真実とは神罰、毒の味がする (八堀 ユキ)
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登場人物及設定乃紹介欄

(※作品の進行と共に更新を予定。ついでに一部では未来の話にも触れたりネタばれの可能性あり。閲覧には前もって注意せよ)


((用語))

 

<メタルギア>

全地形踏破可能の2足歩行戦車であり。最大火力として核兵器をつんでいる。

 

そもそもは1964年、ビッグボス誕生の理由となったスネークイーター作戦中。ソ連の技術者が、ビッグボス本人に語って聞かせたものがそれであった。この設計思想は、技術者本人が望んだとおり。海を渡ると、1974年ピースウォーカー事件においてヒューイ、ストレンジラブらの手によって実現化されてしまう。

 

ビッグボスは最終的にこの兵器を運用し、世界に向かって狂気を撃ちはなってしまうことになる。

 

 

<ドッペルゲンガー>

この作品ではあえておかしく使っているが、そもそもの正しい意味は「2重の歩くもの」であり。自分とそっくりの姿をした分身。または同じ人が多数の場所で同時に存在する、というものである。

 

だから本当は妄想とか、亡霊、幽霊などと表現するべきなのだろうけれど。原作において見られた演出を自分は「ああ、これはきっと自己像幻視みたいなものなのだろう」と認識したので、あえてこう書かせてもらっている。

 

 

<スクワッド>

ビッグボス9年ぶりの復活も、カズヒラ・ミラーは不安からオセロットに命じて作らせた部隊。

通称”ビッグボスの部隊”とされる、メンバーを選出させた――。はい、これはオリジナル設定です。

 

当初はお爺ちゃん兵士の介護部隊というひどいものでしたが、だんだんと変質させていく予定。

第一期、第二期メンバーは8名。

 

 

<少年兵>

通常では18歳未満の少年少女の兵士を指す。

歴史的に見ると、少年十字軍や日本では白虎隊などそれほど特別な存在ではない。

 

だが、近年叫ばれている民族戦争において軍が彼ら子供の意思を無視して奴隷のように扱われる実態があり、問題とされている。

彼らが凶悪とされるのは、物心つく前から暴力装置としての訓練を受け。小型化され、威力十分な銃器をあつかうことにある。

 

MGSシリーズでは『2』から主人公雷電のバックストーリーとして取り上げられていた。

 

 

 

==========(人物紹介)==========)

 

 

<<スネーク>>

 

 文中では蛇、スネーク、ビッグボス、ボスと呼ばれている。

 

 メタルギアワールドにおける「20世紀史上最強の兵士」とされる存在である。

 英雄、ザ・ボスの目に留まり次世代の兵士を目指して教育を施された。本名はジョンだが、愛称で近しい者たちからはジャックと呼ばれていた。

 葉巻煙草を愛する彼の姿は、後の誰かにもしっかりひきつがれているところから。宿命的に後継者認定は、煙好きか否かで決まるとされる(嘘)

 

 この後、彼は長年にわたり奇妙な2足歩行戦車建設の計画と絡む世界の危機を何度も救うことになる。

 しかしその最初の任務は、国同士の政治ゲームによって最愛の師と対決することを宿命付けられてしまった。この栄誉をたたえられ、虚しくする彼に与えられた名前がビッグボスだった。

 

 はっきりとはしないが、彼はその後。スネークイーター作戦をともにした仲間たちとともに米国内で政府を裏で操れるほどの強力な組織を創設。これに参加して活動したとされるが、後に上司であり友人のゼロ少佐と決裂。

 彼は国を捨てて傭兵となり、国外へと旅立ってしまった。

 

 そして舞台は1974年コスタリカ。

 新たな仲間、カズヒラと共に彼はそこで奇妙な事件に巻き込まれる。

 米ソの危険なスパイゲームから始まろうとした核の脅威を、またもや彼は介入することで阻止した。

 この中でスネークは多くのものを手に入れることになる。

 

 長年、ザ・ボスの意思を読み解けずに苦しんでいた彼は、この事件の経験をへてその答えをついに手に入れることができた、と確信する。

 これは同時に、師を自らの手にかけたという業に苦しみながら変貌していた彼の暗黒面に意味を与えてしまい。アウターへブンという彼のキーワードを生み出してしまった。

 さらにカズヒラの才能を生かしたことで、彼の軍隊。MSFは急成長を遂げ、国家なき軍隊はそこに誕生してしまった。

 しかもその部隊には核兵器が転びこんでくるにあたり、ついに世界の脅威となる危険性を一層色濃くしてしまうが、当時はそのことに気がつくものは、ほとんどいなかった。

 

:第一章

 その翌年、世の春を謳歌していたMSFに緊急事態が勃発。

 FNSLの身内と、かつてサイファーの意思を抱いて潜入していたパスが囚われ。国連はMSFへの核査察を要求してきた。

 危険なそのどちらの任務を、彼らは無謀にも一晩で実行してしまおうとする……。

 

 

 

 

<<パス>>

 平和を愛する女学生、其の仮面の下には別の顔があった。

 本名、パス・オルテガ・アンドラーデはサイファー作り上げたスパイだった。

 

 彼女は組織への忠誠と、個人の感情に振り回されながら最終的には任務に失敗した。

 愛らしさと美しさの容姿と違い、愛情のない生活に苦しんでいた彼女はMSFで暮らす日々をわざわざ危険な音声日記としてテープに残している。そこには彼女の幸福と、その終わりを前にした苦悶の姿が刻まれていたが。後にスネークはこれらを回収している。

 

 メタルギアのZEKEでビッグボスに敗れた彼女は生死不明であったが、生存が翌年になって確認された。

 だが、当然だがそれはスカルフェイスことXOFにも筒抜けの作戦だった。

 

 ある意味でネタばれになるが、はっきりとしているのでここに明示しておく。

 1975年、彼女はちゃんと死去している。其の死に様は裏切り者にふさわしいものだったとか、なんとか。

 

 

 

<<エヴァ>>

 女性諜報員の白人女性だが、出身地などは不明。

 幼いころに誘拐され、中国でスパイとなるべく訓練を受けて育てられた。女性だが、銃の扱い上手。コピー品だが、モーゼルミリタリーを特殊な撃ち方である『馬賊撃ち』を得意としている。

 それとは別にバイクにも深い愛着があるようで、生涯を男を背に乗せて走り続ける女であり続けた。

 

 スネークイーター作戦でであったビッグボスに恋愛感情を抱くが、すべてが終わるとそれはさらに尊敬と献身へと結びつくものとなっていて。後に別の戦場で再開した後は、ビッグボスと共にゼロの組織に参加する。

 

 彼女自身が、その組織――つまりサイファーであり、愛国者達の中でどのような位置にいたのかは詳しくされていないが。ビッグボス側の人間であったということは間違いないようだ。

 なぜそういうかというと、ビッグボスをついに激怒させたという『恐るべき子供達』計画に彼女は自身の体を提供しているからである。それが彼女が望むビッグ・ママになれることだったから?

 

 

 

 

<<カズ、カズヒラ、ミラー>>

 本名はマクドネル・ベネディクト・ミラーだが、日本名としてカズヒラとなるらしい。

 ハーフの優れた軍人で、長いこといろいろなところで活躍もしていたらしい。MSFでは優れた組織運営で国境なき軍隊を実現させたが、一方で彼はゼロと通じることでピースウォーカー事件を自分達の成長に利用したことを告白していた。

 

 彼の年表から説明すると、後にダイヤモンド・ドッグズを離れ。米国のFOXHOUNDのサバイバル教官となり。引退後はアラスカで生活していた。

 そしてシャドーモセス事件で、彼は最後の舞台にーー昇るはずだった。

 

 

 

<<オセロット>>

 

 本名はアダムスカ。

 長らく謎だったが、彼の両親はザ・ボスとその部下だったソローであった。

 生まれてからすぐに親元から取り上げられた彼は、親のことも知らぬままに成長した。そのせいだろうか、戦いの中でであったビッグボスに対する想いは尋常の様子はなく。愛にも似て、恋とも違う強いものだったらしい。

 

 彼もまた、選ばれてビッグボスと同じく組織に参加するが。彼と意見を同じくして、組織を出て行った。

 が、ここでなぜビッグボスについていかなかったのかは不明。

 

 続いて彼がその姿を見せたのは1984年。キプロスでXOFの暗殺部隊から逃げ出したスネークの前に現れた。

 そしてダイヤモンド・ドッグズへとスネークを導いていく。

 

 

 

<<チコ>>

 

 サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)の指揮官の身内であった少年。

 彼の姉が、亡くなった父に代わってそれを引き継いだ。

 

 スネークのことを姉は救世主とあがめたが、彼はまた違う惹かれ方をする。若い彼はパスに思いを寄せていたが、そのせいで自ら墓穴を掘ってXOFに捕らえられてしまう。

 パスとの近くてもどこまでも遠い、そんなスカルフェイスの狂気にさらされた獄中で八つ裂きにされつくされた。

 

 

 実は今回、彼には2つの役どころのどちらかを任せようとしたが。最終的にどちらも却下して原作どおり死んでもらった。

 用意していたストーリーだが、ひとつはMSF兵と共に戦場で感情のない殺人機械と成り果てた彼がビッグボスに回収され。だがその後も、その狂乱癖をなおせないことで最終的にビッグボスに処断されるというもの。

 もうひとつは、サイファーに回収され。暗殺者となった彼が”本物のビッグボス”へ攻撃を開始するというもの。

 

 どっちが面白いかと思ったが、どっちも面白くないということで消滅させた。ヌルとの話以上に、盛り上がらんのよね。

 

 

――――第2章から

 

 

<<スカルフェイス>>

黒一色に統一された衣服とは間逆に、肌は白(灰色?)く焼け爛れても生きている化け物。

オセロットのように西部劇をイメージさせる出で立ちと使用する武器はレバーアクションのライフル。

 

サイファーの実行部隊、XOFの指揮官であり。部隊章のデザインからFOXに似通っているため、なんらかの関わりがあるらしい。

 

1975年におこったMSF壊滅の直接の実行犯であり、パスとチコをビッグボスをおびき出すえさとして徹底的になぶりつくした男。

計画は半ば成功したように見えるが、実際は肝心のビッグボス暗殺は失敗していた。

1984年、彼はなぜかソ連に存在している。

 

 

<<ヒューイ>>

元はMSFに協力する技術者であった。

また、ソリッド・スネークの相棒。ハル・エメリッヒの実父である。

MGS2において息子の口からある程度、面倒臭そうな人物であると推測されていたが。ピースウォーカー事件中は、大人しくしていることができていた。

 

MSF壊滅の原因という疑惑をもたれる中で、スカルフェイスの手から亡命を希望しダイヤモンド・ドッグズへと連絡を入れてきた。

 

 

<<フラミンゴ>>

オリジナルキャラクター。コードネームである。

ビッグボスの部隊の女兵士。

はっきりと容姿は書かなかったが、彼女は英国生まれの金髪女性である。身長179センチ、体重(内緒)。若いが、戦闘技術は確かに高い。

男社会の正規軍を離れ、荒んだPFに参加してしまうほどにアレなキャラではあるが。復活したビッグボスのフリークスとなってダイヤモンド・ドッグズへと合流した。

 

 

<<ワスプ>>

オリジナルキャラクター。コードネームである。

設定ではスイスのような高山地帯に住んでいた女性。フラミンゴ、ハリアーと揃って女傑3人としてボスの部隊に所属している。

身長181センチ、尻と後背筋が目立っているというエロっぽい体の人。

 

 

<<ハリアー>>

オリジナルキャラクター。コードネームである。

出自は謎、としている。3女傑のうちでもっとも身長が高く183センチ。スーパーモデルのようなクールな振る舞いをする狙撃兵。

プラチナブロンドというよりもシルバーっぽい神尾に炉が一番の特徴。これを長くしている困った人なのだが。そこかしこのシーンでは、いろいろな髪のまとめ方をさせたかったのだが「この話はそこじゃないだろう」と思い、設定のみとなった。

 

 

<<ゴート>>

オリジナルキャラクター。コードネームである。

最初のボスの部隊、リーダー。当初、武器の扱いに精通し。玉石混合だった部隊のメンバーの中では一番だったので選ばれた。

彼は実はスクワッド全男性メンバーの中で身長が低いという設定。それでも177センチ。

 

 

<<ラム&ヴェイン>>

オリジナルキャラクター。コードネームである。

どちらも最初のボスの部隊に所属していた。だが、ヒューイ救出後に隊員たちは道をたがえていくことになる。

 

この2人はコインの表と裏として扱っている。

 

 

<<アダマ>>

ボスの部隊、第2期で新たに参加して選ばれたリーダー。

沈着冷静、切れ長の冷たい目をする厳しい兵士。というイメージ。

本来ならばゴートよりも優れた能力を持つということで期待されていたが。時期が悪く、ちょうど対スカルフェイス戦へと突入していく中の過酷な戦場で決断を迫られることになる。

 

この人の名前は海外SFドラマのギャラクティカから。艦長として毎回ひどいめにあっていたのが印象に残っていたので。

 

 

<<シーパー>>

旧MSF所属で、ダイアモンド・ドッグズに参加した復帰組。

童顔の上に明るい(チャラっぽい?)性格なので30代前半に見られるが。ボスの部隊では最高齢の42歳である。

 

あちこちガタが来ているはずなのに、はっちゃけてボスの部隊に入っちゃった人。

彼を登場させた理由として、旧MSFの「その後の一般兵達」のエピソードと、復帰組みの中でただ一人。ボスの部隊に入った彼が、妬みと嘲笑を受けながらマザーベースを去るという予定であった。

 

だが、あまりに胸糞すぎる描写になるとわかり。両方を却下。

本編ではやんわりと触れるだけにしているが。結構気に入っていた。もっとオリジナル要素を増やそうと考えていたら、彼ら第2期のメンバーたちの活躍を書きたかったなぁ。と少し後悔している。

 

 

<<クワイエット>>

出自不明、本名不明の沈黙する狙撃主。

ビッグボスと同時期にアフガンに突如として現れた彼女は、何度もスコープにその姿を捉えることになる。

 

 

<<DD>>

正式名称はD-ドッグ。だからDDである。

犬種は不明、オオカミの血も混ざっているようだ。作戦中のビッグボスと遭遇、なぜかこれになついてしまう。

マザーベースではオセロットに訓練を受けた後――対クワイエット戦の秘策として正式にビッグボスの相棒となった。

 

 

 

 



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目覚め
我等はピースウォーカー


二次作品は初めてです、よろしくお願いします。


 あばよ さらば スペイン娘

 あばよ さらば スペイン娘

 船長殿の 命令だ

   (銛手と水夫の歌 『白鯨』より)

 

・我等はピースウォーカー

 

 時代は変化する。

 英雄もその顔を変えて戦場に立つ。

 そうだった。いつもそうだったはずだ。人の歴史は、そうやって作られたのではなかったのか。

 

 

 時は1974年、南米はコスタリカ。

 ここにはかつて祖国のために任務には命を投げ出すと断言していた1人の兵士がいた。任務から戻ると英雄と呼ばれ、最高の戦士と称えられたその男は。この時は祖国を捨て、この国の僻地からこぼれおちまいと仲間達を連れて必死にしがみついていた。

 彼を知り、その枯淡の生活を知れば国がなければ英雄もこんなものなのだと人は哀れみ、笑ったことだろう。

 

 だが、時代は彼をそのまま放っておこうとはしなかった。

 戦場は英雄をそこへそれまでと同じく、当然のように導いた。

 それがピースウォーカー事件である。

 

 正式な軍を持たぬコスタリカで。

 この他国の大地で冷戦の前線で戦うCIAとKGBの激突。

 一見して戦場とは分からぬこの戦場を、男は蛇のようにスルスルと潜り込み、泳ぎ回る。気がつけば冷戦を終わらしかねない。いや、世界を終わらせたかもしれない悲劇は何事もなかったかのように回避され、事件は終わっていた。

 

 そして問題だけが残った。

 

 この事件で生まれた兵士が率いる国境なき軍隊、強大な力を持つMSF。

 最先端を行く技術の結晶、二足歩行兵器メタルギア。

 そしてそれに搭載され、運用も出来る一発の核ミサイル。

 

 世界はこの軍事力に怯えながらも、一方ではどうにか自分達のために使えないかとも考え始めていた。

 そんな調子だったから、この時は誰も彼等に手を出すとは思えなかった。考えもしなかった。

 そう、その翌年。1975年が来るまでは……。

 

 ひとつの情報が、闇の中を切り裂く雷のように、光となって巷に流された。

 それはある男の心臓に向けて放たれ、弧を描き。たっぷり塗りつけられた毒の矢じりからは熟したイチジクの果実の匂いに似たものが混ざっている。

 

 そうだ、これは特別な毒。

 人の身体にある限り、この匂いに惑わされ。毒の強さに目を見張ることになる。

 

 だが、この毒矢に射抜かれたものがそれを知ることはない。

 そして誰もそれに気がつくことはない。未来にあっては神の力を手に入れる男がいたとしても、それは”今”ではないのだ。

 

 この矢は必ず目的を果たす。

 心臓を貫き、息の根を止めてみせる。

 世界は偶像が崩れ落ち、息絶えることを知るだろうが、それだけだ。

 

 世界はあるがままに続いていくだけなのだ。




しばらくは一日2回投稿(朝と夜)を予定しております。
それではまた明日。


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グラウンド・ゼロズ (1)

 雨が、その勢いを強めていた。

 岩肌に水滴を叩きつけ、はねた水滴がスニーキングスーツにあたってまた跳ね返る。

 

(崩れて、ここから落ちるわけには…いかない)

 

 慎重に崖の壁面に這わせた指が濡れた土くれの表面を探っていく。

 ここはキューバのはじにある公称、難民キャンプ。時間はもう夜もいい時分だ。

 天気は最悪の雨、それも風と共に時期外れの嵐のように次第に激しくなっていこうとしていた。だから間違っても、ただでさえ危険な夜のロッククライミングに相応しい状況なんてことは決してない。

 それでも蛇はゆっくりと、そして結局は一度もバランスを崩すことなく切り立つ崖を登りきって見せた。

 

「収容キャンプ前に到着」

 

 その瞬間、それまで静かにゆっくりと動くことを止めなかった身体が、ピタリとその動きを止めた。

 

『予定通りだな、スネーク』

 

 無線の向こうから驚きを隠せないという声が返ってくる。

 膝を立て、顔を上げていく。サーマル越しだが、彼の前に世界が見えてきた。

 この円熟、卓越した技術と経験を備えた男は30代後半にあって、その動きに迫っているはずの老いの影は微塵もなく。むしろ未だに成長をしているのではないかというほどに、若々しい動きが出来ていた。

 

『ブランクがあるとは思えん』

「……待たせたな」

 

 自然と蛇の口元に笑みが浮かぶ。

 また帰ってきたのだ、あの場所へ。戦場へ。

 そこは蛇がもっとも生きていると実感できる場所。心が不思議に安らぐ奇妙で唯一の世界。

 

 

 話は少しばかり、時間をまき戻さなければならない。

「10日前パスの生存が確認された」と葉巻を楽しんでいたところにあらわれるなり。いきなり口火を切って告げてきた副官のカズの言葉に、蛇は正直なところ驚きを隠せなかった。

 

 パス・オルテガ・アンドラーデ、ピースウォーカー事件の始まりと終わりの少女。

 平和を願う学生だった彼女の本性は、CIAやKGB。そしてMSFを手玉に取ろうとした情報工作員であり、その最重要とされた任務は、サイファーと呼ばれる米国特殊機関の意志をこのMSFのビッグボス。蛇に届けるメッセンジャーでもあった。

 

 祖国に戻れ、誰かの意志をかわりに口にするパスに蛇は悩むことなく即答で拒否した。

 

 決裂からの対決は凄まじいものだった。

 海面上に設置された水上プラント、MSFの基地の敷地内で巨大な2足歩行兵器を相手に伝説の男は1人で戦ってみせたのだ。

 その恐ろしく現実感のない戦いの一部始終は彼の部下達、全てが見ていた。そう、伝説は真実だと理解し、さらに新しい伝説が生まれてそこに加わる瞬間を、彼等は直接目にすることができた。

 

 人は奇跡を実際に見るだけで言葉がいらなくなる。そういうことがあるが。これこそがまさにそれだった。

 

 小人であるはずの伝説の英雄が勝ち、巨人の中から少女はこぼれおちて海の中へと消えていく。

 行方不明となった彼女に、蛇はわずかにだがまだ生きているかもしれないと、そうなかば願うように思ってはいたのだが……。

 

 そのパスが味方のはずの米国にとらえられ。共産国であるキューバにある収容所で今更のように2重スパイの嫌疑をかけられて尋問を受けているのだというのだ。それを聞くと蛇はさすがに顔を曇らせる。

 

「パスは、あの娘はサイファーを、ゼロを知っている」

「そうだ」

 

 過去に決裂した蛇の古い友人、ゼロ少佐。

 米国を捨てた蛇と違い、ゼロはそこに留まって今では国を裏から支配する存在の中心人物となっているはずだ。当然だがそんな彼にも敵は多い。

 パスは彼のメッセンジャーとなったことで、彼の情報を持っていると味方側の中にいる野心家から目をつけられたに違いなかった。

 

 とはいえ、パスはMSFにとっても最後は敵となった女でもある。

 捕えられたと聞いて、おおっぴらにそれを救出することにした、などと部下にいうことは出来なかった。それがまた、面倒を作ることになったわけだが……。

 

 

 頭上を越えて飛び去っていくヘリ群を見守る蛇にカズが言う。

 

『ターゲット達は基地の北東に位置する旧施設だ。基地内に入り、まずは北東にむかってくれ』

「……」

 

 あのヘリが気になった。

 ここに蛇が来ることはわかっていたはず。そもそも、こちらもここが罠だと半ばわかっていたからこそ自分がここに来ているのだ。警備の人員を増やして当然なのに、あのヘリはこの時間に、ここからどこへ行くつもりだ?

 

『これは潜入任務だ。敵に見つかるな』

「……」

『ボス?』

「――カズ、わかっている。しばらく通信を切るぞ」

 

 激しい雨の中、夜の警備が煌々と明かりでそこかしこを照らしてはいる。

 それを見る限り、一応の警戒はしているようだが……侵入者を待ち構えているとは思えない。そんな違和感をぬぐえなかった。

 

 北東の方角を見るが、ここからは何も見えない。それよりも鼻がひくついて、別の方角を見ろと伝えてきていた。そこは基地の中心、巨大な壁で仕切られた建物のある方角。間違いない、この場所の本部とよぶべき城のような場所だ。

 このような感覚をこの蛇は、これまでの戦場では感じたことはなかった。そしてこんな漠然とした空気に心を動かし、事前の情報を無視して行動するなんていうのはFOX時代からの経験でも無謀としかいえない考えのはずであったのに。

 

(なにがあるか、探ってみるか)

 

 根拠はないのに、確信だけがあってそれになぜか蛇は従おうとしている。

 岩場の影にいた彼の姿はすぐに消え、気がつくと基地の外に繋がるフェンスにつくられた入口の扉が風にあおられてキィキィと開閉を続けていた。

 15分後、この収容キャンプ基地は原因不明の停電に襲われ。辺りはこの夜はじめて本当の闇に包まれる。

 

 

 暗闇の中で懐中電灯が動く。

 

「CP、こちらズールー。電源をこれから確認する」

『了解』

 

 無線から体を動かそうとすると、まるでその瞬間を狙ったかのように後ろからぬらりと力強い男の手が兵士の首元を絞め、気がつけば自分が何者かに後ろから拘束されていることに気がついた。

 

「動くな、吐け」

「え?えっ」

「吐け」

 

 柔道の技なのだろうか、動かない腕の付け根に訳の分らぬ激痛を感じて小さく悲鳴を上げ。首はわずかに緩められていたが、息苦しさから魚のようにパクパクと口を動かして必死に呼吸をしようとする。

 

 「吐け」と、繰り返されて警備兵はすぐに”あらかじめ用意されていた”情報を口にした。北東だ、北東の旧施設に捕虜がいるのだ、と。

 ところが聞いてきた奴はその答えが気にいらなかったらしい。闇の中に刃の冷たい光が輝くのが見え、それが喉元につきつけられた。

 

「吐け」

「し、知らない。俺は……」

「吐け、どこにいる?」

 

 警備兵はこの問いで悟った。誰かがすでに白状していたのだ、と。

 侵入者は、予定では旧施設に行くはずだった。それがまるで違う場所であるここにいて、今更ながらに捕虜の場所を知りたがっているのは、本当の情報を耳にしたからに違いない。そう悟ってしまった。

 そうなれば、自分の答えも用意されたものと知って不満に思う相手が不機嫌になるのもわかる。刃がゆっくりと皮膚の表面から押し込まれていく気がして、警備兵は慌てて今度こそ正しい情報を漏らしてしまった。

 

 ここの地下施設、やつらの特別房にいる。

 

 刃物が引っ込まれるとすぐに締め上げられていた腕に力がさらに加わり、警備兵の意識は闇の中へと落ちていった。

 

 

 蛇は警備兵から聞きだした情報をもとに人気の少ない建造物の地下の施設へ侵入した。あのまったく不明瞭だった確信は、今はしっかりとしたものとなって自分に間違いはなかったと考えている。

 どうやら久しぶりの潜入任務に勘もひときわ冴えていたらしい。

 

「カズ、見えるか?」

『あれは、パス?』

「……」

『近づけるか?』

 

 あの警備兵の言葉は正しかった。

 ボイラー室の奥まった場所、そこにフェンスで仕切られた特別な部屋がつくられていた。

 警備兵はそこを特別な場所、といったか?つまり拷問を兼ねた尋問を行っていたらしい、床に血でなにかが引きずられた跡がみられる。

 そしてそこに柔らかなオレンジの光に照らされ、パスと呼ばれたあの少女がいた。最後に見た時よりもさらに細く、弱々しい姿が痛ましい。あれほど輝いていた肩まであった金色の髪も、今は短く切られて少年のようだ。

 蛇は拘束をとき、彼女を優しく地面に横たえるが彼女の意識は戻らない。救出に来たこちらに気がついてないようだ。奴等に何かされたのだろうか?

 

『パスを回収してくれ、スネーク。ヘリを用意――』

「いや、カズ。合流地点を決めよう」

『それは構わないが――いいのか?』

「ここにはパスしかいない。どうやらもう一人は旧施設とやらにいるようだ」

『チコのことか』

「そうだ。パスを連れだす以上、向こうに動きがさとられるかもしれない。ヘリを何度も近づけるなんてのは――」

『ヘリは予備を用意していたのだが……わかった。どうする?』

「今からパスを北東の海岸側に一旦隠す。そこを合流地点に、ランデブーポイントにしよう。合図をしたらすぐに寄こしてくれ」

『わかった。チコを救出後、一気に脱出するわけだな』

 

 通信を終えると蛇はパスを担ぎあげる。

 これからしばらくは雨の中をいくことになる。だが、意識が混濁しているのかパスはうなされるようで何かをずっと彼の耳にささやき続けていた……。

 

 海岸線までの移動は思った以上に難しいものがあった。

 ひとつは、途中でついに何者かの手によって電源が入れられたことにある。

 ありがたいことにあの尋問して部屋の隅に転がした警備兵ではなかったようで、周囲の兵士達が騒ぐ気配はなかった。それでもパスや気絶した警備兵の存在に気がつくまでの話だ、残り時間はなくなりだしている。

 

 そしてもう一つ、なにも視線を遮るような物のないヘリポートを横切らねばならなかったというのもある。電源が普及しても、やる気なく見回る警備兵達の視線を巧みにかわしてそれを成し遂げたのは自画自賛したいところであったが。その先の橋げたに立っていた勘の良い見張りは仕方なくサイレンサー付きのハンドガンで撃たねばならなかった。

 

 橋の上に動かなくなった兵士を横目に、蛇はそこから下の道路に飛び降りる。強引だったが、そこからはすぐに海岸線に降りていくとあってここはどうしても急ぎたかったのだ。

 だが背中のパスにはそれがきつかったのだろう。うっ、うっとその後も何度も息を止めて痛みを堪えようとしているようで、蛇は少し心が痛んだ。




(設定)
・2足歩行戦車
 メタルギアと名付けられた兵器。
 1960年代のソ連の科学者がその基礎となるものを生み出した。詳しく知りたい人はMGS3をプレイしよう。


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グラウンド・ゼロズ(2)

 ゴウゴウと夜の空が鳴いている。

 さすがにこんな夜の海岸線をわざわざ見回るなんて兵士はいるわけもなく。闇にまぎれて蛇はすぐに合流地点となる岸辺にまで降りていく。

 自分はここからもういちどあそこのキャンプに戻らなくてはならないが、少女にはここで少しの間待っていてもらわなくてはならない。

 せめてこの雨にうたれ続けないようにと、壁際でうろになって雨をさえぎる地面にパスを横たえた。少女が相変わらず意識を取り戻す様子はなく、なにかにうなされ続けているようだ。

 

 蛇は海岸線から、旧施設の方角に目をやる。

 あれほど激しかった雨の勢いが、ここにきて弱くなろうとしていた。

 急がなくてはならないだろう。

 

「退路を確保するしかない」

 

 それは覚悟を決めるための言葉だった。

 腰のハンドガンをぬいて改めて確認、それから途中で拾ったサプレッサーのついたサブマシンガンも確認した。

 なぜかここから見てもわかる。旧施設とこの海岸線の間には不気味なほど人影が少ない。

 つまりここの連中は、はなからパスを餌にするつもりで捕虜をわざわざわけておいたのだ。だからこれから向かうあそこにいるのは釣り上げるための前の段階。蛇への撒き餌のようなものと考えていたのだろう。

 

 しかし本命の彼女はすでにここにいる。それが知られれば撒き餌の価値などないも同じ。あそこにいるらしいもう一人はどんな目にあわされるか、考えるまでもない。

 だからこそここからあの場所まで、蛇を邪魔する可能性は徹底的に排除しておかねばならないと考えたのだ。

 

 

「異常はないか?」

 こんな夜に仕事をしなくてはならない同じ仲間の問いかけに警備兵は軽くうなずいて返す。

 強かった雨も風も、先ほどに比べると明らかに勢いが弱くなってきていた。

 

「連中の部隊章、お前見たか?」

 ぶしつけな問いであったが、どうやら向こうはそれが知りたくてずっと我慢していたようだった。

 そして知りたいことはどうやらさきほど大勢で一斉にここから飛びたった客人たちのことらしい。基地の上官たちも詳しいことを知らされてないようで、ここにいる連中は皆が首をかしげていた。

 だから思い出すままに口にした。

 

 ああ、見たよ。あれは狐が右を向いた……。

「それだ!何かに似ているように俺は思うんだが」

 見たことあるのか。どこで?

「それがわからない」

 

 そこに姿のない3人目の声が響く。

 

『お前達が知らなくてもいいことだ』

 

 警備兵達はそいつがだれなのか、目を開いていたのにわからなかった。いや、正確には視界が、目の前の世界が回転を始め。わかったのは自分がなぜか地面のない崖の向こう側に向かって投げ飛ばされていたという事実だった。

 暗い海からむき出しになった岩肌に激突するまでの数瞬に、彼等はせめてわァと声を上げることが出来たが。それを彼の仲間達はまだやまない風と雨の音に遮られて聞くことはなかった。

 

 

 最後の見張りの2人を綺麗に崖下にむかって放り投げると、蛇はフェンスのカギに指を伸ばした。

 やはり、ここだけ異様に警備が薄い。

 そこの兵達を片づけるのに時間はかからなかった。フェンスの中に入ると一直線に目的の牢の前へと、蛇は移動する。

 

「チコ――チコ、助けに来たぞ」

 

 牢の中に座り込む捕虜の動きは鈍かった。

 

 何かのテープを聞いているようだが、それにしても反応がおかしい。あの快活で、元気が有り余るほどに活動的な少年の面影がそこにはない。

 

 それでも時間は無駄にできない。

 牢のカギを開け、中に入ってもう一度さっきの言葉を繰り返すと。少年は今度はいきなり怯え出し、続いて必死にこちらに攻撃でもしようとしたのか、足元にしがみついてくる。

(パニックを起こしている)

 どうやら誰かに手ひどく痛めつけられたようで、敵味方を前にすると妄執にとらわれたようにパニックを引き起こしていたように見えた。きっと彼の中では今、誰かに吹き込まれたありもしない妄想がぐるぐると回り。どれを信じたらいいのか、わからなくなっているのだろう。

 

 とはいえ、このまま激しく抵抗されるのは困る。

 周囲の他の囚人たちにも異変に気付かれて、騒がれるにいたり蛇は仕方なく少年の喉元を絞めあげて動きを止めることにする。

 

「大丈夫だ、チコ。大丈夫」

 

 次第に抵抗が弱まり、チコの体から力が抜けていく。

 ピースウォーカー事件で知り合ったこの少年は、まだまだ多くの幼さを残しながら。しかし、大人でない自分自身に怒りを持っている。

 そんな正義感の強い少年は、同時にパスに好意を持っていて、それがこの救出劇の直接の原因となった。

 

 生存確認されたパスを、特に気にしないというそぶりで無視するような態度をとる蛇たちに激怒すると。この愚かな少年はたった一人で少女を助けようと試みたのである。

 その結果は、御覧の通り。

 

 同時期、MSFは国連から申し出があった核査察の騒ぎに頭を悩ませており。コスタリカの反政府組織のボスの身内でもあるこの少年を、MSFからしばし離そうと移動させていた。

 当初、パスの救出はこの査察を終えた後で一部のものによって秘密裏に行うはずだったのだが。気がつくと少年は輸送船から消え、何者かの手によって送られてきた彼の声で蛇に助けを求めるメッセージが届く。

 

『スネーク、助けて』

 

 最後にそう言ってメッセージを終わらせる少年の声を聞いて、さすがにいても立ってもいられなくなった。

 世界に核兵器を所持していることを隠しながら、この若い2人を政府の秘密収容所より救出するという困難な夜をMSFはこなせねばならない。というよりも、そこまでいきなり追い詰められてしまったのだ。

 

 

 静かになった少年を肩の上に担ぎあげて蛇はフェンスの外に出る。

 よく見ると、入り口には先ほど海に放り出した警備兵の1人が乗ってきた一台のジ―プが目にとまった。

 

(……バカな考えはするなよ)

 

 今度こそ、自分の脳内から警告を発するが。

 浮かんでくる計画の修正案は、次々とこれまでのやり方を変更して新しい方程式を蛇に提示してくる。

 

「カズ、いるか?」

『ボス、どうした?』

「ヘリだが……2台あるといってなかったか?」

『あ、ああ。確かにいった。今回の作戦、人員は出せないからな。せめてそのぐらい、と』 

「チコを回収、これから合流地点へ向かう。ヘリを2台、寄こしてくれ」

『スネーク!?』

「スマン、どうやら余計な荷物をひろったようだ」

 

 空っぽのジープの助手席にチコを乱暴に放り込むと、蛇は再びフェンスの中へと戻っていく。

 法の目をかいくぐったCIAの秘密収容所。そこに捕らわれた哀れな囚人たちに、この男は同情したわけではない。不可解な今回の動きと、さきほどの警備兵の口にした飛び立った部隊の話がどうしても気になったから、なんとか情報を手に入れられないかと考えた結果、行動していた。

 その謎をここの囚人達が全て答えてくれるかはわからないが。何かを知っていることを期待したいと思ってしまったのだ。

 

 

 やせ細り、弱った男達を後部座席に無理やり3人放り込むのはかなりの大仕事であった。

 そしてそれが終わろうとする頃、ついにパスか、もしくは侵入した蛇について気がついたのだろう。遠くあの堅牢だった建物から非常サイレンが一帯に向けて鳴りだした。

 ここにもすぐに兵達が殺到してくるのは間違いない。

 

 流石に引き上げ時だった。

 蛇は運転席へ飛び込むと、エンジンを始動して思いっきりバックさせる。

 ジープは勢いよく車体を回し。乗っていた囚人達は振り落とされまいと必死に車にしがみついている。

 そこから思いっきりアクセルを踏むだけなのだが、蛇はそこで背中に下げていたサブマシンガンを膝の上に置いた。戦うつもりはないが、だからといってここから立ち去ろうとする自分達をここの連中が呆けて見守るだけということはない。

 

「よし、いくぞ。つかまれ!」

 

 気合を入れるように警告を発し。

 蛇は思いっきり今度こそアクセルを踏んだ。

 夜の海岸線はそれこそ闇に覆われているが、そこに配置されていたはずの警備兵達はすでに処理してある。

 このまま上手く合流地点まで――行くことは、さすがにありえなかったらしい。

 今までいた旧施設へと降りていくY字路に走り込んでくる、兵達を乗せたジープが見えた。

 しかも、運の悪いことにこのままだとこちらと道ですれ違うことになる。

 

「おい――おいっ、お前!?」

 

 接近しようともアクセルを緩めようとしないこちらの様子に異変を察知した相手が声を上げると、蛇はハンドルを片手で動かしながら。膝の上のサブマシンガンを反対の手で取り上げ、いきなり相手に向けて発射した。

 相手のジープとすれ違う瞬間。蛇のアドレナリンがさらに噴き出したのだろうか。

 すれ違う車の座席に座ったまま、口を間抜けにも開いてこちらの銃口から火を吹くのを見つめているのが並んでいるのを蛇は、はっきり見て確認していた。さらに自分の手にするサブマシンガンが乱暴に鉛の弾を吐き出し、奴等に飛びかかっていく軌道まで見た気がする。

 

 さすがに現実はハリウッドのアクション映画のようにはいかないものだ。

 伝説の兵士にされても、それは蛇にも言えること。

 通り過ぎざまの乱暴な発砲だけで、相手の車に乗った全員を倒すなんてことは出来なかったが。向こうのジープはすれ違った後は蛇行するとまだぬかるんで滑る地面にバランスを崩し。坂に乗り上げてそのまま横転したようだ。甲高いブレーキ音に続く車体の悲鳴を聞いて、蛇は後ろを振り向くことなくそう予想した。

 悪くない結果だ。

 蛇はアクセルを緩めず、こっちは道のない荒れた岩肌の斜面にむけて勢いよく頭からつっこんでいく。

 

 

『スネーク、スネーク!?』

「カズか?ヘリはどうなっている」

『あんたの要請通り、2機はすでに発った!2分以内にそちらに到着するはずだ』

「よし、一機ずつ近づくように伝えてくれ」

『チクショウ、あんたなにをしようっていうんだ!?』

 

 やはりカズは怒っているようだ、それも無理はない。

 今回は作戦を勝手に現場で変更しっぱなしだった。奴の性格からいえば、こっちが信じられないことばかりしてきて、無線の向こう側でずっとヒヤヒヤしているのだろう。

 実際の話、自分でも今回のやり方はちょっとどころではなく驚く部分は多い。

 

 むき出しの岩肌のある斜面を、勢いだけで乗り切ろうと車で突っ込んではみたものの。やはり限界はすぐに訪れた。

 夜目にも明らかに、ボンネットが黒い煙を吹き始め。上下に激しく揺さぶれる度に車の底が岩にぶつかってガリガリと音を立てる。

 蛇はいきなりハンドルを切ると崖に向かい、ジープを衝突させて止めさせた。

 

「ここからは足だ。救助ヘリに乗りたいなら、這ってでもついて来い!」

 

 後ろで必死に車体にしがみついていた奴等に言い捨てると、蛇は助手席でまだ気を失ったままのチコを担ぎあげて車から飛び出していく。

 

 元々は助ける義理のない連中だ。チコやパスと同じ扱いをこちらに期待されては困る。

 

 蛇の言葉を聞いて、置いてかれまいと必死になって車から這い出てくる男達には見向きもせず。蛇は合流地点に向かって走り出した。

 すぐにその場所に到着すると、そこに留守番をして眠り続けているパスの隣にチコをおろした。

 意識を取り戻さない2人を並べてみると、なんだかようやくのこと数日ぶりに安堵するものがある。

 

『こちらモルフォ01、今から――』

「わかってる。客(ゲスト)が多い、急いでくれ!」

『っ!?了解』

 

 遅れてきた囚人は2人で、1人は上手く歩けないらしく。まだ離れたところで必死の形相を浮かべて岩場を這いずっているのを見た。

 

「ヘリに乗せる。ここで待ってろ」

 

 すでに精魂尽き果てて座りこんでいる2人にはそう言い捨てると、蛇は遅れている男の元へと走った。そして乱暴に彼を担ぎあげると、再び走る。それに合わせたようにヘリが乱暴に岩場まで降りてきて、蛇はそのまま3人の客人をその腹の中へと次々に放り込んでいく。

 

「乗せた!行け、いけっ」

『了解』

「次だ。カズ、次はどうした!?」

『大丈夫だ、ボス。すぐに来る』

 

 先ほどと違い、すでにカズは表面上は冷静になっていた。その言葉通り、一機が飛び立つと続いて2機目が海岸まで降りてくる。

 

『こちらモルフォ02、降下地点に接近します!』

「さぁ、帰るぞ」

 

 眠ったままの2人にそう告げると、蛇はまずパスの身体を担ぎあげた。

 すると遠くで「ヘリだ。おい、なんだあれは!?」と警備兵らしき声が聞こえてきた。ついに見つかった、もうギリギリだ、急がなければ。

 少女をできるだけ急いで、そして優しくヘリの床に降ろすと。今度は少年を運ぼうと再び地上へと飛び降りていく。

 

 そこで蛇はギョッとして一瞬、たった一瞬だが止まってしまった。

 眠っていたと思っていた少年が、いつの間にか体をおこしていた。その茫洋とした、何かが壊れてしまったような虚ろな目。それが自分をじっと見つめている。

 

「チコ――」

「……」

 

 2人が見つめあったのは本当にわずかの間の事だった。

 いきなり風を切る音とともに、リズミカルな銃声が夜を切り裂いた。蛇はその音ですぐさま少年の身体を担ぎあげると、力強く自分ごとヘリの中へと押し込んでいく。

 蛇が目標を回収したのを見届け、ヘリは勢いよくそこから飛び去ろうとする。そうはさせじと、侵入者が逃げることにようやく気がついた警備兵達は必死になって暗いままの夜の海に向け、手に持った銃を撃ちまくるが。

 それのほとんどはヘリに当たることはなく、そもそもまるで見当違いの方向に飛んでいった。

 ブラックサイトからの危険な救出任務はこうして予定外の事がいくつかあったものの、実に想像以上に上手く終わったようにこの時は思えた。

 

 だがまだ長い夜は終わってはいない。



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MSF(Militaires Sans Frontieres)、壊滅!!

「ボス、怪我はありませんか?」

「ああ――まぁ、かすり傷程度だ。なんでもない」

 

 ヘリには同乗していたメディックにそう答えると、向こうも慣れたものでようやく腰を下ろした蛇の身体を手早く無事を確認し、一礼して離れていく。

 任務は大成功だったが、納得できないことも多かった。

 なにかの手掛かりになるかと、無理をして捕虜たちも回収してみたが。そのあたりの事は勘の良いカズが察してすでに動いているはずだった。

 それでも、彼等がそれを見越してのMSFへの潜入しようとするエージェントだとも限らなかったので。わざわざヘリを2機用意してもらったわけだが。

 

(とにかく、問題はひとつ片付いた。そのはずだ)

 

 任務の後、どこか全体像がぼやけてぬらりとした触感を思わせる。これは過去の経験上、さらなるなにかがあると想像させるのだが。情報が圧倒的に足りないせいでその不快に感じる部分の正体が皆目見当がつかないのも、いつものことではあった。

 

「スネーク。スネーク!」

 

 少年の、すでにいつもの闊達さの片鱗を取り戻しつつあるように見えるチコの力強い警告の言葉に。悩むことにとらわれている蛇は現実に引き戻される。

 

 振り向くとそこで少年が、少女の腹部に作られた醜い縫合後を見つめているのを確認した。

 

「メディック!!」

 

 すぐに声を上げると異変を察知してパスに近づく。蛇は変わりに足首にボルトを打ち込まれて歩くことのできないチコを抱き上げて、誰にも邪魔にならないように場所を移動させた。

 

「罠だ、人間爆弾かっ」

 

 怒りが自然にわいてくる。

 少年の不安げな目が自分に向けられている。今、ここで何がおこっているのか。

 この少年に教えることなどできない。そんなひどい事、出来る筈がない。

 自分は甘かったのだろうか?

 国の定める法律の外、そこに作られた無法の刑務所とはいえど。幼さの残る少女と少年に、まさかここまで非道な、むごいことはしないと思い込んではいなかったか。

 

 思い出せば、あの停電の中でも非常灯で消えることのないあの場所。あそこの床にこびりついていた血の跡を誰か別のものだとあの時の自分は思おうとしていた。

 違ったのだ、あれはパスの血だった。

 奴等の特別房、それは尋問する側ではなく。される側を指していたのだ。

 

 サイファーは、ゼロは自身が送り込んだ少女の最期の使い道として蛇に爆弾を添えて返してきたというのか?

 湧き上がる怒りを飲み込む、吐き気を覚える所業に頭がどうにかなりそうだったが。今は感情に流されるのではなく、何よりも優先しなくてはならないことがたくさんあった。

 

 MSFに戻る前に、急いで彼女の中からそれを取り出さねばならなかった。

 だが、移動するヘリの中で。優秀とはいえメディック1人で適切に麻酔を投薬しながら開腹するなんてことは出来るはずもない。

 メディックもあえてそれには触れず、これから”やらねばならないこと”だけを口にして、こちらに協力を求めてくる。

 

「すぐに取り出します。麻酔間に合いません、無しで開腹します」

「抑えるんだ。早く抑えろ」

 

 傷ついた無垢の少年は、蛇の言葉にだけ反応しておずおずと眠ったままの少女の体に手を伸ばしてようやくのこと触れる。そのしぐさの意味することなど、今の蛇が気にすることはできなかった。

 ヘリの中は俄かに緊張を増してきている。

 

 そこからの出来事は、まさしく言葉では言い表せないものだった。

 意識を取り戻さぬまま少女は腹部の傷を再びこじ開けられ。そこに無遠慮にメディックの手が入っていって身体の中をまさぐりだすと、目を覚まさない少女は激痛に悲鳴を上げ。泣き叫びながらも身体は狂ったかのように力強く飛びはねようとする。

 それを蛇と少年、メディックが必死になって押さえつけて拘束し、爆弾の在りかを探しつづける。最低の気分だ、例えそれが必要なことだったとしても。

 

 そして、はらわたの奥からそれが引きずり出される。

 悪趣味な罠は悪趣味な梱包がされていた。

 平和のマーク、ピースサイン。

 

(平和を愛する少女の中に、平和のマークを刻印した爆弾とは。悪趣味な)

 

 不快感と共に、それをヘリの外に広がる海へと蛇はさっさと放り出した。

 メディックはその間にチコに手伝わせ、再び少女の腹部の傷を閉腹するために縫合している。危機は去った、そう思うとやっとの事で今夜の肩の荷が下りた気がした。

 

『ボス、あなたに』

 

 コクピットからの連絡で、疲れ切った頭のまま蛇は無線機に意識を向ける。

 

『ボス、聞こえる?』

「ヒューイ、どうした?」

 

 そうだ、まだ終わっていなかった。

 蛇は我が家であるMSFが、今この瞬間にもIAEAの核査察を受けようとしていることをうっかり失念しそうになっていた。それほどに今夜の世界は騒がしい。

 

『”来客”は予定通り。資料は棄てて、格納庫は除染、スタッフの口裏も合わせた。大型兵器は隠蔽、メタルギアは海底に退避、核弾頭も一緒だ。

 大丈夫、査察は君が帰る頃には終わってる』

「そっちはまかせるぞ」

『IAEAの連中、僕達を平和の守護者だと思って帰っていくよ。じゃ』

「……」

 

 相手に妙な高揚感のようなものを感じて、蛇は眉をひそめる。

 よく考えれば、この時もっと怪しんでおくべきだったのかもしれない。

 だが、蛇は脱出劇で遠く任務からの帰還の最中、頼みの副官はそこから連れだした別の囚人達の身元を洗うなどして手が離せず。

 肝心のMSFが、完全に1人の男に任せる状況になっていたことに危険だとは考えることが出来なかったのである。

 

 

==========

 

 ヒューイ、彼は科学者である。それもすぐれた科学者である。

 核抑止なる理想の実現を、と唆された彼もまたCIAによって南米に渡った。

 そこでおきたピースウォーカー事件で蛇とMSFに出会い。彼等に自身の技術を提供することで、その解決に尽力した。

 

 その最大の成果はMSFで生み出したZeek(ジーク)と名付けられた2足歩行戦車、メタルギアである。

 生まれながらに足を悪くしている彼はどこか気弱というか、優しさのようなものがにじみ出る人物に周りから思われていて。だからこそこの事件の始まる直前、国連を通してIAEAがMSFに核取引の疑惑とその解明に査察を受けいれるように通達してきた時。それを受けるように強くまわりに勧め、暴走するかのように勝手な事をしだしたことは蛇もカズも驚いたものだった。

 

 

 その彼は、自身が引き受けた役目を果たそうとしている。

 今、MSF上に海面の船舶から乗り移ってきた査察団を受け入れ。それを迎えてMSF内を自分が先頭に立って案内しようとしていた。

 

「みなさん、今日は大変だったでしょう。直前には雨風に揺られ、船上ではさぞかし……」

 

 蛇に報告したように、MSFはこの査察に関しては非常に神経を使って乗り切ろうとしていた。

 傭兵とはいえ兵士、あまり訪問者に圧迫感を与えないようにと。カズは警備は最小、武装も最低限、問題児は退去させ。さらにヒューイの案内で査察団と共に行動する兵士には背の低いものを優先して揃えていた。

 まさに準備万端の出迎え、というやつである。

 

「質問、いいですか?」

 

 スーツ姿の一団の中から1人が手を上げた。

 ヒューイは笑顔で、もちろんと告げると彼の口は開いて怒涛の追及を始めた。

 

「見たところどうも我々、査察団に見られることを想定してあなた方は準備していたように見えるのですが?」

「え、それは――」

「我々はプロです。そんなことをしても隠し通せはしませんよ。あれば必ず、見つけてみせます」

「も、もちろんです。もちろん、そうでしょう。今回の査察は、そのためのものだと。僕達MSFも、ちゃんと理解をしています」

「では、我々は今からどこを見てもいいと?構わないと?」

「もちろん――いや、ここは海上プラントを利用してますから危険なところもありますので」

「では――あなた達が見せるところだけ、見て回れと?」

「いや、そんなつもりは……」

「ではよろしいのですね?」

「――え?」

「あなたは我々の要望にこたえられる準備が出来ている。お互いが納得できる、と」

 

 その言葉にヒューイはゴクリとつばを飲んでから。静かに返事をする。

 

「もちろん。我々MSFは――いや、僕はそのつもりです」

 

 査察団を取り巻くようにして立つMSFの隊員はヒューイのその言葉に内心では舌打ちしていた。この査察が無事に何事もなく終わるだろうか、難癖をつけられたらあの男は何も言い返せないのでは?

 とはいえ、表面上は訓練の通り。無表情のまま彼等につき従うつもりであった。

 

 車いすに座ったヒューイが、若い査察団員とのそんな”らしい”会話が終わると同時に動きだした。

 査察団に随伴していたMSFの隊員達が一斉に攻撃を受け、次々と倒れていく。査察団を名乗る連中の手にはすでに隠して持ち込んだ銃器が握られていた。

 彼等はそれでMSFの隊員達を撃ったのだ!

 

 

「こちらアルファ、潜入に成功」

『よろしい、続けたまえ』

 

 ねっとりとした声が無線の向こうで返事をした。

 若い査察団人は無表情のまま、その後ろに大きな体の男を連れてヒューイの前に立った。

 

「き、君達――」

「エメリッヒ博士だな?」

「なんでこんな……こ、殺さなくてもよかったじゃないか」

「管理中枢の確認をしておきたい」

「いや、だから――」

「事前の情報に間違いはないんだな?」

「あ、ああ。だけど、僕はこんなこと――」

 

 若い査察団人はそこではじめて笑った。

 どうしようもなく間抜けな男を、騙されたことにもまだ気がつかない男を笑ったのだ。

 そして無力な青っ白い学者が文句を口にするのもかまわずに、背後の男は椅子からヒューイを抱え上げ、騒がないように黙らせる。。

 サイファーによる今夜の最大の作戦。

 核を手にする凶暴な海賊狩りが。今、この時から始まろうとしていた。

 

 

 パイロットの声は、次第に悲壮の感が漂い始めていた。

 

『管制塔こちらモルフォ!応答を求む』

 

 だが上ずり始めたパイロットの求めに応じる声は、無線の向こうからはない。まったくない。

 

『こちらの回線、異常なし。ボス、応答がありません!』

 

 蛇はその声に黙って、戻ってきてヘリの壁にかけたライフルを再び手にした。

 MSFの本部に近づいても、なぜか連絡がつかないのだという。最初は気象の関係か何かのせいかと思ったが、どうやそうでもないことはその目と鼻の先に来てもこうして何の反応もないことからも明らかだった。

 

 ヘリの扉を開き、じっと夜の海面を見つめる。

 そろそろMSFの本体が、海上で煌々とプラットフォームを照らす武装集団のためのプラントが見えてくるはずだった。

 だが、最初に目に飛び込んだのは燃え上がってプラットフォームが”消失”している残骸だった。

 そして巨大なキャンドルのように無様な姿となったMSFの施設が次々と姿をみせはじめてくる。

 

(攻撃されたな……)

 

 別に蛇は利口ぶってこう思ったわけではない。

 核を、メタルギアを手にした時。こうしてMSFが”何者”かからの攻勢をいつの日か受けることは事件以来、わかっていたことだった。

 ただ一つ、それが一年もたたないうちのおきるとは思わなかったというだけの事。

 

(プラットフォームが”堕ちている”、もうあそこにいる奴は助けられない)

 

 苦い敗北感を噛みしめながら、それでも冷静にこの戦場を見定めていく。

 と、連続した爆破音とともにまだプラットフォームの落ちていないプラントを発見した。

 

『あれは!……ミラー司令!?』

 

 パイロットが言い終わる前に、蛇は船上を兵士達と一緒に逃げ回っているカズの金髪の後姿を見つけていた。

 先ほどの連続した爆破は、プラントの脚部を吹き飛ばすものであった事を考えると。このまま彼等を放っておくのは海の藻屑となることを意味する。

 

『下に降ります!このままではっ』

「いけ!!俺が出る!」

 

 短く返すと、パイロットはあの海岸線で見せたのと同じく。素晴らしい手腕を見せてくれた。

 蛇はヘリに残る子供達をメディックに任せ、炎が吹き荒れ。徐々にその最後を迎えようとしているプラットフォーム上へと飛び出していく。

 

 乱戦が行われていた洋上で、その瞬間。

 サイファーの部隊、XOFの容赦のない攻撃は防衛側をすり潰しにかかっていた。

 ところがわずかにだがそれまで不利だった防衛側に勢いがついたかに見えた。

 それが一体なんでそうなったのか、それまで戦っていた者達の全ては理解していなかったが。その間にも蛇はミラーを、カズを含めた仲間達をヘリへと導いていこうとしていた。

 

 だが今回は、時間は彼に。彼のMSFには優しくなかった。

 

 グラリ、と世界が傾く。

 プラットフォームが海中へと落ちていこうとしているのだ。

 足元が揺れ、バランスを崩した男達をXOFの攻撃が容赦なく浴びせられる。

 車が、トラックが、物資をつめたコンテナが。それを動かす機材が。次々と傾いていく重力にあがらうことが出来ずに海に向かって落ちていこうとしていた。

 

「スネーク!!」

 

 一足先にヘリに乗っていたカズが、最後まで兵を助けようとして残っていた蛇に腕を伸ばした。

 彼は出来ることをやったが、彼の兵はヘリにたどりつく前に。そのほとんどが敵の銃火や重力に負け、次々とその命は暗い夜の海中へと飲み込まれていこうとしていた。。

 ついに最後のプラットフォームが海中へと無残にも落ちていく中、ヘリは生き残りと一緒にこの戦場を離れようとしていた。

 MSFの拠点、水上プラント群が燃え落ちるのを背にして。

 

 

 そうして朝が来る。

 この夜、コスタリカの洋上で起きた事件により強大な傭兵集団が消滅したことに世界は驚きつつ。内心では少しホッとした。

 だが、この事件が何者がおこしたのか皆目分からず。

 さらに彼等の事をことさら誰も非難するもいないという奇妙な現象が生まれ、ようするに公には”何かあったような気もするが、何もなかった気がする”という、不可解な無関心で世界は事件をおわらせることにしてしまった。

 

 ピースウォーカー達が地上から消えた。

 MSFはその生き残りは1人もいなかったと、そう伝えられている。そういう真実に、なってしまったのである。



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黄金の髪の女

 199×年、インド洋上を航海する船があった。

 それは元捕鯨船、その時の名前を「平和丸」といったが。漁師以外の男達の手でもう随分と長いこと運用されている。

 白い雲が浮かぶ、真っ青に晴れ渡る心地よい一日であった。

 

 そんな船に無遠慮にも着艦許可を求め、接近してくる一台のヘリがあった。

 甲板に人が慌ただしく行き来する中、ヘリはそこに設置された簡易発着場に堂々と着陸して見せる。それを待っていたかのように船内から東側のライフルを揃えた警備兵というには物々しい姿の男達が現れて、発着場を素早く取り囲んで見せた。

 

 くすんだ緑のBDUスーツに、オレンジの防水ジャケット。顔はわからぬようにというのか、バラクラバと呼ばれるマスクを全員が装着していて、そこから覗かせる目は冷たく輝いている。

 彼等は息を整え、列を乱さずに発着場に展開するとヘリのコクピットに狙いを定めて銃口を並べた。

 張り詰めた緊張感があたりを支配する。

 おかしなことをすれば、この男達は容赦なく銃爪を引いてヘリとそれに乗るパイロット達を穴だらけにする。そんな本気がそこにはあった。

 

 だが驚くことに、そんな船側の態度に震えあがるでもないのか。ヘリの操縦席が開くと、すらりとした足が中から延びて船上へと降りて来た。

 そこで初めて、並んだ兵士達は困惑に叩き落とされる。

 降りてきたのは輝く豪華な金色の髪をした熟年の美女だったからだ。

 

 この長身の女は凛々しい印象を与えるパンツ姿のビジネススーツにヒールのないブーツを履いている。そのたたずまいからは、生粋のビジネスウーマンではないという気がした。

 

その女からは戦場の血の匂いと凄みが感じられた。

 

 わずかに困惑の表情を浮かべる兵達に対しては、自信に満ちた輝く笑顔を向け。それが偽りのものではないというように恐怖を微塵も感じさせない張りのある声をかけてきた。

 そう、自分はメッセージを届けに来ただけなのだと。

 ある男にそれを届ければ、役目は終わりだからすぐに出ていくという。

 

 兵の1人は訪問者のその意向を無線で知らせて数分後。

 船内から1人の老兵が、しかしこちらもそれは見事なたたずまいをみせる男が現れた。

 兵士達はその時、訪問した女がわずかに歓喜の笑顔を浮かべたようにも見えたが。男が女の前に立つころには、あの不敵な笑みに戻って彼等のリーダーが女の方が自分の前に来るのをやっときたかというように迎えていた。

 

「メッセージがあると聞いた」

「ええ、あなたに」

「誰から?なんのために?」

「それは自分で確かめたら?」

 

 女はなにか、軽いものが入ったものらしい封筒を差し出してきた。男は背後の兵に合図を送ると、兵士は進みでて透明な袋を取り出し。女に封筒をそこに入れるようにと合図をする。

 

「悪いが、調べさせてもらうぞ」

「いいわよ。テープが一本はいっているだけ、そう聞いてる」

「それが本当だといいが」

「――名前を聞いてはくれないの?」

 

 いきなり会話が飛んで、男は一瞬。この目の前の女が何を言っているのか理解できずに口を閉ざした。

 

「ああ――何だって?」

「本当にどうしようもない男」

 

 その言い方が妙になれなれしく、男は女の顔を見てどこかであったのかと考えるが。彼女のような美しい女の顔は彼の記憶の中からはすぐに出てこなかった。

 

「エヴァと呼んで頂戴」

「あ、ああ」

「帰るわ。さようなら、角のはえた伝説の傭兵さん」

 

 女はそう言うと本当に立ち去ってしまった。

 だが、その言葉と行動とは反対に。ヘリに乗り込み、飛び立っていくまでの間。輝く金色のまぶしい、嵐のようなその女はずっとこの頭に角を生やした男の顔を見続けていた。

 その熱いというにはあまりにも強烈な思いのこもった視線を受け止め、男はエヴァという女の顔を自身の過去の記憶の中から再び掘り返そうとしたが。ついにそれがかなわないまま、諦めた。

 

 

 女が届けた封筒の中には、彼女の言葉の通り一本のカセットテープが入っていた。

 とりあえず大丈夫そうだということで男はそれを手に取るが。そこに何が入っているのか、なぜか男は決して聞こうとはしなかった。

 周りからは気がつかなかったが、この時。男は内心では久しぶりにうろたえていたのである。

 

 それからしばらく、船旅が続き。男は自分が住まう部屋へともどった。

 彼は長く戦場で生きた傭兵であったが、それにしてもその部屋には違和感を感じずには居られないものがあった。

 異様なほど綺麗に掃除され、整頓されたそこにはなにもなかった。

 男の趣味も、それまでの人生の思い出の品も、なにもない。すぐに男の着替えと武器を手にして出ていけば、そこを訪れた者達はそこに前に住んでいた者の存在を感じとることはできなかっただろう。

 

 そんな部屋に戻ると、男はテープを机の上に投げ出した。

 かわりにロッカーの中から、小さな段ボール箱を取り出してきて。それを同じ机の上でひっくり返す。

 箱の中がぶちまけられると、そこには先ほどと同じテープが重なった山が作られていく。

 

 それを見ると男は心を静かに席に着いた。

 以前のように動揺することはなく、今度はそれを見て妙に納得するものがあったのだ。

 この無機質な部屋の中でたった一つ、この男が持ち込んでいた私物。カセットテープの中に刻み込まれている、過去の生々しい証言達。

 それだけが今のこの男の全てだと言っても過言ではなかった。

 

 男の左腕が、その血なまぐさい思い出の積み上げられた山に伸びていく。

 それはあの届けられた新しいテープを探しているというわけではなかった。男の過去を思い出すために必要なテープを探す指だった。

 山の上を、その中を、指は探り続けている。

 目的の言葉が刻まれた、男の過去がつまったそのテープを探して。



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1984

まだちょっと使い方が怪しいですが、ペースは守ってる。そこが重要ですね。
今回からようやく本編、って感じ。

前回から具ぐっと巻き戻ってます、そこだけ注意。


 彼の日こそ怒りの日なり 世界を灰に帰せしめん

 ダビデとシビラの証のごとく

          (レクイエム/ディエス・イレ 冒頭部分)注:ラテン語、日本語訳では「怒りの日」となる

 

 

 

 それは悲痛な声だったと思う。

 

「ボス、死ぬなー!!」

 

 自身も尋常ではない怪我を負っているにもかかわらず、カズヒラ・ミラーは隣で横になって全ての細胞が停止しかけている自分のボスに必死に呼びかけた。それで何かが救われると信じていたのだろうか。

 その願いが通じたのか、それともその声に反応したのか。どちらかわからないが、死者になりかけた男の体に生気が戻ってくると。回りの医者達は安堵するが、喜ぶことなく新たに顔を曇らせた。

 

 患者はこうして生きようとしている。

 だが、それにしてもこちらに戻るのに死者となっていた時間が長すぎた…………。

 

 

 しばらくして、男はイギリス領のキプロス共和国――キプロス島のとある病院でひっそりと眠っていた。

 誰が彼をここに置いていったのか。ここに来てから誰も”公式”には訪れてないのでそれはわからない。

 だが、わかっていることがある。

 昏睡状態、いつ目覚めるのか誰にも分からない。しかしそれでも生き続けている彼は、目覚めて再びこの世界に戻ってくるその日までの間。この病院に居続けることになるということだ。

 その日まで、ここには彼の”敵”も”友人”も、誰1人として訪れることはないだろう。

 

 病院のベットの上で眠るその男を見たとしても、悲しさとか、哀れみなどといった感情は当然のように湧かなかった。

 そのかわりに無限の、絶望にも似た寂しさだけが感じられ。悲しみという感情につながろうとして涙腺を強く刺激してくる。

 偉大な国の英雄は、国を捨ててもその本質を。美しさと佇まいを眠っているこの瞬間でも見る者に発しつづけていた。偉大な男なのだ、稀有な存在なのだ。

 誰かにとりかえる、そんな事が許されない英雄なのだ。

 彼女ザ・ボスがこの世に残した最後の弟子なのだ。

 だが、この英雄は国を捨てた。許しがたいことがあると、見逃すことが出来ないことがあると。そう言って手に入れた全てを平然と捨て。国に背中を向けて立ち去っていってしまった。

 

 もう、なにかの奇跡でもなければ帰ってくることはないだろう。それほどに深い亀裂がこの男の中に、はっきりと存在していた。

 かつての古い友よ、君は一緒にいる(Union)べきだったのだ。

 新たな力を君に持たせた時にもう一度、我々は一緒になる(Re:Union)べきだったのだ。

 だが、もうそれはできない。

 この先にどんな未来が来ようとも、互いに笑いあって握手をする。昔ならば簡単に出来たそれも、こうなってしまった今からでは不可能な夢となるのだ。

 

 

 あの日、完璧になるはずの世界は悲鳴をあげた。悲鳴のあとには何も残らず、静かな海のような静けさが全てを支配した。 

 時計の針は無情に時を刻み続ける。

 もう、最後に声が聞こえたのはどれほど前のことだったのだろうか。言葉が絶え、無音が長く続いていたその世界に久しぶりに駆けめぐる言葉があった。

 それまでが静寂だっただけに、それは余計に大きい声に感じられ。多くの人々の耳に届いた。

 

 Vが目覚めた。

 

 何者達かはわからない。感情の抑制された声で、短く、それでいて力強く発せられたその言葉。

 止まることなく世界を駆け巡って何かを知らせてまわる。聴覚をひさしく刺激するこの音を、人々は心地よく受け止めている。

 あの南米の深夜の洋上で消息を絶った英雄が、闇の底からぬらりと煉獄に帰ってこようとしていた。

 

 

 

 蛇は死ねなかった。

 いや、死ぬわけにはいかなかったのだ。

 彼にはやらねばならないことがあった。彼の最愛の師、彼自身が奪ったその命には口にはしない約束と呪いのような謎かけが添えられていた。

 彼はそれを手にした瞬間から、次の世代に。未来の世界に残さねばならないことがまだ残っていた。

 その全てを完了させた時、自身を次世代の英雄。あの忌まわしい名前、BIGBOSSから解放されなければ死ねなかったのだ。

 

 その男は夢の世界でも戦場にいた。

 あの南米はコスタリカの夜の海。キューバから戻った、あのMSFという強大な力が燃え尽きて海中へと引きずり込まれていった、あの暗い海の上をまだ飛び続けている。

 

 ヘリの中から、武器を手にして海面を見続ける。

 どこかにむけて一直線に進むヘリの先には帰るべき家があるはずだった。だがいつまでたっても到着しない。

 

 それどころかその方角からは不吉にも燃え上がる炎で照らされた明るい海が地平線をうつしだす奇妙な世界が広がっていた。

 もう現場にはついてもいいはずだが、ヘリはいつまでもそのまま飛び続けた。

 

 だから蛇はまんじりとも動かずに、じっと海面を見続けるしかなかった。

 

 気がつくと、背後に誰かの気配があることに気がついた。

 見ると、救出作戦のためにこのヘリに同乗した衛生兵だ。彼はこちらに彼が手にした真っ白に輝く清潔な包帯を見せてくる。

 そこで蛇は、自分が頭部から出血していることに初めて気がついた。どこで怪我をしたというのか?すりむいただけか?よくわからない。

 

 彼はその包帯を傷口のわからぬ頭部に巻き始める。

 蛇はそれに抵抗することなく、されるがままにして自分は再びかわらない海をながめていた。いつ、MSF(家)についてもいいように。

 この男は優秀な衛生兵だった。ピースウォーカー事件では、時に自分に続いて戦場に入り。大蛇のように他の隊員達と列を成せば、それを止めることなどなにものにもさせたことはなかった。

 その才能は確かに自分を遥かに超えていて、成長が楽しみな戦士でもあった。

 

『これは、あなたを守るためにすることです』

 

 声が聞こえ、思わず衛生兵を見上げる。今のは彼の声だっただろうか?

 

 相手は蛇の驚きには反応せず、自分の仕事を続けていた。

 そしてそれが終わると、ヘリから海面を眺めて”その時”を待っている蛇の後ろにぴったりついて、いつでも自分が必要ならば出ていけるようにと待機していた。

 

(ああ、そうだ。共に帰ろう)

 

 蛇は言葉にしなかったが、終わらない飛行の中で。この信頼する部下に心の中で語りかける。

 ヘリは飛び続けている。

 夜の海の上を、終わることなくずっとずっと。

 

 

==========

 

 1984年、病室ではいつものように機械のチェックを終えると。看護士達が眠り続ける患者達に最低限の処置をして、次の仕事へ。別の患者達へと向かおうとしていた。

 だが、その日はいつもとは違う日になった。

 

 目覚めは不快極まりないものだった。

 ビックボス、そう呼ばれた元MSFのリーダーは。実に9年もの長い眠りを終えて意識を取り戻した。

 当然だが、病院はちょっとした騒ぎになった。

 起きるはずのない男が、もう目覚めることはないと思っていた男が奇跡をおこしたのである。驚かない方がどうかしていた。

 その本人、ビックボスはというと。まだはっきりしない意識と、長い眠りですっかり弱ってしまった体に困惑するだけだった。

 そのあたりでようやく彼の主治医が駆けつけると、一番重要な事を伝えてきた。

 あれから、あの夜からもう9年の時が流れていた。いきなり知らされた重大なことに、さしもの英雄も唸ることすらできなかったという。

 

 

 病室は暗くされた。

 主治医が口にするには、どうやら自分の事を正しく理解しなくてはならないのだという。

 そして見せられた医療写真達。

 この体にのこる108の破片による壮絶な傷。そしてぽっかりと穴があいたかのようにそこからなくなってしまった、失われた自身の左腕。

 それはそれはひどい事故だったのです、と主治医は言う。

 だが、体はけだるくて、頭もはっきりしない状態の中でも。失われた体の一部と傷に絶望とパニックをおこしても、泣き叫ぶことはできずに茫洋としつづけて、わずかにうめいて悶えるだけの自分。

 この体の中のギアがはまらないまま、無情にも流れ、失ってしまった時の長さと体にどう対処しろというのか。

 

 この現実を認めたくない奇妙な浮遊感は、まるで、”今はそうあれ”と誰かに命令されたかのようだ。

 心が凍りついたかのようなあまりにも鈍い自分の感情は、半ば他人事のように(そんなんで大丈夫なのか?)と問いかけているようにも感じる。

 

 わかるわけがないだろう。

 全てを失ったのだ。体は傷だらけで障害がのこっているというのだ。このザマで、なにができるというのだろう!?

 

 

 

 病室の窓から入る明るい太陽の光を茫洋として重い頭に当てているのも、そこから窓の外の変わらぬ景色を眺めるのもすぐに飽きた。

 今朝にも針がこの体から抜かれて、自然の呼び声を感じるようになれたのでトイレに立とうと。まだ動きの不自由な体でベットの上をモゾモゾと動いていると、看護士が慌てて寄ってきた。

 どうやら立ち上がるのはまだ早い、しびんを持ってくるから待て、などという。

 冗談じゃない。

 仕方なく、葉巻を買いに行きたいのだというと。今度は体に悪いなどといつかの誰かに言われたのと同じような小言をこちらに言い始めた。

 

 なんなんだ、いったい?

 

 どうやらこの患者は好きにさせておいてはいけない奴だとでも誰かにいわれたのか。ぶつぶつ文句を口にしていると葉巻きのかわりだといって、看護士が電子葉巻とかいうものを差し出し。寂しいこっちの口にくわえさせてきた。

――そういえば、明日。お客様がいらっしゃるそうですよ。

 客?誰の事だろうか。

 名前は聞かされていないらしい。楽しみに待ってろ、ということか。

 

 

 

 その部隊は、集合時間に合わせたかのように時間通りに全員が欠けることなく集結していた。

 暗く仕切られたコンテナの中で、普段着の隊員達は一斉に脱ぎだし。新たに渡された今夜の装備に着替えだす。その誰もが胸板が厚く、高身長で、愛国心にあふれた男達だ。

 下された任務を完璧に遂行し、疑問を持たず。なにかあれば命を投げうっても事にあたれる兵士達。

 だが、その彼等のうちの何人かが。この場には似合わない下卑た笑みを浮かべて、まだ気がついてない奴にはあっちを見てみろとそれとわからないように教えてやる。

 

 彼等から離れた場所で着替えている女がいた。

 軍隊に女は珍しい。それも、こんな特殊な訓練を積まなければ参加できない任務に同行することを許されるほどの技術を持つ女となると奇跡みたいなものだ。

 今夜の戦闘に参加するというその女は、戦士というには肉付きがよく。この男臭い暗い場所では、刺激に満ちた肌をさらしている。そんな彼女がブラをはずした辺りが男達の興奮の最高潮で、すぐに迷彩服とパンツを履きだすと。肩をすくめて(残念、もう終わってしまった)と自分の面倒をみることに戻っていった。

 

 そんな男達のいやらしい視線は、当然だが彼らに背を向けていた女はわかっていた。

 男達のむき出しの好奇と欲望に満ちた視線は彼女の皮膚を焼くから、背中を向けていてもわかってしまう。

 

 だが、今の彼女にはそんな事は実に瑣末な事で、意識は別のものに向けられ。集中している。

 伝説の英雄、ビックボス。

 彼女は今夜その男を真っ先に自分の手で仕留めるつもりでいた。

 そして明日には伝説の男を殺した女になる。なってやろう、そう考えていた。

 

 伝説の男が活躍していたのはもう10年近く昔の話だと聞いている。時代は変わったのだ、次の時代の英雄には自分こそふさわしい。女の身の上でありながら、この部隊に参加を許されるほどに高い技術を持つ彼女には野心があった。

 彼女には女が軍人として大成する,という純粋な夢をもっていた。彼女に好奇の目を向けていた男たちが少年だったときと同じ時期に、少女だった彼女もそれを求めた。

 

 今夜、彼女が任務を果たせば。それは実現するかもしれない。



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エイハブとイシュメール (1)

 夜、ラジオからはニュースが流れていた。

 

『――捜索の打ち切りを発表しました。機体の残骸から回収されたブラックボックスの内容は……』

 

 先ほどから医師と看護士達が集まって、寝ぼけながらもなにか様子がおかしいとは感じていた。

 まだ思うように体の自由が利かないこともあって「どうした?」などと聞くことはなかったが、どうやら自分の事で何かマズイことになっているらしいとわかってきた。  

 

――そう、あなたの覚醒を望まないものもいる

 

 医師はベットの側まで来るなり、いきなりそう口にした。

 どうやら、こっちが話し合っているのをずっと聞いていたと勘違いしているようだ。一向に霧が晴れない頭と、上手く動かない口元、動かすのに一苦労する体では寝ているしかない。だから夢うつつでそれをながめていただけだったというのに。

 

――死んだはずのあなたが生きている。それが外の広い世界にもれた。あなたは世界中から狙われる。いますぐ、顔を変える必要があります。そうでないと生き残ることが出来ないのです

 

 彼の口調は、こちらの意見を聞くつもりは全くないという雰囲気だった。

 自分もこんな調子ではそんな彼に文句を言うこともできない。

 

ー今後はエイハブ、と名乗ってください。名前も過去も、全て忘れてください。

 

 元々欲しいと思った名前ではない、それは構わない。

 負け続け、なのに利用されて勝者にされ続けた過去だ、未練はない。

 

 だがエイハブと名付けられたのはなぜだ?

 疑問は湧いたが、それを追求するほどのことだとは考えなかった。この時、病室の外の廊下に出た看護士の足が不自然に宙に浮いて消えた、ように見えた気がした。

 

――これを……

 

 事故の際に持っていた私物なのか。MSF時代の部下達と一緒に写真を撮った、そんな自分を見せてきた。

 そして医師は鏡を取りあげて、こちらに向けてくる。

 

――これは、今日までのあなたです。明日にはあなたの亡霊となる

 

 初めて深く、そう深く息を吐いた。

 傷だらけの顔を、額から突き出た角のような破片を、弱々しいこけた頬の自分の横顔を見た。

 なんて弱々しい悪鬼のなれの果てというべきか。

 多くのものを奪い取られて、さらに9年もの時間を失ったことを、この鏡に映る男の姿から嫌でもそれは理解させるものだった。

 

 だが、そんなことで黄昏れている時間は残っていなかった。

 いきなり医師が、背面につり上げられてその足が宙を蹴飛ばし始めた。何者かが彼の背後から襲ったのだ、とわかったが自分がどうにかする前に、医師の暴れる足がこちらの身体を蹴とばしてしまい。

 哀れな悪鬼はベットの上から床へと転がり落ちていた。

 

 医師の抵抗はすぐになくなり、動かなくなった体を襲撃者はその場に放り出した。どこかで爆発する音と、その影響を受けて病院の建物が振動するのを感じる。

 

 襲撃者は暗殺者だったのだ。

 そして女であった。

 俺を殺しに来たのだ、その目を見ればすぐにわかった。その物腰は普通じゃないのもわかる。

 こんな暗殺者を、今の自分はどうにかできるのであろうか?

 

 

 考えるよりも先に、暗殺者が動くよりも先に、乱入してくる男がいた。

 そういえば、自分のベットの隣にも患者眠っていたような気がする。だがそいつが何者で、どんな人物かなど話す暇もなかったからそれ以上はわからない。

 そんな男が、女暗殺者の背中に必死になって飛びついている。

 

 その男も弱っていたのか。もちろん、病院に入っていたのだ。元気一杯というはずはない。

 あっという間に女に力強く投げ飛ばされると、それでも必死になって抵抗しようと。床に散らばっているものを女暗殺者に向けて放り出していく。

 必死の抵抗だ、治療に使うための器具や、薬品の入った瓶が宙を舞う。

 

 むこうはそれを邪魔に感じたのか。

 手に持ったナイフを投げて男の腕の付け根に深く突きさしてみせると、もうしんぼうできないというように男を放ってこちらの首に飛びついて来た。女とは思えぬ凄い力で絞めあげ始める。

 

(このまま……俺は死ぬのか?全てを失い、仲間を、部下を失い、未来に自分が生きた証をのこせないまま死んでしまうのだろうか?)

 

 悲鳴を上げてこの暗殺者を喜ばせるつもりはなかった。かわりに自分に唯一残った腕で、なにかないかと周りのものをつかもうと乱暴にまさぐってみた。

 

 視界が薄れ、闇に意識が零れ落ちそうになる中。

 ボッと炎が近くで燃え上がる音を聞いた気がした。

 どうやら僅か一瞬、気を失ってしまったらしい。気がつくと自分の首を絞めあげていたはずの女が、炎にまみれて燃え上がっており。その無残な姿に目を丸くして驚く。

 いったい、あの一瞬で何が起こったのか。まったくわからなかった。

 

 燃え続けながらも女暗殺者は、まだ任務を諦めてはいなかった。

 再び立ち上がり、せめてこちらの息の根を止めようというのか。炎の中から鬼気迫る目でこちらを睨みつける。

 

 そこにさきほどの乱入してきた男が再び横槍を入れ、床に転がった薬品の瓶を拾い上げると躊躇をみせずに女にむかって投げつけた。

 それはなにかまずいものだったらしい。女にまとわりついていた炎がひときわ大きく勢いをえて燃え上がると、女はついに悲鳴を上げながら病室の窓から外へ向かって身を投げ出していった。

 

 

 

 病院はこの時、襲撃部隊に加え。女暗殺者の他に近づいてくる存在があった。

 輸送機には不気味なマスクをした子供と床に横たわるまごうことなき死体。

 丁度この瞬間、殺戮が始まったばかりの病院に送り届けるにはおかしいこの2つの荷物を運んでいる。

 目的地に到着するにはあと数分あるが、大きさの合わないガスマスクをした少年の体がなにかに反応してビクンとはねた。

 彼の脳裏に、いつものごとく他人の意識が。感情やら想いといったものが、激しく、それもいきなり大量に流れ込んできた。

 

 それは女の悲鳴であるらしかった。

 任務に失敗したという絶望、悲しみ、そして全ての男という存在に向けた憎悪に似た怒り。

 女というだけで笑い続けた男達が、彼女の足元で這いつくばってのたうちまわり。泣いて謝る記憶がみえてくる。それを喜んでいた。笑っていた。

 だが、それは次々とやってくる。まったくきりがないのだ。

 そして渇望していた。憎悪に負けないほど狂おしく、皆に認められる優れた軍人でありたいという輝く夢。

 

 それらが全て燃え上がり、燃え尽きようとして重力に引かれて地面に墜落していくのを感じた。

 彼女を感じすぎている中で、この奇妙な姿の少年はわずかに残っている自我が自分もあそこに今から堕ちていくのだと思った。

 

 

 

 女暗殺者は撃退したが、病院への攻撃は続いているようだった。

 

「さぁ、エイハブ。ここから逃げよう」

 

 先ほどの医師との会話を、彼は隣のベットで聞いていたようだ。

 

「あの女はどうした?」

「女?俺、いや。俺達が火をつけて窓から堕ちたよ」

 

 どうやらこの期に及んでこれが悪夢でした、ということでは本当にないらしいとボウとする頭に言い聞かせた。俺も彼も運が良かったということか。いや、撃退できたのだ。そういうことじゃない。

 

 自分を助けた男は、自分と同じ。顔を隠すかのように包帯を巻いていて、そこから綺麗な目だけが外にのぞかせているという入院患者のようであった。

 

「あんた誰だ?」

「俺か?俺はお前だ。9年、お前を見守った。イシュメールと呼んでくれ」

 

 勇敢で頼もしいということの他に、ふざけた男だということもわかった。

 どうやらこちらがエイハブと名乗れと言われたことを聞いたせいなのだろう。「白鯨」の登場人物の名をこちらに告げてきた。それが彼の本名ではないのはすぐにわかる。

 自分の隣に寝かされているような男なのだ、なにか事情があるのかもしれない。ふと、そう思った。

 

「どうなっているんだ?」

 

 思えば医者や看護士以外と目覚めてから話したのはこれが初めてだった。

 そのせいだろうか、出てくる言葉はいちいち自分の事なのに笑ってしまうほど弱々しいものばかりだった。

 

「ようやく話せるようになってきたな。世界中があんたを狙って殺そうと――」

 

 再び、どこかで爆発する音と振動を感じた。

 暗殺者に続いて、攻撃が始まったのかもしれない。

 

「さあ、早く。ここはもうすぐ燃え落ちる」

 

 次々と海中に沈んでいくMSFのプラットフォームが瞼の裏に映し出された。フラッシュバック、それともトラウマの発露か?

 イシュメールはすぐにでも部屋を出ていこうとしたがったが、こちらの体は思うようには動こうとはしてくれなかった。

 彼は知識があるのか、こちらに針の先を見せると「これをうってやる」と言って強心剤を投与する。それでも、自分が出来るたことといえば床をようやく必死に腕で這って進むというありさまだ。。

 だが、それでもこの病室から出ていくことはできるし十分だ。

 

 

 イシュメールは最初、エレベーターに向かおうとしていた。

 彼はこちらを一切助けようと申し出なかったし、自分も助けろ肩を貸せなどと要求もしなかった。

 奇妙な話だが、一緒に逃げるなら少なくとも逃げようとする意志を示すだけの体力をのこしてなければいけない。そんなような考えがお互いあったように思える。

 だが、ようやくエレベーター前の通路に到着しても、そこから先には進めなかった。

 エレベーターが火を噴き、爆風で自分もイシュメールも吹き飛ばされ。病院の床に叩きつけられるように投げ出されたのである。その瞬間、脳裏にあの夜の最後を思い出した。

 

 

==========

 

――爆弾が

大丈夫、もう取り出した

――もうひとつ、ある

 

 それが彼女との最後の会話だった。

 カズは我を忘れて怒っていたが、自分は今こそ彼女と話したいと思っていた。

 彼女はサイファーの、ゼロの意志を自分に伝えに来たスパイだった。そんな自分もかつては、ゼロの部下として。特殊部隊フォックスに在籍していた過去がある。

 かつて自分を見出したザ・ボスとは違う。あの彼女と自分とは違う関係が、この少女となら築けるような予感が。あの決裂した日から思った、わずかに生きているかもしれないという希望につながったのではないだろうか。

 

 だが、彼女はわかっていた。

 ビッグボスの任務に自分が失敗し、戻ってきた3重スパイにそんな奇跡は用意されてないということを。

 

 彼女は夜の海に向かって、身を躍らせた。

 その体を誰にも触らせたくなかったのか、それともまだ体内に残っている爆薬をなんとしても封じ込めたいと思ったのか。

 そのやせ細った肩を強く、強く抱いて。その瞳はずっと最後の瞬間までビッグボスと呼ばれる英雄へとむけていた。

 

やめろ!!

 

 パスの背後に、いつの間にかこちらのヘリを追走する見たことのないヘリを見て。なぜか手遅れなのに、叫んでいた。叫ばずには居られなかったのだ。

 最初に衝撃が襲ってきて、続いて炎がヘリの内部に押し入ってくる。それで十分であるはずだったのに、炎のむこうから。先ほどこちらを追走して飛んでいたヘリの運転席が姿をあらわし、そのまま突っ込んでくる。

 

 

==========

 

 はあぁ。

 息を吐いて、体を動かした。

 短いほうの左腕が、肩が外れているのがわかった。

 

「エレベーターは使えない。非常階段を使おう」

 

 イシュメールに先導され、新しい道を探して動き出す。脳裏に消し飛ぶ直前のパスの顔が浮かび上がると、それまで力が入らなかった腰から下に変化が生まれた。

 不格好に、腰だめによろよろと歩きだす。

 瞼の裏に浮かぶ少女の最期が怒りの炎をこの弱った体の奥で吹き上げ、それを力に歯を食いしばってようやくそれをやりとげた。

 薬が効いてきたか、とイシュメールがいったが。今はこの憤怒でも薬でも、生き延びるために必要な事が出来るならどれでもよかった。

 

 

 病院内は次第に地獄と化していくのがわかった。

 部隊らしき兵士達が、武器を手に言葉を発することなく殺戮を続けている。

 襲撃者達は病院関係者ばかりではない、目に付いた患者もかまわず。相手が生きているとわかれば銃口をむけて即座に銃爪をひいた。

 そして死んだことを確認するついでに、顔も確認しているようだった。

 

――世界があなたを狙っている

 

 自分1人を殺すために、あいつらはここにいる全ての人間を奴等は殺そうとしていることを理解した。殺された医師の言葉は正しく警告であったのだ。

 そんな周囲のありようとは別に、イシュメールと自分は息の合ったコンビとなって間断なく襲ってくる死の危機を何度も回避していく。奇妙な、そしてそれは不思議な体験でもあった。

 9年もの間、寝こけていたこの元英雄をイシュメールは文句ひとつも言わずに先導し。時にフォローをして救ってもくれた。

 その見事なキレのある動きに自分も触発されていったのか、こちらの身体もゆっくりとだがかつての感覚を取り戻そうとしていた。

 

 それでも次第に向こう側の捜索網にこちらが引っ掛かり始めたのか、しばしば通路の前後を挟まれようになる。

 イシュメールと共に大部屋の病室に滑り込むと、まだ眠っているらしき患者のベットの下にそれぞれが身を隠した。

 すぐに襲撃者達は病室の存在を嗅ぎつけると、そこに眠る患者達をやはり他と同じように無慈悲に殺して回った。イシュメールも自分も、それをじっとベットの下で見ているだけだった。

 

「死体にまぎれて移動するしかない。ここからは這って出るんだ」

 

 襲撃者達が去った病室から出る時のイシュメールの判断は的確に過ぎて、こちらが口をはさむ必要は全くなかった。

 そしてそのせいだろうか、いつしかこの男は自分と同じ兵士ではないかと思うようになっていた。だが、それを本人に確かめる暇は今はない。

 

 死体が無造作に転がされている病院の廊下でまたもや前後を襲撃者達に挟み込まれて身動きが取れなくなった時も、イシュメールは見事な機転を見せてくれた。

 

 人は死ぬと、体の筋肉の力が抜けて糞尿を垂れ流す。

 彼はいつの間にか病室で手に入れたらしい点滴剤を自身の腹の下で破ってみせることで、まだ息のある犠牲者にとどめを刺して回る襲撃者達の目を欺き。自分を死体にみせたのである。

 一方で、情けないのはこの英雄殿であった。

 いくらおとなしく黙って転がってみせても、注意深い連中に怪しまれてひっくり返されれば、死んだふりも意味はない。

 

 無様にも顔を確認され、これでいよいよ終わりかと思ったその時であった。

 

 廊下に誰か現れたのか、一斉に襲撃者全員がそちらの方を振り向いた。

 次にやはり警告もなく彼等の銃口が一斉に火を吹くが、それが相手には当たらなかったのか反撃をくらって1人が炎に包まれた。

 普通の廊下であるというのに、兵士達の相手への報復はエスカレートしていく。手榴弾を投げつけ、バズーカを至近距離でも構わずに撃ちこんでいったのだ。

 そんな相手からの反撃は壮絶の一言に尽きた。

 廊下が炎の突風によって吹き荒れ、気がつけば兵士たちの姿はそこに誰も残っていなかったのである。

 

 イシュメールとエイハブの2人は、そこでようやく頭を上げる。

 兵士達を炎で消し炭にした相手は燃え上がる男の形をした”ナニカ”、としか言いようがない存在だった。

 しかしそいつのその異様な力は病院の外からでもしっかりと見えていたらしく、一機のヘリが近づいてくるとなんとそいつとヘリは互いを攻撃し始めたのだ。

 

「走れ」

 

 イシュメールの言葉に反応して、駆け出す。彼はどこで手に入れたのかいつのまにかハンドガンを手にしていた。

 今夜何回目かの階段ホールに出ると、2人は無言のまま次の廊下へと入っていく。

 どうやら襲撃者達と炎の男は味方同士というわけではないらしい。あちこちの騒ぎも、爆発音もそれぞれが暴れた結果であるらしいが。その激しい戦いで襲撃者達も次第にあの炎の男の存在を無視できないでいるような気配を感じていた。

 廊下を進む中、次々にあらわれる襲撃者達をイシュメールは見事に一発で倒していく。ここでようやく自分も彼と同じようにハンドガンを手にすることができた。

 

 出口を求めてこうして2人、彷徨ってきたわけだが。

 皮肉な話で彼等がたどり着いたのはなんと正面玄関前のエントランスであった。

 彼等の下では、今も兵達が誰も外には逃がすまいと燃えている1階を銃を構えて見てまわっている。

 

「俺が囮になる」

 

 こんな状況で驚いたことに、イシュメールはあっさりとそう言うと。自分の銃についた消音器をはずして、エイハブの返事も聞かずにそれをホールに投げ入れ。飛び出して行きながら兵達に向けて撃ちまくって階段下へと落ちていく。

 

(なんて奴だ)

 

 称賛をこえてただただ素直に驚嘆するしかなかった。

 ここまでうまいように2人でやってこれたのは、あの男の優れた力があればこそだと認めないわけにはいかない。

 そしてもう疑う余地もなかった、彼は軍人だ。それも優れた技術を持った兵士だった。

 ということであるならば、ビッグボスと呼ばれた自分だってやって見せなくてはならないだろう。

 

 階段には、階下に落ちていったイシュメールの姿を探そうと兵士が駆け上ってきて必死になってそこから見下ろせる床の上を探していた。その無防備な背中に、銃口を思わず向ける。

 

(やめたほうがいい)

 

 のばした片手の先の銃口がまだ震えている。

 多少はマシに動けるようにはなったものの、集中しようとすれば手先が震えて定まろうとはしない。強心剤とやらの効果もあるのだろうが、繊細な指の動きがまだ戻っては来ていない。これでは撃ち合いはできない。

 半端なやり方をしてミスをすれば、進んで危険を買って出てくれたイシュメールに申し訳ないことになる。

 

 決断を下せばそこからは早かった。

 すぐさま自分も1階に飛び降りると、受付の後ろから移動して柱の影へとダイブする。

 たったこれだけでも今の自分は呼吸を乱していた。体の切れなんてひどいもので、柱の影に何かを見たのではと思っているらしい兵士がこちらを見てキョロキョロと怪しんでいるのを感じる。

 

 伝説のビッグボスがなんてザマだ。

 情けないなんてもんじゃない。それでも、ふと反対側からのぞくとイシュメールの姿を捉える事が出来た。

 囮をかって出たはずの彼は、すでに建物の外に脱出しているようだった。

 発砲して敵に向かって飛び込んでいった男が無事に脱出して、囮をやってもらった自分が失敗する。いくら錆ついて勘が鈍っていると言っても、ビッグボスと呼ばれた男がそんな恥ずかしい終わりかたをするわけにはいかない。

 

 もう一度確認する。

 出口までは残り15メートルほど。撃ち合いはしたくないから、走り抜けるしかないが、どのタイミングでそれをやろう?



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エイハブとイシュメール (2)

今日は文字量ゆるめな感じで。
そして今回から出番早めに山猫が登場します。


 遠くに炎の上がる病院を見ている男がいた。

 男の名前はオセロット。

 若くして特殊な才能にあふれ、大国を手玉にとってみせたスパイだったが。ある時を境に米国を裏で支配する組織に参加したことで途方もない力を手に入れた人物である。

 そんな彼がここにいるには当然だが理由がある。

 

 あの燃えている病院の中を這いずって逃げ回っているであろう男。

 9年間の眠りから目覚め、地獄から帰ってきたオセロットのよく知るビッグボスという男を迎えるためにここまで来たのである。

 だが、残念ながら今のオセロットの手元にあるわずかな兵士だけでは襲撃中の病院まで押し掛けるわけにはいかなかった。

 

「おい」

 

 後ろに声をかけると、トラックの運転席から兵士達が降りてくる。

 

「積んでおいた”荷物”はここに降ろせ。すでに騒ぎが起きている。俺一人で迎えに行く」

「了解しました」

「お前達はそれが終わったら、一足先に戻れ」

 

 彼等は無駄に上官の命令に食い下がったりはしない。

 指示通り、荷台に乗せていたものを下ろす準備を始めた。

 オセロットはその作業に関心がないのか、自身のiDroidという装置を起動すると別の場所へと連絡を入れる。

 

「こちらオセロット。準備の方はどうなっている?」

『申し訳ありません。出航の時間に遅れが出ていまして――』

 

 顔は変わらなかったが、声は十分に不快感の響きを入れると強い調子で相手の台詞を最後まで言わせなかった。

 

「眠いことをいうな。俺達の目と鼻の先にサイファーがいるんだぞ。お前達がのんびり支度をして、奴らに見送りにでもこられたらどうなると思う」

『了解です。10分で終わらせます、必ず』

 

 実際は大丈夫ではあるだろうが、緊張感がなさすぎるのも困る話だ。

 気がつくとオセロットは先ほどからずっと赤く燃える病院の方角から目を離すことはできなかった。ボス、ビッグボス。あの人は無事にあの地獄から脱出することが出来るだろうか?

 それだけを心配していた。

 

 

==========

 

 そのビッグボスことエイハブが病院の正面玄関を、吹き飛ばす炎と共に転がり出てきたのはまさにこの瞬間であった。

 その姿を追って外に出てくるのは、あの炎の男。ただ一人である。

 

 あの時の躊躇は彼を助けたのだが、同時にピンチにもした。

 それまで病院内のあちこちに出現していたらしい炎の男が、ついにここに姿をあらわしたからである。

 兵達は瞬く間に銃を構えて殺到すると、殺そうとあらゆることを試みる。

 そして当然のように炎の男はそれらを全て跳ね返し、兵達は次々と炎の中へと沈められてしまった。気がつけば炎の男はビッグボスを見ていた。

 

 病室に続いてこの夜、もう何度目の危機だっただろう。

 迫ってくる炎の男が倒れてもがいているビッグボスに近づくと、そこにイシュメールが車に乗って突撃して来て。病院の壁に炎の男を叩きつける。

 

「乗れ!早く」

 

 イシュメールは炎の男を潰した余韻に浸ることなく車をバックさせてくると、エイハブに向かって叫んだ。

 右脚から出血して、骨もひどく痛んだがビッグボスはうめきながらも助手席に飛び込んでいく。

 

 炎の男は生きていた。

 というよりも傷ひとつ、負ってはいなかった。

 なので埋め込まれた壁から出てくると、走り去ろうとする車の後ろに向かって怒りの声を上げる。それに合わせたかのように、炎の濁流が彼の身体から溢れだし、車の後部に向けて飛びかかっていく。

 炎は2人の乗る車に触れることができなかった。

 ガリガリという不快な異音にさらされながらもイシュメールの運転する車は道路に飛び出すと、丁度駆けつけてきた消防車とすれ違った。

(チコ……)

 あのキューバの収容所で車同士がすれ違う瞬間が思い起こされる。

 だが、さすがのビッグボスといえども。この夜のピンチの連続にすでにヘトヘトで、何かを口にする気にはならなかった。

 

 わずかな間、夜の道を走っていた。

 徐々にだが助かったのか、とも思ったが。自分の追手がそう甘くないことを直後に思い知らされることになる。それはまさに悪夢と言うしかなかった。

 空から先ほどすれ違った車が、人が降ってくるのである。

 どうやらこちらの事を諦めるつもりはないらしい。

 後方からは、先ほど哀れにも炎の男の前に走り込んでいった消防車のお仲間が炎にからみとられ、大きな音を立てて爆発する音が響いていた。

 

 

 

 そこに追手の執念を感じて、ひきつった顔のまま正面を向くと今度こそ顎をはずすものを目にしてしまった。

(なんだ、あれは!?)

 子供だった。少年か、少女かは分からないが、そうだった。

 黒いガスマスクをして、赤く燃えるような髪をしたその子供は。黒いレザーの服(?)を着て宙に浮いていた。そうだ、ただ浮いているのだ。

 

 だが、そんなことがありえるのか?

 

 イシュメールは何も言わない。

 あれが見えないのか、見えているのかは分からない。

 宙に浮かぶ少年とは一向にその距離が縮まる様子はなく、さすがにビッグボスはそれについて言及しないといけないと思い始めた時だった。

 

 いきなりヘリが現れたのである。

 それは一気にこちらの頭上を通り去っていったが、その時の攻撃でボンネットのガラスが砕け。イシュメールの頭がガクンと落ちると、体から力が抜けてしまう。

 気を失ったのだ、そう思うとビッグボスは助手席からハンドルに必死に手を伸ばした。

 ありがたいことに、車がコントロールを失う前に態勢を整えることが出来たが。ヘリはこちらに向けて再び迫ってこようとしていた。

 

(前方、トンネル。飛び込むしかない)

 

 気絶したイシュメールはアクセルを踏んだまま、そこに賭けるしかなかった。

 バックミラー越しにヘリを見つめながら、なぜか気がついてしまった。いつの間にかあの宙に浮いた少年はそのヘリの後方に位置していた。

 そして歓喜の声を上げるように、両手をゆっくりと頭の上へとあげていった。

 子供の動きに合わせるように、その向こうの地平線に燃え上がる生物が姿を現すのが見えた。

 

(クジラ――白鯨だと!?)

 

 なぜだがわからないがビッグボスはそう思った。

 圧倒的にどうしようもなく強大なそれは、地平線から飛び出すと海面に弧を描いて着水するように、こっちに向かって飛び込んでこようとしていた。

 ひどい悪夢ではないか。

 エイハブとイシュメール。互いをそう名乗る男達の乗る車を、さらに追うヘリが、そこに登場した炎をまとった白鯨がおっかっけてきているのだ。

 

 フィニッシュは唐突に訪れた。

 車がトンネルに突入すると。

 ヘリはミサイルを発射して、トンネルにそれを叩きこんだ。

 さらに宙を舞う少年にあわせるように、強大な炎のクジラが重力にひっぱられるようにして地上へと落ちてくると。奴を殺ったのかと戸惑っているヘリをその炎の口で飲み込んでしまった。

 

 

 トンネルの反対側の出口で待機していた部隊は困惑していた。

 ついにやったぞ、と叫んだヘリからは連絡が一方的に途絶え。トンネルからは誰も出てこなかったからだ。中を調べたものの、ヘリが攻撃したらしく向こう側の入り口は落石で塞がっていた。

 炎の白鯨がヘリをその巨体の中へと飲み込むのに合わせて、エイハブとイシュメールを名乗り合う奇妙な男達の乗った車も消えていた。

 目標をこんなことで見失ったとは報告できないと、彼等は作戦時間を翌朝まで伸ばしたというが。結局それは無駄な努力であった。

 

 彼等が追った男達がどこに行ったのか、それを全員が知るのは半月ほど先の事になる。



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オセロットのブリーフィング

 はあぁ。

 深く、大きく息を吸った。まだ生きている、これは驚きだ。

 こんな事を繰り返して、今夜だけで自分は何回死んだことだろう。

 意識を取り戻してまわりを見ると、ここのところそうだったように自分の状況はまったく訳の分からないことになっていた。

 

「目を覚ましたのか」

 

 馬に乗っていたのだ。それも白馬に乗った男の背に、寄りかかるようにして。もたれかかって密着していた体を慌てて離した。転げ落ちなかったのは、冷静さがまだ残っている良い証だと思いたい。

 混乱に思考が停止しかけるが、必死で動けと命じ続ける。

 背後の男が困惑していることを感じとってか、オセロットはすぐに口を開いた。

 

「あんたの敵ではない」

 

 まただ、今夜はそれだけでは足りない。

 

「そう、俺だ。オセロットだ、ビッグボス」

「オセロット……?」

 

 鈍くて霞がかかっていた頭も、大分反応が良くなってきたようだ。

 遠い昔、あのスネークイーター作戦で知った。若き油断のならないリボルバー使いの男を思い出した。

 

 何かを口にしなくてはいけないとは思うが、何をいえばいいのかすぐには思いつかなかった。

 そのかわりにオセロットが口を開いた。

 

「ある男から依頼があった、ふたつだ」

 

 依頼だって?

 

「まずはあんたを病院から救い出す。次に、その男を助けに行くこと」

 

 全然分からなかった。この男は何をいっているのだろう。

 

「覚えているか?9年前の、あんたの相棒。カズヒラ・ミラーだ」

「カズ――」

「9年前、あんた達の軍隊。MSFはサイファーの実働部隊に襲われ、あんたも死んだことになっている」

 

 そうだ、パスが爆死した直後。自分達が乗っていたヘリは墜落した。

 

「サイファーだけじゃない。世界中があんたを狙っている。あんたはミラーを救い。これから新しくまた部隊を創るんだ。……それしか生き残る道はない」

 

 なんとなくこの夜に何度も聞いた言葉のせいか、オセロットのその言葉に自分もそういう気になってきた。

 

「まずはミラーだ。奴は今、アフガニスタンにいる」

「アフガニスタン?」

 

 聞き覚えのない国だけに、聞き返してしまった。

 オセロットは「そうか、あんたは眠っていたんだったな」というと、世界があれから大きく変わったのだと口にした。

 同時に馬に足を早くするように促していく。

 

 ゆっくりと馬の動きに合わせてゆるゆると動いていた弱った男の世界が、速度を上げて自分の後ろへと流れはじめた。死は、もうだいぶ後方に置いて来てしまっていた。

 

「ミラーは捕えられた。数日後にはソ連の駐屯地へ行く。そこで尋問され、どうなることか――もって2週間ぐらいだろう」

 

 だから今からアフガニスタンに向かうのだとオセロットは言い。自分はそれに反対しなかった。

 

「あれで行く。俺達の乗る船だ」

 

 夜の海岸線で輝く船の姿がが、まだ大分離れたここからでも見えた。

 

「平和丸という。元は日本の鯨漁に使われていたものをカズヒラが安く買い取って改修した」

 

 今夜はもうクジラなんて聞きたくはなかった。それが大地からあらわれ、炎を纏う、巨大なものではなかったとしても。

 

「なんだかんだで一週間、そこからパキスタンの陸路で数日。現地に入ってからも時間は少ない」

「……」

「あんたも現場は9年振りだろうが――」

 

 オセロットはそこで肩越しのこちらの顔を見てくる。

 精悍だった男とはまるで別人のように弱々しい姿になっていた男に寂しさを感じる。

 

「ソ連軍主力地上部隊への潜入、肩慣らしには丁度いいさ」

 

 だが全てはこれからだ、そう言うとオセロットは声を上げて馬を本格的に走らせ始めた。

 ふとイシュメールはどうしたのだろう?と今更のことだが思い出した。

 気にはなったが、オセロットが何も言わなかったというのもあって。そこでは聞きそびれてしまった。

 思えば、この時もっと気にしていれば。この先に別の選択肢もあったのかもしれない。

 

 

==========

 

 船に揺られ、はや数日。

 世界に狙われている男と言われては、安易に甲板で日光浴ともいかず。暗い船室に引きこもっているしかなかった。

 その間にも体の調子の方は、脱出した日から徐々に上向きになり始めているのがわかり。頭の中の霧のような靄も今ではすっかりなくなってきているような、気がする。

 食事はわざわざ用意してくれたのか、肉を主体にした高カロリーのものがだされ。目的がはっきりしたことで鈍った体の切れを取り戻そうと、動けないながらも色々な筋肉を刺激することに注意した。

 とはいえそうなると、今度は失った左腕の問題がクローズアップされてきて。少しでも義手になれるようにと、細々とした動きを必死で反復練習した。

 

 そんな時だった。

 普段は自室か、上の部屋にいて降りてこようとしないオセロットが、珍しく姿を見せた。その手にはどこかでみたことのある義手らしきものを抱えている。

 

「スネーク、これを試してくれ」

「義手か」

「ソ連最高の試作品の1つだ。リハビリは順調そうだし、その腕回りならもうはまるだろう」

 

 試してみると、オセロットの言うとおり。

 義手は自分のために用意されたのかと思ってしまうほどに、腕に吸いつくようにぴったりとはまった。

 

「よし、丁度いい。慣れたら昔の腕よりもいうことを聞くぞ」

「まだ元の手の感覚が残っていて、完璧ではない」

「早く新しい自分になれるんだ、痛みはあるのか?」

「たまに、だな」

「どこだ?」

「左手の、指先だ。それが邪魔をする」

「幻肢痛というやつか。あんたの頭はまだ失った左手を覚えているんだろう」

「ああ」

「他にあるか?」

「目は、今は見えている」

「頭に刺さっている破片は視神経などをを圧迫しているらしい。だからそこに強い衝撃を与えると、視覚野に影響が出るかもしれない」

「ああ、医者もそんな事を言っていた気がする」

「影響があると、あるはずのないものをみたり。色を失うようになったりするかもしれない。一応、心にとどめておいてくれ」

「わかった」

「よし、リハビリは今しかできない。不安を残してミラー救出の任務につかないでくれよ」

 

 言われるまでもない話だ。ついでにこれからの事を聞いてみる。

 

「これからの予定は?」

「船は順調だ。スエズ運河に入ったら、船を乗り換えてもらう」

「スエズはいつ使えるようになった?」

「あんたが襲われてからすぐ」

「この捕鯨船ともお別れか――」

「捕鯨船ではスエズは渡れん、コンテナ船で運河を抜ける。船を降りたらペシャワールを経由して国境を目指していく」

「そこからは?」

「カイバル峠からは車、そのあとは馬だ。アフガンの主要な道路はソ連軍が抑えている。馬なら道のない道でも大丈夫だ」

 

 それなら先にアピールしておかなければ。

 またあの時のように2人一緒で背にゆられるというのはごめんだった。

 

「乗馬なら得意な方だ」

「日程は通常の半分しかない。強行軍になるだろう」

 

 時間はそれほど残ってない。ところが反対に心には燃えたぎる黒い炎がチラチラとその勢いで天を焦がす時を待っている。そんな危険なものが自分の中にあの日から育ち始めている。

 それがせいなのか、不思議と焦りは生まれず。むしろ不敵な笑みさえ零れ落ちてしまいそうだった。

 そんなこっちの様子を見ていたオセロットは

 

「ボス」

「?」

「アフガンで、あんたは伝説を取り戻す。おれはそう確信している」

 

 再び船上へと姿を消したオセロットの最後の言葉を心の中で繰り返し。

 自分は再び義手と自分の身体の問題に取り組んでいく。新しい体は、次第に自分のものへとなろうとしていた。




それではまた明日。


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報復
THE LAND OF DO-AS-YOU-PLEASE


いよいよアフガン編に突入。
まだ、もう少しだけ原作準拠(?)で進みます。


追いつめられてしまった私は答えた。

「申しますとも。あんたもぼくも、それからそのピーレグ船長も、このクィークェグもみんな、それから世のありとあらゆる人の子たち、一人残らず入ってる、その太古以来の普通の教会なんです。この世界の神を拝むものがみんな、すばらしい、永遠の、第一等の、組合を作ったんです。

 ぼくたちはみんなその組合員だ。

 ただどっかの奴が、このごろそのすばらしい信仰を”へん”にまげちゃったんだ。ぼくたちがみんな手をつなぎ合わすのが信仰だ」

「手を”つぎ合す”といえ、船乗りらしゅうな」

 ピーレグがさけんで近づいた。

                (「白鯨jより 抜粋 イシュメールとピーレグ船長)

 

 

 

 

 簡易で作られた飛行場に輸送機が入ってくると、着陸後にタラップが開いてそこにオセロットが立つ。

 ビッグボスとはすでに16時間前に別れ、彼自身はここから作戦を見守る手はずになっていた。正午の作戦開始時刻に合わせるため、彼は今頃体験したことのない砂嵐の中を1人、馬の背にゆられて進んでいるはずである。

 

 

 ビッグボスにはあえて何も教えなかったけれど。

 今回のミラー救出作戦には、オセロットの集めた兵とコネと資産が多く使われている。

 間借りしたこのイラン国内の空軍基地には一昨日よりトラック3台、ジープ2台からなる今回のための彼の部下達がつめて今まで準備をしていた。

 作戦終了の3日後までは、彼等はここから動くことはない。

 

 そんなオセロットが選んだスタッフ達は、皆が優れた技術を持っていたが。彼等がここにきて作戦に参加している理由の半分はあの伝説の男が復活する最初の任務だと聞かされていたからだ。

 伝説は本物か?それはただの老人の昔をなつかしむ話だったか?

 その真偽を直接自分達の目に焼きつけたくて、かれらはここで一度きりの共同任務についているのだ。

 

 オセロットはヘッドフォンを装着しながら、スタッフ達の進行にもチェックを入れる。

 作戦に遅れはない、ボスも砂嵐の中をしっかりと歩き続けているようで時間通りにスタートできる準備は着々と整っているようだった。

 

 

==========

 

 作戦の開始を告げる正午から、すでに40分を過ぎていた。

 ところが、オセロットより譲られたビッグボスの白馬は。作戦スタート地点であるプルグマイ遺跡にいて。その背には誰も乗せずに、本人も暇そうにモソモソと近くに生えている草に首を伸ばしてなどいる。

 では肝心のビッグボスはどうしたのだ?

 

 驚いたことに本人は遺跡とは名ばかりの崩れかけたその場所に積まれている岩の残骸の中を、作戦開始からずっと延々と走り続けている。正確にはストップ&ゴーを繰り返しつつ。そこに時折、横っとびやら前転などを交えてひたすら走り続けていた。

 食事と睡眠は十分だったらしく、2週間前は病人だったとは思えぬ血色の好い肌にはタマのような汗が浮かんでいる。

 

 一方、遠く離れた作戦室の方はどうかと言えば。

 皆がひどい肩すかしをくらったという顔を見合わせ。オセロットも無表情ではあったが、内心では不安で今すぐにでもビッグボスとかいう男を怒鳴りつけたい衝動を押さえようと悶えていた。

 

(ボス!何をしている!?)

 

 彼には時間として3日を与えている。

 だが、しかしこんな始まりは誰も全く想像していなかった。

 

 

==========

 

「カズヒラ・ミラーはワンデイ集落に今はとらえられている」

 

 ボスと別れる前。最後の打ちあわせとばかりにオセロットはビッグボスに任務について説明した。

 パキスタンで泊る最後の夜、裸電球の下に地図を広げてできるだけ最新の情報を伝えていく。

 

「そこはソ連の実行制圧圏だ。ミラーが捕まって10日。残り時間は少ない」

 

 続いてオセロットは今よりも拡大した新しい地図を机の上に叩きつける。

 

「だが町のどこにつかまっているかはわからん。ミラーは数日前、そこに移送された」

 

 ビッグボスの目がオセロットに(それでどうする?)と問いかけてくる。

 

「ミラーの体力も限界だ。もってあと数日……ミラーが死ねば任務は失敗。復讐の機会もなくなる。だが、情報が足りん!下調べもなく集落にはいればあんたもミラーも危険だ。

 まずは周辺の部隊を偵察するんだ」

 

 これはある意味、自作自演の救出任務であった。

 オセロットはミラーとすでに接触していた。彼は再び目覚めたビッグボスと組む、彼の資産である傭兵部隊にボスを迎える。その条件に自分の命をかけた任務の遂行をビッグボスに要求した。

 カズヒラという男はすでにもう、復讐鬼になり果てていた。

 彼がただ望むのは9年前に失ったMSFという巨大な傭兵軍団と、それを率いる伝説の兵士ビッグボスのとなりに自分が立つことがなによりも重要だった。

 そしてそれがかなえられれば、この男はすぐにもサイファーに対して血みどろの復讐戦を望むだろうということも容易に推察された。

 

 

 彼は知らせを受けるとると、自身の本心をさっそく証明した。

 彼は資産をオセロットにまるっと渡し。自分はやらなくてもいい任務に出て、見事にソ連軍の捕虜となってみせた。ソ連軍の捕虜への尋問は生易しいものではない。

 特にアフガンではゲリラ相手にも非人道的とも言える方法が数多く用いられた。その彼等に雇われた傭兵にだって、遠慮をするはずもない。

 そして、たいした情報も持たない傭兵と判断されれば、一か月を待たずに墓の下に送られる危険を彼は嬉々として引き受けたのだ。それは同時に救出が来る前までは、その苦痛に耐え続けることで、なんとしても死ぬことは許されないということを意味している。

 

 自殺作戦。まさに狂気に満ちていて、そう呼ぶしかない任務だった。

 

 だからこそオセロットは別れ際にボスに素直に告げてしまった。

「ここらの戦場ではあんたは伝説の傭兵だ。だからこれはあんたひとりでやりぬく。あんたは9年の時をこえ、ビッグボスとして還ってくる。それが”ミラーの出した条件”だ」と。

 彼は無言でうなずいていたが、それがちゃんと伝わっていたのかどうか。今では疑わしい。

 

ボス、いいか?

――どうしたぁっ?

確かに大きな動きがなければ、カズヒラは集落から動くことはないだろう。だが、もう任務は始まっている。

――ああっ、そうだな

なら、あんたは今。何をしているんだ?

――オセロット、イシュメールを本当に知らないのか?

なんだって?誰だ、そいつは?

――イシュメールだ。病院で俺と一緒に脱出した男

知らない、わからない。あんたにはそう言っただろう。

――そうだったな

俺があんたを見つけた時。ひっくり返って動かない車から這い出たように1人で倒れていた、と。

――そう言ったな

それなら以上だ。他に情報はない。あんたはカズヒラ救出に集中しろ!

――わかってるさ。だからこうして動いている。まだ本調子じゃない

なら、それでもいい。いつ、始めるんだ?

――そうだな。日が沈む前には始めるさ

そうか、わかった……その遺跡で少し体を馴らしておくといいだろう。射撃、カバー、段差登り、9年のブランクを埋めるのに、いいかもしれん

 

(眠いこというんじゃない!さっさと尻を上げてはじめろ!)

 オセロットはそう怒鳴りつけることを何とかこらえることが出来た。それにしても、会話の調子がどこかおかしい男だ――まぁ、昔から変な男ではあったな。

 オセロットは奇行を続ける伝説の英雄に頭を抱えているスタッフ達に「聞いたろ?夕方まではコーヒーでも飲んでいてくれ」と伝えてから、個室に入った。

 誰もいない部屋に入って、ようやくオセロットは笑みを浮かべた。押し殺していたが、奇妙な笑い声までその口から漏らしている。

 ビッグボスは、伝説の傭兵はこの時代に黄泉返るかもしれない。

 それならこの無駄に思える作戦にも、意味が出てくるかもしれない――。

 

 

 

 一方、ビッグボスは照りつける太陽の下を走り続けていた。

 別に彼はむやみやたらにこの廃墟になりかけた遺跡に積まれた石の間を走り続けていたわけではない。暗い船室の奥で栄養たっぷりの食事とリハビリだけでは取り戻せないことが多くあることを彼はしっかりと理解していた。

 

 そこで彼が新しく始めたのは、彼の精神の中に1人の独立した思考と反応が出来るドッペルケンガ―を作り出すこと。これを相棒(バディ)とし、トレーナーとし、理想の自分への道しるべにしようというのだ。

 すると自然、顔のない人間はあの男に。イシュメールという、本当の名も知らぬ、きっと兵士だった男の姿へと近づいていく。あの夜のイメージはそれほどに鮮烈にビッグボスの脳裏に刻まれていた。

 あの夜、自分は間違いなく彼に。かつてザ・ボスと呼ばれた特殊部隊の母とも呼ばれる偉大な戦士からの教えに匹敵する経験を、共に行動することで教えてもらったのだと感じていた。

 

 2週間余りの間に急造で創りだしたイシュメールは、この瞬間にビッグボスの目には現実としてちゃんと認識されていた。あの時に負けないキレのある動きで、彼の前を常に一歩以上の距離を離して動き続けている。

 自分はそれをトレースして、遅れないように、間違わないように”彼の”動きを覚えていく。

 

 誰の目にも映らぬ影とそうやって一時間ほど追っかけっこを終えると、ビッグボスとドッペルケンガ―は遺跡の中央で向かい合った。

 なにをしようとしているのか、すでにお互いがわかっている。

 

――スネーク、まずはCQCの基本を思い出して……

 

 懐かしい最愛の師であったザ・ボスの言葉が思い出された。するとその声が聞こえたかのようにイシュメールは、どこからか影のオートマチックの銃を取り出して構え。反対の手に握ったナイフを銃底に添えた。

 それはかつての自分の姿。

 自分(ネイキッド・スネーク)がやっていたCQCの構えである。

 

 だが、それは今の自分には出来ない。

 失った左腕の感覚を消し去ることは出来たが。その代償に以前のCQCの構えをも捨てなくてはならなかったからだ。

 だがそれでボスと共に生みだした技術が死ぬわけではない。

 

 ビッグボスはゆっくりと何も持たぬ両腕を前にして構える。

 脳裏に”ボス”と交わしたCQCのトレーニングの日々が次々と思い出されてきて。それは時にスネークイーター作戦中に拳をかわしたザ・ボスの立場であったり、スネークの立場であったりとコロコロとめまぐるしい変化を続けていく。

 しかし実際には構えたまま、微動だにしないビッグボスの体は。まるで誰かと戦っているような気迫がみなぎり、静止したままなのにさきほどの額だけどころではない。体中から汗が噴き出してきた。

 

 実戦を必要としない、精神の中でのみ行われる究極のイメージトレーニング。

 

 殴り、つかみ、引き、進み、下がる。

 構えてからの全ての動きで互いの態勢を崩しつつ制圧しようとする。勝負は間断なく続き、そのうちにイシュメールのドッペルゲンガーとビッグボスは増殖をし始め。イシュメールはザ・ボスとなり、続いてオセロットとなり。複数対複数、個人対複数、複数で個人をといった具合にシュチュエ―ションも変えて何十回と、何百回と勝負を続けていく。

 

 そのうち処理速度が速いPCのように。ビッグボスはこのトレーニングをそれぞれの状況で、並列的に戦いを初めても滞りなく次々と経験を得ようと勝負を重ねることができるようになっていた。

 記憶の中の優れた兵士の力を借りて、ビッグボスは9年のブランクを埋めるだけではない。そこで得られなかった実戦経験で使えるデータを集めようと貪欲になっているのだ。

 

 

 

 遠くでソ連兵達の笑い声と、国際放送のラジオから流れ出るUKヒットチャートからピックアップされた曲が流れていた。

 Dead or Alive ―― 生か死か、そんな物騒な名前の連中が歌う「You Spin me Round」の癖になりそうなリズムが流れてくる。

 民主主義と社会主義といっても、音楽は時にその垣根を簡単に飛び越すこともある。

 もっとも、この戦場ではすぐにそれも死と現実に向き合う羽目になって。ドラッグのように一時の”平和である”、という偽物の感覚を味わうためのツールにしかなっていないが。

 

 カズヒラ・ミラーは闇の中でそうした先ほどまで自分をののしって殴り続けたその男達の不快な笑い声にじっと黙って耳を傾けていた。

 彼とボスのための作戦はそろそろ始まった頃合いだろうか?

 

 拷問を交えた尋問は今のカズヒラの体にこたえた。そのせいなのだろうか、体温が次第に低下してきていて、どうもあと数日を生き延びることが難しいのではと思えるようになってきていた。

 だがそれでいい。

 どうせこの命、拾われるか捨てられるかするだけしか残っていない。そんなどうしようもない負け犬に今の自分になってしまっていたのだ。

 

 そしてミラーは9年前のあの夜の事を思い返していた。

 敗北の味で飢えをしのぐようになる。落ちぶれた最初の夜の事を。

 

 

 ビッグボスのヘリが到着してくれたことが、あの時のカズヒラの命を救ってくれた。

 彼が来てくれなければ、傾いて海中へと沈むプラットフォームの上できっと物言わぬ死体になっていたのは間違いない。

 

 だが、当時の自分にはそんな風に考える力は残っていなかった。

 崩れ落ちていった。飲み込まれていった、全てが海中に。

 一瞬で奪われてしまった。ボスと自分が育てた強大な軍事力。マザーベースと呼んだあの夢の部隊は、もうこの地上から消滅してしまった。自分がその場にいたのに、助けられるまで何もできなかった。

 

「核査察なんてまったくの嘘だったんだ。爆音がして一気に……」

 

 あの夜、ヘリの中で一息ついて座り込むと、カズヒラの口をついて出たのは不条理にも思える今回の襲撃への言い訳であり、そこから激しい怒りが溢れだしてくる。

 

「奴等にはめられたんだ。くそ!」

 

 握る拳に込められた力が、今はただ空しい。

 

「返してくれ!返せ、あれは俺達のっ……チクショウ!」

 

 涙腺が刺激され、涙が溢れそうになるが、それだけはこらえる。泣きたいというわけではない、とにかく怒りたいのだ。この不条理な攻撃と、それを命じた奴への怒りを吐きだしたかったのだ。

 そんなガキのように振舞う自分の無様の姿を見て、ビッグボスはというと困った顔をしていた。そりゃそうだろう。彼は十二分に活躍してくれた。

 

 なにもできなかったのは……。

 

 ふと、ヘリの座席に横たわる少女の寝顔が目に入った。

 その時の彼女も、初めてあった時と同様に美しく。透明感を持っていて、そこで静かに眠っているように見えた。

 

 カズヒラは激怒した。

 

「こいつ……!?」

 

 冷静さを一気に失い、激しい責め苦を味わった直後の彼女に思わず詰め寄ってしまった。

 カズはピースウォーカー事件の始まりからこのパスという少女の本当の役目について情報を握っていた。つまりサイファーとちょっとした同盟関係にあったのだ。

 彼女の言葉に翻弄されるビッグボスを、スネークを見守り。

 KGBの思惑に乗ったことでMSFに大きな力を引き入れることに成功した。そのまま世界がこの強大な軍事力を持つMSFをうけいれるならば、カズヒラは戦争ビジネスという。まだ開かれていない市場を開拓地のように切り開く、最初の男になれたかもしれなかったのだ。

 

 メディックが慌ててカズヒラを取り押さえると、少女はそこで初めて現実に帰ってくることが出来た。

 その後に起きたことは――その後に起きたことは、もうどうでもいい……。

 

 

 カズヒラは多くを失った。そして負け犬としての人生が始まった。

 アフリカに逃亡した彼はそこでもMSFのような傭兵組織を作ろうともくろむ。だが、現実は彼の思うようにはならなかった。

 そもそもMSFの時も、兵達は伝説の傭兵とされるビッグボスの名前と人柄にふれて集まってきて、彼の後ろについてきたのだ。

 カズはそんな兵士達を正しく運用したというだけで、彼一人では多くの有能な戦士達は話を聞くだけで相手にしようとすらしなかった。きっと伝説の男とともに仕事をしていたというカズヒラの噂にだけ興味があっただけで。実際に会うと、その実像に失望したのだろうということは彼等の顔を見ればわかった。

 

 9年間。

 その間彼がやった事と言えば、申し訳程度の小さな組織を運用し。未だに自分を狙っているかもしれないサイファーの影に怯えて逃げ隠れする、そんな生活だけだった。

 それでも歯を食いしばって生き延びたのは、暗い復讐の心を抱いて待ち続けたからにほかならない。

 

 Vが目覚めた。

 

 そのメッセージをカズヒラも聞いた。

 そして全てをオセロットに。いや、彼を通してビッグボスに託した。

 俺はここだ、ここにいるぞ。スネーク。

 俺達は多くのものを失ってしまった。9年という時間を、MSFという力を、そこにいた仲間達を。

 あの時の痛みは、今もここにある。この胸の中で生きている。

 

 あんたもそうなんだろう?




明日からはまた元に戻って一日2回の投稿へ。
ガンバルゾー、オー。


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怒りのアフガン (1)

タイトルは有名な『ランボー3』から。
映画の内容はさておき、取り上げられた題材は今見返しても興味深いものが多く入ってます。なにより銃火器を広い世界でぶん回しているのは気持ちよさそう(あれ?)

映画の公開直前にソ連軍の撤退、という事件も印象的でした。
というわけでミラー救出編をどうぞ。


 PM03;42

 この一時間ほど、ビッグボスはアフガニスタンに吹く冷たい風にあたり、スプグマイ離宮の石柱に腰をかけると水筒の水で口を湿らした。それまでの心地よい汗と疲労、そして体温を下げるために休んでいたのだ。

 

 それも終わりだ。立ちあがると口笛を吹く。

 馬は合図に忠実に反応してこちらによりそってくる。可愛いやつめ、頭をなでながら、そういえばオセロットからこの馬の名前を聞いていなかったことを思い出した。

 

 馬の背にまたがるとギャロップのリズムで遺跡から延びる坂道を下りていく。

 馬には道なりに進むよう気をつけながら、馬上でオセロットより貰い受けたiDroid、情報端末を取り出して作戦周辺の地域の情報に目を通した。

 

 いくらビッグボスと呼ばれる自分が長い昏睡状態から目覚めたばかりとはいえ。こんな露骨に怪しい救出作戦には実際のところ苦笑しか覚えなかった。

 カズヒラの救出を、オセロットが指揮して自分がそこに向かう。

 無茶な日程のうえに、まるで準備されたかのようなこの流れには作為的なものしか感じない。だが、たとえそれが事実だったとしてもオセロットは真実を口にはしないだろう、と思ったから流されるがままでいた。

 

 奴はそう言う男だ、意外に寡黙で、義理がたい。

 むしろこれはあのカズの中のサムライの血の匂いを感じた。

 9年前、あの夜に起きたMSFの壊滅に一番心を痛めたの彼ではなかったか。きっとMSFのことを誰よりも見ていた男としては、サイファーの襲撃になすすべなく全てを失ったことを自分のせいだと考えていたのかもしれない。

 そう考えるとこの作戦の本当の目的というのも見えてくる。

 

 そうだ、オセロットは言っていた。

 戦場にビッグボスが還ってくるのだ、そうでなければならないのだ。この任務はこの先の”ビジネス”のためのキャンペーンに他ならない。

 

 

 端末の情報によると、このまま進んだところにある村に駐留している部隊から探れ、とあった。

 自分の復活に、どうやらオセロットも色々と気を使っているらしいことがわかる。

 ふと、鼻の頭が引くついた。

 

『待て、ソ連軍の監視所だ』

 

 無線から警告が発せられる時には、すでに馬上のビッグボスは望遠鏡を取り出してそれをのぞき見ていた。

 確かにオセロットの言うとおり、小さな監視所があるようで。兵らしき姿も見える。

 

『見張りがいるはずだ。双眼鏡で確認してみろ』

「ふん、車道を守っているのか?」

『その監視所は比較的手薄だな。そこで肩馴らしもいいだろう』

 

 オセロットの言い様は、まるでこちらの心を読んだかのように的確だった。

 しかし、いいだろう。実戦に勝る訓練はなし、今の自分が”どこまで”出来るのか。まずは試してみよう。

 

 

 遠く離れたイランの空港の一角に作られた作戦室の空気が一変した。

 それは馬の背から飛び降りると、まさに蛇のように音を立てず。素早い動きでソ連兵の背後に近づくと、ジュ―ドーの技で見たような背負い投げでダウンさせ。そこからいきなり走り出すと、大胆にも気配に気がついた兵の顔のど真ん中にあの鋼の義手でつくった拳骨を叩きこんで見せたのだ。

 誰もそれを見て声を出せなくなった。

 

 そこからはもう、さきほどまでのスロウなテンポではなく。激しいパンクロックにもにた激しい動きをみせて馬を呼び出し、その背に再び跨るとその先で駐留していた部隊のいる村に突入していった。

 

 武装するネズミの巣に潜り込んだ蛇。

 

 その動きを表現するならば、それしかないだろう。

 中古の暗視装置を装備に入れては置いたけれど、ビッグボスをそれを使っているのかはわからなかったが。見回る兵士達の背後に移動し、時には物音を立てて操り、次々にCQCでもって脅威を叩き伏せていく。

 村の4分の一の兵士達を、一時間かけずにのして回ってみせていた。

 

 ビッグボスの端末を通じて送られてくる、カズヒラの護送計画書の全文を受け取りながらオセロットは内心では周りと同じようにこの老兵と言ってもいい男の活躍に舌を巻いていた。

 長い昏睡と、まだ回復しきってない中で戦闘と長旅を続けた男が完全に復活など出来ているわけがない。それなのにこの動きはどうだろうか?

 全盛時を思わせるその若々しいキレのある動き、かといって慌てず騒がず。相手の気配を読み、冷静に仕留めかかる老練の技。

 気がつけば太陽が地平線に沈むころには、村の反対側の出口まで無事に移動していた。

 

 

 草むらにしゃがみ込むと、馬を呼び寄せる合図をしてから情報端末を開く。

 思えば過去のMSFでも見たこともない新兵器をカズと当時の彼の開発班は生み出し続けて、自分は半ばそれを呆れたように見ていたのを思い出す。

 先ほど彼が送った、カズの護送計画書の要点がそこにまとめられて表示されていた。

 ただの傭兵として扱われているカズにこれ以上の情報があるとは思えない。つまりこの後はいよいよワンデイ集落へ向かってカズを救出する、そういうことになるのだが……。

 

『っ!?』

 

 馬の背にまたがって走りだすと、無線の向こうで息をのむ音がきこえた。

 

 

 

「ビッグボス!道が違います」

 

 作戦室には再び困惑の空気が流れた。直前まで、伝説が本当であったという証明する動きを見ていただけに。そんな新兵でもなければやらないような、ルートミスをしようとしているという落差にまた混乱しているのだ。

 向こうが地図の読みかたを忘れたとは思えない。

 オセロットは周囲に静まるように手で合図すると、ビッグボスに語りかけた。

 

「ボス、寄り道か?」

『……』

 

 返事はない。

 聞こえてくるのは、馬を走らせる声が聞こえてくるだけだ。

 オセロットは無線を通じて、ビッグボスの発する”確信”のようなものをこの時、嗅ぎ取った。

 

(ミスではない?なにか考えがあるというのか?)

 

 それがなにかをオセロットはすぐに考える。

 今回の任務は言ってみれば、先ほどの村と集落に潜入してビッグボスがかつての相棒を救出したという”誰にでもわかりやすいストーリー”のために用意されたものだ。

 だからオセロットもカズの行方と、その手掛かりだけに注目していて。それ以外には全く興味はなかった。

 

 ところがボスは違った。

 このまま一晩で終わる任務を前に、別の事をやろうとしている。

 ふと、そういえば陸路を歩いている最中。任務に赴く彼と一緒に、所持品の点検をした時の事を思い出す。

 

――こりゃ……フルトン回収装置か?

そうだ、ボス。よくわかったな。

――まぁ、ピースウォーカー事件じゃ。こいつは大活躍だったからなぁ

それはその頃とは使い方は変わっていない。実際、たいした進化はしなかったんだ

――棄てられたシステム、か

こいつは人を回収すると体を痛めてしまうのがネックだった

――そうだ、MSFでもこいつの運用には専門家を多く用意していた

一応だが、今回の任務に持っていくといいだろう。任務中、あんたが気になった兵士に昔のように使うといい

――できるのか!?

ああ。ただし寝かせた相手に限るし、大勢は無理だがな

 

 誰かを狙っている?だが、誰を。

 返事がないのでオセロットは交信を諦め、自身も作戦室に置かれた地図を手に取る。

 彼が進んだ道の先をたどっていくと、それらしき目的地が見えてきた気がした。

 だが、そこは――。

 

(ボス、あんたは本気なのか?)

 

 山猫(オセロット)の顔がその時、わずかに曇りを見せる。

 

 

 

 かつて裸の蛇(ネイキッド・スネーク)のコードネームをしたビッグボスは、一心不乱に馬を走らせ続けている。

 道の途中にある監視所は裏の岩場を静かに通ることで回避して、ひたすら走ってきた道なりに突き進む。解放された世界だ、そこを自由に走る自分に迷う理由はない。

 

 

 PM09:52。

 無線からは、半分諦めたような声でオセロットが告げてきた。

 

『そこはワク・シンド分頓地だ。さっきとは比べ物にならないくらい、大きいぞ』

 

 その声には答えず、馬の背から飛び降りるとビッグボスは岩場の影に飛び込んでいく。

 

「こちらエイハブ、オセロット?」

『ボス、どうした?』

「物資を要求したい」

『いいぞ、なにが必要だ?』

 

 険しい岩の岸壁に出来た切れ目に左の義手の指先を力強くつっこむと、器用にそれを利用して崖の上を目指して登り始める。

 

「しばらく横になる。岩場で熟睡できるよう、カムフラージュ率が高くなるのを頼む」

『あんたの近くに投下する、受け取れ』

 

 崖の上に到着すると、そこで蛇のように岩場を這いすすむ。

 

――キャンプ収容所前に到着

 

 脳裏にあの夜の潜入が今度はいままでになくはっきりと思い出された。

 

 

 

 午前零時、ワク・シンド分屯地の隊長はこれから出る夜勤の兵に声をかけていた。

 

「ヘリがようやく配備されるらしいですね」

「ああ、よかったさ。あれがあるのとないのとでは、随分違うからな」

 

 遅々として進まぬアフガンでの戦争。

 しかし最近、なぜか上の連中はこのあたりに戦力の増派を決める動きが出てきており。今回の航空戦力を配備する流れも、それにむけての下準備ではないかとすでに士官達の間では噂になっていた。

 

(だが、それが何だというんだ!?)

 

 一礼して出ていく部下を窓際に立って見送りながら、隊長はこの戦場にウンザリしている自分の本音を、自分の中でぶちまけた。

 

 この地の敵に対して、偉大なソ連は人を人と思わぬ非道の所業で叩きつぶせると信じていた。

 だが実際は?

 その反対のことが続いている。周辺の民は疲弊し、貧困と暴力への憎悪を前線の兵士達に向ける。そいつらが非道の行いをするものだから、彼等の復讐も自然と壮絶なものとエスカレートする。

 互いの兵士という駒をすり潰し合うこの戦場にはなにもなかった。

 偉大な指導者とやらは遠くクレムリンから頓珍漢な事をわめき続け、こちらは彼等の指示に従わされ。敵がいつ自分の側に来るのかと怯え続けている。

 これがずっと、毎日続いているのだ。

 

 思わずこぼれたため息が、彼の覚えている最後の兵士としての自分だった。

 窓に悪鬼の表情が映し出されると、息をのんだ瞬間に素早く自分は拘束されてしまった。

 

 

 

「わかった、回収する」

 

 オセロットの短い返事の中に、多くの彼に対しての称賛が含まれていた。

 まさかの服のお着替えを求めたビッグボスは、それから2時間余りをそこでじっとすごした。

 その間、百名をこえるスタッフの詰めるこの場所の中から観察して、一番の責任者でありそうな男を選別していたのだ。深夜、多くの兵士が眠りにつく頃。

 蛇は岩場から立ち上がると、獲物に向かって闇の中を素早く移動する。

 

 そしてやはり先ほどのようにCQCで拘束すると、眠らせてからこちらにフルトンを使って回収するように求めてきたのである。

 

『オセロット、さっきの事だが』

「ああ」

 

 回収直前、ビッグボスは拘束したここの隊長らしき男を簡単に尋問しようとした。

 ところが困ったことに、彼の口にした言葉が何なのか。さっぱりわからなかったのである。

 

『奴が何をいっているのか、俺には分からなかった……』

 

 元は彼も潜入諜報員である。英語以外にも、フランス語、ロシア語を始めとして複数の言語を使いこなせていたはずなのだ。それが失われたと思い知らされ、この任務の中ではじめて動揺しているようだった。

 

「ボス、どうやらあんたの頭の傷。それが脳内の言語野を圧迫でもしているようだ。もしかしたら他の言語もわからなくなっているかもしれないが、それについては別の方法を考えよう」

『だが……』

「今は任務に集中してくれ、ボス。ロシア語がわからなくなっても、それが問題にはならない」

『わかった――』

 

 そう答えたビッグボスは、すでにワク・シンド分屯地を背にして馬と一緒に離れている。

 

 

 作戦室の中は異様な興奮の中にあった。

 伝説の男は復活しようとしている。作戦開始からまだ20時間も立っていないのに、ついに目標であるカズヒラ・ミラーの捕らわれた集落へと突入した。

 AM05:42

 夜もそろそろ顔をのぞかせようとする太陽で白じんでいく中、ビッグボスは消音装置のついたハンドガンだけで。守備兵達を次々と屠っていく。

 それらは素早く、正確に、容赦なくおこなわれ。瞬く間に死体が道の上に横たわって積み上げられていく。

 

『ミラーを発見した』

「よくやった、ボス。合流地点にヘリを寄こす、50分以内にそこへ到着を」

『了解』

 

 力強い返答と共に、作戦室は早くも勝利の歓喜の声を皆が上げた。

 オセロットも又、その声でようやく肩の荷が下りたように感じた。だが、まだ任務は終わってはいない。



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怒りのアフガン (2)

 再会はあまり感動的なものでもなかった。

 昏睡して眠っていた自分も随分と見た目は変わってしまったが、カズもその点では変わりないようだった。目、腕、足と失ったものがそこかしこにある。

 そんな男を担ぐと、自虐的に「自分は少し軽くなった」と嗤っていた。

 

 集落には容赦なく強引に侵入したため、死人を多く作ってしまったが。それが”荷物”を背負った帰りには役に立った。

 人が死んでる、侵入者だと騒がしいのを背後にさっさとその場から離脱する。

 そのまま担いでいても良かったが、そうしているとカズが延々と話しかけてこようとするのが邪魔だったので。馬を呼び出し、その背にのせると手綱を引いて駆け足になる。

 

 合流地点までは約40分、ゆっくりでも十分に間に合うはずだった。

 

 

 

 予想は常に外れるものなのかもしれない。

 終わりと思われたこの一晩の伝説の復活劇は、しかしここから意外な展開を迎えた。

 

『エイハブ!こちらピークォド、合流地点に着陸できない!』

 

 午前9時を過ぎようというのに、にわかに出てきた不気味な霧が辺り一面を灰色に染め上げると、太陽の方角すら見えなくなった。

 続いて合流地点直上まで来たヘリは、思うようにそれ以上の高度を下げることはできず。

 いきなりのトラブルに緊張した声で現状を報告してきた。

 

『ガスが急速に増大中、やはり降下できません。一旦、ここから退避します』

 

 どうやらこの場に踏みとどまることも出来ないらしい。そう言い捨てると慌てたように飛び去っていこうとする。

 

「ガス……?」

 

 背に抱え上げたカズが、漏れ聞こえた無線の言葉に反応した。

 

「――やつらだ!!」

 

 そこにははっきりとした怯えが感じられた。

 しかしなにを指していってるのか分からない。それは無線の向こう側のオセロットも同じだった。

 

『ボス』

「気をつけろ、髑髏が来る!」

『あんたの周囲にだけ、妙な霧が出ている』

「やつらに見つかるな」

『霧が濃くて何も見えん』

 

 カズとオセロットが、耳元で交互に警告を発している。

 馬の手綱を引いたまま、ビッグボスは周囲を見回すが、特になにかを感じることはなかった。

 

『ボス、合流地点は霧の外に変更する』

「……」

『そこへ向かってくれ。ヘリを待機させておく』

 

 情報端末、iDroidを取り出して確認する。

 電波は遮られていないらしく、情報は更新されていた。そうなると、やはりこの霧には何かあるのか?

 

 遠く、自分達が通ってきたは死の向こうで何かが動いたような気がした。

 すぐさま腰を下ろし、望遠鏡を取り出して覗くが。霧が濃いのでいまいちわからない。

 

(そうだ)

 

 装備に入っていた熱感知ゴーグル(中古品らしい)を取り出し、そいつを装着してから望遠レンズを覗く。

 熱は発していなかったが、そこには人型のオブジェがホラー映画に出てくるゾンビのように体を窮屈にひねらせて立っているのが見えた。

 

「!?」

 

 見間違いかと思い、再びゴーグルを外してから同じ場所を見てみる。

 今度はハッキリと見えた。明らかに、ゆっくりとだが確実にこちらに向かって進んできている。

 集落から追跡してきたのだろうか?

 いや、そんなはずはない。あそこでは十分にソ連の兵士達が詰めていたし。なによりこんな不気味な霧はあそこではなかった。

 では、あれはなんだ?

 

 ふと、気がつくと馬に乗せていたカズが静かになっていることに気がついた。

 慌ててその顔を覗き込む。大丈夫、息はある。だが、やはりソ連軍に”可愛がられた”せいで弱っている。出来る限り早く、医者に見せないといけない。

 再設定された合流地点への最速はコースは、あの近づいて来ている連中の向こう側にある橋を渡った先にあるのを確認する。

 初めてだ、こんな無謀なことを実行しようと考えるとは。

 

 ビッグボスは白馬に跨ると、もう一度だけ情報端末を確認して頭にコースを思い描いた。

 そこまで持っていける荷物は、限られている。

 ハンドガンと2種の手榴弾、撃ち尽くした空の弾倉、最後に役に立ってくれた中古のゴーグル。それらをまとめて近くの岩陰に放り出す。

 続いて、今回はまだ一度も使っていなかったAMライフルの確認をしながら、それに装着されていた消音器を静かに取り外していく。

 

 あの病院で、イシュメールと最後に交わした言葉が思い出す。

――俺が囮になる

 彼はそれだけ言うと兵達に向けて手にしたものを投げて注意を引き、果敢に飛び出して見事にその間をくぐりぬけて見せた。状況は違うが、今回は自分が彼となり。カズを連れてここから脱出をしなければ。

 

『ボス、どうした?』

 

 無線の向こうでオセロットが不安になって問いかけてくる。

 きっとこれから自分がやることを聞いたら、彼は絶対に反対するだろう。だから無言で静かに馬を橋の谷底に向けて歩き出させた。

 ライフルを脇に挟みつつ、可能な限り静かに。

 前方のゆらゆらと動く4つの影へと近づいていく。

 

 80メートル……75……70……60……。

 

 ビッグボスの片目が光る。そこの地形は丁度いい塩梅だったからだ。

 谷底に向かう、V字になって鋭く切り立ち。人が2人も並べない場所。そここそが勝機だった。

 

 掛け声も勇ましく、馬の腹に気合をいれて一気に走らせる。

 同時に前方から急速に近づく存在に気がついたのだろう。カズが髑髏と呼んだ4人の集団が、その動きを一斉に止めてこちらを向く。

 

 その姿は異様という言葉しかなかった。

 死人のように土気色の肌をあらわに、その眼は機械のレンズのように光を中から放ち、いつの間にか全員の手には一丁のライフルが握られている。

 

『ボス!?逃げろッ』

 

 まさかいくなと警告されている方向に進むと思わなかったのだろう。

 オセロットは上ずった声で警告を発するが、ビッグボスは構わずにやつらの中に向かって馬を突っ込ませていく。

 

 当たった?

 

 渓谷の丁度狭くなったところですれ違うので、当然だがそこにいた2人の人影は馬にはじき飛ばされたはずだったが。ぶつかると思った瞬間にあるべき衝撃はなかった。

 変わりに不気味に風を切る音がして、谷底から駆け上がる前にビッグボスは背後を振りかえった。

 

 それはまさに悪夢の光景だった。

 

 髑髏と呼んだ4人の男達が走っている。

 素晴らしい速さで風を切る馬の後ろに追い付こうと。いや、むしろ追い越さんばかりの勢いでこちらを追ってきているのだ!

 

『やつらをふりきれ、振りきるんだ!』

 

 次第に並走をはじめた髑髏達にむかってビッグボスは脇に抱えたライフルを向けると、容赦なく銃爪を引いていく。

 髑髏達には数発が当たった手ごたえがあり、その結果なのだろう。2人ほど無様にゴロゴロとバランスを崩して転がり始めると、ようやく後方へと見えなくなる。

 弾切れだ、急いで弾倉を交換しようとするが。その間にも残った2人は走る馬の前に割り込んできた。

 

 いきなり1人が立ち止まると、仁王立ちになってこちらにライフルの銃口を向けてきた。

(間に合わない!?)

 顔が引きつる中、容赦なく飛び出してくる弾丸が、ゆっくりと自分達の方へ向かって飛んでくるのがわかる。ビッグボスは咄嗟に馬にペースアップの指示を出した。

 左肩に衝撃、そして激痛が走るが。髑髏はすぐに後方へと姿を消していく。

 

 運が良かった。

 

 どうやら馬上のビッグボスだけを狙ったらしい。その弾丸の数発が左肩に命中したが、馬とカズには鉛弾が当たることはなかったし。自分も馬上から転げ落ちずに済んだ。

 だが、やはり痛い。

 ようやくにして弾倉の交換を果たすと残る追手の一人に向かって撃ち始めた。

 

『ボス、霧が晴れるぞ!』

 

 オセロットのその言葉が合図になったかのように、いきなり霧の世界は終わり。一転して今度は晴れわたり、午前中の柔らかな太陽の光に照らされたアフガニスタンの荒野が現れた。

 再び後方を確認するが、髑髏達の影はそこにはない。

 オセロットが『周囲に敵影なし』と伝えてくる中、前方にある合流地点でこちらの到着を待機しているヘリの姿を確認した。

 

 ふぅ、伝説の傭兵といわれようと。

 戦場から生きて帰れれば、やはり溜息のひとつくらいは出る。それが現役への復帰戦となれば、なおさらだった。

 

 ヘリには悪かったが、心臓に悪いレースをやった直後だ。

 馬の速度を緩めて、急がずに合流地点に向かう。

 

「連中……前に俺達を襲った部隊だ」

 

 いつ意識を取り戻したのか。カズはいきなりそう切り出してきた。

 

「やつらは霧の中で、ものすごい速さで襲ってきた」

 

 それはわかる。

 実際、岩場の中を切り裂くように走り抜ける馬に追い付き、追い越していくのをこの目で見た。

 

「9年前を生き延びた仲間が、たった数分で全滅を……」

 

 何とも言えない無念の思いがそこにあった。

 MSF壊滅を生き延びても、ビッグボスと再会がかなわなかった仲間達に苦い思いを持った。

 

「目的はわからんが。やつら……間違いない」

 

 そこでカズはううっと、うめき声を上げる。

 黙らせようと、わざと馬を強めに立ち止まらせると。おりて、そこに乗せていたカズの身体を背に担ぎ、ヘリにむかって歩き出した。

 

 こうして伝説の傭兵の華麗な復活劇は一応の終わりを見せる。

 地獄となったアフガンで、かつての腹心をソ連軍より救出。しかし、すでにもう彼等の目線は遠くの方へと嫌でも向けられようとしていた――。

 

 

==========

 

 

 その場所はアフガニスタンの山岳地帯にあるのだ、と事情を知る者たちの間で噂されていた。恐ろしい骸骨達を従わせた奴等、そいつらの施設――名前をOKBゼロというらしい。

 

 だが、これは色々な意味でおかしい名前である。

 

 本来はOKBとはソ連の研究などの設計局につかわれる略号である。だが、そこに続くナンバーがゼロというのはありえない数字だとわかってもらえるだろうか?

 数字の素数とは違う。ゼロとは、なにをしてもゼロであり。だからこそ政府に属する者のナンバーとしては使われることのない数字である”はず”なのである。

 

 だが、そこは確かに存在していた。

 

 

 その施設の廊下を現場の指揮官の1人が報告書類をもって重い足取りで歩いていた。

 彼等の上官は今、最後の面接と新しい任務を授けるために”説得”をしているはずであったが。この報告はそれを邪魔してでも知らせる必要のある、残念な報告であった。

 

 そして実際に彼の上司は、明らかに落胆の色を見せた。

 

「ついに、と思ったが。またしても生き延びたか、カズヒラ・ミラーは――」

 

 その声はまとわりつくような不快な粘着質の響きがあった。

 

「スカルズの調整に失敗していた、なんてことはないんだな?」

「はい、”彼”によれば。問題はなかったはずだ、とのことです」

「そうか……ふむ、もっと早くに終わらせておくんだったな。最高のタイミングと思ったが、まったく惜しいことをしてしまった」

 

 スカルズ――あの任務終盤、突如として霧と同時にあらわれた怪人集団。

 カズヒラ・ミラーの護衛達を蹂躙し。そしてトドメを刺すかのようにあらわれた彼等はこの男の意志を受けての行動だったのだ。

 その男の名前をスカルフェイス、という。

 

 彼は部下であるスカルズと名付けられた不気味な怪人達にも負けない、不気味な姿をしていた。

 全身の皮膚をはがされたかのように肌は灰色は変色していて、とくに頭部は髪も顔立ちも失ったせいで名前の通りむきだしの骸骨のような顔をしている。

 

 そんな自分の姿へのせめてもの羞恥心か、残している人間性のあらわれなのか。黒いアイマスクとそこから覗かせた瞳の色だけが、彼がまだ完全なモンスターではない証のようにも思える。

 長く彼の下についた者達は、ほとんど全員が不気味で奇怪なこの男に、そんな感想を持っていた。

 

「まぁ、いい。奴をご苦労にも救出してやろうなどという優しいやつがいると聞いて、たまらずに死んでもらいたいと思ったのだが……どうせまた、いつものように向こうからつまらぬ手を出してくるだろうさ」

「それでは――報告は以上です。失礼します」

「ん――ああ、もう1つ。

 この後でハンガーに向かう。非番の兵をそっちに回して並べておいてくれ。大の男が、”オモチャ遊び”をするのはみっともないと、私も優しくあのセンセイにおしえてやらないといけないのでな」

「了解です」

「まったく、”子供”は手がかかる」

 

 

 部下が立ち去っても、スカルフェイスはその部屋からすぐに立ち去ろうとしなかった。

 先ほどの報告がまだ気にいらなかったのか、それともこの後に向かうというハンガーのことでも考えていたのか。

 しばらく考え込むが、そんな自分で気がついたというように暗がりにいきなり話しかけた。

 

「すまない、まだ話の途中だった――。どこまで話したのだったかな?」

 

 そこに誰がいるのか?

