門』外勢力の怪異に対する火力不足に悩み、その解決法を求めたからだ。ただ、米国と異なり最初から”分隊に配備できる簡便な機関銃扱い”として納品された。
ある意味、日本の火力偏重主義の走りといえる機関銃なのかもしれない。

基本的には同じ代物だが、米軍がA1への改修し始めた翌年の1938年から日本でもA1準拠の武1918式改分隊機関銃への改修が始まっている。
現在、A2型の製造は日本では行われてないが、九九式軽機関銃などに比べ軽量であるため、空挺部隊や海軍陸戦隊など重装備を持ちにくい歩兵主体の部隊に人気がある銃であり、近々日本なりの改修を加えたモデルが生産されると噂されている。

いずれにせよ九九式軽機関銃や九九式自動小銃などはM1918の弾倉(マガジン)を使えることを前提に設計されており、日本の自動小火器開発に多大な影響を与えた銃の一つと言える。
蛇足ながら”BAR(バー)”という呼び名は日本軍の中でも一般化していて、ライセンス生産版の正式名称で呼ばれるより、BARと呼ばれることの方が多いようである。









目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 ”カチューシャです!”

皆様、こんばんわ~。
今回のエピソードは……最初は、カチューシャ様の雄姿を♪
そして血みどろの戦いが続きます(えっ?

果たして、この戦いに終わりはあるのか……?




 

 

 

 

 

カチューシャは小さな女の子

カチューシャには大好きな人がいた

でもその人は征ってしまう

古びた鉄砲を持ち出して

「助けを求めてる人がいるんだ」と言い残して

 

大好きな人は革命に身を投じた

戦いは激しく何年も続いた

やがて革命は成ったけど

大好きな人は戻ってこない

 

「俺が祖国を守らないと」

大好きな人は言った

彼が故郷へは戻ってこない

ならばとカチューシャは決めた

 

小さなカチューシャは鉄砲を握りしめる

大好きな人が祖国を守りたいと願うのなら

いつまでも待ってるだけじゃ駄目だって

カチューシャも祖国を守ろうと

 

カチューシャは鉄砲を握り戦場へ向かう

故郷を背にして戦場に向かう

カチューシャは鉄砲を握り戦場へ向かう

大好きなあの人と一緒に祖国を守ろうと

 

貴女もカチューシャだ

私達はカチューシャだ

大好きな祖国を守るため

大好きなあの人と一緒に

鉄砲を片手に戦場に立つのだから

 

 

 

戦場に、戦場音楽とは別の歌声が響く。

歌っているのは少女達だ。

キューポラから半身を乗り出し自ら先陣を切るカチューシャ……エカテリーナ・トハチェフスカヤ大尉を中心に、”Близзард(ブリザード)”の二つ名に恥じずカチューシャと同じく上半身を吹雪に晒して顔色一つ変えないノンナ、そして古参の部下達が歌い上げていた。

 

無論、このカチューシャは原曲とは全く異なる。

そもそも本来の歌詞は、戦地に行った愛しい人を故郷で待つ少女の歌だ。

 

しかし、彼女達が知るカチューシャは大人しく故郷(モスクワ)で愛しい人を待っていたりなんかしない。

自ら戦車に乗り込み、初陣のスペインから始まり、フィンランドそしてここモンゴルと祖国が戦地と定めた場所に舞い降り、悠然と戦うのだ。

それこそが【プラウダ親衛戦車旅団】の少女達が知るカチューシャだった。

 

もうお気づきだろう。

このカチューシャは、カチューシャを慕う部下達が彼女を想い紡ぎあげた歌詞であり、【Правда(プラウダ) Гвардия(グヴァールヂヤ) Танковая(タンカーヴァ) Бригада(プリガーダ)】と名誉ある名が与えられる前から、カチューシャの率いる部下たちによって歌い継がれた”隊歌”だった。

 

 

 

***

 

 

 

