Fate/Aristotle (駄蛇)
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1回戦:間桐シンジ
狂い始めた運命


1話と2話は4月1日に一日限定で一般公開にしたときから若干ですがタイトルや会話などを修正しました
全体の流れは全然と言っていいほど変わってないです


「……っ!?」

 意識が覚醒すると、ステンドグラスに囲まれた不思議な空間に横たわっていた。

 一体何が起こった?

 ……思い出せない。

 ただ激しい痛みで身体が動かせない状態であることはわかった。

 

 ――――君も駄目か。

 

 遠く、声が聞こえる。

 そう、何度も助言をもらった声だ。

 だんだん思い出してきた。

 声に従いにたどり着いたこの空間で人形を操って戦ったが、なす術なく敗れたのだ。

 

 ――――そろそろ刻限だ。

 君を最後の候補とし、その落選をもって、今回の予選を終了しよう。

 さらばだ。

 安らかに消滅したまえ。

 

 声の主は冷酷に終了を告げる。

 崩れ落ちた身体は痛みに全身を蝕まれ、最早立つことすら叶わないほど深刻化していた。

 

 ――痛い。

 

 首だけ動かして辺りを見回すと、10人以上の生徒が自分のように倒れていた。

 彼らも自分と同じようにここまで辿り着いたが、試練に弾かれた者なのだろう。

 

 ――辛い。

 

 目を閉じれば、自分もあの仲間入りを果たすことだろう。

 ……運命の扉の前には辿り着いた。

 しかし扉が開かなければ意味がない。

 意味がないのなら、もう終わってしまっても、いいのかもしれない。

 

 ――逃げ出したい。

 ――――諦めたくない。

 

 脳内に変なノイズが走る。

 これは、誰かの記憶?

 しかし、それは不思議と自分の意志にも感じた。

 

 ――――このまま終わるのは、許されない。

 

 起き上がろうとすれば、千切れそうなほどの痛みが邪魔をする。

 そんな痛みが怖い。

 感覚がだんだん麻痺してくる。

 そんな感覚の消失が怖い。

 

 ――――そして、無意味に消えることが、何よりも恐ろしい。

 

 ……そう、本当に怖いのは、自分の行動が無意味だったと決めつけられること。

 消えたくない、と願ったからこそ、自分は今ここにいる。

「ぐ……っ」

 未だに激痛は続いている。

 その中でも左手には鋭い痛みが走る。

 立つことは叶わない、目を閉じれば簡単に終わってしまう。

 それでも、ここで終わるわけにはいかない。

 痛いからなんだ。

 力が抜けるなら意地でも入れ直せ。

 手足が千切れそうでも千切れたわけではない。

 たとえ千切れても残った部分で立ち上がれ。

 どんな無様な姿を晒そうとも、ここで終わるわけにいかない。

 運命の扉が開かないのなら、自分の力で無理やりこじ開けるしかない。

 

 ――――だって

「この手は……」

 ――――まだ一度も

「自分の意思で戦っていない!!」

 

 最後の力を振り絞り立ち上がる。

 開かないとわかっていて、扉を開けようとするような無謀な行為だ。

「……………………」

 無論、扉は開かない。

 直感的にわかってはいたのだ。

 おそらく、この行動に意味はないのだと。

 頭に流れていた声の主も同じように抗ったのだろう。

 その行動に意味があったのかどうかはわからない。

 少なくとも、自分にはこの行動に伴う結果がなかった。

 ドスッ、と重い衝撃が腹に伝わる。

 視線を落とすと、人形の鋭い手が自分の腹を貫いていた。

 誰がどう見ても致命傷だ。

 今度こそ、身体から力が抜ける。

「それ、でも……俺は、諦めない!」

 どうせ、このまま放っておいても消えてしまうのだ。

 なら、最期まで無様に足掻き続けるべきだ。

 だらりと下がっていた左腕に再び力を込めて、力の限り人形を殴りつける。

 これもなんの意味のない行為だ。

 自分でもそう思ったが、実際は異なる結果をもたらした。

 左手に鈍い光が灯り、自分が込めた力以上の威力で人形が吹き飛ばされたのだ。

 その一撃で人形は糸の切れた操り人形よろしく動かなくなった。

 一体何が起こったのか理解できない。

『……これは、何とも面白いことになった。

 ふむ、これほどのイレギュラーは初めてだ』

 聞こえてきた声は一瞬言い淀んだが、どこか愉快そうに感想を述べる。

 改めて聞いてみると、厚みをもった三十代半ばと思われる声だ。

 聖堂の様な広場から、何となく神父服(カソック)を連想させる。

「何を、言っている?」

『まさか、()()()()()()()ものが令呪を宿し、その令呪をもって試練を達成するとは……』

 声が愉快そうに状況を説明してくれるが、こちらにその言葉の意味を理解する知識がない。

 ふと見下ろすと、左手には刻印のようなものが薄く刻まれていた。

 その模様はとても不格好で、まるで一画が欠けているような印象を受ける。

『その君の手に刻まれたそれは令呪。

 サーヴァントの主人となった証だ。

 とはいえそれではまだ未完成なのでね。

 まずはサーヴァントの召喚を行ってもらう。

 その令呪を前に出したまえ』

 こちらは腹に穴が空いていて、意識が朦朧としているのだが、声の主はそんなことは気にしないらしい。

 霞む意識の中、ただ言われた通り左手を前に突き出す。

 間もなく令呪が眩く輝き始めた。

 視界が光に包まれ、収まるとそこには一人の少女が佇んでいた。

「なん…………」

 正直、意識が覚醒して身体の痛みが吹き飛んだ。

 当然腹の穴が消えたわけではない。

 ただ身体の痛みより目の前の光景のインパクトの方が衝撃的すぎたのだ。

 艶のある黒髪は折り返してまとめても足に付くほど非常に長い。

 身に纏った鎧や冠、下駄、刀身が短い刀などから日本の武士を連想させられる。

 ただし、その鎧が問題だった。

 胸板がなく、冠板も右肩にしか装備していない。

 腰の装備に至っては草摺は両側にしかなく下着が丸見えだ。

 いや、それを言えば上は栴檀板と鳩尾板で胸部を隠してるだけで下着すらつけてないわけだが……

 そんな目を丸くしているこちらを不思議そうに、目の前の少女は小首を傾げている。

「どうかされましたか?」

「いや、なんでもない……つっ!」

 目の前の光景に唖然としていると、令呪のある左手に鋭い痛みが走る。

 見れば、令呪は先ほどより紅く輝いていた。

 それを見た少女は薄く微笑んで膝をつく。

 その姿はまるで君主に使える従者のようだ。

「改めて申し上げます。

 サーヴァント、ライダー。

 ただいま罷り越しました。

 あなたが私のマスターでしょうか?」

「マスター……?」

 少女の問いが何なのかはわからない。

 しかし直感が告げている。

 おそらく、これが今を生き延びるかどうかの最後の関門。

 生きることを諦めず、扉を開けようとし続けた結果、微かに開いた活路。

 ならば返す言葉は一つ。

 痛む身体に鞭を打ち、出せるだけの力を出して言葉を絞り出す。

「俺が、君のマスターだ!」

「……はい、しかと聞き届けました!

 武士として誠心誠意尽くさせていただきます」

 まるでその言葉を待ちわびていたかのように彼女はこちらの回答を噛み締め、満面の笑みを浮かべる。

 出会ったばかりの自分にはなぜそこまでするのか知る由もないが、そろそろこちらの身体が限界だ。

「っ、主どの!」

 崩れ落ちる自分の体をライダーと名乗る少女が受け止めてくれる。

「ごめん……」

「いえ、サーヴァントとして当然のことです。

 むしろ主どのの身体のことを気遣わず申し訳有りません」

 彼女に肩を貸してもらうが、彼女の装備ではどこを見ても肌色が目立つので目のやり場に非常に困る。

 こちらを覗き込む彼女の視線から逃れるように顔をそらしていると、再度声が聞こえてきた。

『これで令呪は完成した。

 使い方によってサーヴァントの力を強め、あるいは束縛する、三つの絶対命令権。

 まあ君はすでにその一つをこの試練達成のために使ってしまったが、使い捨ての強化装置とでも思えばいい。

 ただし、それは同時に聖杯戦争本戦の参加証でもある。

 令呪を全て失えば、マスターは死ぬ。注意する事だ』

 ――聖杯戦争。

 それが何なのかわからないが、令呪は切り札であり、行使できるのは実質二回ということは理解できた。

 そして、それをすでに一つ消費してしまっていることも……

 ただそれ以上は思考が働かない。

 精神的なもので痛みが和らいだとはいえ、深刻なダメージを受けているには変わりないのだ。

『まずはおめでとう。傷つき、迷い、辿り着いた者よ。

 とりあえずは、ここがゴールという事になる。

 若干のイレギュラーは起こったみたいだが、これはこれで面白い』

 イレギュラーというのが何かはわからない。

 ただ、自分に関係があるのだろうということは察しがついた。

『随分と未熟な行軍だったが、だからこそ見応えあふれるものだった。

 いや、私も長くこの任についているが、君ほど無謀なマスター候補は初めてだ。

 誇りたまえ。君の機転は、臆病だったが蛮勇だった』

「どこの誰だかわかりませんが、主どのを貶すなら容赦しませんよ」

 ライダーは虚空を睨みつけながら刀に手を伸ばす。

 たしかにこの声はしっかりと聞こうとすると癪に障る。

 話半分で聞くのがこの声の主との正しい関わり方なのかもしれない。

『言い回しに不満があるのだとしても、私にはどうすることもできんよ。

 なにしろただのシステムだ。

 この言葉も、かつてこの戦いに関与した、とある人物の人となりを元にした定型文というやつだ。

 不平不満は元となった人物に直接言っていただこう。

 とはいえ、すでにこの世にはいないだろうが』

 つまり黙って聞け、ということなのだろう。

 言われなくとも返答する力は残っていないが。

『では洗礼をはじめよう――』

 声が何かを話しているが、そろそろ意識の限界だ。

 開幕の言葉を耳にするが、それを理解することは叶わず、身体は力を失い脱力する。

 続けて意識も朦朧としていき、ライダーが何か言っているようだが聞き取れない。

 やがてすべての感覚が遠退いていった。

 

 

 少年の意識が途絶えたあと、声の主ははっきりと宣言する。

 ――聖杯戦争の幕開けである、と。



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目覚めと違和感

 退廃の事象は過ぎ去った。

 新たに生まれるは愚かな理想。

 終着点は決まっている。

 特異の存在は、力を掴む。

 この運命の結末を見極めるために。

 

 

 

 

 意識が覚醒する。

 視界に映るのは真っ白な天井、消毒液の匂いが鼻腔を燻り、ここがどこなのかぼんやりとだが把握できた。

 意識を失う直前の記憶は曖昧だが、立ってるのもやっとの激痛が全身を蝕んでいたはずだ。

 しかし、今はそんな痛みは感じない。

 まるでそんな痛み無かったかのようにすんなりと起き上がることができた。

 ベッドから足を下ろして再度辺りを見回すと、ここは予想通り保健室のようだった。

 外から聞こえる小鳥のさえずりは心が穏やかになり、今までの出来事は夢だったのではと考え始めるが、左手に刻まれた令呪が現実なのだと無情にも語っていた。

「ああ、よかった……!

 目が覚めたのですね、主どの!」

 聞き覚えのある声と共に、記憶に新しい人影が姿を現す。

 肌の露出が激しいその鎧姿は、一度見れば忘れることはないだろう。

 彼女は……そう、自分を騎兵(ライダー)と名乗っていたはずだ。

 彼女のことを思い出すと、芋づる式に記憶が蘇ってきた。

 記憶の整理をしていると、突然目の前の少女はこちらの手を両手で包み込む。

「ちょ……っ!」

「よかった、このまま目覚めなければどうしようかと……

 何もできずにこの関係が終わってしまうのかと心配しておりました」

 いきなり異性に手を握られたせいもあるが、前回同様出会って間もない自分をそこまで心配してくれる彼女に若干戸惑ってしまう。

「目覚めて間もない主どのには申し訳ないのですが、聖杯戦争の予選も終わり、記憶も戻られたかと思います」

「聖杯戦争?」

 あの空間でも聞いた単語に首をかしげる。

「その名の通り、聖杯を求めて複数の魔術師が行う戦争のことです。

 主どのも参加しているのでてっきりご存知なのだとばかり……

 ずいぶんと寝ていましたので記憶のデータが開ききっていないんでしょうか?

 せんえつながら私から説明をしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、助かるよ」

「承知しました。

 ではまず、失礼ですが聖杯についてはご存知ですか?」

「それぐらいならなんとか」

 キリストの血を受けた器。

 アーサー王伝説などにも登場した、奇跡を叶えると言われる聖遺物だ。

「流石です。

 先程申しました聖杯戦争というのは、文字通り聖杯を求めて魔術師が行う戦争のことです。

 そして今回の聖杯戦争で奪い合う聖杯はここ、月に存在する、というより月そのもの。

 人類の過去、現在、未来を観測して記録する演算装置であるムーンセルです。

 その舞台となるのはムーンセルによって作られた電子虚構世界である『SE().RA(). PH()』。

 主どのもその聖杯を求めてやってきた魔術師(ウィザード)の一人というわけですね」

「……………」

「どうかしましたか、主どの?」

「あ、いや、なんでもない」

 ムーンセル、SE.RA.PH、ウィザード……

 どれも自分の記憶にない言葉ばかりだ。

 それなのに、不思議と彼女の説明は自分の中に何の抵抗もなく吸収される。

 不思議な感覚に思わず眉をひそめてしまう。

「ごめん、気にせず続けて」

「では、聖杯戦争についてもう少し詳しく説明していきます。

 聖杯戦争は規模の大きさに違いこそあれ世界各地で行われていて、各地域によって競い方が異なっています。

 この聖杯戦争のルールは、マスター同士の一騎打ちにより決まりまるようです。

 負けた者は参加証である令呪を奪われますので、実質敗者はこの聖杯戦争から脱落するというわけですね。

 あとはそれを最後の一人になるまで繰り返していくというシンプルなものです」

「簡単ではなさそうだけどね……」

 やはり、この聖杯戦争についても全く抵抗なく理解することができた。

 この違和感の正体がわからないのは気持ち悪い。

 ただ、今はそれよりも令呪という言葉に反応して視線を自分の左手に向けた。

「主どのはたしか、すでに令呪を一画使用しているのでしたね」

「ごめん、たった二回の切り札なのに」

「いえ、主どのが必要で利用したのであれば私から言うことはありません。

 では、続けて他の説明を……」

 その後もライダーはサーヴァント、ウィザードについての説明も事細やかに説明してくれた。

 記憶が無いので自分がウィザードなのだと言われてもピンとこないが、そんなことも言っていられないだろう。

 本戦に進んだ以上、すでに自分の意思に関係なく聖杯戦争は進んでいくのだ。

 あとは自分が聖杯を手にする勝者となるか、はたまた名も無き敗者となるかの違いだ。

「以上で私からの説明は終わりましたが、どこかご不明な点などはございませんでしょうか?」

 今のところわからなかった部分は無いし、あるならそれは自分の理解力不足によるものだろう。

 気になる事といえば……

「君はどんな英霊なんだ?」

「私、ですか?」

 キョトンとした様子でライダーは質問に質問を返す。

 サーヴァントとはムーンセルに記憶された英雄。

 つまり彼女も何かしらの英雄であるはずだ。

 これから一緒に戦っていくわけなのだから、知っておいて損はないと思ったのだが……

「……………………」

 急に彼女の表情が曇ってしまう。

 何か変な事を言ってしまっただろうか?

「ごめん、なんか気に触るような事言った?」

「いえ、こちらの問題ですので気にしないでください。

 ご無礼を承知で申しますが、主どのはまだマスターとしての自覚が曖昧なご様子。

 今の状態で私の真名を明かせば、下手をすれば相手に漏れてしまうやもしれません。

 戦というのは常に高度な情報戦が強いられますゆえ、今は真名を伏せさせていただきます。

 ですので、今は私のことは今まで同様ライダーとお呼びください」

「……なるほど」

 ライダーの言い分はもっともだ。

 彼女の事を知れば戦いやすいと考えていたが、自分はそれ以前の問題なのかもしれない。

「あ、し、しかし……!

 サーヴァントの何たるかは心得ていますので、何なりとお申し付けください。

 このう……ライダーに出来ぬことはありませんから!」

 今一瞬、真名言いかけた気がするが気のせいだろうか?

 いや、今は考えなくてもいいだろう。

 彼女の自信満々な姿は今の自分には心強い。

「えっと、自分の真名を伏せておいて何なのですが、主どののことを伺ってもよろしいでしょうか?」

「俺のこと……っ!」

 突然頭の中にノイズが走る。

 まるでデータの一部が文字化けして見えないような不思議な感覚だ。

「はい。やはり仕える主のことを知るというのは大切だと思いますので。

 あ、どうしても私のことを知りたいのいうのなら……」

「いや、大丈夫だよ。

 俺の名前は……」

 

 …………………………………………あれ?

 

「主どの?」

()()()()?」

 記憶を掘り起こそうとして、先ほどのノイズの正体がはっきりとした。

 この学校が偽りなのは、その違和感に気付いた時にわかっている。

 では、自分は一体なんなのか?

 偽りの役割を終え、本来の自分が明らかになったはずなのに、自分が誰なのか一向に思い出せない。

 学生だったのか、それ以外だったのか、いやそれ以前に、()()()()()さえもわからない。

「変ですね、予選通過とともに記憶は変換されるはずです。

 それに、確かに予選では一時的に記憶を失いますが、名前まで消えることはないはず。

 一度、運営に尋ねてみたほうがよさそうですね」

「運営?」

「この聖杯戦争を円滑に行うために配置されたNPCのことです。

 この保健室を担当しているNPCもその一人だったはずですので丁度いいですね」

 そういうと、ライダーは姿を消した。

 しかし、まだ自分の近くに存在している事は感じる。

 なるほど、用の無い時はこうして姿を消すことができるのか。

 敵に見られて、正体を悟られる用心かもしれない。

 もっとも、英雄なんて普通は見た事無いわけだし、外見で正体がバレれるなんて考えにくいが。

 ただ彼女に関して言えば姿を消していてくれたほうがありがたい。

 あの装備は、さすがに目立つ……

 そんなことを考えていたら突然カーテンが開かれ、少女がこちらを覗き込んできた。

 仮初めのときの記憶が正しいのなら、彼女は間桐桜という名前だったはずだ。

 視線が合うと桜は笑顔を浮かべ、さらにこちらへ歩み寄る。

「■■さん、目が――」

「えっ?」

 彼女の第一声が不自然に歪む。

 空間に変な圧力がかかったように感じるが、ほんの一瞬だったので気のせいかもしれない。

 桜の方も眉をひそめているがその程度だ。

「すいません、変なノイズが……天軒(あめのき)さん、目が覚めたんですね。

 よかったです」

「天、軒?

 それがおれの名前なのか?」

「え、はい。

 こちはではそう記録されていますが?」

 不思議そうにこちらを見る桜に事情を説明する。

「え、記憶の返却に不備がある、ですか?

 それは私には何とも。

 間桐桜(わたし)は運営用に作られたAIですので。

 記憶の返却は私の権限ではどうすることもできません」

「な……」

 微かな希望はあっさりと砕かれてしまう。

 一応彼女から説明を受けるが、この聖杯戦争には予選という期間があり、記憶を没収され、仮初めの人格を埋め込まれる。

 期間内にそのことに気付いた者が、サーヴァントの代わりになる人形とともに特殊な空間に入る権限を与えられ、さらにその空間での試練を突破した者が本来の記憶と本戦へと進む権利を得ることができるようだ。

 つまり、自分はその変換時にエラーが起きてしまったということだろうか。

 唯一わかったのは、自分の名前が天軒(あめのき)由良(ゆら)という名前であるということ。

 その名前に抵抗が無いということは本当なのだろう。

「あ、それから此方を渡しておきますね」

 NPCらしい、淡々とした様子で彼女は懐から携帯端末を渡す。

 聖杯戦争中の連絡事項がこれでわかるようになるそうだ。

「最重要の個人情報の塊ですから、絶対に無くさないようにしてくださいね。

 再配布は出来ますが、その前の端末の削除はできないですし、もし拾われでもしたら大変なことになりますよ?」

「わかった、気をつけるよ」

 桜に見送られて保健室を後にする。

 とはいえ行くあてもなく、行動範囲もこの校舎と敷地内に絞られている。

 廊下をあてもなく歩きながら、手持ち無沙汰になったので端末を起動する。

 ずらりと並ぶ項目に目を通し、その中にあるマトリクスという項目を発見した。

 気になって選択してみると、サーヴァントのステータスなどが確認できる項目のようだった。

 そこには自分のサーヴァントであるライダーも『ライダー』という形で記載されている。

 おそらくこの項目を選択すればさらに詳しくわかるのだろうが、だとすると画面の幅的にもっと多くの名前が入りそうな気配がある。

『聖杯戦争で得た情報はこちらに記載していく形になります。

 今の状態だと、私の情報もステータスぐらいしかわかりませんが……』

「それでも、桜の言ってた通りこの端末は個人情報の塊ってことか。

 なら、ここで見るのはマズイかな」

「状況把握は立派だ」

「……っ!?」

 いつの間にか背後を取られていたことに驚き身構える。

 カソックを着こなしているから神父なのだろうが、彼が醸し出す冷たい威圧感は神父というイメージからかけ離れている。

「しかしまだ無防備すぎるな。精進したまえ。

 まあ、勝ち抜くことができればだがね。

 とはいえ、本戦出場おめでとう。これより君は、正式に聖杯戦争の参加者だ」

「……どうも」

 こちらの癪に触ることを言うだけ言うが、最後に祝辞を言われたせいで反論するタイミングを失ってしまった。

 こちらの表情を見て微かに口角を上げているところを見ると、明らかに確信犯だ。

 それにこの声は、あの空間で聞いた声だ。

「私は言峰。

 この聖杯戦争の監督役として機能しているNPCだ」

 この人もNPC。

 正直NPCと一般のマスターの違いなんてわかるのか不安になってきた。

 言峰と名乗ったNPCは両手を広げる。

 たったそれだけで、目の前の男性から感じる圧迫感が増した。

「今日この日より、君たち魔術師はこの先にあるアリーナという戦場で戦うことを宿命付けられた。

 この戦いはトーナメント形式で行われる。

 一回戦から七回戦まで勝ち進み、最終的に残った一人に聖杯が与えられる。

 つまり、128人のマスターたちが毎週殺し合いを続けて最後に残った一人だけが聖杯に辿り着く。

 非常にわかりやすいだろう?

 どんな愚鈍な頭でも理解可能な、実にシンプルなシステムだ」

 所々の発言が癪に触るが、それよりも無視できないキーワードに眉をひそめた。

「殺し合い?

 ここは肉体のない電脳世界じゃないんですか?」

「……まあそれは時が来ればわかることだ」

 一瞬何かを考える素振りをした言峰は、そう言って話題を切り替えた。

「戦いは一回戦毎に七日間で行われる。

 各マスター達には1日から6日目までに、相手と戦う準備をする猶予期間(モラトリアム)がある。

 君はこれから、6日間のモラトリアムで、相手を倒す算段を整えればいい。

 そして最終日の7日目に相手マスターとの最終決戦が行われ、勝者は生き残り、敗者にはご退場いただく、という具合だ」

 ――『倒す』と『ご退場いただく』

 先ほどより柔らかい言い方になったが、やはり先ほどの『殺し合い』という単語が気になって離れない。

 それが比喩なのか事実なのか、おそらく目の前の神父は己が自分の目で確かめるまで口を破るつもりはないようだ。

 それが肩透かしをしたこちらの表情を見るためか、はたまた絶望の表情を見るためかは想像の域を出ないが……

「何か聞きたい言があれば伝えよう。

 最低限のルールを聞く権利は、等しく与えられるものだからな」

 どうやら彼に設定されていた説明は以上のようだ。

 聖杯戦争のルールはライダーから教わったものを合わせて大方把握した。

「じゃあ、対戦相手はいつ決まるんです?」

「それについては明朝発表となるだろう。

 対戦相手については、校舎の二階の掲示板にて発表される。

 掲示が完了次第、端末に連絡が入る仕組みだ。

 また追々、端末にはトリガーが生成したという通信も入る。注意して待つがいい」

「トリガー?」

「最終日に決戦場に行くための鍵だ。

 二つの階層からなるアリーナの深奥にそれぞれ一つずつ自分の分のトリガーが設置される。

 6日間のモラトリアム中にこの二つトリガーを揃えなければ、そもそも決戦の場にいく権利すら与えられない。

 ……なに、それほど身構えなくてもいい。決戦に値するかを測る、簡単な試練(タスク)だ」

 まだ説明すること残ってたじゃないか、と一瞬思ったが心の内に閉まっておこう。

 これ以上関わろうとするとこちらの身がもたない。

「では最後にもう一つ。俺の記憶がまだ戻ってませんが、これはちゃんと返還されるんですか?」

「なに?

 ……少々待ちたまえ」

 眉をひそめた言峰は自分の周囲に擬似的な端末を表示させ、何やら操作をし始めた。

 しばらくして、神妙な面持ちのまま口を開く。

「記憶の返還はすべてのマスターに機能している。

 システムの不備は認められない。となればおそらく、君は魂のデータ化をする際に何らかのトラブルに会い、記憶の欠損を招いたのだろう。」

 ムーンセル側の不備ではなく、こちらの問題。

 何が悪かったのか、それすらもわからない状態ということは記憶が戻るのは絶望的だということか。

「何にせよ、途中退場が認められていない以上、現在のまま闘争に挑むしかあるまい」

 覚悟はしていたつもりだが、他人から現実を突きつけられるとやはり動揺は隠せない。

 今はいいかもしれないが、戦う理由も目的もなく、ただ流されるままの自分に、この聖杯戦争を勝ち抜けるのか、と。

『ご心配なさらず。

 主どのの心配事はこのライダーが全て払いのけてみせましょう!』

 ライダーの励ましが脳に直接聞こえる。

 その言葉は彼女の自信に溢れた姿が目に浮かぶようで、少しばかり肩の力を抜くことができた。

 少々自信家な部分はあるが、右も左もわからない自分には非常にありがたい。

 彼女の言う通り、今はこのままでも進むしか無い。

 問題の先延ばしでしかないのかもしれないが、立ち止まることだけは避けるべきだ。

「それから、最後にもう一つ、本戦に勝ち進んだマスターには、個室が与えられる。

 君が予選を過ごしたクラスの隣、2-Bが入り口となっているので、この認証コードを携帯端末にインストールしてかざしてみるといい」

 言いながら、言峰はこちらの端末にデータを送信してきた。

「さて、これ以上長話をしても仕方あるまい。

 すでにモラトリアムは始まっている。

 今日のところはマイルームで休むもよし、アリーナの空気に慣れておくのもよし。有意義に使いたまえ。

 アリーナの入り口は予選の際、君も通ったあの扉だ。

 では、健闘を祈る。

 私に用があるときは協会に来たまえ。

 まあ、常にそこにいるとは限らないが」

 こちらからの質問を一方的に打ち切り、言峰は会話を終了させた。

 言峰に見送られ、その場を後にする。

 今後の相談も兼ねて、ひとまず個室に向かうことにしよう。



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自室、そしてアリーナへ

7章を終わった感想
「ソロモン、お前は許さない」


 言峰に言われた通り2-Bの教室の前に行き、自分の端末をかざす。

 電子音が認証の合図だったのか、身体が引っ張られる感覚と共に視界が光に包まれる。

 再び視界が開けると、目の前には隣の2-Aと変わらない一般的な教室の風景が広がっていた。

「あの扉を起点に、各マスターの部屋に転移されるようですね。

 ここなら霊体化しなくても誰かに見られる心配もありません」

 気づけば、ライダーは実体化して教室を見回している。

 個室ということもあり、誰かに見られる心配がないため姿を消しておく必要がなくなったからだろう。

 あと、あの姿を消すのは霊体化と言うらしい。

「それにしても、休憩に使うには少し不便かな」

「私は雑魚寝さえできれば問題ないですが、確かに主どのにはしっかりと休息を取って欲しいですね」

 休息を取るだけなら椅子でもいいが、先のことを考えるとまずは模様替えをしておくべきだろう。

 と、行動に移したまではよかった。

「……ライダー」

 お互い思う事があったらしく、こちらが視線を向けるとライダーも眉をひそめて頷いた。

「明らかに資材が偏っていますね。

 リソースに還元して形を変えることができれば幅が広がりますが、私は魔術の心得がありませんし……」

「俺も記憶がないからそういう魔術の使い方すらわからない」

「無念ですがこれが関の山でしょう」

 マイルームの中にあったほとんどの机や椅子は端へ固め、数個の机を繋げて大テーブル風にし、その上にカーテンをテーブルクロスの代わりにしている。

 最初に比べれば随分部屋らしくなったが、さすがに机と椅子、そして教卓とカーテンぐらいしかない教室を寝床とするには限界があった。

 そもそもベッドも布団もないから寝床と言っていいのかも疑問が残る。

「すいません。

 お任せくださいと豪語した直後にこれでは……」

「だ、大丈夫だって。

 日常品は地下の購買部で購入できるって端末に書いてあったし」

 聖杯戦争に役立つものが揃っていてるという説明もあったから、アリーナに行く前に一度寄ってみてもいいだろう。

 模様替えも一通り終わり、お互い椅子に座って今後の方針を相談する。

「ひとまずアリーナに向かうのは確定として、他に気になることはありませんか?」

 ライダーにそう尋ねられるが、正直わからないことだらけだ。

 今日一日は何がわかっていないのか確認することに徹したほうがいいかもしれない。

「あ、じゃあ端末にあるライダーについての項目を確認してもいいかな?」

「はい、構いません」

 先ほど言峰神父に遮られたステータス確認を本人の了承を得て行うことにする。

 項目を選択すると、虫食い状態だが様々な項目が表示される。

 

―――――――――――――――

クラス:ライダー

真 名:

マスター:天軒由良

宝 具:

―――――――――――――――

 

「宝具?」

「我々英霊を英霊たらしめる象徴のことです。

 簡単に言えば、私たち英霊の持つ切り札でしょうか。

 それこそ英霊の数だけ存在するため、形や効果も様々ですが、それ一つで戦況を覆すことも可能なほど強力な物も存在します」

 令呪とは別に、サーヴァントに備わった切り札。

 提示していないということは、これも情報漏洩を防ぐための対策だろう。

 確かに、戦い慣れていない素人に自身の切り札を託すのは無謀すぎる。

 下手をすれば、切り札を浪費するだけでなく敗北に繋がる可能性もある。

「サーヴァントの切り札……

 相手も宝具を持ってるわけだから、油断はできないわけか」

「そういうことになりますね。

 ですが、相手の真名を知れば自ずと宝具もある程度は分かってくるかと」

 さらに項目を閲覧していくと、彼女のステータスが記載されていた。

 

―――――――――――――――

 

ステータス:筋力E 耐久E 敏捷:E 魔力E 幸運E

 

―――――――――――――――

 

 ……………………ん?

「えっと、このステータスって……」

「各項目高い順にA〜Eランク、例外的にEXが存在しますがあまり気にする必要はありませんね」

 ライダーは丁寧にランクについて説明してくれるが、その説明通りなら彼女のステータスは全て最低値ということになる。

 いくらなんでもそれはおかしい気がする。

 色々とエラーが起こっているのだから、これも何か影響が出てるのでは、と考えるのが妥当ではないか?

「これって、俺のせい?」

「た、確かに主どのによってステータスの低下はありますが、そこまで気を落とさないでください!

 このような状態でも私は他の者に遅れをとるような真似は致しません!」

 必死にフォローするライダーだが、全面的にこちらに非があるのだから申し訳ない気持ちになる。

 これは、対戦相手の対策と同時に自分の鍛錬もこなす必要がありそうだ。

「よし、地下の購買に寄ってからアリーナに向かおう。

 少しでも戦闘に慣れておきたい」

「承知しました、主どの!」

 こちらの意思に関係なく時間は勝手に進むのだ。

 何もしなくて6日後の決戦で戦えませんでした、では話にならない。

 

 

 結果だけを言えば、金銭的な問題で売られていたアイテムはほとんど購入不可だった。

『アリーナに行けば貯まりますよ』という店員のアドバイスを信じ、今度こそアリーナへの扉をくぐる。

「ここがアリーナ……」

 足場や壁などは予選の時の通路と同じだ。

 ただ、その透明な壁の向こう側に広がる風景のおかげか、まるで海の中にいるような感覚だった。

 アリーナの風景に見惚れていると、端末に連絡が入る。

 送り主は言峰のようだ。

『言い忘れていたが、アリーナには入れるのは1日に1度だけだ。

 注意したまえ』

「……ああもう!

 そういう事は先に言ってくれないかな!?」

 あの校舎のどこかにいるだろう神父に愚痴を漏らす。

 とはいえ、購買で買えるものがないのだから準備も何もない。

 今後注意しようと意識を切り替えることとしよう。

 しばらく進むと、予選でも目にしたエネミーが現れる。

「さっそく現れましたね。

 主どの、指示を!」

「えっと、ライダーの武器は刀でいいのかな?」

「……これは失礼しました。

 では今から私の戦い方をお見せしますので、どうかご参考にしてください」

 言うが早くライダーはエネミーへと肉薄して抜刀する。

 その一撃で仕留めることはできなかったが、さらに二度、三度と素早く斬撃を繰り出しライダーは無傷で勝利を収めた。

 その剣捌きは無駄がなく優雅で、思わず見惚れてしまうほどだ。

「なんともあっけないですね。

 エネミーではこの程度でしょうか」

 消滅するエネミーを見ながら、ライダーは肩を落とす。

 数メートル離れたところにいるが、その背中を見ただけでため息が聞こえてきそうだ。

 しかし、振り返るとライダーは屈託のない笑顔を浮かべて戻ってくる。

「主どの、見事エネミーを討伐してまいりました!」

 目の前で見ていたんだけど、と思ったが口にするのは野暮だろう。

 今の彼女はまるで何かを褒めてもらおうとする子供のようだ。

 そんな彼女を見ていれば、返すべき言葉も自然と口から出た。

「ありがとう、ライダー」

「はい!」

 その笑顔はとても幼く、爛々と輝いている。

 尻尾でも生えていたら千切れんばかりに振っているのではないだろうか。

 その姿を想像して少し吹き出してしまい、彼女に不思議がられてしまう。

 気を取り直して、彼女の戦い方を確認しよう。

「他にライダーが使える武器はあるかな?」

「武士なので一応長弓も扱えます。

 ただ、生前から私は力が弱かったので、エネミーならまだしもサーヴァント相手にはそれほど期待はしないほうが宜しいかと……」

 自信家の彼女にしては珍しく弱気な発言だ。

 ただ、確かに弓で人を射るとなるとかなりの力が必要そうだ。

 こちらのせいで弱体化しているからなおのことだろう。

 なら、どう接近戦を行うのかに絞った方がこちらも考えやすいかもしれない。

「いや、まてよ……

 ライダー、もし弓だけで戦うとなると、どれぐらいキツイ?」

「勝つことは難しいでしょう。

 ただ、負けることはありえません。

 真名は明かせませんが、このライダーの名にかけて誓います」

「なら、その誓いを信じてライダーに無茶をお願いしたい」

「はい、なんなりと!」

「相手との戦闘で使う武器は弓だけに限定して欲しい。

 勝てなくてもいい。

 ただし負けないでくれ。

 決戦までアーチャーだと思わせたところで、ライダーの剣戟で奇襲をかけたい」

 遠距離(アーチャー)だと勘違いさせて間合いを詰めさせて、本命の近距離(ライダー)で一気に叩く。

 相手が遠距離を十八番にしている場合は効果が薄く、それに彼女に危険が及ぶ無茶な作戦だ。

 それでも、彼女の腕ならできるのではないだろうか。

 ライダーは作戦に頷き、しっかりと吟味したところで答えを出す。

「なるほど、奇襲は私の得意分野です!

 主どのの命令とあらば必ず成し遂げてみせましょう」

「ありがとう、ライダー」

 こんな未熟な自分に従ってくれる彼女にはいくら感謝してもしきれない。

 ……ライダーにこんな無茶をさせるんだ。

 指示出しぐらいしかできないんだから、しっかりやらなくては……

 決意を新たに、さらに奥へと進んでいく。

 すると、行き止まりになった通路の奥に、四角いデータファイルが宙に浮いているのを発見した。

「これは?」

「何か良いものが入っていると見ました。

 開いてみましょう!」

「開くってこう?」

 恐る恐るファイルに手をかざすと、データの塊をファイルから抜き取ることができた。

「これは、マフラー?

 どしてマフラーがこんなところに」

「これは、礼装ですよ。

 ついていますね、主どの!」

「礼装?」

「はい。

 主どのの魔力を消費することで、コードキャストと呼ばれる魔術を起動することができるアイテム、と考えていただければ宜しいかと」

「つまり、この礼装を使えば俺も戦いに参加できるということ?」

「はい、その通りです」

 これは思わぬ収穫だ。

 魔力を消費するため、無闇に使うわけにはいかないが、これでライダーだけに頼る状態を脱却することができる。

「その礼装の効果は……

 サーヴァントの治癒能力ですね」

「わかった。

 悪いけど、コードキャストを使った戦闘に慣れたい。

 今度は弓だけの使用で頼めるか、ライダー?」

「はい、喜んで!」

 

 

 アリーナから戻ってくると、再び体育倉庫の前に転移させられた。

 試しにもう一度扉を開けようとするがロックがかかっている。

 言峰の言っていた「1日に1度だけ」というのは本当だったらしい。

「それにしても、結構アリーナにいたはずなのに、まだ日が高かったんだな」

 廊下の窓から見える景色は見たところまだ日が傾き始めて間もない。

『あ、いえ。

 そうではないようです』

 その背後でライダーが霊体化した状態で感想に訂正を加える。

『このSE.RA.PHでは時間という概念は存在していません。

 校舎の景色は常に日が少し傾いてきたぐらいに固定されているのだとか』

「つまり、ここでは常に昼の状態で過ごすってことなのか?

 休むのは大変そうだな……」

 2-Bの教室に端末をかざし、マイルームへと転移する。

 すると、マイルームの窓から見える景色は茜色に染まっていた。

 先ほどまで昼の風景だったから、いきなり外の雰囲気が変わったことに唖然としていると、実体化したライダーが先ほどの説明に付け加える。

「アリーナから出てきたマスターのマイルームの風景は夕方に変更されているようですね。

 部屋の明かりを消せば、自動的に夜になるようですよ」

「時間に合わせた風景じゃなくて、俺たちの行動に合わせた風景ってことか……」

 もしかすると、校舎、マイルーム、アリーナで時間の流れがごちゃごちゃになっているのかもしれない。

 一定の行動を起こさないと動かない時間。

 これではまるで……

「本当にゲームみたいだ」

「主どの」

 普段より低いトーンで呼ばれて反射的に振り返る。

 ライダーはそれ以上語らないが、その目が伝えようとしていることは理解できた。

「ごめん、さすがに気を抜きすぎた」

「いえ、すぐに気がついたのなら大丈夫でしょう」

 一時はどうなるかと思い不安で仕方なかった分、無事乗り越えたことで心に余裕が出来てきたのだろう。

 少し気が緩んでいたようだ。

 自分は決して強いわけではなく、油断するべきではない。

 何より、まだ『退場』の正体もわからないのだから。

「もう休もうか。

 とはいえ、布団も何もないけど」

「購買部で販売されていましたが金額は届いていませんし、暫くはこのまま雑魚寝ということになりますね」

「しかたない、か……

 あの店員が言っていた通り、資金はエネミーから稼げるから、明日は目標金額になるようにアリーナを探索しよう」

 今日は椅子に座って休むことにしよう。

 椅子に座り大テーブルにうつ伏せ、授業中に居眠りをするような体勢になる。

 思った以上に睡魔はすぐに襲ってきて静かに眠りについた。




正直あのマイル―ム、ベッドないのはどうかと思います


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見知った対戦者

魔神柱戦がマスター同士の共闘ではなく競争だと誰が予想しただろうか……

今回サーヴァントの召喚について、独自解釈があります
極力wikiや用語集読み漁っていきますが、今後もたびたび独自解釈が出てくると思います


 光が差し込んでいるのか、眩しさに目を覚ました。

 朦朧とした意識の中、時間を確認すると丁度午前7時を指している。

「……これもSE.RA.PHに時間と風景を行動に合わされてるのかな」

 ゆっくりと上体を起こす。

 普通なら背骨が乾いた音を鳴らすのだろうが、電子世界ではそういうものはないらしい。

 本人がストレスを感じなければ、基本どんな体勢で休んでも大丈夫なのかもしれない。

「あ、おはようございます!」

 声の方へ視線を向けるとライダーが正座でこちらを見上げていた。

 戦闘の必要がないからか、今の彼女は武装を解いて軽装になっている。

 ……下着が丸見えなのもそのままだ。

「本日はどういった予定でいきましょうか?」

「とりあえず対戦相手の確認かな

 言峰神父は明朝って言ってたし、そろそろだと思うんだけど……」

 と、噂をすれば影がさす。

 ちょうど端末に通信が入った。

 

『二階掲示板にて、対戦者を発表する』

 

 二階の掲示板ということは、マイルームを出てすぐのところか。

 指示に従いマイルームから掲示板に向かうと、そこには様々な張り紙が貼られてあった。

 そして、その掲示物の中で一際異彩を放つ張り紙が一枚。

 そこには二人の名前のみが記されており、一見何の情報なのかわからないが、おそらくこれが対戦相手の情報なのだろう。

 片方が自分の名前、そしてもう一つが……

「間桐……シンジ……」

 ドクン、と鼓動が脈打つ。

 その名前には見覚えがある。

 いや、その名前が誰のものなのか知っていた。

「へぇ、一回戦の相手は由良か」

「シンジ……」

 背後に立っていたのは青色の頭髪と着崩した制服が目立つ自分の友人。

 ……と振り分けられていたマスター、間桐シンジだった。

「けど、まあそれもアリかな。

 この僕の友人に振り当てられてたってことは、君も世界有数の魔術師ってことだろ。

 格下なのは確かだろうけど、一応おめでとうと言っておくよ」

「……………………」

 シンジはこちらを見下した口調で煽ってくるが、こちらは今の状況が飲み込めずにいた。

 シンジが対戦相手。

 つまりそれは、シンジと殺し合わなけらばならないということ。

 こちらの反応がないのを不満に感じたのか、シンジはさらに煽り立てる。

「そういえば由良、最後に予選を通過したのってお前だろ?

 いいよなぁ、凡俗は!

 どうせ最後だからってハンデもらったんだろう?

 けど、本線からは実力勝負だ。

 勘違いしたままは良・く・な・い・ぜ?」

「っ!」

 下品に笑いながら、こちらの肩を軽く叩く。

 皮肉にも、その煽りが今にも崩れ落ちそうだった自分を奮い立たせる要因となった。

「シンジ……っ!」

「おや、怒ったかい?

 でも僕だって悲しいんだ。

 いかに仮初めの友情だったとはいえ、勝利のためには友をも手にかけなければならないとは……!

 何と過酷な運命なのか。

 主人公の定番とはいえ、こればかりは僕も心苦しいよ」

 まるで演劇でもしているかのように天を仰ぐ目の前の友人は、自分に酔い今の心境を述べる。

 その会話を打ち切るように、お互いの端末に一通の連絡が入った。

 送り主は言峰神父。内容は一層にトリガーが生成されたという知らせだ。

 同じく内容を見ていたシンジは端末を仕舞い、この場を去っていく。

「ま、正々堂々戦おうじゃないか

 大丈夫、結構いい勝負になると思うぜ。

 由良だって、選ばれたマスターなんだからさぁ。

 僕らの友情に恥じないよう、いい戦いにしようじゃないか」

 おそらくトリガーを入手するためにアリーナへ向かうのだろう。

 手を振りながらその場を去るシンジの背中を見送った後も、しばらくその場に佇んでいた。

「……堪えてくれてありがとう、ライダー」

『主どのの指示とはいえ、今のは……っ!』

 シンジに煽られている最中、もちろん自分も怒りがこみ上げてきた。

 しかし、ライダーの存在が冷静さを取り戻すきっかけになり、彼女に堪えるように指示を出すことができた。

 たしか校舎内での戦闘は禁止、加えてサーヴァントがマスターを襲うのは非常に重いペナルティが課されるはずだ。

 ただでさえ万全ではない状態のライダーをこれ以上追い詰めないためにも、ここは自分が冷静でいなければならない。

 とはいえ、ライダーの感情は今にも爆発しそうだった。

 トリガーは後回しにして、ライダーのためにも少し気分転換をしなければ。

 

 

 シンジから遠ざかるように屋上に来ると、塀に背中を預けて腰を下ろす。

 見上げると青空が広がり、雲が風に流されている。

 ただしよく見ると、その空は薄く0と1の羅列が覆っていて、ここが電子世界なのだと実感した。

『仮初めの世界とはいえ、こうして空を眺めるのは心が落ち着きますね』

 穏やかな時間を過ごすことに徹していると、ライダーの方も段々と落ち着いてきたらしい。

 マイルームではなく屋上を選択したのは良かったのかもしれない。

 とはいえ、いつまでもこうしてはいられない。

 お互い冷静になったところで、ライダーと共に現状を把握する。

「間桐シンジは予選期間中、俺の友人という役割(ロール)を与えられていたマスターだ」

『思い出すだけで腸が煮えくりかえります。

 とはいえ、主どのはその仮初めの友情も大切なんでしょうか?』

「ああ、予選以前の記憶が無いせいか、元々こういう性格なのかは知らないけど、俺はシンジと戦うことに迷ってる。

 言峰神父の言っていた『死』がどういう意味なのかわからないし……」

「あら、こんなところに先客がいるなんて珍しい」

 突然投げかけられた声に思わず立ち上がり声の方に体を向ける。

 そこには真っ赤な服に黒のミニスカートに身を包んだ少女がこちらに近づいていた。

「周囲に無警戒すぎるけど、とっさの行動は見事ね。

 案外戦い慣れしてるのかしら」

「えっと……」

 彼女はまるでこちらを知っているかのような口ぶりで話しかけてくる。

 しかしこちらは彼女のことを知らない。

 予選以前の知り合いだろうか?

「いや、違う……

 君はたしか、遠坂凛?」

「あら、どこかで名乗ったかしら?

 それともアバターの姿が違うだけで地上であったことあるとか?」

「いや、たぶん予選でこっちが一方的に知ってたんだと思う。

 地上での記憶、戻ってないから」

「記憶が、戻っていない?」

 こちらの発言に遠坂は怪訝そうに眉をひそめる。

「まあ、私にはどうしようも出来ないか。

 とりあえず、御愁傷様、とだけ言っておくわ」

「うん、ありがとう」

「……なんか調子狂うわね。

 って貴方その腕!」

 いきなり怒鳴りながら左腕を掴まれる。

「なんですでに令呪一画使ってるの!?

 まだ一回戦二日目なのよ!」

「あ、いやこれは予選の時に……」

「予選?

 予選は令呪とサーヴァントを獲得する儀式みたいなものよ?

 サーヴァントに反逆されそうにでもなった?」

「いや、それはない。

 俺も朦朧としていたからわからないけど、人形を倒した時にはすでに一画消えてたはずだ。

 その後自分のサーヴァントを召喚したから、サーヴァントに対して令呪を使ったわけではないと思う」

「……ちょっと待って」

 眉をひそめる遠坂に制止されて口を紡ぐ。

 自分の言ってることが信じられないのだろうか?

 しかし、ライダーのこれまでの行動が、強制されたものとは思えない。

 令呪にそれほどの支配力がある可能性もないわけではないが、やはり彼女の行動は本人の意思によるものだろう。

 しばらく遠坂は腕を組んで唸っていたが、やがて神妙な面持ちで口を開いた。

「やっぱりありえないわ。

 予選では人形を倒すことで令呪を獲得、その令呪でサーヴァントを召喚するの。

 だから、人形を倒す前に令呪を獲得できるのはおかしいわ。

 例外があるとするなら、サーヴァント自身がマスターに契約を申し込むような状況でしょうね」

「サーヴァントからマスターに?」

「英霊っていうのはね、普段は座に待機している状態なの。

 まあ、本来の英霊のシステムと、ムーンセルの英霊のシステムは同一ではないらしいんだけどね。

 で、予選の人形と戦ったあの空間はその座に近い次元に存在するみたい。

 マスターの召喚時にかかる負担を最小限に抑えるための処置らしいけど、そういう環境だから、普通ならありえない、召喚されてないサーヴァントからの干渉も可能といえば可能というわけよ。

 まあ、普通はそんな物好きな英霊なんていないでしょうけど」

「つまり、俺のようなサーヴァントからの契約もなく、予選突破前に令呪を獲得するのはありえないと?」

「言いたいんだけど、その例が目の前にいるんじゃ否定できないのよね。

 記憶が混濁してるだけ、とか理由にすれば手っ取り早いけど、それだと令呪が一画欠けてる説明がつかないし」

 色々と考えてくれているが、結局原因不明というところに落ち着くしかないらしい。

「あーもう!

 どうしてこんな初対面のやつにここまで労力割いてるのかしら!」

「えっと、ごめん!」

「うっさい、そんなんじゃないわよ!」

「ええっ!?」

 一瞬何か悪いことを言ったかと驚くが、よく見れば遠坂は明後日の方向に向かって話している。

 ということは、偶然こちらの発言と彼女のサーヴァントの発言が重なって、サーヴァントの方に反論したといったところだろう。

「まあいいわ。

 貴方、名前は?」

「え、っと、天軒由良」

「天軒くん、ってことは間桐くんの対戦相手ね」

「どうしてそれを?」

「向こうは口が軽いお調子者だから、結構知れ渡ってるわよ。

 ついでに悪評も流してたわね。

 天軒くんは臆病で凡俗なマスターだって……」

「――主どのへの暴言はそこまでにしていただけないでしょうか?

 いくらその言葉に貴女の意思がないとしても、これ以上は侮辱が過ぎます」

 気付けば、ライダーは実体化してその刀を遠坂の首に押し当てていた。

 彼女から放たれる殺意はこちらに向けられていないとわかっているのに寒気がする。

 そんな殺意を向けられているというのに遠坂は全く動じる様子がなく、しかし素直に両手を上げて降参の意思を見せる。

「言い過ぎたのは謝るわ。

 けど、凡俗なのは事実よ。

 それに記憶がないってことは、戦う理由も思い出せないんでしょう?」

「……ああ」

「なら、悔いが残らないようにこのモラトリアム中に考えなさい。

 間桐シンジに挑むのか、それとも潔く勝ちを譲るのか。

 あれでも一応アジア屈指のゲームチャンプだし、何となくで勝てるような相手ではないわよ」

「ああ、わかってる」

「……………」

 そこまでのやり取りを聞いてライダーは霊体化する。

 もしかしたらの出来事が起こりそうだったが、杞憂に終わって胸を撫で下ろした。

「それにしても、貴方のサーヴァント随分個性的な装備をしているわね」

「あー、うん。まあね」

 遠坂のこちらを見る目が痛い。

 ライダーの装備は出会った時からで、断じて俺の趣味が入っているわけではない。

 あらぬ誤解をされる前に説明しておこうと考えていると、遠坂は再び明後日の方向に向かって会話をしていた。

「それは本当?

 ……ふぅん、なるほどね。

 まあ、気が向いたらそうするわ」

「どうかしたのか?」

「いいえ、こっちの話よ。

 ああそうだ。

 何か気になることがあったら聞きに来なさい。

 気が向いたら対応してあげる」

「え、いいのか?」

「乗り掛かった船よ。

 あくまでその時気が向いたらだから、そのまま突っぱねられる覚悟はしておきなさい」

「いや、それでも助かるよ、ありがとう」

「それじゃあ、健闘を祈るわ」

 そう言うと遠坂はそこから姿を消した。

 転移魔術でも使ったのだろう。

 ……ライダーの装備の弁明するタイミングを失ったわけだが。

『ずいぶん友好的な方でしたね。

 それにしても、私の装備は日本の甲冑のはずですが、この時代の人には珍しいんでしょうか?

 流石に、サーヴァントなら甲冑を纏った者もいると思うんですが……』

「け、結構時間経ってるし、そろそろアリーナに行こうか」

 うまい返し方が思いつかなかったため話をそらす。

 本来の目的の気分転換は十分できたのだ。

 そろそろアリーナへ向かうことにしよう。



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初めての遭遇戦

ソロモンとの最終決戦に参加された方、お疲れさまでした
私も無事、死霊魔術装備のぽんぽこが数回の復活のあと最後の留めを飾りました

今回はシンジのサーヴァントの登場、および戦闘です


 アリーナへ入った直後、ライダーが迷宮の奥を睨みつけ殺気立つ。

「わかってはいましたが、さっきの小童がいますね。

 このアリーナ、対戦相手とは共有されているようなので、こちらの探索とかち合うかもしれません。

 校舎同様、アリーナ内でのサーヴァント同士の戦闘は禁止されていますが、校舎ほど厳しくはありません。

 一定時間は戦えますので、注意して進みましょう」

 忠告に頷き、不意打ちなどに警戒しながら注意して進むこと数分。

 広く開けた場所で警戒していた人物と遭遇した。

「シンジ……」

「遅かったじゃないか、由良。

 てっきり逃げ出したのかと思ったよ」

 そして、間桐シンジの隣にいる2メートルを超える長身で豪快な印象を受ける男性が彼のサーヴァントなのだろう。

 ……本当にそうか?

 不意に頭の中をそんな疑問がよぎるが、なぜそう思ったのか考える前にシンジがこちらをあざ笑う。

「お前があまりモタモタしているから、僕はもうトリガーをゲットしちゃったよ!」

 そう言いながらこちらにシンジは不思議な色を放つカードを見せびらかしている。

 なるほど、あれが迷宮の最深にあるトリガーなのか。

「ありがとうシンジ。

 トリガーがどんな形をしているのかわかったよ」

「っ!?

 ま、まあお前には探せないと思うから、わざわざヒントをやったんだ。

 ありがたく思えよ」

 ただ感謝を述べただけなのに、シンジは狼狽する。

 対戦相手から感謝されるとは思ってなかったからだろうか?

「主どの、もしかして本当に無意識に言ったのですか?」

「いや、さすがに俺もそこまで平和ボケはしてないよ……

 強いて言うなら、さっきのお返しかな」

 とはいえ、シンジの性格は予選でよく知っているため、そこまで腹が立ったわけでもない。

 実際トリガーの形が分かったのはありがたいので、感謝9割、嫌味1割といったところか。

 そんなやり取りをしていると、突然シンジのサーヴァントが豪快に笑いだした。

「がははははっ!

 これはまた面白いマスターではないか!」

「いっ、あだっ、背中を叩くな!

 いいから、由良のやつを痛めつけてやってよ!」

「なんだ、もう語り合いはいいのか?

 あの小僧はお前さんの友人であろう?」

「それは予選の割り当て(ロール)だって!

 コイツとはただのライバル!」

 シンジはサーヴァントに指示を出すが、肝心のサーヴァントは乗り気ではないらしい。

「まあそうカッカするもんでもなかろう。

 それによく見てみろ、あんな可憐な少女と語り合いをせず終わるのは勿体ないであろう?」

「真面目にやれ!

 というか由良、お前のそのサーヴァントの服装どうなってんだよ!

 まるで痴女じゃないか!!」

 俺が聞きたい、と言いかけた言葉を必死に飲み込む。

 横目で見ればライダーは不思議そうに自分の身なりを確認している。

 一人に言われた程度では気にしないだろうが、先ほど遠坂に言われだばかりだ。

 立て続けに指摘されたうえにさらに痴女扱いされれば流石に彼女も気になったのだろう。

「主どの、そんなに私の身なりはおかしいのでしょうか?

 私としては不必要な部分を取り除いて軽量化しただけなんですが……」

「あ、うん……装備はいいんだけど素肌の部分が目立つ、かな」

「なるほど、鎧ではなく素肌が見えている方が問題ということでしたか。

 それは盲点でした」

 納得したように手を叩いているが、その結論に至る前に一度生涯を終えているということに頭が痛くなる。

 そして今の回答からすると直す気はないらしい。

 彼女がいいのならそこまで言うべきではないかもしれないが、それでも女の子がここまで素肌を露出させるのは如何なものか……

 今度彼女と話し合う必要があるかもしれない。

 というか家来も誰か指摘してやれよ、と悪態をつきたくなったが数百年前にもこのようなやり取りがあった可能性を考えて怒りより同情した。

 ……対戦相手と対峙しているというのに、こんなグダグダなやりとりをしていて本当にいいのだろうか?

 いや、よくないはずだ。

 目の前のシンジもしびれを切らして地団太を踏んでいる。

「いいから、僕の指示に従えよ!」

「切り捨てるには勿体無い逸材だと思うんだがのう。

 まあ、語り明かす前に己の力を見せつけるのもよかろう!」

「……っ!」

 どうやら彼の中でスイッチが切り替わったらしい。

 シンジのサーヴァントはピリピリとした殺意をこちらに向け、腰に下げていた獲物を引き抜いた。

 形状からしてグラディウスの類だと予想していると、その剣先を天高く突き上げる。

「我が名は征服王イスカンダル!

 此度はライダーとして召喚された。

 まずは手始めに我が宝具の一端を見よ!!

 神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)!!」

 剣を振り下ろすと、たちまち空間に切れ目ができ、雷撃によって辺り一面光に包まれる。

 そして光が収まるとシンジのサーヴァントは二体の牛が引くチャリオットの上で手綱を握っていた。

 ……いや、それよりもっと重要なことがある。

「はぁっ!?

 お、おまっ、お前なに真名バラしちゃってんの!?

 バカなの? バカなんですかぁ!?」

「最初に言ったであろう。

 余は真名を伏せて戦う気はないと」

「その後ちゃんと真名を伏せろと忠告しましたぁ!

 聖杯戦争で真名バラすのは自殺行為だってわからないのかよ!」

「名を知られた程度で遅れをとる余ではないわ!」

 イスカンダル。

 またの名をアレクサンドロス三世、通称ならアレキサンダー大王か。

 いろいろな呼び名があるが、それは即ち広範囲に知れ渡る人物だったということ。

 マケドニアの覇者で、ユーラシアのほぼ半分を支配下に置いた征服王。

 ならばあの剣はグラディウスより全長が長く作られているスパタか。

 いや、それよりも重要なのは彼の乗るチャリオット。

 本人が『ゴルディアス』と言っていたなら、由来はゴルディアスの結び目とその伝説に出てくる牛車だろう。

 不思議と知識は溢れてくるが、魔術師として未熟な自分には自身のサーヴァントとの力の差がわからない。

 ただ、少なくとも油断できないのはわかる。

「まあいいさ、倒してしまえばバレてないのと一緒だからね。

 蹴散らせ、ライダー!」

「おうさ!」

「っ、主どの来ます!」

 ライダーの言葉で咄嗟に横に避ける。

 直後、二人がいた場所をイスカンダルの牛車が雷撃と共に駆け抜けた。

「なんて速さだ……」

 広場で戦闘が始まったのは不幸中の幸いだった。

 もし狭い通路で出会っていたならさっきの突進でやられていたかもしれない。

「初めてのサーヴァント戦となります。

 主どの、どうか指示を!」

「昨日の手筈通りにいこう。

 ただ、向こうは正真正銘の大英雄だ。

 危険なら遠慮せずに刀を使ってくれ」

「承知しました!」

 まずはアーチャーのように振る舞い敵を欺く。

 その間に相手の情報を探るつもりだったが、その情報はすでに十分すぎるほど集まった。

 あとはこちらの情報をできる限り漏らさないことに専念するだけだ。

 ライダーの番えた矢は疾走するイスカンダルに吸い込まれるように放たれる。

「ふん!」

 しかしその矢はイスカンダルの一振りであっさりと防がれてしまう。

 更に二度、三度と放つがそのすべてがことごとく斬り伏せられた。

 

『――アリーナ内での戦闘は禁止されています』

 

 そしてアリーナに響くアナウンス。

 さっそくムーンセルがこの戦闘を感知し、強制終了の準備を始めたようだ。

 あと数分もすればこの戦闘は終了するだろう。

 その意味を理解してシンジも舌打ちし、トドメを急ぐように指示を出す。

 ただでさえ速いイスカンダルの疾走は地面を離れ、空を駆け抜けはじめた。

「空を駆ける牛車ですか。

 初めてですが相手にとって不足なしですね」

「ほう、この状況で笑うか。

 不思議とお前さんには惹かれるものがあるが、ますます興味がわいた!」

 手綱を握り、チャリオットを操る彼は時にチャリオットで突進し、時にスパタで切り掛かる。

 対するライダーも同時に番える矢を3本に増やしてイスカンダルの猛攻を凌ぐが、それでも彼の猛攻は着実にライダーへダメージを蓄積されている。

「武芸には秀でているようだが、いかんせん威力に難があるな、()()チャ()()よ!」

「とはいいつつ、先ほどより攻撃回数が減ってるように思いますが?」

「がはははっ!

 こりゃ参った、まだ反論する余裕があったとは。

 ならもう少し速度を上げてやろう。

 簡単にくたばるなよアーチャー!」

「…………っ!?」

 イスカンダルの猛攻は激しさを増し、ライダーの表情が苦悩に歪む。

 しかし同時にイスカンダルが彼女のことをアーチャーだと誤認したことにライダーは小さく笑った。

「あはははっ!

 僕のライダーは最強だ!

 由良程度のマスターじゃ歯が立たないんだよ!」

 高笑いするシンジの言う通り、致命傷は受けていないが明らかに劣勢だ。

 作戦は成功しているが、やはり素人考えの作戦を彼女に押し付けるのは無理があったか……

「いや、俺なんかのために頑張ってくれているんだ、今は俺も出来る限りの事をするべきだ!

 コードキャスト、heal(16);実行」

 データ化して自分の身体に装備している『鳳凰のマフラー』に魔力を流し、コードキャストを起動する。

 対象にライダーを選択したコードキャストは微量ながら彼女のダメージを癒す。

「主どの、感謝します!」

「あともう少し、どうにか持ちこたえるんだ!」

「ちっ、由良のやつ時間稼ぎをするつもりか。

 そうはいくか!」

 こちらの意図に気付いたシンジは一気に畳み掛けるつもりか、彼自身もこちらに攻撃を仕掛けてきた。

 端末を表示させて、素早く文字を打ち込むと弾丸が発射される。

 威力こそ低いが、自分が所有するコードキャストはさっき使ったheal(16);だけ。

 対抗策のない自分には十分脅威だ。

「ほらほらほらぁ!

 少しは抵抗しなよ由良!

 さすがに他のコードキャストも持ってるんだろ?」

「どうにか、ならないのか……っ!」

 サーヴァントからマスターへの攻撃が原則禁止されている以上、シンジからの攻撃は自分で対処するしかない。

 しかし今の自分には何もできない。

 そのことを悔やんでいると、とうとう避けきれずに弾丸が足を掠った。

 痛みでバランスが崩崩れて床に転がり、シンジはそこに追い討ちをかけるように弾丸を乱射する。

 幸い距離が離れているため転がれば避けられなくはないが、危機的状況なのには変わりない。

 さらにライダーの方も弓を弾かれて攻撃手段を奪われてしまった。

「……っ!」

 とっさにクラス名を言いそうになるが辛うじて抑える。

 ここでバレてしまっては彼女の頑張りが無駄になる。

 ライダーは一瞬だけこちらに視線を送るが、すぐにイスカンダルに向き直った。

 腰の刀に手を伸ばす様子はない。

 まさか、この状況を武器を使わず切り抜けるつもりか!?

 気づいた時にはもう遅い。

 向かってくるイスカンダルを迎え撃つように、ライダーは素手のまま構えて――

 

『――戦闘を強制終了します』

 

 そのとき、アリーナにアナウンスが流れた。

 直後に感じたのは空間を歪められるような圧迫感。

 それが治まると、まるで戦闘など最初からなかったかのように立ち位置などが戦闘前に戻されていた。

 しかし、自分は倒れたままでライダーが負ったダメージもそのままだ。

「ムーンセルに止められたとあっては、今日これ以上アリーナで戦闘をするのは無理であろう。

 決着は次に持ち越しだ。」

「ちっ、あと少しってときに……

 まぁいい、トドメを刺すまでもないからね。

 クラスはアーチャーみたいだけどその様子じゃハズレサーヴァントを引いたみたいだね。

 由良にお似合いだよ。

 そうやって這いつくばっていればいいさ」

 高笑いをしながらシンジはこちらに歩み寄り、見下ろす。

「由良ぁ、泣いて頼めば子分にしてやってもいいぜ?

 そしたら、このゲームの賞金も少しは恵んでやるよ」

「…………」

 実力の差を目の当たりにして、こちらは何も言い返すことができない。

 言うだけ言って満足したのか、シンジはその場を去っていく。

 今のが、サーヴァント同士の戦闘。

 エネミーとの戦闘とは別次元の力同士の激突に、いまだに呼吸が荒い。

 電子の身体に鼓動なんてないはずだが、ドクドクと速く心臓が脈打っている感覚に襲われる。

「主どの、立てますか?」

「ありがとう、ライダー」

 ライダーに手を借りてどうにか立ち上がる。

 足の方はただの擦り傷だから、たぶん大丈夫だろう。

 それより、こちらの無茶振りで彼女が危険な目にあったことは謝罪しなければ。

 と、そこにライダーの指がこちらの口に添えられる。

「あまり自分を責めないでください。

 主どのの作戦は問題なく成功しています。

 事実、向こうは私をアーチャーだと誤認していますから」

「ライダー……」

「それに、主どのが謝るのであれば、私も力及ばなかったことを謝罪しなければなりません」

 ……ライダーの言わんとしていることはわかる。

 確かに、ここで謝ってもいたちごっこになるだけだ。

 なら謝罪は口ではなく問題点を改善する形で行うことにしよう。

 端末を操作してシンジのサーヴァントイスカンダルについての情報を記載していく。

「先ほどの戦闘で理解していただけたと思いますが、アリーナでの戦闘や探索は鍛錬だけでなく、相手の情報を探る機会にもなります。

 あそこまで自身の情報に無頓着なサーヴァントがいることには驚きましたが……」

「でも、おかげでシンジのサーヴァントの情報は十分わかった。

 できれば今日中にトリガーも入手しておきたい。

 そこまで頑張れるか?」

「はい、もちろんです!」

 笑顔で頷いているが、彼女も満身創痍だ。

 極力エネミーのとの戦闘は避けてアリーナの奥へと進んでいく。

 途中からはエネミーの数が多くて避けきれなくなったが、そこはライダーが上手く捌いてくれた。

「ずいぶんエネミーの出現率が高くなってきましたね。

 これは最深が近いということでしょうか」

「かもしれない。

 昨日はここまで来なかったからわからないけど……あ」

 前方に二つのデータファイルを発見して駆け寄る。

 その雰囲気だけで、他のデータファイルとは違うのがはっきりとわかる。

「これがトリガーなのか?」

 一人呟きながらファイルを展開すると、シンジが見せてくれたものと同じデータが抽出できた。

「やりましたね、主どの!」

「ライダーのおかげだ。ありがとう」

 隣で満面の笑みを浮かべるライダーにつられて口元が緩む。

 お互い疲労しているが、この瞬間だけはその疲れを忘れることができた。

 とはいえ、ここから資金稼ぎをするのは肉体的に難しいだろう。

 止むを得ず、今日のアリーナ探索はここで終了となりモラトリアム二日目が終了した。




シンジのサーヴァントがドレイクの姉御からイスカンダルに代わってるのは、趣味といえば趣味なんですが、一応こうなった理由は存在します
それについては追々明らかにしていきたいと思ってます

今年の投稿はこれが最後となります
来年もどうかよろしくお願いします

ところで、CCCイベントが来るまで(正確にはメルトリリスがうちのカルデアに来るまで)私のチュートリアルは終わらないんですが、いつまで続くんです?()


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避けられない衝突

新年あけましておめでとうございます
確定は騎を引いて無事ドレイク姐御を迎えることができました

今年も更新が滞らないように気を付けていきたいと思います


 翌日、再び朝を迎える。

 寝ぼけ眼で身体を起こして伸びをすると、昨日と同じくライダーは正座でこちらを見上げていた。

「おはようございます、主どの!

 今日も一日頑張りましょう」

「うん、おはよう。

 ライダーもよく眠れた?」

「四半刻ほど休ませてもらいました」

「四半刻って……30分!?」

「英霊はマスターからの魔力供給さえあれば食事や睡眠の必要はありませんから」

「それは今の僕らも一緒だ。

 それでも僕らが食事や睡眠をとっているのは、精神面の疲労を回復するためだ。

 ライダーだってわかってるだろう?」

「十分承知しています。

 ですがこれは体質的なものでして、硬い床で寝るのは戦の時を思い出してつい短い時間で目が覚めてしまうので、治すのは難しいかと……」

 ……これは、一刻も早くベッドか何か用意しなければいけない。

 マスターを守るのがサーヴァントの役目なら、サーヴァントが万全で戦闘を行えるようにするのがマスターの役目だ。

 今すぐどうにかしたいのはやまやまだが、ここまでの経験からしてすぐには難しい。

 長時間のアリーナ探索は疲労するのはもちろん、シンジとの遭遇率も高くなってしまう。

 加えて、もし一つ購入できたとしてライダーが譲るのは目に見えているから、必然的に二つ購入するから資金も大量に必要だ。

 決戦前までには用意したいが、アイテムの備蓄も考えると相当無理をしないといけないだろう。

「それを含めて、アリーナに向かう前にすることをまとめないとな……」

 昨日はトリガーの入手、シンジのサーヴァントの情報獲得など、色々と有益なものとなった。

 しかし、それで満足してはいけない。

 シンジのサーヴァント、イスカンダルは『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』を宝具の一端だと言っていた。

 つまり、最低でもあと一つ宝具を持ち合わせている。

 そしておそらく、そちらが切り札だ。

「イスカンダルの宝具に関する情報を集めないといけないな」

「では、図書室に向かいましょう。

 真名がわかっていることですから、糸口としては十分です」

「ああ、そうだね」

 マイルームを出て図書館に向かう。

 引き戸を引こうてした時、見覚えのあるツインテールの少女と顔をあわせる。

「遠坂……

 そっちも情報収集?」

「あら、天軒くん。

『も』ってことは、貴方も相手サーヴァントの真名探し?」

「あー、いや、ちょっと違うかな。

 真名は向こうがバラしてくれたから」

「真名をバラした!?」

 さすがの遠坂もそんな返しが来るとは思ってもみなかったのだろう。

 素っ頓狂な声を出して周囲の視線を集めることになった。

 集めてしまった視線はもう仕方ない。

 お互い自分の情報に直結するわけではないから、図書室に引き戸を閉めるだけでそのまま続ける。

「それってブラフじゃないかしら?」

「えっと、サーヴァント自身が自分のことをイスカンダルって言ってたんだけど、宝具にゴルディアスって名前があったし、シンジが本気で焦ってたからたぶんブラフではないと思う」

「宝具の名前を偽ってる可能性もあるけど、間桐くんの様子が本当なら嘘じゃないかもしれないわね」

 ……さすがにシンジのことが不憫に思えてきた。

「まったく、サーヴァント自身が自分の正体言うって……

 どうぞ殺してくださいと言ってるようなもんじゃない。

 まあ、相手が本当にあのイスカンダルなら死因は病だから戦闘には生かせないけどね」

「仮に名前が嘘だったとしても、実力は本物だったよ」

 今でも思い出せば背筋が凍る。SE.RA.PHの仲裁がなければおそらくここにはいないだろう。

「それで、間桐くんのサーヴァントについてさらに詳しく調べるためにここにきた、と」

「宝具が何個あるかわからないし、可能性がある情報は多いに越したことはないと思って。

 参考までに聞きたいんだけど遠坂ならどういうとこから調べる?」

「そうね……アーサー王のエクスカリバーほど有名ならやりようはあったけど、イスカンダルの史実を片っ端から調べるしかないかしら。

 史実から関連したワードも調べた方がいいかもしれないわ」

「つまり、しらみ潰ししかないってことか……」

「有名なものならゴルディアスの結び目やブケファラスね。

 ある程度絞ることはできるけど、彼は個でも軍でも逸話はいろいろあるし、諸説ある、なんて言われてるものも含めたらそれこそモラトリアム中に探すのは難しいと思うわ」

「まあ、覚悟はしてたけど……」

 これは予想以上の難関になりそうだ。

 そう結論を出しかけたが、遠坂から返ってきたのは違った答えだった。

「数が多いなら、優先順位を決めるのよ。

 まずは彼の戦い方とか、人となりとか……

 そういう精神面を知れば、宝具の効果はわからずともどんな攻撃をしてくるかはわかってくるはずよ」

「そうか……

 ありがとう、そうしてみるよ」

 遠坂からのアドバイスをもらい、図書室の扉を開ける。

 中では多くのマスターが思い思いの本を探して行き交っていた。

 俺もその中に入り、膨大な本の中から目的の本を探す。

「って、どこを探せばいいんだ……?」

 ジャンルごとに別れてるとはいえ、英霊だけでも古今東西様々な本が並んでいるこの中から探すとなると、それだけで日が暮れそうだ。

「まあ実際は日が暮れることはないだろうけど……っと!」

 突然戸棚が揺れ、こちらに少し傾いてきたので慌てて支えた。

 反対側にいる誰かが少し乱暴に本を戻したのだろうか?

『だ、大丈夫ですか主どの!?』

「大丈夫、少し驚いただけだから問題ないよ」

 特に大事には至らなかったのでよかったが、その拍子に本が何冊か落ちてしまった。

 元に戻そうと落ちた本を拾い上げると、その内の一冊に目が止まる。

「これ、イスカンダルに関する書物だ」

『素晴らしい幸運です!

 早速拝見しましょう』

 ライダーに促され、他の本を片付けてから中身を確認する。

 ――アレクサンドルス大王はファランクスとヘタイロイを主戦力に鉄床戦術を行っていた。

 膨大な情報量の中からその一文に目をつけ、さらに情報を探る。

 ヘタイロイは重装騎兵の一つで、ギリシャ時代のマケドニアで見られた集団のこと。

 ギリシャ文化圏の重装騎兵に比べると守りが薄く、機動性に重きを置いた装備が特徴。

 そしてファランクスとは、槍を持った重装歩兵の密集陣形のことのようだ。

 一通り調べてみたが、イスカンダルの優れた軍略と、彼の率いた軍隊に圧倒されるだけだった。

「やっぱり宝具を探すのは一筋縄ではいかないな……」

『伝承を元としているとはいえ、そのままの効果で宝具となるとは限りませんから……』

「ライダーの宝具もそうなのか?」

 言ってから、漏洩を防ぐためにライダーが宝具の情報を伏せているのを思い出した。

『いえ、それぐらいなら大丈夫です。

 ……そうですね、今の私の宝具の一つは、伝承が一つの集合体として宝具に昇華したものです。

 他にも、技が宝具の域まで昇華したものや、固有結界と言った類の宝具も存在します』

「固有結界?」

 聞き覚えのない名前に首を傾げる。

『心象風景の具現化。

 簡単に言えば、位相がずれた場所に新たな世界を作り出し、対象者をそこに引きずり込む大魔術です。

 キャスターのような高レベルの魔術を扱うサーヴァントがこの類の宝具を持つことがあるので、キャスター戦では注意しましょう』

「そうか……」

 ……やっぱり、説明を聞けば似たようなことを以前聞いたことがあるような気がする。

 一体だれから聞いたのだろうか……?

 

 

 日付が変わり一回戦の4日目。

 ついに決戦まであと3日。

 折り返し地点を通過した。

 資金調達も順調に進み、今日アリーナで稼げば一つぐらいなら寝具も購入できるだろう。

 などと考えながらマイルームを出ると、端末に第二層の解放と二つ目のトリガー生成の通知が入る。

 残り3日のうちに宝具の情報と共にこのトリガーを所得しなければならない。

「イスカンダルの情報も集まってるし、今日は直接アリーナに行こうか」

『はい、そうしましょう』

 ライダーの了解も得てアリーナへ足を運ぶ。

 どうやら、シンジはまだアリーナにはいないようだ。

「新しい階層だし、シンジが来る前に探索を進めよう。

 かち合うにしても、場所は一層の時みたいに広いところに誘い込みたい」

 いつもより速足でアリーナを突き進む。

 おかげで新たな礼装を手に入れることはできたが、丁度そこでアリーナにシンジが入ってきてしまった。

「どうしますか、主どの?」

 もちろん、ここで立ち向かうのも手だ。

 しかし、ライダーの弓だけではイスカンダルを牽制できないことは前回の戦闘でよくわかった。

 このまま弓だけの戦闘をライダーに強要すれば、下手をすると次の戦闘では負ける。

 戦うとすれば、抜刀をして全力を出してもらうことになるだろう。

「……今日は引こう。

 今日を逃せばあと2日だけど、逆に言えばまだ2日ある。

 それまでにトリガーを入手すればいい」

 できれば、次の戦闘は決戦まで先延ばしにしたい。

 その旨を伝えるとライダーはしばし考え込み、そして微笑んだ。

「わかりました。

 今回得た礼装を試せないのは残念ですが、戦には引き際が重要なのも事実です」

「ありがとう……」

 シンジに遭遇する前に手早くリターンクリスタルを取り出し、アリーナの扉前へと転移する。

 これで今日はもうアリーナに入ることは不可能となった。

 望まぬ形でアリーナ探索は終わってしまったが、かといってすることがないわけではない。

 まずは消費したアイテムを購入しに地下へ向かう。

 地下の食堂には通常の学校生活のように振る舞うNPCが多く見受けられるが、ちらほらとマスターらしき人物も会話の輪に加わっている。

 予選の時の名残かとも思ったが、そうでもないらしい。

 聞こえてくる内容は英霊の話題や目撃情報がほとんどだ。

「そうか、NPCから情報収集するのも方法の一つなのか」

『逆に言えば、こちらの情報もNPCからバレる可能性もあるということですね。

 今後の参考にしましょう』

 霊体化したライダーの言葉に頷きながら、食堂奥の購買に歩みを進める。

 購買委員として対応してくれるNPCからアイテムを購入すると、向こうから意を決したように話題を振られた。

「ねぇ、君の対戦相手ってあの間桐シンジだよね?」

「そうだけど、どうかしたのか?」

「いやさぁ、あいつのサーヴァントすごい手グセ悪いのよ。

 金ならあるだろうに払う気ないし……」

「つまり、シンジのサーヴァントが盗みを働いてるってことか?」

「盗みではないわ!」

 怒号とともにここの空気が一変する。

 見れば、そこにはシンジのサーヴァントであるイスカンダルが腕を組み佇んでいた。

 視線をずらせば、シンジもその隣に立っている。

「闇に紛れて逃げ去るのなら匹夫の夜盗。

 凱歌とともに立ち去るのなら、それは征服王の略奪だ」

「こ、ここにはここのルールがあります!

 こ、今後もアイテムを盗むのなら、金輪際あなた方のアイテム使用権限を制限することも検討しますよ!」

「なんだとぅ!?」

「ひっ!」

 イスカンダルの素っ頓狂な声に店員は店の奥に逃げてしまった。

 まあでも、2メートルを超える大男と対峙するだけ立派だと思う。

 そういう自分は、この数日間だけで結構肝は座ったようだ。

「……購買委員の言うことはもっともだと思いますよ」

「む、そちらは店主の言い分に賛同するのか?」

「はい、まあ……

 一応それがルールなわけだし。

 それに、シンジもアイテムが使用不可になるのは避けたいだろう?」

「はぁ? なに由良が生意気言っちゃってんの?

 第一、僕たちがアリーナに入ってきたのを知ってコソコソと逃げた臆病者が僕に刃向かうなよな!」

『こいつ、引き際もわからない若造が主どのを愚弄するなど……っ!』

「ライダー、抑えて」

 小さな声でライダーを制するが、爆発寸前だ。

 このままではここで戦闘になりかねない。

 かといって、購買委員の悲痛な訴えを無視するのもなんだか気がひける。

 彼の様子からして初日から悩まされていたのだろう。

 そして、迷惑とわかっていながら俺に相談してきた。

 我ながらお人好しだとは思うが、できれば彼の期待に応えたい。

「わかった、じゃあこうしよう。

 明日、アリーナ第二層の広場で待つ。

 シンジたちは好きなタイミングで来てくれて構わないから、そこで俺たちと戦闘をする。

 その結果で決めよう」

「……へぇ、そういう条件を提案するってことは、僕に勝つつもりでいるんだ。

 二日前に無様に這いつくばっていた凡人が言うねぇ!」

「俺も、ただダラダラと時間を過ごしてきたわけじゃないからね」

「ふん、ならその挑戦受けるよ。

 まあ、その覚悟に免じて、もし僕のライダーに一太刀でも入れることができれば君の勝ちでいいよ。

 明日、怖気づいて逃げるなよ?」

 高笑いしながらシンジは食堂を後にする。

 イスカンダルは去る前にその大きな手で俺の背中を叩いた。

 いきなりのことで驚き、ライダーも思わず実体化して抜刀しそうになる。

「貴様……っ!」

「なぁに、そちらのマスターの覚悟を讃えたまでよ。

 他人のために何かをするのはそうそう出来ることではあるまい。

 うちのマスターにも見習ってもらいたいものよ!

 ではまた明日会おう!」

 どこまでも豪快な大男はそのまま霊体化して姿を消してしまった。

 背中の痛みに顔をしかめるが、しばらくすれば痛みは引く。

 それよりも、まずするべきことがある。

「ごめん、ライダー。

 たぶん明日、ライダーには抜刀して戦ってもらうことになる。

 決戦まで引き伸ばせなくてごめん」

「何を言うのですか、主どの!

 他人のために動く主どのの姿に私は感動しました。

 やはり、主どのは素晴らしい人です!」

「……ありがとう」

 絶賛してくれるライダーの言葉に恥ずかしくなってくるが、こんな自分に信じてついてきてくれる彼女には感謝で一杯だ。

 イスカンダルがいなくなったのを見計らって、購買委員も奥からひょっこり顔を出した。

「本当にありがとう、私みたいなNPCのために……」

「まだ解決したわけじゃないし、お礼はまだ早いって。

 けど、必ずシンジには言い聞かせるから安心してくれ」

「うん、君なら出来るって信じてるよ。

 向こうが盗みを止めてくれたら、何かお礼するから!

 ……ところでさ」

「どうしたんだ?」

「君のサーヴァント、あれ君の趣味……」

「違うからな?」

 ……ライダーの実体化は本当に困る。

 主にこちらの風評被害的な意味で。

 念押しはしたが疑わしい眼差しで見送られたので絶対誤解されたままだろう。

 仕方ないと割り切って、今はマイルームで作戦会議だ。

 

 

 マイルームに戻り、まず椅子に座る。

 なんだかんだここの椅子を睡眠以外で使ったのは初めてかもしれない。

 睡眠をとるほど疲れてはないが、少しは休憩を挟みたい。

 さすがにライダーも少しの休憩なら文句は言わないはずだ。

「主どの、まだ休むには早すぎます。

 起きてください」

 ……どうやら、俺のライダーは妙なところでスパルタらしい。

 机にうつ伏せていた身体を起こしライダーと向き合う。

「まず主どのが入手した礼装の確認をしましょう」

「ああ、確か『守り刀』っていう刀だったはずだ」

 取り出して実体化してみると抜身の刀が現れた。

 ライダーの刀に比べれると長く感じるが、普通の日本刀の長さと同じぐらいだろうか。

「効果はダメージとスタン効果ですか。

 スタンに関しては条件が難しいので主どの自身の攻撃手段程度に考えてくれればよろしいかと」

 ダメージは微々たるものだが大きな収穫だ。

 これでライダーだけじゃなく俺も戦いに参加できる。

「ではお立ち下さい」

「え?」

「礼装はコードキャストを発動するアイテムですが、この礼装はそれなりの強度もありますし、魔力を消費せずに直接斬りかかることもできますよ」

「ま、待ってライダー。

 いくら頑丈だからって素人が使えば簡単に壊れるだろう?」

「ご安心を!

 刀の扱いなら私にお任せください!

 今日1日で主どのが刀を扱えるところまで仕上げてみせましょう!」

「そういう意味じゃなくて……」

「あ、まずは型からですね。

 私が教わった流派は短い刀身を使ったものなのでこの礼装では再現できませんが、基本ぐらいなら私にも教えられます!」

 マズい。どうやらライダーの中で変なスイッチが入ったらしい。

 一旦落ち着いて貰おうにも半ば強制的に刀の素振りが始まってしまった。

 

 

「――最初に比べればずいぶんマシになりましたね。

 今日はここまでにしましょうか」

 ライダーの許可が出てその場に仰向けに倒れた。

 時計の針が動いていないから体感でしかわからないが、丸一日みっちりしごかれた気分だ。

「お疲れ様です、主どの」

 ライダーが覗き込むそうに微笑んでくる。

 ……労ってくれるのはありがたいのだが、見上げる状態で彼女と接するのは目のやり場に非常に困る。

 疲れた身体に鞭を打って無理やり起き上がり、ライダーと向き合う。

「明日はよろしく頼む」

「はい、このライダーにお任せください」

 彼女の明るく前向きな性格には助けられてばかりだ。

 若干暴走することがあるのも今回わかったが、それも彼女の魅力の一つだろう。

 決戦前に避けられない戦闘を挟むことになったが、後悔先に立たずだ。

 今はゆっくり休んで明日に備えよう。




ユラ ハ カタナ ノ ツカイカタ ヲ オボエタ!!

ということで忠犬の暴走その1です(何度あるかは未定)
書いてるときは散歩中の犬に主導権を握られてる描写が浮かんで楽しかったです


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決死の前哨戦

じぃじ来なかった代わりにじぃじがお年玉(孔明、他星4鯖)をくれました
限定殺は酒呑童子含めて全敗中なのでどこかで頑張りたいところです

一回戦も終盤、今回が決戦前の最後の戦闘となります


 そして翌日、早々にアリーナに向かい真っ先に行ったのは『守り刀』の試用だった。

 おかげで礼装の効果を直接目で見て確認できた。

 スタンが機能することは無かったが、元々スタンは出来たら儲けもの程度に考えていたのだから、攻撃手段が得られただけで十分だ。

 それに、昨日みっちり稽古をつけてもらったおかげで、付け焼き刃ではあるが刀としてもそれなりに扱うことができそうだ。

「……………………」

 守り刀をデータにして身体に装備させたあと、息を整え、第二層の広場でシンジが来るのを待つ。

 トリガーを取って置こうという考えも一瞬よぎったが、万全の状態でシンジと戦うためにその考えは捨てた。

 ただ静かにその時を待つ。

「……来ましたね」

 ライダーの声に反応して眼を凝らす。

 奥からゆっくりと来るシンジの姿は余裕そのものだ。

「やぁ由良。

 怖じけずに待っていたことだけは褒めてやるよ」

「自分から言い出したことだからね」

「ふん、由良のくせに言うじゃないか」

「……坊主、こいつは以前より気を引き締めた方が身のためやもしれんぞ」

「はぁ?

 僕が由良に負けるわけないじゃん」

「そうだといいんだがなぁ……」

 イスカンダルは得物を引き抜き、『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』を出現させてその手綱を握る。

 その姿からは押しつぶされそうな圧がひしひしと伝わってくる。

 この状況で浮いているのはシンジただ一人だけだ。

 自分の勝利が不動のものだと信じて疑っていないのだろう。

 それを証明するほどの実力があるのも事実だ。

 だが、優劣の差がすぐに埋まらずとも、勝敗が不動のものとは限らない。

 それを、今日ここで証明する!

「ウォォォォォォォ!!」

 イスカンダルの雄叫びを皮切りに両者戦闘を開始する。

 まず最初に動いたのはイスカンダル。己の宝具である牛車を唸らせてこちらに突進を開始する。

 遅れてこちらも横に飛ぶことで突進を回避。

 ここまでは前回と一緒だ。

「ライダー、打ち合わせ通り」

「お任せを!」

 手短に意思疎通を済ませてお互い離れる。

「征服王イスカンダル。

 今こそその首、打ち取らせてもらう!」

「おうさ!

 それぐらいの覇気が無ければこちらも張り合いがないわ!」

 ライダーは()を番いイスカンダルに向かって放つ。

 それを難なく避けて、イスカンダルはその手に握るスパタでライダーの首を狙った。

「っ!」

 それを間一髪でかわしたライダーは体勢を立て直しながら弓矢で応戦し続けている。

 そう、最初は前回と同様弓矢で応戦してもらう。

 刀を使う瞬間は、俺が決める手筈になっている。

 下手をすれば勝敗を分ける重役だが、だからこそ彼女のマスターである俺が責任を持つ必要があるのだ。

 そう考えると、無様な姿は見せられないと自分を奮い立たせることができた。

「前みたいに逃げ回れよ、由良ぁ!」

「もう、この前の俺じゃない!」

 シンジが次々とコードを入力し、様々な攻撃でこちらを攻撃してくる。

 時に雷を落とし、時に鞭のようなものを振るってきたりと、まるで遊んでいるようだ。

 いや、実際遊んでいるのだろう。

 一撃一撃は確かに脅威だが、狙いは雑だからちゃんと見れば避けられないほどではない。

 臆せずにその間を縫うように突き進む。

「こっちに向かってきた!?

 くそ、舐めた真似を!」

 このままではマズいと思ったのか、弾丸だけに絞ってけん制してくる。

 先ほどよりは狙いを定めてきているが、連射速度はそれほどのため逆に避けやすくなった。

 これを好機だと解釈し、シンジに向かってまっすぐ走り出す。

「くそ、由良のくせにぃぃ! shock(64);!!」

 叫びながら一瞬で入力されたコードが実行され、再び弾丸が放たれる。

 今までのような端末経由のものではなく、礼装を使ったものだ。

 威力も先ほどとは比べるまでもなく強力。

 シンジにとっては苦し紛れの一撃だったが、攻撃に時間がかかると高を括っていたこちらにとっては完全に虚を突かれることとなった。

 この軌道は、避けられない……!

 とっさに守り刀をデータから物体に変換させ、弾丸に対して垂直になるように刀の腹を立てる。

 弾丸が刀にぶつかると、甲高い音と共に弾丸は明後日の方向に飛んで行った。

「な……っ!?」

「よし、いける!」

 こんな使い方をしていればすぐに礼装が壊れてしまうだろうが、今は気にしていられない。

 防御に関しては後日ライダーに教えてもらえばいい。

 意表を突かれたシンジは攻撃の手を止めてその場に立ち尽くしている。

 その隙は絶対に逃さない。

 一気にシンジに肉薄して、その刀を振り下ろす。

 昨日ライダーに指導されて体で覚えた一撃は一片の狂いのない軌道を描く。

「……っ!」

 しかし踏み込みが甘かった。シンジが後ろに引いたことで間合いに一歩分の誤差が生じる。

 たった一歩、その微かな誤差により刀はシンジの腕を薄く斬る程度に終わってしまった。

「う、うわぁぁぁぁ!

 腕が、僕の腕がぁぁ!!」

 それでもシンジは尻餅をつき、斬られた部分を掴んでうずくまる。

 このまま決着をつけられるかと考えがよぎったが、嫌な予感がしてライダーの方を見る。

「どうしたアーチャーよ!

 貴様の力はその程度ではあるまい!」

「油断をしていると足元をすくわれるものですよ!」

「言うではないか!

 なら、本気を出さざるをえない状況にするまでよ!」

 手綱を強く握り、チャリオットを引く牛に号令をかける。

 直後、チャリオットから凄まじい放電が始まった。

 ……まずい、素人にもわかるような魔力があのチャリオットに集まっている。

 あれが発動されればライダーもただでは済まないだろう。

「そうはいかない!

 コードキャストhack(16);実行!」

 守り刀に魔力を流して振るう。

 その動作がコードキャスト実行の合図となり、斬撃が衝撃波となりイスカンダルに直撃した。

「む、身体が……っ!」

 申し訳程度のダメージを与えると、チャリオットに集まっていたイスカンダルの魔力が暴走し、彼を硬直させる。

 これは、スタンが成功したのか?

「そうか、あの魔力の集まる瞬間がスタンの……

 今だ、『ライダー』!」

「はい!」

 クラス名を叫ぶ。それが反撃の合図となり、ライダーは弓を収めて刀に手を伸ばす。

 絶好の機会にSE.RA.PHからはまだ警告のみ。

 ここで決着をつける!

 数メートルの距離を跳躍してイスカンダルに肉薄し、肩から脇腹にかけて一閃する。

 その一撃が相手に認識される前に、さらなる追撃をしようと刀を翻し……

 

『――戦闘を強制終了します』

 

 再び、無機質で無慈悲な声が空間を支配した。

 2日前同様空間を圧迫されるような感覚の後、戦闘前の位置に戻された。

 ただし、それぞれの状態(バイタル)は正反対なものとなった。

 こちらがほぼ無傷なのに対して、シンジは斬られた場所を押さえてうずくまり、イスカンダルは決して軽視できない傷を負っている。

「約束、守ってもらうよ、シンジ」

「ぐ……覚えてろよ由良!」

「あ、ちょっと待て!」

 こちらの制止を聞かずにシンジはアリーナを離脱してしまった。

「心配せずとも、あの小童はまだしも征服王の方は約束は守るでしょう。

 それより、先ほどの戦闘はお見事でした。

 このライダー、感激いたしました!」

「ライダーが俺を信じてくれたおかげだ。

 戦闘が終わってすぐで申し訳ないけど、トリガー入手とその後の探索も頑張ってくれるか?」

「もちろんです、主どの!」

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 校舎に戻ってきたシンジは呼吸を荒くしながら廊下を早歩きで進む。

 彼のサーヴァントであるイスカンダルが用があると言って別行動をとったことも災いして彼の様子は荒れに荒れていた。

「くそ、くそくそくそ!!

 由良のくせに、由良のくせに!」

 電子世界ではある程度の技術さえあれば必要以上の痛覚は遮断することができる。

 だから斬られたところが痛むことはないが、それ以上に格下と思っていた天軒由良から傷を負ったという事実がシンジの中で傷以上のダメージとなっている。

「あら、その傷……」

 聞き覚えのある声が廊下の隅から聞こえてくる。

 見ると、そこに立っていたのは真っ赤な衣装が特徴的な少女だった。

「もしかして、彼にやられたの?

 東洋の天才クラッカー様が、無様なものね」

「な……っ

 これは、あいつに花を持たせてやっただけさ。

 これから僕のサーヴァントがあいつを八つ裂きにしてやるんだからね。

 一度ぐらいは活躍させてあげないと」

 慌てて表情を繕って対応する。

 しかし目の前の少女は意味深な笑みを浮かべたままだ。

「あら、優しいのね。

 あの程度の攻撃でへこたれてたのも演技だというのかしら? へっぽこさん」

「僕のライダーのヘタイロイは最強だ!

 本気を出せば、あんな奴は一瞬であの世行きになるんだからな……っ」

王の友(ヘタイロイ)、ね。

 さぞかしお強いんでしょうね。

 あなたの大事な征服王は」

「はははっ!

 僕と対戦する時になってから謝っても遅いからなっ」

 遠坂に真名を断定されたということに気付いていないのか、シンジは捨て台詞を吐いてその場を去る。

「……残念だけど、あなたと戦う事はないでしょうね」

 遠坂の呆れたような呟きが彼に届く事はない。

 マイルームに戻ってくると、自身のハッキングで豪勢なものに変換したソファーに乱暴に腰を下ろす。

 目の前ではいつの間にか戻ってきていたイスカンダルも同じように胡座をかいている。

「この僕が由良に遅れを取るなんて、そんなはずは……」

「事実であろう」

「ライダー、お前アリーナから帰ってきてからどこに行ってたんだよ!」

「気にするな、ちょいと野暮用というやつだ」

「ちっ、まあそれはいいさ。

 けど、僕が由良に遅れを取ったのが事実ってのは納得できないんですけど?」

「余も坊主も傷を負った。

 SE.RA.PHの仲裁があったから無効になったとはいえ、誰がどう見ようと我らの負けだ」

「由良のやつ、自分のサーヴァントをアーチャーだって騙してたんだぞ!」

「敵を欺くも戦術の一つだ。

 向こうの方が一枚上手だったということであろう」

「てめえ、どっちの味方なんだよ!

 図書室の本を改ざんしようとしたら止めるし、まさか手抜いたんじゃねぇだろうな!」

「手を抜いて倒せるほど容易い相手ではないわ!

 それに、これが決戦でなかったこと、トリガーは昨日の時点ですでに揃っていること、なによりまだ1日猶予があることを喜ぶべきであろう?

 この傷ならお前さんのコードキャストやアイテムを使えば決戦には治る。

 その代わり安静にしておく必要はあるだろうが、まあ明日は情報集めに終始してもよかろう」

「ぐ……確かに、まだ由良のサーヴァントの真名はわかってないけど。

 この僕があんなやつに……」

「くどい!」

 イスカンダルのデコピンがシンジの額にクリーンヒットする。

 その痛みに悶えるシンジを仁王立ちで見下げるイスカンダルは重傷を負っているとは思えない威圧感を放っている。

「坊主、いつまでそう言っているつもりだ?

 確かにあやつらは最初の戦闘でこそ生まれたばかりの赤子同然だったが、この二日間で見違えるように成長していた。

 ハッカーとしての腕ならお前さんの方が断然強いだろう。

 それは余が保証する。

 しかしな、それは向こうのマスターも重々承知で挑んできている。

 ハッカーとしの腕が劣るなら、それ以外の知力、体力を駆使してお前さんに並ぼうと必死に鍛えてきたのだろう。

 しかも、ハッカーとしての腕も磨きながら、だ」

「………………」

 イスカンダルの言葉は正しい。

 だが認めたくはない。

 そんな心境がシンジの中で渦巻いている。

「……真名がわかれば、お前は由良に勝てるか?」

「それはお前さんの頑張り次第だ。

 マスターが全力で立ち向かうのであれば、そのサーヴァントである余も全力でそれに応えよう!」

「……まあ、この僕にかかれば由良のサーヴァントの真名なんて簡単に見つけられるさ!」

 相変わらずの自信家な発言をすると、シンジはさっさと横になってしまう。

 そんなシンジの行動さえもイスカンダルはその大きな器でよしとして、彼自身も休息に入った。

 

 

 トリガーを入手してからも鍛錬のため、しばらくアリーナを探索してから校舎へと帰還する。

『あれ、主どのどちらへ?』

「地下の購買部だ。

 一応、シンジたちがちゃんと約束を守っているのか知りたい」

『なるほど、承知しました』

 食堂には昨日同様マスターやNPCで賑わっていた。

 そんな人の壁を縫うように奥の購買部の元に行くと、購買委員のNPCが気付いて手を振ってくれた。

「ああ君!

 説得してくれてありがとう!」

「ということは、シンジがここに来たのか?」

「いや、サーヴァントだけだったよ。

 なんか肩から脇腹にかけて刀で斬られたような切り傷を負ってるのに迫力に衰えがないんだけど、そんな大男が頭を下げるんだもん!

 周りからすごく注目されちゃったけど、おかげでもう盗難に遭う心配はなくなったからホッとしたよ!!」

 興奮しているのか、矢継ぎ早に状況を説明する彼女に苦笑いする。

 やはりシンジは来なかったみたいだが、ライダーの言う通りイスカンダルが約束を守ってくれてよかった。

 体を張った甲斐があるというものだ。

「あ、そう言えば名前言ってなかったね。

 私は天梃(てんてこ)(まい)

「……え?」

「だから、天梃舞よ」

 天梃舞……てんてこまい……てんてこ舞い?

「えっと、名前でいいんだよね?」

「私なんてまだマシな方よ。

 図書室管理人の子は間目(まめ)知識(ちしき)、アリーナを管理してる子の名前なんて有稲(ありいな)幾夜(いくよ)だよ?」

 ……その、なんというか、SE.RA.PHのネーミングセンスはある意味すごい。

「じゃあ、舞さんでいいのかな?」

「舞でいいよ。

 どうせ私の名前呼ぶ人なんて君ぐらいだけどね。

 ああそうだ、これ謝礼金代わりに受け取って。

 前から物欲しそうに眺めてたでしょ?」

 そう言って渡されたデータは、俺が買おうとしていた寝具だ。

 しかも二つ分ある。

「こんなことしていいのか?

 これだって売り物だろ?」

「私からの餞別ってことで。

 シンジの盗みが無くなればこれぐらいの売り上げすぐに元が取れるし。

 あ、もしかして一つの方が良かった?」

 この子は一体何を言い出すのだろうか。

 不意打ちで少し顔が赤くなったかもしれない。

 テンションが上がってるからだろうが、少し悪ふざけがすぎる気がする。

「い、いや、二つくれるとありがたい」

「あははは、わかった。

 じゃあ、今日からはこれでしっかり休んでね」

「ありがとう、助かるよ」

 何はともあれ、これは素直にありがたい。

 貯めていた資金はそのままアイテム補充に回せると考えると、しばらくはアイテムに困らなさそうだ。

 

 

 マイルームに戻り早速寝具を展開する。

 ベッドだと日本出身だろうライダーが慣れるかどうか不安だったが、気を利かせてどちらも布団にしてくれたようだ。

「これでゆっくり休めるな」

「はい、あの体勢で休んでいる主どのには心配していたので、私も安心しました」

 ライダーの方が心配だったのだが、まあそれもう気にしないでおこう。

 ひとまず目標の一つを達成したことでホッと胸を撫でおろす。

「あ、お待ちください」

「どうしたんだ?」

「今日の稽古が終わってません」

 …………………………………………………………はい?

「ら、ライダーさん?

 まさかここから剣の稽古が始まるわけですか?」

「はい、もちろんです!

 実践も重要ですがそれとは別に基礎の稽古も必須です。

 今日は疲れていると思いますので、半刻ほどに短縮しましょう」

「はは、ははは……」

 ライダーの天真爛漫な笑顔が怖い……

 天使のような悪魔の笑顔とはこのことか。

 完全に善意による一時間の刀の稽古は昨日ものよりハードなもので、終わる頃には布団に倒れ込んでいた。

 その目の前で、装備を解いたライダーも腰を下ろす。

 ……目のやり場に困るので注意してライダーの方を見る。

「明日は決戦前日となります。

 やり残したことがないようにして、万全の状態で挑めるようにしましょう」

「ああ、そうだね。

 ……クラスを偽った奇襲作戦でイスカンダルにダメージを与えることはできたけど、あの傷はどれぐらいで回復しそうかわかるかな?」

「向こうのマスターの魔力やコードキャスト、それからアイテムの使用量にもよりますが、おそらく1日あれば完治されるかと」

 つまり、決戦ではこのアドバンテージはなくなっていると考えた方がいいわけだ。

「なら、明日は色々やらないといけないな。

 ……ごめん、予定は明日考えるから今日はこのまま寝ていいかな」

「はい、ゆっくり身体を休ませてください、主どの」

 ライダーの微笑みに見守られながら目を閉じ、静かに眠りについた。




天梃舞のネーミングは時間かけたものあって割と気に入ってたりします
EXTRAの購買委員は対戦相手が変わるごとに男子になったり女子になったりしてましたが、今作では基本的に彼女が購買委員として登場します


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覚悟の前夜

すいません更新が一日遅れました

fgoVRなるものが発表されたみたいですね
CCCイベが導入されれば検討します

今回は決戦前日の話となります


 決戦の前日。

 初めての布団で睡眠をとった朝は、心なしか身体が軽くなった気がする。

 横を見ると、ライダーはすでに正座してこちらの覚醒を待っていた。

「ライダー、もしかしてまた寝てないのか?」

「いえ、主どののおかげでしっかりと休息を取ることができました。

 こうして待っていたのは数分ほど前からですので、お気遣いなく」

 凛とした様子で頭をさげるライダー。

 彼女が嘘をつくとは思えないし、休めたというのなら事実なのだろう。

 明日は決戦。

 やり残しがないようにまずは朝食……いや、時間的に昼食か。

 食事をとりながら考えをまとめよう。

 

 

 食堂は今日も今日とて賑わっていた。

 適当な席に座って食事をとる。

 なんだかんだ予選が終わってからきちんと食事をするのは今日が初めてではないだろうか?

 そこに、シンジが近づいてきた。

「やあ、由良。

 どうやらそっちもトリガーは揃ったみたいだね」

「シンジ……」

「昨日は確かに遅れをとった。

 けど、もう君に切り札がないのはわかってる。

 サーヴァントの情報もしっかり集めてるから、情報アドバンテージで勝ってるとも思わないことだよ」

『……相変わらず癪にさわる言い方ですね』

 ライダーの不満は最もだが、シンジの言い分にも一理ある。

 ライダーの真名がバレれば、シンジならその対抗策を講じられるだろう。

 こちらもこの1日でどこまで自分を鍛えられるかが重要になってくる。

「おや、これは久しい顔ぶれですね」

 突然声をかけられてそちらを向く。

 そこにいたのは一人の少年だ。

 予選の間、短い時間だが言葉を交わした記憶がある。

 シンジは目を丸くして彼の名前を口にする。

「なっ、レオ!?」

 ……そう、彼は『レオ』。

 レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイだ。

 彼は自然体なのに、見るものを圧倒する存在感がある。

 しかし、彼はあくまで友人に接するような柔らかさで話しかける。

「やはり、あなたたちも本選に来たんですね」

「レオのおかげだよ。

 君の言葉が予選通過のきっかけになったんだ」

 予選の時のレオの言動を思い出す。

 あのときは何を言っているのか全く分からなかったが、今ならわかる。

 彼が俺にアドバイスをしてくれていたのだと。

「それは、よかった……」

 あれ、気のせいだろうか、今一瞬レオの表情が曇ったような……

 いや、ちょっと待て。それよりも気にすることがあるじゃないか。

 レオの存在感に感覚が麻痺していたのか、彼の背後に立つ人物に気付くのが遅れてしまった。

 汚れのない純白の甲冑を見に纏い、帯剣しているその姿。

 隠しもせず漏れ出る、人の域を超越した力。

 明らかにサーヴァント……っ!

「……ガウェインですか?

 ああ、僕としたことが失念しました。

 ガウェイン。挨拶を」

「従者のガウェインと申します。

 以後らお見知りおきを。

 どうか、我が主の良き好敵手であらん事を」

 レオは自分のサーヴァントに挨拶を促し、サーヴァントはそれに応える。

 ……ガウェイン卿といえば、アーサー王伝説を円卓の騎士としてあまりに有名だ。

 伝承によれば、その力は君主であるアーサー王をしのぎ、手にした聖剣は王の聖剣と同格の威力を持つとされる。

 クラスはどう見てもセイバーであるし、彼ほどの有名な英霊なら弱点だって探すのに苦労しないだろう。

 レオはその真名を明かした。

 事の重大さがわかっていないわけではないはずだ。

 シンジのイスカンダルが勝手に真名を名乗ったのとはわけが違う。

 つまりこれは、レオの自信の表れだ。

 明かすものは全て明かす。

 その上で勝利するのが彼の日常なのだとしたら……

「ほほう、これは戦いがいのあるやつが現れたものだ」

 我慢しきれなかった、とでも言わんばかりにイスカンダルが勝手に実体化してガウェインと対峙する。

 見た目の傷は癒えているようだが、まだ万全には程遠いだろう。

 その行動にマスターのシンジはまたも騒ごうとするが、イスカンダルに口を塞がれて阻止されていた。

「あなたは?」

「余は征服王イスカンダル。

 此度はライダーとして現界した」

「イスカンダル……

 これはこれは、あの征服王と名高いアレクサンダー大王と対面できるとは光栄です」

「うむ、この聖杯戦争ではどいつもこいつも名前を伏せて戦う腑抜けしかおらんのかと思ったが、ガウェイン卿がいるとなれば話は別。

 これは戦う楽しみが増えたというものよ!」

「こちらも、征服王と相見える時が来るのを楽しみにしています。

 では、僕たちはこれで。

 どうか、悔いのない戦いを」

 丁寧にお辞儀して、少年と騎士は去っていく。

 残された俺たちはその背中を見送り、見えなくなったところでイスカンダルが豪快に笑いだした。

「これは、何が何でも勝ち進む必要が出てきたわい!

 明日の決戦では手加減なしで戦う事になるだろう! 悔いのないように準備をしておくことだ!

 ではゆくぞ坊主、いざアリーナへ!」

「今日は図書館って言っただろうが!」

「む、そうであったか。

 ではこの滾る闘志は明日の決戦でぶつけるとしよう!」

 そう言うとイスカンダルはシンジの襟を掴んで食堂を去っていった。

『……嵐のような方ですね』

「うん、そうだね」

 まさか、対戦相手に激励の言葉を受けるとは思わなかった。

 とはいえ明日はイスカンダルの言った通り決戦だ。

 泣いても笑っても、明日の戦いの結果で勝者と敗者が決まる。

 そして、言峰神父の言っていた『死』の意味も……

 

 

 食堂で考えた結果、アリーナに入る前に敷地内を探索することにした。

 シンジのことで頭が一杯になっていたが、勝ち進むにはシンジ以外のサーヴァントも倒さないといけない。

 当然、レオと当たることもあるだろう。

 なら、今の内に他のサーヴァントの情報を探すのも必要だという結論になったわけだ。

 気が早いのは確かだが、この探索がシンジへの勝ち筋にもなるかもしれない。

 校舎内はもちろん、運動場、弓道場と足を運んだ。

 ……結果だけを言えば、NPCと雑談を交わす程度でシンジの情報はほとんど手に入らなかった。

 他のサーヴァントの情報もそれだけでは有益かどうかわからないものがほとんどだ。

 ただ、マスターについてはいくつか気になる情報を得ることができた。

 ゴスロリの服を着た双子の少女の幽霊が現れる、とだけ口を揃えて言われるだけだったが……

 ダメ元で探索してみたわりにはそれなりの結果だったと思う。

「あとは、有力なマスターを潰しているマスターがいるから注意するように、か……

 校舎内での戦闘は禁止されていたはずだけど、誰かがそれを守っていないということか?」

『問題はそこではないかと。

 校舎内では一人マスターを殺しただけでもSE.RA.PHから致命的なペナルティがかかるはずです。

 それを何度も行うというのは、ペナルティが怖くないほどの手練れなのか、何か抜け道があるのかもしれません。

 一度教会に行ってみてはいかがでしょう?』

「言峰神父がいるところか……

 そう言えば一度も行ってなかったな」

『あの方に対してはあまりいい印象はありませんので、主どのが嫌であれば私も強制はしませんが……』

「行くだけ行ってみよう。

 不安要素を増やすことになるかもしれないけど、マスター潰しが本当なら警戒しておいて損はないし」

 などと言ってる間に、校舎を抜けて教会前の噴水広場に出た。

 ここは庭園にもなっていて、色とりどりの花が咲き誇っている。

 心を落ち着かせるには丁度いい場所かもしれない。

 そこに、教会に向かって黙祷を捧げている一人の老人の姿が見えた。

 白髪に加えて髭も蓄えた老人に弱々しい印象はなく、むしろまだまだ現役という風な様子だった。

「あの人は……づっ!」

 屋上で遠坂と初めて会った時と似たような感覚に顔をしかめる。

 予選で会ったかもしれないが、シンジのようにはっきりとは覚えていない。

 遠坂のときのように名前を思い出すこともない。

 学生のアバターが多いなか老人で軍服を身にまとったアバターだから、すれ違った程度でも印象に残っていたのだろうか……?

 しばらく遠くから眺めていたが、さすがに気付いた老人がこちらに振り向いた。

「おや、こんなところにマスターが来るとは珍しい」

「教会にいる言峰神父に会おうと思って来たんですが……

 すいません、何か邪魔をしましたか?」

「いや、ただの老ぼれの習慣のようなものだ。

 気にしなくても構わない。

 それより、言峰神父に用があると言っていたが、あいにくと彼は今は不在のようだ」

「そう、ですか」

 確か彼は教会にいると言っていたはずだが……

 ああ、常にいるとは限らないとも言っていたか。まさか本当に不在だとは思わなかった。

「何か用があったなら見かけたときに伝えておくが?」

「あ、いえ……

 気になる噂を聞いたので確認したかっただけなので、また自分で伺います」

「変な噂?」

「マスターを潰しているマスターがいるという噂です。

 言峰神父なら知ってるかと思って……」

「マスター潰しか。まさか……」

 老人は自分の背後に視線を向ける。

 すると彼の背後で霊体化していたサーヴァントが姿を現した。

「いやいや、いくら俺でも関係ないやつ殺してる暇はありませんってば。

 そもそも、情報はサーヴァントじゃなくてマスターって話じゃないっすか。

 ちょっとおたく、俺の評価下げるようなこと言わないでくださいます?」

 緑色のマントに身を包んだ青年は軽い調子でこちらに話を振る。

 老人はそんな彼をまっすぐ見据える。

「お前がそう言うなら信じよう。

 ただし、疑われるような行為をしたことは自覚してもらう」

「……あーはいはい。

 その話はさっきも聞きましたってば。

 他のマスターにいつまでも姿見せるのもなんなんで、俺は消えますよ」

 煩わしそうに手を振りながら青年は姿を消した。

「……………………」

 その一瞬、こちらを見た彼の視線は狩る側の人間のものだった。

 イスカンダルの威圧とは違う、純粋な殺意しかない視線は、ただ見られただけなのに背筋が凍るような感覚だった。

「えっと、わざわざ教えていただいてありがとうございました」

「この程度構わんよ。

 それにしても、先日会った青髪の少年とは随分と違う。

 やはり礼儀正しさは人それぞれか」

 老人が口にした青髪の少年というのに一人の友人を思い浮かべる。

「それ、たぶん俺の対戦相手です」

「おや、ということは君が由良くんか」

 ……やっぱりシンジはいろんなところで言いふらしているらしい。

「明日はもう決戦か。

 昨日彼と話していたとき、私と当たったときは軍隊で圧倒してやると言っていた。

 何かしらの召喚術があるだろうから用心しておきなさい」

「…………え?」

 老人は雑談のような軽さでシンジの情報を提供してくれた。

 もしかしたら彼には不要な情報だったのかもしれないが……

「シンジの対戦相手である俺に教えてもいいんですか?」

「ふむ、ブラフと警戒する前にこちらを心配するとは、君は余程純粋のようだ」

「あ、そうか……」

「心配せずとも先程言った情報は事実だ。

 老いぼれの相手をしてくれた礼と受け取ってくれて構わない」

 老人はそう言って校舎へと戻っていった。

 名前を聞きそびれてしまったが、もし自分が二回戦に上がれれば会う機会もあるだろう。

 ……対戦相手として当たるのは勘弁願いたいが。

 

 

 鍛錬を兼ねたアリーナ探索から戻り、マイルームで対面する。

「明日はいよいよ決戦ですね、主どの」

「ああ、そうだね……」

 明日、泣いても笑っても決着がつく。

 アリーナの時のような強制終了がないということに、無意識に身体が震える。

 その手を、ライダーはそっと握る。

「あちらの情報は十分集まってますし、逆にこちらの情報はほとんど漏れていません。

 今日1日は調べることに没頭していましたが、おそらくそこまで進展はないでしょう。

 それに、主どのの刀の扱いは日を追うごとに上達しています」

「ありがとう、ライダー……」

 決着がつくということは、どちらかが敗北するということ。

 敗北者がどんな末路を辿るのかまだわからないが、最悪の状況になることも覚悟はしている。

 ただ、記憶が思い出せず、戦う理由が見つからない今の自分は、こうして誰かと争う資格があるのだろうか……?

「ライダーは生前、何のために戦っていたんだ?」

「私ですか?」

「うん、ちょっと気になって」

「そうですね……

 私は兄上の命令に従って戦場を駆けていました。

 この軍勢を討てと命じられれば何が何でも打ち滅ぼし、ある地へ駆けつけよと命じられれば四六時中馬を走らせ馳せ参じる。

 強いて言うなら、私は兄上のために戦っていた、といったところでしょうか」

「兄上?

 ライダーにはお兄さんがいたのか?」

 尋ねるとライダーはハッとしてバツが悪そうに視線をそらした。

「あ、その、できれば真名に関わるので兄上のことについては忘れていただければ……」

「わかってる。そのことは追求しない」

「ありがとうございます。

 しかし、なぜいきなりそのようなことを?」

「記憶が取り戻せないなら、新しく理由を作るべきだと思うんだ。

 だから、戦う理由の参考になるかなって思って」

「私のようなものの理由が参考になればいいのですが……」

「もちろん参考になったさ。

 そうか、誰かのために戦うってことも理由になるよね。ありがとう、ライダー」

「力になれたのなら本望です!

 では今日はもう休みましょう」

「ああ、そうだね。

 おやすみ、ライダー」

「はい、おやすみなさいませ」

 やれることはやった。

 あとは小さな覚悟を決めて、明日の決戦に挑む。




次回、ついに征服王との決戦です
先に言っておきます。二話に分けます


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友との決戦

修正のつもりがいつの間にか加筆して今回1万文字オーバーです
分けようかと思いましたがこれ以上決勝戦の話数増やすのも避けたかったのでこのままいきます

今回はエレベーターでの問答+戦闘前編です


 ――そして、私は観測する。

 

 用務室の前、門番のように佇む言峰と名も知らぬマスターが言い争っている。

「そんなっ!?

 あと1日猶予をください!

 お願いします!」

「モラトリアムの延長は許可できない。

 トリガーが不足している君はここで不戦敗というわけだ」

 そこに一切の容赦はない。

 事務的に処理され、彼の体はどんどんノイズに蝕まれていく。

「う、嘘だ!

 ちゃんとトリガーは二つ手に入れてるんだ。

 それが、あの変な二人組の子供に盗まれて……!」

「自分の持ち物を管理できなかったのなら君の責任だ。

 敵ではなく君の力不足を呪いたまえ」

「あ、ああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 名も知らないマスターの身体がノイズに侵され、崩れていく。

「さらばだ、不確定のマスターよ。

 電子の月の中に漂うのもまた、一つの終結の形としては悪くないだろう」

 彼の隣に立っている、眼鏡をかけた大人しそうな青年が彼のサーヴァントだろうか。

 青年は申し訳なさそうに目を伏せて消滅の時を待つ。

 断末魔とともに消滅したマスターを追うようにサーヴァントも消滅し、用務室前には静寂が戻った。

「怖気付いたかね、遠坂凛?」

「バカ言わないで。

 というか、すでに私の決戦は終わってるわよ」

「これは失礼。マスターの消滅の瞬間をマジマジと見る者は初めてでね」

「消滅した方のマスター自身に興味はないわ。

 気になるのはさっきの発言よ。

 トリガーを盗む手癖の悪いマスターがいるってことなのかしら?」

「それはこちらでも調査中だ。

 トリガーは見た目は一緒だが入手した瞬間持ち主のIDが記憶され、その者が決戦場に行くための鍵にしかならないようになっている。

 現状誰かのトリガーを盗んで決戦場に行こうとするものも、トリガーを余分に所有しているものも確認できていない」

「……あっそ」

 あからさまに眉をひそめて感想を述べる遠坂。

 言峰との会話はそれ以上続くことはなく、階段を登ろうと踵を返した。

 そのとき、踊り場を逃げるように駆け上がっていく人影が見えた。

 気になって後を追うとゴスロリの服に身を包んだ双子の少女の背中が一瞬だけ見え、そして最初からいなかったかのように消えてしまった。

「……今のは、噂の双子のゴスロリ少女?」

 一瞬で消えたということは、転移魔術でも使ったのだろうが、あまりにも早すぎるうえに魔術を使ったような痕跡すらない。

「どうやら、また面倒なのがいるみたいね」

 明らかにイレギュラーな存在に頭が痛くなり、遠坂は深くため息をついて頭を押さえる。

 なぜなら、この世に絶対の勝利など存在しない。

 油断をすれば、消滅するのは自分になるのだから。

 

 

 朝、自然と目が覚める。

 ライダーもすでに武装をして準備万端だ。

「それでは参りましょう、主どの」

「ああ、そうだね」

 廊下を出ると、決戦当日ということもあってきょうはどことなく空気がピリピリしている。

「ふむ、どうやらモラトリアム中に倒れることはなかったようだな」

 背後からの声に振り返ると、言峰神父が立っていた。

「……出会って一言目がそれですか」

 皮肉を通り越してもはやだだの侮辱ではないだろうか。

 しかし彼は言うだけ言ってあとは定型文へと戻る。

「いよいよ決戦の日となった。

 今日、各マスターどちらかが退場し、命を散らす。

 その覚悟は、出来ているかね?」

 ――命を散らす。

 言峰神父は不敵な笑みを浮かべるだけでそれ以上は何も告げない。

 正直、何度もシンジと戦ってきたが、『死』というものはあまりにも現実からかけ離れていて、真実の響きが感じられない。

 ……本当にそうか?

 自分の中でどこか理解している部分がある。

 この戦いに敗れた末路が、本当の『死』であるということに。

 知らないはずなのに、経験したかのような感覚は今に始まったことじゃない。

 この違和感は、一体なんなのだろう……

「全ての準備が出来たら、私の所にきたまえ。

 購買部で身支度をする程度は、まだ余裕がある」

 伝えるとこは伝えた、と言うかのように言峰神父は最初からいなかったかのようにその場から消える。

 ホログラムか何かだったのだろう。

 手持ちのアイテムに不足がないことを確認して、一階の用務室に向かう。

 その途中、踊り場で赤い服に身を包んだ少女が壁に体を預けていた。

「遠坂……

 そっちも用務室に向かうところ?」

「いえ、私はモラトリアム中に相手が仕掛けてきたのを返り討ちにしたから、もう勝ちが確定しているわ」

「そうか……」

 遠坂の言葉に、もしかしたら自分もそうなっていたかもしれないと背筋が寒くなる。

 ただ、俺たちは決戦まで生き残り、自分を磨くことができた。

 未だシンジとの力の差は埋まってないかもしれないが、ただ易々と負けるわけにはいかない。

「一応確認だけど、トリガーはちゃんと二つ持ってるかしら?」

「うん、どうにかね。

 けど、どうして遠坂がそれを聞くんだ?」

 こちらの質問に遠坂は肩をすくめる。

「……さあ、何でかしらね。

 さっきトリガー不足で決戦場にさえ行けなかったマスターがいたから、少し気になったのかも」

「心配してくれてたんだ」

「そ、そんなんじゃないわよ。

 私が手助けするって言ってあげたマスターが、決戦場にも行けずに負けたら私の目が節穴だったってことになるのが嫌なだけ。

 いい、シンジなんかに負けたら許さないんだから!」

 ……慌てる遠坂の姿は新鮮で、なんだか得した気分だ。

 そんなことを考えていることがバレればどうなるのか目に見えているから、努めて平常を装う。

「ありがとう。絶対に勝つよ」

「まだ危なっかしいけど、いい顔つきになったわね。

 戦う理由、見つかったのかしら?」

「どうだろう。正直、まだわからない。

 でも、このまま何もできずに終わるのはダメだと思うんだ。

 どんな結果が待っているのだとしても、俺は生き残りたい」

「……そう」

 短く返事をした遠坂はスカートを翻して階段を上がっていく。

「あ、そうだ天軒君」

「どうかした、遠坂?」

「……いえ、また会えたら会いましょう」

 一瞬何か言いかけたが、間を置いた後は彼女なりの激励なのか微笑むだけでそれ以上は振り返ることはなかった。

「ああ、必ず会おう」

 そう言葉を返すころには遠坂の背中は二階へと消えていった。

 その背中を見送り、こちらも踊り場から一階へ降りていく。

 用務室前には言峰神父が悠然と佇んでいた。

「ようこそ、決戦の地へ。

 身支度は整えたか?

 扉は一つ、再びこの校舎に戻るのも一組。

 覚悟を決めたのなら、闘技場(コロッセオ)の扉を開こう」

「トリガーはここにある」

「よろしい、ではそれを扉にインストールしたまえ」

 言峰神父に従って二つのトリガーを用務室にインストールする。

 トリガーを認証した引き戸はエレベーターの扉に形を変えるとともに開かれて中に招かれた。

 中はエレベーターらしい閉鎖的な空間になっており、半透明の壁に隔たれた向こうにはシンジとイスカンダルが佇んでいる。

「なんだ、逃げずにちゃんと来たんだ」

「俺は、途中で投げ出すようなことはしないから」

「……ああ、そう言えば生真面目だけが取り柄だったっけ。

 でもさ、学校でも思ってたけど、空気読めないよねホント。

 悪いけど、君じゃあ僕には勝てないよ。

 どうせ負けるんだから、さっさと棄権すればよかったのに」

 ……いつもと変わらないシンジらしい言葉なのに、以前のような油断が感じられない。

 由良には負けるわけがない、ではなく、絶対に由良に勝つ。

 慢心ではなく自信に満ち溢れている。

「途中退席はないって言峰神父も言ってたし、なによりやってみないとわからないからね」

「……まあ、確かにこの前は僕たちの負けだよ。

 騙し討ちなんて、生真面目な由良には珍しい戦法だったからね」

「……………………」

 意外だ。

 あのプライドの塊のようなシンジが自分の非を認めるなんて……!

「なんだよその顔は!

 僕だって信じたくはないさ。

 けど、負けかけたのは事実だし……

 それに、一度ピンチになるのも主人公らしいだろう?」

 うん、やっぱりいつものシンジだ。

 そのことにちょっとだけ安心する。

「それに、君のサーヴァントの真名もわかったからね」

「……っ!」

 不意に出たシンジの言葉に表情が強張る。

 ほとんど情報は漏れていないはずなのに、まさかシンジはわかったというのだろうか?

「注目するべき点は三つだ。

 まず、女性の武士であること。

 これは見てわかる情報だし、ここである程度絞れてくる。

 そして、薙刀ではなく刀を使っていた点。

 薙刀は遠心力を使うことで自分の力以上の速度で切れるから、非力な人間にはもってこいだ。

 だから、女性は薙刀を持つ方が実用的なはずだ。

 まぁ、これは由良もわかるよねぇ、基本だし?

 けど、君のサーヴァントは刀を使っている。

 なら、武芸に富んだ武士だったと見るべきだ。

 そして三つ目、僕のライダーと互角に渡り合えるなら、それなりに有名な武将の可能性が高い」

 すらすらと出て行くシンジの考察。

 遠坂ほどではないが、やはりシンジも有力なマスターであるということだ。

「これらを総合して考えると、もう該当するのは一人しかいない。

 君のサーヴァント、甲斐姫だろ?」

 シンジがライダーの真名だという名をあげる。

 ――甲斐姫。

 成田氏長の長女で、忍城の城主。

 あの豊臣秀吉の側室でもある姫君。

 兵法、武芸に秀でていたとされ、東国随一の美女とも言われている。

 小田原攻めで手薄になった忍城を石田三成軍から守り抜いた逸話などが有名で、おそらく日本で最も名高い戦乙女だろう。

 確かに彼女は浪切という日本刀を振るっていたとされているし、俺のライダーと該当する部分も多い。

 ただ……

「どうだ由良、僕が本気を出せばこれぐらいお手の物なのさ!」

「俺、ライダーの真名知らないんだ」

「はぁ!?」

 シンジは素っ頓狂な声をあげる。

 いや、当然と言えば当然なのだが……

「お前、自分のサーヴァントの真名知らずに戦ってきたのか?」

「そうした方が俺から情報が漏れることもないし」

「そうだとしても、名前も知らないやつ信用できるわけないだろ、普通。

 お前頭おかしいんじゃないの?」

「信じるよ」

 それだけは即答できる。

 この言葉にはシンジはもちろん、沈黙を貫いていたサーヴァント達も驚いた様子でこちらを注目する。

 ……そこまで変なことを言っただろうか?

「ライダーの名前は知らなくても、彼女は未熟なマスターのである俺を信じて戦ってくれるんだ。

 ライダーを信じるには、それだけで十分だろ?」

「……話にならないね」

 シンジは頭を押さえて首を振る。

 世間一般ではこの信頼はおかしいかもしれない。

 ただ、天軒由良という人物がライダーを信じる理由はこれなのだ。

 他人の評価なんて必要ない。

 そして、イスカンダルが我慢の限界とばかりに豪快に笑い出した。

「面白い!

 理屈ではなく心で信じ合える仲ということか!

 これは到底できることではあるまい!!」

「なっ、お前黙ってろって言っただろう!」

「しかしなぁ、坊主。

 向こうにこれ以上揺さぶりをかけても情報は得られんと思うぞ?」

「ぐっ……わかったよ」

 シンジの表情が苦虫を噛み潰したように歪む。

 どうやら、こちらに揺さぶりをかけて真名に確信を持つ予定だったらしい。

 一応ライダーの方を見てみるが彼女にも動揺は見えない。

 シンジの勘は外れたということか。

 たしかに該当する点は多いが甲斐姫にライダーとしての適性があるかどうかは微妙なところだ。

 予想が外れて表情が曇るシンジだが、その頭をイスカンダルの大きな手が覆う。

「心配するな。

 余と坊主なら必ず勝てる」

「あぁもう、頭を撫でるな!」

 ……彼らの関係はまるで親子のようだ。

 凸凹コンビではあるが、その凸凹がうまく噛み合っている。

「にしても天軒由良と言ったか。

 貴様は面白い。

 我が軍隊に引き入れたい人材だ」

「……ヘタイロイにですか?」

「ほう、そこまで調べていたか」

 イスカンダルは不敵に笑う。

 そこで、エレベーターの動きが止まった。

 決戦の地に到着したらしい。

 エレベーターの扉が開くと同時に転移魔術が起動し、強制的に決戦場に配置させられた。

 船の残骸が無残に積み上げられた海辺のような空間。

 船の墓場、という言葉を連想させるこの場所が今回の決戦場のようだ。

「主どの……」

「どうした、ライダー?」

 ライダーらしくない、弱々しい声で尋ねてくる。

「もし、この決戦で私が変わり果てたとしても、主どのは私を信じてくれますか?」

「……それは、負けるということか?」

「いえ、勝ちます、勝ってみせます。

 ただ、そのために、私は私を捨てる必要があるかもしれません。

 もしそうなったとしても、主どのは私を……」

「ライダー」

 うつむくライダーの両肩を掴み、下から覗き込む様にして彼女と視線を合わせる。

 ライダーは何かを決心しようとしている。

 なら、こちらも綺麗事ではなく、本心を告げる。

「一体ライダーが何を心配しているのかわからない。

 でも、俺はライダーを信じている。

 だから、心配しないでくれ」

「……はいっ!」

 どうやら、ライダーの中で何か決心がついたようだ。

 ライダーが俺の前に立ち、俺も立ち上がりシンジと向かい合う。

「最期の会話は済ませたかい、由良?」

「最期にはしない。

 一度目は惨敗で、二度目は勝った。この決戦も、俺たちが勝つよ」

「……確かに一度は負けた。

 けど、もうそんなことはない。

 今度はキーボードでコードキャストを実行するような油断もしないんだ。

 奇跡は二度は起こらないってことを思い知らせてやるよ、由良ぁ!!」

 自分の右手を握りしめる。

 シンジを……偽りであろうと友人を傷つけるのは怖い。

 だが、今は弱音なんて吐いてる場合ではない。

 微かに震える自分を鼓舞するように、シンジに言葉を返す。

「なら、今度は必然にするまでだよ、シンジ!」

 

 ――そして、決戦場に開幕の鐘が鳴る。

 

 

 両者のサーヴァントはまず己の獲物引き抜く。

神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)!」

永久機関の騎馬(イモータル・アドー)!」

 雷鳴とともに現れるイスカンダルのチャリオット。

 そしてこちらのライダーも何かを呼び出した。

「これは、馬?」

「とある伝承が宝具として具現化した馬になります。

 主どの、お手をどうぞ」

 ライダーに引っ張られて彼女の馬にまたがる。

「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」

 その直後、イスカンダルの雄叫びと共にチャリオットが突進を開始する。

「なんの!」

 対してライダーも手綱を握り回避を図るが、明らかに遅い。

 走り出すまでにイスカンダルのチャリオットはもうすぐそこに来ている……!

「主どの、しっかり掴まっていてください!」

「え……――」

 どういうことかライダーに聞く前に身体がバラバラになりそうなほどの風圧によって後ろに引っ張られた。

「~~~~~~~っ!?」

 言葉にならない悲鳴をあげながらも、振り落とされないようにライダーにしがみついていると、その後方をイスカンダルのチャリオットが突っ切っていく。

 ……どういうことだ?

「もしかして、あの一瞬でここまで来たのか?」

「はい、これが今の私が持つ宝具の一つ『永久機関の騎馬(イモータル・アドー)』です。

 由来についての説明は省きますが、この馬は例え止まった状態からでも、常に最大速度で走ることが可能なのです」

 確か、馬の最高速後は瞬間的には時速70キロは出るはずだ。

 それを常に維持できる。

 ライダーのいうことが正しければ、時速0キロの状態からでもタイムロスなしに時速70キロ前後で走り始められるということになる。

 現実的にそれを可能とするには、後ろから時速70キロ以上の物体に衝突してもらうしかない。

「直線では追いつかれるでしょうが、方向転換時にも減速しないこの馬なら、蛇行すれば避けるのも容易いかと思います」

「いや、ちょっと待ってくれ、それって慣性の法則で俺の身体がすごいことにぃぃぃっ!?」

 言ってるそばからライダーがUターンしてイスカンダルの方に疾走する。

 まるでバットで打ち返されたボールのような、進行方向が一瞬にして真逆に変わることによる慣性によって、しがみついている腕が再び悲鳴をあげる。

 手を離さなかったのは奇跡に近い。

「ら、ライダー!

 この慣性どうにかならないのか!?」

「あ、も、申し訳ありません!

 今魔力で簡易結界を施します!」

 自分のマスターが決戦とは別のところで命の危険を感じていることに気が付いたライダーは、この宝具に備わっていたらしい能力を使い、風圧と慣性を弱めてくれる。

 おかげで、急旋回をしてもそこまで振り回されることはなくなった。

 ようやく戦況を確認する余裕が生まれる。

「さっきの突進を避けるか。

 それは貴殿の宝具の能力か?」

「だとしたらなんです?」

「面白い!

 是非とも余の傘下に加えたい!」

「私が仕えるのは、我が兄上と主どの以外に存在しない!!」

 両者現実離れしたスピードで接近し、すれ違いざまにお互い得物を振るう。

 高速で鉄同士がぶつかり合うことで火花が散り、一度距離が開く。

 そしてライダーは間髪入れずにUターンしてイスカンダルを追撃する。

 イスカンダルも急旋回してそれに対応するが、二度、三度と繰り返す間にイスカンダルの背後を襲う構図になっていく。

「ほう、どうやら向こうはかなり小回りが効くようだ。

 さすがにあと二度打ち合えば対応が難しいかもしれん」

「だったら一旦離れろっての!

 僕が牽制するからさっさと走れ!」

「おお、これは助かる!」

 シンジの放つ弾丸にライダーが手間取っていると、その隙をついたイスカンダルがライダーに背を向ける形で疾走する。

 こちらも追いかけるが、一向にイスカンダルのチャリオットには追いつけない。

 その様子を見たイスカンダルはニヤリと笑った。

「なるほど、わかったぞライダー!

 この馬は一定のスピードでは走れるが、それ以上のスピードになることはないのであろう?

 なら余の神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)には追いつけまい!」

「ええ、確かにそうでしょう。

 ですが、この追われている状況を変えることも難しいはずです」

 ライダーの言う通り、イスカンダルが再びライダーと打ち合うには振り向く必要があるが、それには一度減速する必要がある。

 それだけの時間があればライダーが懐に潜り込むには十分すぎる。

「なら、地上以外を使って旋回するまでよ!」

 チャリオットの放電が増し、宙を走り出す。

 そのままライダーの跳躍でも届かない高さまで上昇すると、旋回してこちらと向き合う。

「先の戦いでは不発に終わったが、今度こそ神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)の力を見せてやろう!」

 チャリオットに魔力が集まっていく。

 ……まずい、あれは先日と同じ何かを仕掛けてくる!

「させるか!

 コードキャスト実行……」

「――shock(64);」

 前回同様守り刀のコードキャストを使おうとすると、守り刀を持つ手をシンジに狙い撃ちされた。

「そう何度も邪魔できると思うなよ、由良!」

「あの距離で当てるのか……

 いや、今はそれどころじゃない!」

 イスカンダルのチャリオットに流れる魔力が膨れ上がる。

遥かなる蹂躙制覇(ヴェア・エクスプグナティオ)!!」

 辺りに雷を落としながら、先ほどとは比べ物にならない速度で突進してくる。

 これは、避けられない……っ!

 そう確信したとき、ライダーが俺を抱えて後方に跳ぶ。

 ライダーが飛び退いた後の宝具は一瞬だけイスカンダルの突進に耐えるが、その後は跡形もなく消し飛んだ。

「がぁぁっ!」

 爆風に吹き飛ばされた身体は地面を転がり、数メートル先でようやく止まった。

「あははははっ!!

 すごいよライダー、相手の宝具を潰したよ!」

「油断はいかんぞ、坊主。

 余とて宝具は一つではない。

 なら、向こうもまだ隠し持ってるやもしれん」

 シンジの油断をイスカンダルが制する。

 そのせいで、こちらの付け入る隙がどんどんなくなっていく。

「……ライダー、大丈夫か?」

「はい、主どのもご無事でなりよりです」

 お互い軽い打撲や擦り傷は数え切れないが、それ以外の目立った外傷はない。

 ひとまず今出来る限りコードキャストで治療を試みる。

「ありがとうございます、主どの。

 おかげで、まだ私は戦えます」

 こちらに気をかけながらライダーは立ち上がるが、宝具は破壊された。

 戦えないことはないだろうが、この広大なフィールドで機動力が劣っているというのは不利だ。

 ただ、それでもライダーが戦うのなら俺も倒れたままでいるわけにはいけない……!

「宝具を一つ破壊されてもまだ立つか。

 その意気込みは賞賛に値する。

 ならこちらも、全力を持ってとどめを刺そう」

「何を言っているんですか?」

 ライダーは不敵に笑う。

 それはハッタリを言っている様子ではない。

「私はまだ終わってなどいませんよ。

 確かに、宝具は一度破壊されれば再生は難しい。

 ですが、それにも例外はある!

 再び我が元に現れよ、永久機関の騎馬(イモータル・アドー)!!」

 ライダーの声に応えて再び彼女の馬が姿を現した。

「なんと!」

「この宝具は、主に三つの効果の集合体です。

 一つ目が、さきほどまでお見せしていた常に最高速度で走り続ける能力。

 二つ目は、このように破壊されても瞬時に再生する能力です」

 そして、とライダーが自身の馬に跨り、自分もそれに倣う。

 ……変化にはすぐに気が付いた。

 先ほどライダーを治癒するときに魔力を大量に消費したはずなのに、その疲労が少しだけ軽くなった気が……

「主どのも気付いたかと思いますが、これが三つ目の効果。この馬に跨っている者の魔力は回復速度が上がります。

 主どのの魔力も、戦闘しながらであっても数分で完治するかと」

「なっ、なんだよそのチート!

 由良のサーヴァントのくせに!」

 なんとも高性能な宝具にシンジは地団駄を踏んでいる。

「やれライダー、もう一度破壊してやれ!」

「おうとも!」

 イスカンダルが突進を繰り出し、ライダーがその突進を避けながら刀を振るう。

 対するイスカンダルはその一撃を躱し、急旋回して追撃を行う。

 お互い一歩も引かない攻防は数分間続いた。

 膠着状態の中、先に動いたのはシンジの方だ。

「ちっ、さっさと終わらせろライダー!」

 コードキャストにより足元に弾丸が放たれ、こちらのバランスが一瞬崩れる。

「よくやった坊主!」

 それを好機と一気にイスカンダルは迫る。

「急いで避けないと……」

「主どの、魔力の方は十分回復されましたか?」

 不意にライダーはそんなことを聞いてくる。

 もしかして、ライダーは俺の魔力回復を待っていた?

「その様子ですと大丈夫のようですね」

 ニッコリと、戦場には似つかわしくない少女の笑みを浮かべたライダーは、あろうことか迫るライダーに正面から挑む。

「ほう、一騎打ちということか、よかろう!

 遥かなる蹂躙制覇(ヴェア・エクスプグナティオ)!」

 チャリオットの雷撃が激しさを増す。

 いくら破壊されても再生するからといって、これは自爆特攻だ……!

「主どの、今から私の合図で馬から飛び降ります」

「飛び降りる!?」

「申し訳ありませんが説明している時間はありません。

 いきますよ、3、2、1……!」

「っ!」

 いきなり始まったカウントダウンに後押しされ、ライダーとともに馬から飛び降りる。

 騎手のいなくなった馬はそのままチャリオットと激突し……

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!!」

「ぬう!?」

 ライダーの合図とともに、彼女の宝具である馬はとてつもない爆発となりイスカンダルたちを襲った。

 踏ん張っていなければ飛ばされそうになるほどの爆風から、その威力を想像するのは難しくない。

 それだけに終わらず、煙が晴れる前にライダーは刀を抜いて追い打ちをかけるようにイスカンダルの元へ跳躍する。

「その命、貰い受けます!」

 奇襲に奇襲を重ねて確実に相手を仕留めに行く。

 ライダーは煙の中にいるイスカンダルにその刀を一閃し……

「甘いわ!」

 直後響いたのは鉄同士のぶつかり合う音。

 まさか、あの状態から防いだというのか!?

 これにはライダーも驚いた様子でこちらまで後退した。

 しばらくして煙が晴れる。

 中から現れたイスカンダルは所々に火傷を負っているが致命傷ではなく、シンジも彼に守られていたらしく無傷だ。

「宝具を魔力の爆弾として本来の威力以上の攻撃にする。

 知識にはあったがまさか本当にする輩がいるとは思わんかったわ。

 それも、決して失わない宝具故か」

「これで決めるつもりでしたが、どうやらそちらの牛車には簡易的な防壁が施されているようですね」

「それに気付いて煙が立ち込める中に突っ込んでくるお前さんにも驚いたがな」

 お互いを称賛し合うライダーとイスカンダル。

 その二人の表情を見ると、ライダーの方が微かに笑っていた。

 目の前で、イスカンダルの乗るチャリオットが崩壊し始める。

「やはり、先に牛車を狙ったのは正解でした」

「なんの躊躇もなく足となるチャリオットを狙ってくるとは……

 小娘、さては随分とやんちゃしておったな?」

「さぁ、何のことでしょう?」

「ふん、奇襲には十分注意していたつもりなんだが、よもやこれ程とは」

 チャリオットを引いていた二頭の牛が断末魔と共に崩れ落ちる。

 なるほど、ライダーはイスカンダルに攻撃を仕掛ける前に、先にイスカンダルの宝具の方にトドメを刺したのか。

「これであなたの足は潰せました。

 おそらくですが、二度の膨大な魔力消費でそちらのマスターは魔力の残量が厳しいでしょう。

 対して私の永久機関の騎馬(イモータル・アドー)は健在ですし、主どのの魔力も十分に回復することができました。

 遠からず私たちの勝利ですよ、征服王殿」

「確かに、チャリオットを失ったのは痛いのう……」

「お、おい待てライダー!

 まさか、本当に諦めるつもりじゃないだろうな!?」

 肩をすくめるイスカンダルにシンジは食ってかかる。

 そんなシンジにイスカンダルはニカッと笑った。

「無論、このまま引き下がるわけにはいかん。

 一回戦から使うことは無いと思っていたが、これほどの相手なら余も喜んで使おう!」

「なっ、お前一回戦から()()を使うつもりか!?」

「おうとも! これほど滾る戦は久々だ!

 ならば余の征服王たる姿を見せつけ倒すのが礼儀と見た!」

 イスカンダルの放つプレッシャーが増す。

 そしてその隣で舌打ちをしながら右手をかざすシンジ。

「令呪をもって命ずる。宝具で敵サーヴァントをぶっ潰せ!」

 ――令呪の行使。

 その手に刻まれた三画の刻印が輝きを強め、その一画を消費することで膨大な魔力がイスカンダルへと流れ込む。

 それと同時に周囲の魔力がみるみるうちに集まっていき、それは遥かなる蹂躙制覇(ヴェア・エクスプグナティオ)の比でないほどに膨れ上がった。

 本能が告げる。

 あれを、イスカンダルの宝具を発動させてはいけない……!

 即座に判断して守り刀を出現させる。

 あとは魔力を流して振るうだけで彼の宝具は阻止できる。

「コードキャストhack(16);実行」

「遅い!」

 守り刀を振るいコードキャストを実行する。

 しかし、斬撃がイスカンダルに届く前に、彼を中心に津波のように押し寄せる魔力の塊に視界が真っ白に埋め尽くされた。




甲斐姫の下りと騎馬戦描写加筆してたらこうなりました、反省はしてるが後悔はしてない

次回はいろいろと壮大なことになります


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忌むべき真名

巌窟王イベントの結論:フレンドのマーリン最強


いろんな意味で長かった1回戦、これにて終結です
またも1万オーバー……


 景色が白に染まってからしばらくして、ようやく目を開くことができた。

 もしかすると数秒意識が飛んでいたかもしれない。

「なんだ、これ……」

 最初、自分の目を疑った。

 決戦場は船の墓場を模した海岸だったはずだ。

 なのに、今俺たちがいるのは、一面砂しかない広大な砂漠。

 夢を見ているのかとも思ったが、流れる風も踏みしめる砂の感触も本物だ。

 転移魔術の類で砂漠のど真ん中に移動したとでもいうのだろうか?

 その隣で、同じくその風景に唖然としていたライダーが驚愕していた。

「これは、固有結界!?

 征服王、あなたはライダーであり、キャスターではない! このような大魔術、あなたには作れないはずです!」

 固有結界という単語に、数日前のライダーの会話を思い出す。

 確か、術者の中の心象風景を具現化する大魔術。

 いわば、新たな世界を作り出す魔術なのだと。

「ライダー、確かにお前さんの言うことは正しい。

 ここはかつて我が軍勢が駆け抜けた大地。

 余と苦楽を共にした勇者たちが、等しく心に焼き付けた景色だ」

 地平線の彼方から、地響きと共に人影が現れる。

「この世界この景観を形にできるのは、これら我が全員の心象であるからさ!」

 それが何か認識できた瞬間、喉が干上がった。

 あれは、イスカンダルが率いたと言われる軍勢だ。

 それも数百、数千なんて規模ではない。数万単位の軍隊が集結しつつある……!

 見ただけでわかる。あれは、一騎一騎がすべてサーヴァント……!

 その中で一体、唯一の黒馬がイスカンダルの元に歩み寄る。

 あれは、イスカンダルだけが乗りこなすことができたという暴れ馬、ブケファラスか。

「見よ、我が無双の軍勢を!

 肉体は滅び、その魂は英霊として世界に召し上げられて、それでもなお余に忠義する伝説の勇者たち!

 彼らとの絆こそが我が至宝、我が王道! イスカンダルたる余が誇る最強宝具、王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)なり!!」

 彼らの雄叫びが塊となり、俺たちの肌を叩く。

「はははははっ!!

 見たか由良。これが僕のサーヴァントの実力だ!

 端っからお前が勝てる可能性なんてなかったんだよ!」

「あ……あ……」

 言葉が出ない。

 これがもし、異様な力を秘めた宝剣などであれば、まだ思考が働いたかもしれない。

 しかし、目の前にあるのは数万を越すサーヴァントの大軍。

 未知数の威力や性能ではなく、最も分かりやすい『数』の暴力が目の前に広がっているのだ。

 あれはライダーでも突破できない。

 彼女の実力を持ってすれば数十人なら討つことも可能かもしれない。

 しかし、総数から見ればそんなものは微々たるものだ。数分と持たずに彼らの武器がライダーの身体を貫くことだろう。

 無意識に足は震え、今にもへたり込みそうになる。

 ――逃げ出したい。

 そんな言葉が脳裏によぎる。

「これは、予想以上です。

 まさかサーヴァントそのものを呼び出すとは……」

 ライダーはイスカンダルの宝具に率直な感想を述べる。そんな彼女の目には絶望はない。

 ふと、ライダーと視線が合った。

 彼女は俺の怯えた表情を見て、優しく微笑む。

「心配ありません。私は負けませんから」

「……………………」

 ああ、自分はなんて愚かなのだろう。

 彼女は自分以上に危険な戦闘をしているというのに、そんな彼女を放って逃げ出したいと、一瞬でも考えてしまった自分が恥ずかしい。

 まだ戦う理由は決まっていない。なんのために戦うのか、それはまだあやふやなものだ。

 それでも、ライダーが諦めていない間は、マスターである俺が戦いを放棄するのは絶対にダメだ!

「……ライダー、勝とう、絶対に」

「はい。

 主どのがそう望むのなら、私はなんだって成し遂げてみせます」

 ライダーが呼び出した永久機関の騎馬(イモータル・アドー)に跨る。

「……そして、私自身を失うことになっても」

「ライダー?」

 不穏な一言に思わず聞き返す。

 振り返ったライダーは微笑むが、その微笑みはどこか悲しさが感じられた。

「主どの、今から私の身に何が起ころうと、決して止めないでください。

 そして、どうか信じて頂きたい。

 私は、大好きな兄上の作った国を滅ぼすようなことはしないと」

「ライダー、一体何を――」

 聞く前に、ライダーが詠唱を開始する。それに呼応するように魔力は膨れ上がって行く。

「ここに奈落の門は開かれた。

 祭り立てられ今も眠りし亡霊よ、目覚めのときだ。

 阻むものは撃滅し、この世全てを略奪せよ!」

 先ほどのイスカンダルと同等かそれ以上に凝縮された膨大な魔力が、背後に巨大な建造物を出現させる。あれは、霊廟か?

 状況を把握する前に続いて起こったのは不穏な地鳴り。

 そして次の瞬間、まるで決壊したダムからあふれる水の如く、霊廟から禍々しい瘴気を纏う者たちが溢れてくる。

 やがてその数がイスカンダルの呼び出した軍隊にも匹敵するほどになると、背後の霊廟はその役目を果たしたとでもいうように幻のように消滅した。

 瘴気を纏った者たちはライダーと同じ永久機関の騎馬(イモータル・アド―)に跨り、隊列を組んでライダーの後ろに待機する。

 その表情は虚ろで、生気は感じられない。

「な、なんだよ、なんなんだよ!

 どうして由良のサーヴァントが僕のサーヴァントと並ぶような宝具持ってるんだよ!?」

 先ほどまでの余裕は一変、シンジは泣き叫ぶようにこの状況の説明を求める。

 しかし、状況を知らないのは俺も同じ。ゆえに、宝具を発動した張本人に尋ねた。

「ライダー、彼らは一体誰なんだ?」

「心配しなくても大丈夫ですよ、()()()()

 彼らは私の軍勢の亡霊です」

「……ライダー?」

 微かな違和感に彼女の方を見る。

 見た目はライダーのままだが、彼女の漂わせる雰囲気はまるで別人だ。

「君は、誰だ?」

「……さすが私のマスターと言うべきですね。

 マスターの思っている通り、宝具を発動した今の私は、マスターの知っている彼女(わたし)とは違います。

 正確には、スキル『判官贔屓』により彼女(わたし)の人物像を歪められたものが今の『私』なので、全く別人というわけではありませんが」

「元に戻るのか?」

「マスターが望むのならば、この戦が終われば解きましょう。

 本当に望むのならば、ですが」

「……………………」

 ライダーの笑みは非常に冷たい。

 氷のように澄んでいて無機質に冷たい眼差しに耐えられず、逃れるように視線を逸らす。

 そんな俺を見て肩をすくめたライダーはイスカンダルに向き直った。

 イスカンダルはシンジと共にブケファラスに跨り、こちらの動向を観察している。

「イスカンダル殿。

 大陸の半分も収めることができなかった貴方が、私を差し置いて征服王を名乗るとは笑止千万!」

 そして自分の得物を抜き、高らかに掲げた。

「私こそが真の征服王! いえ、蹂躙王!

 そして、私の死後も拡大を広げた家臣の亡霊たちこそ我が宝具、帝王の起輦谷(ナイマン・チャガン・ゲル)なり!!」

 ライダーの言葉に、亡霊と呼ばれた者たちが雄叫びをあげる。

 ――ナイマン・チャガン・ゲル。

 それは、とある人物が埋葬されたと言われる廟の名前だ。

 その名前を理解したイスカンダルは豪快に笑う。

「まさか貴殿があのモンゴル帝国の創始者チンギス・ハンであったか! なるほど、道理で惹かれるわけだ!

 このような機会を得られるとは、さすが万能の願望機たる聖杯よ!」

 そう、廟に埋葬された人物はユーラシア大陸のほとんどを手中に収めたモンゴル帝国の建国者、チンギス・ハンだ。

 しかし、それはライダーの本当の真名ではない。

 チンギス・ハンはその謎に包まれた生涯故に、日本のとある武士と同一人物だとする説がある。

 それこそが、俺が契約したライダーの真名。ただしその事実を知るのは本人を除けば俺一人だけ。

 イスカンダルは対峙するライダーをチンギス・ハンだと認識し、己の剣を高らかに掲げる。

「いつか我が軍勢と一戦を交えたいと思ってはいたが、まさかこのような場で叶うことになるとは!

 時代は違えど同じ大陸を征服せんと駆けた者同士、今ここで真の征服王はどちらか決めてしまおうではないか!」

「我が軍勢の力を見たいと申しますか。良いでしょう。

 地獄からの使者(タルタロス)と呼ばれた我が軍勢は今や文字通りサーヴァントではなく亡霊ですが、その亡霊によって貴方の軍が敗れる姿をその目にしかと刻みなさい!」

 イスカンダルに倣ってライダーも己の刀を掲げる。

 ほんの数秒、風の音だけが支配する静寂のあと、両者は同時に剣を振り下ろす。

「「蹂躙せよ!!」」

 号令がかかると、イスカンダルの軍勢は前へ進むのに対して、ライダーの軍勢は左右に分かれて走り始めた。

 永久機関の騎馬(イモータル・アド―)に跨ったライダーの軍勢は瞬く間にイスカンダル率いる軍勢の正面を覆うように展開する。

「全軍、放て!」

 ライダーの指示で全員が矢を番え、一斉に放つ。

 放たれた矢は雨の如く弾幕を張って数百メートル先のイスカンダルの軍勢を襲う。

「アララララーイ!!」

 しかし向こうも大英雄。先頭を切って走っていたイスカンダルはその剣で見事にすべてを薙ぎはらう。

 部下のほとんどもその手に持つ盾で凌ぐが、少なくとも数十人は地に伏せ、回り込もうと疾駆する投槍騎兵を牽制できた。

「てっきりスキタイのような槍騎兵で突撃かと思ったが、なるほどそれが貴殿の戦術か!」

「……思ったよりもあの盾は厄介ですね。

 私たちが一方的に攻撃できる距離にいるとはいえ、向こうは矢が放たれてから盾を構えれば防げてしまう。

 本来、この一方的な消耗戦は我が軍の真髄なのですが……」

 独り言のように呟くライダー。一斉掃射が芳しい結果を出せないと判断すると、それ以上の深追いはせず、距離を置きつつ敵騎兵の牽制だけに専念するよう指示を飛ばす。

「この宝具はどれぐらいもちそうなんだ?」

「今のままですと、永久機関の騎馬(イモータル・アドー)で魔力回復をしながらでも、10分が限界かと。

 一応、人数が減れば魔力消費も減るので、少しは伸びるでしょうが」

「そうか……あれ?」

 ふと、先ほどまで見えていなかった部分に疑問を感じた。

「ライダー、固有結界って魔力を膨大に消費するんだよね?」

「その通りです。発動するのはもちろん、維持するにも莫大な魔力が消費されるはず。

 ですのでライダーのクラスであるイスカンダルがそれを扱うとは予想できませんでした」

「じゃあ、イスカンダルはどうやって魔力を維持しているんだ?