 今は暗くてわからないが、スカルフェイスにはわかっているらしい。彼はいつものようにいやらしい言い方で話を勝手に進めていく。相手のことなど、演劇の舞台を理解できずに眺めているだけのバカとしか思っていないような、そんな上から目線で話をする。

 

「君の苦しみ、君の苦悩。それら全てを私は理解している。こんなことは、君が望んだことではなかったんだろう?」

 

 返事を期待しているようで、実はスカルフェイスはそんなことは望んでいなかった。

 だからすぐにまた、言葉を吐きだしていく。まるでその行為が、自分を舞台の中央で演じる主役のようだというように。

 

「だがわかってほしいのだ。我々は君の技術を、君の力を失うわけにはいかなかった。

 君は誰よりも優れた戦士だ。兵士”だった”。

 最後を迎えるなら、それにふさわしいものであってほしい。

 そうだ、君は得難い存在。”女性”でありながら、本当に素晴らしい才能を持っていた。私はそれを失うことなど、耐えられなかった。考えられなかったのだ」

 

 相手の沈黙は続く。

 

「そして今、君は新しい力と体を得た。それを使いこなして欲しい、なぜなら私からのご褒美だから。

 本当だ、嘘じゃない。

 君のように、私は誰でも救いの手をのばそうとする男ではない。君にはその価値があり、それをやり通す能力があると思ったから。全てを与えて君をこの世界にとどめたんだ」

 

 自分に感謝しろ、そういわんばかりのおしつけだった。

 

「不本意だと、そう考えていると聞いた。だが、君は理解するべきだ。

 君はまだ戦士だ、そしてまだ戦える任務は残っている……。覚悟が決まったら、私の部屋まで来てほしい。場所はわかっているだろう?

 私は用がなければ今はだいたいはそこにいる。

 そこで君のためのライフルと、君にしかできない任務を告げるのを待つつもりだ。ああ、その口元の拘束もちゃんと解錠してやる。

 時間はある、好きなだけ悩んでもいい。だが、君のために用意した任務があることだけは覚えておいてくれたまえ」

 

 これで彼は言いたいことは全て言ったようだった。

 「では、また」そう言うと、舞台の袖にひっこむようにわき目も振らずに部屋を出ていってしまう。

 部屋の中に沈黙がおりた。

 そのかわりに、暗闇を異様に明るく照らす光がさした。

 

 台座の上に女がいた。

 女は一糸まとわぬ全裸で、台座の上に膝を抱えて座っていた。

 彼女の口は革ベルトといかがわしいもので塞がれていて、”言葉”を正しく発することはできなくなっていた。その眼は鋭さが残っていたが、以前に比べればはるかに弱々しく。そして何かを失ったかのように暗い輝きをみせている。

 

 彼女は時間の感覚を失っていた。

 だからどれほどそこでうずくまっていたのかはわからない。

 しかし、彼女の中でなにかの折り合いがついたのか。ついに台座から降りると、傍らに置かれていた彼女のために用意された服に震える指を伸ばした。

 あまりにも少ない布地の上下の水着。そう表現するしかないものをしずしずと身につける。

 

 最後に無骨な戦闘用のシューズを吐き終えると、立ちあがった。

 彼女への嫌がらせのつもりか、台座の脇には等身大の姿見が置かれている。そこに今の彼女の姿がしっかりと写し出された。

 それを見ると、女は唇を噛もうとしてそれがかなわないことを思い出した。

 

 女がその部屋を出るまでには、まだもう少しだけ時間が必要だった。




こんな感じで、しばらくはちょこちょことオリジナルをぶっこんでいくと思います。
また明日。


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ダイアモンド・ドッグズ

カズヒラ救出編はこれで終了。
トレーラーで見たときから、このシーンは印象に残ってます。強烈だった。


 オセロットは早速、スタッフ達に撤収の指示を伝えると。自身も輸送機に乗ってここから立ち去る準備を始めた。

 伝説の復活の第一歩、それは予想以上に良い結果ではなかったか。

 3分の1の時間で、こちらの期待した以上の結果を出した。もちろん、髑髏の怪人達の出現は困ったサプライズであったけれど。ビッグボスは彼らとの初遭遇にも、生き延びて見せたのだ。

 

 ここにいるスタッフ達とは、この後はもう他人となる契約になっていたが。

 そのうちの多くが、オセロットに接触して来て。これからの予定があるのかと聞いてきた。すでに一晩だけで、オセロットが選んだ優秀なスタッフ達の興味をひかせることにビッグボスは知らないまま成功しているらしい。

 

「詳しいことは言えないが。もちろん、この先の予定は決まっている」

 

 オセロットは聞いてきた全員に対して同じように返答する。

 

「ビッグボスの名前はすぐに君達の耳にまた入ってくることになるだろう。その時、まだ君達がのぞむというなら。その時にもう一度、連絡をくれ」

 

 Vが目覚めた。

 これはうまくいった。この先もうまくいくかもしれない。

 

 

==========

 

 ビッグボスとカズを乗せたヘリは、カズのいう方角に向けて飛んでいた。

 数時間のことだと言われてはいたが、スネークにとってその間の飛行は、眠り続けた9年間の空白を感じさせる、とてもいたたまれない空気の中ですごすという。ちょっとした苦行となっていた。

 自分と同じように肉体を失っていたカズは、自分と違って失わなかった9年という時間をいかに苦しんで過ごしたのかをあれからずっと漏らし続けている。

 

 あの日の自分への怒り、後悔、謝罪、自虐。

 どれも陰気すぎて、戦場に戻ってこれたのだという喜びと高揚感に酔いたい今の自分がそれに付き合う気分にはなれなかった。

 それほどに現役復帰を無事に終えることが出来たスネークは、充足した気分を味わっていた。正直、自分の中に生み出したドッペルケンガ―の姿をしたイシュメールと、今日の任務を再度味わってみたいとすら思っていた。

 

 

 彼等が向かうのはインド洋にあるセーシェル共和国。

 この115の島々からなる、イギリス連邦加盟国にカズは新たな家を作っていた。

 

「見えるか、スネーク……」

 

 そう言うとカズは、自分の肩に掛けられていた服の袖についたワッペン。部隊章を見せてきた。

 

「ダイアモンド・ドッグズ、これが新しい家だ」

 

 それまでの9年の溝を感じていた2人が、同じく気持ちになれる響きがそこにあった。

 新しい俺達の家、ダイアモンド・ドッグズ。

 

 その今はまだ小さい全容を見ると、再び2人の距離が離れていくような困惑が生まれる。

 洋上プラント、それは2人が率いたMSFのための家だった。

 それがそっくり小さな姿で、目の前の海の上に立っている。

 

(カズ、お前……わざとだろう)

 

 言葉を失っているスネークに、カズはこの地に新たな家を許したセーシェル政府との密約。そしてプラントをごく自然に存在せるためにおこなったマネーゲームの説明をぼそぼそと続けている。

 

 呆れ、苦笑、憐憫。

 そのどれとも近く、だがそのどれでもない感情。

 同時にあの若かった自分達が、ピースウォーカー事件に果敢に飛び込んでいくはじまりの時が思い出され、不思議な懐かしさと恥ずかしさ。そして喜びに目元と違い、口元がだらしなく緩みそうになる。

 

 不快に似て、歓喜でもない。

 まとまらない感情の中で、カズは唐突に話を変えてきた。

 

「スネーク、なぜ俺たちは生きている?」

 

 まさか哲学?

 しかし、そんな意味で言ったのではないことは本人の顔を見ればすぐに分かった。

 

 闇だ。巨大な虚ろな穴の中に真っ黒な闇が広がっている。

 再会した時、思わず覗き込んでしまったカズの目玉のない穴にそれを見た気がした。

 

「痛みに耐えるために。毎晩なくした足が、指先が、右腕が痛む――。なくした体の、なくした仲間の痛みが、いつまでもうずく」

 

 空しくあるべき場所にない右腕を探すように、なにもない服の右袖を愛おしそうにカズは手に取った。

 

「まだここにあるように……っ!」

 

 右袖は力なく。失われたものがこの腕だというように服は崩れ落ちていった。欠けているのだ、どうしようもなく。

 見ていられない。いや、見たくない姿だった。

 

「あんたも痛むだろう!俺がサイファーと関わったせいだ」

 

 いきなりカズの左腕が伸びると、スネークの義手に。

 ビッグボスの欠けた腕に補われた鋼の新しい体をつかんでくる。

 その手には力とは別の強いものがこめられているのが嫌でも伝わってくる。憎悪、それは激しく、強く、そして救われるもののない純粋な怒りだけで製鉄された刃だ。

 

 ビッグボスとの9年の断絶が終わりを告げたことで、カズヒラ・ミラーという男の中に生れて育ち続けたそれは、本人を前にしてついに白日のもとに全てをさらけ出そうという勢いだった。

 

「俺はあいつの権力に、ゼロに寄生していたんだ」

 

 それはビッグボスの古くからの友人のコードネーム。

 ゼロ少佐、彼とはもう2度と顔を合わせることはないだろう。それほどにお互いは尊敬しながらも、深い友情で結ばれながらも、受け入れられない存在となってしまった。

 

 自分の罪、それを告白できたということか。

 一旦、カズの身体の力が抜ける。再び弱っていく体をヘリの壁面に預ける。

 

「キプロスでも、アフガニスタンでも、襲ってきたサイファーは――悠々と泳ぎ回っている」

 

 カズが口にするサイファーとは誰の事だろうか。

 ゼロの事か、それともあの夜、MSFを壊滅に追いやった部隊。XOFを指揮した男の事なのか。

 もしかすると彼の中ではその全てが同一の存在として、溶け合っているのかもしれない。

 

「世界の全てを飲み込んで――。成長を続けて!」

 

 再びカズの体にどす黒い炎がその勢いを増し始める。それは収まる様子を見せないまま、再びあの底の見えない暗い穴をスネークにさらけだそうとしてくる。

 カズの左手が、スネークの首元を力強く握って、体ごと引き寄せようとしてくる。

 

「その大きさは、もう――」

 

 ブチッと小さな音とともにカズは唇を、自身の歯で噛み切っていた。

 

「ボス!やつらから俺達の過去を、欠けたものを返してもらう。俺はそのために、復讐の鬼になれる!」

 

 脳裏に、瞼の裏に、あの日の夜の光景が次々とよみがえってくる。

 頼るものがなくて暴走するしかないと追い詰められてしまった若者が、純粋な少年がいた。

 与えられたものも全て取り上げられ、希望すら踏みにじられた哀れな少女がいた。

 仲間となり、同じ釜の飯を食い。同じ戦場を歩いた部下が、仲間達がいた。

 そして自分にはまだ、偉大な戦士だったボスの謎かけに。自分の答えをこの世界に問いかけることが、あの時はまだ出来ていなかった。

 

 奪われてから9年、ついにそれを取り返す時が来たのだ。

 それはこのビッグボスの意志でもある。

 

 

==========

 

 

 オセロットはそのセーシェルのマザーベースから、ビッグボス等が乗るヘリが下りてくるのを待っていた。

 ここまでの道中、あの2人は9年の空白をどのようにして埋めあったのだろうか?

 頭の片隅でそんな事を考えたが、むしろこれから忙しくなるこのカズの組織――ダイアモンド・ドッグズのことを考える方が今は重要な事であった。

 

 この組織は小さいだけでなく、色々な意味で脆弱だった。

 無理もない。

 カズヒラは今回の任務にこの組織のなけなしの財産と言える古参兵達をもちいたが、それが仇となったか、その全てを失ってしまった。

 ここに今いるのは低賃金でも構わないと、武器商人から格安のライフルを手に入れただけの錬度の低い、兵士とも呼べないチンピラ達が必死になることでなんとか組織を回していた。

 

 武器、兵器、資金、そして人。

 なにもかもが足りない。満足できるものなどほとんどないに等しい組織。

 カズヒラの才能だけでなんとか持ちこたえているといってもかまわないここも、これからはビッグボスと自分が加わることで、彼の重荷を幾分かは和らげることが出来るだろう。

 そしてさらに良くなるためには、もっとも適切かつ的確な任務を探し出してこないといけない。

 

(始まるのだ、これから)

 

 降りてきたヘリから、ビッグボスがカズに肩を貸しながら出てくるのを見た。

 

「――9年前とは違う。金を稼ぎ、人を集める。サイファーに対抗するために。血の混ざった、戦場の泥を舐める」

 

 そこで言葉を着ると、苦いものでも飲みこんだわけではあるまいに。カズの顔は確かにゆがんだ。

 屈辱だったのだ。

 この瞬間、ビッグボスを再び迎えることが出来ても。彼が率いるべき部隊は、やはり9年前のあの夜に失ってしまったままなのだ。

 

「復讐のためだけに――。俺達が介入するのは、世界中の汚れ仕事(ウェットワーク)だ」

 

 だからこそ言わなくてはならなかった。

 ビッグボスは英雄だ。しかし、殺人鬼というわけではない。

 戦場に立ったからといって、無邪気な新兵のように武器を振り回し。虫を殺すのと同じ感覚でモラルを失って残酷な行為を嬉々として始めたりはしない。

 だが、いまのダイヤモンド・ドッグズの力はあの精強だったMSFには遠く及ばないのだ。

 

「正義も、大義もない」

 

 それはいわば兵士となる者達のために国が用意するものだった。

 人が武器を持って戦うために、なければ恐怖でその場から仲間を見捨てて逃げることを許さないために必要なものだった。

 それがこのダイアモンド・ドッグズでは用意されることはない。

 どこかで正しい人がこの所業を耳にすれば、一部の隙もなくその批判を口にするだろうし、それは無条件に全てが正しい。

 

 そういう戦争しか、今の時代の傭兵達にはなかった。

 

「カズ――」

「地獄におちた俺達だが。さらにその下に、”堕ちる”ことになるっ」 

「俺も、もうあの世からかえってきた鬼だ」

 

 スネークにも、眠りから覚めてからの修羅場をこえてすでに覚悟はできている。

 そうだ、自分もまたカズと同じ復讐鬼ではなかったか?

 そう問われれば、返事はやはり一つしかのこっていないのだ。

 

「天国に未練なんかない」

 

 天国の外側――アウターへヴン。

 それはかつて彼が唱えた、彼の狂気に満ちあふれた夢の言葉。

 で、あるならばいまさら生き方を改めるのもおかしな話ということになる。

 

(そうだ、天国になど未練はなかった。あの夜をこえたからじゃない、その前からも。そのずっとずっと前から、俺はそうだった)

 

 かつて、偉大な女性がいた。

 彼女は自分の次になる英雄の候補として、ある男に教えを授けた。

 最後に全てをその男に譲り渡した時、男の中に鬼が生まれていた。彼は自分がやるべきことが見当たらず、それから長くを不満の中でくすぶっていたのではなかったか。

 

 この蛇は英雄となった時から――男は鬼だった。

 

 

==========

 

 

 オセロットは2人のやりとりを一歩離れて見つめていた。

 これからダイアモンド・ドッグズでは、この距離が3人の関係になるのだろうと思う。それで、いい。

 

 カズヒラ・ミラーの見せていた復讐心は、ボスの前でむき出しにされ。かなり見ごたえのあるものだと確認して思った。

 これではどうせ止めようとしても、言うことを聞かずにサイファーに飛びかかっていこうとするだろう。

 

 オセロットは自分のここでの役割を、問題なく進められるようにと自然と定まるように思考していく。

 

 だが、そんな中にも目に焼き付けるやりとりがあった。

 吹き荒れる感情のままに、必死にビッグボスにすがってくるカズヒラに。彼は力強い言葉で、わずかにその全てを肯定するものではないと示して見せた。

 

「サイファーを撃とう、ボス。そのために力を貯めるんだ!」

「だが、カズ。忘れるな」

 

 それは静かに、だがハッキリと彼は口にした。

 

「俺達は過去じゃなく、未来のために戦うんだ」

 

 その言葉でカズヒラの盲執が断ち切られたか、ようやくのことストレッチャーに横になると。医務室へおとなしく運ばれていった。

 オセロットはそれを見送る、自分達のボスの隣に立って話しかける。

 

「話がある、ボス」

「ああ」

「今からここは、あんたのマザーベースになる。ある程度の事は俺やカズヒラがやってもいいが、重要なことはあんたの判断に従うつもりだ」

「わかった。オセロット、よろしく頼む」

 

 その瞬間、見えてはいけない幻影(ファントム)をオセロットは見てしまったが。表面上は平然と笑いつつ、ボスの元から離れていった。

 激しく動揺しろと心臓が激しく音を立てて鼓動する。違う、動揺などしない。幻影など見なかった!

 

 

 この日より、PF(プライベートフォース)と呼ばれる傭兵集団のひとつにすぎなかったダイアモンド・ドッグズの快進撃が始まる。

 それは当然のように、伝説の傭兵の復活というストーリーと交えて人の耳に次々と伝わっていく。

 

 だが、そのうち皆が気付くことになるのだろう。

 その獣は犬というには余りにもその口と体は大きく。その口から覗かせる牙は、犬よりも遥かに鋭さを持ち。人の住む町の中に住むことはなく、広い世界をあとでなく歩き続ける習性をもっていた。

 

 普通、人はそのような習性を持つ獣を犬とは呼ばなかった。

 この時代、そんな獣の事を犬と区別し、人々はそれを狼と呼ぶのである。



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ビッグボスの帰還

2015もあと少しで終わりますな。


「……間違いないわ。だがな、命令受けるときにゃ飛び上がるぞ。出てきて吼える。吼えて引っ込む、ーーそれがエイハブ船長だからな。だが、だいぶまえにあの人が、ホーン岬の辺でえらい目にあって3日3晩死んだみたいに寝転がってたってことや、サンタの祭壇の前でスペイン人と死に物狂いの立ち廻りやったってこと聴かなかったんか?……」

                        (『白鯨』より 抜粋)

 

 

 

 

 ビッグボス、その伝説の復活。

 カズヒラ・ミラーの救出に、そんなストーリーを加えて翌日には周辺地域に噂をさっそくばら撒き始めた。

 同時にダイアモンド・ドッグズの改革も断行される。

 

 開発班、支援班を統括するカズヒラはまだ傷が重いとあって病室で眠っていたが。10日もしないうちに元気を取り戻すと、せまい医務室のベットに無線と書類を持ち込み。医師と看護師の猛抗議を半ば無視するように仕事を開始した。

 どうやら今は仕事をしたくて、うずうずしているようだった。

 

 オセロットはビッグボスと共に現在いる兵士達の訓練を始める。

 正直、その質の悪さには、ほとほと失望させられたものだが。今は他の代わりはいないのだから仕方ない。

 体力もなく、団体行動もあやしい連中に激を飛ばし、最初から鍛えなおすつもりで辛抱強くつきあう覚悟だった。

 

 だがそれよりも意外だったのは、ビッグボスは骸骨に開けられた左肩の穴が無事に癒着するまでの間。

 オセロット、カズと共にお勉強を見てもうらうことになったのは計算外の出来事だった。

 

 だが、これもまた必要なことだった。

 9年の間の世界情勢への知識の欠落、そして事故からの記憶障害もあって、こちらも大分難航した。

 ボスが学ぶのは、最新の経営学。近年の世界の政治状況、ビッグボス自身の記憶の欠如の洗い出し。これらをかなり強引にもう一度頭の中に詰め込みなおしつつ、動けるようになるまでの時をまった。

 

 そうやって半月ほど時間が立つころには、アフガンの戦場にはビッグボスがこの戦場で復活した。その知らせは十分ではないが、すでにあちこちで囁かれるようにはなっていた。

 

 

==========

 

 

 時計の針はAM07:26をさしていた。

 基地の巡回警備の交代をしたばかりだが、アフガンの朝の冷たい空気に身を震わせる。さっさと朝飯が食いたいと、ものほしげに宿舎の方角を見つめる。

 煙が盛んに上がっていることから、一応は食事の準備されているように見えるが。なんでも今朝方ここに来る予定だった男がまだ到着していないとかで、基地の責任者である隊長が怒りまくっているとも聞いていた。

 

 どうやら”今日も”我が軍は調子が悪いらしい。

 

 

 全てのトラブルは半月近く前。

 ここで一番えらい総責任者がその姿を消したことから始まる。当初は、上層部は彼が国を捨ててゲリラに走ったのではないか、とか。逃亡したのでは、と血眼になって捜したらしいのだが。

 わかった事と言えば、あの日の隊長は基地の中の彼の自室にいて。それがいきなり忽然と姿を消した、ということだけだった。

 

 その後任がようやっと数日前に到着したわけだが、これが前任者に比べるとクソのような使えない奴で。前任者の捜索を引き継ぎつつ、隊に生まれた気の緩みを綱紀粛正してやる、と兵達を集めて宣言してみせた。

 そんな癇癪玉で上等、みたいなやつがまともな采配をふるえるはずもなく。早くも皆は「今度の奴のせいで、ついに俺達もくたばる事になるのだろう」と、嘆きの声があちこちから囁かれ出していた。

 

 こんな事件は、最近はパラパラとあちこちで起こっているらしい。

 先日も正規軍指揮官の1人が、襲撃を受けて生死不明になった、なんて話が流れている。

 なにやらこの不快な戦場で、ゆっくりと変化が始まっているような気配がするのだが。それがなにに起因するものなのか。さっぱり思い浮かばないので、一兵士としてはなるべく気にしないようにしておとなしくしてよう、などと考えないようにするしかなかった。

 

 気分が沈み、自然と地面を見つめ、そっとため息をつくと手を合わせてこすり合わせる。この直後、この不幸な警備兵は体の自由を背後にあらわれた男によって奪われてしまう――。

 

 

==========

 

 

 ダイアモンド・ドッグズの作戦室には、いつものようにミラーとオセロットが並び立ち。状況の進行をなにひとつ見逃すまいと、巨大なスクリーン上の情報から目を離さないでいる。

 今回のビッグボス――スネークの仕事は、オセロットが持ちこんできたもので。その目的はビッグボスのつけている義手についての知識を持つ科学者をソ連軍から救出することにあった。

 作戦開始からすでに2時間。

 

 あれほど夜を狙っては?と勧めたのにビッグボスはよりにもよって早朝の、巡回兵の夜勤との交代開けの時間を狙って行ってしまった。

 最後の連絡は40分前、「目的地、ワク・シンド駐屯地に到着」という囁き声を最後に、通信は途絶えていた。

 

 流石に不安になってくるが、潜入中の工作員にこちらから「もしもし、あれからどうなっている?」などと間抜けにも聞くなんてことは出来るわけもない。

 オセロット達の顔にも、次第に不安の色が隠せなくなってきていた。その直後、「ターゲットを確保」というスネークの短い報告にその場にいた皆は勝利の雄たけびを上げた。

 

 だが、カズもオセロットも冷静だった。

 

「ボス、彼はこちらで回収する」

『そうしてくれ、さすがに担いでの脱出はしばらく御免だ』

 

 それは俺の事か、スネークの返事を皮肉と思ってカズは口を曲げるが。オセロットがすかさず出てくる。

 

「ボス、フルトン回収装置は作動するまでに発見されると撃ち落とされる可能性がある。少なくとも、ソ連兵にみつからないところでやらないと――」

『わかってる。これでいいだろ?』

 

 その瞬間、作戦室の中にいた兵士達は一様に驚きの声を上げた。

 なんとスネークは地下室でみつけた科学者を、天井に空いた僅かな穴からプルトンで地下から撃ちあげて見せたのである。

 

 7分後、ビッグボスはゆっくりと橋のたもとにたどりついたところで体をおこした。

 後ろでは、今しがた彼が脱出してきたソ連軍の基地が朝っぱらから大騒ぎをしている。

 

「カズ、例の連中。ちゃんと仕事をしているのか?」

『例の?諜報班のことか。もちろんだ――』

「そうか。なら試してみよう」

『なんだって?』

 

 カズの疑問には答えず、スネークは懐からなにかの装置を取り出すと、おもむろにそのスイッチを何度も押す。

 すると爆発音とともに空気が震え、基地の中から断続的な悲鳴と合わせて攻撃されたことを知らせるサイレンが聞こえてきた。

 

「どうだ?」

『――ボス、悪戯がすぎるぞ』

 

 答えないカズに変わり、オセロットがたしなめてきた。

 

「それだけか?」

『諜報班より連絡。ワク・シンド駐屯地のアンテナ類、電源の破壊を確認。満足したか、ボス?』

 

 笑い声を返事のかわりにして、スネークはヘリとの合流ポイントへ急いだ。




それではよいお年を。


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波紋

あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。



 青く晴れ渡った空だった。

 その下を、マザーベースに立つスネークがいた。

 一昨日、任務を終えて帰還すると一日がかりの検疫で医務室に閉じ込められ。ようやくにして開放されて今がある。

 今日の格好は任務直後のオフということもあって、白いシャツに迷彩柄のBDUパンツで歩き回るつもりだ。あの鮮烈な復活劇から、そろそろ2カ月近い時間が流れようとしていた。

 

 

 

 背後から元気な吠え声と共にプラットフォームの上をスネークに向かって必死で駆けてくる子犬の姿があった。

 

「お、DD。今日も元気そうだ」

 

 そういうとスネークは顔をほころばせ、子犬の身体を義手と手で器用にひっくり返し、ほれほれとその腹を撫でくり回す。それが嬉しいのか、DDの方は鋼の指をアマガミして返してきた。

 

 

 活動を開始してから少しして、スネークはアフガンの大地でこの片目を失った犬種のわからぬ獣の子供を拾ってしまった。

 太陽の下、その時もこの犬はどこからともなくあらわれると人懐っこくまとわりついてきたので。スネークはその時、任務中だというのに思わず抱き上げてしまったのである。周辺を調べると、どうやら人の手で銃殺されたらしいそいつの親と兄弟らしき残骸を見つけてしまった。

 だが――。

 

(喰ったのか、これを)

 

 最初は恋しさから離れられなかったのだろう。

 だが、そうした家族の遺体を空腹がおぞましい行為をこの子犬にさせたことがすぐに理解でき、哀れに思ってマザーベースまでつれてきてしまったのだった。

 

「よしよし。丁度お前の山猫先生を探しているところだ、一緒に探してくれ」

 

 そう言うと言葉を理解したのか、歩き出したスネークのあとを遅れまいと元気についてくる。

 山猫先生――もとい、オセロットはこの時間。プラットフォーム上で兵士の射撃訓練を見ていた。

 マザーベースを留守にすることの多いビッグボスに変わり。受け取ったその日からオセロットは妙に熱を込めてDDに訓練を施したいと申し出ていた。

 彼があまりに熱心な様子に、やってみるといいとは答えたが。まだまだ子犬、成長する姿を見れるのはまだ先の事だろうと思っている。

 

「ボス、ドクターに開放されたのか?」

「やっとだぞ。あの先生、ちょっと俺にきついんじゃないか?」

 

 一日かけて体中を念入りに他人に調べられるのは、必要なこととわかってはいてもさすがにストレスがたまる。だからなのだろう、自分はどうやら医師という職業の人間とは気が合わないのではないか、と思い始めていた。

 

「ドクターのせいじゃない、あんたが悪い。カズヒラがまだ医務室から出れない時に、ふらふらと荒野を10日余りも彷徨ったんだぞ」

「勘を取り戻すためだ。必要なことだった」

「危険を冒している。まだダイアモンド・ドッグズには力がない。あんたに何かあったら、俺達が困る」

「そうか、お互い理由があるものさ」

「少なくとも、毎度あんなハエをまとわりつかせ。ここの全員の鼻をおかしくするような匂いを漂わせて帰って来てもらうのは、困る」

 

 少し前。カズとオセロットの授業に飽きてきたスネークは、勝手に自分で長期の潜入計画を立てると10日近くもマザーベースに戻らなかった時があった。

 サバイバルの記憶を掘り起こし、それを確認する作業のため、というそれらしい理由はあるにはあった。

 

 その間はソ連軍から兵器や物資、人を強奪して回った。しかし、戻ってきたボスを称賛する部下達は。皆がスネークの身体から匂ういひどい体臭にまいってしまい。

 オセロットは顔をしかめてスネークにバケツの水をぶっかけ。医師も半狂乱になって石鹸を手に取ると、嫌がる伝説の傭兵をシャワールームで裸にして徹底的に洗い落したという事件があった。

 

 それ以来、ヘリの使用規則が厳重に管理されるようになったのはいうまでもない。

 

「次!」

 

 訓練を続けている部下達を横目で確認しながら、ボスとの会話をオセロットは続ける。

 

「ここに招いた義手の技術者には会いにいったか?さっそく新作が出来た、と聞いた」

「ああ、それをお前にも見せてやろうと思ってきた」

「まさかボス、それか?」

「ああ、その新作だ。受け取ってきた」

 

 見てろ、そういうとボスはミルク色をした新しい義手を前に突き出した。

 すると手首から先が、くるくると回転を始め。しばらくすると「チャージ完了」の合図で、そこから電気が空中を走る。

 

「ほう……なかなかだ」

「おい、オセロット。まさか本気でいってないだろう?」

「なんだ、ボス。気に入らないのか?」

「ああ!本当に大丈夫なのか、アイツは?」

「何故だ?」

「お前も今、見ただろ?なんでもそいつが言うには、チャージする時間が必要で。それも十分に電力を貯めてからでないと効果が薄いと言う」

 

 オセロットは小首をかしげると答えた。

 

「そうかもな」

「義手は使えればいいんだ。どうして武器を内蔵しようとする?

 だいたい、こんなクルクルのんきに回らなきゃ使い物にならないなんて。これならCQCがあれば事が足りてしまう。こんなオモチャみたいなものを作るなら、ナイフにスタンガンでも仕込んでくれと言ったら。電気が保持できないから、そこまで小さいのは無理だと言い放ちやがった!」

「彼は科学者だが、専門はバイオニクスなんだ。ボス」

「知るか。あいつを助けたこと、後悔してる」

 

 苦虫をかみつぶしたような顔でそう吐き捨てるように言うと、ポケットから電子葉巻を取り出して火をつける。キプロスで知って以来、不思議と本物の葉巻ではなく。こちらを持ち歩くようになっていた。

 匂いも味も本物の葉巻の素晴らしさには遠く及ばないが、なくならないという一点が気にいってしまったようである。

 オセロットはそれを横目で見ながら、1人の兵士の名を呼んだ。

 

「フラミンゴ!」

「はい、オセロット」

 

 駆け寄ってきたのはなんと女性兵士だ。

 くすんだ金髪、白い肌と言葉の癖のあるイントネーションからヨーロッパの匂いを感じる。

 

「相変わらずショットガンが苦手か?発射の瞬間、目を閉じているぞ」

「――はいっ」

「その癖はなおせ、でないと戦場で死ぬことになる。わかったな?」

 

 彼女が再び列に戻るその後ろ姿を見ていたが、

 

「ボス?」

「ダイアモンド・ドッグズに女性兵士がいるとは知らなかった。それによく見ると知らない顔もいる」

「フッ、正規軍の頭の固い爺様連中と同じ感想か?」

「俺が?いや、そう言う意味じゃない」

「軍隊は男の仕事、女に用はない。違うか?」

「違う!俺はそう言う――はぁ。やめてくれ、オセロット」

「ならいい。俺達は傭兵だ。傭兵なら、女でも能力があるなら問題ない。そうだろ?」

 

 その通りだ。だが、スネークはあえて同意を口にせず。

 オセロットには別の事を聞いてみた。

 

「フラミンゴってのは、変わった名だな」

「当然、コードネームだ。エルザだのキャシーだのフランクだの。名前で呼び合う途端、人は男だ女だと言いだすものだからな」

「ふん、それで。彼女はどうなんだ?」

「フラミンゴか?優秀だぞ。”今は”諜報班に入れている。例の連中が来てくれて、うちも少しレベルがあがったようだ」

「例の連中?」

「――?ああ、そうか。ミラーの報告がまだなんだな」

 

 オセロットが言うには、ホワイトディンゴなる同業者の組織が最近仲間割れしたらしい。で、そこから離脱した連中が、このほどダイアモンド・ドッグへ入隊を希望し、合流を果たしたのだという。

 先ほどの女性兵士もそこからここに入ってきた1人らしい。

 

「そうか、聞いていなかったな」

「――そうか、それならボス。もう1つ知らないことを教えておこうと思う」

「何だ?」

「カズヒラにはまだ言うなと言われているが、あんたのことだ。すぐにわかることだろうから、先に教えておきたい」

「ふん」

「狙撃手、1人で動くスナイパーの噂だ」

「ほう」

 

 ビッグボスの復活に前後して、アフガニスタン北部の山岳地帯では無差別にソ連軍兵士とゲリラを襲う狙撃手が現れたという話だった。この話の問題は、ソ連軍の正規部隊は何度かこの狙撃手を狩ってやろうと動いたらしいのだが、空振りで終わったというのである。

 

「痕跡がない?ソ連正規軍は追跡に変なのを送ったのか?」

「まさか!凄腕かもしれない狙撃手を狩るんだ。軍が生半可な奴らを現場に送ったとは思えない。だが、それでも見つからなかったとう話だ」

「そんなに凄腕か?」

「わからん。だが、姿形はおろか。そいつの痕跡すら見当たらなかったと聞いたら、どうだ?」

「……ありえないな」

「そうだ。例え何者であっても。生物がいればそこには必ず痕跡が残る、水面の波紋のように。足跡、触れてしまう植物、食事に小便や糞、そうしたものはどうしても残ってしまう。完全はありえない。

 だがこの狙撃手に関しては、そのどれをも見つけられなかったというのが、俺は気になっている」

「フム」

 

 足元でスネークとオセロットに挟まれてなぜか得意げに座っているDDを見下ろしながら。スネークはふと、オセロットの話を聞いて記憶の中のある光景を思い出していた。

 

「ボス?」

「オセロット、俺もカズに内緒にしておいてほしいんだが――もしかしたらその狙撃手。俺はすでに遭遇したかもしれん」

「なんだと!?」

 

 サバイバル生活1週間を過ぎたあたりだっただろうか。

 その前日、スネークは無様にも潜入した監視所で体臭から存在がばれてしまい。ちょっとした銃撃戦と追跡をされて逃げ回ったせいで、久しぶりにその夜はしっかりと睡眠をとっていた。

 

 遠くの方で銃声がひときわ高く鳴り響いたのが最初の合図のようなものだった。

 何かが移動しながら、撃ち合いをしているようだと思っていた。ところが次第にそれが大きくなって、こちらにむかっているとわかると流石に横になっているわけにもいかず。体をわずかにおこして暗闇の中から世界をのぞき見る。

 

 姿を現したのは馬に乗った一団で、どうやらアフガンゲリラらしいとなんとはなしにわかった。

 その彼等は全員が馬に乗り。その馬上で錯乱したかのように、ライフルを振り回しては叫びながら周囲の山々に向かって滅茶苦茶に撃ちまくっているように見える。

 

(何だ?誰と戦ってる?)

 

 てっきりソ連兵にでも追われてるのかと思ったが、エンジン音もしないし。彼等を攻撃する銃声もない。なによりも彼ら以外の人の気配が感じられないのだ。

 それにいくら夜中とはいえど、あれほど大騒ぎして走り回っていればそのうちソ連軍にみつかってもおかしくないというのに……。

 

「それで?話は終わりか?」

「ああ、そいつらはすぐに俺の前から消え。俺は貴重な睡眠時間を失った――ただ、ひとつだけ気になることがあった」

「ボス。もったいつけないでくれ」

「そういうな――やつらは一発だけ、俺の目の前で攻撃を受けた、狙撃だった。

 だが、この狙撃が問題なのはどうやら弾丸はやつらの進む方角から発射されたってことだ」

「……」

「わかるか、オセロット?」

「つまり、あんたはそいつらはまさしく俺が言った静かな(クワイエット)狙撃手の攻撃にさらされていたのではないか、というんだな?」

「ああ」

「そこまで言うということは、あんたは確かめたんだな?」

「さすがだ、わかってるな。そうだ、俺は日が昇ると狙撃地点の周辺を調べた。なにもなかった」

「ふん」

「どうだ?」

「わからん。あんたも本当はそうじゃないか?」

「まぁな。そうかもしれない」

 

 そこで2人は、あいまいな結論に一旦沈黙する。

 存在は感じても、はっきりしたものはまだない。いつかは戦うかもしれないという予感はわずかに感じ始めてはいるものの。はっきりとした脅威とは、まだ考える必要はなかった。だから、今はこれでいい。

 

 小気味のよい射撃音を響かせている兵士達にオセロットは訓練の終了を宣言すると、部下達はそれぞれの仕事場へと戻っていく。その後ろ姿を見送りながら、今度はオセロットから口を開く。

 

「ボス、それで……」

「ん?」

「どうなんだ。あんたの体のことだ」

 

 オセロットはスネークの、ビッグボスと呼ばれる男の心を理解していた。

 表面上、伝説のビッグボスは帰還を果たし。このダイアモンド・ドッグズで活動を開始してはいる。だが、やはり体のキレも、勘も。記憶の中の全盛期の姿には、まだまだ至っていないという不安があるのを見透かしていた。

 

「誤魔化せない部分がある。俺は9年もの間、戦場を離れていた。それだけ年をとったということだ。若さ以外にも失ったもの、取り戻せないものがある。もう老人だ、というだけの話なのだろうが……」

「あんたはよくやっている。弱気になることはない」

「俺がキプロスの病院のベットの上で、蜂の巣にされないですんだのはイシュメールの助けがあったからだ」

「それは……」

 

 あの時に感じた。

 圧倒的な勘の冴えと状況判断で自分を導いた男に対し。ビッグボスが妙な執着心を持っていることにオセロットは困惑している。

 その噂の男が何者で、本当の名前はどうだったのか。

 現地の事件による混乱は未だに続いていて、よそ者はそこに気軽には近づけず。その患者の行方も正体も知ることはできていない。

 だがそれでも、ビッグボスは諦められないようだった。

 

「すまない、オセロット。この話、ここまでにしてくれ」

 

 オセロットは自分に背を向け、スネークのあとをついていくDDと共に離れていくのを見守っていたが。唐突に振り向くと、厳しい声をあげる。

 

「出てこい、フラミンゴ」

 

 するとそれを待っていたかのように、先ほどの女兵士が階段の上にあらわれて駆け下りてくる。オセロットの前で敬礼する彼女に対して、冷たい言葉を投げつけた。

 

「ファンになった途端、ぴったりとマークするのか。まるで10代の少女だな」

「ファンですから、やはりそばで見ていたいのです、オセロット。それにもしかしたら夜のサバイバルのお誘いもあるかもしれない。女ならそのチャンスは逃せません」

「フン、口が減らないな」

 

 このフラミンゴという兵士。

 経歴は一応、オセロットがスネークにいった通りのものではあるが。それ以前には、あのミラー救出の任務でこのオセロットに雇われたスタッフの1人でもあった。

 あれ以来、伝説の傭兵にたいする尊敬はとどまることを知らず。彼女とその仲間達はついにダイヤモンド・ドッグズまでこうして押しかけて来てしまったのである。

 

「今日のことは許す。だがもうしばらくはお前も、部隊のことも。ボスには内緒のままだ」

「……わかりました」

「腐るんじゃないぞ?ミラーの要請を受けた上で、俺はお前達を選抜した。だが、今のボスにはまだ余裕がない。彼にも時間が必要だ」

「それなのですが――オセロット、本当に今のあの人は全盛期よりも衰えているのですか?」

「……」

「先日の任務。東部地方への通信網遮断での働き。あれってまさにワンマン・アーミーっていうんですか?それくらい凄かったのに」

 

 それは通信施設の破壊工作であったのだが、ビッグボスは1人で施設に潜入。兵を分断して襲いつつ。施設に爆弾を仕掛け、トドメに手榴弾を本部に2,3個投げ入れるところからが、スタートの合図になった。

 そこからビッグボスはグレネードランチャーを手にひたすら施設内を走り回り。ついにそこを1人で制圧してしまった事を彼女はいっているのだ。

 

 その時フラミンゴは彼女の仲間と一緒に、その様子の一部始終を遠くからレンズ越しで一部始終を確認していた。

 

「あの時は全員、アドレナリンとかヤバイ感じで……」

「そこまでだ、フラミンゴ。お前は喋りすぎる」

 

 そう言うとオセロットはもう一度、ボスに近づくなよと念を押してフラミンゴを開放する。

 ビッグボスは取り戻せないものがある、そう言っていた。

 あの時の彼の寂しそうな言い方に、今のオセロットの心はざわついていた。




今回からオリジナル、入ってきます。
それではまた。

(設定)
・フラミンゴ
 白人女性、年齢は30前後。もちろんコードネーム。本名は不明とする。
 イギリス周辺国で生まれ育ったという設定。

 女性ながら荒事専門の戦闘班を希望しているが、現在はないので諜報班に配属されている。反動の強い銃が苦手だが、能力は高めのレベルでまとまっている。オリジナルキャラクター。


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蜜蜂 (1)

 今回の依頼はあのCIAからだとカズは言った。

 かつての母国ではあるが、色々あった今だと何かあるのではないかと眉をひそめて身構えてしまいそうになるのは気にしすぎだろうか?

 それを見越してなのだろう、ヘリに揺られるスネークにカズが無線越しに話しかけてくる。

 

『ボス』

「カズか?」

『今回から、開発班が以前からあんたが出していた要望に従った新装備に一新している』

「そのようだ。以前の中古品とは、やはり違う。実際に使うのが楽しみだ」

『当然だ。おかげで少々、予算の方がピンチに……』

「おい、カズ――」

『大丈夫だ。あんたがバンバン稼いでくれればいいだけの話だからなっ』

 

 このあたりの馬鹿話は昔とまったく変わることはない。それよりも今回の任務のやっかいさにどうしたものかと考えてしまう。

 はっきりとしてるのはCIAがゲリラに渡したミサイルランチャー、装備一式を回収すること、これが任務である。

 ただしその過程にいくつか確認しなくてはいけないことがあって。そのために移動する時間と活動範囲が、一番危険を大きくしていると感じている。

 

 つまりは、かなり厳しい作戦になるとすでにこの時点ではっきりしているのだ。

 

 

==========

 

 

 ダイアモンド・ドッグズの作戦室には、いつもの面々が揃っている。だが、オセロットは妙に緊張した様子でカズとの会話が他のスタッフに聞かれない場所で話がしたいと言ってそこから連れだした。

 2人は揃って人のいない部室へ入っていった。

 

「作戦開始時間は過ぎている。なんだ、オセロット?」

「カズヒラ、お前に言いたいことが2つある」

「だからなんだ?」

「今回の依頼主、CIAだといったな?それはまさか……今、お前の部屋に放り込んでいる怪しい男が関係していることなのか?」

「――やはり知られていたか」

 

 オセロットの問いに、しかしカズは動揺した様子は見せない。

 実は秘密裏にカズは風采の上がらないビジネスマン風の男を拉致して来て、このマザーベースに監禁していた。

 そのことはビッグボスにも、オセロットにも知らせていなかった。

 だからこそオセロットは聞いてきたのだ。

 

「正確には違う、だが完全な間違いじゃない」

「隠し事はためにならないと……」

「まて!これは本当のことだ。今回の依頼主は確かにCIAだ。だが、別のルートでも仕事を受けている。そういうことだ」

 

 カズヒラのいうにはこういうことらしい。

 かつてアメリカにとってベトナムは高い授業料を払わされた苦い思い出であったが。皮肉な話で、このアフガニスタンではその冷戦の仮想敵国であるソ連にとってのベトナムとなろうとしている。

 勇敢なムジャヒディン達を殲滅しようと正規軍は焦土作戦まで開始しておきながらも、状況に終わりはちっとも見えてこない。

 そんなソ連の苦境をしった米国の諜報部は、ゲリラたちに対し。密かに資金と武器を援助していた。

 それでこの戦争を長期化させ、さらに泥沼の状態になればいいというわけだ。

 

 そしてハミド隊という、1つのゲリラ部隊が登場する。

 彼等は特にソ連軍のヘリを、航空戦力を執拗に襲撃しつづけていた。そのための有効な武器を当然のことのようにCIAに要求した。

 最新にして最大火力を保持するソ連軍の攻撃ヘリを撃ち落とすというなら、今までのような過去の戦場で放棄されていたような武器では火力も性能も物足りない。

 

 そこで蜜蜂(ハニー・ビー)と呼ばれる米軍が試作していたミサイルランチャーをアフガニスタンに送りこまれた。彼等はそれを使って華々しい戦果を重ねていたのだが、ある日突然この部隊は全滅してしまう。

 CIAの本部では、このハミド隊が全滅をしたとは考えておらず。装備とともに、部隊の生き残りも救出して自分達に引き渡して欲しいと言ってきている。

 これが依頼の一件目。

 

 同時に、ここに風采上がらぬビジネスマンが絡んでくる。

 彼はいわゆる武器商人。それもCIAと繋がりのある男で。こいつの手はずでハミド隊に武器と金が手渡され、彼等はそれでこの男から武器売買などをおこなっていたという流れがあった。

 今回、この男はハミド隊壊滅によってピンチを迎えていた。

 

 直前の取引で男はCIAに報告するよりも少し多めに新型のミサイルをハミド隊に渡してしまっていたからだ。

 これは蜜蜂というミサイルがソ連軍に見つかり。その技術の解析と、ゲリラへの米軍からの援助の証拠として押さえられるのはこの男の生死にかかわることを意味していた。

 CIAの暗殺リストに名前を載せられたくない男は、ダイアモンド・ドッグズに成功報酬として自分の財産のほとんどと商売のルートを提供してもいいと言って接触してきている。奴にしてもなりふりを構っていられない状況なのだ。

 これが依頼の2件目ということになる。

 

「なんてことを。カズヒラ、お前はCIA(カンパニー)と2重契約を――」

「ああ。だが、それがなんだというんだ」

 

 本人はこれでも冷静のつもりなのだろうが。CIAの近くには、カズとビッグボスが敵と認識するサイファーが存在している。今回の任務の情報を、彼等が見逃さないという可能性をわざと無視しているのだ。

 

「やつらは危険な任務を俺達に要求し、俺達は金を受け取る。立派な商行為で、それだけのことだ。それが”たまたま”同じ根を持っているというだけで――」

「そう簡単な事じゃない、わかっているはずだ」

 

 この男は自分のミスを認めないだろう。

 わかっていた、だからこそオセロットは仲間として指摘してやらなくてはならない。

 

「話はそれだけか?」

「まだだ。その確認をしたかった、それが1つだ」

「そうか、なんだ?」

「ボスのことだ。いや、本人じゃない。ボスの、”ボスの部隊”について進言したい。彼等はすぐに引き揚げさせた方がいい」

「なんだと!?」

 

 今度はカズも涼しい顔でいなすことはできなかった。

 

 ボスの、ビッグボスの部隊。

 それはまだ正式な名称こそないが、彼のために選抜された現在のダイアモンド・ドッグズの優れた兵士達で構成された存在である。

 高い技術を持ち、柔軟な発想ができ、冷静さを失わないで判断できる。そしてなによりも、ビッグボスのために戦う兵士。そういう存在を本人には秘密にして、この2人は最近の任務に同行させていた。

 

 

 先日、その部隊の1人だったフラミンゴがたまたま本人に接近してきたが。

 彼等は自分達の役割を理解し、だがまだ周囲にも秘密の部隊であるということを徹底して教え込まれている。

 

「何をいっているんだ、オセロット。奴等には役目がある!」

「そうだな、わかっている」

 

 今のビッグボスには全盛時の力はない。

 それは本人だけではなく、本人を知っていたカズもオセロットにもわかっていたことだ。

 

 そしてカズは一番に”合理的”な考えのもとで、オセロットにビッグボスの相棒となるような部隊を結成させるべきだと提案した。

 その時はオセロットも同意したからこそ、部隊は存在している。

 

「カズヒラ、その理由はいくつかある。

 最大の理由は、今回の任務地がまさに大地に横たわる靴下のようだということだ。そこは入り口から左右に切り立つ絶壁に挟まれていて。細く、長く、そして最奥地に突き抜ける出口はない。脱出には、そこから入り口まで戻ってこなくてはいけないんだ」

「それは……わかっている!」

「いや、わかってはいない。これは予期せぬトラブルを起こしかねないということだ。つまり部隊は、任務中のボスと鉢合わせしないよう。十分に彼とは距離をとって行動しなくてはならない」

「それくらい、出来る奴等をお前は選んだんじゃないのか!?」

 

 違う、カズヒラ。そうじゃないんだ。

 溜息をつくと、オセロットは不快感をあらわにするカズヒラの盲を続けて開かせてやらねばならなかった。

 

「今、彼らはすでに4分遅れで、ボスの後をついていこうとしている。だがな、良く見てみろ。距離が離され始めている、今日のボスは動きが良い。

 単独潜入はあの人の十八番だ、それも当然かもしれない。

 このままだと部隊はボスに置いていかれる。そうなったらお前は彼等にどう命令するつもりだ?まさか、愚図愚図するなと怒鳴りつけて先を急がせるのか?」

「それは……」

「奴等は確かに優秀だ。だが、存在がボスに気がつかれでもしたら騒ぎがおこる。ボスは蜜蜂の回収の最終地点をすでにスマセ砦に定めている。そこに至る道に配置された監視所には、騒ぎがあれば連絡がいく。

 彼等はボスの命を危険にさらす可能性がある」

「それでも駄目だ!撤退は認めない」

「最近の彼等は任務中のボスとの距離を200メートルまで伸ばした。知っているか?

 それよりも近いと察知される危険があると、彼等は判断したんだ。その距離も、もしかしたまた伸びるかもしれないと彼ら自身が感じている。

 今はボスに、彼等の存在を知られるのはよくない。お前にもそれは理解できるはずだ!」

「いや。奴らには続けてもらう、ボスにばれた時は。俺がボスに話す」

 

 カズヒラは頑なだった。

 それがさすがにオセロットの本性でもある鋭い刺のような舌鋒をあらわにさせた。

 

「なるほどな。あんたは部隊は何だと聞いてくる彼に、『ボス、復讐のために自分はあんたに復帰してもらったが。見たところあんたは老人だった』と言ってやるというんだな?ボスはお前にどんな顔をするか、興味が出るな」

「……」

 

 同時に冷静な顔のむこうから、苛立ちから隠しきれなくなった怒りの表情がオセロットの口元にだけあらわれたのをカズに見せてしまった。

 合理的な考え方の出来る、冷静な男だとは分かっている。だが、カズは9年の負け犬生活のせいで怯えていた。任務の最中に倒れるビッグボスを見るということを。

 それは同時に、彼の復讐もそこで終わるということになる。再び走り出せたことで、この男はより臆病になってきているのだ。

 

「どうしろと、俺にどうしろというんだ。オセロット!」

「――冷静になるだけでいいんだ、カズヒラ。確かにボスは老いたかもしれない。だが、まだまだ十二分に戦うことが出来る。

 今回は部隊を撤退させるんだ。

 それはお前の気遣いがこのままだと無駄になってしまうからだ。他の理由はない。あとはボスを信じて見守るだけでいい」

「だが――」

「あいつらに撤退命令を出す。奴等も納得はしないだろうが。回収には俺が自ら向かう、説明が必要になるだろうからな」

「……」

「カズヒラ、冷静になれ。理解しろ」

 

 それだけ口にするとオセロットは部屋を後にした。

 彼にはやらねばならない問題が、あまりにも多く手元にあるのだ。

 

 

===========

 

 

『ボス、そこが中継基地だ』

「……」

 

 任務中、スネークは自然と寡黙になる。

 だからこの時も口を開かずに、返事もしない。

 

『諜報班の報告では、全滅したハミド隊の生き残りがいて。そいつはそこに連れ去られたのではないかということだったが……』

「いたぞ、カズ」

 

 渓谷に続く一本道から、遠くに見える人だかりを望遠鏡で確認しながらあっさりとスネークは生き残りを発見した。

 

(やれやれ、あれは――)

 

 太陽の下で、まだ昼前なのにもかかわらず。ソ連兵達が上半身を裸にして弱っている捕虜を尋問しつつ、暴力を無自覚に振るっているのがわかる。

 それを囲む奴等も、笑い声を上げ、囃したて、憎悪の声を張り上げている。

 

 新装備の望遠鏡には、集音機能が追加されたおかげで。最近、ついに営倉暮らしをやめてダイアモンド・ドッグズに入隊を決断した支援班のスタッフの手で、彼等の言葉はリアルタイムで英語に翻訳。

 無線を通してボスの耳に伝えてくる。

 また、これが聞こえなかったとしても。その時は情報端末の方に最新情報として更新されるので、問題はない。

 

「砦に隠したことはわかっている。何か言ったらどうだ!仲間の後を追うか?」

 

 そう攻め立てながら、倒れている体を強制的に起こすと。傍らに並べて置いてある水筒に入っている水を捕虜の口に押し当て。口から溢れるのもかまわずに中身が空になるまで無理やりに飲ませていく。

 苦しさから解放されたいなら吐け、ということだろう。

 

「アメリカに尻尾を振りやがって。口がきけないふりか。なめるな!」

 

 言うと何も語らない捕虜を蹴り上げ、膝を入れ、手に持った武器で相手の細い体を打ちすえる。

 

『フン、まるで素人だな』

 

 そんなソ連兵に、無線の向こうにいるオセロットは鼻で笑う。

 シャラシャーシカ。そう敵にも味方にも恐れられて呼ばれるほどに拷問を芸術のごとく語る今の彼にとっては、あれらの振る舞いは稚拙に過ぎてみていられないということらしい。

 

「あそこにいる限り、あの男を救出はできない」

 

 望遠鏡を下ろし、無線に偵察を終えての結論をスネークは口にする。

 

「谷底にも警戒の目が光っている。狙撃銃だ、2丁だけのようだが持っているのがいる」

『ボス、それでは……』

「あいつらに見つからずに向こうには渡れる。だが、時間がかかる。あの調子で拷問が続くと、たぶん助けられない」

『むう』

 

 道の脇に降りると、谷底に向かうルートを目で探し始める。動ける準備をしているのだ。

 

『ボス、その心配はないかも』

「オセロット、どういうことだ?」

『奴等が砦と連絡をとっているのを受信したと報告があった。どうやらあの捕虜をつれてこいとわめいていたらしい』

 

 それなら、救出するチャンスはあるかもしれない。

 

『だが、それではスマセ砦までいくことになるな』

「なにそれでかまわないさ、元々行く予定だったんだ。そこで全部終わらせるだけでいい」

 

 軽口をたたくのと、谷底を進むルートを決定したのは同時だった。

 蛇は岩陰を這いながら、迷彩のカモフラージュに助けられて大胆に進んでいく。

 

 オセロットの情報は正しかった。

 しばらくすると、車のエンジン音がしてこの場から離れていくのがわかった。そう、決戦は最奥のスマセ砦にある。




また明日。


(設定)
・BIGBOSSの部隊(一期)
 キプロスで9年もの昏睡状態から目覚めたビッグボスのために、カズとオセロットが設立した部隊。
 一応、ビッグボス直属の精鋭部隊とする予定ではあるが。真実は傷つき、衰えたスネークが任務中に不測の事態が起きた時、彼を無事に連れ帰るための【老人介護】部隊である。

 そのあまりにも失礼、かつ屈辱的な役割を2人はずっと秘密にしてきている。
 部隊は男女あわせて8名が選ばれた。

 これはオリジナル設定です。


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蜜蜂 (2)

 その時は珍しく、スネークの方から話していた。

 

「おい、カズ。まずいことになった」

『どうした、ボス?』

「音がする。ヘリの音だ。こっちに向かってる」

 

 それが間違いではなかったとわかったのは、そう言った瞬間。山の間から覗かせる青空に攻撃ヘリが浮かんでいるのを見たからだ。

 

『攻撃ヘリだ!ボス、隠れろ』

「ああ、わかってる……」

『発見されれば、向こうに一帯をなぎ払われるぞ』

 

 オセロットの指摘は不安の表れだ。

 スネークは地に伏して見上げながらも、情報端末を取り出して現在の自分の位置を確かめた。

 午後2時を回り、太陽は天頂からゆっくりと降りる気配を見せている。そして自分は目的地である砦の手前1キロにまで迫っていた。

 

「至急、知りたいことがある」

『何を?』

「砦の上にも、奴は飛びまわっているのか?だとすると、やっかいなことになる」

 

 写真で事前に砦の大きさは理解できている。そこにどれほどの兵が駐留しているのか分からないが、崖と建造物に囲まれた場所の上を飛び回られるのは冗談じゃなく厳しい。

 

 観測所の上で、ピタリと動かずにホバリングを続けているヘリを見つめながら無線からの返答を待つ。

 連絡が返ってきたのは、かなりの時間が立ってからだった。

 

『ボス』

「どうなんだ?」

『すまない、ボス。諜報班は事前にこの情報を入手できなかった。あれがなぜここにいるのか、まったくわからない』

「当然それは、飛行経路も目的も不明、と」

『発足したばかりとはいえ、班の実力不足だ。すまない』

 

 スネークはカズの謝罪など欲しくなかったし、正直に言うと聞いてもいなかった。

 ただ、この後のことを考えてどうしたらいいのかと決断を下そうとしていた。砦が近いせいだろう、道路沿いには先ほどから一定の距離をとって巡回兵が歩いている。

 彼等は問題ないが、あのヘリに好きに上から。向こうの気分で作戦のフィールド上を覗かれるのは不快であり、危険だった。

 ならば、やることはひとつ。

 

「オセロット、いるか?」

『なんだボス?』

「武器を送ってくれ。そうだな……開発班のカタログに載っていたのを見た。旧型のロケットランチャーを改修した奴があったはずだ」

『ボス!?』

「お前の開発班が作ったものだぞ、カズ。何を驚いた声を上げる?――いつこっちに届けてくれる?」

『すぐに。荷物の落下地点はあんたの要望に従う』

 

 蛇は情報端末から指示を送ると、再び匍匐を開始して岩場の間を蛇のようにスルスルと抜けていく。

 その姿はすぐに見えなくなった。

 

 1時間後、ソ連軍はスマセ砦の前線基地から移送した捕虜の奪還を図るゲリラに対処するために用意していた巡回中のヘリが、何者かの発射したロケットランチャーによってバランスを崩すと切り立った壁に突っ込んでいって爆発、四散したという報告を受けた。

 どうやら派手に飛び回ったことで、攻撃ヘリを嫌うゲリラが動いたらしい。

 太陽が地平線へと赤く空を焼き始める中で、ソ連兵達は起きたトラブルの調査結果が発表される前に、勝手にそう判断した。

 死んだパイロットには申し訳ないが、数時間で日が落ちるとあっては夜の戦場をヘリ撃墜の捜査のために歩き回りたくはない。

 

 だから道路沿いに人影がないことを理由に、”そういうこと”に決めて見て見ぬフリをすることにしたのだ。

 

 

 

 スマセ砦とは外とつなぐ一本道の先にある四方を高い崖に囲まれた平野部分と、その壁面の一部をくりぬいて居住区画にした天然の要害の地である。

 なるほど、ハミド隊は優秀な部隊だったようで。そこに駐留しているソ連兵士達の数も半端なく多い理由もわかる。

 ようやく攻め落としたゲリラたちの要塞を。存分に自分達の2本の足で踏みしめておきたいのだろう。

 

『捕虜がいるな?』

「ああ、やつら(ソ連兵)は品物が居住区画にあるとあたりをつけているんだろう」

『つまりここではその他はひっくり返し終わっているということになる』

「そうだ……残り時間は少ないということだ」

『2人とも!冷静に過ぎるぞっ、チャンスはある。まだあるが、これからどうする!?』

「落ちつけ、カズ。俺も諦めてはいない」

『問題は、ボス。潜入じゃない、脱出だ。

 潜入工作はあんたの専売特許だ。問題はない。だが、脱出となると……』

「そうだな、またカズの時のように馬の背にのせて奴等の中を突っ切るというのは避けたい」

 

 スマセ砦につづく狭い道を見つけたスネークは、そこに敷き詰められた指向性地雷を解除し、まとめて山道の脇に放り出すと。地平線に太陽が沈もうとしている中の砦を見下ろす形で偵察をしていた。

 恐ろしい骸骨達に追跡された時を思い出したのか、カズは不快そうにしつつ――。

 

『馬の方は、あんたの指示に従って近くに降ろしてある。周囲に敵影はなし。

 あんたが呼べば、すぐにそこまで駆けつけてるはずだぞ』

「……と、なると。やはり捕虜は先に回収しよう」

『ボス!?』『ボス、本当にそれでいいのか?』

「ああ、今回はあの不気味な髑髏はいないが。兵に囲まれた中を突っ切ることになる。最悪、馬に振り落とされても身軽に逃げられるようにはしておきたい」

『……わかった』

 

 今回もまた、ビッグボスは危険な決断を下したように思う。

 フルトン回収装置を使えば、ここにいる兵士の誰かにも見られるかもしれない。そして気付かれれば、やつらは一斉に袋のねずみとなっているボスに襲いかかるはずだ。

 だが、彼の言うとおり。あの時とは違う意味で厳しい状況の中を、弱った人間の手を引いて脱出などそれよりも、もっと悪夢でしかない。

 

『ボス、どうやらこちらにも運が向いてきたようだぞ』

「ん?」

『天気が変わる。砂嵐だ、長くはないだろう。だが、それがある間ならば――』

「なるほどな、わかった。やってみよう」

 

 オセロットの提案を受け入れ、中腰に体をおこすとスネークは準備を始める。熱源感知ゴーグル、以前の中古品と違って大分マシになっているということだが。砂嵐の間はこれに頼らないと目を開けてはいられないから周囲の確認ができなくなる。

 アフガンの砂嵐は一瞬で視界をふさぎ、呼吸を阻害して苦しくさせる。

 その中をこれから大胆に歩かねばならない。首元のスカーフを、口の前に移動させ、砂が口の中に飛び込まないようにしておく。

 

「カズには今度、ガスマスクでも用意してもらうか」

 

 そう言いつつ、ライフルとハンドガンを取り出して確認する。弾はよし、消音器も大丈夫。

 夕立前の雷のような音が、遠くの空から聞こえてきた。青かった空ゆっくりと赤く焼かれていく中を、突然あらわれた砂嵐が塗りつぶすように暗くしていく。

 

 

==========

 

 

(失敗だったか?いや、まだだ)

 

 勝負に焦りは禁物というが、スネークはやはり焦ってしまった。

 砂嵐の接近を察知して、居住区前に放り出していた捕虜を。例の尋問していた連中が無理やり立たせて、移動を開始したことがわかってしまったから、焦った。

 

 近くで人の感情が、驚きのそれが感じられた。

 熱源感知ゴーグルのおかげでわかったが、気付かれないだろうと思った砂嵐の中を動くこちらに、そいつは反応していたのだ。

 

 素早くハンドガンの銃爪をひくと、どさりと地面に崩れ落ちるわずかな音が聞こえた。すぐにその場を離れる。そのせいで、歩く先で体をかがめて嵐が通り過ぎるのを耐えている兵を見た時は、即座に背後に回ってCQCで絞め落とした。

 そいつは背中に抱え上げると、乱暴に近くのゴミ箱の中へと放り込む。

 

 居住区画内に入ったところで、スネークはマザーベースに報告を入れる。

 外はまだ砂嵐のまま、収まる気配はまだない。

 

「内部に侵入した」

『よし、ボス。多分捕虜は奥の方へ連れて行かれるはず。そこはアリの巣状に穴をくりぬいているはずだ。ソ連兵も奥の方の地形がわからないのだろう』

「――了解」

 

 そう答えると、足元で今しがた気絶したばかりのソ連兵に無造作にライフルの銃口を向け、その頭を吹き飛ばす。

 この居住区画には人の気配が少ないのがわかる。

 で、あるならばフルトン装置を安全に起動させるためにも。静かに、できるだけ敵は減らしておく必要があった。

 

 

 かつて、ネイキッド・スネークで知られた男の最も得意とする潜入方法は、都市や構造物内といった人工のものへの侵入であった。それを可能としたのが、直観的に外観を見れば中の空間を想像でもかなり正確に把握するという認識力を持っていたからだと言われていた。

 それはまだ、自分の中に残っていたらしい。

 

 いつの間にかスネークは、ゆっくりと銃を突きつけられて進む捕虜たちを追い越し。その先の広い空間で彼等を待ち伏せるという、奇妙な逆転現象が起きていた。

 壁にもたれかけ、時がすぎるのを待っている。こんな時、電子葉巻に手をのばしたくなるがこらえねばならない。

 

『ボス、さすがだな』

「……」

『奴等が来るな。どうやって助けるつもりだ?』

「……問題はない。すぐに終わる」

 

 そう口にすると、あらかじめ床に並べていた4本の気絶するタイプの手榴弾を次々と壁の向こう側へと放り投げていった。

 くぐもった悲鳴が上がるのを確認すると、あっさりと岩陰から飛び出していく。続いて低く抑えられた銃の発射音が断続的にすると、捕虜を担ぎ上げたスネークは全速力で居住区の奥へと駆け下りていった。

 

 

==========

 

 

「おい、起きろ。目を覚ませ、教えてくれ」

 

 上の方の騒ぎは気付かれなかったのかどうかはわからないが、追手が来ないことを知ると運んでいた男を下ろして。目を回しているその横面を軽く叩きながら、質問をする。

 英語、ロシア語、あわせて同じ言葉を繰り返しつつ。蜜蜂とつけられたミサイルランチャーの写真を見せて確認させた。

 

『その男!?』

 

 無線の向こうでカズが驚く。

 

『本当に言葉が話せないのか……』

 

 どうやらそうらしい。

 こっちに気がつくと、蜜蜂の写真に反応して。居住区の奥の一箇所目を指さして見せた。

 あそこにあるのか、スネークは捕虜に「ここにいろ」とだけ伝えると、指を刺された部屋の奥へと飛び込んでいく。

 

 毒毛が抜かれるほどあっさりと、それはそこに投げ出されていて隠していたとはとても思えなかった。どうやらアリの巣状のこの地形で襲われることに恐怖して、ソ連兵達は、なかなか奥まで潜ろうとはしていなかったのだと推察した。

 

『そんなところにあったのか、蜜蜂(ハニー・ビー)。ボス、それを持ち帰ってくれ、ヘリとの合流地点を決めよう』

 

 スネークが戻ると、口のきけない捕虜はその背中にあるミサイルを見て顔をほころばせていた。

 

「あったよ、教えてくれてありがとう。これから脱出するからな」

 

 そう言いながら、男を担ぎあげる前に再びライフルとハンドガンの確認をした。どこまでが思い通りに進めるかは分からないが、せめて彼を回収するくらいまではこのまま静かであってほしいものだ。

 だが、すでに死体はそこかしこで転がっている。それなのに気がつかず、今も不気味に静かな事の方が、スネークは驚きだった。



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骸骨の男

 洞穴の奥から地上へ、外へと近づくにつれて今度は違和感が強くなっていった。

 入ってきたときと違い、あまりにも外が静かすぎるのだ。

 申し訳程度にのぞける土壁の穴の向こう側は、砂嵐はとっくに立ち去ったと思ったが、外は真っ白で先ほどと変わらずに視界は最悪だった。

 

「カズ!」

『捕虜の回収を優先し、離脱せよ!』

 

 違和感を解決する前に、今は先にやることがあった。

 話せない男をその場でおろすと素早く装置を起動。その姿はすぐにも霧の向こう側へと勢いよく消えていった。

 

『ボス!何か変だ、おかしいぞ』

「ああ」

 

 なにかがおかしいのはわかる。

 だが、あれだけ大勢の兵がいないというならこちらは急いで脱出するチャンスということになる。

 洞穴の居住区から地上へ、外へ。段差を飛び降りると足早に霧の中でライフルを構えつつ進んでいく

 

『そうじゃない。これは霧だ、あの時の霧だと言っている!ボスっ!』

 

 オセロットの指摘にハッとして、スネークはそこで思わず足を止めてしまった。

 その瞬間、霧の中にあの時に見たガスマスクと大きさの合わない黒革の服をだらしなく身につけた赤髪の子供が自分の横をゴーストのようにすり抜けていくのを見た、と思う。

 

 間抜けなことに、その時の自分は思考が鈍ったのか、それをただ見つめるだけで警戒することすら忘れていた。続いて身体を襲った衝撃にスネークは息を詰まらせ、わずかの間だが意識を失ってしまう。

 

 

 

 気がつくとパラパラと何かが自分の顔の横を落ちるようにして空にのぼっていく。

 違う!そうじゃない!

 自分は広がる大地をなぜか天上にして、逆さに吊るされていた。身体を動かそうにも、身体どころか両腕から包み込まれるようにして拘束されていて、ピクリともしない。

 

 見るとそれは、おかしなことをいうようだが。鋼で作られた手のように見えた。

 巨人の手が、スネークを、1人の人間をつかんでいるということか?

 

 霧の向こうから近づいてくる足音があった。

 

「ずいぶんと眠っていたそうじゃないか、ボス」

 

 ヤケに親しげにこちらに語りかけてくる男の声。だがその声には聞き覚えはない。

 なにか粘着質な、それでいてわざとらしい響きで言葉を発している。自分が知っているというだけで、一方的に己の勝手な感情を押し付けてくるような不快な言いざまだった。

 

「お前もひどい姿だな」

 

 声の記憶はないが、その姿には見覚えがあった。

 9年前、あのキューバで、難民キャンプから飛び去った部隊。そのリーダーらしき男の後姿。

 黒のスーツに、黒の幅広な帽子を身につけ。そこから覗かせる肌は、不気味にも死人のように限りなく白に近い灰色にみえる。

 そいつが今、スネークの目の前に立っていた。

 

 不快なのは声だけではないらしい。

 顔にはアイマスクをつけ、そこから覗かせる目はうつろな輝きなのに嫌にギラついているように見えるのはなぜなのか。

 そして男は帽子を脱ぐ。

 

 男の頭部、それは骸骨だった。

 骸骨の顔の男。スカルフェイス。

 

「君とは9年前、結局は挨拶が出来なかった。ようやくそれもかなったな、ビッグボス」

 

 言葉の響きは喜びを含んではいたものの。アイマスクから覗く目の虚ろな輝きの中にあるのは、はっきりとした嘲笑のそれだった。

 なぜだ?いや、”なにを見て”笑っている?

 

 唐突に、しかし理解出来てしまい。スネークは無言のまま激怒した!

 わかってしまったのである。こいつはパスを知っている。あの少女をあそこで思う存分、考えつく限りの屈辱を与えながら痛めつけた男であり。無残にも自分と共に南米の海に爆散させた張本人なのだ、と。

 スネークは冷たく一部の隙もなく拘束する、この巨大な手を振りほどかんと暴れようとするが。スネークの手も体も、ピクリとも動かない。

 それがなぜか嬉しいらしく、髑髏の顔の男はスネークの背負ったランチャーを顎でさしつつ続ける。

 

「鬼となったのはそんな兵器のためか?まぁ、いずれ貴様たちも真相にたどりつくだろう。ここから生きて、還れたならな」

 

 そう言って今度こそ口元に笑みを浮かべて笑う男の視線につられて、スネークも首を回してそちらを見てしまった。

 霧の中を言葉の通りまさしく飛び回る異形の骸骨達と、彼等に対抗することもできず。逃げることすら許されずに翻弄され、蹂躙されているソ連兵達の姿を。

 

 骸骨の顔の男は鼻で一度笑うと、再び帽子をかぶりなおす。

 

「今度こそ、安らかに眠れよ」

 

 踵を返し、霧の中へとまた立ち去ろうとする。

 

「地獄で会おう、ボス!」

 

 するとそれを合図にしたかのように、激しく脳内がシェイクされてから叩きつけられた。開放されて体が地面を転がったのだと気がついた。

 巨大な手は、いつの間にかどこかに消えていく。

 そのかわりに霧の奥へと進んでいく髑髏の顔の男をつかむと、ついにその姿は霧の向こうへと消え去ってしまう。

 

『ボス!集中しろ、まだ終わってないぞ』

 

 オセロットにいわれるまでもない、わかっている。

 骸骨が。いや、スカルズと呼ばれる異形の4人が再びスネークの前に立った。

 今回はさらに先ほどまでスカルズに翻弄されていたソ連軍の兵士達が、まるでゾンビのようにゆらゆらとこちらに一緒になって向かおうとしている。

 結局こうなったか、周りは敵だらけ。いつもそうだ。

 

『ボス、どうする!?』

 

 白濁した霧の中、太陽の位置もわからず。

 ビッグボスは異形の集団の中に1人取り残されていた。

 

 

 それまでには激怒していた燃え上がる炎も、不利な状況に不安になる心も、この瞬間にそのすべての一切が断ち切られる音を聞いた気がする。

 一瞬、自分の身体の中から影(ドッペルゲンガ―)として生みだしたイシュメールが顔をのぞかせると、「エイハブ、にげるぞ。わかるな?」と囁いた気がした。

 

 ビッグボスはいきなり動いた。

 髑髏の顔の男のように、スカルズに背を向け。踵を返すと全速力で走りだして、出てきたばかりの居住区画の入り口まで戻っていく。

 

『ボス!?』

 

 その意外な行動に無線の向こうから驚きの声が上がるが、気にしない。

 

 洞穴に飛び込むと、潜んで待ちかまえていたのだろう。ゾンビのように顔色が悪く、動作のおかしいソ連兵がうめき声をあげてビッグボスに飛びかかってくる。

 一瞬、ビッグボスはそいつに飛びつかれてバランスを崩して倒れこむように見えたが。それは違って、いつの間にか柔道の巴投げの体制となって、兵士を洞窟の奥へと蹴り飛ばした。

 

『ボス、そこでどうするつもりだ!?奴等が来る、逃げるんだ!』

 

 理解できず、どう逃げるかも指示出来てないが。カズは必死に叫んでいる。

 洞窟の入口に4つの影が立っている。

 ビッグボスは太い柱の影に飛び込むと、電子葉巻をとりだした。

 

 無線のむこうから「あんた正気か!?』と叫んでくるが、無視してそれを口にくわえると乱暴に解体をはじめる。

 休暇だと言われてマザーベースではこいつを手放すことはできなかった。

 その時、どうしても興味が出てばらしてしまい。直せなくて、しかたなく開発班に頭を下げて修理を頼んだことがあった。

 

 その時のスタッフが、無駄な知識として教えてくれたことが今は役に立つかもしれない。

 

 パイプの本体を吸い口から外す。

 続いて大きく肺に息を吸い込んでから、加えたままの吸い口に息を吐きだした。

 

ピィィーーーーー!

 

 高い笛の音が洞穴の中を鳴り響いた。

 撃ちまくってくる奴等から身を隠し、5秒数えると再び大きく息を吸ってから吐き出す。

 

『なにをしている、ボス。もういい、蜜蜂を使え。それで奴等と戦うんだ!』

 

 最新のソ連軍の攻撃ヘリを墜落させられるミサイルだ。異形とはいえ、兵士4人。倒すには十分な攻撃を有しているはず。だが、それでは正しく任務は果たされず。ただ働きということになる。

 

 スネークは最後にもう一度だけ、笛の音を響かせた。

 これが最後のチャンスだ。これ以上、追い詰められれば逃げられなくなるし戦えなくもなる。ここで生き残るために、蜜蜂を使うこともいとわない。

 

 しかし一拍置いて、スネークの耳には希望の福音が確かに聞こえた。

 先の見えない道の中を走る不安げないななき、石畳を踏む蹄の音。どうやら賭けに勝ったらしい。配置されていた馬が忠実にこちらの呼び声に応じた事を知る。

 

 勝負はここからが本番だった。



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蜜蜂 (3)

 マザーベースの作戦室の中は、少し前までは絶望的な空気が流れていた。

 見事な単独潜入からの、敵のいる最奥地での人質の救出。そして目的の回収と、相変わらず見事なビッグボスの一挙手一投足に歓声が上がっていたが。

 それがあの骸骨部隊が再び現れたと聞けば、それだけで身体の血が引いて先ほどまでの歓喜は嘘のように静かになり。もはや伝説の英雄には、無残な死がのこされているだけではないかと震えを殺して見守っているしかなかった。。

 

 オセロットの命令で戻ってこさせられた”ボスの部隊”の連中も、それを絶望の目で見ていた。

 

「馬だ」

 

 先ほどから電子葉巻をとりだしたことで、半狂乱になって問うカズにオセロットは言った。

 

「ボスは馬を呼ぼうとしている。カメラを出せ!」

 

 その声に反応して、スタッフはスマセ近くに投下して放ってある馬の背につけた小型の全方位カメラをスクリーンに映し出す。

 馬は丁度、小走りにスマセ砦の中へと進んでいるところであった。

 

「コイツ、ちゃんとボスのところまで行くのか?あの霧の中を進んで」

「わからん。だが、この白馬はお前の救出作戦の際。ボスと共に骸骨共を振り切った経験がある。だから大丈夫だ」

 

 自信はないくせにオセロットは断言して見せる。

 

「だが、その時の経験でこの霧を恐れていたらどうなる!?」

 

 それならどうにもならない、内心でオセロットは呟くが、黙っていた。

 あの馬に限らない。オセロットは「Vが目覚めた」というメッセージを受け取ると、アフガンゲリラたちから買い付けていた馬の兄弟達を、このダイヤモンド・ドッグズに回収させていた。

 

 アフガンの厳しい大地を切り裂いて走る、これら汗血馬の力強さはソ連軍に身を置いていたオセロットは知っていた。

 彼等は賢く、そして戦士の心を理解し、勇気がある。

 DDもそうだが、動物は自分にとってのリーダーを本能的にさとるものだ。あの白馬もそれは同じはず。自分を呼ぶ相手の求めがあれば、そこが戦場であっても進むことにためらうはずはない。

 

 オセロットのその考えは正しかった。あの不気味な霧の中に入ったが、馬はそのまま進んでいるらしく。その霧は一向に晴れそうにない。

 

「ボス!馬だ、外に馬が来ている!」

 

 そこでハタと、オセロットがとんでもないことを自分が口走ってしまったことに気がついた。

 ボスは今、ハミド隊が暮らしていた砦の居住区となっていた洞窟の奥側にいる。そして入り口には、あの異形の化け物たちが立ち並び通せんぼをしているのだ。

 

 外にいる馬のところに行くということは、それはつまり――。

 

「ボス、まて!はやまるなっ」

 

 オセロットが声を上げるのは遅かった。

 まさしくその瞬間に、ビッグボスは隠れていた柱の影から飛び出すと。全速力で骸骨達の横をすり抜けようと試みる。

 

「ボス!」

 

 

==========

 

 

 無線のむこうから聞こえてくる悲鳴のようなオセロットの声を無視して、スネークは走り出していた。

 勝機は一瞬、できなければ骸骨達の弾はこの体を八つ裂きにしてしまうだろう。

 そして入り口に立つ4つの影は、飛び出してくる獲物を正しく確認した。

 

『ボス!』

 

 続く悲鳴と共に、洞窟内の空中に骸骨の男が瞬時に出現すると。その手には山刀がにぎられていて、飛びかかりざまそれをこちらに振り下ろそうとしてくる。

 

(エイハブ、CQCは力でやるものじゃない。心まで制するように、脅威を無力化させるんだ)

 

 アフガンを初めて訪れた遺跡で、イメージの中で教えあったCQCは。それは自分が彼に教えたのか、彼が自分にそう教えてくれたのか。いつしかその人格を確固たるものいしていて、こちらを励ましていた。

 

 こちらの頭部を狙って振り下ろされた山刀は、空を切り。

 その手、その指にこちらの義手がそえられ、絡んでいくと骸骨の手から山刀を取りあげてその喉元に突き返して見せた。

 

 相手は想定外の反撃を受けると。

 ガクン、と力を失って腕と頭がだらりと落ち。わずかに体を支える足だけは、硬直したのか突っ張って立たせている。

 トドメが必要とは考えなかった。

 その横をすり抜けようとすると、そこに再び瞬時にあらわれた新たな骸骨が今度は普通に立ちんぼしていて、やはりその手には山刀が握られて振り下ろされようとしていた。

 

(馬鹿か、そんな大きなモーション。当たるものかよ、そうだろうエイハブ)

 

 その通りだ、イシュメール。

 今度は先ほどよりもさらに力を抜いて対処した。

 尋常ではないスピードで振り下ろされる刃を、鋼の左腕で刃のない横腹の部分をちょいと押すようにして受け止めると。

 そのがらあきの顔をめがけて左右のワンツーをリズミカルに繰り出し。ローキックでバランスを崩したところで、左の拳で殴り殺すつもりで全力で振り抜いた。

 

 異形の骸骨は、殴られてこれ以上にないほど無様な姿で吹っ飛ぶと地面を転がり。動かなくなった。

 

 

==========

 

 

「「「「「なっ!!」」」」」

 

 マザーベースでその瞬間を見た全員が、言葉を発しようとして出来ずに同じ発声をあげる現象を引き起こしていた。

 ビッグボスは、伝説の傭兵。それはわかっていたはずだった。

 だが、それでもあの骸骨たちは異様に過ぎて。ビッグボスでもついにその命運は尽きたと考えていたというのに。

 

 あの目で追えない動きを見せる奴等が飛びかかってきたのに、その手にあった刃をそいつに突き刺すことでかえし。

 続いて出てきた奴には、信じがたいことに普通に殴りつけて吹っ飛ばしてみせたのだ。

 

「す、凄ェ……」

 

 ようやく誰かが、頭の悪い感想を口にする。

 

 ビッグボスはスマセ砦の入り口から飛び出していく。

 その後ろからはのこるスカルズの射撃があるが、左右に軽いフットワークをみせつけるビッグボスには一発も当たらない。

 その間にも、ボスは霧の中に目を左右に泳がせたが、馬の方がさきにスネークを感じとったようだ。

 こちらの走る音に反応したのか、後ろから回り込むようにして並走してきた気配を感じる。

 

 手を伸ばせば、しっかりとそこにある大きな体に装着する鞍に手が置かれ。

 次に足をかけると一息に全体重をかけて跨ってみせた。

 

「ハッ、ハァっ!!」

 

 掛け声とともに、スマセ砦を後にする。

 霧はどうやら砦を覆い隠していただけらしく、谷を抜けてもスカルズ達は追ってはこなかった。

 

 それを確認するとマザーベースの作戦室から割れんばかりの歓声があがった。

 

 

=======

 

 

 ”彼女”はじっとその霧の中を、狙撃銃についているスコープを通して睨んでいた。

 あの男が、あそこにいる。

 その姿を確認した時は、必要ならすぐにでも銃爪を引けるように準備はされてあった。

 

 霧の中からは先ほどから、ずっと複数のライフルが火を吹いている音だけが聞こえてくる。

 スカルフェイス。

 ”彼女”の上司でもある髑髏の顔を持つ男が、ここに来たのは。ソ連軍がゲリラが米国から受け取ったとされる武器を押さえようとしている。そう聞いたから、わざわざここにスカルズと呼ばれる異形の兵士達を送り込むために来た。

 

 証拠なんて、出るわけがないだろう?

 

 スカルフェイスはそう言って、楽しそうに笑っていた。

 ソ連軍がこの戦争から抜け出せないことを楽しんでいるようだった。だからだろうか、もしやと思ったのだ。

 

 霧の奥から、馬のひと際大きないななき声が聞こえてきた。

 崖の上で腰を落として待つ”彼女”は、どこからあらわれても狙い撃てるように準備する。男はすぐにあらわれた。

 

 その体にまとわりつく霧を振り払い、獰猛に走る馬を手綱でコントロールしている。

 片目の、角の生えた男。

 伝説の戦士、英雄ビッグボス。

 病室ではほとんど何もできずに、自分に首を絞められていた男が。そこではまるで別人の姿を見せていた。

 

 怒涛のように猛りながら突き進む一頭と1人は、細い渓谷を抜け、トンネルをくぐり。夕焼けでまぶしい広い世界に、その姿をあっという間に消してしまう。

 結局、”彼女”は一発も撃つことはなかった。

 構えるのをやめ、体を起こす。

 

『なんだ、君。そんなところになんでいるのかな?』

 

 無線から、スカルフェイスの粘着質な声が聞こえてくる。

 

『私は――君はてっきり、一発で彼との因縁に決着をつけるつもりで、そこにいると思っていたんだがね』

 

 その言葉で、銃から弾倉を引きぬいて空にした。

 

『ふん、それではまた任務に戻りたまえ。慌てなくても、どうせもうすぐ君の前に奴は出てくるさ』

 

 あの日、この男からこの狙撃銃を受け取って以降。”彼女”は組織に戻っていない。

 ただこうして最低限の連絡をとっているだけだ。向こうもそれで構わないらしい。

 

 ”彼女”は男が十分にそこから距離とったことを確認すると、自分もそこから離れることにした。

 大気が振動する、地面が揺れる、土や砂、砂利の類が噴き上がる。

 

 全てが終わると、砦には霧もそこにいた骸骨も。そして”彼女”も消えていた。

 

 

==========

 

 

 スネークが蜜蜂を背負った帰り道は、思った以上に苦労が待っていた。

 ヘリの撃墜、そして砦からの連絡の途絶はやはり騒ぎになっていた。監視所は夜の帳が下りてくる中を目を光らせ。スネークは馬を下りて手綱を引いてかけ足でそれらの監視をかわさねばならなかった。

 

 ヘリとの合流ポイントにも、巡回中だった兵士が居座り。接近しているヘリに丁度銃撃しているところに出くわした。

 

「こちらエイハブ、大丈夫か?」

『ボス、そのままお待ちを』

 

 パイロットは涼しい声でそう返してくると、ヘリに装備された火器が火を吹いて着陸地点の地面をなぞっただけで問題は解決した。

 あれが普通だ、スネークのように不意のミサイル一発でヘリのほうを撃墜するほうがどうかしているのだ。

 

「こちらピークォド。合流を確認、これよりマザーベースに帰還します」

 

 馬をその場に残してヘリに乗る。

 白馬はこの後、別の回収班の手でマザーベースにもどることになる。

 

「ボス。あなたに」

「俺だ、蜜蜂は無事に回収。お前の注文通り、未使用のままだ」

 

 無線の向こうでカズが顔をしかめた気がする。

 

『ボス、今回も見事だった。それにしても、髑髏の部隊のことだが……』

 

 どうやらこちらの方について話したかったようだ。

 

『速さ、跳躍力、とても人間とは思えん。それにあの異形は――』

「ソ連兵がやられていた、どういうことだ?」

『そして 奴等を操る髑髏の顔の男。そいつを運び去った巨人、連中は何者なんだ』

「カズ、ひとつ俺に心当たりがある」

『スネーク?』

「サイファーだ、間違いない」

 

 ミラーの呼吸が止まった。いきなり復讐の大本命だと言われて、息をのみ込んだのだ。

 

「9年前、キューバの収容所で見た顔だ。間違いない、今回は近くで見た。奴がそうだ」

『奴らの目的はなんだったんだ。このアフガンで何をしようとしている!?』

「……」

『気になることが、もうひとつ』

「ハミド隊の全滅か」

『そうだ、勇猛果敢で知られているアフガンゲリラが。何の抵抗もしないまま全滅した。BC兵器が使われた痕跡もない』

 

 カズとの再会は、同時にあの日の復讐戦への誓いでもある。

 その相手がいきなり目の前にあらわれて、スネークもカズも困惑していた。

 

「だが……理由はどうあれ、奴等はここにいる」

『ああ、そうだ。新たな疑問も、ここで探せば真実に近づけるはずだ』

 

 任務の終了にはいつもちょっとした満足感のようなものがあったが。今回についてはそれもなかった。

 新たな、そして意外な展開で2人の復讐戦はそれほど遠い話でないことはわかった。ならばあとは追い続けるしかない。サイファーを、髑髏達を。

 

 ヘリは夜の空を、マザーベースに向けて順調に飛行を続けていた。

 



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忠を尽くす

今日は遅くなってしまった。


 オセロットは頭を悩ませていた。

 ビッグボスが髑髏の部隊、スカルズへの見事な反撃からの逃亡に喜び沸くマザーベースの中で。ついにその不満を爆発しようとしている連中の相手をしなくてはならなかったからだ。

 それは”ボスの部隊”。

 

 カズヒラ・ミラーの求めでオセロットが訓練、選抜した高い技術を持った兵士達の名もなき部隊。

 まだ本人にも了承をとっていないので、極秘扱いで居たのだが。今回の任務での自分達の扱いに、プライドが傷つけられ。不満をこちらに直接ぶつけに来たのである。

 

 オセロットの前に起立する8名の男女。そのどれもが表情が硬い。

 

「今回のお前達の撤退については……俺はすでに説明をした。3回だ、3回もお前達に言って聞かせた」

 

 他の浮かれている連中と明らかに空気が違って、ここは張り詰めた緊張感が漂っている。

 

「それはお前達のミスではない。任務の特徴で、お前達が退却することこそリスクを減らせると判断した」

「あなた、自らでありますか!?」

「そうだキャット。俺が、俺とミラー副司令が決めたことだ」

「……」

「結果を見ても、それは正しかったと考えている。

 ビッグボスは見事に任務を終え、困った横槍も難なくかわして脱出してみせた。お前達がいたら、自分達があのスカルズを倒したとでもいうつもりなのか?」

「そう言うことをいっているのではありません!」

 

 こうやってまた、話しの焦点がぼやける。

 オセロットはいつまでも彼等の怒りの相手をしてやる気にはなれなかった。

 

「俺は命令してもいいんだぞ。お前達は納得しろ、と言ってな。どうする?それがいいのか?」

 

 これは一種の挑発だった。

 何の反応もなければ、この話はこの後。実際にオセロットが命令して終わることになる。

 隊員の1人、ハリアーと呼ばれている褐色の肌がまぶしいスーパーモデル並みの身長をもつ黒髪の女性隊員が怒りを秘めた声でよろしいでしょうか、と断りを入れてから口を開いた。

 

「それならそれで構いません。ですが、その時はぜひ。我々をビックボスにご紹介願いたいと思っています」

 

 オセロットは内心、溜息をついた。

 思った通りだ。彼等は怒っているのは任務のことじゃない。オセロットと、ミラーに対して怒っているんだということがはっきりした。

 

 カズヒラの発案で生まれたこの部隊は、その本当の役目とするところはボスの手助けにある。

 全盛時を取り戻せないビッグボスのために、彼が任務でまずいことになったとしても。その時はこの部隊がかけつけてビッグボスを救出する、これが当初からの想定された彼等の任務である。

 だが、こんなことをビッグボスにも。彼らにも素直には言えない。

 

 もし本当のことをいえば、彼等はそれの意味するところが。英雄だった男の伝説のための介護部隊だと考えるだろう。

 それは優れた技術を持ち、ビッグボスの熱烈なファンになっている彼らにはまさに侮辱以外のなにものでもないことくらいはミラーもオセロットも理解していた。

 なので、ゆくゆくはボスに彼等と一緒に任務についてもらおうと考えた部隊である、そこだけを彼らの前では口にしていた。

 

 後はボスに事情を話し、納得してもらい、認めてもらうつもりだった。

 そのタイミングがどうにも合わないのでこうして話はのびのびになってきている。

 

 オセロットは何とか彼等に引いてもらおうと、もう一度説明を繰り返し。つづいて彼等は介護部隊ではない、まさしくビッグボスと共に戦場に立ってもらうための部隊であり、君達を選んだのはそれにふさわしい技術を持っているからだと告げる。

 勿論それは今すぐではないけれど、将来的にはという意味では嘘は言っていない。

 

 それでなんとか、今回は乗り切れるとオセロットは考えていた。

 甘かった、大甘だった。

 

 

==========

 

 

 深夜を過ぎて、スネークはようやくのことマザーベースへと戻ってきた。

 ヘリの中で軽い睡眠をとったが、今回はさすがに疲れていた。しかし精神は奇妙に高揚していて、睡眠を短時間でもすっかり頭の中はしゃっきりとしている。

 

 最初に感じた違和感は、こんな時間のマザーベースが何やら騒がしいということだった。

 ヘリポートから降りると、いつもは誰かが待ち構えている迎えがおらず。プラットフォームで何やら騒がしくしていて、それを兵士達が取り巻いて喝采を上げているのを見た。

 

(なんだ?)

 

 騒ぎの中心では、見知らぬ2人の兵士が殴り合っている。

 どうやら喧嘩をしているのか、とも思ったが。そこに混ざろうとしたのか、それとも止めようとしたのかそれぞれに新しく男達がその腰にすがりついていくと。こんどはいきなり、それまで殴り合っていた2人が互いを補うように協力して、そいつらを叩きのめし始めた。

 

 そしてそいつらをはじき出すと、2人は再び向き合ってまた飽きもせずに殴り合いを始めるのである。

 

(おいおい、こんな真夜中にわざわざ喧嘩とは元気がいいな)

 

 とはいえ、ここは傭兵部隊。

 腕に覚えのある荒くれ者たちが集う場所だ。何か諍いが生まれれば、自然に喧嘩くらいはおこっても不思議はない。

 第一、子供じゃないのである。優しく間に割って入って「仲直りしなさい」などとやっても無駄だ。

 なにが原因かは知らないが、奇妙な事をやっているのだな、と。最初はスネークも皆の後ろから、その様子をあきれ顔でながめていた。

 

 が、にわかにその顔が歪む。

 

「来いよ!殴って来い、どうしたっ」

 

 興奮して熱くなったのか、胸板を叩いて片方は挑発していた。

 された方は悔しかったのだろうか、挑発する相手を突き飛ばすと、いきなりビッグブーツで靴底を顔面に叩きこむ。

 たまらずひっくり返った相手と、このまま殴り合いを続けるのはらちが明かないと思ったのか。ナイフを取り出すと、これ見よがしに皆に見えるようにそれを掲げる。

 コイツで今から仕留めてやる、そういっていた。

 

 スネークの動きは迅速だった。

 

 前に立っている男達の間を素早くすり抜けると、逆手に持ち替えてナイフを振り上げる兵士に飛びつき、立ち上がりかけている喧嘩相手に向けて突き飛ばし。ぶつかって戻ってきたところに、手首を決めて綺麗にブン投げてコンクリートの上に転がせた。

 

「この野郎っ」

 

 怒りは人にいとも簡単に伝播する。

 刃物を先に取り出して襲ってきたことだけを理解した相手が、今度は自分もナイフを抜いて飛びかかっていこうとしていた。

 そして誰がそれを直前で阻止していたのか、頭に血が上ってしまって確認することを忘れていた。

 

 構える前に、その腕が強くつかまれたことで兵士はようやく正気に返る。

 それは任務から帰還したばかりの、背中にまだ蜜蜂を背負ったままのビッグボスだった。

 周りもようやくそのことに気がつき、騒ぎはサッと鎮まる。

 

 だが、ビッグボスはナイフを握る兵士の手を握ったまま微動だにしない。

 血の気を失った相手は、慌ててボスから離れようと、ナイフを捨てようとしたが。今度はそれをスネークは許さなかった。

 

「ボ、ボスッ!?」

「仲間にナイフを向けるな、オセロットはそうお前達に教えたはずだ」

 

 手首を握られているだけなのに、体の自由が利かない。せめて逆手に握ったナイフだけは、このままボスには刃先を向けることだけはやめようとしたのに。

 その掌をボスの温かい右手が包み込むこむことで、動くことを許さない。

 

「お、お願いです。どうか、どうかっ」

「良く見ていろ」

 

 うわずった声で許しを乞う若い兵士に、低い声でそう告げるとボスの手に力が込められる。老人とは思えない力だった。

 

「俺達は、家族だ」

 

 ボスの身体に嫌がる兵士の握ったナイフがしずかに突き刺さる。

 ビッグボスのその行動と言葉に、見ていた者たち全員の毒気を抜いてしまった。

 

「何をしている、下がれ!!」

 

 彼等を咎めたのはオセロットであった。

 すぐに騒いでいた兵士達はその場を立ち去りはじめ、喧嘩をしていた問題児2人だけがその場に残る。

 

(馬鹿騒ぎは終わったか)

 

 ビッグボスは大きく息を吐くと、オセロットに向き合う。

 オセロットの方は、任務から帰還したばかりのスネークが。今度は部下のナイフをその体に刺しているさまを見て、なんとも複雑そうな表情をしている。

 

 自分で開けた傷口の痛みが不快で、ナイフを抜こうとすると。

 オセロットがそれを制して、彼の手がナイフの柄に伸びてきた。

 

「そっと頼む」

 

 それも低い声だった。

 結果的にかっこつけてしまったが、やはり痛いものは痛い。体に穴を自分で開けてしまったのだ。この一件を聞いたら、ミラーやドクターは次の出撃の設定を遅らせようとするだろう。

 

「もちろん」

 

 オセロットは口ではそう言ったが。

 刺さったナイフを一気に抜き去ったので、やはりほどほどには痛みが身体の中を一瞬だが貫いた。

 

「スネーク、あまり無茶はするな」

 

 オセロットは任務から帰還したばかりのビッグボスのやりように苦言を漏らす。

 

 

 この騒ぎの決着をつけなくてはならなかった。

 先ほどまで憎み合うように殴り合っていた2人も、今では仲良く顔色を悪くして並んで立っている。

 オセロットは2人の顔を見て、涼しい顔とは別に内心ではイラッとしていた。彼等はさきほどオセロット自身にかみついてきた”ボスの部隊”のメンバーだったからだ。

 

 あれほど時期を待て、と説得したのに。不満を爆発させたのか、くだらない喧嘩をして、ビッグボスの前で騒ぐほどに愚か者たちだとはわからなかった。

 喧嘩の理由など興味がないし。おかしなことをボスに言い始められても困る。まったく、こいつらは……。

 

「オセロット、士気が低いのか」

 

 ボスは切り替えが早い。

 彼等の様子から、何が原因かを探っている。

 

「いいや、そうじゃない、こいつらは……あんたの役に立ちたいんだ。すぐにでもな」

 

 不満があるが、今回はこいつらに寄り添った方が都合がいい。

 今のボスに彼等と彼等の任務をしられるのはマズイ。

 

「さっきミラーとも話したんだが、ダイアモンド・ドッグズは急拡大を始めている。今の諜報班からわけて戦闘班を新たに設立するという案が出ているが。詳しいことはまた明日でいいだろう」

「そうか、そうだな。流石に今日は眠らせてもらおうか」

「ボス、駄目だ。あんたはこれからドクターのところへ行ってもらう」

 

 大きくため息をつくビッグボスだったが、オセロットはこの隙にと前に立つ2人に処罰をさっさと告げようとする。

 

「お前達、罰として1週間の営巣入り。そのあとは日中を1カ月の甲板掃除……」

「いいや。ちょっと待て、オセロット」

 

 ビッグボスは自分の血の付いたナイフの汚れを服にこすりつけて落としながら、2人に別の刑罰を言い渡した。

 

「お前達は元気が有り余っているようだ。血の気も多いようだしな」

 

 言われてた方は目が泳ぎまくっている。

 それを楽しそうに見たボスは、ナイフを持ち主に差し出すと

 

「なら、同じ血で、払って貰おうか。お前達、明日から俺のCQCの訓練相手になってもらう。みっちりとしこんでやるから、楽しみにしていろ」

 

 ナイフを受け取って元に戻すと、2人は息を合わせたかのようにぴったりと同じタイミングでボスとオセロットに敬礼する。

 

「感謝はいらん。だが、泣き言は許さん。時間は伝える、ちゃんと揃ってくるんだぞ」

 

 そういってビッグボスはここに戻ってきて初めて、その顔に笑みを浮かべた。 

 

 

 カズはそんな4人の姿を、プラントの上の階から見ていた。

 オセロットには、部隊の士気が低下し。彼らは目標を見失い始めていると警告を受けた。

 だからといって部隊は解散させるわけにはいかなかったし、ボスにも説明することはできなかった。

 

――あんたはボスに言えるのか。ビッグボスはただの老人だ。もう衰えたんだよ、と。

 

 いつまでも先延ばしには出来ない問題だ。

 だが、それでも今は時間が欲しい。

 

 ビッグボスの帰還からまだ半年をたたないというのに、カズヒラ・ミラーの興したこのダイアモンド・ドッグズは凄まじいスピードで成長を始めていた。

 

 思い返すと、その勢いはMSFの頃とは比べ物にならないものがある。

 それだけこの業界に広がっているビッグボスへの信仰は強いということなのだろう。最近では、かつてMSFに在籍していたが。ボスがいなくなると戻る気はないと答えた連中から声が掛けられることも多い。

 

 この先、元MSFメンバー達にも本格的に声をかけるとなると、この勢いはさらに強くなることは間違いない。

 だからこそボスを失うような事態をカズはとても恐れているのだ。 




(設定)
・ハリアー
アメリカ生まれの黒髪のドイツ系美人。本名不明。
有色人種の血が入っている、狙撃兵。

情熱的ながら、飽き性なところもあり。口数は少ない方。
本編では使わなかったが、彼女はボスのところに来たのは少し特殊な事情から。
軍から追い出され、犯罪者の世界にいた時にビッグボスの復活を知る。傭兵でも、再び兵士に戻れるならばとやってきた元殺し屋。

オリジナルキャラクター。


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Counting stars (1)

 僕だって、馬鹿じゃないんだ。

 アイツ等の目を盗むことなんて簡単だった。それでも返事が来ないのは不安を感じたさ。

 

 でも、僕は信じている。こんなことは間違っているんだから。

 9年前はちょっとした間違いがあったけれど、お互い大人なんだ。話せばきっと誤解は解ける、わかってもらえる。

 

 ボス、僕はここにいる。君達の側にいるんだ。

 だから助けに来てほしい。僕達はまた一緒にやれる、僕は君達に力を貸してもいい。

 だからボス、僕を助けにここまで来てほしい。

 

 だって僕達は仲間で、僕は君の友達じゃないか。

 

 

===========

 

 

 ダイアモンド・ドッグズは今、任務開始直前の心地よい緊張感の中にあった。作戦に参加するスタッフ達は忙しくしていて準備に余念がない。

 

 一方で作戦の要でもあるビッグボスはというと、実のところ暇を持て余していた。

 

 集中していないわけではないが。かといって新兵の時代にあったような、深刻そうな顔をしてその時が来るのを。時計の針の動きが数えて待つなんて境地にはもうなれないのだ。

 

 スカルズ(髑髏部隊)とスカルフェイス、彼らとの遭遇からそろそろ1週間を過ぎようとしていた。

 やつらの影はまた、あの日以来アフガニスタンの地上から消えた。カズは隠れているんだ、と憎々しげに漏らしていたが。そうだとするなら、見つけ出す方法が、手掛かりが必要だった

 

 

 そのかわり例の砦襲撃の情報は巷では錯綜していると聞いている。

 伝説の傭兵、ビッグボスが1人で攻撃ヘリで乗り込んでいってそこにいたソ連兵達を皆殺しにしただの。ダイアモンド・ドッグズが総力戦を仕掛けただの、いつものアフガンゲリラによる苛烈な報復だったのだとか。とにかく真実は無視して噂は目茶苦茶なのが流れているらしい。

 

 カズは捕えていた武器商人に蜜蜂を(その性能を完璧に解析した後で)引き渡し、さらに多くのものを当然のように受け取った。あれもえげつないことをする。

 

 一方で、CIAの方には残念ながらハミド隊の生き残りは、救出が間に合わなかったと報告したそうだ。

 ソ連軍がアメリカが援助しているという証拠を探したということから、カズは捕虜だった彼がCIAにどう扱われるかを考えると渡せなかったと言っていた。

 本人の希望を聞くと、行く当てもないのでここで働きたいのだというので。ささやかなその願いをかなえることにしたらしい。すでにスタッフとして、ここに溶け込もうとしているようだ。

 

 

 新情報はまるでない。

 仕方なく、ともいえがないが。スネークは別の任務についている。

 ビッグボスの次の任務、それはムジャヒディンの連合による侵攻作戦のバックアップ。その名目で、戦地へと出動するここら周辺に配備されている戦闘車両の無力化であった。

 

 

==========

 

 

 ところがオセロットは怒っていた。この男がこのように冷静さを失う様を人に見せるのは珍しい。「カズヒラ、お前はどうかしている」といって直接の非難すらした。

 その攻撃計画がずさんに過ぎて危険だと言うのである。

 

 確かに、話しだけ聞くと頭がおかしいという感想しかない。カズが言うには作戦区域に配置されている戦闘車両は約10台。しかしソ連軍は増援にそれらを出すとしても。いきなり戦線に一斉に投入するとは考えにくい。

 その前にどこかで集結させるはず。つまりそれらがすべて集まる前に各個撃破のチャンスがあるはずだ、と口にしたことに怒ったのだ。

 

 一方でオセロットはカズの開発班の仕事ぶりまでをも問題にあげた。

 今回の仕事に合わせ、急ピッチで進められていたはずのグレネードランチャー、ミサイルランチャーといった各種兵器類の開発がまったく進んでいないことが直前で判明した。

 これでは車両破壊など望めるはずもない。

 ビッグボスに突撃銃だけ持たせ、戦闘車両は手榴弾でなんとかさせるつもりだったのかと責め立てたが、もう後の祭りであった。

 カズはこの仕事はすでに引き受けてしまい、その報酬にも手がつけられ、それら開発班の予算にすでに少額だが回されていたからだ。

 

 

==========

 

 

 この時期、ダイヤモンド・ドッグズは正念場を迎えていた。

 スタッフの数がそろそろ3ケタの大台が見えるまでに巨大になってきており。そのせいでこのあたりのPF(プライベートフォース)の中では異常な成長を遂げている存在として注目を集め始めていた。

 それは経営の収入と支出にもはっきりとあらわれていて、一つの仕事をことわると途端にあぶなっかしい舵取りがこの組織には必要になっており。この武装組織は何かしらの壁を崩さねばならないところまで来てしまっているのだった。

 

 

 スネークは無造作に置かれた木箱に腰をかけ、電子葉巻を咥えてプラットフォーム上のヘリポートでメンテナンスを受けているピークォドの様子を見学する。数時間後には、ビッグボスとしてこれに乗って再びアフガンの地へ飛ぶことになる。

 

(随分と気がせいているようだ、エイハブ)

 

 親しげな声がした。

 自分の身体から出てきたドッペルゲンガ―(幻影)のイシュメールは、いつもの迷彩服とは違う恰好をしていた。

 頭にこれでもかと巻きついている包帯だけはそのままに、彼が身につけているのはこのたびダイアモンド・ドッグズの開発班によって発表されたオリジナルデザインと仕様のバトルドレスであった。

 隠密性より、動きやすさを保ちつつ防御に力を入れた重装備だ。

 それを身につけた彼は、いつも以上に威圧感にも似た貫録があった。

 

――良く似合うじゃないか、イシュメール

(お前も着てみるといい、悪くない。そっちもどうやら調子よさそうだ)

――ああ、こっちも調子は悪くないな。それより、今日はどうした?

(ん、エイハブ。俺は思うんだが……もう俺とお前との差はなくなったかもしれないと伝えたかった)

 

 意外な事をいわれて、スネークは思わずイシュメールの顔を見てしまった。

 彼は木箱に腰をおろしているこちらの隣に立って腕を組み、遠く海の向こうを見ていた。それからこちらの視線を、あの包帯で隠れた顔からわずかに覗かせている目が見つめ返してきた。

 

――どういう冗談だ?

(本気で言っている。お前はもう、俺と比べる必要はない)

――まだまだ、さ。俺は多くを失った、それは1年やそこらじゃ取り戻せない。わかるだろう……?

(違うな、お前は考えたくないだけだ。認めろ、エイハブ)

 

 冗談めかして答えたこちらに、強い調子でイシュメールは指摘してきた。

 

(お前は俺より劣っている。そう考えることで、いつか俺をこえる日が来ると思いたがってる)

――そうだ。おかしいか?

(機械じゃないんだ。人の能力ってのはそういうものじゃない、エイハブ。俺もお前も知っている。

 戦場で一度失えば、同じものを手にすることはできないということを。その意味では、お前は永遠にこの俺を追い越すことはできない。だが自分がまだ成長できると思っていたい)

――厳しいな、今日は

(違うな、これは優しさだよエイハブ。もう失ったものをあるように振舞うな、焦がれるな。俺達は互いに探すしかない……)

 

「いや、イシュメール。それは……」

「え、ボス?」

 

 声がかかり、慌てて振り向く。

 いつかの時にオセロットの射撃訓練で会った女兵士、フラミンゴがそこに立って目を丸くしていた。

 

「……」

「あの、なにかご用でしょうか?」

 

 巡回中だったらしい彼女は、ライフルを手に困った顔で聞いてくるが。こちらも何と言えばいいのか分からない。

 イシュメールの姿はいつの間にか消えていた。

 

 俺の中の彼は探すしかないと言った。

 俺は何を見つけたらいい……。

 

 

==========

 

 

『今回の任務はムジャヒディンら連合との合同作戦ということになる。向こうがせん端を開くと同時に、周辺の砦から増援の戦闘車両が緊急で出動するはずだ。我々はそれを阻止しなくてはならない。

 彼らとの契約で、報酬は出来高制となっている。ボス、ひとつ派手にやってくれ!!』

 

 地平線に太陽が沈んだばかりのアフガニスタンの大地に低く飛ぶピークォドの中でスネークは無言でそれを聞いていた。

 イシュメールと話したせいだろうか、彼が身につけていたバトルドレスを着てヘリポートに姿を現すと、マザーベースはちょっとした騒ぎとなった。

 これまでとは違う、ビッグボスの佇まいがみせる迫力が段違いだ、と。

 

 戦闘車両が今回の主敵とあって、DD製のRPG-7を背負い。訓練用に開発されたゴム弾を発射する2連水平のショットガンと消音器のついたサブマシンガンである。

 カズもオセロットも何か言いたそうにしていたが、スネークはあえて緊張感を表に出すことで2人を寄せ付けないままに無視して出てきた。

 

「着陸まで15秒。ボス、お気をつけて!」

 

 アフガンの冷たい夜風がスネークの身体を通り過ぎていく。

 ああ、なんだろうか。この感覚、久しく忘れていた戦場の匂い。

 いつもよりも一層に熱く芳しく香りたつ生と死を全身で感じ取れる場所。

 それを思う存分に味わったのはいつが最後だったか?いや、言うまでもない南米のあの最後の夜だ。

 

 パスも、チコも、MSFも失った。

 だが、スネークは今も戦場に立っている。

 その時、鼻がひくつくのを感じた。それはあの夜の収容所でもあった、あの感覚に似ていた。

 

 

==========

 

 

 マザーベースの作戦室では「ビッグボス、出撃を確認」との連絡を受けて、作戦予定時間15分からのカウントダウンを開始した。

 オセロットとカズは、大きな机の上に置かれた地図上で。スネークの行動を予測し始める。

 

「まず、ボスは目の前の基地を攻撃するだろう。諜報班はそこに車両が存在することを確認している」

「だがカズヒラ、すでに東側ルートを北上する車両がいる。ボスはそいつを見逃すとは思えん」

 

 するとカズは咳払いを一つしてから

 

「こんな事をいっては何だが。極端な話、車両全てをボスが撃破する必要はまったくない。我々の任務はあくまでも、ゲリラ連合の戦闘への援護だ。

 何者かがそこに送り出す増援部隊を襲っていると、連絡が回るだけでも義理は果たせるし、言い訳にもなる」

「そんな甘い考えは諦めろ、カズヒラ。連合はそんな言葉に納得しない。ボスもそうは考えない」

 

 2人が首をひねっていると、周囲がどよめくのでモニターに目を向けた。

 驚いたことにビッグボスは馬の背に乗って走っていた。彼等が向かうと言った場所から180度反転して、なにかに向かって走り出していた。

 

 

 スネークの乗った白馬は、いつものように戦場を一閃する刃のように、切り裂くように岩場が転がる大地を駆け抜けていた。

 丘の向こうが見えたわけではない。そこからなにかが聞こえたわけでもない。

 だが、そこに”なにか”があることはわかっていた。

 そこへと登る丘を駆けあがろうとスネークは再度、馬の横腹に合図を送る。馬は再び力強く大地を蹴り上げると、あっという間に斜面を力強く登って道に飛び出していく。

 

「うわっ!!」

 

 無様に声を上げたのは、いきなり横道から飛び出してきた馬上の男がゲリラかと思って慌てるソ連兵の部隊であった。スネークは構わずに彼等に向けて馬を突進させる。

 

 

 マザーベースでもこの接敵はすぐに知らせが入った。

 

「ビッグボス、接敵した敵を全員フルトン回収しました」

 

 凄いな、オセロットはその報告に舌を巻く。まだ作戦の開始から3分たっていない。

 あの男は事前に知らされなかった部隊を馬で引き倒して、あっという間に回収してしまったのだ。

 

「ビッグボスから連絡です」

「どうした、ボス?」

『オセロットか!?今、送った連中から話しを聞き出せ』

「それはいいが、なにかあるのか?」

『わからん。だが、なにかある。手段を選ぶな、必ず吐かせろ』

「了解した、何か分かり次第。報告する」

『急げよ』

 

 オセロットはこの作戦で回収を担当している支援班に連絡を入れると、すぐにボスが回収したソ連兵の尋問を開始するように指示を出した。

 あのボスがあれほど強くいうのだ。成果を見せなくてはならない。

 

「ビッグボス、東側を北上の車両と接敵します。はやい!」

 

 まさに稲妻と表現するしかない、凄まじい動きをあの人馬はみせていた。

 画面にはT字路を横切る車両の側面へ、ビッグボスのサインが迫っていく。

 

『こ、こちらシャドウリーダー。ボスが、ビッグボスが敵車両をフルトン回収しています!』

 

 一拍を置いて、作戦室は歓声で沸き立つ。

 

 

 スネークと白馬は全速力で橋に突入すると同時に、スネークは背負っていたミサイルランチャーを構えると即座に発射した。

 その前を横切る、車両の横腹に向けて。

 不意の攻撃に慌てて停止したところに、取り出したフルトン装置を車両の側面に張り付けると。戦闘車両は不格好な形で空中につり上げられ、すぐに天空めがけて落ちるように昇っていってしまった。

 スネークは情報端末を開きながら、馬の轡を引いて今来た道をとって返そうとする。

 オセロットではないが、今夜の蛇は獲物を逃がさない。

 どれも逃がすつもりはない。

 

 

 オセロットも負けじと結果を出した。

 かなり過激な方法だったが、4人から5分で情報を引きだすことに成功した。

 おかしな熱気のある作戦室の中で、ただ一人冷静に無線に語りかける。

 

「ボス、例の4人が吐いたぞ。どうやら面白いことになっているようだ」

『はやく言え、オセロット』

 

 ソ連軍はどうやら今回の攻撃を予測していたらしく。捕えていたムジャヒディンと思わしき捕虜たちをこのあたりの基地に移送していた。ところが、その連中がまるでしめしあわせたかのように攻撃の目前で逃走。

 基地の司令官はそれが他にばれることを恐れて、部下に脱走した捕虜達を追って殺せと命じたらしい。

 

「奴等は捕虜たち全員の情報を持っていた。どうやら数人がタイミングをはかったかのように脱走したらしいが。まだ捕えられている連中もいる。ボス、余裕があったら助けられるか?」

『今は無理だな。だが情報は送ってくれ。暇が出来たら、一服して考える』

「わかった」

 

 またも作戦室は歓声に沸きたつ。

 今夜、3台目の車両がフルトン回収されたとの報告がはいった。

 

 

 とはいえ、いいことばかりが起こったわけではない。

 諜報班からの追加情報を目に通して、さっとカズの顔が青ざめた。

 

 当初の情報にはなかった車両の存在が明らかになった。

 作戦地域の北端にある砦でにわかに動きがみられていると言うのだ。どうやら見落としていた車両がそこにもあったらしい。

 知らせを聞くとスネークは躊躇することなく馬を北にむかって走らせ。馬上で新しいミサイルの弾頭をとりだして発射準備を整えていく。

 

 車両はダイアモンド・ドッグズが決めた戦闘区域から順調に離脱しようとしていたが。

 夜の草原から飛び出してきた白馬に驚き、すぐに砲塔を動かすも。ぴったりと真横につかれて並走されてしまい、攻撃しようがない。

 だが、そのまま進めば彼等の勝ちとなる。

 車両は止まる様子を微塵も見せずに、走り続ける。

 

 スネークは冷静だった。

 

 担いでいたミサイルランチャーは使えないと判断して下ろすと、並走した状態で車両の横にフルトン装置を叩きつけるように設置した。

 装置は正しく起動をはじめ、車両は走りながらもゆっくりとその重い車体を地面からお別れをしようとしていた。

 

 

――夜の高原を隣にした一本道で戦闘車両と並走する馬を見つめる冷たい目があった。

 

 

 車両がついに地面から離れるタイミングを待っていたかのように、いきなり最高の走りを見せていた白馬の身体の力が抜けて、スネークは地面に投げ出され、転がった。

 バトルドレスだったのが幸いしたと思う。

 あの勢いなら、擦り傷どころか骨折で動けなくなった可能性もあった。こいつのおかげで痛みに目を白黒させて、うめき声を上げるだけで大怪我は回避できた。

 

「なんだ、どうしたんだ?」

 

 弱々しく呟きながら草むらを這いすすみ、凄い格好で倒れたまま動かなくなっている白馬に近づいていく。

 

「っ!?」

 

 スネークと共にそれまで戦場を蹂躙し、共に支配していた白馬は絶命していた。

 その命をうばったのは、その眉間を正確に貫いた弾丸の侵入口があった。

 

(狙撃だと!?)

 

 そのままの姿勢で必死に先ほどの記憶を思い出そうとする。

 狙撃音がしなかった、しなかったはずだ。殺気もなかった、視線も。

 色々思うところがあったが、今の自分は作戦中だ。

 

『ボス?ボスッ!?』

「カズか、馬がやられた。任務に戻る」

 

 そういうと驚愕の色を残して見開いたままの大きな目を閉じさせた。

 別れはつらいがここは戦場だった。

 

(俺達は知っている。戦場で一度失ったものは、取り戻すことはできない。探すしかない……)

 

 イシュメールのあの言葉は、これを予言してのものだったのだろうか。

 

「お前とは短い付き合いだったが、最高の相棒だった」

 

 離れがたい想いにスネークの言葉を自然と死んだ相棒に贈っていた。

 

「楽しかった。お前は十分に戦った、もう休んでくれ。また会おう、友よ」

 

 言葉も、別れも短かったが。そこには出来うる限りの万感の思いを込めたつもりだった。

 白馬のまだ熱い身体から手を離すと、もう振り向くことなく夜の草原の中に蛇は消えていった。

 

 

==========

 

 それが、その時の”彼女”にとっての最大のチャンスだったことは間違いない。

 距離にして約800メートル超。それがこっちに向かって走っているのがわかる。

 スコープを覗く目は、馬上で平然としている男を捉えてはなさない。はなせない。

 

 もっと近くまで引きつけてから確実に仕留めたいと思ったが、あのおかしな装置を並走する車両に設置したのを見て、腹を定めた。殺るのは今しかないと。

 

 確率は2分の1、つまり50%。

 自分の弾丸が外れることはありえないから、馬上の男の頭部を破壊して転がり落とすか。走っている馬の眉間を貫くかのどちらかしかなかった。

 運は奴にあったらしい。

 着弾する瞬間、男の頭の前に馬が首を持ち上げていた。

 

 狙撃手に2発目はないのだと言われている。

 一発で仕留めなくては、次に倒されるのは自分だからという意味だ。

 しかし今回だけは”彼女”は諦めることが出来ずに、スコープを覗いて奴の姿を探してしまう。

 わからない、見えないのだ。

 

 ”彼女”の目には夜の草原しか写っていなかった。

 今回は駄目だった、諦めるしかない。

 チャンスはまた、自分の前に転がってくるはずなのだから。



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Counting stars (2)

 またも湧き上がる周囲の歓声を、カズはいつしか遠くのもののように感じていた。

 そしていつしか自分の手が、杖を握るそれが震えていることに気がついた。感動していた、興奮していた、武者震いもしていたかもしれない。

 

(ボス、ボスっ!あんたなんて奴なんだ!)

 

 やはりあの男は最高で最強だった。

 こんな感情を戦場で感じたのはいつ以来であっただろうか?

 忘れもしない、あの10年前。南米、コスタリカでMSFがまだまだその戦力がとるに足りないほどの存在だった時。

 ビッグボスは平然とした顔でやってのけたのではなかったか?

 

 思えばあの時のMSFも今のダイアモンド・ドッグズのように停滞感が生まれていて。危機感を持っていたように思える。

 と、するならばダイアモンド・ドッグズにも今、ただよっているこの停滞感もブレイクスルーしたということではないだろうか?失った夢よ、再び我が手に!

 

「ソ連軍の戦力を、ダイアモンド・ドッグズに!」

 

 思わず口にした言葉に、自分で驚いて誰かに今の姿を見られたのではないかと確かめた。だが、彼等もそれどころではない。

 ソ連軍の戦闘車両が現れた先からスネークによって回収されていくのを、楽しげに見守っている。

 とはいえ作戦終了まで、この時点で残り時間は1分を切っていた……。

 

 

 終了の宣言と同時に最後の車両にとりつけられたプルトン回収装置が作動し、車両が天に向かって落ちていくのをスネークは無言のまま見送った。

 

『ボス、そいつで最後だ。任務完了、ホットゾーンから離脱を……んん?」

 

 スネークは直前に奪取して放っておいたトラックに近寄ると、その荷台に昇って荷物をひっくり返しはじめていく。なにをしているのだろうか?

 

『ボス、緊急事態だ』

「どうした?カズ」

『諜報班より、作戦区域に向けてソ連軍の新たな戦車とヘリが向かってきているらしい。どうやらボス、あんたがやりすぎたせいで。奴等を怒らせてしまったのかもしれん』

「そうか」

 

 返事をしならも作業は止めない。

 ふと、怪しげな木箱を見つけて。ショットガンの銃床でそれを破壊していく。中にあるのを引っ張り出してみると、思わずスネークは笑みを浮かべる。

 なるほどイシュメール、捜せとあんたが言ったのはこう言うことなのかな?

 

 それはどうやらソ連軍の試作ロケットランチャーであるらしいことがわかった。結局は使わなかったが、みたところその仕様はあの蜜蜂にどことなく近い。

 兵器競争の常というべきか、前提する条件が似通うと。出来上がるものにそうそう大きな違いは出てこない。

 米国がソ連製の攻撃ヘリを狙い撃ちする兵器を作れば、ソ連は逆に米国製の攻撃ヘリを狙い撃つ兵器を開発する。冷戦の構図が生み出した、皮肉なおいかけっこの図式だ。

 

 

 スネークは手を伸ばす。

 馬と共にミサイルがなくて困っていたところだ、丁度いい。

 その耳には、早くも一直線にこちらに向かって低空を飛んでくるヘリのローター音を捕えていた。

 

「カズ、ヘリが近いな?」

『そうだ、ボス。奴に見つかるんじゃない。蜂の巣にされるぞ』

「そんな心配はいらない。それよりお前には聞きたいことがある」

 

 トラックを降りると、丘の上を目指して歩きながらソ連製のミサイルランチャーを肩に担いで空に向ける。

 

『ん、なんだ?スネーク』

「説明は戻ってから聞こう。俺が知りたいのは1つだ」

『ああ』

 

 攻撃ヘリがその雄姿を見せると、ターゲットを素早くロックする警告音を発する。

 おや、米国製よりもこっちが優秀だな。

 銃爪をひくと砲身から飛び出した弾頭はヘリの手前で複数に分裂するとその全てがヘリの前面部分に向かって殺到していった。威力の方も、申し分ないようだ。

 

「任務開始から俺の尻を追っかけ回している連中がいるな?そいつらはなんなんだ?」

『ボ、ボス!?』

「今は言い訳はいい。合流ポイントを設定するから、全員をそこに集めさせておけ」

 

 火を吹いて地上へ墜落していくヘリを横目に、スネークはその場を離れていく。

 

 

==========

 

 

(ついにボスに気づかれたか。いや、当然か。時間の問題だった)

 

 直前まであきらかに喜びと興奮でおかしくなっていたカズヒラが、今では見るも無残に蒼白になっているのをみてオセロットは珍しく気の毒に思っていた。

 ”ビッグボスの部隊”は今回も本人には内緒で出動させていた。

 なんなら手伝わせようというもくろみでもあったのだろうが、結果からいえばそんな必要はまったくなかったことになる。

 

 だがそのかわりに内緒にしておきたかった本人に。オセロットが先日危惧していたとおり、ついにその存在を悟られてしまったのだ。

 

(危険かもしれんな)

 

 ボスがどう出るのか、オセロットにも良く分からなかった。

 だが、これは間違いなく最悪の事態で。カズヒラとボスの間に亀裂を生む可能性をもっていた。

 

 

 

 10分後、最初の車両を襲撃した橋の欄干に、スネークはどっかりと腰をおろして待っていた。

 冷静になろうとしたのだろうか、まだこの近くでは彼を探して血眼になっている戦車達が走り回っていると言うのに周囲が夜の暗闇なのをいいことに電子葉巻など咥えてプカプカ煙を吐いている。

 

 迷彩服を着た兵士達が静かにあらわれると、彼等が敬愛するビッグボスの前に並んで姿勢をただした。

 総勢で8名、それが分担してスネークの後を今夜は追いまわしていたことは知っていた。

 それはいまいましさと怒りだったと思うが、緊張して並ぶ彼らを前にするとすぐにしぼんでどこかに消えてしまった。イシュメールの謎かけを自分は探すつもりだったが、こいつらは勝手に自分達からこっちへ寄ってきてしまったのだ。

 なぜかこの状況を、そう思えてきた。

 

「お前等の顔は、今は見たくない。正直な」

 

 出来るだけ平静を保つように、低い声のままそう言ったが。やはり緊張させてしまったようだ。

 空気がさっと冷たさを増した気がした。

 

「だからといって、俺の後ろをウロチョロされるのはもっと我慢ならん。お前達も戦場まで来て、ただ俺を見学して帰るだけではつまらんだろう。地図はあるな?出せ」

 

 そう言うと自分の情報端末をとりだした。

 

「オセロット、例の捕虜の情報はこれで全部か?」

『そうだ、ボス。2名は捕えられたままだが。ソ連軍はあんたのせいでおきている混乱から、逃げた捕虜達をまだ一人もみつけてはいないようだ』、

「これから俺を探している戦車と、その捕虜の面倒を見る。こいつらも使うぞ」

『了解だ、ボス』

 

 いつの間にか自分の隣にイシュメールが無言で座っていた。

 彼も黙って、並んでいる連中をあの目で見つめている。探すのはこれじゃなかったのだろうか。

 彼に聞きたがったが、それは今じゃなくていい。

 

「チームを2つにわける。片方は5人、これで逃走した捕虜たちを無事に回収しろ。

 彼らはきっと弱っているはずだから、発見が遅れるのは危険だ。あと見つけても、驚かすんじゃないぞ。回収しようにも、パニックをおこされて騒がれると面倒なことになるからな。

 では、手掛かりはオセロットが知っている、必要だと思ったら彼に聞け。

 

 3人は俺と来い。

 戦車は俺一人で対処するが、まだ捕らわれている2名を救出する」

 

 喜びを噛み殺した「了解」の返事が一斉に返ってくる。

 ふと、スネークは目の前に立つ兵士が女性で、誰なのかがわかってしまった。

 

「ふん、お前もいたのか。フラミンゴ」

「はい、ボス。光栄であります」

「今日は見たところ、ショットガンを持っているな?」

 

 確かに、フラミンゴの手にはポンプ式のショットガンが下げられていた。

 

「お前は俺と来い」

「ありがとうございますっ」

「だが忘れるなよ、オセロットもいっていた」

「?」

「そいつを撃つ時の癖だ。ちゃんと直しているだろうな?俺の背中を撃ったら、承知せんぞ」

 

 そういうとスネークはにやりと笑う。

 彼等もようやく笑顔が漏れて、張り詰めた空気がゆるんでみせた。

 

 

 

 時間はたち、騒がしかった夜が終われば朝が来る。

 午前6時、結局一晩がかりの大仕事になってしまったな。

 何もない砂漠の上に立って、スネークは周囲を油断なく見回しながらそう思った。

 

『こちらピークォド。合流地点まであと2分』

 

 遠くの空に味方の機影が見え始める。

 スネークは後ろを振り向くと合図を送る。

 すると岩陰からぞろぞろと兵士が現れ、一列に並ぶと大蛇のようなスネークウォークで彼等のビッグボスの元に向かってくる。

 

 捕虜6名、全員を救出。ビックボスは”彼の部隊”とともにマザーベースへと帰還を果たした。

 

 

==========

 

 

 マザーベースにスネークが帰還したと聞いて、カズはすぐにビッグボスの元へと急いだ。

 いつもと違い、司令部の上部ヘリポートに着陸したと聞いたので、まだ怒っているのだとわかった。

 実際、ボスはヘリポートの縁に立って、ダイアモンド・ドッグズのプラントを見下ろしていた。その背中はカズが近づいても、決して振り向こうとはしないので表情はわからない。

 

「ボス」

「カズか?」

「ああ――任務に加え。捕虜6名、全員の救出、ご苦労だったな」

「まぁな、結局一晩かかってしまったが」

 

 ゴクリ、とつばを飲み込んだ。もう、これ以上の時間はかけられなかった。

 

「ボス、まず説明させてほしい」

「……」

「あんたが怒っているということはわかっている。黙っていて悪かったとも思う。だが、俺にも理由があったんだ。それをできれば冷静に聞いてほしい」

「カズ、話せ」

 

 そこでカズはできるだけ客観的に、合理的な見地からボスには優秀な部下をつける必要があると判断した経緯。そしてそれをオセロットに依頼し、信頼にたる部下を選抜。

 彼等はこれまでもその役目を立派に果たしていたし、これからもやれることがあるはずだと説いた。

 カズヒラ・ミラーにとって危険な瞬間であった。

 

 ここでビッグボスの信頼を失えば、彼自身の復讐が終わりかねなかった。

 

 カズが全てを話し終えて、祈るような気持ちでじっとボスの返事を待つ。

 しばし考え込んでいたボスは、唐突に口を開いた。

 

「男5人、女3人か。数が多すぎないか?」

「あんたがそう思うなら、彼等をさらにふるいにかけてもらっていいと思っている」

「つまり、俺が好きにしていい連中。そう考えていいんだな?」

「そうだ。あいつらはあんたの相棒に、あんたに使って貰うための連中だ」

「俺に相棒はいらない」

「なら、あんたの直属の部下としてくれ。とにかくあんたのために用意したんだ、あんたに使ってほしい」

「フン」

 

 鼻で笑うとボスはようやくカズの顔を見た。

 その目は真剣だったが、怒ってはいないようだった。

 

「名前と出身は?」

「男3人はここの出身だ。名前はヴェイン、ラム、クラブ。あとドイツ人のゴート、最後に香港生まれのイギリス人、キャット」

「女は?」

「フラミンゴは知っているな?あとはハリアーとワスプ。彼女達は皆、ヨーロッパ出身だ。経歴は調べてある」

「なるほど」

 

 それだけ言い残すと、スネークはその場から立ち去って行った。

 ようやく、カズは息を吐いた気になった。なにもかもが凍りついてしまうかと思った。

 

「首の皮1枚でつながった。そんな感じだな」

「――オセロットか」

「おめでとう、カズヒラ。ボスは許してくれるらしい」

「ああ……だが2度目はないだろうな」

「それは間違いない。お互い、気をつけよう」

 

 そう言うと二人並んで、少しの間。青く澄み渡るマザーベースから見える空を見上げていた。

 

「例のメッセージがまた届いたぞ」

「――っ!?いつだ?」

「さっきだ。まるでこっちが一仕事終わったのを計ったように送ってきた、もう間違いないだろうな」

「ヒューイめ……」

「電文はいつもの通り。仲間に頼みたい、自分は捕らわれている。亡命を希望する」

 

 オセロットの淡々とした口調と違い。

 カズの口から出た名前には、はっきりとした憎悪が込められている。

 

「これ以上、放っておくわけにもいくまい。カズヒラ、そろそろどうだ?」

「ああ、わかっている」

 

 危ないこともあったが、ダイアモンド・ドッグズはまだ生きている。

 次の目標が必要な時ではあった。

 

「ボスには数日中に、亡命とやらを希望するヒューイの救出作戦を進言することになるだろう」

「厳しい戦いになる。奴の言葉を信じるなら、ヒューイはサイファーにとらえられている」

「それは俺も、ボスも望むところだ。これが俺達の髑髏共への最初の反撃となるはずだ」




朝夕2回投稿は本日が最後になります。
明日からは夜更新、時々休憩が入るようになります。

それではまた。


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静かな狙撃手 (1)

本日は少なめ、明日から本気出す。


 数日後、ビッグボスを中心にカズヒラ・ミラーとオセロットはブリーフィングを開いていた。

 あがっている議題はヒューイ救出任務についてである。

 

「だが考えると意外に問題が、多くあることがわかった」

 

 オセロットが口火を切った。

 

「情報によると、このヒューイがいるのは北部の山岳地帯。そのなかにあるソ連軍の電力施設内部からということになる。ここらの情報は秘密が多い、だいたいこんな場所にこれほどの大規模の発電施設が必要な理由がわからない」

「つまり、サイファーの何らかの施設が近くにあるのではないかということになる」

 

 スネークが質問がある、と言った。

 

「そもそもなんで、ヒューイが俺達に救助を?」

「わからない、まったくな。

 だが、どうやらスカルフェイスのもとで研究しているものが最終段階にあるらしいというから、その関係があるのかもしれない」

「兵器の開発か」

「思えば、奴はMSFでも同じことをしていた。スカルフェイスの手に落ちてからも俺達にやったように、くだらない兵器を生み出して提供しているのだろうよ」

 

 カズの口調には苦いものが混ざっている。

 MSFの壊滅に、手を貸した奴。カズにはそう思えて仕方ないので、憎悪せずには居られないのだろう。

 

「とにかく、だ。しばらく前からダイアモンド・ドッグズ宛のメッセージを受け取っている。

 差出人はヒューイとMSFで呼ばれていた科学者。罠の可能性があるから表面上、わざと放ったふりをして探っていた。むこうはそのせいで不安に思ったのか、現在の自分の状況について知らせるようになってきた」

「それで思い出したことがある。スネーク、アマンダを覚えているか?」

 

 その名前には覚えがあった。

 南米、コスタリカの元反政府軍のボスだった女性であり、ヘリの墜落で死亡したチコの姉でもあった。

 この時代、コスタリカは革命を成功させ。アマンダは英雄として新政府で働いているのだという。その彼女に、ヒューイと共に消えたストレンジラブと名乗るおかしな女教授が接触を求めてきたことがあった。

 

 そのことを思い出して、カズはヒューイとストレンジラブはスカルフェイスのところに。サイファーと手を組んだのかも知れないと、かなり強引にこじつけ、断言した。

 

「実は、他にも問題がある。ボス、まえに狙撃手の話をしたのを覚えているか?」

「ああ」

「実はあれからも諜報班は調査を勧めていてな。かなり興味深いことがわかってきた」

 

 そういうと地図を取り出す。ここ最近、そいつがおこした事件の場所について調べた結果。おもしろいことがわかってきたのだという。

 狙撃手の出現範囲が狭まってきているらしい。

 

「あんたの白馬を狙い撃ったという位置は、実はその近辺でもあった。あんたはあの作戦中、うっかりそいつのいる場所に近づいてしまい。だからこそ――」

「狙ってきた。サイファーの殺し屋だ、間違いない!」

 

 カズはまたしても、いきなり断定する。

 オセロットはそれを横目で冷ややかに見つめているが、自分の意見はないというように。そこには触れなかった。

 

「ふむ、とりあえずこういうことだな。

 ヒューイの救出には、この静かな狙撃手との対決がもれなくセットでついてくる、と」

「加えると、ボス。そいつは無差別に要人も襲っているらしい。あんたの名前も、そいつの持っているリストに間違いなく載っているってことだ」

 

 スネークはそれには何の興味も示さない。

 別のことを気にしていた。あの日以来、彼の中にいるイシュメールはあまり出て来てくれなくなった。

 彼はそこにいる。だが、任務中の自分のように。以前よりも圧倒的に口を開いて話しかけてはくれない。

 今回も未だに出てきて何か助言を口にしてくれることもなかった。

 

「ボス?」

「考えてみても、名案は生まれないものだな」

「なんとか奴を封じ込めないか、とも考えてはみたのだが――」

「いや、オセロット。そうじゃないだろう」

 

 そういうとスネークはニヤニヤしながらオセロットを見ている。まるで「ほら、さっさと早く言えよ」といっているようで、カズは「なんのことだ?」と聞かざるを得ない。

 

「情報をまいたんだろう。俺がそこへ近づこうとしていると、だいぶ前からな」

「なにっ、オセロット。どういうことだ!?」

「責めるな、カズ。それよりもよくやった、オセロット。そいつのリストに俺の名前はちゃんとあったと、そういうことなんだろう?」

「――食い付きが凄かったのは認めよう。まさかこれほどはっきりと、こいつがあんたをマークしてくるなんて。想像もしていなかった」

「いいさ、謝ることじゃない。つまり俺達の計画も、よりシンプルで行くしかないというだけだ」

「ボスッ!?」

 

 机の下から本物の葉巻を取り出した。

 やはりいつも偽物では、味気なく感じるものだ。そして時には本物を味わいたくもなる。

 火をつけて、いつもとは違う煙の独特な味わいを堪能して吐き出す。

 

「狙撃手のコードをクワイエットとする。

 作戦は簡単だ。俺が奴のエリアに踏みいって対決し、その後で俺の部隊に先行させて発電所までのルートを確保する。そこからは――出たとこ勝負になるかもな」

 

 

==========

 

 

 しかし実際に作戦の決行日が決まるまでにはさらに10日ほどの時間がかかった。

 その理由は、カズが山岳地帯奥にあるという発電所の情報を集める時間が欲しいといって嫌がったことが大きい。

 しかしそれも、諜報班から8人近い音信不通がでたと報告が上がってくるとスネークはこれ以上の延期を認めないとはっきりと拒否する。

 

 計画は数段階を経て実行されることになった。

 ヘリでまったく関係ない場所に降りると、狙撃手の出現エリアに約1日かけてスネークが歩いて接近。

 対決後は入れ違いに部隊が現地に入り、スネークのかわりに発電所までを先行偵察。スネークは彼等のエスコートをうけてそこから単独でさらに奥地へと潜入することになる。

 

 かなり感情的になっているのか、カズはこの作戦を嫌がったが。オセロットは冷静だった。

 実は彼にはひとつ、この作戦のための秘策があったのだ。




また明日。


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静かな狙撃手 (2)

北朝鮮で水爆かー、洒落にならないなー。


 出撃当日、この日のスネークはまた迷彩服ではなく。なつかしいMSFで作られたスニーキングスーツ(復刻版)で臨んでいた。

 現在、急ピッチでダイアモンド・ドッグズのオリジナルスニーキングスーツが開発中で。これはその過程でカズが保管していた旧タイプの設計図をもとに試作として用意されたものだった。

 カズがせめて、スネークの負担を減らそうとの想いで用意させたものであったが。スネークは単純にその懐かしい着心地に無邪気に喜ぶ。

 

 だが、続くオセロットの用意したものは言葉通り腰を抜かしかけた。

 

「DD、ウェイト」

 

 デジャヴに一瞬襲われ、振り向いたスネークはその目を丸くせざるを得なかった。

 

「おい、そいつ……DDなのか!?」

 

 あの愛嬌たっぷりだった子犬はそこにいなかった。大きな体、たくましい胸、口から覗かせる歯の鋭さには恐怖すら覚えるかもしれない。

 オセロットはそんなスネークの姿を楽しそうに見つめながら、勝手に自分が言いたいことだけ言い始める。

 

「訓練を終えた、ひと通り仕込んである。あとは――あんた次第だ」

 

 そうは言うが、そういえば最後にあの子犬に会ったのはいつだっただろう?

 少なくともこの半月近くは見てなかったことに、スネークは今更にして気がついた。

 

「DD、ゴー!」

 

 見送りに出ていたカズや、部隊の連中の前を精悍な姿となったDDはついと相手をせずにとおりすぎると、待機しているヘリの中へと飛び込んでいく。

 

「さぁ、来い」

「スネーク、連れて行ってやってくれ」

 

 ヘリ内に飛び込んだDDを降ろそうとするスネークの後ろから、オセロットは静かに言った。

 

「そいつはあんたの力になってくれる。相棒に」

 

 DDの顔を見る。彼は自分の役目を、すでに理解してここにいるのだとスネークはすぐに分かった。

 オセロットの背に快感にも似た衝撃が走った。一瞬だったが、同じ片目の一匹の蛇と彼が育てた犬の眼光が、彼を見て輝いたように見えたからだ。

 

 ヘリはゆっくりとマザーベースから離れていく。

 それを見上げるオセロットの様子は、どこか寂しそうだったが。口にした言葉には祈りが込められていた。

 

「DD、頼むぞ」

 

 ソ連正規軍の精鋭をもってしても捕えきれぬ狙撃手。

 それを捕えるためにオセロットの用意した複数の策とDD。あとはビッグボスがそれを上手く利用してくれれば、静かな狙撃手を彼の前に引きずりだすチャンスがあるはず。

 だが、それを彼は遠くで見守らなくてはならない……。

 

 

==========

 

 

 おっかなびっくりというのは、こういうことなのだろう。

 半日を歩き、スネークは水筒の水を舐めると。DDにも少しそれを分けてやりながらそう思った。

 一緒に歩いてわかることがある。オセロットの言うとおりDDは賢く、彼に良く仕込まれていた。

 

 自分が感じるより遥かに感度が優れた獣の鼻の力か。

 DDは近くに接近した存在を素早く嗅ぎ分け、知らせてくることが理解できた。それはかなり幅の広いものらしく、この短時間だけでも。知らせるのにソ連兵、脅威のない人間、植物、死体、動物類とわけて知らせてくるのである。

 

 そしてだからこそオセロットがDDをつけた狙いも理解した。

 狙撃手には一緒に対抗しろというのだろう。悪くない考えだと思った。

 DDの素晴らしい性能のおかげで、1日かけて進む距離を半日を駆け続けることで進んでしまった。仕方ないので、その日は何もない荒野で野宿することにする。

 

 夕飯はDDと共に狩りをし、大蛇と羊を一匹。これを生でお互い頂いた。

 星空の下、岩場で横になって仮眠をとろうとしたところ。いつの間にかDDはスネークの腹の横にすりよって丸くなっていた。

 そういえば、子犬の時は夜一人で寝るのを嫌がって夜泣きをし。深夜の巡回している兵達はその哀れな声に誘われて気になって覗いてしまうんだとこぼしてなかったか。

 

 明日は早朝、ついにクワイエットなる狙撃手との対戦が待っている。

 

 

 

 翌日早朝、さっそくスネーク達は行動を開始した。

 見覚えのある高原を抜け、その先にある監視所をかわして進み続ける。

 スネーク自身も気をつけていたが、DDにもわかるのか。頭を低くしても用心している感じだが、狙撃手とはまだ遭遇していない。

 

 しばらく行くと、いぜんにもあった遺跡と同じく。

 崩れかけた過去の遺物跡に出くわした。

 ぼろぼろになった石のアーチをくぐりぬけ――その瞬間、全神経が緊急信号を発する。

 

ターン!!

 

 咄嗟に横っ跳びで倒れた石の柱の裏に飛び込むと、石の表面が飛んできたライフル弾をはじく。

 

『『ボス!!』』

 

 無線機から男共の心配そうな声が上がるのが、いっそのこと不快だった。

 横になるスネークにDDが申し訳なさそうに頭を下げて近づいてくる。

 

「いいんだ、DD。お前もちゃんとここに隠れろ」

 

 そういって自分の隣にペタンとDDの大きな体を座らせた。

 

『ボス、無事か?』

 

 冷静になろうとする時のオセロットに返事をする。

 

「見たか、オセロット?こいつは本当にすごい奴だぞ」

 

 スネークは、ビッグボスは喜んでいた。

 いや、驚嘆していたというのが正しいのか。

 DDの獣の鼻は、最後まで奴の存在を捉えられなかったのは明らかだった。DDが悪いわけじゃない。逆にいえば、奴はそれほど完璧に静寂を保ってそこに確かに存在できるという技術を持つ狙撃手なのである。

 そんな事が可能だとは思えなかったことを実行できる敵を、スネークはまず称賛したかった。

 

『喜んでいる場合じゃないんだぞ、ボス』

『そうだ、ボス。実際どうする?』

 

 まったく、笑みすら浮かべている自分に水を差す無粋な奴らだった。

 

「2人とも、面白いことがわかったぞ。今から見てろ」

 

 そういうと、懐から狙撃用のスコープを取り出し。岩の影から敵の影を探そうと試みる。

 するとわずかな間の後で、ピンク色に似た光がスコープのレンズを塞いでくる。

 

『レーザーポインタだと!?こいつ、なめてるのかッ』

 

 カズが怒るのも無理はない。

 なんとクワイエットは、黙っていればいいのにわざとなのか知らないが。標的に狙っていることを知らせて来ていた。だからこそDDの鼻でとらえきれない相手の存在に、自分は気がつくことが出来たのである。

 

『だが、実際にどうするんだボス?』

 

 相手がこちらの考えを軽く凌駕していたとあって、オセロットでなくとも確かに状況はよくはなかった。

 しかしスネークの顔に浮かぶ笑みは一向に引かない。いや、むしろもっと楽しそうにDDの体をこすりあげるように強くなでまわしている。

 

「オセロット、わかるだろう。俺はこう言う相手にいつもどうしているかってな」

 

 スネークイーター作戦、あのソ連のツエルノヤリスクで出会った、才能ある若者を見た時もそうだった。

 その傲慢でなめくさった態度がかつての自分になぜか思え。きっと当人はからかわれていると頭に来ていただろうが。なんどもその未熟さを教えて、からかい、たしなめてやった。

 そうだ、ザ・ボスに会うまでの鼻もちならなかった。まだ若造だった自分がされたように。

 

「楽しもうじゃないか」

 

 しくじれば自分は死ぬ。イカれてるとはわかるが、やめる気はまったくない。

 自分は昔からそういう男だった。死にそこなったぐらいでは、この性格は変えられない。

 

 

 ”彼女”にとってそれはついに訪れた瞬間であり。

 同時にそれはあの日、貸したままの借りをとりもどすだけの簡単な作業で終わると思っていた。

 

 あの日、病院での失態で彼女は全てを奪い尽くされてしまった。

 露わになった白い肌が太陽の光を照り返し、たわわな胸は申し訳程度の布地で隠し。下は穴だらけのストッキングと下着にしてもエグイ切れ込みのあるそれだけ。靴を履いていることが、せめて戦場にこんな姿でいる自分がまだ狂人ではないという証拠のように思える。

 

 その姿は自分でもありえないものだが、今の”彼女”にはこれ以外の選択肢が許されないのだ。かつてあった兵士としての矜持も、もうかなり無残なことになっているが。それでもわずかに残してあるのは、優秀な部下を使い捨てすら許さない、あの無慈悲なスカルフェイスへの意地なのかもしれない。

 

 そんな彼女の空虚な報復気分が吹き飛ばされることがこれから始まる。

 

 ”彼女”――クワイエットはじっとスコープを覗きつづけている。目をここからわずかにでも離すつもりはない。

 動けば必ず撃つし、今度こそあの男との因縁も終わるはずだった。

 その頭上を襲う影があるのも知らず。勝手にクワイエットはそう思っていた。

 

 ズガン!!

 

 潰されるように地面に伏して、一瞬だが気が遠くなった。

 慌てて銃を引きよせて、再度スコープを覗くが。まるでこちらを馬鹿にしたように、岩陰から座って顔をこちらにむけているアイツといた犬の顔が見えただけだった。

 何が起きた?

 振り向くと、そこにはDDとダイアモンド・ドッグズの刻印されたダンボールと。そこからはみ出て顔をのぞかせている武器の類があった。

 入っていたのは、ロケットとグレネードのランチャー。それに数丁の狙撃銃と分隊支援火器、そのための弾丸が箱でいくつもいくつも転がり出ている。

 

 一瞬理解できなかったが。すぐにカッとなるものがあった。

 

 信じたくはない。

 考えたくはないが……あの男はこちらをからかおうとしているように思えた。それが、当り前だが許せなかった。

 

 あれはきっと、元々は必要な武器を届けさせるためのもののように思える。

 それをあの男は中に沢山の武器を詰め込ませ、重い荷物にしてこちらにぶつけてきたのである。天からゆっくりと落ちてくる投下物とその下でじっとしている兵士、それはきっと遠目ではさぞかし間抜けに映ったことだろう。

 こんなこと、考えもしなかった。

 

 犬を撃とうか、一瞬考えたが。

 あれはどう見ても誘っている。同じ場所から撃つとか、それは狙撃手のやることではない。

 彼女は力一杯大地を蹴った。すると、ただそれだけで土煙が信じられないほど力強く舞う。宙を駆けるその艶やかな姿は、みるみるうちに透明色になって消えていく。

 ステルス状態の彼女が、この世界にまだ存在していることを明らかにしているのは、この瞬間も力強く大地を蹴り上げて舞う土煙だけかもしれない。

 

 今度は遺跡の周囲にそそり立つ壁面の角に飛び乗ると、広角に視野をとって目標の姿を探す。

 

――面白いことに、まさに教科書通りに動く相手だと思った。

 

 見つからない、どこに隠れている?自分は待てる、いつまでだって待ってやる。我慢比べなら問題ない。

 

――義手の手首から先がクルクルと回り始めて内部電力が上がっていくのを確認する。

 

 男ばかりに気を向けたせいか。いつのまにかあの犬の姿がないことにも気がつく。なにをやっているんだ、自分は!!

 

――技術者は設定を弄らないでくれと言ったが、そのままでは使い物にならない。出力設定を初めて限界地いっぱいまで引き上げておく。壊れて爆発はしないというから、それでかまわない。

 

 

 ふと、クワイエットはようやくにして気がついた。

 何か先ほどから変な音がするということを。スコープではなく、肉眼で周りを見回すと、いきなりすぐそばの木陰からあの男が現れた。なんのつもりか義手の指先を、こちらに向けている。

 

「はいだらァ!!」

 

 なぜか向こうは気合を放つと、義手の先から青白い稲妻が飛び出してクワイエットの体をそれて岩の壁面に炸裂、霧散した。

 

 

 クワイエットは何も考えず。跳躍と同時に手榴弾を置いていくが、それがあの男に通じてるのか分からない。頭が変になりそうだった。

 だが、チャンスでもある。距離をとると、今来た自分の方角にスコープを向ける。

 やはりまたもや、その姿はどこにもいない。いや、そうじゃない?

 

 あの男は目の前にいた。

 いや、駆けこんできたのだ。「見つけたァッ!」と叫ぶと、いきなりその鋼の拳でクワイエットに対して殴りつけてきた。再び頭部への衝撃、目がチカチカした。意識が遠くなりかける。

 だが負けるのは嫌だった。また失敗するのは嫌だった。

 再び地面を力いっぱい蹴り上げる。

 

 

『無茶だぞ、ボス』

 

 息を切らせつつ、その場に腰をおろすビッグボスは笑っていた。

 

「流石に驚いただろう。殴られるとは思っていなかっただろう」

『だがボス、あの化物じみた跳躍力。あれはスカルズと同じだ。やはりサイファーだ!』

「カズ、少し黙ってろ。さて、次はどう出る。クワイエット」

『……ボス、カズヒラじゃないがいわせてくれ。あんたはもっと真剣であるべきだぞ』

 

 

 狙撃手のセオリーからは外れるが、今回は低地の。それも小川とかろうじて呼べるような水の流れ中でクワイエットは斜面に向けてライフルを構えた。

 信じたくはないが、クワイエットに接近してあの男は殴った。そんな事が自分に可能な奴がいるとは思っていなかった。

 あの男は戦場を自分のものにしているようだ。わずかな高低差も問題なく乗り越えてみせる。

 だが、だが自分は負けるわけにはいかない。

 

 クワイエットは気がつかなかった。

 彼女はわからなかったのだ、すでに運すら彼女を見離していたということを。

 

 ポツリ、ポツリ。

 アフガニスタンのこの時期には珍しい雨の気配がにわかに漂ってきたかと思うと、すでに雨粒がクワイエットの仄かに熱い頬を伝って流れおちていた。

 

(いけない!)

