Fate/Problem Children (エステバリス)
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第一運命劇幕 運命開幕夜会"ノーネーム"
くえすちょんぜろ さよなら醜い世界、ようこそ楽しい世界




エステバリスです。

知ってる人はまたやるのか、ですよね。知らない人ははじめまして。

今回言うべきことはありません。強いて言うなら、僕はロリコンじゃないです。ただジャックに父性もしくは母性を刺激された人です。おのれGrand Orderいいぞもっとやれひゃっほーう!





 

 

いつかの夢を見た。

 

毎日見るけど、いつも懐かしい夢。

 

わたしたちは幻想(げんじつ)の中。彼は現実(ゆめ)を生きた。

 

さぁ、幻想の続きを始めよう―――

 

fate(運命)に導かれた、家族(ますたぁ)達と共に。

 

◆◇◆

 

「あれ?」

 

空を動く音がマントを薙ぐ。中の素肌に風の冷たさが伝わってとても気持ちがいい。

 

状況の確認を終えて周りを見ると、服装と性別に違いはあれど三人の少年少女がわたしたちと同じように空を切り裂いている。

 

「―――わ、ぷ!?」

 

ドポン、ドポン、ドポン……と不思議な水膜を通りすぎて、最後に湖に着水した。

 

「……ぷは!ちょっと、いきなり呼びつけておいてこれはないんじゃないのかしら!?」

 

「右に同じくだクソッタレ……こんなんなら石の中に呼び出された方がマシだぞ」

 

「……いえ、それはそれでダメじゃないのかしら」

 

「俺は問題ない」

 

「そう、傲慢ね」

 

はぁ、とロングヘアーの少女、金髪の少年、栗色の少女の順で湖から上がってくるが、最後の一人―――銀髪の少女は一向に上がってこない。

 

「……あら?貴女は上がらないの?」

 

「うん……泳げないの」

 

頬に物騒なツギハギを持つ少女はあどけない口調で正直に答えた。女性二人の視線がジーっと、少年に向いて彼はめんどくさそうに髪の毛を掻き分けながら再び湖に入水する。

 

「おらよツギハギロリ……手、掴みな」

 

「……んっ」

 

少女が手を掴んだのを確認して少年は再び湖に上がる。少女は衣服が水を吸いまくって端々から水が垂れ落ちているのに気にも止めない。行動、発言、容姿。全てがなにかズレている。

 

「おいおい、さすがに水気は出そうぜ……ったく」

 

少年は甲斐甲斐しくマントを細かく絞る。まるで妹の面倒を見ている兄のようだ。

 

「……まぁ、いいわ。ところで貴方達にも手紙が?」

 

少女の世話をする少年を尻目に、ロングヘアーの少女は三人に問いかける。

 

「ああ、んじゃなんだ。そういうオマエも?」

 

「そのオマエ、というのをやめてくれるかしら?私には久遠 飛鳥という名前があるの……そこの猫を抱えた貴女は?」

 

「春日部 耀。以上」

 

「そう……よろしく春日部さん。それで、貴女は?名前、言えるかしら?」

 

「わたしたちの名前は、ジャックだよ」

 

「……達?いやそれにそもそもジャックは男につける名前のはずだが……」

 

ジャックと名乗った少女の言葉に思わず少年は首をかしげる。突然こんな意味のわからない場所に飛ばされて情緒が不安定になっているのか、と勝手に結論づけるにはあまりに早計だ。

 

「おにぃさんは?」

 

「あん?」

 

「おにぃさんの名前は、なぁに?」

 

「俺か?俺は逆廻 十六夜。粗野、凶暴、快楽主義と三拍子揃ったロクデナシなので用法、用量をよーく守った上で接してくれよ?」

 

こくん、とジャックは頷く。彼女ほどの幼子には少しわかりづらい言葉を選んだつもりだが、これは全てを理解した首肯なのか、それとも名前を把握したという意味でのそれなのか。判断に迷う。

 

「……そう、よろしくねジャック、それと十六夜くん」

 

「ん、おう。よろしく頼むぜ」

 

一通り挨拶を済ませたのでふぅ……と一旦落ち着く。まずは情報整理。これに越したことはない。

 

「それで……ここ、どこだろう」

 

最初に切り出したのは意外にも耀だった。それに対して十六夜は遥か彼方を見ながら答える。

 

「さあな。どこぞの大亀の背中の上かもしれねぇなぁ……さっき世界の果てみてぇなのが見えたし」

 

茶目っ気を聞かせているのかはわからないが不思議と確信を得ているかのように十六夜は呟く。まぁあくまで推測は推測。それ以上の答えは彼らには得ることはできないのだが。

 

と、そんな時、十六夜の服がくい、くい……と引っ張られる。ジャックだ。彼女が少し恥ずかしげにしていたが、十六夜に話を聞いてほしかったようで少し強めに服を引っ張られている。

 

「ん?どうしたジャック」

 

「あのねおにぃさん(⬛⬛⬛⬛)。わたしたち、気になったんだけど―――」

 

十六夜を呼ぶ声は不思議な声だった。おにぃさん、そう確かに聞こえたのに他にもなにかが同時に聞こえてくる。

 

「おう」

 

 

 

「そこのおねぇさんに、話を聞かないの?」

 

 

 

その瞬間、その場にいた全員が謎の寒気に襲われた。無論、おねぇさんと言われたそこの―――隠れているウサミミ少女もだ。

 

「なっ―――」

 

「………?」

 

しかしその寒気を感じたのはほんの一瞬で、呆けていた四人もすぐに意識を引き戻された。

 

「……あ、あぁ……確かに、そうだな……出てこいよ」

 

「え、あ、はひ!出てきます!出てきますのでとって食べないでくださいね!?黒ウサギは食べても美味しくないのデスよ!?」

 

明らかに、寒気にウサギ的な意味で死を察したかのようにウサミミの少女が茂みの中から出てくる。両手をあげて目が丸く、額には多少の冷や汗が流れている。

 

「で、ですので、どうか落ち着いて黒ウサギの話を聞いてほしいのデスよ?」

 

「嫌だね」

 

「お断りするわ」

 

「右に同じく」

 

「んーと……やだ」

 

「取りつくシマがないのデス!」

 

ぬが!と思わず突っ込んでしまう。あの状況でこうも平然に断ることができるなんてどういう精神構造をしているのかと小一時間ほど問い詰めたくなってしまうではないか。

 

一旦落ち着くように自己暗示した、黒ウサギと名乗る少女はニコッと綺麗な営業スマイルを作る。

 

「ま、まーよいです。この世界にやってきた皆様にはこの黒ウサギから直々に、ここ箱庭の解説等々を―――」

 

「ていっ」

 

「フギャア!?い、いったい何を思い立ってこの黒ウサギの素敵ミミを引っ張っているのですか!?」

 

しかして突然自称素敵ミミを耀に引っ張られて思わず反応してしまう。主に痛い的な意味で。

 

しかし当の耀は

 

「思い立ったが吉日」

 

とかのたまう。それでいいのか。

 

「へぇ、そのウサミミモノホンなのか。んじゃ俺も引っ張りてーな」

 

「……私も気になるわ」

 

「わたしたちも!」

 

わいやわいや俺も俺も、とどんどん黒ウサギに群がってくる。そのあまりの勢いに黒ウサギは押され、か弱いウサギの哀れな断末魔が響いたという。

 

◆◇◆

 

それから一時間後、適当に遊んで飽きた三人はようやく黒ウサギを解放し、彼女の顔には隠しようのない疲労が漂っていた。

 

なおジャックは未だにウサミミで遊んでいるが、この際無視だ。

 

「……あ゛、ありえないのデスよ……まさか最初の説明に入る前の段階で既に小一時間消費するなんてありえない……まさしく学級崩壊デス」

 

「わーったからさっさと進めろよ」

 

「あ、はいラジャーです!それでは言いますよ!?定型文で言いますよ!皆様にはこの箱庭で暮らす権利を獲得いたしました!」

 

はいおめでとーございまーす!とわかりやすい世辞を述べながら黒ウサギは四人を祝福する。だが彼らが彼女に聞きたいのはそれだけではなく、もっと山のようにある。

 

「質問、箱庭って?」

 

「よい質問でございます!皆さんお気付きでございますでしょうが、皆様は普通の人間ではございません。生来、あるいは後天的に授けられたギフトを用いることの可能な存在、それが皆様であり、この箱庭はそうして元の世界で生きられなくなった方や箱庭に招かれるだけの功績のあるギフトを持っている者達が蔓延っています!皆様はその中の一人として、こうして招かれたというわけです!」

 

どこからともなく現れた回転式のホワイトボードには首尾よく箱庭について記されていた。黒ウサギがそれを反転させて反対のボードに移す。

 

「この箱庭においてはそんなギフトを持つ方々によるギフトゲームという、皆様の世界におけるスポーツのようなものが存在しております。"主催者"(ホスト)が定めたルールとクリア条件の中で"参加者"(プレイヤー)はそれを満たし、賞品を勝ち取るというものでございます。なお、ギフトゲームの参加には"コミュニティ"への加入がほぼ必須となりますので、皆様には必ずコミュニティに属していただきます!」

 

「嫌だね」

 

「属していただきます!」

 

十六夜の発言を却下するように二回言った。すると早速聞きたいことがあると飛鳥が挙手する。

 

「じゃあ次の質問よ。"主催者"って誰?具体的に、特定の個人と決まっているの?」

 

「それは様々です。修羅神仏が定めた、偉業をなぞるゲームもあればただのYes,or Noクイズというものも存在しますし、であれば"主催者"も神仏主催の大掛かりなものから友人間での掛けのようなものもありますから。当然、賞品として定められているのならギフトの略奪だって可能でございます」

 

「ならギフトゲームとはこの世界の法そのものと考えても?」

 

「それは半分正解です。ギフトゲーム外で盗難や拉致、性犯罪などがあってはいけませんからその辺りの法は勿論存在しますし。ですがそれが互いの同意によるギフトゲームで決まったことなら箱庭側から止めることは基本的にいたしませんね」

 

「そう、なかなかに野蛮ね」

 

「Yes.ギフトゲームとは勝ったものこそが正義。勝利には飛ぶことが必須であれば飛べない方が悪い。極論、不死を殺せと言われても殺せない方が悪いのです」

 

少し長めの問答をして、少しだけ黒ウサギは息を整える。するとそのタイミングを測っていたように次の質問が。

 

「じゃあそのギフトゲームはどう行うの?」

 

「互いの同意さえあればモノによってはその場でぱぱっと。大掛かりなものとなるとゲーム盤の準備などなにかとありますから、具体的な日時を決めてその時に執り行ったりもします」

 

今度の質問は逆に短く終わった。聞かれれば答えはするが、聞かれなければ答えない、のスタンスなのだろう。黒ウサギは未だにミミ弄りに余念がないジャックを少し強引に引き剥がして耀と飛鳥の側にぽん、と置く。

 

つまらなさそうな顔をしていたので少し罪悪感。まぁそこは司会進行。これ以上の質問はないと判断したのか、西側に足を向け、ツアーガイドのようにヒラヒラと四人を招く。

 

「さて……私からのチュートリアルは基本的に以上となっております。説明すべきところはお二人がご質問なさってくださりましたから。それではまず、皆様には黒ウサギの属するコミュニティに加入していただきます。なによりもコミュニティの加入がなければ―――」

 

「おい待てよ黒ウサギ。俺はまだ質問してないぜ」

 

が、それを十六夜が止めた。なんの質問が来るのやら、と黒ウサギは少しだけ身構える。

 

「……なんでございましょう?箱庭のルールに関しては一通り説明致しましたが」

 

「ああそうだな。だが、俺が聞きたいのはそうじゃねぇ。招かれた経緯?この世界はどういう世界が?ハッ、それは二の次だ」

 

「……では、いったいなんでございましょうか」

 

黒ウサギの問いかけに対して十六夜の表情はにひゃりと笑った。黒ウサギ含む四人を見回して、まるで世界を仰ぐように両手を広げる。

 

「俺が聞きたいのはたった一つ……俺達は元の世界にあった財産の凡てを置いてきた。だったらこの箱庭はその置いてきた財産に見合った……あるいはそれ以上の世界じゃなきゃ納得いかねぇ」

 

ビッ、と黒ウサギに向けて人差し指を指す。自称快楽主義の十六夜がこの状況で問うのはただ一つ。彼がこの世にあり続けるために最も必要としている糧……愉悦、その有無。

 

 

 

「この世界は―――楽しいか?」

 

 

 

「―――Yes!皆様が置いてきた財産に見合った、いえ、それ以上の価値のものがこの箱庭の世界には存在すると、この黒ウサギが保証致します!!」

 

 

 

こうして、彼らの"Fate"(運命)は、動き出したのだ。

 

 






いったいこのプロローグ何回書いてるんでしょうか。メインで進めてる作品以外一向に進んでないです。なのにこのプロローグだけ何回もやってて、よくわかんないけど泣けてきます。

……お正月、なにがピックアップされるんでしょうね(遠い目)



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くえすちょんわん それは、小さな聖母の微笑み

今年最後の更新でございます。

ロリコンもしくはジャックのおかあさんの皆様はこうして年納めもロリを見てでゅふふとか言うんでしょうね!

……あ、すみません石を投げないで。いやごめんなさいほんとごめんなさい!もっと投げて!




「ウッサギが死んじゃった♪わたしたちも死んじゃった♪みーんなみーんな死んじゃった♪ふんふんふんふー―――」

 

四人が箱庭へ辿り着いてすぐのこと、黒ウサギが「我々の……いえ、これから皆様のものともなる箱庭の中へと案内致します」と連れられて少しだろうか、唐突にジャックはなにか物騒な歌を歌い始めた。

 

恐らく歩きづめで暇なのだろう。自作の歌を歌って気を紛らわす姿は微笑ましいが、正直内容は周りのテンションががた落ちになるようなそれだ。

 

「……えっと、ジャック?」

 

「なぁに?あすか」

 

「……その物騒な歌はどうにかならないのかしら」

 

「だめ?」

 

「ダメよ」

 

「はぁい」

 

意外にもというか、なんというか。ジャックは飛鳥の言うことに素直に従った。

 

だが子供が暇潰しの手段を奪われればそのうち機嫌も悪くなる。やがて頬を膨らませたジャックはちょんちょん、と黒ウサギの肩を叩く。

 

「はい?なんでございま―――」

 

「えいっ」

 

「しぇふ!?」

 

黒ウサギが振り向いた方向にはジャックの人差し指が待っていた。完全に予想してなかったようで、彼女の頬は吸い込まれるように指とぶつかった。

 

「にゃははは!黒ウサギ、ひっかかった!」

 

「にゃ、突然にゃにをなさるのですかジャックさん!?黒ウサギの頬は弄ってもなんの御利益もないのデスよ!?」

 

「じゃあ、食べていい?」

 

「ダメに決まっていますでしょう!」

 

嘘とも本気ともつかない無垢な眼差しというのは恐ろしい。本当に冗談なのかどうかわからない。黒ウサギは暴力反対!とウサミミを抑えて猛抗議する。

 

そもそもそのくだりからじゃあ、と食べていいかを聞いてくることの不自然さは……子供に問い掛けても無駄だろう。気にしてはいけない。

 

「―――あ、そ、それより見えてきましたよ!あれが箱庭の内側、そしてあそこにいらっしゃるのが、と」

 

それよりも!と丁度いいタイミングで黒ウサギは外面と思われるものに背を預けている少年に向かって大きく手を振った。

 

「ジン坊ちゃーん!新しい方を連れてきましたよー!」

 

なにか考え事をしていたのか、少年ははっと顔を上げて黒ウサギを見やる。

 

「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性三人が?」

 

「はいな。こちらの御四人様が―――」

 

あれ?と振り返って、硬直。

 

「……え、あれ。もう一人いませんでした?目付きと口悪くてこう、全身から"俺ってば問題児!"みたいなオーラバリバリの殿方が」

 

「おにぃさんなら、"ちょっと世界の果てを見てくるからよろしく!"って言ってたよ」

 

「ど、どちらに!!?」

 

「あっち」

 

指を指したのはなんたることか。スタートラインの方である。

 

ぽけー、と暫く意☆味☆不☆明といった感じの顔で立ち尽くしていたが、やがて血相を変えて三人に問いただしてきた。

 

「な、なんで止めてくれなかったのですか!」

 

「"止めてくれるなよ"と言われたもの」

 

「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」

 

「"黒ウサギには言うなよ"と言われたから」

 

「嘘です絶対嘘です実はめんどくさかっただけでしょう御二人さん!」

 

「「うん」」

 

ガクン、と肩を落とす。なんだこの問題児集団。しかも一人はまだあどけなさの残りすぎてる子供という始末。これをいじめといわずしてなんという。

 

しかしそんな黒ウサギとは対称的にジンは顔を青くしながら叫ぶ。

 

「た、大変です!"世界の果て"にはギフトゲームのために野放しにされてる幻獣が」

 

「幻獣?」

 

「は、はい。ギフトを持った獣のことで一度襲われたら最後、人間には太刀打ちなんてできません!」

 

「あら、それじゃ彼はもうゲームオーバー?嘆かわしいわね」

 

「チュートリアルどころかスタートする前にゲームオーバー……斬新」

 

「おにぃさん、痛いことされちゃうのかな?」

 

「冗談を言ってる場合じゃないですよ!」

 

必死に事の重大さを訴えても肩を竦めるだけ。黒ウサギははぁ、とため息をつきながら立ち上がる。

 

「仕方ありません……ジン坊ちゃん、御三人様の御案内をお任せしてもよいでしょうか」

 

「わかった……黒ウサギは?」

 

「問題児を取っ捕まえに参ります。もののついでに―――箱庭の貴族であるこの黒ウサギをバカにしたことを骨の髄どころか側頭葉まで後悔させてやりますとも」

 

黒ウサギの髪がみるみると緋色に染まり、脇の彫像を駆け上がって外門の柱に張り付くと、

 

「一刻程で戻ります!皆様は是非とも箱庭ライフをご堪能くださいませ!」

 

門柱に亀裂を走らせたと思うと黒ウサギは弾丸の如く飛び去る。

 

あまりに一瞬のことで、飛鳥は自分の髪を押さえながら呟く。

 

「箱庭の兎は随分と速く跳べるのね。素直に感心するわ」

 

「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力だけでなく様々なギフトを遣わされています。彼女ならば余程のものと出くわさない限りは大丈夫だと思いますが」

 

「そう……それじゃあ、黒ウサギも堪能なさいと言ったわけですし、御言葉に甘えさせてもらいましょう。エスコートは貴方が?」

 

「あ、はい。コミュニティのリーダー、ジン=ラッセルです。齢十一の若輩ですがよろしくお願いします。三人の名前は?」

 

「久遠 飛鳥よ。そこで猫を抱えているのが」

 

「春日部 耀」

 

「わたしたちはジャックだよ、よろしくね。小さなマスターさん」

 

「え……あ……はい」

 

ジンが礼儀正しく自己紹介をするので飛鳥と耀は一礼。対してジャックは意味深な言葉を送った。

 

「さ、それじゃあ早速中に入りましょう。まずは……軽く食事でもしながらお話を聞かせてくれると嬉しいわ」

 

「ごはん!」

 

◆◇◆

 

外門の中には天幕があったにも関わらず光が降り注いでいた。なぜと問うと陽の光を浴びれない種族への措置なのだとか。

 

「それで、お勧めの店はあるかしら」

 

「す、すみません。段取りは黒ウサギに任せていたので。よければ御好きなお店を選んでください」

 

「太っ腹ね……それなら」

 

身近にあった"六本傷"の旗を掲げるカフェテラスに座る。注文をとるために素早く猫耳の少女が出てきた。

 

「いらっしゃいませー。御注文はどうしますか?」

 

「えーと、紅茶を二つと緑茶を一つあと軽食にコレとコレと……ジャックはなににするの?」

 

「にゃー」

 

「はんばーぐ!あとね、宝死……ほうじ茶!」

 

「……結構渋いのを頼むのね」

 

「はいはーい、ティーセット三つと御子様ランチ、それとネコマンマですね」

 

……ん?と飛鳥とジンが不可解そうに首を傾げるが、それ以上に耀が驚いて、信じられないように店員に問いただす。

 

「三毛猫の言葉、わかるの?」

 

「そりゃわかりますとも。私は猫族なので。お歳のわりに整った毛並みの旦那さんなので、ちょっぴりサービスさせてもらいますよー」

 

「にゃーにゃー。ふにゃー」

 

「やだもーお客さんったらお上手なんだから♪」

 

それでは少しお待ち下さい、と少女は店内に戻っていく。それを見届けた耀は驚いた余韻に浸りながら三毛猫に語りかける。

 

「……箱庭ってすごいね三毛猫。私以外にも三毛猫の言葉がわかる人がいたよ」

 

「ちょ、ちょっと待って。もしかして貴女、動物と会話できるの?」

 

「うん」

 

「猫以外にはなにか話せますか?」

 

「うーんと、イルカ……とか。ペンギンもいけたから大抵いけると思う」

 

「「ペンギン!?」」

 

驚いたように声を荒げてしまう。ジンと飛鳥、それぞれ違う思いを抱きつつ。

 

「で、でも全ての種と会話ができるのなら心強いギフトです。この箱庭では幻獣との言葉の壁はかなり大きな問題になってますから」

 

「そう……春日部さんには素敵な力があるのね。羨ましいわ」

 

「……久遠さんは」

 

「飛鳥でいいわ。よろしくね春日部さん」

 

「う、うん。飛鳥はどんな力を持ってるの?」

 

「私?私の力は……まぁ、酷いものよ。なにせ」

 

「おんやぁ?誰かと思えば、東側の最底辺コミュ"名無しの権兵衛"のリーダー、ジンくんじゃあありませんか。今日は御守役とは御一緒ではないのですか」

 

品のない、上品ぶってるのが聞いててわかる声がジンを呼んだ。振り返ると、二メートルを越す巨漢がピッチピチのタキシードに身を包んでいた。

 

不覚なことに……本っ当に不覚なことだが、ジンの知り合いだ。

 

「僕らのコミュニティは"ノーネーム"です。"フォレス・ガロ"のガルド=ガスパー」

 

「黙れ名無しが。聞けば新しい人材を呼んだそうじゃないか。コミュニティの誇りの旗と名を奪われてよくも未練がましいことをする―――そう思わないかい、お嬢様方」

 

ガルドと呼ばれた男はどすっと勢いよく、四人の空席に腰を下ろした。それを飛鳥は極めて冷静に返す。

 

「―――……失礼ですが、同席を求めるならばまずは氏名を名乗って一言添えることが礼儀ではないかしら」

 

「おっと失礼。私は箱庭上層に陣取るコミュニティ"六百六十六の獣"の傘下の」

 

「烏合の衆の」

 

「コミュニティのリーダーをしている……て待てやごらァ!!誰が烏合の衆だ小僧ォォォ!」

 

ジンの極めてテクニカルな横槍にガルドが怒鳴り声を入れて睨み付ける。

 

「口慎めや小僧ォ……紳士で通ってる俺でも聞き逃せねぇ言葉はあるんだぜ……?」

 

「森の守護者であった頃の貴方になら最低限の礼節は弁えていましたが、今の貴方は二一0五三八0外門付近を荒らすだけの獣にしか見えません」

 

「そういう貴様は過去の栄華にすがる亡霊だろうが。自分のコミュニティがどんな状況かわかってんのか」

 

「……ちょっとストップ」

 

険悪なムードに横槍を入れたのは飛鳥ではなく―――ジャック。

 

「んと、ジンとおじさんは仲良くないんだよね。うん、わかったよ。それでわたしたち、聞きたいことがあるの―――」

 

ジャックが射殺すような眼で睨む。しかしその相手はガルドではなく、

 

「ジン、おじさんの言うコミュニティの状況……教えてほしいな。わたしたちにもそれを聞く権利、あるよね」

 

ジンに―――いや、ジン達にとって決定的な一言を叩き付けた。

 

◆◇◆

 

この世界―――というか、どのような生物であろうとそこに()()限りそれらは自らの縄張りを主張する。

 

生物が複数、同一の地域を自らの縄張りだと主張すれば、その先にあるのはいくつかに限られてくる。

 

それを人類は"縄張りに値段をつける"、というカタチで解消した。

 

そうなれば簡単だ。最初に所有権を持ったものは他のものに"値段をつける"ことで土地を貸し、借りたものは"値段を払う"ことで解決する。

 

土地が自由であればこんなことにはならない。それぞれが主張し、勝手気儘に土地を貪り尽くせばその先にあるものは間違いなく―――土地の枯渇による滅び。

 

管理することで、否、自由を束縛することで生物は平穏を手にしていると言ってもいい。

 

だがそれがない、あるいは通用しないことのある世の中や状況であれば?その状況でなおかつ、力を持っていれば?

 

答えは一つに絞られる。

 

抗争だ。

 

つまりはジン=ラッセルや黒ウサギのコミュニティ"ノーネーム"とは、()()()()()()()()()()

 

◆◇◆

 

「……なるほど、ある程度の事情は把握したわ。ジンくんのコミュニティは数年前までこの辺りでもかなり名のあるコミュニティとしてあった。けど、その数年前に"魔王"と呼ばれる略奪のギフトゲームを強要するコミュニティに敗北したことでその栄華は失墜。今やコミュニティの証したる名前と旗印を失った有象無象の"ノーネーム"の一つとまで没落した、と」

 

「それでその状況をなんとかするためにわたしたちを呼んだんだよね。……説明もなく」

 

ガルドの説明を聞き終えた飛鳥とジャックは紅茶とほうじ茶を一口含んで、説明されたことをかいつまんで復唱する。

 

「そうですともレディ達。神仏とは古来より生意気な人間が大好物。愛しすぎた挙げ句使い物にならなくなるなどよくあることです……そも、名乗ることもできなくなったコミュニティになにができますか?商売?ギフトゲームの"主催者"?名前のないコミュニティなど信用できない。ならば参加者?ええ、それならば可能でしょう。ただし名前のないコミュニティに集まりたいと思う物好きはいらっしゃいますでしょうか」

 

「……そうね。普通、お断りだわ」

 

「更に言えばこの小僧はコミュニティの栄華にすがり付いている亡霊というだけではなく運営に関してはほぼ黒ウサギに一任している始末!リーダーとは名ばかりです」

 

ちらとジンを見やる。彼の顔はバレてしまったということよりも、自分の非力やコミュニティの現状を一から百まで包み隠さず暴かれた事への羞恥で満ちていた。

 

それを見てなにか思ったのか、ジャックはこれ以上ガルドがなにかを言う前に本題へと進めようとする。

 

「それでおじさんは、わたしたちになんでそんな話をしたの?」

 

態々聞く必要もないのに敢えて聞いてきたその問いに、ガルドはニタリと笑った。

 

「単刀直入に言いましょう。貴女方、よろしければ黒ウサギ共々私のコミュニティに来ませんか?」

 

「な、なにを言いますかガルド=ガスパー!?」

 

「黙れジン=ラッセル。そもそもテメェが名と旗印を新たにしていれば最低限の人材はコミュニティに残っていたろうが。それを手前の我が儘でコミュニティを追い込んでおいてどの顔で異世界から人材を呼び出した」

 

「っ……それ、は」

 

「何も知らない相手になら騙しとおせると思ったか?その結果黒ウサギと同じ苦労を押し付けるってんなら―――こっちも箱庭の住人として通さなきゃならない仁義があるぜ」

 

次に襲われたのは後ろめたさ。なにも知らない子達を騙し、従属させること。

 

だが裏を返せばそれほどまでに崖っぷちに追い込まれているのと同義。まさしく縄張り争いに脱落し、今藁にもすがる思いで呼び出した者達すらも奪われんとしている。

 

「……で、どうですレディ達。返事はすぐとは言いません。コミュニティに属することがなくとも箱庭で三十日の自由は約束されています。一度、自分達を呼び出したコミュニティと我々のコミュニティを視察し、充分に検討してから―――」

 

「結構よ。だってジンくんのコミュニティで私は間に合っているもの」

 

は?とジンとガルドは飛鳥を信じられないように見つめる。対して彼女は当然、といった風にティーカップを口に運ぶ。

 

「春日部さんは今の話、どう思う?」

 

「どうとも。私はこの世界に友達を作りに来ただけだから」

 

「あら意外。私たち、性格は正反対だけど上手くやっていけそうな気がするわ……春日部さんのお友達一号に立候補してもいいかしら」

 

「……うん。飛鳥は私の知ってる人とはなんとなく違う気がするから。ジャックは?」

 

「ん……わたしたち、ジンのこと嫌いだな」

 

「そう」

 

「でも、おじさんはもっと嫌い。だからジンのところでもいいよ」

 

あっけからんと、三人は"ノーネーム"を選んだ。信じられないとガルドは慌てて詰め寄る。

 

「し、失礼ですが理由をお聞きしても?」

 

「さっき言った通りよ。春日部さんは友達を作りに来たからどこでもいい。ジャックはジンくんよりも貴方が嫌いだから。私はジンくんのコミュニティで間に合っている」

 

「し、しかし」

 

「しつこい男は嫌われましてよ。それに―――私達は凡てを捨てて来いと言われたの。それなのにスタートの段階で地位と名誉があるのは、とても有り得ないわ」

 

「ですが―――」

 

「―――、()()()()()

 

突如、ガクンという擬音が聞こえるほどの勢いでガルドの口は不自然に閉口した。

 

意味がわからない、と動揺が隠せない。

 

「私の話はまだ終わってないわ。貴方にはまだ聞き出さなきゃいけないことがあるの……そこに座って、質問に答え続けなさい」

 

飛鳥の言葉に逆らうことなく、しかし動揺したままにガルドはヒビが入るほどの勢いで座り込んだ。

 

「お、お客さん、当店で揉め事は控えて―――」

 

「おねえさん、あすかとおじさんの話……聞いててほしいな。話の真実をもっとわかりやすくするために」

 

「そうね、ありがとうジャック。……それじゃあジンくんにまず聞くわ。彼はこの地域のコミュニティとのギフトゲームに勝利して規模を広げた……それも、コミュニティの運営すら自らのものにできるほどに。果たしてそんなことがそうやすやすと出きるのかしら」

 

「や、やむを得ない状況ならば稀に。しかしそんなことはそうそう起こり得ません」

 

「そうよね。それくらいニュービーの私達でもわかるわ。さてガルドさん。どうしてそんなことを何度もできたのか……教えてくださる?」

 

ガルドの眼前が真っ白になるような錯覚に陥った。しかしそんな心情とは別に彼の口は無慈悲に、飛鳥にされるがままに、()()()()()()開いてしまう。

 

「……き、強制させる方法は様々だ。一番簡単なのはコミュニティの女子供を誘拐し、脅迫。動じないコミュニティは後回しにして規模を広げ、従わざるを得ない状況に圧迫する」

 

「まぁ、そんなところでしょう。それで、そんな方法で配下に加えたコミュニティは易々と従うかしら」

 

「常に何人かは人質がいる」

 

「そう、ますますもって外道ね。それで……その子供達は?」

 

「殺した」

 

その場の空気が凍った。ジャックを除いて誰もかもが一瞬、耳を疑った。

 

しかしガルドは構わずに言葉を紡ぎ続けてしまう。

 

「初めて連れてきた日に泣き声が五月蝿くて殺した。自重しようとしたが、それでも父母が恋しい、愛しいと泣くから頭に来て殺した。それ以降は連れてきた日に殺すことにした。纏めて始末して、証拠が残らないように部下にそれを食わせ

 

 

 

「―――()()

 

ガキン、と先程以上の強制力を以て口が閉ざされた。

 

「……素晴らしいわ。ここまで絵に描いたような外道は初めてよ。流石は人外魔境の箱庭……といったところかしら」

 

飛鳥の言葉を慌てて否定したのはジンだった。

 

「い、いえをガルドのような者は箱庭でもそうはいません」

 

「そう、それは残念……それで、今の証拠を元に彼を裁くことは可能かしら」

 

「難しいです。勿論今彼が言ったことは違法以外の何物でもないですし、無論ギフトゲーム外での人殺しなんて以ての他ですが。それまでに逃げられればどうすることも」

 

「そう。なら仕方ないわね」

 

苛立たしげに指をならす。それが合図だったのか、ガルドは血相を変えて飛鳥に向けて怒りを放つ。

 

「テ、メェェェェェェェェェェェ!!!」

 

雄叫びと共にガルドの肉体に変化がおこる。元々ピッチピチだったタキシードは膨張する肉体に耐えきれず破裂し、体毛は黒と黄色の虎模様に変色する。

 

所謂、ワータイガーと呼ばれる種族だ。

 

「テメェ、どういうつもりか知らねぇが、俺の上に誰がいるのかわかってんのか……!箱庭第六六六外門を守る魔王が後見人だぞ!俺にケンカを売るってことの意味が

 

 

 

 

「黙りなさい。私の話はまだ終わっていないわ」

 

ガチン、と三度閉口するが、それだけでは終わらない。怒りのままに腕を振るい、飛鳥をその剛腕が襲う―――が、それを耀が止めた。

 

「ケンカはダメ」

 

ガルドの腕を掴み、ぐるんと回す。それだけでガルドは天地が逆転したような浮遊感を抱きながら地に伏した。

 

「おじさん、わるいひとだね」

 

それだけでは止まらず、ガルドの胸元に気配すらなく跨がったジャックがまた小さな身体からは想像もつかないほどの力で押さえ付けられ、首元に刃渡り三十センチはあろうダガーナイフを突きつけてきた。

 

「さてガルドさん。私は貴方の上に誰がいようが気にしません。それはきっとジンくんも同じ。だって彼の最終目標は旗を奪った"打倒魔王"ですもの」

 

ジンははっとなった。内心、魔王の名が出たときは恐怖に負けそうになった……が、今は違う。

 

「はい。僕たちの最終目標は魔王を倒し、誇りと仲間を取り戻すこと。その程度の脅しには屈しません」

 

「だ、そうです。つまり貴方には破滅以外ありえないわ」

 

「く……そぉ……!」

 

ジャックに押さえられたガルドは身動きすらできない。飛鳥は機嫌を取り戻してガルドの顎をナイフに触れない程度に足先で持ち上げて、悪戯っぽい笑みを以て話を切り出す。

 

「だけど、私はコミュニティの瓦解では満足できないわ。貴方のような外道は罪を後悔し、懺悔する余裕もなく罰せられるべきよ―――そこで皆に提案よ」

 

皆は顔を見合わせ、首を傾げる。飛鳥は足を地につけ、今度はその指でガルドの顎を掴み、

 

「私達とギフトゲームをなさい。貴方の"フォレス・ガロ"の存続と、我々"ノーネーム"の誇りを賭けて……ね」

 

 




とはいえ年納めにロリを書く作者も人の事言えませんよね!はいごめんなさい!

ちなみに皆さん推し鯖はいますか?僕は沖田さんとジャック(アサシン)です!嫁と愛娘が我がカルデアにはいるので僕的に最高です。

それではみなさん、よいお年を。Good burnished!



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くえすちょんつぅ 千個の瞳と、夥しい心


あけましておめでとうございます。

ギフトゲーム、まるごとカットどころじゃないことをやらかしてしまった。反省も後悔も(殴

ていうかこのお気に入りの増えようは果たしてなんなんでしょうか。二話で百件以上ってエステバ史上初めてな気がするんですが。

fateの力は偉大ととるべきか、それともロリコン&親バカホイホイととるべきか……恐ろしい。




「なっ、なにをなさっているのですか!?」「"フォレス・ガロ"のガルドとギフトゲーム!?」「その上ルールは向こうに丸投げで負けたら告発できる罪を秘匿する!?」「ていうかそもそもなんでそんなことになったのですか、ジン坊ちゃんがついていながら!」「皆様話を聞いているのですか返事をしてくださいな!」

 

「「「むしゃくしゃしてやった。反省も後悔もしていない」」」

 

「だまらっしゃい!」

 

スパンッ、と小気味のいいハリセンの音が飛鳥、耀、ジンを襲う。そしてジャックはなぜ三人が叩かれたのか意味がわからない、といった風に黒ウサギを見つめている。

 

どうやら十六夜も世界の果てに行った時に疑問に思っていたこと。なぜ自分達を招いたのかを黒ウサギに尋問したらしく、"ノーネーム"のいきさつなどもだいたい知った上で黒ウサギのコミュニティに着いていくようだ。

 

「まぁまぁ落ち着けよ、こいつらだって見境なしにケンカを売ったわけじゃねぇんだ。それを責める事は俺達に隠し事をしていたオマエにできるはずもねぇ」

 

「い、十六夜さんは自分が楽しければそれでよいだけでしょう……!御四人様がやらかしたことは結構面倒なことなんですよ!?」

 

「でも、わたしたちがやったことは悪いことじゃないよ?」

 

「ま、まぁそれもそうですけど……ああ、もう。いいです。ガルド程度十六夜さん一人いれば十五分ですし」

 

「はぁ?なに言ってんだ。俺は参加しねぇよ」

 

「そうよ、十六夜くんなんて神様仏様が許しても私が許さないわ」

 

黒ウサギの淡い期待などなんのその、この二人はさも当然たいう風にぶったぎる。

 

意味がわからないと黒ウサギは慌てて何故かと問う。

 

「ど、どうしてですか!?お二人は同じコミュニティの仲間、同志。ならば協力するのが当たり前では」

 

「いや黒ウサギ。これはこいつらが売って、向こうが買ったケンカだ。それに関わってない俺が口出しするのは無粋だろう」

 

「わかってるじゃないの、十六夜くん」

 

二人がよくわからない意気投合をしてしまった姿を見せつけられ、黒ウサギはもういいです、と諦めることにした。

 

「……じゃ、帰る前に少し寄るところがあります。ジン坊ちゃんはお先に帰ってくださいな」

 

「わかったよ」

 

黒ウサギの言葉に素直に頷いたジンは感謝か、謝罪か、あるいは両方の思いを込めて「失礼します」と立ち去っていった。

 

「それで、俺達はどこに向かうんだ?」

 

「"サウザンドアイズ"という大手の商業コミュニティです。そこで皆さんのギフトを鑑定してもらおうと思っています」

 

「……へぇ、ギフトの鑑定ねぇ」

 

少し興味がある、といったような反応だ。まぁここで駄々をこねられると本ッ当に困るので素直になってくれるのはとても嬉しいことなのだが。

 

「それでは着いてきてください。少し歩きますので……えっと、ジャックさん、暇になっても食べないでくださいね?」

 

「えー」

 

「えーじゃありません!」

 

「はぁい」

 

やはり、聞き分け自体は良い子のようだ。

 

◆◇◆

 

「……っと、見えてきましたよ。あちらが"サウザンドアイズ"の東側下層支店です」

 

黒ウサギがこれこれ、と紹介してる店は今まさに閉まらんとしていた。それを見た黒ウサギははっとなり、急いで店仕舞いをしていた女性店員に詰め寄る。

 

「まっ

 

「まったは禁止ですお客様。ウチは時間外営業はしておりませんので」

 

「……随分と時間に厳しいお店なのね」

 

「まったくです!目の前にお客がいるというのに!」

 

「文句があるのなら他所へどうぞ。貴方方は当店への出入りを禁止に致しますので」

 

「これだけで出禁!?どれだけハードコアなお店なのですか!?」

 

「なるほど、さすがに箱庭の貴族の願い事を無下にするのはよくありませんね。では中で入店許可を伺いますので、所属コミュニティの方を」

 

「……う」

 

こういう時、"ノーネーム"というのはとても不便だ。"名無し"ということは=証明書がないようなもの。こうして此方の痛いところを突いてくる悪徳な店員もいないこともない。

 

「……えっと、ごめんなさい。私達は"ノーネー」

 

「嫌がらせはそのくらいにしておかないかい、店員さん」

 

観念してノーネームです、と言おうとした矢先、落ち着きのあるハスキーな声に邪魔をされた。

 

誰だと思いつつも見ると、店内から、外国人としては低めの背をした男性が姿を現した。

 

「……貴方ですか。貴方は客人、此方の都合に口を出す権利はないかと思いますが―――」

 

「白夜王から言われてるんだ。『"ノーネーム"であることをいいことに(たち)の悪い悪戯を働く頑固な店員を見たら注意してやってくれ』ってね」

 

「……はぁ、そうですか。オーナーの頼みとあれば致し方ないですか……」

 

どうやら男性が話をつけてくれたようだ。彼はこちらを見ると穏やかな笑みを向けてくる。

 

「こちらの店員さんが失礼をしました。既にお店そのものは閉まっていますから……白夜王に用があるのでしたら、直接部屋に連れてこいと言われているからね」

 

こっち、と招かれて一行は男性に着いていく。男性が襖を開けると、そこは雅な装飾が施された一室だった。ただ一つ、部屋には不釣り合いな個人用のソファがあったが。

 

「む、おお黒ウサギか。どうやらその様子だと、一応成功はしたようだの」

 

「は、はい白夜叉様。お陰さまで」

 

「珂珂。よいよい。悪いと思うのなら今すぐにこっちに来てくれんかの?三食おやつと首輪つきで」

 

「ペットですか!?」

 

スパーン、と見事なハリセンツッコミ。冴え渡る。

 

「えー。よいではないか」

 

「よくないです!」

 

「……白夜王。世間話はそこまでにしておいた方がいいのでは?少なくとも僕はそう思うのだけれど」

 

男性がソファに腰を掛けて、その他一行は座布団に腰を掛ける。

 

「おお、それもそうか……では、自己紹介だ。私は白夜叉。四桁外門三三四五外門に本拠を構える"サウザンドアイズ"の幹部をしておる。そこの黒ウサギとは少々縁があっての。時に世話をしておるのだ」

 

「はいはい毎度助けられてますよっと」

 

かなり大雑把に返されてしまう。少しだけ白夜叉はむっとしていたのは秘密だ。

 

「外門、て?」

 

そして先ほどからガルドやらも言っていた単語、外門というものがいい加減に気になったのか、耀が手を上げて問う。

 

白夜叉はそれに対しいい質問だの、と答えて……

 

「頼む」

 

「そんなことだろうと思ったよ……」

 

男性に丸投げした。

 

「はぁ……外門とは箱庭の外部にある門のことさ。それには壁があって、その層に応じて桁数が小さくなっていく……これが図だ」

 

男性の見せる図を見て四人は思い思いに一言。

 

「……超巨大タマネギ?」

 

「いえ、超巨大バウムクーヘンではないかしら」

 

「だな。バウムクーヘンだ」

 

「おいしそうだね!」

 

「ふふ……面白い例えかたをするね。その例えで言えばこの第七層はバウムクーヘンの皮の部分。外も外だ。もう少し言うと箱庭はある境界から東西南北に別れていて、その外は世界の果てに繋がっているんだ。そこには強力なギフトを持ってる獣が塵の山みたいな量でいるから、あんまり近づくことは進められないかなぁ」

 

「あの蛇とかもそれなのか?」

 

「そうですね……あの蛇神様も強力なギフトを持った獣の一つとも言えますが」

 

十六夜と黒ウサギの耳打ちを目ざとく聞いていた白夜叉がぬ、と言うと男性の話を打ち切る。

 

「……ぬ、おんし、あの蛇神に勝ったのか?して、なにで勝ったのだ。力か、勇気か、それとも知恵か?」

 

「んー?試してやるとか偉そうなこと言ってたから殴った」

 

「なんと!?まさか力比べで蛇神を倒したと!ならばその小僧は神童か!?」

 

「いえ、神格持ちならば一目でわかります。それはあり得ないでしょう」

 

神格。文字通り、神としての格。

 

だが、この箱庭では神格は専ら"プラスステータス"のような扱いを受けている。ギフトの強化や持ち主の強化など。結構な反則アイテムでもある。

 

また、神格を持ったものは時としてその姿カタチの有り様を別のものへと変質させてしまう。それは余程のことではない限りあまり問題にはならないが。

 

蛇は蛇神に、鬼は鬼神へ。人は神童や現人神に。こんなような変わりなのであまり本質に変化はない。

 

「白夜叉様は蛇神様とお知り合いだったのですか!?」

 

「ああ、というかあやつに神格を与えたのは私だしな。三百年ほど前だったか」

 

「……へぇ、じゃあアンタはあの蛇より強いのか」

 

その言葉を聞いた十六夜が獰猛に眼を輝かせる。その言葉に白夜叉は自信ありげに頷く。

 

「ああ強いとも。なにせ私は東側の"階層支配者"(フロアマスター)だからな!」

 

「あら、それなら貴女を倒せば私達は東側最強ということね」

 

「うむ、そうなるの」

 

「そりゃあ話が早いじゃねぇか」

 

白夜叉の言葉に乗るように十六夜、飛鳥、耀は目の色を変える。当然、それを黒ウサギは止めようとするわけで。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!ジャックさんとそちらの方もなにか―――」

 

「……じぃ」

 

「な、なにかな……そう無垢な目で見られると僕は困るんだけど……」

 

残念、そこの二人に協力は得られないようだ。

 

「よいさ黒ウサギ。私も娯楽には常に飢えている。だがしかし……おんしらにはその前に一つ確認しておこうか」

 

白夜叉は着物の裾から"サウザンドアイズ"の旗印の刻まれたカードを取り出して、どこか妖艶な笑みを浮かべながら問い掛ける。

 

「おんしらが望むのは果たして―――"挑戦"か、それとも"決闘"か?」

 

刹那、三人の視界はそこにいたものとは全くの別物の世界が広がっていた―――

 

◆◇◆

 

さて、話は少し逸れるが。ここで視点を白夜叉達を見る黒ウサギから、ジャックと男性に変更しよう。

 

三人が白夜叉の白夜の世界へと視界を飛ばされたその時、相も変わらずジャックは男性から視界を離していなかった。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「…………………………、なに、かな」

 

「ううん……ただ、にてるなぁ、て」

 

「似てる?なにに」

 

「わたしたちに」

 

「……みたいだね」

 

「なんでだかわかんないんだけど、あなたはわたしたちに、にてる」

 

「そう、か。なるほど……キミもやっぱり、僕らと同じみたいだね……」

 

「……、うん」

 

言葉の真意は二人以外にはわからない。だが二人は互いに理解をしている。その結論さえあれば充分だ。

 

二人―――特に男性は満足げに頷く。彼はぽん、ぽん、とジャックの髪に手を乗せて、優しく撫でる。

 

ジャックは煩わしそうに、だが悪い気はないといった風にそれを受け入れた。それが友愛行為に近いものだと理解したからだろう。

 

「そうだ……キミにこれを渡しておこう」

 

「??」

 

唐突に男性が懐から一枚の紙片をジャックに手渡す。ジャックがそれを受けとると、それは赤黒い朱色と漆黒で塗り潰された色へと変化し始める。

 

「ギフトカード。正式名称は"ラプラスの紙片"と言ってね……あまりキミには意味のないものだけど、キミら"ノーネーム"の再興祝として、白夜王がきっと他の三人にも渡してるだろうし、キミだけないのは不公平だろう?」

 

「うん」

 

ギフトカードと呼ばれた紙片にはただ単純に"ジャック・ザ・リッパー"と刻まれている。その下には彼女のギフトということなのだろうか、"暗殺者の器"(クラス・アサシン)、"霧夜の暗殺"、"情報抹消"、"外科手術"、"精神汚染"、"器の秘技"といくつかの文字が刻まれていた。

 

丁度ジャックがそれを読み終えた時、十六夜達が帰って来た。向こうでのいざこざはどうやら終わったようで、男性の予想通り他の三人もギフトカードを手にしていた。

 

「白夜王。彼女、()()()()()

 

「そうか……なるほどな」

 

また面倒なのを持ってきたものだ……と溜め息をつく白夜叉。

 

「娘、おんしのギフトカードを少し貸してくれんかの」

 

「? いいよ」

 

白夜叉の頼みを断ることなく白夜叉は受け取り、パンパン、と注目させるように柏手を打つ。

 

「おんしら、少しよいか」

 

「あん?まだなにかあるのかよ」

 

「ああ、おんしらにも関わってくるからな。すまんがジキル、アレを持ってきてくれ」

 

「彼女を見たときから持ってきてるよ」

 

白夜叉の言葉に即座に対応した男性……ジキルは一枚の"契約書類"をジャックに渡す。それに興味を寄せた十六夜達もぞろ、とジャックに集る。

 

『"The Holy Grail War in Miniature Gurden"

 

・ゲーム参加条件

"剣士の器"(クラス・セイバー)

"槍使の器"(クラス・ランサー)

"弓手の器"(クラス・アーチャー)

"騎手の器"(クラス・ライダー)

"魔術師の器"(クラス・キャスター)

"暗殺者の器"

"狂戦士の器"(クラス・バーサーカー)

のいずれかと"器の秘技"の所有者

 

・ゲームルール

この戦争は七つのクラスのサーヴァントによる聖杯の争奪戦である。参加条件を得た者達はサーヴァントと呼称され、以下のルールを自動的に自身に組み込まれる。

一、所属コミュニティのリーダー、あるいは使役系ギフトの持ち主をマスターと認定し、マスターには三画の絶対命令服従権"令呪"のギフトを手にする。

二、同コミュニティに所属しているサーヴァント以外のサーヴァントが全て脱落した時、最後まで参加権を失わなかったサーヴァントとマスターはこの戦争の優勝者となり、如何なる願いも一つ叶えることができる。

三、サーヴァント同士の戦闘に発展した場合、サーヴァントは参加条件を満たしているサーヴァントからの攻撃以外の攻撃行動のダメージが四分の一となる。

 

・敗北条件

サーヴァントを保有するコミュニティとの戦闘行動においてマスター、あるいはサーヴァントが監督役に気絶による戦闘不能と判断された場合

マスター、あるいはサーヴァントの死亡

"令呪"の喪失

 

・特殊ルール

サーヴァントの死亡、気絶以外でサーヴァントが参加権を失ったとしても同コミュニティ内にてまた新たに"令呪"が自動で配布される可能性がある。その場合"令呪"を手にした者と契約を交わせば再び本ギフトゲームへの参加権を得る

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、聖杯戦争を始めよう ――――印』

 

 





これが、僕なりの聖杯戦争です。

箱庭全土で行う以上、箱庭の便利さとかで優勝条件とか色々マイルドになってますが、有り体に言えば個人的に好きなキャラとか展開的に脱落しかないキャラを動かすための便利設定。

……皆さんの好きなサーヴァントを容赦なく殺して石を投げられるのが怖いのもありますごめんなさいそんな「真実をゲロっちまえよ……」みたいな顔で見ないで!

そんなこんなで、今年もよろしくお願いいたします。



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くえすちょんすりぃ 杯に注ぐは、わたしたちの願い

デイリーランキングに乗ってて(゜ロ゜)?みたいな顔になりました。エステバリスです。

fateのブランド力とロリコン&子煩悩の読者様方に感謝と恐怖ガガガ。

もうランキングに乗ったんならより高いランキングを目指して満足するしかねぇ……!




「聖杯……戦争?」

 

"契約書類"を見た耀が呟いた。

 

「そう、聖杯戦争。ゲーム名やルールにある通り……文字通り聖杯を求めてサーヴァントが互いに争い合うというゲームさ」

 

「その聖杯戦争と私達にいったいどういう関係があるのかしら」

 

次にジキルへ疑問を投げ掛けたのは飛鳥だ。ジキルはうん、と頷くと白夜叉がジャックからギフトカードを四人に見せる。

 

驚き方は多様であったが、驚くポイントは皆同じようなものだった。

 

「持ってるわね……参加条件の"暗殺者の器"と"器の秘技"……」

 

「それにしても名前だよ。これって」

 

「ジャック・ザ・リッパー……1888年、産業革命真っ只中のイギリスで発生した連続猟奇的殺人事件の犯人の呼称……それが、ジャックだってのか……!?」

 

「そんなことが……!?い、いやしかしジキルさん、と仰いましたよね。ジャックさんは明らかに子供ではないですか。その彼女がそんなことが可能なのでしょうか!?」

 

黒ウサギの指摘は、指摘というよりもなんてものを召喚してしまったのかという意味合いが強かった。

 

しかし飛鳥と耀は知っている。彼女が困惑していたとはいえ、ワータイガーと変貌したガルド=ガスパーに一切の抵抗を許すことなく抑えつけていたことを。

 

なにより―――黒ウサギと十六夜も含め、初対面の時に黒ウサギに対して見せた言い様のない"虚構"/"冷たさ"。あんなものは幼子が放っていいものでは到底なかった。

 

否定しようにも、否定するより肯定する方がまだマシな材料ばかりだ。"六本傷"の食事処や道中に見せたあどけなさはまさしく幼子のそれであったが、それすらも今では不思議と、かえって不信感を駆り立たせてしまう。

 

「そうだね、じゃあ彼女がジャック・ザ・リッパーであることの証明……と言ったら変だけど、少し話をしようか」

 

ジキルは自らのギフトカードを提示する。

 

そして、また驚愕。彼にもあるのだ。いくつか存在するギフトと共に―――"暗殺者の器"、"狂戦士の器"、"器の秘技"の三つが。

 

「改めて自己紹介をしようか。僕の名前はヘンリー・ジキル。この名前に聞き覚えは?」

 

ジキルは自らの紹介をすると、十六夜がその名前にピンと来たような反応をする。

 

「……ある。切り裂きジャックが台頭する二年前にイギリスで出版された中編小説、ジキル博士とハイド氏に登場する主要人物の名前だ」

 

「まさか、貴方はそのヘンリー・ジキル当人とでも言うの?」

 

十六夜の言葉に釣られて飛鳥は彼に詰め寄った。それを聞いたジキルは少し嫌なことなのか、苦い顔をしながら頷く。

 

「その通り―――あるいは、ヘンリー・ジキルのモデルになったウィリアム・ブロディーかもしれない。その辺りは謎ということにして、いずれにせよ僕がその"ヘンリー・ジキルと称されるような存在であるのは確かだ。これを知った上で話を聞いてもらった方がわかりやすいと思ってね」

 

ジキルが指を鳴らすと、黄金の羊皮紙が姿を表す。その羊皮紙には"聖杯戦争"というタイトルが刻まれている。

 

それをジャックが手にすると、やはりそれに四人も集まる。

 

「聖杯戦争はね、基本的に人類史になんらかのカタチで名を残した人間や、人間が著した物語がサーヴァントとして選ばれるんだよ。言いたくはないけど、彼女や僕みたいなマイナス方面で名を残していてもそれには該当する」

 

知名度の是非はともかく、なんらかの文献さえあればサーヴァントはサーヴァントとして認識される、というのはまさにこの二人がいい例だ。

 

未だに正体がはっきりせず、しかしその知名度は全世界でもかなりのものである、実在した人物。シリアルキラーのジャック・ザ・リッパー。

 

そしてロンドン以外ではお世辞にも知名度は高くなく、しかしモデルや実体がはっきりとしている、非実在のヘンリー・ジキル。

 

ほぼ真逆であるが、二人は共にサーヴァントである。

 

「勿論、アーサー王やヘラクレスといったプラス方面での武勇を持つ者もサーヴァントとして選ばれる。何度も言うけど、重要になるのは人類史に名を残した人間、あるいはその人間の物語であること」

 

半神半人や神として扱われなくなった元・神は一応人間として扱われるみたいだけど、と付け加える。

 

「そして重要なのはもう一つ。サーヴァントの名前のこと」

 

「名前?」

 

「ああ……そういうことか」

 

ジキルの言葉に十六夜は一人だけ納得する。その様子を不満に思ったのか、飛鳥はジキルと十六夜に催促をする。

 

「十六夜くん、一人だけ納得してないでどういうことか説明してほしいわ。ジキルさん、貴方もよ」

 

「ああ、悪いなお嬢様。じゃあ例えばの話だ。自分に超強い、有名なサーヴァントがいるとする。そのサーヴァントは弱点の踵以外は不死だ。お嬢様はそのサーヴァントの弱点を知られないためにはどうする?」

 

「それは名前の秘匿じゃないかしら。今十六夜くんが言った通りのサーヴァントなら、名前が判明すれば長所も弱点もわかってしまうのだから……あっ」

 

「そういうことだ。サーヴァントの名前が判明すれば対策も簡単に練られる。そうなれば苦戦は必至……そういうことだよな?」

 

十六夜のニタニタとした、好奇心の深い目がジキルに問いかける。

 

その目はお前だって例外じゃない、と挑戦的なものも含まれていた。ただ説明するだけにしても態々ジキルは自分の名を明かしてきたのだ。その真意はわからないが、それが致命的であることは彼も承知であるはず。

 

「そういうことになるね。だから僕らは自分達に与えられたこの器のギフトから拝借して"セイバー"、"ランサー"、"アーチャー"、"ライダー"、"キャスター"、"アサシン"、"バーサーカー"と呼ばれるのが基本だ。彼女ならアサシンと呼ばれる」

 

ジャックもその言葉にこくんと頷く。ジキルの話の内容を理解したかあるいは、最初からそれを知っていたか。

 

あまり深く考える必要はないのだが、ジャックにしては少しばかり奇妙な反応だった。

 

再びジャックへ向かった疑いの視線。当の彼女は自分を皆が見ていることの理由がわからないという風に首を傾げていた。それが数秒続いたかと思うと、そんな疑りを晴らすかのように、それまで基本的に閉口を保っていた耀が口を開く。

 

「それより、ジキルはどうしてそんなことを教えてくれるの?ジキルとジャックが違うコミュニティのサーヴァントなら、二人は戦うのが普通だよね?」

 

「僕はこの戦いにさして興味はないからね。マスターの方もそうみたいだし、悪用する者がいれば戦うだけだよ」

 

ジキルはさも当然、という風にギフトカードから取り出したコーヒーを口に含みながら答える。その姿は彼の穏和で紳士的な性格を表しているかのようだ。

 

「強いて願いをいうなら……正義の味方として悪人を打倒したい、と言ったところかな。ほら、そんな願いだったら態々聖杯戦争に勝ちに行く必要なんてないだろう?」

 

確かに、ジキルの言い分は理にかなっている。ただ悪しき者を打倒するためだけに聖杯戦争に参加するのなら、態々所属するコミュニティの幹部が好意的に接している組織のサーヴァントと敵対する理由はない。

 

とはいえジャック・ザ・リッパーは殺人鬼であることには違いない。

 

故にジキルが懇意に説明をしているのはただの親切心ではなく、彼ら"ノーネーム"や無辜の民達に危害を加えるのであれば聖杯戦争の参加者として敵対し、殺すという意図も含まれているのだ。

 

「聖杯戦争で大事なのはそれくらいだ。あとは、そうだね。聖杯戦争の参加者のサーヴァントは準備期間が始まった数年前から召喚され始めているから、ギフトゲームの経験っていうのは差になるかもしれないね……聖杯戦争はそのルール上、ギフトゲームの最中に並列して戦闘が起こりうる。そうなれば聖杯戦争とギフトゲーム、二つのゲームのルールを同時に守りつつ戦わなければならなかったり、単純なようで複雑なんだ」

 

ジキルの説明が終わると同時に、彼が飲んでいたコーヒーが丁度なくなった。残念、と彼は呟きながらギフトカードにカップを仕舞う。

 

「さて……アサシンのサーヴァント、ジャック・ザ・リッパー。最後に僕から質問だ」

 

「なぁに?」

 

ジャックは首をきょとんと傾げてジキルに応える。彼は表情を柔和な表情を冷酷なそれに変えて、そんな彼女にナイフを突き付けた。

 

「キミの願いはなんだい?もしキミの願いが悪しきモノであるのなら―――僕はキミのことをここで見逃すことは出来ない」

 

「ちょ、ジキルさん!?」

 

突然の行動に黒ウサギは焦り、ジキルを咎める。だが彼はあくまでその鉄面皮を崩さない。

 

彼はあくまで先程述べた願いに殉じているだけだ。正義の味方として、悪人となる可能性を否定できないジャックを試している。

 

そのジキルの想いを汲んだのか否か、ジャックもまたあどけない幼子ではない、箱庭に招かれた者としての形相へと移り変わり、彼の問いに答えるのだ。

 

「わたしたちは――――」

 

◆◇◆

 

その夜のことだ。黒ウサギ達のコミュニティの本拠へとやって来た彼らはその凄惨な状況を目の当たりにした。

 

僅か三年前の戦いとは思えないほどに風化しきった町並み。まるで談笑の最中にその命を絶たれたかのような、放置されたティーカップ。人の寄り付く気配のない場所であるというのに、虫の一匹も集まらない状況。

 

全てが異質だった。まるで数百年昔の戦いを現存したまま放置されたようにも見えるそこを突き進んで暫くした先に黒ウサギらのコミュニティがあり、そこで十六夜達はなんというか、熱烈な歓迎を受けた。

 

総数は約百二十人。そのうち彼らを迎えたのはそのうち六分の一のおおよそ二十人とのことだ。だいたいの紹介が終わり、今一行は―――

 

「……この子、すごい服装をしてるわね……」

 

「???」

 

……訂正。女性陣はお風呂場の脱衣室にいた。

 

本拠につくなり、「なにはともあれびしょ濡れになったし、お風呂に入りたいわ」との飛鳥の一言が事の始まりだ。

 

本来ならば"ノーネーム"はお風呂の水すらも貴重で、二年ほどはマトモにお風呂を使われていなかったようだ。

 

そんな時に十六夜が一行と別々に別れたときに"サウザンドアイズ"でちらと話に出た蛇神から勝ち取ったという水樹が役に立った。

 

これはほぼ無制限に水を放つ魔法の樹とでもいうようなもので、これでお風呂と共に当面の水問題が解決されたという。

 

ともあれ、女性陣はレディファーストということで今飛鳥、耀、ジャック、黒ウサギが脱いでいる。

 

で、飛鳥の発言だ。マントを脱いだジャックの姿は―――一言で言えば、それ服なの?だ。

 

上はボンテージスーツとしか形容ができない、ところどころベルトが巻かれていて布地が薄く少ないモノ。そして下はなんたることか、マイクロビキニ―――あるいはTバックと称されるような、そんなくらいしか布地がないものだった。

 

飛鳥に格好を指摘されたジャックは慌ててマントをひったくって自分の身体を隠す。そして潤んで赤らめた顔でこう言ってくるのだ。

 

「……あんまり見ないで……」

 

ゴンッ!と三人は揃ってその辺の壁に頭をぶつけた。恥ずかしいならなんでそんな格好をしているとか、お風呂なのだからそもそも脱ぐのは当然とか、色々と突っ込みたいことはあるのだが―――その表情が犯罪的だ。まるでこちらが小さな子供の服を剥いでこんな悪趣味な服を着せているようではないか。

 

「で、ですがジャックさん!お風呂はそもそも一糸纏わず入るもの。こういうのはなんですが……脱いでくださいませんか?」

 

「っ!?……や!やだ!」

 

黒ウサギの言葉に反発したジャックが脱衣室から走り去ろうとするが、それを瞬時に扉の前に立った耀が止める。

 

そして飛鳥が後ろからジャックを持ち上げて逃げられなくした。

 

ちなみに黒ウサギは子供に拒絶されたことがショックだったのか、その場で膝を折っている。なにかをブツブツと呟いていて、見るだけでそのダメージの度合いがわかるだろう。

 

「いいから!お風呂に入らないと身体が汚くなってしまうわ―――よ……」

 

強引にジャックの衣服を剥いた飛鳥が次に気に止めたのはジャックの肌だ。

 

銀髪とアイスブルーの瞳に似合うような真っ白な肌は誰が見ても綺麗だと思うだろうが、その身体には至るところに傷がついていた。頬のツギハギをはじめとして、包帯を巻いていた腕の下には裂傷の痕が残り、胸部の衣服に隠されていた部分には火傷の傷。内股はズタズタと形容しても問題ないほどに傷だらけと、見ているだけで痛々しくなってくる。

 

その傷痕は彼女がまぎれもなくただの人間でないことを証明しているようで、彼女らも改めて彼女がジャック・ザ・リッパーと呼ばれるような存在なのだと理解した。

 

そういえば、と耀は思い出す。ジャック・ザ・リッパーが名を残した十九世紀末は産業革命の真っ只中。

 

その頃のイギリスで女性が生きるために行っていた職といえば娼婦だろう。もしかしたら彼女は箱庭に招かれる前は……いや、切り裂きジャックとなる前の彼女は娼婦だったのだろうか。

 

それならば彼女の服装にも納得が行くし、ズタズタの身体も娼婦として生きているうちに特殊な嗜好を持つ輩にこのような目に遭わされたとしても不思議ではない。

 

―――因みに、切り裂きジャックが女性であるという説もある。これは殺害された五人がいずれも娼婦であるという点から考えられた一つ。他にもその殺され方があまりにも医学的に高度に殺されていることから正体は医者だの、夜目に警察に注意されることなく徘徊できることから警察など、諸説あるのだがそれは蛇足だろう。

 

「とにかく……!お風呂に入るわよ!」

 

「やだ!やーだー!」

 

「ワタクシって小さな子に拒否られるような変態的な要素あるのでしょうか……シクシク」

 

「……この様子を見てると本当にそうだとは思えないんだけどなぁ」

 

上だけ脱いだ状態で項垂れる黒ウサギと、ジタバタ暴れる全裸のジャックを抱っこしながらお風呂場に向かう、これまた全裸の飛鳥。

 

はっきり言って、切り裂きジャックについて思考するにはあまりに適していない状況だ。

 

耀は服を脱ぎながら軽く嘆息をすると、黒ウサギに早く立ち直るよう催促し、ジャックの頭を軽く撫でて浴場に入っていくのだった。

 

 




ジキルに言った願いの内容は秘密!なぜなら設定変更の都合で多少願いにも変化が生じているから!

さて、では本編では語りきれなかった箱庭の聖杯戦争について少し補完しておきたいと思います。

まずおたよりがありました。「箱庭って比較対象がおかしいだけでルイルイも鯖くらい強かったはずじゃ……」

問題ありませんとも。その辺は箱庭の聖杯が箱庭に合ったレベルに調節してくれてます。そもそも聖杯としての質が原作とは大幅に違います。あちらの聖杯が根源に至るための手段として作られた物に対して、こちらの聖杯は箱庭においてわりとよくある、修羅神仏の遊び心から生まれたものなのです。

魔術の根源にたどり着いていない人間がたどりつくために作ったものと、マジカルパワーが魃扈している箱庭の修羅神仏が作ったものならば、そもそもどちらの方が良質かは答えるまでもないでしょう。

そして次。これは質問にはなかったのですが、いやまぁ説明回にすら至ってなかったので当然なのですが、聖杯戦争に選ばれたサーヴァントは原作のような死者ではなく、基本的に生者です。ごく一部で例外はありますが。

なら問題児世界では既に討伐されてるアルゴールがいるけどメドゥーサは呼べないの?と思った方、安心してください、呼べます。

箱庭は過去未来現在と繋がっており、原作でも光明氏と耀さん、十六夜くんとクロアさんのように箱庭において長い、あるいはそれほどの時が経っていなくても外界ではその真逆になっている、という現象が起きています。第二部では時間の流れが繋がったようですが。

第一部時点ではその習性を利用して今箱庭にいる人物、箱庭で生涯を終えた人物の昔の姿、あるいは未来の姿で、かつ自身の未来の記憶を与えられて召喚します。

なのでメドゥーサとアルゴールは同じ時間の箱庭に同時に存在することができます。ジャックに関してはそれには該当しない事情がありますが。

……とりあえずはこんなところでしょうか。なのでサーヴァントは死んでるからこそだろJK、とか設定改編なんて信じらんねーよタコ、という方々は申し訳ないですがブラウザバック推奨です。

こんなにドヤ顔で言っておいて矛盾点とかあったら死ぬほど恥ずかしいですねwwww

というわけでみなさん!矛盾点あったら遠慮なく言ってください!ドヤ顔で語った作者に赤っ恥かかせられますよ!



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くえすちょんふぉう 大地を駆けるは、猪獅子の遣い



チュートリアルの後の初戦闘だから一話で終わらせてしまいますね!(阿呆の発言)




 

 

―――()の話をしよう。

 

女は犠牲者だった。男は処刑者だった。

 

私の全てを貴方に捧げる、と(かのもの)は言う。

 

俺の全てをお前に刻む、と(かのもの)は宣告する。

 

穢れた光景は最早世界の有り様で、得ることも失うこともできなかった少女は唄う。

 

全部をあげる。だからどうか、貴方の側に。

 

痛いことも、苦しいことも、なんでも耐えます。だからどうか、私を棄てないで。

 

だからこそ(かのもの)は、(かのもの)を殺す魔性の言葉で囁くのだ。

 

お前の全てを受け入れよう。なればお前も、俺の全てを受け入れろ。

 

嗚呼、きっとこれが、初恋か―――

 

◆◇◆

 

一晩明けて、一行は"フォレス・ガロ"の本拠の付近に着いた。

 

「ジャングル―――?」

 

「ワータイガーのコミュニティだろ。それくらいは充分有り得るさ」

 

乱雑に生えた草木を押し退けてやって来た先に見えた森の中は、不思議な感覚に包まれていた。

 

ジンは草木に触れてその感覚を調べる。なにやら見覚えと心当たりがあるかのような呟きを口にしながら現状起こっていることを確認している―――と、そんな折に空から"契約書類"が舞い降りてきた。

 

『ギフトゲーム名"ハンティング"

 

・プレイヤー一覧

久遠 飛鳥

春日部 耀

ジン=ラッセル

アサシン

 

・勝利条件

ホスト側ゲームマスター"ガルド・ガスパー"の討伐

 

・クリア方法

指定武器によってのみゲームマスターを殺傷可能。それ以外での方法での殺傷ではダメージを負わせることは不可能

 

・敗北条件

降参もしくは上記勝利条件を満たせなくなった場合

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下"フォレス・ガロ"はギフトゲームを開催します

"フォレス・ガロ"印』

 

「こ、これは……まずい!」

 

「……どうしたのジンくん。このゲーム、そんなに難しいの?」

 

「……たぶん、むずかしくはないよ」

 

飛鳥の問いに答えたのはジンではなくジャックだった。飛鳥と耀が驚いたようにジャックに振り返ると、ジャックは冷静な目つきで"契約書類"を見つめている。

 

「ルールの殺傷条件がこわいだけ。これじゃあすかのギフトで自殺させることもできないし、ようのギフトで直接攻撃することもできないし、わたしたちのギフトで暗殺もできない」

 

契約による守護。こればっかりはルールなのでギフトを打ち消す能力でも消すことはできない。聖杯戦争に含まれるダメージ軽減もこれにあたる―――つまり、ルールで優位に立つということはかなり厄介。

 

が、その程度だ。傷つけることができないだけで取り抑えることはできる。

 

ガルドを取り押さえればゆっくりと指定武器を選定して殺すこともできる。本当に、それだけ。

 

多少面倒になるだけだ。その多少が仮に、あと一人減ればかなり厄介なことになるのだが。

 

ジャックの説明を聞き終えて三人は改めて自分の一番リラックスできる立ち方で"契約書類"に目に通し始める。

 

それにしても、やはり彼女はジャック・ザ・リッパーなのだろう。ジンはゲーム初参加であるにも関わらず見せつけた理解力と頭の回転には舌を巻いた。まさしく数々の証拠を残しながらもスコットランドヤードから逃げ切った切り裂きジャックの異常性の一端、その頭の良さが顕著に現れている。そんな折に―――

 

「―――あすか」

 

「? なに、ジャッ―――」

 

飛鳥がジャックの方へ振り向いた瞬間、飛鳥の頭があったところに一迅の風が突っ切った。

 

ハラリ、と飛鳥の長髪の一片が落ちる。

 

「あすか、狙われてたよ」

 

ジャックは風が突っ切った方向から目を離すことなくその正体、一本の矢が突き刺さっていた。

 

ジャックはそれを引き抜くと、すん、すん……と矢に鼻を近づけた。

 

「……うん、だいたいわかった」

 

「……え、アサシン、一体なにが起こってるのか……」

 

「向こうにあすかを殺そうとしたひとがいるの。だからわたしたち、そっちに行くね。……うん、行くよ」

 

自分の言葉を確認も含めて復唱する。

 

「ま、待ってジャ……アサシン」

 

唐突にそんなことを言い出すジャックを止めるべくジンが慌てて、咄嗟に言葉を出す。

 

だがそれはジャックの瞳……無垢な子供から冷酷な暗殺者のそれに変わった瞳に止められた。

 

ジャックは既に決意した。それに今のようにサーヴァントのジャックにも気づかれることなく、正確無比に飛鳥の頭部を狙ってきた。

 

そんな相手を無視するというのも現実的ではない。ジャックはしっかりと思考していた。

 

だからとるのは"一番合理的"な手段。飛鳥達が囮を務め、警戒を一瞬でも解いた瞬間を刈り取る。

 

そしてそのまま飛鳥達がガルドを倒せば万々歳。

 

その意図を耀は汲み取ったらしく、飛鳥とジンを先導してガルドがいるであろう、屋敷の方へと向かっていく。

 

ジャックが駆け出してまず最初に気になったのは、弓の発射のインターバル。射てばすぐに次を射つ、というような感覚で討たれたら闇討ちもなにもなく一対一に持ち込むしかない。

 

インターバルがそう短くなくとも不可能と感じればすぐさま攻撃を開始するため。

 

そう思うとジャックはクラスのギフトに恵まれた。"暗殺者の器"の所持者……則ちアサシンと呼ばれるそれらには"暗殺者の器"の内側に内包されたギフト"気配遮断"を持っている。

 

それが強ければ強いほど敵意の有無、サーヴァントの気配の隠蔽と度合いが変わってくる。

 

ジャックの"気配遮断"はアサシンの中でもトップクラスのもので、その気になればこの悪目立ちする服装でありながら完全に存在感を消すこともできる。

 

ただし、攻撃態勢に移ればその隠蔽度合いは大幅に減少している。まぁそれは関係ない。隠蔽できなくても対応される前に倒せばいいだけなのだから。

 

かくして、ジャックにとっていいことに矢が射たれるインターバルはそこまで早くはない。恐らくは矢を射る際に飛距離を伸ばすような工夫をしているからなのだろう。そもそも距離が遠いのなら連射をしてもさして驚異ではない。あるいは―――射手がこのゲームに乗り気ではないか、だ。

 

近づけば近づくほど、矢の正確な発射地点がわかる。だが時々発射地点が変わっているような弾道を見せている。

 

ジャックを察して正確な補足をされないために動き出したか、あるいは元々何度か射ったらすぐに狙撃地点を変えるタイプなのか。

 

後者であればまだ助かるが、と思いながら矢の森を突き抜けること少し。ようやく敵の姿を視認できた。

 

女性だ。緑と青の色が強いイメージを持ち、特異な獅子の耳と尻尾がついている。

 

その手には一張の弓が握られている。瞳にはなにか諦感の境地に至ったような、無機質な感じがする。だが弓を握り、木の上で狙いを定める姿は様になっている。

 

スチャ……、とジャックは腰に下げていたホルスターのような入れ物ナから二本のチョッパーを取り出す。闇討ちで、近接戦闘で確実に仕留めるなら投擲用途も含む医療ナイフ(メス)や使い勝手のいいナイフよりも肉を断つ用途のチョッパーの方がいいと判断したのだろう。

 

「……―――!!」

 

女性が弓を射る、刹那。ジャックは矢を放つこと神経を集中させることで生まれた隙を見逃さなかった。

 

「―――なっ……!?」

 

突然の強襲に驚愕した女性は、それでも手に持った矢の矢じりを使ってチョッパーを受け止めた。

 

チッ、と軽く舌打ちをする。仕留めたと思ったのだが、恐らく別れたことで姿を見失い、警戒をしていたのだろう。

 

結果、確実に仕留めたタイミングに僅かに対応された。そしてその僅かな対応は"暗殺者"(アサシン)であるジャックには致命的だ。

 

「ちっ、よりにもよって子供か―――だがその霊格……汝、サーヴァントだな……!」

 

「………」

 

答える必要はない、とジャックはその顔で答えた。チョッパーを仕舞い、ナイフを一本左手に持ち、右手には四本のメスをポーチから取り出す。

 

それよりも、とジャックは思考する。

 

今この女性は自分をサーヴァントだと看破した。"フォレス・ガロ"が聖杯戦争を知っている、ならば向こうも戦争に関与しているのだろう。"主催者"側として参加することなど普通考えられない。であれば彼女と"フォレス・ガロ"は恐らく"参加者"の側。

 

そして彼女の手には弓。……考えるまでもないだろう。当てはめられた(クラス)は"射手"《アーチャー》だ。

 

そこで一瞬の思考を一旦中断し、ジャックは更に距離を詰める。

 

相手がアーチャーとわかれば話は簡単だ。彼女らは射手として多くの功績を残している。自然、近接戦闘はできても他のクラスよりは劣ると考えるのは自明の理だ。

 

「ふっ!」

 

右手に持ったメスを二本投げる。その軌道はアーチャーのいた場所、木の上という都合、下手に避ければジャックの強襲が待っている。

 

アーチャーはジャックの目論見通り木の上から跳んでそれを避けた。アーチャーを追うようにジャックも木に飛び乗り、またアーチャーに向かって跳ねる。

 

「取った……!?」

 

が、なんということか。確実に突き刺さると思われた攻撃はなんと上空に力強く放たれた一射の反動で高度を乱され、回避された。

 

今度はジャックが決定的な隙を晒すことになった。女性はもう一度弦を引き絞り、ジャックの頭部を目掛けて一発放つ。

 

だがジャックはそれをメスの投擲で頭部を目掛けて飛んでくる矢を迎撃する神業を見せつけた。

 

驚き舌打ちをしつつもまた射った反動で予想よりも早く着地する。

 

そしてもう一度狙いを定め―――見失った。

 

「……何!?」

 

いや、違う。正確には探せないのだ。

 

アーチャーが見上げたそこには、先程まで影も形もなかった濃霧が発生していた。濃霧はやがてアーチャーをも包み込み、その視界を著しく制限する。

 

それだけではない。霧に包まれたと思ったら気持ち、身体に若干の重圧感がのしかかったのだ。だがそれはあくまで気持ち、少しだけ敏捷性が落ちたような気がするがさしたる問題でもない。

 

器に内包される類いのスキルではない。だからといって霧を発生させる類いのギフトという感じでもない。この、独特の感覚は―――

 

「"秘技"か……!これといい先程の強襲といい、やはり"暗殺者"(アサシン)で間違いなさそうだ」

 

だがアーチャーも伊達に射手としてサーヴァントに選ばれるだけのことはある。たかが霧。照準を狂わされようとも当てることこそが狙撃手としての腕の魅せ処だ。

 

アサシンとはその名の通り暗殺者。影からの奇襲においては他の追随を許すことはない。現にアーチャーが最初に彼女の存在を認知したのは最初の闇討ちを彼女によって阻止された時だ。

 

故にこの霧の中アサシンに一矢ぶつけるのは至難の業―――だが。

 

「―――そこだっ!」

 

「ぁぐ!」

 

聞こえてきた悲鳴とこの手応え、当たった。アーチャーは直撃を確信した。

 

狙撃手が長時間同じ場所にいることは得策ではない。アーチャーはすぐさま霧の中から超スピードで脱出し、警戒心を解くことなくじっと霧を見据えていた。

 

◆◇◆

 

「……っ……いたい……」

 

霧の中に潜んでいたジャックは左肩を支えながら霧の中を歩いていた。射たれた左肩はかなりの傷を負っており、先程まで左手に持っていたナイフを握ることすらままならない。

 

「……っ!」

 

少し力を入れて、左肩に刺さった矢を抜く。激痛が襲うが、あまり関係はない。ポーチの中から残るメスを取りだし、自ら肉を削ぎ、特殊な効能を持った傷薬を塗り、それを糸で縫う。

 

そして一本の注射器を取り出すと、少しだけ躊躇うような動作を見せたが躊躇なく刺した。

 

「ぅ……!……ふぅ……」

 

チクリとした痛みに顔をしかめ、抜く。すると見る間に左肩の痛みは消えた。ジャックは左手をぷらぷらと揺らして確認する。

 

少し鈍いが問題ない。それよりも問題なのは……

 

自分が発動した"器の秘技"(宝具)"暗黒霧都"(ザ・ミスト)が正常に発動しなかったことだ。

 

まず発動時。自分が認識しているそれよりも明らかに効果範囲が狭い。そして使う時に座標の固定を要求された。"暗黒霧都"は霧を出すランタンを使うことで流動的に動かすことが可能だったはずだが。

 

それになにより―――アーチャーは"暗黒霧都"から脱出したことがなによりの証拠だ。"暗黒霧都"は霧の毒で効果対象となった者は方向感覚を失い脱出がかなり困難となる。だと言うのに、アーチャーはいとも簡単に霧から出た。

 

確実に脱出する方法は直感系統のギフトか位置を示す魔術のようなものが必須なのだが、アーチャーは不意討ちに完全に驚いていたし、魔術のようなものを使ったような動作をしていなかった。

 

明らかに秘技の能力値が落ちている。これはかなりの痛手になる。

 

「……でも、もんくは言えないよね」

 

一端戦闘行為を終了させてしまったのは向こうのミスだ。ジャックに考える時間、応急処置をする時間を与えてしまったのだから。

 

それになにより、ジャック・ザ・リッパーとの戦闘を途中で終えるのは圧倒的に、致命傷なのだ。

 

◆◇◆

 

「―――な、に……!?」

 

そして同時、アーチャーは強烈な違和感を覚えた。

 

いましがた戦ったはずの少女の姿が()()()()()()。いや姿だけではない。どんな武器を使ったのか、どんなクラスだったのか、思い出せない。いやそもそも少女だったか?少年だったか、老人だったか青年だったかそれとも、中年だったか―――!?

 

忘れるはずのないことを忘れてしまっている。どうして、何故―――!?

 

そんな謎がアーチャーに致命的な隙を生んだ。

 

アーチャーの真後ろにジャックがいた。しかし彼女は混乱と無意識のうちにある『アサシンは霧の中にいる』という思い込みから、そしてジャックの"気配遮断"によって未だに霧を見据えている。

 

そしてジャックは、強襲を選んだ。

 

攻撃態勢に移行して、"気配遮断"の度合いが低下する。背後にジャックがいることを察知したアーチャーは振り向いて―――焦燥感と恐怖心から、先程のように矢で対抗することなくそのまま矢を放った。

 

当然、マトモに照準をつけることなく放ったそれは直撃することなくジャックの右肩をかする。

 

次の行動に移ることを許すことはない。ジャックはアーチャーに飛びつき、押し倒す。

 

「ぐっ、この……!」

 

アーチャーは必死になって抵抗するが、ジャックの拘束から逃れることができない。ただ純粋に、有り得ない話だが明らかに大人相当であるアーチャーよりも幼子であるジャックの方が強い筋力を誇っている。ただそれだけなのだ。

 

膝で肩を抑え、足の付け根を足で抑える。そしてジャックの手は容赦なくアーチャーの首を掴んだ。

 

「ぁっ……ぐぅ、ぇぁ…………!!」

 

「………」

 

ギリ……ギリ……と徐々にその力は増していく。アーチャーの顔はどんどんと蒼く染まっていき、抵抗力もなくなっていく。

 

あと三十秒も絞めていれば間違いなく彼女は死ぬだろう。ジャックはそう確信して更に絞める力を強めようとした、その時―――

 

「待ってくれ、ジャック!」

 

突如聞こえてきたジンの声がジャックを止めた。彼女は絞める力を緩め、ジンの方に首を向ける。

 

「どうしたの、マスター」

 

「彼女に聞きたいことがあるんだ。殺さないでくれ」

 

「……あすかとようは?」

 

「ガルドを倒した時に耀さんが重傷を負ったから本部に向かってる。あそこには医療器具が揃ってるからね」

 

「そっか」

 

ギフトゲームは終わった、ということだ。ジンはそれ以上の被害を出すのは不要とも言っているし、彼女に聞きたいこともある。

 

聖杯戦争の脱落者を出すことができるが、ジャックはジンの言葉を尊重し、アーチャーの首から手を離し、彼女に跨がっていた身体を下ろす。

 

アーチャーはゲホッ、ゲホッ、と何度か咳をして呼吸を整える。下手な抵抗をされないようにか、ジャックにその辺の木に縛られ、首もとにはナイフをつきつけられる。

 

「……えっと、それじゃあ貴女に聞きたいことがあるんですが」

 

「なんだ」

 

「貴女は"フォレス・ガロ"の一員ですか?」

 

「形式上はそうなる。傘下のコミュニティの子供らの自由を交換条件に加入させられた」

 

「おじさん、人質はその日のうちに殺したって言ってたよ」

 

「何……!?それは真か!?」

 

ジャックの言葉にアーチャーは驚いて問いただす。この様子だとそれは知らなかったようだ。八重歯を晒して今は亡きガルドに怒りを見せる。

 

「彼女の言ったことは本当です。僕らの同志の絶対尊主のギフトでガルド本人から聞き出しました。……次の質問をしてもいいですか?」

 

「……すまない。少しだけ時間をくれ。汝らの問いにしっかりと答えるためにも」

 

真実にショックを隠せなかったアーチャーは暫くぼうっとしていたが、やがて凛とした顔つきを取り戻してジンに答える。

 

「落ち着いた。話してくれ」

 

「っ、はい。では聞きます。僕らがガルドと対峙した時に鬼化していました。心当たりはありませんか?」

 

「ある。昨晩イヤにガルドが怯えていたが、それが忽然と消えてな。その時に金髪の幼子を見掛けた……恐らく彼女の仕業だろう」

 

「……金髪の吸血鬼。やっぱりそうなのか……?」

 

今度はジンが動揺しながら無言になった。彼の驚愕はかなりのものだったのか、そこで問答が途切れてしまった。

 

考え更けるジンの様子をじっと見ていたジャックは別に、アーチャーに聞きたいことがあったようで彼女に質問を投げ掛けた。

 

「……アーチャーはこれからどうするの?」

 

「……そうさな。コミュニティが崩壊したんだ。どこかに……南側辺りにでも渡り歩こうか」

 

「そっか。それじゃわたしたちからあと一つだけ、質問ね」

 

「敗者に拒否権はない。好きにしてくれ」

 

ジャックはアーチャーの拘束を解いた。これまで冷酷な対応をしていたジャックの行為に訝しみながら、余計な抵抗はしないと格好はそのままでジャックの言葉を待つ。

 

そんなアーチャーを見たジャックは安心したように、それでも恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。

 

「わたしたち、アーチャーのこと知りたい。なんでかわかんないけど……アーチャーの名前、教えてほしいな」

 

―――抱き締めたくなった。恥じらいを持ちながらも、出会って先程まで殺し合っていた自分にそんな事を言ってくるこの少女の尊さに。

 

「……承知した。私の真名はアタランテだ。汝らのような幼子が親の愛を一身に受けて育つような世の中が、私の望みなんだ」

 

「そっか。うん、わかった。アタランテだね。わたしたちはジャックだよ」

 

……眩しいな。とアタランテは思った。

 

いつ見ても子供というのは純真で、無垢で。

 

彼女のつたない笑顔を見ると、自惚れるわけではないのだが自分の願いの尊さを改めて痛感させられる。

 

例えそれが、子供達や多くの人々に否定されようと、この尊い願いだけは、少しでもいいから叶えたくなってしまうのだ。

 

 






実はジャックのこの原動はアタランテの警戒を解いていい感じに友好関係を結ぶためのものなんですがね!幼女と言えど天才殺人鬼だから外堀を埋めるくらいはします。ジャック尊いとか言ってた人を突き落とすこのカミングアウトよ。

ところで、セイバーウォーズとかいうなんだかどこかで見たことあるロゴとテロップのイベントが告知されましたね。まさかオルタってフォースの暗黒面的なアレと同義なのでしょうか。

乳上「モードレッド、オルタはいいぞ」

モーさん「父上がこんなおっぱいになるとかmjkオルタすげーな」

……ナンテコッタイ。



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アンサーひとつめ 夢の終わりの先に



今回はこの作品のもう一人の主人公に初めて視点を入れ、かつレティシア登場までのテコ入れのために文字数がいつもの2/3くらいになっています。

別視点で主人公が二人いる、というのを書くのは初めてなので上手くいくかわかりませんが、どうか生温い目で見守ってくだされば幸いです。




 

 

―――さて、二人目の話をしよう。

 

少女は孤独だった。

 

パパもママもいた。だけれど、孤独だった。

 

空が赤いよ、霧も出てる。

 

外は怖い。中にいるしかない。

 

けれど少女は我慢が効かず、外に出る。

 

外に出て、自由になって……楽しいよ、楽しいな。

 

ちょっとだけ誰かともお話ししたよ。誰かはそろそろいかなくちゃって、そのうちいなくなったけれど。

 

じゃあ、帰ろうか。そう思って見上げた空は、紅で。

 

次に目を覚ましたらあらびっくり!夢の自分がここにいる!

 

自分と同じお兄ちゃんもいるわ。こういうのを、求めていたの!