 固有結界に加えて、サーヴァントまで呼び出したら、それこそすぐに魔力が尽きるんじゃないのか?」

 ライダーは自分の軍隊をサーヴァントに劣る亡霊だと言った。

 つまり、魔力消費も比較的少ないのだろう。くわえてライダーの宝具で魔力の回復量も上昇している。

 それでも10分しかもたないライダーの宝具より、魔力回復量はそのままでさらにサーヴァントそのものを呼び出したイスカンダルの宝具が長くもつとは考えられない。

「……確かに変ですね。

 サーヴァントの現界は単独行動のスキルを持たせれば魔力供給なしで動けるとしても、あれだけのサーヴァントを座から召喚しつつ、これだけの固有結界を維持するなど……」

 攻撃は部下に任せ、ライダーは長考に入る。

 しばらくして何かを閃いたらしく、言葉ではなく手で部下に指示を出し、それに従い部下の百人程が急旋回してイスカンダルの部隊に特攻し始めた。

 その光景に目を疑うが、今の彼女はユーラシア大陸のほとんどを支配したチンギス・ハンだ。

 何か考えがあるのだろう。

「あの小娘、何か面倒なことを考えよったな。

 接近する騎馬隊どもを全力で仕留めよ!」

 イスカンダルも何かを悟ったのか部下に槍を投擲させて、疾走する騎兵を迎撃する。

 槍に貫かれ十数騎は無残に散るが、ライダーと同じ宝具である馬に乗る部下たちは迫る槍を掻い潜り、瞬く間にイスカンダルの部隊と接触した。

 直後、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)による爆発が見渡す限りの荒野を埋め尽くす。

「……っ!」

 爆風は離れた俺たちの元にも届き、その威力がどれほどのものなのかを物語っている。

「ライダー、何が目的でこんなことを?」

 ライダーに問いかけてみるが、彼女はジッと上を見上げていた。

 …………上?

 イスカンダルの部隊の現状を把握しているのではなさそうだ。

 なら、彼女は一体何を見ているのだろうか?

「やはりそうでしたか」

 そんな一言を彼女は漏らす。

「一体どうしたんだ?」

「マスターに言われてこの固有結界の維持方法を考え、そして一つの仮説に行き着きました」

「仮説?」

「はい、イスカンダル殿やあの小童だけで維持できないなら、ほかのサーヴァントにも分担させればいい。

 つまり、あの軍勢全てがこの固有結界を維持するための魔力を消費しているわけです」

「ならあの部隊を減らせば固有結界も崩壊する?」

「その通りです。

 今しがた、一気に英霊が消滅したことで空間に若干の歪みが生じました」

 振り返ると、煙の中からイスカンダルを筆頭に次々とこちらに向かってくる。

 前線にいた兵士の姿はボロボロで、宝具の自爆による攻撃は凄まじい損害を被ったのがうかがえる。

「……マスター。

 ここからは短期決戦になります。

 生前の我々なら絶対に行わなかった、最後に大将が立っていればいいという愚行。

 勝敗は神のみぞ知ると言ったところでしょう」

 背中しか見えない今の状態では彼女の表情はうかがえない。

 それでも、彼女の中で緊張が高まっているのは明白だった。

「わかった。今はライダーに全て任せるよ」

「あり難きお言葉、感謝いたします」

 そして聞こえてきたのは豪快な笑い声。

 無視できないダメージを負いながらも、イスカンダルの勢いは止まらない。

「流石に今のは効いたぞ、ライダー!」

「あなたの固有結界の弱点は見抜きました。

 もはや蹂躙されるのみでしょう!」

「面白い! ならばその脅威、我らの絆をもってして打ち払ってみせよう!!」

「全軍、私に続け!」

 ライダーがイスカンダルの軍隊に進行方向を変えると、それに習って全員が一斉に踵を返す。

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

「アララララーイッ!!」

 矢を放ち牽制をしながら突進するライダーらと、槍を投擲して迎撃するイスカンダルら。

 互いの軍勢は瞬く間に接触する。

 その直前、先陣を切っていたライダーの軍勢の中でも、全身甲冑に身を包んだ亡霊たちが自身の馬から飛び降りた。

 一瞬何をしているのかわからなかったが、俺とライダーの馬だけが急停止した直後、鼓膜が裂けるような爆音と身体を叩きつける爆風で悟った。

 再三、千単位の宝具の爆発がイスカンダルの軍を巻き込み、壊滅的なダメージを与えたのだ。

 前線を陣取る馬の中で自分の乗る馬だけが無事なのは、魔力維持のためにライダーが残してくれたのだろう。

 その目の前で彼女らは最後の戦闘を始める。

 ライダーの率いる亡霊のうち、重装備の者はサーベルやメイス、戦斧、槍など各々の武器でイスカンダルの軍に攻撃を仕掛ける。

 後方にいる者は弓による支援も怠らない。

 対するイスカンダルが率いる軍勢は流石サーヴァントと言うべきか、そんな攻撃に一歩も引いていない。

 状況としては、ライダーの部下が二、三体葬られながらイスカンダルの部下を一騎道連れにしている。

 そこだけを見ると劣勢だが、これは殲滅戦ではなくあくまで消耗戦だ。

 イスカンダルが固有結界を維持できない規模まで軍を減らせばいい。

 それに、接近戦を行う亡霊が少なくなれば、弓で支援をしていた亡霊たちが壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)で敵を減らしながら接近戦に加わりその穴を埋める。

 亡霊の数が減って維持する魔力に余裕ができてきたからか、火炎放射器のように炎を操る魔術を用いる者も確認できる。

 そしてライダーとイスカンダルもそれぞれ得物を振るい、互いに牽制しながら周りの敵を葬っていく。

 その姿は正しく騎兵(ライダー)だ。

 馬に乗ったままの戦闘は戦術的に見れば悪手であるハズなのに、それを全く感じさせない騎乗技術に俺とシンジはただただ魅入ってしまう。

「安定した殲滅力なら余の軍勢、瞬発的な殲滅力なら貴殿の軍勢、総合的には余の有利と見た!」

「確かに、このまま殲滅戦となれば私の軍が敗北するでしょう。

 時間制限なしとなれば戦い方は変わりますが」

 しかし、とお互いの刃から火花を散らしながらライダーは不敵に笑う。

「これはあなたの固有結界を壊すのが目的の戦い。

 おそらく、過半数を失えば維持できず消滅するのではないですか?」

「がははははっ!

 貴殿の洞察力には驚かされっぱなしよ!

 だが、余裕がないのは貴殿も同じであろう?」

「……っ!」

 ライダーの表情が強張る。

 イスカンダルの読み通り、こちらの魔力もそろそろ限界だ。

 これ以上長引けば先に倒れるのは自分たちの方だろう。

「ライダー……」

「賭けに出るしかありませんね。

 マスター、全軍で特攻を仕掛けます。それでこの固有結界は消滅するでしょう。

 しかしそれは振り出しに戻っただけ。

 魔力の残量を考えると、むしろ悪化している可能性もあります」

「それしかないなら、やってくれライダー」

「生きるか死ぬかの選択を即答ですか。

 やはり、マスターは面白い!」

 小さく笑うその顔には、ほんの一瞬だけ、牛若丸としての面影を感じた。

 ライダーは静かに掲げた右腕を振り下ろし、最後の号令をかける。

「全軍、突撃ィッ!!」

「迎え撃てぇっ!!」

 直後、先ほどまでとは比べものにならない規模の爆発が起こる。

 残っていた万を超える宝具の爆発はお互いの部隊を巻き込み、舞う土煙は視界を奪う。

 イスカンダルの位置がわからなくなるが、ライダーは手綱を握り疾走する。

 ただイスカンダルの首を討ち取らんと、真っ直ぐと。

 爆音が止み、次に聞こえたのは空間の軋む音。

 それは次第に大きくなっていき、この固有結界(せかい)の終わりを告げていた。

 固有結界が消滅すればイスカンダルの呼んだ英霊たちも、彼が乗る暴れ馬も消滅することだろう。

 爆発はこちらの軍勢も全滅させてしまったようだが、ここまでは想定内だ。

 あとは、傷を負ったイスカンダルを倒すのみ……!

「ライダー、決めるんだ!」

「はい!」

 次の瞬間辺り一面の荒野が、土煙が、まるで最初からなかったかのように元の船の墓場へと戻る。

 次に目にしたのは、()()ファ()()()()()()()頭上を飛び越えるイスカンダルの姿だった。

「なん……っ!」

 思考が一瞬だけ停止する。

 固有結界は破った。ならばブケファラスも消滅したはずだ。

 まさか、一体くらいなら固有結界の外にも召喚できるのか!?

 地を走っていると思った俺もライダーも、視線を若干下に向けて構えていた。

 ほんの一瞬の対応遅れ、それが致命的な隙となる。

「マスター!」

 ライダーはとっさに俺を庇うようにイスカンダルに背を向ける。

 その背中めがけて、イスカンダルは右手に握る剣を振り下ろした。

 ……負けるのか? 何も残せずに?

 俺のために戦ってくれるライダーに、俺はなにも出来ていないのに?

 そんなのは、許されない!

「ライダー!」

 決して意図したものではない。

 しかしその叫び声に応えるように左手の令呪が輝き出し、目の前からライダーが消える。

 次に見たのは背後からイスカンダルを刀で突き刺している姿だった。

「…………え?」

 その声は一体誰のものだったのかわからなかった。

 振り下ろされたイスカンダル剣は空を切り、俺は跨っていた馬から投げ出された。

 時速70キロから振り落とされた衝撃で意識が飛びそうになったが、なんとか踏みとどまり、辺りを確認する。

 視線の先では納刀しなが着地するライダーと、その奥でブケファラスから振り落とされたイスカンダルの姿が見えた。

 その光景がどういう状況なのか、しばらく理解ができなかった。

「勝った、のか……?」

「はい、急所を貫きました。

 いくらイスカンダル殿といえど、間も無く消滅するでしょう」

 ライダーはこちらに向き直る。

「令呪を消費したとはいえ、とっさの判断はお見事でした。

 あれがなければ勝敗は真逆の結果になっていたことでしょう」

 先ほどの軍勢と軍勢のぶつかり合いが強烈過ぎて、未だ心臓がはちきれんばかりに脈打つ。

 両軍の覇気に圧倒され、あの光景がどこか他人事のように感じられた。

「ま、まだだ!

 まだ終わっていない!」

「……っ!?」

 シンジの声にハッと我に帰る。

 うつ伏せで倒れている俺の目の前で、シンジがイスカンダルに肩を貸しながら立ち上がろうとしている。

 とはいえ2メートルの巨体をシンジが支えられるはずもなく、膝をついた状態を維持するのが限界のようだが……

「僕のサーヴァントが、負けるはずがない!

 どう考えても僕の方が優れている!

 天才の僕が! こんなところで負けるワケにはいかないのに!」

「坊主、見苦しいぞ」

 小さな声で、諭すようにイスカンダルが口を開く。

「僕に指図する余裕があるなら立てよ!

 僕は、僕たちが負けるワケないんだから!」

「しかしな、余も心臓を貫かれて生きてられるほどの生命力はないぞ」

「な――なんだよそれ、勝手に一人で消える気か!?

 僕はおまえの……っ!」

 急にシンジは自分の口を閉じた。

 まるで、その言葉だけは言ってはいけないと自分を制するように。

 その姿を見たイスカンダルはニカッと笑った。

「うむ、他人に言っていい言葉と悪い言葉を理解しただけでも十分な成長と言えよう」

「イスカンダル殿」

「ライダー……いや、チンギス・ハンと呼ぶべきか?」

「その名前は正しくありません。

 確かに今私の意識はチンギス・ハンその人ですが、それはあくまでスキルと宝具の影響で意識が憑依しているだけ。

 本当の彼女(わたし)は小さな島国で生涯を終えた一人の武士です」

「なるほど、ならば貴殿の真名は……

 うむ、だとするなら謝罪するべきだろうな。

 図らずも貴殿を侮辱してしまい、すまなかった」

「……彼女(わたし)に変わって謝罪を聞き届けました。

 それで、あなたはこの戦に満足しましたか?」

「…………そうだな――」

 ライダーの問いに、イスカンダルは目を閉じる。

 そして穏やかな様子で口を開いた。

「久々に軍勢同士の勝負をしたが、やはりいいものだ。

 余と臣下たちの絆の強さを証明できなかったのは悔しいがな。

 なるほど、機動性に特化させた兵隊だったからこそ、余より広く大陸を征服できたというわけか」

「チンギス・ハンの軍も完璧ではありませんよ。

 チンギス・ハンの死後、重火器の発達に対応できなかった帝国は見る見るうちに縮小していきました。

 本当の終わりというものは、どこも儚いものですね」

「それは余が戦ではなく病で死んだことを遠回しに言っているのか?」

「ご想像にお任せします」

「ふっ、相変わらず食えん小娘よ」

 両者の会話はとても穏やかだ。

 そのことが、この戦いの終わりを暗に示していた。

「まあたしかに、完璧な戦というものは存在しない。勝つ要因と共に、負ける要因もどこかにあるものだ。

 勝利とは即ち、勝つ要因が負ける要因を凌駕した時よ」

「なんだよ、それ!

 負ける要因があったって言うのかよ!

 僕は完璧だった! お前の宝具も最強だ! どこも劣ってなんかない!」

「坊主……」

「くそっ! 僕が負けるなんて!

 何かの間違いだ、今度こそ、今度こそ――」

 そのとき、俺たちとシンジたちは壁によって遮られた。

 ちょうどエレベーターの時のような状況だ。

「は?

 何この壁……っ! な、なんだよ、これっ!

 ぼ、僕の、僕の身体が、消えていく!?

 知、知らないぞこんなアウトの仕方!?」

「シンジっ!?」

 壁の向こうのシンジの、手が、足が、体が、段々と消えていこうとしている。

 そばで見つめる、彼のサーヴァントと共に。

「敗者は令呪を剥奪され、令呪を全て失ったものは死ぬ。

 坊主、お前さんもそれだけは聞いていたはずだ」

「はい!?

 し、死ぬってそんなの、よくある脅しだろ?

 電脳死なんて、ほんとの本当のわけ……」

「何度も言ったであろう。

 これはゲームではなく戦争だと。

 戦争に負けるということは、すなわち死だ。どんな形であれ、例外はない。

 そもそも、このムーンセルにアクセスした時点でお前さんたちは全員死んでいるのに等しい。

 生きて帰れるのは、勝者ただ一人ということだ」

「な……やだよ、いまさらそんなコト言ってんなよ……!

 ゲームだろ? これゲームなんだろ!? なあ!?」

 シンジはの悲痛な叫びも虚しく、消滅は止まらない。

「な、何とかしてくれよ、サーヴァントはマスターを助けてくれるんだろ!?」

「悪いが、こればかりは余もどうすることもできん。

 ここにいる全員の運命は、このSE.RA.PHというシステムの手の中にあるんだからな」

「なに悟ったようなこと言ってんの!?

 悔しくないのかよ!?

 負けた上に、こんな、こんなの……!」

「悔しいに決まっておろう!!」

 瀕死とは思えないイスカンダルの怒声がシンジを黙らせる。

「しかしな、負けを負けと認めぬ姿ほど無様なものではない。

 できればその根性も叩き直してやりたかったが、時間も心を許せる友も足らなかったらしい。

 ……ライダーのマスターよ。由良と言ったか」

 イスカンダルがこちらに話を振る。

「悪いが、この小僧の最期を見届けてやってくれ。

 そして、どうかこいつが生きていたということを覚えておいてくれないか?

 魂が死ぬのは死者になったときではなく、正者の中から存在が消えてしまったときだ。

 今ここで小僧の身体は朽ちようとも、魂だけは貴殿の中で生き続けてほしいのでな」

「……わかりました」

 己がマスターを想う言葉を最後に、イスカンダルは消滅した。

 残ったシンジもほとんど消滅しかかっている。

 泣き叫ぶ彼の声は心が苦しくなるが、それも含めて受け止めなくてはいけない。

 それが勝者の、敗者を生み出した者の務めなのだ。

「うそだ、うそだ、こんなはずじゃ……くそっ、助けろよぉっ! 助けてよお!

 僕はまだ、八歳なんだぞ!?

 こんな…………あれ?」

 そこで、不意にシンジは無表情になる。

 死が目前に迫り、取り乱していた先ほどまでの感情が嘘のようだ。

「僕のサーヴァント、本当に――」

 何かを言い切る前に、消えた。

 間桐シンジという人間。

 その魂、その存在が、完全に。

 一かけらの痕跡もなく。

 残っているのは、ただ勝者のみ。

 聖杯戦争の一回戦は、こうして終結した……

 

 

 エレベーターに乗せられ、用務室の前まで戻ってくる。

 そこからマイルームに戻ってくるまでの間、ライダーとの間に会話はなく彼女の憑依状態も解除されていない。

 意を決して彼女に話しかける。

「ライダー、いつ元に戻れるんだ?」

「……そうですね、ここまで戻ってきましたし、お話ししましょうか」

 ライダーは正座で向き合い、こちらを真っ直ぐ見据える。

「まずお聞きしたいのですが、彼女(わたし)の真名はお分かりですか?」

「ライダーの真名……」

 宝具から、今彼女に憑依しているのはチンギス・ハンだということはわかっている。

 ただ、目の前の少女が言っているのは本来のライダー、宝具を使う前の彼女の真名の事だろう。

 情報は出揃っている。

 死後もその多大なる人気によって、どこかで生きていると信じられ、チンギス・ハンと関連付けられた一人の武士の名前は……

「源義経。

 保健室で『う』って口を滑らせかけてたし、もしかしたら幼名の牛若丸のほうが正しいのかな?」

「流石ですね、マスター。その通りです」

「美男子とは聞いたことあったけど、まさか女の子だったなんて」

「歴史が事実と異なることなんてよくあることです。

 イスカンダル殿を例に挙げても、文献によっては小柄だったと言われてます。

 あ、いや、彼の場合は比較対象が悪かっただけかもしれませんが」

 なるほど、こればかりはそういうものだと納得するしかないようだ。

「では、本題に移らせて頂きます。

 決戦での戦いを思い出していただければ十分かと思われますが、今の私が持つ宝具にはチンギスハンとしての宝具である永久機関の騎馬(イモータル・アドー)帝王の起輦谷(ナイマン・チャガン・ゲル)の二つがあります。

 本来なら牛若丸としての宝具も存在しますが、スキル判官贔屓によって歪められた結果、そちらにはロックがかかってしまっているようです。

 つまり、今の私にはチンギス・ハンとしての宝具しか存在しません。

 今の私を否定し、元の彼女(わたし)を望むということは、即ち宝具を封印するということと同じ。

 それでも、マスターは私を否定なさるのですか?」

「もちろんだ」

 考えるまでもなく即答する。

 ライダーは驚いているが、これは絶対に譲れない。

「あの威力の宝具であれば、それこそガウェイン卿とて葬ることが可能かもしれないのですよ?」

「ああ、確かにライダーの宝具は強力だ。

 これがなければ、俺たちは一回戦で敗退していたと思う」

「なら、なぜ?」

 ライダーの質問は至極当然なものだ。

 そして、それに対する俺の答えも決まっている。

「これ以上ライダーを……牛若丸を悲しませたくない」

彼女(わたし)を?」

「宝具を使う前、ライダーは何か思いつめたような顔をしていた。

 それに、帝王の起輦谷(ナイマン・チャガン・ゲル)を発動する前に言った言葉の意味を考えれば簡単だ」

 ライダーは確かにこう言った。

 ――私は、大好きな兄上の作った国を滅ぼしたいとは思っていない。

 チンギス・ハンは元というモンゴル帝国を作り上げた。

 その後、フビライ・ハンが鎌倉幕府が栄えている日本へと進軍する。

 結果として日本は防衛を成功させるがその被害は甚大で、蒙古襲来は源頼朝が作った鎌倉幕府滅亡の要因の一つと言ってもいいだろう。

「ライダーがチンギスハンの宝具を使うということは、それはライダーが兄の作った鎌倉幕府を滅亡に追い詰めるという繋がりを肯定することになるんだろう?

 たぶん、ライダーは宝具を発動するたびにそのことを否定したくてたまらなかったはずだ」

「私たちサーヴァントは程度や例外はあれど、余程のことがない限りマスターに従います。

 使えと言われれば、決戦のときのように彼女(わたし)は躊躇なく使うことでしょう。

 なのにマスターは勝ち抜く力より、彼女(わたし)の心を優先するというのですか?」

「その通りだ」

 ライダーは顔を伏せて黙り込む。

 酷いことを言っているのはわかっている。

 俺が今しているのは、一人の少女の存在を否定しているのだから……

 しばらくして、ライダーは顔を上げた。

「そういえば、素性のわからない彼女(わたし)をマスターは気遣い、自分の命がかかった戦いを任せてくださいましたね。

 そんなマスターなら、自分が勝つことではなく、彼女(わたし)の心を優先するのは必然ということですか」

「酷いことを言ってるのは自覚している」

「そう気に病まないでください。

 マスターの意思に従うのがサーヴァントの役目ですから」

 肩をすくめたライダーは大人しく了解した。

「また私の力が必要でしたらお呼びください。

 とはいえ、貴方がマスターならもう呼ばれることはないでしょう。

 どうか、貴方が彼女(わたし)の望むマスターであらんことを」

 その言葉を最後に、ライダーが纏っていた冷たい雰囲気はなくなった。

 目を開けたライダーは、信じられないと言わんばかりに首を振る。

「主どの、どうしてですか……!

 普通なら、強いサーヴァント、強い能力を望むはずです」

「どうしてって……」

 これは、言うしかないのだろうか?

 いざ口に出すとなると、なかなか勇気がいる。

 とはいえ、彼女を納得させるにはこれが手っ取り早いか……

「ライダーが俺のために戦ってくれているんだから、俺もライダーのためにこの聖杯戦争を勝ち抜きたい。

 だから、ライダーの心を殺して勝つだけじゃダメなんだ」

「なにもそこまでしなくても……!」

「これだけは俺も譲れない。

 マスターとサーヴァントの関係や義務じゃなくて、俺がそう思ったから」

 ……言ってしまった。

 まさか、目の前の本人に向かって君のために戦いたいなんて言う羽目になるとは思わなかった。

 これは思っていた以上に恥ずかしい。

 鏡で見ずとも顔が真っ赤になっているのがわかる。

「えっと、宝具が使えないわけだから、これからの戦いはもっと厳しくはなると思う。

 その分俺も頑張るから、絶対に勝と、う……?」

 ライダーを直視できずに視線をそらしていると、嗚咽が聞こえてきた。

「主どのの心遣い、心より感謝します……!」

 頭を下げたライダーは小さく震えながら感謝の言葉を述べる。

 そんなライダーを抱き寄せ、慰める。

 身長はほぼ同じぐらいで、戦闘の時はあれほど頼もしかったのに、抱きしめる彼女の身体は小さく、脆く感じた。

 同時に、彼女の年齢相応の姿を見てホッとしたのも事実だ。

 彼女も一人の人間なのだ、と。

 感情の歯止めが効かなくなったライダーはその後しばらく声を押し殺して泣き続け、泣き止む頃には小さく寝息を立てていた。




軍勢VS軍勢
正直言うとこの展開がしたいがための1回戦でした
あとはドレイクではなくイスカンダルをサーヴァントとした場合のシンジの会話の変化も書きたかったです
ウェイバーとの違いは、期間の短さもありますが、やっぱりマッケンジー夫妻のような存在がいなかったからだと思います。あとはまだ子供だったってところでしょうか


ライダー改め牛若丸のステータスについては明日か明後日ぐらいに更新する予定です


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サーヴァントマテリアル【牛若丸】その1

今作の牛若丸のステータス表(万全の場合)です
スキルと宝具以外でFGOの牛若丸との違いは基本的にありません
燕の早業は独自解釈です

物語に関係してくるので、判官贔屓の説明の一部を伏せています


牛若丸

【クラス】ライダー

【性別】女性

【身長・体重】168cm・55kg

【属性】混沌・中庸

【ステータス】筋力D 耐久C 俊敏A+ 魔力B 幸運A 宝具A+

 

 

【クラス別スキル】

騎乗:A+

竜種以外の全ての乗り物を乗りこなすことが可能

 

対魔力:C

魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない。

 

【個別スキル】

判官贔屓:A-

無辜の怪物の亜種。

事実を知りつつも『こうであってほしい』という民衆の勝手な願いがスキルとなったもの。

義経=チンギス・ハン説がこれに該当し、このスキルを保有している場合に限り、牛若丸はチンギス・ハンと同視されて本来の宝具の代わりにチンギス・ハンの宝具を使用可能。

さらに自分が不利な状況に陥った場合に判定が発生し、成功すると状況が好転する一種の事象干渉スキルも兼ね備えている。

一見メリットの多いスキルだが、このスキルの恩恵を受けるというのは鎌倉幕府滅亡に自分が関与したと言っているも同然である。

それだけは絶対に否定したいという、頼朝への異常な忠誠心は宝具の弱体化と事象干渉スキルの無力化にまで至っている。(結果的に本人にはデメリットスキルでしかない)

無辜の怪物同様、本人の意志でこのスキルを外すことは出来ない。

また、本来牛若丸にこのスキルが付与されることはない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――。

 

 

カリスマ:C+

軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。団体戦闘に置いて自軍の能力を向上させる稀有な才能。

牛若丸は万人に好かれる器ではないものの、近づけば近づくほどに彼女の奇妙な魅力に取り憑かれる。

 

 

天狗の兵法:A

人外の存在である天狗から兵法を習ったという逸話から。

剣術、弓術、槍術などの近接戦闘力及び軍略や対魔力などの性能が上昇。

 

 

燕の早業:B

京都の五条大橋にて牛若丸が武蔵坊弁慶を降伏させた童話の一節から。

致命傷になる攻撃に対して回避判定が発生する。

ただし、対象となるのは『牛若丸への攻撃』を目的とした攻撃のみ。他人への攻撃に割って入った場合は回避判定は起こらない。

また『刺し穿つ死棘の槍』のような因果の逆転に対しても無力。

 

 

【宝具】

 

永久機関の騎馬(イモータル・アドー)

ランク:C-

種別:対人宝具

レンジ:1〜10

最大補足:1人

 

チンギス・ハンの率いた部隊には一人につき複数頭の馬が割り当てられており、常に消耗していない馬を使うことができたことから、

1.常に全速力で走り続けられる

2.殺されても別の馬に切り替えられる=破壊されてもすぐさま復元可能

3.馬の肉は食べ物、革は衣類、骨は武器にも使える=マスターやサーヴァントに魔力を供給することができる。

という3つの性能を兼ね備えている。

2の効果があることでこの宝具を『壊れた幻想』で底上げして自爆特攻させることも可能。

ただし、この宝具を出現させるための魔力消費のことを考えると、3の効果で回復しながらだとしても最低5分頃程度のインターバルは必要。

乗っている人間にかかる慣性などを無効化できる簡易的な結界も展開可能。

 

 

帝王集いし起輦谷(ナイマン・チャガン・ゲル)

ランク:B-

種別:対軍宝具

レンジ:1〜100

最大補足:10人

由来:チンギス・ハン廟

 

チンギス・ハンの死後も拡大を続け、ユーラシアのほとんどを領土としたモンゴル帝国の王達を祀った霊廟を呼び出し、その帝王や彼らが率いた軍隊を呼び出す大魔術。

呼び出す際全員に『永久機関の騎馬』を割り当てるため、発動に必要となる魔力は『王の軍勢』と同等。

『王の軍勢』と大きく違うのは、

・英霊の座から本人を連れてくるのではなく、チンギス・ハン廟に祀られた偶像を召喚する。

・維持は全てライダーとマスターが受け持つため、部下全員が『永久機関の騎馬』を利用したとしても10分ほどでマスターの魔力含めて使い切ってしまう。

・兵士の数が減るほど魔力消費も減り、維持しやすくなる。

以上の3つである。

ただの亡霊であるため本来の実力より大きく劣っており、一体ではサーヴァントに太刀打ちすることなど到底叶わないが、部下全員が『永久機関の騎馬』の力を存分に発揮することで『王の軍勢』とも対等に渡り合える。

また、この宝具発動時はチンギス・ハンの魂が乗り移りトランス状態となる。(宝具を解除したあとならば任意で解除可能)



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2回戦:ダン=ブラックモア
休息と幕開け


桜礼装出ませんでした
今回確実にリンゴかじらないと無理な量だと思うので、カルデアのマスターの皆さん頑張ってください

今回から2回戦、ダン=ブラックモア戦が開幕です


 決められた海路。

 波が立たない海原。

 けれど有り余る力は、不変の物語に変化をもたらす。

 力に溺れ、滅びるのも。

 力を捨て、可能性を潰すのも。

 力を従え、繁栄を叶えるのも。

 結末は力あるものに委ねられる。

 ただしどの結末になるかは、力あるものに寄り添う力無きもの次第。

 

 

 ★

 

 

 思い出すのは友人の死。

 その断末魔は、目を閉じれば鮮明に思い出し、無音の場所では頭の中で何度も反響する。

「…………っ!?」

 そして今日も、悪夢によって目が覚めた。

「主どの、いかがなさいました?」

 隣ではライダーがいつものように起きていて、小首をかしげて尋ねてくる。

 その表情が一瞬曇る。

「……泣いているのですか?」

 言われて初めて自分の頬を伝う涙に気付いた。

「ごめん、覚悟はしていたつもりだったけど、どうもまだ折り合いがつかないみたいだ」

「それは弱さですが、主どのの良さでもあります。

 私の心を肯定してくれた主どの自身が、自分の心を殺されてしまっては元も子もありません。

 主どのは主どののやり方で折り合いをつければいいのです」

「……ありがとう」

 決戦から三日ほど経った。

 すぐに二回戦が始まるものと思っていたが、購買委員の舞によると勝ち抜いたマスターにはそれぞれ休息の時間が与えられるらしい。

 サーヴァントとマスターの物理的、精神的なダメージを癒すことも兼ねているらしく、人によって時間はバラバラで、次の日には二回戦を始められそうなマスターもいるのだとか。

 そのため、二回戦以降は決戦のタイミングに多少の誤差があるとのことだ。

「つまり、俺の精神的なダメージはこれだけの日数必要ってことか……」

「ですが、時間があったおかげで情報の整理ができました。

 アリーナには入れませんでしたが刀の鍛錬はできましたし、何事も前向きにですよ、主どの」

「そう、だね。何事も考えようだ」

 明るいライダーの言葉にこちらの気分も明るくなる。

 ライダーの言う通り、宝具を使わず勝ち抜くための考えをまとめるには十分な時間がもらえた。

 一回戦を通して浮き彫りになったのは、やはりマスターの力不足だ。

 最終的に宝具に圧倒されてシンジもまともなサポートができなかったから良かったものの、二回戦からはそんなことはないだろう。

 そして、今後は相手の宝具にこちらの宝具をぶつけることもできない。

「……………」

 左手に宿る令呪も残り一画。

 一回戦のような荒技も、もうできないと考えていいだろう。

「遠坂にバレたら何て言われるだろうな……」

 一回戦でお世話になったツインテールの少女の姿を思い浮かべると、頭がいたい。

 令呪をすべて失うのと一画残るのならば、もちろん後者なのだが、これは当事者の意見だ。

 相手からすれば、令呪が三画残っているアジア圏ゲームチャンプの代わりに、令呪を一画しか残していない半人前ウィザードと戦うのだから願ったり叶ったりだろう。

 加えて、ライダーのステータスは俺の実力に大きく左右されている。

 ライダーのステータスは彼女の真名を知ったのと彼女自身が隠匿する意思を放棄したことですべて開放されているが、先の決戦で軒並み上昇したとはいえ彼女の本領には程遠い。

 結局、俺自身が強くなるところに収束してくる。

「とりあえずコードキャストの少なさをどうにかしないと……

 購買に礼装も売られてるから見てみよう」

 この休息期間中毎日と言っていいほど足を運んでいる購買に向かうと、購買委員の舞が出迎えてくれる。

「お、いらっしゃい。今日はどんな物をお探しかな?」

「礼装の品揃えを見てみたいかな」

「わかった、今入荷してるのはこんなところだよ」

 言いながらディスプレイに礼装の見本とコードキャストを簡単にまとめたものを表示させる。

「……状態異常回復のコードキャストか」

「おっ、それに気づくとはお目が高いね。

 コードキャストには自身のサーヴァント強化はもちろん、相手サーヴァントを状態異常にして妨害することも可能だからね。

 もちろんサーヴァントのスキルで状態異常を起こさせることもできるよ。

 だから、逆に状態異常を治す手段も用意しておいて損はないんじゃないかな」

「これで礼装も三つ……

 これだけあればある程度対処できるかな」

「へえ、君は礼装を三つ装備できるんだ。

 さすがにアジアゲームチャンプに勝つなら実力もあるんだね」

「え、礼装って装備する数に上限とかあるのか?」

「……ちょっと待って。

 もしかして、知らないの?」

 急に舞は待ったをかける。

 彼女には申し訳ないが、言ってる意味が分からず首を傾げることしかできない。

「これは予想外だな……

 いや、でも私から言うのは……」

 舞は一度身を乗り出し、食堂に人がいないことを確認してから改めて説明を始める。

「まったく、君は無知で無警戒すぎるね。

 さっきの発言、自分は素人ですって言ってるもんなんだから」

「いやまあ、事実だけど……」

「だからって、最初から無知だとバレるようなことしちゃダメだって。

 もう、なんでNPCの私がこんなこと言ってるのかね……」

 頭を抱える舞を見るとちょっとだけ申し訳なる。

「まあいいや。礼装のコードキャストは魔力を消費するだけで簡単に使えるけど、それは魔術回路に接続してるからできることなの。

 むき出しの回路に別の回路を巻き付ける感じかな。

 当然複数個つければその分だけ魔力も必要になるし、魔術回路の量も関係してくる。

 つまり……」

「人によって装備できる礼装の数も限られてくる?」

「そういうこと。

 魔力はともかく、魔術回路は増えるものでもないし、君が装備できる礼装は……」

「おそらく二つが限界だと思います」

 舞が見定めをしている最中にライダーが結論を出す。

「まあ、私は健康管理AIじゃないし、私よりサーヴァントの方がマスターである君の内部については詳しいと思うから、それで合ってると思うよ。

 というより、自分で把握しないといけない部分だよ、これは!」

 ごもっとも。

 素直に頷くと舞は満足そうに笑った。

「それで、まず癒しの香木は購入でいい?」

「うん、お願い」

「毎度!」

 端末から指定の金額を支払い、礼装をデータとして受け取る。

「他に欲しいものは?」

「今は大丈夫、かな。

 ありがとう、舞がいてくれて助かったよ」

 礼装の装備限界値があることを知れたのは舞のおかげだ。

 だから素直にお礼を言うと舞は変なものを見るような目でこちらの顔を凝視している。

 ただお礼を言っただけの筈だが……

 しばらくして、舞は心底呆れたようにため息をついた。

「やっぱり君は君か」

「待って、なんかものすごい侮辱をされてる気がするんだけど」

「いや、安心しただけだよ。

 この殺伐とした殺し合いの戦争で、まだ他人にお礼を言える余裕があるなんてね。

 殺し合いに慣れてる人ならオンオフの切り替えは簡単なんだろうけど、君みたいにそういうの慣れてない人は、前回の決戦で精神的に参ってそんな余裕なかったり、疑心暗鬼になったりしてるんだ」

 その時、端末に通知が入る。

 

『2階掲示板にて、次の対戦者を発表する』

 

 ……どうやらつかの間の休息は終わったようだ。

 それを察した舞はいつもの明るい表情を見せる。

「次も頑張ってね。

 運営委員だから贔屓はできないけど、陰ながら応援させてもらうよ」

 そんな舞の言葉を受けて購買部を後にする。

 

 

 二階の掲示板には相変わらずNPCが集まり賑わっている。

 その隣にある一枚の紙に目を通す。

 二回戦の対戦相手は……

「ダン=ブラックモア?」

「ほう、君が相手か」

 穏やかな声が聞こえる。

 振り返れば、そこには先日教会前にいた老人が立っていた。

 直感が告げる。

 そうだ、この人が……

「あなたが、ダン=ブラックモア?」

「いかにも。

 君がここにいるということは、あの少年を下したということか」

「…………」

 彼の言うとおり、俺がここに立っているのはシンジを殺したからだ。

 他人の口からそのことを指摘されると、余計に胸を締め付けられる。

「揺れているな」

 ふと、ダンがそんな言葉を口にした。

「芯がある若者だと思っていたが、生々しい『死』を見たのは堪えたか。

 そのような状態で戦場に赴くとは……不幸なことだ」

 その言葉はこちらに投げかけているというよりは独り言に近い。

 同情されるのはいい気分ではないが、彼の言葉からはシンジのような油断は感じられない。

 油断というよりは後悔。

 もしかすると、彼の記憶の中にある誰かと照らし合わせたのだろうか。

 その答えは目の前の老人にしかわからない。

 そこに、端末へ通知が入る。

 確認すると、内容は一回戦と同様に暗号鍵の生成を知らせるものだった。

 同じく端末を確認していたダンは思い出したように顔を上げる。

「ああそうだ。今なら言峰が教会にいるのを見た。

 まだ会っていないなら、行ってみるといい」

「あ、はい。ありがとうございます」

 それだけ言うと、ダンはこちらに背を向けて去っていく。

 そう言えば、マスター殺しについて聞けていなかった。アリーナに行く前に訪ねてみよう。

 その途中、ライダーが霊体化の状態で忠告する。

『今回の相手は相当な手練れだと見受けられます。

 一回戦とは何もかもが違います。判断を誤れば、モラトリアム中に命を落とすことになるでしょう』

 ライダーの忠告が心に突き刺さる。

 迷いながらも覚悟は決めたつもりだ。ただ、マスターの力量差が歴然としている。

 彼から感じる熟練の強者の気配。それに気圧された自分は、彼に勝てるのだろうか?

 いや、勝つしかない。

 負ければ、今度は自分が死ぬ。

 

 

 教会の扉を開くと、その奥に言峰神父が佇んでいた。

「おや、ここに人が来るとは珍しい。

 敗者の末路を見て懺悔でもしに来たのかな?」

 ……相変わらずこちらの傷を容赦なくえぐってくる。

 しかし、今はそのことは置いておこう。

 電脳死にしたって、予選の時同様に「私にはどうすることもできない」と言って、はなから対応する気はないだろう。

 だから、本来聞きたかったことだけを尋ねる。

「学園内でマスター殺しの噂が流れていますが、この噂は事実なんですか?」

「……そのことか」

 今、初めてこの胡散臭い神父の表情が歪む瞬間を見た気がする。

「マスターの不自然な消滅はこちらでも確認している。

 モラトリアム中にマスターが相手マスターを殺すことは戦術の一つだとしているが、勝利が確定したマスターが消滅した例もあるのでね。

 自殺の可能性も含めて目下調査中というやつだ」

「一応聞きますけど、アリーナに対戦者以外のマスターが入ってくる可能性はあるんですか?」

「それはありえない」

 即答で言峰神父から返答が来る。

「アリーナとマスターの区分は、SE.RA.PHによって完璧に管理されている。

 万が一ということはありえないことは保証する」

 アリーナでないとなると、校舎内で殺害されていることになる。

 周りの目を掻い潜って殺害するということはアサシンのサーヴァントを引き当てたのだろうか。

「あの、校舎内で戦闘は禁止されてますけど、スキルの発動は可能なんですか?」

「戦闘は禁止されているが、ペナルティを気にしなければ出来ないことはない。

 スキルはもちろん宝具の発動も可能と言えば可能だ」

 そこまで言って、言峰神父は口を閉じる。

 しばらく考える素振りを見せた後、無言で教会からどこかへ転移してしまった。

 静寂に包まれた教会に残る理由もない。

 さっさと出て行くことにしよう。

 

 

 ――で、教会を出た直後遠坂からお叱りを受けることになった。

 教会に入っていくところを屋上から見たらしく、労いの言葉でもと来たはいいが俺の令呪が一画しか残っていないことに気付いた、と言った流れだ。

「あなたねぇ、大切な令呪を一回戦で使い切るとか勝ち残る気あるの!?」

「使わないと負けてたから……」

「その使わないと負けてた状況になることに怒ってるの!

 慎重に策を練れば勝てない相手ではなかったはずよ」

 そこを突かれると何も言い返せない。

 確かにあの令呪の使用は咄嗟の機転としては十分だが、その直前の思い込みによる油断は反省点だ。

「うん、わかってる」

 反省はしている。しかし後悔はしない。

 無い物ねだりは出来ないのだから、今の手札で勝ち進む。

「まあ、状況判断ができているだけマシか。

 次の対戦相手はダン=ブラックモアだっけ?

 言っとくけど、彼は名のある軍人よ。西欧財閥の一角を担う、ある王国の狙撃手だった。

 匍匐前進で1キロ以上進んで、敵の司令官を狙撃するとか日常茶飯事。

 ま、並の精神力じゃないのは確かね」

 遠坂の話で自分の対戦相手がどれほどの実力者なのか、より正確に知ることができた。

 ただ気になるのが……

「……どうして遠坂が俺の対戦相手知ってるんだ?」

「へ? あっ、いや……」

 急にあたふたして、見る見るうちに遠坂の顔が赤くなっていく。

 何かマズイことを聞いてしまっただろうか……

「こ、これは……そう!

 偶然あなたとサー・ダンが話しているのを見たのよ、偶然ね!

 だから、気になって調べたとか、そういうんじゃないから、絶対!」

 彼女の気迫に押される形で首を縦にふる。

 このことは触れないほうがお互いのためのようだ。

「そんな訳だから、一回戦より注意してないとあっさりやられるわよ」

「ありがとう、遠坂のおかげでマスターの情報が手に入ったのは大きいよ」

「ホント、不思議なマスターね」

 そんな言葉を捨台詞に遠坂の姿が消える。

 一回戦の屋上のときのように転移魔術でも使ったのだろう。

 こちらも用事も終わった。そろそろアリーナに向かおう。




これ書き始めてから思ったんですけど、端末のサーヴァント情報って全部マスターの手書きなんですかね? だとしたらザビ―ズの知識半端なさすぎです……

本作では基本手書きで、サーヴァントが公開する意思を示すと任意の情報が端末に自動書記される設定で進めていきます


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不可視の殺意

人形の女帝は明らかになるまでメルトリリスのことだと信じてます
FGOの1.5章は各作家がやりたい放題やったと聞いてワクワクしてます

二回戦の初日、早くも天軒の危機です


 校舎に戻り、アリーナに入るために廊下を歩いていく。

 階段あたりまで来た瞬間、通電するかのような悪寒が身体を地面に縛り付けた。

『主どの。下手に動くのは危険です』

 ライダーに言われずとも理解せざるを得ない。

 まるで自分が狩人に狙われる獲物にでもなったかのような感覚。

 そして、俺はつい先日この視線を向けられている……!

『……おそらく、あの老兵のサーヴァントです。

 悔しいですが、相手の姿が見えないこの状況は好ましくありません。

 合図をしたらアリーナへ駆け込みます』

 ライダーの提案に小さく頷く。

 霊体化している彼女に目で合図し、呼吸を整える。

 1、2、3――――――。

『今です!』

 タイミングよく全力で走り出す。

 廊下を歩いていたNPCの間を縫うように進むと、相手の射線上から上手く逃れられたのか攻撃はやってこない。

 あとは曲がり角を抜ければアリーナに――

「主どの!!」

 実体化したライダーが刀を振るい、何かを弾いた。

 それがなんなのかわからなかったが、今はそれどころではない。

 アリーナの扉を開いて転移する。

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 天軒がいなくなったことで、人の姿がなくなった体育倉庫前。

「予想通りだな」

 誰もいないはずの空間から声が聞こえてきた。

「わかりやすいマスターで助かったぜ」

 その声の主の呟きを最後に、今度こそ人の気配はなくなった。

 

 

 アリーナに転がり込むように入ったあとしばらくは周囲を警戒してたが、追っ手が来る様子はない。

 アーチャーだけではアリーナに入れないのか、もしくは一日一回のアリーナ探索を終わらせていたのかもしれない。

「最後、主どのがアリーナに入る瞬間に矢を射てきました。

 それも驚くほど正確に……

 おそらく、今回の相手は――」

 ライダーが分析している隣で、自分の視界が歪む。景色が横になったことで、ようやく自分が倒れているのだと気づいた。

 目だけを動かすと、自分の脚に矢のようなものが突き刺さっている。

「まさか、あのアーチャー同時に2本の矢を……っ!

 しかもこれは……毒矢!?

 主どの、私の声が聞こえますか!?」

 出血よりも毒矢が刺さったままの方が問題のため、ライダーは迷わず毒矢を引き抜いた。

 それでも十分な毒が回っているらしく、次第にライダーの声も遠のいていく。

 吐き気も酷くて呼吸もままならない。

 くわえて、矢が脚に刺さっていたという物理的な痛みで自力で立つことも叶わない。

「校舎ならマスターのバイタルは最低値を維持してくれるので、少なくとも毒による衰弱死は免れられます。

 リターンクリスタルは……使える状態ではありませんね。

 私が出口までお連れしますので、それまでどうか持ちこたえてください!」

 ライダーに肩を貸してもらってゆっくりと進み出す。

 このアリーナの帰還ポイントがどこにあるのかわからないが、この状況ではそれに頼るしかない。

 しかし、相手の作戦は毒矢だけではなかった。

 奥からエネミーがこちらち向かって迫ってくる。

「こんな時に……!

 こうなることも想定していたわけですか!」

 ギリッと歯を噛み締めたライダーはゆっくりと俺を下ろしてから抜刀し、エネミーを一掃していく。

 エネミー自体はライダーの相手ではないが、なにより数が多い。

 加えて俺の身体の方が限界に近づいてきた。

 ふと、今朝の舞との会話が走馬灯のように流れた。

『――だから、逆に状態異常を治す手段も用意しておいて損はないと思うよ』

 状態異常……

 この毒も状態異常のカテゴリなんだろうか?

 そもそも、礼装のコードキャストはマスターに使うことはできるのか?

 疑問は生まれるが、今はダメ元でも試してみなければここで死ぬことになる。

 それだけは絶対に避けなくてはいけない。

 この情報を生かすためにも、何より今頑張ってくれているライダーのためにも……!

 癒しの香木を装備していたか、記憶が曖昧だが装備を確認している余裕はない。

「コードキャスト、実行……」

 息も絶え絶えに、魔力を流してコードキャストを起動する。

 いつもより魔力を持って行かれたように感じるのは、このコードキャストがそれだけ魔力を使うのか、もしくは毒のせいだろう。

 右手に浮かんだコードキャストはライダーではなく起動した本人に向けて効果を発揮する。

 まるで全身を電流が流れるような感覚のあと、息をするのも一苦労だった吐き気は嘘のように収まった。

 成功したのかどうか、衰弱しきった身体では判断できないし自分のバイタルを確認している場合ではない。

 見ればライダーの方も数に押されていて疲弊してきている。

 瀕死の身体に鞭を打って自分の持ち物からリターンクリスタルを取り出し、ライダーに向かって叫ぶ。

「ライダー、帰還する!」

「主どの、お身体は……」

「詳しい話はあとだ!」

 リターンクリスタルの効果を起動して、身体を引っ張られるような感覚に身を委ねる。

 次に目を開いたときには体育倉庫前に座り込んでいた。

「戻って、これた……」

 一旦脅威が去ったことで緊張の糸が切れたらしく、その場に倒れこむ。

『主どの、お気を確かに!』

 意識が遠のいていく。

 マズイ……いくら校舎で戦闘が禁止されているとはいえ、無防備に倒れているマスターなんて格好の的だ。

 頭では理解しているのだが、身体は言うことを聞いてくれない。

 そこに、誰かの足音が近づいてくるが、俺にはどうすることもできなかった。

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 天軒が倒れる光景を遠くから眺める人影が一人。

 オレンジ色の髪の毛は前髪を伸ばして片目を隠している。

 緑を基調とした装備に身を包んだ男は、森に入ってしまえばその姿を捕捉するのは至難の技だろう。

 彼こそ天軒の対戦相手であるダン=ブラックモアのサーヴァント。

 しかし、近くにマスターであるダンの姿はない。

 彼の独特なタレ目が、天軒を捉えて細くなる。

「やろう、たどり着きやがった……!」

 2本の矢で急所を狙い、もしそれで倒せなくとも擦れば毒で弱らせ、すぐには無理でもアリーナのエネミーで時間を稼いで力尽きるのを待つ。

 綿密に組まれた策から、天軒は見事生還してみせた。

 しかも、どうやら解毒まで済ませている。

 購買部の市販のアイテム程度でどうこうなる毒ではないはずなのに、だ。

 そんな光景を目の当たりにして、さすがに動揺が隠せない。

「だが、今のやつらなら……」

「何をしているアーチャー」

「っ、ダンナ!?」

 天軒の命を狩るために動こうとした瞬間、老人の声が彼を静止される。

 振り向けば、そこに立って今のは自身のマスター、ダン=ブラックモアその人だ。

 その眼光は、サーヴァントである彼でさえ寒気がするほど鋭い。

「魔力が消費されたと思って来てみれば、やはり独断専行で相手を捉えていたか」

「……どうしてこの場所が?」

 肩をすくめて視線をそらし、アーチャーの男はダンに尋ねる。

「引退はしたが、私も狙撃手の端くれだ。

 アリーナから出てくる相手を狙うなら、ここが絶好の場所だとすぐわかる」

 一回戦でアーチャーが自分の戦い方を見せたとはいえ、魔力の消費だけでそこまで見抜かれるとは思ってもみなかっただろう。

 アーチャーは両手を軽く上げて降参のポーズを意を示す。

「あーはいはい、わかりましたよ。

 ここらで止めとけばいいんでしょう?」

「……………………」

 ダンはしばし沈黙したあと、小さく息を吐く。

 ふと、天軒が倒れていた場所に視線を向ける。

 そこには、倒れているはずの天軒の姿はすでにない。

 気配を悟られずに少年が姿を消したことに、ダンは再び視線が鋭くなるが、アーチャーはそれに気付くことはなかった。

 

 

『――これはイチイの毒ですね。

 処置がもう少し遅かったら危険でしたよ』

 声が聞こえる。

『主どのの容体はどうなんでしょうか?』

『毒の方は取り除かれています。

 倒れたのは、解毒前に体力をだいぶ削られていたのと、一気に魔力を消費したからだと思いますよ。

 心配しなくとも、安静にしていれば時期がくれば目が覚めるはずです』

 ぼんやりとした意識の中で、誰かが話している声が聞こえてきた。

 重い瞼を開けると、まず視界に入ったのは保健室の天井だった。

 視線を巡らすと、健康管理AIである桜が忙しく作業している。

「主どの、目が覚めたのですね!

 私が誰だかわかりますか?」

 ライダーがこちらを覗き込むようにして顔を近づけてくる。

 鼻がつきそうな距離で彼女と見つめ合う形になり、鼓動が跳ね上がる。

「ライダーさん、天軒さんが困ってますよ」

「あ、これは失礼いたしました。

 しかし、主どのが無事で本当に良かったです」

「ライダーがここまで運んでくれたのか?」

「いえ、私では……あれ、どうやって主どのはここに来たのでしょう?」

 ライダーが首をかしげるが、意識を失っていた俺に聞かれても困る。

 頼みの綱の桜に視線を送ってみるが、残念ながら彼女も首を横に振った。

「すいません、私もその前後の記憶データがはっきりしなくて……

 ライダーさんの切羽詰まった声に呼ばれるところからは覚えているんですが」

「そうか、お礼しないといけないと思っていたんだけどな……」

 ライダーたちの様子からして、NPCや遠坂たちではないとは思うのだが、二人して覚えていないとはどういうことだろうか。

 こちらに危害を加えるつもりはないのだろうが、少し不安だ。

「でもダメですよ、一つしかない大事な体なんですから。

 次は気をつけてくださいね?」

 めっ、と子供を注意するような仕草に苦笑いで返す。

「桜が治療を?」

「いえ、私は何もしていませんよ。

 天軒さん自身が自分で解毒したようですけど、覚えていますか?」

 桜に尋ねられて、ぼんやりとだがアリーナでの出来事を思い出す。

 解毒らしきものをしたのは、コードキャストを使ったぐらいだ。

「コードキャストってマスターにも使えるのか?」

「もちろん、使えるものもありますよ」

 なるほど、つまり自分にコードキャストを使って解毒をしたということか。

「それにしても凄いですね

 ()()()()()サーヴァントの状態異常を治癒する礼装しかないですから。

 強力なイチイの毒でも解毒できるコードキャストをあらかじめ持っていたんですよね?」

 ………………え?

 どういうことだ?

 俺は記憶を失っていて、自分が以前まで使っていたコードキャストがあるのかすらわからない。

 だからこそ、この解毒は購買部で購入した礼装で治ったのかと思っていたのだ。

 なのに、その礼装ではマスターの状態異常は治癒できない?

 何かの間違いだと思いたかったが、装備している礼装を確認してみると、癒しの香木は装備されていなかった。

 ならば俺はどうやって解毒をしたのだろうか?

 そんなことを考えていると、保健室の扉が開かれて予想外の来客を告げた。

 白髪と白ひげを蓄えて、それでいて年齢の衰えを感じさせない老人。

 ダン卿の――敵マスターの来訪に身構えようとするが、身体に力が入らない。

 ライダーが現界して立ちはだかるように前に出るが、彼の取った行動はこちらの予想を大きく裏切った。

「イチイの矢の元になった宝具を破却した。

 すでに解毒は済ませてあると聞いているが、この行動を謝罪とさせて欲しい」

 目の前の老人はあろうことか頭を下げてそう告げたのだ。

「そして失望したぞ、アーチャー。

 許可なく校内で仕掛けたばかりか、毒矢まで用いるとはな。

 この戦場は公正なルールが敷かれている。

 それを破るとは、人としての誇りを貶めることだ。

 これは国と国の戦いではない。人と人の戦いだ。

 畜生に落ちる必要は、もうないのだ」

 静かな独白。

 だが、確固たる信念に基づいた覆らぬ何かを感じる、老兵の双眸。

 目の前の状況についていけていない。

 さらにダンは予想外の行動に出る。

「アーチャーよ。

 汝がマスター、ダン・ブラックモアが令呪をもって命ずる。

 学園サイドでの、敵マスターへの祈りの弓(イー・バウ)による攻撃を永久に禁ずる」

「はぁ!? ダンナ、正気かよ……!

 負けられない戦いじゃなかったのか!?」

 マスターの行動にアーチャーは声を荒げる。

 当然の反応だが、老兵の態度は崩れない。

「無論だ。

 わしは自身に掛けて負けられぬし、当然のように勝つ。その覚悟だ。

 だが、アーチャーよ。貴君にまでそれを強制するつもりはない。わしの戦いと、お前の戦いは別のものだ。

 何をしても勝て、とは言わん。

 わしにとって負けられぬ戦いでも、貴君にとってはそうではないのだからな」

「…………」

 令呪の重要性は未熟な俺でも十分に理解している。

 信じがたいことに、目の前の老兵は、それを躊躇いもなく使ったのだ。

 自分のサーヴァントに、『正々堂々と戦え』と。

 ブラフかとも思ってしまうほど迷いのない行動に言葉が出ない。

「こちらの与り知らぬ事とは言え、サーヴァントが無礼な真似をした。

 君とは決戦場で、正面から雌雄を決するつもりだ。

 どうか、先ほどの事は許してほしい」

 それだけ言うと、ダン卿は踵を返し立ち去っていった。

 残された三人はしばらく何も言えなかった。

「……驚きました。

 こちらが有利になるような令呪の行使に加えて、宝具の名前まで漏らすとは。

 相手マスターへの攻撃のペナルティでサーヴァントのステータスも下がっているはず……

 それだけのハンデを負ってでも勝つという信念、お見事です」

 皮肉でもなんでもなく、ライダーは素直に相手に敬意を示す。

 自分の相手がどれほどの実力者なのか、それをこれでもかと見せつけられた。

 とはいえ、こちらも黙って消えるわけにはいかない。

 明日は朝一番に第一層のトリガーを取りに行かなくては。




天軒が何を使って毒を解除したのか、その正体がこの物語に大きく関わっています


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褐色の少女

1.5章にかかりっきりで忘れそうなのでその前に更新です

タイトルから分かる人も多いと思いますがあの少女の登場回です


 翌日、特に理由はないのだがなんとなく教会を訪れる。

 そこには緑色の服に身を包んだ老人――ダンがいた。

「おや、こんなところで会うとは珍しい。

 また言峰神父に用かな?」

「いえ、これといった用は特に……」

「心配せずとも、令呪の力で制限した以上アーチャーがそなたを狙う事はない」

 こちらの警戒を感じ取ったのか、先んじてダン卿はここが安全であることを説明する。

「昨日は済まなかったな。

 あの傷が命に関わらなかった事は不幸中の幸い、とは思うが」

 続いて口にしたのは謝罪の言葉。

 自分が言うのもなんだが、彼は正々堂々、という言葉にとらわれ過ぎなのではないだろうか……?

「アーチャーのマスター殿。

 昨日の行為、些か腑に落ちない所があるのですが……」

 ライダーも同じ考えだったようで、彼女は実体化して彼に直接問う。

「そうだな。

 自分でもどうかしていたと思っていたところだ。

 3つしかない令呪を、あろうことか敵を利するために使ってしまうとはな。

 だが、あの時はそれが自然に思えた。

 この戦いには女王陛下からたっての願いというコトもあったが……

 わしにとっては久方ぶりの……いや、初めての個人的(プライベート)な戦いだ」

「つまり、貴殿は軍人として戦いに来ているのではないと?」

「流石にわしの経歴は調べたようだな。

 いかにも、軍務であればアーチャーを良しとしたたろう。だが、あいにくと今のわしは騎士でな。

 そう思った時、妻の面影なよぎったのだよ。妻は、そんなわしを喜ぶのかどうかとな。

 ……老人の昔話だがね。

 今は顔も声も忘れてしまった。面影すら、思い返すことができない。当然の話だ。

 軍人として生き、軍規に徹した。

 そこに(ひと)としての人生(こうふく)など、立ち入ることは許されはしない」

 老兵……いや、老騎士の目がこちらをまっすぐ見据える。

「君はまだ迷っているようだな。自分の在り方を」

「……覚悟は出来たつもりです。

 ですが、今の俺には願いがない。

 例え出来たとして、たった数日で考えた願いが人を殺していいほどの、人を殺すのに値するものなのか……」

「覚悟や願いというものは、誰かに評価されるものではない。

 誰に何と言われようと、それが自分の叶えたい事ならば、信じて進めばいい。

 後悔は轍に咲く花のようだ。

 歩いた軌道に、さまざまと、そのしなびた実を結ばせる。

 だからこそ、己に恥じぬ行いをしなさい。

 それだけが、後顧の憂いから自身を解放する鍵なのだよ」

 誤りだったと感じた過程からは、何ものも生み出されない。

 誇れる道程の先にこそ、聖杯を掴む道があるという事か……

「……らしくない。つまらない話につき合わせた。老人の独り言と笑うがいい。

 いい戦いをしよう少年。

 君の目に曇りが生じぬようにわしも、わしに恥じぬ戦いをしよう」

 そう言うと老人は再び目をつぶった。

 静かに、何かに対して祈りを捧げる彼を邪魔しては悪いだろう。

 静かに立ち去る事にしよう。

「自分が信じて進む願い、か……」

 何か信念がある人は強い。

 それは遠坂凛に出会った時からなんとなく感じていた。

 実力云々の前に精神面で彼女には敵わない、と感じてしまうほどに……

 ダン卿にもどうしても叶えたい願いがあるのだろう。

 なら、自分はどうだ?

 ライダーに悲しい思いをさせないように、ライダーのためにこの聖杯戦争を勝ち抜く。

 これは戦う過程の話であって、最終的な目標とは違う。

 やはり自分には戦う理由が欠落している。

 あらゆる願いを叶える願望機と言われる聖杯。

 すでに下した慎二や今回の敵であるダン卿を始め、この聖杯戦争の参加者全員を殺したとしても、叶えたい願い。

 記憶を失う前の自分は、一体どんな願いだったのだろう。

 

 

 まとまらない思考を一旦リセットするのも兼ねて、アリーナに向かう前に図書室に立ち寄る。

 アーチャーの情報収集を行おうとしたのだが、その成果は芳しくない。

『今までの情報から推測するに、敵の正体はイチイの毒を使うアーチャーということになりますが……』

「けど、見つかったのはイチイバルみたいな、イチイの木の方を加工して武器に用いた話だ。

 肝心の毒のほうは見当たらない」

 植物図鑑を始め、色々と漁ってみたが目的の情報は得られなかった。

 仕方なく図書室を後にする。

「何か、決定的な情報がないと……」

「ごきげんよう」

 図書室を出た直後に声をかけられた。

 振り返るとそこにいたのは褐色の肌の少女。

 確か、いつも廊下の窓から空を見ていた子のはずだ。

 会話を交わした記憶はない。しかし、彼女が誰なのかはぼんやりとわかっている気がする。

「ラ、ニ……?」

「私の名前を知っているのですか?

 こうしてきちんとお話をするのは初めてだと記憶しているのですが」

「いや、たぶん話すのは初めてだ。

 又聞きで名前だけ知っていたのかもしれない」

「そういうことなら、納得です。

 では改めて、私はラニ。

 あなたと同様、聖杯を手に入れる使命を負った者。

 あなたを照らす星を、見ていました。

 他のマスターたちも同様に詠んだのですが、あなただけが……とても歪な存在。

 あなたは、何なのですか?」

「えっ?」

 いきなりの質問に言葉が詰まる。

 その間、感情が読みづらい彼女の瞳は、まっすぐとこちらを見据えている。

 ……何、と言われても。

『月海原学園、2年A組、天軒由良』という肩書きは、名前以外は予選の時に与えられた仮初めのものだ。

 自分が何者なのかは、自分でさえ理解していない。

 返答に困っていると、その沈黙を拒否だと捉えたのかラニは不思議そうに首を傾げた。

「正体を隠すのですか?

 昨日、ブラックモアのサーヴァントにはあんなにも無防備だったのに」

 ――見られていた!?

 いや、落ち着け。

 昨日の襲撃は多くのマスターとNPCが目撃していたはずだ。

 もしかしたら、あの場に彼女も居合わせていたのかもしれない。

「警戒しないでください。

 私は、あなたの対戦者ではないのですから」

「そう、だね……」

「見ていた、というのは正確ではありません。

 星が語るのです、あなたのことを。

 私は、ただそれを伝えただけ。

 師が言った者が何なのか、それを探すためにあなたの星を読んでしまった。

 私の探している星なのかはわかりませんでしたが……」

 占星術の類だろうか。

 いや、それよりも重要なことがある。

 俺の情報を、見られた?

 ただ視覚的に見られていたのではなく、俺の情報はそのものを見たということか……!

 それなのに何の前触れもなかったことに戦慄する。

『この戦は情報戦が特に重要になってきますから、十分にあり得たことです。

 NPCの動きは注意していましたが、まさか直接見るとこができる者がいることは失念していましたが……

 以後気をつけましょう』

 ライダーはフォローしてくれるが、致命的なミスを犯したことには変わりない。

「つまり、君は俺のサーヴァントの真名までわかったということ?」

「いえ、私が見たのは星の在り方だけ。

 その星の語りまでは聞き取れていません」

「星の語り?」

「我がマスター、このままでは話が進まんぞ」

 突然彼女の隣に色白で長身の男性が姿を現した。

 この存在感は、サーヴァント……!

「……っ!」

 反射的に半歩下がり、ライダーも腰の刀に手をかけながら現界する。

 対して、ラニのサーヴァントらしき男は顎に手を置いてライダーを見下ろす。

「ふむ、流石に姿を現わすのは軽率であったか」

「バーサーカー、なぜ?」

「マスターの説明では彼を警戒させるだけだと判断したのだ」

 以前ライダーは警戒を解かないが、バーサーカーと呼ばれたラニのサーヴァントは気にせず続ける。

「我がマスターの無礼は余が謝罪しよう。

 悪意はないのだ」

「それは、なんとなくわかる。

 それよりさっきの例え、どういうことなんだ?」

「貴様がどんな人物かは見たが、その記憶などは見えてないということだ。

 無論、その小娘についてもことも何もわからない。

 信じるかどうかは貴様次第だがな」

 それだけいうとバーサーカーは姿を消した。

「……主どの」

「俺は大丈夫だよ。ありがとうライダー」

「承知しました」

 続けてライダーも霊体化し、再び廊下には俺とラニの二人だけが対面する形になった。

 感情の起伏の少ない彼女の言にはわからないことが多かったが、バーサーカーの言う通り少なくとも敵意は感じられない。

「説明不足だったのでしたら申し訳ありません。

 私は、もっと星を観なければならない。

 ですので、協力を要請します。

 蔵書の巨人(アトラス)の最後の末として、私はその価値を示したい。

 ブラックモアの星を私にも教えて欲しい」

「ブラックモアの?

 それは、俺の手助けが必要なことなのか?」

「はい。

 星を詠み、その語りも聞くとなれば、その人に関連する遺物が必要となります。

 私は、ブラックモアの星を詠みたい。

 あなたは、ブラックモアのサーヴァントの情報がほしい。

 いかがでしょう?

 彼の星を詠み、知ることはあなたにも有益なことだと思いますが……

 私の頼みを、聞いてもらえますか?」

「その……提案は有り難い。

 でも、どうして俺なんだ?」

 ラニの星詠みに悪意がないのはなんとなくわかる。その眼差しに敵意がないのも信じられる。

 ただ、何故俺なのかがわからない。

 俺の問いにラニは目を伏せる。

「申し訳ありません。

 しかし、師が言った事の意味を知るためには私は人間(ひと)を知る必要があるのです。

 師は言いました。人形である私に命を入れる者が居るのかを見よ、と。

 師が言うのであれば、私は探さなければならない。人間(ひと)というものの在り方を」

「それが、俺だったと?」

「……あなたがそうなのか、それはわかりません。

 でも、あなたには他のマスターとは明らかに違う星が見える。

 私は……もっと人を見なければならない。

 あなたも、そしてブラックモアも。だから私にも見せて欲しいのです」

 彼女の言葉に嘘偽りは感じられない。

 嘘をつく、という行為を知らない機械的なものにも感じられるが……

「でも、本当にいいのか?

 俺と君はマスター同士だ。いつか戦うかもしれない相手に有利なことをするなんて……」

「私にとって、師の言葉こそが道標。

 その師が言ったのです。人間(ひと)を知ることだと。

 だから、あなたが気にすることなど何も無いのです」

 その言葉に、こちらも答えはハッキリした。

「わかった、協力するよ。

 何かダン卿かそのサーヴァントに関連する遺物を持って来ればいいんだよね?」

「はい。その遺物から、その時空を伺うことができます。

 端末はお持ちですね? 私のアドレスをお渡しします」

 ラニが端末を操作すると、しばらくして無機質な機械音がアドレスの受け取りを伝える。

「もし遺物が見つかりましたら、このアドレスで私を呼び出してください」

「遺物には心当たりがあるから、早ければ明日には見せられると思う。

 それでも大丈夫かな?」

「出来ないことはありませんが、より確実に行うのなら2日後が好ましいです」

 口ぶりからして何か準備でもあるのかもしれない。

 こちらとしても万が一に備えて余裕があるのは嬉しい限りだ。

「わかった。

 じゃあ2日後よろしく頼むよ」

「はい。それでは、ごきげんよう」

 そう言うとラニは元いた場所に戻り、窓から空を見上げる。

 まるで、それが自分の仕事と言わんばかりに……

 人間というよりNPCのような規則的な動きをする彼女を背に、ライダーと共にアリーナへと向かった。

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 天軒が去り、人気がなくなった廊下でラニは窓から見える星を眺めている。

 しかしその意識は若干ながら階段の方を向いていた。

『気になるのか?』

「はい。彼の星は、他の誰とも違うものでしたから」

 思い出すだけで彼女の背筋には冷たいものが走る。

「彼は、まるで混ざりあった星。

 1人の人として存在しているのが不思議なほど歪なものでした」

『生憎と、余は占星術の心得がないゆえ助言はできぬ。

 しかし、あの小僧が策士ではないことはわかる。

 協力者としても、無論敵としてもそう警戒する必要もなかろう』

「そう、ですね」

 バーサーカーの言葉は正しい。

 実際に会ってみて、彼自身が無害であることはラニにも理解できている。

 この理解不能な寒気はただの思い違いだ。今はそう結論を出し、ラニは師に与えられた役目に思考を戻した。

 

 

 アリーナに向かう途中ライダーが質問を投げかけてきた。

『主どの、先ほどの協力要請についてですが』

「あ、相談せずに了解したのはマズかったかな?」

『いえ、私も賛成でしたので問題ありません。

 ……少し、寂しかったですが』

「ごめん、最後の方聞き取れなかったんだけど」

『い、いえ、気にしないでください!』

「なら、いいんだけど……」

 ライダーにそう言われるとこちらも追及はできない。

 気になるが今は置いておこう。

『では改めて、遺物の心当たりとは一体どのようなものでしょうか?』

「昨日アーチャーに射られた矢だ。

 あの時はそれどころじゃなくてアリーナに捨てちゃったけど、まだ残ってるはず」

『なるほど、確かにあの矢でしたら遺物としては申し分ないかもしれませんね。

 それにしても、師の言葉というのは気になりますね。

 時が来ればわかるとは思いますが……いや、これは蛇足でしたね。

 今はあのアーチャーに集中しましょう』

 今日はモラトリアムの2日目。

 昨日はほとんどと言っていいほどアリーナの探索ができなかったから、今日は昨日の分も合わせて頑張らなくては。

 気持ちを入れ直してアリーナに入る。中には自分たち以外の気配は感じられない。

「アーチャーの気配も近くにはないようです。

 あの手のサーヴァントが一度注意された程度で考えを改めるとは思いませんが、これは好機ですね」

「奇襲の心配がないなら、矢の回収を済ませてしまおう」

「承知しました」

 矢を抜いたのはアリーナに入った直後だ。

 予想通り、難なく目的のものは手に入れることができた。

「昨日はちゃんと観察することはできませんでしたが、中々の年代物ですね。

 ほぼ無傷で残っていますし、これならばあのアーチャーの正体も何か分かるやもしれません」

 これでラニの言っていた遺物は確保できた。

 後はトリガーを入手してしまおう。

 

 

 トリガー取得も無事に終わり、アリーナから戻る。

 結構な時間探索をしていたつもりだったのだが、ダン卿と鉢合わせになることは無かった。

 もしかすると、俺たちが入る前にすでにアリーナの探索を終えていたのかもしれない。

『または、校舎側からずっと観察していたのかもしれませんね。

 私達の場合は鍛錬も兼ねて毎日アリーナに出向いてはいますが、強制されたものではありません。

 自分のサーヴァントの情報を漏らさないようにするには、むしろアリーナに行かない方がいいかもしれません』

「けど、それだと向こうもこっちの情報がわからないんじゃ……」

『主どの、先ほどのラニという少女をお忘れですか?』

 ライダーの言葉にあっ、と声が出る。

 ラニは占星術で俺の情報を多少なりとも確認している。

 もし、ダン卿にもそのような力があれば……いや、未熟な俺にならただ観察するだけでもある程度の情報を得られるのかもしれない。

 それこそ、先の会話の最中にでも……

『考え過ぎだとは思いますが、アリーナで出会わないからといって油断なさらぬよう。

 ここは原則安全地帯ではありますが、戦場の中にあるということには変わりありませんので』

 校舎でさえ油断はできない。

 それは、昨日身をもって知らされたことだ。

 常に周りの人を警戒するのは無理だとしても、不用意に隙を見せない程度に気を張ることは忘れないようにしなくては。



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幼い双子のジョーカー

新宿クリアした方はお疲れ様です。まだの人はストーリーを楽しんで自分のペースで頑張ってください
ストーリー序盤は真名がわからず考察する、というのはfateらしくて面白いですね


今回の話ではあの双子が出てきます


 モラトリアム3日目。

 アリーナ探索を終えてから、ラニだけに任せるわけにもいかないと思って図書室に足を運ぶ。

 昨日手に入れた矢について何かわからないかと本棚を物色していると、視界の端に何か小さな人影が映った。

「……なんだ?」

 思わず視線を向けると、そこにいたのは本棚の奥でコソコソしている小さな少女だった。

 白いゴスロリ衣装はこのレトロな雰囲気には不釣り合いだ。

 なのに少しだけしっくりきているのは、彼女がいるのが児童図書のコーナーだからだろうか。

「きみ、こんなところで何してるの?」

「なんだ、お姉ちゃんじゃないのね。びっくりした」

「お姉ちゃん?」

「お姉ちゃんはあたし(ありす)の新しい遊び相手。

 今はかくれんぼで遊んでるの!」

 屈託のない笑顔で答える少女の名前に聞き覚えはないが、その見た目は記憶にあった。

 たしか一回戦で聞き込みをしたときに出てきたゴスロリの少女だ。

 手袋越しにうっすらとだが右手に令呪も見えるし、この子もマスターらしい。

 今は一人しかいないが、かくれんぼと言っていたから別々のところに隠れているのだろうか?

 そんなことを考えていてふと視線をありすの方に戻すと、不安そうな眼差しでこちらを見ていた。

「お兄ちゃん……あたし(ありす)のこと覚えてる?」

 不意にありすはそんなことを尋ねてきた。

 はて、今までにこの子と会ったことなどあっただろうか?

 いや、どこかで会っている気がする。この感覚は、一回戦のとき遠坂を初めて見た時に似ている。

 となると、予選のときにこの子に会ったのだろうか……

 ただ、会ったのならシンジやレオのようにちゃんと覚えているはずだ。

 ならば可能性としては遠坂のときと同じく、直接は会ってないかすれ違う程度だったのだろう。

「ごめん、今記憶が曖昧で……

 今まででに君に会ったことあるのかな?」

「そっか、お兄ちゃんも覚えていないんだね。もしかすると、気付いてもいなかったかな。

 あたし(ありす)はただ、見つめてるだけだったから……

 あたし(ありす)、お兄ちゃんならお友達になってくれそうな気がしてたの。

 やっとあたし(ありす)もお友達が出来るって……

 だから、お兄ちゃんが行っちゃったときは……かなしかったし、さびしかった」

 俺が行っちゃった、とはどういうことだろう。

 予選で会ったのなら、体育倉庫の扉からあの空間に向かったときのことを言っているのか?

 いや、でもありすの口ぶりだと俺よりあとにありすはこの予選を通過したことになる。

 俺の記憶では俺が最後の通過者だから、時間的にそれはない。

 ならば考えられる可能性は、地上で俺はこの子と会っていた?

「ありす、君は地上での俺のことを知ってるのか?」

「地上のではないけれど、あなたが誰なのかは知ってるわ。

 話したことはなかったけれど、あたし(ありす)は見ていたから」

『見ていた』の意味はこの際どうでもいい。

 重要なのは、記憶を失う前の天軒由良を知ってるということだ。

「教えて欲しい、俺は一体どんな人だったんだ?」

「どうして知りたいの?」

「どうしてって……

 自分自身を知りたいのは当たり前だろう?」

「じゃあこれを読んでほしいわ!」

 そう言って渡してきたのは『鏡の国のアリス』の絵本だった。

 ルイス・キャロルが著した児童小説、『不思議の国のアリス』の続編だ。それを子供向けに編集したものらしい。

 これを読むことに意味があるのかわからない。本当にただ遊んでほしいだけなのかもしれない。ただ、読めば教えてくれるのなら読まない手はない。

 ライダーも止める様子はないしここはありすの提案に乗ろう。

「ね、いいでしょう?」

「わかった、いいよ」

「やったぁー!」

 その場でぴょんぴょんと跳ねるその姿は、年相応の行動で微笑ましい。

 ありすに手を引かれて椅子に座らされ、そこで読み聞かせをする準備をする。

 しかし……

「……ありす?」

「どうしたの、お兄ちゃん?」

「いや、どうして俺の膝の上に座ってるのかなって……」

「ここが一番見やすいもの」

 ありすがいるのは、椅子に座った俺の膝の上だ。そこから、開いた本を覗くようにしている。

 はっきり言おう、周囲の目がこの上なく痛い。

『……………………………』

 特に背後の自分の従者の視線が……!

 一回戦より図書室の利用者が少ないのが唯一の救いだ。

 ……運営委員の間目知識と有稲幾夜がヒソヒソ言ってるのは後でライダー含めて誤解を解こう、と静かに決意した。

 絵本を開くと、中身は本編の概要に近いものだった。

 

 ――ガイ・フォークスの日の前日、暖炉の前で糸を繰っていたアリスは飼い猫と相手に空想ごっこを始める。

 しばらくして、アリスは実際に鏡の中の世界に入れることに気付き、そちらの世界に入り込んでしまう。

 その世界で鏡文字になっている『ジャバウォックの詩』を見つけたあと外に出たアリス。

 途中何度もループしてしまう道に悩まされながら、アリスは喋る花々が植えられた花壇に行き当たり、そこで赤の女王を見かけた。

 ループする道を逆手に取り女王に追いついたアリスは、丘からの景色でこの世界がチェス盤のように区切られ、ゲームになっていることを知る。

 そして女王の助言により、アリスは駒としてゲームに参加することを決める。

 

 全12章からなる物語の冒頭の1、2章はこんな流れだ。

 絵本だと侮っていたが、これをすべて読むには時間がかかりすぎる。

 そう思いながら読み聞かせをしていると、しばらくして図書室の戸が開かれた。

 勢いよく中に入ってきたのは、黒のツインテールを揺らす少女――遠坂凛だ。

 息を切らしている彼女は図書室内を見渡していて、誰かを探しているようだった。

「……いた! ありす見つけたわ、よ?」

 ……遠坂の微妙な表情がこの上なく痛い。

 まあ、幼女を膝に乗せて読み聞かせしているこの状況は誰でも困惑するだろうが。

「天軒君、もしかしてそういう趣味?」

「断じて違う!」

 ただでさえ定期的に周囲の人に呆れられてるのに、ここにきてロリコンの汚名が加わるのは勘弁願いたい。

 そんなこちらの心情などお構いなしに、ありすは残念そうに頬を膨らませながら膝から飛び降りる。

「残念……みつかっちゃった。

 あたし(ありす)の負けだね」

「大人気ないのは承知。

 勝ったんだから、どういう原理か知らないけどアリーナにいる居座ってるあのサーヴァントをどかしてもらいましょうか!」

「えっ?

 お姉ちゃん、あの子はサーヴァントじゃないよ?」

「は…………?」

 遠坂の表情が固まる。

 状況がイマイチ掴めないが、彼女たちのアリーナには、遠坂クラスのウィザードがサーヴァントと見間違う敵がいるということだろうか。

「そうだ! 特別にヒントはあげるね。

『ヴォーパルの剣』ならきっとあの子も止めることができるわ。

 でもそれはどこにらあるとも知れない架空の剣――

 さあ、どうやって見つけたらいいでしょう?」

 ――ヴォーパルの剣。

 それは、とある怪物を葬るために登場する武器の名前だ。その怪物の名前はついさっき目にしたばかりだ。

 そこに突然、新たな人影が会話に混じる。

「しーっ。

 それ以上は内緒にしなきゃ。約束でしょう」

 少女はありすと鏡写しのように瓜二つだった。

 唯一違うのは、その服がありすと対照的に真っ黒である点ぐらいだ。

 もしかして、この子がさっきありすの言っていたアリス……?

「そうね、あたし(アリス)

 後はお姉ちゃんの宝探しの時間だわ」

 遠坂を置いてけぼりにありすとアリスはどこ吹く風でクスクスと笑う。

「じゃあ帰りましょう。

 お姉ちゃん、お兄ちゃん、あたし(ありす)と遊んでくれてありがとう」

「お兄ちゃん、絵本を読んでくれてありがとう。とっても楽しかったわ。

 お姉ちゃんも遊んでくれてありがとう。

 また明日も遊びましょう」

 二人の少女はそう言いながら離れていく。

 ふと、ありすがこちらを振り向き……

「絵本、最後まで読めなかったけど、特別にちょっとだけ教えてあげるね。

 貴方は貴方。地上のお兄ちゃんとは関係ないわ」

「ちょっと待って、一体どういう――」

「また今度絵本の続きを読んでね。バイバイ、お兄ちゃん!」

 無垢な笑顔を浮かべながら、ありすはどこかへ行ってしまう。

 あの様子だと、マイルームにでも帰ってしまったのだろうか。

 だとすると、今日はもうあの子たちに干渉することは不可能だ。

「仕方ないわね。

 ほとんど答えが出ているから対処できるし良しとしましょうか」

 その隣で肩をすくめ、ため息をつきながら頭を振る遠坂。

「ありがとう、天軒君。

 あなたが足止めしておいてくれたおかげでどうにか見つけられたわ」

「俺もありすが地上の俺を知ってるっていうから、教えてもらう代わりに本読んでただけなんだけどね。

 それより、ヴォーパルの剣ってジャバウォックを倒す剣だよね?」

「そうよ。

 理性のない怪物に有効な概念武装(ロジックカンサー)

 まさかあんな汎用性のないものに頼らないといけないとはね」

「アテはあるのか?

 アリーナにはないって言ってたし、たぶん購買部に売ってるようなものでもないし……」

「無ければ作ればいいのよ、と言いたいところだけど、あれ錬金術(アルケミー)の領域なのよね。

 残念だけど、錬金術に通じたマスターを探して交渉するしかないわ」

「錬金術、か」

 ただ忘れてしまっているだけかもしれないが、俺の知り合いにも錬金術に精通しているマスターはいないかもしれない。

 そう思ったとき、なぜかラニの顔が脳裏に浮かぶ。

 ……まただ。

 この不思議な感覚は気味の悪いものだが、この感覚に従えば正解にたどり着けそうな気がしてきた。

 とりあえず、今はラニのことを遠坂に聞いてみよう。

「遠坂、マスターの中にラニって女の子がいるのは知ってるか?」

「ええ、優勝の有力候補だから知ってるわよ。

 アトラス院出身で……アトラス院?」

 調べた情報を確認していただけの遠坂の眉間にしわがよる。

 やはり、彼女が突破の糸口なのだろうか。

「天軒君、ナイスフォローよ。

 確かアトラス院が得意としているのは占星術と錬金術。彼女が扱える可能性は大いにあり得るわ。

 あとは探して交渉に持ち込めれば……」

「俺、ラニのアドレス持ってるけど」

「何で持ってるのよ!」

 何故か怒られた。

 ひとまず彼女を落ち着かせつつ事のいきさつを説明する。

 状況を理解した遠坂はまずため息をつき……

「あなた、知り合いの層が妙に偏ってないかしら?」

「偶然なんだから俺に言われても困る」

 散々な言われように涙が出てきそうだが、ラニへの連絡は問題なく済ませる。すると、急な申し出にも関わらずすぐに彼女は来てくれた。

「ごきげんよう。

 期限はまだ一日ありますが、どうしましたか?」

「遺物とは別件でちょっと。

 ラニって、ヴォーパルの剣を錬成することはできる?」

「……特定対象にのみ有効な魔術礼装ですね。噂には聞いたことがあります。

 錬金術ですので、素材さえあれば練成も可能ですが、どうして天軒さんに必要なのでしょうか?

 ブラックモアのサーヴァントには関係ない代物だと思いますが」

「えっと……」

「天軒君、ありがとう。

 私の問題だし、ここからは私が説明するわ」

「貴女は、遠坂凛ですね」

「……アトラス院はウィザード全員のことを把握している、ってのはあながち間違ってもないのかしら」

「実力のあるハッカーの記録なら熟知しています。

 ミス遠坂ほどの腕前のハッカーなら尚のことです」

「そう、まあ隠すようなことでもないし、それはいいわ。

 それより、ヴォーパルの剣の方よ」

 遠坂が説明を引き継いだことで、二人の会話を眺めるだけになる。

 説明と交渉を経て、遠坂が素材を提供する代わりに練成するという流れで落ち着いた。

 遠坂が取り出したマラカイトは、ラニの魔術によって瞬く間に一振りの剣へと姿を変える。

「……流石ね。

 これだけの質で練成された礼装は初めて見たわ」

「ですが、私の力ではこれを使えるのはおそらく一度きり。

 よく考えてお使いください。

 二度は練成できないでしょうから」

「一度使えるだけで十分よ。対価は、ありすに関係する遺物だっけ?」

「はい。私の目的は、人間(ひと)を知ることですから」

 不意にラニの視線がこちらに向けられる。

 彼女は深々とお辞儀をして……

「天軒さん、ありがとうございます。

 やはり、貴方に協力を要請したのは正解でした」

「まだ俺はラニに何も出来てないよ。

 明日、遺物は渡せるからその時に頼む」

「お待ちしています。

 それでは、ごきげんよう」

 挨拶を済ませたラニは静かに図書室を後にする。

 彼女には手間を取らせたかもしれないが、遠坂を手伝えたのは良かったと思う。

 例え敵として戦う時が来るとしても、その時までに蹴り落とすような真似はしたくない。

 遠坂に言えば半殺しでは済まないような気もするが……

「はあ、まさか天軒君にとんでもない借りができるなんて」

「何気にひどいよね」

「当然感謝はしてるわ。

 こんなに早く問題が解決するとは思ってもみなかったもの。

 それに、他の誰かに交渉してたらどんな要求が来てたかわかったもんじゃないわ」

 こちらはただ遠坂のために、と動いていたつもりだが、どうやら思っていた以上の貢献をしたらしい。

 MVPはもちろんラニだろうが。

「おかげで第二層も無事突破できそうよ」

「もしかして、もう遠坂は4日目なのか」

「ええ、私も対戦相手もほぼ無傷で二回戦進出だったから、決戦後のインターバルは必要なかったみたい。

 まあ今回も私の敵ではなさそうだけど、問題はありすのほうね。

 本来アリーナは対戦相手以外とは交わらないはずだし、なによりそんなルールブレイクしたらペナルティどころじゃないでしょうに。

 どうやってあの子私のいるアリーナに入ってきたのかしら……」

 考え込む遠坂だがこちらは何のアドバイスもできない。

「今度ありすにあったときに聞いてみようか?」

「……案外それが一番手っ取り早いかもしれないわね。

 さすがにこれ以上借りを作るのもなんだし、それはこっちでなんとかするわ。

 それじゃあ、お互い頑張りましょう。

 ヴォーパルの剣(これ)の借りは絶対返すわ」

「ああ、遠坂も頑張って」

 お互いを労い、遠坂とも別れる。

 図書室から他のマスターの気配がなくなったことで、ようやく後ろで待機していた自分の従者に声をかけることができた。

「色々とありがとう、ライダー。

 俺のわがままに付き合ってくれて」

『少々複雑な心境ではありますが……主どのに仕えるのが私の役目ですから』

「お詫びに何か俺にできることはないかな?

 俺に出来ることならなんでもするけど」

『何でも、ですか?』

 霊体化しているが、ライダーの肩がピクリと動いたのがなんとなくわかる。

 しばしの沈黙の後、ライダーは恐る恐るといった様子で口を開く。

『こ、この件は自室に戻ってから改めて……』

 何やら歯切れが悪い。

 そんなに言いづらいものなのだろうか。

「あんまり大変なのは急には無理だよ?」

『も、もちろん主どのに迷惑はかけません! ……たぶん』

 最後の一言がすごい不安だが、ここは大人しくマイルームに戻るしかない。

 椅子から立ち上がり、図書室を後にした。

 

 

「……………………」

「……………………」

 マイルームに戻ってから話を聞くという流れだったはずだったのに、ライダーは落ち着かない様で正座したまま一向に口を開いてくれない。

「ライダー、無理に考えなくても、思いついたときでいいんだよ?」

「は、はい!」

 それからしばらくして、意を決してライダーが口を開く。

 一体どんなお願いが飛び出すんだろうか。

「よ、よろしければ、主どのに、少し、頭を撫でて貰えると、嬉しいです」

「それでいいの?」

 思わず聞き返してしまった。

「め、迷惑でなければですが」

 恐縮そうに肩をすくめるライダーには悪いが、一回戦の決戦後、頭を撫でる以上に恥ずかしいことをした気もするのだが……いや、これはやぶ蛇だ。

「わ、わかった。じゃあ失礼して」

 若干赤くなる顔を誤魔化すようにライダーの頭に手を伸ばす。

 密着する機会は多かったが、初めて触れる髪は予想以上にサラサラで言葉を失った。

 ライダーの方はというと……

「えへへへ……」

 ……なにこの可愛い生き物。

 見た目相応の表情を見せるライダーを見ると、ライダーのお願いに応えることができてよかったと思う。

「ありがとうございました!」

「これぐらいならいつでも大丈夫だよ」

「っ! ありがたき御言葉。

 この牛若丸、これからも頑張れます!」

 ……本当にこれでいいのかちょっと不安になるが、ライダーが喜んでいるならいいのかもしれない。




FGOの牛若丸の幕間であの反応は反則だと思います。あれは撫でる以外の選択肢はないですね


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緑の射手

剣好きな自分にはプロトアーサーの宝具演出がロイヤルストレートフラッシュと被って見えます


今回アーチャーの真名に迫ります


日付が変わり、今日でモラトリアムも4日目。

ラニに連絡して人気の少ない三階の廊下奥で落ち合う。

「ごきげんよう。

ブラックモアの遺物を持ってきてくれたのですね。

礼を言います」

「持ってきてなんだけど、サーヴァントの遺物でマスターのブラックモアのことも知れるの?」

「はい、問題ありません。

マスターとサーヴァントの関係にあるなら、サーヴァントの遺物も、マスターの遺物として用いることができます」

正直ホッとした。

もしアーチャーの星しか詠めない場合、俺は問題ないがラニは一方的に損したことになる。

渡した矢を見ると、ラニは一言、二言つぶやき、こくん、と頷いた。

「……これならば」

彼女はその品を柔らかな手つきで撫でると目を閉じ、窓から見える空を仰いだ。

「星々の引き出す因果律、その語りに耳を傾ければさまざまなことが分かるものです。

ブラックモアのサーヴァント。

彼を律した星もまた、今日の空に輝いています」

占星術のことはよくわからなかったが、ラニの指定したこの日は占うのに最も適していたということはわかった。

『宿曜道ですか。

私の周りでも学んでいた者がいるので簡単な知識はありますが、彼女はその道のプロのようですね』

ラニの行動にライダーも彼女の力量について感嘆の声を漏らす。

「これは……森?

深く、暗い……」

アーチャーの矢に手を沿え、窓から虚空を睨むラニは静かに語りだした。

「とても……とても暗い色。

時に汚名も負い、暗い闇に潜んだ人生……

賞賛の影には自らの歩んだ道に対する苦渋の色が混じった、そんな色。

緑の衣装で森に溶け込み、影から敵を射続けた姿……」

ラニの言葉には幾つか思い当たる節がある。

生前からそれを繰り返してきたからこそ、その生き様が身を隠す宝具として形作ったということだろうか。

隠れ続け、卑怯者と謗られながらも闇から敵を撃ち続けた人生。

「だとすると、ダン卿の言う騎士の戦いとはあまりに対照的だ」

いやしかし、ダン卿も軍人の時はそれに近い行いをしてきたのかもしれない。

だとすると、彼らは似た者同士ということか。

ただ、ラニの星詠みが正しいのなら、アーチャーに該当するような英雄などいるのだろうか。

栄光を手にした者ものは英雄と称えられるもの。

結果は同じでも、その過程には様々な経緯がある、という事か。

『……なんとなくですが、あの男の人となりを理解できました。

彼は、敗北が許されない立場にいたのですね』

ライダーはポツリと感想を述べる。

彼女の真名は牛若丸、つまり源義経だ。

史実の彼女も、決して栄光を手にしたというには程遠い苛烈な人生だ。

どこか彼の生き方に感じる者があるのだろう。

「……ライダーの過去、か」

『主どの、どうかされましたか?』

「いや、なんでもないよ。

ただの独り言だから」

俺はライダーの真名は牛若丸だとは聞いているし、彼女がどんな人物だったかも文献からわかってる。

ただ、彼女自身の口から聞いたことはなかった。

今はそんな余裕がないが、いつか聞いてみたいと思う。

そして、俺の過去も……

そんな事を考えていると、ラニは静かに言葉を締めた。

「これは私の探している者ではないかもしれません……

はっきりとは、わかりませんが。憧憬、それゆえの亀裂。

これは師からも伝えられた、私も知る人間(ひと)の在り方の1つ。

気になるのなら、すぐに出会うことが出来るでしょう。

直接問うのもいいのでは?」

「ああ、そうしてみるよ。

色々とありがとう、ラニ」

「こちらこそ、ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げ、彼女は再び空を見上げて黙ってしまった。

そこに入る第二層の解放とトリガー生成の通知。

アリーナ第一層では襲撃時以来一度も会ってはいない。

安全に探索できた反面、彼らと戦闘できていないのは決戦で大きく響く。

ダン卿が普段アリーナに入っていないとすると、トリガー入手のタイミングが被るはずのこの日が最後のチャンスだ。

 

 

アリーナに入ると、4日目にして初めてダン卿たちの気配を察知した。

「今ならペナルティも負っています。

アーチャーの生涯に同情はしますが容赦はしません。

彼の正体を明らかにするためにも仕掛けてみましょう」

ライダーの提案に同意し、アリーナを突き進む。

少し開けた部屋のような場所に彼らは佇んでいた。

緑の衣装に身を包んだ痩躯の男と、彼を従えた老騎士。

ダンと彼のサーヴァントだ。

「旦那、どうします?

目の前に出てきましたけど」

ダンのアーチャーの言葉に、こちらのライダーも抜刀しつつ、不敵に笑う。

「そちらこそ、今回は隠れないでいいんですか?

なんでしたら隠れるまで目を瞑っておきましょうか?」

「……その余裕ありますって言い方、初日のてめぇに聞かせてやりたいね」

「こちらも同じことを思っていましたよ。

生前隠れて敵を射続けたあなたが、今こうして隠れず対面しているという事実を知ったらどう思うんでしょうね」

「っ……!」

ライダーの言葉はあからさまな挑発だったが、目の前の敵の心の底にあった何かに触れたのだろう。

涼しい顔が、見る間に紅潮していくように見えた。

「隠れないのでしたらここで討ち取らせてもらいます。森の狩人よ」

「チッ、下手な挑発してきやがって……

挑発するにももうちょっとスマートに出来ないもんかね。

おたく、絶対人の気持ちとかわからないタイプだな」

アーチャーの目が怪しく輝き、おそらくは宝具である緑のマントに手をかける。

「お望み通り隠れてやるぜ。

シャーウッドの森の殺戮技巧、とつと味わっていきな……!」

「冷静になれアーチャー、お前らしくもない」

来る、と身構えたところでダン卿の声がアーチャーを制する。

「あいあい、わかってますけどねぇ。

……サーの旦那、こいつはちょいと七面倒くさい注文ですよ?

正攻法だけで戦えとか、オレが誰だかわかってます?

酒とかかっくらってんすか?」

軽口を叩くアーチャーの姿はだんだんとわざとらしくなる。

まるで、喉まで出かかった本音の代わりの言葉を吐き出してるようだ。

その軽口は段々とヒートアップしていく。

「あはは、つーか意味わかんねえ!

オレから奇襲とったらなにが残るんだってんだよ?

ハンサム? この甘いハンサム顔だけっすよ!

効果があるのは町娘だけだっつーの!」

「不服か?

伝え聞く狩人の力は顔のない王だけに頼ったものだったと?」

「あー……いや、まあ、ねぇ?

そりゃあオレだって頑張ったし?

弓に関しちゃあプライドありますけど」

「では、その方向で奮戦したまえ。

おまえの技量は、なにより狙撃手だったわしがよく知っている。それこそ背筋が寒くなるほどにな。

信頼しているよ、アーチャー」

「……仕方ねえ。大いに不服だが従いますよ。

旦那はオレのマスターですからねぇ。

さいわい相手はひな鳥だ。

正攻法なんざ滅多にしませんが、ま、どうにでもなるでしょ」

ピリピリと殺気立っていたアーチャーの雰囲気が変わる。

張り詰め、今にも切れてしまいそうだった糸は適度な緩みを持った。

戦術が限られているとはいえ、おそらく万全のパフォーマンスが望めることだろう。

対するライダーは、アーチャーの言葉に反応し、段々と殺気立っていく。

「……主どのをひなどりと愚弄するか。

いいだろう、その顔についてる目はきちんと機能していないようだから私がくり抜いてくれる!」

「なんだこの女、見た目に比べて言動がおっかねぇぞ。

おい、そこの少年。

おたく、飼い犬の教育間違ってますよ?

つーか、目玉くり抜くとかいつの時代だよ。

いやどの時代でも普通は潰すぐらいで、くり抜くのはバイオレンスすぎでしょ」

「主どのが望むのならばどんな難題も乗り越え、どんなものでも取ってくるのが従者の役目。

敵将の首を主に送るなど私には日常茶飯事でしたよ」

いや、さすがに生首とかそういうの送るのは勘弁してくれ、と切に思う。

さすがのアーチャーもライダーの発言に表情が引きつってる。

「こりゃ参った、こいつ飼い犬っていうより狂犬……いや一応忠犬か。

ただしブレーキぶっ壊れてアクセル全開。

ここまで来ると忠誠心が狂気にしか思わねえよ。

あんた絶対周囲から浮いてただろ」

「ええ、私は天才ですから」

「天災の間違いだろ。

大方、肉親から裏切られる最期ってところか。

てかこの感じ、自身に対する嫌味や酷評は全部気にしてないって感じだなぁこりゃ。

あとその装備!

誰も突っ込まないから突っ込んだら負けみたいなゲームでもしてるのかと思っちまったよ」

「邪魔な装備を外して軽量化しただけですよ。

私なら全て避けられますし、余計な装備は動きを鈍らすだけですから」

「それを軽量化って言える精神に驚きだよ。

趣味って言われた方が幾分マシに思えるね。

まあいい、全部避けれるってんなら見せてもらおうか!」

煽りに煽りあった二人はこれ以上待てないと言わんばかりに激突する。

ライダーは床を蹴り一気にアーチャーに肉薄する。

そしてその手に持つ刀がアーチャーを両断するかに見えたが、その直前にアーチャーの姿が忽然と消えた。

「アーチャーの宝具か!?」

「おら死にな!」

虚空から放たれた矢は、まっすぐとライダーに向かう。

それをライダーは難なく斬り伏せ、返す刀で虚空を一閃する。その太刀筋に迷いがあるようには見えない。

「む、間合いを見誤りましたか」

「ライダー、見えないのにわかるのか?」

「はい、もちろん。

姿は見えないとはいえ、そこに『いる』わけですから。

風を切る矢は言わずもがな、本体だって空気を切る音と微かな足音で十分捕捉できます」

まだ調整は必要ですが、と付け加えるライダーだが、その実力には驚くしかない。

「くそっ、こいつホントの天才かよ……!」

アーチャーか再び姿を表す。

どうせバレるのならここぞという時まで取っておく方針に切り替えたようだ。

 

『――アリーナ内での戦闘は禁じられています』

 

この無機質な声を聞くのも久方ぶりだ。

あと数分もすればSE.RA.PHによって戦闘は強制終了されるだろう。

「ライダーの癖に馬に乗らないのかよ」

「生憎と、私の愛馬は戦闘用ではありませんでしたから。

それより、アーチャーと言いながら矢の腕はこの程度ですか?」

未だアーチャーの間合いではあるが、状況はこちらが優勢だった。

アーチャーの放つ矢をライダーは的確に斬り伏せていく。

「そこっ!」

「……っ!?」

攻撃の隙をついて一気に接近した。

瞬く間に距離を詰めたライダーの振るう一撃を、アーチャーは間一髪伏せることで避ける。

しかしその距離なら矢を放つよりライダーの攻撃の方が早い。

「誰が弓だけで相手するっつったよ?」

見れば、アーチャーは小さく笑っていた。

低くなった体勢のまま、矢を番うことなくアーチャーはその右手を固く握りしめ、床を殴りつけた。

「繁みの棘よ!」

直後、地面から棘が生え、まるで槍のようにライダーへと伸びていく。

「……っ、地面からの攻撃ですか!」

とっさに棘の側面を蹴って避けたことで大事には至らなかったが、体勢は大きく崩された。

その隙をアーチャーは見逃さない。

正確無比の一射は吸い込まれるようにライダーの身体に向かう。

「なんのっ!」

厳しい体勢だったというのに、ライダーは難なくアーチャーの矢を斬り伏せた。

「お見事、だが……」

確実に防いだはずなのに、ライダーのバイタルに異常が発生する。

「ぐ……っ、矢に塗るのではなく、私が斬り伏せたあとに飛散するように容器につめていたか!」

「毒の扱いもそれなりに自信があるんでね。

全部避けられるっつうならそれ用の毒を仕込ませるまでだ」

どうやら先ほどの矢はライダーが斬ること前提のし掛けが施されていたらしい。

状態異常の正体はスタン。目に見えてライダーの動きが鈍っている。

今装備している鳳凰のマフラーでは根本的な解決にはならない。

こちらがいつまでも状態異常の治癒をしないのを好機と見たらしく、アーチャーの姿が再び消える。

サーヴァントが見えないのでは、守り刀で援護しようにも厳しい。

「くそっ、ここまで完璧に姿が消えるならどちらも補助にすべきだった……」

しかし後悔先に立たず。今の状況でどうにかするしかない。

ダン卿に仕掛けるか?

いやそれは愚策だ。

サーヴァント同士ならまだしも、マスター同士の力の差は歴然。

下手に接近すれば返り討ちにあるのは目に見えている。

こうして考えている間にも、ライダーはどんどん追い詰められていく。

「ほらほら、動きが鈍ってるぜ?

そんなんでオレの矢を避けれると思ってんのかよ!」

「くっ、この程度……!」

不意に思い出したのは、初日の襲撃。

あの時も癒しの香木を装備していない状況で解毒をすることができた。

どんなコードキャストだったのかは覚えていない。

それでもやらなければライダーが危険だ。

「コードキャスト、実行――」

思い出すのは、あの時の状況、魔力の流れ方。

ライダーを助けたいという一心で、対象を彼女に設定してコードを入力する。

「――■■■■」

礼装に設定されていない、カテゴリも名称も不明のコードキャストが浮かび上がる。

魔力を消費して実行されたそれはライダーのバイタルに干渉し、まるで最初から異常など無かったかのように消滅させた。

「感謝します、主どの!」

「なっ、俺の毒を解毒しやがった!?」

姿を隠したアーチャーの驚愕の声が聞こえてくる。

いつまでたってもコードキャストを使用しないことで、こちらが解毒の手段を持っていないと判断していたといったところか。

状態異常から解放されたライダーは一瞬の隙を突いて一気に踏み込む。

見えないが、その目の前にアーチャーの姿があるのだろう。

「その首、貰い受ける!」

「そうはいくか!」

迷いなく振り抜いた彼女の刀は、途中で鉄同士のぶつかり合う音とともに阻まれた。

 

『――強制終了します』

 

直後、容赦のない圧迫感が戦場を覆う。

そして立ち位置は戦闘前に戻されてしまった。

戦闘終了を確認してアーチャーは透明化を解く。その手には使い込まれたナイフが握られていた。

「最後、その得物で防ぎましたか」

「好んで接近戦なんざしたくないけど、大抵の武器は扱える。

……まあ、長剣だけはどうやっても肌に合わなかったけどな」

言いながらナイフを仕舞い、わざとらしくため息をついた。

「やっぱ柄じゃないっつーか、割りに合いませんわ、こういうの」

「泣き言は禁止だ、アーチャー。

わしのサーヴァントである以上、一人の騎士として振る舞ってもらいたい」

「げ。……ほんと旦那は暑苦しいんだから。

わかってますよ、だまし討ちは禁止なんでしょ。

……まったく、手足がもがれているようなもんだぜ。

人間には適材適所ってもんがあるんだが……

ま、必死になればなんとかなるもんだ。

手足がなくとも歯を支え、目玉で射るのが一流の弓使い、か……いやぁロックだねぇ!

OK、ご期待に応えるぜマスター。

所詮はエセ騎士だが、槍の差し合いも悪くはないさ」

「その意気だ。

次の戦いの準備は始まっている。意識を戦場から離すな」

へいへい、と軽く返すアーチャーとアリーナからダン卿たちは去っていく。

その姿を見届けると、ライダーはようやく構えを解いた。

心なしか、そこ口元には笑みが見える。

「シャーウッドの森、ですか。

あの言い方だとそれが出自で間違いないでしょう。

あのラニという少女の宿曜術は素晴らしい精度ですね」

シャーウッドの森。

イギリスのノッティンガム近くに存在する王国林。

そして、とある人物が隠れ住んでいたとされる森でもある。

「……ロビンフッド」

義賊・盗賊であると言われ、圧政者であったジョン失地王に抵抗した反逆者。

とはいえ、彼のモチーフになった人物は複数存在するため、彼がどの『ロビンフッド』なのかはわからない。

しかしそれでも十分だ。

「それにダン卿の口にした『顔のない王』は初日に言っていた『祈りの矢(イー・バウ)』と同じ宝具の名前だと思う」

それぞれ宝具の名前と大雑把な性能も、実際に見たり文献を読み漁ったりしたおかげで把握できている。

改めて、この聖杯戦争で情報の重要性を理解する。

そして初日に自分が使ったコードキャストの正体もわかった。

名称こそ不明のままだが、先ほどの効果から大体の効果は推定できる。

「状態異常の回復、か……」

癒しの香木が無駄になったが、この礼装を購入するキッカケとなった舞との会話がなければ、そもそもこのコードキャストには出会えなかったわけだから無駄ではなかったはずだ。

「舞には後でお礼言わないとな……」

「主どの、いかがなさいました?」

「いや、こっちの話。

アーチャーとの戦闘お疲れ様」

「あ、いえ、サーヴァントとして当然のことをしたまででして……」

などと言っている彼女だが、若干頭を下げてこちらに寄ってきているような……

試しに彼女の頭を撫でてみると、幸せそうに受け入れていた。

……なんとなく彼女の性格がわかった気がする。

「このままトリガー入手もお願いできるかな?」

「はい、お任せください!」

そこからトリガー入手のために奥に進んだが、頭を撫でたからかライダーのパフォーマンスは上昇していた気がした。




ドラマCDでネロも見えないアーチャーと普通に戦ってたけど、やっぱりあいつらおかしい……


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ワンダーランドへようこそ

FGOで4月1日から何かありそうで楽しみ半分不安半分な今日この頃。是非もないネ!

自分で書いててなんだけど、二回戦の天軒大忙しです


 アリーナから戻り、さらなる情報を求めて図書室へ向かう。

 ロビンフッドに関する文献を求めて本棚を漁っていると、小さな衝撃に視界が少し揺れる。

「何読んでるの?」

 驚いて視線を下に向けると、白のゴスロリ衣装に身を包んだ少女が抱きついていた。

「こんにちわ、お兄ちゃん。

 今日も絵本読んでくれる?」

 そう言ってありすは昨日と同じく『鏡の国のアリス』の絵本を取り出した。

 すでに相手の素性は明らかになり、とりあえずひと段落は付いている。

『私は問題ありませんよ、主どの。

 周囲の警戒もしていますのでご安心を』

 ライダーもずいぶんご機嫌らしい。

 頭を撫でてもらえたのがそんなに嬉しかったのだろうか?

 ここはライダーの言葉に甘えてありすの相手をさせてもらおう。

 なにより、ありすは地上の天軒由良を知る貴重な人物だ。

「わかった。昨日の続きからでいい?」

「うんっ!」

 この子の無邪気な笑顔を見ていると、今が聖杯戦争中だということをつい忘れそうになる。

 もしかすると、この子は本当に参加している感覚はないのかもしれないが……

「えっと、どこまで読んだっけ?

 名無しの森?」

「そこは終わっちゃったわ。ドルダムとドルディーも、その次もよ。

 次はハンプティダンプティのお話ね」

 そこから再び読み聞かせが始まる。

 昨日と違い時間制限がないため、たっぷりと時間を使って読み進めていく。

 

 ――アリスは自分の頭に王冠が載っているのに気付き、自分が女王になれたことを知る。

 いつの間にか両端に座っていた赤の女王と白の女王からの不条理な質問攻め、食べ物が食べる前に下げられてしまうディナーパーティー、スピーチをしようと思えば食器や女王たちが変形しだして大騒ぎ。

 ついに怒ったアリスは赤の女王を揺すぶる。

 すると赤の女王は二匹の飼い猫のうちの一匹に変わりこれが夢だったのだと知った。

 

「――果たしてこの夢はアリスの夢だったのでしょうか、それとも赤の王の夢だったのでしょうか……おしまい」

 途中、ありすに顔を弄ばれるなどの妨害こそあったものの、どうにか読み終えることができた。

「ありがとう、お兄ちゃん。

 とっても楽しかったわ」

「どういたしまして。

 俺もありすが喜んでくれたのならうれしいよ」

「やっぱり、お兄ちゃんは優しいわ。

 あたし(ありす)とお兄ちゃんが似てるからかしら」

「……似てる?」

「そう。あなたも私も穴だらけ。

 私は絵本の表紙がなくなって、あなたは絵本の中身がなくなった。

 私は中身があるから読めるけど、あなたは読めずに捨てられちゃう。

 そしたら『あの人』が現れて、あなたの中身を埋めちゃった。

 ただし中身はつぎはぎで、流れが変わったまがい物」

 ありすの詩は相変わらずわからないことだらけだ。

 しかし、その言葉に胸がざわつく。

「ありす、君は何を……」

「だけど覚えておいて、お兄ちゃん。

 たとえ流れが変わってしまっても、最後はきっとハッピーエンド、あはははははっ!」

 昨日と同様ありすはどこかへ行ってしまう。

 図書室に残された俺は、ありすの言葉を反復していた。

 中身はつぎはぎ。

 流れが変わったまがい物。

 独特な言い回しのありすの言葉は、わからないが的を射ている感じがして胸騒ぎがする。

「ずいぶんと懐かれているわね」

 背後からかけられた声に振り返ると、遠坂が本棚に身体を預けていた。

 心なしか、疲れているように見える。

「遠坂、どうしたんだ?」

「天軒君を探していたのよ。

 ちょっと時間いいかしら?」

 遠坂が、俺を探していた?

 なんだかわからないがひとまず席に座るように促す。

 席に座った彼女はホッとしたように息を吐いた。

「なんだか体調悪そうだけど、無理しない方がいいと思うよ」

「これぐらいなら平気よ。

 それに、このことは今日中に伝えておきたかったから」

 そう前置きをした遠坂はこちらに振り返り、表情を引き締めた。

「伝えたかったのはありすのことよ。

 天軒君、このままだとあなたちょっと危険かもしれないわ」

「どうして、ありすの対戦相手ではない俺が危険なんだ?」

「今日またアリーナに乱入してきたありすと初めて戦闘してみてわかったけど、あの子の魔力量は尋常じゃないわ。

 その余波のおかげで私の対戦相手のサーヴァントは消滅。

 まあ、私のサーヴァントも瀕死に追いやられたわけだけど」

「それって……っ!」

「ああ、私なら大丈夫。

 サーヴァントも頑丈さが取り柄なやつだから、残るモラトリアムとインターバルを休養にあてれば回復するわよ。

 だから、天軒君が気にするのはありすだけでいい。

 あの子が危険な一番の理由。それはあの子はこの聖杯戦争をただの遊びの一環だと思っていること。

 この意味がわかる?」

 遠坂の問いに首を横に振る。

「簡単に言えば、あの子にルールは関係ないってこと。対戦相手でもない私に攻撃してきてるんだから間違いないわ。

 一秒後には正反対のことをするかもしれない子供が、並のウィザードじゃ太刀打ちできない力を持ってる。

 ここまで説明すれば、天軒君が危険な理由も理解できた?」

「つまり、俺がありすの遊び相手として攻撃を受ける可能性があるってこと?

「そういうこと。下手したらそのままなぶり殺しにされる可能性もあるわ。

 ホント、あなたって運がいいのか悪いのかわからないわね」

 遠坂はこちらに同情しているが、自分はまだ実感が持てない。

 あれほど純粋無垢なありすが、関係のないマスターに牙を剥くなんて……

「無知ゆえの冷酷。無邪気ゆえの残酷。

 その上あの子には手に余る力がある。感覚としては猛獣ね。

 向こうは戯れてるつもりでも、その爪は人間にしてみればれっきとした凶器だもの」

 遠坂の言っている意味はわかる。

 しかし、ありすの顔を思い浮かべると、あの子を敵として認識するのには抵抗があった。

「……言っとくけど、私が天軒君を探してたのはただ怯えさせるためじゃないわよ?」

「え、俺にありすに近づくなって言いに来たんじゃないのか?」

「逆よ逆。

 神出鬼没なありすを避けろと言ってもそうそう避けられる相手じゃないし、天軒君はどちらかというと火中の栗を拾いに行くタイプだし。

 避けるよりも、もしもの対処が出来るようにしておいたほうがいいでしょう?」

「それは、そうだけど……一体どうするんだ?

 ラニはヴォーパルの剣をもう作れないって言ったし」

「ええ、正直ジャバウォックが出てきたら自分の不運を呪うしかないわ。

 その時は全力で逃げてちょうだい。

 だから、私が伝えられるのはありすの展開する固有結界のほうよ」

「固有結界!?

 それこそ手の打ちようがないんじゃないのか?」

 すでに一度イスカンダルの固有結界を経験しているからわかる。あれは世界そのものだ。

 あのときはライダーの宝具と相性がよかったからいいものの、そう簡単に突破できるものではない。

 なのに、遠坂の表情には余裕が見える。

「確かに、初見殺しな効果ではあるけど、対処法がわかれば天軒君にも突破できるわ。

 天軒君、ありすに『鏡の国のアリス』を読み聞かせてたみたいだけど、その中に『名無しの森』っていう森が登場するわよね?」

「あらゆる名前がわからなくなる森か。

 読んだばかりだし内容は覚えてる」

「なら話は早いわ。ありすの固有結界はほぼそれと一緒よ。

 固有結界に巻き込まれたら最後、マスターは自分の名前を始め、自分に関する記憶がどんどん忘れていくの。

 最後には自分の存在ごと忘れ去ってしまうんじゃないかしら」

 聞けば聞くほど強力な固有結界だ。

 単純な戦力のぶつかり合いの王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)とはまた違った系統で厄介なのは間違いない。

「そして、固有結界から抜け出す方法は、その中で自分の名前を口にすること」

「……名前を忘れてしまうのに名前を言わないといけないって矛盾してないか?」

「だから初見殺しなのよ。

 まあ解除の方法はそう難しいものではないわ」

 そう言いながら遠坂は一枚の紙を差し出した。

 そこにはボールペンで書いたらしい文字が綴られていた。

「あめのきゆら……

 俺の名前?」

「そ、天軒君の名前よ。

 これをありすの固有結界の中で読むだけで固有結界は破壊されるわ」

 物語の中では、アリスは森を抜けたから名前を思い出している。

 森を抜けたから名前を言える、という因果関係を逆転し、名前を言うことで無効化しているのかもしれない。

「ありがとう、助かるよ。

 でも、こんな方法で固有結界を破るなんて、さすが遠坂だな」

「……答えを出したのは私だけど、ありすのヒントがなかったら厳しかったでしょうね」

 そう言って遠坂はまた新しい紙を取り出した。

 そこには子供らしい文字で『あなたの名前はなあに?』と書かれていた。

「固有結界が展開されていたアリーナにこの紙が落ちてたわ。

 これを相手が持ち出せるような状態でアリーナに置いておくのが発動条件なんでしょうね。

 他にも色々ありすが話してくれたし、やっぱりありすはこの聖杯戦争を遊びとして認識してるだと思う」

 たしかに、普通ならそんな重要なことを話すわけがない。

 ありすなりに相手が諦めないように考えての行動なのだろう。

「ちなみに、その紙ってラニに見せたのか?」

「……もしかして、ラニが言ってた遺物ってこんなのでもいいの?」

 言いながら、遠坂はアリーナで拾ったという紙をヒラヒラと振る。

「確証はないけど、固有結界の発動条件にもなるんだったら十分じゃないかな」

「そう、ならこの後探してみるわ。

 ヴォーパルの剣の交換条件だし」

 優勝を争う敵同士であってもきちんと約束を守るのだから、遠坂はとことん律儀な性格だと思う。

「それはそうと、ありすが去り際に言ってた言葉って……」

「俺のことを示唆してると思う。

 地上の俺のことを知ってるらしいし」

 結局何を言っているのかわからなかったわけだが。

 それを聞いた遠坂は顎に手を置いて黙り込んでしまった。かと思えば、さっさと立ち上がる。

「それじゃあ私はこれで失礼するわ」

 図書室から出て行く遠坂を見送り、自分も彼女から貰った紙を懐にしまう。

 静かになったことで、ありすの言葉が再び反芻し始めた。

「……ライダー、さっきのありすの言葉の意味ってわかる?」

 答えを求めるというより静寂を避けるために背後に控えている自分のサーヴァントに尋ねてみる。

 が、彼女から返答がない。

「ライダー?」

『え、あっ、申し訳ありません!

 ちょっとぼーっとしてしまって……』

「ライダーが上の空になるなんて珍しいな。

 アーチャーと戦闘したばっかりだし無理させちゃったかな、ごめん」

『い、いえ、とんでもない!

 ただ、今日いろいろとあったのは事実ですし、主どのももう休まれてはいかがでしょう?

 剣の鍛錬も、今日一日程度なら休んでも大丈夫ですので』

「ありがとう、ライダー。

 悪いけどそうさせてもらうよ」

 ダン卿との一戦からありすとの戯れ。

 いくら電脳体だからといっても身体を酷使しすぎたのかもしれない。

 お互いに今日はゆっくり休むべきだ。

 

 

 翌日、アリーナに向かう道中で白のゴスロリ少女と鉢合わせになった。

「こんにちは、お兄ちゃん!」

「こんにちは、ありす」

 いつも変わらずな笑みを浮かべるありすに、こちらも変わらず挨拶を返す。

 遠坂の言う通り、俺は危機感がないんだろうなと自覚する傍ら、ありすが今日の遊びを提示する。

「今日はアリーナで遊びましょう」

「え、アリーナ?

 アリーナは対戦者同士以外は別々になるから、俺とありすが一緒のアリーナに入るのは無理だよ」

 ただ遠坂の言っていた通り、ありすはその制約を通り抜けてくる可能性がある。

「心配ないわ!

 あの怖い狩人も来ない場所よ」

 そう言ってありすは走って行ってしまう。

「ついて来い、ってことかな」

『なにやら危険な香りがします。

 行くなら十分な注意が必要かと』

 ライダーの警告に頷く。

 制服のポケットに例の紙が入っていることを手探りで確認してからありすを追いかける。

 追いかけた末にたどり着いたのは校舎の屋上だった。アリーナとは正反対の場所だが、一体どうするつもりなのだろうか。

 いつの間にか黒のありすも増えて、ありすたちは屋上のとある壁の前で振り返る。

ありす(あたし)ね、抜け穴を見つけたの。

 白いうさぎが通る秘密の抜け穴よ」

「ここを通ればいつもと違う遊び場に行けるの!」

 だからお兄ちゃん、と二人の声が重なる。

 得体の知れない雰囲気に全身が危険信号を発するが、こちらが行動を起こすよりありすたちの方が早かった。

あたし(ありす)と一緒に遊びましょう!」

 それを引き金に風が吹く。

 ……いや、これは壁に吸い寄せられる!?

「強制転移か!?」

『主どの!』

 正体に気づいた時には時すでに遅く、視界は暗転していた。

 

 

 目を開けると、そこには西洋のお茶会のような、長いテーブルと人数分の椅子が並べられていた。

「ここが、アリーナ?

 ずいぶんと様子が違うな」

 それでも警戒を怠ってはいけない。

 転移の影響か少し眩暈がするが、無防備を晒さないように注意をしなくては。

 そこにあの二人組みが姿を現した。

「あ、お兄ちゃん目覚めたのね!」

 彼女たちは嬉しそうにお互いの手を握り合っていた。

 こちらを歓迎するように少女は無垢な笑顔を浮かべる。

「ようこそ、ありすのお茶会へ」

「お茶会? ここはアリーナじゃないのか?」

「ええそうよ。ここはアリーナ。

 でもあたし(ありす)たちを邪魔をするエネミーには帰ってもらったわ」

「ここにいるのはあたし(アリス)あたし(ありす)、そしてお兄ちゃんたちだけよ」

 ここにいるのは俺たちだけ……?

「主どの!」

「……っ!」

 誰かに呼ばれてハッとする。

 振り返れば心配そうにこちらを伺う一人の少女。

 彼女は……

「ねえあたし(アリス)

 お兄ちゃんはあれ、ちゃんと覚えているかしら?」

 こちらの思考とを遮るように、二人の少女はさらに言葉を紡ぎ出す。

「お兄ちゃんに聞いてみないといけないわ、あたし(ありす)

 そして二人の少女と視線が交差する。

 あくまで無邪気なその瞳。されどその行いが善とは限らない。

「お兄ちゃん。

 あなたのお名前はなあに?」

「俺の、名前?」

 ………………………………あれ?

 変だ、思い出せない。

 まるで本戦初日の保健室の時のようだ。

 ……いや、そうじゃない。

 そもそも初めから自分に『名前』とかなかったんじゃないのか?

「主どの! 固有結界です!」

 先ほど声をかけてくれた少女が何かを叫ぶ。

 けれども、その言葉を理解することができない。

「ふふ、面白いでしょ。

 わたし(ありす)が考えた遊び。

 最後にはお兄ちゃんもサーヴァントも無くなっちゃうんだから」

「ここはみんな平等なの。

 アナタとかオマエとか、いちいち名前なんてみーんな思い出せなくなっちゃうの。

 お兄ちゃんもすぐにそうなるわ」

「貴様……!」

 刃物のような鋭い眼光を向ける少女。

 しかしそれ以上行動を起こすことはなく、二人の少女に背を向ける。

「主どの、メモを読んでください!

 このままでは本当に消えてしまいます!」

 メモ……そうだ、ポケットに入っている紙。

 それを取り出し開けると、そこに書かれていたのは()()記された文字の羅列だ。

 それの意味はわからないが、それを読めばいいことだけはわかっている。

 隣の少女が何かバツが悪そうにしているが、気にせずその文字を読み上げる。

「フランシスコ……ザビ……!?」

 数秒の沈黙。

 ――待て。落ち着け、まだ慌てる時間じゃない。

 この単語が何なのか不明だが、間違いなく、致命的に間違っている。

 よく見れば、このフランシスコな単語の裏にも文字が書かれている。

 この単語の方を口にしよう。

「あめのきゆら」

 一字一句、間違いなく発音する。

 この文字が持つ意味は分からないが、言う必要性はあったはずだ。

 ………………………………………………。

 なのに、一向に何かが起こる気配がない。

 一体、何を間違えた?

 ――まずい、

 ――――だんだんと、

 ――――――いしきガ、

 ――――――――トオノイテ……

 そのとき、世界に亀裂が走った。

 何が起こったのかわからないが、二人の少女は慌て出す。

「いけないあたし(ありす)

 赤の王様が怒ったわ!」

「それは大変!

 早く逃げましょう、あたし(アリス)

 何かを言いながら消えた二人を追うように、俺たちも何もわからないまま見えない力に引っ張られた。




ノルマ達成()
EXTRAの二次創作をするなら絶対に入れたいシーンです


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好奇心は猫を殺す

アニメジャパンに行っていた方、お疲れ様です
ぐだぐだ本能寺もそろそろラストスパートですね

今回はいろいろと謎が増える回です


「――っ、かはっ!」

 意識が覚醒する。

 今にも破裂しそうな心臓の鼓動を抑えようと深呼吸をすること数回、ようやく状況整理ができるほど落ち着くことができた。

 遠坂のアドバイスのおかげで大事には至らなかったが、ありすの固有結界は予想以上に精神的なダメージを受けることになった。

 まるで自分が消えていく感覚。その辺に転がる石ころと変わらないレベルまでアイデンティティを消去されるのはもう体験したくないと思うほどだ。

「ありすは……いないか」

 目に映る景色は校舎の屋上のそれで、アリーナから脱出できたことを遅れて理解した。

 ひとまず危機が去ったことに安堵のため息を漏らす。

 状況整理がひと段落ついたことで、次にするべきことは一つ。

 周りに誰もいないことを確認し、ありったけの息を吸う。そして口にするのは諸悪の根源である……

「ライダァァァァァッ!」

「は、はいぃぃ!!」

 慌てて実体化したせいか正座で対応してしまう自分の従者に視線を向ける。

「呼ばれた理由はわかるよね?」

「……メモに悪戯をしました」

「どうしてそんなことしたんだ?」

「で、出来心です……」

「わりと危ない状況だったよね?」

「こ、こんなことになるとは思わず……」

 どんどん萎縮していく彼女は、まるで主人に怒られてシュンとする少犬のようだ。

 ……まあ、メモのことを思い出したのもライダーのおかげだから、こちらもあんまり強く言えないのだが。

「反省してるならいいよ。

 それにしても、ライダーがこんなことするなんて」

「い、いつもは全力で自重してるんですが、あの幼女を見てると血が騒いだと言いますか……」

「常々やりたいとは思ってるんだ」

 予想外の回答に肩を落とした。

 これ以上責めるのも悪いし、話題を変えようとしたそのとき、校内と屋上を仕切る扉が開く。

「変な魔力を感じたから来てみたら、何してるの天軒君」

「遠坂……」

 遠坂は目を丸くしてこちらを見ている。

 扉が開いた直後ライダーはとっさに霊体化していたため、そこには俺一人しか見えていないはずだが、状況を理解した遠坂はホッとしたように胸を撫で下ろした。

「九死に一生を得たって感じかしら」

「ああ、遠坂のおかげで助かった」

「礼には及ばないわ。

 ……なるほど、誰かが校舎内に不正なハッキングを施してるみたいね」

 遠坂の視線はさきほど吸い込まれた壁に向けられる。

 しばらくの間壁一面をくまなく観察していたかと思うと、おもむろに壁に手を添えた。

「アリーナと同じ構造の空間をこの壁に接続してるのね。

 接続先は……予選で使われた通路かしら。

 一回戦のアリーナを作る際に削除されたものを復元して、ごく小規模なアリーナとして利用してる感じね。

 何にしても、とんだルールブレイカーだわ。大方、マスター殺しの仕業でしょうね。どおりでSE.RA.PHが見つけられないわけよ。

 校舎内の殺害ならいざ知らず、紛いなりにもアリーナに引きずり込んで殺してるんだもの。ここ以外にも至る所にありそうね」

 舌打ちをした遠坂は端末を操作して誰かに連絡をとる。

「とりあえずあのエセ神父に言っておけばどうにかなるでしょう。

 どこにあるのかは向こうに確認してもらうしかなさそうだし。

 にしても、よく戻ってこれたわね。SE.RA.PHすら把握できてないかもしれないイレギュラーなアリーナだから、帰り道があるかすら微妙なところなのに」

「メモを読んで、ありすの固有結界を解除したらそのままここに強制転移させられたんだ」

「……変ね。

 固有結界が解除されても発動前の空間に戻されるだけのはず。

 この校舎内で固有結界を使ったわけじゃなさそうだし、本来ならアリーナに戻されるだけのはずよ」

「と言われても、現にこうして戻ってきているし」

「そうなのよねぇ……

 ありすが戻すわけないし、もしかして誰かが引っ張り上げたのかしら?

 天軒君、誰か見てない?」

 突然そんなことを尋ねる遠坂に首をかしげる。

 ありすを追いかけてここに来た時は自分とありすしかいなかった。固有結界から抜け出した後もここに誰もいないことは確認している。

 もしここに誰かいたとすると、それは俺とありすが固有結界の中にいる間ということになる。

 それなら俺がわかるはずもないが……

「赤の王様……」

 ありすたちが消える直前に口にした言葉を思い出す。

 ありすの言葉は独特な言い回しだが、何かを示唆している節がある。

 なら、ありすが赤の王様と呼ぶ『誰か』がここにいた可能性はあるかもしれない。

「赤の王様っていうと、鏡の国のアリスに登場するキャラクターね。

 物語の舞台である鏡の国での出来事が赤の王様の夢だったと考えると、赤の王様はいわば世界の創造者。

 ……ちょっと無理やりすぎるけど、それならムーンセルがSE.RA.PHという世界を作り出した赤の王様ってことになるかしら?

 それなら天軒君たちを校舎に戻したのはムーンセルが作り出したSE.RA.PHのシステムが介入したと説明できるわ」

 でも、首をひねる遠坂は視線を巡らせる。

 不意に視線が合うと、おもむろに彼女の細い指が伸びてきて額に触れた。

「な、何?」

「少し天軒君の中を見てみるわ。もしかしたら何か痕跡が見つかるかも。

 ……心配しなくても死にはしないわよ」

「そう言われると余計不安になるんだけど!?」

 いいからいいから、と遠坂は半ば強引に俺の中身を解読し始めた。

 他人に自分の中身を調べられるという感覚はなんとも変な感覚で、皮膚の裏側を歩かれているようなむず痒さがある。

 早く終わってくれないかと願っていると、バチィィィッ、と脊髄に直接スタンガンを突きつけられたような、痛いとかそういう次元ではない衝撃を受けて跳ね上がる。

 対する目の前の遠坂は自分の右手を抑えてうずくまってた。

「と、遠坂――っ!」

 どうすればいいのかわからなかったが、とっさに右手を前に出すと意図せずしてコードキャストが実行される。

 ――■■■■

 ダン卿のサーヴァント、アーチャーとの戦闘時にも起動したそのコードキャストは遠坂に何らかの影響を与えた。

 アーチャーの毒を解除したとき以上に魔力を消費した感覚に眉をひそめてていると、うずくまっていた遠坂がゆっくりとした動きで自分の身体の調子を確かめ始めた。

 あらかた確認し終えると、次にこっちに視線を向ける。

「天軒君、貴方一体何をしたの!?」

「痛い、遠坂痛い! 肩掴まないで……!」

「さっきの、コードキャスト?

 いやでも、さっきのはまるで……」

 恐る恐る口を開く遠坂。

 その姿はまるで、自分の考えが信じられないといったようだ。

「状態異常の治癒……いや違う。

 異常のある部分を正常値に戻すんじゃなくて、もっと根本的に力が作用しているような……

 でも、そんなこと可能なの?」

「それが俺のコードキャストの正体?」

「ちょっと待って。よくわかってないものを私に使ったの?」

「いや、勝手に起動したんだけど……ごめん」

 ジトーっとした視線に耐えられずに頭を下げた。

「一応聞くけど、身体の方は大丈夫?」

「ええ、おかげさまでね。

 そのコードキャスト、たぶん『状態を上書き』するものだわ」

「状態を、上書き?」

「私も詳しいことはちんぷんかんぷんだけど、それでも自分に『何か』が起こったことは把握できる。

 その今の状況を何か言葉で表すとすれば、状態の上書き、もしくは初期化って言葉が一番近い。

 たぶんだけど、強化だろうが弱体化だろうが、もちろんスタンや毒でも解除できるんじゃないかしら」

 どうやらこのコードキャストは思った以上に強力な効果らしい。

 思わぬ収穫を得たことに喜びながら、同時に無視できない話題に触れていく。

「さっき電気が走るような衝撃がしたけど、遠坂一体何をしたんだ」

「……さきに謝っておくわ。ごめんなさい」

 そう言って頭を下げてから、遠坂は改めて事情を説明する。

「天軒君のアバターを調べたのは、実はありすの言葉が気になっていたの」

「ありすの?」

「ほら、言っていたでしょう? 天軒君とありすは似ているって。

 天軒君のアバターを調べればその意味がわかるんじゃないかって思ったのよ。

 それで、天軒君のアイデンティティに関わる中枢部まで侵入したわけなんだけど」

「しれっとすごいところ侵入してるよね」

「だから先に謝ったじゃない。

 それに、そこに至るまでの経路にファイアウォール設定していない天軒君も天軒君だと思うわよ。

 セキュリティがばがばじゃない」

 なるほど、これまでの記憶がないからウィザードがそのような設定をすることすら知らなかった。

 やり方がわからないので今後もこの状態で挑むしかないのだが。

「……その様子だと、ファイアウォールについての知識も知らないみたいね」

 なぜか遠坂は眉をひそめる。

 いつもの無知にあきれる感じではなく、もっと何か重要なことのようだ。

「何かあったのか?」

「ええ、天軒君の中枢部、その中でも感情や記憶みたいな最重要データが入ってる部分に()()のファイアウォールが張られていたわ。つまり……」

「すでに俺の中枢部に誰かが入り込んでいた?」

「十中八九、中身も弄られてるでしょうね。

 記憶がないのもそれが影響かもしらないわ」

 確かに、誰かが俺の記憶を弄ったのであればSE.RA.PHが感知することもない。

 犯人がなぜ防壁を張ったのかはわからないが、それでも筋は通っている。

「遠坂、そのファイアーウォールを解除することはできるかな?」

「まあ、きちんとした準備さえすればそこまで難しいことじゃないでしょうけど……

 解除してどうするの?」

「俺のこの初期化のコードキャスト、遠坂の言う通りの効果なら上手く使えば弄られた記憶を戻せるかもしれない。

 ファイアーウォールも出来れば自分でどうにかしたいけど、遠坂がそこまでの準備をしないといけないものを記憶がない俺がどうにかするのは難しいと思う」

 我ながら変なことを頼んでいるとは自覚しているが、自分の記憶を取り戻すチャンスなのだ。使える手段は試しておきたい。

 対する遠坂は顎に手を置き、俺の提案に乗るべきかどうか思案しているようだ。

 待つこと数分。

 ようやく口を開いた遠坂から漏れたのはため息だった。

「まあ、手を貸すって一回戦で言っちゃったし、仕方ないわね。

 ただし、ファイアーウォールを解除するのは二回戦終了後よ。今解除して何かあったら決戦どころじゃないでしょう?

 相手はあのダン=ブラックモアなんだし。記憶を取り戻すのも大事だけど、まずは目先の問題を解決してからにしなさい。

 それまでに、私も対策立てておくから」

 つまり、ダン卿に勝て、ということか。

 その言葉で自分が今していることがとんでもない寄り道であることにようやく気付いた。

 頻繁にありすに振り回されていたせいで無意識に優先順位が下がっていたらしい。

 そう、今俺がどうにかするべきなのは明後日に控えたダン卿とアーチャーとの決戦なのだ。

 それをどうにかしない限り、俺たちに未来はない。

 情報は十分そろっている。しかしそれだけで勝てるわけではないのは、一回戦のシンジとの戦いで痛いほどわかったはずだ。

 未熟なら未熟なりに、ダン卿たちと渡り合えるような努力をする必要がある。

 意識を切り替えよう。

 今は記憶のことは忘れよう。

 ないものはないのだ。

 それでも勝ち抜くと決めたのだから、『今』の天軒由良が持てる全てを持ってダン卿に挑むのだ。

「……ようやく地に足がついた、って感じね。

 まあ天軒君の周りで起こったことを考慮すると同情しないわけじゃないけど」

 腕を組んだ遠坂は小さく笑う。

 そしてこちらに背を向けて屋上を後にした。

「……俺たちも行こう。

 決戦までの残り少ない時間、少しも無駄にはできない」

『はい、主どの。

 このライダー、全力でお供します!』




■■■■という謎のコードキャストの正体が本作で解き明かされる謎の一つなんですが、文字数に関しては全く関係ありません
ただそういうコードキャストがある、という認識だけで大丈夫です


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相容れぬ意見

AJに参加してた方はお疲れまさでした
みなさんはぐだぐだ明治維新頑張ってください
私は月からやってくる自称小悪魔系後輩とその娘たちのために魔力を貯めます


二回戦もモラトリアム最終日、だんだんとEXTRAから乖離していきます


 翌日、最後のアリーナ探索を終えた帰りに地下へと立ち寄ると、購買部のカウンターで暇そうに頬づえをついている舞と目が合った。

 初日から色々あって休息期間以来の久々の来店を笑顔で出迎えてくれる。

「お、この薄情者」

「……久々の出迎えの第一声目がそれってどうなのかな?」

「冗談だって。

 運営委員の間でも君のことは色々噂になってたからね。来れないのは仕方ないってわかってるよ」

「まあ、確かに色々あったけど」

 まるで二戦分のイベントを一気に消化したような気分だ。

 すると、舞の表情がニヤリと笑みを浮かべる。

「幼女と四六時中遊んで……」

「ちょっと待ってそれとんでもない誤解生むから!」

 遊ばれているとはわかっているが止めなければ風評被害が拡大するのは目に見えている。

 他のNPCにどんな噂が広がっているのか不安だが、図書室にいた間目と有稲にはきちんと誤解は解いたはずだ……たぶん。

「心配しなくても図書室にいるあの子達の誤解はちゃんと解けてるよ」

「ならその誤解を再度拡散する可能性がある行動はしないで欲しいんだけど」

「それは無理」

「……そろそろ泣きたくなってきた」

「私としては是非とも見てみたいね」

 にひひ、と悪戯な笑みを見せる舞に肩を落とす。

 なんだか自分と彼女の上下関係が決まってきてるようでどうにかしたいのだが、性格的に無理かもしれないと思い始めてきた。

 一連のやりとりで満足したのか、舞はようやく店員らしく振る舞い始める。

「それで今日は何をお探しかな?」

「いや、最近顔出していなかったから見に来ただけなんだ」

「おっと、冷やかしはごめんだよ」

「ついさっきまで冷やかしてきた人が言うセリフじゃないよね。

 強いて言うならエーテルが欲しいかな。コードキャストで回復はできるけど、俺の魔力も無尽蔵じゃないし」

「なるほど、じゃあさっきのお詫びに少しサービスさせてもらうよ」

 言いながら彼女はこちらが出した料金より少し多めのエーテルの塊、そして『とある礼装』を手渡してくれた。

「ちょ、エーテルの塊は助かるけど、さすがにこれは……!」

「いいからいいから。

 割といい品だと思うんだけど買ってくれる人がいなくて困ってたんだ。

 在庫処分ってことでもらってくれるとありがたいな。それから、これも私の奢り」

「これは、やきそばパン?」

「そ、マスター用の携帯食料。

 戦うのはサーヴァントだけじゃないんだから、自分のことも気にかけなきゃダメだよ?」

「……ありがとう」

「わかればよろしい」

 得意げに胸を張る舞につられて自然と笑みがこぼれる。

 本当に、自分は誰かに助けてもらってばっかりだ。

 彼女たちの恩を無駄にしないためにも、明日に向けた最後の情報戦を開始する。

「舞、ダン卿ってここに来たことあるかな?」

「来てることは来てるけど、業務的な会話しかしてないよ。

 何を何個ください、とか」

 でも、と舞は顎に指を添えて天井を見上げ、何かを思い出そうとする。

「あの人の礼装なら見たよ。

 強化パーツ的なものを探してたみたいだけど、ここにはそういうのは置いてないからあっさり引いたけど」

 これは思わぬ収穫だ。

 尋ねる姿勢が自然と前のめりになる。

「それ、どんな形だったんだ?」

「結構パーツを外してたけど、狙撃銃の形をしてたよ。

 弾丸の形をしたカートリッジを切り替えることで、いろんな種類のコードキャストが長距離から使える代物だね、あれ。

 とはいえ必要不可欠なカートリッジは完全オーダーメイドだし、普通のハッキングに長距離狙撃なんて必要ないから、わざわざ使う人なんていないんだけどね」

「だけど、この聖杯戦争に関しては対人戦になるから距離は重要になってくるってことか」

 一般人にとっては扱いづらい礼装には違いないが、それを生業としてきた元軍人であるダン卿が使うのであれば鬼に金棒であることは間違いない。

 てっきり慎二の時のようにマスター同士は目に見える範囲で戦うものだと思ってた。

 しかし、ダン卿が狙撃銃型の礼装を使うのなら話は別だ。

 アーチャーの不可視化と組み合わさると一方的に攻撃される可能性も出てくる。

「ありがとう、舞。

 対策できるかわからないけど、おかげで考える時間はできたよ」

「どういたしまして。

 また利用してくれるのを待ってるよ」

 舞に見送られて地下食堂をあとにする。

 二階へ上がった時、三階へ続く踊り場から言いようのない寒気を感じて反射的にそちら見上げた。

「……………………」

 踊り場に立っている黒衣の男は無言でこちらを見ている。

 ボンヤリとだがその姿には見覚えがある。

 確か、予選で先生のロールを与えられていた……葛木、だっただろうか?

「……やめておけ。

 どうせあと数日の命だ」

 こちらに冷たい視線を向けたまま、男は階段を上がっていく。

『今の男、非常に危険です。

 現役を退いているらしいあの老騎士と違い、現役の殺し屋でしょう。

 この聖杯戦争の特性上、すぐに何かあるとは考えづらいですが、今後あの男には注意された方がよろしいかと』

 霊体化したまま、ライダーの真剣な忠告を受ける。

「けど、なんだか周りを気にしてるようだった。

 もしかして、誰かに見られるとマズイことでもしてるのかな?」

『その可能性はありますね。

 ……主どの、好奇心は猫を殺すと言いますし、あの男を不用意に追うことは避けましょう。

 もしマスター殺しの犯人があの男なら、サーヴァントなしでマスターを殺すことも容易い』

 ライダーの必死の制止に、階段を上がることは断念した。

 何か重要な手がかりを見逃してしまった気がするが、確かに不用意な行動は控えるべきだ。

 今日はこのままマイルームに戻ろう。

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 同刻、校舎三階の奥の曲がり角、マスターどころかNPCですらあまり立ち寄らないその一角。

 人気のないその場所で一人の命が尽きようとしていた。

 廊下に佇むのは赤い装束の少女。

 その視線の先には壁を背に力なく座っているのはゴスロリに身を包んだ二人の少女。

 その身体は痛々しい傷とノイズで今にも消滅しそうであった。

「……何があったのかしら?」

 遠坂自身、ここに来たのは偶然以外の何物でもない。

 ただ暇を持て余して、屋上以外に校舎にハッキングされた跡がないか探している最中に、今にも消えかかっているありすを発見したのだ。

 ありすは遠坂の問いに答えず、微笑みで返す。

 いや、答えないのではなく答えられないのだ。

 よく見ればすでに耳はノイズに浸食され聴覚の機能が停止している。

「ごめんね、お姉ちゃん、何も聞こえないの……。

 でも、ありがとう、お姉ちゃん……。

 あたし(ありす)と遊んでくれて……。

 あたし(ありす)のことを見てくれて……。

 お兄ちゃんにも、ありがとうを言いたかったけど……もう言えないね……」

「安心しなさい。

 それぐらいなら私から言ってあげる」

 何も聞こえないとわかっていても、遠坂はそう返答する。

 たとえ聞こえないにしても、それが人としての敬意の表し方だ。

「ごめんね……お姉ちゃん。

 ほんとは……もっとおてつだいしかったけど……バイバイ」

 砂糖菓子の細工が砕けるような、音ときらめきだけが一瞬残り。

 もう、そこには何も無かった。

 それに追うように、黒の砂糖菓子も崩壊が早まった。

「あなたが『アリス』ね。

 単刀直入に聞くわ。何があったのかしら?

 ありすと違ってまだ聞こえてるんでしょう」

「ええ、聞こえているわ。

 でも、一言で説明するのは難しいの。だから……」

「ちょ、ちょっと貴女一体何を――」

 アリスの魔力が急速に増幅し、それに比例するように崩壊が早まる。

 もうあと数秒もしないうちに消えてなくなるだろうが、アリスに躊躇いはない。

「寂しいアナタに悲しいワタシ。最後の望みを叶えましょう――」

 それは宝具の発動だった。

 とっさのことに遠坂はのけぞるが、それが攻撃ではないことにすぐに気づいた。

 ――誰かの為の物語(ナーサリー・ライム)

 それが、ありすのサーヴァントである『アリス』の真名であり、宝具である。

 固有結界そのものである彼女は、マスターだったありすの夢を形に変える、いわば小さな願望機。

 しかしありすが消えた今、彼女を守る盾や矛は不要。

 ならばとアリスはありすの最後の願いを叶えるために、宝具の在り方を変化させる。

 それは物語の朗読。ありすの最後の望み。

「ばいばい、お姉ちゃ――」

 声では間に合わない情報量を一瞬で遠坂に託し、アリスは今度こそ砕け散った。

 その身体は偽物だが、落ちる涙まで偽物ではないだろう。

 二人の少女が消滅すると、すぐさま遠坂は次のことに頭を切り替える。

 自分の蒔いた種とはいえ、やることが増えてしまったのだ。

「ああもう……! 変なことに頭突っ込んだとは思ってたけど、蓋を開けてみればとんでもないもの見つけた気分だわ!

 というか、元はと言えばあのバカサーヴァントのせいで……!」

 七つの海域を巡る戦い。

 その海の底で蠢く魔物に気付いてしまったのは、果たして幸か不幸か――――。

 

 

 そして時間は過ぎ、決戦の時が訪れる。

 教室を出ると一回戦同様、言峰神父が佇んでいた。

「いよいよ決戦の日となった。

 今日、各マスターどちらかが退場し、命を散らす。

 その覚悟は、出来ているかね?」

 ――命を散らす。

 それは文字どおり相手の命を奪う行為。

 二回戦に上がったマスターはみなそれを経験し、ある人はその罪の重さに潰れ、ある人は覚悟を改め歩みを進めていることだろう。

「全ての準備が出来たら、私の所にきたまえ。

 購買部で身支度をする程度は、まだ余裕がある」

 一回戦同様の定型文言い終わると言峰神父の姿が消える。

 昨日の時点で準備は終えている。今回は誰に会うこともなく階段を降りた。

 そう言えば、一昨日の出来事から遠坂を見ていない。

 昨日が決戦のハズだから、もし勝ったのであればまた会えるのでは、と思っていたのだが……

『主どの、今は目の前の敵に集中しましょう」

「そう、だね。ごめんライダー」

 深呼吸をして浮き足立った気分を落ち着かせて階段を降りると、一階の用務室前には言峰神父が微動だにせず佇んでいた。

 そして目があうと意味深な笑みを浮かべてから決まり文句を口にする。

「ようこそ、決戦の地へ。

 身支度は整えたか?

 扉は一つ、再びこの校舎に戻るのも一組。

 覚悟を決めたのなら、闘技場(コロッセオ)の扉を開こう」

「……ここに」

「よろしい、ではそれを扉にインストールしたまえ」

 言峰神父に従って二つのトリガーを用務室にインストールする。

 トリガーを認証した引き戸は鍵が開く音とともに開かれ、中に招かれた。

 エレベーターに乗るのはこれで二回目となるが、同じように半透明の壁に隔たれた向こうには対戦相手の二人が立っていた。

「…………」

 ダン=ブラックモア。

 彼はただこちらを見据えている。

 エレベーターが降下し始めてしばらく経つが、まだ一言も交わしていない。

 ライダーも何も話す気はないようで、ただ重い重圧に耐える時間が続いていると、不意にアーチャーと視線があった。

「……どうよこの重い空気。

 うちのダンナは無駄がなさすぎてねぇ。茶飲み話とはいかねえのよ。

 そっちのマスターさんも退屈してるようだし、ちょっくらうちのマスターに話しかけてみないかい?」

「え……?」

 いきなり話を振られて戸惑ってしまう。

「相手にしなくてもよろしいかと、主どの。

 そちらのマスターは尊敬に値しますが、その下にいるのがこれですから。

 いっそのこと、マスターとサーヴァントの立場を逆にしたらいいのでは?」

「そうであったならどんなに楽か!

 うちのダンナはちょいと潔癖すぎてね、英霊らしからぬオレとしちゃあ困りもんだ」

 鼻で笑いながらアーチャーがわざとらしい仕草で煽る。

「しかしあれかい? アンタは英霊ぜんぶが高潔な人格者だと思ってるクチ?

 だったら疲れるぜぇ?

 真正面から戦うのが好きなのはいいが、また背中から撃たれないように注意しな」

「ご心配なく。私も臨機応変に手段として搦め手を使うこともあったし、すべての戦を真正面からしたわけではない。

 それしかできないあなたと違って」

「はあん。そっちもそっちで大変そうだ。もちろんマスターが、だが。同情するぜぇ?

 ちなみに聞くが、おたくは闇打ち、不意打ち、だまし打ちは嫌かい? ってか、そもそも汚い殺し合いらダメ?

 卑怯な手口は認められないかい?」

「……否定はできない」

 そもそも一回戦でシンジを欺こうとしたのは俺の考えだ。

 高潔な戦いをできるほどの実力がないのも事実。

 すでに宝具が使えないという縛りがあるのだから、俺もなりふり構ってる場合じゃないかもしれない。

「そいつぁ重畳。

 毒と女は使いようってな。

 いい勝負になりそうだ」

「ずいぶんと楽しそうだな。

 アーチャーよ」

 それまで沈黙を貫いていたダン卿が口を開いた。

「おや。そう見えましたかい、ダンナ?」

「……うむ。

 戦いを目前に控えながら、倒すべき敵の人となりを楽しんでいる。

 ……少なくともわしにはそう見えるな」

「ご明察。

 お喋りなのは、ま、大目に見ていただければと。なにしろ敵と話すこと自体珍しくて。

 あと、ダンナはもちっと若者の生の声ってのに耳ぃかたむけるべきですよ?

 これ以上老けちゃったらつまんないっしょ」

「……気遣いには感謝するが、無用だよ。

 戦いに相互理解は、余分な荷物だ。

 敵を知るのは決着のあとにするべきだな」

「うは、ほんっと遊びがねえよこの人!

 ただでさえハードな殺し合いなのに、よけいストレス溜まっちまいそうだ。

 こんなんじゃ次あたりに気疲れで自滅しちまいますよ?

 なあ、あんたもそうだ思うだろ?」

 アーチャーがこちらに話を振る。

 それに答える前にライダーが前に出て対応してしまう。

「気負いすぎるのは士気に関わりますが、あなたのそれはかえって部隊の規律を乱す。

 まるで言葉に重みがない。

 それでは人は動かないでしょう」

「そっちには聞いてねえっての。

 そもそもオレは一匹狼だっつうの。

 部隊なんざ率いるどころか無縁の存在だ。

 まあ、そっちは結構部下を引っ張り回してたんじゃねえの?

 お前みたいに一人でなんでもできる天才ってのは、部下なら使いようだが、隊長になると破滅するってのが定石なんだよ」

「自分で部隊を持ったことがないと言ってる人間が言いますね。

 勝手な妄想で語るべきではないと知れ」

「俺が率いなくても敵が部隊で来るんだから見てれば分かるんだよ。

 酷いもんだぜ? 自分が出来るからってそれを押し付けられる部下の顔はいっつも死んでるからな!

 まあ、そっちの方がオレとしては楽で良かったけどな。

 連携が取れてない部隊ほど楽なものはないぜ」

 心なしか二人の言い合いがヒートアップしている。

 お互い気に触る部分があったのだろうが、このままではこのエレベーター内で戦闘が起こりそうな勢いだ。

「前々から思ってましたが、貴方は手段を選ばないというよりプライドがないように見える。

 そんな人間が英霊とは笑わせる」

「……………………」

 不意にアーチャーが口を閉ざして眉をひそめた。

「当たり前だろ。

 理想とか騎士道とか、そんなの重苦しいだけでしょうよ。

 死に際は身軽が一番だ」

「……だがアーチャーよ。

 戦いではわしの流儀に従ってもらうぞ」

「げ。やっぱり今回もっスか。

 はいはい、わかってます、了解ですよ。オーダーには従います。

 あーあ、かっこいいよオレのマスターは。

 こんな小僧相手でも騎士道精神旺盛ときた。

 ……けどなあ、誰でも自分の人生に誇りを持てるわけじゃねえって、そろそろ分かってほしいんだけどねぇ……」

 アーチャーの表情が一瞬曇る。

 最後に呟いたその言葉は、よく聞き取ることができなかった。

 大きな音と激しい震動が伝わりハッとする。どうやら到着したらしい。

 ついに戦う時が来てしまったようだ。

 目の前の、堅き意志を持つ軍人と。

「発つぞ、アーチャー。

 戦場に還る時が来たようだ」

 

 

 今回の決戦場は廃墟と化した市街地だった。

 崩れた建物と、それを押しのけ成長する植物がこの空間の空虚さを強調している。

「ここで決めるぞ、アーチャー」

「ああ、そうしようか。

 そろそろこの迷惑な天才痴女には退場してもらいたいからな!」

「倒れるのはそちらのほうですよ、臆病な狩人。

 信念のない矢など一生かかっても私に当たることはありません。

 無駄に矢を消費するのも勿体無いですから、おとなしく私に斬られた方がいいのでは?」

「言ってくれるじゃねえの。

 二本矢程度防げずマスター守らなかったやつがよく言うぜ」

「……ああそうだ。あの時のお礼をしなければいけませんでした。

 殺す前に貴方の矢を貴方自身に刺さなくてはいけませんね」

「やれるもんならやってみな。

 今度はきちんと主ともども射殺してやるからよ!」

 両者の間ではなんとも言えない憎悪が渦巻いている。

 これがお互いがお互いを煽りに煽りあった結果というのはどうにも反応に困るが、静止させるよりはこのエネルギーをうまく制御した方がいいだろう。

 そして、開幕の鐘が鳴る。

 第二回戦の決戦が、今始まる。




ということでありす、およびアリスの退場しました
三回戦がどうなるのかは置いておいて、次回は二回戦決戦です


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貫く騎士道

土方さんも日本サーヴァントの例にもれずぶっ飛んでてある意味安心しました
……イベントは19日、ピックアップガチャは12日まで
なんか去年も見た光景ですので運営からの死体蹴りがクリーンヒットしないようにご注意ください


2回戦も最終局面
またも1万文字オーバーです


 開幕の鐘とともにライダーが疾走する。

 矢を射られる前に一太刀を入れようと抜刀したその一撃は、アーチャーの持つ短剣によって阻まれる。

「バレバレだっつうの」

「なら、いつまで防げれるか試してみましょうか!」

「おっと、そいつは勘弁願いたいね」

 矢を放って牽制しながら後退し始め、十分な距離が広がるとアーチャーは顔のない王で姿を隠して狙撃を開始する。

 対するライダーも類い希な察知能力で襲いかかる矢のすべてはすべて斬り伏せ、さらにはその矢の位置から予測してアーチャーのいるだろう場所に斬りかかった。

 見た目ではそこになにもないが、確かに鉄のぶつかり合う音が響き、アーチャーが顔のない王で身を隠しているのがわかる。

「随分と逃げるのが達者なようですね」

「敵に近づかれて何も出来ずに負けました、じゃさすがにダメでしょうよ」

「どうせバレてるんですから、その宝具仕舞われた方がよろしのでは?

 戦いづらいでしょう」

「いやいや、姿が見えてるのと見えてないのでは全然違うって。例えば……」

「……っ!?」

 直後、ライダーの足元から棘が伸びてくる。先日アーチャーが見せた特殊攻撃だ。

 前回もそうだったが、あの攻撃は隠密に長けているのか発動前に気付くことができない。

 さらに顔のない王で予備動作も隠されてしまうと、対処するのは至難の技だ。

 反応できなかったライダーはその棘によって身体中に裂傷を負ってしまった。

「この程度……っ!」

「っ、マジか!?」

 ダメージを受けながらも致命傷にならないように身体をひねり、さらにその勢いを利用してライダーは刀を振るった。

 そしてその軌跡を追うように何もない場所から微かに鮮血が舞い、アーチャーが恨めしそうに睨みながら宝具を解除した。

「くそっ、ダメージ受けながら攻撃してくるのは予想外だったわ。

 まあでもそうか、断崖絶壁を馬で駆けおりるような馬鹿するやつなら、それぐらいの根性あってもおかしくねえわな」

 ライダーからの追撃を凌ぎつつ、ブツブツと呟きながらアーチャーは何かを決心したようで、ライダーが次の動作に移る前にアーチャーは懐に手を伸ばした。

「おらお色直しの時間だ。

 飼い犬はとっととご主人のもとに帰んな!」

 直後煙がライダーたちを包み、ダン卿や俺をも巻き込んだ。

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 あたり一帯を覆う煙から逃れるようにアーチャーはダンを連れて手頃な建物の屋上まで飛び上がり、着地する。

「傷を見せろアーチャー。

 得意ではないが可能な限り手当てをする」

 やけに威圧感のある言葉に、肩をすくめながら言われた通りアーチャーはライダーに斬られた腕を見せた。

「いやー、ホントあの小娘の根性には驚かされるわ。あれ女の姿に化けた男とかじゃないんすかね?