 

 そう思った時はすでに手遅れだった。

 彼女は考える力を失い。薄い笑みを浮かべて、手に持ったライフルをいきなり投げ捨ててしまった。

 恵みの雨が本格的に降りだす頃には、全身を駆け抜ける歓喜のうねりのなかで本当に全てを忘れて少女のように踊ってその喜びを表現していた。

 雨は一気に豪雨となって降ってはきたが、20分ほどで雲間から太陽をのぞかせるにいたった。

 

 クワイエットの中の歓喜の渦潮がようやくに静寂の海を取り戻しはじめると、理性と思考が再びまともに動き始めた。

 いつからいたのか、目の前にあの男が連れていた犬がじっとクワイエットを見上げていた。

 ハッとなった、慌ててライフルに手を伸ばそうとするが、それを押さえてくる人の、男の手がのびてつかんでくる。

 こっちも殴り殺そうと抵抗するが、その時にはもう男の左ひじがクワイエットの顎を綺麗に撃ち抜き。彼女は今度こそ意識を失って崩れ落ちていく。

 

 こうして信じられないことに、伝説の傭兵は静かなる狙撃手との対決に勝利した。

 その真実の勝負が、これほど人を喰った。それでいて圧倒するものだったと噂を耳にする人々の口が語ることはないだろう。

 その戦いは勝手に血なまぐさい勝負だったと言い。それでも相手が生きていたのは、運が良かったからとか何とか適当な事を言うのだろう。

 

 なぜなら彼等は英雄を――ビッグボスを正しく理解することが出来ないのだから。




また明日。


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静かな狙撃手 (3)

 ボスの部隊の面々は、遺跡から離れていくピークォドの姿を不安の目で見送っていた。

 オセロットとカズが無線で「殺せ!」「いや、連れて来てくれ」と騒ぎたてる中。ビッグボスは涼しい顔で降りてきた部隊に、ここから先の注意点をだけ口にすると。

 あの化物女と共にヘリに乗ってマザーベースに帰還してしまったからだ。

 

「ボス、あんな女。なんで殺さないんだ?」

「――いい女だったもんなァ。ボスもあれで、男でもあるし」

「フザケンナ!お前と一緒にするな。黙ってろよ、アホ男」

 

 とはいえ自分達も任務がある。

 いつまでも飛び去ったヘリを見上げていてもしょうがない。

 

「よし、スクワッド。ここからは俺達の時間だ。目的地である発電所までを先行し、ボスが戻ってきたらエスコートする。ヘマをするな、俺達はそれが出来る!」

 

 ビッグボスは彼等を「俺の部隊」としか呼ばなかった。

 だから彼等は以前と同じ名無しのスクワッドでも、問題なかった。あの時とは違う、自分達のことをボスは知ってくれている。その栄誉に報いるために、彼等は戦場で最大の戦果をあげねばならないのだ。

 その通りだぞというように、残ってスクワッドについたDDがワンと一声鳴いた。

 

 

=======

 

 

 ヘリの中でビッグボスはクワイエット抱えて席に寝かせた。

 だいぶ強烈に叩き伏せたので、当分は目を覚まさないだろう。しかしなんて格好なのだろうか、不能者の自分でも彼女の姿にはちょっと感心しない。

 

 裸とはいわないが、それに近い姿の彼女を見ると――裸(ネイキッド)を名乗っていた昔の自分のコードネームが笑えなくなる。

 だからそこにあったダイアモンド・ドッグズの上着を動かない彼女の上にかけた。

 席に戻り、今度こそ落ち着こうと腰を下ろそうとして……さすがに背筋が凍りついた。クワイエットが目を覚まし、体をおこしてこちらを見つめていたのだから。

 

 自分が動く前に、今度は彼女の方が早かった。

 スネークは彼女に投げつけられた上着を振り払うと、信じられないがすでにセーシェルのマザーベースに向けて飛んでいるヘリのドアが全開にされていた。

 この高さから?飛び出していった?躊躇せずに?

 

『逃げられたな、ボス』

「目を覚ますのが早かった」

 

 オセロットに同じく、逃げられた相手を思ってかスネークの声も落ち込んでいるように聞こえる。

 不思議と彼女が墜落死したとは考えなかった。彼女はそんな兵士ではないと感じたのである。

 

『クワイエット――やつの力、俺には覚えがあった。調べてみたかったが、残念だ』

 

 無線機の向こうの声に、スネークは無言でドアを閉める。

 変に煽情的とも言えるおかしな格好の女狙撃手の人外の力に自分は興味はないが、そんな彼女自身には少なからず興味があった。

 だからやはりスネークも、こんな結果になって残念だと思っていた。

 

 

 

 事態が急変したのは、海上に出て出てすぐのことだった。

 

「機影を確認しました。後方0.4マイルを維持。追尾されています」

 

 ヘリの後を追ってくる、所属不明の戦闘機が現れたのだ。それがわかるとカズがすぐに『マザーベースを知られるな』と命令を下す。

 

 MSFでのことがある。

 サイファーの手らしい戦闘機に、現在のマザーベースの場所をまだ知られるわけにはいかないのだ。

 だが、それだけだ。

 相手は音速で飛ぶ戦闘機、こちらは輸送も兼ねた戦闘ヘリだ。

 戦っても勝負にならないのは明らかだったが、だからといって何もしないわけにはいかない。

 

「ボス、来ます!」

 

 スネークはヘリの両方の側面ドアを全開にする。

 備え付けのガトリングで牽制くらいはできるかもしれないが、撃墜など可能なのだろうか?いや、やるしかないのだ。

 F14らしい機影はこちらが気がついたことに察知すると、容赦なくミサイルで撃墜しにかかってきた。

 

 フレアと回避運動でなんとか時間を稼ぐが、こちらから出来ることは本当に少ない。

 スネークも駆動式のバルカンで反撃を試みようとしたが、機内が安定しないせいで定位置につけずにもたもたしてしまう。

 そんな中、ついに戦闘機がヘリめがけて3発目のミサイルを発射する。

 

 自分がたった今見たものを、すぐに理解できたのはなぜなのだろうか?

 フレアを撃ち尽くし、ついに最後を迎えると思われたヘリのバルカンがいきなり火を噴いたのである。

 それは狙いがかなり正確で、飛んできたミサイルがヘリに届く前に次々と落としてみせた。

 

 そこには――空の銃座に、なぜか飛び出して逃げたと思われたクワイエットがいた。

 

 彼女がバルカンを発射して突っ込んでこようとしたミサイル達を綺麗に叩き落としたのだ。

 スネークがその細い肩に手を置くと、彼女はさっと席を立つ。どうやらここは譲ってくれるらしい。

 そして驚いたことに、壁にかけておいた回収した彼女のライフルを持ちだしてきて。自分の隣でかまえてみせた。

 

「――そうか、やってみろ」

 

 素直には信じ切れなかったが、どうやら彼女は”自分のライフル”で戦闘機を堕とすつもりでいるらしいとわかった。本気とは思えない、正気とは思えない。

 動く標的、それも3次元に高速で移動する物体に対しての射撃、これが成功するなら狂気の技と表現するしかない。

 が、彼女がそれをやれるというならば是非にもこの目で見てみたかった。

 

 4度、こちらに機体を向けた戦闘機に、スネークは適当にガトリングを発射して撃墜させようというふりをする。だが本命は自分ではない、彼女だ。

 

 自分の隣でライフルが一発、音高く弾丸を発射する。

 

 わずかに置いて戦闘機はその姿勢を怪しく始めた。高度を落とし、ヘリの真下を通り抜ける瞬間。スネークはしっかりと確認することが出来た、パイロット席にあいたライフル弾で抜けた大きな穴を。

 

「ボス、マザーベースに帰還します。あの、その、自分はこんな事、信じられません」

「……そうだな、俺も驚いている」

 

 クワイエットは狙撃を終えると、自身のライフルから装填したばかりの弾丸を全て排出し。スネークにその銃を再び、しかし今度は彼女の意志で預けてきた。

 そして静かに席に座ると、いつの間にかその手首にはスネークが欠けたはずの手錠が彼女の両手を拘束しなおしている。

 

 頭が変になりそうだ、さすがにビッグボスでも混乱していた。

 まったくおかしな女で、凄い狙撃手である。自分で勝手に出ていっておいて、勝手に戻ってきてまた自分で自分を拘束してしまった。

 

 どうやら自分のようなおかしい奴は、世界にはまだ多くいるらしい。




また明日。


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メタルギア (1)

活動報告でちょっと発表あります、確認ください。
それでは本日分の投下。


「待ってくれ、話しが違う」

――もういい。変更は決定事項だ

「撃たせないための抑止力を作る。そういう約束だったろう」

――そうだ。その考え方には異論はない……。

「だから僕は開発に協力したんだ。僕の創造物にそんなことはさせない!」

――創造物?(苦笑)アレはそもそもお前のアイデアではない、盗作だろう?

「盗作……?違う!元はといえばアイデアはあんたが東側から盗んできたんじゃないか!」

――博士!それならそれでもいい、盗作のことは黙っていればいいことだ。これが成功すればお前はこの学会を大手をふって歩くことが出来るんだぞ?

「僕を……利用したんだな?」

――お互い様だ、私は再び本国のCIA長官の座を。お前は学会を闊歩できる脚を、手に入れることが出来る。

「許さない」

――残念だ。では貴様の脚(ウォーカー)をもらっていく。

「待て……待ってくれ」

 

(ピースウォーカー事件、ファイルナンバー47.コールドマン支部局長とエメリッヒ博士の最後の会話、事情聴取からの再現テープ から)

 

 

=======

 

 

 連れ帰ったクワイエットを見て半狂乱になったカズヒラ・ミラーの”おかげ”で、マザーベースは一気に騒がしくなった。

 が、かえってこれは良かったのかもしれない。

 

 今回の作戦は数段構えという特徴があり。クワイエット捕獲からすぐにヒューイ回収作戦がはじまっていたが、それはマザーベースのごくごく一部のスタッフにしか知らされていない極秘作戦でもあった。

 

 今回の目標、エメリッヒ博士は9年前のMSF壊滅の最重要参考人である。

 だが、ダイアモンド・ドッグズに在籍しているMSFの元スタッフにとって彼はすでに裏切り者であり、憎悪の対象でもあった。助けて連れてきても、怒って頭に血を上らせた彼等がヒューイを害さないという保証はなかった。

 

 当初はこのあたりの秘密をどう万全を期すかと頭を色々とひねっていたわけだが。カズヒラとクワイエットの騒ぎでマザーベースは騒然となって皆が注目した。

 つまりは、いい目くらましにはなったわけだ。

 

 先にも言ったが、参加した全スタッフも今回は最長時間の作戦を覚悟していた。

 クワイエットを連れて戻ったスネークも、数時間後にはマザーベースにいる者が気がつかないうちに再びアフガンへと戻っていった。そこでスクワッドのエスコートを受け、大型発電所の奥への潜入を予定している。

 カズヒラには頭が冷えるまでは作戦室には近づくなと言っておいた。

 頭が切れるし、冷静な男だ。ちゃんと切り替えて、作戦室に戻ってくるだろう。

 

『こちらスクワッドリーダー。今、蛇が潜る。蛇が潜る、どうぞ』

 

 元気な男だ。

 どうやらボスはスクワッドとの合流と同時に、さっそく単独潜入すると決めたらしい。

 

「わかった、スクワッドリーダー。ワスプ、キャット、ラム達も潜らせろ。必要なら発電所内を巡回している兵達を抑える。ハリアーはポイントについて狙撃の準備。

 スクワッドリーダー、聞こえるなゴート?」

『はい、オセロット』

「ハリアーのスポッター(観測手)はお前がやれ。ここから何が起きるか分からん。お前の判断で部隊を動かせるようにする必要がある」

『了解』

「全員集中しろ!ボスの名を汚すなよ」

 

 これでいい。

 部屋に落ち着きを取り戻したらしいカズヒラが入ってくるのをみながら思った。後はビッグボスからの連絡を待つだけだ。

 

 

 

 深夜に近いとはいえ、そこはあまりにも人気がなかった。

 スクワッドの連中も大型の施設に似合わぬその静けさに困惑しているようだったが、やるしかない。

 

『ボス、キャットです。車両が入ってきました、お気をつけて』

「……」

 

 丁度、奥へと続く門の隣にある。職員の出入り口の鍵を解錠した直後だった。

 声を出せないので、マイクをポポンと叩いて了解した旨を送る。

 驚いたが、カメラはないのに。車両が門に近づくと自然とそこが開かれて迎え入れようとする。スネークは門の影から素早く車の影に小走りして入りこむと、ゆっくりと進むそれの後について門の中へ侵入を果たした。

 

 奥には切り立った崖をくりぬいたのかと疑いたくなるほど、見たことのない巨大なハンガーを真昼のように煌々とライトが照らし。技術者らしき連中と兵士とが、大勢で忙しくしているように見えた。

 だが、スネークが一番衝撃を受けたのはそこへと収められていくいく2足歩行の機械の影をチラと見たからである。

 

 2足歩行戦車、メタルギア!

 

 その兵器の誕生から奇妙な縁があるスネークは、複雑な気持ちでそれを見ていた。

 だが、不思議な話でもないだろう。あのヒューイはかつてストレンジラブと共にMSFで。そこにジ―クというメタルギアを開発し、完成させていた。サイファーの元でも同じことをしただけなのだ。

 こんな物騒なものを生み出せるのだから、あの恨み骨髄のカズが「ヒューイの奴をまた俺達がつかって(利用)やる」などと凄い顔で吐き捨てるのもわかる気がする。

 

「待ってくれ!話しが違う」

 

 懐かしい声、そして懐かしい言葉だった。

 ヒューイ。ストレンジラブ博士――彼女にそう呼ばれて喜んでいた彼は、あのピースウォーカー事件ではCIAの南米支局側について幾多の無人兵器の試作品を作りだし。

 CIA南米支局長、コールマンのブチ上げた核抑止論に同意してピースウォーカーを開発。そのコールマンと決別した時、彼は言っていた。

 

――僕は、僕はもう、科学を捨てる。このままじゃ確実に地獄に堕ちるだろうから

 

 そう言う彼に自分は案内状を渡した。

 結論を出すのを急ぐことはない、天国の外へ来てみないか、と。そこから連れ去られた彼は、いったい”どこに今はいる”のだろうか?

 

 天国?地獄?そこに興味がある。

 

「変更は決定事項だ」

 

 繰り返される返事、今だに開放(自由)を手にしてないのは悲しいな。ヒューイ?

 見た目にほとんど年齢が変わってないようにみえるエメリッヒ博士と、あの日そばで見つめあった異形の男。

 兵士と技術者たちの中からスカルフェイスはすぐに見つけられた。

 

「こいつはまだ動かせない。遠隔操縦やAI制御は、実用段階になってない」

「今更AIなど誰も欲しがらん――10年前の失敗があるからな」

「ああ……ただ有人機にするにはまだ――」

 

 彼等の会話は続く。

 

『ボス』

 

 オセロットの緊張した声がそこに割り込んでくる。

 

『不味いことになるかもしれん。少し前、また例のメッセージが発信されたのがわかった。今回はどうも終える前に電波はなくなったらしい。今、報告があった』

「……」

『エメリッヒは殺されるかもしれないぞ、ボス』

 

 不安は的中した。

 兵の1人が、自身の研究の状況を嬉々として口にしているヒューイを無視してスカルフェイスに何事かを耳打ちした。それで空気が変わるのを感じる。遠目でもわかる、あの異様な冷たさと殺気。助けは間に合わなかったか?

 

 スカルフェイスはヒューイの背後に立つと、何事かを囁いていた。そして突然叫び声を上げる。

 

「お前の脚は返してもらう!」

 

 そう言って不格好に腰から下の下半身に張り付いている、ヒューイの今の鋼の脚のワイヤーを切ると階段下へと突き落とした。

 その姿があの時と――コールマンとの決別――何から何まで再現していて、ヒューイになんともいえない哀れみすら感じる。

 

「この僕を始末するつもりなのか?」

 

 やけに頑張ってそう問いかけるヒューイに、スカルフェイスは近づくと上から覗きこみながら

 

「……はわたしが引き継ぐ」

 

 そう告げると、死刑宣告でも受けたかのようにヒューイは真っ青になり。

 続けてスカルフェイスは博士の胸ぐらをつかみ上げ

 

「いいか、わたしは闇の住人だ。だが、貴様のような腐った男と一緒にされたくはない。裏切り者め。いずれ仲間達の手にかかるのがふさわしかろう」

 

 そう言うとヒューイを放り出し。続いてベースキャンプに向けて撤退と、この場所の閉鎖を宣言した。

 

 

=======

 

 

(面倒なことになったな)

 

 あれほどいた人間がスカルフェイスの号令であっという間にこの場から立ち去ってしまい。残っているのはゴミなどを片付けている数人だけしかいなくなった場所を見つめながら、隠れていたスネークは考えていた。

 

 今回の目標であるヒューイはすでに大分前にここから連れだされてしまった。

 閉鎖すると言ったのも本当らしく、メタルギアらしい存在を隠したハンガーを閉じた分厚い扉はしっかりと封印がなされているようだ。

 こうなるとヒューイを追うのが一番か……。

 

 仕方なく自分も撤退して、大型発電所まで戻ってくるとなにやら雰囲気が違うのがわかった。

 門の隙間から覗くと、どうやらヘリを始め。人員達が撤収する最後の便の準備中らしい。

 

「スクワッド、聞こえるか?」

『こちらスクワッドリーダー』

「状況を」

『約30分前、門からエメリッヒを連れた一団がここを離れました。その後も続々とあらわれて、ここから立ち去っています』

「他には?」

『キャット達3名を、エメリッヒの追跡に出しました』

「よくやった」

 

 ヘリのローター音が先ほどから喧しい。夜明けまでまだ数時間あるが、それにしたってこれだけ大きな音を響かせれば山向こうにだって聞こえてしまうだろうに。

 ふと、考えがよぎる。

 

「スクワッド、1つ質問がある」

『はい』

「今から俺とお前達で、ここを制圧できるか?」

『!?』

「ヘリを落としたい。そうなると騒ぎになる、制圧したほうがいい」

『待て、スネーク』

 

 カズが声を上げる。

 

『そんなことをしてどうする。あんたはただ、そこを立ち去ればいいだけだろう』

「カズ、いまは報告を長々と出来ないが。ひとつだけ中で見つけたものがある。情報端末に残したから解読してくれ。

 それとこのヘリは落としたい、というのが一番だが。なによりもそろそろお前達の力をもっと見せてもらいたいと思った。俺の期待に応えられるのか?」

『その言葉を待っていました、ボス!』

「ヘリを落とす武器はあるのか?スクワッドリーダー」

『観測手をしている自分がRPGー7を』

「よーし、ゴート。俺を使ってみろ、スクワッドリーダーとしてお前が指揮をとれ」

『了解!』

 

 カズはその言葉にもう一度止めようかとしたが、オセロットが無言で彼の肩に手を置くと「今回は諦めろ」と首を振ってみせた。スネークには何か考えがあるのだ。それを邪魔する理由はない。カズも黙るしかなかった。

 

 

 

 それはヘリが最後の飛翔へと機体がゆっくり上昇しようとしていた時だった。

 発射音と共に、崖上から一本の太く赤い火線のびてヘリの運転席へと炸裂した。「敵襲だ!」の声と共に、近くに身を隠そうと走り出し始めた連中の数人が、待ってましたとばかりに何者かに襲われて宙を舞った。

 それでも無事だった兵達は、慌てて無線に連絡を入れようとするが。

 彼等の前で発電所の電気の制御盤や、通信装置が次々とC4爆薬によって破壊されていくと。真っ暗な闇の中では消音器をつけた銃声があちこちから無言の兵士達によって発射される気配がする。

 

 結局3分かからずに、ここで生きているのはスネークと彼の部隊の兵士だけとなり。退却中の兵士が準備していた物資が積み込まれたトラックやジープをフルトンで回収を開始する。

 

「カズ、いいか?」

『どうした、ボス?』

「ヒューイをこれから追う。なにかありそうだが。ここの奥は閉鎖され、封印までされ、どうにも簡単には開きそうにない。押し入ろうとしても警報装置だってのこしてあるだろう、無駄だ」

『わかった、それがいいだろう。さっきあんたが送ったファイルの情報だが、どうやらサイファーのベースキャンプの位置情報が載っていた。

 一応、追跡しているキャット達にも知らせておくが、俺もそこにむかうのがいいと思う』

「それなら、そこの途中にある監視所に対してここから救援要請を出してくれないか?陽動になる」

『いい考えだ。諜報班にさっそくとりかからせよう』

 

 続いてボスは残っているスクワッドを集めて今後について語る。

 

「よし、まずDDを返してもらうぞ。ゴート」

「勿論ですよ、ボス」

 

 スクワッドリーダーの足元から出てきたDDは、スネークの横に歩いていくと、腰をおろして眠そうな大きなあくびをひとつする。

 

「どうやら簡単には終わってはくれないようだ。全員集中を切らすなよ?

 ここで隊を2つにわける。俺とDDは観測所をすり抜けて博士を追う。お前達は遠回りになるが、奪った車両を使っておなじく先行している連中を追うんだ」

「一緒ではないのですか?危険です」

「次は一緒じゃない、それだけの話だ。それに1人じゃない、俺の相棒はここにちゃんといる」

 

 相棒は先ほどと違い、きりっとした表情でスネークの隣から隊員達を見上げている。

 この犬は人の言葉を理解しているようだった。

 

「DDに文句があるか?」

「――了解、ボス」

「いい子だ。それに遠回りすることになるからお前達はのんびりとは出来んぞ。予想では、やつらのベースキャンプ前で集合することになるだろうが、お前たちが遅刻をしても俺は待たないぞ」

「それなら俺達が先についてボスを待ちますよ」

「言ったな、ゴート。スクワッドはお前に任せる、この先もやってみろ」

「了解、それではまた」

 

 スネークは踵を返すとDDをつれて道を外れて姿を消し、スクワッドはジープ一台に乗り込むとエンジンをスタートさせ、スネークとは反対方向の道に飛び出していく。




また明日。


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メタルギア (2)

『ボス、聞こえるか?』

「……」

 

 いつものように無言を返すが、オセロットはそれに構わずに話しを続ける。

 意外な事実が彼の口から聞かされようとしていた。

 

『洞窟に消えた巨大兵器、あれはクレムリンの最高機密……噂は本当だったのか?』

 

 どうやらこれはスネークと個人にだけ伝わる回線にしているらしい。

 

『あのエメリッヒ博士、あんなものにかかわっていたなんて……』

「メタルギア、あれは元々はこの国の技術だった」

『それにあのスカルフェイス。蜜蜂やスカルズ、ずっと引っかかっていた。わかったぞ、ボス』

「?」

『あれは、サイファーの実働部隊XOFの指揮官だった男だ。だとすると9年前のMSFを壊滅の首謀者、だがゼロとはすでに関係は切れていたはず』

「一気に出てきたな」

『ボス、この件は少し調べてみる。今はあんたは任務に集中してくれ』

「そうしよう――」

 

 DDと共に小走りで夜のアフガニスタンの谷を進み続ける。

 時折慌てたトラックやジープを見かけたが、彼らは道端の岩陰に隠れてやり過ごす。

 ダイアモンド・ドッグズの諜報班の仕掛けで、発電所の連絡が取れなくなったと慌てているいくつもの監視所を遠目で軽く偵察しつつ、進んでいく。

 

 数時間、北部山脈では大型発電所の騒ぎで一杯になったが、そこを襲った奴等の情報はそこではついに明らかにはされなかった。

 そして朝日が地平線に姿を見せようとする頃、ようやく先行していたメンバーからスカルフェイスがベースキャンプと口にした場所を報告してきた。

 情報端末、iDroidで確認すると。それは約3時間ほどさらに北の山脈に分け入ったところにあるらしい。

 

 

==========

 

 

 そもそもカズヒラ・ミラーがアフガニスタンにダイアモンド・ドッグズを活動場所と定めたのには理由がある。

 ヒューイだ。

 9年前、あのMSF壊滅を成し遂げた、優秀な裏切り者。

 その姿を追った結果が、わずかに聞こえてくる情報を分析してここへといたった。とはいえ、こうしてある程度の事情がわかると、クレムリンが秘密にしたがる兵器の開発者になっていたとは思いもしなかった真実だった。

 

『サイファーのベースキャンプだ、間違いない』

 

 ついにそいつの襟首を掴めると思うと暗い喜びが騒ぎだすらしく。カズの声は再び冷静さに欠けていた。

 

『――確認は出来なかったが、確かにそこはスカルフェイスの使っていたベースキャンプらしい。本人はそこへ到着すると同時に、ヘリで何処かへ立ち去っている。先行した部隊がそれを撮影した。

 だが、エメリッヒはまだそこにいるはずだ。基地の奥に見えるのは研究棟、そのどれかにいると思う』

 

 浮つきだしたカズの声に苦い思いを持ってるのか、オセロットもかなり神経質になっている。

 

 ベースキャンプを見下ろす丘の上に、となりにDDを置いてスネークは基地の中を偵察していた。。

 太陽はもう、だいぶ昇ってしまっている。発電所の騒ぎはここまで来ていないのか、人の動きは穏やかでいて静かそのものであった。

 日中の潜入、それはたしかに難しいことではあるけれど大胆さと繊細さを駆使して初めて可能となる。

 膝立ちのままで、自分の斜め後方に控えているスクワッドに声をかける。

 

「お前達はどう思う?」

 

 彼等の言葉をまとめるとこんな感じ。

 なにか不自然なほどに静かで罠臭い、人影が少ない。出入り口は2か所あるが、奥から出るとそのままもっと北部山脈にわけいってしまう。見たところ壊れた建物を修復して使ってるようだ。複雑な構造物はなさそう。兵器類が置かれているが、整備状況が気になる。

 

 皆がそれぞれに良いところに目をつけている。スネークが気になったのは、アレだった。

 

「オセロット、あれがわかるか?」

『――ウォーカーギアのようだな』

 

 巡回兵にまざり、機械におぶさる様な奇妙な姿勢で操縦しているのがここからでもよく見えた。

 

『聞いたことはある、あれは試作機だろう。見た目はアレだが、性能は高いと聞いている。機敏に動き、それなりの武装も可能、繊細な作業もできるとか。

 ただ、最終目的が無人機として運用したいという思惑があるらしい。今はそれを有人機とすることで足りないAIの部分をカバーしようということなんだろう』

「AIに判断はできない、それは9年前。ピースウォーカーから教えられたことだ。あれだけの事件があっても、まだそんなことが分からない奴がいるとはな」

『彼等が正しく情報を理解することはない。報告書(レポート)というまとめられた文章を自分が理解できる形でしか情報を受け取らないからだ。人は思っている以上に、言葉を理解できない』

『ボス、それでどうする?ヒューイのことだ!』

 

 カズが苛立っている。

 だが、この時にはすでにスネークはやることを決めていた。部隊を呼び寄せ、簡単な打ち合わせを始める。

 

「スクワッド、良く聞け。

 これよりエメリッヒ博士をこのベースキャンプから救出、つまり回収を開始する。

 すでに色々と余計な情報が出てきているが、何よりも重要なのは。彼はダイアモンド・ドッグズの前身であるMSFが壊滅した事件の情報と容疑がかかった重要人物。

 つまりなんとしても生かしてとらえないといけないし、マザーベースに連れ帰ってしゃべらせないといけない。俺達が前半を完璧に行う。後半は無線の向こうにいる奴等が面倒をみる。

 

 細かな事はこの後で個別に話すが。まず最初に全員で侵入してそこから2人一組でパージしていく。最終的には脱出のタイミングで施設の電源を落とし、あそこで動いているウォーカーギアをサンプル用に確保、全員で脱出だ。

 あと、最悪は北側の出口の先にいくこともあるが。その時は覚悟しろよ、マザーベースからのお迎えは数日は先の話になる」

 

 彼等にとってそれは望んでいる戦いだった。

 

 

 スネークフォーメーション、かつてMSF時代にはそう呼んで部下と共に大蛇のごとく列をなして戦場を切り裂いたものだったが。それが9年の時をこえてこのアフガニスタンでもやることになるとは思わなかった。

 しかしこの蛇はすぐにその大きな体を小さくしていくことになる。

 長く大きな列から離れると、2人だけのチームは小さなヘビとなって毒を抱えてこの場所の影に潜り込んでいくのだ。

 

 

 マザーベースの作戦室には5つの蛇からの連絡で、次々とベースキャンプの内情が明らかになってきた。

 

「ヘリポートを始め、設置されている兵器類は封印されているだと。どこかに移送するつもりなのか?」

「捕らわれている捕虜が、テントに放り込まれている?救出のタイミングを待て」

「実際に使われている研究棟は2カ所。片方をスネーク、もう片方はスクワッドリーダー、ゴートが向かう」

「支援班に迎えのヘリの準備を始めさせろ。退却が始まったら、ぐずぐずはしていられないぞ!ここに仲間を置いていくつもりか?」

 

 順調に作戦は進んではいる。

 だが、それにしてもまるでこちらのことを気にしていないベースキャンプの隙の多さには不自然さしかなくて嫌な予感があった。

 奴等にとってエメリッヒは重要な科学者のはずではないのか?

 

 スネークは研究棟のひとつに接近すると、巡回する兵の目を盗んでそこの小さな入口へと近寄っていく。

 ここの1つ前にある研究棟にはゴートとラムが先に潜入している。むこうにヒューイがいるといいが、結果はまだ出ていない以上。自分もここを探さないといけない。

 電子錠は見回りがいるからなのだろうが、常に開閉が可能となっていて人の出入りを制限していないようだった。

 

「DD、見ろ」

 

 そう言ってDDに視線を上げろと指示すると、自分の指をクルクルと回して合図する。

 指示を理解したのか、DDはスネークの元を離れて基地の紛れ込んできた犬のように草花のなかをトボトボと歩きだす。芸達者な奴だ、本当に迷い犬にしかみえない。

 

 建物内へはそのまますんなりと入れた。

 やはり監視の目が緩い、緩すぎる。

 スネークはそれまで構えていたカービンライフルを背中にまわすと、腰のハンドガンを抜いて警戒しながら進む。

 

『スネーク?』

 

 驚いた、心臓が止まるかと思った。

 亡霊ではない、ザ・ボスの声だったが。本人ではなかった。

 懐かしいピースウォーカー、それに搭載されていたAIポッドがそこにあった。

 

『あなたじゃないのね……』

 

 何を言っている?

 

「それはただの機械だよ」

 

 そこにはあの頃とは変わらない気弱さで媚びたような表情をした男がいた。気さくに、それでも多少の恥ずかしさをもった旧友に向ける人懐っこい男の顔があった。

 ビッグボスがアウターヘブンへ招待した科学者、しかし彼には裏切りの容疑が掛かっている。

 

 まともじゃないのはカズだけかと思っていたが、どうもそうではないらしい。

 スネークの脳裏が、たった一つ残った目から炎が噴き出した。それはみるみるうちに全身の肌を焼き尽くすと、その下にある鉄くずに人骨を含めた108の破片が埋まった肉からせり出し、その痛みと苦痛から形相は自然と鬼のごとく憎悪に歪む。

 

 チコは、少年は大人達に心も、体も弄ばれた。

 パスは裏切り者として、屈辱と苦痛、凌辱に耐えていた。

 MSFは仲間の言葉とすすめに従って、核査察を受け入れた。

 それでどうなった?

 

――やつら、僕達のことを平和の守護者か何かと思ってかえっていくよ

 

 爆破され、海中に引きずり込まれていくMSFがあった。

 暗い海に身を躍らせるパスがいた。

 あそこには多くの部下が、仲間達がいた。国籍は関係なく、皆が兵士だったのに。

 

『――お前のボスはわたしではない』

 

 AIが再び呟きだした。

 憎悪と共に燃える炎が静止して、一瞬で凍結したかに思えた。

 

『過去を引きずると死ぬことになる』

「スネーク?」

 

 ヒューイは思わず名前を口にしていた。

 目の前の男の顔が、脳裏に刻まれている知った顔が別人のような気が一瞬したからだ。

 それは無理もないだろう。微妙な表情を浮かべたビッグボスが、突然にして彼の前で無表情になったのだから。感情の遮断、それは潜入工作員として当然のように備えておかなくてはならない能力。

 しかし人はいくら能力があると言っても、完璧にそれをなしとげることは難しい。ネイキッド・スネークと呼ばれた時代。ビッグボスは自身の師と対決して、心を引き裂かれる思いでそれを実行した。

 

 ヒューイに対しても、それが出来ない理由はなかった。

 

「エメリッヒ、博士」

「スネーク――君か?」

 

 無言の返事のかわりにスネークはヒューイの頭に真っ黒な麻の布袋をかぶせた。そして暴れないように、スカルフェイスがやってみせたように腰にへばりつくヒューイの今の脚のワイヤーを無情にも切っておく。

 「どうして、放してくれ」とヒューイもスネークのこのやり方にはなぜか驚いたようだったが、また自分の脚があの使い物にならない状態になってしまったとわかると騒ぎ始める。

 

「降ろしてくれ!僕の脚を返せ!」

「エメリッヒ博士、確保。スクワッド、スケジュールを進めるぞ」

 

 耳元では我慢できない様子のカズと、ヒューイが9年前のことをグチャグチャ言い始めていたが。スネークはそれら一切から無視した。

 

『待て、ボス。そこにもウォーカーギアがあるな、使ってみたらどうだ?』

『おい!そんなオモチャを使う必要はない!』

『そいつは動きも早いし、エメリッヒを抱えて走るくらいなら使う方がいい。スクワッドもせっかく回収したんだ、使い方は知っておきたくはないか?』

『……作ったのがヘボ科学者だぞ、決めるのはボスだ』

 

 どうやら有人で扱いやすいようにと、起動する作業以外は理解しやすい操作法であることがすぐにわかったので、操縦席にしがみつこうとする博士をそこから引き剥がすと、自分でそれを動かしてみた。ヒューイの体はアームひとつで軽々と持ち上げることができた。

 研究棟を出ると、待っていたというように野良犬のフリをしていたDDが側につく。

 

「僕はソ連のために2足歩行兵器を作っていた。本格実戦投入はまだだけど」

 

 ずっと騒いでいたヒューイの話が現代まで追いついたらしい。

 

「ここで機動データをとっていた。ウォーカーギアで白兵戦は格段に有利になる。完成すれば、あれが加わることで……」

『サイファーはソ連のために開発を?なんのためにそんなことを』

「この戦いは終わる。冷戦の終結、終末時計の針は動かない。だが、ソ連の勝利だ」

 

 ビッグボスの部隊はこの間も粛々と役割を果たしていた。

 ベースキャンプの電気制御盤を穴だらけにして使えなくし、ウォーカーギアの後ろから襲って機械を回収。捕虜は救出してプルトン回収を行い、ようやく異変に気がついた基地の兵士達がサイレンを聞く頃。

 順調に任務をこなした1列の大蛇となった兵士達が、入ってきた門の外へと近づいていた。

 

 

『よし!任務完了、ヘリを回したぞ』

『こちらピークォド。正面玄関前に緊急接近します、お急ぎを!』

 

 その言葉通り、作動する対空レーダーに捕らわれないようにと渓谷の一本道の上をギリギリの高さで低空ですすんできたピークォドの粘りと神業的な飛行技術によって、正面玄関前で大蛇と合流するかに思われた。

 

 が、ここで信じられないことがおこった。

 

 ベースキャンプ内で鳴り響くサイレン、そして徐々に出口へと向かう一列の大蛇とその先で丁度到着したヘリが一機。

 雲ひとつない澄んだ青空から一点輝くと、重力に引かれた超重量のなにかが地上へと落下してきたのだ!

 大地はえぐられなかったが、大地に作られたヒビから砂が巻き上がって落下物の体を隠していた。

 

 スネークは丁度ウォーカーギアを降りて、ヒューイを背中に担ぎあげ。ヘリの中へ放り込む用意をしているところだった。

 ヒューイを背負ったことで地響きによろけても、踏ん張ることが出来た。しかし、スクワッドはそうはいかなくて地面の上を無様に転がる。

 

 巻き上がる砂の中になぜかスネークはあのマスクの少年の姿を見た気がした。

 

「サヘラントロプス!?」

 

 ヒューイの声で正気に返る。ダイアモンド・ドッグズとそのヘリの前に鋼の巨人が立っていた。

 

「バカな、動くはずがない。どうして!?」

 

 生みの親の疑問には答えが返ってきた。

 

「博士!やはり貴様は役立たずだ。見ろ、サヘラントロプスはこの通りだ!」

 

 スカルフェイスだった。そしてその口ぶりから見るに、この巨人は……。

 

『ボス、それが博士が作ったソ連製メタルギアだ』

「お前はそこの男と共に、死ぬのだ!」

 

 そういうと両手を広げて朝の青空に向かって胸を張って言い放つ。

 

「この日、兵器が直立歩行をした記念すべき日になァ!!」

 

 そう言うだろうと思っていた。




また明日。


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オセロットのデブリーフィング

遅くなりましたっ、うっかり忘れるところだった。


 星が大地に落ちてきたかのように、巨人が現れて全てが変わった。

 スカルフェイスがスネーク達に吠えると、サヘラントロプスと名付けられたメタルギアは搭載する全ての兵器を全開閉させたのである。

 

 炎がベースキャンプの入り口を焼いて嘗め尽くし、狙いが定まらぬミサイル群とバルカンはベースキャンプを文字通り引き裂いてみせた。基地内はおかげで警戒から混乱、逃走へと変化する。

 それほどに激しい攻撃を、それも敵も味方もお構いなしに全力攻撃でやったのだ。

 

 スネークはというと、その直前に走り出すことでヒューイを背負ってその場から離れようとしていた。おかげで致命傷はなかったが、安全な橋の下に飛び込むまでに火傷や切り傷を新たに作ることになった。

 担がれていただけのヒューイは火傷が痛いと大人なのにみっともなくすすり泣きだす。知ったことではない。

 アレはこいつが作った兵器なのだ。

 

「スクワッド!スクワッドリーダー、ゴート!?」

「……」

「オセロット!?」

『ボス。まだ状況が、少し待ってくれ』

 

 早くしろ!と声をあげたいが、自分も橋の下に隠れている身の上ではそうはいかない。

 

『ボス、ピークォドは一旦離脱した。だが、問題はなさそうなのですぐにも戻れると言っている』

「だが対空レーダーがあるぞ。それよりもスクワッドは?」

『こちら……ゴート、スクワッドリーダーです』

「生きてたか!?」

 

 苦しそうに咳込んでいるのは気になったが、とりあえず安心して自分の後ろについている不安そうなDDをみてにっこり笑った。

 

『すいません、ボス。みっともない醜態を……』

「いいさ。それで他の奴は?」

『皆生きています。一緒です、ですがーー』

「なんだ?」

『3人が負傷、俺も足をやってしまいました』

「そうか――」

 

 とりあえずあいつ等は自分で自分の面倒をみることが出来た。死なれるよりは断然よい。

 なにをするべきか、すぐに決まった。

 

「DD、よく聞いてくれ」

 

 やかましいヒューイを放り出すと、相棒の前で膝をついた。ヒューイは自分を乱暴に扱われ、悲鳴を上げてやはりすすり泣いているが、抵抗することは出来ないらしく。そのまま倒れて動こうとしない。

 

「スクワッドのところへ行くんだ。あいつらを脱出させろ。俺とヒューイで囮になる、頼むぞ」

 

 スネークの意志を理解したのだろうか。

 何も言わずにDDは橋の下から飛び出すと、すぐに姿は見えなくなった。

 

「スクワッドへ。今から俺がヒューイと囮になる。お前達はその間に離脱しろ!」

『……了解です、ボス』

「ヘリを待たせるなよ。それは俺達だけで十分だ」

『スネーク、何を――!?』

『了解した、ボス。スクワッドはボスが囮になったのを確認して現地を離脱。ヘリとの合流地点を設定する』

 

 半狂乱になりかけるカズを黙らせるように、オセロットは淡々と指示を出す。

 

「よし、ヒューイ。お前は俺といまから巨人の機動テストをしてやろう」

「正気なのか?君は馬鹿か?スネーク、君はおかしいよ」

「お前が作った自信作なんだろう?なんで動いているのか不思議がってただろう。お前の目で直接、確かめさせてやる」

 

 ヒューイを再び担ぎあげると、カービンを手元に引き寄せる。

 弾倉の21発をフルオートで撃ったら、どうせこれはお役御免になる。橋の下からゆっくりと出ていくと、丁度背中を向けていた巨人にむけて銃口を向けた。

 

 

 ゴート達スクワッドは死にそうな顔をしていた。

 痛みや苦痛からではない。自分達の存在が、はっきりとあの人の重荷になっている今が許せないのだ。

 そもそもボスの指示に異論は許さない、というのが出動した後のルールだと言われている。拒否はできないが、それでもできることは残っているはずだ。

 

「ゴート……」

「言うな!ボスの命令は絶対だ、だから離脱する」

「しかし――しかしそれじゃ!?」

「ああ、そうだ。俺達は戦場であの人の荷物であってはならない。そうだろう?」

 

 リーダーといわれるだけあって、ゴートの頭脳と判断には見るべきものがあった。

 

「俺達は武器を捨てる、荷物になるものは置いていく。ただしラムとワスプ、お前達は違う」

 

 そう言うと自分のiDroidを渡す。

 巨漢のラムとワスプはこの中では軽傷ともいえないかすり傷でいたので、この選択には意味があった。

 

「ボスは多分、北西方向の研究棟に走るだろう。巨人の目から逃げるには、あそこじゃないと隠れられない。お前達はすぐに北の出口を目指せ」

「北だって?」

「そうだ。ただし途中で破壊してもらわないと困るものがある。対空レーダーだ、わかるな?」

 

 全員の目が輝いた。自分達の価値を示すチャンスがある。

 レーダーを破壊すれば、このあたり一帯の空域に大きな穴が生まれる。

 

「準備しろ、俺達もな。2人抜けるが、怪我人は確実にヘリに到達しないといけない。それがボスの命令だ」

「どうする?お前は足をやってるし、ヴェインもフラミンゴも軽傷とは言えない」

「ボスが使ってたウォーカーギアだ。あれがまだ入り口にある。俺が使って1人を運ぶ」

 

 そういうと橋の方から銃声が聞こえて来て、巨人はそちらの方へと向く。

 始まったぞ。

 DDが低く唸りだし、スクワッドに行けよと指示を出すが。最後にゴートはラムとワスプに伝えることがあった。

 

「レーダーの破壊は出口を出てからにしろ。途中見つかるのもナシだ。ヘリはここから北部地域にはおいそれとはいけない。数日は――」

「わかってるさ、それじゃ」

 

 言葉少なく2人の男女が走り出すのを確認すると、自分達も動き出す。

 

『ん、スクワッドリーダー?』

「オセロット!俺達はボスの命令に従ってます。ですがーー」

『わかってる。ヘリの到着に遅れるなよ』

 

 話のわかる上司は助かる。

 しかし、だからこそ自分達も絶対にやり通さなければ我がままを通した意味がない。足を引きずって走るゴートに続き、クラブは両方の肩をそれぞれにフラミンゴとヴェイルに貸して引きずるようにして駆け出していく。

 最後をDDがついていき、研究棟に続く道を走る巨人の後ろ姿を一度だけ見返した。

 

 

 それはもう、追いかけっことかいうレベルではなかった。

 童話に「ジャックと豆の木」というのがあるが、巨人とスネークはまさにあんなノリである。

 建物に寄り添うようにして隠れて常に移動を続け。崩れかけた研究棟の跡地に飛び込んだ時などは、差し込まれた鋼の手を必死によけ。

 顔をそこに押し付ける巨人の横を全力で走って隣の棟へと転がり込む。

 

 警報が鳴りつづけたせいもあって、電子錠は閉じられたままなのでこのまま、外でかくれんぼを続けるしかない。

 

『ボス、スクワッドはベースキャンプから離脱。ヘリも回収にむかっている、あとはあんただけだ』

 

 それは良い報告だ。

 

『頑張れ、ボス。静かに移動しろ、そいつはあんたがどこにいるのかわかっていない。離れるチャンスを待つんだ』

 

 オセロットは元気づけようとするが、それに関しては疑問が残る。

 この巨人は、こちらの姿を間違いなく見失っているにもかかわらず。どこに隠れているのか、なんとなくわかっているような行動をスネークを追ってきてからずっと見せていた。

 目線をあらぬ方向に向けることはあっても、その体は決してこちらから離れたところに移動する様子がまったくないのだ。それがどうしてなのかはわからない。

 

 そうなるとやれることは一つに限られてくる。

 

 情報端末をとりだすと、設定を送る。

 タイミングをはかってここから基地の外にある合流地点まで直線で約500メートル。これをヒューイを担いで全力疾走する。辛いがやらねばならない、助からない

 

 勝負の出だしは悪くなかった。いや、最高と言っていい。

 巨人はまた崩れた研究棟に気になりだすと、そこに覗いたり、バルカンを撃ちこんだりしていた。その後ろを抑えて駆け抜けたが、奴は面白いことにその時だけはこちらには気がつかないようだった。

 

 それでも、出口まで残り200メートルのあたりで後ろから凶暴な声があがる。

 遠く道路の上を人を担いで走っているところをついに見られてしまったのだ。だが、こっちだっていまさら隠れてやり過ごすなんてわけにはいかない。

 

 息が切れるし、体はきしむしとすぐにでも背中のヒューイを道端に放り出したい気になるが。そんな苦しさを忘れるように、スネークは懸命に走り続けた。

 そうやって丘を上って降りてきたヘリにたどりついた時には、さすがにビッグボスなどと崇めたてまつられようとも。肉体は老人で、足はフラフラで、ひどい有様である。

 

『ボス、ヘリのバルカンを使え。奴を牽制するんだ!』

 

 わかってる、まだ休めない。

 オセロットの言葉に従い、急上昇するヘリから地上に向けて狙いも滅茶苦茶にスネークはすがりつくようにして動かすバルカンを撃ちつづけた。

 その攻撃がどれだけ効果があるのか全く分からなかったけれど、いきなりベースキャンプの対空レーダーが爆発するのを聞いて、奴は一瞬だがこちらから体を逆に向ける。

 

 これが勝利のカギだったらしい。

 遅れてこちらに飛びついてこようとジャンプしたあたりで、こちらの攻撃にさらされ。あっという間に大爆発をおこしてサヘラントロプスは四散しながら地上へと落下していった。

 

「直立型2足歩行兵器、霊長類に例えるならばサヘラントロプス。ぼくなしで完成するわけない」

『話はこっちで聞こう』

 

 ヒューイは冷たいカズの返事が聞こえたのか、こちらにまたあの媚びるような笑みを向けてくる。

 何も言うこともないし、言いたくないので。スネークは乱暴に黒の麻布をヒューイの顔に被りなおさせた。

 

 

==========

 

 

 ヒューイ回収作戦終了から20時間がすぎた。

 ビッグボスは珍しく、自室にビールの箱を部下に届けさせると。1人でそれを飲み尽くすつもりだと宣言して引きこもった。

 飲まなきゃやってられない、そんな気分になっていたのである。

 

 酒を不味くさせるが、聞かなければならないテープがあった。

 ヒューイをオセロットとカズが6時間にわたって責め抜いた記録である。正直、素面でこれは聞いていられなかった。

 

 話は完全にループしてしまっている。

 自分は悪くない、正しいと思ったことをしようと思い。皆に勧めて、そんな事をした自分だからこそ責任もって遂行しようとしただけだ。なのに、僕はだまされたんだ。

 

 ヒューイの口から出た証言はこれだけだった。

 

 この理屈を崩そうとつつくと、今度は途端に話がキリモミを始める。

 カズはサイファーと通じていた。オセロットはスパイ時代、米国とも繋がっていた。ゼロを知っているだろう?

 どこで聞いたのか、知ったのか。自分の証言がゆさぶられると、途端に「スネーク、こいつは裏切り者だ」と誰かを差して叫ぶのである。呆れるし、アホらしくなる。

 

 どうやらヒューイはこの意識を変えさせないと、9年前の事件のことを細部まで言うつもりはなく。その後のスカルフェイスの話も、どこまで信じたらいいか分からない程度に事情を知って、狡猾に振る舞おうとしたがっているようだった。。

 カズは一時、激昂してついにヒューイの片足を。あの不格好な鉄の寄り木でそれらしくできる足を使い。逆方向に曲げてネジ切ろうとまでしたというが。それはさすがにオセロットがとめたという。

 

 証拠は何一つ出てこないし。そもそもまともに話すにしても、アレでは長期戦になりそうだ。それがオセロットが口にしたことだった。

 まったくスッキリしない話である。

 

 

 それと同じことはスクワッドの連中にも言えた。

 スネークがちょっと甘い顔をしてみれば、途端につけあがってくる。対空レーダーの処理は悪くないことだとは思うが、おかげであそこに残った2人の救出には10日前後の時間がかかりそうだと聞いてはさすがに気分が悪い。

 長時間の任務とはいえ、彼等の中にも怪我人が多かったのも気になる。

 

 そんな事を考えていると、ビッグボスが塞ぎこんでる様子を見ようとオセロットが部屋を訪れた。

 彼は部屋の主の断りなくビールのビンを一本とりあげて、やはり勝手に座ると口をつけた。

 

「オセロット、あいつは――」

「クワイエットは結局、医療班に引き取らせた。近づけるのは限られた人間だけだ」

「ほう」

「本人は従う様子を見せているが、それが返って気になる」

「なにかあるのか?」

「俺は最初――クワイエットはあんたに再戦を申し込むために、ここに来たと思っていた」

「まぁ、そうかもな」

「サイファーの命令を受けた彼女は、なんらかの奥の手を持ってここに乗り込んできた。だがらわざと監視を甘くした。檻に入れたが、彼女ならあの鍵なんてないも同じだっただろう。彼女を薄気味悪がって兵士達は近づかない、ボスの部屋はここだ。いつでもチャンスはあったはず。ところが――」

「ところが?」

「なにも。なにもない。あんたは死んでないし、襲われてもいない。あいつは動かなかった」

 

 滅茶苦茶な言われようだった。

 こっちに黙って囮にしておいて、ちゃんと考えはあっただろうが。あの女はあんたになにもしなかった、とはどういうことだ。

 

「人を囮にして、残念そうに言うな」

「そう見えるか?実際、少し困っている。彼女は人とのコミュニケーションを拒否している。言葉はわかってるようだが、話さない。筆記もしない。だが、こちらの指示には従う」

「ふむ」

「形ばかりの拘束をしても。出歩きはするが。自分の銃を取り返そうともしないし。あんたを見張ってもいない。好き勝手に寝泊りして、捕虜のフリをして客人のように振る舞っているだけだ」

「カズはなんといってる?」

「いつもの奴だ。『あいつはサイファーだ』で、『すぐに殺せ』だ。話にならない」

「だが、考えはないんだろう?」

 

 問いかけると、なぜかオセロットは黙る。

 こちらを見る視線が、何やら怪しいのは気のせいか?背筋に冷たいものが流れて、思わず瓶を一本空けると、新しいのに手を伸ばした。

 こっちが怪しみだしたと気がついたのか、オセロットは急に話題を変える。

 

「ボス、DDはどうだ。いい戦争犬になっているだろう?」

「どうだろうな、まだわからん」

「俺としては自慢の息子なんだがな」

「犬種はわからないな。ハスキーじゃない」

「オオカミ犬じゃないかな。オオカミの血が多く混じっているのかもしれない。DDは頭がいい、自己判断力もある。しかも勇敢だ。

 時にはあんたの考えとは違うこともするかもしれないが、あいつなりに考えて行動している。従順なだけじゃないというところが、あいつの素晴らしいところだ」

「ふむ」

 

 めずらしくあのオセロットが誉めているのが面白い。面白いから、そのまま続けさせることにした。

 

「あんたがあいつの特徴をもっと理解してやれば。お互いになくてはならないパートナーになれるはずだ。あいつを尊重してやってほしい」

「大絶賛だな、親バカを見ている気分だ」

「正しい評価を口にしているだけだが。まぁ、そう思われても仕方ない」

「オセロット」

「?」

「DDをなんでトレーニングしようと思ったんだ?子煩悩な山猫とは知らなかった。驚いた」

「いい犬だった。それに、きっとあんたの相棒になれるんじゃないかと思ったんだ」

「ほう、あの子犬を見て?」

「――訓練を終えて巣立ちの時が来れば、親元から出したくなる」

「だから俺に押し付けた?」

「あんたはもう、あいつを気に入っているだろう?」

 

 どこまで本気かは分からないが、たしかにオセロットは見事にDDを鍛え上げて見せた。

 俺も人と組むのは、今は相手を十二分に選んでからでないと御免だが。DDとなら全く問題はないと感じ始めている。

 きっと、この先あいつの能力を引き上げるのはオセロットではなくこっちの役目なのかもしれない。それを伝えたいのか、オセロット?

 その本人は席をたつと机の上に置かれたテープの山とカセットプレイヤーを見て

 

「カズヒラから渡されたテープか、例の?」

「ああ、お前のもあるぞ」

「……他にもテープがある。ボス、これは例の少女の奴か?」

 

 顔をしかめたオセロットが指差した山は、パスと呼ばれた少女がこの世に残した音声による日記。

 その半分は平和を愛する少女で、もう半分はあの場所で絶望し、苦痛にあえぐ彼女だった。どちらもその声を聞くのはつらすぎるものがある。

 だがつらいというならそれ以外にも、他にもある、色々と。

 そのすべてがビッグボスの人生だ、伝説のとおり厳しい試練の連続だった。

 

「ああ、俺の過去の情報につながるものは全部保管している」

「スネークイーター作戦まで?まだ持っているとは思わなかった――」

「俺の記憶は……かなり大きな穴があいていて、修復が必要だ。思い出すのにもきっかけがいる」

「そのために、これらの音声は必要……危険だぞ、ボス?」

「フラッシュバックとかいうやつのことか?そんなもの、こっちは9年も地獄に行って戻ってきたんだ。危険でも、なければ埋められない穴なら避けてはいられないさ」

「……」

 

 もう、この記憶が完全なものとなることはないかもしれない。

 だがそれでも、ビッグボスの過去はしっかりと残っている。ヴォルギン、ザ・ボス、ジーン、コールドマン。敵はもう記録の中でしか残らない。そして彼らと戦うため、ゼロ、キャンベル、カズらのサポートがあったことも重要な歯車のひとつだ。

 過去の苦痛を思い出す危険は、彼ら強敵と仲間の支えと共にすることで、耐えるしかない。

 

 

「話を戻すが、カズはどう言っている?」

「ヒューイが唯一、俺達が知らないことを口にした。『サイファーは、スカルフェイスはアンゴラで活動する』。カズヒラは乗り気だ」

「そうか――」

「『間違いない、サイファーはアフリカ中部でなにかをしようとしている。

 現地のPFとも接触している形跡もあるようだ。その痕跡を追えば、奴等が何をたくらんでいるのか。真実が明るみになるはずだ』とかなんとか」

「……ハァ」

「アフガンでの痕跡は途絶えた。サイファーを探すなら、ヒューイの情報とカズヒラの考えに賛同するしかない。アフリカで奴の痕跡を探すしかない」

「アフリカ、か」

「ボス、知っているか?最近、このあたりじゃダイアモンド・ドッグズを率いるビッグボスの活躍が話題をさらっているが。噂の中の彼に、新しい名前がついたのを?」

「俺に?なんだ、興味があるな」

「ビッグボスの新しいコードネーム、それがパ二ッシュド・スネーク」

「パ二ッシュ――神罰か」

「兵士のスカウトのためのストーリーだが、どうもカズヒラが流しているようだ」

「昔もネイキッド(裸)なんておかしな名前がついていたが、それと比べてもどうかと思うセンスだぞ」

「その名前はもうすぐアフリカでも聞けるようになるだろう。カズヒラは優秀だ」

「――俺達が行くのはいつだ?」

「すぐではないだろう。まだ、戻ってこれない奴もいるしな。どうした、ボス?」

 

 思ったことを口に出さねばならなかった。

 

「スクワッドのことだが、俺は解散させたいと思っている」

「おい、ボス!?」

「待てよ、最後まで聞いてくれ。お前の目は信用している。不満は――なかった、これまではな。

 だが、今回のことで俺が厳しく規準を再設定したい。ちょうど新しくダイアモンド・ドッグズの戦闘班も設立するというしな。俺も部下のことをもっと知らなくてはならないんだろう」

「まぁ、そういうのなら」

「アンゴラか……なにが待っているのやら」

 

 ビールの酒精をやけに苦く感じさせる夜だった。




今回で第2章は終了となります。
次章は来週から、それではまた。


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カラーズ
空白時間


お待たせ、投稿時間忘れてたよ。
それでは再開します。しばらくお付き合いください。


「彼は老人で、メキシコ湾流で小船に乗って、一人で魚釣りをしていたが、一匹も釣れないまま、すでに84日が経過していた。」

                                                 (「老人と海」冒頭より)

 

 

 ヒューイの新たな情報をもって、彼への尋問はそこで一旦打ち切られることとなった。

 新証言が出ないので彼を裁判にかけることも出来ず。逆にサイファーについては新たな活動拠点を話したので、そこに集中するために時間がとれなくなったということだ。

 

 長年の念願であったヒューイを手中に収めたことで、カズヒラ・ミラーの憎悪は今やはっきりとサイファーとスカルフェイスに向けられていた。

 彼は早速、ダイアモンド・ドッグズの諜報班を中心にした軍事資産のほとんどをアフリカにふりわけて送り込む。サイファーが、スカルフェイスがサヘラントロプスを失い、ソ連という大国から離れてアフリカに消えていった。

 このまま時を与えて逃がすつもりはない、情報の中のわずかな痕跡をにおいのように感じ取り。追い続けなくてはならない。

 

 

 こうしたダイアモンド・ドッグズの姿勢はのちに大きな禍根を生むことになるのだが、そんな事を考える余裕をこの時の彼等はすでに失っていた。

 

 

==========

 

 

 新しい場所(ステージ)を前にして、ダイアモンド・ドッグズという組織も大きくその姿を変貌させようとしていた。

 最初こそ開発班と拠点管理班だけで細々と運営していたこの組織だが。いまやアフガニスタン最大の軍事組織へと急成長しており。

 グループに至っては、支援、医療、戦闘とより専門分野に別れてさらに優秀な人材を広く求めていた。

 この頃になると、もう前線からビッグボスが兵士を攫ってきて説得するよりも。会社の規模とビッグボスの伝説、復活からの活躍を耳にして志願してくる数の方が圧倒的多数となっていた。ヨーロッパ、アジア、米国に南米と、実に多様な人種がわざわざここを目指して自分を売り込みに来るのである。

 

 

 だが、アフリカへのルートを作るために忙しいカズにかわり、オセロットが1人でそいつらの面倒を見なくてはいけなくなった。仕事量は一気に倍増して大変だったが、苦労ばかりではない。

 特に新たに発足された戦闘班の存在には心強いものがあった。

 

 これまではボスが大きく稼いで、それを頼って運営されていたダイアモンド・ドッグズに。組織化され、訓練された質の高い部隊を依頼人の元に派遣することで、利益を産み出せるようになったことが一番の収穫だった。

 それによって人的損耗もおこるようになったが、あとからあとから湧いてくるように集う志願者たちのおかげで。彼らへ割り振られる仕事が滞ることはなかったし。

 慢性的な資金不足に怯える必要もなくなっていた。

 

 反比例するように、ビッグボスの出撃頻度は大きく減ることになった。前線こそ自分が最も生きる場所と考える本人にとって、これはうれしい話ではない。

 しかし、彼は彼でやらねばならないことがあった。

 

 

 ”ビックボスの部隊”、スクワッドの解散と再編成である。

 スネークはオセロットとカズに話した翌日、医務室からまだ動けないスクワッドメンバー達を見舞う席で、部隊の解散を彼等に告げる。

 

 この時、さすがに気落ちする彼等に言った言葉が、その後の新兵達のやる気に火をつけたと言われたスピーチをおこなった。

 

「ダイアモンド・ドッグズはこれから新たにアフリカへと向かう。俺とカズが、そう決めた」

 

 力強いその言葉だけで、下を向いていたベッドの上の全員が、ビッグボスの顔を見上げていた。

 

「俺達はサイファーを追う、今までもそうだったが。それはこれからも続く。

 お前達に伝えておく、新しく発足した戦闘班にお前達は入っている。それは俺の部隊でみせたお前達の力を認めたからだ。

 俺も、最近では戦闘班に活躍を奪われて暇を持て余している。だが、これはすぐに終わる」

 

 そう言うと病室の中を見回し

 

「アフリカで俺達は、再びゼロからのリトライをしなくちゃならん。だが、それはアフガンでもそうだったことだ。

 だから俺は今度こそ”俺の部隊”を作るつもりでいる。お前達、自分がそこにふさわしいと思っているか?そう思うなら、もう一度名乗りを上げるといい。

 すでにお前達とはいくつかの戦場を共に歩いた戦友だ。お前達のその力をもう一度、今度は俺自身にみせつけて部隊に入るというなら、喜んでその時は迎えよう」

 

 実を言うと、ボスはリーダーのゴートと女性3人以外の実力に不満を持っていた。

 私生活では度々自分を特別のように吹聴しているところを何度か見かけたことも、噂に聞いていた。

 訓練にしても、彼等にはあまり成長も見られない。従うことは得意でも、自分で考える力と判断力に疑問があった。それは正規の軍の規律に触れていない傭兵だから、ではすまない。

 それなら女性兵士たちの存在理由にならない。

 彼らは質のレベルで圧倒的な物足りなさを感じさせた。それがスネークに再編成の必要を感じさせたのだった。

 

 

 

 数日後、キャットとヴェイルは病室を出るとそのままダイアモンド・ドッグズから去っていった。

 去った理由は聞かなかったし、興味もない。彼等は傭兵なのだ。

 自分が戦う戦場を選ぶ権利がある。

 風の噂ではキャットは別のPFの誘いを受けて軍事インストラクターへと転職、ヴェイルもそれとは別のPFに高額を持ちかけられてうつったらしいと聞いた。

 

 

 オセロットとスネークが共に兵士の訓練を見ているときは、近くにはかならずDDがいた。

 お気に入りの2人が側にいるのが満足しているようで、そばで銃をバンバン撃っているのに昼寝をするか。もしくは視線でチラチラとDDをみているやつに腹を見せて甘えた仕草を見せつける事で、訓練中のそいつの集中力を乱せては遊んでいる。

 

 そんな時、スネークは良く首筋に鋭い視線が差すのを感じて周囲を見回した。

 大概は見つかるのだが、決まって遠くの水上プラントから睨むようにこちらを見ているクワイエットの姿があった。あの女、本当に気ままに出入り出来て。好きに振る舞っているらしい。

 

「あんたがここにいるんで、怒ってるんじゃないか?」

 

 そのことで顔をしかめているスネークに、オセロットは笑いながらそう言った。

 なんでもクワイエットは檻の中でも欠かすことなく筋力の低下を恐れるように鍛えており、決まって最後にプラント同士を結ぶ橋の上を散歩しているのだという。

 

 

 一度だけ、スネークはクワイエットのいる医療プラントの特別房に行ってみたことがある。

 例の部下達とは別の日にいったのだが、そこでは日がな一日中をUKミュージックをながしている。これは別にクワイエットへの嫌がらせとか拷問というわけではなく、これがないとクワイエットの側に見張りが恐ろしがって置いておけないので仕方なくやっているということだった。彼女を兵達が恐れ、不気味に感じて忌避しているという話は本当らしい。

 

 彼女の檻はプラットフォームにつくられたくぼみに用意され。

 本人はまったくのこと涼しい顔で、虜囚だというのに余裕があるのかブラをはずして体をうつぶせに横になっている。

 

(目の毒、なんてもんじゃないな)

 

 戦場では女性がしばしば暴力にさらされることがある。

 クワイエットは特別に美人というわけではないが、それでも目はな顔立ちは悪くないので、男の兵士達を性的に刺激するのではないか、などと思ったが。

 どうやらそれは杞憂に終わりそうだ。

 

「クワイエット、何故彼女は服を着ていないんだ?」

「ボス!!……別に、わざとではないんです。オセロットの命令で」

「オセロットが?」

 

 どうやらなにかあるらしい。

 

「クワイエット、俺と話せるか?筆談でもいいぞ」

 

 こちらに意識を向けている癖に、彼女はわざと気にしていないという態度で横になったまま無視している。

 しばらく待ったが、やはりこちらに興味を示さないので諦めた。どうやら今は、この顔とは話したくないと、このお姫さまは言いたいらしい。

 

 

==========

 

 

 まずいことになった。

 カズヒラと諜報班は苦戦していた。

 現地に乗り込んだ諜報班は、次々とその世情の不安定さに悲鳴を上げ始め。それを叱咤激励して続けさせたカズヒラ・ミラーも。一か月を過ぎ。遅々と進まぬ現状の中で諜報班から15人目の犠牲が出たことでさすがに考えを改めざるを得なくなった。

 

 とにかく最悪なのである。

 

 この時期、アフリカは白人支配からの解放を成し遂げようとしており、アパルトヘイトの終末から開放への希望を持とうという空気はあったものの。実際はそれに代わって政情不安と飢餓で、混沌とした形のない憎悪がそこかしこで満ちていた。

 特に飢饉に関しては致命的なものがあり、国連の活動で国際的な支援が開始されようとしていたけれど。

 それが後に新たな火種を呼び込むのだと指摘する人は、誰もいなかった。知らなかったか、それともあえて口にしなかったのであろう。

 

 政府も軍も、とにかくまったく話が通じない。

 こちらが武器を持たなくてもホワイトカラーの白人と見て取ると、むこうはまったく会話ができなくなるらしい。交わした約束は破られ、こじれ、遅々と進まなくなる。時間の無駄だった、カズヒラ・ミラーは別の方法をとらねばならなくなっていた。

 

「オセロット、俺は5日ほどイギリスへ行く」

 

 オセロットはいぶかしそうにしていたが。カズはアフリカのルートのためだ、とだけしか言わなかった。

 そのかわりに姿の見えないビッグボスがどこにいると聞く。

 

「あの人はアフガンに戻ってる。任務があったんでな、退屈なんだろう」

「なんだと!?勝手にそんな事を」

「察してやれ、カズヒラ。ボスも口では言わないが、サイファーの後を追いたいと思ってくすぶっていたくないんだ。体を動かせば、少しは不満も収まる」

「ボスをまるで子供扱いだな。とにかく、俺は行ってくる。報告は戻ってからになるだろうな」

「それなら例のボスの部隊だった連中を連れて行け。あいつ等もお役御免で退屈している。警護にはぴったりだろう」

「――ボスはまだ、新部隊のテストについては言わないのか?」

「あんたを待っているんだろうな。アフリカでは出なおす、と口にしたからな」

 

 サイファーが逆にこちらを見てないともわからないので、カズは護衛を連れてイスタンプールを経由してロンドンへと向かった。ロンドンでカズは、多くの人と出会ったが。最終的には2人に決めた。

 

 1人はホテルのバーでカズに手を差し出してきた。大柄の、それでいて隙のない眼をした金融屋だった。

「はじめまして、私。ロイド&レオダニス社のベンジャミンと言います」

 もう一人は高級レストランに招待してきて、その席で手を差し出してきた。小柄で、東洋人の血が混ざった柔和な笑顔をむけてくる。

「はじめまして、カズヒラさん。わたし環境保護団体”緑の声”を代表してます。ユン・ファレルといいます」

 

 アフリカから白人達の手は確かに離れようとはしたものの。

 やはりこの大地に眠る豊かな資源を放っておくことなど考えられない彼等は。次に企業と非政府組織を送り込むことでアフリカに関わっていこうとした。

 

 つまりかつての植民地としたアフリカからは、正しく白人を追い出せなかったのである。

 

 

==========

 

 

 ついにカズがアフリカへのルートが用意できたと口にしたのは、サイファーの一件から2ヶ月を過ぎた頃だった。

 だが、彼が口にした依頼にビッグボスは難色を示す。

 

 アンゴラでの最初の任務。

 それはなぜか環境汚染に構わず続けている油田の操業を止めさせるという、なんともしまらない話に聞こえたからである。

 だが、カズの話ではことはそう簡単な話ではないらしい。

 

 諜報班の調べで、確かに油田のパイプラインが破損して汚染が広がってはいる。ところが、その油田を動かしているのは武装組織で。それは最近では米国とのつながりから、西側の武器を入手しているという話があるのだという。

 いささか乱暴な気もするが、これをもってどうもカズはこの組織がサイファーと繋がりを持っているのではないかと言うのである。

 

 なにやらタヌキに化かされているような、漠然とした話ではあるものの。ここまで時間がかかった上に、これ以上話せない事情もあるのだろうと思ったら。無下に却下とは口にできなかった。

 と、いうよりもスネーク自身もサイファーを追うことにこれ以上、待つのは苦痛だったのだ。

 

 カズの話が終わると、つぎにスネークとオセロットが席を立つ。

 今回のブリーフィングだが、いつもよりも参加する人の数が多い。だいたい戦闘専門だけで50人近くいる。それが今回のスネークの目的ではあったのだが……。




ではまた明日。


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油田制圧作戦

 出撃前、新しい場所での最初の任務に誰しもが緊張感を持っていた。

 それはこのビッグボスと呼ばれた男でもそうだ。

 ヘリポートに姿を現した今日の彼は、アンゴラの大地、赤土に合わせた迷彩服の柄が毒々しい。

 オセロットが「乱気流が発生している、振り落とされるなよ」と声をかければ、スネークは「わかってるよ、そっちも遅れるな」と返す。

 

 そんな2人を見送りに出て来ていたカズの雰囲気がこの時、変わった。

 いきなりピリピリしだして、周囲が驚く。それでもカズはやめない、一歩、一歩。ゆっくりと進みでてくる。

 

「どうした、カズ?」

 

 殺気立ってヘリに乗り込もうとしているのかと心配になったスネークがそう声をかけると、オセロットの隣にいたDDが悲しげにクーンと鼻を鳴らした。

 ミラーはいきなりヘリの扉を自分の杖で一度だけ叩いた。

 それ以上は前に出るな、という意味でやったことだが。相手はそもそもヘリに乗り込む気はなかったらしい。

 

 ヘリの横には腕組みしたクワイエットの姿があらわれる。

 ステルス能力を使って、ずっとここに潜んでいたのだろうか?そしてカズはそれに気がついた?

 

「クワイエット?」

 

 驚くスネークと違い、副司令官の声はやはり冷たくて低い。

 

「どういうつもりなんだ?」

 

 晴れの出撃に水を差すばかりか、この作戦にわざわざ顔を突っ込むようなまねをする敵の狙撃兵に苛立ち以上の憎悪を滾らそうとするカズに対して。そこに意外な助け舟をだしてくる男がいた。

 

「ボスと一緒に出撃したいんだろう」

 

 オセロットである。

 クワイエットが俺と出撃したい、だと? その言葉もショックだったが、あの日のオセロットの意味ありげな目つきの正体がこれだとわかった。

 

 理解した、理解不能な意味で。

 

 さっそくカズは怒鳴り声を上げた。

 クワイエットに対する憎悪よりも、彼女に対するスネークの対応から危険な未来を察して食い止めねばとカズの怒りの質は瞬時に変化していた。

 

「駄目だ、許さん」

「問題ないだろう、カズヒラ。”ボスと一緒”ならな。

 優秀なスカウト、狙撃の腕もいい。潜入時も邪魔にはならない。他の奴等と違ってな」

「ふざけるな!オセロット

こいつが優秀だと?なるほど、優秀な化物だ」

 

 カズの声はどこまでいっても冷たい。

 可能なら自分の手で、この場でこの化け物女を殺したいと言いだしてもおかしくない様子だった。

 するといきなりオセロットは自身のリボルバーを抜くとそれをクワイエットに涼しい顔で渡してしまう。

 

「おいっ!」

 

 落ちつけよ、とカズヒラに合図するとオセロットはクワイエットに言った。「こいつを通してみろ」と。発着状態にある飛び立つ直前のヘリの回転翼に向けて撃っても当てるな、と言ってるのである。

 

「何を言っている!?待て、機械を壊すだけだ!」

 

 相変わらず怒声を上げるカズヒラを一歩下げさせ。

 再びやれ、と口にする。

 

 とはいえオセロットは全面的にクワイエットを信用したわけではない。彼はリボルバー以外にも、一応だがマカロフ拳銃も隠し持っている。

 もし、この女が変心していきなりビッグボスに銃口を向ける気配をみせれば。すぐにもそれで女を殺すつもりではあった。

 

(これでわかる。お前は死にたいのか?それとも生きる場所を手に入れようとしているのか?)

 

 クワイエットは黙ったままだったが、答えはすぐに出た。

 左と右、両方の腕で3発ずつ。

 彼女は見事に全ての弾丸を回転翼に当てずに空に向かって弾丸を発射してみせた。

 オセロットに銃を返すと、こころなしか(どうだ?)と誇っているような表情を見せ胸を張る。化物ではない、この女も兵士だったのだ。

 

 カズヒラは何も言えずに、血を吐き出さんばかりの表情をしていた。いっそこの場でボスを撃とうとなぜしない、とすら言いだしかねない気配すらあった。 

 

「見ただろう?この動体視力。深視力も凄い」

 

 カズの不安は的中する。

 前に出てきたスネークの目は、あの日彼女と対決した時のようにキラキラと輝いていた。

 

「一緒に来るか?」

 

 素晴らしい技術を目にして、ビッグボスは自然にかつての敵を誘おうとしている。

 

「駄目だ!本気なのか、スネーク?

 この女は口がきけない。まともなコミュニケーションが取れない化物だ。忘れたか」

 

 スッとクワイエットがすべての視線から目をそらした。

 カズはそれで自分が勝った、そう思った。

 

「そうだな……」

 

 スネークも、相手が目をそらしたのを見て副指令の意見に同意すると。DDを連れてヘリの中へと乗り込んだ。

 クワイエットはヘリがマザーベースに背を向けて飛び去るまで、じっとそれを見続けていた。そして彼女をどうやって監房まで戻そうかと、遠巻きに頭を抱えている巡回兵の前から消える。

 

 

 カズはそんなクワイエットの背を見て密かに歯ぎしりをしていた。

 苛立つ、ふざけた女だと思っていた。

 サイファーのくせに、ボスを殺そうとしたくせに、あいつはそれでビッグボスの誰もが希望する相棒になろうというのか?カズはクワイエットに関しては、嫉妬とは違った感情から憎悪している。

 

 スカルズへの恐怖、サイファーへの憎悪。それが絡まって、防衛本能として即座に殺せと叫び続けているのだ。だが、この男は本来非常に怜悧な男なのである。

 感情を抑制し、自分を理解することで問題を対処する。それが出来る男なのである。

 そんな男でもビッグボスがあの女に見せる甘さはどうにも許せるものではなかった。

 サイファーを憎んでいるのではないのか?その女は、あのスカルズの同類。化物なのだから曲芸しながら人を殺すことがお手のもの、そういうことではないのか?。

 

 なのに、なぜかそれを彼は賞賛し。黙っていれば簡単に”俺達の仲間”として容易に受け入れてしまおうとするのだろう?

 

 ダイアモンド・ドッグズにボスをようやく迎え入れた時、スネークは静かに口にした。

 俺たちは未来のために戦うのだ、と。

 ボスがあの女を認めるのは、サイファーのあの化物女に未来を見ているからとでも言うのだろうか?

 

 

==========

 

 

 スネークはピークォドの中で静かに、投下地点につくのを待っていた。

 DDは、乗ってから静かな主人にあわせ。じっと行儀よくその正面に座っている。DDの体は大きくて、よく見るとここでは窮屈とまではいわないが、まさに一匹だけで十分なスペースをとっている。

 

――匂いでわかるか、エイハブ?

 

 気がつくとDDの隣に、自分の正面にドッペルゲンガ―のイシュメールが座ってこっちに話しかけていた。彼からこうして話してくるのは、いつ以来だろうか?

 まだそれほど時は立っていないが、それでも喜ばしいことだった。

 

(あんたはなんて格好だ)

――おかしいか?

(緑林での迷彩パンツにブーツ。なのに上は肌(ネイキッド)だって?カモフラージュ率を考えてないだろう。それで戦場に立つというなら、どうかしているぞ)

――そうかもな。昔それで呆れられたことがある。だが……こういう開放感も味わいたい時もある

(それは……否定しない)

 

 スネークイーター作戦での記録、テープにあった交線会話を思い出せた。

 思わずにっこり笑みを浮かべてしまうと、DDは不思議そうにスネークを見返していた。

 

 

==========

 

 

 アンゴラはザイール国境付近。

 夕刻の迫る大地は、アフガンと違って赤い土の大地を覆う緑林が広がっているのが見える。

 さらには、眼下の川からはどうしようもない。原油が原因と思われる不快な匂いが立ち昇っていた。これがカズが話していた汚染されたという川であり、近隣の住人達はこれによって汚染された水で苦しめられている。

 哀れで同情する話、ではある。

 だが、やはりスネークの中ではどこか納得できないものも確かに残ったままなのである。

 

――わかるか、エイハブ?

 

 イシュメールは突然そう言った。

 

――わかるか、この大地の匂いを。ここには懐かしい匂いがある、俺とおまえが駆け抜けた。あの時の戦場の匂いを強くかんじる。わからないか?

(あの時?いつのことだ。そんな風に考えたことはなかった)

 

 だがイシュメールは答えない、かわりにそのまま話を進めていく。

 

――混乱と熱気が、徐々に恐怖の水位を高めている。支配からの解放、それを終えて人々は自由を夢見ている

(だが、政情は不安になるばかりだ。俺達もここに来るのに苦労していた)

――それはまだ、お前達がここの連中にとって”仲間”ではないからだ。わかるか?

(ふむ、なんとなくは)

――いや、その様子だとまだだ。ここもやはりベトナムなんだ。アフガニスタンがソ連のベトナムなら、ここは第三世界のベトナムだ。ただしここには人々の衝動に歯止めをかける大国の秩序がない。世界に比べる軍事力もない。

(……)

――そのせいで前の支配者の爪後に苦しんだ彼等は、互いに同じことを自分達の体にほどこそうとするのだろう。その自覚もないままに。愚か過ぎるが、人の欲望はそれほどに強く、制御は難しい。

(終わらない戦場、そこに作らねばならない俺達の天国の外側(アウターヘブン)、わかっている)

――エイハブ。人が無尽蔵に自身の幸福と自由を求めるように。俺達の見る地獄の底もどこまでも深い。すごしやすいからといって、ここで再び英雄とならないようにな

(英雄、にはなるな。それが助言か?)

――もう誰かの都合で平和をとりもどさなくてもいいってことさ。それだけだ

(……俺達は感謝を求めてはいなかったが、いつもそうして平和をとりもどしていた)

 

「ボス?降下まで一分です」

 

 スネークはパイロットの言葉に応えず。淡々と壁に掛けられた武器を手にして、準備を始める。

 ピークォドから飛び降りると、踏みしめる川の跡地は原油に汚染されてひどいものだった。匂いがきついせいだろう、DDが頭をフルフルふって必死になにかから逃れようと頭を振り回しているのを見て気の毒に思う。

 こんなところからはさっさと帰った方がいいかもしれない。

 

 

==========

 

 

 マサヤ村、現地ではワラ・ヤ・マサで呼ばれるそこの入り口にいきなり出た。

 ここでは一帯の村々を現地PFによって占拠されている。銃の力でそれを成し遂げたのだ。

 人の生活感はまったく感じず、夕刻なのにもかかわらず。今もなお響きわたる銃声、村の中では射撃の練習が行われているようだった。

 

 スネークがここに来たのは現地の人々の様子を偵察するという目的であったが。

 そこには兵士しかいなかった。

 わかっていたのだろう、もしくはこの現実をスネークに肌で感じてほしかったのか。

 無線の向こうから、カズヒラ・ミラーは無感情にたんたんとMSF壊滅後に世界中で誕生したPFという存在の本質を説明し始めた。

 

『あの時、俺達のMSF壊滅は世界に衝撃を与えた。当然だ、あれほどの組織が一夜にして消えたんだ。

 そして彼等は声を上げなかった。それはいい。

 しかし今度は我々を失ったという事実に困惑した。金で得られる即席の確かな軍事力。それを失ったことへの幻肢に苦しんだんだ。

 

 そこで生まれたのがPFだ。

 彼等は俺達のMSFの後継者のつもりだったろうが、実際はMSFの亜種でしかなかった。MSFという存在に必要不可欠だったあんたという存在。そのかわりを誰も用意できなかったんだ。

 だからPFはあくまでもMSFのような存在にはなれなかった。

 小規模で、兵達は金のために戦場に行く労働者でしかない。それでも国は小さく安いからと、彼等を雇って戦場へと送り出す。

 あんたがいない、それだけでPFは容易にその志も捨ててしまった。

 

 ここはそんな世界の最悪なサンプルの1つだ。

 PFは山賊と変わらない。どこかのだれかの金と支配のために武器をふるう。彼等の生み出す暴力の苦しみが、彼等の支配欲と金となって帰ってくるシステムにおとしめられている。

 スネーク、俺達はこういう世界でサイファーを追わなくてはならないんだ』

 

 あの鼻の曲がる様な匂いの立ちこめる河川側で発砲音は続いている。

 せっかくだ、それを見物させてもらおうと思い。村の中を突っ切っていくことにした。DDはこちらの意図を察知して、鼻を鳴らすが。それは当然だろ、と言ってるようにも感じた。

 DDのこういうところはオセロットの性格の影響を感じる。

 

「動くな!」

 

 配送所らしき近辺で作業している男にちかづくと、さっそく拘束した。

 ところが相手の反応が薄い。「?うぉあ?」と言って話が通じない。

 

『ボス、忘れてないか?そこの共通言語はパシュト―語だ。つまり……』

「また通訳を探さないと、か。なるほど――」

 

 そう言うと素早く絞め落とし。新しく一新された新型のプルトン装置で回収すると。今度からは村の中を人の目につかないように、DDと共に河川のほうへと進んでいった。

 

 

 

 

 そこには確かに地獄の1つが存在していた。

 断続的な発砲音に続いて、怒鳴り声のする方角を見てスネークは呟いた。

 

「少年兵か……」

 

 アフガニスタンではいなかった、とはいわない。

 あそこでも家族を、村を、母や妹達を守るために男達の留守中を小さな若い男達が武器を手にして守っているのは知っていた。だが、彼の目前にあるのはそう言う光景ではない。

 一列に並んだどこにでもいる服装の少年達の手には武器が握られていた。

 

「てめぇ、もう何度言わせりゃ気がすむんだよ!!」

 

 列の中の1人が動きがよくなかったようだ。

 それまでにもされたのだろうが、その顔は大人に殴られすぎたのか腫れあがり、鼻血もたらしたままだった。

 

「しっかり構えろ、ちゃんと狙え。そいつの一発の弾はお前の命じゃ買えないんだぞ」

 

 そんなわけがない。

 ライフル弾一発の値段などたかが知れている。

 怒鳴られている少年は顔がはれあがったせいで目が塞がれているのだろう。狙っても、どこかおかしいのは当然と言える。

 なのに訓練を見ている男はその子の尻を本気で蹴り上げると「もう一度、今日は最後だ。撃て!」と命令を下す。

 ふたたび子供達の銃が火を噴き。汚れた川の表面に穴を穿つ。

 

「訓練で実弾とは、随分と余裕なんだな」

『いや、ボス。それは多分違う。ここでは少年兵は消耗品として扱われている。何かがあれば兵士達の前に立ってまず戦うのが彼らだ。弾よけで終わらないように、ああして戦うことだけを教える。そして――』

 

 撃ち終わると、並ぶ子供達の端から。訓練をしていた男は、個人個人のわるかったことを静かにそれぞれに簡単に指摘して回る。

 遠目だが、腰を据えろとか、目を閉じるな、とか。まぁ、それほど間違ってはいないことは言っているようだが、そもそもあの様子だと、身を隠せといった基本すら教えてないようだ。そうなるとカズの言うとおり、戦場でもああやって”敵の前に己の体をさらしたまま”撃てといっているのだろう。

 

 全員の指摘を終えると、男はそこでいきなりあの少年を列から外し。

 倍以上あるであろう大きな体で、見た目にも明らかな膨れ上がる筋力をみなぎらせつついきなり少年を殴り飛ばした。

 それは制裁ではなかった。明らかに少年を殺すつもりでやっていた。

 

「テメ―の出来の悪さには、うんざり、させられるっ。なんで出来ねーンダヨっ、死ねッ!」

 

 その言葉と怒りに触れて思わず防衛本能からなのだろう、少年は思わず自分のライフルに手を伸ばしかけたが。これが彼の運をつきさせてしまった。

 

 大男は反抗されたことへの怒りの咆哮を上げると、小さな少年を体の下に組みふせて固い拳を振り下ろし続けた。そこには何の躊躇もない。飼い主に牙を向けた罰を、ほかの少年(犬)達の前でみせてやっているのだ。

 恐怖は彼らにも当然だが伝わるだろう。

 ライフルを手にした少年達の目に哀れみといった感情は浮かばず。「なぜ出来ないのに、生意気な態度をとった?」と言わんばかりに死に向かって転がり続けている黙って殴られ続けている少年を見下していた。

 

 赤い大地の美しい夕焼けに、毒々しい陰惨な処刑が終わった。

 並ぶ少年達は別の大人達の号令でその場を立ち去って行く。動かぬ少年の上で立ちあがると、男は”終わった”のにまだ不満があるらしく。動かなくなった小さな体を持ち上げると、汚染された川まで持っていって荷物を乱暴に扱うように力一杯放り投げた。

 

 ドボン、という水音は変わりはなかった。

 その水面に少年が浮かんでくることもなかったが。

 

 スネークの表情は変わらなかった。

 かわりに無線の向こうから『スネーク――』と苦々しくつぶやくミラーの声だけがそこに残った。

 

「これから油田へ向かう。合流する」

 

 静かにそれだけ報告すると、もう見るものはないと、DDを連れてマサ村の出口へと目指して進んだ。

 

 

==========

 

 

 太陽が沈むと、すぐにアンゴラの大地は深い闇の中に沈んだ。

 村々を結ぶルート上に置かれた監視所では、夕飯の準備をしつつ。こっそり隠していたアルコールの類も出してきた。

 本来なら、それは許されない嗜好品ではあるものの。もはや彼等PFを敵とするような馬鹿は、この辺りではとっくに死人となっている。おかげでこうやって楽しい夕食も食えることが出来る。

 

 最初に気がついたのは誰だったのか。

 気がつくと「出て来てくれ、敵だ!」との声に反応して、男達は武器を持ってテントの外へと飛び出していた。

 そこには闇の中に立つ、白馬に乗った映画の中でしか見たことのない、ガンマンがいた。

 ここは西部じゃない、アンゴラなんだぞ。誰がそれを口にしたのか。

 

 

 オセロットは馬の背から降りると、あの独特のわざとらしい演技のような口を開いた。

 

「山を降りた山猫は、遠くアンゴラの夜の大地を歩く。詩的な響きはないが、この感動を君達にも――」

 

 そこで言葉を止めると、わずかに首をかしげる。

 

「そうだったな。こっちの言葉はわからないんだった」

 

 そういうが、オセロットは口元にあの輝く笑顔を浮かべる。それにつられたように、この奇妙な白人のガンマンがただの馬鹿じゃないかと彼等は何故か信じはじめ、おかえしに暴力的な笑みを浮かべた。

 それが合図となった。

 電光石火で抜かれたオセロットのリボルバー、6発が6人の命を奪う。

 貫かれ、破壊された心臓を抑えて崩れ落ちていく男達をオセロットは冷たい目で見ていた。やはりこの男、その驚くべき技のさえに衰えは見えない。

 

 テントの影では、オセロットが新たな6発をシリンダーに込め。ホルスターに戻すのを待って消えることを期待する隠れた男が1人だけ残っていた。

 だがオセロットは銃をホルスターには戻さず。その場からも動かずに口を開く。

 

「まだ1人、残っているだろう?投降するというなら助けてやろう。なに、武器を捨て……」

 

 そこでさっきの自分の言葉を思い出し、溜息をついた。

 

「言葉が通じないのは不便だな。本当に」

 

 それだけ言うとあらぬ方向に向けてもう一発、発射する。それだけでテントの影に身を隠していた男の体は崩れ落ちていき。彼の足元は流れ出てくる血で川を作ろうしていた。

 オセロットは再び馬に乗って走りだす。今夜の彼には、任務がある。

 

 しばらく行くと、自分の情報端末を取り出して確認した。

 3分ほど余裕を持って到着してしまったらしい。

 

『こちらモルフォ。オセロット、第2降下地点まで1分です』

「こちらオセロット。すでに到着している。降下地点は確保した」

『了解、急ぎます』

 

 その連絡の通り、ヘリはオセロットの側までくると地上に4本のロープを垂らした。

 それを伝って次々とダイアモンド・ドッグズのエンブレムをつけた兵士達が降りてきた。

 

「こちらオセロット、犬(ドッグ)達は受けとった。これから散歩を開始する」

『了解だ。フッ、山猫が犬の散歩か。オセロット、笑えるぞ』

「そうやって笑ってろ、カズヒラ。よし!お前達、ボスが待っている。センパーレイ(忠実であれ)、これを忘れるな」

 

 そう言うと山猫とそれについていく4列の――4匹の大蛇は目的地のンフィンダ油田にむけて進み始めた。

 



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Riptide

2回に分けようと思ったけれど、半端な分量になったので本日は多め。


 油田までの道はまさに不快で一杯のドッキリ箱だったことがわかる。

 スネークはそこに焼かれた村と、同じくそこにいたせいで焼かれた人々を見る羽目になった。

 そう日がたっていないのか、人はまだその姿をわかるように残してはいた。皮肉にも汚染域のそばという場所のせいなのだろう。死肉に群がる獣の姿は見られない。

 ズキズキと頭の奥が痛み出すのを感じる。よくない兆候だ、まだ任務中なのに。どのみちここで彼ができることもない。

 無言でここに入り込み、無言でここをながめ、そして無言のままスネークはこの場から立ち去ることにした。

 そうやってスネークもまた、ンフィンダ油田へと到着する。

 

 

 

 オセロットは部下達と共に、油田前の丘にある森の中から偵察していた。

 河川に設置されたこの油田は南側と東側の2カ所に人と物資の出入り口がある。自分達は東側にあって、もう1つの南側にビッグボスがこの瞬間にも待機している手はずになっていた。

 

「こちらオセロット。ボス、いるのか?」

『おお、来たな』

「待たせた。あんたのダイアモンド・ドッグズを連れて東にいる」

『オセロット、それは俺の台詞――まぁ、いい。ところでちょっと見てほしいものがある』

「ん?」

『油田の北側の建物だ。その2階の窓、わかるか?』

 

 なにか発見したことがあるのか?

 急いでオセロットは望遠鏡をのぞき込み。建物の北側の窓を探してみる。

 確かにそこには重要なものを発見した。窓の中からこちらに向かってヒラヒラと手を振って挨拶してくる呑気な義手の姿を確認したからだ。

 

「ボス、あんた何をやっているんだ?」

『おおっと、怒るなよオセロット』

 

 山猫はため息をついた。

 あれでも自分より年上なのだ、伝説の男なのだ。なのに、いつまでもこの男は……。

 

「違う、呆れているんだ。あんたと俺は静かに様子を見ているという手はずだったじゃないか」

『チャンスだった。うっかりそう思ったら動いていた』

「それ以上やるなら。俺は――俺たちは帰るぞ」

『わかってる。ここで終わるのを大人しく待つよ。はじめてくれ』

 

 オセロットは後ろに控えている部下達を呼び寄せて簡潔にここからの段取りを告げる。

 

「1番から4番まで、これから油田に侵入。制圧に入ってもらう。

 たがいにフォローしろ。だが敵に騒がれるな。

 目的は2カ所、ポンプの制御室とタンクがそうだ。気がついているかもしれないが制御室にはビッグボスがお待ちかねだ。間違えても彼を攻撃するなよ?

 蛇は獰猛に反撃するものだからな。痛い目にあうのはお前達自身だ。

 

 途中、変更して対空レーダーを爆破。後続班を投入することも考えている。全てはお前たち次第だ。幸運を」

 

 オセロットがそう言い終えると同時に、蛇たちは列をなして。今度はムカデのように一列をなして門の中へと入ると、建物の影に入って分散していく。

 夜の油田ではこうしてオセロットとスネークが見守る中、ダイアモンド・ドッグズによる静かな制圧作戦が開始したのである。

 

 

==========

 

 

 カズの使う指令室にスネークがいた。

 彼等は昨日の部隊によるンフィンダ油田への攻撃と評価をおこなっているのだ。

 

「多少の変更はあったが、油田攻略については我々の想定内で全てが終わった。一度は廃棄した油田を、そのまま無理やり動かしていたんだ。予定通り、2カ所を破壊しただけであそこはもう設備からを弄らないと再稼働はできないだろう」

「スポンサーは満足だった、そうだな?」

 

 破壊された油田の施設の写真を壁に映し出しながら任務の成功を喜ぶカズヒラに、スネークは淡々としていた。

 

「それで?まさかサイファーではなかった、なんて言わないでくれ」

「大丈夫だ、目星はちゃんとつけてあると言っただろう?――諜報班が確認した。この油田の再稼働に動いたという会社は幽霊(ゴースト)だと判明した。実際には小さなビルに、無人の部屋があるだけの会社だ。

 しかし、そこにサイファーからの多額の資金が流れ込んできて、現地のPFに仕事を依頼していた。今後はこの金の流れも手掛かりになるだろう」

 

 椅子に寄りかかって電子葉巻を手放せないスネークは「成果があったならいい」と口にするだけで、それ以上は何も言わなかった。やはり納得できないものが最後まであったのかもしれない。

 カズヒラは話題を変えることにした。

 

「とりあえず、終わって今、”はっきりと”言えるのはこれだけだが。

 あんたとオセロットの方はどうだったんだ?失敗した、ということでいいのか?」

「失敗は言いすぎだ、カズ。

 だが、そうだな。なにもかも、上手くはいかなかった」

 

 そう言うと煙を吐き出す。

 勝利は約束されていたものだったが、彼らの思い通りに描いたとおりではなかった。

 

 

 

 オセロットの警告が全てだった。

 

「おい!気をつけろ、気付かれるぞっ」

 

 巡回兵の1人が、影で動く侵入者の存在に気がついたらしく。その手に懐中電灯を構えて、しきりになにかを探しているのが遠目からでもわかった。

 しかしそれも懐中電灯をとり落とすと、兵士が崩れていくことでとりあえずの危機は去った。

 

『申しわけありません、オセロット。ボスッ』

「いい、続けろ」

 

 オセロットは言ったが失望の色は隠せなかった。

 隠れて見ていたビッグボスもそうらしく。無線の向こうで大きくため息をついているのが聞こえてくる気がする。

 ミスをしたのは、なんとあのゴートであった。

 彼自身か、彼の班なのかは分からないが。とにかくその潜入の痕跡を見られたのはまずかった。

 

『オセロット、次に進めろ』

「――いいのか、ボス?まだいけるぞ」

『最初から決めていたことだ。彼らにもチャンスは必要だ』

 

 やはりボスもゴートの声だとわかったようだった。その声には寂しさが混ざっていたが、彼の考えは変わらなかったようだ。

 

「こちらオセロット。次のステージへ進む、全員はその場で準備しろ。合図は敵が教えてくれる」

 

 オセロットが言い終わらないうちに、油田内で爆発が起こった。

 そこに設置されていた対空レーダーが破壊されたのである。

 潜入班は指示を受けてからその場に止まると、それぞれのライフルについていた消音器をとりはずしにかかる。これで撃てば、それこそ凄い音でバンバン撃つことになるわけだが、代わりに飛び出していく弾丸の威力は元の力をとり戻すという利点がある。

 

 ここからダイアモンド・ドッグズに強制的に制圧させようというのである。

 

 2機のヘリが現れると、一機が降下準備を始め。もう一機はそれをサポートするように周りにむかってバルカンを容赦なく撃ちまくっていく。

 同時に隠れていた部隊は影から飛び出していくと、天を見上げてヘリに向けて撃っている兵隊達の横から襲いかかった。

 

 結果、死者1名。怪我人6人を出したものの無事に任務は終了した。

 

「知りたかったことはわかった。あとは書類での選考になる。オセロットと相談して最後は決めることになるだろうな。戦闘班の主力を削ることになるのだから」

「それはかまわんさ。だが、早くしてくれよ」

「わかってる。待たせないようにする」

 

 とりあえず、今すぐに話せることは全て伝えたし。他にもわかったことはすぐに知らせる、ということを確認し合うとカズはおもむろに次の任務について口を開く。

 

「現在、うちで翻訳家となれる兵士をリストアップしている。とはいえ、入ってくる情報は少ない上に狭い範囲ばかりだ。多分だが、この地にいるPFと事を構えることになるかもしれない」

「そりゃ――大丈夫なのか?恨みをかって争いになるのは困るぞ」

「とはいえ、俺たちに他の”つて”もなにもない。

 大丈夫、所詮はアフリカの田舎PF共だ。俺達のような技術も統制もない。上手くやれば彼等に、我々の仕業だとわからずに”説得”出来るはずだ」

「そうなのか?」

「ボスなら出来る。俺はそう信じてる」

 

 苦笑しながらも席を立つスネークに、カズは再び声をかける。

 

「ボス、後で構わないが。オセロットと共に開発班とヒューイの新しい武器について話したい」

「そうか、わかった」

「もうひとつだ。ボス、クワイエットのことなんだが……」

 

 ピタリ、とボスはその動きを止めると。その亜麻色の瞳がカズをとらえた。

 カズはそれに少しひるむが、だが言わないわけにはいかないと

 

「あの女はサイファーだ、ボスはどう考えているのか教えてくれ」

 

 そう聞いた。

 確かにいまさら「お前の言うとおりだ、殺そう」なんてこのスネークが言うとは思わない。それならあの日、こっちも鉄壁の布陣を敷いて完全に受け入れを拒否したことでも明らかな意思表示を見せた。

 だが、それでもボスはあの女を捕虜とした。

 オセロットはわざとやっているのだろうが、捕虜のくせに自由気ままにこのマザーベースを歩き回るあの女の存在に、おののく部下と違いカズにも不満をもっている。。

 

 だが……。

 

「カズ、お前はいった筈だ。俺が連れてきた兵士は仲間になるようにお前とオセロットが中心となって説得する、と」

「サイファーだぞ!?」

「だが兵士だ。そして俺が捕虜にした。これまでと何が違う?」

「あの女は話さないんだぞ、コミュニケーションが取れないんだ!」

「それならクワイエットは捕虜だ、それはかわらない。違うか?」

 

 そうだ、サイファーならこのマザーベースを知った以上は生かしては返せない。

 だが、捕虜と言うならばちゃんとそれなりに扱わなければ、俺達の志の矜持をしめすことにならない。

 

(だが、それでは皆は納得しないんだ。ボス、俺は。俺達はあの女が怖い。恐ろしくて目の前にいてほしくないんだよ)

 

 こう言えば確かに楽になっただろう。

 だがそれを理由に殺すことはできない。前にオセロットにも不満をぶつけた際に、そう指摘されれば何も言い返すことはできなかった。

 何より信じられないのはオセロットだ!

 

 あの男、冗談でもあの化物女をボスの相棒にするなんて……本気じゃないだろうな?

 

 

 

==========(Riptide Ⅱ)==========

 

 

 

 日が沈んだ後のマザーベースのプラットフォームを歩くオセロットは、首元に射抜くような強い視線を感じて思わず足を止める。

 周りには巡回中の兵が1人、こちらに気がついて敬礼をしてくるだけで他には居ない。

 だが、このさっきとは違う感覚は……?

 

「そうか。わかったぞ、いるんだな?」

 

 最初の言葉には、相手が反応しなかった。周囲にも変化は生まれなかった。気のせいだったのだろうか?

 

「とぼけるなら俺は行くぞ、クワイエット」

 

 名前が出るとその瞬間に、クワイエットがいきなりオセロットの前に姿を現すと。それを見たそばにいた兵士は驚いて思わず尻もちをついてしまい、彼女に銃を向けようとする。

 オセロットは兵士に大丈夫だ、と手で伝えるとこの場を去るように指示する。

 

「別に散歩は構わんが。あまり兵を脅かして遊ばないでもらおう、お前は一応。『我々の捕虜』、なのだからな」

 

 オセロットの言葉に刺激されたのか、ややも挑戦的な目を止めないまま沈黙を続けるクワイエットに対し。オセロットはすぐに不満を吐き捨てた。

 

「別に俺は構わないが、話があるならつまらない意地を張るのはやめろ。

 俺はお前に用はないし。俺と戦いたいというなら受けてもいいが。そんなことをしても意味はないぞ。

 さて、話があるんだろう?」

 

 そう聞くと、クワイエットは間髪いれずに思いっきりプラットフォームを踏みつける。足元に嫌な振動を感じて、さすがにオセロットも顔色を変えるが、クワイエットの目つきの変化を見て取った。

 ざわつく空気が、波を引くようにいっせいに静寂へと洗い流されて穏やかなものとなっていく。

 

「やはり話さない、か。

 わかった、お前はそれでいいだろう。お互いやりやすい形と言うものはある――お前、あのボスの部隊について聞いたんだな?興味がある、と。

 だが、はっきり言おう。

 お前は部隊には入れない。彼等はボスが認める兵士達だ。技術、判断力だけではなく、戦場で共に戦うまさに選ばれた戦友。

 だがクワイエット。サイファーとしてボスと勝負を挑み。その後も我々とのコミュニケーションを拒否するお前を受け入れる部隊はない。あのカズヒラ・ミラーが言ったことが全てだ」

 

 だが、そこからニヤリと笑みを浮かべてオセロットは言葉を続ける。

 どう見ても悪いことを考え付いた、そんな顔だった。

 

「それでも、お前にも一つだけチャンスがある。部隊はお前を受け入れないだろうが、ビッグボス本人なら違う。

 言いたくはないが、お前と戦うボスは。彼が復活してから初めて心の底から戦いを楽しんでいた。

 お前、なかなかセンスがある、俺もそれは認めてもいい。

 クワイエット、お前が望めるのはひとつ。まだこのダイアモンド・ドッグズでは誰も成し遂げられていないことだ。それに挑戦する気はあるか?」

 

 答えはなかったが、もう聞く必要はなかった。

 クワイエットは無言のままだったが、その目は「早く教えろ」と言っている。

 

「いいだろう。一度だけ、口を利かないお前に機会を与えてやる。実力はそこで示すんだ。

 俺はこの後、カズヒラとボスと話をすることになっている。そこである任務の話をするつもりだ。このアンゴラの大地を数日間、旅をすることになるだろう――そういう奴だ。

 お前はそこでボスの相棒としていくんだ。

 そこではそうふるまっていい、俺が許してやる。だが忘れるな、そこでボスに認められなければお前はこれからもただの『捕虜』だ。

 わかったら、数日は騒ぎをおこさないで大人しくしていろ。ボスを連れて、お前のところへいけば。それがお前の任務のスタートとなる、わかったな」

 

 オセロットから約束を手に入れたことでとりあえず満足したのか。

 クワイエットは踵を返すと、再びその姿が透明色となってプラットフォーム上からかき消えていく。

 

 クワイエットがこの場を立ち去ったことを雰囲気で確認すると、オセロットも再び歩き出した。どうやら面白いことになりそうだ。彼自身も、あの女をボスがどう飼いならすのか見てみたいと本気で思い始めていた。

 

 

==========

 

 

 カズとヒューイが待つ部屋に、ビッグボスとオセロットが訪れた。

 それに合わせてそこにいた警備兵は退出する。今日のスネークはビッグボスらしさを醸し出したいのか、あのシュールなアロハ柄の短パンではなく迷彩柄のBDUパンツにブーツを履いていた。

 これでも一応は、考えているということなのだろうが。豪快な彼のそんな気の使い方が可笑しくて、オセロットに続いてカズも口元に笑みを浮かべる。

 

 ヒューイが早速報告をしてきた。

 

「やぁ、ボス。あんたに使ってほしくてさっそく作ったんだよ。まずは見てほしい」

 

 そこにはあのサイファーのベースキャンプで見たウォーカーギアが一台あった。しかしよく見ると、細部があれとは違うものがあることがわかる。

 

「ウォーカーギアだ。ソ連で使ってたやつだよ。それの最新の機動データをもとに再設計しなおしたやつさ。名づけるなら――D-Walkerとなるかな。

 機動をさらに上げるため、新たに走行システムを加えたんだ。それだけじゃない、武装も用途に応じて幅広く用意できるし。なによりもDウォーカーには使い方にも広がりを持たせられるようになった。

 これなら十分以上に君の役に立てると思っているよ」

 

 その言葉こそ、MSF時代の彼を思わせるものではあったが。あの頃よりも遥かに媚びの色が強く、それだけ世俗にまみれて狡猾さを彼も学べたという証なのだろう。

 カズは「どう思う、このオモチャ?」という表情だったが、スネークは素直に思ったことを口にすることにした。

 

「ヒューイ、こいつは本当に使い物になるのか?」

「ちょ、ちょっと、スネーク。それはひどいよ。なんでそんな事を言うんだい?」

「俺も回収したウォーカーギアには短時間のせてもらった。アレは今、ここにある(兵士のオモチャにされてる)が、これが使えるとは思っていない」

「ど、どうして!?」

 

 口元が寂しく思うが、今は手元に葉巻がない。

 いつもの偽者の葉巻じゃない、本物が欲しかった。顔をゆがめたが、それがヒューイにはより一層不快に思っているという印象を与えたかもしれない。

 

「いいか、ヒューイ。

 俺達はソ連軍じゃない、傭兵だ。地上をいくアフガンの、ムジャヒディンを集団の軍を持って圧倒する。そんな目的のために作られた機械が必要なことなど多くはない。

 それに話しぶりを聞くと、こいつはあのウォーカーギアにあった左右、前後運動を挟む際のわずかな姿勢制御に時間をとられることも解消しているんだろう?」

「流石だよ、ボス!それを見破るなんて、驚きだ。その通りさ」

「つまりより高価で、メンテナンスにも時間がとられるということでもある。そして元が無人機を想定しているせいか、シルエットが頼りない。運用効果には疑問を残す」

「待ってくれ!もともとアフガニスタンの岩と山の大地を走るように設計されているんだよ。強度については信じてほしい。全く問題はないよ、見た目で決めないでくれ」

 

 ならば、と。スネークは置かれていた搭載できる武装と”開発すれば”使えるようになるシステム一覧の載った紙をとりあげた。

 

「追加できる武器も機能も安くはないぞ。荷電式非殺傷兵器にフルトン強制射出装置?ステルス装置は最新を謳ってはいるが、こいつは人体に影響があるから俺がいると使えないんだろう?」

「ああ、まぁ。そうだね」

「弾薬の増加もできるというが、それも金を出せばと言う前提ばかり。言うほどに誉めるべき点の少ない兵器だぞ、本当に大丈夫なのか。ヒューイ?」

 

 どうするんだよこれで、と問いかける表情を見せるスネークの影から。オセロットがゆらりとあらわれるとヒューイの背後に移動する。すでに彼への恐怖に骨の髄まで震えあがっているヒューイはさっそくオドオドとし始める。

 

「今のところ、この男には開発するリストに載るものより。聞いておきたいことのリストの方が溢れかえっている、そうだよな先生?」

「あっ、ううっ」

「研究室の空きはうめられるが、彼用の独房はいつでも使えるし、話をまた聞いてもいいかもしれない。先生だって、自分の身の潔白は証明したいそうだし。そっちにしばらく移るかね?」

 

 この氷を思わせる冷たい言葉で、震え上がらない男はいない。

 あの恐怖の空間に連れて行かれたいと思うことはない。

 

「まっ、待ってくれ!わかった、わかったから。ちょっと、時間をくれ」

「時間だと、先生?」

「今!――今、このウォーカーギアとは違う。別のコンセプトを持った計画を考えている。もちろん、まだ絵図面前のものだ。ビッグボスにこれをつかってもらって、仕様感とか。

 その上でちゃんとしたものを出す。D-ウォーカーは悪くないよ!

 でも、わかった。皆がこれでは足りないとか、欲しいとか要望を出してくれれば必ず、その不満を解消したものを提出する。だから時間をくれよ」

 

 まぁ、これでいいだろう。

 オセロットの目で送る合図を受けて、ビッグボスはしょうがないという風にヒューイの申し出を受けることにした。

 

 

==========

 

 

 研究開発班の活動する開発棟の一室に通されたスネークはここでも不満そうな顔をしていた。

 追加される新しい武器を見せてもらっていたのだが、これが随分と彼の機嫌を損ねているのである。唇をなめ上げると、さっそく指をさして声を上げた。

 

 

「カズ、これはなんだ?」

「ああ――どうした、スネーク?」

「どうしたもこうしたも……これだ。麻酔ライフル?麻酔銃?こんなものでどうしろと言うんだ」

「なんだ、まずかったか?」

「最近の流れにある非殺傷武器だろう?だがな、本来戦場で武器とは相手を制圧するためにあるんだぞ。それを威力を減じて非殺傷性を売りにするなんて――」

 

 予想していなかった怒りの声にカズはあわてる。

 

「だが、昔も使っていただろう?」

「MSFの時のことだ。今の話じゃない。それにこういうのは結局は欺瞞だ。薬の効果は一定しない、当たり所が悪けりゃ結局は死ぬ。あっちの連中はノリがいいのか分からんが、パタパタ倒れてくれたから。俺も面白がって使っただけだ」

 

 コスタリカでの意外な事実が判明した。ノリの違い?だからアフガンでは冷徹なソ連兵には絞め落として回ったというわけか。

 

「あー、こっち(アフリカ)でなら付き合ってくれるのでは?」

「そうか?そんなノリは感じないぞ」

「いや、試してみないとそれは――」

「MSFのことをいうならカズ、この技術は進歩しているのか?」

「も、もちろんだ。麻酔なら、当たれば約5割の確率で……」

「約?本当の数字は?」

「――41%だ。しかし、40以下ではないから、間違いではないっ」

「屁理屈をいうなっ」

「ううむ、そんなに怒るとは意外だぞ、ボス」

 

 ヒューイに続き、まさか自分も駄目だしされるとは思わず。

 カズは困惑していた。

 

「し、しかしだな。こういうのは、一応用意しておいても困るという話では――」

「見ろ!オセロット、ゴム弾仕様のまで増やしている。まったく、これじゃヒューイを笑えないぞ。カズ、おもちゃじゃないか」

 

 不機嫌になって武器を触りもしなくなってしまったビッグボスだったが、オセロットがカズに助け船を出す。

 

「しかしボス、実戦形式の模擬戦などでも役に立つし。捕虜が逃亡した時などにも生きて捕らえようとはすることが出来る。それほど怒る話しではないさ」

「そ、そうだぞ。ボス、怒らなくていい」

「――それならカズヒラ。お前もちゃんと理由を言うべきだ」

「な、なに?何を言い出す、オセロット」

「ボスが怒っているのはこんな時にわざとらしく出されたんで怒っているんだ。何かを隠しているんだろう?さっさとそれを話してしまえ」

 

 ミラーは顔をしかめると、しばし無言だったが。ついに口を開く。

 

「実はこのアンゴラへのルートを作るのに環境NGOなどの力を借りたのだが――」

「NGO?……それについては聞いている。なにか密約でもあったのか?」

「そこまでいうほどのことではない。いや、ある!」

「どっちだ、カズ」

「それが微妙な話なんだ。

 実はアフリカの生態系が崩れるのを彼等は気にしていてな。自然の動植物の保護の協力を求められている。別に必死にやる必要はないのだが、だからといってなにもしないわけにはいかない。彼らにはそれなりの成果が必要だ」

「俺達に、アフリカで狩りの趣味を持てと言ってるのか?」

「そうは言っていない。だが、任務中に見かけたらちょっと撃ってフルトンで回収してほしい」

「フルトンで?動物に?そんなことができるのか!?」

「今回のために一新された装備を見てくれればわかる。これもサイファーを追うために必要なことだ。よろしく頼む」

「やれやれ……」

 

 賑やかな会合も話はおわろうとしていた。

 今夜の最後にビッグボスは告げる。「とりあえず決まったやつがいる」と。

 

「ではボス、募集は前回と同じで8人?」

「ああ、あくまでも再編成だからな。今回は数を減らすのはやめた」

「それで、誰になった?」

「女性兵士達から決めた。っというより、圧倒的でこれはやる意味はなかったな」

「もともと女性兵士は技術職が多い。戦闘を得意とするあいつ等がおかし……珍しいんだ、ボス」

「そうかもな」

 

 あのフラミンゴ、ハリアー、ワスプがこうして部隊に残留を決めた。

 

「残りは男共か?ボス」

「そうなるな。だが、そっちはやはり混戦になりそうだ。いい奴が揃っている。よく考えたい」

「出来るだけ早く決めてくれ。あんたの次の任務も近い」

「それだが、2人に提案がある。ボスの任務、少し先に延ばせないか?」

 

 オセロットがいきなりそう言いだしてきた。

 

「実はボス、あんたがマサ村で捕えた男が面白いことを言っている。どうもここに伝説のガンスミスとその弟子達がいるらしい。彼らを集めて、このダイアモンド・ドッグズに加えたいと思ってる」

「ほう、面白そうだ」

「だめだ!ボスにはPFへの偵察を頼みたいと思っている。それにはボスが必要だ」

「しかし――」

 

 話し合いの結果、ビッグボスは次回の任務の終了後に合流となり。先にスクワッドだけで伝説のガンスミスの手掛かりを見つけに行くということになった。

 

 オセロットはわざとこの席では何も言わなかった。

 彼が約束した、クワイエットへのチャンス。それこがそこの任務を差していて、彼はビッグボスとスクワッドに彼女が扱えるのかをみてやろうと企んでいたのである。

 この男、時にそのやり方は敵か味方か、惑わせるクセを持っている。



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選ばれし者、選ばれない者 (1)

 任務出撃4時間前、ビッグボスは医療プラットフォームに呼び出されていた。

 呼び出したのはオセロット、どうやらクワイエットのことで報告があるという。

 行ってみると、なんと彼はクワイエットの牢の前で待っていて、ここで話したいと言うのでさすがに驚いた。

 だが、それもすぐに別の驚きにぬり替えられる。

 

「呼吸をしていない!?彼女のことか」

「そうだ、クワイエットは普通の人間のような呼吸をしていない。別の方法でおこなっている」

「どうやって?」

「皮膚呼吸してる」

「なに!?」

 

 驚いて牢の中のクワイエットを見る。

 今日の彼女は何やら気分がいいのか。壁際に立って外にいるこちらの前で、自分のことを語られているのを檻の中から見つめている。

 

「彼女はどうしても服を着たがらない。無理に着せようと不用意に近づいた奴は――フフ、抵抗されて重体だ」

「なぜだ?」

「服を着ると――彼女は窒息する。水中でもそれは同じだろう」

「……」

「こちらの指示には正しく従う。よって英語も理解している、だが話さない」

「彼女の、自分の意志ということか?」

「そうだろうな」

「他には?」

「シャワーくらいなら大丈夫、見てろ」

 

 オセロットがそう言うと、それを命じられたかのように牢の中の水道管にクワイエットは手を伸ばす。

 流れる水とそれをはじく白い肢体が。太陽の光を反射して白く、眩しい。はっきりいって目の毒だ。

 

「これがどうした?」

「すぐにわかる」

 

 クワイエットは一瞬だけ眉をひそめると、陶酔とした表情へと変わる。

 続いて水をはじいている体が、不気味な痙攣運動を見せ始めた。

 あまりにもその瞬間が見てはっきりとわかるので、スネークは目の前で起こっていることに頭が追いつかない。

 

「なんだ?彼女、どうした?」

「呼吸と同じ、皮膚から水分も補給している。覚えているか、ボス。あんたとの勝負、最後に――」

「ああ、いきなり我を忘れて踊っていた。わからないが、そう見えた」

「それだ。一度こうして水分の補給を始めると、動けなくなるし。自我も失う」

「――この目で見ていても信じられん」

「まだ、ある」

 

 正気を取り戻したか、クワイエットは気だるげに動くと床にそのまま横になって丸くなってしまう。

 

「実はここに来てから彼女は一度も食事をしていない。必要ないようだ」

「食事も?」

「だから排泄行為もしない。彼女の痕跡をソ連軍が見つけられないわけだ」

「……ふぅ」

「食事のかわりに光合成している。俺はGRU時代に彼女に似た体質の男がいたのを知っている」

「そうなのか!?」

「――本当のところは、正直わからん!医療班はどれだけ調べても、確定された結論はなにも出せなかった。カズはこいつを化物と呼んだが、それを否定する材料はほとんどないことだけはわかっている。あとは直接、体にメスをいれていくしかない、と」

「駄目だ、それは許さん」

「わかってる――彼女の体質は感染などしないだろうが、部下達は気味悪がっている。沈黙するおかしなセイレーン、そんな感じだ」

「MSFのようにダイアモンド・ドッグズを海中へと引きずり込む?」

「彼等の噂、恐怖が言わせている戯言だ」

 

 こんな最終報告があがってくるとは予想外で、ビッグボスは思わずフライングするような質問をしてしまう。

 

「出撃は?」

「単独で?駄目だ、カズヒラが許さない。部隊に加えるのも無理だろう。彼等はクワイエットを恐れているし、信用もしない。なにより彼女の能力は高い、使いこなせずトラブルになるだけだ」

「それじゃ――」

「そこでボス!あんたにひとつ、提案があるんだ――」

 

 

==========

 

 

 部隊の仲間と共に、ブリーフィングを終えてロッカーで着替えると。ゴートは鏡に映る自分を見る、ひどい顔だった。わかってる。

 

「ミラー副司令!」

 

 声がして、ロッカールームにカズが現れたことを知った。彼は周囲のものを立ち去らせ、ゴートだけを残すように言う。ゴートも仲間と共に今回も同僚となったラムに先に行けと合図をだして、そこに残った。

 

「オセロットから調子を落としていると、そう聞いている」

「――申し訳ありません」

「あやまらなくていい。話は聞いているのだろう?」

「はい」

 

 前日、ビッグボスはラムとゴートの前にあらわれると、今回のテストで彼等が落ちたことだけを冷静に伝えて立ち去っていた。ゴート自身にも色々あったこともあって、オセロットにはさらに動きが悪くなっていると言われ。

 今日の出撃もギリギリでなんとか許可が下りていたという始末。傭兵である以上、戦場に出れないなら稼げない。

 

「気落ちしているな?」

「当然です!しかし、それも仕方ありません……」

 

 あの夜、任務中にしでかしたのは彼の率いた部隊だった。つまり彼のミス、ボスはきっと自分に失望しただろう。

 

「お前に教えてやろう。お前が不適格とされたのは、お前が考えているようなことではない」

「え?」

「鏡を見てみろ、今の自分をちゃんと見ろ。今のお前を、ボスがなぜ選ぶと思う?」

「……」

 

 言われたことを理解しようとした。副司令はなにをいおうとしているのかを考えようとした。

 

「今すぐ、結論を出さなくていい。自分で考えておけ。

 それと――俺もまた、スクワッドの人員拡張をいずれはボスに認めさせようと考えている。お前の戦場がまだここにあるというのなら、その日までに自分の牙を磨きなおしておくんだな」

 

 それだけ言うと踵を返して部屋を出ていってしまった。

 1人残され、ゴートはロッカーを閉じる。迷いが断ち切れた気がした。鏡はもういいだろう、これから自分にも新しい任務が待っている。

 

 

==========

 

 

 ビッグボス、出撃1時間前。

 今日のマザーベースは忙しい。

 すでに戦闘班がそれぞれに任務を携え、ようやくにこの時間。整備担当のスタッフ達は次の出撃までの休憩をとっている。

 そんな人気のないヘリポートに準備を終えたビッグボスがその姿を現す。

 

 今回、ついに完成したダイアモンド・ドッグズのオリジナルデザインによるスニーキングスーツを身につけていた。夜にまぎれるように黒く、そしてスリムなラインは胸元にわずかながらの防弾効果をそなえている。

 それをすでにそこで待ち構えていた新しい”ボスの部隊”の女性陣が見て黄色い声を上げる。

 

「再会の挨拶はいらんな。これからも頼む」

「「「もちろんです、ボス!」」」

 

 笑い声の後はさっそく打ち合わせに入る。

 

「今回は変則的な任務だが、重要なのは理解しているな?」

「はい、ボス」

 

 ワスプは短いそのきれいな金髪をゆらして、受け答えは今日も元気がいい。

 

「俺はこれから現地PFの偵察に出る。作戦の正式終了には24時間後を予定してる。

 合流はその時、連絡することになるだろう。

 それまでの間、お前達には一足先に任務にかかってもらいたい」

 

 そういうと冷静なハリアーが質問をしてくる。

 

「ボス、この任務の最終目標は『伝説のガンスミス』という男とコンタクトをとる、ですよね?」

「そうだ」

「仮にですが、我々が24時間以内に本人に到達した場合はどうなるのでしょうか?」

「それならそれで構わない。確保して、マザーベースに連れて来て、こちらの話を聞いてもらう。その時は俺との合流は必要ない、マザーベースに直接戻って来い」

 

 すると顔を緩めたフラミンゴが茶化してきた。

 

「ボス、それは悲しいじゃないですか」

「なに?」

「私達と再会して、しかも最初の任務が無期限!これはもう、サバンナで思う存分。”私達”美女をはべらせろってことなんですよ!?」

「……相変わらずだな、フラミンゴ」

 

 ミーハー丸出しでナニカをアピールする背後では同僚が「チッ」「アバズレめ」と吐き捨てている。

 

「まぁ、それとひとつお前達にやってもらいたいことがあるんだがー―」

「なんでしょう?なんでもしますよ!?」

「そうか、それはよかった」

 

 そういうと彼女達のビッグボスは、誰かに向かってこっちに来いと手招きする。

 いきなり4人の前に、クワイエットが出現して思わず身構える女性達にビッグボスは軽い調子で告げた。

 

「実は次の任務でDDの奴を留守番させることにした。そこで、新たにこのクワイエットを連れていく。だが、カズの奴がうるさくてな。お前達、悪いが24時間だけ俺ナシで。彼女と一緒に行動してくれ」

 

 ビッグボスはできるだけクワイエットから顔を離さずにそういった。おかげで何やら見つめ合っているように周りには見えただろうが、3人の方はそんなことを気にする余裕はなかった。

 3人が3人とも、その顔が輝く笑顔から一転、恐怖に引きつらせていたのだから。

 

 

==========

 

 

 夜の村で一発のライフル弾が発射されると、頭部を撃ち抜かれた兵士がその場に体を投げ出すように、崩れ落ちていった。

 

「えっ、ちょっと!なにやってんの、アイツ」

 

 同じくスコープを覗いて作戦中のワスプとフラミンゴを見守っていたハリアーは驚いて顔を上げる。

 見ると村を見下ろす丘の上で座って構えているクワイエットが、こちらから合図も出していないのに平然と射撃を開始することで自分の存在をアピールしている。

 村に敵集を告げるサイレンが鳴り。ライトが襲撃者の姿を探して振り回されている。

 そこに潜入していた味方等はというと、今しがた捕えたばかりの男を慌てて回収するべく背中に背負っていた。

 

 こうなったならばハリアーに出来ることは少ない。

 

 スコープの中で体を低くして様子をうかがっている奴の1人をぶっ飛ばすと、サブマシンガンを手に村へと降りて行こうとする。こんなこと予定と全然違うのに。

 

 

 1時間後、まだ夜明けには数時間をのこしているが。

 アンゴラの大地にあるこの村では、占拠していたPFの部隊が全滅をさせられていた。

 爆発でまだ燃えている土壁、鉛弾をうけ、もはや話すことのない男達。焦げ付く匂いが充満する中で、ハリアー達は自分達がしでかしてしまったことを前に呆然とするばかりである。

 

「これ、シャレにならないよね?」

「……まぁね」

 

 すぐにも立ち去らねばならない。

 朝までにはこのPFの仲間達に異変は察知され、様子を見にここへ来るだろう。

 何者かの襲撃を受けて全滅したとわかれば、犯人探しも行われる。当然、死体の中にあるはずの伝説のガンスミス――のその弟子がいないことはすぐにわかる。

 

「うぐあははははーーーうううう、ボスに。ビッグボスになんて報告すれば――あの馬鹿女っ!!」

 

 ヒステリーをおこしたかのように頭を掻き毟ると、ワスプはキッと高台に向けて怒りにみちた目で睨みつける。そこでじっと待機してこちらを見下ろしている、クワイエットを。

 

 彼女達の考えるところ、今回のこの事態はあの女が。いきなり発砲したためにおこったことで、退却して逃げる事も出来たのに。指示に従うそぶりを見せないせいで敵を全滅させることになってしまった。

 割と真面目にそう考えていた。




(設定)
・クワイエットの反応
キャラクターについてはゲーム本編をどうぞ。

この水分摂取による反応はゲームの様子とは変更してある。ゲームではその時々で反応が一定ではないので「動けない」ということだけが指し示されているが。
この物語では色っぽくしている。美人だから、その方が断然いい!


・ゴート
ドイツ生まれの男性。ただ、当時のドイツは東西にわかれていた。
設定では身長が178センチと一回り体格が小さいという欠点があるが、精神的にはタフにできている。
1940年代末から分かたれたドイツが、統一模索を口にしながらも遅々として進まぬことに思うところがあり。国を離れてしまった。

個人的なエピソードとして、部隊解散前後に身内に立て続けに不幸があった。という設定があった。隊長として物語の中でもっとも厳しい立場に自ら追い込んでいくことになる。

オリジナルキャラクター。


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選ばれし者、選ばれない者 (2)

ようやく気がついたけど、評価に投票してくれた人がいたんですね。ありがとう、感謝感謝。


 24時間後。

 スネークは、任務を終えたばかりの体のままピークォドに乗って次の任務地へと移動していた。

 ただの潜入と偵察で終わるはずが、相手PFの内紛と合致してしまい。カズの要請で、味方に裏切られたイギリス人達を救出する羽目になってしまった。

 次はスクワッドのお譲さん達とクワイエットと共に、長いサバンナ旅行ということになる。本当ならばもっと心躍らせてもいいはずなのだが、今のビッグボスはそういう気分ではなかった。

 

 

 合流地点にはジープとそれに乗るスクワッドが待っていて、ピークォドから降りたボスは彼女達を見て鼻をかいた。

 

「俺の聞き違いだったか?確か俺が来る前にガンスミスを抑えてもいいですか――とか何とか。言ってなかったか?」

「……」

 

 凄い微妙な顔が、3つ。そこに無言のまま並んでいる。

 

「お前達はやりすぎだ、と。カズが怒ってた、なにがあった?」

「ビッグボス、私達には無理です」

 

 ハリアーの声は元々に低いが、それにしても怖いくらい今のは低かった。

 

「なにがだ?」

「クワイエットです。彼女がまったく、駄目なんです」

 

 それから約2時間を彼女達はひたすら不満を交えて口に出して訴えてきた。

 要約するとこう言うことらしい。

 昨夜、伝説のガンスミスの弟子とされる男の所属するPFを特定し、そいつと接触を持とうと男のいる部隊が駐留する村へ侵入。

 無事に男を確保したのだが、そこでいきなりクワイエットが村に攻撃を始めてしまい。

 静かに無事に任務を終えようとしたにもかかわらず、戦闘をする羽目になったのだという。結果、村にいたPF兵士は全滅。彼等となんかしてた女達は村の外へと逃げたのだそうだ。

 

「ボス!ビッグボスたっての命令と言うことで、副司令にはクワイエットのことは黙ってましたけど。そのことで私達がどれだけ嫌みと説教を貰ったのか――」

「ああ、ああ、すまん。悪かった、そうなるとは思わなかったんだ。あやまる、ごめん」

「……まぁ、わかっていただけるなら」

 

――ボス、俺はあんたに黙っていたことがひとつ、ある。

 

「わびと言っては何だが、俺がジープを運転してやろう」

「……それだけですか?」

「それだけだ、フラミンゴ。他には何もないぞ」

「……わかりました。私達とのロマンスは次の機会にとっておきます」

「好きにしろ――クワイエット!ジープに乗らないのか?」

 

――ボス、俺はあんたに黙っていたことがひとつ、ある。

 

「あいつ、返事しませんよ。それに、勝手にこっちの後ろをついてくるってわかりましたから。さっさと行きましょう」

「冷たいんだな、お前達」

「ボス!」

「わかった、わかった」

 

 赤く塗られた米国産のジープに4人が乗り込む。

 PFのひとつ、CFAはCIAとの繋がりが噂されており。その証拠とばかりに西側の兵器を多く手にしていることで有名だった。回収して使っているこの車も、彼等のために送り込まれたものなのだろうか。

 

 ビッグボスの運転でサバンナの中を走行する開放感に女性陣は楽しげではあったが。肝心のビッグボスはそうでもなかった。

 彼は昨夜の任務中、突如個人回線を使って話しかけてきたオセロットの言葉を思い返していた。

 

 

==========

 

 

『ボス、俺はあんたに黙っていたことがひとつ、ある』

 

 捕えたイギリス人達と話すために、基地内を歩き回る通訳を尾行している最中。オセロットはそういって話を切り出してきた。

 

『俺達の古い友人、ゼロ少佐について』

 

 さすがに出てきた名前に驚き、体が一瞬だけ硬直するが。すぐにまた追跡を開始する。

 オセロットは何を黙っていたというんだ?

 

『あんたが米国を出てすぐ、少佐は表舞台から姿を消した。あのMSF襲撃もゼロ少佐が指示を下したとあんた達は考えているが、それは違うと思う。

 ゼロはその前に病床に伏していた。だから俺は、誰がそれを命じたのかずっと気になっていたんだ。

 だが、あの男がエメリッヒと一緒にいたことで確信したよ。スカルフェイスのことだ。ボス、俺はあの男を知っている。あいつはゼロ少佐のかつての部下だった男だ』

 

 さすがに任務中に聞かされるには重い内容だった。

 ゼロの作ったサイファーが命じたが、それはゼロの意志ではない?理解は出来るが、納得なんて……。

 任務への集中を切らさないようにするのが大変だった。気持ちを抑えていないと、奴等のど真ん中でいきなり怒鳴り散らすことだって出来そうな気がする。

 

『あんた達を襲った部隊はXOFだ。XOFは表向きにはCIAの対特殊テロ部隊となっているが、実際はサイファー支配下の実働部隊だった。

 X(キス)でもO(ハグ)でもない、XO(副官)のForce(軍隊)だ。スカルフェイスはその部隊の責任者で、ゼロの意志から離れて部隊をあんたに差し向けたんだ』

 

 もう我慢は出来なかった。

 

「奴は俺を知っているようだった。パスのテープでも、そう言っていた。俺には覚えがないが」

『――それは別の話だ、ボス。覚えているか?

 あのスネークイーター作戦。あれは本来、ヴァ―チャスミッションで終わるはずが、ヴォルギンという大佐の暴走で米国から持ち込まれた核をソ連領内で使われたためにおこなわれたものだった。

 当時のゼロ少佐にはFOXのあんたの他にも手札を隠していた。それが――』

「XOF、か。なるほどFOXの裏返しで、XOF。少佐らしい」

『スカルフェイスはもう一人のあんただった。だが、あんたと違い、闇で順番を待つだけの存在だった。だから向こうはあんたを知っていた。ゼロにとってあんたがどういう人間か、ということも――』

「……」

『ボス、任務に集中してくれ』

「そうしよう」

 

 ビッグボスは低く、深く息を吐いた。

 そうした後には揺らぐ気持ちと、今しがた聞いたことは封印した。動揺する過去も、不安な未来は今はいらない。この瞬間を、現在に集中するのだ。

 

 

==========

 

 

「この野郎、逃げやがって!」

 

 いきなり殴られ、泥の中に頭から突っ込んだが。すぐに手を上げて声を張り上げる。

 やはり逃げ切ることはできなかったか。

 

「わかった、わかったから。降伏する、なにも持っていない!」

 

 両手をあげつつ、顔をそむけながら、必死で声を上げる。殴られるのは嫌だった。

 確かに今は何も持ってはいない。すでにさっき、追いつかれるのも時間の問題だとわかったからこっそり文書を近くの岩肌に張り付けておいた。あれは仲間に向けた自分の最後のメッセージだ。

 無線ですでに救助は求めたが、間に合わなかった時のために残しておいた。最悪、使ってくれればいいのだが。

 

 目の前でショットガンを持っている重装甲歩兵の男を見上げれば嫌でも理解できる。ビッグボスのCQCでも学んでいればよかったのだろうが、弱った体の今の自分ではコイツからは逃げられない。

 「指示を待ちます」と無線に応える奴に、次第に不安になったのは無線のむこうからなかなか返事が戻ってこないことに気がついたからだ。。

 

 まさか、殺す気か?

 

 ダイアモンド・ドッグズから派遣され、ここアンゴラで捕らわれてもう2月近くもたっている。殴られたし、指の骨もおられたし、ひどい扱いもされた。

 捕らわれた自分のことを仲間に知らせれば助かるはず、と思っていたのに。

 この脱走失敗が、自分が生き残る最後のトライになりそうな気配が漂ってくる。

 

 現実は非情だ。

 おもったそばからそいつを殺せと逃げ出した本部から連絡が来て。そいつはそれをわざわざこっちに聞こえるように「もう一度はっきりと言ってくれ」などと言って嬲る。

 それは「お前が逃げたから悪い、俺は悪くないのだ」と言い訳しているようで悔しいが、抗議の声はあげなかった。

 ダイアモンド・ドッグズに、ビッグボスに忠を尽くした。あきらめたくないが、目の前の屈強な男から生き延びる方法があるようには思えなかったし。正直、弱った体は悲鳴をあげてもう楽になりたいとも言っている。

 

「お別れだ」

 

 そういうと奴はショットガンの銃口をこちらの頭部に押し付けてきた。

 

「ああ、ご苦労さん」

 

 聞いたことのない第3者の声がして、頭を押さえつけていた銃口の重みが消えた。

 顔を上げると、重装甲歩兵の背後に絡みつく。全身が真っ黒の男がいた。

 

 

 

 ゴートは素早く拘束した相手の喉を素早く描き切ると、捕虜にされていた諜報員に駆けよる。

 

「助けに来た。もう一人は?」

「ま、まだ。まだ、奴等のところに」

「わかった。そっちにも仲間が行っている。お前は安心して戻れ」

 

 弱った彼の体を担ぎあげると無線に素早く指示を出す。

 

「諜報員一名を確保。部隊は前進、右に2、左に1。そいつらを無力化して連れてこい、離脱する。後は合流地点で会おう」

 

 集中を切らしてはならない。

 戦場であるべき姿はすでにあの人から学んだことだ。

 この日、ゴートの班は捕虜を奪還に成功するだけでなく。あらたにPFから3人の捕虜を手に入れてマザーベースに帰還した。彼の戦闘班での再出発。初任務はこうして最高の形で終えることができた。

 

 

==========

 

 

 サバンナでの5日間は、それなりに楽しかったが。同時にストレスにもなった。

 クワイエットとスクワッドの間には、いつも緊張感が邪魔をしてなかなか協調する様子はみられなかった。だが、これはオセロットの想像した通りとも言える。

 多種多様な国の確かな技術を持つ兵士達を求めるダイアモンド・ドッグズにとって、言葉とコミュニケーションの一切を拒否するクワイエットでは信用されないのだ。

 そして不信と恐怖だけがのこり、それは相手の真の姿を鏡に映すように見せかけて歪めて見せつける。

 

 

 カズヒラ・ミラーはスネークが長期の任務に出ることを決して賛成はしない。

 とはいえ、今回ばかりは急ぎで。それも可能な限り早くやらねばならないとあっては許可しないわけにはいかなかった。それに、大きな声で言えないが。同道するのは女性兵士達ばかりと聞く。

 あの男も、9年も眠ってたとあってか少し昔よりも自重して年寄りじみた行動が目立っているのも気になっていたところだ。ここらでひとつ若々しい大自然の中でエネルギーを充填してもらうのもいいかもしれない、程度の軽い気持ちで了承したのである。

 

 それなのに、あの男は……。

 

 スクワッドが、ボスの部隊らしからぬCFAの駐屯する村を殲滅したと聞いた時から不安があった。

 そこで彼はボスが行動をおこす時間には、作戦室の方へと顔をのぞかせるようになる。伝説のガンスミスなる男は噂通り、弟子が多くいる事もあってなかなか本人にはたどり着けないようであった。

 

「え、あれ?」

「どうした?」

 

 その時はオペレーターが困惑する声を出すのが気になって、たまたまスクリーンを見て。

 カズは目を剥いた。スクリーンには3つのスクワッドをしめすマークの他に、”2つ”のビッグボスのマークがついている。いつからボスは複製されていた?

 

「どういうことだ!?故障か?すぐに調べろ、ボスは任務中なんだぞっ」

「待て、カズヒラ」

 

 声を荒げると、いきなりオセロットが背後にあらわれて止めてくる。

 

「なにを待てというんだ!このままでは――」

「いいんだ、機械は壊れてない。あれは……あれはクワイエットだ」

「――なんだと!?」

 

 もう一度スクリーンを見る。確かにあれは、あいつ、化物女であるらしい。

 地図上の長い距離を異様に素早く移動しているし。落ちつくポジションは、どれも狙撃に適した場所だ。

 それならあの女、銃を持っているというわけで――。

 

「オセロット!あの女がボスを狙ったらどうするんだ」

「おお、それは困るな。その時は、対策が必要になるだろう。クワイエットへの対策が」

「っ!?それがボスのことか、お前はどっちの味方だ!」

「他に誰がいる。その時は、奴だって望んだ再戦相手で悔いはないだろう。お前のいうとおりだとするならな」

 

 バリバリと音が出るほどに歯ぎしりし。近くのスタッフが怯えた目をこちらに向けている。

 駄目だ、冷静になれ。

 

「俺は認めんぞ、オセロット。あんな化物、ボスの相棒など絶対に務まるものか」

「さぁ、それはわからん」

「いいや、わかるさ。あいつはサイファーだ。なにを考えているかは分からない。きっと、きっとボスだって……」

 

 やめだ。

 本人は遠く任務の地で戦っているのに、自分が力説して。それでどうなるというんだ。




あんまり書いていませんけれど。評価、感想などはどしどしやっていただきたいっ。やる気と励みになりますので。
それではまた明日。


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美女と野獣

分けるの面倒なので今日は多めに。



 一緒に行動して見ると、クワイエットは意外に情感豊かな奴だということがわかった。

 たしかにまだこちらの命令には、完全に従う様子はなかったが。暴走するようなそぶりは見せていない。

 こちらが静かに任務を行えば、彼女はただ静かにそれを見守ることが出来るのもわかった。

 待機を命じられて苛立つと、こっちに銃口を”わざとわかるように”むけてくるし。どうやらスクワッドのお譲さん達の影響を彼女は少なからず受けているようにも思えた。

 

 一方、アンゴラの大地を5日間彷徨って、合計4人の男を追跡調査した結果が出ようとしていた。

 

 ノヴァ・ブラガ空港。

 かつてはこの国に訪れる人々を受け入れたであろう空港は、今ではPFによって占拠され。彼等のためにだけ離着陸を許されている場所となっていた。

 その広大な敷地は、これまで見たことのないくらいきちんと整備がされてはいるが。同時に監視の目も他と違って厳しいものとなっている。

 

「俺達はこの中から、たった一人の男を探し出さなければならないのか――」

『この件に関しては諜報班でも動くが、今は現場のボスの判断にまかせる。どうする、スネーク?』

「……」

「やりましょう、ボス!」

 

 声を上げるフラミンゴの顔を見て、ビッグボスとして問いかける。

 

「敷地はデカイ、監視の目は厳しい。やるなら複数が同時に潜入して始めるしかない。それもこの太陽が高い、真昼にだ」

「できます、私たちなら」

「この警備だ、失敗すれば外に出られなくなる。捕まれば終わりだぞ?」

「その時は助けてくれますよね、ボス?」

「――おい、フラミンゴ」

 

 こちらの顔を見ている3人の美女達にスネークは言った。

 

「俺は別に、”お前達だけ”に潜入させるとは言ってない」

「今、決まりましたよ。それなら私たちも安心して行けます」

 

 確かに、その技術は彼女達にはある。うまくやれるだろうが、だからと言って自分は外にいて彼女達だけをコヨーテの徘徊する巣に向かわせるような真似はすぐには決断できない。

 

「でも、ひとつ意見があります。あいつの力はいりません」

「……」

 

 フラミンゴの冷たい言葉はクワイエットのことを差し、他の2名もそれに同意しますと口に出した。

 

(嫌われたものだな、クワイエット)

 

 そしてビッグボスは決断を下す。

 

 

==========

 

 

 空港は中央に長大な滑走路をはさむと西と東にそれぞれ複数の施設を配置し。使われてるのか使われてないのかわからない、南と北に1つづつのハンガーがある。

 この全てを根こそぎ探索するとなると、かなりの時間と労力が必要で。太陽が照りつける下、監視の目をかいくぐって静かにこの中からたった一人を探し出すのは、やはり困難なのは否定できない。

 

 彼女達3人はそれぞれ西、東、南から侵入。

 警備で巡回している兵を中心に、伝説のガンスミスを見つけ出す手はずとなった。

 スネークはと言うと、空港から200メートルは離れた場所にクワイエットと別々に待機することとなった。この別々、というあたりが彼女達のクワイエットへの信頼のあらわれのようで、スネークにしても悩ましいものがある。

 

 

 ハリアー、ワスプ、フラミンゴの3人は、それでも優秀な兵士である。

 同性の候補者をブッチギリ、男達の頭を踏み台かわりに早々にビッグボスも認める優れた技術を持つ女傑達。

 一般兵に先んじて、スネーク同様に提供されたダイアモンド・ドッグズの漆黒のスニーキングスーツに包まれて、まさに黒い影となって敷地内を静かに進んでは捕え。話を聞いては、次に移るを繰り返していた。

 

 

 

 男は事務所から出ると、書類を手に2階の渡り廊下を進む。

 だが、角のあたりでいきなり向こう側から細い手が伸びてくると、こちらの腕にからみつき。そこから向うへと力強く引きこまれ、思わずバランスを崩しそうになる。

 そして気がつけば、蹴躓く寸前に誰かの腕の中に飛び込む形で受け止められ。体が拘束されているのに気がついた。

 

「なんだ?お前、誰だ?」

「あなた、『伝説のガンスミス』さんよね?」

「女!?」

「静かに――」

 

 気道をふさがれ、腕の複数の関節が一斉に悲鳴を上げる。

 

「わかった、わかっ……」

「質問に答えて。お弟子さんからの紹介。理解出来た?」

 

 すると男はそこで初めて笑顔を浮かべる。

 

「もうその名前は使ってねェよ。それにネエチャン。俺の弟子がどれだけいると思ってるんだ、百人から先は覚えてないぜ」

「あら、ずいぶんと吹くのね。その余裕が本物の証、じゃないとひどいわよ?」

「はァー、今度はどいつが俺の名前を言った?俺は関係ない、あいつら全員とは縁を切ったんだ。俺は関係ない、あいつらトラブルおこすとすぐに俺を巻き込もうと――」

「もういいわ、後で聞く」

 

 いきなり力が入ると、ハリアーはあっという間に男を絞め落としてしまう。

 プラチナブロンドの髪に手をやり「確保しました」と告げると情報端末を出してそいつの顔をマザーベースにも送る。

 それにしても――。

 

「んふっ」

 

 5日ぶりの男の体臭、そしてそれを自分の腕の中で絞め落とす感覚。

 自分が思った以上に欲求不満気味だったと知って動悸を抑えようと胸に手をやり、頭にはしっかりしろとカツを入れる。

 マザーベースよりカズの「任務完了だ、離脱してくれ」の報告を聞く前に。彼女は男を担ぎあげると、空港の外へと進路を変えた。

 

 

 丁度、捕えた男を尋問していたワスプは「任務完了」の報告に心の中で舌打ちする。

(しまった、あっちにいたのか)

 東側から侵入した彼女は、滑走路脇にいる兵にあたりをつけていたのだが。まさか反対側に本人がいたとは、これも運がない。

 

「おい、あんたっ」

「なんだ?」

「あんま言いたくないんだけどよ。ちょっと、匂うぜ。臭い、ホント」

「うるっさい!」

「あんたに捕まる前も、プーンって――うおっ」

 

 尋問を止めてさっさと落とすことにした。

 5日間もサバンナを放浪したこともあり。たしかに5人の体臭はきつくなっていた。

 だが、水資源が汚染された地域のそばでは気軽に川や湖の水を使うわけにもいかなかったのだから仕方がない。今回、ボスがすぐに決断しなかったのも、これのせいなのかもしれない。

 

 あとおちるまで残り2秒、そんな時だった。

 ワスプの背後にあるトイレのドアがいきなり開くと、ポルノ雑誌を手にした男が出てきた。

 気絶しかけている男と、その背後にすがりついて絞めあげている黒衣の兵士。男が一拍おいて、声を上げるのと同時にワスプの腕の中の男は意識を失ってグニャリと地面に横になる。

 

「敵襲だ、敵襲ー!!」

 

 空港内に音高く敵発見を告げるサイレンが鳴り響く。

 

 

==========

 

 

 空港内のサイレンと中にいる人が騒がしくなるのをスネークは確認すると、無線機に手をやる。

 

「全員、状況を報告せよ」

 

 フラミンゴ、ハリアーはすぐに返事があったが。遅れたワスプは息を切らせながら「自分です。すいません、ボス」と言ってきた。

 スネークは2人にそのまま離脱して合流地点を目指せと命令すると、情報端末iDroidを取り出してワスプの位置を確認する。

 

(北側に流されている。追い込まれるな、時間はそれほどない)

 

 望遠鏡をのぞいて東側のゲートを見ると、すでに兵士がそこを封鎖する動きを見せているのがわかる。

 助けに行くにしても、あそこを強行突破していてはワスプは生きてはいないだろう。

 

「クワイエット」

 

 自然に命令が口から出ていた。

 

「空港内を偵察、ワスプを見つけたら彼女のところへ。”俺が行くまで”守れ」

 

 クワイエットは遠くにいるはずのビッグボスの背中を一瞬だけじっと見たが、すぐにその姿は消えると。力強く大地を蹴り上げて空港に向けて突進を開始する。

 

「オセロット!例のモノを」

『わかった、ボス。すぐに用意する』

 

 

 

 空港北部にある並ぶコンテナの影にワスプは転がり込んでいた。

 利き腕の右が穴だらけにされ、結構気に入っていた細い指も何本か折れている。

 どうやらここでは暴徒鎮圧用のゴム弾をつかうショットガンも用意されていたらしい。走り出したとたんにぶつけられ、転がったところをライフルで狙われた。

 胸や腹にも貰ってしまったが、スーツがそれを軽減してくれていることを今は祈るしかない。それにここまで走ってこれたんだ、きっと大丈夫。

 

 とはいえ、状況はどうしようもなく不利だった。

 この空港は侵入してはじめてわかったのだが、東西のゲート以外の出入り口は封印されているようだ。それ以外から侵入するなら簡単には出れないようになっている。

 そして奴等はこっちの動きがわかっているのだろう。先ほどからコンテナの反対側に着弾をつづける弾の数の多さには背筋が凍る。

 

(こんなところにボスを来させるわけには――投降するか?私)

 

 きっとダイアモンド・ドッグズはすぐに救助に動いてくれるだろう。その間は、まぁひどいことしかされないだろうけれど。少なくとも仲間が逃げる時間くらいは稼げないだろうか?

 

 ドカン、と彼女が身を隠すコンテナにいきなり強い衝撃があって驚き。思わず見上げると、そこにあいつの顔がこちらをのぞきこんでいた。

 

「――クワイエット!?」

 

 相変わらず向こうは黙ったまま、しかしすぐにその姿は消え。また先ほどの着地の衝撃が、地面を伝ってワスプの尻に感じる。

 慌ててコンテナの影から覗くと、あの女。よりにもよってコンテナの前にある信号塔の上に腰をおろして射撃体勢をとっている。

 嘘、嘘だよね?

 

 まったく嘘じゃなかった。あの化物女、平然とこちらにむかって撃ってくる建物めがけてあの夜と同じように、やっぱり攻撃を開始してみせたのである。

 

 ワスプもそうなると隠れているわけにはいかなかった。

 左腕で無理にライフルを地面に押し付けるようにして構えると、狙いなどつけずに滑走路の向こうにある建物めがけて撃ちまくる。地表の、それも狙わないで飛び出していく弾丸は放物線を描くから届かないかもしれないが。なにもしないで、敵にクワイエットを狙わせるわけにはいかなかった。

 それでも弾倉の30発を瞬く間に撃ち尽くすと、痛みに顔をゆがめながら弾倉を交換する時間がもどかしい。

 

 反撃された側も黙ってはいなかった。

 対空用にと設置された大口径のガドリングが動き出し、クワイエットを確認して攻撃を開始する。

 

「クワイエット、逃げなさいよ!」

 

 ワスプはまだ終わらないマグ(弾倉)交換に苛立ちつつ、声を上げるが。クワイエットは動かないまま射撃を止めようとしない。

 

(そうだった。あいつ、こっちの話なんて聞きやしないんだ)

 

 あいつとここで討ち死にか。悪くないかもしれないが――いや、最悪だ。死ぬ前にビッグボスに求婚していないのが特に最悪。彼女はかなり重度のファザコンであった。

 クワイエットは黙っている。

 彼女めがけて飛びかかってくる弾丸は、時に彼女の足の肉を切り裂き。腕の肉を抉るが、苦痛にあえぐそぶりも見せずに淡々と射撃を続けている。

 自分に向かって大口径のそれが飛んできても、彼女は冷静に狙いをつけて撃つだけ。銃座に座っていた男の頭が爆発し、体は座席から跳ね跳ぶように後ろに転がり落ちると。地面にはそいつの目玉と脳味噌だったものがぶちまけられた。

 

 クワイエットは射撃を止めない、この任務は続けている。

 

 

 その不快な金属音はいつからしていたのだろうか?

 地面を斬りつけた歯車のような音のその正体をワスプはわからなかった。

 だが、同時に聞こえてくるものはわかった。

 

ゥゥウウオオオオオォォ――――!!

 

 それは鬨の声なのか?