「前方2000m! 敵戦車隊発見! 米国式2個中隊規模! 旅団全車、戦闘用意!」

 

カチューシャの声が歌声から命令に切り替わる。

彼女達の役割は至ってシンプルで重要だった。

ハルハ河東岸の河辺付近で友軍の進軍を邪魔する敵部隊を背後や側面から回りこみ、燃料と砲弾が可能な限り殲滅する……ただそれだけだった。

障害物破壊(バリアブレイカー)と言われればそれまでだが、ハルハ河西岸から渡河する米軍守備隊にとって、吹雪にまぎれて背後や側面から奇襲を喰らうのだからたまったものではない。

 

後の統計でわかったことだが、一連の軍事衝突が始まりカチューシャがモンゴルに姿を現してから【プラウダ親衛戦車旅団】に限らず彼女に率いられた、あるいは彼女の部下達によって撃破された米軍戦闘車両は実に200両を越えることになる。

 

これは後に米軍正式名称【ハルハ河東岸(イーストバンク)戦役】、日本名【ノモンハン紛争】と呼ばれることになる一連の戦闘で米軍が喪失した戦闘車両の約半数が、米国式編成では最大でも増強独立戦車大隊規模に過ぎない”カチューシャ一味”によって齎された……そういうことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

 

 

「全自走砲、砲撃用意……()っ!!」

 

日米混成旅団の副旅団長に抜擢されると同時に旅団直轄砲兵隊(自走砲隊)の指揮を任された蝶野亜美少佐の命により、配下の自走砲隊が有効射程ギリギリの遠距離で発砲を開始する。

この強風では、本来なら散布界を心配せねばならないとこだが……

 

「観測班から入電! 『修正ノ必要ナシ。弾種ソノママ。可能ナ限リノ全力射ヲ望ム』以上です!」

 

「了解よ! 弾種、別命あるまで”対人榴散弾”に固定! 全力射、開始っ!!」

 

亜美の凛とした声と共に、【日米臨時混成独立機甲旅団】麾下にある12門の自走砲が一斉に火を吹いた!!

 

この砲撃は、米国兵に言わせれば「針穴を通すほど正確な」日本の砲撃らしからぬアバウトな照準で行われた。

いやそれでいいのだ。

そもそもこの砲撃は「迫り来る赤色戦車を足止めする」ために行われた砲撃でなく、

 

(これでどこまで跨乗兵を排除できるかね……)

 

この戦いにおいて、もっとも遠距離で放たれる砲弾は”対人榴散弾”、つまりソ連名物の戦車跨乗(タンクデサント)兵を駆逐するための砲撃だった。

これは亜美たちの部隊だけではない。

現在、健在な米国砲兵隊は全て同じような砲撃を行っているはずだった。

 

 

 

***

 

 

 

話は先日の会議まで遡る……

 

 

 

「双方が航空機をつかえない以上、我が軍が最も警戒すべきは敵戦車よりもむしろ跨乗(デサント)してくるだろうモンゴル兵かもしれません」

 

「その論拠は?」

 

みほの言葉にスティルウェルが問う。

わからないのではなく、確認しこの場にいる全員に周知したいという意図が明確だった。

 

「まず先ほど挙げた数の多さ。原則、蹂躙と殲滅は戦車の仕事かもしれませんが、制圧と占領は歩兵の仕事です。であるならば数だけで脅威となります」

 

「他には?」

 

「一番、問題となるのがモンゴル兵の性質です」

 

「性質?」

 

怪訝な顔をするスティルウェルに、

 

「閣下、正規赤軍兵ですらハーグ陸戦規定の何たるかを知らないものがほとんどです。数々報告されてる赤軍兵の占領地における蛮行は、彼らが陸戦条約を意図的に破っているのではなく、本当に陸戦条約その物の存在を知らないケースが大半だということですから……その赤軍兵の捨て駒にされるモンゴル兵が、陸戦条約を遵守できると思いますか?」