 ほら、史実では男って言われてるわけですし」

 ダン卿が治癒をしてる間、無言が続くのが嫌なアーチャーは適当に独り言を言い続ける。

「矢はことごとく防がれるわ、見えてないのに迷わずこっちに斬りかかってくるわ、まったく嫌になりますよ」

「正々堂々という条件は不服か?」

 治癒が終わり、ようやくダンが口を開く。

「そりゃまあ、罠は作るなって言うし、宝具だって使用を禁止されてるわけですし?」

「何を勘違いしている?

 私が使用を禁じたのは校舎及びアリーナでの使用だ。

 決戦場では正々堂々であれば宝具の使用も咎めるつもりはない」

「……そういうのは早く言って欲しいですね」

 このマスターの考えはよくわからない、とアーチャーは首を振る。

 誰よりも冷徹に勝利を求めながら、結果よりその過程に重きを置く。まるであべこべだ。

 それなのに一貫した信念を感じるのは、それだけ彼の意思が強いからか。

「ほんと、やっぱ旦那には敵わねえわ」

 小さく呟きながら治癒が完了した腕の調子を確認する。

 そして弓に新たな矢を装填した。

「なら、遠慮なく使いますよ」

 標的は、未だ地上で立ち止まっている絶好の的。なにより『この攻撃』は一度発動してしまえば防ぐことは不可能に近い。

 息を殺し、必要最低限の魔力と殺意を込めて弓を絞る。

「我が墓地はこの矢の先に……

 森の恵みよ……圧政者への毒となれ」

 放たれた矢は目標へ向かって風を切り裂く。

 相手は、まだそれに気付かない。

 

 

 煙が立ち込める中、ダン卿たちがどこにいったのか辺りを見回す。

 このゴーストタウンを模した決戦場には遮蔽物が多い。加えてこの煙では周囲の状況は全くと言っていいほどわからない。

 姿を消すアーチャーはもちろん、ダン卿も見失ったのは致命的なミスだった。

 すぐにでも煙の中から脱出したいところなのだが、アーチャーが罠を張った可能性を考えると動くに動けないのだ。

「ライダー、アリーナの時みたいにアーチャーの居場所はわかるか?」

「さすがに完全に距離を取られると厳しいです。

 しかもこの地形だと……」

 ようやく煙が晴れてきたところで、背後から物音がした。

 とっさに振り向いても、もちろんそこには誰もいない。

 その直後に反対側、つまり先ほどまで向いていた方角から飛来した『何か』をライダーは難なく斬り伏せた。

 足元に転がってきたのは両断された二本の矢だった。

「先ほどの音は囮です。

 大方、石か何かを投げたのでしょう。

 あのアーチャーの性格を知らなければ先ほどの一撃で終わってたかもしれません」

 冷静な分析をするライダーだがこちらは足が震えるのを堪えるので精一杯だ。

 ただ立っているだけなのに息が荒くなり、意識が遠のいて……

「っ、主どの! 気をしっかり!」

 ライダーの声でハッとする。

「ライダー……」

「申し訳ありません、見誤りました。

 先ほどの音の正体はアーチャーの矢。おそらく宝具です」

 視線を動かし、矢が刺さったらしき場所を見る。

 そこにはイチイの木が生えており、その木を起点に毒が放出されている。

「ひとまずここを離れ……っ!」

 肩を貸すために膝をつこうとしたライダーはその動きを中断し、振り向きざまに刀で矢を弾く。

「そう簡単に逃すわけないでしょうよ」

「アーチャー、毒による衰弱を待つつもりか!」

「いやいや、さすがに俺もそんな悠長に待たないっての」

 姿を隠したままアーチャーはライダーの言葉を鼻で笑う。

「イチイっつうのは、標的の腹ん中に溜め込んでる不浄を瞬間的に増幅・流出させるんだ。

 そして今のてめぇは毒の結界でたっぷり不浄を溜め込んでる。

 そこにイチイの木で作られた矢が刺されば、あとはドカンと吹き飛びお陀仏ってわけよ」

「なるほど、ずいぶん危険な宝具ですね。

 その矢が私に当たることはない、という点を除けば!」

 一発当たれば即死という状況に陥りながらも、ライダーの表情から焦りは見えない。

 本当に矢を全て防ぐつもりなのだろう。

「まあ、あんたならホントにそうしかねないな。

 でもまあ、それならこっちもやりようはあるってもんだが」

「一体何を……ぐっ!?」

 直後ライダーに異変が起こる。

 一瞬のことでわけがわからなかったが、どうやら狙撃されたらしい。

 コードキャストによるスタン。

 辛うじて膝をつくことは避けたライダーだが、動きが目に見えて鈍っている。

 なら、次に来るのはアーチャーによる必殺の一撃。

 飛んできた矢を辛うじて刀で防ぐが、その軌道は彼女の露出した肌を正確に狙っていた。

 アーチャーが言っていたことが本当なら、あれが一射でも当たればライダーが死ぬ。

「させない! コードキャスト■■■■実行!」

「感謝します、主どの!」

 未だ得体が知れないコードキャストだが、それでも使わないと今この瞬間に敗北が確定してしまう!

 ライダーが捌ききれなくなる前に彼女の状態異常を治療する。

 一緒に彼女の身体を蝕んでいた毒もなくなるが、空間に充満しているせいですぐに毒に侵されてしまう。

 サーヴァントだから耐えられているが、長引くけば危険なのは変わりない。

 ライダーもこのまま防戦一方なのは危険と判断したらしく、身を翻して二射目を避け、その矢が放たれた地点へ目指して跳躍した。

 しかしすでに移動しているらしく、ライダーの攻撃は失敗に終わってしまった。

「どうやら俊敏を強化しているようですね。

 もう少しすれば行動予測も可能なのですが、主どのの限界が近いですね」

 膝をつき、視界が歪んでいるように錯覚するうえ、口の中では鉄の味がする。

 誰がどう見てもこれ以上はまずいことはわかる。

 ライダーも俺と同じように毒に蝕まれているはずなのに、彼女はそれを感じさせない佇まいでアーチャーからの攻撃に備えている。

 やはりライダーは心強い。なら、自分は何をすればいい?

 今厄介なのは、アーチャーの宝具である祈りの矢(イー・バウ)と、的確な援護でライダーを追い詰めるダン卿の狙撃だ。

 この2つさえどうにかすれば、ライダーがアーチャーに遅れをとることはない。

 今もライダーはアーチャーからの攻撃を防ぎつつ、反撃のタイミングを見計らっている。

「今の俺に出来ることは……」

 考えを巡らせる。

 ライダーでさえ苦戦しているアーチャーに攻撃をするのは、流石に今の俺には不可能だ。

 ダン卿の位置もわからないし、わかっても直接対決なら負けることは目に見えている。

 ふと、背後に視線を向ける。

「…………………」

 立派な巨木からは今も毒が吹き出し、俺たちを蝕んでいる。

「やってみる価値はある、か……」

 どちらにしても、これ以上長引けば俺もライダーも危ない。

 分の悪い賭けだが、やらないよりはマシかもしれない。

「ライダー、アーチャーの位置はわかりそうかな?」

「あともう少しで大まかな位置は掴めると思います。

 ……主どの、一体何をお考えで?」

 流石に何かを感じたらしいライダーが怪訝そうに尋ねてくる。

「少しだけ時間を稼いで欲しい」

「主どのそれは……いえ、わかりました。

 こちらは私におまかせください」

 本当に、俺には勿体無いぐらい優秀なサーヴァントだ。

 ライダーに後押しされ、走り出した。向かうのは、毒を吹き出している巨木。

 今から行う作戦がもし失敗したら、と考えると、怖くないと言えば嘘になる。

 ただ、一回戦の時と違って、今度はちゃんとライダーのサポートが出来ている。そう思うと自然と足は動いた。

「ぐ……これは、予想以上だ……」

 巨木に近づくにつれて毒の濃度が増している。

 一応コードキャストで解毒はできるが魔力の無駄遣いはできない。

 早く目的を済まさなくては……!

 この毒はアーチャーの宝具が作り出した結界が原因で発生している。そのことはモラトリアム中に得たアーチャーの情報で確認してある。

 そしてふと思い出したのが遠坂の言葉だ。先ほども使った正体不明のコードキャストは状態異常を初期化するものかもしれない、と。

 もしそれが本当だとすれば、アーチャーの宝具なら、毒の空間を作り出すこの結界なら……!

「巨木が生えた場所を初期化する。そうすれば、この結界は消滅するはず!」

 毒で目がくらむ。

 一歩前へ進むのすら難しいが、それでも宝具の起点へと向かう。コードキャストでどうにかなるのかわからないが、今俺にできるのはこれしか思いつかない。

 そのとき、頭上からバッドで叩きつけられるような衝撃を受けた。

「がっ……!」

「何をするつもりかわからぬが、その歩みを進ませるわけにはいくまい。

 サーヴァントでさえ怯ませるコードキャスト。人の身には堪えよう」

 ダン卿の正確な狙撃が襲ってくる。

 だが、それは同時にダン卿が照準をこちらに向けたということ。

 少なくとも俺に照準が向いている間はライダーが妨害されることはない。

 ならばこの状況は願ったり叶ったりだ。

 毒は全身に回ってきたが、霞む視界の少し先には目的の毒の発生地点がすぐそこまで来ている。

「この距離、なら!」

 魔力を込める。

 後のことを考えると使えるのはこの一度きりだ。

「コードキャスト■■■■実行!」

 魔力を消費して自分の中に溜め込んだ毒を初期化する。

 コードキャストが直撃した痛みは残っているが、動けないほどではない。

 再び毒に犯される前に走り出す。

「なに、あそこまで深刻な毒状態に陥ってから回復したというのか!」

 いきなり走り始めた俺に驚愕を露にするダン卿。

 彼の狙撃が再開する前にどうにか巨木の下にたどり着いた。

「っ……!」

 あまりに濃度の高い毒に早くも頭がクラクラする。

 ついさっき初期化したばかりだというのにもう倒れそうだ。

「けどこれで……」

 巨木が根をはる地面に触れ、ありったけの魔力を流す。

 自分の中にあった全ての魔力を使い果たす勢いで消費してコードキャストを起動する。

「コードキャスト■■■■実行ッ!」

 ガラスの割れるような甲高い音が鳴り響いた直後、まるで最初からなかったかのように巨木は消滅して重苦しい空気が換気されたように軽くなった。

「やった、のか……?」

 最初、自分でも目の前の光景に唖然としていた。

 ただ今の自分が狙撃手の的だということを思い出して慌てて物陰に隠れた。

「……まさかアーチャーの宝具を無力化するとはな。これは予想外だった。

 サーヴァントさえ足止めしておけば宝具は破られない。そう思い込んでいたのは私のミスだ。

 ただ、宝具を解除するほどのコードキャストは君の手には余るものだろう。

 もはや魔力も残っていないのではないかね?」

「………………」

 ダン卿の鋭い指摘に顔をしかめる。

 どうやらこのコードキャストは初期化する対象によって魔力消費が全然違らしく、今回は予想以上に持って行かれた。

 今の俺には適当なコードキャストを紡ぐ魔力も残っていない。

「そんな君が戻ったところで何になるかわからないが……

 せめて、君をサーヴァントの下に戻さないようにするのが今の私の役目だ」

 物陰に隠れているというのに、それを貫通して静かな殺意が俺の全身に突き刺さるのを感じる。

 息は浅くなり、背中に冷たいものを感じる。これが熟練の兵士が放つ本当の殺意ということか。頭を出そうものならすぐに撃ち抜かれるかもしれない。

「でも、隠れているだけじゃダメだ」

 このまま俺が動かないと判断すれば、ダン卿はライダーの妨害に移る可能性もある。

 なら、次の行動を起こさなくては結界を解除した意味がない。

 魔力はもうないに等しいが、ここからが正念場。

 ライダーの勝利を信じ、俺はダン卿をこの場に引き止め続ける!

「ふむ、その勇姿だけは認めよう」

 穏やかな口調だった。

 場所を移そうと俺が遮蔽物から出た瞬間ダン卿は狙撃銃型の礼装のトリガーを絞り、起動したコードキャストが弾丸として放たれる。

 避けることは不可能。

 その一撃を耐えられるかどうかを考えて身構えていたが、予想外のことが起こった。木が折れるような音が耳の近くで鳴るだけでいつまでも衝撃が来ないのだ。

 ふと視線を下に向けると、そこには一本の焼け焦げた矢が落ちていた。

 アーチャーが使っていた矢ではない。どちらかというと日本の……

「主どの!」

 聞き慣れた声が空から落ちてくる。

 見上げるまでもなく、すぐにその声の主も着地した。

「ライ、ダー……?」

「はい! このライダー、主どのの危機に馳せ参じました!」

 そう言ってダン卿に立ちふさがるように半歩前に出て構える。

 その手には刀ではなく、一回戦で披露した長弓が握られていた。なら、この落ちている矢はライダーが……?

「コードキャストに矢をぶつけるように放ちました。

 ギリギリのタイミングでしたが、無事防げたようですね」

「ああ、ありがとう」

 ただわからないことがある。

 ライダーがここにいるなら、アーチャーは一体どこに?

「あの狩人は主どのが結界を破ったとわかるやいなや、再び姿をくらましてしまいました。

 敵マスターの姿が見えないのでもしやとこちらに来たのですが……

 も、もしかしてあのままアーチャーを討っていた方がよろしかったでしょうか!?」

「い、いや、こっちに来てくれて助かったよライダー」

 この世の終わりのような表情で尋ねるライダーをなだめる。

 その視界の端で何かが動いた。

「背中がガラ空きだせ?」

「アーチャー……っ!」

 気づいたときにはすでに矢が射られていた。

 しかし瞬時にライダーは反応して弓を上に投げ、振り向きざまに抜刀する。

「笑止、その程度の奇襲で私を出し抜けると思ったか!」

「そいつはどうかな」

 矢を斬り伏せようとするライダーを見て、アーチャーが不敵に笑った。

「軌道が曲がっ……!」

「こちとら弓の使いには覚えがあるんでね。

 軌道を曲げるぐらいなら動作もないのよ」

 直線的な軌道を描いていた矢が不自然に曲がり、ライダーの刀から逃れる。

 ――マズい……!

 今のライダーはまだ解毒が出来ていない。

 この状態で矢が刺さればライダーの身体は無事では済まない!

 声すら出せずにライダーの方を見ると、彼女は涼しい顔をして口を開く。

「ええ、()()()です」

 完全に虚をついた一手であったはずなのに、ライダーはその矢を掴みながら納刀。さきほど投げた弓を掴んで番えて絞り、そして射返した。

 その一連の動作には無駄が一切なく、あまりにも見事な手さばきに言葉を失っていると、なにもない空間に矢が深々と刺さり、アーチャーが姿を現した。

 深々と腹に刺さった矢は致命傷とは言えないが大ダメージには違いないだろう。

「おや、やはりあなた自身には爆発するほどの不浄はありませんでしたか。

 それとも、ちゃんとした持ち主でなければ効果が発揮されないタイプでしょうか」

「ぐっ……初見で見抜くか普通!?」

「初日のあなたの攻撃で、その傾向は読めました。

 矢の軌道が曲がることぐらい想定していましたよ」

 何てことはないと言うかのようにライダーは説明する。

 確かに変化球を好みそうなあのアーチャーならそれぐらいしてきてもおかしくはない。しかしそれを想定していたとしても、実際にこの土壇場で披露された技を初見で見切り、さらにカウンターを仕掛けることができるものはなかなかいないだろう。

 それが彼女が本物の天才なのだということを物語っていた。

「ああくそ、やっぱあんたとはどうやっても相入れねぇわ!」

「落ち着け、アーチャー」

「旦那……っ!」

「お前の技量はわしがよく知っている。わしのサーヴァントである以上、一人の騎士として振る舞ってもらいたい。

 信頼してるよ、アーチャー」

「……あーはいはい。

 わかりましたよ」

 血が頭登っていたアーチャーが一瞬で冷静に戻る。

 流石というべきか、ダン卿の言葉によって戦場の『流れ』というものが完全にリセットされてしまった。

 それぞれが息を整えて相手を見据える。

 戦いが始まってから終始バラバラの位置にいた二組のマスターとサーヴァントが、今またこうして顔を見合わせている。

 すでに立っているのもやっとの状態だが、ここで倒れるわけにはいかない。

「ダン卿……最後は、正々堂々一騎打ちでどうでしょう」

「……そうだな。

 手負いのアーチャーはこれ以上激しく打ち合うのは難しく、そちらはマスター自身が毒と傷で満身創痍。

 お互いこの一撃で決めるのが最善策だろう」

 ダン卿は狙撃銃型の礼装を捨てると、右手の手袋を握り締める。どうやらあれも礼装らしい。

 こちらもどのコードキャストを起動するか思考を巡らせる。

 ただ、今の無いも同然の魔力でできることなど思いつかない。

 正体不明のコードキャストにどれだけ魔力を吸われるかわからないが、おそらくライダーの毒を満足に治癒することはできないだろう。

 ダン卿もこちらの状態を考慮してコードキャストを使用してくるはずだ。

「ダメだ、一体俺は何をすればいい……!」

 今の実力ではダン卿には敵わない。

 いや、もしかすると一生を費やしても追いつけないかもしれない。それは認めるしかない事実だ。しかし、だからと言って黙って負けていいはずがない。せっかく掴んだ、一騎打ちというチャンスなのだ。

 せめてアイテムに使えるものはないかと手だけで漁る。

 しかし探せどもエーテルとリターンクリスタルしか見当たらない。

「……あれ?」

 そんな中に1つだけ、普段なら入れているはずがないものがあった。

「ああ、そうか……」

 一筋の光が見えた気がした。

 一度深呼吸して、改めてダン卿たちを見据える。

 息の詰まりそうな静寂が両組の間で流れる。

「行くぞライダー!」

「はい、主どの!」

「迎え撃て、アーチャー」

「あいよ!」

 おそらく、決着は一瞬だ。

 それを理解している両者が、示し合わせたようにそれぞれ同時に行動を開始する。

 サーヴァント二人は駆け出し、マスター二人はコードキャストの準備を始める。

 再度確認するが、俺はダン卿には敵わない。

 万全の状態ですら無理なのに、今の魔力不足の状態では話にならない。

 だからこそ俺がまず取った行動は……

「ありがとう、舞!」

 アイテムの中から焼きそばパンを取り出し、データ化して吸収する。

 食べるよりも早く、そして効率的に魔力が回復したのを実感した。

「魔力が足りないなら、それを回復してから動けばいい!」

 舞が譲ってくれたやきそばパンがなければ、こんなことはできなっただろう。

 魔力が回復したのを確認し、すぐにコードキャストを起動する準備にかかる。

 魔力を回復する手間の分、俺の方が格段に遅い。

 

 ――焦るな。

 

 コードキャストに必要な魔力を込め、コードを紡ぐ。

 

 ――ライダーを信じろ。

 

 対象に照準を合わせ、起動できるそのときを待つ。

 

 ――そして、自分の行動を信じろ!

 

 それぞれのコードキャストが起動する前に、サーヴァント同士が激突する。

 ライダーの刀をアーチャーが二本ある短剣のうちの一本で防ぎ、もう一本で斬りかかる。

 ほんの一瞬の間に数回の打ち合いが行われるが、やはりダメージのせいでアーチャーの動きが鈍る。

 その隙を見逃さず、ライダーがアーチャーの短剣を弾いた。

「これで終わり……がっ!?」

 直後、ライダーの身体が硬直する。

 何が起こったのか?  考えるまでもない。

 ダンのコードキャストがライダーをスタン状態にしたのだ。

 それに気付いときには、すでにアーチャーの手にはイチイの矢が握られていた。

 ライダーがスタンしてから取り出したにしては早すぎる。こうなることをダン卿がスタンを使ってくれると信頼していたのだろう。

「終わりだ!」

 射るよりも早いと判断したのか、イチイの矢を握りしめたまま振り下ろされる。

 これが刺さればイチイの力でライダーの中にある毒が爆弾となり、爆発する。

 動きが鈍ったライダーでは矢を防げない。

 そして、今からコードキャストで解毒しようにも間に合わない。

 勝敗は決した。

 ……と、普通なら思うだろう。

 遅れて、こちらのコードキャストの準備が整った。

 時間にして1秒足らず、ダン卿が何を使うのかわかっていない状態で発動したのは――

「――コードキャスト■■■■実行!」

「なにっ!?」

 驚愕の声をあげたのは果たしてダン卿かアーチャーか。

 コードキャストの発動に必死になっていた俺には判断できなかった。

 そして、イチイの矢がライダーの身体に突き刺ささり、鮮血が飛ぶ。

「…………………………」

 しかし、爆発は起こらない!

「決めろ、ライダー!」

「はい、主どの!」

 ライダーは刀を握る手に再び力を込め、体を捻る。

 一瞬の隙をついたつもりだったアーチャーの、その隙をついたライダーの一閃はアーチャーの腰から肩にかけてを大きく斬り裂いて致命的な一撃を与える。

「――――――――――」

 驚きはダン卿のものだ。

 彼は何か、天啓を見たような面もちで自らを倒したライダーを見つめている。

 そして大量の血を流すアーチャーは辛うじて倒れこむのは耐えたようだが、身体がノイズに蝕まれ始めた。

 そこに追い打ちをかけるように、両者を隔てるように赤い壁が出現する。

 一回戦でも見た光景。つまり、俺たちの勝利だ。

 それを確認したライダーも刀を納めて静かに息を吐いた。

「終わりです、アーチャー」

「嘘、だろ……っ!

 どうしてオレたちが押し負けた……!?

 地力も決意も旦那の方が上だってたていうのに、どうして……!?」

「……いや、そうだったな。わしもまだまだ未熟だったようだ。

 最後の最後で、自分の心を見誤った。

 聖杯戦争において、意志の強さは二の次らしい。

 ……ここでは意志の質が、前に進む力になる」

 静かに首を振り、ダン卿は遠くを見つめる。

「聖杯を求めるのは亡くした妻を取り戻すため、か――――。

 ……なんと愚かな勘違いをしたものか。

 軍人として生涯を捧げたわしが、今際の際に、個人の願いに固執した。

 軍人であることに疑問はなかったが……後悔は、あったようだ。

 棚の奥にしまっていた、騎士の誇りを持ち出してでも、亡くしたものを取り戻したかった」

 だが、とダン卿は目を細める。

 その表情は苦悩に歪んでいた。

「わしが願ったものは、一体どちらだったのか。

 妻か……それとも、軍人になる前、一人の人間としての――」

 独白は遺言のように。

 黒衣の老騎士の姿がノイズに包まれ、崩壊していく。

 彼と、そのサーヴァントであるアーチャーも、運命に殉じるように霧散していく。

 そんな彼の柔らかな視線がこちらに向けられる。

「……しかし、意外だ。

 最後の瞬間……君の一撃に迷いはなかった。

 言葉にできずとも譲れぬものがあったのだろう。

 でなければ、状態異常治癒のコードキャストをわしとほぼ同時に使うなどという無謀な賭けには出ないはずだ」

「賭け、ではなかっと思います。

 ダン卿なら、たぶんアーチャーの補強ではなく、こちらの妨害に徹すると思いましたから」

「……なるほど。

 そこまで見抜いていたとは見事だ。

 今後も自分を信じて進むといい。

 その賭けに出る無謀さは、いずれ敵を穿つための力になる。努努忘れぬことだ。

 ……さて。最後に無様を晒したが……悪くないな、敗北というものも。

 実に意義のある戦いだったよ。

 はは、未来ある若者の礎になるのは、これが初めてだ」

 末期の笑いは晴れやかだった。

 ダン・ブラックモアにかつての苛烈さは見られない。

 老騎士の顔は、自らの孫を見守るような穏やかさに満ちている。

「たがすまんな、アーチャー。

 わしの我儘ゆえ戦い方を縛りつけ、おまえの矜持を汚してしまった」

「ここまできて謝罪はなしですよ旦那。

 そもそも正々堂々の戦いなんざ生前縁がなかったもんでね、一度ぐらいは格好つけたかったんだよオレも。

 冨も、名声も、友情も、平和も、たいていのものは手に入れたけどさ、その代りに遠くなっちまったものだあった。

 だから、いいんだ」

 アーチャーの身体がノイズで覆われてしまう。

 最後に残ったその表情の一部からは悔いは見られない。

「……最期に、どうしても手に入らなかったものを、掴ませてもらったさ――」

 それが最期の言葉となり、その姿は、存在は、この世界から完全に消滅した。

 かつて村を守るために英雄の衣を、かぶり、ただ勝つためだけに森の茂みに隠れ続けた青年。

 村を守るために戦いながら、一度たりとも村人たちに讃えられなかった彼は、かすかに、満足げに微笑んでいた。

「……すまない。

 ありがとう、アーチャー」

 その姿を看取ったダン卿は目を伏せた。

「由良君」

 呼ばれて彼の顔を見る。

「最後に、年寄りの戯言を聞いてほしい。

 これから先……誰を敵に迎えようとも、誰を敵として討つ事になろうとも、決して歩みを止めないでほしい。

 君のその闇雲にでも確かな一歩を踏み出す力は、この聖杯戦争に参加したどのマスターと比べても誇れるものだ」

「……ありがとうございます」

 どうにか絞り出すことができた言葉。

 その言葉に満足げに頷いたダン卿は静かに目を閉じた。

「さて……ようやく会えそうだ。

 長かったな……アン……ヌ……」

 最期に呟いたのは女性の名前……。

 それを口にしたダンの顔は、未練も後悔もなく。

 彼は静かな答えを胸に抱いたままゆっくりと消えていった。

 こうして、二回目の決戦が幕を閉じた。

 彼の生きた姿を、自分の胸に刻みながら……。




これにて2回戦の終了、そしてダン卿とアーチャーの退場です
次回はEXTRAをプレイされた方なら知ってるあのイベントが3回戦との間に挟まります
……未完結作品のサーヴァントをこういう二次創作に登場させるのすごい不安


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幕間
黒衣の暗殺者


スイッチの方でエクステラが発売されるみたいですね
いろいろと思うところはありますが、このまま売れてくれればエクステラ続編も夢ではないと思うので期待してます(そして今度こそアルターエゴを……)


 殺害の先の救い。

 奸邪の先の感得。

 一面しか見えないうちは、その本質は理解できない。

 どんな行いであれ、必ず善はあるのだから。

 

 

 ★

 

 

 ダン卿を退けた翌日、再びインターバル期間に入っていた。

 お互いマイルームでしばしの休息をとる。

「一応解毒はしたけど、体調は大丈夫かな?」

「お気遣い感謝します、主どの。もう体調は万全です。

 ステータスの方も万全とは言い切れませんが、ここまで戻れば余程の敵でもなければ遅れは取りません」

 そう言ってライダーは胸を張る。

 端末で確認しても、俊敏はAに上昇していた。

 つまり二回戦の相手、ロビンフッドよりも上というわけだ。

 筋力が未だDなのは申し訳ないが、少なくともこれからは彼女の持ち味である身軽さが生きてくると言えるだろう。

 しかしこのままではいけない。ダン卿との一戦は自分の力不足を痛烈に実感することになった。

 後から知ったのだが、ダン卿が魔術師として活動し始めたのはこの聖杯戦争の実態を知ってかららしい。

 つまり、魔術師としてはまだ新参者の部類に入るということだ。

 熟練の魔術師と当たった場合、今まで以上に魔術師としての腕が試されることだろう。

 そうなれば、治癒や簡単な援護だけでは太刀打ちできない。

「……ダン卿は俺の前へ進む勇敢さを称賛してくれた。なら、それを活かせるようにもっと魔術師としての腕を磨かないといけない。

 これからもよろしく頼む、ライダー」

「もちろんです、主どの!

 このライダー、どこまでも主どののサーヴァントとして全身全霊で尽くさせていただきます!」

 ライダーの力強い言葉に後押しされ、行動に移るためにマイルームを出る。

 まずは購買で礼装を確認だ。戦闘で二つしか使えないにしても、組み合わせ方は多いに越したことはない。

 階段を降り一階の廊下に辿り着く。

「――っ!?」

 突然、背筋が総毛だった。

 この感覚はつい最近味わったばかりだ。

 しかし、いきなりすぎて自身のサーヴァントを呼ぶ間も、構える間もない。

 圧倒的な力に引っ張られるように後方に……校舎の壁の方に引っ張られる!

 

 

 しばらくして目を開くと、そこに広がっていたのは無機質な空間だった。

 先ほどの感覚から察するに、先日ありすが行なったように校舎の中から不正な入り口を使って転移させられたのだろう。

 ありすの姿は見当たらない。一体誰の仕業かと思ったが、そこで一つの仮説にたどり着いた。

 たしか、凛の予想でマスター殺しの仕業と言われていなかっただろうか?

「――空想電脳(ザバーニーヤ)

 その言葉に背筋に氷柱を入れられたかのような悪寒を感じて硬直する。

 ボンッと何かが爆発する音、そして続けて重いものが地面にぶつかる音が響く。

 音の発生地には倒れているマスターらしき人が一人。

 いや、それは『人』と言っていいのだろうか?

「う、上が……上半身が、ない!?」

 床に伏しているのは人の下半身だけ。

 その上についているべき胴体は消し飛んでいた。

「まるで、頭が爆発したかのような跡ですね。決して警戒を解かないよう、主どの。

 おそらくまだ近くに――」

「――お前は異端の魔術師か?」

 背後から声が聞こえてくる。

 まるで死神の鎌が首に当てられているかのような感覚に喉が干上がるのがわかった。

 それでも背後の気配がなんなのか思考を回転させる。

 顔は分からないが、声色からして女性……いや少女。

 そしてライダーすら反応できなかったとすると、おそらくアサシンのサーヴァント……

 そして、彼女の問いはこの数秒後の未来を分ける……!

 考えろ、考えろ……!

 この問いにはどう答えばいい!?

「貴様、主どのに何をしてる?」

 ……目の前にも死神のオーラを放つサーヴァントが一人。

 俺に当たらないように細心の注意を払った一撃が顔のすぐ近くを通り過ぎ、背後のサーヴァントに伸びる。

「――断想体温(ザバーニーヤ)

 囁くような小さな声で先ほどと同じ言葉を呟いた直後、硬いもの同士が当たる重く響く音と共に背後の気配が遠のいた。

「はっ、はっ……は……」

 死神の鎌が離れ、無意識に止めていた呼吸が思い出したように再開する。

 振り返って敵の姿を捉えると、声の主は思ったよりも小柄だった。ローブに身を包んでいて全く容姿がわからないが、声からして女性だろう。

 ローブの隙間から覗くその目はこちらを品定めするようにまっすぐ向けられている。

 彼女が、マスター殺しのマスターと契約したサーヴァントなのだろうか?

「君は……」

「答えろ、主どのに何をしようとした?」

 ライダーが一歩前に出て刀を向ける。

 その姿は、返答次第ではこの場で斬り伏せる、と暗に示していた。

 少女はそんな圧に全く怯んだ様子がなく、真っ直ぐにこちらを見据える。

「私は異端の魔術師を排除する。

 お前は我らの同志か?」

「えっと……」

 同志も何も、記憶がない自分には今までどんな集団に所属していたのかなんて分からない。

 ただ、目の前の少女はそんな答えを求めていないだろう。

 どんな返答をすればよいのかいいのか思考を巡らしているとライダーが疾走する。

 対話ではなく戦闘を優先したらしい。

「その首、我が主どのに捧げなさい!」

 ……捧げられても困るがライダーならやりかねない。

 その証拠に少女の首を狙う一撃には一切の迷いがない。

 ライダーを制止させるかどうか躊躇していると、その一撃を避ける仕草もせず少女は微かに口を動かす。

断想体温(ザバーニーヤ)

「なにっ!?」

 先ほども聞いたその言葉を紡いだ少女は鈍く響く音と主にライダーの刀を素手で防いだ。

 怯まずライダーが二度、三度と得物を振るうがその刃は少女の皮膚に阻まれる。

「防御系の宝具ですか!」

 なおも目にも留まらぬ斬撃を放つが、一向に少女にダメージを与えられた様子が見えない。

 そんな少女の背中が不自然に蠢いた。

 その瞬間、自分の中で目の前の少女を明確に敵だと判断する。

「ライダー、一旦引くんだ!」

「っ!?」

妄想心音(ザバーニーヤ)

 またも紡がれるその言葉。

 その言葉に呼応するように少女の背中から新たな腕が飛び出した。

 その腕は一般的な腕の長さを優に超えており、ライダーを掴もうとさらに伸びる。

 咄嗟にその場から引いたことで辛うじて避けたライダーは、その腕を掻い潜り相手の懐に刀を滑り込ませる。

狂想閃影(ザバーニーヤ)

 五度目になるその言葉に呼応するように、今度は彼女の髪が生き物のように動き出してライダーの刀を弾いた。

 そして、返す刀でライダーの首を刎ねんと振るわれる。

「させない!

 コードキャストhack(16);実行」

 守り刀を振るい、その斬撃でライダーの首を狙っていた髪の毛の軌道が逸らす。

「感謝します、主どの!」

「向こうの能力は未知数だ。

 距離を置いて、様子を見ながら戦おう」

「承知しました!」

 ライダーが一度距離を置いたことで戦闘は振り出しに戻り、戦術以外の思考をする余裕が生まれる。

 先ほどから何度も彼女が口にしている『ザバーニーヤ』と言う名前は、たしかイスラム教に登場する地獄の管理者である19人の天使のことだ。

 これを宝具と仮定した場合、少なくとも彼女は身体の硬化、第三の腕、さらに髪の毛の武器化の三種類を使うことになる。

 だが、俺たちが来た直後に殺された生徒が同じ『ザバーニーヤ』で殺されていた場合、この三つ以外に爆破系の宝具もあるということになる。

 まさか、天使の数にちなんだ19種類の技があるとでも言うのだろうか?

「どう考えても技のレパートリーが多すぎる……!

 1つの宝具の一部を見せているのだとしても、三つに共通するのは肉体改造という点。

 爆破系を含めるとその共通点もなくなる。

 それに、三つ目の腕が生えるのがそれだけとは考えにくいし……」

「私の本来の宝具も複数の奥義を集めて1つの宝具と成していますが……

 あれはどう考えてもその1つ1つが宝具として成り立っています」

 まさか、向こうは天使の数と同じ19種類の宝具を持つと言うのだろうか?

 どう考えても危険だ。

 少女は敵なのだと意識を切り替えて守り刀を構えると、彼女はすでに次の行動に移っていた。

 その口が六度目になるその言葉を口にする。

夢想髄液(ザバーニーヤ)

「次は一体どん……っ!? っ、っ!?」

 身体の中をシェイクされたような感覚に襲われ、気づけば地面に横たわっていた。

 何をされたのかわからず、アサシンの喉辺りに魔力が収束しているのを感じてそれが『声』による攻撃なのだと遅れて知った。

 見れば、ライダーですらこの攻撃には眉をひそめて膝をついていた。

 次第に身体の中が熱くなり、身体の中の魔術回路が暴走し始めているのがわかる。

 これはマズい……!

 死を覚悟したその瞬間、まるで圧縮されるような圧迫感に空間が支配された。

 

 

 ――気がつくと、元いた場所に立っていた。

 身体が沸騰するような魔術回路の暴走も治まっている。

 今のは、SE.RA.PHによる強制終了?

「その実力で、どうやって逃げ延びた?」

 音もなく、数メートル先に黒服の男性が立っていた。

 予選の時と、つい先日も見かけた男だ。

 男は顔にかかる長い髪の下、刺し貫くような視線をこちらに向ける。

「ただの雑魚かと思ったが。上級のサーヴァントを引き当てたか、それとも爪を隠した腕利きか……

 どちらにせよ、あの死の権化から生き延びたのだ」

 男の纏う気配が変わる。

 辺りに放たれていた強烈な殺気が怜悧な刃物のように研ぎ澄まされて、一点に向けられる。

「ここで始末するに越したことはない」

「っ……!?」

 視線はこちらの首に向けられている。

 まずい、校舎ではサーヴァントは戦闘できない。

 いや、そもそもサーヴァントがマスターに危害を加えるのは重大なペナルティがかかる。

 ライダーの助けを借りれない以上、この男との戦闘は自分でどうにかしなければならない……!

 汗が、頬を伝って床に落ちる。

 男が静かに一歩踏み出した時――

「そこまでだ、マスター殺しの犯人よ」

 誰もいなかったはずの廊下から現れたのは言峰神父だった。

「……監督役NPCか。よく気付いたな」

「そこの少年と有志の情報提供者から、校舎内で不正なハッキングをしてマスター殺しを行っていると苦情が申し立てられたのだよ。

 それにしても、ずいぶんとルールブレイクをしているようだな。

 予選では葛木教員のデータを上書きしていたようだが……なるほど、ユリウス・ベルキスク・ハーウェイという名前か」

 ユリウスと呼ばれた男は、その眉をしかめて舌打ちした。

 その表情を見て言峰神父は神父らしからぬ笑みを浮かべる。

「対戦者の片方を潰すなら大目に見たが、さすがに勝者まで数人殺したのはいただけないな」

「あれはアサシンが勝手にやったことだ。

 わざわざ令呪一画を使って誓わせた。文句はないはずだ」

「予期せぬマスター殺し『だけ』ならそれでも十分だ。

 だがルールブレイクで作ったアリーナでのマスター殺しの方がまだ精算されていない。

 なら、この分のペナルティは与えなければなるまい?」

「NPC風情がいいご身分だな」

 ユリウスがゆっくりとした動作で拳を握り、すぐに打ち出せるように構えた。

 対する言峰神父も静かに片足を前に出して姿勢を低くし、戦闘態勢に入る。

「ただのNPCかどうか、試してみればいい。

 所詮私はデータだ。消去されればすぐにリカバリーされる」

 どちらともマスターやNPCとは思えない殺気を撒き散らし、一触即発の雰囲気に包まれる。

 その状況がしばらく続き、やがてユリウスの方が先に構えを解いた。

「どうせ復元されるなら骨折り損だ。

 有力だが殺しやすいマスターはあらかた始末した。

 ならそのペナルティをさっさと受けた方が効率的だ」

「それは残念だ。

 久々に身体を動かせると楽しみにしていたのだがね」

 不敵な笑みを浮かべる言峰神父は端末を開いて何やら入力し始める。

 そしてそれを実行した直後、ユリウスの身体が一瞬痙攣した。

「ぐっ!?」

「本当はもっと趣向を凝らしたものにしたいのだがね。

 ルールブレイクのプログラムを持っているのなら早急に対処する必要がある。

 よって、ペナルティは貴様が持つルールブレイクのプログラム全ての封印と、コードキャストの効果も弱体化だ。

 それからそのサーヴァントも校舎内での現界を禁止、及び宝具の弱体化をさせてもらった。

 期限は今回殺したマスター一人につき一週間だ。

 ……おっと、これでは聖杯戦争中に回復することは不可能だが、まあ仕方あるまい」

「……ちっ、どうせなら無期限と言ったらどうだ?」

「そうしたいのは山々だが、全てのペナルティは期限ありに設定されているのでね。

 逆に言えば、期限を誤魔化せさえすれば解除も出来るのではないかな?

 もっとも、そのためのルールブレイクは封じさせてもらっているがね」

「……このイカれ神父め」

 険悪なムードはそのままだが、これ以上状況が悪化する様子はない。

 目を細め、ユリウスはゆっくりと歩き始めた。

 途中、俺の真横で立ち止まる。

「確か……天軒、と言ったな。

 ……覚えておこう」

 殺意の籠った瞳をこの身に据えたまま、男はこの場を後にした。

 これは、言峰神父に助けられたということだろうか?

「程度の差はあれ、ああいう輩もこの聖杯戦争に参加しているということだ。

 今回は遠坂凛に救われたな、天軒由良」

「遠坂が?」

「校舎に不正なハッキングを行い使われていないアリーナと接続していると言ってきたのは彼女だ。

 それからこの校舎内で不審なコードキャストが感知されると私に通知が来るように弄っておいた。

 私がここに居合わせたのもそのおかげということだ」

 まさかこんなところでも彼女に助けられるとは思わなかった。

 いくら感謝しても足りないくらいだ。

「礼を言いたいのであればこのまま地下の食堂に行けばいいだろう。

 先ほど私が食事を終えたときにはまだいたはずだ」

「……NPCでも食事するんですね」

「いかにデータとはいえ、元になっているのは君たちと同じ人間だ。当然人間らしい行動も取る。

 せっかくだ、君も食堂のメニューにある麻婆豆腐を食べてみるといい。

 私のオススメの一品だ」

「はぁ……」

 この神父のオススメというのはどうにも危険に感じるが、暇があれば食べてみよう。

 ……その後、俺が注文した麻婆豆腐を味見したライダーが今までに見たこともない形相を見せたのだが、それはまた別のお話。




真名はまだ伏せていますが、ユリウスのサーヴァントも原作とは違います(わかる人は一発でわかるレベルの戦闘内容ですが)
原作の方が完結してないサーヴァントを出すのは少し不安がありますが、やっぱり出したかったんです……


次回、4回戦の前にもう1話だけ挟みます


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ブレイクウォール

CCCイベがとうとう発表されました
4月下旬ということは26日のニコ生後にでも開始されてもおかしくありませんね
どんな爆弾を投下されるのか、楽しみ半分怖さ半分で待機中です

今回は天軒の謎がちょっとだけ解明するかも……


 階段を降りて食堂の席を見渡してみると、なにやら難しい顔をした遠坂凛が頬杖をついて考え込んでいた。

 その深刻な表情は周囲のマスターやNPCが思わず距離を置いてしまうほどだ。

「遠坂、何かあったのか?」

「あら天軒くん、無事二回戦も突破したのね。

 おめでとう。でも……」

 遠坂は首を動かさずに食堂を見回す。

 その動作がどういう意味なのかは聞くまでもない。

「――天軒がダン・ブラックモアを……」

「――シンジはマグレだと思ってたが、とんだダークホースだ……」

「――今後警戒しておいたほうがいいな……」

 周囲の視線が俺を品定めするように見ている。

 シンジとは違い、実力と堅実さを兼ね備えたダン・ブラックモアを下した、という実績は無名の自分を警戒させるには十分すぎたらしい。

「今後は貴方の情報を狙って色々仕掛けてくる相手も出てくるでしょうね」

「勝ち進むと決めたときからそれは覚悟してたよ。

 それより、遠坂の方はまだインターバル中?」

「ええ、ありすたちから受けたダメージが癒えるのにはまだ時間がかかりそうだわ。

 それから……」

 一度間をおいて、遠坂は息を整える。

「ありすから伝言よ。『遊んでくれてありがとう』ですって」

「……ちょっと待ってくれ遠坂。

 その言い方、まるでありすが……」

「ええ、死んだわ。

 あの子の対戦相手が誰だったのかはわからずじまいだったけど。

 校舎で消滅していたから、マスター殺しが関係しているかもしれないわね」

 マスター殺し。

 聖杯戦争一回戦からその存在が噂され、多くのマスターが警戒していたのにも関わらず、今の今までその正体を掴めなかった実力者だ。

 そしてつい先ほど、その正体はユリウスという、アサシンらしきサーヴァントを従えたマスターであることが発覚した。

「遠坂、ザバーニーヤって宝具を使うサーヴァントを知らないか?

 たぶんクラスはアサシンだと思うんだけど」

「ザバーニーヤ? それ、割と有名よ。

 ハサン・サッバーハ、暗殺集団を率いる翁で、アサシンの語源にもなった名前ね。

 代々名前を受け継いでたみたいで、19代目まで続いたらしいわ。

 そのハサンが使う宝具がザバーニーヤ。地獄の管理を任された天使の名前を刻んだその業は、それぞれ暗殺や即死を目的とした業らしいわ。

 まだ地上にマナが溢れていた頃に行われていた聖杯戦争で何度か召喚されていたんだとか。

 けど、どうしてそれを?」

「マスター殺しの犯人で、ユリウスってマスターのサーヴァントがその宝具を使っていたんだ」

「ユリウス……ハーウェイの殺し屋ね。

 なるほど、マスター殺しはレオを勝たせるためのつゆ払いってことね。

 ありがとう、いい情報を貰えたわ」

「あ、うん。どういたしまして?」

 一人納得した遠坂は立ち上がり、階段の方へ向かう。

「さあ脱線した話題はここまで。

 さっさと『約束』を済ませましょう」

「大丈夫なのか?

 何か思い詰めたような感じだったけど」

「ああ、大丈夫よ。悩んでたのは今からやる『約束』についてだから」

「それ俺の方が大丈夫じゃないんだけど!?」

 命に関係のあることじゃないわよ、と流されてひとまず食堂を出た遠坂の後をついていくことしかできない。

「でも、一体どこで? 割と大掛かりになるんなら、人がいない屋上とか?」

「確かに屋上でもいいけど、今回は事情が事情だからここでさせてもらうわ」

「……保険室?」

「そ、基本人の出入りもないし、色々と都合がいいのよ」

 説明しながら戸を開けると、中では保険委員の桜がいそいそと準備に追われていた。

「桜、そっちの進捗はどうかしら?」

「も、もう少し待ってください。

 あと120秒程で完了しますので」

「なら、その間にこっちも準備を進めておくわ」

 何やら大掛かりになっていて思わず身構えてしまう。

 彼女は一体何をするつもりなのだろうか?

 ファイアーウォールを突破するだけのはずなのだが……

 こちらの不安そうな視線を感じたのか、遠坂が状況の説明を簡潔にまとめてくれる。

「ファイアーウォールを突破するとなると、侵入者である私かファイアーウォールを仕掛けられた天軒君、もしくはその両方にダメージが発生してもおかしくないわ。

 一応そういうのが不発なるように準備はしてあるけど、もしものために健康管理AIがいるっていうのは心強いわけ」

「えっと、今回はマスター殺しの情報を提供してくれたお二方だから、特例で手伝ってるのであって、本当は特定の誰かに加担するのは禁止されてるんですからね?」

 作業のスピードを維持しながら桜が念押ししてくる。

 それだけあのユリウスという男の行為は運営側を悩ませていたことが伺える。

「そろそろ桜の準備も終わりそうね。

 天軒君はそこの椅子に座って楽にしてちょうだい」

「やっぱり大掛かりだから時間もかかるのか?」

「いえ、たぶん1分もすれば終わるわ」

「そんな短時間で終わるのか?」

「初見ならまだしも、一度ファイアーウォールの形式は見ているもの。

 突破される側の天軒君も了承してるから、隠蔽に力を割く必要もないし、どんなカウンターが待ってるのかわからないことを除けば、これほど簡単なハッキングはないわね」

 しれっと言っているが、そんな簡単なものではないだろう。

 やはり遠坂は天才なのだろうと、改めて実感した。

 その後ろで桜の手が止まる。どうやら準備は整ったらしい。

「それじゃあ始めましょうか。

 先に確認しておきたいんだけど、ファイアーウォールが張られているのは天軒君の中枢の一歩手前。

 つまり、ここを突破すると貴方の情報をすべて閲覧できるってこと。

 このことがどういう意味かわかる?」

「……俺と契約しているサーヴァントの情報がわかるってこと?」

 その返答に遠坂は小さくため息をついた。

 ……何か変なこと言っただろうか?

「そこで真っ先に自分じゃなくて自分のサーヴァントのことを浮かべるところを見ると相変わらずね。

 まあ、そういうことよ。今から侵入する場所は、貴方の全てを構成する、言わば天軒由良のアカシックレコード。

 そこに到達すれば、サーヴァントの情報を始め、文字どおり貴方の全ての情報を知ることができるわ。

 過去と現在はもちろん、私ぐらいの魔術師(ウィザード)が応用すれば未来の成長具合も予想できるかもしれないわ。

 そうなったら、私と対戦することになった場合99.9%の確率で貴方は負けるでしょうね。

 それでも続けるかしら?」

 遠坂は真っ直ぐこちらを見つめる。

 その真剣な眼差しの前では、こちらがどんな嘘をついても見抜かれてしまうだろう。

 背後で霊体化して待機するライダーはなにも言わない。

 ……全部俺の自由にしていいということか。

 これは自分の我儘だ。記憶が無くとも戦う覚悟はできているのに未だに記憶に執着している理由。おそらく、遠坂が聞けばそのまま殴り飛ばすかもしれない。

 でも、俺にとってはとても必要なことなのだ。

「俺、自分のことをライダーに知ってもらいたいんだ。

 今の俺と、記憶をなくす前の俺を」

 それは二回戦でラニがロビンフッドの星を読んだ時から、心の奥で引っかかって取り除けなかった俺の我儘だ。

「……呆れた。

 これが私から言った約束じゃなければ貴方を蹴り倒して決裂してたわ」

「まあ、予想はしてたよ……」

 それ以上は何も言葉を交わさず、遠坂は懐から宝石を取り出して俺の額に押し付けた。

「……実行(Run)

 宝石は光り輝き、コードキャストとなって俺の頭を衝撃と共に突き抜ける。

 その拍子に身体の中で何かが砕けた。

 痛いわけではないが、自分の中で何かがなくなったような、なんとも言えない感覚に戸惑っていると、遠坂はゆっくりを目を開ける。

 その表情からは安堵と落胆が入り混じったような複雑な感情が読み取れる。

「お二方のバイタルに異常は見られません」

「ええ、さすがに私も驚いてるわ。

 まさか、ここまであっさりファイアーウォールを突破出来て、その先に何も隠してないなんて」

「そのようですね。

 念のために詳しくバイタルチェックしますので、もうしばらく待っていてくださいね」

 桜の業務的な報告を受けて、遠坂は後ろのベッドに腰を下ろした。

 バイタルは問題なしとは言っていたが、ひどく疲労しているように見える。

「ファイアーウォールの先に何もなかったって……」

「その前に聞かせて。

 貴方、()()()()()()()()()()?」

「……え?」

 遠坂の言っている意味がわからない。

 記憶が曖昧だから、自分の名前が本当にそれで合ってるのか確認したいのだろうか?

 確かに予選通過後、桜に聞くまで自分の名前がわからなかった。

 しかし今では自信を持って言える。

「俺の名前は天軒由良。

 ……うん、それだけは確かなことだ」

「なら、問題ないわね。本題に戻るわ。

 他人の中にファイアーウォール張ってるるぐらいだから、何か重要なデータでも隠してるんじゃないかって予想してたんだけど……

 突破した結果、中にあったのは普通に天軒君のデータが入ってるだけ。

 まあ、その天軒君のデータに問題があったわけだけど」

「それ一番の問題だよね!?」

「他人に何かされてるのと比べればまだマシ……ってわけでもないわねこの場合。

 ありすの言葉からもしやと心配してたけど、その通りだったわ。

 結論だけ言わせてもらうと、天軒君は今()()()()()わ」

「肉体が、無い?」

「言葉どおりの意味よ。

 わたしたちは魂をデータ化してこの世界に来ている。当然、肉体は外に残ってる。

 でも、あなたはいま、()()()()()()()状態なのよ。

 いわばサイバーゴースト。

 魔術師の知識が欠落してる天軒君にも分かりやすく言うと、浮遊霊みたいなものかしら」

 浮遊霊と言われて思わず立ち上がる。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!

 じゃ、じゃあ俺はもう死んで……!」

「あー、待って待って。

 たぶん天軒君は完全なサイバーゴーストじゃないわ。

 記憶の欠落とかから察するに、たぶん予選を通過した時にトラブルがあったんでしょ?

 それが原因で地上にある肉体とのリンクが途切れて、修復できないままここまで来たってコト。

 記憶がないのも、記憶のファイルがトラッシュしたんじゃなくて、そもそもファイルそのものがなかったってことね。

 それにしても、よくパニくらなかったって感心するわ。

 普通のハッカーならアイデンティティークライシスに陥って意味消失(ゲシュタル)ってるでしょうね」

 いま、絶賛その存在の危機(アイデンティティークライシス)中なのだが……

 ただ、ようやく自分のいまの状況が理解できた。

 記憶は思い出せないのではなく、肉体から引き出せなかっただけ、なのか。となると、後は途切れたリンクを回復させるだけなのだが……

「ま、今のあなたじゃ無理でしょうね。

 それなりの腕を持つハッカーにでも頼ったら?」

「…………」

「な、何よ、じっとこっちを見つめて。

 私はしないわよ?」

「……………………」

「う……そ、そんな子犬みたいな目で見ても無駄よ!

 だってそこまでする義理なんて無いし!」

 遠坂は顔を背けたままこちらを見てくれない。

 むう、ダメか。

 案外粘れば引き受けてくれるかと思ったがあと一押しが足りないようだ。

 これ以上粘ると今後の関係に影響が出てきそうだし、こればかりは自分でどうにか対処する必要がありそうだ。

「それにしても、トラッシュしてるわけじゃないなら記憶の件はどうしようもない、か。

 俺のコードキャストも、無い物までは復元できないだろうし」

「そうね、そのコードキャストについても特にこれと言って情報がなかったわ。

 私の見解としては、初期化に準ずる何かだとは思うけど……

 残念だけど、天軒君が頑張って解読するしか方法はないわね。

 図書室にウィザードに関する書物もあるだろうし、この際だからウィザードについて勉強してみたらいいんじゃないかしら?」

「ウィザードについて、か」

「私ができるアドバイスはここまでよ。

 後は天軒君自身で頑張りなさい」

 そう言って遠坂は保健室を去っていった。

 その背中を眺めながら、これからのことを考える。

 原因は分かったが、現状それを解決する策がない。遠坂の言う通り、腕利きのハッカーに頼んでパスをつなぎ直してもらうのが現実的ではあるのだが、そんな都合のいい話がそう簡単に舞い込んでくるとは限らない。

 考えは一向にまとまる気配はないが、いつまでもここに居座るわけにもいかない。

 ひとまず保健室を出ようと立ち上がる。

「保健室を貸してくれてありがとう、桜」

「いえ、私は特に何も……それより、大丈夫なんですか?

 衰弱の心配もありますが、このまま対処法が見つからない場合は優勝しても地上に帰れない可能性も……」

 俺が地上の肉体と繋がってないことを心配してくれているらしい。

 先ほども念押しはしていたが色々と手を尽くしてくれたし、やっぱり彼女は根が優しいのだろう。

「どうにかしたいとは思うけど、遠坂の言う通り今の俺じゃどうすることもできないかな。

 だから、今できることを精一杯していこうと思う」

「今できること、ですか」

「ひとまずこの聖杯戦争を生き残ることかな。

 自然と力をつけることになりそうだし」

「前向きなんですね」

「……ダン卿のおかげだけどね。

 悩んだときは、とりあえず一歩踏み出してみる。

 それが俺の、天軒由良の出来る最善策なんだと思う」

「その、頑張ってください。

 贔屓をすることは出来ませんが、応援してます」

 舞と同じつ桜からも励まされた。

 校舎の生徒が敵ばかりではないとわかることが、これほど気持ちが楽になるとは思ってもみなかった。

 ……流石に長居しすぎた。

 迷惑にならないうちに早く去ろう。




謎の解明と書いて新たな謎の発覚とも読む()
次回から3回戦が開始されます


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3回戦:サラ・コルナ・ライプニッツ
凪の水面


CCCイベントまであとわずか
石の貯蔵は十分とは言えませんがあとは引ききるまでです
エクステラの続編も進行中なのでまだまだ楽しみは尽きません


今回から三回戦が開始、対戦相手も登場です


 死者の残響。

 

 その言葉が、思いが、真実とは限らない。

 それでも求め、

 生きる意味となすのなら、

 肉体を捨て、魂を燃やし。

 仮初めの肉体で、理想を求めて現の夢を見るがいい。

 

 

 ★

 

 

 翌朝、三回戦の相手が決定した知らせを受けて掲示板の前に立っていた。

「サラ・コルナ・ライプニッツ……」

 聞いたことがない名前だった。

 ダン卿の時のように、名前から誰かを連想することもない。

「おやおやおや?

 今回はなんとも無害そうなマスターですねぇ」

 飄々とした男の声がした方を向くと、まるで威嚇しているかのような鋭い視線を放つ女性が立っていた。

 腰まで伸びた銀髪はシンプルにポニーテール、さらに魔術的な意味があるのか下瞼を沿うように赤い化粧を施していて、カソックを改造したような服に身を包んでいることから、慎二やダン卿のようにアバターを弄っているは一目でわかった。

 とはいえ、流石にさっきの声は彼女のものではないだろう。

 ならば一体誰だったのだろうか?

「さきほどの声はわたくしでございまぁす!」

「……っ!?」

 辺りを見回していると頭上からピエロみたいな男? が現れ、思わず尻餅をついてしまった。

 ライダーも虚を突かれた様子で、反射的に現界しつつ刀に手を伸ばして戦闘態勢になる。

「貴様っ!!」

「ら、ライダー、落ち着いて。

 ただ驚いただけだから」

「ですが、こうして突然現れたのは奇襲では?」

「たぶん、向こうに戦闘意思はないよ」

「えぇ、えぇ、わたくしここで戦う気など一切ございませんよぉ?

 わたくしこう見えて平和主義ですから!」

 飛んだり跳ねたりしゃがんだり、なんとも忙しいサーヴァントだが武器を構える様子はない。大方こちらを弄んでいるだけなのだろう。

 なんとかそれを理解してくれたライダーも渋々ながら霊体化してくれた。

 ……改めてその男を見ると、ピエロを連想するような、なんとも奇抜な格好をしている。

 特に頭から生えたあの角は一体なんなのだろうか。

「君が次の対戦相手のサラさんでいいんだよね?」

「私のことはサラでいい。

 そう聞くということは、お前が天軒由良でいいのかしら?」

「うん。それで、彼が君のサーヴァント?」

「サーヴァントというより悪魔だな。

 そして私はそんな悪魔に取り憑かれた悪魔憑き……いや、そんなことはどうでもいいか。

 こちらのキャスターが迷惑をかけたな。すまない。

 こいつはこういう性格なのよ」

「取り憑かれてるとは心外ですねぇ。まあ悪魔なのは否定しませんが!

 それでもサーヴァントとしては私ほど完璧な従者は他にはいないと思いますよぉ」

 キャスターの言葉は重みがなく、どれが真実なのかわかりづらい。

 言峰神父とはまた違った取っ付きづらさがある。

 隣で眉をひそめるサラを見ていると、どうやら彼女も同じ感想を抱いてるようだ。

「悪いが七日間はこの調子だが付き合ってほしい。

 最期の相手がこいつだったことは呪っても構わないわ」

「……悪いけど、俺もここで終わるつもりはないよ」

「ならいい。

 どちらにしても、この七日間のうちに決まるから」

 こちらを煽るようなことを言った割にはあっさりと引き下がり、階段を降りていった。

「なんだか、心ここにあらずって感じだな」

『といいますと?』

「視線はこっちを見据えてるはずなのに、意識はこっちを向いていない感じ、かな」

 人間観察が得意なわけではないので確信は持てないが、シンジやダン卿とここで会った時はどちらも俺を『敵』として認識してくれた気がする。

 だが彼女からはそれが感じられなかった。

 違和感に首を捻っていると、次の行動を促すように一通の通知が入った。

 例のごとくトリガーがアリーナに出現した報告だ。

「サーヴァントもそうだけど、今回の相手も一筋縄じゃいかなそうだ。

 頑張ろう、ライダー」

『承知しました、主どの!』

 

 

 もはやお馴染みになった転移の感覚が治ると、目の前に半透明な壁に仕切られた空間が広がっていた。

 そして、もう一つの気配も……

「まさか、アリーナに入って早々に遭遇するとは思いませんでした」

 ライダーが得物を構えながら一歩前に出る。

 その視線の先には銀髪の女性と、奇抜な衣装に身を包んだ道化師。

 相手のキャスターの右手には片手剣かと見間違うほどの巨大なハサミが握られている。

 まさかいきなり遭遇するとは思わず思考が停止する。

「……行くぞキャスター」

「おや、いいんですか?

 こんなお手頃なところに敵が転がり込んできたわけですし、ここで始末するものとばかり思ってましが?」

「見た目は人畜無害そうなマスターだが、三回戦まで上がってくるならある程度の実力者だろうからな。ここで焦って倒そうとして時間を浪費する必要もない。

 今戦わなくてもどうせ決戦場で決着はつけられるわ」

 サラはこちらを一瞥するだけで奥に進んでいってしまう。

「殺意を振りまいてる割には消極的ですね。

 てっきり隙あらば攻撃を仕掛けてくるような方かと思っていましたが」

「でも、時間がかかるとは言ったけど負けるとは言っていない。

 初見で戦ったとしても勝てる自信があるんだと思う」

 しかし困った。

 戦わないとなると今度は敵の情報が入って来ないという問題が出てくる。

 今までは九死に一生を得るような戦いを強いられても、それによって敵の情報が得られるというメリットがあった。

 真名に至れないにしても、せめて相手の戦闘スタイルぐらいは知りたい。

「自分から戦闘を仕掛けるか……

 いやでも敵の力量がわからないのに仕掛けるのはリスクが」

「なら、私に考えがあります!」

 ライダーがイタズラを思いついた子供のような笑みを浮かべる。

 ……真っ当な策ではない気はするが、ライダーならいい案を思いついたに違いない。

 ライダーの指示に従ってみよう。

「………………」

「…………………何をしている?」

「うん、まあそうなるよね」

 サラの冷たい目線が突き刺さる。

 気まずい、この上なく気まずい!!

 俺がいるのはサラの少し後方、そこから彼女の後を追うように歩いていた。

「そちらに戦闘意思がないのなら、わざわざ離れる必要はありませんから。

 そちらはどうぞこちらを気にせずエネミーと戦闘してください」

 前を歩いているライダーの顔は見えないが、おそらくしてやったり顔をしていることだろう。

 たしかに、相手はこちらと交戦する意思がないのなら、ある程度近づいても問題ないということだ。

 戦闘に巻き込まれない位置にいればこちらは戦闘回数を減らせるから疲労も少なくてすみ、相手の戦闘スタイルを一方的に知ることもできる。経験が積めないのは別で時間を取ればいいだけだ。

 理屈はよくわかるし、とても効率的だ。サラからの「お前何やってるんだ」と言わんばかりの視線さえ耐えれれば、だが。

「ふふふふふふっ! どうやら今回のマスターは随分と面白い方のようですねぇ。

 わたくし面白いかたは大好物です」

「戦闘に集中しろ、キャスター。

 さっさとトリガーを取って退却するわよ」

「カシコマリィィッッ!!」

 サラの指示を受けてキャスターの動きがさらに機敏になる。

 飛び跳ね、しゃがみ、壁を蹴り、まるで身体がゴムで出来ているかのような動きでエネミーの攻撃を躱し、巨大なハサミでエネミーを切り刻み、時には閉じた状態で鈍器のように叩きつける。

 キャスターなのに肉弾戦なのはこちらに手の内を見せないためだろうか?

 もしこれが本来のスタイルだとしても、一撃一撃は軽い。筋力はD相当だろう。

 しかしその俊敏さは異様だった。

 先ほどから蜂型の素早いエネミーとも戦闘をしているが、それすらも翻弄するほどだ。

 ライダーにも匹敵するほどだからランクはAということになる。

「これは、それぞれのマスターの指示がどれほど的確かが重要になってくるな」

 気づけばサラの視線を気にせず対策を練っていた。

 そのせいか、通り過ぎたばかりの通路にエネミーが発生したのに気付くのが遅れる。

「……っ、ライダー!」

 俺の頭上を越えて着地と同時にライダーがそのエネミーを両断する。それにホッとして気を緩ませたのが悪手だった。

 背後からこちらを切り裂くような殺気が向けられる。

 振り返ると二本の剣が目前に迫ってきている!

 とっさに守り刀を取り出せたのは奇跡に近い。しかしその刀で防げたのは顔面を狙っていた一本だけ。

 残る一本が脇腹に突き刺さった。

「ぐっ、あ……っ!?」

 燃えるような痛みに耐え切れず膝をつく。

 キャスターの武器ではない。

 これは、サラの礼装か!?

「主どの! 貴様、はかったな!」

「戦闘はしないとは言ったが、攻撃しないとまでは言っていないぞ。隙を見せればそこを突くのは当然だ。

 考え事にふけって背後に現れるエネミーに気付かず、サーヴァントへの指示が遅れたうえこちらの警戒を怠るなんてとんだ間抜けね」

「く…………!」

 反論のしようもない正論にライダーも俺も黙ってしまう。

 好戦的でない相手が初めてで油断しすぎていたのを今更気付くとは情けない。

「手練れだと思っていたがとんだ見当違いをしていたらしい。

 そちらのサーヴァントはキャスターと互角かそれ以上だがマスターがこれではな。

 これなら最初に戦闘をしておくべきだったかもしれないな。

 ……とはいえ、疲弊して万全とは言えないキャスターではさすがに分が悪い。悪運だけは人並み以上だということか。

 これまでもそれで勝ってきたのかしら?」

 ため息まじりに肩をすくめたサラはそのまま奥に進んでいく。

「待て、小娘」

 その歩みをライダーが引き止める。

「何か言うことでもあるのか?

 先ほど私が言ったことはすべて正論のはずよ?」

「ええ、確かに今回は私も主どのも油断が過ぎました。

 今日ここで死ぬことを免れたのも悪運の強さでしょう。

 ですが、これまでの決戦もすべてそれのおかげだったのだと侮辱されるのは我慢ならない!」

 ライダーはその手に握る刀をサラたちに向け、はっきりと、迷いなく宣言する。

「主どのは確かに未熟です。ですが着実に成長されています!

 最初は届かない刃も、必ず最後には届かせる!

 予言してやろう!

 貴様らは今ここで私たちを討たなかったことを必ず後悔する!」

 それはマスターである俺への絶対的信頼。

 盲信してるわけでも、虚言を吐いてるわけでもなく、本当に俺が彼女に勝つと、そこまで成長すると確信しているかのような言葉だった。

 宣戦布告を受けたサラは何も言わずに歩みを再開する。

 隣に立つキャスターも滑稽な者を見る目でこちらを見下していた。

 二人が見えなくなったのを確認して、ようやく突き刺さっていた剣を引き抜いた。

「ぐ……!」

 アーチャーの毒同様、出血によるバイタル低下は校舎に戻ればどうにかなるとして、抜く時の痛みはどうしようもない。

 痛覚の遮断をするウィザードもいるそうだが、生憎とそんな技術は持ち合わせていない。

 痛みに耐えて剣を抜き終えると思わず仰向けに寝転びそうになる。

 が、それを柔らかいものが支えてくれた。

「……ライダー?」

「主どの、申し訳ありませんでした。

 従者である私がついていながらこのような……」

「いや、今回は完全に俺のミスだ。

 もしライダーがエネミーを倒しにいってくれなかったら、結局俺はエネミーの方からダメージを受けてたわけだし。

 俺もライダーも油断してた、今度から気をつけよう。それで終わりだ」

 ライダーの性格は理解している。

 このままでは謝罪合戦になってしまうので、さっさと話題を変えて話を進めたほうがいい。

「とりあえず明日ラニ会いに行こう。

 というか、ラニも勝ち残ってるのかな?

 たぶんそう簡単に負けるとは思えないけど」

「……………………」

 ……ん?

 心なしか、俺の頭を支えてくれているライダーの手が、ギリギリと締め付けてくるような……

「ら、ライダー?」

「あっ、はいなんでしょう!?」

 ハッとしたようにライダーが声を上げる。

 同時に頭の圧迫感もなくなった。一体なんだったのだろうか?

「まあいいか。

 ラニからサラが投擲したこの剣について聞きたいんだ。

 もしかして彼女の遺物になるんじゃないかと思ってね。

 うまくいけば、ダン卿の時のようにラニに頼めば敵の情報が手に入るかもしれない」

「なるほど、さすが主どのです!

 それを見越してあえて攻撃を誘ったのですね!」

「いや、結果論だし俺そんな策士じゃないからね?」

 さすがにそれは負け惜しみに聞こえて悲しくなってくる。

 まあ、転んでもただでは起きない精神なのは認めるが。

「さすがに今日ラニを探すのはバイタル的に厳しいけど、できればトリガーだけは取得しておきたい。

 肩を貸してもらうことになるけど、お願いしてもいいかな?」

「はい、お任せください!」

 ライダーは嬉しそうに返答し、頭を支えていた手を俺の肩を抱くに伸ばし、もう片方の腕を俺の膝を抱えるように伸ばし……

「ってこれお姫様抱っこじゃないかな!?」

「大丈夫です!

 歩くのに支障はありませんし、戦闘もその気になれば!」

「待って、戦闘だけは絶対避けて!

 このまま刀振るわれたら俺の寿命が縮む――」

 最後まで言わしてくれなかった。

 疾風の如きスピードでアリーナを走り抜けた結果、1分ほどで最深部まで駆けつけることができた。

 あまりのスピードでエネミーが戦闘をしかけてくる暇さえなかったのと、サラたちがすでに帰還していて鉢合わせにならなかったのは不幸中の幸いかもしれない。

 何はともあれ、第一層のトリガーは入手することができたが、どうやってマイルームまで戻ってこれたかはよく覚えていなかった。




ありすに代わって対戦相手はオリキャラです(fate作品の登場人物との名前被りもないはず……)
サーヴァントも、まあわかる人はわかっちゃいますよね

サラの詳しい容姿などは後日イラストでアップしようと思います


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十字架の剣

CCCイベントを終えた方はお疲れ様です。素材集め頑張ってください
まだの方は自分のペースで楽しんでください。
終局特異点をクリアできずに参加できなかった方、復刻までに万全の布陣を整えておきましょう。これは見なきゃ損なレベルです

そして、メルト、リップ、鈴鹿御前が当たった方はおめでとうございます


 翌日、身体の調子を確かめると傷は痛むが、動くのにそれほど支障はなかった。

 自身を治癒するコードキャストは持ち合わせていないが、生身同様に自然治癒はアバターにも存在する。

 この校舎では普通より治癒が早く、一晩寝れば大抵の傷は回復するみたいだ。

 そうとわかれば今日こそはラニを探すべく行動に移す。

「たぶん図書室か三階にいるはず……」

 マイルームから廊下に移動すると、賑やかしのNPCが往来する廊下で一箇所だけ異様な雰囲気に包まれていた。

 気になって近づくとその理由はすぐにわかった。

 対戦相手の発表があったのだ。

 さらにその組み合わせがNPCや他のマスターたちの注目の的になっている。

「遠坂……ラニ……」

 向かい合っているは俺がよく知る、ここまで何度も助けてくれた恩人の二人だった。

「――まさかここで有力者同士が潰し合うなんて願ったり叶ったりだ」

「――どっちが勝つと思う?」

「――おい、誰かあいつらの戦闘をモニタリングできるウィザードいないのか?」

 みな思い思いに感想を述べる。

 その内容は優勝候補が減ることへの感嘆や、二人の手の内を知るチャンスだと考えているものばかりだ。

 当たり前だ。

 ここにいるマスターは全員敵なのだから。

 敵の心配をする必要などマスターなどいないだろう。

 ……自分を除けば。

 一週間後、どちらか一人が消える。

 どれだけの強者だろうが例外はない。

 わかっているが、胸を締め付ける痛みは和らぐ気がしない。

 その視線の先で彼女らは一瞬だけお互いを確認しあい、殺気や会話の応酬もなく、ごく自然に視線を外し、左右に分かれた。

「……遠坂凛とラニ=Ⅷ。実力伯仲だな。

 このレベルの敵が潰合ってくれるとは都合がいい」

「ユリウス……っ!」

 突然の声に身体が硬直する。さらにそれがマスター殺しの暗殺者であること、そしてその彼に背後を取られたことに冷や汗を感じた。

 反射的に振り返るがユリウスは視線を向けるだけでこちらに危害を加えるつもりはないらしい。

「勝者も手の内を隠せる戦いではなかろう。

 見る事が出来れば、有益な情報になるだろうな」

 その視線に若干の苛立ちを覗かせるも、それ以上は何も言わずに去っていった。

 呟いた言葉の意味はようわからないまでも、その視線から俺が何かを邪魔したようだ。

 ユリウスも去り、賑やかしでいたNPCも各々に行動し始めてなお、俺の心は揺らいでいた。

『主どの、今までも彼女たちはほかの対戦相手と戦いながら手を貸してくれていたわけですし、今回だけ臆する必要などないのでは?』

「そう、だね。とりあえずラニに会いに行こう」

 方向からして図書室に向かったのだろうか。

 気は重いが足を動かすことにした。

 

 

 3回戦となると図書室もだいぶ人気が少なくなってきた。

 そんな中、一人黙々と本を読む少女に近づいていく。

「ラニ、今大丈夫かな?」

「これは、由良さん。ごきげんよう。

 今日はどういった要件でしょう?」

「この武器の持ち主の星を詠んでほしいんだけど」

 毎度お馴染みの彼女の言葉に出迎えられた後、要件を伝えつつサラの使っていた剣を取り出し、彼女に手渡す。

 抜き身の剣に指を走らせアーチャーの矢のとき同様何かを呟いたラニは、図書室の窓から見える電子の空へと視線を向けた。

 そして、彼女は視線を伏せて首を振る。

「……申し訳ありません。

 どうやらこれは持ち主と縁が深くはないようです」

「どういうこと?」

「少し星を探してみましたが、この遺物に繋がるものが多く、一つ一つの輝きが微かなものなのです。

 おそらくこれは固有の武器ではなく、一定の思想のもと大量に生成され、多くの所有者が存在する武器ではないかと」

「つまり、これじゃあ星を詠むのは不可能ということか」

「はい、力になれず申し訳ありません」

「い、いや、こっちこそ邪魔しちゃってごめん」

 頭を下げるラニにこちらも頭を下げ返した。

 わざわざ呼び止めて手伝ってもらったのに、そのうえ謝罪させるなんて面目が立たない。

「2回戦で対戦相手の情報を手に入れられたのはラニのおかげなんだし、すでに十分助けられてるんだ。

 改めてお礼を言わせてくれ。ありがとう」

「そう、ですか……

 お役に立てたのでしたらよかったです。

 それでは、ごきげんよう」

 ラニにお別れを告げ、図書室を後にする。

『結局、小娘の情報は手に入りませんでしたね』

「そんなすぐに手に入るとは思ってなかったけどね。

 にしてもこの剣、コードキャストが仕込まれた礼装ってわけでもなさそうだし、一体なんなんだろう?」

「ほう、また面白いものを手にしているな」

 何かわからないかと自分なりに剣を観察していると、聞き覚えのある声に呼び止められた。

 振り返ると、そこにいたのは不気味な笑みを張り付けて、常に傍観者としてすべてを見ているかのような長身の男性。

「言峰神父、どうしてここに?」

「私がここにいてはおかしいかね?」

 神父が教会を離れていいのか? なんて言葉が喉まで上がってきていたのを思わず飲み込んだ。

 のらりくらりと言い逃れするだろうし、するだけ無駄だ。

「言峰神父はこの武器のことを知っているんですか?」

「私の人格の元になった人物に縁があるのでね。

 それは聖堂教会の代行者が死徒を浄化するときに用いた、黒鍵と呼ばれる概念礼装だ。

 死者を成仏させるための十字架に刃をつけた投擲物と考えればいい」

「投擲物? 剣ではなくですか?」

「重心の関係で剣戟には向かないのだよ。もちろん剣として使えないことはないがね」

 確かにサラもこの武器を振り回すのではなく、俺に向かって投擲していた。

 あれは奇襲のためにそういう手段をとったのではなく、最初からそれが正しい使い方だったということか。

「まあ投擲物としてもそれほど使い勝手のいいものでもないうえ、マナが枯渇したことで死徒がいなくなった今ではただの武器にしかならんだろうがね」

「つまり、サラは聖堂教会の人間ということか……」

「さすがに私もそこまではわからん。

 少なくとも無関係ということではなさそうだが。

 気になるのならあの太陽の騎士を従えてる少年にでも聞いてみるといい。

 今の聖堂教会は西欧財閥の傘下に成り下がっている。

 あの少年なら、その黒鍵の持ち主の正体もわかるのではないかね?」

 太陽の騎士を従えた……ガウェインのマスターであるレオのことか。

 確かに言峰神父が言っていることはもっともだ。

 だが一つだけわからないことが残っている。

「なぜ貴方が俺にアドバイスを?

 監督役のNPCならそんな義理もないでしょう?」

「気にするな、ただの気まぐれだ。

 その剣の持ち主とお前がどんな戦いを見せてくれるのか、少し興味が湧いたがね。

 それでは、健闘を祈る」

 何事もなかったかのように去っていく言峰神父の背中に若干困惑する。

「ホント何だったんだろう?」

『本人の言う通り、ただの気まぐれだったとしか……

 ともあれ、敵の素性は掴めましたね』

「ああ、これをとっかかりに何かわかればいいんだけど」

 毎度のことだが立ちはだかる障害が多い。

 昨日のライダーの言葉が俺のせいで虚言になってしまわないように、コードキャストの問題も含めて、一つ一つ解決していかなければ。

 意気込みを新たに、まずは地下の購買へ足を運んだ。

 客が来ない状況に退屈していたのか、来店者を見た舞の顔がぱあっと明るくなる。

「あ、やっときたね。昨日とか誰も来なくて退屈してたんだよ。

 こんな今なら食堂まで降りてきてこっちに挨拶しない薄情ものでも大歓迎だよ」

「うん、その感じ一周回って安心してきたよ」

 図らずしも乾いた笑いが漏れる。

 この辛辣な応対も逆にここまでくるとすがすがしい。

「まあでも、二回戦を勝ち残れたのは舞のくれたやきそばパンのおかげだ。

 本当にありがとう」

「……はあ、ほんとお人よしだなね、君。

 とはいえこれは言うべきだね。二回戦突破おめでとう」

 相変わらず呆れられるのは納得いかないが、それでも祝福されるのはやっぱりうれしい。

 敵だが利害の一致などで俺を手助けしてくれる遠坂やラニ。

 サーヴァントとして俺を慕い全力でサポートしてくれるライダー。

 舞はそのどれでもない、中立の立場で俺を応援してくれるのだから。

「ありがとう、舞。

 それで、今日はサーヴァントのステータスを強化するコードキャストが欲しいんだ」

「ならこんなのがあるよ」

 さすがは購買委員というべきか、注文をするとあっという間に該当する礼装を提示してくれる。

「開運の鍵、純銀のピアス、錆び付いた古刀。

 それぞれサーヴァントの幸運、魔力、筋力を強化する礼装だよ」

「じゃあ全部お願い。

 同時に装備できなくてもできる限り組み合わせのパターンが欲しい」

「まいどありー。ほかに欲しいものは?」

「今のところは大丈夫。

 ところで、サラって女の人ここ利用してるかな?」

「あー、あの銀髪の人ね。

 一回戦に一回話した以来ここは利用してないよ。

 というか、その一回もなんか変な感じだったけど……」

「なんだか、わけありそうだね」

「まあね。

 普通に会話をしてたはずなのに、いきなり文脈関係なく謝罪して帰って行っちゃうんだもの。

 しかも、この校舎にいるNPC全員が一切の漏れなくあの人と会話してるっていうんだから驚きだよね」

「え、全員!?」

 思わず聞き返してしまった。

 簡単な会話しかしてないとはいえ、それを一人残らず行うなんて普通はしない。

 というより、よほど注意していないと全員に会話をするのは難しい。

「対戦相手の情報でも探してたのかな?」

「私からは何とも。

 何なら直接聞いてみるのもいいんじゃない?

 今でも校舎中を歩き回ってるみたいだし。こういうこと聞くってことは、次の君の対戦相手なんでしょ?」

「いや、対戦相手だからこそ直接聞くなんて無謀なことできるわけないじゃないか。

 というか、なんで僕の周りのアドバイスって敵に直接聞けって言うのかな!?」

「君になら案外あっさり言ってくれそうな気もするんだけどね。

 ほら、人畜無害そうだし」

 にしし、といたずらっぽい笑みを浮かべる舞。

 近頃思うのだが、このNPCは少し自由すぎやしないだろうか?

 とはいえ、彼女のおかげでサラの校舎での行動の一部が知れたのはいい収穫だ。

 いざというときは校舎を歩き回っていれば彼女に会えるかもしれないのだから。

 

 

 対戦相手について少しばかりだが情報が得ることができたため、今回はアリーナではなくマイルームへと向かった。

「主どの、アリーナへは向かわれないのでしょうか?」

「ああ、今日はもしかしたら行けないかもしれない。

 ちょっと試したいことがあって」

「試したいこと、ですか?」

 首を傾げるライダーの言葉に頷いて目の前に半透明のディスプレイとキーボードを表示させる。

 インターバルなどの合間を縫って、一応ウィザードの基礎知識ぐらいは図書室で調べてきた。

 ウィザードはこのキーボードでどんなコードキャストにするかをプログラムする。

 そして、それをそのまま実行するのではなく、実行プログラムとして物質化して持ち歩いてる。それが礼装だ。

 一応そのまま実行することもできるが、毎回一からプログラムを書く必要があるから、戦闘しながらだと隙が大きすぎる。

 ……そう考えると、最初のほうのシンジは余程油断していたのだろう。

 すぐに多種多様なプログラムをかけるのは確かな才能あってこそだろうが。

 そして、ここからが本題。

「礼装にインプットしたりして固定したコードキャストでも、端末上で再度組み直しができるみたいなんだ。

 これなら、俺が今使ってる正体不明のコードキャストの内容もわかるかもしれない」

「なるほど、さすが主どのです!」

 ライダーが目を輝かせて尊敬の眼差しを送ってくるが、実際は遠坂のアドバイスのおかげだ。

 もしかして、遠坂もこのコードキャストの正体がわからないから、俺がこうする様に仕向けたのだろうか?

「まあ、疑って仕方ないか」

 記憶した通りに端末を操作し、そして問題のコードキャストを起動する。

「――■■■■ 。

 って、なんだこれ!?」

 端末に起動したコードキャストのプログラムらしきものが表示される。

 しかし、これは……

「これはコードキャスト、なのか?

 いやそもそも文字なのか?」

 本に記載されていたものを試すのもかねて、あらかじめ適当な礼装で起動確認はしている。

 そのとき表示された文字列と確かに似通っているのだが、全く読み解くことができない。

 まるで天使の文字で書かれた書物のように、読解どころか取っ掛かりさえ見つけることができないのだ。

 こんな危険なコードキャストを今まで使ってきたのかと背筋に冷たいものを感じるが、同時に納得してしまった。

 なにせ、俺はこのコードキャストでアーチャーの宝具すら解除してしまったのだから。

「でも、確かに遠坂の言うとおりだ。

 これだけのコードがあって、効果が状態異常の初期化なわけがない。

 けど……」

 今後も使っていいのか?

 得体のしれないコードキャストで、代償があるかもしれない。

 すでに影響が出ているのか、今後出るか、それとも使っても問題ないのかすらわからない。

 それが、使う俺ではなく対象にしてるライダーの方に影響が出る可能性もある。

「ライダー、今後このコードキャストを使うのは控えよう」

「主どのがそう仰るのでしたら、私は異論はございません。

 ただ僭越ながら、もし私のことを心配しているのでしたら気になさらないでください」

「それでもしライダーに何かあったら……!」

「主どの、私はサーヴァントです。

 あなたの剣となり、盾となって仕える従者。

 主どのが危険になれば、まず私が身を挺して脅威を払います。

 主どののサポートを受けている私が万が一には負けることはないと自負しておりますが、もし遅れをとってしまった場合、残念なことに主どのも敗退してしまう。それだけは回避しなければなりません。

 ですので、もし使わなければ危険だと判断した場合は迷わず使っていただきたいのです」

 ライダーのまっすぐなお願いに言葉に詰まってしまう。

 この不明なコードキャストを使わないに越したことはないが、出し惜しみしすぎてライダーが倒れてしまっては本末転倒なのは事実。

「わかった。約束する」

「はい、ありがとうございます」

「……なら、このコードキャストを使わない戦闘方法を試すのと同時進行で、いざ使う時に使いこなせるようにこのコードキャストの解析も継続しないとだめだね。

 アリーナに行こう」

『はい、主どの!』

 ……まったく、ライダーはずるい。

 そんなうれしそうに微笑まれては、こちらも全力で応えるしかないじゃないか。




今回はサラは登場せず、身の回りの状況の説明、ヒント、謎の一部解明などになりました。
次回から本格的に相手の情報について探求していきます
それまでにサラの容姿設定などのイラストを仕上げてUPする予定です


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波打つ水面

CCCイベ、もしかしたらと思ったらもしかしたらの展開でした
CCCが好きな身としてはこのイベントは最高の一言に尽きます
紆余曲折ありましたが無事メルトも迎えられましたので大満足です


あとがきの方に3回戦の対戦相手サラのイラストを添付しました


 モラトリアム3日目、初日、二日目と全く情報を得られたわけではないが、決定的な情報が得られずただ自分の力を磨くことになった。

「コードキャストの内容もさっぱりだ。

 せめてサラの情報は集めないと……ってあれは」

 階段を上っていく人影に気づいて視線を向けると、特徴的な服装に身を包み銀髪を揺らしながら登っていく女性の姿見えた。

『どうやらあの小娘のようですね。

 舞どのが言ってた、校舎の探索中なのでしょうか?』

「追いかけてみよう」

 彼女の背中を追うように階段を上る。

 三階に足を踏み入れ周りを見渡すと、三年の教室前にその姿を見つけた。

 彼女は何もない空間に向かって口を動かしている。

 てっきり人気の少ないここでサーヴァントと話してるのかと思ったが、よく凝らして見ると彼女の前に人が立っている。

 旧式の学生服のようなものに身を包んだ、存在の薄い男。

 項垂れているようだが、彼女の言葉に微かながら反応している。

「サイバーゴーストですね」

 凛とした声で、現実に引き戻される。

 気がつくと横にはレオ、そしてサーヴァントのであるガウェインが立っていた。

 サイバーゴースト……

 つい先日遠坂に言われた言葉だ。

 完全なサイバーゴーストではない、と彼女は言っていたが、確かに本物を見ると自分がそれとは違う存在なのだと実感した。

「セラフには何兆、何京という生命の記憶が保存されています。

 細菌の一つから、もちろん人間に至るまで。

 生物の生死の連鎖が人を生み出した奇跡に比べれば、あらかじめ設計図が用意されているセラフの中で擬似的生命が生まれる事は、そう不思議ではないのかも知れません。

 あれは恐らく、そういう類のものでしょう。

 生きた肉体を持たない死者の記録……無害なデータです。

 気にする事はありませんよ」

 つまり、あのサイバーゴーストはムーンセルが観測した誰かの記憶を元に再現されたものということだろうか?

 存在が曖昧かどうかの違いだけで、NPCとあまり変わらないのかもしれない。

「サラはそのサイバーゴーストに何を話してるんだろう?」

 単純に気になったことを聞いただけなのに、レオは少し意外そうな表情を浮かべた。

 何か変なことを言っただろうか?

「サラ、というのは彼女の名前ですか?」

「ああ、サラ・コルナ・ライプニッツ。

 俺の三回戦の対戦相手だよ」

「ライプニッツ?」

 レオの目が一瞬細まった。

「黒鍵を持ってたから聖堂教会の関係者じゃないかなって他の人から聞いたんだけど、やっぱりレオも彼女のこと知ってるんだね」

「いえ、彼女のことは残念ながら。

 ただ、聖堂教会に所属するエクソシストだったハンフリー・ライプニッツという男性なら記憶しています」

「同じ苗字……父親か何かかな。

 いや、それより『だった』というのは今は違うのか?」

「十年ほど前に亡くなられたそうです。

 優秀な信徒で武術の腕も確かだったということで、今になっても聖堂教会ではもちろん、西欧財閥にまでその名は知られていますよ。

 ただ、ご息女がいらっしゃったとは耳にしたことがありませんでしたので、天軒さんの言葉は意外でした。」

「なるほど……」

 言峰神父の言ってた通り、彼女は聖堂教会に所縁のある人間だったらしい。

 黒鍵も父から譲り受けたのかもしれない。

 ふと視線を三年教室前に向けると、すでに彼女の姿も、サイバーゴーストの姿もなかった。

 こちらに歩いてきた気配もなかったし、教室の中に入ったか転移で移動したのだろう。

 俺達も今は校舎ですることはない。

 レオと別れると足早にアリーナへと向かった。

 

 

「……主どの」

 ライダーの言葉に頷く。

 アリーナの中にある、俺たち以外の気配。

 再びサラと探索するタイミングがかち合ったようだ。

「ちょうど良かった。

 聞きたいこともあるし、こちらから仕掛けよう」

「承知しました!」

 一回戦では場の雰囲気でこちらが待つことはあれど、基本はシンジの戦闘にこちらが立ち向かうスタンスだった。

 続くダン卿は積極的ではないにしろ、仕掛けてくるときにはどっしりと構えて待ち構えていた。

 今回はそのどちらでもなく、非好戦的な彼女にこちらから戦闘を仕掛けることになる。

 息を整え、感情を落ち着かせたところで彼女を発見した。

「……お前か。何の用だ?

 以前の戦闘で力の差は見せつけたと思ったのだけど?」

「力の差があるからって、挑んじゃいけないってきまりはないよ」

「なるほど、また叩きのめされたいわけか。

 いいわ、来なさい」

 ほんの少しだけ彼女から殺気が放たれる。

 彼女の隣で立っていたキャスターの口が裂けるように開かれ、愉快そうな笑い声をあげる。

「おやぁ、これから戦闘ですか?

 心苦しいですねぇ、これでもわたくし平和主義なんですよ?」

「この中で一番好戦的な輩が言う言葉には思えないですね、キャスター」

「きひひひひひ!

 それでは行きますよぉ!」

 ジャリンッ!! と鉄同士が擦れる音を立ててキャスターのハサミが開き、ライダーへ向かって跳躍する。

 速い……!

 後方から見ていても速いと思っていたが、こちらに向かってくると体感速度は桁違いだ。

「ふっ!」

 しかしライダーもそれに反応して攻撃をいなす。

 戦いやすい地形ではないが、臨機応変に戦うしかない。

 

『――アリーナ内での戦闘は禁止されています』

 

 久々のアナウンスを聞きながら守り刀を実体化させ、ライダーに指示を出す。

「ライダー、今までの相手より速さが段違いだ。

 大振りはしなくてもいい。背後を取られないように気をつけて!」

「承知しました!」

 再び跳んだライダーがキャスター打ち合うのと確認し、自分の戦う相手に視線を移した。

「てっきりまた剣を投げてくると思ったよ」

「手持ちだって無尽蔵じゃない。

 完全な隙を見せれば迷わず投擲してたが、穴はあるけど完全に無防備というわけでもなかった。

 さすがに未熟といっても三回戦まで勝ち上がってるだけはあるわね」

「若干貶されてる気もするけど、褒め言葉として受け取っておくよ」

 息を整え、守り刀を握り直して一気に駆け出す。

 もし投擲されても対応できるように警戒をしながら、こちらをじっと見据える少女に向かって刀を振るい――

「筋は悪くない。

 でもいまいち踏み込みが甘いな」

「ごふ……っ!」

 彼女の姿が消えたかと思うと、次の瞬間腹部を衝撃が突き抜けた。

 それが膝蹴りだと理解したところで、さらに膝、脇腹、頭と蹴りを入れられ半透明な壁まで吹き飛ばされた。

「……殺す気でやったはずだが、とっさに身体をひねって衝撃を分散させたか。

 剣を振った直後だというのによく動けたわね」

 何が、起こった……?

 いや、複数回蹴りを入れられたのはわかっている。

 それを目の前の彼女が繰り出したという事実に実感が持てないのだ。

「さきほどハーウェイ家の当主と会話していたようだな。

 何か私の情報を得たのかもしれないが、女だから接近戦に持ち込めばどうにかなるとでも思ったか?

 その考えが未熟なのよ」

 一息で接近してきた彼女の脚が再びブレた。

 反射的に腕で防ぐが、あまりの衝撃に再び吹き飛ばされる。

「聖堂教会の本来の敵は死徒、そして神の奇跡を侮辱する異端の魔術師。

 それらを討つ者が戦闘が不得手だと思うのか?」

 再三彼女の脚が鞭のようにしなる。

 今度は避けたというのにその風切り音に背筋が凍る。

「すでに聖堂教会の在り方が変わっているが、父はマナが枯渇する以前から聖堂教会に所属する代行者だった。

 その父から戦い方を教わった私が弱いわけがない。

 いや、あってはならないのよ!!」

 右手の指の間に挟んだ黒鍵がまるで獣の爪のように振るわれ、守り刀との間に火花が散った。

「力がないのに歯向かうな!

 殺意がないのに立ちはだかるな!

 私はお前に構ってる暇はないのよ!」

 さらに左手にも複数の黒鍵を握り、左右から繰り出される猛攻にこちらは辛うじて耐えることしかできない。

 そんな危機的状況だというのに、不思議と意識は戦闘とは違う部分に向いていた。

 初日は殺す瞬間まで無関心だった彼女が、ここにきて初めて感情を見せたことに……

「もしかして、この聖杯戦争を勝ち抜くよりも大事な用がここにあるってことなのか?

 サラ、君は一体何のために……」

「っ、それを言う義理はない!」

「っ!?」

 防いだというのに腕にまで響くその一撃は、サラの方もかなり無茶な振り方をしたのだろう。守り刀と打ち合った黒鍵の刃は折れてあらぬ方向へと飛んでいった。

 そこで一度攻撃が止み、両者とも距離を取った。

 刃が折れた剣を見て眉をひそめたサラだが、次の瞬間には刃がまるで生えるように形成され、完全に復元された。どうやら刃はいくらでも替えがきくようだ。

 距離を取ったことでこちらは膠着状態となるが、背後で繰り広げられているライダーたちの戦闘は逆に激しさを増しているようだ。

「……そろそろSE.RA.PHの介入が入る頃か。

 サーヴァントは互角のようだけど、マスター同士の戦闘になれば貴方に勝ち目はないわね」

 ……まずい。

 未だ取っ掛かりが見えない状態で、向こうに勝ち筋を教える形になってしまった。

 このままでは今後も向こうから仕掛けてくることはないだろう。

 下手するとアリーナに入るタイミングすら噛み合わないように調整されるかもしれない。

 それでは向こうの情報を得るのは絶望的だ。

 なんとかこの戦闘でサラがこちらに好戦的になるようなものを見つけなければ!

 考えろ、今までの会話で彼女の興味を引けそうなものを……!

 

『――強制終了します』

 

 無慈悲なアナウンスと共に抗えない圧迫感に襲われ、戦闘前の立ち位置に戻された。

 隣に立つライダーも状況を理解して納刀し、対するキャスターはわざとらしく肩を落とす。

「おやおや、もう時間切れですか。

 残念ですねぇ……もう少しで首を取れそうだったんですけどねぇ」

「ほざくな道化師。

 最初から勝つ気がない太刀筋に討たれるほど未熟ではない。

 勝つことではなく戦うこと……いや相手が傷つく様に快楽を得る狂人が」

「ひひひひっ!

 せっかく楽しくなってきたというのに残念です。

 この続きはいずれ近いうちに」

 そう言うとキャスターは一歩下がり口を閉ざした。

 サラは煩わしそうに舌打ちをする。

「私は特に言うことはないぞ。力の差はハッキリした。

 決戦の日までこれ以上接触する必要もないでしょうね」

「……っ!」

 やはり彼女はもうこちらに興味を示していない。

 このままでは今後彼女に接触するのは難しくなる。

 こちらに背を向けて去っていく彼女にかける言葉を探すが、それが見つかる前に彼女の姿は見えなくなっていた。

「主どの、敵の情報は何か掴めたでしょうか?」

「いや、サラが聖杯戦争よりも大切な目的があるっていうのはわかったけど、それが何なのかはわからなかった。

 ライダーのほうはキャスターについて何かわかった?」

「はい、どうやらあのキャスターは無辜の怪物のスキルでかなり強化されているようでした。

 これは今の私が持つスキル判官贔屓と似たようなもので、本人の意思や姿とは関係なく、風評によって真相を捻じ曲げられた場合に付与されます。

 影響力はまちまちですが、私のように宝具が変化してしまうこともありますね」

「そういえば、最初サラ達に会った時にキャスターが自分は悪魔だって言ってたね。

 もしかして、あのときの言葉は本当のことだったのか?」

「可能性はあります。

 悪魔が英霊として呼ばれるかはわかりませんが、あの道化師が無辜の怪物によって悪魔に変化してしまった類ならある程度真名を絞れるかと」

 本来は悪魔ではないが悪魔として扱われる存在……悪魔と契約した英霊などが該当するだろうか?

 ひとまずキャスターの真名を調べる方向性は目途が立った。

「ひとまず図書室で情報を集め、て……」

「主どの!」

 膝から力が抜けて崩れ落ちそうになるのをライダーが支えてくれる。

 サーヴァント戦は何度も行って来たが、どこまで行ってもライダーのサポートという立ち位置だった。

 初めて積極的に戦闘したことで、自分の身体が限界を迎えていたらしい。

「ごめん、腰が抜けたみたい……」

「今日はもう休みましょう。

 まだモラトリアム中ですから、情報収集は明日でも遅くはありません」

「そう、だね。悪いけどアリーナ出るところまではお願いできるかな」

「承知しました」

 ライダーに肩を貸してもらってアリーナの出口を目指す。

 三回戦まで勝ち進んでもなお、自分は未熟なのだと実感することとなった。

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 天軒たちが戦闘を行った場所から、さらに奥に続く通路。

 アリーナから対戦相手の気配が消えたことを確認すると、銀髪の女性は緊張の糸が解けたようにグラつき、壁に体を預ける。

 先ほどの天軒との戦闘で負傷したわけではないのに、その表情は苦痛に歪み全身から脂汗を滲ませている。

「よろしければお手をどうぞマスター?」

「必要ない。

 伸ばした手をハサミで切られたら堪らないわ」

 差し出された手を振り払い、サラは自分のサーヴァントであるキャスターを睨みつける。

 呼吸が浅く今にも倒れてしまいそうなのにその眼光は衰えていない。

 その拒絶の眼差しを真正面から受けているにも関わらず、キャスターはその表情を歓喜に歪ませる。

「ひひひひっ!!

 ここまで信用されていないのも新鮮ですねぇ。

 ですが従順なサーヴァントとして、マスターに頼られないというのは寂しいでございますよぉ?」

「……ほざいてろ」

 壁を使いながら立ち上がり、サラはフラつきながらも一人で歩き始める。

「私はまだ、お前を自分のサーヴァントだと認めたつもりはない。

 私の目的は、私自身で完遂させる。

 お前はそのための道具よ」

「悲しいですねぇ、きひひ」

 全ては自分のために、使えるものは迷わず使って、前へ、前へと歩みを進める。

 その目の前に立ちはだかるように現れる一体のエネミー。

「キャスター」

「カシコマリィィ!!」

 キャスターのハサミが命を狩る音を奏で、エネミーを両断する。

 サラを守るために振るいながらも、その刃はゆっくりと、確実に彼女の首を捉えている。

 これが彼女たち。

 お互いを補い合って前へと進む天軒たちとは真逆の、騙し騙されあう歪な関係。

 それでも、両者は確実に己の求めるものへと近づいていく。





【挿絵表示】


年齢は25歳ぐらいの設定です
詳しい設定などはまた3回戦終了後にマテリアルとして記載する予定です


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秘奥を覗く危難

CCCイベントも残りわずかですね
?「CCCイベントが終わるとどうなる?」
?「知らんのか。新しいイベントとガチャが始まる」
復刻候補多数、2周年イベント(予定)、Apo放送記念(予定)etc...
水着イベまでに絞っても本編以外に候補は盛りだくさんですね()

最近土曜更新を忘れがちですが、CCCイベントが終わればいつも通りの更新に戻ると思います


 翌朝、アリーナ第二層の開放とトリガー生成の通知で目覚めると、すぐに図書室へ足を運んだ。

 中は耳が痛いほどの静寂で、見渡してもNPCぐらいしか利用していなかった。

 本線開始時には128人いたマスターも二度の決戦を経て残れるのは単純計算で32人ということになるのだから、この状況も仕方ないのかもしれない。

 少し感傷に浸ったのちに、昨日できなかった情報収集の遅れを取り戻すために手当たり次第に悪魔に関する書物を調べていく。

 途中、他にマスターが来なくて暇を持て余した間目が度々サポートをしてくれて、その度に有稲が間目を注意するというのを繰り返すこと1時間弱。

 悪魔と契約としたと言われるほどの才能を持つ音楽家、悪魔に取り憑かれるが無事祓うことができた少女など、悪魔と契約、ないし取り憑かれたと言われている人物は何人かピックアップできた。

 そこから魔術師(キャスター)の適正が有りそうな人物に絞ると、最終的に『ソロモン王』と『ファウスト』の名だけが残った。

 ソロモンといえば召喚魔術の祖とも言うべき偉大な魔術師だ。

 ソロモン72柱と呼ばれている72体の悪魔を使役した存在として、その名前を知らないものはいないと言っても過言ではないだろう。

 キャスターの適正もこれ以上にないほど持ち合わせている。

 ただ、ソロモン自身が悪魔だと言われた逸話は存在しないし、無辜の怪物のスキルを得るような文献も見当たらない。

 すべての召喚魔術師の憧れとも言える存在であるから、そんな魔術師の願望が彼を歪めた可能性はあるが……

 対するファウストは悪魔と契約した人間として最も有名な錬金術師と言えるだろう。

 錬金術師であるからキャスターの適正も十分。

 願いを叶える代償としてメフィストフェレスに自分の体を奪われた逸話があるため、無辜の怪物によってあの悪魔のような容姿とステータスを得たのも辻褄が合う。

「これは、真名はファウストで確定かな」

『あとは宝具の情報がほしいですね。

 錬金術師ですし、その類の魔術でしょうか?』

 今入力した情報も含めて情報を整理するが、やはり情報が足りない。

 少なくともあと一度くらいは戦闘をしておきたい。

「けど、あの様子だと俺と戦闘するのは極力避けるだろうな……」

 何か彼女の注意をこちらへ向けられるような情報はないかと図書室の本を読み漁っていく。

 時間が流れ、そろそろ切り上げようとしたそのとき、一つの単語が目に飛び込んできた。

「……サイバーゴースト」

 ここ最近立て続けに聞いたその単語は、自分がそれに近い存在だと知ったからか不思議と目に入ってくる。

 気づけば、その手にはサイバーゴーストに関して記された本を開いていた。

 目を通したことを要約すると、一般的にサイバーゴーストとは死亡したウィザードの魔術回路がネット回線に焼き付くことで発生する、一種のバグのようだ。

 魂をデータ化するウィザードの性質上、優秀なウィザードほど魂が一人歩きし易いらしく、転じてサイバーゴーストになり易いらしい。

「死者の記録、か」

 レオが言っていた言葉を思い出す。

 死後も残る魂の一部。

 もしかすると、シンジやダン卿もどこかでサイバーゴーストとなっているのだろうか?

 未練がましいが、敵でもなんでもない関係で会えるなら、もう一度……

「……あっ」

 ハッとして思わず声をあげる。手詰まりの状態に差した一筋の光。しかし、これは利用してもいいものなのだろうか……

 自分が納得する理由を見つけるには時間がかかりそうだ。そう考えていたのに、状況は待ってくれない。

 図書室の戸が開かれ、中に入ってきた女性と視線が交錯する。

「サラ……」

「熱心に調べものか。

 少なからず情報は与えてしまったし、ある程度までは絞られてるかもね」

 肩をすくめる彼女は、サーヴァントの真名を絞られたというのに全然焦る様子がない。ポーカーフェイス、というわけではない気がする。

 となると、真名が知られるのはあまり痛手ではないのか、それとも……

「それほど『別の目的』のほうが重要ってことなのかな」

 俺の放った言葉に彼女の鋭い眼光に若干の殺意が宿る。

「私のことを調べるな、とは言わないが、あまり知ったような口を利くのはやめろ。

 何も知らないやつに指図されるのは気分が悪いわ」

 吐き捨てるように放たれた拒絶の言葉にたじろいでしまう。やはりこれは彼女の琴線に触れる話題のようだ。

 ……彼女の目的のおおよその予想はついている。それを指摘すれば、彼女は激高して俺に殺意を向けるだろう。

 これはそれだけ彼女のプライベートな部分に土足で踏み荒らす内容だ。

 殺し合いをする関係とはいえ、そこまでしていいのだろうか?

 それも、ただ一度の戦闘を行いたいがために……

 言うべきかどうか、じっくりと考え数十秒が経過した。

 いつまでも無言でいる俺に興味がなくなったのか、サラは俺の隣を通り過ぎていく。

「待って」

 彼女の背中へ言葉を投げかける。

 反応はない。しかしもう止まることはできない。

「君が聖杯戦争よりも優先したいこと、それは……

 死んだ父親のサイバーゴーストを探すことだよね?」

「……………」

 返答はないが、若干彼女の肩が震えていた。

 そこに畳みかけるように自分の考えを打ち明ける。

「君の父親が亡くなったのは10年前。

 その直後からサイバーゴーストを探し始めたとすると、それだけの期間があれば地上のネットワークはほぼ探し尽くしたんじゃないかな?

 それでも君は見つけることができなかった。だから、最後の希望としてこのムーンセルにダイブした。

 それなら聖杯に興味がないのも説明がいく。

 サイバーゴーストに会えるだけでいいのなら、最後まで勝ち進む必要なんてないんだから。

 さすがに理由まではわからないけど、もしかして遺言を……」

 最後の言葉は余計だった。

 後悔して口をつぐんだ時にはすでにサラが俺の胸ぐらを掴んでいた。

 背後で霊体化しているライダーが殺気立つのがわかるが、何もしないように手で指示を出し、サラと向き合う。

 表情はいつもと変わらないが、怒りを抑えているのは明らかだ。

 それでも胸ぐらを掴んだこの状況を周囲の人間から見えないように調整をしているのはさすがとしかいいようがない。

 お互いの息がかかりそうな至近距離で、サラは極力感情を抑えて静かに口を開く。

「私たちは敵同士、情報を集めるのは当たり前だ。

 それでも、越えてはいけない一線というものがあるのをお前は知らないのかしら?」

「俺もここまで他人のプライベートに足を突っ込んだのは初めてだよ。

 それについては悪いと思ってるし謝る。でも……」

 胸ぐらを掴むその腕を掴み返す。

 本当に悪いと思っているからこそ、ここからは自分も胸の内をさらけ出す。

「なら君も、対戦相手のことをちゃんと見たらどうなんだ?」

「なんだと?」

「俺は未熟な人間で、この聖杯戦争に参加したマスターの中でも最弱かもしれない。

 でも、シンジやダン卿はこんな俺でもちゃんと『敵』として、倒すべき障害として認識してくれていた。

 対して君は対戦相手を見ていない。

 常に別のところを見ていて、戦闘中でも自分の逆鱗に触れない限りは敵とすら認識していない。

 たぶん一回戦からずっとそうなんだろう? 敵を敵だと認識されずに葬られる相手の気持ちを考えないのか!?」

 なぜこんな言葉が出てくるのか、自分でもわからない。自分の感情に正直になろう、と意識すると自然とさっきのような言葉が湧き出してきたのだ。

 ――命が死ぬのは死者になったときではなく、正者の中から存在が消えてしまったときである。

 不意にイスカンダルから言われた言葉を思い出す。

 命を奪ったのなら、その奪った命を背負って生きなければならない。

 それが後悔という足枷となるのか、栄誉を示す勲章になるのかは人それぞれだろうが、その人生になんらかの影響があるのは確かだ。

 なのに、目の前の彼女はそれを放棄している。おそらく、それがどうしても許せないのだと自己分析する。

「目的があるならそれでもいい。でも聖杯戦争に参加した以上、対戦相手のことをないがしろにするな!

 俺を見ろ! 今君がどうにかするべき相手はこの俺だ!」

 肩で息をしながら、今彼女に伝えるべき言葉をぶつけた。

 しばしの静寂が訪れ、胸ぐらを掴んでいた手が離された。

「なら、今からアリーナで決着をつければいい。

 今度はちゃんと引導を渡してあげる」

「望むところだよ」

「その威勢が最後まで続くといいな。せめてまともな戦闘になるように準備してから来い。

 それまで体育倉庫前で待っててあげる」

 そんな忠告とともに図書室の戸は閉められた。

 静まり返った空間で一度深呼吸をしていると、図書室にいたNPCがもれなくこちらを見ているのに気付いた。

 中には校舎内で戦闘が起きるとでも思ったのか、運営委員会に連絡しようとしてるNPCまでいる。

 ……冷静になってみると、結構やばいことを口走っていたんじゃないだろうか!?

「は、早く出よう、ライダー!」

『え、あ、承知しました!』

 変な噂が立たないことを祈りながら、サラの後を追うように図書室を後にした。

 

 

 手持ちにが十分であることを確認して、サラの待つ体育倉庫前へとまっすぐ向かう。

「思ったより早かったな。

 殺される覚悟はできたかしら?」

「殺されるつもりはないよ。俺はこれからも勝ち続ける」

 売り言葉に買い言葉な受け答えをして、二人してアリーナ第二層へと足を踏み入れた。

 中は一回戦、二回戦と同様、各回戦の一層と似たような雰囲気の通路が延々と続いている。

 すぐに始めることもできたが、広い場所を探すことで意見が一致したためそのまま並んで歩き始めた。

 殺し合うと意気込んだ二人が並んで歩いているというのは、はたから見ればなんとも変な状況なことだろう。

「やけに静かですねぇ」

 しばらく無言のまま足を進めていたが、静寂に痺れを切らしたキャスターが口を開いた。

「マスターがあそこまで怒りを露わにするのは聖杯戦争始まって以来初めてでしたので、てっきりバチバチと火花を散らしたままだと思っていたのですが?」

「口を開くなキャスター」

「手厳しい!

 ですが残念ながらそれは不可能ですねぇ。

 ワタクシおしゃべりなので、こう言った面白みのない無言が続くのは我慢ならないんですよ。

 ときにライダーのマスター殿?」

 キャスターがぐにゃりと上半身を動かしこちらを向いた。

 咄嗟にライダーが前に出て刀に手をかける。

「ややっ! ここで戦闘するつもりはありませんよ。

 ただお尋ねしたいことがありまして、この際だから聞いてしまおうと思ったのです」

「……不快なものであれば直ちに斬りふせる」

 一言忠告をしたライダーは身を引いた。

 ……ピリピリとした殺気は隠す気もなく放ったままだが。

「では失礼して。

 どうやらそちらのマスターはワタクシのマスターに非常に興味がおありのご様子。

 そこでこのキャスターめがその情報をちょこぉぉっとばかしお話しようというわけでございます。

 悪い話ではありませんでしょう?」

 不気味な笑みを浮かべるキャスターの口から提案されたのは、驚くべきことにサラの情報の公開だという。

 思わずサラの方を向いたか、彼女は特に気にした様子もなくただただ歩みを進めるのみ。

 その挙動を同意と受け取ったのかキャスターは独り言のように語り始めた。

「そうですねぇ、まずは彼女とその父の関係からでしょうか。

 実はワタクシのマスター、親に捨てられた悲しい過去があるのです!

 驚きました? こんな可憐な少女を捨てなんて、ああなんて非情な親なんでしょう!

 しかしそれもそのはず、マスターは事情によりちょっとばかし悪霊に取り憑かれやすい体質なのです。

 いくら我が子といえども悪魔に取り憑かれたその姿はそれはそれは恐ろしいものだったのでしょうねぇ。

 あ、今もワタクシという悪魔に取り憑かれてしますね、キヒヒヒヒ!

 でもご安心を。ワタクシは従順さにおいて右に出るものはいない、と自負しておりますので!」

「話が逸れているぞ、キャスター」

「おやこれは失敬。ついつい楽しくなってしまいました。

 では改めて……

 そして! 実の親に捨てられた哀れな我がマスターを救った者こそハンフリー・ライプニッツなのです!

 彼はそれはそれは優秀なエクソシストだったらしいですからねぇ、ワタクシほどの悪魔ならまだしも下等な悪魔なら簡単に祓えたそうですよ」

 つまり、彼女はライプニッツ家に拾われた養子ということなのか。

 予想もしていなかった事実だったが、どこか納得した自分がいる。

 養子なら、レオたち西欧財閥が知らなくても不思議ではない。

 ハンフリーという男性とサラの関係は傍から見れば、エクソシストとその患者に近いのだから。

「……無駄話も時間を潰すのには役に立ったみたいだな。

 戦闘にもってこいの空間に着いたわよ」

 丁度キャスターの話が終わったところでサラが立ち止まった。

 見ると、彼女の言う通り程よい広さがある空間が広がっていた。

「なれ合いもここまでだ。

 殺しあう覚悟は決まっているかしら?」

「……ああ」

「それは何よりだ。

 さっきの話で変に同情していたのなら今すぐその首を切っていたところよ」

 右手に握られた黒鍵をチラつかせるサラ。

 その表情は冗談を言ってるような様子ではない。

 ……こう言ってはなんだが、彼女の行動はまるであべこべだ。

 今も、彼女の口ぶりではいつでも殺すことができたのだろう。

 なのに正々堂々と真正面から戦うことを望んでいるように見える。

 ダン卿のように正々堂々を信念にしているわけでもないのは、初日の隙を狙った不意打ちからわかる。

 どこかこちらを品定めしているような、観察しているような雰囲気があるから、自分のお眼鏡に叶った者に殺されたがっている、なんて可能性もある。

 しかし彼女は今、聖杯よりも優先しているハンフリーのサーバーゴースト探しの最中なのだからそれもないはず。

 ……わからない。

 彼女の心の内が全然見えてこない。それでも状況は刻一刻と進んでいく。

 お互い一定の距離をとったところで戦闘態勢に入る。

「主どの、何やら迷っているようにお見受けられますが……」

「ああ、ごめん。少し考え事をしてたんだ。

 けどもう大丈夫だ。今は目の前のことに集中しよう」

 本当はサラの真意がわからず混乱したままなのだが、ついさっき彼女に『ちゃんと相手を見ろ』と言ったのは自分自身だ。

「行くぞライダー!」

「はい、主どの!」

 意識を切り替えろ。今から行うのは殺し合い。

 SE.RA.PHの介入があるため決着がつかないかもしれないが、油断すればここで終わってしまうのだから。




我ながらすごいセリフを天軒に言わせちゃたなと思ってます。どこの俺様系キャラだって感じですね
一応こんなセリフを言ってしまった理由はちゃんとあるので後々説明をいれます


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シャーマンの術具

そういえば、CCCのシナリオ集が先週届いてました。
この二次創作はEXTRAのシナリオ集をベースに書いてますが、EXTRAは全2冊だったのにCCCは2章までで1冊ってほんと頭おかしいですね(誉め言葉)

今後もFateシリーズの展開に期待したいです


 ライダーが跳躍するのを見ながらコードキャストを実行する。

「コードキャスト、gain_str(16);実行!」

 鳳凰のマフラーの代わりに装備した『錆び付いた古刀』に魔力を流し、ライダーの筋力を上昇させる。

 前回のサーヴァント同士の戦いはそれどころではなかったせいでよく見ていなかったが、ライダーの話ではお互い決定打が決まらずに拮抗状態だったらしい。

「まずは、一撃の重さを強化して少しでも均衡を崩す!」

 ライダーにもそれが伝わったのか、その一撃一撃に力がこもっている。

 

『――アリーナ内での戦闘は禁止されています』

 

 聞きなれたアナウンスを聞き流し、意識は目の前の戦闘に向ける。

 今は拮抗しているとはいえ、相手の宝具が発動された場合はどうなるのかわからない。

 今回はサラの動向には注意を払いつつ、ライダーのサポートに重きを置いた方がいいだろう。となると、サラがどんな対応をするのかより注意する必要がある。

「……なんだ、あれ?」

 視線を彼女の方に向けてみると、彼女の周囲には四つの小さな箱のようなものが浮遊していた。

 台形の底同士をつなげたような六角形の箱の蓋には十字架が描かれていて、まるで小さな棺桶のようだ。

 さらに髪留めを外し、まとまっていた髪が何かから解き放たれたかのように広がった。

我は叡智を授かりその身を滅ぼす(call asumodeus)――憑依(obsession)

 コードキャストとは違う詠唱を唱えた直後、たちまちサラの特徴的だった銀髪が毛先から青く染まり始めた。

 まずい、あれは何か仕掛けてくる……!

「コードキャスト、gain_str(16);実行!

 ライダー、早急に決めるんだ!!」

「承知!」

 さらにステータスを上昇させたことでライダーの一撃がキャスターのハサミを大きく弾いた。

「……きひっ!」

 だというのにキャスターの余裕の笑みは崩れない。

 それどころか、彼の身体でどんどんと魔力が練られている。

「……っ、コードキャストhack(16);実行!」

 ほぼ反射的に守り刀を振るう。

 ライダーが刀を振るうより先にキャスターに直撃したコードキャストは、予想通りキャスターの動きを拘束した。

「なんと!?」

 やはり何かしらのスキルを使おうをしていたようだ。

 今度こそキャスターの表情が驚愕を露わにし、完璧な隙が生まれた。

「決めるんだライダー!」

「そこ!」

 ライダーの一撃がキャスターの首を刎ねようと必殺の軌道を描く。

「――add_invalid();」

 直後、ライダーとキャスターを隔てるように半透明な壁が出現し、両者の距離が強制的に開いた。

「SE.RA.PHの干渉……じゃないコードキャストか!」

 攻撃を完全無効にするコードキャスト……

 非常に強力な効果を持つそれは、彼女がウィザードとしての腕も十分に持ち合わせているということを示している。

「だからなんだ。

 今までも格上とばかり戦ってきたんだ。

 ライダー、サラは俺が押さえているから今度こそ決めるんだ!」

「承知しました。

 あの小娘、何やら異様な雰囲気を放っています。

 主どのも十分にお気を付けください」

 再度接近していくライダーとキャスター。

 こちらも覚悟を決めてサラの距離を詰める。

 黒鍵の投擲に注意していると、ゆっくりとした動きでサラは右手をこちらにかざした。

 その背後で棺桶がシリンダーのように回転し、止まる。

「while_shock(8);」

「ぐ……っ!」

 腹部の小さな衝撃に身体がよろける。

 シンジが使用したものと同じ、弾丸型の攻撃コードキャストらしい。しかし速度は段違いだ。

「でも威力は小さい。

 これなら……」

「誰が一撃と言った?」

「――がっ!?」

 腹部に受けた衝撃と同じ威力のものが肩、脇腹、太ももなど全身を突き抜ける。

「同じコードキャストの、連続実行……っ!?」

 一撃一撃は我慢できるぐらいの威力だが、弾幕が動きを鈍らせ確実にダメージが蓄積していく。

 このままではマズイ!

「コード、キャスト……hack(16);実行!!」

 動けなくなる前に守り刀を振るい、コードキャストを実行する。

 無駄な足掻きだと思ったが、意外にもその攻撃にサラは眉をひそめた。

「――break();」

 サラの言葉で攻撃が止み、背後の棺桶のような礼装の位置が入れ替わる。

「block_code();」

 新たに起動したサラのコードキャストは彼女の目の前に小さな壁を生成し、こちらの攻撃はその壁と共に消滅した。

「また、新しいコードキャスト……っ!」

 流石にダメージを受けすぎて膝をついてしまう。

 だが、サラの攻撃を止めることはできた。

「主どの!」

「ライダーはキャスターに集中してくれ!」

「……っ!」

 こちらに駆け寄ろうとしているライダーを制し、自分はサラをまっすぐと見据える。

 まだ膝にダメージが残っているが悠長に倒れてもいられない。

「すごいコードキャストばっかりだ。

 体術もすごいのにウィザードとしてもすごいんだね。

 さっきのマシンガンのようなコードキャスト、普通ならすぐに魔力がつきそうなのに」

「生憎と私の身体は特別製でな、魔力量はそこいらのウィザードと比べられては困る。

 まあでも、私のコードキャストは借り物よ」

 吐き捨てるように言ってサラは自分の周囲に浮かぶ棺桶のような箱を軽く叩いた。

「この礼装には私がこの10年間で会ったサイバーゴーストの中でも、より優秀なコードキャストをインストールされた者が一人づつ眠っている。

 父は祓魔師(エクソシスト)だったが、私はどちらかと言うと降霊術師(ネクロマンシー)に近くてな。それを私自身に憑依させることで、インストールされていたコードキャストを使えるようになる。

 まあ、体質を利用した特技みたいなもので、その道の人間から見れば私は未熟者でしょうけど」

「さっきからその礼装が回転してるのは、憑依させてるサイバーゴーストが切り替わってるってところかな?」

「正解。さすがに一度に何人ものゴーストは扱えないからな。

 用途に応じて使い分けてるのよ」

「なら、その棺桶をどうにかすればいいわけだ。

 コードキャスト、hack(16);実行!」

 守り刀を振るい、その斬撃を飛ばす。狙うは棺桶型の礼装。

 しかし、サラならコードキャストなり黒鍵なりで難なく防ぐことだろう。だからこそこれは牽制だ。

 今放ったコードキャストを防ごうとしたその一瞬の隙に、本命のコードキャストを叩き込む。

 hack(16);を実行する一歩手前で待機状態にし、生まれるであろう隙を逃さないよう走り出す。

「壊すことがでいるなら、な。

 cancel_code();」

 またも聞いたことないコードキャストが起動。どんな効果か警戒していると、()()()()()()のhack(16);が強制的に消滅した。

「な……にっ!?」

 牽制の方は防がれるとは思っていた。だからこそこの囮作戦を思いついたのだ。

 しかし、まさか本命のコードキャストが消滅させられるとは思いもしなかったせいで、思考が一瞬停止する。

 牽制のコードキャストはこちらが想定した通りにサラが避け、理想通りの隙を誘えたものの、逆にこちらがそれ以上の隙を生む結果となってしまった。

 間合いはすでにこちらの守り刀が届く距離だが、同時にサラの黒鍵も投擲する必要もなく届く距離だ。

「しまっ――」

「……本当に、お前は運が良いな」

 不用意に接近した自分を悔いていると、繰り出されたのは黒鍵ではなく回し蹴りだった。

 しかも、前回受けたものとは比べるまでもなく、とっさに動いた片腕だけの防御でも少し響く程度の威力だ。

 地面を転がりながら威力を軽減し、次の攻撃に備える。が、追撃は来ない。

 代わりにサラは不快そうに表情を歪めている。

「あの状況でお前の思惑通りにならないようにするには、今のコードキャストを持つサイバーゴーストしかいなかった。おかげで蹴りでさえこのザマだ。

 この魔術を使っている間は身体能力も憑依した人間に依存する。

 本来ならお前を三度は殺せる隙でも、今はこうするのが限界よ」

「……よく喋るんだね。

 結構重要な情報がどんどん出てる気がするんだけど?」

「ああ、私も嫌になる」

 肩をすくめてサラはため息をついた。

「そういう体質なんだ。

 魔術師の言葉を使うなら『起源』と言うべきか。

 起源が『対話』だなんて、面倒なものを持ってしまったよ、ホント。

 話さないように意識を集中力させてないと、こんな風に情報や胸の内をさらけ出してしまう。

 相手にも影響するおかげで、情報を引き出すのには便利かもしれないけどな。

 お前だって、普段なら黙っているようなことを口に出してるんじゃないのかしら?」

「心当たりがないわけではない、かな。

 まあでも、うん。それなら納得だよ」

 図書室での口論は自分でも驚いたのだ。

 なるほど、これが彼女の力によるものなら仕方がない。

「……この話をすると大抵相手は卑怯だとか色々騒ぐんだがな」

「サラの方がそれ以上に色々喋ってるんだしお互い様だと思うよ」

 守り刀を握り直し、次の一手を打つ機会をうかがっていると、キャスターの甲高い声が響き渡り、お互い反射的にそちらを向いた。

 どうやらキャスターがその俊敏さを生かし、縦横無尽に駆け回っているようだ。

 右から迫るかと思いきや壁を蹴って左側に回り込む。

 背後を取ったかと思えばそのまま飛び跳ねて距離を取る。

 間合いを詰めるかと思えばライダーの間合いのギリギリ手前で立ち止まる。

 攻撃というより挑発行為に近い動きのため、両者とも無傷のまま膠着状態だった。

 そんな光景に舌打ちしたサラは吐き捨てるようにキャスターに指示を出す。

「キャスター、遊んでないでさっさと決めろ」

「カシコマリィィッッ、マシタァァァァッッッ!!」

 まるで這うかのような低い体勢で一気に間合いを詰めたキャスターが均衡を破り、ライダーの刀をすり抜け懐に潜り込んだ。

 大きく開いたハサミの刃が突き出され、鎧を纏っていない腹部を両断せんと閉じられる。刃が擦れる音ののちに誰もが想像したのがライダーの絶叫。

「……おや?」

「――動きは奇抜。だが攻撃そのものは単調」

 しかしその刃は空を裁ち、刃から逃れたライダーは空中で抜刀の体勢に入っている。

「故に本命の一撃は読みやすい」

 その場にいた誰もが対応する前に、鮮やかな軌道を描いたライダーの刀はキャスターの胴体を切り裂いた。

「次はそれを改めることだ。次があればの話ですが」

 遅れてキャスターの身体から鮮血が噴き出した。

 予想外の一撃に目を見開いているキャスターを尻目に、最後の一撃を加えようとライダーが刀を翻す。

 先ほどのようにコードキャストに阻まれることなく、今度こそライダーの刀がキャスターの首を刎ねようとしたその瞬間……

「ええ、改めさせていただきますよぉ!」

「……ごふっ!?」

「っ、ライダー!!」

 突然ライダーが吐血し、攻撃は失敗に終わる。

 してやったり顔のキャスターが見下す彼女の身体には、まるで刀で斬られたような傷が刻まれていた。

 なにが、起こった?

 サラはコードキャストを起動していない。ましてやキャスターが攻撃をする暇なんてなかったはず!

 いや、その前にまずは指示を……!

「ライダー今すぐ引くんだ!」

「ぐ、承知!」

 傷口を押さえながら後退してきたライダーに手持ちのエーテルの塊で可能な限り治療を施す。

 その際に傷の様子を確認するが、見れば見るほど意味がわからない。

 剥き出しの腹部はもちろん、鎧に守られているはずの肩まで切り裂かれている。

 キャスターの傷に似ているが、それよりも容体はひどい。

「まるで、キャスターの傷を悪化させたものをライダーに移したみたいだ」

「ややっ、素晴らしい観察力ですねぇ。

 ご名答! その傷はワタクシの呪術によって生まれたもの。

 ワタクシを傷つけるものは皆その傷を自分で受けることになるのです!

 先ほどはそちらのマスターに勘付かれてしまいましたが、今度はバレないようにこっそり発動してみました!

 まあ、ワタクシもそれなりに痛いのであまり使いたくない呪術なんですけどねぇ。

 ホントは寝込みとかに悪夢を見せる方が楽で手っ取り早いんですが、この聖杯戦争では厳しいのです、よよよ……」

 ケタケタと笑いながら傷の正体を明かすキャスター。

 その姿はさながら悪戯が成功して喜ぶ子供のようだ。

「だが、それは傷を返すもの。

 首を刎ねて私の首まで刎ねるようなことはない」

「あらまあ、なんとも野蛮な考え方ですね。

 まあ正解なんですけどね、きひひっ!」

 自分も重症だと言うのに、それ以上にしてやったという達成感が勝っているのかキャスターは余裕の笑みを浮かべている。

「主どの、もうすぐSE.RA.PHの干渉が起こります。

 このまま次に持ち越しとなれば、あの呪術は非常に厄介です。

 私の方が傷は深いですが、どちらもダメージを負っている今この瞬間に決めましょう」

「ライダー……わかった」

 手持ちのエーテルの塊全てを使って治療をしてもまだ重症のライダーに戦闘を続行させるのは不安だが、彼女の意思を尊重して指示を出す。

「ライダー、キャスターを討て。でも絶対に生還してくれ」

「承知しました、主どの」

 駆け出したライダーの背中を見送る。

「決死の特攻。主人を勝たせるための献身的な姿。

 実にいいですねぇ」

 迎え撃つキャスターは何処からともなくいくつもの懐中時計を取り出す。

 先ほどとは比べ物にならない魔力がキャスターに取り込まれ、それが宝具の発動だとわかる。

 それでもライダーは止まらない。俺も止めない。

 あと少しでライダーの間合いに入るというのに、キャスターの口上はまだ続く。

「そしてその信頼を敗北という裏切りで締めくくる。

 実にいいではありませんかぁっ!!

 両目、脇腹、膝、脊髄、設置完了ぉ。

 微笑む爆弾(チクタク・ボム)!!」

 取り出した懐中時計を放り投げ、宝具の名を唱える。

 懐中時計が眩く光り、その爆発がライダーを襲う。

 爆煙で様子がわからなくなるが、ライダーの俊敏さを持ってすれば爆弾となった懐中時計を避けながらでもキャスターに一撃を加えるだろう。

 少なくとも俺はそう信じてした。

 煙が晴れ、地に伏せるライダーを目の当たりにする前までは。

「……………………………………………………え?」

 理解が追いつかない。

 少なくとも、爆煙で見えなくなる前のライダーは爆弾となった懐中時計の直撃を確実に避けていた。

 二回戦のアーチャーの弓を軽々と弾いていたライダーなら、たとえ爆発するとはいえ投擲されただけの懐中時計など止まって見えただろう。

 ならば、なぜライダーは地に伏せている?

 なぜ血の海が出来ている?

 わからない、わからないわからない……!

 ライダーは無事なのか?

 キャスターからの追撃は?

 駆け寄らなければ、今すぐに!

 

『――強制終了します』

 

 無機質なアナウンスが、静かにこの戦闘の幕を下ろした。

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 激戦を繰り広げた第二層の広場。

 天軒由良との戦闘を終えた今、アリーナにいるのはサラとキャスターの一組のみとなった。

 天軒たちが消滅したわけではなく、リターンクリスタルで即時撤退したのだ。

 正しい判断だと、サラは敵ながら感心していた。

 ライダーの傷は霊核こそ無事だったものの、死んでもおかしくないダメージだった。

 無事だったのは、耐久値や幸運値が高かったのだろう。

この身は叡智を手放す(inocense gut)ーー解除(exorcise)

 棺桶型の礼装を収納し、憑依状態も解除する。

 完全に青に変色していた髪が元の銀色に戻っていくのを感じながら、再び髪を縛る。

 ウィザードとして活動してから幾度となく使ってきた魔術。

 魔術といっても、マナが存在していた頃のメイガスが使っていた魔術に比べれば、彼女の使っているものは自分の体質を制御するための、ただのおまじないに近いものだろうが……

 一連の作業を終え、ようやく張り詰めていた意識を少し緩める。

「ご苦労だったキャスター。

 ひとまず傷を癒すわ」

 取り出したエーテルの塊でキャスターの傷を治療する。

 保管しているサイバーゴーストはみな防御か攻撃に特化しているせいで、治療は専らアイテムに頼らないといけない。

 もちろん彼女も最初は悔いたが、できないものはできないと割り切り防御を徹底しようと切り替えたのは彼女の強みだろう。

 治療を終えて手持ち無沙汰になると、自然と先ほどの戦闘の感想が口にでていた。

「まさかキャスターの宝具を受けてまだ生きてるとはな」

「スキルか何かでしょうねぇ。

 ワタクシの宝具は初見殺しなものですし、わかっていたとしても技術だけで対処するのは難しいですから」

 普段はどんなことがあろうと飄々としているキャスターが、今回は珍しく敵を分析している。

 牽制で宝具を使って殺し損ねたならまだしも、殺すつもりで使って殺し損ねたのは流石に意外だったのだろう。

「……まあいい。

 宝具からお前の真名に辿り着けるとは思わない。

 それに、あの傷ではたとえ死ななくても決戦までに完治するとは思えないわ」

「これであと一回戦分、猶予が増えましたね、マスタァ?」

「油断はするな。

 あいつ自身には力はなくとも、遠坂凛やラニ=Ⅷと協力関係にある可能性がある。

 最終日に全回復していることだってあり得るわよ」

「いつにも増して慎重ですねぇ。

 まあワタクシはマスターのサーヴァントですから、言われた通りに従いますよぉ」

「ならトリガーまで道を切り開けろ。無駄な時間は使いたくない。

 今日中に回収するわよ」

「カシコマリィッ!!」

 いつもの調子でエネミーを狩るキャスターから視線を外し、天軒がいた場所に一瞬だけ目を向けたあと、トリガーを取るべくアリーナの奥へと歩みを進めていった。




前回は肉弾戦が多かったので、今回はウィザードらしくコードキャスト合戦にしました

サラの魔術については一応fateの世界観を読み込んで書いてますが、私の中の魔術のイメージが禁書目録のそれで固まってるので、fateの世界観とかみ合わない部分があるかもしれませんがご了承お願いします


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慈悲無き言明

羅生門復刻は予想通りの魔神柱狩りの再来ですね
そろそろApoのアニメもありますし、それ関係のイベントも楽しみです


 朝日で目が醒める。

 朝を迎える、という当たり前のことがここまでホッとすることとは思わなかった。

 目の前では傷だらけのライダーが静かに寝息を立てている。

「峠は越えた、かな」

 昨日のサラとの一戦、キャスターの宝具によるダメージは明らかな致命傷だった。

 すぐさま校舎へ帰還しマイルームへと駆け込んだが、霊核にもダメージが入っていたとわかったときには頭が真っ白になりかけた。

 通常のエーテルの塊は使い果たしていたが、アリーナ探索の際に偶然見つけていた濃縮エーテルを保管していたのが不幸中の幸いだったと言えるだろう。おかげで致命傷の傷はあらかた治療することができたのだから。

 あとは微力ながらheal(16);のコードキャストで自分の魔力の限界が来るまで治療を続けたのだが、こちらの限界がきて倒れてしまったらしい。

 そっとライダーの頬に触れる。

 余程深い眠りについているからか反応はない。それでもそこにいる、ということがちゃんと確認できただけでも安心できた。

「そういえば、ライダーの眠っている姿見たのってこれが初めてか……」

 ライダーのことだから主人より後に目覚めるわけにはいかないと感じているのだろうが、その献身さには頭が上がらない。

 とはいえ、今するべきなのは昨日の戦闘から得られた情報の整理だ。

 ライダーに触れていた手を引っ込め、思考を切り替える。

 昨日の戦闘で思い出されるのは、やはりサラの憑依体質を利用した多彩なコードキャストの使用と、キャスターの宝具だろう。

 前者はほぼ全貌がわかったとはいえ、突破するのは至難の技だ。

 唯一の救いは、彼女のコードキャストは使う際に憑依するゴーストを切り替えないといけない点か。

 少なくとも防御系コードキャストと攻撃系コードキャスト、そしてコードキャストに干渉する特殊系コードキャストはそれぞれ別のサイバーゴーストを憑依させていてた。こちらがその憑依させるサイバーゴーストを制限させればライダーへの妨害は減る。

 厳しい戦闘になるとはいえ、それだけなら二回戦のダン卿との決戦も似たような場面はあった。

 問題はキャスターの宝具だ。

 ――微笑む爆弾(チクタク・ボム)

 時計型の爆弾を大量に展開する、物理攻撃系の宝具のように見えたが、魔術を得意とするキャスターらしくない。

 真名候補のファウストに時計の爆弾を用いたという逸話も存在しない。

 そしてなにより不自然なのはライダーの受けた傷だ。

 全身火傷だらけだったが、特にひどかったのが四か所。

 そのうち脇腹は爆弾を押し付けて爆発させないとありえないような重傷だった。

 さらに背中、膝、頭部の三か所も、脇腹ほどではないにしろ至近距離で爆発したかのような傷だ。

 脇腹の爆発で動きが鈍り、残る三か所に追撃を受けた、とすれば説明はつく。

 しかしライダーの俊敏さを知る身としては、あの程度の投擲スピードにライダーが捕まるとは思えない。

 ホーミング機能があったとしてもライダーなら難なく打ち落とすはずだ。

 ならば、他にどんな可能性がある?

 ……ライダーに尋ねることができれば早いのだが、今の彼女に無茶はさせられない。

 残るモラトリアムは今日を含めて2日。

 その間に宝具の対策ももちろんだが、二つ目のトリガーも入手しなければ決戦場に向かうことすら叶わない。

 しかしライダーの状態は危機は去ったとはいえ依然瀕死のままだ。

 今日一日はライダーの治療に専念したとしても、明日アリーナが探索できるほどまで回復するかどうか……

「いや、今はエーテルの塊を買えるだけ買って経過を待つしかない」

 ライダーを放置することになるのは若干抵抗があるが、この状態で連れていくわけにもいかない。

「無防備で校舎に出たことがバレたら後々大変そうだな……」

 ライダーのことだから、自身の容体など気にせず付き添うことができない己を恥じるのではないか。

 その場合はライダーが無理をしないようにこちらが注意しなければならないわけだが、本来注意される側の人間が注意するとはなんともあべこべな関係だなと苦笑いしてしまう。

 そうならないといいなと願いつつ、小さな声で謝罪してから教室を出て、足早に購買部に向かった。

 

 

「お、来たね」

「ごめん舞、あんまり悠長に話してる暇ないんだ。

 エーテルの塊、俺の資金で買えるだけ欲しい」

「……その感じだと、だいぶやられたみたいだね」

 こちらの切羽詰まった様子を察して、舞は手早く作業を行いつつ、真剣な表情で尋ねてくる。

「俺の判断ミスだ。

 本当はしっかり休ませたいんだけど、トリガーが入手できてないから明日はアリーナに入らないといけない」

「そのために、霊基の修復を早急に済ませないといけないわけね。

 なら、ここだけの話があるよ」

 ありったけのエーテルの塊をデータにして渡してくれる最中、他のマスターやNPCに聞こえないように耳打ちしてくる。

「ここだけの話?」

「そう、保健室の桜は知ってるよね?

 あの子、次の四回戦に向けて手作り弁当を試作してるんだ」

「桜が弁当を? 一体どうして?」

「回復アイテムとして支給するらしいよ。

 あの子のことだから、何かマスターたちの手助けがしたいと思ったんだろうね。

 凝り性な性格だし、エーテルの塊より質がいいものが出来そうなのは購買部としては悩みものだけど」

 言いながら不満そうに口を尖らせている舞。

 なるほど、その回復アイテムとなる弁当の作成のため、その試作品が保健室にあるのでは、ということだろう。

 それを貰えれば、より回復が望めるかもしれないわけだ。

「けど、どうしてそれを俺に?

 運営委員だから贔屓はできないとか言ってた気がするんだけど」

「………………はぁ」

 なぜかまた呆れられた!?

「まあいいや、アイテムを大量に購入してくれたサービスってことにしておいて。

 あ、でも、四回戦で桜の弁当が支給されたのならそれ私にくれない?

 試作品それをつまみ食いした数人が絶賛してたんだよ。

 私は購買部としてここから離れられないからつまみ食いできないんだよね」

「試作品の情報と完成品を交換するつもりか」

「いいじゃん、それぐらいの見返りはあってもいいと思うよ」

 まったく、このNPCは色々と無理難題を持ちかけてくる。

 桜の弁当を渡すということは、この三回戦を勝たなければならないのだから。

 彼女なりの励ましなのか、ただ単純な物欲なのかわからないが、彼女には敵わないとしみじみと感じた。

 舞にお礼を言ったのち、すぐさま保健室の桜を訪ねた。

 中では桜がいつも通りの事務処理をしていて、本当に弁当など作っているのか少し不安になってくる。

「こんにちは天軒さん。

 今日はどういったご用件でしょう?」

 さて、なんて言ったものか。

 しばらく悩んだが、考える時間も惜しいため単刀直入に切り出す。

「桜、弁当とか作ってる?」

「弁当、ですか?」

 キョトンとする桜。

 これは、もしや舞にからかわれたか!?

「はい、ただいま試作中ですよ。耳が早いですね。

 四回戦から一人一つづつ配布する回復アイテムなんですけど、味の方がなかなか上手くいかなくて……」

 回復アイテムなら食べるよりデータとして取り込むマスターの方が多いと思うのだが、桜はそれでも妥協を許さないということだろう。

 確かに彼女の凝り性だ。

 そして、この口振りだと回復アイテムとしての効果の方はすでにあるかもしれない。

「桜、その試作品って貰えないかな?」

「はい、構いませんよ」

 ……案外言ってみるものかもしれない。

 拍子抜けなほど簡単に手に入ってしまった。

 桜から手渡された弁当は料理の種類や彩りまで考えられていて、見ているだけでも楽しめるものだった。

 サーヴァント用の回復アイテムだから自分は味わうことが出来ないのが残念に思うほどだ。

「ありがとう、桜」

「いえ、これも保健委員としての仕事の一環ですから」

「……本当にありがとう」

 ライダーが目覚めたとき、また改めて桜と舞にお礼を言おう。

 そう決心し、保健室を後にした。

 

 

 ……そして時間は過ぎていき、運命の時が訪れる。

 目覚めは不思議と穏やかだった。

「ああ、来ちゃったか……」

 アイテムトレージに入ってあるトリガーは、一つだけ。

 ライダーは未だ眠ったままだ。

 桜から譲ってもらった弁当はエーテルで回復させし切れなかった傷をすべて完治させるほどの効力を発揮したが、ライダーが目覚めることはなかった。

 手は尽くしたが、どうすることもできなかった。

 快進撃は、ここで終わる。

 消えるのは怖い。

 そしてそれ以上に、悔しい。

「もう少し、ライダーと一緒にいたかったんだけどな……

 記憶を失う前の俺のことも、ライダーに話したかったな」

 だが感傷に浸るのもここまでだ。

 最期は潔く消滅を受け入れよう。

 立ち上がり、マイルームを出る。

 その前にはいつものように言峰神父が立っており、さらにいつもの定型文を口にする。

「いよいよ決戦の日となった。

 今日、各マスターどちらかが退場し、命を散らす。

 その覚悟は、出来ているかね?」

 これまではどちらが勝つのかわからなかったが、今回ばかりはすでに勝敗は決まっている。

「……全ての準備が出来たら、私の所にきたまえ。

 最期の挨拶をするぐらいなら、まだ余裕はある」

「えっ!?」

 思わず聞き返したがすでに言峰神父の姿はそこにはなかった。

 代り映えのない言葉だと思い聞き流していたのだが、今のは別れの挨拶をしてこいということだろうか?

 いきなりのことで戸惑っていると、となりの2-Aの教室で大きな音がした。

 続いて悲鳴が上がり、中から何人か飛び出してきた。

「何かあったんですか?」

「教室にいたマスターが突然倒れたんだよ」

「マスターが?」

 確認する必要はなかったのだが、何か胸騒ぎがして覗き込む。

 倒れているのは女性。一般生徒と同じ制服に身を包んだ、その特徴的な銀髪は……

「っ、サラ!」

「くる、なっ!!」

 思わず駆け寄ろうとするが、倒れたままのサラの怒声に足が止まる。

 息が荒く、衰弱しきっているがその眼光は衰えず、周囲にいるNPCまで拒絶している。

「お前の手を……借りるまでも、ない!

 我は叡智を授かりその身を滅ぼす(call asumodeus)――憑依(obsession)!」

 髪留めを外し、詠唱を唱えると以前のように彼女の銀髪は青く変色していく。

 たしか、この状態のサラは憑依元の身体能力に依存するのだったか。しかもそのサイバーゴーストはサラの本来の身体能力より劣っているはず。

 すべてのサイバーゴーストがそうだとは思わないが、それに頼って無理やり身体を動かさないといけないほど、彼女は疲弊しきっているのだろうか。

 壁をつかってゆっくりと立ち上がるが、その姿は見ているこちらが目を背けたくなるほど痛々しい。

「一体何が……」

「おやおや、気になります?」

 背後から飄々とした口調でキャスターが尋ねてくる。

 マスターが弱っているというのにキャスターはむしろ愉快爽快といった様子だ。

 その様子に言葉にならない怒りがこみ上げてくるが、今は抑えてキャスターの言葉を待つ。

「実は言いますとねぇ。

 我がマスター、実は地上の本体はすでに死ぬ直前なのです」

「なん……」

 一瞬怒りがこみ上げていたのも忘れて頭が真っ白になった。

 キャスターの言葉を理解するのに数秒かかり、その意味を理解するのにさらに数秒必要だった。

「ま、まて。

 地上の本体が死んだら、もし聖杯戦争に勝っても……」

「ええ、そのままでは死んでしまうでしょうねぇ。ですが心配はいりません。

 なんたって聖杯はなんでも叶えてくれる究極の願望器!

 死なない未来を望めば一件落着です」

「……っ!」

 確かにキャスターの言っていることは矛盾してはいない。

 しかしこの道化師は、彼女がそんな願いを叶えるわけないとわかっているのだ。そのうえで話している。

 サラがこの聖杯戦争に参加した理由は父親のサイバーゴーストに会うこと。

 もし、それが優勝するまでの間に達成されなければ、彼女が聖杯に望むものは当然父親に会うこと。

 すなわち、サラ自身が生き残る未来がなくなってしまうということを。

「何をそこまで怒っているのです?

 ワタクシのマスターがその道中に目的を果たせれば問題ないではありませんか!

 まあ、その可能性もほぼないですがねぇ」

 …………………は?

「どういう、ことだ?

 道中で目的が達成できない?

 つまりそれは、サラが父親のサイバーゴーストに出会うことはないってことなのか?」

「……おっとこれは不覚。

 まさかここでバラしてしまうとは。

 あなたのリアクションが面白くてつい口が滑ってしまいました」

 あちゃー、とわざとらしく頭を抱えたキャスターの言葉。

 それは、直前の俺の言葉を肯定する行為に等しかった。

 これにはさすがのサラも唖然としていた。

「待て、キャスター。それは、本当なのか?

 本当のことを知っていたうえで、私の行為を、愚行をあざ笑っていたというの?」

「あー、これは失敗しましたねぇ。

 もう少しタイミングを考えて話して入れば、最高の絶望の顔を拝めたかもしれませんのに。

 ええ、マスターの言う通りでございますよ。

 ワタクシたちサーヴァントは、召喚された時代に適応するためにそれなりの知識が聖杯から与えられます。

 その中に、ちゃーんとサイバーゴーストについての知識も入っておりました!

 確かにぃ、地上のサイバーゴーストとは生前のウィザードの魔術回路が焼き付いたものが原因でございます。

 ですがぁ、しかぁしぃ! ここムーンセルで発生するサイバーゴーストは地上のそれとはまた違う存在なのです!

 いわばハリボテの生命体! NPCの成り損ない、なのでぇす!

 どれだけの時間、どれだけの苦労を要しようが、一生マスターの願いが叶うことはございません!

 いやぁ、このキャスター一生の不覚。

 せめて死ぬ直前に伝えて最高のフィナーレとしたかったのですがねぇ。

 あ、ちなみにダメ押しでもう一つお伝えすると、地上の本体が死んでもすぐにアバターまで消えることはないみたいですよ?

 まあ、その状態で聖杯、つまりムーンセルの中枢に接続した場合、バグと認識されて瞬く間に消えてしまうらしいですが。

 マスターの本体は、あと何日持つんですかねぇ?」

 キャスターから告げられた衝撃の真実にサラはその場にへたり込んだ。

 その顔から生気が抜けていくのがわかる。

 心が折れたのだ。

 彼女を唯一支えていた、父に会うという目的を叶える手段が、すべて消えたのだから。

「いひ、イヒヒヒッ!

 イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!」

 キャスターの悪魔のごとき笑い声が教室に響き渡る。

 この瞬間を待っていたと言わんばかりに。

 そして、悪夢はまだ終わらない。

「さて、最上とはいきませんでしたがものが見えました。

 もう我がマスターは再起不能でしょう」

 右手に巨大なはさみを握り、サラの右腕に照準を合わせる。

「まっ……!」

 俺が気づいた時にはキャスターのハサミは閉じられ、サラの右手首から先を綺麗に寸断してしまった。

「あ、あ゛ あ゛ あ゛ あ゛ あ゛ っ!!」

 その痛みに絶叫するサラの姿は、本性を現したキャスターをさらに楽しませる。

「土壇場で令呪を使われるのも面倒ですからねぇ、ここでしっかりと可能性は消しておきますよ」

 さらにハサミを握り直してサラの首を刈るべく振り抜かれた。

「……ぐっ!」

 気づいたときには身体が動いていた。

 少し避け損ねて右肩を掠ったが小さなことだ。

「なん、で……

 お前は、私の敵のはず、よ……」

「身体が勝手に動いていた。ただそれだけだよ」

「……ちっ、こんな屈辱、生まれて初めてだ」

「そこまで軽口が叩けるならまだ問題なさそうだね」

 サラを抱えてキャスターと向かい合う。

 心底驚いたような表情を浮かべるが、すぐにその顔は狂気に満ちた笑みに塗りつぶされた。

「キヒヒヒッ!

 まさかこの土壇場で最高の愉快なことが訪れるとは!

 いですねぇ、いいですよぉ!

 敵に助けられるという屈辱を受けた元マスターの表情が拝めるとは思いませんでしたとも!」

 ハサミの刃をすり鳴らし、歓喜の声を上げる。

「……黙れ、キャスター」

「はい?」

 思わず声が出てしまった。

 不思議だ。一回戦、二回戦と戦ってきたが、ここまで自分の感情を表に出すのは始めてだ。

「他人の趣味嗜好にとやかく言う気は無い。

 けど、お前だけには言わせてもらう。

 人の願いを踏みにじり、それを愉悦とするお前だけは、絶対に許さない!」

「…………きひっ」

 ……今一瞬、キャスターの表情が完全な『無』となった気がした。

 あまりに刹那的な変化で、見間違いにさえ思ってしまうほどだが、今のは一体……

「天軒……私を、離せ」

「何言ってるんだ。

 そんな身体で何、が……」

 弱々しい声に視線を向けて見ると、サラの身体は少しずつノイズに汚染されていた。

「なんで、まだサーヴァントは生きているのに!」

「それはもちろぉん、令呪が宿った右手を失ったからでございますよ。

 令呪はこの聖杯戦争に参加する証。

 三画すべて使った場合は言わずもがな、腕を切り落とされたとしても参加資格を失ったとみなされるのが道理でしょう?

 まあ、おかげでワタクシもそう長くはないんですけどねぇ!」

「っ!」

 直後、キャスターの姿が消える。

 反射的に前に飛ぶとついさっきまで俺たちがいたところにキャスターのハサミが突き刺さっていた。

「よく避けました!

 これならワタクシも楽しめそうです」

 などと言っているが、キャスターは確実に手を抜いている。

 ライダーと互角のスピードに半人前のウィザードが反応できるはずがない。限界までこちらをいたぶるつもりか。

 サラが消滅までの時間がない。それまでにどうにか対策を講じなければならないのに……!

 瀕死のライダーに助けを求めることはできない。他のマスターの助けを乞うのも不可能だと考えていい。つまり俺だけでどうにかしなければならない。

 考えろ、考えろ!

 考えなければ、ここですべてが終わってしまう!




・天軒由良の不戦敗が確定
・サラの令呪消失による敗退が確定
・サーヴァントの反逆
我ながらカオスな展開になってしまいました

次回、サーヴァント不在の中、対サーヴァント戦が開幕です


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帽子を被った道化師の狂気

羅生門お疲れさまでした
あの討伐スピードは魔神柱狩りを彷彿としました


三回戦も佳境に入りました


 教室を出て、図書室の前を走り抜ける。

 そのあとを追うキャスターの姿に怯えるNPCやマスターの阿鼻叫喚が響き渡るが今は気にしていられない。

「キヒヒヒヒッ!

 どうです、どうします? このまま逃げてても元マスターの命は助かりませんよぉ?」

 キャスターの攻撃をぎりぎりで避けているが、運がいいわけでも、こちらの回避能力がキャスターの攻撃を避けるに足るほど高いわけでもない。明らかに手を抜いて遊んでいる。

「ひとまずアリーナへ……」

「おおっと残念!」

「っ!」

 階段に足を向けた瞬間、それまで弄ぶように動いていたキャスターが急に目の前に現れた。

 とっさに守り刀を構えると、次の瞬間には目視できないほどの速度の蹴りを入れられる。

「ごふっ!?」

 衝撃とともに吹き飛び、数メートル床を転がってようやく止まる。

 身体が真っ二つになるかと思ったが、意識を失うことだけは免れた。

 サラを庇うように身体を捻ったのがダメージを相殺するように働いたらしい。

 しかし……

「ひひっ、ご自慢の刀、折れてしまいましたねぇ」

「ぐ……」

 キャスターの言う通り、守り刀は刀身が折れ、礼装としての効力を失ってしまった。

 くわえてキャスターが階段の前に立つ限り、二階から移動する手段がなくなってしまった。

「きひっ、キヒヒヒヒッ!

 さあ、鬼ごっこはおしまいですかぁっ!?」

「ぐ……っ、私を舐めるなキャスター!」

 迫り来るキャスターに万事休すかと思われたところに、サラがコードキャストを実行する。

 一瞬の浮遊感の後、目の前に広がる風景が屋上のそれになっていた。

「今私が憑依させているサイバーゴーストの転移魔術だ。

 キャスターにもこの転移魔術については教えていないから、これで多少の時間稼ぎにはなるはず。お前はここに隠れていろ。

 これ以上傷を負う必要はないわ」

 サラは俺を振りほどき、ドアノブに手を伸ばそうとする。が、その腕を掴んで静止させる。

 彼女の鋭い眼光がこちらに向けられるが、怯んでもいられない。

「……どういうつもりだ?」

「それはこっちのセリフだよ。

 俺が代わりに行く。サラの方こそここで待っていてくれ」

「お前、バカなのか?

 お前と私の実力差は……っ!」

 煩わしそうに腕を振りほどき、殺意を感じるほどの眼光を向けるサラだが、膝に力が入らなくなったのかその場に崩れ落ちた。

 先ほどよりも呼吸が荒く、戦闘どころかまともに歩くのすら厳しいだろう。

「今の君よりは俺の方がマシだと思うけど?」

「そういう問題じゃない!

 お前がそこまでする必要がないって言ってるのよ!」

「身体が勝手に動いていた、って言うのもあるけど……

 決戦場ならまだしも、校舎で、しかもサーヴァントに裏切られて終わるなんて、こんな終わり方納得しないはずだ」

「……それはお前には関係ないことだ」

「関係あるさ」

 自分のアイテムストレージを列挙し、サラに見せる。

「トリガーを二つ取ることができなかった俺たちは、決戦場に行くことができない。

 今日を迎えた時点で俺たちの負けは確定している。

 だから、俺たちの代わりにサラには生き残ってほしいんだ」

 シンジとダン卿を殺し、奪った命の重みを背負って生きると決めた。

 それが終わってしまうなら、せめて勝者となるはずだたサラだけは救いたい。

「……いくらキャスターとはいえ、相手はサーヴァントだぞ。

 お前自身の武器は守り刀しかなかったのに、それすら折れて使い物にならない。

 そんなお前に、何ができる?」

「できるできないじゃない。やるんだよ。

 どうせここで逃げたって、決戦場に行く資格のない俺とライダーは今日消えるんだ。

 それなら、無様に足掻いてでもキャスターを止める」

「……お前、周りからよく呆れられてるだろ」

「よくご存知で。

 まあでも、対抗策がないわけでもないよ。

 少し不安要素は残ってるけど、今のこの状況なら思い切って出来そうだ」

 とはいえ、武器がなくなったのは痛い。

 素手は論外として、何か別の礼装で代用できないか考えなくては。

 その様子を見かねてサラは小さくため息をこぼした。

「なら、これを持っていけ。

 私にはもう必要ないわ」

「これは、黒鍵?