 

……だけれども。夢はいずれ、終わったの。終わらないと、夢じゃないの。

 

これは終わった先の、お話なの―――

 

◆◇◆

 

少女は目を覚ます。自分の姿を見て、はてと首を傾げてしまう。

 

「起きたか」

 

小さな子供の声が聞こえてくる。少女は悩みつつも「一応」と答えると、子供は興味を失ったような返事をして、その場から去っていった。

 

そして少女はもう一度自分の姿を確認する。さっきまでと変わらない、黒い少女らしい衣服だ。

 

だが、少女にとってはそれこそが異端だった。だから少女は先程まで子供がいた方に「ねぇ」と向ける。暫くすると、子供の声が帰って来た。

 

「なんだ」

 

説明を求めた。ここはどこか、貴方は誰か。その他諸々。

 

子供は懇切丁寧に答えてくれた。ここは箱庭。人智の程を越えた人外の魃扈する魔境にして楽園。彼の名前は教えてくれなかった。だが彼は『殿下』と呼ばれていることだけは教えてくれた。

 

「それで」

 

 

「お前の名前はなんだ。俺達はお前を含めて二人の同志がいる。名を知っていた方がやりやすくもなる」

 

ああ、と相槌を打つ。彼の説明の中には"聖杯戦争"のこともあった。聞いたルール上、同一のマスターが複数のサーヴァントと契約していてもおかしくはない。

 

話の流れから、自分が彼の三騎目のサーヴァントとして選ばれたのだろう。その上で名を要求されたということは―――召喚方法自体は向こうと同じランダムなものなのか。

 

「急かすわけではないが、早くしてくれ。俺は少し急ぎの用があってな」

 

ごめんなさい、と少女は謝る、そして自分の名前を伝えようと思った時―――違和感を覚えた。

 

「どうした?」

 

彼は怪訝そうに顔を覗いてくる。少女は少し驚いたが、すぐに平静をとりもち、違和感の正体を彼に伝える。

 

「……なに?名が思い出せない?」

 

そう、名がわからない。聖杯戦争のことも覚えている。どのような結末だったのかも覚えている。マスターがどんな名前で、自分がどんな存在だったのか……に関しては朧気にだが。覚えている。

 

だが、名前がわからない。自分の名前がわからない。

 

「……名がわからないというのは結構な痛手だな。クラスに関してはこちらで把握しているが、どうにも困ったものだ」

 

ごめんなさい、と少女は謝る。気にするな、と少年は答える。

 

「キャスター、と呼んでもいいんだがな。それじゃあ味気ないし、キャスターはもう一人いる。仮の名でもいいから名前がほしいな……」

 

……それならひとつ。昔本当の名前以外で呼ばれたことがある。自分が覚えているうちで、の話だけれど。

 

それを彼に伝えると、「そんなものがあるのか」と答える。一応、と返すと彼は名前を教えてほしいと言ってきた。

 

元々伝えるつもりで言ったのだ。断る理由もない。

 

さぁ、言おう。マスターに貰った、あたしの―――あたし(ありす)の名前を。

 

「あたしの名前は―――アリスだよ」

 

◆◇◆

 

「さ、さぁジャックさん、その左腕を見せてくださいな……」

 

「やー!絶対やー!」

 

一方その頃……という言葉を使わせてもらう。とかくその頃。ガルドのギフトゲームを終えた二人が遅れて"ノーネーム"本拠へと帰って来た。

 

帰って来てまず黒ウサギが待ち構えていたのだが、どうやら黒ウサギには一目で見抜かれたようだ。ジャックの姿を見て「今すぐ医療室に」と慌てて彼女をここまで連れてきたのだが……

 

黒ウサギが注射器を見せた瞬間、ジャックが暴れだしたのだ。子供っぽくジタバタと反抗する姿は見ていて微笑ましいが、そんなことを言って甘やかしてはいけない。

 

黒ウサギの見立てによればジャックの左腕は骨が軽くバラバラになっている。見た感じは適切に処置されているように見えるが、正直見た目があんまりだから可哀想に思えた、というのもある。

 

「というか骨がバラバラになってるのに傷薬と鎮痛剤でどうにかなるって一体全体どんなお薬を投与したのデスか……場合によっては一気に廃人まっ逆さまですよ」

 

「でも、これ使わないとダメだと思ったから……うん、ダメだったもん」

 

「でももへったくれもヘチマもないです。問題児様方四人揃って無理無茶難題が大好きなのですね」

 

ジャックの反論を大人……大人?の余裕で切り捨てる。やはりそれに納得がいかないようでジャックは未だに反抗を続けながら頬を膨らませる。

 

侮るな、と黒ウサギは内心で毒づいた。こちとら三年間年少組の世話をほとんど一人でこなしてきたようなもの。今さら一人や二人増えても変わらない。

 

「ジャックさん、好きな食べ物はなんでございましょうか?」

 

「え?……はんばーぐ、だよ」

 

「ハンバーグでございますか。なら今晩はハンバーグステーキに致しましょう。ジャックさん、今日は頑張ってましたしね」

 

「ほんと!?やったー!」

 

「てい」

 

ぶちゅ、喜びのあまり万歳をしたジャックの二の腕に容赦なく注射器が突き刺さった。

 

一瞬、ジャックはなにが起こったのかわからないといった顔で黒ウサギの手を見る。

 

理解すると、目をうるうると滲ませながら鼻をすすり始め……あっという間に決壊してしまった。

 

「……ぅ、うぇ……ぅ……」

 

「……ジャックさん?」

 

「黒ウサ嫌いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんんんんんんんん!!!!!!」

 

ジャックは全速力で医務室から出ていった。その速力や、黒ウサギの全速力とも遜色ないもので……突然大泣きされて嫌いとか言われた黒ウサギはそのまま硬直してしまい、隣にいた重傷の耀に実に冷ややかな視線を送られたのだった。

 

その夜、ハイパーボイスを発しながら駆け抜けて自室に引きこもったジャックの一件はコミュニティの間でかなり話題になり、決着は『三日間ハンバーグ毎食作る』で妥協したジャックの勝利に終わった。

 

◆◇◆

 

さて、アリスが箱庭についてから幾日かが経過した。殿下から何人かの同志の紹介があったが……正直、殿下を含めてイロモノばっかりである。

 

グリフォン、人間、半神、魔術師、軍師……こんなものに"アリス"が加わったのだ。個性が爆発しすぎて果たしてコミュニティとして成り立っているのか否か……いや、成り立っているのから今アリスは殿下のコミュニティにいるのだが。

 

あたし(ありす)は……いないよね。お兄ちゃんも。お兄ちゃんのサーヴァント……セイバーだったか、アーチャーだったか……キャスター、バーサーカーだっけ?記憶が混乱してるみたいだけど。それもいないし」

 

時折、アリスはこうして思い出したかのように半身(マスター)と"お兄ちゃん"、そして彼のサーヴァントのことを思い出そうとしている。

 

しかし、辛うじて"お兄ちゃん"が鮮明に覚えているだけで、あたし(ありす)のことも"お兄ちゃん"のサーヴァントのこともあまり思い出せない。

 

どうしてこうなったのだろう、と思うのと同時になるべくしてなったのではないか、とも思う。

 

確か自分は本来こんなしっかりとした固体を持っていなかったはずだ。あの世界のサーヴァントにも関わらず、あの子の身体と全く同じ身体をしていた時点でそれは想像に難くない。それに自分の名前も思い出せないような役立たずな記憶でも自分の在り方くらいはある程度覚えているのだから、その中でも最も特異な点を忘れるはずがない。

 

まぁ、だからこそこうしてどうしてだろうと常々物思いに耽っているのだが。

 

「もう起きていたのか」

 

「あら……ランサー。もう起きていた、ていうのは?」

 

「―――気付かなかったのか。今は朝四時頃だ。その様子だと寝ていないな」

 

「いいのよ別に。あたしを子供扱いしないで頂戴」

 

「お前はサーヴァントだろう、単なる子供扱いなどしていない」

 

「……あたし、貴方のその言い方嫌いだわ」

 

お前の勝手だ。嫌うのもお前の自由だ、とランサーは答える。だから、そういうところが嫌いだと言っているのに。とアリスは言おうとしたが。それではまた同じことの繰り返しになるだろうと言葉を飲んだ。

 

「キャスターは?」

 

「お前もキャスターだろう」

 

「普通に考えてよ。この場にいないキャスターなんて一人でしょう?」

 

「それもそうか。浅慮だったな」

 

すまない、とは言わない。彼はどういうことか最後の一番肝心な言葉を言おうとはしないのだ。さっきの単なる子供扱い、のくだりも聡明なランサーならば同志として気にかけている、の一言くらいすぐに言えるはずなのだ。

 

「それでキャスターはどうしてるの?」

 

「つい先程まで工房で作業をしていた。今は恐らく眠っているだろうな」

 

「ふーん……」

 

それきり会話は途絶えてしまう。元々アリスとランサーはそこまで親しく話すわけでもない。ランサーが正直すぎる上に一言足りないという性格上、あまり話しかけにいくものもいない。

 

しかもその鑑識眼は一流と来ている。本質を見極められてズバズバとフォローもなしに言いたい放題言われる人間に好んで会話をしたい者など普通いないからだ。

 

すると珍しく、「そういえば」とランサーの方から口を開いた。

 

「マスターがお前に用があるそうだ。流石に今の時間に行くのはよくないだろうが、今日中に顔を見せろ、とのことだ」

 

「あら、殿下が。いったいどういった用件なのかしら」

 

「オレもはっきりとは聞いていないが、魔王に関すること、だそうだ……あの様子だと手駒を増やそうとしているのだろう」

 

「じゃあ魔王の召喚ね……いいわ。箱庭に来てからの最初の仕事がそんなものだなんて、とても悪役(ヒール)らしいわ」

 

「……悪を呼ぶのが鏡の(ヒロイン)とは。らしくないことではあるがな」

 

あきれ気味にランサーが答えるが、アリスは意に介さない。この世界に来てから暫くやることもなかったし、"アリス"という固体を得た影響が、結構自己顕示欲や鬱憤を晴らすなどといったことが強くなっている。

 

ありす(マスター)との繋がりも弱くなってしまった影響か、幾分か話し方も自然と理知的になっている。ならば楽しまなければ損というもの。自分(アリス)を手にするということがこれほど素晴らしいものだとは思わなかった。

 

勿論、アリスという身体なのだからありす(マスター)との繋がりも途絶えたわけではない。あたし(ありす)あたし(アリス)に会う前の記憶がこの身体に宿っているのがなによりの証拠だ。

 

「―――ランサー、絵本は好きかしら」

 

「―――好きか嫌いかで言えば、好ましい方ではある」

 

「そう、それなら楽しみに見ていてね。あたしの、⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛の力を」

 

「そうか。期待はしている」

 

やはり、この喋り方は嫌いだ。だけれども、今この瞬間だけはこの言葉も自分を夢の世界へと誘う砂糖菓子のように甘ったるかった。

 

 






アリス……いったい何者なんだ……(無理しかないすっとぼけ)

以下Grand Order関連の一月十八日(ようするに投稿日と同じ)に起きたリアル話という名の茶番


よーし、乳上かニコラさんほしいから十連引くぞー

……うん、あんまりいいのが出ない……え、キャスターが光って……嘘、キャスターの4以上にピックアップなんか……でもアリス出てほしい――――――



「キャスター、諸葛孔明だ」



……お、おう。強いよ。嬉しいよ。けど……やっぱピックアップ仕事しねぇなぁ……明らかに乳上出す方が確率高いよな……ま、まぁ強いのはさっき言った通りだし嬉しいのも確か。育てよう。えーと、素材素材……

無間の歯車「俺かぁ~?」 虚栄の塵「シャドウサーヴァント狩りで満足するしかねぇ!」

……え?

エステバのパーティ
ジャック(塵&歯車要求)
沖田さん(塵&歯車要求)
アンデルセン(塵&歯車要求)

…………………………


I am the born of my Gear(身体は歯車でできている)

Mugen is my body, fire is my dust(塵も身体で、心は無間)

(中略)

My whole life was(この身体は)

unlimited gears works(無間の歯車でできていた)

注意※このアレンジはクッソ適当です。これちがくね?とか言われても適当かつアホな編集なのでいろんな意味で困ります許してくださいなんでも(ry



意訳:またロンドンを徘徊する亡霊になります。この後書きを読んでいる頃、きっと私はロンドンで人形とホムンクルスの見分けがつかないほどに荒んだ顔をしているでしょう。

その時はどうか、この作者に合掌を……切にお願いします。



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くえすちょんふぁいぶ その名を刻むは、血の言葉


混沌の爪と蛮神の心臓につられてイベントにかまけてた僕は悪くない(真顔)。だって心臓はジャックのスキル上げに24個使うし爪は沖田さんとジャックのスキル上げに102個使うんだもの!死ねるわ!

つまり悪いとすれば……それは運営だぁ!/運営さん爪と心臓を比較的楽に手に入れられるイベントありがとうございます!

追記
ジャックちゃんの心臓と爪の数間違えてました。なので本当は心臓33個と爪90個です。……是非もないネ!






 

 

唐突であるが、ドラキュラの由来を知っているだろうか。

 

箱庭において箱庭の貴族、兎に並ぶ龍の騎士ドラキュラとは中世ルーマニアの王、ヴラド三世が自らを竜の子……すなわちドラクルと名乗ったことに起因する。

 

また、ヴラド三世は国政などに優れ、国を護るべく鬼神の如く獅子奮迅の活躍をした様からルーマニア本土では護国の鬼将とも呼ばれる。

 

だが、彼はその一方で反逆者に容赦がなかった。自らに逆らう者や異国の捕虜を次々と串刺しに処し、まるで血を吸うかのように自らは食事を行う……その残忍な手口から彼は串刺し公と呼ばれた。

 

彼がドラキュラ……吸血鬼と呼ばれるのもまた、その残忍な行いから来た当然の帰結なのかもしれない。仮例、その彼が国のためよかれと思って行ったことであっても……彼ら英雄とは、未来のイメージによって事実を塗り替えられた哀しき存在でもあるのだ。

 

◆◇◆

 

「サーヴァント、というものには色々と後世のイメージが付与される厄介な特性があってね、今言ったヴラド三世はその代表格と言ってもいい」

 

ジキルの説明を聞きつつ、ジャックは静かに渡されたコーヒーを飲む。しかし苦かったのか、少し眉を潜めてコースターに置き直す。

 

しかしジキルはジャックに聖杯戦争とサーヴァントについて説明しているうちに熱くなっていたのか、それを気にせずに雄弁と語る。

 

「サーヴァントの力の源になっているのは聖杯からのバックアップの他に信仰や知名度っていうのもあるんだ。恐らくそれが作用して予想外の効果……すなわちイメージの押し付けが起こっているのだと推測できる。もしかしたら"ジャック・ザ・リッパー"が少女の姿をしているのは犯人を娼婦とする説の存在からその体形を成している可能性だって━━━」

 

「長い、にがい」

 

バッサリとぶったぎられた。あまりに唐突に、身も蓋もないツッコミが入ったせいで思わずジキルはずっこけそうになった程だ。

 

クイッ、と理知的に眼鏡を正す。まぁ相手は子供、長い話が嫌いなのはわからなくもない。だがしかし、聖杯戦争の基本ルールからやや外れた知識をもう少し教えてほしいと殴り込みに来たのは彼女の方だろうに、と言いたくなったジキルは悪くないはずだ。

 

「……長いのは悪かったけどさ、そもそもキミの方から聞いてきたんだろう。本当にもう……」

 

「でも長いんだもん」

 

どうにもジキルは子供というのは苦手だ。話を聞いてくれないし、一方的に話を聞かされるし、ていうかそもそも精神的に子供ほど面倒なものはないし。悪いことづくめもいいとこだ。

 

子供の相手をしていて嬉しいところと言えば、自分の言葉で屈託のない笑顔を向けてくる時くらいか。当然長ったらしいうんちくばかりの彼にそんなことはかなりハードルの高い事なのだが。

 

「いいかい、それじゃあ僕ももう少しわかりやすく、聞きやすく説明するからそっちもちゃんと━━━」

 

「邪魔するよ陰気眼鏡」

 

ジキルが再度説明をしようとしたその時ガラッ、とそれを遮るような声と共に戸が開かれた。

 

ちらり、と声の主を確認して嘆息する。その視線の先には男女が三人いた。

 

一人は白夜叉。心なしどころじゃないくらいピリピリとした空気を纏っている。

 

もう一人は男だ。銀のメッシュの入った黒髪を携えており、それなりの顔をしているものの、どこか下卑たヘラヘラとした笑顔がそれを打ち消しあっている。

 

最後は女。紫の長髪におよそ女性らしくない、十六夜ほどはあろう大きな体躯。そしてその体形には不釣り合いなほどに小さい衣服は嫌でも目を引く。また両目どころか鼻下まで隠しかねない大きな眼帯も特徴的だ。

 

なによりもジャックが反応したのは女の方。ただ三人の中で一番目を引く以外にも━━━その独特の空気感だ。

 

先日出会ったアタランテやジキル、なにより自分自身ともよく似たこの感覚━━━間違いなく一つの答えを暗示している。

 

「白夜王、態々貴女が彼を招くなんて余程なにかあったようだね。どういうことだい」

 

「どうもこうもない。先程此奴のコミュニティの者共がそこの小娘のコミュニティの本拠に不法侵入したのだ。私はその間を取り合うのだよ」

 

「不法侵入とは失礼なことを言うじゃあないか。そもそもアレはこちらの所有物だった訳だし━━━アレが元々所属していたコミュニティに逃げ込むようにアンタが仕向けた可能性だってあるだろう?」

 

人をからかうような鼻につく話し方だ。この男の話し方は幾分か慣れてきたが、やはりウザったいものはウザったい。

 

「なんだと……!?」

 

「白夜王、落ち着いて。いくら貴女が身内贔屓と言えどここで無為に怒るのは得策でもない」

 

ジキルに諌められ、白夜叉はその態度を隠すことなく引き下がる。

 

それを見て男は気を良くしたのか、あれやこれやと頭に来ることばかり話し出す。

 

やれ、"名無し"に気を良くする白夜王は"サウザンドアイズ"の面汚しではないのか、やれ、そんな白夜王に尻尾を振る"名無し"には誇りもなにもない。

 

そんな話が延々続くかと思っていたのだが、暫くしてまたガラッ、と襖が開かれた。

 

「おにぃさん、あすか……黒ウサ?」

 

ジャックが呟いた通り、現れたのは十六夜、飛鳥、黒ウサギの三人だ。十六夜はともかく、二人ともどこか釈然としない、白夜叉のようなイライラとした態度をしている。

 

「どうしたの?それにおにぃさん……()()、なに?」

 

ジャックが問うたように、十六夜は肩に少女の石像を持っていた。その少女はロリータと呼べるような衣装を纏っており、どこか先程のジキルの話に出てきた吸血鬼を連想させる美しさだ。

 

石像とは思えない、幻想的な美しさ。陳腐な表現だが、それこそが一番相応しいとすら思えてしまうのだ。

 

「これか?これは……まぁ気にすんな。そのうちわかる」

 

「ぶー」

 

「悪かった悪かった。すぐ説明してやるから」

 

「はぁい」

 

よしよし、と頭をくしゃ、と掻き分ける。乱暴だがあやすような行為にジャックは甘え、気持ち良さそうに目をつむる。

 

「へぇ、コイツが箱庭の貴族の兎ねぇ。ていうかミニスカガーターってエロいなオイ。キミ、ウチのコミュニティに来なよ。あ、俺ルイオスって言うんだけど。三食首輪つきで迎えるぜ?」

 

「わかりやすい外道ね。ガルドとはまた違ったベクトルの」

 

「そもそも黒ウサギの美脚は俺らのモンだっつーの」

 

「その通りです。黒ウサギの生脚は皆様の、てなに言わせようとしてるんですか問題児様!」

 

バシュン、と場の空気を台無しにする一発。流石は問題児といったところか。

 

「生脚……?黒ウサの脚、生だとおいしいの?」

 

「美味しくありませんヨ!?」

 

場の空気に流されてジャックもボケる。実に彼ららしいのだが、その場を見ていたルイオスはバカなものを見るように高笑いをしだしたのだ。

 

「ブ、クァ、アッッハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!なに!?なんなのアンタら!?"ノーネーム"って芸人集団のコミュニティなのぉ!?アハハハハハハ!!アヒ、ヒヒハハハ!!━━━ぁー、笑った笑った。なんだよ、それならお前ら纏めてウチに来いっての。僕、娯楽大好きでさぁ?なんならそれなりの金額払ってもいいぜ?まぁ勿論その美脚は毎晩ベッドなりで見させてもらうけどさ」

 

「御断りでございます。私は礼節を弁えぬ方にお仕えし、肌を晒すほど低俗でもありません」

 

「え、その服見せるものじゃねーの?」

 

「違います!これは白夜叉様がこれを着て審判の仕事をすれば報酬三割増しにすると言われまして……ぇと……その……」

 

「へぇ……」

 

後半は言ってて恥ずかしくなったのか、ゴニョゴニョと聞こえづらかったが……内容はだいたい把握できた。十六夜は少し考えて白夜叉の方に振り向き━━━

 

「超グッジョブ」

 

「うむ!」

 

「……いい加減に本題に入らせてください」

 

閑話休題。

 

「……以上です。我々としてはそちらのコミュニティの所有するヴァンパイア及びその追手が許可なく我々の本拠に侵入してきたことは明白。この屈辱は両コミュニティでの決着を以て晴らすものと主張します」

 

事の成り行きはこうだ。元々"ノーネーム"にいたものの、コミュニティ崩壊の期に"ノーネーム"から引き離されてルイオスのコミュニティ"ペルセウス"の所有物となった元・同志、吸血鬼のレティシアが侵入……という体で一時帰還。そこで十六夜と戦闘……恐らくコミュニティ再興の話を聞いて試しに来たのであろうが、それを行った。

 

そしてそれが終わってすぐさま"ペルセウス"の人間とそこの女性が現れ、レティシアをその恩恵で石像にした。

 

黒ウサギはこのタイミングが同志を取り戻すチャンスなのだと理解して敢えてレティシアを乏めるような言葉を選んでいる。彼女を慕っていたという黒ウサギからすればそれこそ屈辱だろう。

 

だがルイオスはその説明を聞き流して、かったるそうなな欠伸をひとつすると

 

「嫌だね」

 

とはっきり断った。

 

「な!?何故です!?」

 

「いやさ、それそっちがでっちあげた可能性あるじゃん?吸血鬼が暴れたって証拠あんの?」

 

「っ……それ、は……」

 

「そもそもアンタらあの吸血鬼の元・お仲間さんでしょ?逃げ出すことの理由なら僕よりもそっちにあると思うし、なによりそれならアンタらが盗んだって可能性もある」

 

「言い掛かりです!」

 

「あっそ。なら調べてもいいんじゃない?もっとも、それで痛い目見るのは僕らでもアンタらでもないと思うけど」

 

ニタァ、とイヤらしい笑みを白夜叉に向ける。白夜叉は軽く流したが、それだけでレティシアがコミュニティに来れたのは彼女の手引きがあったということを暗喩させられる。つまりこの男、真相をわかってるし、自分が絶対優位だと理解もしている。

 

その上でこの交渉に応じたのなら━━━性格がひん曲がってるとしか言えない。

 

「さってと……つまらねぇ話も終わりそうだし僕はそろそろ帰ってあの吸血鬼を売っ払うとするかなぁ」

 

わざとらしく立ち上がる。ルイオスは尻を軽く叩いて襖に手を掛けようとした時、ああ、そうだ。とわざとらしく顔を半分振り返らせる。

 

「あの吸血鬼の買い手のコミュニティ、箱庭の外にあるんだったなぁ。天幕は日の下を歩けない吸血鬼のためにある━━━それがなかったらアイツ、どうなるかなぁ?」

 

「あ、なたというヤツは……!!」

 

「アッハハハハ!!しかしアイツもバァカだよねぇ。他人の所有物になるなんて恥辱を被るなんてさぁ。それも、自分の魔王のギフトを売り渡してまで」

 

「……え……?」

 

「そうまでして手に入れた仮初の自由だぜ!?それなのに昔のお仲間さん達はこうして助けに来ることもできやしない!プッハハハハ!!あぁ~あ、可哀想に……あの吸血鬼、目を覚ましたらなんて思うかなぁ?」

 

それはつまり━━━彼女が己の生命線たる魔王のギフトを売り渡してでも"ノーネーム"に助けを求めに来ていたということか!?

 

黒ウサギの胸中は更に混乱したものとなる。それを見たルイオスは張り付いた笑みを更に深くさせて言う。

 

「そこで、取引だ。箱庭の貴族。吸血鬼は返してやってもいい。その代わり━━━アンタがほしい」

 

ルイオスの言葉を聞いた飛鳥はすぐにその場を立ち上がる。これまで聞いてきた侮辱に加えてその発言は、彼女の反応を早めるには充分すぎた。

 

 

「なっ、何を言っているの!?そんなもの応じられるわけがないでしょう!?」

 

「そうかなぁ?フェアトレードだと思うぜ?龍の騎士ドラキュラと箱庭の貴族ウサギ……レートは釣り合ってるし━━━それかなに?キミらは元・仲間の身はどうでもいいってんだ」

 

「っ……!!」

 

「ホラホラ……キミは献身的な箱庭の貴族だろう?それなら自分の仲間のために喜んで身を差し出すっていうのが普通じゃあないの?帝釈天に身を捧げる程の精神ってそんなもん━━━」

 

言葉は最後まで紡がれなかった。その直前にルイオスの手前で何度か、剣線が重なった音がしたからだ。

 

「………」

 

「………」

 

ジャックと女性だ。恐らく、ルイオスの言葉に我慢が効かなくなったジャックが彼を強襲、ずっと辺りを警戒していたであろう女がそれを止めた……というところか。

 

「じゃま」

 

「邪魔をしていますから」

 

ギリ、ギリ……とジャックの方が押され気味だ。だが女性は女性で、二本のナイフを一本のダガーで受け止めているせいか、少しだけ攻めあぐねている。

 

少しだけジャックは辛そうな顔をしたが、すぐに身体を後ろに引っ張り、得物に加えていた力を抜いて武器を手放した。

 

「━━━!」

 

「おにぃさんきらい。しんじゃえ」

 

突然のフェイントに体勢を崩した女を尻目に、ジャックはルイオスの首を落とさんと鞘の中のチョッパーに手を伸ばし、その首を狩ろうとする━━━

 

「そこまでだ。それ以上の狼藉は客人とはいえ"サウザンドアイズ"の者として看過できない」

 

ジキルがジャックの腕を掴み、ギフトカードに手を伸ばしているルイオスを目で制した。

 

ルイオスはジキルのことが気に入らなかったのか、チッ、と漏らしてギフトカードを仕舞う。

 

「手を出したのはソイツだろ」

 

「キミの態度にも問題があったとは思わないのか……ペルセウスの七光り」

 

「っ!!」

 

今度はルイオスがジキルに怒りの眼差しを向けた。だがそれは怒りというには余りに弱々しく、諦感の近いものも感じられる。

 

「……ルイオス様、先程の話ですが、少し待って頂けませんか?どうするのかと、決心するのかのための時間を何卒」

 

しかし、そんなルイオスの気分を再び高揚させる発言を黒ウサギは口走った。それを聞いた彼は再び顔を変え、そうか、そうかと嬉しそうに呟く。

 

「黒ウサギ、貴女!?」

 

飛鳥が正気を疑うかのように彼女の肩を揺する。だが彼女の目の色は迷いを抱きつつも決心を着けたかのような、ハッキリとした意志が宿っていた。

 

「オッケーオッケー、そうだな。あの吸血鬼が取引されるのは一週間後だ。それまでに僕の満足行く答えを出してくれよ?さ、行くぞライダー」

 

気分をよくし、ハミングを刻みながらルイオスは襖を開けて立ち去っていく。

 

その後を追うように出ていった女性の御辞儀はどうにも意識に残った。

 

◆◇◆

 

「……動いた」

 

「何が?」

 

処変わって某所。アリスとランサーは以前と風変わりしない平原で肩を並べていた。

 

Fate(運命)……て言ったら、笑うかしら?」

 

「いいや、お前がそう感じたのならそうなのだろう。生憎そういったことには疎いからな。俺には判るようなことでもない」

 

「あら、素直ね……いえ、素直なのはいつものことか」

 

アリスはただ、平原に広げた鍋の蓋に目を向けている。それを見てクスクス、と幾度も笑う。

 

「これは運命ね……あたしもこんなことになるなんて思いもよらなかった……思いもよらなかったことだとしても、運命だから必然なのね」

 

ポン、と鍋が一冊の本となる。刻まれた物語の名は、"Fate/Children"(運命の子ら)

 

「くるくるくるくる廻るドア、行き着く先は……何処へ行く?」

 

 

 

━━━女の話をしよう。運命に弄ばれて、望むことなく凡ての終止符へと駆り出される、運命の子供達の。

 

 

 






ジャックメインのお話はくえすちょん、アリスメインのお話はアンサー、としております。これには物語的な問い掛けをするジャックと物語的に謎を生んでは明かすアリスで対比になればいいなぁ……みたいな感じでつけました。

今回はイベント突っ走ってたこともあって難産気味でしたが、どうにか投稿できてよかったです。それではまた、次回!

































それにしてもターキーが食べたい。



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幕間 荒野を駆けたシシ



幕間☆

今後本編への登場確定の御二人が箱庭に来るお話です。なんという長さは平均の三分の一!みじけぇ!




 

 

━━━やった。

 

男がまず感じたのは安堵だった。ついにあの男の、忌まわしい男の首を跳ねた。

 

━━━え?

 

次に男が感じたのはただ、恐怖だった。あの男をこの手で殺してしまったのかと、本当に死んだのかと。

 

様々な感情がない混ぜになり、身体の震えが止まらない。思わず手に持った得物を落とし、ガタガタと震え出す。

 

吐き気がする。身体の芯から爪先、髪の繊維一本に至るまで全てが雷に撃たれたような衝撃が襲い、心臓が逆流して口の中から出てくるような感覚すら味あわされる。

 

「━━━ふ、ふざけるな……!貴様はそれで、それでよかったのか……!」

 

震える身体を掴み、怒りに身を任せながらそれを強引に制する。その野獣が如くの眼光はただ、生首と成り果てた男を射差すばかりで、行き場を失ってしまう。

 

そんな折、武器を落として身体を抱える男が目にはいったのか、従者と思わしき者が一人、彼の身体を支える。

 

「⬛⬛⬛⬛⬛様、ご無事で?」

 

「━━━問題、ない」

 

空返事だった。従者は彼の震えをついに彼の敵を討ち取ったことで喜び打ち震え、気分も空返事しかできないほど高揚したものだと曲解したのだろうか。それ以降はなにも問わなかった。

 

「ふざけるな……ふざけるなよ⬛⬛⬛……ッ!!そんなにも私を、俺をコケにして楽しいかッ!そうも俺に難問を押し付けて悩む姿を悦とするかッ!!許さん、許さんぞ……!」

 

男の声は生首に届くことはない。いや届いたのならばむしろどれだけ悪態をつかれるかわかったものでもない。

 

男はこの時、敵を討ち果たしたという実感と共に、苦難を越え、生きる前と生きてからと、凡てに恵まれ、凡てを授かった。

 

だとしたらこれは……今までの対価なのであろうか。初めて出会った時から言い様のない感情に支配され、"清く、正しく、誠実たる英雄であれ"と言われて自分を作り続け、そんな偽りの身でなにもかもに恵まれた自分への、罰なのだろうか。

 

王の子でなければこのようなことにはならなかったのか!?この身があの男のように御者であればこのような苦悩をすることなどなかったのか!?

 

わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ赦してくれ理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい理解してほしい━━━━

 

「━━━嗚呼、父よ、母よ、兄よ、弟よ妻よ我が子よ友よ世界よ、宿敵よ━━━」

 

誰にも理解されることがないのなら、今の自分こそが己の罪深さそのものだとするのなら━━━

 

「━━━(我が身)は、王となるべきではなかった……!!」

 

今一度我が父よ、この願いを受け止めるのであれば。

 

天帝よ、穹に平伏せ。

 

◆◇◆

 

蒼い穹と、それを彩る乳白色の雲河。それは瞬く間に雨へと変わる。赤い葉が雨に打たれ、ハラハラと散って行く。

 

自らの得物は小さな虎を捉えている。蒼白な顔をしつつも静かに構え、瞳を向ける。

 

「━━━グッ、」

 

得物を落とす。最早この身は自分より軽いもの一つマトモに持つことすら赦されないのか。

 

「⬛⬛さん!なにをなさっているのです!?」

 

「嗚呼、婆殿、私はあの野に座る虎の子一匹断つことができない。私は、斬れないんだ……!」

 

かはっ、とその身を蝕む呪いが原因で血を吐き出す。得物と従者を支えによえやく歩き出し、辺りの岩に腰を掛ける。

 

「動かねば……闇に、へだつや……かふっ、……は、はなと……━━━」

 

願うことなら、戦いを。

 

望めるならば、最期まで。

 

でも……嗚呼それでも。本当に望むのならば……

 

「ただのひととして……ひとに……こい、して、かぞ、くとへいおんに……いき、しに……」

 

戦乱の世に呪いあれ。戦を望む世界に災禍あれ。

 

それでも、それだとしても世界は平和を求めて望まぬ有り様になっているのならば……

 

この世界にどうか、アイと祝福を━━━

 

◆◇◆

 

箱庭の空が揺らいだ。流星のように幾つかの星々が煌めき、地にぶつかる。

 

ここに、運命は定まった。

 

ならば、ゆくのみだ。

 

我が道を。進むべき道は、己で極めるべきだから。

 

 






真名隠す気/Zero。

……ふむ、後書きトークのネタがそろそろなくなってきました。なにを喋りましょう?

そうだ、それなら読者様方に聞けばいいんだ!←ダメな発想

ということでfateと問題児関連、作者のクッソくだらないプロフィールとか、できる範囲ならできるだけ答えますので、どしどし御質問をー!

(……よし、感想いつもより沢山貰えそう)



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くえすちょんしっくす 現に惑うは、故事の夢


つぅいに始まったバレンタインイベントォ!

しかしそこでプレイヤーを待ち受けていたのはハロウィンぶり、実に3、4ヶ月ぶりのメンテ明けメンテ!

この世はまさに世紀末!バレンタインはどうなっていくのかぁっ!(cv千葉繁)




 

さて、あの嫌味ったらしい男との交渉を終えて二日が経過した。

 

手前勝手に交渉を進めた……という名目で勝手に"ペルセウス"の下に行かないように謹慎処分を言い渡されていた黒ウサギはなにをするでもなく、自室でぼーっと外を眺めていた。

 

「あの日から十六夜さんも帰ってきませんし……愛想を尽かされたのでしょうか。十六夜さんの『つまんなかったらコミュニティ抜けるから』をはじめとしたエキセントリックな性格からしたら充分あり得ますね……」

 

はぁー、とそのままふて寝を決め込んでしまおうかと思った頃、コンコン、と控え目なノック音が響いた。

 

「黒ウサギ?起きているかしら」

 

「はいはーい誰もいませんし鍵も掛かってるので入ってはいけませんよー」

 

「……入ってもいいということかしら」

 

「かもね」

 

想像通りの反応を返した二人の声を聞いていたらなおのことふて寝をする気が湧いてきた。ガン無視しよう。

 

ガチャガチャ。

 

「あら、本当に鍵が掛かってるわ」

 

「抉じ開ける?」

 

ガチャガチャ。ガチャガチャ、ガゴッ、ガッガッ、ガチャガチャ。ドンドン。

 

「はいはい開けます開けます!ていうかこの音明らかに蹴ってますよね!?御二人とももう少しオブラートに」

 

「え、ちょ、ジャ━━━」

 

バタンッ!

 

「オブラアアアアアアアアアアトッッッッッ!!!」

 

「「煩い」」

 

絶叫。そして瞬時に批難。ツッコミながらなにをされたのかと向こうを向いた黒ウサギは更に言葉を失った。

 

「おじゃましまーす」

 

「ドアがっ……」

 

ジャックが鋸でドアをぶった斬ってた。やはり切り裂きジャックに常識は通用しない。

 

「そんなことより黒ウサギ。これを受け取りなさい」

 

「へ?」

 

大声でツッコんだり煩いとか言われたりしてテンションの浮き沈みが激しいことになっている黒ウサギを諭すように飛鳥が頭にある物を置く。なんだろうとそれを手に取ると、黒ウサギの手にはクッキーといった茶菓子が入った小袋が収まっていた。

 

「……これ、御三方が作ったのデスか?」

 

「いいえ、コミュニティの子供達が。これを黒ウサギに渡してほしいと言われたのよ……まったく、卑怯ね。あんな無垢なお願いを断れるのは鬼か悪魔くらいのものね」

 

「そうなの?」

 

「……そうなのよ」

 

これだこれ、といった風にジャックの頭を撫でる。十六夜の少々乱雑なそれとは違い、割れ物を扱うように優しいそれは少しジャックにとって不満だったようで、あまり目に見えた反応は返さない。

 

それを見ていた黒ウサギはふふ、と微笑を溢す。

 

「黒ウサギ達がしっかりせねばなりませんね。そうでないと皆さんお困りのようです」

 

「そういうこと。だから貴女を他所にやるわけにはいかないのよ。ジンくんだけじゃこのコミュニティは子供だけで成り立つことすらならなかった。私達は呼ばれた存在。このコミュニティは貴女がいないと成り立たないんだから」

 

「……はい」

 

何を考えていたのだろう、と改めて反省する。確かに同志を救うことは大事だ。だからといってそのためだけにコミュニティを崩壊させることなどできない。

 

同志を奪われたのなら奪い返すのが道理。盗られたものを等価交換で取り返すなんて阿呆のやることなのだし。

 

「……そういえば、黒ウサギの言う"月の兎"って、あの逸話の?」

 

「Yes。箱庭のウサギは総じて"月の兎"という同一の起源があるのです」

 

"月の兎"。傷ついた老人を救うべく、仏門における大罪とされた自殺を行い、己を食すよう炎に身を捧げた仏話の一つ。大罪とされたそれは自己犠牲によって成り立った慈悲の行いと帝釈天に召されて"月の兎"と成った。

 

箱庭の貴族、ウサギとは月の兎から派生した者達なのだ。

 

「十六夜さんの下に向かったときに髪色が変色いたしましたでしょう?あれは箱庭の中枢から力を引き出した影響なのです。個体差はございますが」

 

「そうだったのね……"月の兎"と言えば万葉集にも載ってるくらいよ。私の世界じゃちょっとした有名人ね」

 

「そ、そうですか」

 

「でもわたしたち、黒ウサをそんな目にあわせるつもりないよ。わたしたちは違うけど、あすか達を呼んだのは黒ウサだし、わたしたち、黒ウサのこと好きだもん」

 

殺気を飛ばされたり食べていいかと言われたり、果てには嫌いと大声で言ってたジャックが素直な感情を吐露したら、不思議と今まで張り詰めていたモノが決壊するような感覚が訪れた。

 

愛しい、犯罪的……そういった陳腐な言葉での表現が相応しくないと思えて、なにか身体の内から込み上げてくる感情が"この子を抱き締め死ぬまで手放すな"と狂気的に囁いてくる。

 

自然、手はジャックの頬下まで伸びて傷だらけの、しかし瑞々しさを併せ持った柔肌を蹂躙する。ツギハギに覆われた身体の隅々を暴いて此の小さな娼婦を私欲の尽くす限り━━━

 

「……黒ウサギ?」

 

「……へ?ど、どうかなさいました?」

 

「貴女の目、かなり危険だったわ」

 

「ゑ゛っ」

 

いつの間にかジャックと黒ウサギの間にはヤバいモノを見るような目をした二人が立ちはだかっている。━━━ちょっと待て。今自分はこの子にどんな感情を抱いた。死ぬまで抱き締める?隅隅の知る場所すら無くなる程犯す?

 

「……あ」

 

気づいた瞬間激しく死にたくなってきた。たった今同志に犠牲にはさせないと言われたばかりだが死にたくなってきた。

 

「邪魔すんぞ」

 

と、そんな時悪い意味で静まり返った空気をぶち壊すように、ベニヤとかで補強しかけていたドアを物理的に壊す声。

 

十六夜だ。

 

「い、十六夜さん……ていうか皆さん入室するときになにか壊さないと気がすまないのですか!?」

 

「だってほら、鍵かかってたし」

 

「あ、そうですか♪じゃあこのドアノブはなんですかってんです!だいたい元からボロボロだったのにそれを破壊するとか鬼畜ですか!?」

 

デヤァッ!と床が割れないように力を入れてドアノブを叩きつける。しかし当の十六夜はいつもの軽薄な笑みを残したまま「気にするな」と言うのだから始末が悪い。

 

「それより黒ウサギ、喜べ餞別だ」

 

ドサッと右肩に担いでいた風呂敷を机に起き、広げる。

 

その中身は蒼と翠、それぞれ二色の宝玉だった。

 

「十六夜くん、これは?」

 

「これか?コイツは"ペルセウス"に挑戦するのに使える……宝玉なんだとさ。白夜叉曰く、"ペルセウス"ほど高名な者のコミュニティはその伝説になぞって、かつて本人が為した偉業を果たせばそのコミュニティへの挑戦権を得られるだとかなんだとか……」

 

「え、しかし伝説をなぞるということはかなり高難度のギフトゲームのはずでは!?クラーケンとグライアイ……その二体をたった二日で!?」

 

「ああ、……と言いたいところだがな。実は俺が倒したのはグライアイだけなんだよ」

 

「……と言いますと?」

 

その問い掛けに十六夜は感謝と不承知が入り交じったような目をしており、なんとなく話すのに気が引ける、といった風だった。

 

「……男、だ」

 

「はぇ?」

 

「クラーケンのところに言ったら丁度ギフトゲームやってたんだよ。んー、大正?辺りの……俺と同い年くらいの男……あいや、女?が戦ってたんだ」

 

四人はいまいち話の内容が掴みにくかったのか、そろって頭の上に疑問符を浮かべている。

 

「……悪い、もうちょっとわかりやすく説明する努力をする。時間掛けるが……まぁ、取引まであと五日ある。ちょっとくらい話でもさせてくれや」

 

そう言うと十六夜は勝手にその時の出来事、男なのか女なのかはっきりしない男のことを語り始めた。

 

◆◇◆

 

「っと……クラーケンがいるってぇ場所はここか」

 

グライアイから戴いた翠の宝玉を入れた風呂敷を持ちながら大きな海に出る。確か白夜叉から聞いた話によるとこの辺りにクラーケンがいるはずだが。

 

"サウザンドアイズ"に特例で、しかも利子つきで貸してもらった船に乗りながらクラーケンのいる海域を目指す。こうしている間、十六夜は世界の果てのある箱庭で大海原があることに疑問とロマンを感じながら漣に耳を預けるばかりだ。

 

「やっぱグライアイはババアだったからな。つまんなかったが……さて、こっちはどうか━━━あん?」

 

ふと、潮の動きが大きな物になった。クラーケンが気づいたか、と音がした方角を集中して見る。

 

その先には巨大な海老。その大きさや、小さな島と間違っても違和感のないものだ。

 

「━━━なるほど。クラーケンにはその姿の諸説に龍や甲殻類もあると聞いたが、海老とはな」

 

だが十六夜はクラーケンが不自然な動きをしていることに僅かな疑問を持った。暴れまわっているかにも見えるその動作。もう少しだけ目を凝らして見ると━━━その先には商船だ。

 

誤ってクラーケンの海域に来たのか、それともあるいはクラーケンの海域とも知らない阿呆か。

 

兎角、余計な被害が出ることを嫌った十六夜は船から飛び降りた。そのまま海面に着水すると、まるで海面に足場があるかのように走り出す。

 

呆れるほどの速度を出して瞬く間に商船のすぐそばにまで駆け寄って、跳び移る。突然船に男が乗ってきた乗組員は焦ったように十六夜を見る。

 

「あ、アンタどうやって!?」

 

「んなことはどうでもいいだろ。俺は元々コイツに用があってな。相手しとくからさっさと逃げな」

 

「い、いや……それが」

 

「どうした?乗組員が食われたのか?それだったら━━━」

 

「違う、アイツを見た瞬間、同行者がアレに戦いを挑んだんだよ」

 

「━━━なに?」

 

ほら、と船員が指を指す。その方に十六夜が目を向けると━━━そこには大正辺りか、比較的十六夜からも遠くない時代辺りの着物を着た男がクラーケンの上に立っていた。

 

『GEAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

「━━━ッ!」

 

無差別に暴れまわっているクラーケンの上に乗った男はクラーケンの首の甲殻に突きを繰り出している。既に幾重も攻撃を積み重ねているのだろう、クラーケンの甲殻は所々割れかけた跡があり、男の口元や肩辺りにも鮮やかな血痕が残っている。

 

『GEAAAAAAAAAAAAAAAA!!GEAAAAAAAAAAAAAAAAURAAAAAAAAAAAAA!!』

 

声にもならない叫び、といえばいいのか。気味の悪い雄叫びを挙げながらクラーケンは触角を男にぶつけようとする。

 

「遅いっ!」

 

瞬間、男が消えた。超速度の移動とも瞬間次元跳躍ともつかないそれは十六夜も目を疑った程だ。

 

「せああああっ!」

 

ガギンッ!という音を立てながら突きは阻まれる。その間も迫る攻撃を避け、突き、避け、突きを繰り返す。

 

「……なんだありゃ……」

 

十六夜が疑問に思ったのは幾つか。疑問というより感嘆か。

 

まず根本的に、男は常に動く上に揺れ、クラーケンもその意図を以て男を落とそうとしているにも関わらず男の姿勢が()()()()()()()()()()()()。グラグラ動いても、その眼が捉える先は常にブレることがない。

 

そしてクラーケンの攻撃をまるで見ていたかのように、確認すら行わずに避ける。その上で攻撃は常に正確に━━━意図を気付かれないようにこまめに別の点を攻撃してはいるが、首筋に当たる一点を貫いている。

 

これほどの腕を持つ者が商船に乗り組んでいる━━━傭兵と考えれば納得もいくが、それでもこれほどの腕があれば各方面のコミュニティから誘いがかかるのは間違いないはず、という疑問は残るのだ。

 

好き好んで一人でいるにしても商船に乗ること事態不思議になる。

 

だがしかし唯一解りきっているのは━━━逆廻 十六夜は此の瞬間、今目の前で戦う剣客に間違いなく魅せられていたこと。

 

「………ハハッ」

 

思わず笑みが溢れる。だが仕方ない、こんなものを━━━神代の大英雄とて容易にはできないこの剣客の技術を、力を魅せられては逆廻 十六夜が嗤っていられない訳がない。

 

そう、まるで渇き、水を求めて荒野をさ迷う動物が至宝の場を見つけたような。なにもない闇の空間を(しるべ)もなく歩き続けてようやく光射す外へと続く道を見つけたような……否。こんな感情を言葉なんかに表そうとすることすら躊躇う。

 

今確かに逆廻 十六夜はロマンを見つけ、逆廻 十六夜に迫り得る"神秘"を体感した━━━!!

 

バキッ!と一際大きな音が立つ。意識をそちらへ向けると男がついにクラーケンの甲殻を割った。そのまま無情とも思える冷徹な一突きをぶつけ、クラーケンは大きな断末魔と共に沈んでいった。

 

わっ、と歓声が沸き立つ。船がクラーケンの下へと近づいていき、それを見た男はクラーケンの身体をつたって船へと帰ってくる。

 

「すげぇよアンタ!なんだってそんな腕を持ってるのにコミュニティに入ってないんだ!?」

 

「いえ、この程度ではまだまだ上がいます。ひとえに、この剣があの甲羅の強度に耐える強さを持っていただけです」

 

浮かれているようでもない。純粋にそう思っているのだろう。男はクラーケンの血を拭き取ると得物を鞘に収めると、そこで十六夜の存在に気づいたのかこちらへ近づいてくる。

 

「見ない顔ですが、貴方は?」

 

「逆廻 十六夜。ちょっとクラーケンに用があったんだが……オマエに先を行かれちまった」

 

「それは申し訳ないことを……私は琥珀と申します」

 

「いや、いい。しかしこれは参ったな……また別の手段を探そうにも……」

 

「なにかお困りですか?」

 

軽く頭を抱えているとすっと、男が十六夜の顔を覗き込んでくる。女みたいな動作だな、と思う。だがその感情は次の瞬間一瞬にして砕け散った。

 

「━━━あん?」

 

「どうかしましたか?」

 

ほんの一瞬だけだったが、男の姿がブレた気がした。十六夜と同じかそれ以上あった身長はその時だけ20cmほど小さく写ったようにも見えた。

 

あまりに唐突かつ、一瞬の出来事だったせいか一瞬目を擦って再度確認したが、その姿はやはり十六夜と同じくらいの背丈をしていた。

 

見間違いか、と結論付ける。男のあの、という言葉に先程なにか困っているか、と問われたことを思い出す。

 

「ん、あぁ、悪い。ちょっと俺の同志がピンチでな。交渉の道具にクラーケンの持ってるっつぅ宝玉を取りに来たんだが……」

 

「ああ、それならこれのことでしょうか。お仲間の危機とあらば、そもそも自分には必要のないものですし」

 

はい、と腰元に引っ掛けていた風呂敷の中から翠の宝玉を十六夜に手渡す。受けとるべきかどうか悩んだのか、十六夜はらしくもない顔をした。

 

「いいのか?」

 

「迷惑料代わりです。仲間を助ける以外にも個人的な愉悦も求めて来ていたでしょう?それくらい少し目を鍛えればわかるので」

 

だからと言って自分に戦いを申し込まないでくださいよ、と一言断る。どうやらコイツと戦ってみたいと思っていたことも見透かされているようだ。

 

「……そうかい。んじゃ遠慮なく受け取っとくぜ」

 

「ええ。それでは。また会えたら会いましょう……十六夜」

 

◆◇◆

 

「と、まぁこんなことがあってだな」

 

「そう……そんな優しい御仁に会えたなんて幸運ね十六夜くん。爪の垢でも呑ませてもらったら?」

 

「ヤハハ。俺が優しいヤツの爪の垢程度で変わるような人間かっつーの」

 

「それもそうね」

 

さらっと流す。しかし十六夜もそういう反応を期待していたのだろう。それに大して気を止めたような素振りも見せずにそら、と黒ウサギに話し掛ける。

 

「コイツでお前を助けられるんだろ?そのための手を持ってきたんだ、後はお前の意思次第だな」

 

「……十六夜さん……」

 

「まぁ、それで断られたんなら俺の苦労もあの琥珀とかいうのの温情も無駄骨だったってわけだ。よぉく考えてから決めろよ?」

 

悪戯っぽく笑う。冗談めかして言っているのだろう。ククッ、と笑う十六夜は不思議なことに最初に黒ウサギへ「この世界は面白いか?」と問うた時に似たような空気感を感じさせる。

 

それはきっと、決まりきった答えの返答を要求する彼の悪癖なのだろう。

 

「━━━はい。かの邪知暴虐のボンボンを叩きのめして我が同志レティシア=ドラクレアを取り戻す。そのために"ペルセウス"とのギフトゲームに勝利せねばなりません……行きましょう」

 

彼女の瞳はこれまでの諦感したような虚ろなものではなく、しっかりとした意思に満ちていた。

 

ならば、彼らもそれに応えるだけだ。自分達を召喚したこの愛らしいウサギを、自分が好きといったこのウサギに真の笑顔を取り戻すために。

 

 





実はサーヴァントに作者のオリジナル強化を施してるんDA☆敵側が強すぎると判断してしまったが故に。すまぬ、すまぬ……純正のサーヴァントが見たかった方々、申し訳ないですがそういう意味ではこの作品はオススメできませんと今更ながらに。

沖田さんとジャックから早速チョコレートを貰いました。二人とも可愛すぎか!死ねる!でも死ねない!



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⬛⬛すち⬛んせ⬛⬛ ⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛



一ヶ月放置した言い訳ターイム!

まず学期末に死ぬほど勉強して投稿してる暇なんてなかったです!これで二週間!

あぁ^ ~、インパルスとバルバトスがぴょんぴょんするんじゃぁ^~。これで一週間。

ネクスト乗ってました。これで一週間。

そして監獄塔をヒロインオンリーのパーティで攻略という地味にたるいことをしてました。

あとは執筆するのにインスピレーションが湧かず一週間……ほぼ個人的な都合じゃねーか!とは言わないでネ?

あと作者のお気に入りの男鯖の天草くん出ませんでした(全ギレ)




 

 

『ギフトゲーム "FAIRYTALE in PERSEUS

 

プレイヤー一覧

・逆廻 十六夜

・久遠 飛鳥

・春日部 耀

・アサシン

・ジン=ラッセル

 

"ノーネーム"側ゲームマスター

・ジン=ラッセル

 

"ペルセウス"側ゲームマスター

ルイオス=ペルセウス

 

クリア条件

・ホスト側ゲームマスターの打倒

 

敗北条件

・プレイヤー側ゲームマスターの降伏

・プレイヤー側ゲームマスターの失格

・プレイヤー側が上記勝利条件を満たせなくなった場合

 

舞台詳細・ルール

・ホスト側ゲームマスターは本拠、白亜の宮殿より出てはならない

・ホスト側のゲームマスター以外の参加者は最奥に入ってはならない

・プレイヤーはホスト以外のホスト側参加者に見つかってはならない。

・姿を見られたプレイヤーは失格となりホスト側ゲームマスターへの挑戦権を失う

・失格してもホスト側ゲームマスターへの挑戦権を失うだけでゲームの続行は可能

 

宣誓

上記を尊重し、誇りと御旗の下"ノーネーム"はギフトゲームに参加します。

"ペルセウス"印』

 

"ペルセウス"に挑戦状を叩きつけて数時間後、ギフトゲームの準備が出来たと言われて一行は目映い光に包まれる。気づけば五人の手元には契約書類が握られていた。

 

「コイツがルールね……ああ、なるほど、メドゥーサ退治の伝承になぞってるのか」

 

「それじゃあこのゲームは……」

 

「恐らくは敵兵が持っているか何処かに隠されている姿を消す"ハデスの兜"をぶんどってあのボンボン坊ちゃんの寝首を掻く」

 

「それだとルイオスも伝承に倣って居眠りしてることになります。流石にそれは現実味に欠けるかと」

 

「それじゃ、役割をわけないとね。ますたぁが失格になったらそれでわたしたちはゲームオーバーだから」

 

「ええ、ジンくんと一緒にルイオスを倒す役、誘導をする役、そして兜を奪う役」

 

「誘導は失格覚悟……というより、間違いなく失格するな。奪う役も状況によっては失格になりかねない」

 

「春日部は鼻も聞くし聴力もいい。索敵は任せる」

 

耀の言葉が出てすぐに十六夜は返事をする。自分の役割は弁えている、ということだろう。

 

「━━━で、ジャックは囮が最適だろうが……」

 

「それ、ダメだよおにぃさん。あの変な人についていたおっきい人(ライダー)、サーヴァントだったもん」

 

サーヴァント、その言葉の意味は召使。すなわちモノ同然とも言える。モノとは即ちギフト、あの女性は参加者ではなくルイオスのギフトとして、宮殿の最奥にいる可能性がある。

 

現にジンのギフトカードには"召使・暗殺者"(サーヴァント・アサシン)と記されたギフトが存在している。これは恐らくジャックが"ノーネーム"への参加を明言した時についたものなのだろう。

 

であると、一人だけルイオスのところに向かわせるのは難しいか。

 

「なるほど……なら最上層に行くのは最低二人はいた方がよろしいかと。ルイオス本人はさして驚異ではありませんが彼が所有しているのは」

 

「隷属させた元魔王」

 

え?と唐突に横槍を入れた十六夜に視線が傾く。しかし十六夜はそれに関して意に介さないように説明を続ける。

 

「ペルセウスの出来事が神話の通りなら戦神に祭り上げられたメドゥーサの首はないだろう。だとすれば、呼び出すのはペルセウス座の偏色恒星アルゴルの悪魔か」

 

「……い、十六夜さん、まさか箱庭の星座の秘密を……!?」

 

「まぁな。この前星座を見て、ルイオスを見たときに確信した。あとはアルゴルを観測してQED。器材はまた"サウザンドアイズ"に借りたがな」

 

あとグライアイとクラーケンの件も並列して片付けてたから結構面倒だったな、と付け足す。

 

「でもそうなると奥にいるのは三人、てことになるね。確かに数の差が出てくるとなると一人じゃ例え十六夜でもジンを守りきれない可能性も出てくるから、私は手が空かないしジャックと十六夜の二人に任せた方が良さそうだ」

 

「……そう、なら消去法で私が囮になるわね」

 

「悪いなお嬢様。お嬢様の分までルイオス、ぶん殴ってやっからよ」

 

ふい、と飛鳥は顔を背ける。確かにあの場に飛鳥を持っていくのは危険だ、自爆とも言える。ただでさえ機敏すぎて人外のような速さを持つジャックの初撃を察知してルイオスを守ったライダーが相手では身体能力そのものが一般人相当の飛鳥で太刀打ちできるはずもないし、ルイオスだけならわからないかもしれないが、アルゴルの悪魔の相手もできるわけがない。

 

そのことをわかっているからこそ飛鳥は十六夜の言葉の返事をしない。自分にはできない、彼にはできる。それをわかっているからこそ彼女は不遜蕪村な態度ではあるものの、十六夜の提案に反対しない。

 

「お願いするわ。鬱憤晴らしはしておくから……気兼ねせずにやっておしまい」

 

「おうよ……じゃ、行くか」

 

「……十六夜さん、一応、嫌~な予感が致しますので一応、尋ねますが、……どうやってこの扉を開けるつもりでございます?」

 

「━━━ハッ、そりゃ、こうするに決まってんだろ!」

 

ドガンッ!という凄まじい音と共にギフトゲームは始まった。

 

◆◇◆

 

霧。ゲーム盤にはそれなりの範囲の霧が広がっている。

 

やはりと言うべきか。アーチャーとの戦い同様ジャックの暗黒霧都(ザ・ミスト)によるものだ。純粋に霧を発生させるこの宝具はただ存在を認知されにくくするだけではなく、相手がどこにいるかを探るのにも適している。例えば透明化。本来のペルセウスが持つ"ハデスの兜"は姿という情報に基づく概念を完全に消し去る隠密に関しては無敵とも言えるものだが、箱庭にあるのは現存する本来の兜を除いて劣化コピーがほとんど。当然なくなるのは姿だけだし、そこにいるという事実は覆せない。

 

つまり、この霧の範囲で、かつ霧が存在していない箇所━━━そこが劣化コピーの兜の所有者なのだと割り出すことができるのだ。

 

「くそ、なんだこの霧。身体が重いし、視界も悪い━━━」

 

途中で言葉が切れた。そして鳴る金属音。音は二ヶ所から響いてやがてその音も鳴らなくなる。

 

「………」

 

霧の中、氷のように薄い蒼が残酷に兜とそれについてる()()()()()を手にする。兜より下にあったモノにもその瞳は興味を示したようで、少し近づくと、バキッ、ゴギッ……という乾いた音と水音を鳴らして、やがて止む。

 

兜についているものも取り外そうと思ったが、少々特殊な貼り付き方をしているせいで思うように取れないから諦めた。

 

さて、それが終わればもう用済みだ。元々瞳の持ち主は攻撃行動や自分から姿を明かしに行く行為を起こさない限りは歩いているだけでも滅多に視認されない。

 

それでも透明化の兜を態々リスクを犯してまで手にした理由は()()。それだけに尽きる。

 

ゆっくりと待ち合わせの場所に歩いていくと、そこには今しがた二つ目の兜を手にしたのであろう、金髪の少年の姿。

 

「おにぃさん」

 

「ジャックか。そっちの首尾は……」

 

絶句……とまでは行かない。だがやはり驚愕した。

 

少年、十六夜はこの箱庭に来るまでに様々な場所を歩き回ったし、その中には当然戦場もあった。その光景には慣れと言わずともある程度の耐性が出来上がっていた。

 

しかし……これは異常だった。十を過ぎて少し程の幼い少女が嬉々としたような表情を浮かべながら生首を握っている。口元には不自然なほど血が滴っており、顎辺りから血液が垂れている。

 

その身を隠すように纏われたマントにも大量に血がかかっており、マントにこびり付いたそれだけでも人の一人は確実に失血死していないとおかしいくらいだ。

 

「ね、おにぃさん。これ取るのてつだって?」

 

「……ああ」

 

少女に促されるがままに生首の付いた兜を抑える。彼女が首を引っぱると先程の苦労は何処へやら、気が抜けるくらいあっさりとそれは外れた。

 

そして僅かな間を置いて、乾いた音と湿った音の混じった咀嚼音が聞こえる。

 

無垢な表情のままで、顔色ひとつ歪ませることなく人の血肉を貪る姿は異常そのものだ。彼女と契約した幼いマスターの姿は先に強奪した兜を被っていて消えているが、その光景を見て怖気が立っているのは言うに及ばない。

 

「……おにぃさん、そこのひとも、いい?」

 

そこの人、とは十六夜が今さっき兜を奪う際に気絶させた兵士のことを言っているのだろう。さも当然のように、食卓に並んだ料理を贅沢にもうひとつ食べてもいいかと聞く幼子の姿はこうして僅かにでも嫌悪感を抱く自分達が異常なのだと思わされてしまうほどだ。

 

「……ダメだ。人は喰い物じゃない」

 

「なんで?だって()()()()()()()()()()()()?わたしたちはされたのに、やっちゃダメなの?」

 

━━━切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)が活動した十九世紀末とは再三に渡って説明するが、産業革命の最中だ。身分が低く、生活の苦しい女性が辿る道は自ずと娼婦などの女性にしかできない下劣なモノに限られてくる。

 

その中で孕んでしまう子供は大抵の場合堕ろすことによって()()()()()()()()()()()()()

 

だがもしその中で生まれた子がいて、子を養うことができなかった時━━━親はどうする?

 

答えは簡単だ。子供は親を生かすための餌となる。子を孕んだと情が生まれてしまって産むことを決意してしまっても、結局子供は死ぬ。死か餌か(デッド・オア・イットゥン)。そんな中で誕生した切り裂きジャックとはそもそも"そういう価値観"を持って生まれたのだろう。

 

 

むしろ、死は救いに値すると。

 

 

それを知ってか知らずか、恐らくは後者だが十六夜はジャックの頭を彼らしくないほど丁寧に撫でる。

 

「いいかジャック、それはいけないことだ。例えば黒ウサギがお前の大好きなハンバーグを勝手に取って食べたとしよう。嫌だろ?」

 

「それやだ……」

 

「そういうことだ。殺されるっていうことはジャックがハンバーグを取られるのと同じ嫌なことをされているってことなんだ。仕方ない時以外はやるな」

 

「ぅ?━━━うん、わたしたち、がんばるね」

 

「おう、がんばれ」

 

そういうと彼は彼らしさを取り戻してもう一度、今度は乱雑に頭を撫でる。小さな少女は先程よりも露骨に気持ちが良さそうな表情を作り、十六夜に渡された血に濡れていない方の兜を被る。

 

「時間とらせたな御チビ。何かの拍子で発見される前にさっさと行くぞ」

 

そう言って十六夜も透明化の兜を頭に着ける。そうして宮殿に向かって三人は若干急ぎ足で歩き出すのだった。

 

◆◇◆

 

女の話をしよう。

 

元は人を殺すことなど到底できない貧弱な姿をしていたはずが、ある時を境にその力は特定の誰かに害を与える悪性の力を手にした。

 

無類にして無比。しかし力は常に自己満足のために。

 

殺して、殺して、殺して回り、やがて女は悪性から"悪"そのものとなった。

 

だがそんな女の歪んだ生も終わりを告げる。呆気なく、己の悪性を振るい続けた末路は己の"悪"の否定。

 

そんな女は楽園に誘われる。人外魔窟、しかして全ての希望と絶望を内包する神の庭へ。

 

己の今である"悪"を否定した女の末路とは、果たして━━━

 

◆◇◆

 

白亜の宮殿。宮殿と言うからには上部がドーム状の天井に覆われた閉鎖的な場所かと思っていたが、そんな予想に反して宮殿というよりも闘技場(コロセウム)を彷彿とさせる。

 

「ジン坊ちゃん!十六夜さん、ジャックさんも……!」

 

審判役としてゲームを監視していた黒ウサギは宮殿に姿を現した三人の姿に感極まった。そしてその姿を見たルイオスは詰まらなさそうに舌打ちを一つ。

 

「何やってんだあのバカ共……まぁいい、アイツらはゲームが終わり次第罰を与えてやるとしてだ」

 

宮殿の玉座から立ち上がったルイオスは大仰に柏手を打って、まるで来てくれるのを信じていたと言っているような笑顔を見せる。

 

「ようこそ挑戦者諸君、白亜の宮殿へ!ゲームマスターとして一つ、対戦の宣言をしようじゃないか!……あっれ、これ言うの初めてだっけ?まぁいいや」

 

クックッ、と感動というか、嘲笑というか、そんなような笑みを見せながら役者のように大きく両手を広げる。

 

「しかも今回はただのギフトゲームじゃあない!ギフトゲームに加えて、聖杯戦争も兼任している!残念ながら"ペルセウス"は聖杯戦争の機会に恵まれてなくてね……"ペルセウス"最初の聖杯戦争、あまり簡単に終わらせないでくれよ?小さな暗殺者(アサシン)さん?」

 

その言葉にジャックは苦そうな顔をする。また一つ、本来の自分が持っている能力に出た欠陥が判明したのだろう。ただアサシンと呼ばれるだけならギフトゲームの名簿に載っていたからいいものの、明確に暗殺者(アサシン)と言われた以上、自分がサーヴァントであると理解されている。

 

それを見たルイオスは萎縮していると勘違いしたのか、更に機嫌をよくする。

 

「ふふっ……それじゃあ始めよう、ギフトゲームと聖杯戦争をさ……来い、アルゴール、ライダー!」

 

ルイオスのギフトカードが爛々と輝く。そこから全身のありとあらゆる場所を拘束された蛇の髪を持つ怪物と、バイザーのような物に目を隠した女性が現れる。

 

「さぁ、ヤろうか!」

 

ルイオスの高笑いと共に戦争の火蓋は切って開かれる。アルゴールの魔王がまるで謳うかのような唸り声を挙げると、空の雲が途端に石となって降り始める。

 

「隠れてろ御チビ!」

 

「は、はい!」

 

十六夜は雲を避けつつアルゴールに向かって、ジャックは降り注ぐ雲を足場に、空を駆けるブーツによって浮遊するルイオスに一直線に進む。

 

しかしジャックの強襲はライダーが受け止める。不意討ちには自信があるし、不意討ちを成し遂げるだけのスキルも持っている筈のジャックの一撃を受け止められた。

 

このまま鍔迫り合いを続ければ自分が負けることは先日のいざこざで承知だ。ならばとジャックは手に持ったナイフをその段階で捨てるという選択肢を選ぶ。手を離して支えるもののなくなったナイフはそのまま空を散歩するが、すぐにジャックが二本とも回し蹴りと踵でルイオスに向かって蹴り飛ばす。ルイオスはそれをガードするが、これでライダー以外にジャックの着地を阻害するものは無くなった。

 

「ライダー!地面に足を着かせるなよ!アルゴールはそいつを押し潰せ!」

 

「………っ」

 

「Raaaaaaaaa!!」

 

ライダーはその手に持っていた釘状の鎖剣を投げつける。着地した時のほんの少しの硬直時間を逃さない的確な速度で放たれた剣はジャックの首を穿たんと疾駆する。しかし首に当たる、直前にジャックはなんと釘剣を素手で掴んで避ける。

 

多少の出血は構わない。致命打さえ受けなければ自身の"精神汚染"と"外科手術"、鎮痛剤である程度誤魔化せられる。

 

案の定ルイオスと距離を離しつつ一対一に持ち込むためにライダーは鎖を引っ張ってジャックを引き寄せる。その間にジャックは三、四本目のナイフを抜いてすれ違い様に浅いが的確な一撃を見舞う。

 

これまでの間、僅か一秒足らず。人外どころか、その人外にすら再現不可能と思わされてしまうほどの高速戦闘はジンと黒ウサギに"これが人類史や神話に名を遺した者達の破壊行為"であると悟らされる。しかもジャック・ザ・リッパーとそれに対抗するライダー。恐らくライダー含め、二人ともかなり高名なサーヴァントであるとはいえ、そもそも反則級の逸話を遺した訳ではないジャックとそれと互角のライダーがこれをやっているとなると……

 

「……ヘラクレスやパーンダヴァの五兄弟はどんなに強いんだ……」

 

まだ、上がいるという事実が存在しているわけだ。重ねて言うが、ジャックは武勇という面では高名なわけではない。切り裂きジャックが遺した逸話は"ハッキリとした証拠やどんな人間であるかまで判明しながらも恐らく捕まることなく生涯を終えた"とされること。正面切った戦闘が不向きなのは言うまでもない。

 

これの上がどんなのかなど、想像しろという方が難しいのかもしれない。

 

着地を刺されないようにメスをばらまいて牽制、ライダーは煩わしそうにそれを弾く。

 

「クソッ……なにやってるんだライダー!お前それでも化け物かよ!?」

 

━━━明らかな失言。ルイオスは今、強烈な失態を犯した。

 

化け物ということはライダーは真っ当なサーヴァントではない。少なくとも反英霊と呼ばれる……作中や史実において"倒されるべき悪"という趣の強い存在だったということ。

 

しかも、それだけではなく化け物という一言で人間ですらない可能性がかなり大きく浮かんだ。

 

女性で、化け物の類で、倒されるべき悪。

 

これだけの情報があればかなり的も絞れる。あとは僅かな情報からでもなにかを掴むこと。

 

ジャックは防衛に入る。観察するべく、敵を知るべく。

 

ライダーの釘剣が不規則な軌道を描いて飛んで来る。それを弾くとライダーはいつの間にかジャックの懐に入り込み、その右腕が首を掴む。思わず、ジャックはナイフを手放してしまう。

 

「ライダー!そのままソイツを絞め殺せェ!」

 

ライダーがグッ、と力を入れると、一瞬ライダーの姿がブレた。

 

ほんの一瞬、人と思えないような姿に変わったのだ。蒼白の表情に幾束かに散った髪。その髪は少し濃さを増して、それぞれがまるで意思を持つかのように揺らいでいたのだ。

 

そして━━━目についた。

 

何故、ライダーは目を隠している?目に無差別に発動する呪いの類があるから隠している?

 

目に呪いを持つ女性━━━ああ、それか。

 

それなら、今一瞬見た姿にも納得が行くし、重なった姿がイヤにアルゴールと似ていたのもわかる。

 

だが━━━しかしこれは、なんという偶然。運命の悪戯か。

 

確信と共にジャックは負け惜しみなのか、首を絞めるライダーに小さく、まるで呪詛の言葉のように呟いた。

 

「━━━ゴルゴーン」

 

「………ッ!!」

 

首を絞める力が弱まった。今しかない。

 

ライダーの腕を掴む力を更に強めて、浮いた身体をしならせる。そして思いきり、ライダーの腋を蹴り抜いた。

 

「ガッ……!」

 

拘束が離れると鞘から最後の二本、そのうちの一つのチョッパーを抜いて蹴った腕とは逆の左腕を掴んで━━━斬り落とした。

 

「━━━━━━━━━━!!!」

 

言葉にならない絶叫。悲痛な叫びは宮殿全体に木霊し、誰もが思わず目をそちらに向けてしまう。

 

その光景はこれまで異常を極めていた中でも最も異質だった。

 

腕を失い叫び声を挙げる女性と、その女性の失った部分にピッタリサイズが合う左腕とチョッパーをそれぞれの手に、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それまで無垢かつ冷酷だった幼子の表情が一気に邪悪なそれへと変質し、子供のものとはとても思えない笑い声が聞こえるのだ。

 

「━━━ふふ、あはは、は、ははははは……あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!ひひひひひひははくふはひ、ひひひひああああああああああ!!!!!!」

 

誰もが思わず目を疑う。たかが数日とはいえ彼女のことを知っていた者達であれば、更にあり得ないもの、というよりそうあって欲しくないモノを見ているような目をしてしまう。

 

「すごぉい……きもちい……もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっとちょうだい!わたしたちに、悲鳴と、恐怖と、反抗する意思をもっと!もっとっ!!!それでそれで、そんな意思もわたしたちがぜんぶ潰して!!死んじゃうことのかんそう、聞かして!!!!」

 

正気を失ったように叫ぶ。抑圧された本能が爆発したのか、それともただ理由もなくそうしているのか。

 

━━━"悪"には二つの種類がある。期せずして悪となった者。それらは最初の行いが悪であると気付かない限り"自分が悪であると認知できない"。

 

もう一つは自ら悪となった者。それらは自らのやったことが一から十まで悪であるという自覚がある。故に""悪に恐ろしく敏感である"。

 

だが、彼女らはその何れとも違う。彼女らは"悪"であることを認知しているが、彼女らの行いが悪であると認知していない。

 

言うなれば、"初めから悪だった"モノ。その存在の起源がそもそも"悪であれかし"と誕生したモノ。

 

「さぁ……もっと遊ぼうよ……?」

 

邪気の一切混じらない純粋な言葉を"供物となるはずだった女"(メドゥーサ)に向けて、顔のない亡霊(⬛⬛⬛⬛)は笑みとともに投げ掛けた。

 

 






「これはapoやgoのジャックとはちょっと違う」とは散々?言ってましたが今回はその極めつけですね。願いの違いだけならまだしも、敢えて「みんなの知ってるジャックちゃんはこんなことしない」をやらせたんですけどエグい、生々しいってドン引きしてくれたら作者嬉しいです!

しなかったらそれは作者の精進が足りなかったってことですね。

ところでCMでふぉとんれいっぽいのぶっぱしたライオンは本当にキャスターですか?



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くえすちょんあんのうん 理想を追うは、我が望み



この作品は精神汚染ガンギマリのキャラが多くなってしまうのかもしれないと思いつつ投稿。

今回のお話の前に一言。作者はルイルイが大好きです。




 

 

ゴリッ、バリッ……という骨の砕ける音が聞こえる。ライダー……メドゥーサの失われた左腕をその小さな口で精一杯に頬張り喰らうアサシンの姿は異常そのものであり、蠱惑的でもある。

 

━━━人は喰い物じゃない。

 

先程アサシンの記憶の中にいる人物がそう言った言葉だ。だが問題ない。相手はメドゥーサ(非人間)、人じゃない。

 

というかむしろ、アレはなまじ人の姿をしているだけあって背徳的だ。規制された禁忌を破り蹂躙する。たったそれだけのことを、悪を己の本質とするアサシンにとってはこれ以上にないくらいに甘美なトッピングとしてしまう。

 

これは人としての抗えない本質というものだ。"カリギュラ効果"といい、その語源はアメリカであまりに強烈で上映規制されてしまった映画"カリギュラ"を怖いもの見たさや、規制されたからこそ見たいという民衆があまりに多かったことに起因する。

 

そんなことは関係のないことか。閑話休題。

 

女性にしては、否、男性からしても結構な身長を持つライダーの指はその身長に比例して細く、長いものだった。

 

そのライダーの指を咥える。チュッ、チュッ……と飴でも舐めているかのような音を出し、飽きがくれば一気に噛み砕く。それを繰り返すつどに五度。気付けばライダーのものだった腕は、そのままライダーの切断面と嵌まらないであろう小ささの、掌はあって指が全て失われている。

 

「おいしい……」

 

既に鞘にチョッパーを収めたことで開いた血塗れの右手を、また血を被った自分の頬に這わせる。

 

この怪物の身体はとても美味だ。恐怖の鮮度、というものが多少足りないことには納得が行かないが、少なからず恐怖しているライダーと意味がわからない、といった風に目を丸くしているルイオスの二人の姿を見ているともっとシたくなってくるし、もっとこの珍味を味わいたいとも思う。

 

もっと食べられると思うと興奮でじゅんとしてくるし、食べるのにはまた手間を掛けないといけないと思うと切なくもなる。

 

残りの分も早々に食べ切ると少女はその無垢な笑みをライダーに向けてくる。

 

「━━━ねぇ」

 

「………ッ!」

 

「わたしたちと、もっとヤろう?」

 

「何、を」

 

()()()()()()だよ?」

 

食べ合いっこ、という言葉を聞いた時点でライダーはアサシンに襲い掛かっていた。この少女の精神は壊れているなんてものじゃない。今箱庭に居る者として、この快楽食人鬼だけは葬らなければならないと確かに判断した。

 

食人種や殺人種など、箱庭には人を殺す種族などごまんといる。だが、これはその類いじゃない。単に己の心を満たすための快楽を得て、愉悦を感じる。これを"悪"と呼ばずしてなんとする。

 

ライダーの釘剣とアサシンのチョッパーがぶつかり合う。ライダーが片手しか使えない以上アサシンの方は安心して両手で一本のチョッパーを支えられる。

 

素の筋力値はライダーの方が強いが、両手で得物を支えるアサシンは先程とは違って拮抗している。

 

「なにやってるライダー!"魔眼"を使えェッ!」

 

「随分と余裕がなくなってるじゃねぇか坊っちゃん!それとも、俺が相手ならサーヴァントに命令できるくらいに余裕なのかい!?」

 

「ッそ!一々茶々を入れてくれる!アルゴールゥ!お前もだ!いつまで手こずっている!?なんで"名無し"程度に"ペルセウス"が、僕が圧されてるんだよ!?」

 

ライダーの腕斬りを切っ掛けに崩れ始めた状況に苛立ちを覚えたルイオスはヒステリックに叫ぶ。その内容も自らの地位を盾に振る舞っていたことがわかる浅ましく、寂しい物。

 

「僕はペルセウスの子孫なんだぞ!?アテナの加護を授かってそこにいるゴルゴーンの魔物を討ち果たし、その栄華のままにアンドロメダと結ばれ、以来魔物殺しの栄光を受け継いできたペルセウスなんだぞ!?」

 

理解できなかった。今まで父が、先代が、ペルセウス本人が築き上げたコミュニティの誇りがたった一日で脆くも崩れ去る。それも二十に満たない少年と小さな、見るからに情弱な一騎のサーヴァントだけにだ。

 

コミュニティの誇りという部分を過剰に、歪んで受け継いだルイオスは正気を喪う。弛緩した表情から涙と鼻水と涎を垂らして笑い叫ぶ。

 

「クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソでクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ!!!!!!!やれよアルゴールッ!!!ライダァアアアアァァアアッ!!そいつらを石にしてでも、宮殿そのものを魔物にしてでもそいつらを殺せェッ!!僕の誇りに傷をつけたバカな奴等を!!石に変えてバラバラバラに砕いて、魔物に喰わせてこのゲームを終わらせろおおおおおおおおおおおおおおお!!!??」

 

最後の叫びはあまりの絶叫に声が裏返っていた。目も血走り、髪はボサボサになっている。

 

だがそのルイオスの絶叫が引き金となり、アルゴールの歌が響き渡る。

 

刹那、"白亜の宮殿"の岩から天井から置物まで、あらゆるものが蛇の怪物となった。

 

「アハハハハハハハ!!これでお前達の敵はまた増えたぞ!もう逃げられない!"白亜の宮殿"という戦場そのものがお前達の敵になってしまった以上はなァ!」

 

「ああ、そういやゴルゴーンにはそういうのもあったな」

 

が、十六夜の反応は極めて淡白だった。彼の目は既に失望に塗れていて、ゆっくりと拳を振り上げる。

 

「それなら、()()()()()()()()()()

 

バゴォンッ、文字にするとこんな文字だ。決して生物が生物に対して拳を降り下ろして鳴っていい音でなければ、当然宮殿を殴って鳴るような音でもない。例えるならば神鳴だ。

 

「ッぐぎぎ……━━━!!魔眼だ!魔眼を使えって言ってるだろ!?終わらせろよ!?こんなバカみたいな戦い、すぐに終わらせろ!!」

 

ルイオスの唸り声を聞き届けたアルゴールとメドゥーサは、多少躊躇いはしたが、すぐさまその眼を開眼させた。顔を覆うバイザーを消失させて、髪と同じ薄紫の、どこか異常を感じる瞳を晒す。

 

これこそがゴルゴーンという怪物を怪物たらしめ、その銘を轟かせた"石化の魔眼"(キュベレイ)。視線の先に存在するものを問答無用で物言わぬ石の塊に変え、永遠の生という無間地獄を味わうこととなる。

 

「死んでしまえ!死ね!死ねぇ!消えろ!アハハハハハハハハ!!!」

 

視線が視覚化されて、高速で飛び交う光の柱が二人に向かう。その視線の先にいる二人にはこれまでで一番獰猛な笑みを浮かべる。

 

「━━━呵ッ、ゲームマスターが今更小狡いことしてんじゃねぇぞ!!」

 

「えいっ」

 

十六夜はその光を直接押し潰した。裏拳の要領で魔眼の 光に触れるとその瞬間、石になると思われた十六夜によってその光が逆に粉砕される。

 

一方のジャックは更に有り得ないことをした。その瞳と眼を合わせたかと思うと、アイスブルーの瞳がまるで宝石のように変質し出した。その瞳からまた光が迸り、光同士がぶつかり合い━━━互いの光という概念そのものが石化した。

 

「石化のギフトを、無効化!?それにあっちは相殺だって!?」

 

「そんなバカな!?十六夜さんのギフトはただ一つだったはず、なのに相反する力を共有させているとでも!?」

 

黒ウサギはまず十六夜の起こした事象をありえないと断じた。

 

箱庭は人類史や神話に在るあらゆる物事を内包するが、その箱庭でも有り得ないものは確かに存在する。

 

その一つが、十六夜のギフト。彼の保有するギフトは"正体不明"(コード・アンノウン)一つだけ。今十六夜が発動したギフトを打ち消すギフトそのものは箱庭でもそう珍しい物ではない。

 

ならば何が有り得ないのか━━━それは十六夜が人間であるにも関わらず星霊アルゴールを圧倒していたことだ。複数の能力を保有するギフトは多くあっても、肉体を強化することと起こった事象を無に還すギフトとでは力の本質というベクトルが真逆なのだ。そんなギフトは在るはずがないし、在っていいはずがない。発火性のある氷など、存在してはいけないのだから。

 

そしてジャックもまた異常だった。今彼女が発動させたのは紛うことなく、"石化の魔眼"だった。

 

切り裂きジャックが仮に"魔眼"の類いのギフトを持っていた怪物だとしても、その候補に石化が挙がることなどない。

 

ジャック・ザ・リッパーという銘を冠するそれは解体の享楽者。間違っても人を石に変えることに快楽を感じるモノではない。それが"石化の魔眼"を持つなど、いくら創作などのイメージによって本来あるはずのなかった力を得るサーヴァントであろうと有り得ない。

 

ライダーはその姿を見たときに悟った。アレは己の魔眼と全く同じモノだと。あの瞳は間違いなく、メドゥーサのそれと同一の"石化の魔眼"(キュベレイ)だ。

 

何故アサシンがそれを使ったのかは、想像がつく。アサシンがライダーの腕を喰らったのは恐らく、ただ単に悦楽を得るだけのものではなかったのだろう。サーヴァントの身体を喰らい、その技能を吸収(ドレイン)するため。

 

だが、そんなことは不可能であるはずだ。できても自己改造の類いのギフトによって喰らったモノの魂のカタチを模倣し、自己を確立させるといったところが関の山のはずなのだ。

 

それでもアサシンが今魔眼を使ったという事実は覆らない。十六夜と同じ、根拠や過程はどうあれ結果が存在してしまっている以上はそれは確かに起こった事実である。

 

そうして呆けて考察をしてしまっていたライダーは、致命的な隙そのものだった。完全に戦闘状況がリセットされてしまったライダーに無慈悲な殺人鬼の刃が光り、腕、両足と斬り離されて達磨となったライダーは支えを失い、顔から地に突き刺さる。

 

「……な、なんなんだよ、お前ら……!?なんだよそれは!?ありえないだろ!?」

 

吠えるルイオス。それを尻目に十六夜は己のギフトカードを彼に向かって提示する。これが俺だ、と。

 

「ギフトネーム、"正体不明"━━━ん、悪いな、これじゃわかんねぇか」

 

クソクソ、と吐き捨てる。ルイオスの眼は完全に諦めに至ったそれであり、つらつらと恨み言を馳せ始める。

 

「畜生……もう降参だよ。だいたいこの勝負、元々勝っても負けても"ペルセウス"の大局に影響なんてほとんどないようなもんだ……吸血鬼だって返してやる」

 

「……は?なに言ってんだお前。まだあるだろ」

 

失望した顔を向ける。まだ十六夜の飢えは渇いている。潤い切らないのは既に解りきっているが、僅かでもそれを解消しなければならないのだから。

 

「……残念ですが十六夜さん、恐らくそれ以上はないと思います」

 

「は?」

 

「鎖に繋がれたアルゴールの時点で疑問には思っていましたが、確信しました。今のルイオスにはサーヴァント、ひいては星霊を扱うことができないのです。ジャックさんがライダーさんを倒すことができたのも、ルイオスがサーヴァントを使うことができず、ジン坊ちゃんにはサーヴァントや星霊を十全に扱う"星霊使役者"(ジーニアー)を持っていたからこそでしょう」

 

その言葉にルイオスは表情を歪ませる。未熟と断じられたことの恥か、怒りか。だがその表情はあまりに弱々しい。

 

「なんだ、つまんねぇ。買い被りすぎたかねぇ」

 

まぁ、いいか。と呟く。そして十六夜はルイオスにとって絶望的なトドメを刺すことを選んだ。

 

「ああそうだ。お前、これで終わると思うなよ」

 

「な、何?」

 

「レティシアを返品してはい終了万々歳となるとでも思ったか?俺達はこの戦いに勝ったらまず、"ペルセウス"と何時でも、何処でも戦える権利を貰う。そうしたら次は自分達がゲームを構築する権利を貰って、次に人材を貰う。そしてギフトを奪って、領地を奪って、旗を奪って、名を奪う……くくく、そうすればお前達は……いや、お前は晴れて俺達と同じ"名無し"(ノーネーム)の仲間入りだ」

 

「な、や、やめろ!?僕のコミュニティが崩壊するじゃないか!」

 

「だったら死ぬ気で抗えボンボン七光り。抗って勝って、俺達を納得させてみやがれ。お前が喧嘩を売ったコミュニティは出身を保証することも、一度着いた火を火薬が無くなるまでやめることも出来ない問題児のコミュニティなんだぜ……?」

 

カタカタと震える身体を抑えてライダーを見る。失血のショックで気絶している。この聖杯戦争は終わりを告げたということを意味し、同時に達磨の身体では戦うことなどできないとも悟る。

 

「ジャック、こっちだ。もうライダーに用はない」

 

「うん」

 

ガタガタと揺らぐ身体をハルパーの鎌で無理矢理黙らせて立つ。負けを内心悟っているが、それでもこれは僅かな可能性に掛けた、意地の戦いなのは確かだ。

 

「負けられない……負けてたまるか……アイツらを倒すぞ、アルゴール……!」

 

「ちったぁマシな顔になったじゃねぇか七光りの坊ちゃん!さっきの軽薄な笑顔より何倍も魅力的だ!」

 

これが、"ノーネーム"というコミュニティがその名を轟かせることになる出来事のプロローグ。厚い物語の台本の、ほんの数ページ。

 

 






ジャンヌ・オルタなんていなかった。いいね?

今回の投稿にあたって、オリジナルな要素が出てきたのでジャックのステータスのようなものを載せておきます。


アサシン
真名: ジャック・ザ・リッパー(?)

属性: 混沌・悪(地)

ステータス
筋力: C、耐久: D、敏捷:A、魔力: D、幸運: E 宝具: C-

スキル
霧夜の暗殺A、情報抹消B、精神汚染B+、外科手術E+、自己改造B-、気配遮断A-

自己改造B-(原作では未所持のため説明)
自身の肉体を改造して自らを強化するスキル。ジャックは対象の肉体を自らの体内に入れることで一定時間肉体の本来の持ち主のスキルを一つ選択して使用することができる。
なお、このスキルを使用すれば使用するほど本来の英霊としてのカタチから外れて行く。

宝具
暗黒霧都(ザ・ミスト)(ランクD)

解体聖母(マリア・ザ・リッパー)(ランクD~C)

諸事情につき幾つかの能力が変質。ランクの変動と本来保有していないスキルを獲得している。



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らすとくえすちょん ホワイトサレナとブラックリリィ



楽しみにしていよ読者達……全てを見届け、生き存えよ……遅筆かつ飽き性の作者が三日で投稿するこの生き様をしかと見るがよい……そして後世に伝えるのだ。このエステバリスの疾走を!

aaaaaa━━━lalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalala━━━━━i!!!ゴスッ(無様にも中間テストが近づいて腸を貫通される音)




 

 

ギフトゲームが終わった頃、箱庭に不釣り合いなドローンが一機、何処からともなく現れる。

 

ドローンを手にした男は若さを感じさせない渋い声で、隣の華々しい服に身を包んだ男に話し掛ける。

 

「心無い無知で無垢な殺人鬼とそれを支える英傑の才を持つ少年少女達、か。この事態、貴方はどう見る?」

 

「どうもこうも、なぁ。今は才能に振り回されるだけの若人と殺人鬼が和気藹々とやっているようにしか見えひんよ」

 

軍師殿はどうなんです?と逆に問い返す。男は黒縁の眼鏡を押し上げ、律儀に返答する。

 

「貴方と同じだ。才ある若者がサーヴァントと馴れ合いをしているという現状か。嘆かわしい、サーヴァントとは遣われる者であり、家族ではないだろうに」

 

男はそう言うが、その顔はどこか気持ち良さげだ。もう片方の青年がそれを指摘すると彼は途端にむすっとした顔になる。

 

「兎も角、あの少年が箱庭に来ることは三年前から承知の事。ならば我々は少年を人として育てた彼女と、人として箱庭に来ることを選んだ彼の選択に応え━━━彼らを兵器として鍛え上げる義務がある」

 

「そうやな。あの子ら、全然力の使い方なっとらんし」

 

「当たり前のことではあるが、彼らはまだ伸び白がある。力の使い方さえ覚えてしまえばあとはそれに適した身体作りをすれば大抵のことはどうとでもなる。彼らにはこの聖杯戦争の真意を暴くための有用な駒となって貰わねばな」

 

あくまで淡白な言葉。だがそれは裏を返せば男は彼らに期待を寄せているということに他ならない。

 

青年は素直やあらへんねぇ、と笑う。ドローン弄りを始めた男の後ろ姿を見た彼は月夜の空を見上げ、ぽつんと呟く。

 

「あの少年を最後に見たのは確か、中学校の卒業式の時くらいだったか……クク、いやいやなかなかどうして、時の流れというものは残酷やなぁ、エルメロイくん」

 

「ロード・エルメロイ、あるいは二世を付けてくれと頼んだはずだが、蛟劉殿。何度も言っているだろう、私にエルメロイの名は荷が重すぎる。本来ならこの名は私のような田舎者が受け継いでよいものではない」

 

「呵呵呵!そうやったな、すまんすまん。ウェイバーくん」

 

「……アンタ、俺をからかってるだろ」

 

月明かりの夜、共に中華服を纏った二人の男達は少年の旅の始まりに密かに杯の交わる音を鳴らした。

 

◆◇◆

 

"ペルセウス"との戦いが終わってから数日後、"ノーネーム"の庭園。魔王との戦いの影響を奇跡的に受けず、かつての雰囲気を限定的に遺した場所だ。

 

"ペルセウス"とのギフトゲームに勝利し、同志レティシアを取り戻した記念と、彼ら四人のコミュニティ参加を祝して少しだけ豪華なパーティーを行うことになっていた。

 

途中、十六夜達が「レティシアを取り戻したのは俺達だから所有権はこっちにある」などとエキセントリックな事を言ってレティシア本人もそれを了承する、という一幕があったものの……さして気にすることでもない。

 

「まったく、財政難ってことはわかってるし、私達もそこまで贅沢じゃないのだからそんなに気を遣わなくてもいいのに」

 

「うん……でもなんで外なのかな」

 

「雰囲気を少しでも豪華に、てことなのかねぇ。まぁどっちにせよ室内じゃ百人超のガキ共がいるわけだから少し手狭になるかもな」

 

まぁ、ここにもデカいガキはいるけど。と付け加えつつ、膝の上に乗っているジャックを撫でながら適当に答える。

 

相変わらず不思議と子供の扱いに手慣れているようで、閉鎖的な環境にいた飛鳥と人と触れあうことがほとんどなかった耀が同じようなことをしても十六夜のものと比べて明らかに淡白な反応を示すのみだ。

 

だから二人は実は自主的に膝の上に乗ってくるくらいにジャックに懐かれている十六夜に若干嫉妬しているのは秘密だ。

 

「十六夜くん、随分と手慣れているのね」

 

「ん?そりゃ箱庭に来る前は孤児院のガキの中で最年長だったからな。大人よりも頼られる場面がないこともなかったから慣れるな、自然と」

 

「そう」

 

そー、と耀は若干後ろ髪を引かれるような思いで骨付き肉を差し出す。するとジャックはすぐさま目をキラキラキラキラ輝かせて膝の上でかぶりつこうとする。

 

が、直前でひょい、と上に挙げてそれは叶わなかった。物を食べた感覚のしなかったジャックは不思議そうに口を開けた後、先ほどの肉を発見して今度はそれに向かって腕を伸ばす。

 

しかし届かない。届きそうで明確に届かないとわかる距離を離されて、暫く手を伸ばしていたジャックは流石に立腹したようで、むー、とした表情を作る。

 

「うー!うー!」

 

とうとう十六夜の膝から飛び降りてお肉を追いかけ出す。上手いこと誘導されて膝の上に乗せられる。そしてお肉を差し出され、そのまま食べ始めた。

 

ドヤァ……

 

そんな擬音が聞こえる気がした。意図はわかるが、何故それに至ったかがわからないので十六夜は若干ポカン顔。

 

ジャックの身長自体は耀とそこまで大差ないものであり、膝に乗ったジャックと耀の顔の位置はほぼ被っている。まるで甘えん坊とかまいたがりの似ていない双子のようでもある。

 

「皆様ー!それではこれから今回の歓迎会、最大のイベントが開催されます!どうぞ空に御注目くださいな!」

 

黒ウサギの声が聞こえてくる。言われた通りに空を見上げる。

 

それは満天の星空だった。漫然と点滅しながら光るペルセウス座を中心に、付近にはアンドロメダ座なども並んでいる。

 

控えめに言っても綺麗だった。点滅していると言っても、その光は燦然と輝いており、まばらに姿を変える星々の光は美しいという概念以外の物を瞬間毎に常に変えていく。

 

「……あっ」

 

誰かが呟いた。その言葉と共に、空に輝く星々のほんの一部が降り注いで来たのだ。有り体に言うと、流星群だ。

 

「綺麗……」

 

再び誰かが呟く。パーティの日をこの星降る夜に決めるなど、黒ウサギも随分と粋なことをしてくれる、と思わざるを得ない。

 

その様子を感じ取った黒ウサギはこれから言うことに皆肌を震わせるだろうなぁ、と内心悪戯っぽい笑みを浮かばせながらも、隠しきれないそれを笑顔というカタチでなんとかして誤魔化す。

 

「今回この流星群を起こしたのは他でもありません、我々のコミュニティに復興の兆しを与えた四人の新たなる同志━━━皆様がその切っ掛けを作り出したのです!」

 

「「「え?」」」

 

三人揃ってすっとんきょうな声を出してしまう。いや、自分達はそんなことをした覚えなどないのだが、と揃って首を傾げる。

 

「箱庭は天動説が如く、箱庭そのものを中心として星々が動いております。今回のギフトゲームに敗北したことによって"ペルセウス"は"サウザンドアイズ"から追放、あの宇宙(そら)よりも旗印を下ろすことが決定致しました」

 

は?と空に再び目を向ける。流星群の出所はペルセウス座の付近からだ。星が地に墜ちて行くと共にどんどんと星が消えていく。墜ちていく星がペルセウス座のものであるということの裏付けか。

 

「まさか……箱庭は星座の存在そのものも自由に操れるとでも言うの……!?」

 

「マジかよ……アルゴルが偏色恒星じゃないっていうのはわかっていたが、まさか星座も箱庭の催しの一環だったなんてな……」

 

「今宵の流星群は"サウザンドアイズ"から"ノーネーム"への祝杯も兼ねております。コミュニティの再出発を記念して、ということと聞いております」

 

消えていく星の群れ。その姿はただ"向こう"の世界で流星群を見ているだけとは違い、何処か幻想的な雰囲気すらある。

 

「圧倒的じゃねぇか……ここは……」

 

「きれいだね」

 

十六夜の呟きにジャックは返す。彼女は彼の手を繋いで共に空を見る。

 

「ジャックは見たことないか?流星群」

 

「うん……おほしさまも、見たことなかった」

 

「そうか……そんじゃしっかり見とけよ」

 

「うんっ」

 

ほれ、とジャックを抱き上げて気持ち夜空に彼女を近づける。ジャックは抱き上げられたということが嬉しかったのか、はたまた視界が高くなったことに喜んだのか。これまでで恐らく一番に楽しそうな表情を作る。

 

「なんだ、置いていったわけじゃないじゃねぇか……」

 

「おにぃさん、なにかいった?」

 

「いや、なんでも。どうやら俺は"契約書類"と少しだけ契約違反しちまったんだなって」

 

意味がわからなかったようで、首を傾げる。十六夜はそれを見て更に機嫌をよくしていると、黒ウサギが彼らの下に寄ってくる。

 

「ふっふっ、ふー……驚きましたか?」

 

「ああ、素直に驚いた。世界の果て、水を生む樹、グリフォンに切り裂きジャックとゴルゴーンとあり得ない物をバカみたいに見てきたと思っていたが……まさかここまでやってくるとはな」

 

「わたしたち、へんかな?」

 

「いやいや全然。俺のいた時代だとお前は有名だったからな。一例さ……それに、個人的に会ってみたかったしな。どんな狂人か」

 

「う?わたしたち、やっぱりへん?」

 

「いやだから……あーめんどくせぇ。まぁともかく、目的も一つできたから好都合だ」

 

「……お聞かせ願っても?」

 

十六夜はジャックを片手に抱いたまま、流星群の止んだ夜空に指を指す。燦然と輝く宇宙、そこのド真ん中に指をなぞり、少女の姿を象った絵を虚空に描く。

 

「この宇宙に……俺達の旗を掲げる。俺達が箱庭で生きた証を作るんだ……俺達は、()()()()()ってな」

 

「それは……とてもロマンがございます」

 

「うんうん、わたしたちもそれやりたい!」

 

夜空を背に、少年少女は笑う。闇と光が混同する夜の下で彼らは杯を交わす。

 

これは、家族も、友人も、恋人も財産も、何もかもを持たないままに箱庭に来た少女と対価を払った少年達の物語。

 

彼らの運命の始まりを告げる夜会は、まだまだ終わらない。

 

◆◇◆

 

アリスの絵本に新しい一頁が刻まれたよ。

 

絵本に描かれた絵は、あたし(アリス)あの子(ジャック)

 

私達、もうすぐ逢えるね。何年待ったかな。量子の世界をさ迷って、月であたし(アリス)と出会って、あたし(アリス)と同じお兄ちゃんに出会って。

 

これまで起こったことは全部プロローグだったのかな。だとしたら、酷いなぁ。使い捨ての、あんなに魅力的なキャラがいたのにね。

 

じゃあ、また逢おうね。あたし(ジャック)

 

 






アリスとジャックの関係性は、実際あるのだ!俺は賢いから知っている!