 

「ニシズミ少佐、それはつまり……」

 

みほは頷き、

 

「降伏した後も撃って来るかも知れませんし、敗残したとしても便衣兵となりゲリラ化するかもしれません。そうなってしまえば手が付けられない……我々日本人は、幸か不幸か『特地』でハーグ条約などどこ吹く風の敵と戦いなれてますから、その危険性も承知してます」

 

実際、みほもかつて『特地』で降伏したはずの魔導師に攻撃魔法を喰らい死に掛けたことがあるのだ。

 

 

 

「しかもモンゴルはつい最近、指導者チョンバルサンと赤軍による大粛清があったばかりです。もしかしたら情況は”帝国”兵より性質(タチ)が悪いかもしれません」

 

「どういう意味だね?」

 

「詳細は不明ながら、大粛清と言っていい組織的な虐殺では、夥しい数の死者が出たでしょう。それこそ今回予想される戦死者と比べ物にならないほどの。戦死だけでなく、きっと彼らは負けて帰れば後はない……戦死より惨たらしい死が待っていると考えても不思議じゃありません」

 

会議場のあちこちから呻くような声が上がった。

みほの言わんとしてることが、誰しもわかってしまったのだ。

 

「ニシズミ少佐、つまり君はモンゴル兵が最初から”死兵”として襲撃してくる可能性があると言いたいのかね?」

 

代表して聞いたのはコリンズだった。

みほは無言で頷いた。

 

 

 

 

死兵とは文字通り、死を覚悟し、死を当然として受け入れた兵だ。

そして退路もなく降伏も選択できないものが最後に行き着く結論であり、一人でも多くの敵を巻き添えにして死ぬことが、戦う目的であり意味となってしまう。

 

「ニシズミ少佐、対策はあるのだろう?」

 

「一応は」

 

そして示したプランの一つが、遠距離からの対人榴散弾の乱れ撃ちだった。

 

 

 

***

 

 

 

戦車と戦うのにまず跨乗歩兵を殺しにかかる……これまでの米国のドクトリンならありえない話ではあるが、

 

「死兵をなめてはいけません。欧米の感覚では『戦死を平然と受け入れる兵』など想像も付かないでしょうが、それは確かに存在します。古来より我が国では『死兵を相手にするのは愚か者の選択』という戦訓があるくらいです」

 

「東洋では一般的だと?」

 

そう聞いてきたのはとある米国高級将校だったが、

 

「少なくとも三国志の時代には”敢死兵”という形で登場してます。それに彼らには死兵になりうる十分な理由がありますから」

 

「理由? 少佐がさっき言った逃げ帰っても懲罰死が待ってるというやつかね?」

 

「下手をすれば本人だけじゃないかもしれません。虐殺に抵抗感のない独裁者というのは怖いものですよ? 彼らにとって戦死した敵味方の兵も粛清した国民も、”死という悲劇”などではなく、ましてや”革命や為政のための尊い犠牲”とも考えていません。独裁者にとって自分以外の死は”統計”……ただの”数字”でしかありません」

 

みほは極めて真面目な顔で続ける。

 

「共産主義国家には”サボタージュ”という名前の便利な罪状がありますからね。下手に逃げ帰ったらサボタージュの嫌疑がかけられるし、これに反革命思想や国家反逆罪が加われば、抗弁の機会もないまま一族郎党が粛清対象になってもおかしくないです」

 

会議場が粘つくような重苦しい空気に支配される。

彼らはソ連という敵国の持つ体制の恐ろしさを、改めて噛み締めてるようだった……

 

だが、スティルウェルとコリンズの思考は少し違っていた。

彼らはみほに”ある違和感”を感じていたのだ。

 

(年端も行かぬ少女が、大量虐殺を独裁国家が起こす普通の行動と捉え、平然と語る……か)

 

(ニシズミ少佐は戦場で狂わされたわけではない。むしろクレバーでクールだ……)

 