 柄だけしかないみたいだけど」

「ある程度の実力者なら黒鍵の刃は魔力で編める。

 父が私に譲ってくれる際に、強度が下がる代わりに簡単に刃を形成できるように改良してくれたから、お前にも使えるはずだ。

 六本しかないけど、素手よりは、何倍もマシ、でしょ……う……」

「っ、サラしっかり!」

 限界が近いのか、とうとうサラは床に倒れこんでしまう。

「……………………」

 そんな状態でなお、彼女の口が微かに動いている。

 何か俺に伝えようとしているらしい。

 その言葉に耳を傾け、彼女の伝えたかったことを一字一句逃さないように集中する。

 すべてを伝え終わったサラは、こんどこそ力尽きて意識を失ってしまった。

 一応まだ息はあるが油断はならない。

 肉体がいつまでもつかもわからないのだから。

「……ありがとう」

 受け取った黒鍵はすぐに取り出せるように、アイテムストレージの中でも上の方にソートしておく。

 気休めにもらならないだろうが、黒鍵の代わりに刃が折れた守り刀は護身用としてサラの手に握らせた。

 ここからは、俺の仕事だ。

 校舎の中に戻ると、キャスターは二階から動かずにこちらを出迎えてくれた。

 もしかしたら惨状になっているかと恐れていたが、他のNPCたちを襲う気はなかったらしい。

 邪魔が入らないよう呪術で組まれた壁で閉じ込めているだけだった。

「おや、もしや転移していたのですか。

 てっきり姿を隠すコードキャストを使ったのかと思って探していました。

 元マスターのコードキャストは本当に多彩で把握するのが大変ですねぇ。

 まあそれはそれとして、上から降りてきたということは、上に元マスターはいるということですか」

「行かせるわけないだろう。お前の相手は俺だ」

「きひっ、ワタクシを倒せるとでも?」

「倒すんじゃない、サラを救うんだ。

 お前ならどうすればサラが救えるのかわかっているんだろう?」

「ええ、もちろんですとも。

 ですが知っているのと話すのは別の問題ですよ?」

「ああ、そうだろうね」

 サラから託された黒鍵を両手に握る。

「なら、力づくで話したくなるようにするまでだ!」

 足に力を籠め、キャスターに肉薄する。その速度は先ほどと比べると体感で2倍近くになっていた。

 その光景にキャスターは一瞬目を見開き、すぐに不気味な笑みを浮かべる。

「礼装の力ですか!」

「ああ、そうだ!」

 移動補助系のコードキャストmove_speed();が常時解放される強化スパイクという礼装は、ここの購買部で購入できる商品の中で唯一マスターを対象とした効果を持っている。

 その効果は歩行速度の強化。

 アリーナの探索に役立つと思い舞が入荷したのはいいが、需要がなくて困っていたのを半ば押し付けられる形で譲ってもらったのだ。

 まさかここで役に立つとは思わなかった。

「ですがそれでもワタクシからすれば遅いですねぇ! 一撃も軽い!

 元マスターからその武器を譲ってもらったようですが、すべて合わせても六本しかないでしょう?

 たったそれだけでワタクシに勝てるとお思いで?」

 予想はしていたが、キャスターはサラが現状何本黒鍵を所有していたのか把握していたらしい。

 黒鍵の一撃を払いのけて距離をとったキャスターが壁を蹴って急接近してくる。

 真正面から受けないように黒鍵で受け流すが、それでも有り余る威力に黒鍵は砕け、身体が持っていかれそうになる。

 ……落ち着け、もっと綺麗に受け流せるはずだ。そうでなければすぐにこちらの武器が尽きる。

 再度黒鍵に魔力を流して刃の再形成を……

「している時間も惜しい!」

 刃を再形成するのとアイテムストレージから取り出すのでは、どちらが早いかあらかじめ確認している。

 だからこそ刃が砕けた黒鍵は潔く投げ捨て、すでに刃を形成している黒鍵をアイテムストレージから取り出して打ち合う。

 ――残り四本。

 こちらの攻撃が簡単に弾かれるせいで、次第にこちらの攻撃に回れる時間が短くなっていく。

 しかしこれは想定内。

「なら、威力を上げさせてもらう!

 コードキャスト、gain_atr(16);実行!」

「およっ!?」

 本来はサーヴァントに使用する強化系のコードキャスト。

 それを無理やり対象を自分自身へと変更させる。

 もとは自分が持つ正体不明のコードキャストの解析のため、アリーナ探索の合間にコードキャストの勉強をしていたのが発端だ。

 もし、その対象をマスター自身に変えることができれば、今まで以上にマスター同士の戦いが楽になるかもしれない。

 そんな素人考えで浮かんだのがこれだ。

 幸いコードを変える必要はなく、出力方法を調整するだけだった。

 それでも練習が間に合わずぶっつけ本番になってしまったが、結果は成功。

 サーヴァント相手でも守りを崩すほどの威力を出力することができた。

「……づっ!」

 しかしその直後腕に痛みが走り、思わず顔をしかめる。

 さすがにサーヴァントと打ち合うほどの強化となるとこちらの身体に悪影響が出るらしい。

 それに初めての二刀流。

 いつものライダーから受けていた指導の通りとはいかない。それに言峰神父が言っていた通り、この黒鍵という武器は剣戟には向かないらしく、振る際に違和感を感じる。

「けど、それがなんだ……!」

 この状態での立ち回りは初めてだが、キャスターを目で追うことができるならギリギリ対応できる!

 確かにキャスターは速い。

 逃げに徹していたときはダメージを受けないことを意識しすぎてすべての攻撃を避けようとしたせいで、余計な隙を作るうえに相手の攻撃回数が増えて避けずらくなるという悪循環だった。

 だが、いざ戦うと心に決めれば……ある程度のダメージを覚悟をしたならば、受け流しつつ攻撃を加えることで相手の攻撃回数を減らすことができる。

 そして、動きが速い()()なら俺はそのスピードで動くライダーをずっと見てきている!

「その速さはすでに予習済みだ、キャスター!」

「キヒヒヒッ!! 面白い、面白いですよ貴方ぁ!

 そこまでの無茶をする人間など、生前でも見たことがありません!

 貴方のような愉快な人と出会えるなんて、なんとうれしいことでしょう!!」

 キャスターの動きが一層俊敏に、かつ変則的に変わっていく。

 つい先日見た、ライダーとの一戦で行ったキャスターの動きだ。ただし、ライダーの指摘通り、牽制での攻撃も加わっている。

「楽しい、楽しいですよ!」

「っ!」

 脇腹を切り裂く一振りは黒鍵を一本犠牲にしながら制服の布が切れる程度に済ませる。

 ――残り三本。

「ああ、惜しい、実に惜しいことをしてしまいますねぇ!」

「ぐ……っ!」

 続くハサミを鈍器のようにして側頭部を払う一撃も防ぐが、その衝撃で手から黒鍵が離れてしまった。

 ――残り二本。

「ここで殺してしまうなんて、なんて悲しいことなんでしょうか!!」

「つぁっ!」

 続く横薙ぎの攻撃はとっさに取り出した黒鍵二本で辛うじて黒鍵で防ぐが、その衝撃で体勢が崩れた。

 すぐに立て直すことはできたが、その一瞬の隙でキャスターを見失ってしまう。

「ですが夢半ばに崩れ落ちる絶望もまた、美しいものですからねぇ!!」

 次に認識したのは死角から目の前に着地し、ハサミを最大まで開いたところだった。

 これは、ライダーが避けた最後の一撃と同じ……!

 肉体的に、これを飛んで避けることは難しい。かといって後退するのも間に合わない。

 それをわかっていて、キャスターもこの一撃で決めるつもりなのだろう。

 ハサミが閉じられる。間もなくして、この身体は上半身と下半身が別々になってしまうだろう。

 無論、対策がなければ、だが。

「予想通り、だっ!」

 上体を後ろにそらしながら、膝を折る。

 ただそれだけではまだ避けきれない。

 だからこそ、両手の黒鍵の刃をハサミが閉じるのを阻むように持ち上げ、軌道を逸らそうと試みる。

 お互いの武器がぶつかり合う。

 こちらの刃は無残に砕け散ったが、目的通りハサミの刃は反らした上半身の上を通過した。

「なんと……っ!?」

 サラから受け取った黒鍵はすべて使い果したが、キャスターの顔が呪術の発動を防がれたときと同じような驚愕の表情を浮かべる。

 ようやく作り出した、決定的な反撃のチャンス。

 これを無駄にしてはいけない!

 体勢が維持できず倒れていくなか、刃が砕けた黒鍵を投げ捨てて、片腕を地面につきながらそこを支点に身体を一回転させる。

 その際にキャスターの手に握られたハサミを蹴り上げると、手から離れたハサミは天井に突き刺さり、キャスターの主力武器を奪うことに成功した。

「づ……」

 上昇した筋力にモノを言わせて無理やり動いたからか、身体の至る所から悲鳴があがる。

 しかし止まってはいられない。着地したのち、すぐさまキャスターに向けて走り出す。

 キャスターは右腕を蹴り上げられた無防備な体勢からまだ復帰できてないのに、その笑みは崩れていない。

 大方、サラから受け取った黒鍵をすべて使い果していることを理解しているのだろう。

 確かに『受け取った黒鍵』はなくなった。

 しかし、『手持ちの黒鍵』なら……三回戦一日目に不意打ちで投擲された黒鍵はまだ残っている!

 アイテムストレージの最後の黒鍵を取り出し、余裕の笑みを浮かべたキャスターへ肉薄する。

「なん、とぅっ!?」

 笑みを絶やさない道化の表情が崩れる。

 しかしもう遅い!

 渾身の一振りをキャスターへーー

「……っ!」

 あと一歩のところで踏み出した足に激痛が走る。

 コードキャストの無茶な使用の弊害が、よりにもよってこのタイミングで起こってしまった。

 そのせいで手元が狂い、決め手となるはずだった一振りはキャスターの身体を浅く裂く程度に終わってしまう。

「まだ、だ! あと一撃……」

「あまり舐めてもらっちゃこまりますねぇ!」

「ごふっ!?」

 体勢を立て直したキャスターの蹴りが身体にめり込み、後方の壁まで吹き飛ばされた。

 これ以上にない、最高のタイミング。それを活かせなかった。

 キャスターは天井に突き刺さったハサミまで回収したうえで距離をとる。

「いやぁ、これはこれは、久々に肝を冷やす一撃でした!

 サーヴァントならまだしも貴方のような半人前のマスターにここまで追い込まれるとは!」

 口が裂けたのかと思うほど不気味な笑みを浮かべるキャスターに莫大な魔力が吸収され、周囲に拡散し始める。

 この攻撃はすでに見ている。正体不明、回避方法も不明、すべてが謎に包まれたキャスターの必殺の一撃。

 だが、すでに対策方法はわかっている!

 そして、身体は……まだ動く!

 ゆえに臆することなく駆け出した。

 その目の前で、キャスターはどこからともなく取り出した時計を周囲にばら撒く。

「そのお礼に特別にワタクシのとっておきの爆弾で葬りましょう!

 微笑む爆弾(チクタク・ボム)!」

「コードキャスト――――――!」

 時計が爆発しあたりは爆煙で充満してしまう。

 あまりの衝撃に悲鳴をあげるNPCの声も聞こえてくる。

「キヒヒヒヒッ!!

 ワタクシの宝具の前にはどんな相手であろうと――」

「油断はするもんじゃないよ、キャスター」

「ひょっ!?」

 煙で見えないが、確かな手応えを感じている。

 しばらくして煙が晴れた。

 黒鍵は片方がキャスターの右腕を深々と突き刺さし、もう片方はキャスターの首元に突きつけている。

 こちらも爆発の影響でそれなりに火傷を負ってはいるが大したことはない。

 キャスターは右腕に刺さった黒鍵よりも、こちらの傷が少ないことのほうが気になっている様子だ。

「なぜ、ワタクシの宝具でそれだけのダメージしかないのです?」

「サラから聞いた。お前の真名も、その宝具も。

 キャスター、いやメフィストフェレス、お前の宝具は『爆弾を生み出す宝具』じゃなくて、『爆弾を設置する宝具』だと」

 メフィストフェレス。

 ゲーテ戯曲などで登場する、ファウストが呼び出した悪魔の名前。

 しかし、目の前にいるこのメフィストフェレスは史実とは違う存在らしい。

 その正体は魔術師であるファウストが生み出したホムンクルス。

 そのホムンクルスが、無辜の怪物によって悪魔メフィストフェレスの力を得た姿だという。

 真名を指摘したことで、キャスターはどこか遠くを見て笑った。

「……ああ、そこまでバラしてしまったんですねぇ。

 まあ、このような終わり方もまた一興でしょうか。

 ですが、なぜ貴方がワタクシの宝具を防ぐことができたのかわからないですねぇ」

「……簡単に言えば、俺のコードキャストと相性がよかっただけだよ。

 微笑む爆弾(チクタク・ボム)は魔術回路や霊基に『バグ』を仕込む宝具。爆発はその結果起こるものだ。

 そして、俺が持つコードキャストには状態異常や呪いといったものをまとめて初期化するものがある。

 お前が宝具を発動した瞬間、このコードキャストで初期化すれば俺の身体から爆発は起こらない」

「なるほど、ワタクシの元マスターが宝具のことを話した時点で……いえ、ワタクシが元マスターを裏切った時点で宝具は無効化されたも同然だったわけですか。

 裏切るのが性分の悪魔が裏切った時点で負けが濃厚になるとは、なんたる皮肉」

「………………」

 キャスターの言葉に嘘偽りはない。

 そしてこれ以上何か奥の手があるようには思えない。

 なら、なぜ……なぜこの男は、愉快そうに不気味に笑っているんだ……!?

「ですが、貴方は最後の最後で致命的なミスを犯しましたねぇ!

 いやはやこれはこれは!」

「何を、言っている?」

「この状況になればワタクシが負けを認め、元マスターが助かる方法を開示すると思ったのでしょうが、ワタクシから言わせてもらえば甘いんですよぉ!!」

 次の瞬間、キャスターは()()()()首元に突きつけられた黒鍵に深々と突き刺さった。

 首から鮮血が噴き出し、それが致命傷であることをまじまじを見せつけられる。

 あまりの光景に唖然としていると、致命傷であるにもかかわらずキャスターは笑みを浮かべる。

 そして、喉に開いた穴から空気が漏れながらもキャスターは気にせず語りだす。

「貴方の目的は『サラ・コルナ・ライプニッツを助けること』であり、『キャスターを殺すこと』ではないはずでしょう?

 ならば貴方はワタクシの右腕だけでなく、四肢を切り落とし、口をふさぎ、ワタクシが自殺できない状況を作るべきだったんですよぉ!

 切り落とされた右腕を再び繋ぎ直せさえすれば、元マスターは再び聖杯戦争に参加することができる。

 ただしそれはマスターとサーヴァント、そのどちらもが生きていることが必須条件。

 ここでワタクシが死ぬということは、つまりつまりぃ、どういうことかおわかりですねぇ!?」

 そこで初めて、自分の行為の愚かさを知ることになった。キャスターを説得することを少しでも考えたのが失敗だったのだ。

 4回戦のことを考えず、死なない程度に戦闘不能にさせて、再度契約を結ばせるべきだったのだ。

 すべては、俺の判断ミス。

 それでは、これはまるで……

「貴方が彼女を殺すことになるんですよぉ!!」

「……っ!」

 キャスターの言葉が鋭い刃物となり、胸に深々と刺さる。

 助けられた可能性を、俺自身が摘み取った。

 サラの願いがほぼ叶わないとわかっていたとしても……

 死ぬまでの猶予をどう過ごすべきなのか、彼女自身が考えるための時間を、俺が奪った……

「いい顔ですねぇ、絶望に叩き落された人の表情というのは何度見ても飽きません!

 勝負に勝って試合に負けるとはこのこと!

 あなたの絶望する顔が拝見することができただけでも満足です。

 キヒヒヒヒヒ――――――ッ!!」

 完全にノイズに浸食されたキャスターが消滅する。

 勝者と敗者が一体どちらなのか、それを曖昧にさせる笑い声と共に……




サーヴァントはマスターでは倒せない。
SNの時点でこの常識崩れまくってたのでこれぐらいはいいですよね()

順調に天軒が人外への道を進んでてちょっと困惑中


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瞑目を開かせるのは

ぽんぽこのキャラ崩壊を見るのが楽しい鬼ヶ島イベント、金時ライダーを持ってない人はぜひ手に入れてください


更新遅れてすいません。加筆修正が予想以上に手間取りました
今回でひとまず3回戦終了です


 屋上に戻るとサラは壁に背中を預けて浅い息を繰り返していた。

 こちらに気付くなりサラは怪訝そうに眉をひそめる。

「なんだ、その顔は。

 ひどい傷だが生きてここに戻ってきたってことは、キャスターは倒したんでしょう?」

「でも、令呪もサーヴァントも失ったサラは……」

「ああ、そのことか。その件に関しては安心していい。

 たぶんお前の考えているようなことにはならないわ」

「……それってどういうこと?」

「説明するより先にこれを見た方が早い」

 言いながらサラはモニターを表示させ、俺の目の前へ移動させる。

 てっきりサラのバイタルでも明記されているのだと思っていたのだがそれは俺のアイテムストレージだった。

 どうやって俺の端末に侵入したのか、という疑問が生まれるが、そこに書かれていたものが予想外すぎてそれどころではなくなった。

「礼装、サラ・コルナ・ライプニッツ……ってええっ!?」

「予想通りの反応過ぎて逆に面白くないな。

 まあでも見ての通りだ。私のアバターが天軒由良の所有する礼装扱いになっている。

 ここが月でよかったな。

 これ、地上なら人権侵害で西欧財閥から指名手配されても文句言えないわよ?」

「いやいやいや! 俺全然身に覚えがないんだけど!?

 そもそもあの短時間で何かできるわけないじゃないか!」

 そもそも人を礼装として所持することができるのかすら知らなかったし、自分にそこまでの技術があるわけがない。

「私は心当たりあるけどな」

「嘘だろ!?」

 思わぬ返しにその場に崩れ落ちた。

 もしかして、無意識に彼女に何かコードキャストでも使ってしまったのだろうか……

 記憶を掘り返していると、その様子を見たサラがため息をついた。

「天軒由良が私に何かしたかどうかはともかく、こうなった原因に心当たりがあるんだ」

「…………あ、なるほど」

 どうやらこちらの早とちりだったようだ。

 ただ、俺が何かした可能性は否定してくれないらしい。

「大方、今の私の憑依魔術が原因だろう」

「あ、そういえば髪の色が……」

 どういう原理かわからないが、サラがサイバーゴーストを憑依させているとき、髪の毛が青色に変色するのはわかっている。

 2-Aの教室で倒れた際にあの詠唱を唱えて憑依していたのは確かだ。

 今は銀色に戻っているため、俺が戻ってくる前に憑依を解除したのだろうか。

「前にも少し触れたが、私の憑依魔術はメイガスが行う憑依、降霊とは系統が違う。

 というのも私は後天的な憑依体質でな、放っておいたら勝手に悪霊どもが取り憑こうとしてくるんだ。

 だから私は、戦闘時に『憑依させる』のではなく、通常時に『憑依を食い止める』ようにしている。

 その違いのせいか、私の場合は魂がほぼ完全に同化してしまう。憑りつくことが本質の悪魔と違って、残留思念であるサイバーゴーストは同化しても意識を乗っ取られる心配はないが、少なからず身体にその影響が出てくる。

 ダイブ中、つまり今のような電脳体の場合は魂だけの状態だから特に顕著に表れて、身体能力の依存や髪の変色なんてことが起きているわ」

 ここまでが前提、とサラは話を一旦区切る。

 一応彼女の使っていた憑依がどんなものなのかは理解できた。

 ただ、それがどうやってサラが俺の所有物扱いになるのかが理解できない。

 それを察したのかサラがさらに説明を加えてくれる。

「まず、令呪を失った今の私は聖杯戦争の参加資格も失った。

 本来ならそこで消去させられるところだろうが、その前に私が憑依していたサイバーゴーストが突然私の意志に関係なく消滅したんだ。

 理由は……まあ今の説明には関係ないか。

 さっきも言った通り、私の憑依は私の魂サイバーゴーストの魂がほぼ完全に同化する。

 ムーンセルも消去する前に私をどう定義するのか迷ったんだろう。

 参加資格を失った『サラ・コルナ・ライプニッツ』という電脳体の魂は確かに一人分消滅したが、まだ電脳体が残っているんだからな。

 そのまま私を消滅させることができたのなら単純だったんだろうけど、すでに消滅した電脳体をもう一度消滅させる手段はとるわけにはいかなかったんでしょうね」

 そこで突然サラは何かを取り出す。

「それって、俺がサラに渡した守り刀?」

「やっぱり、この礼装はお前の仕業か」

「護身用にでもなればと思ってね」

「その行動もこのイレギュラーの原因だろうな。

 刃が折れたこの礼装はすでに『守り刀』としての名前と機能を失っていた。

 ムーンセルはこの礼装の機能として私の存在を再定義したんだろう。

 お前が私の持ち主になってるのもその影響だと考えれば納得がいく。

 元々『守り刀』の持ち主もお前なんだし」

「地上のスーパーコンピュータが束になっても足元に及ばないほどのムーンセルが、そんなエラーを起こすなんて」

「例外を許さないが故の例外処理というところだろう。

 高性能すぎるのも考えものってことよ」

 はっきり言って信じられなかった。

 サラが消滅を免れたのも、俺がたまたま渡した礼装がサラの電脳体を繋ぎとめていることも。

 全てが偶然。

 一体どれほどの確率なのか予想すらできない。

「あり得ない話だが現に私はこうして生きてるんだ。

 どれだけの偶然があり、どんな過程を踏んだのかはムーンセルのみぞ知るってところだけど、結論は出てるわよ」

 確かに、論より証拠がこうして出てしまっているのだから納得するしかない。

「ということは、サラはもう崩壊の心配はないってこと?」

「少なくとも、この礼装が無事な間はな。

 今ではこの折れた刀が『サラ・コルナ・ライプニッツ』であり、私というの電脳体を宿らせた礼装であり、そして私にとって生きるための依り代というわけだし」

 そう言われて心底ホッとした。

 礼装扱いにはなっているが、それはムーンセルにそう定義されているだけで、サラの電脳体まで変化してしまったわけではないはずだ。

 なら、その状態を元に戻すことができれば彼女は地上に帰れるのではないか?

 ここから戻れるのは一人だけと言われているが、それは聖杯戦争のルール上一人しか生き残れないからの可能性もある。

 マスターではなくなったが生き残っているサラならまだ望みはある。

 キャスターの言葉に絶望していたが、かすかな希望が見出すことができた。

 ――しかし、避けられない運命は突然やってくる。

「何を考えているのかわからないが、自分がどのような状況に置かれているのかわかってるかね?」

 背後に現れたのは、カソックを身にまとった長身の男性。

 その威圧感は下手をすると並みマスターよりも危険な雰囲気を醸し出している。

「言峰、神父……」

 そう、失念していた。

 今俺が、いや俺()()がどういう状況なのか。

「トリガー二つを入手できなかったマスターを闘技場に誘う事は出来ない。

 それはモラトリアム中に相手サーヴァントを倒したとしてもだ。

 どうやら色々とイレギュラーが重なってまだ消去が行われていないようだが……」

 ゆっくりとした動きで言峰神父が構える。

 それは、俺がユリウスに襲われたときと同じ構えだ。

試練(タスク)未達成者を勝者と認めることは出来ない。

 ムーンセルに消去されないのなら、私が直々に葬ってやろう」

「待て、言峰綺礼」

 言峰神父が一歩踏み出す直前、サラがそれを引き止める。

 壁に手をつき、苦しそうに肩で息をしながらだが立ち上がった彼女は、その鋭い眼光は衰えず言峰神父を捉えている。

「……どういうつもりかね。

 助けてもらった恩人に情でも移ったとでも?」

「その口ぶりだと話を聞いていたな? なら話は早い。

 私の今の状況はお前も理解しているわよね?」

「天軒由良の所有物になっているのだろう?

 首の皮が一枚つながったところ残念だが、君も彼の後を追うことになるだろう」

「違うだろう?」

 にやり、と挑発的な笑みを浮かべるサラ。

 まさかこの状況を打破できる策でもあるのだろうか。

「天軒由良の所有物である私の持ち物は、天軒由良の持ち物も同然。

 そして私はトリガーを二つ持っている。

 なら、天軒由良が試練(タスク)を達成していると言ってもいいはずよ?」

「………………」

 その言葉に言峰神父は目を見開いた。そしてしばらく黙り込んだのち、何かを思いついたのか不敵に笑う。

「なるほど、そういう考え方もあるのか。しかし、このまま何事もなく通過させるのも味気ないだろう。

 君たちの対応は追って連絡する」

 先ほどまでの殺気をあっさりと収め、言峰神父は屋上から去っていった。

 あまりにもあっさりしすぎた展開に頭が追いつかない。

「な、なんだっんだ……?」

「あれが言峰綺礼という男だ。

 一応運営監督として行動しているが、本心はこの戦争の行く末を愉しんでいる。

 イレギュラーの塊であるお前や私がどんな末路を辿るのか見たいんだろう。

 心配しなくても、何かしらの方法で私たちは4回戦に進めるわよ」

「それ、運営監督としていいの?」

「あいつの元になった人物がそういう男なんだろう。

 私の父はあいつのことを『素晴らしい信仰心を持つ模範ともいうべき信者』なんて言っていたが、一回戦の時に話してみて理解した。

 あれは破綻者だ。

 確かに神に対する信仰心は本物だが、自分の面白いと思うことを良しとしている。

 神を冒涜している方がまだ人間らしいな。

 こんなこと言うのは気が引けるけど、父の目は節穴だったのかしらね」

 言いながらサラは肩をすくめる。

 それは言峰神父が聞いた人物像と違っていたことではなく、父の評価が間違っていたのことに対して落胆しているようだ。

「……っ」

「サラっ!」

 不意にサラがよろめき、その場に膝をつく。

 立て続けにいろいろあってサラの容態を気にする余裕がなかったが、よく見れば顔色はマシになっているのに表情は険しく息が荒いままだ。

「もしかして、ムーンセルから何か……」

「いや、これは魔力切れが近いだけだ」

「魔力切れって、キャスターとの契約は破棄されているのに?」

「オブジェクト扱いになったからか、魔力生成の効率が一割未満に落ちてるからな」

「いち……っ!?」

 サラは何でもないように言っているが、魔力は生命エネルギーとほぼ同じ言ってもいい。

 その生成効率が一割未満に低下しているということは、普通に考えれば今すぐにでも生命維持装置にでも繋ぐ必要がある。

 だというのに、当の本人に焦っている素振りは見られない。

「心配するな。普通なら即死亡レベルだろうが、私ならそれでもアバターの維持ぐらいならできる。

 まあ、今は直前までに消費した魔力が多すぎて、意識が失うかどうかの瀬戸際を行ったり来たりしてるわけだけど」

「なら早く何とかしないと!

 礼装扱いになっているなら、ひとまず俺の魔術回路に接続すれば……」

「バカ言うな。

 お前だってそこまで魔力が多いわけじゃないだろう。

 今の状態に加えて私の身体の維持まで請け負ったら、それこそ一瞬で枯渇するわよ」

「じゃあどうすればいいんだ!?

 せっかく助かったのに、これじゃあ生きながら死んでるようなものじゃないか!」

「案を出すとするならマイル―ムだな。

 あそこはマスターやサーヴァントの魔力消費をほぼ0に抑えられる場所だ。

 オブジェクト扱いの私でも魔力の回復ができるはずだ」

「わかった、すぐに俺のところに行こう」

 サラに肩を貸して屋上から出る。

「何の躊躇もないんだな、お前」

「異性に肩を貸すことに?」

「違う、敵だった私をマイル―ムに連れて行くことにだ。

 いくら礼装扱いでお前の所有物になってるとはいえ、寝首を掻こうと思えば簡単にできるのよ?」

 彼女は本音を隠していることはあれど、口にした言葉に嘘があったことはない。

 おそらく彼女の起源に関係するのだろう。

 ならば先程の忠告もはったりではなく、本当にその手段に出る可能性があるということだ。

「まあ、大丈夫なんじゃないかな。

 そういう場面でサラは人殺しはしないだろうし」

「……その自信はどこから来るんだ。

 キャスターと戦って頭がおかしくなったかしら?」

「うーん、やっぱり俺に対するみんなの対応辛辣すぎないかな……まあいいか。

 対話ってただの会話じゃなくて、相互理解のためのやり取りだよね。

 それって、戦う相手に対してはすごく相性悪いんじゃないかな?」

 シンジの時もダン卿の時も、殺し合いをして、相手が死ぬ間際になってようやく相手がどんな人物だったのか、その一端を知ることが出来た。

 その後にあったのは後悔だ。

 もしかしたら分かりあえたのかもしれない、こんな状況でなければまた別のあ結末もったかも知れない。そんな甘いと言われても仕方がないような感情が、決戦のあと必ず湧き上がってきてしまう。

 それでもどうにか前に進めているのは、すでに終わってしまっているからどうしようもない、という一種の諦めがあるからかもしれない。

 失ったものは戻らない。

 取り返しがつかないからこそ、前を向いて進むしかないのだから。

「でも、サラは違う。

 理解が早いということは、後戻りが出来ないところまで物事が進む前に苦悩することになるはずだ。

 最初俺の隙をついて殺そうとしたのは、そんな苦悩をする前に戦いを終わられるチャンスが来たから。

 そして、自分の起源に逆らうように極力会話をしないのは、相手を理解しないしすぎないようにするためためなんじゃないかな?」

「……………………」

 サラからの返答はない。

 もし見当違いなら恥ずかしいことこの上ないが、今はそれでもいいのかもしれない。

 彼女の起源の影響かもしれないが、今回は他人のデリケートな部分に踏み込みすぎた。

 見当違いであったとしても、これ以上詮索するのは避けるべきだろう。

 階段を下りて2-Bの扉に端末をかざし、自分のマイルームに戻ってくる。

 この当たり前の行為でさえイレギュラーだらけのサラの場合どうなるのか少し不安があったが、マイルームの出入りぐらいでは何も起こらないようだ。

「私も自分のこと言えないけど、殺風景な部屋だな。

 寝ることにしか使ってないの?」

「俺もライダーもインテリアに疎くてね。

 ライダーから武器の扱い方を教わるときにここを使うから、あまり物が置けないっていうのもあるけど」

「お前、こんなところで鍛錬していたのか。

 どおりで型にはまりすぎてたわけだ」

「そんなにひどかった?

 この三週間ずっと稽古つけてもらってたんだけど」

「型どおりなのは悪いことじゃない。

 ……まあ、この話はまた今度でいいだろう。

 あと、もう肩を借りなくても大丈夫だ。

 予想通りここなら自分の魔力だけで維持できるわ」

 調子を確かめるように身体を動かして彼女は一人頷いた。

 確かに息も整ってきているし、痩せ我慢というわけではないようだ。

 不意に彼女の視線は部屋の中央に向けられる。

「お前のサーヴァント、あれから目を覚まさないのか?」

「色々手を尽くしているけど、何が原因なのかさっぱりなんだ。傷はもう癒えてるはずなんだけど……」

「外傷が原因でなく、霊基の損傷も修復されているのに目覚めないのなら、おそらくキャスターの『呪い』が原因でしょうね」

「呪い……キャスターの使う呪術が関係しているのか?」

「ああ、そうだ。

 キャスターの宝具には爆弾を設置するのとは別に、相手の身体を少しずつ蝕んでいく呪いも付与されている。

 バイタルチェックしてみればすぐにわかる。十中八九、お前のサーヴァントが目覚めないのはそのせいだろう。

 それさえどうにかすれば、何事もなかったかのように目を覚ますはずよ」

 サラに促されてライダーのバイタルをもう一度詳しく確認してみる。

 たしかに、微かだが『淀み』のようなものがデバフの働きをしているのを発見した。

 これがサラの言っている『呪い』だろうか。

「呪い……状態異常の類いならこれでどうにかできるはず」

 ライダーには使うのを控えようと思っていた正体不明のコードキャスト。

 背に腹はかえられずその力を行使すると、瞬く間にライダーのバイタルは初期化された。

 これで考えうるすべての目覚めない要因は排除したはずだ。

 戦闘とはまた違った緊張で、鼓動が大きくなっていくのがわかる。

 あとは、ライダーが目覚めるのを……その時を待つのみ。

「ん…………」

 寝息とは明らかに違う息が漏れる声。

 続いてその瞼がゆっくりと開かれ……

「あるじ、どの……?」

 …………ああ。

 ただ目覚めて、言葉を交わす。

 ただそれだけのことなのに、言いようのない喜びがこみあげてくる。

「ライダー、よかった、本当によかった……っ!」

 近くにサラがいることも忘れて涙がどんどん溢れてきた。

 聖杯戦争の事情とは関係なく、ただ純粋に目の前の少女が目覚めてくれたことに感謝する。

 対するライダーは状況が把握しきれずに困惑した様子だ。

「主どの、私はどれぐらい眠っていたのですか?」

「二日間ずっと眠ってたんだ。

 もう目覚めないかと……」

「っ、それではもう今日が決戦ではありませんか!

 トリガーは、決戦は!?」

「大丈夫だ、ライダー」

「大丈夫……ではないはずです!

 サーヴァントがいなければアリーナを探索することはほぼ不可能ですし、トリガーがなければ決戦場に赴くこともできません。

 それになぜ主どのはそんなに大怪我をなされているのですか!?

 私は従者として、主どのに安全と勝利を捧げる義務があります。

 そうでなければ、私が主どののそばにいる意味が……!」

「ライダー」

 ライダーの言葉を遮り彼女を抱き寄せる。

 目覚めた彼女が取り乱すのは予想出来ていた。

 今の状況を端的に、そしてわかりやすく説明するイメージも出来ていた。

 ただ、こうして向き合うとそれより先に言いたいことができた。

「何があったのかちゃんと説明する。

 でも、今この瞬間だけは、ライダーが目覚めたことを喜ばせてほしい。

 ありがとう、ライダー。またこうしてもう一度話ができて、本当によかった」

 心の底からの感謝の気持ちを込め、さらに強く抱きしめる。

 耳元に聞こえる、微かな嗚咽が治るまで。

 …………

 …………………

 ……………………………

「で、いつまで見せつけられればいいんだ?」

「うぇっ!?」

 不意打ちの一言に思わず変な声が出た。

 恐る恐る視線を向けると、心底呆れた様子のサラがこちらを見ていた。

「天軒由良、お前は思ったよりあれだな」

「う……」

 痛い。

 サラの視線が初日の黒鍵のように突き刺さり非常に痛い。

 ただこちらも弁解したい。

 これは不安になっていたぶん振り幅が大きくなって、いつも以上に喜んでしまっただけなのだと!

 もしくは、サラの『対話』の起源が変に作用したのではないだろうか!

 他にも色々と思い浮かぶが、どれもこれもさらなる冷たい視線の洗礼を受けそうなので、ここは不本意ながらこの場にあった言葉を返そう。

「えっと、すいませんでした」

 その一言でこちらに向けられていた居心地の悪い視線は解消された。

 決して、余計に呆れられて視線すら向けてくれなくなったわけではない。断じて。

「あの、主どの。目覚めたばかりで状況が掴めないのですが、どうしてあの者が部屋にいるのでしょうか?

 それに、その傷は一体……」

「あー、うん。

 いろいろ複雑だから、今まで何があったのか順に説明していくよ」

 二日前から何が起こったのか、そのすべてをライダーに説明していく。

 昨日まで俺が回復アイテム探しで走り回ったこと。

 今朝、サラがキャスターに裏切られ、右手と共に令呪を失ったことから、サラの助言でライダーが無事目覚めてくれたことまで、こと細やかに。

 途中、キャスターと俺が戦闘を行った下りでライダーが切腹しかねない勢いで謝罪するものだから、それを止めるのに必要以上の労力を使ったが、なんとか今の状況の整理ができた。

「状況は把握できました。

 そのような大事のときにお役に立てず、本当に申し訳ありません。

 ですが、もうそのような無茶はなさらないようにしてください。

 キャスターとはいえサーヴァントと渡り合えるほどまで身体能力を強化するなど、何が起こってもおかしくありませんから」

「……俺、そこまで危険なことしてたのか?」

「当たり前だ、天軒由良。

 同じ電脳体でもウィザードとサーヴァントでは性能が根本的に違う。

 1Aまでしか耐えられない回路に何百倍もの電流を流せばどうなるのか、さすがにお前でもわかるでしょう?」

 サラの説明に背筋が寒くなる。

 身体から悲鳴が上がっていたが、想像以上に身体に負荷がかかっていたらしい。

「今の主どのの身体はサイバーゴーストに近いので規格外の負荷にも耐えられたのでしょうが、使えば使うほど魂にはそのダメージが蓄積されていきます。

 下手したら、本体と接続し直した瞬間蓄積していた負荷で身体が内側から破裂する可能性も……」

「わ、わかった。もう使わないからその説明はもう止めにしよう。

 聞いてるだけでなんか寒気がしてきた」

 正直、この強化を使えばライダーのサポートの幅がもっと広がるのではないかと考えていたが、考えを改める必要があるようだ。

「……ちょっと待て。

 しれっと聞き流しかけたけど、サイバーゴーストってどういうこと?」

「あ、そういえば説明してなかったっけ。

 なんでも、地上にある俺の本体とここにある俺を繋ぐパスが途切れてるみたいなんだ。

 今は聖杯戦争を勝ち抜きながら途切れたパスを繋ぎ直してくれる人を探してるところ」

「………………呆れたな。

 私のこと気にかけている暇なんてないじゃない」

「まあ、俺の力じゃどうすることも出来ないからね。

 ある意味吹っ切れたって感じかな」

 言ってて自分でも苦笑いするしかない内容だが、サラもため息をついて落胆している。

「わかった。

 ついでだし、余裕があればそっちの件もどうにかしてみるわ」

「……いいのか?」

「どうせ今の状態をどうにかするには、持ち主扱いになってるお前のことも調べないといけないんだ。

 礼装扱いの自分をどうにかするなんていう前例のないことに比べれば、途切れたパスを繋ぎ直すのは難しくない。

 さすがに遠坂と比べればウィザードの腕は劣るけど、魂の扱いに関してだけ言えばここにいるどのマスターより上の自身があるわ」

「ありがとう、サラ!

 サラが手伝ってくれるのなら頼もしいよ!」

 思わずサラの手を握って熱弁してしまう。それが何か気に障ったのかサラは煩わしそうに手を振りほどく。

「言っておくけど、お前のアバターもいろいろ調べさせて貰うからな。

 天軒由良のサーヴァント、貴方もそれでいいわね?」

「ライダーで構いません。

 解呪の件も含め、改めて感謝します」

「目覚めなくなったのも私たちが原因だ。

 恨まれることはあっても感謝される通りはないわ」

「では、ここは水に流すということで」

「そちらがそれでいいなら、私は問題ない」

 敵同士だったためどうなるかと思ったが、無事二人が和解できてホッとした。

「いろいろとすることはあるが、今日はもう休む方向でいいな?

 普段は稽古をつけているみたいだけど、その身体じゃあ無理でしょうし」

「そう、ですね。

 私はともかく今の主どのは休息が必要ですから」

「なら天軒由来の寝具借りるぞ」

「待ってサラ、どうしてそうなるんだ!?」

 さも当然のように俺の布団を引きずっていく彼女に待ったをかける。

「なんだ、満身創痍の人間をこの硬い床に寝させるつもりか?

 お前思ったよりひどいのね」

「いや、わざわざ俺の布団を持って行く必要ないよね? サラのマイルームにまだ残ってるだろう?」

「私のマイルームがまだあるかも怪しいんだ。そのあたりも明日調べるわよ」

「じ、じゃあ購買部で……」

「残念ながら私はエネミーをほとんど狩ってなかったから所持金がほとんどない。当然改めて寝具を買うような余裕もない。

 それはお前も同じでしょう?」

 ことごとく提案が却下されて退路が塞がっていく。

「それとも、自分のサーヴァントと同じベッドで寝るのはいやか?」

「う……っ!?」

 トドメと言わんばかりの返しが来た。

 それを言われたらこちらは何も言い返せない。

 というか言い返したら背後にいる病み上がりの相方が確実に悲しむ。

 いやもちろん嫌ってわけではないが、これは倫理観的な問題だ。

 さすがに男女で同じ布団の中というのは……

「あ、主どの、私は主どのが望むのなら……」

 ……ああ、それはフォローじゃなくてダメ押しと言うんだよ、ライダー。

 冷静に考えたら霊体化という手もあった気もしないでもないが、ライダーをのけ者にしている感じがするのでやっぱり添寝以外の選択肢はなかった。




ということで天軒パーティにサラが加わりました
そして会話から分かる人もいると思いますが、サラがEXTRAでいうところのラニor凛ポジです

彼女たちの代わりにオリキャラが仲間になったってことは……まあそういうことです
その理由なども追々明らかにする予定です


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幕間
二者択一の命


もうすぐアポクリファのアニメ、そしてアガルタ配信が楽しみですね

今回久々に文字数1万越えです


 ――そして、私は観測する。

 

 朝、SE.RA.PHによる風景操作により早朝の日差しが窓から差し込んでいた。

 もうすぐ天軒が覚醒するという状況で、彼以外にマイル―ムで会話する人影が二人。

 片や天軒由良のサーヴァント、片や天軒由良の元対戦相手。その関係性を考えると両者にわだかまりががあってもおかしくないのだが、彼女たちにそのような雰囲気は感じられない。

「サラ殿、おはようございます」

「ああ、おはよ。

 ……もしかして、いつもそうして待ってるの?」

 眠気を払うように頭を振るサラの目の前では、ライダーが正座で天軒由良の目覚めを待っていた。

「はい、従者が主より遅く目覚めるわけにはいきませんから」

 笑顔で答えるライダーの心構えは従者としては素晴らしいものだろう。

 しかしサラはその言葉に眉をひそめた。

「まあ、あなたがしたいなら私は止めないけど、今日は安静にしておけ。

 ほとんど治ってるとはいえ、まだ万全じゃないんだから」

 何か言いたそうではあったが、サラは肩をすくめて視線をそらした。

「もちろんそれは承知しています。

 ですが、サラ殿も寝ていないのでは?」

「……気づいていたか。警戒させたのなら謝罪する。前にも言ったが私は憑依体質で、特に睡眠時は無防備になるんだ。

 だから睡眠時は魔除けの礼装をガチガチに固めないと安心して眠れないのよ」

「それの対処法は?」

「私のマイルームに一式ある。今日にでも回収しに行ければいんだけどな……

 まあ近いうちにどうにかなるさ。

 それより、気になってることがあるんだけど、聞いてもいいかしら?」

「はい、何でしょう?」

「キャスターの宝具を受けた時、あれはどうやって致命傷を避けたんだ?

 改めてあなたのステータスを確認したが、幸運値はBでも耐久値はDでそこまで高いわけじゃない。

 あの宝具の発動を許した時点であなたは死んだと思ったんだけど」

 尋ねたのは未だサラが解決できていない謎だった。

 天軒のような例外中の例外ならまだしも、ライダーにはそんな力があるとは思えない。

 疑問を投げかけられたライダーは特に隠す様子もなく、あっさりと種を明かす。

「それは私が持つ回避スキル『燕の早業』のおかげですよ」

「燕の早業、か。

 たしか、牛若丸が京都の五条大橋で武蔵坊弁慶を降伏させた童話の一節ね」

「はい、そのとおりです。

 このスキルと今の私の俊敏値であれば、大抵の攻撃は私を捉えることすらできません。

 さすがにあのような変則的な攻撃となると、私でも致命傷を避けるのが限界ですが」

 話を聞く限り、その回避スキルによって彼女への攻撃に回避判定が入るのだろう。

 彼女の異常なほどの軽装も、スキルで回避できるから機動力を上げた結果かもしれない。

 もし決戦場までもつれこんだ場合勝てたかどうか全く予想ができないほど、目の前にいるサーヴァントのポテンシャルの高さにサラは一人戦慄していた。

 それから間もなくして天軒由良が目を覚ます。

 そして、また今日という一日が始まる……

 

 

 目覚めてすぐ目に映るのはこちらをのぞき込むライダーの顔。そして視線を横に向ければサラはディスプレイとキーボードを表示させて作業をしていた。

「おはようございます、主どの」

「ああ、おはようライダー。身体の調子はどう?」

「はい、もうほとんど治りました。主どのにご迷惑はかけません!」

 ライダーの受け答えからして気力は十分。ただし、バイタルの方はまだ万全とは言いづらい。

 とはいえ、今の状況を維持すれば仮に明日から四回戦が始まっても決戦では問題なく戦えることだろう。

「サラも体調に問題ない?」

「おかげさまでな。

 校舎で自分を維持できるようになったら一度自分のマイルームへ行ってみるつもりだ。

 マイルームに設置した魔術工房の設備が無事なら、こっちに持ってきたいし」

「そっか、工房の設備となると俺が代わりに行くのは難しいな……

 って、この部屋に置いたら狭くならない?」

「そこはちゃんと対策してある。

 心配しなくてもお前の部屋を圧迫するようなことはしないわよ」

「なら大丈夫かな。じゃあ、俺は少し出てくるよ」

「主どの、今日はどちらへ?」

「桜や舞にお礼を言おうと思って。

 呪いの解呪は俺のコードキャストだったけど、傷の方は二人の手助けのおかげなんだ」

「なんと、そうでしたか。

 では私も後日お礼を申し上げなくてはいけませんね」

 ……てっきり無理してついてくると思っていたから、俺が一人でマイルームから出ることを、ライダーが承諾してくれたことに驚いた。

 もしかして、サラがライダーに釘を刺しておいてくれたのだろうか?

 視線を向けると、サラはキーボードの操作を止めてこちらに端末を投げてきた。

「ってこれ俺の端末!?」

「お前には忠告したところで無駄だろうから、いつでも連絡できるように連絡先を入れておいた。

 まあ後で確認しておきなさい」

「せめて一言欲しかったな……

 というか、しれっとヒドイこと言ってるよね?」

「事実だろう。

 評価を改めてほしいなら、自分のサーヴァントを心配させないことね」

 手厳しい評価を受けてしまったが、確かに最近無茶が目立つ気がする。

 今日は用事を済ませたらすぐに戻ってこよう。

 

 

 ……そんな風に考えていた時期が俺にもありました。

 これは本当にライダーに土下座で謝罪しなければならないかもしれない。

 マイル―ムを出て一階へ向かう途中、踊り場に差し掛かったところで見覚えのある二人を見かけてしまった。

 遠坂凛とラニ=Ⅷ。

 どちらも一回戦からここまで何度も手を貸してくれたマスターだったが、つい先ほど用務室の前で二人は向かい合っていた。

 それはつまり、どちらかが死ぬ戦いへ赴くということ。

 それを理解した瞬間、なんとも表現が難しい焦燥感に駆られた。

 ここで行動しなければ取り返しのつかないことになる、と。

「ライダーへの謝罪はあとで考えよう。

 今はとりあえずこの胸騒ぎに従って……」

 無意識に視線は上の階、もっと正確には三階に向けられた。

 特に何もない階だが、ラニにアーチャーの星を読んでもらった場所であり、サラがサイバーゴーストと対話をしている光景を見た場所として記憶している。

 ……そして、ユリウスが周囲に警戒をしながら登っていった階でもある。

 そういえば、遠坂とラニの対戦が決まった時にユリウスが意味深なことを呟いていた気がする。

 まさか、三階でユリウスが何か細工をしたとでもいうのだろうか?

 まるで誰かに操られているかのように三階へと足が伸び、何か細工がないか調べていく。

 その中でもひと際違和感を感じたのが……

「視聴覚室……」

 耳を澄ませてみると、微かだが声を聞いた。

 戸に耳をつけ、中の様子を伺う。

 声はやはりユリウス。……本当にそうか?

 結界でも張っているのか、なんだかこの戸を隔ててこちら側と向こう側で空間に歪みがあるように感じる。

 ただ、声が聞こえるのは間違いない。正確な内容まではわからないが、呪文(プログラム)詠唱(きじゅつ)のようだ。

『……やはり決戦場ともなると、セキュリティは最高レベルか。

 この障壁はさすがに……誰だ!!』

 動く気配。慌てて戸のそばから離れるが、隠れるまでの時間はない。

 間もなくして戸が開かれ――

「……え?」

 そこには()()()()()()()

 確かに扉は誰かの手で開かれた。

 しかし、それを開いたであろう誰かが確認できない。

「罠、か?」

 恐る恐る視聴覚室の中に入ってみるが、特に防壁が張られているわけでもない。

 誰かがいたずらで自動で開くようにでもしていたのだろうか?

 しかし、それだと先ほどまで中で声がしていた説明がつかない。

「まあ、入れたのならいいか」

 改めて確認すると、視聴覚室は普通の教室より幾分か大きい。

 前には黒板を覆い隠すようにスクリーンが下りている。

 本来なら天井にプロジェクターがありそうなものだが、代わりに置かれていたのは旧式の映写機。電脳世界のくせに妙にレトロだ。

 訪れる機会もない場所なので、普段の状態はよくわからないが。

 見た感じ、特に変わった所も――

「いや、なんだあの映写機」

 レトロな雰囲気を醸し出す旧式の映写機の周りの空気(データ)に異常がある。

 何かの細工がされたのだ。

 おそらくは、さきほどまでここにいた人物によって。

 何が目的なのか、調べればわかるだろうか、とつい右手を出して――

「いっづ!?」

 スタンガンを押し付けられたような、バチンという痛みが右手を伝って全身を走った。

 いきなりの痛みに驚いたが、身体の調子を確認してもとくに異常はない。

 似たような痛みでは遠坂が俺の中にあるファイアウォールに反撃を食らったときの、背骨にスタンガンを押し付けられたような感覚だが、あれよりは軽いものだった。

 ……何だったのだろう?

 ここにいた人物による罠……ならこんなドッキリ程度のものでは済まないだろう。

 思索から、強引に引き戻したのは剣戟の音。

 これは、武器(やいば)の交わる音だ。

 空を裂き、地を割る勢いには必殺の意志がある。

 ここにいた人物が戻ってきたのか、と身構えるが、廊下には誰もいない。

 網膜越しではなく、直接、電脳に映るのは――

 ラニ。褐色の肌の少女と、それと対になるように真っ白な肌をした銀髪長身の男性。

 受けるのは、遠坂凛とそのサーヴァント。

 コレは――二人の決戦場での戦いだ。動き出した映写機が、黒板を覆うスクリーンにその光景を映し出していたのだ。

 他者の戦いを見る。

 これは、敵の情報無しに戦わされる聖杯戦争において、圧倒的優位と言える。

 それは、三回戦一日目でサラの戦いを観察することで実感した。

 しかし今目の前で起こっている光景は、言うまでもなく違法だ。

 これをもって確信できた。これは闇討ちなど反則(ルールブレイク)も辞さないユリウスの企みだ。

 どうやったのか知らないが、言峰神父の施したペナルティを掻い潜ってここで準備をしていたのだろう。

 しかし、それなら何故ユリウスは半ばで立ち去ってしまったのか。

 いや、そもそもなぜ戸を開いた瞬間にここにいないのだろうか。

 何か意図があるのか、それともアクシデントが――

「なんだ、せっかくの機会だというのに見ないのか?」

 声に誘われて振り向くとそこにいたのは小さな子どもだった。

「まったく、毎度毎度どうしてお前の周りではこうも物語にアドリブが入るんだ?

 読者の予想を外すのが快感のひねくれ作家か貴様は!

 しかもそれが案外面白い方向に行きそうになるんだからタチが悪い。

 どうだ、いっそ俺のところに来るか?

 良くも悪くも刺激に満ち溢れそうだ」

「君は、サーヴァント?」

「はっ! 俺の姿形を見てマスターだと思えるならお前はある意味冴えてるな。

 なぜなら俺は戦闘能力ならそこら辺のマスターと同じかそれ以下だからな!

 ああ、まあそんなことはどうでもいい。それよりそっちの戦いだ」

 サーヴァントらしき子供の言葉にハッとして画面に意識を戻す。

 対峙する凛とラニ。そしてそのサーヴァント。

 女性二人はともかく、その従者の姿は判然としない。

 画像が悪い――というよりセキュリティの一環で処理(マスク)がかかっているのだろう。

 とはいえ、武器が長柄の物くらいは判る。

 あれは槍……であれば、双方ともランサーということになるが……

 いや、確かラニのサーヴァントはバーサーカーだったはず。

 ならば偶然バーサーカーの武器が槍に似たものだっただけか。

 その武器で互いに突き、弾き、薙ぎ払い、受け。軌跡を目で追う事も出来ず、刃の散らす火花が戦いの存在を示すのみ。

 威力においてはラニの側が勝っているが、凛の方も押されてはおらず、勝負は全くの互角と思えるが――。

「ふん、今の状態なら遠坂凛の勝ちだな」

 あまりにもあっさりと、そしてため息交じりに隣にいるサーヴァントが断言する。

「この状況からわかるのか?」

「当たり前だ。

 サーヴァントの技量はラニ=Ⅷの方が若干上だが、逆に言えば今の拮抗はその技量によるものだ。

 それに比べて遠坂凛はどうだ?

 あいつはサーヴァントの技量を自分の腕で押し上げている。そしてラニ=Ⅷはそれがわかっていて対処ができない状態だ。あと数度打ち合えば状況は一変するぞ」

 サーヴァントの言葉通り、画面の凛には確かな自信が見える。

 一方のラニは、無表情の中にも焦りの色が――

 と。突然、剣戟が止んだ。

 不鮮明な画像で、何が起きたかはわからないが、両者の距離が開く。

 動きがあったのは、ラニ。

「……………………」

 隣にいるサーヴァントが眉をひそめるその先で、ラニのサーヴァントが構え、力が、エネルギーが集まっていく。

 それは、この荒れた画面からでさえ見て取れる、桁外れの力だった。

『……申し訳ありません、師よ。

 あなたにいただいた筐体(からだ)と命を、お返しします。

 全高速思考、乗速、無制限。北天に舵を(モード・オシリス)

 任務継続を不可能だと判断。

 入手が叶わぬ場合、月と共に自壊せよ――

 これより、最後の命令を実行します』

『ちょっ、なにそれ……!?

 アトラスのホムンクルスってのはそこまでデタラメなの!?』

 画面越しに聞こえてくるラニの冷徹な声と遠坂の悲鳴じみた声に思わず首を振る。

「なんだよ、これ……!

 奥の手、いや違う。あれだと凛どころか決戦場にいるものすべてが融解するじゃないか!!」

「令呪でブーストさせたか」

 すべての戦いを通して、たった2回だけの切り札。

 ラニはそのカードをここで切ったのだ。

「……いや、それだけじゃあそこまでの魔力(エネルギー)が集まるわけがない」

「ほう、貴様でもそこまでわかるのか。

 確かにあれは令呪だけの魔力ではないな。

 大方あの女には()()()()()()()()()()()()()()()のだろう」

『魔術回路の臨界収束……!

 捨て身にもほどがある、そんなの、ただの自爆じゃない……!

 ちょっとラニのサーヴァント、あなたそれでもいいの!?』

『それがマスターの方針なら、余はそれに従うまで。

 それがサーヴァントであろう?』

 ラニのサーヴァントの返答は死を受け入れ、心中するというものだ。

 その覚悟にあっぱれと頷いた遠坂のサーヴァントが得物を握り直し、そして真剣な口調で尋ねる。

『うむ、これは拙僧どもも覚悟を決めなければなりませんな。

 マスター、よろしいかな?』

『今更なこと言ってると怒るわよ、ランサー!

 相手がその気なら、こっちも全力で殴りつけるっ……!

 ラニの心臓、アレ、本物の第五真説要素(エーテライト)よ!

 爆縮させたらアリーナぐらい吹っ飛ぶわ!

 その前に――何とかして!』

『はっはっはっ、あの方のような無茶ぶりですなぁ。

 ならば拙僧も本気を出すとしましょう!』

 彼女の檄を受け、槍兵も構えを取り力を溜める。

 高まる力と力。その結果は――。

「次で終わりだな。

 ここまでわかりやすい威力の前では先ほどのような戦略は意味をなさない。

 ここで選択肢を誤れば双方共倒れだ。

 ……なんだ、その府抜けた顔は。

 強敵が二人もいなくなる可能性があるというのに助けにいくつもりか?」

 こちらを見てサーヴァントが肩をすくめる。いつの間にか、そんな表情をしていたのか。

 しかし今はそれよりも気になる事があった。サーヴァントの言葉の微妙なニュアンス。

 救う手段などない。

 そういう言い方ではなかった。

 ……何か、あるのだろうか?

「まあ、ないわけではいな」

 その気だるげな視線を向けたのは――令呪。

「あの場所の映像が映っているということは、ここからあの場所へ干渉することが可能ということだ。

 しかし、本来この繋がりは反則行為(ルールブレイク)による奇跡に近い。

 なら、干渉するには奇跡を起こすために令呪ぐらい使わないと不可能ということだ。

 だが貴様の残りの令呪は何画だ?」

 肩をすくめてサーヴァントはため息をついた。

 そう、俺に残された令呪はあと一画。

 これを消費した時点で、俺は聖杯戦争から脱落することになる。

 ライダーがこの場にいれば、一体なんて言っただろうか?

 珍しく激怒するだろうか、それとも、すべてを俺に委ねるだろうか……

 そんな思考も、目の前の(スクリーン)で自壊寸前のラニを目の当たりにして放棄した。

「令呪を使うわけにはいかない。

 でも、二人うちどちらかが今ここで消えるのをただ黙っていることはできない!

 この際反則行為(ルールブレイク)でも構わない。何か方法はないか!?」

「……ふふふ、ははははははははっ!!」

 子供の駄々のような返答にサーヴァントは腹を抱えて笑い出す。

 しかし、その笑いはあざ笑うというより、どこか嬉しそうな……

「二者択一の状態で両方を選ぶか!

 叶わぬ願いと知らず声を犠牲にした愚かな姫なら俺も書いたが、愚かと知りつつ何も犠牲にせずにすべてを得ようと言い放ったバカは初めてだ!!」

 気づけば、サーヴァントの目の前に大きな一冊の本が浮いていた。

「最後にもう一つ。

 俺は送ることはできるが、連れて帰ることはできん。そんなものは専門外だ。

 サーヴァントを連れていない今、貴様は自分だけの力で二人の小娘を助ける必要がある。

 それでもやるのか?」

「前言撤回はなしだ。やってくれ」

 即答するとサーヴァントは小さく笑い、目の前の本に手をかざした。

 彼の手に呼応するようにページがめくられ、見る見るうちに輝きが増していく。

「これは、もしかして令呪の力か!?」

「安心しろ、貴様の令呪は使っていない。

 そもそも俺と貴様は契約した仲ではないんだからな。

 これは俺が仕えている、残念な頭のマスターが行った一種の気の迷いだ、ありがたく受け取っておけ。

 まあ問題はその後だが、お前ならどうにかなるだろう」

 そして本が一際眩く輝いた瞬間、サーヴァントが短く言葉を紡ぐ。

「異なる世界に魅入られた愚か者よ。この奇跡は呪いである」

 その詠唱は彼の魔術だったらしい。

 まるで爆風に巻き込まれたかのように、俺の身体はどこか遠くへと吹き飛ばされた。

 

 

 視聴覚室にいたサーヴァントの魔術により、すべての世界が後方へ流れ去った。

 本来不可能な跳躍のためか、視界は暗闇が占め、自分が今どういう状況なのか把握することができない。

 サウナのような熱さを感じて目を開けると、そこは決戦場だった。

 まるでフライパンの上だ。

 大気中に放電する魔力の火花。

 ラニを中心に、海に沈んだ神殿を模した決戦場は融解しだしている。

「貴女は……!?」

「ちょっ、天軒くん!?

 嘘でしょう、どうやってここに……!」

 突然現れた闖入者に驚き二人は戦いを忘れて目を見開いた。

 その影響か、ラニの身体で渦巻いていた魔力が、かすかに緩む。

 その直後、一体にアナウンスが響き渡った。

 

『――決戦場に……なデータ…………確認。スキャン―――。

 ――ターNo.128、……――と断定。

 こ……り不適切なマ―――…………の退去を…………す――』

 

 ラニの周囲の魔力の影響なのか、アナウンスはノイズ交じりで内容は聞き取れない。

 だが、だんだんと背後に引っ張られるような感覚が強くなる。

 これは、この決戦場から戻されようとしている……?

 第三者が介入したことでSE.RA.PHの防御プログラムが作動したのか?

「いやダメだ、まだ何も解決していない!

 ラニ、自爆を止める方法はないのか!?」

「私の心臓……

 一度自爆を決行させたら解除することはできません」

 ラニは力なく首を横に振る。

 遠坂の方を見るが、彼女の方もあまりいい案はないようだった。

 そうこうしている間にもラニの溶解までのタイムリミットが迫る。

 どうすることもできないことに歯噛みしていいると、ラニのサーヴァントが構えを解いて武器を下した。

「ランサーのサーヴァントよ、あのマスターに情報を与えずこの状況を打開する策があるのだが、どうする?」

「……乗りましょう」

 僧侶のような姿のランサーが頷き、二人の間で話が進んだかと思うと、次の瞬間バーサーカーは振り返り――

血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)!!」

「――――、ぁ――――」

 バーサーカーの体内から射出された杭がラニの心臓を貫いた。

 今のはバーサーカーの宝具か……? いや、今考えるべきなのはそこじゃない!

 落ち着いた様子のバーサーカーが杭を引き抜くと、杭には彼女の体内にあった爆発寸前の炉心が突き刺さっている。

「な、なにをしているんだ、バーサーカー!

 マスターを殺すなんて……っ!」

「案ずるな、命までは奪っておらん。

 ランサー! あとは貴様に任せる!!」

「まかされよ!」

 炉心を貫いた杭を誰もいない方向へ投擲すると、バーサーカーはラニを抱えてこちらへ跳躍し、着地する。

「汝の登場には感謝するが、今は目と耳を塞がせてもらおう」

「それってどういう――」

 状況を把握する前に目の前でバーサーカーが無数の蝙蝠に変化し、俺の周囲をせわしなく飛び交い周囲の情報がシャットアウトされる。

 しばらくその状況が続き、次に得た新たな情報は蝙蝠で塞がれた視界にすら差し込むほどの強烈な爆発の光だった。

 それからようやくして視界が晴れる。

 爆発の瞬間はわからなかったが、ラニの魔力炉心はセラフ内の情報をすべて汚染するクラッキングデータの波となって、杭を投げた方角を更地へと変貌させてしまった。

 その余波はしばらくすればこちらにも届くことだろう。

「っ……、んっ……!」

 足元で微かに息が漏れたような声が聞こえる。

 視線を下げると、胸を貫かれた少女――ラニが浅い呼吸を繰り返していた。

 生きている……!

 危険な状態には変わりないが、胸を貫かれてもラニは生きている!

「うむ、少々賭けではあったが、無事守りきれたようだ」

 蝙蝠の姿から人の姿に戻ったバーサーカーが、ラニの容態を確認してホッと胸をなでおろした。

「すまないが、そなたの帰還に余のマスターも連れて行ってはくれまいか?」

「ああ、そのつもりで来たんだ。

 けど、あなたは?」

「心配は無用である。

 我らサーヴァントは余程のことがなければマスターとの繋がりが消えることはない。

 マスターが校舎に戻り次第、その座標を元に余も転移できる。

 ……それに、そろそろSE.RA.PHの防御プログラムに逆らうのも辛くなってきた頃合いであろう?」

 バーサーカーが指摘した通り、背後へ引っ張られる感覚がそろそろ耐えられる強さを超えてきた。

 今はバーサーカーの言葉を信じてラニを抱え上げる。

「どうし、て…………

 ……もう、意味がない、のに……」

 知らない。

 今はラニの独白を無視し、全身にまとわりつく重圧にすべてをゆだねる。

 ……ふと遠坂の方に視線を向ければ、何か言いたげにじとーという視線をこちらへ向けていた。

 これは校舎に帰ったらひと悶着ありそうだ。

 そのことに肩をすくめるが、二人を救えたことに満足して口元が緩んでしまう。

 

『時間です。

 規定に従い、マスターNo.128を強制退出します』

 

 アナウンスと共に身体が後方に引っ張られる。

 遅れてやってきた爆発の余波が後押しとなり、俺とラニの身体は地面を離れた。

 荒廃した決戦場の景色が、たちまち後方へと消えていく。

「向こうでラニと待っている!

 また後で会おう、バーサーカー!」

 聞こえたかはわからないが、たまらず叫んでしまう。

 その直後光に包まれるアリーナを見た気がしたが、連続した高速移動の衝撃に、意識が遠くなった。

 ……気がつけば、また視聴覚室に戻っていた。

 俺を決戦場へ送ってくれたサーヴァントはもういない。

 もう帰ってしまったのだろう。

 ここにいるのは俺と、満身創痍のラニだけ。

「……ここは……どうして……?」

 彼女は呟いて、意識を失った。

 ……その胸の傷は、もう塞がっている。

 胸を貫かれたばかりか、心臓を失っても彼女には命がある。

 以前から自分たちとは違うものを感じていたが、彼女も特別なマスターであるようだ。

 ……ラニを見ながら、スクリーンに視線を移す。

 先ほどの融解によるものだろう。

 スクリーンが映すのは、闇と静寂だけだった。

 バーサーカーは、まだ現れない。

「戻ってこれるって言ってたのに、あの言葉は嘘だったのか?」

 ラニは帰ってこられたが、サーヴァントがいなければ今この時点でムーンセルに削除されてもおかしくない。

「これじゃあ意味がないじゃないか!」

 無意識に手に力がこもり、ラニの右手を強く握りしめてしまう。

「戻ってこい、バーサーカー。

 まだお前のマスターは、まだここにいるんだぞ!!」

「…………っ」

 気を失ったままラニが苦悶の表情を浮かべ、やがて右手の令呪に光が灯る。

 その光は次第に大きくなり、視聴覚室内を覆うほどの光を放ちながら膨大な周囲の空間を歪めるほどの魔力が満ち溢れる。

「これは令呪の行使?

 まさか、ラニが気を失ったまま令呪を行使したのか!?

 でも、一体何のために……?」

「――どうやら、奇跡はまだ終わっていなかったらしい」

 声が聞こえた。

 対峙する人間を怯ますような圧を持ちながら、人を引き付けるカリスマを持ち合わせた気品に溢れた男性の声。

 声の主はラニの身体を気遣いながら抱え上げる。

「バーサーカー……」

「先ほどは貴様を逃がすためとはいえ虚言を吐いたことは謝罪しよう。

 ……ふむ、令呪を用いて余を呼び戻したのだな。

 これがなければ、余はあのままデータの藻屑となり果てていたことだろう。感謝する」

 バーサーカーの言う通り、ラニの右手に刻まれた令呪はその一画が欠けていた。

「無事なんだな? ラニも、バーサーカーも」

「いまのところは、としか現状では言えんな。

 決戦場を抜けだしたことで、あの場所での勝者は遠坂凛となったことだろう。

 ならば、余たちがどう処理されるかはムーンセルのみぞ知るところだ」

 だが、とバーサーカーは膝をつき、首を垂れた。

「敗北が必至だったあの状況から脱し、次へと繋ぐ希望が持てたことは事実。

 改めて、汝に感謝を述べよう」

 その言葉を最後にバーサーカーはその場を去っていった。




ということでアンデルセンが登場し、天軒自身はサーヴァント不在で令呪を消費せず決戦場へ突入
さらには遠坂、ラニがともにサーヴァント所持で決戦場から脱出しました

我ながらかなりイレギュラー起こしまくってますね


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奇跡の代償

とうとうアポクリファが始まります。
アヴィ先生の実装はよ……できれば全体のクイック性能アップのスキル持ちで。デュマ公でも可。


今回で3回戦+αは終了です


 バーサーカーを見送り再び一人になった視聴覚室で、視線は何も映さなくなったスクリーンへ再び向けられる。

 ラニの無事は確認できたが、遠坂の安否がまだわからない。バーサーカーの言い方からして、遠坂が勝者扱いになったらしいから、生き残っているとは思うが……

 一階の用務室前で待機していればわかるだろうか、などと考えていると、すでに開いている視聴覚室の戸を蹴り倒して人影がやってきた。

「主どの、ご無事ですか!」

「ライダー、どうしてここに」

「どうして、ではございません!

 主どのからの魔力供給に妙な揺らぎがあったので、サラどのに頼んで主どのを観測してみたところ、ほかの対戦相手の決戦場に赴いているではありませんか!

 主どのにもしものことがあったらと、私は心配で心配で……っ!!」

「……心配をかけてごめん、ライダー」

「いいえだめです! 今日という今日は私も我慢なりません!

 四回戦が開始されるまで、主どのにはマイルームで大人しくしていて頂きます。

 自由があるとは思わないように!!」

 わかりきっていたことだが、またライダーを泣かせてしまった。

 涙ぐんだ瞳に睨まれて動くことができない。

 何よりライダーの怒りはもっともで、言い返すことができなかった。

 ……いやでも待ってほしい。

 今、割と聞き捨てならないことを暴露してはいなかったであろうか?

 この状況では尋ねることもできず、ライダーに悪いことをしたという申し訳なさと、ライダーとサラが一体なにをしたのかわからない不安でなんとも言えない感情が渦巻いてしまう。

『やっぱり無茶したな、天軒由良。

 そろそろ首輪ぐらいつけた方が安心なんじゃないかしら』

「さ、サラ!?

 どうして俺の端末から声が……」

『連絡できるようにした際にさらに追加機能を付けさせてもらったんだ。

 よほどお前を一人でどこかに行かせるのが心配だったんだろうな。

 ライダーも快く承諾してくれたわよ』

 なるほど、今朝自分の端末がサラの手元にあった本当の目的はそういうことだったのか。

 ライダーに信用されてないのは悲しいことだが、実際いろいろ無茶をしてライダーに心配をかけてしまっているのだ。

 このような対策を講じられてもた文句を言える立場ではない。

『さっさと戻ってこい。今日一日はみっちり説教だ。

 お前の行動はそのまま私の命にも関わるんだから、そのことをみっちりわからせてあげる』

 言い返す暇もなく一方的にサラとの会話が切られた。

 どうやら、俺の一日はまだ終わらないらしい。

 

 

 翌日、聖杯戦争始まって以来の居心地の悪い朝を迎えることとなった。

 気まずさからライダーと同じ布団に入ることが出来ず、久々の椅子での休息を取ると、目が覚めた頃にはすでにマイルームの出入り口にライダーが門番の如く鎮座していた。

 本当に外出を許さないらしい。

 サラはマイルームの外にいるようで、なんとも重い空気の中で何もできずにただじっとしているだけの時間が過ぎていく。

 その状態がしばらく続き、とうとう痺れを切らしてこちらから話を振る。

「ら、ライダー」

「何でしょうか。外出は諦めてください」

「いやそれはわかってる。昨日は心配させてごめん」

「……謝罪は昨日すでに聞きました」

 視線を逸らすライダーに構わず言葉を続ける。

「あのときは無我夢中だったとはいえ、凛とラニを助けたいがために勝手な行動をとり過ぎた。

 その結果、ライダーを悲しませることになったんだ。本当に反省している」

 改めて頭を下げる。これではただの言い訳だろうが、それでも自分がどういう意図をもって行動したのかを伝えるべきだと判断した結果だ。

 ここまで一緒に戦ってきてくれた……支えてくれたライダーへの謝罪を全身で表すために。

「……別に、凛どのやラニどのを助けたこと自体を責めてはいません」

「え、そうなのか?」

「少し、妬けてしまったのは事実ですが……」

「……?」

 うまく聞き取れなかったが、ライダーは助ける行為そのものには怒っていないらしい。

「私が怒っているのは、主どのがご自身に無頓着過ぎることにです。

 昨日だって、どうやってあの決戦場にいったのかはわかりませんが、普通なら令呪を行使しても出来るかどうかの奇跡です。

 運良くSE.RA.PHが帰還処理をしてくれたからいいものの、下手をすればバグとして消滅してもおかしくはありませんでした。

 勇気と蛮勇は違うということを理解していただきたい」

「………………」

 ライダーの言葉が胸に突き刺さる。

 結果的に無事帰還できたとはいえ、分が悪い賭けだったことには変わりない。

 キャスターとの戦闘を経て、無意識に思い上がっていたのかもしれない。

「――反省もいいがそろそろ次のことを考えるぞ。

 落ち込んだままなのはお前らしくないでしょう?」

 マイルームへ戻ってきたサラが会話に加わる。

「自分のマイルームを覗いてきたけど、マイルームの出入りぐらいじゃSE.RA.PHは何もしてこないみたいだ。

 おかげで工房も回収できるわ」

「何も持っていないように見えますが……」

「まだマイルームに残してある。

 工房を作るためにはある程度の広さが必要だからな。

 少しマイルームを弄らせてもらうわよ」

 言うが早いか、サラはアイテムストレージから手鏡程度の大きさの鏡を二枚取り出し、それぞれ教室の前と後ろに設置した。

「サラ、これは……」

「合わせ鏡ぐらいは知ってるだろう。

 鏡同士を向き合わせると、ニ枚の鏡には無限にも等しい空間が映り込む。

 非魔術的には空間を広く見せるための錯覚に使われているが、魔術的にはさらに別の意味を持つ。

 私が一番得意とする結界系の魔術よ」

 ざっくりと説明をしながらサラが鏡に魔力を込めると、次の瞬間教室の広さが2倍近く広がった。

 その光景にライダーと共に息を呑んでいると、視界の端でサラが肩をすくめた。

「今回は錯覚の方に魔術を施して空間拡張として利用するんだが、最低限の部品だとこれが限界か」

「いや、それでもすごいよ」

「やってることは単純だ。鏡に写った虚像を実像と誤認させるだけ。

 メイガスが地上で同じことをする場合は魔法クラスだろうが、私たちが今いる電子の世界は言わば虚像の塊。距離に関しては特に曖昧な空間だ。

 戸をくぐれば廊下に出るが、逆に言えば『戸をくぐる』というアクションを起こさない限り、いくらこの教室を広げようと廊下とかち合うことはない。

 そんなわけだから、地上よりは空間の拡張は簡単よ」

「それって、時間じゃなく俺達の行動にあわせて朝昼晩が動くのも同じ原理?」

「そういうことだ。

 ところでライダー、私の工房の部品回収をしたいから天軒由良を借りてもいいかしら?」

「そういうことでしたら」

 マイルームから出ることが許可されたとはいえ、最早選択肢すら与えられずに連れ出されるのはどうなのだろう……

 複雑な心境のまま廊下に出ると、いつも通りNPCは活動しているが、ほかのマスターは見当たらない。

 時期的にインターバル期間で休養中のマスターが多いのかもしれない。

「そういえば、校舎に出ても問題ないんだね」

「私の中にあった『人間部分の私』だけを抽出したから、ほとんどハリボテみたいな状態だけどな」

 忌々しそうに自分の身体を観察するサラ。

「魔力とは生命エネルギー。原則生きてはいない礼装は周囲のマナを吸収することはあってもオドを生成することはない。

 つまり、礼装扱いになった私は本来なら魔力生成ができないのはもちろん、魔力切れだって起こすことはないんだ。

 けど実際に私は魔力切れを起こしているし、魔力の生成も行っている。礼装が自動的に魔力を吸収して私という身体を維持しているのだとしても、その魔力はどこから溢れてきている? 仮にマナを使うのなら、地上ならともかくSE.RA.PHで魔力切れを起こす可能性は少ない。

 なら、今の私にも人間としての……魔力を生成する部分が微かながら存在していると考えるのが妥当だ。その人間部分が今の私の1割なら、魔力生成の効率が1割に低下した説明もつく。そのうえ魔力を生成しないのに消費はしてしまう部分が9割ほどあるんだ。魔力切れを起こしてもおかしくない。

 あとは私にかかれば簡単だ。『礼装部分』と『人間部分』が混ざっている身体を、一時的に別々に分けさせればいいわけね」

 なんでも無いように言っているが、それはすなわち魂を分けるということだ。下手をすれば取り返しのつかない状態に陥る可能性すらある。それを平然とやってのけるのだから、サラが言っていた通り、本当に彼女は魂の扱いに長けているらしい。

「まあ厳密にいえば、分けるというより仕切りを作るっていう方が正しいかもしれないな。

 現状、マイルームの外では礼装部分に魔力を回さないようにして自分の身体を維持している状態だ。

 その弊害で私の身体能力はすべて1割に低下してるから簡単なコードキャストすら使えない。

 まあ、今後はマイルームに籠るのが基本で、戦闘する予定はないしそこまで気にしなくても大丈夫でしょう」

 その説明を聞いてホッとした。これで抱えていた問題は一つ解決したと言ってもいいだろう。

 直後、背中に悪寒が走った。

 振り返ればそこにはカソックに身を包んだ長身の男性……言峰神父が不気味な笑みを浮かべて立っていた。

「何か用ですか?」

「なに、簡単な通達だ。すぐに終わる」

 言峰神父の口が意味深な笑みを浮かべる。経験則から、こういう表情の時は大抵ろくでもないことを考えているのがこの神父だ。

「他のマスター同士の決戦場へ侵入したことはもちろん、そのうえ両者が生き残るという結果になる原因を作った君には、相応のペナルティを与えなければいけない」

「……っ!」

 わかってはいた。

 あのようなルールブレイクを運営が許すわけがない。

 最悪の事態も想定して言峰神父の次の言葉を待っていると、わざとらしくため息をついたサラが口を挟む。

「で、そんなもっともらしい建前で私達に何をさせるつもりだ?

 校舎の掃除でもさせるつもり?」

 …………え?

「ふむ、やはり君がいると話がとんとん拍子で進んで面白くないな。

 少しは相手の手の上で踊ってみるというのも体験してはどうかね?」

「生憎とダンスは趣味じゃないんだ。

 それで要件は何かしら?」

「追って連絡しよう。

 明日には何かしらの連絡手段で伝える予定だ」

「じゃあついでに私からの質問だ。

 ラニ=Ⅷと遠坂凛の処遇はどうなるのかしら?」

「さきほど本人たちに伝えてきた。気になるのなら彼女たちに直接聞いてくればいい。

 ラニ=Ⅷならまだ保健室で休んでいる」

 それだけ言うと、言峰神父は立ち去ってしまった。

「サラ、状況が読めないんだけど……」

「結論を言えば、ペナルティ云々は私達になにか面倒事を押し付けたい建前ってことだ。

 私たちの四回戦進出の件も保留になったままだし、まとめてそれに組み込むかもしれないな。

 ……あの様子だと遠坂凛やラニ=Ⅷもいますぐに処分されることもないだろう。

 ただ、面倒なことになるだろうから覚悟はしておきなさい」

「よ、良かったぁ……」

 想定していた最悪の事態は回避できたと知り、思わずその場に座りこんだ。

 その様子を見てサラは小さく笑う。

「懲りたか?」

 短く、シンプルな質問。

 それでも何を聞いているのかはわかった。

「さすがにもうライダーに相談なしで勝手なことはしないよ。

 これ以上ライダーを泣かせるのはごめんだ」

「その様子だとよほど堪えたらしいな。

 女の涙は武器っていうのは本当なのね」

「からかわないでくれ……」

 サラの冗談にも今は肩をすくめることしかできない。

「まあその様子なら少なくとも今の状態で無茶をすることはないな。

 工房の部品を回収するのは一人でもできる。

 10分ぐらいなら好きにしていて構わないわよ」

「え、それって……」

「一時的とはいえ、『一人は死ぬ』という運命を覆したんだ。

 その結果ぐらい自分の目で確認しなさい」

 先ほどライダーに行った交渉は、俺を外に出すための詭弁だったということか。

「……ありがとう」

 サラの気遣いに感謝しつつ走り出す。

 言峰神父の言葉が本当なら、ラニはまだ保健室で休んでいる。

 一階へ降りてまっすぐ保健室へ向かうと、中ではバーサーカーがラニを看病していた。

 桜は見当たらない。どうやら席を外しているらしい。

「バーサーカー、ラニの容態は……」

「一度は目覚めたが、またすぐに眠りについた……

 肉体のほうは問題ない。あるとすれば精神力の急激な消費が原因であろう。時期が来れば目覚める」

 その言葉にホッと胸を撫で下ろした。

 心臓を穿たれたというのに無事というのは驚いたが、どうやら彼女はそういう造りをしているようだ。

「そういえば、言峰神父はここに来ていたかな?」

「あの監督役か。我々の処遇を伝えに来たぞ。

 本来ならありえないが、此度の聖杯戦争は若干の人数不足のようでな、このまま4回戦に進めるとのことだ」

「そう、か」

 生きているということは、まだ戦いが続くということ。それはわかっていたことだ。

 ただ、願わくばラニや遠坂が死なずに済む未来が……いやこの考えはよそう。

 ラニも遠坂も死を覚悟してこの聖杯戦争に臨んでいるのだ。この考えは二人の覚悟を侮辱することになる。

「ラニが起きたら、よろしく言っておいてほしい」

「うむ、承知した」

 今の俺にできることはない。

 ラニのことはバーサーカーに任せて、ひとまずここから出る。

 外には、いつからいたのだろう遠坂凛が壁に背を預け、待っていた。

「さて……どういう事か、説明してもらうわよ」

 遠坂の鋭い眼光がこちらを射抜く。

 その燃えるような瞳には、怒りと敵意。今までで一番激しい色をしている。

 真剣勝負の場に割り込まれたのだから、このリアクションは当然といえる。

 ここが決戦場なら殺されていても不思議じゃない。

 いや、彼女ほどのウィザードなら、ユリウスのようにアリーナもどきの空間に引きずり込んで戦いを仕掛ける事だって可能だろう。

 それをしないのは、単に殺しては説明が聞けない、というだけの事。

 あの目を見るに、そう考えてよさそうだ。

「他人の戦いに乱入できたら、聖杯戦争のバランスは完全に崩壊するわ。

 二人を相手に勝てるマスターは存在しない。

 でも……決戦場のセキュリティは最高レベル。たとえ令呪の奇跡があったとしても、戦いを見る事すら不可能のはずよ。

 天軒くんがそこまでの腕を持ってるとは思えない。一体どんなからくりがあったってわけ?」

 疑問を口にする遠坂はいまだ構えたままだ。

 こちらの返答によってはこのまま戦闘を始めることもある、ということだろう。

 サーヴァントを連れていない今は圧倒的にこちらが不利だ。

 たとえ遠坂がサーヴァントを使わないにしろ、マスターの実力差すらかけ離れている。

 戦いを避けるためには、ただ祈りながら正直に話すほかない。

 自分にも何が起こったのかわからない部分はあるが、出来る限りその場にあったことを説明していく。

 すべてを話すと、遠坂は眉をひそめて顎に触れる。

「……なるほどね、ユリウスの仕業か。

 まあ、あなたがあんな反則まがいをするなんて変だとは思ったけど」

 戦闘の情報は漏れていない。

 遠坂のサーヴァントは依然、その姿以外は不明のままだ。

 その事が伝わったらしく、彼女の態度は多少は柔らかくなった。

 最も、向けられた敵意と疑念が完全に消えたわけではなさそうだ。

「でも、ユリウスもセキュリティは破れずに引き上げたのよね?

 なのに、なんであなたはアクセスできたのかしら。

 私も前に調べてみたけど、あのファイアウォールを破ろうとすれば、攻性プログラムで逆に脳が焼かれるわ」

 攻性プログラム……思い当たるものといえば、あの静電気のような痛みぐらいだが、その程度で終わるわけがない。

「それらしいものはなかった気がする」

「そんなはずはないわ。

 たとえこっちの体は無事でも、本体の脳がとても……あっ」

 思い出したように遠坂が声を上げる。

「ごめん、そういえば天軒くんは本体とのパスが切れてるんだったわね。今のは忘れて。

 どっちにしても、これから戦い続ける気なら私たちは敵同士。それは変わらない。

 ピーピングも、次にやったら見逃さないわよ。肝に命じておきなさい、いいわね」

 矢継ぎ早に釘を刺し、早歩きで去っていく。

 そんな中、彼女のサーヴァントが現界してこちらに歩み寄ってきた。

「マスターはああ言っておりますが、あの爆発を我々だけでどうにかするのは不可能でした。できたとしても、次以降を勝ち残るのが難しくなる程の致命的なダメージは避けられなかったでしょう。

 救ってくださった天軒殿には感謝いたます」

 そう言いながらサーヴァントが何かを取り出し手渡してきた。

「これは、絵巻?」

「いつか天軒殿の助けになるかもしれないもの、とだけお伝えします。

 拙僧より貴殿が持っていた方がいいと思いますゆえ、どうかお受け取りいただきたい」

「そういうことなら……」

 不思議なデータを受け取ると、満足そうに頷いてサーヴァントは去っていった。

 中身が見えないように加工はされているが、ロックがかかっているわけではない。罠でもなさそうだ。

 今は気にしなくても大丈夫だろう。

 それより少し長居しすぎた。早くサラと合流しなければ。

 

 

 サラと合流してマイルームに戻ると、彼女は拡張した空間にテキパキと設置していく。

 サラの主な戦闘スタイルが憑依というメイガス寄りだったのもあり、彼女の工房と聞いて禍々しいものを想像していたが、実際は複数のディスプレイやキーボードが展開している近代的な機器に囲まれた空間だった。

「よし、配置はこれでいい。

 天軒由良、黒鍵はまだ残ってるかしら?」

「二本だけなら」

「まあ無いだろうな、ってなぜまだ二本持っている?

 今日確かに六本回収したはずだが……ああ、モラトリアム一日目にお前へ投擲した分か。

 その二本貸しなさい」

 どうやらキャスターとの戦闘の際に捨てた分はきっちり回収してくれたらしい。

 アイテムストレージから黒鍵を取り出して手渡すと、サラはそれを工房の機材の中に入れてキーボードを操作しはじめる。

「どうするんだ?」

「ちょっとした仕込みだ。

 今後のお前の助けにもなるはずよ」

 説明している間に作業を終え、機材から排出された柄だけの黒鍵を彼女は手で持ってじっくりと観察する。

 そして一人納得して頷くとこちらに手渡してきた。

「天軒由良、魔力を流して刃を形成してみろ」

「えっ、あ、うん……」

 サラが何を考えているのかわからず、言われた通りに魔力を流し、刃を形成する。

 特に変わった様子はない。

 おもむろにサラが刃に触れたかと思うと刃に突然文字が浮かび上がりーー

「――ひゃっ!?」

 正座してこちらを見ていたライダーが突然声を上げた。

 思わず視線を向けると、ライダーは気まずそうに俺から視線をそらす。

 何が起こったのか気付けたのは彼女のマスターという立場のおかげだろう。

「ライダーの筋力ステータスが上昇している。

 ってことは、これは錆び付いた古刀のコードキャスト?」

「そのとおりだ。

 ちょっと細工をして、コードキャストを出力できるようにさせてもらったわ」

 言いながらサラは自身の端末を操作し、彼女が装備している礼装を表示する。

 先日も当然のように俺のアイテムストレージを開いていたが、どうやらサラが俺名義の礼装になったことでお互いの持ち物が共有になっているらしい。

 彼女に促されるまま確認すると、俺の所有する錆び付いた古刀がサラの装備礼装になっていた。

「礼装の装備数、お前は2つが限界なんだろう?

 この方法を使えばそれだけで戦略の幅が広がるわ」

 確かにそれは非常にありがたい。

 これまでも対処できる礼装はあるのにそれを装備していないが故に歯噛みすることになったことも少なくない。

「けど、一体どうやって起動するんだ?

 俺は特に何もしてないんだけど」

「特別何かをする必要はない。

 今まで同様礼装のコードキャストを起動するように、黒鍵に魔力を流すだけでいい。

 そうすれば、お前に装備された礼装から任意のコードキャストが黒鍵を介して出力できるわ」

「けど、それって結局2種類の礼装しか使えないんじゃ……」

「その点は問題ない。

 今の私はアバターと礼装のどちらの機能も使える。

 つまり、アバターとしての機能でお前の礼装を装備し、礼装としての機能でお前が私を装備すればいいのよ」

「……それって」

 サラという礼装を装備する。

 二日前、キャスターとの戦闘後にサラが魔力切れで苦しんでいる際にも同じ提案したが、そのときはサラの方から却下された。

 理由は、俺の魔力ではサラのアバターの維持までは無理だと言われたからだ。

 校舎に出るためにサラが自身に施した対策も、魔力を消費する部分を制限することで騙し騙しどうにかなってる状態だ。

 俺自身も別段あの時から魔力の量が増えたわけでもないから、危険な行為であることに変わりはないのではないだろうか?

 そんな不安を読み取ったのか、サラは肩すくめてため息をついた。

「安心しろ。私がここにいる限り、お前に必要以上の魔力を要求することはない。

 昨日の時点でアバターの分離の方と合わせて何度もシミュレートしたから保証するわ」

 そんなことしていたら寝る暇なんてなかったのではないかと思ってしまうが、あまりそこは追及しないほうが彼女のためかもしれない。

 彼女が俺のためにいろいろと提案してくれたのだ。ここは素直にその恩恵を受けよう。

「それじゃあ、試しに今から天軒由良の魔術回路と私の魔術回路を繋いでみるぞ」

「っ、それはいけません!」

 予想外の提案にライダーが慌てた様子で制止する。

「ら、ライダー?」

「あ、う……えっと、その――」

 珍しくライダーが動揺している。

 彼女自身反射的に止めに入ったのか、次の発言に困っているようだ。

 しかし、ライダーがそこまで焦るということは魔術回路を繫ぐということは危険な行為なのだろうか?

 未だ知識に乏しいこちらとしてはその辺りの説明はしてもらいたい。

 そう思ってサラの方に視線を向けると、彼女は肩をすくめて小さく笑った。

「心配しなくても、ライダーが思ってるような生々しいものじゃない。私は礼装扱いになってるって言っただろう?

 普通の礼装同様、端末上から私の礼装を指定するだけで、あとはシステムが勝手に魔術回路を繋げてくれる。

 天軒由良、試しにやってみなさい」

 生々しいという言葉が気になるが、それを尋ねるのは藪蛇だと判断してさっさと端末を操作する。

 しかし特に変わった様子はない。サラの方を見てもそのまま続けろとジェスチャーしてくるだけだ。

 促されるがまま、さきほど入力されたコードキャストを脳裏に浮かべて黒鍵に魔力を流す。しかし何も起こらない。

「うまく魔術回路が繋がってないのかな」

「いや、魔術回路の接続はきちんとできている。単純にイメージがうまく出来てないんだろうな。

 コツさえ掴めばすぐにできるわよ」

「なら、あとはサラが装備できる礼装の数か。

 今の手持ちは守り刀が無くなって6つだけど、どれぐらい装備できそうかな?」

「お前の手持ち礼装すべて私が装備しておく。あ、いや強化スパイクだけはお前が使え。

 あれは常時効果が適応される礼装だから直接装備している方が効率がいいわ」

「それはいいけど、サラの方はそんなに装備して大丈夫なのか?」

「舐めてもらったら困る。お前とは身体の作りが違うんだ。……さすがに良い方が悪かったな。忘れてくれ。

 ひとまず10個程度なら同時に装備しても問題ない」

 サラの潜在能力はすごいと常々思ってはいたが、礼装の装備数でもここまで差が開くとは思わなかった。

「あとはそれぞれ礼装を装備するだけで黒鍵の下準備はすべて終わった。あとは習うより慣れろだ。

 今からみっちり練習するわよ」

「お、お手柔らかに頼むよ」




今回はサラの魔術の説明回でもありました。
鏡を使った現象や逸話などをひっくるめた魔術になります。fate世界なら結界魔術のくくりで大丈夫のはず……

一応3回戦のタイトルは
23、25話……水面
26話…ニトクリスの『鏡』
27話…シャーマン
28話…白雪姫の魔法の鏡
29話…マッドハッター
30話…白雪姫の目覚めるシーン
みたいな感じで、『鏡』を連想したり重要な位置にあるもの、もしくは『鏡が関係する物語』に関係するものが極力入るようにしてました。(24話はピッタリのものがなかったですが)
今後もこんな感じの遊びを取り入れれたらなと思ってます


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アイドル ノ リサイタル

Apoアニメ開始、アガルタの女配信開始。その他イベントなどなど
いろいろとFateからの供給が多すぎて毎日が楽しみです。


タイトルでわかる方もいると思いますが、今回と次回はあのサーヴァントが登場します


 朝、外出を許可してくれたライダーと共に校舎へ移動する。

 目の前に広がるのは見慣れた廊下の風景。しかし今までと明らかに違う雰囲気に眉をひそめる。

「……静かすぎる」

 昨日もマスターとすれ違うことはなかったが、それでも賑やかしのNPCは廊下を歩いていた。だというのに、今日はそういった人影すら見当たらない。

「もしかして、固有結界?」

『いえ、魔力の流れも感じませんでしたのでそれはありえません。

 正真正銘、聖杯戦争に使われている校舎です』

 気味の悪い状況に周囲を警戒していると、突然校内放送が流れはじめた。

『運営委員からのお知らせです。

 校舎にいるマスターは至急体育館へ集まってください。

 繰り返します――』

 内容は運営からの招集。

 今までのようなメールと掲示板による対戦者の発表とは違った趣向だ。

 ふと脳裏に浮かぶのは、昨日の言峰神父の言葉。

「どう思う、ライダー?」

『行ってみましょう。

 どの道、このままここにいても何もわかりませんし、罠であっても私が必ずお守りします』

「わかった、じゃあサラにも連絡をーー」

『心配しなくてもマイルームにも放送は流れていた。

 それに工房を設置したおかげで端末を経由してそっちの状況はリアルタイムでモニタリング出来ているから安心しなさい』

 ……今後の自分のプライバシーというものに不安を感じてしまったが、ひとまずここは体育館へと向かった。

 

 

 体育館に足を踏み入れた瞬間、全身の毛が逆立った。ユリウスのアサシンに背後を取られた時を彷彿とされるその空間で佇んでいる人影が二人。

 赤い巻き毛におどけた表情の仮面。派手な衣装に長身痩躯。本来は陽気なピエロを連想させるような仮装なのだろうが、ぽっかりと開いた穴の奥から覗く双眸は蛇のようにぬらぬらと暗く光っており、陽気とは程遠い。

 その隣にはサーヴァントらしき少女の姿。露出の高い可憐な衣装に身を包み、見ようによってはアイドルを連想させるかもしれない。しかし、すらりとした脚とは別にスカートから覗かせた黒い尻尾と、マイクスタンドにも見える巨大な槍が、彼女が人ならざる存在なのだと語っている。

「お下がりください、主どの! あの者たちは危険です」

 すでに抜刀した状態でライダーが前に出る。

 情報過多で整理しきれず混乱していると、体育館に手を叩く音が響いた。

 音のする方へ視線を向けると、カソックを見にまとった長身の男、言峰神父が立っていた。

 言峰神父の姿を視認したサーヴァントは退屈そうに尻尾を振り、眉をひそめて問いかける。

「貴方がこの舞台をセッティングしたディレクター?

 こんな観客がいない殺風景な場所であたしに何をさせようっていうのかしら?」

「それは今から説明しよう。

 ……ちょうどマスターも全員集まったようだ」

 言峰神父の言葉の通り、俺とピエロ以外に9人の男女が体育館へと入場してきた。

 その様子を見たサーヴァントは満足そうに笑みを浮かべる。

「開演ギリギリに来るのはいただけないけど、思ったよりいるじゃない」

 最終的に十数人のマスターらしき人物が集まった。

 ほとんど見覚えのないマスターたちだが、その中に一人だけ知ってる顔に思わずその名を口にする。

「……ユリウス」

「貴様もこの茶番に巻き込まれたのか。

 一体何をしでかした?」

「それは、どういう意味なんだ?」

 ユリウスの言葉の意味が分からず聞き返すと、図っていたかのように言峰神父が語り始めた。

「マスター諸君、集まったようだ。

 ここには同士討ちによって二人ともが消滅する寸前だったもの、そして二つのトリガーを揃えられず、モラトリアム中に敗北が確定したものなどが集まっている。

 本来ならルールに従い消滅させるのだが、知っての通り二回戦までにそこにいるマスター殺しが勝者を数人殺害したことで、トーナメントの人数が合わなくなってしまった」

「…………ちっ」

 言峰神父の言葉にユリウスへ視線が集まり、彼は不機嫌そうに眉をひそめる。

 言峰神父はしばしその様子を愉しむように眺めてから、再度説明を続ける。

「聖杯を掴むに相応しい強者を選ぶため、不戦勝という手段は極力避けたい。それならば消滅する運命にあった者を再度参加させて戦わせた方がマシだ。

 そこで、君たちには特別に敗者復活の機会を与えようと思う」

 言峰神父の発言にざわつく中、彼は体育館の中心にいるピエロを指差す。

「そこにいるのは予選の時から度重なる警告を無視し、破壊活動を続けてきた違反者だ。

 その被害はマスター殺し以上。

 これ以上は大会運営に支障をきたすと判断し、三回戦をもってこの二人を消去することが決定した。

 しかし、ただ消去するだけでは面白くないうえ、なによりマスターが減っていく一方だ。

 そこで、君たちには先ほど言った敗者復活の権利を賭けてこの違反者を討伐するゲームをしてもらいたい」

「そこのピエロを殺したマスターが聖杯戦争に復帰できるということか?」

 マスターの一人が言峰神父に問いかける。

 それに対して言峰神父は首を横に振った。

「空きは3人分存在している。まあ候補者は10人であるためそれでも足りないがね。

 よって、討伐完了時に生き残っているマスターがそれ以上いた場合、生き残ったもの同士でその席を巡って争ってもらうことになる」

「それじゃあ逃げ回って他の全員が疲弊するのを待つほうが有利じゃない」

「その通りだ。だからこそ、討伐したマスターには別に報酬を与えることとしよう。

 報酬は、自分が戦う対戦相手のサーヴァント情報を一体だけ閲覧できる権利、などどうかね?」

「……っ!!」

 その場にいたほとんどのマスターがその言葉に息を呑んだ。

 ここまで勝ち進んできたマスターなら、サーヴァントの情報がどれほど重要なのかは身を持って知っているハズだ。

 その情報が無条件で手に入るのだから、得る側は最大のアドバンテージであり、得られなかったものは自分のサーヴァントの情報を知られるディスアドバンテージとなる。

 これほどハイリスクハイリターンな報酬は存在しないだろう。

「協力し、最後の最後に出し抜くのもよし。

 報酬は諦めて他の者の弱体化を待つため逃げ回るのもよし。

 それぞれの戦い方で挑むといい」

「もし、討伐する側の脱落者が空きよりも少なくなった場合はどうなるのかしら?」

「その場合は仕方がない、空いた部分はまた不戦勝という形をとることになるだろう。

 ……ふむ、なら不足が出た場合、違反者を討伐した者は四回戦が不戦勝になる、ということとしよう」

「な……っ!?」

 この神父、とんでもないことを提案したぞ!

 ただでさえ3枠の敗者復活権を奪い合うバトルロワイアルだというのに、さらに不戦勝を狙うならば一人余計に倒す必要がある。

 つまり、仮に残りが3人になったとしてもさらに戦いが繰り広げられることになる。しかもルール上、違反者を討伐する前に、だ。

 下手をすれば、1人になっても確実な不戦勝権の獲得のために争いが起こるかもしれない。

 言峰神父はそれをわかっていて言っている。

 この状況で俺たちがどんな行動を起こすのか愉しむために……!

「この討伐戦ではアリーナとマイルームへ続く道はロックされている。

 その代わり、今回限り校舎内での戦闘を許可しよう。

 各自違反者の討伐に励んでくれたまえ。

 ……というのでどうかね、マスター・ランルーのサーヴァントよ」

「質問があるわ。

 逆に私がここにいるサーヴァントを全員殺しちゃったらどうなるのかしら?」

「今までのペナルティの白紙。分解処分の取り消し。

 これだけのサーヴァントを相手にして生き残っているのなら、聖杯の求める強き者の候補として十分な素質があるということだろう」

 言峰神父の提案に、ランルーというマスターのサーヴァントは愉快そうに笑った。

「ええ、いいわ最高よ!

 今日は久々のブラッドバスね!」

「ウン ランルー君モ オ腹スイタ。

 コレダケイレバ 一人グライ 食ベラレルヒト イルカモネ」

 サーヴァントは見の丈ほどある巨大な槍を床に突き刺すと、背中から翼を生やし、ふわりと浮いて矛先に着地する。

「はぁい、豚ども。

 今日は私のライブに集まってくれてありがとう!

 雷鳴轟くヤーノシュ山より舞い降りた鮮血の唄歌い!

 ハンガリーにその名も高い私は――」

「ランサー、オクチ チャック」

「おっと、私ったらテンションが上っていろいろと喋ってしまったわ。

 真名を伏せるのはマネージャーとの契約だったわね」

 マスターに釘を刺されて自重したが、彼女の振る舞いはまるでアイドルがライブ時に使うマイクパフォーマンスのようだった。

 突然始まったそれに、その場にいたマスター全員が唖然として動けないでいた。

「お礼に私のとびっきりのナンバーでイかせてあ・げ・る!!」

「っ、宝具がくるぞ!」

 気づけば敵サーヴァントの口に尋常ではない魔力が収束していて、今にも宝具が放たれそうとしていた。

 反射的に叫ぶとそれに反応してライダーは俺を担いで出入り口へと走る。

 他のマスターたちも俺の言葉にハッとし、各々体育館から撤退しているのが見えた。

 直後、体育館の屋根に大穴が開くほどの衝撃波が突き抜け、それが討伐戦の幕開けの合図となった。

 

 

 敗者復活という名目で行われている、ランルーくん及びそのサーヴァント討伐戦。

 校舎が揺れるほどの衝撃が度々起こっているということは、すでに戦闘が始まっているのだろう。

 そんな中、俺は校舎一階の廊下を走っていた。

「主どの、一体どちらへ?」

「この校舎に俺たち敗者復活候補以外のマスターやNPCがいないか確かめておきたい。

 もしこの戦闘に巻き込まれでもしたら大変だ」

「承知しまし……っ、主どの下がって!」

 ライダーが抜刀しながら前に出たかと思うと廊下の奥から迫ってきた黒い『何か』を弾いた。

 それはよく見れば人の毛髪であり、刃物と同等の硬度を持ってこちらを襲ってきている。

 このような攻撃をしてくる敵を一人だけ知っていた。だからこそ、背後からくる奇襲に対応することが出来た。

「ユリ、ウス……っ!」

 黒鍵がユリウスの拳を受け止める。

 ただの拳のはずなのに、その一撃はサラとの打ち合いよりも重く響く。

「この攻撃を防ぐか。

 どうやら、ただサーヴァントの強さだけで勝ち上がってきたわけではないようだ」

「どうして今ここで俺たちが戦う必要があるんだ?

 今はランルー君のサーヴァントの方が優先だろう」

「あの女ぐらい俺一人でもどうにかなる。

 すでにサーヴァントの情報もわかっているからな」

「女って、あのマスター女性なのか!?」

 思わぬ真実に場違いな声を上げてしまうが、その反動のおかげでお互いの距離が離れた。

「その程度も知らないのかお前は。やはりさっきのは運がよかっただけか。

 校舎内を走り回っていたのは逃げるためだろう?」

「違う、俺は無関係なマスターやNPCがいないか確認してただけで……」

「校舎内で戦うために設定されたこの場所にそんな邪魔者いるわけがないだろう。

 その口ぶりだと、本選に使われている校舎が複数あることも知らないのか。本当に、なぜお前のようなやつが生き残っているのか甚だ疑問だ」

『はいはい、いがみ合うのはそこまでだ、ユリウス』

 端末から響いたサラの声が、拳を構えるユリウスを制した。

 一瞬怪訝そうに周囲を確認していたユリウスだが瞬時に状況を把握してこちらに向き直った。

「サラ・コルナ・ライプニッツか。

 端末から通信とは何のようだ?」

『言わないとわからない頭ではないと記憶していたんだが、まあいい。

 お前、本当に一人であのピエロを相手できると思っているのかしら?』

「……………………」

『黙りか、まあいい。

 あのランルーくんとかいうマスターは私も一度会ったことがあるから言えるが、性格は狂っていても魔術回路は天性のものだ。

 彼女自身の戦闘能力はわからないが、サーヴァントのステータスは魔力供給でブーストしてるでしょうね』

「だったらどうした。たとえ俺一人では厳しいのだとしても、他のマスターを利用してやればいい。

 その指摘は天軒由良を殺さない理由にはならない――」

 直後、ユリウスの言葉を遮るようにユリウスの背後の壁を貫通して何かが反対側の壁へ激突した。

 その正体は俺たち同様体育館に集まっていた女性マスターの一人だ。

 しかしその姿はボロボロで、なによりその身体にはランルーくんのサーヴァントが持っていた槍が突き刺さっている。

「ライダー、あの人を助け――」

 いまだアサシンを牽制し続けてくれているライダーに指示を出そうとしたところに、槍が刺さった女性を追うように崩れた壁をくぐり、ランルー君のサーヴァントが姿を現した。

 彼女の方も決して軽いものではない傷を負っていて、その戦闘がどれだけ激しかったのかを物語っている。

「貴方のサーヴァントには随分と手こずらされたわ。でも、これでお終い。

 貴方が死ねばサーヴァントもそのうち消滅する。

 バーサーカーなんてマスターがいなければすぐに魔力切れ起こすクラスだもの。

 まあ、私も同じクラスだから少し複雑な気分だけど」

 言いながらサーヴァントは槍を握り、一気に引き抜く。

「あ、ああああああああ――っ!!」

 断末魔と共に噴水のように吹き出すマスターの鮮血をサーヴァントは浴びるように受けて心地よさそうに目を閉じる。

 その鮮血はすぐさま魔力に変換されてサーヴァントに吸収されていき、彼女が受けていた傷が跡形もなく癒えていった。

「……吸血鬼め」

 ユリウスは忌々しそうに呟いてから右手で自分のサーヴァントに指示を出し自分のもとに引き返させる。

 それに伴いその相手をしていたライダーも隣に戻ってきた。

「……あら、こんなところにいたのね最後の子豚ども」

「さい、ご?

 まさか、すでに他のマスターを倒したっていうのか!?」

「ええそうよ。ちょっとはやると思っていたけど、やっぱり負け組じゃ私を倒すことはできなかったわね。

 それで、あなたたちはどうなのかしら?

 あのディレクターの話じゃ、あなたたち二人だけはルール違反のペナルティでここに来たって話じゃない」

 獲物を狩る獣のようにサーヴァントは舌なめずりをする。

 ここで戦闘をするか、情報整理のために一時撤退するか……

「っ、ライダー何を!?」

 判断をしかねているとライダーが敵サーヴァントに攻撃を仕掛ける。

 しかしそれはお互いの武器がぶつかり合うだけに終わり、むしろ敵サーヴァントの腕力がライダーの態勢を崩した。

「熱狂的なのは嬉しいけど、ステージに上がるのはマナー違反よ!」

「がはっ!?」

 無防備となった胴体に敵サーヴァントの尻尾が振り抜かれ、天井と壁に打ち付けられながら俺の後方まで吹き飛ばされた。

「ライダーっ!」

「だい、じょうぶです……」

 立ち上がろうてしているがその足元は覚束ない。どう見ても重傷だ。

 その治癒に時間がかかっていると、またもサーヴァントの口に魔力が集まっていく……!

 体育館では出口から逃げることができたがここは校舎の廊下で、しかも階段は敵サーヴァントの背後にひとつだけ。

 保健室側なら教会のある中庭に逃げ込むこともできたが、不幸にも今いるのはアリーナの出入り口である体育倉庫側。完全に袋小路だ。

 ライダーの回復も終わっていない絶体絶命の状況で、ユリウスのアサシンが動きを見せた。

「――夢想髄液(ザバーニーヤ)

「――――竜鳴雷声(キレンツ・サカーニィ)!」

 直後、両者が宝具が衝突する。

 アサシンが放ったのは、ユリウスにアリーナへ引きずり込まれた際最後に受けた、聞こえない『声』による攻撃。

 対するランルーくんのサーヴァントも声を使った宝具らしい。

 奇しくも似た系統の攻撃同士がぶつかりあうと、それは衝撃波となって廊下一帯を走り抜ける。

 その衝撃は凄まじく、廊下の窓ガラスは一面砕け散り、俺とライダーの身体が壁に叩きつけられるほどだ。

『なんだこの馬鹿げた攻撃、端末越しなのに耳が潰れそうだ……!

 天軒由良、今から送るデータをインストールしなさい!』

 まともに思考が働かない状態で、サラに言われるがまま藁にもすがる思いで端末に送信されたデータをインストールする。

 直後、耳を抑えるほどの音はまるで最初からなかったかのように聞こえなくなった。

「これは……?」

『設定した音量と音域以外の音をシャットアウトするコードキャストだ。

 本当は精神統一をする際の補助に使うものだが、弄って使えばこの通りだ』

「すごいな、こんなコードキャストがあるなんて」

『……まあ、さすがに宝具相手には直撃ではなくてもすぐに砕けるみたいだが』

 サラがため息混じりに呟くと、見えない壁が壊れるような感覚と共にコードキャストがその効力を失った。

 同時にサーヴァント同士の音対決も終わりを迎えたらしい。

 アサシンとユリウスは相手の宝具が直撃こそしないにしろ、俺よりも近い場所で受けたことで膝をついていた。

 対する槍を携えたサーヴァントは不愉快そうに頭を抑えている。

「なによ、あれ! 耳障りな音ね! アイドルなら失格レベルよこんなの!

 ……いいわ、ここは一旦引いてあげる。

 さすがに連続で歌い続けるのは身体が持たないし、化粧直しも兼ねてバックステージに戻るわ」

 地団駄を踏みながらも冷静に状況を把握したサーヴァントは自分が開けた穴を通って離脱していった。

「ひとまず、助かったのかな」

「あの様子だとマスターの元で治癒をするつもりでしょう。

 その間にこちらも対策を立てなければ今度は助からないかもしれません」

 いつもは一人でも討ち取ってくるなんて言い出しかねないライダーがここまで警戒するとは驚いた。それだけ強敵ということか。

 となれば、人数は多いに越したことはない。

「ユリウス、ここは共闘するのはどうだ?」

「俺が、貴様と?

 何を馬鹿なことを。ふざけているのか?」

「俺とライダーだけじゃランルー君は倒せない。

 ユリウスたちもさっきの攻防で傷を負って万全じゃない。

 なら、ここは協力するしか手はないと思うんだけど?」

「必要ない」

 これ以上の会話は不要だ、とでも言わんばかりにユリウスはアサシンを引き連れて去ってしまう。

 あの様子では共闘を承諾してもらうのは厳しいか……

『まあ、ユリウスに関しては背中さえ刺されなければ問題ない。ひとまず保留としよう。

 まずはあのサーヴァントの対策よ』

「わかった。

 結構キーワード言っていた気もするけど……」

『おかげで真名も特定できた。

 ハンガリー出身でブラッドバスに関連があるといれば、一人しかいない。

 血の伯爵夫人、エリザベート・バートリー。

 クラスはさっきのセリフを聞く限りバーサーカーね』

 ――エリザベート・バートリー。

 十六〜十七世紀に実在したバートリ家の女性で、カーミラのモデルとなった人物の一人。

 己の美貌のために600人以上の娘の生き血を浴びた鮮血魔嬢であり、最期は大量殺戮の罪でチェイテ城の一室に幽閉され、誰にも看取られずにこの世を去ったとされる。

 先ほど血を浴びて傷が回復したのは、血で美貌を維持しようとしてた伝承がスキルになったのだろう。

『魔術師でも騎士でもないただの女性だと思ったがまさか竜の娘だったとは……

 無辜の怪物でも持ってるのかしら』

「そうだとすると、かなり厄介な敵になるね」

 ライダーのステータス自体は万全に戻ったとはいえ、体調のほうが万全ではないのだ。

 行きあたりばったりでは足元をすくわれる可能性が高い。

 なるべくライダーの強みである俊敏さを活かせる地形での戦闘が望ましい。

「……本当に誰もいないんだな」

 現在地から近い広い地形として地下の食堂に足を運んでみたが、利用者が一人もいないことをこの目で確認し、ユリウスが言っていたことが本当なのだと実感した。

 購買も覗いたが、舞の姿はもちろん他の購買委員もいない。

「この場所なら有利に戦えるかな?」

「はい、広さも高さも、遮蔽物として使える机や椅子もあるので申し分ない場所です」

「なら――」

「主どのは遮蔽物に隠れていてください。

 必ずあのバーサーカーめの首を討ち取って見せますゆえ」

「…………何を、言っているんだ?」

「この空間であれば如何に竜の娘といえど私の方が有利に立ち回れます。

 主どのは後方からコードキャストの援護をしていただければ問題ありません」

「いや待って、待ってほしい!

 確かに俺はサーヴァント相手には何もできないだろうけど、マスターの妨害ぐらいなら……」

「それで何度大怪我をされましたか?

 やはり、主どのは何もわかっておりません」

「確かにここ最近は無茶しすぎたと反省してる。でも聖杯戦争のルールでサーヴァントは敵マスターを攻撃できない。

 ならマスターを止められるのは同じマスターの俺だけ。これまでもそうやってここまで来たじゃないか!」

『おいお前たち、今が戦闘中ってこと忘れたのか?』

 サラの忠告の言葉も今は気にしていられない。どうも昨日からライダーの様子がおかしいのだ。

 確かに無茶をしたし心配させてしまった。それを怒るライダーには悪いと反省しているし、彼女の言い分にも納得している。

 ただ何かがおかしい。間違っていることに対してはマスターにであろうとはっきり言うという彼女のスタンスとは何かが違う。

 そのことについて追及しようとしたそのとき、別の場所で校舎が震えるほどの衝撃と尋常ではない魔力の消費を感じた。

『おそらくユリウスとランルーくんが戦闘を始めたんだろう。

 ここから少し離れているようだし、場所は体育館で間違いない。で、どうするのかしら?』

 端末越しにサラに判断を迫られる。ライダーはこちらの顔色を伺うのみ。その視線は何を言おうとしてるのか察することができない。

「……体育館に向かおう。

 あそこもライダーが戦うのには有利な地形だし、2対1に持ち込めるならそっちのほうがいい」

「承知しました。では急ぎましょう」

 いつものライダーらしい返答。なのに、なぜか今回だけは距離が遠かった。




ということでエリザベート・バートリーとランルーくんの討伐戦です。
シリアス路線のエリちゃんは公式では空の境界イベ以来だからか、書いててすごい新鮮でした。


次回でこの討伐戦が終了予定ですが、そのあとの4回戦は現在執筆中で、すこし時間がかかりそうです。
なので、もうしわけないですが、来週の更新の後1か月ほど週一更新をストップします。


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ショウジョ ノ シュウエン

マシュの霊衣解放があるならメルトやメデューサにもあると信じてます!

今回でランルー君討伐戦終了です


 体育館に向かうと、もはや崩落寸前と言っていいほど荒れ果てていた。

 今も2体のサーヴァントが凄まじい攻防を繰り広げているが、状況は芳しくない。

 ランルー君の実力はまだ未知数だとしても、万全なマスターとサーヴァントの実力ならユリウスたちの方が圧倒的に上だろう。

 しかしユリウスはつい先ほど負傷したばかり。必然的にサーヴァントだけの実力勝負になるが、どうもアサシンの動きが少し鈍いように感じる。ランルーくんがコードキャストでも使用したのだろうか……?

「ライダー、アサシンの援護をお願い」

「承知」

 壁を蹴り、天井を蹴って頭上から垂直に落下しながら両者の間に入ったライダーは、突然の乱入に固まっているバーサーカーに一太刀入れる。

 槍に弾かれ攻撃は失敗に終わったが、アサシンが息を整えるには十分な時間を稼げた。

「天軒、どういうつもりだ」

「1対1より2対1の方が有利だと思ってね」

「俺は共闘しないと言ったはずだ」

「ならせめてこっちに攻撃しないでくれればいい。俺たちが勝手にそっちに合わせる」

「……ちっ、勝手にしろ」

 それを承諾だと受け取り、ユリウスの隣に立つ。

「アサシンの動きが鈍いようだけど、攻撃を受けたのか?」

「……………………」

『あれは状態異常だな。スタンではないから毒の類だろう。

 今は大丈夫だろうが、長引けば戦況がひっくり返るかもしれないわよ』

 黙秘を貫くユリウスの代わりに端末からサラの説明が入った。

 その言葉に不愉快そうにユリウスは眉をひそめる。

『その様子だと、状態異常回復のコードキャストを持ち合わせていないか、それとも何かしらの理由で使用できないかのどちらかだな』

「黙れ」

『まあそういうな。今はお前みたいな危険人物でもいないよりマシなんだ。

 天軒由良、治癒薬は持ってるだろう?

 ユリウスに渡しなさい』

「必要ない」

『そちらに選択権はない。

 お前たちが共倒れになるのは私も避けたいのでな。

 まあ、それでも嫌だというのなら、わたしが勝手にアサシンの状態異常を直してやってもいいぞ?

 ついでに色々追加で弄ってもいいのならね』

「……ちっ」

 治癒薬をぶん取るユリウス。あとはそれを使えばアサシンの状態異常は治る。

「使うのはここではない。

 また状態異常のコードキャストを使われたら面倒だ。使うタイミングはこちらで決めさせてもらう」

「つまり、俺とライダーがそのタイミングを作ればいいんだね。

 ライダー、援護をするからアサシンと共闘して隙を作ってくれ!」

「承知!」

 アイテムストレージから黒鍵を取り出し、魔力を流して刃を生成する。まだ黒鍵を介したコードキャストの実行はできないが、やることは一緒だ。

「コードキャスト、gain_str(16);」

 見たところ筋力Bはあるバーサーカーに対してはDのライダーに筋力上昇を使っても厳しいところではあるが、それでも一手、二手と攻撃に転じる機会は増えていく。

 その小さな積み重ねによってできた微かな隙を突いてライダーがバーサーカーの右肩を切り裂いた。

「甘いわね!」

「っ!」

 だというのに、バーサーカーは怯むことなくその槍を振るう。

 間一髪でライダーは避けられたが、今のは一体……

「無駄だ。狂化のせいであいつは痛覚が鈍ってる。

 生半可な傷なら痛がらないし、血を浴びたら回復するぞ」

「……ユリウス?」

 いつの間にかユリウスは俺の横に立ち、相手の情報を与えてくれる。

「魔力が足りなくてアサシンはまともに戦えない。情報を与えてやるから前衛をやれ」

『驚いたな。あそこまで頑なに共闘を拒んでいたのに……

 どういう風の吹き回しかしら?』

「マスター・ランルーを殺すまでの停戦協定だ。俺はここで死ぬわけにはいかないのでな。

 状態異常治癒の礼装があるなら装備しておけ。あいつはこちらのステータスを下げるコードキャストを使う。下手に強化するよりそれらを防いだ方が堅実だ」

「なるほど、ありがとうユリウス」

 ユリウスとの共闘が実現したのは非常にありがたい。

 戦闘中に礼装を切り替えるのは隙が大きすぎるから避けるべきだが、二対一ならその隙もどうにかなる。それなら強化スパイクを装備したまま別の礼装を使うことも可能だ。

 それにランルーくんの戦闘能力が未知数な今、極力サーヴァント同士の戦いで勝つことを目的に作戦を立てたいが、あのバーサーカーを倒すには隙を突いて致命傷を負わせるか、宝具級の一撃でごり押すしかない。

 後者は論外として、前者も痛覚が鈍ってるせいで隙を突くとなら俊敏さを活かして懐に潜り込むぐらいしかないが、それだと一矢報いられる可能性があり危険だ。

 となれば、今はユリウスのアサシンの宝具に頼るしかない。

「宝具何回分の魔力が残ってる?」

「一撃ぎりぎり打てる程度だ。

 今アサシンには宝具を使わず倒せと言っている」

「なら、その一撃で終わらせられるようにこっちで隙を作る。

 トドメは任せるよユリウス!」

 ……不思議だ。ユリウスの視線は隙あらばこちらの背中を刺してもおかしくない殺気を放っているというのに、根拠のない信頼がある。

 不安は残っているが、今はそれを頭の隅においやり、最優先事項であるランルーくんとバーサーカーの撃破に意識を向ける。

 ライダーとバーサーカーの激しい打ち合いは一進一退で、どちらに状況が転んでもおかしくない。

 だからこそ、マスターの援護が重要になってくる。

 先に動いたのは、体育館二階から戦闘を傍観していたランルーくんだ。

「add_poison();」

「……っ、毒ですか!」

 ランルー君のコードキャストがライダーのバイタルに異常を起こす。あれがランルー君の使うコードキャストか!

「コードキャスト、cure();!!」

 あらかじめユリウスからアドバイスされていた通り礼装を切り替えていたため、すぐさま

 それを解除するコードキャストを実行する。

「キミノ サーヴァントモ ガンバルネ」

「……っ!」

 コードキャストを実行する少しの間だけ視線を外していただけだというのに、気付けばランルーくんは二階から俺の目の前にまで移動している。

 とっさに黒鍵を振るうが、苦し紛れの一振りはあっさりと避けられて背後を取られる。

「キミ 彼女ノコト スキ?」

「突然なにを……」

「ランルー君モネ 愛シテイルモノ アッタンダ。タクサン……イッパイ……

 イチバン 愛シタノハ ランルー君ノ ベイビー。

 小サクッテ 柔ラカクッテ トッテモ カワイイクテ……トッテモ 美味シソウナ ベイビー。

 ダケド モウ ミンナ イナイ。ランルー君ガ 愛シタモノハ ミンナ イナクナル」

 咄嗟に距離をとったが特に何をするもなく、ランルー君はただ遠くを見つめて語るだけ。

 そしてその内容からして、もしかして彼女は自分の子供を……

「――主どの!」

 そこにライダーが上から降ってきて、その手に握る刀で今にも切り伏せんとランルーくんを睨み付ける。

「貴様、主どのに何を吹き込んだ?

 返答によってはその首今すぐにでも刎ねるぞ!」

「フフ 怖イ 怖イ」

 刃物のようなライダーの鋭い殺気を受けながらも、ピエロの仮面よろしく飄々とした様子で走り去り、入れ替わるようにバーサーカーが襲いかかる。

「私よりそっちの子豚を気にするなんて余裕じゃない。

 それとも常に守ってないと心配で仕方ないとかかしら? ずいぶん足を引っ張ってるようだし!」

「黙れ小娘! それ以上主どのを愚弄すればその下顎を砕く!」

 真っ向から打ち合うが、それでは腕力が上のバーサーカーに軍配が上がる。

 ……いや、それだけじゃない。

 今のライダーは普段ではありえないほど攻撃を受けており、その露出した素肌は傷がないところを探すのが難しいほどだ。

 そのダメージでさらに動きが鈍っているらしく、バーサーカーの蹴りに対応出来ず、彼女を受け止めようとした俺ともども吹き飛ばされた。

「がっ!?」

「ぐ……っ!」

 致命的な隙を作ってしまうが、そこをユリウスのアサシンが牽制することで追撃は免れた。

『まだ解毒はしていないようだな……

 そろそろアサシンの体力も限界が近いはずだ。

 この状況を打開するにはライダーとアサシンが連携する必要があるわよ』

「ならばすぐにでも私が……っ!」

「ライダー待っ……ああもう!」

 まだ治癒が終わっていないというのに、ライダーは飛び出してしまい、意図せず悪態をつきそうになる。

 アサシンに加勢してバーサーカーの動きを止めようとするが、バーサーカーの槍と尻尾に翻弄されてうまくいっていない。

 むしろ合間に受けるダメージの方がどんどん深刻になっていく。

「これじゃあ回復が追い付かない……!

 サラ、サイバーゴーストに強力な治癒系のコードキャストは?」

『生憎と持ち合わせていないし、お前に装備された状態だと私は自分の魔術を使えない。

 そういう仕様だから諦めなさい』

「じゃあどうすればいい!?

 このままじゃライダーが危ない!」

『口を動かしてる暇があればコードキャスト使って援護しろ。

 ライダーのマスターはお前でしょう!』

 どうしようもない状態に思わず舌打ちをしてしまう。

 アイテムは購入している暇がなかったから持ち合わせはなく、手持ちのコードキャストではライダーを十分に援護できない。

「どうやったらサーヴァントを……」

 ふと脳裏によぎる一つの答え。

 無意識にその視線はマスターであるランルーくんに向いてしまう。

 サーヴァントの消滅はマスターの死亡を意味するが、マスターの死亡はサーヴァントの消滅とは直結しない。

 正確には、魔力が持つ限りサーヴァントは現界できてるから一矢報いることはできる。

 しかし、ランルーくんのサーヴァントはバーサーカー。強力な力を得る代わりに魔力の燃費が非常に悪いクラスだ。

 マスターを討つことができれば、すぐにでもサーヴァントは消滅するだろう。

『変な気は起こすなよ、天軒由良』

 その思考を断つようにサラの言葉が端末越しに聞こえてくる。 

「な、なんのこと?」

『まあ私の思い違いならいいさ。ただ、慣れないことはするなよ。

 お前の性格じゃ、あとで罪の意識に押しつぶされるわよ』

 ……どうやらすべてお見通しのようだ。

 熱くなっていた感情が急激に冷めていく。

 目の前ではライダーたちの剣戟は激しさを増し、より一層バーサーカーに翻弄されている。

 俊敏さを活かして背後を取ろうにもバーサーカーの尻尾がそれを阻み、痛覚が麻痺してるためダメージによる怯みも無いに等しい。

 極めつけに他人の血を浴びることで傷を治癒するその効果がライダーたちの決定打を遠ざけている。

 ランルーくんが傍観しているだけで援護をしていないのは不幸中の幸いだが、有効なコードキャストを持たない俺と魔力不足のユリウスではこの状況を活かすことはできない。

 状況を整理すればするほど今がどれだけ危険な状況なのか突きつけられる。

 それでも、諦めるわけにはいかない。

「ユリウス、この状況を打破する案は?」

「あったらすでにやっている」

 苛立ちを顕にした返答に肩をすくめる。

「ケヒャヒャヒャ……

 君タチモ モウスグオ終イ。モウ少シデ ランルー君ノ 願イ 叶ウンダ」

 仮面の奥に隠された道化師の表情が、歓喜とは違う感情よって歪む。

「ランルー君 愛シタモノシカ タベラレナイ。

 ダカラ 聖杯ニオ願イスルンダ。世界中ノ ミンナノコト 好キニナルヨウニッテ。

 ソウスレバ ゴチソウ イッパイ 食ベラレル」

 哀愁すら漂うその言葉は、彼女の心から漏れた本音か。

 しかし、彼女のサーヴァントであるバーサーカーはその言葉に肩をすくめている。

「正直、私はマスターの考えてることに賛同できないんだけど……

 まあ、私が輝けるステージを用意してくれるなら誰だっていいわ!」

 そしてライダーたちを弾き飛ばし、再三バーサーカーが宝具発動の準備に入る。

 疲弊したライダーたちでは、宝具を阻止することも宝具の斜線上から逃げることも不可能だ。

「ユリウス、さっきみたいにバーサーカーの宝具をアサシンの宝具で相殺することは!?」

「俺の魔力のこともあるが不可能だ。

 さっきはアサシンが若干早く宝具を発動できたからこそ辛うじて相殺できた。

 今から宝具の指示を出しても良くて同時。それだと向こうの声量に押し負ける」

『ちっ、ここまでなのか……』

 首を振るユリウス。その様子にサラすらも万事休すと諦め始めている。

 しかし、まだ手がないわけではない。

 ユリウスと会話しながら、片手間で操作していた端末の操作……礼装の装備変更が終わる。

『……おい、ちょっと待て!

 お前、何をしようとしているの!?』

「説教なら後で何時間でも付き合うよ。けど、今はこの状況を打破するためにはこれしか思いつかない!」

 サラの制止を無視して両足に力を入れる。強く踏み込む動作と魔力に反応しまずは一つ目の装備礼装、強化スパイクに内蔵されたmove_speed();が起動、バーサーカーとの距離を一気に詰める。

 それでもタッチの差で間にあわない。だからこそもう一つの礼装に魔力を回す。

「コードキャスト、gain_str(16);」

 起動するのは筋力上昇のコードキャスト。ただし、ステータスを上昇させるのはライダーではない。

 キャスターと戦ったときのように俺自身のステータスを上昇させる。

「ぐ……っ!?」

 前回とは違いすぐに全身が軋み出し、激痛で思わず顔をしかめる。

『このっ、馬鹿野郎が!!

 あれほど使うなっていったでしょう!』

 これまで呆れられたことはあれど怒られたことはなかったが、今回のサラは本気で怒ったらしく端末越しに聞こえてくる彼女の声色が明らかに変わる。

 しかしもう後戻りはできない。右手に黒鍵を握りしめ、ライダーとアサシンの猛攻を凌いでいるバーサーカーに狙いを定める。

 このまま切りかかるわけではない。いくら筋力を上げたところで、それでもバーサーカーが宝具を放つ方が早い。

 ただし、切りかかるだけが攻撃手段ではない。

 黒鍵は十字架を元にした剣の形をしているが、その本来の在り方は投擲剣なのだと、言峰神父は言っていた。

 無論素人が見よう見まねで習得できるものではないだろうが、今のドーピングした腕力ならただ投げるだけでもそれなりの攻撃になるはずだ。

「届けぇぇぇぇっ!!」

 握り方もフォームもむちゃくちゃで、ただバーサーカーに当たるよう微調整にだけ神経を集中させた投擲。

 振りぬいた際に自分の腕力で腕が千切れるかと思ったが、それほどの勢いで投擲した黒鍵はサラのようにダーツの如く綺麗に飛んでいくことはなく、縦に高速回転しながらバーサーカーへと向かっていく。

「っ!?」

 完全に不意打ちとなった一撃はバーサーカーを仰け反らせ、宝具は体育館の天井に風穴を開けるだけに留まった。

 その衝撃で天井に吊り下げられていた照明や鉄骨などが床に落下し、その場にいた全員が怯んでいる最中、バーサーカーだけは舌なめずりをしながらこちらに視線を向けていた。

「ふうん、そこの真っ黒なマスターと違ってただの無害な子豚と思ってたけど、案外戦えるクチ?

 まあでも? アイドルに花を投げるならともかく、剣なんて危ないもの投げるなんて、ちょっとキツーイお仕置きが必要かしら!」

 ライダーたちが動き出すよりも早く、バーサーカーはその巨大な槍を振り回し、まるで魔女が空を飛ぶために使う箒の如く腰掛ける。

 その矛先は俺をしっかりと捉えている。

絶頂無情の夜間飛行(エステート・レピュレース)!」

「……っ!?」

 直後、槍の持ち手側から魔力が噴出し、ロケットの如くこちらへ突進してきた。

 その光景には驚かされはしたが、予め槍に魔力が集中しているのは感じていた。

 瞬時に手持ちの黒鍵すべてを指に挟み込み、その刃の腹を重ねて盾として待ち構える。

 次の瞬間、こちらの身体を貫かんとする一撃が黒鍵から腕、腕から全身へと伝わり、耐え切れない衝撃によって遥か後方へと吹き飛ばされた。

「が、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

 全身を地面に叩きつけられ、ようやく止まったころには体育館の壊れた壁から外へと追い出されていた。

「あははははっ! あなた面白いわ!

 もっと楽しませて頂戴!!」

 おもちゃを与えられた子供のように目を輝かせるバーサーカーは槍を握り直し、一気に距離を詰める。

「主どの!」

 その後を遅れてライダーが追っているが、どうやってもライダーが追いつくよりも先にバーサーカーの槍が俺の身体を貫く。

 バーサーカーの槍が目前に迫ったその時、彼女の足元で強烈なスパークが起こった。

「あ、ぐ……っ!?」

「地雷型の、コードキャスト……?

 他のマスターがここに設置していたのか?」

 誰がどんな目的で設置したのかわからないが、これは絶好の好機だ。バーサーカーの背後でユリウスが治癒薬を使うのも見えた。

 最後のひと押しのために、痛む身体にムチを打って声を張り上げる。

「今だ、ユリウス!」

「わかっている。宝具で決めろアサシン!」

 その一声でローブをまとった暗殺者の背中が大きく蠢く。

空想心音(ザバーニーヤ)

 背中から現したのは、3メートル近い不気味な腕。以前も見た正体不明の一撃だ。

 異様に長いその腕はライダーを追い抜き、バーサーカーを捉えんと伸ばされる。

 普通なら容易に避けられただろうその攻撃は、誰のものかもわからないコードキャストによって一時的に動きを封じられたバーサーカーを容赦なく突き抜けた。

 その変色した禍々しい右腕の中には、どす黒い赤色をした『何か』が握られており――それが心臓だと理解した時にはすでに握り潰されていた。

「――ごふっ!?」

 全身を痙攣させて吐血するバーサーカー。しかしその身体に傷はなく、心臓をえぐりだされたような形跡もない。

 それでも、確かにアサシンの魔手はバーサーカーの命を摘みとったことを悟る。

 ――終った。

 そう確信したが、そこで一つの大きな誤算が発生した。

「ま……だ、終わらないわよ!」

『まさか、戦闘続行スキルか!?』

 外傷は少ないが確実に致命傷を受けたバーサーカーは尚も槍を握り、振り上げた。

 避けることは不可能。そもそも俺だって意識を保っていることすら奇跡なこの状況だ。バーサーカーの道連れの一撃は容赦なく俺へ振り下ろされる。

「――そこまでだ小娘」

 聞こえたのは凛とした少女の声。

 続いて見えたのはバーサーカーの首が刎ねられ、鮮血が吹き出す光景。

 それでもなお槍を振り下ろすが、その矛先は見当違いな場所に突き刺さった。そこでようやくバーサーカーの動きが止まり、ノイズに侵食されて消滅した。

 断末魔を上げることすら叶わず。それはさながら、生前誰にも看取られることなく息を引き取った時のように、あっけ無い終わりだった。

 痛む身体をライダーに支えてもらい体育館の中に戻ると、ランルーくんはボロボロになった床に倒れこみ、手足をバタつかせる。

 それは苦しみにもがいているというよりは、駄々っ子のようで――

「アーア バーサーカー 死ンジャッタ。

 ランルーくんモ 死ンジャウネ。

 アーア オナカ 空イタナァ。オナカ――」

 壊れた玩具のように手足を振り回し、言葉を吐き続けた挙句――ランルーくんは唐突に消えた。

 まるで見えない誰かがテレビのスイッチを切ったみたいに。それは狂ったピエロによく似合う最期だった。

 最期まで、その仮面に隠れた心を理解することなく……

「おめでとう。これにて敗者復活戦は終了した」

 ランルーくんが消滅するのに合わせて言峰神父が姿を現す。

 その不敵な笑みは一体誰に向けたものかわからないが、決して祝福しているわけではないだろう。

「とはいえ、残念ながら生き残ったのは君たち2人だけだ。

 余った1枠は最初に言ったとおりバーサーカーを討ったマスター、天軒由良の不戦勝に利用する。異論はあるかね?」

「好きにしろ。その程度くれてやる」

 こちらを一瞥するがそれ以上何をするでもなく、ユリウスはあっさりと言峰神父の言葉にうなずき、それ以上は何を言うでもなく体育館を去っていった。

 言峰神父も自分の仕事は終わったと言うように姿を消し、ライダーと二人きりになる。

「ひとまずライダーの傷、を……」

 満身創痍な身体はすでに立つことすら難しく、膝から力が抜ける。その身体を支えてくれたライダーは自分も満身創痍だというのに真っ先にこちらを労ってくれる。

「お疲れさまでした。今日はゆっくりと休んでください。

 ……主どのに無茶を強いる私の無力さをお許しください」

 疲れからか音が遠く感じ、まともに彼女の言葉を聞くことはできなかったが、いつもの彼女の労いの言葉なのはわかった。先ほどまでの冷たいものも感じない。

 ……だからこそわからない。一体どうすればこの居心地の悪い状態は改善されるのだろうか。




エリちゃんを容赦無く殺すの気が引けましたが、EXTRAでは救われないらしいので、個人的に振り切らせてもらいました

前回も言った気がしますが、ここから一ヶ月ほど休止します
次回は9月あたりに四回戦を更新予定です


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4回戦:――――
波風絶えぬ中にある平穏


お久しぶりです。
水着フランでテンション上がってからのApoのフランロスで精神的大ダメージを受けてる真っ最中です

今回から四回戦ですが、今回もタイトルで遊んだ結果、各話文字数が1万近くになると思います


 願望は本来の道筋を乖離させる。

 乖離させた事象は願望を阻む足枷となる。

 この矛盾もまた、人間の性だろう。

 理想の話、思い通りに進む物語でさえ、予期せぬ事象は訪れる。

 

 何の、為に

 

 

 ★

 

 

 ランルーくん討伐戦から二日が経過した朝。

 ここ最近はライダーと同じ布団で睡眠をとることに気まずさを感じていたのだが、今回ばかりはお互い傷がひどく、甘えたことは言っていられなかった。

 身体の調子を確かめるようにゆっくりとした動きで上体を起こす。その隣には正座で主人の目覚めを待つ従者の姿。2日程度期間が空いただけだというのに、その光景を懐かしく感じてしまう。

 昨日一日を丸々休養に当てたことで完治とまでは言えないがだいぶマシになり、ライダーとのギクシャクした雰囲気も若干ながら改善したように思える。

 

『2階掲示板にて、次の対戦者を発表する』

 

 そこに送られる四度目の通知。

 それは、敵を倒すための七日間の始まりを告げる鐘。

 不戦勝でもこの通知が来るのは予想外で一瞬通知の意味が頭に入ってこなかったが、気を取り直して2階の掲示板に向かう。

 すでに4度目になる光景、しかしそこに書かれている告知はいつもとは違っていた。

「俺の名前だけ……?」

「不戦勝の人間はそのように掲示されるのだよ」

 声に振り返ればそこには言峰神父が相変わらずの笑みを浮かべて佇んでいた。このカソックに身を包んだ男性はいつも前触れもなく現れるものだから毎回心臓に悪い。

 ただ驚かされるだけなのも癪なので、少し疑問に思っていたことを目の前の運営担当に尋ねてみる。

「ひとついいですか?」

「なにかね?」

「ユリウスがこの校舎は複数あると言っていました。 それはどういう意味なんですか?」

 そのことか、と言峰神父は肩をすくめる。

「さすがに128人のマスターを一つの校舎で運用するのはトラブルが起きる可能性も高くなる。

 それを極力避けるため、そしてサーヴァントを維持するための処理を軽くすために、ムーンセルは複数の校舎を設定してそれぞれに20体前後のサーヴァントとマスターを配置させている。

 一回戦で知り合ったマスターに二回戦で全く会わず、三回戦で再び出会う。なんてことが起こっても不思議ではないのだが……

 どうやら君はそれに気づかないほど周りが同じ校舎に配置されたか、非常に鈍感だったかのどちらかだろう」

 相変わらず一言余計だが、おかげで状況は把握できた。

 なるほど、今までは運が良かったが、遠坂やラニに毎回相談できるわけではないというわけか。

 そこにトリガー生成の通知が入る。

「トリガー生成の通知か。念のために忠告しておくが、不戦勝でもトリガーの入手は今までどおり行ってもらう。マスターとの決戦がないただのタスクなど張り合いがないだろうがね。

 では、検討を祈る」

 その言葉を最後に言峰神父は姿を消してしまった。

 不戦勝だから何をすればいいのか途方に暮れるかと思っていたが、トリガー取得が条件ならばアリーナに向かうとしよう。

 

 

 アリーナに足を踏み入れると、目の前に広がるのは深海を連想させる深い青色の風景が広がっていた。三回戦のステージは光が差す幻想的な海底神殿という印象だったが、今回は再び二回戦や一回戦の風景に戻ったように感じる。

 対戦相手がいないということは、必然的にこのアリーナを探索するのは自分一人のみだ。風景も相まって足音に若干の虚しさを感じつつアリーナを探索していくがイマイチ気が進まない。

 校舎でいたときにはそれほどでもなかったが、こうしてアリーナでエネミーと戦闘を行っていると、胸の中ではもやもやとした感情が渦巻くのだ。

 本当に自分が生き残っても良かったのか、と……

 その資格、生存の理由(レゾンデートル)は何だ?

 シンジは死にたくないと嘆きながら最期まで生きることに執着して死んでいった。

 ダン卿は、その真の想いがどこにあったにせよ戦うことに意義を見出し、覚悟を持ち、その結果を全て受け止め、果てて行った。

 サラは自分の命を犠牲にしてでももう一度父に会いたいという信念を持ち、己の身体が未知の状態になりつつも突き進んでいる。

 ランルーくんはその真意を知る前に討つことになったが、その仮面の奥には狂気以外の何かを感じた。

 自分には彼らの命を奪い、背負うに足る目的があるのだろうか……。

 ダン卿は言った。

 戦いに意味を見出してほしい、と。

 自分が誰なのか思い出せないような人間に、そんなものが見出せるのだろうか。

『心ここにあらずだな』

「……ごめん。情報収集をしないでいいから、別のことに思考を使ってしまうみたいだ」

『別に謝らなくてもいい。それに記憶がないお前には自己消滅を避ける意味でも自己分析は必要だ。

 まあでも、今はもっと別のことを考えるべきじゃないかしら?』

 ちょうど目の前でライダーがエネミーを切り伏せ、こちらに戻ってきた。

「主どの、無事エネミーの首を討ち取ってきました!!」

「ありがとう、ライダー」

 頭をなでると彼女は気持ちよさそうに目を細めて頬が緩む。

 わからないと言えば、ライダーの態度もいまいち把握しきれない。

 討伐戦ではそれしか方法が思いつかなかったとはいえ、コードキャストによる無茶な自己強化や相手サーヴァントの攻撃を誘導するといった行為により、ライダーとの溝は深まったと思った。

 しかし実際は彼女が今も怒っているという風には見えない。戦闘面でも俺が後衛を務めている間は普段通りだ。だが、俺が援護のために前に出ようとすると、無理をしてでも早急に戦いを終わらせようとする。

 そんなライダーの様子に気を取られ、自分の指示がきちんとできているのか不安になっている自分がいる。非常にまずい悪循環だ。

『気が乗らないなら、少し私の探し物の手伝いをしててもらってもいいか?』

「探し物って?」

 おつかいでも頼むような軽い切り出し方で一体何を言うのかと詳しい内容を待つ。

『私の右手だ。

 あれから探してるけど見つからないのよね』

「いやそれ絶対軽いノリで言うものじゃないよね!?」

 予想の斜め上をいく探し物に思わず叫んでしまった。

 今までなんでもないような顔で過ごしていたために忘れかけていたが、彼女の右手は三回戦の際に自身のサーヴァントによって切り落とされている。

「俺の方から切り出すの忘れてたのは悪いと思ってるけど、右手が見つからないなんてかなり深刻じゃないか!」

「そうでもないぞ? イメージしやすい動作としてタイピングを選ぶウィザードが多いが、端末の入力なんて手でしなくても問題ないからな。

 物体の持ち運びも一度データにしてアイテムストレージにでも入れれば片手すら必要ないわよ」

「そういう問題じゃ……っ! まあ、サラ自身がそう解釈してるなら俺がとやかく言う必要はないんだろうけど。

 それで、どうしてアリーナなんだ? 切り落とされたのって確か2-Aの教室だったはずだけど」

「そこはすでに黒鍵を回収したついでに探してる。その後も合間を見つけていろいろ探し回っているんだが全然見つからなくてな。すこし調べてみると、どうやら用途不明の物質は一度アリーナに転送されて一定期間放置された後に削除する仕組みらしい。

 教師のロールを当てられているNPCがそれで嘆いていて、それに他のNPCが同情の念を送っていたから間違いないでしょう――」

「そう言うことは早く言ってよ!

 ライダー、今日中に探し出そう!」

「え、あ、はいっ! 承知しました!」

 まさかの時間制限付きにライダーを置いていく勢いで走り出す。ここまでのアリーナ探索は身が入ってなかったが、こちらのモニタリングは常にサラがしているはずだ。

 その彼女が何も言わないということはまだ見つけていないのだろう。となれば、可能性があるのはまだ足を運んでいない空間だ。

 一日でアリーナ踏破など今まで一度もしたことはないが、今まで何度も手助けをしてくれたサラのためだ。何としても今日中に探し出したい。

「でも、アリーナはアリーナでもこの四回戦の階層で大丈夫なの?」

『その辺りも含めて微妙なところだろうな。黒鍵が回収できたから、その時点で校舎が変わっていなかったのは確実だ。なのに私の右手だけなかったということは、考えられるのはアリーナに転送されたか他のマスターに拾われたかの二択だろう。後者ならもう打つ手はないな。そんなわけだから、ほどほどの捜索で構わないぞ。最悪見つからなくてもアバターの方を弄って復元すればいいだけだからな。

 わざわざお前に頼んだのは、令呪がまだ刻まれているならお前の助けにもなるからよ』

「そういう問題じゃないだろう。データとはいえ、自分の身体が欠けてるなんて……」

 そんなの、自分なら考えたくもない。

 とはいえ、サラの性格だと本当のことを言っているのだろう。勝手な意見を押し付けないように余計な言葉は飲み込み。代わりにアリーナの隅々まで注意を払って奥へと進む。

 ライダーに道を切り開いてもらいながらのアイテム探し。どんな形で放置されてるのかもわからない状態での捜索は困難を極めたが、ようやく今までに目にしたことがないデータの塊が浮遊しているのを発見した。

 見つけるまでは手間がかかったが、見つけてしまえばあとは通常のアイテムボックス同様に展開するだけ。ここにきてダミー、なんて最悪の事態も想像してしまうが……

「疲れすぎて切り落とされた右手見ても全然驚かないや」

『人様の手に対してその反応もどうなんだ? ……令呪はすでにはく奪されているか。

 まあ私はすでにマスターではないし、仕方ないかしらね』

 なんとも締まらないが、これで目的は達成した。

 正確な時間はわからないがおそらく半日以上の時間を要することになった。アリーナも残るはトリガーがある最深部へと続く通路ぐらいだろう。

 ……逆に言えば、トリガーがある通路をことごとく外してきたということにもなるのだが。

「あとはトリガーを取るだけだけど……悪いけどトリガー取得は明日でもいいかな?」

「たしかに今の主どのは疲労がたまっていますから妥当な判断でしょう」

「それに桜や舞にお礼がまだだったから、出来れば今日中に済ませておきたいんだ。サラ、悪いんだけど右手を渡すの少し遅れるかもしれない」

『別にわざわざマイル―ムまで来る必要はないぞ。今の私はお前の持ち物にも干渉できるんだ。私の右手はお前がアイテムストレージに入れてくれればこっちで勝手に回収させてもらう。

 お前が帰ってくるまでにこっちは勝手に右手の修復を済ませておくわ』

 サラの言葉に甘え、アリーナから校舎に戻るとまず桜へのお礼とラニの容態の確認のために保健室へ向かった。

 中を覗くと桜がベッドのシーツを取り替えたり花瓶の花の種類を変えたりと、保健委員らしい事務処理を行っていた。

 電脳空間ではあまり意味がないことだというのに、やはり彼女はマメだと思う。

 それからすぐにこちらに気づいた桜は穏やかに微笑んで迎えてくれる。

「こんにちは、天軒さん。今日はどういったご用件ですか?」

「この前の弁当のお礼、改めて言おうと思って。

 おかげでどうにか四回戦まで生き残ることができた」

「こちらこそお役に立てたのなら光栄です。あ、こちらが完成品になりますので、どうぞ」

 言いながら手渡された重箱には、色とりどりの料理が鮮やかに盛り付けされていた。見ているだけで食欲がそそられる。

「今回から各回戦ごとに一つだけ支給しますので、忘れずに取りに来てくださいね。

 サーヴァント用に調整していますから、マスターである天軒さんに食べてもらってもこれと言った効果がないのでオススメできませんが、サーヴァントの治癒効果はばっちりです!」

 よほどの自信作なのか、珍しく桜は自信たっぷりに胸を張る。

 ……舞との交換条件でこれを彼女に譲ることになるのだが、申し訳なさすぎるのでそのことは伏せておこう。

「それから、昨日ようやくラニさんが目覚めました。

 そちらのベッドで休んでいますので、様子を見てあげてください」

 言いながら桜はカーテンで仕切られたベッドの方を指さした。

 それで要件は済んだと言わんばかりに作業に戻った桜にもう一度礼を言ったのち、そっとカーテンをめくって中の様子を確認する。

 あまりに気配がなかったので眠っているのかと思ったが、意外にもラニは身体を起こし、その目でこちらをしっかりととらえていた。

「よかった。目が覚めたんだね」

「あなたは、何者ですか? 天軒由良」

 何の脈絡もなく、唐突に問いかけられた。その表情には若干の警戒の色が見える。

 自分は何者なのか……それがわかるのなら、ここまで悩むコトはない。

 自分はいったい何者なのか。その答えはいまだ得られていない。

「決戦場のファイアウォールを破って介入できるほどの……いえ、それよりも()()()()()()()()()()()霊子ハッカーなど、アトラスの書物(ライブラリ)に記録があってもおかしくありません。

 しかし、該当するデータは無い」

「……え?」

 ラニの言葉の意味が理解できなかった。

「ま、待って。待ってほしい!

 俺がラニの令呪を消費した? その二画失っている令呪は、ラニが使ったものじゃないのか?」

「一画使用したのは私も記憶しています。しかし、バーサーカーを呼び戻すような命令はしていなかったと思います。……記憶が曖昧なので断言はできませんが」

 言いながら目を伏せるラニが嘘をついている様子はない。つまり、本当にラニのあずかり知らないところで令呪が使用されたことになる。

『……………………』

『……………………』

 背後で霊体化したライダーと、端末越しに聞いているはずのサラも無言のままだ。

 無意識にサラなら何か知ってるのでは、と予測していただけに、この沈黙は非常に重くのしかかる。

 まさか本当に、俺がラニの令呪を使ったとでもいうのだろうか?

「……あなたは本当に霊子ハッカーなのですか?」

 その問いに答えることはできない。俺は、一体何者なのだろうか……

「どうやら、あなた自身その答えを探してるようですね。では、この件は保留にして質問を変えます。何故、私を助けたのですか?」

 現状脅威にはなりえない、と判断したのか、ラニから向けられていた警戒の眼差しは若干ながら薄まった。

 代わりに投げかけられたのは先日の俺の行動について。なぜ俺がラニと、そして遠坂を助けようとしたのか。

「あのままだとどちらか、もしくは両方が電脳死を迎えていた。

 結局、俺のしたことはそれを先延ばしにしただけかもしれない。それでもあの状況を前にして、目の前で人が死ぬのをただ黙って見てるだけっていうのは俺には無理だった。

 記憶を失う前の自分はどうかはわからないけど、少なくとも今の俺はそういう性格らしい」

「……傲慢ですね」

「よく言われるよ。特に助けた本人からね」

 ラニの的確で容赦のない指摘に苦笑いで返す。

 またも呆れられたかもしれないが、こうしてまた彼女と会話ができたのは素直にうれしく思う。

「本当に、不思議な人です」

 その言葉を最後にラニは再び横になって静かに目を閉じた。しばらくすると微かに寝息が聞こえてきて、タイミングを待っていたかのように彼女のバーサーカーが姿を現した。

「久々に穏やかな寝顔だ。マスターの中で何かが腑に落ちたのであろう」

「バーサーカー、意識を失っている状況でマスターは令呪が使えるのか?」

「不可能、ということはないであろうな。

 普通は命令と共に行使されるが、強く願った場合は本人の望む結果が訪れるように行使される場合もあるかもしれん」

 バーサーカーも可能性を口にすることしかできないようだ。

 このことは、ひとまずラニの言うとおり保留にするしかなさそうだ。

 

 

 保健室を後にしたあとは地下の食堂奥にある購買部に立ち寄る。

 ここ数日いろいろとありすぎてご無沙汰になっていたが、購買委員の舞は相変わらずの笑顔で迎えてくれた。

「あ、生きてた」

「久々に会った第一声目がそれってどうなの?」

 妙に棘のある発言も相変わらずだ。

「ここ最近全然見なかったからね。また無茶してたんだって?」

「うん、まあそれなりに……」

「君が認めるってことは、かなりヤバイことやったってことだね。ホントに反省してる?」

「なんかいつもより風当たり強くない?」

「そりゃ、君は誰かが定期的に止めてあげないといつの間にか暴走しちゃうからね。自分でも少し踏み込み過ぎてる気もするけど」

『そこまでにしてやってくれ。

 いろいろあって本格的に参ってるのよ』

「…………」

 またか、とでも言いたげな舞の冷たい視線が突き刺さる。

「たらし」

「その言葉は全力で否定する!」

 それでもなお疑う視線にいろいろと言いたい事はあるが今はやめておこう。

 話をそらすために使うようで桜に悪いが、ここに来た目的を果たすために桜弁当を取り出す。 いきなり取り出したからか舞はその重箱と俺の顔を交互に見る。それからようやく合点がいった様子で手を叩いた。

「やっぱり君なにかズレてるよね」

「先に何か言うことあるんじゃないのかな!?」

 本当に今日は何なのだろうか……

 なぜかいつにも増してサラの言葉が辛辣に思える。

「ごめんごめん。ホントに持って来てくれると思わなかったからさ。

 NPCとの交渉なんて守らなくてもいいのに」

 舞は自虐ではなく本心でそう言っているようだが、それは何か間違っていると思う。

 NPCとはいえSE.RA.PHの中では等しく一つの命だ……と思っている。もしそれが他のマスターから見れば異端であろうとも、俺には関係ない。

 目の前にいるのが過去の人格をベースにした虚像であろうと、俺の知る天梃舞という人物は目の前にいる少女一人だけなのだ。

「まあでも、この購買部は君がお得意様だからね。今後ともご贔屓に頼むよ。

 四回戦にもなると購買部のアイテム買いに来るマスターも減ってきてて、売上も伸び悩んでるからね」

「売上って関係あるの?」

「生き残ってるマスターの数が減ってくると校舎の数を最適化するんだけど、その際にNPCも選別を行うんだよね。まあ、桜や言峰神父みたいに聖杯戦争で最重要の役割を担ってるNPCなら、全校舎に配備されていて情報をリアルタイムで共有してるから関係ないけどね。

 で、そのとき購買委員の選別基準になるのが売り上げなんだよ。それだけマスターたちと交流があるってことにもなるし、効率的な運営のことを考えればそういうNPCを残した方がいいからね。

 私の性能が低いと判断されれば、次からは別の子になるかもしれないね」

「え……それは困る」

 思わず口から心の声が漏れてしまった。

 彼女の言うことが本当なら、最悪5回戦から別の購買委員が購買部を担当することになるかもしれない。

 しかし、ここまで勝ち進めたのは少なからず舞の手助けがあったからだ。勝手なのは承知だが、これからも彼女に購買部を担当してほしい。

「………………」

 舞はしばらくキョトンとした様子でこちらを見ていたが、やがてため息をつきながら肩をすくめた。

「ホント、君の対応にはいつも困るよ。私を残したいっていうなら、もっと売り上げに貢献してもらわなきゃね。この前のエーテル大人買いとかしてもらおっかなー」

「その大人買いで全財産使って買ったの知ってて言ってるよね?」

「あれぐらいしてくれないと私も売り上げに期待できないからね」

「ぐ……わかったよ。

 俺もエーテルの手持ちがないのをどうにかしたいし、資金が集まったら買いにくるよ」

 ニヤニヤとした笑みを浮かべる舞に見送られて購買部を後にする。

『たらし』

「だからなんでさ!?」

『まあそれは置いておいて、お前はあの購買委員と仲がいいんだな』

「そりゃ、一回戦からずっとお世話になってるからね。エーテルを安くしてることやアドバイスをくれることもあったし。ここまで勝ち進むのにいろんな人に助けられているけど、舞もその一人なのは間違いないよ」

 消費アイテムだけでなく、マイルームにある布団だって舞が無料で譲ってくれたものだ。

 他のマスターがどうであろうと自分の中では彼女の存在は決して小さくない。

「……とはいえ、やっぱり俺は甘いのかな」

『そうでもないぞ』

 返って来たのは予想外にも肯定的なものだった。

『物資補給は戦闘の基本だからな。必然的に物資を提供してくれる商人には多くの人間が集まってくる。そして接する人数が多ければ多いほどより多種多様な情報を得られる。尖った情報は他のNPCも持ってるだろうが、有力な情報を安定して得られるって点ではああいったロールのNPCが一番なんだよ。

 加えて物資補給はその持ち主の武器と直接関係があることも多い。場合によっては購入した商品から相手の戦術や武器を推測することだって不可能じゃない。

 そういうわけだから、情報戦においては案外ああいう人材こそ重宝するのよ』

 その言葉には思い当たる節が何度かある。ダン卿のときは戦闘をしないと絶対にわからないであろう武器の情報をあらかじめ知ることができた。サラのときも、どこに行けば彼女と遭遇しやすいか目星をつけることができた。

『まあ、そういうのを気にせずあのNPCと関係を築いたからこそ、向こうから善意でいろいろいろしてくれるんだろうけどな。

 今後も彼女の手を借りたいなら、彼女の言うとおり資金を貯めて売り上げに貢献することね』

「……うん、そうだね」

 サラの言葉は俺の対応への賞賛だったかもしれない。ただ、どことなく舞がすごい人物なのだと褒められている気がして、不思議と胸が熱くなるのを感じた。




ということで四回戦は不戦勝で進行していきます。
三回戦の構成上ほとんど掘り下げられなかったサラについて、ここで少しでも掘り下げれたらなと思ています。


ひとまず更新は再開しましたが、いまだストックが少ない状況ないです。
個人的に各回戦の最初から終わりまでは週一で途切れることなく更新したいと考えているので、四回戦の話が終わったあと五回戦の話を更新するまでに期間が空く可能性があります。ご了承ください。


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敬愛ゆえの水掛け論

昨日が土曜日ということを完全に忘れてfgoや他のことをしてました()
皆さんはチャレンジミッションいかがでしょうか。私はモチベーションがデストラクションで去年のも今年のも全然やってないです


 日付が変わりモラトリアムの二日目。相手不在の聖杯戦争が今日も始まる。

 相変わらず俺が起床したときにはすでに二人とも各々活動を始めていた。

 ライダーはサーヴァントでありこれまでの経験から少ない睡眠時間でも問題ないのはわかっているが、つい先日まで普通の人間として寝起きしていたサラは十分に休息が取れているのが不安になる。

 右手は問題なく機能しているようで、その点に関しては安心しているが……

 そんな心境から端末を操作する彼女を眺めていると、こちらの視線に気づいたサラが怪訝そうに眉をひそめた。

「何か用か?」

「いや、サラはちゃんと寝てるのか気になってね。右手だって今は動いてるけどくっついたばかりだし」

「心配しなくてもこれでも十分休みは取っている。それから右手に関してはリハビリも兼ねていろいろと作業をしておきたいからこれでいいんだ。

 しばらく切り落とされていた状態だったからか、まだ右手に違和感が残っているのよね……」

 作業の合間合間に右手の調子を確かめるように握ったり開いたりを繰り返してはいるが、作業そのものの手は一向に止める様子はない。リハビリと言われてしまうと、こちらからは無理をしないように注意を促す程度しかできない。ここは彼女が満足するまでしたいようにさせるのが最善か。

「それにしてもかなり真剣みたいだけど、一体何の作業ををしているんだ?」

「礼装の作成だ。先日のランルーくんとかいうピエロとの戦闘で、こちらに妨害手段がないことの不自由さを痛感させられた。マスター同士の戦闘は黒鍵で対応できるとしても、さすがにサーヴァント戦を今後もライダーのステータス上昇と治療だけで勝ち抜くのは厳しいだろう?