 太古の戦場で、将軍が突撃していく中を共に征く部下の戦意を奮い立たせようとするあの声。

 ワスプの体に頭の先から足の先まで震えが走る、腰が抜けそうだ。

 その声が終わらないうちに、封印されていた北ゲートをつきやぶってあらわれたのはあのヒューイがビッグボスにといって用意したDウォーカーであった。

 黄色の目立つ車体に装着したガトリングの発射準備をしながら、あの機械音と共に滑るようにコンテナの裏に回りつつ。迫ってきていた重装兵たちを豪快に薙ぎ払っていく。

 

(あんなことをいったが。こいつ、意外とやるじゃないか。ヒューイ)

 

 本人には決して伝えることのない感想と共に、ワスプの前に来て急停止するとスネークは飛び降りてくる。

 

「すいません、ボス。ほんとうに……」

「クワイエット!東だ、東のゲートに行け」

 

 ワスプの謝罪を無視して、声を張り上げて指示を出す。それまで動かなかったクワイエットはやはり黙ったまま、そこから姿を消した。すぐに、離れた東ゲートの方角から彼女のライフルの銃声が聞こえてくる。

 

「あいつ、やっぱりわざとこっちの話を聞こえないふりをしてっ」

 

 忌々しそうにいうワスプの傷の判断が難しい。

 素早く取り出した包帯で、折れた指がひどい状態の右手に巻きつけると。スネークは彼女の頭をいきなり両手で挟んだ。

 

「ワスプ、よく聞け」

「ふぁ、はいっ」

「俺の乗ってきたこいつでお前は東ゲートから脱出しろ。クワイエットが今、道を開いている。合流地点まではなにがなんでもたどりつけ。サバンナで寝られると探す手間がかかる」

「えっ、ボスはどうするんです!?まさか」

「開発者の話じゃ、こいつは1人乗りだ。ペアで乗れる仕様がほしいと、戻ってから開発班に言うんだな」

 

 そういうと多くを語らせずに追い立てるようにDウォーカーの背に乗せる。

 

「右手がそんなじゃ、こいつのガトリングは撃てん。とにかく突っ切れ、わかるな」

「……はい、ボス。またあとで」

「いけェ!」

 

 声を上げると同時に、スネークは背中のPSG-1を手にすると歯に挟んでいたカプセルを噛み砕いた。

 銃声と怒号が鳴り響く戦場が、静かに思える。

 薬物によって即効で集中力をたかめているのだ、ライフルはリズミカルに火を吹く。

 

 空港側のPF兵達も混乱の中にいた。おかしな狙撃兵が目の前にあらわれたと思ったら、それがいなくなったのに相変わらずこちらへの正確無比な射撃が続いている。

 その間にも、おかしな機械に乗った兵が東ゲートを突破したと知らされ。残っている奴を必ず捕えろと、周辺の味方にも応援を頼んだ。

 

 結局彼等は、ある時点で反応がなくなったと気がつくと。一気に包囲の輪を狭めてそいつをみつけようとしたが。その姿はどこにもなかった。

 そんなわけはないと、怒ってヘリまで持ち出し周囲の捜索を続けるが。

 結局、翌日になってもなにもでないまま、そこで逃げられたのだろうとようやく納得した。

 

 事実、スネークはあの後すぐにこの空港から離れていた。

 自分はまだ北側のコンテナの影にいると信じている兵達の目を掻い潜ると、人のいなくなったがら空きの西側ゲートから悠々とサバンナの高原へと走り出していった。

 伝説のビッグボスの名は伊達ではないのだ。

 

 

==========

 

 

 ワスプはちゃんと合流地点で先に待つ仲間達のところにたどりついていた。

 ハリアーはその傷口を改め、フラミンゴは不快な折れかたをしている指を元に戻し。ワスプはその痛みにうめき声をあげた。

 気がつくと、彼女達の側にクワイエットがいて。周囲の高原に影はないかと油断なく見回していた。

 迎えのピークォドが「到着まであと5分」を伝えた頃、ビッグボスもここにたどり着く。

 

「ワスプの怪我は?」

 

 医療の知識を持つハリアーは素早くこたえる。

 

「腕は手術が必要ですが、致命傷ではないと思います。ヘリに血液バックなどがありますから、あとは寝かせられればマザーベースまでは大丈夫なはずです」

「寝ないのか?」

「興奮状態で、どうにも」

「そうか――なら、これを試してみるか」

 

 そういうとスネークは腰に吊るしたグレネードの1つを手に取る。

 

「開発班の睡眠グレネード、だそうだ。ガスを吸った相手の意識を失わせて睡眠状態にするらしい」

「ああ、使えるかもしれません」

 

 悩んでいる暇はなかった。ヘリが来れば急いで離れないといけないし、そこではやれることも多くないことはわかっている。興奮状態になった患者には静かに眠ってもらうのが一番なのだ。

 

「ワスプ、聞こえるな?」

「ボス、無事でよかったです!」

「お前には眠ってもらわなきゃならん。睡眠グレネードで強制的に眠らせる。いいな?」

「――おこしてくれる時は、キスしてくれます?」

「おい、ふざけている場合じゃ――」

「思い残しがないようにしたいので、いいですか?」

「なんだ?」

「ボス、さっきの救出。濡れました。帰ったら自分とすぐに結婚してください」

「お前のプロポーズは聞いた。返事が聞きたいなら、いい子にしろ」

 

 そう言うと全員にその場を離れろと言い。大地に寝かせたワスプの側にグレネードを置いて自分も離れた。興奮状態はそのままだったが、ワスプは離れていく足音の後で大きく息を吸って吐いてをくりかえすようにする。何かがシューッと音を立てているのが聞こえて。彼女はすぐに意識を失い、眠りに落ちた。

 

 

==========

 

 

『ボス、マザーベースに到着します』

「医療プラントの3番へ。あそこで手術の準備がされている」

『了解』

 

 向かいあって座るクワイエットはわざとなのだろうか。こちらの視線を避けるように、ずっとヘリの操縦席を見ている。

 そしていつも自分が座る席を、3人ですわるスクワッド達が口を開く。

 

「ボス、今回のサバンナツアー。なんだかんだで楽しかったですよ、いい経験と勉強になりました」

「そうか?まぁ、俺も楽しかったハリアー。お互い良かったということだな」

「なにいい子ちゃんしてるの、ハリアーは?ロマンス、美女とのロマンスが欠けてます、ボス」

「お前は少し黙ってろ、フラミンゴ。その方が美人だ」

「ちょっとー、あんたも素直になりなさいって!」

 

 苦笑できるのも気が緩んできた証拠だろう。

 ところがクワイエットは席を立ち、扉を開けるとこちらが何か言う前になんとそこからヘリの外。空中へと飛び降りた。

 

「クワイエット!?」

「えっ、えっ?」

「……照れたんだろう、安心しろ。自殺じゃない。先に降りて戻ったんだ」

 

 なぜかそうスネークはそう口にしていた。クワイエットの気持ちがわかったような気がしたからだ。

 オセロットに報告してやらないといけないだろう。奴のもくろみ通り、どうやら自分とクワイエットはいい相棒になれそうだと、その手ごたえを感じることが出来た。

 

「あいつも、少しはいいところがあるのかもしれませんね」

「そう思うか?なら、優しくしてやれ」

「――駄目です、ボス。それには条件があります」

「条件?なんだお前もか」

「男共の選定なんてやめて、私達とあいつでスクワッド結成にしましょう!名前もつけて」

「ほう、眠り姫と従者達。とか?」

 

 ワスプは眠っている。それを指しているのだ。

 

「は?こんな女、寝てるだけです。それより『美女と野獣』はどうでしょう?」

「ビューティー・アンド・ビースト?おれが野獣か」

「いえいえ、野獣はあいつ、クワイエットで。ボスは私達の仲間に入れてあげます」

 

 ピークォドが次第に高度を下げていくのを感じる。

 

「悪いがお譲さん達。俺はこの年齢で女装はできんよ。さぁ、降りるぞ!」



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業火(1)

3章は今回でようやく中間地点、折り返し?
救われない地獄の入り口へ、どうぞ。


 かつて南米で誰かが口にした。

――平和は歩いてはこない、歩み寄るしかないのだ……

 その言葉はすぐに虚空に吸い込まれ、消えてしまった。

 

 

 

 飛行機は飛んでいる。荷物を乗せて。

 研究員は怯えているが、博士は平然としている。

 

 モスクワまではまだまだ時間がかかる。

 

 研究員は質問する。

――博士、この少年には意識があるのでしょうか?

 博士は問い返す。

――なぜそんなことを?当然意識はあるさ。

 

 研究員は質問する。

――しかし博士、この少年からは自我を感じません。僕は感じることがなかったんです。

 博士は答える。

――私の研究では自我はあると出ているが、他人にはそれを感じさせないというのが答えなのだろう。

 

 研究員は質問する。

――なんであると考えるのですか?この子は感情も、表情もこんなに薄いのに。

 博士は答える。

――なぜならばこの子は自分の意志で選択することがわかっているからだ。自我がないなら、問題を感じて選択などするはずもない。

 

 研究員は質問する。

――それは興味深いです。彼は何を選択するのですか?

 博士は答える。

――君は研究に熱心さが足りない。私の報告を読めばわかる。彼は他人の心を自分の中に写し出しているようなんだ。

 

 研究員は質問する。

――それは読心術というやつでしょうか?

 博士は答える。

――どうだろうね。はっきりとは分からないが、この少年は”特定の感情”に寄り添いたがっているように私は感じているよ。

 

 研究員は質問する

――あれ、博士。今、何か音がしませんでしたか?

 博士は絶望する。

――ああ、いけない。なんでこんなことに……。

 

 飛行機はモスクワにはたどり着けなかった。

 

 

==========

 

 

 NGOのツテでこのアンゴラへ上陸を果たしたダイアモンド・ドッグズではあったが。PFとよぶには明らかに強大になっていく軍事能力に反し、その地盤は圧倒的にまだ弱いままだった。

 サイファーの捜索のためにも、ここに強い根を張らねば意味がない。

 そうなると自然、現地のクソのような政治事情とも向き合うことになる。政治と軍事は切り離されることはない。少なくとも、戦えないならここでは全てを奪い尽くされる。まさに弱肉強食、適者生存の厳しい世界である。

 

 人は、自らではなくとも落ちればそこまで獣となることができる。

 文明など屁のようだと鼻で笑って火薬の匂いを肺いっぱいに吸い込んでうっとりすることが出来るのだ。平和な国で永久に続く戦争のない世界など、人は誰も望まないのがむしろ自然なのだ。

 

 

==========

 

 

 ザイール側の反政府組織より舞い込んだその依頼も、そういう腐臭の漂うひどいものだったが。カズはそれを見なかったことにして受け入れざるを得なかった。

 ここにいる同業者やそれらを利用する者達に、自分達は本気で仕事をするのだと見せつけなくてはならない。

 

 組織のリーダーである将軍様の部下、裏切り者一名と捕虜となった5人の殺害はそうして実行されることになった。相手には思う存分にふっかけてやったせいで失敗することも出来なくなってしまい。

 カズはビッグボスと彼の部隊に、この任務を託すことになった。

 

『ビッグボス、こちらスクワッドリーダー。我々はこれよりF地点の観測所を向かいます。襲撃後、ヘリでマザーベースへ――』

「スクワッドリーダー、任務中だ。スネークでいい」

『……了解、パ二ッシュド・スネーク』

 

 今度のリーダーは前よりもガチガチな奴のようだ。

 ガンスミスの一件を終えると、ついにスネークは新たなスクワッドの結成を発表した。男5人、女3人は以前と同じだが、ワスプは怪我の治りが間に合わなかったので今回は7人。彼等の本当のデビューは次回に持ち越されることになるのかもしれない。

 

 

 スネークは隣に伏せているDDと背後の崖の上で待機しているクワイエットに、このままで待機。そう伝えると、ゲートを抜けて1人。銃を構えて静かに穴の中を進んでいく。

 

 彼等が今いるのはクンゲンガ採掘場。

 かつては白人がやっていたやり方を、今ではここの誰かが同じ国の大勢を支配することで同じやり方で富をむさぼっている。その最前線が、ここだ。

 目標の捕虜達はここで鉱夫でもやらされているのか、諜報班はしかとつかめなかったが。スネーク達は夜の闇を利用しながら、それでもかなり苦労してここへとたどり着いていた。

 

 

 暗い鉱山の穴の先にある鉄条網をこえると、どこからか複数の人の呼吸音を感じとった。

 なんだ?誰かいる?

 

――スネーク、駄目だからね

 

 その声を聞いただけでスネークの背筋に冷たい汗が流れた。

 振り向くと、そこにはあのパスが。平和を愛するあのパス・オルテガ・アンドラーデが、まだ女学生のふりをしていた時の姿で暗い目をして洞窟内のしきいとなっている鉄条網の中に立ってこちらを見ている。

 

 亡霊だ。

 イシュメールと同じ、本物じゃない。破片がめり込んだこの頭が、フラッシュバックと一緒になって見せてくる。

 だが実害は、まったくない。心配する必要もないし、恐れることもない。

 

――駄目だからね 

 

 何のことだ?

 詳しく聞くべきなのだろうが、見た方が早いと思ってスネークは足を動かす。

 洞窟の奥には5人がいた。間違いない、間違えようがない。5人の”少年兵”が捕えられていた。

 

 将軍の依頼は、彼等をこのままここで処分することだった。

 スネークの顔から感情が消える。

 

 

==========

 

 

 マザーベースでは報告を聞いたカズは戦慄していた。

 

(なんと言うことだ。あのクソ将軍め、なにが自分の部下か――)

 

 静かに激怒するカズだが、これは別に将軍が悪いわけではない。

 ”現地の常識”では間違いなく彼等はあの将軍の部下なのである。思えばこちらが値を釣りあげても、ホイホイと応じて気前が良かったのは子供殺しに気を悪くしているこっちへの感謝のつもりだったのかと知っておくべきだったのだ。

 

 だが、どうする?

 今更に契約を拒否するわけにはいかない。彼らだって我々が正しく依頼を実行したのか、当然のように調べてくる。引き受けた契約をまもれないことは商売上の信義として問題になる。ダイアモンド・ドッグズはこの戦場にへばりつくために新たな依頼人を探し続けることになる。

 だからカズは、なにも口に出さないことにした。

 

 

 

 少年達が格子の向こう側に立って銃を構えているスネークの姿に気がついた。もしかしたら、このビッグボスが自分たちの姿を見て動揺しているのを感じとったのかもしれない。

 次々に彼等は格子に近づいてくると、そこから手を伸ばしてこちらに何かを見せようとしてきた。

 

「これは?――ダイヤか」

 

 ここから出して欲しい、自由にしてほしい。そのために差し出すのは彼等の命の値段、ダイヤのひとかけら、そういうことなのだろう。

 大人達の暴力の影で、彼等も利口でなければ一日と長く生きられないのである。

 少年達は理解していたのかもしれない、この男が自分達の上官から送り込まれた殺し屋のかわりだということに。

 だが、彼等の世界は非情だ。

 それが最後の瞬間の目前であるなら、わずかな可能性にもすがらないとやっていられないのだろう。

 

 だが、スネークは無情にも輝くそれを彼等の掌に返す。

 

「カズ、ターゲットの5人を発見した」

『……わかった。ボス、テープは回っている。仕事を終わらせてくれ』

 

 少年達は泣き叫んだりはしなかった。ああ、そうなんだと理解した。

 ダイヤを受け取って助けなくとも、殺してから奪えばいい話だ。それは誰しも考えることではないか?

 

 少年達は奥へと下がると、たがいに体を寄せあって顔を伏せた。

 ついに自分達にも来るべきものが来たのだと思った。いいことの少ない人生だったが、それでも終わるのだと思うと悲しく、悔しい。喜びなどなかった。

 

 スネークの持つライフルは21発の弾丸をフルオートで発射する。

 それが終わるとスネークはその銃を地面に叩きつけて破壊した。もう、ここからはこれは必要ない。

 

『ボス、奴等が今の銃声に反応しているぞ。すぐにそこを立ち去るんだ』

 

 言われるまでもない。

 スネークは黒い麻袋を取り出し、呆然としている牢の中の子供達に向けてそれを放り投げる。彼等はそれを受けとると、ハッとして慌てて袋の中に自分達の持っているダイヤを投げ込んでいく。その間にスネークは牢のカギの解錠を試みる。

 

(俺は英雄ではない。ヒーローだったこともない。そして善人でもなかった。だからこそ、こんなふうに依頼人を裏切るような汚ないこともする。そんなただの人間だ)

 

 言い訳に聞こえるだろうか?知ったことではない。

 

「よし、お前達。自由が欲しいなら、俺の指示に従ってついて来い。はぐれても次は助けたりしないぞ」

 

 

==========

 

 

 鉱山の周辺地区は俄かに騒がしくなってきた。

 続いて観測所が襲撃中との報を受け、増援をどう送るかで多少はまごつく。

 

 その間に鉱山から子供達と共に出てきたスネークは口笛を吹く。それを聞くと、DDとクワイエットは彼等の元に姿をあらわした。

 

『スネーク、子供達を無事に回収するためにはそこから離れなくてはならない。プランCの合流地点、そこまで歩いてもらう。奴等、侵入者がいることに気がついてる。慎重に、だが急いで向かってくれ』

「わかった」

 

 何か言いたそうなカズの雰囲気には気がついたが、今は任務に集中しなくては。

 

「クワイエット、先行しろ。DD、子供達を守れ」

 

 自分も歩けない少年を1人担いでいたが、スネークはそういうと背中の少年を下ろした。

 鼻が引くつき、70メートルほど先にいる兵士2人を確認する。サイレンサーを装着したPSG-1を手にすると、躊躇することなく彼等の頭を瞬時に吹き飛ばした。

 

「よし、進め。ほら進むんだ」

 

 子供連れの逃走、これは追手との時間の勝負になる。

 

 

 

 先行するクワイエットだが、今回は開発班と伝説のガンスミスによって作り出された麻酔弾を使用する狙撃ライフルを装備させたものの。ここまではそれが使われることはなかった。

 だが、どうやら使用感の報告は出来そうな気がする。

 

 走り出したスネークの前方で、銃声が鳴り響くと無線から『~♪~~♪』と鼻歌が聞こえてくる。どうやら終わったらしい。

 

「クワイエット、次だ!――よし、進むぞ」

 

 先頭の少年の横にDDがつき従い。羊飼いの犬のように彼らが勝手なことをしないよう。列を正してくれている。おかげでスネークは最後尾につくことができる。

 

 途中、地面に投げ出された敵兵を見た。

 どうやら片目に弾を受けたようで相当苦しんだようだった。つづいて見えたのは、撃ち抜かれるような衝撃で地面に倒れ伏していてどう見ても生きているように見えない動かない兵士の姿だ。

 

(麻酔、というよりも。殴り倒しているだけじゃないか?本当にあれ、役に立つのか?)

 

 疑問を覚えたが、とにかく静かにこちらの邪魔をしないならば今はそれでいい。

 クワイエットの銃声が再び始まるが、今度はなかなか終わりそうにない。

 

「ここで待て、止まれ!」

 

 銃声の響くエリアに近づくと、どうなっているのかがわかった。

 8人前後の男達が、狙撃から身を隠しつつ勇気があるのか数人が列をなして前進しているのが見えた。

 ここはスネーク達の出番だろう。

 

 スネークはスモークグレネードをあちこちにばら撒くと、DDと一緒に煙の中へと突撃を開始する。

 いきなり湧き上がってくる煙の勢いに巻かれてゴホゴホと咳こんでいる男達は殴り倒されるか、DDに喉を噛み砕かれて絶命するかさせられる。

 

『急げ、もうすぐそこだ!』

 

 カズの励ましを受けて最後尾にもどっていたスネークは子供達を追い抜き、先頭に立つと先に合流ポイントに到着した。

 続いて、そこにクワイエットがあらわれ、追手がいつ現れてもいいようにライフルを後方に向けて身構える。

 DDに導かれて走ってくる少年たちの列を確認しながら、スネークは空を見上げた。

 

『こちらピークォド、合流地点に到着』

 

 スネークは早速抱えていた子供を運び入れると、ヘリから降りる。やはり閉じ込められて体力がないのだろう、ここまで走ってこれた少年達だが。精魂尽きはてたかのように座り込んでヘリに這い上がる元気はありそうにない。

 

『ボス、追手が迫っている』

 

 だがここまできたのだ、やるしかない。

 

「DD、先に乗れ!」

 

 指示を出すと自分は1人ずつ抱えあげてヘリの中へと放り込んでいく。

 半分を終えたところで、クワイエットのライフルが火を噴いた。『ボス、急げ』これ以上ないあせる声にせかされ、スネークも残りをヘリに乗せていく。

 

「終わった。クワイエット、退却だ!」

 

 乗り込んで声を上げると同時にヘリは上昇を始め、離れようとしたところでクワイエットが飛び上がってヘリに飛びついてくる。

 とんだ汚れ仕事を引きうけてしまったが。まぁ、これでダイアモンド・ドッグズの名前もここらに響きわたることが出来ただろう。

 

 

==========

 

 

 マザーベースに到着すると、プラットフォーム上ではいつものように出迎えるカズがこれまでに見たことのないくらい。不機嫌そのものの表情で立っていた。

 スネークが降りるとミラーは苛立ちを隠さない声で問いかけてきた。

 

「どうするつもりだ、ボス」

 

 カズヒラ・ミラーは怒っているのだ。少年達を助けるのはいい。

 だがそれをこのマザーベースまで連れてくるなんて……。

 彼はやはりあのMSFの一件から、この場所の秘匿性に関しては神経質にならざるを得ないのだろう。

 クワイエットの時とは違う。この子供等が逃げた時、またボスが「俺の手で~」なんていわせて誤魔化されないぞ、ということなのだ。

 

「戦闘経験は積んでいる。鍛えりゃ使えるだろう」

 

 苦し紛れだったとしても、スネークの返答はとても誉められたものではない言い草だったに違いない。

 カズの顔がさらに不快感を覚えたか、不機嫌さが増すのを感じる。

 これまであまりなかったが、これはビッグボスとミラーの我慢比べである。どちらかが妥協するまでは、お互いどちらも引く様子は見せない。

 

 ダイアモンド・ドッグズでも珍しいトップ同士の緊張感のあるやり取りに周りの兵士は声も出ないが。子供達はそうでもなかった。

 巨大な海の上の城、そこにいる見たことのない兵士達、武器。全てがこれまで彼等が見た世界にはない、夢物語のようだった。

 だからつい、無邪気にその手はカズの腰に吊るしてある銃に伸びようとする――。

 

 サングラスの奥の目が光った。

 

「子供は嫌いだ。特に銃をぶっ放すやつらは」

 

 そういうと杖を振り上げざま少年のその手を払い。しつけとばかりに振り下ろす杖でその腕を打った。

 少年はその仕置きに萎縮も、おびえもしなかった。

 逆に打たれたと感じた瞬間にはスネークの手から銃を奪い、カズに銃口を向ける。

 

 だが、そこまでだった。

 

 少年が銃をとると同時に、ミラーを始めとしたプラットフォームに並ぶダイアモンド・ドッグズの兵士全員から殺気が立ち昇ると、少年に容赦なくそれを叩きつけたのである。

 それが本人にはわからないらしく、体が硬くなって思うように動けなくなっている自分に少年は小動物のように戸惑っていた。無意識に自分が恐怖していることがわかっていないのである。

 おもしろいショーが見れた、スネークは笑顔を浮かべると口を開く。

 

「どうだ、使えるだろう」

 

 ミラーはだまされなかった。スネークはわざと銃をこの少年に持たせた。いや、渡したに違いないのだ。

 彼等は戦闘、それもただ銃を撃つことだけを教えられた子供達だ。正しい技術、戦場に必要な教え、そういった大切なものは一切知らない。まさに消費する人の姿をした戦闘犬のようなものだ。

 

 本物の兵士、それも純度の高い、最高の技術を持つ兵士の敵にはならない。

 

「いや、使えないな」

 

 子供だと思いだし、自身の体からほとばしる殺気を抑えるとミラーは断言した。

 

「まるで使えない」

 

 そう断言してからあっさりと握っていた杖を手放すと、一本の脚で立ったまま。カズは手を伸ばしただけであっという間に少年の手から銃を取りあげ。そのまま片手で弾倉を抜き取り、装填された弾もはじき出した。

 戦士としての肉体は失ったが、それでもカズヒラ・ミラーは自分は兵士だとその姿が証明していた。

 

(さすがだ、カズ)

 

 どうやら今回はビッグボスの負けらしい。

 

 

 空になったライフルを控えている兵士に渡すと、再び拾い上げた杖をついて歩き出すカズの隣にスネークが追いついて並ぶ。スネークは口を開く「それじゃ、どうする」今度はカズが答える番だった。

 

「突貫工事で建設中の居住区を分割させている。俺達とは住む場所を、分けるつもりだ」

 

 カズもまた、ビッグボスとの付き合いは長い。

 彼が何を考えているのかを想定して、すでに別の答えを用意して行動も始めていたのだ。

 

「じゃ、学校でも作るか」

 

 さすがにスネークも、きっちりとしたカズの言葉に呆れて思わず嫌みを口にしてしまう。あの暗い目をした、狡猾さを身につけたガキ共が。ここで暮らしただけで素直な礼儀正しい子供になるとは思えないのだ。

 カズ自身もまた、ボスが言いたいことはわかっていた。

 少し自信がなさそうだが、しかし断固として自分の意見を押し通す覚悟を見せてくる。

 

「読み書きと、簡単な仕事くらいは教えられる」

「銃を撃つだけじゃない。普通の暮らしってやつをか?」

「銃を撃つのは俺達の仕事だ。子供は、俺達の天国の外側(アウターヘブン)では暮らせない」

 

 それは決めつけるというよりも、ボスへの同意を求めるような意味合いが深かった。

 この戦場は確かに地獄だ。だがたとえ地獄だからとて、許されないことはあるだろう?

 それはもう、カズヒラ・ミラーと言う個人の願いが込められていたのかもしれない。




(設定)
・BIGBOSSの部隊(二期)
アンゴラへの上陸にあわせ、スネークは部隊を一新しようとした。前回と同じ8名が選ばれた。
新たなリーダーを選出、男性陣は総入れ替えとなったが。女性のほうは前回から変更はなかった。

この時点で以前にあった【老人介護】的な役割は求められていない。戦場を我が物顔で切り裂いていくビッグボスに認められる実力を備えた兵士が選ばれている。
そして彼等もその期待にこたえることを望んでいる。

これはオリジナル設定です。


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業火 (2)

 ダイアモンド・ドッグズがこのアフリカに来て、誰かれ構わずに吠えかかっている。そのことにスカルフェイスもようやく認識した。

 

「おやおや、ビッグボスはこの私にご執心らしい」

 

 虚ろなその声で、嘲笑うように言う。

 スカルフェイスは少しだけ考えてみた。なにか出来ることはないだろうか、と。

 

「こちらは忙しい。とても我々が相手をする暇はないというのに」

 

 ここでの仕事はすでに最終工程に入っていた。それだけに忙しく、なにかを別に相手にしている余力などないのは明らかだった。

 変な気をおこせば、また数年をじっと待ち続けなくてはいけなくなる可能性だってある。9年前の苦い思いを繰り返すのはごめんだった。

 

「ンフィンダ油田、なるほど鉱山でも暴れたのか。相変わらず元気な男だ」

 

 彼等はまだ真実からは遠いが、その勢いだけは本物らしく。こちらにうっかり近づかれると邪魔される可能性がある。

 それは――困るな。

 

「我々は迷惑していると、連中にはメッセージを送っておこう。受けとればきっと、自分達がどんなに野蛮で慎みを知らなかったか。理解してくれるといいのだがな」

 

 電話を何本かかける必要があった。

 だが、それだけで十分だともわかっている。彼等はまた苦しむだろう。

 サイファーは巨大で圧倒的だ。それを支配することはかなわなかったが、命令を下す者の席は空席のまま。空席の上司から命令を受け取ったとして、自分の目的のために利用することが出来れば今は十分だった。

 

 ゼロの意識をとり去った結果、いつかはサイファーも瓦解することもあるだろう。だが、その後のことは心配など要らない。新たな世界の規律を生み出した私が、ゼロの椅子に腰をおろして世界の面倒を見てやろうと思っている。

 

 ビッグボス?彼などはなから相手にはしていない、わからないのかな。

 

 

==========

 

 

 グンゲンガ鉱山の一件から数日後。

 少しずつ話していた子供達の中から興味深い話が飛び出してきた。

 

 彼等の仲間にいたシャバニという少年兵が、どこかにつれさられたというのである。

 本来ならばそれで話は終わりとなるはずだったが、カズはその場所の名前に聞きおぼえがあった。

 

 ングンバ工業団地。

 

 そこはすでに廃墟になっているというのだが、最後にそこを手に入れた企業が例の油田を動かしていたサイファーとつながりがあると思われる会社とあって、諜報班が密かに探りを入れていた物件の1つがそれだった。

 まだ確実な情報は出ていないが、周辺や業界の人々の噂ではそこを”悪魔の住処”と呼んで恐れ、そこへと続くトンネルをくぐると兵士であってもそこから誰も帰ってこれないというのである。

 

 カズは即決で、この件の調査を行うことを決定した。

 

 サイファーと関係があるならばそこには奴等がここへ活動を映した理由の痕跡がまだ残っているのかもしれない。こちらの動きを悟られる前に、それがあるなら押さえておきたい。

 子供達の願いというのも理由には確かに少し入ってはいるが、やはり彼等は復讐者達なのだ。純粋な正義の味方にはなれない。

 

 ビッグボスとオセロット等は今回の目標にどう潜入するか、調べてみるとこれがなかなか難しいことがわかった。

 団地へと向かう一本道には切り立つ崖の間を利用して関所のように監視所を複数設置しており、これをかわして中に侵入するのは困難なように思われた。

 

 そこでカズはCFAに潜り込ませていた諜報班の1人を使い。

 物資を運び込むトラックを強奪し、蛇の口どころか工業団地まで一気にスネーク達を運び込む計画を立てる。

 作戦時間は3時間。作戦終了間際に、蛇の口に戦闘班を投入して攻撃を仕掛け、そこにある対空レーダーを爆破。これに合わせてヘリが工業団地にいるスネーク達の回収に向かう。

 流れるような作業を滞りなくしなければならない、非常に難度の高い任務である。

 

 

==========

 

 

 その日の補給物資の配達人は新兵がやってきた。

 ずいぶんと陽気な奴で、書類の確認が終わると。こっそりとビールのおすそわけだと言って1ダースを置いていってくれた。

「だが、生ぬるいじゃないか」と文句を言ってやると、奥地の川沿いの奴がこっそり届けるようにと。新兵の隣の助手席に一杯の箱に放り込んだビールを運ばせているんだという。

 なるほど、川の水で冷やすってわけか。俺達は冷蔵庫でそうするよ、そういうと笑ってそれではと言ってトラックは奥へと入っていった。

 

 なるほど、今日は定時に到着しなかった理由はそういうことなのだろう。

 

 

 CFAの服装をした諜報員はトラックを降りると、離れたテントにいる警備兵に手を上げて挨拶を送る。

 

「今日は新人か、いつもの奴はどうした?」

「ああ――聞いていませんか?最近、例の誘拐騒ぎにあったらしくて」

「本当かよ!?……そうか、残念だったな」

「サインを」

 

 書類を差し出す。

 

「ここの仕事は聞いてるのか?」

「簡単には。川沿いに物資を運ぶと聞いてます」

「いや、ここに置いて行け。俺達が仕分けして数日分を後で持っていくことになっている」

「なるほど。降ろすんですか?手伝いましょうか?」

「いや、お前はこのまま奥の連中のところへ行ってくれ。ちょっと、人手が足りなくなってな」

「?」

「わからないか?例のトンネルだよ」

「ああ、噂の」

「バカ共が、肝試しなんかして。補充は昨日頼んだんだが、まだ送られてこない。数日、ここにいてくれ」

「かまいませんよ、川沿いに降りて行くんですよね?」

「そうだ」

 

 そうやってフェンスを通った諜報員は、テントの2人と声でやり取りを続ける。その間に背後のトラックの荷物が動き出すとそこから次々と全身黒く染まったスクワッド達が下りてきて、背中を見せている2人に飛びついていく。

 

 トラックに残された最後の大きな段ボールが剥がされると、中からスネークとクワイエットがしゃがんでいた。

 

「カズの奴。2人用の段ボールも用意してあるとは。懐かしいものを――」

 

 それはMSF時代にも作られた大型の”潜入用”段ボールであった。

 すぐ間近にあるクワイエットの顔を見つめると、スネークは素早く指示を出す。

 

「クワイエット、今日も頼むぞ」

 

 そう言うと驚いたことに彼女は目の前のスネークにサムズアップして返す。まだ、無表情ではあったけれど。しかし、すぐにスクワッドリーダーが荷台をのぞきこんだせいでその場から消えてしまう。

 

「ビッグボス、制圧完了です」

「了解だ」

 

 降りるとすでに2人は意識を失ってフルトンによって回収されている最中であった。

 笑顔でスネークに近づいてくる諜報員は「それでは私もここまでになります」と告げてきた。

 

「協力に感謝する。想像以上に順調にここまでこれた、お前のおかげだと思ってる」

「ありがとうございます、ビッグボス。ですが、自分は少し残念です。CFAには戻れないでしょうから、私の任務はここで一旦終了することになるでしょう」

「それだけの価値があったと、結果を持ち帰れるようにするつもりだ」

「お気をつけて、ビッグボス」

 

 ダイアモンド・ドッグズの諜報員は戦闘員ではない。心得があったとしても武器を持たないのがほとんどだという。

 だからこそ戦場となる可能性のある場所に置いておけないし、相手に疑われると判断されれば急いで引き揚げさせなくてはならない。彼も強奪したトラックと一緒にフルトンでここから回収されていった。

 

「スクワッド、集合」

 

 スネークを中心に8人が集まってくる。取り出した情報端末の地図を開きながら、スネークは説明を続ける。

 

「諜報班の協力で大幅に時間と距離を短縮できたが、ここからはそうはいかない。

 この先には滝と小川があり、そこに沿って兵が配置されていると思われる。その距離は約300メートルだが、一年のほとんどを霧がおおっているというのでスニーキングには最適だろう。

 このまま順調に工業団地までたどりつきたい」

 

 そこで一旦言葉を切ると

 

「今回が正式な新生スクワッドの最初の任務だったな。8人そろって。

 アフリカの戦場はアフガニスタンと違うと感じるかもしれないが、お前達なら上手く対応できると考えている。これから頼むぞ」

 

 言い終わると、全員の顔を見回す。

 新たなスクワッドリーダーを務めるのがアダマ、元SASというボア、元MSF所属だったシーパー、ドイツ出身のオクトパスにアフリカーナのランス。これに3人の女性が加われば全員となる。

 

 話には聞いていたが、川沿いに出ると本当に濃霧と表現してもいい乳白色の霧の中に全ての景色が沈んでしまっていた。そこをゆっくりと黒いスニーキングスーツ姿のスネーク達が進んでいく。

 

『~♪~~♪』

 

 いきなりクワイエットの鼻歌が聞こえてきた。どうやら前方に動いている影が見えたらしい。

 

(ボア、サーマルだ)

 

 指示を出すと、静かに先頭に立ったボアが熱源探知装置越しに霧の中を見回す。

 どうやら川沿いを4人が巡回しているらしい。スネークは素早く次の指示を出し、アダマにワスプ、ランス、シーパーをつけて先行させようとすると、霧の向こうで断続的な射撃音が聞こえてきた。

 発見されたのかと全員の体に緊張が走るが、こちらにむかって撃っている気配はない。

 

『どうした?なにがあった?』

『川に水を飲みに来る野犬の類がいるようで、彼等はそれを追い払おうとしていたようです』

 

 ほう、それは使えるかもしれない。

 そう思ったスネークは、ハリアーを呼ぶと何かを渡してそいつを奴等の対岸にばら撒いて来い、という。

 

 開発班はフルトン回収装置の開発から、このシステムを他に使えないかと考え。デコイという罠を完成させていた。

 これは急激に空気を送り込んで人型の人形をそこに出現させ、視覚の魔法を利用して本物のように認識させるというものだったが。興が高じたのか、その後もいくつかのバリエーションを誕生させていた。

 

 川沿いにいた巡回兵達は、そんなデコイで対岸にいきなり数人の敵影が出現したことに慌てているところを近づいていたアダマ達によって取り押さえられ、あっというまに無力化されてしまった。

 

「よし、ここから道なりに斜面を歩くとトンネルがあるはずだ」

「ここにいた兵はどうしますか?」

「霧の谷からプカプカと風船が飛び出していくのを見られるのはまずいだろう。そこにテントがある。連中の服を脱がせて、中に並べておけ。それとな――」

 

 腰に下げた睡眠グレネードの一本を抜いて渡す。

 

「念のため、こいつも使っておくといい。寝起きが悪くなるはずだ」

「了解――彼等のために、テントの入り口にクレイモアを設置しようと思うんですが」

「ふふ、それはいいな。わかるように置いておいてやれ」

「そうします。怪我しちゃかわいそうだ」

 

 ニヤニヤ笑いあうシーパーは昔から悪戯が好きそうな奴だった。今もそれが変わらないと知るのは嬉しい。

 

「クワイエット、そのまま待機。撤退命令が出たら近くのヘリに戻ってこい」

 

 テントに兵達を運び込むメンバー以外を率いてスネークはトンネルの前へと向かう。

 

 

==========

 

 

 切り立つ崖に囲まれた一本道。そう聞いた時からある程度想像はしていたが、ここまでの地形を考えると工業団地とは名ばかりの刑務所のような場所だと確信した。

 そこへと向かうトンネルをみても、それがわかる。

 

『トンネルの風化が進んでいる……いつ崩れても不思議ではない』

「そしてここ以外から団地へ向かうことはできない、か」

『気をつけろよ、ボス』

 

 妙に鼻がムズ痒い。

 トンネルを通って流れ出る風に人の匂いを感じないのが、気になった。

 

「アダマ、スクワッドはお前に任せる。トンネルのこちら側で待機しろ」

「――了解、ビッグボスは?」

「俺一人で行く。唯一の通路をこんなに放置しているのは理解できない。確認するまではお前達は待機だ」

 

 ハンドガンの残弾を確かめるとスネークは1人で崩壊しかけた土のトンネルの中へと侵入していく。

 ヒューヒュー、と風が吹きぬけるが、人の声も、気配も全く感じない。

 トンネルの外は、霧が晴れたとあって太陽に照らされ。それだけで別世界に抜け出たような気分になる。

 

『警備兵の姿が見えない』

「スクワッドリーダー、やはり待機だ。そっちも注意しろ」

『目標であるシャバニを探してくれ、ボス』

 

 そこでカズの声が暗くなる。

 

『無事だといいが……』

 

 

===========

 

 

 工業団地のそとの施設は見たところ長く使われてないように見える。錆つき、緑は伸び放題、たまっている水は泥がまじったのかぬめっている。

 なのに、まだ古くもないジープが置かれていてそのエンジンはまだ温かい。誰がここまで乗ってきた?

 

『静かすぎる、気をつけてくれ』

 

 やはり工場の中に入るしかない。

 開け放たれた錆びた扉を抜けて、思わずスネークは足を止めた。

 

 外の壁から汚れていたが、てっきりそれは赤サビだとばかり思っていた。

 どうやら違ったようだ。

 床も、壁も、それは明らかに人の血だったものであり。誰もいないはずなのに、薬品と何かが入った袋は通路わきにきちんと整頓されて積み上げられているのがわかる。

 

 奥へと続く通路を進むが薬品の匂いと共に異様な空気は濃くなっていくばかりだ。

 はずされた扉を抜けると、血で汚れたモスグリーンのカーテンで部屋が仕切られているのが見える。一瞬、キプロスでイシュメールと共に病室のベットの下に隠れた時を思い出し、顔をしかめる。

 だが、ここはあそこよりも遥かに悪い。



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業火 (3)

 スカルフェイスは赤毛の少年を連れていた。

 「最近の彼はあの子がお気に入りだ」と、スカルフェイスの部下達は噂をしていた。

 だからこの赤毛の少年の昔話を少しだけしよう。

 

 少年はこの世に生まれ落ちたその日から人間ではなかった。

 誤解のないよう、はっきりいうと最初から化物だった。だから普通の人の規範はまったく彼には影響を与えることが出来なかった。

 

 最初に彼が――いや、ここは正確にしよう。

 最初の犠牲者は彼の母であり、父であった。

 彼等はだれでもそうあるように我が子を愛そうとしたけれど、彼等の愛情が少年の心に写し出され。それに少年が寄り添うと、すぐに彼等は少年を憎悪し始めるようになった。

 

 人は普通、他人とのコミュニケーションをお互いの距離を縮めてふかめていくものだ。

 ところが彼には、触れた瞬間からすべてが明らかになり。それを彼の中の鏡が写し出すと、影は人の形をとり人格を持ってその人の前に立たせることになった。

 どんな感情も、それは強烈な光によって産み出された影でしかない。影を愛し、影を信じ、影を理解するものがいるだろうか?

 自然、人は生み出された影を拒否し、彼を否定するようになるまでを何度も繰り返す中。少年は影に悶え苦しむ彼らの姿を見て、支配を生みだすしくみを理解した。

 

 だが、彼はそれをいきなり武器として使わなかった。

 生まれてからずっと他人の心に触れることしかしなかったので、支配に執着することができなかったというのもひとつある。

 

 しかし、時がたつとそれも変わってくる。

 彼の肉体にも変化が生まれる。体の変化は、心にも変化を与える。

 それは成長の証、赤ん坊からの卒業。少年は新たに悦びを理解すると、彼にはじめて選択する行為をおこなわせるようになった。

 

 彼は他人の感情をむさぼるようになった。数多くを貪った結果、気にいったのが。強いうねりと儚さをあわせ持つ怒りであり、”復讐心”。

 

 ただの怒りでは物足りないのだ。悲しみではノレきれないのだ。悦びでは自我を忘れて意味がないのだ。

 燃えたぎるマグマよりも熱い、どうしようもない感情の無駄なエネルギーがおこす爆発。それが彼の今のお気に入りとなっている。

 

 

 そんな彼をスカルフェイスは道具にしていた。

 いつものように、他と同じく道具として少年を扱っていた。少年はそのことになんとも思わなかった。

 彼の持つ”報復心”とやらも、彼のお気に入りの1つとなっていたからだ。

 むこうにとっては道具でも、こっちにとっては大事な収集品のひとつ。

 

 そのスカルフェイスが、工場に入っていく。

 するとその場に新しい感情が乗り込んでくるのを少年は察知した。

 少年はいつものように、まずそいつの心を自分の中の鏡に映しだそうとしたが。そこにあったのは自分の姿だけだった。それがよく、わからない。

 

 そんなこんなしているとスカルフェイスが「燃やせ」と言った。

 約束だ、炎の男を動かしていいということだ。

 だが、少年はすぐそばに別のものを見つけてちょっとだけ休憩を入れた。それは魂が壊れかけた人間だけが発する断末魔のエネルギー。

 

 世界を、戦争を、大人達を呪っていた。自分とは違う人生を生きる全てを憎悪していた。自分が面倒を見ていた戦友達よりも不幸な死を迎える自分の不幸に泣き叫んでいた。

 それが最後の輝き、極彩色の輝きは器である魂が壊れると急速に消えていく。

 

 少年はやはり思った。

 自分の今好きなのは、やっぱりこの炎の男なんだと。

 

 

==========

 

 

『ボス、そこから逃げろ!』

『スネーク、スネーク!』

 

 スネークとスカルフェイスとの再会は、この地獄を一気に燃え尽きさせようとしている。

 シャバニは死んだ。

 スカルフェイスは消えた。

 そのかわりに、炎の男が追ってきた。

 

『ボス、そいつはあのキプロスの病院にいた炎の男だ。そいつに近づかれたら……』

「黙ってろ、オセロット!」

 

 さっきはやばかった。

 いきなり飛びかかられて、咄嗟にライフルで相手の胸をついたから逃れられたものの。そのせいでライフルはあの男に取りあげられてしまった。

 

 ハンドガンで奴と対決しろと?

 それはどう考えても勝てる気はしない。

 

 工場から飛び出すとなぜか外も一面が焼け野原になっている。工場の中の地獄が、外に漏れ出たように思える。

 

『ボス、トンネルを抜けたところにヘリを用意する。そこまで逃げろ!』

 

 カズの言葉にあわせたようにピークォドからのアナウンスが届く。

 もうメチャクチャだった。救出も、証拠の確保も出来ない。それどころかこのままここで焼死体になってもおかしくない状態だ。

 

 トンネルに飛び込む直前、後方から危険を感じてスネークは横っ跳びに飛んだ。わずかに遅れて、彼の体があった場所を火炎の河が激流となって通り過ぎると、トンネルの天井に直撃して道をふさいでしまう。

 

 

 

 無線がにわかに騒がしくなるのと同時に、トンネルの向こう側から焦げ臭いにおいが漂ってくると。スクワッドはトンネルの出口に銃口を向けて何者があらわれても返り討ちできるような態勢を整えた。

 だが、そのトンネルの中から出てきたのは彼等のビッグボスではなく。真っ赤な炎のエネルギーであった。

 

「っ!?ふせっ」

 

 リーダーらしくなんとか声を出せたものの、アダマは後方に飛んで噴き出す火をかわし。すぐさま立ちあがってトンネルを確認しようとする。同じく立ちあがってきたシーパーは絶望的な顔をしてアダマを見ていた。

 トンネルは天井が崩れ落ちて完全に塞がっていた。

 

『こちらオセロット。スクワッドリーダー』

「アダマです。オセロット、ボスは!?」

『彼は戦闘中だ。すぐにそこにピークォドが到着する、お前達は撤退しろ』

「っ!?」

 

 反論すべきだと思ったが、なにをいえばいいのか思い浮かばなかった。

 たった一つの道が、たった今、潰された。

 自分達が出来ることはもうなにもない。

 

『そうだ、トンネルを塞がれた以上。ボスを救出には行けない。お前達が出来ることはない』

「スクワッドリーダー、了解。合流後、撤退します……」

 

 彼等に出来ることはなかった、本当に?

 

「――あるよ、あるから。出来ることが残ってる」

 

 仲間の1人がそう言いだして、皆がその言葉に驚く。いいだしたのはワスプだった。

 彼女は大きく息を吸うと、いきなり霧の立ち込める谷に向かってあいつの名前を連呼して叫び出した。

 

「おい、やめろ!」そう言って周りは彼女の口をふさぎにかかる。

 潜入任務なんだぞ。それに第一、あの女はボスの命令しか聞きやしないじゃないか。俺達が何を言おうとも――。

 

 

 そう思った時。

 力強く地面をけり上げる音とともに乳白色の霧が裂けた。

 そこにあらわれたクワイエットは中腰で、目元が”影を差した”ように暗くて目を読ませない。

 だが、ワスプは躊躇しなかった。

 

「クワイエット!ボスはこのむこう。急いで!」

 

 言い終わらないうちにあいつの姿は消えていた。まさか、本当にボスの元へ向かったのだろうか?

 

『こちらピークォド、スクワッド。どこにいる!?』

 

 頭上で急停止して、ゆっくりと降りてくるヘリを確認してアダマは皆にいくぞと合図する。

 

「なぁ、あいつ――」

「わからん。わからんが……祈るしかない」

 

 ビッグボスは、アイツを自分の相棒だと言っていた。

 それを証明するのは、俺たちが信じるのは。ボスじゃなくアイツが動くしかないのだ。

 

 

==========

 

 

 そいつの放つ巨大な火球がスネークの横を通り過ぎても、後方で炸裂するとそれだけでスネークの体は翻弄されて地面を転がっている。

 もう同じことを何度繰り返しているだろうか?

 火は周りの草木を燃やし続け、酸素は急激に失われていくのがわかる。

 必死に呼吸をしようと口を魚のようにパクパクさせ、足りなくなっていく血中の酸素の量に不満の声を上げるスネークの筋肉はオーバーヒートをおこしかけている。

 

 炎の男。

 キプロスではスネークを探して襲撃してきた軍隊をその無尽蔵の炎の力で燃やしつくそうとした怪物。

 奴も又、あの時は弱っていたスネークを探していたのではなかったか?

 

 作りかけの窓枠の向こう側へと飛び込むと、コンクリートの床がひんやりと冷たく。肺一杯にようやくホコリ臭い酸素が流れ込んでくるのを感じる。

 だが、それも数瞬のこと。

 

 すぐに炎の男が登場すると、ここも全てが火を噴きあげて地獄へと変貌してしまう。

 先ほどから酸欠状態におちいっているせいなのか、例の障害がこんな時に表面化したのか。

 奴があらわれてから気がつくと、スネークの耳には少年の狂ったようなケタケタという笑い声と、あの夜も見た変な格好の赤毛の少年が炎の男の背後を、ありえないことだがユラユラと亡霊のように奔放に飛びまわっているように見える。

 

 ついに自分は地獄の焼け落ちる世界で狂ってしまったのだろうか?

 

 そう思ったが、こまったことにここには”まともなやつ”が居ないので、それがわからなくて困る。

 炎の男に銃器をむけるのはどれほど愚かな事かはキプロスの一件で十分に知っている。スネークは迷うことなく、亡霊の少年に向けてハンドガンを向けた。

 

 パシュパシュパシュと、サイレンサーで情けない音がハンドガンから鳴り響くが。飛びまわる少年は一層高くケタケタと笑い声を上げ、変わらずにユラユラと炎の男の背後を飛んでいる。

 弾丸はどうやら当たらなかったらしい。

 が、炎の男の方がなぜか怒りの唸り声を上げるとその体の炎がひときわ勢いを増していく。

 

(……あの少年は本当にいるのか!?)

 

 そう思った瞬間、無様にもスネークは足を滑らせた。

 意識のブラックアウト、バランスを崩したスネークは水道管に足を取られ。給水ポンプに頭をぶつけて倒れこんでしまったのだ。

 1秒?2秒?

 意識が戻った時には、目の前にいる炎の男が両腕を広げてスネークに覆いかぶさろうとしている。

 死の抱擁は間一髪で交わしたものの、再び広場へと転がり出てきたスネークのスニーキングスーツもついに炎に焼かれてチロチロと火を纏い始めようとしていた。

 

 しつこい相手であった。

 間断なくこちらを追いかけまわし、攻撃を止めようとしない。スネークもハンドガンも失い、ついにグレネードぐらいしか攻撃するものはなくなってしまっていた。

 これでどうにかしろって?相手はミサイルの直撃を耐えたというのに?

 

 

 追い詰められて焦りを濃くするスネークと違い、炎の男は周りに火をつけてその勢いを弱めることを許さないまま。彼を追って姿を見せた。

 赤い炎と、白い煙が一本のレーザーが炎の男の頭部に照射されるのをみた。

 狙撃銃の放つ銃声と共に、炎の男はようやく体勢を崩す。

 

「クワイエットか!?」

 

 なぜそこにいるのか、どうやってここに来たのかは分からないが。

 いつものように狙撃ポイントについたクワイエットは、冷静に炎の男に対して攻撃を開始する。

 それではいけない、それはまずいんだ。

 

「クワイエット、攻撃中止!射撃を止めろ!」

 

 必死に態勢を立て直しながら、彼女に伝えようとする。

 キプロスであの男は銃も、ミサイルでも倒せなかった。それどころか装甲車や病院の車で轢かれても――車だって?

 

 ジープのことを思い出した。

 探そうと目を走らせるが、まっかな炎の世界しか見えず。どこにあるのかもわからない。

 その間にも炎の男はクワイエットの方へと体を向け、態勢を縮めて例の奴をやる準備をする。

 

「そこから離れろ、クワイエット!」

 

 それまではスネークの指示を無視して射撃を続けていたクワイエットも、何かを感じたようだった。射撃を止めて力強く大地を蹴ってその場から離れようとする。

 そこにあの体からあふれ出る炎の河が、空に向かって放たれる。

 

 スネークは見てしまった。

 

 空中にあったクワイエットの右半身を炎の河が薙ぎ払う瞬間を。

 彼女の名を叫んだ気がしたが、それが自分の声だったかどうかなのかは覚えていない。

 だが、炎に包まれたように見えた彼女はそのまま工場近くの林の中へと墜落していく。

 

『ボス、急げ!今のうちにヘリでそこから脱出を』

 

 カズの言葉は切実だったが、スネークの耳にはもう聞こえていなかった。

 

 

 イシュメール、あの時はあんたがいた。

 だが今回は俺一人。違う、そうじゃない。クワイエットを助けないと。

 

 腰に吊るしたグレネードを炎の男に向けて投げつける。1個、2個、3個、これで十分だ。

 続いてまだ火が回っていない――崖の方へ向かってダッシュする。ゴウとあの炎の河が自分の上半身を吹き飛ばそうと襲ってきて、空へと昇っていく。勿論今回だってかわすことはできた。

 

 それでもスネークは這って進む。

 徐々に迫ってくる炎の男の視界からかくれようというように、最後の力で横っ跳びをするとある場所の影へと身を隠す。

 

(さぁ、やってみろ)

 

 これには自信があった。

 スネークは義手を振り上げると、身を隠したふりをする給水塔の鉄骨を思いっきり叩いた。

 次の瞬間、放たれた炎の男の火球は給水塔を破壊してたまっていた大量の水を地上一面にぶちまけた。

 

『おお!やったぞ、ボス』

「いや、まだだ!」

 

 水を全身に浴びてたことで消火され、天を仰ぐようにして後ろに倒れ込む男の横をすり抜けると。スネークはあの燃え続けている地獄の中へ再び走り出した。

 ジープはまだそこに、壊れないで残っていてくれた。

 いつしか炎の男のように、スニーキングスーツから赤い炎があちこちをちらつかせているスネークが飛び乗るとエンジンをかける。

 

――今日はお前がやるのか、エイハブ

 

 ああ、そうだ。イシュメール、あんたのやったことは覚えている。

 だが今の俺ならもっと上手くできる。

 

――お前に任せよう。見せてくれ、エイハブ

 

 あの時と同じ病院服のイシュメールは助手席になぜか悠然と座っていた。

 だがあの時とは違う、今度は俺が運転をしている。俺が奴を倒して見せる。

 

 不快な赤毛の少年らしいケタケタと言う笑い声を聞いた気がした。

 遠くであの倒れたはずの炎の男が、再び炎を吹き上げながらむくりと起き上がるのを見た。

 素早くギアをチェンジすると、アクセルをべた踏みにしてハンドルを回す。

 

――おいおい、まさかこのまま奴へ?

 

 ああ、そうだともイシュメール。

 あんたは奴を病院の壁に叩きつけたが、生憎ここには壁がない。

 

 

 60キロオーバーのジープに轢かれて動けない炎の男をそのままに。スネークは車体から飛びおりると、炎の男はジープと共に崖下の海に向かって墜落していった。

 

――やるようになったじゃないか、エイハブ

 

 うつぶせに倒れて息を整えようとするスネークに声がかかるが、すでにイシュメールの姿はそこから消えていた。

 

 

 

 

『こちらモルフォ。ビッグボス、見つけました!生きてます、2人とも生きてます!』

 

 ピークォドの代替機のヘリが、直接ングンバ工業団地へと乗り込んでいくとそこの壮絶な状況に声を失っていた。建物をはじめとして、ありとあらゆるものが燃え尽き、真っ黒に焦げ付いて白い煙を上げていたのである。

 

 伝説の傭兵といえどもこれは生きてはいないのでは?

 

 そう思ったが、彼は生きていた。

 体からは周りと同じように、黒のスニーキングスーツが白い煙を吐き出し続けていたが。彼はそこにいて、彼の腕の中でクワイエットがこれまでに見せたことのない疲れと弱った表情を見せているが、2人とも生きていた。

 

 スネークは炎の男に勝利したが、スカルフェイスには逃げられた。

 だが、それでもついにこのアフリカで。奴の痕跡に手が届いた、追いついたという価値のある勝利には違いなかった。



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歪む影

本日は衝撃展開、なはず。楽しんでいって。


 工業団地への作戦を終えてはや5日、カズヒラ・ミラーは機上の人となってイギリスはロンドンからマザーベースへと戻ろうとしている。

 ビジネスクラスの窓の外には夜の空が広がり、カズが覗きこもうとすると張り詰めた表情の自分が窓にうっすらと映し出されて興をそがれる。

 このアフリカでサイファー、スカルフェイスとの遭遇は、彼等に多くの発見と新しい疑問を生じさせるものだった。

 

 スネーク達は戻って数日で元気を取り戻したようだったが、情報をまとめるため。さらに新情報を求めようとこうしてイギリスからの往復の強行軍をおこなってはみたものの。

 満足できる結果は全く得られないままこうしてカズは帰途についている。

 

 

 この日の指令室にはスネーク、オセロット、ミラーに加え。

 各班のリーダーやエースクラスも参加するかなり大きな規模の集会となった。議題はもちろんアフリカにおけるサイファーの動向、その新しい報告と検討をおこなうことである。

 

「まず最初に、今回ついに我々は最初の目的であったサイファー。スカルフェイスと接触、これによってやつらがこの場所に活動を移したという情報を確認することが出来た。これは間違いなく、最大の成果であり我々の任務の成功を意味するものだ。我々はここまで順調に勝利をかさねている」

 

 皆の顔を見回しながらカズは、ハッキリとダイアモンド・ドッグズの勝利宣言から話を始めた。

 

「だが、一方で多くの新しい疑問も出てきている。キプロスでスネークを襲ったという炎の男。そいつは今はスカルフェイスといる。奴等の正体、なぜスカルフェイスといるのか。まだわからないが、あの戦闘力を見ればその脅威に驚くばかりだ。

 が、我々が注意すべき問題はこれだけではない」

 

 プロジェクターによって不快な映像が壁に写し出される。

 

「そもそもにして最初の任務。ンフィンダ油田において不気味な死体が川底から出てきたことは覚えているか?当時はあれがなにかわからなかったが、今回の工場の地獄絵図が、これと関係がある可能性が出てきた……」

 

 死体と工場での患者の様子が。特に肺の部分の以上がアップで映し出される。

 

「結論から言うと、残念ながらはっきりとした確証を得ることはできなかった。炎の男によって全てが焼き尽くされたからだ。サンプルは手に入らなかったことで、医療班は断定することが出来なかった。油田の死体との関係を調べられなかったのだから、これはしょうがないだろう」

 

 今度は横になっている患者の喉からスネークがイヤホンを取り出した時の写真にかわる。

 

「だがさらに新しい疑問が出てきた。これはなんだ?感染症なのか?

 肺の部分が見るからに異常をおこし、患者は意識を失っていた。

 接触感染ではないようで、今のところはスネークに変化はない。戦闘地域に近いところにいたスクワッドもそうだ。これは経過を見守るしかないだろうが、大丈夫だろうという結論が出てきている。

 さらなる問題もある。

 工場の患者達にされていたこと。なぜサイファーは。スカルフェイスは同じ症状にかかっている患者達に同じく喉を切り。そこから音声を流すなどという奇怪な行為を行っていたのかということだ」

 

 すると部屋にいた医療班のスタッフが発言する。

 

「これにも結論は出ていません。ただ、スタッフの多くが彼等の”喉頭”、”肺”、”気管支”、”音”の関係に着目しています。確証はありませんが、これは……」

 

 カズはそこで止めさせると

 

「少し先走っているぞ。だが、彼の言うとおりだ。

 目視での患者の異常もそうだが、”音”というのも問題だ。調べたが、彼らが一様に聞かされていた音声。これは別に特別な物でも何でもない、諸外国で普通に流れている一般放送と思われるものが使われていたようだ」

「一般?テレビやラジオってことか」

 

 スネークは驚いて聞き返す。

 

「そう、そして話している内容には関連性はまったくない。ニュース、ドラマ、歌、どれもどこにでも聞けるものだ。共通する思想のようなものもない。が、それをあんな風に聞かせる理由がわからない。

 まだはっきりとは言い切れないが――」

 

 そこまで言ってカズは言葉を飲み込む。かわりにオセロットが言う。

 

「それがあのエメリッヒが口にした『スカルフェイスはアフリカでメタルギアをこえる兵器を開発している』。それだと?つまり、細菌兵器が奴の新しい武器?」

「全てではないかもしれない。だがどちらの物件のオーナーも、サイファーとの関係が疑われている以上。あれがただの実験で終わるとは考えにくい」

「そうだな、それに次へのとっかかりには十分ではある、か」

 

 部屋の中には重苦しい空気が流れていた。

 

 

 

(サイファーの尻尾はつかんだ。多くを知ることが出来たが、まだ全てじゃない――)

 

 飛行機の窓の外。夜の空に浮かぶ白い雲と、その下に広がる暗い海を見ながらカズはあの続きを思い返していた。

 

 

 ”悪魔の住処”についての情報を離れると、話は戦闘班を中心に最近の仕事の中で得られた情報や変化を整理し始めた。

 

 一番問題視されたのが、自分達がここに来るのに合わせたかのように。現地PFにあのソ連軍の試作機であったはずのウォーカーギアが配備されたことだろう。

 それが例の会社と関係のあるCFAというのも気になる。

 

 やはり、サイファーはこちらの動きに合わせて現地の戦力を強化しようとしているのだろう。だが、その開発者であるヒューイはこのダイアモンド・ドッグズにいるので、それが完成することはすぐにはない、という話になった。

 

 また現地PFの追加情報で、ますます陰鬱な気分にさせられる。

 彼等は同業者同士でも裏で繋がっているだけでなく。現地の政府、軍関係ともズブズブだとさらにわかってきた。

 それを証明するように最近、上陸を果たしたダイアモンド・ドッグズに対してさかんに中傷を周囲にふりまいているらしい。

 それによるとこちらと同時期に伝染病が広りだしたのは、うちがその病原菌をばらまいているからだ、というのである。

 

(ふざけるな、よくもそんなことを)

 

 その非難を思い出しただけでもカズは怒りが湧いてくる。

 病原菌、感染症への対策をとってないわけがないだろう。兵士に限らず、装備品全てにたいしても厳重に防疫の意識を持ってしっかりと対処している。

 とんだ言いがかりではあるが、向こうの思惑通りにこの噂でこちらに対してはやはり厳しい目が向けられていることは事実だ。

 

 今後の活動において、ダイアモンド・ドッグズは先日の鉱山でのような汚れ仕事やNGO関係でしか仕事をとれなくなるかもしれない。 

 アフガニスタンと違い、最初から精強な彼等の出現は現地のパワーバランスを崩すと思われてか誰もこちらを理解しようという気配がない。

 

(NGOか……)

 

 今回の強行軍。これも思えば多くの問題を残し、新たに生み出そうとしていた。

 

 

==========

 

 

 自然環境保護団体”緑の声”の代表であるユン・ファレルとの再会は、出会ったときと違い。カズにとって決して笑顔で握手するようなものではなかった。

 

「ユンさん、我々との間の契約について確認したい」

「ええ、はい」

 

 困惑顔で誤魔化そういうのか。

 だが、呼吸は乱れていないし汗も出ていない。その表情は演技だとすぐわかる。

 

「我々ダイアモンド・ドッグズは、現地で活動する際に”善意の行動”によって現地の動植物を保護し。

 そちらの団体を始めとした自然保護団体連合に引き渡す、これがそうだ」

「そうですね」

「なら、どういうことだ?説明してもらいたい。すでに我々は数種20頭近い動物を保護している。やつらは元気だ、回収する際も人間並み以上に扱って傷つけないように配慮した」

 

 今日のロンドンは曇り空だが、その雲間の向こうから太陽の光がうっすらとわかる程度に昼間の明るさを感じさせている。

 

「ところがだ!」

 

 いきなり声を荒げたので周囲の客が驚いた顔をカズにむけるが本人は微塵も気にしない。

 

「あんたらはそいつらの受け取りをずっと拒否している。なんだ、いらないのか?」

「そんなことはありません、カズヒラさん」

「食費だけじゃないぞ、管理にだって手間がかかる。

 知っているか、ユンさん。傭兵はサバイバルで現地の動物を生で食えるようになれと教えている。熊も、シマウマも、蛇も一緒だ。

 あんたがいらないなら、さっそく今夜からサバイバル料理にして兵士に喰わせるが。文句はないな?」

「おちついて、カズヒラさん。これには事情があるんです」

 

 そういうとユンは政治家達との折衝が最近、上手くいかなくなっていて。そのせいで許可が下りずにダイアモンド・ドッグズから動物達を受け取ることが出来ないのだとグチャグチャと言い訳を始める。

 

 カズはそれを聞いても(知ったことか)と思う。

 これのために開発班に麻酔銃を復活させ、スネークにはMSF時代の慢心を忘れたのかと暗に責められた。全てはこの契約のせいなのだ。別にカズ自身が自然の保護をやりたいわけではない。

 

「もういい。ユンさん、我々は迷惑をしている。この状態を続けるつもりはない、今回あんたに会いに来た理由はそれを伝えるためだ」

「契約の変更、ですか?」

「そうだ。あんたには現地アンゴラでの活動に関して恩がある。感謝もしている、だがそれとこれとは別だということだ。我々はPFであって、あんたらの仲間じゃない」

 

 こんなものか?これまで防戦どころかたいした抵抗を見せないユンの反応にカズは心の中で疑問を持つ。

 彼等にしても、こちらがこう言いだすのは想定していたはず。連絡を入れて会いに来るまでに何も交渉材料を用意していないはずはない、と思ったのだが。

 

「迷惑をかけている、こちらもそれは重々承知しています。なので、今日は新しい提案をしたい。それで合意できればと思ってきました。聞いてもらえますか?」

「聞こう」

「この事態は想定外でした。なので我々はカズヒラさんが回収していただいた動物達の金を出します」

「当然だ。これまでのも払って貰う」

「もちろんです!その用意はできています。さらに、動物達の面倒をみるスタッフも派遣します」

 

さらりと口にしたが、とんでもないことを言い出してきた。

 

「……迷惑だ。俺達は戦場が仕事場だ。保護団体のスタッフを迎えるつもりはない」

「最後まで、最後まで聞いてください――我々はこれらに加えて、新しい提案をしたいと思っています。

 カズヒラさん、あなたのプライベートフォース。ダイアモンド・ドッグズは海上のプラントを拠点にしているそうですね?」

 

 まだ湯気が立つカズの目の前のコーヒーカップにのばしかけた手が止まる。サングラスに隠された目はわからないが、頬が引くつく。

 いきなり爆弾を投下してきた。だがユンの話はまだ終わらない。

 

「我々はあなたの所有するプラント管理会社から新たに”我々用のプラント”を用意してもらい、買いたいと思っています。はっきり言いますと、我々も皆さんと同じ”出島”が欲しいのです。

 用意していただけませんか?これでお互いの問題が解決すると、考えているのですが?」

 

 カズはすぐには答えられなかった。

 それどころか、はらわたは煮えくりかえり。今すぐのこの男の眉間に鉛玉で穴を開けたいという衝動を押し殺すことの方が大変だった。

 ついに、ついに来てしまった。

 だが、それがこんな。こんな刃物も持てない、兵士ですらない、ちびた男だったとは――。

 

「何の話かな?言っている意味がよく飲み込めない、ユンさん」

「――ああ、やはり秘密だったのですね?それは申し訳ない。ですが、これは我々も黙っ……」

「そういうことじゃないんだよ!」

 

 いきなり身体を乗り出すと、東洋人の細く短い腕を本気でカズはつかむ。

 

「どこで聞いた?いや、誰に聞いた?知ったのはどうやって、誰に話した!?」

「怖い、痛いですよっ。皆が見ています、落ち着いて。ちゃんと、ちゃんと話しますよ――」

 

 ユンはそういうと静かに話し始めた。

 彼等は最初から別にカズにもダイアモンド・ドッグズにも興味はなかった。

 だが、調べれば興味深い話が出てくる。とうぜんだろう、現在のPFのオリジナルであったMSFを創設したビッグボスとカズヒラ・ミラー。それが時をこえて再び手を組み、こうして活動を再開して急成長を遂げているというのだから。

 まさに夢よもう一度、ということになる。

 

 ユン達はすぐにも”水上プラント”というキーワードに注目した。

 カズとの面会から感じた印象とMSF壊滅の経緯から、そうだろうとあたりをつけたのだ。それまでダイヤモンド・ドッグズが活動していたアフガニスタンと、彼らが新たに選んだアンゴラをそこに加え、徹底的にプラントの管理会社を調べつくした。

 その結果、みごとにカズが作ったダミー会社へとたどり着いたのだそうだ。

 

「金の流れには注意していた。ばれないように、わからないはずだ」

「そうでもありませんよ、カズヒラさん。我々のような保護団体を名乗っても、表も裏も知っておかなければならない人間の目から見ればわかってしまいます。あなたは賢い人だ、それは認めますけどね。

 だが、いくつもの工程をおこなっても結局一つしかないなら結果も一つ。数字は非情です、あなたのデコイはそこまで我々の目を騙せないものでした」

「……」

「それで、どうでしょうこの提案は?お互いの利益にもなりますし、問題も解決すると思うのです」

 

 小さな男は、最初と印象を変えてふてぶてしい態度で再度提案を繰り返してきた。

 カズはすぐには答えなかった。

 サングラスを外してそれを一通り拭き。再びかけなおすとようやく絞り出すようにして返事をする。

 

「……同意する。細かな手続きなど、おって資料として送る。それでいいな――」

「はい、はい」

「では、話はこれで」

 

 そう言うと席を思い切り立って出ていこうとする。

 ところが腰を上げたところで今度はユンの方が「ちょっと待ってください!」と大声をあげる。

 

「カズヒラさん、もうちょっと話しましょう」

「……」

「席に座ってください。コーヒーも残ってますよ」

 

 仕方なく席に座りなおすと、やはり低い声で「なにか?」とカズはそれだけ口にする。

 

「困りましたね。刺激が強かったのですね。あなたを警戒させてしまった。このままお返しするわけにはいかないです。今後の私達の関係のトラブルになりますので」

「――俺から言うことはもうない。なんだ?」

「まぁ、そんなに怒らないで」

 

 そういうとユンは「いいでしょう」といって顔を上げる。それはそれまでの笑顔のビジネスマンとは違う。裏の顔を知る凄みを備えた交渉人のそれを思わせる。その厳しく鋭い目をカズに向けてきた。

 

「私達の政府関係者が嫌がりだしたの、アレなんでだと思います?」

「さぁな」

「あなた達のせいですよ、カズヒラさん。ダイアモンド・ドッグズ、大活躍だと聞いてます。現地の政情不安定がさらに混迷を増しているとか?」

「知らん!」

「ツンツンしないでください。我々だってそう聞けば動きますよ。カズヒラさんが望むようにあそこへと橋渡しをしたのは我々なんですから」

 

 そういってユンは苦笑する。

 確かに、依頼は選んだがンフィンダ油田の話がなければアンゴラに居場所を求めてねじ込むことはできなかっただろう。それは最初にカズ自身の口からも認めたことだった。

 

「ご存じないでしょうから2つ、お教えしておきましょう」

「……なんだ?」

「カズヒラさん、ダイアモンド・ドッグズは少年兵つかってるのですか?鉱山から連れだしたでしょう?」

「!?」

 

 鉱山から連れ帰った5人の少年兵。

 それは確かに今もマザーベースにいる。だが、それを外には漏らしてないはずだが?

 

「依頼人の将軍が、新参者のあなた方を本当に信用すると思いましたか?」

「そうか――将軍は知っているんだな?」

「いいえ。本人は知りません。知っていればあなた方はすぐに攻撃対象ですよ。彼の下にいる、優秀な人が知っているだけです。その人は少年兵には興味がありませんから、今のまま放っておくでしょう」

「信じられんな、どうしてそう言える?」

「ならお勧めしませんが、ご自分でその人を探し出して暗殺されては?政府関係者を攻撃する意味、わからないあなたではないですよね?」

「……」

 

 つまり、自分を信じろということか。

 この男から聞きだそうとすれば、きっとあっさりと言うだろうが。それでダイアモンド・ドッグズにいいことはない。

 

「いいだろう、だがその質問には答えられない」

「ええ、そうでしょうね――もし、彼等を持て余しているようなら私が人を紹介しますよ。あなたの問題をクリアにしてくれると思います」

 

 よくわからない。

 だが、断言できないのだからどういう意味だ?とは聞けない。いや、カズは聞きたくなかった。

 

「……考えておこう」

「忠告、いえ警告します。カズヒラさん、少年兵とは関わらない方がいいとね。

 我々NGOとは金を持って善人のふりをしたい、そんな奴ばかりではないんです。自分が考え、やろうとしていることを簡単に考えないことです」

「フン、先輩面されてもな」

「――いいでしょう。話が長くなりました。あともう1つ」

「ああ」

「カズヒラさんの反対側で流れている噂です。

 最近、ダイアモンド・ドッグズをこのままにしておけない。奴等は叩きつぶせないか、という話が出ていますね。

 政府はまだそんなそぶりも見せません。ですがPF間ではそれで連携を強化しようとしています。仕事場で孤立してると大変だ」

「フン、脅威ではないな。だいたい金にならないことを奴等がするとは思えん」

「でも、ここからです。誰かはわからないのですが、最近新たにアンゴラに興味を持つ複数のPFを引きこもうという動きが出ています。今の、この時期にですよ?」

「なにかあるというのか、ユンさん?」

「わかりません。事実かも確認していません。ですが、私があなたならこの話の裏で動いている奴には興味があるでしょうね」

「……」

「だってそうでしょう?PFが、”金にならない”のに”私怨を晴らす”ように戦争しようと言っているように聞こえるのですから」

 

 カズヒラはようやくコーヒーカップに手を伸ばすと。今度は一気に飲み干してから席を立った。

 マザーベース到着まで9時間ある。彼には考えることが多すぎた……。

 

 

==========

 

 

 スカルフェイスは多少ではあったが苛立ちを感じていた。

 ダイアモンド・ドッグズ、そしてビッグボス。やつらはまたしても生き延びた。

 いやそれよりも、もっと悪い。ボスも、カズヒラもまだピンピンしている理由がわかったからだ。

 

「やれやれ、まったく女という奴は――どうしようもないな」

 

 あちこちにあった実験場も廃棄が進んでおり、さすがにあの連中とはもう顔は合わせないだろうが。しかし自分がここを発つのはまだ、早い。やることが残っている。

 

「ソ連軍の方は進んでるか?――そうか、ならいい」

 

 なんのことだろうか?

 破壊され、四散したサヘラントロプスのことか?

 

「私はこれから老人に会いに行かねばならん。知らなかったが、どうやらあの老人。

 この私に会いたくてたまらないらしい。それほど親しかったとは知らなかったのだがな」

 

 そういいながら、なぜかスカルフェイスの黒手袋の中の指が、自身の腰のバッジを弄びだす。 

 

「そろそろ私からのメッセージが、彼等のマザーベースに到着する。ボスはそれを受け取ってくれるだろうかなぁ」

 

 嬉しそうに言ってもやはりこの男の声はどこまでも虚ろだった。




それではまた明日。


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Paramedic Scene

クラーク博士、登場はMGSでしたねー。


「ノヴァ・ブラガ空港、これが俺達の次の目標となる!」

 

 マザーベースに戻るとカズはすぐに諜報班の最新の報告書を受け取り。ビッグボスとオセロットを呼び出して宣言した。

 

「空港?――たしかそこはボスが一度……」

「ワスプ救出の時だ。ちょっとばかり交戦したな、かなりの人がいたと記憶している」

 

 そこは現在は開発班で腕をふるっている伝説のガンスミスがいた場所であり、スクワッド再結成前にスネークが訪れた場所でもあった。

 あの時、クワイエットとDウォーカーが大活躍したことは印象的だった。

 

「実は諜報班があそこを占拠するCFAに大きな動きがあることを知らせてきた。

 数日中にあそこには重要な”荷物”と”人”が訪れることがわかった。ダイアモンド・ドッグズは次にこの両方を抑えることになる」

「2つ?両方をか?」

「正確にはこれらは別々の話だ。まず荷物だが、例の会社系列から送られてきたそれを隣国のザイールにもちこもうという計画らしい。

 空輸され、トラックに乗せたら護衛と共に空港を出るところまではわかっている。そこから先はどのようなルートをたどるかは、情報を待つしかないだろう」

「それじゃ、”人”ってのは?」

「ボス、最初にいったが別々の話だ。しかし、重要な人物である。

 CFAのトップがあそこに例のサイファーと繋がりがあるとされる会社の重役をむかえることになっている。なんでも、新しい商売のことであそこの空港を視察したいということらしい」

「ほう、それは面白いな」

 

 オセロットが物騒な笑みを浮かべる。

 

「CFAとは俺達がここに来てからやり合っていた。その上、最近ではさかんに俺達を非難している奴らだ。色々と面白い話を聞かせてくれるだろうな」

「カズ、この別々ってのはなんだ?」

「それなんだが、ボス。どうも時間は、ずれるだろうがそれほどの誤差はないだろうという意味だ。24時間以内にどちらも予定されるだろうと見ている」

「”人”と”荷物”か」

「今回はどちらも大きな獲物だ、取り逃がしたくはない。ダイアモンド・ドッグズの総戦力で完璧に行いたいと考えている」

 

 時間が足りるだろうか?スネークは考えていた。

 自分とスクワッド、さらに戦闘班がそこに加わるとなれば大所帯だ。

 そもそもダイアモンド・ドッグズ自体がいまも膨張を続けている。戦闘班もついに60人をこえて久しく、このままでいくと100人を超える日もそう遠くはないだろう。

 

「できるだけ優秀で小回りがきくのを前線に配置したいところだな」

 

 そう漏らすと、カズもオセロットも頷いた。

 だが、彼等の願いはかなえられることはなかった。

 その翌日、急きょ彼等の予定が決定したとの報がダイアモンド・ドッグズにもたらされたからである。

 

 

==========

 

 スネークは開発プラットフォームを訪れていた。

 ヒューイにDウォーカーの追加装備と、新しい計画とやらについて相談があるのだと言われていた。

 

「ああ、スネーク。来てくれたんだね」

 

 どうやら自分が一番最初に来てしまったらしい。オセロットもカズもいないが、それが嬉しいのだろう。ヒューイはヘラヘラとあの笑みを浮かべると、MSFの時には見られなかった媚びた口調で何かを訴え出した。

 

「ここだけの、僕と君だけの話だ――メタルギアを超える兵器」

 

 ほう、それを俺に?

 ビッグボスは苦笑いを浮かべる。あれからもこの男は証言を素直にしようとしない、と聞いている。

 時々、オセロットとカズに突つかれるので最近は必死で何かをしていると聞いていたが。自分に直接話してくれるというなら、それでも構わない。

 

「録音はやめてくれ」

「――ああ、テープはなしでいい」

 

 カズは怒るだろうが、自分と話したかったと全力で訴えるヒューイが何をいうのか聞いてみたかった。

 ヒューイはこれでも頭がいい、だれよりも自分の信頼をさらに失うとどうなるか。わからないわけではないはず。

 

「クラークっていう研究者を知っているか?先進のバイオ企業専属で――専門は生体工学……最近では遺伝子研究も」

「いや」

 

 嘘だった。

 知らないはずはない。クラークはスネークイーター作戦に参加していた。

 自分も”彼女”と話したことは覚えている。最近、その時のテープも入手していたので”よく思いだして”いる。

 

「クローン技術のことは知ってる?」

 

 あまりにも興味なさそうにしているこちらに慌てているのか。いきなり話が飛んだ。

 

「大事な事なんだよ。クローニングっていうのは――」

 

 そこから先はもう話を聞く気にもなれない。

 と、いうよりもそれについてはすでに”彼女”本人から直接聞かされた昔の――20年前の話でしかない。それにその話には”ビッグボス”はまったく興味がない。

 

「その話、お前は専門外じゃないのか」

「まったくの素人だ。でも君は興味があるんじゃないかと思って。『恐るべき子供達計画』のこと、『パラメディック』のことクラーク博士のこと――」

 

 どうやらスカルフェイスとの9年で色々と楽しい話の断片を聞かされていたらしい。

 その話の本当の意味するところを理解しないまま、ヒューイは今。このビッグボスと駆け引きをしようと、出来ると考えているのだろう。

 こちらの変わらぬつまらなさそうな表情は仮面だ、その下では焦っているはずだ。そう信じたがっている青白い男の視線が不快だった。

 

 ヒューイはそれでも帰納的推論とやらでパラメディックが、”彼女”がサイファーの関係者で。

 このアフリカでサイファーが作っている『メタルギアを超える兵器』とは遺伝子工学を用いたものではないのか、などともっともらしく結論づけて見せてきた。

 

 この哀れな男にチャンスは与えた。

 それを無駄にしたいというのならば、仕方ないだろう。

 

「見当違いだな。だが話は面白かった、最近流行のSF映画に使えそうだ」

「ビッグボス、信じてくれ」

 

 自分が勝負をすることもできないまま、負けたことが信じられないのか。両目が大きく開かれ、しかしまだ諦められないようで続けようという気配が見える。これ以上、このビッグボスが寝言につきあう理由は残っていない。

 

「誰に聞いたんだ?その話を」

「誰にって――」

 

 途端に曇り始めるヒューイの口から、空虚な言葉が次々と飛び出してくる。

 そんなものの相手を務めるつもりはないと、まだわからないらしい。

 

「なぁ、僕は君の役に立ちたい。協力したいんだ。だから――」

「そうか、それならお前の話し相手を呼んでやろう。お前がその調子なら、連中も根気強くつきあってくれるさ」

「ま、待ってよ。待ってくれよ」

 

 慌てて泣きそうな声で懇願を始めるヒューイだったが、スネークが何かする前に部屋にオセロットとカズが現れるとピタッと顔が引きつって口も閉じられる。

 

 

「誰を呼ぶんだって、ボス?」

「お前達さ」

「ス、スネーク!?」

「遅いからな。危うく2度、ヒューイの説明を聞く羽目になるところだった」

 

 別にかばったわけではない。彼にはやってもらうことがあるのだ。

 

 

「見てくれ、多脚駆動兵器の構想だよ」

 

 冷静さを取り戻すと、ヒューイはそう言って設計図の青写真を渡してくる。

 

「メタルギアの技術をスピンオフしたものなんだ」

「スピンオフが大好きだな。コスタリカでもソ連の技術を流用したんだったな」

 

 オセロットの嫌みにヒューイはたじろぐ。

 MSFに参加する前。CIAの南米支局長、コールドマンとの黒い会話の一部始終はあそこにいた奴ならここにいる皆が知っている。だが、仲間だからあの時は誰もヒューイをとがめなかっただけだ。

 

「こいつには柔軟なフレシキブルな設計の自由度を持たせた。コアユニットを元にあらゆる戦闘局面に対応して、ハードウェアを適宜再構築することが出来るんだ」

「ボス、つまりこいつは簡単にカスタマイズが出来ると言っている」

 

 カズがわかりやすく説明してくれる。

 

「よって、通常作戦では作戦成功の蓋然性を高められる。先制攻撃能力の向上により、さらにひいては敵性集団への抑止力の強化も期待できるんだ!」

 

 徐々に気分が高まってきたらしい。

 ヒューイにはあの時代にはなかった、熱に浮かされて翻弄される醜い姿をこちらにさらし。それに気がつかないまま自分の言葉に酔って、また浮かれた言葉を吐き出し続けていく。

 

「実戦投入の暁には、まるで紛争地帯へ噛みこむようにその戦闘力で敵を抑え込み、そしてやがては紛争という装置そのものに歯止めをかけていく。まさに”バトルギア”だ!」 

 

 ひどいスピーチだった。

 ヒューイはあの頃よりも悪化していて、あの頃からなんにも進歩していなかった。

 『核抑止』という幻想に踊らされて兵器を作り。結局、あの時にも世界の危機を招いたというのに。

 今度はダイアモンド・ドッグズで紛争という戦闘への抑止とやらいう幻想を抱いて、この男は誰かに言われるままに兵器を作りつづけている。

 

「カズ、こいつは大丈夫なのか?」

 

 ヒューイのことじゃない。彼が作ると言っている兵器のことだ。

 

「エメリッヒは気にいらんが、この兵器はいる」

 

 そう言うとカズは最近のPFが戦車よりも小回りが利くような。つまりウォーカーギアのような兵器を使いたがっているのだという。ダイアモンド・ドッグズにも新しくDウォーカーよりも火力と機動力に優れたそれらに対抗できる兵器を開発するべきだ、そういうことらしい。

 

 ふん、そうか。

 スネークは鼻で返事をすると設計図を、まだ戦場をバトルギアで制している夢を見ているヒューイに返す。

 

「じゃ、指示を待ってるから。ビッグボス」

「開発は続けさせる。かまわないか?」

 

 わかった、そう答えてさっさと自分はそこから出ていくことにした。

 部屋を出る時、後ろからオセロットがヒューイに近づき「首がつながったな、先生」とプレッシャーを与えているのを聞いた。

 

 オセロットは容赦しない。

 ヒューイが決してつまびらかにしようとしない真実を明らかにするまでは、ああして彼を静かに苦しめ続けるのを止めないだろう。

 

 

 そのまま伝説のガンスミス達のところへ行って次回出撃の装備の確認をする。

 彼等が”快く了承”してダイアモンド・ドッグズに参加してくれたおかげで、スネークの銃器への不満は大きく解消されることになった。

 スモークグレネードをつけたPSG-1と、新たにロングバレルを使用することで射程距離を伸ばしたハンドガンの試射をする。

 少なくとも、スネークの準備は整い。いつでも任務につける状態にあった。




MGS4をプレイ中、このクラーク博士の正体を知って衝撃を受けたのが懐かしい。
あのパラメディック!?ってね。

ホント、この作品は毎回ストーリーをこねくり回してもなんとかしてくるのが楽しかったですね。


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F.O.B

ええ、あれですわ。
そう、やりますわ。
ゲームでも、マジであせったので印象に残ったので。


『ノヴァ・ブラガ空港、これが今回の舞台となる』

 

 ピークォドのヘリの中にスネークはいた。

 新しいおろしたてのスニーキングスーツは黒とはいえ光沢が強すぎる気がする。ヘリには他に相棒のDDとクワイエットが同乗していて、Dウォーカーは先に現地に運び込む予定になっている。

 

『作戦は2段階で行われる。今夜、先ほど空港に輸送機が着陸。空港の南側の倉庫内に荷物を運び込むところを確認した。予定では、これから明け方までに次の指示が来てトラックで護衛と共に輸送されることになっている。

 これが我々の最初の任務、この”荷物”を抑える』

 

 カズの任務説明が続いている。

 今回は色々な意味で大規模な作戦となっている。参加人数も過去最高、さらに作戦時間も40時間を予定している。つまり2日がかりをぶっ通しでダイアモンド・ドッグズの総力でぶつかることになる。

 

『続いて明日の昼、この空港に武器商人を名乗るビジネスマンが到着することになっている。この人物こそ、例の油田や工場を買いあさった会社のオーナーであることが諜報班の調べで分かった。

 それをCFAのトップが迎えてなにか会談をおこなうらしい。我々はその内容を詳しく知りたい。よって、この2人をそこで抑える。

 これが第2の目標の”人”だ。

 

 空港には多くの兵が駐留している。簡単なことではないが、これを必ず成功させたいと思っている』

 

 ハードな任務の連続だ。

 完璧にやりたいが、関わる人も多いのでトラブルも多いはず。

 

『これは我々ダイアモンド・ドッグズにとってまたとない好機だ。これほど重要な目標を一度に手に入れる機会は2度とないだろうと思われる。必ず、必ず皆で成功させたい。

 今回は特別に、ビッグボスだけではなくオセロットも作戦に参加する。まさに総力戦、気合を入れて行けよ!』

 

 カズのいうとおり、今回はスネークの他にオセロットも来ている。

 それぞれが隊を率いて、細かな指示をだすことで状況を正確にコントロールしていくつもりだった。

 

 だが――。

 

 

 午前0時を過ぎた頃、作戦開始から5時間がすぎていた。

 スクワッドリーダーであるアダマは暗闇の中でふせたまま、望遠鏡をのぞき続けているボスの隣に移動する。

 

「どうした?」

「”荷物”はトラックに乗せられました。今、ボアとハリアーが確認しました」

「そうか――」

 

 スネークはそう言うと再び丘の上から空港内を見る。

 話では護衛がつくということだったが、トラック一台だけで空港内にそれらしい影はない。クワイエットに斥候をさせて護衛車両の類があるか見てこさせたが首を振るだけだった。

 

『ボス、聞いてるか?』

「オセロットか、そっちはどうだ」

『行動表はまだ手に入れてない。すまない、思ったよりも難しいようだ』

「いいさ、気長にやってくれ。こっちに動きがあれば、その時は手に入らなかったとしてもやるだけさ」

『すまない。もうすこし粘ってみる』

 

 これほど大きな動きがあるのだ、近隣にそれを伝えるなにかがあるとふんでオセロットはずっと動き続けていた。しかし、状況はよくない。

 アダマの顔を見る。まだ焦る時間ではないが、それでも……。

 

「待つのは嫌いです」

「フフ、俺もだ。気が合うな。だが、不安がっていても仕方ないしな」

「そうですね」

「リーダー、おんなじ顔をしているのがあそこにも並んでいる。連中の手綱を放すなよ」

「はい、ちょっと落ち着かせてきます」

 

 そういってアダマはスクワッド達の元に戻っていく。

 スネークは大きくため息をついた。その時、マザーベースから連絡が入る。

 

『ボス、緊急事態だ!』

「カズ?」

『すまない作戦中に。だが、緊急事態だ。マザーベースが襲撃を受けている』

「なんだと!?」

『敵はガラ空きとなった戦闘班のプラットフォームを占拠。中に残っていた兵士を人質にして、脱出をする構えを見せている』

「……」

『このまま人質を取り戻さなければ、彼等の救出は難しくなるだけだ。ボス、マザーベースに戻って来てくれ。奴等がここを出る前に、勝負をつけたい』

「カズ、ピークォドをよこせ」

 

 それだけ告げると、スネークはすぐにスクワッドリーダーを呼び戻した。

 

「アダマ。俺はこれからマザーベースへ戻る」

「はい、我々は?」

「ここに残れ。残って俺のかわりに任務を果たせ。向こう側にいる班のリーダーはゴートだ。奴は良く知っている、優秀な男だ」

「はい」

「俺がここに戻るまでなにもなければいいが。そうでない時は、マザーベースの指示に従ってお前達で”荷物”を抑えろ。いいな?」

「了解です、ボスもお気をつけて」

 

 こんな大規模作戦の最中にとんでもない事が起きた。

 戻って間に合えばいいのだが――。

 

 

==========

 

 

『ボス、敵PFに制圧されたプラットフォームに潜入。敵の司令官を排除してくれ。奴らが統制を失えば、残党はこちらでも一気に鎮圧する。

 敵の脱出を阻んだが、そのせいで人質を殺すと脅してきている。攻撃されたとわかっても殺すかもしれない、こちらの支援は当てにしないでほしい』

 

 青い地平線から太陽が覗こうとしている。

 暗い夜をこえて戻ってきたマザーベースだったが、状況はあまりよくはなっていなかった。

 

 それは空港の方でも同じらしく。

 兵士達は一向に動こうとしないトラックと、それにつくはずの護衛車両が現れないことに苛立ちを募らせているようだった。

 

『ボス、すまない。俺達の本拠地に敵の侵入を許してしまうとは――だが、この報いは必ず受けさせるつもりだ。頼むぞ』

 

 このマザーベースの秘密を守ることに神経をとがらせていたカズだったが、今回の事態を想定していたのだろうか。声を聞く限りではそれほど取り乱している様子はない。

 

 

 作戦室のオペレーターは上ずった声で報告してきた。

 

「ピークォドより連絡。たったいま!ビッグボスが潜入しました」

「間に合ったな、ボス」

 

 ようやくひとごこちがつける、カズは息をゆっくりと大きく吐き出す。

 他のPFからの攻撃、最初に聞いた時はまさかと思っていたが。あのユンにああまで言われては、カズも備えないわけにはいかなかった。

 まさか、それがさっそく必要になるとは思わなかったが。

 

 それにしてもこのPFだが、不可解な点が多いのが気になる。

 ここへは、かなりの数が侵入してきたのだが、その侵入経路がわからない。そして見たところこちらのプラットフォームに的確に兵を配置しているように見える。

 だいぶ前から計画していたのか、それとも優秀なのか。

 なんだかこの襲撃には、襲撃以外の部分に嫌なものがある予感がしてしょうがなかった。

 

 

「あ?」

 

 建物の影に何かを見たと思った瞬間、そいつは眉間に45ACP弾をうけて血の虹を作る。

 そこから這いだしてきたスネークは続けてこちらに背中を向けている3人の胸板を背後から素早いリズムで撃ち抜いて見せた。

 人質の周囲にあった脅威を制圧、近くに人の気配はない。

 

「ボス、助けにっ」

「静かに」

 

 拘束を解くと、いつものように素早くフルトン回収装置を起動させて人質を脱出させる。

 上ではすでに支援班が待機しているから、このほうが早いのだ。

 

「待ってください」

「?」

「俺です、ボス」

「お前――ラムじゃないか!?」

 

 それはゴートと同じく、かつてスクワッドに在籍していた大柄の男に間違いなかった。なぜか最初から顔を隠そうとしていたのは捕虜となったことが恥ずかしかったからで。回収されそうになって、ようやく腹を決めたらしい。

 

「お前も回収する」

「いえ、ボス。俺も連れてってください」

「……しかし、な」

「元スクワッドですけど。足手まといには死んでもなりません」

「――わかった。ここでお前が一緒なら、俺も心強い」

 

 そう言って拘束を解くと手を差し伸べた。

 

 敵PFはどうやって知ったのかは分からないが、戦闘班の使うプラットフォームに上陸したのは正しいが、正解ではなかった。

 ここは開発プラットフォームの次に銃と弾がそこかしこに設置されている。

 ラムの装備はそこで揃えさせた。分隊支援火器の軽機関銃とスモークグレネードランチャーを持たせると、あの時のスクワッドだったラムがそこにいる。

 

「ボス、どういきますか?」

「奴らは兵の配置が絶妙だ。それに数も多い」

「はい」

「プラットフォームは残り3つだが、全部は相手にしない。2つは飛ばすぞ」

「第1プラットフォームですが、話を聞いた限りだと敵のリーダーは最上階の外にいると言ってましたが」

「ああ、そうだろうな。人質の数が足りない。そいつらを自分の近くに置いているはずだ」

「皆を助けましょう、ボス」

 

 無言でうなづきつつ、望遠鏡を下ろすと。そこでスネークは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「ところでラム、なんでお前はここに留守番をしているんだ?」

「え」

「元スクワッドが部隊で作戦参加を認められずに留守番っていうのは、俺もショックだ。なにがあったんだ?」

 

 顔を赤くして、大きな男は小さな声で答える。

 

「腹をちょっと……笑わんでください。大丈夫だといったんですが、医者が作戦前に馬鹿食いする奴は信じないといって許さなかったんです。あのヤブが」

 

 あきれ顔で笑いながらも、スネークは行くぞと言って中腰で進み。ラムは大きな体をちぢめて、その背中に続いた。

 

 

 第1プラットフォームにつくと、そこには巨大な待機棟とよばれる兵士達のための施設がはいっている建物がある。

 そこに入り込んでいく道の両側にスネークとラムはつくと、スネークは腰につりさげたグレネードを取り出してポンポンと中の通路に向けて投げ込んでいく。

 スモークグレネードである。

 それは黙々と煙を吐き出すと、巡回していた敵PFの兵士達が騒然となるが、そのうちの数人は声もなくその場に倒れたりする。

 

 スネークはスモークの他に睡眠グレネードもそこに混ぜていたのだ。

 地上がそうして騒いでいる間にも、スネークとラムはパイプを使って屋上を目指してスルスルと変わらぬ一定のスピードで昇り続けていく。足元では徐々に敵兵が集まってくるが、彼らは上を見上げてくることはない。

 

(さすがはビッグボス。相変わらず凄い人だ)

 

 ゴートも自分も、別に腐っていたわけでもないし。それぞれが一生けん命あれからやっていたけれど、やはりこの人と一緒に戦場を歩くのは格別の経験だと改めてわかってしまう。

 

 建物の角で停止しろ、の合図に従うと。

 向こうから歩いてきた兵士を瞬く間に拳でワン、ツーを打ちこんでから拘束してしまう。

 後ろでそのキレに舌を巻いていると、ビッグボスは「仲間はどこだ?」などと尋問してから、時間をかけずにさっさと絞め落としてしまう。

 

(ラム、この上にいるはずだ)

(了解です、ボス)

 

 階段から顔を少しのぞかせて屋上を確認するが、人影が見えない。

 そのかわりに人質の声らしいものがわずかに聞こえてくる。

 

 どうやら下の騒ぎを察知して、人質の側に兵士達は移動しているようだった。

 

 スネークは戻ってPSG-1の弾倉を確認する。

 ここから一気に突入して、この占拠を鎮圧しようというのである。

 

(ラム、お前はバックアップを頼む)

(了解です、お任せを)

 

 2人して銃を構え、静かに屋上へと階段をのぼりきる。

 考えていた通り、人質は建物のくぼんだ部分の中央に集められて転がされていて。敵PFのリーダーは彼等をいつでも撃ち殺せるようにと側に控えて不安そうにしているのを確認した。

 

(いってくる)

 

 手でそう合図すると、スネークは1人でくぼみの縁を足早に駆けていく。

 そのままどうするのかと置いてかれてしまったラムが見ていると、いきなりスネークは前回転しながらくぼみの底に向けてダイブしてしまった。

 

 それはもう曲芸といってしまってもいい。

 芸術的ともいえる凄いことが目の前でおこっていた。

 くぼみの底で受け身をとったスネークは、そのままの勢いを殺しながら。PSG-1の銃身を自分の股ぐらの間にむけると、両方の膝でガッチリと挟み込んで固定する。

 そして正確に、驚いて銃口をむけようとする相手PFのリーダーの腕の付け根と足の2カ所をうちぬいてしまったのだ。

 

 どんなに凄腕の兵士といえども、こんな曲芸まがいの射撃を成功させるのは経験と自信があったとしても無理だ。

 ラムは感心しながらも、しかしこれでボスと一緒に戦うのも終わるのだと寂しい気持ちになる。

 

 

 カズに終わったと報告を入れようとして、そこでスネークは躊躇した。

 この瞬間にも、トドメの一発をくれてやろうと銃口を向けている相手の顔に見覚えを感じたのだ。

 それを確認しようとして、思わず体をおこすと数歩だけ、相手との距離を縮めようとする。

 

 その瞬間に魔が、ひそんでいた。

 

 ラムは目の端にこれまで誰もいないと思われた屋上にある通風口からライフルを構えて飛び出してくる男の姿をはっきりと見ていた。

 彼の持つ軽機関銃の銃口を向け、銃爪をひけばそれだけで十分に相手を薙ぎ払うことが出来るはずだった。だが、それを彼の脳はすぐに拒否していた。

 

 その男の名前をラムは知っていた。

 ヴェイル、そうだ自分と同じく”最初のビッグボスの部隊”に所属していた男だ。

 彼はボスが部隊を一度解散した時、ここには自分の戦場はないといってダイアモンド・ドッグズを去った男の1人だった。

 そいつが今、かつての上官をその手にかける喜びに舌なめずりしながら飛び出してきていた。

 

 銃は撃たなかったが、ラムも反射的に飛び出していた。

 学んだCQCの技術が思い出され、ヴェイルの左腕を思いっきり押す。

 

 ビッグボスと床に倒れて息もたえだえの敵リーダーの間を、ヴェイルのフルオートで発射された弾丸が分かつ。

 自分が何者かに邪魔されたと知って、相手はナイフを抜いてライフルをいつでも投げだせるようにして構えた。それは彼が、ビッグボスから学んだCQCの技。ライフルとナイフを同時に構えた姿であった。

 

 ラムとヴェイル、かつての仲間が敵同士となって向かい合う。

 

「よう、相棒」

「お前は相棒じゃない、裏切り者め」

 

 ラムは動き、ヴェイルとの間合いは潰されると両者の腕がタコの足のように動き回る。

 ヴェイルの腕からナイフはたたき落とされ、ライフルは投げ出された。そのかわりにラムの腕と腹に切り傷が数カ所生まれる。

 

「CQC、うまくなったじゃねーか」

「お前はかわらないな」

 

 でもよ、とヴェイルは内心でそっとつぶやく。

 

(お前はドン臭いよな)

 

 再び腕が絡み合いだすと、今度はどこからか隠し持っていた小型のナイフを出したヴェイルが素早くラムの喉を切り裂いた。

 グラリ、とその大きな体が傾き、ヴェイルに覆い被さるように倒れていく。

 それを蹴り上げてかわそうとして、ヴェイルはそこで自分の脚を抑えるラムの手があるのを知った。

 

 ナイフが彼の喉を裂いても、ラムの意志は揺らいでいなかった。

 ヴェイルをこのまま逃がすつもりはなかったのである。彼はそのままヴェイルの腰にしがみつくようにして膝を立たせると、大きなその手が相手の腰に下がる手榴弾のピンを引っこ抜いた。

 

(すいません、ボス。でも任務は果たしました)

 

 スネークは手榴弾の破裂音を遠くで聞いていた。

 ラムの、教え子たちの最期は見なかった。

 それよりも傷に苦しむ相手のリーダーの顔から目が離せなかった。無言のままその体にフルトンを使うと、苦痛の声と一緒にそいつはここから消えていった。

 

 運良く死ななければ、上で治療をしてもらえるだろう。

 

『ボス、良くやってくれた。あとは任せてくれ』

「……」

 

 カズのマイクで敵PFの兵士達に投降を呼びかけ始めた。

 同時に中央の司令棟からダイアモンド・ドッグズの兵士達がジープに乗って連絡橋を渡ってくる。

 だが、スネークは捕虜の拘束を解き放つと近くの壁に寄りかかって電子葉巻をとりだした。いつもは感じない、苦い香りを感じた。

 

 

 敵リーダーを回収した支援班からの報告を聞いてカズヒラ・ミラーも又。ショックを受けていた。

 そいつのことは知っていた。

 MSF壊滅後、カズが誘ってもボスがいないからと答えて袖に振った男だったからだ。襲撃者達の正体は、それほど時間がたたずに明らかとなった。

 

 

 元MSFの隊員だったPFのリーダーは、ダイアモンド・ドッグズにビッグボスが合流したと聞いて精神に不安定をきたした。かつてカズの誘いをふったことを、カズとボスが自分を恨んでいると何故か思ったのだ。

 

 攻撃しなければ、逆に攻撃される。

 

 急成長が伝えられ、その脅威に震えあがっていたところにヴェイルがあらわれたのだそうだ。

 奴は最初、このリーダーの妄想に興味を持っていなかったが。ビッグボスを殺すと聞いてからは嬉々としてこのマザーベース襲撃の方法を考えたのだという。

 その結果が――。

 

 敵リーダーは数日後、傷のせいでこの世を去った。

 それ以降、カズとスネークはこのことについて話すことはなかったという。




さらっとトンでもない終わり方をしつつ、次回に続く。


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Squad

いよいよこの章も終盤。
このままユコウ、ユケバわかるさ。

定期的な宣伝。
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皆様の声をよろしくお願いします。


 マザーベースの襲撃、それは十分に衝撃的な事件ではあったが。ラム、ヴェイルといった死者が出ても、スネークに休息の時間はない。

 現地での動きが見られない、とわかると。事件の後処理がまだ残っていたが、再びアンゴラに向けてせわしなく飛び立っていく。

 

 ダイアモンド・ドッグズにとって最大規模の作戦はこうして続行するかに思われたのだが――。

 

「作戦中止、だと!?」

 

 ピークォドの席に座って珍しくスネークは声を荒げる。

 クワイエット、DDといったバディは現地において来ていたのが幸いだった。こんなスネークをみたら、きっとヘリの中で落ち着かなくなっていたことだろう。

 

『――いいたいことはわかる、だがボス。この任務はトラブルが多すぎる』

 

 オセロットの声にも悩ましげな響きがあった。

 

 空港での予定表をオセロットはずっと追っていたのだが。マザーベースにスネークが潜入を果たした直後あたりでついに入手に成功する。

 が、それを見てオセロットの顔が曇った。

 どうやらCFAはダイアモンド・ドッグズを警戒してのことだろうが、予定された2つの行事をできるだけ詰めて実行しようとしていることがそこから判明した。

 

 もちろん、スネーク達は前もってそうなった時の対処も考えて用意はしていたものの。マザーベース襲撃の報をうけ。隊員の間に走る動揺を見てはオセロットも口にしないわけにはいかなかったのである。

 

『駄目だ、オセロット。許可できない、こんなチャンスはもうないかもしれないんだぞ。運び出される”荷物”は間違いなくサイファーのものだ。もちろん、CFAのトップ等もおさえたい。

 オセロット、これはダイアモンド・ドッグズが総力を上げて成功させなくてはならない。そういう任務なんだ』

 

 カズが慌てているが、そもそもマザーベース襲撃を許したのは彼の責任だともいえる。

 スネークやオセロットなどには言わなかったが、ユンのような怪しげな男の口にする噂が事実で。それもすぐに行われるような話だとは思えなかったという引け目はある。

 しかしこの任務のもたらす多くの情報は、諦めることはできない。

 なぜならば、それは彼等がここで思うように動けなかった時期の遅れを取り戻すだけではなく。今後の活動に重要なものになることは間違いないからだ。

 

『だがな、カズヒラ。兵達の動揺はどうにもならん。

 計画表で俺達のプランCの北上するルートだとわかった。空港を出て、最大の野営地。キジバを通り、例の油田の先にある港から船で川を渡って直接ザイールに運び込まれるというものだ。

 今の問題は、この”荷物”が運ばれるのと”人”が到着するまでの間隔が短すぎるってことだ』

『う、うぅ』

『”荷物”は空港から出来るだけ離れたところで抑えないといけないし、”人”は会談を終えるまでは様子を見ておきたいという事情もある。このまま無理に続行を指示したとして、無駄に犠牲が出るだけで成功するかどうかは怪しい』

「……」

『トラックの護衛は、多分あと10分以内に空港に到着する。そいつらが来る前に、俺達はどうするのかを決めておかなければならない』

 

 オセロットのいうこともわかる。だが、カズの言いたいこともスネークは理解していた。

 アフガニスタンでヒューイを手に入れてから、ここに上陸するまで時間がかかっていた。そして先日の工場だ。あれでスカルフェイスも直接こちらが迫っていることを肌で感じて、なにも動かないわけがない。

 

 それらの対策として、より多くの現地の事情を知っておく必要がある。

 しょせんは傭兵なのだ、戦場で味方にも犠牲が出るのは仕方がない。だが、それを回避したとしても。今度は別の戦場でその”負け分”を多く支払わねばならないこともあるのだ。

 

「カズ、オセロット。俺はそっちに間に合わない。すくなくとも”荷物”は無理だ」

『……ボス』

 

 重苦しい空気が漂ってくるが、それが返ってスネークの気持ちを固めさせてくれた。

 

「スクワッドリーダー、アダマ聞こえているな?」

『はい、ビッグボス』

「状況は理解しているな?」

『……はい』

「俺は間に合わない。だが、”荷物”を見逃すことはできない」

『わかってます』

「ならいい。スクワッド、俺にかわって”荷物”を奪え。できるな?」

『もちろんです。必ず吉報を、ビッグボス!』

 

 カズやオセロットとは違うが、スネークにとってこう言う時にこそ使えるのがスクワッドの存在する意味だと考えていた。彼等は今回、その真価を改めて皆にみせつけてくれることに期待するしかない。

 

「カズ、そういうことだ」

『ボス……』

「”荷物”は俺のスクワッドに追わせる。バックアップはゴートの班にやらせろ。彼らだけで確実に”荷物”を抑えさせる。いいな、オセロット?」

『わかった。あんたの判断に従おう』

「俺はこのまま――空港へ行く。”人”の方でDD達と一緒に参加するつもりだ。カズ、スクワッド達に襲撃ポイント周辺の情報を伝えろ。任務は続行する」

 

 その言葉が終わるのと同時に、空港の入り口に旧式の戦車2台があらわれてはいっていく姿を確認したとの報告がされた。

 

 

 ノヴァ・ブラガ空港は俄かに騒がしさを増している。

 カズはマザーベースの作戦室で、急遽この輸送部隊の襲撃ポイントを設定すると。スクワッドとバックアップについたゴートの班に、急造の攻撃計画を伝えた。

 

 スクワッドはこのまま輸送部隊に張り付いて一緒の北上する。ゴートの班はそのあいだに先回りし、船着き場を占拠。これはスクワッドが任務に失敗した時のための保険となる。

 そのあたりでスクワッドは道を先回りすると、輸送部隊が川岸の船着き場へと続く直線でトラックを待ち伏せるというものだった。

 

 

==========

 

 

 輸送隊と共に工場を離れたスクワッドとゴートの部隊は、すぐにカズの計画に従って別れることになる。

 マザーベースに回収され、今回のために運ばれてきたジープに乗ったゴートらを見送ると。アダマ達スクワッドは馬の背から輸送部隊を見張りながら、張り付いていく。

 

 アダマ達、スクワッドは今回の任務の意味を完全に理解していた。

 任務自体の重要さは当然だが、それ以上に今は戦線がほころびを生み出そうとする微妙な位置にダイアモンド・ドッグズがいることも理解している。そして、だからこそ自分達は彼等の士気を高めるような仕事ぶりで完璧にやりとげなくてはいけないというプレッシャーを心地よく感じていられた。

 

 これほど重要な任務をあこがれのビッグボス本人から託される。それは彼等が願ってやまないことではなかっただろうか。

 

「次、”荷物”はキジバ野営地に入ります」

『作戦室、了解した。ここまで順調にすすんでいる。あと数分でゴートの隊は船着き場の偵察を終える、引き続き任務を続けてくれ』

「了解」

 

 続けてアダマは仲間に指示を出す。

 

「オクトパス、ランス、フラミンゴはキジバ野営地へ先行せよ。シーパー、ボア、俺と一緒に戻るぞ。次は野営地の外に配置する。ゴールの瞬間まで、集中を切らすなよ」

 

 全員の『了解』の声を聞きながら、その場から離れると口笛で馬を呼び出してさらに北上を開始した。

 

 輸送部隊は余裕を持ってルートを進んでいた。

 だが、キジバ野営地では少し様子が違った。書類審査でドライバーと野営地の隊長らしき男がもめているのである。

 フラミンゴはその会話の内容が気になったので、可能な限り接近を試みる。

 どうやら、例のここいらで兵士を中心に広がっているとかいう奇病のことで野営地の側の兵達が神経質になっているらしい。ドライバーと積み荷を改めさせろと要求し、輸送側はそれを拒否しているのだ。

 

 マザーベースの作戦室でも、カズはそれを映像で確認していた。

 どうやら言いだした方も引き下がれないらしく、まだ朝だというのに兵士達を徐々にそこに集め始めているのがわかる。

 

(奇病か……そういえばダイヤモンド・ドッグズと同時期に広がったという話だったな)

 

 そこでカズはドキリ、とする。

 これまではその話をこちらに痛い目にあったCFAがばら撒いた中傷としてしか捕えてなかった。実際、探りは入れたが現地でも新しい風土病じゃないかなどと聞いていたのでそれほど深刻に受け止めなかったのも事実だ。

 だが、例の工場のことがあって振り返ると。

 この奇病というのも、おってきた自分達に向かってくるはずのサイファーの攻撃だったのではないだろうか?それがたまたま、狙いが外れてCFAに……。

 

(待て、そうじゃない。冷静になれ、カズヒラ・ミラー。奴らがCFAと自分達とを見誤るはずがない。これはさすがにこじつけだ――しかし)

 

 今日という日にマザーベースへの攻撃を許すという失態をえんじてしまった自分だ。

 このことについても見逃してきてしまったのではないだろうか?

 

「調べてみるか……」

 

 もめていた輸送部隊が、なんやかやで再び出発するのを見ながら。カズは新たな脅威がいつのまにか自分達の足元まで近づいていたという恐怖を感じ、体を震わせていた。

 

 

 

 スネークは、彼の部隊が行動を開始してからもずっと無線機の側で様子を聞きいっていた。

 心配ではあったが、彼らならこれくらい簡単に出来るはずだという確信もあった。

 だが、それなのに時間がたつと徐々に鼻の頭にぬめるようなよどんだ空気にまとわりつかれている不快感を覚える。

 これは良くないことがおきる予兆に思えた。

 

『目標、野営地を離れました。このままポイントまでついていきます』

『こちらゴート、河岸の船着き場を抑えました。これからサプライズプレゼントに備えます』

『パーティ会場の準備、出来てます。対戦車地雷を2、対人地雷を道路わきに設置完了。開演まで待機しています』

 

 ここなら空港からはすでに十二分に離れているし、例の油田の一件以来ここの周辺からはCFAの姿はほとんど見かけなくなっているとも聞いている。

 素早く抑えれば、半日程度は彼等にトラックの荷物が奪われたとは気付かせないことも出来るはずだ。

 

 一瞬だが、スネークはゴートにラムの死をしらせるべきかと考える。

 だがやめた。

 彼の死を伝えるということは、かつて彼の下で共に戦った男がマザーベースを襲撃した犯人の1人で。そいつとの戦闘でラムは命を落としたことまで話さなければならない。

 

 今のスクワッドに入れない理由に精神的な弱さを指摘した男に。

 短時間でそれを克服していることを期待するのは、なにか違うような気がしたのだ。

 

『トラックを確認、パーティ会場まで150メートル。これより”荷物”を押さえます』

 

 スクワッドリーダーの作戦開始を告げる連絡が入った。

 

 

 待ち伏せは想像以上にうまくいった。

 先頭を走る戦車は地雷の上を通過しようとして、火を吹いて道の脇へと炎につつまれながら外れていく。

 驚くトラックと、慌てて敵影をさがして忙しく砲塔を動かす後方の戦車の後ろから馬影がかすめると。追いついてきたスクワッドのメンバー達が戦車の車体にフルトン装置を叩きつけて作動させていた。

 

 その瞬間に道の両脇から扇状に出現した4人がトラックのタイヤを狙って射撃を開始。

 彼等のライフルに装着したレーザーポインタが運転手にわかるように向けられると、さすがに運転手も強引に突破を図ろうとする気力を失う。

 あとはトラックの”荷物”を直接確認して、作戦完了の報告をするだけである。

 それだけ、のはずだったのだが……。

 

 

 スクワッドの8人はトラックを円状に囲むとその距離を縮めようとしていた。

 ところが、その距離があと少しというところでトラックの荷台に変化が生まれる。

 何かがガタガタと動く音がして、運転手は動いてないはずなのにギシギシと車体が揺れ出している。8人の脚がピタリとともると、それ以上距離を詰めずにそこから様子を見る。

 

『なんだ?隠れている――?』

 

 作戦室のカズもそう口にするが、なにかがおかしいとしかわからない。

 

 静かな緊張感が流れるが、それは異変の前兆を前にして現場にいる全員が動けなくなっている証拠でもあった。気がつくと、この場所にしては珍しい。

 朝日を隠すほどの濃い霧がいつの間にか立ち込めていることに気がついた。

 

 霧?それも乳白色の?

 

 それを見た全員がその意味する答えを思い出す前に奴らの方から動いた。

 トラックの後部を隠す幌を突き破って飛び出してくる4つの影。怪しく、亡霊のようにゆらゆらと動く奇妙は兵士達。

 それは間違いない、あのスカルズと呼ばれる4人の髑髏部隊であった。

 

『スカルズだと!?』

 

 カズの驚きは、すぐに絶望へと変わる。

 これでは無理だ。奴らには勝てない、ボスでなければ奴らは……。

 だが、無線では信じられない言葉が流れていた。

 

『スクワッド、調子はどうだ?』

『――スカルズを視認。草むらに潜んでいるこちらには反応しません』

『そうか、だが気をつけろよ。気付かれたら全員で襲ってくる』

『了解、ビッグボス』

 

 なんだ?

 彼等は何をしようとしているんだ?

 

「ボス、スカルズだ!奴らが――」

『そうだ、だが問題ない』

 

 問題ないだって!?

 

「ボス、本気か?」

『当然だろう、カズ。本当は俺が変わってやりたいが、今回はチャンスがなかった。奴等の初ヒットはスクワッドに譲ってやるしかない。お前達、どうだ楽しいだろう?』

 

 無線機の向こうではしのんだ笑いが聞こえてくる。

 

『奴らの料理の仕方は俺が教えてやる。スクワッド、見事にやってみせろ』

 

 ビッグボスの声は彼等がスカルズに勝てると本当に信じているような、そんな自信にあふれた声であった。




それではまた明日。


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髑髏部隊 vs BIGBOSSの部隊

4対8のサバイバル。



 教えてやるだのと言ってはみたものの、スネークに出来ることなど実際にはなにもない。

 彼等の勝利を信じて、それを口にすることしかできなかった。

 

 だが、言われた方はそれでも十分であった。

 尊崇するビッグボスに選ばれ、彼のかわりに重要な任務を任され、そして今は彼にこの不死の部隊とも思えるスカルズを倒してみるといいと励ましてくれた。

 これ以上の援護など望むのは欲張りというものだった。

 

「スクワッド―リーダーだ。全員、これこそ俺達がやるべき仕事だ。なかなかない機会だ。楽しませてもらおう」

 

 草むらに伏して、トラックの側から動こうとしないスカルズから目を放すことなくアダマは言葉を続ける。

 

「1人に2人ずつで当たる。だが、それにはまず目標から離さなければならない。どうする?」

「……後ろの2人は例の油田の入り口まで引っ張ろうか。どう思う?」

「シーパーの意見、賛成」

「採用しよう」

 

 どうやら2人は処分は決まった。

 

「前の2人はどうする?」

「……こっちは仕方ないんで、素直に脇の地雷原にそれぞれデコイで引きずり込みましょう。あとは、実力で勝負かと」

「――他には?」

「リーダー、こっちは河岸まで誘い出してみる」

 

 アダマは周囲を見回す。岩が転がっているが、ここは草が生えているくらいで身を隠せそうなのはそれぐらいだ。撃ち合いになるのは不利になるが、やるしかない。

 

 しばらくすると、スカルズに動きが出てきた。

 河岸と草むらの中から、どこかで聞いたことのある声がして。それに反応した2人が別々に動き出す。

 開戦の一発は、ハリアーの狙撃銃から始まった。

 

 

==========

 

 

 ハリアーとシーパーは同時に口の中で薬を噛み砕くと、道の真ん中で腰を下ろし。狙撃銃のスコープをのぞく。

 距離にして100メートル強、彼等の腕なら問題ない。

 後ろ側でカクカクしていたスカルズの頭部にそれぞれ射撃を開始する。同時に、向こう側でもスモークグレネードが2カ所で煙を吐き出し始め、本格的な戦いが始まった。

 

 

 いくら距離をとって狙撃をすると言っても、一発では奴らは倒れないし。その強靭な身体能力で、お互いの距離を信じられない速さでつぶしに来るのはわかっている。

 実際、2発目からは相手の体が岩のように表面がデコボコすると弾が着弾してもよろける程度しかできなくなっている。

 それでも2人は動揺することなく、落ち着いて射撃を続けていく。スクワッドはすでに彼等の戦闘方法は知っていたし、一度はビッグボスは奴らに囲まれたところから自力で切り開くのも見ている。

 そのビッグボスに「できる」と言われたら、やれませんでしたとは報告したくない。

 

 それでもスコープに捕えたスカルズが消えた瞬間はさすがに焦った。

 ハリアーは素早くスコープをのぞくのをやめて「敵、ロスト!」と声を上げる。その瞬間、目前の空中にそのスカルズがあらわれると手にした山刀を振り下ろしながらハリアーの上へと落ちてくる。

 

「来てるっ!」

 

 隣のシーパーにそう声をかけながら、必死で横っ跳びでそれをかわす。素早くサブマシンガンを抜き放ち、倒れながら目の前のスカルズめがけて銃爪を引いた。

 シーパーの方も警告を受けて気がついたが、彼の苦労はハリアーのそれとは比べ物にならない。返す刀で襲ってくる刃をかわすが、そこに自分が撃っていたスカルズが直立してあらわれると、ノーモーションで山刀を振り抜こうとする。

 

 シーパーは狙撃銃でそれを受けることが出来たものの、ハリアーの攻撃に慌てた。彼女の攻撃に合わせてスカルズの皮膚が硬度を増し。はじいた弾があちこちに乱反射して、シーパーにも襲ってきたのだ。

 

「やめろっ!」

 

 馬鹿女が、味方にとどめを刺されそうになるなんて冗談じゃないぞ!

 

 

 河岸に移動したスカルズをオクトパスとワスプが襲う。

 とはいえ、やはりすぐに相手の能力によって押し返されてしまう。油田の影響で汚染がすすむそこなら相手も動きが封じれるかと思ったが。実際は自分達がぬかるみに足を取られて動きを封じられているという始末。

 こちらの動きが悪いのを理解したのか、スカルズのほうから接近してきて素手で攻撃してこようとする。それをかわすにしても汚土のなかを転げまわるのはできれば避けたい。

 そのせいでオクトパスはスカルズのとび蹴りを銃身で受けてしまい、早々に壊して武器を失ってしまった。

 

(クソ、ハンデ無しかよ)

 

 だがそんな彼に追撃しようとするスカルズの背後に、ワスプが迫る。

 オクトパスはそのどちらも信じたくない気持ちで見ていた。スカルズは素手で自分を仕留めようとしていて、そしてそれを止めようとするワスプは――この女、絶対頭おかしい――ナイフを手にスカルズに背後からCQCをしかけようとしていた。

 

 

==========

 

 

 アダマとボアに作戦などなかった。

 体を隠して戦うようなスペースはそこにはない。動き回ったとしても、身体能力の優れたスカルズ相手では限界が見える。

 

 ではどうするのか?

 

 自分の周囲にスモークグレネードの特徴である黒い煙が勢いよく吐き出され続けても、スカルズは一向に慌ててはいなかった。油断なく先ほど捕えた人の姿を探し続ける。

 と、草むらの向こうに立つ大柄の男の姿を見た気がした。

 気のせいなどではなかった。なんとボアは、スカルズの前にいきなり仁王立ちすると。カスタマイズされた軽機関銃を構えている。

 やるのはフルオートで、150発ものそれを一発残らずスカルズにくれてやる。そのために両脚は開かれ、重心は下げ、大地を力強く踏みしめていた。

 

 霧の中のスカルズに向けた銃口が火を吹き始めると、さすがにスカルズもその威力に不気味なその体が翻弄されていく。

 だが、当然だがそれは長くは続かない。

 たちまち皮膚の表面を硬化させると、弾は突き刺さることなく固くなった岩のような皮膚にはじかれ始める。これはいつもおこなわれていたことだ。アフガンだけではない、どこでも根性を入れた奴が半ばやけをおこしてこうやってスカルズを倒そうとしたことは何十回もある。

 だが、その全てをスカルズは生き残ってきたのだ。

 

 攻撃される方向からボアの存在を確認すると、いつの間にかスカルズの手には彼ら用の銃が握られていた。そしていつものように片手で悠々とそれをかまえ、ボアにむけて激しい連射音とともに撃ち返していく。

 

 すぐにスカルズは違和感を覚えた。

 相手は相変わらず攻撃を止めないが、こっちだって攻撃を続けている。

 つまりお互い弾丸のシャワーを浴びあっていることになる。そんなことがただの人間に出来ないことはわかっている。

 

 スカルズは気がつかなかった。

 ボアは確かに攻撃を続けている。だが、その彼の前にはアダマがいて。ダイアモンド・ドッグズ開発の防弾シールドで踏ん張っていたことを。

 これは例えるならばチキンレースである。どちらが先に撃ち尽くし、先に死ぬかの度胸試し。

 

 ボアは150発を撃ち終えると、素早くドラムマガジンを交換し。再び轟音を響かせる。

 防弾シールドなどといっても、完璧にすべての弾を防ぎきることはできない。それはわかっている。

 ボアもアダマも、顔色一つ変えずにこの狂気の特攻作戦を実行しているが。すでに盾の影にいても防ぎきれない弾が盾を貫き、彼らの皮膚を裂き、肉をえぐり、傷を増やし続けていた。

 だが彼等のそんな恐ろしい気迫がこもっていたせいだろうか、スカルズのほうも皮膚の硬度は破壊されはじめていた。粉々になって固い岩がくだかれ、飛び散り。再びその体に叩きこまれる銃弾の嵐に翻弄されようとしていた。

 

 

 スカルズ達の山刀攻撃から逃げ続けるハリアーとシーパーの回避能力は感心するものがあった。

 特に味方の攻撃で足首とひざを撃ち抜かれたシーパーは頑張っていた。

 四度襲ってきた刃をかわすと、今度はシーパーがショットシェルと呼ばれる散弾を発射するタイプのリボルバーをオセロット顔負けの早さで抜き放ち、全ての弾をスカルズに叩きこんだ。

 

 その体から緑の血がしぶき、体から力が抜ける。

(やったか!?)

 と喜びが湧くが、良く見ると足元はしっかりと力は抜けているが固まっていて倒れる気配がない。

 

(チクショウ、やっぱり死なねーんじゃねーの)

 

 安心することなく距離をとっていこうとすると、やはり相手は再び肌を硬化させて襲ってきた。

 2人は良く頑張ってはいるが、状況はすでにスカルズが優勢で。すでに仕留められにかかっているようにしか見えない。このままその時を待つしかないのだろうか。

 

 

==========

 

 

 狂気の沙汰というのはこう言うことだと思う。

 それを目にしたオクトパスもおかしいのか、浮かべている笑みは引きつっている。笑うしかないが、笑えない瞬間。それが今なんだろう。

 

 ワスプとかいう女はアホだ馬鹿だと思ったことはないが、イカレているのは間違いない。

 ”あの”スカルズ相手に肉弾戦をやっていた。

 振り下ろされた山刀は”ビッグボス”のようにその手から取り上げると、相手の喉笛につき立てて返品し。離れながらサブで持ち歩いているリボルバーを撃ちまくっている。

 

 味方がそんな接敵ばかりするので、こっちは距離をとってもできることがない。

(俺もあそこに混ざるしかないって?)

 恐怖、それしかないが。あの女、やりながら笑ってやがった。

 ワスプはスピードローダーで素早く弾を入れ替えると、そこに自分の刀で喉を貫かれたままのスカルズの拳が襲って行く。

 

 どう考えても勝負になんてなるわけがなかった。

 ワスプは女達の中では一番小柄な奴だった。大きな体のスカルズの”体に触れないよう”にCQCの技術だけでしのぎ切れるようには思えなかった。

 タイミングを計り、ある瞬間にワスプに「離れろ!」というとオクトパスはショットガンを撃ちながら近づいていく。ポンプアクションで6発、だがこれだけでは無理だろう。

 

 素早く使えなくなった銃を放り出すと、後ろ手で荷物から例の奴を取り出す。

 

「このイカレ女っ――」

 

 ああ、クソ。これが、こんなのがっ。

 

「お前、本当におかしいからな!!」

 

 そういうと攻撃で動きを止めたスカルズの腰に素早くオクトパスはC4を複数くっつけると、自分の首をあの太い腕か足で薙ぎ払われて引きちぎられる前に、起爆装置をオンにした。

 

 ワスプはついに、それもよりにもよって”味方”のせいで吹き飛んだ。

 汚土の中を転がり、口に入るそれを吐き出しながらも意識だけは失わまいとする。

 起き上がろうとして、それがかなわずにバランスを崩して再び転がってしまう。だが、焦る必要はないことはわかった。

 

 彼女の敵と彼女の同僚だった奴の砕けた体がそこ等に飛び散っているをの見てしまった。

 それにもうひとつ――。

 

「ビッグボス、こっちに来てくれないかな」

 

 泣き言を言っても痛みは変わらない。

 負傷した右腕から来るこの不快な激痛は、つい先日も味わったものとよく似ていた。

 

 

 ハリアーとシーパーが転げ回っているのをさらに離れたところからフラミンゴとランスは見ていた。

 彼等の準備はついに完了しようとしている。

 

「ランス」

 

 アフリカーナの青年にそう声をかけると、彼は一つうなずいてライフルにマウントされたグレネードランチャーからスモーク弾を複数、彼等に向けて撃ちこんでいく。

 その隣には、ンフィンダ油田の入り口に備え付けられていた2連装対空兵器に、熱源探知ゴーグルを装着したフラミンゴが座って動かしている。

 最近のバージョンアップで、これは夜だけではなく昼でもそれなりに熱源を見分けられるようになっていた。

 

「退避!!!」

 

 フラミンゴが声を上げると同時に、霧の中でおかしな動きをする2人めがけて肉眼でもとらえられるほど巨大な光弾が音を立てて飛んでいくのがわかる。

 さすがにこれは圧倒的だった。

 あっというまにスカルズの1人は体が砕け散り、もう片方も片腕を吹き飛ばした。

 

 (勝った!)

 

 

 とまでは思わなかったが、やれると思ったフラミンゴの隣に立つランスが。いきなり後方にはじき飛ばされる。

 フラミンゴはゴーグルをしていたことをあとあと感謝することになる。頭部を破壊された味方が、中身を汚土のうえにぶちまけるのをしっかりと肉眼で確認するのは、やはりキツイ。

 ミラー副司令が最近食堂のメニューに加えたがる魚の鍋料理が食えなくなる。

 

 ゴーグルの先に捕えていた影が消えると、フラミンゴはそれを頭からはずして地面に投げ捨てた。

 影と共に大地の土が跳ねあがり、次の瞬間には銃座に座る彼女めがけて片腕となったスカルズが飛び込んでこようとしていた。

 だが、彼女はそれを読んでいた。

 冷静に砲台の操作を続け、銃口を鋭角に持ち上げながらそいつを迎撃しようと試みる。

 

 

==========

 

 

 スネークにとってそれは長い時間に感じられた。

 わからないようにしたかったのだろう、向こうの様子は一切電波で伝わってこない。

 

『……ビッグボス、アダマです』

「スクワッドリーダーか!?――報告を」

『スクワッドはスカルズを撃破。これより、回収してマザーベースへ帰還します』

「そうか……よくやった、リーダー」

 

 重い、厳しい難局を彼等は彼等の力で乗り越えてくれた。

 これで士気は上がる。きっと、残る任務もやりきれるはずだ。

 

 

 アダマもまた、肩の荷を下ろしていた。

 これであの人はまだ戦える。自分達のこの勝利で、次の勝利をもぎ取ってくれるはずだ。

 無線を切り替えると、喉の奥から溢れてくる不快な血を吐き出してから口を開く。

 

「副司令、アダマです……」

『わかってる。もういい、お前達はそこにいろ。あとはまかせろ』

「”荷物”と我々の回収は、ゴート班に」

『ああ、わかってる!すぐにお前達を連れ帰ってやる!』

 

 優秀な人だ、きっと約束は果たされるだろう。

 同じくそばで倒れているボアに声をかけようとして、彼が先に逝ってしまったと知った。

 アダマは部下の様子を気にしていたが、確かめる力は残されていなかった。それでも自分達の勝利を全く疑ってはいなかった。

 

 ビッグボス、我々は。

 ただの人間である兵士が、あのスカルズを最初に倒すことに成功しました。我々はあなたと征く戦場、忠を……。

 

 薄れていく意識の中で、アダマはなぜか聞こえるはずのない戦場へと近付くピークォドの羽音を聞き。そこにいる人に向けてずっと話し続けていた。

 

 

==========

 

 

 スクワッドがスカルズとの戦闘に勝利してわずかに40分後。

 ノヴァ・ブラガ空港では続いてCFAのトップとサンアール社なる背後にサイファーと繋がりのあるそこの社長との会談が始まろうとしていた。

 ソ連製の攻撃ヘリから出てくるのは、サンアール社の社長。しかし、彼には別の顔があり。CIAの手先として世界の紛争地帯で商売をする武器商人でもあった。

 

「ようこそいらっしゃいました、社長。我らCFAの中部アフリカでの成功はあなたがたのお力添えがあってこそのものです」

「ああ」

 

 そう言って握手を交わすCFAのトップの黒人と武器商人の白人の姿はどことなく滑稽にうつる。

 

「本日の視察の前に、先日のンフィンダ油田での騒ぎについて謝罪を」

「まったくだ。あのおかげで世界があそこに目を向けたので面倒になったよ。前時代の老人相手にやられるとは。正直、失望している」

「しかしその老人、ビッグボスという伝説の傭兵があそこを狙うといった情報はありませんでしたので。それに我々の間で交わされた契約では近代化された軍を相手に――」

 

 彼等の今日の予定からいえば、それは謝罪でも何でもなく。世間話でしかないようだった。適当なあたりでさっさと直接それを見たいのだといって、2人は南北にひとつずつあるハンガーの視察を開始する。

 どうやらサンアール社は新しい商品で市場を開くため、このCFAの施設を活用しようという腹づもりなのだという。ここから話題は一気にキナ臭いものとなる。

 それによると、なんでもリーズナブルな核兵器のビジネスをするらしい。

 そのあまりにもご都合的な計画を聞いて、CFA側のトップは呆れた顔をして見せる。

 

(内戦を互いに食い物にしておきながら。今更どちらが”正気”なのかを比べてどうする。偽善者共め)

 

 カズは彼等の話を聞いていてそう心の中で唾棄していたが、表面上はいつもの冷静な仮面をつけていた。

 奴等の話は終わろうとしている。もう、こちらもいいだろう。

 

「スネーク、オセロット。会談は終わりだ、はじめてくれ」

 

 

 空港の西ゲートの先に広がる高原に風が吹き抜けると、そこに1人のカウボーイ姿の男が立っていた。

 

 リボルバー・オセロット。

 

 人は彼をそう呼ぶが。このアフリカで西部劇をしようとはどういう神経をしているのか。

 彼が歩き出すと、続いてその背後には数十人からなるダイアモンド・ドッグズのスニーキングスーツを着る部隊があらわれていた。

 

 オセロットが素早くハンドサインを出し、それを見た彼等は忍者のように再びサバンナに姿を消す。

 本人はそのままただ1人で、空港の入り口から建物のロビーへと向かって歩き続ける。ただし、その手はすでに腰に提げたリボルバーに触れていた。

 

 

 そしてもう一カ所、空港のハンガー内の影の中から立ち上がる男が1人。

 伝説の傭兵ビッグボス、現在のコードネームはパ二ッシュド・スネークその人である。

 

 マザーベースでの騒ぎを収めた彼は、とんぼ返りで現地へ戻ると。そのままCFAとサンアールの会談を盗聴すべく空港へ潜入。先ほどまで彼等が話していたそのすぐそばに身を隠して聞いていたのである。

 

 伝説はいまだ死なず。

 その信じられない高い潜入技術は、もはや芸術的と表現するだけでは足りなく感じるほど冴えわたっていた。

 

「クワイエット、DD」

 

 静かに無線機に語る。

 すると南ゲートを豪快に突破してDウォーカーとそれに続いて走るDDがハンガー内へと駆けこんでくる。すでに彼等の姿は確認され、空港内では侵入者をつげるサイレンが鳴り響いていた。

 

 Dウォーカーから降りてきたのは驚いたことにあのクワイエットである。

 スネークのためにわざわざウォーカーをここまでもってきたのであろう。スネークはうなづくと、代わりにDウォーカーの背にへばりつくように乗り込み。クワイエットは瞬時に姿を消す。

 

「いくぞっ!!」

 

 声を張り上げると同時に今回のDウォーカーに搭載された電子放電砲なる光学兵器が唸り声を上げて攻撃の準備を始める。

 

 

 空港内の滑走路から天に貫く光のビームを見て、オセロットはビッグボスが動き出したことを知った。

(戻ったばかりだというのに、元気な人だ)

 だが、同時にオセロットはロビーから飛び出してきた2人の兵士を瞬時に抜いたリボルバーの2発できれいに倒してしまう。

 

 それは敵や味方にとっても悪夢のような光景だっただろう。

 走っていく男達が急にスイッチを切ったようにぐにゃりとなって地面の上を転がる姿など、不安にしかならない。しかも反対では、滑走路上でこちらと同じウォーカーギアのはずなのに。動きが明らかに違う一機がこちらのウォーカーギアどころか兵達を圧倒していっているという。

 さらに異形の姿をした女狙撃手の姿を見たと主張する奴もいたが、その真偽はわからない。

 

 

 この日、ダイアモンド・ドッグズによるノヴァ・ブラガ空港襲撃はほとんど一方的と表現していいくらいの強さをみせつけ、短時間で終了した。

 防衛側の戦力が不足していたわけでは決してない。いや、むしろ充実していたと言っていい。

 

 だが、たった2人の男と彼等に率いられた部隊を止めることが出来ず。

 1時間と経たず、最終的に守備兵達を降伏に追い込んだダイアモンド・ドッグズは。彼ら全員を回収すると空になった空港をそのままにマザーベースへと戻っていった。

 

 

 戦いは終わった。

 この最大の作戦はダイアモンド・ドッグズに多くのものをもたらせた。

 

 トラックの荷物はまだ解析が始まったばかりだが、4人のスカルズの遺体(?)は回収され。

 サンアール社の社長の肩書を持つ男はサイファーのことは全く知らなかったものの、CFAの連中は何故か妙にこちらのことを気にいり。自分達を雇わないかと言いだした。

 

 とにかく彼等はまたしても輝かしい勝利を手にしたことになる。

 




また明日。

(設定)
・アダマ
メキシコ生まれの男性。
わずかだが、モンゴル人種の顔立ちをしている。BIGBOSSの部隊、第2期のリーダーを務めた。

仕事大好きな軍人であった。だが、家族と仕事の両方を失い国を出る。軍にいたときに伝え聞くMSFのビッグボスの復活に引き寄せられてしまった。
自分にも厳しいが、それを他人にも求める傾向あり。


・オクトパス
南米出身のアメリカ人、男性。しかしたぶんだが、経歴はほとんど嘘だと思われていた。
警察の爆破処理にかかわっていたらしいことはわかっている。

何をどう間違ってこんなアフリカに来てしまったのか。よくわからない人。


・ボア
元ソ連兵。この部隊では一番体躯が丈夫であった。
口数が少ない、というより無口。個人的な趣味で野草で独自に薬物を精製していた。彼の死後、個人で育てていた草花は医療班が回収され、その後の研究に生かされたという。


・ランス
アフリカ出身の兵士、語学に優れ。英語、フランス語の他には地元の言語を8種類ほど使いこなした。
この部隊では一番若く、戦場での経験も少ない。だが、物覚えのよさと、機転の利くところなど。将来を見込まれて部隊への採用が決定された。


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あふれ出る影

本日、第3部ラストになります。



 話はいきなりだが、大きく場所を変え。時間も少し過去へ戻り。

 ダイアモンド・ドッグズがアフリカ、アンゴラに初上陸した際。カズがスネークに見せるようにそのルートにあえてぶちこんだマサ村の話となる。

 

 ここでは今でも毎日を少年兵達が訓練し、戦場に出荷され、そしてまたかき集められて訓練が施される。

 彼等は戦場で消費される血と肉を持つ装置でしかない。消耗品なのだ。

 最初に教えられるのが銃を構え、銃を正しく撃ち、銃を壊さないように構造を知っておく。これが全てだ。

 次は戦場に立つ敵は殺せ、要求だけされ実際に現地へ送り込まれていく。

 

 戦場に立てば彼等は当然だがバタバタと死んでいく。だから使う側もさっさと死んでもらえるように、ガンガン使いつぶそうと前線に立たせようとしていく。

 彼等がTVやドラマのように大人達に反旗を翻すなんてことはない。常にそうならないように暴力で恐怖を植え付け、ここ以外の居場所がないと罪の意識から安全装置としている。

 

 それでも完全ではないから、そりゃ時にはそういうこともある。

 だが、問題はない。

 彼等は技術はないから、戦場に立てば基本的にバタバタと死んでいくしかない連中だ。時には、逆にバタバタと敵を打ち殺して戻ってくるような異形の化物もいないわけではないが。

 そんな奴が牙をむこうとするなら、そのやり方は一つしかないのでやりようはある。飼い主の手を噛まない、噛もうとしても方法がないから死ぬしかない。

 そういう自殺因子をあらかじめ埋め込まれて作られる、少年兵とはそうした哀れな肉人形たちなのだ。

 

 

 だが実際に戦場に立つ兵士とは意外と信仰心などを持っているので、こうした人の形をした道具を使うのを好まないという厄介なところがある。

 つまり幽霊は怖いし、祟りは怖いということだ。

 するとそうした嫌な事全てをシステム化して、徹底的に自分達が”出来るだけ触れない”で利益だけ得るように、と考えることになる。

 

 彼らの教育が始まると、しばらくしてそいつらを率いて近隣の町や村に略奪にいき。そこで男は殺させる一方で、女と子供を少年兵を使って凌辱させる。精通があろうがなかろうが、そこは関係ない。

 暴力による支配の喜びを味あわせ、それがどういう意味なのかを考えさせることを放棄させる。とはいえ、利口なのはこの辺りで自分達が後戻りできないところにいると察して絶望してくれる。

 あとはもう、引力にひかれて転がる石のように。彼等は大人達が欲しがる少年兵という装置へと立派に堕ちていってくれるのだ。

 

 

 だからその日も、兵士達は川辺を1人で歩く白い肌の少年を見て。これはよい獲物に出会ったと、すぐにさらってここに連れてきた。それが全ての始まりだった。

 

 

==========

 

 

「エデぺ、泣いてるのか?」

「……泣いてない」

 

 夜中、部屋の隅でまるくなって声を押し殺す泣き声に起こされて不快感を覚える。こいつも大人に泣かされてるのに、それを認めない。こいつだけじゃない、周りの子供はみんなそうだ。大人を恐れている。

 

「そうか。なら、寝る」

「……うん」

 

 こいつの涙は人恋しいという感情からなのだろう、と頭ではわかる。

 だが、それを自分は理解できないこともわかってる。自分は自分のことを全てわかっている。世界中で自分だけがわかる、これがなんとも腹立たしい。

 

 ここが文明とかいうのから離れた場所なのは知っていた。

 クソみたいな大地は、彼のよく知る死臭と混乱にあふれていて。おかげで子供1人が、毎日を好き勝手に振る舞ってもたいした事件にはならないのでこれまでは楽しくやってこれた。

 

 だが、そんな毎日を続けるとどうなるかも。自分は全てわかっている。

 それをどうにかしたかったのは間違いではない。

 アホな大人が、チョコレートだミルクだ猫なで声をかけて近寄ってきた時は殺そうかと思ったが。むしろこれはチャンスだと思ってされるがままにしていた。

 今は……そうだ、”その時”を待っている。

 

 

 翌朝はいつものように太陽が出る前の暗いうちに起こされる。

 エテペはああいう夜はいつもそうしているように、今回も俺の隣で寝ていた。気持ち悪いとは思うが、別にこっちの体に触れてこないので放っている。それを好意的にとらえてるのか、このガキは俺によくなついた。

 

 奴等はバケツを自分達に持たせると、毎朝2キロは先にある”飲める水が流れる川”を往復させて水をくんでこさせる。これを延々と朝食までの数時間、やらせる。

 俺は奴等がわざとやらせてていることを知っていた。

 俺達の住むマサ村には近くに隠れされた給水塔があり、そこに水をブチ込む給水車もまわっているのも確認している。だからあの村の大人達は、水を好きに使っている。なのにまるでそうでないかのように振る舞って、子供がミスをするとそれを理由に暴力をふるった。

 

 ようするに適者生存、弱肉強食というわけだ。

 大人達は弱い子供を攻撃する理由を欲しがっているだけなんだ。

 

 

 朝食を終えると、昨日配られた武器の調子を見ろと言われる。

 ひどい武器だった。戦場で拾ったものを、どこかの一般人が流れ作業でそれらしく修理したライフル。

 狙いはガバガバで、これで水平に狙って撃ったら弾丸は放物線ではなく斜め下の地面に向かっていくだろう。明らかにその出自は武器商人の中古品からまわされたものだとわかるので、なにかトラブルが起きても不思議ではない。

 

 だが、俺は奴等が期待しているレベルはわかっているので作業は数分で終わらせる。

「よくやるじゃないか」と誉めるが、別に嬉しくなんかない。こんなゴミ同然のおもちゃを有り難がれと説教するその頭をかち割ってやりたいという衝動を逆に抑えておく。

 

 兵士達は基本、順番で撃ち方、メンテナンスするところ。命令を聞いたらどうするのか、そういうことを持ち回りで子供に教えていく。

 彼等にしてもいつか新兵を教えられるようにするために、少年兵を相手にまずはその経験を積むのだ。

 訓練中の少年兵達には当然だが、見張りがつく。俺はその中にあって、他とは違う目の輝きを見せる奴にすぐに気がつくことが出来た。

 

(そうか、あいつが――調教師)

 

 ハンドラー、そう呼ばれる彼等は犬や猫とおなじで少年兵を取り扱う技術を専門にする戦場のクズだ。

 どうやって暴力を仕込み、考える力を奪えるのか。その技術で、彼等は少年兵達を生産し、育てて、出荷する。

 そいつの目が、いつからかずっと自分を見ていることを気にしていた。奴のような男を見誤ることは、自分がマヌケかそうでないかを分ける事態に陥らせてくれる。注意しなくては。

 まだ、向こうはこちらから距離をとっているのでわからないが。奴を知れば、こっちもずっとやり方が簡単になると思う……。

 

 

 夕刻、今日は2人が死んだ。

 弾詰まりをおこした揚句に暴発して隣の奴もまきぞえをくった。

 失敗したうえに騒ぎとなったことが屈辱なのだろう、今日の教官役は顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。「どうしてこうなった!?お前達、ちゃんと整備しないからこうなった」まったく、笑わせてくれる。

 クソみたいな銃を渡したの奴等のせいで死んだのを、なぜこっちの責任になる。

 

 

 最後に教官は今日の晩飯は抜きだ、そうつげると周りがそれで下をむく。

 死んだ奴のことで悲しんでいるわけじゃない。満たされぬ自分の腹を嘆いているだけだ。

 だが、まずかった。演技をするのをこの時は忘れていた。あの男、ハンドラ―の目が興味深そうに自分に向けられているのに気がつかなかった。

 

 俺は嘲笑の笑みを浮かべていた、大人を嗤っていたのだ。

 

 

==========

 

 

 そいつのテントに呼び出されたのは、そのすぐ後だった。

 テントにはそいつと2人だけ。机の上にはいかにもわざとらしくステーキとパンを置いていて、奴はこれはお前のものだといった。

 

 わかっている。それは俺のものだ。

 だから礼も述べずにそいつのまえでさっさと食った。奴は目を細めると、優しそうな声で聞いてくる。

 

「君の、ご両親に興味があるんだよ」

 

 肉を切る手が止まった。

 自分がマヌケにも奴の手にのせられたことに気がついた。そうだ、ここはアフリカだ。

 ステーキをだされても、それを西洋式とわかって食べるのはその国の知識がなければできない。

 料理が盛られた皿の脇に置かれたフォークとナイフ、そしてスプーン。

 叩きこまれた以前の生活、そこで覚えた英国式のテーブルマナーに自分は従って食事をしていたのだ。自分の愚かさにはらわたが煮えくりかえるが、気付かないふりをして切り分けた肉をフォークを使って口の中に乱暴に放り込んだ。

 

「お父さんが軍人だった?それとも母親――違うな、祖父かな?」

 

 ああ、こいつは知らないんだ。

 そう思うとさっきの怒りは静まり、手も自然に食いものを貪る。

 

「軍人なのは、親父だ」

「ほう、お父さんが」

 

 そうだ、お父さんとかいう奴だ。

 俺の遺伝子の形作った元凶。俺の全てを最初から凌辱しつくして種を残したクソ野郎。

 

「その――お父さんは現役の?どこの人なのかな?」

「会ったことはない」

「そうか、それは――」

「だが、名前は知っている。あんたも聞いたことがあるかも」

「ほう」

 

 久しぶりの肉はうまかった。

 そしてわかった。このテントの周りには”誰もいない”と、俺から自分を守るための兵士をこいつはおいておかなかったのだ。

 俺がやつの扱う商品――少年兵だから。

 奴の知りたい名前を、口にする。

 

「スネーク」

「ん?」

「または――ビッグボス」

「んん?」

「伝説の英雄だとか」

「フフン」

「聞いたことは?」

「さぁ」

 

 後ろを向いていてもわかった。奴は今、考えている。

 その言葉が意味することを、この俺が。俺という呪われた存在がここにいるという事実を。クソッタレの大人が、その手で生み出した哀れな化物を思っている……だと!?

 

 そいつが使ったことがないのはすぐにわかった。

 棚に無造作に置かれていた軍用ナイフ、米軍仕様とはおそれいったよ。だが、それの使い方なら子供の俺のほうが遥かに知っている。

 何気に立ち上がってそれを自然に手にすると、それをもって椅子に座るそいつに飛びかかり、地面へと押し倒した。当然だが、獲物に悲鳴など上げさせない。

 ああ、そうだ。こんな感じ、喉笛を刺し貫くこれが今は最高に気分を良くさせてくれる。

 

「俺の口から、アイツの名前を出させるなんて。お前は大した奴だよ」

 

 ゴボゴボと血をふくが、まだ死なない。

 いや、死なせないやり方があるんだ。知らないだろう?

 

 ンフ、ンフフフッフフ、気がつくと奇妙な割れた笑い声が静かに自分の口から流れだしていた。抵抗らしいことが出来ず、目を白黒させ。苦しさから解放されないことが理解できずに涙を浮かべるそいつが……そいつの顔をみて初めて気がついた。

 

 よく見るとコイツ、片方の目が義眼だ。片目の男なのかよ!

 はらわたが再び煮えくり返るのを感じる。ああ、駄目だ。もう、駄目だ。俺はもう――。

 

「久しぶりだな、親父」

 

 噴き出すアドレナリンのせいで、刃先が震えるのを止めようとしても、かえって掌が震える。

 ハンドラ―はゴボゴボと血をふくだけ。だが何を言ったか、もうどうでもいい。

 

「俺は、俺達はあんたのコピーだ。生まれたその瞬間から、運命というロードマップから捕らわれ、逃れられない化物なのさ。親父、俺とあんたは親子だって言われてる。

 なのに、あんたは俺になにしてくれたんだ!?」

 

 まだ早い、まだ逝くなよ。

 

「見ていろよ、親父。俺は、俺を作っておいて放りだした奴等の思惑には乗らない。俺が、この俺こそがこの世界を――」

 

 ついに力をコントロールできずに、刃先をひねり、中で暴れさせてしまった。

 だが、すでに失血でハンドラ―の意識はなくなっていた。

 そいつの死体をあらため、全てを奪った。

 

 

 俺にはわかる。時が来た、今夜がそうだっただけだ。

 

 

 子供達が眠る部屋の扉が乱暴に開けられ、大人が来たと思った彼等はすぐにがばと体をおこす。ぐずぐずしていれば寝起きから殴られる。だが、今日は違った。

 

「これを持って、俺について来い」

「え、えっ?」

「エテペ、みんな。腹が減ってるだろ。俺の指示に従えば――すぐに食わせてやる」

 

 武器庫とその周りを巡回していた兵はすでに片付けた。

 あとは兵舎にいってバンバン、それで終わり。明日の朝にはこの村で出来てしまった死体は、大人達がやるように汚水でよどむ川になげいれるだけだ。

 

 今夜、そう今夜だ。

 今夜俺達は、大人達の手から開放される。自由になる!!

 

 

==========

 

 

 マザーベースの戦闘斑待機棟の屋上に、ゴートは知らずに足を向けていた。

 任務が終わり、傷ついた仲間達を連れてようやく帰還した彼に待っていたのはマザーベースに残っていた戦友の死と。それを殺した相手の正体だった。

 気分に浮き沈みは感じないが、なぜか眼が冴えてしまって夜中だというのに眠れそうにない。

 だから、思わずここへきてしまったのだ。

 

 あいつは、あいつらはどこで戦ったんだろうか?