「ニシズミ少佐、少々作戦からは離れるがいいかね?」

 

スティルウェルの言葉にみほは小首をかしげながら、

 

「はい? なんでしょう?」

 

「君は一体、どれほどの地獄をトクチで見てきたのかね?」

 

みほは一瞬キョトンとするが、

 

「そんな大層なものは見てませんよ~」

 

クスクスと笑い出し、

 

「ただ、戦争……戦場に立ってるとそれなりに見えてくるものがあって、殺し合いに正直になれただけですよ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

米軍の対人榴散弾もさることながら、日本人の拵えた同種の砲弾はその凶悪さでは米国のそれを凌いでいるのかもしれない。

薄弾殻に炸薬と大量の鉄球を仕込んでるのは変わらないが、仕掛けは信管にあった。

日本製の対人榴散弾は着弾時に撃発する触発型信管だけでなく、時限信管を併用してるのだ。

調整可能ではあるがデフォルトで発砲後二分間に設定してあり、もし何らかの理由で触発信管が不発しても時限信管が作動し、ある種の対人地雷として作用するのだ。

 

『特地』で鍛えられたのは何もみほ達軍人ばかりではなく、怪異犇くあの場所で死をばら撒くために兵器体系もまた史実とは異なる方向に、より高度に進化していた。

 

 

 

対人榴散弾の雨で人肉製の増加装甲を剥ぎ取られたT-34を中心とした赤色装甲群に横合いから殴りかかるのは、

 

「弾種APCBC-T/HE! HESE(粘着榴弾)の使用はKV-1の正面を狙うときのみ! 全車、砲撃開始!」

 

火災現場に駆けつけた消防士の如く、”消火活動”を始めるみほ達であった。

火を消す仕事というのはあながち間違いではない。ただ、敵戦車のエンジンの火だったり敵兵の命の火だったりするので火の種類が違うだけだ。

物理的には消火どころかより多くの炎が出るかもしれないが、それは気にしてはいけない。

 

「百足衆は機動力を可能な限り後面に回り込んでT-26の撃破を優先! 一式突撃砲車(いちとつ)はそのまま阻止砲撃を継続! 一式中隊とM4中隊は側面の位置取りを維持しながら半包囲から殲滅開始っ!! 特に一式はKV-1を優先撃破目標に!」

 

「「「「「「了解っ!!」」」」」」

 

アンコウ・リーダー(大隊長)、聞こえる?』

 

バタフライ(蝶野少佐)、こちら感度良好です」

 

沙織から繋がれた旅団本部、亜美からの通信だった。

 

『こちらからの支援砲撃は必要?』

 

「あればありがたいです」

 

『それじゃあ今から撃つわ! 今のうちに観測班を下がらせるから弾着修正お願い!』

 

「了解です!」

 

対人榴弾ではなく通常榴弾の雨が戦場に降り注いだのは、それから僅かに後だった。

そして随伴する在日米軍からコリンズが抽出した機動歩兵部隊が対人掃討戦を開始した……

 

 

 

無論、戦っている戦車はみほが率いてる部隊だけではない。

M4中戦車に匹敵する砲力を持つ米軍名称”TYPE-98”重戦車はダグインさせ対戦車トーチカとしての威力を示し続け、M3中戦車は「戦車ではなく動く対戦車砲台として戦う」という発想で微速後退しながら最低でも2両1組で1両のT-34を狙う戦法や隠避した対戦車砲との連携で地道に撃破スコアを稼ぎ、M2軽戦車は歩兵の火力支援に徹する戦いを見せていた。

 

確かにスチームローラーと比喩されるソ連の怒涛の進撃は恐ろしいが、それでも全く対抗できないわけではない。

濃密な砲弾の雨と「戦車戦で勝つ」というこだわりをあえて捨てた柔軟な戦術により、徐々にではあるがその勢いを削ぐことに成功しつつあった。

 

 

 

***

 

 

 