 私が使っていた棺桶型の礼装はピーキーすぎてお前が使うのは無理だが、幸い今の私が依り代にしているのは元が守り刀だった礼装だ。コードキャストの参考にするにはもってこいだろう。

 ひとまずこの礼装をベースに似たような礼装を作っているところよ」

「それは助かるよ。5回戦までには間に合いそうかな?」

「やっているのはベースになるコードキャストの出力を弄っているだけだからな。普通ならそんなことしたら礼装の容量が足りずに自壊してただろうが、私が礼装と同化したことで容量が拡張されたようだ。思っていたより難しくはないし、この程度なら明日にはできるだろう。

 モニタリングはしっかりしておくから、お前はさっさとトリガーを取ってきなさい」

 まるで追い出されるようにアリーナへと向かう。出迎えてくれたのは昨日と同じ薄暗い深海の風景。しかしその足取りは昨日よりも軽い。ラニや舞との会話は思っていた以上に、自分の中にあった不安を軽減させてくれたらしい。

 ライダーとの連携も問題ない。昨日噛み合わなかったのは必要以上に神経質になっていたのが原因かもしれない。

 昨日の時点でトリガーがあるだろう通路は特定できていたのもあって、思いの外あっさりと目的の場所までたどり着くことができた。

「これでこの層の目的は達成だ。サラのコードキャストもすぐに試せるわけじゃないし、今日はここまででもいいかな?」

「では、最寄りの出口へ向かいましょう。ここら一帯のエネミーはすでに取るに足らない雑魚ですが、この階層で初めて見る敵も存在します。決して油断なさらぬよう……」

 不意にライダーの言葉が詰まった。どうしたのかと尋ねる前に彼女は刀を構え、まっすぐ前を見据える。遅れて彼女の視線を追うと、『それ』は曲がり角から姿を現した。

 対戦相手のいないアリーナで遭遇するのはエネミー以外存在しない。だから目の前にいるのはエネミーで間違い無いのだが、一瞬本当にそうなのか疑ってしまった。

 左腕が異様に肥大化した左右非対称な腕を持つ人型のエネミー。これまで非生物的な姿がほとんどで、それ以外だと蜂のような小型の生物しか現れなかったのもあって、ここにきて異色を放つエネミーを目にすると嫌でも警戒してしまう。

『あれは……レアエネミーの類だな。

 文字通り遭遇することが稀なエネミーで、サーヴァントほどではないにしろ強敵だ。その分倒したときに得られるお金(PPT)の量も多いがな。

 今のライダーなら苦戦はしても負けるほどではないはずだし、資金集めも兼ねて倒してみたらいいんじゃない?』

「そうだね。ライダー、人型のエネミーだから他のエネミーよりサーヴァントとの戦い方をベースにした方がいいと思う。

 通路の壁を使って背後を取る戦法で行こう」

「承知。では、参ります!」

 腰を落とし、一気に加速したライダーは通路の壁を蹴り、レアエネミーの頭上から背後に移動しつつその手に握る愛刀を振り下ろした。

 確実に死角からの一撃を与えたのにライダーが眉をひそめたように見えたのは、不自然に揺れる敵相手に目測を見誤ったからか、はたまた予想以上の硬さだったからか……何にしても満足のいくダメージを与えられなかったようだ。

 一撃で仕留められなかったのなら、次に来るのは相手の反撃。レアエネミーは身体をコマのように回転させ、その肥大化した左腕を振り回し始めた。その予備動作を察知したライダーは素早く敵の間合いから距離を取る。

「な、腕がのび……っ!?」

 見切ったとライダーが予想していた間合いからさらに1メートルほど腕が伸び、その拳がライダーを捉えた。

 とっさに刀で防いだライダーだが、伸びた分の遠心力が加わったことで完全には抑え込めず、彼女の身体は後方へと吹き飛ばされる。

 それでも空中で体勢を整えて着地したライダーの技量はさすがと言うべきか。しかし予想外の一撃によるダメージは持ち前の俊敏な動きを鈍らせている。その微かな隙にレアエネミーは追い打ちをかけるべく体勢を低くし、ライダー目がけて疾走する。

「突進が来るぞ!」

 慌てて遅れて注意を飛ばすが、相手の動きに対してライダーが次どんな行動を取ればよいかを指示し忘れたことに後で気が付いた。

 ライダーが自己判断で真横に回避することで事なきを得るが、無理な回避行動による隙がさらにレアエネミーの攻撃を助長することになった。

『どうしたんだ天軒由良。指示のレベルが下がってるぞ!』

「わかってる! とりあえず俺が牽制して……はダメだ」

 前線はライダーに任せ、自分は後方支援に徹する。そうすると今できる手段は礼装によるライダーの強化のみ。最適な礼装の選択をしなければならないのに、焦りが思考を鈍らせ的確な指示の妨げとなっている。

 ……正確には、『そう思っていた』と言うべきか。

 思わぬ苦戦を強いられ、ライダーも疲弊してきたところで自分の中で疑問が浮かぶ。

「俺、()()()()()()()()()()()()()()()?」

『……………………は?』

 疑問を言葉にしたことで自分に起こっている異変が明るみに出る。

 自分が後衛に徹する戦い方は一回戦や二回戦で経験してるはずなのに、どんな指示を出せばいいのか頭に浮かんでこない。

 未知の敵だから、なんて理由ではないはずだ。どんな相手だろうと今まではライダーが危機に陥らないような指示をしてきたはず。だというのに、全然思い出せない。

 最適な答えが出てこない……!

『ああくそっ! お前が後衛にいる前提条件そのものが最適じゃないって思考で固まってるのか!?

 AIみたいなロジックエラーはじき出してる場合じゃないわよ!』

「ご、ごめん。でも、本当にわからないんだ……」

『ちっ、仕方ないがここは撤退だ。

 ライダー、気絶させてでもいいからこのバカと一緒にアリーナを出なさい!』

「しょ、承知!」

 刀を納めたライダーはレアエネミーの追撃が襲って来る前に俺を持ち上げ、アリーナを疾走する。

 それは、聖杯戦争を勝ち進んできた20日余りの中で初のエネミーに対する黒星となった。

 

 

「で、どうするんだ?」

 アリーナから校舎へ、そしてマイル―ムへと無言で帰還した俺たちを出迎えたのは、不機嫌そうに眉をひそめている女性の、シンプルかつ容赦のない問いだった。彼女のカソックベースの服装も相まって、懺悔でもしなければいけないような空気になる。

 だがついさっき露見した問題なのに、そんな簡単に解決するなら先ほどの戦闘を撤退する必要なんてない。

 それは彼女も重々承知だろうが、わざわざ礼装の作成を止めてまで尋ねてくるのだ。それだけこの問題は早急に解決しなければならない、ということだけはひしひしと伝わってくる。

「……自分で考えろ、と言いたいところだが、モラトリアム中の今はそんなにじっくり時間をかけていられないか。明日はよくてもそれ以降は二つ目のトリガー入手のためにアリーナへ向かう必要がある。問題が解決する前にアリーナへ行ってやられたんじゃ笑い話にもならないからな。

 仕方ないから、現状私がわかる限りの情報を伝えておくわ」

 眉をひそめてため息をつく。ただ、その言葉はまるで本人すら把握してない俺の心境が理解できているかのように聞こえる。

「サラは俺が今どんな状況なのかわかるのか?」

「アリーナでの会話でなんとなくな。お前いつも言ってただろう。『無い物ねだりはしない。今できる最善策を考える』って。

 一回戦、二回戦は後衛に徹することがライダーの邪魔をせずに全力を引き出せる最善策だった。

 それが私のキャスターとの戦闘で自分が前衛に立つ経験を得たことで、無意識にそれを含めて対策を講じようとしていたんでしょうね」

「でも、ランルーくんのバーサーカーのときはまだそれなりに指示は出せていたはずなんだ。

 ……最後は自分を囮に使う手段しか思いつかなかったけど」

「考えられるとすれば、サーヴァントとエネミーで線引きをしてる可能性だな。サーヴァントには敵わないが、エネミーならそれなりに立ち回れるって感じにな。

 あのレアエネミー、他のエネミーに比べれば確かに強いけど、さすがにサーヴァントとは比べれば見劣りするでしょう」

 サラが言っているのが本当かはわからないが、確かにその理論だとあの戦闘時の思考の低下も頷ける。

「なら、それも踏まえて戦術を組むようにしたら……」

「それはダメです! アリーナのエネミーは我々サーヴァントにしてみれば取るに足らない相手ですが、マスターには十分脅威になりえます。

 主どのが前線に出る必要などありません。戦闘は私がすべて受け持てば問題ないでしょう!?」

 ここまで沈黙を貫いていたライダーが身を乗り出してこちらの言葉を阻む。やはりわからない。彼女がここまで俺の戦闘を拒む理由はなんなのだろうか?

 さすがにサラもこれはおかしいと思ったのか、ライダーを見る目が変わる。

「ライダー、私の勘違いならそれでいい。ただどうもお前の言動には違和感がある。

 三回戦の初日、私に対して言い放ったお前の言葉はマスターへの絶対的信頼ゆえのものだったと断言できる。

 でも今のお前の言葉は信頼より不信感の方が強く感じるわよ?」

 いや、とサラは自分の言葉を否定する。そして一層ライダーを見る目が鋭くなり――

「今考えがまとまった。

 お前、怖いんでしょう?」

「――――――――」

 サラの一言にライダーの表情が揺らぐ。返答はないが、その表情が言外に語っていた。

 しばしの沈黙を挟んだのち、観念したように肩をすくめる。そして、一言一言確かめるようにライダーは胸の内に秘めた思いを打ち明け始めた。

「そう、ですね。確かにサラどのがおっしゃる通りです。

 今の私は必要以上に恐怖しているのでしょう。主どのが傷つくこと。そして、主どのの役に立たつことなく散ることに……

 生前、私は兄上のために全力を注いできました。

 なぜか最終的には兄上に嫌われることとなりましたが、それでも兄上の国が栄えるのであれば私は喜んで自ら首をはねました。

 しかし英霊となり、その後の出来事も知った今、どうしても考えてしまうのです。大陸から兄上の国へ軍勢が押し寄せてきたときに私がいたならば、と」

 それは、心の底から敬愛する兄、頼朝への思い。

 兄のためならばどんなひどい仕打ちも気にならない。いや、そもそもひどい仕打ちなどと感じてすらいないのだろう。

「すでに我々の生きた時代は終わり、今どれだけ悔いようともそれは後の祭り。過去に縛られるような愚行はしませんが、同じ思いをしたくないのも事実。兄上のときのように、私のいないところで主どのに傷ついてほしくないのです。

 見捨てられることは怖くありません。私が不要とあれば、いつでも切り捨てて頂いても構いません。自害しろと言われれば、主どのが令呪を使わずとも自ら命を断ちます。

 ですが、私は主どののサーヴァント。前にも言いましたが、主どのに勝利を捧げるのが私の義務です。なので、せめてこの聖杯戦争を終えるまで……私の手が及ぶところまでで構いません。どうか、主どのは私ではなく我が身を第一に考えてください」

 それがライダーの心のうちに秘めていた言葉。主のために自分の命を捧げる源義経という武士の掟。

 ならば、それを尊重するのがライダーのためなのだろうか。

「――そんなの、俺が我慢できるわけないだろ!」

 そこまで強く言うつもりはなかったのだが、気づけば怒鳴る勢いで声を荒げていた。

 これにはライダーはもちろん、サラすら物珍しそうにこちらを見ている。だが今はそんな視線は気にならない。目の前にいる自分のパートナーをきっちりと叱ることが最優先事項だ。

「ライダーの気持ちはしっかり受け取った。そこまで思い詰めていたなんて知らなくてごめん。

 でもそれを許容することはできない」

「ど、どうしてですか!

 失礼ですが、主どのは戦闘面ではサーヴァントより大きく劣ります。

 三回戦でサーヴァントと戦闘を行って生き残れたのは例外中の例外。直接見ていないので推測で話すことになりますが、キャスターは手を抜いて遊んでいた可能性が高いです。普通ならあの竜の娘のときのように為すすべなく殺されそうになるのが当たり前なのです!」

「うん、たしかにそれは事実だ。思いあがっていた部分があるから、それは俺も反省して今後は自重するように頑張る。

 でも、今の俺とライダーの問題はそこじゃないんだよ」

「そ、そこではない……ですか?」

「1回戦終了後に言った言葉、覚えてるかな?」

「……私の心を殺したままで勝ち進むのはだめ、という言葉でしょうか?

 なら問題ありません。これは私が望んでしていることです。あの時の言葉に反してはいません」

「そのあとだよ。……2回戦が始まる前、っていう方が正しいかな。

 ライダー言ってくれたよね。俺の心を殺しては元も子もない、って」

「――――あ」

 その瞬間、確固として譲れないといった様子のライダーの表情が揺らぐ。

「ライダーの意見はもっともだ。ライダーを心配させるなんてマスター失格だと思う。

 でも、俺だってライダーには傷ついて欲しくないと思ってる。それが難しい望みなのだとしても、俺が前線に出ることで緩和できることがあるならそうしたい。

 それでもライダーの意思を尊重しないといけないのなら、ライダーは俺に心を殺してくれって言うのかな?」

 我ながら意地の悪い返し方をしていると思う。ライダーの言葉にライダー本人の言葉を利用して反論しているのだから。しかも彼女の言葉を意図的に歪曲させて、だ。

 彼女の性格からして自分の言葉を撤回することはないだろう。それにどちらもマスターである俺を気遣っての言葉であるならば、どちらかを撤回なんてことは万が一にもありえない。

 自らの言葉が生んだロジックエラーに、みるみるうちにライダーの顔が歪んでいく。

 心苦しいが、ライダーが逆転の一手を思いつく前にさっさとケリをつけよう。

「さすがに意地の悪い返しだったと思う。けどこれで俺の意見もわかったよね?」

「そ、それは……ですが、話が進みません!」

「ならしかたないな」

 わざとらしくため息をつき、サラが俺たちの注目を集める。

「本当はお前たちでじっくり話し合って落としどころを決めた方がためになるんだろうが、今のこの状況は何かがおかしい。できれば今すぐにでもこの状況を改善しておいた方がいい。

 だから、今回は私の方でお前たちの意見に沿った落としどころを提案してあげるわ」

 彼女の言う『何かがおかしい』ということが何を指しているのかわからないが、この状況が改善してくれるなら願ったり叶ったりだ。

 とはいえ、何でもないように言ってるがサラが行おうとしているのはもはや読心術と言ってもいいレベルの技術だ。これが起源の影響力なのか、それとも彼女の努力の賜物なのかはさておいて、だが。

 どんな提案であろうと、ライダーのためならば実現させて見せる。そう覚悟を決めてサラの言葉を待つ。

「今の話だと、天軒由良はライダーのためにも状況によっては自分も前に出て戦いたい。ライダーはマスターの身を案じて前には出てほしくない。まとめればこれだけだ。なら話は早い。

 天軒由良がもっと強くなればいいだけじゃない」

 ……………………。

 ………………………………………………。

 一瞬時間が止まったかのような錯覚さえした。

 恐る恐る、自分の中に浮かんだ言葉を素直に口にしてみる。

「……それだけ?」

「それだけだ。お前がエネミー相手に後れを取らないとライダーが判断すれば、お前が前に出ようがライダーの心配の種にはならない。今のところサーヴァント相手には比較的無茶しない思考回路みたいだし、今後もそれを維持することは前提にする必要はあるがな。

 あとはライダーに鍛えてもらって、彼女が許可を出すまでは前に出ないってことにすれば問題は解決するだろう。

 ライダーもそれで問題ないわね?」

「え、あっ、はい……」

 あっさりとした言葉に一瞬理解が追いつかなかった。ライダーも目を白黒させて反射的に返事したような状態だ。

 別にサラの提案が無理難題だったわけでも、言葉の意味が難解だったわけでもない。そして彼女の提案は理にかなっている。

「……こんなあっさりと解決するものなのか?」

「するだろう?

 基本的に口論が長引くのはその原因がわからないか、その落としどころが見つからないかのどちらかだ。

 なら、その二つが解決したらならそれ以上いがみ合う必要なんてないでしょう?」

「た……確かに」

 なんだか釈然としないが、サラの言葉には説得力があった。ライダーも納得しているなら納得してもらえるように頑張るしかないか。

「……これでしばらくは大丈夫か」

「えっ?」

 サラの口が微かに動いたのが見えた。てっきり彼女の発言を聞き逃したのかと思って聞き返す。

「いや、気にしなくていい。ただの独り言だ。

 それより、今回のライダーの思考回路がいつもと違うのが気になるな。

 私の理解が正しいのなら、普段のライダーは天軒由良が危機に陥りそうな場合、そうなる前に相手を全員殺すって言いかねない性格だと思うわよ?」

 かなり物騒なことを言っているはずだが、不思議とその指摘に納得してしまった。たしかにここ最近のライダーの行動には不可解な点が見られる。てっきり俺が無茶をした報復行為なのだと思っていたが、先ほどサラが言っていた『何かがおかしい』というのはそのことだったのか。

 銀髪の隙間から覗くジトっとした視線を向けられたライダーは肩をすくめる。

「たしかに、言われてみるととそうですね。

 ここ最近いろいろありましたので、てっきり少し神経質になっていたたけだと思っていましたが……

 思い返してみれば、何故かここ数日妙に主どのの行動に不満を持つようになっていた気もします」

 やっぱりな、と呟いてサラの視線が鋭くなる。しばらく視線を巡らせて、虚空を人睨みしてからため息をつく。

「普段と何かが違うと感じたのなら、何かしら第三者の手が加わっていたと考えるのが妥当だろう。一人心当たりがあるんだが、そいつの仕業じゃあこれは手ぬるすぎる。

 天軒由良、お前また変なやつと関わってないでしょうね?」

「まあそうなるよね」

 俺だって心当たりはないが、完全にこの件に無関係であると言い切れないマスターがいないわけではない。

「現状は警戒を続けるしかないか。

 まあ大して害はなかったし、今すぐどうにかするものでもないでしょう」

 手を叩き、そう締めくくるとサラはさっさと自分の定位置である工房へ戻って行く。

 残された二人で顔を見合わせると、自然と笑いがこみ上げてきた。

 この四回戦、相手がいないからと言って油断できないことは理解している。

 それでも、ライダーとの間にあったわだかまりが解消された。それだけで、これからもどうにかなると思えてきた。




四回戦は相手がいないかわりにレアエネミーが一つの大きな障害として立ちはだかります。ちょうど四回戦から現れますしね。今作では遭遇するタイミングは原作と同じよていですが、出現位置までは一緒じゃないです

今回のいざこざはきちんと理由はありますが、サラの能力が使い勝手よすぎて逆に使いづらくなりそう……


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マスターの意地

FGOではとうとう星4配布が来ましたね
性能重視や好きなサーヴァントなどなど、いろんな選び方がありますね
私は最初の星4配布の時点で次は上姉様だと決めていましたので迷いません! ……迷いませんとも(エルバサほしい)

今回もかなり長いです
正直いつもなら2話に分ける量です


 前日のいざこざが嘘だったかのように、モラトリアム3日目の朝は穏やかだった。

 お互いに心の余裕が生まれたというのは、予想以上に効果があるらしい。

 ただ、再びライダーと同じ布団で寝ていることになったのは楽観視できない自分がいる。ライダーには口が裂けても言えないが、やはり精神衛生上よろしくない。慣れる兆しもないし、そもそもこの状況は慣れていいものなのだろうか。

 とはいえ今はまず昨日消費したアイテムの補充が優先だ。

「サラ、礼装の方はどう?」

「もうすぐ完成する。先に購買部にでも行ってアイテムの補充でもしておけ。

 お前がアリーナに入るころには使えるようにしておくわ」

 長時間作業していたのだろう、彼女が身体を伸ばすとパキパキという乾いた音がここまで聞こえてくる。

 

 ……あれ、何だこの違和感は?

 

 頭の中に微かな引っかかりを感じるが、それがなんなのかははっきりとはしない。ただ、ここで考え込んでもこの違和感は払しょくされないだろう。

 サラの案に反対する理由もない。素直にマイル―ムから出て購買部へと向かうと、いつものように舞が暇そうに頬杖をついていた。

「ん? ああ、君か」

「だんだん対応が購買部らしくなくなってきてるよね?」

「まあここ数日ほとんど客が来ないからね。

 優秀なウィザードはエーテルぐらいしかここにある商品に見向きもしないし、人によってはそのエーテルさえ自分で作っちゃうしー」

 ため息交じりに愚痴る舞はそう説明したのち、こちらに視線を向ける。

「ということで君が重要な収入源だから、今後ともよろしくね」

「はいはい。こちらとしても舞にはいろいろお世話になってるし、それで貢献できるなら喜んで協力するよ。

 ……資金不足さえどうにかなればね」

 最初こそ彼女とのこのやり取りに困惑したが、今ではこのやり取りに安心さえ感じている。

 アリーナ探索で消費したエーテルを補充しつつ、何でもない会話で時間を潰す。

「資金不足ならエネミーを倒して集めるしかないね。そろそろレアエネミーだって出現する時期じゃないかな?」

「レアエネミーなら昨日会ったよ。……勝てずに逃げることになったけど」

「君が負けるなんて珍しいね。調子でも悪かった?」

「まあね……次は負けるつもりはないけど、今日アリーナ探し回ってレアエネミーに会えるかな」

「無理だと思うよ」

 全く悩みもしない即答はむしろ清々しさすら感じる。

「シンプルにレアって名前がつくぐらいだよ? もちろんそう何度も会えるものじゃないって。私も詳しい情報は知らないんだけど、各階層に一度しか出現しないらしいし。

 まあでも君はまだ三日目でアリーナも第一層しか解放されてないからチャンスはあるかな」

「俺、舞にモラトリアムが何日目か言った記憶ないんだけど……」

「そりゃお得意様の現状ぐらい把握するって。明日解放される第二層で必死に探してみたら?」

 それでもエンカウントするかは別問題だけどね、と容赦無く追い討ちをかける彼女に苦笑いで返す。

 念のために探してみる予定だが、今日はトリガーの入手だけで用事は済みそうだ。

「あとは俺の指示のレベルを上げる鍛錬か。

 ……舞、この聖杯戦争ってマスターがサーヴァントに指示を出して戦うのが基本スタイルだよね?」

「うんそうだよ。どうしたのいきなり?」

「いや、サーヴァントっていろんなタイプがいると思うんだけど、戦闘に特化したサーヴァントはマスターに頼らないほうがいんじゃないかなって……

 そのぶんマスターも別のことに集中できるし」

 昨日の一件で、戦闘の質が上がれば上がるほどその戦闘で下す指示が重要になってくることを実感した。しかし同時に、俺が指示を出すよりライダーの自己判断で戦闘をした方がいい場面があるのなら、彼女に任せるのもまた一つの手ではないだろうかとも思い始めている。レアエネミーとライダーでは力の差は歴然。ならばライダーが自分の判断で戦って後れを取ることはないはずだ。

 そう考えていたのだが、舞は困ったように苦笑いを浮かべている。

「残念だけど、それはおすすめできないね。

 ムーンセルという聖杯が望んでいるのは『強いマスター』であって、『強いサーヴァントを使役するマスター』じゃないから」

「ごめん、違いがよくわからない……」

「簡単に言えば、いかにサーヴァントの戦闘技術が秀でていたとしても、それに頼り切って勝利したマスターをムーンセルは真の強者とは認めないんだよ。

 噂によれば、参戦すれば勝利が確定してしまうサーヴァントをムーンセルが封印処理したこともあるらしいし。

 何にしてもこの聖杯戦争において戦闘はマスターの能力や采配が重視されているのは確実だろうね。

 一応マスターが指示しなくてもサーヴァントが自己判断で戦うことは可能だけど、行動に若干ながら支障がでるらしいよ。マスター同士が戦闘しているときはその限りじゃないとも聞いてるけどね。

 そのあたりは、サーヴァントに聞いてみた方が早いんじゃないかな?」

 舞の指摘に視線を背後へ送る。そこで霊体化しているであろうライダーは姿を見せず、念話で対応する。

『舞どのが指摘した通り、主どのが指示に徹してるときは指示以外の行動をすると若干ながら行動に誤差のようなものが生じます。

 普通のエネミーなら問題ありませんが、サーヴァントはもちろん、あのレアエネミー相手にも主どのの指示がなければ苦戦を強いることになるかと』

 ライダーの邪魔になるならいっそのこと、と考えていたのだが、やはり俺自身のスキルアップは必須事項のようだ。

「さすがにすべての行動を事細かに指示をしろってことはないんだけど、攻撃するのか防御するのか、攻撃にしても決定打を与えに行くのかそうでないのか。

 一つの目安としてだけど、最低こういう指示はした方が思うよ」

 全貌はわからないながらもなかしらの問題を抱えていることを察した舞が、彼女なりにアドバイスをしてくれる。

「ありがとう、参考になったよ」

「どういたしまして。まあ、最近暇してたからこれぐらいなんてことないけどね」

 無邪気に笑う姿に見送られてその場を後にする。彼女の笑顔を見てると自然とこちらもつられて笑ってしまうのだから不思議なものだ。

 会話が途切れたタイミングを見計らって、端末越しに聞きなれた声が聞こえてきた。

『コードキャストが完成したぞ。試運転まではできてないが、とりあえず起動するのに必要最低限の調整はしてある。

 黒鍵から出力する練習も兼ねて試してもらえるかしら?』

「うん、わかった。

 じゃあ舞、俺はこれで」

「はいよー」

 立ち去るこちらに向かって舞は手を振って見送ってくれる。

「アリーナ探索頑張ってねー。あ、レアエネミー倒せたら売り上げ貢献よろしくねー」

「ははは……」

 軽口なのか本気なのかわからないが、苦笑いで返して地下から1階へと向かい、そのままアリーナへと直行する。

 昨日までと同じくアリーナでは俺たち以外の気配は感じられず、耳が痛いほど静まり返った空間がはるか先まで続いていた。

 そこから比較的大きな広場まで移動し、改めてサラから説明を受ける。

『単純威力を上昇させただけだから、コード自体は守り刀の時と同じだ。

 ただ、本体は壊れてるから前みたいに礼装を実体化させて起動するのは無理よ』

「ということは、起動するには黒鍵の練習が不可欠ってことか」

 試しに黒鍵を握り、左から右に振り払うモーションと共に魔力を流すがコードキャストが起動する様子はない。先が思いやられる状況だ。

「悩んでても仕方ないか。とりあえず今できることをやろう」

『それもそうだな。せっかくこんな広い空間にいるんだ。のびのび鍛錬ができるこの状況を生かさない手はない。

 エネミーの出現はこっちでモニタリングしておくから、不意打ちの心配はせず鍛錬に専念してもらって構わないわよ』

 サラの頼もしい言葉を聞き、ライダーが手を叩く。

「では、実践形式の鍛錬などどうでしょう?

 すでに戦い方は主どのの中で完成しつつあるようですし、今後はそれを研磨していくのがよいかと」

「なるほど。じゃあお手柔らかに頼むよライダー」

「はいっ! このライダーにおまかせください!」

 いつもより張り切った様子で頷くライダーは早速俺との距離を取り、得物を構える。

 こちらも両手に黒鍵を握り、いつでも対応できるように腰を落とす。

「では、いきますよ主どの!」

 ライダーの言葉にさらに警戒心を強める。わかりきっていることだが、普通の剣戟で彼女には到底叶わない。なら、やはりコードキャストでの攻撃が不可欠になる。

 火事場の馬鹿力という言葉があるように、この実戦で何かの拍子でできるようなことを信じて、頭の片隅では常にコードキャストのことを考え――

「――はぇ?」

 我ながら間抜けな声が出たかと思えば景色が上下反転しており、次の瞬間には背中に強い衝撃を受けてカエルが潰れたような声が絞り出される。

 何が、起こった……?

 視界に映るのはアリーナの天井、微かな光しかない深海の光景。つまり、今は仰向けに倒れていることになる。それは把握したが、なぜこうなったのか思考が追いつかない。

「――まだまだですね、主どの」

 聞こえてきたのは優しく語りかけるような声。その声の主は左手で自身の黒髪を押さえながら穏やかなで表情こちらを見下ろしている。それは赤子を愛でるような優しさすら感じるかもしれない。

 ……その手に握る刀の刃がこちらの首に突きつけられてさえいなければ、だが。

 ああなるほど、ようやく状況を理解できた。どうやら一瞬の間に一切の容赦なく打ち負かされたらしい。

 さすがは俊敏A+、俊敏Bのキャスターも十分速かったがこれは次元が違う。気を抜いていたわけではないのに何が起こったのかまったくわからなかった。

「参考までに、何が起こったのか説明が欲しいんだけど……」

『とくに難しいことはしてなかったぞ。ただ壁を蹴って背後に回って足払いしただけ。お前がレアエネミー相手に指示したときとほぼ同じ動作だ。まあ、その速さは比じゃなかったが。

 あれがライダーの本気ってことかしら?』

「本気……というより全力ですね。攻撃や防御などをすべて捨てた最大速度ですので、隙が大きすぎてサーヴァント相手では使えないでしょう。

 ただ、サーヴァントがこれほどのスピードで動くこともあることは肝に銘じておいてください」

 忠告するライダーの表情は今まで以上に真剣だ。それだけで本当に彼女が俺に前線で戦える実力を身に付けさせようとしていることが伝わってくる。

 ならこちらも本気でそれに応えるしかない。

「逆に言えば、その動きについていけるなら大抵の相手の動きにはついていけるわけだ」

『大きく出たな、天軒由良。ついさっきまったく反応できずに組み倒されたばかりだぞ。

 それとも、頭でも打って変になったかしら?』

 事実ではあるが、くつくつと喉を鳴らして笑うサラに言われっぱなしはなんだか癪だ。

「ご心配なく! きちんと主どのが頭から落ちないように気を付けました!」

「うん、そういう意味でサラは言ったんじゃないと思うけどね」

 あと彼女らしい気遣いに地味に凹む。できればライダーがそこまで気が回らないぐらいほどには渡り合えるようになりたい。

 改めて黒鍵を握り、息を整えてからライダーと対峙する。

「それじゃあ、行くよライダー!」

 などと啖呵を切ったのはよかったものの、そこからは悲惨という言葉が似合うほどの結果だった。

 最初の10戦ほどはライダーの姿を捉えることすらままならず、目が慣れてからも身体が反応するまでにさらに20戦ほど。ようやく攻撃を受け流せるようになってきたが、すでに身体はもちろん心もボロボロの状態だった。

「少しは手心があってもいいんじゃないかな?」

 思わずそんな言葉が出てしまう。

「いえいえ、まだまだ! これも主どののためですから。このライダー、一切の手加減もせず主どのを鍛え上げてみせますとも!」

 ……どうやら変なスイッチが入ったらしい。こんな風に鍛錬でライダーに振り回されるのは、守り刀を使った鍛錬の初日以来だ。

『ライダーが納得する実力をつけるのが目的なんだ。

 変に妥協されるよりかはマシでしょう?』

「ごもっとも。にしても、少しはこっちから攻撃できると思ってたのに、受け流すことしかできないなんて」

『……ところで、お前は受け流しや防御に関しては目を見張るものがあるが、最初はそういう鍛錬を集中的にやってきたのか?』

「いや、普通に刀の持ち方や振り方から始まって、攻め方を中心に教わってたよ? もちろん防御も構え方とか教わってたけど、攻め方に割いた時間に比べれば少ないと思うけど……」

『それ以前に武器を扱っていたことは……あっても記憶がないんじゃわからないか』

 なにやら端末の向こう側で考え込んでいる様子が伝わってくる。何か変なことでもあるのだろうか?

『攻撃に対してのお前の反応速度、かなり速いだろう? 素人があの速度で反応するのは数週間でできるようなものではないと思うんだが……

 ライダーは何か言ってたかしら?』

「いや、むしろ攻め方の方が飲み込み悪いなって言われたぐらいだけど」

『……あの天才娘、自分基準でいろいろと考えすぎだろう』

 深刻そうに頭を抱えている姿が声だけで容易に想像できる。

「このままだと何かマズかったりする?」

『もちろん速いに越したことはない。ただ他が素人レベルだから気になっただけだ。私の気にしすぎの可能性もあるし、気にしなくてもいい。

 それより今はコードキャストの方よ』

「それは俺もわかってるんだけどね……

 まさか黒鍵からコードキャストを出力する練習をする暇すら与えられないとは思わなかったよ。実戦形式なら何かの拍子にできるとおもうんだけどな」

『忘れてないならいい。できるまで何度でも試せばいいだけだ。幸い時間はたっぷりある。お前の体力の方は知らないがな。

 まあ、自分のサーヴァントに殺されないようにだけは気をつけなさい』

 ……クスクスと笑いながら縁起でもないことを言わないでほしい。

 死にそうになったら防御だけに全神経を使おう、なんて考えながら呼吸を整えるために大きく息を吐く。体感時間ではすでに半日以上アリーナに潜っているから疲労が溜まるのは仕方ないが、出来ればコードキャストだけはものにしたい。

 まだ黒鍵が握れることを確認し再びライダーと対峙する。目は慣れてきた。身体も若干ながら反応できる。呼吸を整え、次こそはとライダーの挙動に意識を集中する。

 直後、ライダーの姿がブレた。

「――っ!」

 警戒していたというのにこうもあっさり見失うのだから、改めてライダーの俊敏さを実感する。直後の一撃に反応できたのは運が良かったからとしか言いようがない。

 両手に握った黒鍵でライダーの一撃を受け止め、そこから全身を使って可能な限り衝撃を受け流す。

 ステータス上の筋力はそこまで高くないがそれはあくまでサーヴァント基準。ただのウィザード程度では到底かなわない。そのうえ目で追うのも難しいほどの加速が乗った一撃だ。一瞬両手が吹き飛んだと錯覚してしまう。

 神経をすり減らしてようやく防ぐことができたというのに、ライダーはそれすら考慮していたのか返す刀でこちらの首を狙う。

「ちょ――っ!?」

 慌てて首を引くことでことなきを得たが、その一閃に迷いは感じられない。刀の軌道、踏み込み、すべてが殺しにかかってきている。いつの間に殺し合いに発展したのかと抗議したいがそんな暇はない。というかあれは本気の目だ。

 強化スパイクに魔力を回し、ライダーの間合いから離脱しようと試みる。しかし離れない。これは完全に動きを読まれていると考えた方がいい。

「なら……!」

「っ!」

 追走するライダーへ右手に握っていた黒鍵を投擲する。苦し紛れの一手だがさすがにこの行動は読めなかったらしい。虚を突かれたライダーの動きが止まった。ここまでの模擬戦で初めての隙。このチャンスを無駄にするわけにはいかない!

 だが体勢を立て直す時間も、もちろん切りかかる暇もない。だがまだ手はある。不安定な姿勢のまま魔力を左手へ、さらにその手に握る黒鍵へと回す。

「hack(64);>key!」

 刃に刻むのはコードキャストを黒鍵から出力するためのコード。起動するのは先ほどサラが作成してくれた新しいコードキャスト。

 今まで一度も成功してないが……

『……お』

 端末越しにサラが短い声を上げたのが聞こえる。俺自身も今までとは明らかに違う感覚に確かな手応えを直感した。

 黒鍵の刃に文字が刻まれ、そして淡く輝きだす。次の瞬間、以前の守り刀とは比べ物にならない斬撃がライダーへ向かって放たれた。

「っ、せいこ――うっ!?」

 おもわず顔がほころぶ……が、喜ぶのもつかの間、ライダーがこちらの斬撃を不自然なほど滑らかな動きで避けたことで表情が引きつる。

(しまった、燕の早業!!)

 ここにきてライダーのスキルがこちらに牙をむくとは思わなかった。慌てて首を引いた直後、ライダーの振るう一撃が目の前を掠めた。かと思えば次の瞬間には頭蓋を斬りふせる軌道で刀を振り下ろされている。

 その光景に声にならない悲鳴をあげながらも、黒鍵を右手に握り直して受け流すように角度をつける。本来なら握ってる手が痺れる代わりに受け流せる角度だったはず。それが、まるで飴細工を砕くかの如く刃が粉砕した。

「――え?」

 その声は一体どちらの声だったのだろか。防げると思っていた俺と防がれると予想していたライダー。両者の予想を裏切る形で振り下ろされた刀は俺の右肩に食い込み……

 

 肩の痛みとは別に、突然の頭痛に脳裏に見覚えのない光景が浮かぶ。

 走馬灯のように映るのは眼前に迫るシンプルな図形だけで構成された人形と、右腕辺りから噴き出す赤い『何か』。

 

 一瞬ライダーに切り落とされてしまったのかと錯覚したが、実際は俺の肩を薄く切る程度で止まっていた。むしろ右肩を庇おうとしてとっさに出した左腕の方が出血しているが、この程度の傷ならすぐに止まるだろう。

 自分のサーヴァントに腕を切り落とされるようなことにならず本当に良かったと安堵するが、冷静になるほど先ほどの光景の違和感がしだいに大きくなっていく。

 さっきのは状況からして予選の時の光景だろう。だが身に覚えがない。確かに俺はライダーを呼び出す前は床に倒れていた。そのときにはすでにこちらの人形は倒されていたのだから、妥当に考えれば次に狙うのは指示を出していた俺だ。さっきの光景はそのときのものか、そのあと再び起き上がったあとに胴体に風穴を開けられた時のもののはず。

 しかしながら、右腕から噴き出していたのはどう見ても自分の血だった。起き上がってからライダーを呼ぶまでの間に右腕を傷つけられた記憶はない。ダメージで記憶が混濁していたと考えても、血が噴き出すほどの傷なら痛みか何かで覚えているはず。

「ライダー、一応確認なんだけど……」

「も……」

「も?」

「申し訳ありません主どのっ! お怪我は!? ああ私はなんてご無礼を……っ!」

「え……え?」

 喜ぶ姿に怒る姿、泣く姿などなど、今までにいろいろなライダーの顔を見てきたが、ここまで取り乱す彼女は初めてだった。その尋常ではない様子にさすがに身構えてしまう。

 というかさっきと違う意味で目やばい。何をしでかすかわからない彼女をなだめようとするも聞く耳を持たないし、切羽詰まった様子で刀を強く握りしめる。

「こ、こうなってしまっては首を刎ねてお詫びを……」

「待った! ストップ!! それしちゃうと本末転倒だから落ち着いて!

 さ、サラ、どうやって止めればいい!?」

『私に聞くな。専門外だ。

 とりあえず取り押さえなさい』

「そのとりあえずがすっごい難易度高いんだけど!?」

 それでもなんとか自らの首を刎ねて自害するという最悪の事態は回避した。筋力ステータスが低かったことを感謝する日が来るとは思わなかった。

 これまでの経験から、このあとは迷惑をかけたことに再び落ち込むこともわかっている。だからそのまえに話題を切り替える必要がある。ちょうど聞きたいことがあったのだ、その質問をライダーへ投げかける。

「ねぇライダー、俺がライダーを召喚したときって腹の傷以外に同レベルの外傷ってあった?」

「え、傷ですか? ……いえ、腹部の傷以外でそれほど目立った傷はありませんでしたが」

 ライダーも首を振る。いくら彼女が一般常識とズレがある部分があると言っても、血が噴き出すほどの傷を『目立った傷』と言わないことは考えられない。ということは傷はなかったと見るのが妥当か。

 残る可能性は、あのときの意識は別の誰かと共有しているかのようだった。その誰かが見ていた光景と記憶が混同しているのかもしれない。ならば悩んだところで答えは出ないだろう。

 息を吐いて気持ちをリセットさせ、さらに別の会話へと意識を切り替える。

「戦闘面はまだまだだけど、さっきのコードキャストは成功ってことでいいんだよね?」

『まあ一応な。ただ刃が脆くなるのは想定外だ。礼装そのものの強度は考慮していたが、それを出力する黒鍵の強度は頭から抜けてたな。黒鍵がコードキャストに耐えられないとうそうなるらしい。

 コードキャストの出力、少し抑えた方がいいかしら?』

「いや、今後のことを考えると攻撃力は高い方がいいと思う。黒鍵の方を強化することはできないの?」

『残念ながら私が黒鍵を改造する技術を持ち合わせていないから無理だな』

「むう、ならこのままでもいいかもね。刃が砕けるっていっても、何度も生成できるわけだし」

 痛む左腕を庇って右手に黒鍵を持ち直してから再度魔力を流す。砕けた刃先から魔力が編まれ、見慣れた形に形成される。

 軽くたたいた程度ではきちんとした強度なのかわからないが、再形成した刃の強度は問題ないように感じる。手間ではあるが、自分の魔力的にそんな頻繁にコードキャストを使用することはない。

 あとは連続で使用しただけで刃が砕けないかどうかを確認できれば問題ない。

「hack(64);>key……ってあれ?」

 確認のためにもう一度起動してみようと魔力を回す。しかし、先ほどの成功が嘘のようにうんともすんとも言わない。

「さっきのは偶然だったってことかな……」

「ま、まだ時間はあります! できることは証明されたわけですし、あとは練習あるのみでは?」

『いや待て』

 肩を落としたところに、真剣な声色でサラが待ったをかける。

『天軒由良、その左腕でも黒鍵を振る程度はできるな?

 黒鍵を左手に持ち替えてもう一度試してみなさい』

 どうして、という質問を受け付けない雰囲気に押されて言われるがまま試してみる。

 右手のときと同様に魔力を回して振るう。そこまでで特に変わった部分はないのだが……

「……できた」

 黒鍵から放たれた斬撃を見て思わず言葉が漏れた。とくに変わったことをした記憶はない。先ほどと違うのは右手で試したか左手で試したかだけだ。

 コードキャストを何度出力できるのかの確認も兼ねてもう一度左手で振るうと、先ほどと同じように魔力を消費して斬撃が放たれた。右で同じようにすると、魔力を消費する感覚はあるが何も起こらない。

 何度か同じようにコードキャストを変えながら繰り返してみるが、どうやら黒鍵に関しては強度に問題はあっても形さえ維持できていれば何度もコードキャストは出力できるらしい。

 それが判明したのはいいことなのだが、問題は……

「コードキャストって右手と左手で使えたり使えなかったりするものなの?」

『普通ならありえない。

 礼装は装備者の魔術回路を介して起動する。右腕にまったく魔術回路が通ってない、なんてイレギュラーならその限りではないが、黒鍵の生成ができているならお前の右腕にはちゃんと魔術回路は通っている。

 あとあり得る可能性は……まさかね』

 端末の向こう側で顎に手を当てて考え込んでいるであろうサラの小さな呟き。

「他にも可能性はあるの?」

『あるにはあるが……これは私の推測でしかない。

 それに天軒由良という人物像と合わせるといろんな点で矛盾があるわ』

 こちらが追求する前に、どことなく冷たく感じるサラの言葉が突きつけられる。

『お前の右腕、本当にお前のものか?』

 

 

 状況整理をするために、マイルームに戻ってサラと面と向かって話し合う。

 彼女の考えの大前提として、魔力が流れているなら魔術回路が通っているのは間違いない。そして礼装を装備しているならどの部分からでもコードキャストは出力することができる。例外的に、守り刀のように振るう動作が起動の条件に含まれている場合は礼装を実体化させる必要があるらしいが……

 そして、自身の手や物体化させた礼装から出力するのが一般的なのは単純にイメージがしやすいという理由だ。であるならば、右手で握った黒鍵から出力できず左手で握ると出力できるなんてことは起こらない。

「だが、これが他人の腕であったり、義手型の魔術礼装なんかであれば話は変わってくる。

 といっても、他人の腕や義手であっても流す魔力は大元の人間のものだから礼装の使用に影響が出るとは考えづらい。

 義手そのものが装備者とは別に魔力を生成させられるような代物なら話は別だが、そんなもの作れるのかどうかすら怪しいわね」

 つまり、どこまでいってもつじつま合わせの仮定であって可能性は非常に低いということか。

「一番手っ取り早いのはお前の記憶が戻ってくれることだな。その右腕がお前のものなのかどうか、もし違うなら誰か他人の腕なのか義手なのか。そのあたりがわかれば調整ぐらいならできるかもしれないんだが。

 天軒由良、何か覚えてないの?」

 そう言われても地上の記憶がないのは確定している。今あるのはこのムーンセルで予選に参加しているところからだ。

 ……そういえば、アリーナで見たあの走馬灯のような光景。あれはたしか右腕から出血していたはず。もしかしたら今の状況に関係があるかもしれない。

 その光景と、予選時に誰かと意識を共有していた感覚があったことを説明するとサラの鋭い目がさらに細くなった。

「なるほどな。今のところはなんとも言えないが、一応参考にはなりそうだ。どんな不確かな情報でもないよりはマシな状態だからな。

 ライダーにも伝えておくけど、何か他にもわかったことがあれば随時共有していくわよ」

 その提案に反対する理由などなく、俺もライダーも首を縦に振る。

 自分のことを知るためにここまで他人を頼る必要があるのは情けない気もするが、ここまできたら逆に早く問題解決する方がいいだろう。

 今日のところはひとまず就寝という話はまとまった。……今夜もライダーと同じ布団という状況。人知れず新たな葛藤の時間が始まった。

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 全員が就寝し、静まり返ったマイル―ム。

 そんな静寂が支配する空間をゆっくりとした動きで動く人影が一人。

「……2、3時間ぐらいか。

 さすがに鍛錬の疲労が溜まっているから寝るのは早かったわね」

 いまだ眠っている二人を確認しながら、サラは立ち上がって眠気覚ましも兼ねてストレッチをし始めた。

 こんなことをしていたらライダーが物音に気付いて飛び起きそうではあるが、サラの動きに対して彼女が起きる様子はない。というのも、現在サラがいるのは合わせ鏡の魔術で拡張した空間だ。そもそもこの魔術の根底は結界魔術。特にこの鏡魔術はあわせ鏡によって拡張された空間には絶対的な干渉能力がある。普段はごく自然に貫通させている音を遮断することで完全な防音空間をつくることも可能なのだ。こうなってしまえば、この空間でいるかぎりどんなに警戒しているライダーでさえサラの動向に気付くことは難しい。

 光も遮断してしまえば誰もサラの姿を視認することはできず、全員が起床しているときにでも好き勝手できるが、それはさすがに怪しすぎる。天軒は完全に信頼しているが、ライダーはいまだに裏切りの可能性を捨てずに警戒している。この状況でライダーとの関係が悪化するのはデメリットでしかないのは明らかだ。

 だからこそ、こそこそするのは決まって全員が就寝してからになる。天軒は特に気にした様子はなかったが、サラが右手を探していた『合間』というのもこのタイミングのことを指している。

「慣れたとはいえ、わざわざこんなことする必要があるのはやっぱり不便だな。

 まあ、天軒由良たちに私の切り札を勘付かれたくないし仕方ないわ――」

 ため息をつきながら端末に高速で何かを入力していたサラは、物音を聞きつけた動物のごとくピクッと顔を上げる。

 天井を見上げた状態を維持すること数十秒、何かを悟ったかのように肩をすくめて息を吐く。

「そうか。心配しなくても、ある程度の予想はできていた。

 あとには引けないとわかっただけマシだと言えるかもしれないわね」

 まるで誰かと会話をしているかのように語りながら、視線は天井から自分の右手へと移る。

「なるほど、だから違和感があったのか。犯人は十中八九あいつだろう。少しはおとなしくしているかと思ったが、相変わらず好き勝手やってるんだな。ある意味尊敬するぞ、ほんとに。とはいえ、仮に私の推測が正しいのなら少し面倒なことになるな。

 私が切り札の準備に手間取るぐらいなら問題ないが、天軒由良やライダーの迷惑にならないといいんだけど……」

 顎に手を置き難しい顔になる。途中で天井近くに視線を向けたサラはしばらくして思わずと言った様子で鼻で笑った。

「これまで過去にしか目を向けてこなかったんだ。やることなすことすべて現状維持以上のことはしない。わかっていたがどうすることもできなかった自分に飽き飽きしていたんだ。

 天軒由良に見習って、これからは未来を見据えて動いていこうじゃない」

 天軒の知らぬところでも物語は進み続ける。その結果は果たして天軒にとって吉と出るか凶と出るか……




自分のサーヴァント相手にボコられ変な走馬灯見てさんざんな主人公
今回主人公ボコるシーンが一番筆が乗りました()
そしてようやく攻撃系コードキャストを使う準備が整いました。これで再び主人公も戦わせられます


……あと早々にストックが残り1になりました()
2話相当の量を一気に投稿してるからそりゃ仕方ないんですけどね


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虚憶の影

もう9月も終わりですね
1.5章配信前にはニコ生があるでしょうし、そのあとにはおそらくハロウィンも控えているでしょうから楽しみです


今回ちょっと遊びすぎたかもと思いましたが、まあ問題ないですよね()


 ふと、夢を見た。

 まるでこれまでの体験を掻い摘んで見ているような不思議な感覚。

 SE.RA.PHの校舎の映像ばかりなのは、地上とのリンクが途切れたことでそれまでの記憶が残っていないからか。

 見覚えのある校舎に、見覚えのある人物。懐かしさと同時に悲しさも感じる光景にその身を委ねる。

 ふと、不思議な感覚に襲われた。

 

 この目の前にいる人物は、一体誰だっただろうか?

 

 ――いや違う、それがそれが本来の感覚だ。

 それは、黄金の舞台に立つ、炎を体現したような少女。

 ――これは、こことは違う世界。

 それは、妖艶な雰囲気を放つ、和服の半人半獣の女性。

 ――されど、あったかもしれない事象。

 それは、剣の丘に佇む、赤い外套を纏った褐色の男性。

 ――これは、自分とは違う■■■■の物語。

 それは、黒いもやに包まれ、認識できない異形の存在。

 

 すべてがとても懐かしく、安心すら覚える彼らの正体は、一体……

 

 

 意識が覚醒すると、夢は夢を見たという事実だけを残し、その内容は溶けるように曖昧になっていく。それでもあの見覚えのないサーヴァントたちだけは、魂にでも焼き付いたかのように消えずに刻まれている。

 だが自分の記憶の中に該当するサーヴァントは思い当たらない。少なくとも、この聖杯戦争中に出会ったわけではないらしい。であれば、失っていると思っていた地上での記憶が断片的にでも残っていたのだろうか?

 微かな可能性に必死に思い出そうとしてみるが、それ以上は頭をひねってみても何一つとして思い出すことはない。

 ……それでも彼らのことを思い出そうとすると、令呪を宿した左手にじんわりと熱を感じる。

 ふと視線を横に向けると、ここまでともに戦ってきてくれたパートナーであるライダーが不思議そうに首をかしげている。

「どうかされましたか、主どの?」

「……いや、なんでもないよ。少し夢を見ていただけだから」

 いらぬ心配をかけまいと、できる限り笑顔で首を横に振る。

「………………」

 そのやり取りを怪訝そうに眉をひそめて観察している銀髪の女性。

 どうしたのか尋ねようとしたところへ割って入るように第二層とトリガーの出現を知らせる通知が入る。

 視線をサラの方へ戻すが何事もなかったかのように端末の作業に戻っている。先ほどの夢ともども気にはなるが、今はアリーナの探索を優先しよう。

 準備を整えてマイル―ムから出ると、校舎の雰囲気がいつもよりピリピリしているのがわかった。これと同じ状況を前に一度体験したことがある。

「また優勝候補同士の対戦が決まったのかな」

『今後の対策の参考にもなります。見に行きましょう』

 ライダーの提案に頷きはするが、足取りは重い。前回は遠坂とラニという組み合わせだった。そして遠坂とラニはいまだにマスターとして参加している。最悪の展開が脳裏をよぎるが、それでもこのまま立ち止まっていくわけにはいかない。この胸のざわつきを振り払うように歩き出す。

 NPCをかき分け、皆が囲む先にいる二人のマスターを確認する。

「……ユリウス」

 マスター殺しとして一回戦から暗躍し、二回戦ではその毒牙に襲われることとなり、つい先日はランルーくんの討伐で共闘することとなった優勝候補の一人。その寒気がするほどに視線の先にいるのは少し青みを帯びた銀髪をなびさせる少女。つい数日前、俺がその運命を大きく変化させてしまったマスターの一人。

「――今回はラニⅧとユリウス。またしても優勝候補同士の対決か。前回は遠坂とラニⅧの対戦だったが……」

「――どうもルールブレイクでどっちも生還したらしい。人数不足のため特別に言峰神父から許可が出たらしいな」

「――なににせよ、奇跡は二度は起こらない。これで一人は確実に消えるな」

 ……そう、こういう未来が来ることぐらいわかっていた。わかっていたが考えるのを避けていた。おそらく、今この場にいない遠坂もどこか違う校舎で再び命を懸けた戦いをしているのだろう。

 でも、それでも……っ!!

「ごきげんよう」

 懐かしいあいさつのの言葉。いつの間にか掲示板に注目していたNPCや他のマスターは散っており、今はここを定位置としているNPCが数人立っているだけだった。

「……どうかされましたか?」

「っ、いやなんでもないよ」

 ラニが心配してしまうほどみっともない表情をしていらしい。それではまるでラニともう会えなくなるようではないか。ラニを信じよう。ユリウスを倒して、再びこうして話ができることを。

「身体の方はもう大丈夫? その……心臓とか」

「はい、問題ありません。バーサーカーも完全に治癒しました。あなたに救われたこの命、再び聖杯を望み勝ち進むべきなのか、それとも他の目的のために使うべきなのか、今の私には判断ができません。ですが、無駄にはしないようにしようと思っています」

 胸に手を当てながらまるで自分に言い聞かせるように語るラニ。心なしか、以前よりもその無機質な表情が和らいだ気がする。何が原因かはわからないが、それでも今生きているからこその彼女の成長だと考えると、あの無謀も無駄ではなかったのだと思えてくる。

『む……主どの、またあのような真似をしたら――』

「わ、わかってるって」

 なぜかここにきてライダーの勘が鋭い。不思議そうに首をかしげるラニになんでもないよ、と言葉を返す。

『ラニⅧの相手はあのユリウスか……あいつはハーウェイ家の殺し屋だ。戦闘面ではここにいるウィザードの中でもトップクラスなのは間違いない。今は言峰綺礼によって封じられているが、ルールブレイクだって大量に持ち込んでいた。

 サーヴァントのクラスが暗殺に長けているアサシンというのは唯一の救いか。ここの聖杯戦争のルール上、サーヴァントが相手マスターを殺すのは重大はペナルティとなる。しかも決戦場での一騎打ち以外で戦闘を行う場合は時間制限ありだ。アサシンにはこれ以上にない不利な状況だと言える。

 とはいえ、そこまでのハンデを背負っていてもラニⅧと互角以上の実力はあるわよ』

「暗殺に長けたクラス、か……」

 サラの言葉に耳を傾けながら、二回戦のあとユリウスのサーヴァントに襲われた時のことを思い出す。遠坂の話だとあのアサシンは19代いるハサン・サッバーハのうちの誰かだということだが、あれが本当に暗殺を生業とするアサシンの戦い方なのだろうか……

 正面からの戦闘でライダーと対等に渡り合えるほどの戦闘能力を保有した暗殺者。自分の中にあるアサシンのイメージと乖離しすぎている。これはラニに伝えておくべきだろう。

「ラニ、ユリウスのサーヴァントなんだけど――」

 余計なお世話かもしれないが、現状自分がわかっているユリウスのサーヴァントの情報を可能な限りラニへ提供する。すべてを聞き終えたラニは薄く笑みを浮かべて頭を下げた。

「情報、ありがとうございます」

「今まで助けてもらってるんだ、これぐらいのことはさせてもらわないと。

 ……気を付けて」

「はい。では、ごきげんよう」

 再度頭を下げてこの場を去っていく少女の背中を追う。三回戦の決戦場から帰還した直後、生きる目的を失っていた彼女がもう一度歩き始めたのだ。生きてほしい。素直にそう思えた。

 彼女の姿が見えなくなり、再び一人になったところに背筋に悪寒が走る。

「トリガーの取得は順調かね?」

「っ!」

「ふっ、そう身構える必要もあるまい? 私のようなNPCにできることなど大会運営のための通知ぐらいだ」

 などと言っているが相変わらず下手なマスターより殺意を放っている。

 一体何の用かと警戒を解かずに尋ねると、その不気味な笑みは崩さずに肩をすくめた。

「君たちもそろそろ単純な探索だけでは飽きてきたかと思ってね。私から、少し違う趣向を用意させてもらった」

「……一体何をさせるつもりですか?」

「なに、単純な話だ。この試合、君たちマスターに特別ルールを一つ追加させてもらう。

 それぞれのマスターには別のルールを追加しているのだが――」

 品定めをするようにその視線がこちらの身体を這う。その笑みがさらに不気味に歪んだかと思えば……

「聞くところによると、どうやらレアエネミーに敗退したようだな。なら君はこのモラトリアム中にレアエネミーを探し出し討伐する、というのはどうだろう」

 なぜそのことを……と思ったがそのことは先日舞との会話で持ち出していた。それを本人が聞いたのか、もしくは誰かから聞いたのだろう。

『悪趣味だな。まあそんなことはお前に言っても改善はされないだろうからどうでもいい。だが、天軒由良がそのルールを受けるとして何かメリットはあるのかしら?』

「ふむ、他のマスターには達成することで対戦相手の情報を一つ開示するのだが……

 君の持つ黒鍵の性能をコードキャストに耐えられる程度に向上させる、というのはどうかね?」

「っ、どうしてそのことを!?」

 先ほどのレアエネミーの件は校舎内で話していたが、黒鍵のことはアリーナで相談したっきり話題にすら上がっていない。もちろんコードキャストと黒鍵の関係性もだ。

 この神父、一体どこからどこまでこちらの情報を持っているのだろうか……

 こちらの反応に満足したのか笑みを浮かべて頷く言峰神父。

「すでに話したことだが、これでも私のベースとなった人物は聖堂教会の神父。そして一時期は代行者だった。当然黒鍵の扱いも他のNPCに比べれば覚えがある。

 そしてムーンセルの重要な立ち位置にいるNPCだからある程度の知識は引き出すことができる。黒鍵を君が望む程度に強化するのは造作もない。

 どうだね、悪くない報酬ではないかな?」

 たしかに昨日はそれでよしと結論付けるが、やはりコードキャストを使用しても脆くならないのに越したことはない。この報酬を受け取れるかどうかは非常に大きい。

 問題は俺たちがこのどう見ても黒幕なやつ(言峰神父)を信じられるかどうかだ。彼のことだから、それを考慮したうえでの提案なのだろうが。

「実際に強化してもらうかどうかは別として、レアエネミーの出現場所は教えてくれないんですか?」

「そこも含めての特別ルールだ。少なくとも今日からモラトリアム6日目までの三日間でアリーナ第二層で出現することは確定事項だが、私から言えるのはそこまでだ。レアエネミーそのものは君自身が探し出したまえ」

 以上だ、と言峰神父はNPCらしく……いや、彼の場合はもともとの性格かもしれないが、要件が済むと一方的に会話を打ち切った。

『罠……という可能性は少ないかと。立ち振る舞いは訝しいですが、聖杯戦争の運営のためにいろいろと考えて行動はしているようですし』

『私もライダーの意見に賛成だ。

 もし不自然な改造をされた場合は、そのときはあのエセ神父を問い詰めればいいわ』

 二人とも肯定的だし、俺自身も断る理由はない。資金の調達以外でレアエネミーを倒す目的ができたなら、今までより少し優先順位を上げた方がいいだろう。

 とすると、今日のアリーナ探索はレアエネミーがいる可能性を加味してしらみつぶしに通路の探索をするべきか、トリガーを取得するために最深部への通路を優先して探索するべきかを選ぶ必要がある。

 そこに突然、こめかみにちりちりとした痛みを感じて眉をひそめる。

 

 ――あの神父、中々小癪な事をする。

 

「えっ!?」

 まるですぐそばで話しかけられたかのような頭に響く少女の声に思わず振り返る。しかしそこには誰もいない。気配もライダーのものだけだ。そしてとつぜん振り返るものだから、ライダーがきょとんとした様子で尋ねてきた。

『どうされました、主どの?』

「いや、ちょっと疲れてるのかな。聞き覚えのない声がいきなりしたようにしたんだけど」

『もしや、ここにきて敵襲ですか!?』

「いやそういう感じじゃないから大丈夫。ついさっき夢を見たばっかりだし、夢で聞いた声を無意識に思い出したのかも」

 本当は夢で声など聞いていないが、ライダーが周囲に殺気を放ち始めたために慌てて適当な言い訳でなだめ、少し目をつぶって呼吸を整える。だが痛みはまだ引かないし、さきほどと同じ声が聞こえてくる。それはまるで自分ではない『誰か』に話しかけているようで……

 

 ――うむ、たぎってきたぞ奏者よ! 勝負事ともなれば完膚無きまでに勝利を収めなければ気が済まぬ!

 

 傲慢で猪突猛進、しかし天真爛漫で憎めない不思議な声色。勝手な印象ではあるが、夢に出てきたサーヴァントの一人と言葉を交わすとこうなりそうだ。『奏者』というのは彼女のマスターだろうか……?

 それ以降声は聞こえなくなったが、絶えずこめかみの痛みは残っている。しかし耐えられないほどでもない。トリガー入手を優先して探索する、ということを三人で相談して決定できる程度には思考ができているし、エネミー相手の指示ぐらいなら問題ないだろう。

 

 

 そしていつものように体育倉庫の入り口をくぐる。迎えてくれてたのは第一層と同じく深海を連想させる風景が続くアリーナ第二層。

 当たり前だが俺とライダー以外に人の気配はない。ライダーにエネミーを撃破してもらいながら奥へと進んでいると、断続的に続いていたこめかみの痛みが一瞬だけ強くなった。

 

 ――ふっふっふ――狐の血がたぎってまいりました! ご主人様(マスター)、狩りの時間です。

 

 聞こえてきたのはさっきとはまた別の、蠱惑的な女性の声……なのだが、どうやらかなりはっちゃけた性格のようだ。しかしそれを不快に感じることはなく、むしろ太陽のような温かさを感じられる。こちらも夢に出てきたサーヴァントの一人と声と雰囲気が合致し、先ほどと同様に『誰か』に向けて『ご主人様』と呼びかけている。

 もしかすると、この『奏者』や『ご主人様』というのは予選のとき意識が混ざっていた『誰か』のことだろうか。そう考えると、不思議なほどあっさりと腑に落ちた。なぜ複数のサーヴァントが夢に出てきたのかわからない。もしかすると、一人と思っていた『誰か』は複数人で、あのときも複数人と意識が混ざっていたのかもしれない。結局何もわかっていないが、少しだけホッとした。同じく運命に抗った『誰か』もちゃんと自分のサーヴァントと出会えたのだ。

 この聖杯戦争の参加者だろうか。もしそうならどこかで会えるだろうか。この聖杯戦争で出会うということは殺し合うということに直結するのだが、それでも敵同士という関係しか築けないわけではない。遠坂やラニ、サラのような関係を築くことも可能なのだ。

 

 ――ここは防衛プログラム(エネミー)に集中して、敵のマスターでの消耗は避けるとしましょう。ですが基本、見・敵・必・殺(キャッチ・アンド・ダイ)で!

 

 その不穏な宣言を最後に、こめかみの痛みを残して声は聞こえなくなった。

 その後も順調にアリーナの奥へと進み、そろそろ最深部へ続く通路が判明しそう、というところで端末から話しかけられる。

『天軒由良』

「どうしたの?」

『さっき夢を見たって言っていたが、あれは本当か?』

 なぜこのタイミングなのかわからないが、特に気にするほどでもないと判断し、ライダーへの指示を出しつつ、覚えてる範囲で夢の内容を説明する。

『……見たこともないサーヴァント、か。

 電脳は基本夢を見ないものだが、まあ今のお前には常識は通用しないしそこは気にするだけ無駄だろう。問題はその内容だ。

 お前、人がなぜ夢を見るか知っているかしら?』

 説明に対する反応もそこそこにいきなりそんなことを問われる。

『夢っていうのは、睡眠中に記憶整理をする際に起こる幻覚みたいなものだ。部屋の扉を開いたらいつの間にか落下していた、みたいな夢を見るのはバラバラになった映像を適当に繋いでいるから……て、地上での記憶がないお前にはそういう詳しい経験も忘れているか。

 まあつまり、聖杯戦争が始まってから一度も見たことがないサーヴァントの姿がはっきりとした姿で夢に出てくる、なんてことは夢の構造上難しいわ』

「う、うん……なるほど?」

 彼女の説明はなんとなくわかったが、なぜそんなことを聞くのかが未だに真意が見えてこない。

『まだピンと来てないみたいだな。記憶ないものが夢に現れるとするなら考えられるのは思いつくのは二つ。一つは実は無意識に記憶している情報が引き出されている可能性。

 そしてもう一つは、他人の記憶が移植されている可能性よ』

「っ、記憶の移植なんてことが可能なのか!?」

『医学的にはもちろん無理だ。だが魔術師なら他人の身体を乗っ取ったりなんなりすれば可能性はある。お前がそんな魔術使うとは考えられないがな。

 お前らしい可能性なら電脳体で身体の一部を移植した、とかかしら』

「身体の一部? 脳とかじゃなくて?」

『今の私たちがどういう状態かわかってるか? 電脳体っていうのは魂を擬似的に物質化したものだぞ。自分と他人の魂が混ざるんだ。記憶や人格に影響があってもおかしくない。昨日は何でもない情報だと思っていたが、昨日お前が言っていた走馬灯もわりと重要そうだ。

 さすがにムーンセルで切り落とされたのは記憶違いだとしても、どこかで右腕を切り落とされて誰かの右腕を移植されたって可能性があるわね』

「ちょっと待って。俺ここでの記憶しかないんだよ? 走馬灯だって過去の記憶なんだからここ以外の光景を見るなんておかしいんじゃ」

『お前が見たのがちゃんとした走馬灯ならな。だが、それ以外にも肉体に刻まれていたトラウマがフラシュバックした、なんて可能性もありえるぞ。

 迫る人形とアリーナの光景は、現時点で記憶している情報で欠けた部分を補完した結果とすればつじつまも合うわ』

「……………………」

 思わず黙り込んでしまう。それが本当なら、この右腕の持ち主は俺のせいで片腕を失った可能性がある。だというのに、それが誰なのか記憶すらないなんて……

『……落ち込む暇があるならこの聖杯戦争を勝ち抜く努力をしたらどうなんだ? 調べてはいるが、いまのところお前の記憶が戻る手立てはないんだ。

 欠けた記憶を取り戻すには優勝して地上に戻る以外ないわよ』

「そう、だね。とりあえず自分のできることをしなくちゃ。でも、どうしてこのタイミングでこの話を?」

『…………はぁ』

 なぜか心底呆れられた!? 今の発言何かおかしかったのだろうか?

 聞けばさらにため息をつかれるのは火を見るより明らかだ。だが無言でいるだけでもサラにこちらの心境は十分に伝わったらしい。さらにわざとらしいため息を端末越しにも聞こえるようにつきながら丁寧に説明してくれる。

『お前なぁ、ライダーの刀がお前の右肩に食い込んせいで、トラウマかもしれない光景を思い出したんだぞ? ライダーがそのことを知ってみろ。

 今度は令呪でも使わないと止められない勢いで自害するわよ』

「……ごもっとも」

 サラの気遣いに素直に感謝する。そこにタイミングよく戻ってきたライダーの頑張りを頭を撫でながらいたわる。気持ちよさそうに目を細めてされるがままの彼女を見ているとつられてこちらも癒される。

「……はっ! 危うく忘れるところでした。主どの、トリガーらしきものがこの奥に見えます」

「本当!? ありがとうライダー!」

 時間がかかると高を括っていたところにまさかの朗報で、撫でる動作がナデナデからわしゃわしゃっと激しくなる。それでもライダーはされるがままで、むしろ心なしか先ほどより気持ちよさそうにしている気が……

『犬をあやしてるみたいだな』

「………………」

 そういう例えは笑いをこらえるのが大変だから勘弁してほしい。

 とにもかくにも、これで四回戦通過に必要なトリガーはすべて入手できた。あとは残りのモラトリアム中に鍛錬を積みつつ、レアエネミーを撃破するだけだ。こめかみの痛みも引いてはいないがさすがに慣れてきた。

「ライダー、まだ大丈夫かな?

 まだ余力があるならほかの通路も探したいんだけど」

「承知しました! このままアリーナを踏破してしましましょう!」

 そこまではするつもりはなかったのだが……この様子だと本当に実行しそうだ。

 床も壁関係なく縦横無尽に駆け回る動きはすでに見慣れたものだが、実戦形式の鍛錬を受けたあとだとまた新しいことが見えてくる。

 自分の動きに組み込めるとは思っていないが、どういう姿勢なら次はどこへ移動することが多いのか、そしてそのとき視線はどう動くのか。彼女のように速さが強みの相手と対峙した場合にいい参考になりそうだ。

『きわどい衣装で気になるのはわかるが、少女の尻を必死で追いかけてるのは絵面的にどうなんだ』

「異議あり! 冤罪と主張する!」

 いきなりなんてことを言うんだこのオペレーターは。冗談にしても言い方は考えてほしい。しかもこの会話を聞いていたライダーが着地に失敗して何とも不格好な状態になり、事態は混沌となりつつある。サラの問題発言に加えて着地を失敗するという醜態を晒してしまったのが追い打ちになったのか、耳まで真っ赤にする少女は壊れたロボットのようにぎこちない動きで笑みを浮かべる。

「あ、主どのがそう望むのでしたら、わた、私は別に……」

「よし少し落ち着こうかライダー! というかそれはフォローじゃなくてトドメってことをそろそろ学習しようっ!?」

 端末越しに聞こえてくる押し殺した笑い声に若干の殺意を抱きつつ壊れたライダーを正気に戻すのに四苦八苦していると、いつの間にかエネミーが目の前に現れ襲い掛かってきた。

「サラさん? エネミーの出現はモニタリングしてるんじゃなかったっけ!?」

『悪いな、さすがにそんな近くに出現されたらモニタリングしてても無理だ』

「ああもう!!」

 いまだライダーは壊れたままだ。ここにきて怒涛の展開に半ばヤケになって黒鍵を取り出した。

「俺が戦ったせいでこのあとライダーが凹んだりしたらサラがフォローしてよ!」

『さすがにそのつもりだ。まあその程度なら今のお前でも善戦できるだろう。

 さっさと片づけてついでに戦えるアピールしときなさい』

 あとで絶対文句言ってやる、と心に決めてエネミーへ切りかかる。今回出現したのは鳥をモチーフにした中型エネミーだ。

 空中を飛び回るため捉えずらいが、攻撃は専ら身体を回転させて翼で切り裂くシンプルなもの。ライダーの攻撃を受け流せるのだからこれぐらいたやすい。

 相手の回転に合わせて黒鍵で受け流し、その勢いを利用して自身も回転し、攻撃のための力に変える。十分に遠心力のついたカウンターの一撃は確かな手ごたえを感じだがまだエネミーは健在だ。

「ライダーなら一発だろうな。まあ、わかりきってることだけど!」

 力が足りないなら手数で補えばいいだけだ。もう一度回転し始めたエネミーに再度カウンターを仕掛ける。続く大振りな挙動には黒鍵を投擲して牽制する。大丈夫だ、身体は動く。

 それにここまでの膨大なエネミー戦でなんとなくわかったことだが、エネミーは基本的に一定のルーチンを繰り返すよう設定されている。このエネミーの場合は二回同じ動きをするというものだ。つまり注意すべきは奇数回目の行動であり、偶数回目の動きは直前と同じ動きをするように意識すれば後れを取ることはない。

「……づっ!」

 だというのに、こめかみの痛みがほんの一瞬強まったことで相手の挙動を読み間違えた。小手先で防御姿勢をとるが、刃の向きを変えただけでは翼の一撃を抑え込め切れない。このままでは体勢が崩されるのは明らかだが、距離を取るほどの余裕はない。しかも追い打ちをかけるように痛みが強くなる。

 

 ――鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎむけつにしてばんじゃく)

 

 脳裏に響くのは大人びた、頼もしさを感じさせる男性の低声。他の二人と同様に、夢に出てきた姿がはっきりとしているサーヴァントの最後の一人と印象が合致する。

 しかし誰かと会話している様子ではない。むしろ何かを唱えているヨウ、ナ……

 

 ――心技、泰山ニ至リ(ちからやまをぬき)

 

 九時の方向からエネミーの攻撃、この程度ならいなしてカウンターを決められる。そう思っていたが右腕以外がまるで自分のものではないように動かない。仕方がないがここは牽制で時間を稼ぐのが得策か。

 現在動くのは右腕……正確には右肩を動かすのに必要な最低限の筋肉と、右腕全体だけだ。攻撃には転じられないが防御ぐらいならこれでも十分だろう。

 ……訂正、段々金縛りが解けるように全身の硬直が溶けてきた。これならいけるか。

「――attract>key」

 言葉と共に黒鍵に刻まれるコード。理論上は可能とはいえぶっつけ本番はさすがに肝が冷えた。しかし結果は上々、これなら十分な効果が見込めるだろう。

 左右に黒鍵を放り投げると、投げた黒鍵は突如軌道を変えてまるでお互いに引き寄せ合うような軌跡を描き始める。その一対の動きを横目に新たな黒鍵を握り、刃を形成しながら駆け出す。

 

 ――心技黄河ヲ渡ル(つるぎみずをわかつ)

 

 すでに何かを感じ取ったエネミーは防御態勢に入っているが関係ない。投擲した黒鍵がエネミーで交錯するタイミングに合わせて両手の黒鍵で切り刻む。左右と正面から襲い掛かる刃はエネミーに反撃の隙を与えず、着実にダメージを刻み込む。さらに両手の得物を振るうこと2発。無残に砕け散った刃を代償にエネミーの守りを強引に切り崩した。

 

 ――唯名別天ニ納メ(せいめいりきゅうにとどき)

 

 ここまででようやく下準備。無防備になったエネミーへさらに肉薄し、トドメを刺すべく新たな黒鍵を握り大きく振りかぶる。

 

 ――両雄、共ニ命ヲ別ツ(われらともにてんをいだかず)

 

「hack(64);>key」

 ダメ押しに黒鍵の刃に新たなコードを刻み、斬撃と共にゼロ距離でコードキャストを放つ。合計8つの物理攻撃に加えて火力を底上げしたコードキャストのダメ押しにはさすがのエネミーも耐えきれず、戦利品(アイテム)を残して消滅した。

 

 ――肝が冷えたぞ、マスター。

 

 敵ノ消滅ヲ確認スルト、段々と男の声が遠のいていき……

「……ってあれ、俺はいったい何を?」

「お、お見事です、主どの」

 ライダーが正気に戻るまでの時間稼ぎ程度に考えていたのが、まさか自分で撃破してしまうとは思ってもみなかった。これにはライダーもどう反応してよいのかわからないといった様子だ。

『たしかにすごいが……天軒由良、何ださっきの攻撃は。今のお前の技術じゃ絶対編みだせるような攻撃じゃない。いやそもそも、黒鍵にコードキャスト以外のコードを刻んで特殊効果を付与するなんて、長年使い続けてきた私でも思いつかなかった芸当だぞ。

 お前、本当に天軒由良なのかしら?』

「お、俺にも何が起こったのかさっぱり……

 どうやってコードキャスト以外のコードを刻んだのか見当もつかないし。ただ頭に声が聞こえてきて気づいたらあんな感じに」

『声? ああ、校舎にいるときに言ってた空耳のことか。

 記憶が混ざったことで一種のトランス状態になったということかしら』

 たしかにさっきの動きは自分以外の誰かに操られているような感覚だった。トランス状態という言い方もできるかもしれない。

 ただ、俺の記憶と混ざっているのは正体不明の()()()()であるはず。ならばトランス状態になるのもマスターのはずだ。しかし実際はどう考えてもサーヴァントの動きだった。

「主どの、身体に不調などはございませんか? 憑依を得意とするサラどのほどではありませんが、宝具の関係上トランス状態には詳しいので、何かあれば力になれるかと!」

「うん、ありがとうライダー。でも今は大丈夫だから心配しないで」

 ここ最近自身に関する謎ばかりが増えて不安が募っていたが、ライダーの気遣いに胸のざわつきが和らいでいく。

 身体に関しても特に目立った変化はなく、コードキャストで無理やり強化したときのような副作用はなさそうだ。とはいえ単純な疲労でこれ以上動くのは厳しい。ひとまず腰を下ろして休息を取らせてもらう。

 息を整え、天井をただ目的もなく見上げること数分。ようやく落ち着いてきたところで端末を開いて現在地を確認してみると、いつの間にかアリーナの全通路がマッピングされていた。

「まさか本当に踏破しちゃうなんて……」

 目的のレアエネミーは発見できなかったが、ここまで探索していないのなら今日は出現しないのだろう。というかそう信じたい。

 疲労でそれどころではなかったが、気づけばこめかみの痛みも最初からなかったかのように治まっていた。

 ここまでに3人の謎の声を聞き、そのすべてが夢に出てきたサーヴァントと印象が合致していた。残りは姿がはっきりとはしていないサーヴァントの声だけだったのだが、これ以上何かが聞こえてくる様子はない。

 治まってしまうとなんだか寂しい気がしてしまうのだから不思議なものだ。

 その後も一通りレアエネミー捜索も兼ねてアリーナを探索してみたが目ぼしいものはなかった。アリーナから戻ってからもそれ以上何が起こるわけでもなく、ただ就寝する流れとなった。

 

 

 皆が寝静まったころ、一人で今日一日を振り返る。ラニとユリウスの対戦には動揺が隠せないが、今の俺に出来ることは情報を提供するぐらいだ。一日そこらで何か状況が変化するとは思えないが、明日図書室にでも行ってみようか。もしかするとラニに会えるかもしれない。

 そして四回戦が始まったラニに対して、すでにこちらはモラトリアム四日目。必須条件の二つのトリガーも入手し、残るタスクはレアエネミーを撃破するのみ。この件に関しては順調と言ってもいいだろう。しかし自分の正体についてはまずまずといった進捗だった。

 わかっているのは、俺は地上の本体をパスが途切れた状態であり、一刻も早くその修復が必要であること。今まで普通に扱ってきた右腕はどうやら自分の腕とは違うらしく、礼装を使ったコードキャストを右手で実行するのは無理ということ。この二点だけだ。

 腕の件に関してはいつ、どこで、誰によって右腕が自分以外の物になってしまったのかわかっていないし、そもそも2回戦から使っている正体不明のコードキャストについてはとっかかりすら掴めていない。そして今日見た夢や謎の運動能力向上についても、ただ謎が深まるだけだった。

 まるで終わりの見えない深海をずっと彷徨っているようだ。それでも少しずつ前に進めている感覚があるだけ気持ち的にマシなのだが、一つだけ謎とは少し系統の違う、どうにも腑に落ちない疑問が密かに残っていた。

 戦闘をしていたわけでもないし、特有の存在感を感じたわけでもない。だというのに俺はなぜ、夢に出てきた彼らのことを一目でサーヴァントだと判断できたのだろうか……――。




天軒由良、かっこいいポーズならず()
まああのシーンだけを抜粋するとちょっと笑えてきますが、鶴翼三連の一連の動作はカッコいいですよね

今回でひととおり天軒に関する謎は全部提示で来たかと
あとは謎の解明へ突き進むのみです(爪が甘いことが多いからどこかで謎が増えるかも)


虚億ってちょうどいい言葉があると思ったら、これ造語だったんですね……


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空耳に誘われて

マチアソビのFGOイベをご覧になってた方はお疲れさまでした
情報過多で私も混乱していますが、ひとまず桜ヴァティーは一人迎えることができました
桜ヴァティーはストーリー限ですが恒常ですし剣豪でも新しいサーヴァントは出るでしょうから、みなさんご利用は計画的に(ここに無計画なものが一人)


 朝日が昇り、カーテン越しに射す太陽の光によって起床する。

 今日でモラトリアム5日目。相手のいない決戦の日まで今日を含めるとあと二日だ。

「おはよう、ライダー」

「おはようございます、主どの。今日も一日頑張って参りましょう」

 相変わらず正座で起きるまで待機しているライダーを挨拶を交わし、同じくいつものように工房で端末を操作してるサラに視線を向ける。

「今日もひとまずアリーナでレアエネミーの探索だな。まあ逆に言えばそれが終わったら今日するべきことは終わるわけだが。

 何か予定でもあるかしら?」

「ちょっと図書室に寄ってみようと思ってる。ここ数日は足を運んでなかったけど、あそこならラニに会えるかもしれないし。それに、ありすもよく図書室利用していたからね」

「聞けば聞くほどたらしって評価が的を射てるんじゃないかと思うんだが、まあいいか」

「俺の方がよくないよ!」

 たしかに関わりのあるほとんどが女性だが、こればかりは俺の意思は関係ないし不可抗力だ。それにラニは俺が勝手に安否確認をしたいだけだが、ありすは地上の俺のことを知っているかもしれない人物なのだ。彼女との会話は有力な情報になると考えていい。独特の言い回しで内容を把握しづらいところもあるが、サラなら彼女たちの言いたいことを理解できる可能性もある。だから決して無駄ではないのだと主張したい。

「ああ、そうだな。

 そういう事にしておくわ」

 ……かなり適当にあしらわれた。そしてこの扱いに若干慣れてきてしまった自分が悲しい。

 気持ちを切り替えて図書室の戸を開く。三回戦の時点ではまだちらほらとマスターらしき姿が見受けられたが、今はもうNPC以外は確認できない。

 ここまで残っているマスターは本来なら16人。ランルーくん討伐の際に復活できなかったマスターなどの分を減らすと多くて12、3人といったところか。舞の会話からしてまだ校舎は複数で運用しているとすると、この校舎には俺を含めて三組ほどしかいないかもしれない。

 中をくまなく探してみるが、ラニやありすの姿はない。今はまだ来ていないようだ……

 彼女たちがいないなら特に用はないのだが、不意に近づいた本棚にあるとある本に目が止まった。

 背表紙は真っ白で何も書かれていない。なのに……なぜか妙に心引かれる。

 本を手に取り、開く。

 そこには、こんなことが書かれていた。

 

 ――発端は前世紀に遡る。

 ある時、ある場所で人類は巨大な構造物を発見した。それは遥か過去から存在していた人類外のテクノロジーによる古代遺物(アーティファクト)

 後に、それは聖杯と呼ばれるようになる。

 だが、当時の人類にはその正体、構造、技術体系を解析することはできなかった。

 そして、現在でも、未来においてすら解決する事は不可能だと言われている。それほど、聖杯を構成する技術は人類のものとは異質だった――

 

「これは……」

 内容にももちろん驚いているが、久々の……2回戦ぶりの不思議な感覚。

 俺はこの本のことを――

「おや、あなたもその本を発見されたのですね」

 ――いつの間にか、目の前にレオとそのサーヴァントが立っていた。

「それは、ある一定のレベルに達したマスターに開示される聖杯に関する情報を記したものです。

 まあ、僕のことはお気になさらずに続きをお読みください」

 いつもの優雅な様子で先を促すレオ。

 ……彼のことは気になるが、この本について、なにより『この感覚』の正体が気になった。

 再度本に視線を落とし読み進めていく。

 

 ――しかしやがて人類は、その遺物が”何をしているのか”だけは知るに至る。そして聖杯は、地球を見ていたのだ。そして遥か過去から地球のすべてを記録し続けた。

 全ての生命、全ての生態、歴史、思想――そして魂まで。

 やがて人類は、聖杯とは全地球の記録にして設計図。地上の全てを遺した神の遺物であると悟った――

 

 すべてを読み終え、予想は確信に変わった。

 ()()()()()()()()()()()()()()|!

 レオの言うことが本当なら、過去にこの本を読んでいるという可能性は限りなく低い。さらにこの本を読んで感じた『この感覚』。

 初めてこれを感じたのは一回戦が始まった直後の屋上。初対面の気がする彼女の名前を知っていた。続くラニのときもそうだった。

 あの時はよくわからなかったが、今ならわかる。これは、昨日の夢で見たサーヴァントたちのマスターの記憶だ。俺は『誰か』の記憶が混ざっていたから彼らを知っていたのだ。

「驚いておられるようですね」

 その驚くほど落ち着いた声にハッと意識が現実に戻ってくる。

 見れば本を読み終えた俺に微笑みながら語りかけるレオの姿がそこにはあった。

「ですが、それは聖杯に関する知識のほんのさわりに過ぎませんよ。

 ハーウェイは聖杯の構成素材などもう少し詳しい情報を持っています」

 あくまで友好的に、しかし情報アドバンテージで優っているという態度は隠さない。

 その言葉はおそらく見当違いのものだろうが丁度いい。最後の確認をさせてもらおう。

「レオ、聖杯の素材について確認がしたい」

「はい、いいですよ。聖杯の材質自体は……」

 説明をし始めたレオには失礼だが、手を突き出してその説明に待ったをかける。

「先に俺の知識が正しいかどうかを確認したい。聖杯とは月そのもので、その月を構成する素材は巨大なフォトニック純結晶。そのことにアトラス院が最初に気づき、それが広まっていった。フォトニック結晶はナノ単位の操作で光そのものを閉じ込められる鉱物で、その処理速度や記憶容量は他の追随を許さないほど。

 現在ハーウェイでは一センチ、アトラス院でも三センチ角の筐体を作るのが限界。

 ……で、あってるよね?」

 暗記した単語を暗唱するように矢継ぎ早に聖杯に関する情報を列挙する。その光景にあのレオが初めて余裕の表情を崩し、珍しいものを見るように目を丸くする。

「お見事です、由良さん。たしかに、あなたの言う通り我々はフォトニック純結晶の研究は行っていますがその成果は芳しくありません。

 ですが、その情報はここでは一度も話したことはないはず……」

「………………え?」

「ああ、なるほど。彼女から聞いたのですね」

 困惑するこちらをよそにレオは一人納得していた。その視線を追って振り返ると、そこには褐色にくすんだ銀髪の少女が佇んでいる。

「では僕はここで。久々にあなたと話ができて楽しかったです」

「我が主よ。彼はあなたの国の機密事項を知っているご様子。咎めなくてよろしいのですか?」

「問題ありませんよ。元々ここまで勝ち進んでいた彼には話そうと思っていたしたので。彼にはその権利がありますから。

 さすがにすべて知っていたのは驚きましたが、それは彼が彼自身の持ち得る手段を利用して得たということ。ならばそれがどんな手段であれ、報酬として情報を獲得するのは当然でしょう」

「………御意」

 守るべき情報は全力で守るが、それが破られるのなら相手を称賛する。どんなに情報を取られようとも絶対に負けないという自身からくるものなのだろう。

 その心構えにレオのサーヴァントは何か思うところがあうようだが、それ以上、言葉を発する事はなかった。

 図書室を去っていくレオを、俺は見送る余裕すらなかった。

『ここで話したことはない』というレオの何気ない一言が、俺の中にあった仮定を根本から覆してしまったのだから。

 てっきり俺は名も知らない『誰か』の記憶とリアルタイムで繋がっていると思っていた。だからここで初めて知り合った遠坂やラニの名前を知っているのだと、そう結論づけた。しかしそれではここで一度も話していないレオの話を『誰か』が予め聞いていたという矛盾が発生する。

 地上でどちらかが聞いていた? いやそんな都合のいい考えはよそう。これは偶然なんて安易な答えで片付けていい問題じゃない。

 俺は、いったいいつの時代の誰の記憶と混ざっている……!?

「あの……大丈夫ですか?」

 こちらを覗き込むアメジストの瞳と視線が合う。いつもは人形のように無機質な彼女の表情が、今はこちらを心配してくれているらしく眉をひそめている。

「なにか考え事をしているようでしたが、顔色がよろしくありません。一度保健室でバイタルチェックをされてみては?」

「ありがとう、そこまで深刻なものじゃないから大丈夫だよ。それより、ラニの方は情報収集?」

「いえ、情報は昨日由良さんから提供してもらったおかげで十分というほど集まっています。これ以上は図書室で調べても意味はないでしょう。

 今日図書室に来たのは、ただ知識を得るという目的のためです」

 つまりラニの個人的な趣味ということか。なににしても今のところは順調そうで安心した。

「あ、そうだ。よく図書室を利用しているラニに聞きたいんだけど、ここ最近ありすを見たことあるかな? ゴスロリを着た白い女の子なんだけど」

「いえ、二回戦まではときどき目にしましたが、三回戦以降は見かけていません」

 そういってラニは首を横に振る。

「マスターではないようでしたし、負けて消滅することはないでしょうから、別の校舎にいるのではないでしょうか?」

「頻繁に図書室を利用しているラニが見ていないならその説が強そうだね。四回戦まで待つか」

「何かあの子供に用でもあったのですか?」

「あると言えばあるけど、強いて言うならラニと同じく趣味かな」

「……………………」

「ストップ訂正させてあの子たちが地上の俺のことを知ってる可能性があるから遊び相手になるついでに何か聞き出せないかなって思ってるだけだから決して邪な感情なんてないから!!

 だからそんな目でこっち見ないで!?」

 あんなラニの表情初めて見た……

 普段感情を見せないから余計にダメージを受けた気分だ。

『その言い訳の仕方だとむしろ逆効果だと思うんだが……

 やっぱりそっちの趣味があるのかしら?』

「言ってて自分でも思ったから傷口に塩塗るようなことしないでくれるかな!?」

 自爆したのもあるが、ただラニの様子を確認しようとしただけなのに異様に疲れてしまった。

 ラニと別れて廊下に出たのはいいが、このままアリーナに行く気にはなれない。

 一応レアエネミーを探すためにアリーナに潜る必要はあるが、少し気分転換で校舎を見て回ろう。

 

 

 敷地内を散歩してみると、思っていた以上に自分が狭い範囲でしか活動してなかったのだと思い知らされた。

 中庭の教会は一回戦のときに立ち寄ったことがあるが、体育館はランルーくん討伐戦があるまで立ち寄ることはなかったし、案外身近にある校庭だって予選のときに登下校で歩いたぐらいだ。一回戦のときに聞き込みをしたことがあるにもかかわらず、こんな気まぐれの散歩をしなければプール施設があることすら気づかなかった。それに校門前にある本校舎と同規模の別館は、どうやら実験室などの特別教室棟だったようだ。

 今更だが、ランルーくん討伐戦のときにこの辺りを探索していれば、もっと別の対処法が見つかったかもしれない。

「まあ考えたところで意味はないんだけど。

 それにしても、こんなひと気が少なそうな場所にもNPCは配置されてるんだね」

『配置というよりは好き勝手歩き回ってるだけだろう。安定した情報を提供してくれるNPCは基本的に本校舎の中にいるよう行動範囲を制限されているが、ただの賑やかしは好き勝手に行動できるらしいからな。

 逆に言えば、陰でこそこそしてても誰かに目撃される可能性があるから注意は必要ね』

「……俺がそういうことするタイプに見える?」

『考える頭はないだろうな』

 ……実際そんな発想今の今まで思いつかなかったが、わざわざ棘のある言い方で言うのはどうかと思う。

 そうこうしているうちに気づけば校門前まで足を運んでおり、気分転換で始めた散歩は敷地内をほぼ制覇していた。そろそろアリーナに向かおうかと考えていたところに、キリキリとしたこめかみの痛みがよみがえり思わず苦い表情になった。

 その直後に背後で響くギギギッという異音。それはまるで、金属製の人形の関節を動かすときのような、硬いもの同士をこすり合わせる音だ。どう考えても学校の環境音ではない。

 振り返って確認してみるが、そこにいるのは賑やかしのNPCが数人いる程度。音源らしきものは見当たらない。だが、確かに異音は聞こえてくるし、段々とその音源が遠のいている気がする。

『どうかされましたか?』

 ライダーの言動からして聞こえているのは俺だけだ。こめかみの痛みから考えるに、これは昨日と同じ『誰か』の記憶が流れ込んでくる前触れだろう。

「またちょっと幻聴がね。何か俺に関する手がかりになるかもしれないし、ちょっと寄り道させてもらってもいいかな?」

『反対する理由はありませんので構いませんが、くれぐれもご注意を』

 ライダーの忠告を胸に、遠のいていく音の後を追う。音が小さくなっているのはてっきり遠のいているからだと思っていたが、どうやら音そのものが小さくなりつつあるらしい。

「この感じ、どこかに誘導している?」

 校門から別館を抜け、校庭を突っ切って児童玄関へ。遅すぎず早すぎず先行する音源はすでにほとんど聞こえなくなっており、校舎の中へ入るころにはNPCたちの喧噪に飲み込まれるように消えていった。どれだけ耳を澄ませてもさきほどの異音は聞こえない。

 しかしこめかみの痛みはまだ続いている。ならばまだこの状況は続くと考えていい。微かな音にも注意を払いつつ下駄箱の脇を進んでいると、音が充満した空間で不自然なほど響く甲高い音に思わず足が止まった。その音も音源が遠のくように少しずつ小さくなっていく。この音の向きは、教会へ続く廊下の奥か。さきほどの消え入りそうな音と違って、自己主張が激しいため離れすぎなければ追うのはそこまで苦労ではなかった。

 だというのに、呆気なさすぎるほどピタリとその音は止んでしまった。いや、これは意図して止まったと考えた方がいいかもしれない。最後に音が響いた場所まで進んでみるとそこはちょうど部屋の目の前だった。

「……保健室?」

 ここが音の正体が連れてきたかった場所だろうか? こめかみの痛みは継続中だから、念のため次の音が聞こえてこないか辺りを見回してみるが、これ以上は聞こえてくる様子はない。

「入れってことかな」

『特にトラップが仕掛けられている形成もない。

 そのまま入って大丈夫そうよ』

 サラの安全確認を信じて、いざ保健室の戸を開ける。そこにはいつも通り白衣を纏った桜と……

「や、やっほー」

 購買委員の天梃舞がくつろいでいた。彼女はイタズラしていたのがバレた子供のように、小さくなりながら気まずそうに視線をそらす。

「なんでここにいるの?」

「いや、ね……それは、その……」

「いくら俺以外ほとんど購買部に来ないからって、サボりはさすがにダメじゃないかな」

「……あ、ああっ、そうだね!

 いやでもさぁ、さすがに誰もこないし会話できない苦痛が続けば退屈だってするって。

 それで、君は今から購買部に行く感じ?」

 思ったより怒られなかったことに驚いたのかホッとしたように蛇舌になる舞。

 こちらとしてはまた自由に行動してるなー、程度だったのだが、そんなにサボってるのがバレたのはマズいことなのだろうか。

 ……だったらサボるなよと言いたいがまあ彼女なら好き勝手やっててもあまり不思議ではないと思う。

「いや、まだアリーナに行ってないしアイテムも残ってるからまだいいかな。

 いつも通り探索が終わったら寄るよ」

「そっかそっか!

 じゃあ私はこれで。また後でねー」

 逃げるように舞が去って行くのを見送ると、しばらくの間保健室に変な静寂が流れた。

「舞、何しに来てたの?」

「いえ、私も何が起こったのか……

 ただ来て帰っただけでしたので」

 桜も困ったように苦笑いを返すだけ。ホントに何しに来たのだあの自由人は……

「ところで、天軒さんはどういったご用件でこちらに?」

「あ、えっと、頭痛がするからバイタルチェックをしてもらおうと思って」

 どうもこうも音に導かれてきただけで俺自身は特に用事はなかったのだが、さすがに何もせずに帰るのも失礼だろうと思い適当に要件をでっち上げた。

 そんないきなりの要求にもかかわらず桜は二つ返事で対応してくれる。

「頭部の痛みということは、記憶や感情の処理に関する不具合でしょうか。うーん、ぱっと見では異常はないですね。念のため、精密検査もしてみましょうか?」

「……うん、お願い」

 保健室に入る前にはあったこめかみの痛みはいつのまにか消えていたが、体調管理を担当している桜なら何かわかると思い詳しく診てもらう。しかし、結果は変わらず異常なしということだった。

「何かあればまたいらしてくださいね」

 要件が済めば親身に対応してくれた桜もNPCらしく淡々とした対応に戻ってしまう。こちらもこれ以上ここに留まる理由もないため素直に保健室を退出した。

「――え?」

 戸をくぐり、部屋の外に出る。ただそれだけの動作だったはずなのに、目の前はアリーナのような無機質な空間が広がっていた。

 ユリウスに再び襲われた? いやそれはない。校舎から不正にアリーナへ続く個所は凛が指定し言峰神父が対処したはず。ユリウスはルールブレイクを使えない状態なのだから新たにアリーナへの通路を作れるとは考えられない。なによりあの不正にアリーナに転移される場合は独特な引っ張られる感覚があるはずだ。

 なら目の前に広がるこれは何だ?

 そこまで考えたところで、もっと深刻なことに気づいた。そのことに背筋が凍る感覚を覚えた。

「ライ、ダー……? サラ……?」

 彼女たちの気配がないのだ。霊体化しているわけでも、通信を一時的に切断されているわけでもない。

 彼女たちとの繋がりが完全に途絶えている……!

 動悸が激しくなり、鼓動も段々と早くなっている気がする。この場で誰かに襲われたら……いや、そもそも俺以外に誰か存在しているのか? もしかして、俺だけがここにいるのではないのか? さまざまな推測を立てるが答えは見えてこない。

 わからない。どうしていきなり空間が変わったのか、どうしてライダーやサラとはぐれてしまったのか、どうして自分以外に人の気配がないのか、今自分の置かれているこの状況について何一つわからない。故に怖い。ああ怖い、何もわからないから、仲間がいないから、孤独だから。記憶がない自分には、ここまでのたった数週間では本当の孤独とは何なのかを全然理解できていなかった。本当の孤独とは、寂しいとは、ただ途方もない不安と漠然とした『死』の恐怖が混ざり合ったものなのだ。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……っ! いやだまだ死にたくない!!

「あ……あ、あああああ゛あ゛あ゛――」

「――たったこれだけでここまで取り乱すとはな」

 わざとらしくため息をつく大人びた声。聞き覚えのあるその声の主は、いつの間にか俺の目の前で腕を組み仁王立ちをしていた。小柄な少年の姿をしているが、その瞳には長い人生を経て疲れ切ったとでも言わんばかりに絶望の影がある。その瞳がこちらを見下ろしているという状況になって初めて自分が今膝をついているのだと気づいた。

「まあ無理もないだろう。お前の場合は元々不安定な性格なのに名無しの森でアイデンティティが消える感覚まで体験しているんだからな。自分という個を観測してくれてかつ比較することができる誰かがいない空間では早々に自己消滅してもおかしくないだろう」

 荒い呼吸を整え、目の前にいるサーヴァントの情報を詮索する。

「たしか、視聴覚室にいたサーヴァント」

「そうだ。その程度は思い出す余裕はあったか。サーヴァントでは何かと不自由だろうからキャスターとでも呼んでくれ。」

 こんな得体も知れない空間にいるというのに、肩をすくめる小柄なサーヴァント――キャスターに動揺は見られない。ということは、俺と同じようにここに迷い込んだというわけではなさそうだ。

「まさか、この空間はキャスターが……」

「少しは関与している……と、まあ待てそう身構えるな。俺に戦闘意思はないし今のお前相手でも俺では3秒も持たん」

 両手を挙げて降参の意志を示す。態度は変わらないがその表情が若干引きつっているのは本当に戦闘がしたくないのか、はたまたブラフか。

「それにしても案外あっさりと解決したな。予想ではもっと……物語二、三話分は拗れると予想していたんだが。

『あの女』が想定していた以上に、サラという女はイレギュラーらしい。それはそれで俺は面白いがな」

 念のためにいつでも黒鍵を抜けるようにしておくがこちらからは攻撃しないという意志を見せると、心底安心したようにキャスターは一人語り始めた。

「なんの話をしているんだ?」

「お前の話に決まっているだろう。まだ混乱しているのか? なら仕方がない、最初から説明してやる。

 ここ最近、もっと詳しく言えば遠坂凛とラニ=Ⅷを決戦場に侵入してから、お前の周りのやつらが妙に風当たりが強いと感じなかったか?」

 キャスターの指摘には少なからず心当たりがあった。特にライダーに対しては昨日ようやく解決したところだ。

「まさか、あれもあなたが?」

「関係している。しかしそれはあくまで副産物によるものだ」

 先の経験からか今度は先んじて釘を刺す。

「視聴覚室から決戦場へ送り込んだあの魔術は、簡単に言えば対象者の願いを叶える手助けをするものだ」

「それ、まるで聖杯じゃないか」

「まあ、それに似たようなものだ。普通に使った場合は叶いそうで叶わず、加えて自分の大切なものまで失う、という致命的な欠陥があるがな。貴様の場合は周囲のやつらとの仲、といったところか。

 俺のマスターが令呪を使ったのは、その致命的な欠陥を緩和するのが目的だった。

 本来なら、遠坂凛とラニ=Ⅷどちらのサーヴァントも生存した状態では決戦場を抜けられず、救出はあえなく失敗。さらにその無茶をしたことが自身のサーヴァントや周りのやつらにバレて関係は最悪、という結末だったわけだ。

 とても聖杯戦争を勝ち抜ける状況ではないのはたしかだろう?」

 それが本当なら決戦場へ送り込んでくれたこのサーヴァントにはもちろんのこと、令呪を使ってくれたマスターにも感謝してしなければならない。

「だけど、キャスターはさっき俺とライダーの仲がまだ拗れているはずだって言ってたはずだ」

「令呪を使って緩和してもそれが限界だったはず、という意味だ。俺の見立てでは、現時点で他の連中とは和解できてもまだサーヴァントとの仲は改善の兆しすらみえず、五回戦に入るあたりでようやく改善し始めると思っていたんだがな」

 キャスター曰く、サラが強引に干渉したことで予定より早く関係の改善につながったらしい。それが彼女の起源によるものか、単純に他人の干渉が原因なのかは彼にもわからないらしいが。

「まあ何にしても、この副産物は一度乗り越えれば水泡のごとく最初からなかったかのように消えてなくなる。

 今後は再び貴様らの破天荒な出来事で楽しませてくれ」

「それ全然うれしくないんだけど」

「はっ、そんなことわかってて言ってるに決まってるだろう!」

 なるほど、このサーヴァントはそういう性格らしい。ならばこれ以上深く追求しても体力の無駄遣いだ。

「ライダーたちの不自然な対応については理解できたけど、どうして俺をこんな空間に呼び出したんだ?」

「それはもちろん、貴様のサーヴァントに切られるのはごめんだからな! こんな話あの小娘の前でしてみろ。最初の結論の時点であのブレーキの壊れた忠犬なら問答無用で抜刀していたことだろう。

 どうせもうすぐ消える身だとしても今この瞬間消えるなんて馬鹿な真似をする気はない」

「ちょっと待って、もうすぐ消えるってもしかして相手が強いのか? ならせめてキャスターのマスターに合わせてくれ。どんな思惑があったにせよ、令呪を使ってくれたからこそ今の俺がいるんだ。そのお礼が言いたい」

「やめておけ、お前では会えん」

 一方的に会話を打ち切られ、次の瞬間には身体が後方へと引っ張られた。

 暗い場所からいきなり明かる場所へと移動したときのようなまぶしさが治まると、気づけばいつもの廊下だった。のだが……

「主どの、突然立ち止まって目がうつろになっておりました。もしや今度こそ敵襲ですか!?」

「っ!?」

 鼻先がつくほどまで接近している黒髪少女の顔に思わず息をのんだ。いきなりのことで思わず払いのけてしまうが、改めて見ると彼女は悲痛に表情を歪めていた。

「ご、ごめんライダー。いきなりでびっくりして……」

「いえ、主どのが無事なのであれば問題ありません」

『問題ないわけないだろう。お前数分意識が飛んでいたんだぞ。

 いったい今度は何に巻き込まれていたんかしら?』

 意識が飛んでいた、ということはあの空間はそういう類の効果を持つキャスターの魔術だったのだろうか? 

 何にせよ、答えを知るキャスターはこの場にいないのだから考えるだけ時間の無駄だ。一応桜にバイタルのチェックはしてもらうとして、自分でみたところ不自然な部分はない。

「遠坂とラニを助けた時に手助けしてくれたサーヴァントがちょっと強引に話しかけてきたんだ。

 意識が飛んでたのはその影響だと思う。口は悪いけど悪人ってわけではないし、何もされてないよ」

「本当なのですね? 主どのは自分の身体に関しては無頓着すぎます」

 それはお互い様では、などとという言葉はそのまま飲み込んでしまう。心配をかけてしまったのは事実だ。ここは素直にライダーに謝罪しなければ。

「ライダーもサラも、心配かけちゃってごめん。

 一応桜に異常がないか確認してもらうけど、本当に大丈夫だから」

 あのキャスターは和解できたと言っていたがとんでもない。改善はしているがまだまだ俺の行動はライダーの不安の種になっているのだ。

 上辺だけ繕っても失った信用はすぐには戻らない。一刻も早くライダーが安心できるよう力をつけなければ。




天軒やっぱりアイデンティティクライシスってるねこれ
四回戦も残るは2話です


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不知火の敵

HF上映開始、ニコ生、亜種特異点と、土曜日の怒涛のFate祭りに圧倒されて未だに頭が追いついてない感じがあります
まだできてませんが、絵柄だけで見れば剣豪の牛若っぽい子が今回の推し鯖になりそうです


四回戦も大詰めです
詰め込みすぎたから減らしました


 アリーナ探索と鍛錬を終え、マイル―ムで状況を整理する。

 結局今日もレアエネミーには遭遇することはなかった。

「なんか、うまく言峰神父に踊らされた感じだね」

「諦めろ、あいつはそういうやつだ。裏をかこうにもそのさらに裏をかかれるかもしれないからな。

 確証がない限りは大人しく遊ばれるしかないわ」

「サラでも言峰神父の真意は読めないんだね」

「……言っておくが、私は読心術者(サイコメトラー)ではないからな? あくまで私と相手が本音の会話をしやすくなるだけだ。その副産物で相手の性格なんかもある程度推測できるがな。

 ただあのエセ神父の場合は、その言動が私たちの慌てふためく姿を見たいって感情からきてるのはわかっても、彼の言う通りにした場合にそうなるのか、裏をかいた場合にそうなるのかまでは私にもわからない。そもそも、あいつはそういう感情を隠す気がないから私の起源とは相性が悪い。

 天軒由良はいろいろとわかりやすいんだけどな。

『大丈夫』って言うときは大抵大丈夫じゃないぐらいならわかるわよ?」

「ちょっと」

 しれっと酷いことを言わないでほしい。たしかにやせ我慢をすることはあるが、それはライダーに余計な心配をさせないために言っているのだから。

 言葉に出さないまでも抗議の視線を送るが、それに対してため息で返された。

「それを相手が理解してくれるかはまた別だろう?」

 ……やっぱりサイコメトラーなのではないだろうか? それとも俺が読まれやすいだけなのか。できれば前者であってほしいと心から願う。

 サラの余計な一言に不満はあるが、言峰神父に対する評価にはおおむね賛成だ。あの神父は運営者としては信用できても人間としては信頼してはいけないと直感が告げている。

「ともあれ、明日は確実にレアエネミーが出現する。今日のところはもう寝ろ。

 休息も立派な鍛錬よ」

「そうだね。ライダー、サラ、明日はよろしく頼む」

「お任せください、主どの! 必ずやあのエネミーの首を献上してみせます」

「うん、倒してくれるのはありがたいけど首はいらないからね?」

 

 

 そして翌日、モラトリアム六日目のアリーナに剣戟の音が鳴り響く。最初は音と音の間隔が長かったのが次第に短くなり、それに伴い響く音も重くなる。数回に一度挟まれる破砕音がその激しさを物語っていた。

 その破砕音が二回ほぼ同時に響くと、激しかった剣戟はぴたりと止んだ。

「――最初と比べると見違えましたね、主どの」

「誉めるなら首筋に当ててる刀どけてからにしてほしいかな?」

「あくまで向上しているだけで、まだまだ妥協点には達していませんゆえ、それを自覚してもらうためにも必要なことです」

「さいですか」

 以前のように仰向けに倒され、その首元に刃を当てられたこの状況。たしかに実力不足は認めるが、そろそろエネミーぐらいなら問題ないとおもうのだが、全くと言っていいほど妥協はない。

「主どのは危険であるかどうかに関係なく行動することが多いと十分に理解してます。もちろんそれを改めるのが不可能であることも。ですので、これは主どのの身の安全のためでもあるのです」

 と言ってくれるのはありがたいのだが、ここ数日の彼女との鍛錬だけで今まで経験した中でもトップクラスの死線を何度も感じた気がする。過保護とスパルタが化学反応を起こすと彼女のようになるらしい。

「そもそも、何で俺たちレアエネミー討伐前にこんな鍛錬始めたんだっけ?」

「主どのが『今回は少し前に出させてほしい』と無理をおっしゃるからではありませんか。先の結果のとおり、まだまだ主どのの戦闘能力は一人前とは言い切れません。ですので、くれぐれも、前に出て戦おうなどと思わないでくださいね?」

 いつもより念入りに釘を刺されるのは、今日がレアエネミーと戦闘を行う日と確定しているからか。

 マスターの指示が悪かったのが原因とはいえ、ライダーはあのエネミーに一度敗北しているのだ。生前数々の困難を乗り越えてきたライダーにとってあの程度のエネミー相手に敗走を余儀なくされたのは、俺には想像できない屈辱だったのかもしれない。なら、今度こそ勝たなくては。

『天軒由良、朗報だ。レアエネミーの出現を確認できた。幸いその広場からそう遠くない。

 ライダーの力を存分に発揮するためにも、今いる場所に誘い込みなさい』

「わかった、じゃあレアエネミーまでの誘導をお願い。

 ライダー、行こう!」

「承知しました!」

 一度呼吸を整え、ライダーとともにアリーナを駆ける。

 サラの誘導に従って通路を突き進むと、半透明な壁を隔てた向こう側に目的のエネミーを視認できた。

 左腕が異様に肥大化した人型のエネミー。さすがにサーヴァントと比べると見劣りするが、エネミーというくくりでは間違いなくトップクラスのステータスだろう。それはただ決められたコースを巡回しているだけだろうが、丁度そのコースを阻むように俺たちが立っている。このままいけば、次の曲がり角でかち合うだろう。

「まずは俺のコードキャストで注意を引く。そこから広場まではライダーが中心になって俺が援護、でいいよね?」

「承知しました。主どのもお気をつけて」

 手短に打ち合わせを済ませ、お互い得物を構える。

 エネミーが壁から身体を出した瞬間、左手に持つ黒鍵へ魔力を流し、コードを刻む。

「hack(64);>key」

 振り抜くモーションで放たれた斬撃は若干のホーミングをしながらレアエネミーに直撃。

 スキル使用中などではないためスタンこそしないが、先制攻撃として、なによりこちらの存在を気づかせるには十分な一撃だった。

 遅れてこちらに気づいたレアエネミーはすぐさま体勢を低くして突進を開始する。

「っ、さすがに逃げ切るのは無理か」

「主どのはそのまま走ってください。打ち合わせ通りここからは私が!」

 勢いに乗り始めたレアエネミーの動きを止めるため、ライダーが側面に回り込みから刀を振るう。

「……っ!」

 そして以前と同じく苦い顔をするライダー。踏み込みが浅かったようには見えないため、どうやらあのレアエネミーはかなりの強度を持っているらしい。

 ライダーの攻撃をもろともせず突き進むレアエネミーは着実に俺との距離を詰めてきている。

「というか狙いは俺なの!?」

『一撃目食らわせたのがお前だからじゃないか?』

「そんな単純思考はやめてほしいなホント!」

 ライダーの一撃で怯まないのなら俺のコードキャストでも無理だと考えた方がいい。あとを追うライダーも決して遅いわけではないが、攻撃を弾かれ体勢を立て直すまでに開いた距離はなかなか詰まらない。

 ライダーが追撃を加えるにしても、広場まで誘導するにしても、一度俺の方で対処する必要があるだろう。

「こうなれば一か八か……」

『どうするつもりだ?

 ライダーの攻撃に怯まない頑丈さなら強化したコードキャストとはいえ止められないわよ』

「わかってる。足元にhack(64);を放って牽制してみるよ。最初から俺の攻撃はダメージソースとして考えてないし」

「主どの!!」

 ライダーの切羽詰まった声に反射的に振り返る。距離を詰めていたとはいえまだ射程外にいたレアエネミーは跳躍で一気に迫り、肥大化した左腕を振り下ろそうとしている。

 完全に予想外の行動に頭が真っ白になる。直前に考えてした作戦も忘れ、どう動くべきなのか考えることができない。だというのに、身体は勝手に動いていた。

 左足を軸にしつつ重心はさらに左へ傾け、レアエネミーの攻撃から少しでも遠ざかろうと身体を反時計回りにひねる。だがそれでも完全には避けきれない。そう直感が告げるとすぐさま右手に握る黒鍵を逆手に持ち替え、振り下ろされる左腕の側面を黒鍵の刃の腹で叩いた。身体をひねる勢いを乗せたその悪あがきはかすかに左腕の軌道をそらし、俺のわずか数センチ隣に振り下ろされた。

 攻撃が不発に終わったことによって生まれたレアエネミーの隙は、ライダーが追いつくには十分すぎるほどだった。

 壁を蹴り、レアエネミーの頭上を取るライダー。その一振りはさきほどのものよりさらに力の加わった一撃となるだろう。だがそれでもレアエネミーの強固な身体にダメージを与えるには心もとない。

 それはライダーも承知のうえだ。一瞬だけこちらに向けられた彼女の視線が、次に俺がするべき行動を教えててくれた。

「――gain_str(16);>key!」

 威力が足りないのであれば補強すればいい。

 瞬間的に筋力が上昇したライダーの一撃は、はたから見ていても確かな手ごたえを感じた。

 その証拠に、さきほどはびくともしなかったレアエネミーの体勢が崩れ、自身の勢いを殺しきれず通路を転がっていった。

「とっさの回避、そしてそのあとの的確な援護、お見事です主どの。これで多少はあやつの体力も削れたことでしょう」

「ライダーのおかげだよ。でも……」

 全部がうまくいくほど、世の中は甘くはないらしい。

 レアエネミーが前方へ転がったことで立ち位置が逆転してしまったのだ。俺たちが誘導しようとしていた広場へと続く道は、今はレアエネミーの背後へと伸びている。

 それでもライダーは不敵に笑い、それにつられて俺も笑みを浮かべた。

「ですが、それは些細なことです」

「だね。それに、俺たちはいつも有利とはいえない状況から逆転してきたわけだし」

 コードキャストを使用して脆くなっているであろう左手側の黒鍵の刃を生成し直し、その隣でライダーは腰を落としていつでも動けるように構える。

 対するレアエネミーも跳ねるように起き上がって再び体勢を低くする。どうやら再度突進を繰り出すつもりみたいだが、あまりにも単調だ。

「あれなら避ける必要もないね。俺がコードキャストで牽制するから、ライダーは追撃お願い」

「承知!」

 先ほどはレアエネミーが走り出してすでに十分な勢いがついた状態だったからライダーの攻撃でも止められなかったが、走り出す前であれば俺のコードキャストを足元に放つだけでも十分足止めになる。

 そして生まれた隙を突くようにライダーの一撃がレアエネミーにダメージを与えていく。先日のように指示に迷うこともない。思考もきちんとできている。こうなればもう大丈夫だ。

 ほどなくして、レアエネミーとのリベンジマッチはこちらの完封で幕を下ろした。獲得したPPも他のエネミーより二倍近く多い。

 ……他のエネミーより格段に強いのに、アリーナ内のアイテムボックスを漁ってる方が資金調達は捗るというのは少し悲しい。とはいえ今の俺たちにとっては資金以上に得るものがあったから不満はない。

 それに、これで少しは購買部に貢献もできるだろう。

『思ったより呆気なかったな』

「もともと手強いけど苦戦するほどじゃないってサラ自身言ってたじゃないか」

『まあそうだが、ここまで早くお前たちの連携が改善されるとは思ってなくてな。

 数日前のいざこざが嘘みたいね』

「それもサラのおかげだと思うけどね」

 これで戦闘面の不安は解消された。あとは言峰神父に撃破報告をして黒鍵を強化してもらえば四回戦のタスクは全て終える。

 そう考えていたら、視界の端で何かが動いた。

「?」

 振り向いてみるがその先は丁度曲がり角だったらしく、動く何かをきちんと見ることはできなかった。だが、一瞬だけ見えたそのシルエットはまるで……

「主どの、どうかされましたか?」

「あの角を人みたいなのが曲がっていった気がして……

 まあ見間違いだよね。俺以外にこのアリーナにいるマスターやサーヴァントなんていないはずなのに」

 ここのところ夢や幻聴で精神的に疲れているから、幻でも見えたのだろう。そう結論付けようとしたのだが、サラが真剣な声色で呟いた。

『いや待て。念のためアリーナ全体を大まかにスキャンしてみたんだが、明らかにエネミーではない何かが移動している。なんだこれは……

 こんな反応見たことないわよ』

 彼女自身、自分の言っていることが信じられないという様子だ。

 はっきりと人間と言わないのはそれだけ異様な状況なのだろうか。

「……確認、してみた方がいいよね」

『無茶はするな。正直何が起こるのか私にもわからない。

 危険を感じたらすぐさまリターンクリスタルで戻りない』

 ライダーの方へ視線を向けると、彼女も俺の意見を尊重して頷いてくれた。アイテムストレージにリターンクリスタルがあるか確認してから、細心の注意を払い謎の反応の後を追いかける。

 決して早いというわけではないが遅くもない。丁度俺の小走りと同じぐらいのスピードでその反応はどんどんアリーナの奥へと突き進む。

『反応がアリーナ最深部、トリガーが格納されているアイテムボックスが配置されている部屋で止まった……いや反応が消えた!?

 いったいどうなってるの?』

「誘い込まれた、って可能性もあるね。ライダー、周囲の警戒をお願い」

 すでにいつでも抜刀できる状態で待機しているライダーを引き連れ、反応が消えた場所へと進む。

 今まで感じたことのない、相手の正体がわからないという緊張感は、いつも以上に精神をすり減らされている。そのせいか、いつもは考えないような思考が働いた。

「アリーナ最深部まで進んで反応が消えるって、まるでトリガーを入手しにきたマスターみたいな挙動だね」

 我ながらおかしなことを言ったと思う。対戦相手不在のアリーナに自分以外のマスターがいるなどあり得ない。

 だというのに、その考えは予想外の方法で覆された。

「な……」

 トリガーが格納されているアイテムボックスは、対戦相手が不在であろうと二つ設置されている。それは第一層の時点で把握しているし、この第二層もそうであることは2日前トリガーを取得した時点で確認している。だから、本来なら未開封のアイテムボックスと開封済みのアイテムボックスが一つずつなければおかしいのだ。

「なんで、二つとも開封済みなんだ!?」

 

 

 リターンクリスタルで校舎へ戻ってくると、すぐさま言峰神父を探すために教会へと向かった。こういう時に限って校舎内を徘徊していることが多いのだが、今回は運良く鉢合わせすることができた。

 ステンドグラス越しに差し込む光を眺めていたカソック姿の男性はこちらに気づいてゆっくりと振り返る。

「どうしたのかね、そんなに急いで。心配せずともレアエネミーの討伐はこちらでも確認できた。心配せずとも約束は守るとも」

「それより先に確認がしたい。

 俺の対戦相手は本当に不在なんですよね?」

「……なんだと?」

 そのような問いが今更投げかけられるとは思っていなかったらしく、怪訝そうに目を細めた。

「君も確認しただろう。対戦相手が不在の場合は掲示板に相手の名前が表示されることはない。

 君の対戦相手は間違いなく不在だ」

「ならどうして俺しかいないはずのアリーナでトリガーが入ったアイテムボックスが二つとも開封されているんだ!?」

「……少々待ちたまえ」

 記憶の欠損を指摘したときのように端末を操作して何かを確認し始める言峰神父。しばらくして返ってきたのは、一番望まない結果だった。

「確かに君のいるアリーナで本来余っているはずのトリガーが一組持ち出されている。

 ハッキングや強行手段ではなく、()()()()()()()()()()な。それができるのは令呪を宿したマスターのみ。

 だがそれはおかしな話だ。現在生き残っているマスターは13人、しかしトリガーを入手したマスターが14人分存在するのだから」

「マスターの数を間違えるなんてことは?」

「それこそ万が一にもあり得ない。

 ふむ、これは君の周りで再三奇妙なことが起こっていると考えるのが妥当だろう」

「勘弁してくれ……」

 四回戦になってからこんなことばかりだ。ここまでイレギュラーばかりだとさすがに悪態もつきたくなる。

「原因究明に努めるが、あまり期待はしてくれるな。なにぶんこのような現象はムーンセルの記録にもない。

 今日のところはマイルームで休むといい。あそこは端末に記録されているマスターごとのIDがなければ入れない絶対不可侵領域だ。

 いかにイレギュラーな存在といえど、さすがにそこまでは入ってこれまい」

 それでももしかしたら、という不安は残る訳だが、他の部屋に比べればマシなのはたしかだ。

「それから黒鍵の改良の件だが、さすがにすぐにとはいかない。ただこの状況で丸腰というのは心細いだろう。

 私の手持ちにすでに改造を施した黒鍵がいくつかある。今回の迷惑料だと思って持っていくといい」

 言いながら言峰神父は取り出した黒鍵をこちらへ投げ渡す。それと交換するようにこちらも手持ちの黒鍵を投げる。

 渡された黒鍵の刃生成を試みるがとくに問題はない。生成スピードや魔力消費も変わっている様子はない。

「……強度を確認したいので、ここでコードキャストを起動してみてもいいですか?」

「特別に許可しよう」

 言峰神父が指を鳴らすと、とたんに教会内が半透明な壁でコーティングされる。……妙に凝った演出だ。

「まあ別に気にすることじゃないけど。

 hack(64);>key」

 左手で黒鍵を握り、誰もいない方向へ向けてコードキャストを放つ。威力に関しては特に変わった様子はない。あとは刃の強度が維持されているかどうかだけだ。

「ライダー」

「承知」

 黒鍵を前に突き出すと、短い掛け合いでライダーは現界して自身の刀を振り下ろした。たちまち重い金属音が教会内に鳴り響くが……

「お、折れてはないね……」

『それは黒鍵がか? それともお前の腕がか?』

「も、もちろんどっちも……」

 思っていた以上にライダーの一撃は重かった。というより普段は受け流すように角度をつけていたのを今回はまともに受けてしまった自分が悪いのだが。

「あわわわわわ……っ!!」

「だ、大丈夫だから。痺れてるだけで時間がたてば治るから。だから首刎ねようとしないで、ね?」

 真っ青を通り越して真っ白になりつつあるライダーを細心の注意をはらってなだめる。

「……苦労しているようだな」

 言峰神父に憐れみを込めたまなざしを向けられるとなぜかイラっとするのだが、今は気にしてはいられない。ひとまず黒鍵の強度が問題ないことは確認できたのだからもらう物だけもらってさっさと去ろう。ライダーの気をそらすにはそれが一番だ。

 言峰神父から譲り受けた黒鍵は2本。これから改良してもらう8本も加われば十分な戦力増強となるだろう。

「この数の改良にはさすがに時間がかかる。明日の朝には渡せるようにしておこう」

「随分と協力的ですね」

「先ほども言ったが、今回君の身に起こっているのは明らかなイレギュラーだ。聖杯戦争の監督役として、私の想定していないことで運営に支障をきたすのは避けたいのでね」

 どうやら彼なりの美学に基づいての行動らしい。理解はできないが手を貸しているのはありがたい。素直に言峰神父に感謝をして教会を後にした。




ということで正体不明の対戦相手の登場です
元々その設定で進めてたんですが、伏線の部分をことごとく削除してたっぽくていきなりの登場になってしまったかも……
余裕を持った投稿がしたいですね()

次回、四回戦終結です
あと四回戦のサブタイトルの遊び要素も次回説明します


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架空元素・無形

剣豪七番勝負、個人的に一番好きな内容で演出も凝ってて大満足です
段蔵ちゃんが好みドストライク


今回でひとまず4回戦は終了です
タイトルから分かる通り架空元素・無が出てきますが、独自解釈で進めていきます
詰め込みすぎて文字量が大変なことになったのは申し訳ないです……


 夜が明ける。

 今日はモラトリアムの最終日。

 いつもであれば対戦相手について考察することもあるだろうが、対戦相手の正体がいまだに掴めていない状況では十分な準備をして覚悟を決めるぐらいしかすることがない。

「それじゃあいこうか」

 廊下へ出るといつもは言峰神父が佇んでいるのだが、今日はまだ見当たらない。あの神父が役目を放置するとは考えられない。黒鍵の改良に時間がかかっているのだろうか?

「っ、主どの!」

 ライダーがすでに抜刀した状態で現界する。その視線を追いかけるとその先にいたものに言葉を失った。

 階段がある方とは反対側の廊下の隅で佇む黒い影。通路を塞ぐほどの巨体を持つそれは何をするでもなく、ただただこちらを静観している。

「あれはサーヴァント、なのか……?」

「だとすればバーサーカーの可能性が高いですが、情報が不足しています。ただ、ひとまず敵意を向けられいるということは確かでしょう。主どのは私の後ろへ」

「いやだめだ。警戒は解かないでほしいけどライダーは少し下がってて」

「な、なぜです主どの!」

「どうみてもマスターではなさそうだけど、万が一ってこともある。ただでさえ校舎内の戦闘はペナルティが発生するのに、もしあれがマスターだった場合はさらに厳しいペナルティが発生する。サーヴァントって確証がない間は校舎内でライダーに戦闘を任せるわけにはいかない」

「ですが……っ!」

「――■■■■■■■■!!」

 先ほどまでの静寂が嘘のように獣の咆哮が校内に響き渡る。校舎全体が揺れたのではないかと思うほどの雄叫びを上げた巨体はこちらへ向かって動き出した。迫ってくるその姿はまるで壁だ。あまりの圧迫感にとっさにマイル―ムへ飛び込むという選択肢が浮かばず、巨体から逃げるように階段を駆け下りる。

「ひとまず校舎から出よう。あれから逃げるのは校舎の中じゃ無理だ」

「しょ、承知!」

 降りるというより飛び降りる形で踊り場に着地する。あともう一度跳べばそのまま児童玄関を抜けて外へ出られる。しかし物事そう上手くはいかない。2階の床……つまり1階の天井が黒い巨人の拳によって崩れ落ち、玄関を塞がれてしまった。ともに落ちてきた巨体にダメージらしきものは見られない。

「無茶苦茶じゃないか!」

 おもわず悪態をつくがそれで状況が好転するわけでもない。すぐさま代案を考えなければならないのだが、巨人の方が早かった。

「■■■■■■■■!!」

 身体の一部から黒い鎖のようなものが飛び出しそれが足元に絡みつく。

「しまっ――」

「主どの!」

 ライダーがその鎖を切り裂くよりも早く引き寄せられ、それにつられて俺の身体が踊り場から1階へと引きずりおろされる。

「――やれやれ、困ったものだな」

 抜け出す方法が見つからず絶体絶命というそのとき、気だるそうな声の主が足に絡みついていた鎖を粉々に砕いた。

 目に映るのは黒衣を身にまとった長身の男性。その両手にはまるで獣の爪のように三本ずつ握られた十字架を模した剣。

「言峰……神父……?」

「ここ最近イレギュラー続きだったとはいえ、校舎を破壊するような愚か者が出てくるのはさすがに私も予想外だ。マスターが全員無事だからよかったものの、復元にかなりのリソースが必要そうだ」

 高さだけでも言峰神父の2倍、横幅も考慮すると6倍はゆうに超える巨人と対峙しているというのに、目の前の男は怯まないどころか今は関係ないだろうことに肩をすくめて憂えていた。

「して天軒由良、ご注文の品はこれでよろしいかね?」

 言いながら懐から取り出したのは8本の剣の柄。今彼が携えている黒鍵とぱっと見で見分けはつかないが、直感でそれが俺が預けたもののなのだと悟った。

 その間にも巨人は鎖をこちらへ向かって飛ばしてくるが、そのことごとくを言峰神父は片手だけで対処している。その光景には遅れて踊り場から降りてきたライダーもさすがに唖然としている。

 しばらくして鎖を砕くだけでは意味がないと判断したらしく、攻撃の合間を縫うように両手の黒鍵を黒い巨人へ投擲する。弾丸かと見間違うほどの速度で放たれた黒鍵はその巨体に深々と突き刺さり、苦悶の唸り声を上げさせる。

「このあまりにも単調な攻撃に野生の咆哮。理性はない獣とみるべきか。

 聖杯戦争を妨げることは誰であろうと許可することはできない。早急にご退場願おう」

 次の瞬間、巨人の雄叫びとは違う衝撃で校舎全体が震えた。その正体は言峰神父の行ったただの踏み込みだ。

 さらに一歩踏み出したかと思えば一息で巨人に接近し、さらなる踏み込みと共に重い一撃が繰り出された。それは体の側面を使った体当たりという、いたってシンプルな攻撃。だというのに、壁と見間違うほどの黒い巨体を悠々と吹き飛ばした。明らかに規格外すぎる。このNPC、下手をすると現時点で残っているどのマスターよりも戦闘能力が高いのではないだろうか。

「ふむ、本気で動くのは久々だが、動きの遅い巨体相手であれば問題ないだろう」

 圧倒されてその場に立ち尽くしていると、それを見た言峰神父が肩をすくめた。

「何をしている。

 あれがどういうものかは私にもわからないが、この聖杯戦争の運営を妨害する存在ということはわかる。であれば、あれを処するのはわたしの役割だ。

 幸い用務室の扉はがれきに埋もれていない。トリガーが揃っているのであればはやくエレベーターに乗りたまえ」

 両手を広げ、その男は笑みを浮かべる。その不気味な笑みの中に慈愛を感じるのは、紛いなりにも彼が聖職者であるからか。

「さあ、先へ進むがいい。成長を続けるマスターよ。汝の歩みは、このような無粋な壁に阻まれて良いものではない」

 激励、されたのだろうか……?

 真意はわからないが、はやく行けという意味だけは汲み取れた。言峰神父はそれ以上言うことはない、と言わんばかりにこちらに背を向け巨人と向かい合う。今回はこめかみではなく左手に痛みを感じると、言峰神父の背中が誰かの姿と重なった。以前と痛みの場所が違うが、これも『誰か』の記憶の影響だろうか?

 ぼんやりと霞みがかった姿に懐かしさと、なぜか悲しさを感じ……

「っ!」

 頬を冷たいものが伝い慌ててそれをぬぐった。幸い誰にも気づかれていない。これ以上みんなを心配させないために足早に用務室へと向かう。

 周囲にがれきが散乱していてそれを乗り越える必要はあったが、用務室そのものは言峰神父が言っていたとおり無事だった。断続的に校舎全体に衝撃が響くなか、トリガーを二つ差し込み、その中へ飛び込んだ。

 中はいつものように真ん中を透明な壁に阻まれた個室になっていた。そして、その壁の向こうに()()は立っていた。

「貴様、どうやってこの場所へ入り込んだ! 主どのに危害を加えるというのであればその首、即座に切り落とされるものと知れ!」

「ライダー待って! あれ、さっきのやつと違う」

 身体を濃い闇で包んだ人間……なのだろうか。しかしその身体は先ほどの巨人と違って一般的な人間サイズだ。

 くわえて、さっきの巨人にははっきりとした存在感があったのに対し、こちらはどこか存在があやふやで、存在感があったりなかったりと安定していない。ただ、安定しないながらも土台がしっかりしている。

 放っておくとそのまま消えてしまいそうなサイバーゴーストとは何かが違っている。

『さっきの巨人とは別に元々ここにいたか、もしくは他のマスターと同じようにトリガーを使って入ったかだな。

 それに私たちが昨日追いかけていた反応に酷似している。存在があやふやなせいで完全に一致と言えないがな。

 さっきの巨人の反応を確認し忘れていたのが痛いわね』

「まあでも、一番の問題は……」

『目の前にいる存在が対戦相手と設定されているのかどうか、だろう?』

 サラも同じことを考えていたらしい。

 対戦相手不在の場合に決戦場に行くとどうなるのか、本来は言峰神父に聞くつもりだったのだが聞きそびれてしまった。

 今となってはそれを聞いていたとしてもその通りになるかは怪しいが、聞かないよりはマシだったのは確かだろう。

「というか、サラの通信は届くんだね。遠坂が決戦場にはルールブレイクをしない限り観測すらできないって話だったけど」

『正確なことはわからないが、私はあくまでお前の礼装扱いだからな。この通信やその他諸々も礼装の効果の一つとして捉えられているんだろう。

 これなら決戦場でも問題なくオペレートできそうよ』

「ありがとう、助かるよ」

 サラの支援があるのはこれほど心強いことはない。

 しばらくあたりは静寂に包まれ、手持ち無沙汰になったのでその間目の前の黒い人影の動向に注意していると、それは獣のように唸った。表情は見えないがこちらに殺意を放っているのがひしひしと伝わってくる。

「カ…………セ……ェ…………」

 最初は断片的にしか理解できないものだったが、どうやら同じ言葉を繰り返しているようだ。少しだけ壁に近づいて耳を澄ませる。

 次の瞬間、背筋に悪寒が走った。

「カ……エ、セェェェェェェェェッ!!」

「っ!?」

 さきほどまでただそこに佇んでいるだけだった黒い人影は突然こちらへ襲い掛かってきた。壁に阻まれ未遂に終わったが、壁が壊れるのではと思うほどの音を立ててもなお突き進もうとするその姿はまるで野生の獣だ。

 イスカンダルの圧を感じるような殺意、ダン卿の研ぎ澄まされて突き刺さるような殺意、アーチャーやユリウス、アサシンが放つ感情を捨て去った凍えるような殺意。そしてサラのように拒絶からくる殺意。ここまでさまざまな殺意を向けられてきたが、ここまで怒りや憎しみといった憎悪を前面に出した殺意を向けられたのは初めてだった。

 壁に隔てられていてこちらに干渉できない状況なのに、その本能的な殺意に身体が強張ってしまう。

「主どのっ!」

「だ、大丈夫。それより『かえせ』って……俺何か盗んだ?」

『私が知るわけないだろう。

 また何か変なことに首を突っ込んだんじゃないかしら?』

「さすがに俺も何かを盗むようなことはしないからね!? というか、俺のこと常にモニタリングしてるなら何も変なことしてないって知ってるよね?」

『まあそれもそうか……』

 どこか納得していないような雰囲気なのは勘違いだと信じたい。

 その間にもこちらへ殺気を放ちながら唸り声をあげる黒い人影。いかに壁があるとはいえ、このまま殺意を向けられながら壁に張り付かれていては気が気じゃない。

 その悩みに応えるかのように、エレベーターの動きが徐々に緩やかになっていく。どうやら運命のときはもうすぐらしい。

「ライダー、もし目の前にいるあれと戦闘することになったら、俺のわがまま聞いてもらってもいいかな?」

「主どのが言わんとしていることはわかっています。あれも校舎で見た巨人と同様、マスターなのかサーヴァントなのかわからない存在。ですので、主どのが前に出て戦った方がいいと仰るつもりでしょう?」

 肩をすくめるライダーからはどこからか諦めのようなものを感じる。これは嫌われてしまっただろうか。

「無理、かな?」

「……主どのは困ったお方です。私に戦闘を任せてくれれば主どのが危険な目に会うこともないというのに、私と肩を並べて戦いたがるのですから。けれども私を信用できないというわけでもない」

「理由は前にも言ったよ。俺が前に出ることでライダーの負担が少しでも減るならそうしたい。もちろん、足手まといなら素直に援護に徹するよ。

 こんなイレギュラーさえなかったから、もっと実力をつけてライダーに許可をもらってから言うつもりだったんだけどね」

 本当に、世の中はうまくいかないものだ。

「実は――」

 ライダーが何か言おうとしたそのとき、決戦場に着いたことを知らせるチャイムとともに扉が開かれ、決戦場へと転移させられた。

 今回の戦場は海底。もちろん呼吸はできるし戦闘に支障がない程度に光が射しているが、全体的には重く暗い印象を受ける。今までの決戦場とは違って魚のようなものが泳いでいるがその距離感はつかめない。虹のように一定距離を維持し続ける幻影のようなものだろう。

 ぐるりと辺りを見回し今回戦う戦場の地形を把握したライダーは、改めて口を開く。

「実は正直に申しますと、私は主どのに意地悪をしておりました」

「というと?」

「すでに主どのの実力は私の想定していた技量を優に超えています。

 エネミーはサーヴァントが倒すことを想定して設定されているため、倒せるかどうかはコードキャストなどの火力に依存してきますが、立ち回りだけなら先日のレアエネミー相手にも遅れをとることはないでしょう。

 本来ならもう前に出ることを許可してもいいところ、過剰な目標設定にすることで、主どのを否が応にも援護に専念せざるを得ないようにと考えていました。

 せっかくサラどのが考えて主どのが納得してくれた条件を悪用してしまい、申し訳ありません!」

 今いるのが戦場であるため頭を下げる程度に抑えているが、彼女のことだから本当なら土下座でもしそうな勢いだ。

 だが、その謝罪は不要なものだ。

「なんとなくわかってたよ。ライダーが俺を戦わせないためにいろいろ考えてるって」

「なっ、ではなぜ今まで黙っていたのです!?」

「それを含めての鍛錬だと思ったからね。サラは力をつけろって言ってたけどあれはただの建前だよ。最初からライダーが許可を出してくれるかどうかだけがあの提案の狙いだったんじゃないかな」

 端末越しにそれを聞いていただろうサラが、俺たちに聞こえるかどうかの小さな声で笑った。

『どこかで気づくとは思っていたが、まさか最初から気付いていたとはな。

 少しあからさま過ぎたかしら?』

「まあ確証を得られたのは少しあとだけどね。本当に力をつけるかどうかなら、ライダーの過剰な鍛錬に待ったをかけてもおかしくないだろう?

 それなのにただ傍観しているのなら、力をつけることより重要なことがあるって考えるのが妥当だよね。

 ……まあ、俺がボコボコにやられてるのを楽しんでるだけじゃないかって考えも少なからずあったけど」

『それも少しはあったぞ?』

「ちょっと」

 どうやら彼女とは後で少し話し合う必要があるようだ。

「あ、主どのは意地が悪すぎます。というより、もっとご自分の身体を労ってください!」

「今後は善処する。だから、今は目の前の障害をどうにかしよう」

「……承知しました!」

 ともあれ、これでライダーとのいざこざは正真正銘解消されたわけだ。非常に晴れやかな気持ちでそれぞれ得物を構える。

 目の前の敵は今にもこちらに飛びかかろうと唸り声を上げている。今まで攻撃してこなかったのが不思議なぐらいだが、鐘がなるまで攻撃できないようSE.RA.PHが干渉しているのかもしれない。

 敵の正体は不明。そもそも人かどうかすら怪しいが、恐れることはない。俺には最高のサーヴァントが付いている!

 時はきた、そう言わんばかりに決戦場に開幕の鐘が鳴り響いた。

「カ、エセェェェェェェェェェッ!」

 檻から放たれた獣の如く人影は一目散にこちらへ迫る。だがサーヴァントのような速さはない。これなら避けることは容易だが、問題は攻撃面だ。そもそもこちらの攻撃が通じるのかどうか怪しいうえ、ライダーの攻撃は極力控えさせたい。

「サラ、あれの正体とか解析できる?」

 人影との距離を一定に保つように決戦場を疾走しながらサラの手助けを求めるが端末から聞こえてくる彼女の声色は明るくない。

『さっきのエレベーターのときからずっと試してる。だが私ができるスキャンなんて地形把握と移動する物体を数値で把握ぐらいだ。ステータスはまったくわからない。

 手は尽くしてみるが今の方法じゃ時間をかけてもわかるとは限らないわよ』

「その言い方、何か別の方法があるようにも聞こえるけど?」

『ふ、少しはわかってきたな。ああそうだ、詳しく調べる方法がないわけではない。

 ただし、リスクは覚悟してもらうわよ』

「最初から楽して勝てるとは思ってないよ」

 ならいい、と短く返されるとサラから何かデータが転送された。これは、コードキャストか?

『お前が黒鍵にコードキャスト以外のコードを刻んで使用してたのを参考にいろいろと作っていたんだ。

 今転送したコードを黒鍵に入力してみなさい』

「俺まだあれをどうやってやるのかわかってないんだけど?」

『私の方で調整はしている。やり方はコードキャストを使うときと一緒だ。

 そうすれば転送したデータを丸々黒鍵にコピーしてくれるわ』

「……ほんと、サラと通信が途絶えない仕様で助かったよ」

 言われた通り魔力を左手の黒鍵に流すと刃に見たことのないコードが刻まれた。

「……scan?」

『即席コードだから名前は適当だ。その刃で対象に触れれば相手のステータスを読み取ることができる。ただしお前が黒鍵を握ってる間だけしか効果は続かない。

 体内に深ければ深いほど読み取れる量も多いから死ぬ気で頑張りなさい』

「ははは、無茶言うねホント!」

 つまりあの正体不明の存在に接近して斬りかかれということだ。接近したいがために正体が知りたかったのにこの矛盾は泣いてもいいと思う。

 ともあれ、やることは決まった。ならばあとはそれを実現するために行動するまで。

 足を止め、いつでも黒鍵を振るえる状態で待つ。人影が容赦なく接近してくるため、それだけで人影との距離は見る見るうちに縮まっていく。

 ライダーはいつでも援護に入れる位置で俺の行く末を見守ってくれている。

 ギリギリまで引きつける必要があるが、相手の攻撃も避ける必要がある。このギリギリのタイミングを掴むために神経を研ぎ澄まし、数ミリ単位で間合いを図る。

「ア、ア゛ア゛ア゛アアアァァァァァァァ!!」

 もはや言葉にもなっていない雄叫びをあげて迫る黒い人影。

 だがまだ遠い。

「まだだ……まだ…………」

 体を包む闇がそのシルエットを曖昧にしているが、ここまでの経験のおかげで微かに見えるシルエットから全体像を把握することはできる。

 そしてついにそのシルエットが間合いに入り込む。

「――ふっ」

 居合いではなく刺突。迫り来る相手の勢いすらも利用してより確実に相手の深くへと黒鍵を伸ばす。

 寸分違わぬ突きは相手の胴体を正確に貫いた。はずが……

「手応えが……!?」

 黒鍵は確実に人影の胴体に深く刺さっている。だというのに、まるで空を突いたかのようにまったく手応えがなかった。

 目の前にいるのは幻影か何か? いや違う先程は壁にぶつかり音まで立てていたのだ。そこに『いる』のは確かだ。

 ならなぜ……

「主どの伏せてください!」

「っ!」

 思考を一度放棄して身体を横に転がす。それでも避けきれず、人影が伸ばした手が一瞬頬を触れた。

「はぁっ!!」

 入れ替わるようにライダーの渾身の一振りが人影の腕を薙ぐ。しかしそれも空を切り、さらに人影の身体がライダーをすり抜けていった。

「いったい何が……」

『いいから距離を取れ。またくるぞ!』

「っ!」

 黒い人影は勢いのついた身体を四つん這いになって地を削りながら減速し、そのまま四肢を使ってこちらへ身体を翻す。

 再度襲い掛かってくるそれから逃げるように体勢を立て直し、ライダーの力を借りて一気に距離をとった。

「たしかにあやつの腕を切り捨てたはずなのに虚像を切ったかの如く全く手応えがありませんでした。いったいどのようなカラクリが……」

『私にもわからない。だが少しだがデータが送られてきている。一応あれでも天軒由良の黒鍵は切っ先が触れる程度はできているらしいな。

 ……ああくそっ、データが送られてきたはいいが予想通り見たことない数値ばっかりだ。

 悪いけど解析には時間がかかるわ』

「それまでの時間は私たちで稼ぎますのでお気にならさらず。

 それにしても、ただの幻ではないようですね。黒鍵の先があやつに触れた直後に虚像になったのでしょうか」

 たしかにその仮定が妥当だろう。しかし一部間違いを訂正する必要がある。

「いや、そうじゃないよライダー」

「主どの?」

 なぜ、という眼差しでこちらを見るライダーに俺の右頬を見せるとライダーは息をのんだ。

 さきほど避けきれずあの人影の腕がかすった右頬。そこには鋭利な刃物を使ったかのように薄く赤い線が走っていた。

「ライダーの身体をすり抜けたんだし、たしかに虚像なんだと思う。

 でも俺たちが攻撃したり触れようとした部分だけだ。

 でないと俺の頬に傷をつけたり、地面を削りながら減速なんてできないはずだ」

「硬いものであれば私でも一振りで切り伏せることも可能ですが、虚像を切り伏せるとなるとそれはもはや剣聖の域。もし主どのの言うことが本当ではさすがに私でも……

 あの程度の動き避けるのは容易いですが、攻撃ができないのなら負けることはなくても勝つことも不可能です」

 あのライダーがここまで言うのであれば力ずくでどうにかするのは無理か。

「サラ、送られたデータから何かわかった?」

『まだ整理中だ。だがさすがに情報が少なすぎる。

 可能ならもう少しあいつをスキャンしてほしいわね』

「まあ、それが現実的だよね」

 サラの無茶ぶりに表情を引きつらせる。そんな会話中でも関係なく襲ってくる人影を避け、両手に持つ黒鍵で反撃する。しかしその攻撃は身を翻した人影に避けられた。

「避けるってことはダメージが通る瞬間があるのか? それとも反射行動?

 何にしても攻撃するしかないか。ライダー、俺が可能な限り攻撃するから援護をお願い!」

「承知!」

 攻撃が通らないのであれば、コードキャスト同様にscanの文字が刃に刻めない右手の黒鍵は持つだけ無駄だろう。そう判断して左手にだけ黒鍵を握りしめ、そして狙いを分散させるためにライダーと別々の方向へ走り出す。

 相手の注意がこちらに向いているとわかればライダーがすかさずその頭部を正確に弓で射る。しかしその矢も先ほどと同じようにそこに何もないかのように貫通し、人影もそれを避ける仕草はない。

 ……というより、ライダーに興味を示していない?

 こちらを向いている相手に接近するのは避けたかったが、確認のために黒い人影に肉薄して黒鍵を振るう。ライダーの時と同じく相手は避けるそぶりを見せないため攻撃はなんなく通るがこちらも手応えはない。それでも黒鍵が一瞬でも触れたのならサラへスキャンデータが転送されるはずだ。

「ガア゛ア゛アァァァァァァァッ!!」

 その瞬間、激昂した人影が再び両手を獣のように乱雑に振り下ろす。ぎりぎりで後退した俺と入れ替わるように背後からライダーが接近し、人影の胴体を細切れに切り裂いていく。

「こいつ、私のことは無視して主どのだけを見ている!?」

 ここまでされても一切ライダーの方を向く素振りすら見せない。その光景はかなり異様だ。

『天軒由良しか眼中にないってことか。ほんとお前は変なことに巻き込まれるな。

 あれもしかして性別は女かしら?』

「さりげなくまた俺のことたらし扱いしてるよね!? 会ったこともないそもそも人かどうかすら怪しいやつに絡まれる筋合いはないよ!

 というか早く解析済ませて!」

『今やってる。ただこの情報整理は同じ柄を乱雑に印刷したジグソーパズルを組み立ててるような状況なんだ。しかも整理し終わったとしてもそこで終わりじゃなく、ようやくステータスを調べる準備が整っただけ。まあ調べること自体はそこまで難しくはないがな。

 気が滅入りそうだから少しぐらい軽口だって叩きたいのよ』

「だからって俺に矛先向けないでくれるかな!? ああもうあとで絶対やり返してやる!!」

 サラもかなり難航しているようだが、こちらも似たような状況だ。攻撃はエネミー以上に単調だから回避やその隙を突いて攻撃するは容易いが、手ごたえがないのはつらい。

 意識していればいいのだが反射的に動いた場合は動きがつんのめってしまう。

 そんな状況だが、ただ苦戦していたわけではない。どうやらこの人影は頭部を攻撃すると一定時間大人しくなるらしい。それを発見するや否やライダーは黒い人影の頭部を切り刻み続けてくれる。

 煩わしそうに両手を振るうときは最悪の事態を想定してライダーにも引いてもらっているが、相手の攻撃の頻度はかなり減少した。ここまで一度も攻撃を受けずにこれたのはライダーの援護があってのことだろう。

 そして、ようやく吉報が届いた。

『ステータス情報の整理が終わったぞ!』

「じゃああとは調べるだけ……」

『それも今終わった。必要な情報だけを伝えるぞ。

 そいつはおそらくマスター()()()()()だ。予選か本選かまではわからないが、どこかで敗退してムーンセルに処分されたはずの残骸だ。あと今更感はいなめないが、マスター権ははく奪されているからサーヴァントで攻撃してもペナルティにはならないわ』

「ペナルティがあるかもって考えながら戦う必要がないならそれに越したことはないよ。でも、敗退したマスターってことはサイバーゴーストになって化けて出たってこと?」

『いいやそれはない。ウィザードが死んだ場合に発生するサイバーゴーストは魔術回路の残滓がネットワーク上に焼き付くことで生まれる。だがムーンセルによる完全な消去は残滓を遺すことすら許さないからな。どういう手品を使ったのかは他のステータスを見れば……』

 そこでサラの言葉が止まる。通信が切れた様子はない。言葉に詰まっているという表現が正しいか。

『待て、このステータスは……本当にそうなのか……?』

「サラ、どうしたんだ? 今はどんな情報でも欲しい。いったい何がわかたんだ!?」

『属性が架空元素なんて……本当なのか……っ!?』

「架空元素?」

『ちっ』

 聞きなれない言葉に戦闘中というのも忘れて首をかしげる。がちょっと待ってほしい、聞き逃しかけたが今舌打ちをしなかっただろうか?