さぁアリスとジャックが仲良くしている姿を楽しみにしている同胞達よ、今こそ最果ての海を目指す時!

aaaaaa━━━lalalala(以下前書きに同じ



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第二運命劇幕 火龍誕生動乱"サラマンドラ"
くえすちょんわん 碧羅の蒼、染まる紅




征服王じゃなくてケイネス先生が出た。20連引いたらケイネス先生が三人来た。

まさかこれは作者の髪が後退する前触れ……!?とかどうでもいいことを思いながら執筆した二章第一話です。

どうぞ。




 

 

━━━夢を、見た。

 

凄惨な夢だ。その世界の常識は黙認された無法により滅ぼされた。

 

何処とも知らぬ下水道に一人の女性が立っている。その傍らには複数の死体と、靄のかかった幼い少女。

 

「……━━━……、おかあ、さん」

 

「ヒッ……!?」

 

少女の問い掛けに応えることはしなかった。ただ、その声に怯えて逃げ場のない此処に逃げ場を求めるだけだ。

 

「こ、来ないで……なんなのよ、()()!?」

 

女性はただ喚き散らす。目の前の異常に耐えきれず、叫んでいるのだろう。それもそのはず、少女が今片手に持っているのは指を喪った手だ。そんなものを少女が愛おしそうに握っていることなんて、あり得ないにも程がある。

 

だが少女はなにを馬鹿な質問を、とでも言わんばかりに嬉々として、靄ではっきりした表情は見えないが確かに嗤った。

 

「なにって━━━()()()()()()()?」

 

その言葉を聞いた途端、女性の意識は肉体から乖離した。身体と頭が切り離され、思考を司る脳に血が巡らなくなったのだ。

 

少女は死体となったそれを小さな身体で抱え、"The Jews are not the men That Will be Blamed for nothing"と乱雑な字が書かれた壁に触れる。すると壁は少女の身体をすり抜けて一つの小部屋にたどり着く。

 

おもちゃ箱から飛び出た人形や豊満な胸部のマネキン、何本かのナイフと━━━二十はあるだろう、女性の死体がそこには転がっていた。

 

「ん、しょ……」

 

女性の死体が転がる場所に座るや否や、少女は適当に何本かの刃物と裁縫道具を見繕う。そして少女は作業に乗り出した。

 

首、胴体、四肢、手首、足首、指、耳、鼻、黒子、陰部、胸部、髪、脳味噌、内臓━━━一人一人細かく解体して行く。

 

「おかあさんはどんなおかあさんがいいかな」

 

肢体が全身鮮血に濡れても構うことなどなく独り言を呟く。

 

『おかあさんはおおきいひとがいいな』

 

『おおきいひとがいい』

 

『わたしたちをいっぱいだきしめてくれるんだ』

 

「そっか、うん、うん。そうだよね」

 

身長の大きな胴体を選んで台に乗せる。乳房も一番大きいものにして、腕も脚も長く、その手は自分達を包み込んでくれるような手。足はできるだけそれに合った普通くらいのものを。そして指は細くしなやかに。

 

「おかおはどうしよう」

 

『きれいなひとがいいな』

 

『みんなが嫉妬しちゃうようなおかあさんがいい』

 

「わたしたちもそうなの。おかあさんはやっぱり、きれいじゃないと」

 

そう言うと先程殺害した女性の首を選ぶ。

 

パーツは揃った。いらないものはぜぇんぶ食べちゃえ。

 

それぞれのパーツとパーツを糸で繋いで、ひっつくテープで脆いところを補強する。髪も繋いで、きっちりとさせて、作業に移ること数十分。

 

「できた!」

 

『すごいすごい!』

 

『おかあさんだ!』

 

『アハハハハ!』

 

周りの喝采を得ながら出来上がったのは、女性だった。だがそれは肌の色や指や脚の大きさなど、不自然極まりない部分が多々あり、人と呼ぶには少しどころではないほど粗末なものだった。

 

「おかあさん」

 

『おかあさん』

 

『おかあさん』

 

『おかあさん』

 

「『おかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさん』」

 

一心不乱に女性に抱きつく。当たり前だが女性の身体は揺れるだけでなんの反応も示さない。

 

女性の指が偶然少女の背中に絡み付く。その感覚を味わった少女は至上の笑顔を覗かせて、一層抱きつく力を強めた。

 

「おかあさん」

 

『おかあさん』

 

「アハハハハ」

 

『アハハハハ』

 

『アハハハハ』

 

「『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ』」

 

奇妙なその空間で起こった数奇な光景。暫く少女達は幸福の笑顔をしていたが、やがて動かない母に関心をなくしたのか、その身体を離す。

 

「……つまんない」

 

『つまんなかった』

 

『ぜんぜんたのしくない』

 

『つぎのおかあさん、さがそ』

 

少女達はもう、これまで殺した母親達のことなどついぞ、思い出すことをしなかった。

 

━━━人々は恐慌をきたし、サタンが再びこの世にあらわれたと興奮気味に語るものも多かった。

一八八八年 無名の伝道師

 

◆◇◆

 

最悪な目覚めだった。ジン=ラッセルは気が狂いそうになる夢から覚めた。

 

「お、御チビ起きたか。結構うなされてたみたいだが、どんな夢見たんだ?」

 

「……おはようございます、十六夜さん。少し寝ぼけてたみたいで……すみません」

 

十六夜の追及は無視する。話していて気持ちのいい内容でもないし、話すようなことでもない。

 

三日前態々寄ってきたジキルが話した通りだった。

 

サーヴァントとマスターは令呪という絶対的な繋がりを得る以上、精神にも当然繋がりは発生する。その最たる例が━━━

 

「……夢、か」

 

ポツリと溢すように呟く。目覚めそのものは全然よろしくなかったが、おかげで目は覚めた。

 

そう、確か自分と十六夜はコミュニティ、"ノーネーム"の書斎にいたはず。"ペルセウス"とのギフトゲームで己の力不足……特にサーヴァントを使役するというコミュニティとして大役であるはずのそれを果たすことができずにいた事を、コミュニティの復興が現実視できるようになったかもしれないという今の段階でようやく自覚したのだ。

 

正確には自分が力量不足であることは黒ウサギに養ってもらってるような日々だった頃から実感していた。今思うと本当に少し前までの自分は具体的な未来図を描くことすらままならない子供だったのだと殊更恥ずかしくなってくる。

 

だからこうして子供の自分でもコミュニティの役に立てるように、どうすればいいのかを暫く考え積めて━━━辿り着いたのが知識量の増量。

 

十六夜がいくら膨大な知識を持っていたとしても肝心の彼が作戦会議の場でいなくなって、それ以上解くことはできませんでした、では話にならない。

 

「話したくない夢みたいだな。それなら深く聞きはしねぇよ」

 

元々追及する気もなかったのか、十六夜の質問はあっさりと終わった。はっきりと目を覚ました以上、読書に没頭せねばという使命感が彼を動かして本に目を移す。

 

(ハーメルンの笛吹男……西暦1284年にドイツのハーメルンと呼ばれる街で起こった130人の子供の一斉行方不明事件を基にして造られた"グリム童話"の一つ)

 

子供達を拐ったとも。共に旅立ったとも言われる謎の笛吹男、パイドパイパーの存在や消えた子供達の行方など、風評や伝聞なども経て複雑化していく。その姿は童話というより伝奇と言った方が正しいだろう。

 

「いーーーざよい、くぅぅぅぅぅん!!」

 

そんな折に十六夜と時を同じくして"ノーネーム"に加入した同志、久遠 飛鳥の声が聞こえてくる。切羽詰まっているのか、彼女らしからぬ時間帯を弁えない大声だった。

 

が、次に行われた一連の動作はジンの度肝を抜くものだった。二人が読み終えて━━━あるいは次に読むものとして準備されていた山積みの本を踏み台にして跳躍。清楚という単語の似合う彼女が繰り出したのは、予想外の膝。

 

この技には見覚えがある。そう、確か昔コミュニティの大人が好いて見ていた影響で何度か見せられたプロレスの必殺技、その名は閃光魔術(シャイニング・ウィザード)!!

 

「させるか」

 

「え、ちょ!?」

 

十六夜はジンの服のフードを掴んで自分の前方に設置する。そう、あたかもそれは自分を盾にしているかのようで━━━

 

「させるかっ!?」

 

目が覚めていたおかげで反応が間に合った。両手を重ねて飛鳥の膝とぶつかり合う。流石に威力を殺しきれなかったようで、二人の安全を考慮した十六夜によって足から着地できるように軽く投げ飛ばされる。

 

「あぶねぇじゃねぇかお嬢様」

 

「十六夜くんなら問題ないと思っていたわ」

 

「御チビが万が一寝惚けていたら致命傷だろ」

 

「それもそうね」

 

わかっているなら仕掛けないでほしいし盾にしないでほしいと思ったジンは間違っていないはずだ。

 

「ジンくん、大丈夫!?」

 

そんな自分を心配してきたのは彼と同い年くらいの、黄色の髪と頭頂部の耳に尻尾が特徴的な娘のリリ。幼いコミュニティメンバーの中で最年長に位置する年長組と十六夜によって名付けられたメンバーの中でリーダー的存在の彼女はしっかり者で責任感という点を加味するなら大人顔負けだ。

 

「う、うん。ありがとうリリ」

 

「そんなことよりお嬢様、どうしたそんな切羽詰まって」

 

「そうよ、十六夜くんこれを見て」

 

ピラ、と飛鳥が一枚の紙を手渡す。それを見た瞬間ジンはあっ、と思わず漏らしてしまった。

 

「えーと、なになに? 『北側の鬼種や精霊達が作り出した美術工芸品の展覧会及び批評会、加え様々な"主催者"がギフトゲームを開催。メインは"階層支配者"(フロアマスター)が主催する大祭を予定しています』だと?」

 

文を読んでいくうちにわなわなとしてくる。十六夜はバン、と招待状を机に叩きつけた。

 

「ふざっけんなよそんなことで態々俺の読書を邪魔した挙げ句シャイニング・ウィザードかましてあわよくば御チビを戦闘不能にして昼に遊び歩こうとしていた俺の邪魔しやがったのかなんだよマジでふざけんなよちょっと楽しそうじゃねぇか俺も行ってみてぇぞコラ♪」

 

ノリノリだった。想像以上にテンションがハイだった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 僕ら財政難ですよ!? どこに北側に行くだけの蓄えがあるとでも! それにリリ! この人達は少しでも楽しそうなことがあると直ぐにでも駆けつける人達だから絶対に秘密って━━━いや」

 

ジンが途中で言葉を切る。なにかを思い付いたのか、いや、でも……と思案に耽る。

 

「━━━いえ、なんでもないです。僕としても北側に行くのは賛成です」

 

「ジンくん!?」

 

「へぇ、さっきの様子じゃ反対するかと思ってたが」

 

なんで? とは聞かなかったが理由は? と捲し立てるように首をジンの方へやる。

 

「"ノーネーム"には以前北側に親交深いコミュニティがありました。今となってはコミュニティの崩壊を折にほとんど親交はありませんが」

 

「それで?」

 

「風の噂でそのコミュニティがサーヴァントを得たと聞いています。コミュニティのリーダーとして、一介のマスターとしてこの大祭に参加することの利点を照らし合わせました。それにこの祭りで皆さんがなんらかのカタチで名を残せたのなら、僕らの目的もやりやすくなると思います」

 

なるほどね、と十六夜は頬杖を突いて嗤う。確かにジンの言っていることは筋が通っている。納得もできる。

 

「ただし、僕らが財政難なのは先程言った通りです。なので僕から大祭に参加することの条件として、皆さん、もしくは"ノーネーム"が北側でなんらかの名を残すことと、今回の旅費の出費は皆さん持ちであること。僕や黒ウサギにコミュニティの子供達、コミュニティからは一切支援はしません。こればっかりは絶対です」

 

耀がおずおずと手を挙げる。どうぞ、とジンは促す。

 

「旅費っていくらくらいかな」

 

「そうですね……"境界門"(アストラルゲート)の利用、宿泊、食費、ギフトゲームのチップ……諸々を勘定すると、行き帰りで、僕ら五人だけでも"サウザンドアイズ"製金貨十二枚は下らないと思います。ちなみに言うと僕らの全財産の三倍はあります」

 

「さっ、」

 

「三倍……!?」

 

「たかいの?」

 

「超高いな」

 

「……徒歩で行くっていうのは?」

 

「980,000kmの距離をですか?」

 

さすがにこれには十六夜も閉口した。この箱庭、どんだけ広いんだ。確か箱庭全体の表面積は恒星級と聞いたが東から北までそれでは小惑星クラスも距離が離れているとは思いもよらなかった。

 

「十六夜くん、なにかいい案はないかしら」

 

「……あー、確か"境界門"の所有管理権は"サウザンドアイズ"持ちだったはずだ。向こうに上手く掛け合えばなんとかなるかもな」

 

「滞在費と食費は?」

 

「向こうのギフトゲームで調達するのが手っ取り早いだろ。最悪食費だけなら今個人的に持ってるだけでもなんとかなる」

 

そそくさと作戦会議に入る三人。実のところこれは祭りに行かせないために言った無理だ。とはいえあのコミュニティがサーヴァントを従えたという話を聞いたのは本当だし、ジン本人も前述の理由で行けることなら行きたい。要するに彼らを試しているのだ。

 

ちら、と会話に混ざっていないジャックを見る。彼女はなにやら羊皮紙に外見や内面からは想像もつかないような達筆で英単語を並べていた。

 

「ジャック……なに書いてるの?」

 

ジン(ますたぁ)。おにぃさんたちがね、これ書いてって」

 

ビシッ、と目前に叩きつけられる。ジンは少し目を細めて、下記途中の文に目を移す。

 

「『黒ウサギへ。北に行って来る。御チビからは了承を貰ってるので御チビも連れていく。なお、ガイドが子供一人だけだとアレなので黒ウサギも来ること。来なかったらみんなでコミュニティを抜けます』……」

 

絶句、というか呆れ。こんな脅迫紛いの事をせずとも彼女なら「問題児様方をそんなところに行かせて何食わぬ顔でコミュニティで待つことなどできません!」と言って追い掛けてくるだろう。彼女の中では完全に≪コミュニティの子供達>>>>(越えられない壁)>>問題児達≫という絶対的なお利口様カーストが出来上がっているのだから。

 

「リリ、これもってってね」

 

「え、あ……うん、ジャックちゃん」

 

おずおずとリリが受け取る。逆らえない圧力と言うのだろうか。今の彼女は殺人鬼というより天邪鬼だ。

 

「うし、それじゃ意見も纏まったし……ていうかそれしかマトモな案がなかったから行くか、"サウザンドアイズ"」

 

そうこうしているうちに三人の方も終わったようだ。ジンは少しだけ自棄になって、大人しく四人に着いて行った。

 

 






開 幕 精 神 汚 染 。

ジンがこの時点で考えるようになっているのは"ペルセウス"戦でなにもできなかったという罪悪感がサーヴァントを使役するマスターの立場からも掛かって責任を二倍感じたといった感じです。

FGOは茨木童子が気になるところですね。作者、☆4以上のバーサーカーはランスロットしかいないので尚更気になります。



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くえすちょんつぅ 小さな決意と、動く栞



オルタニキ出なかった(挨拶)

い、いいさ……これは茨木童子や水着のためにとっとく石なんだ……ランスロットしかいないからって無闇に引いたりは……引いたりは……!

あ、ここからは少しお知らせを。後書きに質問というか、作品の今後のことについて少々皆さんに聞きたいことがあります。そこまで大事な話ではないのですが、もしかしたら多くの読者離れを呼んでしまうかもしれないことなので……

それでは本編をどうぞ。




 

 

「構わんぞ」

 

白夜叉が一行の要望に出した答えは予想外のYESだった。

 

だがそれで終わるはずがなく、彼女はしかし、と付け加える。

 

「条件……というか聞きたいことがある。ジンよ、"フォレス・ガロ"とのギフトゲームを終えて少ししてから小耳に挟んだのだが、"ノーネーム"が魔王関連のトラブルを引き受けると聞いた。真か?」

 

ジンは静かに首肯して返事をする。

 

「はい。旗も名もない僕らが成り上がり、失ったものを取り戻すにはこれが最善の手段だと判断しました」

 

「それは無関係な魔王とのいざこざも自分達の下に招き入れるということだぞ? そのリスクは承知しているか?」

 

「承知の上です。元より奪われ尽くされたコミュニティの残り滓のようなもの。失敗すればその時点で完全に終わるくらいの危険性がないと釣り合いません」

 

十六夜に諭されて始まった事だが、それでも彼もそれで行くと決めた事だ。誰が始まりかなんて関係ない。今彼がどう思っているかが重要なのだ。

 

「そもそも、無関係な魔王と戦うという機会に()()()()ことこそ今の僕らには好都合です。例えどれ程弱い魔王であったとしても魔王は魔王。名を挙げ、魔王を隷属させ、戦力を強める……とても効率的です」

 

少年の答えに思わず白夜叉は冷や汗を一滴垂らした。もしこれを提案したのが本当に彼ならば、彼女はジン=ラッセルという男の評価を改めなければならないとさえ思う。

 

「……そこまで考えているのなら構わん、か。ではジン=ラッセル殿。東側の"階層支配者"としておんしに一つ以来をしよう。よろしいか?」

 

「は、はい。謹んでお請けします」

 

ジンの先程のある種冷淡とも言える発言からまた掛け離れた青さの残る返事に白夜叉は満足したのか、呵呵、と笑い話し出す。

 

「まず北側の"階層支配者"の一角の世代交代の話は知っておるか? 病に侵され引退したとか。丁度火龍誕生祭にその儀を執り行う……と。まぁ亜龍にしては高齢だったからのう、ここいらが潮時だったのだろう」

 

「「「龍?」」」

 

「がおーっ」

 

ジャックが両手を卵を持つようなカタチにして犬歯と爪を見せつけながら小さく唸る。残念ながら皆興味はジャックより龍という単語に向かっていたため半ば無視されたが。

 

「寄る年波には勝てん、か。歳は取りたくないのう。おんしら人間は特に老い先短い生き物であるからな……む、すまんすまん、話が逸れてしまった。此度の誕生祭はどちらかと言うと継承の儀に催しを引っ付けてよりアピールしようという魂胆だろう」

 

北側を担う"階層支配者"が一人、火龍の出現を祝う(まつりごと)。それこそが今回の火龍誕生祭だ。

 

「五桁の五四五四五外門に本拠を構えるコミュニティ━━━"サラマンドラ"というコミュニティが今回代替わりしたコミュニティなのだ」

 

"サラマンドラ"。先程ジンが言っていた以前の"ノーネーム"と交流のあったコミュニティと一致する。ジン本人も三年前の"サラマンドラ"を思いだし、照らし合わせ、納得する。

 

「成る程。確かにご頭首はかなりの高齢だったと記憶しています。でしたら後継者は誰に? やはり長女のサラ様か、次男のマンドラ様でしょうか」

 

「いや、跡を継いだのは末子のサンドラだ」

 

その名前を聞いてジンは「え?」とでも言わんばかりの顔をした。次いでまさかそんな、と思わず復唱してしまう。

 

「サ、サンドラですか!? 彼女はまだ十一だったはずでは?」

 

「あら、ジンくんも十一で"ノーネーム"のリーダーじゃない」

 

「わたしたちもじゅういちだよ!」

 

「はいはい、そりゃ仮の話だろ」

 

変なところに突っ掛かるジャックを適当にあしらう十六夜。実際、身長150前後の十一歳少女というと大きく感じられるが実はそうでもない。十六夜の時代では十一歳女児の平均身長は150cmを僅かに下回る程度だ。百二十年前の存在とはいえ、十六夜基準で言うならばあながち間違いでもない。

 

閑話休題(それはそれとして)

 

「そのサンドラが此度の誕生祭で東側の"階層支配者"の私に共同の"主催者"(ホスト)を持ち掛けて来たのだよ」

 

白夜叉の言葉を聞いたジンは今度こそ疑うような声を揚げて質問をしてきた。

 

「え……? それはおかしな話では? 北側は多種族が混生している為に治安が悪く、"階層支配者"は複数人いるはずです。それなのに同じ北側でなく東側の白夜叉様に依頼するなんて」

 

「なんのことはない。少し頭を使ってみよ少年」

 

そう言われてジンは少し顎下に右手を添える。しかし考えればすぐにでもわかることだ。彼も考えはじめてからものの数秒であっ、と声を漏らして再び白夜叉に向き直る。

 

「……サンドラが、齢十一の少女が"階層支配者"になることに反対しているんですね」

 

「その通りだ。まぁそんなような諸事情を抱えて火龍誕生祭が開かれ」

 

「ちょっと待って。その話長い?」

 

「む? まぁ軽く一時間で済ますつもりだが。なにかマズいことでもあるのか?」

 

「マズいってほどじゃないけど……悠長にしてたら黒ウサギが来る」

 

事情を知っているジンからするとその目は母にイタズラを敢行し、そのまま流れで逃げている子供のようにも見える。このまま暫く話していて貰おうかとも考えたが、白夜叉の思考回路がある程度この問題児達と似通っていることをすぐに思い出して諦めた。

 

「悪い白夜叉、早く北側に送ってくれねぇか」

 

「構わぬが、内容を聞かずに受諾しても良いものか」

 

「問題ねぇだろ。黒ウサギならさっさと来るだろうし」

 

それだけではあまり事情を飲み込むことが出来なかったが、この会話で黒ウサギに告げず、あるいは黒ウサギの耳に届く頃には既に北へ向かうためにここを目指していたのだろうとは察する。

 

となると、黒ウサギは金がないからと五人を連れ戻しに来ているということだろうか。

 

そこまで考えがつくと白夜叉は「仕方ないのう」と呟いて三度、柏手を軽く打つ。

 

「━━━ついたぞ。北側だ」

 

は? と思わず一行は首を傾げる。店内を抜けるとそこは見慣れた東側の商店街とは全く景色の異なる、青白い空の下の街が広がっていた。

 

歩くキャンドル、僅かに積もった雪、そして一行の目を引く巨大なペンダントランプ。行商人の獣人もどちらかと言うと"人間寄り"だったのに対して全体的に"獣寄り"のイメージを与えられる。衣服から透けて見える体毛は北側の元々の環境を物語っているようにも見える。

 

この季節は四季の季節感の調整によってだいたい秋に近い気候になっているのだが、今日に限っては僅かに冬寄りの気温になっているようだ。

 

「さぶいよ……」

 

「言うほど寒いか?確かに東側よりは肌寒いが」

 

ピトッと十六夜に引っ付いてくるジャックを呆れ顔で受け入れる。

 

「うん、これのした、薄いもん」

 

「……あー」

 

"ペルセウス"戦を始め、"ノーネーム"に来てからの数日を思い出す。十六夜がマントの下を見たのはメドゥーサとの交戦時が初めてだが、かなり蠱惑的な娼婦のような格好というのが第一印象だった。

 

それから度々マントの下がちらり、ちらりと見える機会も何度かあったが、間が悪い時ばかりでどの時もそれに関して十六夜は何かを言うことはなかった。

 

「……ジャック、お前その格好どうにかしたらどうだ?」

 

「……はずかしいの、わかってるもんっ」

 

「……ハァ」

 

狙っていないのだろうが、彼女のこういう懇願はどうしても彼の記憶を刺激する。

 

明朗快活にして沈着な矛盾した"活動的な子供らしさ"と"恥じらいを知り始めた子供らしさ"。この二つを兼ね備えているジャックは不思議と十六夜の記憶の中にいる僅かな心残りを喚起させるのだ。

 

箱庭に来る為の対価として置いていったものなのだから、出来る限り思い出すことはしないようにしているのだが、流星群の夜にジャックをそれらと重ねてしまった瞬間からどうにも意識してしまう。

 

「確か歳も同じくらいだったか……」

 

「なぁに?」

 

「なんでも」

 

ジャックにはそう言っておいて、彼女の背面にいる同僚二人に静かな眼光を飛ばす。

 

『ジャックの衣服、早急に見繕うべし』

 

『了解されたし。子煩悩ね』

 

『合点承知』

 

そんなアイコンタクトを交わして一行はこれからどうしようかと考える。やはり今いったようにジャックの衣服を優先しようか、とかそんなことを考えていると、何処からか、爆音が鳴ったような音が聞こえてきた。

 

「……み、見つけましたよ……! 問題児様方ぁぁぁぁぁ……!!」

 

「お、お疲れ様黒ウサギ」

 

「あ、はい労いの言葉をどうも……じゃありませんよ! 私達がどれだけ心配したと思っているのですか!? だいたいコミュニティをそんな理由で抜けるなんて不謹慎にも程があります!」

 

プンスカといつも以上に感情を露にして怒る。それほど箱庭にとってホイホイとコミュニティを抜けるという言葉を出すことが不用意で不謹慎なのだろう。

 

しかし耀はそれの反論と言わんばかりに拗ねながら返事をする。

 

「お金がないにしたってひた隠しにしようとするのはどうかと思う。私達だってバカじゃないんだから、自重はしてた……多分」

 

最後の一言がなんとも言えなくなる。だが何の相談もしなかったことに違いはない。互いに互いのダメな部分を突く行為は若干泥沼状態となっており、少しの間どちらも口を聞くことのできない空気になってしまった。

 

「……ふむ、あい解った。此度の件は両成敗にしようではないか」

 

突如、白夜叉が口を出す。二人は「は?」と言ったような表情を見せて白夜叉にどういうことかと問い詰める。

 

「このままでは決着が着かぬだろう、故にだ。ここは箱庭らしく……ギフトゲームで白黒着けようではないか」

 

「と、言いますと?」

 

「移動手段に私を頼ったと言うことはおんしらは大方一発逆転のギャンブル狙いのような感覚の金稼ぎをするつもりだろう? ならば好都合だ」

 

ほれ、と一枚の"契約書類"を取り出す。

 

「これは?」

 

「"造物主の決闘"というギフトゲームだ。被造物系ギフトの完成度を競うのだよ。展示会もあってな。そこでは単に造形や造詣の深さと言った物をゆるりと魅せる……まぁ趣味のようなものだな」

 

そっちはもう参加期限を過ぎているのだがな、と付け足す。

 

「耀よ、おんしの"生命の目録"(ゲノム・ツリー)は技術、美術共に優れておる。加えてこの"造物主の決闘"は誕生祭において最大級のゲームだ。優勝が出来なかったとしてもそれなりの成果を残せばおんしらの名もそれなりに広まるだろうよ」

 

「……確かに」

 

「それの成果で優劣を着けるのはどうだ? 優勝賞品も結構な代物だ。それをコミュニティで使うも良し、金に換えるも良し。……どうだ、一石で三鳥は得するだろう?」

 

ほれほれ、と耀の闘争心を刺激する。恐らくは白夜叉個人としても"生命の目録"の完成度や耀自身が箱庭に来て暫くの時を経てどれほど戦闘慣れしたのかを見たいという魂胆だろう。

 

「……うん、じゃあそうしよう」

 

「わかりました。そうまで言われるのなら私も乗り掛かりましょう。この勝負の勝敗の景品や基準はどうなさいますか? 私はコミュニティの名が広まるのならそれで十分なので三位かそれ以上でも」

 

「ううん、私が狙うのは一位だけ。接戦で二位になったとしても誰かに負けた勝利なんていらないから」

 

黒ウサギの言葉を直ぐ様否定した耀の顔はどこか勇ましげだった。箱庭に来た時やそれまでのギフトゲームでは見せなかった、闘争本能に飢えた眼だ。

 

どうも、飛鳥と耀は箱庭というものを甘く見ていた節があったのかもしれない。特に耀は初めてグリフォンに乗った時、夢が叶った感動に打ち震えて自分の命という無二の宝を簡単に掛け物にした。

 

ガルドの時も知り合って日が浅かったとはいえ、囮になったはいいものの飛鳥やジンと共に何かをするわけでもなく「自分は二人よりも強い」という単純な理由でロクな策を講じることもなく単独撃破を狙った。

 

"ペルセウス"戦が終わってから。貧困だ貧困だ、魔王はこんなに凄い傷跡を遺した、と実際に見て、深く理解していくにつれてそれを心底から実感した。

 

それまで全力を尽くしていなかったわけではない。だが箱庭というファンタジーに夢を見過ぎていたのもまた事実だ。

 

きっとこの尊い敗北感に気付かなかったら彼女は箱庭に来るまでと何も変わらない、自分の異常と他人の正常を見比べて自分も他人も真に理解することのない生活を送ることになっていたのは想像に難くない。

 

「相手が誰だろうと私には関係ない。そこに"ノーネーム"の目的の壁があるのなら、私は誇りと共に壁を穿つ爪となり、牙ともなる」

 

「……なるほど。では黒ウサギもそれでよいか?」

 

「構いません。私は皆様が確固たる信念を以てコミュニティの為に行動を為すのなら、私は壁にも道標にもなる所存です」

 

「呵呵! ならばこの二人のゲームの賞品は少し茶目っ気を利かせた物にでもしようか。そうさな……敗者への絶対命令件一つ分ではどうだ?」

 

その言葉を聞いて二人ともちょっとビク、となったが。二人とも後には引けないようで頷き合った。

 

◆◇◆

 

それから結構な時間が経過した、北の某所。

 

「誕生祭の状況は概ね良好だ。"千の瞳"のコミュニティがもたらした情報が原因で若干事情を知らぬ三者達の警戒は強まっているが、問題はないだろう」

 

「ありがとうランサー。なんとか向こうの目を盗めたわね」

 

「なんとかもないだろう。怪しむ輩を次から次へとそれの中へ押し込むというのは少々乱暴が過ぎると思うが」

 

「いいのよ、ネズミはティーポッドで飼うのが常識なんだから。それにここから出せばその前後は夢のように霞むのだから、見られていない限りそれに気付く者もいなくなるわ」

 

アリスとランサー。二人は何処か、賑わう街並みの中で並んで歩いていた。ランサーは特徴的な鎧を外してブレザー調の茶色い衣服をキッチリと身に纏っており、色白が過ぎる身体と相まってよく目立つ。

 

一方のアリスも普段と変わらない格好をしているため、獣人種や鬼種の多い北側ではその格好は割と目立っている。

 

端から見ると幼い少女に付き従う執事か何かにも見えないことはないが、二人の砕けた雰囲気が「それはない」と感じさせる。

 

「ステンドグラス、キャンドル、ペンダントランプ……懐かしいわ。まるであの子の記憶を追体験しているかのよう」

 

「それは懐かしいと言わないのではないのだろうか」

 

「……いいのよ。これは誰がなんと言おうと()()記憶なの」

 

そう返すとランサーは「そうか」と言ったきりその事に関しては何も返さなくなった。

 

「そう言えばヤツらの方の首尾はどうなっている?」

 

「問題ないわ。侵入も上手く行ったみたい。私達は向こうのタイミングに合わせてゲームにちょっかいをかけるだけ。そのうちに怪しまれないようにアレの居場所を突き止める、でしょう?」

 

「ああ。だがオレはマスターに可能な限り戦うなと念を押されている。お前を守れとも。この言葉の意味はわかっているな?」

 

「勿論、殿下達は私が聖杯戦争でどれだけ戦えるか、それを見たいのでしょう? キャスターだもの、運用には一塩ね」

 

キャスター。魔術師の名を冠するそのクラスは魔術を用いて戦う。

 

否、者によってはキャスターは「戦う」という行為をすることかできない可能性がある。

 

理由は至極簡単だ。魔術とひとくくりにしてもそれがなんの魔術かは"剣士"や"槍兵"といった者達より明らかに広義的なのだ。無論、偉人の中には戦闘面に向かないもので結果を遺した者だってごまんといる。

 

さて、アリスがキャスターたる所以はただ魔術を使うからではない。いや、それどころか彼女は魔術というものを一切合切扱わない。

 

ならば何故、彼女はキャスターなのか。それは彼女の境遇こそに真実がある。

 

「しおりって、どういうものか知ってる?」

 

「しおり……? 書物のページに着ける目印のような物だろう?」

 

「そうよ。しおりはまさに物語の時間を止める魔法なの。ここまでのお話は止まった時間(ページ)の中に書かれていた文に過ぎない、小さな物語だったけれど」

 

アリスは手元に何時かタイトルを名付けた大きな絵本を取りだし、随分と手前の方に挟まったしおりを抜いた。

 

「━━━な、!?」

 

「ふふ」

 

刹那、ランサーの身体に一瞬だけ違和感が生まれた。

 

しかし不快な違和感ではない。むしろ枷が外れたかのような解放感を感じる。

 

「これ、は」

 

「うふふ、ランサー。貴方の物語が動き出したのね。貴方もやっぱり、この物語に運命を左右される運命の子供達……配役者(キャスター)として予言するわ。私達の側で運命を変えるのは貴方よ」

 

「運命だと……?」

 

「そう、箱庭を、世界を変えるくらいの運命! それを運命のまま享受するか、反抗するかは貴方次第! 貴方がこの物語の主人公になるの!」

 

クルクルと身を回しながら大仰に腕を広げる。そんな動作を脇目も降らずにしていたせいか、アリスはそこを歩いていた一人の少女と衝突する。

 

「っ……無事か?」

 

しかし二人が尻餅をつく直前に二人をランサーが両腕で支える。どうやらもう一人の少女の方にも付き人はいたようで、すぐに金髪の少年が駆けつけてくる。

 

「おい大丈夫か……ったく、人込みを走るなって言っただろ」

 

「はぁい」

 

アリスより幾分か大きい少女は、しかしアリスよりもたどたどしい口調で少年に謝る。わかればいい、と言った少年は彼女の手を取ってランサーとアリスに向き直る。

 

「すまなかった。彼女を守れと命じられておきながらオレは彼女にも、そちらの少女にも危険な目に合わせてしまった」

 

「ん? いや……それを言うならこっちもだ。ガキの監督が行き届いてなかったのは俺もだからな、悪かった」

 

ランサーと少年は互いに頭を下げる。その様子がおかしかったのか、アリスはクスクスと笑い出し、少女の方は少年にべったりとひっついている。

 

「そうか……では双方監督不行き届きの痛み分けという事で引くのはどうだろうか。互いに謝罪し合っても泥沼になるだけだろう」

 

「そうだな……それじゃそういうことで。そっちの黒アリスも悪かったな」

 

「いいえ、私は構わないわ。そっちの貴女は無事かしら?」

 

「うん、だいじょうぶだよ」

 

それからランサーはもう一度頭を下げて二人と別れた。未だに笑い続けているアリスを横目に見ながら何がおかしいのかと考え続けて、答えは結局出なかったからそれ以上は考えなかった。

 

 

 

 

 

「━━━久しぶり」

 

 

 

 

 

 






キミこそが主人公だろう?(数々のマジキチ行動を幼女にさせておきながら)

それでは以下、前書きに書いてあった相談事です。











相談事、というのはサーヴァントの事です。実は一騎、オリジナルのサーヴァントを入れようかと悩んでいます。

別作品で作ったサーヴァントなのですが、もしかしたらそちらを続けるのが難しいかなぁ、となりまして。しかし(個人的に)自分が作ってきたオリジナルキャラクターの中では一、二を争う程の完成度と自負しておりそのまま埋もれるのは勿体ないんじゃないかな、と思ったことが動機です。

かと言ってこの作品はそれなりの数の方々に読まれ、評価されている作品なのでそういう方々の期待をそういったカタチで裏切ることをしたくないのもまた事実なので、勝手にやることはどうかと思ったことも相談に踏み切った理由です。

この説明だけではどうとも、という方々もいらっしゃると思うので、そういう方はお手数ですが自分のメッセージボックスにメッセージを送ってくださればサーヴァントの設定を送らせて頂きます。参考にしていただけたらと。

上から目線で物事を言ってしまいますが、この件への発言権は読者の皆様には平等にありますので、コメントやメッセージでの反応を参考に決めていきたいと思っています。

長文失礼しました。それでは次回もよろしくお願いします。



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くえすちょんすりぃ 夢みて踊るは、つれづれに



前回のサーヴァントの件、改めて活動報告でアンケートをとらせていただきます。肯定派の方も否定派の方もどうか答えてくださると嬉しいです。

あ、前書き茶番は後書きで。




 

 

「だから言っただろ。こんだけ人が多いんだから走るなって」

 

「はぁい」

 

あの後、ジャックがまた勝手な事をしないようにと思った十六夜は仕方なく彼女の手を持っている事にした。

 

彼女の左手は歳不相応なくらいにぺったりとしていて、なにより冷たかった。

 

月並みだが心配だ。今度リリに頼んで栄養素重点のラインナップにしてもらおうか。

 

まぁしかし、ジャックは"食べる"ことを知っていても食べる理由は本来ない。なのでジャックは何かの弾みが無い限りあの姿のままなのだが━━━十六夜が知るよしもないので割愛。

 

「おにぃさん、あれたべたい!」

 

「あん? ……クレープか? あんなんでいいなら買ってやるが」

 

ちょっとくらいならいいかと思い財布を引っ張り出す。一応二人分買って一つを差し出す。

 

おぉ……と感嘆の声を漏らしながらクレープを掴む。

 

「ねぇねぇおにぃさん! これどうやってたべるの?」

 

「コイツはこうやってな……中身が出てこないようにガブっと食うんだよ」

 

「黒ウサ、この前それはしたない! って言ってたよ? いいの?」

 

「いいんだよ。これはこうやって食うのがちゃんとした食べ方なんだ。ほれ」

 

試しに実践してみる。クレープの中に詰まった生クリームは飛び散る事なく生地と十六夜の口の中へと溶け込んでいく。

 

軽く何度か咀嚼して呑み込むと感動の声を挙げながら噛み跡を見やる。

 

「おおっ、想像以上に美味いな……生クリームとチョコチップの組み合わせは言わずもかな、まさかクレープの中にタルトがあるとは思わなかったぞ」

 

評論家を気取るつもりはないが、過去様々な土地に見聞を広げた彼は少なくとも同年代よりも圧倒的な知識量を持っていると自負している。その証拠に料理だって人並みにはできる。

 

が、あくまで彼にできるのは人並みであって料理は普段の素行のように大味ではない。意外なことにスタンダードで、このタルト入りクレープの感想も実は美味いより"その発想もあったか"という類いだ。

 

「あ~ん」

 

彼に倣いジャックも大口を開けてクレープにかぶりつく。だがあまりに勢いが強かったせいで端から生クリームが飛び出て彼女の頬に付着する。

 

だが彼女はそんな事気にも止めずに目の前の生地を口の中に入れ続ける。それはもう実に楽しそうに、ある種狂気的に。

 

本当に美味しそうに頬張る彼女の姿を見て十六夜はつい「横槍(ハンカチ)を入れるのはタブーか」と思う。悩ましい限りだ。

 

ジャックはとても早食いである。それは十六夜含め"ノーネーム"の一同が再始動を始めた頃から知った認識の一つ。

 

早食いとは言っても所詮は子供の速さ。どちらかと言えば「あれ? もうそんなに減ってるの?」程度の認識。

 

一分足らずでクレープの大半を食べ尽くしたジャックは勢いそのままにクレープ生地を包んでいた紙にも囓りついてしまっている。その食感にはすぐさま気がついたようで、少し苦々しい顔をして人混みの中へと吐き出した。

 

「おいコラ、今何やった」

 

「いー」

 

「………」

 

「あぅ、あぅ、いたい」

 

無言でこめかみを押してグリグリする。やられたことのない謎の痛みにジャックは目をバツ印にするという不思議な挙動をとりながら十六夜の腕をひっぺがそうとする。結論から言って不可能だったが。

 

ジャックと戯れる十六夜の姿は実に楽しそうだった。まるで一度空っぽになった器に上質な水が注がれるような、暖かい冷たさに当てられたような不思議な感覚。

 

ともすると兄妹、あるいは仲の良い親子のように見えなくもない。二人の真意はどうあれ、本物でないからこそ得難い本物以上の親愛を両者は胸に抱いていたのは違いないのだろう。

 

◆◇◆

 

一方その頃展覧会場。其処には死装束のような白い服を纏った男が呆然と立ち竦んでいた。

 

これと言って目立つ特徴もない。体格は至って平均的で半ばうねった黒髪を鬱陶しそうに扱っていて、両手に着けた手袋は彼の潔癖な性格を表している。それらも含めて箱庭ではよくある容姿だ。強いていうのであれば生まれを察することができる真っ黒とも言える肌色だろうか。

 

だが何より異質なのは彼の佇まい。立っているだけでもその存在感は外見の普通さなど忘れてしまうかのような圧倒的なモノがあるにも関わらず、素人目で見ても解るくらいに彼の眼は"腐っている"。

 

その瞳で目の前のステンドグラスを見つめているが、それは脳裏にそれとは全く違う光景が焼き付いていたからだ。

 

「………、忘れねば……」

 

忘却せよ。追憶などするな。意識してはならない。受け入れる事は弱者の証だ。

 

━━━いいや違う。受け入れなければならない。識る必要がある。真実を知ることはできない、なれば真実を追い求め、推し測れ。それこそが自分に許される唯一つの行いであるはずだ。

 

(カルマ)から逃げるな。英桀たれ。神話の中心たる父の子に相応しき誉れある者の矜持あれ。いいや逃げ切れ、オマエは英雄でも何でもない、単なる()()()だ。

 

己の脳を駆け巡る"英雄たれ"という姑息な正義感と"悪逆を為せ"という醜悪な甘言。

 

周囲の景色が真っ白になる程の葛藤に彼は度々悩まされる。それは過去、彼が犯した過ち。友に、家来に、父に甘やかされた末に犯してしまった、人生を棒に振るう程の過ち。

 

こうなると何時も外的要因がない限り彼は考え続ける。空腹になろうと、酸欠になろうと、さながら悟りを拓いたかのように葛藤し続ける。

 

━━━故に彼は幸運だった。その葛藤を抱き続けなければすぐにこの場から立ち去ったのであろうから。

 

「しっかり掴まっていなさい!」

 

「━━━む?」

 

なんの辺鉄もない言葉の筈であるのに、その凜とした声は男の意識を今際に近い宇宙から一気に重力に縛られた地上へと叩き付けたのだ。

 

振り向くとそこには赤いドレスを纏った女性がいた。気丈そうな顔付きで何かから逃れるように、しかしその瞳は逃げる事を恥だと言っているかのようで。

 

見ると、彼女の後ろには何か怨嗟に取り憑かれたかのような奇妙なネズミの大群が迫っていた。ネズミ達は脇目も振らず一心不乱に少女。追い掛けている。

 

━━━そこまで理解した男は自然、身体が動き出していた。

 

男の左手に突如銀色の大弓が出現する。矢を仕込んでいない状態で弦を引くと其処から不定形の矢が現れる。

 

「━━━ッ!」

 

最低限の力だけで矢を撃ち出す。その一矢は先頭を走る十匹余りのネズミ達を纏めて射貫いた。

 

「え……嘘……」

 

少女が唐突な助けとその有り得ない技を前に呆然と呟く。男はニヤリと笑った気がした。

 

"それでこそ英桀だ" "なぜ善行を為そうとする。貴様の存在は悪そのものであるのに"

 

「━━━黙らないか。この行いに善も悪も在るものか! 危機に陥った民を前に静観を決め込むなど貴族にあるまじき愚行、私が悪であれ善であれ、その誇りばかりは捨て去った覚えなど断じてない!」

 

自らに囁き掛けてくる煩わしい声を振り払う。

 

「穢れ無き少女を犯すか、獣風情が! 貴様らがその少女に何の用があるのかは預かり知らぬ事ではあるが、そのような蛮行は私が彼女の傍らに居る限り不可能であると知れ!」

 

ネズミの注意を引くために一層大きな声を響かせる。ネズミ達は男に殺意の瞳を向けると直ぐ様跳び掛かる━━━といったところで途端に止まり、一条の影がネズミ達を覆ったかと思うと、そこには何もなかった。

 

「まんまと逃げたか、傀儡が」

 

獣のように飢えた眼光で周囲を見渡して何の危機もないと確認すると、左手の弓を消して若干足早に少女に向かって歩いていく。

 

「お嬢さん、怪我はありませんか?」

 

「え、ええ……助かったわ。ありがとう」

 

「礼には及びません。貴族として当然の……、ええ、当然の行いですから」

 

返事が少し言い澱んだ。実のところ彼は少女を見捨てるつもりだった。「今は貴女に構う暇も時間もないのだ」と思考を再開しようとすらした。

 

が、それは彼女の恥という概念への抵抗を感じる瞳を見た瞬間にそれは変わり、身体が動いていたのだ。

 

己のような弱い心を持たない、強く誠実であろう彼女を此処でみすみす殺すのは阿呆のすることだと。

 

無論、啖呵を切った時の貴族の誇りというものもなかったわけではないのだが、それが男の真実だった。

 

━━━言い訳をせねば動けないのか、この肉体は。

 

そうしてまた自己嫌悪に陥る。だが先程のような唯々暗いものでない事は確かだった。

 

「助かりました。私は"ノーネーム"の久遠 飛鳥。よければ貴方の名を聞かせていただける?」

 

若干鼻につく物言いだが、男にとってはその言葉は違いもなく清涼剤となった。

 

「招致しました。私は……故あって本名は名乗れませんが、"アーチャー"と呼んで戴きたい」

 

「……アーチャー? もしかして、貴方サーヴァント?」

 

少女が目を丸くさせて問うてくる。特に隠す必要性も感じなかった男━━━アーチャーはコクリと小さく首肯する。

 

「サーヴァントを御存知でしたか。であれば話は早い。サーヴァントである以上真名を語る事は出来ないので……申し訳ない」

 

「いえ、構わないわ。助けて貰った立場ので私がそんな事で駄々を捏ねるなんて言語道断なのだし」

 

「失礼ですが、違いありませんね」

 

アーチャーの発言が余程ツボに嵌まったのか、飛鳥は思わず吹き出してしまう。クスクスと笑う姿にアーチャーもまた、思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「……失礼。一人ですか?」

 

「いいえ、さっきまで形式上の従者といたわ。少し気になるものがあって、それを追い掛けてしまってああなったの」

 

「あすかー!」

 

少女がそう答えると彼女の胸元から小さな精霊が出て来て彼女に抱きつく。彼女はどう対応すればいいのかわからない、という具合におそるおそる精霊を細い指で撫でる。

 

「もう、泣かないのメルン。私は無事だからそれでいいじゃない」

 

「あすか! あすかあすかー!」

 

精霊の姿に若干呆気にとられたアーチャーだったが、何かが面白かったのか少しだけニヒルな感じの笑いを浮かべ、どちらに言ったのかわからない発言をする。

 

 

「なるほど、随分とお転婆なお嬢さんだ」

 

「あら、そうかしら? 自覚はあるのだけれど改めて初対面の殿方に言われるのは少し傷付くわ」

 

「あるがままを言ったまでです。私としては花よ蝶よと愛でられた令嬢よりも多少気丈な位が好ましい」

 

男ってそういうものなんですよ、と付け加える。最後の意図したような親近感を抱く話し方は自然と少女も彼に心を許していく。

 

「そうなの? ところでアーチャーは何を見ていたの?」

 

こんな所にいるのならば何か展示物を見ていたのだろうと思った飛鳥は少々上機嫌になって話し掛ける。先程見たが、この小さな精霊のコミュニティが造った紅の巨人も素人目で見ても凄いとわかるほどの物が展示されていたのだ。

 

身近な男性が貴族、家族、十六夜と小さな子供達程度の飛鳥にとって男性はこういうものに興味を示すと思ったのだろう。

 

しかしアーチャーはそんな期待とは裏腹に大して展示物を見てはいなかった。ただ適当に渡り歩いてこの祭事に偶然足を運び、ふたごころなく静かな場所を探していただけなのだから。

 

しかしそこは強がるのが男の━━━というか、完璧であれという自責を背負ったアーチャーのしょうもない性質だ。とっさに周囲をくまなく確認してなんとなく目についた展示物に指を向ける。

 

「……あれ、ですね」

 

「あれ……って、マネキン?」

 

「……っ、ええ。あれ、です」

 

指を指してからしまったと内心で思う。見本人形(マネキン)に興味があって此処にいたなどと言ってしまっては変人奇人の類いではないか。

 

しかし、一度乗ってしまった……否、戦車からは降りられない。であれば、アーチャーは━━━

 

「良いですよね、あの人形。乳房やふくよかさ等を強調したデザインは恐らく母性を表現しているのでしょう。ともすれば奇人ともとれるような歪なデザインは赤子を育てる事への苦労の現れなのだと私は思っています。いや、本当に芸術は良い。抽象的な物にすら意味を持たせられるなど、これは人類の叡智に違いありません。恐らく作者は幼少期をそうして鬱屈とした環境で過ごしたのでしょう。ですがだからこそこのような素晴らしい才覚に目覚め━━━」

 

「………」

 

引いた。めちゃくちゃ引いた。マネキンについて雄弁に語りだすアーチャーもそうなのだが、その説明で頭に浮かんでしまった作者の像にもドン引きした。

 

確かにあのマネキンは非人間性の塊であり、どこからどう見ても歪そのもの。だがそれでいて不思議と()()を感じさせる雰囲気があるが、ここまで喋られると引くのは当たり前だ。

 

哀れアーチャー、彼は苦し紛れにガチの考察を始めたところ、更によくない展開に持っていってしまった。少し冷静に考えればマネキンについてのガチな考察を初対面の少女に聞かせるなど最早奇人以前の問題である。

 

「……ん゛っん、失礼」

 

「……いえ、構わないわ。男性はこういう……ロマニズム? を重視する傾向があると知り合いの男性に聞いているの」

 

そうはいいつつも少しだけ距離が離れている。ああ、これはやってしまったなぁ、とアーチャーは思わず項垂れる。

 

(……あら?)

 

そう思っていると、飛鳥は件のマネキンの発表者の名前が目についた。何故か無性に気になったそれは達筆な英語で書いてあったため、外国語勉強中の飛鳥には少し読み辛かったようで少し顔をしかめる。

 

「どうかしましたか?」

 

「その、申し訳ないのだけれど、あのマネキンの作者の名前を教えてもらえるかしら。外国語にはまだ疎くて」

 

「お安い御用です。……"Jack the No Face"……(かお)無しジャック、と書いてあります」

 

嗚呼、思った通りこの字はジャック、と読むのか。やはり、やはり引っ掛かる。ジャックなんて固有名詞を持つ者はそれこそ多くいるのだろう。

 

だが激しい違和感が飛鳥の中を駆け巡る。"ノーネーム"に来てから数日程過ぎた時、飛鳥達は親睦会と称して、主にジャックの事について語り合った。その際十六夜に"切り裂きジャック"というものについて聞いたところ、実に有意義な情報をいくらか提供してくれたのを覚えている。

 

━━━"切り裂きジャック"とは、切り裂きジャックの本来の名ではない。とはいえ名前も何もわからないためスコットランドヤードが着けた異名である。

 

切り裂きとは文字通り、発見された死体のあまりにも無惨な惨殺姿ととてつもなく丁寧な、それこそ人体の構造に精通しているような人間でしか不可能と思われるような殺傷の行い方を揶揄してつけられたもの。

 

そしてジャックの名の由来なのだが━━━

 

「……無貌(ノーフェイス/フェイスレス)

 

ジャックとは、所謂名無しの権兵衛。誰ともわからない人間につけられる名の一つであり、このNo Faceという文字はまさにお誂え向きなのだ。

 

無論、飛鳥はこれを造ったのは飛鳥達の知るジャックとは思っていない。だが付き合って一ヶ月以上を床を共にしている飛鳥には"それがジャックの作品でない"という確信を持てない、なによりあのマネキンから感じる息吹は不自然極まりない。

 

「アスカ、大丈夫ですか?なにやらとても深く考察していたようですが」

 

「━━━ごめんなさい。少し個人的に気掛かりな事があって」

 

「そうですか、手伝えることがあるのならば助力しますが」

 

「いいの、初対面の人に頼る程のことでもないのだから」

 

そして一気に話題が無くなった。二人とも腹の探り合いをしてなんと言い出そうか、と悩んでいた時━━━

 

「おい飛鳥、無事か!?」

 

聞きなれた声。飛鳥は心底その声の主に丁度良いタイミングで来てくれたと、内心感謝した。

 

「レティシア」

 

「突然何かを追い掛けて消えていったかと思えば奇妙な妨害に出会うはなんだと……いらない心配をかけさせないでくれ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「いや、大事なかったようで何よりだ……それで、そこの男は」

 

遅れてやって来たレティシアは訝しげにアーチャーを覗き込む。それを見た飛鳥はすぐにレティシアにアーチャーの事を説明した。

 

「……そうか、私のお転婆マスターが迷惑をかけてしまった。申し訳ない」

 

「いえ、私も一人でいるより余程有意義な時間を過ごせましたから礼には及びません」

 

そう言うとアーチャーは二人から離れ、展覧会場の出入口に向けて歩き出す。

 

「何処へ行くの?」

 

「どうやらここにも探し物はないようなので。アスカといる必要性もなくなった事ですしね、暇を戴こうかと」

 

「そう。……アーチャー、また会えるかしら」

 

およそ初対面の異性にかけるにしては奇妙な言葉だった。アーチャーの心はなんと答えるべきかと逡巡していたが、身体は勝手に貴族たれと動いてしまう。

 

「貴女が再び助けを求め、その声の届く範囲にいらっしゃるのでしたら必ずや駆け付けましょう。……これではいけませんか?」

 

「できればそんな状況にはなりたくないわね……いいわ、そういうことにしておいてあげる」

 

 






一体何者なんだ……(棒読み)

李先生が当たったことがお師さんより嬉しいエステバリスです。最近ジャックへの尽きることのない愛を叫びたくて仕方ないしロリ性能が上がったりしてペドに足を踏み込んでるんですが一つ問題が。

━━━あれ、ウチの作品ジャックの身長150で、しかもペドよりロリ寄りの性格で進行してる部分があるんだけど……

……ままままぁまぁ。EXPもきのこの言うことを真に受けているようではと言ってましたし……え、設定作ったのもデザインしたのも原作書いたのもきのこじゃないって?

……お兄さんゆるして。作者は修正するのめんど……ペドよりロリ派だからこのままいきます。



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アンサーふたつめ 災厄、振り撒くべし



今年は試練の年なので、早くとも年度末までは月一更新になってしまうかもしれません。

それともうひとつ、前に言っていたオリジナルサーヴァントについてです。

アンケートはだいたい拮抗していました。僕はこういうところヘタレなので保身に走るべきかと考えていましたが、ある方に「それが必要な事ならば出してもいいのでは?」と実体験やその時のその方の考えていた事などを踏まえてアドバイスをくださりまして。おかげで吹っ切れました。

名前は伏せさせていただきますが、この場でその方への感謝とオリジナルサーヴァント一騎の参加を表明させていただきます。

拙文失礼しました。それでは、本編Fate/Problem Childrenをどうぞよろしくお願いします。




 

 

突然だが、話は暫く日にちを遡る。

 

「幾度幾度と繰り返し、夢見て(まわ)る夢の中。幾度とページを(めぐ)(めぐ)って、出でしありす(あたし)のお友達。此より来たるは永休の鼠」

 

何処とも知れぬ屋内に黒いロリータ服を纏う少女、アリスがまるで子供の落書きのようなタッチで描かれた魔法陣の中で一つの題名が記された絵本を広げて言葉を紡ぐ。幼い外見には不釣り合いな程、女性特有の抑揚のついた声音で絵本を読み耽る。

 

アリスの周囲には殿下とその従者、そして二人のサーヴァントがいる。

 

一人はランサー、そしてもう一人は青い髪の嫌味ったらしいキャスター。基本工房に籠りきりの彼もこの光景には興味があるのか、はたまた面白い物が見られると引っ張り出されたのか。

 

いずれにせよアリスには関係がない。舞台(ステージ)を盛り上げる観客(ギャラリー)が増えただけだ。

 

「━━━告げる。汝の身は我が物語に、我が命運は汝の厄災に。物語の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ━━━」

 

その言葉を聞いた途端、一同の目が一斉に見開かれた。アリスが唱えた言葉はまさしく、多少違いがあるものの"能動的にサーヴァントを召喚する"のに使う呪文だ。

 

そう、彼女は今━━━サーヴァントを呼ぼうとしている。

 

アリスが言葉を紡ぎ終えると、魔法陣を中心にして突風が巻き起こる。肌にざわつくような不愉快な風で、ともすると命をも奪いかねないと危惧してしまう程の風だ。

 

やがて風が止むと、魔法陣━━━正確には絵本が置いてあった場所に小さな少女が立っていた。斑の衣服に身を包み、若干背丈に合わない袖を振りながら少女は挑発的にアリスに問うた。

 

「サーヴァント、アヴェンジャー……真名ではないけれど、ペストと呼んで貰えれば結構よ。問いましょう、貴女が私のマスターかしら?」

 

◆◇◆

 

「ハッ、まさかキャスターとはいえサーヴァントがサーヴァントを呼ぶとはな! 前代未聞が過ぎる! いいや、条件次第ではコルキスの魔女といった大物魔術師ならば可能か? どちらにせよこの展開は面白い、実に筆が乗るなぁ!」

 

不満たらたらな表情と声音で我を忘れ、場所を忘れ、とても楽しそうに羽ペンを走らせる少年がいる。

 

彼はアリスとは別のもう一人のキャスター。真名を"ハンス・クリスチャン・アンデルセン"。マッチ売りの少女や人魚姫といった童話を描いた世界的作家の一人であり、その時代では珍しい『完全オリジナル』の童話作家でもある。

 

「お褒めに預り光栄よハンス。なんといっても皮肉屋で、おめでたいくらいに正直なお父さんにそんな評価を賜ったらアリス(わたし)でも嬉しくなってしまうもの」

 

「それはどうも雑種娘。俺はお前達を娘だと認識している覚えはないし、俺が物語を書くのはお前達や読者のためじゃない。単に面白いからだバカめ!」

 

「……親に興味がないとハッキリ言われるのも癪ね」

 

ふぅ、と溜め息をついて巻き上がった突風のせいでついた誇りをパタパタと払う。

 

そうしていると斑の少女━━━アヴェンジャーがアリスに視線を送る。

 

「何かしら」

 

「いえ。まさかサーヴァントがサーヴァントを呼ぶ、だなんて思っても見なかったから。疑わしかったのだけれど、その手にある令呪を見れば一目瞭然ね」

 

「あら、令呪、浮かんでたのね。てっきり形式上は殿下がマスターなのかと思っていたけれど」

 

まぁ、彼女を使役するというのなら殿下でなくアリスがマスターに選ばれたというのもあながち間違ってもいないかもしれない。彼女の宝具は彼女の出自に深く関係しており、恐らくこのアヴェンジャーを含めた"一部のサーヴァント"ならばアリスは器の秘技(宝具)の副作用で"星霊使役者"同様リーダーでなくともマスター足り得る事ができるのだろう。

 

しかし出自の大部分を喪失し、自覚はしているもののある少女の経歴と混同して把握している今のアリスにはそれも理解できない話である。

 

能力に関する知識は覚えているものの、器の秘技(宝具)とのクラスの器に内包されたスキルの一部は出自が絡んでいるために思い出す事ができない。出自と関係のない部分からある程度自らの正体を絞ることはできたのだが、決定打がなくて決定的な答えが出ない事が悩み所だ。

 

「いいわ。いずれにせよ私は貴女の正体にさして興味はないもの、よろしく頼むわマスター」

 

「ええ、アヴェンジャー……と、このクラスは聞いた事がないわ。説明してもらってもいいかしら」

 

「構わないわ。……そうね、そこにいる、殿下? 達も知っておくべきでしょう」

 

「俺達もか。別段予定が詰まっているわけではないから構わないぞ」

 

さぁ話せ、と殿下は後ろに控えた魔術師風の女性が何処からか持ってきた椅子に座って無自覚で尊大な態度を取る。

 

アリスが()()()としてアヴェンジャーから離れると、彼女は静かに語りだした。

 

「アヴェンジャー、というのはその名の通り"復讐者"という意味を持ったエクストラクラス(番外の階級)よ。選定基準は恐らく、復讐という単語の化身足り得る者。例えるならば無惨な最期を遂げて民衆に"復讐者"となって黄泉還っても不思議ではないとも考えられているジャンヌ・ダルクとか、世界でも著名な"復讐者"のモンテ・クリスト伯爵とかね」

 

「それじゃ、ペスト……アヴェンジャーちゃんもそういう復讐に相応しい過去、ないし生前があるって事?」

 

黒髪の快活そうな少女━━━確か名前はリン━━━が手を上げて質問する。アヴェンジャーはそれに若干気を悪くしたようだが、そうよ。と答えた。

 

「正確にはこのペストという肉体を構築する主人格がそれに当て嵌まる、と言う感じよ。だいたいアヴェンジャーの能力は、復讐という後ろめたい概念を植え付けられている程よ。大半が人類種に対して有利な能力といった所ね」

 

「ふむふむ……ペスト、"復讐者"、人類種への天敵。成る程」

 

アヴェンジャーの説明に納得と答えを得たような表情を見せる。余計な部分を喋り過ぎたかと思ったが、個人的な部分はほとんど喋っていない事にすぐ気付いてペストは彼女の推測力に若干呆れた。因みにその後ろで「"復讐者"と来るか! 次々と俺にとって未知の現象が起きて筆が進んでしまうだろうが少しは休ませろ鬼共め!」と楽しそうに悪態を吐くアンデルセンがいたとも追記しておく。

 

「それで、アヴェンジャーとだけ言わずにエクストラクラスとも言ったんだ。俺の推測が正しいのなら、まだいるんだろう? エクストラクラス」

 

殿下の指摘にアヴェンジャーはうんと頷く。きっと話の本題は其処なのだろう。味方として可能な限り未知を既知に変えるという意図がある筈だ。

 

「勿論あるわ。うち一つが"裁定者"(ルーラー)。人に聖なる者と崇められ、サーヴァントであるにも関わらず願いを持たない異例のサーヴァント。裁定者が示す通り"聖杯"そのものをマスターにして調和のために動くから様々な特権があって正直チートもいいところだけど……あくまで暴走する者への抑止力のような一面が大きいわ。聖杯戦争そのものが大きく異常をきたさない限り現れる事はない。まぁ知りたければ各々で、といったところね」

 

自身がエクストラクラスとして呼ばれた副産物なのだろう、通常の聖杯戦争ではまず与えられる事のない、普通のサーヴァントよりも深い知識がアヴェンジャーにはある。それがアドバンテージになるかは兎も角話せと言われれば話す。

 

「他には"盾持ち"(シールダー)"銃使い"(ガンナー)、あともう一つくらいあるのだけれど……ごめんなさい、それは私の頭にも靄が掛かってわからないわ。でも基本的にエクストラクラスは召喚されないから、頭の片隅に置いておけばいいと思うわ」

 

そうか、という殿下の首肯でこの話は終わった。暫くだんまりな空気だったが、突然現れた従者の一人にある報告を受けた殿下はほう、と少し口を吊り上げる。

 

「……アヴェンジャー、アリス。サーヴァントとしての初仕事だ」

 

「何かしら。私今働いたところよ」

 

「召喚してすぐ仕事だなんて、随分とブラックなリーダーね」

 

二人の嫌味を軽く流すと殿下は従者に受け取った一枚の羊皮紙を二人に見せる。

 

「━━━あら、殿下。貴方どうやってこんなこと取り付けたの?」

 

「色々と、な。兎に角二人の仕事はそれに書いてある通りだ。頼めるか」

 

二人共問題ない、といった風に頷き返す。

 

殿下はそれに少し機嫌を良くして横にいたランサーに顔を向ける。

 

「ランサー、お前はアリスの護衛だ。ただし余程の事がない限り戦うな。お前はこちらの最強の戦力だ。無闇に情報を開示する事は避けたい」

 

「承知した」

 

そう言うとランサーは一足先に部屋を立ち去っていった。恐らくはまだ暫く先の仕事にも関わらず己の見直しや準備、といったところだろう。

 

「アリス、手筈はお前に委ねる。魔術師(キャスター)としての役目を期待以上に果たす事を細やかだが願おう」

 

「お任せを殿下。配役者(キャスター)として()()()の期待の斜め上を飛び抜けるよう努力するわ。サーヴァントとして、一つの物語として約束しましょう」

 

芝居がかった動作で応えるアリス。そうしてアリスは幾日かの間出立の準備や必用な物品を揃え、ランサーと()()()旅立った。

 

そして、今に至るのである。

 

◆◇◆

 

こんばんは、━━━━。貴女と出逢ってから(あの子)の世界は……ほんの短い間だったけど、光に溢れていたわ。

 

こんにちわ、━━━。貴女と出逢ってから私の世界は独りよがりの光から、誰かを求める闇になったよ。

 

ありがとう。

 

ありがとう。

 

だから私達は、あの子の為に殺し合うと決めたんだ。

 

 

 

 

 

━━━━━━女の物語を語りましょう。

 

しんしんと降り積もる雪の中で、海より深く、連なる山脈よりも果てしなく、灯りの無い夜のように寒く暗い物語を。

 

 

 

 

 

━━━━━━女達の物語をしよう。

 

時を越えた因縁に結ばれた、燃え盛る焰のように激しく、終わった物語から続く次なる物語を。

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━彼らの話をしようではないか。

 

後悔と思い出が導いた、祝福された闇と祝福する光の、互いを求め合う荒れ狂う(あまつ)のような話を。

 

 

 

 

 

その三つの物語全てを乗り越える時少女は、運命を導くであろう。

 

その物語を、Fate/Problem Children(運命に導かれし異端児達)という。

 

 






僕はこういう「一方その頃」的な話は断片的に描く派なのですが、問題児もFate/もこういう話こそ必要なものではないか? と思っての過去話です。あとはアリスの異常性を早めに示すべきかとも。

次回からジャック視点に戻りますよっ。お風呂回なので前回同様のほのぼのジャックです。



以下、いつものFGO茶番トーク



静謐さえ出れば結果が爆死でも構わないという不屈の覚悟でガチャを引きました。new表記が一切出ない上に☆4以上保証枠が死霊魔術でした。

爆死でも構わないと言ったけどこんな爆死望んでないっ……!

……さて、では明日か明後日かに☆5確定ガチャを引いてきますよ。後日ここか活動報告にでも書きますとも! 狙いは獅子上とインド!

結果はジャンヌでした。耐久よりのキャラがぜんっぜんいないので正直使いこなせる気がしませんが、シールダー以外で初のエクストラクラスなので嬉しいものは嬉しいです。



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くえすちょんふぉう 想い願うは、小さな成果



お待たせしました。ドキドキハラハラ、オリジナルサーヴァント初登場回。戦闘に出せない分キャラが濃い……と自負してます。




 

 

飛鳥が"サウザンドアイズ"の支店に帰ってくると、直ぐ様浴場に送り込まれた。

 

その際白夜叉と黒ウサギの白黒コンビと少々一悶着あったが、それも黒ウサギのツッコミで回避。そして今はやってきた女性陣、耀、ジャック、レティシア、そして先程の小さな精霊がやってきて少しした頃が今である。

 

落ち着いた飛鳥は湯船に浸かりながら静かに、先程起きた出来事を回想していた。

 

(……黒肌の青年。貴族と言っていたわね……じゃあ、アメリカの生まれではないか)

 

真っ黒とも形容できる肌色とは裏腹に彼の装束は清廉という言葉が衣類になったかのような白さだった。立ち振舞い、口調といい飛鳥がこれまでに何人と出会った貴族達を彷彿とさせる。

 

(でも……向こうにいた頃の私を知らないからかしら。嫌悪感はないわ……いえ、むしろ)

 

精神性に裏打ちされたような態度というのが無難か。その高潔で嘘偽りのない言葉には好意を覚える。

 

「飛鳥さん飛鳥さん」

 

いずれ敵対するのかもしれないし、共に戦う事になるのかもしれないという事から彼の素性を知りたいと思っていたはずが、いつの間にか単なる評価に変わってきていたところ、横から現れた黒ウサギがとりとめなく話し掛ける。

 

「……? ごめんなさい、少し考え事をしていたわ。何かしら」

 

「よろしければお聞かせ願いますか?」

 

「別に構わないわ。えっと━━━」

 

「そこのご主人は謎のネズミに追い掛けられていたところを黒髪黒肌の美青年に助けられて、その事を考えているのだよ」

 

「ちょ、レティシア!?」

 

「ははは、嘘ではないだろう? そら、その態度も正解だと言っているじゃないか」

 

「なにそれ気になる」

 

「なんだ飛鳥、ピロートークかの?」

 

「あつぃ……」

 

レティシアの発言を皮切りに次々と寄ってくる。別に隠す事でもないから構わないのだが、レティシアに変な風に茶化されたせいで少し躊躇ってしまう。

 

「っ……でも、そういう意味で考えていたわけじゃないわ。彼はサーヴァントで、私は彼の真名について考えていただけ」

 

「ほほう。それはまた違う方向に興味をそそられますね」

 

肩に乗っかって来た精霊をあやしながら飛鳥は二度目の回想に移る。彼女にとっては黒人というだけでも印象に残るのでわりとすらすらと話せた。

 

「黒い肌と髪をしていたわ。クラスはアーチャー」

 

「私も一目見たが、尋常ならざる存在感を放っていたよ」

 

「なるほど。しかしそれだけではなんとも……他に特徴は?」

 

「……とても大きな弓だったわね。彼の身の丈程はあったかもしれないわ。それと、まるで矢を"その場で作っている"かのように矢を射ていた筈よ」

 

その言葉に黒ウサギは更にやや、といった表情をする。

 

「矢をその場で作っての一射、それも黒い肌……となるとかなり絞られますね。例えば、"アーラシュ・カマンガー"という人物がいますが……知ってます?」

 

「聞いたことないわ」

 

「私も」

 

「たべれるかな?」

 

飛鳥、耀、ジャックとポンポンポンと否定する。やっぱり……みたいな表情をした黒ウサギはこほん、と一つ咳払いをして語り出す。

 

「アーラシュ・カマンガーというのはペルシャ神話に登場する大英雄の事です。日本においてはほとんど無名レベルの知名度なのですが……皆さんにとっての海外ではとてつもない知名度を誇る活躍をなさったのデスヨ」

 

アーラシュ・カマンガー。英語に訳すと"アーラシュ・ザ・アーチャー"。アーラシュこそが弓兵、といったような意を持っており実際にその活躍は多くの武勇を持つ英傑らをして尊敬の念を抱く。

 

それはまさしく、国造り。ペルシャとトゥランの戦争において両国の間に国境を引く事によって戦争を終わらせた救国の戦士。

 

その国境を引いた手段というのが圧巻、文字通りの大地を引き裂く射撃なのだ。ペルシャとトゥランの間に射撃地点からその距離二千五百キロメートルという途方もない距離に線を引いて国に平和をもたらしたのだ。

 

━━━が、戦いを終わらせた英雄は帰っては来なかった。その人の限界を超え国を造るという規格外の一発を放った英雄を神が許さなかったのだと後に誰かが語った。

 

英雄はその一撃を放ったのと同時に五体が四散し、死に至った。

 

「……というのが英雄アーラシュのざっくりとした物語ですね。彼は女神アールマティの加護により弓矢作成の達人だったと言われています。矢を作って撃ったのはその加護があった……とも考えられます」

 

黒ウサギの説明を聞けば聞くほど英雄アーラシュの強さが伺い知れる。

 

━━━曰く、あたかもガトリングガンの一斉掃射の如く撃ち出される弓矢の嵐。

 

━━━曰く、其の狙撃を脅威たらしめる千里眼により短時間先ではあるが、会話の内容すらも把握できる千里眼を持つ者である。

 

━━━曰く、人の世に移った人類史において神代の肉体を持って生まれた者。

 

━━━曰く、其の聖なる献身と流星の一矢による非業の死、普通の人間とは隔絶された若き頃、そして未来を見通す力を持っても尚腐る事なく、英雄であれという矜持と英雄たる器を持つ者。

 

彼を讃え、彼の悲運を嘆く詩は数多くある。イランには彼の勇姿を表した銅像すらもある。単に何故か、日本でその名を知る者がほとんどいないだけなのだ。

 

「……どうでしょう? 私は大英雄アーラシュがそのアーチャーの真名と予想してみますが」

 

黒ウサギの説明になるほど、と首肯していた飛鳥はしかし、と言った風の表情をする。まるで苦虫を噛み締めているかのようでもある。

 

「なんと言うか……そのアーラシュ、ではないと思うわ。確かに彼はアーラシュと同じ、あるいは似たような印象を受ける所もあるのだけれど。……そう、その評価や見聞にあるような高潔さは感じなかったわ」

 

「私もだ。少し会話を交わしただけだったが、彼はまるで己の人生を悔いているかのような眼をしていた。そんな眼をしている人間が民の為に命を投げ出した英雄アーラシュと言えるのだろうか」

 

レティシアも続いて飛鳥に同意する。彼女の意見は箱庭に来て日が浅い飛鳥とは違い戦う者としての直感と理解が多分に含まれていたが、飛鳥自身がその言い方に納得している以上彼女らには少なくともそう映ったのだろう。

 

「そうですか。飛鳥さんが真剣に悩んでいらっしゃるようですし、私も出来る限りのお手伝いはします。なので聞きたい事があれば是非とも私や同志達を頼ってください」

 

「ええ、恩に着るわ」

 

「耀さんも、ですよ。私も白夜叉様も、ましてや"契約書類"にも一人で勝ち抜けとは言及していません。明日の決勝トーナメント、決闘のルールにあるサポーターを使っては?」

 

と、そこで話題は飛鳥が出会ったサーヴァントから耀に変わる。

 

今日行った"造物主の決闘"の予選、耀は順当に勝ち上がって決勝トーナメントの四人の内一人に名を連ねたのだ。所詮"名無し"と高を括っていた者もいたが、それでも彼女に実力がなければここまで来るのは不可能だっただろう。

 

「必要ないよ。私、やれるから」

 

黒ウサギの提案を否とする耀。白夜叉にゲームの提案をされた時もそうだったが、彼女は二の句を言わせない程の力強い眼をしている。

 

「本人がいらないと言うのなら無理に手助けする必要はないんじゃないか? 血気に盛るのは若者の特権だ」

 

「レティシア様……しかしですね」

 

「黒ウサギ、お前はどうにも善意を押し付けようとするきらいがある。献身の象徴、帝釈天の眷属……確かにその名に相応しい程皆を想っているのは事実だ。だがそれも度が過ぎると独り善がりになるぞ。なにせそれは本質的には"自分が正しいと思った事を相手の意見を押し退けてやらせる"という事だからな。……まぁ、その点で言うなら我が主も似たようなものだが」

 

要は互いに譲歩する事を覚えると世渡りが上手くなる、という訳だとレティシアがアドバイス。飛鳥はなんとなくばあやみたいだ、と思いながら有り難く話を聞いている。

 

「ジャックもだぞ。自分はこうだと思っていても他の者達がそうとは限らないからな」

 

「う? ……うんっ」

 

とりあえず返事といった風の反応だ。まぁいずれ解るだろうとレティシアはゆっくり考えていたから特に気にしてはいなかったが。

 

「まぁそういうわけだ、耀。一人で大丈夫と思うのなら私は止めはしないが、その結果は善きにつけ悪しきにつけ、一人でやる以上は自分一人だけに帰って来るぞ」

 

「……覚えとく」

 

その言葉を最後に次々と浴場から出ていく女性陣。飛鳥は普段より汚れた身体を気にして何時もより長風呂を洒落込むのだった。

 

◆◇◆

 

一同が浴場から上がって少しの事、白夜叉の私室には"ノーネーム"の七人と白夜叉、とんがり帽子の精霊、そしてやはり部屋に似合わないソファに腰を掛けるジキルの十人が集っていた。

 

「それでは皆の衆、第一回黒ウサギの衣装をエロ可愛くしよう会議を始めようと」

 

「始めません」

 

「始めます!」

 

「始めません!」

 

ムカー! とウサミミを立てて怒る黒ウサギ。白夜叉はその姿に満足したようで珂珂、と笑う。

 

「まあまあ、冗談だよ黒ウサギ。それはそれとしてだな、おんしには"造物主の決闘"の審判をやってもらいたいのだよ」

 

「あや? それは構わないのですが……いやに唐突ですね」

 

「うむ……それにはある事情があるのだがな、それが少し面倒な事になっていてのう……」

 

はぁ、と露骨な溜め息を吐く。余程面倒な案件だという事はその所作一つでよく解る。

 

「警備に配置した者がのう、何人か行方不明になったのだよ。幸いにも比較的すぐに発見されたのだが……二、三不可解な事があるのだ」

 

「と、言いますと?」

 

「うむ、行方不明になった者達はそれぞれ連続的に行方が知れなくなったのだが、妙な事に発見された時は"全く同じ時間に、それぞれが消えたと思われる場所で、不思議な霧を伴って発見された"のだよ」

 

「ふぅん、まるで神隠し……いや、この場合は天狗隠しだな」

 

「私はこれを不法侵入……即ち魔王の一派がこの誕生祭に紛れ込んでいると考えている」

 

この誕生祭は招待状を受け取っていない"主催者権限"所有者は正攻法では通れないようになっているからな、と付け加える。

 

「あるいは祭りをいい事に便乗して騒ぎを起こした馬鹿者の仕業か。後者であればまだいいのだがな……面倒な事にこんな物もあっての」

 

白夜叉の取り出した紙片、そこには短く簡潔に『北の誕生祭にて魔王襲来の兆しあり』と刻まれていた。

 

「"サウザンドアイズ"は知っての通り"眼"の能力者を多く募らせる傾向にあるコミュニティでの、そのうちの一人は予言の魔眼、それも小規模ではあるがノウブルカラー(運命干渉)級の能力があってだな……と、これは蛇足か」

 

━━━ノウブルカラー。十六夜達のような魔術にはあまり深く関わらない人間には知り得る事ではないが、大概の場合"魔術的な先天的能力"を指す。特に他者への運命干渉を可能とするモノは確実にノウブルカラーとされている。

 

サーヴァント召喚をはじめとした魔術学においては魔眼も立派な魔術である。それこそ以前戦ったライダー、メドゥーサの持つ"石化の魔眼"(キュベレイ)も魔術というカテゴリに含まれる。

 

"眼"の力を持つサーヴァントは生まれながらにして高い魔術素養を持つのと同じ。よってある程度魔術方面に理解のある者が多いのだ。

 

あくまで蛇足のためこの辺りで一旦切りとするが。

 

「まぁかいつまんで言えば予言のギフトを持つウチの者がこういう内容の予言をした、という事だ」

 

「もし魔王の手の者が"造物主の決闘"に紛れ込んでいたとするのなら、連中は何をするのか解らない。だから白夜王は"審判権限"を持つキミに審判を務めてもらいたいと思っているんだよ」

 

「そういう事ですか……では改めて了解しました。"造物主の決闘"の審判を務めさせて戴きます」

 

「うむ、それでは審判用にこのシースルーのビスチェスカートを」

 

「着ません」

 

「じゃあジャックの着てるボンテージスーツを」

 

「着るわけがないでしょう!? そもそもサイズが合いません!」

 

「あげないよ?」

 

「貰いません!」

 

そんな事をしているとそれまでほぼ無関心だった耀が突然思い出したように白夜叉にそう言えば、と問う。

 

「白夜叉、私の明日の対戦相手って誰だか解る?」

 

「解るが、それを主催者が教えるのはアンフェアであろ? 決勝トーナメントに参加するコミュニティの名前くらいなら教えられるが」

 

ピッ、とまた別の"契約書類"を取り出す。

 

そこに書かれた二つのコミュニティ名を見て飛鳥は驚いたように呟く。

 

「"ウィル・オ・ウィスプ"に━━━"ラッテンフェンガー"ですって?」

 

「うむ、この二つのコミュニティは珍しい事に一つ上━━━六桁からの参戦でな。格上と思った方がいい。覚悟しておけよ」

 

真剣な白夜叉の言葉に耀もコクリと頷く。

 

一方、十六夜は参加コミュニティが書かれた"契約書類"を見て面白気な表情を浮かべている。

 

「ふーん、"ラッテンフェンガー"ね……さしずめ相手は"ネズミ取りの道化師"(ハーメルンの笛吹)だったりするのかね」

 

えっ━━━という飛鳥の驚きの声。だがそれはほぼ同時に発生した白夜叉と黒ウサギの声に掻き消された。

 

「い、十六夜さん、今のは」

 

「おい、どういう事だ小僧。詳しく説明してもらおうか」

 

しかし当の十六夜本人はあん? とよく解っていない様子。

 

それを見たジキルは白夜叉と黒ウサギの二人を諫めて彼女の出した質問を具体化する。

 

「すまない。箱庭に来て日が浅いキミ達には解らなかっただろう。……僕もそこまで長い訳じゃないし、あくまで白夜王に聞いた話だ。━━━"ハーメルンの笛吹"というのはある魔王の下部コミュニティだったものなんだ」

 

「何?」

 

「魔王の名は"幻想魔導書群"(グリムグリモワール)。全二百篇以上に及ぶ魔導書から悪魔を呼んだ驚異の魔術師コミュニティ……らしいよ」

 

「しかも一篇から呼ばれる悪魔は複数。何より驚異的なのはその魔導書の一つ一つに異なる強制力を持ち、独自のゲーム盤を持っていました」

 

「━━━へぇ?」

 

面白そうな玩具を見つけた童児のようか眼光を光らせる十六夜を余所に、黒ウサギは説明を続ける。

 

「しかし、盛者必衰と言いますか。"幻想魔導書群"はとあるコミュニティとのギフトゲームに敗北し、この世を去った筈なのです。……しかし十六夜さんは"ラッテンフェンガー"が"ハーメルンの笛吹"だと言いました。童話の類は黒ウサギも詳しくはありませんし、万一に備えご教授していただきたいのです」

 

もしもに備えるという事だろう。何より黒ウサギのその顔が事の重大さを示している。

 

「なるほど、そういう事ならここは我らが御チビ様にご説明願おうか」

 

「え? あ、はい」

 

突然話題を振られたため思わず生返事をしてしまったが、いざ視線が集まるとなると緊張してしまう。なんで先刻白夜叉に啖呵を切った時はあんなに冷静でいられたのだろうか。

 

「……ふぅ」

 

一つ深呼吸。大丈夫、自分なりに答えを見つけて努力したじゃないか。

 

「……"ラッテンフェンガー"とはドイツという国の言葉で、意味はネズミ取りの男。このネズミ取りの男というのはグリム童話の魔導書にある"ハーメルンの笛吹"を指す隠語でしゅ……です」

 

少し噛んでしまったが詰まって何も出ないよりマシだ。話を続けよう。

 

「大本のグリム童話には創作の舞台に歴史的な考察が内包されているモノが複数存在します。"ハーメルンの笛吹"もそのうちの一つで、ハーメルンというのは舞台になった都市の事なんです」

 

グリム童話の"ハーメルンの笛吹"の原型となった碑文にはこうある。

 

━━━一二八四年 ヨハネとパウロの日 六月二六日

あらゆる色で着飾った笛吹き男に一三○人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、丘の近くの処刑場にて姿を消した━━━

 

この碑文はハーメルンで実際に起きた事件の一つを表すモノであり、一枚のステンドグラスと共に飾られている。

 

後にグリム童話の一つに連ねる"ハーメルンの笛吹"の原型である。

 

「ふむ、では何故その隠語がネズミ取りの男なのだ?」

 

「グリム童話の道化師が、ネズミを操る道化師だったとされているからです」

 

滔々と白夜叉の質問に答えるジン。だがそれとは裏腹に飛鳥は静かに息を呑んでいた。

 

()()()()()()()()()……ですって……?)

 

アーチャーに救われる少し前を思い出す。そういえば襲われた際、不協和音のような笛の音色を聞いた事を思い出したのだ。

 

「ふーむ、"ネズミ取り道化"(ラッテンフェンガー)と"ハーメルンの笛吹"か……となれば、やはり悪餓鬼の所為ではなく滅んだ魔王の残党が忍び込み、なんらかの騒ぎを起こしたと見るのが正解……なのか? いやしかし、態々忍び込んだとするのならそのような事をする理由は……」

 

「白夜王、今はそれを考えるよりも誕生祭を穏便に終わらせる事こそが先決だろう。後で僕が"サラマンドラ"に話を着けてくる」

 

「であるな。ジンよ、その情報は有益であった。しかしゲームを勝ち抜かれたのはやや問題あり、か。サンドラの顔に泥を塗らぬよう監視をつけておくが━━━万一があればおんしらの出番だ。頼むぞ、対魔王コミュニティ"ノーネーム"」

 

"ノーネーム"の一同━━━話が長くなったせいで寝ていたジャックを除いてだが━━━は頷いて返した。しかし飛鳥の胸中には依然不安の影が渦巻いていた。

 

("ラッテンフェンガー"が魔王の配下……? なら、この子も━━━?)