無論、戦いは砲兵や戦車兵だけで行っているのではない。

陸戦の”古来からの主役”たちも、また戦闘準備に余念がなかった……

 

 

「分隊長、モンゴル人達はこのクソッタレな雪の中、本当に来るんですかね?」

 

愛用の”M1ガーランド”、米陸軍が胸を張り世界に誇る自動小銃に銃剣(バヨネット)を取り付けながら、伍長の階級章を付けた青年が聞くと、

 

「そりゃくるだろうさ。あいつらはここよりもっと北の、更にクソッタレな雪の中で馬を走らせてアーリア人どもを西の果てまで追い散らしたんだからな」

 

と軍曹の階級を付けた中年と呼ばれる歳の男が答えた。

そんな会話が聞かれたのはブルドーザーで急造された塹壕線の中だった。

この米軍歩兵隊の後ろには、対人榴弾あるいは通常榴弾でモンゴル跨乗歩兵達を中心に大量出血を強いている米国自慢の砲兵隊がいるのだ。

 

主力となっているのは野砲や榴弾砲でどちらも牽引式だ。

戦車を相手にするための対戦車砲や対戦車砲弾の備蓄も問題ない。

だが、みほ達が装備してる自走砲のようにドカスカ撃ったらすぐに移動なんて器用な真似は出来ない。というより、この時代では砲兵や歩兵が戦車の機動力に合わせて移動するなんていうのは、まだまだ例外中の例外だ。

 

彼ら米国歩兵の仕事は歩兵の近接攻撃には弱い砲兵隊を守るための用心棒であり、同時に敵の勢いに押され砲兵隊が戦術的配置転換(こうたい)を行う場合は時間稼ぎの駒になる役目をおっていた。

 

「連中、来やがった……戦車もないのに来やがった!」

 

双眼鏡を覗いていたとある一等兵が、理解できない恐怖に顔を引きつらせながら叫んだ!

現れたのは、統一性の取れてない雑多な火器を手にしたモンゴル兵だった。

おそらく如何にソ連でも10万人分の正規装備は用意できなかったと見える。

いや、そもそもまともな装備を渡す気はないのかもしれないが……

 

おそらくソ連とモンゴルの武器庫で半ば埃を被っていた小火器を引っ張り出して、ろくに整備もされないまま手渡されたのかもしれないが……

だからこそ、米兵達は恐怖を覚えた。

 

 

 

『規模が大きいだけで、まるで民兵相手に非正規戦やってる気分だったよ。しかも連中、仲間がどれだけ倒れても見向きもせずに一心不乱に向かってきやがるんだ……』

 

後にとある米陸軍将校は、そう当時を振り返ったという。

 

「全員、既に着剣はしてるな? あいつらは言葉が通じる文明人と思うな! 殺すか殺されるか、二つに一つと思えっ!!」

 

分隊長の檄が飛び、

 

「分隊総員、射撃用意! まだ撃つなよ! もっと引き付けてからだ……」

 

そして、敵が肉眼でもはっきり見えるような距離となり……

 

「ファイア!!」

 

 

 

***

 

 

 

雪が突風に舞う中、ハルハ河東岸のあちこちで血腥い戦闘が頻発していたのだが……

その中でも、こと対人戦において特に目覚しい戦果を上げる部隊があった。

 

(ニシズミ少佐……確かに只者ではないな)

 

そう感心したのは、M2ブローニング重機関銃2丁ないし4丁をまとめて防盾(シールド)型銃架にのせたハーフトラックの部隊、米陸軍ではまだ物珍しい”防空戦闘車部隊”を指揮していた中尉は、心の中で驚嘆に近い感心をしていた。

 

実は先ほど話題に出た会議において、みほが対人榴弾の全面使用と同時に提案したのが、この「対空自走砲の水平射撃による敵歩兵の掃討」だった。

 