 だが追及をする前にサラが矢継ぎ早に説明を始めてしまう。

『五大元素が何を示すかわかるか? わからなくても察しろ。今は時間がない。魔術師に流れる魔力にはこの五大元素に対応した属性が宿っていて、その属性に応じた魔術が扱いやすいという特性がある。ウィザードのコードキャストにはそこまで重要ではないがな。

 そしてその五大元素とは別に、2つの架空元素というものがあるんだ。

 一つが虚。そしてもう一つが無。こいつが持っているのは無の属性の方だ。

 魔術的にありえないが、物質化する特性を持つ。……らしいけど私もこうして見るのは初めてよ』

 襲い掛かる黒い人影の腕を避け、その背後に迫ったライダーが人影の頭部を細切れにしていく。

 その隙に再び距離をとり、サラとの会話を再開する。

「随分と曖昧だね」

『仕方ないだろう。

 メイガスがいなくなったっていうのもあるが、もともと架空元素持ちは生まれた時点で魔術協会に研究対象としてホルマリン漬けにされてもおかしくないほど貴重な属性なんだ。

 分類としては知っているがそれ以上は私にもさっぱりよ』

 だが、とサラは説明を続ける。

『それでもおおよその想像はつく。

 こいつの場合は、ムーンセル上の数値の使役、と言ったところね』

 サラは何かがわかったようだが、数値の使役と言われてもこちらは全然ピンと来ない。それを感じ取ったのか、より詳しく説明が加わった。

『天軒由良もわかってると思うが、ムーンセルでもバグは発生する。処理の不具合なんかもそうだが、今私が言っているバグは数値の変動だ。

 本来は物体が移動したりコードキャストを使用したり、環境の変化がある場合にのみ数値の変動があるんだが、ここまで広大なフィールドや大量の人間やサーヴァントを処理していれば、何もない場所に数値の変動が起こることもある。

 まあでも、それ自体は気にするほどでもない本当に小さな誤差よ』

「じゃあ、万が一にもあんな人型の『何か』が生まれるような誤差なんて……まさか」

『そのまさかだ。あのまっくろくろすけはそんな誤差の集合体。

 ムーンセルがバグとして弾き出す微かな数値を集合させて統括した結果、『そこに人がいる』から『数値に変動がある』のではなく、『数値に変動がある』から『そこに人がいる』と逆説的に存在を証明された、いわば触れられるホログラムだ。

 おそらく、死ぬ瞬間に自分の意識をそのホログラムに移したんでしょうね』

「じゃああれは人みたいな何かじゃなく、正真正銘の人……」

『いや違う』

 食い気味に俺の言葉を否定する。

『あれはたまたま人の形に形成されているだけのデータの塊だ。理論上は他の姿にもなれるがあえて人の姿を保っているだけだ。

 もしかすると、最初の方は意識もあったかもしれない。だがな、誤差というのは生まれてはすぐに修正される刹那の数値なんだ。その誤差の集合体なんて、言ってしまえば常に全身が分解と構築を繰り返している状態だ。そんな状態で意識を保てるわけがない。

 今そこにいるのは自我すら失い、生きているのかどうかも怪しいまがい物の命よ』

 その言葉は状況の説明というより、俺に『あれは倒してもお前が悪いわけじゃない』と言い聞かせているような意図が見えた。

『しかし問題はあいつをどう倒すのかだ。逆説的に存在を証明されているせいで数値の変動をどうにかしないと半永久的に生存し続けるからな。

 方法があるとすれば、ムーンセルを利用することかしら』

「ムーンセルを、利用?」

『ようはムーンセルにこの異常事態を知らせればいい。今あのまっくろくろすけはムーンセルの目を騙してここにいるんだろうが、ムーンセルが本気でスキャンをすれば逃れる事はできない。

 さらに場所をこの決戦場と絞らせれば完璧ね』

 なるほど、デバッグのようにバグをムーンセルに報告するのか。たしかにあれがバグの集合体なら、ムーンセルが気付けば瞬く間に削除されるはずだ。

「でも、そんなのどうやって……」

『ルールブレイクを行う』

「はい!?」

『それが一番手っ取り早いんだ。そうすれば異常を感知したムーンセルはすぐにでも異常が発生した区域のスキャンを始める。

 多少のペナルティは発生するだろうけど、あれを撃退するために我慢してもらうわよ』

「それは、覚悟するけど。ルールブレイクなんてそう簡単にできるものじゃないだろう?

 ユリウスは複数持ち込んでいたらしいけど、逆に言えば予め作っていないと間に合わないぐらい手間がかかるんじゃ……」

『心配するな。今はお前の礼装だが私だってウィザードだ。あまり胸を張れるものじゃないが、ルールブレイクも一つぐらいなら心当たりがある。

 ムーンセルにわざとバレるように調整するのは初めてだが、どうにかなるでしょう』

「なら任せるよ。俺はライダーと一緒に死なないように粘るから!」

『ルールブレイクを用意してるって言ってる相手に迷わず自分の命運を託すか。

 本当にお前は変わったやつね』

 何か言っているが気にするほどではないだろう。左手に黒鍵を握り人影の頭部を狙って時間を稼ぐ。

「ア゛、ア゛ア゛……イ゛……ゥ……ガ、エセェェェェッ!」

 どれだけ正確に頭部を狙っても動きを止められるのはほんの数秒。ライダーなら悠々と後退できる隙でも、俺には毎回肝を冷やして回避することになる。

「牽制は私が行いますので主どのは回避に専念してください」

「その方がよさそうだね……ライダー頼んだ!」

「承知しました」

 これ以上は足手まといだと判断し、距離を置きコードキャストでライダーの補助に徹することに。

 相変わらず人影はこちらだけを執拗に襲ってくるが、回避に専念すれば避けられないこともない。

「ェ……ジ……ウゥゥゥゥッ!!」

「っ!」

 これまで以上の雄叫びと共に人影の姿が不自然に歪む。その光景に先ほどのサラの言葉が脳裏をよぎる。

 あれはたまたま人の形をしているだけのデータの塊だ、と。

 つまり、何かの拍子に人以外の形に変形してもおかしくないということ。それを実際に目の当たりにしてようやく理解した。

 まるでアイアンメイデンを裏返したように、人影の内側から外へ向かって全方位に飛び出す鋭利な漆黒の槍。ライダーはその身体能力と所持スキルで避けているが俺はそうもいかない。

 辛うじて致命傷となる部分は守ったが、それでも左肩、右脇腹に右ひざは貫通。他の部分も貫通とはいかないまでも肉を抉られる。そして――

「う……ぁ……」

「あ、るじどの……?」

 ――熱い。全身が燃えているか錯覚してしまうほどに。しかし身体の芯は凍えるように熱を失っていく。それに心なしか視界が暗くなった気がする。思考が働かず状況が掴めないが、かなり危険な状況なのは直感でわかる。

「き、さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛っ!!」

 聞きなれた声の聞きなれない咆哮。悲痛にすら感じるその雄叫びは朦朧とした意識の中でもはっきりと聞こえるほどだ。ライダーは攻撃が通じないと知っていてもその身体を徹底的に切り刻む。だがどれだけの憎悪を刃に乗せても黒い人影を完全に両断することは叶わない。

 ――ああ、頼むからもうやめてくれライダー。俺はそんな姿を見たくはない。

 どうにかして槍から抜け出そうともがいてみるが、槍が飛び出す前まではまったく手ごたえのなかったのが嘘のように、漆黒の槍はびくともしない。辛うじて動く右腕を彷徨わせ、己の身体を貫く槍に手をかける。すでに力も入らないが、意外にもその槍は飴細工のように砕けていく。

 槍がすべて砕け散ったことで身体を支えるものがなくなりその場に倒れこむ。だがこのままでいるわけにはいかない。霞みがかった意識が少し晴れてくると、聴覚も一緒に戻ってきたのか激しい剣戟が鳴り響いている。まだライダーが戦っているのだ。俺がここで倒れるわけにはいかない。

 右足は完全に使い物にならないが、左足だけでも立ち上がる程度ならならなんとかなる。

『おい無茶をするな。あと少しでルールブレイクが実行できる。

 お前はもう止まってなさい!』

 サラの制止の声も今は煩わしい。距離感覚のつかめない視界では今もなおライダーが激しい攻防を繰り広げている。ならば俺が止まるわけにはいかない。左肩を貫かれたせいで動くのは右腕だけ。身体を動かすどころか呼吸をするだけで激痛が走る身体に鞭を打ち、右腕で黒鍵を握りしめる。

「ほんと、こんなことなら投擲の仕方教えてもらってればよかったよ……」

 ランルーくん討伐戦のときのようにコードキャストで肉体強化をすることもできない。それでもやるしかない。

 黒鍵を振り上げ、今出せる全力で黒鍵を投擲する。慣れてないながらも黒鍵は黒い人影に吸い込まれるような軌跡を描き……

「グ、ガアァッ!?」

 相手の胸部に深々と突き刺さった。

 ……あれ、そういえばなぜ――

『準備が出来たぞ!』

 端的に告げられたその直後、身体に膨大なデータが流れ込む。これは魔力、か?

 令呪と同等かそれ以上の……身体が変質してもおかしくないレベルの魔力が流し込まれ、過剰な空気を送り込まれた風船のように内側から張り裂けるかと危機を感じた直後、決戦場に警告音が鳴り響いた。

 

『――決戦場に不正なデータの使用を確認。スキャンを開始。

 決戦場にて規定違反のコードキャストの使用、および不正なオブジェクトの存在を確認。ただちに対処します』

 

 同じ内容を繰り返すのは、しばらくぶりに耳にした無機質なアナウンス。

 遠坂とラニの決戦場に乱入した際も似たようなアナウンスが流れた気がするが、どうやらサラはあのルールブレイクと同等のものを引き起こしたらしい。

 直後、ライダーと人影の隔てるようにあの赤い壁が現れた。勝者と敗者を分ける無慈悲な壁は、一切の容赦なく黒い人影をデリートし始める。

「――■■■■■■■■!!」

 どう表現していいのかわからない断末魔を上げながら身体を失っていくその姿は、たとえすでに人としての生を終えたものなのだとしても目を背けたくなるほど痛々しい。

「主どの!!」

 人影の消滅を確認し終えると、ライダーが弾丸のように迫り俺の両肩を持って揺する。

「おお、お怪我は!? 身体に穴が……ない?」

 ライダーの言葉で初めて気がついたが、あれほど瀕死の状態だったというのに最初からそれがなかったかのように傷が塞がっていた。体調も問題ない。

 だが未だに視界に違和感がある。妙に距離感が掴めないのだ。

「……主どの、少し失礼します」

 そう言ってライダーは俺の目の前に手をかざす。そしてさらにその手を近づけ……

「っ、ライダーなんで()()を塞ぐんだ?」

「やはり、そうなのですね」

 何かを悟ったライダーの声色が暗くなる。そして一言一言確認しながら、ゆっくりと口を開いた。

「今の主どのは、さきほど受けた傷がすべて治癒されています。それこそ、最初からなかったかのように。ですが、左目はその機能を失っているようです」

 本当に言っていいのだろうか、そのような葛藤をにじませてライダーは今の俺の状態を説明してくれた。左目が機能を失ったというのは、つまり視力を失ったという意味だろう。少し遠回しな言い方をしたのは、極力俺を動揺させないように言葉を選んだからか。

「ああ、だから視界に違和感があったのか」

 そんなライダーの気遣いに反して、その当事者である俺は思ったより冷静に状況に納得していた。たしかに片目が潰れてしまったことには驚いているし、なにより戦闘面で隻眼というのは厳しいものがある。

 だが俺が戦闘を行うのはライダーの負担を軽減するためだ。最初からライダーの代わりになれるとは思っていないし、彼女との圧倒的な実力差は今までの鍛錬でさんざん感じている。ならば、片目を失った程度で今までの戦況が大きく変わるとは思えないのだ。

 ……我ながら寒気がするほどの冷静な状況判断だと思う。だがそれがライダーから知らされたことに対して感じたすべてだ。

「それより、サラが使ったルールブレイクの正体が知りたいんだけど?

 ルールブレイク使ったってことはムーンセルからペナルティが発生してもおかしくないだろうし、その点も知りたい」

『それよりって……まあいい。説明はするがその前にそこから戻ってこい。私の方でもいろいろとわかったことがある。

 長い話になるからマイルームで話し合いましょう』

 振り返ると、今までと同じようにここに来るのに利用したエレベーターが決戦場のど真ん中で扉を開けた状態で待機していた。

 すでにこの場で敵らしいものは存在しない。ならたしかにサラの言う通り早くこの場を去るべきだろう。

 最後にもう一度、あの黒い人影が消滅した場所を眺める。あの影がどんな人間だったのか俺にはまったくわからない。しかしあそこまで何かに執着する姿には畏怖の念を抱いた。もしくは憧れか。

 自分は死にたくないという一心でここまで勝ち進んできた。もちろん今もその思いは強く抱いていて、前に進む原動力になっている。だがもし今まで体験したことのない絶望的な『死』が訪れた時、俺はあそこまで生に執着して抗うことができるのか、と……

 

 

 エレベーターで校舎に帰還すると、校舎は俺たちが決戦場へ向かう前の惨状がそのままの状態で放置されていた。

「どうやら君の方にも何かひと悶着あったようだな。それでも無事戻ってこれたようでなによりだ」

 辺りに転がっている瓦礫に身体をあずけているカソック姿の男性はすでに満身創痍。それでもその不敵な笑みは崩さない。

「あの黒い巨人ならすでに消滅している。この通り校舎はかなり破壊してしまったがな。身体を動かすのが久々すぎて少し加減を間違えたようだ」

「おかしいな。この惨状は言峰神父が暴れたからって言う風に聞こえるんだけど」

「あれだけの巨体だ。それぐらいしなければ殺すことはできんよ」

 校舎を破壊した理由ではなく、校舎を破壊した方法について疑問を感じているのだが……これは聞かぬが仏だろうか。

「すぐにでも校舎の修復に入るため、今日はこのまままっすぐマイルームに向かってもらおう。心配せずともマイルームへ続く2-Bの前は崩落していない。他の場所も君たちが起床したときには跡形もなく修復しておくつもりだ。校舎の探索はそのあとでも問題あるまい?」

 このありさまの校舎を探索するほど今すぐしなければならない用事もない。

 言峰神父に言われた通りマイルームに戻ってくると鬼気迫る様子で端末を操作しているサラが出迎えてくれる。

「……いつにも増して眉間にしわが寄ってるね」

「なんだ、さっきの無茶ぶりの仕返しか? いったい誰のせいでこんなことしてると思ってるんだ。

 ……いや、その話は後回しだ。まずはお前の方を片づけたい。

 その椅子に座りなさい」

 有無を言わせない指示に言われた通り椅子に腰を下ろす。それを確認したサラは端末の操作を止めずに話し始めた。

「まずはあのまっくろくろすけの件だが、ひとまず校舎内に反応はない。

 ひとまずは撃退できたと見ていいでしょうね」

 死んだ、と言わないのはまた死ぬ直前に別のバグの集合体に意識を移している可能性も考慮してだろう。そう何度もルールブレイクを起こせるわけではないし、今後は会わないことを祈る。

「そもそも、あのルールブレイクっていったいどういうコードだったんだ?」

「あれはムーンセルに不正に接続して過剰に魔力を吸収し続けるものだ。わざとバレるように魔力を吸い出したのが災いして、想定していた量以上の魔力を吸収することになったがな。天軒由良を出力元にしたからお前にもその一部が流れ込んだでしょう?」

 たしかにあのとき肉体のキャパシティを超えそうなほどの魔力が注ぎ込まれた感覚があった。あれで一部だというのなら、本来はどれほどの魔力を吸収したのだろうか……

 あくまで耐えられれば、という条件が付くものの、あれほどの魔力があればたいていのことができそうなほどの魔力だった。気になるのは、あれほどの量ではないにせよ魔力を過剰に吸い出すルールブレイクを使ってサラは何をするつもりだったのかだが、これを訪ねるのは野暮というものか。

 特に口を挟まずサラの説明に耳を傾ける。

「まあムーンセルもバカではないから、すでに対策しているだろうな。もう二度と同じように魔力を吸い出すことはできないだろう。むしろ好都合かもしれないがな。

 で、このあたりはお前もなんとなく察しがついているだろう。私がお前に伝えたいのはこれらを踏まえてわかったことだ。主にお前の傷が癒えたことについて、な」

「…………」

 サラの言葉に意図せず身体が強張る。ライダーも心なしか前のめりになって真剣にな面持ちだ。

「お前の傷が癒えたのは、おそらく私の使ったルールブレイク、そしてお前の右腕によるものだ」

「俺の、右腕?」

 たしか俺の右腕は俺自身の物ではなく誰かの腕を移植されているのでは、とサラは考えているようだが……

 より詳しい説明をしてもらうためにそのまま黙って先を促すと、これまで端末をせわしく操作したというのにその手を止めた。

 顔を上げたサラはまっすぐこちらを見つめる。鋭い目つきがさらに鋭くなり、ゆっくりと口を開いた。

「その右腕の出どころ、おそらくムーンセルに深く関係しているぞ。

 お前、本当に地上からここに来た人間かしら?」




天軒、またも傷だらけ
サラの言葉の意味は次回明らかになりますが、何週間か空く可能性があります

今回のタイトル遊びですが、今回の敵が架空元素持ちということで、4回戦開始からここまでの全7話のタイトルに五大元素+架空元素の一文字を入れていました。(今回が架『空』元素って名前が入っているのはノーカンということで……)


次回ですが、5回戦が始まる前に再び幕間を入れる予定です。
放置してる展開があるのでその回収です


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まやかしの左目

前座で3000文字程度で収める予定の会話が弾みに弾んで気づけば8000文字超えてましたので、急遽話を二つに分けて投稿します
ぶっちゃけ久々に悪ふざけ全開で書いてて楽しかったです


 サラの鋭い眼光に貫かれ、問われた言葉に動揺する。

 俺が、地上から来た人間じゃない……?

「ま、待ってくれサラ。それはいったいどういう意味だ?」

「言葉通りの意味だ。お前はこのムーンセルで生まれた、またはそれに近い何かの可能性が高い。

 今からその説明はしてあげるわ」

 一度息を吐き、間を空ける。それで少しだけ落ち着いた場で、改めて説明を始めた。

「決戦場でルールブレイクを使った理由は、あのまっくろくろすけをムーンセルに見つけてもらうため。だけどルールブレイクがバレるわけだからペナルティは覚悟しなければならない。

 私はこう言ったわよね?」

 その問いには首を縦に振って肯定する。

 さすがについ先ほど言われたことを忘れるようなことはない。

「……あれ、そういえばまだペナルティを受けてない気が。

 ライダーのバイタルに変化があったわけでも、使えるコードキャストに制限がついたわけでもないはずなのに」

「なるほど、ただの鈍感バカだったか」

「ちょっと」

 またもあからさまなため息をつくサラ。

「ちゃんとペナルティは発生している。ペナルティというより洗礼か。

 全体から見ればまだまだ表層とはいえ、普通は接続できない場所に繋いで魔力を吸い出したからな、若干ながらファイアーウォールの攻性プログラムから攻撃されていた。

 魔力を吸い出す程度でこれなんだ。ムーンセルの力の一端を引き出そうとしているのに攻性プログラムに攻撃されないわけがない」

「ちょっと待って。ムーンセルの力の一端?

 そんなもの使った覚えは……」

 ない、と言いたかったが思い当たるものが一つだけあった。いつから使えるのかわからない、正体不明のコードキャストと認識していたもの。

 自然と視線は自分の右手に向けられる。

「お前もその考えに辿り着いたか。三回戦の決戦後、お前はその右手でコードキャストらしきものを起動し、ライダーを蝕んでいた呪いを解呪した。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()かのようにね」

「最初からなかった……?」

「まるでついさっきのお前の傷みたいだろう?

 私も三回戦の時点では疑問には思ってもそこまで深くは考えていなかった。お前がコードキャストの基礎を学んでる最中の駆け出しのウィザードでも、右腕が他人の物なら元々の持ち主が組み込んでいたという可能性もあったからな。キャスターの呪いを容易く解呪できるコードキャストはそう簡単に作れるものじゃないが、まあ不可能というわけではない。

 だが傷の件は別だ。痛みで気付かなかっただろうが、お前の左目は完全に抉れていた。それが機能は失ったとはいえ完治している。魔力は私のルールブレイクで十分余裕があったとしても、瀕死の重傷を跡形もなく、そして一瞬で治癒できるのは異常だ。

 治癒力と必要時間から考えても生半可なコードキャストじゃ再現できないし、何よりさっきの解呪のコードキャストと含めて右腕一本に収まる容量は軽く超えているわ」

 だが、とそこでいったん話を区切った。

「ここで考え方を変えてみる。

 治癒と状態異常解除、ではなく『復元』とね」

「復元?」

 たしかに治癒も解呪もそれぞれ怪我をした身体、呪いを受けた身体をそれを受ける前に戻すものと捉えることもできる。

 だが、それではまるで……

「機械的な処理みたいだ」

 なるほど、だからコードキャストではなく、ムーンセルの力と考えた方がいいということか。たしかにつじつまは合ってるが、コードキャストで同じことはできないのか気になる。まだ勉強中の身でコードキャストにそれほど詳しくないため、サラに『無理だ』と言われるとそうなのかと受け止めるしかないのだが……

「コードキャストでも再現出来ないことはないだろうが、単純にコードキャストを内包させる礼装のランクが地上ではそう簡単に作成できるものじゃない。ハーウェイ家のように充実した設備があるのならできるかもしれないが、それでも作るメリットはないしな。

 傷と状態異常を同時に回復するのはたしかに強力だが、ロスが多すぎる。

 お前みたいに装備できる礼装が少ない場合は重宝するだろうがハーウェイの人間なら別々に回復させるコードキャストをそれぞれ持った方が効率的だろう。

 それに、攻性プログラムの攻撃を完全にシャットアウトできる防御術式は絶対にない。そんなものがあったら、ムーンセルを掌握できないまでもルールブレイクをし放題になるからな。ルールバランスが完全に崩壊する。

 それだけお前の状況は異常だってことを理解しなさい」

「いや、俺だって遠坂とラニの決戦場に行く前の段階でファイアウォールは受けているよ。静電気が走ったぐらいの痛みだったけど……

 遠坂によれば、無事だったのは俺が地上の肉体とリンクが切れているからって」

 俺も詳しいことはわからないが、ファイアウォールの洗礼を受けても大丈夫である理由は遠坂から教わっているのだ。であれば、サラの仮定が必ずしも正しいとは限らない。

 だというのに、彼女は深くため息をついた。

「その静電気は右手で触れて右手に走ったのか?」

「え、確かそうだったと思うけど……」

 なぜそんなことを聞くのかよくわからないが頷くと、サラは小さくやっぱりな、と呟いた。

「遠坂凛も遠坂凛だが、私ももっと早く確認しておけばよかったな。

 いくら肉体とリンクが切れているとはいえ、ファイアウォールのダメージが静電気程度の弱さのはずないだろう。いくら地上とのパスが途絶えているとはいえ、アバターにも無視できないダメージは発生しているんだ。

 すぐに治まるとはいえ、脳内がかき回されるような痛みよ」

「……………………」

 予想もしていなかったことに言葉を失う。遠坂との会話に食い違いがあるなど思ってもみなかった。これが本当であらばここまでの前提が大きく覆ってしまう。

「頭痛のようなものがなかったのなら、それはファイアウォールとは別の要因だろう。そしてムーンセルの力の一端らしいものを使うのも右手。

 そのコードキャスト、左手で使えないんでしょう?」

 言われてみれば、無意識に普段のコードキャストは左で正体不明の方は右、と切り替えていた。試しに左手で起動してみようと試みる。

「……サラの言う通りだ」

 試す以前にどうやって起動するのかすらまったくわからない。思い返してみれば、右手で行う場合は曖昧なイメージだけで勝手に起動してくれていたが、多少なりともコードキャストを学んだ今ならわかる。そんな曖昧なもので起動できるコードキャストはどこかおかしい。

「天軒由良のコードキャストは右手では起動できない。逆にムーンセルの力らしき方は右手でしか使えない。

 もしお前の右腕が他人の腕なんて生易しいものじゃなく、ムーンセルに接続された礼装の類なのだとしたら、その力を引き出せるうえに魔術回路がお前の肉体と独立している説明もつく。ファイアウォールに触れた時に静電気のような痛みを感じたのは、ムーンセルの礼装がファイアウォールに触れるなんてイレギュラーが起こったからショートでも起こしたかのかもしれない。

 そして、そんなもの身につけてるやつが地上からきた人間だとは考えにくい。

 記憶がないのも地上の肉体とのパスがないのではなく、最初から繋がってる肉体なんてなかったから。

 お前がムーンセルに関係する何か、と仮定するだけですべての謎に説明がつくのよ」

「ムーンセルに関係する何か、か……」

 思わず自分の右腕を見つめる。今まで詳細がわからず使うのを躊躇っていたコードキャスト。全容までは掴めなかったがもしもこれがムーンセルによる力なのであれば、ライダーに不利益を被るようなことはないだろう。

「その仮説どれぐらい可能性があるのかな?」

「今までと同じ、どこまでいっても結論前提の仮定だ。

 それでも以前の曖昧なものよりは信憑性が高いと思うわよ」

「そっか」

 今までよくわからず右手側のコードキャスト使ってたけど、ムーンセルの力っていうのならそこまでライダーに危険が及ぶものではなさそうでひとまず安心した。

 その姿に違和感があったのか、サラが怪訝そうにこちらを見る。

「……もう少し取り乱すと思ったんだが、思ったより落ち着いてるな」

「あ、うん、まあね。俺、別に人間であることに拘ってないし」

「……は?」

 今までに見たことのないような表情で固まるサラ。隣に立つライダーも驚いた様子でこちらを見つめている。

 そこまで変なこと言っただろうか……いや言ったな、うん。ただこれはやせ我慢でもなんでもなく紛れもない本心だ。

「俺も自分が人間じゃないってことに驚いてはいるけど、今までの状況から自分を人間って思う方が難しいし……

 だから、自分が何者なのかさえわかればその内容までは気にしてないよ? むしろ人間じゃないって言われた方がしっくりきてる」

 だから問題ない。問題ないのだ。状況だけを見れば二人が心配するのは当然だろうから、これ以上心配をかけさせないためにもそう念押しをしておく。

「私も主どのが人間であるかどうかは気にしていませんので、そう仰るのであれば私からは何も言うことはありませんが……」

 さすがにいきなりこんなことを言ってしまったから二人は困惑しているが、それでも一応は納得してくれた。

「そうか、お前はそういう性格だったな……まあ、お前がそう言うなら私からは何も言わない。

 だけど、あまり自分を追い詰めないことね」

「……うん、ありがとう」

 解決はしていないが前進したのは確かだ。なにより右腕のコードキャストの正体のとっかかりが掴めただけでも十分といえるだろう。

 それ以上は言うことはない、と言わんばかりにモニターとのにらめっこを再開したサラ。

「ところで、俺のせいでそこまで切迫してるって言ってたけど、いったい何をしてるんだ?」

「簡単に言えば義眼だな。腕や足みたいな部分なら形の復元だけで済むから比較的簡単なんだが、目となると面倒でな……

 いかんせん右目が無事なせいで視覚の情報を右目と同じ状態で得られるように調整する必要があるんだ。左右で視覚情報に違いがあると処理にコンマ数秒のラグが起きるからな。日常生活ならばまだしも戦闘では命取りになる。

 ……いっそのこと右目も潰してもいいかしら?」

「ちょっと!?」

 いきなり何を言い出すんだろうかこの狂人は。思わず椅子から飛びのいて身構える。そんな挙動を見た彼女はにくつくつと笑う。

「そう警戒しなくても心配するな。

 さすがの私もそこまで鬼畜じゃないわよ」

「目がぜんぜん笑ってなかった気がするんだけど……

 参考までに、サラがそこまで言うっていうことは両目とも義眼だと調整は簡単なの?」

「要は義眼と目、両方のデータを取り込もうとしているからラグが発生する。ならどちらかに揃えればそんなラグは発生しない。

 そして左目は完治しないのだから必然的に右目も義眼にするというわけだ。

 お前の視覚情報の処理方式を目用から義眼用に変更する必要はあるが、そっちなら数分で済む。

 ……とはいえ、そんなことしようものならお前の従者にどんな目に会わされるかわからないわね」

 一通り説明し終えると、サラは肩をすくめてライダーの方を見る。

「無論、サラどのにはいろいろと感謝しています。ですが、いくらサラどのと言えど主どのに危害を加えるのであれば容赦はしません。それだけはお忘れなきよう」

「感謝しているが、か……」

 何なら小さく呟いたようだがよく聞き取れなかった。少し困ったように何とも言えない笑みを浮かべていたが、その理由を尋ねる前にいつもの凛とした表情に戻ってしまう。

「義眼は左目を残した状態で外付けの形にする予定だが、視界は以前の状態を再現するぞ。左側だけ視野を広げることもできるがお前の処理能力が追いつけるか怪しい。そのあとで拡張することもできるしな。

 ……まあ、どうやっても徹夜コースでしょうけど」

「……なんかごめん」

「同情するなら(PP)をくれ。と言いたいところだがお前も私もそこまで余裕はないんだよな。十分な資金があればそのPPを構成する魔力を処理速度の方に回せるんだが……

 こればかりはしょうがないわね」

 ため息をついているがその作業が衰える様子はない。作業の苦痛を誤魔化すための軽口だろう。

「このペースならお前が目を覚ますころには完成しているはずだ。

 今日はもう寝なさい」

「いろいろ手を貸してもらってなんだけど、無理はしないでよ?」

「はっ、お前にだけは言われたくないな」

 ……鼻で笑われた。いやまあ、たしかにそのとおりなので言い返せないのだが。

 何はともあれ、これ以上は半人前のウィザードに手伝えることはなさそうだ。最後にもう一度サラに感謝をしつつ、ライダーと共に床に入った。

 四回戦もそれまでの戦いと並ぶ激戦であったため、睡魔はすぐに意識を刈り取った。

 完全に眠りに落ちるその手前、現と夢の狭間で意識が深い海に沈んでいく感覚に身をゆだねていると、おもむろに感覚がはっきりとしてくる。

 しかし不思議なことに自分が今眠っているという自覚はある。夢、とも少し違う気がする。

「……………………」

 不思議な感覚に戸惑っていると、目の前に闇を纏った人影がどこからともなく現れた。あいまいなのに自然消滅はしない確固たる土台を感じさせる存在。架空元素・無形という属性を宿した、おそらくこの聖杯戦争の犠牲者。

 ――あなたは、一体何者なんだ?

 意識ははっきりしているが身体は動かないらしい。口が動くことはなく、言葉はただ心の声として俺の中でのみ発せられる。

「…………」

 だが、どうやらこの現と夢の狭間では言葉にならなくても大丈夫らしい。こちらの『声』に対して微かに反応した。

「……し……ぁ……ぃ…………」

 決戦場のときよりも少し理性的な、間延びした声色。とはいえ、まるで空気が漏れているような音だ。普通に会話ができる距離だというのに、それを声と認識するのは厳しい。

 何かを伝えようとしているのはわかるのに、それがわからないというもどかしさを感じていると、ゆっくりとした動きで人影の腕が動いた。

 その手が指さす先にあるのは……俺の左手?

 かと思えばさらにゆっくりとした動きでその腕は人影自身を指さした。心なしか怒りを募らせているこの人影が何を伝えようとしているのか見当もつかない。

 次の瞬間、まるで電源が落ちるように一瞬にして目の前が暗転した。

 それに従い次第に感覚が鈍くなり、意識が遠のいていく。どうやら狭間の時間は終わったらしい。あとはこのままいつも通り眠りにつくだけだ。人影が何を伝えようとしていたのかわからずじまいだが、肉体的にはもちろん精神的にもすでに満身創痍。それ以上は抵抗することなく、素直に睡魔に身をゆだねた。

 

 

 朝日が昇っている。

 こちらの起床に合わせて窓の風景が変わるせいで一度も夜明けに立ち会ったことはないが、それでもぼんやりとした意識の中で今が朝なのだと認識した。

 昨日の戦闘が響いたのか身体が重い。サラ曰く右腕の力によって身体の傷はきれいさっぱり元通りに復元されているらしいが、それでは治らない部分もあったのだろうか?

 身体を動かすのを諦め、重い瞼を開ける事だけに専念する。そうすれば視界にはいつもの見慣れた天井が……

「……少し起きるのが早いぞ。」

 銀髪の麗人がこちらを見下ろしていた。しかも、その右手の指先には見慣れない小さな部品が摘ままれており、左手はこちらの顔をしっかりとホールドしている。

 いや顔だけじゃない。仰向けになっている俺の胸辺りに跨り上体の動きを完全に封じ込めているうえ、彼女はその両足で肩すらもがっちりと固めている。身体が重いのはこれせいか、と変なところで納得している自分が少し怖い。

 いったい何が起こっているのか状況はわかっても理解ができない。なぜ俺はサラにマウントポジションをとられているのだろうか?

「まあいいか」

「待って、絶対よくない!」

 何かあきらめた様子でその右手に持つ部品を俺の顔に近づけてきた。抵抗しようにも完璧すぎるホールド相手には身動き一つとることもできない。

「せめて説明を! 待って待ってその部品どうするの怖いんだけどえなんで瞼固定するのまさかそんな嘘だよね待ってストップ話せばわか――!!」

 ずっ、と何かが左目に深く埋め込まれる感触に、おそらく人生で最大級の絶叫がマイル―ム内に響き渡った。

「……男の悲鳴ほど聞くに堪えないものはないな」

「どの口が言うかこのやろう……」

 左目を押さえてうずくまりながら、せめて右目だけは諸悪の根源を睨みつける。口調が荒くなるのは仕方ない。これに関してこちらに非は絶対にないのだから。

 まさかライダーに膝枕で慰められる日が来るとは思わなかった。なんだか恥ずかしさその他もろもろの感情でずっと顔を覆っていたくなる。

「こうなるのがわかっていたからお前が寝ている間に済ませようとしたんだ。

 ちゃんとライダーには許可もらっていたわよ」

「俺に許可取るのが先じゃない!?」

 あとライダーはそこで顔をそらさないでほしかった。これでサラの言うことが真実なのだと証明されてしまったのだから。

「事情説明してお前の心の準備が整うまで待って、そこから無意識に動かないように固定して……ってやってたら時間がかかりすぎるだろう。

 今日に限って早く起きるお前の方が悪いのよ」

「責任転嫁も甚だしいよねそれ!

 最終的に説明放棄して強行したからこうなったと思うんだけど!?」

 朝起きたら得体のしれないものを顔に埋め込まれそうになってる、なんて状況に直面したら誰だって冷静でいられるわけがないと思う。

「まあでも、ちゃんと左目は見えてるだろう?」

「……まあそうだけど」

 薄々気づいてはいたが、サラが手に乗せていた小さな部品は失った左目の代わりになる義眼だったらしい。付けたばかりだからか左目に違和感こそあるが、視界自体は元に戻っている。

「けど、左目閉じてるはずなのにずっと見えてる気が……」

「義眼っていうのは言葉の綾で、実際に埋め込んだのは視覚情報をお前の右目と同じにチューニングするデバイスだからな。

 映像自体はお前の左目辺りに仮想的に設置している視点から得ているから、瞼を閉じても映像は収集し続けるわよ」

「仮想的に設置?」

「私がいつもお前をモニタリングしているときに使ってる方法だ。使い魔の視界と自分の視界をリンクさせて情報収集をするのはメイガスのときから一般的だが、この電子の世界ではさらに融通が利く。

 モニタリングする対象の座標が常時把握できる状況なら、その座標にカメラを設置したように映像を収集することができるんだ。もちろん実際にそこにカメラがあるわけじゃないから、ジャミングさえされなければ映像が途絶えることもない。

 さらにある程度慣れてるウィザードなら座標を起点にカメラの設置位置を調整することもできる。

 私は基本的にお前の約2メートル後ろの俯瞰的になる位置からモニタリングしているわ」

 なるほど、昨日は聞き流したが視界うんぬんの調整をすると言っていたのはこのためか。つまり今俺が見ている左側の映像は、FPSゲームのようなカメラアングルの映像を処理しているだけで、実際に左目の視力が回復したというわけではないらしい。

「その感じだと左目としての機能の方は問題ないようだな。あ、睡眠時の心配はしなくてもいいぞ。

 カメラの電源の落とし方はあとで教えてあげるわ」

「……まって、なんか言葉のニュアンスが他にも機能があるように聞こえてくるんだけど、何か変なことしてないよね?」

「もちろんしてるに決まってるだろう?」

「ちょっと!?」

 なぜそこでさも当然のように言うのだろうか。しかもキョトンとした様子で小首をかしげそうな様子だ。

「逆にせっかく義眼なんてものつけるんだ。

 視覚確保以外の機能を付けないと割に合わないでしょう?」

「それを判断するのはサラじゃくて俺だと思うんだけど!?」

「わかったわかった。心配しなくても今のところ付けてるのは、スタングレネードみたいな過度の光量に対して脳がダメージを受けないよう自動でフィルターを展開する機能だけだ。常時目を開いているような状態だからそれぐらいの機能は必要だろう?

 それ以外に変なものは付けていない。あくまで追加効果を付与する程度の容量は確保してあるってだけだ。

 まあ、何か要望があったら聞くわよ?」

「次弄るときは俺の許可を取ってからにしてほしいです」

 善処する、というこれっぽっちも安心できない返答を返すとサラはさっさと自分の工房という名の機材の中心に戻っていった。




ということで趣味全開の天軒の魔改造回でした。心なしか天軒とサラが生き生きとしている気がします()

本来42話として更新する予定だった話は現在加筆修正中なので来週か再来週には投稿できるかと思います


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幕間
無機質な少女に宿る我欲


とうとうエレちゃんきましたね。年末のマスターはまた色々と大変になりそうです……
引く方は頑張ってください。私は二回引けるかどうかの予算しかないのでそれに賭けます。


 睡眠時の電源の落とし方だけ教わると、リハビリも兼ねて校舎内を探索することになった。

 今まで普通に行なっていた転移ですら、閉じた目を開け、光の変化に瞳孔が適応するまで目を細め、風景にピントを合わせる、というステップを踏む右目と、いきなりピントが合っている左目、という違いに眉をひそめる。海賊は暗所に即座に対応するために片目を眼帯で隠していると聞く。暗所明所関係なくという点では違うが、今の左目の状況はそれに非常に近い。意識的に左目を基準にするべきだろうか……

 ただ、もしそうするにしても今までの左目と義眼の左目の距離感が同じになってるのかもきちんと確認できていない。微妙な誤差が致命的なミスに繋がらないとも限らないため、できれば早めにこの問題は解決しておきたい。

 そんなことを考えていたからか、無意識にアリーナの方へ足を運んでいた。インターバル中の今はアリーナに入れないためただの無駄足になるはずだったが、思わぬ現場に居合わせる結果となった。

 アリーナへと続く体育倉庫の扉前。そこに、今まさにアリーナから帰還してきた人影が一つ。

 少し青みを帯びた銀髪と、その髪の毛と対照的な褐色の肌を持つ少女。俺のよく知るマスターが、倒れこむようにその場に突然現れた。

「っ、ラニ!!」

「由良……さん……?」

 なぜ、という疑問より先に身体が動いた。上体を起こし、ひとまず呼吸があることだけは確認するが、非常に危険な状態だ。

「はやく、バーサーカーの治療を……」

 だというのに、彼女の心配は自分が従えているサーヴァントに向けられている。姿が見えないということは霊体化しているのだろうが、それほどひどいダメージなのだろうか?

 いやでも……

「ラニの方も危険な状態だろう!

 ライダー、保健室に運ぶから手伝って」

「し、承知!」

 今は一刻を争う状態だ。自分が肩を貸すよりライダーに担いでもらった方が確実に早い。ライダーも即座にこちらの意図をくみ取って、先に保健室へと向かってくれた。

 遅れて保健室にたどり着くと、中では保健委員の桜が慌ただしく戸棚やベッドを行ったり来たりしていた。

「あっ、天軒さん。いきなりこんなことを頼むのは申し訳ないんですが、少し保健室を離れるのでその間ラニさんたちの様子を見ていてください。

 お礼は後でかならずしますので!」

 本当にすいません、と用件だけを告げて走り去っていく桜。その背中を見送ったあとカーテンに遮られた中を覗き込んだ。

 中にいたのは顔色が悪く浅い呼吸を繰り返すラニと、戸惑いながらも彼女のその手を握るライダーの二人。

「ライダー、ラニの様子は?」

「桜どのによれば、ラニどのの方は傷よりも魔力不足が深刻なのだとか。ひとまずこのまま絶対安静だそうです。それから……」

 ライダーの視線はカーテンで区切られた奥のベッドに向けられる。そちらを覗いてみると、そこで休んでいたのは貴族のような風貌の男性。今まで二度ほどしか目にしてないが、間違いない。彼はラニのサーヴァント、バーサーカーだ。

 だが今の彼はかなり衰弱しており、以前の優雅な姿とは似ても似つかないほど変わり果てている。

「どうやら強力な呪いか何かに身体を蝕まれているようで、生半可な処置ではどうにもならないとか」

「だからそれを治療するために購買部にアイテムを取りにいったのか」

「あ、いえ。すでに一通り試し終わっているようです。ただ、どうやら二回戦で主どのが受けたイチイの毒以上の強力な状態異常のようで、桜どのが持つ権限や、アイテムを持ってしても完治は不可能だと……」

 ライダーが保健室に向かってからすぐに俺も向かったというのに、あの一瞬でラニとバーサーカー両方の処置を済ませていることに驚きながらもバーサーカーの方へ視線を向ける。

 そこまで強力な呪いとなれば、間違いなく宝具によるものだろう。あのアサシンの宝具は何度か目にしているが、そこまで協力な呪いを付与する宝具があったとは……

 だが、呪いであるならばまだ手はある。俺の右手が起動できるコードキャストはムーンセルの力を引き出せている可能性があり、基本的には状態異常回復という形で使用できる。

 系統は違うだろうがライダーの呪いを解いたという前例もある。ならばバーサーカーを蝕む呪いも解呪できると考えてもいいはずだ。

「何を、するつもりだ?」

 バーサーカーの鋭い眼光に貫かれる。ここまで衰弱しているというのに、それでもこちらが気圧されてしまう。

「あなたの呪いを解呪できるかもしれない。ここまでラニにはいろいろとお世話になったんだ。これぐらいのお返しはさせてほしい」

「……好きにするがいい。どのみちこのままでは余も長くない」

 バーサーカーの本人の許可を得て右手をかざす。他人のサーヴァントに対して回復系のコードキャストを使うのは初めてだが、これぐらいなら俺でも自力で調整できる。

「■■■■、起動」

 今までと同じように、しかし対象はバーサーカーへ正体不明のコードキャストを起動する。

 かなりの魔力を消費したらしく、起動後は少しめまいがしたがどうにか踏ん張ることができた。

「……ふむ、やはりか」

 ゆっくりと上体を起こしたバーサーカーは自身の身体を見回し、そして何かを悟ったかのように小さくため息をついたようだ。

「ひとまず礼を言っておこう。汝の得にならないというのに施しをしてくれたこと、感謝する。

 しかし、やはりこの呪いは普通の呪いと違うらしい」

「……え?」

 バーサーカーに告げられたその言葉の意味が一瞬理解できなかった。ただ、そのニュアンスはどう考えても解呪に失敗したという意味を含んでいる。

 だが魔力が消費されたということはコードキャストは無事適応されたはずだ。だというのに、バーサーカーは首を横に振った。

「薄々気づいておったのだ。汝が気に病む必要はない。

 余の身体を蝕んでいるのは普通の呪いとは全く違うものなのだ。強いていうならば『死』そのもの。

 いかに汝のコードキャストが強力な呪いをも解呪するといえど、死そのものを退けるほどの力はないということだ」

「死そのもの? それはいったいどういう……」

「汝がマスターに伝えたアサシンの宝具の中に、背中から生える長い腕というものがあったであろう?

 汝もあの能力はきちんと把握していなかったようだが、それも当然だろう。あれは呪術を用いて心臓を取り出さずに握り潰すものだ。効果がわかったときにはすでに死が確定している。

 そして、いくら汝のコードキャストが呪いの解呪に有効といえど、潰れた心臓を戻すことはできまい?」

 その言葉でなぜバーサーカーの呪いが解けなかったのか理解できた。そして、失敗したにも関わらず大量に魔力を消費した理由も。

 どうやら先程の大量の魔力消費は心臓を復元した影響らしい。だが、この復元は形だけで心臓の機能が戻るわけではない。

 おそらくバーサーカーの体内では、動かない心臓が残っている状態なのだろう。

「だが、全くの無駄だったわけでない。

 聞くところによれば、あのアサシンめはマスター殺しのペナルティによって宝具の威力が下がっているそうだな。そしてバーサーカーとして召喚された余は戦闘続行のスキルを保有している。それでも残り少ない命であったが、汝のコードキャストによって僅かながら残留していた呪いは見事に解呪している。

 そうしたことが重なり、本来は即死の呪いだったものがどうにか首の皮一枚繋がった。改めて礼を言おう。

 ……この忌むべき吸血鬼の力ゆえに耐えることができたというのは素直に喜べぬがな」

 忌々しそうに拳を握りしめる。

 戦闘続行はその名の通り致命傷を受けても行動するができるしぶとさを付与するスキルだ。ランルーくんのランサー、エリザベートもその能力を持っていたが故に、アサシンの宝具で死が確定しても行動していた。

 バーサーカーとして召喚された場合にのみ付与されるということは、のちの伝承などで後天的に『そういう存在』と認識されたのだろうか。

 それに吸血鬼というワード。吸血鬼という伝承は様々な地域で生まれており、ランルーくんのバーサーカー――エリザベートも彼女がモチーフとなったカーミラが吸血鬼の側面を持つとされる。そのためこれだけでは特定するのは難しい。だが彼の宝具名と合わせると話は違ってくる。

 ――カズィクル・ベイ。

 遠坂とラニが戦った三回戦、その決戦場で彼は確かにそう言っていた。あの直後はライダーの監視が強くて図書室で調べ物をすることもできず長らく放置することになったが、どうやらあの名はトルコ語で『串刺し公』を意味するらしい。そして、この名で呼ばれたものは一人しかいない。

 その名はヴラド・ツェペシュ。ルーマニア語で串刺し公を意味するツェペシュをあだ名として用いられるほど串座し刑を好んだといわれ、15世紀のワラキア公国の君主であり、オスマン帝国の攻勢からルーマニアを守った英雄だ。

 彼にはドラクルの息子(ドラキュラ)という愛称があり、本人も好んでその名を使っていたらしいが、世間一般に『ドラキュラ』といえば吸血鬼を思い浮かべる通り、ヴラド三世は長らく吸血鬼の『ドラキュラ』として長らくその在り方を歪められていた。現在では英雄として再評価されているようだが、目の前にいるこのヴラド三世は英雄ではなく悪魔の子ドラキュラとしての力を宿した忌むべきものなのだろう。

「その目、我が真名にたどり着いたと見える。

 ……そう身構えなくともよい。あの決戦場でマスターを救える可能性があった時点で余の真名がバレることは考慮して行動していた。

 余をあの忌むべき名で呼ばぬ限りは何もせぬ」

 言いながらベッドから降り、立ち上がるバーサーカー。

「礼を言うぞライダーとそのマスター。後のことは余に任せて、汝らは己のするべきことをするがいい」

 自身も万全でないのにそれを感じさせない気丈さ。タイミングがいいのか悪いのか、丁度桜も戻ってきたためバーサーカーの言葉に従い保健室を後にした。

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 天軒が退室し、桜が通常業務に戻った保健室。

 バーサーカーは自身もいつも通り振舞うのが難しい身体だというのに、ラニ=Ⅷが目覚めるまで静かにたたずんでいる。

「……バーサーカー」

「目が覚めたかマスター。あの由良という小僧とそのサーヴァントがここまで運んできてくれたのだ。あとでマスターからも礼を言っておくといい」

「そう、ですか。また私はあの人に助けてもらったのですね」

 思い出すのは一回戦。あの頃はすぐにでも負けて消えてしまいそうな未熟なウィザードだったというのに、気づけば4回戦まで勝ち残るほどに成長し、今ではラニの方が助けてもらう立場に変わりつつある。

 彼の成長スピードが速すぎるのか、それともラニが停滞しているだけなのか。そこまで考えてラニの口からため息が漏れた。

 何にせよ今の状況が好ましくないのだけは確かなのだ。同レベルの実力者であれば、その経験や柔軟性が勝利の決め手になるということは、三回戦の決戦で文字通り痛いほどわかっている。

 さらに相手はあのユリウス。こと相手を殺すという一点においては聖杯戦争に参加した全マスターの中でもずば抜けている。加えてバーサーカーはほぼ瀕死。状況は遠坂凛と対戦したあの時よりも悪いのは確かだ。

「ですが、それを言い訳にしては、我が師や由良さんに顔向けできません。

 何か策を見つけなくては……」

 その様子を見て、なぜかバーサーカーは小さく笑った。今までの動作の中に笑う要素などなかったため、ラニはキョトンとした様子で小首をかしげる。

「なに、マスターも変わったな、と思ってな。勝利に対する貪欲さが出てきた」

「貪欲、ですか……たしかに、このような感情は初めてです。

 ですが、そのような感情を持っても良いのでしょうか? 貪欲さとは、人間の負の部分であると認識していたのですが」

「何を言う。もとより聖杯戦争とは己の願いを叶えるための戦。勝ち残るためには願いや生に対する貪欲さが必須なのは自明の理であろう?」

「……たしかに」

 バーサーカーの言い分はもっともだ。三回戦の決戦では苦渋の決断とはいえ自爆という道を選択したあのときと比べれば、この短期間でここまで考え方が変わるものだろうかとラニ自身感心していた。

「大方、あの少年の行動に影響されたのであろう。策もなく行動するあの姿勢は素直に誉めることはできぬが、生きることに必死になるのは戦に勝利するために必要なことだ。

 さてマスター、状況は最悪と言っても過言ではないが、悪いことだけではないとわかったであろう。次はどう動く?」

 バーサーカーに問われ、思考を巡らすラニ。しばらくして、あっ、という小さな声を漏らして難しい顔をしていたラニの表情が変化した。

「……何か思いついたようだな?」

「はい。バーサーカー、提案があります。すでにトリガーは二つ取得済みですので明日……モラトリアム6日目はアサシンの対策に徹したいと思います」

「ふむ、それはよいのだが具体的にはどうするつもりだ?」

「それは――」

 

 

 日付が変わりインターバル期間の2日目、昨日あんなことがあったばかりだから少し警戒しながらの起床となったが、今日は平和な朝だった。

 ……若干の肩透かしを食らったが、平和なのはいいことだと考えを改める。

「天軒由良、お前の左目にサーモグラフィーの機能を入れてみたいんだが――」

「俺の左目をおもちゃ代わりにしないでもらえないかな?」

 しかもこれを真剣な顔で言うのだからたちが悪い。というかサーモグラフィーなんて機能つける意味はあるのだろうか?

「いざ何かの機能を付与するときにどんなエラーがあっても対処できるようにいろいろ試しておきたいんだが」

「ただのモルモットだよねそれ!」

「お前が実験体一号なんだからそうなるのは仕方ないだろう?

 試したいっていうのなら他にもコードキャストを組み込んで疑似的な魔眼にできないかって案も出てるんだ。

 それに比べたらまだマシな方よ?」

「そりゃまあ……ってちょっと待った、それはただの印象操作だよね!? まず俺の目を弄るかどうかってところで議論するべきところだよね!?」

「ちっ」

「舌打ちした!?」

 心なしかここ最近のサラは少々アクティブすぎやしないだろうか? 何か焦っているようにも見えなくはないが、何が彼女をそこまで駆り立てるのかまったく見当もつかない。

「サラどの、お戯れはその程度で」

 目上の人の悪戯をそことなく諫めるような言葉だが、その口調は鋭く冷たい。やはりまだライダーは彼女を警戒しているようだ。

 両手を軽く上げて降参というポーズをとるサラは再び端末とのにらめっこに戻った。

 今のやり取りをしている間にメールが届いていたらしく、端末がメールを受信したことを通知していた。

「差出人は……ラニ? よかった、目が覚めたんだ」

 メールの内容はただ保健室で待っているとだけ書かれており、そのシンプルさがとてもラニらしかった。

 ただ、ラニの方から呼び出しの連絡をしてきたのは初めての気がする。今までお世話になっているし、今日も特に予定はない。

 ライダーの方を見ても特に反対する様子はなかったため、マイルームを出てメールの通り保健室へと向かう。

 保健室の中は机に座ってただじっとしているラニと、そのラニの対応に困りおろおろとしている桜、というなんとも言えない状況だった。

 どれだけの時間そうしていたのかわからないが、桜の表情が今にも泣き出しそうになっているということはかなりの時間そうしていたのだろう。来客という助け船に気づいた桜が泣きそうな表情でこちらに駆け寄ってくる。

「お、お待ちしてましたよ天軒さん! ラニさんがここを集合地点にしてからずっとあの様子なんです。私どうしたら……」

「と、とりあえず話してみるよ。桜はいつも通りにしてて」

 ……俺のせいではないのだがなんだか申し訳なってくる。

 こちらの到着に気が付いたラニはその表情を崩し、穏やかな笑みを浮かべてお辞儀をする。

「ごきげんよう、由良さん。さっそくで悪いのですが、そこにサラ・C・ライプニッツはいるでしょうか?」

「えっと……サラいる?」

 まさかサラの方を尋ねられるとは思わなかったため、念のため後ろの方に視線を送り尋ねてみる。

『モニタリングはしていたぞ。ただまさか私の方に用とはな。

 いったいどんな用かしら?』

「サラ・C・ライプニッツ。あなたのウィザードとしての腕を見込み、協力を要請します」

『……私のウィザードの腕はたぶん買い被りすぎだ。ただまあそれは別として、協力するのは内容による。お前も知ってると思うが、私は今はこいつの礼装扱いだ。

 聖杯戦争に戻ることも考えてないわけではないが、こいつが負ければ私も消えるから今はサポートの方に重きを置いている状況だ。

 こいつに害がないのであれば協力も問題ないが、どうなのかしら?』

 心なしかピリピリとした様子で端末越しにラニに尋ねる。しかしそんなサラと対照的にラニは特に気にした様子もなく自然体でその問いに返答する。

「その点については問題ないかと。これは場合によっては由良さんのためにもなることですから。

 私があなたに要求したいのは礼装作成の協力です」

『……私は礼装作成の腕はそこまで高くはないぞ?』

「いえ、あなたほどの力があれば十分です。もっとも重要なのは、信頼できるウィザードであるということ。礼装作成の手順はすでに構築済みです」

 彼女の言葉の真意は把握しかねるが、サラには十分だったらしい。

 なるほどな、と言いながら小さく息を吐いたのが端末越しにわかった。

『簡単にいえば人手が欲しいんだな?

 おそらくユリウスとの決戦に向けた何かなんだろう。だがたしかラニ=Ⅷとユリウスのモラトリアムは今日で六日目で明日にはもう決戦だ。礼装の完成形は見えているしその手順も確立しているが、単純に時間がない。

 だからラニの技量にある程度ついてこれてかつ裏切らないという信頼のおけるウィザードが必要だった。正直アトラス院のホムンクルスほどの演算能力についていけるとは思っていないが……

 報酬はお前の手の内と礼装そのものね?』

「その通りです。明日の決戦で勝った方はいずれ由良さんと対戦する可能性もあります。私が勝った場合は私の手の内を知っているそちらが有利に立ち回れるでしょう。私が負けて黒蠍が勝ち残った場合は礼装がアサシンに対して有利に働くでしょう。

 どういう展開になろうともそちらのデメリットにはならないと思いますが?」

『……そうだな、確かに礼装を作るという点ではデメリットはない』

「では――」

『だがそれだけがメリットデメリットではない』

 順調そうに見えたが、話を進めようとしたラニの言葉を遮り待ったをかける。

『おそらくだが、サーヴァントに対抗する礼装となればそう簡単にできるとは到底思えない。おそらく24時間近く行動してできるかどうかだ。まあSE.RA.PHではそのような無茶をしてもマイル―ムで休むまで次の日は来ないはずだからそれでもいいんだが……

 問題は礼装作成に協力している間、私は天軒由良のモニタリングができないことよ』

「それが、何か?」

『ユリウスはマスター殺しをするマスターだぞ? それが同じ校舎にいるんだから警戒はしておく必要がある。今までは私やライダーが主に警戒していたが、そこから私がいなくなればもしかすると包囲網の穴ができる可能性もある。

 ……ライダーを信頼していないわけじゃないからな?

 もしもの可能性がある以上、それも含めての交渉をしたいんだが、私を納得させるものはあるかしら?』

「……さらに条件をつけて欲しいと?」

『お前の所有しているコードキャストやアトラス院の技術の中から私が提示する情報を包み隠さず提供して欲しい。

 それが条件よ』

「……っ!」

 あまり表情を変えることのないラニの眉が微かに動いた。サラの出した条件はかなり厳しいものだ。

 俺たちはサーヴァントの真名がわかっていて、その能力や宝具も少なからず知っている。その状態からラニ自身の手の内まで明かしたら、事実上の敗北宣言だ。

 そこまでしてサラは強力を拒みたいのか、それともサラはラニから何かの情報を聞き出したいのか……

 どちらにしても、少し強引過ぎる気がする。

 だがラニとしてもサラの協力は必要なはず。いったいどのように対応するのか息を飲んで佇んでいると、彼女の口が小さく開いた。

 そして肩をすくめ、ため息混じりに言葉を紡ぐ。

「……その条件は承諾できません。代わりに、()()()()()()()()()()()()()()()を私が口外しないことを条件にするのはどうでしょう?」

『っ!?』

 端末の向こうで息を飲む声が聞こえた。

 サラが俺に隠していること?

 一つや二つぐらいはあってもおかしくないが、サラが動揺してしまうほどの情報とはいったいなんなのだろうか……?

 個人的には別に追及する程でもないと思っているが、背後に控えているライダーの殺気が少しだけ増した気がするのは気のせいであってほしい。仲間内で探り合うのは勘弁願いたい。

 ともあれ、サラもライダーの扱いには細心の注意を払っているように見えるし、ラニの言う情報がどんなものであっても、それがライダーとの関係が悪化する可能性を秘めているのであればこれ以上ラニに交渉を迫るようなことはしないだろう。

 案の定諦めたようにため息をついたようだ。おそらく端末の向こうでは両手を上げて降参のポーズをとっていることだろう。

『わかった。お前が最初に提示した条件で協力する。

 まったく、とんだ藪蛇だ。そういう交渉はお前にはできない思っていたんだがな……

 勝ち残るために知恵を絞ったといったところか。ほんと、誰の影響を受けたんだか。

 人の成長までは私でも測りかねるわ』

 いつもより早口で語るのは本当に予想外で本音を抑えることを忘れているからか。あと若干こちらにチクチクと刺さるような言葉がある気がするのは気のせいだろうか……?

 ともあれ、これでサラとラニの間に協力関係が生まれた。

「それで、どこで礼装の作成をするの?

 サラはそんなに長時間俺のマイルームから出られないだろうから、たぶん俺のマイルームになるんだろうけど」

『…………』

 なんだか誘ってるようで言いながら後悔した。背中に刺さる誰のものかよくわからない圧には気づいていないふりをしよう。

 しかし、予想に反してラニは首を横に振った。

「いえ、マイルームで行動してしまうと時間がどう動いてしまうのか予想ができません。ですので、保健室(ここ)を利用したいと思います」

「はぇっ!?」

 なんだか素っ頓狂でかわいらしい声と共に陶器が硬いものにぶつかるような音が聞こえてきた。見れば、急須を落として思わぬ粗相と自分の出した声に頬を赤らめる桜が変な体勢で固まっていた。

「……あー、大丈夫? その、いろいろと」

「あ、いえ……はい。本来はダメなはずですが、昨日天軒さんには保健室を留守にしていた時にラニさんの看病をお願いした分のお礼ができていませんので、その分をここで返す、という名目であれば、なんとか……たぶん……可能性は……」

 俺のせいではないはずなのだが非常に申し訳ない気持ちになってきた。

 しかも当のラニはすでに端末をキーボードを展開し、いつの間にかサラとアドレスを交換したのかさっさと二人で礼装の作成にとりかかっているようだった。

「と、とりあえず言峰神父に保健室の貸し切りの許可が下りるか聞いてきますね」

 ううう……、と肩を落としながら重々しく保健室を出ていくその背中はとても不憫に感じられた。

 ……彼女も振り回される(こっち)側の気質があることになんだかシンパシーを感じて少しうれしかったのは黙っておこう。




一話にまとまるものを二つにしたと言ったな、あれは嘘だ。
ラニの決戦まで書くつもりがさらに話が伸びました。
次回はラニvsユリウスの決着まで書きます(予定です)

年内には必ず……


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無慈悲な勝敗

すでに一月も半ばですが、新年明けましておめでとうございます
今年もゆっくりとですが更新していきます


「あの、できれば由良さんにもご退出してもらえるでしょうか?」

 桜を見送ったのもつかの間、申し訳なさそうにだがラニにそう言われてしまう。

 何かまずいことでもしてしまっただろうか?

 不満そうにしているのが顔に出ていたらしく、慌てた様子でラニは補足をつける。……こんな部分でも一回戦の頃の彼女と比べると違う部分が感じられた。

「今から取り掛かる作業の内容を知るものは出来る限り減らしておきたいのです。

 ……彼女の援護なしで校舎を歩くのが不安なのでしたら、バーサーカーを護衛につけますが――」

「ご心配なく。私一人で主どのの護衛は十分ですので」

 かなり食い気味でライダーがラニの提案を却下した。ラニにそんなつもりはなかっただろうが、言外にライダーでは力不足と思われたのが癇に障ったらしく、その横顔はかなり不機嫌そうだ。

「では参りましょう、主どの」

「え、あっ、ちょっと!?」

 そしていきなりライダーに腕を掴まれたかと思うとそのまま保健室の外へと連れ出されてしまった。

 中にいても何ができるわけでもないのだが、こうやってのけ者にされるのは、それはそれで納得がいかない気もする。

 時間を潰すにしてもどれぐらいの時間待てばいいのかも分からないし、どこで時間を潰すにしてもそこまで選択肢もない。図書室で本を読むか、購買部の舞のところで雑談をするぐらいだろうか。

「――ミ……ラ、その……はさすがに――」

 すでに作業を開始したらしく、中からラニの声が漏れている。

 ただ、どうやら何か問題が発生したらしい。普段の彼女からは想像がつかない慌てた様子が伝わってくる。

「……中であの二人何やってるんだろう?」

「気になりますし覗いてみましょう。こっそり戸を開くのは得意ですのでお任せを!」

 などと言いながら嬉々とした様子で戸の前にくっつくライダー。彼女の言ってる意味を理解した頃にはすでに音を立てないようにゆっくりと戸を引こうとしているところだった。

「先程は少々大人気なく張り合ってしまいましたが私も気になるのは事実ですので。

 なに、ようはバレなければいいのです。というよりもしバレてもあの二人なら問題ないかと!」

 背中しか見えていないが、背中越しにも彼女がうずうずしているのが十分にわかった。

 たしかに危害を加えられるようなことはないだろうが、もしバレるとサラの小言が飛んできそうな気も……

「まあ、そのときはそのときか」

 結局は好奇心に負け、保健室の戸を少しだけ引いて覗き込んだ。

 すると、まずは戸によって遮られていた音がクリアに聞こえてきた。

「私としては最初はこれぐらいの設定でもいいと思うんだが……

 そんなに問題かしら?」

「さ、さすがにそれは大雑把すぎます。下手をしたらコードが暴走してしまう可能性も……

 あの、コードキャストを作る際はいつもこのような設定を?」

「そうだが、私のやり方ってそんなにおかしいか?

 動きさえすればあとは現地でエラーを修正していく方が効率もいいでしょう?」

「……………………」

「どうかしたか?」

「い、いえ、なんでもありません。では細かい調整は私が行いますので、大まかな設計をお願いできますか?」

「たしかに、細かいところはお前がやったほうがいいな。特に異論はない。

 そうと決まればさっさとやってしまいましょう」

 会話はそこで終わり、あとはタイピングの音だけが保健室に響いていた。

 1分にも満たない短い会話だというのに得られた情報は多かった、というより多すぎた。もっと言えば余計なことを知りすぎた。彼女たちの様子を見届け、そっと戸を閉める。隣では覗き見を提案した本人が何とも言えない表情でこちらを見ている。

「……あの、主どの」

「俺たちは何も見なかったし聞かなかった」

「いえ、ですが左目……」

「俺たちは何も見なかったし聞かなかった」

「し、承知しました」

 強引にだがライダーがこれ以上のことを口に出すのは食い止めることができた。好奇心猫を殺すとはまさにこのことか。

 たしかに守り刀の復元の際はかなり雑な強化の仕方していたな、などと思い当たる節があるがそれも気にしないことにした。気にし始めると今後の戦闘にことに支障が出そうだ。そしてそれに気付いたところでもはやこの左目はどうしようもない。ただただ不具合が起きないよう祈るばかりだ。

 これ以上覗いていて聞きたくないことを聞くことがないように、そして出来る限りさっきの出来事を忘れようと心に決めて足早にその場を離れ、地下の食堂に向かった。

 地下に降りると、いつものように奥にある購買から手を振る少女の姿があった。

「久しぶりだねーって、何かあった?」

 出会いがしらに心配されるほどひどい顔をしていたのだろうか。

 いやそれはない。俺たちは何も聞いてないのだから。うん、そうにちがいない。

「……あー、これはあんまり突っ込んじゃいけないやつ? ならいいや。

 先日の黒い化け物の騒ぎでただでさえ客足が遠のいている購買部にようやくお得意さんが来たからね。ここはいろいろと御贔屓願いたいなーなんて」

「そこは割引する、とか言うところじゃないのかな?」

「できる状況だと思う?」

「ごもっとも」

 ただこちらも募金感覚でアイテムを買えるほど資金が充実しているわけではない。ただ4回戦の決戦前日から購買部にきていなかったため、足りなくなった消費アイテムだけ補充して少しでも売り上げに貢献はしておく。

「はいまいど。いやー、ここ最近全然会わなかったから少し心配してたんだよ。負けたって噂は聞かなかったから別の校舎に移動された可能性もあったけどね」

「そういえば、保健室で会って以来だったね」

「え、なんのこと?」

「……は?」

 記憶をさかのぼって最後に舞に合った時を思い出してみたが、保健室で出会ったことに対して舞は首をかしげた。

 とぼけている様子はない。本当に何も覚えていないようだった。NPCでも何かを忘れることはあるのだろうか?

 もしくは、購買委員が購買部から離れたのは本当にまずいことで、意図的に記憶を削除したのだろうか?

 まあ、それならなんで出歩いたのか問いただしたいところなのだが……

「まあいっか。特に用がないから暇つぶしに付き合ってもらってもいいかな?

 どれぐらいか知らないけどとりあえず丸一日ぐらい校舎にいることになったから」

「丸一日って……私も暇してたから別にいいけど、その代わりもう少し売り上げに貢献うれしいなー、なんて?」

「う……わかったよ。エーテルをもう少しだけ追加で」

「まいどー!」

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 天軒がいなくなり、桜もいない保健室にはラニ=Ⅷが一人。そして端末越しに必要最低限の会話だけを交わすサラの二人きりとなった。

 作業を始めてすぐはサラの大雑把さが明るみになり、少々揉めはしたがそれもすぐに解決。ようやく作業に熱が入り出したところで、タイミングを見計らったようにラニが口を開いた。

「……ミスサラ、そちらの進捗はいかがでしょうか?」

『まだ始まったばかりだが、特に問題はない。私の方は設計図通り進めていくだけだからという理由もありそうだがな。

 お前の調整次第だが、これなら想定していたよりも早く終わるかもしれないわね』

「わかりました。ではこちらも少し処理速度を上げましょう」

『そんな上げると言って本当に処理速度が上がるんだからお前は本当に規格外だな。優勝候補は化け物ぞろいだが、お前は特に尖りすぎてる。

 うまくハマればお前が一番化けそうね』

「……えっと」

 ため息交じりに呟くサラではあるが、憑依によって多種多様なコードキャストを使い分ける汎用性に加えて、ユリウスほどでないにしろ並みのマスターでは一方的に蹂躙してしまうレベルの体術の実力者である彼女も十分に化け物であることには変わりない。

 それは実力のあるウィザードの記録を熟知しているラニもわかっており、サラの言葉にどう返せばいいのかわからず視線が泳いでいた。

『ところで――』

 和んだ雰囲気に不意に話題を変えるサラ。その声色の変化にラニが気づく前に、ナイフのように鋭く容赦のない質問が投げかけられる。

『この礼装、現時点で何割程度完成する予定なんだ?』

「……………………」

 たった一言の質問で緩んでいた空気が一気に張り詰めた。

「なんの、ことでしょう?」

『とぼけるのはまだ下手だな。その対応がほとんど答えになってるぞ。渡された設計図を見れば私でも一応礼装の完成形は予想がつく。この通りに設計すればお前が望むものができるだろう。

 だが、重要なものが足りてないんじゃないかしら?』

 その問いに対してラニは沈黙を貫く。さらなる追求がくるかと思われたが、保健室に桜が戻ってきたことで自然とこの話題は中断された。

「い、一応言峰神父から許可を取ってきました。現在治療の必要なマスターもSE.RA.PH内にいませんし、誰かがここに来ることもないと思われますので、今日一日限り保健室はラニさんとサラさんの貸し切りとなります。

 それで、私はこのまま業務を続けても大丈夫なんでしょうか?」

「はい、あなたがこのことを積極的に話すようには見えませんので構いません」

 もはやどちらの立場が上なのかよくわからない状況にサラが苦笑いを浮かべているが、端末越しにそれが伝わることはなかった。

 桜が保健委員としての作業を始めると、二人の作業も再開される。二人の間に会話らしい会話は一切なかったが、どちらかといえばそれは切り出すタイミングを見計らっているようにも見える。

 そのまま無言の作業が続くかと思われたが、不意にラニがコードとは別の文字を打ち込み始めた。そしてその操作が終わると、端末の向こう側で小さく通知音が鳴る。

『……はぁ。わかった、お前がそうしたいのなら勝手にすればいい。

 あいつにとってはお前は特別な存在かもしれないけど、私にとってはただの倒すべき障害でしかないもの』

 少し間をおいて聞こえてきたのはサラのため息。いっそ舌打ちまで聞こえてきそうな呆れた様子で何かを承諾したようだが、それを知るのは二人のみ。

 それ以降はただ黙々と作業が行われ、作業が終わるその時まで彼女たちの間に会話が生まれることはなかった。

 

 

 舞との暇つぶしの話題が切れ始めたところでサラから作業が終わったという連絡を受け、保健室に向かう。中では作業を始めた時と同じ場所で微動だにしていないラニと、彼女にお茶を入れている桜が出迎えてくれる。

 さすがに丸一日の作業となればハードなものだったようで、ラニの表情にも疲れが見えた。

「由良さん、ごきげんよう」

「ラニもサラも、それから桜もお疲れ様。それで、礼装の方は完成した?」

「……ええ、問題ありません。ミスサラをお貸しいただきありがとうございました」

『おい私は物か。

 ……いや、礼装だからカテゴリ的には物だっわね』

「それすごい反応に困るから自虐ネタにしないでね?」

『私がそういう陽気なタイプに見えるのか?』

「たまに対応に困る発言するから言ってるんじゃないか」

 端末の向こうから不満そうに唸るサラの声が聞こえてくるが相手はしないでおこう。主に右手の回収を片手間のお使い感覚で頼んできたことを言ったのだが、これは普通に気づいてないやつだ。

「それじゃあラニ、俺はただ頑張れっていう事しかできないけど、またこうして話ができることを願ってるよ」

「次に会うのは敵同士かもしれませんが……」

「それは、考えていなかったな……

 でもなんとなくだけど、敵同士であっても俺はこうして会話をしていると思う。お人好しっていわれそうだけどね」

「はい。ですが、それでこそあなたらしい」

 苦笑いでそう答えるとラニも同じく小さく笑って返す。

「由良さん、あの……」

 少し間をおいて、先ほどより改まった様子でラニが名前を呼ぶ。

「……いえ、なんでもありません。今回は本当にありがとうございました。このお礼はまた改めてさせていただければと思います。

 それでは、ごきげんよう」

 微笑み、丁寧に頭を下げてからその場を去るラニ。もう一度桜にお礼を言ってから保健室を出てマイル―ムへと向かう。

 マイル―ムではサラが自身の工房で身体を投げ出して天井を仰いでいた。端末越しには比較的いつも通りに振舞っていた彼女も実際はかなり疲弊していたようだ。

「えっと、大丈夫?」

「……ああ、帰ったんだな。心配するな。ここは仮にもSE.RA.PHが作ったマイルームの中だから、単純な疲労であっても治るのが早い。一日寝ればどうにかなるだろう。

 まあでも、さすがに丸一日礼装の作成に費やすのは精神的に堪えたわ」

 一日中同じ体勢を維持して凝り固まった身体をほぐそうとしているのか機材に囲まれた工房から立ち上がりストレッチを始めた。……と思ったのだが、準備体操程度の動きかと思ったら次第に動きが大きくなり、いつのまにか三回戦で戦った際に見せた体術レベルに発展していた。

 腕や脚の先がブレて見えなくなるほどの速度で虚空に放たれた一撃は空気を切り裂き、その衝撃が音となってこちらまで届く。

 心なしか殺気がこもっているのはただの勘違いだと願いたい。ライダーはその動きを感心して見学するだけで止める様子はない。

 サラのストレッチ……で良いのだろうか? を見ていると背筋に冷たいものを感じたため、彼女の気が済むまで俺は部屋の隅の方で小さくなって待機することとなった。

 程なくして気がすんだのか、サラは大きく息を吐いて動きを止める。

「久々に動いたけどやっぱり鈍ってるな」

「それで鈍ってるとか冗談だよね?」

「技のキレも落ちてるが、それ以上に技から技への繋ぎ方が目も当てられない有様だ。このままだと防がれた場合の反撃を受ける可能性が高すぎる。三回戦の時点ではお前を一方的にボコれる自身があったんだがな。

 また鍛え直しね」

 ため息をつきながら工房の椅子に腰を下ろすサラ。しれっと物騒なことを言っているがあながちハッタリじゃないこともわかるから表情が引きつってしまう。

「今更だけど、服装的にサラってシスターなんだよね?

 言峰神父もそうだけど聖堂教会ってそんな武闘派が多いの?」

「……ああそうか、たしかに黒鍵を使ってるし父は聖堂教会の人間だったしで、普通に考えればそういう答えに行きつくのが道理か。

 だが、聖堂教会が武闘派っていうのは間違いないが、私はそこには所属していないしシスターでもない。服については……まあ色々あるが神父だったハンフリーにいつも修道服を着させてもらっていたのもあって着なれているから、っていうのが一番の理由だな。

 一応神について説かれたこともあるにはあるんだが、西欧財閥に支配されつつある今のご時世では宗教はあまり必要とされていないし、私もいまいちピンとこなかったな……

 一部に需要はあったみたいだけど」

 ……なぜか一瞬、会ったこともないハンフリーの悲しそうな表情が目に浮かんだ。

「えっと、じゃあその左肩からぱっくり割れた神父服はサラが改造したの?」

「……ああ、これか。まあ古着の再利用だ。スカートの方も修道服の上半身部分を切って使っているしな。

 物持ちはいい方なのよ」

 気のせいかもしれないが、一瞬だけサラの表情が曇ったように見えた。ファッションというには少し乱雑すぎる裂かれ方をしているカソックの切り口を指でなぞりながら彼女は答えたが、その銀髪の隙間から除く澄んだ青色の瞳が何かを隠しているのは明白だった。

 だが、彼女が答えたくないのであればこれ以上こちらから追及するものでもない。

 くわえてサラがあくびをかみ殺したことでこの会話も自然と終わりを迎えた。

「サラどのもお疲れのようですし、主どのも今日は一日の活動時間を優に超えてますゆえ、一度睡眠をとったほうがよろしいかと」

「そうしてくれるとありがたい。さすがに私ももう限界だ。もしかしたら明日お前が起きたときにはまだ寝ているかもな。目印代わりに今私がいる空間とお前がいる空間を一時的に遮断しておく。まあお前側から見ればマイル―ムが拡張前に戻るだけだが。

 お前が起きたときにこのマイルームが狭いままなら私はまだ寝てると判断しなさい」

「わかった。さっきも言ったけど、今日はお疲れ様。ゆっくり休んで」

 返答の代わりにサラが端末を操作すると、見慣れてきた広いマイルームの景色が以前の一教室分に縮小された。サラの言ったとおり実際には壁の向こう側に空間が広がっているのだろうが、触れてみたところですり抜けないということはそういう設定なのだろう。

「それじゃあ、俺たちも寝ようか」

「はい。本日もお疲れ様でした、主どの」

 

 

 そして再び夜が明け、インターバル期間もすでに3日目になろいうとしていた。

「おはようございます、主どの」

「うん、おはようライダー」

 このやりとりも今では日常となってきた。相変わらず俺よりも先に起きて待っているという状況には必然的に寝顔を見られているわけなので少し恥ずかしいものがあるのだが、言ったところでライダーは止めないだろう。むしろ『主どのの寝顔に恥じるところなどありません』というような的外れの返答がきそうだ。……自分で考えただけで恥ずかしくなってきた。

 身体を起こし、教室を見渡してみると広さは一教室分のみでサラの姿はない。寝る前に言っていた通りまだ休んでいるのだろう。

 そういえば、半ば無理やりサラに寝具を取られてしまってから新しい寝具を買おう買おうと言っていたにもかかわらず、ずっと買うことができずライダーと同じ布団で寝ているわけだが、ここ最近それに慣れて始めている自分がいる。

 記憶がないとはいえ思春期真っ只中であろう俺にはかなり心臓に悪い状況のはずなのに、人の適応能力には驚かされる。できればこんなところで発揮されなくても良かったのだが……

 添い寝が日常化しすぎたせいで、今更別の布団で寝ようと提案しただけでまたライダーを不安にさせそうだ。となれば、そろそろ観念するのも手か……

「主どの、どうかされましたか?」

「っ!」

 少し考え込み過ぎてたらしい。不安そうに眉をひそめたライダーがこちらを覗き込んできた。

「い、いやちょっと、最近朝の挨拶以外でライダーとちゃんと話す機会なかったような気がしてね」

 ライダーとの添い寝の是非について考えていた、なんてこと話せるわけもなく、とっさに別の話題を振る。実際ライダーとは三回戦以降、朝の挨拶と戦術の指示ぐらいしか会話を交わしていない。

 基本的にサラからいろいろと指示が飛んでくるから、特に意識していないと彼女との会話が多くなりがちだからかもしれない。

 その程度の軽いものと思っていたのだが、ライダーの表情は曇ってしまう。

「……申し訳ありません」

 そして第一声目がどういうわけか謝罪だった。

「別に俺は怒ってるわけじゃないよ?」

「いえ、会話の数が減ってしまったのは私に問題がありますので……

 今はまだサラどのが休んでいるようなので正直に申し上げますと、まだ私はあの方が信用できないでいます。

 日頃のサポートはもちろん、四回戦を切り抜けられたのはサラどのがいたからこそで、その後の左目の件も感謝しても仕切れないほどのものです。それは重々承知なのですが、時折見せる何かを隠している様子がどうも頭から離れないのです」

 どうやらライダーもサラが隠し事をしていることは感じていたらしい。会話の数が減っていたのは、無意識にサラを警戒していたから、ということか。

「それでも俺はライダーを責めるつもりはないよ。ライダーが警戒してくれたおかげで切り抜けられた場面も多いし、警戒心の強さは人それぞれだ。

 俺はどうも殺気を向けられていない相手に対して注意するって感覚がよくわからないんだ。だから、ライダーが代わりにやってくれているのはバランスがとれていいんじゃないかな?」

 そもそも、一回戦の時点でライダーのことは信頼しているのだ。三回戦のあと、いつもと違う行動をとっていた時は疑問が生まれはしたが、これでもライダーがどういう人物かはある程度理解しているつもりだ。だから、彼女が警戒するべきだと判断したのであればこちらからは特にそれを修正するように言うつもりはない。

「……承知しました。では、今後とも主どのの身の回りの安全はこのライダーめにお任せください。どんなことが起ころうとも、必ず守ってみせますので!」

「頼りにしているよ、ライダー」

「はいっ!」

 それからしばらく待ってみたがサラが起きる様子はない。こちらから接触する方法はないのは仕方ないが、ただマイル―ムでじっとしているというのも落ち着かず、何をするでもなくマイル―ムから校舎へと移動した。

 当てもなく校舎を散策していると見覚えのある金髪の少年が図書室に入っていくのが見えた。

「あれは、レオ?」

 気になって追いかけてみると、少年は隣に白い騎士を仕えさせ、おもむろに本を取り出すとぱらぱらとめくり戻す、という動作を繰り返していた。

 いち早くこちらに気づいた騎士が少年の前に立ちふさがるが、少年は逆に騎士を下がらせて敵意のない笑みを浮かべて前に出る。

「これはこれは、お久しぶりです由良さん。何か探しものですか?」

「いや、レオがここに入っていくのが見えたからなんとなく追いかけてきただけだよ。

 レオの方は探し物?」

「僕も特に理由はありません。ここにはあらゆる情報が保管されているので、こうして時間があるときに何か興味の惹かれるものがないか探しているんです。

 いつもは時間だけが過ぎていくんですが、今日は運がいい」

 言いながら微笑む先にいるのは……俺のみ。レオはこちらを品定めするような眼差しでこちらを眺めている。

「やはり、あなたは不思議な人だ。以前から不思議な雰囲気はありましたが、『あのころ』から特にそれが増した。まるで別人……いえ、別の雰囲気をまとい始めたと言うべきでしょうか? 一体何があったのでしょう?」

 その言葉自体はとても純粋で、年相応の好奇心のようなものを感じる。だがその瞳の奥は全く読めない。いっそ寒気がするほどだ。

 レオがさらに一歩踏み出そうとしたところで、それを白い騎士が腕を前に出して制した。

「レオ、お戯れはそこまでにしたほうがよろしいかと。あまり近づきすぎると彼の後ろにいる狂犬に手を噛まれかねません」

「心配しなくとも、主どのに危害を加えるつもりがないものには何もしない。何よりここは戦闘禁止の校舎の中。あのユリウスという暗殺者ならいざ知らず、私はそのような愚かな真似をするつもりはない。

 何より、主どのに迷惑がかかりますので」

「などと言いながら腰の得物をいつでも抜けるようにしているのはなぜです?」

「無論、こちらにその気がなくともそちらが攻撃してくる可能性は十分にありえるからな。なんならその首、何手で落とすことができるのか試してみるか、ガウェインどの?」

「っ……!」

 ガウェインは目を細め、微かに体勢を低くする。側から見ればどう見ても一触即発の雰囲気だ。

 しかし、この数週間ライダーと一緒にいたことで大体わかってきた。

「ライダー」

「っと、もちろん主どのの迷惑になるようなことはしませんとも。ですがいつでも申しつけください。言われればすぐにでも落としに向かいますので」

「前から言ってるけど首を貰っても俺困るだけだからね?」

「そうですか……

 主どのは謙虚なかたですね」

 先ほどまでの空気はなんだったのか、と思ってしまうほどすんなりとライダーは身を引いた。あまりにあっさりしていたせいでガウェインとレオも面食らっている。

「……ごめんレオ。ライダーに悪気はないんだ。さっきのは強そうだからいつか手合わせしてみたい、ぐらいのニュアンスで捉えてくれると助かるんだけど……」

「ふふふ、わかりました。やはりあなた達は面白い。ぜひどこかで手合わせしてみたいものです。

 そういうことですので、それまではくれぐれも剣は抜かないようにしてくださいね、ガウェイン」

「……承知しました」

 未だ眉間にシワが寄ったままではあるが、ひとまずガウェインは承諾して一歩後ろへ下がった。

 その光景に心底ホッとして胸を撫で下ろしたが、このまま2人の近くにいればまたライダーが何かしでかすかもしれない。

 特に図書室に留まる理由もないため、これ以上無駄な争いが起きないそう早々に図書室を後にした。

『ところで主どの、本当に首はいらないのですか?』

「逆になんでライダーはそこまで首に固執してるのかわからないんだけど!?」

『それはもちろん、強者の首はそれを討ち取ったという勲章になりますので!

 私の手柄は主どのの手柄も同然。であるならば敵の首を主どのに献上するのは当然といえましょう。当時は兄上にいくつもの首を献上したものです。

 若干顔を引きつらせていたような気もしますが、あまりの多さに驚いていたのでしょう』

 いわゆるハンティング・トロフィーのようなものなのだろうか? ただなんとなく、ライダーの時代でも彼女の振る舞いは浮いていたのだとわかってしまう。おそらく彼女の兄である頼朝も苦労していたことだろう。

 今後のライダーの言動が無用な争いを生まないようにどうするべきか考えていると、突然爆発音とともに校舎が揺れた。あまりの衝撃に先日の黒い巨人を連想してしまうほどだ。

『どうやら一階で何かがあったようです。様子を見てきますので主どのはここにいてください』

「いや、俺も行く。なんだか胸騒ぎがするんだ。無茶はしないって約束するから」

『……承知しました』

 ライダーの了承を得て、飛び降りるように踊り場、そして一階へと向かった。真っ先に目に入ったのは、下駄箱をなぎ倒すように吹き飛んでいるひしゃげた用務室の扉だった。

「さっきの衝撃の正体はこれ……じゃないな。さっきの爆発で吹き飛んだのか?」

「っ、主どの下がってください!」

 ライダーの叫び声が聞こえたのと同時に身体が後ろに引っ張られた。いきなりことで一瞬何が起こったのかわからず受け身もとれないまま後方へと転がる。その最中に視界の端に映る、腰に携えた刀をいつでも抜刀できる体勢のライダーの背中と、その奥に漂う濃密な黒い影である程度の状況は把握した。だが――

「――ライダー、ストップ!!」

「な、何故ですか!?」

 ライダーは見ていないからわからないかもしれないが、俺は以前にあれによく似たものを体験している。

 程なくして黒い影は無数のコウモリに形作られ、そしてさらに金髪でやや痩せこけた長身の男性へと変化していく。そこでようやくライダーもその正体に気付いて刀から手を離した。

「やっぱり、ラニのバーサーカー……で、いいんだよね?」

 しかし、すぐに違う理由でその場に再び緊張が走った。目の前にいるのはたしかにラニのバーサーカーなのだが、その瞳は不気味に輝き、歯は鋭く発達し、まるで本に出てくる吸血鬼のような姿に変貌していた。そして身体の実に7割がノイズに侵されており、そう遠くない未来を予感させていた。

「お、おぉ……神よ。これはあなた様のお導きか……」

 バーサーカーはうわごとのように何か呟いているようだが、残念ながらその内容までは聞き取れない。そして、ゆっくりとした動きでこちらに歩み寄ってくる。

「っ、止まれバーサーカー! いかにお前が主どのの協力者のサーヴァントと言えど、それ以上近づけばその首切り落とすぞ!」

 いつもなら容赦なく切り捨てるライダーだが、先ほど俺が制止したことを考慮してか刀を抜く前に警告を飛ばす。

 しかしバーサーカーの動きは止まらない。というよりすでに何も聞こえていないという方が正しいか……

 そして、あと一歩前に進めばライダーが抜刀する、という手前で彼は懐から何かと取り出した。

「我がマスターから、汝に……こ、れを……――」

 すべてを告げる前に、バーサーカーは消滅した。手から零れ落ちた用途不明のアイテムだけを残して……

 いきなりのことで何が起こったのか理解が追いつかなかったが、間をおいて少しずつ目の前で起こった光景が何を意味するのか分かってきたところで、容赦なくその答えが突き付けられた。

 扉の壊れた用務室から現れる、黒い装束に身を包んだ男性。まるで死を体現したかのようなその男はこちらに気づくとその光のない瞳を向け、そして眉をひそめた。

「なるほど、そういうことか。あのホムンクルスめ、余計なことを」

「ユリウス……」

 遠坂からハーウェイ家の殺し屋と呼ばれていた彼は、ラニの4回戦の対戦相手だった。そして今日がその決戦の日であり、決戦場へと繋がる用務室からユリウスが出てきたということは、つまり……

「ラニが、負けた……?」

「モラトリアムの時点でアサシンの攻撃を受け、あのサーヴァントはすでに瀕死だった。むしろ今日まで生き残っていたのが奇跡だろう。

 最後の令呪をお前のためなんぞに使わなければ一矢報えたかもしれないが……とんだ犬死だな」

「っ!」

 気付けば右手に黒鍵を握りしめ、そして両足に力を込めてmove_speed();を起動し、ユリウスの懐へと潜り込んでいた。

「無駄だ」

「ごふっ!?」

 しかし、対するユリウスは何でもないようにこちらの動きに合わせて拳を振る。その一撃に対応することができず、中庭の教会へと続く廊下の方へ吹き飛ばされた。

「主どのっ!」

 瞬時に反応してくれたライダーのおかげで地面に叩きつけられることこそ避けられたが、ユリウスの攻撃に全く反応できなかったのは深刻だ。別段早すぎたというわけではなく、うまく意識の外から攻撃された感じだった。この一瞬のやりとりで、彼との力の差が痛いほど見せつけられた。

「天軒由良、そんな実力でなぜ貴様は未だ生き残っている。なぜレオはお前のようなやつに興味を惹かれている? 俺にはまったくわからない。

 だがそんなことはどうでもいい。ラニ=Ⅷから何かを受け取ったのであれば、それを使われる前にここで始末するまで」

 散漫としていた殺意が刃物のように研ぎ澄まされこちらへ向けられる。そして動き出そうとしたそのとき、階段の方からユリウスに急接近する人影が現れた。直後に人同士がぶつかったとは思えない重い音が響き、人影は俺の目の前に着地した。見覚えのある銀髪をなびかせる人影は眉をひそめて舌打ちする。

「ちっ、不意打ちなら腕一本ぐらいやれると思ったんだが吹き飛ばすことすらできないとはな。

 やっぱり腕が鈍ってるわね」

「サラ、どうしてここに……っ!?」

「……あ? どうしても何も、ユリウス相手に何の策もなく突っ込むバカを止めるために決まってるだろうが! まったく、嫌な予感がしてモニターで確認するのも惜しんで降りてきたらこれか!

 後で後悔させてやるから覚悟してなさい!」

「っ!」

 サラに気圧されて硬直していると、彼女はその姿を見て呆れたようなホッとしたような様子でため息をついてから再びユリウスと対峙した。

「こうして面と向かって話すのは初めてか、ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ?

 正直これ以上お前と戦闘するのはお互いメリットじゃないと思うんだが……

 手を引く気はないかしら?」

「手を引く? そっちは不意打ちで殺すつもりだったのにか?」

「お前にとっても悪い話ではないはずだが? それだけ殺気を放ってるわりには瞬時に攻撃に移る様子はない。

 連戦となればさすがにお前でも厳しいんじゃないかしら?」

「………………」

 サラの言葉にユリウスは黙り込む。忘れかけていたがユリウスは決戦直後で、しかも相手はあのラニ=Ⅷだったのだ。モラトリアム中にバーサーカーが瀕死だったのだとしてもそう簡単に勝てる相手ではない。

 一触即発の張り詰めた空気が、少しずつだが緩んでいく様子がわかる。

「……勝手にしろ」

 ほどなくして吐き捨てるようにそう告げると、ユリウスは再度こちらを一瞥してからこの場を去っていった。

 ひとまず脅威は去った。しかしラニがユリウスに敗れたこと。そしてそのラニの死を無駄死にと評したユリウス相手に何もできなかったこと。その二つに対する感情が押し寄せてきて己の無力さに奥歯を噛みしめることしかできなかった。




新年早々ラニペアの退場です。お疲れ様でした。

次回からようやく五回戦ですが、リアルの方が忙しくなるのでかなり時間がかかりそうです。
去年同様のんびりとお待ちいただけると幸いです。
……二部でヒナコが出る前には五回戦を終わらせたい。


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5回戦:ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ
漏れ出す怨声


ある程度ストックが貯まったので、更新を再開します。
五回戦終了までは週一のペースで更新できると思います。

それはそれとして、牛若丸の水着は予想外すぎてちょっと発狂してました


 明かされる真実。

 突きつけられる現実。

 

 全てを知ったとき、物語は動き出す。

 そこに一切の容赦は不要。

 夢は今、ここで途絶える。

 

 その刹那に――人は渇望する。

 どうかそうあってほしいと、

 卑しくも純粋で、

 人間らしい一つの願望を。

 

 

 ★

 

 

 窓から差し込む柔らかな日差し。目を閉じていてもわかるその感覚は、これまで何度も感じてきたものだ。

 どうやらまた新しい一日が始まるらしい。だがその瞼はいつも以上に重い。ただ瞼を開けるだけですら億劫に感じる。ここまで倦怠な朝はいつ以来だろう。このまま何もしないでいればこの状態がずっと続くのだろうか……?

 いやだめだ。停滞だけは絶対にしてはいけない。

 なかば脅迫じみた使命感に駆られて上体を起こす。

「主どの、おはようございます」

「目が覚めたか。

 気分はどうかしら?」

 いつものように隣で正座で待機するライダーと、自身の工房の中で端末を操作するサラ。見慣れた光景には安心感を覚えるが気分は沈んだままだ。

「よくはない、けど、そうも言ってられないよね。そろそろサラの知っていること、話してもらうよ?」

「…………」

 その問いにサラは答えない。

 ここ数日、彼女は俺にただただ休めと言うだけでそれ以上のことを何も言ってくれなかった。強いていうならバーサーカーが残した礼装を見せろと言われた程度か。

 最初はラニの消滅を受け止めきれず、サラの言う通り休み続けることに専念していたが、丸二日が過ぎたところで一つの疑問が生まれた。

 サラが援護にきたとき、彼女はモニタで確認するのも惜しんでと言っていた。だが、サラはマイルームにいるとき俺の座標をベースとしたカメラでしか外の様子はわからないはずだ。そして、あのとき俺とライダーがマイルームを出たのはサラのいた鏡合わせの空間が閉鎖されているときであり、本来ならサラはまだ眠っていたはずだ。

 なら、起きたサラは俺とライダーが校舎の方に出かけたという情報しか得ることはできない。その状況でたとえ嫌な予感がしたとはいえ、モニタで確認せずすぐさま一階に向かうようなことができるだろうか?

「そもそも、閉鎖していたあの向こうでサラは本当に眠っていたの?」

 そう言うと、観念したように彼女は自分の銀髪を弄びながら小さく息を吐いた。

「半分正解で半分間違いだ。本当にあの時は疲れていたから完全な個室で休みたかったのも事実。

 けど、それとは別にお前に気づかれたくなかったことをするためだったのも事実よ」

 端末を操作しながらこちらに近づいてくるサラは椅子を俺の隣に二人分並べると、ライダーを手招きしながら腰を下ろす。ライダーが着席したのを見計らって三人の目の前にディスプレイを表示させると、そこへ流し始めたのは……録画映像?

「ここ数日お前に休めって言ったのは、これを見れる程度に精神を回復してもらうためだ。

 ……覚悟して見なさい」

 映像を一時停止してまで念押ししたのは、覚悟を決める時間を作ってくれたのだろうか。呼吸を整え、改めてディスプレイの方へ向き直るのを確認してから映像が再生される。

 映し出されたのは光が微かに刺す海底。微かな差異はあるが、自分もその光景はよく覚えている。これは決戦場だ。だが、一体誰の……?

『――ミス サラ、モニタリングはできていますか?』

 聞き覚えのある、抑揚の乏しい少女の声。

「サラ、これ――っ!?」

 言葉を制するようにサラは自分の細い指を口に添える。黙って見ろ、ということか。

『では、手はず通りにお願いします。

 バーサーカー、戦闘を開始してください』

『心得た』

 ラニのバーサーカーが槍を構えると、聞きなれた鐘の音が鳴り響く。

 どうやらこの映像は決戦の様子をラニの視点で録画したものらしい。……なるほど、サラが数日休めと言うわけだ。どうなるのか未来がわかっている少女の最期を見ることになるのだから。

 一晩休んだからと言って落ち着いて見られるわけはないし、サラが何のためにこれを見せるのかまではわからないが、だからといって目を背けるわけにはいかない。

『――狂想閃影(ザバーニーヤ)

 先に動いたユリウスのアサシンだった。ローブに身を包み、異様に伸びた髪で地面をえぐりながら攻撃を行う少女をバーサーカーはその手に握る得物で的確に弾いていく。

『バーサーカー 、杭で追い詰めてください』

 すべての髪を弾いたことで反撃を隙を作りだしたバーサーカーがラニの指示に従って決戦場を無数の杭で埋め尽くす。杭は逃げ場がないように包囲しつつ迫るが、上空までは包囲網も展開されていない。それを瞬時に判断したアサシンは即座に上空へと回避する。

『っ、今です!』

 だが、それこそラニの望んだ状況。アサシンを追うようにバーサーカーが跳躍し迫る。

『いかに素早いといえど、空中での回避は出来まい』

『っ!』

 杭にも見える槍の矛先をローブを纏う少女に向けて放つ。アサシンは身体を大きく捻ることで致命傷は避けたようだが、それでも決して少なくない鮮血が飛ぶ。

 追撃を加えようと突き出した槍を戻して構え直したそのとき、アサシンの背中が不自然に蠢く。

妄想心音(ザバーニーヤ)

 ローブをめくり上げ現れた異様に長く不気味な色の左腕は、幾度も目にした死の権化。その手に触れられたものは心臓を握り潰す呪術により絶命は避けられない。

 先日俺が復元した機能していない心臓を再び握りつぶして効果があるのかはわからないが、受けないに越しことはないはずだ。

『空中で動けないのはお前も同じ。先の一撃で仕留められなかったお前の負けだ!』

 反撃と言わんばかりに即死の左腕をバーサーカーへと伸ばす。だが、好機が一転して危機へと変わったというのに、バーサーカーの笑みは崩れない。

『そうとも限らんぞ?』

 そう言い残すと、アサシンの指が触れる直前に()()()()

『っ!?』

 その光景にはアサシンはもちろんユリウスも目を疑ったことだろう。普通の霊体化とは違い、身体が黒い霧へと変化したのだ。いくら触れれば殺せる毒手と言えど霧を掴むことはかなわず、その腕は虚空に突き出す形になった。

 腕を避けると霧は瞬く間にアサシンの背後に集まり、再びバーサーカーの姿を作り出す。先日用務室前で見たバーサーカー――ヴラド三世の吸血鬼としての能力か。

『余が宙を自在に動けぬといつ言った?』

 攻撃に転じたが故に回避不可となったアサシンへ今度こそバーサーカーはその手に握る槍を深々と突き刺した。

『ぐ……っ!』

 しかし刺さったのは左肩。バーサーカーは心臓を狙ったはずだが、その致命傷をすんでのところでそらしたアサシンには流石一言に尽きる。それでもバーサーカーの槍がアサシンの左肩を貫いたのは事実。

 いくらコードキャストといえどあの傷を瞬時に癒すのは難しいだろう。そしてアサシンはバーサーカーに背後を取られた状態だ。下手をすればこのまま勝負が決まる可能性も……

妄想感電(ザバーニーヤ)……っ!』

 再度あの言葉と共にアサシンの身体へ膨大な魔力が取り込まれると、貯めた魔力を放出するかのようにアサシンの身体が放電した。その威力は離れているラニやユリウスが防壁を張って防がなければならないほどだ。

 近くにいたバーサーカーがどうなったのかは言うまでもない。

 アサシンから槍を引き抜きラニの元まで退却したバーサーカーは高電圧によって身体を焼かれたことで全身焼け焦げ、煙が上がっている。

『バーサーカー、今回復します。……まだ戦えますか?』

『問題ない。忌むべき体質であることに変わりはないが、マスターの指示に答えるにはこちらの方が今は都合がいい』

 対するユリウスもアサシンの治癒を施しているが、やはり左肩の完治は厳しいらしい。流血は止まっているがその左腕は力なくだらりと下がったままだ。

『さっきの身体の霧化は吸血鬼ドラキュラの能力か。てっきり本人は嫌っていると思っていたのだがな。バーサーカー故に受け入れたか?』

『口を慎め小僧』

 皮肉を込めたユリウスの問にバーサーカーの鋭い眼光がユリウスを射る。

 だが、たしかにユリウスの疑問はもっともだ。保健室のときもそうだったが、バーサーカーは吸血鬼の力を忌むべきものと言った。ヴラド三世は吸血鬼としての力を忌避していると思っていたが、アサシンとの攻防ではその能力を惜しみなく利用している。そう簡単に心境の変化が起こるとは思えないが……

『確かに今の姿は余の忌むべきもの。この姿ではない余であれば宝具を使うぐらいなら死を選んだことだろう。しかし少し事情が変わったのでな。この戦いに限り、余はマスターの望みを叶えるためだけに動く武人として振舞う。

 であれば、忌むべき姿という理由に全力を出さず敗北するなどそれこそ恥。故に、余はこの瞬間のみ己の持つすべての力を用いることをいとわない』

 しかし、と間をおいてバーサーカーは先ほどの言葉に補足する。その瞬間彼の放つ殺気の鋭さが増した。

『余がこの力を使うことをよしとしても、貴様が余を吸血鬼と呼んでいい道理はない。その無礼、その身をもって償うがいい!』

 跳躍し一気に距離を詰めたバーサーカーの一撃がアサシンに向けて振り下ろされる。

 しかし俊敏値の高いアサシンはその攻撃を側面に飛ぶことで回避し、さらに懐に仕込んでいたダークをバーサーカーへ投擲する。狙いは目だ。

 攻撃が空振った直後で硬直しているバーサーカーにその攻撃を避ける暇はない。そんな予想に反して、投擲物は突然下から現れた大きな影によって阻まれた。その正体は砕かれた地面の欠片。といっても人一人を容易に隠すほどの塊ではあるが……

 どうやらバーサーカーはアサシンに避けられた一撃をそのまま地面に振り下ろし、足元に広がる大地を砕いたのだろう。しかも、砕かれてなお吸収されなかった衝撃によって塊が空中へ浮かび上がるように計算して、だ。

 その光景に怯んだアサシンへ追撃するように、浮かび上がった岩から杭が伸びてアサシンの華奢な腹部を容赦なく貫いた。

『ぐ……っ!?』

『怯んでいる暇はないぞ、小娘』

 一気に勝負を決めるべくさらに地面生成された杭がアサシンへと迫る。

空想(ザバー)……感電(ニーヤ)ァァァッ!!』

 避けるのは無理だと判断したアサシンの雄叫びに呼応するようにさきほどよりもより高電圧の放電が周囲を蹂躙し、迫る杭をすべて消し飛ばす。だが、宝具を放ったアサシンはその場に膝をつき喘ぐように息をついている。その姿はまるで、先ほど放電をまともに受けたバーサーカーのようだ。

『なるほど、その業はどうやら貴様自身も感電するようだな。自分の宝具で自滅するような真似はしないだろうが、それでもこれ以上の使用は危険であると見えるが?』

『だったらどうした、異教の悪魔。我らを導いてきた翁の御業がこのようなところで敗れるなどあり得ない!』

『……その物言い、もしやその宝具は貴様自身の宝具ではなく、模範したものか。なるほど、合点がいったぞ。どうりで複数の宝具を扱えるわけだ。原型を知らないゆえに比較こそできないが、宝具まで昇華された他人の業をそのレベルまで模範する器量は大したものだ。

 だが、余とて帝国を退けた武人。多芸を極めただけの小娘におめおめと敗北するなど笑い話にもならん』

 この瞬間だけを見ればラニ達の圧倒的有利に見えるが、決戦前に致命傷を受けているバーサーカーもおそらくアサシンと同等かそれ以上のダメージを蓄積させている。

 片や杭による包囲網と槍、そして吸血鬼由来の霧化で攻撃の手を緩めず、片やアサシンはバーサーカーの猛攻を多種多様な宝具でしのぎつつ反撃する。

 どちらが先に倒れてもおかしくないこの状況で地形が変形するほどの激しい攻防が繰り広げられるが、次第にバーサーカーの動きが鈍り始め、防戦一方へと変わっていく。

 連続で宝具を行使するアサシンの魔力消費に耐えるため、ユリウスが援護すら渋っているのが不幸中の幸いか。それによってラニがバーサーカーの援護に徹することができ、どうにか均衡を保てている状況だ。

『っ、コード、gain_mgi(128);。バーサーカー流れを変えます。宝具の開帳を!』

『心得た。血に濡れた我が人生をここに捧げよう……血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)!』

 ラニがコードキャストによりバーサーカーのステータスが補強され、俺が乱入した際と比べ物にならない規模で宝具が展開される。俊敏値が高いアサシンは襲い掛かる無数の杭を難なく避けるが、射出された杭はまるで生きているかの如くその後も執拗に相手を追尾し続ける。岩などで防ごうものならそれすらも取り込み、新たな杭としてさらにアサシンへと迫る。

 地形を蝕み、いつの間にか杭は展開時と比較しても倍近くまで増殖していた。

『っ、断想体温(ザバーニーヤ)!』

 視界を埋め尽くすほどの杭を見たアサシンはこれ以上の回避は不可能と判断したらしく、宝具を用いてその杭に対抗する。前に一度だけ見たその宝具の効果はたしか肉体の硬化。ライダーの一振りを難なく受け止めたためかなりの強度があるのは予想がつくが、果たしてバーサーカーの宝具を防ぐほどなのか……

 考えている間にアサシンへ杭が殺到し、守りと攻め、対極する両者の宝具がぶつかり合った。

 その衝撃の余波はすさまじく、後方で見守るラニが踏ん張らなければ吹き飛ばされかねないほどだ。

 ほどなくして地面が削られ舞った土煙がゆっくりと晴れると、衝撃の中心地にいたアサシンの姿が徐々に浮かび上がっていく。

『……これほどとは』

 最初に沈黙を破ったのはバーサーカーだった。目の前の光景に眉をひそめて絞り出した声で小さく呟いた。

 煙が完全に晴れると、そこには全身を鮮血で染めながらも膝を折らないアサシンの姿があった。宝具によって得られた硬さはバーサーカーの宝具をもってしても完全に貫くことは不可能だったらしい。

 両者ともマスターの治癒を受けるため後退するが、目に見えない大きな流れが決定的なものになったと、その場にいた全員が直感したことだろう。

『……バーサーカー、私があなたをこのクラスで召喚したこと、恨んでいますか?』

 治癒を行いながら、不意にラニが隣に立つサーヴァントにそう尋ねた。

『何をいまさら。召喚した直後ならばまだしも、今となってはその問答は無意味なものだ。

 ……だが、その問に答えるのもまた一興か。

 確かに最初は恨んでいた。今だからこそ打ち明けるが、余は余をこのクラスで呼んだ不敬者は誰であり殺すつもりであった』

 浅い息を繰り返すバーサーカーの言葉には少なからず怒りの感情がにじみ出てる。それを察したラニが肩をすくめるが、そうする必要はないと言うかのようにワラキア公国の鬼将は首を振る。

『だが、余を召喚したあの時のマスターはまるで人形のように空虚であった。マスター殺しも辞さないと憤怨していた余が思わず戸惑ってしまほどのな。

 のちの会話で察したが、あのころのマスターはサーヴァントをただ道具として扱うため、意思疎通の必要がないバーサーカーを望んだのであろう?

 ならば余がこの忌むべき力を付与されたのもおそらく偶然。となれば怒りを向けるのは筋違いというもの。余が嫌うのは余を吸血鬼として扱う者に対してだけであるからな』

『では、私の望みを聞いていただけますか?』

『無論だ。余を敬う姿勢を崩さない者にはこちらも敬意を表し、持てる力を最大限に活用して応えるつもりだ。

 それが空っぽの人形ではなく、確固たる意志を宿した一人の人間の願いであるならなおさらよ』

 バーサーカーの身体はすでに満身創痍。おそらくここから状況を覆すことは不可能。しかし、己の得物を携えて立つその姿からは諦めた様子はない。

 

 ……いや、違う。

 

 頭の中によぎる不吉な予感。結末を知っているが故の予測は無常にも現実となってしまう。

『これを託します。バーサーカー』

『承知した。我がマスターよ』

 短いやり取りのなかでラニからバーサーカーに手渡されたそれは、あのときバーサーカーが消滅時に残した礼装だった。

『っ、アサシンこの一撃で仕留めろ!』

 治癒を済ませ先に動いたのはユリウスたちだった。ここで攻め急ぐのは危険だとわかっていたとしても、何かを仕掛けてくるなら先んじて動くべきと判断したのだろう。

 ユリウスの命令でアサシンの体内に膨大な魔力が収束していく。

観想影像(ザバーニーヤ)

 魔力の消費と共に身体を漆黒へと染めたアサシンの身体が地面に吸い込まれる。いや、吸い込まれたのは地面にではなく影にか? 本体が消えてもなお地面に写る影はバーサーカーの影に腕を伸ばす。そしてバーサーカーの影と重なったその瞬間、影から漆黒の右腕が突き出した。

『……っ!?』

 直後、バーサーカーの身体に大きな風穴が開き、声すら出せず口から血を吐き出した。穴の位置は地面に写る影の漆黒の腕が生えた位置と同じ個所。その光景は、まるで見えない腕がバーサーカーの身体を貫いたようにも見えた。

『影に干渉する宝具か……なるほどこれは最期にいいものが見えた。だが、その程度の攻撃で余が膝を折ると思うなよ名もなき暗殺者!』

 吐血し今にも消滅しそうだというのに、バーサーカーの気迫は衰えない。身体が霧となり空高く舞い上がる。霧となったことでバーサーカーの影がなくなると、影から引っ張り上げられるようにアサシンが再びその姿を現した。もしここでアサシンに攻撃をすれば、あるいは一矢報いることができたかもしれない。しかし、あくまでバーサーカーはマスターである少女の願いを叶えるべく残りの力を行使する。

 黒い霧の塊はどんどんと高度を上げて小さくなっていく。このあとどうなるのかは俺たちもよく知るところだが、わからないことが一つだけあった。本来なら決戦場から校舎まで自力で戻ることは不可能のはず。いったいどうやってバーサーカーを送り出したのだろうか……?

 その答えは、ラニが掲げた右手にあった。その手の甲には残り一画となった令呪が刻まれている。

『――最後の令呪を用いてバーサーカーに命じます。

 どうか()()()のもとへ……!』

 その最後の一画が淡く輝き使用者の望みを叶えるべくバーサーカーのステータスを上昇させる。

 三回戦の際、俺は誰だかわからないマスター令呪とサーヴァントの補助によって校舎から決戦場へと侵入することができた。ならば、その逆ができてもおかしくはないということか。

 だが、それは同時にラニが聖杯戦争の参加資格でもある令呪を使い切るということ。

 その暴挙に眉をひそめたユリウスはたまらずラニへ問いかける。

『アトラスの人形(ホムンクルス)、お前はそれが何を意味するのかわかっているのか?』

『もちろん、それがわからない愚か者ではありません。これは師ではなく、私自身が考え導き出した答え。たとえ誰であっても、この選択が間違ったものであると言わせはしません。

 もちろん、それがサーヴァント相手だとしても……!』

 すでに敗北が確定した少女は最期にバーサーカーを援護するべく、弾幕の如くボム系のコードキャストを実行することでアサシンの動きを止める。

 ほどなくしてバーサーカーの姿が見えなくなる。コードキャストの弾幕が途絶えたのを見計らってか、ユリウスとラニを隔てるように赤い壁が下ろされた。勝敗は決した。すべての令呪を使い果たしたラニは、うっすらと残る令呪の跡をなぞり、小さく笑みを浮かべた。

『あとは、頼みます。どうか、あの人に勝利を――』

 その言葉は一体誰に向けられた言葉か。もはや確かめる術はないが、おおよその予想はつく。そしてその言葉を最後に映像は終わってしまった。この後はあのとき俺が見た光景に繋がるということか。

「…………………………」

 録画映像が終わり、しばしの間重い空気がマイル―ム内を支配する。結末はわかっていた。だが、こうして少女の最期を看取るというのは、ただ状況を理解しただけのときよりも現実が心に重くのしかかる。誰も言葉を発しなかったのは、もしかすると二人が俺に気を使ったのかもしれない。そのまま永遠に続くのではと心配してしまった重い空気を破ったのは、妙に耳に残るあの無機質な通知音だった。

 端末を取る行為すら億劫になりながら内容を確認するが、正直中身は見なくてもわかっていた。

「……行こう」

 何度か深呼吸をして、ようやく言葉を絞り出す。

「……すまない、私の判断ミスだ。まだ休息期間が続くと予測していたんだが……

 もう少し休んでからでも構わないわよ?」

「いや、今動かないと今日一日ずっとこうしてそうだし、行ってくるよ。行こうライダー」

「承知しました。ですが、決して無理はしないように。

 心労は注意力を奪い、とっさの行動に支障が出ますので」

「わかってる。もしものときは悪いけどライダーに全部任せるかもしれない」

「お任せください。どんな輩であれ、主どのには指一本触れさせませんとも」

 二人の気遣いに背中を押され、ゆっくりとした足取りでマイルームを後にする。

 廊下に出ると、目的の物は比較的近い場所に存在する。

 こうして利用するのはこれで五度目。見慣れた掲示板にはいつも通り対戦相手の名前が一組記されている。

「………………………………………………」

 一つは自分の名前、そしてもう一つの名前を目にした途端に頭の中が真っ白になる。だが、同時に妙に腑に落ちる感覚もあった。この感覚は久々だ。たしか、シンジやダン卿が対戦相手だったときにも感じた既視感だ。

 ……ああなるほど。俺ではない『誰か』もおそらく彼と戦ったのだろう。

 背後から感じる凍り付くような殺気。振り返ればそこにいたのは黒一色の死を体現したような男。今までにも何度も顔を合わしているが、その瞳からは相変わらずひとかけらの熱も感じられない。

「ユリウス……」

「ラニ=Ⅷの次はお前か。二回戦の時点ではどこかで勝手にくたばると思っていたが……

 おまえの成長度合いはまるで理解できない。肉弾ではない魔術師の成長速度が著しいということを差し引いてもだ。一体お前は何者だ?」

「そんなこと俺自身が一番知りたいよ。でもやることは一緒だ。

 モラトリアム中に相手のことを調べて、作戦を練って、そして倒す。能力や宝具のような切り札ならまだしも、俺が何者か、なんて人となりを知る必要はあんまりないよね?

 ……まあ、ホムンクルスや半身半妖(デミエルフ)とかなら話は変わってくるかもしれないけど」

 それはないだろうと思いながらも口から出た言葉に自分自身が鼻で笑ってしまう。

 だが、これぐらい軽口を叩いていないと頭がどうにかなってしまいそうだ。それでも十分ではなく、無意識に拳を握りしめて息がだんだんと荒くなる。

 ああだめだ、そう直感した瞬間自分の中で何かどす黒いものがあふれてきた。

「でもよかった、あなたとだけは絶対にどこかで戦わないとって思ってたから。

 これで、ちゃんとラニの仇がとれるから……っ!」

 冷静になれと自分に言い聞かせても抑えきれない感情が唸るような声となって口から洩れる。

『あ、主どの……』

 戸惑うライダーの声が聞こえてくる。冷静さに欠け、今にも飛びかかりそうだからだろうか。だがこればかりは難しい。手を出すことは我慢できたとしても、荒い呼吸を整えるのは一度マイルームに戻るぐらいしないと。

 そんな考えが、目の前のユリウスが怪訝そうに眉をひそめながら口にした言葉に崩れる。

「天軒由良、貴様どうして笑っている?」

「わら……う? 俺が?」

 言っている意味がわからなかった。恐る恐る自分の口元を覆って確認する。手のひらに触れる感覚からわかるのは、上がった口角、うっすら開いた口。客観的に見てこの口元は笑っているものだ。

 だがなぜそんな表情に……

 こんなにも怒りが爆発しそうなのに……っ!

 戸惑う姿に興味が失せたのか、ユリウスは小さく息を吐いて踵を返した。

 この場を去る瞬間、黒装束の男はこちらを見向きもせず、しかしこちらに聞こえるように低く呟いた。

「世界は――聖杯はレオが手にするだろう。イレギュラーは起こらない。決して」

 その気配が遠くへ行くのを感じるが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

 なぜ俺は笑っている? ラニが消滅してしまったことを喜んでいるから? いやそれは万が一にもあり得ない。なら、この笑みはいったい……

「もしかして……仇がとれることを喜んでいる?」

 事実ユリウスはラニの仇だ。出会ってたかだか1か月足らずの、一般的に見れば短い付き合いだったが、それでも自分の中にラニという存在は非常に大きなものだった。だから、その彼女を葬ったユリウスに憎悪を向けるのは普通のはずだ。普通のはずなのだ。だが……

「どんな理由であれ、人を殺すことを喜んでいいはずがないのに……」

 今の自分の状況が理解できない。しかし迷う自分をムーンセルは待ってくれない。

 急かすように端末の受信音が響く。内容はアリーナ第一層とトリガーの生成の通知だ。三日後には第二層と新たなトリガーも生成される。だが、今行けばユリウスとかち合う可能性が非常に高い。こんな状況で果たしてまともに戦えるのだろうか……

 立ち尽くす姿を見るに見かねたのか、端末越しにサラのため息が聞こえてきた。

『別に毎日アリーナに出向かないといけない決まりはない。今回は私にも非があるしな。

 今日はもうマイルームに戻ってきても何も言わないわよ』

 余程酷い顔をしているのか、かつてここまで優しかっただろうかと思うレベルで気遣ってくれる。その違和感に思わず吹き出してしまうが、確かに今は頭の中を整理したいのも事実だ。

 ここは素直にサラの言葉に従い、休息にあてるべきだろう。




五回戦は今回のようにオリジナルのザバーニーヤが多数登場しますのでご了承ください


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無感情の兵士

 早朝、といっても時間が曖昧なこの空間では個々のマスターが起きたタイミングが早朝となるのだが、タイミングを見計らったように端末に言峰神父から連絡が入った。

 要件はランルーくん討伐戦時の勝利報酬である、相手サーヴァントの情報を得る権利をここで使用するかどうかということだった。

 文末に教会で待つ、と記されていたため言われた通り向かうと、奥で静かに佇む神父の姿があった。

 相変わらず、並みのマスターであれば容易に蹴散らしそうな雰囲気を醸し出す神父に若干警戒しながらも建物内に足を踏み入れる。

「ようこそ、未熟ながらも多くの強者を退け突き進むマスターよ。この度はこちらの要望に従ってくれて感謝する」

 まがいなりにも運営管理を司るNPCか。このあたりの前置きの言葉は手慣れた様子に見れる。

 ……まあ、言葉を発するだけで威圧感が増すのはどうかと思うが。

「さて、前置きはこれくらいでいいだろう。

 君の端末に送った通り、今回呼んだのは他でもない。違反者討伐の報酬をここで使うかどうかの確認だ。

 本当であれば昨日の時点で確認する予定だったが、早々にマイルームに篭ってしまってはこちらからはどうすることもできなかったのでね」

「それ、遠回しに俺のこと責めてます?」

「とんでもない。自陣に籠るのも立派な戦術だ」

 言いながら言峰神父は肩をすくめる。そして改めて無言でこちらに視線を送ってきた。

 回答を急かしているようだ。

「ここで消費する予定だけど、2人とも問題ないよね?」

『私は主どのの意見に異論はありません』

『私も同感だ。出し惜しみして勝てる相手でないのは確かだしな。

 今使えるものは使っておいた方がいいでしょうね』

「……ということです」

 こちらの答えが固まったのを確認すると、歴戦の戦士という表現が正しそうな神父は小さく微笑んだ。

「結構。ではルールに従いマスター・天軒由良に敵サーヴァントの真名を――」

『待った』

 端末を目の前に展開して操作し始めた言峰神父を端末越しにサラが制する。

『開示してほしい情報は真名ではなく宝具のデータだ。

 そういうデータも閲覧できるんでしょう?』

「無論可能だ。その場合はこれまでの戦闘データを中心に提示することになるが、よろしいのかね? 一般的に真名がわかれば宝具も自ずとわかるものだが」

 言いながらも眉をひそめる言峰神父。そして何も聞かされていなかった俺も端末の向こうにいる彼女の言葉に首を傾げた。

『真名はおそらくハサン・サッバーハだ。ザバーニーヤという宝具を使う時点でそれはほぼ確定している。だがあいつらはただでさえ宝具を連想するための伝承がないうえ、代々その名を襲名しているから同じ真名でも宝具は千差万別だからな。

 だから、少しでも実践的な戦闘データをもらった方がいいのよ』

「ふむ、そういうことなら私からこれ以上言うことはない。

 ……たった今、マスター天軒由良の端末にこれまでの4回戦分の戦闘データを転送した。あとは君たちの好きにするといい」

 以上だ、と無言の圧力で半ば追い出すように教会から退却させられた。

 端末を確認すると、いくつかの録画映像と素人目にはよくわからないデータがフォルダ別に格納されていた。

「サラ、これを使って何をするつもりなの?」

『簡単に言えば対アサシン用の迎撃礼装を作成する。元々はラニ=Ⅷが作成を進めていたものだがな。

 間に合わないと判断して私に託したのよ』

「そっか……また、ラニに助けられるわけだね」

『これから私の方も忙しくなるから、何を考えているか問い詰める気はないが、これ以上落ち込むようなら一度本気でその性根を叩き直すぞ。

 相手はハーウェイ家の邪魔となる者を葬り去る部隊の筆頭だ。敵を殺す、ただその一点のスキルだけで言えば間違いなくこの聖杯戦争に参加しているマスターの中でも群を抜いている。

 まあ、次期当主のレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイが参加しているところを見ると、あいつの役目は次期当主様が聖杯を得るためのお膳立てでしょうけど』

「お膳立てって、優勝者以外生きて帰れないこの聖杯戦争でそんなことをしたら……」

『死ぬな、間違いなく。だがそれも承知の上だろう。レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイが聖杯を手にすれば邪魔者なんて出てこなくなるだろうし、そうならば邪魔者を葬る部隊だって必要なくなる。むしろ寝首を掻かれる可能性をいつまでもそばに置いておくとも考えにくいしな。

 違法術式(ルールブレイク)をしこたま持ち込んでいると聞いたが、どこまで無茶をすればそんなことができるのやら。まだ地上の肉体が生きているかどうかすら怪しいな。

 ……同情したかしら?』

 端末の向こう側にいる声の主は少し茶化し気味にそんなことを聞いてくる。

 最初から死が確定している戦い。生きるために勝ち抜く俺と、死ぬために勝ち抜くユリウス。真逆なようでどこか似ているような気もするが……

「全然同情できる気がしないんだ。昨日と一緒で、ただユリウスを倒すって感情だけが渦巻いている感じ」

『……そうか、聞いておいてよかった』

 なんとなくだが、端末の向こう側で彼女が表情を歪めたように感じたが、それ以上彼女が何か苦言を呈するようなことはなかった。

 

 

 アリーナへ向かう途中、見知った姿と廊下で鉢合わせた。

「こんにちは」

「ああ、こんにちはレオ」

 見た目にそぐわない大人びた笑みを浮かべ、強者の気品を漂わせるその少年と軽く挨拶を交わす。その後ろに佇むサーヴァントのガウェインはいつものようにただレオのやることを黙って見守るだけだ。

 いつもならこのまますれ違うのだが、今日はそうならない。何か……用だろうか?

「今のうちに、別れの挨拶をしておこうと。

 貴方の次の相手が兄だと聞いたもので」

「兄……ああそうか、レオもユリウスも同じハーウェイの性だったね。兄弟とは思わなかったけど」

「ええ、兄弟とはいっても腹違いではありますが。

 もっとも、その事実と兄が聖杯戦争に参加している事とは、何の関係もありません。彼は単純に、ハーウェイ家次期当主の護衛としてここにいるのです」

 先程サラが言っていたが、やはりユリウスはレオを勝たせるために死が確定したこの聖杯戦争に参加しているのか。

 わかってはいたが、血縁者がここまで冷酷に口にすると感じ方も随分と変わるものだ。

「……それで、お別れってどういうこと?」

「貴方では兄には勝てない。

 ですから、お別れの言葉を」

「っ、ずいぶんはっきり言うね」

 おかげで背後で霊体化するライダーが殺気を放ち始めたので手を挙げて制することになった。

 それを攻撃の合図と捉えられたのか、ガウェインまで戦闘態勢に入りかけて一触即発の空気となる。

「確かに力の差はあるだろうけど、もう少し言葉を選んでほしかったかな。こんなところで戦闘してペナルティなんてシャレにならないし」

「それについては申し訳ありません。それにしても、随分とマスター思いのサーヴァントなんですね」

「俺としてもうれしい限りだよ。だからこそ、俺も負けるわけにはいかない」

「意思だけではどうにもならない現実があります。貴方と兄の戦力差は明白です」

「戦力差が明白なのは1回戦が始まったときからずっとだ。だけどこうして俺はまだ生き残ってる」

「それは……そうですね。彼とて絶対ではありません。

 まったく、貴方の言う通りです」

 お互い引かない泥沼の言い争いになるかと思ったが、思ったよりあっさりとレオの方が折れて頷いた。

 わずかに、天ならぬ人の身を憐れむように。

 その肯定はこちらに向けられたものではなく、兄であるユリウスに向けられたもの。とさえ思えた。

 やはりこの少年はどこか別次元で物事を考えているように感じる。

「天の意志が下されるのなら、兄さんにもそれは抗いようのないこと。

 その時はその時です。僕は、今回の勝利者は兄さんだと思っていますが……もし兄さんが敗北するのなら、その時は不運だと思いましょう。ただ純粋に、彼には運が無かったと」

 さきほどと変わらぬ笑みだが、背筋に寒気を感じるほどレオの考えは冷たい。

 レオは、肉親であるユリウスの勝利を願っているのではないだろうか……?

 そこまで考えてハッとした。

「そっか、優勝するつもりならいつかはユリウスを殺す日がくる。ユリウスもそれがわかってて参加してるなら、レオもわかって参加してて当然か」

「はい、ですのでこの一時彼の生を願ったところで意味がありません。ただ、一つだけ救いがあるのなら、それは無意味な死ではない、という事。

 兄は、僕が世界を統治する為の礎となります。それは、人々にとって、ゆるぎない成果でしょう」

 これがレオの考え方。世界に君臨することを約束された王者の思想。

 理解できるものではないが、納得はいった。

「こうして何度か言葉を交わしていますが、なぜだか貴方に対して興味が尽きませんね。対戦相手として向かい合った時、貴方はどんな顔をするのか……

 今度兄さんに聞いてみましょうか。

 いずれにしても、これが最後ではない、という貴方の言葉を僕も信じてみたくなりました。

 機会があれば、いずれ。僕はこれで失礼します」

 現れたときと同じ威厳に満ちた足音が遠ざかる。

 その小さいが大きく見える背中が消えるのを確認してから大きくついたため息が端末の向こうから聞こえてきた。

『私でもあれは予想以上だった。あいつは自分の周りの人間の死に特別な価値を置かないらしい。

 すべて自分に都合がいいように回っていると信じて疑わない傲慢さ、そしてそれを裏付ける圧倒的な力。

 国を統べる王になるにはああいう達観した心が必要なのかしらね』

 私には理解できない、という代わりにサラはもう一度ため息をついた。

 確かに、レオはこの聖杯戦争で出会った誰とも違う別次元の存在感を放っている。俺にあの考えが理解できる日が来るのか怪しいところだ。

『そう、なのでしょうか……』

 だからこそ、身近な人のその人の言葉に息をのんだ。

「ライダー……?」

『あ、いえ、申し訳ありません。私はあの少年の思想がよくわかったもので。

 もともと私の生きた時代は政権争いで血縁同士の争いなども珍しくなかったからでしょうか……?

 私は兄上にそういうことを命じられませんでしたので血縁者を討ち取るようなことはありませんでしたが。あ、でも兄上の政権を盤石なものにするために討たれる側になったことはありますね』

 懐かしそうに語る彼女に、レオの時とは違う寒気を覚えた。

 ライダーが気づいているのかわからないが、その言い方だと、彼女は主に命じられれば親しい人でも殺めるということになる。

 いや、そもそも彼女にとって、敵と味方という区別はどう判断しているのだろうか……

「まあ、いいか」

『主どの?』

「なんでもないよ、アリーナに行こう」

 どちらにしても俺はライダーを信じるだけだ。

 彼女のことをまだまだ理解できていないことはどうにかするべきだが、変に警戒する必要はないだろう。

 

 

 トリガーを入手するためにアリーナへ訪れる。

 今までの深海や海の中を連想させる空間と違い、今回は樹木が生い茂っていた。パッと見た印象としてはマングローブのそれに近い。1回戦の深海から勝ち上がる毎に徐々に上へと上がっている印象があったが、ここにきてそれが顕著に表れた。今回を含めて、残り3回の戦いで優勝者が決まる。この風景は聖杯戦争もここまで進んできたということを表しているのだろうか。

 一度呼吸を整えてから、風景に向けていた意識をアリーナ全体に張り巡らす。どうやら今このアリーナには自分たち以外の気配はないようだ。これはトリガー入手までスムーズに進むというメリットととらえるべきか、それともアサシンとの戦闘を重ねることができないというデメリットとしてとらえるべきか……

 どちらにしても動かなくては始まらない。

「とりあえずトリガーを取りに奥に行こうか」

『それはいいが、もしアサシンと戦闘しそうになったときは全力で逃げろ』

 進もうとしたところで釘を刺すようにサラの言葉が飛んでくる。

「でも、今必要なのは戦闘データだよね? アサシンとの戦闘を重ねた方がいいと思うんだけど」

『何のためにあの神父から戦闘データをもらったと思ってる。あいつの宝具はすべて暗殺に準ずるものだ。特に『妄想心音』や『観想影像』のような即死系の業に対しては対処を間違えるだけでアウト。安全に戦闘データが取れるならそれに越したことはない。

 今回ばかりは慎重に行きなさい』

「もしもの時は私が責任をもって主どのをお守りしますゆえ、安心してください」

『……お前話聞いてたか?』

 若干間をおいてからのため息交じりの質問。気のせいかもしれないが、端末の向こうにいるサラの表情が引きつったように感じた。

『確かにライダーの技量なら一度見た攻撃に対処できるかもしれないが、18種類あるはずの宝具もすべてわかっているわけではない。初見殺しの宝具がそのままお前や天軒由良の死に繋がる可能性だってあるんだぞ。

 決戦までに対処できなければギャンブルせざるを得ないが、まだ時間はある。もし戦うにしても逃げに徹しろ。それはそのまま天軒由良を助ける事にもつながる。

 いいわね?』

「う……し、承知しました。主どののためというのなら……」

『わかればいい』

 言い出したらなかなか意見を変えてくれないライダーをあっさり引き下がらせた。

 4回戦のときより気迫が増しているように感じる。というより、3回戦の時のようにピリピリしているような……

「では、参りましょう主どの!」

「あ、うん、わかった。じゃあ行こうか」

 ライダーが抜刀して先行したことで聞くタイミングを逃してしまった。

 ただ今のところ最優先はトリガーの入手だ。気になるようならあとでマイルームで尋ねればいい。そう結論を付けてライダーの背中を追いかける。

 一回戦と比べればエネミーも手強くなっているはずだろうが、それ以上にこちらの成長速度が早かったらしく、苦戦らしい苦戦は一度もなかった。最初はすべてEランクだったライダーのステータスも本人曰くもう万全といってもいい、というところまで来たらしい。

 むしろ拍子抜けと言えてしまうほどあっさりとトリガーの目の前まで来たところで本能的に足が固まった。まるで背筋を氷柱で撫でられたような、冷たく鋭い感覚。

 それが、すぐそこまで迫っていた。

「なん……っ!?」

 アリーナに入ってくると直感的にマスター同士はその存在を知覚し合うようになっている。だから、ここまで奥に進んでいる状態ならここまで急接近されるはるか前に気づけるはずなのだ。

『ちっ、おおかたアクセス地点を弄ってあったってところだろう。天軒由良、急いでトリガーを取りに行け!

 間に合うようなら離脱しなさい』

「わ、わかった。ライダーは後方を警戒しつつついてきて。相手はアサシンだから、気配遮断からの奇襲には十分注意で!」

「承知!」

 切羽詰まった声に押される形でトリガーが収められたデータボックスに向かって走り出す。

 サラはああ言ってはいるが、おそらく彼女自身ここから離脱するよりもユリウスたちと戦闘に入る方が早いことはわかっているだろう。

 飛び込むようにデータボックスにアクセスしてトリガーをアイテムストレージに詰め込む。それを待っていたかのように、曲がり角の奥から黒い波が押し寄せていた。

 波の正体は……

「黒い髪……アサシンの狂想閃影(ザバーニーヤ)か!」

 いわく、髪を自在に伸縮させて操る業。強度もそれなりにあるのか、束ねられるとライダーの剣戟に耐える場面も多い。今までは逃げ道を確保しながら髪の密集率が低いところを狙いすましたように切り裂き牽制していたが、今回は袋小路になっているため回避しながらは難しい。

「ならやることはひとつ。ライダー、そのまま押し切るんだ!

 gin_str(16);>key」

「おまかせを!」

 迫りくる黒い波へ一切の躊躇なく肉薄するライダー。迷いのない彼女の一振りは見事に両断した。制御下から解放された黒髪が舞い散り、その中をさらにライダーが突き進む。

 曲がり角まであと数メートルまで迫ったところでこのままでは決定打にはならないと判断したらしく、黒髪が曲がり角の奥へと引っ込んでいく。そして間髪入れずに禍々しい腕が曲がり角から伸びてきた。

「っ!?」

 間一髪その死の左腕を回避するライダーだが体勢が悪くさらなる追撃を捌き切る余裕はない。そして、そのチャンスを逃すほど相手も間抜けではない。

「hack(64);>key!」

 だからこそ、それを援護するのがマスターの役目だ。黒鍵を振るい放たれた斬撃が禍々しい左腕をわずかな時間だが怯ませたことで死の脅威が遠のく。そしてその微かな時間で素早く体勢を立て直したライダーが俺のもとまで後退してきた。

 

『――アリーナ内での戦闘は禁止されています』

 

 遅れながらもアリーナ内に響き渡る無機質な警告音。四回戦の際には一切聞いていなかったため懐かしさすら感じるそのアナウンスと共に、曲がり角から現れた二つの人影。

 かたや全身黒い装束に身を包んだ殺意の塊。かたや黒いローブで全身をつつみ、背中から禍々しい左腕をゆらゆらと漂わせている死の権化。

 これまで幾度となくぶつかり合っていたが、お互い敵として全力で戦うのは今回が初めてだ。

 もはや撤退という選択を取る余裕はない。両者との間には一切の会話もなく、ただ目の前の敵を討つために距離を詰める。

「血肉を穿て――」

 あと数歩でライダーの間合いになるというところで先んじてアサシンが動く。

「――狂想躯体(ザバーニーヤ)!」

 禍々しい左腕はローブの内に収まり、代わりに右腕から歪な槍のようなものが突出する。

「っ!」

 それをすんでのところでいなし、返す刃でその首に刀を振るう。しかしアサシンの右肩から新たな槍が生えてその一撃を阻んだ。

「っ、骨を己の武器として操る業か。貴様、いったいどれほどその身体に手を加えている!?」

「無論、18名の歴代ハサン・サッバーハ様が生み出した業に対応した部位すべてだ」

 攻撃を防がれたライダーは相手の間合いの外に飛び退くが、アサシンが距離を詰めることで再び骨と刃が交錯する。

 筋力を上昇させた状態のライダーの一振りに耐えるのではこちらからのサポートでこれ以上どうにかすることはできない。俊敏のステータスがどちらも高いので、妨害系のコードキャストは逆にライダーの動きを阻害してしまう恐れがある。

 あらゆるパターンを考えるがこれ以上は何もしないのが最善だと判断し、もしものために耐久を向上させるコードキャストを施すだけに抑えて、こちらはこちらで迫り来る死の脅威に集中する。

「――――!」

 ノーモーションからの、されどまともに受ければ無事では済まないほど研ぎ澄まされたユリウスの拳。以前受けた時は辛うじて防げたが、今回はおそらくそうはいかない。的確に対処しなければ黒鍵で防いだとしても刃が砕ける可能性がある。

 最新の注意を払って刃の腹の角度を調節してユリウスの拳を受け流す。それによりユリウスは自ら拳に乗せた勢いによって身体が流れ……

「甘い」

「がっ!?」

 短く呟いたユリウスの言葉の意味がわかる前に、彼の拳が俺の側頭部を打ち抜いていた。

「受け流されるのがわかっているのなら最初から一撃目は捨てて二撃目を本命にするに決まっているだろう。

 技術があるのは認めてやるが、読み合いができない貴様は俺になす術なく殺されるだけだ」

 その言葉の意味を理解するより早く、続けざまに全体重を乗せた拳が放たれる。苦し紛れに黒鍵の腹で受け止めようとするも、ユリウスの拳は魔力で編まれた刃を難なく砕いた。

 破片が飛び交う中俺の身体に深々とめり込む拳。直感的に受けてはいけない一撃を受けてしまったと気付いた時にはすでに吹き飛ばされて地面を転がっていた。

『おい天軒由良無事か!?』

「あ……がっ…………あ?」

 痛みにうずくまり空気を吸おうと喘ぐ中、わずかな違和感に眉をひそめる。

 サラの鞭のように鋭い一撃と違い、より重く響く一撃。のはずなのだが、思ったより身体へのダメージはない。ダメージが少ないことはいいのだが、想定してたものより軽いダメージなのは少し気持ち悪い。

 この違和感はユリウスの方も感じたらしく、殴った右手とこちらを交互に見ながら眉間にしわを寄せていた。

「たしかに打ち抜いた。手応えからして受け流したようでもない。内臓と骨に致命的なダメージを残すように力を加えた。

 だがお前の様子からしてそこまで深刻なダメージは入っていないように見える。実際、殴ったときの感覚も骨を砕くようなものでも、内臓にダメージを与えるようなものでもなかった。していうならスライムでも殴ってるような……いや、そんな単純なものではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような……

 貴様……その身体いったいどうなっている?」

 そんなこと俺の方が知りたい。

 体質なのか、はたまたこの右腕の影響なのか、どうやら俺の身体はまだまだ謎だらけらしい。

 自分のことなのに自分が一番分かっていないというこの状況に表現できない苛立ちを感じるが、今はそれどころではない。

 ダメージが少ないという結果だけ受け止めてすぐさま立ち上がり、ライダーの方を見る。

 彼女は時折こちらを心配そうに伺いながらも基本的にアサシンの対応に専念してくれている。そのことが彼女から信頼されている証拠だと感じて自然と笑みがこぼれる。

 予想外のことが起こったが、おかげで流れが断ち切れて息を整える時間ができた。

「相手は単純なルーティンで動くエネミーじゃない。もっとよく考えて行動しないと……

 この変な体質がいつまでも俺に味方するのかもわからないんだ」

 吹き飛ばされた際に黒鍵を手放してしまったため、新しい黒鍵をアイテムストレージから取り出しながら自分に言い聞かせる。

 今の攻防で力の差は嫌という程わかった。これ以上は戦わずにライダーのサポートに徹したほうが勝率は高いと思うのだが、目の前の黒衣の死神はそれを許してくれないだろう。

「……ライダーの方は均衡は保っているようだし、たぶん強制終了までならコードキャストの効果も持つはず。今はこのまま凌ぐしかないか」

 改めて向かい合うと、ユリウスの右手には見慣れた十字架を模した剣が握られていた。

 さきほど殴られた時に俺が手放した黒鍵を拾ったのか。

 斬り合いでもするつもりだろうか……?

「いや違うこれは――!?」

 反射的に首を振ったその数センチ横を黒鍵が通り抜けていく。完璧には避けきれずに頬を浅く裂かれたが問題はない。

「今度は読めたか」

 黒鍵を投げた張本人は少し感心したように呟きながらも再び攻撃を仕掛けてくる。

 一撃の致命傷ではなく牽制しつつダメージを与える拳であるため黒鍵で防げはするが、代わりに手数が多く隙がない。後ろに下がってユリウスの拳の間合いから逃れようとするが、ぴったりと張り付かれてそれもできない。

 そのまま防戦一方でどんどん劣勢に追い込まれていく。

 ダメージが少ないことを前提で一矢報いる? いや正体がわからない特性に頼った攻撃は極力避けたい。

 対処法が浮かばず歯噛みしている俺を見てなす術がないと判断したのかユリウスの動きが目に見えて変わった。そして一撃一撃の威力が増していく。

 片手でさばくには重すぎる一撃にとっさに両手の黒鍵で防いだ瞬間、無表情な男の表情がかすかに揺らいだ。それは勝利を確信した笑みか、それともこちらを見下し落胆した表情なのかはわからなかった。

 突き出したユリウスの左手の拳が突然開かれ、防御のために突き出していた二本の黒鍵の刃を掴む。その光景にギョッとしたのもつかの間、まるで飴細工のようにあっさりと黒鍵の刃が砕け散った。

 コードキャストでも使ったのかもしれないが、それを考察する余裕を相手がくれるわけもない。ユリウスの右腕はすでに拳を握りしめて振りかぶられていた。

 あと1秒も満たない間にその拳は俺に向かって放たれる。しかし両手に握る黒鍵は刃を失った。刃を再構成する時間も、アイテムストレージから新しい黒鍵を取り出す暇もない。

 とっさに両腕を交差して防御の姿勢を作れたのは本当に偶然だった。直後にユリウスの拳が振るわれる。

 左腕の前腕を前にしてその拳を受け止めた直後、鈍い音が響くとともに再び地面を転がった。

 

『――強制終了します』

 

 直後ににアリーナ内にアナウンスが流れ、抵抗できない強制力によって戦闘開始前の場所に戻されていた。

「あ、ぐ……っ!?」

「主どの!」

 殴られた左腕に微かにノイズが走り、それに伴う激痛によって全身から嫌な汗を流す。

 そんな情けない俺の姿を庇うようにライダーが前に出る。しかしいつものようにこちらに駆け寄ってくる様子はなく、抜刀したまま警戒を解かずにユリウスとアサシンを見据えていた。

 アリーナ内で戦闘が強制終了されると、その日が終わるまで再戦はSE.RA.PHによって阻まれるようになっている。つまり追撃の心配はない。だとというのに、曲がり角のすぐそばまで戻されたユリウスの放つ殺気は俺とライダーをその場に縫い留めていた。

「……いくぞアサシン」

 最後にそう言い残し、黒い影は曲がり角の向こう側に消えていく。それを完全に見送るまで俺たちは警戒を解くことができなかった。

 生きているということに安堵する傍ら、一抹の不安が脳裏をよぎる。

 考えていなかったわけではない。ライダーのステータスが万全になったということは、逆にいえばもう頭打ちということでもある。

 今回のアサシンとの戦闘でコードキャストの補助だけでは押しきれないこともわかった。となれば、あとは各々の切り札――宝具が決め手になると言ってもいい。

 一回戦のシンジとの戦い以降使用しなかった宝具(切り札)。牛若丸の生前の覚悟を否定することに繋がる宝具(呪い)

 はたして、ユリウスとアサシン相手にも使わずに勝つことができるのだろうか……?




前に天軒の謎は全部出したと言ったな? あれは嘘だ()
すでに考えてあった決着術式の設定を固める過程でつじつま合わせで天軒の特性を増やしました


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不定の骨格、外観だけの肉体

「これは……骨が折れているみたいですね。私でも完治させられるかどうか……」

 俺の左腕の状態を診てくれる桜が戸惑いながらそう言葉を漏らす。

 治療関係の権限を多く所有する桜がそこまで言うということはかなり深刻な状態なのだろう。

「というか、アバター状態でも骨の概念とかあるんだね」

「はい、一応ありますよ。姿かたちの変更がテクスチャを操作するだけで可能であったりするのでイメージがつきづらいかもしれませんが、この身体も地上の肉体と同様に骨や筋肉、内蔵なども備わっています。

 心音であったり骨の鳴る音だったりでそれを実感できると思うんですが、そういう機会はありませんでしたか?」

「…………いや、ないと思う」

 記憶をめぐり桜の言った現象に該当することがあったか探ってみるが、結局首を振って否定する。一回戦の初めの方、たしか布団もなにもなく机と椅子で居眠りのように寝たことがあったが、あの時骨が鳴らなかった記憶がある。あのときは偶然鳴らなかっただけだろうか?

「そう、ですか。普段気にするようなものでもないですし、気づかなかっただけでしょうか……? では、二回戦でアーチャーさんの矢を受けた際に出血をしていたと思いますので、あれを思い出してもらえれば天軒さんの今の身体が血肉のある肉体であることを実感していただけると思います。

 ただし地上と違うのは、それがウィザードの技術によって魂を物質化した結果によるものということですね。軽度の損傷であれば地上と同じ傷として現れますが、今回の骨折のような重度の物になると肉体の維持そのものに影響が出てしまいます。何度か左腕にノイズが走っていると思いますが、それが肉体の限界の予兆ですね。そうなってしまうと普通の治癒では完治は格段に難しくなってしまいます。保健委員の私が持つ権限でもそれをどこまで癒せるかわかりませんが……」

 戸棚から治療に使うのであろう備品を取り出しながら桜は俺の疑問に丁寧に答えてくれる。

 その後ろ姿を眺めていると隣でライダーが申し訳なさそうにこちらをのぞき込んできた。桜の『完治は難しい』という言葉に心配になっただろう。自分の責任でもないのにそこまで心配してくれる従者へ大丈夫という言葉の代わりに彼女の頭を軽く撫でる。

 いつの間にか戻ってきていた桜がその光景を微笑ましそうに眺めているのに気付いて向き直るとようやく処置が始まった。

「処置は地上の肉体に行うものと大きく違いはありません。ギブスを巻いて固定して自然治癒を待つ。

 違いがあるとすれば、電脳世界ではその処置をデータ化して、見た目を変えずに治療を行うことができるという点ぐらいでしょうか」

 などとマメ知識を披露している間に処置が終わってしまった。その手際の良さには端末の向こうで黙り込んでいたサラが小さく感嘆の声を上げるほどだ。

「あとは私の使える権限を総動員して骨折を治癒可能なダメージにまで軽減するだけですが、先に軽度のダメージの治癒をさせてもらいますね」

 言うが早く桜はテキパキと端末を操作して大小さまざま傷を塞いでいく。四回戦の決戦で致命傷を受けた際、謎のコードキャストで完治したことがあったが、それを連想してしまうほどの治癒力だ。これが間桐桜という保健委員のNPCに与えられた権限の力なのだろう。

 桜のやりたいように、と思い特に抵抗もせずいるとここで彼女の凝り性がでたのか、左腕を除けばむしろアリーナに入る前より健康体になった気がする。

 その出来に満足したのか、控えめにガッツポーズをとるその表情はかなり得意げだ。

「では、左腕の治療に移りますね。左腕を診せ、て……え?」

 片手で優しく俺の左腕を手に取り何かを施そうとした桜の手が止まる。段々と深刻そうに眉をひそめ始めた桜は端末を操作し、そして信じられないと言わんばかりに目を見開いて口を押さえた。

「ど、どういうわけかわかりませんが、天軒さんの左腕が完治しています。こんなことって……っ!」

「……怪我が治ることになにか問題があるのですか? 私はてっきり桜どのの処置が素晴らしかったのかと思いましたが」

 原因を見つけようと端末を忙しく操作する桜。しかしライダーはその行動に対して怪訝そうに眉をひそめて首をかしげた。

「そ、そうですね。怪我が治ったことはいいことです。ただ……」

「原因がわからないから、どんなことがおこるかわからない、だよね?」

「はい、そうなんです。最悪の場合、なんの前触れもなく取り返しのつかない現象が起こる可能性もあります。

 天軒さんが良ければ、詳しく診察してもいいでしょうか?」

「むしろ俺の方が桜に頼みたいくらいだよ。

 俺自身、自分の身体の謎がわからずにモヤモヤしてたところだから」

 とは言ってみたものの、ここまで何度か桜に精密検査をしてもらったことがあるのに桜が何も言わなかったことを考えると、あまりいい結果は期待できないことは薄々気づいていた。

「…………すいません、これ以上は私にもどうすればいいのか」

「い、いや、桜が悪いんじゃないから気にしないで、ね?」

 結局、以前よりも時間をかけて隅々まで調べてもらったにもかかわらず目ぼしい成果は得られなかった。

 桜のせいではないのに申し訳なさそうにうつむいている姿にこちらも胸が痛くなる。

 その後も考えうる限りのことは試してみるが依然としてこの体質が解明する糸口は掴めない。

『……間桐桜、お前触診ってできるか?』

 不意に端末の向こうからサラがそんな突拍子のないことを言い出した。さすがにその場にいた全員が彼女の意図をくみ取れず困惑する。

「触診、ですか? 権限を使って知識をインストールすればできないことはないですが、先ほど行った精密検査より精度がいいとは……」

『精度が下がるのは承知の上だ。

 ()()()()()()()()()()()()ほしいのよ』

「ひ、皮膚ごしですか? 意図を掴みかねてますが、とりあえずやってみますね」

 戸惑いながらも言われた通りに知識をインストールする律儀な保健委員を眺めること数分、準備を整えて再び俺の左腕に触れる。

 擦られ、揉まれ、軽く叩かれ、されるがままとなった左腕を他人事のようにライダーと一緒に傍観する。

「ち、ちょっと待ってくださいね!

 えっと、ここは本来こうなるはずだから、この場合は……」

 どうやらじっと見つめる俺たちが退屈していると勘違いしたらしい。はたから見ると手際よくできているように見えるのだが、桜自身はそうでもないのだろうか?

「時間は気にしなくてもいいから落ち着いてやってくれればいんだけど、どこか気になる部分あった?」

「えっと、私の勘違いかもしれないんですが、骨の位置がはっきりしないといいますか……どういうことなんでしょう?」

「いや俺に聞かれても」

 ですよね、とお互い苦笑いで会話が途切れる。

『骨の位置がはっきりしないんだな?』

 そこに真剣な声色でサラの追及が飛んできた。

「え、あ、はい。やっぱり知識インストールしただけでは限界があるんでしょうか?」

『いや、その感覚がたしかあのであれば私の仮説が正しいということになる。ダメ押しで確認をしたいんだが……

 ライダー、天軒由良に本気で峰打ちしてくれないかしら?』

「ちょっと!?」

 いきなり何を言い出すのだろうかこの女性は!?

 ライダーの本気の峰打ちなんて殺傷能力がありすぎる。下手したらユリウスに折られたときよりもひどいことになりかねない。ライダーもさすがにその指示には首を振るだけだ。

『まあわかってはいたが』

「わかってるなら言わないでよ。というか、なんでそんなこと言い出したのさ?」

『さっきアリーナでユリウス・ベルキスク・ハーウェイの攻撃受けた時、一発目はほとんどなんともなかっただろう? あいつの拳は内蔵にダメージを与えるような危険な力の入れ方をしているらしいが、その一撃を受けても無事だったっということは、お前の体内に何かしらの細工が施されていると考えるべきだ。

 だが間桐桜が調べてもそれらしき細工はない。かと思えば、皮膚ごしに調べると違和感がある。あいつも一発目はお前を殴ったときに違和感があるって言ってたな。

 なのに二発目では普通に骨折した。一発目と二発目で違いがあるとすれば、ダメージを受けていたという点ぐらいだ。となれば、現状立てられる仮説は一つ。

 お前は無傷の場合のみ体内にダメージを受けない、ということだ。

 まあ本当にダメージが基準なのか、それとも別の要素が絡んでいるのか、そもそもどういう原理なのか、全くもって見当もつかないから確信を得るためには条件を変えて試してみるしかないのよね』

「その試しの一回目がライダーの峰打ち、と。理由はわかったけど無茶苦茶過ぎない?」

『それでも原理がわかればかなり有利な体質だろう?

 もし折れてもすぐそこに治療できるNPCもいることだし、騙されたと思ってやってみないかしら?』

「そんな軽い気持ちで骨折られるとか勘弁してほしい。というかまたすぐに治るとは限らないんだけど?」

『大丈夫、そのときはそのときだ。私もいろいろと手は考えてある。

 もしものときの決戦までのお膳立ては任せなさい』

「全っ然大丈夫じゃないよね!?」

 とはいえ他の検証方法を提示できないので感情論でしか拒否できないのだが、今回ばかりは許容できない。

 自分が自己犠牲的な行動をしていることは自覚しているが、それは力不足の結果ボロボロになることが多いだけで、嬉々としてボロボロになりたいわけではない。だから、サラが提案しているような自傷行為に近いことまでしようとは思っていない。

 その一線だけは超えてはならないと本能で感じ取って全力で首を振る。

 しろ、したくないの平行線の口論は10分近く続くこととなったが、最終的にはサラの方が折れてくれたことで保留に持ち込むことができた。

『強情なやつだな』

「サラが大雑把すぎるだけだと思うけど!?」

『わかったわかった。ひとまず保健室でやれることは終わったからマイルームに帰ってこい。

 ……もうライダーに峰打ちしろとかは言わないわよ』

 身構える姿をモニターで確認したのか、大きなため息が聞こえてくる。

 一応言質は取ったのでもし何かしてきた場合は抗議するとして、確かに保健室に長居しすぎた。

「少し前にもいろいろとお世話になったのに、今回もありがとう」

「いえ、私は健康管理AIですので、今回のような要件であればいつでも大歓迎です。

 それに、マスターのサポートをするのが私たちNPCの役割なので気にしないでください。言ってくれれば協力できることもあると思うので、気軽に来てくださいね」

「……本当に?」

「さ、さすがに保健室占拠するのはやめてくださいね?」

 そういう意味で聞いたのではないのだが、以前の長時間占拠が若干トラウマになっているのか引きつった表情で身構えてしまった。

『…………………………………』

「サラ?」

 端末から声は聞こえてこないのだが、心なしかサラが何か言いたげに俺を見ている気がして思わず名前を呼ぶ。

『たらし』

「なんでさ」

 やっぱり何もされなくてもマイル―ムに戻ったら一言言うべきかもしれない。

 

 

 再度桜にお礼を言ってからマイル―ムに戻ってくると、気だるげに自分の工房で休んでいたサラがこちらに気づいて近づいてきた。

 一瞬何かされるのかと警戒したが、特に何をするでもなく視線を下から上へと品定めするように動かしていく。特に左腕を重点的に見ている気がするが、いったい何をしているのかわからず一度解いた警戒を再び高める。

「な、なに?」

「いや、本当に完治してるんだなと思ってな。今度は義手型の礼装を作らないといけないかと思ってひやひやしてたところだ。ラニみたいな高度な演算力と錬金術の技術があるならまだしも、魂の扱い以外は素人に毛が生えた程度しかない私には短時間で一から礼装を作るなんて無理だからな。

 ちょっとホッとしたわ」

 言いながら物珍しそうに左腕を掴み、ぺしぺしと叩いてくる。

 ……こんなにまじまじと見られながら触れられるとは思っていなかったから、どう反応していいのかわからず視線が泳ぐ。

「あとは……」

「ちょ、サラ!?」

「動くな。

 心配しなくてもすぐに終わるわ」

 突然サラがこちらに倒れ掛かってきて、流れるように彼女は俺の左胸に耳を当てる。いきなりのことに慌てふためく俺にぴしゃりと一言告げるとさらに耳を押し付けてきた。

 状況に頭が落ち浮かない!