 

膝の上でジャック同様すやすやと眠るとんがり帽子の精霊。彼女もまた"らってんふぇんがー"と言っていた。

 

だが、彼女はそんな邪悪な存在には露程にも見えなかった。皆にその事を伝えようかと何度も思ったが、この精霊の安らかな姿を見ては伝えられず、結局その場は解散となった。

 

丁度そんな時、ガラリと襖を開ける音がした。一同の注目が集まると、其処には誰もいなかった。

 

「……誰もいない……?」

 

飛鳥がそう呟くと彼女の真横に一人の女性が面白そうなものを見るように座っていた。

 

「きゃっ」

 

「きゃっ━━━ふふ、聞いたかしらヘンリー、白夜叉。彼女、私が其処にいたんでビックリしたのよ?」

 

心臓が止まるかと思った、なんて思いながら女性を見る。

 

一目で解るような大和撫子だ。幾分華美な格好をしているが、まるでその感想だけはあらゆる人間に共通して抱かせるかのような不思議な佇まいである。

 

「……キミは毎回毎回、普通に出てくる事を知らないのかい?」

 

「知ってるわ。でも普通を追い求めているようじゃダメなのよ。それが私だもの」

 

はぁ、とジキルは溜め息を吐く。自由にクスクスと笑う女性に着いていけなくなっており、どう説明したものかと頭を悩ませる。

 

「……えーと、彼女はサーヴァントだ。クラスはキャスター」

 

「白夜叉やヘンリーから話は聞いているわ、"ノーネーム"。はじめまして、私は"清少納言"。キャスターよ。清少納言とかキャスターとかよりは清原ちゃんと呼んで貰った方が嬉しいわ」

 

清少納言、その名前を聞いて三人は一斉に強張る。日本人である三人にとってその名には聞き覚えがあるなんてどころの話ではない。日本人にとっては知らなくてはならないというレベルの有名人だ。

 

「私、貴方達にとても興味があるの! 没落したコミュニティを再興させ、"そのついでに"世界を脅かす魔王を打倒する異世界からの訪問者━━━とても王道だけれど、主人公達はむしろ一見して王道を外れている! 一目で解る素行最悪の少年と人付き合い最悪の少女に高飛車な箱入りお嬢様! そして何よりも伝説級の殺人鬼! 最高の素材よ!」

 

耀に詰め寄ってキスをしてしまいそうになるくらいの距離で喋りかけてくる。突然そんな奇行をする日本最大級の偉人に人付き合い最悪の少女(耀)は若干引きながらうんうんと相槌を打つ。

 

「……こういう人間なんだ。まぁ、悪いヤツじゃない。けどなんていうか、自分と作品が大好き過ぎて他の事が何も目に入っていないんだ……下手なバーサーカーよりも厄介だよ」

 

「これ納言ちゃんや、耀が困っておるだろ」

 

「白夜叉、何度もいっているでしょう。納言という人間はいないわ。私の清少納言という名前は"清原さん家の少納言"という意味があると。つまりそこは納言ちゃんではなく少納言ちゃんが適切よ。あるいは清原ちゃんね」

 

清少納言の注意が白夜叉に向いた一瞬を突いて耀は全速力でその場から離れる━━━が、気付けば目の前に清少納言が立ちはだかっていた。

 

「えっ」

 

「はっ……?」

 

十六夜ですら困惑した。今清少納言は突然耀の目の前に現れた。先程まで彼女がいた場所を見ても素早く動いたような畳の乱れは見られないし、十六夜の目が正しければ彼女は"まるで霞のように消えて耀の目の前に現れた"のだ。

 

「逃がさないわよ……貴方達は私の作品の苗床になってもらうの! さぁキリキリと"ペルセウス"や"フォレス・ガロ"での出来事や蛇神との事も喋ってもらうわ!」

 

有無を言わせない視線が問題児三人に突き刺さる。ていうかショックで動けなかった。

 

ペルセウスの末裔があんなダメ人間だったとか、伝説的殺人鬼の切り裂きジャックがあどけない幼女だったとか、そんなのより彼女━━━偉大な先人として十六夜ですら少なからず尊敬していた清少納言が、こんな今まで出会った人物の中でもトップクラスの変人であったショックで……動くことができなくなっていた。

 

 






というわけでオリジナルサーヴァントこと清原ちゃんでした! 納言ちゃんって言ったら鬼の質問責めが待ってるゾ!

突然飛鳥さんの真横に現れたり春日部さんの目の前に現れたりとした理由はちゃんとあります。かなりこじつけですけど。連想ゲームが素晴らしい(白目)


以下、FGOトーク

まずは聖杯転臨が実装されましたね。皆様は誰に使ったでしょうか。推し鯖に使ったりガチ鯖に使ったり、伝説のサムライ(ドラゴンスレイヤーレベル100)やレベル100ステラといったネタ(愛ともいう)に走ったり、あるいはまだ実装されない推し鯖のために温存したりとあるでしょう。

僕は実装された日、目覚めて二時間で種火集めまくって嫁の沖田さんと愛娘のジャックをレベル100にしました。とうとうZeroイベで貯めた3億QPが尽きそうです。

続いて水着イベント。堪らないですね! なんかこう色々、たまんねーよ! あとジャックはもう水着だから水着お預けなんでしょうか? かわいいから普通の水着着せよう。あと沖田さんの水着も見たい(欲望駄々漏れ)

第二弾に来るであろう我が王やマルタ殿に備えて一周年で10枚のうちの一部の呼符とログボ分の系六枚を回しました。


水着玉藻がやって来た


勝ったぞ読者様方……この戦い、私の勝利だ……!(第一弾の本命は水着アンメアだったとは口が裂けても言えない)



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くえすちょんふぁいぶ 力を重ねて、独力で



どうも、プリヤコラボでイリヤ好きの親友をFGOという奈落に引きずり込んだ作者です。

清少納言に対する多くの暖かい御言葉、ありがとうございました! ぶっちゃけどんな苦言が来るかビクビクしてましたけど、よく考えたらあんだけ設定弄りまくってて今更オリジナルって気がしてきましたね!




 

 

春日部 耀はらしくもなく"サウザンドアイズ"に貸し与えられた一室の布団に倒れ込んだ。端的に言うと疲れたのだ。

 

清少納言に彼女にとっては思い出したくない屈辱の"フォレス・ガロ"戦と"ペルセウス"戦について鬼のような追及をされただけに飽き足りず、あろうことか彼女は自分達が元々どんな世界にいたのかまで問い詰められた。

 

流石に白夜叉が時間も時間だと言って仲裁に入ってくれたが、それでも今の時刻は余裕で丑三つ時。試合開始の時間が夕方からでよかったと安堵するばかりだ。

 

「耀さん? 起きていますか? ジン=ラッセルです」

 

さて寝よう、と思っていた頃にノックと共に聴き親しんだリーダーの声がした。ちょっとイラッとしたが、こんな時間に来たという事は込み入った話でもあるのだろうか?

 

「起きてるよ。上げた方がいい?」

 

「いえ、このままでもいいです。ただ僕が言うことを耀さんが聞き入れてくれるのなら、上がった方が都合がいいかと」

 

「………? わかった。上がって」

 

「はい、失礼します」

 

言うが早いか、ジンはさっさと部屋に上がり、一言断ると布団で転がっていた耀から少し距離をおいた場所に正座した。

 

あ、と耀が気付く。これは果たして人と会話するのに相応しい格好なのだろうかと。

 

そこまで考えると途端に赤面した耀はサッと立ち上がって、ギフトカードに持ち込んでいる水の入ったペットボトルを二つ取り出して一つをジンに渡す。

 

「ご、ごめん。私かなり失礼な格好で」

 

「い、いえ、耀さん含め皆様がふてぶてしくて失礼かつ我儘なのは承知していますので」

 

「ケンカ、買おうか?」

 

「す、すみません。つい思った事が言葉に」

 

とにかくこれでは話が進まない。ジンはひとつ咳払いをしてペットボトルを受けとると、空いている手で"造物主の決闘"の"契約書類"を取り出した。

 

「黒ウサギと白夜叉様から聞きました。耀さんは"造物主の決闘"のサポーター枠を使う事を否とした、と」

 

「……それが、何か?」

 

サポーターをつけろ、という旨の話ならば何度も言わせるなとでも言いたげに、可能な限り声のトーンを落として対応する。ジンはすぐにそれを察して「いえ、その事じゃありません」と取り繕う。

 

「決勝トーナメントに勝ち上がった"ラッテンフェンガー"と"ウィル・オ・ウィスプ"はいずれも土着信仰や知名度によってコミュニティ名になった者達です。僕も特に"ラッテンフェンガー"について知っておきたいので、決勝トーナメントの総当たり戦を控えてる耀さんと一緒に勉強でもしてみようかと思いまして」

 

「……でも」

 

「ダメですか? どうせ清少納言さんに付き纏われた疲労で寝るつもりだったでしょう? 寝てしまったら寝てしまったで勝手に切り上げますから、できるところまでやってみませんか?」

 

むぅ、と返答しかねる。わざわざ寝るつもりだったと察しておきながら誘ってきたのはギフトゲームで"ノーネーム"が名を残す手段で一番目の前にあるものとわかっているからだろう。

 

無理を言って誕生祭に来た理由とコミュニティのため、を引き合いに出されれば問題児であれお人好しでもある。加えてロクに人と交流をしなかった耀ではこの誘いを無下にする事もできないし、反論する事もできねば断る理由もない。

 

そんなわけで暫く反論を考えて思い付けなかった耀は眠たそうな眼を擦り、水を軽く一杯煽ると軽く頬を叩いてからジンの提案に頷いた。

 

「わかった。じゃあ一緒に"勉強"しよう」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

さて、そうは言ったものの、勉強とは基本的に一般的な価値観で言うと退屈なものだ。箱庭は非科学と言うべき面において便利なのだが、実のところ科学水準に関して言うならば耀のいた世界に遠く及ばない。

 

文献は書物で、食料保存はギフトカードでといったもので事足りる。冷蔵庫は基本的に存在しないし、その気になれば食料の保存程度外付けのギフトでもなんとかなる。

 

何が言いたいのかと言うと、あまりにも高水準な科学に慣れ親しんだ耀からすれば態々紙を捲ってあれじゃないこれじゃないと一所懸命になって探すのがたるい。十分で飽き始めた。

 

探したいものさえあればその名前を打つだけで全てを知ることができた情報共有万歳な環境で育った弊害だ。"勉強"が死ぬほど面倒だと思った事は恐らくこれが最初にして最大だ。

 

「……あの、耀さん。露骨に飽きてますよね」

 

「そんなことない」

 

ジンの問いは即座に反論。気が抜けた頃にポーカーフェイスを全く崩さずマッハに答えるものだから流石だ。

 

「だいたいジンより先に寝たら歳上失格だし……失格だし」

 

「二度も言わなくてもいいですよ……それに寝てしまったら勝手に切り上げるって言ってるんですから。辛くなったら遠慮なく寝てください」

 

む、と今日何度目かの不満を抱えながら再び本に目を落とした。そうまで言われれば寝てしまうと負けな気がしてきた。いいよ、だったら逆にジンが寝るまで続けようじゃないか。

 

そう思った耀は一念発起してウィル・オ・ウィスプに関する文献を眺める。

 

「………」

 

「いやいや寝るにしても早すぎるでしょう」

 

すぐにコクリと首を傾げると即座にツッコミが飛んで来る。その返答が楽しかったのか、耀はらしくない笑顔を見せる。

 

「冗談」

 

「なっ……冗談ならやめてください」

 

なにが面白かったのかジンには理解しかねた。だが同時に耀が普通に笑った瞬間を初めて目の当たりにしたジンは若干バツが悪そうにはにかむ。

 

そうしてまた会話が途切れた。元々勉強をする気で来たジンと人と話すことが苦手な耀では仕方のない事なのかもしれないが、ようやくここで今まで自分達が二人きりになって喋った覚えがない事に気付いた。

 

「……あの、耀さん」

 

「何?」

 

「耀さんのいた世界って、どんなところだったんですか? 眠らないための話題程度ですが」

 

そう、と頷く。しかしなんというか、耀にとってはあの世界が彼女基準で普通なのだ。箱庭と何がどう違うかくらいしか語れない。

 

なのでとりあえずふぅ、と一息吐きながら今さっきまで読んでいた文献に目を落として……本の一ページを綺麗に伸ばす。

 

「……本は、とりあえずこれくらい薄かったかな」

 

本じゃなくて量子タブレットだけど、と心の中で呟く。するとジンはそれに興味深そうに食い付いてきた。

 

「そ、そんなに薄い本があるんですか!? そ、そんなのでそもそも本として成り立っているんですか!?」

 

「シー、夜中だからあんまり騒がないの」

 

「あっ、す、すみません」

 

「ううん。ジンのリーダーじゃないところ見れて私も面白かったよ」

 

また顔を崩して笑う。普段無愛想で仏頂面な少女がそういう面を見せられると"そういうお年頃"に入りかけているジンからするとたまったものじゃない。

 

「クアンタムPCって言ってね。アクセサリーとか爪とか、そういうところに埋め込まれている0,0x単位にまで極小化されたチップから操作一つでモニターが出て来て、それでインターネットに繋いで本みたいに沢山情報が手に入る。そういう場所」

 

「……えっと、インターネット……?」

 

あまり馴染みのない単語だった。そこについても耀は軽く説明を入れつつ話を展開していく。

 

例えば、インターネットは誰にでも使えて、簡単に求める物を探し当てられる本のようなものだと。例えば、あまりにも科学技術が発達しすぎた結果、食事も必要な栄養分だけが入っているカプセルで済んでいてジン達の慣れ親しんだ食事という行為は変わり者の趣味嗜好だとも。例えば……人類の医学がまさしく万能の領域にまで達し、既存の病全て……内部の細胞そのものが変化することで始まる癌すらも治すことが可能なほどのものだ。

 

「そんな世界なんですか……みなさん四人とも時代が全然違っているからそれを言ったら面白そうなことになりますね、きっと」

 

「だろうね。特に十六夜なんか目を輝かせそうだよ」

 

そのまま二人は笑い合い、互いの事を差し障りない程度に話続けていると、いつの間にか相当な時間になっていたのだった。

 

◆◇◆

 

そうこうしてやってきた本番、翌日の逢魔が時。

 

ジンは少しそわそわしながら耀を除いた"ノーネーム"一同と共に先日再開した幼馴染でこの誕生祭の主役、サンドラが特別に用意してくれた運営側の席に腰掛けていた。

 

「どうしたよ御チビ。あんだけ大層な啖呵を俺達にも白夜叉にも切っておいて、今更不安か?」

 

「い、いえ。そういう訳では。ただ、場合によってはゲーム中に魔王に乱入されて僕らが駆け付ける前に襲われる、という可能性もないわけじゃありませんから、少し警戒を」

 

「ふーん、まぁでもその心配は杞憂なんじゃねぇか? "主催者権限保有者は参加者となる際、身分の開示をしなければならない"、"参加者による主催者権限の使用を禁ずる"、"非参加者は祭典区域に侵入不可"……このルールを飛び越えてやってくるっていうのはそれはそれで面白そうなのは事実だが、その気配もない。加えて、このゲームは"審判権限"保有者の黒ウサギが審判をしている上で殺し御法度のルールがあるしな」

 

ですが、と言おうとしたのをぐっと堪える。十六夜の言うことは尤もであるし、ここでリーダーの自分が弱気な態度をとればそれを見た外部コミュニティの印象も悪化しかねない。

 

なのでジンは十六夜の発言を肯定しつつ、今度は視線をサンドラに移す。

 

「サンドラ、融通効かせてくれてありがとう。一応、僕らもキミの警護くらいはするからどっしり構えておいてね」

 

「ありがとうジン。でも大丈夫、周囲にはマンドラ兄様達もいるし、最近とっても強い人がコミュニティに加わってくれたの」

 

「強い人……? ああ、そういえばサーヴァントを手にしたって聞いたけど、もしかしてその強い人?」

 

「ええ、そうよ。出て来てセイバー」

 

サンドラの言葉から数秒後、何もない空間からチューブトップに上着、短パンといかにも活動的な外見をした女性が現れ、思わずジンは驚く。

 

━━━これはサーヴァント共通の能力、霊体化だ。老齢、幼年問わず同一人物であれば聖杯の恩恵によって全盛期の姿を憑依させる。あるいは死人や箱庭にいない者を全盛期の姿で呼び寄せるというシステムの副作用によってできたモノ。

 

霊体化したサーヴァントは直接主従契約を結んだマスターを除いて誰にも視認できず、物質的な干渉を断つ事ができる。

 

中にはこの霊体化を好まず、白昼堂々姿を晒す者もいるが……解りやすい例で言うなら相も変わらず十六夜の膝を占領するジャックだったり。

 

他にも交渉の場という事で姿を晒していたメドゥーサや戦闘の心配性がないとか、外の空気に触れていたいとかいう理由で霊体化をあまりしないジキルや清少納言といった面々としか顔を合わせた事がなかったので、霊体化の解除を初めて目の当たりにしたジンは驚いたのだ。

 

「セイバー、挨拶して」

 

「あいよ。オレはセイバー、色々あって"サラマンドラ"付きのサーヴァントになったんで、宜しく頼むぜもやし男」

 

「も、もや……」

 

「気にしないでね。セイバーは口が悪いだけでいい人だから。あと、あんまり性別には触れてあげないでね?」

 

「あ、うん……じゃあこっちも紹介しないとね……アサシン」

 

一応、聖杯戦争のサーヴァントという関係にある以上は親しい中でも線引きは必要だと思ったジンは敢えてクラスでジャックを呼んだ。一瞬ジキルがピクッとなったとも追記しておく。

 

十六夜に背中を押されたジャックはとことことジンの所に駆け寄ってきた。

 

「なぁに? ジン(ますたぁ)

 

「えっと、自己紹介してくれないかな。今の誕生祭においては友好的にしてたいからさ」

 

「うん」

 

そう頷くと、一歩前に出てサンドラとセイバーの目の前に立つ。首を傾げながら両手をマントから指だけ出して━━━所謂萌え袖状態で━━━人差し指を顔の近くに持ってくる。

 

「アサシンだよ、よろしくおねがいします」

 

あざとかった。一体何故そんな事を、と思ったジンは咄嗟に後ろで座っている十六夜に目を向けた。腹を抱えて爆笑していた。絶対あの人のいらない入れ知恵だ、と直感で確信した。

 

「……お、おう。なんだ、よろしく」

 

「えっと……ジン、この子が"ノーネーム"のサーヴァント……?」

 

「……恥ずかしながら。色々見た目通りな子だから間違いなく後ろで笑ってる人の入れ知恵だと思う」

 

暫くどうしようもない沈黙があったが、いたたまれなくなったジンがそう言えば! と無理矢理話を逸らす。

 

「セイバーといえば基礎的なステータスが最も優れた最優のクラスって聞いてるよ。そのセイバーを引き当てるなんて、凄いね!」

 

「そ、そうかな? でも、本当にセイバーは強いから色々助かってるよ。今回も直接護衛してくれるって言ってくれたの」

 

「んなもん当たり前だろ。あんなちゃっちぃ癖して小五月蝿ぇヤツらが周りにいたら余計な指図されて剣が鈍るっつうの。ガキを守るのは半端者であれ騎士として当然の行為だ」

 

ああ、この人はサンドラの言う通り優しい人なんだな、と理解する。ルイオスとメドゥーサは会話をしていなかった。ルイオスが一方的に命令して、メドゥーサが嫌々従う。今思えばメドゥーサが自分を殺したペルセウスの子孫であるルイオスにあまりいい感情を抱いておらず、先祖が殺したメドゥーサを軽視していたのもあるだろうが、恐らくそのギブ・アンド・テイクの関係こそがサーヴァントとマスターのあるべき関係なのだろう。

 

ジャックはそもそも甘えたがりの年頃なので特殊なので勘定には入れず考えても、マスターを人としての立場で理解しているセイバーはいい人だと感じた。

 

「……ん、そろそろ始まるな。マスター、あと御チビも見なくていいのか?」

 

「お、御チビ……」

 

そこで未だに笑ってる人と同じ呼ばれ方をされて、ジンはまだまだ未熟なのか……と肩を下ろさざるを得なかった。

 

 






ここに来てジンくんと春日部さんにフラグが立つとは誰が思っただろうか。作者も予想がつかなかったです!

いやしかし、各々の心情とかそういうところを考えるとこの二人がこのタイミングで近づくのはなるべくしてなった結果といいますか、全部幼女がガチの殺し合いしてる事に責任を感じたりマスターの立場として前向きになったせいと言いますか。



以下、いつものFGOトークコーナー

プリヤコラボですね。イリヤ大好き兄貴達には侮辱ととられてしまうかもしれませんが、クロの方が好きなのでちょっと安心しました。でも美遊が礼装で終わるのは許さないぞ!

あ、あとようやく静謐が出ました。苦節二ヶ月くらい……長かった……ようやく、ようやっと……!

え? イリヤ? ……聞かないでね?



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くえすちょんしっくす 迷い走るは、心の未熟



お久し振りです。私今超忙しい時期です。

ですがそれも早ければ今月で終わること……来月からはまた何時も通りFGOイベントにつき一回くらいのペースで更新できればなぁ、と思います。




 

 

"造物主の決闘"参加者控え室。その一室には眠そうにしばたかせながらブーツの紐を結んでいた。

 

(結局、私が最初に戦う方は"ウィル・オ・ウィスプ"か……確か、ジンが言うには……)

 

ウィル・オ・ウィスプ。世界各地で存在する鬼火伝承。

 

堕落して死んだ一人の男が聖人を巧みに騙し転生し、それでも悪行を繰り返した事で聖人の怒りを買い死後地獄にすら行けない浮遊霊になった彼を憐れんだ一人の悪魔が煉獄の石炭を与えられ、萎びたカブをくりぬき、そこに入れたランタンを持ってさ迷う者。

 

そしてウィル・オ・ウィスプは今日の世界で愛される愉快なカボチャお化け、ジャック・オー・ランタンの派生元として存在する。アイルランドでは後者、イギリスでは前者で親しまれているのだ。

 

「でも大丈夫、ジンと一緒に勉強したんだから」

 

若干弾んだ声音だった。彼女自身その声が弾んだ理由を理解できなかったが、すぐにゲームがあるという事であまり深く考えないようにした。

 

◆◇◆

 

『長らくお待たせしました! 火龍誕生祭のメインギフトゲーム、"造物主の決闘"を開催いたします! 進行及び審判は、この黒ウサギめが務めさせて頂きます♪』

 

「いよっしゃああああああ黒ウサギィィィィィ!!!」

 

「今日こそお前のスカートの中の宇宙を見てやるぞおおおおお!!」

 

「来た、見る、勝つ!」

 

「別に見てしまっても構わんのだろう?」

 

「おお黒ウサギィ!」

 

「我らの胸に彼方(パンツ)への野心ある限り! 今日こそ見るぞ、皆の衆!!」

 

「「「a━━━lalalalalalalalalalalala━━━━iッッ!!!」」」

 

「……なに、この残念な紳士の巣窟みたいな反応」

 

思わず、嘆息。本当にあのアーチャーのような紳士は稀な存在になってしまったのだなぁと飛鳥は抱えた悩みを片手にそう思わずにはいられなかった。

 

「確かに、黒ウサギはいい容姿をしているが、これは予想以上の熱狂だ」

 

「わたしたち、知ってるよ! こういうひとたちのこと"おっきいおともだち"って言うんだよね!」

 

「……なぁ、何処でそんな言葉覚えたんだ?」

 

「う? えっとね、しろやしゃ」

 

無邪気に答えるジャックの頭を「ちゃんと言えて偉いぞー」なんて言いながら十六夜は鬼の形相で白夜叉を睨んでいた。白夜叉は、はははと笑いながらキツすぎるスルーを敢行して見なかった事にした。

 

「箱庭の貴族であり"審判権限"を持つ月のウサギが審判を勤める、ということはそれだけで両コミュニティには栄誉のある事らしいからね。それを差し引いてもこの人気には鬼気迫るモノがあるけど……」

 

十六夜の後方に座るジキルが丁寧に説明をしてくれる。だがそんな彼もこの状況の異常な熱さには疑問を隠しきれないようだが。

 

ちらり、と観客席を見るとそこはもうプロスポーツの試合と人気アイドルのライブが同時に行われているんじゃないかと思わずにはいられない程の熱狂ぶりだった。売り子を勤めているのだろう、渋い外見をした神父がキンキンに冷えた飲み物を片手に「暖めますか?」などと茶目っ気の聞いた冗談を言っている。是非とも冗談であって欲しいものだ。

 

(パンツ)置いてけ なあ 大将首(パンツ)だ! 大将首(パンツ)だろうお前!? なあ大将首(パンツ)だろお前」

 

何処からか聞こえてくる最早何が言いたいのかわからなくなっている言葉を聞き十六夜はそういえば、と思い出して白夜叉に再び目をやる。

 

「そういえば白夜叉。黒ウサギのスカートが見えそうで見えないギフトとは、どういうことだコラ。今どきチラリズムは古いだろ」

 

「フン、おんしもその程度の漢であったか。あそこの有象無象となんら変わらない、真の芸術を解せぬ愚か者だ」

 

白夜叉は聞くがいい、その耳と目で真実を探究せよ、と自信満々な目で黒ウサギに視線を移す。十六夜の言う通り黒ウサギは司会進行としてなるべく多くの顧客に自分の顔を覚えてもらうべく身体を動かしているのだが、やはりそのスカートの中身は見えない。

 

「おんしら人類は何を原動力に栄えてきた? エロか? 成る程、それもあろう。おっぱいは触ると心地が良いからな。どういう手段を使えど触れば正義。それはどんなに出来た顔を持っていようと吼えよう、『やったあああああ!!』と。そしてそれを見た同志は其奴を褒め称えよう、天才とな。しかし時としてそれを大きく上回る力━━━それが想像力。すなわち未知への期待! モナリザの美女の謎、ヴィーナス像の失われた腕。そして切り裂きジャックの真実。それらに宿る神秘は永遠に到れぬ幻想でありながら、やがて一つの境地へ昇華される。何物に勝る芸術とは、すなわち―――己が宇宙の中にあるッッ!!」

 

「━━━なっ、宇宙……だと……!?」

 

十六夜の身体に稀代の天才(おバカ様)白夜叉の雷撃か突き刺さる。

 

「言うであろう? 手に入らぬからこそ美しい物もある、と。乙女のスカートは中も、また然り! そう、下着とは見えぬからこそ意味がある!!」

 

「ま、まさか俺が一本取られるとはな……流石だぜ白夜叉。お嬢様、至急ジャックに黒ウサギのスカートと同じギフトを持った服を買ってやってくれ」

 

「十六夜くん、ジャックに早くマトモで安全な服を着て欲しいのはわかるけどその前の会話で台無しよ」

 

「ジン、セイバー。白夜叉様達は一体何の会話をしているの?」

 

「オレにもわからん。ていうかオレに聞くな」

 

「……残念極まりない会話をしているのは確かかな」

 

春日部 耀のコンディションもいざ知らず、そうして彼女は会場に出現する事になった。

 

◆◇◆

 

━━━不思議と緊張していた。

 

おかしいな。こんな勝つだけのゲームなのに、これまでみたいに失敗、敗北が=死に結び着かない事はルールで解りきっているのに。

 

会場に出てきた耀はそんな事を考えていた。

 

そして同時に結論も出ていた。

 

「アーシャ=イグニファトゥス様華麗に参上!」

 

さっきからどうにも人の視線を感じるのだ。理由は明白、実際に人が見ているから当然だ。

 

思えばこれまで彼女がプレイしたゲームは個人的、あるいはコミュニティ間での揉め合いから生まれた勝負が多くを締めている。実のところ、今より遥かに観客の少なかった予選の時点でも内心ガッチガチだった。なんとか表情だけはポーカーフェイスを保てていたが。

 

「……アーシャ=イグニファトゥス参上!」

 

(ていうか、期待かかってるっていうの……重いなぁ)

 

向こうにいた時は公式戦だからいつもより緊張した、という内容のコメントはよく見かけていたが、その立場になるとなるほど、よくわかる。

 

(でも、これはこれでワクワクする)

 

そう、だからこそ。衆人環視の中で"名無し"の自分が勝ちたい。勝って、自分達は"名無し"ではなく"ノーネーム"なのだと、教え込む事ができる。

 

春日部 耀はそのための広告塔。『ジン=ラッセルの"ノーネーム"』の強靭な牙。

 

「……ア、アーシャ=イグニファトゥス参上!」

 

「あれ、知らない人がいる」

 

「三回名乗ったわ! 畜生、何処の馬の骨かもわからねえ"名無し"がバカにしやがって!」

 

「してないよ。考え事してただけだから。それにバカにする、ていう意味ならそっちがだよ。私達は"ノーネーム"だ」

 

「ハッ、"名無し"如きが粋がるなよ。お前らは所詮名前を奪われた負け犬なんだからな」

 

「じゃあ、"ウィル・オ・ウィスプ"も"ラッテンフェンガー"も、予選落ちしたコミュニティも皆負け犬以下って事になるね」

 

「ほざけよ負け犬」

 

互いが明確に自分達のコミュニティを侮辱された事に明確な怒りを露にする。流石にこれ以上は、と危惧した黒ウサギは急いで二人の会話を引き留めることにした。

 

「さて、両選手が互いに発破を掛け合ったところで! 白夜叉様、ゲーム開始の方をお願いします!」

 

「うむ、了解した。ではおんしらが戦うゲーム盤は━━━そうさな、清原ちゃんに決めてもらうとしようか!」

 

「━━━あら、私?」

 

突然の指名にも清少納言は動揺しなかった。多分、いつどのタイミングで白夜叉が無茶ぶりを仕掛けて来るかと準備していたのだろう。その目は「むしろやってくれないと困ってた」とでも言いたげである。

 

「ふふ、そうね……では僭越ながら、"サウザンドアイズ"幹部白夜叉がサーヴァント、キャスターの清少納言めがゲーム盤を造ると致しましょう」

 

そう言うと彼女は懐に持っていた巻物を広げる。ただしそれは大和撫子のする丁寧なものではなく、まるでその場に投げ捨てるかのようなものだ。

 

広げた巻物はやがて宙に浮き、彼女の右手に握られた筆が走り始める。

 

「それでは"ノーネーム"、"ウィル・オ・ウィスプ"。私を彩る為にも貴方達の吟を吟いましょう。さあ、行き交う人々もご覧あれ! 森羅万象、天地神明。世界の理は我が真座(まくら)の語りへ!」

 

綴られる物語。

 

始まる世界。

 

彼女は配役者(キャスター)。それは魔を極める者に非ず。

 

彼女は、人を導く者なれば━━━

 

「照覧あれ、偽り亡し我が物語、然れど我に偽り在り(トゥルース・マイ・ストーリー)を!!」

 

そして世界は彼女のものとなり、景色は一変した━━━

 

◆◇◆

 

『ギフトゲーム"虚無を疾るものたち"

 

・勝利条件

一、此の世界に存在する唯一無二の者となるべし。汝、相対する者を此の世界から爪弾かせよ。

二、清少納言の世界に覇を唱えるべし。

三、対戦相手が勝利条件を満たせなくなった時。

 

・敗北条件

一、清少納言の世界からの脱出。

二、上記の勝利条件を満たせなくなった時。

 

宣誓

上記を尊重し、誇りと御旗の下、"ノーネーム"と"ウィル・オ・ウィスプ"はギフトゲームに参加します。

"ノーネーム"

"ウィル・オ・ウィスプ" 印』

 

◆◇◆

 

「なんだ……ここは……!?」

 

「もしかしてこれは……清少納言の━━━」

 

「御名答よ、春日部 耀。これは私の宝具……ジキルなんかは器の秘技、なんて呼んでいるけれど。私はこっちの方が聞こえもいいし、切り札感があって好きだからこう呼ぶわ」

 

なんの気配もなくアーシャと耀の前に現れた清少納言は楽しそうな表情を作りながら耀の頬を撫でる。自分の切り札自慢ができて嬉しいのか、若干頬が紅潮している。

 

「私の宝具、"偽り亡し我が物語、然れど我に偽り在り"は私の望むものを存在させる世界! この宝具は私の心象を世界に投影する、固有結界! でもね耀、アーシャ。この景色を見て頂戴」

 

清少納言はあちこちを指差す。二人は静かに、それに促されて清少納言の世界を見る。

 

「なんだ、ここ。何もねえじゃん」

 

「そう、そうなの。私は今正に"何もない"の」

 

「……それで、それがどうかしたの?」

 

「いい質問よ! "ノーネーム"、どうやら貴方達は私にものを喋らせる才能があるわ! ええ、気に入ったわ、改めて気に入った! その勤勉な姿に応えて私も気合いを入れて説明しましょう!」

 

その瞬間、少しだけ世界に色が着いた。これは、桃色だろうか。彼女の心象を示すという言葉をそのまま鵜呑みにすれば、彼女は今興奮状態にあるという事だろうか。

 

「この世界が指し示す通り、今の私には物語を綴るインスピレーションが決定的に欠如しているの。貴女達には私の世界を彩る役割を果たして欲しい━━━短的に言えば、私にインスピレーションを頂戴」

 

「……意味わかんねえ。変なの」

 

「解らなくても結構よ。だってそれがギフトゲームでしょう? 解らなければ解らない方が、出来なければ出来ない方が悪いのだから」

 

でも幸いよ! とも続く。未だに興奮が冷めていない様子の彼女は幾つも着込んだ和服を煩わしそうにしながら両手を広げる。

 

「私は今すごく機嫌がいいの! だから教えてあげるわ。貴女達二人は言うなれば"主人公"! つまり━━━どちらが私の描く物語の主人公に相応しいか、競い合いなさいという事よ!」

 

━━━これ以上にないくらいに単純で明快だった。つまり彼女は、最後に立っていた者が勝者だと言ったのだ。

 

それを聞いたアーシャは笑いながら指をパキ、ポキ、と鳴らす。

 

「へっ、回りくどい事言ってないでさ、相手をぶっ倒せって言えばいいんだよ。それじゃあ行くぜジャック!」

 

「YAッFUFUUUUUUUUUUUUU!!!」

 

アーシャの言葉に応じるように彼女の側にカボチャ頭の浮遊霊のようなものが現れる。

 

「……負けない」

 

対する耀もまた、ファイティングポーズを取りながらアーシャを見据える。ジャックは眼中にない、さっさとアーシャを倒してこっちが勝つとでも言わんばかりにだ。

 

「それでいいわ。さあ早く、私にインスピレーションを頂戴な!」

 

その一言を告げるとまた、清少納言は霞のように消えた。それが戦闘開始の合図ともなり、耀が先手を打って駆け出す。

 

「ふっ!」

 

「上等だ!」

 

耀が全身に風を纏い、アーシャもまた大地を隆起させて道を塞ぐ。だが、それでは足りない。

 

耀は纏った風を右足に収束させると、カッターのような圧力となった風で大地を切り裂いて障害物を取り除くと、一気に距離を詰め始める。

 

「畜生! 焼き払えジャック!」

 

「YAFUUUUU!!」

 

「っ、ちぃ━━━」

 

足に纏った風が炎を飛び散らせ、耀が動きを止める。当然、アーシャは絶好の機会であるそれを逃すわけもなく、隆起した地面を直角に曲げて耀の顔面を叩き潰しにかかる。

 

「こん、の」

 

間一髪、風のブースターを全力で吹かせて下半身を勢いよく浮かせる事で上半身を強引に動かして躱す。

 

そしてそのまま逆立ちの要領で両手を地面に着けると今度は風を腕に纏い勢いよくハンドスプリングをして三次元的にアーシャへ急接近する。

 

「貰った」

 

「YAFUFUUUUUUUU!!」

 

だが、振るった一撃はすんでのところでジャックが防いだ。自分から言い出した事だから羨ましいとは思わないが、二対一はかなり不利なものがある。なんとかして、あのカボチャ頭のジャックを抜いてアーシャに攻撃を仕掛ける必要がある。

 

(苦労、しそうだなっ)

 

そう思いながら道を塞ぐジャックに揺さぶりをかけながら隙を見せるタイミングを伺う。

 

対してジャックもその意図を読んでいたのか、耀を観察するように相手をして来ない。

 

少しでも余裕を崩せば結果の揺れる状況ではあったが、その終焉はあっさりと訪れた。

 

「動く気がないんなら、さっさとやられちまえよ!」

 

「━━━!」

 

「動いた━━━今だ、頼んだぞジャック!」

 

「YAッFUFUUUUUUUU!!」

 

痺れを切らしているアーシャの様子を見た耀は揺さぶりを掛ける。彼女はまんまとそれに乗せられ、ジャックに攻撃指示を飛ばした。

 

変則的な軌道で放たれた炎には全身で纏った風で吹き飛ばし、強靭な脚力でジャックを追い抜く。

 

ジャックさえ目の前からいなくなればそこにいるのはアーシャだけ。耀は心の何処かで勝ちを確信し、自身の両手を掴み、アームハンマーを作り彼女へ叩き込む━━━━

 

「━━━悪い、()()()()()()!」

 

「ええ、承知しました。アーシャ」

 

刹那、耀とアーシャを遮るように先程追い抜いた筈のジャックが姿を現した。

 

しかも、先程のような耳障りな笑い声ではない。とても落ち着いた、紳士か何かのような声で。

 

「な━━━」

 

驚きはしたものの、その動作を止める事は出来ない。そのままジャックに致命打を与える事が正解だと断じ、腕を振り降ろす。

 

それが最もやってはいけない解だと。多少無茶をしてでも距離を取り直しべきだと気付かずに━━━

 

バギンッ、という音と共にジャックのカボチャ頭の半分が砕け散る。其処にあったのは人の頭でも人形の頭でも、空でもなく、鬼火。

 

それに驚く暇も与えられず、反撃をくらう。頭部に一撃を貰ったものの、すぐに体勢を立て直す。

 

「ヤホホホホホ!! 考え得る限り最悪の手を選んでしまいましたねお嬢さん! いやしかし━━━私が聖人ぺテロに烙印を刻まれしジャック・オー・ランタン(不死)その人である事を知らぬのならば致し方のない事ですが!」

 

「━━━贋作(レプリカ)じゃなくて、本物!?」

 

「然り! 私は作られし物、しかして其処に在る本物! 子供達を笑顔に変えて、悪しき子供を更正させて、すべからくそれらにお菓子を配る愉快な南瓜! なればこそ、我が子アーシャに慈悲を示し、間違いを犯している貴女を更正させましょう! 聖人ぺテロが遣い、カブ灯篭の悪魔ジャック・オー・ランタンの名に懸けて!」

 

ヤホホホホホ! と愉快な笑声を挙げるカボチャのジャック。だが耀はそんな彼の名乗り一つ一つよりも気になる言葉にだけ耳が向いていた。

 

「……私が、間違いを犯している?」

 

「然り、です。貴女は子供が犯してはならない過ちを犯しています。私がジャック・オー・ランタンなれば、それを正す必要があるのです」

 

「貴方に道を示されるつもりはない」

 

「いいえ、示す事はできずとも、正す事はやらねばならないのです。それが私が在る理由であり、貴女に"わたし"(ジャック)として立ち塞がる理由なのです」

 

正直なところ、耀はジャックの発言に苛ついている。ふざけるな、何故部外者に指を指して「間違っている」などと言われなければならない。私は私が正しいと思った事をやっているんだ。

 

私は、"ノーネーム"の為に尽くそうとしているのだ。

 

「さてアーシャ。貴女には申し訳ありませんが、彼女は私が相手をせねばならないようです。差し出がましい事だとは承知ですが、御許しを」

 

「いや、いいよジャックさん」

 

そうやって私の意思を無視している。何故? どうして否定するの? 私は"ノーネーム"のために━━━小さな子供に戦わせてしまっている事を良しとしている私自身が情けなくて、強く在りたいのに。

 

だから私は強くないといけない。変わる為に箱庭に来たのに、これじゃ動物と話せるというだけで私から居なくなった向こうの人達と、それはそういうものなのだと受け入れていたあの頃と何も変わらない。

 

勝たないと、私は"ノーネーム"に居られない。いてはいけなくなってしまう。

 

だから、道を塞ぐなよ。邪魔をしないでよ。私に、あの場所に居させてよ━━━!

 

「っ、あああああ!!」

 

「ヤホホ、力はある。ですが余りに単純!」

 

「邪魔するな、邪魔するな、邪魔するな邪魔するな邪魔するな邪魔するな邪魔するなァ!!!」

 

「しますとも! それが貴女の為となるならば!」

 

炎を纏う右腕が突き刺さる、痛い。風を纏う左足がカボチャ頭を叩き割る。手応えがない。

 

心臓部に拳を繰り出す、心臓があるはずの場所には何もない。

 

「知っていますよ、春日部 耀嬢! 貴女は自身の無力さを恨んでいる! 貴女は今、自分より遥かに幼い子供が自分が潜り抜けた危険よりも遥かに危険な場所に置かせてしまっている事に罪悪感を感じている!」

 

「なっ━━━!?」

 

「ですがそれは何故でしょう!? 彼女達(ジャック)が幼いからでしょうか!? 故に情が移ったのでしょうか!? それこそ何故!? 彼女はサーヴァント! 言わば亡霊でしょう! 何故、そんな彼女を幼いからという理由で手を差し伸べそうとするのです!?」

 

「知ったような風に!」

 

「知っていますとも! "わたし"はずっと貴女達を見ていた! なればこそです!」

 

「このっ━━━」

 

怒りに任せた一発は空を切る事も、直撃する事もなかった。ただそれは、あっさりとジャックの手に阻まれてしまった。

 

「解っているのです。私は解っている。故に悲しいのです。彼女達(ジャック)が貴女達の重荷になってしまっている事実が。なので春日部嬢、貴女は今少しだけ、落ち着いて周りを見渡すべきです」

 

首下に軽く手刀が落ちる。的確に人体の弱点を突いたその一発は耀の意識を容易く奪い、その身体がよろけて倒れる。

 

「ぁ━━━」

 

「頭が冷えたのなら今一度私の下にいらっしゃい。その時は落ち着いて、話をしましょう」

 

こうして、春日部 耀の初めての公式戦の大舞台は惨敗という結果に終わった。

 

 






春日部さんイジメるのが楽しすぎて後半筆が乗りまくりました(中学生並の感想)

まぁ元々こうする予定だったのですが、楽しい! 楽しすぎる! なんか彼女、イジメてオーラみたいなのがあるんですよね。わかりません?



以下、いつものFGOトーク

えー、更新してない間に色々ありましたね!

ネロ祭。爆死しました。あと令呪込みならフィナーレ勝ち筋があると検証し、令呪回復を待っていたら修正されました。怒りとも喜びともつかない感情に支配されながらノーコンクリアしてきました。虚しさが胸を締め付けましたが、あの難易度はリアルネロもかくやというばかりの圧政でしたね。あの難易度でも勝てた人がいたのだから皇帝の出来レースだったリアルネロは何処まで暴君だったのかと。

そして復刻ハロウィンに16ハロウィン。復刻はQPが潤いました、邪ンヌのスキル上げのために刹那で消えましたが。あと爆死しました。EX公が欲しい人生だった……!

さらにさらにぃ!? EXTELLAのニコ生です。ノッブもいない、マフィア氏はルールブレイカーしたせいで反則退場をくらい、女性陣+一人と心配だったのですが、案外大丈夫でしたね。アニメ楽しみです。リアル皇帝特権ありがとうございますジャッ丹下さん!

でもってEXTELLA発売直前記念です。僕はなんか選ぶ人少なそうなのでギルを選びました。その直後に呼符でジャッネロちゃまが出ました。ネロちゃま選ばなくてごめんなさい! よくよく考えたらネロちゃまもジャックも丹下さんだったから一択だったのにちくしょう!

それでは皆様、また次回!

あ、今月いっぱいまで大事な時期なのでEXTELLAがプレイできません。なのでネタバレはしないでくださいね! 作者との約束だゾ!



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くえすちょんせぶん 空を覆うは、魔の兆し



忙しくなると言ったなあれは嘘だ! 忙しくなったのは事実だけどこうして何日かかけて投稿する余裕はあった!

もののついでにEXTELLAもプレイしましたさ! 後半涙腺がぶるっと来ましたね! おっとまだ菌糸類の定めたネタバレ禁止期間は過ぎてませんね、失敬。

今回は少々文字数少なめです、では。




 

 

「……終わったか」

 

耀の敗戦を目にした十六夜はぽつんと呟く。

 

「ええ、負けてしまったわ」

 

付近に座る飛鳥も同調する。二人はただ、敢えて結果にだけ触れていた。

 

(春日部さん……焦っていたのね。わかるわ、私にも痛いほど。だって私も)

 

本質はどうあれ子供のジャックに殺し合いなどしてほしくないから。サーヴァントだとか、切り裂きジャックだとかは関係無く、彼女がジャックなのだから戦って欲しくない。

 

内心、あまり感情を表にしない耀が自分と同じ感情を抱いていた事に喜びもした。だがそれでどうになると言うのか。"審判権限"によりギフトゲームの参加が稀有な黒ウサギと文字通り規格外の力と知識を持つ十六夜に、殺し慣れているとでも言うように駆け回るジャックの三人に比べれば耀も飛鳥も未熟者。中途半端な力で中途半端な心配をする事こそいけない事なのか、と思わずにはいられない。

 

(それに……また謎が増えてしまったわ)

 

小さな精霊に"ジャック"の名前を冠した何者かが造った人形。そして二人の"ジャック"。精霊の件だけでも頭を抱えたくなるというのに、この仕打ちはなんなのだ。

 

(この子の事はともかく、ジャックの事は皆に話すべきよね)

 

そう思いながら彼女は服の内側に隠れている精霊を撫でる。精霊は「あすかー?」と言いながらその指に甘えている。

 

「大丈夫よ、貴女は何も心配はしなくても━━━」

 

飛鳥の精霊を元気付けるための言葉は最後まで紡がれなかった。

 

「━━━え、何、あれ……」

 

空に浮かんだのは黒い羊皮紙。ただの羊皮紙ならいい。それはギフトゲームのルールを示す物なのだから。

 

だがあれは、ああ、あれはただの"契約書類"ではないと飛鳥も直感で理解する程に異質だ。

 

やがてそれに書かれた内容が皆の目に入る。そこには決闘場という華々しさの溢れる場には不釣り合いな物で━━━

 

『ギフトゲーム名"The PIED PIPER of HAMELIN"

 

・プレイヤー一覧:現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ。

 

・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター:太陽の運行者・星霊、白夜叉。

 

・ホストマスター側勝利条件:全プレイヤーの屈服・及び殺害。

 

・プレイヤー側勝利条件:一、ゲームマスターを打倒。二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

"グリムグリモワール・ハーメルン"印』

 

そう、その黒い羊皮紙はつまるところ━━━

 

「……ま、魔王が現れたぞオオオオオオォォォォ━━━!!!」

 

これから始まる狂演の、オープニングなのである。

 

◆◇◆

 

「……さて、相手になるのはざっと四人ってところかしら?」

 

慌てふためく闘技場の上でケラケラと笑う銀の踊り子のような服を着た女性が言う。

 

「いや三人。"ジャック・オー・ランタン"がここにいるのは展示品としてだ。ゲームルールを満たしていない」

 

参加者には入れんさ、と黒い軍服を着て巨大な笛を携えた男が呟く。

 

男と女性の後ろに控えるその巨人はなにも言わない。当然だ、造り物なのだから。

 

そして二人の真ん中にいるのはアヴェンジャー。彼女は多くを語らない。二人の会話に耳を通しているだけ、とでも言おうか。

 

「いや、四人だ」

 

そして━━━また別の声。

 

三人がそちらに目を向けると、そこには黄金の鎧と白髪を持つランサーと、彼に抱えられたアリスがいた。

 

「向こうにはもう一騎サーヴァントがいる。それも知名度で言うならばトップクラスだろう」

 

「あら、これはご無沙汰をしているわ槍兵殿。して、その真名は?」

 

「あら、あら。教えて欲しいの? 向こうは私達を何も知らないのに?」

 

クスクス、とアリスが挑発的に笑う。女性はその物言いに何かを言おうとするが、アヴェンジャーが彼女を止めるとアリスの方を向き、言葉を発した。

 

「教えて頂戴マスター。ここで私達が白夜叉と多くのコミュニティを傘下に加えればそちらにも有利になる事は目に見えているでしょう?」

 

「ええそうね、アヴェンジャー。確かにその通りだわ。……じゃあ、教えてあげましょう」

 

アリスは勿体ぶるように、大仰に腕を広げる。舞い散る黒い"契約書類"に祝福をしているようにも見えるその動作はまさしく、彼女の今の心境そのものなのだろう。

 

「サーヴァント・アサシン! しかしてその真名は、切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)!! 死界魔霧都市(ミストシティ)ロンドンでその恐怖に怯えた者は姿亡き者に寄っても見えず! その伝説に震えた者達は音にも聞いた! あの伝説級の殺人鬼、小さな小さな怨念の少女!!」

 

どう、どう!? どうかしら!? アリスは愉しげに叫ぶ。その一句一言に込められた感情は果たして、このような小さな少女が発して良いものなのだろうか。

 

「でも安心して、ジャック(あの子達)ジャック(あの子達)が信頼を寄せる少年は私達で抑えるわ! マスターとして命じましょう。サーヴァントアヴェンジャー、そしてアヴェンジャーに従う従者達。貴女達は━━━魔王として思うがままに暴れなさい!」

 

「━━━承知したわ、マイマスター。それじゃあラッテン、ヴェーザー。ゲームを始めましょう」

 

「はい、マスター。邪魔する者は」

 

「殺しなさい」

 

「了解だ」

 

◆◇◆

 

闘技場の真ん中に未だ佇む清少納言は震えていた。パニック状態に陥る民衆など目にもくれず、舞い散る羊皮紙を仰ぎ、上を見上げている筈なのに、顔が見えない。

 

「もし、ミス清少納言? 貴女は戦闘力などないでしょう? どうかお早く避難を」

 

「そうだ、アンタ仮にも"主催者"のサーヴァントだろうが」

 

ジャックとアーシャが耀を抱えながら動こうともしない清少納言に語りかける。だが彼女はその心配から来る発言すらも耳には入っていない。

 

「━━━な、」

 

ふと、彼女は震える身体を抑えながら呟いた。

 

「「な?」」

 

二人もそれに反応する。フルフルと震える清少納言はやがて、両手を頭に押し付けて大きく仰け反る。

 

「なんて事! なんて事なんて事なんて事!! なんて━━━なんて、()()()()()()()()!?」

 

「「━━━は?」」

 

それまでパニックになっていた民衆でさえもその声を聞いて平静になってしまった。今この女は何と言った? 今ハッキリと、魔王の襲来を好みの展開と言ったのか?

 

「ふふ、ふふふ、ふはははははは!! いいわ、いいわ! まさか白夜叉の仕掛けた対魔王の守りをすり抜けてやって来るだなんて! ああ筆が進む! この展開を物語の前置きを読んだ後のプロローグだとすれば━━━ああ! なんて壮大! なんてエゴイスティック! なんて絶望的で希望的なんでしょう!?」

 

清少納言の笑い声が響き渡る。ひときしり叫び終えると彼女は再び空を見上げる。

 

「さあ戦いなさい勇者達! 戦って、私好みの物語を綴る為の原子になって分子となって、遺伝子となって組織となって臓器となって、物語そのものになるがいいわ!!」

 

◆◇◆

 

清少納言の叫び声を聞いたジキルは思わず歯噛みした。全くこれだから、と。

 

「これだから作家という生き物は━━━いや、作るという意味では僕も同じか」

 

彼もまた、広義的には作家なのだ。だが彼の場合は清少納言のように、自分のやりたい事をやって偉名を刻まれたのではなく、すべき事をやろうとして忌名を刻まれた者。

 

「白夜王との約定だ。魔王、箱庭の危機とあっては僕も、正義の味方として魔王の軍勢と相対しよう」

 

彼女に乗せられるのは癪だが、とも付け加える。

 

「此処に集いし勇者達! 僕は白夜王がサーヴァント、アサシン! 自らの武に覚えがある者は混乱を諌めたキャスターに感謝し、魔王と相対せよ!」

 

キャスターに不用意な不満が及ぶのは宜しくない。今士気に影響を及ぼされるのもそうだが、なにより彼女を使役する白夜叉の信用をこんな下らない要素で落とさないように。

 

「戦え、戦うんだ! 見事魔王を打倒した暁には白夜王がサーヴァントとして、白夜王より何らかの褒美を授ける事を約束しよう!」

 

そう言うとジキルは自らを縛る"無力の殻"のギフトを解除し、落ち込んだ身体能力を解放する。

 

無力の殻、その力は能力を幾つか封印する代わりに自身をサーヴァントと感知されなくなるもの。

 

こうして自身の霊格を解放する事でジキルは自身を囮にする算段なのだろう。

 

次いで、"怪力"を解放。柔和な姿からは想像もつかない力で、数秒跨いで上空に居る魔王の軍勢に肉薄をした。

 

「なっ━━━二人目だと!?」

 

軍服のヴェーザーの驚愕した言葉の通り、既に其処にはもう一人、十六夜がランサーと打ち合っていた。

 

「おう、アサシンか! まさかお前にそんな馬鹿力があったとは━━━あ、いや。出来ないでもないか?」

 

「残念な事にね。さて、魔王の軍勢。僕はサーヴァントアサシン。死合おうか」

 

「言ってろ優男!」

 

ヴェーザーの握る魔笛とジキルのナイフがぶつかり合う。ジキルの力はかなりの物で、両手に収まりそうな小さな得物でヴェーザーの巨大な武器を押さえきっている。

 

横目で十六夜を見ると彼とランサーはその場を離れていく。乱戦となってサーヴァントの防御補正を働かせない為だろう。

 

「なにやってんのヴェーザー! そんな優男一人、さっさと殴り殺しなさい!」

 

「わかってるよラッテン! だがこいつ、想像以上に重い!」

 

銀の服の女ラッテンがヴェーザーに激を飛ばす。それを聞いたヴェーザーは腕に力を籠めるが、ジキルはそれでもビクともしない。

 

「自白してしまったね、()()()()()()()()()! ならば今の女性は、ネズミ取りの道化(ラッテン)か!」

 

「ちっ、頭も切れやがるか!」

 

「童話は実は少しだけ齧っていてね、ハーメルンの笛吹は僕の研究の着想にもなった。善悪の彼岸という点でね」

 

ジキルの足が拮抗する笛を蹴り、拮抗状態を破る。明確な隙を晒したヴェーザーに彼はナイフを突き立てようとし、すんでのところで腕を掴む。

 

「ぐっ……」

 

「押し切れない……!」

 

「くそ、力が互角となれば根比べか……?」

 

いや、とヴェーザーは直ぐ様自身の発言を心の中で撤回する。このままでは自分達は地上に落ちる。となれば地上1,000メートルから着地した衝撃が待っている。これに耐えたとしてもまずマウントポジションを取られる。

 

たらりと冷や汗が垂れる。早く打開策を講じねば詰みだ。かといってこの膠着状態から逃れようとすれば向こうは容赦なくこちらを殺しに来る。

 

「くそっ……!」

 

だが、地上1,000メートルからの落下に向こうも耐えられるのか? という疑問も同時に生じた。だがそれは直ぐ様耐えられる、という結論に達する。

 

相手は聖杯戦争ではキャスターに次いで非力なアサシンとはいえ、サーヴァントなのだ。頑丈じゃない訳がない。それにそもそも、飛べない身で空中戦を仕掛けたという事は耐えられるという事なのだろう。ともかく、ヴェーザーは片手で魔笛を振るおうとするが、ジキルの片腕で制止される。

 

「テメエ……何処の英霊だ? こんな規格外な力を持っていてアサシンだと? じゃあなんだ、お前がジャック・ザ・リッパーか?」

 

「生憎だが不正解だよ。僕はそんなものじゃない、もっと醜悪な生き物さ」

 

「言ってろ━━━」

 

そうしているうちに地表が見えてきた。未だに二人は膠着状態。どちらかが一瞬でも逡巡すれば、その状態は途切れる。

 

ジキルに迷いはない。ヴェーザーは迷っている暇がない。であれば二人は地に落ちる流星が如く地表に着地するのは、当然だった。

 

結果はヴェーザーの予想通りだった。自分も向こうもダメージを負ったが、マウントポジションはジキルが取っていた。魔笛で反撃しようにもその長大さがかえって足枷となってしまっている。

 

「ぐっ、ぐがっ……!」

 

「……勝負、ぐっ……ありだ。ヴェーザー河の悪魔、お前にはここで消えてもらう」

 

「ハッ……消えるかよ。例え死んでもテメエを殺してやる……!」

 

「……それが、遺言か」

 

ジキルが静かにナイフを掲げ、ヴェーザーの首に突き立てる━━━

 

その時だ。

 

「“審判権限”の発動が受理されました! これよりギフトゲーム“The PIED PIPER of HAMELN”は一時中断し、審議決議を執り行います! プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください! 繰り返します―――」

 

「なっ━━━!?」

 

「……まさか、敵に助けられるとは」

 

黒ウサギのこの場を勇める為の正しい判断は、とても悪いタイミングで起こってしまったのだった。

 

 






幸運Dは伊達じゃなかった。ともかく運が悪いですねジキルさん。

不用意に殺したらつまらないし、こーいう終わり方もいいかな、と。



以下、いつもの茶番トーク

さて、やって参りました復刻クリスマス! ジャックかわいいよああああああジャックジャックジャックアリス! またあの二人のお願いとサンタさんの優しいところを見れるとなると胸が熱くなりますねジャック!

さて、僕は知り合いの人が何人か晴れておかあさんになったり宝具レベルが上がったおかあさんがいたりとご満悦です。うへへへジャック。


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アンサーみっつめ 彼女とサイカイを



なんだかやる気に満ち溢れているので連日投稿です。

ジャックかわいい




 

 

円形のカタチをしたテーブル。そこにはサンドラ、マンドラ、セイバー、ジキルと彼女らと相対するような位置に座る斑の魔王、アヴェンジャーが。そして五人のになって仲裁をするような位置に黒ウサギが座っている。

 

そしてサンドラ達の傍らにはジン、十六夜、ジャック、清少納言。アヴェンジャーの側にはラッテン、ヴェーザー、アリス、ランサーが佇んでいる。

 

「━━━それではこれより、ギフトゲーム"The PIED PIPER of HAMELIN"の審議決議を始めます」

 

黒ウサギの緊張した面持ちの発言と共に、それが始まる。この決議が始まった理由は至極簡単。ゲームには"参加者"側のゲームマスターに白夜叉が任命されているにも関わらず白夜叉が参戦条件を満たせず封印されたという件についてだ。

 

参加を命じられているにも関わらず参加できない。端から見ればどう考えても不備、あるいは不正。そう断じたから黒ウサギの"審判権限"でゲームを中断させた、というわけだ。

 

「ではまず"主催者"側。"グリムグリモワール・ハーメルン"に問います。今回のギフトゲームについて」

 

「不備はないわ」

 

即答した。何の迷いもなく。

 

「……受理しても宜しいので? 黒ウサギの耳は箱庭中枢と繋がっています」

 

「ないからないと言っているの。こちらは無実の罪で訴えられているようなものよ。言いたい事、わかるかしら?」

 

「不備がないとわかればそちらに有利になるようゲームを再開させろ……と?」

 

「そんなところよ」

 

「……そうか。黒ウサギ」

 

はい、と黒ウサギはウサミミをピクつかせる。状況が状況でなければ面白い光景だ、と笑ってやりたいところなのだが。

 

やがて黒ウサギは神妙な面持ちになる。それは誰も答えを求める必要がない程、わかりやすい表情だった。

 

「……ただいま箱庭中枢から回答を戴きました。ホスト側には何の落ち度もない、と。白夜叉様の封印もルールに則った上での正当なものであるとも」

 

「当然ね、それじゃあゲーム再開の日取りを決めましょう」

 

「日を跨ぐのですか?」

 

珍妙そうにサンドラが問い返す。アヴェンジャーは不敵な笑みを浮かべながらええ、と言う。

 

「"箱庭の貴族"、延長は最大で何時まで?」

 

「延長期間、ですか? そうですね……今回のようなケースであれば、一ヶ月程かと」

 

「じゃあそれよ。一ヶ月後」

 

アヴェンジャーはそれだけ言うとさっさと席を立とうとする。だがその瞬間━━━

 

「「「待ちな/待ってください/待ちなよ」」」

 

遮る三人の男の声。それは十六夜、ジン、ジキルによるものだ。

 

「……何かしら? 時間を与えられるのが不満?」

 

「いや、不満ではないよ。むしろ嬉しいくらいだ。……でも、それは事と場合にも依るし、そもそも一ヶ月というのは戴けない。だけど理由は……"ノーネーム"に譲ろう」

 

「お? いいのかいアサシン。そんじゃあ……ジン坊っちゃん、先に言いな」

 

「あっ、はい。では主催者に問います。貴女の傍らに立つ笛持ちの男女はそれぞれラッテン、ヴェーザーと聞きました。そして現れた巨人はシュトロムとも。そして其処の十六夜さんには残りの二人の男女はサーヴァントとも聞きました。恐らく貴女達とは深い関係は無いものと断じて言います。……貴女はもしや、"ペスト"ではないですか?」

 

「答える義務はないわ」

 

ペスト、その名を聞いてマンドラやサンドラもどよめく。清少納言は何の反応も示さないが、内心は恐らく……といったところか。

 

「おい御チビ、そのペスト? っていうのは何なんだ」

 

状況がわからないセイバーはその名を出したジンに問う。ジンもそれに答えて軽く頷いた。

 

「ペスト、ていうのは疫病の一つだよ。五世紀に一旦ヨーロッパで流行して、十四世紀に爆発的な被害を与えた病気の事さ」

 

ペストによる死亡者の総数は約8,000万。当時の世界人口の実に三分の一の人間を死に至らしめたという恐怖の病。

 

第二次世界大戦の死亡者数を優に上回る。十六夜の生きた時代こそ原因や対策等が確立し、その脅威は鳴りを潜めているものの、その名は未だ世界に恐怖という功績を残している。

 

「義務は無くとも答え合わせはできます。貴女のギフトは"黒死班の魔王"(ブラック・パーチャー)と聞いています。ハーメルンの笛吹に関連した何者かであり、その名を冠するとあればその答えは自ずと辿り着けますから」

 

「………」

 

「沈黙は是なり、ですよ。"黒死班の魔王"」

 

ジンは容赦無く猛追する。その目を見たアヴェンジャーはやがて溜息と共に口を開く。

 

「……()()()? ええ、確かに私はペストよ。もののついでに言えばサーヴァントでもあるわ。でも、だから? それが何? もうギフトゲームの段取りは済んでしまったわ。遅かったわね」

 

アヴェンジャー、ペストはそれまで抑えていた笑みを浮かばせながら頬杖を突き、ジンに目を向ける。

 

「既にそちらにはペスト()の病原菌を潜伏させたわ。完全な無機生物か死者でもない限り容赦無く感染する死の呪いをね」

 

「ジャ、ジャッジマスター! 彼等はゲーム中断時に意図的にゲーム説明を伏せていた疑いが」

 

「駄目ですサンドラ様! もし彼等が説明を伏せていたとしても、彼等にその説明責任はありません! また不利なルールを押し付けられるだけです!」

 

ジンは悔しそうに歯噛みしながらペストの言葉を受け入れる。

 

「……ねぇ、ここにいる全員が主力?」

 

「恐らくはその通りだ。サーヴァントも四騎、聖杯戦争に勝ち抜く大きな戦力増強にもなる」

 

「私の捉えた女の子も中々いい子でしたよマスター」

 

ランサーとラッテンの言葉を受けてペストはその笑みを更に強烈なものに変える。

 

「そう、それは僥倖。ならこうしましょう。ここにいる貴方達全員と白夜叉、私達の軍門に降りなさい。そうすれば残りの全員は見逃してあげる」

 

「なっ」

 

驚愕した表情になるサンドラを余所にペストはじっとジンを見つめたままだ。

 

「貴方、名前は?」

 

「……"ノーネーム"リーダー、ジン=ラッセルです」

 

「そう、ジン。覚えたわ。話を戻しましょう。サンドラは可愛いし、ジンは頭が切れるわ。月のウサギもいる上にサーヴァントも四騎、こんなの欲しがらない方が可笑しいわ」

 

そういう事だから、と言おうとするもジンはまたもや制止を掛ける。今度こそペストは苛立ったような表情になる。

 

「……なにかしら」

 

「僕の質問はまだ終わってません。サーヴァントペスト、貴女達のコミュニティ"グリムグリモワール・ハーメルン"は、新興のコミュニティなのではないでしょうか」

 

「それこそ答える義務はないわ」

 

「答える必要はありません。それもまた簡単な答え合わせですから。新興コミュニティなら人材確保に躍起になるのは当然でしょう?」

 

反論があるなら言った方がいいです、とも。だがペストは答えない。やはりこれも、沈黙は是なり。

 

「……やはりそうでしたか」

 

「……で? だから? そんな理由で私達が譲歩する理由になるとでも?」

 

「なりますよ。それなら貴方達は僕らを無傷で手に入れたい。普通に考えてペストの潜伏期間は二~七日。そこから発症して死亡するまで一ヶ月も要しません。なら何故一ヶ月後にゲーム再開と定めたか? 簡単です、脅しだ。最悪白夜叉様一人を手に入れれば目的は達成するのでしょうが、白夜叉様を支配下に入れたコミュニティとなれば箱庭中のコミュニティが潰しに掛かるのは言うまでもありません」

 

そこでジンは一息置く。頭の中で言うべき事を整理してからもう一度、喋り出す。

 

「いくら白夜叉様が強大だろうと対魔王の"調停者|(ルーラー)が仕掛けた"知恵"のゲームで負けてしまえば元も子もありません。駒は多い方がいい」

 

ハッタリだ。大規模コミュニティの幹部にして旧魔王である白夜叉が"知恵"のゲームで遅れを取るとは考え難い。

 

だが、ここまで自信満々に言い切られてしまっては。切れ者と認めた者にそう言い切られれば。冷静に考えればブラフとわかるその言葉も信憑性が出てきてしまう。

 

「……なら、二十日後にすればいい。そうすれば病死前の人材は最低限確保できるわ」

 

「では、感染した者は悉くを皆殺しにしよう」

 

「━━━!?」

 

そこで口を開いたのはこれまで沈黙を保っていたマンドラだった。その目は嘘など微塵も言っていない、本気も本気だ。

 

「感染した者は殺す。サンドラであれ、"サラマンドラ"唯一のサーヴァントであるセイバーであれ、"箱庭の貴族"であれこの私自身であれ関係無い。殺す。サラマンドラに魔王の軍門に降る脆弱者はおらん」

 

「マ、マンドラ様。その決断は結構ですが、流石にリーダーを殺すというのはどうかと」

 

ジンは必死になってマンドラを宥める。そうして喋る者がいなくなったので十六夜がジンの代役として喋り出す。

 

「んじゃこうしようぜ魔王サマ。俺達はゲーム中断期間及びゲーム中の自決、同士討ちを禁ずる。その代わり再開は三日後だ」

 

「却下よ。二週間」

 

「なら黒ウサギも付ける。黒ウサギは"審判権限"の使用で十五日間ゲームへの参加はできない。だがそっちが認めるのなら参加は出来る筈だ」

 

「……十日。それ以上はないわ」

 

「いえ、なら期限も付けましょう」

 

ペストの悩ましい顔での意見に一言物申したのはジンだ。

 

「再開後のゲームに時間制限を設けましょう。ゲーム開始から二十四時間以内に僕らがゲーム攻略に必要な全条件を満たせなかった場合はそちらの勝利です。その代わり中断期間は一週間」

 

「本気なの、ジン? こちらの総取りも覚悟するだなんて」

 

「本気です。中断期間中に黒死病発症の危険性に怯え、ストレスが溜まる限界時間を加味してもこれがベストと判断しました」

 

「……そう」

 

ペストは苛立たしく答えた。不快だ、気に食わない。開始前の状況、勝利後の状況、何もかもこちらに有利になるよう進んでいるというのに何もかも向こうに好き放題ゲームを弄られている。

 

「……ねえ、ジン。貴方、一週間後に生き残っていたとして、私に勝てる気でいるの?」

 

()()()()

 

勝てる、じゃない。勝つ。ジンはそう断言した。その自信に満ち溢れた言葉の一つ一つが気に食わない。

 

だが、同時に身体が震える。もしこの少年を手にしたら自分はどれだけ復讐に近付いてしまえるのだろうか。今から脳味噌が震える。

 

「……いいわ。宣言しましょう、ジン。私は貴方が欲しい。必ず手に入れてみせるわ」

 

それだけ言うとペストは立ち上がり、ラッテンとヴェーザーを伴って去っていった。

 

「………」

 

だが、ランサーとアリスはその場を動かない。その場に留まっている。

 

「キミ達も早く去ったらどうだい?」

 

「オレはすぐにでも去ろう。だが生憎彼女は此処を去ろうとしないのでな」

 

いや、正確にはオレも一つ用があるのだが。と付け足す。ランサーはそう言うと十六夜に目を向ける。

 

「貴公の名前を教えて貰いたい」

 

「ん? 俺かい? なんでだ」

 

「先日こちらの連れが其処の少女とぶつかった事を改めて詫びよう。名前を知っていた方がいいだろう」

 

ランサーの奇妙な理屈に十六夜は呆れる。だが不思議と嫌な感じはしなかった。

 

「逆廻 十六夜だ」

 

「そうか、すまなかったな十六夜。では、こちらも名乗るとしよう」

 

は? という空気が周囲を多い尽くした。サーヴァントが自ら名乗る?

 

そんな空気もお構い無しにランサーは身体に光の鎧を纏い、改めて名乗る。

 

「我が名はランサー。その真名は"カルナ"。叙事詩"マハーバーラタ"に語られる太陽神スーリヤーが息子だ」

 

「なにっ……!?」

 

「馬鹿な、カルナだと……!?」

 

「……おいおいマジかよ」

 

驚愕に揺れる一同を余所に、カルナは「謝罪はしたぞ」とだけ告げて下がろうとする。

 

だが、そんな彼を引き留めたのは黒ウサギだった。

 

「ま、待ってください!」

 

「……何か用か」

 

「っ……カルナ様、で間違いはないのですね?」

 

「ああ、嘘を言う理由は無い。元より詫びるつもりで言ったのだ、嘘を言うのはそれこそ問題外だろう」

 

カルナは真摯に黒ウサギを見据える。その風格に気圧されそうになった黒ウサギは暫く喉から声が出なかった。

 

「……で、ではカルナ様」

 

「なんだ」

 

「何故貴方様は、魔王に与するのですか? 貴方様は帝釈天様に認められる程の方の筈。ならば何故、」

 

「簡単な事だ。オレは魔王に呼ばれたサーヴァントだからな」

 

「それが解せないのです。貴方様程の大英雄が何故に魔王に従うのですか」

 

大英雄カルナであれば魔王が強力な悪であるという理由で平伏する筈はない、と言いたいのだろう。

 

カルナは黒ウサギの疑問に対して軽く頷くと、真摯に受け答えをする。

 

「確かにお前の疑問はその通りだ。"マハーバーラタ"にて実在したカルナが平伏するか否かはオレにはわからないが、少なくともオレは単なる悪に理由無く屈する人間ではないと思っている」

 

「では何故」

 

「……だが、それだけで敵対する理由にはならない。オレは彼らに召喚された。オレの力が必要だと求められた。故に俺は彼らのサーヴァントなのだ」

 

カルナのその答えに誰もが絶句した。だが当の本人はそんな事お構い無しに喋り続ける。

 

「そも、悪とは大衆の正義に当て嵌まらないものだろう。オレはオレの正義を貫き通す。故にオレはオレを求めた者が悪ならば悪となろう」

 

「……なるほど、ああ、アンタマジで英雄なんだな」

 

「自ら英雄と名乗った覚えはないがな」

 

震えた調子で答える十六夜。カルナは英雄ではないと応えるものの、何処かその様子は嬉しそうではあった。

 

「十六夜よ、一週間後、心行くまで戦おう。オレは戦うなと命じられていたが……貴公が相手とあらば話は別だ。オレが戦う必要がある強者だ。……いや、それも詭弁だな」

 

そう言うと次は黒ウサギに視線を移す。彼女もまた、カルナのその有り様に震えていた一人でその目に自らが映ったという事実が彼女に物怖じさせる。

 

「"箱庭の貴族"、神王の遣いよ。これで満足だろうかどうあれオレはお前達と敵対する意思がある」

 

「っ……いいえ、帝釈天様が貴方様をお認めになられた理由がよくわかりました。黒ウサギからはもう、何も」

 

「そうか……キャスター、お前は何か」

 

「いえ、いいのランサー。私は何も言うことはないわ。行きましょう」

 

クスクス、と笑いながらアリスは部屋から出ていく。扉を開けて出ようとした時、彼女は何かを思い出す演技をするかのように「ああ、そうだ」と振り返る。

 

「一週間後、また会いましょう。久し振りに貴女の顔が見れて嬉しかったわ━━━ジャック」

 

また、驚愕。アリスは明確にジャックを見ながら彼女の名前を呼んだ。一同、特に十六夜とジンは心底驚いたような顔をしながらアリスを見る。

 

「━━━アリ、ス?」

 

そしてジャックもまた、名乗ってもいない少女の名を答えた。その様子に彼女はひどく満足したようで、にこやかに笑いながら部屋を出ていった。

 

「……おい、ジャック。アイツと、あのキャスターと知り合いなのか?」

 

「わかんない」

 

「なっ、ふざけるな! あの女は明確にお前を見て名を言ったなアサシン! そしてお前はあの女の名を答えた! あの女は満足気になっていた! それはお前があの女を知っていたという事だろうが!?」

 

ジャックの曖昧な答えにマンドラが激昂する。ジャックの胸ぐらを掴み、彼女の身体がマンドラの頭と同じ程の高さまで浮いた。

 

「つまりお前は! いやお前達"ノーネーム"は魔王の内通者であったという事だ! そうしてお前達が魔王を呼ぶよう手引きした! 違うか!? 違うのならば反論をしてみろ!」

 

「落ち着くんだミスターマンドラ。彼らは誕生祭の初日にこの祭りの事を知った。たった一日で魔王侵入の手引きの準備をする事は不可能だし、対魔王コミュニティとして再起動した彼らが魔王と結託するなど論外だろう」

 

「ならばこの場で魔王を倒してみせろ! こいつらは今まで魔王を倒したか!? 倒していないのだろう!」

 

「……まったく、強情な人だ。確定証拠もなく白夜王が肩入れするコミュニティを迫害するつもりかい? なんなら今ここで、僕らが身内贔屓の白夜王に代わって"サラマンドラ"を潰してもいいんだけど」

 

もしここでジキルがマンドラを手にかければジキルは同士討ち禁止のルールを破ったペナルティとしてゲームに参加できなくなる。

 

ジキルもマンドラも、それをわかっている。だがジキルの目は本気だった。無用な混乱を収める為に混乱の素を潰す。成る程それは理に敵っている。

 

マンドラは見せしめとして殺されたとでも言えばいいという判断なのだろう。

 

「……くっ、俺は貴様を認めんぞアサシン。疑いを晴らしたくばお前自身の手で魔王を討つ事だ」

 

それだけ言うとマンドラは部屋から苛立ち混じりに立ち去った。彼に手を離された事で尻餅をつきながら落下したジャックはぼう、とした目でマンドラ達が出ていった扉に目を向けていた。

 

「……わかんない」

 

また、呟く。果たして自らの意思でそう言っているのかと疑問に思う程虚ろな目をしながら呟く。

 

「アリス……? わかんない。でも、でも……どこかできいた事がある、気がするの。アリス、アリス……」

 

でもでも、と彼女は一人呟き続ける。

 

「なにも、ない。わたしたち……おしえて、⬛⬛⬛……アリスって、⬛⬛⬛って、だれ……?」

 

 






アリスとジャック。二人の少女はこうして邂逅した。

少女は純粋に喜びながら、少女は戸惑いながら。

まだ少女はわからない。まだ少女は喜ぶ。

それはきっと━━━少女が導いた、大きな物語の小さな始まり。



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くえすちょんえいと 勇気を出して、僕らを頼って



さくしゃちょうがんばりました。考察回は本当に頭使いますね……喋らせ方とか、どう説明するか……

おかげで文字数かなり増えましたが、まぁそれはそれとして。ではどうぞ。




 

 

『ギフトゲーム名"The PIED PIPER of HAMELIN"

 

・プレイヤー一覧:現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ("箱庭の貴族"を含む)。

 

・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター、太陽の運行者・星霊、白夜叉(現在非参戦のため、中断時の接触禁止)。

 

・プレイヤー側・禁止事項、自決及び同士討ちによる討ち死に。休止期間中にゲームテリトリー(舞台区画)からの脱出を禁ず。休止期間の自由行動範囲は本祭本陣営より五百メートル四方に限る。

 

・ホストマスター側勝利条件

全プレイヤーの屈服・及び殺害。八日後の時間制限を迎えると無条件勝利。

 

・プレイヤー側勝利条件

一、ゲームマスターを打倒。

二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

休止期間、一週間を相互不可侵の時間として設ける。

 

宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

"グリムグリモワール・ハーメルン"印』

 

◆◇◆

 

さて、交渉から六日が経過した。日に日に増え行く黒死病の発症者達と次は我が身、と恐れる者達。そんな中でも戦意を滾らせる者達。様々あるが、"ノーネーム"では行方不明となった飛鳥を除いて唯一黒死病を発症した者がいた。

 

耀だ。彼女自身の記憶が定かならば発症したのは四日前。黒死病の()()()()()()()()()()()()()()()()()()に耀をはじめ、大人数の人間が一斉に発症した覚えがある。

 

朦朧とする意識の中で自身がサンドラの計らいで雑魚寝状態と言ってもいい隔離区域から唯一一人用の個室を宛がわれていた事も思い出す。

 

居心地は良い。いや、マトモに寝れる空間なのに居心地が悪いと言ったら雑魚寝状態の他の患者や態々部屋を用意してくれたサンドラに失礼と言うものだ。

 

(……そういえば、発症した日は泣き喚きながら大丈夫、大丈夫、って言ってたっけ……)

 

何が大丈夫なのだか。現に自分はこんな風に前後どころか夢と(うつつ)の違いすらついていないじゃないか。

 

思えば、あの時皆の顔がサッと青くなっていたような気がする。ジンや黒ウサギのみならず十六夜も、果てはあのマンドラさえも顔色を変えていた……と思う。

 

暇だ。いや、実際には暇だなんだと言っていられない程苦しいのだが。

 

汗や血から感染する事を防ぐ為にも隔離区画は原則立ち入り禁止。

 

暇だ、暇、暇。人間とは楽を追い求める生き物であるが、その実状況的な楽を得ると"暇"に早変わりする生き物だ。兎角、暇。やることがない。

 

ズキッ、と右腕が痛む。

 

これこそが耀を蝕む呪い。忌まわしい、嗚呼、忌まわしい。

 

(……くそっ、くそっ、くそっ……くそぉ……!)

 

思わず左手で自身の膝を殴る。悔しい。色々と悔しすぎてまた嗚咽が出掛けてくる。尤も、今の自分が出せるのは嗚咽などではなく、喘息のそれに似たような喘ぎ声でしかない。彼女自身では言葉を発しているつもりでも、喉は震えず空気は微動だに振動しない。

 

やがて這い出してでもギフトゲームに参加しなければという強迫観念染みた思いが悔しさから湧いて来る。防寒用として用意された白衣を左手だけ通し、手で壁に持たれかかり、一歩、一歩とゆっくりではあるが確実に扉に近づいて行く。奇妙な達成感に浸りながらドアノブに手を掛けると、それを全体重を使って開ける。

 

扉はアッサリ開いた。だが耀はそれどころじゃない。数メートル先の扉でさえ辿り着くのにそれなりの体力を使ったのだ。そこに全体重を乗せた作業が加わるとなると、彼女の身体は綺麗に、ストンと転けた。

 

「わっ━━━!?」

 

思わず左手を差し出して目を瞑る。だが二、三秒経過しても彼女が警戒した衝撃が訪れない。そして身体に違和感を感じるような気がして耀はゆっくりと目を開いた。

 

「……え、あれ?」

 

「……何、やってるんですか。耀さん」

 

"ノーネーム"の首領ジン=ラッセルが、呆れと怒りを交えた顔をしながらそこにいた。

 

◆◇◆

 

同時刻、舞台区画"サウザンドアイズ"来賓室。

 

"調合中につき立ち入る事なかれ"と立て札の置かれたその部屋に十六夜は何の躊躇もなく入った。

 

「よ、ジキル。邪魔しに来たぜ」

 

「立て札を見なかったのかいキミは……まぁいいさ。一番危険なセッションはついさっき終わったし、キミなら多少危険な化学反応が起きても死なないだろう」

 

「そりゃ随分な御評価で……んで、何作ってんだ?」

 

木製の試験管立てに置かれたいくつかの十色の試験管を見ながら十六夜が問う。その目は彼が興味のあるものを見つけた時によくする、獰猛とも軽薄とも、子供のようともとれる目だ。

 

ジキルは手慣れた手つきで二つの試験管の中身をいっしょくたにすると今度はそれをアルコールランプで炙り始める。

 

沸点が余程低いのか、試験管の中身がすぐに沸騰を始めた頃にジキルは十六夜に目もくれずに質問を答える。

 

「キミは知っているだろう? 僕が何をした人間なのかを」

 

「ん? ああ、そりゃ勿論」

 

「それなら話が速い。今僕が作っているのは僕が目指そうとした()()を万全な状態で服用する過程で設計した"状態を平常に近付ける霊薬"さ。僕のやっていた事はかなり危険なものだったからね、可能な限り万全の状態で服用するという目的で作ろうとしていたんだ」

 

「作ろうとしていた?」

 

「ああ、当時はアレを作る為のコストのせいで最後の一詰めができなくてね。全く、作れていたら今頃どうなっていた事やら」

 

今思えばそっちから売り出せば医薬品として高く売れたろうね、それでその資金でアレを作る。我ながら焦っていたよ。だなんて聞いてもいない事まで語り出す。

 

「まぁともかく、理論上この霊薬は病気による状態の乱れを根本から取り除く効果がある。この場にある素材じゃ量産は効かないし、箱庭の魔王が操る病に効くかもわからない。だからこれは今残っている人達をこれ以上脱落させない為の即効性予防接種のようなものだ。……素材集めや下準備、色々あって前日に完成してしまう事になったが、そこは大目に見てほしい」

 

沸騰が収まり白濁に変色した液体物質を小さなボトルに移し代えると、それを一つ一つ蓋をする。

 

「後は冷めるのを待てば良い、二十分もいらないくらいだろう。十六夜、足労を掛けるけど生き残りを探してほしい」

 

「ああ、わかった。今度はそっちを売り出したらどうだ、()()()()()作るより間違いなく世の為人の為になるぜ?」

 

「だろうね。僕も今となってはそう思うよ」

 

十六夜が扉に手を掛ける直前、ジキルが何かを思い出して「ああそうだ」と十六夜を制止させる。彼が振り向くとジキルは薬品に目を向けたまま質問を投げ掛ける。

 

「ギフトゲーム、攻略の目処は立っているのかい?」

 

「いや、肝心なところがまだな。御チビ達も寝る時間を削って謎解きしているが……どうにも白夜叉が封印された理由やどれが"真実の伝承"なのか、ってところだな」

 

「……そうか。引き留めて悪かった。僕も休憩がてら考えてはいたが力になれそうにない」

 

んじゃ行くぞ、と十六夜は一言言うと今度こそ部屋を後にする。

 

誰もいなくなった空間でジキルは溜め息を吐きながら十六夜に見せていた薬品とは別の色をした薬品のボトルを手に取る。

 

彼はそれを物憂げに眺め、やがて意を決したように己のコートの内ポケットに仕舞った。

 

◆◇◆

 

「………」

 

「………」

 

「「………」」

 

耀とジンは黙りこくる。互いに何を話せばいいのかわからず、かといって耀のやろうとした事から気軽な話題を振る事も御門違いと思い、何も言わない。

 

ジンに捕まえられた耀はそのまま為す術もなくベッドに逆送りにされた。その上監視するとも言われてはや十分というところ。

 

このまま何も出来ずに十六夜やジン、ジャック達に任せる事になるのかと心底不甲斐ない思いをしながら彼女はベッドにもたれる。

 

いっそこのまま不貞寝を決め込んでしまおうかと思っていた時にふと、ジンが話し掛けてきた。

 

「……耀さん、なんであんな無茶をしようとしたんですか?」

 

「……え?」

 

「だから、どうして病人が病室を抜け出す真似なんてしようとしたのか、ですよ。それを言うなら十六夜さんに唆されて隔離区域に忍び込んだ僕も人の事は言えませんが」

 

「……そう」

 

「いや、忍び込んだのは唆された以上に耀さんが心配だったというのもあります。……その、なんだか自分の居場所を確立するのに必死になっていたように見えて。ごめんなさい、答えが見えてる癖に質問なんかしてしまって」

 

ジンは本から目を離しながらそう言う。図らずも可愛いな、と思ってしまった。同時にイヤらしいとも。

 

聡明で解りきった質問をしてくる事がイヤらしい。自分に自信がなく逐一謝ってしまう姿が可愛らしい。

 

頭がクラクラするような状況でもそんな事を考える余裕はあるのかと自分で自分を褒める。

 

しかし、あまりふざけていてはいけない。あちらは真摯に質問をしてきたのだから、こちらも真摯に返答しなければ。

 

「……出ようとした理由は皆の役に立ちたかったから……じゃないよ。それは建前だと思う」

 

「思う、ですか?」

 

「うん。多分本当は恥ずかしかったから。黒ウサギに大口叩いて回りが見えなくなって、ちょっとジンに助けて貰ったと思ったらカボチャのジャックに心を見透かしたみたいな事を言われて。それで頭に血が昇って返り討ち。極めつけには"ノーネーム"の中で一番黒死病と遠い位置にいた筈なのに真っ先に感染して……ほら、恥ずかしい事だらけだ」

 

「そ、そんな事」

 

「あるよ。だって今、私は"ノーネーム"の役に立てなかった事じゃなくて()()()()()()()()()()()に恥ずかしがっている。我が儘だ、傲慢だ、厚顔だ」

 

左手で自分を嘲る口を無意識に覆う。止まらない、止まれない。吐露してしまえば止める事が出来なくなる。

 

昨日の会話で彼が結構聞き上手な人間であると知っているから、止めるタイミングを見つけられない。

 

「だから私は動こうとしたんだ。"ノーネーム"の顔に泥を塗った事への汚名返上じゃなくて、自分の恥を払拭する為だけに」

 

その行為自体が恥なのに、と心の中で付け加える。本当に、嫌になる。今こうやって濁った心中を吐露できてスッキリしている自分が、本当に嫌になる。

 

それを黙って聞いていたジンは少し深く息を吸う。何かを言おうとしては呑み込みを何度か繰り返し、暫くして覚悟を決めた彼は耀の方へ寄り彼女と目を合わせる。

 

「……耀さん。貴女の言う事はよく解りました。たった一晩ですが、貴女の近くで貴女を見ていた僕ならこう言えます。逆に一晩でも居られなかったら言えなかったでしょう」

 

しっかりと耀の瞳を見据えたジンは淡々と、しかし何処か年不相応にも思える人を憐れむような口調でこう言い放った。

 

「貴女はただ()()()()()()()()

 

「……間が、悪い? そんな言葉で片付けて良いものじゃないのは」

 

「良いものです。だって僕と貴女がやった事はほぼ同じでしたから」

 

ヘタクソな作り笑いを浮かべながら病の感染を意に介さず彼女の両肩を掴む。ジンの身体を案じた耀はなんとかして振り解こうとするが決して彼は離そうとしない。

 

「僕も貴女も、切っ掛けは彼女に負担を掛けさせたくなかった。それが僕が何処かで噛み合って、貴女が何処かで噛み合わなかっただけの筈です」

 

「っ……」

 

「たかだか十二の若輩がこんな達観した聖人染みた事を言っていいものかとは思います。でも言えます。だって僕は、コミュニティの為に頑張った耀さんを見てましたから。世界が理不尽でも、仮に神様が誰かを救わなくても、見てる人がいるんです。それでいいじゃないですか」

 

ジンは耀から目を離さない。耀はジンの剣幕に気圧されてジンから目を離せない。

 

「結果が伴わなくてもいいんです。それはあった方がいいのは確かですけど。でも、僕は魔王に滅ぼされたコミュニティが再興した結果だけが残るよりも、魔王に滅ぼされたコミュニティが必死に抗ったという記録が誰かの目に止まって、どれだけ小さくても道標になった方が嬉しいです」

 

だから無茶をしないでください。貴女の頑張りは僕が見ていました。僕の頑張りは貴女達が見ていました。

 

「同志は……友達は、そういうものなんだから」

 

「━━━あっ」

 

友達、トモダチ、ともだち。それは一番最初に耀が求めていたもの。耀が向こうの世界の全てを棄ててこの世界に求めたもの。

 

━━━そっか。友達って、そうやってなるものなんだ。ただ見て、ただ見られる。たったそれだけで良かったんだ。

 

それまで張り詰めていた緊張感が、使命感が弾けて消える。そうか、そうなのか。いや、そうなのだ。

 

私は、恥ずかしかったんだ。でもそれはただ負けたからなんじゃない。それは、友達の期待に添えなかったからだ。自分一人では絶対にこんなに恥ずかしくなかった。

 

「……私達、友達でいていいのかな?」

 

「友達です」

 

勝ちたかった。でも、負けてよかったのかもしれない。

 

今私は、この小さくてイヤらしくも可愛らしい、それでも格好いい男の子にとても救われました。

 

……もしくは、彼にいいように言いくるめられただけ?