 

 思わず屋上ではその傷痕を探して、目を彷徨わせてしまう。

 だから気がついた。

 

 誰かがここにいる。この闇の中で止まっている、と。

 

「――ゴートか?」

「ビッグボス?」

「ああ……こっちに来い」

 

 近づくとそこには訓練の時にいつもしている白シャツと迷彩パンツ姿のスネークがいた。

 彼の座っている両側に、ダースのビールが山と置かれていて。何本か開けられた缶が風に吹かれ、そこらに転がっていた。

 

「飲んでいるのですか?」

「ああ、今日はな」

 

 そういうと俺の今日の最大の戦果だ、付き合えと言って隣をさした。

 ゴートがそこに座ると、押しつけるようにビールを渡してくる。

 

「飲め。つきあえ」

「は、はァ」

「お前も眠れなかったか?」

「はい……」

「そうか――ラムが、あいつが戦ったのはそこの空調の裏だ。もう片付けられている、なにも残っていない」

「……わかりますか?」

「ああ、まぁな」

 

 ビールのプルトップを開けると、一気にあおって缶を握りつぶすと2本目に手を伸ばす。ビッグボスはそれを別に咎めることなく、まだ海の方をじっと見つめていた。

 

「俺も――今日はさすがに疲れているはずなんだがな。眠れない、だからこうして倉庫に潜入して」

 

 隣に積まれているビールの山の頂をポンポンと叩く。

 

「こいつで朝まで不摂生してやることにした、ここでな」

「――なるほど」

「つきあえ、これで足りないなら。もうちょっと取ってくるぞ」

「いえ!いえ、結構です。自分――下戸なんで」

「そうか」

 

 笑いながらスネークは海を見つめる。

 ゴートもそれに付き合う。この人はこんな夜はこうやって寂しさを紛らわすのだろうか。

 

「スクワッドのこと、聞いてるか?」

「はい、自分が―ー」

「そうだった。忘れてた、お前には礼を言わないと」

「いえ、そんな」

 

 恐縮する。自分がやったことなど、彼等を回収したことぐらいだと思っている。

 

「参ったよ、死者2名、重傷者3名ときた」

「……」

「オクトパスは即死。ボアの奴はヘリで一度は蘇生したが、ここに来てすぐにまた逝った。リーダーのアダマも集中治療室に入っている」

「スカルズが相手でした」

「シーパーは味方の跳弾を足に受けていたんだが、これがマズイ入り方をしているらしくてな。感染症にそなえてまだ治療室から出れない。経過によっては、左足を切断しないといけないようだ」

「そう、だったんですか――」

「ああ。それにワスプの奴、前と同じ右腕だということでナーバスになってるらしい。動かなくなるんじゃないかってな。無理もない」

 

 激闘だったのだ。

 彼等は任務を果たすために命をかけ、戦場から戻ってきた。

 

「言葉がないさ。あいつらを無駄に消耗させるよなことをさせたんじゃないかって――」

「それは、それは違います!」

 

 思わず声を上げてしまった。

 

「スクワッドは自分達の役割を理解しています!そのために、全てをかけます。自分の時だって――」

 

 すぐに声がしぼんでいく。自分もそうだった、彼等もそうだった。

 ビッグボスにそれで残念には思っては欲しくなかった。誇ってくれなければ、自分達はただの――。

 

「ああ、そうだな」

 

 スネークはそれだけ呟くと黙ってしまった。

 ゴートは気がつかなかったが、ここからビッグボスと一緒に見る海上の地平線に見る紅い太陽は美しいとはじめて思った。




第4章再開は予告どおり、1週間後を予定。
それでは、また。


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呪わしき 言葉
地平線の暗雲


再開します。
いよいよ本気出していくつもり。きっと地獄の底まで落としてみせる。


 人生は歩く影ににすぎない。あわれな役者だ。

 出番の時だけ舞台の上に見栄を切って、あとは沈黙のみ。

                          (「マクベス」)

 

 

 

 スネークは指令室の自分の部屋で頭を抱えていた。

 どうしてこうなってしまったんだ?困惑しかない。

 部屋の隅を見ると、そこには一丁の狙撃銃が置いてある。彼が相棒に贈ろうと開発班に作らせた特注のひと品。

 仮の名称はマダム・バタフライとか気取って言ってた気もする。この主となるはずだった女の手に、これが握られる日が来るのかどうか。今のスネークには自信がない。

 

 クワイエットが再度拘束された。

 彼女がおこした問題が原因だった。

 

 スネークはその時、DDを連れてサバンナの大地から戻ってきたところだった。

 任務ではなく、例のNGOのためのハンティングとして向かったのでクワイエットは連れて行かなかった。

 

 ダイアモンド・ドッグズと知り合いの例の自然環境保護団体は、どうやらカズの会社からここの近くの水上プラントの権利を買ったらしい。そこには彼等のスタッフが入り、ダイアモンド・ドッグズで保護されていた動物達は全てそこへと移送されていった。

 ただ、このせいでもっと集めてもらいたいとの先方からの要求があったようで。休日でのマザーベースの過ごし方にはハンティングを、という意識向上政策がすすめられていた。

 

 話を戻そう。そのスネークがマザーベースに戻ると事件はおこった。

 いや、丁度すぐそこでおこっていた。

 

 カズのせいとはいわないが、ダイアモンド・ドッグズでのクワイエットの扱いは決してまともなものではない。ボスの命を狙ったくせに、その相棒に選ばれ。しかし決して打ち解けて仲間になろうとしない化物女。

 それが彼女だった。

 

 その時は司令部である男が作業をしていると、ふと目の前にクワイエットがいるのに気がついた。

 こんな場合は普通、隊員達は目も合わせないし声もかけない。よくわからない、不気味な女とは関わりたくないというわけだが、この時の彼はそうはいかなかった。じっと彼を見つめるというよりも観察し続けてくる相手に苛立ち、要するにクワイエットが邪魔で作業が滞ったのだ。

 

 だから言ったらしい「さっさと帰れ。ここから立ち去れ」と。

 

 いつもの彼女なら、怯えさせるためにわざと目の前で姿を隠してから立ち去るか。その人間離れした跳躍を見せつけるようにして立ち去るのが常だったが、なぜかこの時はじっと彼を見つめ続けるのをやめなかったのだそうだ。

 何度話しかけても、クワイエットはその場から動かなかった。

 男は怒りだした。最初は普通に文句を言っていただけだったが、それがだんだんとエスカレートしていって激しく貶める罵倒へと変わった。

 

 しばらくしてプラットフォーム上で男を怯えさせて追い回すクワイエットに気がついた巡回兵がそれをとめようとした。

 するとクワイエットはいきなり暴れ出し、ついに男に飛びつくとのしかかってその口に抜き放ったナイフをねじ込みにかかっだ。殺意はなかったが、脅すにしても過激に過ぎた。

 

 ここで帰ってきたスネークが気がついて間に入ったわけだが、まずいことにそれに抵抗したクワイエットがナイフを持ったままスネークにも攻撃をしかけたことがこの問題を大きくしていた。

 といっても、怪我はなく。スネークが無事に取り押さえることには成功し、独房の監視も強化したが。わずかに上がりかけていた彼女の評価は再び地に落ちた。

 スネークは「次、何かあれば最後だ」と口にすることでこの騒ぎを鎮めることに躍起になっていた。

 

 事件もそうだが、謎ものこった。

 クワイエットがその男を何故襲ったのか、それがわからなかった。

 罵られたというなら別の奴がもっとひどいことを直接目の前で言っているのを知っている。悪戯というには笑えないような事をしようとした馬鹿もいた。だが、そうした相手をクワイエットはことごとく相手にしてこなかった。

 それが今回だけ、なぜ。

 

 彼女の問題はビッグボスの勇名であっても。どうにもならないほどに根深い問題であった。

 

 

 

 カズヒラ・ミラーは副司令室の自分の部屋で頭を抱えていた。

 どうしてこうなってしまった?それがどうにも納得できない。

 部屋の隅を見ると、そこには一枚の世界地図が張られている。彼がビッグボスと共にマザーベースに戻ってきた日に彼はこれを用意させた。

 その地図の端に書かれていたのは世界征服――割と冗談ではなくそう自分の手で漢字をいれておいた。あの時のこれを見て勝利の笑みを浮かべるはずだった自分の姿が、今ではかすんで見える。カズは自信を失いかけていた。

 

 ダイアモンド・ドッグズの勇名は。今やこの国では最悪なものとして認識されるにいたったからである。

 

 現地PFだけの話ではない。

 現地の政府関係者すべてからもそっぽを向かれてしまった。

 全ての原因は あのCFAへの一大作戦とその間に起きたPFによるマザーベース占拠が原因である。

 

 CFAが押さえていた空港からPFトップと仕事を頼んでいた依頼人がまとめて誘拐され。近々、アンゴラに進出したダイアモンド・ドッグズを攻撃すると吹聴していたPFがある日を境にいきなり消滅したことは様々な憶測と噂を生んでしまったのだ。

 

 国外からの目も決してそれを覆すようなものはなく。

 その噂を取りあげて「彼等のせいで現地の政情、ますます混迷を」と言われてしまう始末。

 オリジナルであるMSFに近い、純粋なPFであるはずのダイアモンド・ドッグズは。時代から敵視されるように、誰にも理解されない異形の集団となりかけていた。

 

 カズにとってもこれは困った話であった。

 地元との関係が悪化すれば、それはいつかのように海賊として自分達が再び討伐の対象になりかねない。

 そのためにも現地からの仕事はコンスタントに受けておく必要があるというのに。

 

 問題はそれだけではない。

 なんと現地PFの間ではダイアモンド・ドッグズに対抗する最高の秘策があるという噂が流れていて、それが実行されているらしい。

 

「奴等は子供を、少年兵を嫌う」

 

 これだ。

 確かに、傾向として少年兵を配備するような所にいく時はそいつらが出てこない時間帯だったり。あらかじめ別の場所に送っている時をねらってはいた。

 だが、それをこうもはっきりと言いきられ。ダイアモンド・ドッグズ対策とされてしまうとそれも今後は難しくなってしまう。

 

(俺のダイアモンド・ドッグズが、少年兵に銃口を向ける)

 

 カズにとってそれは受け入れがたい現実だった。

 ビッグボスと共に地獄の底まで落ちる覚悟をしていたはずの彼だが、戦場に汚されつくした少年が武器を持って戦争に参加して、消費されて死んでいく姿には一人の兵士としてがまんできないものがあった。

 

 だが、それではどうする?

 地元の政府の不信感を買い、対策として少年兵がこの戦場でこれから増えていくことになるだろう。

 その時、我がダイアモンド・ドッグズはどうふるまえばいい?

 

 かつて未来を見据えて国家なき軍隊というコンセプトでMSFを作り上げ、世界に革命をおこした男は。この時代にもあの時と同じ革新をもたらそうとしなければならなかった。

 

 

==========

 

 

 作戦室にはカズ、オセロット、そしてスネークの3人だけがめずらしく集まっていた。

 

「2人に来て貰ったのはほかでもない。作戦を終えて我々には新しい謎と問題、そして多くの処理すべきトラブルが残されたことがわかった。これを、なんとかしたい」

 

 それには同意する。

 あの作戦では事実、ダイアモンド・ドッグズは危うく機能不全をおこしかけて今日にいたっている。

 

「俺が一番多く抱えているので、ここはボスからどうだ」

「ああ」

 

 スネークは疲れた声を上げる。

 クワイエットのことも問題だが、こっちも問題だった。

 

「スクワッドは開店休業になる。アダマの奴は持ち直してくれたが、シーパーは――結局片足を失った。弾が、血管をふさいでいて腐るから、と。

 奴はさばさばしたもので、引退生活をどうするか。近日中に決める、と」

「ううむ」

「他の奴等もいろいろあってな。2週間は動けない。そう命令した」

 

 それもあって最近のスネークはあれから”毎日”プラットフォームの病室を訪問している。

 

「部隊の補充についてはどうする?ボス」

「それについては――やはりまずはオセロットが先にしてくれ」

 

 バトンが渡され、オセロットが口を開く。

 

「例のマザーベースを襲撃したPFの事情聴衆はもうすぐ終わる。ボスの思った通り、奴等のリーダーは元MSFだった。

 コードネーム、モスキート。どうやらMSF壊滅後は、一緒に動いていた部隊で細々とやっていたらしい。

 が、彼だけが生き残った。

 

 最近、ビッグボスとミラーが派手に業界に戻ってきて。なぜか恐怖心にかられたらしい。

 たぶんだが元々、不安定だったんだろう。あんた達が自分を殺しに来ると本気で思っていたそうだ」

「バカなことを……」

「どうかな。奴はなんとかこの9年を生き延びたのに。ダイアモンド・ドッグズの急成長を知ってあんた達の力を思い知らされて恐怖した。おかしな話ではない」

「身近な元MSFのメンバーには再開後には戻らないかと俺は声をかけていた。断られたぐらいで……そもそも敵対する理由はない」

「だが理由があると考える奴は存在した。正面からでは相手にならない以上、俺達を奇襲するしかない」

 

 スネークは電子葉巻を取り出しながら2人の言葉を遮る。

 

「それで、どうしてここがわかった?」

「奴はミラーの用心深さを知っていた。だから、わざと自分から敵になる様な事をまわりに吹聴しつつ。俺達と接触した傭兵に接触をくりかえしていた。例の、元スクワッドもそれで呼び寄せたらしい」

「奴は、どうして我々を?」

「簡単なことだ、カズヒラ。俺達は傭兵、雇用関係が終わればそこまでだ。奴はボスを身近に見てここを離れたが、離れた先で伝説の傭兵を殺した男という栄誉の価値を知ったのだろう」

「フン、なるほどな。伝説を殺した男に自分がなる、か」

「本人は死んだ。同僚と一緒に――」

 

 かつての仲間との再会、最低な時だってあるだろうが。それがこうも……。

 

 

「それよりこっちも問題だ。CFAの捕虜、だいたい40人ほどか。彼等はほとんどが戦闘職で、うちへの加入を希望している。カズヒラもそれを了承してしまったので、ちと扱いに困っている」

「そうなのか?」

「ああ、知らないのかボス。うちはもう誰でもウェルカムという弱小PFではなくなった。基礎、応用、経験が重要になっている。あいつら全員の技術のレベルを把握するには時間がいる。

 そしてもう一つ、このままでは今のうちでは全員を収容できない。ここの空きスペースが足りないし、建設スピードが追いつかない」

「それら一切についてなんだが――考えがある。2人に聞いてほしい」

 

 カズは待ってましたとばかりにそう口にすると、自身の新たな計画について話しはじめた。

 

「あれから現在も、マザーベースへの脅威は去っていないと考えている。

 巷では我々への攻撃を口にするPFが後を絶たない。探ったとしても、奴等が先に攻撃してきたらこちらから部隊も送り込めない。

 すでにやれることはやっているので、これ以上神経質に我々の痕跡を消そうとしても。その効果はどれほどあるのか、疑問がある。

 

 そういうことで物理的に解決することにした。

 このマザーベースの防衛のために、前線基地となる新たな水上プラットフォームを用意する。こことそっくりの、囮のマザーベースだ。

 もちろんそこにはここと同じ機能を持たせるが、他にもそういった奴等を迎撃するシステムを導入し。そこに奴等を引きよせてから撃滅する」

「つまり――アリ地獄のように、襲撃を迎え撃って。逃がさない」

「そうだ。情報をつかんだら、まずは前線へ向かうように工作をし。その間にこちらも向こうを見つけ出すことになるだろう」

「――戦争になるんじゃないか?本気か、カズヒラ」

「それは仕方がない、軍事的脅威の高さを理由に向こうが先制攻撃を仕掛けるというなら。我々は防衛するしかない。同じように我々も相手の先制攻撃への脅威を理由に攻撃するしかない」

「商売をしながら、同業者の足の引っ張り合いとは。おそれいる――」

 

 スネークはうんざりした声で吐き出すが、この程度でそれは困る。

 

「すでに前線の候補地は見つけてある。最初のここのようには来週末までにはそれっぽくはじめられると思う。

 そこで、今ある戦闘班の他に警備班を設立。マザーベース防衛専門の戦闘部隊を作りたい。オセロット、持て余しているようなのはここに入れてしばらく様子を見るのはどうだろうか?」

「それはつまり、戦闘班の実力を落とすな。迎撃部隊はゼロから作れ、ということか?」

「当面は攻撃はない、許すつもりはない。サイファーからの攻撃、とは思いたくないが。そのカウンターへの対策は万全にしておきたい」

「ふむ、考えてみよう」

「サイファー?カズ、お前は今回の襲撃をそう考えているのか?」

 

 問われると、カズは大きく息を一つ吐き出し

 

「俺はそう思っている。真実はわからん、多分わかることはないだろう。だが、あの”荷物”にわざわざ髑髏部隊をつけていたことなどを考えると。こちらの襲撃を予測していただけでないと思う。うちへの攻撃のタイミングが的確過ぎた。これはなにかないほうがおかしい」

「――ふむ」

 

 証拠のない話なので、誰も同意はしないが。その可能性は捨てきれないことは全員がわかっていた。

 

「それとサイファーの名が出たので言うが。調査は進んでいない。運んでいたのは少量のウランぐらい、奴等が話していた核兵器ビジネスの関係か、とも思ったが現実味はない。

 引き続き調査は続けるが。今は別の方面から切り込んでいこうと考えている」

「ほう?」

「医師だ。ボス、覚えているか?

 例の工場、あの地獄だが。寝かされた患者は大勢いた。彼らの様子を見ていた医師がいたはず。同時に、あの症状が何が原因か手掛かりを探していく予定だ」

「勝算はあるのか、カズ?」

「……正直にいえば、ない。だが他に手がかりはない。

 それと話しておかないといけないことがまだ一つ、ある。

 

 CFAは組織の一部に空白を作ったことで内部で混乱が起きている。同時に現地PFを中心に我々への対策ということで、少年兵を増やそうという動きが出ている」

「少年兵?あの、坊主達か」

「そうだ。人攫いビジネスも儲かるようで、このあたりだと少年を持つ母親はそばに置いていても連れ去られると悩みの種になっていると聞いた」

「――政情不安定なこの地域だ。もともとあるシステムが活発になってるというだけだろう」

「オセロット、そうとも言えない。事実、これによって俺達の行動範囲はせばまってきている」

「なに!?そうなのか?」

 

 ここが勝負の時だった。

 体をボスへと向けると、カズは朗々と自分の考えを披露しはじめる。

 

「俺はこの動きへのカウンターとして、DDRを計画し、用意している。

 これは”武装放棄””動員解除””社会復帰”と進める事で少年兵を戦場から切り離し。一般社会の中へと放流するというシステムだ。

 奴等が俺達に少年兵という兵器をつかうというなら、俺達はこのシステムで奴等の兵器を、無効化する。そのためにDDRは必要なものだ」

 

 一瞬の静寂は、カズヒラ・ミラーの背に冷たい汗を浮かび上がらせた。

 

「カズ」

 

 それはいつもと同じ彼のボスの言葉だったはずなのに、込められている感情の複雑さを表現する言葉はなかった。

 

「本気で言っているのか?」

「そうだ、ボス。

 この理念は、これからの戦場で絶対に必要になるものだと考えている。同時にそのノウハウを集めることができれば、大きな変化を生みだすはずだ。未来のための投資、それがこのDDRだ。

 ボス、そこで話があるんだが。

 例の居住区のガキ共。あそこを仮のNGOの施設としたい。当面はあそこを拠点として、来年の半ばまでにはちゃんとした外部の施設に形を用意する。それまでの辛抱……」

 

 オセロットは会話のある部分から、いきなり押し黙ると空気となった。

 表面では普通にしていたが、その眼の奥をこの時、ビッグボスが覗きこめばわからなかったはずはないだろう。

 

 彼は、なにかをたくらんでいた。




また明日。


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ホワイトマンバ

 久しぶりの任務は、真昼間におこなわれることとなった。

 スネークは誰も相棒を連れず、ピークォドから降りると先に来ていたフラミンゴとゴートの部隊に近づく。

 スクワッドでは2番目に軽傷だったフラミンゴが、一番に復帰したのは皮肉だった。彼女よりも軽傷だったハリアーは、味方への間接的誤射から精神的な動揺が続いていて、むしろ復帰は長引きそうだと言われていた。

 

「ビッグボス」

「――それか、今回の?」

「はい」

 

 そういうと置かれていた武装を詰め込める小さなコンテナから、ゴム弾を使用するライフルとサブマシンガン、ショットガンと次々取り出してスネークに渡す。

 

「頭部なら一発ですが、他だとそうはいきません。あと、こうした武器の性質上。やりすぎれば――」

「ああ、死ぬ。わかってる」

「こいつには大人も子供もありませんから、気をつけないと駄目でしょう」

 

 今日の彼等のビッグボスは様子がおかしかった。

 集中はしている、いつものようにそれは凄まじく感じることができる。だが、なにか違うのだ。

 

「よし、いくぞ――さっさと終わらせよう」

 

 そういって移動を開始する彼等の無線にカズが任務の説明を始めて聞こえてきた。

 

『最近、マサ村のCFAの大人達が消えたという情報が入った。どうやら自分たちがつかっていた少年兵に殺されたらしい。

 まさに飼い犬に手を噛まれた、というわけだが。問題はその後、近隣周辺の村や町で略奪行為を始めた。

 今回の依頼人である一般市民の彼等が望むのは”マサ村にいる少年兵の排除”。排除とは言うが、子供は殺すな。殺すことは許さん――』

 

 

==========

 

 

 お前は王なのか、といった奴がいた。

 そうだ、俺は王だ。お前達とは違う。

 遥かに優れた存在なのに、遥かに劣った運命を押し付けられたどうしようもない男。それが俺の未来。

 そいつはなぜか、俺をサクソン人を前にしたアーサー王に例えたが。真実をいうなら、俺は鉄仮面の王子よりも哀れな奴だ。誰にもわからない牢獄の中で、死ぬまでそのまま。

 

 そんなのは御免だ。

 だが王の気分は楽しませてもらう。

 大人達を殲滅した翌朝は大騒ぎだった。それまでのうっ憤を晴らすように、寝床の奴等を切り刻むと。その体の部分を皆で持ち運んで、奴等がやったように川にむかって次々と投げ込んでやった。

 

 次にそいつらを指揮して奴等の周辺の基地を攻めたり、物資を奪ったりしていたけれど。なにかあったようでCFAがここら一帯から手を引くそぶりを見せたせいで、少年達の目標は近隣の住人へと向けられた。

 川に漁にでてきた者、商いの移動をしていた連中を襲うと銃で大人達を散々おびえさせてそれを大いに喜び。容赦なく殺すと、やはり死体を川に放り込んで全てを奪った。

 漁師は子供がいたが、親を殺して子はさらってきた。子供なら自分達と同じ、殺さずに仲間にしてやろうというわけだ。

 

 あいつらは本当に間抜けで馬鹿だった。

 大人から解放されたのに、その大人と同じことを自分達で繰り返している。

 それよりも俺は周辺の地図を頭の中で開いていた。夜、1人でそいつらの基地などに出向くと偵察をして確認していた。

 奴等は何故かはわからないが、少年兵をやたらにあちこちに配置しようとしている。あれを、俺の軍隊。俺の兵にしたい。大人を全員殺し、子供だけの軍隊。

 世界に住まうすべての大人達はすぐに死に絶えるべきなんだ。その意志は、日増しに強くなっていく。

 

 これからも俺は奴等の子供達を率いて大人を殺す。

 見た奴全員、必ず殺す。

 世界中の町から大人達が消え去れば、きっとこの自分の中にある怒りも静まることもあるかもしれない。

 それを俺は”試してやろう”とあの時から計画している。

 

 

 ふと、妙に周囲が静かな事に違和感を持った。

 この時間、あいつらは仕事をしているはずだが。大抵は遊び始めるので、馬鹿騒ぎがこの真っ二つになった船の上まで聞こえてくるのにそれがない。

 鼻を引くつかせるが、危険は感じない。いや、わからないだけか?

 

 腰のホラ貝を口にあて、ブォ―っと思いっきり天に向かって吹く。

 これはサイレンのかわりであり、集合の合図でもある。すぐにあのコバンザメのように自分につき従うエテペが、ここに転がりこんできて「どうしたらいい」と指示を欲しがるはずだ。

 俺はゆっくりと王のように歩き、王座のように置かれている椅子の上にどっかりと座る。

 

 そうだここは玉座だ。

 目の前に置かれたあいつらの貢物、野ブタの生首にはハエとウジがわいてひどい匂いだ。だがその匂いこそが愛おしいと思える。

 大人達はこうやって大地に消えていくのを知っているから、そう感じることができる。

 だが、どうも今日はおかしい。

 合図に慌てる馬鹿な「走れ」とか「急げ」とかいう大声も、なく。駆け昇ってくる音に船が揺れる事もなく。なによりまだ、誰もここに来ようとしていない。

 

 それでも少年は、王は椅子にふんぞり返って”誰か”が来るのを待ち続けた。

 

 

 しばらくするとようやく階段を静かに昇ってくる音がした。

 だが、それは大人の体でなければ出ない音だとすぐに分かった。

 

「お前はホワイト・マンバか?」

 

 そいつは現地の言葉で聞いてきたが、それは流暢ではあってもこいつがこの国の奴じゃないことはすぐに分かった。

 

「親に貰った名は棄てちまったのか、坊主」

 

 ああ、それは俺に聞いちゃいけないことだったよ。ただの大人め。

 山刀を抜き放つと、ゆっくりと奴に近づいていく。子供のやることだからとなめているのか、向こうは身構えるそぶりも見せない。

 

 声もなく殺してやる。

 

 だが、実際は山刀を叩き落とされ。自分も叩き落とされていたことにホワイト・マンバは初めて驚愕した。大人といえども、自分のような優れた力を持つ奴の本気の攻撃にカウンターをあわせられるとは信じられなかった。

 

(こいつは涼しい顔で山刀を叩き落とし、俺の頭を拳で打ちぬこうとした)

 

 ズキズキと痛み、チカチカする目を無視して走り出しながらそう分析する。自分が子供だから助かった、自分の体が小さいから気絶しなかった。体が大きく、体重がもっとあればさっきの一撃で意識を完全に刈り取られてしまったことだろう。

 

 廃船の中を走り回り、角でしゃがみこむとあいつの気配を探ろうと試みる。

 失敗した、どこにいるのかわからない。

 そのかわりに後方でなにか音がしたと思うと、次の瞬間には床の上に自分は背中を叩きつけられていた。ジュ―ドーの背負い投げ、それに近いやり方で少年の肺の中の空気が強制的に吐き出し。気が遠くなりかけて、慌てて酸欠状態で呼吸にままならなくても再び駆け出した。

 

「まだだ、まだ終わらない!」

 

 気合を入れるために叫ぶ、意識をしっかりとする。立て直しだ、やり直しだ。

 走りながら消化斧を両手にして、薬品棚の中にならべておいた瓶も回収する。

 

「これでもくらえ」

 

 子供っぽかったか?

 いや、それでもかまわない。

 思いっきり瓶を投げつけるが、相手は平然と義手でそれをはじいてしまう。

 

(片目、眼帯の男!?)

 

 この時漸く少年は、ホワイト・マンバは敵の顔を確認した。

 戦場を歩くと噂されるように傷だらけの醜い顔だった。スネーク、ビッグボス、多くの名前を持つ伝説の英雄様。

 

 気がつくと自分の腹の底から突き上げる怒りにまかせて走り続けていた。

 瓶を投げ続けたが全てはじかれ、斧を投げつけたら簡単に叩き落とされてしまった。あまりにもあっさりと、自分が普通の子供であると教えてくるように平然とそれをやって奴はこっちにあるいて近づこうとしてくる。

 

 少年の頭は怒りで頭がおかしくなるのではないかと思った。

 

 虚仮にされたと、屈辱だと思ったが。

 同時に理解できてしまう。あれは”弱い奴”に対してする、そういう余裕がみせていることなんだ、と。

 拾い上げた山刀で再び飛びかかったが、結果は変わらない。

 むしろ今度は自分の脚が笑い始めて、動けなくなる寸前だと訴えていた。

 

 まだだ!まだ終わらない!!

 

 少年は無様に転がり落ちていた自分の玉座を手にして突っ込んでいき、スネークを壁へと貼り付かせようとした。続いて動きのとれない相手に――残った片方の目を抉ろうとして――ナイフを付きこんでいこうとした。

 世界が爆発した、ようにホワイト・マンバの小さな体は翻弄された。

 3度の衝撃をたえぬくと、そこに振り上げられたナイフが彼の横の床へと突き立てられる。

 

「お前の負けだよ、坊主」

 

 あいつは――ビッグボスは不機嫌そうにそれだけ口にするとホワイト・マンバの体を拘束する。

 少年は思わず、鼻がツンとして必死にそれを表面に出さないようにこらえた。この屈辱も、これまでの怒りも。その全てをこいつに、世界の誰よりも憎い大人であるビッグボスの前で子供のように泣くなど自分を許せなくなりそうだった。

 

 

==========

 

 

 カズヒラ・ミラーは部隊の送り迎えには必ずプラットフォームに顔を出す。

 彼は作戦を決めるが、戻ってくる部隊を迎えるのも彼の仕事の1つだと考えていた。だからこの日も、当然のように姿を見せてはいたものの。

 なぜかヘリポートまでは下りずに、高台から見守っていた。

 

 すでにラサ村での任務の成功は聞いている。

 20名近い少年兵達を現地で武装解除させて回収、彼等を率いるホワイト・マンバを抑えたことで動員解除もなされた。あとは戦場を忘れて一般社会へと帰ることが出来れば、成功となる。

 まだまだ気は抜けないが、それでもカズはホッとしていた。

 

(ボスは反対するかもしれない)

 

 漠然とした不安を彼自身も持っていた。

 今日の任務はそんなスネークの本心が知りたくて、わざと彼に任務を回したのだ。最悪だが、撃ち殺した少年兵の死体を並べてみせて「手加減できなかった」と言い放たれることも覚悟はしていた。

 だが、現実には全員がたいした怪我もなくヘリから降りて来て兵達に居住区へと導かれていっている。

 溜息がこぼれた。

 

「なんだ、心配でもしていたのか。カズヒラ?」

「ん、まぁな」

 

 背後から話しかけてくるオセロットにそうかえす。

 この男はかつての職業の名残か、時折こうやって人の背後に立っていきなり声をかけるという悪癖をもっているが。今日のカズはそれをイラと感じずにいられるほどに、心が穏やかでいられた。

 

 ヘリポートの側では帰還したばかりの部隊と、迎えた兵士達が話していると最後のヘリ。ビッグボスとホワイト・マンバの乗ったピークォドが降りてくる。

 

「あれがホワイト・マンバ?」

「白人だな。あれが、あの村を支配していたのか」

 

 クソ生意気なガキだというのは、ヘリから降りてくる態度を見ただけでわかる。

 だがボスはそのクソガキを気にいったらしく、後ろから追い抜きざまポンとその背中を叩いていった。

 報告では特に苦労はしなかったと言っていたが、あのビッグボスがそんな茶目っ気をあらわす相手ということは、あの小僧を認めているという証である。

 カズはホワイト・マンバに別の意味で興味を抱き始めて――。

 

 

 背中に感じた衝撃の後、あいつが言い終えていったことで理解した。

 

「アウターヘブンへようこそ」

 

 そんな事を口にしてあいつは俺の背を叩いていった。大人がマヌケがガキをあやすように、親が子をあやすようにそう言った。

 今日だけで2度目の怒り。

 すぐさまあいつの腰に飛びつき、そこにあったナイフを手にするとがむしゃらにそれで刺そうとした。

 

 あいつはやっぱり冷静で、あっというまに手からナイフをはじき飛ばしてみせると。鼻を殴りつけてから簡単にこっちの体を投げ飛ばしてみせた。

 それだけではなく、今度は固めた腕をさらにひねりあげて肩から外してみせる。

 

――ぐうぅ

 

 ホワイト・マンバは肩が外れる痛みを知らないわけではなかった。だが、鼻を折られて血まみれの顔で外された痛みはそれ以上の苦痛を本人に味あわせていた。

 最後に吹き消してしまいそうなそれを頼みに、必死にプラットフォームに転がったナイフに手を伸ばしたが。こちらよりもさきに、あいつのほうがナイフをプラットフォームの上から取りあげてみせた。

 

「いいか、坊主。よくおぼえておけ」

 

 物を知らない子供に教えるように、やつは彼の前で、彼の目を見ながら話しかけた。

 

「仲間には銃もナイフもつかうな。それがここ(アウターヘブン)でのルールだ」

 

 そういうと立ちあがって腕を外した本人が、力強くそれを元に戻す。襲ってきた苦痛はかわらないが、心の中に別のなにか温かいものをわずかに感じる。

 まだうめきながら、折れた鼻から流れる血を抑えているホワイト・マンバを見下ろしながら、電子葉巻をくわえて続けて

 

「ここには銃もナイフもプロはごまんといるが。学ぶのは、頭を使う生き方だ。それができるようになったら、ここをでていってもいい」

 

 そういうと白い煙を吐き出した。

 

 

(あのクソガキ!?)

 

 ビッグボスを襲ったその動きを見てカズは驚いて目を丸くしていた。

 「子供離れした動き」そういうしかない、まったく躊躇いのない攻撃。あれはまさに軍人として訓練を積んだ奴でなければできないような凄みが刃先にこもっているのを見てしまった。

 そしてなぜか、2人が離れていくとすぐにカズは後ろのオセロットを見るために振り向いた。

 

 そこにオセロットはもういなかった。

 

 一番面白い部分を見逃してしまったのか……あの男が?ボスの長く、古い友人という奴が?

 心の中をざわつかせるものがあった。根拠はまったくないが、この不安には到底無視できない”なにか”を感じていた。

 オセロットを、あの少年を、今回の依頼について調べなければならない。

 だが、それはとても危険な物が飛び出してくるように考えてしまうのはどうかしているのか?

 

 

 ホワイト・マンバはこうして名前を取りあげられ、本名と皆と同じ部屋をダイアモンド・ドッグズで与えられた。

 彼はもうホワイト・マンバではない。イーライ、それが彼の名前だ。

 彼は敗北して、皆と同じ子供になった。

 もう、王様じゃない。



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破局

 マサ村攻撃から数日後、ついにマザーベースにもアンゴラで猛威をふるうという奇病が上陸した。

 複数のプラットフォームに勤めていた兵士達が、ほとんど同時に倒れ。医療室へと運ばれていった。

 まだ、はっきりとしたことはわからないらしく。

 対応策はまだ出来てはいないものの、これ以上の感染拡大阻止と治療法を求めて探し始めていた。

 

 その2日後、昼のこと。

 

 オセロットは久しぶりにプラットフォームの上で黄昏れているビッグボスを見つけてちかづいた。

 イーライを確保してからこっち、彼の元気がない。

 

 ここしばらく、スネークは医療棟に足しげく通っている。

 そのたびに傷だらけの顔に悩みが濃く出てきてもいる。何か考えているのだ、しかしそれを口に出せないのは答えがないからだろう。

 オセロットは今日、それを吐き出させるつもりだった。

 

「ボス、ここか」

「――イーライはどうだ?」

「あの小僧か?最悪だ、だが見守るしかない」

「そうか……」

 

 これは重傷かもしれない。

 

「ボス、あんた医療棟ばかりいっているそうじゃないか。そんなに暇なら――」

「……」

「やめだ」

「ん?訓練の話か?」

「違う、なにを考えている?悩みがあるなら――聞こう」

 

 

――俺達は国を棄てる

 

 あれは10年前、そういって俺は自分の言葉で皆に伝えようとした。

 俺達は地獄へと落ちる。だが、ここが俺達にとっての唯ひとつの場所。

 天国でもなく。地獄でもない。

 天国の外側(アウターヘブン)

 

 だが、時が過ぎるとその言葉が歪んで伝播されていた。

 カズは言った「子供は俺達のアウターヘブンでは暮らせない」と。

 俺は自分の戦う戦場を選べとは言ったが、戦場を選ぶ側を区別しろとは言わなかった

 

 自分の本心から出た言葉が、あの時に共に理解しあっていたはずのカズにすら彼の解釈が歪められていたという事実。長い眠りから覚めてから、それがボディーブローのようにきいてきているのだ。

 

「ボス、あんたに伝説の傭兵の話をしよう――」

 

 オセロットはそう言ってからビッグボスという男が眠りについた9年間の世界の傭兵達の物語について語り始めた。

 MSFは壊滅したが、それはPFという形になって世界に拡散していった。そして同じように、それを率いたビッグボスの伝説もまた、形を変えて多くの戦場に広がっていった。

 

 彼等はビッグボスの真実の物語を口にするが。ビッグボスの真実は理解していない。

 物語を聞けばあんたが英雄で、伝説の傭兵と皆が認めるが。あんたの考えは彼等に正しく伝わることはない。言葉は物語に組み込まれてしまう、組み込まれれば正しく伝わることはなくなる。

 

「みなはあんたを真似したいと思っている。あんたになりたいと思っている。あんたの意志、抱えているもの、逃れられないもの。そういったものはどうでもいいんだ。

 あんたの物語は再び続きを生み出し続けている。あんたにあこがれる連中は、その物語を夢中になって追いかけはじめる。ボス、あんたはもう――」

 

 そこでオセロットは言葉を止めた。

 どこからかビッグボスの名を叫ぶ声が聞こえてきたからである。

 

 2人してプラットフォームから下をのぞき見ると、下ではフラミンゴとハリアーが必死の形相でビッグボスの名を連呼していた。

 

――助けて、助けてください。ビッグボス!

 

 一体何事なのだろうか?

 スネークとオセロットは顔を見合わせた。

 

 

==========

 

 

 見渡す限りの大海原。地平線は青一色。

 太陽は高く、光にあふれて雲は一つもない。カモメの鳴き声と波の音、そにれここだと少し厳しい風の音もある。

 つっている右腕が鈍く痛い。

 だが、考えてみたら自分は山に生きる女だった。

 銃を持って山に入り、獣を狩り、その皮を剥いで肉を食っていた。そのせいなんだろう。潮風はやっぱり今でも好きにはなれない。

 

「おい……あがるぞ?そこにいるよな」

 

 その声に体が強張った。

 ああ、ぐずぐずしすぎた。割りきれなかったんだ。

 そのせいであの人が、ここへ来てしまう。こんなざまの自分を、見られてしまう。

 

 いつものようにひょいひょいと階段を上って、あの人はさっそく愚痴を言い始めた。

 

「フラミンゴの奴、最悪だぞ。アクセルをべた踏み、おかげであやうくここらの波間にシートベルトをつけて飛び込むところだった」

「……ボス」

「あいつの免許は本物か、カズにいって確かめないと。運転させてはいけない奴だ」

「ボス、ビッグボス」

「ああ――ワスプ、今日はひどい顔をしているな」

 

 意地悪そうな笑顔を浮かべるスネークの前に。ワスプはその通りにひどい顔をして、その手には38口径がにぎられていた。銃口を、自身の顎の下にぴたりとつきつけている。

 

 

==========

 

 

 医療プラットフォームの最上階には人が集まっていた。

 そこで指揮をしていたカズは、フラミンゴ等に連れられてきたスネークに事情を話す。

 

「ワスプが、自殺しようとしている」

「本当か?信じられない」

「間違いない。午後の診療前に検査を予定していた。その途中で、警備兵を彼女は襲って銃を奪い。この屋上へ逃げ込んだ。近づこうにも、彼女は――」

 

 そうだ、ここでもトップレベルの力の持ち主。

 銃を持ってる相手に接近するのは難しい。

 

「彼女は同僚女性との会話を拒否している。だから、もうあんたしか――」

「わかった。どうすればいい?」

「一番は説得だ。そうでなければ今の彼女は自殺を止めないだろう。それでは意味がないし、ほかに怪我人も出したくはない」

「そうか――彼女、なんでこうなった?」

「……」

「確かに不安定ではあったが。いきなり、こんな――」

「すまない、ボス」

「――いや、お前が謝る話じゃない。行ってくる」

 

 そういうといつもの調子でいくぞ、と警備兵らに告げてから階段を上っていく。

 

 

 

「化粧するの――忘れてて、検査で」

「そうか」

「あの……ごめんなさい。ごめんなさい、ビッグボス。私――」

「なんで謝る?」

「こんな最悪な、女」

「ワスプ、話をしよう。なにがあった?俺に話せ、俺もお前と話したい」

 

 ワスプは、彼女はなぜか自分のことを話し始めた。

 彼女は母親を知らない。見たことがないわけじゃない。酷いクソ女だと理解したから、忘れることにしただけだ。

 母親は――そいつは最低の女だった。現在が大事だと言って、今の彼女を肯定する男を激しく愛する女だった。

 愛は形を変える。

 子供が生まれ、家族になろうと男が言うと。娘と母親を期待する男の視線に激怒して別れる。そういう女だった。

 

 だからワスプには母親はいない。

 母親だった女は、どうしようもない奴で。さらにどうしようもない男に惚れて、どこまでも激しく愛した揚句にショットガンで頭を吹き飛ばされた。

 酔った男に、約束していた靴を買ってこなかったことに怒った結果。逆に激怒した男に顔をグチャグチャに粉砕されて死んだのだ。

 本当にくだらない女だ。

 父はそれを聞いても葬式にはいかなかったが。その日はずっと泣いて、ワスプの膝にすがりついていた。

 

 ワスプは父を愛したが、彼は壊れたままだった。

 父は奔放な母にふりまわされて、別れる直前には薬が手放せなくなっていたけれど。娘を愛していたから、妻からあらゆる手を尽くして娘を取り戻した。彼はそんなわずかに残った理性を、娘のために残していたが。母が馬鹿な死に方をした後、自動車事故であっさりと亡くなってしまった。

 

 その後でワスプは叔父に引き取られた。その叔父もまた、壊れていた。

 戦場が彼を破壊した。緊張のない世界を恐れて、緊張するために危険を好むような人だった。

 その人が唯一正気となるのが狩りだった。

 狩りを通して、戦場での心得や経験を彼女に伝える時が一番楽しそうなので。彼女は父に似た叔父と狩りに行くことが大好きだった。

 

 その叔父との生活は、次第に苦痛を伴うものとなっていった。

 彼の精神がすり減り始めて、一緒に生活するのが困難になったのだ。次第に眠ると、戦場で傷ついて死んだ友人と病で死んだ女達があらわれるといって怯え出した。

 たくましかったのに細くなっていった2本の腕を力強くいじりつづけ。両手の指先を血まみれにして、この腕が腐る、この腕からウジがわく、腐れ落ちてしまうと泣き叫んでいた。

 

 最後は拘束具をつけた状態となり。

 うっかり病院のスタッフが扉を開放した隙をついて、走り出すと。4階からよく車が通る車道に向かって飛び出していってしまった。

 だから、1人になった自分は――。

 

「あ」

 

 ワスプは必死になって自分の過去をビッグボスに語り続けていた。

 だが、その行為に意味がないことになぜかいきなり気付いてしまった。あの叔父の腕は本当に腐ってはいなかったか?ウジがわいて、腐り落ちていたのではないか?助からないと、泣き叫んでいたの間違いでは?

 

「あんな風には、死にたくないんです」

「なにを言ってる。お前は腕の怪我だ、傷は重くない。治療中だ」

 

 自分の人生でこれほど凄い人物にあえて、一緒に戦えるとは思わなかった。

 軍ではクソみたいなことばかりで、クソのような世界だと思っていたが。ダイアモンド・ドッグズは、ビッグボスは素晴らしい男(ひと)だった。

 この人に自分は望めるものがあるのだろうか。

 

「ボス、ボスの本当の名前はなんなんですか?」

「――いきなりだな。今度は俺が話す番なのか?」

「ボスはどこの生まれなんですか?どんな女性とつきあったんです?」

「やっぱり俺の番か、長くなるぞ?ここは実は俺には寒くてな、下で話さないか?」

 

 はぐらかそうとしている?いや、困っているのだろう。

 

「じゃ、ボス。ボスにお願いがあるんです」

「なんだ?」

「結婚してください。私、今すぐでいいです」

 

 ビッグボスの困り顔は色々見たと思ったが、その時は最高におかしい顔をしてくれた。

 それでもなんとか、返事をしてくれようとしている。

 

「デートも無しか、さすがに気が急ぎ過ぎるだろう」

「ああ、ビッグボス」

 

 笑い声が出た、でもそれはあの時の父と叔父を思い出させる壊れて虚ろなそれだった。

 それが自分の喉から、口からガラガラと床にゴミを吐き出すようにこぼれさせている。

 

「優しいんですね――大っ嫌いですよ」

 

 そこからはきっと自分をほめてもいい。

 一度はおろしていた38口径のリボルバーを、利き腕でもない左でこれまでやったことのない速さで自分の喉に押し込んだ。ビッグボスはすでにこっちに走り出している。

 今ならわかる、その姿はとても美しい。どう猛な肉食獣のそれだ。みとれていれば、獲物の私はきっとあの腕で蹂躙されてしまうのだろう。魅力的にも思えるが、容赦はしない。

 

 世界に轟音が鳴り響けば、すぐに全てが終わる。

 終わっても私の物語には救いがある。ひどくみじめなこの私でも、あの人はきっとあのまま両腕に私を受け止めてくれるだろう。

 でも、それだけが私の最後に残された望みの……。

 

 

「やめろ!!」

 

 その声は悲しく、直後に響いた一発の銃声にフラミンゴとハリアーは体を震わせた。

 ミラーは、じっと動かずにその場に立って。階段に誰かが姿を現すのを待っている。

 

 重苦しい空気が流れ、兵士達が身動きとれないまま時間だけが過ぎていた。

 ようやく、ビッグボスがあらわれた。その腕にはなにかを抱き上げていた。彼は降りてくると、手近なところにあったストレッチャーにそれを置きながら、そばのスタッフに口を開く。

 

「なぁ」

「はいっ、ボス」

「こいつは――ワスプは美しい金色の髪をしているんだ。その、つまりな……」

「わかりました。おまかせください、ボス」

「頼む、俺の復帰からの戦友の1人なんだ――」

 

 自分の頭を自分で吹き飛ばしたワスプの姿を見せたくなくて、スネークは屋上にあったビニールシートに彼女をくるんで降りてきたのだった。

 何人かの泣き声が、しずかに流れてくる中。

 離れていくストレッチャーの上の彼女を、スネークは見送った。




(設定)
・ワスプ
カナダから来た女性兵士。
身長は178センチあったが、部隊では女性でも一番小さい。

実は傭兵家業は肌に合わなかったが、ビッグボスの復活を聞き。その伝説が本物と信じてBIGBOSSの部隊設立から立候補した。29年の人生だった。


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守護天使

 奇病の発症に続き、ワスプの自殺はダイアモンド・ドッグズという巨躯の獣の体の内側に大きな痛みをあちこちで発生させる合図となった。。

 最悪なことに数日前から聞こえていたマザーベース内での奇病の発生とワスプの自殺が関連付けられ、噂が流れてしまったのだ。

 カズは仕方なく、ワスプの死の真相と奇病の発生を正式に認めるとする発表をしなくてはいけなくなった。そのために誰もが望まなかったが、ワスプの体にメスが入れられてしっかりとした報告書も用意された。

 だが、奇病のほうはそうはいかない。

 

 マザーベースは正確な発表を39時間後と決定するが、そのまえに緊急事態宣言をだして人の出入りを許さないという方針をひそかに通達した。

 

 

==========

 

 

 「これを見てほしい」

 

 スネーク、カズ、オセロットは一室に集まると最新の情報と併せて奇病のことについて話し合いの場を持った。

 開幕でカズはそう言って懐から取り出した封筒の中の拡大された写真、数枚を机の上に放つ。

 

「俺達がサイファーを追ってこのアンゴラに上陸してから、ずっと目についてきたものがあった。油田に沈められていた死体、工場に寝かされていた患者達、周辺のPFに広がった奇病。そしてそれはついに俺達のマザーベースにもあらわれた」

 

 死体と同様に胸部に異様な変容が見られ、意識を失っている患者達がそこには写っている。

 

「わかっているのは、肺に水泡が発生すると同時に意識が混濁。徐々に衰弱して死にいたるということだけ。

 その水泡だが、肺の中に幼虫らしいものが大量に詰まっていたらしい。つまり寄生虫、ということになるが。こいつが何なのかがわからない。それゆえ感染経路も、発症条件もまだ特定されていない」

「治療法は?」

「今のところは、ない。

 症状も一定ではないらしい。最初の日に運び込まれてもまだ元気な奴はいる一方で、昨日倒れた奴でも意識が混濁して手の施しようがない奴もいる、と。バラバラで一定じゃないらしい。違いが出た理由もわからない」

「それでどうする、カズ?」

「医療班のチーフ達からの要請を受け、ここから少しはなれにある建設途中だった小さなプラットフォームをまるまる隔離施設にすることにした。その準備を終えるのは20時間後を予定している。

 以降は患者と健常者の見分け方をさぐりつつ、マザーベースでこれ以上の感染を防ぐことに注力し。封じ込めにかかるしかない」

「それだけか……」

「と、いうより。他に手の打ちようがない。新たな情報を求めて、外部の諜報班はこれ一本に集中させている。新情報から解決の糸口を見つけられるかもしれないが。今はそうなるように祈るしかない」

 

 絶望せずにはいられない現状報告であった。

 

「例の作戦で、隊員の誰かが持ち込んだということはないのか?」

「それはないだろうと考えている、オセロット。

 古来から戦場と病は切り離せないものだ。うちでは常にそこを考えて完全な検疫をしいている。スクワッドにはそのせいで足を失った奴までいるんだ。可能性はない」

「――あまり考えたくはないんだが。サイファーの施設で見た以上。これがスカルフェイスからの攻撃ということはないだろうか?」

「バカな!!――いや、すまない。

 実は俺もそう考えなかったわけじゃないんだ。皆、似たような事を思うもんだな」

「それでも違う、と?」

「ないだろう。以前より現地PFの間で広まりつつあるという奇病の症状がこれだという話を諜報班に確認させた。スカルフェイスがそんなことをする理由は思い浮かばない」

「だがな、カズヒラ。そもそもはエメリッヒの口にした『メタルギアをこえる兵器の開発』というのは、俺にはこれじゃないかと思える――」

「奴等は寄生虫を兵器利用した、と?」

「確実なことはわからん。だがお前の言う通りかもしれん。例の荷物にあったウラン鉱や怪しい核兵器ビジネスの話しにつながらない。症状の進行具合を聞いても、大量破壊兵器というほどのものとも思えない」

「……」

 

 ワスプの死より、さらに口の重くなったスネークがこの時ボソリと口にした。

 

「あいつは言っていた――」

「ボス?」

「自分はあんな風には死にたくないんだ、と。

 カズ、ワスプの捜査は終わったといったな?あいつは、彼女はどこで奇病の症状を知ったんだ?」

「正直に言うとわからない。

 だが、そのチャンスはあったことはわかっている。

 

 数日前から彼女はリハビリで調子が悪いと訴えて処置室へ何度か出入りしていたという証言がある。傷の痛みがつらかったんだろうな。

 あそこには通常、厚めのカーテンだけで仕切っているから。奇病に倒れた奴がそこに入れば――彼女ほどの技量の兵士なら、患者の様態をこっそりのぞき見たとしても不思議ではないし。簡単だっただろう」

 

 そうか、スネークは呟くようにそう言った。そういう運命だったのだ、としか言葉が出ない。

 プロのアスリートにも同じように、以前の負傷個所を再びやると人はどうしても不安を覚えてしまう。自身が思っている以上に弱くなる。

 そんな時に噂の奇病がどんなものか、直接自分の目で見て苦しむ姿を見てしまったことで彼女は戦えなくなってしまったのだろう。

 

「俺達が病に倒れれば、ダイアモンド・ドッグズは全滅ってこともあるのか――」

「いや!そうはならないだろう」

 

 弱気な台詞に腹が立ったのだろうか、オセロットは強い調子でボスの言葉を切って捨てたのでカズは驚いた。

 

「――おかしな慰めに聞こえるかもしれないが、そうなったとしてもこの奇病は外には漏れない。マザーベースは海上の城だ。封印すれば、そこからは外には出さないで済む」

 

 話は終わった。

 明るい話題など最後までなかった。

 オセロットの顔には悩みから来る深い皺が刻まれていたが、彼はそれを口にしようとはしなかった。

 

 

 

 オセロットは自室へと戻ると、乱暴にジントニックを取り出し。グラスに氷をブチ込むと、そこに瓶の中身をなみなみと注ぎこんだ。

 マズイ状況であった。

 ダイアモンド・ドッグズは、ビッグボスは完全にこの奇病に動きを封じ込まれてしまった。せっかく攻勢に出て、これからという時だけに、ここでの停滞によって見えかけたサイファーの後ろ姿を、スカルフェイスの行方を再び見失ってしまうかもしれない。

 

 ソ連にもたらそうとした二足歩行兵器群、そしてアフリカで始めるという核ビジネス。それに寄生虫兵器がどうからむ?

 やはりなにかが、真実のピースが足りないせいで向こうの考えに追い付けていない。

 

(やりたくはなかったが、しょうがない……)

 

 席を立つと、奥の部屋からバッグを持ってきて机の上に置く。その中から手提げバッグ並みの大きさをした長方体の携帯電話がでてきた。受話器をさっそく手に取ると電源を入れる。

 できればこれはやりたくはなかったんだが……。

 

 9年前、MSFを失った一件からカズヒラ・ミラーはマザーベース内にも外部と連絡する通信などを監視するようになっている。当然だろう、オセロットだってそうしたはずだ。

 だから自分のネットワークを使うとするなら、少なくともこのマザーベースの外にいる時にやるしかない。

 

 しかし今は緊急事態、オセロットといえどもここの外に出ることは許されないだろう。そうなると味方に盗聴されるとわかっていてもやらねばならない。

 

 すぐに相手が出るが、無言のままだ。それでいい、そういう手はずになっている。

 オセロットは私的な話を一方的に始め。何カ所かに指示を出すように言うと、最後に大切なことに触れる。

 

「フランスに連絡をいれてくれ。フランス、とお前が言えばそれでわかる奴がいる。メッセージを頼む」

――……どうぞ。

「オセロットからだ。『サイファー、スカルフェイス、寄生虫、情報』以上だ」

――他には?

「ビッグボスには助けがいる。それでいいだろう、急いでいる」

――伝えます、では。

 

 それだけ言うと向こうが連絡を切る。

 オセロットも受話器を戻すと、グラスの中の液体を舐めた。

 カズヒラは優秀で抜け目のない男だ。この連絡がどこに向けて発せられたのか、すぐに調べ始めるだろう。

 危険はあるが、しかしそれでも今のままでいるよりはいい。

 

 この奇病がマザーベースにいる全ての人を牙にかけるとは思わない。

 だが、その脅威に怯えて耐えきれないとパニックをおこす奴は必ず出てくる。そいつらが出てくるその前に、この一件は処理しなくてはならないのだ。

 ビッグボスを守るために。

 彼のためにダイアモンド・ドッグズを守らねばならない。

 

 

==========

 

 

 いきなりだが、ジョニーは暗闇の中でプカプカと浮いていた。

 もう何度目かの意識を失い、そうしてなんとか自分を守ろうとして生きながらえていた。彼は今、死にかけている。

 ダイアモンド・ドッグズの諜報班に所属していた彼は、自分達のマザーベースになんとか戻ろうとしていたところを現地のPFに捕まってしまい。拷問まがいの尋問を受けて、そろそろ生きる限界が見えて来ていた。

 

「ここだ。そうだ、入れっ。大人しくしろ」

「わかったよ。あんたもそんなにカリカリしなさんな。こんな年寄り達に――」

 

 自分が転がっている小屋の外で声と動きがあることで気がついた。

 なにがおこっているのか見ようと、必死に体を持ち上げて腫れあがって塞がってしまったまぶたに力を込め、目を開こうとするる。

 穏やかな表情の老齢の夫婦らしい人影が見えた。声から老人のように感じたが、どちらも背筋がしゃっきりしていて、大柄だった。

 

「おや、ここには誰かいるようだが?」

「あら若い子?」

「いいから!お前達はここに入ってろ」

 

 兵士に銃口でつつかれ、いやいや土に汚れた床の上に座る夫婦の人影を見て。自分と似た境遇に落ちてしまった新しいお客さんが来たことを理解した。

 そこで出ていこうとした兵士に起きているのに気づかれ、ジョニーは顎を蹴りあげられてしまい、再び意識が途切れた。

 

 

 彼がこうして捕まったのには色々と理由があった。

 そもそもの始まりはあの工場でビッグボスが見た患者達である。ミラー副司令の考えで、あそこで患者達を見ていたはずの医師を探すべく。ジョニーは何人かの仲間と一緒に捜索を開始した。

 とは言っても、スカルフェイスだって馬鹿じゃない。医師達がいたとして、それが生きている可能性はとても低いように思えた。あそこでなにがおきているのか知っている人物を、あのような輩が放っておくとは考えにくい。

 実際、それはほとんど手掛かりも得られず、無駄足ばかりを踏んでいた。

 

 ところが医師達は生きていた。

 海外の”行動する医師”なるNGO系列に所属していたボランティアの医師が生きていた。情報を確認した数日前まで、彼等は山賊のような連中に捕えられていて。殺されるのが目前だと脅されていたらしい。

 そこから何者かによって救出され、ひなびた病院に預けられたことでわかったことだった。

 

 ダイアモンド・ドッグズは彼等を無事に本国に帰るルートを用意するかわりに情報の提供を持ちかけた。

 彼等は見聞きしたことはすでにマザーベースでは知っていることばかりであったが、それでも新たに分かった情報もいくつかあった。そんな時である、マザーベースに奇病が上陸したと伝えられたのは。

 

 ジョニーと仲間達は、それを聞いてちょっとばかりやりすぎてしまった。

 あせってしまったのだ。

 気がつくと、武装した兵士達に囲まれ。連れ去られた先で、そこからは尋問と言う名の拷問フルコースで接待を受ける日々が始まった。

 奴等は自分たち全員を殺す気だ、しかしそこで手に入れた情報は多く。今すぐにでもマザーベースに知らせなくてはならなかった。

 

 結局、ジョニーと仲間達は最後の力をふりしぼって脱出を図ったものの。彼以外は再び捕まってしまったようだ。もし誰かが自分と同じように脱出してマザーベースへとたどり着いていたら、すぐにも捜索が始まってここにも救出部隊が姿を見せるはずなのだから。

 

 そうやってジョニーはサバンナの大地をフラフラとさまよっているところをどこかのPFに襲われて、今はこの通りである。ダイアモンド・ドッグズの名前を出せば即座に殺されてしまうだろう。

 今のここでは自分たちは異邦人であり、脅威と思われている。ああ、マザーベースが緊急事態宣言をしてから何日が過ぎたのだろうか?自分にはもう、わからない。

 

 

 再び彼が意識を取り戻したのは、誰かに体を揺さぶられるのを感じた時だった。

 

「おい、兄さん。大丈夫か?死んだのかと思ったぞ」

「まだ……まだ自分は、死ねないんです」

 

 老人、というには大柄な男にかすれた声で返事をする。

 

「そうか。それなら気をしっかり持ってろ」

「はい」

 

 弱弱しく首を動かすが、相手の姿が見えない。そちらを見るには首をのけぞらさないと……そんな力は残っていない。

 部屋の中は窓が閉め切られて裸電球がついているせいで時間の感覚が相変わらずつかめない。

 

「あの――お名前を聞いてもいいですか?」

「そんなことより兄さん、ちょっと話があるんだよ」

 

 唐突だった。

 こっちの話を聞いていないようだ。

 

「あんた、ここに残っていたいかね?」

「は?」

「嫌だから、ここに残っていたいかと聞いている。実は私達は今からここを出ていこうと思っていてね。だからお別れの前に、聞いておきたい」

「――外には銃を持った兵隊達がいるんですよ?」

「ああ、わかってる。だから当然、彼らには内緒で出ていくつもりだよ。で、君はどうする?」

 

 ここから出られる。

 マザーベースに帰れる。なんて良い響きだろうか。

 だが、彼の申し出を受けるには自分は遅すぎたようだった。

 

「一緒に、行きたい……ですが。このザマなので」

「ん?」

「あなたの足手まといになります。それより、もし、上手いこと逃げられたらメッセージを伝えてほしいところがあるんです。届けてくれませんか?」

「いいか、若いの?そういうことは自分の口から言うといい。後のことは任せておきなさい」

 

 ジョニーは礼を言ったと思うが、そこで記憶が切れてしまった。

 どうやら意識をまた失っていたらしい。

 彼がはっきりと覚えているのはそれだけだが。ぼんやりと、その老いた男性が一緒だった女性と楽しげに話しながら自分を肩に担ぎあげたり。こっちをトラックの荷台に転がして、大騒ぎしながら悪路をトラックで走ったような気がする。

 

 

 とにかく、次に目が覚めるとそこは病院の一室で。

 自分を助け出してくれた人たちの姿はもうそこにはなかったが。

 なぜか諜報班の他の仲間達が駆けつけて、心配そうに自分を見ていてくれていた。ジョニーは何をするよりも先に思い出せる限りを一気に吐き出すことで伝え終わると、ようやく久しぶりに心地よい眠りに身をゆだねることができた。

 

 もう安心していいのだ。

 だが、あそこから自分をわざわざ連れ出してくれた夫婦らしき2人。彼らはいったい、誰だったのだろうか?




それではまた明日。

(設定)
・老夫婦
Q.正体は誰ですか?
A.MGS3をプレイしてきましょう。きっと想像力が刺激されます。


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袋のネズミ

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 マザーベースにスカルフェイスの手から逃れてきた諜報員の吉報はすぐに届けられた。

 

「この新情報をもとに、作戦を発動する!」

 

 宣言するカズの声にもあかるいものがある。

 緊急事態宣言から12日目。今や奇病の魔の手はダイアモンド・ドッグズの4分の1を占めてはいるが。発症して倒れた奴よりも、自分も感染したかもと訴え出てくるものが多く。

 経過を見てなにもなければ開放されるなんて例が増え始めている。困ったことに、患者を見分ける方法は未だに不明なので自覚症状を訴えられたらそれを無視することはできなかった。

 

 だが、それも今日までである。

 

「1週間ほど前に連絡を立った諜報班の1人が救助されたことがわかった。彼の話によるとすでにスカルフェイスはこのアフリカを発ったらしい。

 そしてここからが重要なんだが、スカルフェイスは立ち去る直前。現地のPFに1人の老人を任せると、殺害を依頼したという話だ」

 

 スネークはピークォドの中で素早く銃の点検をする。

 

「どうやらその老人こそが、今回の奇病の出所だとつきとめた。老人の名はコードト―カー。北東部の川沿いを上流に向かうと、私邸があるらしい。そこを例のPFが厳重に包囲しているというから、彼はきっとそこに捕らわれていると思われる」

 

 今回出動するのはスネーク1人だけ。つまり正しく単独での潜入任務となる。

 カズも確実に抑えるために部隊も動かしたかったのだけれど、奇病がマザーベース全体の4分の1にまで広がっている可能性がある現状では。外に出せる兵士は少なければ少ないほどいい、ということになった。

 

「スネーク、あんたがこの老人と接触、回収してくれ。この老人ならば、この奇病を食い止める治療法も知っているかもしれない。時間もないことから川の下流にあんたを降ろす。そこからは徒歩で川沿いを上流にさかのぼって貰う。

 敵の監視もこれまでになく厳しいと思われるが……頼んだぞ、ボス!」

「まかせておけ!」

 

 短いが、力強くカズに応えると。スネークは着陸の時を待つ。

 

 

 作戦室では、久しぶりに活気が戻ってきていた。ここ数日、お通夜のような有様だったが。この情報が本当ならば、この恐ろしい奇病に恐怖に眠れぬ夜を過ごす必要もなくなる。

 

「作戦の開始はAM01;31とする。深夜の潜入とはいえ、最厳重な包囲を突破せねばならないだろう。各員の努力に期待する!」

 

 カズの声にも明るさが戻ってきている。

 

「ボスがその”私邸”にたどりつくまで、どれほどかかる?」

「そうだな――3時間と言ったところか。明け方前に合流地点まで来てくれれば助かるのだが」

「――カズヒラ、俺は念のため前線基地に移動する。そこでボスの迎えに出るつもりだ」

「オセロット、その必要があるのか?」

「あのスカルフェイスが老人を始末しようと”本当”に考えているならPFなどにまかせるとは思えない。つまりこれは――」

「囮?ボスは罠にはまったと?」

「わからない。だが、その可能性があるなら。いつでも助けられるように準備がいるだろう」

 

 カズは躊躇していた。

 オセロットが先日、何者かに奇妙なメッセージを送っていたことは知っている。まだやってはいないが、その相手が誰だったのかはすぐに追跡をしようとは思っていたが。そんな男を自分は信用して送り出すべきだろうか、そう思ったのだ。

 

「わかった。あっちにもここと同規模の作戦室がある。好きに使ってくれ」

「では」

 

 足早に作戦室を出ていくオセロットの背中をカズはあえて見なかった。

 そうしていたらきっと、やはりいくんじゃないと口に出してしまっていたかもしれない。その理由は、まだ思いつかないのだが……。

 

(どうやらうまくいきそうだな)

 

 ヘリポートへと向かいながらオセロットは内心、安堵していた。

 カズにいくなと呼びとめられたとしても、なんだかんだと理由をつけて出ていくことも考えてはいたが。例の通信でいきなり不信感をむき出しにされて拘束などと言われる可能性はゼロではなかった。

 どうやら、理性的に振る舞うくらいの余裕がまだ向こうにはあったようだ。

 

(だが、カズヒラ。お前には悪いが、俺は嘘つきなんだ)

 

 ヘリに乗ると「前線基地ですよね」というパイロットに新しい指示を出した。

 

「ああ。だがその前に向かってほしい場所がある」

 

 

==========

 

 

 ヘリを降りてそろそろ2時間ほどたつだろうか。

 川沿いを用心しながら進んでいるが、話しに聞くような厳重な警備というものは感じない。と、いうよりも誰一人としてここを警戒している人の姿はない。

 

『おかしい、人の姿がないとは』

「川沿いとはそれこそ道や目印みたいなものだ。警備を立てないはずはないんだが」

『ボス、気をつけて進んでくれ。なにかがおかしい』

 

 とはいうものの、愚図愚図していては朝が来てしまう。

 今日は勘が鈍いのか、鼻の頭に何も感じない。これはなにもない、ということを伝えているのかもしれないが。そんなはずはないのだが――。

 

 

 森林の中をなにかが、誰かが歩き回っている。

 姿はない。いや、その形がわからないだけなのだ。

 土は踏みしめられ、草は踏みつけられ、枝は折れ、葉はちぎれて舞い落ちる。

 そうだ、存在しないわけではない。そいつらは確かにこの森の中にいた。

 その視線がいきなり遠くの川沿いに向けられる。

 何かを見つけたのだろうか?それがビッグボスの姿か?

 そいつらは歩き出す。歩き出すと同時に、いきなりその姿がぱっとあらわれる。

 

 それは死者のように土気色の肌。並ぶその数は4人。

 そう髑髏部隊――それもはじめて見る、女性のスカルズであった。

 

 

 いきなり首筋に刺すような痛みを感じてスネークは――ちょろちょろと流れる水の中へと飛んだ。

 頭を抑え、可能な限り気配を殺す。

 森の中からだった。これまでなにもなかったのに、今は信じられない殺気がそこから放たれ、この近くを探りまわっている視線を感じる。

 

『スネーク?ボス、どうした!?』

「まずいぞ、カズ」

 

 歯を食いしばりたくなるほどに首筋の痛みが激しい。

 

「狙撃手だ。それも普通の奴じゃない、動けない」

『動けない?』

「そうだ」

 

 わかっていないのだろう、この感覚は。複数の針が周囲を走りまわっている感じだ。

 動けばそれのどれかに引っ掛かる。

 

『ボス、あんたを疑うわけじゃないが。本当に狙撃手が?』

「そうだ、カズ。耳を澄ませてみろ」

『?』

「森だ。森が静かすぎるだろ。生き物の気配がまったくない。連中を恐れて引っ込んでいるんだ」

 

 ビッグボスは目標の約2キロ手前で、まさに文字通り足を止めなくてはならなかった。

 

 

===========

 

 

 川の中にビッグボスが身をすくませてから早くも1時間が過ぎようとしていた。

 作戦室は緊張感に包まれている。最初にあった浮かれた感じはもはや残っていなかった。

 ボスの言葉をやはり信じられなかった連中もいたが、熱源探知ゴーグルをつけた状態にするとその恐ろしさは瞬時に理解出来た。

 森から照射されているらしい4本のレーザーは確かにビッグボスの周囲を動き回っていた。しかもこれが非常にしつこい。

 まるでここにビッグボスがいるとわかっているかのように視線をよそにうつそうとは決してしないのだ。

 

(まずいな。本当に動けない。最悪、退却するにしてもこれではどうやって助ける?)

 

 まさか潜入任務の第一人者が動けないような狙撃手が待ち構えているとは。オセロットの言葉を思い出すと、なんの危機感もなくスネークを単独で送り出してしまった自分に腹が立ってきた。

 そんなカズのそばにある受話器がベルを鳴らし。受話器を拾い上げてしばらく報告を聞いていた彼はいきなり表情を一変させると「オセロットに連絡しろ、急げ」と怒鳴り始めた。

 

『こちらオセロット、前線基地に到着。状況はどうなっている?』

「オセロット!ボスがピンチだ」

『ほう、ボスが』

 

 なぜかむこうはそれを聞いて楽しそうにいう。

 

「なにがおかしい!このままだと任務の続行どころか、退却もできないんだぞ」

『カズヒラ、怒らなくてもいい。おれは驚いただけだ』

「ならお前は説明をしろ!どういうつもりだ!?」

『なんのことだ』

「とぼけるな!!貴様、クワイエットを連れだしたそうだな」

 

 先ほどの連絡は医療プラットフォームのクワイエットの見張りから異常を訴えたものだった。

 

『そうだ、必要なことだった』

「ふざけるなっ、あの女は危険だ!」

『だがあいつはボスの相棒だ。彼の力になれる』

「いや、あの女は疫病神だ。だから最初にいったんだ。あいつは俺達を破滅させる、と……」

『馬鹿を言うな、カズヒラ』

「それならそれでいい――いや、よくないな。

 知っていたかオセロット?例の奇病に倒れた奴等の中に、あの日。クワイエットに襲われた男もいた」

『……』

「知っていたんだな?ならわかっていたはずだ、あいつがこの奇病の原因だ。なにかをしたんだ」

『冷静なお前とも思えない言葉だな。そんなわけがないだろう。

 それならボスも倒れていなければおかしい。だがボスには症状は出ていない。彼女は関係ない』

「フン、どうだかな」

 

 ビッグボスの窮地を救うのに、たしかにオセロットの言うようにクワイエットは最適なのはわかる。そもそもカズの中では彼女は戦力には加えていない。死んでくれて構わない存在だ。

 だが、そんなやつをビッグボスもオセロットも信頼しきっていることが理解できない。

 

『カズヒラ。俺もボスも、クワイエットのあの事件からずっと考えていた。何故彼女は、あんな騒ぎをおこしたのか、と』

「化物だからだ!」

『そうじゃない。俺は今回の諜報班の報告を読んで確信したことがあった。クワイエットは、彼女は寄生虫につかれた人間を見分けることが出来るのではないか』

「ほらみろ、化物だ」

『彼女はこれまで自分への挑発を気にしていなかった。だが、あいつには違った。なにが違う?

 彼女に殺意はなかったと止めたボスは言った。ではなんで相手の口の中にナイフをつっこんだんだ?』

「あの化物は、患者を見分けられる?正気か?」

『彼女は話さない、文字も使わない。だが、行動は?

 奇病の症状を見て、それを何とかしようとすれば彼女の立場ならどうする?』

 

 煽って話を有耶無耶にしようとしていたカズも、オセロットの問いについ興味が出てきてしまい。考えてしまう。

 

「……奇病の原因は口の中にある」

『クワイエットの行動の理由はもうすぐわかる。コードト―カー、その老人がその謎を解いてくれるだろう』

「勝手な事を!ボスは動けないというのに」

『――それも心配ない。特別な奴をクワイエットに持たせた。ボスも気に入るはずだ』

 

 あの涼しい顔にニヤリと笑みを浮かべているのだろうと思うと、あまりにも腹立たしくてカズは通信機に背を向けると何度も舌打ちした。

 

 

『ボス、オセロットだ。相手は狙撃手、距離は?』

「不明だ。とにかく遠く森の中、異様にしつこい」

『なるほどな。ボス、水の中から出てほしいんだ』

「なに!?」

『そこでは駄目だ。いられると困る』

「少しくらいなら動けるが、前進も後退も出来ないぞ」

『わかってる。ボス、あんたに援護を送った。プレゼント付きで』

「っ!?」

『彼女とよろしくな』

 

 河岸までゆっくり、蛇のように腹を波立たせて少しずつ、ゆっくりと移動する。

 ビッグボスの口元に笑みが浮かんでいた。彼の相棒が帰ってくるのだ。




また明日。


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コードトーカー

 ビッグボスが通ってきた川に沿って低く飛ぶヘリの姿があった。

 ピークォドである。

 

『クワイエット!降下まであと1分』

 

 その言葉にクワイエットは顔を上げると、ヘリの片方の扉を開放する。

 

『降下後、上流に向けて1.5キロ進んだ先にボスがいる。助けて来てくれ、幸運を!!』

 

 パイロットの言葉を聞きながら、床に置いてあった大きな2つの荷物を両手にそれぞれ持つ。それらひとつひとつが彼女の細腕でもちあげられるとは信じられない代物であったが。ヘリが制動し、地上へと降下を開始すると。

 クワイエットはまだ高さがあるのにヘリから身を躍らせ、地面に着陸するとすぐに移動を開始する。

 

 川沿いの土ほこりが巻き上がり、それは蛇のような一本の線となって上流へ向かう。

 

 遠くで岩が力強く蹴飛ばされて不自然な音を響かせるのが聞こえると、ビッグボスの周囲を走っていたレーザーが一斉に殺意と一緒に消えた。あの音に反応したのだ、これで一息つける。

 そしてうつ伏せに河岸に半身を横たえるビッグボスの隣にはクワイエットがいた。

 いつもの格好だが、今日は両手にそれぞれ大きな布に包まれた荷物を下げていた。それ一つだけでも凄い重量があるはずだが、彼女は平然といつものようにここまで飛んできてくれたのだ。

 

「久しぶりだな、クワイエット」

「……」

「オセロットからのプレゼントはお前か?」

 

 そんなわけがないだろう、というように彼女は布に包まれた片方の荷物を彼の側に置く。

 スネークも無言でそれに指を這わせると、それだけでにプレゼントの正体に気が付く。少年のような笑顔を浮かべてクワイエットに「こいつをよく持ってきてくれた」と労をねぎらった。

 

「オセロット、クワイエットと荷物を受け取った」

『それはよかった。上手く使ってくれよ、ボス』

 

 男同士のそのやり取りを聞いてやる気になっているクワイエットは、攻撃態勢にうつろうとそこから立ち去ろうとした。ところが、その腕をスネークが握って止めてしまう。

 

「ちょっと待て、クワイエット」

 

 いつものように力強く走り出されてはたまらないと、強くひいてしまったせいでクワイエットはくにゃりとバランスを崩すと。スネークに体を預けるようにもたれかかってしまう。

 

 明け方の小川のほとりで男女が重なり合って見つめあうとはちょっとしたロマンスを感じさせるものであったはずだが。残念ながらこの2人にはそれがないらしい。

 「なにをするんだ」と咎める険のある視線でスネークを見てくるクワイエットに「怒るなよ」とそっというと、その耳元に囁いた。

 

「クワイエット、お前はここはいい。先行して、目的の屋敷の偵察を頼む」

 

 間近にあるクワイエットの顔の眉が跳ね上がる。「本気か?」と聞いていた。

 

「ここはお前の持ってきたものであいつらは何とかなる。時間がかかりすぎた、朝が来る。目標を回収する時間が惜しい」

 

 クワイエットはスネークから静かに離れると、自分の荷物を持ってからもう一度スネークの顔を見る。

 スネークはそれをうなづいて先に進むように促す。

 彼女が再び走り出すのに合わせて、スネークはカズに連絡を入れる。

 

「カズ、1つ頼みがある」

『ボス!?ああ、なんだ。何でも言ってくれ――』

「俺のスクワッドを、そこに呼んでくれ。今からあいつらに見せておきたいものがある」

 

 体をようやく起こすと、今まで持っていたカービンライフルをわきに捨て。置かれている荷物に巻かれた布に手を伸ばす。それを力いっぱい引けば、あっさりと紐がほどけるように布は宙でひらめき。中に隠されていた鋼鉄の槍の全貌を明らかにして見せる。

 

 ダイヤモンド・ドッグズが誇る開発班の最新のひと品。

 弾丸の口径は実に ミリに達し。計算上でならばここから2キロ圏内のもの全てを射程内に捕え、それが例えコンクリートの建物の中にいたとしてもお構いなしにブチ抜くことが出来る現代の突撃槍。

 

 アンチマテリアル、セミオートライフル。

 

 ビッグボス専用にカスタマイズされたそれが、本人の手に収まる。

 この時、それを知らせるかのように森の中を見えない衝撃が風となって走り抜けた。この夜、ずっと静かにねぐらで必死に頭を引っ込めていた獣達が。それを感じて一斉に恐怖にかられてそこから飛び出していった。

 燃えるように赤い、炎のような激しいものが人の形をしていた。

 森の中で、鬼が静かに立ちあがろうとしていた。

 

 

 女性の髑髏部隊は機敏に動いていた。

 自分達のように大地を蹴って、尋常ではないスピードで動き続けるクワイエットの追跡を開始したのだ。

 スカルズの思考に、自分達と似てどこか違う相手の存在への疑問などない。ただ命令が脳内で繰り返され、そのために必要なことだけをしようとする。

 スカルズに意思はないのだ。

 

 クワイエットは川沿いから森の中を突っ切るように走り続ける。ビッグボスの指示に従い、このまま振り切って先に進もうというのである。

 それに並走するスカルズ達だが、追いつけないし。近づけない。

 1人が足を止め、ライフルを構える。

 クワイエットをそこから狙撃しようというのだろう。

 覗きこむサイトがこちらを無視して走りつづけるクワイエットの後頭部を見つける。あと少し、地形の影に入る前に、あいつは終わる。

 

 谷に一発の銃声と言うにはあまりにも大きな音が鳴り響いた。

 同時にクワイエットの後頭部を狙っていたスカルズの1人が、首から上を無くした状態で崖の上から滝つぼへと落ちていく。

 おっていた3人は一瞬、停止すると来た道を戻ってから森の中で散開する。

 

 それぞれがスコープをのぞき、狙撃銃の銃口をあちこちに向ける。

 

――走り出す。思いっきり。

 

 川沿いに変化はない。ずっと観察していた場所にも、変化はない。

 

――奴等は正確だ。それだけに動きの予想はたてやすい。

 

 森の中、斜面に腰をおろしていた1人の後ろに突然スネークはあらわれる。

 そのままいつかのように、振りかぶった鋼の手で女であっても手加減なしに顔の中央に叩きこむ。

 無様にひっくり返る相手をそのままに、再び走り続けるが。すぐに森の中で停止する。

 目の前の葉が、ゆらりと揺れるのを見たのだ。

 

 次の瞬間には、スネークのすぐ横に山刀を振りかぶる女があらわれるが。CQCでもって容赦なく刃を取りあげて、相手の首筋を切りつけてから腹に突き刺す。

 さらに一歩、ちょんとバックステップすると。緑の血を吹いて苦しむ相手の胸部にライフルの巨大な銃口を押し付けた。

 

 

 女スカルズの1人が最後に見たのは、容赦ない立てつづけに響く轟音の後で木々の中を引き裂かれて2つになった体が吹っ飛ぶ姿。さらに走り出す敵を必死に捕えんとして、無様にも撃ちまくっている仲間の姿があった。

 思考こそなかったが、そのたった一人の人間が自分達4人をも凌駕せしめる存在であることを認めないわけにはいかなかった。

 脳内にある命令コード”侵入者を殺し、老人を殺せ”を実行するために必要な事をしなくてはならない。

 

 驚いたことだが、この最後の女スカルズは静かにそのままこの場を去っていった。

 仲間を見捨てたのである。

 だが、この残った一人が何をするつもりで、なにがまだ出来るのかは分からない。しかし、スネークはついに目標がいある邸宅へと続く道を力で持って切り開くことに成功したのである。

 

 

==========

 

 

 屋敷の地下でコードト―カーは震えていた。

 先ほどから一帯の空気が変わったのが気になっていた。

 森の中から、これまでに感じたことのない強大なそれでいて形容しがたい怒りのそれが獣のように動き回っている。そのそばにいる生命は次々と飲み込まれていき。あとには土くれだけが残っていく。

 

 あれは獣だろうか?

 だが違う、情け容赦なく貪っているようでいて人の持つ知性も感じることができる。それは徐々にこちらに近づくと。屋敷の中へと侵入し、この部屋の扉の向こうにまで迫ってきた。

 

「(お前は)人か?」

 

 声に出しても向こうに反応はないが、部屋に入ってくると炎が消えるかと言うほどに揺らめく。そこにいた強大な何かはいきなり掻き消え、いなくなったが。人の形だけがそこに残されていた。

 

「ああ、鬼がきたのか」

 

 その男のことは聞いて知っていた。

 あの白人の男からも、少し前に知り合ったばかりの哀れな男達からも聞かされた。

 伝説の戦士、ビッグボス。

 

 部屋に置かれた108本ろうそくの灯だけが2人を照らし、お互いが向き合って口を開く。

 私はコードト―カー。

 お前と同じく、あのスカルフェイスに多くのものを奪われた男。

 

 お前の持つ業火に、我が怒りの炎も加えてくれ。変わりにそれで、世界を夢見るあの男の全てを燃やしつくそうではないか。

 

 

==========

 

 

 ビッグボスがコードト―カーと接触していた頃、クワイエットは屋敷の外で待機していた。

 いつも持っていたライフルとは違う、ボスの持つのと同じく。長大で巨大なアンチマテリアルライフル、それを地面に仰向けになって自分の上にのしかからせるようにして構えている。

 幾ら筋力が強いと言っても、体重はそれほどないこともあってこのクラスのライフルを撃つには普通のやり方ではきついのであろう。

 

 とはいえ、見張っている屋敷では呑気なもので。

 すでにスネークが侵入しているのに、それにも気付くことなく何事もないように巡回を続けている。

 このまま動きがなければ、コードト―カーを連れたスネークがあらわれ。この場を立ち去れば任務完了となる。

 

 ふと、違和感を覚えてクワイエットは状態をおこす。

 見回して、この感覚の正体を探す。

 いた!

 女スカルズが、最後の狙撃手が自分と同じように。いつの間にか離れの林の中から、屋敷の方をじっと偵察しているのが見えた。

 すぐにライフルを相手の方向へと向けると、クワイエットはスコープをのぞく。

 灰色の肌、無表情で機械のような顔、なにを考えているのかわからない。すぐに仲間と同じ場所にいかせてやることが情けというものだろう。

 

 だが、クワイエットの指がわずかに躊躇を見せた。

 銃爪にかけた2の指先が震えたのだ。それが間違いだった。

 今度は林の中のスカルズの方が走った。猛然と、屋敷めがけて走り出した。

 彼女達にとって100メートルは5秒もかけない、数秒で走りきってしまう。クワイエットのライフルはそれに合わせるように動くが、再び狙いが定まるまではやはり時間が必要だった。

 

 屋敷のある渓谷に轟音が鳴り響き、屋敷の玄関の柱に大穴があいた。

 だがその前に、スカルズの姿は屋敷の中へと飛び込んでいってしまった。

 にわかに騒がしくなる周囲の状況の中で、クワイエットは悔しげに顔をゆがめるとすぐに発砲したその場から移動しなくてはならなかった。

 

 奴は屋敷の中で、なにをしようというのだろうか?




(設定)
・アンチマテリアルライフル
対物ライフルのことである。機関砲なみの大口径弾を使用し、対戦車ライフルなんていうこともあったりなかったり。
大きさもあって破壊力だけでなく、射程も長いが。発射時の反動も強烈とあって、精密な狙撃は期待できないとされている。

障害物を撃ち抜いて、なお殺傷する目的で使用される。


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決戦!キジバ野営地 (1)

 マザーベースの作戦室ではカズはスネークからの連絡を待ってじれったい時を過ごしている。

 コードト―カーとの会談の結果次第では、この奇病への別の方法を探さなくてはならなくなる。そんなものがあるのか、とも思うが。この瞬間にも苦しんでいる者達のためにも諦めるわけにはいかなかった。

 

「ミラー副司令、あれを!!」

 

 言われて仕方なく、見たくもないクワイエットからの映像を見る。

 

「なんだ、あれは――なにがあった!?」

 

 気がつかなかった。スネークにばかり気を取られて、彼の周りのことを。

 屋敷の周囲で起こった変異について、注力していなかった。

 

 そこはいつの間にか一面が乳白色の霧に包まれ。先ほどまで血色のよかったPF兵達は、武器を棄ててゾンビのごとくなにかを探して徘徊していた。何を探しているのかはわかっている、スネークだ。

 まさにホラー映画のようだ。

 屋敷のまわりに、どんどんとゾンビのようになったPF兵達が押し寄せようとしている。

 

 

 結局スネークが口に出して言ったのは「一緒に来てくれ、力を貸してくれ」で。

 それにコードト―カーが「これも精霊の導きかもしれん。我が子供達が、世界の調和を乱しているなら、その円環を閉じなくては――」そういって差し出されたスネークの手を握った。

 あとは無事にマザーベースまで戻らなくてはならない。

 

 だが、それがそれほど簡単なことではないとすぐに思い知らされる。

 地下室から地上へと出てきた時だった。

 扉をくぐった、その瞬間。スネークに担がれていたコードト―カーが耳元で「上だ」と声をかけるよりも早く動くことが出来た。スネークは俊敏に前に飛び込むと、担いでいたコードト―カーは投げ出されて地面を転がり、痛みに唸り声を上げる。

 だが、一瞬前に2人がいた場所には上から発射された弾丸で床に大きな穴を開けた。

 

 スネークはすぐに仰向けの体制となると、ハンドガンを天井へ向ける。

 そこにはあの女スカルズがへばりついていて、不意の必殺の一撃をかわされたと見るや姿を消そうとしていろところだった。スネークは弾を撃ちつくすまで天井に穴を作りまくったが、どうやらこっちも一発も当てられなかったらしい。空になった弾倉を引っこ抜きながら、あたりに注意を払いつつコードト―カーの元へいく。

 

「大丈夫か?すまない、いきなり――」

「うーむ、いや。いいんだ、お互いまだ生きているしな」

 

 スネークは再び老人を担ぎあげると、廊下からホールへと出ようとして……今度は足を止めた。

 確か来た時はPF兵だったはずの奴等が、ゾンビのようになってフラフラ歩いているのを見たからだ。

 

「クワイエット、外に出る。援護しろ」

 

 小声で指示を出すとスネークに気がついたカズが連絡を入れてくる。

 

『スネーク、外はPF兵で一杯だぞ。どこから集まっているのか知らないが、どんどん押し寄せている!』

「それなら知っている。家の中にも大勢いるようだ」

『どうする?』

「逃げるさ、強引にでも――クワイエット、準備は?」

 

 向こうから鼻歌が聞こえてくる。

 スネークは「いくぞ!」と声に出すと、ホールに飛び出し。コードト―カーを背負ったままハンドガンで進路上にいる兵士達の頭を次々と粉砕していく。

 扉を蹴り開けると、そこに集まっていたゾンビ状態の兵士達が一斉にこちらに顔を向けてくるが。今度はクワイエットの攻撃で、数人ずつをまとめて吹き飛ばすのを待ってから走り出そうとした。

 

「蛇よ、待て」

「コードト―カー?」

「そこだ、伝えておかなくてはならない」

 

 屋敷を出てすぐに、”不自然に盛り上がる土饅頭”がいくつも並んでいる。老人はそれを弱々しく指さしながら、言い訳をするように悲しげに口にする。

 

「鬼よ、お前の来訪は聞いていた。彼等がそう言っていたからだ。

 スカルフェイスが必要のない恐ろしいことを彼らに施した後も、なにも出来ない私に彼等はお前のことを語り続けていた。許してくれとは言わん。だが、なにかやれることなど私には何もなかったということだけはわかってほしい」

 

 一瞬、スネークは彼が何の許しを求めているのかわからなかった。だが無線の向こうにいるカズはすぐに思い当たった。このアンゴラで失った諜報班の部下達、スカルフェイスの影を求めてさまよった挙句に捕えられてしまったダイアモンド・ドッグズの仲間達を言っているのだ、と。

 

『なんてことを――こんな、こんなところであいつらが最期を遂げていたなんて』

「カズ!合流地点を設定しろ」

 

 冷酷という仮面をつけなおし、ビッグボスはその場から今度こそ走り出していった。

 

 

 ヘリの着地点は大騒ぎとなっていた。

 先にたどりついたクワイエットが、霧の中を進んでくる人影を容赦なく撃ち倒し続けているからだ。銃声が音高く渓谷に響くたびに。霧の奥で人の形をした影が数人ずつでバラバラにされて地面に崩れていくが。それに負けない新しい人影が霧の向こうでわき続けてくる。

 

『こちらピークォド。ボス、この霧の中では長くはいられません!!』

「わかっている、急げ!」

 

 言葉の通りスネークの頭上まで来たヘリはそこから旋回しながら高度を下げていく。扉が開くと中からオセロットが顔を出し、スネークへ腕を伸ばしてきた。

 黙ってその手をつかんでヘリに乗り込むと、座席にコードト―カーをおろして今度は自分がヘリの扉につく。

 

「クワイエット、引き上げるぞ!」

『もういきます!』

 

 急上昇を開始すると、いつものように涼しい顔をしたクワイエットがヘリに飛び込んできた。ボスの助けはいらないというように差し出されていた手を見ることもなく、そのままいつも座る自分の席について、彼女と釣り合わない重さのライフルを隣に置く。

 苦笑いを浮かべたスネークは、ヘリの扉を閉めた。

 終わってみればそうでもない気がするが、こうしてコードト―カー回収作戦は終了――するかのようにこの時は思われた。

 

 

==========

 

 

「コードト―カー、あそこの地下でも少し話したが。改めて聞きたい。あんた、あそこで俺達の中に広がる病の原因は”声帯虫”だと言っていた」

「そうだ、蛇よ。正確にはあの男によって別の名がつけられたが、それがお前達を苦しめている。

 昔の話になる。

 20年ほど前、ソ連がはじめたある調査が。全ての始まりだった。原始の力を持つ人間達。彼等は人の身でありながら、人とは思えぬ力で戦場を支配した、と聞いている」

「――コブラ部隊。ザ・ボスの率いた部隊だ」

 

 オセロットの声は虚ろだった。その意味することは、自分にもわかっている。

 

「様々な経緯をへて私はそれらに触れることが出来た。そればかりかその力の根源までをも解明してしまった。

 それがよくなかった。

 あの男、スカルフェイスを私に近づかせる理由になったからだ」

『では、あんたは奴に言われて?』

「そうだ。この声帯中は私が生みだした。奴の望みをかなえるために誕生させてしまった、兵器として」

「誕生させた?この虫は兵器として完成していると?」

「――答えはイエス、だ。どうやらお前達の中に広がるそれは、あの男がお前達を攻撃するためのものではないようだ。あれは特定の条件を満たすことで宿主を完全に殺す、容赦なく全滅させてしまう」

 

 つまりマザーベースのそれは条件に満たされていないからあの程度ですんでいる、という意味なのだろう。

 続きを聞きたかったが、そこでなぜかコードト―カーは口を閉じてしまった。オセロットとスネークが顔を見合わせ、続きの催促をしようとすると。

 

「覆いつくす者達だ。逃がすまいと追ってきたようだ」

 

 ふと、スネークは屋敷の中でもあの女スカルズの不意打ち直前にコードト―カーが予知していたことを思い出した。なので席を立ち、ためらわずにヘリの扉を開けて後方のサバンナに目を凝らす。

 

「まずいな」

「ボス?」

「オセロット、ベルトを確認してやれ。奴等が追ってきている」

 

 地上には5本の線が大地の土を巻きあげていて、空中にあるこちらのヘリへと近づこうとしている。

 あの時逃がした女スカルズと、新たな4人の男スカルズだ。

 霧の中を大量のゾンビ状態にしたPF兵をふりきったことを知って、しつこく追ってきたのだろう。

 

 なんとか逃げたいところであったが。

 重量過多のライフル2丁に、人を5人も乗せていると速度はどうしても落ちてしまう。追いつかれても、あっちは地上でこっちは空中、それでもなんとかなるだろうと思ったのだが甘かったらしい。。

 彼等は攻撃を開始する。なんと宙を飛んでいるヘリめがけて飛び上がって体当たりを敢行してきたのである。

 

「オセロット、ベルトを締めろ。墜落するかもしれない」

 

 激しくゆれ動く機体の中で、そういいながらスネークは有無を言わさずに座るクワイエットの腰にベルトを巻かせる。向こうはどんな顔をしていたか知らないが、それが終わって自分の番となった時。

 パイロット席のガラスが砕けるとパイロットの顔に破片が直撃した。

 慌ててヘリの操縦を失うまいと、スネークが後ろから操縦席へ手を伸ばそうとするが。こちらがあやしげな挙動を始めたと知って、ここぞとばかりにスカルズの攻撃も力強いものとなっていく。。

 

『駄目だ!スネーク、オセロット。そこはまずいぞ、そこはあの――!』

 

 カズの悲鳴にも似た声を聞きながら、こちらもついに操縦桿から振り落とされたスネークは制御を失ったヘリの中で一瞬の無重力を味わっていた。

 全てが滅茶苦茶に感じられるのが数秒続くが、轟音とともに襲う衝撃の後は世界は闇に包まれる。




また明日。


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決戦!キジバ野営地 (2)

今回は短めになります。


『スネーク!ボス、大丈夫か!?』

 

 無線の声にスネークは顔を上げた。

 奇跡なのは間違いない、席にもつかず、ベルトも閉めず、操縦桿から手を離し、墜落の瞬間まで翻弄されていた自分は体のてっぺんからつま先までしびれるような痛みを感じているが。骨折や激しい出血などの怪我らしいものはまったくしていない。

 

 操縦席のパイロットは駄目だったが。後部座席に座った連中はどうやらひとしく運が良かったようだ。

 脈があるのを確認すると、クワイエットとオセロットを起こし。コードト―カーの体を引きずってヘリの外へと這い出ていこうとした。

 

『――ボス!……だと……だ。よく……えい地だ。聞こえ……』

 

 無線は無情にもまだ動く機能で、かすかにではあるが、カズの声を伝えてくれる。

 4人でヘリの外へと這い出て見ると、新品のはずの墜落したダイアモンド・ドッグズのヘリの表面が赤寂だらけになっていることに気がつく。追跡してきたスカルズになにかをされた結果がこれらしいとわかった。

 

「ボス、こっちはまずいことになっているぞ」

 

 うんざりした声のオセロットの横に行くと、ビッグボスも同じものを見て、大きくため息を吐く。

 周囲は乳白色の霧にすでに囲まれていて、その中を飛び回るスカルズの姿とそれに振り回され、翻弄されているPF兵達を遠くに感じた。

 

「どこだ、ここは?」

「――キジバ、キジバ野営地だ。ボス、ここにいるPF兵の数はこの周辺では最大規模だと言われていた」

 

 ここでの任務で直接、スネークは訪れることはほとんどなかったが。

 霧の向こう側で発砲している銃声と悲鳴の数を聞くと、その話しも納得できるものがあった。

 

「ボス、考えはあるか?」

「ないな。お前はどうだ?」

「あいにく俺も似たようなものだ。カズが変わりのヘリを送ってくれていることに期待したい。だが、それまでは俺達は老人を守ってどうやって生き残ったらいい?」

 

 ヘリの中に戻っていたクワイエットが出て来て首を振る。

 中にあったはずのアンチマテリアルライフルを初めとした銃のたぐいは、落下の衝撃でどうやらなくしてしまったらしい。

 

「俺のリボルバー、あんたはハンドガンのみ。先行きは暗いな」

「なんとかするさ――」

 

 そういうとスネークは自分のハンドガンについたサプレッサーをはずすとクワイエットに差し出す。向こうはそれでいいのか?と表情を曇らせて問いかけてきたが、スネークも考えを変えるつもりはなかった。

 

「いいんだ、クワイエット。お前が使え、オセロットとコードト―カーを守るんだ」

「ボス?」

「経験上、ここの連中もゾンビのようにそのうちあっちこっち動くようになるだろう。そのまえに俺が何とかしてくる」

「なんとか?あんた正気か?」

「知らんさ。どのみちあの連中とは戦うことになる。あのしつこさだ、この老人を連れては逃げられはしない」

「――それなら戦って倒すしかない、と?」

「クワイエット、2人を頼むぞ」

 

 そう言い捨ててスネークは乳白色の霧の中へと消えていく。

 クワイエットはそれを見送ったが、ふと横を見ると消えていった彼を追いたそうにしているオセロットの姿をみて驚く。むこうはすぐにクワイエットの視線を感じると、いつもの冷静な彼へと戻ってしまう。

 「とりあえず隠れるか」そういうとオセロットはコードト―カーを背負い。クワイエットと共にその場から立ち去ろうとした。

 

「待ってくれ」

「――ご老人、なにか?」

「ここでいい。もうすぐ見れるかもしれない」

「見る?」

 

 オセロットはコードト―カーの両目をのぞきこんでしまう。

 この老体の目が、乳白色に染め上げる世界の中から何を見ようとしているのかわからなかったのだ。

 

「お前達の鬼だ。この霧だ。あれはすぐに、本性を見せる」

「鬼――ボスのことか?」

「そうだ。お前達のボスは、私の側に来る時も鬼だった。そして今も鬼になろうとしている。

 だが、不思議なのだ。

 私やお前達の前では、彼は逆に本性を隠そうとする。あの恐ろしい姿は人に戻っていく。不思議な男だ」

 

 オセロットの両目が大きく開いた。

 なにに驚いたのか。コードト―カーの言葉の、どこに驚くべき点があったのか?

 

「――ああ、くるぞ。鬼が還ってきた。覆いつくす者達も集まっている、すぐにもはじまる」

 

 霧の奥で、いきなり狂人のあげる哄笑のようなものが聞こえてきた。それは次々とわき上がると、それが合図であるかのように銃声がそこかしこに鳴り響く。あれはスカルズが使う銃の音だ。

 コードト―カーの言うことが本当ならば、ビッグボスは1人で髑髏部隊と対決しているということになる。

 

 だが、オセロット達もそれを見学している暇はないらしい。

 霧の中をショットガンを手に近づいてくる女の姿があった。最後の女スカルズ。

 館でスネーク達を仕留めようと失敗した後も、追い続けてついに三度姿を現したのだ。

 だがコードト―カーとオセロットとの間に、クワイエットが立ちふさがる。お互いを無表情に見つめ合っているが、空気はどうしようもなく張り詰めていくのがわかる。

 

「やれやれ、女は怖い」

 

 自分の出番を取りあげられたように感じてオセロットは苦笑いを浮かべるが、その手はリボルバーをいつでも抜き放てるように準備は出来ていた。

 

 

 マザーベースの作戦室の中で、ただ映像を必死に見つめる3人がいた。

 ボスの部隊の生き残り、アダマ、フラミンゴ、そしてハリアーである。彼等はここに来てからずっと、ボスが送ってくる映像から目を離しはしなかった。

 彼等をここに呼ぶように言った時、ビッグボスは自分達に見せたいものがあるといったそうである。それがなにか、なんだったのか。彼らにだけはわかっていた。

 

 彼等のボスは髑髏部隊と単身戦い、勝利してみせた。

 それを武器を失った今も再現しようとしている。髑髏部隊は恐るべき敵ではあるが、決してかなわぬ相手ではない、と。

 

 彼は霧の中を、まるでそこにいたのを知っていたかのように。恐怖で動けない兵士を拘束すると、知りたい情報だけ言わせて気絶させる。

 そうやって早々にライフルを手に入れ、近くの机の上に置かれた予備の弾薬と手榴弾などを回収して準備を整える。確かに万全にはほど遠いが、銃、火薬、火があればあとは何とかする。だんだんと静かになっていく周りの中、ビッグボスは再び前進を始めると。霧の中に立つ4人の髑髏部隊の前に立っていた。

 

 もう見ている側も何がおこっているのかは、わからなかった。

 スネークは動き続け、時に目の前にあらわれるスカルズをかわし、いなし、なげつけ、殴り倒すなどして距離をとり。時折霧の中に向かって手榴弾を投げつける。

 最初こそ「本気なのか、ボス!?」と悲壮な顔をしていたミラー副司令も、今は黙って映像に目が釘付けになっていた。その口元には不気味に歪んだ笑みを浮かべているように見える。

 

 周りも声もなく映像に見入っていた。

 そして徐々にだが理解していく。スカルズが倒れていく、1人、2人、そして3人。

 

 最後の瞬間は、あっけないものだった。山刀で飛びかかってきた相手の刃を、ボスがついに取りあげ。逆に相手の背中から腹を突き刺し返しながら、近くの机の上に並んでいた火炎瓶に手を伸ばす。

 

 次々と叩きつけられる火炎瓶に対抗しようとしたのか。スカルズは皮膚を弾丸をはじくほどに硬化するが、燃え続ける火には意味がなかったようだ。すぐに岩のようなそれはポロポロと崩れ落ち、燃え続ける体の動きも鈍くなり、停止すると、大地に両手両足を広げつつ音を立てて倒れていく。

 

 ビッグボスは霧が晴れていく野営地の中を歩いて戻ると。墜落したヘリの側では得意顔のクワイエットとオセロットが倒れた女スカルズの前に立っていた。

 15分後、ようやく回収にあらわれたヘリに乗ると。スネークはようやくの事コードト―カー回収任務をおわらせることになる。




また明日。


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終息

「ご老体、さっそくだが隔離病棟にいる患者達の所見を聞きたい」

「うむ、これは典型的な声帯虫の症状だ。どうやらアフリカの現地の特定言語に反応しているようだな。

 虫は声帯に卵をうみ、孵化すると肺と口へとそれぞれ分かれていく。口に行ったのは、その後はくしゃみや咳などによって他者に感染し。肺へいくと肺胞組織を食い荒らしはじめ、この段階で宿主は感染の自覚症状を持つようになる」

「治療法は?あるのか?」

「――正確な治療法は、ない。だが方法がまったくないわけでも、ない。

 卵がふ化する前、それならば声帯を切除しなくてもいい方法があることはある」

「つまり、自覚症状を患者が持った時点で助けることはできず。すでに周囲にも感染させているというわけか。まったく、えらいものをつくってくれたものだな」

「それが、スカルフェイスが望んだことだった。特定の集団、人種、民族を使用言語で選別する兵器。奴は喜んで名付けていた『これこそ民族浄化虫だ』とな」

「それで、どうすればいい?」

「方法は2つ。声帯を切除するか、もしくはもうひとつ発症を抑える方法がある――ただ、これには治療する側にも覚悟が必要だ」

「そっちを知りたい。教えてくれ」

「では聞くのだ。この虫は、産卵する時にそれぞれがオスとメスへと変化する。そして言語特有の音でつがいとなるのだ。卵を植え付けられると爆発的に生まれてくる幼虫に対処する方法はない。

 そのかわりこの虫の特徴であるオス化、メス化を利用することで、発症を抑えることが可能だ」

「具体的にはどうなる?」

「新たな虫を用いるのだ。これも私が生みだしたものだが、この声帯虫のために用意した。これは声帯虫につくと集まってもつがいにさせない。なぜなら、オスにはオスを。メスにはメスを用意するようになるので卵をうめなくなってしまうからだ」

「なるほど、同性同士で生殖は不可能となるわけか」

「だがその影響は大きい。人の声帯と同化する彼らへの影響は、宿主である人にまで及ぼしてしまう。つまり、この治療を受けた人は不妊となるのだ」

「それは――」

「だから言っただろう、覚悟がいると」

「……これ以上、待ってもいられない。やるしかないだろう、やってくれカズ」

「わかった――ビッグボス」

 

 

==========

 

 

 呼び出しを受けたゴートは、隔離病棟のあるヘリポートに降り立った。

 彼の今の部隊には5人の部下がいるのだが、そのうち3人がここに入っていた。

 1人は死に、1人は勘違いだったとわかって戻り、そして1人がまだここに残っている。ゴートは彼に会いに来たのだ。

 

 テントの中に入ると、並ぶベットの上で苦しむ兵士達をみて足がすくむ。ビッグボスがコードト―カーなる人物を回収したことで、この奇病にも対策がおこなわれているらしい。

 患者はまだここの半分近くのベット埋めてはいるものの、以前のように自分もそうなるんじゃないかと不安げに周りを見回す患者はここにはもう1人もいない。

 

 病は気から、の言葉にあるように。

 隔離病棟には結構な数の健康な兵士がはいっていたことが明らかになっている。この先、ここに入っていたことを笑い話にする奴もいるだろうが。ここに残された連中は――。

 

「隊長、こっちですよ」

 

 声をかけられ、ベットのひとつに近づいていく。

 彼の部下がそこにいた。

 

「すいませんね、呼び出して。時間もないらしくて――」

「いい。構わない、話したかった」

 

 ゴートは言ってしまった後で、心の中で舌打ちする。

 話したかった、だと?なにを間抜けな事を俺は言っているんだ……。

 部下はそれがおかしいと思ってくれたのか笑うけれど、周囲の苦痛に満ちた声の中にあっては場違いもいいところで。ゴートは戸惑うあまりに顔が赤面してしまう。

 

「すまない、冗談で言ったわけじゃ」

「いや、いや、いいんです隊長」

「俺も――慣れてなくて、どうしていいかわからないんだ」

「そうですよね、もちろん、わかってますよ隊長」

 

 また落ち込みたくなる。

 こいつに少しはましな事を言えないのか、俺は!

 

「発症していますが、まだ肺を食われてないようで。短い時間ですが、こうしてあなたと話せる」

「……残念だ、本当に」

「仕方ないです。自分が勘違いしてここに来た。それで病気を貰ったのだから、どうしようもない」

 

 言葉がなかった。

 最初は隔離病棟に収容されても症状のない奴はべつにわけられていたものの。次第に増えていく収容者に対応が追い付けなくなった結果。今のような雑魚寝の状態にならざるを得なくなった。

 ゴートの部下はそれで発症してしまった。

 マザーベースにいれば助かったのかもしれないが。悩み、不安に押しつぶされるようにここにきたせいで、これから彼は苦しみながら死のうとしている。

 

「まだ意識のあるうちに遺言書を書かないといけないんですが。家族は、とくに兄弟達のために隊長にも手紙を書いてほしいと思いまして」

「わかった、引き受ける。どんなことを書いたらいい?」

「俺の最期を」

「……本気か?」

「はい。俺は……せいぜい悲しまないように気を使って書きますけど。それだけじゃうちの連中は納得しないと思うんですよ。だから、俺がどんな死に方をしたのか。本当のことは隊長が書いてほしいんです」

 

 なにを期待されているのか、わからなくなった。

 彼に待っているのは、意識を失い。呼吸器を破壊されて死んでいく運命だ。彼の言い方では、それを正しく彼の家族に伝えてほしいと聞こえた。

 

「あ、えっとだな」

「わかりますよ。本当に迷惑な事を頼んでいるって、でも隊長以外にこれは頼めません」

「お前の家族は悲しむんだぞ?俺は、表現をぼかして書くとか難しい」

「だからです。俺は調子のいいことを遺言書に書きたいんで、真実は隊長にお願いしたいんです」

 

 なんとひどいことを最後の願いとする部下であろうか。悪意なく不幸の手紙を、彼の家族に書いてくれと本人が言っている。やめろ、と命令したくもなるが、最後にそれだけはしたくない。

 

「そんな困った顔をしないでください。悪いとは分かってます。

 でもね、隊長。俺には書けなかったんです。1人で怯えて、勝手に感染して、無様に苦しんで死ぬんですって。自分では家族に伝えられないんです」

「だがな――」

「いっそミサイルにでも直撃されて粉々になったでもいいか、と思いましたけど。あとで自分の家族が納得できないからって聞いて回って、そこで俺の死の真実を知らされるとか、されたくないんですよ。

 俺はどうやっても戦場で、まったく関係ないことで無様に死んでしまうんです。それを――お願いします」

 

 結局、ゴートは断ることが出来なかった。

 それどころか調子よく「引き受けた、まかせろ」などと了承までしてしまった。

 テントから出ると周囲の目も気にせずに、頭を抱えてその場にうずくまってしまった。自業自得だが、こんなこと、できるわけがないだろうと自分に言いながら数時間をそこで過ごした。

 

 その後、ついに重度の意識障害をおこすと徐々に悪化していき。彼が息を引き取るまで10時間もかからなかった。

 部下に意識があるうちは1人、問答を繰り返していたゴートであったが。彼が苦しみだすと同時にテントの中へと戻り、最後の瞬間までをそばでじっと座って感情を殺して見つめていた。

 見逃しはしない、彼の部下の頼みなのだ。可能な限りを脳に刻みこみ、その姿を伝えなくてはならない。

 

 部下が息を引き取った次の朝。

 寝不足と、壮絶なその最後を記した手紙を書き終えたゴートは他の死者達と一緒に燃やされて灰となる部下を見送っていた。

 その目はくぼんでいて、まるで骸骨のようであったとそれを見た誰かが別の場所で話していた。

 

 

 患者がいなくなり、撤収準備が進む隔離プラットフォームにはヘリからカズが降りてきた。

 その彼を、任務の地からもどっていたスネークとオセロットが出迎える。だが3人は何も言わなかった。

 奇病騒ぎは終わろうとしているが、そこで彼等は再び多くを失った気がして。口を開けばそれを確認し合うのではないかと思うのか、黙っていた。

 

 一方、マザーベース内では前もって録音されていたカズヒラ・ミラー副司令による緊急事態宣言の終結をつげるスピーチのテープが再生されていた。

 

 

 マザーベースを覆っていた奇病の脅威、恐怖は消え去った。

 コードト―カーの協力で、声帯虫の新たな発症は抑えることができた。

 すでに発症していた者までは助けられなかったが。生き残ったスタッフは、治療開始から48時間。隔離プラットフォームからは全員を解放することができた。

 

 だが終わった物など何一つないことを伝えなくてはならない。

 今回の感染経路は引き続き調査が続く。命を失った仲間のためにやれることが残っている。

 だが、一番重要な事がある。

 サイファーには、スカルフェイスにはこの代償を必ず払って貰う。必ず、だ。



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潮境

それでは再開。


 マザーベースを襲っていた声帯虫の終結宣言から数日。

 弛緩した空気がひさしぶりに漂う海上プラントの中で、スネーク達だけは忙しさからは解放されなかった。

 コードト―カーなるアメリカ先住民の老人の協力によってダイアモンド・ドッグズは息を吹き返しただけではなく、より大きなものを手に入れることができたことがわかったからだ。

 

 サイファー、スカルフェイスの真実。

 もたらされる情報はあまりにも多く。それを整理し、消化するスピードが求められていた。

 

 

 それまでわかっていた事。

 周辺武装勢力相手への核ビジネスと市場開拓、民族浄化虫なる声帯虫の大量破壊兵器化、そして2足歩行兵器。

 バラバラなピースは、コードト―カーの言葉で全てをつなぐ線が姿をあらわしはじめようとしていた。

 

 4人は指令室に集まり、録音のテープを動かした。

 

「コードト―カー、まず協力に感謝する。我々はすでにこのアフリカからスカルフェイスが去ったことは知っている。だが奴がなぜここにいたのか。その全てはわかっていない」

「うむ、だがお前達は真実の欠片を集めてあるようだ。この私がそれで輪を結べば、疑問はなくなるだろう」

 

 カズにそう答えると、コードト―カーの口から残され、隠されていた謎の解明が伝えられようとしていた。

 

「以前にも言ったが、スカルフェイスは私から多くのものを奪っていった。

 それは私の虫達の研究のことだと理解してほしい。私は虫達の秘密を解明したが。同時に公にするわけにはいかない、封印しなくてはいけない虫達も明らかにしてしまった。

 私が調べなければ、スカルフェイスが知らなければ。

 あの髑髏部隊などという異形の存在も誕生させなかっただろうと思うと、後悔しなかったことはない。私が出来るとすれば贖罪の道に救いを求めるしかないが、それもかなうのかどうか――」

 

 スネークは悔恨に顔をしかめる老人に、コールマンにだまされてピースウォーカーを誕生させてしまったあの時のヒューイの姿を見た気がした。

 

「奴等の車は見たか?」

「その車列を抑えたことがある。中には――わずかなウランと鉱石が入っていた」

「おお!メタリックアーキアは……」

 

 長時間に及ぶコードト―カーの話は、驚きに満ちたものの連続となった。

 

 そもそも彼等がアフリカに戻ったのは、残っていた核実験が成功。このコードト―カーを最後に処分させるためだったのだというのだ。

 問題はその核実験とは”爆発させない”ための実験だというところだろう。

 なぜそんなことをしていたのか?

 

 答えの次に問いが発生し、そこにまた答えが重ねられていく。全てが繋がり、輪を描いていく。

 スカルフェイスは世界に核兵器を売りさばく市場の開拓、独占市場とするべく商品である核兵器を生み出すキットの開発。さらにそれらを”自分だけ”が制御するための装置を作るという途方もない計画が披露される。

 

 まず世界の監視の目をすり抜けるため、核兵器開発キットというべきメタリックアーキアなる虫と、少量のウラン、ウランをわずかに含む鉱石を売りつける。

 バイヤーは商品を受けとって、そのメタリックアーキアの特性を使い。鉱石からウランの抽出と濃縮をまとめて行わせれば、これで兵器は完成するという。

 

 さらにかゆい所にも手が届くよう、兵器運用のために全地形走破可能な2足歩行戦車を用意。

 彼等の売る核兵器を搭載して運用できるようにする。

 これによって大きな国から、テロ組織、小さな武装集団までも、核武装を可能にさせる。

 

 安全に、誰でも、銃やミサイルのように買えるこの核は、当然だが多くのものが欲しがり。彼らにスカルフェイスは高値でそれを売りつける。

 遠からず世界に核兵器が拡散され、核抑止も飽和してしまうだろう。

 そうなると人類は破滅のがけっぷちに立つことになるわけだが、そこで意味を持つのが”スカルフェイスだけ”が持つことを許される。この核兵器への安全装置。即座に彼の意志で核兵器が無効化されるシステムの存在である。

 

 その核兵器の使用には国や理由など関係ない。

 スカルフェイスただ1人の意志だけで使用の可否が決められる核兵器。

 国の大小を関係なく、あらゆる集団がスカルフェイスに制御された核兵器を持っているというその世界は。

 混乱と嘘に満たされて完成する核飽和による核抑止。狂気で実現する平和な世界の到来を思うのは苦々しいなんてものではない。

 

 しかしそれでも、スネーク、カズ、オセロットは黙りこくってしまう。

 スカルフェイスによる恐れることなく人類全体をカモにするという詐欺行為に言葉がなかった。

 確かに驚くべき話だった。だがうらやむなど当然なく、呆れたわけでも、笑うことも、感心だってしない。だが、今の奴ならばその未来は不可能ではないかもしれないという怒りと悲しさだけがあった。

 自分達はそれでも、遅かったということなのだろうか?

 

「いや、まだだ」

「ボス?」

「ヒューイはなにをしている?」

「例のバトルギアの開発だ。もうすぐ完成すると、最近は眠る暇も惜しんでいるらしい」

「オセロット、カズと一緒にあいつをすぐに絞めあげろ」

「ボス、なぜだ?」

 

 いきなりスネークが言いだしたことにカズは驚いていた。

 

「コードト―カーの話を聞いただろ?奴の計画には虫とヒューイの2足歩行兵器が必要だ。つまり、やつはアフガンへ戻ろうとしている」

「――だがサヘラントロプスは、あんたがヒューイを回収する際に破壊したじゃないか」

「忘れたのか?かつてパスはジ―クを強奪した時、俺はアレを破壊した。だがどうなった?

 ジ―クはすぐに修理され、おかげであの後の核査察では苦労して隠す羽目になった」

「!?」

「あいつはサヘラントロプスがスカルフェイスに回収され、どこで修理されているのか知っているはずだ。必ず聞き出せ」

「しかしヒューイには自白剤はきかない、ボス」

「これは俺達の未来に関係する話だ。スカルフェイスの計画が完遂されれば、メタルギアに搭載された核兵器を世界に見せつけられれば、本当に手遅れになる。

 ヒューイが俺達の役に立たないというなら、俺達の悩みもひとつ減ることになる」

「殺せと!?ヒューイを」

「戯言につきあう暇はないということだ。弁護も言い訳もできるものなら好きなだけ続ければいい。だが、俺達の邪魔しかしないというなら、話は変わる」

「だが、それでは9年前のMSF壊滅の真実はどうする!?」

「――。」

 

 いつもと違い、妙に殺気立っているビッグボスをなだめるようにオセロットが口をはさむ。

 

「わかった。ヒューイのことはカズヒラと俺に任せてくれ。あんたがこれ以上、気をもむような結果にはしない」

「オセロット!?」

「カズヒラ、安心しろ。これでもおれは拷問ではプロだ。殺さなくても方法はある」

 

 オセロットはその異名を持つにいたった技術を存分に発揮したが。それだけにやり方は過激を極めた。

 ダイアモンド・ドッグズですでに抑えてあったメタリックアーキアを持ってヒューイに会ったのである。

 これまでと違うその空気を察したのか、ヒューイは5分と持たずにその場所を口に出した。”OKBゼロ”、彼を回収した基地よりもさらに山岳地帯に深い場所にあるというサイファーの秘密施設。

 そこに彼のサヘラントロプスがあるはずだ、と。

 

 オセロットは苦笑していた。

 過去のMSFについてもこれくらい素直に話せば、あのボスもさっきのように過激な苛立ちなど見せたりはしなかっただろうに。それにもっといえば、アンゴラで失った多くの仲間の死や声帯虫の脅威に震えた日々も回避できた。

 

「お仕置きが必要だな」

「え?」

 

 ヒューイの感覚のない下半身に、その骨をチタンで貫いてまで歩くという執念で実現させる鋼の足に手を伸ばす。怯えて声を上げるが知ったことではない。

 メタリックアーキアが残って”いる”と思う注射針を床と足の間にいれて挟み込むようにする。

 大丈夫だ、どうせ数分と待たせずに部下達が来る。

 だが、その間くらいは人並みに反省してもらおう。お前のたわ言で、多くの仲間が失われたということを。

 

 泣き声を背にしてオセロットはひとり、部屋を出て行った。



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OKBゼロ (1)

 即日、ダイアモンド・ドッグズに緊張が走った。

 副司令のミラーが、力強くマザーベースの仲間に向けて言葉を発する。

 

「諜報班より新しい情報が入った。ソ連軍ベースキャンプが全滅、交戦はなかった。

 これではっきりした。スカルフェイスはアフガニスタンへと戻っている。奴は何を考えたか、手を組んでいたはずのソ連に対して声帯虫をつかったのだ。

 スカルフェイスはさらに北上。目標はOKBゼロ、ここに奴の2足歩行兵器があると思われる。

 奴には何も持ちださせてはならない。それは俺達のこれまでの戦いを無駄にすることを意味している。

 

 歴史に奴の名前が載ることはない!奴の存在を世界が知ることを許しはしない!ダイアモンド・ドッグズにとっての正念場になる。決戦の準備をしろ!」

 

 目標はわかったが、時間がないので現地の情報は皆無に近かった。

 準備室から出てくるスネークは、いつもと違ってスニーキングスーツではない。スクエア柄の野戦服であらわれると開発班から最新の武器リストを受け取り、ヘリポートへと向かう。

 見送りに出ていたカズが近づいてくると

 

「最悪、あのサヘラントロプスと再戦となる。今回はダイアモンド・ドッグズの全兵力を動員する」

「総力戦か、カズ」

「声帯虫の騒ぎのあとだが、このチャンスを逃すわけにはいかない。使えるものはすべて使わないと」

「確かに」

「これが俺達の未来のために必要なことだ。俺も、オセロットとすぐにヘリで現地へ向かう」

「わかった」

 

 声帯虫の脅威が去ったとはいえ、病み上がりの今のダイアモンド・ドッグズに傷を癒す時間は残されてはいなかった。

 すでに生物兵器かも知れぬ疫病による死者と、その恐怖から外出禁止命令解除後にここから立ち去るものも少なくはなかったが。それでも、これは避けられぬ戦いだった。

 彼等を見送るコードト―カーの脇を無言のまま通り過ぎる。

 

「スネーク!」

「……!?」

「これを逃せば、奴は覇者として歴史にその名を刻む。その前に殺せ!」

 

 ビッグボスを見送るカズの声に、はっきりと憎悪と殺意がこめられていることにプラットフォームの兵士達は戦慄した。

 あのいつも冷静な副司令官の言葉とは思えなかったのだ。

 

「奴の存在、痕跡、もろとも全てを歴史から消せ!!」

「――カズ、後方支援は頼むぞ」

 

 緑色の機体が飛び立つと、それに合わせたようにその他のプラットフォームからもヘリが飛び立ちあとに続いていく。

 

 兵士たちを見送りながら、コードト―カーはひとまず彼自身の役目を終えたことを知った。

 同時に風が、彼の言う精霊の言葉とともにイメージを送ってくる。そこは嵐のような夜で、地面のあちこちを人の生み出す光で照らす場所が見えた。

 そして今立ち去ったあの鬼が――まだ角も、傷だらけになっていない顔も、若さもある彼が闇の中で座っているのを見た。

 その彼の頭上を、次々と飛び立つヘリが通り過ぎ――。震える少年と少女が地面の上に丸くなって眠っている

 

「さすがに、話し疲れたな」

「――!?わかりました、ではなにか食事でもされますか?コードト―カー」

「うむ、では食事をいいかな?ハンバーガーを頼もうか」

 

 留守番と彼の見張りを兼ねたスタッフに車いすを押してもらいながら、老人は伝えられたイメージの中のビッグボスをじっと見つめていた。

 

 

 曇り空、雨は降りそうになかったがアフガニスタンのあの冷たい透けるような青空はどこにも見えない。

 ヘリの群れは、その谷を、荒野を低空で飛び続けていく。

 その数は尋常なものではなく、離れた観測所から見たソ連兵達は異様な一群を見て見ぬふりをしようと決めたほどだった。

 

 

 それも次第に分裂を始めると、ビッグボスの乗ったピークォドだけが彼らよりも先んじて目的地へ向かっている。スネークは扉をすでに開けはなって座り込んでいた。

 DDとクワイエットはそんなスネークの背中を座席に座って不思議そうに見ている。

 

 驚いたことだがスネークの心は奇妙な高揚感を味わっていた。

 復讐の暗い炎とか、使命感といったものとも違う。激しい戦いの予感、それがすでに彼の体を熱く滾らせているのだ。

 

『スネーク、聞こえる?』

 

 スネークの顔にわずかだが不快の色が出た。

 

『OKBゼロも、サヘラントロプスも。一番詳しいのは僕だ』

 

 ヒューイだ。どうやらこの作戦に参加するつもりらしい。

 

『考えを改めたんだよ、君の役に立ちたいんだ。スカルフェイスのためじゃなく。僕に罪を償わせてくれ。

 証明するよ。僕も――君の仲間だって事を』

 

 本人が言いだしたことなのだろうが、カズが何かの役に立つと思ったのか。それとも再び人の少なくなったマザーベースには置いておけないと思ったのか。判断に迷う話だ。

 

『ボス、俺はスカルフェイスには聞きたいことが山ほどある。接触したら、まず情報を聞きだしてくれ』

 

 今度はオセロットからだ。

 どうやら彼はいつぞやのようにスネーク個人への秘匿回線を開いているようだった。

 

「コードト―カーの話だけじゃ足りないのか?」

『民族浄化虫、サヘラントロプス、あの老人が嘘を言っているとは考えてないが。あれが全部か、是非知りたい』

「ずいぶんと慎重なんだな」

『ボス、奴の計画を暴け』

 

 ヘリは高度を落とし始めると、スネークはDDとクワイエットを連れて高原の中へと飛び降りた。

 情報端末のiDroidを開いて地図と状況を確認している間。クワイエットとDDは草むらに伏せて周囲を油断なく警戒している。

 どうやらカズはスネークがスカルフェイスを襲撃するのと同時にOKBゼロに全部隊を投入するつもりでいるらしい。(これでうまくいくものかね?)疑問はあったが、それを本人に伝えるつもりはなかった。どうせ本人だってそう考えているのだろうし。

 

「クワイエット、先行してくれ。DD、走るぞ」

 

 そう言うとスネークは斜面を駆け下りていく。

 

 

==========

 

 

 あのスクワッドの面々が、ゴートの部隊の前にあらわれた時は驚いた。

 今回の彼と彼の部隊は、残念ながら出動しても戦場で戦うことはなさそうだ。

 それも仕方がない。部隊の半数が死に、仕方なく他の班と急造で合体させられたので今回のような現場では、いくら実力を認められているゴートが率いるといっても。最前線には投入できないと判断されてしまったのだ。

 

 同じように機能不全に陥っていると判断されたスクワッドも。黒でボディラインがあらわれるスニーキングスーツを着たハリアーとフラミンゴ。まだ杖をついて頭部の包帯も取れていないアダマは、さらにとんでもない要求を突き付けてきた。

 

「スクワッドを、率いろだって!?」

「そうだ。俺はまだこの通りだ。しかし、フラミンゴもハリアーも問題はない。彼女達ならボスの役に立つ。問題があるとするなら、彼女達を指示できる。ボスに信頼されている部隊の指揮官だけだ」

「……」

「ゴート、あんただってスクワッドに復帰することは夢だったはず。やってくれ!」

 

 光栄な申し出だとは思う。

 現隊長である、アダマの複雑な胸中を思うなら。引き受けてもいい話ではあった。

 だが――。

 

「無理だ。だいたい、こっちも部隊の長をやってるんだぞ。ミラー副司令にも話していないし――」

「そんなことっ」

「後方支援は確かに不満がないわけじゃない。だが、勝手に決めることでもない。大体、作戦はもう始まっているんだぞ?」

「わかった」

「そうか――」

「ああ、わかった。俺が隊長に復帰する。俺があんたの部隊を後方で面倒をみる、それでいいだろう!?」

 

 わかってなかった。全然理解していない。

 

「おい、ふざけるなよ。あんた、まだ杖だって――」

 

 ゴートが指摘するそばからいきなりアダマは杖を投げ出すと、襟首をつかみ上げてきた。

 

「おい、なにを!?」

「お前こそ!お前こそ素直に言えよ!――わかっているんだろう?この作戦はボスにとって重要なものになる。俺達は、その時あの人と戦場で戦うために存在する!なにが、なにがあってもだ!!」

 

 顔を真っ赤にして言うその姿に、あの日。敗北感の中で必死に自分達のできることを考えていた自分の姿が重なった。

 

「――だが、そうじゃないんだ」

「そうだ!あの人は俺達を置いていった。

 でもだから、ここで諦めるのか?ここでガッツを見せなきゃ、あんたの作った道を通ってきた俺が。俺の死んだ部下達は、何のために戦ってきた!?」

 

 サイファーの髑髏部隊。

 アダマは苦しんでいた。化け物と恐れられた敵に勝利しておきながら、それでも、もっとうまく戦えなかったのかと、あれほどの被害は出なかったのではなかったかと。それができればボスに忘れられたかのように置いていかれることもなかったのに、と。

 その苦しみをゴートはわからないではなかった。

 彼のいうとおり、彼とは違うが。自分も率いた仲間の多くは、もうダイアモンド・ドッグズにはいない。

 

「いいのか?スクワッドの条件、ビッグボスの意志と了解が必要。俺達はそのどちらも無視することになる。戦場から帰ってきたとしても、スクワッドは解散させられるかもしれない」

「それでもいい!俺達は出動できないばかりにあの人を何度も化物に襲わせてしまうことになった。今回だけはそれは許せない」

「――杖を突くような怪我人に、俺の部隊はまかせていくつもりはない」

 

 アダマはゴートの迷彩の襟首から手を離すと、2本の脚を大地につけ。背中を伸ばし、ひきつった顔に脂汗を浮かべたまま敬礼する。

 廊下に放り出した杖には見向きもしなかった。

 

「俺の部隊を率いて、戦場へ。かわりに自分が、あなたの部隊を引き受けます」

 

 ゴートは無言でその姿を数秒みていたが、おもむろに敬礼を素早く返すとその場から立ち去っていく。作戦はすでに開始しているが、スクワッドは最後尾から最前線を目指す。

 そこに彼が、ビッグボスが戦う戦場が待っているのだ。

 

 

===========

 

 

 マザーベースから人の姿が少なくなっている、チャンスだとそう思った。

 

「イーライ?どこに――」

「うるさい。お前は戻れ、ついてくるな」

 

 同室の少年がついてきたそうであったが。それをはっきりと拒否すると、悲しげな顔をして相手は離れていく。

 カズヒラ・ミラーの言葉の意味はイーライにはさっぱりわからない話であったけれど。大人達が何かに気を取られて浮き足立っているのは利用しないわけにはいかなかった。

 

「頭を使うことを覚えたら その時は出ていって構わない」

 

 あの男はそう言うと、イーライの全てをまた奪い取った。

 それだけではない。ここでの生活は彼から毎日、何かを奪い取っていく。大人達は、それが”子供だから”当然だと言って。

 

 苦痛だった。

 

 アーサー王だともてはやされた自分が、結局は本物の王を前にすればただの脇役。それも名前もないどこぞの山賊の頭程度の存在だと思い知らされた。

 ダイアモンド・ドッグズという城、マザーベースにいる精強な兵達、ビッグボスと彼に従う忠実で有能な仲間達。イーライにはそのどれもなかった。

 

 抵抗せねば!あの男に!!

 

 その強い意思だけが、イーライの中で変わらずに成長を続けたことで残っていた。大人に奪われなかった。

 ビッグボス本人と会合するというハプニングはあったが、彼という敵がはっきりとわかるなら、それはそれで問題はないというものだ。

 いつの日か、彼に負けない城を手に入れ、彼に負けない最強の兵達を手に入れ、彼に負けない仲間達を手に入れたら。最期に新しい時代の覇者の手で息絶える栄誉をあいつにくれてやるつもりだ。

 

 そのためには抵抗せねばならない。

 奴の手から、奴の城から今は逃げなくてはならない。

 

 次々と集まってくるヘリのひとつに兵達に先んじて乗り込むと。その貨物室に潜むことにした。

 ヘリコプターの操縦が出来るなら、このまま奪ってしまいたいが。残念ながら自分にはそれが出来ない。どこかへ着陸したら、隙を見てここからにげだすことにした。

 

 ところが、である。

 

 ヘリが飛び立ち、数時間ほどたったあたりでいきなり貨物室の扉をガンガンと叩かれた。

 

「中に誰かいるな?出てこい、隠れているのはわかっている」

 

 ミラー副司令の声だ。

 何故奴はわかった!?

 理由はわからないが、だがもしかしたらブラフかもしれない。

 

「おい、お前に言っている。気がつかないと思ったのか、クソガキ。自分で出てこないつもりなら、睡眠ガスをたっぷりと吸い込ませてから優しく引きずり出してやるが、どうする?」

 

 ガキ、優しく、その言葉がどうしようもなく勘にさわった。

 もうばれている、諦めるしかないとわかって出ていくしかなかった。

 

「ほう、クソガキはイーライだったか」

 

 面白くもなさそうに副司令官はそういうと、向かいに座るヒューイとか言う科学者の隣の席を杖で指す。そこに座れというのだろう。

 

 失敗してしまった。

 

 再び大人はイーライから自由になるという機会を奪っていく。

 彼の口の中には敗北の味が広がる。血の匂い、鉄の味、そして心の中ではあの鬼のような姿のビッグボスが思い浮かんでいる。

 

(殺してやる。死にそこなったあんたは俺が必ず殺してやる)

 

 膝小僧を握りしめようとする拳に続いて爪を立てる。どうやら作戦中らしいが、それが終わるまではここに”いい子”で座っていろということなのか。

 敗北の味には、どうしたって慣れることはない。なぜなら自分はあの男の――。




また明日。


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OKBゼロ(2)

 OKBゼロ、ダイアモンド・ドッグズにとって未知の場所の一画にクワイエットはいた。

 その手には長らくボスの部屋で眠っていた、サイレンサーを内蔵した新型の狙撃ライフルが握られている。

 目の前に広がる巨大な敷地には、スカルフェイスの率いるXOFの部隊の兵士達がいる。その数は不明、しかしおそらく今のダイアモンド・ドッグズと対決してもそれほど優劣はないかもしれない。

 頭上には巡回するヘリが見回りを続けていて、地上の兵隊達とは違う視点で警備を続けている。尋常ではない、厳しい警備が敷かれていた。

 

 その最奥地にある扉の向こう側から。

 平気な顔をした狼ー―いや、犬が出てくると。兵達の間を抜けて出口にむかってかけていく。兵達は一瞬はその獣に気を取られるが、うっかり迷い込んだのがここから出て行こうとしているだけだろうと気にせずにほうっておいた。

 もはや説明は多く要らないだろう。その獣こそDDであった。

 ではクワイエットとDDをここに置いてスネークは、ビッグボスはどこへ?

 彼は相棒とはなれて、これからどうしようというのか?

 

 

 そのスネークは、驚くべきことにスカルフェイスがいると思われるヘリポートへと向かうタラップを1人で延々と駆け上っている最中だった。

 ここまでの道中は強引なやり方で進んでいる。クワイエットとDDが、スネークの進路をふさぐ存在がいるとわかると徹底してこれを排除し。続くスネークがその死体を人目につかないところまで運ぶ。

 それだって完全ではないから、そのうち誰かがその中の1つを見つけないなんてことはない。しかし今は、急ぐ必要があった。

 スネークの、あの不思議な感覚が。スカルフェイスが今にもここから飛び立とうとしていると訴え続けている。

 

『ボス、あんたって奴は――いったいなんだっていうんだ!?』

「ヘリの音が増えた気がする、カズ?」

『ああ。ああ、わかってる……その通りだ。迎えが来ている、スカルフェイスはヘリポートだ』

「……」

『ヘリポートはまだか、ボス。奴をここから飛び立たせてはいけない』

 

 ビッグボスは急に無口になった。

 

 

==========

 

 

「ずいぶんと急いでいるんだな!」

 

 ヘリポートにビッグボスの声が響く。

 

「だがサヘラントロプスはここにはない。ソ連軍への仕打ちも理解できない」

 

 ヘリに乗りかけていたスカルフェイスの背中が動きを止め、顔が後方へと向けられる。

 ヘリポートにいたXOFの部下達が銃口を一斉にその声の主に向けて構えた。

 本当にぎりぎりの到着だった。まさにこの場から離れる寸前、スネークはまたしても間に合うことが出来た。

 

『ボス?ボス!?』

 

 無線の向こうでカズが慌てているのがわかる。

 

『なにをしている。いや、なにを考えている!?スカルフェイスを殺せ、あんたが殺されるぞ』

 

 スネークはその言葉に返事をしない。

 XOFの兵達をかき分けて、あの男があらわれるのを待っている。

 

「なるほどな、お前は確かに絵になる男だ」

 

 スネークが思った通り、スカルフェイスもこちらに進みでてくる。

 

「だがわかるぞ、お前も失くしたな?失くしたモノの痛みにうなされる――その痛みを、憎しみで緩和しようとする。しかしその痛みは消えない」

 

 スネークも歩き出す。

 銃は下げているが構えてはいない。

 

「それなのに人は――フン、鬼に堕ちていく」

 

 スカルフェイスは黒の帽子を脱ぐと、あの不気味な土気色の顔を見せた。

 

「どうだ醜いか?」

「フン、こっちを見て言え。お前が奪った顔だ」

 

 髪の生えていない、死者のような髑髏頭と角が生えているように見える、顔を多くの”部品”で傷つけられた鬼が向かい合う。

 

「お前も鬼だな。もはや、人間には戻れまい……お前も私も、逃げも隠れも出来は、しない。そうだったな」

 

 顔を近づけると、顎でヘリを差す。

 

「いいだろう、共にヘリに乗れ。お前に私の、鬼を見せてやろう」

 

 スネークは今回も間に合った。だが、スカルフェイスはOKBゼロからヘリで飛び去っていった。

 彼と一緒に、スネークもそこから離れていく――。

 こんなこと、作戦にはなかったのではないか?無線の向こうで舌打ちするカズの姿が見えるようだった――。

 

 

============

 

 

 クワイエットは走るのを止める。

 すでに彼女はOKBゼロから離脱していた。そして無人となったソ連監視所に入ると、そこにあったジープに乗りこむ。珍しく、車両を使うつもりらしい。

 上空にあるヘリはスネークを乗せてはなれていく。走ったほうが楽についていけるのだろうが、それだとこちらの体力にも限界が来る。

 エンジンをかけると、追いついてきたDDが助手席に飛び乗って丸くなる。よし、これで――。

 

『クワイエット。クワイエット、聞こえるか?こちら――こちらはスクワッド。力を貸してほしい』

 

 ゴートの声だとはすぐに分かった。

 彼が部隊選考から落ちた後もちょくちょくマザーベース内ですれ違ったことがある。なれなれしさはないが、最低限の礼儀をつねにみせていた。律義な男だった。

 

『あんたの情報が欲しい。ビッグボスはどこだ?俺達はあの人のいる戦場にいきたい』

 

 どうやら彼。いや、彼等はミラーやオセロットの意志を無視しているのだとわかった。

 作戦に参加するには自分達の存在を公開しなくてはならない。それが許されないとわかっているから、こうやって秘匿でクワイエットから情報を手に入れようとしているのだろう。

 彼女の持つ情報端末は、もともとはビッグボスが使うべきもの。他とは違って、色々と好きにできる機能が搭載されている。

 

 クワイエットは隣で丸くなるDDを見た。

 DDはクワイエットを上目で見ている。「どうするんだよ?」と言っているようだ。

 悩む必要はない。クワイエットは情報端末に接触してきたゴートの端末に、クワイエットから一方的に情報を送り続けるように操作すると、アクセルを踏む。

 時間を取られた、急がなければ。

 

 

 OKBゼロから離れていくヘリもあるが、逆に近づいているヘリもあった。

 低空で接近するそれら一群の腹の中には、ダイアモンド・ドッグズの誇る戦闘班の精兵達がぎっしりとつまっている。

 そして彼等を率いるべく同乗していたオセロットもいた。

 

「ほう、ボスが……」

『そうだ!なにを考えているんだ、あの人は!?』

 

 スカルフェイスを前にすれば、自分と同じで奴を八つ裂きにするはずと思いこんでいるカズヒラは半狂乱になっているが。ビッグボスは彼よりもずっと理性的でいてくれたらしい。

 

「カズヒラ、少し落ちつけ。ボスは殺されなかったのだろう?」

『ああ、それはそうだが――』

「ボスはそこにサヘラントロプスがないと判断したんだろう。スカルフェイスは、ボスを前にすれば2足歩行兵器をみせようとするはず。彼の判断はなにも間違ってない」

『ん、んん』

「今から3分後、こちらはOKBゼロを予定通りに襲撃する。大きな場所だ、制圧には時間がかかる。ボスの面倒は誰が見る」

『――クワイエットが動いているようだが』

 

 まだこじらせるのか、この男は。

 

「わかった。そっちはあんたが向かってくれ。それと――イーライがいたと聞いた」

『ああ、そうだ。貨物室に隠れていた。脱走を図ったのかわからんが、対処は後で――ああ、まずいな』

「かまわんだろう。元は少年兵、それもとびっきりのクソガキだ。自分で戦場に出た以上は、”役立たず”の兵士として扱ってやれ」

『しかし――』

「ではボスを放ってマザーベースに戻るか?ボスにはお前が必要だ、カズヒラ。イーライは問題ない。自分の面倒くらいは自分で見れる奴だ。可愛げがないからな」

 

 そういうと「もう切るぞ」と告げて自分もサブマシンガンの点検を簡単におこなう。

 リボルバー使いを自認するからといって、ほかの銃を使わないわけではない。特に今日のような、部隊を率いて前線に立つというときはなおさらだ。

 

『オセロット、降下まであと1分です』

 

 今夜は彼も楽しませてもらうつもりだ。

 スカルフェイスが去った後も、あの巡回する攻撃ヘリは残っていたが。

 いきなり低空から出現したダイアモンド・ドッグズのヘリ達があらわれると一斉にバリバリと機銃が火をふいて、攻撃ヘリは制御を失い地上へと墜落していく。

 

 OKBゼロは戦場となる。




また明日。


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連鎖

知らせるのを忘れていたけど、この章も今回を入れてあと2回。
2ヶ月近く連載してるのかよ・・・。


 ヘリのプラットフォームに上がってその背中を見た瞬間は、スネークの体の中にも暗い炎が火柱となって吹き上げるのをはっきりと感じた。

 ライフルの弾倉31発を、ライフルにつけたランチャーのトリガーを、引き抜いたハンドガンの一発を。そのいずれかで奴の全てを奪ってしまえば――。

 

――駄目、スネーク!

 

 彼女の声がした。

 気がつくと、背後にあのパスがこちらへ心配そうな目を向けていて。あのイシュメールが黙ってこちらを止めようとする彼女の肩に手を置く。

(あんたが彼女を連れて来てくれたのか)

 スネークの亡霊達から答えはもうなかったが、”彼等が見守ってくれる”ならこれも乗り越えられる。肺に冷たい空気を大きく吸い込み、吐き出す。そして――。

 

「ずいぶんと急いでいるんだな!」

 

 ヘリポートにスネークの声が響き渡る。

 

 

==========

 

 

 ヘリの中で、再び髑髏の男と傷だらけの鬼が顔を突き合わせる。

 口を開いたのはスカルフェイスの方だった。

 

「ラングレーの時から君を知っている。1964年、スネークイーター作戦、そこでも私は君の裏側にいた」

 

 すでにその話はオセロットから聞いていた。驚きはない。

 

「あの時、君がソ連領内から持ち帰った『賢者の遺産』。思えばそれで我々の未来は決められてしまったようだ。そうは思わないか?」

「思わないな」

「ほう、そうかね?」

「――『私の村にはアブラナの畑と工場があった』、そう言っていただろう?」

 

 スカルフェイスの黒のアイマスクの下に輝く目が異様な輝きを見せた。

 

「どこでそれを?」

「お前が言ったことだ。9年前、哀れな少女となにも知らない少年に自分の過去を話して聞かせたな」

「君もそれを聞いた?」

「お前の残したテープだ。哀れな話だったが、汚れ仕事の処理を人生の楽しみとする男の記憶と思うと感じ方も変わる。そうは思わないか?」

「他に何を聞いた?ナバホの老人から?」

「サヘラントロプスと民族浄化虫。胡散臭い話しだった」

「それは随分とひどい評価だ。断固異議を唱えさせてもらおう。だいたい、それはサイファーの出した”解”というだけだ。私の意志とは違う」

「”サイファー”の?”ゼロ”ではないと?」

「ふむ、君は私の嫌いな人物のようだ。私の話を聞きたがらない、だが面白い話が出来そうだ。君を少し見直したよ、ビッグボス」

 

 声は楽しげに感想を述べるが、その目の輝きは相変わらず虚ろなままだった。

 

「言葉とは……奇妙だ」

 

 いきなり話題をかえてきた。

 

「言葉は人を殺す。支配する、虚像を作り出す。いや、それどころか言葉をかえれば君が見る私も、その場で変わってしまう。私という違う言語を話す人間が影のように増えていく。

 同じ価値観、同じ善と悪、同じ性格。それでも、言葉が違うというだけで私という存在のすべてが違ってくる」

「なにが言いたい?」

「そう、つまり君の古い友人。私のかつての上司。ゼロ少佐の話だよ」

 

 この男から、なにが出てくる?

 

「ゼロ少佐のやり方を、まだ私が学んでいたときだった。彼はザ・ボスという汚され貶められた英雄の意志を継ぐのだと言って未来を語りだした。

 多種多様な人種の住む、けっしてひとつにはなりえない。複数の頭を持つ、巨大なリヴァイアサン。

 それが我々の祖国だ、と。

 この絶望を終わらせる。人々の言葉を一つに、意識を一つに、いらない頭は切り落として一つにするのがいい。それには無意識からの統制が必要だ。人を無自覚で支配する、それは容易なことじゃない」

「ボスの意志、世界を一つにする」

「そう、それだ。だからまず、その器を作るために職人となるものを作ろうと決めた。それがサイファーだ。

 人の意識を人種にもコミュニティにもよらずに統制する。そのために必要な事の判例を管理して選別する」

「それがゼロの意志」

「私はゼロを不条理だが憎んだよ。なぜそうなったのか、わからなかった時もあった。苦い、膨れ上がり続ける己の中の報復心を抱いたまま。なぜ、とな。

 答えはなかったが、そのときの私にはまだ理性らしきものは残っていたらしい。なにもできなかった。

 すると次に、君が来た」

「俺だと!?」

 

 意外な話になってきた。

 

「コスタリカでのピースウォーカー事件。その直後、君の言葉を私も覚えている。なんだったかな――そうだ『持てぬモノ達の”抑止力”となる。俺達は”国境なき軍隊”、時代が俺達の目的を決める』いいスピーチだった。心が震えて、吐き気を催したものさ」

「俺の考える未来……」

「そうだ、お前もまたゼロと同じく未来を口にした。墓に名前も、歴史に名も残せぬ英雄と呼ばれた女の意志を継いでそう口にした。そうして私の番がようやく来る」

「……」

「わかるかね?ザ・ボスの意志を引き継いだものがこの世界の未来を語ろうとする。三者三様の未来だが、お互いを全く受け入れられない未来だとわかっている。それならばもっと話は簡単だったかもしれない。

 君はゼロの未来を否定した。勿論、私も否定する。さらにいえば君も私は否定するが、ゼロは君には何も言わなかった」

「……」

「答えたくはないのかね。ならば、私が言おう。なぜなら!君という存在自体が、ゼロの未来に必要不可欠であるということ、そうだろう!?ビッグボス」

 

 スネークは押し黙ったまま。

 いや、この問いにだけは答えられなかったのだ。

 

「せっかくここまで腹を割って話しているんだ。最後までやろうじゃないか――私は君達とは違う未来を夢見ている。世界が、あるがままの世界で、ただあること。これが私の未来だ。

 その未来の実現にはゼロの統制という支配は必要ない。君という支配者に力を与える存在も必要ない」

「それがMSF襲撃の理由か」

「結果には不満があったよ。だから、その後の9年間はがむしゃらにやってきた。私はもうすでに祖国を、真実を、過去を奪われている。残されているのは未来だけだ。人に言葉で、支配を要求する存在への報復。ゼロのいないサイファーが役に立った」

 

 そう言うと傍らのケースをスカルフェイスを手にする。

 

「そこでようやく老人の虫が必要となった。だが、それは民族浄化虫ではない。

 私が必要とするのは『民族解放虫』だった。それは完成した、私の最後の虫。英語を教えた奴だ。

 これで私は、英語を殺す。

 その瞬間、全ての民族は息吹を取り戻し。世界は共通言語を失い、分裂を続けていく。そこに核が入り込み、共通言語のかわりとなって意味を持つようになる。平等な力関係は、お互いを認め合わなくてはやっていけない。

 でなければ最終時計の先に進んで人という種が死に絶えてしまう。

 これで世界は一つになる。そのために戦争という平和を皆で噛みしめて生き続けるしかなくなるのだ」

 

 お互いの顔をいつからか近づけあっていた。

 そして無言になった2人に、パイロットが数分後に着陸すると告げてきた。

 

 

==========

 

 

 世界がいつの間にか遠くにあった。

 

「……やはり例の発電所と同位置です」

「あそこの奥は封印されていたな。ふむ、すでに戻していたということか?」

「オセロットより連絡、XOFへの進攻20%と」

「続けさせろ、大型車両はこっちにむかったはずだ。奴ならうまくやれる」

 

 どうでもいい。

 なにもかもがどうでもいい。あいつがまた世界を救うとか、それがいったいなんだというのか!?

 でも、杖をつく男が「ビッグボス」と口にする時に――耳をすませようとして、世界が遠くなって戻ってこれない。

 

 ケラケラと笑う、子供の声がぞっとするほど耳の近くで聞こえた。

 原始的な恐怖が呼び起こされ、開かぬ口の変わりに心の中で叫んだ。

 

(俺に、俺の体に触るな!!)

 

 この異常をなに者かのものだと本能的に察知し。姿も、顔もわからぬ相手に自分とあいつへの怒りを転化して叩きつけてやった。いや、そうイメージした。

 

――死ね、いや殺してやる。出てこい、お前の喉を、顔をナイフで裂いてやる。お前の全てを奪って……

 

 自分の席の隣に座るヒョロい学者の反対側に、空席のはずのそこに人の気配が生まれた。

 

(俺だ、兄弟。元気だったか?)

 

 自分とそっくりの髪、自分とそっくりの目、自分とそっくりの顔……この世界に存在する、もう一人の自分ともいうべき少年の名前が頭をかすめた。

 違う!これはあいつじゃない。あいつのふりをした”敵”だ!あいつは俺とはなにもかもが違う。そもそも俺という兄弟がいることすら知らないはずだ。

 

(遺伝子に呪いを込められた双子はお前じゃない。その顔だけで俺をだませると思うのか?)

(……)

 

 相手の姿が変わった。

 紅い髪、ガスマスク、その奥にある美しく輝く瞳の中に感情は、ない。

 

(一緒に……)

(一緒?)

(一緒に……)

 

 2度目の問いを発する前に、自分の体の中にそいつがぬらりと侵入してくる。断りもなく、いきなりズカズカと自分の中に侵入してくる。こいつ、こいつは俺に、寄生するつもりなのか――。

 

 

「よし!狙撃ポイントへ移動しろ。ボスの援護を……」

 

 ミラーの指示を聞きながら、ヒューイはふと自分の隣に座っている少年の体が異常に固くなっていることに気がついた。「君、大丈夫かい?」小さな声をかけるが、反応がない。

 目を閉じ、額には子供のものとは思えぬしわを寄せ、拳は握りしめられていて彼の皮膚を彼の爪がつき立てられている。

 

「イーライ?イーライ、どうしたんだ!?なにがあった!?」

「し、知らない。僕が気がついた時には……」

 

 慌てるヒューイとカズにヘリの中は賑やかなものとなっていくが。イーライの意識はそこからはすでに”飛び立って”いなくなっていた。

 

 

==========

 

 

 スカルフェイスと共にヘリを降りて、共に歩いたのはあのヒューイが助けを求めてきた山岳地帯の中にある不釣り合いな大型発電所。

 思えば最初にあのサヘラントロプスを見たのはここだった。修理をするのもここだった、ということか?

 

 思った通り、封印された巨大な鉄扉はその封印を解かれ、その奥にはあの2足歩行兵器が。修理されたらしいメタルギアがあった。

 

「アラモを忘れるな」

 

 スカルフェイスの言葉に、記憶の底に沈んでいたある男の顔がかすめた。

 

「その顔、覚えていたのか?良かった――1964年、あの時。お前と、お前と一緒にいた中国のスパイだったアバズレが、殺した男がいただろう?」

 

 スカルフェイスの示す先に、この場には似合わない木製の棺桶がひとつ置かれていた。

 

「私達だけじゃない。ここにも、もうひとり――”鬼”がいる。

 死んでもなお、お前への報復心がこの”鬼”を動かす。そうだ、”時代”はつねに人の報復心で動かされているのだ。お前が私に”生かされ”ているようにな」

 

 それは9年昏睡から目覚めたのは、このスカルフェイスのおかげだろうという意味か。なんと滅茶苦茶な。

 

「この男も――お前のせいで生きている。お前よりも遥かに昔から、未来のお前に向けて報復心を満たすために!」

 

 スカルフェイスは演じるように両手を広げると、サヘラントロプスに向かって叫ぶ。

 

「さぁ、見せてくれ!伝説の……うん?」

 

 その言葉が途中で切れる。それまで嘲笑の響きがあったスカルフェイス声が、困惑へと変わる。

 棺桶は静かなままだ。

 そこには死者が横たわっていて、”動く”ことはない。それは当然のことであったが、あってはならないことがおこっているらしい。

 

「どうしてだ?」

 

 洞窟内をギリギリと巨体から歯軋る甲高い鋼の音が響いた。

 

「待て、待てっ」

 

 困惑は驚きへとさらに変わり、死者の男は動かないままだったが。変わりに勢いよく静止していたサヘラントロプスの体が格納庫の中で上下に屈伸をはじめる。バランスを崩さぬようにとメタルギアの体にまとわりつく拘束を振りほどこうとしている。

 

「誰が動かしている?だれがこれほどの報復心を……」

(なんだあの機械の動きは!?あんな、生物的な機械は――RAXA……)

 

 そこまで考えるとスネークの頭部からつきだす破片の付け根から脳内に激痛が走る。

 痛みは駄目だ。過去は今はいらない。亡霊も必要ない。

 

 サヘラントロプスは拘束が緩むと理解すると。いきなりその場からこちらにむかって飛びこんでくる。それだけで、あっけにとられて動けずにいたXOFの隊員達がまとめてペシャンコに潰されてしまう。

 

「誰がーっ!?」

 

 相変わらずなにかにむけて問い続けるスカルフェイスの声には、自分以上の報復心に反応してこれまでにない動きを見せるメタルギアを見て絶望しているようにスネークには聞こえた。

 

 

 クワイエットは車を止める。

 遠くに見える大型発電所から、不快で不気味な音が響いてくるのが聞こえてきたからだ。運転席の座席の上に立ち、ハンドルに足をかけると、彼女の目元が黒く変色した。

 

 その目は何を捉えたのか?