 彷徨う視線が隣にいるライダーを捉えるが、何とも表現しづらい表情でじっとこちらを見るのみ。若干その表情が殺気を放っているようで嫌でも心臓が跳ね上がるように錯覚する。

 いったいいつまでこの状態が続くのかと天を仰いだが、意外な形で状況は一変した。

「なるほど、ということは――」

「っ、主どの!」

 ライダーの声が聞こえたときにはもう遅かった。サラの身体が離れたかと思うと流れるように左手の手首を捻られた。痛いと感じるよりも先に本能的に危機を察知したのはいいが、サラから逃れようと後ろに退いたことで逆に手首と肘が極まる形となり、そこに狙いすましたようなサラの鋭い膝蹴りを受けてしまった。

 体勢が悪くて力をうまく逃すことが出来なかった結果、俺の身体は肘を支点に振り回され、痛みを感じるころには勢い余って部屋の端に固めていた机の山に突っ込んでいた。

「あ、やり過ぎた」

 机の山が崩れて激しい音をたてる中、すべての元凶である銀髪の女性は悪びれた様子もなく呟くのみ。

「保留に! するって! 言わなかったっけ!?」

「ライダーにやってもらうのは保留にするとは言ったな。

 私自身が試さないとは言ってないが」

「ここでそんな屁理屈聞きたくなかった!」

「手荒にしたのは謝る。……だからライダーも切っ先をこっちに向けるのはやめろ。わかった、誓うから。今後私は天軒由良に危害を加えない。

 なんならギアス使って魔術的にも縛りましょうか?」

 抜刀して無言で迫るライダーに対して両手を上げて降参のポーズをとりつつ後ずさりするサラ。

 ギアスというのはメイガスが用いていた決して破れない契約書である自己強制証明(セルフギアス・スクロール)のことだろうか? たしかあれは魔術刻印と呼ばれるメイガスが重要視していた魔導書のようなものを用いて交わされるものだったはず。

 メイガスからウィザードに移り変わる中で個々の魔術回路が重要になったらしいし、もちろん俺にも魔術刻印はない。サラはどうか知らないが、それぐらいの意志の強さで誓うという意味で捉える方が適切か。

「次は警告もなくその首を刎ねることを覚えておいてください。

 それで、なぜ主どのに危害を? 返答次第ではこの時点で両足ぐらいは覚悟してもらう必要はありますが」

「さっき保健室で確認してもらったことを改めて私が確認したかったんだ。

 天軒由良、左腕は折れてるか?」

「……折れていない」

 言われて初めて気づいたが、本気で蹴られたので痛みはあるが、逆に言えばそれだけだ。あれだけの衝撃を人体で最も脆い関節部分に受けたというのに折れた様子はない。

 困惑する俺をよそに、聞いた本人はその答えを待ってましたを言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる。

「これでおおよそのことはわかった。蹴ったときの感覚は先の二人が言っていた通り違和感の塊だな。ユリウス・ベルキスク・ハーウェイはスライムを殴っているようだって言ってたが……

 私の感覚としてはお前の身体が正常な状態を維持するように力が働いているという方が正しいわね」

「正常な状態?」

「蹴る前に左腕を捻っただろう? 実はあの時点で手首が折れるぐらいの力は加えていたんだが、どういうわけか一定の角度まで捻ると全く動かないんだ。まるでシステム的にそれ以上は動かないように設定されてるみたいな。

 ただ、これもお前の体質を説明するには正しくはないわ」

 言いながらサラは自分の左胸に手を添え、続いて俺のほうを指さす。

「手首捻る前にお前の心音を確かめた。だが、注意深く確認してみたにもかかわらず、全くと言っていいほど聞こえなかった。

 表情からして、かなり鼓動速くなってたでしょう?」

「……ノーコメントで」

 くすくすと笑うその姿にムッとするが、わりと事実なので言い返せない。俺の返答が予想通りだったのか、してやったりという表情がさらに腹立たしい。

「サラどの、主どのをからかうのはそれぐらいに。先の暴挙をまだ許しているわけではないので、そのつもりで」

「わかった、鼓動の速さは置いておこう。心音が聞こえないのは間桐桜の触診でおおよそ予想はしてたが、体内の観測ができないからと考えるのが妥当だろう。

 できればどこまで痛めつけると内臓や骨に影響がでるのか試してみたいんだが……わかってるわかってる。

 それはまた天軒由良がダメージ受けた時に治療も兼ねて確認させてもらうわ」

 ライダーが鯉口を切るのを見て再び両手を上げるサラ。

「今日のサラ、なんか口を滑らしやすいね」

「わかってはいるんだが、気づいた時にはもう口からこぼれてるんだ。それを口を滑らすって表現するんだろうが……

 はぁ、ちょっと同調させるの急ぎすぎたかしら……?」

「サラ?」

「いや、こっちの話だ。気にしなくていい。

 それで、だ。問題は出血だ。血液はもちろん体内にあるものだから、お前の体質なら本来観測できない……つまり出血はしないはずだが、私が知る限りでも出血している場面は多く目撃している。一回戦から一緒にいるライダーならもっと多く見てるだろうな。顔色だって血液の色と量に影響されるはずなのに変化が観測できているわけだし

 体内が観測できるようになったから出血するのか、それとも出血することがトリガーとなって体内が観測できるようになるのか、まるで卵が先か鶏が先か理論だな。

 ……まあ皮膚そのものは他の人間と変わらないようだし、顔色の件も含めるとおそらくお前の場合は後者でしょうね」

 机の山から這い出た俺の手を引きつつ、その手を撫でて感触を確かめてくる。

「つまり、出血することがトリガーとなって俺の耐久力は並になるってこと?」

「今のところはそう定義していて問題ないだろう。出血だけがトリガーとは限らないし、出血してない状態で体内へのダメージがどこまで無効化されてるのかは今のことろわからないがな。

 これまで通り極力攻撃を避けた方がいいと思うわよ」

 たしかにそれだとこれまでの現象にすべてつじつまが合う。

 思い返せば、ユリウスから受けた一発目と二発目の間に彼が投げた黒鍵のせいで頬から出血していたはずだ。

 刃物に対しては今まで通り警戒するとしても、打撃攻撃にたいしては少しカウンターを入れることも考えても大丈夫だろうか……?

「変なこと考えてないだろうな?」

「な、なんのこと、かな?」

 銀髪の隙間から覗く冷たい眼差しに思わず顔を背けてしまい、ライダーからもグサグサと視線が刺さる。

 ……とはいえ、右腕は誰か他人のもので、出血しなければ体内にダメージはなしと考えていい体質。ますます俺が人間じゃないことに現実味が出てきたことに乾いた声で笑ってしまう。

 思わぬところで気分が落ち込んでしまったところにパンッという乾いた音が響いた。

「それじゃあ、ようやく本題にはいれるな」

「――――え?」




ということで天軒の能力が一つ追加されました
打撃に関してはほぼ無敵になりましたね(やりすぎたとは思ってますが後悔はしてません)

次回、この物語の大きな転換回になります。


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不法強化

5回戦は一番殺伐としているはずなのに、今回はたぶん一番やりたい放題した回です


 パンッという乾いた音がマイル―ムに響き、それまでの空気を断ち切る。音の正体はサラのもので、彼女が手を叩いたのだと遅れて気付いた。

「えっと……ほ、本題? じゃあさっきまでのは?」

 てっきり俺の体質の解明のためにいろいろ手を貸してくれたのかと思ったのに、それじゃあいったいどうしてこんなことを?

「もちろんお前の体質に関して調べたかったのも事実だが、それとは別に確かめたいことがあってな」

 言いながらライダーの方に向き直り、真剣な眼差しでまっすぐに見据える。

「強がりをする必要もないし、天軒由良に気を使う必要もない。

 正直なところ今の状態でアサシンに勝てると思うかしら?」

 問いかけられた少女はこちらを一瞥したあとしばらく目をつぶって黙考したのち、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。

「相手はアサシンですが、今までの戦い方を見るに暗殺者というよりは戦士のそれに近いです。なので主どのの補助があれば今のところは互角といえましょう。しかしそれは相手のマスターが手助けしないことが前提となります。さらに向こうはまだ令呪を残しているのに対してこちらは実質なし。

 決戦でも今日のような戦闘であれば五分五分。しかし未だわかっていないアサシンめの宝具、そして相手マスターの手助けが入りますとこちらに勝ち目はないでしょう」

「お前が宝具を使ってもか?」

「……………………」

 その指摘にライダーはいつもの堂々とした立ち居振る舞いは鳴りを潜めて、肩をすくめて小さくなる。

「お前のステータスを閲覧できるのは天軒由良だけじゃない。少しコツはいるが、天軒由良の礼装扱いの私も閲覧することができる。

 お前の宝具は威力、規模、魔力消費どの観点から見てもトップクラスの性能を持っている。三回戦のときにもこの宝具を使われれば私たちは成すすべなく負けていただろうな。

 慢心から使っていないという感じには見えない。どちらかというと最初からこの宝具を使わないように勝つために試行錯誤をしているように見える。

 これだけ優秀な宝具だというのに、なぜそんな危険な道を渡るのかしら?」

 ライダーがだんまりを決め込んだとわかるやいなや追い打ちのようにサラは詰め寄る。

「……チンギス・ハン由来の宝具だからか?」

「っ!」

「図星か」

 一瞬の反応を見逃さず確信を得たらしいサラはため息をついて近くにあった机に行儀悪く腰を下ろす。

「天軒由良を前線に立たせるかどうかの口論の時に察してはいたんだが、お前裏切られた兄やその兄が作った幕府に恨みは持ってないんだな」

「恨むなど、とんでもない。私は兄上が大好きですので。

 なぜ追われることになったのか未だにわかっていませんが……もし願っていいのであれば、兄上とまた仲良くしたいと思っています」

 照れくさそうに、しかし確固たる意志で語るその姿に嘘偽りはない。そのことは相手の胸の内を把握しやすいサラでなくとも容易に理解できた。

 一回戦決戦後にある程度の事情は把握していたつもりだが、こうして改めて聞いてみるとライダーの芯の強さがよくわかる。

 自分が反感を買ったということを全然理解していないのはライダーらしいが……

 だからこそなのか、サラは先ほどよりも重いため息をついてうなだれた。

「チンギス・ハンは鎌倉幕府を襲撃する元を建国した人物。そしてチンギス・ハンの宝具を使うということは望まない復讐を果たす史実を肯定することになり、苦痛にしかならない、と。

 難儀な生涯を歩んでるわね……」

「そうでしょうか?」

「そうなんだよ。それにしても別側面の自分を嫌悪するサーヴァントか。そういうサーヴァントもいるんだんな。

 まあ、それなら解決案としては霊基を変質させるのが手っ取り早いかしら」

 顎に手を置いて視線を巡らしながらつぶやくサラ。

 霊基というのは、サーヴァントが顕現する際に作られる器のことだ。サーヴァントがクラスに分類して召喚されるのもこの霊基の性質が影響するからと思っていい。

 確かに霊基を変えれば宝具にも影響が出る。チンギス・ハンと同視されていない霊基に変えることができれば、ライダーの宝具もチンギス・ハンに関係ないものになる可能性も十分にあり得る。

「でも、霊基の変質なんてそう簡単にできるものなの?」

「そうだな……手っ取り早くて確実なのは令呪三画を用いた勅命だろうが、お前には余分に使える令呪はない。

 魔力だけなら用意できるんだけど……」

「令呪三画相当の魔力って四回戦のときのルールブレイクのやつ?」

「それもあるが、それだけじゃない。私の身体は特別性でな。

 安全なのは保障するが、詳しくは企業秘密よ」

 茶化して人差し指を口に添えるサラは空いた手で端末を操作していく。

「だが魔力だけじゃダメだ。令呪による強制力がない魔力は方向性のない『力』でしかない。霊基を変質させるにはその『力』を制御するに足る触媒が必要だ。

 ライダーが持ってる日本刀でもいけなくはないが、できれば今のライダーが所有していないものがベスト。

 そうすれば、触媒を参考にどこを書き換えればいいのかがわかるわ」

「そんな都合がいいものがそう簡単に手に入るとは思えないよ?」

「そんなことは百も承知……」

 眉をひそめながらディスプレイとにらめっこして忙しく操作していた手が不意に止まる。

「天軒由良、アイテムストレージにあるこの巻物はなんだ?」

「え、アイテムストレージ? というか、なんで俺の手持ち確認できるの!?」

「ライダーのステータスを把握できるんだぞ。

 アイテムの確認と取り出しぐらい造作もないに決まってるでしょう?」

 言いながら有無も言わさずアイテムを取り出したサラ。もはやプライバシーもへったくれもない。

「っ! 主どのその絵巻をいったいどこで!?」

「え、俺が凛とラニの決戦に乱入して脱出したあと、凛のサーヴァントから貰ったものだけど?」

 身を乗り出してきたライダーに驚いて危うく後ろに転げるところだったがなんとか持ちこたえた。

「そう、ですか。凛どののサーヴァントが……」

「ライダー、この絵巻について何か知ってるの?」

 様子を見ればライダーが何か知っているのは一目瞭然だが思わず聞いてしまう。凛のサーヴァントは、いつか俺の手助けになるかもしれない、と言っていたが……

「軽く調べてみたが、誰かのステータスデータのようだな。だが、こんなものをサーヴァントが持ってるものなのか?

 誰かの従者として付き添って、なおかつその人物を事細かに記したサーヴァントとかかしら?」

「……………………」

 サラにとっては適当な推測であっただろうに、その言葉にライダーは顔をゆがめる。

 これは、ライダーを追及するべきだろうか……?

 黙秘権を行使する少女に対して俺とサラは静かに見つめるのみ。その視線に耐えられなくなったのか、それとも自分の考えが正しいのかわからず戸惑っているのか、どちらにしろライダーはゆっくりと口を開く。

「おそらく、その絵巻は源義経としての霊基が記されているものだと思います」

「ということは遠坂凛のサーヴァントはお前の関係者ということか?」

「真名までは予想つきかねますが、間違いないでしょう。ただ、罠である可能性も考えられます」

「それはそうだが……この触媒を試してみる価値はあるだろう。ウイルスの類は見られないし、データの損傷もない。本当にこれが源義経のデータであるならば、今のお前の霊基を変質させるにはおあつらえ向きだからな。

 でも、ライダーはお前のサーヴァントだ。

 最終的な判断はマスターであるお前に任せるわよ」

 絵巻を手渡され、決断を迫られる。

 この絵巻を渡してきたサーヴァントと対面したことがあるのはこの中では俺一人。

 相手の心の内を調べるのが得意なサラでもなく、そのサーヴァントの関係者であるライダーでもない。

 罠である可能性も十分に考えらえるが、このまま宝具を封印したままユリウスに挑んでも勝てる可能性は低い。

「どっちに転んでも博打、か」

 冷静に分析すればするほどどうしようもない状況思わず笑ってしまった。同時に、そのことに気づいた瞬間ふっと肩の荷が下りた気がする。

「俺は、凛のサーヴァントを信じるよ。ライダーの霊基の変質をお願い」

 再び絵巻をサラに返すと、一瞬だが彼女は優しく微笑んだ。

 おそらく俺がどういう判断を下すかわかりきっていたのだろう。それはそれでしてやられた気がして納得がいかないわけだが……

「申し訳ありません、主どの。私の我が儘のせいでこのようなことになってしまって」

「俺も無茶言って戦闘に参加してるわけだし、それはお互い様だよ。……勝とう、絶対に」

「もちろんです!」

 笑みを交わしたところに丁度サラの準備が終わり手招きされた。

「令呪を行使するのに比べれば手順は複雑になるが、だいたいのことは私がやるから心配しなくていい。

 とはいえ、おおよその流れは把握しておいてほしいからざっくり説明していくぞ。

 まず前段階としてライダーには凍結状態になってもらう。これは霊基変質の際に私たちの干渉以外でライダーの身体に影響が出ないようにするためだ。手術を手術室で行うようなものだと考えてくれ。

 ……霊基変質の影響がどう出るかわからないから、もしライダーが暴れ始めるようなとこがあっても大丈夫なように檻に閉じ込めておくって理由もあるがな。

 そして次が本題の霊基変質作業だ。私の用意した魔力を天軒由良を経由してライダーに流すんだが、同時に絵巻のデータを使って霊基を書き換えもお前の身体経由で行っていく。

 ライダーは凍結状態で何も感じないかもしれないが、天軒由良の方は身体の中を得体の知れないものが這い回るような感覚があるかもしれない。でも間違っても抵抗するなよ。したら失敗の可能性が跳ねあがるからな。

 手順は大きく分ければこの二つだ。

 それから最後にもう一つ。これは本来なら弾かれてしまうデータの書き込みを膨大な魔力にまかせて力技で可能にさせているわけだから、かなり霊基に負担がかかる。

 たとえ成功しても一日ぐらいは絶対安静だからそれだけは覚えておきなさい」

 そこまで説明されたところで、何か質問はないかと尋ねられるが俺もライダーも首を振る。

「なら始めていくぞ。まずは凍結処理から。

 段々身動きが取れなくなるから少し気持ち悪い感覚だと思うが、抵抗しないでくれると助かるわ」

 手際よくキーをタイプしていくとライダーを中心に六角柱の結界が展開。その中にいるライダーの動きが次第に鈍くなり、最後にはその結界の内部だけ時間が止まったかのように少女の動きが完全に静止した。

「凍結処理、完了。

 これでもう私が解除しない限り正攻法ではライダーに干渉することはできなくなったわ」

 ふう、と息を吐いて細い指をキーボードから手を放し、流れ作業のように手袋を脱ぎ捨てた。その行為にどんな意味があるのかわからなかったが、それよりも俺は目の前のライダーから目が離せなかった。

 完全に静止した彼女はまるで人形のようで、生命活動が維持できているのか少し不安になってしまう。

「サラがやることだから大丈夫なんだろうけど、ちょっと怖いね」

「見た目が見た目だから心配になるのは仕方ないだろうな。今のライダーは五感は完全に遮断されているうえ、自分の意志で行動することができない人形のような状態だ。

 ――たとえば、目の前でこんなことが起こったとしても、ライダーは気づかない」

 背後で衣擦れの音と共に何かが床に落ちた音がしたかと思った直後、座っていた俺の肩に自分以外の重みが加わった。

「なん――」

 とっさに起き上がろうとしたが俺が動く前に上着とシャツを裾からめくられ、袖を固く結ばれる。

 非常にシンプルな拘束だが、手を袖口から出そうにも結ばれているため叶わず、かといって逆に袖穴から手を抜こうにも肘が引っかかってスムーズに抜け出せない。さらにめくられた胴体部分の布が顎から頭頂部まで覆っているため自分が今どんな状況なのか目視で判断することもできない。

 ……冷静に考えると、慌てず片方ずつ腕を抜けば脱出出来たかもしれないが、それに気づくには状況が目まぐるしく変わりすぎていた。

「動くな」

 暴れてどうにかしようとしたところ抑揚のない声で警告される。声からして背後にいるのはサラなのは間違いない。いつの間に背後に回ったのかわからないが、おそらく俺がライダーの心配をしている間に移動したのだろう。

 ただ、声の雰囲気が今までの知っている彼女と乖離しすぎている。

「っ、ちょ……!」

 そこからさらに体重をかけられ、本格的に身動きができない状態の中、身体を何かが這い回る。

 それが彼女の手だと気付くのに数秒かかった。

 女性らしい細い指が左手の甲を撫でているのは感覚でわかったが、そもそもなぜこんな状況になったのか全然理解できない。

 ライダーの凍結は彼女の霊基を変質させるための前手順だったはず。だがさきほどのサラの言葉はそれ以外にも目的があるかのような口ぶりだった。

「――我を恐れず受け入れる者に英知の施しを」

 頭の中で情報が整理できないまま、状況は刻一刻と変化していく。

 耳元で聞き取れない詠唱が囁かれると、それにともない背中と、彼女に触れられている左腕がピリピリと痺れていく。

 本能的に危険を感じているのか、視覚以外で今の状況を鮮明に分析しようと聴覚や触覚の感覚が研ぎ澄まされる。耳元の蠱惑的な声と背中を這う手つきは状況が違えば相手の心を解かす蜜となるのだろうが、今の俺のにとっては毒牙のようにしか感じない。

 蛇に睨まれた蛙の気分で身じろぎ一つ取れない極限状態が続くと、しだいに全身から冷や汗をかき始める。

「……拒絶が強すぎてうまくいかないな。まだ快楽より恐怖の方が大きいのか?

 心拍数から心境が測れないのはやっぱり不便ね」

 わざとらしい落胆の声が聞こえたかと思えば拘束が解かれた。

 数秒ぶりに目にした光に思わず顔を背ける。

「っ……! い、いったい何が……?」

「こっちは見るなよ。私、今上に何も着てないから」

「…………はあっ!?」

 さっきとは違う緊張感があたりに張り詰める。

 上に何も着ていない……?

 そういえばさっきのしかかられたとき、背中に柔らかい感触が当たってたような……っ!?

「っ!? っ!?!?!?!?!?!?」

「ふふふ、これはまた面白いぐらい反応してくれてるな。耳まで真っ赤だ。

 なるほど、これぐらいストレートな方がお前には合っているのか。

 恐怖と快楽は表裏一体だったりするんだが、お前には理解できない感覚だったかしら?」

 くすくすと笑う声から背後の彼女がどんな表情をしているのかは容易に想像できるのだが、文句を言おうにも半裸かもしれない女性に面と向かって言えるとも思えない。

「な、なんだっていきなりこんなことしてんのさ!?」

「もちろん霊基変質のための下準備だが? 令呪相当の魔力を一気に流すのには端末経由のデジタル的な繋がりだとうまくいかないから、直接肌を密着させることで精神を同調させて相互パスを作るんだ。

 今回はパスを繋ぎながらそれを強固なものにする詠唱を使う予定なんだが、それには恐怖を与えないままある程度性的興奮が必要だったりするのよ」

「そんなことさっき一言も言ってなかったよね!? というか、いきなり拘束されたら誰だって恐怖感じるに決まってると思うんだけど!?」

「だからその恐怖を利用しようと思ったんだ。

 あと、ライダーがいる前でそんなこと言えるわけないだろう。言ったら反対されるのは目に見えていたし、最悪切り捨てられてたからな。

 凍結処理した理由も半分くらいはこの光景を見られないためよ」

「そんなこと今知りたくなかった!!」

「はいはい、抵抗してももう遅いぞ。あとは霊基変質が成功するか失敗するかしかないんだ。

 ここまで来たら覚悟して服脱ぎなさい」

「……え、俺も脱ぐの?」

「肌を合わせるって言っただろう? なんなら粘膜接触か体液の交換にするか?

 性的興奮のことを踏まえても肌の密着より効率いいわよ?」

「う……なら、肌合わせでお願いします」

 これ以上は藪蛇にしかならなそうだ。ライダーのためでもあるし、ここは覚悟を決めよう。

 上着とTシャツを脱ぐ過程で心臓がバクバクとなっている気がするが、体質的にこれがサラに気づかれないのは唯一の救いだ。

「でも、俺の体内って無傷なら魔術回路の負荷にも耐えられるんじゃ?」

「可能性はあるな。だが確証はないしやっておいて損はない。少なくとも無駄にはならなさそうだしな。

 これで疑問は晴れたな? それじゃあ再開するぞ。

 抵抗せず、流れに身を任せるように意識しなさい」

 再度密着してきた女性らしい柔らかい感触に思わず飛び跳ねそうになるのをこらえる。右腕が背後から伸びてきて両目を覆われたことで視界が真っ暗闇となり、柔らかい感触がより強く背中に押し付けられる。目の前が真っ暗になったことで視覚以外の感覚が鋭くなっていくが、背中の感触を満喫する余裕など全くなく、ただこの状況が早く終わること願って後ろの彼女に身をゆだねる。

「――我を恐れず受け入れる者に英知の施しを」

 先と同じ詠唱が耳元で囁かれる。これがさっき言っていた魔術回路を補強するためのものなのだろう。

 先ほどと違ってサラと触れ合っている部分がほんのりと熱を帯びていく。これがサラとのパスが直接繋がっているということなのだろうか。

 ただ、背中越しに左手の甲を念入りに撫でられるのはやはり落ち着かない。それに……

「なんか手つきが手慣れてない?」

「私が悪魔に憑依されやすい体質っていうのは前に言っただろう?

 私に取り憑くのは昔から色魔に属するやつばかりでな。まあ抵抗手段がなかったころの私の周囲に異性はエクソシストのハンフリーしかいなかったし、真性の悪魔じゃないらしいから大事には至らなかったが。

 それでも憑依されてるときに知識だけは流れ込んでくるんだ。まともな魔除けが自分で施せるようになるまでそんな状況が一週間に一度は起こってた。思春期超えるぐらいまでずっとね。

 てなわけで、耳年増であることは否定しないわよ」

「……出来れば恥じらいとかあってくれた方がよかったなー」

「医者が手術中に異性の裸に興奮しないのと一緒だ。

 精神衛生上も含めて本命以外とのこういう行為は作業で終わらすのが一番よ」

 俺としては目の前にライダーがいる状況でこんなことしている時点で精神衛生上よろしくないのだが……

 視界を奪われているせいでライダーの表情が見えないことで、本当はライダーに軽蔑の眼差しを向けられているのではという不安が段々と強くなってくる。

 もちろんそんな状況に興奮する性癖は持ち合わせていないため恐怖で鼓動が早くなると、先ほどまでほんのりと熱を帯びていた身体にピリピリとした痛みが走り、同時に背後にいるサラが息を漏らした。

「ん……っ! お前、怖がるなって言っただろ。ここまでくるとほぼ相互パスが通ってる状態だから、ここでミスるとお互いの魔術回路が危険なんだぞ。

 いったい何をそんなに怖がってるのよ?」

 と言いながらもおおよそのことを察したらしく、にやにやと笑い始めた。

「なるほどなるほど、そういうことか。たしかにこれはちょっと意地の悪い配置になってるな。

 心配しなくてもちゃんとライダーの五感は遮断されてるわよ?」

「それはよかったけどなんか腑に落ちない……! そんな性格だったっけ?」

「感情にふり幅があるだけだ。たぶん、な。

 ……っと、ようやく準備が整ったわよ」

 すこし気になるぼかし方をした気がするが、それを聞く前に話題が反れてしまった。

「これでようやく私の中にある魔力を使って無理やりライダーの情報を書き換えることができる。

 最初に言った通り基本的に処理は私がやる。お前は自分の体内に流れてくるデータに抵抗しなければそれでいい。

 あ、でもライダーとの繋がりを強く意識してもらえると助かるわ」

「ライダーとの、繋がり……」

 目をつぶり、令呪が刻まれている左手あたりに意識を集中させる。脳裏に浮かぶのは、糸のように細い管。それがまっすぐと目の前のライダーの下へと伸びている。

 そして管を辿ってライダーへと意識を向ければ、彼女の状態が感覚的に伝わってくる。

 これがサラの言っているライダーとの繋がりか。戦闘中は直感的にライダーの状態異常などを感知していたが、丁寧に辿ると正常かどうかまでわかるらしい。

「――その調子だ」

 耳元で安心した様子のサラの声が囁かれる。しかしその声はどこか他人事のような、ぼんやりとしたものとして消えていく。意識がライダーとの繋がりに集中しているからだろうか。

 だが、コードキャストを黒鍵から出力する時とは比べ物にならない量の魔力が一気に流れてきたことで、ぼんやりとしていた意識が一気に現実に押し戻された。

 俺の魔術回路の許容量をオーバーした魔力がそれでも魔術回路を伝っていこうと無理やりこじ開けていく感覚。

 ウィザードとして半人前な俺でも危険なことをしているということはわかるが、自身の体質なのかはたまたサラの処置のおかげなのか、そこまで深刻には感じない。

 ただ、少し気になるのはこの魔力がサラのどこに内包されていたかだ。魔力そのものは以前ムーンセルから違法に回収したものだとしても、それをずっと内包するには魔術回路が悲鳴を上げてしまうはず。そうならないために俺には補強を行っているのだから。

 もしかすると、彼女は他のウィザードとは常軌を逸した何かを持ち合わせているのかもしれない。しかし今この状況で尋ねるようなことではないだろう。

 覚えていたらまた今度聞いてみればいい。

 そう結論を出すと再び意識をサーヴァントとの繋がりに集中させる。

 膨大な量の魔力に混ざって流れていくのは絵巻に保管されていた源義経を形成するデータか。

 この絵巻を持っていたあのサーヴァントがライダーとどんな関係を持っていたのかはわからないが、彼女のことを心の底から尊敬しているということだけは感じ取れた。

 そのことを妬ましく思うのは筋違いだろうか……?

 俺がライダーと歩んできた数週間ばかりの出来事と比べれば、それこそあのサーヴァントとライダーは途方もない期間苦楽をともにしてきたのはわかる。

 俺の知らない、彼だけが知るライダーの姿がある。そのことがチクリと胸に突き刺さる。それは愚かで浅ましい願望だ。そんなことはわかっている。

 しかし、彼の知らない……俺だけが知るライダーの姿を見たいという小さな願望はなくなるどころかむしろ大きくなっていく……!

「――よし、もう少しで……おい天軒由良どうした。ちょっと待て、お前いったい何を――!?」

 ぼんやりとした意識の中でサラの切羽詰まった声がこだまする。

 何が起こったのかはわからない。しかし、俺の中を流れていた絵巻のデータの一部が異質なものに書き換わってしまう感覚があった。

 絵巻を手渡してくれた純粋に人を思う綺麗なデータを、個人の欲望を濃縮した卑しく汚いものへと変質させる感覚が……




最初はPC版Stay Nightばりにやらかすつもりでしたが、途中で正気に戻りました()
ただ書いてて楽しかったです


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泰然自若を装う麗人

FGO、水着イベの素材を回収しきれる気がしません


 目が覚めると、茜色に染まっていた空はいつの間にか青空へと変化していた。

 身体がだるい。気を張っていないと持ち上げた瞼が再び降りてきそうだ。

 寝起きの鈍い頭をフル回転させ、できる限り直近の記憶を呼び起こしていく。

「たしか、ライダーの霊基を変質させることになって……それでサラに協力してもらって……それから……」

 うわ言のように順を追っていく。永遠にも感じるほどゆったりとしたペースで思い出していく。

 ようやくすべてを思い出した瞬間、身体のだるさなど気にせず飛び起きた。

「ライダー! サラ! 二人とも無事!?」

 気を失う直前で覚えているのは切羽詰まったサラの声と、身体の中を流れた変質してしまったデータ。

 何が起こったのかわからないが、おそらく俺が何かしたのだろう。そう結論付けて辺りを見回した。

「主どの」

 聞き覚えのある声に呼ばれ振り返ると、そこには見覚えのある面影を残した黒髪の()()が対座していた。

「ライ、ダー……なのか?」

「はい、ここまでずっと主どのと共に聖杯戦争を勝ち抜いてきた、主どののよく知る牛若です」

 少し照れながら笑みを浮かべるその姿は俺の知ってるライダーのものと重なる。なぜ肉体が成長してしまったのかわからないが、ひとまずこうしてまた話せることにホッとして全身から力が抜けた。

 そんな俺の間抜けな姿を見てくすくすと笑うライダー。

「サラどのにも似たような反応をされました。そんなにこの姿は変なのでしょうか?」

「いや、単純に見た目が少し大人びたからびっくりしたというか……

 もしかして、牛若丸から源義経に名前を変えたあとの姿がそれ?」

「そうですね、髪型が稚児髷から垂髪になっておりますし、時期的には平安末期の姿かと思います」

 袖口を持ちながら軽く両手を広げ、左右に身体を捻って全身を確認してから頷く。

 以前は童水干の首元に結袈裟などに付けられるような菊綴が付けられている、という改造がされていたうえに首回りだけしか布がなく、胸は栴檀板と鳩尾板で隠していただけというかなり前衛的なものだった。

 今のライダーは垂領を前で合わせ、はだけないように胸元あたりを紐で留めている。彼女の言う通りこれが平安時代末期の服装だというのならおそらく鎧直垂だろう。

 多少は慣れてきていたとはいえ、やっぱり紛いなりにもきちんと服で隠してくれている方がありがたい。主に目のやりどころ的な意味で。それでも前身頃がかなり短いために胸が少しはみ出していて、動くと危ないことには変わりなさそうだが……

「どこか私の身なりに変なところありますか?」

 さすがにじろじろと見すぎたらしく、気恥ずかしそうに肩をすくめてしまう。

 正直言えば変な部分だらけだと思うのだが、今更言うほどの物でもないため首を振って否定しておく。

「ところでサラは……無事だよね?」

「サラどのでしたら、いつもの場所で休まれていますよ。

 そういえば、主どのはサラどのが普段どこで休んでいるのか見たことがありませんでしたね」

 ハッとして手を叩いたライダーは工房がある空間の奥の方を指差した。

 その指の先を目で追うと、工房の陰に隠れるように布団が敷かれているのが辛うじて見える。

 俺が起きるころにはすでに工房の中で作業していることが多く、そうじゃないときは彼女の工房がある空間がこちらの空間から見えないように隔離されていたので、休んでいる姿は新鮮に感じた。

「しばらく休むと言ってました。あのあと私や主どのを付きっ切りで看病していてくれたようですし、起きるまではそっとしておくのがいいかと」

「そうだね。お礼は起きてから言うよ。……あと謝罪も」

「かなりご立腹のようでしたので、覚悟しておいた方がいいかもしれませんね」

「ははは……半殺しぐらいで許してくれればいいほうかな」

 キレてる姿が容易に想像できて乾いた笑いが出る。ライダーもそれにつられて笑った。

 殺伐とした聖杯戦争のモラトリアム中だが、今この瞬間だけは穏やかな空気が流れる。

 ただ、気になることがまだ残っているので完全には安心できない。

「一応こうして会話できてるってことは、ライダーも無事ってことでいいんだよね?」

「ひとまず霊基は安定しているようです。

 おおよそは私の知る生前の肉体ですが、一部異なる部分もありますので。

 よろしければ、主どのが気を失ってからどうなったのか、私の口から説明してもよろしいでしょうか?

 サラどのから説明を受けましたので、大体のことは説明できます」

「わかった、お願い」

「承知しました」

 頷いたライダーは一呼吸おいたのち、ゆっくりと語り始めた。

「さきほどのうわごとから察するに、私の霊基を変質させる作業がほぼ完了していたところまでは覚えているかと思います。

 サラどのによれば、最後の仕上げに入ろうとしたところで突然主どのが自分の右手を左腕に叩きつけたそうです。その結果、書き込みデータの一部が変化してしまったようですね。私が私自身の肉体に違和感を感じているのはそれが原因なのでしょう。

 そのあとは倒れた主どのや霊基変質を終えた私をサラどの一人で介抱し、今に至ります。

 簡単にですが、以上が昨日起こった出来事になります」

「右手を左腕に叩きつけた、か……」

 気を失う直前のデータが変化してしまったのは俺も感覚的に覚えている。

 左腕からはサラから流された魔力と霊基データをライダーへ流していた。そこに右手を叩きつけたということは、右腕の謎の力が影響を及ぼしてデータが変化したと考えるのが妥当か。

 明らかに『復元』とは違う処理。どうやらまだこの右腕の力はその全容を見せていないらしい。

 そんな謎の力を使ったのにライダーが未だ無事でいられるのは本当に運が良かったとしか言えない。

「ところで、さっきから言ってる肉体の違和感って具体的にはどんなの?

 もしかして、宝具の使用に影響があるとか?」

 だとすると非常に困ったことになる。そもそもこんな大博打をしたのはユリウスとの決戦に向けて宝具を使えるようにするためだ。

 ライダーが無事なのはなによりも喜ぶべきなのだが、宝具が使えないのであれば早急に次の策を考える必要がある。

 しかし、それは杞憂に終わり、ライダーは首を横に振った。

「宝具に関しては問題ありません。この霊基に刻まれた切り札は正真正銘私の……源九郎義経が保有するものとなりました。

 必要とあれば我が奥義、存分に披露することを主どのに誓います」

 姿勢を正し、深々と頭を下げるライダー。宝具が使えるようになったことももちろん嬉しいが、彼女がしがらみから解放されて生き生きとしていることがなによりも喜ばしい。

「……あれ、でもそうすると違和感って?」

 その問いにライダーは右腕の袖を少しだけまくる。それに伴い女性らしい細くしなやかな腕が現れるが、その肌に浮かぶ蔓のように張り巡らされた痣がすべてを台無しにしていた。

「目覚めた時にはすでにこのように。一応全身くまなく確認してみましたが、このような痣が刻まれているのは右腕にのみ。しかしその理由やこれがなんなのかは……

 生前はもちろんのこと、死後描かれた物語にもこのようなものが刻まれた記憶はありません」

「痛みとか、そこだけ力が入らない、みたいなことはない?」

「問題ありません。触っても問題ありませんし、一応サラどのにも診てもらいましたが、特に変わったところはないとのことでした。

 強いて言うなら、日焼けのようで少し恥ずかしいぐらいでしょうか」

 そんな冗談を言えるぐらい本当に何もないらしい。パラメーターなどを確認しても変なところはない。

「あ、でもステータスはちょっと上がってるね。宝具は変化したんだから変わるだろうけど、筋力もD+ランクになってる」

「そのようですね。生前から腕力そのものはあまり高くありませんでしたが、こうして成長したことで若干ながらこの薄緑を扱うのに適した肉体になったからかもしれません」

 説明をしながらライダーはその手に握る日本刀を見て静かに胸を撫で下ろしている。

 ……たしか、彼女の刀はもともと『膝丸』という銘だったものが源頼光の手に渡り山蜘蛛を斬り伏せたことで『蜘蛛切』、源為義の手に渡った頃に『吠丸』と、どんどん銘が変わっていき、最終的に義経が授かった際につけた名前が『薄緑』だったはずだ。

 そして、頼朝との仲が悪化した際に関係修復を祈願して薄緑を箱根権現に奉納したと聞く。しかし、そこで薄緑を手放したことが義経の最期を決定づけたと言われている。

 彼女が握るその刀はただの武器ではなく、敬愛する兄と共に戦っていた頃を象徴するものなのかもしれない。

 しばらく談笑で時間を潰していたところ、布団が動く音が部屋の奥からして自然と口を閉じた。

「おはよう、サラ」

「ん……」

 一応返事は返ってきたが反応が鈍い。しかも布団から出るのかと思ったらもぞもぞとしているだけで一向に起きる様子がない。

 普段からこうなのか、いつも早起きしているライダーに視線を送ってみると、苦笑いをしながら肩をすくめられた。どうやらいつもこの様子らしい。

「ちゃんと立ち上がるまでは何を言っても同じ反応なんです」

「そうなんだ。起きてる姿しか知らなかったから、ちょっと意外だな」

「私も最初の方は驚きました。普段のしっかりした雰囲気と真逆ですからね」

 などと何気ない会話を続けていると、ようやく布団にくるまれていた女性が這い出してきた。とはいえまだ完全には目が覚めていないのか、頭を振って眠気を払おうとしている。

 魔除けを兼ねていると言っていた髪留めは寝ている間もしているらしく、頭を振る動きに合わせて長い銀髪が揺れている。

 ……どうやら電脳世界でも寝ているときは上着を脱ぐタイプらしく、下はスリットが入っているとはいえロングスカートなのに対し、上はチューブトップのみだった。

 露出度で見れば隣に座っているライダーの方が圧倒的だし、普段の服装も低露出と言われれば違うのだが、それでもいつもより肌色の面積が多い分そのギャップに動揺してしまう。

 ……断じて昨日の出来事を思い出したわけではない。断じて!

「主どの、どうかされましたか?」

「い、いや、なんでもないから気にしないで」

 あからさまに視線をそらしたせいでライダーに不思議がられたが、それ以上追及されることはなかった。

 ライダーを凍結させてまで見られないようにしたサラの心遣いを尊重し、昨日の出来事は墓場まで持っていこうと心に誓う。

「……………………天軒由良も起きてたんだな」

「待って何今の間!? というかなんで顔そらしてんの、ねぇ!?」

 今までに見たことないような表情で数秒黙り込んでからそっと顔をそらされた。

「なんでもないから気にするな。

 ところでお前が倒れたせいでお前とライダーのアフターケアをすべて私が行うことになったってわけが。そのことは理解しているか?

 理解したなら私に言う事あるんじゃないかしら?」

「むぅ……」

 俺の行った行動のしわ寄せがすべてサラにさせたと言っても過言ではないため、その件は申し訳ないと思ってるし、さっきまでは謝罪するつもりだった。

 ただ、なんか無理やり話題を変えられた気がして素直に謝る気になれない。

 そのまま本人たちにもよくわからない意地の張り合いは、見るに見かねたライダーが仲裁に入るまで続いた。

 謝罪の件がうやむやになると、サラはこちらに背を向けて上着に袖を通し始める。

「昨日の一件でお前の右腕が『復元』以外にも力を引き出せることは確定した。

 言うならば『書き換え』か。普通のウィザードもオブジェクトデータの書き換えなら行うが、あれは物質の構造を把握したうえで一から組み直すものだ。対してお前は過程を無視して臨んだ部分だけ弄ることができるんだろう。でなければ、サーヴァントの霊基データの一部だけを書き換えるなんて芸当ができるわけがない。

 まあ、それは追々調べればいいか。

 それよりもライダーの容態の方が先決だ。私も昨日の時点で確認したがわからなかった。

 マスターであるお前から見てライダーの身体に異常は見つかったかしら?」

「いや、見つかってない。ライダーの身に覚えのない痣が右腕にあるから、何かしらの影響が出てるんだとは思うけど……」

「なら私は気にしなくていいと思うが……お前が納得いかないんだろうな。異常がないのか、それとも私たちが見つけられてないのか判断できないからな。

 昨日今日で世話になるのも気が引けるが、間桐桜にちゃんと診てもらった方が安心できるかもしれないな。

 異常があれば対策も立てられるし、ないならないでそこまで調べれば多少なりとも安心して戦えるでしょう」

「それは賛成だけど、マスターが勝手に霊基弄ったのに、対応してくれるかな」

「聞くのはタダだ」

「いやそうなんだけどさ。あと、昨日の時点では一日安静にするようにって言ってたけど大丈夫なの?」

「本当ならマイル―ムで絶対安静が望ましいが、校舎内を探索する程度なら問題ない。ただし霊基に負担がかかっていることは忘れるな。万が一にも器が壊れればそれで終わりだからな。

 校舎での戦闘は普段なら考えなくてもいいが、今回は相手が相手だ。

 モニタリングはしておくが、そっちも気をつけなさい」

 これでもかと念押しされ、いつもより気を引き締めて校舎へと移動する。

「ライダー、身体に違和感はない?」

『問題ありません。お気遣い感謝します』

 念のため確認をしながら保健室に向かうと、ちょうど休憩の時間だったのか急須で入れたお茶とお茶うけに舌鼓を打っていた。

「なるほど、こういった味付けもいいですね。次のお弁当作るときに参考にしてみようか、な……へぁ!?」

 いつになく上機嫌な桜を邪魔しちゃ悪いかとしばらくそっと眺めていたのだが、それが悪かったらしい。

 完全に油断して鼻歌交じり休憩を楽しんでいた桜が振り向いて俺たちを認識した瞬間変な声を出して飛び跳ねた。

「えっと、なんかごめん」

「いい、い、いえ! いつでも気軽に来てくださいって言ったのは私ですので気にしないでください。

 ……それで、今日はどんなご用件で?」

 数秒前まで顔を真っ赤にしてあたふたしていたがそこはさすがというべきか、瞬時に仕事モードに切り替える桜。

 ライダーの霊基に異常がないか確認してほしい旨を伝えると快く了承してくれたのはいいが、霊体化していたライダーが姿を現すと昨日と見た目が変わっているせいでまずは唖然とされた。

「も、もしかして霊基に手を加えたんですか!? あ、いやそれを非難するようなことはしませんが、それを私が手助けするようなことして大丈夫なのかな……」

 頬に手を添えて視線を彷徨わせる桜。やっぱり不正な英霊はNPCからのサポート対象外になったりするのだろうか。

「無理なら無理でいいんだ。ただ、この姿になってからライダーの右腕に痣みたいなのがあるんだけど、俺やサラじゃ正体がわからなくて、もしバグとかなら早くなんとかしないとなって思って」

「痣、ですか……うーん、別に禁止されてるわけじゃないですよね。私のベースになった人格の倫理観の問題ですので。

 とはいえ、ここまで天軒さんに肩入れしていないと言えるかと言えば微妙ですし……」

 頭を抱え自分の倫理観と葛藤する姿を見ていると申し訳なる。彼女がどんな結論を出そうともそれを受け入れる覚悟はしておこうと心に決める。

 ほどなくして、桜の方も結論が出たようで彼女らしく控えめにだが机を叩いた。

「わかりました! 天軒さんの頼みですので私もちょっとだけ贔屓しちゃいます!」

「っ、ありがとう助かるよ!」

 頭を抱えて悩みに悩んでなお首を縦に振ってくれた桜には頭が上がらない。

 では、とライダーへ座るように促したのち、右腕をまくったライダーの手を取りそこに刻まれた痣を撫でる。

 同時に周囲に展開したディスプレイに表示された数値を見つめる桜の表情はいつになく真剣だ。

 保健委員として全力でライダーの診察をしてくれるのがうれしい反面、雑談してもいいような雰囲気でないため待ってるだけの自分は手持ち無沙汰となってしまう。

『暇なら私の話に付き合え』

「っ!」

 突然目の前に表示された文字列のせいで後ろにひっくり返りそうなるも、ぎりぎりのところで持ちこたえた。

 改めて見直すとそれは端末を経由したチャット画面だった。しかし目の前にあるように見えるのに左目だけにしか写っていない。

 まるで左目の見ている映像にレイヤーを重なるようにチャット画面を表示しているようだった。

『ふふふ、驚いたか? 周りにばれない会話機能だ。

 表示の仕方は特殊だが、タイピングじゃなくお互いの思考を文字列に出力して送りあう形だから、感覚的には普通の会話と遜色ないはずよ』

『なるほど。これを使う場面があるかどうかは別として、便利な機能だとは思うよ。

 笑い声まで文字に変換してるからすごい違和感あるけどね。

 でも、最初から付いてあったとか聞いてないんだけど?』

『デバイスに内蔵した機能じゃないからな。

 送信先をお前の左目のデバイスに設定しているだけで、やってることは普通のテキストでの会話だ。

 そこに思考を読み取る設定を加えたが、まあ既製品でも出回ってるプログラムだから2分もあれば改造できるわ』

 そんな使い道があるのかわからないものを作るほどとはかなり暇だったらしい。

 ただ俺も退屈していたのは事実。ここはサラの暇つぶしに乗っかることにしよう。

『それで、話って?』

『お前の右腕がデータを書き換えたってことで一つ思い出したことがあってな。

 以前エネミーと戦った時、黒鍵にコードキャスト以外のコード入力したことあったわよね?』

『たしか、四回戦の第二層に初めて入ったときだね』

 あのときは誰かの記憶が頻繁に脳裏をよぎっていたせいで全体的にぼんやりとしているが、辛うじて戦闘をしたという記憶だけは残っている。

『あのあと気になって黒鍵について調べてみたら、メイガス時代の聖堂教会には刻印を刻むことで黒鍵に魔術的な属性を付与させて使用していた例があった。だがその詳細な記述はない。

 マニュアル化されてないってことは、一部の天才が自分の技術でアレンジしてただけってことでしょうね』

『で、ウィザードの素人である俺にもそれが可能とは思えないから、右腕の力がそう言った効果を付与していたんじゃないかってこと?』

『だったらよかったんだがな……

 お前、左腕に持ってた黒鍵も同じ効果を付与させてたでしょう?』

 ぼんやりとしか覚えてないが、思ったよりこちらも原因解明には時間がかかりそうだ。

 右腕で通常のコードキャストが使えないのは右腕の魔術回路が独立しているせいであり、俺の意思でその回路を起動させることはできても礼装の出力先には指定できないからだと一応結論が出ている。もちろん左腕で右腕の力が使えないことも確認している。

 仮にあのときだけ左腕でも右腕の効果が使えたのだとすると、その条件を探る必要が出てきた。

「けど……」

 もし、あの意識が曖昧とした状態が使用条件なのだとしたら、おそらく自分の意志で使うことはないと思う。自分じゃない誰かの思考が混ざっていく感覚というのはあまりいい気分ではないのだから。

 間が空いて会話が途切れたので一端ライダーたちの様子を見てみるが、まだ少し時間がかかりそうだった。

『そういえば』

『どうした?』

『サラの口調ってテキストで見るとやっぱり違和感あるね』

 ひとまず間を持たせる意味で、前から気になっていたが聞けなかった口調について聞いてみた。

 サラはその見た目や立ち振る舞いから男性言葉も似あうのだが、なぜか一言以上しゃべると最後は女性らしい口調になる。

 まあ口調なんて本人も意識していないことも多いから、彼女自身が気づかなかったと言ってしまえばここで話題が終わってしまうわけだが……

『あれ、サラ?』

 反応が返ってこない。通信越しだと無言になられると相手の表情などが読めないため、こういうときには若干不便だと感じてしまう。

『わ、私の口調そんなに変か?

 お前の言い方、女が男口調で話しているのが違和感あるってニュアンスではないわよね?』

『口で話してるときは二言以上話していると最後に女性言葉になってるよ。

 テキストで会話してるからログ遡ればサラもわかるんじゃない?』

『dskfぱ@!?!?!?』

『サラ!?』

 もうはや文字にすらなってない。ただ慌てていることはわかる。思考を読み取って文字列に変換すると言っていたが、読み取れないほど混乱しているとこんな風になるのだろうか?

 マイルーム内でいったいどんなことが起こっているのか非常に興味はあるが、今戻れば間違いなく俺の命が危ないないことは予想できる。

 サラの方から会話が再開されるまでまた手持ち無沙汰になってしまったが、桜の診察を眺めていると思ったより退屈しなかった。

『まさかこんな口調になってるなんて……

 悪いがさっきのは忘れてくれ。恥ずかしくて死にそうだ。あとでテキストログも削除してやる……』

 唸るような声が聞こえてきそうなテキスト文に相手が見えていないというのに思わず何度かうなずいてしまう。

『それで、私の口調だったな。

 私は男口調で話しているつもりだったんだが、おそらく気が緩んで素が出るんでしょう……だろう』

『そもそもなんで男性口調なの? その感じだと意識してそうしてるようだけど』

『私なりに覚悟を決めた結果だ。私の父であるハンフリーの死後、身寄りのない私は一人で生きていくことを強いられた。

 お前はもしかしたら察しているかもしれないが、私は臆病な性格でな、一人で生きていけるのか不安で押しつぶされそうになっていた。その不安を誤魔化し、強い自分という虚勢を張るために口調を変えたんだ。

 変えたはずなんだけど……』

『長くしゃべりすぎると気が緩んで女性口調に戻ってしまう、と』

『そうらしいな』

 ただの文字なのにチャット画面の向こうで深々とため息をつくサラが容易に想像できた。その光景を見れなかったのはやっぱりちょっと残念な気がする。

 彼女の臆病発言は意外であるが、どこか納得している自分がいるのもたしかだ。三回戦でサラと対峙したときのあの拒絶するような鋭い視線。あれは臆病ゆえに周りを警戒していた結果というわけか。

 俺はともかくライダーまでそれを殺意と誤認してしまうほどなのだから、彼女の虚勢の質は非常に高い。それだけ精神をすり減らしていたとも言えてしまうが……

『いっそのこと、元に戻してしまうのはどう? 昔は口調を変えるぐらい思い切ったことしないと不安が払しょくされなかったのだとしても、今は違うかもしれないよ?』

『買い被りすぎだ。私は今でも過去に縛られた臆病者だ。

 それに、さすがに数年間意識して口調を変えていたから元の自分の口調を忘れてしまっててな。素の口調に戻ってるなら少なくとも無意識には覚えているんだろうが、ちゃんと戻るかも怪しい。

 というかこれ以上変な口調になるのは勘弁願いたいわ』

 悩みに悩んだ結果現状維持という結論で落ち着いたのはいいのだが、文面から切実な思いがにじみ出ていて思わず同情してしまう。

 それにしても、間を持たせる程度に思っていた疑問がここまで膨らむとは思いもしなかった。

 見れば桜の診察も丁度終えたところで、ライダーがまくった袖を戻していた。

『念のために言っておくが、このことは誰にも言うなよ? 絶対だからな?

 わかってるわね?』

『わかってるって』

 社交辞令でそう返したのはいいが、口調がおかしいことには変わりないのだから、結局またどこかで指摘されるのではないだろうか……?

 そう思ったがそれはそれで面白いので、日ごろの仕返しを込めて黙っておくことにした。

「桜、ライダーの様子はどうだった?」

「右腕だけでなく、一応全身にスキャンをかけてみたんですが、霊基にかなり負荷がかかってる以外に目立ったものはありませんでした。

 痣も念入りに調べましたが変わったところもなく、強いていれば天軒さんとの魔力のパスが痣を起点として強く繋がっているのが確認できたぐらいですね。

 霊基に手を加える際に魔力を大量に流し込んだようですし、その影響で天軒さんとライダーさんのパスがより強固なものとなり、こうして痣として浮き出たのではないでしょうか。ライダーさんの体調に影響はないと思いますよ。

 あ、霊基に負荷に関してもマイルームであと1日程回復に専念すれば正常に戻るでしょうから安心してください」

「わかった、問題ないってわかって安心したよ」

「ただし、もうこんな無茶はしちゃだめですよ?」

 軽く注意されてしまったが、これでひとまず安心が得られた。

 桜もマイルームでライダーを休ませてあげてと言っているし、今日の所はこのまま帰るとしよう。




サーヴァント牛若丸改め、源義経に霊基変質
性格は若干大人びてはいるものの、基本は牛若丸のままです(5回戦が終わるごろに、忘れていたサラともどもマテリアルを載せる予定です)
初期から考えていましたが、ようやくここまでこれました

なぜ義経を召喚ではなく、一端チンギスハン牛若を挟んでここに来たのか理由は後々回収します


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史料に無き少女との対話

既存キャラかつそのキャラが出てくる作品がまだ完結してない場合、動かし方がどうしても恐る恐るになってしまいますね……


 そして再び夜が明けてモラトリアム四日目。

 いつも通り端末に第二層の解放とトリガー生成の連絡が来ているのを確認してライダーと顔を見合わせる。

 俺のウィザードとしての腕では霊基の負担までは把握できないが、ライダーが何も言わないのなら俺はそれを信じよう。

 しかしそんな中、難しそうな顔で画面とにらめっこしているサラが待ったをかけた。

「アリーナ行くのは待ってくれ。もう少しでアサシン用の迎撃礼装が完成しそうなんだ。

 完成したら連絡するから、少し時間を潰しててちょうだい」

「それはいいけど、目安はどのくらい?」

「たぶん30分ぐらいだな」

「それぐらいなら……」

 ライダーの方を見るが、彼女も反対する理由はないと言う代わりにこちらに微笑んだ。

 気を改めてマイルームから校舎へと移動する。校舎内の時刻は正午を指しているからか、賑やかしのNPCだけとはいえかなり人通りは多い。

 サラが礼装を完成させるまでの時間をどう過ごそうか悩むが、ここ最近購買に顔を出せていないし舞と雑談して過ごすのもいいかもしれない。

 ……そんなことを考えていて、少しだけ気が緩んだのが原因かもしれない。

 いつの間にか背後に佇む黒い影に気づくのが遅れてしまった。

『ある――っ!』

「大丈夫」

 俺の背後にいる人影を切り捨てるべく現界しようとするライダーをとっさの判断で制する。

 本来ならライダーを止めるべきではなく、彼女に任せてすぐさま距離を開けるべきと思う。

 身体が硬直して動けなかったのか、はたまた『動いた方が危険』と本能的に悟ったのかわからないが、結果的に俺の判断は正解だったらしい。

 背後の人影は俺の背中に何か鋭い凶器を押し当て、無言のまま「動くな」と警告するのみ。敵意はひしひしと伝わってくるが、殺意は感じられない。

「ユリウスのアサシン、だよね」

「改めて問う。お前は異端の魔術師か?」

 俺の問いには答えてくれなかったが、その声と内容からして間違いない。

 二回戦の決戦が終わったあと、初めてユリウスと対峙したときに聞かれた言葉だ。

 あのころは自分が何者なのかわからず答えることができなかった。今も自分が何者なのかははっきりしていないが、それでもこの問いに応えられる程度には自己も確立されている。

「俺は魔術師じゃないよ。少なくとも、特定の宗教に属している人間ではね」

「なら、お前の持つ十字の剣はなんだ。あれは紛れもない異教徒の証だろう」

「十字の剣……黒鍵のこと? あれは借りてるだけで俺の持ち物じゃないよ」

「その言葉、嘘偽りはないんだな」

 嘘をついていると思われたのか、アサシンの言葉に少しだけ殺気が籠る。

 それでも事実を言っただけの俺としてはこれ以上言うことはない。……我ながら精神的にタフになったと思う。

 張り詰めた空気が周辺に漂うこと数分、ようやく理解してくれたのか背中に押し当てていた凶器を下ろしてくれた。

「ライダー、今ここで報復はしなくていいからね」

『っ、主どのがそうおっしゃるのでしたら、承知しました』

 先ほどからアサシン以上に殺気を放っていたライダーに念のために釘をさしておく。校舎での戦闘となればお互いにペナルティが発生することにある。なにより、ここでアサシンと戦闘してしまうと、何のために礼装の完成を待とうとしていたのかわからなくなる。

 俺のためを思ってのことだと思うが、その感情は改めてユリウスと戦うときまで取っておいてもらおう。

「お前の武器が他人から譲り受けたことは理解したが、つまりお前は信ずる神はいないということか?」

 一難去ってまた一難。いや、まだ最初の一難が去っていなかっただけかもしれないが、再度アサシンから問いかけられる。

「どうなんだろうね。俺はこの聖杯戦争に参加する以前の記憶がないんだ。

 だからさっきの俺の言葉に補足をすると、どこかの宗教に属しているわけじゃないというよりは、もしどこかの宗教に属していたとしてもそのことを覚えていないと言うべきかもしれないね」

 このアサシンを相手にする場合、下手に隠し事をして疑念を持たれてしまう方が面倒だ。初めて襲われたときのユリウスの言葉から察するに、今俺の後ろにいる暗殺者はユリウスの指示以外でもマスター殺しを行うことがあるようだ。おそらく、ペナルティという足かせは彼女には意味をなさない。

「ということは、お前はこの殺し合いが始まってからの記憶しかないのか?」

「予選で過ごしていた仮初の学校生活は覚えているよ。若干記憶が曖昧な部分あるけどね。まあ、結局そこで知り合った人全員が敵かNPCなわけだけど」

「……………そうか」

 またも少し間をおいてから呟く背後のアサシン。同情されているような感じがしなくもないが、俺のそばにはライダーがそばにいるし、サラも協力してくれている。決して一人というわけではない。

「お前の境遇は理解した。ならば新たな心のよりどころとして我らが信仰する神について語るとしよう」

「え、どういう流れでそうなったの!?」

「いいから来い。図書室という部屋にある本に丁度いいものがあるはずだ」

 言われるがままアサシンに手を引かれて廊下を抜けていく。あまりの突拍子のない行動にさきほどまで殺気に満ちていたライダーまでポカンとして反応に遅れてしまうほどだ。

 対戦相手のサーヴァントに手を引かれて図書室に入ってくる、という前代未聞な光景に図書室でいつも待機している間目知識や有稲幾夜を始め、その場にいた賑やかしのNPCが物珍しそうにこちらを観察する。

「どうしよう、これ」

『波風を立てないほうが得策かと思われますが……

 隙を突くための罠という可能性も否めません。十分に警戒を』

「アサシンのクラスだしそれを考えるのは当然なんだけど、なんかあのアサシンはそういうタイプには見えないんだよね」

 などと会話している間に見る見るうちに目の前に古今東西の宗教に関する教本が積み上げられてた。

 掻い摘んで説明すると信じているが、それでも何時間かかるのかわからない量に自分の表情が引きつるのがわかる。

「さっそく我らの崇める神について語りたいところだが、お前は目が黒く肌は少し黄色がかっていて茶色がかった()()ということは日本人なのだろう?

 日本人は宗教に関連した行事こそあれど、特定の宗教は持たず自然宗教であると聞く。

 だからまずは宗教とは何たるかを語るとしよう」

「そ、それはいいんだけど、そんな長時間自由行動していてユリウスに何か言われることはないのか?」

「すでにトリガーは入手して今日のするべきことは終わっている。昨日まではユリウスの寄り道に付き合っていたが、別にこうして自由に歩き回っても問題ない」

 説明するのに丁度いいページを見つけるためかぺらぺらと流し読みをするアサシンからそんな返答が返ってきた。彼女にとってはどうでもいい情報なのだろうが、俺たちにとっては有益なものだ。

『つまり、ユリウスたちはもうアリーナ探索を終えているということか』

 突然視界に広がる文字列に少し身体が跳ねた。またサラがチャットを俺に飛ばしてきたのだろう。

 会話の内容が俺だけに伝わるのは相手に悟られたくないこういう場面ではかなり重宝しそうだ。

『礼装の調整が終わったから見てみれば、面白い状況になってるな。丁度いいしアサシンから情報を引き出してみたらどうだ?』

『あまり無責任なことは言わないでほしいんだけど?』

『まあ、どちらにしても今日はアサシンと戦闘することはないし、ゆっくりしていけばいいんじゃないか?』

 その言葉を最後にチャット画面が打ち切られる。完全に匙を投げられたというわけだ。

 気付けばアサシンはいくつか説明するのに適したページを見つけたのか数冊にしおりを挟んで積んでいた。

「ではまず、なぜ宗教というものが存在するかだ――」

 

 

 結果だけを言えば、数時間では済まなかった。

 物珍しそうに見ていた賑やかしのNPCたちは残らず解散し、間目と有稲のいつものペアだけがこちらを気の毒そうに眺めていた。

「――つまり、宗教とは儀式などを行うことで人間では成しえない奇跡が起きることを祈り、願うために存在しているのだ。これで宗教がなんなのかお前にも理解できただろう。続いて我らが信仰する神についてだが……」

「人を殺すことって、宗教の教えに反したりしないの?」

 気付いたら、思ったことを口から滑らせていた。長時間の一方的な布教に集中力が切れたのかもしれないが、後悔してももう遅い。

 俺の言葉に押し黙るアサシン。背後で待機するライダーがもしものためにいつでも現界できるよう警戒を強める。

 緊迫する空気の中、しかしアサシンは小さくため息をつくだけで荒事には発展しなかった。

「我らをただの殺人集団と捉えているのであればそれは誤りだ。先ほども言った通り宗教とは、己が望む奇跡を起こすために必要な道しるべ。我らにとっての奇跡は瞬く間に命を奪う唯一無二の業であり、それを追求し己がその奇跡の体現者となるべく鍛錬を積むのが我らの儀式。つまり教団の人間は皆信仰者なのだ。

 そして、その奇跡を体現出来た者は我らを導く『山の翁』として代々受け継がれてきた名を襲名するしきたりとなっている」

 怒るのではなく諭すようにアサシンは自身が信仰する宗教について語る。思っていたのと真逆の対応に俺もライダーも面食らってしまった。

「その、ごめん。侮辱するつもりはなかったんだ」

「気にするな。異教のものならまだしも、お前のように何も信仰しない者からすれば宗教は理解できない教えである場合が多い。だからこそ、そのような者に私は我らの信仰するものの素晴らしさを語る必要があるのだ。

 それに、理解する気のない言葉であれば私も容赦する気はなかったが、さきの言葉は侮辱ではなく理解を深めるための疑問だ。実際、我らの信仰するものがなんなのか、より理解できただろう?」

 彼女の語る内容は狂信的な殺人集団のそれで、絶対に理解できないだろう。しかし、信じる対象がなんであれ目の前の少女がどんな人物なのかは理解できた気がする。

 彼女は純粋に自分の信じた道を突き進んでいるのだろう。それが倫理に反したことだとしても、その直向きな姿にはある意味尊敬してしまう。

「奇跡を体現した人間が襲名する名前。それが、アサシンの語源になったと言われる『ハサン・サッバーハ』。

 君もその一人なのか?」

 奇跡を体現というのは『ザバーニーヤ』という名の宝具を持っているということだろう。彼女の宝具は歴代18人のハサンの宝具の模範という非常に強力なものだ。

 てっきり彼女が19代目のハサンだと思ったのだが、彼女は静かに首を振った。

「私が行ったのはただの模倣。いやそれにも満たない贋作だ。サーヴァントとして召喚された今は恐れ多くもハサン様の御業をお借りしているが、唯一無二の業を作れず歴代ハサン様の御業を穢してしまった私が『山の翁』の名を襲名するなど身の程知らずにもほどがあるというもの。

 私のような未熟者よりも百貌様のような……暗殺はもちろんありとあらゆる事柄をまるで別人が行っているかのように完璧にこなす奇跡こそ我らの翁にふさわしい!」

 理想の存在を語るかのようなキラキラとした表情に唖然とする。

 彼女の言葉には悔しいという感情は一切なく、むしろ自分の実力で翁を目指そうとしたことが恥ずかしいとさえ感じている節がある。

 宗教に狂信的というのはわかったが、『山の翁』という存在に対してもここまで傾倒しているとは思わなかった。

「さて、これで我らの信ずるものの素晴らしさは十分に伝わっただろう。今からでも我らの同胞となるつもりはあるか?

 もしなるのであれば、マスターに生かしてもらえるように進言することもできる。

 あの者は違法な術をいくつも抱えているようだ。だからお前を生かしておける手段もあるはずだろう」

「違法な術って、違法呪文(ルールブレイク)は二回戦終了時点で全部使用不能になったんじゃ?」

「特にそのようなことは言ってなかったと思うが?」

 キョトンとした様子で答えるその姿に嘘をついている様子はない。

『これは思わぬ収穫だな。あの神父に全部はく奪されたと聞いていたが、文字通り最後に切り札として何か別に用意していたのか?

 何にしても、注意した方がいいわね』

 たしかに、その切り札を俺との対戦で切るとは限らないが、ユリウスを倒すつもりであるならその可能性を考慮しておいて損はないだろう。

「それで、我らの同胞になるつもりはあるか?」

 再度問いかけられたそれは、最後の忠告でもあるのだろう。同胞になるのであらばあらゆる手段を用いて生かせるように尽力する。

 しかし同胞とならないのであらば敵とみなし殺す。彼女の同胞を思う慈悲深さと、異教徒を排除する敵対心はここまでで痛いほど理解できた。

 そんなアサシンの問いかけに対し、すでに俺の答えは決まっている。

「親切に手を差し伸べてくれたことには感謝している。あなたがどれほど真剣に信仰しているのかも十分に伝わった。

 でも俺はその信仰に賛同することはできない」

「……理由は?」

「別に深い理由はないよ。あなたの信仰する教えに俺は合わないってだけだ。

 それに、俺がこういう返答をするって、ライダーはわかってたみたいだからね」

 背後で佇んでいるライダーが静かに戦闘態勢になっているのがわかる。つまり俺がどう答えてどんな未来が待っているのかわかっていたということだ。そのことがこの上なくうれしい。

「こんな俺でもライダーは信じてくれているんだ。だから俺もそんなライダーを信じたい」

 そうか、と短く返す少女。今度こそ戦闘になるかと思ったが、またも小さく息を吐くだけだった。

「お前は私たちとどこか似ている。いい同胞になれると思ったのだが、残念だ。しかしそれがお前の信ずるものなのであればこれ以上言うことはない。

 我らの同胞になるつもりがないなら、次に会ったときには容赦なくお前が信じる者の命を奪う」

「ライダーは殺させないよ、絶対に。それがどんな手段であっても」

 そのやりとりを最後に、アサシンは空間に溶けるように姿を消した。あれがアサシンのクラスが持つ気配遮断スキルだろう。

 霊体化とは違い本当に気配を感じなくなるため、すぐそこにアサシンがいるかもしれないという疑心暗鬼に陥ってしまうこのスキルはかなりの脅威だ。

『あのアサシンの性格からして、気配遮断を使って暗殺をするタイプじゃないだろう。

 もしアサシンらしく暗殺を好むなら、初手から宝具でけん制なんてしてこないでしょうし』

「うん、俺もそう思う。

 今日アリーナ行ってもユリウスと戦闘することはないみたいだけど、アリーナに行く必要はあるかな?」

『ライダーが身体をならす目的でなら、軽く潜ってもいいんじゃないか? そのあたりはお前に任せる。

 礼装は……マイルームに帰ってきてからでもいいだろう。

 今日遭遇する可能性がないならわざわざマイルームに戻ってきてもらう必要もないでしょうし』

「思ったんだけど、礼装ならサラが装備すればいいんじゃないの?」

『残念ながらこの礼装に関してはそれができない。

 この礼装はコードキャストを内蔵したものじゃなくて、概念武装をベースにしたものだからな。私が改造した黒鍵からの出力には対応してないんだ』

 概念武装というと、二回戦の時に凛がラニに作ってもらっていたヴォーパルの剣や俺が持ってる黒鍵のようなものか。

「あれ、でもサラが俺のアイテムストレージからアイテム取り出してたってことは、その逆もできるんじゃ?」

『……アリーナに行くなら早く行け』

「今誤魔化したよね?」

 追求したいが端末越しでは黙秘権が使用されたらどうしようもなかった。

 

 

 しばらくアリーナを探索したのち、今までのアリーナ探索と比べるとあっさりと校舎に戻ってきた。

 出入り口付近で数体のエネミーを倒して調子を確かめたのち、もう十分と判断したライダーの意見を尊重した結果だ。

「戻ってきてから言うのもなんだけど、本当に帰ってきてよかったの?」

『はい。この肉体で戦闘する感覚は十分に確かめられました。

 それに、先ほどのアサシンとのやりとりで主どのも疲弊しているようでしたので』

「……ありがとう」

 どうやら気を使ってくれたらしい。謝罪をしてもライダーを萎縮させてしまうだけだから代わりに感謝して校舎を進む。

『このままマイルームに戻るのでしょうか?』

「少し購買に顔を出すよ。最近アイテムの補給をする暇がなかったから」

 理由はそれ以外に、そろそろ顔出さないとまた小言を言われそうというのがある、と言うよりそっちの割合の方が大きい。

 色々あってラニとサラが礼装を作るときに暇つぶしで立ち寄ったとき以来行けてないから絶対に言われるだろうな、と思いながら地下へと降りる。

 いつもはこの時点でこちらに気づいて呼びかけられることが多いのだが、今回はこちらに気づいてないようだ。

「こんにちわ、舞。何か考え事?」

「っ!? …………よかったぁ」

 俺に気づくなり腰が抜けたようにその場に崩れ落ちた。予想外の反応にこっちも面食らってしまう。

「えっと、なにごと?」

「こっちのセリフだよ!

 対戦相手があのユリウスだって噂は聞くけどそれ以降の話題は聞かないし、ユリウスと対戦したマスターはモラトリアム中に負けてるって話だし、対戦相手発表されたあたりから君は全然購買に来ないし!!

 ……なにより売上伸びないし」

「ちょっと、最後最後。本音漏れてる」

 子供が駄々をこねるようにショーケースを何度も叩きながら不満を一気に爆発させる。

 心配かけて申し訳ないと感じたのだが、まさかの売上の心配をしていたとは想定外で思わず肩を落とした。

 一気に感情を爆発させたせいか顔を真っ赤にしている購買委員へ不満の眼差しを向けると、不満そうに口を尖らせて明後日の方向を見始める。

「だって、お得意様消えたらここ使う人いなくなるから、次の校舎併合のときに消えちゃうじゃん。

 レオ君やその対戦相手は一回戦あたりに世話話をしたぐらいで買物してくれないし、ユリウスにいたっては顔出すこともなかったし、凛ちゃんは比較的買いに来てくれてたけど今回は別の校舎みたいだし……」

 指を折りながら列挙していく名前の中には俺がこの聖杯戦争で知り合った人が全員入っていた。

 舞と同じ校舎でずっといるため、必然的に接する人も似てくるのだろうか……?

「で、俺が久々に来たから爆買いしてもらおうってことね」

「安心したのは本当だよー。ここまで贔屓してるのは君だけだし。だから、ね?」

「露骨なおねだりされると逆にやる気なくすんだけど」

「待った! タイム! 少し安くするから!」

 茶化し茶化されのやりとりをしつつ消費した分のアイテムを補充していく。こんなやりとりを彼女としたのは久々で、自然と笑みがこぼれててきた。

 そんな中、突然端末に通知が入る。舞に断りを入れて確認すると送り主は遠坂のようだ。それ自体はいいのだが、メールの内容に目を通すと思わず眉をひそめてしまう。

「どうかした?」

「いや、ちょっと遠坂に呼ばれたから行ってくるよ。じゃあまた」

「あ、うん。あれ、でも遠坂さんて……」

 舞の言葉を最後まで聞かず逃げるようにその場を去る。

 遠坂から送られてきたメールの内容は非常にシンプルなものだ。

『購買部のNPCがいないところで私に連絡しなさい』

 購買部のNPCというのはおそらく舞のことだろう。誰もいないところで連絡しろ、ならまだわかるのだが、なぜ舞をピンポイントで指定したのかがよくわからない。

 ひとまず校舎三階の人気の少ないところに移動し、メールに添付されていたアドレスに連絡する。

 しばらく続くコール音を聞き流しながら待っていると、端末から聞き覚えのある声が返ってきた。

『久しぶりね、天軒君。

 正直まだ生き残ってるのかわからなかったけど、あなたも無事五回戦まで勝ち進んだようね』

 一回戦から度々お世話になっていたが四回戦では別の校舎に配置されたため、インターバル期間も含めるとこうして声を聞くのは約二週間ぶりだ。久々の声を聞くと、いずれ敵となる可能性があるのだとしても警戒心は緩んでしまう。

「まあ相手はユリウスだけどね」

『……はぁ、また面倒なカードを引いたようね。むしろいつも通りで安心したわ』

 こちらを憐れむため息が端末越しに聞こえてくる。声だけだというのに遠坂の引きつった笑みが容易に想像できた。

「というか、別の校舎でもこうして連絡って取り合えるんだね」

『ああそうだった。違法とまではいかないでしょうけどグレーゾーンなことしてるから、SE.RA.PHに気づかれる前に要件を伝える必要はあるけれど』

「ちょっと」

 しれっと怖いこと言わないでほしい。

『じゃあ手短に話すわね。以前、二回戦終了あたりでありすが殺されたって言うのは伝えたわよね?』

「……うん、そうだね」

 思い出してもあまりいい気持ちになるものではないが、ちゃんと覚えている。

『実はね、犯人についても黒いアリスが最後の力を振り絞って犯人を教えてくれたのよ。

あの時はまだ私の中でも信じ切れてなかったのと、天軒くんも精神的に参ってそうだったから言わなかったけどね』

 ごめんなさい、と続ける遠坂だが彼女に非はない。

 このタイミングでそのことを切り出したということは、彼女の中でも確信に変わったか、それとも今なら話しても問題ないと判断したのだろう。

 ……もしくは、次会ったときに話そうと思っていたがなかなか会えないから、しびれを切らして急遽このような手段で連絡をしてきたのかもしれない。

「それで、犯人は?」

『天軒くんもよく知ってる相手よ。購買委員を担当しているNPCで、名前は天梃舞だったかしら?』

「…………は?」

 再度思考が止まる。一瞬聞き間違えたのかと思うほど、ありすたちを殺した犯人と遠坂の言った人物が繋がらなかった。

『私も未だに信じられないわ。

 アリスが見たものをあの子自身の宝具を介して見させてもらったけど、戦闘に特化してチューニングされてるとしか思えない動きだったもの。あの底抜けに明るい看板娘風のNPCとは似ても似つかないわ』

「誰かが舞のテクスチャを真似てる可能性は?」

『それが一番現実的なのよね。

 ありすたちはマスターじゃなかったから、『NPCはマスターを攻撃してはいけない』というルールに引っかかることはないにしろ、購買委員として与えられた場所以外に出現していることになるわ。

 ただの賑やかしのNPCならまだしも、運営委員は聖杯戦争を円滑に行うために配置されてるわけだから持ち場を離れることはSE.RA.PHから命令された行動に反することになる。本来なら消去されてもおかしくないわね』

 彼女の言い分はもっともだ。だが、以前舞を保健室で見たときに疑問に思いはしてもそこまで深刻な問題だとは思わなかった。

『かと言って、わざわざあのNPCに化ける理由がわからないわ。ありすたちと仲が良かったって話も聞かないから油断を誘うためではなさそうだし……

 まあとにかく、私から言えるのは十分に気をつけなさいってことね。特に、購買以外で見かけたあのNPCについてはね』

 義理は果たしたわよ。と言い残して遠坂はさっさと通話を切ってしまった。

 ありすたちの死と、舞にかけられた疑い。いきなり突きつけられた二つの事柄に対し、俺はあまりの衝撃にしばらくその場から動くことができなかった。




EXTRAマテリアルで校舎は4回戦の時点で一つに統合されているって設定があって焦りましたが、この作品に限り5回戦まで複数の校舎に分かれて対戦を行っていることにしました

理由付けは矛盾なく行えたので大丈夫なはず……


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父娘の歴史

 日付は変わりモラトリアムも五日目に差し掛かった。

 五回戦が始まってからというものの、新たにわかった自分の体質の謎や舞にかけられた疑いなど、頭を悩ませることが増える一方であることに堪らずため息が漏れる。

「気分が落ち込んでるみたいだな」

「まあ、聖杯戦争に関係ない問題まで山積みだからね。俺やライダーに害がある可能性がなさそうなだけ少しはマシに感じるけど」

 愚痴をこぼしてみるが気分が晴れることはない。一度忘れてユリウスとの戦いに集中した方がいいかもしれない。

「サラ、対アサシン用の礼装の使い方教えてくれる?」

「使い方は簡単だ」

 言いながら傍に立てかけていた礼装を持って調子を確かめるためかバトンのように軽く回す。

 先は小さく二又に別れ、反対側には鳥の頭のような装飾が取り付けられた、1メートルほどの杖の形をしたそれは直感的にエジプトに由来するものだとわかる。

「ラニは『セトの雷』と呼んでたな。モチーフは名前の通りエジプト神話のセト神などが持っていたウアス杖だろう。

 効果は行動の制限ね」

「つまり、それをアサシンに使って宝具を封じるってこと?」

「そういうことだ。ただまあ使用条件がかなりシビアでな。

 予め特定の動作を設定しておいて、その動作を行なっている相手にこの杖を叩きつける必要がある。

 宝具を食らう危険があるのは重々承知だが、その分効果は折り紙つきだ。

 この手の効果はコードキャストでも珍しくないんだが、この概念礼装なら少なくとも数日は特定の動作を封じることができる。

 ライダーが万全で臨めるように手を加えたのもこのためだからな。

 本気で殺しにくるアサシンの宝具をさばき切れるようにね」

「けど、結局礼装を使うのは俺なんだし、俺がアサシンに近づけなきゃ意味ないんじゃ……」

 それだと、どれだけライダーが善戦しても良くて封じれるのは一種類だけだろう。その後は確実に警戒されるし、下手をすれば俺が返り討ちにあって終わりだ。

「その点は心配しなくていい。礼装を接続するのは天軒由良の魔術回路だが、それを使うのはライダーでも構わない。

 ただ、その分礼装を魔術回路に深く接続する必要があるから、相手の行動を封じた分その数に比例して魔術回路に負荷がかかる。

 丸一日休めば治るが、戦闘中はお前の動きは鈍くなるうえ、コードキャストを使おうとすれば激痛が走るだろう。

 使い所はしっかり見極めなさい」

「丸一日休養にあてないといけないってことは、今日やらないと決戦に響くってことか。

 気を引き締めないとね」

 サラから手渡された概念礼装を受け取り、一応握り心地を確認してから端末経由で装備を切り替える。

 代わりに強化スパイクを外すことになるが、サラに代わりに装備してもらえれば常時は無理でも適宜解放することはできるだろう。

 装備の切り替えが完了したのを確認したのちライダーに託すと、彼女は彼女で握った感触や振り心地を確認し始めたので彼女からは視線を外してサラの方へ向ける。

「とりあえずアリーナ内でユリウスと会うまで待機かな」

「だな。問題は今日もアリーナに入ってきてくれるかどうかだ。

 お前の場合は鍛錬も兼ねてほぼ毎日アリーナに潜っているが、モラトリアム中はトリガーさえ入手したらあとは何してても自由だ。

 相手の情報を探るためにアリーナで戦闘をけしかけることもあるが、あいつは殺人の腕もさることながら頭も切れる。

 致命的な情報は与えてないとはいえ、小さな情報……例えばライダーの身につけている鎧や刀の名称もしくは似たものが使われていた時期、三次元的な動きをするライダーの戦闘スタイル。

 そういったものからおおよそのあたりは付けていてもおかしくないでしょう」

「史実では男ってことになってる牛若丸が実は女だったっていうのはかなりミスリードな情報の気もするけど……」

「あくまで史実は言い伝えだからな……

『男のように振舞っていた』が複数人の伝言ゲームの末『男だった』として言い伝えられた、なんてのもありえる。

 私の1回戦の相手は傍若無人の語源にもなった暗殺者だったが、あれもなぜか女だったしな……

 参考までに言っておくと、さっきいった服装と戦闘スタイルで私は義経の名前にたどり着いてたぞ。

 チンギス・ハンと混同されているうえ幼名の方とは思わなかったけれど」

 1回戦ではシンジがライダーを女性という部分を重視した結果、甲斐姫という間違った真名にたどり着いた。

 しかしここまで勝ち上がったマスターは性別ではなく、確固たる情報から導きだすノウハウがあるらしい。

 ここはサラの言う通り、ユリウスもこちらの真名を把握していると考えた方がいいだろう。

 

 

 場所は変わってアリーナの内部。

 逃げ道と戦いやすさのどちらの観点から見ても適している空間にてユリウスを待つ。

 サラにアリーナはもちろん校舎もモニタリングしてもらっているのだが、今のところどこにも姿を現していないらしい。

 最悪の場合は想定しつつ意図してそのことには触れないでいると、思ったより間が持たない。

 魔力の消費を抑えるためにエネミーとの能動的な戦闘も控えなければいけないため、自然とこの状況とは関係ない会話で時間を過ごす流れになった。

「ところで、サラの父親ってどんな人だったの?」

『どうしたいきなり』

「いや、なんとなく。サラが聖杯戦争に参加してまでもう一度会いたいって思えるほどの人っていうのが気になって」

 こんなこと暇つぶしの話題に挙げていいのかかなり迷ったが、サラは特に気にした様子もなく語り始めた。

『一言で例えるならお人好しな人だな。西欧財閥の傘下に入ったことで聖堂教会の在り方が変わってなお、エクソシストとして私のような悪魔憑きになった人たちを助けていたぐらいだ。

 まあ聖堂教会からバックアップがない状態では自分の下に尋ねてくる人の対応をするのがやっとだから、ほとんど個人のボランティアに近い規模だったがな。

 それでも町医者のような立ち位置で、助けを求める人やただ話し相手が欲しいだけの人が代わる代わる尋ねてくる程度の認知度と信頼度はあったようだが。

 そんな人だから、私みたいなのを引き取るなんてことが出来たんでしょうね」

 父のことを語るその声色は普段では聞かないような優しいものだが、若干気恥ずかしそうに感じた。それだけで彼女が自身の父のことをどう思っているかよくわかる。

 ただ、気になることが一つ。

「引き取るって……じゃあサラはハンフリーの養子なの?」

『言ってなかったか? まあ正式な手続きは踏んでないがな。

 生まれてすぐこの体質が発覚して生みの親に捨てられる予定だった私をそのまま拾ってくれただけ。

 あまり必要と感じなかったから気にしてないが、私の戸籍が地上にあるのかも怪しいわね』

 予想していなかった関係性に驚きはしたが、それならレオたち西欧財閥がサラの存在を認知していないことも納得だ。

「もしかして、サラが使ってる鏡を使った結界魔術って……」

『これはハンフリーが死んだあと、蘇生魔術や降霊魔術なりの文献をあさっているときに学んだものだ。

 ハンフリーから聞いた話では、私の実親の研究は生命の研磨……いやこの情報は必要ないだろう。

 聞いても気持ちのいいものじゃないでしょうし』

「……ごめん。触れられたくない過去だったよね」

『残念ながらこれっぽっちも気にしてないのが現実だ。物心つく前に引き取られて以降、一切接点がなかったおかげで顔すら知らないからな。

 というか、謝るぐらいなら最初からこんな質問しないことね』

「ごもっとも。

 でも……うん。なんでサラがハンフリーを求めるのか分かった気がするよ。

 たぶんサラと同じ立場だったら俺も似たようなことしてたと思うし」

『……私が言うのもなんだが、この感情が理解できるってことはお前そうとうヤバいぞ。

 私がハンフリーの背中を追い続けてるのは、孤独が嫌いなくせにあの人が死ぬまで他の人とまともに接してこなかったからだ。

 もしも聖杯戦争で勝ち残って降霊に成功していたとしても、開口一番に怒られるのは目に見えてる。

 それだけ馬鹿なことをしてるってお前だってわかる、で……しょう…………』

「サラ?」

 なぜか最後歯切れの悪いまとめ方をしたのだが、尋ねても反応がない。通信が途絶えた様子ではないのだが……

『いや……なんでもない。

 それより、ユリウス・ベルキスク・ハーウェイの動向が気になって少しだけ違法行為で行動履歴(ログ)を探ってみたんだが、まずいことになったぞ。

 あいつ、もう今日の日付を終えているわ』

 違法行為という言葉が若干聞き捨てならないが、今重要なのはそれではない。

 ラニとサラが作ったセトの雷という礼装は、使えば使うほど俺の魔術回路に負荷をかけるらしい。その休養期間を含めてのタイムリミットが今日だったのだ。

「一応聞くけど、どうすればいい?」

『策はないわけではないが……

 念のために下準備しておく必要があるな。

 天軒由良、今からアイテムストレージに入れるアイテムを今いる場所に設置しなさい』

 こればかりはサラも想定外だったらしく、ひどく動揺しているのが声だけでわかった。

 それでも即座にその対策を立てられる対応力はさすがと言える。

 そしてアイテムストレージを確認する。見慣れないアイテムが新たに加わっており、彼女の言ってるアイテムがなんなのかはすぐにわかった。

「……鏡?」

『今はそれをその場所に置くだけでいい。お前はこのあとトリガーも回収しないといけないだろう?

 心配しなくても詳しい説明は帰ってからするわよ』

 どうしようかと隣に佇むライダーの方を見るが、彼女も小さく肩をすくめるのみ。

 サラの思惑がイマイチわからないが、それを考えたところで時間の無駄なのは理解できた。

「じゃあ設置したらトリガーを取りに行こうか」

「承知しました、主どの」

 

 

 マイル―ムに戻ると、工房の中でサラは神妙な面持ちで虚空を見つめていた。トリガーを入手するまで特にオペレートしていなかったので、俺とライダーがトリガー入手に向かったあの瞬間から今までずっと悩んでいたのだろう。

 遅れてこちらに気づいたサラが疲れた様子で出迎えてくれる。

「……鏡とトリガーは?」

「問題なく」

 そうか、と短いやりとりでトリガーの話題は打ち切って立ち上がる。

 不思議とその場の全員が同じことを思っていたらしく、誰が言うでもなく自然と俺たちは机を囲って向かい合った。

「これからどうするかだが、やることは変わらない。アサシンの宝具を封じるために『セトの雷』を使う。

 問題なのはその前提条件であるアサシンとの戦闘がこのままじゃ行えないことね」

 言いながら全員が見える位置にディスプレイを表示させ、そこに規則的な文字と数字の羅列を列挙していく。

 おそらくこれがユリウスの行動履歴(ログ)なのだろう。それぞれこのSE.RA.PH内にある施設の名称とそこに訪れた時間と滞在時間を現しているようだ。

 こうして見てみると、ユリウスの行動はかなり効率的だ。

 初日と四日目に少し長めにアリーナ探索しているのはトリガーを回収するため。

 二日目にアリーナへ向かっているのは俺たちの情報を得るためだろう。そのあとに図書室に向かっているので間違いない。

 それ以外の日はアリーナに向かうことなく、ほぼずっとマイルームに籠っている。

「改めて見てみると、びっくりするほど動いてないな。情報が手に入ったんだろう二日目以降は戦闘するつもりがないからかアリーナにも入ってない。

 暗殺者じゃなくて引きこもりなんじゃないかしら」

「けど、それって三回戦のときのサラも似たようなことしようとしてたような……」

「あ?」

「なんでもない」

 どうやら触れてはいけない部分だったらしい。ガラ悪くガンを飛ばしてくるサラに無理やり黙らされた。ベタな脅しだとは思うがやはり怖いものは怖い。

 視線を合わせないように明後日の方向を見ていると諦めたのか、サラは少しだけ不機嫌そうに息を吐いてからディスプレイの方に視線を戻す。

「必要最低限の行動しかしない、というのはわかりましたが、ではなぜほぼ毎日何もないはずの場所へ向かっているのでしょう?」

 打開策に頭を悩ませていると、隣でジッとディスプレイを眺めていたライダーがそんなことを呟いた。

 言われてみてみると、確かにユリウスはわずかな時間だが、マイルームでもアリーナでもない場所へ足を運んでいる。

 ここは……校庭を挟んだ反対側にある別館か?

 二人して首をかしげると、それを待ってましたと言わんばかりに向かいに座っている女性が小さく笑った。

「二人が気づいた通り、あいつはマイルームで休息に入る前になぜかこの何もないところに向かっている。

 昨日まで同じ行動をしているからといって断言はできないが、賭けてみる価値はあるはずよ」

「なら、そこからどうにかしてアリーナに誘い込むことができれば……」

「ですが相手も相当な手練れ。もし誘い込まれているとわかればマイルームに籠られることもありえます」

「あ、そっか……

 別館も敷地内であることには変わらないから、そこで戦闘すればペナルティはあるだろうし……」

 光明が見えたと思ったら新たな壁にぶつかってしまった。

「なら、その両方を解決すればいい」

「もしかして、ユリウスがマスター殺しやってたときみたいに不正行為(ルールブレイク)でアリーナを作成するの?」

「そこまでちゃんとしたものを作る必要はないさ。戦闘ができて、なおかつその戦闘がペナルティとして判断されなければいい。

 私の得意分野は魂の扱いだが、それとは別に鏡を使った結界魔術も扱える。まあ見てのとおりだがな。

 そしてその結界魔術の下準備が、さっき天軒由良に設置してもらった鏡型の礼装だ。あの鏡は設置した場所の環境を複製して保管することができる仕組みでな、私の構築した結界と組み合わせることで結界内の空間を上書きすることができる。

 所詮はまがい物だが、SE.RA.PHの目を誤魔化すならこれで十分。アリーナそのものを悪用したわけじゃないから違法ではない。

 だけど機能はアリーナと同じだから戦闘も可能。

 どうだ、問題ないでしょう?」

「限りなくアウトなセーフだね。ほとんど屁理屈だし」

「屁理屈も立派な理屈だ。なによりこの聖杯戦争を取り仕切っているのはあの神父だぞ。

 鼻で笑って容認するに決まってるわ」

 その姿が容易に想像できるのがなんとも……

 この清々しいほどの力技は最初の頃なら意外に感じたかもしれないが、2週間足らずサラと共に行動してきた今となっては逆に安心感すらある。

「結界を作るのは別館だよね? ってことは今から準備してくればいいの?」

「……いや、別館に来るってことまでしかわかってないから、ピンポイントで設置するのはリスクが高い。

 それに万が一とはいえ結界がバレたら本末転倒だ。明日ユリウス・ベルキスク・ハーウェイの位置を直接確認してから結界の構築を行う方がいいだろう。

 幸い今回使う結界はそれ単体に効果はなくただ空間を区切るだけ。魔方陣が基本的に円で囲んであるのは空間を区切ることで術式の効果を高めるため、というのと理屈は一緒だ。

 だから起動までの速さと隠密性はかなり高い。

 ……とまあ、メイガスの知識をウィザードに説いても意味はないか。

 ともかく、今日やれることは終わったからもう休みなさい」

 そう言ってサラは席を立ち、また自分の工房へと戻っていく。その途中、思い出したように立ち止まってこちらに振り返った。

「『セトの雷』の礼装を装備から外しておいてくれ」

「どうせまた装備するんじゃ二度手間じゃない?」

「それはほら、負荷が少しでも軽減されるように調整を試してみるつもりなんだ。

 宝具封じても決戦でコードキャスト使えないなんて意味ないでしょう?」

「……?」

 サラの様子が少し変に感じるが、言ってることはもっともらしいので素直に装備から外しておく。

 それを確認したサラは今度こそ工房へと戻っていき、なぜかサラのいる空間が遮断されてしまった。

 何も言わなかったが、遅くまで作業するつもりだから俺たちに配慮したのだろうか……?

 残された俺たちは広さが教室一つ分に縮小された空間でお互いに顔を見合わせたのち、示し合わせたように床に就いた。

 

 

 照明が落ち、就寝状態へと移行したマイルーム。ライダーと共に布団に入り体感では約一時間。いつもならすでに眠っている時間だが、今日は眠るまでに少しだけ時間がかかっていた。

 それでもばっちり目が覚めているというわけでもなく、うとうとしている時間が長いだけ。心配しなくてもほどなくすれば睡魔に耐えられなくなるはずだ。

 だからといって、この時間が退屈でないといえばまた別の問題。

 人口の明かりがなくとも月明かりがカーテンの隙間から差し込むマイルームは若干明るく、夜目でも天井の模様がぼんやりと確認できる。

 すでに左目のデバイスはスリープモードにしてあるため、仰向けで天井と向かい合っているこの体勢では少し首を向ける程度では左側で眠っているライダーの様子を確認できない。

 それでも肌越しに感じる自分以外の体温が確かに彼女がそこにいることを伝えてくれている。

「……そういえば、今日アリーナ探索してるときにライダーの宝具見せてもらえばよかったね」

 退屈さに負けて隣で横になっている女性に声をかける。しかし返事はなく、代わりに静かな寝息が返ってきた。

 どうやら先に寝てしまったらしい。

 思い返してみると、ライダーが俺より早く寝てるのはキャスターの呪いに蝕まれていた時ぐらいではないだろうか……?

 まだ霊基に負荷がかかってるのかもしれないと不安になり、ライダーと向かい合うように寝返りを打った。

 鼻先が触れそうなほど近くにある彼女の整った顔立ちは、非常に穏やかな表情で規則的な呼吸を繰り返している。

 苦しそうではないことはわかりホッとしたが、やはり確認しないことには完全には安心できない。

 寝ている相手に許可を取らずにというのは気が引けたが、布団から覗く彼女の右手にゆっくりと触れる。

 一瞬身じろぎはしたが、起きる様子はない。

 こうしてちゃんと彼女の手に触れるのは初めてだが、絹のように滑らかな肌と細い指は、彼女が一騎当千の英霊である前に一人の女性であるということを改めて実感させられた。

 ……寝ている相手になんてことをしてるんだと自己嫌悪に陥りそうになるので、これ以上観察するのはやめておこう。

「えっと……どうしよう」

 完全にその場の思いつきで行動したため次どうするべきかが浮かんでこない。

 とりあえず繋いだ手に意識を集中させてライダーの体調をより詳しく見てみるが、どこもおかしいところはない。

 霊基に異常がないのであれば、単純に疲労が溜まっていただけだろうか……?

「サーヴァントの疲労回復となると、魔力供給すればいいのかな?」

 とはいえ令呪を通じたパス経由で魔力はちゃんと供給されている。これ以上の魔力供給となると……

「体液交換か、粘膜の接触……っ」

 想像しただけで顔が赤くなるのがわかる。

 さすがにハードルが高すぎるし、なにより寝ている相手にやっていいことではない。

「……これぐらいなら、迷惑にならない、よね」

 考えた末に、繋いだ彼女の手の甲に口づけをすることに決定した。微々たるものだが、一応これでもライダーへ魔力が余分に供給されているのは確認できる。

 これで一安心と胸をなでおろすと、その息を吐く動作につられるように急に睡魔が襲ってきた。安心できたことで緊張感が緩んだのだろう。

 ライダーの手に口づけをしたままで大丈夫かと一瞬脳裏によぎったが、結論が出るまで睡魔に抗うことができず、海の底へと沈む感覚とともに意識が遠のいていった。




四回戦もようやく折り返し地点に来ました
逆に言うとまだ半分です

三回戦であまり掘り下げられなかったサラのパートも入ってるので仕方ないと言えば仕方ないですが


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父の背中を追う娘の意思

 日付は変わりモラトリアム六日目。決戦前最後の日が訪れた。

 なぜか身体に力が入らず、身体を動かすどころかまぶたを開けることすら時間がかかる。

 やっとのことで目を開けると、まず入ってきたのは見覚えのある細い手。

 そこからさらに視界を巡らせると、見覚えのある黒髪の女性が今まで見たことないような表情で赤面していた。

「ライ、ダー……?」

「お、おはようございます、主どの。

 あの、もしよろしければ手を放していただけると……」

 彼女の歯切れの悪い言葉を頭の中で咀嚼し少しずつ理解する。

 ぼんやりとした視界が自分が今何をしているのかを捉えた瞬間一気に意識が覚醒した。

「っ!? なん……っ、じゃなくて、ご、ごめん!!」

 慌てて飛びのいてライダーから距離を取る。いつもは主人を待つ忠犬のように凛とした態度で正座しているライダーが今日は気まずそうに顔を背けて耳まで真っ赤にしている状況。さきほどまで視界一杯に広がっていた手は間違いなくライダーのもの。極めつけに俺が昨日眠る直前に行った行動を思い出せばどんな状況だったのかなど想像するのは難しくない。

 言葉にしようとするだけで顔が熱くなる。

 そしてこの状況を微笑ましそうに笑みを浮かべる傍観者が一人。

「ふふふふ……お前、思ったより大胆なんだな」

「ちが……っ! いや違わないけど、俺はただ魔力……そう魔力! だってライダー体調悪そうだったし!!」

 何を先に説明すればいいのかわからず支離滅裂な弁解となる。

 しかしそこはさすが『対話』を起源とするウィザード。見事に言葉の意味を理解してくれたのか頷いてくれた。

「なるほどなるほど……

 ところで、口づけをする場所によって深層心理がわかるって俗説は知ってるかしら?」

「な、ん……っ!?」

 ……そして、理解したうえでキラーパスを返してきた。

 自分が今どんな顔をしているのかわからないが、銀髪を揺らして愉快そうにからからと笑う彼女の様子からして、さぞ弄りやすい表情をしているのだろう。

 いつもはこの辺りで諫めてくれるライダーも今回は心ここにあらずと言った様子のせいで助け船はない。

 それこそ悪魔につかれたかのように笑い続けたサラは、数分間たっぷりと堪能してようやくまともにとりあってくれるようになった。

「まあでも、お前の行動はちゃんと実を結んでるから安心しろ。

 私もすぐには気づけなかったが、霊基変質の際にライダー自身が保有していた魔力もかなり消費してしまったらしい。それでも現界時の肉体の維持やエネミーとの戦闘ぐらいなら十分だったんだろうが、逆に言えばそれが限界。サーヴァントとの戦闘となればすぐに魔力切れを起こしてただろうな。

 そういうことは早く言ってほしいよ、まったく。

 まあでも、お前が余分に魔力を供給したおかげで晴れてライダーは完全回復というわけだ。

 代わりにお前が魔力不足気味のようだが……魔力供給しておくかしら?」

「遠慮しとく」

「だろうな。

 私もこんなところで首切り落とされたくないわ」

 意味深に自身の唇に触れているが、どう見てもこちらをからかっている表情だ。

 その証拠に両手を軽く上げてライダーのほうを横目で確認している。

「って、こんなことしてる場合じゃない!

 ユリウスが別館から戻ってきちゃったら今度こそアサシンの宝具を封じる作戦は失敗なんだし」

「ああ、そうだな。

 私もようやく決心が着いたわ」

「――――」

 声を出すことすらできなかった。気づいたときにはライダーの足元に幾何学的な模様の陣が展開しており、瞬く間に巨大な球体が彼女を閉じ込め中に浮かぶ。

合わせ鏡の牢獄(インフィニット・コーリダー)

 前に進めば後ろから、左に進めば右から、上に飛べば下から、どこへ向かっても必ず球体の中心地点に戻ってくるように空間のねじ曲がっている結界だ。

 この結界内には重力も地面もないから、飛行手段を持ち合わせていないとそもそも動くことすら無理だろうがな。

 単に空間を区切るだけの結界と違って起動に時間がかかるが、あらかじめ万全の準備しておけば瞬時に展開できるし、閉じ込められたら最後光さえも脱出は不可能。

 所詮はメイガスの魔術を再現した劣化版だし、結界破壊に特化した宝具や対城宝具クラスの威力で力押しされれば突破される可能性も十分にあり得るが、牛若丸や源義経の宝具にそういった類がないのは確認済みだ。

 本当は牢獄として以外の効果もあったんだが、それについては無駄になったわね」

 淡々と語る銀髪の麗人。

 殺気も敵意も全くなく、纏っている雰囲気に変化があるようには見えない。だからこそ、目の前で起こった光景が本当に彼女によって引き起こされたと信じられず、どう対応していいのかわからず立ちすくむ。

 その致命的な隙を目の前の女性は見逃さなかった。

 重力を感じさせないゆらりとした動きで間合いをつめてくると右手に握りしめていた何かを横に薙ぐ。

「っ……! 黒鍵!?」

「お前のアイテムは私も取り出せる。

 前にそう言ったわよね?」

 気づけなかったわけではない。しかし回避するのがわずかに遅れてしまった。

 鋭利な刃が掠った左腕には痛みと共に赤い線が引かれ、そこから生暖かい液体がじんわりとにじみ出る。

「昨日はとっさに回避動作を取れてたのに、今回は立ちすくむのみ。どっちも不意打ちなのにこの反応の違いは……殺気か?

 なるほど、死に対する反射的な行動がお前の防御の要だったのね」

 何かを確かめるようにぶつぶつと呟いたのち、再び視線がこちらに向けられる。

「恨んでくれて構わない。だから今は少し眠ってろ。

 ライダーも時間が経てば解放されるようになってるわ」

「サラ、いったい何を――」

 最後まで言うことはできなかった。

 今度はちゃんと反応して防御したというのに、彼女の技術が俺の遥か上だったせいで掻い潜られた。

 腹部に衝撃が走った直後、痛みを感じる前に意識が刈り取られる。

 最後に見た光景は、サラのどこか悲しそうな微笑みだった。

「心配しなくていい。

 次目覚めたときには、いい方向に物事が進んでるはずよ――」

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 一種の安全地帯として機能しているマイルームで佇む一人の女性。

 その足元にはこのマイルームの所有者である少年が倒れこみ、背後には少年のサーヴァントを捕えた結界が展開している。

 そしてこの惨状を引き起こした張本人は足元の少年を気にする様子もなく自分の身体を試すようにストレッチを行っていく。

「……これぐらい調子が戻ればある程度は渡り合えるか」

 それを終えると教室全体を見回し、そして黒板の方へと歩き始めた。

「もう必要ないからな」

 そう呟きながら立てかけてあった鏡を手にとると、端末を操作してコードを入力していく。

 全てを入力し終えると、鏡は礼装としての効力を失いただの鏡となり、同時に拡張されていたマイルームも元の広さに固定された。

 拡張された空間に設置されていた彼女の工房がどうなったのかは誰にもわからないが、言葉の通りもう必要ないのだろう。

「……よし、これぐらいのリソースがあれば問題ない。

 さて、ライダー、見えてるし聞こえてるだろう? この結界は中から音や光が出ることはないが、その逆は可能だからな。

 あいつは死んじゃいないが、目の前でマスターが叩きのめされるのは気分がいいものじゃないだろう。別に恨んでくれて構わない。

 だがマスターのことを想うのなら、今からいう事だけは覚えておきなさい」

 冷酷に、しかしどこか相手を慈しむように語り掛ける女性は、一度間をおいてから言葉を紡ぐ。

「――――――――」

 その言葉に対し結界の中にいるサーヴァントがどのような反応を示したのか、結界の外にいる者には知るすべがない。

 ただ一方的に伝えるべきことを伝え終わると、今度こそこの場を去る。

 外に出るとサラの表情は一変して疲労の色が濃くなった。

「予想はしてたが、やっぱりキツイな」

 思わずと言った様子で愚痴を漏らすが、彼女は立ち止まろうとはしない。

 その銀髪の隙間から覗く蒼の瞳は端末に記された文字や図形を追い、最後の確認を行っていく。入念に準備された計画に不備はない。

 一度だけ名残惜しそうに後ろの扉を見るが、その青い目はすぐに伏せられた。

「さて、最初で最後の『未来を見据えた行動』といこうか」

 その顔に浮かぶのは晴れやかな、しかし死を覚悟した微笑。その背中を止める者はなく、彼女は一人死地へと歩み始める。

 向かうのは校舎を出て校庭を抜けた先にある別館。

 ユリウスがどのタイミングでどのあたりに現れるのかわからないままだったが、別館の入り口に近づくと奥から話し声が漏れていた。

 声は二人分。場所は別館と校門の間の花壇あたりだ。耳を澄まして声の下へと近づくと会話の内容がだんだんと鮮明になっていく。

 あと少しで内容が聞き取れる、と思った刹那――

「――お前は異教の魔術師か?」

 目の前に、黒いローブをまとった死神が現れた。

 その問いをサラが直接受けたことはないが、モニター越しに一度だけ聞いたことがある。

 鼻先が触れるかと思う距離で問われた質問に答える猶予はない。

 というより、相手はもう答えを聞くまでもなく右手をこちらへ伸ばしていた。

「血肉を穿て――」

 右手から繰り出される業として該当するのは現状ひとつだけ判明している。

「――狂想躯体(ザバーニーヤ)

「っ!」

 回避できたのは奇跡に近かった。

 とっさにかがんだ直後、手のひらを突き破って生えてきた歪な白い槍がサラのわずか数センチ上を通り過ぎていく。

 しかしそれだけで終わらないのは彼女もわかっている。

 この業は自身の右腕から骨を突き出し武器とする宝具。しかし骨が生えてくるのは掌からだけに収まらない。

 脚部の強化を施しアサシンの背後に向けて飛び込むと、さっきまでいた場所に無数の骨が突き刺さる。

 間一髪回避に成功したのはいいが、声の主たちの目の前に飛び出す形になってしまった。

 二人のうちの一人、黒衣に身を包んだ死人のような顔色の男が怪訝そうに眉をひそめる。

「誰かと思えば、イレギュラーな脱落者か。

 あの男のために捨て身の特攻か?」

「まあそんなところだな。それとは別に私用もあったんだが……

 でもその前に、こんなところでハーウェイの二人がこそこそ何やってるのか聞きたいわね?」

 校門と別館の間に広がる空間で、別館の影に隠れるように立っている二つの人影。一人はサラが追っていたユリウス。そしてもう一人は隣に太陽の騎士を侍らせたレオだった。

 片やハーウェイ家直属の殺し屋。片やハーウェイ家の次期当主。

 二人がこんなところで偶然一緒にいるとは考えにくい。

 とはいえ、どんな状況でも冷静沈着で達観した振る舞いをするレオがこんなところでこそこそ作戦会議をするとも考えられないが……

「これはこれは、貴方が天軒さんの言ってたハンフリー氏の娘さんですね」

「レオ、この者と会話する必要はありません。ここで俺が――」

「待ってください、兄さん。丁度今日は彼女のことについて聞こうと思っていたんです」

 アサシンには待機の指示を出しつつ自身は拳を握りながら前に出るユリウスだが、それをレオの細い腕が制止させる。

 対するサラは構えを解かず警戒はしたままでひとまず会話には耳を傾ける。

「私のこと、だと?」

「ええ、そうです。

 その前に、まず僕たちがこんなところで何をしていたか、でしたね。

 実は兄さんから天軒さんと戦った感想なんかをいろいろ聞いていたんです。

 貴方は三回戦以降天軒さんのサポートをしていると伺っていますので、もしかするとモニター越しに聞いていたかもしれませんが、僕は自分でも驚くほど彼に非常に興味を持っています。

 是非ともまた会話したいと思っていたのですが、あれ以降まったく出会えないものですから、対戦相手側の兄さんから見た天軒さんの感想などを聞いていたんです。

 ですが、これは聖杯戦争。どこで誰が話を聞いているかもわかりません。

 普段なら盗み聞きされても気にしないんですが、僕自身の勝手で天軒さんの情報が漏れるというのは気が引けました」

「だから、NPCも寄り付かない場所でこそこそやっていた、と。言ってることは一見正しいが、根本的におかしいだろう。

 あいつの情報が漏れるのが嫌ならそもそも本人に直接連絡でもして会えばいい。

 あのお人好しは何の警戒もせずのこのこ現れるわよ」

「ああ、なるほど。その考えはありませんでした。

 ありがとうございます。では今度会うときには連絡先を交換しないとですね」

 若干棘のある言い方だが、それが逆にレオのお気に召したらしく上機嫌で手を叩いた。

 少年の言葉は裏を返せば隣に立つ兄の敗北を前提で話しているが、本人もそれをわかって言っているのだろう。

 そしてもし天軒が負けることがあっても、所詮はその程度だった、とあっさり興味を失う。目の前の少年はそういう人間だ。

「では、そちらの質問には答えたので今度はこちらの質問に答えてください。

 僕の知る限りハンフリー氏にご息女はいません。あなたと彼はどんな関係なんですか?」

 拒否権など最初からない、と言わんばかりの一方的な問いに思わずサラも舌打ちする。

 別段彼女も隠しているわけではないのだが、レオの性格ととことん合わないのだろう。

「……私は養子だ。親に捨てられる予定だったのをハンフリーに引き取ってもらった。正規の手続きはしてないから、お前らも把握できなかったんだろう。

 これで満足かしら?」

「なるほど、それなら納得です。彼は信仰が必要とされなくなった世となってなお、神の教えというものにならって周囲の人を助ける善良な方でした。

 そういう彼だからこそ、身寄りのない子を引き取ることにも躊躇なかったのでしょう」

「…………」

 疑問が解けて晴れやかな表情のレオ。それとは対照的にサラは俯き黙り込む。

 いつの間にか構えを解いていたが、それはこちらから攻撃しないという意思を表すためか、それとも()()()()()()()()()()()のを抑えるためか。

 再び顔を上げたサラからは表情が消えていた。

「最後ににこちらから質問、ハンフリーを殺したのはお前ら(ハーウェイ)か?」

 まるで口だけ別の映像を合成しているのではないかと思うほどの無表情で尋ねる内容は、彼女の養父であるハンフリーの死について。

 彼女は肩から脇腹あたりまで不自然に裂かれた自身の上着をなぞる。その隙間からはチューブトップらしき白い布と女性らしい白い肌、そしてその肌に浮かんだ赤い刻印が覗いている。

「この服はハンフリーが最期に着ていたものだ。肩から脇腹までを長物で一閃したような切り口だったから間違いなく他殺。

 だがハンフリーを殺せる人間なんてそう簡単にはいない。

 可能性があるとしたら遠坂凛のようなレジスタンスの中でも手練れの人間か、西欧財閥の暗殺部隊ぐらいだろうが……レジスタンスにハンフリーを殺すメリットはない。

 そもそも私とハンフリーが住んでいた街は西欧財閥が統治する領域中でもかなり内側にある。そんなところにレジスタンスが紛れ込むような失態を西欧財閥がするとは考えにくい。

 となれば、可能性は一つしかない。

 もう一度聞く。

 ハンフリーを殺したのはハーウェイの指示か?」

 それは質問であり最後の警告。

 しかしレオやユリウスほどの実力であればサラを退けることは難しくないだろう。

 なにより二体一のうえ、二人にはサーヴァントがいるのに対して彼女の隣にサーヴァントはいないのだ。正面からぶつかればどうなるかは目に見えている。

 だというのにレオは肩をすくめて兄の方を見た。

「その問いには、おそらく兄さんのほうが詳しいかと。兄さん、ここは彼女に敬意を表して正直に答えてください」

 レオの言葉に眉をひそめはしても反論しないのは立場をわきまえているからか。ため息をこぼしながらもゆっくりを語り始めた。

「少なくとも俺は関与していない。だが、あの神父が死ぬ少し前に部隊全体へ報告があった。『ハンフリー・ライプニッツを中心とし新たなコミュニティが生まれつつあるから注意しろ』とな。実際、西欧財閥に若干ながら不満のあった住民が彼をリーダーとして祀り上げようとしていたと聞いている。

 死亡の報告があったのはそのすぐあとだ」

「……ああ、そういうことか。お人好しなハンフリーがボランティアで悪魔払いを続けた結果自然と生まれたコミュニティが、お前らの目には新たなレジスタンスの誕生に見えたのか。

 ああわかってる。まずは首謀者を殺したんだろう。

 そしてそいつを殺す際に、さっきお前が言った情報が浮かんできた。だから同じことが起こらないようにハンフリーにまで手をかけた。

 そういうことよね?」

 怒りに声が震えるサラは、今にも殴り掛かりそうだ。しかしギリギリのところで堪え、顔を覆ってぶつぶつと呟き始める

「馬鹿か私は。あいつの憎悪を抑えるためにここに来てるのに、私が憎悪に飲まれたら話にならないだろう……

 ホント、自分でも悲しくなるほど過去に囚われてるわね」

 何度も何度も自分に言い聞かせ、呼吸を整えるのに少し時間がかかった。

 その間ハーウェイの二人が何もしなかったのは、おそらくレオの指示だ。

 彼にそんなつもりはないにしても、つくづく反りが合わないと実感する。

「だが、これぐらいの憎悪なら覚悟を決めるためにちょうどよかったかもな」

 体勢を低くし、静かに戦闘態勢に入る。

「……もうお互いに質問はないようですね。なら、僕がここにいる理由はもうありません。

 邪魔になる前に去ることにしましょう。ガウェイン」

「御意」

 肩をすくめて小さな王は騎士を連れて本館へと戻っていく。サラの目にはもう自分の姿が映っていないことを理解したのだろう。

 逆にユリウスの方はサラと同じように上体を少し前に倒していつでも動けるように構える。アサシンは後ろに待機させたまま。ペナルティの件もあるが、サラ程度ならサーヴァントを使うまでもないという意思の表れか。

 レオも本館に戻り、この場にいるのはサラとユリウス、そしてアサシンのみ。

 永遠に続くかと錯覚してしまう沈黙は、間もなく破られる。




ちょっと中途半端な切り方になってしまいますが、
2万文字に届きそうだったので減らしつつ2話に分けました

改めて見ると、レオの天軒のことが気になってるってセリフ。ちょっと別の意味に聞こえそう……


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奇跡の再現

土曜日から今日まで私用で更新できないの忘れてました

今回は4回戦では結構お気に入りのシーンです


 ――そして、私は観測する。

 

 レオがいなくなった別館裏の空間。

 ユリウスの指示でアサシンが戦闘に参加しないこの状況では、サラとユリウスの二人を止めるものは誰もない。

 一触即発の空気が流れるなか、先に動いたのはサラだった。ただし彼女が動くのを察知したユリウスがほぼ同時にコードキャストを起動し魔力の弾丸で迎え撃つ。

 彼の放つスナイパーのように正確無比な弾丸は、弾幕を張っているわけではないのに相手の動きを効率よく阻むものだ。

 だというのに、それをサラは左右にステップを踏むことで掻い潜る。

 時には両足だけでなく手を使い、地面だけでなく壁も伝うその姿はまるで獣だ。人間とは思えない動きでユリウスの攻撃を見切ったサラはみるみる距離を詰めていく。

 この時点で両者とも規格外な戦闘センスの持ち主であることは容易にわかる。

「ちっ、らちが明かんか……!」

 コードキャストでの迎撃は不可能だと判断してユリウスも拳を構えた。

 規格外な戦闘センスを持つ二人が今、至近距離で拳を交わす。

 弾幕を掻い潜ってユリウスの懐に潜り込んだサラは上体を起こすと同時にユリウスの顎を狙って拳を振り上げる。が、その拳を左肘で弾かれ軌道をそらされると、ガラ空きになったサラの左横腹にユリウスの拳が撃ち込まれる。

「……っ!」

 並の人間であれば勝負が決まるであろう見事なカウンター。しかしサラは倒れない。

 普通なら体勢が崩れればそれを戻そうと踏ん張るだろうが、サラは逆に右足を軸にして身体をコマのように回転させた。

 おかげでユリウスの一撃を最小限のダメージで抑えこめる。そしていなした衝撃さえも回転に上乗せし、全身を使って繰り出した拳はユリウスの防御を真正面から貫いた。

 カウンターに次ぐカウンター。

 数秒の間に繰り広げられた攻防は彼女たちの実力の高さを証明する。

 なおも続く激しい応酬ははたから見れば拮抗しているよう見えるが、しだいにサラの表情が曇っていく。

「どうした、こんなものか降霊師」

「わかってて言われると気分が悪いな」

 相手の攻撃をいなして反撃に繋げるサラに対し、ユリウスは真正面から攻撃を防ぎながらごり押すような戦い方だ。仮にもハーウェイの暗殺部隊筆頭である男がそんな雑な戦闘を行うとは思えない。

 完全にサラを下に見た戦い方であり、それで対応できてしまっているのが現実。

「確かにお前は天軒より戦闘技術は高い。だが俺には届かない。

 お前ならわかっているだろう?」

「そうとも限らないぞ。戦いでは何が起こるかわならいからな。

 それから先に経験した先輩としてアドバイスすると、天軒由良の評価は改めておいた方がいいと思うわよ!」

 ユリウスの裏拳を腰を落とすことで回避し、返す刀で相手のみぞおちを狙って蹴り上げる。しかしその一撃もユリウスは難なく防ぎ、すかさず彼女の脚を掴むと乱暴に放り投げた。

 飛ばされたサラは猫のように空中で体勢を整え、体重を感じさせない動きで着地するも、両者の距離が開いたことでお互い息を整える小休止が入った。

「俺とあいつが拮抗してると? ふん、世迷言を。

 この前の戦闘で力の差はわかっただろうに」

「あいつの成長速度が予測できないのはお前も理解してるだろう?」

「ならなぜこうして奇襲をしかけた? このままじゃ勝てないと判断したからだろう?

 まあ、それも失敗に終わったようだが。

 それに聞くところによると、お前あいつの礼装になり下がったらしいな。おそらく魔力生成量もかなり減ってるはず。

 こうして接近戦を仕掛けてくるのも、肉体を強化するコードキャストを使わないのもそれが原因だろう」

「……ほんと、鋭いよなお前は」

 サラの得意分野はサイバーゴーストを降霊することによる多種多様なコードキャストと、彼女自身の身体能力を生かした肉弾戦だ。降霊している間は身体能力が降霊させてあるサイバーゴーストに依存してしまうため、基本的にコードキャスト戦と肉弾戦は別で扱っている。

 しかし、ユリウスほどの相手であれば肉弾戦でも多少の強化を施しておかないと力負けしてしまう。

 なのに、ユリウスの言う通り今のサラはコードキャストを一切使っていない。ユリウスが雑なごり押しで対処できたのもそれ所以だろう。

 また、最初の一撃以降まともな攻撃は受けていないはずのサラの額には尋常ではない汗がにじんでいた。

「諦めろ。今のお前では絶対に俺には勝てん。奇襲に失敗した時点でお前は引くべきだったんだ」

「断る」

「…………」

 その姿は、物分かりの悪い愚人のあがきに見えただろう。男の表情が憐れみで歪む。

 だというのに銀髪の麗人はその男の表情に対して鼻を鳴らし、そして別の場所に目をやりながら愉快そうに笑みを浮かべる。

 まるで、自分の思い通りに事が進んだことを喜ぶように……

「そもそも、誰も奇襲が本命とは言ってないだろう?」

 サラの目線を追って背後に目をやると、足元には拳程度の大きさの手鏡が転がっていた。

 さっきまで激しい攻防をしてた場所だ。そこに何も落ちてなかったことはユリウスもわかっている。

 ならば導き出される答えは……

起動しろ(start up)

 短い詠唱に呼応し地面に置かれた鏡が質量保存の法則を無視して膨張。

 瞬く間に巨大なドーム状に展開してアサシンを含めた全員を包み込む。

 変化はそれだけに収まらず、校庭だった風景は見る見るうちにテクスチャが張り替えられ、結界の内部はアリーナのそれに塗り替えられた。

「アリーナの一画を複製した空間だ。校舎と空間の構築が違うからアリーナと同様にサーヴァント同士の戦いをしてもペナルティはないし、きちんとしたアリーナではないから強制終了になることもない。

 リターンクリスタルは使えるかもしれないが、ちゃんと機能するか微妙なところだな。どこに飛ばされるかわからない。

 結界を破壊すれば出られるが、結界破壊に特化した宝具でも持っていなければ核を壊すしかない。

 そして――」

「核はお前自身、といったところか。

 だが、礼装になり下がった今のお前にこの結界を維持するほどの魔力があるとは思えんな」

「……まあ、そう考えるのが普通か。

 今の私の身体は本来の約一割の魔力しか生成できない状態だからな。死ぬのが避けられたとはいえ大きすぎる代償だ。

 お陰でマイル―ムから校舎に出るだけで一苦労よ」

 わざとらしくため息をつく姿を見て目の前の死神が眉間にしわを寄せる。

「なら、今のお前は約9割の死んでいる臓器を補うために大量の生命維持装置を抱えているのに等しい。どう考えてもまともに動けるわけがない。

 それなのに俺の前に立ちふさがるなど、ただの自殺志願者にしか見えないな」

「ああ、()()()()()()()()

「…………なに?」

「正確には完全に分離してきた、と言うべきか。

 マイルームの外で活動する場合は礼装部分へ魔力が流れないように弄っていたんだが、それだと本来の魔力の流れを不自然にせき止める形になるから、どうしても身体に無理が生じて時間制限がかかる。

 だから完全に組み替えてきたんだ。礼装部分を完全に切り離し、アバター部分だけで魔力が綺麗に循環してくれるようにな。

 お前のたとえで説明すると、死んだ臓器ごと生命維持装置を外して、残った臓器だけで生命維持ができるように肉体改造した、ってところかしら?」

 もちろん彼女の言っていることが本当だとして、そう簡単にできることではない。

 魂の扱いに長けた彼女だからこそできた例外中の例外だ。

 しかし、だとしても……

「バカな。そんなことをしても身体を構成するリソースが戻るわけではない。

 魔力のロスがなくなるから仮にコードキャストが使えるようになったとしても、今のお前は元の1割程度のリソースで動くハリボテだ。

 身体能力の低下もそうだが、なにより身体の耐久力が俺の一撃だけで飴細工のように砕け散るぞ。

 ……そもそも、そんなことをして生きていられるのか?」

「まあ、普通なら不可能だよな。

 だが、肉体を構築するリソースも、結界を維持する魔力も問題ない。

 私の使う鏡の結界魔術の本質は、物質の増加。同一のものを複製し、質量保存の法則を凌駕する神秘。

 付け焼き刃の私の技術じゃ無尽蔵とまではいかないが、この電脳の世界でも例外ではない。

 マイルームに使われている教室一個分のリソースを自分に還元すれば、人一人の肉体を補強するぐらいは問題ないさ。

 そして魔力に関しては、それを可能にするほど私の魔力生成量は規格外ってことだ。

 10分の1になった魔力生成量で、自分の身体を維持できる程度には、ね」

 目の前に表示させたキーボードを乱雑に操作し、テクスチャを切り替えることで上着を脱ぐ工程をスキップして脱ぎ去る。

 割かれた上着から見えていた通り、上はチューブトップのみ。そして先ほどまで上着で隠れていたためわからなかったが、スカートはベースが修道服であるからか腰部分がぶかぶかであるため、左右の骨盤あたりで引っかかるように紐を取り付けている。

 かなり雑に補修された上着を着ていたのがマシに見えるレベルで、今のサラはぎりぎり『服を着ている』という分類に収まるように布を加工しているという印象が強まった。

「サキュバスか何かの血でも流れてるのか?」

「心外だな。露出狂とでも言いたいのか?

 これでも物持ちはいいほうなんだよ。まあ過去を引きずって捨てられないだけだが……

 それより、もっと他に注目する場所があるでしょう?」

 言いながらわざとらしく肩をすくめるサラ。

 いきなり肌色の面積が増えたことで注目する点が拡散してしまったが、たしかに彼女の身体には気になる点があった。

 上着を着ていたときからその裂け目から覗いていた赤い刻印。その下に、さらに別の模様が刻まれていた。

 その刻印をサラの細い指がなぞっていく。

「私のこの胸にある刻印、これは私の名前にも刻まれている『コルナ』を模したものだ。

 コルナは元来魔除けのジェスチャーだとされているが、同時に悪魔崇拝のジェスチャーでもある。普段は他の魔除けと併用することで、魔除けの魔術として機能させているけどな。

 ここで問題。

 この下にある刻印は何を表しているんでしょうね?」

 首をかしげながら、相手の視線を誘うように彼女の指も下腹部へと下がっていく。

 コルナを模した刻印からへそに向かって広がる一本線はまるで雫。そして、へそより下……ちょうど子宮があるあたりには雫を受け止めるように器が描かれている。

「その器、まさか聖杯か……?

 いや、だがそんなもの描いたところで所詮は落書き。何かが起きるはずがない!」

「だろうな。だが、私なら話が変わってくる。

 そもそもこの赤い刻印が何でできてるか。

 それについて考えてみてもいいんじゃないかしら?」

「…………なっ!?」

 言われて初めて冷静に観察し、そしてユリウスは気づいた。

 彼女の身体に刻まれていた赤い刻印は、高濃度の魔力で形作られている。

 つまりそれは……

「令呪、とでもいうつもりか!?

 だがお前の令呪は右手にあったはず。そしてそれは自身のサーヴァントによって切り落とされた!

 だから聖杯戦争から脱落したはず!」

「もちろんこの聖杯戦争で獲得した令呪は失ってる。

 生きながらえたのはまた別の理由だ。

 その証拠にこれは魔力だけなら令呪と同レベルだがサーヴァントを拘束する力はないわよ」

 言っても信じないだろうけどな、と呟きながらため息をつき、そして改めて説明を続ける。

「で、なんで私がこんな令呪もどきを持ってるかというと、だ。

 私も研究資料を読んだだけだが、私の実親が研究していたのは魂の研磨だったらしい。

 今の人間は人体を科学的に解明されて根源から離れすぎている。ならば不必要な部分を切り捨て神秘の源のみを保有した人間を創ればいい。

 そんな狂った思想のもと、生まれて来る生命を加工する魔術の家系だったらしい。

 だが、数十年前に地上からマナがなくなり始め、このままでは研究を進めるのが困難だと判断すると、マナがなくともオドだけで研究ができる人間を作る計画にシフトした。

 で、私はそんな研究の『失敗作』というわけよ」

 オドだけで研究が出来る。それはつまり、本来マナを消費して行う大規模な魔術をオドだけで行うという事。

 そんなことが可能であればこの地上にはまだメイガスが残っているはずだ。だが、現実はメイガスは滅び、新たな魔術師としてウィザードが誕生した。

「そんなことできるはずがない、といった顔だな。だがそれができるんだよ。

 私に埋め込まれた『コーニュコピア』の破片があればな」

 コーニュコピア。

 ギリシャ神話の全知全能の神ゼウスが、自身を育てたとされるアマルテイアに返礼として渡した山羊の角。

 その角にはゼウスの祈りが込められており、持ち主の望みの物を与える力があると言われている。

「これも聖堂教会が定めた『聖杯』の一つに該当するんだろうな。

 ……破片とはいえそんなものを持っていてお咎めなしということは、私の家系は聖堂教会と裏で深く繋がってたんだろう。

 であれば、悪魔を祓うためとはいえ、魔術師の家系である私のもとに聖堂教会側の人間であるハンフリーが来たのもある意味納得よね」

「……失敗作というのは?」

「目論見通り大量の魔力を生成できるが、それに耐えられる魔術回路を持ち合わせていなかったんだ。資料によると数十年かけてコーニュコピアに適応する()()()()()()()()()()()()もしてたみたいだが、私みたいなのが生まれたってことは無駄だったらしい。

 自分の魔力で自分の回路を焼かれる感覚を知ってるのは私ぐらいかもな。

 おかげで生まれた私が感じたのは「痛い」という本能的な危険信号のみ。当然そんな状況が続けば精神は急激に摩耗。

 魔術師の家系っていうのは基本狂った思想を持つらしいから、もしかすると私という人格が消えても魔力を溜めれる肉袋として機能すればいい、と考えていたかもしれないが、なまじ規格外な魔力を保有しているせいでそれを求めて悪魔がわんさかと寄ってくる。

 私がいることによるメリットよりデメリットが多いと判断した結果、私は悪魔を祓いに来たハンフリーにそのまま引き取られる形になったというわけだ。

 そのあと長い年月をかけて魔除けのスキルと並行して、余剰分の魔力をこうして刻印としてストックする術を身につけた結果が今の私だ。

 信じられるかどうかは別として理解はできたらしら?」

 サラが自身の身の上話を語ること数分。その姿はかなり隙だらけだというのにユリウスが近づいてくる様子はない。

 聖杯の破片をその身に埋め込まれた人間が相手となれば、不用意に近づくべきではないと判断したのだろう。その証拠にアサシンにさえ攻撃命令を出していない。

 さきほどと何か状況が変わったわけではないのに、だ。

 その姿は、今自分がいる場所が実は地雷原だったと知らされた瞬間足をすくめるような愚かさにも等しい。

「ふふふ、あはははは……っ!」

 この状況へ導いたのはほかならぬサラ自身。だというのに、あまりにも見事に術中にはまった男を前に我慢できず笑い出した。

 乱暴に目元のアイシャドウをぬぐったことで顔の印象が変わる。さらに髪留めを外すことで今まで縛られていたくすんだ銀髪が広がり、翼のように背後で広がった。

「ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ、自分のその慎重さを恨むんだな。

 お前は、自分で自分の確実な勝利を手放したわよ!」

 サラの足元を中心に幾何学的な模様が描かれる。

 何かが起こり始めている。しかし何が起こっているのかはわからない。故に踏み出すべきかどうかを決めかねるユリウス。

 男が悩んでいる間にも幾何学的な模様は地面を埋め尽くし、そして淡く光を宿す。その光が魔力を宿したものだと理解した瞬間、ようやくユリウスは駆け出した。

 一息で距離を詰め、インファイトでサラが行う『何か』を阻止しようとするが、そのことごとくを彼女はいなしていく。

 そしていつの間にか周囲に彼女が憑依の際に使っている棺桶が浮遊し始め、着々と『何か』を行う準備が進められていく。

「サーヴァント召喚に必要なのは、英霊のいる座にアクセスする手段、サーヴァントを現世に繋ぎとめる楔、サーヴァントの肉体を維持するための魔力。

 その三つの内、楔は通常の召喚と同様に私自身、魔力はムーンセルの補助なしでも補える魔力を私自身が生成できる。

 そして座にアクセスする手段だが……

 すでに召喚されたサーヴァントを使えば必要ないわよね?」

「貴様、いったい何をしようとしている!?」

 珍しく焦りを見せる暗殺者に対して、銀髪を揺らして余裕の笑みを浮かべる降霊師。

 いつの間にか精神的な優劣が逆転した状況をあざ笑うように、彼女らの周囲を飛び交っていた棺桶が規則的な配置につく。正五角形の頂点の位置、いやこれは円を描いているとみるべきか。

 そして、その中心から新たな、どす黒い色をした棺桶が姿を現した。

「必要なのはサーヴァントの情報。

 天軒が似たような効果の絵巻を持ってたのは驚いたが、この棺桶の中には私が召喚し契約していたサーヴァントのデータがこと細やかに記憶されている。

 合わせ鏡が悪魔を呼ぶ、っていう伝承のおかげで親和性が高かったのも手伝ってるんでしょうね」

 黒い棺桶が現れたのが決め手となったらしく、地面に刻まれてた模様の光が増し、さらにはサラの白い肌に刻まれた刻印も呼応するように赤く輝き始める。

「っ、アサシン、あの女を今すぐ殺せ! 宝具を使っても構わん!」

 ここにきてようやくの命令を受け、アサシンが跳躍する。

「闇夜を巡れ――」

 短く言葉を紡ぎながら、アサシンは十数メートル離れていたサラへ一気に迫る。一息でその距離はほとんど縮まり、距離はもう2メートルもない。

 そして、その距離はすでにこの宝具の射程内でもある。

「――狂想閃影(ザバーニーヤ)

 深々と被っていたフードがめくれ、彼女の黒髪が一気に膨張する。

 直接見たのは初めてかもしれないが、モニター越しでは数度見かけた業が彼女へと迫る。

 まるで黒い波のように広がり襲ってくる髪を、サラは後ろへ飛ぶことで回避する。

「――素に贄の生き血。礎に指輪と魔術の開祖」

 囁くような、しかし空間全体に響くような不思議な声。

「――あざ笑う声は我を誘い。五つの感覚は失せ。

 受肉から張り巡りて。神要らぬ世と至る三叉路へ侵蝕せよ」

 一節唱えられるごとに周囲に魔力が満ちていき、黒い棺桶も不自然に震えだす。

 その詠唱が何を表しているのか彼らは知らない。それが地上で行われた聖杯戦争で、サーヴァントを召喚する際に用いられたものであることを。

 それでもこのまま放置していてはいけないことは理解している。故にアサシンは距離を詰めつつ髪を伸ばし、逃げるウィザードを包囲しようと詰め寄る。

「――穢せ(奪え) 穢せ(奪え) 穢せ(奪え) 穢せ(奪え) 穢せ(奪え)

 だというのに、サラの身体は背後から誰かに引っ張られているかのように重さを感じさせない動きで、アサシンの追撃をのらりくらりと回避し続ける。

「――我望む虚数は五番。これ恐れぬものが叡智を得る」

 その間にも彼女の詠唱は続き、周囲に溜まる魔力が通常では考えられない規模に充満する。

「――告げる」

 その一言で、ただ周囲に充満していた魔力が一定の指向性を持って動き始める

 動き出した魔力は渦となり、ユリウスの背後あたりを中心に渦巻き始める。

 振り返ると、なぜかそこにはもう一人サラの姿が。しかしアサシンが追っているのもサラ・コルナ・ライプニッツで間違いないはずだ。

 ただ、彼女が使うのは鏡を使った結界魔術。なら導き出される答えは……

「アサシン、それは虚像だ! 俺の後ろに本体がいる!」

 その言葉に瞬時に反応したアサシンは踵を返し動き出す。だが偽物のサラを追いかけていたアサシンはユリウスやその背後にいるサラから距離が開きすぎている。

 それに、頭上を取るべく高く跳びすぎたせいで着地までに時間がかかる。

「――汝の魂は我が肉体に。我が肉体は汝の手足に」

 そうこうしているうちに、さらに詠唱が紡がれる。おそらく詠唱の終わりが近い。

 唱え終われば何が起こるかわからない。

「大地を奔れ――」

 だからこそ、アサシンは容赦をしなかった。

 さきほどとは違う短い詠唱とともに、ギチギチと脚部が悲鳴が上がりそうなほど強く何もない空間を踏みしめた。

「――妄想疾走(ザバーニーヤ)

 直後、無風の空間内に暴風が吹き荒れた。

 その勢いはとっさに自身に肉体強化を施したユリウスでさえ腰を低くして踏ん張らなければ吹き飛ばされそうなほどだ。

 原因はアサシンの宝具によるものだが、暴風は副産物でしかない。その真髄は……

「終わりだ。異教の魔術師!」

 暴風が吹き荒れるなか、ユリウスの背後にいたサラの目の前までアサシンが肉薄している。

 瞬きをする暇すらないほどの瞬間的な高速移動。曰く、生身で音速を超えられるほど極限まで脚部を自己改造することでその身に宿した奇跡。その奇跡は、虚空すらも己の足場として駆けることすら可能にする。

 それこそが妄想疾走という宝具。

 吹き荒れる暴風は相手の動きを封じ、自身はすでに展開済みの狂想閃影で追撃が可能。

 なにより1メートルにも満たない至近距離で展開された宝具を回避するのはほぼ不可能だと言ってもいい。そして天軒のライダーでも苦戦する業をサーヴァントではない人間が対処などできるはずもなく、容赦なく漆黒の波に飲まれて……()()()()()

「な……っ!?」

 鋼鉄の黒髪が飲み込んだのは鏡で構成された偽物だった。しかし、アサシンが高速移動してからしたと考えるのは難しい。

「どちらも偽物だったということか……

 ならば、本物はどこへ……!」

 あたりを見回してもそれらしき影は見当たらない。コードキャストで隠蔽している様子もない。

「――契約の儀に従い。我が願望我が使命を歪めて遂行せよ」

 声が聞こえた。

 場所はアサシンの立っている方向。さきほどまで偽物のサラが立っていた場所であり、魔力が渦巻いている中心点。

 その()()から聞こえてきた。

 見上げると、くすんだ銀髪をなびかせ、地面でなす術なく見上げているだけのユリウスたちを見下し、あざ笑う麗人の姿がそこにはあった。

 どこかで入れ替わったようには見えなかった。少なくともこの結界が展開してからは。もしそうならユリウスかアサシンが気づくだろう。つまり……

「貴様、この結界を展開してからずっとそこに潜んでいたのか!」

 ユリウスがコードキャストで魔力の弾丸を放ち、アサシンは自身の髪を彼女へ向けて伸ばす。先ほどのように瞬間移動しないのは、ユリウスの魔力消費を懸念してか、もしくは連続での使用ができないからか。

 そして――

「――我は叡智を授かりその身を滅ぼす(call asumodeus full possession)

 静かに、されど力強く、詠唱の最後の一節が唱え終わる。

 彼女の身体に刻まれた赤い刻印はさらに輝きを増し、渦巻いていた魔力は飲み込まれるが如くサラの身体の中に流れ込む。

 無防備を晒す彼女に先に迫るのはユリウスの放った魔力の弾丸。だが魔力を飲み込む際に吹き荒れる風が壁となり弾丸を弾く。

 続くアサシンの黒髪は吹き荒れる風をかき分け、着実に相手の身体を抉るべく突き進む。

 サーヴァントであってもまともに食らえば無傷では済まない漆黒の触手が迫り、サラの柔らかい肌をえぐり取るその直前、爆発にも等しい魔力の放出がアサシンの攻撃を吹き飛ばした。

 爆発の余波に思わず顔をそらしたユリウスとアサシンが再び上空を見上げると、その一瞬の間に上空で佇んでいた女性の姿は異形の姿へと変質していた。

「――悪魔としての矜持に従いその願いを叶えましょう」

 大きな帽子と、そこから突き出したねじれた角。紫を基調とした極彩色な容姿、ピエロを彷彿とさせる不気味な笑み。

「――第一部『誕生』は、ワタクシの敗北をもって幕を閉じました――」

 彼の名を知る者がいれば、あるいはこう叫んだかもしれない。

 ああ、悪魔! 悪魔! 悪魔が来たぞ! と。

 紫の悪魔はその手に握る身の丈ほどあるハサミを開け、そして金属同士がこすれる耳障りな音を意図的に鳴らしながら閉じると、声高々に宣言する。

「――続きましてはぁ、『復活と逆襲』!! さぁ、さぁさぁさぁ!! 第二部の始まりですよォっ!!!」

 サーヴァント・キャスター、真名メフィストフェレス。

 かつて天軒由良に敗北した悪魔が今一度SE.RA.PHの地へと降り立った。




ということでメッフィー再来です
三回戦でわりとあっさりやられたのもここで見せ場があるからだったり……

詠唱はまんまサーヴァント召喚詠唱のパクリです
ネットの考察とか含めて弄ってましたが、やっぱりもとの召喚詠唱びっくりするぐらい作りこまれてますね


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悪魔への要請

メッフィーのセリフって脳内で子安ボイス再生しながら書くと「ぁぃぅぇぉ」が乱立しすぎるから調整が難しいですね
書いてるときは楽しいんですが


 ――そして、私は観測する。

 

 アリーナを模した結界。そこに響き渡る悪魔の笑い声。

 奇声とも取れる声を発する狂人は地面に降り立つとすぐさま跳躍し、立ちすくんでいたアサシンに襲いかかる。

「パァッハァッ!!」

「ちっ!」

 言葉としての体裁を整えてない奇声とともに振り下ろされた巨大なハサミをアサシンはすんでのところで回避するも、反撃に転じられずに距離を開ける。

 いつの間にか少女の髪の長さも一般的な長さに戻り、重力に逆らって蠢く様子もない。どうやら魔力消費を懸念して宝具を解除しているようだ。

「で、あるならばぁ! まだまだ行きますよぉ!」

 四つん這いからの地面すれすれを滑空するような跳躍で迫る。その姿はさながら黒光りする頭文字Gの昆虫のようだ。

 アサシンもその姿に何かしらの嫌悪感を抱いたらしく、眉間にしわを寄せ、迫りくる道化師を排除にかかる。

「絶痛に(わら)え――」

 懐から投擲剣を取り出し、迫るキャスターに向けて放つ。

妄想感電(ザバーニーヤ)

 弾幕のように投げられた投擲剣には彼女の宝具が込められており、あたりに紫電を撒き散らしながらキャスターの逃げ道を塞いでいく。

 そして各々の投擲剣から発せられる紫電はお互い繋がり合い、弾幕と弾幕の間をまるで網のように張り巡らされた結果、少ない隙間も完全になくなってしまった。

 勢いの乗ったキャスターは今から急旋回して回避することは不可能。その手握る得物で投擲剣そのものは弾けても、その剣が纏う電撃までは防ぐことはできない。

 そのはずだが、悪魔の顔から笑みから変わることはない。

「きひひひっ!

 コードキャスト、add_invalid();起動ォ!!」

 紫電が悪魔の身体を襲う刹那、彼の背後から現れた小さな棺桶が淡く光り出し、半透明な壁が悪魔を守るように展開し雷撃を防いだ。

「なん……っ!?」

 目の前で起きた予想外の展開にアサシンの反応が遅れ、さらに己の宝具によって若干動きが鈍っていたことでキャスターが懐に飛び込むのを阻止することができなかった。

 僅かな隙をこじ開けるように肉薄したキャスターは、アサシンを挑発するように自身の持つハサミをチラつかせながらゆっくりと開く。

「舐め、るなぁ!!」

 しかし彼女も英霊として呼ばれたサーヴァントの一人。回避は不可能だと判断するとすぐさま攻撃で相殺しようと魔力をさらに消費する。

「血肉を穿て。狂想(ザバー)――」

「それ、頂きますねぇ」

 アサシンが右手を突き出して放とうとしたのは骨を改造した白く歪な槍。

 ライダーの一閃を防ぐそれならばキャスターの攻撃を防ぎつつ反撃することも可能だろう。とっさの判断であるというのによく考えられたアサシンの対処は、しかしそれさえもキャスターの予想の範囲内でしかなかった。

 黒いローブを翻し右手を突き出したのを確認したのち、あろうことかハサミを手放したキャスターは、虚空から一本の棒を取り出す。

 片方が小さく二又に分かれ、反対側には鳥を模した装飾が施された杖。二人のウィザードが協力して作り上げ、『セトの雷』と名付けられたその概念礼装が、悪魔の手によって振るわれた。

 歪な白い槍と概念礼装の杖が打ち合う。

『特定の行動を起こしている相手に打ち付ける』という条件を満たした概念礼装は内蔵された力によってアサシンを雷撃が襲う。

「が、ああぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛ぁぁぁっ!?」

 その場にうずくまり絶叫するアサシン。その腕は薄く焦げはしてもそれほど深刻なものには感じられない。この痛みは、受けた本人にしかわからないものだ。

 行動を封じ、もし破れば激痛を伴うこの概念礼装の効果が適応されるのは『特定の行動』を起こしている最中のみ。

 それはつまり、この礼装の効果が適応された直後はまだ『特定の行動』をしている途中であるということ。ならば、こうなるのは必然。

 今頃、彼女は右腕を何度もナイフで刺されるような、ぐちゃぐちゃにかき回されるような、想像を絶する痛みに悶えていることだろう。

 それほどまでに強力な効力であれば、使用者にも負担がかかるのは当然である。

「きひっ、ひひ……」

 紫の悪魔は相変わらず笑みを浮かべているが、その表情は引きつっていた。

 とはいえ、アサシンに比べれば動けないというほどではないだろう。その証拠に一度手放したハサミをもう一度手に取り、ゆっくりと近づいていく。

 未だ痛みでうずくまるアサシンに回避は不可能。

「ちっ、戻れアサシン!」

 だが、これは聖杯戦争。自身のサーヴァントをサポートするべくアサシンのマスターがコードキャストを起動し、魔力の弾丸でキャスターを牽制する。

 その隙にアサシンは転がり込むように黒衣の男のもとまで退却した。

「くそっ、何がどうなっている!?

 サラ・コルナ・ライプニッツはどこへ行った!?

 さっきの詠唱はなんだ!?

 なぜサーヴァントがコードキャストを使える!?

 そもそも、貴様は三回戦の時点で天軒に倒されたはずだろう!?」

「んふふふ、いいですねぇ。そういう反応ワタクシ大好物です」

 珍しく動揺を隠せないでいるユリウスの姿にキャスターはケラケラとあざ笑う。

「まあ久々の登場で気分もいいですから、一つ一つお答えするのも一興ですかねぇ。

 とは言っても、あなたの質問は一つの答えで説明がついてしまいますが」

 ゆらゆらと左右に身体を揺らし相手を煽るキャスターは突然天を仰ぎ、まるで演劇でも行うかのように語り出す。

「ワタクシはあの少年に倒された直後、元マスターが用意していた棺桶型の礼装の中に保管されていました。

 私の霊基が破壊されると自動的にそうなるようプログラムされていたのでしょう。

 そして窮屈な空間で耐えること数週間! ついに復活の時ィ!

 元マスターが先ほど唱えた詠唱は、聖杯戦争でサーヴァントを召喚し契約を交わす際に用いるものを改良したもの。どうやら魔術を学ぶ際にどこかで知識として蓄えていたのでしょうねぇ。

 それにより、ワタクシは元マスターの身体を依り代としこうして舞い戻ったのです!!」

 わざわざ魔力を無駄遣いし、背後に小さな爆発や紙吹雪を起こしてまで演出に凝った説明。

 ユリウスはその光景に眉をひそめつつも、説明の内容を冷静に分析していく。

「自身を依り代とする英霊の召喚……いや降霊か。ならばその肉体、テクスチャを変えただけでサラ・コルナ・ライプニッツのものだというのか?」

「ええ、その通りです。身体の主導権など諸々はワタクシのものですが、意識だけは共有していますよぉ。なんなら、積もる話でも交わしちゃいますか?」

「ほざくな」

「あら残念。ですがまあ、貴方の言う通り見た目は変わっても魔術回路はそのままですので、コツはいりますが元マスターが使っていた魔術もコードキャストも使えますよぉ」

 右手を振ってキーボードを展開する様を見せつける。と同時に、左手で懐中時計を数個放り投げる。

「もちろん、ワタクシ自身の魔術もぉ!!」

 道具作成のスキルによりあらゆる魔導器を作成可能な彼が作ったそれは、次の瞬間爆発とともに破片が周囲に飛散した。

 とっさにコードキャストでアサシンを庇うように防護壁を展開するユリウスだが、そのせいでアサシンともどもその場で足止めを食らう。

 その隙にすさまじいスピードで背後に回り込んだキャスターがその手に持つハサミを横薙ぎに払う。

「っ、断想体温(ザバーニーヤ)!!」

 サーヴァントはマスターを攻撃できない、というルールは存在するが、そのルールが適応されるのは決戦場のみ。

 当然この空間ではそのルールは適応されない。

 ゆえにキャスターのハサミはユリウスの首を目がけて振るわれた。

 キャスターを止めることも、ユリウスが自力で回避することも不可能だと判断すると、即座にアサシンは肉体を硬化させて自らが盾となる。

 しかし、帽子を被った道化師は待っていましたと言わんばかりに歓喜の表情を浮かべた。

「いただきまぁぁぁぁす!!」

 ハサミを虚空に仕舞い込み、セトの雷をその手に握って振り下ろす。

 硬いもの同士がぶつかり合う音と共に再び雷撃がアサシンを貫いた。

「が……っ! なめ、るなぁぁ!!」

 先ほどと同じ激痛が全身を襲い、立っているのも厳しいはずなのに歯を食いしばり、別の痛みで誤魔化しながらキャスターを蹴り飛ばした。

 執念ともいえるその攻撃にキャスターは虚を突かれたようで、とっさにハサミで防御しつつも道化師の顔は驚きの表情を浮かべていた。

 だが概念礼装による力は絶対だ。激しい痛みに抗うことができるのはよくて数秒。すでに宝具は解除されている。

 これで数日間ラニのバーサーカーが放った宝具にさえ耐えきった鉄壁の守りは展開することはできない。

「これで二つ目。わかっていれば我慢できないことはないですが、思ったよりこちらへのフィードバックも無視できませんよぉ、これ」

 相手に悟られない程度に身体の調子を確かめながら、この肉体の本来の持ち主に向かって恨み節を垂れる。

『それでも、お前ならやれると思うがな』

 脳内に響くもう一つの声は本来の身体の持ち主であるサラのもの。

 肉体はキャスターの主導権ではあるが、意識まで失ったわけではない。であるならこのように会話することも造作もない。

 対して、アサシンも自分の身に起きている状況を分析し始める。

「ユリウス、どうやら翁の御業を二つ封じられた。使おうとすれば魔術回路が焼けてしまいそうな痛みだ」

「あの礼装にseal系のコードキャストでも内蔵されているのか?

 それ以外の行動に支障は?」

「今のところは、ない。封じられた宝具を使おうとした場合だけ痛みがある限定的なものだ」

「となると効果は限定的な分かなり強力と考えるべきか。

 このタイミングでそんな礼装を持ち出したとなれば、相手の狙いは宝具をすべて封じることだろう。極力宝具の使用を控えて殺せ」

 ユリウスの指示に頷き、アサシンはローブを脱ぎ捨てる。これまでは見た目だけはアサシンらしく身を晒すのを避けている節があったが、それどころではないと判断したのだろう。

 投擲剣でけん制しつつその俊敏さを活かしてキャスターへ迫ると、今度は投擲剣を手に握ったままインファイトへ移行する。

 その攻撃をいなし、ときに反撃しつつ、意識の共存によりキャスターとサラは念話のように声を出さずに頭の中で会話を行う。

『あらゆる手を使ってセトの雷にインプット出来たザバーニーヤのデータは全部で15種。残り3種はわからず終いだが、全部が全部攻撃に転用できるものとは限らないだろう。

 中には断想体温のような防御特化のものや索敵系の業があってもおかしくない。

 そっちはどうしようもないから、お前はできる範囲で15種全部封印しなさい』

『き、きひっ、自分の言葉に矛盾が生じているのはわかっていますか?』

 サラの容赦ない命令にはキャスターの笑みがわずかながら崩れる。

『そもそも、自分の身体をワタクシに差し出していいんですかぁ?

 ワタクシあのライダーのマスターを結構恨んでるんですよ?

 このまま敵前逃亡してそちらに向かう、なんてことも……』

『それならそれで仕方ないな』

 彼女の声は穏やかだった。だがそれは諦めではなく確信に近いもの。

『だが、私はお前を知っているぞ。

 こういう時のお前はちゃんと主人の言うことを聞いてくれるってことをね』

『……ワタクシが?

 元マスターの貴女を裏切ったのにですか?』

『お前と最初に話した時点でそうなることはわかっていたんだよ。お前は聖杯戦争より、私との化かし合いを楽しもうとしていることぐらいはな。

 私の起源は『対話』。

 会話からその人間がどういうやつなのか知るのは、私が一番得意なスキルよ』

『……随分と自分のスキルに自信があるようで』

『間違っていればそれまでだ。

 だが、お前は自分が思っている以上に素直な性格だと思うぞ?

 溢れる狂気にそれが隠れてしまってたり、何かを企んでいて隠し事をしているだけで、口に出した言葉はふざけた言動だとしても嘘偽りはなく、基本は真実を語っている。

 たまに煽る目的でわかりきった嘘をつくことはあっても、それはちゃんと聞いていれば誰でも嘘だとわかる。

 ハンフリーの件をお前の世迷言だと切り捨てず信じたのも、お前の性格を理解していたからだしな。

 なにより、私はお前みたいな悪魔の性格には詳しいのよ?』

 はたから見ればそれは愚かだと感じるだろう。しかし彼女は迷いなく言い切った。

 お前の性格は理解している。それでもお前を信じてこの身を託す、と。

「……きひっ」

 悪魔の口から笑みがこぼれる。今までにないほど不気味で無邪気で純粋に。その表情を見たアサシンが思わず警戒して飛びのいてしまうほどに。

「これは困りましたねぇ。ええ困りましたよぉ!

 ワタクシの本質を見抜いていながらその背中を預け、あまつさえこうして肉体を預けるとは! こんな愚かなマスターが他にいるでしょうか!!」

 その言葉は紛れもない本心。

「これほど愉快な人間がそばにいるなんて、ワタクシ嬉しくてどうにかなっちゃいそうです!」

 この場にいるだれよりも残虐で、そして誰よりも幼稚な悪魔は、今この瞬間から正真正銘のマスターに従う存在(サーヴァント)として君臨する。




メッフィーってこれ書き始めた当初は嫌いでもなければ好きでもないキャラだったんですが、いざ動かし始めると愛着わくもんですね

ついつい筆が乗って2話分に伸びちゃいました


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一矢報いるのは過去に囚われた愚人

毎回今日が土曜日だってことを10時ごろに気づいて修正する日々……
きちんと計画を立てる大切さがよくわかります


 ――そして、私は観測する。

 

 アリーナの空間をコピーした結界内で、紫の悪魔と黒の暗殺者が死闘を繰り広げる。

 戦闘が始まってすでに1時間。強制終了があるアリーナはもちろん、モラトリアム七日目に行われる決戦でもここまで長引くことはないだろう。

 それほどに彼らの実力は拮抗しているのだ。

 そんな状況でも、悪魔の顔から笑みが崩れることはない。

「ようやく10種類ですか……

 ここまでくると相手も宝具を出し渋ってきますねぇ」

 全身傷だらけで、血で汚れていない部分を探す方が難しいほど満身創痍のキャスターの独り言。

 それに対して脳内に容赦ない言葉が響く。

『なら、そのまま殺せばいい。

 わざわざ決戦まで生かしておく理由はないわ』

『そうしたいのは山々ですが、ワタクシも結構限界が来てまして、ぶっちゃけもう倒れて寝たいぐらいです』

『心配しなくてもあともう少しで時間切れだ』

『……と、いうことは、魔力が尽き掛けてるわけですか?』

『そういうことだ』

 本来この憑依術式は並のウィザードの魔力では憑依を維持することすら不可能で、おそらく現時点で生き残っているウィザードでも数分も維持できないほど魔力消費が激しい。

 逆に言えば、それほどまでにサラの魔力は規格外であると言えるのだが……

 サラ自身この決着術式(ファイナリティ)は肉体が万全の状態でかつ、入念な準備を行ったうえで短期決戦を行うことを想定している。

 それを、本来の一割未満の魔力生成と急造の肉体でここまで戦闘を行えたのは奇跡だった。

『まあ、これぐらい戦闘が長引いてもどうにかなる概算があったから踏み切ったわけだが』

『ワタクシのテクスチャで誤魔化すのもそろそろ限界ですかねぇ。もう内側はノイズだらけですよ。

 テクスチャ戻してもいいです?』

『テクスチャ戻したら私の声と見た目になるってことわかって言ってるのか?

 私の姿でその変態じみた行動をしようものなら内部からぶっ殺すわよ』

『きひひひ、怖い怖い。一応ワタクシ悪魔ですので肉体の持ち主になりすますのは得意なんですが、今は自重しましょうか。

 皮肉にも、ノイズだらけになったおかげで概念礼装の痛みが麻痺してきてるのでもう少しは頑張れるでしょうし』

 なにはともあれ、全18種ある宝具の内10種は封じることができた。なかでも条件が満たされると防御手段がないと言ってもいい妄想毒身と空想電脳を封じることができたのは大きい。

『それから、できれば妄想心音も対抗手段が用意できている今のうちに潰しておきたいな』

『ええ、わかってますよ。その準備を行ったのは何を隠そうワタクシ自身ですからねぇ』

 ところで、とキャスターは相手がまだこちらの様子を伺うだけで仕掛けてこないことを確認しつつ脳内での会話を続ける。

『この術式、あのライダーのマスターに託したほうが確実だったのでは?