 

◆◇◆

 

「まぁ、それはそれとしてギフトゲームの謎解きが終わらないんです」

 

「本当に唐突だね……私も軽く勉強したから手伝うよ?」

 

「いえ、それには及びません。病人の耀さんはしっかり休んでいてください」

 

「……じゃあ、どこまで解いてるのかだけでも教えて」

 

「……はい、その程度なら。と言っても、十六夜さんが大半を解いているのですが」

 

十六夜のメモを写した用紙を見せる。

 

『ペスト』斑模様の道化。黒死病の感染元であるネズミを率いていたとする説から産まれた悪魔の具現。

 

『ラッテン』ドイツ語でネズミを指す。ネズミと人心を操る悪魔の具現。

 

『ヴェーザー』ハーメルンの街付近にあるヴェーザー河より。地災や河の氾濫地盤陥没等から産まれた悪魔の具現。

 

『シュトロム』ドイツ語で嵐の意。暴風雨等の悪魔の具現。

 

・偽りの伝承、真実の伝承とは一二八四年六月二十六日にハーメルンの街で起きた事実の原因を上記の四択の一つにあると思われる。

 

「……ここまで解けてるのに絞れないの?」

 

「はい。……耀さんは『立体交差平行世界論』を御存知ですか?」

 

「うん、黒ウサギに聞いた。確か時間平行線の交差点(クロスポイント)である絶対数α(百三十人の死)を求める数式Ω(殺害方法)が複数個ある、とかなんとか……」

 

「そうですね、わかりやすいです……それで、その数式Ω(殺害方法)数式w(ペスト)数式x(ラッテン)数式y(ヴェーザー)数式z(シュトロム)絶対数α(百三十人の死)。これらの連結式が霊格を高めていると予想されます。ですがゲームの内容を読むに、この連結式に含まれないいずれかの数式がある筈です。それが偽りの伝承、あるいは真実の伝承なのだと十六夜さんは推測しています」

 

ここが問題なのだ。どれが本物なのか解らない。有力なものはあれどどれが真実なのかを知るのは別問題だ。

 

「じゃあ真実は横に置いておいて。どれが偽りの伝承だと思っているの?」

 

数式w(ペスト)です。真実の伝承とは恐らく、ハーメルンの街にあるハーメルンの笛吹の碑文の伝承に該当するもの。つまり百三十の生け贄を一日で用意する必要があります。他の死因は神隠し、暴風、地災……どれも刹那的な死因であり、二~七日の潜伏期間を経るペストでは一二八四年六月二十六日という限られた期限に百三十人どころかただの一人も殺す事ができません」

 

『一ニ八四年 ヨハネとパウロの年 六月ニ六日

あらゆる色で着飾った笛吹き男に一三○人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、丘の近くの処刑場で姿を消した』

 

そう、真実の内容が死亡にせよ行方不明にせよ、ペストの性質では真実の伝承足り得ないのだ。

 

「そして恐らく、特にペストと接触をしていない耀さん達が本来有り得ない一日目に発症した事はそれを可能にする為の能力(スキル)をサーヴァント化によって付与されたものによるものでしょう。……聖杯は聖杯という名を冠してはいますが、その実箱庭が用意した産物。即ち神霊製の物ですから、逸話の矛盾を正す為に真実をねじ曲げる修正力が働いても不思議ではありません」

 

「……? でも、それならペストを倒せば済む話じゃ」

 

「それじゃダメなんです。それじゃ二つの勝利条件が被ります。ならば態々分ける必要がありません……ただ、他の物はある程度解けています。偽りの伝承、真実の伝承とは何を指すのか。『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』……砕き、掲げられる物でハーメルンと関係のある物、それはズバリ、碑文と共に飾られたステンドグラス」

 

その言葉に耀は大きく見開く。

 

「え、じゃあハーメルンの魔導書(グリモア)は展示品のステンドグラス? いやでも待って。でもそれじゃあペストはどうやって侵入したの? 彼女は展示物じゃなくてサーヴァント、魔導書から召喚されるっていうよは変じゃ……」

 

「はい、そこも苦心しました。でもそこも恐らく、あのアリスという少女の存在のおかげで合点が行ったんです。耀さん、切り裂きジャックの活動した年は知っていますよね?」

 

「うん。一八八八年」

 

「そうです。そしてジャックは錯乱しているような状態にありながら、自分自身わからないといいながら彼女をアリスと呼んだ。それらの事から考えて見ると、彼女の真名が絞られました。そして真名が本当にそれならば、そういう芸当が可能だとも」

 

耀は息を呑み、発熱に身を蝕まれながらジンを見据える。彼はコクン、と頷くと彼女の真名を口にする。

 

「恐らく、彼女の真名はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン……所謂、"ルイス・キャロル"です」

 

「へ……? でもルイス・キャロルって男性の筈じゃ」

 

「そうとも限りませんよ。ルイス・キャロルは強い少女趣味があったという今尚根付く風評被害があります。箱庭の聖杯は逸話を大きく投影する面がありますから……あまり考えたくはありませんが、少女趣味への風評被害が高じた結果少女の姿を依り代にされて召喚された……なんて事も」

 

「……それは考えたくないなぁ。それなら実は女の子でしたっていうオチの方がいいけど……写真が現存してたからなぁ」

 

ははは、と渇いた笑い。ジンはすぐに話題を戻す為に咳払いを一つする。

 

「ジャック・ザ・リッパーの台頭はルイス・キャロルが存命していた年と被っています。ジャックが解らないと言っている以上絶対とは言えませんが、ほぼ間違いなく、二人は向こうの世界で何らかの面識がある筈です」

 

「……それで、そのルイス・キャロルとハーメルンの笛吹にどう関係が?」

 

「はい、それです。サーヴァントは逸話を力にするもの。ルイス・キャロルは不思議の国のアリスの知名度が世界的に高いです。恐らく、ルイス・キャロルは不思議の国のアリスに登場する物を使ってペストを()()()()()()()()()()()にしたのではないかと考えています」

 

「えっと……つまり?」

 

「ペストの主な媒介はネズミです。彼らは自らを召喚した魔導書であるステンドグラスとは別に、壊れたティーポッドにラッテンとペストを封印し"黒死病の眠りネズミ(ドーマウス)"という題で出展をしていました。御丁寧にステンドグラスとは別名義の"ノーネーム"で」

 

なるほど……と親指を顎に乗せる。すると唐突にあ、と思い出した耀はもう一つの懸念材料を問う。

 

「そういえば白夜叉はどうなったの?」

 

「バルコニーに封印されたままで接触禁止です。参戦条件もわからず終いで」

 

「そっか……どうやって封印したんだろう? 夜叉を封印する一文がハーメルンの碑文にあるとか?」

 

「まさか、白夜叉様はどちらかと言うと仏神寄りの存在です。それにあの方は正しい意味じゃ夜叉じゃないんです。本来持つ白夜の星霊の力を封印するため、仏門に下って霊格を落としているんです」

 

「本来の、力?」

 

「はい。白夜叉様は箱庭の太陽の主権を持っています。太陽そのものの属性と太陽の進行を司る使命が━━━」

 

其処まで考えて、何かが引っ掛かった。

 

(……太陽の進行?)

 

ついさっきまで見ていた本に何かあった。ジンは反射的に持ってきた本を速読し、黒死病の知識をありったけ反復し出す。

 

━━━"黒死病"とは、十四世紀から始まる寒冷期に大流行した人類史上最悪の疫病である。この病は敗血病を引き起こし、全身に黒い反転を浮かび上げ死亡する。

グリム童話の"ハーメルンの笛吹き"に現れる道化が斑模様であったこと。

そして黒死病の流行元のネズミを操る道化であった事。

 

この事から、消えた百三十人の子供は黒死病で死んだのだとする説がある。

 

「……十四世紀、寒冷期。待てよ、それじゃあペストはそもそも"ハーメルンの笛吹き"とは無関係な悪魔なのか……? サーヴァントだからその逸話も吸収して関連性が産まれたものかと予想していたけど……っ、寒冷期の原因は太陽そのものの氷河期と予測される━━━これだ! これが白夜叉様を封じたルール! そうか、それなら確かに太陽の運行を司る白夜叉様が封印されて三分の二が太陽神であるカルナさんが封印されなかったのも合点が行く! カルナさんは自分の太陽神の側面、つまり自分の本来持つ能力の三分の二を放棄して封印を免れた!」

 

全てのピースが嵌まったようで思わずジンは立ち上がる。持ってきた本を急いで纏めながらまだ独り言を続ける。

 

「してやられた! 奴らはグリム童話の"ハーメルンの笛吹き"であっても伝承のハーメルンの笛吹きじゃなかったって事だ!」

 

彼らしからぬ勢いでドアを開けると一度ジンは耀に振り向く。

 

「ありがとうございます耀さん! 謎、解けました! 後は僕らに任せてください!」

 

「う、うん。頑張って」

 

「はい、失礼しました!」

 

それだけ言うとジンは部屋を出ていった。やがて部屋の一角で様子を伺っていた三毛猫が出てくると耀の膝の辺りに丸まる。

 

『あの坊主、ついこの間とは見違えたなぁお嬢』

 

「うん、本当に見違えた。あの子は強いね」

 

『何言っとんねや。お嬢もその身体を押して歩いたり坊主の話を聞いて返事したり、めちゃくちゃ頑張っとるで』

 

「……そうかな。そうだといいな」

 

『安心せいお嬢。坊主の言う通り、ワシもお嬢の頑張りを見とったんや。ワシとお嬢は家族みたいなもんやけど、お嬢の最初の友達でもあるんやで?』

 

「……うん、うん。私、そんな事も忘れてたんだね」

 

耀は完全に身体をベッドに預けるとジンが丁寧に閉めていったドアを見つめる。そうして左手で彼の顔を思い出すように、右肩を掴んだ。

 

「……頑張ってね、ジン」

 

耀の小さな呟きは小さな個室に儚く、しかししっかりと響き渡ったのだった。

 

 






情緒不安定な春日部さんを立ち直らせて話を進めるために書いてたらジンくんがジンさんになったでゴザル。作者です。

いや、ほんと……なんででしょう。ジンくんの成長こんな早くに起こるつもりはなかったのに破壊僧とイケメン八歳児が宿って……あれか、CCC見直していたせいか。おのれ菌糸類ありがとうございます!



以下、茶番トーク

ポケモンに浮気しました。いやFGOもやってますよ?EXTELLAもまだやってますよ? でもポケモンに浮気しました。

ポケモンのストーリーが神だったんですよ! 今までとは違うところだらけの異色作として少し身構えていましたが、その異色な部分が今までとは全く違うポケモンを描く描く。そして過去作とも繋がりがあり、と……本当に言うことナシです。ストーリーも最高、細かいところのクスっとくるネタも最高と最高づくめ。ポケモン最高。

いやでもそれ以上に僕はジャックが大好きですけどね!



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くえすちょんないん いろいろなばしょで、戦争開始



今回は戦闘開始という事で視点多めです。その都合一つ一つが薄めなのですが、あしからず……




 

 

━━━夢を見る。その風景は以前見たものよりも朧気で、まるで記憶の何処かにある記憶を頼りに、カンヴァスで描いたかのような景色。彼は今日は、カンヴァスの向こう側を見る。

 

「あなただぁれ? ⬛⬛⬛のおともだちになってくれるの?」

 

「おともだち……? それって、⬛⬛⬛⬛⬛?」

 

二人の人間の声が聞こえる。だがその声は強烈なノイズが走っており、なんとか会話の内容を聞き取れるだけでその声が男なのか女なのか、大人なのか子供なのかすらわからない━━━いや、話し方でなんとなく子供だとわかるが。

 

それからは、言葉であらわすのならば走馬灯でしょうか? そんな風に二人の(恐らくだけど)子どもがいっしょに遊び続けます。しゃべり、絵が動くカンヴァスを見つめ続けるかのようでした。

 

二人はとても楽しげに、時間など忘れてしまったかのように遊び続けました。

 

でも、そんな時間ももう終わりです。いつのまにか空はあかね色にそまります。たんぱつの方の子供がとてもなごりおしそうに、ちょうはつの子どもとだき合います。

 

「あ、だめ。もうこんなじかん」

 

「え? まだこんなじかん」

 

「ううん、もうこんなじかんなの。ごめんね、また、あそんでくれる?」

 

「うーん、しかたないよね。わかった、それじゃあまたこんどね」

 

そうしてふたりは出会いました。むじゃきに、じゅんすいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━あつい。

 

あつい、あつい。

 

いたいいたい、やける、たすけて。だれか。

 

なんで、どうして。なにかわるいことをしましたか。なにか、よくないことをしたのでしょうか。よくわからない。やめて、やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて━━━

 

いきができない。あるけない。めがひらけない。ふくがない。つめたい。せまい。しゃべれない。きもちわるい。おなかすいた。おなかがさむい。あしがおもたい。てになにかささってる。かみのけのかんかくがない。

 

━━━……めが、あいた。

 

━━━あれ、なにもかんがえられない。

 

ここは、どこ? ……あなた、だぁれ?

 

「━━━私? 私はね━━━」

 

◆◇◆

 

ジン=ラッセルは目を覚ました。それは先日見たジャックの記憶以上に彼の意識を引き上げる強烈な光景だった。

 

「━━━あれ、でも……」

 

思い出せない。その光景を思い出す事ができない。凄惨だった筈。惨たらしかった筈。この世にあっていい光景ではない筈なのだ。

 

「ただの夢とは思えない……いや、思いたくない」

 

現実であるならばそれはそれで困ったものなのだが、そう呟く。むしろ夢であってほしいのだが、そんな悲惨な夢を見たのかと思うと自分の精神状態を疑ってしまう。

 

「いや、今はそんな事よりギフトゲームだ。ゲームの再開はもう三時間を切っている。開幕が夕刻だから徹夜は覚悟している……やれる事をやろう。ただでさえ参加人数は二百にも満たない状況なんだし、心の整理だけはしっかりと」

 

そしてギフトゲームはまた再開する。彼のギフトカードに在る"令呪"の一画がカードの中でギラついていた。

 

◆◇◆

 

ゲームの始まりは地鳴りが請け負った。

 

ゲームの開始時間、五時半頃に大きな地鳴りが鳴ったかと思うと、その舞台区画の在り様が大きく変貌した。

 

姿はこれまでとは大きく異なる街並み。西洋風であるには変わりないのだが、ゴシック調の街並みからルネサンスのそれに変わったのだ。

 

「なっ……何だ、何処だ此処は!?」

 

誰かが叫んだ。尖塔群のアーチは木造の家柄に姿を変えて黄昏を照らすペンダントランプの煌めきはパステルカラーの建築物に生まれ変わる。

 

「まさか此処は……ハーメルンの街!?」

 

「何だとッ!?」

 

ジンの声にマンドラが振り返る。その後も混乱は広がり続け、攻略指針が見えて士気が高まった参加者達は出鼻を挫かれたように足を止める。

 

「此処は何処だ!?」

 

「それに今の地鳴りは!?」

 

「まさか魔王の罠!?」

 

動揺が動揺を呼び、まるで伝染病のように拡大する。マンドラは舌打ちをしながらも一喝をする。

 

「狼狽えるな! 各人予定通りステンドグラスの捜索をしろ! 案内役ならばいる、案ずるなよ!」

 

「あ、あの。案内役とはもしや」

 

「お前以外に誰がいる。探索組で一番"ハーメルンの笛吹き"に精通しているのはお前だ。"ノーネーム"と言えど猫の手も借りたい状況なのだ。お前の指揮ならば誰が疑おう」

 

そう、このギフトゲームはハーメルンの街で消えた百三十の子供の同じ数のステンドグラスを捜索する事と魔王一派の打倒を並行にこなさなければならない。

 

そこで一派の撃破は"サラマンドラ"と"ノーネーム"、ジキルが行う事になった。安全である間に百三十のステンドグラスを見つけ、真実の伝承である"ヴェーザー"以外を破壊。魔王の撃破後に"ヴェーザー"を掲げる。

 

「まずは教会を探してください! このゲーム盤はハーメルンの街を再現した物です、ならば縁のある場所にステンドグラスがある筈です!」

 

少しでも混乱が収まったのを確認すると、ジンは街並みにヒントがないかを確認しながら捜索隊に続く。

 

(サンドラ、ジキルさん、黒ウサギ……十六夜さん、ジャック。魔王は皆さんに任せます。合図が来れば、僕は何時でも━━━)

 

ギフトカードを一瞥した直後、発見された教会内から喜びの混じった雄叫びが聞こえる。

 

「見つけたぞ! ネズミを操る道化師のステンドグラスだ!」

 

「っ、それは偽りの伝承です! 砕いて構いません!」

 

ジンが返答すると程なくしてステンドグラスの割れる音が聞こえる。

 

(……それにしても、ステンドグラスの展示箇所とハーメルンの街の展示箇所にそれほど大きなズレはなかった。ということはハーメルンの街に呑み込まれたのではなく、街を召喚したと考えるのが打倒か)

 

「はーい、其処まで♪」

 

ハッと街道の脇の建造物を見上げる。そこにはネズミを操る道化師、ラッテンが佇んでいた。

 

「お前はあの時の……飛鳥さんは何処だ!?」

 

ジンが叫ぶが、彼女はクスクスと嗤うだけで意にも介さず仰々しいお辞儀をすると魔笛を掲げる。

 

「ブンゲローゼン通りへようこそ皆様! 百三十の子供が消えた神隠しの名所に訪れたら皆様にはこの不肖ラッテン、素敵な同士討ちを以てお出迎え致しましょう!」

 

途端、屋根の上から数十の火蜥蜴が現れる。恐らくは操られた"サラマンドラ"のだろう。

 

捜索隊もすぐに臨戦態勢へ移るが、ジンはハッとしてそれを止める。

 

「いけません! 参加者同士の戦闘は!」

 

「そう言っていられるか!? 魔王の手先に操られているのなら我々が倒す他あるまい! それが手向けにもなる筈だ!」

 

「そういう問題じゃありません! 改正されたゲームルールには同士討ちの禁止が記載されています、殺してしまっても不利益しか残りません! 捜索そのものだって!」

 

「ふふ、そうねぇ。確かにそうだわ。でも、殺さなければいいんでしょう? 殺さないように手加減して、再起不能にしてしまえばいいのよ?」

 

ジン達が歯噛みする中、ラッテンは艶美な唇を歪ませながら魔笛を容赦なく振るう。

 

「さあ、仲間同士で戯れてご覧なさいな!」

 

ラッテンの合図と共に火蜥蜴達が一斉に炎を吐く。最早戦う他無いかと身を固めたその時━━━嵐の如く逆巻く黒い影が炎を掻き消した。

 

「なっ━━━」

 

ラッテンの顔から一転して余裕が消える。黒い影は瞬く間に頭上に収束して戻る。

 

視線を上げると其処には輝くように揺れる光が瞳を刺した。

 

煌々と揺れるブロンドの髪、深紅の瞳。純血の吸血鬼レティシアが翼を広げて彼女を見下ろしていた。

 

「見つけたぞ、ネズミ使い」

 

「……うわあおお……本物、本物!? 本物の、純血吸血鬼! スッゴい美少女、スッゴいブロンド。ああだめ、もう欲しい。今から興奮してきた」

 

恍惚としているラッテン。レティシアはその隙を突いてギフトカードから槍を取りだし投擲する。

 

ラッテンはステップを踏むようにひらりと避けると、再び視線をジンとレティシアに向ける。

 

「なぁによ。折角褒めてあげたのに」

 

「いらない心配だ」

 

そうして与太話を少しだけすると、彼方で雷鳴と炎、黒い旋風が迸ったのが見えた。

 

黒ウサギとサンドラがペストとぶつかったのだろう。他の場所でも戦闘が繰り広げられているようで、地ならしのような轟音が幾度も響く。

 

「ふふ、いい感じに祭りになって来たわ。なら私も……シュトロム!」

 

ラッテンが魔笛に唇を当て、疾走するかのようなハイテンポな曲を奏で始める。その独特な曲調はやがて大地を迫り上げ、巨躯の巨人を招き入れる。

 

「「「BRUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUM!!!」」」

 

"嵐"を体現する巨人、シュトロムが姿を現す。その数十二、かなりの量が参加者達を襲い始める。

 

「マズい! このままじゃ捜索どころじゃなくなる!」

 

「さぁシュトロム、蹂躙なさい!」

 

ラッテンが意気揚々と魔笛を掲げる。そして巨人達もそれに呼応するように雄叫びを上げ━━━

 

「BRUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU━━━」

 

巨人達は、謎の爆発を起こして次々に倒れ出した。

 

「━━━は?」

 

今度こそラッテンは絶句した。シュトロム達が、大音を立てて倒れた。何の前触れもなく、バタバタと。

 

「い、いったい何がどうなって━━━」

 

「何がどうなって、というのは。こういう事よ? 綺麗な笛吹きさん」

 

な、とラッテンが反応するより早く、彼女の首に一本の日本刀が添えられていた。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)……の真似事だけど。これ、結構魔力使うわね。私程度じゃすぐ空っぽになってしまうわ。今度からはもう少ししっかり作ってから使いましょうか」

 

すぐ其処には今の今まで気配はおろか姿すらなかった筈の人物、清少納言が王手を掛けながら佇んでいた。地面に着く程の長い髪の毛を煩わしそうに掻きながら彼女は実に楽しそうな笑みを浮かべている。

 

「王手……いえ、王じゃないのだし、ここは舞台の時代観に合わせてチェック・メイトと言いましょうか」

 

「っ、あなたいつの間に……!?」

 

「いつ、と言われても今よ? 私、()()()()()()なの」

 

冷や汗を流すラッテンとは対称的に清少納言は表情一つ変えずに笑顔のままでいるのだ。ラッテンを救わんとする火蜥蜴達には空から突如飛来してきた幾重もの短剣によって胴体を縫い付けられた。

 

「さて……あまりでしゃばるのは(キャスター)らしくないのだけど。私としては貴女がどうやって脱出するか見ものだわ。そんなサーカスみたいな格好をするのなら、見せて頂戴な?」

 

清少納言は不敵な笑みを見せる。重たそうに見える剣を片手で振り上げたその時━━━

 

「キャスターさん、避けて!」

 

「━━━あら?」

 

清少納言の方に強烈な熱線が迸った。間一髪、ジン達の下へとワープする。熱線は空に消えて行き、爆音を轟かせながら爆発した。

 

「今のは……ああ、成る程。流石はインドの大英雄、流れ弾でサーヴァントが一騎死んでしまうところだったわ」

 

「な、なんと……インドの大英雄、噂に違わぬ凄まじい一発」

 

「いやそんな事言ってる場合じゃないですよ、ラッテンが逃げました!」

 

「あら、流石はネズミ使いと言ったところかしら?」

 

「上手い事を言っている場合じゃありませんよ! 被害が拡大する前に追いましょう!」

 

◆◇◆

 

一方、十六夜とジャックは集団から離れ、クリュート搭の付近を疾走していた。十六夜は周囲を見渡しながら楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「なるほど……まさか地殻変動すら起こせるとは恐れ入った。なるほど、街の様式が此処まで変わればネタも割れるわな」

 

「おにぃさん?」

 

「いや、こっちの話。街道は滅茶苦茶だが要点は押さえている。さぁて何処にアイツはいるかな━━━」

 

「━━━いや、そこまで手間を掛ける必要はない。それより積極的に街から離れてくれた事に感謝をしよう」

 

突如、付近の林木が燃えた。あまりにも唐突かつ一瞬の出来事に二人は身を固める。

 

それは誰がやったかを理解しているが故、これから始まる強者との戦闘への準備。

 

「そりゃあな。オマエみたいな桁違いなサーヴァントの相手をするとなるとこっちも周りの心配はするってもんだぜ」

 

「ふっ、顔に似合わず心配性な男だ。だが案ずるな、我々はお前達二人以外を攻撃しないつもりだったからな」

 

「ハッ、なんだそりゃ。こっちに遠慮してんのか、それとも俺を嘗めてるのか、判断に困るぜ大英雄?」

 

アリスを伴って宙から降りてきたランサー、カルナが金色の槍を。十六夜が徒手空拳の構えを取りそれぞれ笑みを浮かべる。鎧の類いは身に付けていない。ゲームルールによって太陽の力の具現である彼の最強の鎧、日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)は使えないのだろう。

 

「オラァ!!」

 

十六夜の拳がカルナの槍と衝突する。カルナは衝撃を丁寧に受け流すと空いた腕で殴打を仕掛ける。

 

「フッ━━━」

 

しかし十六夜はそれを回避する。全力のカルナならば当てられたかもしれないが、今の彼はゲームルールにより大幅に弱体化している。一週間前にも感じた身体能力の違和感を鳴らしながら距離を離す。

 

「やるな、だが、これはどうだ?」

 

カルナは身体をよろめかせるように屈む。そして数瞬の後にその眼を十六夜の方へと突き出す。

 

「真の英雄は━━━()()()()梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)!」

 

「━━━は、」

 

カルナの眼から飛び出したのは、ビームだった。ビーム、そうとしか形容できない。

 

虹彩異色(オッドアイ)の右目の眼力が視覚化して炎熱を帯びる。成る程、太陽の力を失えど単なる炎熱ならば自身の魔術適性でどうとでもできる、というところか。

 

「なんだ、そりゃッ」

 

その熱線を両腕で弾き飛ばす。視覚化された熱線は彼方の方へと飛んで行き、ハーメルン街の一角へ消える。

 

「アレを防ぐか。全力で戦えない事が心底惜しいな」

 

「いやいや、あんなの何発も射たれたらこっちが死ぬっての」

 

「虚言だな。お前にはまだ切り札があるだろう。それを撃たないのは何故だ? ……いや、よそう。お前の目はアルジュナに似ている。さしずめ破壊神(シヴァ)の一撃と類似するものが切り札か」

 

「あんなアホみたいな攻撃出来てたまるか。まあ、理由は大正解だけどな」

 

そして一方、アリスとジャックもまた相対する。アリスはやはり嬉しそうな笑みを、ジャックは複雑そうな表情を浮かべながら。

 

「しっかりお話するのはこれがはじめてね、ジャック」

 

「そう、みたいだねアリス」

 

「うふ、うふふ。いっぱいお話したいけど……ざんねん、アリス(わたし)もそこまで貴女を知らないから……サーヴァントらしく、()()()()()()?」

 

「うん、そうしよう。わたしたちはわたしたちらしく━━━やろっか。アリス」

 

「ええ。……"あわれで可愛いトミーサム、色々あるわ、始まるわ。わたしたちのぼうけんはこれから始まるの"」

 

「"だってもう、ゆめが覚めているよ。夜のとばりはすぎさって、わたしたちは出会ったの"」

 

「「"さあ、はじめましょう。ページを開いて、こんにちは"!!」」

 

◆◇◆

 

「さぁ、相手をして貰おうか優男!」

 

「っ!」

 

同時刻、ハーメルン街の建物の屋根を走っていたジキルに巨大な魔笛が襲い掛かった。

 

屋内から襲来してきたヴェーザーの一撃はジキルの側頭部に直撃する。

 

「ちっ━━━」

 

「お返しだ! 先手は二手、貰ったぞ!」

 

脳震盪で揺れる意識を引っ張りながらジキルはヴェーザーの追撃を防ぐ。しかし以前よりも明らかに力の増したヴェーザーの一撃は防御を行ったジキルを吹き飛ばしヴェーザー河の付近にまで連れていく。

 

「が、は……!」

 

「ハッ、それでもサーヴァントか優男よ! こちとら箱庭に来て初めて星の地殻を震わす神格を貰ったんだ、落胆させてくれるな!」

 

「……ちい、」

 

ふらりと立ち上がる。ヴェーザーはそれを見るや否や更なる追い討ちを仕掛ける。それをすんでのところで避けるものの、回し蹴りを叩き込まれてまた吹っ飛ぶ。

 

「オマケだ!」

 

ヴェーザーが河川を叩く。地殻変動と衝撃を伴った水の一撃がジキルに襲い掛かる。水飛沫が直撃すると、彼の姿は飛沫の中へと消える。

 

「……どうよ優男。実力差は歴然。所詮アサシンじゃ神格持ちには勝てねえさ」

 

ヴェーザーが勝利を確信して呟く。水飛沫から背を向けてその場を去ろうとヴェーザー河から出ようとした時━━━

 

「━━━はぁ? 誰が、チクチク逃げ回っては機会を伺うだけの、チンケな人殺しだ?」

 

「……何?」

 

先程までとは全く声音が違った。声自体は同じだが、ヴェーザーのイメージするジキルの声とは百八十度調子が異なっていたのだ。

 

「……ったくよォ、折角アマチャンのジキルが戒めを解いてくれたってのにそりゃあねぇんじゃねェの? っつーか! ねぇよ! ねぇに決まってンだろ!!」

 

「何、今ジキルと言ったか!? それにその人が変わったような口調……お前の真名はまさか!」

 

「ああそうよ! 聞きたきゃ聞かせてやるさ! 聞きたくなくても()の名をその魂に刻みやがれ!」

 

水飛沫が晴れる。中から現れた彼はジキルとは思えない程強烈な殺意と狂気に満ち溢れ、整った金髪も乱れている。

 

ジキルである筈の彼は眼鏡を外すと河の中へと投げ捨て、丁寧に止めてあったコートのボタンを乱雑に外す。

 

「俺は"狂戦士"(バーサーカー)、真名は"ハイド"!! 俺ァジキルのアマチャンとは違うぜ? 鼓笛隊さんよ?」

 

 






清原ちゃんが戦えないと言ったな、あれは嘘だ。あれです、本人に戦う力がマトモにないってだけです。戦うための力ならあります。サーヴァントだもの(白目)

以下、茶番FGOトークコーナー(いつにも増して狂気です。それでも見るという方は心してご覧ください!)



















ジャックかわいいジャックかわいいジャックジャックジャックジャックジャックジャックジャックジャックジャックジャックジャックジャックジャックジャック

ああなんでジャックこんなに可愛いんだろうどうしてこんなに愛らしいんだろうもう可愛いなぁジャックジャックと一緒にコタツ入って寝たいジャックと一緒に美味しいハンバーグ食べたいジャックと一緒にニチアサみたいジャックジャックジャックジャック

スカッ!

こ、この薔薇の黒鍵は!?

?「小さな少女を想う余り狂気に陥るその姿……人それを、愛と呼ぶ」

誰だ貴様は!?


「貴方に名乗る名などありません!」

ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ(以下サンタリリィ)
「サンタアイランド仮面師匠! 来てくれたのですね!」

サンタアイランド仮面
「ええ、ピチピチフレッシュで純真無垢な可愛い幼子を救うべく参上。プレゼントを待つ子供よ聞くがいい!
日本では九月上旬から中旬にかけて誕生日を迎える子供が多いが、それは言うまでもなくクリスマスベイビーが多いという事である!(中略)ククク、クリームたっぷりのプッシュドノエルをライトアーム・ビッグクランチする者達にはわからぬ事でしょうがね。
今だサンタリリィ!」

サンタリリィ
「はい師匠! ツインアームリトルクランチ!」

ぐああああああ!!(浄化)



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くえすちょんてん あゆむ、まなぶ



これから在日ウルク民を名乗ろう。そう思った七章だった。

そして最終章も始まりました。人類史を取り戻す戦いの最後のGrand Order、各々が信じるサーヴァント達を信じましょう。

それにしても沖田さんと結婚してジャックを養子に迎え入れたいだけの人生だった……

↑ここまで投稿時間の約二日前に予約投稿時に書いた前書き
↓ここから投稿日に書いた前書き

こんないい話っぽい流れで前書き書いたのになんでマスターが歴戦の猛者からシロアリになってるんですかね……あ、バルバトスくんぼく昨日キミのドロップ情報出回る前に一回下見して寝ちゃったから復活して。

ソロモンくん除夜の鐘扱いされてたけどこれ下手したら聖夜の晩餐になっちゃうよね。

って追加魔神柱で沖田さん助けに来てくれたよオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサンオキタサン




 

 

ヘンリー・ジキル。そしてハイド。この二つの名は日本でもそれなりに知られた名である。

 

彼、いや彼らは"ジキル博士とハイド氏"というタイトルで一八八六年にイギリスで出版された後天的な乖離性同一障害を扱った作品の主人公である。

 

十九世紀ロンドン、精神病により心をコントロールできなくなった父と世界平和、科学の発展の為に"人間の善悪を完全に分断する霊薬"を完成させたジキル博士が自身を実験台として服用し、『一つの肉体で善悪が不完全に分離された』という物語。

 

ハイドというのはジキル博士が霊薬の服用によって生まれた悪の人格であり、ジキル博士が元々持っていた強烈な悪性そのものだ。

 

ハイドは自身の発明を神への冒涜だと異端者扱いした者達への復讐を遂げ、やがて薬無しでも勝手にハイドになってしまう自らに懊悩して最後にはジキル博士は完全にいなくなってしまう。という物語だ。

 

それが"サウザンドアイズ"幹部白夜叉が保有する二騎のサーヴァントの一騎、アサシンの真名である。

 

「ただの暗殺者と思っていたが……その実享楽的に人を殺す狂人だったか、バーサーカー!」

 

「応よ! 俺はジキルが切り離し、ひた隠しにしたあの甘チャンの本性ッ! 言ってみれば、俺こそが本物の"ヘンリー・ジキル"って訳だ!」

 

ギャハハハ! と下卑た笑い声を上げながらジキル……否、ハイドは小さなナイフで神格を手にしたヴェーザーの魔笛と切り結ぶ。

 

「ヒヒヒハハ!! オラオラどうしたよ神格持ちとやらァ!? もっと俺と楽しめねぇのかああん!?」

 

「言ってろ、快楽殺人鬼が! コイツでも食らっとけ!」

 

ヴェーザーの魔笛がその怪音を鳴らす。その超振動はハイドの持つナイフからハイド本人の元に伝わる。

 

「ッチィ!」

 

思わずナイフを手放した途端、それは呆気なく破裂した。だがハイドは一切悲観しない。むしろその笑みを深めるだけだ。

 

「ざぁんねんだったな……得物なら、ほぉらまだある」

 

ニタァ、とその口を裂きながら砕かれた物と全く同じナイフを取り出す。更にコートから薬を取り出して飲み干すとその身体を震わす。

 

「あの偏屈キャスターの具象化魔術とジキルの薬学知識……これを俺が使えば底無し武器無限って寸法よ。ヒヒ」

 

清少納言はかなり高度な道具作成能力を持つ。本人はそれと執筆しかできないと言っているが、その二つに関しては白夜叉も素直に認める物だ。特に道具作成は武器や執筆道具と特定の何かに縛られない。

 

「オラよ!」

 

ナイフをヴェーザー目掛けて投擲する。それを弾こうとするも、ハイドがナイフに宿る魔力を炸裂させる。

 

武器に内包された魔力を炸裂させる魔術、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。内包された魔力を炸裂させるという都合、武器の本来の用途からは大きく離れつつもその用途以上の単純な破壊力を引き出す魔術である。

 

だがそれは自らの得物を破壊するという事。普通はそんな事はどれだけ簡単な魔術原理であってもやろうとはしない。

 

━━━だが、清少納言をはじめとした"武器を精製できるサーヴァント"ならば話は別だ。武器の替えが利く、自らの切り札はその得物に非ずという彼女らはいくらでも武器を破壊できる。切り札の武装が無いが故の戦術である。

 

まあ、とはいえ単なる道具作成では精製にはある程度の時間を要するし、キャスターと言っても大した魔力量を持たない清少納言では大量を作るという行為自体が難しい行為だ。

 

「ドヤされんのはどうせジキルだ。俺は最後の一本まで遠慮無く使わせてもらうぜ」

 

「御愁傷様ってか!」

 

大地を割る一撃で迫り来る無数のナイフの爆発を防ぐ。幾つものナイフが衝撃波でヴェーザーの元に達する事無く割れ、爆発する。

 

「遅ェ!」

 

「なっ━━━」

 

爆煙に紛れたハイドはジキルと全く同じだったその姿から二足の魔獣に姿を変えていた。

 

その脚は持久力を度外視した形状となっており、ジキルよりも速かったハイドを遥かに上回る速力を発揮する。

 

更に爪はナイフよりも遥かに長く延び、先端から根元までその全てが貫通、切断に特化した凶悪なものに変貌している。

 

「━━━グッ、ガ」

 

そこまで理解したのと同時に、ヴェーザーの心臓はハイドの爪によって貫かれていた。

 

最後の足掻きと言わんばかりに魔笛を握り締める腕に力を籠めようとするも、その腕も簡単に切り飛ばされた。

 

「……チッ、なんだ。呆気ねえな」

 

ヴェーザーが呟いたのと同時に爪が引き抜かれる。身体の支えを失ったが、それでも彼は気丈に立ち続ける。

 

「ヘッ、どうよ? コイツが俺の実力ってヤツだ」

 

「ああ……正直嘗めてたわ。その辺りの木っ端アサシン程度ってな。だが……サーヴァントってのは厄介だなぁ」

 

ケッ、と自嘲気味に嗤う。召喚の触媒の魔笛こそ壊れなかったものの、心臓そのものが無くなれば彼がこれ以上この箱庭に留まる事は不可能だろう。あり得るとすれば、またこの魔笛を触媒に召喚されるといったところか。

 

「長居はしたくねえからよ……やってく」

 

「OK。死になクソ悪魔」

 

ヴェーザーが最後の言葉を告げる前に彼の首が飛んだ。立ち続ける四肢と吹き飛んだ頭はそれから数秒とかかる事無く、箱庭から消え去った。

 

「クッククク……さぁ~て、まずは一匹だ。次はどいつを━━━ッ!?」

 

恍惚としてハイドは人型に戻ったが、その瞬間に身体を言い様のない激痛が襲った。痛みにハイドは混乱しながらもその正体不明には思い当たる節があった。

 

「……白夜叉ァッ……!あのクソチビがッ、俺に令呪を使ってやがったな……!」

 

ハイド自身の意識は朦朧としていたが、ジキルと白夜叉が契約した時の事だ。彼女はジキルの『正義の味方として在りたい』という願いを叶えるべく何の躊躇もなく令呪を切っていたのだ。

 

その内容は"宝具はジキルが敵と定めた人間と相対した時のみ使用が可能"と"ハイドが相対した敵を殺害した時、ジキルに戻る霊薬の服用を強制する"というもの。

 

あの時は流石のジキルも二つの令呪を躊躇なく使った白夜叉に感服し、同時に困惑したものだ。それと同時に、ハイドという己の悪性に悩まされる事無く正義であれる事を可能にしてくれた白夜叉に感謝もした。

 

「クソッ、クソクソクソッ……! 畜生が……!!」

 

結局、ハイドは令呪の縛りによって霊薬を服用した。薬の効き目は早く、ほんの一瞬生き地獄とも言える激痛が襲った後、ハイドの恨み節は直ぐ様消え去り彼の目には確固たる理性が宿った。

 

「……ふぅ、全く、ハイドも無茶苦茶をする。何がドヤされるのは僕だから気にしない、だ。本当に肉体ごと切り離す霊薬を作って殴り飛ばしてやろうか」

 

英国紳士であるジキルらしからぬ発言ではあったが、その対象が自身が最も憎む己の悪性なのだ。多少当たりがキツくなるのも仕方のない事だろう。

 

「探索組に合流しよう。ハイドになっても生物である以上僕じゃペストとは相性が悪い。そこは彼らの役目だ」

 

◆◇◆

 

「何よっ……何よ何よっ! いくらサーヴァントだからって涼しい顔で境界門(アストラルゲート)の操作は無茶苦茶じゃない!」

 

ラッテンは苛立たしげに逃げ回る。不思議な事に清少納言は追ってこない。もしかして境界門の開門には特殊な手順を踏む必要があるのだろうか、と思いながら走り回っていると━━━

 

「見つけたわ、本物のネズミ取り道化師(ラッテンフェンガー)

 

「っ、貴女━━━」

 

そこで待ち構えていたのは飛鳥。彼女は先日ラッテンが捕らえたはずだ。それが突然消えた。何処に行ったのかと探してはいたが、まさかこのタイミングで来るとは。

 

「けど、今更貴女一人が帰って来たところで! 押し潰しなさい、シュトロム!」

 

「━━━いいでしょう。ならばこちらも。やりなさい、()()()()!」

 

◆◇◆

 

「おいきなさい、ダイナ。ふわふわ地面を走る小鳥を食い潰しておやり」

 

アリスが絵本の中から猫とビンを呼び、猫にそのビンを飲み干させた。すると猫はたちまちにその身体を大きく変貌した。

 

ダイナ。不思議の国のアリスに登場するアリスの飼い猫の事だ。アリスは不思議の国に訪れて幾度かその猫の話題を出していたが、その悉くがやれ「ネズミを食った」やれ「鳥を簡単に捕まえる」という話をその動物達の前で話すものだから大不評を買っていた。

 

さて、そんな猫が目の前に鳥と称された獲物がいればどうなるかなど、深く語る必要はあるまい。

 

「━━━ッ」

 

ジャックは煩わしそうな顔を見せてマントに隠し持っているメスをダイナの目玉めがけて投擲する。目に迫る凶器を本能で恐怖したダイナは飛び退いてみせるが━━━それこそ彼女の思うツボだ。

 

「後ろよ、ダイナ」

 

「ふっ」

 

アリスの忠告がダイナの耳に入った頃にはもう遅い。既にジャックは肥大化した猫の背後に回っており、どう足掻いても暗殺の射程内だったのだ。

 

シュパンッ、と小気味のいい音が猫の首から響く。肥大化に伴い屈強なものと化した首は温かなバターを切り分けるかのように削ぎ落とされた。

 

「流石よ、ジャック」

 

「アリスはぜんぜんへんてこてん。こんなんじゃ、わたしたちを殺せないってわかってるくせに」

 

「そうよジャック。だって今日は挨拶だもの。『ひさしぶり。”ワタシ”を覚えている?』……てね」

 

「ううん。わかんない。■■■はしってる。でもアリスはわかんない」

 

「そうよ、それでいいの。”アタシ”(アリス)もジャックとははじめましてだから。でもね、ひさしぶりなのよ、ジャック」

 

一見して二人の会話は致命的なまでにチグハグだ。だが二人は互いの言わんとしている事理解している。なぜだと問われるとなぜだろう、と答えられる()()があるし、それもまたチグハグだと理解している。

 

「ジャック、少しお話をしましょう。()()()()()()って知ってる?」

 

「……?」

 

かばん語言葉、あるいはポートマントー。それはルイス・キャロルが考案した新たな言語の事だ。例えば、滑らかと粘っこいを合成して粘滑(ねばらか)といった風に一と二という異なる意味合いを持つ二節を二つの異なる意味を同時に内包する一プラス二という言語に変える。

 

「本当は詠唱簡略系統のスキルなんだけど、私はアリスだからちょっと融通が利いたみたいなの」

 

「それが、黒死病のドーマウス?」

 

「そう、そうなの。イキモノ二つと非生物を組み合わせるの、面白そうだから試してみたんだけど……何事も想い描いた通りには行かないのね。ティーカップがアヴェンジャーと笛吹き道化の器になっただけ。二人にはなぁんにも変化は起こらなかったの」

 

クルリ、クルリとジャックの周囲を回りながらアリスは楽しさとつまらなさを混在させた口調で話す。ジャックはただぽかんと話を聞いているだけだ。

 

「ねえ、ジャック。私達は縁があるわ。それに貴女とお話をして確信したの。やっぱり私には誰かと一緒じゃなきゃダメみたい。私と貴女、()()()()()()()()()()?」

 

「ひとつ、に?」

 

「そう! ひとつに! 私、貴女の事がはじめて会う前から大好きだったの! だからジャック、あの時みたいに私とお友達になりましょう?」

 

「……ごめんなさい」

 

しかしジャックはアリスが話し終えて二秒と経たないうちに返答を返した。たどたどしく、感情を読み取り辛いものであったが、その言葉尻とジャックの言動にはハッキリとした、それでいて愛情を含んだ拒絶だった。

 

「ごめんねアリス。きっとちょっとまえだったらうん、っていえたとおもうの。でも、いまはダメ。おにぃさんがいるの。ますたぁ(ジン)がいるの。ヨウがいるの。アスカがいるの。黒ウサとレティシアもいるの。みんながいるの。みんなは、わたしたちのかぞくなの」

 

まるで慣れない風に本を読むように、不自然な途切れ方とはきはきした喋り方でジャックは真摯に応える。

 

「だから、わたしたちはアリスと一緒にはなれないの」

 

ジャックはアリスが不機嫌になると思いながら応えたが、その実アリスはジャックの予想を裏切るようにクスクスと笑っていた。

 

自分の望みを断られたのに、何故? 子供のジャックには理解が追い付かない。

 

「そうなのよ、そう簡単にうんと言われたらつまらないわ。私の描く物語(ストーリー)にはまだまだ貴女が活躍してくれないと困るもの。最後まで、最後の最後まで……ランサー」

 

笑顔、ただ笑顔。アリスはそこで話を切り上げると十六夜と肉弾戦を繰り広げるカルナの制止にかかる。

 

「なんだアリス。オレはお前の与太話に付き合う暇などないが」

 

「引き上げるわ。今大事なのは戦力を手にいれるよりも今の戦力の確認。それも終わったし無用な犠牲と無用な情報漏洩は避けるべきよ。貴方も力を制限したまま決着が着くのは不本意でしょう?」

 

「……そうか。確かにそうだな。いいだろう、命令とあらば」

 

拳と鍔迫り合いになっていた槍を大きく薙いで距離を取りつつアリスの手を掴む。

 

「また会おう十六夜。次に会うならばその時こそ、オレの全力で貴公と戦う事を誓う」

 

十六夜が返事をするよりも早く、二人はアリスの転移魔術でその場を去った行った。

 

「……ちっ、行ったか。まあいい、今はギフトゲームだ。ジャック、俺達も手筈通りに行くぞ。魔王を叩く」

 

「うんっ、いこ、おにぃさん」

 

「おう……あ、そうだ」

 

十六夜は歩き出そうとした時、ふとなにかを思い出した。

 

「なあジャック。さっきアリスに誘われた時、俺達が家族だからって断ったよな」

 

「う? ……うん」

 

「……その事でなんだが。俺はちゃんとお前の()()になれてるか?」

 

自分らしくない質問だな、とつくづく思う。ジャックが義弟と義妹をミックスしたような少女だからなのか、あの流星群の夜からその事が頭から離れない。

 

自分が子供の扱いに慣れている自覚はあるが、箱庭という場所に身を置いているせいかきちんと対応できているかが不安だ。特にこの少女にはその思いが強い。

 

そう考えての質問だったのだが、ジャックは屈託のない笑みを浮かべながら十六夜の背中に乗っかった。突然でサーヴァントの身体能力を生かした一瞬の出来事だったので流石の彼も面食らったが、ジャックは自身の顎を彼の肩に乗せて頬が触れ合うような距離で囁いた。

 

「おにぃさんは、おにぃさんだよ。わたしたちのおにぃさん。わたしたちによくないことや、たのしいことを教えてくれる、わたしたちだけのおにぃさん」

 

「━━━、そう、か。OK、それなら俺も責任取ってお前の家族になってやるさ。楽しい事に嬉しい事、それに悔しい事や苦しい事。そういうの全部を愉しんで……人生を彩る大事な愉悦を教えてやるさ」

 

「うん! おにぃさん、いこ、いこ!」

 

「おう、じゃあまずはその為にも魔王退治だな!」

 

少女は歩む。初めて知った温もりを胸に抱き、初めて手にした家族の手を繋いで。

 

少年は歩む。家族を捨てた対価に手にした新たな家族を導き、教えられ。自分は今、()のようになれているかと夢想しながら。

 

 






早いものが、去年の本日この投稿時間こそがFate/Problem Childrenの第一話投稿日です。当初はジャックのFGO実装記念に息抜きを兼ねて書こう、というものだったのに今や執筆の中心です。

また、そういう経緯で生まれたためあまり定まっていなかった設定も七割がた固定(残り三割は細かい部分の設定)。気が早い話ですが第二部も自分の中で確定しております。

さて、この時期が一周年という区切りがいい頃なので2016年のFate/Problem Childrenはこのお話で終わりです。一年使って二章終わらないのか……と頭を抱えたくなる案件ですが、少なくとも第一部は必ず完結させます。

それでは皆様、また来年にお会いしましょう。



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くえすちょんいれぶん 地獄に在るは、死神の舞踏



新年あけおめデース! エルキがダブってカルナさんをお迎えした作者デース! 口調は気にしてはいけまセーン!

まあおふざけはさておき、今年もFate/Problem Childrenをよろしくお願いいたします。




 

 

さて、それでは今回の物語の大きな壁となる少女、己の名前すら喪失した哀れな少女の話をしよう。

 

彼女はかつて、ごく普通の村で生き、豊作の象徴と冗談混じりに褒め称えられた、いつかは何処かの家に嫁ぐ普通の少女だった。

 

だが、世の中というものは万物に等しく残酷だ。普通の人生を歩んだからと言って、その結末が普通という道理はない。

 

━━━黒死病。古くは哲学者ソクラテスが従軍したというペロポネソス戦争の頃から断続的にヨーロッパで流行し、中世にその猛威が振るわれ、当時のヨーロッパ市民の三分の一、世界大戦による死者数を優に上回る三千万もの死者を出したと言われている最悪の病。

 

三百年単位で見るならば八千万、億単位に迫る程の死者を叩き出している。

 

閑話休題(それはさておき)、少女も黒死病に感染し、その途端に彼女の見る世界は一変する。

 

突然自身を襲った高熱に魘され、少しだけ楽になったと思った途端、彼女の世界は太陽の日射す黄金の麦畑から常闇の牢となっていた。

 

意味が理解(わか)らなかった。何故自分がこの暗がりにいるのか、どうして己の自由が剥奪されていたのか、まるで理解できない。

 

その牢に刻まれた文字は果たして彼女の親の最後の親心か、彼女が牢に閉じ込められた理由が詳細に書いてあった。

 

『お前は死を運ぶ厄災に蝕まれた。今後お前をこの牢から出す事は叶わない。お前はその牢で飢え、孤独に死ぬ宿命だ。私は此より貴様と縁ある者、私と縁あった者悉くを根絶やしにする。恐らくは、貴様が最期だ』

 

今度こそ思考が止まった。私が死ぬ? 友が殺される? いや、そもそも━━━私の親は自身の家族すらも殺すというのか?

 

わからない、わからない。そもそも厄災とは何だ? 私はそれを知りたい。

 

━━━知ってどうする?

 

決まっている。その原因全てを取り除く。例え原因そのものを利用しようとも、私はそれを取り除く。

 

それは私が助かりたいからじゃない。それは、それは━━━

 

 

 

 

 

それは、助けたいからだ。

 

 

 

 

 

私の親が殺す(すくう)友を。私の親に殺される(すくわれる)親の友を。私の親に殺されてしまう(すくわれてしまう)家族を。全てを殺そう(すくおう)とする私の親を。

 

それら全てを、いや違う。私達と同じ身の上にある者達全てを。すくう、救おう、救済(すく)わなければならない。

 

━━━ならば手を取れ。この手を。全てを救いたくばこの手を取り、同胞(はらから)を救い、同胞を増やし、全てを救済う力を持つ杯を求め、来たれ、我らが箱庭へ。

 

いいとも。それで救済えるのなら。私は━━━霊長を守護する復讐者となろう。

 

全ての同胞を救済する復讐者、私の名は、そう━━━病を余所へ運ぶ者(ペイルライダー)黒死病(ペスト)だ。

 

かくして彼女は復讐者でありながら霊長を守護する者となった。霊長を滅ぼす霊長にその病を与えて殺してはそれを憐れみ、自らが率いる。その旅の中途に同胞がいれば救済の希望を与えて率いる。死してもいつかは己が杯に、箱庭に願い()()()()()()()()()()()()()

 

復讐者の根底にあるものは、尽きる事のない人類への愛なのだから。

 

◆◇◆

 

━━━ヴェーザーとラッテンが消えた。

 

ペイルライダー、ペストがそれを感じたのはハイドの悪意がヴェーザーの首を吹き飛ばしたのとほぼ同時だった。

 

ラッテンも静かな波動に包まれて消えた事を確認する。

 

この場からカルナとアリスが離脱した事も僅かに切り離した霊から伝わっている。

 

成り行きでリーダーとなった自分に忠誠を尽くしてくれた。黒死病という過去を改変するという自分の馬鹿げた願いにも笑わなかった。

 

そんな二人を想い暫く瞳を瞑り哀悼すると、やがて眼を開く。

 

「━━━やめた」

 

「は?」

 

彼女と対峙していた黒ウサギ、サンドラ、セイバーは唐突な発言に首を傾げた。

 

やめた、とは?

 

「時間稼ぎは終わり。白夜叉以外全員、ジンもサーヴァントも要らないわ。皆私の一部に統合してあげる」

 

刹那、漆黒の旋風はその勢いを増した。

 

奔流は雲海を突き抜け、その場にいたネズミ、鳥、全てが瞬く間に黒死病に侵され死亡する。

 

「全て全て、悉くを呪い殺しましょう。されど魂は我が血肉となりて━━━」

 

途端、たった今死んだ筈の鳥やネズミ達が起き上がる。その肉体は溶け、まるで生きた屍(リビングデッド)の如く━━━

 

「"飢えず嘶け死の舞踏(ブラック・パーチャー・レリジェンス)"」

 

旋風が襲う、屍が襲う。鉄の処女が生き血を求めて口を開く。炎が溢れる。

 

旋風と眼球が顎や嘴にまで垂れ落ちた死体を黒ウサギの金剛杵とセイバーの魔力によって産み出された雷で払いながら苛立たしげに叫ぶ。

 

「ぐっ、この、やはり与える側の神霊のような存在ですか! であれば天の英霊……」

 

「ってことはアレか? オレには不利かよ……って、すぐに死ぬ恩恵を与える神霊って、バロールみてぇだなクソ!」

 

三人は思わずペストから逃げるが、参加者を無差別に狙った死の旋風は周りの"サラマンドラ"の同士を襲う。

 

「や、やめ━━━グガァ!?」

 

旋風が音も無く皮膚を溶かして殺す。

 

「なんだ貴様ら、寄るな! 来るな━━━ギァァァァ!!」

 

腐敗した嘴と牙が喉笛を引き裂いて臓器と脳髄を補食する。

 

「やめて、助けて! ごめんなさい、ごめんなさ」

 

刺に覆われた鋼鉄の棺桶に囚われ、悲鳴が漏れ出す間もなく八つ裂きにする。

 

「嫌だ、熱い、熱い! 早く殺してくれ! こんな、こんな地獄のような責め苦を味わされるくらいなら死んだ方がマシだ! 息が出来ない! 頭が侵される! 熱い、熱━━━」

 

炎で肌を焼き、酸素を消し去り、息が止まり中毒症状が発生する。

 

この世の地獄とは、正にこの事だろうか。悲鳴、我こそはと助かろうとする怒号、怨嗟。

 

それら全てをペストは一心に受け止め、新たなる魂の同志へと昇華(消化)するのだ、

 

「……痛いでしょう、苦しいでしょう。出来れば使いたくなかったわ。同胞が増えるのは嬉しいけれど、同胞が生まれてしまう事は寂しいもの」

 

「しまっ、ステンドグラスを探している参加者が!」

 

「畜生ッ……サーヴァントらしく狙うならオレを狙えってんだ!」

 

(仕方ありません……まだジャックさんが来ていませんが、手を切るしか……!)

 

黒ウサギがギフトカードを取り出し、使おうとする━━━が、そこにはゲームに参加していた木霊の少年の姿が。

 

「こ、こんな時に!」

 

旋風が少年を襲う。逃げの一手に徹してしまっていた三人では間に合わない。三人が歯噛みして少年を内心見捨ててしまったその時━━━

 

「薙ぎなさい、ディーン!」

 

『DEEEEEEEEEEEEN!!』

 

深紅の巨兵を引き連れた飛鳥が現れ、兵の一薙ぎで旋風が消えた。

 

病は生物に効く者。なれば機人である飛鳥の新たなるギフト、ディーンに効く道理などない。

 

「飛鳥さん、よくぞ御無事で!」

 

「感動の再会は後! 立てるかしら?」

 

「は、はいっ」

 

「よろしい、なら早く離れなさい。ステンドグラスは後で処理すればいいわ」

 

ホッと一息をつく黒ウサギだったが、ペストの方に目をやるとそこには旋風と鉄の処女が迫っていた。

 

「オイコラ余所見してんじゃねえぞ駄ウサギ!」

 

側面から現れた十六夜の蹴りが旋風と鋼鉄を砕く。そして同時に現れたジャックが旋風の中をものともせずに駆け抜け、屍を細切れに切り裂き、迫る鋼鉄に炎を呑ませて自壊。ペストに一撃を浴びせる。

 

「ぐっ━━━ギフトを砕いた上に黒死病を受けなかった? 貴方達、」

 

「言っとくが俺は正真正銘人間だぞ魔王様!」

 

チョッパーの一撃を貰い軽く仰け反った瞬間、ジャックはペストの顎にムーンサルトを浴びせ、直後にハンドスプリングの要領で踵落としを頭部にぶつける。

 

ペストは暫しふらついたが、やがてにやけながら服の解れと自らの傷を癒す。

 

「……そうね、確かにそうだわ。星を砕けない程度の力では私は死なない。大した脅威じゃないわ」

 

「━━━へえ、随分言ってくれるじゃねえか。()()()()()()()()だと? 面白い挑発だぜ魔王様」

 

「ちょ、ちょっとお待ちを! 仮に十六夜さんがそんな切り札を握っているといってもそんなものを撃たれては周りまで被害が来ます!」

 

黒ウサギは慌てて引き留め、十六夜はむっと眉を顰めた。

 

「……しょうがねえ。ここはウチの黒ウサギとサーヴァント、そして坊っちゃんに花を持たせてやるか」

 

「ええ、旋風の対策もこれでバッチリ。此より魔王と、此処にいる主力━━━皆纏めて、月に御招待致しますとも!」

 

白黒のギフトカードの輝きと共に急転直下、周囲の光は暗転し、星が巡る。

 

温度は急激に下がり、大気が凍り付く死の大地へとその風景は激変した。

 

「これはまさか……"月界神殿(チャンドラ・マハール)"!? 軍神(インドラ)ではなく月神(チャンドラ)の神格を持つギフト……!」

 

「YES! これこそが我々"月の兎"が招かれし神殿! 帝釈天様と月神様より譲り受けた、"月界神殿"にございます!」

 

そう、此処は月そのもの。一部の人間とペストのみがこの場に隔離された事により参加者が病死する心配は消え失せた。

 

「これで参加者側の問題は解消! ジン坊っちゃんが()()()()()()()()()()()()()()()月を観測すれば全ての準備は完了ですとも! さあ皆様、屍達の対処はお任せします、黒ウサギもすぐさま参戦しますので! アサシンさんは坊っちゃんの助力を待ち、飛鳥さんは此方へ!」

 

◆◇◆

 

そして、太陽が沈み、輝きと共に街の真上に現れた月を見たジンは左手に目をやる。

 

「全ての準備は完了……後は僕だけ」

 

左手に宿る赤い紋様━━━令呪を掲げる。

 

「令呪を以て我がサーヴァントアサシンに命ずる!」

 

それは、サーヴァントへの三画の絶対命令権。仮令それがサーヴァントが本来不可能な、自らの身に合わないものであろうと強制的に引き出す切り札━━━

 

()()()()()()()()()、サーヴァントペストを打倒せよ!!」

 

◆◇◆

 

「━━━うん、殺っちゃおう」

 

ジャックがそう呟いた瞬間、月は猛毒の霧に包まれた。

 

魔霧都市(ザ・ミスト)。本来の力を取り戻した指向性の霧は以前とは比べ物にならない範囲を覆い、ペストと屍のみにその力を発揮し、他の者には毒も霧もないかのような澄んだ視界をもたらす。

 

「此よりは地獄。わたしたちは、炎。雨。力━━━殺戮を此処に」

 

ペストが異変に気付いたが、もう遅い。ジャック・ザ・リッパーの力は既に牙を剥いているのだから。

 

「━━━"解体聖母(マリア・ザ・リッパー)"」

 

「━━━なっ、ぐっ、」

 

ペストが苦悶の声を漏らすがもう遅かった。ジャックが宝具の名を呟くと同時にペストの内臓、霊核たる心臓が引っ張り出された。

 

「ギッ━━━」

 

"解体聖母(マリア・ザ・リッパー)"。切り裂きジャックの伝説を再現する呪いの宝具。切り裂きジャックの殺人、内臓を引っ張り出されグチャグチャにされた逸話をカタチにするものだ。

 

ただしそれには切り裂きジャックが活動していた夜、当時のロンドンの有り様を再現する霧、そして切り裂きジャックが襲った女が必要となる。

 

それだけにその呪いはまさしく必殺の一撃━━━なのだが。

 

「ッ━━━こんな、たかが霊核を引っ張り出されたくらいで終わると思って!?」

 

ペストを引っ張り出された内臓全てを掴み、自らの身体に収め始めた。

 

「はっ、冗談キツいぞ。クー・フーリンか何かかよ……」

 

その姿にはさしもの十六夜も驚愕せざるを得なかった。しぶとい。心臓を引っ張り出せば死ぬのが生物の道理であるはずなのに、死なない。

 

「まだ、まだ終わらない……!」

 

「いいえ、貴女はこれで終わりよ。"黒死斑の魔王"! 穿ちなさいディーン、"疑似神格・日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ・レプリカ)"!!」

 

『DEEEEEEEEEEEEN!!』

 

ペストが心臓を掴もうとした矢先、黒ウサギに託された必勝の槍の模造品が飛鳥の指示によりディーンが放つ。

 

狙いは寸分違わず、ジャックが引っ張り出した心臓に命中する。

 

「ッ……! 今更、こんな槍程度で!!」

 

「無駄で御座います。その槍、"日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)"は穿てば必勝をもたらす宝具。貴女も知る印の国の英傑であるカルナ様がその鎧と引き換えに神王様より授かった物なのですから」

 

幾千万もの雷に身を焼かれながら、それでもペストは抵抗を示す。

 

しかし無駄だ。天の雷は万から億、億から兆へと加速度的に力を増す。

 

ペストは"死を風に乗せる"のならば。

 

インドラは"勝利を武具に乗せる"のだ。

 

「そんな……私は、まだ……!」

 

「━━━さようなら、"黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)"」

 

「ばいばい」

 

飛鳥とジャックが別れの言葉を告げると同時に一際激しい雷光が月を照らす。

 

豪、という響きを立てた軍神の槍は圧倒的な熱量を撒き散らし、魔王の心臓を穿ち共に爆ぜ消えた。

 

 






章末に二章で登場したサーヴァントのデータマテリアルを出します。ペストの宝具、"飢えず嘶け死の舞踏(ブラック・パーチャー・レリジェンス)"の詳細やペストのスキルも掲示します。

ではでは改めまして、今年もシクヨロ!



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らすとくえすちょん 決意、始まり



二章最終話となります。今回はエピローグというわけでかなり短めですが、大事な事書いてあるからここ必修ですよ!(伸びる棒で黒板叩きながら)




 

 

偽りの伝承たるステンドグラスが全て砕かれ、真実の伝承たるステンドグラスが掲げられて"黒死斑の魔王"とのギフトゲームが終了してから一日が経過した頃。

 

完全に快調した耀は改めてカボチャ頭の彼━━━ジャック・オー・ランタンと対面していた。

 

「ヤホホ。まずはギフトゲーム攻略おめでとうございます、春日部嬢」

 

「私、参加してないよ。本当におめでとうを言うなら彼らに言ってあげるべきだと思う」

 

「いえ、社交辞令というものです。それに一番の功績を挙げたコミュニティに感謝と拍手喝采が無いのもどうかと思いまして。素直に受け取って戴きたい」

 

「じゃあ、一応受け取っておく」

 

耀が頷くとカボチャのジャックは気分を良くしたようにヤホホ! と笑う。かと思えば今度は申し訳なさそうに肩を小さくさせる。

 

「……そして謝罪を。ルールに縛られていたとはいえ私はゲームに参加する事すらままならなかった。自惚れているつもりはありませんが、今回のゲームで死亡してしまった多くの"サラマンドラ"の者達。もし私が参戦できていれば彼らを救う事ができていたのではと思うと」

 

「それを言うなら私もだ。だからジャックが気にする必要はないと思う。だってそれは、間が悪かっただけ……らしいから」

 

つい先日自分を言いくるめた(とよくわからないけど悔しいので思う事にした)彼の言葉を思い出しながらカボチャのジャックを諭す。

 

そんな彼女を見た彼もまた、笑い出す。

 

「ヤホホホホ! 良い顔をなさるようになりましたな春日部嬢。どうやらあの敗北から一週間、貴女の心も大きな転機を迎えたようだ」

 

「……かも。少なくとも今までよりはよっぽどマシになれた自覚がある」

 

「良い、良いです。では私も間が悪かったという事で納得しましょう。元々傷心の貴女を諭すつもりで呼んだのですが……いやはや、まさかかえって諭されるとは」

 

受け売りだよ、と軽い気持ちで彼の感謝を受け止める。彼の言葉を思い出すと額辺りにひんやりとした感覚が来るので思わず腕で拭う。

 

それを見てカボチャのジャックはますます気分を良くしたように笑うので、少しだけむっとなってしまう。

 

「……そんな事より、ジャックに聞きたい事がある」

 

「でしょうね。答えられる範囲でならば答えましょう」

 

途端に明るげな雰囲気は消え失せる。耀はどうやって声を出そうと少しだけ逡巡していたが、すぐにストレートに聞くべきと至る。

 

「私達のジャックと貴方はどういう関係なの?」

 

ギフトゲームの時に彼は明らかに耀達の知るジャックについて言及していた。

 

━━━

 

知っていますよ、春日部 耀嬢! 貴女は自身の無力さを恨んでいる! 貴女は今、自分より遥かに幼い子供に自分が潜り抜けた危険よりも遥かに危険な場所に置かせてしまっている事に罪悪感を感じている!

 

なっ━━━!?

 

ですがそれは何故でしょう!? 彼女達ジャックが幼いからでしょうか!? 故に情が移ったのでしょうか!? それこそ何故!? 彼女はサーヴァント! 言わば亡霊でしょう! 何故、そんな彼女を幼いからという理由で手を差し伸べそうとするのです!?

 

知ったような風に!

 

知っていますとも! "わたし"はずっと貴女達を見ていた! なればこそです!

 

━━━

 

初対面である筈なのにサーヴァントがいる事、そしてその名が"ジャック"という幼い少女である事を彼は知っていた。

 

そして彼の名が"ジャック"である事。これを偶然で片付けてはいけないと耀の心が叫んでいる。

 

「……そうですね。春日部嬢、"バタフライ・エフェクト"をご存知ですか?」

 

「……えっと、確か二十世紀の気象学者の提唱した"ブラジルの蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすのか?"っていう奴だよね」

 

「そうです。その議論は二十一世紀において未だに決着は着いていませんが、それの決着が規模の大小は兎も角として"歴史の転換期(パラダイム・シフト)"を引き起こすのではないかと私は考えていますが……おっと、蛇足でしたね。ようはそれです。私と貴女方の知るジャックの関係はバタフライ・エフェクトそのもの。彼女の存在が私に影響を与え、結果私は断片的に"わたし"に繋がったのです」

 

「……えっと、つまり『間違いなく関係あるけど今は教えられない?』」

 

「ヤホホ! まあそういう事です。貴女方"ノーネーム"が対魔王コミュニティだというのならばいずれ否応なく語らねばならなくなる時が来るでしょう。それまでは私と彼女は関係がある程度に覚えておけば問題はありません」

 

「じゃあそういう事にしておく」

 

本題を語り終えた途端、話す事がなくなってしまった。耀はこのコミュ症も解消しないとなぁ、と思いながら話題探しに入る。

 

「ああ、そうだ」

 

かと思えば、カボチャのジャックが口を開く。

 

「暫くした後、"ウィル・オ・ウィスプ"主催のギフトゲームが開かれる予定です。詳細は追って伝えます。勿論私も主催者側として参加しますので、リベンジに燃えるというのならば参加してみては如何です? 景品もいい物を用意していますよ」

 

「本当?」

 

「ええ、本当です。個人的にも子供には楽しんで戴きたいし、コミュニティとして見ても魔王への対抗策として"ノーネーム"と親交を築くのも悪くはないと思っておりますしね。いやはや、貴女を含め皆様才覚に溢れた良いコミュニティだと思っております」

 

カボチャのジャックが言う事に偽りは無い。そう感じ取った耀は彼の誘いに迷う事なく頷く。

 

「じゃあ喜んで参加する。その時こそ雪辱戦。今度こそ私が勝つ」

 

「ヤホホ! 良い威勢です! ではその時をお待ちしておりますよ、春日部嬢!」

 

◆◇◆

 

とある場所のとある部屋。カルナを伴って帰って来たアリスは適当極まる声で帰還を告げる。

 

「帰ったわ殿下」

 

「マスター、今帰った」

 

「ご苦労だったアリス、ランサー」

 

殿下は定型の労いの言葉をかけると、用意されていた椅子に座るよう二人に促す。

 

遠慮なく腰掛けるアリスに「オレは構わん」と遠慮するランサー。殿下はそうか、とだけ返すとすぐさま本題に移る。

 

「ランサー、アリスはどうだった?」

 

「量り辛いな。手を抜いてはいなかったが、あくまで"出した手の内"でだ。恐らくはまだ切っていない手があると見るべきだろう。それを加味した上でオレが評価するなら……アリだ。限定条件下でサーヴァントを呼び出す破格の能力もあるし、概念付与に関しては……アウラの方が詳しいだろうが、出立前に評価していた事を考えるとそれなり以上はできるのだろう。そもそも戦えるキャスターというだけでも戦闘面ではアンデルセンよりマシだ」

 

それだけ聞くと殿下は満足したように微笑み、次いで別の質問を投げ掛ける。

 

「見たところアヴェンジャーは倒されたようだが、誰がやった? ルール上白夜叉は参加できないだろう。そうなると彼女のサーヴァントか?」

 

「ああ、それは━━━」

 

「"名無し"(ノーネーム)よ」

 

「……ふむ?」

 

「"名無し"が倒したわ。サーヴァント持ちよ」

 

「……それと殿下、力が削がれていたとはいえオレと互角以上に競い合った猛者もいた。これはあくまでオレの勘だが……間違いなく我々の大きな壁になるだろう」

 

「ほう、マハーバーラタの大英雄カルナをしてそこまで言わせるか。いいぞ、俺も興味が出た」

 

興味深そうな笑み。暫くそのまま"ノーネーム"に関しての談義で盛り上がったりもした。

 

「ああ、そうだ」

 

やがて殿下が思い出したように話を変える。

 

「お前達が誕生祭に出掛けていた一週間のうちにこちらも色々進展があってな。中でも大きいのはアレの解析がかなり進んだ事だ」

 

「アレが、か」

 

殿下とカルナの間でだけ勝手に話が進む。それが気に食わなかったアリスはむっとしながら食い下がる。

 

「殿下、カルナ。私にわからない言葉で会話をしないで頂戴」

 

「ん、ああすまない。アレというのは三年程前、聖杯戦争の開催を告げられたのとほぼ同時期に発見された物でな。調べれば調べる程面白い事がわかっていく」

 

殿下がアウラの魔術で小さく複製させたそれの模型を取り出す。

 

「……何これ? 丸いわ」

 

「強大な魔術炉心である事以外わからない事だらけだったのだが、つい最近になって唐突に解析が進んでな」

 

殿下はマイペース気味に語り、模型をバラバラに分割して異なるカタチに組み上げていく。

 

「まずは用途がわかった。次に名前が判明した。そして最後に、面白い事が浮き彫りになった」

 

わざと答えをはぐらかそうとする殿下に少しイラッと来る。アリスは無言でいいからさっさと進めろと目で言うと殿下は笑顔を崩さずにそれに応えて組み立てる速度を速める。

 

「コイツの名前は"八一号聖杯爆弾"。三年前唐突にこの世界に現れた、"オリジナルの聖杯"だ」

 

再構築されていた球状の物体━━━爆弾は丁寧に、金色の杯へと姿を変えていた。

 

 






ここから聖杯戦争の始まりや本作のジャックにも着眼していきます。従って登場キャラもポンポン増えます。

では、以前から言っていた章末のサーヴァントマテリアルもご覧くださいませ。



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第二章登場サーヴァント マテリアル

 

 

クラス

アサシン

 

真名

ジャック・ザ・リッパー

 

属性

混沌・悪(地)

 

性別

女性

 

ステータス

筋力:C 耐久:D(C)

敏捷:A-(A) 魔力:D(C)

幸運:E 宝具:C-(C)

※()内は本来の数値

 

スキル

霧夜の暗殺B(A)

夜中での戦闘において確実に先制攻撃を行える。ジャック・ザ・リッパーが姿亡き殺人鬼であるからこそ得たスキル。

 

情報抹消B

戦闘終了後、敵対者がアサシンの姿、真名などの特徴を忘却するスキル。数多くの女性を屠り、その姿は誰にもわからなかったという事実からなるスキル。

 

外科手術D(E)

およそ120年前の技術による外科手術。手術した後の外見は保証されないが、ないよりマシ。魔力の上乗せで効率が上がる他、麻酔や劇薬、麻薬の使用もある程度可能。

 

精神汚染C

精神が汚染され、同ランク以下の精神干渉魔術をシャットアウトする。ただし、同ランクの精神汚染を持つ者同士でないとちゃんとした対話は不可能。マスターが悪であったり、悪と認識される命令をされれば段階的にランクが上がり、破綻した精神は更なる退廃を起こす。

ただし、アサシンはあくまで無垢の化身のため、いけないことをいけないときちんとした根拠と共に述べればランクが低下する可能性もある。

 

自己改造D+

自身の肉体に別の肉体の要素を加えることで能力上昇を促すスキル。ただし、これを使えば使うほど真性の英霊からかけ離れていく。

アサシンの場合は捕食で発動し、ステータスなどに補正は掛からないが、捕食した対象のスキルを一定時間、一つだけ選択して自身のスキルにする事ができる。本来ならばこのスキルは保有していない。

 

 

クラススキル

気配遮断B(A+)

相手にサーヴァントとしての気配を悟らせないスキル。本来ならば発見すら不可能な領域だが、現在はランクダウンして気配察知能力の高いサーヴァントなら視認可能。

攻撃体勢に移るとランクダウンするが、霧夜の暗殺によってその欠点をカバーできる。

 

 

宝具

魔霧都市(ザ・ミスト)

種別:結界宝具

ランク:C-(C)

レンジ:1~7

最大捕捉:35人

霧の結界を張る結界宝具。骨董品のようなランタンから発生させるのだが、発生させたスモッグ自体も宝具である。このスモッグには指向性があり、霧の中にいる誰に効果を与え、誰に効果を与えないかは使用者が選択できる。

強酸性のスモッグであり、呼吸するだけで肺を焼き、目を開くだけで眼球を爛れさせる。魔術師ならばダメージを受け続け、一般人ならば数分以内に死亡する。英霊ならばダメージを受けないが、敏捷がワンランク低下する。

最大で街一つ包み込めるほどの規模となり、霧によって方向感覚が失われる上に強力な幻惑効果があるため、脱出にはBランク以上の直感、あるいは何らかの魔術行使が必要になる。

……のだが、アサシン自身の弱体化の煽りをモロに受けており、範囲縮小、ランタンは指定した座標から動かす事ができない、効果減の三重苦に見舞われている。

 

解体聖母(マリア・ザ・リッパー)

種別:対人宝具

ランク:E~B-(B)

レンジ:1~10

最大捕捉:1人

通常はランクDの4本のナイフだが、条件を揃える事で当時ロンドンの貧民街に8万人いたという娼婦達が生活のために切り捨てた子供たちの怨念が上乗せされ、凶悪な効果を発揮する。

条件とは『対象が女性(雌)である』『霧が出ている』『夜である』の三つ。このうち『霧』は自身の宝具『暗黒霧都』で代用する事が可能なため、通常の魔術師同士の聖杯戦争における戦いでは1つ目の条件以外は容易に満たすことができる。

これを全て揃った状態で使用すると対象の霊核・心臓を始めとした、生命維持に必要な器官を蘇生すらできない程に破壊した状態で問答無用で体外に弾き出し、血液を喪失させ、結果的に解体された死体にする。“殺人”が最初に到着し、次に“死亡”が続き、最後に“理屈”が大きく遅れて訪れる。

条件が揃っていない場合は単純なダメージを与えるのみだが、条件が一つ揃うごとに威力が跳ね上がっていく。またアサシンを構成する怨霊が等しく持つ胎内回帰願望により、相手が宝具で正体を隠しても性別を看破することが可能で、より正確に使用する事ができる。

相手が女性限定とはいえ、迎撃も回避も抵抗も無意味で物理的な防御では防げない高威力攻撃を遠距離から与えることができ、なおかつスキル「情報抹消」により事前に対処を行うことも不可能という強力無比な宝具。ただし、威力こそ高いもののこの宝具による攻撃は呪いへの耐性で防ぐことができるため、サーヴァントに使用する場合は相手が近現代の英霊でない限り威力通りのダメージを与えることが難しい。魔術的に最高のマスターを得て、3つの条件を揃え、ようやくハサンたちが使用する『ザバーニーヤ』の平均値に匹敵するだけのダメージを与えることができる。

ただし、この宝具もしっかり弱体化されており、全ての条件を揃えても弱体前より威力が低下しているため相手によっては確殺というわけにはいかない。

 

 

プロフィール

"ノーネーム"の三人と同時に召喚されたアサシンのサーヴァント。純粋無垢かつ残酷な幼い少女。

精神が破綻しているという点を除けば間違いなく何処にでもいる小さな子供であり、"ノーネーム"のメンバーからも日常では年長組とさして変わらない扱いを受けている。

ただし、サーヴァントであるため戦闘は避けられないし、頭の回転が早く理というものも解っているため、戦い……それもサーヴァント戦であれば率先して戦いを挑む節がある。精神汚染によって「幼子が人殺しをするべきではない」という倫理は通用せず、むしろ「自分達はやられたのだから自分達がやっていけない道理はない」と考えている節さえある。

"ノーネーム"での立場はもっぱら「十六夜の妹、あるいは娘」。さしずめ飛鳥、耀、黒ウサギは近所のお姉さんでマスターであるジンは頼りない兄、といったところか。

また、ある事情によってステータスやスキル、宝具が軒並みランクダウン(一部ランクアップ)しており、本来持ち得ないスキルを獲得している。これは彼女が箱庭に招かれた時に起こった現象らしい。ちなみに問題児三人を呼んだ"ノーネーム"はサーヴァントの存在を知らず、また四人目を呼んだ覚えもないとのことだが……?

 

 

クラス

キャスター

 

真名

清少納言

 

属性

混沌・━(マスターによって変貌)(人)

 

性別

女性

 

ステータス

筋力:E 耐久:E

敏捷:E 魔力:C

幸運:E 宝具:A-

 

スキル

人間理解EX

"人間を通じて自分を理解する"という人間観察や鑑識眼とは似ているようで全く異なるスキル。清少納言はこのスキルによって最初に出会った人物、すなわちマスターとの会話によって自己を確立させて行き、"常にどんなマスターとも相性が最高のサーヴァント"となる。なおマスターとの会話とは言ったが、彼女と会話をせずとも清少納言はその辺りで拾った相槌や無言の拒絶など、一挙一動で相手を完全に理解し、そこから自己を作り上げるため、会話をする必要も皆無であるのだが。

自分を理解する過程で相手を理解するため人間観察に近いものがあるが、彼女自身は自分と読者以外には全く興味を示さないため、実質そんなものはないと言ってもいい。

 

高速詠唱B

人間理解の都合、相手を理解して今の自分を作品に詰め込むかなりの妄想癖から派生した脱稿速度。書いてすぐの自分はそれを書いた理由や文の意味を理解することはできるが、少し時間を置くと彼女には文字の羅列にしか見えなくなる。

所謂ヲタク気質。

 

???

 

???

 

クラススキル

陣地作成━

???と宝具により、自分がそこにいるというテリトリーが存在しない。

 

道具作成A++

正確には宝具によるもの。宝具から零れ落ちた副産物であるが、性能は文句なしどころか最高峰。

 

宝具

偽り亡し我が物語、されど我に偽り在り(トゥルース・マイ・ストーリー)

種別:対己宝具

ランク:A-

レンジ:1~35

最大捕捉:300人

清少納言の心象を投影した固有結界。道具作成スキルにも影響を与えているが、現在はそれ以上の情報は開示されていない。

 

 

プロフィール

"サウザンド・アイズ"に所属するキャスター。どうやらジキルよりも後に召喚されたようで、まだ箱庭の知識にはそこまで明るくない。

重度の主人公マニアかつ自分本意。加えてオタク気質なところがあり、自分の趣味や聞きたい事、希望通りの答えを相手が返してきた時にはハイテンションになりながら口早に説明をするという変人中の変人。本人曰く「偉人とは当時考え付かないような記録を遺したのだから偉人なのだ」との事なので結構好意的に受け取っている模様。

瞬間移動や気配遮断といった特殊技能を持っているが、それが本人の力によるものなのかスキルによるものなのかは不明。だが相手の反応を逐一確認したくなる作家のサガと悪戯好きな性格のせいでしょっちゅう人を驚かせる困り者でもある。

 

 

クラス

アサシン/バーサーカー

 

真名

ヘンリー・ジキル/ハイド

 

属性

秩序・善/混沌・悪(地)

 

性別

男性

 

ステータス

筋力:B+ 耐久:B+

敏捷:C 魔力:D

幸運:D 宝具:C

 

スキル

怪力B

怪物や魔物が持つ人外の力。ハイド時に使用すると効果が上昇する。

 

恐慌の声A

魔物として誇る狂気の声。声が発するプレッシャーにより相手の行動を阻害できる。ジキル時には使用不可。

 

無力の殻A

自身の保有するスキルを三つ封印することで能力が低下し、サーヴァントとして認知されなくなる。ハイド時は使用不可。

 

変化A

自らを怪物の姿へと変貌させる。宝具による副産物で、同ランクの自己改造も保有している。

 

クラススキル

気配遮断━

彼は正規のアサシンではないため、ランクが存在しない。

 

狂化EX

ジキルからハイドへと移り行く、好青年から殺人鬼へと変貌する狂気。ジキル時は封印されており、ハイド時のみその殺人鬼としての本能が露になる。

 

 

宝具

密やかなる罪の遊戯(デンジャラス・ゲーム)

種別:対人宝具

ランク:C

ジキルから反英雄ハイドへと変化する霊薬。

幾つかのスキルを付与し、獣化とも言える変貌を遂げさせる。特に高い耐久力をもたらす高ランクの「狂化」と、自分の肉体を状況に応じて最適な形態に変化させる自己改造によって、驚異的な生命力を発揮することが可能となる。この宝具を使用しないとサーヴァントとしては無力に近い。服用には何らかの副作用(リスク)が存在する模様。

だが、箱庭の聖杯によるバックアップによりこの反英雄ハイドは意図的に人間の姿を取ることも可能となっている。

 

 

プロフィール

"サウザンドアイズ"のサーヴァント。サーヴァントの中でも結構な古株のようで箱庭における知識はかなりある。

正義の味方であるという望みと箱庭の聖杯によるバックアップ、そして白夜叉の令呪の強制力でハイドの人格を抑え込む事が可能になっており、暴走する心配はないとのこと。

なんでも生前は魔術とは異なる学問にも身をおいていたようで、宝具こそ魔術による産物だが、冷蔵庫や冷暖房、自動ドアというものに心得がある模様。

 

 

クラス

セイバー

 

真名

???

 

属性

混沌・中庸(地)

 

性別

女性

 

ステータス

筋力:B+ 耐久:A

敏捷:B 魔力:B

幸運:D 宝具:A

 

スキル

カリスマC-

人間としてのカリスマ性。一国を治める者としての風格には物足りないが、軍隊を率いるカリスマ性としては破格のもの。

 

魔力放出A

体内の魔力を放出して一時的にステータスを跳ね上げる。セイバーは雷の魔力を扱う。

 

直感B

戦闘時における第六感。戦闘中常に最適な回答を導く天性の嗅覚。

 

戦闘続行B

往生際の悪さ。致命傷を負ってもなお戦い続ける戦士の花形、とでも言おうか。

 

 

クラススキル

対魔力B

魔術に対する耐性。三説以下の魔術を無効化する。

 

騎乗B

物を乗りこなすスキル。Bランクともなれば生まれた時代になかった乗り物であろうと乗り物と認知できるなら乗りこなせる。ただし幻獣クラスは例外。

 

宝具

???

種別:???宝具

ランク:???

レンジ:???

最大捕捉:???

 

 

 

プロフィール

"サラマンドラの新たな首魁となったサンドラのサーヴァント。荒れ狂う剣技とものゴツイ鎧を身に纏った女性。

彼女がサンドラのサーヴァントとなったのは少なくともジャックの"ノーネーム"加入より後と思われるが、人類史に名を刻んだ英傑とはいえサンドラ直属のワンマンアーミーという加入期間の短さにそぐわない身分。なんでもサンドラの扱いに関して思うところがあったようで"サラマンドラ"の亜龍達をシメていたらこうなったとか。

女扱いNG、過剰な男扱いNG、家族貶しNG、家族を持ち上げるのもNG、堅苦しいのもNG。NG尽くしの問題だらけなサーヴァントだが、親兄弟に利用されるようにも見える幼いサンドラには昔の自分と重ねているのか、それともただ単に幼いからなのかはわからないが幾らか態度が緩い。

 

 

クラス

アヴェンジャー

 

真名

ペイルライダー(ペスト)

 

属性

混沌・悪(天)

 

性別

女性

 

ステータス

筋力:D 耐久:A++

敏捷:B 魔力:A

幸運:E 宝具:B

 

スキル

黒死斑の魔王A

自らの魔王としての格を表すスキル。ステータスをランクアップ(特に耐久)させる効果と魔王としての特権"主催者権限"を内包する。

 

死の旋風B

黒死病の病原菌となるペスト菌を自らが生み出す風に乗せる。2~7日間の潜伏期間を経て表面化するものもあれば、自身の能力で潜伏期間を強制的に加速させる事も可能。

 

戦闘続行A+

救済への想いから来る底意地の悪さ。その耐久力たるや、心臓を引き抜かれても生命活動を可能とする程。

 

神性D

8,000万人の黒死病患者の力を取り込み、小さな神性と神格を得た。死の信仰、人類史を滅ぼしかねないという意味で彼女は特異点足り得る。

 

 

クラススキル

復習者A

アヴェンジャーのクラススキル。その化身がどれほど復習者に相応しいかでステータスに補正がかかる。

 

自己回復(魔力)B

存在しているだけで自らの魔力を回復させる。流石にこれだけで自分がサーヴァントの力を発揮し続ける分の魔力は賄えないが、十分な魔力を持つマスターがいるならば宝具の回転率が目に見えて上がる。

 

忘却補正A+

そもそも、本来彼女は人類史に名を刻まれてもいない、己ですら名を忘れてしまった少女である。そのため人格が生前のものから変貌しており、その行動理念は同胞の救済のみである。

己すら忘却してなお、その心が薄れる事はない。

 

 

宝具

飢えず嘶け死の舞踏(ブラック・パーチャー・レリジェンス)

種別:対人宝具

ランク:B

レンジ:不明

最大捕捉:8,000万人

黒死病ペストに由来する様々な逸話、信仰や迷信が宝具化したもの。魔女狩り、猫落とし、患者が柩から出ようとした折に死んだ事で吸血鬼伝承に組み込まれた事等。火炙りや絞殺、柩と吸血鬼繋がりでアイアン・メイデン。黒死病と繋がりが僅かでもあるのされるのならば発動を可能にする。

 

 

プロフィール

アリスがハーメルンの笛吹の本とドーマウスのティーポッドを媒介にして召喚したサーヴァント。アリスはコミュニティのサーヴァントが呼んでも元々マスター権のある者、殿下がマスターになるものと思っていたがその実マスターはアリスだった。

サーヴァントとして顕現したためステンドグラスでの侵入は不可能になったが、アリスの作った壊れたティーポッドにラッテンと共に封印される事で"黒死病のドーマウス"という作品として侵入に成功した。

その正体は黒死病に感染し、黒死病を消滅させる力を代価に世界と契約をした無銘の少女が8,000万人の同胞を率いて小さな神格を得たもの。

そのため、聖杯に『黒死病の消滅』を望む。その過程で自身が黒死病で多くの人間を殺しても黒死病がなくなれば自分達が死ぬという事実は覆るという発想。

だが少女は知らない。歴史において特定の事象が消滅したとして、聖杯の作成者達自体が黙っていない事を。神様とはなんとも理不尽な存在である。

 

 

クラス

アーチャー

 

真名

???

 

属性

秩序・中庸(天)

 

性別

男性

 

ステータス

筋力:A 耐久:B

敏捷:B 魔力:B

幸運:A++ 宝具:EX

 

スキル

千里眼C

遥か遠くを見渡すスキル。ランクが極めて高いものは未来視や透視も可能だが、アーチャーは単なる視力、動体視力の良さ。

 

魔力放出(雷&炎)A

自身の体質による雷の魔力と武器による炎の魔力を放出する。二属性を操り、的確な一撃を以て敵を仕留める。

 

???

 

???

 

 

クラススキル

対魔力B

三節以下の魔術を完全に無効化するスキル。

 

単独行動A

マスター無しでどのくらいの期間サーヴァントの力を発揮したままでいられるかのスキル。Aともなれば数日分は堅い。

 

 

宝具

???

種別:???宝具

ランク:???

レンジ:???

最大捕捉:???

 

 

 

プロフィール

何かを探して北側に訪れていた時に飛鳥、レティシアと邂逅したアーチャーのサーヴァント。レティシア曰く「深い闇と後悔を抱えた瞳」。

世捨て人のように箱庭を流離っており、その弓術は超一級。しかし彼はそれを無駄なものだったと吐き捨て、余程の事がない限り弓を握る事はしない。

 

 

クラス

ランサー

 

真名

カルナ

 

属性

秩序・善(天)

 

性別

男性

 

ステータス

筋力:B 耐久:C

敏捷:A 魔力:B

幸運:A+ 宝具:EX

※幸運は自己申告

 

スキル

無冠の武芸

様々な理由で認められる事のなかった武芸の数々。武具の技量、剣、槍、弓、神性スキルのランクをワンランクダウン、属性を対極のものとして表示する効果があるが、真名が看破されると効果が消滅する。

 

貧者の見識A

相手の本質を見抜く眼力。虚偽や言葉の弁明に騙される事がない。

 

魔力放出(炎)A

父神から授かった炎の魔術適性。瞬間的に魔力を一斉放出する事で能力を上昇させる。

 

騎乗A

元々彼は戦車を駆る者でもあり、御者の育ちでもある。よってランサーが持つには破格の騎乗スキルを持つ。

 

神性A

父神スーリヤより授かった神性。彼は死後父と一体化しているため、最高ランクで保持している。

 

 

 

クラススキル

対魔力C

魔術に対する耐性。二節以下の詠唱を完全に無効化する。

 

 

宝具

日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)

種別:対人宝具

ランク:A

レンジ:0

最大捕捉:1人(自己)

ランサーの肉体と一体化している神の攻撃すらも跳ね除けるスーリヤの光の鎧と耳輪。

神霊、システム、宝具。ありとあらゆる攻撃手段を以てしてもランサーへのダメージは1/10にまで削減される。ただし、それはあくまで鎧の効果であり、鎧の隙間にあるランサーの肉体はその加護を持たない。

原典の『マハーバーラタ』においてもカルナを最強たらしめている鎧である。

 

宝具

梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)

種別:対軍・対国宝具

ランク:A

レンジ:不明

最大捕捉:不明

バラモンのパラシュマーラより授かった弓術……なのだが、召喚されたクラスに応じて形を変えるという特性から何故か『眼力ビーム』に変貌した。

しかし侮るなかれ、このビームは追尾、必中の効果を持っており、その威力もかなりのもの。

ちなみにブラフマーストラとはブラフマーの必殺の投擲攻撃であるため、ブラフマーが使った投擲攻撃(弓や投槍も含む)はなんであれブラフマーストラである。ブラフマー理不尽。

 

宝具

???

種別:???宝具

ランク:???

レンジ:???

最大捕捉:???

???

 

宝具

日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)

種別:???宝具

ランク:???

レンジ:???

最大捕捉:???

黒ウサギの持つ"マハーバーラタの紙片"から作り出される槍……の本物。穿てば勝利をもたらすという事以外現在効果は不明。

 

 

プロフィール

インド二大叙事詩『マハーバーラタ』に名高き大英雄カルナ。謙虚&寡黙で心に突き刺さる言葉をここぞとばかりに言い放つ。しかし一言足りない。言いたい事を最後まで言わず終いにしてしまう性格なのである。

立場が悪であれ、一度仕えると決めた者には全力を以て仕えるという英雄の中の英雄。その高潔な魂は彼の神王ですら敬服してしまう程のもの。

実は無愛想だったり一言足りなかったりする事を気にしており、人に助言や意見を言うときは気が気でないとか。

 

 

 

クラス

キャスター

 

真名

ハンス・クリスチャン・アンデルセン

 

属性

 

 

性別

男性

 

ステータス

筋力:E 耐久:E

敏捷:E 魔力:EX

幸運:E 宝具:C

 

スキル

高速詠唱E

魔術の行使に必要なプロセスを何節か分カットする事ができる。ただし本人は超がつく程の遅筆のため、気休めレベルである。

 

???

 

???

 

 

クラススキル

アイテム作成C

アイテムを作成するスキル。彼の場合ここで言うアイテムとは、本である。

 

 

宝具

???

種別:???宝具

ランク:???

レンジ:???

最大捕捉:???

???

 

 

プロフィール

歯に衣着せぬ物言いの殿下のサーヴァント。ぶっちゃけ超弱い。下手したらその辺の子供にも負けるんじゃないかなってくらい弱い。

常に自分の仕事を行いながら状況を俯瞰し続ける真性の作家。その点自らの足で望む未来を手繰り寄せようとする清少納言とはあまり相性が良くない。また、アリスの行動に関しても口には出さないが良い感情は抱いていないようだ。

 

 

 

 

クラス

キャスター

 

真名

???(アリス)

 

属性

???/???

 

性別

女性?

 

ステータス

筋力:? 耐久:?

敏捷:? 魔力:?

幸運:? 宝具:?

 

スキル

ポートマントーA

かばん語言葉。本来は単語と単語を混ぜ合わせて全く別の単語を作る新言語だが、アリスは言葉の合成による詠唱簡略ではなく、現象の合成に特化している。

 

???

 

???

 

???

 

 

クラススキル

???

 

???

 

 

宝具

???

種別:???宝具

ランク:???

レンジ:???

最大捕捉:???

???