 

 彼女は無線機に鼻歌を聞かせだすと、同じく車を降りようとしたDDを助手席に戻して落ちつかせた。

 撫でられて満足そうな顔をするDDにクワイエットは人には見せたことがない笑顔を向けると、ジープにフルトン回収装置を設置する。

 

 この先の戦場にDDがいくのは危険だ。

 

 空に消えていくジープとそれに乗ったままのDDを見送る彼女に遠くから近づくダイアモンド・ドッグズのヘリが見える。




また明日。


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それは復讐か?報復か?

4章、結局タイトル決めないまま終わっちゃったよ。困ったね。


 アフガニスタンの山岳地帯が燃えていた。

 突如天を裂くかと思えるほどの巨獣の遠吠えが始まりの合図というように、車両群から巨獣へと立て続けにおこる号砲と共に火線が走る。

 着弾の炎と衝撃に空気は震えるが、鋼の獣はそれで弱る様子は見せずにますます意気盛んとなっていく。

 

 部下に引きずられるように真っ先に発電所まで撤退したスカルフェイスは「おい、こっちだ!」と叫んで待機していたXOFの車両部隊をさらに呼び寄せようとした。

 サヘラントロプスの反撃も強烈なものだった。

 

 付属していたミサイルポッドから発射されたミサイルは直上にとびだしていき、頭部のバルカンは火を吹くとXOFのヘリが次々と粉々になり。歩けば足元の戦車を子供が蹴飛ばすミニカーのように派手にひっくりかえして炎を吹く。

 

 おもちゃが転がる砂場に野良犬が入り込んだかのように、戦車も、ヘリも、人も。次々とメタルギアによって炎の中に沈んでいく。

 周りに反抗するものがいなくなるのがわかると、サヘラントロプスはそれに満足したのか。動きを止めた。

 そして体を震わすと――立ちあがった。

 2足の獣は、2本の足で立つ人と、正しく姿を変貌した。

 

 

 かつてスカルフェイスは言った。『この日、兵器が直立歩行をした記念すべき日』と。

 その時とは比べ物にならないほど、鋼の体を、機械の体を生物的に躍動する鋼の巨人。サヘラントロプスがそこにあった。

 だがここにいたすべてが死んだわけではない。炎の中、巨人を足元から見上げている2人の鬼がいた。

 スカルフェイスとスネークである。

 

 

==========

 

 

 スカルフェイスは、この瞬間にあって自分が歴史の表舞台に出ることが出来ないということを思い知らされていた。敗北してしまったのだ、この時点で。

 

 すでに彼のXOFは、ほぼ壊滅していた。

 

 OKBゼロに残ったのはダイアモンド・ドッグズに、ここにいたのはサヘラントロプスに。有人の全地形踏破可能な2足歩行兵器は彼の計画の要だというのに、自分の手のひらから零れ落ちてしまった。

 サイファーに自分の意志をのこしたゼロのように、このサヘラントロプスにはスカルフェイスの意志が宿るはずだった。その姿に2大超国を恐怖させることが出来る筈であった。

 

 自分を守るはずのXOFとサヘラントロプスを失った以上。世界が、時代がすぐにも彼を殺しにやって来る。

 かつて世界が、ビッグボスを殺せとあの暗い洋上に自分達を送り込んだように、あの時とは立場が逆転していた。もうメタリックアーキアによって生み出される核市場の独占なども、ただの狂人の夢物語となり果てる。

 

 そんな自分が誰かの敵として、犯罪者として、虐殺者としても歴史に名前をのこすことはない。サイファーは、彼のやったことを記録はするが。その成果はゼロの意志ではないから痕跡を、爪痕さえも残さずに消しにかかる。

 数年後には、今夜の騒ぎも人々は「あれはいったいなんだったんだろうね?」と言って首をかしげるだけで終わらせてしまうようになる。

 

 そう、9年前のMSF壊滅とおなじように!

 

「サイファーはあらゆる記録を書き換えにかかるだろう。人の記憶から私は消える」

 

 いつもは虚ろな男の声が、この時ばかりは言葉の一つ一つが憎悪に染まりつくしていた。

 

「だが、私が植え付ける報復心だけは、人々の体内に寄生する!もう誰も消すことはできない」

 

 この鬼は、ついに自身の最後に残っていた未来を奪われようとして、そう口に出した。

 

「サヘラントロプスは報復心を未来にうち放つのだ!」

 

 それは自分の純粋な意思ではないが、模倣でも、亜種でも、似たようなそれは世界に広がるはずだ。それだけのことはできたはずなのだと主張していた。

 敗北者の空しい言葉だった。

 

「少佐、私は燃えている!」

 

 サヘラントロプスは、彼の体を器としてそこに自らの意思を乗せようとした男を見おろす。そしてこの器を生物のように操る報復心に比べられない弱い炎を口にする鬼を笑うと、足をふりあげて凶暴な一撃をお見舞いしてやった。

 

『ボス!そこを離れろ。このままでは――』

 

 サヘラントロプスはもう一匹の鬼を探しているのか、顔を左右に動かしながら体をスネークの隠れている方へと向き直る。

 自分も早くここから離れたいが、生憎と周りはひっくり返った戦車や墜落したヘリで一杯だ。この中からまともに動く車両を見つけ出し、逃げだせるものだろうか――。

 

 

 その時、スネークの耳に聞こえてきた声とエンジン音があった。

 

「ビッグボス!こちらです!!」

 

 ジープの背に機銃を装着させ、ゴートとフラミンゴが彼の名を呼んで発電所へと突入してきたのだ。

 

 

==========

 

 

 炎に包まれた発電所から一台のジープが飛び出していく。

 ゴートの運転で、後ろに設置した銃座からフラミンゴが背後に銃撃しつづけている。

 ジープに転がり込んだスネークが助手席へと入りこんでいくと、無線機の向こうからカズが緊張した声で報告してきた。

 

『ヒューイの話でわかったことだが、あのサヘラントロプスの装甲には劣化ウランをつかっている。そうだ、あれにメタリックアーキアを使えば、そのままに核兵器となる』

「なんて馬鹿な事を!?」

『このサヘラントロプスをそのまま世界に公開すれば。スカルフェイスの計画の一部は完遂される。人々は核兵器が形を変えて自分達の中に寄生し、そのような核の脅威に怯えて生きるようになる』

 

 炎と黒煙、そして屍をこえて人の形をした機械の巨人が”走って”スネークたちが乗るジープを追いかけてくる。

 

『それが現実に――ボスッ!?』

 

 サヘラントロプスが走りながら振り下ろした刃が地面を隆起させ、ジープが走る舗装道路にまで衝撃が伝わってきた。ジープは地面から浮きあがると、簡単に制御を失い激しく横転する。

 痛みに顔をしかめながら、すぐさま動かなくなった車の中から這い出てきた。

 

「お前達――死んでないだろうな?」

「い、痛い。ボス、体が全部」

「大丈夫です。そこまでヤワなのはいません」

「なら、いい」

 

 ゴート達の顔ぶれを見れば誰にも言わず。頼まれてもいないのに黙って自分達で勝手にスクワッドとして出撃したことはわかった。嬉しくもあったが、それを誉めてやるわけにもいかない。

 苦しげにしているこちらを見て、なにやら楽しそうにゆっくりと歩いてくるサヘラントロプスを見上げるとスネークは言う。

 

「聞け、俺は誰かと戦場を一緒に走る趣味はない。特に、武器を持っていない時は」

「ビッグボス!?」

「離脱しろ、命令だ」

 

 そう言うとスネークは2人を残してその場から走り出した。

 巨人が自分を狙っていることはとうの前に知っていた。逃げれば2人には目もくれずに追ってくるだろう。

 

「ど、どうするよ。リーダー?」

「一時撤退だ」

「ええ!?」

「言っただろ、一時だと――ここに来る時に見た地図を出せ。近くのソ連軍観測所を見つけて、そこの武器を借りて戻るんだ」

「なるほど、了解」

 

 情報端末に地図を表示させつつ、駆け足で走り出したゴートたちはまだ諦めていなかった。

 自分達は彼のための部隊だ。ビッグボスの命令には従うが、自分で考えて必要な事をするだけだ。

 

 

==========

 

 

 本当はずっと走り続けていたかったが、実際は200メートルほど先の地点で、スネークは巨人に回り込まれてしまった。このまま殺しに来るつもりだ、電子の紅い目を見てなぜかスネークはそう確信した。

 蛇行する緩やかな斜面である、隠れる場所などほとんどないに等しい。

 だが、今度も仲間が彼を救った。

 

 急速に近づくヘリが、サヘラントロプスの目前を横切りながら、横についた扉を開けて顔をのぞかせている男達の顔があった。

 

「あいつ、アダマじゃないか!?」

 

 スネークはその中の一人を見て驚きというよりあきれた声をあげてしまった。

 数日前にようやく歩けるようになったと話していた。まだ怪我人であるはずの今のスクワッドリーダーが、戦場を上空から見下ろして何事かを叫んでいる。

 

「クワイエット、行け。行け!」

 

 それを合図にヘリの中から空中に飛び出したクワイエットは、パラシュートも付けていないのに静かに崖の上へと降下していくと着地する。

 

「クワイエット着地した、離脱だ、急げ!!」

 

 緊急運動で加速しようとするヘリに、サヘラントロプスがXOFのヘリにもしたように頭部のガトリングを向けようとする。

 だがそれを降りたばかりのクワイエットが許さない。

 着地するとすぐに構えるアンチマテリアルライフルは、巨人の大きな頭に向けてリズミカルに射撃を開始する。

 頭部のマシンガンが火を吹くも、肝心の頭が前後左右へと着弾の衝撃に揺さぶられて射線が安定しない。その間にヘリは無事に戦場から離脱していった。

 

『ボス、Dウォーカーを投下したぞ!』

「よくやった、カズ!続いて俺の武器を頼む、なにも持っていないんだ」

『了解だ』

 

 豪快にパラシュートに切り離されたDウォーカーが地面に落ちきて自動でバランスをとると。その顔とも言うべき頭部が忙しく動いている。どうやら動力を入れられたまま、空中に投下されてしまい慌てているように見えた。

 スネークはその背中に飛びついて張り付くと、思いっきりペダルを踏む。

 

 心地よいモーター音に続いて道路上を軽妙に車輪で走るDウォーカーは、続いて今回のために用意されたミサイルランチャーでサヘラントロプスへ攻撃を開始する。

 アドレナリンが噴出すのを感じた。

 世界に流れている時間がさらにゆっくりに感じ、スネークの思考だけが早くなっていく。

 巨人をターゲットしたと報せるレーダー音が響く中、Dウォーカーから飛び出していくミサイル達は列を作ってまっすぐにサヘラントロプスを目指す。

 

 XOFと違い、細かい抵抗があって反撃が思わぬ効果を見せないことに怒ったのだろう。

 巨人の腕が振り上げられると、崖の上から攻撃するクワイエットめがけて振り下ろそうとする。が、その手もなにかにはじかれ。狙いが外れた腕は崖下のなにもない土を叩きつぶした。

 

 距離にして約900メートル先、山の斜面に横になったハリアーによる超長距離射撃であった。

「あれだけ大きいと、はずすの少なくて楽だわ―」などと軽口をたたく彼女のおかげで、巨人に狙われたクワイエットは悠々とその場から離れることが出来た。

 

『こちらピークォド。参戦します!』

『ゴートです、ビッグボス。戦場に復帰します!』

 

 ロケット弾を発射しながら近づいてくるヘリと、どこから拾ってきたのかソ連軍主力戦車にのったゴートとフラミンゴが戻ってくる。

 

 サヘラントロプスは天に向かって声を上げる。

 だが、それは今までのような怒りではない、獣が放つ苦痛と悲鳴の声だった。

 踏みつぶそうにもちょろちょろと移動しつづけ、手や頭といった体の先ばかりを狙い撃たれ。その間にヘリと戦車が火力を腹部や背に集中して叩きつけてくる。

 蛇を、あの男を、ビッグボスを殺そうとすると誰かがその度にサヘラントロプスの邪魔をしてくる。

 

 決定的な一撃というのはなんとか避けてはいられたものの、それでもついにDウォーカーはサヘラントロプスの攻撃の余波を受けて煙を噴いた。 続いて火を吹いて地面にグニャリと崩れ落ちる。

 スネークはこれ以上は無理だと判断してすぐさま機体から体を投げ出すと、ギリギリで巨大な足がウォーカーを踏み潰した。

 部品が飛び散り、そこから転がり落ちたDウォーカーの頭部の光が消える。

 

(よく頑張ってくれた)

 

 心の中でそう礼を述べると、同時に空を見上げた。パラシュートが、新しい物資が投下されてきた。

 スネークは乱暴に落ちたばかりの箱の中からランチャーを引きだすと、おもむろにそれを構えて発射する。

 

 

==========

 

 

(疲れてきたか、兄弟?)

(だから!それは、やめろ!)

 

 怒りの抗議をぶつけようとするが、気持ちが続かない。

 こいつに心を寄せられてから、イーライは不思議な臨死体験を味わっていた。

 ヘリの中の小さな自分の体を離れ、鋼で出来た強靭な肉体の中に自分の”意思”をつめこむことで動かす。”少年と兵器は一体となった”と表現したらいいのだろうか?

 だが、これは思った以上にイーライの心に強いストレスを感じさせていた。。

 

(もう終わる?もう終わり?)

(終わる?負けるのか、俺は――いや、まだだ!まだ終わっていない!)

 

 本能的にこのまま感情の暴走が静まってしまうと、大人達を殺せなくなる。この肉体からもはなれなければならないと感じたイーライは、再び自分の心の中の吹き上げる憎しみの黒い炎を強くさせる。

 それに呼応するようにサヘラントロプスが両手を天高く突きあげ吼えると、それまでなにもなかった周辺一帯に真っ赤な霧が発生する。

 

『なに!?おい、これはっ』

「虫だ。やはりサヘラントロプスに、コードト―カーの虫が内蔵されている」

 

 それは同時に、いつあれがメタリックアーキアを使って自分の体を核兵器にするかわからないということでもあった。

 

「ピークォド、ゴート。この場から離れろ、こいつは前に見たことがある。腐食性アーキアの霧だ、機械はすぐに動けなくなるぞ!」

『了解、ボス。一時離脱します』

 

 先日はこれで野営地に墜落させられた。

 あのスカルズの発生させる霧とは違い、サヘラントロプスのはさらに濃いのだろうか。霧のむこうにあるはずの巨体が、黒い影としか見えなくなっている。世界は赤い霧に満たされてなにもわからない。

 

――また、”こうなった”な

 

 声がして、気がつくと隣に病室にいたイシュメールがスネークの隣に立ってサヘラントロプスを見上げていた。

 

――これはいつもやってきた、”俺の道”だった。それは今や”お前の道”でもある。どうだ、怖いか?

 

 イシュメール、なにを言いたい。

 

――その男もまた、ボスの名を継いだだけのことはある、ということか。迷いがない、見事だ。

 

 それはこれまで聞いたことのない声だった。

 イシュメールの背後に、新しい男が――軍人服のいかつい顔がいつのまにかあった。

 はじめて見る顔だったが、誰なのかは自然と名前が浮かんできてわかった。

 彼の名はジーン、自分やゼロがいなくなったあとのFOXを率いた男。彼もまた、このメタルギアに惹かれて世界の未来を作ろうとした一人だった。

 

――やはりお前も”兵士”私とは相いれないか。お前が我々のジーン(意思)を受け継ぐのだな

 

 幻覚だ。

 今は戦場にいる、そして彼等は亡霊(ゴースト)なのだ。地獄にいるようでも、ここは本物の地獄ではないし。亡霊の相手なんてまじめにするものではない。

 今、自分は戦場に立っているのだから。

 

 真っ赤な世界を、角の生えた鬼が歩く。

 重火器を手にして、なんでもないというようにそれを構える。

 

――サイファーは私達を見ている

 

 冷たく、陰鬱としたパスの声がする。

 背後に立つ彼女は、あのいつもの美しく、はかなげな弱い姿ではなかった。難民キャンプに収容され、痛めつけられた暗い目の彼女が立っている。その口調は支配する何かへの怒りと報復心に満たされている。

 

――ピースマークの『ピース』は、勝利の『V』なのよ

 

 彼女の手が力なく持ち上がる。

 

――セイ ピース!

 

 地獄の底で鬼が啼いた!!

 

 

==========

 

 

 イーライは目を覚ました。

 あの鋼の体ではなく、いつもの小さな自分の肉体へと戻っていた。

 

「霧が、ミラー副司令!霧が晴れていきます!」

 

 パイロットの声につられてイーライもそれを見た。

 ボロボロになったサヘラントロプスが、よろよろとする中。それを見上げるスネークも又、肩に担いだランチャーを下ろし、緑の大地に放り出した。ちょうど弾切れになったのだ。

 紅い髪の少年のつぶやくような小声が遠くで聞こえた気がした。負けちゃった、と。

 同時にイーライの中からあいつの存在が引き抜かれるような違和感とともに静かに立ち去って行くのを感じた。

 

「決着か」

 

 ミラーの小さな声はヘリの中に冷たく響く。

 最後の一撃、というわけではないが。サヘラントロプスの体が勢いよく前に飛び出していく。最後の一撃だった。

 あっ、と誰かが声を上げるくらいにそれは素早かった。

 だが、ビッグボスは冷静に――冷静にハンドガンを構えると。まるで関係のない空中にむけて連続で発射した。その後に起こったことは、誰にも説明が出来ない不可思議な出来事だった。

 

 ”なにもない場所”にむかって飛んでいった鉛弾は、そこで”なにか”に着弾すると空気中に爆炎をまきちらした。それと同時にサヘラントロプスも、小刻みに震える壊れたオルゴールのようにビッグボスの直前で巨体を震わせ、足が止まる。

 

『全員、射撃用意。目標はサヘラントロプスだ』

 

 無線からビッグボスの声が響く。

 彼はすでに小刻みに震えて動けないサヘラントロプスに背を向けて歩き出している。すでに終わりは見えていた。

 

「ヘリを、ボスのところへ」

 

 ミラーはヘリのパイロットに指示を出す。

 無線にクワイエットらしき鼻歌が流れ始め、ピークォドが、ハリアーが、ゴートとフラミンゴが。それぞれの準備を終えたことを報告してくる。

 最後の瞬間はあっさりとしたものだった。

 再び巨人を襲ったダイヤモンド・ドッグズの一斉攻撃が直撃すると、ついにサヘラントロプスは大地に崩れ落ちていった。

 

 

 

 カズを、エメリッヒを、イーライを乗せたヘリが地上へと着陸する頃。

 スネークはそこにクワイエットと肩を並べて横になったサヘラントロプスを見上げていた。

 

 戦いは終わった。

 振り返ると、ダイヤモンド・ドッグズの圧勝であった。サヘラントロプスの暴走で混乱をきたしたXOFにいいところはなかった。

 

 ヘリに近づき、ミラーの伸ばした手をつかむと、2人は一瞬見つめあう。すべては9年前、コスタリカ沖の海に沈んだあの場所を捨てるところから始まった復讐の旅だった。

 それがついにかなったのだ。

 スカルフェイスは倒した、XOFも壊滅した。

 我々はまたしても勝利し、ついに果たすべき借りを返すことが出来た。

 

「スカルフェイスの元へ」

 

 スネークは短く伝える。

 再び離陸しようとしているヘリの窓を、席に座ったスネークは見た。

 地上には先ほどまであの霧の中にいた亡霊たちが並んでスネークを地上から見送っていた。彼等は何かを言いたそうにしていたが、もうこちらは飛んでいるのだ、彼らの声はどうせ届かない。

 

 

 この日、マザーベースへと帰還するヘリとそれらにつりさげられた巨大な機械が運ばれていく姿がアフガニスタンではっきりと目撃されていた。

 ソ連政府は、領内の空を飛んだその巨大な兵器について口をつぐんだままなにも語らなかった。




次章はまた1週間後、くらいを予定。
はっきりとしたスケジュールはまた後日。


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戦争という平和
197×年


ということで第5章再開。
いつまでこれが続けられるかわからんけれど、それまではやってくよ。


 その夜、私は運命の十字路に来ていたのだ。もし私がもっと崇高な精神で自分の発見に近づいたのであったら、もし私が高邁な、あるいは敬虔な向上心に支配されている時にあの実験を敢行したのであったなら、すべては違った結果になったに相違ないし、あの死と生との苦しみから私は悪魔ではなくて天使として出て来たであろう。(中略)

 

 だから、私はいまでは二つの外貌と二つの性格を持ってはいたけれど、一方はぜんぜん悪であって、もう一方はやはり昔のままのヘンリー・ジーキルで、その矯正や改善はとても見込みがないと私がとうに知っているあの不調和な混合体なのであった。

 こうして悪い方へとばかり向っていったのである。

 

                (ジーキル博士とハイド氏の怪事件 より抜粋)

 

 

 

 オセロットは暗く、陰気な自室に戻ってくると乱暴に戸棚を開く。怒りによって震えても、魂まで凍っているようにつめたい体を暖めようとウォッカのビンを取り出し、グラスにぶちまけるように注いでいく。

 だが、その最中に徐々に気を静められたのか。戸棚にアルコールの瓶をしまうあたりにあって、いつもの穏やかで誰をも近づけさせないあの不思議な男の姿へと戻っていた。

 

 栄光と転落の70年代、それはもうすぐ終わろうとしていた。

 そして自分は――オセロット(山猫)は再びなつかしのソ連の片隅で、不名誉極まりない第4特別部でも最高の有名人。『強制収容所の拷問特別顧問』などと”仕事の相手”ばかりか味方からも、そう呼ばれるまでになっていた。

 

 それはただただ、屈辱の日々ではあった。

 

 だが仕方がなかった。

 一度は国を裏切った――どちらかといえば、いるべき場所に向かったという動機だったが――有能なスパイが元の棲家に戻ってきても、やれることはこんなドブさらいよりも”とびきり小汚い特別な仕事”をあてがわれる。

 ドブさらいならまだいい。

 小汚くとも、鼻の曲がるような匂いが体にこびりついても。誰かに自分の仕事をけなされても、それは必要なことじゃないかと胸を張って言い返すことができる。

 

 自分は違う。

 言い返す言葉はない。

 

 拷問によって個人の考えを、思想信条を変えさせる。

 方法は問わない、結果があればいい、そういう所詮は外道の所業だ。

 

 ライトがひとつしかない個室で彼と向かい合う相手は、オセロットが耳元で正しい答えをささやき続ける間。リズミカルな深度の違うあらゆる苦痛を味わうことになる。

 

 皮肉なことに、オセロットはこの分野でも瞬く間に達人の域へと達してしまった。

 

 ほかの同僚達と違い、彼は部屋から拷問していた相手と2人で出てくることが多く。そのときはまるで長年の友人同士。いや、恋人ではないかと怪しむくらいに親しげに先ほどまで嬲り尽くしていた相手の肩を抱いて元気付けているのだ。

 物言わぬ死体を作らない男、クレムリンは信用できない元裏切り者をそれでも有能だとしてまた重用するようになった。

 

 だが、オセロットに喜びはない。

 自分が薄汚いクレムリンのクソ共を満足させるだけの汚れ仕事をやっているからではない。任務に試練はつきものだ、それは理解している。

 だが、希望がないのだ。

 この世界から希望の光は消えて5年が過ぎようとしている。

 

 ビッグボスは未だ、この世界に帰還を果たしていない。

 

 

 

 気持ちが落ち着くと、オセロットは持ち運べるカセットデッキとマイクを机の上に並べ。新しいテープをいれて録音を始める。

 

「ボス、あなたとミラーが始めた。戦争ビジネス……」

 

 キプロスで眠る彼を、遠く離れたこの地でその門番をするオセロットは思い余ってこうやって思いのたけを記録しようとしていた。

 そうしなければとても耐えられそうにはなれない。彼の今の現実があった。

 

 世界がゆっくりとあの男の意思に侵食されていっている気配を感じる。

 はっきりとしたものではないが、それがかえって不気味なのだ。

 そしてそれはあの正気を失ったと思っていたゼロの”予言”が多少のずれはあるものの、少しずつそちらにむかって坂道を転がり落ちる石のように勢いをつけようとしているように見える。

 

「…支配者にとって、恒常的な敵がいるのは都合が良い」

 

 それは”まだ”ゼロの口にした未来ではない。だがそのために必要な材料が、次々と姿を社会の中で姿をあらわし始めている。

 

「……大衆の心理を操作するために、ビジネスとしての戦争が常設される――」

 

 戦争経済、あたらしいビジネスモデル。

 それはスネークとカズヒラ・ミラーが生み出した新しいものだったのに。

 ゼロの意識はそれを飲み込んで、彼の未来の一部にしてしまおうとしている。いや、きっとそうなるのだろう。

 

 情報統制による支配。

 だがおおっぴらにそれを行えば、必ずそれに反対する者が出てくる。いや、人とは本来はそれが正しい姿であり、だからこそ歴史が未来の若者たちへ試練と人生の指針をいつも与えてきた。

 ゼロの考えが正しければ、このままなら彼の支配に反抗するものは現れない。

 誰もそうとはわからないまま支配され、誰もが支配に疑問を持たず、支配に”不要”なものはこれを選別して除外される。

 

 その最初の犠牲者がスネークだったのは間違いない。

 MSFという世界に恐れさせる軍を、サイファーのシステムはXOFを使って一晩で壊滅させてみせた。

 それは皮肉にも、「賢者たちの遺産」に関係するものたち全員がゼロの構築しつつある方程式の破壊力を実際に目にすることができてしまった。非常事態だが、それ以上にその威力の凄まじさに言葉がなかったはずだ。

 ビッグボスは瞬く間に歴史の影にうずもれてしまった。もう、誰も彼のなした事を口にしない。

 

 そして自分は、自分達は。

 そんないつか到来するであろうゼロの未来にあまりにも無力であった。

 マイクを握る腕に力がこもる。

 歯軋りせぬよう、必死に暴れたくなる衝動と感情の嵐を抑えようとする。そのために言葉を吐き出し続ける、ボスへの報告を続ける。

 

「……ボス、私たちは戦争で世界を変えられますか」

 

 オセロットは目を閉じた。

 

「戦争では、世界は変わらなくなるのです。それはただ、金が回るだけのビジネスになってしまう」

 

 暗い部屋の中、肩を落とした男のボスへの報告は続く。

 まだ希望は残っている。ビッグボス、彼がまだこの世界からはじき出されまいとしがみついているからだ。彼はまだ生きている。

 だが無常にも過ぎていく時だけは容赦しない。

 

 厳しい現実が構築されようとしている。

 サイファーは今も動き続けている。

 未来にもきっと、それは変わらないのだろう。

 彼らが絶対に倒せぬ存在へとなる前に、なんとかしなくてはならない。世界にはまだ、ビッグボスが必要なのだ。

 

「遅すぎたのかもしれません。

 ですが”意思”は人の手で、渡されていかなければなりません――」

 

 希望はある。

 しかしこの男の願いはむなしく、彼の暗黒の時代はまだ道の半ばにあった。だがその献身ぶりには報いが来ることを世界は知っている。

 

 そして1984年、Vが目覚める。

 

 

==========

 

 

 呼び鈴だけで電話の向こうにいる相手をはっきりと察したのはあの時くらいではないだろうか。「私だ」が奴の第一声だった。

 電話で奴もよかったのだろう。目の前にいたら、それこそ感情を制御できた気はしなかった。

 

 カズヒラ・ミラーという男が正しく負け犬となった瞬間でもある。

 

 ゼロの傲慢、いや気安さなのか?

 挨拶代わりにミラーの体調に触れると、カズはそんなことはどうでも良いと「ボスはどこだ?」と聞く。

 不快な言葉が続けて向こうから一方的に流れ込んできた。

 

 ゼロは「いろいろ誤解もあるようだ」とか「私たちは同じ、ビジネスの関係で」とか、「君が嫌いなわけじゃない」などと寝言を聞くのは耐えることができた。

 しかしそんな彼でも、ようやく出てきた”病院で眠らされてしまった自分”の元から消えたボスの行方が語られだすと息を呑んでその一言一句を聞き逃すまいとする。

 

『ボス、死ぬなぁ!』

 

 顔中を覆う包帯が血ににじむ中、心音の停止を告げる不快な電子音が思い出される。

 夢の崩壊とともに彼の最高の友人にして最高の兵士が、この世界から旅立とうとしていた。こんな事態になってしまった恐怖、混乱。どうにもならない無力感が押しつぶし始めていた。

 

 だがビッグボスはまだ、生きている。

 そのはずだ。そうでなければこの男が自分に連絡を入れるはずはない。

 

「――いつまでも、あそこにあのままにしておけなかった」

 

 そこでゼロの言葉尻がわずかに変わった。

 かろうじて謝罪の成分が混じっていたそれが、一気に姿を消す。

 

「それに正直、私としては君に任せておくのもどうかとな」

 

 悪意があった。それが奴の本音なのだ。

 蔑み、嘲笑、そしてなによりも怒り。

 ボスとカズの城を過激にぶち壊した加害者が、自分をボスにふさわしくないと怒っている。混乱する話だ。

 

「悪く思わないでほしい。人探しをしている連中ならまず、間違いなく君をマークする」

 

 ゼロの感情が潮騒のように引くと、その声はまたいつもの事務的な調子に戻る。

 ゼロの考えがまったく理解できない、混乱はますます深まっていく。

 彼はMSFをぶち壊し、スネークも奪ったが。スネークはまたこちらに返してやるとも言っているのだ。どういうことなんだ?

 

「これが開幕の合図だ。それまではなにをしてくれても構わん。来るべきと気に備えていてくれ。

 まぁ、私に言われるまでもないな。そうだろう?」

 

 まったく理解できない。まるで狂人に言葉で翻弄され、振り回されている気分で気持ちが悪い。

 てっきり罵声と怒声がカズの口から飛び出してくると思っていたのだろう。低くうなっただけでなにも言わない相手の態度に異変を察知するとゼロはまたも態度を変化させてきた。

 

「……君にも気の毒だった。だがこれで終わらせるつもりは――」

「アンタはっ、何を、言っている」

「ん?」

「今の話が本当だとしたら、あんたは。自分の首をつるす縄を、枝にかけているように見えるぜ」

 

 人の噂で聞いたことはあった。『あの男(ゼロ少佐)は狂っている』と。

 MSFを手に入れるまではそれでも構わない。おいしいところだけでも、利用してやろうと思っていた。

 だが滅茶苦茶だ、パラノイアだ。

 必要だといって攻撃し、殺そうとして助け、意識が戻らなくてもきっといつか回復するだと?その時はもう一度?これがしでかした張本人の言葉だというのか!?

 

 

===========

 

 

「副指令、全員揃いました」

 

 部下の言葉で、カズは過去の不快な記憶から。1975年の昔から1984年の輝ける勝利を喜ぶ今に戻ってこれた。

 

 あの日を思うと、隔世の感ではないか?

 失った力は新たにダイアモンド・ドッグズとして戻ってきた。以前と同じか、それ以上に。

 そして悲願だったサイファーへの報復、憎きXOFと指揮官のスカルフェイスは世界から消滅した。サイファーはさっそく彼らの存在を抹消をはじめ、クレムリンはそれに追従するようにサヘラントロプスを始めとしたスカルフェイスの裏切りの一切について口をつぐんだ。

 

 この勝利こそ完全勝利である。

 

 プラットフォーム上に並ぶ勇士達を見よ。

 命令違反だが、立派に巨人を相手に戦ったボスの部隊。

 声帯虫の騒動から立ち上がったばかりでも、立派にXOFを圧倒した戦闘班とそれを支えたスタッフ達。

 

 そんな彼らを見下ろす自分の後方に立つのがビッグボス。

 その脇をオセロットと、あの不快な女とDDが並んでいる。9年の苦痛は無駄ではなかった、力は再びこの手に戻ってきたのだ。

 

 

 ――戻ってきた?戻ってきた、だけか?

 

 そうだ、そうではない。

 MSFはあそこから始まろうとしていた。ダイアモンド・ドッグズもまた同じスタート地点に立ったばかりだ。

 もっと、もっとだ。

 

 我々はもっと強大にならなくてはならない。

 あの日、MSFの仲間を前にボスと誓った言葉は忘れない。俺達はなにものにもおびやかされてはならない。今度こそ国などおそれることなく、それこそ世界を恐れる必要もなくなるくらいに。

 

 

 今日の日の勝利宣言はミラーが行うことになっていた。

 思えばMSFの時。ビッグボスが高らかに声を上げたことが、世界から注目されてしまった原因であった。

 あの間違いを繰り返してはならない。その考えから、ミラーが副司令官として兵士たちにXOF撃破の勝利宣言とねぎらいの言葉をかけることになった。

 

 だがミラーの考えではそれだけに留まらないつもりだ。

 今、こちらを見上げている兵士たちは自分が彼らを睥睨していると思っているのだろう。だが、もはや真実は違う。

 

(腕が、足が失われ。今、俺のこの目も奪われようとしている。俺の幻肢痛は終わらない。なにかに奪われ続けていく)

 

「親愛なるダイアモンド・ドッグズの諸君!!」

 

 1984年、夏の終わり。カズヒラ・ミラーの演説が始まる。




また明日。


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Hate you!! (1)

今回と次回は幕間エピソード。
きつくならないようにがんばったけど、うまくいっただろうか?


「そうか、もういくか――」

 

 ありがたいことに面会した自分が別れを告げると、ダイアモンド・ドッグズ副司令官はそういって残念そうな顔をしてくれた。

 とはいえ、もうだいぶ前に決まっていたことで。むしろ今日まで自分がこのマザーベースに残っていたほうが、おかしかったのだ。

 

「ま、本来なら手術後にイタリアあたりでリハビリ生活の予定でしたが。色々ありましたし」

「そうだな。色々、事がありすぎた……」

「そんな暗い顔をしないでください。

 おかげで俺は、MSF時代から再会したビッグボスが。スカルフェイスですか、あれを倒すまでお付き合いできました。それだけでも自分は十分です」

 

 そう言ってからシーパーはさっぱりとした笑顔を浮かべた。

 この言葉には嘘はなかった。片足を失った幻肢痛はすでに厳しく、これが死ぬまで続くと思うと絶望する日も来るだろう。だが傭兵としての現役生活にはきっぱりとケリをつけることができたと思っている。

 

 ワスプの自殺から始まった声帯虫の騒ぎで、間一髪でマザーベースから出て行きそびれた彼は。その後も日常生活に戻るためのリハビリをしながら、ここのスタッフとしてマザーベースにとどまっていた。

 とはいえ、元はビッグボスの部隊にいた兵士だ。

 自分が再び戦場に立つつもりがない以上、ここからはさっさと立ち去るという考えを変えるにはいたらなかった。

 

「お前には、諜報班とはいわないが。支援班や警備班として残ってもらえないかと、そうオセロットとも話していたんだが……」

「ああ、言われましたよ。せめて教官としてどうだって」

「駄目か?」

「……オセロットにも言いましたけれど、俺はボスじゃないんです。義足をつけてまで、戦場に立つのは御免です。わかってください、副司令」

「そうか、寂しくなるな」

「ええ、それでは」

 

 明日、彼はついにマザーベースから立ち去る。

 ビッグボスにも、オセロットにも別れは告げた。副司令官とも話した。

 今夜は久しぶりに仲間で集まり、最後に飲み倒すことになっている。

 

 彼がいた部隊。ビッグボスの部隊。

 アダマを隊長とした特別部隊は、再編成からその数を半分まで減らして今は4人になっていた。戦力は半分にまで落ちたことになる。

 活動開始から十数週間しかたっていないが、もはや3度目の再編成は避けられないだろう。

 

 

==========

 

 

 夕暮れのプラットフォーム上で、それぞれをつなぐ橋の上を走る車の荷台に乗せてもらえるよう頼む。

 シーパーは杖を膝の上に抱えるように乗せ、気持ちよく体に伝えられるエンジン音と海風に目を細める。

 引退背活のことを考えているわけではない。そもそも悩む必要はない。故郷に戻るつもりはない、どこか異国でひっそりと過去を隠して暮らすつもりだ。

 

 自分は今、急速に老け込んでいってるな。

 

 怪我をした当初は恐れていたことだったが、もう取り返しのつかない道の上を歩いている今だと心は穏やかになれる。

 そうだ、老いは彼にとって――MSFと、ビッグボスを失った9年間という時間の中でずっと恐れていたものではなかったか。

 

 

 そもそもシーパーは兵士ではなかった。傭兵、ですらもなかった。

 

 生まれた国の地元の悪ガキとして育った彼は、悪い友人達といつもコカインでハイになりながら「金がない、金がほしい」とずっと言い合っていた。その彼らがおかしな、そして悪いアイデアに惹かれて始めたことが武器商人の真似事だった。

 

 まじめだった彼らの両親達の仕事のコネを利用して手に入れた新品の銃を、地元のワル共相手に売りつけて回ったのだ。

 これが意外に悪くなかったらしく、それなりの利益を上げたので、妙な自信を持つようになると本格的にビジネスとしてはじめようということになった。

 

 その時、全員がビジネスマンではナメられるからと、身長があったシーパーは”髭を生やし”て武器商人達の護衛をしている元兵士とかいう経歴を詐称することになった。どうせ偽者だ、適当に経歴は盛りに盛って吹聴した。

 それから7年、悪ガキ達は武器商人として3流なりに悪くない生活を送ることができた。

 

 だが、そんな生活が長く続くわけがなかったのだ。

 親達がついに息子達が何の商売をしているのか理解したのと同じくらいに、彼らのビジネスは行き詰まるとさっそくトラブルをおこした相手から殺し屋が送り込まれてしまった。。

 傭兵のフリをしていたシーパーは運よくその情報を事前に知ると。友人達を、家族を見捨てて真っ先に国を出た。命惜しさに自分だけ逃げ出したのである。

 

 そして行き場を失った彼が逃げ込んだのが、あの設立間もないMSFであった。

 

 

 当時のMSFはこのダイアモンド・ドッグズと比べると洗練さがなかった。まったく違うのだ。

 ここでは業者として、別会社で搬入されてくる物資なども、あの時は兵士達が自分達でなんとかしなくてはならなかった。だから一時期などはプラットフォーム上には買い付けられた豚や牛や、鶏などが飼育され。

 最終的には鶏卵施設まで作ろうとする動きまであったのはよく覚えている。彼がMSFで最初に所属したのが、その食料を扱う糧食班だったからむしろ中心にいたといってもいいくらいだ。

 

 当時の彼は、配属された先で仕事の説明を受ける際。

 自分がした嘘まみれの経歴を見破られ、自分はこうした飯炊きに回されたのだと、そう理解していた。

 それでもそのときはよかった。食って寝て、仕事だけしてれば殺し屋が近づけないここならば、安全だから、と。

 

 その翌日にはそれが”間違った”考えなのだと思い知らされる。

 買出しだの、調理だのでダラダラとすごせるなんてことはなかった。食事の前後の調理時間と、書類などの決済処理を除けば。糧食班所属といえども、普通に兵士としての訓練時間を要求され、素人だったシーパーはしばらくは毎日をトイレで下呂を吐き続ける羽目になった。

 

 同時に自分とよく似た過去を持つ奴らは、次々とMSFから去っていった。

 シーパーがそこから逃げなかったのは、もう外に逃げ場がなかったから……だと、当時はそう思っていた。まだ若く、MSFもまだ恐れられるような力のないころの話だ。

 

 

 しばらくしていきなり支援班に移れといわれると、そこでついに出会うことになる。

 伝説の英雄にして傭兵、ビッグボス本人に。

 

 はっきりとわかる、語りかけられただけで恐ろしいほどのカリスマ性を感じ、雷で打たれるような衝撃を覚えた。

 彼の言葉は今も覚えている。

 

「そうか」

 

 恥ずべき自分の過去を告げると、そういって彼は言葉をくれた。

 

「だが今は、お前は兵士の顔をしている。お前はもう偽者なんかじゃない。本物の兵士、それは戦士の顔つきだ」

 

 それ以来、彼は髭を生やしたことはない。いつもできる限り剃刀でピカピカに剃りあげている。

 抱いた女や、友人にからかわれ、餓鬼のようだやめろといわれても、それをやめようとはしなかった。

 この顔は、この姿は彼からもらったものだ。

 ビッグボスから受け取ったものを手放すつもりはシーパーにはまったくなかった。

 

 

 戦闘班のプラットフォームには、それぞれに最低ひとつ。レクリエーションとしてバーが設置されている。

 暇な時間を退屈せずに静かに過ごす奴などここにはいないから。海上にそびえたつマザーベースにあってはこういう飲み、は必要不可欠な場所となる。むしろ他からはまだ少ない、戦闘班だけずるいなどという声が出ているくらいだ。

 

「リーダー、遅かったですね」

「まだ時間前だ。お前は、早いな」

「オネーチャン連中、久しぶりなんで。遅れて怒られたくないんでね」

 

 バーの前でアダマと鉢合わせした。自分の言葉の最後に「これが最後ですから」ともつけなかった。

 ついこの間まで、集中治療室の中で生死の境をさまよったり。ともに動かぬ体を叱咤して、杖を突いて歩く練習をしていた2人であったが。そのアダマは復帰をはたし、今は前線に戻るための準備中。

 そう遠くなく力を取り戻して、スクワッドにも戻ることだろう。

 

 だが、そこに自分はいない。

 シーパーはこれから、ここで失った足の痛みを――幻肢痛を抱え、背中を丸めて明日にはこのマザーベースをでていくのだ。

 

 幻肢痛。

 副司令官のカズヒラ・ミラーがあの日。

 XOF撃破とスカルフェイスの死を祝うかのような席で口にした言葉には、MSF所属であったシーパーにもずっと覚えがあった。

 

 9年前、なかなか抜ききれぬ悪餓鬼時代の私生活での態度から、国連査察にのぞんでマザーベースから退去された夜を思い出す。

 盛り場で友人達と一通り、自分達の退去命令を下した副司令を茶化し、飲んで騒ぐと。地上でしかできない、コスタリカの美女と一緒にベットに入った。

 最高の夜の後には最悪の目覚めが待っていた。

 

 MSFの壊滅、ビッグボスの死亡を信じられない仲間はコスタリカの岸辺に集まると、がめついはずの彼らの金を出し合って近くの漁船に頼み込み、消えたマザーベース跡地へむかった。

 残念なことに選考に漏れ、シーパーはその時は陸で待機している側にいたが。

 戻ってきた連中の顔は死ぬまで忘れることはないだろう。翌日にはそこに集まっていた仲間の4分の3が、消えていた。

 

 自分達は傭兵だ。

 

 MSFを失ったことで、さっそく次の居場所を求めて彼らはさっさと旅立っていってしまったのだ。

 まだ未練たらしく残っていた連中も、同じ結論を受け入れなくてはならなくなった。シーパーも受け入れ、そこで誘われたチームと共に数年間を過ごした。

 

 MSFを、ビッグボスを失い。

 戦場は急速にその色をくすませていった。いや、あのときのシーパーはそう皮膚が感じていた。

 

 

 久しぶりの対面に挨拶を済ませるとバーの席に4人は座った。

 結局、半分だけ生き残った。

 自分達の知る戦場のどこよりも彩を強く感じさせるダイアモンド・ドッグズでは。死は恐ろしく身近にあって、仲間は何よりも心強い存在となっていた。

 今日は彼らのリーダーの復帰祝いであり、互いの無事を祝う席であり、失ってしまった仲間達、そしてシーパーとの別れの、それら多くを含んだ複雑な気持ちにしかならない、部隊の解散式であった。

 

 

==========

 

 

 この日、初代スクワッド”ビッグボスの部隊”でリーダーを務めたゴートもまた。自分のロッカーを整理していた。

 

 XOF撃滅、スカルフェイス抹殺に喜ぶのもつかの間。声帯虫とXOF攻略の騒ぎで損耗した部隊を再編する動きが始まった。

 戦闘班にあって、ひとつの部隊を率いたゴートも。今はその肩書きを返上し、次の辞令がおりるまではただの兵士となる。もちろん彼は、もう一度ビッグボスの部隊に戻れるよう、チャンスがあるなら志願するつもりだったが。

 

 例えそれがかなわず。また、再び部隊を引きいれるかはわからないとしても。

 希望としてこの次も戦闘班に残りたいということだけは決めていた。

 

 そんな暇な時間を糞真面目に過ごす彼とは合わない連中が来て、こっちにきて加勢をしてくれといわれたのが最初に覚えた嫌な予感だった。

 どうやらバーで、ちょっとした喧嘩になりそうだというが。その相手が問題なのだという。

 

 

 またどこかの馬鹿が退屈さからパイロットか、整備兵をからかって仲間でも呼ばれてしまったのだろう。

 そうしたことで、これまでゴートはこんな風に加勢を頼まれることがあったが、実際には苦労して頭を下げて仲裁することが多かった。だからこの時も、「またか」とは思ったが、それほど深刻にならずにバーの中へと彼らに引っ張られていった。

 

 

 そこで驚くべき光景を目にした。

 

 思ったとおり、酔っ払って群れている戦闘班の前にいるのは彼のよく知る人物達。

 ビッグボスの部隊、スクワッドの4人が。全員が怒りを露にして立ち上がっていたのである。

 

「おい、落ち着けよ。落ち着けって。馬鹿なことするなよ。なにがあった?聞かせてほしい」

 

 知ってのとおり、ダイアモンド・ドッグズはPFである。

 そこにいるのは正規の軍にいるような愛国心の塊で出来上がった筋肉ダルマのようなやつは少なく、癖の強かったり、別の欲求のほうが強いといった困り者が集まってできている。これはもう、性質上どうしようもないことだ。

 

 前に不満からスクワッドが喧嘩から暴力事件へと発展しかけ、スネークがそれをぶち壊したことがあったが。

 あれ以来、ここではビッグボスにあんなことをさせてはならないという暗黙のルールが存在していて。個人はいいが、多人数同士での乱闘騒ぎだけはご法度ということで仲裁するようになっている。

 

 今回はそのスクワッドが、よりにもよって戦闘班と対立しているというのだから良いわけがない。ゴートはまだ事情を知らないが、自分が呼ばれたのはその役割を期待されてのことだと思ったから。こうやって間にまず入っていったのである。

 

 それにしてもバーの中では険悪な空気が満ち満ちていた。

 

 十数人からなる戦闘班も、かつての同僚であるフラミンゴ、ハリアー。そして現リーダーで復帰したばかりのアダマといったスクワッドも。どちらも妙に殺気立っていて尋常は様子ではない。

 なんで損な役回りなんだ、ゴートにも文句を言いたい気持ちはあったが。ここはとにかく、冷静になれを繰り返すつもりだった。

 

 そう、その瞬間までは。

 

「ヘッ、なにが”ビッグボスの部隊”だ!伝説も伝説なら、その”ケツにひりついてるクソの処理係”も口のないお人形ちゃんかよ」

 

 戦闘班の中から、とくに酔っている男が嘲ると、まわりの連中もぷぷぷと噴出してみせる。

 

「あの爺さんの”伝説”は噂に聞いているぜ。女を抱けないんだってな?。それもわかったぜ、あんなにガキ共を――」

 

 赤ら顔のそいつが好き勝手にがなりたてられたのもそこまでだった。

 突如彼を襲った衝撃で、口を開くどころか、たっている事もできなくなり。まるで銃にでも撃ち抜かれたかのように足元に崩れ落ちた。

 

 空気が凍りついた。

 

 ゴートは振り向きもしないまま、背後の声に向かって突き出した手を下ろすと静かに回れ右をしてから口を開く。

 

「ボスが、なんだと言った?俺の顔を見て、もう一度聞かせてみろ」

 

 最初に部隊の基準を定めたオセロットが、その実力の遺憾に問わずに求めていたものがあった。

 

 ビッグボスの伝説を信じて疑わない者達。

 

 信用できる、裏切らないということではない。その時、彼らの前に立つ伝説のビッグボスの存在にまったくの疑問を抱かない者達。

 その一種の信者のごとく盲目にその言葉に耳を傾けられなければ、ビッグボスの部隊に入れる資格はない、とした。

 無論、それは永遠の忠誠を意味しない。事実、最初の部隊からは後に裏切るようにボスの命を、ダイアモンド・ドッグズへの襲撃を手引きしたものも生まれた。

 

 時がたち、激戦を経て。

 いまや生き残った彼らはもはやビッグボスの狂信者(フリークス)と呼ぶに近い存在になりつつある。

 それがこの瞬間に戦闘班の目の前に揃ってキレかけていた。




また明日。


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Hate you!! (2)

Q.あなたが戦争映画で見たいシーンは何ですか?

A.オネーちゃんと兵士がいちゃこらする所。たいていおっぱい丸出しでド派手にガンガンやってるから迫力があってよい、と思ってます(元気な声で!)


 戦闘班とて、この程度にしぼんでしまうような連中ではなかった。

 ゴートとその背後に並ぶスクワッドたちの前に、一回り小さな兵がでてくるとアドレナリンを噴出しているのだろう、真っ赤な顔で崩れ落ちた男の言葉を変わりにスクワッド達にむかって吐き出し始める。

 

「伝説のジジイは、どんなもんだよって言ってるんだよ」

「なんだと?」

 

 後ろにあって押さえていたアダマも前にでてくる。

 止めに現れたと思ったゴートが眼前で暴発したのを見て、現在のリーダーであるはずの彼も怒りの感情をうまく制御できなくなっていた。

 

「確かに戦場ではスゲーかもしれねぇ。だけどあいつは耄碌している。そう考えてなきゃ俺たちは、払いがよくてもやってられねーんだよ」

「ほう、坊主。小さくて顔が見えない。大人のフリをするのがつらいなら、小学校に帰れ」

「うるせぇ。確かに俺は小さい、だがタフな男だ!

 戦場を知っている、そこで生きるやり方も知っている。伝説の男のいる、最高のPFがあると聴いたから俺はここにいる。俺はプロの兵士だ、俺達はプロの兵士だ。

 だから我慢できないことは口に出すし。お前らみたいな”ファングループ”にだって言いたいことは言わせてもらう」

「クソ度胸のある坊主か。そのまま最後までしゃべれるか試してみろ」

 

 もはや能面のように表情をなくして仲間であるはずの同僚の前に立つゴートは相手を見下ろしてそういった。

 小さい兵士はひるんだか、少し黙るが。己を奮い立たせて、再び口を開く。引けなくなってしまい、ほとんど自棄を起こしているようだった。

 

「俺だって伝説のサイファーの尻を蹴り上げたんだ。スカルフェイスとかいう、ビッグボスの敵に”誰に飛び掛ったか、思い知ったか”ってやってやった!満足だったさ!

 でもな、だからこそ納得できねぇ。お前達、ファングループは大丈夫だって言うのか!?」

「なんのことだ?」

「副司令だよ。あの盲目の士官殿さ。奴のあの糞ったれの餓鬼共のことだよっ!」

 

(……少年兵のこと?)

 

 意外な言葉にゴートもつい怒りを忘れかけ、彼等の理性が急速に戻ってくる。

 

「不満はいろいろあるが。一番にムカつくのは、任務であのガキ共がいる戦場に送り込まれるときに副司令が口にする『殺すことは許さない』ってあの言葉だ!

 俺達は任務を成功させるためにベストを尽くす。そして金を稼ぐ、そのためにここにいる。生活のため、家族のために稼がなくちゃならないんだよ。それはお前たちだって同じだろう!?」「……」

「だがな、副司令は違う。あいつは俺たちに、ガキは殺すなという。やつらが銃を俺たちに向けるのに、それでも撃つのは許さないという。

 なんだよ、これは?どういうことだよ、これは?」

 

 戦場のゆがみ、ではない。

 ダイアモンド・ドッグズの中にあるズレが、歪みになりかけていた。

 

「――難民キャンプの件か」

「そうだ!奴は仲間だった。俺達はベストを尽くした。ふざけた話だとは思ったが、文句も言わずになんとかやりとげた。

 やりとげたんだ!その褒美が、あの始末だよっ」

 

 戦闘班にいるゴートだから話は聞いていた。

 それはまだ声帯虫が暴れだす、直前まで話を戻さないといけない。

 

 国連からの依頼を受け、ダイアモンド・ドッグズは短期の難民キャンプでの護衛の任務に就いた。仕事は滞りなく行われたが、任期の終盤にひとつだけ問題が発生した。

 

 外国からキャンプに送られてくる物資を山賊が襲い始めたのである。

 

 状況を考えると、ダイアモンド・ドッグズの後に引き継いだ連中に放り投げてもいい話ではあったが。当時、カズはこれを排除するように現地に派遣した部隊に指示を出してきた。

 

 カズがなぜ、そんなサービスをする気になったのか。兵士たちが気がついたのは、任務直前に武器を取り上げられた時だった。

 戦闘班の隊長は部下の武器をすべて取り上げると、ゴム弾を発射する武器の棚の前で「少年兵を傷つけてはならない」と注意を繰り返した。

 

 もちろん計画したとおり、山賊をしていた少年兵はすべて捕らえられ、要求されたように殺さないように彼らは最大限に気を使ってやった。

 

 だが戦場では何が起きても不思議ではない。

 

 回収した少年兵の二人が死んだ。

 回収の際に発射され、直撃したゴム弾の当たり所が悪かった。もう一人は回収後に同じような理由で死亡した。

 当初、カズはそれについては何も言わなかったが。デブリーフィングではしつこく当時の状況の確認が行われた。そこで死んだ少年兵にゴム弾を発射した2名の兵士が確定される。

 

 その2名が、ついにXOFとスカルフェイスを倒したと浮かれる中。ダイアモンド・ドッグズから追放された。

 カズは理由を公開しなかったが、処分を受けた2人は不満を仲間の前で洗いざらいにぶちまけてから、くやしそうにここから出ていった。

 

「お前達は子供を殺したからだ」、副司令官は彼らにそう告げたらしい。

 

 今日、この時を彼らがバーで飲んでいたのはその不満を癒すためだったのだ。

 そこにささやかなビッグボスの部隊の連中が揃っているのを見て、副司令官への不満を正そうとしないビッグボスに彼等の矛先は向かってしまったのだ。

 

「なぁ、ファングループさんたちよ。俺に教えてくれよ。

 このPFは、ダイアモンド・ドッグズはいつからあの頭の中がお花畑の連中のような、NGOを始めていたんだ?俺は聞いてなかったぜ、ここにいる仲間も聞いていなかったさ。

 だが、あの副司令官殿はそれが当然だと口にしやがる!!」

「……それがボスと、何の関係がある?」

「は?頭沸いてるのか?ここは誰の部隊だよ?

 カンパニー(CIA)に敵とされ、サイファーと戦っているビッグボスのPFじゃなかったか!?俺はそう聞いていたぜ?」

 

 わずかにだが相手の興奮が収まっているのを察したか、小兵は勢いよく声を上げる。

 

「ビッグボスは間抜けじゃねぇ。間抜けじゃ、あんな戦場を生き残れない。動くビルみたいな機械を相手に戦ったりしない。プラットフォームに立つあんなの、どうやって勝ったのか俺にはまったく想像がつかねーよ。

 だが、それとこれとは別よ。

 なんで餓鬼だけ特別なんだ?あんなに集めて、なにがしたいんだ?

 

 俺たちは戦場で稼ぐためにここに来た。戦場で武器を持ってる糞ガキを学校に通わせるためにいるんじゃねー。なのに何で俺たちはあいつらの銃口の前にわざわざゴム弾なんぞで立ち向かわなくちゃならないんだ?

 上の連中が何を考えてるのかしらねーが。あいつらは鼻をたらしたガキの姿をしている獣だ!

 誰かに言われたとおりに殺すし、犯すし、奪いもする。おかまいなしにな、そんなことはここにいる全員が知っている。そんな奴に、俺たちがリスクを払わなくちゃならない明確な理由って何だよ!?」

 

 理由はあるはずだ。

 ビッグボスも、副司令官も理由もなくあんな命令を下したり。あんな子供達をあつめたりはしない。

 でも、その理由を説明された記憶は確かにない。

 ここにいる誰にも、その意思を説明ができない。

 

「だから話してたんだよ、ゴートさんよ。

 俺たちのボスは、副司令の都合のいい”操りやすいお人形”さんだってよ。戦場で倒せる敵がいりゃ、ビッグボスは満足。あとは副司令が宣伝か信仰か知らないが、満足すりゃここは平和ってわけさ。

 戦場ではビッグボスでも、ここ(マザーベース)ではただの耄碌したジジイ――」

 

 キレッぱなしで話なんぞ耳に入らないフラミンゴとハリアーの限界が突破されようとしていた。

 片足がないばかりかに、さっきまで自分は老け込んだなどと哀愁を漂わせていたはずのシーパーが飛び掛らんばかりの顔をしている。

 せっかく理性が戻りかけていたアダマとゴートであったが、かたや顔をゆがめ、かたや表情を失い。再び理性が激情の濁流にのまれて地平線のかなたに向けて押し流そうとしていた。

 

 仲間が、互いを攻撃している。

 

 

==========

 

 

 扉が開き、杖をついたシーパーはため息をひとつ、ついてから中に入る。

 最後の宴は、なんともしまらない――ひどいものになってしまった。

 

 あの時、喧嘩になるかと思われたが。

 バーの入り口に立って「元気そうだな」と冷たく告げるオセロットのおかげで、なにも起こりはしなかった。それでよかったと今では思ってる、あの時はちょっと自分もどうかしていた。

 

 だが喧嘩しなかったことで、ちびちびと仲間内で飲む予定は変更され。いつものように憂さ晴らしの馬鹿騒ぎをして、厳粛な空気はどこかに吹っ飛んでいってしまった。

 

 こんなはずではなかったのだが。

 だが、まぁ、そういうお別れ会というのもあるのだろう。

 

 

 シーパーにとって、マザーベースから退去するまですでに10時間を切っていた。

 自分の思ったとおりの別れを仲間に告げられなかったのは残念だが――。

 その時、彼の部屋を訪れる存在を告げるブザーが鳴る。

 

(おいおい、もう夜中だろうが。なんのつもりだ?)

 

 すでに自分が行っていた業務の引継ぎは昨日で終わっている。

 書類上、もはや自分はダイアモンド・ドッグズとは関係のない人間になっている。これは副司令官に会ったときに確認していた。

 一瞬、もめた連中が押しかけていたのかな?とも思ったが、違う気がした。

 

「……ハーイ」

「ハリアー?お前――こんな夜に何だよ?」

「入れてくれない?」

 

 廊下に顔を出して見回すが、人の姿はない。どうやら一人できたらしい。

 自分の足を吹き飛ばす羽目になった女が、最後の夜に一人で会いに来たというのはどう考えても良いものとは思えない。実際、表面上ではなんとか噛み付かないではいられるものの、こうして一対一で話すとなると精神的に激しい葛藤を感じてしまう。

 こんな男の表情を、したくはなかったし、覚えて別れたくはなかったのだが。

 

「夜も遅い、何だ?」

「な、か、で」

 

 心持ちこちらよりもわずかに上から見続ける、でかい女の強情に根負けしてシーパーは体をずらすと顎で中に入れと示した。

 酔いはまだ残っているが、理性をかき集めてこの馬鹿女を怒鳴りつけないようにしないといけない。マザーベース最後の一日は、ひどいものになるのがこれで決定だ。

 

「へー、仕官部屋なんだ」

「ああ――スクワッドをはずされる時、副指令に外部スタッフ扱いにするといわれた。ここでリハビリがてらやっていた仕事は、なんとかいうイギリスだかオーストリアに作ったうち(ダイアモンド・ドッグズ)の会社の社員として、ということらしい」

「ふーん、だから仕官扱い?」

「客扱い、だな。マザーベースには基本、外部のスタッフは入れないことになっていた。だが……それも変わるだろう」

 

 言葉の最後が苦いものになる。

 ダイアモンド・ドッグズは変化する。それは間違いない、すでにその予兆はどこにでもある。

 

 あの環境保護の連中、そして副司令官が進めようとしている少年兵の社会復帰プロジェクト。だが、MSF時代を知るシーパーはふと思う。

 あの時、XOFがあらわれなければ、ビッグボスが向かう未来は果たしてこれだったのだろうか?と。その答えはない。

 

 個室部屋を珍しくもないくせに見て回るハリアーを横目にシーパーはなにかないかと、台所をひっくりかえす。だが、なにもない。

 当然だ、立つ鳥のごとくここにはなにも残さないつもりだった。もはやわずかな着替えと手荷物しか残っていない。

 

「――ここには何もないぞ。水は?」

「いらない」

「そうか、それじゃ――用を聞こうか?」

「……うん」

「ああ、一つ言っておくぞ。謝罪はやめろ、それだけは聞きたくない」

「そうなの?」

「理由も話さない。この話題は一切したくない。いいか?俺は――俺はあと数時間もすればマザーベースから出て行くんだよ。

 そして引退生活を始める。そうなったら、お前のことなんて思い出すつもりはないし。仲間でも、連絡を取り合うつもりもない。少なくとも、お前もそうだけどスクワッドの連中はな」

 

 感情の制御はやはり思った以上に難しくなっている。

 なにがあったにせよ、自分はついに負け犬となり。戦場から背中を丸めて出て行く人間だ。そんなのは昔から見てきた、あんなザマにはなりたくはないと思っていたさ。

 だが、しょうがない。

 

 それでも。

 それでも最後に戦った仲間たちには、笑ってお別れ。そうなってほしいと、努力していたはずなのに。

 この馬鹿は、ここで怒った俺にレイプでもされないとわからないものなのか!?

 

「怒ってるんだ、やっぱり」

 

 図体のわりには驚くほど少女のように媚びた上目でこちらを見るハリアーを見て、イラつく自分を感じて逆に冷静になろうと思えた。

 大きく息を吸い、そして吐く。

 

「だから、話は、ない……んだよ。分かったか?もう、帰ってくれ」

 

 途方にくれた気持ちになって、シーパーはついに懇願を始めた。

 だがハリアーはそれを無視すると、羽織っていたダイアモンド・ドッグズのジャケットを脱いでベットの縁に腰掛ける。

 

「わかった。話すのはなし、ね」

「そうだ。そこに座るなよ、さっさと――」

「なら、それは飛ばして。次、ヤルかな」

「!?」

「いいでしょう?別に」

 

 絶句、しかけて。相手が本気なのだと理解した。

 訳が分からなかったが、だからといって、今更顔を突き合わせて告白セラピーなど死んでもやりたくはなかった。

 苛立ちと驚きですっかり酔いがさめてしまったシーパーは、ベットに進むと杖を脇においてハリアーの隣に座った。

 

(なにひとつ、なにひとつままならねぇな。ひどいもんだ、本当に最悪の日だ)

 

 自分の唇で女の唇をふさぐと、そのままベットに倒れこみ。

 短くなった片足もつかって、彼女の上に跨る。

 

 

===========

 

 

 誰かを呼び出す館内放送でハリアーは目を覚ました。

 激しい数時間を耐え抜いたベットの上は、その惨状を思わせるくらいには乱れていたが。彼女と一緒になってそうした男の姿は部屋にはいなかった。  

 見ると脇にメモが一枚残されていてシーパーのものらしいとわかった。

 

『とっとと帰れ。俺はもう行く。お別れだ、さようなら』

 

 なんの愛想もない、どうやら話すことはないといったあの男の言葉は本当だったようだ。

 体を動かすと、それだけであちこちが戦場から戻ってきた翌日かというくらいに痛みが走る。見ると激しい行為を示すかのように、殴りあったわけでもないのに内出血していたり、あざではないが真っ赤にはれ上がっている箇所がちらほらあった。

 思い返すと、だいぶいい勝負だったと思う――かなりいじめられた気もするが。

 とにかくまぁ、悪いものではなかった。

 自分たちよりも5歳以上年上で、爺様に片足を突っ込んでいる男とは思えない体力だったな。

 

(部屋に戻らないと……コレ、フラミンゴの奴にバレるよねぇ)

 

 今日、友人と出会ってどうするべきか考えつつ、くしゃくしゃのシーツを探り当てると、手と足の指を器用に使ってそれを引き伸ばし。カラメル色の裸で転がりながら体に巻いて隠していく。

 

 

 設立当初から一緒だったフラミンゴ、亡くなったワスプとは長年の友人のように仲良くなった。

 PFなどという男の職場の中で、女性のセックスは状況も事情も色々ある。

 

 3人の性癖をたとえるならば、雑食のフラミンゴ、菜食のワスプ、そしてハリアーは肉食という気がする。

 気に入れば即OK、欲望丸出しのフラミンゴ。出てくるものを自分の好みのリストと合わせていってから決めるワスプ。

 肉食を自称するハリアーのそれは「寝る」と決めた相手は絶対に逃がさない、そういうスタイルだった。

 

 

 

 再び放送があり、ハリアーはそれで自分がうとうととまたベットでまどろんでいたことに気がついた。

 すぐではないだろうが、この部屋の住人が立ち去ったと知って今日の掃除担当が入出してくるかもしれない。危ないところだった。

 片腕を伸ばし、ベットに蹴り出した記憶のある下着の探索から開始する。

 

 

 ハリアーが部屋を出て行って2時間半、ようやく掃除道具を持った兵士が2人が部屋を訪れると。

 15分ほどで見事に綺麗に片付けてしまうと、次の部屋へと向かった。

 

 

 この日、スネークはゴートの元へ訪れると「再び部隊に戻る気があるのか?」と尋ねている。

 暗い夜明けを越えて、ダイアモンド・ドッグズはその歩みを止めるつもりはない。




また明日。


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消された報復心

これはもはや耐久レース。
なんと新しい章に入ってからまだスネーク(ヴェノム)が出てきて台詞を口にしていない!

・・・・スネーク、このまま出てこないというのはどうだろうか?


 季節は秋へと移り変わり。

 1984年という年も残るはわずか数ヶ月(十数週)である。。

 

 ダイアモンド・ドッグズはついにXOFとスカルフェイスとの決着をつけたが。次の目標としてサイファー打倒を掲げてその活動を続けている。とはいえ、それは以前ほど切羽詰まったものではない。

 伝説の男の復活から、数ヶ月で復讐を果たした、というストーリーはすでに世界中に広がっていて、今からでもそんなダイヤモンド・ドッグズに加入したいと集まる傭兵の数に減る様子は見られない。

 書類選考、実技選考、面談の3つでさえ。これまでのようにオセロットの体一つでは処理しきれなくなっている。

 

 しかし、この時期のオセロットは別に仕事を抱えていた。

 

 スカルフェイスとXOF。

 彼等がなにをしようとしていたのか。そして謎だった赤い髪の少年と炎の男の出現の理由、そうした情報の整理に熱意を持って調べ続けていた。そんな彼の姿を見て周りはあれで寝る時間があるのだろうかと不思議に思っていたが。。

 ある時、珍しいことに急にマザーベースを離れると言い出した。彼が提出した休暇の予定では数カ国を巡り、最後にフランスへと立ちよることになっていた。

 

 スネークもカズもそれには何もいわなかったが。

 実際にオセロットがマザーベースを離れると、カズは諜報班のメンバーの数人を使い。オセロットの旅先での様子をしっかりと見て報告するように命令を出す。

 声帯虫の騒ぎの際、オセロットが危険とわかりながら外部へメッセージを放ったことを当然のことだがカズは知っていた。あれほどの熱意を持ってスカルフェイスの所業を調べ、旅行に向かうと言い出したオセロットが外で外で誰と会うのか、興味があった。

 

 

 しかしカズの目論見は、はずれる。

 オセロットは観光し、何人かの人物と歓談したが。どれもなんのことはない、あたりさわりのないものばかりであった。

 自然、予定は進むとあっさりとフランスに到着する。

 

 オセロットはほかの国とは違い、この国では2日ほどはホテルでだらだらとすごし。3日目の夜、蝶ネクタイと見違えるような正装姿となると、町に繰り出した。今夜の食事の席で人と会えば。明日にはマザーベースへと戻ることになっている。

 相手はソ連軍の軍人らしい。

 

 「フリュ― ブゥラッチェ」というレストランに入ると。

 どうやらオセロットよりも先に、今夜の相手が席についていることがわかった。

 しょうもない悪戯を見咎めたような苦笑と、それまで見せたことのない柔和な喜びをたたえて席へと近づく。

 

「ようやく、会っていただけるそうで感謝していますよ――イワン。しかし、良い男っぷりはそのままですな、うらやましいです。イワン・ライコフ――今はなんとお呼びしたら?」

「さぁな、知らんよ。”今頃の俺”は、大佐くらいにはなれているんじゃないか」

 

 そう言うと相手は腰を上げてオセロットに片手を差し出してくる。オセロットは笑いながら、その手をがっしりと握ってから席に着く。

 乳白色のスーツに、白のシャツ、ネクタイはつけていないラフなその男の顔は。オセロットが知る1964年当時の美顔をそのままにした軍人の体格を持つ男であった。

 

 イワン・ライコフ。

 あの頃はまだ少佐で、スネークイーター作戦では『賢者の遺産』を握るヴォルギン大佐のもとにオセロットと共についていた。立場は――もちろんまったく、同じではなかったけれども。

 

「そうだとすると、やけに”お若い顔の大佐”殿となりますね……なにをしているのです、あなたわ?」

「”そのままの顔”では人の多い外は歩けないからな。しかし技術の進歩を感じないか?この顔のままでも食事は出来るし、女性とベットにも入れると保証付きなんだそうだ」

「――あの女の入れ知恵ですか。まぁ、いいでしょう」

 

 そう言ってワインを注ごうと近づいてくるウェイターに目配せをして黙る。グラスに酒が満たされ、人が去るのを待ってから乾杯の前にオセロットは口を開いた。

 

「まずは例の騒ぎの件です」

「ああ、あれか」

「助力に感謝します。こっちは手も足も出なかった」

「礼はいらない。こっちも十分に楽しませてもらった。それに実際、俺のしたことはほとんどない。カズの部下が優秀だった」

「ですが――」

「もういいと言っている……それよりこうやって堂々と会えたんだ、教えてくれ。話は聞いている。スカルフェイス、XOFに何があったのか」

「――。あぁ」

「お前についてきていたダイアモンド・ドッグズの。

 いや、カズの部下のことなら心配いらないぞ。彼は昨日からちょっとしたトラブルでパリ中を走りまわっているはずだ。この瞬間もお前を探して慌てているだろうが、明日の朝には安心しているはずだ」

 

 ライコフらしからぬ、いたずら小僧のような表情を浮かべて楽しそうにそう口にする相手にオセロットは呆れてしまった。

 

「ふぅ、まったく――ええ、それなら安心ですよね。あなたの部下も含めて、気の毒な連中だ。私も今夜は好きなだけ飲んで、話して差し上げますよ」

 

 そう口にすると、さっそく互いのグラスを合わせる。

 力が入ってしまったらしく、少し大きく(そして高価な)グラスは悲鳴を上げ。遠くでオーナーが顔をしかめる。

 オセロットもライコフも、それに気がつかないフリをしてワインを乱暴に一気にあおってから互いに顔をしかめた。

 

 

 炎の男、赤い髪の少年。そしてスカルフェイスの本当の目的。

 

 さかのぼること9年前。

 MSF襲撃はサイファーの、ゼロの意志ではなかった。

 

 起きてしまった事件に激怒したゼロによって、スカルフェイスはアフリカへと飛ばされるが。これは逆にサイファーの監視から離れたことになり。それを利用してXOFの実権を握ったまま、コードト―カーの虫達のことを知って動き出したらしい。

 そこからはゆっくりとスカルフェイスの未来に向けた計画がすすめられていく。

 

 そう、あの時。キプロスでビッグボスが目を覚ましたという情報を知って慌てて攻撃命令をくだすまで。

 

 そこから計画を早めることにしたものの、急成長するダイアモンド・ドッグズとビッグボスの追撃にあって計画は徐々に露見しはじめ。ついにOKBゼロで追いつかれて叩きつぶされた。

 

 奇妙な話だが、本人の言い方を借りるとコードトーカーに作らせた民族浄化虫は『民族解放虫』であり。当初の使われ方こそ一緒であったが。結果に求めるものが別にあったことがわかった。

 英語を共通言語とする世界をつくりだしながら核をばら撒き。最後に英語に反応する声帯虫で言葉自体を奪い取ることで実現する戦争しながら平和になる世界。自分たちの本当の意思では使えないスカルフェイスの核を抱え、目の前に互いの敵を置いて恐怖することで平和が生まれる。

 狂っているとしか思えないが、そうなるように必死にデザインしようと準備をしていたことはわかった。

 

 ここからは想像にすぎないが、ゼロの元で学んだと語ったスカルフェイスは。

 メタリックアーキアを使った核市場での利益を使い、自分の目指すこの世界を管理するような器を生み出すつもりではなかったのか?それは声帯虫のようにサイファーにとりついて機能を奪うことを目的にしていたのではないか?

 

 だがこれについてはあくまで想像で、スカルフェイスは彼の考える未来についてはまったく手がかりを残してはいなかった。いや、あったとしてもすでにサイファーによって選別され、それが終われば削除されてしまったはず。

 

「ゼロのことを寄生虫よばわりする奴が、そんな彼と同じやり方で――とは」

「不快、ですか?」

「そうじゃない。ゼロという寄生虫に、自分が寄生することに意味があるのか?」

「自分にはわかりませんよ。”今回は”失敗しましたからね。奴の未来にこの先にはないのですから」

「そうだな――なら、炎の男と赤い髪の少年。その話も聞きたいな」

「ええ――構いませんよ。しかし、それは食事の後で。これ以上話して、食欲を失いたくないんでね」

 

 にっこり笑顔を浮かべたウェイターが料理を運んでくるのを目ざとく見つけてオセロットは言うと、ライコフ”大佐”は苦笑いを浮かべながらナプキンを手に取った。

 

「そうだな。そうしよう、ジュニア」

 

 1時間ほどかけてゆっくりと食事を終えて、翌朝。

 オセロットは予定通りにマザーベースへと帰還する。空港で、オセロットは人の視線に気がついた。

 それまでは必死で隠れていた諜報班の部下が、今日はなぜか一転して「見張っているんだぞ」とオセロットに熱烈にアピールしてきている。どうやら”あの人”の悪戯でひどい目にあった復讐のつもりらしい。

 

 相手には気がつかないフリをしながらも、オセロットは内心では「気が合うな」と見張りに語りかけていた。

 夢のような昨夜の夕食の席であったが、ここはフランスだ。

 ここはオセロットにはどうにも好きになれない国だった。

 

 

 

 カズヒラ・ミラーにとってもこの間は決して暇を持て余しているわけではなかった。

 彼なりに次のサイファーへの対決に向けて必要な事を計画しつつ、その中のいくつかは準備を始めなくてはいけなかった。そんな忙しい合間をぬって訪れた開発棟から出ていこうとする彼に、必死の表情をしたヒューイが縋りついてきた。

 懲りていない、まったく懲りることを知らないこの男は、またも同じことを繰り返し要求してくる。

 

「駄目だ、許さん」

「なんでだよ!?どうして――」

「俺達にサヘラントロプスは必要はない。あれは、あのままでいいんだ」

「ど、どういうことだい?」

「俺も最初は理解できなかった。あんな木偶。

 しかしボスの言葉で疑問はなくなった、納得した。

 あれはトロフィーだ。あそこに立っているだけであれの役目を果たしている。このダイアモンド・ドッグズにとって。俺達にとって必要な、スカルフェイスとXOFを倒したという象徴だ。

 ここに来てあれを見上げれば全員が理解する。ビッグボスの伝説と、卑劣なサイファーのXOFがどうして倒れたのか。噂は、伝説は事実だったのだ、とな」

「で、でも――」

「これは前にも言ったぞ、エメリッヒ。あれはあれでいい。動かすつもりもないし、修理も必要ない。それよりもお前には役目があるだろう?」

「バトルギアのことかい?あれはもう完成している。あとは君達がデータをとってきてくれれば改修はするけれど、大枠の開発は終了しているんだ。それは伝えたはずだろ」

 

  あせっているのだろうか、ヒューイはやけにしぶとく諦めない。というよりも、焦燥感からいつものように自分の立場をわきまえることもできずにいるのが、その答えには彼自身の不満があからさまにあった。

 自分の言葉を軽く受け止められたことにカズの中の痛みが、抑えている不満と怒りを吐き出し始める。

 不快だ、と。

 

「あれはアフリカのPFに出回った”お前の”ウォーカーギアへのカウンターとして作らせた。すでに4機を投入し、そのデータはお前に渡しているはずだが?」

「小さなリファレンスだけだったよ。もう、ほとんど完成しているんだって」

「その割には、たいした効果は見られないな?当初に聞いた話では、紛争をどうとか言っていたが。報告では多少の効果は認められたが、相手に勝利するのに苦労したとあった。これでも欠陥ではない、と?」

「――潜在能力がある、そういう意味だから」

「ほう、扱うランナー(操縦者)次第とでもいいたいか。ダイアモンド・ドッグズの兵士の質の問題だと?」

「嫌がらせをしないでくれよ。ボスと、スネークともう一度だけ話をさせてほしいんだ」

「ボスならいないぞ」

「え――」

 

 一瞬、呆けたエメリッヒのその顔に快感を覚え。カズはズカズカといわなくても良いことをわざわざ教えてやることにする。

 

「彼は長期の――調査に出ている。当分はここには戻らない。つまりその間、お前があのサヘラントロプスに触れるチャンスはないということだ」

「……」

「だが、エメリッヒ。お前がそんなに暇を持て余しているというなら、ひとつ大きな仕事をしてもらいたい」

「え、えっと。なにかな?」

「もちろんお前にしかできないことだ。そのための準備も、こちらでしている」

「?」

「9年前、MSF壊滅について聞かせてもらう」

 

 途端、ヒューイの顔が真っ青になる。

 これまではバトルギアの開発、それが彼の体を守ってきた。

 だが、それは完成したと自分で言ってしまった直後だし。サヘラントロプスの修理は無用と言われると、彼に残されたのはそれしかないことになる。

 

「しばらくは開発班を手伝って貰う。バトルギアの技術を聞かせてもらうためだ。数日以内にオセロットも戻る。俺もあの時の新しい事実をこの世界中から痕跡を探し出してくるつもりだ。お前も仕事が終わって、裁判に集中できるしな」

「そ、そんな……」

「スカルフェイスは死んだ!俺も、ボスも、不愉快な過去とはそろそろ綺麗に決着をつけておきたい。お前のあの繰り返される不快な証言も、もうすぐ出来なくしてやる。心の準備をしておくといい」

 

 そう言うと丁度、ヒューイを探していた巡回兵を呼びつけ。

 グズグズと泣き声が響く廊下を後にしてプラントを結ぶ通路を走るジープの後部席に乗る。つまらないことに時間をとられた。彼にはこの後、自身の副司令室で大事な会議が待っている。

 

 

 

 2人の衛生兵に助けられて共にヘリを降りると、コードト―カーは司令プラットフォームへと帰ってくるカズの姿を見つけた。

 

「フム」

 

 鼻を鳴らす。皮肉な話だ、つい先日まで兵隊に囲まれる生活にみじめさと恐怖を感じていたはずなのに。今は同じく兵隊に囲まれていても空は青いとわかるし、海風は心地よいと感じることが出来る。

 何事も気の持ちよう、とは言ったものだ。

 

「コードト―カー、予定の時間までまだ大分ありますが。どうしましょう?」

「そうだな――日向ぼっこはいいかな?いい天気だと、どうしても老人は、な」

「ああ、いいですね。私もご一緒しますから」

 

 車いすを押してもらい、プラットフォームの上を目指す。

 

 XOFは壊滅し、スカルフェイスも死んだ。

 だが、驚いたことにこの老人はダイアモンド・ドッグズから立ち去ろうとはせず。ビッグボスにかわりに驚くべき計画をぶつけてきた。

 

 スカルスーツ計画である。

 

 それはスーツによってあの髑髏部隊のような活動が可能となり、スカルズの見せた異能力を普通の兵士が使えるようになるという驚くべき兵器であった。

 また、XOF壊滅によって手にした彼らの資産の中にはスカルフェイスによって奪われたコードトーカーの資料や研究データが残っていた。コードトーカーは乱雑にコンテナに押し込められていたそれらの整理と、開発プラットフォームで作られているスカルスーツの進捗情報をチェックするのが今の日課となっている。

 

 海上とあってか、青い空の下で見る海のうねり、海風の冷たさが老骨に鞭打つように厳しい。染み入るような痛みを響かせるも。それこそ生きている命というものだと、今は思わせてくれる。心は穏やかでいられる。

 ふと、見下ろすとそこでは兵士達に先導され、プラットフォームを移動する子供達の姿があった。

 

 

――あれは奇病がどこから蔓延したのか、その捜査の終盤でのことだった。

 

 

 ビッグボス、オセロット、カズと同席したコードト―カーはスカルフェイスが民族解放虫の試験データを集めるために特定の地域で、ある言語を攻撃させたという話をしていた。

 声帯虫に犯されて死んだ体は焼かねばならないが、あそこではそれがなされていない。土葬文化では細菌の繁殖は当然気を使うべきことだ。

 そのことをコードト―カーはスカルフェイスに訴え。

 虫の存在が公になることを嫌ったスカルフェイスも、何らかの手を打ったと答えたそうだ。

 

 これを出発点とした推理は、無慈悲な真実を掘り出してしまった。

 いくつかの新事実から、スカルフェイスは近くの川の上流にあった古い油田を無理に稼働させ。周辺一帯の水を汚染させていたことがわかった。

 

 ンフィンダ油田、それで全てが芋蔓式となって判明した。

 

 海外NGOの依頼でダイアモンド・ドッグズの”余計な横槍”で油田の汚染は止まったが。そのせいで人々は再び川を利用し始め。汚染された川底に沈められていた死体についていた声帯虫は彼等に寄生した。

 声帯虫は声変わりしていない子供の喉には寄生しない。

 大人達は死ぬが、残された子供達はその体や衣服に声帯虫の卵を付けたまま大地を彷徨う。そうして少年兵になり、ダイアモンド・ドッグズへと流れてきた。

 

 因果応報とはまさにこのことである。

 

 ただでなされる正義がないように、悪事も理由があって行われることがある。

 誰に責めても欲しくはないし。誰が悪かったかなど、口にはしてほしくない真実はある。

 人はそうして痛みと共に生きて、死ぬしかないのだろう。

 

「いい天気ですね、コードトーカー。雲ひとつも見当たりません」

「んん、そうだな」

 

 老人は暗くなっていく内心を隠し、声は明るく返事をかえした。




いやいや、適当に言ってみただけですよ。スネークちゃんと出てきます。

では、また明日。


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嘘の始まり

恒例のメッセージ。
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 副司令室の前に、すでに彼等は待っていた。

 カズは部屋へ全員を招き入れると、最初にあいさつをする。

 

「スクワッドの諸君、今日は集まってもらってすまない」

 

 そう口にすると、杖こそついてないが、まだ本調子ではないアダマが答えた。

 

「いえ、我々もまだ開店休業状態でして。今はオセロットに代わって、訓練や査定を手伝うだけの毎日ですから」

「オセロットは数日中には戻るが、その後も君達の今の業務は変わらないだろう。

 知っていると思うが、ダイアモンド・ドッグズへの入隊希望者は増加する一方。これを選び、査定し、訓練するのをオセロット1人にまかせるのは物理的に無理だ」

「はぁ」

「諸君はボスのお墨付きがあるし、実際に経験も積んでいるからオセロットも俺も信用して任せられる。もちろん、ボスもそうだ。

 君達にしたら現場から離れたくないというのがあるんだろうが――いい方法が思いつくまでは、諦めて手伝ってほしい」

「わかりました」

 

 結成からわずかに半年と少し。すでに2度にわたる再編成を必要としたスクワッドであるが。

 カズに言わせるならば、それこそこの部隊をつくった意味があるというものだ。それほどビッグボスの任務は苛烈に過ぎていて、傷つき、老いた彼一人に任せるのはどう考えても無理であった。

 そしてその戦場をともに歩き、サバイバルに生き残った彼らもまた驚嘆すべき兵士達となった。

 

 そうしたこともあって、ビッグボスはXOF討伐直後から意欲的に第3次となるスクワッドメンバーを選びだしに集中していた。第1次、そして2次を生き残ったゴート、アダマ、フラミンゴ、ハリアーをそのままに。

 新たに男女1名ずつをこれに加えた6名が、新生スクワッドとして選ばれる。

 

 新人たちは共にまだ20代前半だという2人だが、その技術は才能もあってしっかりとしていてまだまだ成長力があると感じさせた。

 

 ワームは中国系アメリカ人男性。落ちついていて、機械工学に強く。実際先日までは支援班のエースの一人として活躍していたという経歴の持ち主。

 一方、地元アフリカーナの女性。ウォンバットは医療班にいながら高い戦闘技術をもっていることはずいぶんと前から知らされてはいたけれども。声帯虫の騒ぎなどもあって医療班がなかなか手放そうとしなかったことから、彼女はこれまでの目の前にチャンスが転がってきても、それを泣く泣く棒に振っていた。

 その彼女もついに、スクワッドに加入が決定した。昨今次々と入ってくる優秀な新兵達と、本人の強い要望についに医療班のチーフ達が折れたから実現したことであった。

 

 本当ならばあと2人、候補はいないわけではなかった。

 しかしビッグボスはすっかり飽きてしまったのか。急に醒めてしまうと今回はこの6人、と決定を下した。ボスの部隊にも変化が生まれたということなのだろう。

 

「呼び出しの理由、新しい任務と聞いてますが?」

「その通りだ、ハリアー」

「窺う前に聞いておきたいんです、その――ビッグボスは?」

 

 可愛らしい声を上げる新人のウォンバットがそう疑問を口にする。

 彼女が何を聞きたいのか、カズはすぐに察した。

 

「ボスの許可を心配しているな?大丈夫だ、君達のレベルなら全く問題はないものばかりだ。

 それと聞いていると思うが、ボスは休暇――じゃないな、調査に出ている。しばらくはここに戻ってこれないが、それくらいでいいだろう」

 

 カズの言葉の真意を理解して、古参となったスクワッド達は苦笑いを浮かべる。

 このダイアモンド・ドッグズで一番ハードで、一番出撃を繰り返しているのは皮肉な話だがビッグボスである。彼の仕事狂いはかなり重症らしく、休んでいろと部下達に言われると文句をいいながら食糧庫からアルコールを持ち出し。他人の目の前で子供のように、わざとらしくそれを飲み散らかしてみせることは皆が知っていた。

 

 カズはそんなボスの休暇代わりにと、調査の名目でどこか危険ではない外に行かせたのだろうと思われる。

 数日前からここにいなくてはいけない人の姿が見えない理由が、こうして判明した。

 

「さて、話を戻そうか――まだサイファーが残っている!

 だが俺も、ボスも。サイファーに集中する前にやっておきたいことが、終わらせなくてはならない仕事が多く残っている。それをどうやって解決するか、ここしばらくはずっとそれを考え、計画を進めていた。

 が、もうそれもいいだろう。今は行動する時だ」

「……」

「XOF討伐で姿を公に見せたのでもう知っていると思うが、問題の一つはあのヒューイだ。今のダイアモンド・ドッグズには元MSFのメンバーも多く戻ってきている。こうなるといい加減9年前、MSF壊滅の決着をつけねばならない。

 次が、クワイエットだ。

 あの化物への調査は、実際のところ全く進めようがなくて医療班は困っている。だが、今回新たな提案がなされ、ある医療装置を導入することになった。安い買い物じゃなかったので、これを無事にマザーベースに運び込んでほしい。

 次に――」

「え、まだあるんですか!?」

「ああ……そうだな、よく見たら10項目以上あるな。これを全て、ボスが帰還するまでは君達に任せたい」

「副司令官、やはり説明をお願いします」

「そうか、わかった」

 

 そういうとカズは再びファイルに目を落とすと読み上げ始めた。

 

「次は――先日、我々の前線基地がついに潜入工作員に突破された騒ぎは知っているな?その過程で相手が誰で、何の目的かはこちらから送り出した報復部隊が回収してきたことである程度判明した。

 とにかく、あの一件で我々の警備がまだまだ脆弱であることがわかった。これの強化のために、あらたな資材を買い求めた。

 先ほどのクワイエットのもそうなのだが、こうした物販をそれぞれ厳重な警備をつけてマザーベースに運び込む予算はない。なので、警備を厳重にして他のと一緒に運び込み、そして壊さないように監督してほしい」

「なるほど――」

「次は、ある2重スパイを捕えたい。彼はアフガンで姿を消した。その足取りからソ連に戻ろうとしていたようだが、なにかがあった。

 彼を回収し、ソ連と米国でサヘラントロプスの件がどう処理されているのか。新しい情報を知りたい」

「確かに、言われた通り10項目ほどになりますねェ」

「そこにはどれも重要で、大金がかかった任務だ。トラブルやミスがあっては困る、完璧を求めたい」

 

 ワームが今度は手を上げて、発言してきた。

 

「それはいいんですが、この『少年』とはなんです?」

「……それか」

「少年の『血液の移送』、それと『本人の捜索』とありますが」

 

 それは本当ならば、スネーク自身に求めたい任務であったが。

 少年兵がからむとやはりスネークとの間には悪い空気が流れるのはわかっていた。カズは自分の考えを変える気はないが、ビッグボスとの不要な激突を避けておきたいという事情から、この件を彼らに任せるしかなかった。

 

「――ホワイト・マンバは覚えているか?ボスが連れてきた少年達を率いていた」

「ああ、クソガキだと有名ですね。先日はプラットフォームで暴れて、オセロットに張り倒されたとか」

「そうだ、イーライだ。困ったことにイーライは徐々にここの兵士達の動きを掴みだしているようだ。おかげで警護班ではついにイーライを取り押さえる専用のCQCチームを編成したくらいだ。

 どうやら以前から戦闘班の隊員に喧嘩を売るふりをして、修行じみたことをしていたらしい」

「そりゃ、凄いガキだな」

「実は奴は例のXOF討伐の際の脱走以降も、諦めずに何度も脱走を試みていた。5回目にしてついに成功した。今は外に出ている」

「それを回収しろ、と?」

「そうだ。奴は以前に回収されたマサ村にもどっているらしい。諜報班が確認しているが、またCFAの手に落ちて少年兵にされるのはたまらない」

「なるほど――」

「血液というのは?」

「すまないが、それについては君達に話せることはない。外部の医療機関への依頼だ」

「わかりました」

 

 カズは他に意見がないことを確認すると、解散を告げた。




また明日。


(設定)
・BIGBOSSの部隊(三期)
髑髏部隊との対決で戦力が半分以下にまで低下してしまい、またもや編成される。
前回は落選したゴートが復帰。さらに新人として得に若く才能にあふれた男女2名を加えただけの、これまでと違い6名となった。

リーダーはゴートに決定したが。それは前回は隊長であったアダマの希望でそうなった。
皮肉にも、これでついに部隊は男性3名、女性3名の均等がはじめて保たれたことになる。


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蛇の血

 かえってみると、ハエのたかる腐った豚の頭はなくなっていた。

 骨も残っていない。

 船室に投げ出された椅子を元の位置に戻すと、そこにどっかりと座りこむ。

 兵も、部下も、誰もいない。

 なのにここに王のように自分だけが座っている。

 

 目を閉じると、イーライはあの時のことを思い出していた――。

 

「兄弟達よ!」

 

 俺は皆の顔を見回してそう叫んだ。

 

「兄弟達よ、お前達は知らなくてはならない。

 いま、世界では俺達を必要だと口にする大人達がいる。俺達がいれば、戦場は変わるんだと口にする大人達がいる。”敵”に対する脅威として、俺達が必要なんだと大人達は言う。

 

 それは嘘だ!

 

 なんでそう言える?簡単だ、その敵が俺達の前に並べるのが。俺達と同じ大人の奴等によって銃を持たされ、立たせている俺たちの同胞だ。奴等は俺達を戦場に立たせて、戦わせて、殺させる。

 奴等の言う”敵”もまた、俺達に対抗するために同じ様なガキを探している。そうやって愚かな奴等の戦場に安く戦力を増やしていこうとしている。

 

 だから俺達は立派に戦った!

 容赦なく殺したし、必要だと言われたことはきちんとやってやった。

 

 だが大人達は満足しない。満足なんてしたことはない。

 それどころか、戦った俺達を否定することを始める奴も出てくる。

 俺たちの勝利を、栄光を。「あんな小僧共、ならべて盾にもなりやしない」そう吐き捨て、貶める奴もいる。

 かと思えば!そもそも俺たちのような存在は邪魔だと言って、戦場から立ち去れ。武器を置いて行けなんて要求する奴もいる。

 

 戦場は俺達をあれほど欲しがっているのに、大人達はそれを聞こえないふりをする。

 

 忘れてもらっては困る。

 俺達は戦士だ、兵士だ、軍事的な主役になる存在だ。

 だからこそ大人同士の殺し合う戦場に、俺達はいらないんだと大人は言う。奴らは自分たちのエゴで、俺たちをとにかく否定だけする。

 

 俺達には親がいた。

 父親も、母親もいた。

 そいつらはどうしている?どこにいった?今、なにをしている?

 これに応えられる奴はどれだけここにいる?死んだ、殺された、売られた、連れ去られた。色々あるが、俺達はとにかく戦場で戦える戦士だ。もう変わることはできない。

 

 銃を取りあげられて、大人の言うとおりの”普通の日常”なんてのに戻れるのか?あの優しかった日々に、今はない家族がいたからこそありえた日常に。

 

 無理だ!

 

 銃を、武器を捨てられるのか?

 ジャック、おまえはできるのか?あの漁船の親子、お前はあいつの親父になにをさせた?ワニの泳ぐ川を泳いで逃げろと言って、反対されたお前は親父の足に穴をあけてから川に突き落としたろう。

 半狂乱になってワニに食われている間、お前とお前の仲間達は笑っていただろう。あいつの息子はお前達の顔を忘れてないぞ。武器を捨てたお前達の前に、必ず武器を持って現れる。その時を、大人のいうとおりにして待つって言うのか?」

 

 問われた黒髪の白人少年は、真っ青になって震えていた。

 

「トム、お前はどうだ?

 PF兵士が連れていた女を、お前は後ろから突きまくってやってただろう。あの男は泣いていた、妹だから勘弁してくれと言っていたが。お前は最高の味がすると笑ってただろう?

 戦場を離れて、お前が”普通”ってのに戻ったと知ったらあいつはどうすると思う?」

 

 ヒョロ高い体をした天然のパーマのかかった頭をした黒人少年は目を大きく見開いたままだ。彼も言葉はない。

 

「サイモン、お前はいい子だったよな?

 ジャックが殺しても、トムが犯しても。ずっとそれを止めていた。だから、お前は、銃を、捨てられる?

 違うね、捨てられやしない。あいつらはお前の顔も覚えている。

 お前が、俺達と一緒に、なにをしたのかを覚えている。忘れっこないぜ。

 お前、誰がお前の前に立っても。『僕は止めようとした』といって許してもらえると、本気で思っているのか?」

「で、でも。僕は本当に、なにも、やっていない」

 

 問われた少年はたまらず半ベソをかいて、必死に言葉で抵抗しようとするが。それを無情にも叩き斬って見せてやる。

 

「なら、お前は死ぬだけだ。あいつらはお前を殺す。お前の家族も殺す。

 お前に女房が出来ていて、ガキが出来ていたら?決まってる、やることはジャックとトムがやってみせた。

 女は全員で犯す、ガキも全員で犯す。犯した後でお前の前で殺す。

 お前は?お前はその後でたっぷり苦しめられてから、犬にでも食わされるさ。皆が兵士として立派にやってる最中に、いい子でいたいと、なにも出来なかった腰抜けに相応しい死に方をお前はするんだ!!死ね!」

 

 サイモン少年はそれでもう、言葉が返せずに泣き出してしまった。

 周りもしんと静まっている。トムやジャックだけじゃない、ここにいる連中全ては似たような事をあの村でやっていた。あの日、自分に言われるままに大人達の体をバラバラにして川に投げ捨てたあの瞬間の前から。

 

 俺達、全員が罪人だ。

 だが俺達の罪は、そうさせてきた大人達の。父であり、母達のせいだ。

 許しなど必要ない。銃があれば戦えるし、子供でも兵士になれる。

 戦って、殺して、犯して、支配する。それで奴等は俺達という存在を生み出してしまった自分達の罪を思い知ってしまえばいいのだ。

 

「ここにいる大人たちは勝手な連中だ。俺達を戦場に立たせた大人達と変わりはしない。

 あいつらはただ、俺達を戦場からたたきだしたいと思っている。そのためには武器を持たせないことが一番だと、自分達が武器を持って、そう考えている。

 

 そしてその先は?

 

 俺達は普通の生活に、普通という世界に戻されていく。

 武器は持てる。だがもう今のように高揚感などない。それは仲間も、戦場もないからだ。

 それを後悔するよう洗脳させ。報復しに来る奴等の気持ちを受け止めろと暗に要求している。俺達は牙を抜かれ、奴等の支配を受け入れ、思い通りになるつもりは――」

「もうやめろ!!」

 

 突然、俺の演説を止める怒鳴り声に全員がそいつに注目した。

 

「……ラーフ、なんだ?」

「お前はもう口を開くな、ムカつくんだよ」

「――本当のことだからな。そうだよな?」

「違う!お前の口のきき方、お前はあの大人達とそっくりに話しているだけだ。俺達を”お前が”戦場に戻そうとしているだけだ。それ以外、従うなと要求している。おまえは、おまえこそがあいつらだ!」

 

 鼻で笑うが、心の中では穏やかではなかった。

 奴の言葉にすがろうとしている奴等がすでに出ている。それでは、困る。

 

「ならお前の話を聞かせろ。お前は何を話す?

 俺達を売った大人のことか?俺達を買った大人のことか?俺達を殺そうとする大人のことか?俺達を――」

「それを止めろって言ってんだろっ」

 

 ラーフはいきなり俺の胸を突いてきた。

 殴り返すことも出来たが、ここではわざとよろけて倒れて見せた。体格で、力で勝っているわけではない。言葉で支配している、それをまわりの皆にわからせるために必要だった。この演技が、もうすぐ最高の結果を生み出そうとしている。

 

「俺にはわかってる、お前に話すことなんてないんだ。自分の意見を口にできないから、真実を覆い隠すことも出来ない。だからそうやって”あいつらみたいに”俺たちの体を小突いて黙らせようとする」

「違う!」

「なら言ってみろよ。聞いてやろうぜ、みんな!ラーフが”俺達の真実”ってのを話してくれるんだってさ」

 

 話せるわけがない。

 こいつはガキだ。体はでかいだけで、頭は空っぽ。大人の言葉を信じたがっているだけの小僧だ。優しい世界ってのがどっかにあって、それが罪人になった自分を受け入れてくれると信じたがっている間抜けだ。

 事実、ラーフは顔を真っ赤にして。拳を握って、怒りに震えていた。だがその口は一度も開かれることはなかった。

 

 俺の勝ちだ。

 

 わかっていたことだ。

 俺の言葉をくつがえせるほど、こいつは世の中ってのを知らない。クソみたいなこの世界を綺麗だと信じたがっている馬鹿だ。

 言葉を持たないこいつは、もう一度俺を小突いて黙らせるしかない。

 だが、今度はそうはいかない。すでにここの大人すら倒せる今の自分なら、何通りもの方法でみじめに鼻血を吹いてぶっ倒れて泣くしかない。

 それを見れば、こいつらだって希望なんてあっというまに消えてしまう。

 

 ラーフは殴りかかってはこなかった。

 そのかわりに、彼は言葉を皆に発した。意外な展開だ、結果は変わらないが。

 

「お前達、よく考えろよ。こいつは――こいつはあの大人達と一緒だ。武器を持って戦場へ、仲間や兄弟がボロ雑巾のように死んだあそこに戻れって言っている。こいつの命令に従って、もう一度大人と戦えって言ってるんだぞ」

 

 俺は鼻で笑ってやった。

 それはすでにわかってやったことの1つだ、こいつらにそんなもの届きはしない。

 

「ここの大人達がマトモだとか、善人とか言うわけじゃない。でもな、少なくともあの戦場にはたたなくてもいいんだ。あの頃の生活に、家族と一緒の生活に戻れるかもしれない。

 いつ死ぬかわからないあそこへ、お前達はこいつと本当に戻るつもりなのか?死ぬんだぞ!?」

「くだらないな。その上、退屈と来ている」

 

 感情的にしたこいつらを変に刺激されたくないので、徹底的に言葉で潰しにかかる。

 

「ラーフ、お前は確か帰る家があるんだったな。従兄弟と一緒にさらわれて、少年兵となった。

 その従兄弟はどうなった?死んだよな?戦場で、たった一発。腹に銃弾を受けて、中身を泥の上にぶちまけて泣いていたっけ」

「うるさい、やめろ」

「いいや、やめないね。

 そんなお前が、あの朝はなにをしていた?俺が渡した山刀で、なにをしていた?

 指揮官連中をならべて、従兄弟の仇だと言って首や腕を切り落としていただろう?あの隊長の首をどうしたっけ?川に投げ込む時はわざわざ蹴飛ばしていたじゃないか。

 復讐が終われば、お前の戦いは終わりか?」

「俺は戦士じゃない。武器は持ちたくない」

「ならお前は死ぬしかない」

「人はいつかは死ぬんだよッ」

「神父様もそんなひどい言葉は言わないな、俺達の魂を救いたいなら。連中を見習ってもっともらしい顔で説教できる、神様の言葉でも探してこいよ」

「俺は魂の救済の話はしていない!」

「なら、お前は寝言を口にしているんだ。ここにはお前とは違う奴らばかりさ。家族に売られた奴等はどうしろって言うんだ?家族が死んだ奴等は?国の施設に入る?臓器抜かれてやっぱり死ぬだけだぞ」

「お前はおかしい。お前は狂ってるよ!」

「違うね。俺が正しい。俺は真実だけを口にしているんだ」

 

 

 誰もいない村の、俺のための”王の間”でいつの間にか眠っていた。

 俺はここに還ってきたが。実際はあの男に全てを奪われ、奴の城につれていかれたままだ。王を崇める民がいなければ意味がないように。民のいない国も存在するはずもない。

 思えばこのマサ村はあまりにも小さすぎた。

 

 もっと、もっと。

 俺はもっと多くのものを望んでもいいはずだ。

 俺の遺伝子にはそれくらいの力は秘めているはず。あの――マザーベースと呼んでいたあの海上の城のように。 いや、あれでも小さい。もっと、もっと多くを。

 

 

 ラーフはこの夜、マザーベースが寝静まるタイミングを待ってから部屋を出た。

 いかねばならないところがあった。

 あの場所へ。

 そこにいって、見つけてやらなければならない。そうだ、大人達には見つからずに。静かにそれを見つけ、暖かいベットに戻ればいいだけのことだ。

 

 夢見心地の中、奇妙な使命感にだけ突き動かされてラーフと呼ばれた少年は夜のマザーベースの中を歩き続ける。

 足元のおぼつかない少年の姿は不思議と夜勤の巡回兵たちにはみつからなかった。

 

 その場所の前には看板が立っている『……下に注意』だって?

 遥か天高くむこうから「あっ」という男の声が聞こえた気がして、ラーフは頭上を見上げた。

 自分を照らすライトと遠くから急速に近づいてくる、黒い土くれのような物体が見えた。その土くれが自分の顔に直撃した瞬間は、激痛ではなく顔や首のあたりから嫌な音を立てて骨が砕ける感触を自分の肉が認識した。

 

 ラーフは夢見心地のままだった。

 そのまま彼の生命は静かに終わりを告げた。

 ラーフは死んだ。

 

 

 俺はここでの眠り方を忘れてしまったのだろうか。

 玉座とも呼べない貧相な椅子に座ったままの浅い眠りのせいで、夜の間に何度も目を覚ます。

 この時も最初はそうだと思ったが、違うことがわかったので席を立った。

 

「やったのか?」

 

 はっきりと自分から声をかけてやったのは初めてだ。

 だが向こうはちゃんと理解したらしい。

 

――終わったよ

 

 とだけ伝えてきた。

 そうか、ラーフは死んだ。俺の予言の通り、抵抗しないから裏切り者として俺に殺された。間抜けな奴だった。

 

 スカルフェイスが死んだあの日。

 俺はその場で全てをこの目に刻みつけていた。

 あの男の要求にこたえた兵達が、スカルフェイスの兵隊を駆逐していく瞬間を。

 あの男の要求にこたえた部下達が、彼を助けようと死力を尽くして戦っている瞬間を。

 あの男の復讐が完成しようとして、立ちふさがるあの巨大な兵器が、なぎ倒されていく瞬間を。

 

 俺は全部を刻みつけた。

 奴からもらうものは何一ついらない。

 そのかわりに奴からは俺の必要なもの全てを奪っていくつもりだ。

 これは誰のものでもない。俺の戦争だ。

 

 あいつには子供だから力で負けた。

 だが、大人の殺し方はちゃんと知っている。計画通りにいけば、あいつを殺せるはずだ。

 これが最初の一歩。

 俺のいないあいつの城で、ラーフの排除が俺の最初の勝利の証。ワンポイント、リードだ親父。

 

「お前の名前、どうしようと思っていた」

 

 赤い髪の少年にそのまま王として俺は話し続けた。

 

「考えていた、なにか思いついたらな。

 だからその時まで俺がお前を強くしてやる。俺を見て知識を学べ。俺を見てこの世界を理解しろ。お前は俺の隣に立ち、俺と共に成長する。俺達は戦士だ、戦場では勝利を求める」

 

 すらすらと、自然と言葉が流れ出ていく。

 言いよどむ余地のない、はっきりとした意思が発する言葉だ。

 王になる男の、言葉だ。

 

「だからまず最初に俺達は奪われたものを取り返さなくてはならない。俺から全てを奪ったあいつらから、全てを取り戻すだけでは足りない。あいつらの”力”さえも奪って、そうして全てに勝利する。

 俺達の勝利!この世界への報復!そのためにも俺達はまず、あいつらの腹の中から決起しなくてはならない!」

 

 赤い髪の少年は俺の言葉を理解したのだろう。

 俺の席の隣にまで移動すると、そこでペタンと腰を落として座る。それでいい。

 

「計画は始まった。俺は!俺はあの男を――親父を殺して勝利する!!」

 

 ああ、その日が。その世界がとても待ち遠しい。 




また明日。


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ツェリノヤルスク

ようやく今回から、スネークでます。
待たせたなっ。


――驚いたな、スネーク

――いや、ビッグボス。本物か……

俺を知ってるのか?

――不正規戦の世界では、あんたは有名人だからな

           (1970年 サンヒエロニモ半島の片隅で)

 

 

 

 ヘリを降りると、カズもそれに続く。

 ついにスカルフェイスと直接、対面する。

 

 サヘラントロプスの攻撃を受けたスカルフェイスは、倒れた鉄骨に挟まれ。もはや虫の息だった。

 普通の人間ならばそれで十分に死ねたのだろうが。彼がコードト―カーより取りあげた虫の力を己の皮膚としたせいで、並の人間にとって”重傷”程度の怪我では苦痛はそのままに生きてしまう。なかなか死ねないのだ。

 

 この瞬間、スカルフェイスの全ての野心と資産は炎の中に崩れ落ちようとしている。

 XOFは殲滅、サヘラントロプスも彼の腕を離れ、残るは奴自身の命とコードト―カーから奪った虫のみ。

 そのどちらも今はスネークの手の中。さきほどヘリの中で自分に見せつけてきた声帯虫のケースを奪うと、スネークは中身を確認する。

 

「ひとつ足りない。もう使っていたのか」

 

 英語に反応する声帯虫。アンプルがひとつだけ欠けていた。

 スカルフェイスは答えなかったが、返事はいらないとばかりにスネークは残っていたアンプルを火の中へ順に放り込んでいく。それがたまらなかったのだろう、スカルフェイスはうめき声を上げる。

 

「どこで使った?」

「お前の……近くだ」

 

 素直に教えたことが支払いだ、とでも言うようにスカルフェイスは続けて言う。

 

「撃て……俺を、撃て。殺して……くれ」

 

 傍らにはあの”悪魔の住処”でみせた切り詰めた銃(ライフル)が転がっている。

 スネークはそれを拾い、銃口をスカルフェイスへと向けた。

 

(撃て、殺せ!お前はこれを夢見てきたんだろう)

 

 誰かの声がした。

 ドッペルゲンガーの声?

 

 誰なのかわからず、わからないまま仇の体を吹き飛ばす自分の姿を幻視した。

 あの日の自分が、キプロスで目覚めた自分がいる。幻視の中で、スカルフェイスを何度も殺す。

 何度も、何度でも殺す。

 

 そこでは現実とは違い。引き金に添えた指は躊躇しない、死を乞うスカルフェイスが出現するたびに、幻視の中のスネークは躊躇をみせずに引き金を引いてスカルフェイスにトドメをさそうとする。

 いきなりスカルフェイスの腹に大穴をあける。今度は首と胴を順に切り離すまで撃ち続ける。次のスカルフェイスの両方の目をつぶしながら最後に頭蓋を破壊して。また巻き戻って開放を請う奴の口腔に銃口をねじ込むと、悲鳴を上げさせずに殺す。

 

 幻視の中であの日、あの時の自分はそうやって仇敵を殺し続けられた。

 だが、現実ではそれはできないと言っている。自分は、自分の抱いてきた殺意を解放したいはずなのに、”それをするのは今の自分ではなくなる”と伝えてくるものがあって、それが恐ろしく、怖くて指が動かなかった。

 

 信じられないことがおきていた。

 ビッグボスは、伝説の傭兵はこの土壇場でビビっていた。

 

 自分の中の恐怖心をはっきりと理解すると余裕が生まれたか、いつの間にか背後にたっていたイシュメールの視線を感じた。姿は見てないのに、なぜかそれが彼だとわかっていた。

 彼は立っているだけで何も話しかけようとはせず、ただこちらのこれからの行動を見逃すまいとしているようだった。

 

 この銃を撃つのか?撃たないのか?

 それは本当に自分の意思なのか?

 

 

 なにもしようとしないビックボスに、カズが体を寄せてきた。

 その手が、銃を握るスネークの上にかぶさる。鬼の隣に、立ち昇る紫の憎悪の炎が激しく燃え上がる。

 最高の軍隊を一夜にして奪われ、9年にわたる泥をすすって生き延びた屈辱の日々。

 この男には十分な理由があった。

 

 その影響を受けたせいだろうか、空っぽだったスネークの中の炎がその色を変えていく。ビッグボス(俺)の殺意は霧散していく。

 そのかわりにカズの怒りが、殺意が、憎悪が、報復しろと叫んでこの体を支配しようとしてくる。

 

 スネークの腕は狙いを変える。

 スカルフェイスの脚を――カズが失ったそれを吹き飛ばし、腕も続けて発射されたライフル弾で引きちぎられた。

 さらなる激しい苦痛の波に襲われ、スカルフェイスは白目をむいて痙攣するが、これでもまだ死ねない。

 

 いや、カズもまた。自分の手にかけるつもりはないのだ。この燃え尽きる世界で、同じように朽ち果てることをスカルフェイスに望んでいる。

 同じく空になった銃を放り出すと、そこに込める弾をわざとかたわらに転がしてスカルフェイスに見せつけてやる。

 

「自分で――髑髏になれ」

 

 冷酷な宣告を下すと、カズはスネークを見て言った。「ミッション完了だ、ボス」、それだけ聞くと、スネークもまたスカルフェイスに背を向けた。

 イシュメールの視線はいつのまにか消えていた。

 背後で呪いのように「殺してくれ」と嘆願する男は、もう過去となる。俺達は――。

 

 

==========

 

 

 はっとして、目を覚ました。

 息が白い、自分が雪のあなぐらの中で眠っていたことを知った。

 多分、数時間ぶりに隣においておいたシャベルを手に取ると壁の雪に突き続ける。数回ほど繰り返すと崩れ、出口となった。そこから雪の中へ、文字通り蛇のように這いだしていく。

 

 

 ソ連、ツェリノヤルスク。

 1964年はジャングルを足元のワニに怯えるように歩いた記憶しかなかったが、今のここは真っ白な銀世界となっている。

 ライフルを穴の奥から引っ張り出すと、スネークは森の中を見回す。あの猛吹雪が嘘だったのではないかと思えるほど、空は真っ青な快晴。

 あの時は空中から放り出されてずいぶんひどい目にあったと思ったが、徒歩で侵入というのも、それほどかわらない印象だ。

 

 今回のスネークは冬山仕様。

 白の山高帽、白の野戦服は内側に凍えないように保温機能を備えている。雪の中で蛇が動けなくならないよう、開発班は老兵に気を使ってくれたということらしい。

 武器はライフルを一丁、これは別にスコープを付ける事で狙撃銃へと変わる。ハンドガンはバースト仕様となっており、弾が拳銃弾とあって破壊力に乏しいが。サブマシンガンくらいの活躍は期待できる。

 

 目的地はあの懐かしきグロズニィグラード。

 まだ若く、戦場での栄光と祖国への献身に焦がれた忌々しい過去の地。

 

 ここへスネークが向かう原因となったのは2週間前。

 スカルフェイスを倒した直後、ヒューイのバトルギア完成、コードト―カーによるスカルスーツ計画が提案された頃の話になる。

 

 コードト―カーの証言が進むにつれ、カズがいきなりツェリノヤルスクに行く必要性を口にし始めた。

 

 曰く、噂のモスクワ近郊の研究所にも調べは出すが。1964年のスネークイーター作戦以降、核汚染地域に引き続き指定されたあの場所をもう一度調べなおす必要があるのではないか、というのである。

 例の炎の男の正体はまだ不明だし、コードト―カーが調べた虫の元ではないかと考えられたコブラ部隊もあそこにいた。何を馬鹿な、とその場では笑って終わった話だったはずなのだが。

 

 だがこうして来てみると、スネークはこれはカズによる策略ではなかったのかと思えてきた。

 

 なにせスネークのこの目立つ外見(傷だらけの顔のこと)のまま、大都市をよけて移動させられ。この雪を予測していたかのように、冬山に入る直前にはスネークのスケジュールは2週間近くこの任務で塗りつぶされて埋められていた。

 どうせ暇をもてあますとまた余計なことをはじめるだろうと考え。あの男は先手を打って、こんなどうでもいい任務をまわしてきたのかもしれない。まぁ、その考えは間違ってはいない。

 

 日中、野ウサギを捕えたので夜は皮をはいでそれを食べた。

 こんな事を繰り返しているので、申し訳程度にレーションも持ってきてはあったが、ほとんど減っていない。

 ここ一帯は元々、生態系が狂っているといわれていたが。どうやら落ち着いて来ているのだろうか。シカや野犬、狼の姿を確認している。これで熊がいれば完璧だが、下手に追われると面倒なので会いたくはなかった。

 一方で、あの時はそこかしこで見られたワニや蛇、野鳥の姿は見ることが出来ない。

 

 20年という時の流れと。

 この地を狂わせていた人の手がなくなったが故の影響なのだろう。

 だがスネークの心がそれで動かされることはなかった。まったく、なにも、感じることが出来なかったのだ。

 

 

==========

 

 

 2日おきに設定された交信ポイントで待機していたスネークは、時間が来たことを知って情報端末機のIdroidを取り出した。さっそく連絡が来る。

 

『こちらマザーベース。ビッグボス、調子はどうです?』

「ああ、なんとかな。しかし気候差が激しい、とは聞いていたが。これほどひどいとは知らなかった」

 

 最初はそこそこ夏の終わりを感じさせる涼しさが心地よかったのに。ここ数日でいきなり雪が積もる氷点下まで下がってしまった。これにはさすがにスネークの年齢だと骨にくるものがあった。

 

『あー、そうでしょうね。例のレニンスクで数日前にいきなりロケットが打ち上げられたと聞いてましたから。こっちでも心配していたんです』

「レニンスク?ああ、そうか――」

 

 レニンスクにあるロケット発射場。

 それはソ連の栄光の宇宙開発史には必ず登場する人類史上はじめての有人ロケットを、ユーリィ・ガガーリンを宇宙へと打ち上げた場所でもある。

 そしてそこは今も多くのソ連人を宇宙へと送り出していた。

 

『今年は先日でしたか。史上2番目の女性パイロット、スベトラーナ・サビツカヤが女性で初めて3時間以上も宇宙飛行をおこなったとあって。また盛り上がってますからね』

「そ、そうなのか」

『ええ、そうなんですよー』

 

 なにやら言い方に妙な熱が入っているのを感じて、スネークの腰が引けてしまう。

 こういうタイプは好きな事を話させると、わけのわからない言葉を吐き出し続けるので会話には注意が必要だと学んでいる。

 

 『物資の投下、確認願います』の声で、情報が更新されて補充リストが表示される。数日分の食料と水、そして必要とされるもの。あの時のほとんど裸で潜入した経験があると、欲しい物がすぐに用意されて現地に届けられ今は楽になったものだと苦笑いするしかない。

 

「――あのな」

『?』

「正直、気候の話がロケットとどう関係あるのか、わからないんだが……」

 

 やってはいけない、それはわかっていたはずだが。スネークは湧き上がる好奇心に負けてやっぱり聞いてしまった。

 すると向こうは待ってました、とばかりに嬉しそうな声で説明を始める。

 

『ああ、これ。地元の都市伝説みたいなものがありましてね。ロケットを飛ばすと大気に大きな穴をブチあけていくんで天気が荒れるっていうのがありまして』

「本当なのか?」

『え?』

「だから、ロケットが打ち上げられると大気がどうとかいうの」

『さぁ?伝説ですよ。でも、実際にそっちは大荒れの天気になっているのでしょう?』

「それだけか?」

『ええ――だいたい、調べようなんて気を起こす奴はいませんから。うっかりおかしな結論を出して、ソ連の宇宙開発局に睨まれたら命がいくつあっても足りません』

 

 そう言って何が面白いのかわからないが、むこうはゲラゲラ笑うと急にマジメな声に戻って「以上、連絡終わり」と告げ、無線は切れてしまった。

 降りてきた荷物を回収、そしていらないもの。必要なくなったものをそれに納めると、今度はこちらから空にうち上げる。これを上空にまだ待機している機体が回収してくれることになっている。

 

 まわりはすっかり雪に埋もれてしまっているが、気温は徐々に上がり始めている。進む速度は落ちているが、順調そのもの。

 次回の交信を終えれば、いよいよグロズニ―グラードへスネークは到着する予定だ。

 

 

==========

 

 

 雪の中に沈んだ森の中は、恐ろしく静かだった。

 任務で孤独でいることには訓練を受けていたから、いまさらそれを心細く思うはずはなかったが。この地に戻っても何も感じない、そのことに逆にスネークの心はショックを受けていたのかもしれない。

 足を止め、遠い山々に目を向け。わずかの間、脳裏にマザーベースの自室に積み上げたテープを――スネークイーター作戦中の司令部との会話を思い返していたその瞬間だった。

 

――今日はずいぶんとご機嫌のようだ、ビッグボス

 

 ぶしつけな挨拶。

 亡霊、いや新しいドッペルゲンガーの出現。

 

 肺の中の真っ白な息を吐きだし。再び息を吸って歩き出す。

 だが、実は心臓が飛び上がるほどに驚いていた。以前からこうなるかもしれないと恐れていたことだったが、やはり現実のものとなってしまった。

 

――ふむ。驚かないか、そうだろうな。なにせすでに”挨拶”はすませた。そうだろう、ボス?

 

 聞かれたことが不快で、ムカついて「なんのことだ!」といつもと違い、スネークは声を出して”亡霊”に返事をしてしまった。

 そしてこの相手は、そうした不快感を露骨にする相手を見て喜ぶよううな輩であった。

 

――そんなに感情的にならないでくれ。君が私を、見事に潰したあの日。誇らしげに皆で”私のサヘラントロプス”を見上げていたではないか。

 

「違う、降りてきたところを――」

 

――皆で満足して見上げていた、だろう?報復心を満足させ、力で相手を蹂躙した君達の顔。素晴らしかった。それが私の全てを奪ったとわかっていても。あの時は私も、感動して自分もそこに混ぜてもらえないかと……。

 

「亡霊が、黙っていろ。お前は死者だ」

 

――これからの世界に、サヘラントロプスは未来に報復心を打ち放つ!それは貴様が最初に実現した。私が、この姿が、これがその証だ。ビッグボス、まずは貴様の心に”私が寄生”した。これからも仲良くやろうじゃないか。

 

 横切っていく木にもたれかかった雪山には場違いなスーツ姿の男は、最後に失った筈の右手をヒラヒラとこちらに振っていたようだが。スネークは最後までそいつの顔を見ることなく、前を素通りすると雪道を進んでいく……。

 

 スネークが立ち去れば亡霊もそこから消えていた。




この作品を書くにあたり。「どうしてもやらねば!」と思っていたシーンがありまして、今回はそのひとつ。
「かつてのツェリノヤルスクを、空しい思いに困惑しながら歩くスネーク」までようやくこれました。よくやった、俺。がんばった、俺。

でもこのリストはまだ残っているのが多いのですよ。
おかしいな、物語はもう終盤に入るころだというのにー。

ではまた明日。


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ブラックダイヤモンド

 夜半過ぎ、マザーベースのヘリポートから飛び立とうとする準備が進む中、人影の少なかったそこにオセロットが姿を現した。

 

「マサ村へ?」

「はい、オセロット。ホワイト・マンバ――いえ、イーライを我々で連れ戻しに行きます」

「――そうか」

 

 オセロットは荷物を詰め込んでいく彼等の装備を見た。

 ゴム弾仕様、非殺傷のいわゆる”子供専用”の武器ばかりだとひと目でわかる。ミラーは、どうやら子供というモノに幻想を持っているのじゃないか?

 NGOをどうこう口にしてからの彼の言動も行動もあやしくなるばかりで、ダイアモンド・ドッグズの兵士達は戦場に命がけのトレーニングを強要され続けている。少なくとも、カズが少年兵がらみで任務を決定するとそれだけで兵士たちのうんざりした顔を見せ、士気は低下する傾向が見られる。

 

 いくらこちらは回収という保護をするつもりでも、向こうにしたら少年兵という存在を狙って拘束してくるのと同義だ。必死に抵抗してくるし、こちらに向けてくる銃口が火を噴けば簡単に兵士の命を奪ってみせる。

 この事実に不満を覚えない奴がいないわけがない。

 

 今のところ、ダイアモンド・ドッグズからは死人こそ出ていないが。

 怪我人は普通に出ているし、事故もおこっている。部隊でもそれをネタにまだ笑い話ですむのは、そのせいもあるだろう。

 

 だが、それが破られて仲間の命が奪われた時、部下達はどうなる?これは違うか、彼らはそんな少年兵達を”どうしよう”とする?

 

 あまり想像したくないことだった。

 

「なにか、ありますか?」

 

 再びスクワッドリーダーに返り咲いたゴートは、オセロットの気持ちを読んだか先に聞いてきた。

 

「いや、ない。だが忘れるな、お前達が向かう先にいる小僧は。ビッグボスが自ら捕え、ここに連れて来られてからも暴れ続けていた問題児だ。この脱走も、暇をもてあました、ただのクソガキの悪戯というだけではないかもしれない」

「はい」

「そしてお前達の技術はボスの認めるところでもある。その”お前達”が戦場でしくじれば、次は当然だがビッグボスの出番だ。お前達は”ボスの露払いも出来ない”特別に無様な奴等、そういうことになる。わかるな?」

 

 言われた意味を理解し、瞬時に彼らの顔が朱に染まる。

 スクワッドの意義からいえばそれは屈辱的だが、否定できないことだった。マザーベースにビッグボスがいる時、もっとも長くともに訓練し、教えを受けているのだ。自分たちよりも優れたボスの兵士はいない、その思いが彼等の誇りでもある。

 

 それを自ら汚すような真似をするわけにはいかない。

 

「――胸に刻みます」

「ならいい。”ミラー”副司令も気にしていることだ。さっさと家出小僧を連れ戻してこい」

 

 飛び去るピークォドを見送りながら、これなら大丈夫だろうとオセロットも思うように努めていた。スクワッドに油断はそれほどあったとは見ていない。だが、今回は相手のイーライが気になっていた。

 わずかに与えた数日の間に、イーライは村に近づくCFAの大人達を撃退していた。

 

 その一部始終を見た諜報員は震えながらその時のことをマザーベースに報告してきている。

 村に近づいてきたCFAの傭兵達の前にわざと姿を見せたイーライは、大人達を森の中へと引きずり込み。そこにしかけていた罠だらけの地帯に導いたのだそうだ。

 獲物となって引きずり込まれた傭兵達は、無残にもあちこちで罠にはまり、まずは重症患者へと早変わりした。彼等のあげる苦痛の声に誘われた隊長が、第2陣を助けに出すと、さらなる犠牲者を生みだした。

 

 彼らは結局戻らなかった連中をその場において、退却していったらしい。

 置き去りにされた連中の苦しむ声は一晩中続いたが、夜が明けて太陽が昇ると。もうそこはいつもの静かな獣の声が時折聞こえてくる森に戻っていたそうだ。

 

 オセロットもそれだけ聞き、目を閉じればその情景を思い浮かべることができた。

 あのベトナムを思わせる戦い方、間違いなくあの戦場を知っているプロが教えた技術を、あのイーライは知っているのだ、と。

 

 

 

 まだ暗いサバンナにピークォドから降り立ったスクワッドが頭を突き合わせる。

 これが作戦前の最後の確認だ。

 

「マサ村では北と南側の出入り口から侵入する、西側の川沿いに出ることはないだろう」

 

 リーダーのゴートがそう言うと新人のウォンバットが声を上げる。

 

「そんなに気にすることなんですか?確かに、医療班にいた時から噂は聞いてましたし、生意気な子供とは思いましたけれど。あんな風にオセロットが言うなんて――」

「甘いね。君や僕のような新人が言うことじゃない」

 

 彼女の声をワームが冷たく切り捨てる。

 支援班と開発班でとりあいをしていたと言われたこの若き兵士2人は、戦闘においても貪欲に知識を求め続け。知識を消化するように体を動かした結果、ビッグボスの興味を引くことに成功して今はここにいる。

 

「警備班の怯えぶりは嘘じゃない。オセロットが叩き伏せたというのも、別に偶然というわけではなさそうだし。そう考えると副司令が最初にビッグボスに任務を当てた理由も見えてくる」

「――あたしには見えないけど?」

「僕らには公開されてない秘密が、あの少年にはあるのさ」

「どんな?」

「もういい、やめてくれ」

 

 若い男女2人の会話に緊張感をたもてなくなりそうでアダマが止めに入る。

 

 技術的なことでいえば、彼が今のスクワッドではもっとも高いレベルにある兵士だと思われたが、彼は自分が部隊を率いていた時。スカルズとの戦闘で部隊を壊滅させかけたとの思いがあって今回はリーダーをゴートに譲っていた。

 だが、そんなことは本人が思っているくらいだったので自然とここでは副隊長のようにふるまうよう仲間たちから求められている。本人もその立場にようやく慣れてきたようだった。 

 

「川はいいんですか?」

 

 場の空気を引き締めようとあえてアダマが聞いてくる。これは出発前にも頭をひねったことだった、最終確認なのだろう。

 

「ボスがホワイト・マンバを捕獲した際の報告書を読んだ。

 あの少年は村に打ち上げられていた船の船室で寝起きしていたらしい。戻ったということは、やはり今もそこにいるだろう。

 そうなると当然、意識を向けているだろうし、川は見つかれば船上から撃ち降ろしで好きにやられる。駄目だな、危険すぎる」

「そうですね」

 

 そう言って確認を終えるとゴートとアダマで3人ずつに部隊は予定通りにわかれた。

 2時間後、マサ村の中でお互いが合流することになる。

 

 

==========

 

 

 かつてそこはCFAに配属される少年兵たちを鍛える場所でもあったというマサ村は、スカルフェイスによる声帯虫の感染エリアに指定もされていたことがコードトーカーの証言から判明していた。

 そうした油田襲撃、奇病蔓延、少年兵蜂起と続いたせいだろう。

 最近までこの村は無人のままだった。イーライがここへ還ってくる前までは。

 

 ゴートが指示を出すと、フラミンゴがナイフを抜いてそっと部屋に飾られた絵画に触れようとして――その直前で指と刃先をピタリと止める。

 

「――あるのか?」

「ええ、やっぱりありました」

「触るな、戻れ」

 

 息を吐きながら家の中から出てきたフラミンゴと、部屋の奥にいっていたワームがやはり青白い顔をして戻ってくる。

 

「信じられない。絵にまで罠がある」

「ワーム?」

「頭がおかしくなりそうです。台所もそこら中にトラップが。偏執的になってますね、でも無臭ではないので火薬の匂いが凄いです。隠すつもりがないとしか思えません」

 

 村は要塞化されつつ――というよりも巨大な罠の見本市となりつつあった。

 

 イーライが今、感じている孤独。

 自分のまわりに少年兵がいないことへの不安なのか。

 

 マサ村はびっしりと、あちこちに罠が仕掛けられていて足の踏み場がなくなっていた。だが本来、罠というのは仕掛ける側に気づかれないようにしなくてはならないはずだ。

 

 この少年のそれは法則こそ守っているが、数がでたらめに多いせいで、ダイアモンド・ドッグズの兵士ならば嗅ぎなれた火薬の匂いがむせるほどあちこちに充満しているのでまったく存在を隠せていない。

 

(あの少年、狂っているのか?)

 

 あまりにも見事な罠の張り方と、一方で妙に素人臭い。イヤ、恐怖心があらわれたかのように。

 村のあらゆるものに罠を設置させようとするその襲われる側の恐怖を感じる精神状態を、正しく読むのは相手が子供とあっても困難だった。

 ゴートはため息をつきかけ、それを飲み込むと情報端末を取り出す。

 

「アダマ、そっちは?」

『ハリアーを狙撃ポイントに置きました。少年に動きがあればすぐに仕留めろと言ってあります』

「それがいい」

『それもあって、こちらは正直進んではいません――その、ハァ』

「フフ、気持ちはわかるさ。とにかくミスをするな、怪我ではすまないぞ」

『了解、では後で会いましょう』

 

 どうやらむこうもこちらと似た状況らしい。

 

 扉に巻きつけられた手榴弾、壁に爆弾、床に地雷、落とし穴の底にはびっしりと尖った木の先を汚染土をぬりたくっていて、家と家の間をワイヤーが張られている。

 かつての名残のように道の半ばで転がっているCFAの装備も近くに巧妙に隠された火薬に銅線がつなげられていて、触れれば指を失うだけでは済まないだろう。

 

 これを見ればそれでわかる、プロの技だ。

 経験が圧倒的に少ないが、豊富な知識を持ち合わせていないとこれはできない。

 そしてイーライという少年はそれで敵兵が死ぬことを、どうやら構わないと考えているらしい。ゴートはかつての同僚達が、少年兵を化物だと忌々しそうに口にしていたことを思い出す。

 そんな化け物を相手に、自分たちは非力な非殺傷兵器を持たされてここにいる。先日の酒場での騒ぎが思い出され、気持ちが沈みそうになる。

 

 集中しなくてはならなかった。

 こんな任務だからこそ、完璧にやり通さなくてはならない。

 

 そして今はマザーベースに姿のないビッグボスのことを想った。自分たちが何事もなくこの少年兵を処理できれば。今は遠い異国の地で、冗談のような任務という名のバカンス中のあの人が戻ってきたときにこんな憂鬱な戦場に立つ必要はなくなる。

 

 そうだった、出動のとき。オセロットもそう言っていたではないか!

 

 先に進んでいたワームから、進めるとのサインが送られてくるとゴートはフラミンゴと共に泥の中を静かに進む。

 

 

 

 イーライは夢うつつにあったが、ゆっくりと意識を回復させてきた。

 いつの間にか今夜は彼の”王座”で眠ってしまったようだ。しかし傍らには、座り込んでいたはずの赤い髪の奇怪な少年の姿がない。どこかに出かけているのだろうか?

 あいつは時にふらふらとさまよっているらしく、その間に何をしているのかイーライも知らない。優秀な部下だが、特別に頼りになるというほどではない。

 

 部屋には新しく彼が用意した豚の生首が、汚らしいウジとハエをたからせ腐什を涙を流すようにたらしている。

 彼の中の完璧な世界が再びここにあった。

 だが、イーライは同じ場所に戻ってきたにもかかわらず。以前ほどの全能感を、ここで感じることが出来ないことに実は苛立っていた。理由はわかっている、あの男の海上の巨大な城をその目でしっかりと見てしまったからだ。

 

 あれほど屈強な兵を従え、兵器を揃え、好きに世界に戦争しに行くのをみてしまうと。ここはどうしようもない小さくてクソみたいに貧相な豚小屋と同じ。

 俺はこんなところで満足していたのか――。

 

 だが、それも長いことじゃない。

 計画がある。それはもうはじまっている。

 全てが終わるとき、俺は新しい王国を手に入れる。その王国から兵を集め、あいつの――親父のあの城へ向けて進軍するのだ。

 殺してやる、奪ってやる、全てをこの手で……。

 

 

 空は暗いが、明け方が近いのはなんとなくわかる。

 ブルーライトに照らされたような夜の世界は、まだまだ若い少年であっても死者の世界のそれを思わせる静寂がある。

 

 その中をミシリ、ミシリ、と足音を忍ばせる。

 俺の夢か?幻聴、フラッシュバックというやつか?心の中ではいまだ敗北への苦い思いを捨てられていないのか。

 

――ミシリ、カッ。ミシリ、カッ

 

 俺の隣に、俺の言葉を乞う死神が進み出て声をかけてくる。

 「王よ、次はだれを死地に追いやりましょう……」と――。

 赤い髪の力だけはある部下に、俺は指示を出してやらなくてはならない。閉じられた重いまぶたに意識を集中する。

 

――あらわれるのは死神ではない。バラクラバマスク、あの男が着ていたのと同じ黒のスニーキングスーツ。

 

 ダイアモンド・ドッグズのスーツを着ている!?

 イーライは一気に覚醒を果たすと、席から飛び降りて山刀を抜き放つ。

 あの日、明るい太陽の下で平然とこの場所にあらわれたビッグボスが再び現れたかと思ったが、今回は違う。下っ端だ。

 

「噂通り勘がいいな。良いセンスだ」

「……殺す」

「俺はビッグボスではないが――お前に俺は殺せない。お前が出来ることはなにもない。それでも抵抗するなら、怪我をするだけだぞ」

 

 警告だと?子供扱いされた!?

 カッとなった瞬間、左の後方から大人の腕が伸びてくるとイーライの腕に絡めてくる。

 

 咄嗟に拘束を逃れようと山刀を諦めて手放し、跳ねて空中で前転すると、相手は転がった武器を蹴り上げるだけですぐにイーライの腕を諦めて離れていく。そちらの方を見ようとすると、今度は右後方から後頭部めがけて殴りつけられた。

 

(囲まれている!?俺を押しつぶすつもりか)

 

 必死に意識をつなぎとめながら、イーライは正面から来た男に向かって脇目もふらずにいきなり走り出す。

 左右、後ろの3方から囲んできているなら、それを脱出するには前進するしかない。奴もあの男の使う技をつかうのだろうが、そんなものにいつまでもこの俺が――。

 

 驚いたことに、相手はあの男のように腕を差し出して構えはするが、とくになにをするでもない。

 イーライは余裕でその体をかけのぼると、背後に着地して間抜けなそいつの背中を攻撃してやろうと思った。

 だが相手の体を駆け上り、空中に走り出したイーライを、相手の背後にある影から飛び出したもう一人が。胴回し回転蹴りの要領で、空中で無防備になったイーライの腹にそいつの太い足が吸い込まれていく。

 

 闇の中で空中にあった子供の体が床にたたきつけられると、少年が自分で用意した玉座の前へと転がった。

 

 脱出を阻まれ、再び囲いの中に戻ってしまったイーライが片膝をついた瞬間。

 新たにあらわれたゴートとアダマを含め、フラミンゴ、ワーム、ウォンバット達大人が。イーライ中央にして四方から攻撃を本格的に開始した。。

 

 それを耐えようと手をかざせば、手をはじき飛ばした後で拳が顔にめりこみ。よろけると足の表と裏が蹴り上げられて膝を立たせない、距離をとらせない。攻撃しようとしても、腹や背中を狙って蹴りや拳が容赦なく叩きこまれていく。

 

 これがゴートの作戦であった。

 独自にCQCを攻略しようとした子供だ。悠長に優しく諭すように説得しているわけにはいかない。

 不意打ちだと思わせつつ、一気に力でねじ伏せる。獣を調教するやり方ではあるが、この少年ならちょうどいい塩梅なはずだ。

 また、失敗も許されないのだからこの場合は副司令の機嫌を損ねようと――死体となっても連れ戻せばいいというのが理由だった。

 

 スクワッドはイーライを殴り殺すつもりなのだ。

 

 冷酷な仮面の下でゴートは密かに舌を巻いていた。

 ただの子供とは思わなかったが、闘争本能も並大抵のものではない。容赦なく4人の男女が一人の少年を殴り殺そうとしているのに、その全てをわずかにずらして受けてみせている。そうして意識を保ちつつ、こちらの連携の隙を探り、反撃を諦めていない。

 その姿はあのビッグボスも顔負けだ。

 

 はれあがっていく顔の閉じかけたまぶたの下では、こちらに向けて憎悪の炎が勢いだけを増している。

 危険な敵だ。

 保護するにしても、自分たちの側に手加減を許してはいけない存在だ。

 

 そうは言っても、すでに勝敗は決しつつあった。

 ついに4つんばいになったイーライの細い腹を、輪に入っていったゴートは思いっきり蹴りあげる。勢いを殺せずに吹っ飛んだ子供の体は、千切れた船の固い壁に叩きつけられるが、それで許されはしない。

 ワームとウォンバットがすぐに距離をつめて崩れ落ちようとする少年に拳と蹴りを間断なく叩きこんでいく。

 

「よし、そこまでだ」

 

 ゴートはイーライが意識をついに失ったのを見てとって止めようとするが、今度はウォンバットとワームが止まらない。

 慌ててフラミンゴとアダマが2人を突き飛ばしてイーライから離すことで攻撃を続けることを辞めさせることが出来たが、なぜか辞めた2人はどっと疲れた顔を見せ。ウォンバットは「信じられない、このガキ!」と言って吐き捨てている。

 

 2人を咎めず、ゴートはイーライの側によって調べると、それで理解した。

 2人の攻めでついに意識を失い崩れ落ちた少年の手の中には鋭い形状をした自作のナイフが握られていた。あの壁際に叩きつけられた一瞬、どこからか隠していたナイフを手にしてあの2人に反撃しようとしたのだろう。

 それを察したから、恐怖し、怒りを感じた2人は容赦なく攻撃を続けて止めろというリーダーの指示に従おうとしなかったのだ。

 

(見事だ。素晴らしい闘争本能だった)

 

 ビッグボスが戻れば土産話として聞かせたいほど見事な少年の戦いぶりであったが、ゴートは仲間には絶対今日のことはビッグボスに話すなと口止めすることを、この時に決めた。

 狂ってはいないようだが、しかし正気ともいいかねる。

 少年が抱えている怒りと憎悪が、あまりにも激しすぎる。これではいつか限界が来て、自分でもコントロールを失い自滅しかねない。

 

「よし、任務は完了だ」

「回収したこの子は?」

「フルトンを使え、ヘリで暴れられても困る。副司令は気にいらないだろうが、ここまでは生きていた。フルトン回収で死ぬというなら、最初から抵抗したこの少年が悪い」

「了解」

「それと――支援班に連絡。この村はえぐれるくらい爆撃せよ、と。このままだと死の村のまま、再建はできない。

 トラップがそこかしこにあって全て解除しなくちゃならないが。そのための暇も人員も出せないし、残しておいても、この子を回収したうちへの悪評となる」

「ミラー副司令は止めるでしょうね」

「意見は言っておかないと。この少年も、これで素直に罠を仕掛けた場所を全て教えるとは思えない」

「ですね」

 

 アフリカ、この大地にはダイヤが転がっているといわれている。

 だが、もしかして自分達はそこでとびっきり危険なダイヤの原石を――戦場で生きるために作られたかのような、恐ろしい子供を手にしてしまったのではないかと思えて仕方がない。

 

――ミラー副司令は、この少年をどうしたいんだろう?

 

 イーライを回収し、ピークォドへの連絡を済ませると朝焼けの川へと5人は泳ぎだしていく。

 この村の中をもう一度通って出ていくことはできない。今のここは少年の王国なのだ。民も、兵も、武器もないが。彼の意思がそこに村という形として残されている。

 彼が存在を認めないものは死ぬだけの、幽霊の住む村だ。

 

 3時間後、ダイアモンド・ドッグズは許可を下した。

 そしてマサ村とよばれた無人の廃村が激しい爆撃を受けたという。それはそれは凄まじいものだったようで、村のあちこちには”奇妙に”抉れた穴がいくつも残っていたと周辺の者達は声を落して噂した。しばらくするとそんなことをした犯人の名が広まっていく。

 

 ダイアモンド・ドッグズ。

 あの恐るべき伝説の傭兵が率いるプライベートフォース。

 過去とそして現在の戦場で伝説を生み出し続ける彼等の”新しい物語”は、そうやってさらに変化を繰り返しながらまたもや世界に波紋となって広がっていく。




また明日。


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ピューブル・アルメマン

 白銀の世界では獣と亡霊しか出会わないと思っていたスネークだったが、その日の昼ごろ。

 はじめて自分以外の人に会った。

 この立入禁止区域の中を、普通の登山客のような姿の青年が。風景か何かを一心不乱にスケッチしているようだった。

 

「兄さん、なにをしているのかな?」

「ひィィッ!」

 

 どうやら驚かせてしまったらしい。

 声をかけると飛び上がって怯え出した彼に、スネークは辛抱強く、警戒を解くよう語りかけてみる。

 

「何を書いていたんだ?」

「スケッチです――ええと、鳥を」

「鳥?」

「はい、伯母が鳥類学者をしてまして。美人ですけど、エキセントリックな人で」

「それで、絵を?」

「土産がわりです。ここからなにかを持ち出すのは……わかるでしょ?色々とマズイ」

「核汚染地域指定をうけているからな、そりゃそうだろう」

 

 ずいぶんと人懐こい性格なのか、すぐに緊張がほぐれていくのがわかった。

 

「あなたはなにを?」

「俺か?俺も――鳥だ。バードウォッチついでに狩りを楽しんでいた」

「――汚染地域の獣を狩って、それを食べるんですか?本気で言ってますか?」

「見てのとおり、俺はあんたみたいに若くないからな。これくらいの無茶、気にはせんよ」

「怖い人ですねェ」

 

 お互い笑いあう。

 

「若いの、名前は?」

「フリオです。フリオ――あー、えっと。本名はいいですよね、お互い」

「そのようだ。俺はエイハブという」

「エイハブ、なるほど」

「フリオはフランス人?」

「いえ、父がイタリア人で。そっちで育ちましたが、フランス語が体に合うらしくて。英語を話すと癖がでるようですね。今みたいによく聞かれますよ」

「いくつ話せるんだ?」

「5カ国です。フランス、イタリア、ドイツ、そして英語」

「ん?それだと4つだろう」

「いえ、5であってます。最後がイギリス語ですよ。あれは英語じゃない、もう立派に独自の言葉ですよ」

 

 そういうとケラケラと笑った。

 久しぶりの人が、自分の傷だらけの顔を見ても怯えないことがうれしかったのかもしれない。スネークはこの日、彼と共に移動することにした。

 

 フリオは思った以上に饒舌な若者だった。

 世界情勢、欧州の経済、最近の映画業界。そうしてお互いの黒いであろう背後の関係には触れないように気を使っていた。スネークは特に話せることはなかったが、相槌をうつだけの最高の聞き役に徹していた。

 

 夕方、少し早めに食事をとることになると。スネークはダイアモンド・ドッグズが誇る開発班のレーションの味見をフリオにさせると、フランス人の血が騒ぐのか。塩分が強いとか、風味が足りないとか口にするので、帰った時に開発班の連中にこの感想を教えてやろうとスネークは心の中でメモを取った。

 逆に若者はこんな場所なのにワインを取り出してきた。ところがスネークはアルコールの味に興味はない。

 美味いだの、まろやかだの適当に言って他人の酒を味わった。

 

 腹が膨らむと、後は寝るだけ。

 明日の朝にはお別れとなる。それがわかったのだろうか、フリオがついに語り始めた。

 

「エイハブさんもそうでしょうけれど、僕にも事情がありまして。全部は言えないのです」

「そうだな、こんな禁止区域だ。ソ連兵に見つかったら、お互い逃げださなきゃならん」

「だから僕はあなたの事情も聞きません!ですが――ですが、僕は少しお話できる気がしてきました」

「いいのか?無理しなくていいぞ?」

「いえ、大丈夫です。元々僕は、ある企業の臨時の調査員という立場なんです」

「ほう」

「ええ、わかります。怪しいですよね?怪しくないわけがない。ソ連の核兵器による環境破壊が叫ばれるエリアの土壌を調査するなんて」

「――話しているぞ、大丈夫か?」

「これ以上は言えません。と、いうよりも知らないのです。実際、会社の思惑についてはね」

「保険か……」

「まぁ、そうでしょう。それに何かの時は助けてやるとも言われますから、それだけが頼りですよ」

「そうだな。そのくらいの準備がなきゃ、ソ連兵に会った時がこわいからな」

「ええ。勿論その時は逃げますよ?逃げ足には自信があるんです、僕」

「そりゃ心強い」

「エイハブさんはなにを狙ってるんです?」

 

 とぼけようか?少し迷うところがある。

 

「詳しくは話せんよ、俺もな」

「わかってます」

「顔を見ればわかるだろうが、俺は――実は記憶をな。失った」

「戦場で?違いますか?」

 

 MSFから離れようとしていた。パスは空中に飛び出し、相手のヘリは近くを飛んでいた。

 あれは事故、なのだろうか?

 

「微妙なところだな。愉快な話でもないし」

「わかりました」

「俺の記憶には穴がそこかしこに空いている。友人が――それを埋めるためのテープをくれる。過去の俺の言葉、俺の出来事。そう言ったものの入った情報をどこからか見つけ出してきて、それでようやっと過去を取り戻そうとしている。いや、”取り戻した気になっている”」

「よかった。”過去は失っていない”のですね」

「だが、実感は残ってない。何十年も前の話だが、俺はここに来たことがあるんだそうだ。それを、この年になってたどってみようと思った」

「それで本当に過去を取り戻せる?」

「わからない。この雪で、記憶は意味をなさなくなっている。昔のここは緑あふれるジャングルだったと聞いていたが、今はこの通り」

「……」

「このまま進んでも、無駄かもしれない」

 

 スネークの何げない言葉を聞いて、フリオはため息をつく。

 

「無駄、ああ、無駄か」

「ん?」

「いえね、この調査から戻って。雇い主に『君の調査は無用だった、無駄な事をさせた』といわれるんじゃないかとちょっと悩んでまして。ここにきてからずっと夢に出て僕を苦しめるのです」

「そりゃ、きついな」

「ええ。無駄、無駄!嫌な言葉ですよね。おっかない熊のようなソ連兵に怯えてこんなにがんばっているのに」

「お互い、この旅の最後にそんな言葉が待ち構えていないといいな」

 

 そういうと、フリオと一緒にハハハと笑いあった。

 

 

==========

 

 

 翌朝、フリオが目を覚ますと。

 すでに昨日の顔が傷だらけのいかつい初老の男の姿はなかった。

 最初は出しぬかれたのだろうかと慌てて自分の手荷物を確認したが、誰かが触った形跡がなかったのでホッとした。どうやら彼は本当に約束を守って、こちらのことを知らないまま立ち去ってくれたらしい。

 そうでないなら、今頃は銃を向けられて蹴り起こされ。自分は厳しく尋問されていたことだろう。

 

 銀色の小さな弁当箱のようなものをとりだすと、それをバンバンと激しくふる。すると電子音がして、銀盤の上に文字が表示され始めた。

 彼が――”あのビッグボス”がもっているのとは違うが、これも情報端末機だ。

 

「こちらピュ―プル。グレートマザー、聞こえますか?」

『どうした?ピュ―プル。定時更新にはまだ早い、なにかあったか』

「それが――ああ、調べてもらわないといけないかも。昨日、ここで誰と会ったと思う?」

『ふざけてるのか?それともまさか、酔っているのか?』

「酔ってる?そうかもしれない。こっそり持ち込んだワインは空にしたさ!だって――僕は伝説の人と話したんだよ」

『……?』

「――わからない奴だな。伝説、伝説の傭兵。その人だ」

『っ!?』

「あの人にも伝えてほしい。戻ったら、話すことが増えたみたいだ」

『そうみたいだな。無事に帰還せよ、ピュ―プル』

「了解、グレートマザー。それじゃ、また」

 

 連絡を止める。

 彼の話が本当なら、今日の夕刻までに旧グロズニ―グラードとよばれた廃棄された基地へたどり着くだろう。そこから先は?