『敵航空機が来れないのが判っている情況で、対空自走砲を遊ばせておくなんて戦力の無駄もいいとこです。我々にはそのような余裕はありません』

 

みほはそう切り出したという。

そして本来は翼竜(ワイバーン)対策の一環として生み出された対空自走砲を、水平射撃による地上掃射に切り替えたときの効果を、『特地』での戦訓を交え、とうとうと説明したのだった。

 

最初、防空隊指揮官は「対空自走砲は、最前線で歩兵と一緒になり敵兵を撃つようには作られていない」と反対したようだが、並々ならぬ熱意をみせたみほの説得でスティルウェルは了承したのだ。

その時、コリンズは満面の笑みを浮かべていたらしいが……

 

 

 

上層部の思惑はともかくとして、対空自走砲達は本来の目的とは異なる使い道で恐るべき戦果を上げていた。

そう、後に友軍にさえ”挽肉製造機(ミートチョッパー)”と恐れられる戦果、あるいは戦禍を50口径弾と共に撒き散らすのだった。

無論、この異名は本来は対物用の50口径弾の直撃を受けた、モンゴル人の「遺体というより残骸」を見た米兵達の素直な感想からだろう。

 

 

 

 

 

1940年12月8日、ハルハ河東岸を巡る太平洋を挟んだ大国同士の激戦は、未だ収まる気配をみせていない。

 

Огонь(アゴーン)!」

 

「ファイヤ!」

 

そして戦場を支配し司る力を持つ二人の少女が邂逅するのにも、まだしばしの時が必要だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、御愛読ありがとうございました。
みほ発案の容赦ない対歩兵戦術が繰り出されるエピソードはいかがだったでしょうか?

冒頭のカチューシャは、設定的に「史実で数え切れないほど作られたカチューシャの替え歌の一つ」という扱いで、「カチューシャを慕う部下達が、彼女をイメージして作った隊歌」という物ですが、雰囲気は出てたでしょうか?(^^

それにしても……この戦いで米国に最もダメージを与えたのも、ソ連軍に最もダメージを与えたのも同じく少女だったというオチ。
真相を知ったら、両群の首脳部は頭を抱えそうです(笑)

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



***



設定資料



M1ガーランド自動小銃

全長:1108mm
重量:4300g
使用弾薬:7.62mm×63(30-06スプリングフィールド)
装弾数:8連発(挿弾子(クリップ)式)
発射方式:セミオートマチック

備考
史実では1936年1月9日付で米陸軍により制式化されたが、平時における軍事費削減による予算不足と銃身とガスパイプの接合部に問題が見つかるなどして、、1941年後半になりようやく配備が始まったという小銃。

しかし、”この世界”では米国は満州をコモンウェルスという扱いで準州化しており、新興国家ながら非常に巨大な軍事力を保有するソ連と国境を接してるために歩兵レベルからの火力の向上は声高に叫ばれており、開発も配備も史実より速く進んでいる。
特に”ハサーン湖事件(張鼓峰事件)”での米ソの小規模衝突が刺激となり、「国土防衛の必然性」という理由で工作員(マスコミ)の妨害にあいながらも議会も調達追加予算を認め、配備が加速された。
またガスパイプの接合部の構造欠陥は運よく試作銃のテスト中に見つかったようで、本格的な生産体制が始まる前に是正されている。

徹底的な品質管理と合理主義の下で完成した小銃であり、大量生産に適した優れた基本設計と相まって配備は凄まじい勢いで進み、史実と同じ1936年に制式化されてから物語が始まる1940年後半までには50万丁以上が生産されており、史実と違い最前線である在満米軍に優先的に配備されていた。

ハルハ河東岸(イーストバンク)戦役(ノモンハン紛争)】において米軍が数に勝るモンゴル兵相手に終始互角以上に戦線を維持できた一因は、このガーランドの大量配備にあったとさえいわれている。
そのエピソードを含め、第二次大戦全期に渡る米陸軍の主力兵器の一つと言えよう。










目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。