 

 

プロフィール

殿下と呼ばれる人物のサーヴァントであり、同時にアヴェンジャーのマスター。黒いロリータドレスで身を包む、なんか球体関節っぽい意匠のタイツがチャームポイント。ジャックが純粋幼女なら彼女は大人びた幼女。幼女万歳。

本人曰く、本来なら二度とこの姿で現れる事はないと思っていたと告げており、その真名はおろか、出生すら自分でも思い出せない。

 

 



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第三運命劇幕 巨龍来訪祭典"龍角を持つ鷲獅子"
くえすちょんわん 語り部必死に、韻を踏む




三章ですよ三章! ここからジャック以外にもサーヴァントが活躍したりしなかったりする三章です!




 

 

事の始まりは、一つの杯を巡る英傑達による戦争だった。

 

その杯は伝承に在るが如く、あらゆる願望を成就させる万能の器。

 

七騎の英傑と七人の魔術師はそれを求めて利害関係を結び、戦った。

 

それが、サーヴァントとマスター。箱庭の聖杯戦争のモデルになった、人が神秘に至るための手段であった。

 

そしてそれは同時に、箱庭の聖杯戦争における致命的な欠陥でもあったのだ。

 

ワタシはここに記そう。ワタシの知った二つの聖杯戦争。きっと門外不出になってしまうであろう、真実の構造。

 

いやはやそれにしても、神々の思いつきには困った物だ。その分子供に読み聞かせる子守唄には、いいアクセントなのだが。

 

◆◇◆

 

とある暗がりの中、ジャックは悩ましげに足下の印を眺めていた。

 

バツ印。目を凝らしてよく見ると多くある別れ道の足下と壁には全て同じ印と塗り潰されたような跡が着いていた。

 

(えっと……これでぜんぶ。さっきのおじさんは「ちゃんとしたクリア方法が存在するゲームだから安心するといい」って言ってたから……)

 

もう一度ゲームルールを読み直そう。そう思い至った彼女はポーチの中にクシャクシャにして放り込んだ"契約書類"を再確認する。

 

『ギフトゲーム名"征服王の迷宮"

 

プレイヤー

・ アサシン

 

ホストマスター

・ ロード・エルメロイⅡ世

 

クリア条件

・ 迷路の走破

 

敗北条件

・ 制限時間(二時間)の経過

・ 上記の勝利条件を満たせなくなった場合

 

禁即事項

・ プレイヤーは壁の破壊をしてはならない

・ 途中乱入して来るもの、障害物は攻略する必要がある

・ プレイヤーが死亡してはならない

 

宣誓

上記を尊重し、誇りと御旗の下、"ノーネーム"はギフトゲームに参加します

"エルメロイ家"印』

 

一目ゲームルールを見ればただの迷路ゲーム。そしてこの通りゲーム盤もただの迷路。なのだが……

 

(これじゃあ迷路じゃなくて迷宮だよね。迷路って書かれてるからぜったい出口はあるはずなんだけど)

 

迷路と迷宮には似ているようで明確な違いがある。前者が入り口、出口共にあり、後者においては入り口のみしかないという点だ。迷宮の突破、というものだとするとそれはそれで面白いのだが。

 

右手法、トレモー・アルゴリズム、オーア・アルゴリズム。思い付くあらゆる方法を試したがどれもダメだった。

 

では視点を変えよう。迷路と迷宮の違いに答えがないのなら文面だ。

 

例えば走破。普通はこういう場合、走破というよりは突破、脱出、と言うべきではないか。

 

脱出は危険な場所、状態から抜け出す事。プレイヤーが死亡してはならないという一文からすると、確かに本質的な意味で危険の存在しないこの状況で脱出は似つかわしくないのかもしれない。

 

次に突破。困難や障害を突破する事。一見間違っていないが、これは突き破るという行為による突破だ。その向こう見ずな攻略は壁を破壊するという行為に繋がりかねない。

 

ならば、走破はどうだ? 走破は突破とは意味合いが同じだが、それは突破のような問答無用なものとは違い、予定通り走り抜ける事を言う。

 

つまるところこれは、予定通りに攻略しろという事か。ルール違反は絶対ダメなようだ。

 

それにまだある。ゲーム名は迷宮とあるが、クリア条件は迷路となっている。つまるところは、ゲーム開始時には迷宮、ゲームクリアをしている時には迷路に変貌していると捉えればいいか。

 

他にはなにがあるか? ゲーム状況には何もないが、何もないが故に態々征服王という名を使うという理由があるのだろうか。

 

征服王。この異名に引っ掛かる名前は二つとない。

 

イスカンダル、あるいはアレクサンドロスⅢ世。世界的にも高名な英雄であり、様々な逸話を持つというどっかの小説とかの主人公みたいな偉人だ。

 

例えば、師に高名な哲学者アリストテレスを持ち、彼の死後エジプトに一時代を築いた救世王プトレマイオスⅠ世は彼の学友であると同時に彼の臣下であった。武勇伝も枚挙に暇が無い。有名な話はゴルディアスの結び目という━━━

 

「━━━あっ」

 

そこで気付いた。ゴルディアスの結び目とは"難題を一刀両断に解くが如く"のメタファーとして有名である。フリギアという地で牛車に乗って現れた者が王となる、という予言によって現れた農民ゴルディアスが王として迎え入れられた。その際に「この紐を解いた者が王となる」として荷車に結ばれた紐の事だ。

 

征服王イスカンダルもそれに挑み、はじめこそ普通に解こうと思ったもののやがて痺れを切らして一刀両断したというものだ。

 

これに壁の破壊を禁止するルールと障害物は必ず攻略せよというルール。これらを照らし合わせると見えてくる答えは……

 

「ゴルディアスの結び目みたいなものをこわせばいいのかな」

 

倫理は無くともサーヴァントなのだから知識はある。常識がなくとも思考する力はある。それがジャック・ザ・リッパーというサーヴァントだ。

 

そしてこの迷宮はくまなく探したのだから、ゴルディアスの結び目に相当する物にも検討はついている。そもそも、荷車なんて怪しい物にチェックをつけない方が変なのだが。

 

さて、制限時間も短くなってきた。急いで実行に移さねば。

 

暫く走って見つけた荷車の紐を迷わず斬る。すると荷車が突然動きだし、壁を突っ切って破壊して行った。

 

「………」

 

ちょっと想像していたのとは違う答え合わせに唖然としていたが、すぐに気を取り直して荷車を追う。

 

出口は程無くして見えてきた。そこには今回のゲームのホストマスターである男性、ロード・エルメロイⅡ世が待ち構えていた。

 

「ふむ……少し遅かったが、概ね予定通りだな。ご苦労だったなアサシン。ゲームクリアおめでとう」

 

「ん」

 

ロード・エルメロイは煙草を吹かしながら事務対応のようにゲーム結果を記録すると彼はすぐに壊れた迷路の復元をする。

 

「おじさん、それどうやってるの?」

 

「む……これか。これは魔術というよりは数学の領域なのだが、入射角や速度といった物を設定して修復方法も構築。パターン化しているのだ」

 

「???」

 

「……わからないならいい。難しい事を言い過ぎたな、すまない」

 

ロード・エルメロイはギフトカードから赤いマントを取り出す。それを少し躊躇いつつもジャックに手渡した。

 

「改めておめでとう、アサシン。これがゲームクリアの報酬、征服王イスカンダルのマントだ。ゼウスの血族である彼の王の力を纏ったこのマントは彼の権能のほんのごく一部を振るう事ができる」

 

「けんのー?」

 

「うむ、ごく身近な例を挙げれば天候操作だな。天候が安定する箱庭においてはあまり意味が無いようにも見えるが、能動的に雨を降らせる事が出来れば水には困らないだろうし、東側では天候の傾向で栽培し辛い植物を育てたりも出来るやもしれん」

 

「……すごいってこと?」

 

「まあそうだな。詳しくはミスター・ラッセルに伝えておこう。キミはそう深く考えずに、コミュニティの為になる上に戦闘にも活用出来る便利なギフトを手にしたと思えばいい」

 

なんだかあまり釈然としなかったが、ひとまず頷く。

 

およそ二時間ぶりに見た太陽の光はどちらかと言うと暗がりの方が慣れたジャックには眩しかったようで目を細めてゲーム盤から離れていく。

 

そもそも、こうなった理由を説明するには少しばかり時間を遡る必要がある━━━

 

◆◇◆

 

それは"黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)"とのゲームから一ヶ月。十六夜達は今後の活動方針を話し合う会議をしている時の事だった。

 

「━━━という訳でギフトゲームに関しては追い追い。コミュニティの現状をお伝えしますね。黒ウサギ、リリ。お願い」

 

威勢良く返事をしたリリはピンと背筋を伸ばし、はきはきと現状報告を始めた。

 

「えっと、備蓄に関しては最低限の生活を営む分ならば向こう一年は問題がありません」

 

「へえ? 急になんで」

 

「一ヶ月前の"黒死斑の魔王"の階級が推定五桁と認定されたからです。"階層支配者(フロアマスター)"に依頼されて戦った事もあって規定報酬が跳ね上がったんです。暫くはお腹いっぱいです!」

 

パタパタと尻尾を振り回して黒ウサギのように喜ぶ。

 

隣に座るレティシアは眉を潜めてそっと嗜めた。

 

「リリ、はしたないぞ」

 

「あっ、ご、ごめんなさい……」

 

顔を真っ赤にして尻尾を忙しなく動かしてしょんぼりするリリ。

 

耀はそれに苦笑いを浮かべながら話の続きを促す。

 

「"推定五桁"って事は本拠を持たないコミュニティだったの?」

 

「はい。本来ならたった三人のコミュニティが五桁認定される事はそうないみたいです。ランサーとキャスターはどうやら利害の一致で共闘していただけだったようですし、ペストが神霊だった事やゲーム難易度等も考慮したとのことです」

 

初めて聞く箱庭基準に十六夜十六夜は興味深そうな視線を向ける。

 

「へえ? 難易度も桁数に関するのか」

 

「YES! ギフトゲームは本来神仏が恩恵を与える試練そのもの。箱庭ではそれを分かりやすく形式化したものをギフトゲームと呼び、難易度は己の格をそのまま表すのですよ」

 

━━━箱庭のコミュニティの格付けは強力な個人が幾らかいる程度では上がるものではない。

 

最下層の七桁を除けばそれぞれの階層に求められる条件があるのだ。

 

「本拠の階級を上げる方法は数多ありますが、分かりやすい一連を挙げるなら━━━"六桁の外門を越えるには、フロアマスターの提示した試練をクリアしなければならない"、"五桁外門を越えるには、六桁の外門の三つ以上勢力下に置いてその旗を飾った上で百以上のコミュニティが参加するゲームのホストを勤める必要がある"……とまあ、こんなところでしょうか」

 

前者は参加者としての力を求められる。

 

後者は主催者としての力を求められる。

 

即ち、六桁と五桁の魔王とでは使用する"主催者権限(ホストマスター)"の質と規模がまるで違う。

 

ピッと指を立てた黒ウサギは何時になく真面目な表情で補足をする。

 

「六桁の魔王と五桁の魔王とでは力量差はまさに雲泥の如くでございます。六桁の魔王ならば力ある個人や組織力さえあれば十分に攻略可能ですが、五桁以上はそうもいきません。それらは"主催者"として認められた強豪。"黒死斑の魔王"もルーキーとはいえ太陽の星霊を封印し、太陽神と一体化したカルナ様もゲーム参加の為に弱体化せざるを得なかった強力なものでした」

 

十六夜のそれに真剣な声音で同意をする。それほどまでに"黒死斑の魔王"は強力なゲームを持っていたのだ。

 

リリは本題に戻るように顔を上げた。

 

「えっと、それでですね。五桁の魔王を倒す為に依頼以上の成果を上げた十六夜様達には金銭とは別途に、恩恵を授かる事になりました」

 

「あら、本当なの?」

 

「YES! これについては後程通達があるので、ワクワクしながら待ちましょう!」

 

「それじゃリリ。最後に農園区の復刻状況を」

 

ジンが話を振った途端、リリはこれまでない位に顔を輝かせて報告を始めた。

 

「は、はい! 農園区の土壌はメルンとディーンが毎日頑張ってくれたおかげで四分の一は既に使用可能です! 田園の整備にはもう少し時間がかかるかもですが、葉菜類、根菜類、果菜類を優先して補えば数ヵ月後には成果が期待できると思います!」

 

ひょコン! と狐耳を立てて喜ぶ。荒廃しきった土地を一ヶ月で復興させられるとは夢にも思わなかったのだろう。

 

彼女の姿を見て飛鳥は得意そうに髪を掻き上げた。

 

「当然よ。メルンとディーンが休まず頑張ってくれたのだもの。復興なんてあっという間だわ」

 

「そうです、そこで本題です! 復興の進んだ農園区に特殊栽培の特区を儲けようと思うのです」

 

「特区?」

 

「YES! 有り体に言えば霊草・霊樹を栽培する土地ですね。例えば」

 

「うどんげとか?」

 

「マンドラゴラとか?」

 

「マンドレイクとか?」

 

「マンイーターとか?」

 

「YES♪ っていやいやいや最後のおかしいですよ!? "人喰い華(マンイーター)"なんて物騒なものを子供達に任せられませんよ! そもそもマンドラゴラやマンドレイクは超危険ですしうどんげに至っては花が咲くまでどれだけ長い間待たなきゃいけないんですか! 流石の黒ウサギでもヨボヨボのお婆ちゃんになってしまいます!」

 

「黒ウサ、おばあちゃん?」

 

「断じて違います!」

 

「……そう。なら妥協して、ラビットイーターとか」

 

「なんですかその黒ウサギピンポイントな嫌がらせは!?」

 

うがー! と今日もキレキレのツッコミを披露する黒ウサギ。

 

レティシアは全然話が進まない事に肩を落とし、率直に告げた。

 

「つまり主達には、農園の特区に相応しい苗や牧畜を手に入れて欲しいのだ」

 

「つまり、山羊や牛?」

 

「そうだ。都合がいい事に、南側の"龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)"連盟から収穫祭の招待状が届いている。連盟主催という事もあり、収穫物の持ち寄りやギフトゲームも多く開かれるだろう。中には種牛や稀少種の苗を賭けるものも出てくる筈。コミュニティの組織力を高めるにはこれ以上ない機会だ」

 

成る程、と頷く問題児&幼児。黒ウサギは"龍角を持つ鷲獅子"の印璽の押された招待状を開き内容を簡単に説明する。

 

「今回の招待状は前夜祭から参加を求められたものです。しかも、旅費や宿泊費は前回とは違い完全向こう持ち! "ノーネーム"とは思えないほど破格のVIP待遇なのデスヨ! 場所も南側屈指の景観を持つ"アンダーウッドの大瀑布"! 境界壁に負けない迫力の大樹と美しい河川の舞台! 皆さん大喜び請け合いです!」

 

黒ウサギがここまで強く推すのも珍しい。ロマンチストの十六夜でなくとも気になるというものだ。

 

「へえ、"箱庭の貴族"の太鼓判付きとは凄いな。さぞかし壮大なんだろうなぁ……お嬢様はどうだ?」

 

「あら、そんなの当たり前じゃない。だってあの"箱庭の貴族"がこんなに推しているのよ。目も眩む神秘的な場所に相違ないわ。……ねえ、春日部さん?」

 

「うん。これでガッカリない場所なら……黒ウサギはこれから"箱庭の貴族(笑)"だね。ね、ジャック」

 

「黒ウサは、もうダメダメだと思うの」

 

「"箱庭の貴族(笑)"!? なんですかそのお馬鹿っぽいネーミング!? ていうかジャックさん何を仰ってるんですか!? 我々"箱庭の貴族"は由緒正しい貞潔で献身的な貴族で御座います!」

 

「献身的な貴族っていうのがもう胡散臭いけどな」

 

「びんぼーきぞくだしね」

 

ヤハハ、と笑う十六夜と笑い方まで十六夜に似てきたジャックがからかうと、黒ウサギは拗ねたように頬を膨らませてそっぽを向いた。

 

十六夜達のやり取りに苦笑いを浮かべたジンは、コホンと態とらしく咳払いをして注目を集める。

 

「方針に関してはここまでです。……ですが一つ、問題が」

 

「問題?」

 

「はい。この収穫祭なんですが、二十日程に渡って開催されます。前夜祭を入れて二十五日。流石に約一ヶ月もコミュニティに主力が離れるのはマズいですし、そこでレティシアと共に一人か二人残って欲し

 

「「「「嫌だ」」」」

 

即答だった。四人揃って同じ答えだった。おかしい、ジャックは少なくとももう少し御し易かった筈なのだが。十六夜さんに本格的に毒されて来たのだろうか。

 

しかし、それで引いては以前のジンとは変わらない。コミュニティが力をつけ始めた今だからこそ、防備もしっかりせねばならない。"フォレス・ガロ"のような子供を拐って人質にする輩や魔王が来ないとも限らないのだから。

 

ジンはテーブルに身を乗り出して彼らに提案をする。

 

「でしたら、せめて日数を絞らせてくれませんか?」

 

「というと?」

 

「前夜祭を二人、オープニングセレモニーからの一週間を四人。残り日数を三人……コミュニティの守りはできるだけ薄くはしたくないですが、このプランでどうでしょう」

 

むっ、とお互いの顔を見合わせる問題児&幼児。

 

暫し見合わせた後、耀が質問を返す。

 

「そのプランだと、一人だけ全日参加になるよね? それはどうやって決めるの?」

 

「それは━━━」

 

当然席次順、と言おうとするが、それが箱庭の常識であっても彼らの常識とは限らない。

 

どうやって説明しようかと頭を捻っていると、十六夜が身を乗り出して提案した。

 

「なら前夜祭までの期間で誰がどれだけ行くか、ゲームで決めるのはどうだ?」

 

「ゲーム?」

 

「あら、面白そうじゃない。どんなゲームにするの?」

 

「そうだな……"前夜祭までに最も多くの成果を上げた者が勝者"。これでどうだ? 期日までの実績を比べ、収穫祭で一番成果を挙げられる者を優先する。……これなら不平不満はないだろう?」

 

十六夜の提案に三人は顔を見合わせる。それなら条件は五分五分だ。

 

三人は同時に頷き承諾した。

 

「わかったわ。それで行きましょう」

 

「うん。……絶対負けない」

 

「わたしたちもがんばるよ!」

 

不敵な笑みを見せる飛鳥とやる気を見せる耀、そして両手をグーにして胸元に持ってくるジャック。

 

こうして問題児三人と幼児一人は、"龍角を持つ鷲獅子"連盟主催の収穫祭参加を掛けてゲームを始めたのだった。

 

 






ジャックが段々おにぃさんに似てきました。子供は身近な歳上を真似るものですね! そのうち人理焼却ビーム染みたものぶっぱしたらどうしましょう(するわけがない)



以下茶番トーク

終章ピックアップ発表時
ぼく「マーリンピックアップだと? これはお正月に翁が来るな……石を貯めよう」

お正月
ぼく「えっ お正月のピックアップは宮本武蔵なのか!!」

運営「ああ……しっかり引け」

ぼく「和服チョロあやねる欲しい……」

運営「有償ガチャもいいぞ!」

ぼく「………スッ(魔法のカード)」

運営「遠慮するな 今まで貯めた分もしっかり回せ……」

ぼく「武蔵ちゃん出た……うめ、うめ……」

運営「ただ今より山の翁ピックアップを開始する!!」

ぼく「えっ」

運営「このガチャを体で回せ! 今ピックアップしているのはプレイヤーの人気キャラにしてCVジョージの山の翁だ! 心配するな 計算上 再ピックアップもあり得る! ただし……いやしくガチャを回したヤツ程翁を引けない苦痛は続く!」

ぼく「翁出ない」

じいじ「爆死の羽 金を絶つか」

運営「まさか死ぬとはな……」

運営2「計算以下の課金力の落ちこぼれだ いずれ爆死する運命だ……」



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くえすちょんつぅ 結果発表と、ちょっとした寄り道



ちょっと真面目なお話を二つ。

最初は今後の展開についてです。

この三章から話の展開や原作通りの展開だけなぞってマンネリ、というものを避ける事と個人の解釈、Fate/と原作キャラに関わりを持たせる意図から原作キャラの強化を行います。それに嫌悪感を抱く方はご注意下さい。え、元々強化とか改造とかやってただろって? なんにも言えないです。

二つ目。こちらは感想についてです。感想なんて書かねえよタコ、という方は読み流してくだされば幸いです。

作者自身前書き後書き絶対埋めたい病という謎の病に疾患している事と、後書きの爆死トークをはじめとしたネタトークが面白い(自画自賛&自虐)ためか、結構な読者様がそちらの感想だけを送り、運対されるという事態が割と起こっています。

どうやら作品そのものとは一切関係のない感想(この場合は後書きへの感想)や「」内に会話形式かそれっぽい長さのセリフを書いてしまうと運対対象に引っ掛かってしまうようです。前者は本編への感想も一緒に述べていただければ問題ないようです。

作者としても後書きに対して好意的、あるいはネタ的な反応をしていただけるととても嬉しかったりしますし、そういうものが運対されてしまうのは悲しいので、お手数ですが後書きのみの感想はお控えしていただけると幸いです。

長文を失礼しました。では、本編Fate/Problem Children、どうぞご覧ください。




 

 

そうして四人のゲームが始まった時、ジンはジャックのマスターとして二日ばかり彼女に相応しいゲームはないかと奔走した。しかし、修羅神仏蔓延る箱庭と言っても神の産物である聖杯の加護を受けているサーヴァントの参加が可となっているギフトゲームは、第七層帯では残念ながらほとんどなかった。

 

どうも、つい最近になって漸く聖杯戦争に参加する全てのサーヴァントが揃った━━━あるいは定員オーバーになったか、もしくは元々その期間になった時点で募集を打ち切るつもりだったのか━━━ようで、公に聖杯戦争の存在を知らされたらしい。そのせいか下層では"サーヴァントの参加を禁ずる"という旨のゲームが増えてきたのだ。

 

「はあ……"ノーネーム"にサーヴァントがいるっていう事実を他コミュニティに大々的に伝わったのはそれはそれでメリットだけど、やっぱりデメリットの方が多いな」

 

ジンは"六本傷"のカフェで頭を落ち着けるために少しだけ個人のお金を奮発してチョコレートケーキを頼んだ。イチゴではなくチョコレートを選ぶ辺り彼はまだ子供の味覚なのだろう。事実、彼はショートケーキのシンプルさよりもチョコレートケーキのとろける味が好きだ。

 

「お得意さん、こちら相席よろしいですか?」

 

ふと、ガルドと言い合いになった時に現場に居合わせたネコミミの店員が話し掛けてくる。

 

え、あ、はい。と返事をしそうになるが、よく見ると席はまだ僅かばかり空きがあった。

 

「あの、すみません……僕は別に構わないんですが、まだ空きがありますよね?」

 

「いえ、それが……貴方との相席をと仰っている方がいまして。多くの金貨をそのために差し出して来たので、こちらとしても無下にはできないんです」

 

「はあ……ならいいですけど」

 

申し訳ありませんね~と一言謝ってネコミミの店員は立ち去って行く。その姿を見届けたジンはいったい誰が、と思いながらケーキを食べ進める。

 

「すまない、失礼する」

 

程なくして二十代前半程の男性がジンの前に座った。

 

赤い中華風の服をスーツの上に着こなし、スクエア型の眼鏡を掛けている。心無しか疲れているような雰囲気を与える顔の皺は彼が生真面目な人間だという事の現れだろうか。

 

それきり男性は何も言わないままメニュー表に目を通し、アップルケーキを頼むとまた黙りこくってしまった。

 

「………」

 

「………」

 

困惑する少年、ジン=ラッセル。どうして自分との相席を敢えて選んだんだろうとか、そういう感じで。おかげでケーキに伸びる手も止まってしまっている。

 

そんなこんなとしていると男性の注文したアップルケーキが出てくる。男性はそれを何も言わずにモリモリ食べる。それを呆れ半分、意味不明半分で見ていると、ジンの視線に気付いた男性は食べる手を止めて━━━

 

「食べるか━━━?」

 

「……いえ、結構です」

 

そうか、と少しだけしょんぼりしながら食を再開する。

 

そんなくだらない会話がジンに話し掛ける余裕と勇気をくれた。彼は少し躊躇いながらも意を決して男性に話し掛ける。

 

「……え、えっと……僕に何か用ですか?」

 

「………」

 

男性は再び手を止めたが、彼の顔を見るだけで返事はしない。

 

参ったな、と内心思い、いよいよ何故自分との相席を求めたのか全然わからなくなる。

 

「━━━すまない。キミの目が以前見た時とは全く違っていて少し驚いた」

 

「へ?」

 

そう思っていた時、男性が初めてマトモに口を開いた。アップルケーキを食べ終えた彼はナイフとフォークを置いて口を拭うと、ギフトカードを取り出してジンの前に提示する。

 

「えっと……ロード・エルメロイⅡ世……? って、エルメロイってまさか南側の魔術師の名門の!?」

 

「三年前、前任が死んで没落した元貴族だがね。私は前ロード・エルメロイを間接的に殺した事に負い目を感じて奔走していたら目を付けられたに過ぎない。有り体に言えばこの名は奴隷の証だな」

 

「は、はあ……えっと、それでエルメロイさん」

 

「すまない、できればロード・エルメロイ、あるいはⅡ世をつけて欲しい。今言った通り特殊な経緯で得た地位だ。本来なら私程度が背負うには重すぎる名だ」

 

「は、はい。ロード・エルメロイさん……えっと、それで……なんで、僕と相席を?」

 

「ああ、そうだったな。深くは知らないがキミはサーヴァントが参加できるギフトゲームを探しているのだろう?」

 

「ええ、まあ」

 

ロード・エルメロイはスーツの内ポケットから丁寧に畳まれた羊皮紙を取り出して手渡す。なんだろうと思いながらそれを見てみると━━━

 

「え、えっと……『ロード・エルメロイⅡ世にエルメロイ家主催のギフトゲームの開催権を譲渡する』……?」

 

「うむ。この私主催のギフトゲーム、最初の挑戦者として推定五桁の魔王を打倒した"ノーネーム"に広告塔も兼ねて挑戦して貰いたい。ネームバリューは大きい方が得だろう?」

 

勿論、参加者はサーヴァントでも構わないと付け足す。それを聞いたジンは今度こそ「え?」と言わんばかりの呆けた顔をしながらロード・エルメロイに詰め寄る。

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「本当だとも。クリア報酬には私の秘蔵の品を送ろう。本当なら何がなんでも手放したくない物だが……キミ達ならば託しても問題はない筈だと判断した」

 

「ありがとうございます! す、すぐにでもジャ……アサシンに伝えないと!」

 

失礼します! とジンは食べ残したケーキの事も忘れて立ち上がる。勿体無いな、と少しだけ思いながら彼の姿を見ていると、ジンはハッと思い出したようにロード・エルメロイに向き直った。

 

「あの、すみません!」

 

「む?」

 

「僕……貴方と前に会った事ありませんか!?」

 

「……いや、恐らく初対面の筈だが」

 

「そうですか、ごめんなさい! ありがとうございました!」

 

一目散に走り去って行くジンを尻目に、ロード・エルメロイは煙草に火を着けて一服をする。

 

はあ、と口から小さく煙を出しながら彼は思い出に耽るように呟く。

 

「……全く、三年で人は変わるモノだな。()()に引っ付いていた頃とはまるで別人だ。あの時私は十九だったが……ふっ、二十後半になってしまえばわからんものか」

 

こうして、ジャックとロード・エルメロイⅡ世のギフトゲームは取り決められた。

 

◆◇◆

 

ジャックとジンがギフトゲームを終えて帰って来て暫く。十六夜、飛鳥、耀の三人が一斉に本拠に帰って来た。

 

一同で昼食を取って落ち着いた頃、四人とジン、レティシアは会議室へと足を運ぶ。

 

「ん? 黒ウサギはどうした」

 

「黒ウサギは緒用で白夜叉様の所に。判定基準は僕らも聞いていますので、特に問題はないです」

 

そうか、と短い返答。ジンは半ば癖になっている咳払いをして発表を始める。

 

「では、手短に成果だけ。飛鳥さんは牧畜を飼育する土地に山羊を十頭。地味ではありますが、組織としては大きな成果です」

 

「当然よ」

 

髪を掻き上げて自慢気に振る舞う。山羊さえいれば乳も取れる。山羊乳が取れるということはチーズも作れる。士気の向上といった面でも大きな進歩だ。

 

「次に、耀の戦果だが……これはちょっと凄いぞ。火龍誕生祭にも参加していた"ウィル・オ・ウィスプ"が、わざわざ耀と再戦するために招待状を送りつけてきたのだ」

 

「"ウィル・オ・ウィスプ"主催のゲームに勝利した耀さんは、ジャック・オー・ランタンが製作する、炎を蓄積できる巨大キャンドルホルダーを無償発注したそうです」

 

「これを地下工房の儀式場に設置すれば、本拠と別館にある"ウィル・オ・ウィスプ"製の備品に炎を同調させる事が出来る」

 

「……へえ? それは本当に凄いな。やるじゃねえか、春日部」

 

「うん。今回は本当に頑張った」

 

掛け値無しの十六夜の称賛が耳に心地良い。現在"ノーネーム"は灯りや炊事の火に蝋や薪で確保しているが、その炎を蓄積できれば本拠は炎、熱を恒久的に扱えるようになる。

 

これは文句無しの成果だ。

 

「で、次はジャックだな……征服王イスカンダルのマント。ゼウスの権能の一部さえ宿す逸品だな。……とはいえ、これは審査基準的にはポイントは低いな。しかしまさか、祭りの日程争いにこんな物を持ってくるとは思わなかったぞ……」

 

心からの驚嘆だった。英傑と直接の縁がある品物は魔術的な関わりも十分にある。

 

「総じてド級ではあるもののゲーム概要には則さない。残念ながら予選脱落だな」

 

「ぶー」

 

「ぶーじゃない。ギフトゲームは元々そういうものだろう。参加者の不足等を不備としない」

 

レティシアがそう言うとジャックは渋々納得して引き下がった。態々自分のためにギフトゲームを持ってきてくれたジンらに文句を言うのもお門違いだ。

 

さて、残るは最後の一人、四人組の黒一点の逆廻 十六夜ただ一人だが━━━

 

「ん、ようやく俺の番か。そんじゃ成果を受け取りに行こうか」

 

「受け取るって、何処に?」

 

「"サウザンド・アイズ"にな。主要メンバー全員に聞いて欲しい話でもあるしな」

 

含みのある十六夜の笑い顔。それを一同はきょとんと思いながらも彼に付いていった。

 

◆◇◆

 

結果、彼が得た成果、『トリトニスの滝の主を隷属、下層の発展の為に水源を欲した白夜叉にこれの身柄を暫く白夜叉に預ける見返りに"ノーネーム"の外門利権書を取り戻して境界門(アストラルゲート)の利用料の八割が"ノーネーム"に収まるようにした』のだ。

 

金銭面、周囲への貢献度を高めて四人のゲームで文句無しのトップをもぎ取った十六夜はその夜、リリの髪を流していた。

 

「はふ……ありがとうございます十六夜様……」

 

「いや、いいさ。レティシアとジャックも洗ったからな。リリだけっていうのは不公平だろ」

 

気持ち良さそうな顔をしているリリと割と楽しそうに世話をしている十六夜を見ながら、先に湯船に浸かっていたレティシアは女性の姿でジャックをあやしつつ、呆れ半分で話し掛ける。

 

「全く、主殿は世話焼きだな。余程そういうのが好きと見える」

 

「あつい~……出ていい?」

 

「ダメだ。まだ百数えてないだろう?」

 

「鬼ぃ」

 

顔を真っ赤にしているジャックの肩を抑えて逃がさない。言葉通り吸血()か、と内心笑いながら十六夜はレティシアの言葉に答える。

 

「いやいや、今言った通りだ。それに前黒ウサギが水に濡れたレティシアの髪を絶賛してたからな。前から気になってたんだ」

 

「そういう事か。……で、実際目にした感想はどうだ?」

 

「期待以上。事実は小説より奇なりなんて言うが、まさしくそれだな。女の髪は濡れると変わるって聞くが、レティシアは本当に良く変わる」

 

「それはお褒めに預り光栄だ」

 

「ああ、でも気になる事ができたな。吸血鬼っていうのは流水が苦手だろ? それにお前は魔王ドラキュラなんて呼ばれてたらしいじゃねえか。もしかしてヴラド三世当人だったりするのか?」

 

意外な方向に話が飛び火したようで、レティシアは意外そうなキョトンとした顔になる。

 

ヴラド三世。通称串刺し公ドラキュラ。

 

現在小説やアニメーション等の題材として知られる吸血鬼のモデルの人物、と言えばヴラド三世を知らずともドラキュラを知らない者はいまい。

 

祖国ルーマニアにおいて護国の鬼将と呼ばれた英傑であり、そのドラキュラという言葉も元々は現地語で竜の子という意味を持っている。彼の父ヴラド二世は竜騎士(ドラクル)という異名を持ち、息子である彼もその異名で呼ばれ、また本人も竜騎士という異名は好んで使っていたとされている。

 

だが、彼が敵対していたキリスト教圏においては竜は悪魔の象徴であり、ヴラド三世は絶対悪の化身として畏怖された。

 

彼の死後、ブラム・ストーカー筆の『ドラキュラ』のモチーフに選定。作中の扱いや串刺し公と呼ばれる程好んで串刺し刑を使用し、串刺死体だらけの部屋で食事を嗜んだ等の逸話からヴラド三世は完全に吸血鬼扱い。

 

こうして偉大なる竜の騎士の名もただただ人を怯えさせる、血を飲んで悦楽に浸る怪物という意味の名へと成り果ててしまったのである。

 

「……いや、主殿。私も詳しくは知らないが、ヴラド三世は男性の筈だろう。主殿は私が男に見えるのか?」

 

「見える見える。超見える。だから今から確認しようぜ!」

 

「……む、主殿がそう言うのなら」

 

「ダ、ダメです! そういうのは、ダメです!」

 

そうしてリリが止めに来る事も計算していたのか、レティシアはヒラリと要求を躱しながら十六夜の質問に答える。

 

「まあ、完全に無関係とは言えないがね。系統樹的には無縁だよ。それに仮に私がヴラド三世だとしても女でも不思議はないだろう? ほら、此処にいい例がいる」

 

「ほえ?」

 

「ま、そうだろうな」

 

「私がドラキュラと呼ばれる由縁はヴラド公の方ではなく語源の方さ。竜の子。その異名通り我々吸血鬼は純粋種の龍から産み出された種族なのだ」

 

「へえ、龍ね。そいつは俺も前々から興味があったんだ」

 

「そうなのか?」

 

「ああ、聞いた話じゃ"系統樹の存在しない幻獣"だそうじゃねえか。幻獣は霊格が高まって系統樹に爆発的な変化が起きた種じゃねえか。ってなると矛盾してる。まるで無から生まれたみたいじゃねえか」

 

「……その通りだが?」

 

「は? え?」

 

「だから、その通りだと言っているんだ。龍は()()()()。ある日なんの前触れもなく、突然力が集まってな。後世は単一生殖か別種と交わって産まれる。その場合は亜龍、あるいは竜だが」

 

「へえ、単一生殖。そうなると龍の純血ってのは割と小さかったりするのか?」

 

「まさか。亜龍より大きかったりもするさ。一説によると世界を背負った龍なんていうのもいるしな」

 

十六夜は一瞬は? となったが、それと似た話を思い出して納得する。自分の身体も洗い流して完全に逆上せ上がったジャックの肩を湯船から上げて愉快な話が聞けたとにやける。

 

「なるほどな。そういうのは春日部にも話してやったらどうだよ」

 

「質問されたら答えるさ。耀は最近特にそういうのに熱心になっているからな。今回も深く落ち込むものだと思っていたのだが、存外前向きだった」

 

「ウチの御チビが北側でなんか言ってたらしいからな。御チビに感化されたんじゃねえか?」

 

「なるほど……なら今度は私が質問してもいいだろうか」

 

「ん?」

 

「十六夜は何故そこまでそういった伝承に詳しいんだ? 元の世界ではその分野について研究していたのか、そもそも十六夜のギフトは何故"正体不明(コード・アンノウン)"なのか……飛鳥や耀、ジャックの事も気になるが十六夜は殊更不思議だ」

 

「んや、別に? 向こうじゃやる事が無かったから暇潰しに調べただけだ」

 

「本当に? 独学でか?」

 

「ああ。━━━いや」

 

独りじゃなかった。彼の記憶には今も鮮烈に残る、三人の姿が存在し続けている。

 

その感情の機微を感じ取ったレティシアは更に一歩踏み込む。

 

「いい競争相手でもいたのか?」

 

「まさか。俺に匹敵する存在が向こうにいたらこんな性格にはならねえよ。世話焼きのババアとふらっとどっかに行ってはふらっと帰ってくる男。それに体のいい弄り相手がいただけさ」

 

そうこう風呂場で長話に耽っていた反動か、とうとうジャックは我慢が効かなくなってザバン、と立ち上がる。

 

「もう出るっ!!」

 

「ああ、おい待てって……ま、そういう事だ。この話の続きはまた今度な」

 

そうして三人はジャックを追い掛けて湯船から上がる。そして彼がいつも身に付けているヘッドホンが無くなっている事に気付くのには大した時間を用さなかった。

 

◆◇◆

 

所変わって、"サウザンド・アイズ"の一室。なんやかんやあって今日は黒ウサギも泊まり込む事になっていた。

 

「で、やっぱり黒うしゃぎ的にはいじゃよいしゃんのフリーダムっぷりには相当頭を痛めているのデスヨ」

 

梵、と書かれた日本酒のビンを片手に黒ウサギがヒック、と文句を垂れる。酒は人を正直にすると言うが、なるほどそれはウサギも例外ではないらしい。

 

「全くだ。我もヘラクレスの十戒の試練に沿って大河の地形を変えられるとは思ってもいなかったぞ」

 

完全に出来上がっていた黒ウサギとは異なり赤らめる程度ではあるが酔っ払っているトリトニスの滝の元主、白雪姫も愚痴を溢す。

 

「わかりましゅ、わかりましゅヨ白雪姫しゃま! その縦横無尽の大活躍もさる事ながら、迷惑っぷりも英雄に劣っていましぇん」

 

「私はそんな所に好意を持つのだけど。だって英雄なんてみんなキチ○イじゃない。物語の主役って皆大小差はあれどキ○ガイよ。人間のフリしたロボットや、ロボットになろうとする人間とかね。極めつけには首から下の感覚がなかろうが、どんな真っ暗闇でイモムシみたいな動きしかできなくても動こうとするヒトとかも」

 

ケラケラと笑いながら小さな一口酒をちびちび飲みながら持論を展開するのはキャスター、清少納言だ。そんなアホみたいな人物はまさしく創作だけだと断じたいところだが此処は箱庭。実にあり得そうなのがなんとも言えない。

 

「うむ、清原ちゃんのは極論だが私もそう思う。ところで黒ウサギよ、今夜はこのサイズバッチリに見えてギリギリ足りなくて北半球と太腿が露出する。そんな姉の嫌がらせっぽい弄り根性が現れる素敵な服のセンスをしていた"ペルセウス"のライダーの着ていた服を参考にした衣服を着て寝るというのはどうだろうか」

 

「嫌でしゅよ! だいたいその言い様嫌に的確でしゅし"ペルセウス"のライダーさんとその御姉妹に二次被害が及んでいるのでやめてくだしゃい!」

 

スパン! と酔って尚白夜叉に渾身のツッコミ芸を見せる黒ウサギ。これはハリセンツッコミスキルAくらいあるのではないだろうか。

 

「っと……では此処でちょっとまた面白話でもしよう。実はな、私も"ノーネーム"の新入り四人は大変興味があるのだ」

 

「ふむ? 確かにそれは黒ウサギもそうでしゅが、それがどう面白い話に繋がると?」

 

「うむ、ここ最近で少し見えてきたのは耀の方だ。彼女とは初めて会った時からなにやら私や白雪殿と近しい力の波動を感じ取っていてな。しかしあくまでほんの小さなもの。一見しては殆ど気付けない程微々たるものだったのだが」

 

「白夜叉しゃまや白雪姫しゃまと近しい力、でしゅか?」

 

白夜叉が面白話、といいつつ何処か真剣な顔つきになったのを見て清少納言が食い付き、白雪姫は全然気付かなかったようでキョトンとした顔を。黒ウサギは酔っ払いながらもその話に耳を傾ける。

 

「うむ、最近それが無性に気になってジンに聞いたのだがな、耀の元いた世界は少なくとも二十一世紀より後。太陽が氷河期に陥った時代だと予想できるのだよ」

 

「それでそれで?」

 

「あくまで私の予想だが、耀の出生は太陽と関わりがあるのではないだろうか」

 

「……へ? た、太陽でしゅか?」

 

いきなり話のスケールが大きくなって黒ウサギはつい聞き返してしまう。白夜叉もうむ、と頷いて話を続ける。

 

「ジン曰く、"THE PIEDPIPER of HAMERIN"中に黒死病に感染した耀の症状は中止期間の中盤に感染したにも関わらず最初期の感染者よりもはるかに強力な症状だったという。耀が父親に託された"生命の目録(ゲノム・ツリー)"を手にする前は原因不明の病に侵されていたのだろう? それらを照合すると、耀の出生は太陽と関わりがあるのではないかと思うのだ」

 

「え、私耀しゃんが元の世界で病に侵されていたのなんて初うしゃ耳なんデスけど」

 

「なんと! ……まあ私もそういうのは全部ジン経由でしか聞いていないからなあ。あ、考察は私だが。偶然であるならそれはそれでいいのだが」

 

しん、と黙りこくる一同。白夜叉は酔った勢いで変な事を話してしまったかと反省しながら黒ウサギに酒を注ぐ。

 

「ま、あくまでそうだったら面白そうだなーという私の勝手な妄想だ! 飲め飲め! 今日は"ノーネーム"の外門利権書奪還祝いだ! 無礼講だぞぅ!」

 

「そうでしゅよね~! いよ、白夜叉しゃま!」

 

「……いや、そんなのでいいのか? 本当に?」

 

「まあ、答えの出ない想像に花を咲かせるのもいいけれど。やるならもう少しお酒の肴になるお話が好ましいのは確かね。ほら黒ウサギ、私も白夜叉の独自改良品、うさぎごろしをあげるわ」

 

「にゃんでしゅかその意味不明な銘柄のお酒!!」

 

 






キングハサン高齢者問題は我がカルデアのみならドゥワッフダァッフアッファ~!! キングハサンモンダイハァ!!ワガカルデアノミナラズゥ!! ゼンコクノカルデアマスターミンナノモンダイジャナイデスカァ!!

ソウイウモンダイヲカイケツシタイガタメニ!! オレハネェ!!! ズットカキンシテキタンデスワァ!!

ダレガネェ! ダレニカキンシテモネェ!!オンナジヤオンナジヤオモッデェ!! セヤケドガチャリツカワラヘンカラァ! ワダジガカキンシテモジドオリ!! 塩川プロデューサー! 貴方にはわからんでしょうねえ!!

ヘイヘイボンボントシタジキュウデガチャマワシテ、ホントウニ、ダレガピックアップサレテモイッショヤダレガガチャヒイテモイッショヤ、ジャアオレガァァァァァ!!!

コノガチヤリツヲォ、フッグッフッウ……コノヨノナカブェェェェェェアアアアアアア!! アアアアアアアア……ウウウウアアア、ゴノ、ヨノ、ナガヲォ、ゥガエダイ!! ソノイッシンデェ! ヒィ、フゥ、ハァ……イッショウケンメイウッタエテ、カルデアニ、カルデアスタッフニセンシュツサレテェ! ッヘェヤットジンルイサイゴノマスターニナッタンデスゥ!!



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くえすちょんすりぃ それは、昔のお話



爆死という概念のない人生なんて人生の山場が存在しない平坦な人生みたいなもんだぜ! あれ、そう思うと自然になんでも許せるような気がしてきた。




 

 

おにぃさんはけっ局、ぜん日ぶんの出場けんりをようにわたした。おにぃさんは「知り合いの作った値段も価値もないただのヘッドホン」って言って気にしてなかったふうに見えたけど、おにぃさんがみんなにねなさいって言ったあともずっと探してたの、わたしたちは知ってるの。

 

おにぃさんは口じゃそんなことないって、ただ頭になにもないのが気もちわるいだけって言ってたけど、ようやジン(ますたぁ)たちが出発してからおもむろにわたしたちをだきしめた。

 

きっと、おにぃさんはおにぃさんが気づいてないくらいにはそのひと/そのひとたちが気にいっていたんだっておもう。

 

うん、それならやっぱりこれでいいや。これがいいや。

 

わたしたちは、おにぃさんがおいてきちゃったもののかわりになろう。そのために、聖杯戦争は勝たなきゃだめだ。

 

おにぃさんがおいていった(わたしたちは)大じな家族になるために(家族がほしいから)

 

◆◇◆

 

雷鳴が響く夜の山中だった。

 

当時十歳の逆廻 十六夜は寝床に選んだ老人介護施設予定地で退屈そうにしていた。

 

"三日以内に俺を見つけろ"それまで様々な施設をたらい回しにされて、引き取り先の脱税記録やら何やらといった不正を興味本位でテレビ局に叩き付けて集まった多額の資金でゲームを始めた。

 

それなりにミスリードを揃えて用意したゲームだった。今日は三日目。

 

そう、このゲームを攻略した者は現時点でただの一人としていなかった。

 

「…………二十三時五十六分現在。俺の発見者なし」

 

「━━━二十三時五十七分現在。君の発見者()()

 

これでゲームクリアかしら? という軽い調子で掛けられた言葉に勢い良く振り向く。それと同時に壁に背を付けて警戒心を高めた。

 

しかしすぐにそんな事をする必要性の無さに気付いて肩を竦ませる。

 

「……ああそうだ。アンタらが攻略者。祝ってやるから姿を出せよ」

 

「随分口の悪い主催者やねぇ」

 

呆れたような胡散臭い関西弁が続く。もう一方からは……ただ息を吐く音。ゼェハァと嵐の山中を登った事を考慮するとこの声だけが普通だろう。少しだけだが姿の輪郭が見てとれる。

 

「ところで、自己紹介は必要かしら。逆廻 十六夜くん」

 

「……へえ、よく調べたな」

 

「と、当然だろ……はっ、ゲームの基本は相手を、良く知る事、だ。クセとか、思考とか、そういうのは、意外な所で見つけ、られるからな……っていうか、オマエら二人ともそんな変な格好で、息一つ切らしてないんだよ……!」

 

「んー、そうは言われてもなあ」

 

「そうそう、この程度で息切れするウェイバーくんの方が変なのよ」

 

「あーもう! とにかく、とんだヤンチャ坊主だなオマエ。福祉施設を巡れば二十四箇所、養父母を持つ事三十一世帯、その内引き取り手の隠蔽犯罪を暴く事二十一回。今やどの施設も家もオマエを受け入れる事はなくなっている」

 

「らしいな。けどよくそんなヤンチャ坊主んとこ来れたな。罠だって何個も張った。一番ちみっこいオマエなんか吹けば飛びそうだっていうのに」

 

「ああ、うん。アレくらいなら問題ないわ。ウェイバーくんもこう見えて結構修羅場は潜り抜けてるもの。でもピアノ線は他の人が危険だから外しておいたわ」

 

ポン、と放り捨てられるピアノ線。それはアタッシュケースのすぐ側の見辛い位置に置いたものであり、普通なら引っ掛かってそれなりの惨事、という腹積もりだったのだが━━━

 

「……よくアタッシュケースだけ持ち出さなかったな」

 

「そりゃ、僕らはキミに興味あったワケやしなぁ」

 

男と女がケラケラ、と笑う。

 

「……ま、他の参加者はお金の在り処を探すのに必死だったみたいだけどね。彼らはお金の写った写真から場所を割り出すつもりだったみたいね」

 

「そう仕向けるための写真だからな。海岸線の背景が映るように撮ったんだが、それだと簡単すぎるし趣旨も違う」

 

「でもあれだけのお金やろ? 子供一人が運ぶにはちょっと一苦労だったんやない?」

 

「それもミスリード。他にも幾つか用意したが、どいつもこいつも簡単に騙されやがる。はぁ、参加者の厳選はもっとしっかりすべきだった」

 

十六夜がそう愚痴ると女性も笑って同意する。

 

「同感。あんなやり方じゃ数は集まっても質は落ちる一方よ。盛り上がりにも欠けるし。そうね……試験的に別のゲームを開催して、それのクリア者にだけ本命のゲームを、というカタチの方がよかったわ。なによりの失敗は、『こんな大金持ったガキがいるわけねーだろバーカ』と大半の人間が思い込んでしまった事かしら」

 

それは始めてすぐに本人も気付いていた。故に少しムッとしたような、子供染みた反抗の感情を抱いていると、三人が姿形をしっかり確認できるまでに十六夜に接近して来る。

 

カツン、カツン。カラン、コロン。コッ、コッ。どれも登山には似つかわしくない音だ。ハッキリとした姿を現した三人の姿はこれまた、十六夜には奇天烈に映った。

 

「……オイ、アンタら。そんな格好で山登りしたのかよ」

 

「当然。私はこれが勝負服なんだもの」

 

「因みに僕らは()()()()()()これしか無かったからなんやけどな」

 

女性の姿は登山した、という一点を除けばそう変な格好ではなかった。赤紫のキャミソールの下に真っ白なロングコート。ヒールの入ったブーツを履いて両耳には左右対称の貝殻のイヤリングを着けている。

 

男性は見た目一番おかしい。和……いや、中華服か。片眼に眼帯を着け、全身を鮮やかな濃淡の服に底が少し厚い草履。本当にこんなダボつく格好で登山できたのだろうか。

 

ウェイバーという少年の方はよく見る学生と言った風のネクタイを締めたワイシャツの上にカーディガン。学生ズボンと革のローファー。そして何より目を見張るのは後生大事そうに羽織った全くサイズの合っていない赤いマントの存在だ。……いや、訂正。一番変だ。彼ら三人は誰も傘のような防水着は持っておらず、女性と男性は少なからず濡れているのに、彼だけは一切濡れた様子がない。

 

総じて、十六夜はこの三人に変な集団という第一印象を感じた。

 

「……意外と若いんだな、オバサン」

 

「ハッハーッ! 若いと言いつつオバサン呼ばわりとは中々肝が据わっているじゃないか十六夜くん。私の事は尊敬と敬意、そして敗北感を籠めて()()()()()()と呼びなさい」

 

「……なんだと?」

 

ピクリ、とその言葉に少し反応した。有り体に言えば敗北感を籠めて、というフレーズが気に食わなかったのだ。

 

「俺に、負けを認めろって言うのか」

 

「そうだとも。コレはキミが売ったゲームで、私達が買ったゲームだ。それなら主催者(ホスト)は主催者らしく勝利者を()()()()()()()()()()()。それが出来ないのならゲーム難易度や参加者の剪定以前に、主催者なんてやるもんじゃない」

 

十六夜は少し後退りする。この女性の放つ不思議な感覚に思わず感じた事のない鋭い感覚━━━有り得る話ではないと自覚しているのだが、もしかしたら自分はここで殺されるのではないかという未知の感覚が思わず彼を一歩、足を後ろに追いやっていた。

 

「……ねえ、十六夜くん。貴方は一体何の為にこんなゲームを開催したの?」

 

「……何?」

 

「もしかして『世界の何処かにいる自分を見つけて欲しい』なんていうクッソ下らない承認欲求? 本当にそうなのだとしたら心底から幻滅するわ。そして私達も自分達自身を嘲笑う。まさかこの程度のクソガキのために簡単なゲームを解いて山登りまでして、それが徒労に終わるだなんて随分と主催者を過小評価していたな━━━」

 

ズドンッ、という爆音が廃居内に響き渡る。金糸雀という女性と男性はわお、と言った風に。ウェイバーは割りとガチでビビったようにしている。

 

「……ねえ、十六夜くん。()()()()()()()()()? 貴方はそんな同情をタダ売りするような感情でこのゲームを開いたワケじゃないでしょう? 貴方は見つけて欲しかったんじゃない。見つけたかったのよ。この世の何処かにきっと、いや間違いなく居るであろう自分に匹敵する力を持つ某に。そして貴方は今、そんな小さな願いすらマトモに叶える事も出来ない自分に、自分のゲームにどうしようもない不甲斐無さを感じている」

 

図星だった。この女の言う事は何もかも図星だった。一から十まで、何処かに文句を付ける必要もない百点満点の解答をこの女は言い当てたのだ。

 

「……いいぜ。負けを認めてやる。で、俺はどうすればいい」

 

「……そうねぇ。じゃ、私が本当に面白いゲームというものを用意しましょう。開催期間は二年間くらいで。今回のゲームで得た多額のお金を使えばなんとかなるわ」

 

「それに参加して、俺になんか得でもあるのか?」

 

「ありますとも。もし私がこのゲームに勝てば……口の悪い。それでも愛らしい息子が出来る」

 

「そんで?」

 

「貴方が勝てば、私達三人は一生キミの遊び相手になってあげるわ。オプションで素敵な居場所も用意しましょう」

 

「は、はぁ!?」

 

その言葉にいの一番に反応したのはウェイバーだった。彼は聞いていない、という感情を全身で伝えるようにオーバーなリアクションを取る。

 

「聞いてないぞ金糸雀! ボクらはアンタ達を探す為に態々こっちに来たって言うのに、報告も出来ずに一生このクソガキの遊び相手になるだって!? 冗談じゃない! アンタもなんか言えよ蛟劉!」

 

ウェイバーが怒りながら男性━━━蛟劉の方に話を振ると彼はいやー、と曖昧に答える。

「そうしてもええんやけどなぁ。僕はウェイバーくんに土下座されてキミを此処に連れて来ただけやから、それに向こうの事は割りとどうでも良く思っとるし、帰れんならそれはそれでええんやない? 僕はキミがこの世界に居る間は一緒に居させてもらうよ」

 

「似非関西野郎め……!」

 

「こういう時は多数決よウェイバーくん。腕っぷしでもキミ本人が私達に勝てる道理はミクロもないし」

 

うぐっ……と言って引き下がる。向こうがこう言っている以上は彼が二人を説得する事は不可能だと悟ったようで、それ以上は何も言わなかった。

 

向こうの話は纏まったらしい。どうかしら? と金糸雀は問い掛けてくる。

 

「━━━……いいぜ。俺を楽しませてみろよ、主催者さん」

 

「ええ、今度は私が主催者(ホスト)として、貴方を楽しませてしんぜましょう」

 

こうして逆廻 十六夜は三人の男女と出会った。イグアスの滝の悪魔を探し、世界の果てを見に行き、最後に逆廻 十六夜の為だけに作られた、彼のような普通の人にない特殊な力を持って社会から溢れた子供達の児童福祉施設、カナリアファミリーホームに行き着いた。

 

戦地にも赴いたし、西遊記縁の地にも寄った。フリギアの王都ゴルディオンの跡地にも向かって、探せるロマンは全て網羅した。

 

心底から面白い旅だったし、とても有意義な時間だった。だが彼は思い知った。思い知ってしまった。

 

この世において最も神秘的でファンタジーなのは、逆廻 十六夜当人を置いて他にいないのだと。

 

◆◇◆

 

それは春日部 耀が十一歳だった時の話だ。

 

春日部 耀は一言で言えば不治の病を患っていた。科学技術が一種の究極にまで達し、治せない病はないとさえ謳われたこの時代において、耀は『不治』であった。足が動かない。身体が弱い。少し叫ぶだけで全身が酸素を求めるように咳き込む身体。それが春日部 耀という少女の容態だった。

 

ケホッ、と可愛らしく咳き込む。実際のところ彼女の症状は到底可愛らしいなどと形容できるものではないのだが。

 

長年行方をくらませていた父、春日部(かすかべ) 孝明(こうめい)は突如として彼女の前に現れ、長年姿を見せなかった分相応の……客観的な時間としては相応以上だったが、幼い娘の主観からすればまだまだ不相応な多くの土産話を語った。

 

「……鷲の嘴に、ライオンの身体を持つ動物?」

 

「ああ、グリフォンといってな。勇敢で強靭で、そして誇り高い。何せ鷲と獅子、空と大地の王だ。巨大な翼と力強い四肢で空を駆けるその姿はどんな獣よりも雄大だったとも」

 

静かに、しかし情熱的に思い出話を語る父は、遠い瞳で青藍の空を仰ぐ。

 

彼は珍しく背広姿でお見舞いに来た。娘の記憶にある父の姿は何時も野暮ったい服を着ていたので新鮮に感じる。

 

やや大柄だが整った体躯で、姿勢を正してベッドの横に座る父は物静かな風貌で娘に話す。

 

娘はそんな父と思い出を共有できない事が不満だった。彼女は少し拗ねたように足をパタつかせて物欲しそうに呟いた。

 

「……私も、グリフォンに会ってみたい」

 

「何?」

 

「グリフォンと友達になって、背中に乗せてもらって、父さんみたいに外の世界を見て回りたい」

 

紡がれた言葉は本人すら意外に思うほど強い語調だった。

 

しかしそれは決して叶わない事を彼女は知っている。

 

春日部 耀という少女は万能を謳うこの時代において尚匙を投げられる病に蝕まれているのだから。

 

そんな娘が父に着いていく、などと言っても父の足を引っ張るだけだと理解していたが、子供の我が儘だと解っていたが、それでも彼女はその想いを止められなかった。

 

真っ白な病室だけが自分の生きていられる世界である娘にとって、父の持ってくる話はどれを取っても、何を言っても絢爛と輝く太陽のような輝きを帯びていたから。

 

娘の我が儘を聞いた父はしかし、困った素振りも見せず静謐な瞳をそっと細めて呟いた。

 

「……そう、か。そうだろうな。この世界はきっと耀の夢見る世界には小さすぎる。なら、これもきっと一つの運命なんだろう」

 

「……え?」

 

「これを耀に預けておく。今の耀には何より必要な物だ」

 

そう言うと父は懐からペンダントを取りだし、娘の首にかけた。父は先端にある木彫り細工を娘の両手の中に収めさせつつ、優しい語調で話し掛ける。

 

「この系統樹を記したペンダントがあればグリフォンに会った時に役に立つ」

 

「え?」

 

「これさえ見に着けていればどんな獣でも、まして俺や耀ならこれさえあれば神霊にだって━━━いや」

 

習うより慣れろだ。そう言うと窓辺の陽だまりにいる三毛猫に目を向ける。

 

「にゃあ」

 

眠たげに鳴く三毛猫を無造作に持ち上げると、父はそのまま何の遠慮も無く耀に向かって放り投げた。

 

「わっ!?」

 

「ふぎゃ!?」

 

身体の弱い娘は飛んで来た三毛猫に吹っ飛ばされてベッドに背中を着ける。いきなりこんな事をしてきた父に文句の一つでも言わねばと思った時━━━

 

『ちょ、旦那! 何すんねん!』

 

「放り投げた」

 

『せやろな。ってそういう話とちゃう! 何で放り投げたかって聞いとんねん!』

 

「ムシャクシャしてやった。反省も後悔もしてない」

 

『おどれぇ!』

 

三毛猫が、喋った。娘は驚きすぎてそんな反応しか出来なかった。自分は何か夢でも見ているのかもしれないと思いながら恐る恐る話し掛ける。

 

「……三毛猫?」

 

『んぅ? なんやお嬢』

 

「……人の言葉、喋った……?」

 

『ん? ……おお!? お嬢もワシらの言葉解るようになったんかい!?』

 

関西弁っぽく驚く三毛猫。初めて聞く声に心を震わせ、らしくもなく目を輝かせながら三毛猫を抱き上げる。

 

「凄い、凄い! 私、三毛猫とお話してる!」

 

「ああ、これがこのペンダント。"生命の目録(ゲノム・ツリー)"の力だ。どんな獣とも言葉を交わす事が可能になる。━━━でも、それだけじゃない」

 

父は娘に手を伸ばし、十一歳にしては小さな娘を抱き上げて床に降ろす。

 

そこで娘を二度目の衝撃が襲った。

 

立つ事も叶わなかった娘の両足は━━━今まで歩けなかったせいかフラついてはいたものの、確かに彼女の身体を支えていた。

 

「……う、そ……!?」

 

「嘘じゃない。このペンダントを持って色々な獣と接していけば、耀の身体は今よりもずっと強いものになる。この病院の外は勿論、学校や街に一人で出歩いても大丈夫だ」

 

そう言って父は娘から手を放す。まだ長時間立っていられない少女の身体はふらふらと揺れ、すぐにベッドに倒れ込んだ。

 

「……もっといっぱい動物と友達になったら、もっと歩けるようになる?」

 

「ああ」

 

「グリフォンとも、友達になれる?」

 

小首を傾げて問うと、父は途端に難しい顔になった。

 

「……さて、どうだろう。グリフォンと友達になれるかどうかは耀次第だ。それに、会えたとしても生半可な覚悟で彼らに近付くなを彼らは本当に気高く誇り高い。それでも対等な友人になりたいのなら、耀の全力をぶつけなければならない。……それこそ、命を賭ける程」

 

ドキリ、と父に睨まれて少し身体を萎ませる。脅し文句にしてはいやに本気で、重苦しいものだった。

 

「父さんは、命懸けでグリフォンと友達になったの?」

 

「ん? ああ……そうだな。俺の場合は命懸けというか、殺し合いというか……いや、若かった。酔いが回っていたのか? ともかく、神霊の加護付きとはいえドラコ=グライフと殴り合いするなんて今考えても……」

 

低い声音を小さくするととても聞き辛いものになっていく。都合が悪い時の父の癖だ。だが今回は見逃す事にした。

 

「……とにかく、耀も友人は大事にしろ。それは外で生きていく上で最も大事な財産だ。色々なカタチはあるが、うん、まあ、殺し合わない程度の仲でな」

 

「そんな事しないけど……それは父さんにとっても?」

 

「父さんにとっても。彼らがいなければ今の俺はいなかったし、母さんにも会わなかったな。つまり、耀も産まれてなかったって事だ」

 

遠い瞳で友や母を思い出しているのか、父はじっと夕陽を見つめる。夜になると娘の体調は一層悪くなる。彼女は急に体調を崩したように、しかしそれまでよりは幾らか軽い咳をしながら父を見る。

 

「……太陽が沈むな。そろそろ行かなければならない」

 

「……そう。じゃあ、見送りに行く」

 

折角歩けるようになったのだから、と娘はせめて病院の玄関先まで見送りたいと思いヨタヨタと立ち上がる。だが父が困ったように引き止めたので、諦めた。

 

父は娘の頭をゴシゴシと不器用に撫で回した後、静謐な瞳を細める。

 

「なあ、耀。なんで太陽は沈むんだと思う?」

 

「え? ……それは地球が回って、私達のいる場所からじゃ動いてない太陽が見えなくなるからじゃ」

 

「ロマンが無いな、耀は。……まあ、じきに太陽は本来の輝きを取り戻す。その時には、間違いなく耀は━━━いや」

 

自分から話を振って来たくせに、父は後腐れが残るような雑な話の切り方をする。

 

「宿題だ。どうして太陽は沈むのか。面白い答えを期待してる」

 

そう言うと父は娘をベッドに座らせる。

 

「━━━次は二年後の今日。月が綺麗に見える満月の夜に迎えに来る」

 

「……二年後?」

 

「ああ。そのペンダントがあれば耀の身体さ今よりずっと強いものになる。だから約束する。次は必ず━━━耀も一緒に旅をしよう」

 

何処か思い詰めたような声音で父は誓いの言葉を残し、娘の元を去って行った。

 

━━━孤独感に満ち溢れた病室に静寂が満ちていく。

 

娘は父との約束を反芻し、そっとペンダントを握りしめた。

 

 

 

その日を境に、娘は父との約束を果たすべく日々を過ごした。三毛猫をはじめに、様々な獣と交流を深め、絆を結び、出会いを重ね、己を鍛えた。それまで歩く事もできなかった娘の身体は、僅か半年を過ぎる頃には健常者と何も変わらないくらいの健康な肉体になった。

 

人生の半分を病室で過ごしたのだ。あの子には外の世界で生きる獣の友達を作る事がどれだけ新鮮であった事か。

 

むしろ、あの子にとっては同年代の友達と遊ぶ事の方が余程難しかった。

 

十一にもなれば同年代の女の子達はもうある程度のコミュニティを形成していたし、何より彼女の話を誰も信じなかった。父やグリフォンの話を馬鹿にされた時は悔しくて悔しくて、泣いた時もある。

 

その出来事が決定的な切っ掛けだったのだろう。あの子はそれ以降獣の友達とばかり接するようになった。

 

人間の友達が出来てもどうせ二年後には別れるのだから、むしろ友達は作るべきじゃないと周囲に壁を作っていた。

 

月日を重ねる毎にあの子は社会から孤立して、とうとう親族とも疎遠になって、獣達しか彼女に寄り付かなくなってしまった。獣達も、耀とは友達だったから心配をしてしまう。

 

自分達にかまけていないで、人間である耀は人間と仲良くなるべきなのに━━━

 

でも、獣達はそれを中々言い出せなかった。だって彼らは、あの子がどうして人間社会から孤立してしまったのかを知っているから。だからせめて、この子が人並みの幸せを手にできる時が来るまで━━━この子が友達になりたいと願った友達や、素敵な男の子に出逢うまでは、自分達が父や母に代わってこの子の家族になろうと決意していた。

 

 

 

そうして二年の歳月を過ごして迎えた、約束の日。夜風が強く吹く庭園の中心で、耀は三毛猫を胸に抱いたまま大粒の涙を流して頬を濡らしていた。

 

"二年後、満月の夜に迎えに━━━"

 

その日は、満月の筈だった。

 

月の周期的にも、満月なのは疑いようはなかった。

 

この日だけは、満月でなければいけなかった筈なのに。

 

野暮ったい服を着た父に娘の成長ぶりを見せてやろうと奮発して買ったノースリーブのジャケットや、動きやすい短パンを身に着けていた。

 

ちょっと背伸びして大人っぽく髪を伸ばしてみたりもした。

 

この日の為に、この時の為だけに、苦しい事も辛い事も乗り越えたのに━━━

 

━━━空にはそんなこの子の努力を嘲笑うかのように、ほんの僅かに欠けた十六夜(いざよい)の月が浮かんでいた。

 

結局、約束は守られなかった。

 

耀の父は、孝明は迎えには来なかった。

 

耀は、泣きながら伸ばした長髪を切り落とした。

 

僅かに欠けた月が戻るかもしれないという期待を籠めていたのか、あるいは何を思っていたのか。春日部 耀ではない私には解らない事ではあるのだが。

 

少女の髪は、太陽の光を跳ね返して輝く月に向かって翔んでいった。

 

 






飛鳥さんの過去話が無いのは、あれです。原作的にまだ話すタイミングじゃないからです。それだけなんです。

一先ず、ジャックの原作とは違う聖杯への願いはここで明かされました。なんでそう思うようになったのか、は……めっちゃ遠いです。もっと先です。





以下、いつものトーク


エドモン復刻か……この日をどれだけ待ち、そして希望したことか……!

とりあえずジャンヌを倒して手にした分の呼符を……っと。あ、サーヴァントか……ってオイオイオイ! カードが金色に光ってるじゃないか! これはエドモンか! 勝ったなガハハ……!?

ルー……ラー……!?

ジャンヌ!(二枚目)

……え、ええ……えっと……えっと……

違う、違う違う!! お前じゃない! お前好きなキャラだけど違う、違う違う!! 待って希望した結果がこれかよ巌窟王!



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くえすちょんふぉう 縁を結ぶは、ひとつの始点



うわあああああああああああああああえっちゃん爆死したあああああああああああああああああああああああ!!!!

もうやだ何も信じたくない何が十連したら出たわ~だあんにゃろうふざけんな爆死しろ!!

くっそおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

バチンッ!!

え……!?

友人「今は辛かろうがエステバリス……!! それらを圧し殺せ!!!」

ぼく「……………………!!!」

友人「失った金ばかり数えるな!!! 出なかったものはない!!! 確認せい! お前にまだ残っているものはなんじゃ!!?」

ぼく「!!?…………!!」

うああああああああああ!!!

ぼく「(爆死した)仲間がいる゛よ!!!!」

友人「それはそれとしてアイツ☆5出過ぎだろマジでいっぺん爆死しろ」

ぼく「ほんとそれな」

以上、本当にあった爆死話




 

 

━━━七七五九一七五外門"アンダーウッドの大瀑布"フィル・ボルグの丘陵。

 

「わっ、……!」

 

「きゃ……!」

 

ピュゥ、と丘陵に吹き込んだ冷たい風に悲鳴を上げる飛鳥と耀。

 

多分に水分を含んだ風に驚きつつも、吹き抜けた先の風景に息を呑んだ。

 

「……、すごい……なんて、巨大な水樹……!?」

 

彼女らの眼下に飛び込んだ景色は根が網目状に張り巡らされた地下都市と、清涼とした飛沫の舞う水舞台。

 

遠目でも確認できる巨大な水樹はトリトニスの滝に通じる河川を跨ぐように聳え、数多に枝分かれした太い幹から滝のような水を放出している。

 

"ノーネーム"の水樹は、此処で生まれた苗木なのである。

 

「飛鳥、下! 水樹から流れた滝の先に、水晶の水路がある!」

 

耀はこれまで出した事がないような年相応の歓声を挙げて飛鳥の袖を引く。

 

巨驅の水樹から溢れた水は幹を通して都市へと落ち、水晶に彩られた水晶を通過して街中に駆け巡る。

 

巨驅の水樹、そして河川の隣を掘り下げられて作られた地下都市。河川の付近は肥沃な泥に恵まれ、人類史上にもナイル川によって栄えたエジプト文明やユーフラテス川とティグリス川によって人の時代を築き上げたメソポタミア文明が代表されるように、文明の発展に添い遂げ続けている。

 

この水樹と地下都市を総じて呼ばれる"アンダーウッド"もまた、河川によって栄え、支えられている一つの文明なのだ。

 

(……あら、あの水晶は確か北側にもあったような……?)

 

「飛鳥、上!」

 

ふと水晶の輝きに既視感を覚えた飛鳥だったが、忙しなくはしゃぐ耀に振り回されて上を向く。

 

遥か上には何十羽もの角の生やした鳥が飛んでいた。

 

唖然と見上げる飛鳥とは対称に耀は熱っぽい声と視線を彼らに向ける。

 

「角の生えた鳥……あれ、鹿角に似てる? 見た事ない種類だ。ねえ黒ウサギ、やっぱり彼らも幻獣なの?」

 

「え、ええ。まあ」

 

「ホント? なんて名前なの? ちょっと見てきていい?」

 

珍しく熱い視線を向けている彼女の姿にどうしたものかと対応に困っていると、旋風と共に懐かしい声が掛かった。

 

『友よ、待っていたぞ。ようこそ我が故郷"アンダーウッド"へ』

 

巨大な翼で旋風を巻き上げて現れたのは、一頭のグリフォン。彼はジャックとジキルが会話をしている間に問題児達が白夜叉に試された試練で耀と競い、友となった者だ。

 

嘴のある巨大な頭を寄せると耀も応えるようにグリフォンの喉仏を優しく撫でる。

 

「久し振り。此処が故郷だったんだね」

 

『ああ。収穫祭で行われるバザーには"サウザンドアイズ"も参戦するらしい。私も護衛の戦車(チャリオット)と、今は正式な相棒ではないが見回りのために臨時で一人乗せている』

 

「相棒?」

 

『ああ、……おい、どうしたのだ。出てこないか』

 

グリフォンがそう言うと少々恥ずかしそうに一人の女性が現れる。彼女は緑色の衣服に緑のメッシュと獣耳を生やした金髪と尻尾。そして身の丈程はあろう弓を右手に持っていた。

 

「っ……そうは言うが。私は彼女らとは少々顔を合わせ辛い。後ろめたくてな」

 

少し顔を赤らめている女性とは耀や飛鳥はおろか、ジンと黒ウサギも面識はない。一体誰なのだろう、と興味深そうな目で見る始末だ。

 

『だが私が我が友らの迎えに行くと聞いて連れていって欲しいと言ったのはお前だろう。そら、名乗らないか』

 

「解った。解ったから嘴でつつくな。……汝らからすればはじめまして、となるか。我が名はアタランテ。かつて"フォレス・ガロ"に所属し、汝らのサーヴァントのジャックと交戦したアーチャーのサーヴァントだ」

 

「っ、"フォレス・ガロ"……!?」

 

「ああ、別に警戒しなくとも良い。私はガルドにいいように扱われていた故、むしろ汝らには感謝しているのだ。真名も詫びついでに、敵対の意思はないという意味合いでな。……ところで、ジャックの姿が見えないが」

 

警戒していたよりも幾分か好意的な対応だったので少しだけ面を食らうが、すぐに調子を取り戻した黒ウサギがその質問に答える。

 

「ジャ、ジャックさんは今回の収穫祭が遠出なので前夜祭はお留守番で御座います」

 

「そうか。……そうか」

 

露骨に残念そうな表情をされた。案外センチメンタルな人なのかもしれない。

 

グリフォンは嘴を自分の背に向けて一同に乗るよう促す。

 

『此処から街までは結構な距離がある。南側には野生区画というものが設けられていて東や北以上に道中に気を付けなければならん。よければ私の背で送ろう』

 

「本当で御座いますか!?」

 

『無論だ。その為に此処に来たのだからな』

 

グリフォンの厚意に耀は素直に深々と頭を下げる。それが今彼女がグリフォンに示せる最大の友愛と信じて。

 

「ありがとう。よかったら名前を聞いてもいい?」

 

『無論だ。騎手やそこのアーチャーにはグリーと呼ばれている。宜しく頼むぞ友よ』

 

「うん。私も耀でいいよ。よろしくねグリー。それでこっちの二人が、飛鳥とジン」

 

『うむ、飛鳥とジンだな。覚えたぞ友の友たち』

 

「二人に挨拶してる」

 

「え、ええ。よろしく頼むわ、えっと、グリーさん」

 

「よ、よろしくお願いします。"ノーネーム"リーダーのジン=ラッセルです」

 

耀の通訳を経てなんとかコミュニケーションを取る二人。頭を下げてからグリーの背に跨がろうとするが、その時アタランテが少し気後れしながらもジンに話し掛けて来た。

 

「リーダーなのか、汝が?」

 

「え? ええ、はい」

「……そうか。いやすまない」

 

アタランテのなんとも言えない表情にジンは妙な感覚を覚えながらもグリーの背中に改めて跨がる。

 

自分の力で飛べる耀はその間、例の鳥について質問をしていた。

 

「ねえグリー。あの鹿角の生えた鳥もやっぱり幻獣なの?」

 

『……鹿角の鳥の幻獣? まさか、ペリュドンの奴らか?』

 

「何、ペリュドンだと?」

 

グリーとアタランテが頭を上げて周囲を索的する。

 

"アンダーウッドの大瀑布"とは反対方向に位置する遠くの水場に耀の言う鳥の群れを見つける。するとグリーは獰猛な唸り声を上げる。

 

『彼奴らめ……収穫祭中は外門に近づくなとあれほど警告したろうに。余程人間達を殺したいと見る』

 

「……? 食人種なの?」

 

「いや違う。ペリュドンは()()()だ」

 

「YES。食べるために人を殺すのではありません。それ以外に理由があるから人を殺すのですよ」

 

ヒョコ、と黒ウサギとジンが背中から顔を出す。

 

「ペリュドンは元々アトランティス大陸という場所から来た外来種と聞いています」

 

「アトランティス……? それって、伝説にある海中大陸?」

 

「YES。天空神の怒りに触れて沈められた大陸です。そしてペリュドンは先天的に影の呪いを持っており、己の姿とは異なる影を映すのだとか」

 

「悪趣味な事に、その解呪方法が"人間を殺す事"なのだ。━━━フン、一定何処の誰の呪いかは知らんがな。生存本能以外で人を殺す理由を持たされた怪物(モンスター)共だ。獣の摂理にも従えぬ哀れな種故、普段ならば情を以て見逃すのだが今は収穫祭だ。再三の警告に従わないのならば今晩の食事はペリュドンの串焼きだろうな」

 

「そ、それは楽しみです。アタランテさんは魔猪カリュドーンの狩りで一躍名を挙げた弓の名手。かのヘラクレスやコルキスの魔女メディアと共にアルゴノーツの一員として海を駆けたのだとか」

 

ジンの心からの称賛にふい、と思わず目を逸らす。色々言いたい事はあるのだが、およそこの前自身の同志を手に掛けようとした人間に言うような賛辞ではないだろうと恥ずかしくなってしまう。

 

「……むう、こうも自分の行いを褒め称えられるのはなんというかむず痒いな。それが年端もいかぬ子供がいち神話のマイナーな人物にそうも言われるとなると尚更に」

 

「ジンって結構人を誑かすのが得意だよね」

 

「な、なんですか突然」

 

「別に。何も」

 

突然妙な茶々を入れた耀に頭を傾げながらも、彼らを乗せた鷲獅子は空を"踏み締める"。それを見た耀もまた彼に続き空を駆ける。

 

「わ、わ!?」

 

『やるな。全力の半分程しか出してはいないが、二ヶ月足らずでここまでついて来れるとは』

 

「う、うん……なんとか。黒ウサギが飛行を手助けするギフトをくれたから」

「YES! 耀さんのブーツには補助のため風天のサンスクリットが刻まれております!」

 

背後で声を上げる黒ウサギだが、そんな余裕があるのは彼女と周囲を警戒しながら軽く吹っ飛んだジンを脇腹に抱えているアタランテだけだ。

 

飛鳥はそうならないよう必死に手綱を握っている。

 

そして三毛猫は黒ウサギに抱かれてはいるものの、風圧に完全にやられていた。

 

『お、おじょおおおおおおおおおおおお!! も少し、も少し速度落としてって旦那に言ったってえええええええええええ!!』

 

ギニャアアアアア!! と叫んでいるようにしか聞こえないが、割りと本気で大ピンチだった。耀は慌てて減速するよう頼む。

 

「グ、グリー。もう少し減速して。後ろが大変」

 

『ん? おお、すまない。アーチャーは平気だっただけに失念していた』

 

「そうは言うがなグリーっ……私も割りと辛いのだぞコレは……私と箱庭の貴族では得意分野が違うっ、サーヴァントだからと言って、結構脆いのだからな……!」

一気に速度を緩めて街の上空を優雅に旋回する。

 

髪を乱れさせ肩で息をしていた飛鳥にも多少の余裕は出来たのだろう。そっと背中から顔を出して眼下の街を見た。

 

「……掘られた崖を、樹の根が包み込むように伸びているのね」

 

「"アンダーウッド"の大樹は樹齢八千年とお聞きします。樹霊の棲み木としても有名で、二千体の精霊が棲むのだとか」

 

『ああ。しかし十年前に一度魔王との戦争に巻き込まれて大半の根がやられてしまった。この景観は多くのコミュニティの協力により、ようやく取り戻した物なのだ』

 

魔王という単語に一同は顔を見合わせる。

 

グリーはそれに気付かないまま旋回し、ゆっくりと街を下る。

 

『今回の収穫祭はその復興記念も兼ねている。故に如何なる失敗も許されないり"アンダーウッド"の復興を東や北にも広く伝える為にもな』

 

強い意思を宿らせて訴える。網目模様の根っこをすり抜けて地下の宿舎に耀達を背から下ろす。すると彼は大きく翼を広げ空を仰いだ。

 

『私はこれから騎手と戦車(チャリオット)を引いてペリュドン共を追い返して来る。耀達は是非とも"アンダーウッド"を満喫するといい。アーチャー、彼女らを頼むぞ』

 

「うむ、引き受けた」

 

「うん、頑張ってね」

 

そう言うや否やグリーは翼を広げて旋風を巻き上げながら去っていく。

 

その背を見送った耀は少し困ったように喋り出す。

 

「……殺人種なんていうのもいるんだね。もし私があの幻獣からギフトを貰ったら━━━」

 

「ダメですよ、耀さん」

 

出した話題がジンにバッサリ切り捨てられる。冗談みたいなものなのだからもう少し花を咲かせてもいいじゃないか、と少しだけムッとなる。

 

「わかってるけど」

 

「いいえわかってません。いいですか、ギフトというのは必ずしも良い恩恵だけとは限らないんです。この前の"黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)"のギフトも本質は風や病を通して死の概念を与える(ギフトさる)ものでした。それは彼女のギフトに掛かった貴女ならわかっているでしょう?」

 

真剣な剣幕になって耀を諭す彼。あまりの必死さに耀だけでなく、その場にいた全員が呆気に取られている。

 

ジン本人は周囲など目に入らず、ただ彼女を本気で心配しているが故に厳しい言葉を浴びせている。

 

「ペリュドンのギフトをコピーして彼らの呪いまで彼らのギフトとして受け継いでしまったらどうなるんですか!? ……そうしたら、僕らに同胞を、貴女を殺せって言うんですか……?」

 

「……わかった。わかったから、そんなに縋るように腕掴まないでよ」

 

驚きながらも、彼の説得には子供故の弱さも感じられた。耀はそれを感じて少々動揺した反応を返す。

 

そして、それを感じたのは耀だけではなかったようで、アタランテもまたその様子を見て確かに安堵していた。

 

(……ああ、なんだ。この子らもちゃんと子供じゃないか。弱さを心で抑え切れていない。私の守れなかったあの子達や今守っている子らと何の変わりもない)

 

アタランテは男を欲した親に絶望され、生まれて間もなく捨てられたという経緯がある。彼女はその時月女神アルテミスの使わした熊のお陰で生き、獣の世界に身を置く女性として成長した。

 

その為彼女は子供という存在に対してある種の祈りがある。

 

全ての子供が幸福に生きられる世界。即ち子が親の愛をしっかりと授かり育ち、それがまた生まれ来る子供に愛を注ぐ。子供が子供として愛される世界。故に獣の感性を持つ彼女は生死感こそドライであるものの、子供には慈悲を見せる。自分のような子が生まれてほしくないという経験者故の願いなのだ。

 

ただ戦えるだけだ。彼らはアタランテの庇護するべき子供と何ら変わりはない。

 

「……若気の至りは構わんが、置いていくぞ?」

 

「なっ━━━」

 

「……そんなんじゃない」

 

なのでアタランテは茶化した。この幸福を守るという意思を強めるために、幸せを堪能する。

 

しかしその堪能もすぐに終わり、宿舎の上から知った声が掛かった。

 

「あー! 誰かと思えばお前耀じゃん! 何? お前らも収穫祭に」

 

「アーシャ。そんな言葉遣いは教えていませんよ」

 

賑やかな声に引かれて上を見ると其処には"ウィル・オ・ウィスプ"のアーシャとカボチャのジャックが窓から身を乗り出して手を振っていた。

 

「アーシャ……キミも来てたの?」

 

「まあねー。こっちも色々あってねっと!」

 

窓から飛び降り、耀達の前に現れてニヤリと笑う。

 

「で、耀はもう出場するゲーム決まってるの?」

 

「ううん、今ついたところ」

 

「なら"ヒッポカンプの騎手"には必ず出場しろよ。私も出るしね」

 

「……ヒッポ……なに?」

 

何それ? とジンに向く。彼は内心黒ウサギに聞いた方が……と思ったが、頼まれた以上は断らない。

 

「ヒッポカンプ、別名"海馬"と呼ばれる幻獣です。タテガミの代わりに背鰭を持ち、蹄に水掻きを持つ半馬半魚と言っても過言ではないかと。恐らく、彼らの背に跨がり水上や水中を駆けるゲームが"ヒッポカンプの騎手"かと思います」

 

「……水を駆ける馬までいるんだ」

 

「前夜祭のゲームじゃ一番大きいものだし絶対出ろよ? 私の新兵器で今度こそ勝つからな」

 

「わかった。検討しとく」

 

パチンと指をならして自慢気に笑うアーシャ。一方カボチャのジャックはジンの前にフワフワと麻布を揺らして近づき、礼儀正しくお辞儀をした。

 

「ヤホホ。お久しぶりですジン=ラッセル殿。いつぞやの魔王戦ではお世話になりました」

 

「い、いえ。こちらこそお久し振りです」

 

「例のキャンドルスタンドですが、収穫祭が終わり次第お届けします。その他生活用品一式も同じくです。……しかし、いやはや"ウィル・オ・ウィスプ"製商品を一式注文していただけるとは! 今後とも是非ともご贔屓にお願いしたいものです!」

 

ヤホホホホホ! と陽気に笑うジャック。

 

飛鳥は彼の前に出てドレスの裾を上げながらお辞儀する。

 

「お久し振りジャック。今日も賑やかそうで何よりだわ」

 

「ヤホホ! それは勿論、私ジャック・オー・ランタンなものですから! 賑やかさが売りで御座います! そちらもご健勝なようで何よりです。前回のゲームはディーンに遅れを取りましたが、何時かリベンジを━━━」

 

「え?」

 

隣で聞いていたジンが疑問の声を上げたのを見て飛鳥は慌てて話題を変えた。

 

「そ、それよりもジャック! 貴方はゲームに参加しないの?」

 

「ヤホホ。私主催者参加がメインなもので。参加者は性に合わないのですよ。今回も主な目的は日用品の卸売りです」

 

「あら、それじゃ参加者はアーシャ一人? 楽勝じゃない」

 

「超楽勝」

 

「おいッ!!」

 

「ヤホホ。して、そこの獣耳の淑女。貴女はどちら様で?」

 

ジャックはアーシャの気を逸らすためにアタランテに話題を振る。

 

完全に蚊帳の外だった彼女は若干面食らった顔をしながら答える。

 

「私か? 私はアーチャー。故あって彼女らの案内と護衛をしている"四本足"のサーヴァントだ」

 

「成る程。私は"ウィル・オ・ウィスプ"のジャック・オー・ランタンで御座います。どうかお見知りおきを」

 

「うむ、宜しく頼むぞ」

 

その後"ノーネーム"一同とアタランテは"ウィル・オ・ウィスプ"と共に貴賓客の宿舎に入った。土壁と木造の建物だが、意外なことに中身はしっかりとしている。

 

水樹の影響で半ば土造りだというのに乾燥していない。ところどころに浮き出る水樹の根は椅子代わりにもなりそのひとつに腰かけた耀は大きく息を吐き、"アンダーウッド"の感想を述べる。

 

「……凄いところだね」

 

「ええ。大自然的というのかしら。北側が人の文明の土地なら、南は自然の文明の土地、というところかしら」

 

「YES! 南側は箱庭の都市建設がされた時に地母神や豊穣神が数多く訪れたと伝わっております。自然神の力の強い地域は生態系が変化しますから」

「そうなのね……でも水路の水晶は北側の技術でしょう? 似たようなのを北側で見たわ」

 

へ? とウサ耳を傾ける黒ウサギ。

 

その隣に座っていたカボチャのジャックは感心したように答えた。

 

「良くわかりましたねぇ。飛鳥嬢の言うとおり、あれは北側の技術ですよ。十年前の魔王襲撃からここまで復興できたのは、その技術を北側から持ち込んだ方の功績だとか」

 

「それは初耳で御座います。一体何処の何方が……」

 

「実は"アンダーウッド"ち宿る大精霊なのですが、十年前の傷跡が原因で未だ休眠中なのだとか。そこで"龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)"のコミュニティが"アンダーウッド"との共存を条件に守護と復興を手助けしているのです」

 

「では、"龍角を持つ鷲獅子"で復興を主導されている御方が?」

 

「そう。元北側出身者。おかげで十年という年月で此処は再活動の目処が立てられたと聞き及んでおります」

 

「そうですか……凄い御仁で御座いますね」

 

黒ウサギは胸に手を当ててその言葉を噛み締める。

 

━━━箱庭最大の災厄"魔王"に教われた土地を颯爽と現れ復興の手助けをする救世主。

 

まるで異世界から来た四人の問題児たちのようではないか。

 

黒ウサギは思わず、両者の姿を重ねてしまったのだ。

 

「ヤホホ。それでは我々はこれより"主催者"に挨拶に行きますが……どうです? 此処で会ったのも何かの縁ですし?」

 

「YES! ご一緒するのですよジン坊ちゃん!」

 

「そうだね。荷物置いてきますから少しだけ待っていてください」

 

ヤホホ~と陽気に笑い承諾したジャックはアーシャとアタランテと共に宿の外で待つ。荷物を置いた一同は三人に連れられて地下都市を登り、大樹の中心に在る収穫祭本陣営まで足を運ぶのだった。

 

 






アタランテさんがとても可愛いのはだれもが認める事実なんだってはっきりわかんだね。





以下茶番トーク

それはそれとして、とうとう始まりましたね、1.5章。いきなり例の菌糸類の言うとおりぶっ飛ばしてきて作者もビックリです。

特にアヴェンジャーとかんなもんわかるか! ってレベルでした。一応概念上は正解だったんですが……

あとアサシンくんがめっちゃ欲しいです。すげー欲しいです。あの子好み。でも作者はボブを狙う。何故って? ボブまわりで知りたい事が山のようにあるからだよ!

それと、今回はエリちゃんが大活躍でしたね。槍の敵が多く、嗜虐のカリスマの範囲も優秀。強鯖と名高いジャンヌと相互バフが可能。その他のスキルも堅実。宝具は防御貫通。おまけに悪属性。まさしく今回はエリちゃんのための舞台だと思ったんですがどうでしょう!? 感動しました、エリちゃんのファンやめます。



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くえすちょんふぁいぶ 断片と、今



忘れんな。課金を信じろ。

俺の信じる課金じゃない。

お前の信じる課金でもない。

運営が設定する課金額を信じろ。



































うるせええええええええええええええええええええええええ!!!! 爆死しまくるゲームの課金なんて信じられるかァァァァァァァッッ!!!