 よくはわからないが、自分とは違う方向で助かった。

 あの男とこれ以上、進路が重ならないかと怯えながらの調査はきついものになる。

 

「エイハブ船長のご武運を」

 

 そう呟くと、フリオと名乗ったピュ―プルもその場所から立ち去って行った。彼の仕事がまだ残っている。

 

 この核の呪いが取り付く大地に、王国を築こうという計画がある。

 彼の調査報告は、その見込みがあるのかどうかを決定する判断のために必要なものとなる。そしてそれは、まだ誰にも知られてはいけないことであった。

 その国の名前はもう決まっている。彼等のボスが、決めたのだ。

 

 その名前をザンジバーランドという。

 

 

==========

 

 

 スネークの旅は、その後あっけなく終わりを告げた。

 廃棄された基地には、なにものも残されてなく。彼自身の記憶もそれ以上、抜けたものが戻ることもなかった。

 噂のオオアマナが咲き乱れていたという湖畔のあの場所にも寄ったが、大雪によって全てが覆い隠されてしまい、広がる銀世界だけでなにも残ってはいなかった。

 あの過去の記憶はうつろう環境によって生態系からすべて、消え去ってしまったのだ。

 

 

 残念な結果となったはずだったが、スネークは別に落胆はしていなかった。

 全ては戻ってこなかったが、あの道を再び現実の世界で歩いた経験は新たに自分のものとなった。それだけでも、なにもないことを苦しまなくてよくなった気になれるのかもしれない。

 

 

 だが、帰ってきたダイアモンド・ドッグズには再び動乱の気配が忍び寄ろうとしていた。

 

 スネークが帰還したその日。

 着陸したヘリポートの前を、ちょうど入院していた医療センターから退院したばかりのイーライが警備に囲まれて通り過ぎようとしていた。

 降りてくるヘリの横に腰をかけているスネークの姿を見るその目に浮かぶ憎悪は、以前よりもまして強いものへと変わっていた。

 だが、本人を迎えることはなく。そのまま通り過ぎて自分の部屋へと歩き出す。

 

 一方、スネークの帰還を察知したのかプラットフォーム上を凄い速さで駆けてきたDDが。着陸したヘリから降りようとするスネークに飛びかかっていく。

 よほど留守番を命じられたのがさびしかったのだろうか。スネークが「よせ、待て、やめろ」といっても顔を激しくなめ続け、止めようとしない。

 

「ボス、お帰りなさい。DDも……寂しかったんですよ」

 

 苦笑いを浮かべながらクスクス笑う兵達はDDを止めるつもりはないらしい。

 ついに反抗を止めてされるがままにスネークがしていると、DDも満足したのか。スネークの体の上から(わざわざ踏みつけた上で)どいて、プラットフォームへと降りると。なんでもない、というようにスタスタと何処かに勝手に歩いていってしまった。

 

「戻ってきて、いきなりこれか。酷い目にあった……」

「向こうでは大変な天気だったと聞いてました、ボス。お元気そうで」

「ああ――カズはどうした?見えないが」

 

 DDのせいでぐったりしていたスネークを、ピークォドのパイロットが手を差し伸べてようやく立ち上がると。迎えにあらわれた兵達に問いかけた。これまでどんな時も、スネークの出動と帰還に姿を見せていたカズの姿はここにはなかった。

 部下達の間に、驚くほどはっきりとした動揺が走った。

 

 

 スネークはそうして知らされることになる。

 自分がいない間のダイアモンド・ドッグズでおきた大小様々な事件のことについて。

 イーライの脱走、スクワッドによる回収。そして入院、退院。

 そしてラーフという少年の事故死と、新たに脱走した少年達の存在。

 

 だが、一番にスネークが驚いたのは。

 ここにいないカズがこの瞬間、捕虜であるクワイエットの尋問を再開したという事実であった。




今回のタイトル、MGS4では一度は聞くとその能天気さに笑顔も引きつるアレですよ。

『この区域は、ピューブル・アルメマンの完全制圧下に置かれました。次の機会には、的確な人材、的確な戦術のピュープル・アルメマンをお使いください!』

ビジネスは非情だよね、それではまた明日。


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紫煙 ―シエン―

今回、不快な表現。不快に感じるかもしれない(変な言葉)が混ざっております。
それはまったく、さっぱり、どうしようもなく意味のないものなので深くツッコミを入れてこないよう、お願いします。

繰り返しますが。
読んだ後で「そんなわけないだろう!」と、思うことも”ある”かもしれませんが。ツッコミはしないで頂きたい。

よろしくお願いします。


 ヒューイでおなじみの“101号室”だが、今日は違う。

 そもそも顔ぶれから違う。カズ、オセロット、コードト―カーがいるが、そこにビッグボスはいない。

 そして部屋の中央に置かれた椅子に座らされているのは、黒の麻袋をかぶせられているがその異様な姿からクワイエットだとすぐにわかる。

 

 その体に電流が流される。

 彼女の体を走る苦痛に神経が反応してガタガタと揃った足が痙攣を起こしている。

 

 まだ始まったばかり、というのもあるのだろうが。追い詰めるために、間断なくこうして責め立てる。

 だが、無言のクワイエットから思った様な反応が引き出せないせいで、ダメージのほどがわからない。自然、責め立てる役の男も不安そうにしてオセロットの顔色をみては、恐る恐る続けているという感じだ。

 

 これは拷問ではない、事情聴衆だ。

 だから殺してはならない。だが、その境界の判別が難しい。

 オセロットが今回のミラーの求めに対して、反対意見を述べなかったのはそのためだ。

 

 本格的な女性への拷問となれば、当然だがこれら暴力に強姦という手法も取り入れることはある。

 それは拷問官やその仲間達が娼婦を買う金をケチってする行為とは違う。自分が性のはけ口にされたのだと屈辱と怒りでもって感情を暴走させ、疲労させ、相手の思考を奪うことこそがその目的なのだ。

 とはいえ性犯罪という野蛮で下劣な行為に差はないが、する側の意識と目的が違えばこの世界では正当化は容易にすることができる。セックスは、遠い過去から人間にとって有効な武器のひとつであり、その使い方も様々にしてあるのだ。

 

 しかし事情聴衆となるとそれではいけない。

 相手の、クワイエットの情報全てを引き出す必要はない。こちらの知りたいことだけをわかればいいのだ。

 

「しゃべる気になったか?」

 

 責めの合間にオセロットはクワイエットにそう問いかける。

 彼女は変わらずに無言のまま。悲鳴もあげず、泣き叫びもせず、当然だが懇願もしない。

 だが彼の鼻は、わずかながらに部屋の空気にアルカリ性のものが混ざっているのを嗅ぎ取っていた。彼女は失禁している。クワイエットの肉体がダメージに反応している証拠がわかったからこうして止めて聞いたのだ。

 だがオセロットの問いに答えは、ない。

 

「ふむ」

「どうだ?」

「無言だ」

 

 肉体が反応するほど責められても、クワイエットは声を上げなかった。悲鳴もなかった。クワイエット(静寂)はかわらない、と。

 会話も、意思の疎通すらも拒否する女では、この行為自体に意味がないことになる。

 それが一層腹立たしいのか、カズは舌打ちする。

 

「いつまでしゃべれないふりを――」

 

 憎々しげにつぶやき、手を伸ばして彼女にかぶせた頭の麻袋を取りはずす。

 そこにはいつもの彼女が姿があり、怯える様子はない。いつものようにふてぶてしく感じてしまうほど頑なな態度のまま、その瞳はカズをにらむではなく、注意深く探るように見上げていた。

 

「お前の喉に声帯虫をいれたのは?」

 

 やはり無言だった。

 カズが勝手にことを進めようとしているのを見て、オセロットは驚き、慌てる。

 

「カズヒラ、なにをしている!?しゃべらせるな、袋を戻せ」

「聞きたいのは一言だ、発症はしない……吐け、吐くんだ!!」

 

 それでも無言だった。

 カズはこのまま黙ることで、この女をボスのように自由にするつもりはなかった。今日こそ、どんなことをしてもこの女の口を割らせるつもりでいた。

 

「最新のMRIを導入してやっとわかったことがある、これを見ろ」

 

 部下が拘束されているクワイエットの前に突きつける写真が数枚。

 

「お前の肺は焼けただれている。医療班は焦げ付いた肺胞から消毒用のエタノールの痕跡。そこに付着していた花弁を見つけた――焼け残った白いオオアマナ」

 

 やはり無言だった。

 

 カズはこのチャンスを狙っていた。

 スネークのいない間、コードトーカーの知識を交えることでついにクワイエットの体にメスを入れることに成功した。そこから出てきたこの証拠には、この女も言い逃れはできない。その確信があった。

 

「お前はキプロスの病院に、スカルフェイスの命令でスネークを殺しに来た。そこで体の内と、外に大火傷を負った。普通ならそれで死ぬ。

 だが――俺にはどうしてもお前は生きているように見える。スカルフェイスのお陰だな」

 

 コードト―カーがそこで初めて口を開く。

 

「寄生虫補完(パラサイトセラピー)が出来るのは私とその技術を奪った奴しかいないのだ」

 

 それだけ口にすると部屋の中央から顔をそむける。

 やはり老人の眼でも、一人の若い娘を男達が責め立てる姿は見ていて気持ちがよいものではないのだろう。普通の感覚があればそう思うのも当然だ。

 

「なぜここにきた?スカルフェイスの命令か?それともボスへの恨みか!?」

 

 無言、無言、無言が続く。

 彼女の静寂は、彼女の声で破られることはなかった。

 

(コイツ……)

 

 変わらず沈黙を守るサイファーの女への憎悪がカズの中で紫色に燃え上がる。

 カズは次の指示をオセロットではなく、部下に実行させた。バケツに入った一杯の海水を彼女にあびせたのだ。クワイエットが大量の水に弱いことはわかっていた。塩分の強い海水なら、それはもうバケツの一杯だけでも――。

 

「美味いか、塩水だ」

「やめろ!彼女は死ぬぞ」

 

 慌ててコードト―カーは声を上げる。この技術を生み出しただけあって、彼女がこの瞬間に感じている苦痛の強さもわかってしまう。黙っているわけにはいかなかった。

 

「お前にボスの命はやらん」

「――もういい!もういい、そうだなカズヒラ」

 

 状況がとめどなく悪化していくのを察したか。

 オセロットは声を上げると、変化を恐怖で見つめていた部下は慌てて蛇口をひねり、水道からのびているホースの真水の方をクワイエットの頭からかけつづける。皮膚から立ち上っていた煙と、それに苦しんでいたクワイエットは落ち着きを見せるようになってきた。

 せっかくサイファーの女の口を割らせようと責め立てていたというのに、邪魔をされてカズは不満げに口を開いた。

 

「オセロット、なんのつもりだ」

「殺す気があるなら、ボスはとうに死んでいる。お前も、俺も」

「……」

「その機会はいくらでもあった。むしろこちらから用意してもやったが、なにも起こらなかった。彼女は沈黙を通した――彼女はしゃべれない。ボスを殺す気もない。これは時間の無駄だ。

 ここに来た理由はどうでもいい。彼女はもう――あんたの部下だ、ビッグボス」

 

 そうしてここにいた全員が初めて、部屋の入口にスネークが姿をあらわしていたことに気がつく。

 ビッグボスは調査という休暇を終えてマザーベースへと帰還していたのだ。

 オセロットは構わずに続ける。クワイエットのほうを向くと、複雑な表情と声で感想を述べた。

 

「あんた。伝説の英雄に惚れこんでいるんだな」

 

 正しい事情聴衆は、オセロットを退けてカズが勝手なことを始めた時にすでに終わっていた。

 それでも続けることを許した理由はひとつではなかったが。なによりもオセロットは知りたかったのだ、クワイエットの本心を。

 

――彼女は言葉を話さない。そのかわりに行動で示す。

 

 それは声帯虫の騒ぎが起こる直前、ボスとオセロットの間でクワイエットへの認識の同意することだった。

 そしてクワイエットはオセロットの前で行動して見せた。

 不振をあらわに、憎悪をむき出しにして詰め寄る見方を前にしても。彼女は口を開くことはなかった。静寂、自分の意志を頑固にも貫いた。

 

「どうしてわかる!?」

「昔の俺がそうだった――」

「スパイだったら?」

 

 カズがなんのつもりか必死に噛み付いてくるが、オセロットはそれを静かに鼻で笑う。

 

「フン、俺もそうだ。お前もだろ?」

 

 ピースウォーカー事件、カズヒラ・ミラーはビッグボスに隠れて米国のゼロ少佐と密かに通じていた。

 ビッグボスに接近しようとするKGBのスパイと。ゼロ少佐の命令を受けていたパスの正体を始めから理解していて、わざとMSFに近づけさせ。事件を利用してあの時代に”国境なき軍隊”を生み出すことに成功した。

 彼もまた、スネークの敵と通じたスパイであったのだ。

 

 キリがないぞ、それだけ言い残し。オセロットは部屋を出ていく。

 スネークはカズの隣へと進む。それは帰還の挨拶をするためでも、叱責するためでもなかった。

 

「ボス――」

「放してやれ。彼女がしゃべらないなら声帯虫も感染しない」

 

 そういってスネークは控えている部下に合図を出し。クワイエットの腕と足の拘束をとかせた。

 自分はなにも間違っていない、その思いがまだあるのか。その様子を最後まで見ることが出来ず、カズは悔しげに顔を歪めて足早に部屋を出ていった。

 スネークはクワイエットが開放されるのを確認すると、やはり無言でカズの後を追うように部屋から出ていく。

 

 この時、コードト―カーの目が輝いた。

 

「スマンが、ちょっと待っていてくれ」

 

 クワイエットを解放した部下は、コードト―カーの車いすを押して部屋を出ようとしていたが。本人の意志を尊重してクワイエットの側にコードト―カーを寄せると、自分だけ部屋の外へと出ていく。

 

 老人は娘の耳元で、何かを囁き始めた……。




それではまた明日。


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腐敗の影

 スネークはマザーベースへと帰還して1時間もしないうちに再びカズとオセロットを自室へと呼びだした。

 

 先程のクワイエットのことではなく、他のことで詳しい報告を必要と感じたからそうしたのだが。カズはそう思わなかったようで、顔を出すなり自分の主張の正しさを口にしようとしてスネークはそれを止めさせた。

 

「その話は終わりだ、カズ。誰も蒸し返そうとはしていない、お前も口にするな」

「――ああ、わかった」

「それより問題は別にある。俺の留守中、なにがあった?」

 

 カズはまだ頭の切り替えが出来ていないようだが、オセロットはすぐにスネークが何を気にしているのかを理解した。そして一瞬、カズの後頭部に目をやる。

 先ほどのこともあったが、オセロットの口元に今。うっすらと笑みが浮かぶのには理由がある。

 

「色々あるが――何が聞きたいんだ、ボス?」

「少年兵だ、カズ。問題がおこったと聞いた」

 

 その言葉でようやくカズも整理がついたのだろう。ダイアモンド・ドッグズの副司令官の顔に困惑が浮かんできた。

 

「確かに、問題はあった」

「話してみろ」

「――ラーフという少年兵だ。彼が、ボスがここを出た後。事故死した」

「そうか」

「深夜の建設現場に忍び込んだらしい。なんでそんな事をしたのか、わからないが。

 実は今、作業をすすめているプラントの増設に24時間体制で取り組んでいたんだ。現場の士気がおちていたようで、気の緩みからおこった事故だった。本当なら誰も怪我はしないはずだったが、落ちた場所に少年がいたことで悲劇になった」

 

 カズの背後で口元の笑みは消えていないが。

 オセロットは普通の声でここはカズを弁護する。

 

「ボス、カズヒラの言うとおりだ。警備班で一応だが捜査もした。

 事件性はないし、カズヒラも現場責任者達を厳正に処分を下し、子供達には立ち入り禁止区域への侵入をしないよう、今は徹底させている」

「そうか――他には?」

 

 ゴクリ、とカズが喉を鳴らす。

 

「イーライが逃走した。やはり、あんたの出た後のことだ」

「なに!?」

「あの小僧、XOFの時も忍び込んでいたからな。目を離さないようにしていたのだが……」

「それで、どうやって回収した?」

「ん?なんだ、知っていたのか」

「ああ。戻ってきた時、あいつ1人が兵に囲まれて、ヘリから降りる俺を凄い目で睨んでいた」

「あんたの部隊。スクワッドに回収を命じたんだ。あいつら、ひどい扱いで――」

 

 あの時のボロ雑巾になって戻ってきたイーライをみて激怒したことを思い出したのか。顔をゆがませ怒りだそうというカズを、よこからオセロットが口を出してやめさせにかかる。

 

 ここでカズが感情的になれば、ボスもクワイエットの件でこじれるかもしれない。それは避けねばならない。

 

「カズヒラ、それはお門違いだ。イーライには以前にもやるなといったことをやって逃げた上に。あいつはさらにスクワッドに対してもナイフを向けたんだ。

 ボスの口癖だ。『仲間にはナイフを向けるな』、あの小僧はスクワッドに殺されなかったことを感謝するべきだ」

「だが、子供なんだぞ!?」

 

 憤りを見せるカズに構わず、スネークは報告を続けさせる。

 

「スクワッドに怪我人は?」

「いない。彼等は心得ているよ、ボス」

 

 カズではなく、これにはオセロットが答えた。

 

「ならいい――他にも脱走者がいると聞いた、どういうことだ?」

「……」

 

 ここまで来ると、スネークは自分の中に徐々に湧き上がってくる怒りを感じていた。

 トラブルがあまりにも多すぎだ。一体、自分がいないわずかな間にマザーベースでは何が起こっていたというんだ。

 

「イーライと入れ違うように、何人もの少年が消えた」

「どうやって!?」

「わからない。子供達が言おうとはしない」

「――言おうとはしない、だと?何を言っている、2人とも」

 

 あまりにひどい報告にスネークはついに怒りだす。

 

「カズ、お前が言いだしたこの――なんとかいうやつは。少年兵を戦場から切り離すことが目的だと、俺に言っただろう。それがこれだ!

 イーライだけじゃない、他にも坊主達がこのマザーベースから姿を消しているのにその方法がわからないだって!?」

「――ボス、すまない」

「カズ、謝罪はいい。それよりも、どういうつもりだオセロット?なぜ子供達から話を聞き出せない?」

「――俺は聞いていないからだ、ボス」

「なに!?」

 

 皮肉めいた苦笑いを浮かべつつ、オセロットは弁明を続ける。

 

「あんたと同じように、俺もラーフの事故からの流れを怪しいと感じていた。だからイーライの尋問をするようにカズヒラには何度もそう提案をした」

「なぜやらない?」

「やれないからだ……カズヒラが、俺とイーライを近づけさせようとしない。今朝も、退院するあいつを短時間でもいいから俺に渡せといったが。頑として話を聞こうとしない」

 

 スネークは再び厳しい顔を副司令官にむける。

 

「カズ!!」

「ボス、待ってくれ――待ってくれ、話を聞いてくれ。

 確かにイーライが怪しいのは俺にもわかる。だが、だからといってあの少年をオセロットに――」

「黙れ!」

「っ!?」

「カズ、お前は何を勘違いしている。

 オセロットはプロだ。尋問のプロなんだ。情報を聞きだす相手を前にして何が必要なのかを考え、必要な事をするだけだ。それをお前がなんで勝手に決めようとする?」

「――だが」

「お前はこのダイアモンド・ドッグズの副司令なんだぞ、カズ?こんな――こんな事を俺に言わせるとは。

 俺達は傭兵だ、技術はあっても正規の軍には居られなかった癖のある奴ばかり。うちにいるのはそんな連中がほとんどだ。

 ダイアモンド・ドッグズはそういう連中の集まりだと、これはお前が言ったんじゃないのか?」

「……」

「お前が、お前の価値観で。勝手に彼等の技術のあれこれを認められないというなら、お前に今の地位は任せられない。本当に、お前。なにをやっているんだ!?」

 

――ミラーさん……

 

 カズの脳裏に、あの時に彼に警告を発した男の言葉が蘇った。

 

――少年兵には近づかないことです。

 

 怒ったビッグボスは、カズではなくオセロットに直接、現在の状況を聞いた。

 

「今、その子供達はどうしている?」

「諜報班が追っている、ボス。どうやら故郷や親族に会おうとして、迷子になったり。色々とトラブルに巻き込まれているらしい。引き続き、あんたのスクワッドに回収をやってもらうことになっていた」

「どれだけ戻った?」

「まだだ。回収は始まったばかりだ」

 

 スネークはため息を吐き出しながら、机の引き出しから秘蔵の葉巻を取り出すと乱暴にそれをくわえて火をつける。

 これは電子葉巻では我慢できそうにない。

 

「報告書を読むと、俺の休暇をほとんど使って問題に当たっているんだな」

「事件は一気に起こったわけじゃない、ボス。どんどんと展開していったんだ」

「つまりそれだけ”計画性が高い”ということじゃないか。好きにさせすぎたな」

 

 スネークはあえてそこに”スパイ”という言葉を混ぜなかった。

 

「イーライの怪我は治ったんだな?」

「医者はそう判断した。若いこともあって、ピンピンしている」

「よし。子供達の様子は?」

「あー、よくはない。と、いうより悪くなっている。大人達を敵視するような態度を見せていて――」

「もういい。聞くまでもない」

 

 プカプカと激しく煙を吐きだすと、スネークは不快な報告書から目を上げた。

 

「俺が預かるぞ、この話。

 カズ、お前は諜報班とスクワッドに集中しろ。急ぎではない仕事は全部断れ、やりかけの奴はなんとかしろ」

「わかった、そうする」

「オセロット。この件はここから先はお前が指揮を執るんだ。子供達の面倒と、イーライをすぐに尋問しろ」

「ボス!?」

「必要な事をやれ。イーライはなにかを隠している」

「わかった、まかせてくれ」

「待ってくれ、ボス!イーライはまだ子供だ!それをオセロットになど……」

「お前がやるべきことは伝えた。オセロットはするべきことをするだけだ」

「だが、ボスッ!?」

「カズ!わからないのか?

 少年兵が、まだ心の武装を解いてないとするなら。頻発する事件が計画性のあるものだとするなら、子供だどうだと言っていられなくなる。

 最悪の事態となれば、俺達はあの少年兵達とまた戦場でむかいあうことになる。そうなっても、お前はまた俺達にあんな武器とは呼べないものを持たせて戦場にむかわせるというのか!?」

 

 兵たちに麻酔銃を持たせ、戦場では”誰も死なない”不条理な戦闘をしろと要求する。

 それはビッグボスの意思ではない。それはカズヒラ・ミラーの願い、要求だった。

 

「!?」

「オセロットが結果を出すまでは黙って見ていろ」

「……それならボス。この機会に俺からも1つ、いいか?」

「なんだ?」

「ボス、『恐るべき子供達計画』だ」

「……それがなんだ?」

 

 表面上、ヒューイの時と変わらず。ビッグボスの態度に変化は見られない。

 その様子を確認して、カズは少し声を落して続けることにした。

 

「イーライだ。あの子は他とは違う、違いすぎている。

 戦場での動きも、知識も、普通の少年兵とはとても思えない、あきらかに誰かプロの兵士の訓練が施された子供だ。

 そしてあいつはあんたを憎んでいる。

 ここにいる連中はみんなが知っていることだが、それも尋常な憎み方じゃない。捕えられ、指揮官の地位から引きずりおろされたというだけではあれほどの感情は見せない」

「それで?」

「つい先日、俺は外部の機関の力を借りてあんたとイーライの遺伝子情報を確認してもらう手続きをした。結果はまだ出ていないが、結果報告が来ればあんたにも言うつもりだった」

「奴が……イーライは俺の、”ビッグボスの息子”だというのか?俺は親にはなれない、カズ」

「確かめたいだけだ。そもそも計画はゼロのものだという話があったし、あんたの言うとおりだとするなら。あの少年はここに送り込まれたスパイかもしれない。そうなれば、俺も……」

 

 カズの言葉が詰まる。

 

 今更だが、はっきりとこれまで2人に指摘されたことを受け止め、冷静さを取り戻すと。自分が感情的になってオセロットにイーライを渡さなかったことの重大さに気がついてしまったのだ。

 

 だが、後悔しても仕方がない。時間は非情にも、進むことをやめない。

 

「いいだろう。検査の結果が出たら教えてくれ」

「わかった、ボス」

「だが、それとは別のことだ。オセロット、イーライには必ず吐かせろ」

「大丈夫だ。カズヒラも、俺を信じろ。無茶はしない」

 

 だが、後に思うとこの時オセロットは無茶をするべきだったのかもしれない。

 そうすれば、そうすればあんなことには――。

 

 2人が出ていくと、スネークは引き続き報告書に目を通す。

 その脳裏からは、あのツェルノヤリスクで出会った若者のことなど、綺麗に忘れ去ってしまっていた。




また明日


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髑髏のスーツ

 ヒューイは背中を丸めていかにも怪しそうに廊下に顔を出した。

 兵士達をまねたつもりになって、左右を確認してからガシャガシャと音を立てる彼の足で、廊下に出るとプラットフォームの外へ出ていこうとした。

 

 今の彼にとってこれは違法行為にあたるのだが、わずかな時間ならこうやってなんとかできないことはない。

 

 しかしここにはヒューイに悪意を持っている奴が大勢いるのも事実だ。うっかりプラットフォーム上で1人でいるのを見られたら、海の放り込まれてしまうかもしれない。

 そんな恐怖を感じているが、”使命”を思うとこんな彼でも勇気のようなものがわき出るのだ。

 

「い、いないのかい?……まだはやかったかな。でも、もう時間は――」

「こっちだ」

 

 プラットフォームに恐る恐る出てきたヒューイの後ろから声を掛けられ、反射で悲鳴を上げられぬほど恐怖に震え上がって飛び上がる。

 黒い肌の4人の少年達がいつのまにかヒューイの背後に、そこにいた。

 

「お、驚かせないでくれ。びっくり……」

「どれだ?」

 

 会話をしようとする気はない、ということらしい。

 獣のようにギラギラと輝くその目には大人と言う存在への絶対の不信感が見て取れた。

 ヒューイは慌てて抱えていた銅製の箱を差し出す。

 

「これ――重いからね。でも、大切な部分が入っている。コアユニットだ、壊さないでくれよ。それは……」

「説明は?いつも通り?」

「え、ああ。ああ、そうだよ。英語だけど、ちゃんと使い方を図解で用意した。箱の中に入っているから」

「英語は俺が読めるからいい」

「いや。いや、駄目だ。それだけじゃ、足りないんだよ。でも――大丈夫。物資のリストを手に入れたんだ。ここの兵隊さん達とは仲良くなってね。必要な物とか、足りないものはそこから選べって言われてるんだ。それを――」

「盗んでくるんだな?」

「そうなるね。でも、その甲斐はあるよ。君達だって見たいんだろ?あの……」

「どう使うのか知らない。役に立つのか?」

 

 ヒューイは白衣のポケットに手を突っ込むと。折りたたまれた正四方形の厚い紙をさしだす。ここにそれの使い方がある、と説明するべきだったが。その必要はないというように少年はヒューイの手から取り上げるとさっさと立ち去ろうとしている。

 

「待ってくれ、待ってくれよ。今、アレは今はどうなってるのか話してくれ」

「……別に。お前の指示には従ってる」

「僕はそれを見ていないんだよ。だから不安なんだ」

「ならちゃんとやれ。いつ、あれは動くようになる?時間切れが近い、俺達も暇じゃないんだ」

「――あと、1回。いや2回だ。それで完成するはずだ、多分」

「なら、それを楽しみにしていろ」

 

 子供らしからぬ物騒な笑みを浮かべると、彼等はすぐにのたくるプラットフォームにへばりついているパイプに飛び移り。そこからパイプ管の中へと移動して消えてしまった。

 

 

 あれはカズヒラ・ミラーの悪意ある処刑予告宣言(少なくともヒューイはそう受け取った)がなされる少し前のことだった。

 

 ヒューイの研究室に、生意気そうな白い肌の少年が1人ではいってきたのが始まりだった。彼はまず、挨拶もなくいきなりサヘラントロプスはまた動くのかと聞いてきた。

 ヒューイが出来ると答えると、次に何が必要なのかを聞かれた。

 

 それ以来、彼らとの……”共同作戦”は続いている。とはいえ、相手は所詮は子供だ。『しっかりと固定せよ』と指示しても、子供だから適当に道具を使わずに指でネジを回してそれでいい、なんてことをやりかねない。

 それが不安だから、僕はわざわざミラーにサヘラントロプスの修理を願い出たというのに……。

 

 噂ではビッグボスは旅行から戻ってきたらしい。

 

 ヒューイはわざわざもう一度、本人に直訴するつもりで会いたいのだとメッセージを送っているが。相手からの反応は全くない。きっとミラーの奴が意地悪をして、邪魔をしているのだろう。

 そそくさと部屋に戻るが、今日も帰りを見咎める兵の姿はない。自分への監視の目がゆるくなっていることがわかる例だが、自分も子供達をならって抜けだそうとは思わない。

 そんなこと、このみじめな足では出来るはずもない。

 

 今はただ、ボスに会いたい。

 ビッグボスに会って、自分がちゃんと全部を説明すればわかってくれるはずなのだ。あのサヘラントロプスには、この”ダイアモンド・ドッグズの役に立つ”力があるのだということを。

 あいつをきっと”正しい姿”にしてやれば、簡単にわかることだというのに。

 

 

==========

 

 

 ビッグボスが一連の少年兵の騒ぎを自分が預かると宣言してから数日後。

 

 

 事態は一向に良くはならなかったが、それでも悲観することはない。徐々にではあるが問題は解決され始め、騒動は終息の方向へと舵を切っていることがしめされてはいる。

 

 まず、態度の悪い少年達とそうでもない少年達を隔離した。

 敵意をむき出しにする少年達には、オセロットの命令で普段着の兵士達を向かわせ。寄り添わせながら静かに彼らの話の聞き役に回らせた。

 この効果は絶大だった。

 

 まるで声帯虫に襲われた時のように。

 病の隔離で彼等の共同体は、完全な敵性集団と成長することを食い止めることが出来た。態度が悪かった少年は、様子を見て大丈夫だろうとわかればまたもとの集団へと戻していくつもりだ。

 イーライの方も、徐々に何かを語り始めようとはしているらしい。

 

 

 

 そんな中、開発班からの呼び出しを受けてビッグボスとカズは顔を出すことになる。

 知らせてきたのはコードト―カーによるスカルスーツが完成したという報告であった。

 

「来たぞ、コードト―カー。部下の噂になっていたが、凄い出来だと聞いている」

「ん、蛇よ。カズヒラ、よく来てくれた。その通り、約束したものが完成した」

 

 今日のスネークもコードトーカーも機嫌はよさそうである。

 しかしそのせいでもないだろうが、カズは若干不安げな表情をしていた。

 

「こんなことは言いたくないが。なぁ、爺さん。スーツの開発期間があまりにも早かったような?」

「それはそうだ。そもそも、今回お前達に提供を申し出たスカルスーツの原型は。あの髑髏部隊で一応の完成を見た技術が用いられている。つまりスーツとは、元は私が目指したものの正しい姿であった、というだけのこと」

「つまりあのスカルフェイスの髑髏部隊とは違うと言いたいのか?」

「そうだ。あれほどの怪物性を備えさせるには、もはやただの人の体では不可能。虫の力を表面にひり出すために両方にかける負担は想像を絶する。そんなものをお前達は望んではいないのだろう?」

「ああ、ダイアモンド・ドッグズに髑髏部隊はいらない。あんたの言うとおりだ、コードト―カー」

「カズヒラ、その言葉はなによりも嬉しい。そして、これをつくるチャンスを与えてくれたことを、お前達に感謝したい」

「……」

 

 老人の体がひとまわりもふたまわりも小さくなった気がした。

 

「スカルフェイスに逆らえなかった。とはいえ、スカルズの完成を喜ぶ奴の後ろで少なからず満足感を味わう。そんな自分の科学者としてやってはならぬ禁忌の領域を犯した暗い喜びもあるにはあった。

 だがな、そういうものはどうしても自分を闇に落とす。

 このスカルスーツは、もともと私がスカルフェイスに渡すために設計したものだが。スカルズとは目指す方向がまるで違う。お前達が役に立ててくれるというなら、それを譲りたいと思った」

 

 なにやら誉められたようでこそばゆくなったが、スネークはあえて口にする。

 

「――だがな、コードト―カー。俺達は所詮、傭兵だぞ?スカルフェイスのようにいつ変心するかわからない。それでもいいのか?」

「そこは、ほれ。こっちも伊達に歳はとっていないからな。スカルフェイスではないが、このスーツには安全装置というべきものをつけさせてもらった」

「ほう」

「いや、感心しては駄目だぞボス。コードトーカー、それでは困る」

「まぁ、二人とも。とにかくまずは見てほしい」

 

 コードト―カーの合図で、折りたたまれたスーツの入った箱を掲げた兵士が進み出る。

 

「彼は、この計画で共にスーツの作成に最初から最後までかかわってくれた。名前――ああ、コードネームじゃったなお前等は。コブラくんじゃ」

「これほどの短期間で、信じられない完成度です。それをおふたりに紹介でき、自分は光栄です」

「おいおい、コブラくん。敬礼なんぞしてスーツを落とさないでくれよ――で、どうだ?感想は?」

 

 スネークもカズも、箱の中の折りたたまれたスーツを一瞥して同じく微妙そうな顔を浮かべていたが。コメントは違った。

 

「フルフェイスのマスク……息苦しそうだな」

「ホワイト系の上に、デザインが――凶悪だな」

 

 開発者の2人はそれを聞いて大いに笑う。

 青空の下にそれは、心地よい海風を運んでいた。

 

 

「デザインは我慢するとしても、色は――」

「ふむ、カモフラージュが低そう。そういうことか?」

「ああ」

「心配はいらん。実はこの体を覆う繊維質に複数の虫を編み込んでいる。そのひとつが、自分を捕食する生物から逃れようとフェロモンを発するのだ。これによって緊張状態の戦場で、誰かがこのスーツを着たものがそばにいても。本人は無意識のうちにそれのある方向を見ようとはしなくなるのだ」

「なんだと?そんな便利なものがあるのか」

「便利、ではないぞ。実際、当初これを聞いたスカルフェイスはこの虫をもっと増幅させろと強要した。その結果、装着者はスーツに触れることすらできなくなった。フェロモンによって誘発された生物的な嫌悪感とは、コントロールできないものなのだ」

「なるほど……」

「このスーツの最大の特徴、それはこれから実際にお見せする」

 

 コブラがこっちへ、と呼ぶとコンテナの影からスカルスーツを着た1人の男の姿があらわれた。こうして動いているところをみると、たしかにあの戦場で不気味に飛び回っていたスカルズによく似てはいることがわかる。

 髑髏に似たマスク、色と質感のせいもあって、違和感を感じずにはいられないデザイン。

 彼を見るカズの顔が少しゆがむのは、髑髏部隊に蹂躙された苦い記憶を刺激されるからだろう。

 

「わしの面倒を見てもらってる医療班のバフくんに着てもらった。最終テストに続いて、協力してくれたことに感謝したい」

「ちょっと、確かにあまり見たくないな」

「それはお前の記憶と経験からくる生物的な恐怖だ、カズヒラよ。虫の力ではない――」

「そ、そうか」

「このスーツの本当の力、それはボスが触れたマスクの部分にある。ここに3種類のカートリッジに入った虫達を装着することで、スカルズと同じ力を発現させることが可能だ」

「ほう」

「まず一応は全部説明させてほしい。

 第一のカートリッジ。これには霧を発生させる虫が入っている。例の髑髏部隊が出現する時に起こる現象、あれがそうだ。ただ、彼等の場合は水分の補給が必要と言うことで使っていたが、お前達には違う意味をもつだろう」

「なるほど。あれほど濃い霧を突発的に発生できるなら確かに役に立つな」

「第2のカートリッジ。これは服の表面を硬化させるものだ。理屈としては、カートリッジの中の虫が服に編み込んだ虫を食らって死滅する中で。自身の細胞を膨張させつつ変化させて表面にあらわれる。

 服の虫はわずかな間は減りはするものの、カートリッジの虫と違い、全滅はしない。またわずかな時間ですぐに増殖するので問題はない。そしてこの虫はいがいにしぶといので、よほどこいつを何度も使ったりしなければ、服の虫に問題はないはずだ」

 

 言ってるそばから、体の表面が音を立てて黒いでこぼこした岩状に硬化していき。そこから装着者が動くとポロポロと浮き出た漆黒の皮膚が削れて零れ落ちていくのがわかる。

 

「どれほどの硬度があるんだ?」

「スカルズと同程度、であるはずよ。さすがに人にバズーカをむける実験はしていない。お前たちはやつらとは違う使い方をするつもりではないかと思ったからな。必要だったか、蛇よ?」

「確かに俺達の任務なら、見つかったら逃げるのが先だ。スカルズとは使い方が違う」

「最後のカートリッジ、これがとっておきだ。クワイエットのような、透明化ができるようになる。だが、このスーツの場合はそれだけではない。わかるか?」

 

 いきなりの問題提出だったが、カズが答えた。

 

「透明化――全身を覆っていること、かな」

「その通りだ。つまり、これは戦闘中にスーツが破損した時に使うことで、破損部分を修復する力を持っているのだ。どうだ、便利だろう?」

 

 コードト―カーはそういうと満足げにウヒャウヒャと笑い声を上げる。

 

「素晴らしいスーツだ。感謝するよ、コードト―カー」

「むむ」

「さっそくだが――いま、何着あるんだ?」

「この2着です、ビッグボス!」

「ならコブラ。ダイアモンド・ドッグズに配備するために――11着だけ用意してくれ」

「ボス?それだけでいいのか」

「いいんだ、カズ。それで十分だ。そうだろう、コードト―カー」

「……」

「見せてもらってわかった、あんたの気持ちが。このスーツ、装着するには条件があるんだな」

 

 スネークの問いを受け、コードトーカーはほのかに笑みを浮かべる。

 老人の意思を本人が説明する前に、汲み取ってくれたことが嬉しかったのだ。

 

「そうだ、ビッグボス」

「なに!?」

 

 反対にわからないカズは驚く。

 

「ボスの言うとおりだ。このスーツを着るには条件がある――声帯虫の治療でボルバキアを受けた兵だけが着れるのだ。スカルフェイスの生み出した声帯虫は人の命を奪う種となってしまったが、その本当の力はまだ今も残っている。彼等の力で、このスーツに埋め込まれた虫達とつながることができるようになるのだ」

「だから量産はできない。声帯虫治療をした連中は、時とともに減っていくはずだからな」

「そうでないこともできる。お前達が、新たに加わる仲間達に黙って声帯虫をとりつかせればいい」

「バカな!そんなことを容認するわけにはいかない」

 

 カズは驚いて大声を上げると、スネークとコードト―カーは笑顔を見せた。

 

「だからいいのさ」

「そう、だからこれはお前達が使える間。正しく使ってくれればいい」

「つまりは時限式、なんだな」

「こいつは俺と、俺の部隊で使わせる。一般の兵達には触れさせない。いいな、カズ?」

「わかった、ボスの考えは正しいと思う」

「コードト―カー、それでどうする?ここを発つ準備はしていないらしいが、居たければ好きなだけいてくれて構わない。だがあんただっていつまでも兵隊に囲まれて暮らしたくはないだろう?」

「うむ、それだがな。カズヒラがXOFから虫達のデータを残らず回収して来てくれた。データを整理しながら、再び虫達のデータを封印するまではここで作業をさせてもらえると助かる」

「わかった――」

 

 せっかくなのでスネークも残る一着を着てみることにした。

 スカルスーツのヘルメットは独特の感触がある。強化プラスチックではないが、ラバーとも違う。

 

 スネークの視野にコードト―カーが、コブラが、カズが。そしてもう1人――。

 

――よくお似合いだ、ビッグボス

 

 そう声をかけてくるスカルフェイスの亡霊がいた。

 

 スカルスーツを着ているせいでスネークは声が出せない。

 彼はただ、仲間達の向こう側からこちらを見て不気味に低く笑い続けるスカルフェイスの姿を黙って見つめ続けていた。



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帰郷

少年は、大人が嫌いだった。

少年は、大人たちを憎んでいた。

 

だが、そんな大人たちの中でも。彼だけは違った。

海の上の巨大な城、そこで精強な軍隊を従えるヒーロー。

少年は彼にだけは好意を持っていた。

 

彼は少年の願いを聞いてシャバニを助けに行ってくれた。

シャバニは助からなかったけれど、そのために彼が危険な戦場から還って来たことはわかっていた。

強い人だとわかった。

優しい人だとわかった。

もし、大人になってしまうなら。こんな人になりたいとちょっぴり思った。

 

だが、少年には彼は必要ではなかった。

少年には王が……ホワイト・マンバがいるから。

彼は本当に凄い奴だ。

 

 

 

「お前は何でここ(戦場)に来た?」

 

暗い部屋の中、イーライと2人っきりになると彼は少年にそう聞いてきた。

問われたから答えた。

少年兵となる前の悲しい話を。

不条理に満ちた、苦しさを覚える自分の過去を。

 

 

少年は普通の家に生まれた。

父は床屋を営んでおり、母とは別の店で知り合って結婚した。

「お前の髪は爺さんに似て愛想がない」

そう言って少年の髪が強情なことを、両親は不満にしていたが。彼らにいじくられる必要がない自分の髪を少年は気に入っていた。

 

ある日、父によく似た男が。妻と娘たちを連れてあらわれた。

彼は父の弟、叔父だった。

 

自分たちの本国へと戻っていく白人達と共に彼は外国へと若いときに旅立っていったと聞いていた。

だが思うようには生活できず、父が仕方なく彼を呼び戻すために力を貸したのだ。

少年がベットに横になると、両親は叔父のことを「しょうがない奴だ」といってため息をつき。「家族なのだから」と優しく迎えてやろうと語り合っていた。

 

叔父一家が家に入ると、少年の家は少し手狭になった。

それでも少年は両親を見習い。従姉妹達とは仲良くしていた。

叔父は手伝いと称して、父の真似事をはじめて店に立つようになった。

 

 

そんな時だった、父が死んだ。

交通事故だといわれた。

そして、そして――。

 

ホワイト・マンバは笑い出した。

少年の過去に面白い話しはしていない。だが、彼は笑い続けた。

 

「お前の親は間抜けだ。そいつらに奪われたんだ」

 

何を言っているのか、少年はわからなかった。

 

「もうわかるさ。『ある日、叔父が自分を連れ出した。気がついたら、兵士に囲まれていた』そうだろう?」

 

その通りだった。

叔父に誘われて車に乗り。ジュースを渡され、それを飲むと急に眠たくなった。

気がつくと、叔父も父の車も消えていた。そのかわりに冷酷な目でこちらに向ける兵士たちが立って、彼らは自分達のズボンのベルトを緩めていた。

 

「お前は大人に”売られた”のさ。ところで、お前と親父のいなくなったおふくろはどうなったと思う?」

 

 残酷な笑みを浮かべたままのホワイト・マンバは少年にそう問いかけてきた。

 少年の脳裏にフラッシュバックが走り。大きく白人たちの文字がその中に浮かび上がるが、その意味を理解することを拒否した。

 

「話は変わるが。俺たちの仲間、サミリの話をしよう」

 

 なんでいきなりそうなるんだ、ホワイト・マンバ?

 それもよりにもよってサミリ!?

 

「あいつは戦場では腰抜けだ。撃たれたくなくて、撃ちたくなくて必死に隠れようとする。だが、あいつは仲間だ。そして優秀な奴でもある」

 

 そうだ、サミリはそういう奴だ。

 だが、だが、サミリが大人たちに認められている本当の理由は――。

 

「そのせいか、サミリは”鼻がきく”。戦場で逃げ遅れ、じっと息を殺して隠れている連中のにおいを嗅ぎ付ける。あいつが興奮気味に戦場を歩き出すと、あいつのまわりにも人が集まっていく。お前も知っているだろう?」

「……うん」

「サミリは隠れている奴らを絶対に見つけ出す。大人の男ならすぐに撃ち殺す。俺たちのようなガキは尻を蹴飛ばして大人たちのところへ連れて行く。だが、あいつが優秀なのはここからだ」

 

少年は耳をふさぎたくなった。

目を閉じて、何も考えないようにしたかった。

だが、ホワイト・マンバの言葉は力強く、少年の気力をねじ伏せる言葉で縛り付けてくる。

 

「あいつの獲物は娘と娘の母親達さ。年齢は関係ない。

 見つけたらもう容赦しない。そこに何人いようと関係ない。すぐさま飛び掛っていって、ご丁寧に”全員の尻に腰を振る”のがサミリだ。サミリがヤっている間。順番を待つ女達が目当てで、ついている連中も一緒になって腰を振る。

 でもサミリには関係ない。

 あいつは見つけた全部の女の腰に乗っかる。そして”サミリの汁”を流して泣いている女達を連れて大人たちの前につれていく。大人たちだって本当はサミリと同じことをしたいが。傑作なことにサミリが女ならお構いなしにヤってから連れてくるものだから”その気”を失っちまう」

 

 その通りだった。

 サミリは母も娘も、姉妹も関係なくすべてを犯し。陵辱しつくすとすぐにその”成果”を大人達に見せに行く。

 大人たちは不快なものを見たと思い、サミリに命じる。「そいつらを処分しろ」と。

 

「だが暗がりに連れて行くと、サミリは女達を解放するんだ。あいつはそうやって”弱い女達は自分が守ってやった”と信じている。

 女達はそんなこと考えてないし、サミリにくっついていって同じことをする仲間も思ってないが。”あいつだけ”はそう信じている。笑えるだろう?」

「――だから、なに?」

「ああ、そうだった。話が脱線したな……お前を産んだ女に、サミリのような大人はどうすると思う?」

 

 再び少年はフラッシュバックに襲われた。

 平和だった毎日、楽しかった毎日、あるべき”普通の少年”でいられた毎日。

 それがバラバラになり、白人の文字で「彼女は死んだ」(kill her)と一人残してきた母の運命を告げる。

 

 嘘だ!

 

 少年は初めてホワイト・マンバに口答えした。

 そしてそれをこそ彼は待っていた。

 

「なら、それを確かめてみる気はないか?俺がお前を、外に出してやる。お前は自分の家に帰るだけでいい。そこにお前の母親がいれば、お前は正しかったということになる。だが、違ったら?」

「……」

「これはお前へのプレゼント、チャンスだ。そのかわりに覚悟をしてもらうぞ」

 

 それは悪魔の囁きであり、逃れられない甘美な愛の残り香を漂わせている。

 少年は希望をまだ捨ててはいなかった。

 母はまだあの家にいて、突然消えた自分の帰りを……違う、そうじゃない。きっと毎日、心配して探し回っていてくれているはずだ、と。

 

 答えるのに、なんの躊躇もなかった。

 

 

===========

 

 

 ホワイト・マンバは約束を守った。

 少年は外にの世界へと解放された。

 だが、ホワイト・マンバとは約束がある。それは契約だ、その時がきたら約束を果たさなくてはならない。

 

 少年は嘘つきではないし、なにかから逃げるような男は腰抜けだと信じていた。

 

 

 あのまぶしい世界の中に家はかわらずそこにあった。

 あの日々と同じように、店内からは軽快な白人達の国で歌われている愛の歌がラジオから流れている。

 あのラジオは父が大好きなもので、あそこから世界の最新の音楽を流す中で客の髪を切るのが最高なのだと話していた。

 

 店の入り口に立つと、しかしそこは自分が知っている家ではないことがすぐにわかった。

 そこに母はいなかった。

 父と母に整えてもらおうと、いつもにぎわっていた近所のお客は誰もいなかった。

 そのかわりに従姉妹達の母親が、暇そうに椅子に腰をかけていた。父の横に立っていた、あの日の叔父の姿もそこにはなかった。

 

 少年は口を開いた。

 

 彼女は「叔母さん」と呼ばれ、少年を見て、驚きに両目を見開いた。「なんてこと!?」それが少年を確認した彼女の第一声だった。

 そして少年はそれだけで理解した。

 大人の言葉だけで、真実を知り尽くすことができた。ホワイト・マンバはやはり正しかった。

 

 

 叔母は叔父を呼んでくるといって外に飛び出していく。

 少年は懐かしい台所へ向かった。そこには従姉妹たちがいて、白いバニラのアイスクリームをおいしそうになめていた。

「冷蔵庫の中に、まだあるよ」

 小さいほうの従姉妹が部屋に突然入ってきた少年に驚くわけでもなく。自然にそういうと、大きいほうの従姉妹がその脇をつつく。

「だめじゃない、私達だけで食べようって言ったのに!」

 

 少年は無言だった。

 彼は冷蔵庫に向かうと見せかけ、従姉妹達の背後に回る。

 ズボンにはさんでいたリボルバーピストルを抜き、たった2発。

 従姉妹達はそれで物言わぬ死体に変わり、真っ白でおいしそうに溶けていたアイスはラム色に汚されて机の上に転がった。

 

 ダイアモンド・ドッグズでは武器の管理はきっちりとおこなわれていたが。

 開発班をはじめとしたスタッフが私物として持ち込む武器はそうでもなかった。

 少年がホワイト・マンバから渡されたリボルバーピストルは、散弾を発射するタイプのもので。彼らが使うものと違い、銃口には不恰好な消音器が取り付けられていた。

 

 おそらく、個人的な興味程度から改造を施したと思われるが。

 おかげで真昼間の普通の床屋の台所でぶっ放しても、それが銃声とは近所には思われなかったようだ。

 ラジオからは変わらず歌が流れ続け、少年は銃を手にしたまま冷凍庫を開くと。そこにあったアイスクリームをすべて取り出してから、自分の部屋があった2階へと移動した。

 

 薄い緑色の壁紙だった両親の部屋は、薄い青へと変えられてはいたが、後は全部そのままだった。

 だが、子供部屋は従姉妹達のためなのだろう。ピンク色へと変わり、自分のおもちゃはすべて消え。従姉妹達のための人形などがそこかしこに置かれていた。

 そして叔父達がこの家に来たときに寝泊りしていた部屋は、物置のようになっていて彼らのためにと父が用意したベットも消えていた。

 

 少年はそのすべてを見ながら、アイスを忙しくなめ続けていた。

 甘さは感じなかった、冷たさだけが心地よく、必死にそれを求めてしゃぶるようになめ続けていた。おかげで2本のアイスはすぐになくなってしまった。

 

 階下から、この時。絞められた鶏のような悲鳴が上がるのを聞いた。

 音を立てないように降りていくと、戻ってきた叔父と叔母が台所で変わり果てた姿となった娘達を見て。震えながら、静かに嗚咽しながら、なにがあったのだと触れることもできずに何度も口にしている。

 

 少年はそんな2人の背後に立ち、容赦なく叔母の顔を吹き飛ばした。

 従姉妹達のときと同じように、何の感情もなかったが。自然とそうできた。

 

「ただいま、叔父さん」

「―ーあっ、あっ」

「叔父さん、聞きたいことがあるんだ。母さんはどこ?」

 

 死んだ魚のような目をする、あのかわいい甥っ子の変わり果てた姿に叔父は戸惑っているようだった。

 

 だが、その甥の手には銃が握られ。

 彼がそれで自分の家族の命を冷酷に奪い去ったことは理解できた。彼には、自分への殺意があることも。

 

「お、お前の母さんは。出て行った――お前を捜しに」

「……それは嘘だ」

 

 銃爪はあっさりと引く事ができて、叔父の顔もまた消し飛んだ。

 そして彼の家族と同じように、岸辺に打ち上げられた絡み合う海草のような”ナニカ”が床に零れ落ち、続いて力を失った叔父の残骸が崩れ落ちていった。

 

「まだ2発、残ってる」

 

 そういってから少年は叔父の残骸に残りを撃ち込むと、血で汚れた机の上に銃を置く。

 続いて台所に立ち、真っ白なナプキンを取り出してくると。白いパンをそこにおき、チーズを乗せ、夕べの残り物らしいチキンを乗せ、さらにチーズを乗せ、それらに蓋をするようにまたまたパンをのせた。

 ナプキンでたたむと、少年の弁当は完成だ。

 続いて冷蔵庫の中に並ぶビンを一本。ビールかと思ったが、取り出すとどうも違うらしいことに気が付いた。

 

 そこにはビールのほかに、きれいな飲み水の入ったビンもあった。

 従姉妹のために、叔父夫婦はこうやって白人のように”きれいな水”を買っていたのだ。だが、それならそれで助かる。

 

 少年は”叔父夫婦の住む家”から出た。

 4人を殺す銃声が昼間にあったはずだが、周りの隣人達はその事実を理解していなかったらしい。誰も少年に気が付かなかった。

 少年は歩き出した。

 

 彼にはもう何も残っていない。

 ひとつ以外は。ホワイト・マンバとの約束だけは、残っている。

 

 

 

 少年は大人が嫌いだった。

 少年は大人たちを憎んでいた。

 

 だが、少年はただ一人だけ。あの巨大な海の城で精強な兵達を従える、物語に出てくる王のように優しい大人にだけは好意を持っていた。

 同じ大人の誰もが彼を褒め称え、共に戦う戦場に立つことを望んでいた。

 少年は戦士ではなかったから、彼らの気持ちはわからない。だが、そんな気持ちになるのはわかるような気がした。

 

 でもそれは少年にとっては重要なことではない。

 少年にとって重要なことは、この男はやっぱり大人で。そして自分は子供で、自分と同じような仲間達がいるということだ。

 彼らも少年と同じように、大人を憎んでいる。

 少年と同じように。

 

 彼のことは好きだったが、彼は大人だ。

 彼は憎むべき敵だ。

 彼は殺すべき敵だ。

 

 世界から大人を、綺麗に消し去らねばならない。

 ホワイト・マンバはその戦場に少年を連れて行くことになっている。

 

 

===========

 

 

 その夜半、スクワッドによって一斉に回収された少年兵達がマザーベースへと戻ってきた。

 彼らの証言から、居住施設の彼等の部屋から刑務所のような即席で作られた武器が発見され。イーライが中心となって大人達への反攻作戦が計画されたこともわかった。

 オセロットは早速、翌日の朝にイーライを取り調べ。

 彼の計画が露見して叩きつぶされたことを知らせることで、事態を収束させようと迫ろうとした。

 

 だが、もはや全てが手遅れだった。

 

 イーライの思惑は大人達のそれを大きく上回っていた。

 子供達は逃げたのではなく。思い残すことのないように、やりたいことをやってこいという意味でマザーベースから送り出されていたのだ。

 

 その全員がマザーベースへと連れ戻された。

 イーライの高笑いの中、なぜか修理が施され。起動するサヘラントロプスと強奪されたヘリに乗った少年兵達は、マザーベースから去っていってしまった。

 

 オセロットは一歩及ばなかった。

 スネークが恐れていたことが現実のものとなった。

 イーライはついに、自分が用意する戦場にダイアモンド・ドッグズを呼び込むことに成功した瞬間だった。ビッグボスとの合流以来、勝ち続けていた彼等だが、この時ついに敗者の側へと立つ羽目になってしまった。

 口の中に感じる苦みは、敗北の味以上にまずいものだった。

 

 

 

 

 だが、いつまでもダイアモンド・ドッグズは少年兵に時間をかけているわけにもいかない。

 彼らは所詮、副司令官の趣味の延長で助けようとしただけの存在であり。サイファー打倒を掲げる彼らの本音は、やはり「あの連中が、自分達から消えてくれてせいせいした」というものであった。もちろん、それを公言したりはしなかったが……。

 

 

「ボス、少年兵達のことは諜報班にまかせてくれ。ダイアモンド・ドッグズに新しい任務がある」

「……ああ」

「スネーク?」

「わかってるさ、カズ。俺にだってわかってる。これは気に病んでも仕方がない事だ」

「ああ、そうだ」

「仕事――じゃない、任務は?なにがある?」

 

 

 アンゴラではダイアモンド・ドッグズによって引き起こされたCFAの内部での争いはようやく落ち着きを取り戻そうというところまで来ていた。

 組織のトップの一角をごっそりともっていかれた穴は、新しい人員を取り込むことでようやく補充がされた形になったのだ。それを内外にはっきりと示そうと、新たに加えた大隊長と彼が率いる機甲車両部隊を動員した大々的な演習がおこなわれるという情報が入った。

 

 この話を聞いたカズヒラ・ミラーはさっそくそれら車両部隊を壊滅させることを決定する。

 彼らの元の組織に接触し、確実な報復を約束したのだ。

 

『スクワッドへ。あと1分で、降下地点に到着』

 

 今日のスクワッドは例の新しいスカルスーツを全員が着用していた。

 ヘリが空中で乱暴に停止すると、彼等は降りるのを待たずに次々に地上へと飛び降りていく。

 夜明けのサバンナを睥睨する――ビッグボスの相棒達と6人の髑髏部隊がそこにあった。




次回更新は明後日となります、よろしくお願いします。
それではまた。


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狂人達の夢

 CFAを再び叩き潰し、その十分な性能を示すことができたスカルスーツであったが。

 実際に運用してみるとこれがかなり問題の多いものであることもわかった。

 

 その問題を解決するために、スネークは任務から戻ると即日。開発班のもとへと訪れた。

 

「スカルスーツ、ですかい」

「ああ」

「まず、なにから始めますかね?」

「そうだな……」

 

 机の上に広げられたスーツの一着を前に、伝説のガンスミスと伝説の傭兵が共に首をひねる。

 

「一番の問題は、話すことができなくなることだな。意思の疎通というだけならハンドサインがあるが。声を奪われると、やはり難しくなる」

「そうは言いますけどね。声帯虫の取り付いた喉を震わせるのが、例の装置のキモ、らしいじゃないですか。そこに手を加えるのは」

「むむう」

 

 前回の戦い、戦場から距離をとり。突入していった髑髏部隊となったスクワッドたちの動きをスネークは俯瞰するよう心がけながら戦況を見守っていた。

 確かにスカルスーツの性能は素晴らしいことはわかる。

 その力を十二分に部隊は力を引き出したからこその勝利であり。おかげでマザーベースでは「スカルスーツを着れば、戦車を正面からコミックヒーローのごとく受け止めることができるし。鋼の装甲は紙のように引き裂くことができた」なんて噂が真顔で広まるのも分かる。

 

 だが一方では、戦闘開始から時間がたつにつれ。部隊の動きが雑になっていくことがはっきりとわかった。

 

 皮肉な現象であった。

 それこそがかつてスネークが、スクワッドが髑髏部隊を攻略するためにとった個別に対処するというそれであり。

 連携は次第に崩れ、個人個人がそこかしこで”ただ暴れる”だけの状況になっている。

 それでも装甲車両を中心としたCFAに完全な勝利をして見せたのだから凄いことではあるのだが、満足は到底できないし受け入れるわけにもいかない。ダイアモンド・ドッグズは戦場では整然と動くことができる兵士達の集う場所なのだ。スーツを着て、暴れて勝つことが重要ではない。

 

 それに気づかれれば、スカルズのようにこちらも対処され。なにもできないまま制圧される日も来るだろう。

 

「無理か?」

「……いや、実はそうでもないです。実用性を無視することになりますが、いくつか考えはあります」

「ほう?」

「例の、工場で放置されていた患者達がいましたでしょう?」

「……ああ」

「すいません。いやなことを思い出させましたかね?」

「いや、いい。続けてくれ」

「アレからのアイデアなんですが。まず、兵士の喉にメスを入れてそこにマイクを入れます」

 

 いきなり強烈なのが始まった。

 

「同じように頭部、耳の周りになりますか。そこに小型のチューナーを入れます。これの問題は小型の動力に安定を求められないってことでして。衝撃や、大きさ、持久力などの性能が問題になる」

「つまり――どういうことだ?」

「机上の空論、ってやつです。マイク、チューナーは小型にしても用意できる。でも運用が可能なほどの小型化された通信機とまでには至らない。これから先の未来には、ちょちょいと小さな装置で体内に埋め込めば通信可能。そんなこともあるかもしれませんがね」

「体内に?自分の体の中に、皮膚の下に通信機を入れるのか?」

 

 話だけ聞くと、正気とはとても思えない。

 

「――気味の悪い話でしょう、ビッグボス?俺もね、じつは部下がそんなことをブツブツと口にした時は薄ら寒くってねぇ」

「伝説のガンスミスも、付き合いきれなかったか」

 

 若いとはいえない2人が、顔を見合わせて笑いあった。いや、これは笑い事ではないのだが。

 

 戦場で次々と実現される新技術。

 それはWWⅡ以降、もはや10年ごとにまるで別物へと進化していっているように感じられ。その進歩の中にいる自分達、新しいものに目を白黒させる自分の姿に気がつき、年を重ねてゆっくりと老人になっていくことを嫌でも感じてしまう。

 だが、そうしたものと付き合っていかなければ今の戦場では生き残れない。未来でもきっとそうなるだろう。

 

「未来の通信装置ができるまで、無理か?」

「いえ、代案を用意しました。ベストではありませんが」

「助かる」

 

 伝説のガンスミスは部屋の奥へ行き、戻ってくるときはその手にU字の馬具に見えるものを持ってくる。

 そいつの表面はスカルスーツと同じミルク色をしていた。

 

「それか?」

「ええ、スカルスーツを着用前に。首に上からこれを装着してもらいます。首周りに少しヴォリュームはできますが、フォルムにほとんど変化はありません。首枕ってやつだと思ってください。ただし、中には通信装置が入っている」

「なるほど」

「戦場での運用を考えると、今はこのくらいの大きさが必要でしてね。そしてシンプルなのがわかりやすい」

「これで――会話が可能なのか?」

「話す時。意識を口ではなく、胸のほう。自分の心臓にむけて話す感じで、慣れがいります。胸周りの音の響きを首周りに配置しているセンサーで感知するためです」

「そうか」

「そして発生した音の響きを、人の言葉に翻訳します。なので通信機というよりも、翻訳装置といったほうが正しいかもしれません」

「枕としての性能は期待できない、というわけだ」

「ええ」

 

 スクワッドには早速試させてみないといけない。

 

 そんなスネークの考えを察したのか、伝説のガンスミスはこの試作品は人数分は用意しています、と教えてくれた。うなずきながら、自分もこいつになれないといけないのだな、と思った。

 正直に言うと、フルフェイスマスクの着用が義務付けられているこのスカルスーツをスネークは好いてはいない。自分の体のすべて、それを”一部のすきもなく覆いつくくして偽装”する、これに思った以上に息苦しさを覚えるからだ。

 

 まるで、まるで――。

 

「それで、なんですけどね。ボス」

「ん?」

「ちょっと別に、こっちのことで見てほしいものがあるんですが」

「ああ、かまわない」

「いつものじゃないです。初めてのやつ。まぁ、あとは実際に見てやってください」

 

 伝説のガンスミスは「こちらです」というと、スネークをその場から連れ出そうとした。

 

「どこへいく?」

「私の、自分だけの作業場って奴です。あの、ヒューイとかいう学者ですか?あんなのが使っている部屋を私もほしくてね、副司令官と交渉して手に入れました」

「カズを説得したのか!?それは凄いな」

「嫌、簡単でしたよ。あのサングラスに言ってやったんです。『部屋をひとつ用意するか、もしくは俺が逃げ出さないようにつけている見張りをエロイ体の若い娼婦、もしくは”俺専用の女兵士”に変更してくれ』って」

 

 あまりのずうずうしい要求にスネークも呆れ顔だ。

 

「それを言ったのか?カズに?」

「ええ」

「それで、なんて答えた。アイツ」

「ああ、そうですね――『ダイアモンド・ドッグズに風俗産業を入れるつもりはないし。酒場で満足に女も口説けない男のために斡旋してやるつもりもない。だが、部屋くらいならひとつ。あまっていないわけではない』んだそうで」

「ふふふ、うまく断られたな」

「まったくです。いくら男女揃っているからといっても、兵士ばかりじゃね。時には『巷にあふれる女』をこの海上で味わいたいと思うものなのに。副司令官にはそれがわからないらしい」

「ああ、MSFの時も。アイツは女には不自由はしていなかったからなぁ」

 

 スネークの意外な答えに伝説のガンスミスは眉を吊り上げて驚きを見せるが。スネークは記憶の中のカズヒラ・ミラーを思い出しているようで、そのことに気がついていない。

 昔はどうかは知らないが、バーに行けば男漁りをしている女性兵士たちと話すことは簡単だ。

 その彼女たちの評価の中で、ビッグボスは別格としても。その片腕であるオセロットと副司令官の評判はことのほか悪い。

 

 幻肢痛などというものを訴え、仲間すら疑えと要求する上司。かたや、ビッグボスにも引けを取らぬ実力を持っていながらも、それを隠すように自分を主張しない何を考えているのかわからない男。これで人気があるわけがない。

 

「ボス、こいつを見てほしかったんですよ」

 

 暗い部屋の中に明かりがともされると、作業台に横になって眠るそれがスネークの目に入る。

 

「これは銃、だよな?」

「ええ、これまでにないデザインで。そうとは見えないかもしれませんが」

 

 形状を見ると短機関銃。サブマシンガンに分類できると思うその銃は、これまでになくコンパクトな形状に目を奪われる。

 このジャンルはドイツのMP18や、米国のトンプソンなどが独特の味わいが形状として有名だが。この銃もそのどれにも似ていないのに、趣というか、品のようなものがあるのを感じる。

 

「近年、欧州の武器メーカーが面白い銃のデザインを発表しようとしていると噂がありましてね。あまり使ってはくれていませんが、うち(ダイアモンド・ドッグズ)にもありますでしょう。ブルパップ方式を採用したライフルのことです」

「ああ、あるな。スクワッドでは、最近のフラミンゴと新人が使っている」

「似たようなものです。ツテを通して耳にした話をもとに、私もソイツに挑戦しようと思いましてね」

「ほう……触ってもいいか?」

「もちろん、どうぞ。感想を聞かせてください」

 

 軽い、思った以上に重さを感じない。

 サブマシンガンのように取り扱いは楽で、鉄などの部品のせいで感じる重さはなく、しかし強度は十分にありそうだった。

 

「そいつのオリジナルというのは、銃口をトリガーの下に据えているというのですが。どうにもバランスが悪くてね。ブルパップの経験を生かして、銃身の真下にトリガーを持ってきました。おかげで綺麗な長方形に収まっています」

「悪くない。構えれば、しっかりと肩の付け根に固定できる。体勢に無理は生まれない。まぁ、癖はありそうだが。

 このボディは強化プラスチックを?」

「ええ、部品のほぼすべてをそれで構成しています。弾倉はどうです?」

「面白い形状だ。これもプラスチックなのか?透明で、中の様子を直接視認できるわけだな」

「一本のマグひとつで50発」

「50!?……だが、ピストル弾だろう?」

 

 スネークがそう聞くと、伝説のガンスミスは頬をかきながら「今はそうです」と答えた。

 今は?だって。

 

「実はボス、そいつはまだ40%ほどの未完成品なんですよ」

「これでか?それはわからなかった」

「ありがとうございます。そいつは完成すると、ピストル弾もつかえるようになりますが。普通はそれを使いません」

「ほう」

「専用の特殊弾頭を用意するつもりです」

「そりゃ――随分とこった話なんだな」

 

 伝説のガンスミスの目がギラリと光った。

 

「ええい、もう。こうなったら白状しますよ、ビッグボス」

「?」

「俺はそいつをね。例のあいつと戦えるようにと。用意しているものです」

「――おい、それってまさか!?」

「ええ、それです。うちのプラットフォームに突っ立ってる奴ですよ。サヘラントロプスでしたか」

「こいつで……アレを?ヒューイの作り出したメタルギア、サヘラントロプスを?」

 

 思わず両手の中に納まる、あまりにもとっぴなデザインをしたライフルですらないそれを見て困惑の表情を浮かべる。

 別に武器の専門家でも、設計もやらないが。あのメタルギアと戦うのに適している銃がまさかこんな小さなものだとは、さすがのスネークも考えたことはなかった。

 

「俺としては分隊支援火器あたりでいじくるものだと思っていたが。それか――お前がクワイエットに作ってやったライフル。あんな感じの、狙撃銃を想像していた。

 それが……これか、驚きだな」

「駄目ですかね?」

「いや、そうじゃない。想像できていなかっただけだ。説明してもらえるか?」

「かまいませよ、ええ」

 

 そういうと伝説のガンスミスはスネークの手の中にあった試作品を自分の手の中に取り返した。

 

「聞いたんですが。あのサヘラントロプスとかいうの、装甲は特別に強度のあるものではないそうですね?」

「そうだ。あれは劣化ウランを使っている」

「それでもたいしたものだ。ソ連軍の戦闘車両が列をなして砲撃して、崩れはしても倒れなかった」

「ああ」

「つまり、火力だけでは足りないのですよ。アイツを相手にするなら、ね」

「なるほど」

 

 確かにサヘラントロプス相手にするならば、動き続ける必要があり。それはライフルでは大きすぎ、コンパクトにまとめておきたい。さらにドラムマガジンを思わせる、通常の倍以上の弾丸を供給できるようにする弾倉。

 独特の形状をしているのは、サブマシンガンよりも長く。ライフルよりも短い砲身を実現するためなのだろう。

 しかしそうなると破壊力に問題が生まれる。あの巨体を覆う装甲を突き破る鋭い爪が必要ということになる。

 

「専用の弾丸ということは、どういったものになるんだ?いつ出来る?」

「ああ、まぁ。そのあたりのことはまだ秘密です。なんせ、副指令には内緒でやってますからね」

「おいおい、大丈夫なのか?」

「実はここに来てからはずっと、こいつのことが頭を離れないものでして。どうやって完成させようとかと頭をひねっているうちに、ボスがさっさと退治しちまった、と」

「皆に披露するタイミングを逃したわけか」

「やめちまってもよかったんですがね。面白いとすっかり思えるようになっちまって、愛着が……」

「そして今回の一件か」

「約束はできませんがね。何か手はないか、考えてはいますが。どうなるかはちょっと」

 

 気持ちはわかる。

 実はスネークの中にも、こいつであのサヘラントロプス相手にそこまで戦えるものなのだろうかと。すでに幻の戦場で、幻のサヘラントロプスを相手にシミュレートを始めている。

 とはいえ、専用の弾丸も未完成で、拳銃用の弾丸ではあまり考えてもしょうがない気がする。

 

「ピストル弾でも、今すぐ試射は出来ないのか?撃ってみたい」

「できますが、まだ調整中なので。今回は銃口に延長マズルを装着してお願いします」

 

 長方体の銃の銃口に、15センチほどの筒をつけるとスネークは部屋の中にあるシュートレンジに入る。

 伝説の傭兵と伝説のガンスミス。

 戦場のアーチストなどとは本人たちは気取るつもりはないだろうが。魅惑的な武器の試作品を前に、技術者として単純に尽きぬことのない好奇心を満たしたくてたまらないのだ。

 

 サヘラントロプスは、メタルギアはスカルフェイスとともにスネークとダイアモンド・ドッグズに膝を屈した。

 だが、この2人は心のどこかではひそかに願っているのかもしれない。

 戦場でまた、メタルギアと戦ってみたい。この対メタルギア兵器で倒したいのだ、と。それは救いようのない、馬鹿な願いであると思っていたのだが。そのチャンスは皮肉にも叶えられることになるだろう。

 

 

 後年、欧州の武器メーカーもこの銃を完成させ。「P-90」と名づけて発売した。

 それは当初のデザインとはまるで違い。この時にビッグボスに見せたプロトタイプによく似たデザインへと変更されていた。

 市場の反応は想像以上に鈍く、売れ行きもよくはなかったが。次第に人気と、評価があがっていくことになる。

 しかし、これはあくまでも兵士が人に向けて使うための銃であり。伝説のガンスミスが言うような、鋼の巨人というべきサヘラントロプスを相手にするための武器では、当然なかった。

 

 北欧神話において登場する雷神は、手にしたハンマーでもって多くの巨人を打ち負かしたと伝えられている。

 それによればドワーフの兄弟がその技を極めんとした試行錯誤を重ねた結果誕生し。雷神に献上された品だとされ。恐ろしい力を秘めたその槌は常に真っ赤に燃え続け、かの世界蛇ヨルムンガンドだけがその一撃を唯一、耐えたという。

 

 ならばイーライが持ち去った鋼の巨人を叩き潰すには、それに負けぬ武器に仕上げなければならないだろう。危険な男達(MAD MEN)の夢は広がり続けていく。




また明日。


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悪夢、再び

 少年は笑いながら砂場を駆け下りていく。少年の兄と父が、それに続く。

 今日は良い天気だ、釣りもきっといい結果を残せるはず。

 浅瀬につないである船の側に先に到着して待っていた少年が、呆けた顔で海を見つめていた。それに追いついた二人はきいた、どうした?と。すると少年は答えず、代わりに海上を指さした。

 

 海の上を機械の体をした巨大な天使が飛んでいた。

 

 思わず、親子は神の名を呟いた。

 彼等の国には土着の信仰と神がいたが。白人たちの訪れた後ではキリストの名を称える者が多くなっていた。

 親子だけではない、こうした目撃例は続々と海岸に沿って広くから聞こえてきた。

 

 

==========

 

 

 ヒューイの部屋に、突如ミラーが部下達を引きつけれあらわれると。流石にヒューイも怯えを隠さなかった。

 

「な、なんだい。いきなり……」

「エメリッヒ。今からお前を逮捕する。正確には再逮捕する、だ」

「なにをいっているんだ。僕がいったい何をしたと――」

「わからないのか?なら、見せてやろう。おいっ」

 

 そういうと「はっ」と声を上げて部下達が次々とヒューイの研究室に入ってくる。彼等が手にするのはビデオデッキに小型のテレビ、なにかを見せようということらしい。

 テキパキとコードと配線をとりつけると、カズは懐からテープをとりだす。

 

「最近の開発班では、新型の警備装置の開発に力を入れている。その性能の検証は、当然我々の中で実際に運用することで確かめていた」

「え?それって――」

「理由が知りたいといったな?これがその”理由”だ」

 

 映像の中で、ヒューイがキョロキョロと廊下に顔を出して無様に周囲を窺い。出ていくと、数分後には戻っていく様子の一部始終が記録されている。

 当然だが、出ていく時には毎回何かを持ち出すが。帰ってくる時は手ぶらであることが一目でわかるようになっていた。

 

「こ、こんなことを……」

「警備上の理由からここは危険だからお前には外を出歩くな、と。それも海上には出るな、と言い含めておいたはず」

「それは――こういう生活をしていると、息苦しくてね。だからああやって時々を……」

「別にここで話す必要はない。お前がそう言い逃れをすることもわかっている。そうさせないよう、しっかりと全てを記録してから吊るしあげてやろうと思ったが――してやられたよ、エメリッヒ”博士”」

「!?」

「お前達、博士をいつもの部屋にご案内しろ。オセロットがすでに待機している」

「オ、オセロット!?」

 

 恐怖で体が既に硬直しているのを幸いと、兵士は4人がかりでヒューイを拘束すると抱えるのではなく引きずって歩き出す。それでも最後の抵抗はしようというのか、ヒューイは必死にミラーに訴え始めた。

 

「ボスを、ボスを呼んでくれよっ。これは誤解だ、なにかの――」

「その必要はない。ボスもすでに了承していることだ」

「なにっ?」

「『ヒューイには一度だけチャンスをやった』だそうだ。それをお前は無駄にしたんだ。ボスはお前の味方になってもいいと情をかけたが――貴様はそれをも踏みにじった!」

「僕はあんた達の力になれる。そうだろう!?実際に――」

「その必要もない!ここにも戻らなくていい。お前にはもう、隠してある事全てを話してもらうこと以外に望むものはない!」

 

 ついに感情の抑制が吹き飛んだか、冷静なはずの男が感情の嵐をむき出しにして怒鳴りつけ出す中。すすり泣く哀れな男はあの部屋へ――101号室――へと消えていった。

 

 

==========

 

 

 ヒューイが再逮捕される少し前。

 スネークはスカルスーツを着て、相棒達と共にスクワッドとは違う戦場へと出撃していた。

 アフガニスタン北部山岳地帯、そこはかつてあのヒューイ回収と共にサヘラントロプスとの最初の接触があった場所。その基地は、あの時と変わらず兵士達が駐留していた。

 

 だが、スネークが彼らを一瞥して眉をひそめたのは、その兵士達の所属が問題だったからだ。

 

(XOFだって!?)

 

 スカルフェイスが率いた部隊が、彼が死亡した後にも関わらずにすでに再編成され、この基地で運用されている。組織の頂点のいないサイファーと同じく、XOFもスカルフェイスという頂点を失うことで。CIAの実働部隊という表向き、元の場所へと正しく戻っていったということなのだろうか。

 となれば、彼らはここでサイファーの指示をずっと待ち続けているのだろう。

 

 スネークは指でさすことで、クワイエットに広大な基地の斥候をさせ。DDには自分の側から離れないように、と仕種だけ伝えると腰からカートリッジを取り出してマスクに装着する。

 フォー、フォーっと呼吸に合わせるようにカートリッジ内の虫達が激しく動くのを口で感じる。

 1分もかからず、スネークの影はその場から消えていた。

 

 

 MSF壊滅、あの騒ぎには1つ大きな疑問があった。

 ストレンジラブ博士、ピースウォーカー事件でAI開発者だった彼女は、その奇人変人っぷりに本名ではなくそう呼ばれることに喜んでいるようだった。

 

 そんな彼女がMSFを離れたのは襲撃事件の1週間前。

 だが、これは彼女がヒューイと関係していたという証拠として考えるのは難しい。と、いうのも彼女はすでに当時から次の自分の研究について口にしていたことがあり、スネーク自身も彼女とそれについて話していたからだ。つまり彼女は、傭兵会社に居続けるような科学者ではなかったのである。

 

 問題はその後、だ。

 革命成功後のコスタリカ政権中枢に入った昔の仲間の前にあらわれた彼女は、ピースウォーカーのAIポッドを回収したいと告げ、すでに自分は新しい研究をしているのだと話していたのだという。

 

 その彼女の行方がようとして知れない。

 なのに、である。スネークは見ていたのだ、スカルフェイスに捕らえられていたヒューイを訪れた際。

 彼の研究室に置かれていた”彼女が回収したはずのAIポッド”の姿を。

 

 カズはてっきりスカルフェイスがヒューイの研究データと一緒にこれをどこかに隠したのではないかとずっと探しまわっていたのだが。どうやらあの日、スカルフェイス自身の口にした通り。

 AIの研究には興味がなかったらしく、ポッドは彼がスカルフェイスの元に最後にいた場所にずっと放置されているのではないかと言う結論に至った。そしてそれはどうやら正しかったらしい。

 

『スネーク』

「……」

『帰れ!お前はここにいるべきでは――』

「”今回は”あんたを連れ戻しに来たのさ」

 

 最後にボス、と続けるところをスネークは言葉を飲み込んだ。

 ヒューイの言葉じゃないが、これはザ・ボスではない。ただの機械、AIが情報を入力された過去の情報からリフレインしているだけだ。部屋の中の放置された機材を使い、据え置かれたポッドを持ち上げると裏の扉から外へと出ていく。

 

 以前のようにここにヒューイがいないという理由もあるのだろうが、警備はこの場所まで監視の目をむけていないようで。こうして露骨に運び出すのも誰にも見られることなくスムーズに行われた。

 特別製のフルトン回収装置をポッドにとりつけると、すぐに夜の大空に向かって飛び去っていく。

 

 これで、何かがわかればいいのだが――。

 

 だが、マザーベースに帰還するスネークの期待はすぐに裏切られた。

 そこではまたも彼の留守中に、新たな事件が勃発していたのだ。

 隔離プラットフォームにおいて、第2次声帯虫の感染が確認された。それは容赦なく牙をむいてマザーベースの兵士達に襲い掛かる、以前とは比べ物にならないほどの凶悪なものだった。

 

 

==========

 

 

「先に連絡した通りだ。隔離プラットフォームで声帯虫の再感染が確認、部隊を送って調査させようとしたが。連絡が途絶えた。死者も出ているらしい。2次隊は選抜済みだ、あんたの命令で――」

 

 ヘリポートから降りてきたスネークを出迎えたカズは早口でそう告げてくるが、あっさりとスネークはそれを却下してしまう。

 

「俺が行く、1人でいい」

「何を言い出すんだ、ボス!なにもあんたがいかなくとも!!」

「――犠牲は出せない」

「中で何がおこっているのか、本当のところはわからないんだぞ」

「だからさ」

「っ!?」

「――カズ、兵の顔を見てみろ。恐怖にひきつっている、あれでは役に立たない。ストレスで限界なんだよ」

「……」

「もう犠牲を出したくない。ワスプのようなことは――」

 

 前回の騒ぎ、秘密を保ったものの。そのせいで状況がわからないまま、恐怖に支配されて自害したスクワッドの名前でカズも黙りこくる。

 ボスはあれ以来、彼女のことを一度も口には出さなかったが忘れたわけではなかったのだ。

 

「わかった――ではまず、感染状況を調査してほしい。救出はその後。状況の判断ができるようになってから」

「いいだろう」

「ボス……また、頼む」

「まかせろ、カズ」

 

 そう答えるとついてこようとするクワイエットとDDをその場に残るように指示を出して、ヘリに飛び乗った。

 これからすぐに隔離プラットフォームへ向かう。

 

 

 声帯虫は空気感染はしないが、なにが変異を起こしてこの事態を引き起こしているのかわからない。

 そこで施設の入り口にはテントによる通路が作られ、出入りが出来ないように封鎖している。あまりやりたくないことだが、最悪のことも考えて入り口には焼夷弾を発射する装置が仕組まれている。

 

「ボス、コードト―カーだ」

『一旦制圧した声帯虫がなぜ再発生したのか。それはまだわかっておらん』

「館内の調査員が病原虫を単離し、資料を送ってきていた。これもコードト―カーが引き続き解析してもらう」

『前回の治療法がきかないというのだ。まさか、新種ではないと思いたいが……』

「だとしたら、誰かがそれをこのマザーベースに持ち込んだことになる。ここに敵のスパイがいる――」

『今は発生の機序の解明が先だ。それができねば、はっきりとしたことはわからない』

 

 冷徹に淡々とそう語るコードトーカーも内心では感情の嵐を必死に押し殺しているのだろう。

 隔離プラットフォーム上に置かれた簡易シャワー室からでるとスネークは都市迷彩服へと着替えた。

 持っていくのは最低限の武器、ライトを付属させたショットガンとハンドガンのみ。

 

『あと、今回の症状には1つ厄介な点がある。自覚症状が薄い上に、進行が早いらしいのだ。つまり見分けがつきにくくなっている。健康そうに見えても、すでに手遅れということもあるということだ』

「ボス、送り込んだ部隊からはまだしっかりとした連絡はつかない。ただ、断続的に短く交信してくることがある。それもはっきりとしていない上に、なにを口にしているのか理解できないでいる」

「電波の発信場所は?」

「わからない。館内、というだけだ。あと、念のためだがテントの入り口は閉めさせてもらう」

「わかった」

 

 マスクをつけながら、扉の前で立ち止まる。

 恐怖心がないわけではない。だが、このままでは生存者を見捨てて、このプラントごと焼却しろと命令しなくてはならない。

 

「扉を開ける。カズ、俺も発症したら後は頼む」

「……ボス」

『繰り返すようだが、発症した者は助けることはできない。感染を広げるわけにはいかない、その時は……』

「わかってる」

 

 短く答えると、ついにスネークは扉をくぐった。

 

 緊急事態を告げるレッドランプがスネークを照らす。

 3歩と進まずに、スネークは足を止める。

 

(匂いがする)

 

『ボス?』

「甘い匂い、熟れた果実のようだ。マスクをしていてもわかる」

『部隊も同じことを言っていた――』

 

 病棟内が普通だったのは最初の角を曲がるまでだった。

 乱雑に投げ出される医療器具、日用品。そして床や壁には尋常ではない出血を塗りたくったように真っ赤にそめあげていた。これをみて惨劇のあとと思わないやつがいるのだろうか?

 

『ボス、それには触るなよ。多分、喀血だ』

「……」

 

 ショットガンのライトであたりを確認しながら進む。

 どこからともなく聞こえる男女の苦しむ声が、遠く感じる。

 突然どこかで「来るな、来るなぁ!」という叫びと共に銃声が数発鳴り響き、スネークは数秒足を止める。

 

『なんだこれは』

 

 カズが絶望の声を上げる。

 あるのは死体か、発症しているらしく床に倒れ。壁にもたれかかる男女の姿がある。

 背後に気配を感じ、スネークは銃口を向ける。

 真っ赤な目の黒人の兵士がフラフラと立っていた。

 

「ボス、どいてください。外に出たいんです……」

「……」

「こんな、こんな暗いところでは死にたくないんです。ここじゃ、嫌だ」

「……」

「俺は感染していない。していないですよね?大丈夫ですよね?」

「……判別が難しい、そう聞いている」

 

 一言だけなんとか返事が出来た。

 だが、それで彼は冷静になれたのだろう。それまでの死人のような話し方から、普通の人のそれへと変化した。

 だが、それで悪化した。

 

「感染していたら……あんな死にかた、あれは御免です」

 

 それはかつてボスの前でワスプが言った台詞と同じものだった。

 

「嫌です、あんな死に方だけは。すいません、ビッグボス」

 

 慌ててショットガンを放り出して止めようとしたが。彼の動きはその何倍もはやかった。

 腰のハンドガンを抜き放つとなんの躊躇も見せずに自分のこめかみを撃ち抜いた。

 

『ボス!?なんてことを』

「……失敗している。彼にはトドメが必要だろう」

 

 スネークの声は恐ろしく冷静だった。

 彼は正確無比に自分のこめかみを撃ちぬこうとしたが、銃弾は頭蓋に当たって反射してしまい。死に損なってしまった。倒れたままうめき声を上げる男の苦痛をすぐに終わらせるため、スネークはその心臓にショットガンを向けた。

 地獄に救いの一発となる轟音が鳴り響く。



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 再び赤い電灯の明滅する廊下をゆっくりと歩いていく。

 助けを求める声はそこかしこから上がっている。もはやここは地獄と呼ぶしかない、ひどい状態になってまだ悪くなり続けているようだ。

 だが、外に連絡を送っているような人物はまだ見たことはない。

 

「ここじゃないのか?」

『いや、上にいるのかもしれない。また連絡が入った、徐々に、はっきりと聞こえてきた。もっと上を見に行ってくれ』

『ふむ。今、送られてきたものの解析が少し出た。どうやら今回はほとんどしゃべらなかった者達にも症状が出ているようだ』

『なんだと!?』

『やはりなんらかの変異があったと考えなければならん』

「――上の階層へ移動する」

 

 交信してきた相手を探し、スネークはひたすら階段をのぼり。のぼってはその階をしらみつぶしで人を捜して回るのを繰り返すがまだ見つけられない。

 ついに最上階、出口前でその人物に会うことが出来た。

 

 口周りのほかに、腹からも出血して壁に崩れおちていた男の手には、情報端末がしっかりと握られている。

 

「おい、おいっ!」

「……あ、ボス」

「いったい何があったんだ!?」

「僕は、僕は勝ちました。奴等に負けませんでした――よかった。ボス、あなたは感染していません」

『感染の有無がわかるのか、そいつ!?』

「これを、これを――」

 

 そう言いながら彼は再び意識を失う。

 慌てて脈をとるが、急速に弱まるそれは命が消える間際のものだった。そばには彼が使っていたと思われる情報端末と、熱感知ゴーグルが置かれていた。端末の中には直前まで収録していたと思われる彼の証言が残っていた。

 

 そこで彼は医師でありながら、直接その病に苦しむ中で必死に考え続けていた。

 熱感知ゴーグルを調整することで感染者の判別をおこない、そうでないものを探しては地下へと導いていた彼だったが。ついに自身の中に恐ろしい感情の湧き上がりに翻弄され。欲求に負けて地上へと出ようとしたところで、知性が真理へとたどりつくことが出来た。

 

 だが、それは彼自身を救いはしない。

 彼の仲間達、それもまだ感染していない者達にだけ役に立つ事実。

 彼はそこにそれを記録してくれていたのだ。

 

『ああ、なんということだ。いいか?――発症者を絶対に外に出してはならないぞ。症状が進む者は外へ出ていこうというする、虫がそうさせるのだ。彼等が発する甘い匂いに引き寄せられ、鳥達が彼等を襲う。

 蛇よ、それを許せば世界に虫があふれることになるぞ!』

 

 誰も出してはいけない。

 その意味を理解すると、スネークの体は震える。恐れていたことだが、それはつまり――。

 

『スネーク、そこに誰も入れるな!』

 

 ミラーの声にハッとし、スネークはあわてて出口に通じるこの部屋の扉を閉めようとすると、向こう側からいきなり人の手足が飛び出して部屋の中の壁に爪を立てる。

 

「外にっ、外にィィーーーー!」

 

 気が付かなかった。

 ついに虫の衝動に負け。地上を目指そうとする者達があらわれ、それにつられた連中もついてきて扉の向こうへと殺到してきていた。

 なんとか扉を閉めようとするが、すでに複数人の手足が差し込まれた上に大勢がつきやぶろうとしたせいで、スネークはドアの前から吹き飛ばされ、壁に背中を叩きつけた。一瞬、息が詰まるが。それに目を白黒させている場合ではない。

 その前を、嬉々とした様子で熱で取りつかれた部下達が地上を目指して走り出していく。

 

「駄目だ、よせー!」

 

 ショットガンではなく、思わず腰のハンドガンで列を成して出て行こうとする者達の足を、腿の裏を、足首を狙って撃つが。それにも限界がある。

 

『スネーク!?』

「カズ、殺到している。抑えられないっ」

『――いかん!焼け!!』

 

 次の瞬間、スネークの片目は最後のドアに手を伸ばした男達の頭上に焼夷弾がゆっくりと床に落ちていくのを見てしまった。

 炎が噴き上がると、その中で踊る様にのたうつ人影があっちでもこっちにも。生きたまま焼かれる苦痛に反応してなにかから逃れようと倒れるまで動きまわることをやめようとしない。

 

「……許せ」

 

 他に言葉がなかった。

 彼の部下が、仲間の手によって彼の目の前で焼かれている。

 だが、これが終わりではない。これがはじまりなのだ。

 

『先ほどのゴーグルは持っているな?それで感染者をみわけることができる……』

 

 コードト―カーの声はさらにまた歳をとったかのように疲れを感じさせた。

 まだうめき声が残る炎をバックに後ろを振り返ると、自分達の未来を見たばかりだというのにその衝動を抑えきれない連中が部屋の端にかたまって再び列を作ろうとしている。

 スネークは立ちあがると床に転がるショットガンを手に取った。

 もう止められないのだ、ならば止めなくてはならない。

 

『スネーク、撃て!』

 

 カズの声を合図として、ショットガンが火を吹くとバタバタと”彼の部下達”が倒れていく。

 

『そうだ――それでいい。スネーク、俺達は発症者を外に出すわけにはいかないんだ』

 

 スネークは黙ったまま、必要な事だけを続けている。

 残弾を確認、狙いを定める、発射。沈黙を確認、次を探す。目標発見、残弾を確認……。

 

 繰り返される行動の合間に、彼の部下達の最後の言葉が彼の心を傷つけ続ける。

「殺さないで」「助けてください」「ボス、あなたになら――」「あなたが送ってくれるなら」「死にたくない」……それらの言葉はスネークの体を通り抜けていく。彼らの死が、生命の残り香をスネークの引き金で発する轟音の中で吹き消していくのを生々しく感じる。

 

「――地下に向かう」

『ああ、そうしてくれ』

「あそこに、あいつは感染していなかった連中を連れていったと言っていた」

『外では回収の準備をしておく。生存者たちを出す前に、スネーク。念のためにもう一度確かめてくれ』

「わかった……」

 

 だが、階段で地下までおりていくと様子がおかしい。

 地下の部屋の中から外にまで怒号が聞こえてくる。「外に出るんだ!」と誰かが――「外に出る」だと!?

 

 スネークが急いで部屋の鍵を開けると、中では緊張の一瞬を迎える寸前だった。

 兵士が1人、半狂乱になって人質をとらえ。「俺は外に出るんだ」と叫んでいたのだ。

 

「おい、なにがあった!?」

 

 声をかけると、止めに入っていた研究員の目に希望と絶望が同時に浮かぶのを見る。

 他のとりまきは「ボスだ、ボスが来てくれた」と喜びの声を上げているが、その研究員はいきなり口を開きながらスネークに向かって敬礼をする。

 

「こうなったらボスに委ねよう」

「!?」

「そうだ。そうだな、俺達の命はボスと共にある――」

「ダイアモンド・ドッグズは、ビッグボスと共に」

 

 中にいた研究員たちも兵達も、それまで浮かべていた恐怖を押し殺すように、涙を流しても嗚咽をこらえてそうつぶやくと、同じくスネークに敬礼してくる。

 スネークは外していたゴーグルを再び戻してその中の世界を覗きこむ、なにを見ても動じないようにと自分を叱りながら。

 

『なんてことだ。避難していた全員が、手遅れ……』

『まさかこれほどまでに成長が速いとは』

「……」

 

 言葉がなかった。

 何を言えばいいのだろうか、言えることなどあるのだろうか?

 だが、彼等は言った。自分に委ねる、と。ビッグボスの命と共に、と。

 

 室内にショットガンの発射音が連続して鳴り響く。弾が切れると、続いてハンドガンの連続する発射音が続く。

 すべてが終わった時、室内にはスネークただ1人が立っているだけであった。

 

 

 やれることはやった。

 すべきことはすべて終えた。

 出口へと、マザーベースへと戻る道を歩き続ける。

 床が、壁が、血でそこかしこを汚している。

 彼等の血だ、倒れた彼等の体から流れ出た血だ。

 

 心の痛みが、彼等の最後を。今日だけじゃない、ワスプを、前回の声帯虫で救えなかった皆の顔を思い出させるのに。スネークの心臓は血の涙を流しても、彼の眼から涙がこぼれることはなかった。

 むしろ表情を失っていく。

 感情が死んだように、痛みだけが残って。それだけが全てのように思えてしまう。

 

 人であることができなくなる。苦しさが炎のように皮膚を焼いても、むき出しになる髑髏がそこにまだあるように。

 苦痛に、憎悪に終わりはない。果てがなく、どこまでも続けていける。

 そう、だからなのだろう。死んだ友達をどれほど思ったとしても、鬼の目に涙はないのだ。

 

 

 

 夜、プラットフォーム上では盛大な炎が立ち昇っていた。

 建物内を浄化するために待ち構えていた医療チームの力で、数時間ほどでプラットフォームの片づけは終わった。今はそこに並べた死体に鳥が近づく前に炎で荼毘にふしている最中だった。

 

 炎の祭壇の前には、その最初からスネークが仁王立ちになって動かないままだ。

 哀れな部下達のほとんど全員を、彼等が慕ったこの男手で処理をする羽目になった。

 その背中に残りの部下達は何を見ているのだろうか?

 

 カズがそっとスネークの側へと近寄っていく。

 

「ボス。あいつらを助ける方法はなかった」

「…………」

「みな、あんたに感謝しているさ」

「……」

 

 スネークの表情は変わらない。

 カズはそれを見て、背後のオセロットを確認する。話して大丈夫だろうか、彼には判断がつかず。オセロットに聞いたつもりだった。オセロットもそれを理解したのだろう、軽くうなずいて見せるとカズは今度はボスの耳元で囁いた。

 

「こんな事を言いたくはなかったんだが。心の整理がついたら作戦室まで来てほしい」

「――どうした?」

「イーライのことだ。少年兵達の情報が入った、すぐにこっちもとりかかったほうがいいだろう」

 

 それだけ言い残すと、カズとオセロットはその場から立ち去っていく。

 スネークはそれでもそこから動くことはなかった。




また明日。


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ビッグボスの息子

今回から「蝿の王国」がスタートします。


 今思えば、イーライが最初から全てを計画していたと、そう思えてならない。

 それは自分だけのことではなかったらしく。オセロットもこんなふうに語ったことがあった。イーライは頭が切れる。何を考えているかわからない、と。

 そう感じさせる理由の一つに、彼が自分を。スネークの息子である風に”親父”と呼ぶこともあげられた。

 

 恐るべき子供達、そう呼ばれた遺伝子技術で誕生した”ビッグボスの息子”達。

 その計画は、すでに廃棄されたとも聞くが。本当にイーライが彼の言うとおり、この計画によって誕生した子供ならばカズの検査ではっきりと白黒がわかるはずだった。

 カズからはこの時はまだ、検査結果は届いていないと聞いている。

 

「親父は?」

「お前の”親父”はここにはいない」

 

 あの時も、オセロットはそう言ってイーライと言葉を交わしていた。

 スクワッドが逃げた子供全員を連れてマザーベースへ帰還した時の話だ。

 オセロットは直接、イーライと話してあいつに計画の失敗を気づかせようとしていた。

 

 ビッグボスの命令から迅速に動いたオセロットであったが。この勝負に出る直前、その彼をしてもイーライが生みだした危険な果実が熟れて地上へと落ちることを止めることはできないかもしれない、と弱気なことを漏らしていた。

 

「もし子供達が暴動を起こしたら?問答無用でねじ伏せる――こうはなりたくなかった。ならない方法もあったろうが、もう手遅れだ」

――イーライは、あの小僧はそこまで本当に考えているのか?オセロット

「あんたの部隊が脱走した子供達を全員つれてかえったとき。イーライはそいつらが戻ったことを知っていた」

――誰かが教えた、とか。合図があったんだろう

「奴もまた、ヒューイと同じように部屋に置いておいただけだ。あそこは子供のおしおき部屋とは違う。もちろん物置きでもない。外界とは一切遮断されている」

――じゃ、どうやって?

「俺が思い当たるのは一つだけだ。あんたも見ていたという赤い髪の少年。

 ソ連では昔から超心理学の軍事転用が研究されていた」

――超心理学?

「テレポート現象。アポーツ現象のことだ」

――瞬間で大陸間を移動したり。パーティ会場に忘れ物を届けることか?ようするに超能力だろう。あんなのはどこの軍でもやっている情報工作の空想物語だ。

「空想物語というなら、あんたの言う少年も。なにより炎の男もそうじゃないのか?」

――炎の男はもういない。あいつはスカルフェイスの前では動かなかったし、もう終わった

「なぜそう思う?」

――いや……だってお前、あいつはサヘラントロプスにXOFの兵隊達と一緒に踏みつぶされたんだぞ?

「起きあがらなかっただけ。踏みつぶされただけだ」

――それで十分じゃないのか!?

「そう言うなら、キプロスでのあんたの見たものだって十分”死んでもおかしくない”目に炎の男はあっていたんじゃないのか?銃で撃たれ、ミサイルを撃ち込まれ、戦闘非戦闘かまわず車両に何度もひかれて踏みつぶされた」

――うーん

「普通の感覚でもそれだけされれば一回くらいは死んでも不思議じゃないだろう」

――そうなんだが……

「まぁ聞け、オールドマン(爺さん)。ESPの一種にテレパシーというのがある。言葉を使うことなく遠くの人間と意思を通じさせるという能力のことだ」

――イーライにはその能力がある、とでも?

「あるいは別に力を持った奴がいれば、ともいえる」

――!?

「そうだ、赤い髪の少年。ボス、奴を最後に見たのはサヘラントロプス戦の最中だったと言ったな?」

――ああ

「XOFにも彼の情報は少ないこともあって、赤い髪の少年があれからどうなったのかは分からない。あんたは死んだと思っているのか?」

――俺の知っている少年っていうのは、空を浮いていたが。幽霊ではなく、ちゃんと生きているようだった。

「そうなると、彼がどこに今いるのか。それが気になる」

――あのイーライと組む、か

「お互いが一緒にいるところは見てはいない。だがな、ボス。気をつけてくれよ」

――ん?

「イーライは子供達に武装蜂起をおこさせ、陽動に利用したんだ。この先に何を用意されていたとしても、おかしくない」

――オセロット、いくら俺でもそんな超能力なんかで……

 

 頭が痛くなった。

 なぜか、話しているとこのまま続けてはいけない気がした。

 この会話は……。

 

――ひどいじゃないか、スネーク

 

 迫力のある低音の声がして、スネークは声の主の姿を探し求める。

 FOXの隊章をつけた中年男性と、同じ戦闘服を着た若い女性達が自分を見つめていた。亡霊だ、見ればもうすぐにわかることだ。

 あまりに浮世離れした場所に唐突に現れ、その皮膚も目の輝きも感じられない。あの独特の空気をまとっている。

 

――私のことを忘れても、それは責めはしない。だが、君を助けたこの彼女を忘れるとは。酷い男だ、貴様は。

 

 この男は知っているFOXの隊長、ゼロの後任だった男、ザ・ボスのかわりにと作られた男、ジーンだ。

 では、では彼女は?

 

――私の力ではそんなに長くは話せないの……

 

 彼女は、そうじゃない。”彼女達”はそう言っていた。

 

――姉は、あなたが世界を恐怖に陥れる未来を見た。私はあなたが二足歩行戦車を止める未来を見た。はじめて、私たち姉妹の予知が食い違った……

 

 姉妹?エルザ、そしてウルスラ。

 

――大丈夫、私は大丈夫よ……

――終わりだ、スネーク……

 

 もういい!もうやめてくれ!!

 オセロットが話す中、スネークは亡霊たちが共にあるはずのない、あってはならない過去を目にすることに耐えられなくなりそうだった。

 亡霊だ。

 俺には亡霊が、あまりにも多くとりついている――。

 

 

 

 茫然自失、思考停止。

 こういった言葉と無縁だと思っていたはずなのに、カズは苦悩から発する幻肢痛に苦しんで壊れ――たくてたまらなくなっていた。

 

「本当にうまくいくと思ったのか?”隊長”」

 

 薄く笑いながらオセロットはそう言うと巧みにイーライの心を潰しにかかる。

 カズはその時、わずかにだがこのままイーライがあきらめて全てが丸く収まるのではないか、と。例のユンが言った言葉など、彼の教訓にはなりえない未来がくるのだろう、と。

 子供は子供として、大人は大人として振舞う真っ当な世界。それをこのイーライもまた学んで――。

 

 悲しみに沈んだ啜り泣きが、いつのまにか嘲笑の笑い声になり変わりつつあった。

 イーライは、この期に及んでも自分をただの子供として扱おうとする大人達を笑っていたのだ。

 

「部隊の将軍、PF、親を殺した正規軍、いとこ、兄弟、両親。みんな故郷に殺したい相手がいたんだ」

 

 戦慄する告白。

 イーライは陽動というだけじゃない。彼等の報復心を満たすよう、わざわざ故郷に返したのだとオセロットに、その様子を見ているスネークたち大人に告白を始めた。

 

「だから言った。これが最後になるから。悔いは残すなって」

 

 プラットフォームが揺れた。

 

「大人達に連れ戻されたら、覚悟を決めろって」

 

 顔を上げる。

 イーライは見えない壁の向こうに立っているスネークの方を見た。いや、見ようとしていた。

 

「この世界の全ての、敵になるって」

 

 今度こそ轟音とともに鋼鉄の壁が突き破られ、鋼の拳がみえた。

 衝撃に倒れ、意識を保とうと必死に頭をふるオセロット達にイーライは笑い声を上げて見下ろしていた。

 

「俺はお前達とは違う!」

 

 拳のかわりに今度はサヘラントロプスの頭部が部屋の中に入ってきた。

 その頭部が開くと、そこにイーライは躊躇せず飛び込んでいく。

 

「さよなら親父、あんたはもういらない」

 

 そう言い放つと、イーライはサヘラントロプスと同じく強奪したヘリに少年兵達を乗せて飛び立っていく。

 イーライについていくのか本当に理解しているのか。離れていくマザーベースに、ヘリの搭乗口に座る少年が手を振るのを見守っているしかなかった。

 

 

 サヘラントロプスは移動する核兵器と同義である。

 それを持って逃げた以上、彼等はダイアモンド・ドッグズだけではない。まさに世界の敵となってしまった。

 新たな声帯虫の脅威を封じ込めた直後ではあるが、それを理由に封じ込めに失敗した彼等の面倒を自分達がしないわけにもいかない。

 

 

 ビッグボス、と誰かに呼ばれて気がついた。じっと火を眺め続けて、もうだいぶ時間も過ぎていた。

 医療班のスタッフが、次で半分終わりますと告げている。もう、いいだろうと言っているのだ。

 炎の前に立っていたせいか、体にこびりついていた血がパリパリになって零れ落ちていた。

 

「この後は?」

 

 彼等の遺体のその後の処遇が気になっていた。

 

「灰になって、保存されます。長くはありません、副司令は彼らを最上の礼を持って送ってやりたいと。後日、改めて式典が行われることになるかと」

「そうか……」

 

 別れの時は別に用意されている。

 今は自分の戦場に集中しなくてはいけないだろう。

 

「俺は行く。後のこと、頼むぞ」

「了解」

 

 そういうと医療スタッフ達が敬礼するのを背後にスネークは立ち去っていく。

 迎えのヘリには司令部へ向かうように伝えて、ヘリポートで待つ。

 

 ゼロは消え、スカルフェイスは死んだ。

 だが敵は消えない。今回はイーライ、その次は?

 終わらない戦場、終わらない戦闘。これこそまさに天国の外側といえるのではないか?

 

 

 誰もが見ることはなかったが、それは一瞬だった。

 鬼が唐突にそこに出現すると笑みを浮かべたが。プラットフォームに寄せ付ける波のひときわ強い打ち寄せを聞くとまたすぐに消えていった。

 ヘリに乗り込むときには、その体にはいつものビッグボスがいた。

 

 

 カズは作戦室にオセロットと無言でスネークが訪れるのをじっと待っていた。

 その耳元には訪れた諜報班が資料を置き、耳打ちして離れていくのを繰り返している。

 

「なにがわかった、カズ?」

「ボス、イーライ達の逃走先だが」

「どこだ?」

「特定はまだだ。しかし解放されたパイロットが色々と話してくれた」

 

 そういうと、カズはあの日。

 サヘラントロプスと子供達を乗せたへりが飛び出した後のことを話し始めた。

 

「やはり計画していたらしく、彼等はすぐに2手に別れたのだそうだ」

「別々に?」

「ヘリはその後、航行中の船を襲撃。多くの少年をそこに降ろし。そこで捕えた大人達を海に捨て。ヘリは別に内陸に向かってひたすら飛ばさせたそうだ」

「それで」

「海岸から100キロほど進んだところで燃料切れをおこし、ヘリは不時着。同乗していた少年兵は、ここでパイロットも厳しく拘束してから姿を消した」

「消えた?」

「そうだ。パイロットは脱水症状を起こして死にかけていたらしい。子供達がパイロットを殺さなかった理由、それは――」

「ああ、わかってる。”決着をつけよう。待っている”そういうことだろう」

「諜報班はサヘラントロプスと奪われたという船を追っている。メッセージを残していることからも、逃亡先の判明にそう時間はかからないだろうと思われる」

「それならこっちも先に決めないと駄目だろう」

 

 スネークは鋭い目をカズに向けた。

 カズはゴクリとつばを飲む。これは必要なことだった。

 

「わかってる、ボス」

「核兵器で遊ばせるわけにはいかない。イーライは止める、必ずな」

 

 葉巻きを取り出して火をつける。

 最近、電子葉巻では物足りなくなってきた気がする。




ゲームではEP51として幻のエピソードとなった対イーライ戦。
シナリオの流れから言えば、正しくはこうなったんじゃなかろうかと思ってここで入れてあります。

少し長くなりますが、お付き合いしていただければと思います。
それではまた明日。


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友を疑え

 イーライの逃亡先がついに判明した。

 セーシェルとは大陸の真逆。シオラレオネ沖、オカダ諸島。

 諸島、とはいうが。住人の数は100人ほどで住人たちは漁業を中心に生活しているという。

 だが投入された諜報班からはさっそく不快な情報も拾ってきた。

 

 疫病――というより、声帯虫がすでに島の住人達の間に広がっているというのである。

 問題はそれがマザーベースで誕生した変種ではないのが明らかだった事。そしてそこはスカルフェイスが選んだ実験区域でもなかった。そうなると、誰がそれを広めたのかという問題が……。

 ほかにもある。

 諸島ではなく、本土のシオラレオネ海岸線で『巨大な空飛ぶ機械の巨人を見なかったか?』と聞いて回るビジネススーツを着たホワイトカラーの一団がいたというのだ。

 

「サイファーだ」

 

 躊躇なく、カズはそう断言する。

 そして先日、AIポッド回収先でスネークが見たというXOF、奴等の復活も見間違いではなかった。そう結論を出さねばならない。

 サイファーはスカルフェイスを時代から削除すると、彼の手にあったXOFを本来のものとして再生させたのだ。再び戦場で対峙することがあったとしても、それはもう以前のXOFとは違う。

 スカルフェイスの意思が抹消された本来のサイファーの実働部隊XOFが立ちふさがってくる筈だ。

 

 この任務の困難さ。

 徐々に高まっていくそれを感じ、カズは知らず知らずに口を開いていた。

 

「サヘラントロプスを奴等は取り戻そうとしている。あれは、自身を核兵器に出来る能力がある……あった。

 その上、どうやら小さな子供であれば操縦もできるらしいこともわかった。今なら、かつてスカルフェイスが望んだ姿となった。完成された全地形踏破可能な2足歩行戦車(メタルギア)といえるだろう」

「つまり俺達は再びXOFとまみえ。今度はこいつを手に入れるために双方がイーライと激突することになるのか」

 

 そしてスネークは、ビッグボスは今回も困難な任務を前にしてはっきりと目標を見定めている。

 サヘラントロプスは決してマザーベースの外に出して放っておくことはない、と。

 

 かつてはマサ村で、イーライを白人の王と呼んだ少年がいたらしい。

 イーライはマザーベースに来て、ついに自分の王国を建国することに決めたようだ。率いる兵士は少年兵、大人を効率よく殺す方法がサヘラントロプス。人種、経済、思想、信条わけ隔てなく配られた暴力装置の先の世界のあり方。

 少年たちは自由とともに兵器類を持ち出したことで。あのスカルフェイスが夢見た、核の飽和した世界の片鱗がイーライの手によって誕生しようとしていた。

 

 

 オセロットが作戦の概要を説明する。

 

「今回、ダイアモンド・ドッグズの目的はイーライをはじめとした少年兵の回収。そしてサヘラントロプスの奪取にあるが。状況によっては少年兵とXOFを相手の二正面作戦になる恐れもある……決して簡単な任務ではない。。

 先に言っておく。

 今回、状況的に我々はXOFと立場を同じくしている部分がある。そこで彼らを相手にせず、二正面作戦となるのを避けて共同でサヘラントロプスと当たるという可能性を考えるべきだという意見もあるだろう。

 だが、それは有り得ない。はっきり言っておく。

 ビッグボスが見た再生したXOFの規模自体、すでに現状。声帯虫の2次感染から生き残った我々の兵の数を上回っていると考えられる。サヘラントロプスを倒せたとして、その後で今のダイアモンド・ドッグズにはXOFと正面からぶつかるという選択肢はない。

 

 で、ある以上。

 適度にXOFに損害を与えつつ、先にサヘラントロプスを手に入れる。早い者勝ちというわけだが、これしかない」

「質問、よろしいでしょうか」

 

 現スクワッドのリーダー、ゴートが手を上げる。

 

「目標は2つ、それはわかりました。状況の厳しさもわかっています。

 ですからはっきりと聞きたいのです。”そのどちらに優先順位をつけるのか”ということを」

「……」

「サヘラントロプスと少年兵、このどちらかを選べ。そういう状況を前にした時。我々がどう振る舞うべきか。順番を付けるのか、それとも両方を追うべきか。オセロット、ビッグボス。それをはっきりと聞かせていただきたい」

 

 オセロットも、スネークもゴートの言葉に頷くが。

 カズは平静とした表情の下で愕然としていた。彼の始めた事業、DDRの有用性を認めつつも。実際に彼の部下達はそれを快くは思っていなかったのだ、と。この瞬間にようやくに彼は悟ってしまった。

 

 だからこそ、ここで彼等は自分達の口から聞きだそうとしている。核兵器を取り戻せ、少年兵はそのついで。 ”邪魔になるなら”持ち帰る必要はない、そういうことだ。

 そしてカズにそれを封じる言葉はない。彼の言葉は、今の部下達には届かなくなりつつあるのだ。だからこそ、カズは祈るような気持ちでビッグボスへと視線を移すが――。

 

「当然、サヘラントロプスだ。あれは俺達(ダイアモンド・ドッグズ)のものだ。サイファーに、XOFにも、どこにも渡すつもりはない。イーライからも返してもらう」

 

 ビッグボスの言葉に、部下達が頷いた。

 カズはサングラスの下の目を閉じた。彼が悪いわけではないが、彼の願いはついに聞き入れられなかった。

 

 オセロットは島への先発隊としてビッグボスとスクワッドが先行。

 続く本隊をオセロットが率いると決めた。

 

 ヘリはあるだけ全部。戦車5両、兵員輸送含め自走砲、ミサイル発射台など持ち込めるものはすべて持っていくつもりだった。しかし、それでも今回ばかりは戦力がまったく足りているとはオセロットには思えなかった。

 最大の問題は、前回と同様に直前に声帯虫によって戦闘班、警備班を中心に激しく攻撃を受けたということにある。どれほど厳しい訓練を耐えた兵士といえども、病がもたらす圧倒的な死の恐怖は生物として影響を受けないわけにはいかないし。

 そんなすぐ後でこのような難しい任務を命じたとしても、どれだけが満足する動きができるのか。やってみなければわからない部分があまりにも多すぎた。

 

――力が、兵力が足りない

 

 それを補おうと、兵器類を数多く揃えたが。どれほど役に立つのやら……。

 オセロットは画面に映し出された情報を見るのをやめ、ともに出撃する兵士たちに向けて力強く語り続けているスネークを見る。

 この危険で、分の悪い勝負を前にしてもオセロットの目にはいつものビッグボスが映っている。勝利の可能性は限りなく低い、はっきりと数字には出せないほどに。なのに、あの男は絶望する様子はなく。彼を見る周囲の目は、もはや宗教家を前にした信徒達のようにも見える。

 

 つまりは、ようするにビッグボスは今回も勝利するのかもいしれない。

 オセロットの胸の奥に、棘に刺されたような痛みを感じた。 

 

 

=========

 

 

 作戦の発動は48時間後。

 例の捕鯨船とACCを中継基地とし、空と海からダイアモンド・ドッグズの今出せる全戦力で上陸を試みることになっている。

 ヘリポートを人々が慌ただしく行き交う中、スネークは森林用の迷彩服姿でさっそく準備を終えていた。スカルスーツの有用性は十分に感じていたが、できるならばイーライと和解の道を探したい。

 カズの苦悩を察し、部下にはああいったが。せめて自分だけはその努力をしたくて、この姿を選んだ。顔と顔を合わせ、少年兵とイーライ、肝胆相照らすことで……そうできればいいのだが。

 

「………………」

 

 ふと、ヘリポート脇に1人ポツンと存在しているコードト―カーに気がついた。

 周りの兵達は忙しくしているというものあるだろうが、そこだけはなにかのパワースポットのように穏やかな空間が出来ている。

 そして老人は、自らの部族の言語。ナバホ語で1人呟いていた。

 

「コードト―カー?どうしたこんなところで」

「――蛇か」

「誰か呼んだ方がいいか?」

「皆、忙しそうだ。私はここで日に当たっていればいい」

「そうか」

「蛇よ。いや、ビッグボス」

「なんだ?」

「カズヒラに、気をつけろ」

 

 そういうとコードト―カーは再びゴニョゴニョと呟き始めた。

 寝ているのか!?とも思ったが、声がかけずらく。彼の望むように放っておくことにする。

 

(カズに気をつけろ、か)

 

 彼は今回の遠征についてこないことが決定している。

 理由はいろいろある。疫病騒ぎが終息したばかりだし、拘束しているヒューイの監視。さらにシオラレオネの政府との交渉が必要だった。

 彼等の鼻先でドンパチやろうというのだ、変な気を起こして正規軍など動かされてはたまらない。そういう話だったのだが……。

 スネークは黙ってコードトーカーが発した言葉の意味を噛みしめる。

 

 苦みからはじまる、不快な味が口の中に広がっていった。

 

――カズヒラには悪いが、ボス

 

 ブリーフィングの後、スネークに近づいたオセロットが口を開いた。

 

――ここまで事態を悪化させたのはあいつ自身だ。今回は遠慮してもらったほうがいい。冷静になってもらわなくては困る、最近どうも様子がおかしい

 

 すでに部屋を後にしたカズの後姿を思い出す。その背中からはスネークは不思議となにも感じることはなかった。




次回未定


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幻の大地

再開!再開!再開、します。
頑張って、テンション上げていこう。


 村の中には死の影が色濃く、まだ意識が残っているらしい大人達のうめき声がそこかしこからあがっている。

 だが、反対に海岸の方角からは輝く太陽の下で楽しげに遊んでいるらしい子供達の笑い声がする。

 貧困と暴力がはびこる世界に生まれた子供達が、生まれて初めて彼等を抑えつけ、殴りつけ、犯し、屈辱を味あわせる大人達の手から解放されて日々の自由を謳歌している。

 

 そのかわりに彼等の両親が、兄が、姉が、祖父母が。皆が弱って死にかけていた。

 

 子供達にとって最高に痛快な出来事だった。

 世界はこれほどに自由で、とても美しい世界だと彼等は初めて知った。

 大声を上げてもいい、泥だらけになってもいい。なにより自分達が嫌で、大人達が望むことをまったくしなくていいのだ。

 

 自由。

 ただの自由、だけしかなかった。

 

 

 そりゃ、彼らも子供らしく。最初はメソメソと弱っていく家族を前に泣いていた時期もあったが。

 すぐにそんな事を忘れて外に飛び出していく。医師も、人も来ない状況ではどうせ家族は助からない。一人残されるつらい現実、そのときが迫ってくる前に、”自分のほうから”力を手にして飛び出していくほうが断然いい。

 

 そして大人達が彼等が触れないようにと隠している食料と、大人達が得意顔でみせつけていた武器。銃と弾丸をもてるだけ手に入れることができたのであっさりと”死にそうな家族達”とオサラバする。

 

 

 

 そんな家族から離れていった彼らには大人とは違う、新しい支配者がついた。

 巨人の下腹に腕を組んで座る――防疫スーツを着た奇妙な少年。少年兵達の中の誰よりも戦士らしい彼が、王のように振舞う少年が、彼等の新世界での主人だ。理由はわからないが”彼らの周りの子供たち”がそう言ったのだからそうなのだろう。

 そうして無知な彼らは、自分たちの家族を死に至る病を振りまいた元凶にあっさりと膝をついた。

 

 奇妙な新たな島の支配者は時折、熱に浮かされたかのように彼らを自分の足元に集めては演説を行った。

 この島の少年たちには彼の言っていることはよくわからなかったが、彼もまた誰か言う大人がこの島に来ることを待っているらしいということだけは理解できた。

 その大人たちを皆殺しにすることがとても重要なことなのだという。

 よくわからないが、戦争するというかっこいい言葉に、引かれたから子供は武器を振りかざして「一緒に戦おう。奴等は皆殺しだ」と繰り返し口にした。親の、大人達の武器はすでに自分たちが持っている。あとは殺す相手――知らない大人たちが姿を現せば、見事に彼らを殺してやればいいだけだ。

 

 とても。

 そんなことはとても簡単なことだと、少年達は少年兵に混じって考えた。

 

 少年兵達は、彼等の王――イーライ――から何かいわれているのだろうか。無邪気にしている彼らと笑って遊び、笑って食い、笑って銃の撃ち方を学ばせ、笑って銃弾を解体してガンパウダーの味を楽しませ、ハイになってもっと笑いあっていた。

 少年兵の毒が、真っ白な子供時代を送っていた普通の少年達をあっというまに犯していくように。気がつけば彼らはもう数日、家に戻っていないがそんなことも気にしなくなっていた。

 

 

===========

 

 

 上陸まで後数時間、作戦開始まではわずか。

 スネークはいつものようにスクワッドと別れ。ピークォドにクワイエット、DDと共に乗り込んでいる。

 無線ではマザーベースに残ったカズから最後の情報と確認がおこなわれていた。

 

『こちらマザーベース。最新の情報が入ったので、それから伝える。まずは聞いてほしい』

 

 例の最後の取調室でのイーライとオセロットのやり取りが再生される。

 この後、勝手に無人のまま動き出したサヘラントロプスと子供達を強奪してイーライはマザーベースから去っていった。

 

『医療班では、イーライの咳は声帯虫によるもの、との見解が出ている。感染の初期症状だというのだが、コードト―カーの話では声帯虫は変声期前の子供には無害だという。つまり――イーライは大人になろうとしているのかもしれない』

 

 兵士の中には、まだ回収した子供達とこれから戦場で相対することに納得できない連中もいると思われる。

 だが、戦場では相手が誰だろうと関係ない。特に今回のようにイーライ、XOFと3つ巴の可能性がある場合。弾丸がどの方向から飛んでくるのかなんて気にしていられなくなる。

 

『――そしてコードト―カーの話では彼の喉に住みついた虫なんだが。英語株ではないか、と』

「スカルフェイスの最後の虫。英語で繁殖する3つの声帯虫か。

 だが、あれはすでに1つ使われていたし。残りはあの場で俺が処分した」

 

 目を伏せたまま、無線の言葉に思わずスネークは反応を返したが。その言葉を聴いたクワイエットは視線を窓の外へと向けた。

 唯一使用された英語株の声帯虫はスカルフェイスによって、このクワイエットの喉に仕込まれたものだった。

 だが、彼女はそれを沈黙を守ることで封印している。その封印は硬く、これまで一度として破られたことはない――。

 

『知っていると思うが、今はサイファー、XOFにも声帯虫は残っていない。全て俺達が回収したからだ。つまり、この世界で声帯虫が活動できるのは俺達のダイアモンド・ドッグズだけ。それではかの地で蔓延している奇病の説明がつかない』

 

 声帯虫は変異して再びダイアモンド・ドッグズに牙をむいた。

 その毒の猛威はすさまじく、多くのスタッフが、兵士達が病に倒れて死んだ。

 その骸も、そのまま墓の下に葬られることはない。体を火で焼き、徹底して毒の汚染が残らないように真っ白な灰となることでしか残れない。

 

『残念ながら先行している諜報班も島自体には近づけず、これ以上の情報は得られなかった。この推論も、いまある俺達の手元の情報から可能性をあげただけにすぎん。時間があれば、サンプルを持ち帰ってはっきりとさせたいところだがそうもいかないだろう』

 

 島について、直接その村を見なくてはわからないが。

 少年兵とサヘラントロプスを無力化したとしても、新たにばら撒かれたこれら声帯虫を残しては立ち去れないだろう。

 

(マイナス1ポイントか。イーライ、わかっててやったとするなら見事だ)

 

 まさに戦場の申し子、ビッグボスの息子を名乗るだけはあるということか?

 嫌、オセロットが言っていたではないか。赤い髪の少年、そうか。

 あの時、燃える火の中に投じた2本のアンプル。それが燃え尽きる前に手に入れることが可能なのは超能力を持ち、ダイアモンド・ドッグズから2足歩行戦車を文字通り”飛ばした”あの少年の力がなければ無理な話ではないのか。

 

「クワイエット、DD……厳しい戦いになるぞ。お互い、無事に帰ろう」

 

 それまで窓の外を見ていたクワイエットはそれを聞くと、自身のライフルを手にして黙々と点検を開始し。DDはスネークに首を傾げて答える。

 俺の相棒達はいつも頼もしい。

 

「こちら、スネーク。俺の部隊はいるか?」

『全員、眼が冴えて仕方ありません。ボス』

 

 ゴートはいつも冷静だ。

 最初と2代目の隊長がそろい、それぞれ隊長、副長として動くいまのスクワッドにスネークが注文することほとんどないといっていい。

 過酷な戦場を生き延びてきた彼らへのスネークの信頼はほかと比べて頭ひとつぬきんでており。正直に言うと、カズがスネークにともってくる任務も今の彼らならば安心して任せることができる、と本気で思っている。

 

 今回もスネークは彼らにスカルスーツの着用を命じていた。

 スネークと共に過酷な戦場を行く彼らだが、倒れる者も多い。結成して1年たたずしてすでに3度の編成も、その度の人の出入りも多い。

 さすがに今回もどうなるかわからないが、相手が誰であろうとも全力をださずして犠牲をこれ以上増やすわけにはいかなかった。

 

 問題だったフルフェイスマスクはいつでも簡単に着脱可能がしやすくデザインを変更され、言葉の問題も胸周りの装置によって開発班が解決してくれた。今のスクワッドに、死角はないと断言してもいい。

 

「戦闘開始、2時間前だ」

『わかってます、自分達も待ち遠しくてたまりません』

「お前達はダイアモンド・ドッグズの中でも選りすぐりの強兵達だ。自分を守り、仲間を守り、勝利する。そのためにベストを尽くせ。お前達の判断は、俺の判断だ。俺はそれを常に支持する。その意味を考えろ」

『ビッグボス、我々は常にあなたと共に戦場に立つ覚悟はできています。一人で行かせはしません、離れませんよ』

 

 おぞましく、忌まわしい戦争が始まろうとしている。

 核兵器にもできた機械の巨人をトロフィー代わりに、大人と子供が”正しく”殺し合う戦場の息吹をスネークはもうすでに感じている。

 子供達の楽園にむかって、殺意を纏った大人達が攻め込んでいくのだ。

 誰の血が、どれほど流れるのか。

 

 それがまた、想像もつかないのが恐ろしい……。

 

 

===========

 

 

 オカダ諸島。

 それは大小(といっても、大がひとつで小がふたつ)3つの島からなる。

 

 マスクをしたスネークと相棒達は、村のそばの海岸から上陸を果たした。

 うちよせる波を嫌ったわけではないだろうが、クワイエットは砂浜からさっさと姿を消すと。村で一番高い櫓のうえに居座って四方を監視している。スネークはスクワッドと合流すると、DDを先頭にゴートとウォンバットを連れて村に向かい。残りはアマダが率いて姿を消す。

 

 村に着くと、DDは途端に鼻を地面に近づけ悲しげに細かく泣き声をあげだした。

 聞かされていたとおり、村には声帯虫は撒き散らされ。動けなくなった大人達はすでに全員が発症して死んでいる者もいた。

 

(死の村だ、なんてことをイーライ)

 

 子供特有の残酷さ、それだけでは説明のつかないひどい光景がそこにあった。

 医療班で声帯虫の治療にも携わっていたウォンバットも、彼女が目にしたマザーベースの地獄に負けない悲惨な現場に言葉がなかった。あの夜、彼女は同じく新人のワームと共に危うくあの少年を撲殺しかけたこともあったが。

 この惨劇を起こしたのがあれだとわかっていれば、むざむざ生かしてなどおかなかったのに――などとありもしない過去と未来にめまいを感じている。

 

 自分たちが疫病に感染したと信じるまだ意識のある大人たちからスネークは愕然とする情報を聞き出すことができた。

 村で疫病にかからず残っていた島の少年少女たちが、ここ何日の間に姿を消して死に掛けている家族の元には戻ってきていないのだという。

 スネークは彼らの身に何が起きたのかをすぐに悟った。

 

「――この家に、武器は?銃はあるのか?」

「ある。棚、あそこの……」

 

 スネークは立ち上がると、背後にたつゴートにうなづいてみせる。彼も理解したというように無言でうなづき、家の外に出て行く。

 案の定、家人のいう場所に銃は弾丸と一緒に消えている。

 ゴートもこの近くで意識のある家の人間に、同じことを聞いてくるはずだ。

 

「なくなっている。どうやら子供が持ち出したようだな」

「そんな……」

「子供たちがいそうな場所、わかるか?」

「海岸、海岸沿いに――」

「他には?」

 

 海岸は今、ダイアモンド・ドッグズとサイファーが送り込んできているXOFで陣取り合戦が始まっている。そんなところにイーライが少年兵を連れて待ち構えているとは思えない。そもそもにしてサヘラントロプスの姿が確認されてない以上は、別のところにいるのは間違いない。

 

「森、島の中央にあるんだ。綺麗な、滝が。子供達が遊ぶ――」

「わかった。とりあえずあんたは横になっているんだ。今から俺が、子供たちの様子を見てこよう」

「あっ、あの子達は本当に子供なんだっ。武器を持ってはいるが、危険じゃない」

「わかってる。無茶はしないさ、刺激しないように近づく。まかせてくれ」

 

 もう手遅れだろう。

 イーライ達は毒となり、彼等を即席の少年兵に変えてしまっているはずだ。そうでなければ、助からないとしてもこんな姿の家族を放り出して家に戻らないなんて事はしない。死に逝く家族というつらい現実から目をそらしたくて、少年兵達のあとをついていってしまったのだろうが。

 

 不幸な家を出ると、向かいの家からウォンバットが出てくるところだった。

 

「どうだ?」

『駄目でした。全員です』

 

 それは村の全員が助からないという意味だった。

 ただの声帯虫のはずなのに、いくら島で唯一の村だからといっても、この村の惨状には理解できないことがウォンバットにはあった。

 

 確かに兵器として生み出されたとあって、この声帯虫は感染力は強い。が、この村ではマザーベースで見られた症状のズレがまったく見られないのである。

 村の大人たちは、ほとんど同時期に全員が感染し。ほとんど全員が同じく末期寸前まで進行をして死にかけている。まるで”そうなるように”と操作されたようにも感じられるのだが、訳がわからない。

 

 ゴートも戻ってきた。

 やはり、別の家の子供も数日戻ってきていない上。武器も食料も消えていたらしい。

 

「どこにいるか、言っていたか?」

『海岸線の洞窟や、砂浜。あとは島の中央にある滝だと』

「海沿いはないだろう。サヘラントロプスがいれば姿が確認されているはずだ」

『XOFも気がついているでしょうか?』

「奴等は俺達と違い、イーライや少年兵はどうでもいいはずだ。サヘラントロプスの姿が見えないと、最初から森の中を怪しんだはず」

 

 サイファー、XOFはどうやら村は最初から見捨てているようだ。

 彼等を一人でも回収しているようなら、声帯虫のサンプルを手にしたはずだが。自分たち以外にここを訪れた者もいないようだ。

 

(スカルフェイス、奴の意思に関係あるものすべても時代から抹消する。予想はしていたが、現実にここまで徹底されているとな)

 

「ゴート」

『はい、ボス』

「俺はこれからオセロットと話しながら、クワイエットとDDをつれて先行する。目的地は……」

『滝、ですね?』

「そうだ。お前達、なにか用意をしていたな?ここにも使うつもりか?」

『……念のため、と。ボスが反対されるなら、やりません』

「そんなことは言わないさ。お前たちのやりたいようにするといい――アダマの方は順調に終わるな?」

『彼なら大丈夫だと、自分は思っています』

「なら、スカルスーツを着ているんだ。俺たちに追いつけるはずだな?」

『追いつきます、ボス』

「ならここで別れよう。また、後だ」

 

 スネークはそれだけ口にすると、DDの尻に手を置き。無線に一声「クワイエット」と呼ぶと、村の外に向けて駆け足になる。

 防疫マスクをしているからじゃない。

 死に満ちたその村から、今は一刻も早く離れたかった。そうせねば、ならなかった。

 

 もはや彼等を助けることはできず。真実も、そしてこれからこの島で何が始まるのかも――自分たちが何をしに来たのかも教える必要はない。

 いや、そんなことができるはずがないではないか……。




また明日。


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戦況報告(1)

 サイファーは島の北側にある砂浜に上陸ポイントを設置すると、そこに次々と白い防疫スーツに身を包んだ兵士達があらわれた。

 彼等はすぐにもテントを張り、電装機器を並べ、後続の部隊をそこへと導く準備にとりかかる。

 

 彼等、スカルフェイス亡き新生XOFが順調だったのはそこまでだった。

 森林より飛び出しすのは4つの影。それはスネーク率いるダイアモンド・ドッグズの髑髏部隊。スカルスーツに身を包んだアダマが率いるスクワッドであった。

 慌てて武器を手にするXOF兵士の間を彼らは飛んで、跳ねて、撃って、斬りかかってとスカルフェイスのスカルズのようにあちこちで無言のままに制圧し。上陸してきた船にC4爆薬を貼りつけ、無線機器を穴だらけにし、必死に抵抗しようとする自走砲の直撃弾を平気な顔で受け流したあとでとりついて砲塔をひん曲げる。

 15分とかからず、スクワッドはサイファーの上陸ポイントのひとつを潰すとすぐにその場から立ち去っていく。

 

 

==========

 

 

「オセロット、スクワッドが最初のXOF上陸地点を制圧完了」

「よし、彼らにはボスを追わせろ。ゴールドとフェニックスチームに、そこから南側のポイントを攻撃命令を出せ」

「了解」

「聞いたな、ボス?こっちは出遅れた、半日ほど」

『ああ。だが、泣き言を言っても仕方がない』

 

 サイファーの方が上陸と展開がわずかに早かった。

 沖にマジェスティク級航空母艦とおぼしき姿が1隻あり、北の海岸にはすでに複数の上陸ポイントが設置されていることは確認した。それでもサヘラントロプスはまだ捕捉していないようだが、島のあちこちにはすでに彼等の姿があるらしい。

 オセロットはまず、遅れた分を取り戻す意味を込め。複数個所から上陸してくるXOFの上陸ポイントを潰すことから始める。もはやそれは時間稼ぎ程度の意味しかないが、これ以上の後手に回るのだけは避けたかったのだ。

 

 その間にスネークとスクワッドは島の中央へと侵入。先に森の中に分け入っているであろうXOFより、はやくサヘラントロプスを抑えるしか、チャンスはない。

 どうやらスカルフェイスの最後を知っているようで、海岸線にはダイアモンド・ドッグズにも負けない戦闘装甲車両がならべてあるところもあるようだ。

 

 

(火力で圧倒する、それは必要だが。XOFとうちとで削りあうのは出来れば避けたい)

 

「ボス、やはりXOFとの戦力差が厳しい。こっちは時間稼ぎに入っているが、それ以上にサヘラントロプスの姿を確認していない今の状況では動きようがないぞ」

『出来るのはせいぜい嫌がらせくらいか。もっと明るい話題はないのかね』

「大陸の諜報班からひとつある。シオラレオネ政府は正規軍を動かさない。ここで何が起きているのかも知らないふりをしている。とりあえず、今は』

『4つ巴、それは避けられたか――』

「どうだろうな。状況がわかるまで、動かないだけかもしれん。それに、勘のいい海外メディアの連中が騒ぎを聞きつけるのも時間の問題だ」

『……マズイな』

「ああ、そうだ。だが、それは彼らがどうこういうことじゃない。サイファーはサヘラントロプス捕獲にやはり短時間で決着をつけるつもりなのかもしれない」

『うち(ダイアモンド・ドッグズ)の算出した、開始から任務終了までは?』

「6時間、なにかあっても7時間以内に撤退する計画だった」

『じっくりと攻略、とはいかないか。老人にはきつい現場だ』

「都合のいいときにだけ”老人”になるのは爺さんになった証拠だというぞ、ボス」

 

 違いない、そういって笑うと連絡は終わった。

 冗談でも言わないとやってられないのだろう。オセロットは内心ではスネークに言ってやりたかった。「ボス、あんたはなにもかも引き受けすぎる。彼等(少年兵)はカズヒラの問題で、あんたが気にするようなことじゃない」と。

 だが、わかっていると頷いてもあの男はやはり思い悩むのだろう。

 

 アウターへブンとはビッグボスのものだ。

 彼があるといえばあり、ないといえばないのだ。

 だが、あの男は。彼は自分の語る夢に集う部下たちを愛し、彼等の願いまでも汲み上げてやりたいと考えてしまう。それはまさに……。オセロットの心に、棘に刺さったかのような痛みが走る。

 

 一瞬、穏やかに任務の進行を見守っていた、最前線の砂浜に設置されたダイアモンド・ドッグズ上陸ポイントにいる兵士達の背中に冷たい汗が流れると。思わず手元に武器をひきつけ、安全装置をはずしていた。

 なんだ?なにかあったか?

 周囲をすばやく確認し、お互いが勝手に緊張して動いていたとわかって苦笑いを浮かべた。

 

 だから気がつかなかったのだ。

 わずかな間であったが、あのいつも冷徹なオセロットの表情が、うつむいて地図に集中している風の彼が一変するところを。

 突然現れた彼等の間のおかしな空気が去ると、司令部はまたもとの任務へと戻っていく。

 

 

==========

 

 

 最前線で指揮をするオセロットとの連絡を終えてスネークはクワイエットの顔を見た。

 森林の中とあって、小ハエ等の虫が彼女の周りにも飛び回っているが。本人はいつものように無表情のままだ。

 それでも、その場違いな格好のせいで肌を流れ落ちる汗が、艶めかしく見えてしまうのは多分、男としては間違っていないはず。目の保養ではないが、そんな彼女を見た理由がスネークの前に広がっていた。

 

 XOFの隊員らしい、

 白の防疫スーツを着た兵士達が森の中で次々と死んでいる。

 数時間前まで生きていた彼等がそうなった理由、それは自然の中に混ぜるように配置されていたブービートラップだ。

 

 ある者は首を吊りあげられ、ある者は大木に挟まれ、叩きつけられた上に削り取られた先端でもずのはやにえ状態にさせられてるのもいる。

 空中で炸裂するタイプの地雷だったらしく、地面に血まみれになって倒れているのもいた。

 

 スネークはひとつため息をつくと電子葉巻を取り出してくわえた。時間はないのに、余計なことばかり増えていく。

 クワイエットはその間に、落とし穴に落ちて力なく泣き叫ぶのを止めないXOF兵の頭を狙い、撃ちぬいている。

 

「ベトナムの再現、だな。これは」

 

 かつての世界大戦での勝利を忘れられず。再び小国を労なく屈服できると信じた愚かなホワイトハウスの住人達が、しでかした呪わしい敗戦の記憶。最終的に彼らは同じように再び核兵器すら使おうと考えていたらしいが、あの時の時代がそれを許さなかった。

 

 XOFの哀れな兵達は、子供達の再現しようとする”小国”に攻め入ってきた愚か者として。あの時の米国兵よろしく、こうしてジャングルの中のオブジェとなっている。

 それが意図したものかどうかはわからないが、スネークはこの時になってようやくのことあのイーライという少年が。小さな体の中に真に化物の本性を持っているということを認めなくてはならなかった。

 それは小鬼では決してない。スカルフェイスのように互いの鬼をさらして見比べるような趣味はないが、つき合わせればそれは醜く獰猛な鬼がそこにはいるのだろう。

 

 

 DDがワンワンと吠え、スネークは自分のところに追いついたスクワッドと合流を果たす。

 

「みんな、ちょっと話を聞いてくれ」

 

 そういうとスネークは情報端末機を取り出し、地図を表示させる。6つの髑髏がそれを囲んだ。

 

「ここから北に進んだところに山道があるようだ。連中の部隊の1つが、そこを進んでいるのをここに来る前に俺達が確認している」

『……』

「スクワッドはこれからそこへ行って、道を封鎖しろ。クワイエットとDDも連れて行け」

『ボス!?お1人でサヘラントロプスに会うつもりですか!?』

 

 アダマが思わず声を上げる。

 他から声はないが、マスクの下にいるほかの5人も同じ思いでいるのだろう。スネークは前に広がる光景を顎でさすと。

 

「見ろ、DDがこの先の罠の多さに閉口してクルクル回っている。俺の後ろを歩かせるならクワイエットなら行けるだろうが、戦闘は無理だ。森のどこに罠があるのかわからない、偏執的にびっしりと仕掛けられていることだけわかっている」

 

 スクワッドは、自分達がイーライを確保したマサ村でのあの異様に仕掛けられた罠の数々を思い出していた。

 あれがこのジャングルの中でも再現されているのだろうと想像がつく。

 

「だから俺一人で向かう。ここから先は、大勢でいかない方が身軽でいい」

『しかし、ビッグボス。あなたになにがあっても自分達は助けることが出来ません』

「そこは――俺の長年の勘に賭けるしかないな。それに、わかっているだろうが俺はイーライとできれば戦争はしたくない。もうすでに十二分に血は流れている、これ以上はやりたくない。出来ることなら、な」

『それはわかりますが……』

「こっちも一人なら、いきなり撃ち合いにはならないかもしれない。俺はイーライ達と、まずは話がしたいんだ」

『それがボスの命令だというなら、従いますが』

 

 やはり戦場で置いていかれる、その思いがゴートをはじめとしたスクワッドの考えなのだろう。スネークは思うところをすべて明らかにすることで、彼等に納得してもらわなくてはならなかった。

 

「山道に出たら、決してそこから森の奥へ向かうな」

『ブービートラップ、ですね』

「ああ、そこを進んだサイファーの連中もひどい目にあってるだろう。お前達もそれに続くことはない」

『それでは、なぜ?』

「もし――もしも、イーライと戦うとなれば。動きのとれないジャングルであいつは戦わないだろう。広い場所に移動する、海岸かそれとも――」

『村、ですね。あそこなら動けない、抵抗できない大人達しかいない。彼らを人質にできる』

「大人を憎んでいる少年兵達だ。彼等を盾には使っても、助けようとはしないはずだ。それをさせたくない」

『わかりました』

 

 続いてクワイエットの前に立つと、その肩に手を置く。

 

「話を聞いたな。スクワッドを守ってくれ、クワイエット。DDもな」

 

 別れ際にDDの顎を撫でると、目を細めたDDは一度だけ吠えてスクワッド達の元へと駆けていく。

 そうしてスネークはただ1人、ジャングルの奥地を目指した。

 生命の溢れる世界、季節を無視するように暑いあの日のジャングル。それは違うのに、間違いなくそこにあった。

 

 

 

 オセロット達本隊も、ついに動けなくなった。

 相手の上陸地点を2つ、3つは上手く潰せたが。さすがに向こうもそのままこちらを放置してはくれなくなった。

 

 まだ攻撃こそ受けていないが、向こうの戦力は徐々に集結を始めている。

 サヘラントロプスを確認したのか。それともすぐに動けるようにと準備を始めているのか、わからないが。こちらもその時を想定して、戦力を集めながら移動させなくてはならなくなった。

 

(時間稼ぎは終了か。イーライ達を確認した後。奴らはきっと村になだれ込んでくる。ボスもスクワッドも、そこで決着をつけたいとは考えないはずだ。ならば、どこで?)

 

 同時にオセロットはこの島での戦後処理についても考えなければならなかった。

 

 恐れていたように声帯虫の猛威によって島の住人達は発症してしまっていることは確認した。まだ辛うじて意識を残し、わずかにだが会話も出来るのがいるらしいが。誰も助けることは出来ない。

 医療斑の予測が正しければ、明日の昼までには物言わぬ村へと変わっていることになる。

 

 医療班は戦闘終結後に劇薬の農薬を島に散布することで、声帯虫の環境を狭くする方法が良いと提案していた。

 だが島の外の状況に予断を許さぬ以上、蔓延してしまっている声帯虫に生ぬるいやり方で時間をかけるわけにはいかなかった。

 

(カズヒラ、高くついたなこの戦い。貴様も、ボスも、俺達も。全員が無事にはこの戦場を去ることは出来ないぞ)

 

 忌々しい、憤りを感じる。

 たった一人を除いて秘密にしなくてはならない2重思考のルール。それがオセロットを苦しめ続けている。

 そうなのだ。カズヒラ・ミラーはもちろんだが、実を言えばこのオセロットにもこのような苦境に迷い込んでしまったという責任がないわけではないのだ。

 

 部下の一人が報告に駆けつける。

 

「オセロット、ビッグボスの報告のとおり。やはり村には大人達が。死にかけてますが、残っています」

「……発症しては俺達でも助けられない。移動させようにも時間も人もない。放っておくように兵士には徹底させろ、今後は接触も禁止する。すぐに村から退去させろ」

「了解です」

「だが、見張りに何人か残しておけ。戦闘には絶対に参加させるなよ、情報が必要だ。XOFが本当に村に侵入しないか、しっかりと確認したい」

「わかりました」

「作戦終了の合図があるまでは、観測手を続けさせろ。回収ルートもちゃんと用意してやれ」

「3人、でどうでしょう?」

「まかせる」

「了解、すぐに取り掛かります」

 

 あえて言わなかったが、あのイーライが村を放って置くはずがないのはわかっている事だ。

 どの道、あそこは戦場になる。その時、サヘラントロプスの相手がXOFか、ダイアモンド・ドッグズか、その誰かはわからないがきっとそうなる。

 戦場では巻き込まれた奴に死に方は選べない。非情だが、それも真実だ。

 

「やはり、焼くしかないか」

 

 ここでの戦闘時間はXOFとビッグボス。2つが接近して競いだしたことで徐々に短縮されようとしている。

 それは同時に、戦闘終了後にも自分たちがここでノロノロとしていられなくなっていることにも繋がる。

 

 声帯虫をこの島の大地に残して置くわけにはいかない。

 虫によって死んだ大人たちを世界に公表させるわけにもいかない。島に現存するあらゆるものを徹底的に破壊し、奪いつくさねば。

 シオラレオネのある本土にも、もしかしたら疫病として飛び火しているかもしれないが。それはカズヒラの諜報班に後で調べさせて何とかしてもらうしかないだろう。

 

(ボス、イーライはまだ見つからないのか)

 

 1時間前、すでにビッグボスは部隊と2手に別れて1人奥地へ向かったことは連絡を受けている。

 オセロットの見るところ、そろそろXOFの先行部隊とサヘラントロプスは出会ってもおかしくない時間だ。ボスがイーライとの話を望むならば、そこに彼が割り込んでいくしかない。本格的な銃声が鳴り響いてからでは、その機会も失われるからだ。

 

「島の高高度に待機中の支援班に連絡しろ。そろそろ島の中央が騒がしくなる頃だ。それを絶対に見逃すな、とな」

 

 そしてちょうどこの時、島の中央でも戦況を変えるような動きが生まれようとしていた。




また明日。


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父と子

 スネークは岩陰に隠れる。

 持っていたG3ライフルはカスタマイズされていて、PSGとうそぶいて狙撃銃にもなれる高品質なものだ。

 マウント部分には切り詰めたショットガンを用意し、軽量化を図ってストックは肉抜きがしっかりとなされたプラスチック製で仕上げてある。

 

 銃口の先端についたサイレンサーをはずす。これはもういらないだろう。

 続いて背中の6連グレネードを確認、ハンドガンはグリップに埋め込み式の赤外線の確認をしてホルスターにしまう。

 

 罠だらけだったジャングルは、数分前に抜けることができたようだ。

 ただの森が続いていて、その奥からは聞き違いではないだろう。子供達と思われる陽気な笑い声がここまで聞こえて来ている。

 

 だが、スネークが見ていたのはそこへと列をなしてゆっくりと進むXOFの部隊の背中だった。

 

 スカルフェイスは死んでも、CIAが抱える実働部隊となれば実力もそれなりだということか。直線状に展開する彼等の動きは、スネークの目から見ても悪くないものだった。

 そして彼等の様子から、あきらかに少年兵などに興味はなく。サヘラントロプスだけをどう確保するのかを考え、行動している風だった。

 

(今、あいつらに仕掛けるべきか?)

 

 まったく無駄な、自分への質問だった。

 答えはノーだ。イーライと話が出来ないなら、彼等を助けるような真似をしても無駄なことだ。スカルフェイスの時と同じく、争う双方の最中に割って入ってきて子供達は暴れ回るだけだろう。

 

――本当にそれでいいのかい、スネーク?

 

 亡霊だ、亡霊の声だ。

 自らの中に生み出した。たった一人であるはずのドッペルゲンガーが、なぜこれほどまでに増えてしまったのだ?

 スネークは自分の口の中が急速に乾くのを感じる。

 視線を声の方角には移さないまま、答えもせずに無視を貫く。

 

――ボスは冷たいな。それはちょっと、あんまりじゃないのか?

 

 片膝をつく自分の隣に立って見下ろしているのは誰か。スネークは”見なくてもわかっていた”。名前だってわかる、それは俺のせいで出てくる亡霊だから。

 

――僕には何も、ないってのかい?ひどいよ、ボス

 

 ”小さな戦士”。だが、俺は知り合ってからずっとお前を大人として扱った。

 その命を、俺と共にしようと手を伸ばしもした。英雄は伝説ほどよいものではないとも教えた。

 

 だがチコ、お前は俺の言葉を理解せず。出来の悪い弟子のまま、逝ってしまった。そのお前が、戦士になりたがる”子供達”となって俺に慈悲でも請うつもりなのか!?

 

 感情を乱してはいけなかった。細心の注意が必要なときであった。

 死者が幽霊となるんだ。だがあの少年たちはまだ生きている、目の前で。

 静か幼い思いをつぶやき、それを相手にされない悲しさからか。隣に立つ亡霊はすぐに消える。スネークの心も落ち着きを取り戻した。

 

 任務を邪魔することは許さない。

 ビッグボスの戦場に、余計な亡霊は必要ない。

 

 

 スネークと同じく隠れて互いにサインを送って確認していたXOFの動きが止まる。その中にいた狙撃手が周りに合図をするのが見える。

 これから大きく呼吸をして、一発ですべてを終わらせるつもりなのだろう。

 

 確かにあれの外装は劣化ウランとはいえかなりの硬度を持っている。ミサイルなどでも簡単には破壊できない、それならばまだ開いている操縦席のパイロットを直接狙うのは定石というものだろう。

 

 スネークは黙って彼等のそれを続けさせておく。そして子供達を見る。無邪気に笑い、小突きあい、楽しい時間を満喫している。自分達の足元に、死神達が寄り添うように集まってきているというのに。

 

 ジャングルの中を一発の銃声が響きわたった。

 

 サヘラントロプスの操縦席に立ち、王のように配下の少年兵を睥睨しているイーライにむけてついにXOFの狙撃手による一撃が放たれたのだ。

 だが、それは空中で火花を散って”なにかにぶつかったように”はじかれた。

 

(やはり、赤い髪の少年がいる!)