 あれもサイバーゴーストなのでしょう? この術式に必要な魔力は十分引き出せると思うんですが?』

『あいつは……いや、何でもない。

 この戦闘はやつあたりも兼ねてるんだ。

 そのついでに面倒な役回りを担当しただけよ』

『……アナログなパスを繋いだ影響であのマスターに関する何かが()()()ようですが、まあいいでしょう。

 それはそれとして、本当にそれだけですかぁ?』

『…………ちっ』

 キャスターの問いに舌打ちが返ってくる。念話で舌打ちなど聞こえないはずだから、わざわざ声に出したのだろう。そのことが面白くてたまらないと言わんばかりにキャスターの表情が不気味に歪む。

『あいつは自分のことがわかってないようだが、心はもう壊れる寸前だ。それはあいつに協力し始めて早々に理解した。

 記憶喪失の状態でこんな敵しかいない戦場にいるんだからな。

 安心して背中を預けられるのがライダー一人だけなんて、むしろ発狂せずにいられるのが奇跡に近い。

 敵にも手を差し伸べようとしたのは無意識に信頼できる関係を増やそうとしたからだろう。

 安心できる相手(ライダー)の前ではリラックスできるよう策は練ってみたんだが、昨日のあいつの発言からして焼け石に水だったようね』

『…………』

 その『安心できる相手』というものにサラも含まれていたのでは、と言いかけた道化師はそっと心の中に仕舞い込んだ。

『そしてダメ押しのように協力者の……ラニ=Ⅷの死はマズかった。

 しかも殺したのがあのユリウス・ベルキスク・ハーウェイだ。恨むには御誂え向きな見た目と性格だから、あいつはもう止まらない。

 仇を打つなんて大義名分が付与された憎悪は間違いなくあいつ自身を蝕み、そして仇を討つと同時に燃え尽きる。

 もしそれがわかったとしても、一度憎悪を燃やし始めた人間はそんな簡単には感情を抑えられない。

 

 なら代わりに、決戦での戦闘が拍子抜けするレベルまで相手を弱体化させて、憎悪に身を焼かれる期間を少しでも短くさせるしかないんだ。

 ……ほんと、昔の自分を見てるようで頭が痛いよ。

 でもだからこそ、今この状況であいつを救えるのは似た境遇を辿った私しかいない。

 それに私はもう死に体だから、その役回りにもってこいなのよ』

 諦めたようにサラは胸の内に秘めていた言葉をすべて吐き出す。

 その思いを道化師はいつものように茶化すことはなく、黙って聞き手に徹していた。

「……しっかりと理由があるじゃないですかぁ、にひひ」

 

 そして、今までのようにあざ笑うのとはまた別の笑みを浮かべたかと思えばまたいつもの表情に戻り、身の丈ほどある巨大なはさみを握り直す。

「では、参りましょうかぁぁぁっ!!」

 笑みは崩さず、狂気を隠す気のない声を発し、そして疲れを感じさせない俊敏な動きでアサシンに迫る。

 魔力残量とキャスターの持つ概念礼装のせいでむやみに宝具を使えないアサシンは対抗手段が投擲剣しかない。その投擲剣でさえストックがなくなりつつあり、本来の使い方をして闇雲に消費することができない状況だ。

 それでも、アサシンが逃げ腰になることはない。むしろ懐に潜り込む勢いで接近する。

 もはや何度目になるかわからない激しいインファイトによって、さらに両者の身体に傷が増えていく。

 ユリウスが消費アイテムで、キャスターは自分自身でコードキャストを使って治癒しているが、それでも蓄積されたダメージが完全に癒えるわけではない。

 このままでは、いつかは決着がつくとしても決戦日に深刻なダメージが残っている可能性が高い。

 そう判断したユリウスはお互いの身を削る接近戦から一時撤退したアサシンと目配せしたのち、決着をつけるべく枯渇気味の魔力を絞り上げていく。

「陽炎に惑え――」

 集めた魔力は右目へと収束していき、新たな御業をその身をもって再現する。

夢想朧影(ザバーニーヤ)!!」

 開かれた右目は琥珀色に輝き、対象を視界に収め、次の瞬間――。

「なんと!?」

『姿が消えた、だとっ!?』

 動揺を隠せず周囲を見渡すキャスター。見た目はアリーナの一画であるが、ここは結界の中だ。通路があるように見えても結界より外にでることはできない。

 だというのに、アサシンの姿が忽然と消えてしまった。

『気配遮断スキルですかねぇ?』

『あれは暗殺用に使うスキルだから、こうして戦闘が始まってしまえばランクは下がるはずだ。

 今この状況で姿が見えないほど適応されるとは思えないわ』

『ならば霊体化……はもっとありえませんねぇ。

 キャスターであるワタクシが、自分の陣地内で霊体化したサーヴァントを見失うわけありませんし』

『となれば……』

「っ、そぉれ!」

 何かを察知したキャスターが振り向きざまに懐から取り出した懐中時計型の爆弾を投げる。

 生身の人間であればただでは済まない爆風が何もない空間を叩いた。客観的に見ればそうなのだが、キャスターの中では僅かながら手ごたえを感じたらしく、ある種の確信をもって告げる。

『姿が見えませんが、間違いなく実体化した状態でどこかに潜んでいるようですね。

 透明化の宝具でしょうか?』

『私が調べた中にそんな効果の「ザバーニーヤ」は見当たらなかった。

 ……ここにきて正体のわからなかった3つのうちの1つが使われたと考えるべきか。

 参ったわね』

 ひとまず即死系の業でないことは確かだが、見えないというのはそれだけで非常に強力だ。他の宝具と併用されると回避が難しくなる。

『キャスター、お前の宝具は発動時に爆弾を空間に設置するものだろう?

 それで炙り出せないかしら?』

『やりたいのは山々なんですが、もうそんな大規模な宝具打てるほど魔力が残ってませんよ』

『なら今ある爆弾使って煙幕を張れ。

 姿が見えなくても煙の揺らぎで位置がわかるわ』

「おお、それはいい考えですねェェェェっ!!」

 言うが早く身体のいたるところに忍ばせていた懐中時計型の爆弾を周囲にばら撒き、その全てを爆発させる。

 爆発力より煙幕としての機能を付与でもしたのか、巻き上がった煙は逃げ場のない結界内に瞬く間に充満していく。

 無駄とわかっていながらも、立ち込む煙を煩わしそうに腕で払うユリウス。それにより空気の流れが変わって不自然に周囲の煙が揺らめく。

「……煙幕でこちらの動きを察知するつもりか。考えたな」

 だが、とユリウスは続けながら腕を軽くあげる。この空間のどこかに潜む暗殺者へ向けて。

「アサシンの宝具の前では無力だ」

「苦悶よ溢せ――」

 ユリウスの魔力がさらに消費され、彼の顔が一瞬だけ曇るも、相手に悟られまいとすぐにいつもの無表情へと戻す。

「――妄想心音(ザバーニーヤ)

「っ!」

 そして展開される暗殺者の御業。

 サラが懸念していた、姿を隠した状態で繰り出される一撃必殺の業にキャスターは駆け出す。

「んー、この肌にピリピリくる感じ。たぶんこれ、あの心臓握りつぶすやつでしょうか……ねぇっ!」

 突如声を詰まらせながらキャスターは骨がないかのようなグニャリとした動きで伏せる。そのわずかに上を何かが通り過ぎ、漂っていた煙が風圧によって揺らめいた。

『どうします? さすがに見えてない状態で礼装振るうのは危険だと思うんですが、準備した対抗手段がちゃんと機能することを信じて捨て身でやってみます?』

 一度でも振られれば死が確定する毒手を、視覚以外の感覚を総動員してのらりくらりと避け続けるキャスターの提案に、サラは難色を示すのみ。

『今の状態だと闇雲に振っても当てられないのは目に見えている。たしかにわざと触れられた瞬間に振るえればそれが確実だ。

 だが調べた限り、妄想心音は触れた相手の心臓の複製をつくり、それを握りつぶす宝具。

 つまり、触れてから一度距離をとって心臓を作られる、なんて方法を取られたら成す術がないわ』

『だからそのリスクを軽減するための対抗手段を講じたわけでしょう?』

『あれはそこまで万能なものじゃないのはお前もわかっているだろう。

 それならいっそ、煙の揺らぎから予測して振った方がまだ……』

 ため息が聞こえてきそうな声色で脳内でぼやいていた言葉が急に詰まる。

『どうしました?』

『キャスター、お前この煙が()()()()()()瞬間って一度でも目にしたか?』

『……そういえば、これだけ周りを見ているのにすでに通り過ぎて煙が揺らいでいる場所は見ましたが、揺らぎ始める瞬間は見てませんね。

 いやー不思議不思議!』

『もしかして、姿を消してるんじゃなく私たちの方がアサシンを捉えられてないだけじゃないか?』

『と、いいますと?』

『私たちが意識を向けていないところを動くことのできる宝具、もしくは自分がいる場所を相手が意識を向けないようにさせる宝具、ということだ』

『……それはまた面白い発想で』

 茶化しながらも道化師でその可能性があり得るかどうかを黙考する。明確な否定をしないということは、その可能性を否定しきれないという事なのだろう。

『だが不幸中の幸いだ。姿を消しているんじゃなくただの目くらましなら私の魔術の分野で対抗できる。

 今の私のリソースには私の工房が混じってるから、コードキャストを作成することは可能だしな。

 ということでキャスター、時間を稼ぎなさい』

『ひょっ!? 今から対策用の術式をつくるおつもりで!?

 というか、それ身体を構築するリソース少しもってかれて身体が脆くなると思うんですが?

 魔力がもう底を尽きかけて防壁を張る余裕もないこの状況でそれをやるつもりですか?』

『リソースはともかく魔力なら絞り出せる。

 私の残り少ない寿命を燃やせば、ね』

 もちろん、普通のウィザードではそんな芸当できるわけがない。たとえ規格外の魔力生成能力を持つサラであっても、不足した魔力を寿命を削ることで補うなんてことは不可能だ。

 そんなことをしようとすれば、地上で眠る肉体の脳が焼け切れてしまう。

 なのに可能であるということは……

『……いえ、貴女がそう言うのであればワタクシがとやかくいうのは野暮というもの』

 何か言いたげなキャスターだが、今回ばかりはその軽い口を開くのを自重する。

「サーヴァントはサーヴァントらしく、マスターの指示に従うとしましょうかぁぁっ!!」

 奇声と共にキャスターの身体から魔力がバチバチと音を立てて漏れ出る。それはさながら回路がショートを起こしているかのようだ。

 つまり、それだけ無茶な魔力の生成と消費を行っているということ。

 だがキャスターはためらわない。

 肉体のリソースが不足している状況であるため宝具の使用は控える必要があるが、マスターの指示を命がけで遂行するサーヴァントとして、それ以外に使えるものはすべて使っていく。

「……ちっ、面倒な」

 両手に巨大なハサミと概念礼装を携えて跳ねる狂った悪魔を見て、ユリウスは警戒を強めた。

 これまで数えきれないほどの死を見てきたゆえに、死にかけの人間の往生際の悪さはよく知っている。

「アサシン、妄想心音は一度収めて持久戦に持ち込め。

 放っておけばじきに自滅する」

「承知した」

 マスターであってもアサシンを視覚で捉えることはできないが、すぐ近くで彼女の声が聞こえたのち魔力の消費スピードが比較的緩やかになる。

 それでも宝具を一つ使用中であることには変わりなく、気を張っていなければその場に倒れ込んでいることだろう。

「……まあいい、あいつからは『いいもの』をもらっている。これぐらいの遊びになら最期まで付き合ってやるさ」

 静かに息を整えたユリウスの目の前で、キャスターは結界内を縦横無尽に駆け巡る。しかしただ闇雲に動いているわけではない。

 ゆらめく煙から相手の動きを予測し、見えないはずのアサシンを少しずつ追い詰めている。

 時折風を切る音と共に数回に一回は肉に刃物が突き刺さる水っぽい音を発しているというのに、狂人の奇声が止む様子はない。

『いつつ……そろそろ5分は立つかと思いますが、進捗はいかがです?』

『ああ、準備は済んだ。

 あとはメイガス紛いの私じゃなく、お前が手を加えれば完成よ?』

『ひょっ!?』

『出来ないとは言わせないぞ? なんたってお前の正体はファウストに作られ、その助手を務めていたホムンクルスなんだからな。

 ここまでお膳立てして主人の願いを叶えられないなんて悪魔失格よね?』

 なんとも陳腐な煽り。脳内の会話でなければ、おそらくサラも自分の言葉に思わず吹き出してしまっていたことだろう。

 だが自分の身体を操っている悪魔にはこれで十分。そう彼女は確信していた。

「きひっ、きひひひひひひひひひひひっ!! ええ、いいでしょう!

 大見えを切っておいて最後はワタクシに丸投げなんて愚かな選択をした愉快なマスターに免じ、悪魔としてのプライドで全身全霊を込めてその願いを叶えましょう!」

 両手に握っていた得物を収め、素手になった両手を左右に薙ぐ。それにつられて展開された無数のキーボードはウィザードがコードキャストを作成する際に使うコンソールだ。

 それをピアノでも弾くかのように高速でタイプしていくキャスター。

 その光景に一瞬戸惑うユリウスたちだが、キャスターがウィザードとしての力も使えることを思い出し即座に追撃にかかる。

「ヒヒヒヒッ!! では、第二部『復活と逆襲』のフィナーレと参りましょうかぁ!」

 景気よくエンターキーに該当するキーを叩いた直後、キャスターの左目が淡く光を帯びる。

「なら早々に幕を引かせてやろう!」

 正面からではなく、側面に回り込んで投擲剣を4本放つ。宝具の影響でアサシン同様不可視となったその凶器がキャスターのこめかみに吸い込まれるように迫る。

 見えているならまだしも、見えないものをこの状況で避けることは――

「あらよっと」

「なん……っ!?」

 ぐにゃっと、背中を反ることで難なく避けた。それだけではない。首は投擲剣の飛んできた方向へ向けられ、その目の焦点は明らかにアサシンの姿を捉えている。

 ハッタリではない。なぜなら、両者の目が合ったと思った瞬間、紫の悪魔の表情が気持ち悪いほど満面の笑みを浮かべたからだ。

「みぃぃぃぃぃぃぃつぅぅぅぅぅぅぅけまぁぁぁぁぁぁしたよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「っ! っ!!」

 どこからそんな声が出てくるのか、B級ホラーのような雄叫びを挙げて四つん這いでアサシンに迫る。

 あまりのおぞましさにアサシンは思考を一瞬停止差せてしまったのが運の尽きか。

 回避よりも迎撃を選択してしまったことで、それを掻い潜ってきたキャスターが懐に潜り込んだ。

 苦虫を噛み潰したように眉をひそめるアサシンと、口が裂けたのかと見間違うほどの笑みを浮かべたキャスター。

 両者の距離はもう鼻が尽きそうなほど超至近距離。

 数秒前の自分の判断を呪ったアサシンは回避は間に合わないと瞬時に理解し、ほとんどやけくそではあるが投擲剣を振り下ろす。

「………………」

 その光景を見たキャスターは、瞬きほどの刹那の間だが無表情になって何か思考を巡らせた。

 お互い回避は不可能な距離。両者ともこのままいけば差し違えるのは間違いないだろう。

「……仕方ありませんねぇ」

 そのときのキャスターの表情は、この聖杯戦争が始まって初めてのものだった。

 いったい彼の頭の中でどんな考えがよぎったのか。それを知るものはキャスター以外にこの場の誰も知る由も無い。

 そうこうしているうちにアサシンの一撃が眼前へと迫る。それを、再び軟体動物のような動きでキャスターは側面へと回避する。

 そして背後へ回り、その手に握るハサミをアサシンへ向けて振り下ろす。

 回避は間に合わない。確実な勝利を得るためのこの行動は、一騎打ちの場面であれば完璧であっただろう。

 が、キャスターは失念していた。

「っ、ぐっ!?」

 この場には敵が二人いたということを。

「スタン系の、コードキャスト……ですか!」

 

 紫を基調とした極彩色の装飾に身を包んだ、装飾華美な奇人の動きが鈍る。

 もしマスターとサーヴァントが別々であれば、ここでキャスターの援護をしつつ回復させることも可能であっただろう。

 しかし今のキャスターはマスターでありサーヴァント。自身がスタンしてしまえば援護も回復も行うことができない。

 ここにきて融合したことによる致命的な弱点が露見し、キャスターに少しづつ傾いていた盤面が一瞬でにひっくり返されてしまった。

 なんとかコードを紡ごうと左手の指先を動かすキャスターだが、目の前の暗殺者がそれを許さない。左手を踏みつけ、右手に握られた悪趣味なハサミを蹴り飛ばす。

「苦悶を溢せ――」

 そして身体をひねり、相手に背中を見せるアサシン。相手に隙を見せるにも等しい愚行であるが、この瞬間に限りその行動は相手を屠るための準備へと意味が変化する。

妄想心音(ザバーニーヤ)!」

 彼女の細くしなやかで女性らしい背中から現れる、異様に長く禍々しい左腕。数多の英霊を葬り去ってきた必殺の毒手が、偽物の悪魔の身体へとまっすぐに伸びる。

 回避は不可能。唯一の対抗策であるはずの概念礼装も、動けないこの状況では取り出すことすらできない。

 まさに絶体絶命。

 成すすべなく、伸びてくる左腕はキャスターの身体に静かに触れた。

 間もなくしてその左手に握られた肉の塊。

 ドクッ……ドクッ……と規則的な動きをするそれは、呪術によって複製されたキャスターの……いやサラ・コルナ・ライプニッツの心臓だ。

 それが、容赦なく握りつぶされる。

「――――」

 キャスターの肉体が小さく痙攣する。

「愚かな。差し違える覚悟でくればおそらく一矢報いれたものを。

 最後の最後で死ぬのが怖くなったか。そのせいで結局死ぬことになるとは、なんとも無様だな」

 小柄な男はため息をこぼす。

 妄想心音の威力は今に至るまでに嫌というほど目の当たりにしている。

 この宝具を防ぐ手立ては存在しない。あの左手に握りつぶされた仮初の心臓は呪いとなり、本物の心臓を破壊する。

「――きひっ!」

「なっ!?」

 だというのに、その悪魔はなおも笑い続ける。

 崩れた体勢からバネのように上体を起こすと、取り出した杖を振り下ろす。

 反応したアサシンは背中から生えた左腕を引っ込めようとしたが、長い腕がここにきて仇となった。タッチの差でセトの雷がその左腕を捉え、激しい雷撃が再びアサシンの身体を貫いた。

「――――――――」

 先ほども言った通り、『セトの雷』と名付けられたその概念礼装の効果は行動の制限。

 限定的であればあるほどその効力を増し、一度効果を起動させればその行動を数日間一切封じる強力なものだ。

 そして、その効果の起動条件は設定した行動中の対象者にセトの雷で触れる事。つまり効果を発揮した瞬間の相手はまだ行動中である。

 ゆえに、概念礼装の効果は容赦なく適応される。

 瞬時にその行動をやめれば一瞬の痛みで治まるが、不意を突かれればそれは難しい。

 ならば、こうなるのは必然と言えるだろう。

「――あ゛っ、がぁぁぁぁぁ……っ!!」

 断末魔と聞き間違えるほどの苦悶の叫びが結界内に響き渡る。

 とっさに宝具を解除できなかったことで、その激痛は今までとは非にならないことだろう。

 まるで体内をかき回されるような激痛は宝具を解除しても余韻が続くほどだ。

「な、なぜ!? なぜまだ生きている!?

 お前は戦闘続行のようなスキルは持ち合わせていないはずだ!」

 いっそ死んだ方が楽かもしれないという考えがよぎるほど悶え苦しむ女の暗殺者は、その痛みから逃れようと目の前の道化師に向かって吠える。

 確かに心臓は握りつぶした。模倣と言えどその威力は絶大。それはラニのバーサーカーであるヴラド三世を例に挙げれば明らかだ。

 だというのに、彼女の目の前に立つ道化師が倒れる様子はない。

 それどころか、弾き飛ばされたハサミを回収して肉薄してくる始末。

「ふざ、けるなぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 あり得ない光景を目の当たりにして、アサシンのなかで渦巻いたのは怒りだった。

 翁の御業を受けたというのに相も変わらず動いているキャスターに対する怒り。その原因がわからないという己の未熟さに対する怒り。そしてなにより、もしかすると翁の御業で倒せない敵がいる、と考えてしまう自身の信仰心の低さに対する怒り。

 あらゆる怒りが渦巻き、雄叫びとなって彼女の口からあふれ出す。

 ユリウスがアサシンに向けて何か叫んでいるが、もはやアサシンにその声は聞こえない。

「激痛に(わら)え――」

 バチバチと音を立て、アサシンは紫電をまとう。その攻撃は敵を葬ることもできる代わりに同時に己の身も焼く諸刃の剣なのだとしても、暗殺者は構わずその御業を体現する。

「――妄想(ザバー)――!!!」

「令呪をもって命ずる、今すぐ攻撃をやめて俺のもとに戻れ」

 その直前、舌打ちをした黒衣の男がその手に刻まれた力を行使した。

 限定的かつ具体的であればあるほど令呪はその強制力が増す。ゆえに、今回のユリウスの命令に対魔力を持たないアサシンは抗う術はなく従うしかない。

 強制的に霊体化させられ10メートルほど後方にいたユリウスのもとまで戻されたアサシンは、行き場の失った怒りを誰にぶつけていいか分からずユリウスを睨む。

「ユリウス、どういうつもりだ!」

「よく見ろ。あいつはやせ我慢をしているだけで呪いが効いていないわけじゃない」

「なんだと?」

 言ってる意味が分からないと言いたげに眉をひそめるアサシンに、無表情を貫く男は顎を使い、前方にいる敵を見るようにアサシンに促す。

 見れば、そこには相も変わらず笑みを浮かべるキャスターが佇んでいる。だがよく見れば手足は小刻みに震えており、立っているのがやっとのようだった。

「放っておいても死ぬだろうが、その前に参考までにどうして即死していないのか聞いてみたいな、キャスター」

「きひっ、ワタクシこう見えて呪術にも精通していまして、呪いに関してはそれなりの知識があるんですよねぇ。

 呪いというのは防いだり解くのは腕が必要ですが、対象者を変えたり効果を空回りさせたりすることは比較的難しくないんですねぇこれが。魔除けの類はこの考えで作られているわけですし。

 つまり、呪いに対しては基本的に真っ向から防ぐようなことはせず、受け流すのが定石となります」

「だとしても、サーヴァントの宝具ともなればそう簡単にはいかないだろう。

 もし変わり身になる心臓を作ったところで、その変わり身ごと本物を破壊する」

「でしょうねぇ。この呪いはサタンに由来するもののようですし、一つや二つ程度の変わり身じゃ気休めにもなりません。

 それこそ、銃弾を紙きれで受け止めようとするレベルの愚行でしょう」

 ですが、と狂人は続ける。

「紙一枚では無理でも、分厚い辞書を用意すれば銃弾だって受け止めることができますでしょう?

 心臓を壊す呪いであれ、千でも万でも億でも兆でも、それこそ無限にも等しい変わり身で呪いを分散させれば、たとえサーヴァントを殺せる業であっても耐え切れる可能性はないわけではないわけですよ、これが!

 まあこの理論はワタクシのマスターの理論なのですが。大雑把なはずなのに理論とそこに至る手順はきちんと作ってあるんですから本当に面白い。

 いやぁ本当にワタクシのマスターには痺れますねェ!」

 嬉々として語るキャスターの言葉に信じられないと歯噛みするアサシン。

 対してその隣に立つユリウスは確信を得たように相手に背中を見せた。

「ユリウス……?」

 その行動に首をかしげるアサシンに対して、男の答えは淡白だった。

「決着はついた。この結界が壊れるのも時間の問題だろう。

 これ以上は時間と魔力の無駄だ」

「きひっ、トドメは刺さなくていいんですか?

 この結界の核はこの肉体ですよ?」

「言っただろう。時間と魔力の無駄だと。

 アサシンの宝具を不完全とはいえ防いだのは見事だが、無限の身代わりを作るなどいくら規格外の魔力を生成できるお前であれ魔力切れは免れない。

 ……もしかすると魔力が万全なら完璧に防ぎきっていたかもしれないが、現実はこの通りだ。

 そして、(エンジン)が残っていようと魔力(ガソリン)がなければ機能しない。土地からマナを吸い上げるように設計されていないこの結界ならあと数秒で崩壊する」

 まるでその言葉を証明するように、アリーナの風景を映した空間に亀裂が入る。一度入った亀裂は新たな亀裂を生み、瞬く間に空間全体を埋め尽くした。

 そして次の瞬間、夢でも覚めるようにアリーナの風景は消滅し、夕日を受けて赤く色づいた校舎裏に戻っていた。

 結界の消滅とともに気力も尽きてしまったのか、その場に倒れこむキャスター。

 そしてテクスチャを誤魔化す余裕もなくなったのは、悪魔の姿は元の女性の姿へと戻ってしまう。

 アサシンはトドメを刺すべきかと指示を仰ぐべくユリウスへ視線を向けるが、当の本人はノイズに侵され始めた女性には目もくれず本校舎へ向けて歩き始めた。トドメを刺すまでもない、ということだろう。

 その意図を汲んだアサシンは静かに空間に溶けるように姿を消す。

 アサシンが霊体化したのを背中越しに感じたユリウスは視線だけを自分の身体に向けて眉をひそめる。

 傷はほとんどないが、魔力を使いすぎた。

 張り合う必要もなかったため言わなかったが、彼も彼でこの月の世界に来る先にかなり規格外な処置を行なっている。

 それを考慮しても、明日までに完治するか怪しい。アサシンの宝具に関しては言わずもがな。

 思わぬ伏兵に邪魔をされ、そして思惑通りになってしまったことに舌打ちをする黒衣の男。

 そして、そんな男の前に立ちふさがった人影が一人。

「……お前は――」




オリジナルのザバーニーヤも結構出てきました(考えたけど出さずに終わりそうなザバーニーヤもありますが)
個人的にお気に入りは『妄想感電』と今回初お披露目の『夢想朧影』です
元ネタはテラフォーマーのアドルフ(電気ウナギ)とドラえもんのモーテン星ですね

……Fakeが新刊出る前に5回戦終わりそうでよかった


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明るみになる調整者

とうとう6年近く共にしたPCがお亡くなりになりました
運良くスマホからでもアクセスできるアプリで執筆してたので、辛うじて五回戦終了までは週一更新できそうてす


 目が覚めると、いつものように見慣れた天井が視界に広がっていた。

 一瞬、サラに気絶させられたのは夢だったのかと錯覚しそうになったが、腹部の鈍い痛みが紛れもない現実であったことを物語っていた。

「っ、主どの目が覚めましたか!?」

「ライ、ダー……結界は?」

「私の方もつい先ほど解放されたところでして……

 ではなく! 外の様子を見ることはできたのですが何もできず申し訳ありません!

 あぁでも、目が覚めてくれて本当によかった……っ!」

「俺は大丈夫だから。殴られたところがちょっと痛いけど……

 それより、サラは?」

 こちらに駆け寄り肩を貸してくれるライダー。どうやら結界の中から外の様子は見えていたようなのでわかる限りで状況を説明してもらう。

 どうやらサラは俺を気絶させた後、マイル―ムを元の広さに戻して外に出てしまったらしい。

 空間を区切ったのではなく空間拡張の術式そのものを解除したようだ。

 

 ――次目覚めたときには、いい方向に物事が進んでるはずよ。

 

 気を失う直前に呟いた彼女の言葉が脳裏をよぎる。

 この言葉だけでは彼女が何をしようとしているのかはわからない。だが、俺たちはそれまでに会話をしていたか?

 念のためアイテムストレージを見てみるが、『あの礼装』は入っていない。

 どう解釈しようと嫌な予感しかしなかった。

「俺、どれぐらい気を失ってた?」

「少なくとも半刻は過ぎてるかと」

 一時間以上か……

 もしサラがユリウスに戦闘をけしかけた場合、戦闘時間としては十分すぎる。

「たしか、別館で待ち伏せする予定だったよね。急ごう!」

 自力で歩けるか確かめながらマイルームの出入り口へと向かう。

 が、ライダーはその場に腰を下ろしたままだった。

「ライダー?」

「あ、いえなんでもありません。承知しました」

 なんでもないわけがないと思うが、今はそれよりもサラの方が先だ。マイルームから校舎に飛び出し、脇目も振らずに目的地へ疾走する。

 別館のどこでサラが待ち伏せする予定だったのか、そもそもまだ別館にいるのか、いろいろと不安要素があったがそれは杞憂に終わった。

 校庭を抜けて別館の入り口に差し掛かろうとしたとき、校門前で倒れている人影が目に入る。

「っ、サラ!」

 上着を脱ぎ捨てているため遠目からだと気づくのに少し時間がかかったが、印象的な銀髪は間違いなくサラ・コルナ・ライプニッツその人だ。

 倒れた彼女のもとへ駆け寄り、細心の注意を払って抱える。

 目の周りの化粧や髪留めがないためか、若干見慣れた彼女と印象が違うような気もするが……そんなことが気にならないほど彼女に『重さ』がなかった。ノイズが彼女の身体を侵食し、内側がスカスカになってるからだろうか。

 ノイズに浸食されているのは肉体を構成するのが難しくなっているから、という桜の言葉を思い出し、不安がどんどん膨らんでいく。

 それを払しょくするようにサラの肩を揺すっていると、銀髪の女性はゆっくりと目を開けた。

 しかし焦点は合ってなく、しばらくその蒼い目は当てもなくさまよっていた。

「天軒由良、か。よくここがわかった……わね」

 ようやく俺を認識したサラの第一声はそんな言葉だった。息も絶え絶えなその姿は見ているこちらが目を背けてしまいそうになる。

 ここまでボロボロになるまで何をしていたのかなど聞くまでもない。

「なんで……なんでこんな無茶を……っ!」

「だって、お前は明日が決戦だろう?

 そんなやつに無茶させるわけにはいかないでしょう?」

「それを言うならサラは戦う事すら危険な状態だったじゃないか!!」

「どちらにせよ、私の身体はもう限界だったからな。

 以前、どうして私が令呪を失っても無事だったのか予想はついてるって言ったでしょう?」

 たしかに三回戦で俺とキャスターの戦闘が終わった後、彼女はそんなことを言っていた記憶がある。だが、それとこれがどう繋がるのか予想がつかない。

「前に言った通り、私は憑依されやすい体質だから普段から魔除けでガチガチに固めておかないと悪魔に取りつかれてしまう。

 それを逆手にとって憑依魔術を構築していたんだが、こうして電脳の世界で憑依魔術を使う場合、地上の肉体の方はある程度魔除けを外しておかないとうまく憑依させることができないんだ。

 だがそれは同時に、魂が抜けた空っぽの肉体に悪魔が寄ってくる危険が高まることになる。

 それがわかっていたから、私は地上の肉体が私の意志に関係なく動いた場合、生命活動を止めるように設定してあったのよ」

「生命活動を、止める? じゃあ、あのときキャスターの言ってたサラが死にかけっていうのは……」

「まあそういうことだ。

 私の知らないところで私の肉体が悪魔に憑りつかれ、異形の姿になるくらいなら殺した方がいいと思ってたからな。もともと地上に未練もなかったし。

 一応気付かれにくいように術式は組んでいたが気休め程度だったし、4週間ほどで私の存在がバレて悪魔に憑りつき行動し始めるってのが私の計算だった。

 三回戦終了間際なら時期的にも十分辻褄が合う。

 そして、地上の肉体が死んだのに魂だけ生きているということは……」

「サイバーゴースト……?」

「そういうことだ」

 彼女は自嘲気味に笑う。その姿にちくりと胸が痛む。

「そんな顔するな」

 言いながら少々乱暴に俺の頭を撫でる。まるで子供をあやす親のように……

「私は私の意志でこうなる結末を受け入れた。だからお前が責任を感じる必要なんてどこにもない。

 むしろ、そんな顔されたら死んでいく私がみじめでしょう?」

 彼女の言っていることがわからないわけではないが……

「……ということで、見てのとおり私はここまでだ。

 ライダー、あとは頼むわよ」

「ご心配なく。私一人でも主どのを守ることは造作もありませんので」

「ふふっ、そうだな。そういう返答だろうと思ったよ。

 むしろ安心したわ」

 サラの視線がライダーに向け、短いやりとりで二人の会話は終了する。それだけでライダーはもうサラの死を受け入れているのがわかる。

 もちろん俺も理解はしている。だが、受け入れるかどうかは別だ。

 ラニの時もそうだ。俺に協力してくれた人が俺のせいで消える……

 この聖杯戦争に参加した以上生き残れるのは一人のみなのだから、協力者が死ぬことは何もおかしくない。むしろ自然なことだ。

 だが、それでも……っ!!

「……ほぉら、やっぱり」

「え……?」

「なんでもないですよっと。

 ……そろそろこの身体も限界みたいね」

 再び首をこちらへ向けたサラは何かを悟って薄く笑みを浮かべた。

 そして俺の首に腕を回し、お互いの額が軽く触れるように引き寄せた。そこから手を動かして子供をあやすように俺の頭を何度も撫でる。

「すぐには飲み込めなくてもいい。それがお前の弱さであり強さだ。

 立ち止まってもいい。むしろお前の場合は一度立ち止まって自分を見つめ直すぐらいがちょうどいい。

 ……最悪、憎悪を糧にしてもいい。呑み込まれない程度なら不の感情だって毒じゃなく薬になる。

 まあでも、先輩からのアドバイスをすると、おすすめはしないわね」

 落ち着いて諭すような口調で話しているが、もう顔の半分は黒いノイズに浸食で見えなくなっている。

 それでもサラは止まらない。命が尽きるその時まで、俺を励ますように口を動かし続ける。

「それから、一人で抱え込みすぎるな。

 おまえの隣には心強いサーヴァントがいるだろう? ちょっとぐらい頼ってやらないとあいつの立つ瀬がないぞ?

 もしそれが恥ずかしいなら――」

 とんっ、と彼女の細い指先が俺の胸辺りに触れる。

「お前の心の中で生きる誰かを思い出せ。お前は一人じゃないんだ。

 そして、誰が何を言おうとお前はお前だ。

 絶対にブレるんじゃないわよ――」

 その言葉を最後に残っていた口も黒いノイズに染まってしまった。

 顔はもう9割がノイズに覆われ、唯一個人を認識できるのは、毛先が青みがかった銀髪ぐらいだ。そんないつ消滅してもおかしくないレベルになったところで、俺の頭に置かれていた右手が不意に下に下がってきて、左目に触れた。

「っ!?」

 体質のおかげか痛みはそこまでなかったが、触れたと同時に左目にデータが強制インストールを開始し、その気持ち悪さに思わず首を引く。

「主どの!?」

「大丈夫」

 条件反射で斬りかかろうと刀に伸ばしたライダーを一言で制する。

 何がインストールされたかはわからないが、それでも危険なものでないことだけは直感でわかる。

 そして、サラがここで無意味なデータをインストールするような人間ではないこともわかってる。しかしそれを確認する術はもう残されていなかった。

 力尽きたように右手が垂れ下がり、その衝撃で右腕がガラスのように砕けた。

 それを皮切りに黒いノイズの塊となった女性の身体は急速に崩壊を始め、俺の腕にかかっていた、ただでさえ軽かった重みが一気に軽くなった。無意識に腕を動かすが、もはや虚空を切るのみ。

 三回戦で戦い、いろいろなイレギュラーに会いながらもここまで協力してくれた一人のウィザードの肉体は、電子の海に溶けて消えていった。

 心のどこかで、サラは最後まで一緒に戦ってくれると思っていたのだろう。その幻想が砕け散った衝撃は想像以上で、しばらくその場から動くことができなかった。

「主どの……」

 恐る恐るといった様子で隣にライダーが腰を下ろす。彼女の心配そうな眼差しにチクリと罪悪感を感じる。

「……ごめん、ライダー。まだライダーがいるのに、こうして立ち止まってたらダメだよね」

「あ、無茶はなさらないでください!

 主どのが再び立てるようになるまで、私はこうして側にいますから」

 彼女が無理やり笑顔を作っているのは容易にわかった。

 だが、今はその気遣いのおかげで辛うじて正気を保つことができた。

 どれだけの時間そこでへたり込んでいたのか。数分か、数十分か。1時間はさすがにないと思うが、体感的にはそれぐらいの気分だ。

 それでもライダーの肩を借りてどうにか立ち上がり、我ながら危なげな足取りだが自力で本校舎へと戻る。

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 本校舎の児童玄関。

 ノロノロと足を引きずるような歩き方で、やっとの思いで戻ってきた少年と、その隣を寄り添うサーヴァント。

 二人が戻ってきた校舎内は静寂に包まれていた。普段ならいるはずの賑やかしのNPCすら、この瞬間だけは見当たらなかった。

 そのことに首をかしげる少年とは対照的に、彼のサーヴァントが一歩前に出た。

 その表情は心なしかピリピリと殺気立ち、腰に携えた刀の鯉口はすでに切っている。

 まるで決戦時の開始の鐘がなる直前のような臨戦態勢で警戒するサーヴァントに少年も困惑してしまう。

「ら、ライダー、どうしたの?」

「お静かに」

 細い指を自分の唇に当てるジェスチャーをしたライダーは真剣そのもので、有無も言わさない圧力があった。

「あれ、こんな時間まで何してるの?」

 そんな緊迫した空気を壊す存在が一人、地下へ続くの階段を登ってきた。

 セミロングの茶髪を後ろでまとめた少女。白いブラウス、濃い茶色のベストとスカートという他の生徒とは違う衣装。

 にししと笑うその表情は間違いなくこの校舎の購買委員を担当するNPC、天梃舞その人だ。

 なぜここにいるのか、その理由を少年が考えるより前に、彼の目の前にいたライダーの姿が消えた。

「――え?」

 その声はいったい誰の声だっただろうか。

 気付いたときにはライダーが舞の懐に潜り込み、流れるような動きで抜刀し――

「――が、は……っ!?」

 ライダーの身体がくの字に折れ曲がり、少年のやや後方にあるガラス張りの扉まで吹き飛ばされていた。

 少年の顔が唖然とした表情で硬直する。

 何が起こったのかわからないのだろう。なぜライダーがNPCに斬りかかろうとしたのか、どうやってライダーが背後に吹き飛ばされたのか。なにより、()()()()()()()N()P()C()()()()()()()()()()

 しかしそれも仕方ないかもしれない。容姿と声は間違いなく舞そのもの。なのに少女が纏っている雰囲気はまるで別人なのだから。

 天梃舞という人物をよく知るがゆえに少年は()に畏怖する。

 ……ああ、その表情がたまらない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ふぅ。

 この姿とはいえ、とっさに吹き飛ばすのが精いっぱいとは驚きました。

 さすがは俊敏値がA以上のサーヴァントですね、牛若丸さん。いえ、今の霊基では義経さんというべきでしょうか?」

「ライダーの真名を……いや、それよりなんでライダーの霊基が変質していることを知っているんだ!?」

「もちろん、あなたたちのことはすべて知っていますよ。

 ()()()()()()()()()()()

「っ!?」

 ()の言葉によって少年の表情が恐怖で歪む。

 ……はしたなく少し火照ってきてしまいました――。

 

 

 ずっと、見ていた?

 目の前にいる『ソレ』は舞の見た目のまま彼女らしくない妖艶な微笑みを浮かべてそう告げる。

 得体の知れない恐怖に背を向けるどころか視線を動かすことすらできない。

 ユリウスのアサシンと初めて対峙したときなど比べ物にならない。

 そもそもあれは人間かNPCどちらかなのか? 得体のしれない化け物と言われた方がまだ納得できる。

 全身を這うような恐怖に我慢できず、背後で倒れたままのライダーにすがるように問いかける。

「ら、ライダー、あれは何なの?」

「ぐ……、私も詳しいことは。

 ただ、サラどのがマイル―ムを出る際、結界に閉じ込められていた私にこう言っていました。『この聖杯戦争は何かがおかしい。誰かが水面下で暗躍している可能性がある』と。

 だからいつもと違うことが起きた場合は気をつけろ、ともと忠告していました。

 舞どのに警戒しろ、と言っていた凛どのの言葉を考慮すると、おそらくあの舞どのの姿をした何者かが聖杯戦争で暗躍していると考えるのが妥当でしょう」

 ゆっくりと立ち上がり『ソレ』と俺の間に割り込む位置に移動しつつ答えるライダーは、すでに瀕死と言ってもいいぐらいボロボロだ。

 たった一発でこうなるのだから、次もう一撃食らえば消滅は免れない。だというのに、その背中からは諦めた様子はなく、口の中に溜まっていた血を吐き捨てながら自身の得物を構えて警戒する。

「やはり凛さんに気づかれたのは痛手でした。まあそれは私が干渉しすぎたので非はこちらにあるのでしょう。

 それよりも問題はサラさんです。

 あの人は本当に手ごわい方でした。察しのいいアリスさんの代わりにと思ったのに、状況の把握だけに収まらずまさかここまで状況を引っ掻き回されるなんて。

 しかしそれも今日で終わり。怖かったでしょう?

 さあ、いらっしゃいませ。私が貴方を癒して差し上げます」

「何を、言って……?」

 舞の姿だというのに彼女とはかけ離れた熱を帯びた声で『ソレ』はゆっくりと歩み寄ってくる。

 怖い。そのあべこべな雰囲気はもちろん、そんな相手に対して警戒心が薄まってきている自分の心境が。

 そんな俺の恐怖を振り払うように、ライダーが放つ絶対零度の殺意がこの空間を覆った。

 刀を振るい、その切っ先を相手に向けながら、瀕死のサーヴァントは主人を守るべく気丈に振る舞う。

「そこで止まれ。先ほどの一撃は私が先に仕掛けたため正当防衛だとしても、主どのに害をなすというのであれば別だ。

 貴様が何者か見当もつかないが、それ以上近づくのであれば問答無用で斬る」

「……そうですか、残念です。貴女にこうして刀を向けられるなんて、飼い犬に手を噛まれた気分とはこういうことを言うのですね」

 ライダーの殺気を受けても『ソレ』の態度は変わらない。むしろ呆れた様子すらある。

「貴女にも手を焼かされたのですよ? ボディーガードとして優秀と思ったのですが、わざわざ強化したのが裏目に出たのは誤算でした。

 そう考えると、その軌道修正をしてくれたサラさんには感謝するべきでしょか。

 とはいえ、やはり私に牙をむくのは考え物ですね。普段ならその敵意も受け入れますが、このままでは由良さんに悪影響が出るかもしれません。

 少し、躾けておく必要があるかもしれませんね?」

「っ、主どの下がって!」

 殺意とは真逆の何かを放ち『ソレ』は一気に距離を詰めてくる。

 ライダーがすぐさま反応し、その手に持つ刀で『ソレ』の掌底を防いだ。

 しかし『ソレ』にとって防がれたのは想定内らしくうっすらと微笑む。それを証明するように、続く二撃目から四撃目までをさばくライダーの動きはどこか鈍かった。

「まさか、初撃でスタンさせたのか!?」

 ライダーのステータスを確認すると、完全に動きを封じるほどではないにしろ、しっかりとスタンが付与されていた。

『ソレ』がコードキャストを使った様子はない。まさか、純粋な体術でライダーにデバフをつけたと言うのか!?

 ライダーは動きが鈍りながらも致命傷は辛うじて避けていたが、五撃目を放つために大きく溜め動作に入った『ソレ』に本能的な危機を察知する。

 この一撃を受けたらまずい。

 しかし気づくのが遅すぎた。まともに動けないライダーに渾身の一撃が――

「私もそのダンスに加えていただきましょう、レディ」

 直後、視界をオレンジ色に埋め尽くされる。

 それが炎だと気づいた時には児童玄関は俺とライダーの周囲以外が焼け焦げていた。

「無事のようですね。とっさに二人の周囲だけに防壁を展開したのはいいものの、ガウェインの炎に耐えられるかは少し自信がありませんでしたので」

 この学校指定の物でない真っ赤な制服を着こなし、幼い見た目とはかけ離れた大人びた笑みを浮かべた少年がこちらに歩み寄ってくる。

「レオ……

 どうしてここに?」

「天軒さんに会えないものかと敷地内を少し散歩していたんです。

 またお話がしたいと思ったので」

 ですが、とレオの視線が俺の後方へ向けられる。

 その視線を追うと、そこには炎で全身を薄く焼かれた『ソレ』が膝をついていた。

 あれほどの炎に身をさらされながらその程度で済んでいる相手に驚きを通り越して恐怖しか感じない。

「今はそれどころではないようですね。

 天軒さんは自身のサーヴァントの治療に専念してください。この戦闘は僕が引き継ぎます」

 ガウェイン、とレオはサーヴァントの名を呼ぶ。その一言だけで、隣に立っていた白い騎士は主の意図を組み、得体のしれない『ソレ』に向かって肉薄する。

「レオさんとガウェインさんですか……

 あなたたちは最後に越えるべき壁として残しておきたかったのですが、邪魔をするのであれば仕方ありませんね」

「まるで私たちを駒として見ているかのような言いようですね。

 誰だか存じ上げませんが、レオが聖杯を得るための障害となる存在であれば等しく斬るのみ!」

 円卓の騎士の中で、王の右腕と称されたランスロット卿に並ぶとされる実力者。その剣技は間違いなく本物だ。

 相手は得体の知れない存在だというのに臆することなく剣を振るう。

「ふふふ……さすがはかの有名な円卓の騎士ですね。

 ですが、貴方たちであればこの身体でもある程度戦えそうです」

 だというのに、『ソレ』は涼しい顔でガウェインの猛攻をすべて捌き切る。

 そして攻撃と攻撃の間、隙とも言えないわずかな間をかいくぐり防御から攻めへと転じる。

 それは先ほどライダーに繰り出したのと同じもの。一撃目をあえて相手の武器にぶつけることでその衝撃をもって相手の身体を麻痺させ、続く打撃で致命傷を打ち込む連撃。

「凛さんやラニさん、シンジさん。あとユリウスさんもですね。

 彼らとは違って、貴方たちのペアなら私もよく知ってますから」

 ちょうどガウェインの身体で『ソレ』の姿が隠れる配置で繰り出された攻撃はレオも気づけずガウェインに打ち込まれた。

 しかし――

「素晴らしい打撃です。ですが、今の私には無意味!」

 攻撃は確実に決まった。なのにガウェインにダメージがあるようには見えず、カウンターで間合いに入り込んだ『ソレ』の左腕を切り裂いた。

 斬られた左腕を抑えながら飛びのく『ソレ』は、驚きはするもののダメージに怯んでいるようには見えない。

 ……戦いの次元が違う。二人の戦いからその実力差をまじまじと見せつけられた。

 しかもこの状況でレオは一切フォローをしていない。ガウェインだけの実力で『ソレ』を圧倒しているのだ。

 もし今の俺がレオと対戦していたらと考えるとそれだけで背筋に冷たいものが走る。

「そう、でしたね。常に日中しか活動できないこちら側では、あなたの能力は無敵に等しい」

 斬られた左腕を一瞥して『ソレ』はため息をついた。

「よく知る、と言うほどですから私の聖者の数字の能力はご存知でしたか」

「ええ、もちろんです。

 月を象徴するアーサー王と対をなす太陽の騎士。その名に恥じぬ高ランクのステータスと、日中では無敵と言っても過言ではないスキル。

 まさに、レオさんにピッタリの優秀なサーヴァントと言えましょう。

 しかしながら、その優位性が常に続くとは限りませんよ?」

『ソレ』は腰をかがめ再度ガウェインに接近する。

 片腕を失ったというのにその動きは相変わらず機敏で、太陽の騎士と十分に渡り合っている。

 とは言いつつも、片腕を失った状態ではいずれ限界が来る。それを待っていればこの戦いはガウェインの勝利で幕を下ろすだろう。

 しかし俺の隣で戦況を眺めていた小さな王は眉をひそめた。

「なにか仕掛けてくるつもりですね。ガウェイン、用心を」

「さすがレオさん、素晴らしい観察眼でございます。ですが――」

 ガウェインの一撃をひらりと身を翻してさけ、右腕で虚空を撫でる。

「こんなことをしてくるとは、思いもしませんでしたでしょう?」

 直後、茜色に染まっていた空が闇夜を照らす星空へと切り替わった。

 この校舎はマスターが全員睡眠状態になるまで絶対に夜にはならないよう設定されているとライダーが言っていた。

 ならばこの状況は明らかに異常だ。そして、それが偶然起こるなんてことはあり得ない。

「まさか、無理やり時間を進めたのか!?」

「ええ、その通りです。そして、太陽が沈んだこの時間帯であれば……」

『ソレ』が愉快そうに語るその隣で、無敵と思われた白い騎士が膝をついた。

「ぐっ、不覚。まさかこのような力技で私の守りが破られるとは……っ!」

 汚れを知らない純白の鎧にはひびが入り、端正な顔立ちの騎士の表情は苦悶に歪む。

 その姿をあざ笑うかのように『ソレ』は太陽の騎士を見下している。

「たしか、このスキルは一度傷をつけた相手にはその効果を発揮できなくなるのでしたね。

 これであなたの無敵性は失われました」

 その言葉はある種の勝利宣言であろうか。

 しかし、マスターであるレオの顔に焦りはない。

「驚きました。まさかムーンセルのシステムに介入できるほどの力を持つ方がいらっしゃるとは。

 ハーウェイの総力をもってしても、捨て身のウィザード数名を犠牲にしてどうにかその一端を得ることができた程度。

 これは、力を抑えたままではこちらが飲み込まれてしまいますね」

 その言葉はおそらくハッタリではない。

 少なくとも、この聖杯戦争に参加したウィザードの中で最優であるレオのサポートなしでガウェインはあそこまで戦えるスペックを持っているのだ。

 もしそこにレオが本気でサポートに参加した場合、どこまで戦闘能力が向上するのか予想が出来ない。

 一度だけこちらに視線を送ったのち、レオはゆっくりと歩き出す。

 おそらく礼装なのであろう右手のグローブをはめ直し、調子を確かめるその背中はまさに王者の風格。

「ガウェイン、手加減はいりません。宝具の開帳を許可します」

「御意。我が聖剣は太陽の具現。王命のもと、地上一切を焼き払いましょう」

 剣を構え、主の言葉に応えるべく太陽の騎士のもとに魔力が急速に集まっていく。

 魔力は騎士の聖剣にすべて吸収されていき、やがて太陽のごとき輝きを放ち始める。

 あれが、かの約束された勝利の剣(エクスカリバー)の姉妹剣の本当の姿。

 たしかその名は……

「なるほど、あれが転輪する勝利の剣(ガラティーン)ですか……」

「っ、ライダー動いても大丈夫なのか?」

「はい、万全とはいきませんが主どのの治癒のおかげでこの通り。

 それより主どのは私の後ろへ。あの騎士めの宝具は余波だけでも危険なものでしょう。

 私が盾となって主どのをお守りしますので」

「……わかった」

 起き上がるライダーはこちらに心配をかけないように気丈に振舞うが、明らかにふらついている。

 峠は越えたとはいえ傷だらけのライダーに任せる事しかできない自分の無力さに後悔するが、今の俺に出来ることはライダーへの魔力供給を途絶えさせないように踏ん張る程度。

 そして、レオたちと対峙している敵もただで受けるほどお人好しではない。

「さすがに、その攻撃を受けるわけにはいきませんね……!」

「逃げるならご自由に。こちらも逃がす気はありませんが」

 言いながらレオは右手に握っていたものを相手へ向けて投擲する。

 投げられたのは……宝石?

 赤に青、緑にオレンジ。色とりどりに輝く宝石が、こちらに背中を向けて逃げようとする少女へ吸い込まれるように直撃する。

 直撃した宝石は瞬時に魔力と、その魔力を用いて起動するコードキャストへと変換され、周囲で複数の小さな爆発が起こった。

「ぐっ!? これは、凛さんの宝石魔術!?」

「ええ、実は数日前にミス遠坂から珍しく連絡を頂きまして。NPCにおかしな動きがあればこれを使え、と。

 さすがはハーウェイが手をこまねいているレジスタンスの一人だけあります。

 消耗型とはいえ、宝石にこれほどの高純度の魔力とコードキャストを内包させているのですから。ただの妨害系のコードキャストでも十分な凶器です」

 色とりどりの宝石を手の中で転がしながらレオはそう分析する。

 そしてそれを惜しげもなくすべて起動し、目の前の敵に反撃も回避もさせる暇を与えない。

「ガウェイン、今です」

「御意。この剣は太陽の映し身。もう一振りの星の聖剣――」

 頭上に大きく投げられた聖剣は輝きを増し、そして熱を増し、まるで本物の太陽かと見間違うほどの神々しさを体現する。

 これが円卓の騎士、太陽を象徴する騎士が持つ聖剣。

「く……っ!」

 必殺の一撃を前に『ソレ』はなりふり構わず逃げ出そうとする。

「そして、こんなものを見せつけられてはハーウェイの上に立つものとして黙っているわけにはいきませんね」

 動作は非常にシンプルだった。

 ただ右手で拳を握り、魔力を流す。たったそれだけでレオのグローブに組み込まれていたコードキャストが起動。

『ソレ』の周囲で無数の爆発が発生した。

「があぁっ!?」

 そして相手の動きが鈍ったところで、太陽のごとく輝く聖剣を純白の騎士が再びその手に掴み、大きく横に薙ぎ祓う。

「――転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)!」

 直後、周囲から音がなくなった。

 少ししてから思い出したかのように、鼓膜が裂けそうなほどの爆音が耳だけでなく全身を打ち、同時にあたり一面をオレンジ色が埋め尽くした。

 目の前で起こった現象は至って単純。

 あらゆるものを融解させる灼熱の一振りが目の前の風景を飲み込んだのだ。

 非常にシンプル。ゆえに小細工などは通用しない。

「…………っ!」

「くっ、これほどとは……っ!」

 攻撃の範囲外である背後にいるというのに余波だけで吹き飛ばされそうになる。

 ライダーが何らかのスキルで守ってくれなければ、流れ弾ですらないもので重傷を負っていたかもしれない。

 しばらくして炎が収まると、ガウェインの目の前は焦土と化し、校庭を抜けた先にあった別館は跡形もなく消し飛んでいた。

 ……その焼けた大地の中で一人『ソレ』は炭化とノイズで真っ黒になりながらも消滅は免れていた。

「なる、ほど……不用意な干渉で、本当なら敵対したままの二人に繋がりを持たせてしまった訳ですか。

 本来すでに統合されてる校舎をわざわざ分けたというのに、これは迂闊でした……」

 だが、うわごとを言うその姿からして消滅まであとは時間の問題のように感じた。

「……時間切れ、ですね。

 これ以降は干渉できませんし、大人しくここで引いておきましょうか」

「っ!」

 今一瞬、炭化した相手と目が合ったような……

「では、次に会うのは最後まで勝ち抜いてからですね。

 待っていますよ。私のかわいい――」

 不思議と響く声とともに得体の知れない『ソレ』は最後まで正体がわからぬままデータの藻屑となって消滅してしまった。

「あれはいったいなんだったんだろう?」

「正体については僕にもよくわかりませんが、おそらく目的は天軒さんに関係しているのはたしかでしょう」

「俺が?」

「はい。ガウェインと戦闘中も終始注意は天軒さんに向いていましたから。

 あの様子からして、倒せたのは使い魔か、もしくは自身の一部を分離した分身と考えるのが妥当かと。

 おそらく本体はまだ健在でしょう」

 あれほどの強敵が、本体じゃない……

 本当に、気味の悪い相手に目をつけられてしまった。

 サラが俺のせいで死んでしまったというのに落ち込んでいる暇もない。

「まさか、舞の正体があんな得体のしれないものだったなんて」

「購買委員のNPCであれば普通に営業していましたよ?」

「へ?」

 思いがけないレオの一言に気の抜けた声が出てしまった。

「え、じゃあさっきのは!?」

「文字通り他人の皮を被った別人ですね。NPCの肉体を複製して、それを遠隔で操作していたといったところでしょうか。

 気になるのでしたら地下の購買部に顔を出してみては?」

 嘘を言ってるようではない。というかここで嘘をつく理由がない。

「じゃあ行ってみるよ。

 いろいろありがとう。お礼はまた今度するから」

「お礼……?

 勝ち残れば近いうちに敵になるのに、本当に面白い方ですね」

 くすくすと笑う少年の表情は、いつもの大人びたものではなく年相応のものに見えた。

 では、とレオは懐から端末を取り出して見せびらかすように軽く振る。

「そのお礼として、連絡先を交換しませんか――?」




三人称視点かと思ったら実は別の人物の一人称視点だった
そういう演出がしたいなーと思ってこのAristotleは変則的な視点で挑戦してみましたが……もう少し不気味さが出ると思ったんですが僕の実力ではこれが限界でした。やっぱり難しいですね


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男が内に秘める使命

先週は更新できずすいませんでした
無事PCも届いて再開できました


 生まれた時から常に身体を蝕んでいた感覚。

 内側から炙られるような絶え間ない痛み。

 気が狂いそうなほどの激痛が、今では感じない。

 痛みは体質ゆえに治るはずがない。

 であれば、死が近づいているのだろう。

 もう意識をつなぎとめる事すら難しい。

 このまま目を閉じれば、おそらくもう二度と目を覚まさない。

 しかし不思議と恐怖はない。むしろ清々しいほどだ。

 やれることはやった。あとは未来へ進む者へ託すのみ。

 その姿を目にすることができないのは心残りだが、過去に縛られた怨念はここで果てるのが道理であろう。

 静かに目を閉じる。

 意識が電子の海へと沈んで末端からなくなっていく感覚を抵抗せず受け入れる。

 

 ――悪魔というのは、主人の望みを歪めて叶えるのが本質なんですよねぇ。

 

 

「――ん」

 ぼんやりとした意識が次第にはっきりと輪郭を帯びていく。

 目を開けると見慣れた天井と、見慣れた少女の顔に似ている少し大人びた女性の顔が視界に移る。

「おはようございます、主どの」

「うん、おはようライダー」

 左目のデバイスの電源を入れながらゆっくりと上体を起こす。

 目覚める直前、誰かの夢を見ていたような気がする。

 今までに見た夢と違ってぼんやりと映像を眺めているような感覚だったが、それでも誰のものであるかは不思議と確信が持てた。

「たぶん、サラの記憶……」

 なぜそんなものが見えたのかはよくわからない。

 以前魔術回路をつないだ影響なのだろうか?

「主どの?」

 少しぼーっとしすぎたのかもしれない。

 心配そうに顔を覗き込むライダーにハッと我に返った。

「いや、ちょっと考え事をね。心配するようなことじゃないよ」

 なにより今日は五回戦の7日目。

 泣いても笑ってもユリウスとの決着の日だ。

 サラが死んでしまった事実は心に重くのしかかってくるが、今はそのことで足踏みをしている場合ではない。

 昨日の謎の襲撃者のことも今は考えるべきではないだろう。

 一応あのあと購買に顔を出すと、まるで何もなかったかのように舞に出迎えられた。

 本当に何も知らない様子であったため、おそらく以前保健室で出会った舞が昨日の自動玄関で出会った『ソレ』の正体で、舞の皮を被った誰かだったのだろう。

 今必要ではないことは頭の奥にいったん押しやり、立ち上がろうと両足に力を入れる。

『対アサシン用のコードキャスト。端末とアイテムストレージを確認』

「っ!?」

 立ち上がる途中、突然視界に広がったテキスト文に驚いて思わず尻もちをついてしまった。

 見覚えのあるチャット画面。左目の視界に固定されたかのような表示の仕方。

 これは以前、サラが暇つぶしで作成したチャットツールだ。

 いきなり俺が尻もちをついたものだからライダーが慌てて駆け寄るが、片手間でなだめつつ言われた通り端末を確認してみる。

 起動して最初に開く画面であからさまに点滅するアイコンを開くと、左目にインストールしたコードキャストの詳細やアサシンの宝具の情報、そしてアイテムストレージには俺が五回戦が始まる前にさらに渡していた礼装が入っていた。

 同封されていたテキストによればこの礼装……『スカラベの首飾り』には左目にインストールしたコードキャストとは別に、セトの雷で封じきれなかったアサシンの宝具に対処できるコードキャストを内包しているらしい。

 ネックレス状の礼装ではあるが、起動する際には他の礼装と同様に左手で持って魔力を流す必要があるようだ。

 常に握っておくわけにもいかないため、瞬時に取り出せるようにアイテムストレージの一番上にソートだけはしておく。

 またペンダントトップには、球体とそれを掴むスカラベの装飾があしらわれている。

 たしかラニの出身であるアトラス院があるエジプトでは、スカラベはフンを転がす習性を太陽を運ぶ太陽神と重ねられたことで、再生や復活の象徴として崇拝されていると聞く。

 地獄を管理する天使の名を宿したアサシンの宝具に対抗する礼装としてはおあつらえ向きだと言えよう。

 ただ気になることが一つ。

 もうこの世にサラはいない。

 だが、送られてきたテキスト文が本物であるのも事実。

 礼装はあらかじめストレージに入れていたとしても、このタイミングでテキストが送られてくるとは考にくい。

 理由を考えるとすれば……

 たしかサラは、消滅する直前に俺の左目のデバイスに謎のデータをインストールしようとしていた。

 あの時の謎のデータの正体はこのためのコードキャストだったのだろう。

 そしてチャットに関しては推測になるが、コードキャストのインストールから消滅までの間のどこかで送信していたのだろう。

 しかし、左目のデバイスにコードキャストをインストールする処理に時間がかかった結果、こうしてタイムラグが発生した。

 かなり雑な推測になるが、つじつまを合わせるならこれ以外に考えられない。

「まあ、原因はあとで探ればいいか……」

 今は決戦に集中しなければ。推測は生きていればいくらでもできるのだから。

 意識を切り替え、アイテムストレージに入れられていた礼装をサラの依り代となっていた守り刀に装備させる。

 彼女が死に際に言及していなかったからおそらくはと思っていたが、サラが消滅してもこちらの礼装としての力は残っているらしい。

 サラのサポートはないが、これなら戦術だけならこれまでと同じように戦える。

 遺された……いや、託された情報に目を通し、即席だがライダーと対策を練っていると、気付けば一時間は過ぎようとしていた。

 集中していて気付かなかったが、いつの間にか端末に一通の連絡がきていた。

『決戦の日は来た。

 準備が整い次第、一階に来たまえ。

 とはいえ、あまり相手を待たないようにな』

 ……もしかしてずっと教室前で待機していたのだろうか?

 若干私情が混ざってそうな定型文から目をそらし、ライダーと向かい合う。

 ギリギリにはなったが、さまざまな人の手を借りてようやく勝ち筋が見えそうなところまできた。

 あとは俺とライダーの力量次第だ。

「じゃあ、行こうか」

「はい、主どの」

 覚悟を決めて立ち上がり、戸をくぐって校舎へと移動する。

 そのまま一階へと降りると、いつものように用務室前に言峰神父が佇んでいた。

「ようこそ、決戦の地へ。身支度はすべて整えたか?

 扉は一つ、再びこの校舎に戻るのも一組。覚悟を決めたのなら、闘技場(コロッセオ)の扉を開こう。

 ……君相手にこの文言を言ったのは久方ぶりだな」

 たしかに、三回戦は決戦場には行かなかったし、四回戦はこんな文言を言っている余裕はなかった。

 とはいえ何か感慨深いものを感じるわけでもない。

 それを言峰神父もわかっているため、それ以上は無駄話はなかった。

 トリガーを用務室の戸へとかざすと、ゆっくりとその戸が開かれる。

「いいだろう、若き闘士よ。決戦の扉は今、開かれた。

 ささやかながら、幸運を祈ろう。再び――この校舎に戻れることを」

 

 

 戸をくぐればそこは空間を二分するように透明な壁で隔たれた個室となっている。

 そして、壁の向こうには決戦の地で戦う相手が佇んでいる。

 黒い装束に身を包んだ、死人のような無表情の男。彼はこちらに気づくと存在そのものを嫌悪するように眉をひそめた。

「ずいぶんと準備に時間がかかっていたようだな。最後のあがきのつもりか?」

「死に物狂いであがくのは俺の得意分野だからね。そっちこそ、昨日はサラに結構痛めつけられたんだと思ったけど、案外ピンピンしてるんだね」

 お互いピリピリとした空気で挑発の言葉を投げ合う。

 我ながららしくないと思っていたが、こうして改めて対面するとその理由がようやくわかった。

 こめかみあたりで何かが蠢いているような感覚と共に、左手の令呪がちりちりと痛む。

 四回戦で言峰神父に激励された際にも感じたこれは、どういうわけか『懐かしさ』を感じているようだ。

 しかもこれは怒りではなく悲しみ。

 自分でも信じられないが、憎悪の対象であるはずのユリウスに対して心のどこかで同情しているのだ。

 それが俺とは違う『誰か』の感情なのだとしても、意識していないと自分の感情と錯覚してしまう。おそらくその感情の齟齬がイライラの原因なのだろう。

「サーヴァントの姿が変わっているな。違法改造でもしたのか」

「……まあね」

 そういえば、ライダーがこの姿になってからユリウスとは初めて会うんだったか。

 ならあまりこの話題には触れないほうがいいか。自分から情報を開示しても何もいいことはない。

「違法改造はユリウスの方じゃないかな?

 違法術式(ルールブレイク)をかなり持っているうえ、すでに言峰神父から受けたペナルティは解除してるんだよね?」

「…………」

 恨めしそうに隣のサーヴァントを見るユリウス。

 自分の失態に今気づいたのか、ローブで顔を隠しているアサシンは肩をすくめつつ顔を背けた。

「まあいい。それに気づいたところでお前に対策する手段はない」

「それもそうだね。

 けど、そこまでする理由については気になるかな。

 サラから聞いた話なんだけど、地上にあるユリウスの肉体ってかなり危険な状態なんだよね? そこまでしてユリウスは何がしたいの?」

「――何のため?」

 俺の問いに、ユリウスの動きが止まった。

「……レオを聖杯の元まで無事に送り届ける事。それが俺の目的だ」

 

 ――――それは嘘だ。

 

 不意にそんな言葉が脳裏をよぎった。

 だが、俺にはサラのように相手の心の内を探るスキルはない。

 なぜ確信にも近い言葉が出てきたのかわからないが、たしかに彼の言い分にはどこか違和感がある。

「まあ、ユリウスがそう言うならそうなんだろうけど。

 レオの方はユリウスがどうなろうと気にしてない様子だったけど、それでもユリウスはレオのために頑張るの?」

「当たり前だ。レオは生まれた瞬間からハーウェイの次期当主と定められている。

 ハーウェイの者として、レオに仕えるのは当然のことだ。

 オレはハーウェイに生きる者としての務めを果たしているに過ぎん」

「……ご立派なことで」

 ……なるほど、違和感の正体がわかった。彼の言葉には『熱』が感じないのだ。

 どこか薄っぺらくハリボテの言葉。

 ユリウスのアサシンには、それが周囲に理解されるかどうかは別として『己はその意思を貫く』という確固たる信念を感じた。

 そして、俺の隣に立つライダーにも。

 とはいえ、それをわざわざユリウスに指摘するつもりはない。

 彼にはそのハリボテの意志しかないのか、それとも隠している信念があるのかは別として、この聖杯戦争で最も危険なマスターであることには変わりないのだ。

 そして、低い唸りをあげてエレベーターが動きを止めた。

「……無駄口をたたくのはここまでだ。

 行くぞ、アサシン」

「承知した。未だお前の真意は掴めずにいるが、目の前の敵を倒すという一点では共通している。

 私は私で戦いに臨むとしよう」

「――――」

 不意に、黒服の男がこちらを振り返った。

 暗い淵のような、寒気のする視線。

 それはまるで機械のように熱のない、ただ標的を確認するだけの動作。

 ……と思っていたのに、今回は少し違った。

 ほんの少しだけ、私怨が混じっているような……

 いや、考えるのはよそう。彼は倒すべき障害。これ以上の理解は不要だ。

 未だこめかみの疼きは治らないが、息を整え、そして覚悟を決め、ユリウスの視線を跳ねのけるようにライダーと共に決戦の地へと踏み込んだ。

 

 

 目の前に広がった風景は今までと違い緑が多かった。

 芝生と見間違えるほど背が高めの苔が岩肌を覆っており、それとは別にヤシの木のような樹木も生い茂っている。

 ここが今回の決戦の地か。

 鐘が鳴る直前、アサシンが羽織っていたローブを脱ぎ捨てた。

「我が同胞になり得たかもしれない魔術師よ。以前宣言したように此度は手加減をするつもりはない」

「図書室ではことを荒げるべきではないと判断して踏みとどまったが、主どのを貴様等暗殺者と同じと語るのはやはり聞き捨てならないな。

 そのような世迷言を発する口はこの私が直々にそぎ落としてくれよう」

「できるものならやってみろ、東洋の武人。

 小細工で我らの翁の御業を封じようと、お前に勝ち目はないことを知れ」

 すでに一触即発の空気が空間を支配する。

 そして一瞬だけ流れる、耳が痛くなるほどの静寂。

 程なくして、開幕の鐘が鳴った。

「――――」

「――――」

 お互い高ランクの俊敏値を誇るサーヴァントは鐘の音が鳴りやむ前にすでにつばぜり合いを始めていた。

 ただしライダーが持つのが日本刀なのに対し、アサシンが持つのは投擲剣。

 打ち合うことを前提としていないアサシンの得物は数度打ち合うだけですでに摩耗している。

「夜影を巡れ――」

 しかしアサシンにとってそれはただの時間稼ぎにすぎない。

狂想閃影(ザバーニーヤ)

 曰く、己の髪を刃の如く硬化させ自在に操る業。

 投擲剣だけでは対処しきれないライダーの猛攻を、束ねればライダーの一振りでも防ぎきる黒い刃が跳ねのける。

 それだけに終わらず、漆黒の刃は波のように蠢きライダーへと迫った。

 普段なら密度の薄いところを斬ることで囲まれるのを防いでいたが、つばぜり合いをするほど接近してる今は安全圏まで後退する余裕がない。

「っ、ライダー!」

「ご心配なく」

 とっさに筋力上昇のコードキャストを起動しようとするが、ライダーの冷静な声がそれを制止させる。

 ほどなくして黒い波にライダーは飲み込まれ――

「あらよっと」

 まるで舞でも踊るように身体を回転させ、迫りくる波を断ち切った。

 今まででは避けていたほど太く束ねられた髪を、軽い調子で。

 まぐれではない。その証拠に絶え間なく攻撃を続けるアサシンの猛攻を適度に距離をとりつつすべて断ち切っている。

 世界トップクラスの切れ味とうたわれる日本刀だが、その切れ味を実現するには対象に正確な角度で斬りこむ『刃筋』と的確に力を加える『手の内』が必要だと聞く。

 ……ライダーから指導を受けているときにそのような話は一度として聞かなかったが、彼女のことだから最初からできていたために考える機会すらなかったのだろう。

 だからといってライダーの剣筋が幼少期からすでに出来上がっていたとは、彼女には悪いがさすがにそれはないと思う。

 理解していたかどうかは別として、牛若丸から義経に変わりそして幾たびの戦場を経た結果、牛若丸のときにはたどり着かなかった領域に足を踏み入れたと考えるのが妥当だ。

 それがサーヴァントとしての牛若丸と源義経の差、『刀を振るうのに適した肉体となった』と己を評価した所以ではないだろうか。

 そしてその差が、刃にも匹敵するアサシンの髪を断ち切るに至ったのだ。

 その動きには一切の無駄がない。

 足を引けばそれに伴う体重移動を利用して身体をひねり、その勢いを刀を振るう力に上乗せして鋼鉄の髪を断ち切る。

 また闇雲に距離を取るのではなく、あえて前に踏み込み攻撃するそぶりを見せることでアサシンに防御姿勢をとらせる。その結果、アサシンは攻撃に割り振っていた髪の一部を防御に割くことになり、必然的に攻撃を行うために操る髪の量が減っていく。

 そして髪の密度が減ればライダーの力だけで髪を断つことができる。まさに好循環だ。

 こうなれば均衡は崩れるのが道理。

 アサシンも無理に張り合わず髪で防壁を作りながら距離を取り始める。

「逃がすか!」

 そんなアサシンに対してライダーは展開される防壁を難なく両断しつつ、壁の向こうにいるはずのアサシンへと迫る。

 が、そこにいるはずのアサシンの姿はどこにもなかった。

「いや、影はある。ならば上か!」

 瞬時に状況を把握し見上げるライダー。しかしそこにもアサシンはいない。

「っ、影だ!」

 心臓を掴まれたような気持ちの悪い感覚に反射的にライダーに向かって叫ぶ。

 サラの遺した情報に、アサシンは宝具の同時展開が可能だと記してあった。

 現在アサシンが使用できる宝具は全部で7つ。

 うち正体がわかっているのは5つ。

 鋼鉄と化した髪を自在に操る狂想閃影。

 音を媒体として相手にダメージを与える夢想髄液。

 自ら帯電する事で幅広い用途に用いることができる妄想感電。

 己の姿を認識できなくする夢想朧影。

 そして、影に干渉することで防御不可の一撃を与える観想影像。

 影があるのにアサシンの姿がないというのであれば、おそらくライダーの足元にある影はアサシンがすでに宝具を使用して影の中に潜んでいる状況だということ。

 宝具は切り札なのだから目くらましに使うことはない、と考えが固まっていた自分の未熟さを悔いている暇はない。

 退避するライダーとそれを追いかけるアサシンの影。

 ライダーの俊敏値はかなりのものだが、影の中に潜むアサシンの速さはそれを超えるらしく、じりじりとその距離を詰めてくる。

 影の中にいる相手を攻撃する手段はこちらは持ち合わせていない。だが、対抗策はサラ()()が遺してくれている!

「主どの、どうぞ!」

「――発光(emit)

 ライダーの言葉を確認し、ストレージから取り出した礼装を掲げて一小節を唱える。

 直後、この世界から影が消失した。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

 白に塗りつぶされた世界で少女の絶叫がこだまする。

 たとえ反射的に目をつぶったとしても、薄い瞼程度であればこの光は容赦なく貫通してくる。

 そしてスタングレネードなどに代表される強烈な音や光は人が本能的に恐れるものであり、どんなに屈強な人間であっても抗えるものではない。これはサーヴァントであっても例外ではない……はず。

 ただし、このコードキャストが組み込まれている本当の理由は、相手を怯ませるためのものではない。

 影に潜ることができる観想影像は一見無敵に見えるが、それは『影がある』という前提の場合だ。

 強烈な光で影ができない状況を作り出せさえすれば、無敵の宝具を崩すことができるかもしれない。

 そんな考えのもと、ラニから託されたこの礼装にサラが組み込んだのだ。

 その効果は光の増強。

 礼装の内部に取り込んだ光を、同じく内部に万華鏡のごとく展開してある鏡で無限にも等しい回数増幅させてから放出する。

 音はなく閃光のみで、発光時間もほんのまばたき程度だが、一瞬でも周囲から影を消し去れればそれで充分。

 その証拠に、宝具が解除されたアサシンが影から飛び出してくるのが()()()()()()()()

 ……無論、影を消し去るほどの閃光下で目を開けていれば失明は免れないし、瞼を貫いてくるほどの閃光を受ければ光が収まっても視界がすぐに回復するとこはない。

 俺の右目も瞼を閉じてたうえに手で覆っていたにも関わらずさっきからチカチカしているのだから。

「サラ、たぶん俺の()()のこと計算に入れて大雑把な設計にしたなこれ」

 サラにほぼ無許可でつけられた機能の一つ。

 過度の光量を目にする場合には自動的にフィルターで保護される左目であれば、光に包まれた空間でも問題なく相手を補足できる!

「ライダー、右に10°、距離3m、相手はうずくまってる!」

「っ、承知!」

 ライダーは片手で得物を握りつつ、俺の言った通りの場所へ跳躍する。

 タイミングがわかっていたから対処はできているものの、ライダーもまた閃光のダメージは受けているはずだ。

 それでも彼女は距離と方角さえわかれば対処はできると、今朝マイルームで断言した。

 疑っていたつもりはないが、こうして本当に動ける彼女には素直に驚いた。

「ぐっあ、あ……激……痛に咲え――」

 しかし相手もただではやられない。

「――妄想感電(ザバーニーヤ)!」

 相手の位置が測れないとわかると、全方位へ放電を開始する。

 その攻撃を察知してライダーが俺の元まで後退して来たところで、ようやく俺以外も視界が回復して来たようだ。

 相手の視界を潰しながら、俺だけ一方的に相手の動向を確認できるこのコードキャストはかなり有効だ。

 問題があるとすれば……

「づっ……」

「っ、主どの手が……!」

「大丈夫、こうなることは覚悟してた」

 視界が回復して俺の手を見たライダーがあたふたとし始める。

 魔力を介した増幅とはいえ用いたのは普通の光。ならば当然熱量も増幅され、そして発光元から最も近かった俺が火傷を負うのは自明の理。

 服で隠れていなかった部分は軽く火傷を負い、とくに礼装を握っていた左の掌は酷かった。

 身体の内側にダメージがあるものに対しては俺の不思議な体質が効果的だが、こうして皮膚に直接ダメージがあるものに対しては無力らしい。

「左手はちょっとやばいけど、他の部分はそこまでひどくない。これぐらいの傷ならまだ動ける。

 それに最悪、俺の身体は魔力を消費すれば復元できるはずだし。

 ……もちろん無茶をする気は無いよ」

 だから気にせず戦ってくれ、と目で訴えるとライダーは無言で頷いて再び最前線へと赴く。

 ……俺の身体、左手や顔は予想通り火傷を負っているのに――

「――っ!」

 背後に迫る殺気に反射的に左腕を盾にする。直後、ハンマーで打たれたかと錯覚するような衝撃で、踏ん張っていたというのにそのまま地面を削りながらわずかに後退させられた。

 ……これが本当に人間の拳による威力なのか未だに納得できない。

「天軒……由良っ!」

「そろそろマスターを狙いにくると思ったよ、ユリウス!」

 とっさのことで衝撃を逃す暇もなかったが、左腕が折れるようなことはなかった。

 どうやら爛れない程度の火傷であれば俺の不思議な体質は維持できるらしい。

 とはいえこのまま張り付かれてもこちらにメリットはないから距離を取りたいところなのだが、目の前の死神はそれを許してくれない。

 立て続けに数度打ち込まれる拳。そのすべてを受け流すも距離は取れない。

 一か八か、拳を真正面から受ける代わりにカウンターを仕掛けるべきか考え始めたその時、ユリウスの拳が不自然に揺れた。

 ほんの僅かだが、ただ殴るだけであれば絶対にしない動作。

 その一瞬で彼の手に光を反射させる鋭利なものが――

「――な……っ!?」

 ナイフ!?

 なんて古典的な仕込み武器。

 だが冷静に考えれば理にかなっている。

 俺の体質の正体がわからないユリウスは、俺が何かしらのコードキャストで防御していると踏んだのだろう。

 そう仮定すれば次は検証だ。

 防御されるのは魔術限定か物理限定か、はたまた攻撃すべてか。

 そしてその検証で取り出したのが仕込みナイフというわけだ。

 仮定は間違っていてもその選択は奇しくも俺の体質の弱点を突いてきた。

 死が迫ったせいか一瞬でそこまで思考が廻ったのはいいが、回避する時間はない。

 だが刃物相手では俺の体質は無力。

「一か八か……っ!」

 俺は俺でさっき確信に変わった仮定を証明するため、迫る刃物に対して()()で真正面から防いだ。

「……やっぱり」

「ちっ、厄介な術式だな!」

 表情を歪ませたユリウスがわずかに距離を取る。

 殺意を隠す気もなく剥き出しにした黒衣の男が息を荒げている。

 そして、彼の視線は俺の()()()()()()右腕と、足元に飛散している折れた刃物の破片に向けられている。

 この状況が証明したことは一つ。

「俺の右腕、不思議な無敵性とは関係なくダメージが一切ないんだな」

 右腕以外で攻撃を受けた場合、ダメージが残らないのは骨や内臓のみで、肌にはズキズキとした痛みは残っている。

 対して右腕はその痛みすら残らない。まるで頑丈な鎧でしっかりと保護されているような……どんな手段を用いても壊れることはないような感覚がある。

 その証拠に、火傷するほどの熱に炙られて刃物まで突き立てられたというのに俺の右腕はまったくの無傷だった。

 この腕は俺と魔術回路が独立していて、ムーンセルの力らしきものが使えるのだ。

 今更ダメージを一切受けない、なんてありえないことが起こってもなんら不思議ではない。

 本当に、俺の身体は謎だらけだ……

「ちっ、この紛い物がぁっ!!」

「……紛い物?」

 襲いかかるユリウスに右腕で対処しつつ、彼の叫んだ言葉に眉をひそめる。

 サイバーゴーストのようなもの、と言われたことはあるが、たぶん今の言葉はそのニュアンスでは言っていない。

「紛い物ってどういう……?」

「黙れ!」

 隙を見て黒鍵を握り、ユリウスの拳と何度も打ち合いながら彼の言葉の真意を尋ねるも、相手は全く聞く耳を持たない。

「虚像を曝せ――」

「主どの! 音です!」

 だが疑問が晴れる前にライダーが俺の身体を担いで距離を取り始めてハッとする。

 いつの間にか背後ではアサシンの喉に魔力が集束していた。

「――夢想髄液(ザバーニーヤ)

 曰く、可聴領域を超えた歌声で相手を操る業。

 魔術回路を暴走させる効果を持つそれは、サーヴァントであってもまともに受ければタダでは済まない。

 だが、この宝具は過去に一度サラが対処している!

護れ(shut out)!」

 痛みを我慢して再びスカラベの首飾りを握り、短く詠唱を唱える。

 以前使用したコードキャストは、指定した音域をシャットアウトする魔術防壁だった。これは本来瞑想などをする際に集中しやすくするため、自分の周囲に薄い膜のような結界を張るコードキャストだ。

 ただしこれは戦闘用ではないため、宝具が相手では余波でも数秒耐えられる程度の強度しかなかった。

 そのままでは使い物にならないところ、サラは強度を上げることは放棄し、合わせ鏡によって空間を複製。わずか数センチの間に無限にも等しい空間を無理やりねじ込んで空間を歪ませ、指定した音域をその空間に閉じ込めることで音波を完全に封じ込めた。

「いける……!」

 思わずそんな言葉が漏れてしまうほど確信があった。

 ラニとサラが作り上げた礼装で多くの宝具を封じ込め、ラニが俺に託したお守りにサラが封じきれなかった宝具に対策するためのコードキャストを組み込み、そしてライダーは義経としての宝具が使える霊基へと変質させた。

 卑怯と言われるかもしれない。だが躊躇う気は無い。

 二人の協力者……いや、『仲間』が! この勝利を掴み取るために俺に託してくれた力なのだ! であるならば、誰になんと言われようが容赦なく相手の力を封じ込めて勝つ!

「く……っ! こんな……ことが……!!」

 切り札であり、己の信仰する奇跡でもある業をことごとく対処されたアサシンは動揺を隠しきれず、体勢を立て直すべく距離を取る。

 そして、なぜか冷静さを失っているユリウスは彼女へのフォローを忘れて俺の方へと迫る。

「決めよう、ライダー!」

 迫るユリウスの攻撃を受け流しつつ、ライダーに指示を出す。

「承知。ならば我が奥義にて幕を落としましょう」

 その言葉がトリガーだったのか急激な魔力の消費に伴い、周囲に木造の船が八艘出現する。

 海中のような風景の決戦場とはいえ実際に海の中にいるわけではないのに、まるで海の上を漂うように浮遊する船にライダーは躊躇なく乗り移る。かと思いきやすぐさま次の船へと乗り継ぎ、距離を取るアサシンへと一気に迫る。

 跳躍する衝撃で大きく揺れる不安定な船の上だというのに、ライダーの体勢が崩れることはない。

 これこそが本来のライダー……源義経が持つ宝具。

 平氏を滅ぼす決定打となった壇ノ浦にて、平教経が義経を道連れにせんと迫るのを避ける際に披露したと言われる伝説。

「壇ノ浦・八艘跳!」

 その宝具の真髄は、跳躍力の強化及び足場の悪さに関係なく本来の跳躍力を引き出せる技術の付与。

「っ、夢想朧影(ザバーニーヤ)

「無駄だ暗殺者!」

 生み出した船を次々と飛び移り、瞬く間にアサシンへと迫るライダー。その速度は今までとは比にならず、残像さえ見えそうな勢いだ。

 こうなるとアサシンも普通の迎撃では間に合わないと判断したのか、その右目を琥珀色に輝かせる。

 曰く、己の姿を相手に認識させない業。

 情報によれば、昨日の戦闘で初めて使用され、サラを大いに苦しめたようだが……

暴け(expose)

 俺の視界は、あいも変わらずアサシンの姿を捉えている。

 サラを苦しめた宝具だが、その対策を作り攻略したのもサラ自身だ。

 そして、そのコードキャストは俺の左目にインストールされており、俺の意思と魔力消費によって起動する。

「ライダー、左に5°修正。あとは消える直前と同じだ!」

 アサシンの姿が見えるとはいえ、俺は俺でユリウスの攻撃に対処しなければならない。

 だから見えない相手を確認できたのは一瞬で、指示もかなり大雑把だ。それでもライダーであればそれでも充分という確信があった。

 間もなくライダーがその手に握る得物で虚空を一閃すると、その軌跡をなぞるように赤い鮮血が宙を舞った。




戦闘データの入手から相手の宝具の封印、そしてメタ。
この五回戦は対策を組みまくっている戦いでしたので、戦闘は今までで一番あっけなくなるように意識しました

あと詰め込み気味ですが、天軒の右腕の正体にちょっと迫りました。

……そしてまだ決戦は続きます


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戦闘続行

PC故障のアクシデントで一週空いてしまいましたが、各回戦中はほぼ毎週更新という目標達成です

あとがき含めていつもより少し長いです


 緑が生い茂る決戦場に鮮血が飛散する。

 血の量からして無事では済まないのは確実。

 しかし、それを直接『視る』ことができるのはこの場で俺一人。

 致命傷を受けながらも認識を阻害させる夢想朧影を維持しているアサシンには敵ながら天晴れと言うほかない。

 今もなおライダーがダメ押しと言わんばかりに追撃を行うが、俺の指示ではワンテンポ遅れ、血の匂いなどでライダーが自力で相手の位置を察知しても、次の動作がわからないためか寸前のところで避けられる。

 姿が見えていたならばすでに首を切り落としているだろうに、その最後の一手が決められずにいた。

 二回戦で戦ったアーチャーも原理は違うが今回のように自分の姿を透明化させる宝具を持っていたが、あの時のライダーは今よりももっと戦えていた気がする。

『自分の姿を隠す相手』と『自分の姿を認識させない相手』では勝手が違うのだろうか?

 だとしても、ライダーがアサシンに致命傷を与えたことには違いない。

「遮那王……やはりあのサーヴァントは源義経……」

「今確信に変わってももう遅い。勝負ありだ、ユリウス」

 普通に受ければ内臓にまでダメージが及ぶ男の拳を受け流してから押さえつけ、そして宣言する。

「いいやまだだ。まだ終わらん!」

「っ!?」

 一応関節を極めて押さえつけていたはずなのだが、ユリウスは自ら自分の肩を外して拘束を解き、肩が外れたまま鞭のように腕をしならせて裏拳を放った。

 肩を外してまで攻撃してくるとは思わず、反射的に必要以上に距離を取ってしまう。

 ユリウスの追撃を警戒して瞬時に身構えるが、当の本人は外した肩をはめ直しただけで襲ってくる様子はない。

「これではまだ死ねないのだ!!

 オレは……オレは……!」

 自分に言い聞かせるようにブツブツと呟くユリウスはまるで何かに憑りつかれているかのようだ。

 やがてゆっくりと掲げた男の右手が、グローブ越しに淡く光り始める。

「最後の令呪をもって命ずる!

 ライダーを殺すまで死ぬことは許さん!」

「令呪をっ!?」

 令呪一画を消費した命令。

 たしかサラの遺したデータによれば、昨日ユリウスは令呪を一画使っていたはず。

 二回戦の時点でアサシンを諫めるために一画使っているのだから、ここで使えば三画すべて使ったことになる。

 この聖杯戦争に参加する資格となる令呪を、だ。

 そしてそこまでの暴挙を行っても、霊核が限界のアサシンには気休めの延命処置にしかならない。

 今すぐ死ぬのが数分伸びた程度のはず。

 実際、俺の左目にのみ映るアサシンの姿が令呪の行使によって一瞬痙攣したように跳ねるが、傷が全快する様子はない。

 だがユリウスの暴挙は収まらない。

 息を荒げながら血走った目で自分の右手首を掴む。

「あ、がっ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

 雄叫びとともに肉の繊維が千切れる音をたてながら、ユリウスは自分の右手を引きちぎった。

 手首から先がなくなった右腕はもはや出血すらせず黒いノイズに包まれ始める。

 自暴自棄になったのではないと思うが、その行為を警戒半分心配半分で見守る。

「……心配、か」

 さっきまでユリウスに対して並々ならぬ憎悪があったはずだが、勝利がほぼ確定したおかげかその憎悪は治まりつつあった。

 その影響か、ユリウスの行為を目の当たりにして彼を心配している自分がいる。

「ユリウス、いったい何をするつもりなんだ?」

 俺の問いに黒衣の男は答えず、ただ荒い呼吸を繰り返すのみ。

 自分の右手だったものをゴミでも扱うように乱雑に投げ捨て、代わりに懐から取り出したのは全体的にすらっとした右手。

 親指と小指だけ指が露出した特徴的なグローブに包まれたそれは……。

「まさかサラの右手!?」

「こんなところで使うつもりはなかったが、お前を殺せるのならばなんでもいい!」

 その殺気に呼応するように周囲に複数のディスプレイが展開され、解読不可能な文字の羅列が記されていく。

 おそらくは違法術式(ルールブレイク)

 手首を引きちぎって激痛が走っているだろうに目の前の男は止まらない。

「他のマスターどもに倒されるのならいい。だが、お前はダメだ! 絶対に!!

 他のどんな無意味な死を受け入れても、お前に倒されることだけは!!!」

 どす黒い憎悪に身を滅ぼされた人間の末路がどういうものか……一歩間違えば自分もなっていたかもしれない姿に寒気がする。

 異変を察知したライダーがアサシンへの追撃を諦め俺のもとまで戻ってくる。彼女もユリウスの姿には驚きを隠せないでいるようだ。

「腕が……繋がった」

「なんという執念。壇ノ浦で最期まであがいて迫ってきた平教経めを思い出します」

 失っていた手を繋ぎなおす光景は前にサラが同じこと行っている。

 だからユリウスの覇気に気圧されはしても行為自体には驚かない。

 問題はその繋ぎなおした右手に刻まれているものだ。その右手には未だ三画の令呪が刻まれている。

 もしそれが使えるようになっているのであれば……

「ライ――」

「令呪三画すべてを用いて命ずる。

 全ての宝具を用いて目の前の敵を葬れ!!」

 俺の指示がユリウスの声でかき消された。

 わざわざ繋ぎなおした手に刻まれてた令呪を早々に三画使った命令。三画一気に使ったからなのか、今まで見た令呪の消費とは輝きが違う。

 様子を伺うべきかもしれないが……

「ライダー、今すぐアサシンを倒して。早く!」

「し、承知!」

 アサシンのほうを見れば、夢想朧影を一旦解除したらしく、右目でもその姿をはっきりと確認できた。

 彼女はまだ直立不動で動く様子はない。

 チャンスだ。そして、このチャンスを逃すと後がないかもしれない。

 ライダーは少し戸惑いながらも理由を尋ねることなくアサシンへと迫る。

 おそらくライダーはこう考えているはずだ。

 セトの雷で宝具は封印しているのだから、今更宝具をすべて使用する令呪を行使しても効果は薄いのではないか、と。

 確かに一見正しい。あの礼装は指定した行動を数日間封じることができるほど強力な効果を持つのだから。

 だがその拘束は完璧ではない。

 そもそも、セトの雷が持つ行動制限の効果は決して行動を強制的に封じるものではない。

 あくまで行動を起こそうとすると魔術回路に激痛が走るだけ。行動の封印は激痛による連鎖的なものに過ぎない。

 であるならば、仮にだ。

 たとえ狂いそうな痛みを受けてもそれを耐えることさえできれば行動自体は行うことができる。

 ……内臓をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるにも等しい痛みに耐えることができれば、だが。

「バーサーカーのクラスが持つ狂化は、痛みを麻痺させる……」

 以前戦ったバーサーカー――エリザベートが持っていた狂化のランクはEと最低値ではあるのだが、痛みが麻痺しているがゆえに痛みによる牽制が通じない厄介な相手だった。

 それがもし、それ以上の狂化を付与されれば……

 狂うほどの痛みも、最初から狂っていれば気にならないのかもしれない。

 酷いの一言に尽きるが、残念ながら即効性がある対策の中では非常に効果的なものだと言える。

「■■■■■■――ッ!!」

 一瞬それが人から発せられた声とは判別できなかった。

 人語として判別不可能な咆哮を上げるアサシンの首がぐるりと不気味に回り、ライダーをとらえる。

「■■■■■■■■■――――ッ!」

 再度雄叫びを上げると、彼女の身体が質量保存の法則を無視して巨大になった。……と錯覚するほど宝具の同時使用で彼女の身体が異形のものへと変貌を遂げた。

 背中から生えているのは妄想心音で用いられるシャイターンの左腕。

 右腕から歪な槍のようなものが飛び出しているのは狂想躯体による骨の改造。

 頭部から触手のように蠢くのは狂想閃影による髪の操作。

 バチバチと周囲で放電しているのは妄想感電による発電。

 脚部が異様に肥大化しているのも、雄叫びがライダーの動きを鈍くしているのもおそらくすべてが彼女が模倣した歴代ハサンが生み出した奇跡(ザバーニーヤ)の数々。

 昨日サラが封印したはずの宝具まで使っているのを見ると、やはり俺の考えは正しかったらしい。

「なるほど、バーサーカーのクラスを獲得して二属性持ち(マルチタスク)に変化したか。面白い!」

 すさまじいプレッシャーを放つアサシンに臆せず迫るライダー。

 ライダーの言葉が本当であれば、あのアサシンには俺の予想通りバーサーカーのクラスと狂化が付与されているらしい。

 ただその影響か、夢想朧影や観想影像のような絡め業を展開していないのは不幸中の幸いだ。

「――――――――」

 ……と、少しだけ気を緩ませた次の瞬間、ライダーの身体が遥か後方へと吹き飛ばされた。

 いったい何をされたのかまったく理解できなかった。

 妄想疾走によって肥大化した脚部で跳躍し、ライダーに体当たりをした……?

「ライダー!!」

 反射的にアイテムストレージからエーテルを取り出し使用するが、遠くに吹き飛ばされたせいで彼女の容体を正確に把握できない。

 それに俺もライダーを心配している暇はない。もはや比喩ではなく本当に死神なのではないかという殺気を放つユリウスがすぐそこまで迫っている……!

「がああぁぁァッ!!」

 右ストレートからの左フック、からの右脚での上段蹴り……はフェイクで腹部に左足の回し蹴り。

 以上の攻撃が瞬きを一回する間に繰り出される。

 獣のような荒々しい動きのはずなのにその動きは非常に効率的で洗礼されている。

 サラ曰く、俺は殺気のある攻撃に対して反射的に防御姿勢を取れるらしいが、ユリウス相手ではとてもじゃないが全てをさばくのは厳しい。

 だからこそ自分が出血していないことを確認しつつ、あえて吹き飛ばされることでユリウスから距離を取る。もちろん体勢は崩されすぎないようにして。

 そういった小休止を挟むことでなんとかしのげていた。黒鍵は握っているが攻撃なんてしている暇がない。

 ライダーの援護どころか確認すら行う余裕がない。

 それに俺の不思議な体質は骨や内臓にダメージがないだけで痛みはある。

 本来は折れるレベルの拳を受け過ぎれば普通に死ぬほど痛いし、その痛みで思考が阻害されれば余計にダメージを受けてしまう。

「令呪を使っても治った様子はなかったはずだけど、アサシンの治療しなくてもいいの?

 そういうの治療するルールブレイクとかないとか?」

「そんなことに魔力を使うぐらいならお前を殺すために使うほうが価値がある……!」

 一瞬でも気をそらせないかと苦し紛れに質問を投げかけてみると、返ってきたのは予想外の回答だった。

 一回戦の頃から何かと目をつけられていたが、それはどこか事務的なものだった。

 何度か戦ううちに私的な殺意も向けられ始めた気もするが、それは目の前をしつこく飛び回る羽虫に向けるような嫌悪感なのだと思ってた。いや、たぶんつい最近まではそうだったはずだ。

 それが今日になって明確に俺を排除するべき敵と認識し、そしてどす黒い憎悪へと変化している。

「……ユリウス、昨日誰に何を吹き込まれた?」

「っ!?」

 全身を使ってユリウスの拳を包み込むようにして押さえ込み、お互いの鼻先が触れそうなほど接近した状態で問いかける。

 カマかけだったが彼の動揺の仕方を見ると正解を引き当てたらしい。

 この戦闘が始まって初めてこちらが反撃に転じられるほどの隙を見せるが、ここで反撃するべきではない。

 したら最後、俺がユリウスと会話を交わす機会を永遠に失ってしまうと直感が告げていた。

 それは、ダメな気がする。少なくともユリウスの持つ情報を手に入れるまでは。

 目の前で動揺している死神から言葉が返ってくるまで根気強く待つ。

「…………のような」

「?」

「貴様のような作り物に、同情される筋合いはない!」

 紛い物に作り物。

 どちらもこの決戦場でユリウスが俺に向けて放った言葉だ。

 俺がサイバーゴーストであることを指していると考えられなくもないが、それならば『亡霊』というワードのほうが自然なはず。

 ならばいったい……

「づっ……やばっ!?」

 鋭い痛みと自分の失態に思わず眉をひそめる。

 見れば、打撃を受けた左腕の皮膚が薄く裂け、じんわりと赤い液体がにじみ出ていた。

 ……考え込みすぎたせいで、受け方を間違えたらしい。

 ユリウスが再び刃物を仕込んでいたわけではない。さきほどナイフを取り出したのは偶然で、ユリウスは俺の体質が出血によって解除されることは知らないのだから。

 ただの拳が俺の皮膚を裂いたのだ。

 これは、グローブで目蓋が切れないようにボクシングではワセリンを塗ることがあるのを想像すれば分かりやすいか。

 ただの拳でも肌同士が擦れる際の摩擦熱で皮膚が裂けることだってある。

 グローブと拳を比べれば摩擦係数は違うし、殴られた際の出血のほとんどは内出血だと思うが、ユリウスの拳は規格外ということだろう。

 そして休む暇なく必殺の拳が繰り出される。

 そのすべてを受け流して無理なものは右腕で防ぐが、最後の一発だけは左腕でまともに受けてしまった。

「が……ぁあ……っ!」

 メキメキと鈍い音が響き、骨がきしむ。

 全身から冷や汗が噴き出しているのに、拳を受けた左腕だけは焼けるように熱い。

 間違いなく、折れた。

 右腕の力を使って肉体を再生させるべきか……

「オオオオッ!!」

 考える暇もなく、迫るユリウスの拳をぎりぎりで避ける

「そんな隙見せてくれるわけないか……ああ、もう! 勘弁してほしいよホント!」

 痛みを誤魔化すために大声で気を紛らさせつつ黒鍵でユリウスの追い打ちをけん制する。

 きちんと受け流しているというのに、一撃ごとに単純な威力で黒鍵の刃が軋み、今にも砕けそうだ。

 今までのユリウスは本気ではあっても全力ではなかったらしい。

 死を覚悟したこの男は、おそらく一番の強敵だ。

「これは、俺も腹をくくるしかないかも……」

 なまじアサシンに致命傷を負わせるまでがあっさり行き過ぎたため、この戦いでは安全に、と無意識に考えてしまっていた。

 やはり俺はどこまで行っても弱者だ。

 使えるものをすべて使い、そのうえでまだ地面を這いずり回って生きることに貪欲になる。

 そこまでしてようやく勝利に届く()()()()()()のだ。

 再度接近してきたユリウスの拳を首を振って避ける。

「づ……っ!」

 わずかに頬をかすり皮膚が裂けるが、気にせずアイテムストレージから取り出した礼装を握る。

「ライダー! 光!」

 丁寧に説明している暇もない。声が届くかもわからないが、俺の見えないところで戦っているはずのライダーにキーワードだけ叫ぶ。

 そして火傷を負っているうえに折れている左腕を無理やり動かして、その礼装をユリウスの目の前に突き出す。

「――発光(emit)!」

「――――」

 短い詠唱と共に再び周囲から影が消し去られた。

 その代償は決して軽いものではない。

 先ほどよりもひどく皮膚が焼かれていく感覚。

 特殊な体質が機能していないせいなのか、皮膚の裏側の筋肉も焼かれている気がする。

 おそらくこの決戦が終わるまでもう左腕は使い物にならない。

 だが、その代償に見合う成果は得られたはず。

「あ……があああ、あ゛あ゛あ゛っ!?」

 俺の目の前でこの灼熱の光に巻き込まれた男が絶叫する。

 俺よりも近く、そして直接光を目にしたのだ。眼球内の水分が沸騰していてもおかしくない。

「あとは――」

「が、ああ……この、程度で……怯むと思うな!」

 怨念のような声が光の向こうから聞こえる。

 直後、バキンッと音とたてて俺の左手の中から感触がなくなる。

 ……何が、起こった?

 左手が切り落とされた?

 いや違う。

 何かが壊された?

 何が?

 考えつくのは……礼装。

 ラニから託され、サラが手を加えてくれた礼装が……お守りが……彼女たちが生きていたという証が――

「――か、はっ」

 腹部がつぶれ、強制的に肺の空気が押し出される。

「見えないが、手ごたえは確かだ」

 全身を焼かれ、俺よりも重症の男はどこか遠くを見ながら語る。

 その目に光はない。超至近距離で瞼を閉じる暇もなく閃光を受けた影響だろう。

 そんな盲目と化した男の拳が、俺の腹部に深々とめり込んでいた。

 肋骨が肺に刺さったのか、はたまた胃のほうが損傷したのか、呼吸とともにどす黒い血が自分の口から吐き出され、口の中に鉄臭いにおいが充満する。

 痛みで視界が揺らぐ。

 

 ――まだ終われない。

 

 意識がだんだん遠くなる。

 

 ――止まるな。

 

 膝に力が入らずその場に崩れ落ちる。

 

 ――進め。

 

 それでも、右手に握る黒鍵だけは決して離さない。

 

 ――それが■■■■の生き方だ。

 

「ぐ……っ!」

 右手に握った黒鍵を地面に突き刺し、倒れこまないように踏ん張る。

 息を吸っても息苦しさが改善される様子がなく、視界もぼんやりしている。

 だが俺の目の前にはまだユリウスがいるはず。こんな無防備な姿を晒していては危険だ。

 今にも途切れそうな意識の中、この状況を打開する案を考えろと自分に言い聞かせるが、身体が全然動かない。

 右腕の感覚だけは異様なほど鮮明にわかるが、その右手を振るう気力がない。

 死刑執行直前のような、これから起こることがわかっているのにどうすることもできないもどかしさを感じていると、目の前に黒衣の男が受け身も取らずにあお向けに倒れた。

「……え?」

 なぜそうなったのかわからない。

 もしかすると情報は揃っているかもしれないが、頭が働いていない今の状態では状況を整理できない。

 

『――――に損傷を確認。応―――を開始し――』

 

 霧がかかったようにぼんやりした脳内に不自然に鮮明に響くアナウンス。

「――っ!?」

 直後、今まで朦朧としていた意識がまるで電源を入れられたかのように瞬時に鮮明になる。

 真っ先に視界に飛び込んできたのは虫の息で仰向けに倒れたユリウス。

 

『――ムーンセルへの不正なアクセスを確認。スキャンを開始。

 決戦場にて規定違反のコードキャストの使用を確認。直ちに対処します』

 

 そしてその状況を飲み込む前に立て続けにムーンセルによる無機質なアナウンスが決戦場内に流れる。

「何が……いったい……」

 状況がまったく整理できない。

 ひとまず、俺がユリウスにトドメを刺される前にユリウスが倒れたという事実だけは理解できた。

「それにさっきのアナウンス、どこかで……ぐっ!?」

 意識ははっきりしたが全身ボロボロで満身創痍なのはそのままらしい。呼吸をするだけでも全身を走る激痛に金縛りにあったように硬直する。

 そして運がいいのか悪いのか、その激痛によって先ほどのアナウンスの既視感の正体がわかった。

 あれはたしか四回戦のとき、サラが意図的に違法術式をムーンセルに感づかせることで、不死身に近かった謎の生命体を撃退できたときに流れたアナウンスだ。

「……そうか、サラはこの違法術式(ルールブレイク)を令呪に……」

 サラの右手に宿った令呪には、三画を同時使用することでムーンセルから不正に魔力を抜き取れるように細工していたのだ。

 それをユリウスは利用しようとしたのだろう。

 しかし、その手法はすでに四回戦でムーンセルに学習されたため、以降同じ手法をとると瞬時にバレてしまうとサラは言っていた。

 そのペナルティがユリウスに襲い掛かったのだ。

 さらに、細工は無力化されても『全ての宝具を使え』という命令自体は健在。

 ムーンセルから魔力を不正に供給できない状況でその命令が続行されればいくらユリウスでも魔力切れは免れない。

 ここにきて、再びサラに助けられたらしい。

「ほんと、感謝してもしきれな……づっ!」

 身体を支えることができずそのまま仰向けに倒れこむ。

「ライダーは……?」

 首さえ動かすことができないため視線だけを動かしてライダーを探す。

 アサシンにバーサーカーのクラスが付与されてから彼女たちの姿が見当たらないのだ。

 マスターの権限を使うことでわかるライダーのバイタルはそこまで深刻ではないはずだが……

「ライ、ダー……」

「はい、ここに」

 まるで近くで待機していたかのように、足元まで伸びる黒髪をなびかせて一人の女性が舞い降りた。

 その姿は俺ほどではないにしろボロボロだ。

 透き通るような肌は泥にまみれ、無数の傷が痛々しい。

 それでも俺を心配させないようにしているのか、微笑みだけは決して崩さない。

「よかった。無事だったんだ」

「はい。無傷とはいきませんでしたが、この通り。

 ……もう少しお待ちください」

 ゆっくりとした動きで立ち上がり、ライダーは背後へ向き直る。

 その視線の先にはもはや異形の化け物と化したアサシンの姿。しかしその足元は覚束ない様子で、展開している宝具もところどころ崩れ始めていたりと、見るも無残な状況だ。

「最初の体当たりだけは強力でしたが、そのあとの攻撃は見掛け倒しと言ってもいいものでした。

 おそらく魔力が十分に込められていないのでしょう。むしろ宝具として展開できているのが不思議なくらいです」

 これが、魔力切れがわかっていてもマスターの命令のせいで解除できないサーヴァントの末路か。

「あ゛……が、ああ……こ……して……殺して……くれ……」

 ほとんどうめき声のような声を絞り出すアサシン。

 それは苦痛から解放されたいがために絞り出された懇願か、はたまた図書室で目を輝かせて語った歴代のハサンの宝具をこんな不完全な状態で展開してしまった自分への罰か。

 狂化でほとんど理性がない状況でもこれだけは伝えたい、という意思を感じる言葉。

「ライダー……楽にしてあげて」

「承知しました」

 一呼吸おいてからライダーは得物を握りなおす。

「■■■■■■■■■――ッ!!」

 ライダーが動くよりも先にアサシンの黒髪が蠢き、ライダーへ襲い掛かる。

 今まで何度も見た業だが、その勢いはかなり遅い。だというのに、ライダーはこちらを一瞥するのみで避けるそぶりを見せない。

 直後、無数の黒い刃がライダーを襲った。

 まさか、俺を庇って……っ!?

「ご心配なく」

 血の気が引いていく俺の表情を察してか、直立不動のライダーはそう告げる。

 刃と化した鋼鉄の髪が鞭のようにしなり、ライダーの身体をえぐろうと何度も襲い掛かる。

 しかしその刃はライダーの目の前に立つ大男に阻まれ、彼女の柔肌をえぐることはない。

「遮那王流離譚が三景。弁慶・不動立地。

 そのような弱体化した刃で弁慶の肉体を貫けると思うな」

 たしかこれは、昨日ガウェインの宝具の余波から俺を守るために展開した宝具。

 その名の通り弁慶の肉体を疑似的に再現することで強固な盾とする宝具。

 ……自分の部下を盾にしている絵面は少々酷いが、まあライダーならやりかねない気がする。

 そして盾に使うために呼び出した自分の部下を飛び越え、その肩を蹴ってアサシンに肉薄する。

「オ、オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」

 対抗するようにアサシンは咆哮とともに脚部に魔力が集束し、爆発が起こったかと錯覚するほどの衝撃とともに異形と化した彼女の身体は遥か上空へと上昇する。

 続いてまるで雨のように降り注ぐ黒い束。その正体はアサシンの狂想閃影によって伸びた彼女自身の髪の毛だ。

 それがライダーの行き場を奪うように展開される。

 しかし……

「この業では私の弁慶・不動立地を貫けないのはわかっているはず。

 バーサーカーだから学習できていないのか? それとも足止めとでも言うのか?」

 ライダーの言う通りこれではただの足止めだ。いくら上空に逃げようともそれだけならいつかは落ちてくる。

 むしろ落下の衝撃で自滅する可能性も……

「っ、退避……だ!」

 叫べば激痛が走るが、そうせずにはいられなかった。

 しかし俺がアサシンの行動の真意に気づく前に相手のほうが先に動いた。

 はるか上空でもわかるほどの魔力の圧力。岩と見間違うほどの巨大な物体がゆっくりと自由落下をしてくるのがわかる。

 サラが遺してくれたデータの中にあった『ザバーニーヤ』の中で、この状況だからこそ最も効果的な業。

「妄想膨張……」

 曰く、おのれの体重と体積を増加させることで、その肉体がもたらす自由落下のエネルギーで相手を圧殺する業。

 非常にシンプルゆえに誤魔化しようのない威力を持つ宝具。

 そしてその衝撃に耐えられるように断想体温ほどではないにしろ肉体の強度も増していると記されてあったため、力業での反撃も難しい。

 唯一、自由落下ゆえに相手に察知されると容易に避けられてしまうという致命的な弱点があるが、それを狂想閃影による檻で補っている。

 魔力不足で弱体化しているらしいが、髪を複雑に絡ませることで狂想閃影の強度を高めているようだ。

 ライダーも相手の目論見をわかっているだろうに一向に出てくる様子がないのがそれを物語っていた。

(コードキャストさえ使えれば……!)

 右手に握る黒鍵を睨みつける。

 右腕でなら黒鍵を振ることができるが、右腕以外で起動しなければ礼装のコードキャストは使用できない。なのに、今の状態では右腕以外はピクリとも動いてくれない。

 筋力強化のコードキャストを使えば、もしかすれば突破できるというのに……!

 ただただ無意味に黒鍵を握りしめることしかできない自分を悔いる。

 今の俺にはそれしかできなかった。

「っ!?」

 そんな状況でさらに上空からの圧が強まり、思わず身体がこわばる。視線を上に向ければ、さきほどまで自由落下をしていた巨体がその速度を急激に上げている。

 おそらく妄想疾走で空気の壁を蹴ったのだ。

 普通ならありえないスピードにアサシンの身体が空気抵抗による摩擦で赤く熱を帯び始めている。その姿はもはや隕石だ。

 これではたとえあの檻の中で弁慶・不動立地を展開しても防ぎきれない……!!

「心配いりませんよ、主どの」

 不意に聞こえてきたのは、ライダーの落ち着いた声。しかし声の方角からして彼女はいまだ漆黒の檻にとらわれているはず。

 だというのに彼女が慌てる様子はない。

「遮那王流離譚が五景外伝――」

 静かに唱えたのは、五つの奥義からなる彼女の宝具『遮那王流離譚』の……外伝?

「――宗谷・一刀切」

 静かな声から繰り出されたそのひと振り。

 そのひと振りが、漆黒の檻を切り裂いた。

 まるでバターでも切るかのように滑らかに。いっそのこと、音すらも切り裂いたかのかと錯覚するほど静かに。

 慌てた様子もなくライダーは己が作った脱出路から悠々と飛び出し、俺の元まで戻ってきた。

「心配おかけしました、主どの」

「今、のは……?」

「誠に恐縮ですが、詳しい話はあとで。今は私の背中へ」

 とは言われても自力で立てない俺はライダーにされるがままに背負われる。

 ふと、倒れたままのユリウスが視界に入る。

「主どのの頼みであれば、あのものも背負うことはできますが?」

「……それじゃあライダーの動きを鈍らせることになる。

 今の俺たちに相手へ情けをかけられる余裕はない」

 その決断に俺自身の胸がズキりと痛む。

 ……いや、これは俺ではなく『誰か』の感情だ。そうに違いない。

 間もなく、隕石と化したアサシンが決戦場の地へと直撃した。

 爆発でも起こったかのような衝撃に地面が割れ、吹き荒れる防風は周囲の木を容赦なくなぎ倒していく。

 その衝撃が俺やライダーの元まで届く直前。

「遮那王流離譚が一景――」

 穏やかなライダーの声が響き……

「――自在天眼・六韜看破」

 身体が引っ張られるような感覚と共に視界に映る風景が一変した。

 見渡す限りの青。遅れて、そこが地上数十メートルの上空であることに気づいた。

 ゆっくりと自由落下を始めたところに、下から吹き荒れる暴風で割れた地面が俺たちがいる場所まで持ち上げられ、俺たちの身体も一瞬重力を忘れて空中で静止する。

 もしこの暴風を地上で受けていれば決戦場の果てまで地面を転がりながら吹き飛ばされていたかもしれない。

「これはいい」

 そんなもしもの可能性を気にすることなく、ライダーは周囲に浮遊する割れた地面を見てそう呟く。

「トドメを刺します。主どのはしっかり掴まっていてください!」

 言いながらライダーは一番近くを浮遊していた地面を足場にして次の足場へと移動する。

 次第にその速度が増していき、地上で埋まっているアサシンへと接近していく。

 本来なら浮遊した地面では十分な足場にはならないが、ライダーの奥義があればその程度の足場でも十分だ。

「壇ノ浦・八艘跳!」

 今度は俺の魔力消費を考慮してか、船の出現はない。

 だがアサシンに迫るのに必要な足場は十分に浮遊している!

 アサシンが砕いて浮遊する地面を螺旋状に蹴り進み、どんどん速度を上げていく。

「■■■■■■■――ッ!!」

 対するアサシンは妄想膨張を解除しつつ、ライダーを迎撃するべくバチバチと帯電し始めた。

 ……本来であれば浮遊する足場をほぼ垂直に蹴り進めることで、アサシンが対応する前にトドメを刺せていたはず。

 そうせず螺旋状に進んでいっているのは、間違いなく俺に気を使っているからだ。

 俺に負担がかからない程度に速度を上げているが、このままでは相手の宝具発動前にトドメを刺せるかは怪しい。

 高確率で相打ちになる。

「させ、るか!」

「主どの!?」

 激痛が走る身体に鞭を打ち、ライダーの背中から離れる。

 ライダーの背中から離れても残っていた慣性で通常の自由落下よりはやく落ちていくが今は気にしない。

「最後くらい、マスターらしくサポートしないとね!

 hack(64);>key!」

 力が入らない左手に右手を添えて黒鍵を無理やり握らせ、魔力を流しながらぎこちない動きで振るう。

 起動条件を満たしたコードキャストが斬撃となり、宝具開放前のアサシンに直撃し……。

「ぎ、がっ!?」

 残念ながらスタンは入らなかった。

 だが、予想外の攻撃を受けたことでアサシンの標的がライダーから俺に変更される。

「それだけで十分。

 ライダー、決めるんだ!」

「~~~~っ!! あとでお話がありますからね、主どの!」

 少し怖い返答を返されたがライダーは進行方向を螺旋状から垂直方向へ変更し、一気にアサシンに迫る。

 アサシンも瞬時に俺とライダーどちらが脅威かを判断して対応するも、すでに音速近くまで加速したライダーを止める術はない。

 断想体温で防御される可能性もありえるが、わざわざ妄想膨張を解除したのを見ると、もはや複数のザバーニーヤを同時展開する余力は残っていないのだろう。

 展開したままの狂想閃影で苦し紛れに盾を展開しようとするも、それさえもライダーは足場にしてアサシンの懐へと潜り込んだ。

「静かに眠れ。名もなき暗殺者」

 横に一閃。

 あまりの速さで振るわれた一振りは、斬られたことを相手に悟らせないほど見事なものだった。

 遅れて鮮血が噴き出すが、その光景を見届けることなくライダーは踵を返し、地上に激突直前だった俺を寸前のところで受け止める。

「えっと、ナイスキャッチ」

「いろいろと言いたいことはありますが、さきほどの援護は感謝します」

 ……これは本気で怒らせてしまったらしい。このあと待ち受けている説教は覚悟しなければならないかもしれない。

 ひとまず彼女の肩を借りて地面に降りる。

 肩を借りても歩くのは難しいが、ライダーに身体を預けていれば立つことならできそうだ。

 決して少なくない出血だけでなく霊核まで砕かれたアサシンと向かい合う。

「――――」

 言葉を交わすこともなく彼女の身体は崩れ落ちるが、ほんの一瞬彼女と目が合い、そして彼女の口がかすかに動いたのがわかった。

 声はなかったが、口の動きからある程度の予測はできる。

「あ……り……が……と……う……?」

 見間違いかもしれない。だがもう真実を問うことはできない。

 糸の切れた操り人形のように暗殺者の身体はその場に崩れ落ちた。

「バカ、な……」

 そして、割れた地面の陰から覚束ない足取りで現れたユリウスからそんな言葉が漏れる。

 浅い呼吸を繰り返しているが、アサシンが落下してきた際のすさまじい衝撃をまともに受ける位置にいたはずなのに目立った外傷がない。

 自力で防壁を張っていたのだろうか?

 閃光で視力を失っているはずなのに気配だけで俺たちを察知してまっすぐ歩いてくる姿といい、彼の執念には驚かされてばかりだ。

 だが勝敗は決した。

 その現実を突きつけるように半透明な壁が出現する。

 勝者と敗者を隔てる赤い壁が。

 見えないながらも現実を理解したユリウスは脱力してその場に座り込む。

「……お前にだけは殺されたくないと思っていたのに、このざまか」

「最期に聞かせてくれ。

 あなたは昨日誰に何を吹き込まれたんだ?」

 先ほどと同じ質問。

 一度目は聞く耳を持たないといわんばかりに拒絶されたが、勝敗が決した今のユリウスは非常に穏やかだった。

「いいだろう。最期にお前に真実を教えてやる。

 お前は自分の肉体が今も地上にあると夢見てるかもしれないが、本当はそんなものは存在しない。

 お前は、このムーンセルの中で第三者によって作られた生命体だ。いや、生命体なんて名乗ることさえおこがましい。

 元のアバターに複数のアバターデータを詰め込まれた結果生まれた合成獣(キメラ)だ!」

「…………」

 ユリウスの言葉が癇に障ったのか抜刀しかけるライダーを片手で制する。

 燃やしきれなかった残りの憎悪を吐き出すように、なおもユリウスは続ける。

「今を生きる人間どころかNPCやサイバーゴーストですらない。地上の生命体を模したものでもない化け物なんだ、お前は!」

「……そっか」

 自分でもびっくりするほど、ユリウスの告げた真実に関しての感想はそれだけだった。

 他人事のように感じているのではない。今までの経験や自分の体質、あらゆる要素から俺が人間じゃないことははっきりしていた。

 今回『人間じゃない何か』という漠然なものから『複数のアバターの寄せ集め』という正体が発覚しただけ。

 謎が一つ解けただけに過ぎないのだ。

「お前、なぜ冷静でいられる?」

「サラにも同じこと言われたよ。

 理由は強いて言うなら、今までの経験から考えて人間じゃないと言われたほうがしっくりくるから、かな。

 むしろ今は自分の正体より、俺の正体をユリウスに話したのが誰なのかの方が気になる」

 だから話して、とユリウスに話を振る。

「……………………」

 しかし答えない。俺の正体について話したのは親切心ではなく、真実を知って錯乱する姿でも望んでいたのだろうか。

「舞……購買部のNPCとか?」

「…………」

 さすがに何も言ってくれないか。

 ひとまずそういう存在がいるということだけ頭の隅に置いておく。

 話が途切れるとそのタイミングを見計らったようにユリウスたちのデリートの速度が速まった。

 赤い壁が出現する前からボロボロだったユリウスたちは見る見るうちに黒いノイズに侵されていく。

「あなたとは、何かが違えばお互いの理解者になれたかもね」

「……俺が、お前の? ありえない」

「俺もそう思う。けど、頭の中でそんな光景がチラつくんだ。

 あなたを助け、助けられる関係になる未来が」

「ありえん。妄想もそこまで来ると逆に同情するぞ」

「可能性の話だ。だから否定はできないよ。肯定もできないけどね。

 今はっきりしているのは、『俺』はあなたとは分かり合えない。これだけだ」

「……ふん」

 これ以上は付き合ってられない、とでも言うように鼻で笑ったのを最後に、ユリウスたちの身体は完全に霊子の海に溶けていった。

 その最期を目にして胸が苦しくなった気がするが、おそらくこれは俺ではない『誰か』の感情だ。

 俺に、そんな感情を抱く資格はないのだから……




これにて五回戦終幕です
岸波白野と違い、天軒の場合はラニの仇という立ち位置でユリウスと対峙させましたので、友人となるルートにはなりませんでした

サラと狂信者、義経のマテリアルは近日更新予定ですが、六回戦はまた毎週更新ができる程度にストックが溜まるまで更新とまります
以前は半年ぐらい空いてしまいましたが、来年の2月ぐらいからは再開したいなと思います

ちなみに五回戦を通してのサブタイトルですが、対戦相手が暗殺者ということで死に由来する言葉の漢字を変換したものを各話に入れてみました。テーマを決めるとサブタイトルもつけやすいですね
遠逝→怨声
斃死→兵士
蓋棺→外観
訃報→不法
示寂→(泰然)自若
死霊→史料
轢死→歴史
縊死→意思
鬼籍→奇跡
夭逝→要請
一死→一矢(報いる)
長逝→調整
死命→使命
属絋→続行


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マスターマテリアル【サラ・コルナ・ライプニッツ】

イラストを組み込もうと思ったら遅くなりました
メモ代わりに箇条書きにしていたものをwiki風にある程度書き直したものになります


サラ・コルナ・ライプニッツ(25)

 

身長:175cm

体重:65kg

 

 

設定画

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

●略歴

 キャスター・メフィストフェレスのマスターで天軒由良の三回戦の相手。

 一人称は私だが、養父であり師であるハンフリーの死後一人で生きていくことを強いられたサラの防衛本能で、無理をして男性っぽい喋り方をしている。その結果、一言目は確実に男性言葉だが、セリフの最後は緊張の糸が緩んで素(女性言葉)が出る。本人はちゃんと男っぽい口調で話しているつもり。

 ユリウスのような殺意の視線を放つが、それは怯えている自分を隠すため。服もハンフリーの遺品を改造したもので、過去に囚われ彷徨う人間。

 非常に大雑把な性格で、コードキャストなども「調整はあとでやればいいから今はとりあえず動くものを」という思想のもとで作成してしまうため試作時には危険が伴う。ただし調整のセンスは抜群にいいため、完成さえすれば最初の雑さがウソのような出来に仕上がる。

 

●人物

 マナが枯渇したことに焦っていた両親が一種の聖杯である「コーヌコピア」の破片を利用してマナを使わずとも魔術の研究ができる魔術師、最悪魔力の供給源となる人間を作ろうと計画し、その成果物が彼女。

 1970年から計画は進んでいたが、膨大な魔力に肉体が持たない可能性を考え、まずは『母体を作るための母体作り』をする必要がありサラが生まれるまでに37年の月日がかかっている。

 そうして造られたサラはサーヴァント単騎なら聖杯の補助なしで現界させられるほどの魔力を生成できるようになった。(ただし魔力のみのため自力の召喚は不可能)

 しかし調整が施されてもコーヌコピアによる魔力生成は有り余るもので、サラの魔術回路は必要以上の負荷を受けることになった。(聖杯を埋め込まれた慎二が最終的に病院送りになったのと同じ理由)

 その結果、生まれた時から全身が焼かれるような激痛に蝕まれることになり精神は磨耗、さらにマナが枯渇した世界では普通の魔術師と比べるまでもないほどの膨大で質のいい魔力は悪霊の格好の標的になり、磨耗した精神も合わさって後天的な憑依体質となった。

 魔力というメリットよりも悪魔が取り付くというデメリットの方が大きいと判断した両親はサラを『失敗作』とみなし、魔力源とすることさえも諦める。同時にこの方法は成功しないとして新たな方法を模索することを決めた。(その後どのような末路を辿ったかは不明)

 サラは計画移行の際に処分するつもりだったが、彼女についた悪魔が抵抗して返り討ちに会いかけたために断念。

 その後、彼女に憑いた悪魔を祓うために訪れたハンフリーが養子を提案。研究の成果物を他人に譲渡することにかなり難色を示したが、両親とハンフリーは長い付き合いのため最終的には譲る形に落ち着いた。

 サラという名前もハンフリーに引き取られてから名付けられている。

 養子として迎え入れられたからはハンフリーの元で保護と指導を受け、思春期を終えるころにはEXTRA世界に現存する偽物の悪魔程度であれば自衛できる実力を持つ。

 それでも極力憑依されるのを避けるため、普段は魔除けでガチガチに固めている。下瞼の赤い化粧や、後ろ髪を束ねているのはこの魔よけの一環。

 生みの親を恨んでいるわけではないが、思い出がほとんどないためそこまで思い入れもない。

 精神の磨耗というデメリットを除けばマナに代わりになるレベルのオドの保有量を誇るため、マナが必須となる魔術の研究をEXTRA世界で行える唯一の『魔術師』であり、英霊召喚のシステムを理解できる程度には魔術師として優秀。

 なお、彼女はハンフリーに会いたいという願いしかないため、根源に到達するための研究をするつもりは毛頭ない。

 

●使用魔術

『call asumodeus』

 ※決着術式と根本は一緒。違いは憑依させるものがサイバーゴースト程度の低ランクの霊か、サーヴァントのような高ランクの霊かとう違いのみ。

 アスモデウスの伝承を元にした憑依魔術。

 アスモデウスが『サラ』という女性に憑依した際、婚約者には危害を加えても憑依者本人には危害を加えなかった、ということから、憑依させる悪魔ないし魂をアスモデウスと定義。それにより安全に『肉体』に悪魔を憑依させることが可能となる。

 ただし、ウィザードとして霊子ダイブしてる際は肉体と呼べるものが魂そのものであるため魂レベルまで融合してしまい、その際には髪の毛の一部が青く変色する。

 なお、結果的にこの性質のおかげで「一人分の魂が消えた」とムーンセルを騙せ、消去から免れることができた。

 憑依させる悪魔のランクが高ければ高いほど憑依時に本人の意識は薄れてしまうが、サイバーゴーストであれば完全に掌握することが可能。それでも身体能力は憑依させたゴーストに引っ張られる。ただし身体能力が落ちるのではなく、無意識にストッパーがかかる状態。逆にサラ以上の身体能力を持つゴーストを憑依させれば身体能力の向上が望めるが、限界以上の動きでサラの肉体が持たない可能性が高い。

 よって、必然的に自分より劣る人間を憑依させることになる。

 メリットは無いように思えるが、サイバーゴーストになったウィザードが生前肉体に刻み込んでいた強力なコードキャストなどを使用できるため、魂の扱い以外はウィザードとしてまだ未熟な彼女が手っ取り早く強力なコードキャストを使用するにはこの魔術を用いるのが効率的。

 解除の際は同じくアスモデウスの伝承を参考に魚の内臓の香をベースにした詠唱「innocence gut exorcise」で解除する。

 ※地上でこの魔術を用いる場合はタバコの煙で解除している設定。

 

 棺桶型の礼装を常に複数持ち歩いており、その中にサイバーゴーストを一人まで収納することが可能。本来の用途は一度では祓いきれない悪魔を憑依者から引きずり出して一時的に封印するために利用されるもので、それをハンフリーが調整を行いサラに託した。

 礼装の中は合わせ鏡になっており、鏡を用いた結界魔術の一種。また合わせ鏡が悪魔を呼ぶという逸話を利用して、収納しているサイバーゴーストに『悪魔』属性を付与することで憑依魔術の成功率を上げる狙いもある。

 

 決着術式「call asumodeus full possession」

 棺桶型の礼装に閉じ込めていたメフィストフェレスを自分に憑依させる。

 メフィストフェレスの霊核に深刻なダメージが入る=消滅する直前になった場合に自動的に閉じ込めるように術式を組んでいた。(劇中であっさり消滅したのはこのため)

 サイバーゴーストと違って英霊そのもののため、精神を乗っ取られること前提で使用することになる。

 サラの特異体質をもってしても膨大な魔力を必要とするため、細工をしていた令呪を使う、もしくは肉体が死亡して魔力を一時的にでも無尽蔵に使える状態にしつつ、サーヴァントとマスターが令呪の束縛なしに信頼しあえる仲でないと使うことは難しい。

 

●その他能力

 彼女の起源は「対話」であり、特に死者(霊)との対話に特化している。

 対話をして同意を得られれば棺桶型の礼装に収納し、憑依させて力を借りることも可能。

 悪霊の類にさえ交渉によって憑依者から祓うことができるという、マナが枯渇していない世界線でのエクソシストならばこれ以上にない才能と言えるが、EXTRAの世界ではあまり必要としない力であり、なによりハンフリーが望まなかったために自衛する技術しか教わっていない。

 

 

●聖杯への願い

 ハンフリーの養子として迎えられた彼女はハンフリーの死後、もう一度父に会いたいという理由で降霊術を学ぼうとしたが、魔力は自力で足りても独学では無理があった。

 そこで願いが叶うという聖杯に望みを託し聖杯戦争に参加した。

 ただし、ガチガチに魔除けに身を固めたままでは電脳世界にダイブした時にうまく憑依ができないため最低限まで魔除けを外さなければいけない。(その最低限が髪留めと下瞼の化粧)

 こうした理由からサラのダイブは危険と隣り合わせで、一週間もすれば悪霊に身体を蝕まれてしまう。

 そのことを理解しているサラは聖杯戦争が終わる49日+αまで肉体が持つとは全く思っておらず、最悪自分がサイバーゴーストになってでもハンフリーを探す覚悟だった。

 また、勝ち進めないにしてももしかしたらNPCやサイバーゴーストとなってここにいるのではないか、と常に校舎を探していた。

 しかし、NPCにいないことは一回戦の時点で確認済み。サイバーゴーストに至っては、もともとハンフリー自身にダイブ経験がないため万が一にもあり得ない。そして聖杯戦争で敗れた場合はサイバーゴーストすら残らない。

 メフィストフェレスはそれらのことを知っているが、そうとも知らず必死に探す彼女の姿を愉快だということで真実を伝えずに楽しんでいる。

 そして三回戦でメフィストフェレスから真実を知らされ戦意喪失したところにメフィストフェレスに致命傷を負わされた。

 

●人間関係

メフィストフェレス

 召喚したサーヴァント。

 コーヌコピアがヤギの角であり、ヤギが悪魔の化身という説と、彼女自身の悪魔に憑かれやすい体質という縁からメフィストフェレスと契約することとなる。

 彼のことは契約したサーヴァントというより自分に憑いている悪魔と評している。(実際無辜の怪物により悪魔となっているため言い得て妙である)

 

ハンフリー

 彼女を養子として迎え入れてくれた養父。

 エクソシストとしての腕はもちろんのこと、体術の腕も素晴らしく、彼女の戦闘スタイルの原点となっている。

 体質ゆえに彼としかまともに接することがなかったため唯一の心の支えだった。

 

天軒由良

 三回戦での対戦相手。

 令呪を失いながらも生き永らえたサラを再定義する際に彼の持ち物である『守り刀』に宿ったのち、己の目的と天軒のサポートのためにマイルームに居座る。

 天軒の姿を自分と重ね、同じ末路をたどらないようにとたびたびフォローしていた。

 

ライダー

 天軒のサーヴァント。

 仲間になった直後はサラのことを警戒しており、サラ自身もそれを理解していたため程よい距離感を保つように心がけていた。

 起源のおかげか、マスターである天軒よりもうまく行動を制御している。

 

 

ユリウス

 ハンフリーの死を知る重要人物(とサラは定義していた)。

 なお、―――――――――――――――――――――――――――――――――。




ユリウスの最後の行はこの物語のネタバレを含みますので伏せます
他の伏線含めて完結後に説明します

次回はオリジナルのザバーニーヤの効果の説明などをまとめたものを投稿する予定です
牛若丸改め源義経は同じくイラストと同時に上げる予定なので遅くなるor6回戦後になるかもしれません。


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サーヴァントマテリアル【アサシン】(宝具のみ)

本編にてアサシンこと狂信者が使用した宝具の簡単な解説になります
また、活躍の場が作れず本編未使用となったものも2つ記載しています


 ●観想影像

 対象の影に干渉し、殺害する宝具。

 影と本体は一心同体で、本体の姿が変われば影も変わるという因果関係を逆転し、影の姿を変えることで本体に干渉する。

 その効果から絶対破壊も付与されている。

 宝具発動時には自己改造によって周囲の影に入り込む。

 影に入り込んでいるときは無敵。

 ただし強烈な光で影が無くなる場合は強制的に発動が解除される。

 逆に言えば闇の中で発動されるとほぼ回避は不可能。

 使用時の詠唱は『虚像に従え――』

 

 

 ●妄想感電

 自己改造によって自身の細胞同士を擦り合わせ、電気うなぎのように帯電する。

 直接触れて心不全にすることも、電圧を上げて焼き殺すことも、またはダーク(投擲剣)を帯電させて遠距離から暗殺することもできる。

 またオリジナルの場合、威力を抑えることで対象を操ることや、電気ショックの要領で蘇生させることもできる汎用性の高い宝具。

 ただしこれは電気うなぎ同様自身も感電するため、他のハサンに比べて体脂肪率を上げるほかなかった。

 つまり簡単に言えば超肥満体質。

 それによりこの代のハサンは『肥厚のハサン』と呼ばれていた。

 狂信者は相手を感電死させるほどの電圧を帯電させると自分の身も危険のため、スタンさせる程度の威力しか出せない。

 使用時の詠唱は『絶痛に(わら)え――』

 

 

 ●夢想朧影

 自己改造により右目にはめ込まれた人工の魔眼。

 効果は暗示の延長で認識阻害。

 相手と目が合っている合っていないに関わらず、魔眼所有者が対象を視認してる限り対象者は相手の気配を感じることも難しくなる。

 使用時の詠唱は『陽炎に惑え――』

 

 

 ●妄想膨張

 自身の体重と体積を4~5倍に増幅させることで、ごくごくシンプルに高所からの自由落下で対象者を圧死させる。

 断想体温には劣るが、それなりの硬度も保有している。

 使用時の詠唱は『万物を砕け――』

 

 

 ●妄想疾走

 足の自己改造による超加速。

 空気を蹴り、空中を渡ることも可能。

 オリジナルは最大10回空気を蹴って空中を自在に移動することができるが、狂信者は1度が限界。また制御も難しいため基本的には使用しない。

 使用時の詠唱は『大地を奔れ――』

 

 

 ●狂想躯体

 自身の骨を伸縮させて武器のように扱う業。

 宝具に昇華したことでかなりの強度も保有しており、宝具未使用のライダーの刀とであれば鍔迫り合いも十分に可能。

 本来のハサンは先天的な変形症であり、それを生かす形でこの業が生まれた。狂信者はそれを再現するべく右腕に自分の骨とは別の骨を埋め込むというアレンジが加わっており、右腕だけの限定的な変形とはいえ元となったハサンと比べると汎用性が高まっている。

 例:ボクサーのグローブのように骨を形成、肘から手首にかけてヒレのような形状に骨を飛び出させる。

 使用時の詠唱は『血肉を穿て――』

 

 

本編未使用だが考えていたもの

 

 ●妄想柔靭

 関節を全て外し、軟体動物のように変幻自在な動きが可能となる。

使用時の詠唱は『四肢よ狂え――』

 

 

 ●奇想咳嗽

 肺および口内を改造することにより吸い込んだ空気を圧縮して弾丸のごとく吐き出す一撃。

 隠密性に優れており、また狂信者はオリジナルよりも威力が増しており、最大10発の連射が可能。

 使用時の詠唱は『大気よ貫け――』



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幕間
12月25日


ちょっとした番外編のつもりがどうしてこうなった……


 カーテンの隙間から零れる日差しで目が覚める。

 いつもと変わらない、何の変哲もない朝。

 と思っていたのに、一つで決定的に違うのは……

「雪……?」

 カーテンに映る無数の小さな影に気づいてカーテンを開けると、見慣れた月海原学園の風景が雪で銀色に染まっていた。

 ここは月の中、ましてや電脳世界だ。

 普通に考えれば自然現象で雪が降るなんてことはない。

 となればSE.RA.PHが意図的に雪を降らせていると考えるしかない。

「でも、どうして……?」

「私にも詳しいことは。起きたときにはすでにこのような状況でしたので」

 二人して首をかしげていると、その問いに答えるように端末がメールを受信した通知が鳴った。

 見ると、差出人はあの言峰神父から。

 次の対戦相手の発表かと思ったが……

『つい数時間前、地上の日付が更新された。

 本日は12月25日。イエス・キリストの降誕を記念する日。つまりはクリスマス。

 ここまで勝ち続け、生き残ったマスターたちへ、我々NPCからのささやかなプレゼントだ。

 本日限りSE.RA.PHは特別仕様で運営している。

 つかの間の聖夜を楽しみたまえ。

 メリークリスマス』

「……………………なんだこれ」

 そんな感想しか出てこなかった。

 今日が12月25日なのかどうかは地上の記憶のない俺には確かめるすべがないため置いておくとしても、突っ込むべきところがいろいろありすぎて一週回って考えるのが面倒になってきた。

 隣で端末を覗き込んでいたライダーに助けを求めるも、彼女も肩をすくめるのみ。

 どうやら彼女も困惑しているようだ。

「ひとまず校舎へ移動してみましょう」

「ま、まあ別にそれはいいんだけど――」

「では失礼して。いざマイルームの外へ!」

 頷いた瞬間ライダーが背後に回って背中を押してくる。

 なんか力加減がおかしいような……両足でブレーキかけてるのに力づくで押し出される!?

「ちょっと待って。なんかライダーいつもと様子おかしくない!?」

「へ? そ、そうでしょうか?

 ほら、善は急げといいますか、何事も確認してからと言いますか、百聞は一見に如かずと言いますか、校舎の様子がどうなっているか気になると言いますか、知識としては与えられていますが実際にどんなお祭りごとなのか気になるといいますか!!」

 口笛を吹きながらとぼけたように言葉を連ねつつ、背中を押す力がどんどん強くなる。

 ライダーも困惑してるものだと思ったけど違った。これ絶対に祭りごとを前にして遊びたくてうずうずしてるだけだ!

 

 

 ライダーに押されてマイルームから出ると、校舎の変わりようにたじろいでしまった。

『メリークリスマス! 月海原学園クリスマス祭、特別冊子だよ!』

『祭りだからと言っても、食べ過ぎ遊びすぎには注意してください。もし体調が優れない方は保健室へいらしてくださいね!』

『本日限り開かずの間になってた視聴覚室を開放するよー。内容は来てのお楽しみ!』

『坊主! 辛気臭い顔なんてせず余についてこい! クリスマスと言えば空を自由に飛び回るものなのだろう?』

『はぁ!? 何言っちゃってんの!? バカなんですかぁ!? 空飛ぶのはサンタであって僕たちじゃ――』

『アーチャー、女遊びは感心せんな』

『げっ、ダンナ!? って、なんすかその昔懐かしのサンタ衣装。いやまあびっくりするほど似合ってますけど』

 普段から賑やかし担当のNPCがわいわいしていたが、今日はNPC以外も盛り上がっているようだ。

 壁には輪飾りだったり小さな人形だったりが飾り付けられ、掲示板が掛けられてあるところには小さなもみの木で作られたクリスマスツリーが設置されている。

 さらに校内に設置されているスピーカーからはクリスマスの定番曲が流れて続けていた。

 どうやら言峰神父の連絡は本当で、聖杯戦争が行われているこの月海原学園全体がクリスマスムードのようだ。

 いつもは硬派にふるまっているNPCも今日ばかりはパタパタと音をたてながら廊下を駆けていく。

「……ん?」

 今一瞬、曲がり角の向こうへ見覚えのある髪の女性が走って行ったような……

「おおー、これがクリスマスという催しものですか!」

 突然隣で大きな声を出されるものだから、意識がそちらに持っていかれる。

 見ると隣にいるライダーは目を輝かせてぴょんぴょんその場で小さく跳ねていた。

「この雰囲気、わくわくしますね、主どの!

 ところで、プレゼントはどこにあるのでしょう? サンタなる老人が渡すものだと聞いていますが……」

「いや、さすがに月の世界にサンタはいないと思うけど」

「そう、ですか……」

 あからさまにテンションが下がる少女の姿に言われようのない罪悪感にさいなまれる。

 お詫びを兼ねて今日中にプレゼントを用意しておこう。

 そう決意して賑わう校舎を散歩していると、自然と購買部へと足を運んでいた。

 何か購入するとすればここしかないし、今日限定の商品なんかも入荷している可能性がると思って顔を出したのだが……

「……なんでサンタコス?」

「クリスマス仕様だよー」

 手を振りながら迎えてくれたいつもの購買委員は見慣れた衣装ではなく、ノースリーブのミニスカサンタだった。

 にしても、もはやサンタ衣装の原型は赤色であることぐらいしか残っていない。

 それでも一目でサンタ衣装の派生だとわかってしまうのだからもうこれもサンタコスなのだろう。

 これが無辜の怪物……いや違うか。

「まあいいや。今日限定の商品とかあったら見せてもらえる?」

「まいどー、って言いたいところだけど、女の子が新しい衣装に着替えてるんだからまず言うことあるんじゃないかなー?」

「……似合ってるよ。それをサンタのコスプレと言っていいかは別として」

 はいよろしい、と満足気にうなずいた舞は端末を操作して品ぞろえの一覧を表示してくれた。

 一覧にはツリーのような飾り付け用のアイテムが大部分を占めているが、僅かながらプレゼント用の手ごろなサイズのアイテムもいくつか見つかった。まあ、値段は全然手ごろではなかったが。

 購入してしまえば無一文になってしまうが、ライダーへのプレゼントであればそれぐらいは問題ない。問題は……

「マイルームの飾り付けですか、主どの?」

「まあそんな感じ、かな」

 値段が値段だし、さすがに渡す本人の前で買うのは避けたい。たぶん止められる。

 ひとまず目星はつけたからあとで一人で買いに来れればいいのだが、この心配性のライダーの目を盗んでどう一人で来るか……

「お困りなら『サンタらしいサービス』しようか? 前払いの追加料金だけど」

 にやにやと意味深な笑みを浮かべ、こちらを覗き込む舞。

 サンタらしいサービス……なるほど、商品を選んでおけばあとで配達してくれるらしい。

「追加料金によるんだけど」

「エーテル一個分ぐらいかな。商品の値段から考えれば微々たるもんじゃない?」

「その微々たるものが払えないぐらいかつかつでやりくりしてるの知ってるよね?

 そもそも『サンタらしいサービス』でお金とるのはどうなの?」

「サンタも世知辛い世の中だからねー」

「…………」

「…………」

 背後で首をかしげるライダーに悟られぬよう静かな戦いを続けること数分。

 お互い引きつった笑みでいるのも疲れたところで、ようやく舞のほうが根を上げてくれた。

「まあ今日はせっかくのクリスマスだし、料金は全部無料でいいよ。

 最初からこの売り上げは考慮されないし」

「待って。ならさっきの無駄な攻防はなんだったの!?」

「私の暇つぶし?」

「怒るよ?」

「だって私たち会話するの最高で一日一回じゃん。しかも最近はなんか作業的な会話しかしないし?

 わざわざ衣装チェンジしてるのに数十秒のやりとりではいさようなら、なんて悲しいと思わないのかなー?」

 子供っぽく口をとがらせる舞に頭を抱えそうになる。

 ただまあ、最近は少し機械的な会話になっていたのも本当かもしれない。

 

 ……最近?

 

 何か一瞬頭の中に疑問がよぎったが、すぐに消えてなくなってしまった。

 少し違和感は残るが、そこまで気にするほどでもないだろう。

「今後は極力事務的な会話だけで終わらないように気を付けるよ」

「わかればよろしい」

 ようやく用事を済ませて購買部を後にする。

 不要な体力の消費をした気がするが、プレゼントの注文ができたのならよしとしよう。

「待たせちゃってごめん」

「いえ、問題ありません」

「とりあえず俺の用事は済んだけど、ライダーはどこか行きたいところとかある?」

「私が決めてよろしいのですか?」

「せっかくだしね。ライダーが気になることを優先にしてもいいと思うし」

「そう、ですか。

 では、体育館に行ってみてもよろしいですか? なにやら賑わっているようですし、何か催し物をしてるのかもしれません」

 てっきり校庭に積もった雪で雪合戦でもすると予想していたのだが、意外にもライダーが提案したのは体育館だった。

 とはいえライダーの提案に反対するつもりもないため、聖杯戦争ではあまり利用していない体育館へと足を踏み入れる。

 するとライダーの読み通り、体育館では複数のブースが設けられており、祭りの出店のような賑わいを見せていた。

 地上での記憶がないので何とも言えないが、一般的な学園祭とはこのような光景のことを言うのだろうか?

 視線を巡らせてどんなブースがあるのか把握しようとしていると、またも特徴的で見覚えのある髪が人ごみの中に消えていくのが見えた。

 今度は見逃さないように目で追っていたのだが、その近くにあった光景に思わず二度見してしまった。

「えっと、ラニ?」

「由良さん、ごきげんよう」

 僅かに頭を下げて礼儀正しく挨拶をする褐色の少女。

 彼女がこうしてイベントに参加しているのも意外といえば意外なのだが、それ以上に違和感があるのが……

()()、ラニのバーサーカーだよね?」

「……はい」

 視線の先にあるのは複数あるブースの中の一つ。

 手芸部か何かが出店している編み物体験教室なのだが、そこに明らかに雰囲気の違う優雅な男性が座って黙々と作業を行っていた。

「私もさきほど知ったのですが、どうやら生前から編み物が趣味だったようで。

 こうして立場を気にせず没頭できると珍しく上機嫌でしたから」

「ラニはこうして作業してるのを見守ってる、と」

 はい、と頷くラニ。

 バーサーカーの趣味に驚きは隠せないが、手慣れた様子で作業を行う姿を見ると納得せざるを得ない。

 というか手際が良すぎるから教える側のNPCがどう対応すればいいかわからず落ち着かない様子だ。

「それにしても、バーサーカー的にはクリスマスってどうなんだろう?」

「本来我ら教徒が祝うのは誕生祭ではなく復活祭であり、そもそも生誕祭の日程には諸説あるのだが……

 まあこちらを楽しむことが復活祭を蔑ろにすることに繋がるわけでもない。

 純粋なイベントとして楽しむのに関しては問題なかろう」

 完全に独り言のつもりだったのだが、作業が一段落したバーサーカーの耳に届いていたらしい。

 彼なりに解釈したうえで楽しんでいるようだ。

「あのアサシンめは異教のイベントに発狂していたところを監督係の神父に取り押さえられて隔離されていたがな」

 ……そういえば姿が見えないと思っていたが、どうやら俺が校舎に移動する前に大変な出来事が起こっていたらしい。

 ほどなくして満足した様子でブースから出て来たバーサーカーの手には、明らかに複数の編み物が握られている。

 その一つ、紙袋に入れられたものをバーサーカーは俺に手渡してきた。

「これは?」

「ついでに作ったものだ。余からのクリスマスプレゼントとして受け取るがいい。

 中に入っているものは本来贈る時期が違うのだが、このタイミングでしか渡せそうにないのでな。

 3月1日まで取っておくといい」

「あ、ありがとう……」

 そしてラニの方へ向き直ると、もう一つを彼女へ差し出した。

 半円のような三角形のような形で、三方向から穴が開いた、ものすごく見覚えのある形状のそれは……

「なんでパンツ?」

「見ているこっちが寒くなるのでな」

 まったく、とあきれた様子で語るバーサーカーの視線にいるのはもちろんラニ。

 渡そうとしているもの、そしてバーサーカーの言動から導き出される答えは……

「っ!?」

 反射的に視線が下に向きそうになったのを寸前で堪え、代わりにラニの顔を見る。

「合理的ではありませんので」

 顔色を変えることもなく、久々に機械的で無機質な無表情でそう告げられた。

「世界は広いですね、主どの」

 うん、君も人のこと言えないと思うけどね。

 

 

 一通りブースを見終えて校舎へと戻ってくると、空はすっかり茜色へと移り変わっていた。

「ライダー、今日は楽しめた?」

「はい、もちろん!」

 喧騒から離れた本校舎の2階を、満面の笑みを浮かべるライダーと共に校舎を歩く。

 今朝の賑わいがウソのように静かな校舎だが、その無音は不思議と不快ではない。

「主どの、そういえば主どのはサンタどのに何かプレゼントのお願いはしないのですか?」

 ふとライダーがそんなことを俺に聞いてくる。

 プレゼントか……

 そういえば考えてなかった。

 いつもは聖杯戦争のことばかりで、そういうことを考える余裕もなかったと言えばそれまでなのだが。

 叶うかどうかは別として、せっかくそういう日なのだから考えてみてもいいのかもしれない。

「といっても、とくに欲しいものはないし……」

 ならばと、ここ最近で強く願ったことなどはないかと考えを巡らせていく。

 しかし、改めて考えてもなかなか出ないものだ。

 結局マイルームへと続く2-Bの教室の前まで何も出てこなかった。

 だというのに、戸に手をかけた瞬間、頭の中にあった靄が晴れるような感覚に襲われた。

 

 ……ああ、そうか。この世界は――

 

「――サラにもう一度会いたい、かな」

 戸を開き、マイルームへと転送される。

 何の変哲もない、いつも使っているマイルーム。

 少し前まで2倍の広さがあった、今は一教室分の広さの空間。

 気付けば、さっきまで一緒にいたはずのライダー……霊基を変質させる前の牛若丸はどこにもいない。

 教室を模したマイルームの中には俺と、窓際に身体を預けている女性の二人きりだった。

 銀色の髪を後ろでまとめ、カソックや修道服を改造した服装に身を包んだ麗人。

 そして、5回戦のモラトリアム中に消滅した、俺の仲間だった人。

 違和感はあった。

 端末のメールの文面からしてすでに何回戦か進んでいるのは確かなのに、1回戦、2回戦ぐらいに戦った対戦相手の影があったのだから。

 でも意図的に考えないようにしていた。

 このつかの間の夢を壊したくなかったから。

 しかし夢は覚めるもの。終わりのない夢はない。

 だからその現実を自分に突きつけるように口にする。

「これは、夢。

 五回戦が終了し、疲弊した俺の心を癒すためにSE.RA.PHが設けた休息期間。だよね、サラ」

 いや、目の前にいる女性にその名前で問うのは正しくない。だから言い直す。

「正確には、サラの姿をした、俺にとってのサラの役割に配置されたNPC、かな」

 その問いに目の前の銀髪の女性は困ったように肩をひそめた。

「やっぱり、この姿を見たら気付いてしまうか。

 彼女の思考をトレースした私だからその答えに辿り着いたから、鉢合わせないように逃げ続けてはいたんだが……

 ムーンセルに強制的に配置させられてしまったようね」

 声も口調も挙動も記憶にある彼女と全く一緒だというのに、雰囲気が違うだけで結構別人に見えるものだと変なところで感心してしまう。

「その言い方だと、ムーンセルに造られた存在なのにムーンセルより俺のことに詳しそうな感じだけど」

「当たり前だろう。お前に詳しいキャラを作るのに必要なのはその条件を満たす人物の情報だ。ムーンセル自身がお前に詳しくなる必要はない。

 というか、ムーンセルはキャラの性格は設定できても、その後のキャラの思考回路や行動に関しては干渉できないんだ。

 できるのはゲームキャラの配置まででしょうね」

「俺に詳しい人物がライダーじゃなくてサラだったっていうのは、ちょっと思うところはあるけど」

「あいつはあいつで頑張ってお前を理解しようとはしている。

 ただ天才のあいつと凡人のお前じゃ根本が離れすぎてるから、少し時間がかかるだけさ。

 お前のためを思う気持ちだけなら間違いなくライダーが一番よ」

 そこで一旦会話が途切れる。

 心地のいい静寂がしばらく続き……

「……でも、ここにいるのがサラでよかったかも。

 あの時はゆっくり話す余裕はなかったから」

「そんな話すことあるか?」

「一つだけ、ね。

 でもどこかでは伝えたいと思ってたから」

 彼女の隣に陣取り、一度呼吸を整えるために深呼吸を行う。

 あのとき言えなかった言葉。

 こうして五回戦を勝ち抜けたからこそ、言える言葉。

「ありがとう、サラ。もう俺は大丈夫。

 また、戦えるよ」

「無理はするなよ。

 と言っても、お前には無駄でしょうね」

 サラと同じ見た目をした女性は、言うことを聞かない子供にあきれるように、しかし慈愛に満ちた優しい表情で笑う。

 不思議なことに、その表情はあのとき最期の言葉をかけられたときの状況と重なった。

 ノイズのせいでほとんど見えなかったが、あのときもこんな風に笑いながら消えていったのだろう。

 ……うん。それがわかっただけでも、この夢の世界には感謝しなくてはいけない。

 そして俺の心のケアが済んだからか、俺の身体が光に包まれ始める。

「お別れ?」

「そうみたいだな」

「そっか。

 そういえば、この世界で貰ったものとかってどうなるの?」

 ラニのバーサーカーからもらった、赤と白の糸を使って作られたお守りを見せながら尋ねる。

 それに舞に頼んだプレゼントの件もある。

 サラと同じ見た目のNPCは顎に手を置いて考えるそぶりをするも、すぐにお手上げといわんばかりに両手を軽く上げた。

「それは私にもわからない。普通に考えれば消えてなくなるだろうな。

 けど、もしかしたら奇跡が起こるかもしれないわね」

 その言葉を最後に意識は途切れた。

 

 

 カーテンの隙間から零れる日差しで目が覚める。

 いつもと変わらない、何の変哲もない朝。

 ただ、天井がいつもと違っていた。

「ここは、保健室?」

「主どの、目が覚めましたか!?」

 こちらの顔を覗き込むように少し大人びた、源義経の霊基へと変質させた自身のサーヴァントの顔が視界いっぱいに映りこむ。

「ライダー……なんで俺保健室に?」

「決戦場から帰ってすぐに倒れてしまったんです。

 あのアサシンとの死闘は激しいものでしたから、おそらく疲労が限界に達したのだと思いますが……

 無事目覚めて本当に良かったです」

 心底ホッとしたように胸をなでおろすライダー。

 心配してくれたライダーに感謝の意も込めて彼女の頭を数度撫でていると、保健室の戸が開かれた。

「やっほー。倒れたって聞いたけど大丈夫?」

 セミロングの茶髪を後ろでまとめ、白いブラウス、濃い茶色のベストとスカートという他の生徒とは違う衣装に身を包んだ少女。

 一回戦のときからお世話になっている購買委員の天梃舞だった。

 つい最近の出来事のせいで、購買部から抜け出しているという状況に一瞬警戒してしまうが、彼女の片手に握られた小包を見て警戒を解いた。

「舞どの、どうしてここに? それにその小包は?」

「ああこれ? どういうわけか君宛てに配達のアイテムがあってね。

 なかなか来ないから特別に購買部抜け出して探してたんだよ。

 というか、うち配達なんてやってないのになんで配達させられてるの?」

 そう言いながら手渡された小包を開き、中身を確認する。

 ……ああ、やっぱり。

 桜を含めた三人が首をかしげる中、俺一人だけが納得し満足する。

 一日限りの幻想は終わりを告げた。

 そして、また新たな一日が始まる。




ヴラド公の編み物のくだりが書きたくて始めたらいつのまにか一話分ぐらいの分量に……

ひとまず今年の更新はこれで最後です
皆さまよいお年を


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