 

 

逆廻 十六夜の(形式上の)兄貴分であるウェイバー=ベルベットはかつてこう言った。

 

『自分のいる世界にあまり望みを託さない方がいいけど、自分のいる世界をあまり悪く思う必要はないぞ』

 

旅を始めた頃に言った言葉だ。蛟劉も金糸雀も何故かわからないが、彼の言葉にしっかりと耳を傾けていて、十六夜もその言葉には実体験に基づいているものだと理解できていた。

 

が、理解が出来ても共感、あるいは共鳴する事は出来なかった。

 

なにせこれから自分はロマンを追い求めるゲームを始めるのだから、最初からそんな事を言われてもそれにそれもそうかと頷ける訳がない。

 

━━━が、今なら理解できる。自分の世界に過度な期待を寄せる事も大それた絶望をする必要もない。

 

一人親しかった人間の一生を終えるだけで何処か哀しみを覚える。だけれどそれは誰にだってある当たり前の事なのだと、彼に浪漫を教えてくれた人が身をもって教えてくれた。

 

『イザ兄、ウェイバー兄と蛟劉先生もう行っちゃうってさ。何か言う事ある?』

 

「そうか。んじゃ精々ババアの後追わねえように気を付けろとだけ言っといてくれ」

 

電話口から義弟の声がする。金糸雀が亡くなってからというもの、十六夜は高校に行く理由を無くしてふらふらと漫遊を尽くしては時々帰る、という生活を繰り返している。

 

『ん。それと黒ずくめの変な格好した弁護士が金糸雀先生の遺書をイザ兄宛に持ってきたから受け取ってくれって』

 

「……おう、そんじゃ少し寄り道してから戻るわ。それと事故の後遺症とかは大丈夫なのか?」

 

義弟は二ヶ月程前車に跳ねられた。幸いにもその時は医療にも心得があるという金糸雀と蛟劉のおかげで義弟は一命をとりとめて今は松葉杖を要するものの一人で歩く事が出来るまで回復している。

 

『それは金糸雀先生が用意してくれた血があるから大丈夫。最初はビックリしたけど特に問題ないから……今となっちゃコレが先生の形見だし。身体も動くようになって来た、心なしか事故る前より元気な気さえする』

 

「そんならいい。んじゃ切るぞ」

 

『ん。じゃあ待ってる』

 

電話を切ってふう、と空を見る。

 

黒ずんだ雲も白い雲もない、梅雨の雨上がりによく見られる五月晴れだった。

 

◆◇◆

 

"龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)"連盟。それが"アンダーウッド"を再建した複数コミュニティによる連盟である。

 

複数のコミュニティが集い、一つの御旗の下に協力して物事への対処に当たる。そう言えば聞こえがいいかもしれないが、実際のところは保険のような意味合いが大きい。

 

口約束よりはマシな約束、という程度でいいだろう。

 

余程分が悪くない限りは助けてくれる盟友でもいいのかもしれない。

 

「━━━では改めて。私は"龍角を持つ鷲獅子"連盟、"一本角"頭主を務めるサラ=ドルトレイク。元"サラマンドラ"の一員で、キミ達にわかりやすく言えばマンドラとサンドラの姉だ」

 

"アンダーウッド"の本陣営貴賓室。この場には主催者への挨拶に向かった"ノーネーム"と"ウィル・オ・ウィスプ"一向とアタランテの他に褐色の角を持つサラという女性と、色白の寡黙な男性がいた。

 

「では、地下都市にあった水晶は」

 

「無論私が北側から持ち込んだものだ。だか勘違いしてくれるな。私が持ち込んだのはあくまで技術の大まかなノウハウで、ほぼ独自に作ったようなもの。水晶の製造方法や水晶そのものを盗み出した訳ではない」

 

「そうですか……それならよかったです。それで、そちらの男性は」

 

ジンが男性の方に目を向ける。サラが顔の動きで挨拶をしてほしい、と言ったようで彼は頷いて閉ざした口を開く。

 

「"龍角を持つ鷲獅子"連盟"一本角"所属、サーヴァント・セイバーだ。どうか収穫祭を楽しんでいって欲しい」

 

「……サーヴァントって意外とすんなり出会うものなのね」

 

箱庭に来て数ヶ月が過ぎるが、既に二桁に迫りそうな数のサーヴァントと出会ったせいか飛鳥が半ば呆れ気味に呟く。それを聞いたジャックはヤホホ、と笑いながら話す。

 

「サーヴァントは箱庭に広く存在していますからね。それに名のあるコミュニティは三年前から始まった聖杯戦争の黎明期からその存在を箱庭側から伝えられているので保有している方が当然でしょう。むしろこの数ヶ月の間にサーヴァントを得た"ノーネーム"や"サラマンドラ"の方が珍しいくらいです」

 

「そうなの?」

 

「大概はそうだな。まあ私とセイバーの場合は三年前"サラマンドラ"を出る時に父上への意趣返しついでに彼の触媒を盗んだからなのだが」

 

「ず、随分とアグレッシブな事で……」

 

「まあその件はひとまず置いておこう。それでは両コミュニティにも代表者に自己紹介を求めたいのだが……ジャック。やはり()()は」

 

「ええ。彼女は滅多な事がない限り領地から動きませんから。此処は参謀の私が代理で御挨拶を」

 

ジャックの言葉にサラは少しだけ残念そうな表情を見せる。

 

「そうか。北側最強と謳われる参加者(プレイヤー)、是非とも招きたかったのだが」

 

「……北側最強?」

北側最強、という言葉に思わず飛鳥と耀が反応をする。

 

隣に座っていたアーシャが自慢そうにツインテールを揺らして話す。

 

「当然、私達"ウィル・オ・ウィスプ"のリーダーさ」

 

「そう、"蒼炎の悪魔"ウィラ=ザ=イグニファトゥス。生死の境界を行き来し外界の扉にも干渉できる大悪魔。しかしその実態はあまり知られず、私が北側を去った三年前に突如として頭角を見せたと聞く。……噂によると"マクスウェルの魔王"を封印したという話まであるそうではないか。もしも本当ならば六桁はおろか、五桁最強角と言っても過言ではない」

 

「ヤホホ……さぁて。どうでしたか。そもそも五桁は個人より組織力重視の世界。強力な個がいる程度では長持ちはしませんよ」

 

ジャックは笑ってはぐらかす。表情から読み取るのもカボチャ頭が邪魔くさく、詮索を諦めてジンの方に視線を移す。

 

「ジャックの言うとおり、強力な個では五桁は維持できん。その個が討たれれば容易く瓦解してしまうからな……その典型が東側の"ペルセウス"だ。そうだろう、ジン」

 

「……そうですね」

 

ジンが誤魔化そうとせずに頷くのを見てサラは思わず彼を別人のように見てしまった。コミュニティを治める長としての自覚か、それとも彼に心身の成長を促す某らがいるのか。

 

幼い頃の引っ込み思案な彼を知るサラからすればそれは驚愕であり、誇らしい変化だった。

 

「隠さないか。まあ最下層の"名無し"のコミュニティが五桁の"ペルセウス"に下剋上を果たしたのは有名な話だからな。それに、例の"黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)"を討ち果たしたのもお前達なのだろう?」

 

「え、と、それは」

 

「む、そこは澱むのか。サンドラに遠慮しているのか、それともサンドラの姉である私に遠慮しているのか……ともかく今の"サラマンドラ"に魔王を倒す程の力はない。強力な助っ人がいたのだろうと思っていた。故郷を離れた私に言う資格はないが言わせて欲しい。……"サラマンドラ"を、弟と妹のコミュニティを助けてくれて本当にありがとう」

 

「い、いえ……そんな」

 

サラの風格に相応した物言いは決して不快ではない。ジンにとっては色々なコミュニティの長と話す事そのものが成長に繋がる。ジンは照れながらも彼女の雰囲気に当てられていた。

 

サラは一同の顔を一瞥すると屈託のない笑みで収穫祭の感想を求める、

 

「それで、収穫祭はどうだ? 楽しんで貰えているだろうか」

 

「はい。まだ着いたばかりですけど、前夜祭にも関わらず物凄い活気と賑わいでした」

 

「それは何より。ゲームは三日目以降だが、それまでにバザーや市場も開かれる。南側の開放的な空気、少しでも楽しんでいってほしい」

 

「ええ。そのつもりよ」

 

飛鳥が笑顔で答える。

 

隣に座る耀は瞳を輝かせながらサラの頭上にある龍角を見つめている。

 

「……どうした? 私の角が気になるか?」

 

「うん。凄く立派な角だから。サンドラみたいに付け角じゃないんだね」

 

「ああ。これは自前の龍角だ」

 

「だけど、サラは"一本角"でしょ? サラのサーヴァントのセイバーはともかく、二本あるのにそれでいいの?」

 

小首を傾げて問う耀にサラは苦笑を交えて答える。

 

「我々"龍角を持つ鷲獅子"連合は確かに身体的な特徴でコミュニティを作っている。それは確かだ。だが頭につく数字は無視してかまわない事になっている。でなければ四枚羽根の種など何処にも所属できないだろう?」

 

「あ、そっか」

 

「後はコミュニティごとに役割を分けられているかな。"一本角""五爪"は戦闘、"二翼""四本足""三本の尾"は運搬。"六本傷"は農・商業を担当。これらを総じて"龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)"連盟というのだ」

 

「なるほど……あれ、アーチャーは戦闘じゃなくて運搬なんだ」

 

「正確には運搬の護衛だな。あとはアレだ。運ぶものが馬車等に頼らないものであれば私の仕事になる」

 

「そう」

 

鷲獅子の御旗を見つめる耀。

 

大きな一本角に二つの翼。三本の尻尾と強靭な四肢。五本の爪と、六の傷。

 

この傷は果たしてどういう意図があるのだろうかと振り向いてサラに問い質そうとしたその瞬間━━━

 

━━━此度は我が太陽なれば! 貴様の時代はもう終わったのだよ!

 

━━━おのれ夜風風情が! 必ず我は帰ってくるぞ、一の葦の日に!!

 

「っ━━━あ……?」

 

「……おい、どうした、大丈夫か?」

 

急に頭を抱え出した耀を心配したサラが彼女を覗き見る。

 

耀は暫くぼうっとしていたが、やがて自分が支えられていると知るや否や弾かれたようにサラから離れる。

 

「な、なんでもない。昨日はちょっと寝不足だったから、ふらついただけ」

 

「それはそれで大丈夫なの?」

 

「問題ない。でもジンが煩いと思うから私は一足先に宿に戻るよ」

 

「……なんか凄くイラッとする物言いですね」

 

「事実でしょ?」

 

「事実ですけど」

 

耀がニヤリと笑うとジンもニヤリと笑う。

 

「ふらついている人を一人で返すのもなんですし、送っていきますね。飛鳥さんと黒ウサギはお先に楽しんでいてください」

 

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

「YES! ジン坊っちゃんと耀さんもお気をつけて」

 

そう言って二人は貴賓室を後にした。

 

お祭りは、始まったばかり。

 

 






今回はフラグ立てや展開調節のために短めです。書いててジンくんが誰これ状態になってますけど、ラストエンブリオ時点ではもっと誰だこの少年!? 状態だったからいいよね……?





以下いつもの茶番

アーサーカッコいい(語彙力喪失)

アーサー出なかった(憤怒)

ボブも出なかった(憤怒)

結論、FGOのガチャはクソ(今更)



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くえすちょんしっくす 英傑、二人



沖田さんの復刻ですよマスター!

石溶かせ(脅迫)




 

 

"アンダーウッド"の一連の観光を終えてすぐ、耀は宛がわれた自室のベッドに倒れるようにうつ伏せになった。

 

木の根と藁葺きの匂いに包まれて思わず寝落ちしそうになるが、ハッと目を覚ます。

 

「っと、いけないいけない」

 

そもそも、春日部 耀が"アンダーウッド"に来た理由は多くの動物の力を我が物にする事なのだ。友達百匹できるかな、とまでは行かずともより多く、更に多くという確固たる決心がある。そうでなければ順番を譲ってくれた十六夜に顔向けできないとも彼女は考えている。

 

「……そう言えば十六夜はヘッドホン見つかったかな。案外ジャックが寂しいからって隠したなんて事は……ないか。あれは素直で物分かりのいい子だし」

 

ふと、十六夜のヘッドホンの事を思い出す。特徴的な焰のマークが着いたヘッドホンだ。

 

確かアレは父の持っていたビンテージ物のヘッドホンととても似ていた。

 

「十六夜のいた時代は確か二十一世紀初頭だったっけ……その時代では流行りだったとか……まあいいや。帰ったら聞こう」

 

軽く汗をかいて背中辺りが気持ち悪いので着替えよう。そう思ってパパっと着替えの服を取り出す。その時カタン、という音がしたのだが生憎今の耀の気分は着替えモード。ジャケットを脱いで、シャツのボタンを外していざ脱衣

 

「大変です耀さ━━━」

 

「━━━」

 

つくづく、ジン=ラッセルという少年は身近な女性に関して運のない少年であった。

 

ジャックに拉致をされて、飛鳥に仕方なかったとはいえ人体の限界を越えたダッシュを強要され、耀の危篤に立ち会い。

 

そして今、思春期入りかけの少年は女性の半裸を見た。

 

「うわあああああ!!? うわあああああああ!!! ごめんなさいごめんなさい忘れます!!」

 

ジンは現状を忘れて部屋から退室してバクバクと鳴る心臓を必死に抑え着ける。

 

(見てしまった見てしまった見てしまった見てしまった!! ていうか女性の部屋にノック無しで入るのはそれは失礼だろ。じゃなくて今は緊急時だから仕方ない……なくない!)

 

アレは白夜叉様の言っていた人の神秘の一つ"NO-BURA"なるものだったのだろうかなどという煩悩を捨て去り外の光景を見る。今"アンダーウッド"は突如現れた巨大な体躯を持つ亜種人類、巨人族に襲われていたのだ。

 

その光景を再確認するとジンは改めて耀の部屋をノックして彼女に扉越しに話し掛ける。

 

「い、今のはごめんなさい! でも本当に緊急事態なんです! 入ってしまっても構いませんか!?」

 

『…………………………いいよ』

 

外の騒動で聞き取り辛かったが許可を得たので再度入室。そこには顔を紅潮させているもののいつもの耀の姿があった。

 

「で、何」

 

「そ、それが」

 

ジンが事情の説明を仕掛けた時、大地が揺れた。

 

「っ、地震……?」

 

「違います! これは"魔王残党"の巨人族の襲来です! 耀さんも早く戦闘配備に……」

 

その時、ジンの口が止まった。何事かと彼が注視している方向に耀も目をやるとそこには彼女も予想だにしていなかった物が落ちていた。

 

「━━━嘘。なんで……!?」

 

「どうして十六夜さんのヘッドホンがここに……!?」

 

二人の間に沈黙が訪れるが、ヘッドホンを見た耀の反応からジンはすぐに彼女を信じる事にした。

 

「詳しい話は終わってから聞きます。でも今はっ!?」

 

ジンの言葉と歩みを遮るように巨人の腕が現れる。

 

思わず舌打ちをするジン。腕が生えてきた方向を睨み付けるとそこには巨人の目玉。

 

「っ、そういう訳です耀さん! 彼らはギフトゲームを無視して襲ってきた典型的な無法者! 遠慮せずに相手をした方が賢明です!」

 

巨腕がジンに向かって伸びた瞬間、耀は鷲獅子の旋風を左手に纏ってそれを止める。

 

「っ……やらせない!」

 

風のベクトルを変えて拳を受け流すと空いた右手に纏う風で巨人の手首を両断する。

 

苦悶の雄叫びを挙げる巨人を尻目に耀はジンを抱えて部屋から脱出してすぐに飛鳥の声が掛かる。

 

「春日部さん! ジンくん! 無事ね!?」

 

「はい! なんとか!」

 

ジンが返事をすると飛鳥も強く頷き、ギフトカードを掲げてディーンを召喚しようとするが、それを慌ててジンが止める。

 

「待ってください飛鳥さん! 地下都市でディーンと巨人が暴れようものなら都市が崩壊してしまいます!」

 

「じゃあどうすれば!」

 

「耀さんと地表に行ってください! そこはより多くの巨人族がいます、そこでならディーンも!」

 

「でも、それじゃジンは」

 

言うだけ言って二人から離れようとするジンだったが、それを耀が引き留める。

 

彼は強力な意志を込めた目で耀に向き直ると一言、大丈夫ですと言う。

 

「地下には黒ウサギやカボチャのジャックさん達がいます。それに僕はマスターですから。いざとなればジャックを呼ぶ事だって出来る。だから大丈夫」

 

でも、となお引き留めようとする耀だったが、彼女の肩を飛鳥が掴む。

 

「行きましょう春日部さん。戦える私達には優先する事があるはずよ」

 

「……わかった」

 

飛鳥に諭され、耀は旋風を巻き上げて飛鳥と共に地表に上がって行った。

 

それを見届けたジンは走る速度を上げて急いで安全な地帯に向かうが、急いだのが逆効果だったか、多くの巨人に目を付けられる。

 

「っ……怖くない、怖くない!」

 

掌を紙一重で避け、数メートルの高度差のある別の根の道に飛び降りる。

 

巨人の脚がすんでのところで頭に当たって首から下が無くなるところだったが問題ない。数メートルの飛び降りは脚に強烈な痛みを催したが、足を止めてしまえばそれ以上の痛みが待っているのだから止まってはいられない。

 

「GuOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」

 

巨人の咆哮が耳をつんざく。鼓膜が破れるかもと思ったが幸いにもその心配はない。

 

(令呪はまだ切れない……もっと危険なゲームだって山のようにあるんだ。そう簡単には使えないな)

 

腕、脚、時には頭。巨人のあらゆる部位がジンに牙剥き、それらをすんでのところで回避する。

 

避ける。避ける。避ける。

 

時にはUターンをして避け、時には多少の危険を冒してでも立ち止まる。直感と目に頼ったその避け方は彼も生死を掛けたゲームに参加した者なのだと思わせる。

 

が、幸運はそう長く続かない。

 

痺れを切らした巨人達は一斉にジンに手を伸ばす。

 

避ける手段は最早ない。令呪を切ってももう遅い。

 

万事休すか、と思いながらそれでも活路を見出だそうと周囲を見渡していたその時━━━

 

「うむ! 自らの身の危険を冒した逃走劇、命潰えるまで諦めという言葉を持たぬその気概、見事であった! 後は━━━わしに任せよ!」

 

巨人の腕が一気に弾き飛ばされた。何が、と認識するまでもなく次々に巨人の腕が飛び、目が潰れ、脚を取られて行く。さも、舞いでも踊るが如く。

 

「残念じゃったなぁ木偶の坊共! わしがおる限りこの地、この小僧には指一本……いや、姿一つ写させはせんぞ!」

 

ジンの前に降り立ったのは少女だった。黒い軍服と帽子を被り、左手には木と鉄の混じった銃を。右手には赤い刀を持ち、長い黒髪を靡かせた王の如き少女。

 

「GUROOOOOOOOOOOOOO!!!」

 

叫ぶ巨人達を尻目に少女は右手の手袋を外してジンに手を伸ばす。ジンを見下ろす少女の情熱的な視線はまさしくジンの思い描く「人を治める長」そのものであり、少女に羨望の目を向けながら彼女の手を取った。

 

「立てるか小僧。これより天元を突破する故、走れるならば全力で走るが良い」

 

「は、はい」

 

少女と共にジンが走り出す。それに反応するように巨人達も雄叫びを挙げながら二人に迫る。

 

「はっ! 鈍い鈍い鈍いわうつけが! その程度でわしを止めようなどと五十年早いわたわけ!」

 

少女の周囲に突如現れた銃が巨人達の目を潰し、爪の間に弾丸を撃ち込む。

 

だがそれだけでは巨人も怯まない。彼らは一斉に少女に剛腕を向けて少女を掴む。

 

「魔神の同族が、わしに敵うと思うてか!」

 

だが、少女にそんな物は通用しない。少女━━━否。先程の少女とよく似た姿の()()は左手に持つ銃から強烈なビームを照射して一気に巨人達を凪ぎ払う。

 

ふっ、と銃口に息を吹き掛けながら女性はまた走り出し、ジンに追い付く。

 

「おい小僧!」

 

「はい! なんでしょう……ってその姿は!?」

 

「ええい、どうせこの世界にも子供体型から大人体型に変わる輩はおるじゃろ! いちいち驚くでないわ!」

 

若干理不尽な怒られ方をしたが、それは確かに事実なので彼は口を噤む。女性はそんな事よりと言うと後ろの巨人達に注視する。

 

「わしはこれからあの不届き者達を成敗する。最早一人でも大事なかろう?」

 

「え、ええ。ありがとうございます。えっと……」

 

そう言えば名前を聞いていなかった、とジンは彼女をどう呼ぶかと悩むが、それを察した女性はニッタリと笑いながら彼の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「良い。わしの名を知らぬ不敬、特別に許す。では改めて彼奴らにも名乗ろうではないか!」

 

女性はそこで立ち止まり、巨人達に向き直る。

 

依然変わらず吼える巨人達を見て彼女は口を歪ませ━━━

 

「黙らぬか不敬者共が! これからわしは貴様らとあの勇ある小僧に名乗る故な、そのデカい耳から心の臓にまで響かせてくれるわ!」

 

銃声がジンや巨人の耳をつんざくが、少女の声はそれを遥かに上回る声量で彼らに届く。手に持った刀と銃を手放すと、彼女は高らかに叫ぶ。

 

三千世界に屍を晒せ。

 

生にもがくその瞬間こそ人は生涯最も輝かしい光を放つ。

 

「いざ、大焦熱が無間地獄! 三界神仏灰燼と帰すが良い! 我が名こそは第六天魔王波旬、織田 信長也!!」

 

その時、世界は巨大な樹の根から燃ゆる寺と化した。

 

「さあ、もがくが良いぞ。いずれにせよ人間なぞ五十も生きれば悉くが死ぬ運命。であれば亜人とはいえ貴様らも死ぬのは道理! ここでその命、潰してくれるわ!」

 

そう叫ぶのと同時に巨人達が炎の世界に焼き尽くされ、心の臓を撃ち抜かれる。炎の中生きる巨人達には容赦なく三千の銃が襲い掛かる。

 

地下都市から変貌した世界が元に戻る頃には、地下の巨人全てが死に絶えていた。

 

◆◇◆

 

織田 信長を名乗る女性が地下で暴れ回っている頃、地上でもまた一人の女性が巨人に蹂躙の限りを尽くしていた。

 

彼女の名は貌亡き者(フェイス・レス)。その名の示す通り白と黒の舞踏仮面を被った女性は全ての巨人を殺し尽くすと共にその剣を収めた。

 

「……この力は未だに慣れませんね。いずれは慣れるでしょうが、果たしてそれが何時なのか」

 

彼女はチラリと己のギフトカードを見る。そしてすぐ、カードを仕舞う。

 

ふと自分が向いていた方向とは真逆の方向を見ると、空中から落ちてきた少女と彼女を抱き止めた少女がいるのが見えた。フェイス・レスはゆっくりと彼女達に近付いて、歌でも歌うような透き通った声音で話し掛けるのだった。

 

「お怪我はありませんか?」

 

 






ジンくんの女難は続く! のかな?

ノッブの魔王化はビジュアル的に往年の深夜魔法少女アニメみたいに裸になるそうですね。皆様は普段のトランジスタグラマーノッブとグラマーノッブのどっちのノッブが好きなんでしょう?

作者はぐだぐだ本能寺のちびノブが一番好きです。




以下茶番

茶番ネタが無くなってきました。



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くえすちょんせぶん 作戦会議と、犯人捜索



ジンくんは十六夜さんに影響されて飛躍的に成長しますが、当作品では影響を及ぼす先人が原作より多いっていうのが作者的にすごく嬉しいです。

原作キャラで最も(マトモかつ当初の予定を超えて)変化を遂げるのは間違いなく彼です。




 

現生人類が地球という惑星に生を祝福されておよそ二十万年、彼らは常に人類の敵に対抗して来た。

例えば旧石器時代にはナウマン象。例えば古代から現代まで続くものには病。

 

そして得てしてその傾向にあるのは、人類自身である。

 

……人間讃歌、という言葉がある。その意味はそのまま人間を讃える歌、という意味だ。

 

それはようするに、ヒトの素晴らしさを褒め称える為の敵を仮定し、創作する事に相違ない。

 

この二つは基本的に相関関係にある。ヒトを讃える最も手っ取り早い方法とは単純明快。ヒトの敵を倒す事実を造り上げるか、そういう物語を創作する事なのだから。

 

しかし、ここで矛盾(パラドックス)が発生する。

 

━━━何故、ヒトを讃える歌であるにも関わらず人類の敵たる人類そのものを倒さねばならないのだろうか。

 

人類はどちらの立場も有してしまっているのだ。讃えるべき人類。人類を脅かす敵。

 

詩人は、神は。悩んで悩んで、悩んだ挙げ句一つの結論を出した。

 

━━━時に人と手を取り、時に人を陥れる。そんな都合のいい役割を押し付けられる新たな()()()()()()()()を創作すればいいのだ、と。

 

巨人族とはそういう集まりである。その為に巨人達が祀り上げる神さえ生まれた。

 

それは巨人に限った話ではない。竜、魔猪、害犬、時には神すらも。その枠組みに入ってしまう。

 

世界はそういう風に出来ている。人類悪とは、人類に滅ぼされなければならない宿命を背負う絶対悪である。

 

あるいは、このような当事者からすれば悪辣極まりない発想をする神や詩人とそれを単なる讃歌と受け止める人類こそが、本当の意味での人類悪なのかもしれない。

 

現にこうして無法を働く巨人達は、滅ぼされるべくして滅ぼされる。自らの運命をある者は享受し、ある者は否定するように慟哭している。

 

ヒトを殺して悦に浸る巨人もいるが、それもただ人類の敵として与えられた動物本能に過ぎなかったのだ。

 

◆◇◆

 

仮面の騎士、フェイス・レスと遭遇した耀はすぐさまヘッドホンの事を思い出して宿舎に戻っていた。どうか間違いであって欲しい。そんな偶然あってたまるものか、と。

 

結論からいって。春日部 耀の鞄に入っていた十六夜のヘッドホンは粉々に粉砕していた。

 

当たり前だろう。巨人達が大暴れしていたのだ。普通、なんのギフトも宿っていないヘッドホンが壊れない方がおかしい。

 

「春日部さん……どうしたの突然。それに顔が真っ青よ」

 

「……あ、あ……すかぁ……」

 

何とか声は出てくれたが、最早今の彼女は戸惑いと罪悪感でいつ心臓がその身を食い破るのか、と言わんばかりに躍動していた。

 

いっそ、逃げてしまおう。弱気な考えが頭を支配した時、折れた大樹の根が彼女に降り注いだのだった。

 

◆◇◆

 

”アンダーウッド”収穫祭本陣営。織田 信長を名乗る女性に助けられたジンはその後、黒ウサギとともにサラに呼び出されていた。

 

二人と同じく呼び出されていた”ウィル・オ・ウィスプ”のメンバーとともに黒ウサギが彼女に問う。

 

「サラ様。これはいったいどういう事なのでしょうか。魔王は十年前に滅ぼされた、と聞き及んでいましたが」

 

その追及を聞いてサラははぁ、と溜め息を吐くと背凭れにもたれ掛かり大きく天を仰いだ。

 

「……すまない。今晩詳しく説明するつもりだったのだが……彼奴らめ、随分と急ぎ足のようだ。……キミ達をこの”アンダーウッド”に招いたのには理由があるのだ。……聞いてくれるだろうか」

 

その言葉に全員が無言で頷く。それに感謝したサラは身を乗り出して説明を始める。

 

「この”アンダーウッド”が過去に魔王からの襲撃を受けた事は聞いたな?」

 

「はい。十年前の話だと聞き及んでいます」

 

「うむ、魔王は倒せたのだがな。残党は残ってしまったのだ。それに”アンダーウッド”にも浅くない傷跡がの囲ってしまった。奴らは我々に復讐を望んでいるようだ」

 

「……それが、さっきの巨人族だと?」

 

「そうだ。それにそのほかの様子もおかしい。先ほどペリュドンら殺人種も集っている。グリフォンの威嚇にもまるで動じなかった。さながら、何かに操られているかのようにな」

 

「なるほど……しかし、あの巨人族はいったい何処の巨人で? あの仮面に見覚えはありませんが」

 

ふむ、とサラは言葉を切る。

 

暫く言葉を選ぶように悩んだあと、ゆっくりと話しを続ける。

 

「あの巨人は、箱庭に逃げ込んできた巨人達の末裔だ」

 

やはり、と黒ウサギは頷く。

 

「箱庭の巨人はその多くが異界の敗残兵だ。基本的にフォモールの巨人達が多いが、北欧のモノもいる。箱庭に来た経緯から、気性は温厚なものが多い物造りに長けた種なのだが……五十年前にある部族が”侵略の書”という魔導書を手にし、”主催者権限”を用いて他の部族を纏め上げ始めたのが発端だ」

 

「”侵略の書”……もしや、そのギフトゲーム名は”Labor Gabala”というものではありませんか?」

 

「そうだが……知っているのか?」

 

その問いに黒ウサギはコクンと頷く。

 

「ウサ耳に挟んだ話ですが。別名では”来寇の書”と呼ばれる、領土を賭け合うギフトゲームを強制させる”主催者権限”だ、と聞き及んでおります」

 

「そうだ。”主催者権限”の中では最もポピュラーだと言われている魔導書を使って奴らはコミュニティを拡大させていった」

 

しかし、敗れたのだ。侵略者達はその瞬間に敗残兵に戻っていった。

 

それならば何故、気性穏やかな彼らはこうして再び侵略行為を働いているのか。

 

サラは自らの後ろにある連盟旗を捲ると、そこにある隠し金庫から一つの岩石を取り出す。

 

「ヤツらの狙いはこの瞳だ」

 

「……瞳? この岩石が、ですか?」

 

「そうだ。名を”バロールの死眼”という。いまは封印されているが、開封すれば百の神霊を殺せるといわれている」

 

百の神霊。一行はつい一ヶ月前に苦労をして一体の神霊を打倒したところなのだ。息を吞むのも仕方ない。

 

だが─────その名は息を呑ませるより先にお否定が飛び出してしまう程のものだった。

 

「ご、ご冗談を! ”バロールの死眼”といえば付与系ギフトにおいても最強格、”視る”だけで死のギフトを植え付けるケルト最凶最悪のギフトですよ!?」

 

─────バロール。それはケルト神話における巨神。その瞳から放たれる光に触れたものは例外なく石になるというギリシャ神話の女怪メドゥーサと同様のモノだ。

 

黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”ペストが風に死を乗せる神霊ならば。

 

巨神バロールは光で死を強制する神霊なのだ。

 

「しかし、バロールの死と共にその眼は消えた筈。何故そんなものが今更になって」

 

「そうおかしな話ではないさ。ケルトの神霊はその多くが功績と信仰によって後天的に神に成り上がったもの達だ。それにバロールの死眼の開眼経緯は有名だ。それとバロールになるための霊格(功績)さえ確立しているのなら第二、第三のバロールが現れても不思議ではあるまい」

 

サラの言う通り、ペストように後天的に神性を得て神霊となるという事も可能だ。

 

ケルトは祖霊崇拝と自然崇拝を主流とする神群で、なおの事この傾向にある。

 

「連中はなにがあってもこれが欲しいのさ。適正がなければ使えぬが、それでも驚異的なギフトである事には創意ない」

 

「ヤホホ……ようは、この収穫祭という忙しい時期に来るであろう巨人族からこの眼を守ってもらいたい、と?」

 

カボチャのジャックとアーシャは露骨に嫌な顔をした。

 

彼らは力こそあるが、コミュニティは商業を本分としている。前回のような巻き込まれならいざ知らず、自発的に参加、というのは渋りたいところなのだろう。

 

「だけどよ、こういうのはまず”階層支配者”に相談っていうのが筋だろ? ギフトゲームすら開かず襲う無法者っていうのは間違いなく裁きの対象になるだろ」

 

「……残念だが、今この南側には”階層支配者”は存在しない」

 

「……は?」

 

「つい先月、キミ達が”黒死斑の魔王”と交戦していた頃とほぼ同じ時期だ。七000000外門に突如現れた魔王に前”階層支配者”が討たれた。その後の安否も不明、敵がどんな魔王化も不明とくる」

 

「なっ……」

 

アーシャも、残りの三人も絶句する。まさか”階層支配者”が妥当されたカタチで不在になっていたとは夢にも思うまい。

 

「我々は代行として白夜叉様に相談をした。だがそう簡単に新たな”階層支配者”など見つからない。そこで提案されたのが、”龍角を持つ鷲獅子”連盟の五桁昇格の話と”階層支配者”の任命の話だ」

 

それに黒ウサギとジンはハッとしたように叫ぶ。

 

「で、ではこの収穫祭というのは、”龍角を持つ鷲獅子”連盟の五桁昇格と”階層支配者”任命のギフトゲームなのですか!?」

 

「そうだ。”階層支配者”になれば”主催者権限”と共に強力なギフトが贈られる。それさえあれば彼奴らにも負けることはないだろう。南側の安寧のためにもこの収穫祭、何としてでも成功させねばならんのだ」

 

強固な決意で語るサラ。話の内容に唖然としていたが、黒ウサギは納得もしていた。

 

”龍角を持つ鷲獅子”連盟は歴史の長いコミュニティだ。恒星クラスに離れた東側にも”六本傷”の支店があることからそれはわかる。

 

「昔跡を継げば北側の”階層支配者”にもなれるなどと言われていた私がこうして他コミュニティの議長の席に座るのみならず南側の”階層支配者”になろうなど滑稽極まりないが……そうも言ってられんのだ。どうか、お力添えを願いたい」

 

「……そう、いわれましてもねぇ」

 

それでもジャックは難色を示す。しかしそこを譲れないのはサラも同じだ。

 

「無論、タダでなどと無粋な事は言わん。多くの武勲を立てたコミュニティにはこの”バロールの死眼”をさしあげようじゃないか」

 

その言葉に今度こそ一同は仰天した。

 

「聞けば”ウィル・オ・ウィスプ”の頭領ウィラ・ザ・イグニファトゥスは生死の境界を行き来できるそうじゃないか。それなら”バロールの死眼”も使いこなせよう」

 

「ヤホホ……確かにウィラならば”バロールの死眼”も操れましょう。しかし、そんなものを下層で扱えるとなればウィラ程度しかいないでしょうね……」

 

ちら、とジンを見る。

 

ジャックはああは言ったが、”ノーネーム”も使いこなせるであろう人材がいると踏んでいるのだ。

 

「心配せずともこれは”ウィル・オ・ウィスプ”と”ノーネーム”に限定させてもらうつもりだ」

 

「ぼ、僕達もですか?」

 

「しかしサラ様、我々には死眼の適性者がおりませんが……」

 

難色を示す二人に対してサラは思い出したように話を切り出す。

 

「ああ、すまない。すっかり忘れていた。実は白夜叉様から”ノーネーム”に新たな恩恵を預かっているんだ」

 

「え?」

 

「白夜叉様から聞いているだろう? 例の”The PIEDPIPER of HAMELIN”をクリアした報酬の事だ。これさえあれば”バロールの死眼”も操れることだろう」

 

パンパン、とサラが柏手を打って使用人を呼ぶ。

 

使用人が持ってきた双女神の紋章が象られた小箱を開ける。

 

ジンはその中身を見て面食らった。

 

「こ、これが……新たなる恩恵(ギフト)……?」

 

「そう、お前達”ノーネーム”は”The PIEDOIPER of HAMELIN”のゲームクリア条件を()()()()()()。これはその特別恩賞だ。受け取るがいい」

 

そこにあったのは、笛吹き道化────”グリムグリモワール・ハーメルン”の旗印が刻まれている指輪が入っていた。

 

◆◇◆

 

(……此処、何処……?)

 

耀が運ばれたのは緊急の救護区画として編成された場所だった。

 

どうやら樹の根が頭に当たって気絶してしまったようだ。

 

(……デジャヴ)

 

ジンに止められた時もこんな風にまずはベッドで目覚めた。

 

しかし、疑問はある。何故自分は樹の根を頭にぶつけたにも関わらずたんこぶ程度で済んでいるのだろう、と。

 

「春日部さん? 起きたのね?」

 

 

「……あすか」

 

ベッドを仕切るカーテンの向こうから飛鳥が現れる。

 

よく見ると彼女もまた腕に包帯を巻いている。助けてくれたのだとすぐに理解した。

 

「……飛鳥」

 

「私の事はいいわ。それより、コレについて説明してもらえるかしら?」

 

差し出してきたのは、焰のエンブレム。

 

それがすぐに十六夜のヘッドホンの成れの果てなのだとすぐに理解した。

 

「……それは」

 

「春日部さんが持ち出したの?」

 

「…………ちがう。でも、私の鞄に入っていたのは確か」

 

「じゃあ、入れた覚えは?」

 

「ないよ。それだけは絶対ない」

 

そこだけは絶対、と即答した。彼女が準備をした時には確かに入ってなかったのは確かだ。

 

しかし、耀の鞄に手を出す者などいないだろう。そもそも彼女は鞄を自室の外に持ち出したのは今日、コミュニティから離れるその瞬間しかない。子供の悪戯な訳もない。

 

「……整理しましょう。春日部さんが荷造りを終えた後、犯人は十六夜くんのヘッドホンを持ち出して春日部さんの鞄に忍ばせた。これができる人物Xと言えば?」

 

「……私?」

 

「春日部さん以外でっ!」

 

「そ、そういわれても私の鞄に触れる某だなんて……────あっ」

 

ある。たった一人だけ。耀に疑われる事なく、耀の鞄にこのヘッドホンを忍ばせられる者が、たった一人。

 

だが、その人物に至ったからこそ耀は苦虫を嚙み潰すような顔になる。

 

「……飛鳥、ちょっとそのヘッドホン貸して」

 

「え?」

 

「もしかしたら犯人の匂いがついているかもしれない」

 

飛鳥は両手をポン、と打つ。こういう時にこそ彼女のギフトは真価を発揮するのだ。

 

耀は飛鳥からヘッドホンのエンブレムを受け取るとそれに鼻を近づける。

 

十六夜の匂い。これは元々十六夜が身に着けていたものだから当たり前だろう。

 

ジャックの匂い。彼女はよく十六夜に抱き着いている。匂いが残っていても不思議ではない。

 

そして三つ目────これだ。彼女が探していた匂い。

 

「……あった」

 

犯人は解っただが、その人物が犯行に及んだ意図が耀にはまるで解らない。何故、という思いが耀の頭を埋め尽くしている。

 

「……行こう。彼を問い詰めに」

 

「え、ええ……」

 

そう言ったまさにその瞬間、耀の言っている()が姿を現した。

 

◆◇◆

 

「……という感じです。……僕らに協力してくれませんか? 信長さん」

 

所変わって”アンダーウッド”の一角。そこでジンは偶然信長に声を掛けていた。

 

彼女ははじめこそ「おお、小僧、小僧ではないか! 息災だったか? ま、このわしが助けてやったのじゃから無事なのも是非もないよネ!」と大変好意的かつハイテンションだったのだが、ジンが話し終える頃にはそのテンションはすっかりなりを潜めてしまっていた。

 

彼女は大きく息を吐いて一言だけ。

 

「うつけか? 貴様」

 

と言った。

 

「えっ……」

 

「いや、これはうつけじゃろうに。えーっとなんじゃっけ? ようはあの木偶共を討ち滅ぼしてそのバロールのマンガンとかを守り通し、この祭りごとを大成功に収めるのが大優先なんじゃろ?」

 

「死眼です」

 

そうじゃったか? という信長。

 

「ええい、この際名前なぞ些末な問題じゃ。小僧、これらの物事に優先順位をつけてみい」

 

「優先順位ですか? ええと……大局的に見れば祭りの成功、巨人族の殲滅、死眼……だと思います」

 

「うむ、その通りじゃ。次に木偶共の最優先は?」

 

「死眼です」

 

そう言うと信長はにい、と笑う。

 

「わかっておるではないか小僧。それなら簡単じゃ。死眼は一旦ヤツらの付近にでも置いておけい」

 

「は!? ちょ、何言ってるんですか!?」

 

信長のその突然の言葉にジンも驚いた。それは巨人族に死眼を明け渡すといっているようにも見えたからだ。

 

「話は最後まで聞けと学士に教わらんかったかうつけ。おぬし何処ぞのドラ娘のようじゃぞ」

 

「な、なんか凄くバカにされたみたいで嫌なんですけど……」

 

「だーから聞けといっとるんじゃ。良いか、奴らの最優先その眼。極論それさえあれば奴らの本懐は果たされる……であれば、目の前にぶら下げられたニンジンに飛びつかぬ馬はいまい」

 

「……つまり?」

 

「うむ、ようするにわしがその眼を持って戦場で暴れ回ればノー問題という訳じゃな!」

 

あ、この人結構残念な人だ。途中まで結構割と納得できる事をする人なのに、詰めで納得させられない系の残念な人だ。

 

ジンはそう思わずにはいられなかった。

 

 






最近ジャックが出てこないのに一部読者様方が心配したりモヤモヤしたりしているでしょうが、ご安心ください。

一番モヤモヤしてたり不安になったりしてるのは当の作者ですっ!!





以下茶番

ぐだぐだ明治維新、いったい誰が出てきてしまうんですかね……作者的には恐らくC.V.Y木 Aさん例の設定がちょくちょく変わるあの褐色肌のセイバーが来てほしいです(正直者)



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くえすちょんえいと うつろ、さんにん



なんでしょう、語りたいことは山のようにあるのに少し投稿しなかった約三週間でめちゃくちゃ型月が展開してますね……

うん!そういうのは茶番トークに回そう! はい本編!




 

 

巨人の群れが吼える。

 

先の襲撃とは比べ物にならない力を持った巨人達が暴れているのだ。

 

一先ずのところ巨人族の撃退に当たる事にした信長は面倒気に火縄銃を撃ち続ける。

 

「数だけ多いとか一揆衆かまったく! こういう暴徒の鎮圧には慣れておるが、如何せんそれまで経験したものとは違いすぎるのう……あの鳥頭共……獅子頭? 馬頭? ええいこの際どうでもいいわ。あの大たわけ共はわしの話も聞かずに突撃、突撃、突撃。軍隊戦というものがなっとらなさすぎるじゃろったく!」

 

巨人族と戦う”二翼”のヒッポグリフ達を見ながら吐き捨てる。しかし複数箇所で同時に襲撃が起こっている以上、空を飛べる彼らを見捨てるのは愚策もいいところで、信長は現在位置に留まって彼らの援護をせざるを得ない

 

何より腹が立つのは、信長のその姿を見て彼らが気を良くしている事だ。

 

「尻拭いしてやっとるというのに調子乗るとかうつけ以下かあの鳥らめが! あとでぶん殴ってやろうかの!」

 

巨人は統率なく暴れ回っているように見えるが、その実は違う。

 

まずは複数箇所で同時に暴れて戦力をおおまかに分散させた。

 

そして次に、その複数箇所でそれぞれ巨人を統率していると見られる指揮官級の一番大きい巨人が此方側のリーダー格を引き込み、そしてリーダーへの援護を塞ぐように道を防いで、数の理で各個撃破。

 

指揮官級が相当な手練れでもない限り実現できないが、事実こうして信長の視界に広がる戦局はどんどんと悪化している。

 

「この状況では死眼を取りにもいけんしのう……ええい、煩わしい」

 

丁度その時だ。信長の霊基が新手の気配を感じ取ったのは。

 

─────いや、この場合感じ取ったといっていいのか。はたまた誰しも感じ取れるくらいにヘタクソな殺気が奔ったというべきか。

 

「─────あら、見ない顔。”アンダーウッド(此処)”には観光か何か……なわけはないわね」

 

「誰じゃ貴様。わしに真後ろに立たれるまで気配一つ感じさせぬとは只人ではなかろう」

 

「救援よ。すぐに終わらせてあげましょう」

 

そういうと、現れた女性は右手を上げると、何もない空間から無数の刀が現れる。

 

「また創り直さないといけないわ。まあそういう約束なのだから仕方ないのだけれど」

 

信長はその様─────いや正確には数々の刀そのものに驚愕していた。

 

(なんじゃこれは……銘が統一されておらん。村正、一期一振、子烏丸……わしの長谷部まであるではないか)

 

これではまるで名匠が己の自作を宝物(宝具)を開帳するのではなく、贋作家がいくつもあるもののうちよく真に迫ったものを見せびらかしているかのようだった。

 

(いや、だがそれにしても()()()()()()。他は知らんが、長谷部はわしが持っていなければ贋作と見抜けた自身がないぞ)

 

女性が魔術を使った痕跡はない。ここまで真に迫る贋作など実物を見てその刀の本質を知った魔術師が投影魔術を行って初めて完成するものではないのだろうか。

 

だが、そもそも投影魔術とは”無いもの”をマナだけを使って作る魔術だ。”無いもの”を然るべき手順を介さず作るというのはとんでもなく効率が悪い。燃費は言うまでもなく、本来存在しないものを作ればそれは世界の性質上修正される。

 

この事と「創らなければ」という発言から自然、この女が刀を打って作った事になる。魔術というものの基礎を知る信長からすれば魔力も使わず出来映えも銘もバラバラな名刀の贋作を扱うという奇妙な芸当を目の当たりにしているようなものだ。

 

いや、それ以前の話として何より、彼女の霊基と武器の霊格が歪すぎる。

 

彼女の霊基は”空”だった。誇張ではない。彼女の存在の大きさが本来彼女の霊基の大きさに致命的にあっていない。

 

コップと水があったとする。コップが霊基の器。水が霊基を満たす存在としての格だとしよう。現在を生きる人間はコップも水もまだ”先のある存在”として大きくなり、増える素質がある。

 

そして英霊や神話の英傑は既に”完結した存在”であり、必然、コップも大きくならず、水もそのコップで注げる限界ギリギリまで注いであるのが常だ。

 

だが、違う。この女は違うのだ。

 

コップは既に完成しているが、中に注がれるべき水が一滴たりとも存在していない。

 

存在が完成しているにも関わらず存在が”亡い”のだ。

 

これらの矛盾が信長を驚愕させたのだ。実のところ信長はサーヴァントだ。だが、彼女はある点において箱庭の聖杯戦争で呼び出されたサーヴァントとは決定的に異なる部分があり、その異なる部分が彼女にそこまで理解させた。

 

この着物と共に言いようのない虚無を着飾った女は”異常だ”と。

 

「筆が乗った矢先にこんな不祥事を起こしてくれたんですもの。貴方達は少し、キツいお灸を据えてあげましょう」

 

女が刀を重たげに正面に突き出し、消える。そして刹那、巨人の一体が苦悶の悲鳴を上げる。

 

其処には女。女の突きだした刀は巨人の筋肉の壁をすり抜けるかのようにその身に突き刺さっていた。

 

女がまた消え、別の巨人の肉に刀を突き刺す。

 

突き、突き、突く。巨人達が女の姿に気付いて仕掛けようとした頃には既に遅い。既に複数の刀が女を守るように暴れ回っている。

 

「あら、お背中を失礼するわよ」

 

不意にヒッポグリフの一匹の背に乗る。突然感じた重みと女の声にヒッポグリフは驚いたように叫ぶ。

 

『な、なんだ貴様は!?』

 

「少しだけ壁と足場になってくれればそれで十分よ。貴方達にそれ以上を期待しないわ」

 

『き、貴様……言うことを欠いて壁と踏み台になれだと!? この私が誰か心得ているのかッ!!』

 

「知らないわよ。そんな事いちいち気にしてられないわ」

 

『なんだと……!?』

 

「ほらキビキビ動く。男なら女の理不尽くらいしっかり応えなさいな」

 

『黙れ、翼も爪も持たぬ猿風情が─────』

 

『グリフィス様!!』

 

『お避けください!』

 

『なっ─────』

 

ヒッポグリフが迫り来る巨人の腕に気付いたのは避けようがない距離まで肉薄されたまさにその時だった。

 

女が悪いなぁ、と思いつつもその場を離れようとしたその時、巨人の腕を銃弾が跳ね退けた。

 

「なにやっとるうつけ共! 戦場で足止めるとかバカじゃろ!」

 

信勝(阿呆)以下か! と怒鳴り付けながら周囲の巨人を狙撃する信長。まったく、とほとほと呆れ果てている。

 

だが、これで戦局に光明が差したのもまた事実。一先ず、狙撃用の火縄銃で戦局の移ろい、女の動作に合わせて適格に巨人を穿つ。

 

「そういえば、アイツの名を聞いておらんかったのう。いや、わしも名乗っとらんのじゃが」

 

信長はそう思いつつも寄ってくる巨人を残らず駆逐する。女の登場により揺らいだ戦局に少しだけ息を吐いた時、クイ、と何かが彼女の南蛮服を引っ張った。

 

「ん? ……なんだ、貴様か」

 

「ノブ! ノッブ!」

 

……いたのは信長をデフォルメした、なんというかよくわからない謎の生物だった。

 

信長の傲慢不遜な態度とは一変してノブノブとしか言わずに、しかし信長を思わせる程豊かな表情変化によって……ぶっちゃけ信長よりも可愛い。

 

その謎生命体。仮称ノブは小さな手をめいっぱい使って一枚の羊皮紙を取り出す。信長はそれを受け取ると、やたらと達筆な筆跡で書かれた手紙を読み始める。

 

「……何、小僧が”アンダーウッド”の第一線を制圧したと。ふむ、なかなかやるではないか小僧も。評価は改めなければいかんの」

 

「ノブ!」

 

「ふむふむ……おお、隷属させた魔王! なるほど、それなりのコミュニティの男であったか……ふむ、参った。初見であやつの素質はそこはかとなーくしておったが欲しくなるのう。解っておったが! わし人間の素質を見抜く眼は自身あるからネ! 秀吉(サル)とかで解るようにネ!」

 

「ノーブゥ、ノブ」

 

「というか、貴様らホント何言っとるのか解らんのう。なんかぐだぐだっぽい顔しとるし」

 

「ノーブー!!」

 

信長の言葉に何か思う所があったのか、ノブはつらつらとまた別の手紙を書いて信長に突きつける。

 

「ん? 何々? ……ぶっちゃけわしより自分の方が人気高いだろ常考? ……ええい煩いわ! 減給してくれようか!?」

 

「ノブ!? ノブー!! ノブノブノーーーー!!!!」

 

「ノブー!」

 

「ノブゥ!」

 

「ノブァ!」

 

「な、なんじゃ貴様等、配置に戻らんか! ああこら噛みつくでない!! 謀反か!? 謀反でも起こす気か!? 光秀(ミッチ)と呼ばれたいか!」

 

「「「「ノブゥゥゥゥゥ!!!」」」」

 

「ちょ、ま、貴様等いつの間にランサーになったんじゃ!? わしのコピーならコピーらしく鉄砲使わんか鉄砲! え、他にもセイバーとかライダーとかバーサーカーとか戦車とかもいる? むしろランサーは今回限りのオマケ? 是非もないよネ!」

 

◆◇◆

 

時は少し遡り。東側”サウザンドアイズ” 白夜叉の自室にて。

 

「なに? ”アンダーウッド”が巨人族の残党に襲われているだと?」

 

「は、はい。先程千里眼の持ち主が興味本意で南側を観測したところそのような惨状をしかと見た、と」

 

割烹着の女性店員がそう申す。その目には若干の焦りと苛立ちがある。

 

白夜叉はふむ、と右手を握り、巻いた人差し指の真ん中に顎を乗せる。

 

「やはり”階層支配者”の不在を良い事に攻め行ったか……いやしかし早すぎる。本来ならばあと二日三日程はかかるものと思っていたのだが。さてこれは」

 

「……如何します?」

 

「そうだな。こちらも増援を送ろう。もしやこの巨人族の襲撃を裏で手引きした者も居るやもしれん」

 

白夜叉はそう言いながら机に置いてある彼女の身の丈程はある書類の整理を始める。実は報告を受ける前にも片してはいたのだが、いかんせんこの数だ。流石の白夜叉も多少は時間を使う。

 

「清原ちゃんを先行させよ。彼女ならば一瞬で向こうに行ける。ギフトカードのエラーの対策として創作物は複数のギフトカードに細かく()()()()しておくように伝えておけ。北側ではハイドの無茶な使い方と一枚に全部入れていたせいでほぼ全て使い物にならなくなったろと言っておけば一応の反省はする」

 

てきぱきと指示を出しながら書類の整理も同時進行する。今この場にいる白夜叉は間違いなく一人の為政者と言っても過言ではないだろう。

 

英雄色を好む、とは古今東西の英雄の共通項だが。成る程、普段の彼女と今の彼女の姿を見るとそれは女性であっても同じようだとわかる。

 

普段はどうしようもないエロエロ色情魔だが、いざとなればこうして人事を尽くして天命を待つ。

 

彼女は仏門に帰依する事で星霊に認められた自分が天命を待つとは、と自虐的に笑う。

 

清少納言が出撃する数分前。入れ違いになるように東側が襲われる少し前の話であった。

 

◆◇◆

 

”アンダーウッド”での攻防戦はジンが白夜叉から賜ったギフト”ペスト”の力によって勝敗を決した。

 

それから翌日、”アンダーウッドの”新宿舎にて。

 

”ノーネーム”を迎えたのは先日飛鳥達が邂逅した仮面の騎士だった。

 

返り血を落として静謐とし態度をとっている彼女に代わってカボチャのジャックが楽し気に喋り出す。

 

「彼女こそが”クイーン・ハロウィン”の寵愛を受けし女王騎士! その名こそまさしく貌亡き騎士(フェイス・レス)! どうぞ親しみを込めてフェイスと呼んでください」

 

「……そう、彼女が」

 

飛鳥は複雑そうな顔で彼女を見る。彼女の実力を知る方からすれば、矢鱈と親しくなるのは躊躇それだけの実力者だ、という事だ。

 

初対面の黒ウサギもまた彼女を一目見て納得する。別格の空気感を感じている。

 

「なるほど……”クイーン・ハロウィン”の寵愛者。世界の境界を操る星霊であるクイーンの力を借りて、ヘッドホンを召喚するという訳ですね」

 

そう、これはヘッドホン修復作戦の最終手段だった。結局、あれから十六夜に謝罪する方法を探しに探して……なかったこういうため手に頼るしかなかったのだ。

 

「……ち、因みに値段とか……すっごく高価なんじゃ」

 

「そこは大丈夫です。今後私生活用品は”ウィル・オ・ウィスプ”製のものを購入する事を約束して特別に承諾を貰いましたから」

 

因みにジャックが曰く。「本来異世界からの物質召喚など断固拒否レベル」との事だ。

 

それをなんとか取り付けた。とサラリと言ってのけるジンに耀はおかしなものを見るように少し沈黙したが、すぐにそれを理解して申し訳なさそうな顔になる。

 

「……ごめん」

 

「耀さんが謝ることじゃないですよ。僕らは四人にとても多くのものを貰いましたから。むしろこんなものじゃ足りません……それにまだ問題はありますから」

 

「問題?」

 

「はい。厳密には”クイーン・ハロウィン”の力で召喚するのではなく、星の巡り、因果を操って『春日部 耀はヘッドホンを持って箱庭に来た』という状態にするんです。なので耀さんのお宅にヘッドホンが無い限りは……」

 

ジンは心配そうにいうが、耀の顔は対象的に喜色に染まっていく。

 

「大丈夫。父さんが十六夜のヘッドホンと同じメーカーのヘッドホン持ってたから。それに確かビンテージ物だったはずだから、十六夜も許してくれる」

 

「え、で、でもそれじゃ耀さんのお父様が」

 

「大丈夫。うち、両親二人とも行方不明だし」

 

あっけからんにそういう耀に”ノーネーム”のメンバーはつい耳を疑った。そして意味を理解するとジンはすぐに謝罪する。

 

「えっ、そ、それは……ごめんなさい」

 

「いいよ。言ってなかったし……そもそも私達、自分のいた世界の身の上話そんなにしてなかったでしょ?」

 

「……ええ、その通りね」

 

思い当た節と向こうの世界の事を思い出したのか、飛鳥も少し視線を逸らしながら答える。

 

「だからこれで謝った後に四人で元の世界の事を話そう。……ジャックはあんまり期待できないけど」

 

気持ちを新たにするためにも、まずは今ある遺恨を終わらせよう。

 

”家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い”。

 

不条理で、不可思議で、無責任で横暴な。だけれどあらゆる物事を捨て去れる素敵な手紙。

 

彼女らはそれに応えたのだ。だから少しだけ、心機一転。捨てて身軽になった分、少しでも歩み寄る努力はできるはずなのだから。

 

◆◇◆

 

少し、また時間を遡る。風呂場で長話に勤しんでしまった十六夜は湯冷めしてくしゃみをするジャックを服装、環境などを使って暖めている。

 

「さむいよぉ……」

 

「ちゃんと湯船に浸からずにいたからだ。今度からはちゃんと100数えてから出るんだぞ?」

 

「やだ……」

 

自分が嫌いな事に関しては頑固なジャックにほとほと呆れてしまう。頑固にいやいやというジャックには見慣れたが、どうも彼女には弟と妹を重ねてしまったせいもあって甘く対応してしまう。

 

ここいらで一度キツく叱るべきなのではとも思ったが、まあ決定的な間違いを起こさない限りはこのジャックは”切り裂きジャック”などではないただの少女なのだからそう気にする必要もないか、と即座に思う。

 

「俺は”おにぃさん”だしな。叱るのは”おかあさん”と”おとうさん”の役目だ」

 

「う? どしたのおにぃさん?」

 

「いや、なんでも。それより早く寝るぞ。明日は”アンダーウッド”に行かなきゃならんからな」

 

「うん!」

 

その何気ない発言が、心をまた大きく変化させる切っ掛けになるとは誰も知らずに。問うて、答える。

 

「なあジャック……お前、此処にいるのは前にいた倫敦よりも楽しいか?」

 

「うん、楽しいよ。臭くなくって、明るくって、美味しくって、いっぱいヒトがいて、おにぃさんがいるもん。わたしたちは、ここがだいすきだよ」

 

「……そう、か。それならいいか。うし、寝るぞー」

 

「うん!」

 

そう言うとジャックは十六夜のベッドに潜り込む。態々彼の腕を枕にして、彼に身体を預けるようにジャックはすぐに眠ってしまった。

 

「……”家族が欲しい”、か」

 

十六夜はジャックの頭をなでる。ジャックは銀色の髪を揺らしながらにへら、と笑う。

 

まったく、ただそうするだけで無意識の反応だというのにしっかりと好悪の感情を示せるとは。つくづく()()とは面白い生き物だ。

 

 






清少納言の人物像が少し開示されました。ギフトカード、武器召喚、信長の考察からわかる通り彼女はかなり異質なサーヴァントに仕上がっています。正直開示してどんな非難轟々が来るか今から楽しみで仕方ありません。




以下茶番

くううううううううううぜんぜつごのおおおおおおおおおおおおお!!!! 超絶怒涛の新選組使い!! 沖田を愛し! 沖田に愛されし男おおおおおおおおおお!!! 沖田、ノッブ、茶々。すうううううううべての経験値サバの生みの親ァ!

そう、我こそはあああああああああああああああ!!! 貯金残高(自主規制)円、キャッシュカードの暗証番号は■◇□◆!! 土方さあああああああああん! 今がチャンスです!

全てをさらけ出したこのおれはああああああああ!!!土方あああああああああああああああああああああああああああ、出、まああああ……………した!!!!!

いええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええいいいいいいい!!!!  ジャアアアアアスティス!!!!

……賢者タイム。

カルデアエースに驚かされたりエドモンのドラマCDにアイツが出て着たり、fakeの四巻が出たり(未購入)ポケモンしたりまさかのニンテンドースイッチにEXTELLA移植だったり、目白押しだらけの一ヶ月でしたね……

あと明治維新で当作品で目指しているノッブは決して間違いなんかじゃないことを教えてもらいました。ありがとう経験値先生! 沖田オルタの実装まだですか!?

さて、ではこの辺りで。みんな! 最後に言っておく!

ファイアーエムブレムEchoesを買おう!! 20日発売だから!(ダイマ)



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らすとくえすちょん 嵐の中で動き出す運命



前回、信長と共闘していた女性が誰なのかわかりづらくしてしまった事、誠に申し訳ありませんでした。

彼女は清少納言です。

一先ずはそれについての謝罪をさせていただきました。




 

 

─────有体に言えば、地獄絵図だった。

 

虚空を仰ぐ。少女の見上げた”上”には、空などありはしなかった。故に、”虚空”である。

 

「─────」

 

黒く濁った雪を踏みしめる。道には人などおらず、ただただ黒い何かが”上”を覆う。

 

この世の中に救いなど無ければ、解脱した先にも救いなどありはしない。解脱した末にあるのは、ネズミに食い潰される己の身体だけ。

 

ギシ、と何処かで何かが軋む。殺風景な世界に女の嬌声が響き渡る。

 

少女はその声の意味を理解してはいない。いや、仮に理解していてもそれは今の少女には何の感情も与えない、些末な日常音に過ぎない。

 

此処は倫敦(ロンドン)。時代が生んだ魔の霧が蔓延る死界魔霧都市(ミストシティ)

 

◆◇◆

 

”アンダーウッド”フィル・ボルグの丘陵。

 

十六夜とジャックは騒動が収まり日も沈み始めた頃に”アンダーウッド”に到着していた。

 

「なるほどな、清流と新緑、大自然の都。北側とは面白いくらい真逆だな。出来過ぎなくらいだがいい具合だなあ。抱きしめてやりたい。ていうか抱きしめに行っていいかレティシア?」

 

「構わんがジャックも連れて行ってくれよ。色々なものを見せてこの子に世界の広さを教えてやってほしい」

 

「OKOK、解ってるよ。さあ行くぞジャック」

 

「うん!」

 

そう言うと十六夜はジャックを背におぶって走り出す。人をおぶっているという都合速度を抑えているが、それでもジェット機もかくやという速さで走る中ジャックはしっかりと風景を目に収める。

 

「おにぃさんおにぃさん! あっち! お水がすごい!」

 

「おお、ありゃあ見事な大瀑布だな。その辺でひと眠りしてみるか?」

 

「きもちいいかな?」

 

「そりゃやってみないとわかんねえな。だから寝てみよう」

 

十六夜が手ごろな水樹に寝そべるのに倣ってジャックもこてんと寝転がる。

 

不思議な弾力だった。水分を多く含んだ葉のベッドは心地良い弾力で身体を押し返す。まるでウォーターベッドのような感触だった。別に十六夜はウォーターベッドで寝た事はないのだが。

 

「んぅ……きもちぃ……」

 

寝そべったジャックはあっという間に葉に身を任せてうとうととし始めていた。

 

「いいシチュだ。酒の肴一つあれば最高だが、まあそれは仕方ない。黒ウサギ辺りがいれば巨人族の話でも聴いていたんだが」

 

まあ今日は空だけで十分だな、と心の中で付け加える。なにせ空が綺麗だ。自然に溢れてヒトの文明の英知が限りなく少ない南側から見る空の風景はまさしく絶景だった。

 

「ジャック、起きてるか?」

 

「んぅ……?」

 

「見ろよあの空。満天の星空だ。デネブ、アルタイル、ベガ。夏の大三角っていうんだ」

 

「さんかくぅ……?」

 

寝ぼけながら十六夜の差す方に目を向ける。すると彼女はみるみるうちに半目だった顔を子供らしいものに変えていった。

 

「なにあれ! なにあれおにぃさん! すっごく綺麗だよ!?」

 

「おお、浪漫が解ってるじゃねえか。昔はよくこうやって星見てたっけか」

 

以前は暇を持て余していたためよく見ていた。なるほど、”ペルセウス”の旗印が降ろされた時から思っていたのだが、箱庭でも星の位置は向こうと変わらないようだ。

 

最近は周囲とこの小さな妹の事で頭がいっぱいでなかなか空を見る暇も無かった。

 

まったく、以前の乾いた生活とは無縁な事柄であった。

 

(鈴華と焰は元気にやってるだろうかな。ふてぶてしく生きてるんだろうが、焰は俺がいなくなる前に事故ったから心配ではあるな)

 

似つかわしくない郷愁をしながら目を瞑る。

 

するとすぐにがさ、という音が聞こえたため振り向く。

 

「……ん? どうしたんだ黒ウサギ」

 

「どうしたもこうしたもないですよ。十六夜さんとジャックさんがなかなか来ないから心配して探しに来たんですよ。”主催者”への挨拶は大事な事なんですよ?」

 

「ああ、そりゃ悪かったな。まあそういうなよ。敵情視察も大事だからな」

 

「敵情視察、ですか?」

 

黒ウサギの問いにおう、と答える。

 

「巨人族じゃねぞ。この”アンダーウッドの大瀑布”だ」

 

へ? と首をかしげる黒ウサギ。十六夜はその反応を待っていたとばかりに笑う。

 

「絶景っぷりじゃ”世界の果て”に劣るが、ここまで整地された自然の風観は俺も流石に見たことがねえ。なあ黒ウサギ、ジャック。俺達も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「─────うん! うん!」

 

「えっと、つまり十六夜さんは”地域支配者(レギオンマスター)”としてこの”アンダーウッド”を超える舞台を整えるという事ですか?」

 

「そうだ。なにも二一〇五三八〇外門に限った話じゃない。領土を拡大すれば出来る事も格段に増える。ギフトだって集まりやすくなる。……今はまだ農地を整えるとかそういう程度だが、聞けば”アンダーウッド”は十年でここまで復興したそうじゃねえか。目標としてはこれ以上ないくらいだろ?」

 

ヤハハハハ! とすっかり板についた笑い声をあげる。ひときしり笑うと黒ウサギに向かって振り向き、告げる。

 

「満天の星空に旗を掲げ、地上で最も華やかなコミュニティ。これだけのコミュニティが出来上がったら誰の耳にも届くだろ? 例えばいなくなったヤツらとかな」

 

「─────っ……!」

 

「─────だが、まずは巨人族だ。目標が早々につぶれちまったら敵わないだろ? ”階層支配者”就任なんかより早く決着をつけてやる」

 

「ふふ、なんとも十六夜さんらしいですね。ならばこの黒ウサギも巨人族の殲滅に一役買うと致しましょう!」

 

「わたしたちもがんばる!」

 

二人もシャキっと答える。それを見て気をよくした十六夜は軽薄に笑う。

 

「そんじゃ明日には三人でカチコミだな。英気でも養おうぜ」

 

ゴロン、と再び寝転がる。

 

黒ウサギは彼の横に座ると申し訳なさそうに呟く。

 

「え、えっとですね十六夜さん。話がひと段落ついたところで悪いのですが、実はヘッドホンの件でお話が……」

 

「ん? なんだ、春日部の三毛猫が自白でもしたのか?」

 

へ? と素っ頓狂な返事をする黒ウサギに気を良くして毛玉の入ったボトルを取り出す。

 

「こんな解りやすい証拠があったんだ。これじゃ探偵気取りすらできねえ。てっきり春日部が差し向けたんだと思ってもみたが……こんなあからさまな証拠を残すようなヤツじゃない。だったら単独犯かってな」

 

そう言うと彼はボトルを投げる。

 

黒ウサギはそれを慌ててキャッチするとかあれの顔色を窺うように話し掛ける。

 

「……もしかしなくても怒ってますか?」

 

「いや全然? レティシアとジャック、それからリリには言ったが知り合いが作っただけの一銭の価値もないヘッドホンだ。俺はただ広告塔してただけだしな」

 

「は、はあ……」

 

「それよりだ。手紙に書いてあった例の仮面騎士の事だ。そっちのが気になるね。で、強いのか?」

 

「それはもう、お強いですね」

 

「へえ……」

 

黒ウサギが珍しく即答で答えるのでますます興味が湧いてくる。

 

「この収穫祭で十六夜さんを倒せ者がいるのだとしたら、それは彼女において他にないでしょう」

 

黒ウサギの最大級の賛辞を受ける仮面騎士に想いを馳せながら星空を見上げる。

 

「そうか……ならその件に関しては巨人族に感謝しねえとな。お陰でここにいられる期間が増えたんだ。ましてやそんな面白いヤツがいるなら是が非でも相手になってもらわねえとな」

 

「感動を求めて、で御座いますか?」

 

「そうさ。それがないと人間は腐ってっちまう。チャンスがあればそれを補填しないとな」

 

ヤハハ! と笑う十六夜。そろそろ話しが長くなってきて退屈になっていたのか、ジャックもそれに便乗してやはは! と笑う。

 

そして黒ウサギは悪影響が出てる……と頭を抱え、静かに微笑む。

 

「……昔、貴方と似たような事を仰る方がいらっしゃいました」

 

「へえ? そりゃなかなか見どころのあるヤツだ」

 

「ええ、何といっても我々のコミュニティの元参謀でしたから”主催者”がメインの方だったのですが、決まって言っていました。『主催者は参加者を感動させるのが義務だ。金やチップの縁はそこまでで終わる関係だけれど、感動は消えない。何故ならば、それは生きる糧なのだから!』と」

 

でも人気もあったんですよ~、と楽し気に語る黒ウサギ。十六夜はそんな彼女を見て先ほど以上に興味を惹かれたような発言をする。

 

「……へえ? 女だったのか?」

 

「YES! レティシア様とはまた別ベクトルの麗しいブロンドだったのです! とても魅力的な方でした」

 

「………………ふうん? ソイツは黒ウサギと仲良かったのか?」

 

「仲がいいもなにも、黒ウサギをコミュニティに保護してくださった方なのです。見た目はジャックさん程度の頃でしたかね。無類の子供好きでして、快活で聡明で……黒ウサギの憧れのお方でした」

 

黒ウサギは立ち上がり、満天の空を見上げて確かに笑う。それは強がりの作り笑いではない。”彼女”を信じているからこそ出せる、心からの笑顔だった。

 

「何があっても、あの方だけは絶対に無事です。不思議とそんな風に思わせてくれる方でした。だからこの窮地にこそ黒ウサギはコミュニティの助けとなり、恩返しがしたいのです。……考えれば考えるほど十六夜さんにそっくりな方です」

 

ムンッ、と力を入れる黒ウサギ。しかし当の十六夜は何処吹く風といった風に視線を空に移していた。

 

「……って、聞いていましたか十六夜さん? この黒ウサギ一世一代の告白を」

 

「……いや、悪い。アルタイルは何処だったかなって」

 

「もう、十六夜さんったら。らしい返事ですがまったくらしくないですね。アルタイルは鷲座の主星で─────」

 

そういって指をさした先には、なにもなかった。アルタイルや鷲座どころか、《《星が一条たりとも存在しなかったのだ》》。

 

え? と辺りを見回す間もなく、指をさしていた場所に鷲座が現れた。

 

「……なんだ、今の?」

 

見間違えでなければ星が一瞬だけ一斉に姿を消した。

 

そして、異変は伝搬するように連鎖する。

 

─────目覚めよ、林檎の如き黄金の囁きを。

目覚めよ、四つの角のある調和の枠よ。

竪琴よりは夏も冬も聞こえたる。

笛の音色より疾く目覚めよ、黄金の竪琴よ────!

 

それを聞いた瞬間、十六夜はハッとなって叫ぶ。

 

「この唄……マズい! 黒ウサギ、巨人族から奪った”黄金の竪琴”は何処だ!?」

 

「そ、それでしたらサラ様が保管を」

 

「破壊しろ! 今すぐにだ!! あの竪琴は─────」

 

『─────如何にも。貴様の想像通り、あの竪琴は”来寇の書”に記されし”トゥアハ・デ・ダナン”の神格武器。敵地にあって尚、その音色を奏で続ける神の楽器だ』

 

低く、老齢を思わせるしわがれた声。しかし発信源は解らない。

 

「おにぃさん……この声、なんかやだ」

 

三人は背中合わせになって警戒するが、声はその姿を嘲笑うように話し掛ける。

 

『そう急くな。”箱庭の貴族”とその同志、そしてそのサーヴァントよ。今宵は開幕だ。まずは─────讃えるがいい─────この狂宴の主賓の姫君、”ドラキュラ”─────系統樹の守護者にして系統樹の違反者。”魔王ドラキュラ”であるッッ!!!』

 

─────刹那、夜空が裂ける。晴れ晴れとしていた夜空は突如として暗雲に飲まれ、美しく光る星々はあっという間に姿を消した。

 

「まさか、あれが─────」

 

『そう、神話にのみ息衝く最強の生命体、龍の純血種だ!!』

 

「─────GYEEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」

 

その雄叫びは”アンダーウッド”を震撼させた。

 

龍の頭部は姿を見せているものの、その全長の多くは()()()()()()姿()()()()()()

 

「龍……これが、龍か!」

 

十六夜はかつてない威圧感に戦慄した。巨龍の現れた星空の歪みの先には宙を浮く城の姿が見える。

 

巨龍が吼える。それにあわせて落雷が降り注ぎ、居住区は瞬く間に阿鼻叫喚の景色に変貌し、それに拍車をかけるように人の悲鳴が聞こえる。

 

「こ、こんな時に巨人族まで!?」

 

「どうなってるんだよ! これじゃまるで()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

罵声と指示が飛び交う。巨龍の雄叫びはますます大きさを拡大させていくと、巨龍の鱗が大地に降り注ぐ。

 

「あれは……! 鱗から新種を産み落としています! まさか本当に純血の龍だというのですか!?」

 

「まごまごしてる場合か! さっさ降りるぞ!」

 

「黒ウサ、考えるより動こ」

 

「あ、は、はい!」

 

二人に一喝されて我に返る黒ウサギ。こんな時常にクール、あるいはマイペースでいられる十六夜とジャックは心強い。これが普段もう少し抑制されないかと悩みもするが、それこそ今は余計な事だ。

 

大樹の幹から飛び降りようとした三人はしかし、地下都市から高速で飛び抜けていくローブの女性と、その腕に捕えられた─────

 

「レ、レティシア様!?」

 

「く、黒ウサギ……十六夜、ジャック……!」

 

混濁した意識のレティシアは絞り出すように三人に声を向ける。

 

空を見上げた彼女はすぐさま状況を理解したようで、すぐにでも消えてしまいかねない意識を必死に抑えつけて喋る。

 

「じゅ、十三番目の……」

 

「え?」

 

「ッ……十三番目だ……! ”十三番目の太陽を撃て”……!! それが、このゲームをクリアする唯一の鍵だ────!!!」

 

断末魔の声にも似たそれを最後に、レティシアは巨龍に飲み込まれて光と化した。

 

そしてすぐ、”アンダーウッド”の空を黒い羊皮紙が覆いつくした─────

 

 

 

『ギフトゲーム名”SUN SYNCRONOUS ORBIT in VAMPIRE KING”

 

・プレイヤー一覧

 ・獣の帯に巻かれた全ての生命体。

 ※但し獣の帯が消失した場合、無期限でゲームを一時中断する。

 

・プレイヤー側敗北条件

 ・なし(死亡も敗北と認めず)

 

・プレイヤー側禁止事項

 ・なし

 

・プレイヤー側ペナルティ条項

 ・ゲームマスターと交戦し全てのプレイヤーは時間制限を設ける。

 ・時間制限は十日毎にリセットされ、繰り返される。

 ・ペナルティは”串刺し刑””磔刑””焚刑”からランダムに選出。

 ・解除方法はゲームクリア及びゲーム中断時にのみ適用。

 ※プレイヤーの死亡は解除条件に含まず、永続的にペナルティが課せられる。

 

・ホストマスター側勝利条件

 ・なし

 

・プレイヤー側勝利条件

 一、ゲームマスター”魔王ドラキュラ”の殺害。

 二、ゲームマスター”レティシア・ドラクレア”の殺害。

 三、砕かれた星空を集め、獣の帯を玉座に掲げよ。

 四、玉座に記された獣の帯を(しるべ)に、鎖に繋がれた革命主導者の心臓を撃て 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下にギフトゲームを開催します。

                               ”     ”印』

 

 

 

「ッ……魔王のゲームだと!? どういう事だオイ、レティシアは”元”魔王じゃなかったのかよ!」

 

「そ、それは黒ウサギも存じ上げませんが……!」

 

二人が言い合っている間、ジャックは静かに宙に浮かぶ城を見ていた。

 

何故かは彼女にも解らない。しいて言うのであれば直感か。ジャックは”あそこに誰かいる”と感付いていた。

 

その違和感、直感に注視しすぎてその他の事が目に入らなかった─────

 

だから、彼女の真上に巨龍の鱗が落ちてきている事に、彼女は全く気付いていなかった。

 

「クソッ、とりあえず今はこの状況をなんとか─────ジャック!?」

 

それに十六夜が気付いた時にはもう遅い。いくら規格外な身体能力を持つ彼であろうと、物事を認識するより早く正確な思考、行動に移せるなどありえないのだから。

 

「─────う?」

 

潰される。そう思った。

 

だがそれは、一筋の風と共に否定された。

 

「─────ふっ……ったあああ!!」

 

突如現れた和服を纏った男性がジャックを抱えると、そのまま流れるように鱗を避ける。

 

ジャックのいた場所はその直後に鱗に潰される。

 

あまりに突然の事で少しだけついていけなくなっているジャックに男は関係なく話し掛ける。

 

「危機一髪、でしたね……大丈夫でしたか?」

 

ジャックは彼の顔を見るだけで答えようとしない。

 

そんな二人に十六夜と黒ウサギが駆け寄る。

 

「も、申し訳ございません! ウチのコミュニティの者が」

 

「いえ、お礼には及びません。当然の事をしたまでです─────おや、貴方は」

 

男が向けた視線の先にいたのは十六夜だ。

 

十六夜もまた、あっ、と少しらしくない声を出す。

 

それもそうだろう。何故ならばこの二人は以前、出会った事があるのだから。

 

「……琥珀か?」

「ええ。その節はどうも。一先ず安全な場所まで行きましょう。この子の事もありますし─────」

 

琥珀がそういって再び視線をジャックに戻す。

 

ジャックは未だに琥珀を見据えたままだったのだが、しばらくしてまるで音階を奏でるように喋り出した。

 

「…………おかあさん?」

 

「「「…………は?」」」」

 

満場一致だった。

 

思わず十六夜がぷ、と笑いながらジャックの間違いを指摘しようとする。

 

「おいおいジャック。そいつどう見ても男だろ。女に見え─────」

 

そこで十六夜は言い澱んだ。何故なら彼もまた琥珀に一度同じ感覚を抱いたからだ。

 

まるで女みたいな事するな、と。

 

それは単なる見当違いかと見逃したのだが、同じ反応をした人間を見れば流石に十六夜も疑る。

 

そして、当の琥珀はというと─────

 

「……()()()()()()()() ()()姿()……!?」

 

本人のその言葉で、疑惑は確信に変わる。

 

─────コイツ、性別を擬態するギフトがある。

 

そう認識した瞬間、琥珀の姿が霞になった。

 

「なっ……!」

 

霞が晴れた先にいたのは、男らしい屈強な身体つきをしていた琥珀とは正反対の、桜色のハイカラな服を着こなす白髪の少女だった。

 

 






琥珀の正体は既存のFate/シリーズ登場キャラですが、当時の価値観における疑問点を追及していったところ、オリジナルのスキルが二つ追加されました。その一つが性別詐称という事です。これに関してはおいおい明かしていきますので。




茶番

学問神融解札(サイフナカ・メルトアウト)



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第四運命劇幕 巨龍撃退戦線”アンダーウッド”
くえすちょんわん 突風巻いて、浮き上がれ




北米版ジャックが着込んでるのにヤーパンバージョンよりえっちだと思ってしまったのは作者だけじゃないはず。

どっちのジャックも愛せるので是非北米版ジャックを日本にも……!(無茶ぶり)




 

 

天に座すは星の龍。

 

地に蔓延るは人の亜種。

 

混乱の限りを尽くす”アンダーウッド”の中、サラのセイバーは大空の龍を睨む。

 

「……巨龍。それも、”(ノワール)”の龍か。さて、龍の子であるサラにと契約した時も何か運命めいたものを感じていたが……もしやすると俺はこの時のために召喚されたのやもしれんな」

 

背に負った大剣を見る。疼いているのが解る。それは果たして剣が持つ記憶か、それとも、龍を斬った己の魂か。

 

「落ち着け。ヤツを重ねるのは解るが鎮まれ。あの龍は危険だ……」

 

「……セイバー、いいか」

 

そうしていると後ろからサラが現れる。彼女はこの場を仕切る者として落ち着いた様子を見せているが、切羽詰まった時特有の口頭で現状の深刻さが感じ取られた。

 

サラが”サラマンドラ”を去った際からの三年来の付き合いであるセイバーだからこそ理解できるのだ。

 

「状況は深刻だ。北側、東側が示し合わせたように魔王による同時襲撃を受けて”階層支配者”の”鬼姫”連盟、”サラマンドラ”、”サウザンドアイズ”のどれにも救援を期待できない」

 

「……そうか。俺はどうすればいい?」

 

その言葉を待っていた、という風にサラは頷く。

 

「お前にも出撃してもらいたい」

  

「構わない。宝具の開帳は?」

 

「魔剣を解放しても構わない。……今は聖杯戦争の為に出し惜しむよりも南の平穏の為全力を出して欲しい」

 

コクリ、と頷く。

 

セイバーは大樹の柵に足を掛けてサラに振り向く。

 

「サラ……俺は俺の信ずる正義を貫こう。それが最初にキミと交わした契約だからな」

 

「ああ、頼む。お前の信じる正義で、この”アンダーウッド”を救ってくれ」

 

「……ああ」

 

そう言うとセイバーは大樹から飛び降りる。

 

さて、ここからが第二幕だ。

 

◆◇◆

 

巨人族、というのは人の亜種族だ。確かに北欧神話といった一部神話群では”ティターン神群”のような神群がいるが、この巨人族はそれとは違いコルキスの魔女メディアをはじめとした魔法使い、オルフェウスのような詩人と同じく人を源流とする者達。

 

それに関しては十六夜も承知していたが、改めて実物を見てみると驚く程に拍子抜けだった。

 

「ったく……こんな体たらくじゃご先祖様が泣くな」

 

退屈すぎて溜め息が出る。自分が手加減に手加減を尽くしても簡単に斃れ伏す。

 

そんな注目度の高い十六夜に暗殺能力の高いジャック、そしてクラーケンを相手に一方な一方的立ち回りをした琥珀(であるはずの誰か)が加われば、もうその辺りは死屍累々だ。

 

その光景には味方も、十六夜の顔を知るグリーでさえ恐れ慄く程であった。

 

『……こんなデタラメな者達が”名無し(ノーネーム)”だと……? ありえん。どういう冗談だ……』

 

グリーは敢えて侮蔑の意を持つ”名無し”でその名を呼んだ。

 

このような力を持つ者達が蔑まれるような立場に身を置いているという現状に嘆き、その理不尽を糾弾するように。

 

巨人族を、魔獣を、”龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟を襲うその恐怖を彼らはそれがどうした、と言わんばかりに踏み砕いていくのである。

 

─────逆廻 十六夜は不遜な目つきで巨人達に吐き捨てる。

 

「一度だけ言う。さっさと失せろ木偶共。こちとら本気でこの収穫祭を楽しみに来たんだ。ただでさえ空のトカゲを墜とさなきゃならねえんだ。テメエら如きが退屈な横槍を入れるなよ」

 

侮蔑、眼中にすら無い。彼ははっきりとそういう感情を乗せて言った。

 

それを聞いた巨人達は吼える。鬨の声を挙げる。

 

何も持たぬ徒手で十六夜の五体を抑えつけんと迫る。

 

十六夜はそれすらもかいくぐり、巨人の頭部を踏み台にして跳躍する。

 

─────だが、それは失策だった。

 

彼がどれだけ強靭な肉体を持っていようが逆廻 十六夜という生物がただのヒトであるという事実は覆らないのだ。有体に言ってしまえば、飛べない。空中での身体の制御が出来ないのだ。

 

巨人はそれを好機と見て四方八方から鎖を投げつけ、十六夜を縛り付ける。

 

耳をつんざくような咆哮を再び挙げる。そして巻き付いた鎖を更にまた別の鎖、あるいは同じ鎖で二重、三重、四重、五重と巻き、巻きつけられた十六夜を絞殺せんと力を籠める。

 

そしてトドメ、と言わんばかりに一際大きな咆哮をあげる巨人。杖を天空に向けて掲げると、そこから雷が集約される。

 

巨龍の放つ天雷程のものではないにせよ、鋼だろうと容易く溶かすであろう熱量を帯びる雷電。これを浴びれば十六夜はおろか、彼を拘束している巨人達ですらその命はないと簡単に理解が及ぶ。

 

だが、誰も力を緩めない。放つ側も一切の手加減をしない。彼らは己を捨て石に活路を拓く魂胆なのだ。

 

『い、いかん!』

 

グリーはハッと我に返る。十六夜の圧倒的な力に茫然としていて、巨人の決死の形相に現状の危うさに気付くとは皮肉もいいところだろう。

 

グリーが気付いた時にはもう遅かった。稲妻は十六夜を襲い、その肉体は身を焦がす巨人達の執念の権化に焼き尽くされんとする。

 

「─────ハ、誇りの方は腐ってなかったか木偶共が!!」

 

しかしその稲妻はその熱量すらも軽く凌駕する一撃によって十六夜を縛る鎖ごと引き千切る。

 

自然が生み出す力を行使した巨人の攻撃は、星そのものを揺るがす拳によって簡単に霧散していった。

 

「……いや、木偶は良くねえか。悪い、お前らは誇りと目的の為に殉ずる事の出来る誇りある者達だ。……となると、尚の事何故こんな無法を働くのか疑問が尽きねえが……」

 

今度は怯む事なく吼える。巨人達も同志を犠牲にした攻撃を行った事でデタラメな力を持つ十六夜に恐れる事を止めたのだろう。

 

向かってくるのであれば交戦せねばならない。向かってくる巨人を鎧ごと殴り飛ばす。その僅かな隙を突いてまたも巨人は十六夜に向かうが、そうは問屋が卸さないのが()()だ。

 

「ふっ─────!」

 

琥珀だ。彼女が音も無く、音より疾く背後を取り鎧と鎧の隙間にある僅かな鉄に守られていない箇所を突く。

 

「グ、オオオオオオオオオオオ─────!!!」

 

巨人が苦悶の声を挙げながら抵抗しようとするが、彼女はそれを許さない。

 

一瞬の隙を突くのは何も巨人族だけではない。むしろそういう技巧にものをいわせた戦法は元来生物として見れば決して頑丈とは言えない真人間である彼女達の領分だ。

 

着地ざまに土を蹴り上げて目潰しを巻き上げる。だがその威力は異常なもので、土埃を正面から食らった巨人はまるで散弾銃を至近距離から浴びたかのように全身に風穴が空き、体内に溜まった血液が琥珀の身体にべっとりと付着する。

 

そうして瞬く間に一個隊を殲滅すると十六夜はふと味方側に振り返り、不意に質問を投げ掛けてきた。

 

「……ところでお前ら、いつまでそうやって絶望した()()をしてるんだ?」

 

『な、何……?』

 

グリーを含めた幻獣達がどよめき出す。十六夜の言葉を侮辱と受け取る者、挑発と受け取る者様々がいたが、彼らの言葉など知る由もない十六夜はそのままベラベラとしゃべり続ける。

 

「見ての通り、敵は十人一殺の覚悟で来た。根本的な行いこそ褒められたものじゃないが、その誇りと心構えは、なるほどまさしく強敵のそれだな。……果たして、仇敵にそんなものを見せられて黙っていられるのが勇気を御旗に掲げる”龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連合であるわけがないと思うんだが?」

 

『ぬぅ……』

 

十六夜はふふん、と確信犯的に煽り、幻獣達は歯噛みをする。

 

彼の言う通り、”龍角を持つ鷲獅子”連合の旗は勇猛、気高さの象徴である。

 

空の王者たる鷲と大地の王者たる獅子。それらの因子を持つ事そのものが彼らの誇りであり、絶対的な驕り。十六夜はその真意を問う事で彼らの戦意を煽っているのだ。

 

しかし、何時になっても返答はない。小憎らしいのは事実だ。だが彼の言い分が正しいのもまた事実である以上、彼らはざわざわと不和を広めるしかない。

 

しばし返答を待っていた十六夜は不意にその軽薄な笑みを消し、

 

「……いい加減目を覚ませよ。この収穫祭は”アンダーウッド”の復興を掛けたものだった筈だ。それを真正面から荒らされ、踏み躙られている。これだけの事をされたお前らの胸中にあるのは絶望であっていい訳がない。その感情は、魂の炉心にくべられる煮えたぎる怒りの火であって然るべきだ」

 

十六夜の本心からでたその侮蔑の言葉が容赦無く突き刺さる。

 

これだけ誇りを汚されたにも関わらず”龍角を持つ鷲獅子”連盟は怒りに身を投じる事をせず、あまつさえ無法者の仇敵相手に絶望している。

 

その事実が十六夜にはたまらなくもどかしかったのだ。

 

「……琥珀、お前も何か言えよ」

 

「え、私ですか。そんな唐突に振られても……そうですねぇ……」

 

突然十六夜に振られた彼女はうーん、としばらく考え、一つだけ思い浮かんだのでポン、と右手の拳骨で左の平手を叩く。

 

「……えーっと、グリフォンさん達でしたっけ? あんまり貴方方の事はよく解らないのですが……戦う気がないのならさっさとどっか行ってくれませんかね? 邪魔ですし。やる気ない味方程戦場の士気を下げるものもありませんからね」

 

琥珀のその発言もまた本心から発されたものだ。邪魔だしやる気下がるからどっか行け。これほど端的な侮辱はそうないだろう。

 

「それでも尚動かないっていうのならそれでいいさ。それが”龍角を持つ鷲獅子”連盟の処世術だと勝手に納得するさ。─────けれど忘れるな。今この場でお前らが動かなかったらお前達は仇敵を目の前にして”名無し”と所属もない流浪人の影に隠れて生き延びたんだって末代まで嘲笑われるんだって事をな」

 

『……ッ、言わせておけば小僧共が……!!』

 

『多少はできるようだが所詮は爪も牙も持たぬ猿風情!!』

 

『奴らはその得物で二十の巨人を打ち砕いたが、我らはその倍を引き裂き、嚙み砕いた!! 彼奴等などに後れを取るものかよ!』

 

結果としてはまんまと十六夜に乗せられ、琥珀に鼓舞されるカタチで彼らは再起した。文字通り、煮えたぎる怒りをくべて燃え上がる彼らは勇猛果敢な叫び声を挙げながら巨人達に突貫する。

 

如何に強大な力を見せつけられようと十六夜も琥珀も彼らからすれば若輩者だ。

 

まして人の子にそうまで言われれば立腹するのも無理はない。おおらかな気性の南の者達でもそこまで言われて憤慨できない筈がない。

 

─────だが、此処に例外が一人。グリーだ。

 

先の戦闘で騎手がいなくなってしまったグリーだけは事情が異なっていたのだ。

 

長年連れ添った相棒を失ってしまったからこそ殊更に十六夜の言葉が胸中をえぐるように反芻していた。

 

(故郷を襲撃され騎手を討たれたにも関わらずこの為体……彼らに嘲られるのも無理はないな)

 

グリーは頭を上げて自らの背中を覗く。その背に相棒はとうにいない。彼が長年連れ添った騎手は連日の戦いの中、流れ弾に当たって落馬して行方不明となった

 

相次ぐ凶報と戦乱によって麻痺していた喪失感と憤怒が臓腑の淵から込み上がってくる。

 

(連日の醜態に先程までの有様……このような恥を晒しておきながら招待客に何もかも任せきりになるなど、許しておくべきか……!!)

 

誇り高き鷲獅子であるにも関わらず己は盟友を失った哀しみ、怒りに嘆いたのではなく敵の強大さに屈してしまった。

 

己を恥じ入るような感覚に浸ったグリーは滾る感情に身を任せ、全身のあらんかぎりの力を嘶かせて巨人族に向かって突貫して行った。

 

『ウオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!』

 

ヒトの言語では単なる遠吠えにしか過ぎないのかもしれない。だがそれは紛れもない、戦士の雄叫びであった。十六夜に乗せられた他の幻獣達とは一線を画す気迫を宿しているのは誰が見ても明らかであろう。

 

巨人達の小細工など一歯牙にもかけずに突っ込み身に纏う旋風でよりごとその巨体を吹き飛ばす。

 

その雄姿を見た十六夜は感嘆と称賛を込めた瞳でグリーを見る。

 

「へえ! やるじゃねえか。流石は獣の王者のハイブリッドってところか。落胆せずに済みそうだ……!」

 

鷲獅子の姿を見届けながら、一先ず士気の低下という事態を避けられた事にも内心安堵する。それを見た琥珀は何処か懐かしいものを見るような目で十六夜を見つめる。

 

「……どうかしたか?」

 

「いえ、そうやって楽しそうにしていると、人を思い出すんです。とても貴方に似た人です」

 

「……それ、ついさっき違うヤツにも言われたな」

 

「そうなんですか? 偶然も続くものなんですねぇ……」

 

ほえー、とほんの少しだけジャックを思わせるような声をするのでつい十六夜も内心でそうかもな、と呟く。

 

(……あとは”審議決議”になるまで時間を稼げれば上々……そこで立場をハッキリさせれば主導権が握れるか)

 

「ところで十六夜、あの子すごいですねえ。あんなに小さいのにあれだけの亜人を殲滅するだなんて」

 

ふと琥珀が十六夜達とは離れた場所で巨人相手に大立ち回りを広げるジャックを見やる。

 

……まあアサシンなのに無双してる。アサシンの定義が壊れそうだな、なんて思いながらああ、と軽く答える。

 

「アイツサーヴァントだしな。見た目ほどガキじゃねえのさ。いや、ガキだけど」

 

「え、サーヴァントなんですか? あの子も」

 

「……も?」

 

「あっ、今のナシで」

 

「……いや、無理だろ」

 

「……ですよねえ」

 

唐突に自爆に近いカタチで暴露される事実。さらっと言われたのでつい十六夜も流れるように反応してしまったではないか。

 

「だが琥珀なんて偉人に聞き覚えがない。だとするとその名前は偽名だな?」

 

「ナンノコトヤラ」

 

「もう少し嘘を吐く努力をしろよお前……」

 

「そ、そういうのは私の本分じゃないんですよぅ」

 

そうこうと喋っているうちに黒ウサギのアナウンスが聞こえる。

 

『”審判権限”の発動許可が受理されました! ただいまよりギフトゲーム”SUN SYNCRONOUS ORBIT in VANPIRE KING”は一時休戦とし、審議決議を執り行います! プレイヤー側、ホスト側双方共に戦闘を中止し速やかに交渉テーブルの設置に移行してください! 繰り返します、プレイヤー、ホスト双方戦闘を中止し

 

「─────GYEEEEEAAAAAAAAAAAAAaaaaaAAAAAAAAAAAAAAAEEEEEEEEERRRRRRRRRRRRRRRRR!!!!!!」

 

「─────なっ」

 

黒ウサギが審議決議の宣告をしている最中、巨龍は”アンダーウッド”の頭上百メートルを超えていった。

 

驚愕の声を挙げるより早く、十六夜と琥珀は巨龍が巻き上げた突風に巻き上げられる。

 

それは何も二人に限った話ではない。飛鳥もジンも、ジンが召喚したペストも、魔獣も巨人族もすべからく巨龍の起こした突風によって空中に投げ出されたのだ。

 

「クソ、俺が言うのも何だがデタラメが過ぎるだろあの巨龍」

 

「これが”審判権限”? とやらで禁止された攻撃に当て嵌まっていないという事はただ動いただけという事なんですかね。割と洒落にならないんですけどこれは!」

 

その辺りに見るとジャックが呑気に「たかーい!」と言っているが、その中でもしっかりと周囲の様子を見ているのでそこに関しては十六夜もあまり心配はしていない。

 

むしろ十六夜が問題視するのは肉体そのものは普通の人間である飛鳥とジンだ。人間を毛嫌い、というより見下しているグリフォン達の救援はあまり期待できない。かといって十六夜達に空を飛べる力はない。頼みの綱の耀も目視できる範囲にいない。

 

「お嬢様、御チビ……死ぬんじゃねえぞ……っと」

 

『無事か!?』

 

「あ、助かりました!」

 

十六夜と琥珀をグリーが救う。二人とも彼の介する言葉を理解はしていないが、善意で救出してくれた事は理解できた。

 

「俺の言葉は解るか? 解ったら右手上げてくれ」

 

グリーはその言葉に右の前脚を上げて返答をする。よし、と呟くと次の指示を出す。

 

「向こうにいる赤いドレスの女とローブのガキを助けられるか?」

 

『無論だとも。だがその心配は無用だ。見ろ』

 

グリーがおもむろに前脚を飛鳥達の方に向ける。

 

そこでは身じろぐ一つとれない二人を黒と銀の鎧をまとい、褐色の肌を持った寡黙な青年であった。

 

「ふっ───」

 

「あ、貴方は……」

 

「サラ様のセイバーさん……?」

 

「すまない。言いたい事はあるだろうが今は口を噤んでい手てい欲しい。舌を噛みかねない」

 

サラのセイバーに助けられた二人と、二人に目をやっているうちに黒ウサギに抱えられていたジャックを見て今度こそ本当に安心する。

 

「一先ず戻って作戦会議か……春日部が見当たらないのは気がかりだが、それよかゲームだ。琥珀、お前も来い」

 

「え、私もですか?」

 

「当たり前だ。お前はそんじょそこらのヤツより強いサーヴァントなんだ。その実力は実際に俺が二度見ても称賛できるんだからゲーム攻略の単独で当てはめられる役割を任せるかもしれないしな」

 

「……ですか。ええ、はい。ならば私も参りましょう。私の力が必要な場であれば、そこは何処にせよ私の戦場です」

 

いい返事だ、と十六夜が言うと二人は示し合わせる事もなく互いに拳骨を交わしていた。

 

 






ちょっとくらい章タイトル変えても……バレへんやろ。





以下茶番

固有課金制御(カキンアルター)四万課金(フォーティーンサウザンドアクセル)の結果、ピックアップキャラ全員を宝具2でお迎えできました。

特にメルトはハーメルンの某作品の影響で本格的にFateに入れ込む切っ掛けになったキャラなので死ぬほどうれしいです。因みにその某作者様がノッブを上回る速度でメルトの宝具を5にしてそのまま流れるようにレベル100にした事には素直に引きました。

例のラスボスも意地と根性と孔明でリップとメルトの二人で撃破。ともかく間違いなく作者的には今年最もホットな時期になりました。

みんな! 課金は家賃までだゾ!



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くえすちょんつぅ 広がる謎の、攻略会議



 今回から書き方を変更してみました。少々見にくくなってしまうと思うのですが、視覚的に文のメリハリをつけた方がいいかな、と思っての判断です。

 では、本編です。




 

 

 春日部 耀という少女は根本的には求愛、献身の徒だ。友の為、自分を必要とする誰かの為ならば彼女は自分の身を厭わない傾向がある。

 元来人との関わりを持たない彼女は自身のそういった性質には気付いていないのだが、彼女の隣人は得てして彼女の性質には危惧を抱いている。

 

 例えば、逆廻 十六夜。彼は自分の多干渉を避ける癖に同胞の心配に関しては人一倍だ。

 そういう矛盾した感情を一番に発露しているのは間違いなくジャックで、ジャックもまた彼の複雑な感情を全て信頼、好意に置き換えている為に二人の関係は極めて良好。また、彼は耀とは違い自分の面を理解しているため精神的にも安定していているため周囲には頼られる傾向にある。耀もまた、その一人。

 

 例えば、ジン=ラッセル。彼は十六夜のような導く存在とは異なり、自身の弱さと向き合い、共に超える関係。故に多くの人に頼り、頼られようと在る。

 だからか、彼は自身と同じタイミングで、同じ理由で強く在れと彼女に願い、彼女に願われる。

 

 例えば、カボチャのジャック。彼は彼女の事をよく知っている男だ。何故、というのは彼のパーソナルの重要な部分に干渉するのでカットするが、彼は彼女らを出会う前から心配している。それはハロウィンの愉快なカボチャとしてもそうだし、一人の大人としてもそうだ。

 故にジャックは口に出さないものの他の報われない子供達同様に露骨に耀を心配して、ちょっとだけ手助けをする。

 

 今回もまた、彼らが耀に対して危惧する無茶を彼女は敢行した。

 

 巨龍の眷属に”アンダーウッド”の子供達が攫われる様を見て反射的に身体が動いたのだ。

 

 好意的に捉えれば、それは人命救助に自らの労やリスクを厭わないという事だが、同時に空に浮かぶ城がどういうものかも解らずに突入したという無謀、無策の表れでもあるだろう。

 現に彼女は突入した先の城下で出会ったカボチャのジャックに内心で毒突かれてもいた。

 

「―――ハッ」

 

「お、起きたかい嬢ちゃん」

 

 目覚めた彼女を迎えたのは城に攫われた”アンダーウッド”の住人の一人、”ノーネーム”一動が東側で常連するカフェの経営も行うコミュニティ”六本傷”の大老ガロロ=ガンダックであった。

 しまった、横になるだけのつもりが完全に眠りこけてしまったらしい。

 

 どういう訳かギフトゲームのペナルティを課せられてしまった耀達は黒ウサギの”審判権限”の有無に関わらず十日以内にギフトゲームのクリアをしなければ死亡する未来が待っている。現在耀やジャック達は文字通り猫の手も借りたいような想いで非戦闘員である筈の彼らと共に城下に繰り出しているのだ。

 

「ガロロさん、私どれくらい寝てた?」

 

「ん? 二時間とちょいってところだ。猶予期間はまだあるし嬢ちゃんには有事の時にしっかり動けるようもっと静養していてもらいたいんだが……」

 

「そうしているわけにもいかない……さっきより大分マシになったし」

 

 耀の言葉は事実だ。実際のところこの数日の彼女は驚天動地の事態や戦い続きで目に見えて疲労が溜まっていてそれを慮ったアーシャとジャック、ガロロが大人しくしているように言ったのが彼女が眠っていた理由なのだが、どうにも彼女の性質上長く眠る事が出来なかったのだ。

 

「……ジン、勝手にこっち来ちゃったの怒ってないかなぁ」

 

 意識せずに最初に呟いたのは一番頼れる人(十六夜)ではなく一番近しい人(ジン)だった。当然、特に意識していなかったので彼女が最初にジンの名前を出した理由は解らない。

 ただまあ、口に出してしまった以上横にいたガロロには丸聞こえであった訳で。

 

「……彼か?」

 

「!? ち、違う」

 

 猫の癖に出歯亀である。ニタニタとした顔をするものだから耀は反射的に必死になって否定するもののそれがまた彼の商人根性を剥き出しにしてしまう。

 

「へへぇ~。見た感じ他人に関心が浅そうだってのになかなかどうして、最近の人間は大人じゃあないの」

 

「……余計なお世話。だいたいジンと私はそういう関係じゃ……ない」

 

「……ふ~ん」

 

「なに」

 

「なんでも」

 

 春日部 耀は気付かない。自分の発言に少し悲しさに似た感情があった事を。

 春日部 耀は気付けない。自分の内に眠る何かが胎動を始めている事を。

 春日部 耀は知っている。自分に去来する何かは、自分の根源に何か関係していると。

 

 それを全て理解しているのは決して彼女ではなく、彼女を良く知り、彼女の目の前にいる人物ただ一人であった。

 

◆◇◆

 

 ”アンダーウッド”収穫祭本陣営。

 

 黒ウサギが出した”審判権限”により一応ゲームが中断され、十六夜達+琥珀は大樹の中腹にある連盟の会議場に足を運んでいた。

 集まったコミュニティは四つ。

 

 ”龍角を持つ鷲獅子連盟”所属、”一本角”の頭領にして連合の議長であるサラ=ドルトレイクと彼のサーヴァントセイバー。

 ”六本傷”頭首代行、キャロロ=ガンダック。

 ”ウィル・オ・ウィスプ”参謀代行、フェイス・レス。

 ”ノーネーム”から頭首ジン=ラッセル、逆廻 十六夜、久遠 飛鳥、そして”ノーネーム”所属サーヴァントのアサシン。

 ”サウザンドアイズ”からの派遣者、清少納言。

 そして最後に十六夜の要望で特別に参加席が設けられた剣士のサーヴァント、琥珀。

 信長は絶対話をややこしくすると思ったジンがお留守番にした。なんとかおだてて。

 

 黒ウサギは会議の進行役として前に立ち、ぱっと委任状を長机において切り出した。

 

「えー、ではこれよりギフトゲーム"SUN SYNCHRONOUS OUBIT in VAMPIRE KING"の攻略会議を始めたいと思います!

 他コミュニティから今後の方針について委任状を渡されておりますので各コミュニティの代表、特に収穫祭"主催者"コミュニティのサラ様とキャロロ様は責任を持った発言をお願い致します」

 

「承知した」

 

「了解でーす」

 

 それぞれの性格がよくわかる返事を聞いた黒ウサギは早速会議に移ろうとする。

 

 が、そこで十六夜がキャロロの鍵尻尾に既視感を覚えてあ、という声を出す。

 

「もしかしてお前、二一◯五三八◯外門で喫茶店やってる猫のウェイトレスか?」

 

「あ、気付いちゃいましたお客様?

 その通りです、あの喫茶店は我が"六本傷"が経営しているんですよ。今後ともご贔屓にお願いしますよ常連さん」

 

 にゃふふ、なんていう一見わざとらしい猫撫で声を出す彼女をサラは同志として誇らしげに紹介する。

 

「彼女は”六本傷”の頭領ガロロ=ガンダック殿の二十四番目の娘でな。ガロロ殿に命じられて東側の支店を仕切っているのだ」

 

「実は諜報活動もやっていたりするんですよ~。無論、常連さん達の目まぐるしい活躍も余す事無く(ボス)にお伝えしておりますとも!」

 

 へえ、と十六夜と飛鳥は思わず関心する。そう言えば彼女は初対面の頃から情報通の面を持っていたのだが、まさか本当にそういう方向の人間だったとは思いも寄らなかったのだろう。

 

 ニッタァ、と十六夜が嫌な笑みを浮かべる。

それを見たジンはあっ……と嫌な予感を抱いたが最早自分には止めようがないと即諦める。

 

「なるほどなぁ。一店員であるアンタがこの”アンダーウッド”に顔を出しているっていうのはそういうわけか。

 いやこれは参った、でもこういう事を聞いた以上は今後あの店には入れねえなぁ、お嬢様?」

 

「ええそうね十六夜くん。迂闊にコミュニティの沽券に関わる事を知られてしまっては堪らないわ。

 それにそれまであのカフェで喋っていた事も全て筒抜け。怖くて使えたものじゃないわね」

 

「……へ、え?あの、常連さん?」

 

「これは一つ、二一◯五三八◯外門の”地域支配者(レギオンマスター)”としてビシッと周辺に注意喚起しておくべきじゃないか? そうだな、『”六本傷”の旗下に間諜の兆しあり!』とかで」

 

「ちょ、ちょちょちょちょちょっと!?それじゃウチのお店商売上がったりになっちゃうんですけど!? 取り潰しになった挙げ句(ボス)に何言われるか解ったもんじゃないんですけど!?」

 

 キャロロがそう言った途端、二人のにやけ顔が一層強烈なものになる。

 キャロロとて常連さんのそんな悪い顔の意図を理解出来ない程鈍くはない。少なくともこうして頭領の代行を出来る程度には聡いと自負している。

 横暴だ。紛う事無き横暴である。

 世が世なら間違いなく脅迫罪と公務員職権濫用罪で逮捕される案件である。

 

 うぐぅ……やらぬぬ……やらと唸り、やがて彼女は断腸の思いで口を開く。

 

「こ、今度から皆様に限り! 当店の商品を全額一割引きで提供させていただきますっ!」

 

「「三割」」

 

「うにゃあああああ!!! サ、サラ様ぁぁぁぁ!!」

 

「……よしよし、今度からは軽率な発言は控えような」

 

 よしよし、と優しく頭を撫でつつサラっと辛辣な事を言う。サラだけに。

 

 そんなぐだっとした空気を見て流石にこれ以上は、と思った仮面の騎士はあの、と口を出す。

 

「……そろそろ進めてはいかがでしょう」

 

「そ、そうですね……それでは攻略会議を。と行く前に、サラ様から皆様にお伝えしたい事があると伺っています」

 

 何? と一同が首を傾げる。サラは表情を変えて沈鬱そうにうむ、というと重たい声音で喋り始める。

 

「……皆、これから話す事はこの場だけの秘匿事項にしておいて欲しい。伝えねばならない情報ではあるが、伝えてはならない情報でもあるのだ」

 

「……? はい、解りました」

 

 代表してジンが答える。サラは沈鬱とした表情を繕おうともせず、少しの沈黙の後に切り出した。

 

「……まず一つ目。先ほどの音の発生源、”黄金の竪琴”と同時に”バロールの死眼”が盗まれた」

 

「バ、”バロールの死眼”が!?」

 

「それは本当なのですか!?」

 

「ああ。凡百の巨人には使いこなせなかろうが、ヤツらの戦力が大幅に増えた事は違いない。死眼にはまた別で対策を練ろう」

 

 そう言うとサラは表情の暗さを一層重いものに変え、また話し出す。

 

「それと二つ目。これの方が思い事態だ。”アンダーウッド”の平穏に関しても、箱庭そのものの平穏に関しても」

 

「……と、言いますと」

 

「ああ……休戦前に連絡が入った。キャスター殿がこちらに救援に来る直後の事だそうだ」

 

「清原ちゃんと呼んで頂戴な」

 

「……では百歩譲って清原殿だ。彼女が南に来た直後、北側と東側の”階層支配者”が魔王の襲撃に遭ったとの事だ」

 

 息を呑む音すらも聞こえる静寂。どうやら司会進行の黒ウサギも初ウサ耳の事態のようで口をあんぐりと開けて呆けている。

 

 それが事実ならば現在箱庭は二人の”階層支配者”がいる北側への襲撃の都合、四体の魔王が一斉に襲撃を仕掛けているという事だ。

 その異常性は箱庭での日が浅い十六夜と飛鳥でさえ解る。

 

「……これ、偶然じゃないわよね。まるで示し合わせたかのように。それってつまりその複数の魔王を統率する某がいる事は」

 

「疑いようもないわね……でもああ、なるほど。納得するには十分な内容がてんこ盛りね、読者サマ」

 

「だな。作者サマ」

 

 清少納言と十六夜だけが納得したように声を出す。

 黒ウサギはそのニュアンスと二人の妙にフランクな会話を見て頭に疑問符を浮かべたようで、二人に質問を投げ掛ける。

 

「えと、納得、と言いますと? それに御二人様方、随分と仲が良さそうなのが気になるのですが……」

 

「その事ね。最初の事については後回しにしておきましょ。後者は……私あんまり興味ない事だったから読者サマに任せるわ」

 

「OK、任されたぜ作者サマ……んじゃ、まずサラって言ったな。お前が元”サラマンドラ”の後継者だったっていうのは本当か?」

 

「そうだが、それがどうかしたのか?」

 

「じゃあ一ヶ月前に”サラマンドラ”が火龍誕生祭で魔王に襲われたっていう話は?」

 

「無論だ。出奔したとはいえ生まれ育ったコミュニティだぞ。知らぬ筈がない」

 

 コケにされていると思ったのか、サラはむっと眉を顰める。

 しかし十六夜は緊迫した表情になり、その場にいる一同を見回してから、

 

「じゃ、その魔王の侵入の手引きをしたのが”サラマンドラ”そのものだっていうのは知ってたか?」

 

「なんですって!? それ本当なの十六夜くん!」

 

 サラ達が驚くより先に飛鳥が十六夜に掴みかからんという勢いで迫る。

 対して十六夜が落ち着け落ち着け、と言うと飛鳥は何か言いたそうな顔をしながらしぶしぶと席に戻る。十六夜がこんな事態に他コミュニティの不祥事を理由もなく暴露する人物ではないと解っているのだろう。

 

「……それは初耳だ。しかし理解もできる。

 幼いサンドラが”階層支配者”になる事に反感を覚える者達への見せしめにする腹積もりだったのだろう……そしてマンドラも百も若い妹にその座を譲らざるを得なかった己の不甲斐なさから異議を唱えられなかった。

 いざサンドラが死んでもあの父上だ。病に伏すなど到底考えられないし自分がまた再任すればいいとでも思ったのだろう……まったく、あの父上のやりそうな事だよ」

 

 吐き捨てながらそう言う。

 

 サラの様子を見ていた黒ウサギはウサ耳を垂れさせながらあのぅ、と聞き辛そうに質問する。

 

「でしたら何故前頭領様はサンドラ様にコミュニティのリーダーという座を譲ったのでしょう……?」

 

「さあな。その辺りはそこの少年と清原殿の方が詳しいのではないか?」

 

 サラが再び視線を二人に戻す。十六夜は先程よりも難しい面持ちになり、小さな声でああ、と答える。

 

「俺も最初はサンドラの顔立てだと思ってた。マンドラも本気でそう思っていたんだろうな。……が、どうにもそんな単純な話じゃなさそうだ」

 

「と、言いますと?」

 

「……あ、見えてきました」

 

 黒ウサギが問うと同時にジンが事態の内容を大雑把に掴んだようで声を挙げる。

 

「よし、んじゃこっからは御チビにパスだ。間違ってたら全力で小バカにしてやるから安心しとけよ?」

 

「それに安心する要素がないんですけど……と、じゃあ答えさせて頂きます。

 黒ウサギ、そもそも以前の誕生祭に現れた魔王、”黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”ペストの目的はサンドラじゃなくて()()()()()()()()()

 

 ジンのその言葉にとうとう黒ウサギも息を飲む。彼に一歩遅れたが朧気でも正答が見えてきたのだろう。

 

 太陽の運行を司る白夜叉の参加を命じられ、なおかつその権利を強制的に剥奪させる”主催者権限(ホストマスター)”、これほど稀有な能力もなく若手と言えど白夜叉への対抗策としては十分な手札だった。

 

「誕生祭のメインホストはサンドラ、白夜叉様はあくまでゲストだった。当然"サウザンドアイズ"の主力は連れてこず、白夜叉様が直接使役するサーヴァントのジキルさんとせ……清原さんだけ。

 その上南側の前階層支配者はペストの襲撃とほぼ同時期に討たれた。

 ……偶然にしては出来すぎてるんだ。元来魔王は魔王同士では群れない。それが無意識に思考の外側に投げられているとしたら、考えられる事は一つだけだ」

 

「で、ではまさか━━━」

 

「恐らく()()()()()なんでしょう。仮称”魔王連盟”は何の目的があってかはいざ知らず"階層支配者"を討ち果たせるようほぼ同タイミングで襲撃をしたと考えれば納得が行きます」

 

 ですよね?と前回の魔王戦での考察発表よりも一段と自信に満ちた声で十六夜に向き直る。

 十六夜は軽薄な笑みを崩さずにニッと笑うと、

 

「グレートだ御チビ。満点をくれてやる。

 補足すると、これらの一件にはそれが可能になるように手引きした組織もいるって訳だ」

 

 十六夜の視線がサラを鋭く射抜く。

 

 この時ばかりはサラも肝を冷やす。流石に出奔したとはいえ故郷がそこまで鎖果てていたとは考えたくなかったのか不安そうに問い直す。

 

「少年。お前はこれらの一件を手引きしたのは私達の父上だ、そう……言いたいのだろうか」

 

「いや?俺が言いたいのはあくまで”サラマンドラ”の前頭領が関与している可能性が高いって事だ。しかも推測が半分で確定材料になりはしない。

 だいたい動機も不明と来たもんだ。他の”階層支配者”を貶めて何になる?」

 

十六夜の嘘偽りのない真摯な眼差しにサラは 一先ずほっとする。

だがそんな彼女に追い討ちをかけるように質問を投げ掛けてきたのは仮面の騎士フェイス・レスだ。

 

「……サラ様、確認しておきます。現時点での”階層支配者”は”サウザンドアイズ”、”サラマンドラ”、”鬼姫”連盟、そして休眠中の”ラプラスの悪魔”で間違いはありませんね?」

 

「うん?ああ、そうなるな」

 

「……”階層支配者”のうち三つが不在となった時箱庭は臨時の手段としてそれの上位権限”全権階層支配者(アンダーエリアマスター)”を決める必要があります。

 敵の狙いはもしやそれではないかと」

 

 何?と声が上がる。

 

 サラもジンも、黒ウサギでさえ初耳の聞き慣れない単語を口にしたフェイス・レスに一斉に視線が集まる。

 

「あ、それなら私も聞いた事あります……っていうか聖杯から箱庭に関する情報を叩き込まれた時に情報の一つとして入って来ました」

 

 だがしかし、もう一人それを知る者が。

 琥珀だ。彼女はアホ毛をピコピコと揺らしながらはいっ、と右手を顔の辺りまで上げてそう言う。

 

「いえ、私は知らなかったわ」

 

「わたしたちも……」

 

「すまない、俺も同じくだ」

 

 しかし彼女と同じくサーヴァントであるはずの三騎は一様に知らないと否定する。

 あれぇ?と首を傾げる琥珀だが、すぐに話を引き留めてしまった事を思い出してフェイス・レスに頭を下げる。

 

「あ、ごめんなさい差し出がましい事を!どうぞ是非続きを!」

 

「いえ……この状況で続けろと言われましても困りますが。まあいいでしょう。

 私も以前”クイーン・ハロウィン”に聞いた程度ですが、その話によるとなんでも、”階層支配者”が全滅、あるいは一人を残すのみとなった場合に限り、暫定四桁の地位と相応のギフト―――太陽の主権の一つを与え、東西南北から他の”階層支配者”を選定する権利を与えられると」

 

「んなっ」

 

「そんな制度あるのですか!?」

 

 箱庭を巡る太陽には二十四の主権がある。それが”黄道の十二宮”と”赤道の十二辰”。これら二十四の主権を持つ最多の権利、それが太陽の主権というものである。

 

「私も女王に聞いただけの話なので何を戴いたのかは知り得ません。

 ですが、彼女の話によると過去にその権利を頂戴したのは二人。東の”階層支配者”、白夜王白夜叉とたった今我々にギフトゲームを仕掛けた魔王、レティシア=ドラクレアと聞いています」

 

「レ、レティシア様が”全権階層支配者”……!?」

 

 黒ウサギが更に驚いたような声を挙げる。だが黒ウサギ以上に驚いていたのは、そのフェイス・レスである。

 

「……知らなかったのですか? ”箱庭の貴族”ともあろうお方が」

 

「うっ……く、黒ウサギは一族でもぶっちぎりの若輩な上そこまで詳しく聞く間もなく里が滅んでしまいましたから……」

 

 ウサ耳をへにょらせて凹む黒ウサギ。

 十六夜はその姿を見てやれやれ、と言いながら助け船を出す。

 

「まあぶっちゃけ、黒ウサギは”箱庭の貴族(笑)”だからな」

 

「その渾名を定着させようとするのはおやめなさい!!」

 

 スパーン! と豪快一閃。その様子を見ていた仮面の騎士は表情を変えずにポツリ、と一言。

 

「成程、”箱庭の貴族(笑)”でしたか」

 

「真顔で便乗するのもおやめなさい!!!」

 

 再び豪快一閃。とうとう”ノーネーム”以外の人間にも突き刺さったハリセン。

 フェイス・レスは名前に反する程感情的な面持ちで黒ウサギに痛いです、とだけ言う。

 

 しかしそんな彼女にむっとした飛鳥が黒ウサギを庇うように立ちはだかり、

 

「ちょっと貴女、ぽっと出の新人の癖に私達の黒ウサギを解っているような物言いは止めなさい。第一彼女は”箱庭の貴族(笑)”なんかじゃないわ」

 

「あ、飛鳥さん……!」

 

「彼女は”箱庭の貴族(恥)”よ」

 

「って何言ってるんですか!?」

 

「それだッ!!!」

 

「まったくもってそれじゃないですよ!!!」

 

「……成程、申し訳ありません。”箱庭の貴族(恥)”でしたか」

 

「もーーーーーいい加減にしなさい!!!!」

 

 スパーン!! という快音が三つ同時に鳴り響く。

 石火春雷、一閃にて証を示す。かの侍っぽい誰かがそう言っていた。これぞ黒ウサギの秘奥義、秘閃ウサギ返し。ハリセンの一閃を三つまったく同時のタイミングで放つ回避不可の魔ハリセン。人間が体得するには一生涯を剣に捧げた剣豪が一生を掛けて体得するような必殺の攻撃を、黒ウサギのたゆまぬ努力と月の兎の優れた身体能力、そしてボケの過剰供給によって問題児達が来た数ヶ月で我が物としたのだ。

 

 そういえば昔”ノーネーム”とそれなりに親交があったコミュニティに超強い農民がいたな。十六夜さんには言いたくないな、とジンは頭のどこかでそう思いながら緊張感を一気になくした空気の中用意されていた南の渋いお茶を口に着ける。

 

「うわ、渋……」

 

 彼はまだ詫び寂びとざっくばらんな断捨離の心地よさを理解できていないようだった。

 

 






 ジンくんがどんどん穢れていく今日この頃。このままだと連盟旗編辺りでエンブリオ編のジンさんになりそうで怖いです。

 三巻からちょくちょくっとフラグを建設しているのですが、ストーリーの本筋に入るとか、メインキャラ追加とかそういう意味ではここからが本番です。

 え? 本番に入るまでに一年半掛かってるって? 知るかよ!(開き直り)





 こっから茶番

 キアラさんがな、呼符で来たんじゃ……ボブ改めデミヤは出なかったんじゃ……

 オルタの資料とかせっかくキアラさんが来たんだから、と思ってたのに……ちくせう……



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くえすちょんすりぃ 空と地上の、謎解き模様



 今回は歯切れが悪くなりそうなので結構短め。最初のパート前回と都合させればよかったかなーなんて思いながら初投稿です(大嘘)




 

 

「さて、話を戻しましょうか。といっても私もあくまでクイーンに聞いただけの話ですので、実際に耳にした訳ではありません」

 

 秘閃・ウサギ返しが炸裂した直後、フェイス・レスはさも当然といった風に話を再開する。そのあまりの変わり身の早さにはさしもの黒ウサギも脱帽モノである。

 

「時間も有意義に使うべきでしょうし詳細は省きます。”全権階層支配者”となったレティシア=ドラクレアはその際手にした権限と恩恵を利用して上層の修羅神仏に戦争を仕掛けようとしたそうです」

「レ、レティシア様がそのような事を……!?」

 

 ”ノーネーム”一同はそろって顔を見合わせる。普段温和な彼女が戦争を仕掛けんとしたという事がどうにも信じ難いのだろう。

 

「その戦争って……つまり、”魔王ドラキュラ”として?」

「いえ、そこまでは聞き及んでいません。ですが、その後戦争を阻止しようとした同族の吸血鬼達が革命を決起し、同族殺しの末吸血鬼は滅んだ、と」

「レティシア様が、同族殺しを……!?」

「はい。これに関しては当時を知るクイーンの言葉なので間違いないかと」

 

 うっ、と怯む黒ウサギ。

 同族での殺し合いとは即ち、コミュニティ間での殺し合いをしていたという事でもある。酷く沈鬱とした雰囲気に包まれた”ノーネーム”メンバーだったが、サラは成る程、といった表情で”契約書類(ギアスロール)”に目を通す。

 

「そうか……第四の勝利条件である”玉座に記された獣の帯を(しるべ)に、鎖に繋がれた革命主導者の心臓を撃て”とは当時の革命の主導者の首を差し出し殺せ、という意味だったのかもしれないな」

「……そうでしょうか」

「それ以外どう解釈すればいい。”獣の帯”、”砕かれた星空”といった抽象的なキーワードに比べて格段に解りやすい。

 ペナルティを受け、いよいよ後の無くなった吸血鬼達は革命主義者Xを追い立てて殺し———」

「なんの解決にもならなかった訳だ()()()()()()()()()()()()()。つまり”革命主義者”というワードはミスリードって事になるな」

 

 ……ぬ、と不服そうに十六夜を見つめるサラ。

 

「いやいや、まだ解らんぞ。この革命主義者は生きていた、というオチも有り得る。なにせ純血の吸血種だ。不老で今も死んでいないという事だってある」

「じゃ、ソイツをこれから探して殺すか? この四つに分かれた地区でさえ恒星級の距離が開いた箱庭で、生死不明の吸血鬼一匹を探すか? 馬鹿も休み休み言え」

 

 ぬぬ、と何も言い返せなくなる。やはり口で彼に勝つのはかなり難しいのだ。

 彼は話し合いは終わった、と言わんばかりに立ち上がる。

 

「いずれにせよ情報不足だ。何から考察するにせよ決定打に欠ける以上ここで話しても仕方がない。

 で、俺から提案だ。地上に残って巨人族から”アンダーウッド”を守る部隊とあの居城に乗り込んで直接クリアを目指す部隊。”龍角を持つ鷲獅子”連盟は退こう運搬を請け負うコミュニティもある。飛行手段も事足りる」

 

 彼の提案を聞いたジンは即座に彼の発言をフォローするように言葉を付け足す。

 

「それにか……あの古城に連れ攫われた人達も心配です。もし仮に彼らがペナルティを受けているとすれば時間もないでしょう。多少強引と言われようがそちらの方向で話を進めるのが妥当かと。この続きはまた今度、情報が整ってから改めてという事で」

 

 さり気なく、とはまったくいかなかったが同志を助ける為の口実作りもしっかりしておく事も忘れない。

 サラもまたその意見を頭ごなしに否定せずコクリ、と快諾した。

 

「解った。精鋭を選りすぐり、二日以内に準備を整えよう。その時は申し訳ないが、両コミュニティ共加勢を頼みたい。

 ……それと、心ばかりのもてなしではあるが、両コミュニティには最高級の客室を用意してある。このような状況ではあるがせめて”アンダーウッド”を楽しんでいってくれ」

 

 促され、全員は一斉に席を立つ。

 これにて初日の攻略会議は終了。”ノーネーム”一同は主賓室に向かうべく、大樹の幹に作られた水のエレベーターを使ってゆっくりと下っていく。

 その際十六夜はポツリと呟いた。

 

「……お嬢様はどう思う?」

「どう、って?」

「レティシアが魔王になって同志を虐殺したって話だ」

 

 彼らしいストレートな質問。飛鳥もまた彼女らしさを崩さずにそうね、と呟く。

 

「昔の彼女なんて知ったこっちゃないわ。今のレティシアは、私達のよく知るレティシアは金髪の可愛いメイドさんでしょう? ならそれでいいじゃない。略奪されたままだなんて黙っていられない。

 というか、それを言うなら貴方の大事な大事な妹にも同じ事が言えるわよ」

「……そうだな。全面的にその通りだ。俺も人の事言えねえわな」

 

 ……因みに、十六夜が聞いていた事はそういう事では無かったのだが。それはそれで面白いか、と思ったのと確かに倫敦の伝説的殺人鬼を妹的存在として甘やかしている自分がそれを言えたものでもないしそれ以上は言わない事にする。

 

「Yes!宿場に着き次第ギフトゲームの考察をしちゃいましょう!」

「ええ、春日部さんの事よ。どうせお腹でも空かせてるに違いないからさっさとクリアしましょう」

「え? ゲームの考察なら終わってるぞ?」

「「「は?」」」

 

 唐突な告白。ジンは驚かず、呆れもせずじとー、と彼を見つめるだけ。

 

「えーっと、あの、常連さん? 貴方さっき議長に『情報少ないしさっさと諜報隊寄越すべき』みたいな事言ってませんでした?」

「うん? なんだ、そんな風に聞こえたのか。俺は『情報少なかったけど謎解き終えたしさっさとゲームクリアしようぜ!』っていう意味で言ったんだが」

 

 ついでに救援部隊でも編成してくれたら嬉しいなー、なんて。その程度に。

 確かに彼は『ゲームクリアの為の部隊』と言っていたが、まさか文字通りだとは思いもしなかった。

 

「んまあでも、誤解してるんならそれはそれで好都合だなー。ウチの可愛いメイドを何処ぞのコミュニティにくれてやるのは俺も嫌だしなー。もし仮にそんな事になったらそれこそ殺し合いだったわー」

 

 白々しい事この上なかった。

 

 キャロロはこの白々しい演技に一瞬目をパチクリとさせていたが、やがてスッ、と冷静になり

 

「……この件に関しては議長に報告を」

「何!? 全品五割引!? なんて気前の良さだ、俺達には絶対にマネできないな!」

「いやんする訳ないじゃないですか♪」

 

 逆廻 十六夜はどこまでもあくどい男だった。

 

◆◇◆

 

 吸血鬼の古城、城下。日差しをシャットアウトした事と雷雲の付近に点在する事により吹き荒ぶ湿った風が耀とガロロを通り過ぎる。

 箱庭の吸血鬼の歴史をアーシャと共に一通り聞いた耀はふむ、と思案に明け暮れる。そんな彼女を見たガロロは手で膝を叩きながら問う。

 

「どうだ嬢ちゃん。俺の話は役に立ったかい?」

「私にゃ全然わっかんね。やっぱ”革命主導者”ってのがキーワードなんじゃねえの?」

「……ありがとうガロロさん。なんにも役に立たない」

 

 そのあまりにもあんまりな物言いに二人は思わずずっこける。それを見てすぐに自分が一言足りていなかった事を理解すると「や、そうじゃなくて」と弁明する。

 

「私が知りたかったのは吸血鬼達の趨勢の話じゃなくてそれより前。”革命主導者”っていうのはクリアの非現実性からきっとミスリードだと思う。で、私が知りたかったのは、このお城が”()()()()()()()()()”であるか否かっていう事だったんだ」

「……どゆこと?」

「このゲームの名前だよ。”SUN SYNCRONOUS ORBIT”。直訳すると太陽同期軌道……なんていえばいいか、そう、太陽と特定の距離を保って飛ぶ人口衛星の事を指すんだ」

 

 春日部 耀の生まれは問題児三人+一人の中では最も文明レベルが高い世界だ。例え十六夜の世界では知っている人がそういない単語であったとしても進んだ時代の彼女の世界ならば一般に普及していてもなんらおかしくはない。

 

「じ、人口衛星ですか!?」

 

 耀の言葉に声を出したのはカボチャのジャック。しかし問われた耀もまさかジャックがその質問をしてくるとは思いもよらず、え、なんて間抜けな声が出る。

 

「人工衛星、知ってるの?」

「え、ええ。私が箱庭に招かれたのは一九六〇年代の事でしたから。一応……いえそれより春日部嬢、この城が人工衛星とは———!?」

「うん。でも箱庭的には人工というよりは、神造衛星って言うべきかな。多分その辺りは聖杯と同じだと思う。

 話を戻すと、このお城が太陽周期に関わる神造衛星っていう仮説が正しいとすれば、それはこのゲームのタイトルからもわかる通り”太陽”や”軌道”に関するものなんじゃないかな」

 

おお、と感心するジャック。

 

「ヤホホ……では、吸血鬼はもしかすれば、我々の知る遥か未来からの来訪者、だったのかもしれませんね……」

「うん、それは私も思った」

 

 箱庭はあらゆる時代と繋がっている。その為格時代の考察や迷信の入り混じった書物が散見されるのも致し方のない事だろう。

 それに、ガロロ曰く彼等は環境変化によって太陽光が著しい弱点と化し、自らの住まう惑星を廃棄した者達。これらのファクターから、二人には吸血鬼という存在が近未来的な存在なのではないかという予想を立てたのだ。

 

(……あれ、そういえばカボチャのジャックが箱庭に来たのは一九六〇年代って言ってた……でも、それだと()()()()()()()()()()()()()()()()()

 てっきり切り裂きジャックによる殺人がパタリと止んだ日の付近で箱庭に招かれたせいで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだと考えてたんだけど……)

 

 そこで耀のふとした思考を遮るようにガロロが声を出す。彼は”衛星”という概念を知らないのだが、耀の最後の言葉に反応したのである。

 

「”太陽”と”軌道”が関連付けられるゲーム……するとお嬢ちゃんは”獣の帯”が”獣帯(ゾディアック)”なのだと踏んで読み解いているのか?」

「ゾディアック?」

 

 聞きなれない単語に頭を傾げるアーシャと木霊の精霊キリノ。ジャックはそんな彼女らに対して諭すようにして説明する。

 

「”獣帯(ゾディアック)”とは、”黄道帯”や”黄道十二宮”を指す別称ですよ」

「……こ、”黄道十二宮”……それって獅子座とか牡牛座とか水瓶座とかの星座の事ですか?」

「ヤホホ、正解です。そもそも十二の星座とは、太陽の軌道を三十度ずつズラして星空の領域を分ける天球分割法で―――」

 

ハッと、息を呑むように言葉を切る。

 表面上は陽気にふるまうジャックだが、その裏では閃光が如く思考を巡らせる。

 

「天球の分割……まさか」

「うん。多分そういう事なんだと思う。第三の勝利条件、”砕かれた星空を集め獣の帯を星空に掲げよ”っていうのは天体分割法によって分かたれた十二の星座を集め、星空に掲げる……って意味なんじゃないかな」

 

 ちょっとだけ不安に締める。彼女自身それがまだ確信に至ったわけではないと自覚しての事なのだが、周囲はその論にグッと息を呑む。

 

「ヤホホ……! グッド、グレートですよ春日部嬢! その推論は多くのワードに符号します! これはゲーム攻略の偉大な一歩です!」

「で、でも。星座を集めろって意味がまだよく解らない。これじゃ集めるものがわかっても打開策が組めないよ」

「いえいえ。例えそうだとしてもにっちもさっちも解らなかった先程とは見違える進歩ですヨ!」

「その通りだぜ嬢ちゃん! んじゃあさっさと手がかりを掴む為にガキ共にも伝えよう!」

 

 豪快に笑い音頭を取るガロロ。これで希望の手がかりは見つかった。

 彼女達はこのゲームから生き延びる為、動き始めるのであった。

 

 

 

 






 みんな、シノアリスやろう!(ダイマ)

 今回はあとがきネタないのでこれだけだよ!



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くえすちょんふぉう 苦悩、流せず



 最近、ジャックがマトモに喋らない! いや、立場や境遇から彼女を主題にして動かす事ができないからなのですが、それにしたってここ最近ジャックが喋らない……

 喋らない間にジンくんが意味不明な方向に向かうし、手元のプロットにある予定が意味わかんねえし……

 そんな事はさておいて本編行きましょ。




 

 

 その日の夜、ジンはやはりというか、信長の下に足を運んでいた。十六夜達には人に会いに行く、とだけ伝えてある。

 何故か物凄くからかわれたが、それはまあ余談という事で。

 

 今回彼が信長の下へ来ているのは単に彼女に呼ばれたからだ。彼女は会議前に一言ジンに

 

「こんな侘び寂び溢れる場所で一人でおれとか無理な相談じゃし、夜わしんとこ来い小僧!」

 

 なんて口説かれたからである。

 ジンとしても別に織田 信長を名乗る彼女は嫌いではないし疎ましくもない。それに何と言っても日本にとって最大の歴史の転換期(パラダイム・シフト)であろう戦国の世を生きた三英傑、そのトップバッターである者と話すという事は己の指揮者としての成長を見込めるかもしれないとも思っての判断だ。

 

 信長は居住区の一角、見事に崩れた一軒家の瓦礫に昼間見た軍服とは一風異なる着物に身を包んで腰掛けていた。

 あぢー、と言いながらその着物を適当にはだけさせて胸元を煽る姿は年頃のジンには大変よろしくないものだったが、同時に彼女の女らしさの無さが露呈している。

 

「……む? おお、来たな小僧」

「えっと、ご無沙汰してます、信長さん」

「畏まらんでも良い。ほれ、(ちこ)う寄れ」

「で、では失礼します」

 

 ちょこん、と信長の隣に座る。彼女は手に持った赤黒いギフトカードから一升瓶に丸々入った酒と猪口を二つ取り出すとそのうち一つと酒瓶をジンに手渡す。

 

「……えっと?」

「注げ、わしの奢りじゃ。それくらいはやらねばバチが当たるというものよ。ま、わし神仏のバチとか全く信じてないんだけどネ!」

「あ、あの。僕まだ十二なんですけど」

「構うな構うな! お主のその謙虚さは買うが行き過ぎるとロクな事にならんぞ。

 うつけはのう、己に煌めく器がないからと手に持った器を磨く事を否定する。わしはそれが嫌いで仕方ない」

 

 挙げ句の果てに器が無くとも手に入れられた地位を投げ棄てる等してみよ! 最高にうつけ者じゃぞ! とまるで既に酒が入っているかのように笑う。

 

「ま、本音を言うと戦国(わしの時代)では戦場に行けば酒なぞ付き物であったからな。小僧には戦国の流儀に合わせて貰うぞ?」

 

 だからほれ、と猪口を揺らす。納得はしなかったが理解はしたジンは仕方ないとばかりに溜め息を吐いてから酒を注ぐ。とくとく、という清酒の音を久方ぶりに聞いたジンはつい三年前酒注ぎをしていた事を思い出す。

 

「なかなか上手いのう小僧」

「父とそのご友人がかなりの酒豪だったので。父は特にその傍らで酒造りにも精を出していたので大体の種類も解ります。軽くでしたら、造り方も」

「ほほ~う、それはまた良い。お主は実にわし好みの要素を多く持っておる」

「そ、それはどうも」

 

 ジン=ラッセルは意外にも多才な少年である。学習意欲は旺盛で理解力もある。そして同時に三年前までは児童世代で当時はまだ幼さの残っていた黒ウサギに次いで最年長であった事もあり責任感もあり、東側トップであった”ノーネーム”の下で育てられた過去もあり、才覚は人間の範疇で言えばかなり優秀だ。

 

「お主が欲しくて堪らんわええい。仮に小僧がわしの忠臣であったら猿との二枚岩であったろうに……あ、草履は暖めんで良いぞ?」

「女性の草履を懐で暖めるとか僕にはレベル高すぎて無理です」

「呵呵呵! 言いよるわ小僧! うん、正直な話あの時の猿はさしものわしも引いた!」

 

 殿の為最善を尽くしました!と犬のように信長に自慢をする(木下藤吉郎)の姿が何故か容易に想像できた。

 ジンはその姿を暫し想像した後ふう、と一言。

 

「ないな」

 

 とだけ呟いた。

 戦国三英傑のうち二人のイメージがたった数日で瓦解した瞬間だった。

 

「うむ、しかしそれにしても。この光景もまた風流よな」

 

 そんな事を思っていると信長はふと、そんな事を呟いた。

 

「え?」

 

 思わずジンは問い返す。愁いを帯びた目と表情でそう呟くのだ。彼の耳にはまるでこの”アンダーウッド”のだ惨状を彼女は受け入れて楽しんでいるかのように聞こえたのだ。

 

「ん、どうかしたか小僧」

「い、いえ。僕の聞き間違えじゃなければ信長さん、今この景色が良いものだ、と言いましたよね?」

「ああ、言ったぞ」

「なんで」

 

 ジンの奇異な物を見る目に信長はんー、と頭を掻くと廃屋の中を漁り、おもむろに一枚のボロボロになった屏風絵を引っ張り出す。

 

「小僧、これどう思う?」

「これですか? そうですね……痛ましい、と思います」

「うむ、他には?」

「他?」

「あるじゃろ、痛ましい以外にも」

「え、えっと……勿体無い?」

「……そう来るか」

 

 なんじゃ、と少しだけ残念がる信長。だが同時に何処か安心したような顔も見せる。

 

「……わしはのう、物にはこういう風に"壊れ、用途を失った時に感じるもの"にこそ真価があると考えておる。

 まあ価値観は人それぞれじゃ。あくまでわしの持論じゃし、小僧の感想を否定するつもりも毛頭ない」

 

 信長は愛おしそうに屏風を撫でる。屏風には金箔が振られた跡が見られるが、肝心の何を描かれていたのかが解らない。

 

「ほれ、言うじゃろ? 戦争の爪痕を残す事で戦争の悲惨さを伝える、とか。

 そういうのと一緒じゃ。壊れた物はいずれ壊れた姿に価値を見出だされる。本来人が想定しなかった役割を得た物というのはそれだけで美しい。

 なにせそれは何者よりも歴史を雄弁に語る最高の道具じゃからな」

「……そういうものなんでしょうか」

「少なくともわしはそう思う」

 

 栄華咲き乱れる立場から一転して疎まれる者となったジンには”破壊から生じる美しさ”を理解する事ができない。

 一方で女だからと疎まれながら育ち、やがて戦国の世に覇を唱える者となった信長は”失う恐怖”を知らない。

 

 二人は平行線で、しかし互いを認め尊ぶ。信頼関係、という程二人は深い仲ではないが、価値観の相違で相手の価値を否定する程信用していない訳ではない。

 ジン=ラッセルがこうして織田 信長の下を訪ねているのは単に偉人から学ぶのではなく、価値観の異なる相手が見る世界に興味があったからなのだろう。

 

 信長がジンの猪口に酒を注ぐ。よくよく見ると彼女の猪口の水かさは一切減っていない。どうやら本気で呑み相手にするつもりだったらしい。

 

「くく、この箱庭は確かに基礎を築いたのは修羅神仏であったのだろう。わしの記憶には確かにそう刻まれておるし、これを刷り込みの類いとは思わん。

 だがどうじゃ。今の”アンダーウッド”を築き上げたのは間違いなくその時代を生きる全ての者達で、それを今壊しているのも人の血族じゃ。この光景は決して神の産物ではなく、我等が破壊と創造を以てして産み出したこの世の真理の一つだ。

 この真理は、例え神であろうとわしは覆させん」

 

 満天の星空を指差しながら信長は立ち上がり呵呵と笑う。寂れた景観に似合わない彼女の笑い声は夜の"アンダーウッド"を木霊し、見聞きするジンにも不思議と活力を与える。

 

「何故ならば! 例え我等の元居た星すらも神の恵みによって栄えたものだとしても!

 世界を築いたのは天に座す俯瞰者でもなければ土着の崇拝対象でもない、時代を駆け抜けた志士達なのだからな!!」

 

 ワハハハハ! と大仰な高笑いをしてすぐ、彼女は瓦礫の中に座るジンに手ではなく猪口を差し伸べる。

 

「さあ、酌み交わそうではないか小僧。朝まで騒いで声を枯らせ! この景色にあるのは惨事ではなく新たな希望の狼煙であると敵味方にすべからく、あの空の城に居る者にすら知らしめてやろうぞ!」

「―――はい!」

 

信長の勢いと弁舌に充てられたジンは拒んでいた酒をあっさりと口に着ける。慣れない味に身体を火照らせ一気に飲み干して叫んだ。

 

「―――苦い! 不味い!!!」

「なんじゃとぅ!? わしの渾身の酒が飲めぬと言うか小僧! 罰として敦盛踊れ敦盛!」

「嫌ですよ、信長さんが踊ればいいじゃないですか!」

「わし踊ったら死亡フラグじゃぞ!」

 

 二人が怒られたのはその一時間後、騒ぎを聞き付けてやってきたサラにこっぴどく叱られたのだった。

 

◆◇◆

 

 久遠 飛鳥は消沈する。疲労に苛まれ身体は気だるげになり、しかし内側は酸素を求めて奔走する。貴族令嬢として大事に育てられた結果でもある人形のように流麗な手足はまるでその生活を嘲笑うかのように震える。

 

「……結局このザマ、か」

「大丈夫かしら、お嬢様? 貴女、あんまりにも隙だらけなものだから途中から趣旨が変わってしまったけれど」

「……いえ。ごめんなさい。私こそ五回も付き合わせてしまって悪かったわ」

「それは、そこの二日酔いマスターに行ってあげるべきじゃない?」

「あれは自業自得よ」

 

 飛鳥とペストの視線の先には顔を真っ青にしながらも二人の手合わせを見ていたジンの姿がある。

 

 事のいきさつを説明するとこうだ。

 先日の攻略会議の後、十六夜と飛鳥がちょっとした言い合いをした。と言っても、言い合いと言えるようなものでもない。ここ何度かのコミュニティの総力戦で十六夜が意図的に飛鳥と耀を最前線から遠ざけていた事に難色を示したのだ。

 飛鳥とて己を過大評価する程落ちぶれた人間でもない為、彼がそういう行動をとった理由はすぐに自分達の未熟にあると察した。”黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)”との戦いやペルセウスとのギフトゲームでは力不足は痛感していた為より確実な勝ちを狙って十六夜に従った。

 

 だが、理解と納得は異なるものだ。飛鳥にとってそれはむしろ理解しているからこそ屈辱的でもあったし、恥を払拭する努力と成果を築いて来たつもりだ。

 十六夜もそれは知っている。故に彼女を無下にせず諦めさせるため、希望のある無理、”ペストに一撃入れろ”を要求した。

 結果はこの通り、ペストが飛鳥を終始圧倒し、結局飛鳥は一撃も入れられずに終わり、ついでにジンは二日酔い。

 

「やっているな、”ノーネーム”」

「あ、サラ様。セイバーさんも」

 

 二人の戦いの騒音を聞いてやってきたサラと彼女のセイバーが歩いてくる。意気消沈する飛鳥と弱い者虐めに躍起になっているかのような構図に辟易しているペストを見て、サラは黒ウサギに問う。

 

「あの赤い少女、随分背負い込んでいるな」

「そう、ですね。飛鳥さんにも思う所があるそうで……」

「思う所、か」

 

 サラはそう言うと隣のセイバーに目を向ける。

 

「セイバー、お前はどう思う?」

「……心は十全だ。だが力と心の行き所を昇華させる才覚に欠けている」

 

 淡泊だが的確な指摘をするセイバー。だがすぐに彼は自身の発言を撤回するかのようにしかし、と続ける。

 

「剣術にしろ人形操作にしろ型は出来ている。それもいい出来だ。問題はその型に嵌まり過ぎてパターン化している事なのではないだろうか。

 余計な事かもしれないが、柔軟な行動が出来るようになれば彼女は彼女が持つ十を十二にする力を十五とも二十とも進化させられる筈だ」

「そ、それはとてもご親切にどうも」

「親切か……すまないサラ、黒ウサギ。親切ついでに少し彼女と話しがしたいのだが」

「私は構わんが」

「えと、黒ウサギも構わないのデスヨ」

「すまない、恩に着る」

 

 二人に頭を下げるとセイバーは飛鳥の方に向かっていく。

 謙虚というより腰の低い男性だな、と黒ウサギは思った。

 

「すまない、少しいいだろうか」

「―――え?」

 

 飛鳥の前に立ったセイバーは一言断ると彼女の腕や足、腹部に目を移してふむ、と呟く。

 

「ちょ、ちょっと何なの。流石に何も言わずに女性の身体をジロジロ見るのはどうかと思うわ。十六夜くんじゃあるまいし」

「っ、すまない。気に障ったろう。この通りだ。オレはどうとでも罵倒してくれても構わない。だが、オレがこのような男だからといって我がマスターサラを侮辱はしないで貰えないだろうか」

「……してないわよ。大体自分の非を詫びる殿方に理不尽な糾弾をする趣味もないわ、私」

「……すまない。こんな男で本当にすまない」

 

 やり辛い。実家にいたような単にへこへこしている人間でなければ十六夜のように傲岸不遜とは程遠く、ジンより卑屈。これまで飛鳥が出会った事のないタイプの面倒臭い男性であった。

 

「そ、それより。私に何か用でもあるの?」

「あ、ああ。すまない、そうだった。その、もしキミが嫌でなければオレが自衛程度はこなせるように実践向きの剣術を伝授しようかと思ってな。

 嫌ならそうと言ってくれ。いや、嫌だろう。すまない」

「だから、何も言ってませんと言っているでしょう。むしろ有難い話よ。

 出自は知らないのだけれど、剣術の英雄であるセイバーに手ずから剣術を教えて貰えるだなんて願ってもいない話だもの」

「そうか……すまない。ありがとう」

 

 飛鳥は謝り謝るセイバーが最後に言った”ありがとう”にほんの少し違和感を抱いた。彼の言葉は一つ一つが言葉を選んで失礼のないように取り繕われた真摯なものというイメージだったのだが、その言葉だけはそういうものとは違う感覚を感じたのだ。

 

 その脇でフラフラと黒ウサギとサラの方にペストを伴って寄って来たジンはうぇぇ、と言いつつ腰を着く。

 

「ジン、貴方昨日相当飲んでたわね」

「うう、面目ない……」

 

 はあ、と溜め込んだ疲れやら酒に任せて発散しようとしても出来なかったフラストレーションやらが落ち着いたせいか一気に溢れてくる。

 個人的にジン=ラッセル最大の恥だ。

 

「まさかジンが少し見ないうちに不良になっていたとは、信じたくなかったぞ」

「黒ウサギもなのデスヨ……」

「そ、その話はもういいでしょう……」

 

 顔を真っ赤にしながら俯く。酔いの影響でセンチメンタルになっているのにこの追撃とは優しくない。ジンはそう思う。

 

(やっぱり信長さんに言いくるめられなければよかったなぁ……信長さん、話の途中で逃げちゃったし)

 

 数時間前に彼女が説教中に「あー! わし急用思い出した! あとは頼む小僧!」などと言って消えていった信長の姿が今も目に映る。酔っていてその時は何も思わなかったが、あの消え方はどう見ても———

 

「サーヴァント、だったよなぁ……」

 

 織田信長という名を聞いた時点である程度の予測はしていたが、あれは明らかにサーヴァントが共通して持つ固有ギフト"霊体化"だった。一度サンドラのセイバーが見せたそれと酷似していたのだ。

 

 火縄銃を用いた物量戦法から察するに恐らく彼女はアーチャーなのだろう。銃を弓と言い張っていいのかは甚だ疑問だが織田信長らしいクラスを考えるとアーチャーかバーサーカーしかない。

 そしてバーサーカーと言うには二転三転とする表情はあまりにもおかしい。そのため消去法的に彼女はアーチャー。

 

(ゲーム再開までにはちゃんと戻ってくるんだろうけど、来てくれるか)

 

 思考に耽っていたジンは不貞腐れているとでも思われたのか、サラと黒ウサギにいっそうからかわれた。

 心外だった。

 

 






 教訓、酒は飲んでもなんとやら。



 茶番
バスターメスゴリラ「やはりおっぱい美女か、いつ出発する? 私も行こう」(クリティカル無しで鬼級丑御前ワンキルしつつ)

作者「武蔵院」



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くえすちょんふぁいぶ 再びはじめ、動き出す



 アニメでぬるっと動くジャックを見る事程幸せな事などあるでしょうか?




 

 

 例えば人には、絶対的な統一された意思があるとする。

 

 現象Aに対して人が起こす行動は幾らかのパターンがあるだろう。だが、それがBという固定でどの人類も固定されたとしたら?

 それは世界が人に敷くシステムそのものと化すだろう。それができる時代という物が、ある。

 

 絶対王政、あるいは奴隷への強制。そうして人はいずれ人に管理されて滅ぶ。当たり前のように訪れる、人を人と認知しない事によって訪れる、滅び。それが、”ドラクレア”という魔王。

 レティシア=ドラクレアはという魔王が持つ本質は、管理と奉仕による堕落と、その堕落に対する刑罰。慈母の笑みと為政者の威厳。いずれも内包する彼女こそが、この宇宙(そら)を旅するゆりかごそのものなのかもしれない。

 

 ———私の太陽は、何処にある? 

 

 それは太陽を求める串刺し皇女の、ゆりかごで呟かれた一言。

 

◆◇◆

 

 あるいは、その時世界で起きていた事は真実なのだとしたら。

 

 この眼前の悪夢は、きっと現実なのだろう。

 

 西郷 焰は夢を見る。一寸先に広がる闇。母と兄という光源がまるで連鎖するかのように消えたせいだろうか。彼の世界は何も見えない暗闇の迷宮そのものだった。

 

 だが、しかし、それでも。光はある。己も自覚しない光だったが、確かな光を放っていた。それは、西()() ()()という確かな光源。己という光源を自覚していない彼にとっては何故己が光源足り得るかも理解していない。

 

「―――なんだよ、コレ……」

 

 幾つもの問が少年の前に現れては消える。文字は朧気で見えない。

 声が聞こえる。幾つもの声が聞こえては脳を突き破っていく。

 

「……お前らは、誰だ?」

 

 問い返す。すると心なしか声が澄んで来る。複数個重なった声は、確かに焰の耳に届くのだ。

 

 私を、呼んでくれ。

 私を、呼んでください。

 (わたくし)を、呼んでくださいまし。

 私を、呼びなさい。

 

「誰だ……誰なんだよ……くそ!」

 

 始まりはゆりかごが宇宙に浮かんだ日に。その夢の終わりは、この語りが終えたその先に。

 

◆◇◆

 

 グリーともう一匹のグリフォンが空を並走する。夜が明け、いよいよ宙に浮かぶ古城へ突入する事となった。今回の突入は文字通り少数精鋭。十六夜と琥珀をはじめとしてサラと”一本角”の精鋭が幾らか。サラ曰く、二日で揃えられる限界との事だ。

 どのみちレティシアをやるつもりなんてないのだし、ぶっちゃけた話いらないお世話なんだけどなあ、と思いながら遥か下に置いていったジャックを気にかける。

 

 変な事……は別にいいとして。御チビの指揮を無視して迷子にならないだろうかとか、ハンバーグで他のコミュニティに出し抜かれたりしないだろうかとかそういう、年頃の兄が幼い妹にする至って普通の心配だった。

 

「十六夜は子供、好きなんですか?」

「ん? まあ……つまらない事考えるだけの大人よりかは何十倍も好きだな」

 

 横で異なるグリフォンに乗る琥珀の問いに適当に答える。適当とは言っても嘘を吐く必要もない質問だった為事実だが、あくまで雑かつ適当な返答である。

 その内には彼がジャックという少女を元の世界に置いて来た弟、妹と重ねて扱っているという少しの申し訳なさがあるのだが、その事情を知らない琥珀は単にしっかりと答えるのが七面倒だから適当に答えた程度にしか思わなかった。

 

「おかあさんって言われましたね、私」

「ん? そうだな。それがどうかしたか?」

「いえ、その理屈だと十六夜も私の息子ですかね? な~んて思っただけです」

「冗談はお前の異次元ワープみたいな脚力だけにしてくれ」

「それは多分十六夜が言っていい事じゃないと思いますけどね」

 

 違いないな、と呟く。

 

「……それにしても面白い光景だな。”箱庭”だって言うのに地平線が見える」

「洒落にならない広さと地球をモデルにしたような場所という条件がありますからね。私も一度自由に、鳥のように空を駆けてみたいと思っていましたが、これはいいものですね」

「珍しいか? この光景が」

 

 十六夜の横を並走するサラが目を輝かせる二人を見て嬉しそうに問う。二人は同じタイミングで頷き、返答する。

 

「ああ、珍しいね。空の旅なんて鉄の箱に閉じ込められた閉塞的なものでしかなかったからいいものだなんて思えなかったが……これはいい! この広く閉塞的な箱庭は生物、物、その全てが俺達には最高の宝物だ!」

 

 両手を広げ天を仰ぎ見る。

 朝の陽射しと身体を冷やす西風が心地良い。標高の高さと時刻から僅かに見える星がまた彼のテンションを上げるいい潤滑剤として機能する。

 壮大な光景を十六夜は堪能し、琥珀もまた未知の体験に心を揺さぶられている。

 

 ———だからだろうか、気付けなかったのは。

 

 編隊の真正面に突如現れた二つの闇に。

 それに最初に気付いたのは部隊を指揮していたサラだ。宇宙(そら)に浮かぶ古城への道程を遮るように現れたそれらは、奇妙で、歪で、異常で、生理的な嫌悪を醸し出す物体だった。

 

「…………ぁ、」

 

 闇は突如としてカタチを変える。怨嗟、孤独、殺意、害意、同調意識、我等のみに非ず、凡てである、故に、そう、貴様等も同罪なれば。

 声が聞こえる。太陽の陽射しに焼き尽くされた騎士達の絶望と諦観、憎しみを乗せて、二つの闇は姿を成した。

 

「……ぜ、全員逃げろおおおおおお!!!」

 

 絶叫、しかし何もかもがもう遅い。死神の顎と極刑の鮮血が怪物が如き姿を晒す。

 この異常な状況下において尚人を魅了する金の御櫛、血色を失い血を求め流離う狂気の瞳。暗闇に生きる彼等、彼女等こそが、吸血鬼と称される存在ならば。

 

 その名こそが、魔王”レティシア=ドラクレア”。護国の鬼を携え現れた彼女は無常な瞳で、サラの身体を刺し貫いた。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 ———それこそが、有るべき結末だった筈だ。

 

 サラ=ドルトレイクは己の死を自覚した筈だった。

 迫りくる狂槍。周囲を包む血色の杭。それらを知覚した時に彼女は既に、どうしようもない程に己の死を理解した。そして一瞬の抗いの後に諦め、この世からサラ=ドルトレイクという生命の鼓動が尽きる覚悟をした。

 

 ———逆廻 十六夜と琥珀という二者の介入が無ければ、サラはその思考通りの末路を辿っていたのだ。

 

「ッ、グ……!」

「………!」

「な……!?」

 

 十六夜の身体は槍に串刺しにされ、サラを襲う手筈であった杭の山々は琥珀の剣閃によって斬り飛ばされる。得物の差が如実に出た、というのだろうか。自力で言えば琥珀よりも十六夜の方が強いのは明白なだけにこの結果は戦力に大きく響く。

 

「お、おま……」

「ク、ソッタレが……!! 逃げろって言ってんのが聞こえなかったのかよ後陣は!? さっさとしやがれッ!! 死にてえのか!! ぶっ殺すぞ!!!」

 

 痛みに堪えるあまり言葉遣いが粗雑になる。それがいかに彼が苦悶の状況かという事を示しているだろう。グリーから跳躍した十六夜は貫通した左肩を煩わし気に抑えて叫ぶ。

 琥珀もまた完全に防ぎ切ったとは言えず、何本か杭が当たり、頬や腕に血が流れている。彼女は脇腹をやられ十六夜程は表情を苦悶に歪ませてはいないが、若干痛みを堪えるような顔を見せる。

 

「ッ……! やらいでかッ!」

 

 一喝、気合でその辺りはなんとでもする。数多くの修羅場を潜り抜け続けてきたサーヴァントである琥珀にとってはこの程度は慣れたもの、乗り越えなければ剣士未満である己がサーヴァント足り得る理由など存在しないという自戒の想いが彼女の原動力となる。

 

 他方、他の突入隊は突然の襲撃による混乱と十六夜の怒号に気圧され蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出すが、それがかえってレティシアともう一人の影の注意を引く。

 それを見た十六夜は更に顔をしかめる。

 今回はたった一発だけだったからすんでのところで防ぐ事が出来た。だがしかし、それが何度も乱射されれば? 第一、一度に射出できる杭がレティシアとは段違いなもう一つの影の存在がより煩わしい。

 

「クソッ、サラ、武器あるか!? できれば長柄のヤツで!」

「わ、解った!」

 

 サラがギフトカードから三又の槍を取り出して十六夜に渡す。

 受け取った十六夜は槍を右手に持ち、グリーの手綱を左手で握って状況を再確認する。

 

(チッ、手綱は握れるがそこまでか)

 

 内心で舌打ちをかます十六夜。そんな彼の状況を知ってか知らずか、琥珀とグリーがなるべく彼を安心させるように語り掛ける。

 

「十六夜よ、足は任せるといい。お前に誇り高き鷲獅子のあるべき姿を見せるまたとない機会だ」

「あの杭の方は私に任せてください。なんならどっちも私が倒しちゃいますけどね」

「……ハッ、言ってろ。飛べねえ以上はグリーに任せるが、琥珀は別だ。逆にあの杭の方も俺がぶっ潰してやる」

「言ってろですよ。土方さんもそうでしたけど、どうしてこう男の子は意地を張るのが大好きなんでしょうねえ」

「そりゃ、男の子だからだろッ!」

 

 十六夜は大仰に槍を振り回し、レティシアの影を威嚇するそれが終わると同時に、レティシアと鬼の手元から総数三百はゆうに超える槍と杭が放たれる。

 

「しくじるなよ琥珀!」

「そっちこそ!」

 

 槍を乱舞させて射出された槍を撃墜し、またあるいは迫る杭を一瞬で三枚卸しにする。二人共先日の巨人族の撃退戦で互いの癖や得意な手をある程度理解しているのだ。

 十六夜の死角を琥珀が斬り落とし、琥珀の対応できない位置を十六夜が撃ち落とす。さも数年来の相方同士であるかのような動きだが、まったくそんな事はないのが驚くべきところだろう。

 並外れた身体能力と動体視力を持つ十六夜と戦闘、敵を殺して生き延びる術と嗅覚を持つ琥珀にしかできない即席連携だというのは本人達も十分理解しているだろう。

 

 故に、二人は心底安堵する。

 今、背中を任せる者がここまで信頼に足る者である事のなんと幸福な事かと。

 月並みな表現かもしれないが、この者にならば背中を預けられるかもしれないと。その兄弟な本質的に力を持つが故に本質的に誰かを信頼する事のできない十六夜でさえもそう感じてしまったのだ。それはこの二人が魂のレベルで共鳴、同調している事に他ならないのだろう。

 

「琥珀!」

「はいッ!」

 

 襲い来る杭の山を一片たりとも残さない勢いで琥珀が強烈な速度で切り刻む。

 ある時は十六夜が。

 

「十六夜ッ!」

「任せたぞ!」

 

 一斉に投擲される三桁に及ぶ槍の雨を十六夜とグリーが巧みに立ち回り一本の槍で全て撃ち落とす。

 ある時は琥珀が。

 

「「―――!!」」

 

 言葉は必要ない。状況が、互いの目が、互いを動かす最善手を教える。

 そしてある時は両者が。

 

 口に出す事すらしない。積年のコンビプレーを見紛うかのように互いをカバー、脅威の指摘をこなす。

 まるで重奏のように金属音を鳴らして二人は踊る。

 

 十六夜を襲う槍を幾度となう繰り出された剣閃の下に粉砕し、琥珀に迫る杭を槍の衝撃波で吹き飛ばす。

 全くスタイルの違う戦い方がむしろ協調感を醸し出す。

 

 心がシンクロする。そんな野暮な事を言っている余裕など無い事は二人もよく解っているが、この溢れ出る”歓喜”の感情ばかりは取り繕えないし、取り繕うとも思えない。

 

 それ故か、十六夜は思考が多少鈍った。

 普段の彼ならばカタチだけとはいえ”魔王レティシア(ホストマスター)”が休戦期間中に攻撃を仕掛けてきた事に疑問を持つ筈だ。

 この魔王レティシアの影と鬼の影は単なる防衛機構。古城に向かう者を阻む、”第三者が意図して古城に仕組んだ”審判権限”の抜け穴”である。

 戦意がらしくもなく高揚している十六夜は気付けない。十六夜よりも学のない琥珀では知り得ない。このゲームを仕組んだ某の意図も、決定的な正解に辿り着けながい。

 ……時間さえかければ、聡明な十六夜ならば今気付く事ができずともいずれは勘付く。故に、今はむしろ第三者が後ろにいる可能性を視野に入れずに突撃できる事を感謝する必要がある。

 

 久遠 飛鳥が狙われる事を危惧していた彼に、飛鳥が危険な目に遭う可能性が高くなった事を知れば戻ってしまうかもしれない。

 逆廻 十六夜は、金糸雀と蛟龍とウェイバーが残した普通の世界で生きる力がほぼ無意識下であらゆる分野で働き掛けている。

 ある程度の交流を持つ人間の危険を無視できない一般的な価値観、己という世界で一番のファンタジーがいかにこの世界に不釣り合いで本来あってはならない存在なのか。

 そういった倫理や最低限のモラルを得てしまった十六夜は勝てる道筋と友愛を秤に賭けられれば、十六夜は何を言わずとも後者を取ってしまうのである。

 信頼と心配は別物であり、同居させる事は可能なのだ。必ずしも信じている相手に全てを任せる事はない。そんな事をやってしまえばそれは最早信頼ではない。盲目であり、思考の放棄だ。

 

 閑話休題。ともかく、十六夜の持つ人間性は幸運な事に、今十六夜が取るべき最善の選択肢を選ばせたのだ。

 

 その時、彼等の後方で爆発音が響いた。

 

「なっ———」

「ウオオオオォォォォォォオオオオッッ!!!」

 

 巨人族だ。彼等の放つ”巨人の咆哮(ジャイアント・バーク)”が”アンダーウッド”全体を響かせているのだ。

 ———一人ひとりの声は決して巨龍には届かない。だが彼等は、巨”人”族だ。人の英知はそんな粗野で、野蛮で、暴れる事以外を勘定に入れない(りゅう)だって越えられる。

 諦めなければいつか夢は叶う。そういう綺麗な言葉を並べるのは、いつだって侵略者の得意文句なのである。

 

「クッ———サラ殿達は早く下へ! 拠点制圧だけなら私達だけで問題はありません! あとだいたい貴方方多すぎて邪魔です!」

「じゃ———わ、わかった! くれぐれも無茶はするなよ!」

「生憎無茶は死ぬまでやってましたよ!」

 

 琥珀とサラはそんな風に軽口を言い合って別れる。彼女は馬戦車を引き、正面から串刺しの鬼を見る。生気を感じさせない全身漆黒の肉体と物言わぬ口では鬼が何を思考しているのか理解する事はできない。いや、恐らくは思考すらしていないのだろう。

 だが、ここ少しの間琥珀が影にちょっかいを掛けて二つ解った事もある。

 一つ、この鬼は視覚が明確に存在している。鬼が琥珀にする対応は間違いなく琥珀を”頑強な男”だと誤認している対応であった。これは彼女が長くこの独特の視線と付き合う事で理解できるようになった感覚の話なので説明しろと言われても困るが。

 二つ、鬼はレティシアの影を守護するように立ち回っている。そういう風にプログラミングされているからなのか、影、あるいは影のベースとなった者がレティシアを守る者であったかは定かではないがその視線が時折、ほんの僅かに琥珀から離れてはレティシアに攻撃しようとする十六夜に神がかり的なタイミングで防いでみせた。

 戦いの天才と生前評された琥珀だからこそそれらは見抜けた。

 

(獣でないのならば僥倖。私も手の尽くしようがあるというものだ)

 

 そしてついでに、琥珀は戦いになると目が豹変する。普段は気のいい柔和な笑みを浮かべてばかりだが、いざ強敵との戦いとなると彼女は飢えた狼を連想させるかの如くギラついた目をする。ひたすらに貪欲で、血生臭い目だ。

 今の彼女はまさにそれ。手には刀が握られているというのに、彼女は今にも鬼を喰らうような目をしている。彼女はこの渇きを埋めるべく、鬼を殺すのであろう。過去に果たされた願いは夢想しつづけた彼女の肉体を戒め、思考を一本化させる。

 

「生憎、我等は考える事は不得手……思考に耽溺する事など無いと知るが良い」

 

 戦いは再び始まる。空に浮かぶ古城を見据える、もう一つの浮遊物に誰かが気付くのは、もう少し後だ。

 

 






 茶番オンリー

どうして『サモさんと水着王は別』()()()()()()()()()()ォオオオ~~~~~~~ッ!!



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くえすちょんしっくす それぞれの場所で、始まる変化



 丸ごと一ヶ月のサボりの末、何もやらないッ!
 果たしてこれ以上に至福な怠惰があるだろうか、いやない。反語。




 

 

 巨人族が仕掛けてきた三度目の強襲もまた、突然にして起こったものだった。

 前回と異なるのは、濃霧に紛れた襲撃ではないという点。本当に彼等は前触れもなく、突如現れたのだ。

 

「ウオオオオオオオッオオオオオオオッ!!!」

 

 巨人の咆哮が大地を震わす。それだけで自然の木々は今にも倒れかねない程に揺らぐ。

 とてつもない声量を誇る歌手がその声を制御する事なく反響させればガラスのコップを粉砕する事ができる、なんていう眉唾にも思える話があるが彼等の叫びはまさしくそれで、再三の襲来を見越して即興で築かれた堤防にヒビが入る。

見張りの守衛は這い這いになって命からがらといった風にまんまと逃げおおせて来たようで目にしたものを恐怖混じりに伝える。

 

「巨人族です! もうすぐそこにまで!!」

『なんだとッ!? 議長の話では高原の方まで退却していったのではなかったのか!?』

 

 ”二翼”を治めるヒッポグリフが驚いたように叫ぶ。

 他方では黒ウサギはジンと飛鳥、そしてジャックを呼び出して改めて現状の確認を行う。

 

「やっぱりこのタイミングで狙ってきましたね」

「当然といったら当然かしら。私達の戦力が分散されたのだもの、これを狙わない手なんてないわ」

「ええ。ですが僕らとて嫌々殿を任されたわけじゃない。行こうペスト」

 

 ジンが笛吹き道化の指輪を翳すとそこから黒い旋風を巻き上げて斑模様の服を着こなした少女、ペストが現れる。

 ”The PIDEPIPER of HAMELIN”のMVP賞とも言える証である彼女は召喚されるや否や飛鳥とジャック、黒ウサギを見てふい、とそっぽを向く。

 一度共闘した上に一週間顔を合わせていたのに、今更自分を殺した相手と共闘しているという実感が出てきたのだろう。ジンは少し気まずさを覚えながら目の前にいる全員に主だった戦略を伝え始める。

 

「まず巨人族ですが、彼等はペストの司る黒死病に非常に弱いです。そこは先日僕らが確証を得た事です。

 問題はバロールの死眼。あれをどうやって攻略するかなんだけれど……」

 

 ジンがそういった時にペストがちょっと、と口を挟む。

 

「私それ聞いてないわよ。何それ、バロールの死眼を相手取るの?」

「うん。正確には同系統の死眼だとサラ様は言っていたけれどね」

「同系統って……それってつまり使える権能そのものに差はないって事でしょ? アレの持つ”バロールの威光”は”ゴルゴーンの威光”と同じく開眼すれば回避も防御も意味を為さない一級品よ?

 それこそ同規模の神霊か星霊でも持ってこない限りは相手にもならないでしょうに」

「うん。だから僕は考えたんだ。

 それなら、()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言うとジンは黒ウサギの方に目を配らせる。

 あ、と得心が言った黒ウサギはおずおずと質問。

 

「あの、もしかして黒ウサギの出番だったりします?」

「うん。黒ウサギの持つ”マハーバーラタの紙片”―――”疑似神格・(ヴァサヴィ・)日輪よ、死に随え(シャクティ・レプリカ)”ならば”バロールの死眼”をも穿てる筈。

 バロール退治の伝承によればケルトの主神が放った神槍も、必勝のギフトが付与されたものだったらしいから」

 

 ジンの言葉を聞いて少しむっとなるペスト。また自分の死因が活躍するのか、と内心穏やかではないのだろう。

 

 ―――ジンの言う『バロール退治』とは文字通りケルト神話の魔王バロールを打倒した伝承の事だ。

 巨人族の中でも強力な力を持っていたバロールはその肉体もまた剛鉄が如く鍛え上げられており、必殺の魔剣、クラウソラスの力を以てしても倒せない屈強な戦士だったという。

 

「魔王バロールの倒し方は開眼した死眼を”神槍・極光の御腕(ブリューナグ)”で穿つ事。

 その代行を同系統の力を持つ黒ウサギの槍でやろうっていうわけなんだけど……できるかな?」

「YES! 任されたのですよ!」

 

 シャキン、とウサ耳とデカいおっぱいを揺らして返事をする黒ウサギ。

 

「よし、じゃあ整理しよう。

 まずは作戦の前段階として飛鳥さんとペストが巨人族を叩く。ジャックは僕の目から離れない程度で好きに暴れて欲しい。うまく行けば必ず死眼を投入してくる筈だ。

 巨人族が”目”を使ったのを確認したら黒ウサギが必殺の一撃を叩きこむ。……どうかな?」

「まあ、無難と言えば無難ね。それにこっちにはインドラどころかスーリヤとチャンドラの力まであるバケモノウサギさんがいるものね」

「バ……!?」

 

 箱庭の貴族(())なんていう素敵ネーミングではないだけマシだろうか。それともド直球にバケモノ呼ばわりされた事に異議を申し立てるべきか、そんな事を思っている間にペストは飛鳥と示し合わせ、巨人族の群れに向かって一直線に飛んで行った。

 

「あ、ちょ!」

「さ、黒ウサギも準備して。頼んだよ、アサシン」

「うん」

 

 ジンがジャックをクラスで呼ぶ時は開戦の合図か、他のマスターと会話をする時に限る。

 ジャック自身もジンの己への呼び方でスイッチを殺す方向に傾け、巨人達の周囲に現れた霧に身体を溶かすようにして消えていった。

 

 動き出した”ノーネーム”一同を皮切りに、戦局は動いていく。

 

◆◇◆

 

 他方では、吸血鬼の古城。

 そのころ、耀達は星の分割に狙いを絞り、十二に分かれた宮殿を巡り、手にした”黄道十二宮”を示す代物を持ち寄っていた。

 ガロロとカボチャのジャックにこれも経験、と一行のリーダーを押し付けられた耀は一応、立場上、なんとか普通に見せられる程度になった対人コミュニケーション能力を発揮して子供達を纏める。

 

「それじゃ、報告会を始めよう。

 ジャックは空から色々見て回ってくれたみたいだけど、何か見つかった?」

「ヤホホ……残念ながら主だった進展は特にありませんでしたね。都市が十二分割されている事と、そこには一つ一つ異なる十二宮を示すサインがあった事程度でしょうか」

「十二宮のサイン? それってアストロロジカル・サインとかそういうヤツ?」

「ああいえ、申し訳ない。占星術のサインと被ってしまいましたね。

 この場合のサインは星座を示す記号の事です。ほら、天秤座にΩの下に線が一本走ってたりするアレです」

「ああ……」

「失礼、話を戻しましょう。

 私達が最初にいた場所にはその天秤宮(ライブラ)のサインがありました。そこから順に天蝎宮(スコーピオン)人馬宮(サジタリウス)という風に繋がっていました。

 この並びは十二宮の順番とも合致していますが、それ以上の事は」

 

 ふむ、と頷く耀。ありがとう、とだけ言って次に成果を聞く。

 

「アーシャとキリノ達はどうだった?」

 

 耀が問うと二人は自身ありげにふふん、と笑って大きな布袋を取り出した。

 

「……これは?」

「十二宮の星座と、その他十四の星座が刻まれた何かの欠片です!」

 

 ジャジャーン! と中身を広げる二人。

 その一方で耀とガロロは驚いたように彼女らが見つけてきた欠片の数々を拾って確認する。

 

「……黄道十二宮以外の星座が見つかった?」

「オイオイ、まさか俺達何かのミスリードに引っかかったのか……?」

 

 まさか、十二星座以外の星座が見つかるとは思いもしていなかったのだろう、二人は怪訝そうな顔で見合わせる。

 その二人の表情を汲み取ってしまったアーシャとキリノは褒められると思っていたからか、一気に表情を曇らせてしまう。

 

「わ、私達なんかやらかしちゃった……?」

「あー、いや、そうじゃねえよ。もしかしたらこの欠片そのものがミスリードだった可能性もあるわけで」

「私達、無駄足でしたか……?」

「いやだから、違ッ……!」

 

 フォローにしどろもどろになるガロロ。

 その横で耀は星座の欠片を手に取り、その欠片の完成図を予想してみる。

 

(……欠片の面は球面になっている。という事は完成図は球状になる筈。

 もし、仮に全ての欠片を組み合わせればパズルみたいになる筈なんだけど……)

 

 ガロロが二人の相手に手間取っている間に十二宮全ての欠片を当て嵌めていく。

 仮にこれがペナルティまでの時間稼ぎだとしたら自分達は主催者の掌で踊らされている憐れなフラメンコに過ぎないが、耀の直感が……というより、ここ最近、ちょくちょく耀の脳裏をよぎる何かがこれでいい、と叫んでいるのだ。

 

「……ねえキリノ。この欠片って何処で見つけたの?」

「え? 十二宮の欠片は神殿のような大きな廃墟にありました。残り十四は瓦礫の下から」

「そう、ありがとう」

 

 そっけなくそう返すと再び思考に耽溺。一旦自身の推論に誤りがないかゲームのキーワードも当て嵌めて考え直す。

 

(―――”獣帯”。”黄道の十二宮”。神造衛星に、太陽同期軌道。それに天体分割法と、”砕かれた星空”……砕かれた、星空?)

 

 ―――”蛇”は最早太陽に非ず!

 

「―――ッ、こんな時にまた……!?」

 

 聞こえてきた幾度も聞いた幻聴に文句を言いそうになったが、その幻聴が最後のキーだった。

 ふと顔を上げ、天秤宮、天蝎宮と人馬宮の三つを手に取り、天秤宮と天蝎宮がカチリと嵌まり、天蝎宮と人馬宮が嵌まらなかったのを見て、耀は確信したように呟いた。

 

「……解けた」

「「「え?」」」

「解けた……解けた、回答が、答えが見えた!」

 

 噴水から自分でもびっくりするくらいに意気揚々と立ち上がった耀は皆の方に振り向き、テンション高めに語り出す。

 

「”砕かれた星空”に衛星! 太陽の軌道! そして『砕き、捧げる物』に加えて『正された獣の帯』の一文! これで全部が繋がった!

 この欠片こそがこのゲームをクリアする為の最後の鍵、玉座に捧げるべき物なんだ!」

 

 正直なところ、自分でも信じられない事だった。

 彼女はあくまでこの探索は本命の十六夜達が来てからの攻略を円滑に進める為の行動という側面が大きかっただけに、まさかクリアのところまで行けるとは思ってもみなかったのだ。

 耀はこれまで誰にも聞かせた事もないような歓声を挙げて、十六夜風に言えば溢れ出る衝動に身を任せてアーシャを抱きしめた。

 

「え、わ、ちょ!?」

「お手柄だよアーシャ、キリノ! 凄くお手柄! これで私達もレティシアも助けられる! ”アンダーウッド”だって助かるんだ!」

 

 耀は勢いそのままにキリノの手を取り、一心不乱にブンブンと振り回す。

 感情の起伏が薄い耀が普通の人並以上に喜びを表しているのを見て、自然とキリノも笑顔になる。

 

「そ、それじゃあ!」

「うん、あとはこの欠片を玉座に捧げて、ゲームクリアだ……!」

 

◆◇◆

 

 他方では地上、とはいえ、”アンダーウッド”の大樹の天辺。

 黒ウサギは生い茂る水樹の葉の上にアタランテと共に移動していた。

 

「アタランテさん、六時方向にも巨人族がいます、複数で!」

「こちらでも確認した。四時方向の巨人と騒ぎに乗じたペリュドンを落とし次第狙う。

 ……全く、このような状況でペリュドンまで現れるとは腹立たしい。彼奴等の無益な殺生は好まんが、寄らば全て殺さねばなるまい」

 

 そう言いながら数キロはあろう距離まで離れた巨人族を己の愛弓で撃ち抜く。彼女の持つ弓”タウロポロス”の性質『引き絞れば引き絞る程強くなる』を利用して完全な射程外からの狙撃を可能にしているのだ。

 とはいえ、いくら射程を無視して攻撃する事のできる弓を用いたからといって弓で数キロ離れた地点にある移動物体を正確に狙撃する等、並の技ではない。獣の世界で育ち、獣の五感を宿すアタランテという弓の名手だからこそ出来る妙技なのだ。こればかりは彼女も他の弓術師には負けていないと本気で自負する事ができる。

 

 無論、その腕は隣で引き絞り、撃つというタイムラグの関係上手早く次の指示ができるように同行している黒ウサギも舌を巻く程の妙技であった。

 

(この方は驚異的な弓の腕をなさっている……ジャックさんはよくもまあこのような御仁を相手に勝利を手にしたものです)

「……あの子と我の相性の差だ。サーヴァントの格で実力に違いがあっても我等はあくまで英雄達の持つ力の一部のみを持ち込むケースが非常に多く存在しているからな」

「……と、いいますと?」

「うむ……我自身を例とするか。黒ウサギよ、汝は我がどういう結末を辿ったかは知っているか?」

「アタランテさんの、でございますか? はい、それは無論です―――」

 

 ”麗しのアタランテ”。それが”四本足のアーチャー”が持つ異名だ。アタランテの人生は常に何かしらの受難に見舞われ続け、彼女の生は最後の最後までおかしな何かが付きまとっていたという。

 彼女はかつてギリシャに存在したアルカディアという国を治める王の子として生まれた女だ———が、彼女の受難はまさに生まれた時から始まったのだ。

 

 男の子を欲しがり、当時女性への差別意識が強烈に根付いていたが故に父王はあろうことか、生まれた我が子を捨てた。それを哀れに感じた処女神アルテミスが送り出した雌熊によって育てられ、野に生きる純潔の狩人とあったのだ。

 

 閑話休題。彼女の言う結末とは文字通り、アタランテという狩人が最後の瞬間を迎えた、『彼女が狩人でなくなった話』である。

 それはアルテミスによって救われ、彼女を信奉し己も純潔を貫く誓いを立てたアタランテが、後継ぎが出来なかった事で彼女を王家に迎え嫁がせようと画策した父への反抗の結果であり、麗しの二つ名を持つ狩人に魅了された男の末路。

 父への反抗、そして己の誓いを貫く為にアタランテは己の結婚に一つの条件を父王に突きつけた。

 

「我よりいと疾き者を。相応しくない無謀者が挑み、無様を晒すようであればその者は誰であれこの矢で射貫く事を努々忘れる事なきよう」

 

 宣言通り、アタランテは己に挑戦する男達を返り討ちにしては射殺した。別に殺したくて殺した訳ではないと弁明はしておこう。無謀な挑戦である事実と挑めば間違いなく死ぬ事を知らしめる為の手段であった。

 であっても、神話における無理難題というものは常に予想を上回る手法によって覆される事が道理であり、常であり、お約束でもある。

 

 彼女への最後の挑戦者は力無き者ではあったが、知恵有る者であった。

 その名はヒッポメネス。彼はアタランテとの勝負に勝つ為、愛の女神アフロディーテの守護といかなる者も一目見れば取りにいかざるを得ない黄金の林檎をアフロディーテを信仰するという条件の元で授かり、アタランテはこの林檎の魔力に当てられた結果敗北。ヒッポメネスの妻として純潔の誓いを破る事となった。

 

 そして彼女とヒッポメネスは女神キュベレーの神域にてまぐわっていた所を咎められ獅子に姿を変えられた。これが彼女の身に耳と獅子の尾が着いている理由なのだが、それはまた別の話。

 

「我には本来身を獅子、あるいはそれに似た魔性に変ずる宝具があるのだが……この姿では生憎それを持ち込む事は敵わないらしい」

「それが力の一部である、と?」

「そうだ。そもそもの話、”槍兵(ランサー)”が”剣士(セイバー)”の武器を持ち込むなど無礼千万だろう?

 ギリシャの西にある島国には剣と槍、双方を携え互いを持った時こそ真価を発揮する者もいるらしいが……生憎我はそのようなおかしな輩はヘラクレスくらいしか知らぬが」

「や、やはりかの大英雄はそういう類の方だったのですね……」

「うむ、そういう類であった。

 まあそういう事だ。本来持つ力をクラスの適性に合った物のみしか持ち込めないから相性が生まれる。宝具の性質も同様、相性というものがあるがな」

 

 そう言いながら矢を番える。

 

「それより我は汝らのコミュニティの者達が気になるな。

 先日見事に立ち回ったジャックと尖り髪の少年、それとこうして策を講じて幾度の襲撃を見事に抑えたジンについては言わずもがなだが、少女二人だ」

「と、言いますと……耀さんと飛鳥さんですか?」

「うむ、先日の戦いを見せてもらったが、なかなか個性的ではないか」

 

 少しだけ楽しそうに語るアタランテ。やはり彼女も根っからの戦闘者なのだろう。見た事のない事物を扱うものには興味がある、という事だろうか。

 

「と言っても、黒ウサギはあの御二人の力が本質的にどういう力なのかは全く存じ上げてはいないのですよ。

 解るのはただ、御二人の潜在力は黒ウサギや並みいる英霊達をも凌駕する事、でしょうか」

「成程。しかし―――」

「いやっほおおおおおおう!!」

 

 アタランテが何かを言おうとした時、二人の背後からズドンと小気味のいい音を立てながら垂直に落下してきた。

 

 何故か黒ウサギを巻き込んで。

 

「え? きゃ、なああああああああ!?」

「わあああああああああああああ!!」

「く、黒ウサギーッ!」

 

 いっそ見事なまでの落下であったと、その場にいた獣耳の弓使いは後に語る。

 

 






 説明ばっかで話が進まない? 
 ジョジョ、それは無理やり進めようとするからだよ。
 逆に考えるんだ。「進まなくてもいいさ」と考えるんだ(AA略)



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