 

 かつて炎の男は自分に向かって撃ちこまれた弾丸を、全て飲み込んで吐き出すように炎の河を生みだしていたが。あれは別に本当に皮膚から体内に飲み込んだわけではなかったのだ。赤い髪の少年の力で防がれ、男が吐き出すまとった炎と共にはじき返した結果があれだったのだ。

 

 銃声に慌てふためいてそばの銃器に手を伸ばす少年兵達と違い、イーライはフンと鼻を一つ鳴らすとサヘラントロプスの小さな座席へと滑りこむ。鋼がきしむような音を立て、怒りを秘めた巨人サヘラントロプスは静かに起動する。

 

 子供達の楽園を守る守護神。

 足元の歓声をうけ、XOFの部隊に向けて足を踏み出したサヘラントロプスにさらなる激しい猛攻が加えられる。ライフルが、狙撃銃が、グレネードが、ミサイルが。大人の兵士達から遠慮お構いなしに撃ちこまれる。

 

 だが、それは全く効果はない。

 

 鋼の巨体が、屈伸から猛然と飛び込んでくるサヘラントロプスに早くも数人が潰されると。頭部のマシンガンが火を吹いて地上のXOF隊員の体をバラバラにして地面に叩きつけていく。

 

 

 マズイことになった。

 そこから逃げだしたXOFの数名が、よりにもよってスネークの方へと逃げてきたのだ。仕方なく、追いつかれる前にスネークはさらに大きく後ろへとさがっていこうとした。

 

 彼等は運がなかった。

 追いついてきたサヘラントロプスの足元から噴出してきた火で焼かれ。森の木々に燃え移る火の中で煙に巻かれて次々と人が倒れていくのを見た。

 

 一瞬、スネークの脳裏に隔離プラントで焼かれる部下の姿がフラッシュバックする。らしくないが、思わず足をもつれさせて地面に倒れこみ。前転につなげて勢いで立ち上がる。ここはむしろ脳を記憶で焼かれる苦痛に耐え切れずに無様に吐かなかった自分をほめるべきだろう。

 

 

==========

 

 

 そんなスネークの背中に少年の声が頭上からかけられてきた。

 

『親父、あんたは息子の俺に銃を向けるのか』

 

 炎の中に立つサヘラントロプスは、わずかにだが重心を下げると地上に立つスネークでも操縦席に座る自分の姿を見せてきた。

 

 やはり見つかっていたか。

 スネークはかがんでいた姿勢をやめ、胸を張ってこちらもイーライが見えるようにサヘラントロプスの前へと進み出ていく。

 

『見ろ!あんたはやっぱりここへ来た』

「出ていきたいなら一人で行けばよかった。お前が自分を大人というなら、好きにすればよかった」

『……それで?』

「もう一回だけチャンスをやる。今すぐ降伏しろ、そいつに乗ったまま大人に殺されたいか?」

『あんたが守ってやる、そう言いたいのか!?』

「違う、サヘラントロプスを返してもらう。そいつはダイアモンド・ドッグズのものだ。お前は好きに生きろ、興味はない」

 

 嘘ではない。

 ビッグボスの息子かどうか?そんな疑問すら、正直スネークにとってはどうでもよかった。カズが答えを求めた遺伝子検査も、本人にとってはそれほど重要なことではなかった。逆に”周りのため”に、許可したようなものだった。

 

『どう生きようと、どう死のうと、俺の自由。そうだ――俺は今、自由なんだ』

「本気で言っているのか?それが時代を、世界を敵に回すことになっても?」

『いけないか、親父!?世界を敵に回しても』

「イーライ……お前は、俺の息子じゃない。”ビッグボスの息子”なんてものは、いないんだ」

 

 イーライに「親父」と呼ばれることが苦痛で、スネークが心がおもわずチコの亡霊をよみがえらせたように。

 あのコスタリカの戦場でも惑うていた少年を諭したように、スネークは初めてイーライにむけて歩み寄ろうと。

 つい途方もない戦場に少年でありながら立とうとする傲慢さ、無謀さ、そしてそれが出来ると信じている自分の滑稽さがわからぬことへの若干の哀れみから向かい合おうとする。

 

 親子に涙の対面シーンはなかった。

 

 冬の熱帯のジャングルの中で、スネークの言葉が出た瞬間に空気が凍りつく。いや、寒気をは感じずには居られないほどにイーライの小さな体から、それを覆う防疫スーツの中から冷たい殺気があふれ出したのだ。

 

 純粋な嫌悪から来る憎悪。

 はっきりと示される殺意の塊。

 防疫スーツで読めない表情のイーライから呪いの言葉があふれ出てくる。

 

『あんたはいいさ。子供も作れない不能者だ、女の腹の中でそれが形を作っても。そうやって知らないふりも出来る。自分は関係ないと、平然と言い放っても許されると思っている』

「違う、イーライ。俺の言っていることは―ー」

『だが、生まれた俺はどうだ!?俺とあんたはただの親子じゃない。遺伝子に呪いを込められた存在。試験管の中でいじくりまわされ、配合に気を配り、不自然な形で優れた存在を生み出す――兄弟のための搾りカス!』

「何の話をしているんだ!?」

『そうか、あんたは俺の話には興味がないんだったな。なら、あんたの話をしてやる。親父、俺はあんたの思い通りになどならない!俺はこの呪われた運命から解放される』

 

 ついに激昂し、イーライはサヘラントロプスの操縦席から立ち上がると前のめりになってスネークを指さしてきた。

 

『そのためにまずは貴様を殺す!』

 

 ついに両者は決裂した。

 いや、やはり彼らはこうなってしまったのだ。

 

 イーライは操縦席へと座りなおすと、スネークはライフルを捨て、6連グレネードランチャーに持ち替える。

 だが、それよりも先に開戦の合図を下したのは、ジャングルの中にたつサヘラントロプスの頭上に飛来した戦闘機群の落としていったミサイルの束であった。

 オカダ諸島の中央付近で連続した爆発音と衝撃波が生みだされ、炎と黒煙が空に吹き上がる。

 

 

==========

 

 

 山道の脇にせっせと罠を張っていたスクワッドの全員の体に緊張が走った。

 この騒ぎ、サヘラントロプスになにかがあったのは間違いない。

 

 ビッグボスとは切り離されはしたものの、今回もスクワッドとして彼らの目的はビッグボスと同じくサヘラントロプスの奪取にある。

 

 それは以前、スカルフェイスの髑髏部隊をいなすことで。ビッグボスではないただの兵士達がそいつらを攻略するまでに導かれたことと同じように。今回も前回のサヘラントロプスを参考に、スクワッドなりの攻略法をいくつか用意していた。

 

 だが――。

 

「リーダー。やはりここだとプランBは難しそうです」

 

 ワームの答えに、ゴートとアダマは即座に頭を切り替える。

 

「罠ひとつだけで、あの鋼鉄の塊をとめられると思うか?」

「先ほどの音。目標はもう動いているはず。どうせ今からでは時間ありません」

 

 以前と違い、マスクをしても無線通信は出来るが。さらにフルフェイスマスクの着脱も数秒で可能となったおかげで、こうして任務中にあってもマスクを外していることも容易になった。

 これは副司令官が誇る、ダイアモンド・ドッグズの開発班の技術の勝利と言えるだろう。

 

『オセロットだ、スクワッド?』

「こちらスクワッドリーダー、ゴートです」

『今の爆発は聞いたな?』

「はい」

『ボスがサヘラントロプスと接触した。だが、先に攻撃を仕掛けたのはサイファーだ』

「ビッグボスは?」

『わからん。まだ通信が回復しない、お前達の役目は――』

「ボスから直接、指示は受けています」

『ならそれに従え、南のこちらではサーペントの班がXOFと交戦に入った。どうやらこちらからの挨拶の返礼らしい』

「どうするんです?」

『こっちはこっちで自分の面倒をみる。お前達はボスとサヘラントロプスに集中しろ』

「援護は期待できませんか?」

『部隊はあきらめてもらうしかない。だがLAVを2両、それとミサイルの発射権をお前達に渡しておく。必要なら好きに使え』

「――感謝します」

 

 前回の戦いを思うと、それではまるで足りないようにも思うが。ないものはしょうがないし、あっちを手伝えとも言われなかった。それで満足するべきなんだろう。

 

「スクワッド、注目」

 

 全員が作業を止める。

 

「戦闘が始まったと司令部のオセロットが確認した。予想通りなら、もうすぐここにサヘラントロプスと少年兵が来る」

 

 アダマは目を閉じた。

 無人だった以前のサヘラントロプスと有人の今のサヘラントロプス。どちらが優れているのか、それはまだわからないが。前回と違うのは、自分たちのそばにはビッグボスがいないということだけだ。

 

 だからこそ思い出さずにはいられない。

 彼が指揮をした部隊が、あのスカルズと死闘を繰り広げたあの瞬間の判断を。

 

 前任者のゴートは今回、あの時の自分と同じ判断を下した。

 そして多くの部下を失ったが、あの戦場を乗り越えて自分も今日に至る。再び同じ失敗を繰り返すつもりはない。

 

「改めるが、俺の口から聞いてもらいたい。今回の俺たちの任務、それは”サヘラントロプスの奪取”である。それだけだ、少年兵なぞ気にする必要はない」

「「……」」

「戦況は、決してダイアモンド・ドッグズに甘いものはない。

 まったく、ないんだ。

 現地政府はいつ正規軍を出動させるかわからない。再編されたXOFの実力は不明、だが明らかに充実している。なのにこちらは再度の声帯虫の攻撃を受け、弱ったままここに来た。

 オセロットはなんとかしているようだが、実際にサヘラントロプスに対処できるのは。俺達とビッグボスしかいないだろう」

 

 その言葉を聴いても6人の表情に変化はない。

 薄々はわかっていたことだ。自分達がビッグボスと征く戦場とは、それほどまでに凄まじく、厳しい場所なのだ。

 

「だが、ボスはイーライや少年兵を諦めたくなくて。今回、俺たちに命じて着用させたスカルスーツをご自分では拒否された」

 

 スカルスーツは見るものすべてに不快感を潜在的に抱かせるものだ。

 それでは話し合いもうまくいくはずもないだろう、とボスは笑って言うのだろうが。あのイーライが相手では、そんなことは関係ないのでは、とは考えない人なのだ。

 

「俺たちの任務はただひとつだ。サヘラントロプスを返してもらう、それだけだ。イーライも、少年兵達も忘れろ」

「抵抗したら、殺せ?」

「ウォンバット、違うぞ。俺たちの邪魔はさせるな、と言っている。なぎ払う、押し通す、やり方はなんでもいい。とにかく俺達があいつらから奪うものを守ることは許すな」

「詭弁じゃないですか?」

「――やれやれ、新人達は文句が多いな。わかった、言いかえようか」

 

 フラミンゴが怒鳴りつけようとしてるのを見て、苦笑するとゴートは凛とした声で言い放った。

 

「俺達は、ビッグボスとイーライが戦うことを許してはならない!」

「え?」

「この戦いに、勝者はきっといないと思う」

 

 おかしな話だが、ゴートはビッグボスが、心中ではこの戦場に心を痛めていることを、漠然とではあるが恋する乙女のごとく想像し、感じ取っていた。同時に、それはこの戦いの後に栄光では覆い隠せぬほどの大きな傷を――少年たちを手にかけるという罪――生み出すことへの、痛みへの恐怖だとも。

 

「困ったことに、この戦場で勝っても栄光はさして喜べないくせに、負ければ奪いつくされるだけ。そんな戦争なんだろうと、俺は思っている。

 だからこそ俺達は、ビッグボスには。完全な勝利が必要なんだ。あのイーライとかいうサヘラントロプスに乗り込んでいい気になっている糞ガキを、ボスと戦わせてはだめなんだ」

 

 そんな終わりを迎えたい。

 嫌、そう自分達の力で終わらせられなければ、自分達の存在に意味はなくなる。

 

 ビッグボスの部隊は、イーライの思い通りになどさせない。

 勝利は常の如く、ビッグボスの為に!そこに暗い嘆きや苦しみなど、必要ない。

 

 

 リーダーのゴートの言葉が終わると、続いてアダマが情報端末Idoroidを取り出して地図を開いた。

 今回の作戦の確認をするためだ。

 

「山道が思った以上に細く狭く、そして支援班の物資投下が上手くいかなかったことで、時間を食ってしまった。

 我々は対サヘラントロプス案のDプランのみで、ここでアンブッシュ(待ち伏せ)を試みることとする。ワーム、説明を」

 

 空中に立体に表示されるエリアの一点を指で円を描きながら、ワームが説明を引き継いだ。

 

「開発班が隠れて開発、提供を申し出てくれた対メタルギア兵器。高出力電磁ネット地雷、31機を配置。

 これを全部連動させ、サヘラントロプスの脚部の神経網とそれを制御する脳のひとつを焼き切ろうというものです。成功すれば、サヘラントロプスの足は支えを失った組木となるはず。その場に崩れ落ちて、2度と歩けません。完全に足を破壊しつくします」

「そしてこのおもちゃを快く提供してくれた開発班には土産話を持ち帰ってやれるだろう。

 動きを封じた後は、次に少年兵達を無効化することになる。2足歩行戦車が動けなくなれば、時間を稼ぐのが彼らの役目になるからだ。抵抗を沈黙させた後、オセロットらと連携してサヘラントロプスを無力化しつつ回収して島を脱出することになる」

 

 それが最短で最上の策だ。

 全員で最後の確認を終えると、髑髏のマスクを装着して道の左右にある森の中へと身を隠した。

 わずかに森の無音の世界に耳を傾けていると、無線機に通信が入ってきた。

 

『スクワッド、こちら本部。サヘラントロプス、移動を開始!』

 

 もう話し合うことはない、戦うしかない。

 そしてこちらの戦闘準備はすでに整っていた。




また明日。


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待ち伏せ

 戦闘機の攻撃を受けたサヘラントロプスだが、イーライは防疫スーツに隠されてはっきりとはわからなかったが、あせる様子もなく平然と反撃を試みようとした。

 

 戦闘機が落としていったのはクラスター爆弾の一種のようであったが。それらは地上へと降り注ぐ前に、空中のある時点で次々と見えない大地に衝突したらしく。音と衝撃波のみをサヘラントロプスと大地に降り注がせたが、それだけで終わった。

 炎は不自然に森の上で床を這うコップの中の水のように広がるが、すぐに熱も一緒に消えていく。

 

 またしてもなにかが見えない壁を作ってサヘラントロプスを守っていた。

 森の中では鋼の巨人のバルカンが火を吹くが、火線となった弾丸は空中で弧を描くと力なく地上へと落ちていく。

 

『お前達、場所を移動するぞ!』

 

 イーライが号令をかけると、少年達は次々と武装した車両に乗って山道を駆け下り始めた。

 向かう先はもちろん、この島で声帯虫によって死にかけている村である。彼等は、人質で、そしてこの戦場では”盾”にもなってもらうつもりなのだ。

 

 

『~♪~~♪』

『こちらハリアー。目標接近、狙撃準備よし』

 

 数分後、さっそくスクワッドの待ち伏せ地点まで降りてきた。だがーー。

 

『ゴート、あれは……』

『ああ、まずいかもしれない。目標は列の最後尾か』

 

 アンブッシュを成功させたいスクワッドであったが。イーライはそれを読んでいたのか、それともたまたまだったのか。少年兵達の車列を盾にするように自分を先導させていた。

 

 嫌な予感が、あったのだ。

 

 試作型の高出力電磁ネット地雷は31機すべてを連動させるようにしていたため。発動直前までは誰かがオペレーターとして様子を見てやる必要があった。

 それを確認していたワームの情報端末機に、ちょうど先頭車両が地雷原に突入すると同時にエラーを告げるBeep音を小さく発生させた。

 トラブルだ。何が起きたのかは一目瞭然だった。

 

 走り抜けようとする先頭車の底にガタンと硬いものが吸い付く音がしたかと思うと、次の瞬間。青白い火花と人間の肉と骨が焦げ、血が不快な匂いと共に蒸発する音まで聞いた。

 

 乗っていた4人中、荷台の少年兵2人が地面に転がるように零れ落ちると、ガクガクと全身を痙攣させ。口と目から白い泡をぶくぶくと噴出し、煙が立ち上っている。巨人の足をつぶそうとした高出力の電力エネルギーにさらされ、彼等は当然のように即死である。

 

 だが、回転してようやく停止した車に残っていたほうがこれよりもさらに悲惨なことになっていた。

 突っ張った筋組織が思考をショートさせ、ハンドルや銃を握り締めたまま車の中から外に出ることを許されなかったのだ。片方が体中の穴という穴から血を噴出し、頬の傷には表面にうっすらとだが炎がチロチロとたっている。

 

『全車、停止しろ!』

 

 王の――イーライの言葉に子供達はすぐに従う。

 攻撃を受けたと言うショックはあったが、泣き喚いたりなどはしない。自分達の前に敵の姿がないことへの恐怖を不快感と受け取り、眉間にしわを寄せて自分たちの指揮官の命令を大人しく待っている。

 

 少年兵達にとってそこはもうすでにどこにでもある戦場とかわりなく、死地ゆえに動揺など感じない。ただ待っているのだ、自分たちの時間を。狂騒に身をゆだね、暴力の限りを尽くして世界を焼く瞬間を。

 そしてそんな不気味に落ち着き払った周りに影響され、まだ少年兵ではないにもかかわらず。武器を手にしたこの島の子供たちの顔にもなんの感情も感想もわいてはこなかった。

 

『これは親父の部下だな?わかるぞ、残念だったなぁ!』

 

 気付かれてしまった。罠を一瞥して本当に読んだのか、それとも当てずっぽうか?

 

(ゴート、リーダー。ばれちゃったよ!?)

(まだ30機の地雷は生きてます。まだあいつをそこに引きずりこめるかもしれません)

 

 フラミンゴやアダマの言葉に、しかしゴートは否定を返した。

 

『全員そのまま待機。撤退の準備をしておけ』

 

 どうなるかはわからないが、それでも罠は破られたも同然だった。

 ここで無理に危険を冒したくはなかった。勝負はまだ、始まったばかりなのだ。失敗した作戦にしがみついて、甘い夢にすがって勝負に出たくはない。

 

『何を恐れている!?隠れて出てこないなら、こっちは先に行かせてもらうぞ』

 

 イーライは潜伏を続けるビッグボスの部隊を笑うと、いきなり跳躍を――いや、それを正しく表現するならば”飛んで”みせたが正しいか。

 地雷原を前に停車している9台の頭上を飛び越え、なんと自らが地雷原に突入してみせた。

 

 本気、いや正気か!?

 

『サヘラントロプス、直上。罠、発動します』

 

 ワームの端末に表示された30個のネームの隣に一斉にゴーサインが表示された。

 

 

 バチバチッ、と地面から噴き上げる青白い光の束が輝く枝を生み出し。

 サヘラントロプスの足元から”離れて”いきながら何もない宙に巨大な大樹と成長させ、そこでいきなり花開くことなく消滅してしまう。

 ある種の幻想的な光景ではあったが、放出された青い雷光は肝心の鋼の体の表面を走らず。なにもない場所に向かって力を解放してしまっていた。

 

 

 そんな中で元気に立ち上がるサヘラントロプスは、傍らでこげて動かぬ味方だった車を力いっぱい森の中に向けて蹴り上げる。

 問題はあったが、罠は予定通りに発動した。

 サヘラントロプスの体表を伝い、かの巨人の足を奪うはずの強力な電磁ネットは。しかし予想に反して、空中に拡散してしまい。それで終わってしまった。

 

 これがサヘラントロプスの力。

 いや、イーライという戦場の申し子のもつ運だとでも言うのだろうか?

 スクワッドは想像もしない罠の破られ方をされ、その失敗に気をとられ。一瞬を失い、退却の行動にわずかな遅れが生じる。

 

『行くぞ!その前に――お前ら、あいつらに挨拶してやれ!』

 

 イーライの声に反応し、少年兵は快哉を上げると車内から左右の森に向けて銃口を向け。どこにいるのかもわからないくせに敵の姿を捜し求めながらむやみやたらに銃をぶっ放し始めた。

 火線は草木を引き裂き、枝を地面に落下させても銃爪から簡単には指を放そうとしない。

 

『くそっ、スクワッド。撤退しろ、流れ弾には注意だ!!』

 

 自分を罵る暇も惜しみ、慌ててゴートは命令を下すが。

 すでに部隊は退却を開始しようとしていた。スクワッドによる最初の攻撃、待ち伏せは完全な失敗に終わってしまった。 

 

 

 ハリアーは消音器つきのライフルの照準を覗きつつ、山道で列の先頭に立ち。狂ったように哄笑し続けるサヘラントロプスの姿を見ていた。

 

(あのガキ、狂ってるの!?)

 

 人の歴史において時に誕生する厄種としかよびようのない人間達がいる。

 彼らはしばしば、運命の皮肉か。それとも持って生まれた強い意志が現実を捻じ曲げたか。悪運、とだけでは説明のつかない起きてはいけない奇跡を起こしてみせることがある。

 

 今、彼等の前に少年兵を引き連れたイーライ。あの少年はそんな人物かどうかは自分にはわからないが。

 あのような”ありえない”現実を見せ付けられると、あの少年を倒すことが本当に自分達に出来るのか。揺らぎそうになる――。

 

 ハリアーの思考がそこで終わったのは、通信機に入った荒い息と忌々しげな声を聞いたからだ。

 

『あ、あのクソガキッ』

 

 ウォンバットの、新人の彼女の声だった。

 慌ててその姿を探すが、未だに森の中のあちこちを目くら撃ち続ける連中のせいで姿を捉えられない。

 

「~~♪」

 

 となりで同じく構えていたクワイエットが静かに鼻歌を始めた。

 ハリアーは慌てて彼女の視線を確認して銃口の方角を変える。さすが”ビッグボスの相棒”を許された沈黙の狙撃手と賞賛すべきか。

 そこにはサヘラントロプスによって先ほど道から死体が乗ったまま激しく蹴りだされてひっくり返った車と、その下敷きになっていた彼女の姿を捉えることが出来た。

 

 どうやら立て続けに予想もしないことが起こったせいで、自身の窮地を仲間に知らせることを怠ってしまったらしい。

 そしてそんな彼女に危機が迫っていた。

 スコープはひっくり返った車両に近づいていく無邪気な笑顔の、歯が欠けて、大人の軍用ヘルメットをかぶる少年がいた。仲間があんなに、森の中めがけて滅茶苦茶に弾丸をばら撒いているのに。お構いなしに車を降りて森に入った?

 

 その精神はまったく理解できないでいたが、現実はそう考えなければありえない状況だった。

 まだ少年は車の下でもがいているウォンバットの姿を知らない。だが、あと30秒と待たずにあのまま接近を続ければわかってしまうだろう。

 

(殺るしかない)

 

 ハリアーはすぐに口を開く。

 

『クワイエット、チャンスがあったら撃って』

「……」

『リーダー、ハリアーです。ウォンバットにトラブル』

『了解』

『トラブルはこちらで除去します。彼女の回収を』

 

 これでいい、後はゴートやアダマが動けるようにしてやるだけだ。

 ところが顔を上げたハリアーは信じられないものを見てしまった。 

 

 クワイエットが撃たない。撃てなかったのだ。

 沈黙を守る女の指が震え、乾く唇をなめ、思わずスコープから目をそらして頭を下げてしまう。

 

 狙撃手とは誰がなれるものではない。

 一発は一殺を意味するスタイルなのだ。奪った命が最後にどんな表情をしていたのか、生涯忘れることはない。

 常に自分が殺人をしているという罪の意識を持つと、あっというまに銃爪を引く力は奪われてしまう。狙撃手とはそんな因果な存在なのだ。

 ハリアーはそんな葛藤の中で弱弱しいクワイエットを、見てしまった。

 

 彼女はクワイエットに何も言わなかった。

 むしろあまりに人間らしい姿で、かえってホッと安心したくらいだ。

 

 そして自分がスコープを覗く。

 大きく息を吸い、大きな胸が息を吸ったまま止まる。

 

(そうだよね。そういうものよ、私達みたいなのはね)

 

 心の中で、隣で苦しむクワイエットに語りかけた。

 任務だとわかっていても、時にはどうしたって力が入らない状況は生まれてしまう。味方の為だと理解していても、引き金を引きたくない時があるのだ。これは修羅場を乗り越えたから出来るようになると言うものではない。

 本当に運がなくて、避けることを許されない任務を手渡されなければ知らないでいられる経験。

 

 スコープのむこうでみっともなく大口を開けて笑っていた少年の顔にいぶかしげな色が浮かぶのを、はっきりと確認した。

 指が、銃爪にかかり。殺意は線となって、少年の頭部に向かい。ゆっくりとそれは細く、絞られていく。

 

 こんな時に撃てる狙撃兵。

 それはこんな様になった女でもなければ――汚れ仕事(ウェットワーク)を押し付けられた挙句に、貶められて正規兵から放り出されるようなのでもないと慣れない作業。

 真っ当な狙撃兵なら堕ちたくない姿だ。

 

『く、くそったれ。なんで、こんな――』

 

 無線でウォンバットはようやく、1人の少年が自分に近づいてくることを理解して慌て始める。

 同時にくぐもった一発の銃弾が空を切り裂いて飛び出していく音がすると。少年は後頭部から喉を半分失い、静かに地面に倒れ伏した。

 

『ウォンバット、新兵じゃないんだから。はやくしなさい』

『あ、ありがとう。ハリアー』

 

 弾丸を排莢しつつ、立ち上がる。

 スカルスーツはこんな時、フルフェイスで助かる。ハリアーはそう思った。

 

『クワイエット。今回は許すけど、次は撃ちなさい。戦場でそれは当然のことなのよ』

 

 冷酷な声だった。表情がわからないのでどんな顔をしているのか相手にはわからない。でもそんな女が、ライフルを拾い上げるその手が震えて取り落としそうになるほど動揺してるなんて、化け物女であっても知らないで欲しい。

 そしてクワイエット、あんたがこんなことに慣れないことを狙撃仲間として自分は祈ってやりたい。

 

 

 

『よし、行くぞ!』

 

 さすがに木々の中での変化には気がつかなかったらしい。サヘラントロプスは体勢を立て直すと号令をかけて再び山道をそのまま降りていってしまう。

 ひとしきり撃ちまくってすっきりした顔の少年達の乗った車両が巨人の後についていく。

 

 

 そんな彼等の後姿を、捕食者(プレデター)のように木の枝から見下ろしてゴートは見送っていた。

 心の余裕が生まれた今だからわかる。あの瞬間、サヘラントロプスのイーライがなぜ自分達の罠に飛び込んでいったのか。

 

 赤い髪の少年。

 

 ビッグボスの報告書でたびたびその存在が報告されていた驚くべき力を持つ超能力者。

 死者を炎の男として蘇らせ、不完全だったサヘラントロプスで生みの親のスカルフェイスとXOFを攻撃させた元凶。

 イーライはその彼と組んでいるのではないか、その可能性は聞いていたが。その存在が、どれほど現実を悪夢にしてのけるかまでは自分達の想像を超えていた。

 

 その結果がこれだ。

 サヘラントロプスは、イーライは村に向かっていった。

 あそこにいる大人たちを人質にするつもりだ。その価値を”自分の手で失わせておいて”も、そうするつもりなのだ。それはきっと、ビッグボスをそこで待ち構える為にすること。

 残酷に、無慈悲に、もはや助からぬ哀れな人々をさらにボスの目の前で嬲りつくすつもりなのだ。

 

 それが一番、彼にキクとわかっているからやるのだ。

 糞ガキの思い通りなどにはさせない。ビッグボスを、あんなのに痛めつけさせて喜ばせはしない。

 

『スクワッド、サヘラントロプスを追うぞ!奴は村に向かっている』

 

 地上に降りると、さっそくDDとアダマがあらわれ。

 ワームが、フラミンゴとウォンバットが。そしてライフルを背負ったハリアーとクワイエットが来た。村にはすでに仕掛けを施してきている。

 イーライにとってあそこはビッグボスを誘き出す舞台であろうが、スクワッドにはサヘラントロプスとイーライを仕留める殺し間(キルゾーン)となるはずだ。

 

 だが、誰しも物事は思い通りは行かないらしい。

 村に着く前に、今度はXOFの待ち伏せ部隊が山道を元気よく駆け下りていくサヘラントロプスを襲った。




また明日


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戦況報告 (2)

詳しくは昨日投稿した活動報告を参照のこと。


 焼けおちる木々、焦げた葉っぱ。

 スネークは意識を取り戻すと、うめき声を上げながら立ち上がり。顔を上げてまわりを確認した。

 

 よくも自分は生きていたものだ。本当に心の底からそう思う。

 サヘラントロプスを襲ったミサイルの爆風に巻き込まれ、森の中を叩きつけられ、転げ回ってもスネークは無傷だった。

 いや、そりゃ皮膚が切れたり、すりむいたりもしているが。骨折も出血もなかったというのは、喜ぶべき悪運だろう。

 

「オセロット、オセロット!」

『ボス!?よかった、無事だったか』

「ああ、いきなりゴングを鳴らされて。今まで気持ちよく森林浴を楽しんでいたようだ」

『そうか。よく眠れたか?』

「そうでもない――どうなっている?」

『スクワッドのアンブッシュは失敗。続いてXOFのアンブッシュも失敗した。サヘラントロプスは少年兵を連れてもうすぐ村に入るところだ』

「こちらの被害は?」

『スクワッドか?それならゼロだ、ボス』

「本隊は違うのか?」

『3人死んだ。8人が負傷して手当てを受けている』

「まずまず、か。むしろよく戦ってる」

『ああ、舞台からたたき出されないように必死にへばりついている。まだまだ大丈夫だ、戦える』

 

 情報端末機iDroidを出して地図で確認する。ずいぶんと前線から距離を離されてしまっている。

 

「オセロット、ここに新しい装備と一緒に足になりそうなものも落してくれ」

『わかった。戦線に復帰するんだな?』

「そのつもりだ。他はどうなっている?」

『サヘラントロプスが移動する前は調子良かったんだがな。今はこちらの上陸ポイントが攻撃を受けている。

 そいつの対処はもうすぐ終わるが。それはXOFが戦力をサヘラントロプスに投入するからだ。ああ、正直良くないな』

「やっかいだな――それにしても前哨戦は寝過ごして、起きてみればもう決勝戦か」

『むこうの装甲車両、偵察の話ではどうも新型じゃないかと言っている。

 XOFは最新の兵器を揃えてきたようだ、アフガンでのスカルフェイスとは違うと言いたいのかもしれない』

「最新の戦車に乗ってやる気も十分か。どう思う?」

『こればかりはわからん。だがボス、実は奇妙なことがあるんだ』

「なんだ?」

『サヘラントロプスだ。あれは、確か回収後は一切触るなとあんたは命令していた』

「そうだ。兵器として必要だったわけじゃないからな」

『だとすると、サヘラントロプスの兵装は。前回、つまりスカルフェイスの元で補給を受けてそれっきりだった』

「そうだな」

『だが、どうもおかしい。まだ報告が来ていないが、サヘラントロプスは元気に暴れている。残弾を気にしていないようだ』

「なんだって!?」

 

 危うく舌打ちするところだった。

 

『スクワッドと違い、待ち伏せていたXOFの連中はよく食い下がったらしく全滅した。イーライは容赦なく攻撃しつづけていたそうだ。弾丸などの補充を受けていないなら、さすがにもう吐き出すものは残っていないはずだが』

「イーライがどこかで弾薬の補給を受けたか。それとも、ダイアモンド・ドッグズで俺の指示を無視した奴がいるということか」

『……どうする、ボス?』

「それは後回しだ、オセロット」

『わかった――問題はまだ片付いていないからな。目の前のことに集中しよう』

「イーライを追いたい、オセロット。足はどうなる?」

『それならすでに手を打った。装備のほうだが、改めて海岸に近づいたときにしてくれ』

「なぜだ?」

『支援班の話だと、島の中央部上空の気流が荒れているらしい。そこから外側に行くほど、風の影響を受けなくなるとか』

「わかった」

『ボス、確認しておきたい。部隊の集結が終われば、向こう総攻撃を開始する。俺達はどうする?』

「オセロット。俺達の準備は出来てるのか?」

『残念ながら――ペースは向こうが握っている。かろうじて、あんたとあんたの部隊が。そこに切り込んでいるが』

「最悪、サヘラントロプスを抑えたXOFと戦うことになるか。そうなりたくはないな、犠牲がさらに多く出る」

『好みは言っても聞き入れられそうにない。ボス』

 

 

 通信を切る。

 状況はダイアモンド・ドッグズに不利なまま進んでいる。

 だが、そんな中でも自分とスクワッドは良く戦っている。チャンスはまだあるはずだ。

 

 空を見上げる。

 地上からはわからないが、この上は今ひどく荒れているらしい。

 戦場に、最前線に、自分の部隊と相棒達のところへすぐに向かいたかった。夜を待つことはない、後数時間でこの戦場は焼き尽くされる。

 他に何もなくなるという意味だ。

 

 だが、だが自分は変わらない。

 こんな救いのない戦場の中でも、未来の為に常に戦う。

 ビッグボスと彼の部下はそのためにここにいる。そして今回も勝利する。

 

 あとはそれが、いつ?かというだけのことだ。

 

 

==========

 

 

 

 イーライ達は予定通り、山を駆け下りて村に突入すると。折り返して戻ってきたサイファーの戦闘機が攻撃を加えてきた。

 

『調子に乗るなよっ』

 

 イーライの声にはまだ余裕がある。

 発射されたミサイルも、お互いの距離の半分は届く前にサヘラントロプスの頭部のバルカンに叩き落としてみせた。

 

 以前も気持ち悪いほど生物的な動きを見せたこの機体だが。今はそれ以上、血肉の通う生物としか思えない。激しく暴れれば、興奮したように吼え。苦しむ敵の姿を見れば、無慈悲に体をきしませ笑い声をあげる。

 

 その足元では、車両に乗った少年兵達が大喜びしながら。無意味に村のあちこちに向かって車にのっかっていた重機銃を撃ちまくっている。この村の家屋は水はけがよく、通気性を高めている事もあって強度はたかが知れている。

 

 そして大人達もほとんど全員が意識を失う寸前の声帯虫感染者達だ。子供達の放つ銃弾は、壁を穴だらけにするだけではなく。そこで苦しむ大人達をも無慈悲に攻撃していた。

 

 それが致命傷となれば、まだ救いがあるものだが。

 現実は滅茶苦茶な撃ち方で撃ち込まれた鉛弾で傷つけられるだけで、無意識の中でより苦痛にあえぐ大人達が増えていくだけ。

 もはやイーライの少年兵達は兵ですらなくなっていた。

 

 自身とは関係ないサヘラントロプスという巨大な力を自分のものと勝手に勘違いして無敵と思いこみ、その高揚感だけを攻撃に転化して世界にぶちまけるだけの禍々しい存在になり果てている。

 

 ついにサイファーの航空戦力がサヘラントロプスの攻撃で撃墜され始めた。

 

『そんなものか!?』

 

 信じられないことに、イーライは対地ミサイルを手動で飛び回る戦闘機の軌道にぶつけて見せたのだ。

 残る4機は、VTOLLの力で空中に並んで静止するとミサイルを打ち尽くしたのか。機銃が火を吹く。

 それは村を抉り、子供達の乗る車両を襲い、サヘラントロプスを襲ったが。イーライは鼻で笑うと頭部のマシンガンだけで応戦する。

 4対1だったが、結果は4つの火球が海上へと落ちていく。

 

『ハハハ、ハハハハ!』

 

 サヘラントロプスの圧倒的な力にイーライは完全に酔っていた。

 

 

==========

 

 

 ついに村に傍若無人のまま突入していくサヘラントロプスを、XOFの失敗したアンブッシュを確認したスクワッドは遠目で確認していた。

 

『ああなると、クソガキなんて。かわいいもんじゃない』

 

 フラミンゴの冷たい声が全てだった。

 人の皮を被った獣の群れが、死病に苦しむ大人達しかいない村で血煙を巻き上げ、意気を吐いて暴れている。次第に激しくなる戦闘に巻き込まれ、少年兵の数も3割近く失っているはずだが、彼等は気にしていないようだった。

 

『こちらスクワッドリーダー、オセロット聞こえますか?』

『オセロット、そっちはどうなっている?』

『目標はやはり村へ……』

『サイファーもアンブッシュに失敗か』

『叩きつぶされていました。怪我人がいなかった我々は、運が良かったようです』

 

 XOFの部隊は全滅だった。

 頭部のバルカン、ミサイル攻撃。そしてトドメとばかりに足元を火で満たして大地ごと焦がしつくす。

 兵士達は攻撃命令に従ったまま大量の火に襲われて瞬時に焼け死んでいた。生存者はいなかった。

 

『それはいい。その運を大切にしたいな』

『そうでもありません――。戦況はどうなってますか?』

『戦闘班はこう着状態に入った。それでもなんとかなっている。どうやらむこうはサヘラントロプスに集中しているようだ。その村の北側にサイファーが戦力を集中させる動きがある。戦力を集中させて、一気に村の中へなだれ込んでいくつもりだろう』

『そうですか……』

 

 今でもどうしようもない状態の村だが、そうなればきっと誰も生きてはいられないだろう。

 いや、そもそもあの村にいる大人たちは誰も助けることなど出来ないのであったか。

 

『もしかしたらイーライはサイファーを狙うのかもしれない。北側の森を挟んで、向こうにある丘を越えればすぐに北の海岸線が一望できるらしい。奴のレールガンが、まだ使えるならの話だが』

『ダイアモンド・ドッグズは相手にしていないのでしょうか?』

『どうかな。ビッグボスに自分を追わせたいのかもしれんな』

 

 オセロットはどこか投げやりにそう答えたが、ゴートはそれが案外真実なのかもしれないと思った。

 あの少年は大人を憎む一方で、特にビッグボスに対しては歪んだ愛情を抱いている。村の大人たちを殺したあとは、ボスが自分を追ってくるのを期待してサイファーに向かうのだろう。

 

『スクワッドはしかけるつもりか?』

 

 オセロットは勘が鋭い。何も言わないのに、こちらの考えを読んできた。

 

『――この後はどうするんです?』

『こちらの部隊は北上する。サイファーを島から叩きだす必要があるし、サヘラントロプスの回収も考えるとな。その後になるだろう、部隊を集結させてサヘラントロプスにむけて最初で最後の突撃は』

『……なるほど』

『地元の正規軍の手前、これ以上の戦力はサイファーも無理には投入できないだろう。だが、それはうちも同じだ。

 武装ヘリを集結させて投入する事も考えているが、とにかく最後だ』

『ビッグボスは?』

 

 実はそれをずっと気にしていた。

 

『さきほど連絡が復活した。どうやら、最初の騒ぎでジャングルの中で昼寝をしていたらしい、呑気な人だ』

『大丈夫なのですか?』

『心配ない。現在はお前達と合流しようとしている。それでも山道だからな、時間が必要だ』

 

 そんな時間はない。

 いや、そうじゃない。これは好機だ、ビッグボスとイーライ。どちらも戦場にあっても距離が離れている今ならば。

 

『……』

『気持ちは変わらないか、ゴート』

『オセロット、サイファーの本命も次の奴でしょう。ボスもまた、それほど悠長に時間をかけるつもりはないようです』

『――サイファーを放ってサヘラントロプスに集中しろ、と?』

『ビッグボスはサイファーの本命の……前に追いついて勝負をつけようとするはず。向こうがそれを許すとも思えませんが』

『ふむ』

『我々がここで仕留めます、イーライを』

『――気をつけろよ』

 

 通信を終えると、全員を集める。

 ゴートはマスクを脱いだ。今はそうしたかったのだ。全員もそれにならった、互いの顔を見ておきたかったのかもしれない。

 

「DDは戻そう」

 

 ゴートはまずそう口にした。

 

「戦闘機を叩き落とす相手だ。まさか、DDにかみついて来いとは言えないだろ?」

 

 リーダーのひどいジョークに笑い声があがる。

 フラミンゴ達はDDの毛を撫でながら、労をいたわるとDDのスーツに仕込まれたフルトン装置を発動させた。

 悲しげな声で戦場からとびさっていくDDを見送ると、アダマが口を開く。

 

「サイファーの部隊が集結しているのは聞いたな?その前に俺達でもう一度、攻撃する」

 

 ゴートはハリアーに命じておく。

 

「クワイエットと狙撃ポイントを明らかにしておいてくれ、サヘラントロプスとの射線には入りたくない」

「わかったわ」

「あの機動力、どうやって止める?」

 

 鋼の巨体で跳躍と言うよりも飛翔と表現するしかない動きを見せられ。

 待ち構えた戦力の攻撃を力でなぎ倒してしまった。ビッグボスと共に倒したあの日のサヘラントロプスもおかしな動きを見せていたが。今の奴のそれは、もはやスペックがまったく参考にならないほど異様な生物となり。そして今回の自分達にはビッグボスはいないのだ。

 

「不安はわかる、フラミンゴ。だがな、あれの装甲の強度は以前と変わらない。前回のダメージの補修も、子供がやったという話だ。完全には程遠いはず、倒すことが不可能とは思わない」

 

 サヘラントロプスの修理をアレの開発者であるエメリッヒ博士が離反した少年兵達と結託していたことはすでに公表されていた。

 あの話が事実とするならば、博士は修理よりも有人で稼働できることに重きを置いていたという話だった。どうやらあの狂った博士(マッドサイエンティスト)は自分が生みだす機械が”正しく”名称通りに動くことにしか興味がなかったらしい。

 

「クワイエット、あんたに話がある」

 

 いつものように、周りと距離をとってじっと見つめているだけだったクワイエットにいきなりゴートは話しかけた。

 この男にしては珍しいことだ。

 

「あんたには俺達は色々と思うところはある。だが、一つだけ確かな事は戦場ではあんたはいつもビッグボスの相棒だったってことだ。それは変わることはなかった、今日まで」

「……」

「約束してほしい。この先の未来のことを。俺達が、スクワッドがもしイーライに敗れた場合――あんたにはなんとしてもあのサヘラントロプスを追って欲しい」

「……」

「そしてビッグボスを。ボスのことを頼む」

 

 予感が言わせたのではない。

 スクワッドとは常にそうした部隊だと知っていたから、伝えるべきに伝えたと言うだけだった。

 ビッグボスの伝説、その復活から彼らは目の前に実在する伝説の男のもっとも近しい”戦友”でありたいと願い、そのためだけに自らが危険に飛び込み、ボスと同じように伝えられた技術を頼りにサバイバルを生き抜いてきた。

 

 死んだ者は過去になったが、ボスは彼らを。そして自分達をきっと忘れない。

 その喜びを、今の自分を好きだから、彼らはここにいる。彼らは、ビッグボスの部隊とはそういうものになっていた。

 旧い時代の英雄の老人介護部隊など最初から存在しなかった。ただ、ただ彼と共に戦場に立つ兵士でいたい、ビッグボスの狂信者達(フリークス)が彼等であった。

 

 ゴート達が背中を向けると、クワイエットの表情が初めて歪んだ。

 ビッグボスを頼む――その言葉がいかに苦しく、重いのかを。沈黙を守るクワイエットは彼らに伝えることが出来ない。

 このような目を覆いたくなる惨状を目にした今となっては余計に……。




まだ解決しておりませんが、第5章はこれで最後とします。
次回は一週間後を予定。
それでは。


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Face (顔)
バトル・ギア


お待たせしました。
ようやく新章開始、であります。

地元に声帯虫をばらまき、2大武装組織を待ち構えていたイーライとの戦いもついに折り返し地点を越えました。
自称、ビッグボスの息子とビッグボスの対決。決着まであと少し。



 西アフリカ南西部、大西洋に面するこの国は正式名称シエラレオネ共和国という。

 国内では2つの有力民族を中心にした複数で構成され、国土は面白いことに正方形に近い。

 

 だが、この国が世界に注目される日がくると誰が予想できただろうか?

 いやそれよりも、わずかにして数時間。その間に国土の一角において、政府の知らぬ間に武装組織が島を丸ごと占拠し。あろうことは別の武装組織が兵力と兵器をさらにそこに持ち込んで、勝手に戦場にしてしまうなんて。

 

 そしてそこにいる武装組織がサイファーとダイアモンド・ドッグズ。

 わずか数ヶ月前にアフガンで凄まじい衝突を繰り広げた両者が、そんな聞いたこともない……あえて付け加えるなら、その国はイギリス連邦。コモンウェルスに所属するかつてのイギリス植民地であったというくらいのものか。

 翌年に大統領選挙を控えている以外に目立つ理由のなかったというのに。彼等の騒ぎのせいで、世界のインテリジェンス達は困惑、驚き、恐れといったものを抱きながら震えを隠して見守ろうとしている。

 

 だが一秒、一分、一時間と過ぎ。

 それほど大きくもない島の中は、すぐに戦場となり。死人がそこかしこに転がり、悲劇は生まれ続けていく。

 

 

==========

 

 

 急激に熱を帯びていく戦場では、ついにイーライが少年兵を引きつれ。

 サヘラントロプスを先頭に村へと突入を果たし、彼らを挟んで南北でにらみ合う2大武装組織は荒れ狂う眼前の獲物をどちらが先に噛み付こうかと様子を見ている。

 両者は力をためている、牙をむけばまずは少年兵ごとサヘラントロプスを一口、つづく一噛みでその向こう側で同じ獲物を狙う相手を引き裂こうとしていた。

 

 

 ……そんなダイアモンド・ドッグズの前線司令部に、一本の連絡が入る。

 それは、ちょうどオセロットが腹を決めたスクワッドとの通信を交わしている最中のことだった。相手はマザーベースに残ったミラーである。要件を告げようとせず、ただ緊急だと、オセロットを出せとしかいわない相手に兵士は仕方なくその知らせを本人に告げに行く。

 

 

「カズヒラから?」

「はい……」

 

 状況は緊迫している。今、話したいと思う相手でもなく、オセロットは叩き切れと返事をしてもよかった。

 だが通信機を差し出す兵の表情が硬いことに気がついてそれを受け取ることにする。

 

「こちらオセロット」

『オセロットか。俺だ、ミラーだ』

「ああ」

『ただちにスクワッドを止めろ。攻撃を中止させるんだ!』

「なに……なぜだ?」

『そんなこと、当然だろう!スクワッドは村の中で、サヘラントロプスを、少年兵を攻撃しようとしている!』

「――ああ、そのとおりだ。それが問題か?」

『正気か、オセロット!?あいつらは人質を無視しているんだぞ』

「ではどうする?」

『ひとまずイーライ達と交渉の場を持って時間を稼ぐんだ。その間にボスを呼び寄せて、イーライだけを暗殺すればいい』

「島の北側にいるXOFはその間、どうする?奴等は戦力を集中させ、準備が出来ればすぐに本格的な攻撃を開始するぞ」

『お前はマザーベースから色々持ち出したじゃないか!そうだ、それにスクワッド、あいつらを当てればいい』

「そうか、考えておこう。今は忙しい」

 

 精神科医の役目を押し付けられるのはごめんだった。

 意味のない会話でこちらの貴重な時間と行動を制限しようとするだけの副指令の言葉に逆らわずにさっさと通信を切ろうとしたが。カズはそれを空気で察したのだろう。いきなり大声でオセロットを怒鳴りつけてきた。

 

『このサディストでKGBの糞変態野郎!!俺のダイアモンド・ドッグズで虐殺をやらせるつもりか!?』

 

 司令部の空気が一気に冷却され、兵士達の驚く顔がいっせいにオセロットに注目する。

 

(米国人かぶれの日本人が、知ったかを……)

 

 条件発射で怒鳴り返そうとする衝動を飲み込みつつ、ジロリと鋭い目をオセロットが自分を見つめる目を見返すと。次々と皆は目をそらし、自分の仕事に戻ろうとするが。その様子はぎこちない。

 チッチッと舌打ちをしてからオセロットは顔を上げ、周囲に聞こえる声を上げた。

 

「すまない、皆。少しここから出てくれ」

 

 諜報と支援のスタッフ達がさっと砂浜に作られたテントの外へと出ていく。

 これから口にすることは、出来ればオセロットは彼等の耳に残したくはなかったのだ。

 

「気が済んだか、カズヒラ?こっちはお前の大好きなビジネス(仕事)で忙しいんだ。喚きたいなら、そっちで勝手にやってもらいたい」

『どういう意味だ!?』

「自分がいかに出来もしない、間の抜けた話をしているのかわからないのか?わからないふりをしているのか?」

『俺が間違っているというのか!』

「当然だ。お前の言う人質に価値はないし。イーライは対話を求めていない。そして俺達は他国の領土に、予告なしで交戦を開始している。この意味が本当にわからないと?」

『それで虐殺か!たいしたサディストだな、貴様!!』

「カズヒラ、その調子で罵るばかりで話も出来ないなら。お前が喚き散らす中、俺がお望みのとおりの虐殺とやらをやってみせてもいいんだぞ?」

 

 オセロットも元来、気の長い男ではない。

 秘めた怒りを匂わせてわざとらしく脅迫すると、さすがに向こうも静かになった。

 

『とにかくスクワッドを止めろ!あれは許容できない』

「ひとつ。はっきりさせておこう、副司令」

『!?』

「あんたは今回の作戦からは手を引いた人間だ。なぜか?――このような事態に、俺たちダイアモンド・ドッグズを引きずり込んだ。その責任を取るためにそうしたんだ。都合よく忘れたわけじゃないだろう」

『し、しかしっ』

「さっきはなんと言った?『許容できない』だったか、副司令官。なら許容しろ、この苦しい状況の中でそうしないと俺たちやボスが。必死にかじりついている現状すら維持できなくなる」

『……どうしても、やるというのか』

「しつこい。あの少年兵達は、もうあきらめろとすでに言った。

 そうなる前にも、やめろとこうなるぞと理由を伝えた。

 それでもお前は聞かずに自分の思うとおりにして、こうなった。自業自得だが、気が楽になるならそこで俺のせいにでもしておけ」

『ボスは。スクワッドのこと、ボスはなんといっている?』

「なにも。彼の考えは一貫している、あんたとは違う」

『俺とは、違う……』

「サヘラントロプスの回収、それだけだ。それにお前もわかっているはずだ、イーライ。少年兵達はどの道、助かる道はないと」

『イーライのことは!?』

「――あの遺伝子検査の結果のことか?俺は言ってない、ボスも聞かない。興味がないんだろう。もどったらあんたが伝えてやればいい」

『……』

 

 検査の結果は否定(ネガティブ)。

 マザーベースではあまりにも多くのことが集中しておきて、結果から重要度が急降下し、口にするチャンスが失われたのだ。

 

 ビッグボスの息子を自称する少年はビッグボス本人と、2人の間に血のつながりはなく、親子関係などなかった。

 だが、イーライはなぜかスネークを自分の父だと考えている。呪われた幼子とはいえ、人が子供に親とすがりつかれれば心を動かされるものではないのか?

 カズヒラの考えはそう間違ってはいない。だが、少なくともビッグボスと、その息子はそうは考えないというだけだ。

 

「サヘラントロプスは決して無敵ではない」

 

 オセロットは唐突に話の先をねじって変える。

 戦場をゲーム盤とすると。あの巨人は、巨獣はただの一つの大駒にしかならなくなる。

 そうなるとプレイヤーとして、いかにそれを打ち破るのか。配置する駒の数々で、自然と配置は決まってくる。

 

「イーライは自分の護衛を少年兵に頼るが、彼らではまったくその役目を果たせるわけがない。事実、すでに戦闘開始からその数を減らしているはずだ。このまま攻撃が続けば、彼等はどの道全滅する。

 そしてイーライは、サヘラントロプスは孤立する。あれも結局は2速歩行するだけの戦車だ。陸海空の支援がなければ、核がなければひとつの戦場をはみだすほどの脅威になどにはならない」

 

 同時に冷酷な目が輝くと、カズにむけた言葉には毒が滲み出す。

 

「だからなんの補給も受けられなければ、大部隊に包囲されるだけでなにもできないまま巨大な棺桶になる。俺も、ボスも。それがわかっていたから、XOFのことだけが問題だった」

『だった?』

「そうだ、カズヒラ。それがこんなにひどいことになっている理由、それはな。あのサヘラントロプスが何者かによってミサイル、弾薬などの補給を受けていたということにある」

『……』

「心当たりはないか?」

『なぜ、それを俺に聞いた?』

「つまりは”そういう聞かれ方”をされないようにしてくれと。わかってもらうためだ、カズヒラ」

 

 テントの外から顔を覗かせる部下に戻ってきていいと合図を出すと。

 オセロットは一転して無線機に小さな声で語り始める。

 

「ボスは結局、あんたの顔を立てるためにイーライと会談を望んだ。最後のチャンスだったが、それをイーライは拒否した。もう止まらない、あいつは自分からサヘラントロプスを降りない。

 そして奴が人質にしているこの島の大人達はもう駄目だった。生き残っているのも、すでに声帯虫の症状が発症していて助けられない」

『だから村の中にいるサヘラントロプスを攻撃してもいい。お前はそう言うのか?』

「正義の人にでもなったのか、カズヒラ?

 してもいいに決まっている。家の中で横になっている彼等に残されたのは死ぬことだけだ。子供等に殺されるか、戦闘に巻き込まれるか、それとも病か。

 これが哀れな話なのは彼等には自分の死に方を選択する権利すら与えられていないというだけだ」

『……』

 

 それは否定できない確かな真実のひとつ。

 

「すでに双方の最初の攻撃は失敗した。本体はどちらも一撃でしとめようと戦力を集中させている。遠からず、どちらかがあの村になだれ込んできて戦闘を開始するだろう。」

『ダイアモンド・ドッグズをそんな戦いに……』

「この戦いに俺達の栄光はない。勝敗に関わらず、明日が来れば俺達は世界からつばを吐きかけられる外道になり下がる。人の皮を被った獣、そう言われるようになる」

『……』

「当然だろう?ここは世界が認める国の1つ。

 そこの正規軍を前に、少年兵、サイファー、そしてダイアモンド・ドッグズ。これら不正規軍(イレギュラーズ)が集まって勝手にその領土内を戦場にしているんだ。

 その上、どちらかの声帯虫による疫病で他国の国民を意図的に事前に攻撃もしてもいる。勝利したとしてもこのままにして島を去ることはできない。カズヒラ、俺はボスにナパームでこの島を焼くことを進言するつもりだ」

『島を、焼く。全てを灰に……』

「サヘラントロプスを奪い返し、俺達は再び勝利するしかない。

 だが戦場に何も残してはいけない以上、なにもかもを奪うしかなく、そんなことをすれば世界は俺たちを……そういうことだ」

 

 そこで通信を切ると、机の上に無線機を放り出した。

 あとは自分で考え、部隊が無事に勝利して戻れることを祈ればいい。 

 

 こっちはそれどころではないのだ。

 オセロットは頭を切り替えると、再び部下たちを叱咤して部隊の集結を早めるように指示を出していく。決戦の時は迫っている、時間をこれ以上無駄には出来ない。

 

 

==========

 

 

 オセロットが用意したといったスネークの足だが、それは意外な存在の登場となった。

 突如、草木がめりめりと音を立てて倒される中。森の中でとほうにくれていたスネークが身構えると「ボス、お待たせしました」との声がかかる。

 森林の中から出てきたのはなんと一台のバトルギアであった。

 

 オレンジとホワイトの色合いが、なんとも浮いていてスネークも苦笑いしか出てこない。

 

「まさか、こいつがここに投入されているとは思わなかった」

 

 バトルギアの背後にしがみつくと表現するべきか。おぶさっているというべきか。

 そんなスタップと名乗る操縦者の横に立って、バトルギアに乗ったスネークは正直な感想を述べた。

 

「この一台だけですよ、03と書いてオー・スリー。配備されてからずっと俺の相棒です、可愛いやつですよ」

「そのようだ」

 

 バトルギアは4足歩行で重心を最大まで高くし、大地を踏みしめて歩いている。2速歩行だったウォーカーギアと比べるより、ロバやポニーのギャロップを思わせる速さで進むのでとても便利だ。

 そして非常に安定している、ウォーカーギアにあったピーキーで、どこか振り回されている感覚がこれにはない。

 

「てっきりヘリを回してくれるかと思った」

「XOFの航空戦力、さきほどサヘラントロプスに撃墜されましたけど。ほかにもいると面倒なので」

「そうだな。それに着陸地点も見つけるのにむずかしかったか」

「しかし、この辺りは本当にトラップだらけなんですね。来る時はおっかなくて、前方をこいつの背後から覗けなくて難儀しました」

 

 ウォーカーギアに比べて重厚な装甲を生かし。

 罠を踏み潰して、ここまでやってきたのだと言う。それはそれは尋常ではなく危険な道程であったはずだが、バトルギアは外面装甲に僅かな傷がついたものの、それ以上の損傷はないという。それを聞いて、おかしな話だが。こんな状況ながらスネークは感心してしまった。

 

「一応、テストは参加した。悪くはないと思ったが、現場に送り出して、評判がよくないと聞いていた……でも実際にそこまで悪くない、おかしいな?」

「ああ、いや。それは間違いないですよ、ボス」

 

 部下の声が複雑なものとなった。

 

「なんていうんでしょうかねぇ。悪くないんですよ?こいつには凄くいい、ところもあるんです。でもね」

「そうか。理由は?」

「ざっくばらんに言いますと、数と大きさ。これに尽きるんじゃないですかね」

「ほう」

「こいつ、ウォーカーギアへのカウンターのために作られたんですよね?」

「ああ。オセロットが言ってたな、報復機甲兵器、だったかな」

「性能は確かにこっちが上回っているんですが、イメージが悪くて。それで嫌われているんですよ」

 

 相手がウォーカーギアを出すとき。大抵は3ないし4機をバトルギアは1機で相手にすることになる。

 

「ところが戦っているところを見ると、みんなこいつは要らないって言い出しちゃうんです。走り回るウォーカーギアをこっちは追っかけたりしません。機動力はありますから、追うこともできます。でもほとんどは装甲で攻撃をはじき、火力で追い詰めます。

 すると皆、思っちゃうんですよね。軽戦車でもべつにいいじゃないかって。もっと安く済むってね」

「なるほどな」

「独自商品ですから、部品の替えがきかない。下手をするとラボまで戻す羽目になって、仕事に穴を開ける」

「なるほど、おもちゃが壊れて仕事がないと怒られるわけか」

「おっしゃるとおりです」

 

 スタップは悔しそうに顔を歪めた。

 

「こいつとは3カ国、5ヶ所で仕事してきましたけれど。本当にどこでもおんなじ光景ができるんですよ。

 子供や戦争生活者(グリーンカラー)には大人気なんですが、兵士たちからは笑われ、こけおろされる。こいつのレールガンも見てやってください。いつもは封印されているせいで、調子に乗った連中が物干し竿かわりに塗れた洗濯物をペタペタ張るんです。

 まぁ、戦車の砲でもやってることなんでこっちもやれるだろう程度の考えなんでしょうが。こっちは電子装備なんだから、壊れやしないかってヒヤヒヤさせられるんですよ」

 

 めりめりと音を立てて木をなぎ倒すと、ポンと元気な破裂音がして、車体にビリビリと振動が伝わる。

 強引に道なき道を進んできたが、もう少しすると山道に出るので今後は楽に進めるようになるはずですといわれた。

 

 これまでせっかくヒューイに作らせたバトルギアであったが、あまりよい話が聞こえてこないこともあって。カズは当初の増産計画を早々に断念していた。

 それはこのスネークも同意するところで、最初に用意した6台のうち稼動しているのはもう4台だけであったはずである。はっきりとは決めてはいないが、この調子では遠からず解体される日も近いと思っていた。

 しかし、こうして実際に戦場で乗ってみると、どうしてその性能はなかなかなものだと思い直させるものがあった。

 

 ウォーカーギアと違い、レールガンの他にガトリングとミサイルポッドも同時に搭載できるのは魅力だ。

 大勢は無理だが、操縦者のとなりにはスネークのように2.3人であるなら乗れるスペースがちゃんとある。共通するヘッドパーツはウォーカーギアと同じタイプだというが、内臓でいちいち交換していた各種性能もきちんと搭載され、指示に従って分けて自己判断で使いこなせるという。

 

 だが――。

 

(……まるで紛争地帯に”噛み込む”ように、その戦闘力で敵を抑えこみ)

 

 あの部屋でうっとりとした表情で完成図を口にしていたヒューイの姿が思い出された。

 そしてわかった。

 このバトルギアも、ウォーカーギアも、結局は今のあいつにとってはすべてサヘラントロプスの代替品でしかないのだということを。

 

 メタルギア、全地形踏破可能な2足歩行戦車。

 

 スネークにまとわりつくように、亡霊のように、時も場所も関係なく。

 立つべき戦場にくると、そこにはアレが形も、生まれもかえてこの世にあらわれてくる。そしてそれにつねに、核がついてまわる。

 

 

 スネークは頭を振った。

 今のこの瞬間に集中しなくてはならない。

 この戦場にはあまりにも雑音が多すぎる。だが、それでもここにいる以上、耳をつかわねばどうにもならない。

 マザーベースにいるヒューイのことなどここで思い出してどうするというんだ。まだイーライとの決着もついていないというのに。

 

 情報端末を取り出す。

 スタップはボスが唐突に無言になると、頭を振って考え出したのを見て自分も黙って運転に集中していた。

 先ほどの言のとおり、山道にバトルギアは出ると。4足歩行からホバーでのステルスモードに移行し、速くはないが一定の速度で走り続ける。

 

「スタップ、こいつはどこで俺を降ろすことになっている?」

「えっと――村の近く、とだけ。自分は今、ビッグボスの部隊の指示を受けるようにいわれているので」

 

 オセロットが言っていた、スクワッドに預けた戦力か。

 なら、このまま俺が使い続けてもオセロットは困らないということでいいのだろう。

 

「村まではどれくらいかかる?」

「今のままだと15分ほどかかります。急ぐこともできますが、ウォーカーギアと違ってこいつはスピードを出しすぎると重量のせいでひっくりかえっちまうかもしれないので――すいません。緊急でないなら、このままいきます」

「わかった。しばらくはこのまま進んでくれ」

「了解」

 

 村に入る前に、上空にいる支援班から武器を地上に投下してもらわないといけない。

 それにイーライがあそこで今、なにをしているのかも気になる。XOFの準備はどうなっているのだろうか?それにうちの方もどうなってるのか、オセロットに聞かなくてはいけないか。

 どっちにしろ攻撃のタイミングが難しいことに変わりはない。

 

「ボス、あと10分で……なんだ、あれ?」

 

 スタップの声が不穏なものになり、スネークは思わず顔を上げる。

 木々の間に見え始めるはずの村が見えなかった。

 バトルギアは慌てて林から顔をのぞかせようと道をはずれ、草むらの中へと分け入っていく。徐々に異変が目の前に広がっていった。

 

「こいつは……」

「白い霧、村がそれで覆われて隠れている。スクワッドが、ゴート達が仕掛けたな」

 

 よく見ると、煙の中で閃光が走り。吹き上げる炎のような赤いものが、かろうじて見えるが。

 その中で何が起きているのか、それがさっぱりわからない。

 

「ボス、どうしますか?」

 

 不安そうなスタップに返事をする前に、スネークは地図の表示する端末にさっさと補給物資の投下の要請を出すと「道に戻って予定通り村に近づいてもらう」と告げる。

 続いて本部との連絡だが、その前にもう一度だけ地図の表示を確認する。

 

 やっぱり気のせいではなかった。

 そこではリアルタイムで情報が更新されるはずなのに、スクワッドの攻撃が表示されていない。システム的な更新の問題?それとも電波を受信できなかったか?

 とにかく、なにがおきているのか知らなくてはならない。

 

 スネークの指が通信機に伸びていく。

 バトルギアは器用に、そしてほとんどゆれることなく道まで戻るとまた軽快に走り出す。

 唐突に本部から逆にスネークへ連絡が入った。

 

「オセロット、スクワッドは攻撃したんだな!?報告がなかったぞ」

『……ボス』

「報告しろ。どうなっている?」

『イーライが村に入った。人質のつもりなのだろうが、そんな扱いじゃなかった」

「それで!?」

『ゴートはこれ以上はあんたを待てない、と。部隊に攻撃命令を下した』

「結果は!?あいつらは無事か?イーライ、サヘラントロプスは捕獲できたのか?」

『……ボス』

 

 じらされているようで、スネークはついカッとなった。

 

「しっかりしろ、オセロット!状況は!?」

『XOFが進軍を開始した。今、あそこではサヘラントロプスと戦っている』

「なんだと!?どういうことだ、スクワッドはどうした?いや、どうなったんだ!?」

『ボス、スクワッドは……』

 

 オセロットは別にのろのろと告げているわけではないが、それはやけに時間が遅く感じた。




明日は2話投稿予定。
朝と、午後におこないます。


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暗転(1)

本日は2回投稿。
こちらは前半、午前の分となります。


 サヘラントロプス、あの鋼の巨人をいかにして攻略するか?

 

 ワームとウォンバット、2人の新人がいきなりそんな問題をぶつけられたのは。

 新たに集まったスクワッドの6人が始めて顔見世をした最初の訓練での仮想敵がそれだったからだ。

 

 ビッグボスが倒したという、あのデカイ奴を?

 それを歩兵6人だけでどうにかするだって?

 

 あまりにもぶっ飛んでいて、イカレていた。

 だが周りは真剣だった。本気で、あれとどうやって戦おうか話し合っている。

 

「あの、本気で言っているんですか?」

「ああ」

「あれ、大きいし。それに戦車ですよ?自分達歩兵なのに、戦車と戦うんですか?」

「だから?ボスは倒したぞ?」

 

 ああ、そういうことなんだ。

 自分たちがまだ、頭が切り替わっていないことをここで悟った。

 

 つまりビッグボスと同じ戦場にむかうということは、彼をサポートするわけじゃない。

 彼と同じことを、自分たちでどうやって実現させるか。そのための技術を手にすることなのだと。

 そして彼らも、そして自分達もそれを実行できると願っていたということを。

 

 

 

 興奮状態で村に突入したイーライは自分に続く車両を確認する。

 9台の車は、6台にまで減っている。

 まだ半分残っている、まだまだ戦える。

 

 強がりもいいところだった。

 自分が病に冒されているという事実を、イーライは自覚していた。

 症状は自然に任せているので、島民と同じように動けなくなるほど進んではいないが。それでも肉体は声帯虫の攻撃で弱り始め、当然だが気力もそれに合わせて低下していくので本当ならばこんな戦場の最前線に立てるはずがなかった。

 

 それを可能としたのが、今の彼のそばにつく守護天使。

 第3の少年、赤い髪の彼の力があればこそ、である。

 

 以前、彼はイーライの精神だけをサヘラントロプスへと持ち去ったことがあったが。今回はその逆を、自らの体の中に彼の精神を導き、無限の憎悪や報復心という燃料に2つの精神でひとつの体を支配している。

 もちろん違和感は半端なく強い。

 腹の下に回転しているように感じる異物があるようで、最初は思わず悲鳴を上げたくもなった。

 

 それでもいざ、始まると心音がリズミカルに激しく時を刻むのを感じ。

 倦怠感、苦痛、脱力感といったものを認識しないよう、定期的に噴出するアドレナリンに高揚感がぬけないまま躁状態へと突入した。

 

 だが、それは決して強さではない。

 これまでと違い、機械の体を持つサヘラントロプスではなく。操縦者であるイーライによってあの動きを再現させるということは、小さな体にはあまりにも負担が強すぎたのだ。

 防疫スーツによってわからないが、2本の腕と足の筋肉は疲労によってすでに痙攣を起こしており。苦痛という警告を無視しているため、限界を超えた代償として血管が傷ついて内出血をおこしている。

 口の中は歯を食いしばりすぎて、皮膚をかみ破り、傷つけて血があふれ続けてもアドレナリンのせいだろうか。出血は一向に収まらず、声帯虫によって調子を落としている気管には真っ赤な痰が咳とともにせりあがってくるのを、自分の血を飲み込むことで洗い流している。

 

 イーライ、少年にとって未来とはこの戦場で勝利することだけに注力していた。

 この戦いで勝たねば、”次の戦場”にはいけない。ここで勝てるというならばなんでもやってみせるつもりだった。

 

 ビッグボスを――自分の父親の死体を手にすることが、今の彼の全てであった。

 

『お前達!俺を中心に、円を作れ。人質を盾にするんだ』

 

 自分を――正確には彼が搭乗するサヘラントロプスを――手に入れようと、サイファーとダイアモンド・ドッグズの軍隊が襲い掛からんとしていることは、なんとなくわかっていた。

 大人を一人でも多く殺す。

 ただそのために徹底抗戦する場所としてイーライが用意したのがこの死に掛けた村なのである。

 

『大人の姿を見かけたら、殺せ!それで村の大人達が死んでも、それはあいつらが……なんだ?』

 

 興奮していたイーライが、”もう一人の力”で強制的に覚醒させられると、周囲の異変に気がつくことができた。

 自分達が降りてきた山道の方角から、乳白色の霧が沸き立つと村に静かに移動してきていた……。

 

 

=========

 

 

 村が霧に隠されるのに時間はかからなかった。

 その乳白色の霧の外側に静かに低空で近づく2機のヘリがあった。

 ダイアモンド・ドッグズのマークがついた、カズがどこかの武器商人から格安で手に入れた中古ヘリ。だが、最新の装備とメンテナンスを施されているので戦場では立派な戦力となる。

 

『こちら支援班、ビルダドとピーレグ。スクワッドリーダー、位置につきました』

『こちらリーダー。急の要請にこたえてくれて感謝する。合図は目視でわかる、我々がレーザーを照射しサヘラントロプスの位置を送るので、攻撃を頼みたい。

 終了後、すぐにミサイルが飛来するので両機は離脱せよ。くれぐれもミサイルと正面からキスはしないでくれ』

『了解した、スクワッドリーダー』

 

 それから数十秒、霧の中から巨獣の不満の唸り声にもにた鋼の体をきしませると、ヘリはすぐに攻撃態勢に入る。

 複数のレーザーに照射され、思わず危険に声を上げたのが失敗だった。

 

『スクワッドから情報を確認。ロケット発射開始』

 

 ビルダドとピーレグ。

 両機に搭載された最新の8門のロケットランチャーからそれぞれ32発、その全弾を霧に向かって放ち始めた。

 本来、サヘラントロプスのような巨大な体は止まっていれば攻撃のよい的である。

 霧の中を爆発と衝撃音、そしてサヘラントロプスの悲鳴が上がる。

 

 

『こちらピーレグ、攻撃完了。後方よりミサイルの飛来を確認。スクワッドの健闘を祈ります』

 

 そう言って2機は戦場を離れていく。

 彼等の役目は終わった。そのかわりに、遠く砂丘の上陸ポイントから発射されたダイアモンド・ドッグズのミサイルがサヘラントロプスめがけて――声帯虫におかされて哀れにも死にゆく村めがけて突っ込んでいく。

 

 無防備によろめいていたサヘラントロプスの横から襲いかかったミサイルの直撃。

 霧の中、嗚咽にも似た巨人の悲鳴があがり。その手は救いを求めるように、一瞬晴れた青空の向こうにある太陽に手を伸ばすものの、そんな助けに応えるものはない。

 

 ゴートは命令を下した。これが彼等の勝機だった。

 

『スクワッド、攻撃開始!ゴー、ゴー』

 

 霧に満たされ、隠された燃える村の中に向かう、5人のスカルスーツが飛び込んでいく。

 

 

 イーライは霧と炎の中、この戦場で始めて混乱していた。

 

(親父、あんたなのか?あんたがこれをやったのか?)

 

 正確には違う、ビッグボスはこうなる可能性を察しながらも止めなかっただけ。やめろと命じなかっただけだ。

 そしてそれを実行したのは彼の部下、ゴート達。スクワッドである。

 

 卑劣、卑怯。そんな言葉も彼らにはかけられるだろう。

 だが、そもそもは何の罪もなく。巻き込まれる理由すらなかった島民を無理やりに戦場に巻き込んだのはイーライであった。そんな彼らをさらに嬲るかのように、彼ら少年兵達をつかっていた大人の真似をして自分たちの弾除けにしようとしたのもイーライである。

 

 イーライは幼い復讐心に翻弄されて理解していなかったのだ。

 人質の価値というのは、相反する両者によって決められるものだ。一方が非情に、無慈悲に彼らを扱えば。それを見た相手は価値の値段を限りなくゼロにまでさげる可能性があるのだ、ということを。 

 そしてダイアモンド・ドッグズもXOFと同じく、彼らの価値をゼロとみなしたのである。この結果は必然でもあったのだ。

 

 赤い髪の少年は今回も活躍をしていた。

 降り注ぐロケット弾をはじき、その後のミサイルも半分は直撃を免れた。

 だが、今回は前回とは違い。霧でその姿は周囲にはっきりとは見せ付けることはなかった。

 

 霧と爆発音に囲まれ、おびえ始めた少年兵達の心が足元に集まりだし。

 イーライの中の赤い髪の少年が、嫌だ嫌だと身を捩じらせてここから立ち去ろうとする。だが、イーライはそんなことを許すわけにはいかなかった。

 今、彼を解放すればもう自分は動けなくなってしまう。

 サイファーとも、ビッグボス――父親とも戦争は出来なくなる。

 

 サヘラントロプスは沈黙する。

 

 

 ――少年兵達は怯えていた。

 元来、戦場で怯えながら必死に生き延びてきたというのが彼らの本当の姿である。

 揺るがぬ城のように強大な破壊力を生み出すサヘラントロプス。

 それを巨獣のように暴れさせる、彼等の王となったイーライ。

 霧によってこの2つが彼等の視界から消されれば、孤独と死への恐怖がたちまち湧き上がり。動けなくなる。

 

 

 車の荷台につけられた重機関銃を握り締めながら、声を殺して目を左右に落ち着かなく動かす。

 彼の声が聞こえない。やられてしまったとは思わないけれど自分がどうしたらいいのか指示がないからわからない。

 ふと、先程まで自分の手が届くくらい車のそばに立っていた仲間が”見えない”ことに気がついた。

 

 まったく、動くなよ。こっちだって心細いというのに。

 

 手を伸ばすが、霧の中では相手の体に触れることが出来ない。仕方なく銃座から離れ、車の縁から地面を覗き込む。

 血だまりが広がり始めていて、そこに見えなくなっていた仲間が変な格好で無言のまま崩れ落ちていた。

 

 死んだ?いつ死んだ?それとも殺された?

 

 頭の中で多くの疑問が生まれたが。答えはない。

 その少年の背後、本来ならば2階建ての家がそこにあったが。その家の壁が静かに動いた。

 スカルスーツを着た、ワームである。

 

 これまで車の周りを這い回っていた彼は、最後の獲物をしとめるために民家の2階に移動すると。そこから片手で外側にぶら下がり、この瞬間を待っていたのだ。

 ここからではナイフで仕留めるのはかっこつけすぎだろう。

 くぐもった2発の銃声がして、地面になにかがまだ崩れ落ちる。

 

 

 別の少年は霧の家の中に飛び込むと、壁沿いにへたり込んでひたすら祈りの言葉をつぶやいていた。

 どうやらここまで悪い友人たちにつきあってしまった島の子供の一人であったのかもしれない。

 神に救いを求め、困難に負けないように助けてくれとなんどもかろうじて覚えているフレーズを繰り返している。

 そんな彼の姿を重力に逆らい、逆さになったフラミンゴは見つめていた。彼女はとくに感想をもつことなく、自然に”霧の中で動けない敵”に銃口を向ける。

 

 

 2人はずっと兄弟のような戦友だった。

 霧の中にあっても、互い背中を守りあってその旺盛な戦意はまったく衰えを知らなかった。

 だが死者を連れ去る死神は、すでにこの2人のそばにたってそのときを待っている。

 

 霧の中を静かに、だが殺気を漲らせた髑髏の兵士が2人に向かってきた。

 2人の反応はまったく髑髏の兵士のそれには対応できなかった。

 振り下ろされた拳骨ひとつで、少年はカートゥーンのように見事に音を立てて地面に不恰好に顔を叩きつけられそれでおわった。脳挫傷で死ぬのに十分な一撃だった。

 

 残る一人も片手を喉に、残る片方で武器を叩き落とされると。

 喉輪落としで地面に押し付けたが、こっちはなんとか耐えた。不意の攻撃で意識を奪われなかったのは見事だが、それだけだ。

 アダマは手に力を一気に込め、相手の喉を強引に握りつぶす。

 静かに立ち上がると、彼も無言で霧の中へと立ち去る。

 

 

==========

 

 

 霧の中のサヘラントロプスが、急に自分を取り戻した。

 

(なんだ?)

 

 あまりに突然のことでイーライはうろたえる。自分の中にいる赤い神の少年が、急に静かになったのだ。

 その理由は簡単で、彼が好まない感情が足元から徐々に少なくなったことで落ち着きを取り戻したからなのだが。イーライはそれを勘から攻撃を受けたのだと認めた。

 

「おい!おいっ!!」

 

 声をかけるが、反応はない。

 まさかわずかな間に全滅したのか?とも思うが、そんなわけがない。すぐにその理由にも思い当たるものがあった。

 

 ――恐怖だ。

 

 一箇所に立て篭もる側の心理の必然。

 湧き上がる恐怖に負け、兵士としてやるべきことができなく、ただ震えてなにもかもが終わるのを待っている状態。

 イーライの部下は、少年兵はこの霧でもはや役立たずとなってしまったのだ。

 弱い、あまりにも脆弱すぎる存在。

 

 腹の底で、未熟な子供という存在への怒りが吹き上がると。

 同じ場所にある異物が再び歓喜の踊りのように、激しく動き出すのを感じる。テンションが失われたので、また不快なところからの再出発だ。

 

(これを待っていた)

 

 真っ赤な目を光らせ、霧の中で静かに動き出し。周囲をうかがいだしたサヘラントロプスの姿をゴートは冷静に確認していた。

 ここまでは作戦通りに進んでいる。

 

 スクワッドは少年兵を襲ったが、全滅はさせていない。

 だが、その変事をあの勘のよい少年は察知するだろうし。そんな彼の様子から、残った少年兵達も不安にかられ。むやみに周囲に警戒を始めることだろう。

 そして、自分たちの仲間の変わり果てた姿も見るかもしれない。

 

 ゴートとアダマが中心になって立てた今回の計画。

 それはイーライへの”隊長としての覚悟”を突きつけるえげつないものであった。

 

 敵の存在が不明なまま、部隊が何者かの襲撃を受ける。

 価値のない大人を盾にする彼等とそのボスに、おなじ葛藤をぶつけてやるのだ。イーライがどのような反応を示すのかはいくつか想定しているが、このままであるならスクワッドの完全勝利は間違いないだろう。

 

 その足元には最長20メートルからなる電磁ネットを編みこんだワイヤーがおかれている。

 

『目標に変化の兆し、あり。全員、次の準備を』

 

 無線から複数の低い『了解』の声が返ってくる。

 サヘラントロプスは後退をやめると、その場で足踏みしながら方角を変えて警戒している……。

 

――っ!?

 

 場違いな声がいきなり聞こえてきた。いや、そうではない。

 警戒していると思っていたサヘラントロプスが、イーライが恐ろしく明るい声で笑い声を上げていたのだ。

 

『お前達、そうか。お前達がそうだったのか』

 

 脱走後、マサ村でひとり。ビッグボスを待ち構えていたイーライを襲った、顔を隠した大人達の一団。

 ”必死に抵抗”しようとして刃物をぬいたイーライを殴り殺そうとした連中。隙はないが、親父と同じ”ただの兵士”とは思えぬ動きと戦い方をするダイアモンド・ドッグズの兵士達。

 

『やっぱり親父は、お前達に俺を回収させるつもりなんだな』

 

 頓珍漢なことを口にするイーライに、毒気を抜かれたように思わずスクワッドは動きを止めてしまった。

 この期に及んで、なにをいいだすのか。すでに和解の機会はとうに昔のことで、そんなはずはないと自分で否定していたはずなのに。

 

 気を取り直すと、ゴートは足元のケーブルの端をつかむと大空に向けて無言で放り投げる。

 ケーブルの先端にあった錘が着地する前に、そこに走りこんできた新たな骸骨が受け取り、また大空に向かって投げる。

 そうやってサヘラントロプスを中心に5角形を作り出すと、最後にもう片方の端を手にしたゴートとワームが交錯しながらサヘラントロプスの足に向かって走り出す。

 

『なんだっ!?』

 

 サヘラントロプスの2本の足に絡みつくケーブルを、力任せに引きちぎらんとするが。

 ケーブルには微量な電流が流れ、表面装甲にはりつくとヒルのようになかなかはがれず。逆に緩めようとしても、絡み付いてきてよりキツク絞り上げようとする。

 

『足を縛り上げて、おれが降参するとでも?』

 

 不適な物言いは自信の表れか。

 右腕に仕込まれたパイルバンカーをこれ見よがしに出し入れして挑発したが。

 ゴートたちの返事は『まさか』の一言だけであった。2重、3重と足に絡みついたケーブルの熱が、次第に高温のものとなっていく。

 

『それは足を封じるものだが。縛るわけじゃない――お前用の導縛索だ』

 

 その言葉が合図となった。

 縛るケーブルは光を発し始めると、高熱とともに直撃で爆発がサヘラントロプスの足を襲う。

 ケーブルの下の足には痛々しい焼き跡ばかりか、足をわずかにだが溶かし。苦痛を感じているわけではないだろうが、バランスをとりずらくなったか。サヘラントロプスの上体が流れ、悲鳴のような大きな軋み音を響かせた。

 

 導爆索――別名、爆導索ともいう地雷除去装置がある。

 ワイヤーに一定の距離ごとに小型爆薬をくくりつけ、対象の地雷付近に取り付けると強引に誘爆させるというものだ。

 彼らはそこに電磁ネット技法を導入。

 微力な電気によって強い磁力を発生させ、それを伝える熱を限界まで耐えられるようにし。最後にそれらをつなぐ小型爆弾をたっぷりとくくりつけておいたのだ。

 

 これまでの兵器による通常攻撃と違い。

 蛇のごとく締め上げてからの直接爆破はさすがに回避する手段がサヘラントロプスのほうにもなかった。

 それまではどんな攻撃にも軽傷だと涼しい顔をしていたが、膝頭付近はかなり厳しい状態にあるのは目視しただけでもわかるくらいだ。

 

 再び立ち上がることは出来るだろう。

 だが、その傷ついた足では以前のように。ビッグボスを追いかけて大地を元気よく蹴って、走るような真似はもうできない。

 ノソノソと老人のように足を引きずっては、上半身が無傷だとて戦いようがない。

 つまりこの瞬間、スクワッドはついにサヘラントロプスに勝利したと。そういえる状況にはあったのだ。

 

 傷ついた膝頭は大地につき、上半身も崩れ。2本の腕の肘がそれを必死に支えている。

 限界を迎え、2本の足で歩けなくなるものの姿がそこにあった。



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暗転(2)

本日は2回投稿。
こちらは午後の分となります。


――まだだ

 

 操縦席から、小さな悪鬼の呪いの言葉がもれてくる。

 

――まだ終わってない!!

 

 自らの体の中に、異物と感じながらもそこにいるのを許した赤い髪の少年の意識に、イメージの中のイーライはいきなり飛びついた。

 相手に抵抗は見られないが、それでも離さぬと力強く引き寄せ。それでも足りぬとばかりに、相手の目の奥を覗き込もうとする。

 イーライのおぞましい鬼が触媒となり、目を覗かれた少年の赤い髪を正しく炎にして燃え上がらせた――。

 

 

 サヘラントロプスは急に状態を活発に、それも滅茶苦茶に揺さぶり、暴れ始める。

 それまでの生物的な気持ち悪さはそこにはなく、機械がおかしな命令を受けての錯乱した行動にしかみえない。

 だが、それが巨体であるがゆえにスクワッドは接近できない。

 

 数秒でギシギシと、十数秒でガリガリと、数十秒たつころにはあの咆哮が不協和音で体のあちこちから響き出る。

 これまでと違い、その声はサヘラントロプスにとりついた亡者たちがいっせいに声を張り上げたようにも見え。どれほどの過酷な戦場でも、自分を失わなかった兵士達でも呆然とさせる光景だった。

 

 そして奇跡が起こる。

 幼い子供がするように、サヘラントロプスは膝で真上にジャンプしようとしている。

 大地に砲弾が炸裂したかのような衝撃が3度、そこでついに高さを得ると。無理やりにして巨人は2速歩行で直立するまでに戻る。

 だがそれでもやめない。

 膝から下がいまだに無反応で、すぐにもまた大地に崩れる後思いきや。強引にその作業を続けようとする。

 

 かつてMSFの時代。

 これら巨大兵器に乗せる脳の仕組みについてスネークは質問したことがあった。

 「なぜこいつに複数の脳(AI)が必要なのか」と。

 答えは簡単に返ってきた。脳とは、ひとつのパーツがひとつのなにかを全て管理するものではないのだ。

 それぞれが複数の装置で管理を行い、それによって最大の力を引き出しいくのである、と。

 

 サヘラントロプスも、当時のメタルギア開発者であるヒューイのものである以上。この法則は有効であった。

 脚部への大きなダメージで多くの機能は死滅しても、完全な沈黙にはまだ足りない。

 以前ほどの力はなくとも、まだ正常に機能している部分が足りない部分を判別し、補完作業を行って再び大地に立ち上がってみせた。

 

 そしてイーライには自らを焼き尽くしてもまだ足りない憎悪と、それを力に現実を歪めることのできる第3の少年がいる。小さな鬼が、暴力に飢えて牙をむく。

 

 

 最初に狙われたのがウォンバットであった。

 彼女は別におかしなことをしたわけではない。断末魔のように暴れだしたサヘラントロプスを、霧の中にある村の建物の影で。仲間にも聞こえない声で少しだけ罵った、それだけだった。

 

 だが、今のイーライにはたったそれだけでも十分に致命的な行動であったのだ。

 

『そこか!?』

 

 ウォンバットは「えっ」と声を漏らす、小声だった。村の中では村人の苦しむ声が死者のように溢れ、子供の見当違いの方向へ撃ちまくっている銃声が今も響いている。

 その中でまさか、サヘラントロプスが自分の小さな声を聞きわけたとは思っていなかったのだ。土壁が轟音とともに突き破られ、伸びてきた腕がウォンバットの体を掴んで引きずりだす。

 

(殺されるっ!?)

『お前の仲間達に見てもらえ、お前が死ぬところをなぁ!』

 

 そのまま巨人の手で握りつぶされると思ったが、イーライはそうはしなかった。

 掌を空中に振り上げてから地面に振り下ろす。土くれの中で1人、ウォンバットは半ば埋まった体を必死に動かそうと悶えるが。イーライは逃がすつもりは当然なかった。

 

『潰れて死ねっ』

 

 巨人の”足を奪おう”とした怒りにまかせ。

 持ち上げた左足をウォンバットの上にもっていく。足が下ろされれば、スカルスーツを身に着けていたとしても助かる可能性などゼロである。

 

 だがこの時、彼女に向かって走りこんでいく人の姿があった。

 無常にも足は振り下ろされたが、踵は地面にふれることはなかった。

 

『アダマ!?』

『速く逃げろ、ウォンバット。長くは持たないぞ……』

 

 スカルスーツの硬化作用を限界にまで高めたアダマが。自分の体をつっかえ棒にして立っていた。

 仁王立ちのその姿は、限界の力を振り絞ってるのが折れんばかりに曲げられた彼の首の角度からみても明らかだ。

 

『誰でもいい、コイツを。連れて行け!』

『アダマ!なんでっ』

 

 そう言っている間に、腹立たしいことに苦境に立たされている自分達の姿を確認した少年兵が気がつくと集まってきて、潰されまいと踏ん張っているアダマ目がけて撃ち始めた。

 ウォンバットは必死に埋まった自分の体を地上へと這いださせようとするが、なかなかそれがうまくいかない。でも新しくもう一人の骸骨が助けに来た。

 

 骸骨はアダマを撃っている少年兵達を背後から襲って殴り倒すと、その武器を奪って反対側の数人を撃ちながらウォンバットの元へと飛び込んできた。

 

『フラミンゴ!?アダマがっ、このままでは』

『立って、逃げるの!』

 

 彼の犠牲を無駄にするな、言外にそれを隠して伝える。

 

『逃がさん!』

『もうやめてっ!』

 

 アダマを諦めきれないウォンバットだったが。フラミンゴの助けを借り、手を引かれてここに残る男に背中を向けると一目散に近隣の住宅の中へと飛び込んでいく。

 

 

――俺は限界だ。

 

 アダマは自然と、何の感情もなくそう考えていた。

 戦場で倒れることに不満はない。この戦場だからとか、相手がどうとかも思わない。

 考えてみると自分もまた、あの日。スカルフェイスの髑髏部隊との戦いで何かを失ってマザーベースへと戻っていった1人だった。自分にはカズヒラ副司令のいうような”幻肢痛”はない、あの時はそう思っていた。

 

 だが本当は思いたくなかっただけなのだと今ならわかった。

 

 失ったものを取り戻したくて。再びボスの部隊に戻ろうとしたが、再びリーダーを引き受けることはできなかった。

 前任者と違う、自分のあまりにも拙い指揮のせいでボスは部隊を壊滅させかけた。自分はあまりにも無能な上官ではなかったのか。敗北感が、プライドの根元にへばりつき囁き続けていたのだ。。

 そしてこうして死を前に、かつての彼の部下達が亡霊となって迎えに来たのがわかる。

 

 オクトパス、シーパー、ランス、ボア、そしてワスプ。彼等を忘れたことはない。

 彼らはあのときの自分の部下であり、戦友達だった。

 

「リーダー、あんたの席を用意して待ってました。俺達をまた率いてくれるんですよね」

 

 いいさ、それでもいい。

 ビッグボスと戦場に立てないのはつらいが、彼とて不死身ではないのだ。その時、再開は約束されている。

 だが、一つだけ言わないと駄目だろう。

 

『シーパー、お前がなんでいるんだよ。引退したんじゃなかったか』

 

 お調子者だった部下は、自分の千切れた足を抱えて「あれ、そうでしたっけ」と首をかしげている。まったく、死神も最後にしてはひどいオチを用意してくれたものだ……。

 

 

 

 スカルスーツは岩の塊のように膨れ上がって、それでなんとか巨人の重量にこらえていたが。その表面にヒビが大きく走ると、アダマと呼ばれた人間はそのままサヘラントロプスによって踏みつぶされる。

 人を虫のように踏み潰しても、イーライの火のついた激情は満足することはなかった。

 

『逃がさないと、言ったぁ』

 

 サヘラントロプスはそう言うと村の住宅を平然と潰しだし、逃げる2人の後を追う。

 ウォンバットは恐怖の中、地獄をフラミンゴに連れられて走り抜けていた。飛び込んだ窓の向こうには、苦悶の表情を浮かべ意識を失っている大人達が横になっている。その横を走り抜けると同時に、その家は巨人に踏みつぶされる。

 死と狂気、その2つしかここにはない。

 

 唐突に、クワイエットとハリアーから通信が入る。

 あの歌声、そして『そのままで』という声に元気づけられる。

 イーライは霧の中、大口径のライフルによる攻撃をサヘラントロプスの表面に皮膚を傷つけられたかのように感じることができた。

 

(俺が追うのをやめさせたい?ならば――)

 

 新たに噛み切ったイーライの口の中からブッと血を噴出し、防疫スーツの内側を汚した。

 

『もういい!ただ、死ねェ!』

 

 ここでイーライは役に立たない部下の少年兵達と、自分の邪魔をする大人達のいる村、そしてダイアモンド・ドッグズの”父親の部隊”への怒りでついに平常心を失う。

 巨人の中から、これまで戦場では感じたことのない凄まじい殺意が周囲一帯を照射する。

 

『リーダー、皆、ご免。無理』

『フラミンゴ!?』

 

 サヘラントロプスの足元。前と後ろにつけられている火炎噴射装置から、これまで見たこともないような炎の激流があふりだす。

 それは道路を焼き、家を焼き、ついに霧の外の森にまで到達した。

 だから道路を彷徨う少年兵は焼かれ、家の中で声帯虫に苦しむ大人達は焼かれ、スクワッドやクワイエットが座る狙撃ポイントの足元まで、それらあふれ出し覆い尽くした。

 

 敵を焼きつくそうとして、ついにイーライは1人になることを選んだのだ。

 

 ハリアーはスコープをのぞいて見たその瞬間で我を忘れていた。

 フラミンゴが最後の言葉を残し、無線の向こうではウォンバットが小娘のように泣き叫んでいるのが聞こえる。フラミンゴ、あのミーハー女は死んだ!?

 

『ハリアー、なにをしている!?狙われているぞっ』

 

 ゴートの声に自分が一瞬、思考が停止していたことに気がつく。

 サヘラントロプスは、炎を吐きだす直前に自分に狙撃を仕掛けたクワイエットとハリアーにすでに狙いをうつしていたのだ。

 

 上空に発射された数発の有線ミサイルは、両者に向かいながらも軌道を少しずつ変更していた。

 チッ、と舌打ちをし、ハリアーはライフルを放り出すと崖下に向かって体を放り出す。着地の衝撃がスーツによって分散され、怪我ひとつなく立ち上がると力強く走り出した。

 

『ハリアー、そっちは駄目だ!』

 

 今度はワームからの警告に「なんのことだ?」と返そうとして、彼女はサヘラントロプスを見た。

 自分が間違っていたことを知った。敵は、すっかり使い物にならなくなったと思われた背中のレールガンをこちらに向けて構えていたのだ。

 

 クワイエットと違い、距離を離すのを嫌がって森の中へ逃げ込まなかったことが彼女の命取りになった。

 土壁沿いに走っていたハリアーが岩場に駆けこむ前に、唸るレールガンが火を吹く。その砲塔はエネルギーを放出しつくす前にひしゃげはじめると、火花を散らし。どこか中途半端に攻撃は終わった。

 

 だが、ハリアーが――彼女がいた場所は最後の一発に地面がえぐられてなにも残されてはいなかった。

 

『最後の一発。文句はないだろう』

 

 残酷にその死を、イーライは笑う。

 ゴートは次々と倒れていく仲間の死を敗北感の中に初めて突き落とされながら味わいつつ、判断を下す瞬間が来たことを悟った。

 

 わずか一瞬、いや数瞬の出来事だった。

 それで全てがひっくり返されてしまった。

 イーライ、まさしく恐るべき子供。ビッグボスの息子ではないというが、それにふさわしい”なにか”を持っている天性の兵士。

 スクワッドは。スカルスーツの自分達は、ビッグボスに勝利をもたらすことはできなかったのだ。

 

 

『ワーム、聞こえるな?』

『り、リーダー。皆が――』

『わかってる。撤退だ』

『……え』

『お前がウォンバットと、生きていればフラミンゴを連れてマザーベースへ帰還しろ』

『それは――』

『決着をつける時だ。あの小僧には”ビッグボスの部隊”にふさわしいプレゼントを用意しないとな』

『ゴート!?』

『奴は俺にまかせろ。お前達は生きろ!』 

 

 あの瞬間にアダマが真っ先に自分を捨てて仲間を助けようと動いたのは、きっとこんな思いを彼も以前に抱いたことがあるから。そんな気もする。ならば、彼の上官となった自分は彼に後れをとるわけにはいかない。

 短い間であったが、互いに尊敬し合っていられた仲間だった。

 あっちで再会しても、きっと再び善き友人に。戦友になれる事だろう。

 

 

 ゴートは少年達が乗っていた車の荷台に積まれた重機関銃の元に走ると。そこに縋りつくように黒焦げになった少年兵の残骸を蹴飛ばして荷台から引きちぎるように火器を取り出した。

 

『どうしたっ、これが親父の、”ビッグボスの部隊”の実力かっ!?』

『イーライ!お前はビッグボスに絶対に勝つことはできない!!』

 

 走りながら撃ち、撃ちながら飛び。昇っては降り、もはやそこは村と呼ぶものは残されていない。

 霧が満ち、廃墟となってなおも焼き尽くされた、まだ生生しくほのかに煙を上げている恐ろしいことが起こった場所になり果てていた。そんな開けた場所で、いくらゴートが動き続けたとしてもサヘラントロプスを相手には長くは持たせることはできなかった。

 

 わずかに数分、それが限界だった。

 

 ゴートに向けられたサヘラントロプスのパイルバンカーが、作動する。

 打ち込まれ、再び戻るはずの機構がそのときはなぜか杭をそのまま射出した。それが地面に突き立った時、ゴートの体も一緒に貫かれていた。

 

『ダイアモンドに着飾っても所詮、犬はオオカミにはなれない。親父の犬共、仲良くここで俺の部下達と終わるといい』

 

 頭部のバルカンが動けないゴートの右腕を体から吹き飛ばす。

 サヘラントロプスはついに獲物を引き裂くが、それなりに楽しませてもらうつもりなのだ。

 そしてワームは味方がそんな扱いを目の前でされることを見て見ぬ不利ができる自分を許せる若者ではなかった。

 

『止めろォーー!!』

 

 いつもは冷静で理知的なはずの彼が、我を忘れたのかよりにもよってサヘラントロプスにむかって殴りかかる。

 イーライにしてみれば、願ったりかなったりだ。「ハッ」と鼻で笑うと、右腕だけで処理しよう腕を伸ばす。

 振り払いざま、空中のワームをつかもうとしたサヘラントロプスの手は空を切り。その太い腕の一振りと接触してしまったワームは霧の向こうに、村の外側に消えていく。

 

 そして貫かれていたゴートの左腕には空になったサブマシンガンが握られていた。

 

 我を忘れた若い部下が、自分の命を投げ出そうとした時。

 隊長としてすべきことができるよう、ゴートは新しいカードを隠していたのだ。

 

 手から銃が滑り落ちる、もうこれは使えない。

 だが、ゴートの最後の札(ジョーカー)はまだ残っている。これを使わなければ、意味がない。

 

『俺の勝ちだ、イーライ』

『強がりか?みっともないぞ、大人が』

『俺の部隊は撤退に成功した。俺は任務を果たした』

『だが俺に負けた。あの夜とは違う結末になった』

 

 嘲笑の声をゴートに浴びせる。

 逆に、ゴートはイーライに大人な笑みを返す。

 

『目の前の勝利がそんなに嬉しいか?子供だな』

『なにっ!?』

『お前は人質になる村を失い、サヘラントロプスは武器を失い、そして仲間を、少年兵を失った。

 たった一人になったお前……グオッ』

 

 いきなり頭部のバルカンが火を噴き、ゴートの下腹と左足に穴を開ける。激痛とともに、衝撃に体を波打たせ、マスクに気管を逆流してきた血があふれ出る。

 

『聞こえないぞ、親父の犬』

『……耳を塞ぐなよ、坊主。お前も、すぐに大人になる。そうすればわかるさ、ビッグボスが、どれほど偉大か』

『流石は”ビッグボスの部隊”だ。スピーチが上手い、だがそれだけだ』

『いや、それ以上だ。クソガキ』

 

 震える左腕に意識を集中させる。

 これは彼だけが考えいていた『自分達がサヘラントロプスに敗れても、ダイアモンド・ドッグズが勝利』するための自分だけの任務。

 相手にわかるように信号弾を取り出し、震える手で相手を狙っているようにみせかける。

 

『なんだ?断末魔の悲鳴、そのかわりか?いいぞ、よく狙えよ』

 

 そうだ。この少年ならきっとそう答えるだろうと、ゴートも”それは予想していた”。

 もう演技は十分だった。引き金を引く、わざとらしくさらに近づけていたサヘラントロプスの巨大な顔面の横を赤い光弾が抜けて飛び去っていく。

 

『外れたな。こんなものか、下っ端は』

『お前、じゃない。お前が敗北、する合図だ。今のはな……』

『なに?何を言っている?』

 

 自分に向けて撃ったわけではないというゴートに問いかけるが、彼はもう返事をしなかった。

 強がりの捨て台詞か、とも思ったが。イーライの勘が、この男はそういうことはしないのではないかと囁くので、やはり気になってくる。

 髑髏兵士は貫かれたまま、体の力が抜け沈黙を守っていた。生きているのか、もう死んでいるのか。その姿からではどうにもわからない。

 

 髑髏の残した小さな謎かけに囚われたままの無防備なサヘラントロプスの背後に、複数の砲弾が叩き込まれた。

 慌てて振りかえると、イーライはそれで死んだ髑髏スーツの男の言葉の意味を知った。

 

 あれは味方への合図ではなかった。

 戦力を集中させ、こちらの様子を窺っていたサイファーへの合図だった。

 戦闘は終わった、今ならサヘラントロプスそれだけがここにいる。この男はそれを”あえて”敵であるサイファーに知らせたのだ。

 

『やるじゃないか、ダイアモンド・ドッグズ』

 

 敵への称賛は、それを凌駕して打ち倒した自分への称賛でもある。

 ここは戦場、あれは次の敵だ。最初から何も変わりはしない。そうだ、まだまだ自分は戦える。

 

 そう思うと、イーライは1人。

 薄れていく霧の戦場で……サヘラントロプスは仁王立ちとなる。




続きは明日。


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友 よ

 空から降りてきた支援物資を受け取ると、中をあらためる。

 なにも考えず、自然と必要なものを手にして持ち出していく。心は感情で常に一定ではありえない。だが、兵士は常に戦場に身を置くので、意識は常に感情を切り離さなければ間違いを犯す。

 戦う機械になれ、と言っているのではない。どんな仮面(ペルソナ)をかぶるとしても、その全ての下にあるのは兵士のそれであるようにすることだ。

 

 これは”ザ・ボスの教え”でもあった。

 

『ボス、スクワッドは――』

 

 ランチャーを取り出し、弾も地面の上にそろえて並べる。

 

『サヘラントロプスに負けた。完敗だ』

 

 嘆き?悲しみ?後悔?

 それに似た感情はたしかにこの瞬間にもスネークの心の中で暴れている。

 だが、それは表情にまでは浮かび上がることはない。それはビッグボスの戦い方ではない。

 

「っ!?」

 

 全てを取り出したことを確認したくて、おかしな話だがスネークはわざわざ箱の中へと飛び込んだ。

 そしてまだそこに異物が――足の下に荷物がまだ残っていることを確認して、手でまさぐった。。

 

「……完成したのか、アイツが」

 

 後の世ではP-90の名で市場で売られる奇妙な銃。

 しかしそれは伝説のガンスミスによって”最初から完成していた”銃であり、用途はあの対2足歩行戦車(メタルギア)への彼なりの解答であった。

 名前をあらわしているのだろうか、プロフェシーと刻印が施された横に、「BB」と新しく削られた文字があった。

 

(BBのプロフェシー。ビッグボスの予言(a Prophecy of BIGBOSS)、出来すぎだろう)

 

 銃の本体、2本の弾倉、一本のカセットテープ。この3つはダンボールの底に念入りに何重にも重ねられて貼り付けていた。

 それを全て回収すると、そばで控えていたバトルギアとスタップに告げる。

 

「よし!――村に入るぞ。頼む」

「了解しました」

 

 本来ならばスクワッドの下で動くはずだったスタップは、今はビッグボスの命令を直接受けて動く立場にいる。

 それは同時に、彼と彼の愛機が組んでからずっと熱望していた。あのビッグボスの戦場に立てるかもしれないチャンスが、すぐそこにあることを意味している。

 それを恐ろしいとも思うが、スタップはその何倍も興奮もしていた。

 

 

 村は――いや、村だった残骸はひどい状態でそこにあった。

 すでに乳白色の霧はない(そもそもスカルスーツのこれは霧の供給をやめればすぐに消えてしまうようなものなので当然だったが)、そしてスクワッドを打ち負かしたというサヘラントロプスの姿も。ここでついに攻撃を開始したというXOFの部隊の姿もここにはなかった。

 

 スネークは残骸の残る焼け野原に立って、先ほどのオセロットの言葉を思い出す。

 

『全員生死不明だが。何人かの死亡は確認されている』

「誰だ!?」

『ハリアーがサヘラントロプスのレールガンで。クワイエットは逃げられたが、彼女は駄目だった』

「……」

『リーダーのゴートも死んだ。後1人、だれかがサヘラントロプスに踏みつぶされている』

「全滅、したと思うか?」

『わからん。酷い状況とだけ、他にはなにも』

 

 ここに立てば彼らの思惑はすぐにわかった。

 彼らはビッグボスに、この俺にダイアモンド・ドッグズを村ごと攻撃しろと言わせたくなかったのだ。

 だが、なにもしなければサヘラントロプスをXOFに奪取されるかもしれない。それもまた、ビッグボスが望まない状況であると彼らはわかっていた。

 

 彼らはスネークの良き部下であり、戦友達であった。

 だが彼らは、同時にビッグボスという存在を崇めんばかりに信奉するフリークス達でもある。

 マザーベースでは時に叩かれる上官をネタにした冗談も、彼らは決してそれに加わることのない困った連中。

 彼らはそんなスネークが、戦場では進まなくてもよい道を自ら先陣をきって汚れることをのぞまなかった。

 

 隔離プラント、あそこでおこった声帯虫の猛威によって死んでしまった部下達のそばに崩れ落ちたあの時。

 無力感が、苦しさが、自分を追い詰めていく。この苦痛、あの時もわかっていた。永遠にやわらぐことはないもの。

 

(イシュメール――)

 

 ここは戦場だ。

 まだ戦いはこれからだ。

 

 だがスネークは自身の重い宿命に耐えられず、思わず縋るようにドッペルゲンガーの名を呼ぼうとしていた。

 

「ボス!ビッグボス!生存者、いました。生きています!!」

 

 顔を上げる、スタップの声の方角に足早になりながらも素早く無線でオセロットに村の生存者を回収するように命じる。

 

「――ボス」

「ワーム!ウォンバットだな!?お前達、よく生きていた」

 

 声をかけながら、へたり込んで動けない2人の骸骨をスネークは自らの手ではずしてやる。

 スタップは息を呑み、スネークの表情は固かった。

 髑髏のマスクの下には、ともに頭部からの出血が見られ、流れ落ちたそれは目にあふれる涙と合わさり。頬を伝って焦げた地面へと落ちていく。

 

 血の涙。

 

 ほかにそれをどう呼べというのか。

 オセロットが「ヘリを送ったぞ」との連絡を受け、待っている間に。スネークは2人から新たにフラミンゴとアダマの最期を聞きだした。

 

 サヘラントロプスの執拗な追撃からの攻撃を察知し。

 フラミンゴは無線に最期のメッセージを発する直前、互いのスーツを硬化させつつ。ウォンバットを地面に伏せさせ。自分が彼女に覆いかぶさっていた。

 容赦ない炎の海が、ウォンバットから水分と空気を奪ったが。フラミンゴは体の半分をスーツごと炭化しかけるほどに焼き尽くされてしまった。

 

 そしてゴートのおかげでサヘラントロプスに吹き飛ばされたワームは、井戸に落ちて一命を取り留めたのだという。

 

「ゴートは?どこにいる?」

 

 生きているのか?とは聞かなかった。

 彼の指差す方角へ、スネークは立ち上がるとゆっくりと進んでいく。

 

 イーライが彼に何をしたのかを聞けば、それはすぐにわかるオブジェであった。

 太く、巨大な杭に体を刺し貫かれた人骨のそれ。

 変わり果てたゴートの姿がそれだった。

 

 自分にどこか似たところのある男だった。

 任務は出来ると口にしたことは実行し、冷静に判断し、決断は素早く、そしてなによりも仲間を思う男だった。

 金が重要な、傭兵の社会にいてもそこに慣れるのに苦労しそうな、面白みのない男であった。

 

 その男の最期を聞いて、スネークは彼の真意を正確に見抜くことが出来た。

 彼は自分達がサヘラントロプスに敗れたとしても、それでビッグボスに重荷を残すことのないようにと自らの命をさしだすことで任務を果たそうとしたのだ。

 

 それは同時にこの戦場でともに戦った仲間達、ダイアモンド・ドッグズにもたらす勝利のための栄光の道。

 

(ゴート……)

 

 スクワッドと、そしてリーダーであった彼のためにスネークがその道を通らない理由はまったく、ない。

 無言で杭に絡みつくようにして地面に崩れ落ちようとしないでいる亡骸に、スネークは近づいた。

 頭部のマスクに手を伸ばし、ゆっくりとそれをはずしてやる。

 

 髑髏が残っていた。

 まだ、額の辺りに皮膚は残っていたが。

 黒い汚れのまじった髑髏が、マスクの下から現れてスネークの顔を見つめていた。

 

「戦友(とも)……よ」

 

 太陽の下にあっても、暗い闇の世界から這い出してこようとする鬼が、ここにいた。

 

「勝利の栄光を、我等の手に」

 

 敬礼をするとスネークは骸骨に背を向けてその場を立ち去っていく。

 生前、彼の部下であった骸骨はその背中と、スネークが彼から取り去ったマスクを手にした姿を無言のまま見つめ続け、見送っていた。

 

 

==========

 

 

 バトルギアの背に揺られスタップとスネークは再び移動を開始した。

 すでに今頃、あの場所においてきたウォンバットとワームは回収班の手で戦場から離脱しようとしているはず。

 

 スネークは静かに、あの物資の箱に入っていたカセットテープをここで聞いていた。

 

『わが罪を……』

 

 伝説のガンスミスからのそれは、驚いたことに最初に懺悔の言葉から始まっていた。

 

『ビッグボス、俺は……俺みたいなのが今更言うことじゃないとわかっているが。それでもこいつはいわなくちゃならないんだ。

 ボス、俺は。俺はあんたをだまそうとしたのかもしれない』

 

 あの日、開発途中などと口にしながらもスネークに見せたあの一丁の銃。

 だが、それは本当のことではなかった。

 

『あいつを倒せるような銃と弾丸。しかし、銃なら俺でもなんとか出来るが。弾丸となれば話は違う。わかるだろう?』

 

 そうだ。弾丸というのは。新しい規格を生み出すことは、なかなかに難しい。

 すでに存在しているものよりも優れているのは当然だが、大量生産もしやすくなるというのも重要だ。

 ただ、今回は専用の弾丸。

 あのサヘラントロプスに効果があればよいというそれが用意できるかどうかが重要になってくる。

 

『戦場での俺の”神話”のせいで。俺はこれまでたくさんの面倒ごとに巻き込まれてきた。それをここであんたに告白するつもりはないぜ。だって、それは違う話だからな。

 とにかく、そういった厄介ごとばかりに巻き込まれた経験から。俺は――秘密も重要だと学んだわけさ』

 

 対メタルギア専用の弾丸はすでに開発が終わっていた。

 だがそれを口に出来ない理由があった。簡単だ、伝説のガンスミスはコードトーカーに力を借りたのだ。

 

『あの爺さんの――スカルフェイスの下でどんなものを作らされたのかは調べたんだ。で、気軽に聞いたんだ「あの化け物だけに効果のある。そんな虫のついた弾丸なんてできるのかい?」。あれが天才っていうんだろうな、あっさりとそいつをサンプルとして俺に提供してくれたよ』

 

 対サヘラントロプス専用弾丸。

 装甲につかわれる劣化ウランを食するメタリックアーキアの亜種。

 ウランを食べ、含まれる鉄分を酸化させる糞をする微生物。そうして誕生する鉄サビが毒となって鋼の体を極小レベルから破壊しようと侵食する。

 

『爺さんはサンプルだから返さなくてよいといった。そのときの俺は一気に完成に近づいたと喜んだんだが、これが罠だとこうなってようやく気がついたのさ。

 俺もまた、あんたの敵だった男と同じことをやろうとしていた。

 そして爺さんは俺が最初からそれを使うつもりだとわかっていたんだ。だが、俺にも恥ってのはある。これでこいつはあんたのものさ、ビッグボス。

 だが、この弾丸をつかうのはここにあるので最期にしてほしい』

 

 スネークにしてもそのつもりだった。

 2度、マザーベースへと持ち帰るつもりのサヘラントロプスではあるが。

 今度こそは徹底的に。復活できないよう、その力をこの戦場で奪いつくすつもりである。

 

 

==========

 

 

 クワイエットは今、名前のとおり静寂な存在としてそこに身をかがめていた。

 だが、その両目はしっかと見開き。捉えたものがどんな動きをしようとも見逃すまいという鬼気迫る様子が感じられた。

 

 スクワッドと共に村でのサヘラントロプスとの勝負。

 武器を放り出して一目散に森に向かって飛び込んでいった彼女は助かったが。そこに無線を通じ、あのゴートの一声を聞いて”自分がするべき次の行動”を理解し、姿を消すと静かに村へとまた戻っていった。

 

 ビッグボスのために、サヘラントロプスを追ってほしい。

 

 彼は願いといったが、そうじゃなかった。

 あれはスクワッドたちからクワイエットに提出された新たな任務目標であったのだ。

 そしてそれが正しいことだと、クワイエットはその目を通して見続けた戦場で確信を深めた。

 

 居並ぶ砲列の前に、ターゲットはひとつ。

 それは結果を予想することは難しくない、単純なものであるはずだった。

 

 だが、現実は違っていた。

 

 XOFの歩兵達はサヘラントロプスに近づけば、すぐに足元の炎によって焼き殺されてしまうと判断すると。

 当然のように装甲車両を前面に押し出してきて見せた。

 それを小高い丘の頂上から見下ろすサヘラントロプスが迎撃するわけだが、その光景にはどこかで見た覚えのあるそれが繰り広げられた。

 

 

 細かなステップなのか、ジャンプなのかわからないが。サヘラントロプスは動くことをやめずに移動しながら攻撃を続けている。

 地面に着弾する放火は、衝撃と破片を巨人にぶつけることは出来ているが。その一撃を、あの巨体に断続的にたたきつけることが出来ないでいる。そんなサヘラントロプスをよく操縦しているとイーライを褒めるべきか、その性能の素晴らしさを実際に見せ付けてくれたヒューイに伝えるべきか。

 

 そしてそんな巨人の前に陣を張り、粛々と勝利を目指して砲火を響かせている相手側は。

 激しい反撃にあって足は止まり、飛んでくるミサイルや、装甲をいとも簡単に引き裂いてくるバルカン。

 だがその光景は、以前にも見たことがある。

 

――アフガン、OKBゼロ

 

 ビッグボスとスカルフェイスの決着の場所。

 そこで、スカルフェイスは自らの手を離れ、暴れだすサヘラントロプスにXOFをぶつけてこれを取り戻そうとした。

 その結果は?

 

 奇妙な既視感に、クワイエットは戸惑ってしまう。

 まるで以前もあった物語が、場所と時を変えても同じ立場。同じ陣営、同じ戦いをする。そんなことがあるのだろうか?

 

 そして気がついた。

 ゆっくりとこちらに近づいてくる存在を。

 クワイエットはそれまでなにがあろうとも目をそらさなかったサヘラントロプスを視界の隅へと追いやった。まるで、その時がきたことを告げるように、あの男が自分に会いに来たとわかってしまった。

 

 サイレントモードで森と平原の境目を進むバトルギアを初めて目にし。

 その背中にビッグボスが操縦席の脇に立っているのがわかる。向こうも、まだまだ距離があるというのにもうこちらの姿を捉えているようだった。

 

 スネークが近づくにつれてクワイエットの皮膚が次第に逆立っていくのがわかる。

 傍らにある丘の上で、暴れ狂うサヘラントロプスを見ようともしない。余裕?慢心?そのどれでもない。

 見た目こそいつもの彼ではあるけれど、常には隠している。あの戦場で立ち上る鬼が、その顔の半分をむき出しになっているのだ。

 

「任務ご苦労、クワイエット」

 

 合流を果たすと、スネークはいつものようにそう言ってクワイエットの労をねぎらった。そしてそれ以上は口にしなかった。

 スクワッドの最後を、彼らと彼女らの無念を。それについて一切、スネークはクワイエットには聞こうとしなかった。

 

 そのかわりに丘の上のサヘラントロプスを見つめると、ボソリとつぶやいた。

 

「この戦争を終わらせるぞ、クワイエット」

 

 怒りも、悲しみもそこにはなかった。

 だが人の発する言葉にしては、それはあまりにも超然としすぎていて。どう受け止めていいのかわからない。

 

 スネークは無線に呼びかける。

 

「オセロット、準備は?」

『またせてしまったが、ようやくだ。ボス』

「開始まで7分だ。その前に、皆に俺の言葉を伝えたい」

『わかった……いいぞ、ボス』

 

 スネークの目は未だにサヘラントロプスを――イーライを捉えて話すことはなかったが。

 しかし敵を見てはいなかった。

 

 彼が見ていたのは別のもの……自分の背後にある森の中でゆらりと次々と現れる新たな亡霊達。

 それはビッグボスの新たなドッペルゲンガー。

 

 スネークの立つ戦場を恐怖し、裏切り者として戻ってきたヴェインが。

 その裏切り者を止めるため、体を投げ出したラム。

 スカルズとの死闘によって倒れていった新生スクワッドの面々が。

 そしてボスのために、イーライに挑み。倒れたスカルスーツのあいつらが。

 

 ああ――ついにというべきなのだろうか。

 この時に亡霊となっても、共に立つ戦場へと戻ってきてしまった。

 彼等からスネークに呼びかける言葉はない。そうじゃない、彼らは常に戦場でスネークの言葉を待っていた。

 そしてこの時も――。

 

(戦友達よ、これがお前達と進んできた戦場だ)

 

「これからダイアモンド・ドッグズの攻撃が、あと5分ほどで開始する。状況は最悪といっていい。だから、これが最初で最後のものとなるだろう」

『……』

「ここまで来るために、俺達は多くの戦友達を失った。だが、同時に彼らが俺たちをここへと導いてくれた。彼らは俺たちの勝利を信じていたはずだ」

『……』

「最後の一撃は俺達の手の中にすでにある。集中しろ、仲間を守れ。思考を濁らせるな、そしてマザーベースに共に帰還しよう」

『よし、お前達。最終確認を――』

 

 オセロットが無線で指揮を取る。

 スネークは背後の亡霊達に心の中でささやいた。

 

(俺の背中を見ていてくれ)

 

 森の中にいた亡霊達の姿は消えていた。

 死者は生者とは戦えない。だが、彼等の戦いはこのスネークの中でこれからも続く。

 

 終わらない戦争の世界が。




続きは明日。


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鬼の涙

「スタップ」

「はい、ビッグボス!」

「任務は理解しているな?」

「完璧であります。そしてボス、感無量であります」

 

 バトルギアの座席に座ったままの男は、そういうと緊張して引きつった顔で敬礼をする。だが、その目は異様な高揚感と興奮に満ちていた。

 

「クワイエット」

「……」

「お前には今から俺と、丘の中腹まで来てもらう。そこでお前には、戦場を離れてもらう」

「?」

「武器がないだろう?それに――」

 

 この先に起こる光景を、相棒の彼女やDDには見てもらいたくなかった。

 

 

 サヘラントロプスの操縦席では、イーライは大騒ぎしている。

 戦場にたった一人、それでも大群を前にそれを蹂躙している自分。この万能感、最高だった。

 

 南側から西回りと東回りに移動する集団の影があった。

 

 サイファーの兵隊は、大人達はひどいものだった。

 ボロボロの足を引きずるサヘラントロプスに近づくのを怖がり、あんなに離れて必死にこちらを狙ってくる。

 

 視界の外で、XOFのLAVなどの横腹に線を描くように近づく兵士達は動きを止め。武器を構えて、発射のタイミングを待つことになる。

 ピーレグを初めとした戦闘ヘリの部隊も低空を一列に飛んでいたところを。こちらも横に一列へと編隊を組む。

 

 必死になってバカスカ撃っても、まったく当たる気配もない。

 それはそうだ。

 イーライの体もすでに限界を超えていたが、その体をも赤い髪の少年に叩きつける激情で操っている。これをとめようというなら、この終わらない憎悪が生み出されなくなるようにするしかない。

 そんなことが、できると思っているのか?

 

 ふと、なぜか疑問がわいた。

 だがなにを問うているのかがわからない。わからないが、思い出さなければこれは致命的なものになるのではないかとそれは告げている。

 

 

 そして時間はゼロを指した。

 

 

 突然のことだった。

 展開するXOFの走行車両部隊の左右が、いきなり別の方向からさらされる攻撃によってあっというまに炎に包まれていくのをサヘラントロプスは見た。

 そして理解した。

 ダイアモンド・ドッグズだ。

 親父の部隊が、あろうことは自分ではなく弱ったサイファーに向かって攻撃を開始したのだ。

 口元の笑みがありもしない勝利の喜びにふるえる。

 

「さすがビッグボス、さすが俺の親父。戦場の伝説だ、弱ったものから踏み潰す。それが常勝無敗というものさ」

 

 それは同時に勝てないものには手を出さない。

 そう、親父はついに俺に負けるのが嫌で。サイファーから勝利しようとしているんだ。

 イーライはそう考えて笑い続けた。

 

 彼はまったく、ビッグボスという男を。自分が父と呼ぶ男を理解できてはいなかった。

 

 

 丘の上に立つサヘラントロプスの背後をレールガンによる一撃が襲った。

 振り返ると、丘の中腹に立つ2人の姿を見つけた。ビッグボスとクワイエットである。

 

「今のイーライでは、ここから先にはいけない。クワイエット、ここまでだ」

 

 ただでさえ敏感な感覚は、さらに研ぎ澄まされ。あと数歩でも前進すれば、たちまち巨人の中の少年に違和感として感づかれる。そういっているのだ。

 クワイエットはスネークから一歩離れると、腰の緊急脱出装置を作動させる。だが同時にスネークが持っていた――スカルスーツのヘルメット――ゴートの遺品を自身がかぶると大きく息をはいた。

 

 シュコー シュコー

 

 カセットの中の虫達がざわめく。

 クワイエットの喉にも、スカルフェイス自らが植えつけた声帯虫が今も存在している。その力は、コードトーカーによって生み出された、かつてのそれ。

 虫達は繋がりを持つと、それを喜び合って活発にその運動を強めていく。

 

 フルトン装置によって地上から飛び立っても、クワイエットはそのマスクをはずさなかった。

 肺が活動していない彼女が、呼吸することはない。

 だが、それに近しいことをすることはできる。それは声帯を震わせてマスクの中で話すことだ。

 彼女は眼下に次第に小さくなっていく戦場を見ながら、そこで戦った戦友達の名を繰り返していた。鎮魂のためではない、これから手に入れる勝利を彼らにも伝えるために――。

 

 

 丘では気候に変化が生まれていた。

 霧が発生しようとしている。だが、それはあの乳白色のものではない。

 腐食性アーキア、それを含むあの地獄のそこを思わせる赤い世界。それがこの大地にも、そしてスネークの差配によって生まれようとしている。

 

 その霧が互いの間に静かになだれ込んでくる中、親子は再び対峙した。

 だが、それは前とは違う。彼らにはもう交わす言葉は何もない。

 スネークはおもむろに誘導ミサイルランチャーを担ぐと、抵抗するそぶりも見せないサヘラントロプスにむかって引き金を引く。

 

 直撃。だが、それだけだ。

 

 しかし、視界が回復した後にイーライがみたスネークは絶望を浮かべてその場に突っ立ってなど、してはいなかった。

 おかしな銃を背中から取り出すと、まだ距離があるというのにバリバリとその銃口が火を噴く。

 

『なんだ、それは?そんなおもちゃで――なにっ!?』

 

 サヘラントロプスの右ひざにパラパラとはじいた感覚があったと思ったら、次の瞬間にはサヘラントロプスはバランスを崩すと片膝をついていた。

 そしてスネークは丘の頂上をめがけて走り出した!

 

 

 戦場において、高低の位置取りはそれだけで生死を大きく分ける要素となっている。

 つまりこの場合、丘の上に立ってむかってくるスネークを向かい撃つサヘラントロプスには絶対の有利というものがあるということだ。

 

 だが、それが眼前で次々と無意味化されていっている。

 

 あれほど戦車を叩き潰したミサイルは、放物線を描く間に目標を見失ってしまい。見当違いの地面に穴を開けている。

 頭部のバルカンは、あまりにも続けて撃ちすぎてしまったために弾詰まりを起こして沈黙してしまった。

 LAVの陣形を面白いように切り裂いた。メタリックアーキアと複合攻撃ができる剣は、足が動かない以上。腕だけでは思うように地面に鞭のごとくわかれた刃を叩きつけることはできない。

 そして歩兵に絶対の攻撃力をもっていた足元の火炎放射器。あの玩具のような銃が、それからもずっと足を狙われ続けているせいかもしれない。次第に反応が薄くなり、思ったほどの火力が生まれない。

 

 

 わずか数瞬。

 だが、その間に脆弱なたった一人の兵士が。鋼の巨人を裸にしてしまっていた。

 スネークは草陰にあった岩場に身を躍らせると、撃ちつくした50発のプラスチックで出来た弾倉を入れ替える。

 いくら超人的な体力を誇るスネークといえど、この丘を戦いながら走って登るのは必死の作業であった。だが、その苦労はすでに報われ始めている。

 

(あと少し。それで最後だ)

 

 サヘラントロプスのあの足。

 やはりスクワッドの攻撃で破壊されたのを、ごまかして動けるように見せていただけであった。

 いくらコードトーカーの虫を使ったとしても、あれほどはっきりといきなり効果が出るのは納得できない。攻撃によって組み合わされた部品の硬度が失われた結果があれだったのだ。

 

 そして最後の一本。

 この全ての弾丸は、あの巨人をついに窒息させるために一発も無駄には出来ない。

 

 赤い霧の中で、ゆらりと鬼が立ち上がる。

 

 今だっーーーーー!!

 

 肺の中の空気を全て吐き出し、声は天にむかって吼えてみせる。

 そうして肩で息をするスネークの姿を赤い霧が、再び消し去ってしまう。

 しかし声は、丘の下でバトルギアのステルスで隠れていたスタップの耳に入る。彼はすぐに偽装を解除する。

 

「さぁ、相棒。俺達の一世一代の花道だぞ、やってやろうぜ!」

 

 興奮気味にエンジンをフル回転する操縦者と違い。バトルギアのAIは困惑気味に戸惑っているようだった。

 ヘッドパーツは落ち着かなくあちこちの方角に向けられている。

 

「行くぞ!!」

 

 同時にミサイルのレーダーが相手の姿を捉えたと教えるBeep音がすると、スタップは最大加速でスタートを切りながら。搭載されているミサイルの全弾をサヘラントロプスに向けて発射した。

 イーライは次第に薄くなり始めた霧の中で、こちらに向かって一直線で突っ込んでくる存在に気がついた。だが、そんなことよりもスネークだ。

 最後にこちらからかなり近い場所で叫んだきり、その姿は捉えられていない。つまり、この辺りを好きに這い回っているかもしれないのだ。

 

 

 全てはビッグボスの勝利のために用意された計画であった。

 

 

 結局は無防備のまま、着弾の後の膝をつく巨人の横腹に。バトルギアは力いっぱい突撃をして衝突して見せた。

 

 

==========

 

 

「なんだ。この、このっ!」

 

 エラー音が操縦席の中を合唱している。

 衝突の衝撃により、ついに半身の機能がエラーを吐き出す。麻痺してしまったのだ。

 バトルギアはぶつかってからも動きを止めたわけではなかった。左腕に取り付くと、蛸のように絡みつき、鋼の巨人の腕をへし折ろうとしているのか、締め上げている。

 

――負ける。

 

 本能が初めて、この戦場でイーライに運命を告げてきた。

 だがそんなはずはないのだ。サヘラントロプスは最強だ、これを動かせる自分だって、凄いんだ。

 しかも、こんな”わけのわからない力を持っている”奴まで従えている。負けるはずもない!

 

「相棒!やってやれ!」

 

 コクピットのすぐ外で声が聞こえた。

 同時にバトルギアのバルカンが調子の悪いサヘラントロプスの体の左側を至近距離から撃ち始めた。

 

「下っ端の分際で!俺にさわるんじゃないっ」

 

 丘の上から滑りかけ、崩れた鋼の体を支えていた右腕のことを思い出した。

 それをへばりつくそいつを引き剥がそうと、滅茶苦茶に腕を振り回した。それまで必死にへばりついていたスタップは、そんな相手の反撃には備えていなかった。

 自分と相棒があの巨人を組み伏せて圧倒していると興奮していて、わからなかったのだ。

 

 巨大な鋼の掌が振り下ろされ、操縦席のスタップの体を無慈悲に打った。

 これだけで人の体は簡単に破壊され、スタップはつぶれかけた自分の腹を見る羽目になった。

 死への恐怖、その反対に感じない痛みへの恐怖。

 それらは瞬時に湧き上がるが、このときの彼にはそれを上回る意識がまだしっかりと残っていた。

 

「ビッグボス――勝利を!」

 

 声を上げ、それで意識を集中させることが出来る。

 失われていく力だが、尽きる前にと素早くバトルギアのレールガンの発射準備を始める。

 

『お前は死んでいろ!』

 

 不快な男の名と、不快な現実を告げられた怒りからイーライは再び右腕を動かすと。

 ついにバラバラにされたスタップという人間だったものは粉々になって地面へと落ちていった。

 

 奇跡は、この戦場にもこの時に現れた。

 

 それまで混乱している風だったバトルギアのAIは、自分の相棒が操縦席から落ちていった一部始終を見ていた。

 しょせんは彼は機械、人のような感情などあるわけがない。

 ただ、それまで自分を操縦していた人間が。ついに戦場で死んだという、ただそれだけのことであるはずだった。

 

 だが、AIはそれでも”判断を下した”のだ。

 腕を締め上げる力は、さらに強いものとなった。自分の構造を破壊するほどの馬力を、燃え尽きる限界であらゆる機構に力を送り込む。

 そしてスタップがしようとしたこと――途中で止まっていたレールガンの発射シーケンスをAIが変わりに実行する。

 

「なにっ!?」

 

 イーライは驚愕した。

 一度は収まったレールガンの充填音が再開されると、へばりついた機械(マシン)はサヘラントロプスを敵として認識しているかのように行動を再開している。まるで、まるでそいつに意思があるというように。

 

 だが、バトルギアはサヘラントロプスを敵とは認識してはいなかった。

 AIはただ――生まれてからずっと共に暮らしてきた、自分を相棒と呼ぶ男の最後の言葉を――その意思を、任務として受け取り完全に遂行しようとしているだけであった。

 

 ビッグボスの、勝利のために。

 

 コクピットに向けられたレールガンの砲身を見て、イーライは狂ったように操縦間を動かそうとして。動きを止めた。

 男がいた。

 イーライがずっと父親と呼んでいた男だ。

 コクピットに手をかけて這い登り、中を覗き込んでいる――。

 と、思ったが。違ったようだ。スネークの姿すぐに上に消えてしまう。

 

(上だと……?)

 

 

 

 スネークはサヘラントロプスの顔の上に立つと、そこから戦場全体を見回した。

 決着はもう、ほとんどついていた。

 装甲車両はほとんどが火を噴いて、炎の中になんとかその形を残しているだけ。

 まだ残っているのも、固まって徐々に交代を繰り返しており。ダイアモンド・ドッグズのヘリ部隊が中心となって掃討作戦をいつ開始してもいいくらいだ。

 

 そして――そしてここにサヘラントロプスもまた遂には力尽きようとしている。

 これで戦争は終わる。

 ダイアモンド・ドッグズは、ビッグボスはまたも勝利する。

 ただそれだけ、ただそれだけなのだ。この戦場は、最初からその程度のことでしかないものだった。

 

 ビッグボスじゃない。

 ビッグボスの息子を自称する、イーライが生み出し、育て上げ、選んだ戦場。

 そこに未来はなにもない。憎悪の感情だけで作られた意味のない戦争、戦場。

 

 だからスネークにこれ以上を語る言葉はなかった。

 無言のまま足元に崩れ、諦めきれずにもがこうとしているメタルギアを冷酷に見つめると。

 死刑宣告すら必要ないと、無言のまま銃口を向け、引き金を引く。

 

 同時に、バトル・ギアのレールガンが。サヘラントロプスのコクピットに向けて至近距離で発射された。

 

 

==========

 

 

 オセロットを乗せたヘリが目的地に着くまで1分だとパイロットが告げてきた。

 機内は緊張で誰も口を開いていない。

 まったく信じられない話だが、唐突にこの戦争は終わってしまった。

 ビッグボスの演説が終わり、XOF掃討作戦は実行され、ビッグボスは丘の上のサヘラントロプスへむかっていった。気がつくと、ダイアモンド・ドッグズだけが戦場に呆然として立っていた。

 

 スネークは再びサヘラントロプスに勝利した。

 ビッグボスはまたもやサイファーに勝利した。

 このビッグニュースは来週までには世界中に広がり、彼の新たな伝説のひとつとして知られるようになるだろう。

 

 着陸すると、オセロットは2人に近づいた。

 精魂尽き果て、銃に撃たれたと聞いたイーライの前に座ると。乱暴に少年の防疫スーツの襟をはぐ。

 

「フン、防弾スーツを着ていたのか。賢いな、お前の仲間たちには用意してやらなかったのに」

 

 イーライのあまりの小賢しさにオセロットの口から皮肉が飛び出した。

 

「メディック、見てやれ」

 

 ボスはそうしたやり取りを含め、イーライの様子にはまったく心を動かされていないようだった。

 スカルフェイスの言うような報復心とやらがあったなら、この小僧はこうやって生きていられるはずがない。ビッグボスは、スクワッドの壊滅を恨みも怒りもせず。

 ただただ、イーライという子供を無視している。

 

「傷はありません」

「本当か?」

「はい――致命傷はありません。防弾で助かりました」

 

 兵士の間から舌打ちが聞こえる。それはイーライの耳にも届いただろう。

 だが、彼らは一様にビッグボスを見習い。少年に罵声を上げることも、暴力を振るうそぶりも見せない。たんたんと必要な行為だけを施していく。

 そんな兵士の態度が一変する事実が告げられた。

 

「!?駄目です。こいつ、声帯虫がもう発症しています」

「っ!!」

 

 兵士達は本能的な恐怖から、自然とイーライから距離を置こうとする。

 幾分かの不満を残しながらも、自分を恐れていると知って満足してるのか。イーライは力なく暗い笑い声をあげた。

 

「俺は、サイファーによって生み出された……失敗作だった」

 

 なにかを知り、そこにはそう書かれていたのか。あの時からイーライはずっとそれを口にしていた。

 

「俺の運命、全て決められていた。わかってる、俺は敗者だ」

 

 意味が繋がらない。

 だが、どうやら自分が勝てなかった今を言っているわけでもない。

 

「お前、お前のせいだ。クソ親父……俺は、俺であることはできない。お前のコピーでしかない」

 

 遺伝子のことはよくわからない。

 イーライは何を言っているのか、わからない。

 そしてきっと本人もスネークに正しくわかってはほしくはないようだった。

 

「親父をこえ、親父を殺す。お前を殺す!」

 

 声帯虫の発症によって、呼吸だけではない。意識も次第に濁りだしているらしい。

 奇跡を起こす力は使い果たし、ただの大人になりかけた子供がそこにいた。それでも湧き上がる怒りの力か、伸ばしてきたイーライの手はスネークの義手を力強くつかんできた。

 

「そしてサイファーも殺す。全部、全部を殺す。世界を滅ぼしてやる!」

 

 無表情のままのビッグボスの肩に手が置かれた。

 

「ボス、発症した者は助けられない」

「――回収する者は残っていないのか?」

「ない。島は声帯虫で全滅した。このままにはしておけない。ボス、この島をナパームで焼きつくさないと」

「……投下をはじめろ」

 

 オセロットに冷たくスネークは命令を下した。

 

「コードレッド、コードレッド!ボスの命令が下った、撤収準備。計画は次の段階へ……」

 

 救出者はいない。

 それがわかれば皆は背を向けてヘリに次々と乗り込み、飛び去っていく。

 だが、スネークはなぜか残っていた。

 

「俺は、俺は生きる……俺だけは生きる……生きる……」

 

 徐々に強くなる苦痛と、奪われようとする意識を手放すまいと。必死に感情を呼び起こし、少年は苦痛に耐えようとしている。

 無駄なことだ。人は死ぬ、能力が劣るから死ぬわけではない。

 たった一滴の毒で、それは簡単におこる出来事なのだ。

 

――ボス。ビッグボス。

 

 なにもない。

 

――ビッグボス、彼は。この子は”小さな戦士”ではないのかい?

 

 自分を睨み殺そうと必死に見上げているイーライの隣に、あの少年が――チコが再び立っていた。

 父ではない。そして敵でもない。

 だが、そうだった。ひとつだけ約束が残っていた。

 

 スネークは銃を取り出す。

 

「お前も大人になった。もう立派な兵士だ」

「……こ、このっ!……殺してやる、お前を……」

 

 その瞬間、ようやくスネークの目に優しさが戻ってきた。

 冷酷な鬼の顔はいつの間にか亡霊と共に姿を消してしまった。

 

「ああ、そうだな」

 

 ハンドガンの弾倉を抜き取り。一発だけを装填しなおす。

 

「自分は責めるな、俺を恨むんだ」

 

 そう言って足元にそれを置くと、背中を向けた。

 スネークはそのままピークォドに乗り。そのまま置き去りにした”ビッグボスの息子”を見ることなく飛び去っていってしまった。

 

 そして島にダイアモンド・ドッグズによる攻撃が始まった。

 

 

 遠くで島が炎を上げて焼き尽くされるのを見ながら、イーライは父と呼んだ男が残していった銃を手にしてそれを見つめていた。

 体はもう動きそうにない。

 この島からの脱出は、今からでは不可能だろう。

 

――負けた。

 

 そしてなにもかもを失ってしまった。

 最後にもう一度だけ、立ち去ろうとするビッグボスにむかって銃を向けたが。今度は引き金に力が入らなかった。

 このまま焼け死ぬのも、病にすら負けて意識を失い眠ったまま死ぬことも嫌だった。

 

 それならば、せめて自分の手で――。

 大地を焼く炎が徐々にこちらに迫ってくる中。結局、引き金は引かれることはなく。島はそのままに、全てを焼かれて崩れ落ちていった。

 

 

 

 イングランド、白亜の崖。

 寒い冬の季節に入るこの時期にあっても、英国でも有数の海岸でしられるここを訪れる人の姿がまったく消え去る日が続くということはない。

 7人の尼僧がならんだようにみえる絶壁は、そのままセブン・シスターズの名で知られ。ここからの眺めは格別である。

 今も、そこに訪れている若夫婦は小さくやんちゃな兄弟をつれていた。

 

 厳しく冷たい季節であっても、ここから見える世界は美しい。

 そう思ってくれればいいが。

 

 ふと、兄弟が温かく見守る両親に見降ろした海岸線を指さした。夫婦もそれで気がついた。

 遠く寄せては返す海岸を歩く、奇妙な姿の少年が1人いる。親も兄弟もいないのか、いくらなんでも冬のこの時期にあの姿は不自然だ。

 だが、ここからではあそこまで簡単にはたどりつけない。誰かに知らせる術もない。ただただ、あの少年の行く道が安全であるよう祈るばかりだった。

 

 

 その少年こそ、イーライであった。

 

 赤い髪の少年は、危機を前に新しい奇跡をおこして見せた。

 超長距離瞬間移動、テレポートを使い。あの炎を上げる島から遠く英国本国の海岸線へと2人の肉体を運んできて見せたのだ。

 

 だが、その代償はあった。

 イーライは涙を流し、歯を食いしばった。

 

「まだだ。まだ俺は、終わりじゃない!」

 

 彼は死ななかった。

 あの地獄から、こうして生きて還ってきた。

 イーライは死んだのだ。これからは新しい人間として、遺伝子に刻まれた敗者の刻印から開放される。

 そして、そしてきっといつか。あの男を倒し、やつの変わりにこの世界を炎で焼き尽くしてやる。

 

 崖下をよろめき、足を引きずりながら歩いていた少年のその後を見たものはいない。

 彼の痕跡は、ここで一度。完璧に途絶えてしまうことになる。



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我等の「名」は……

今回はゲームでも屈指の名シーンです。
それが再現されていると、よいのですが。

(注:投稿ミスに気がつき、再投稿。スマンカッタ)


「主いひ給ふ、復讐するは我にあり、我これに報いん」

   (新約聖書 ローマ人への手紙・第12章第19節より)

 

 

 世界は三度、激震に襲われた。

 ビッグボス率いるPF、ダイアモンド・ドッグズが。いきなり大陸の反対側シオラレオネ沖の小島でサイファーの部隊と激突したというのである。

 だが、その事件の詳細、前後の事情を完全に把握した国家はいなかった。

 

 理由は2つ、考えられる。

 ひとつはダイアモンド・ドッグズが、カズの提唱したDDRを実現するNGOをまだ立ち上げている最中であり。

 いささか奇妙な少年兵達による武装蜂起という実情にいたった原因を、当のダイアモンド・ドッグズの兵達の口を重くして外に漏らさなかったというのがある。

 

 そしてもうひとつ。

 それがソ連はクレムリンの動きである。

 サヘラントロプスという奇怪な巨人の性能を、やはり今回も彼らは世界に一切漏らすことを許さなかったのだ。

 これはひとつに、核緊縮条約の話し合いが行われる中で起こったスカルフェイスの一方的な裏切りという前回と。それを阻止したダイアモンド・ドッグズにその巨人を続けて抑えられたという事実が。

 この時期にあってもまだ彼等の判断を狂わせ、迷わせていたということがあったからだと思われる。

 

 これは同時に、スカルフェイスが密かに計画していたメタリックアーキアによってサヘラントロプス自体を核兵器化できるという真実を掴んでいないことも証明していた。

 つまり、サヘラントロプスというメタルギアを以前自分達が開発していたシャゴホットの新型、程度の認識であったということだ。

 

 だからダイアモンド・ドッグズが。

 ビッグボスがその手に再び核を手にした事実に気がつけない。

 

 この世界はまだ、強大な国家以外が核兵器のトリガーを持ち、管理することを良しとすることはない。

 もしもこの時、ソ連が情報をすべて開示し。どこからかでもスカルフェイスの思惑がもれ出て伝われば、ビッグボスは再び時代からの攻撃を受けていたのかもしれない。

 

 秘密は守られ、謎が謎のままだったことで、スネークの命は守られている。

 

 だが今年に入ってから、立て続けに起こったすべての事件にビッグボスが関係している。それだけは、はっきりとみなが認識していた。

 過去の戦場から蘇った恐るべき兵士の力を、世界は畏怖の念を持って見つめ始めている。世界はビッグボスから目をそらせなくなっている。彼らはこれからのビッグボスを見張らなくてはならなくなった。

 

 

 一方、イーライとの決着をつけ、再びサヘラントロプスをセーシェルへと持ち帰ったスネークだが。

 勝利に浮かれた凱旋とはならなかった。

 

 延期となっていた、隔離病棟の2次感染。

 そして今回の少年兵騒動における、3つ巴戦での戦死者達。

 これらの葬儀は、合わせて行われることが帰還と同時にマザーベース内に通達があった。

 

 2つの騒ぎで、ダイアモンド・ドッグズの受けたダメージはそうとうに深いものとなった。

 隔離プラットフォームでの2次感染ではビッグボス以外、あそこに足を踏み入れた者は全員死亡。

 イーライの騒ぎでは、スクワッドは4名が。戦闘班からは13名。この通り、20人近い死者を出している。

 当面は戦力の見直し、態勢の立て直しに忙殺されて何もできないだろう。それが副司令官であるカズヒラの当面の組織運営の所感であった。

 

 

==========

 

 

 そして翌日早朝。

 全ての死者は、灰となって骨壷に分けて納められ、空の棺の上に並べられている。

 同じく声帯虫が活発に活動している島から連れ帰った遺体も、同じ理由ですべて焼かれ。この列に加わった。

 その数の多さに、改めて気付かされ。ダイアモンド・ドッグズの戦士達は暗く沈んでいた。

 せめて今はただただ、その魂に安らぎが訪れることを願ってやまない。それなのに――。

 

「あんたが!」

 

 黙とうをささげる戦士達の中から、やけに興奮した様子で声を上げる男がいた。

 ヒューイだった。

 

「あんたが彼等を。あんたが仲間を殺したんだ!」

 

 蒼い海の地平線に暁が見える。

 静寂の世界に、ヒューイの声はやけに大きく皆の耳に入ってきた。

 

「なんだと!?」

 

 その声に真っ先に不快感を示したのはカズだったが。この時ばかりは皆も同じく、この慮外者への不快感を感じずには居られなかった。

 

「そうだ」

 

 非難に反発するでもない。間髪いれず、スネークはヒューイの非難を肯定する。

 

「俺が、殺した」

「仲間なのになぜ。僕も仲間なのに。あんたは――皆を灰にしてしまったんだ」

 

 本来ならば、この男がここにいることこそおかしい。

 だがなによりも死者を送る行事ということもあって、ミラー副司令官が”特別の配慮”で取り調べ中のヒューイの同席を許した。すると、さっそくこれである。

 

 列をなす兵達の間から立ち上る殺意が、はっきりとヒューイに向いているのを察し。

 オセロットはこの好きでもない学者のために「もうやめろ」と肩に手を置いて後ろに引きさがらせようとした。死者を静かに送り出そうという席を、馬鹿一人を血祭りにあげる騒動にはしたくない。

 

 自分の判断が、場の空気を乱させる奴の同席を許してしまったと感じたのだろうか。カズはスネークの横へと進みでると、出来るだけ感情をこめずに口を開く。

 

「皆も本望だろう。ナパームでただ、焼かれるよりは……さぁ、はやく済ませよう」

 

 その言葉に合わせるように部下に合図を送り、彼等が遺骨の入った骨壷を取りあげると。プラットフォームの縁に向かって進もうとした。

 スネークの耳に、過去の数多くの声が幻聴となって湧き上がる感覚に抵抗する間もなく押し流される。

 

「待て……!」

 

 スネークは苦しげに声を上げる。

 死者との別れの場。わかっていた。わかってはいるが、しかし……。

 

――痛むのか、エイハブ

 

 イシュメール!?スネークは、ビッグボスは咄嗟に幻影に助けを求めてしまう。

 教えてくれ、俺は苦しい。なにかをしなくちゃならないのに、なにもできない……。

 

――覚えているか?俺は眠るお前を9年、見つめ続けてきた。

 

 ああ、ああ!

 

――共には居られないが、今も俺はお前を見続けている。

 

 俺を!?なぜだ。

 

――そうだ、ビッグボス。俺だけじゃない、世界もお前を見ている。だからこそ、お前はただ”ビッグボス”であり続ければいいんじゃないか?

 

 そうだった。俺は兵士。

 俺はビッグボス、伝説の傭兵。

 天国に嫌われ、地獄に憎まれる男。時代が、世界の敵となるしかない男……。

 

 

 骨壷の灰を海に流そうとする部下のその手を、ビッグボスが止めて周りはけげんな表情を浮かべた。

 自らの手で、部下を海へと還す。そうするのではなかったのか?

 

 かわりにスネークは、骨壷を胸の中に受けいれ抱きしめる。

 

「お前達の無念を、海の藻屑にはしない……」

 

 スネークの中の暗く、情念のこもった沸き立つものがそこに込められ、隠すことはできなかった。

 中の灰を指先ですくい、己の口にそれを含ませた。

 

「俺は常に――お前達とある。俺はお前達の苗床だ。お前達を”ただの灰”にはしない」

 

 灰を己の顔に塗りたくる。

 自分が望んだわけでも、受け入れられなくてもよい。そう言ったスクワッド達の顔がまず浮かぶ。

 彼等はビジネスとして仕事をすればよかったのに、望んで自分が向かうような危険な任務に同行したがったビッグボスのフリークス達。

 

 ワスプは病室でわけもわからず死ぬことだけは嫌がった。

 かつての戦友と戦場で相討ちする形で、ラムは倒れた。

 必要な状況だったとはいえ、あの無敵と思われたスカルズを倒すためにボスの期待にこたえようと無茶をさせられた戦士達。

 アダマはその幻肢痛を忘れないまま、仲間を救って逝った。

 フラミンゴもハリアーも戦場に倒れた。

 そしてゴート。

 彼は優秀な指揮官になる未来もあったかもしれないが。仲間のために、戦場に自分を投げ出した。

 

 彼らは――いや、彼らだけではない。

 自分と共に戦場に立った彼等に、自分が与えてやれることはまだ残っている。そのはずなのだ。

 

「お前達はダイアモンドだ」

 

 この厳かな儀式は新たな意味を与えようとしていた。

 ビッグボスがそれを決めたのだ。

 

「水葬はしない――それで……?」

「仲間の灰で、ダイヤを作れ。それを抱いて、俺達は戦場へ向かう」

 

 兵士達の間に戦慄が走る。

 

「――死してなおも、輝き続ける。仲間の元で……」

「俺達はダイアモンド・ドッグズだ」

 

 熱がうつったかのように、ボウとなるカズにスネークは告げる。

 その言葉をプラットフォームにいる葬儀に参列した全ての兵士達が聞いた。

 そして明日には――世界にその言葉が伝わる。ビッグボスと共に戦場を征く栄誉を持つ部隊、ダイアモンド・ドッグズのその名の意味を。

 

 世界は正しく知ることになる。

 

 

==========

 

 

 ここに一本のビデオテープがある。

 再生して見ると、プラットフォーム上を深夜、見張っている2人の兵士が写る。監視カメラの録画映像らしい。

 

――おい、あれって……

――ん?

――ボスだ。ビッグボスだった。

――ああ、そうだな

――なんでここに?また怪我人が出てたっけ

――いいや、そんなわけがない

――じゃあ……。

――聞いたことないか?ホラ、例の自殺騒ぎ以降

――ああ。あー、それか

――そうだよ。今もああして、度々訪れているそうだ。最近は増えてるみたいだな、一昨日は明け方だった

――ふーん。あ、そう言えば聞いたんだけど。ビッグボスの部隊、スクワッドが解散になったって。

――そうらしいな。まぁ、しょうがないだろう。

――なんで?

――隔離プラットフォームの2次感染、そして少年兵とサイファーとの戦い。あれでうちは今、開店休業状態だ。

――そうだな

――ボスも、ミラー副司令も他のPFからの攻撃が続く中、戦闘班の立て直しが急務ってことなんだとさ。そこで結成以来、人的消耗の激しいスクワッドは正式に解散することにあの副司令が同意したらしい。それくらいうちは今。立て直しに大変なんだろうな

――次の仕事、大丈夫かな?俺、給料で結婚資金を……

 

 そこで映像は途切れた。

 ここにはさらに、もう一本。今度はカセットテープがある。

 さっそく聞いてみよう。

 

――あ、ビッグボス。どうぞこちらへ

――メディック?どうした、パスに何かあったのか?

――お静かに願います。彼女は……ちょっと調子が良くないので

――ああ

 

(椅子に何者かが座る音がする)

 

――実はボス、パスの様態なのですが……

――悪いのか?

――というか、悪くなっていってます。御覧のように外からの刺激に全く反応しなくなる事が多くなってます。

――原因は!?

――それが……はっきりとは

――ううん

――パスが、その記憶と時間を9年前のMSFのままで停止していることは知っていますよね?

――聞いている、カズとオセロットから。彼女はその時の記憶と合わない話題や情報には一切反応しない、と。

――その通りです。ところが最近は、このようにまったく無反応になることが多くなってきまして。

――そうか

――丁度、ミラー副司令がスカルフェイスが死んだことを伝えたあたりでした。彼女はあの男には報復心を持っていたはずです。それがなにか、このような変化を表面化させてしまったのかもしれません。

――なにかいい方法はないのか?

――それが、なにも……

――そうか……。

――これもいい機会なので、お知らせしておきますが。ボス、ここを見てください。

――傷口だ。9年前、彼女の体内にあった”2つの爆弾をとりだす”際の傷……出血したのか?

――そのようです。これも不明なんですが、可能性として彼女が自分で傷を付けたんじゃないかという意見があります。

――自分で?

――ええ、室内にカメラも設置して見張っていますが……いつの間にかいつも腹部の傷口から出血を……。

――パスのこと。気を付けて見てやってくれ

 

(スネークが部屋を出ていき、静寂となったところでテープは終わる)

 

 オセロットは無言でその映像を見終え、テープを取り出し。

 いれかえてそのテープそっくりのもう一本を入れてすりかえる。これで仕事は終わり、カズも兵士達も。この事実を目にする時間を稼げたはずだ。

 

 部屋に戻り、持ち帰った2本のテープはすぐさま破壊する。

 証拠の隠滅というには雑なやり方ではあるが、隠し通せないことなのでこれでいいのだ。

 

 そう、すべてを隠し通すことなどできない。

 真実であれば、かならずどこかに痕跡が残る。残らないわけがないのだ。




また明日。


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兵士達の楽園

ついに難問のひとつだった、あの裁判です。
今回はその前半。


 葬儀を終えても、ダイアモンド・ドッグズの抱えている問題は終わらない。

 続いてヒューイの裁判が、ついにおこなわれることになった。

 だがスネークの顔はしかめっ面をしている。

 

 気にいらないのだ。この流れ、まったく気にいらない。

 

 正直、スカルフェイスを倒した後。

 気の緩みがなかったとは言わないが、一時に問題が集中して発露してしまったことがまずかった。

 ずっとのびのびになっていたヒューイの裁判だが、新証言も証拠もなく。長いこと、放っておく形になってしまった。それがカズの依頼で例のAIポッドを回収してからは驚くほどに話が進み始めてしまう。

 

 MSF時代、ヒューイと共に姿を消した科学者のストレンジラブ博士が見つかった。

 なんとポッドの中に彼女の死体がそのままに残っていたのである。

 

 にわかに怪奇じみた話になったが、そんな彼女に関してのヒューイの言動もまったく要領を得ないものだった。わかったのは彼女と結婚し、2人の間に子供が出来たこと。そしてなにかがあって険悪となった。

 どうにかわかるのもそこまでだった。

 

――なぜ隠していた?

「悪かった。そうだ、1人じゃなかった。だけどわかるだろう?僕は彼女を巻きこみたくはなかったんだ」

――サヘラントロプスのAIはお前じゃない。ストレンジラブが開発していた?

「スカルフェイスはAIには否定的だった。それで口論になった。ストレンジラブはアイツを怒らせ……」

――殺された?どうやって?

「……」

――見てないのか?あとになってポッドの中に入っているのを見つけた?

「そ、そうだ」

――中に入れたままにした?なぜだ?

「僕が彼女を連れて行かないでくれと……」

――スカルフェイスに殺されたストレンジラブを。お前が頼んでポッドの中に入れて置いてもらったと?

「いや、そうじゃない。違うんだよ――」

――なぁ、俺達はこう考えている。彼女はお前が殺した。そしてあそこに放り込んだ。スカルフェイスはそれを黙っていた。違うか?

「しない。そんなことするわけがない」

 

 MSF襲撃時の証言と変わらぬ、不毛な荒野がそこにも広がっているようだった。

 それに加え、どうやらサヘラントロプスの修理に子供達を使い。例の2次感染にも、ヒューイがかかわった疑惑が持ち上がるという始末。

 

 サヘラントロプスの一件は丁度イーライをはじめとした少年兵達と声帯虫の全滅。サヘラントロプスの再回収と胸糞悪い終わり方をしたばかり。

 その上、2次感染までも計画的にやっていたというなら。それはもう立派な破壊工作とほめたくなるほど見事な手腕としか言えないが、肝心の本人が頑なにそんなつもりはなかったと言い張るのだから始末が悪い。

 出てくるのは状況証拠ばかり、そのどれもこれも刹那的で状況に流されて動くばかりで確信するものはなにもない。

 

 こんなでは裁判はできない。

 

 それがスネークと、オセロット、カズの統一した見解のはずだった。

 だが、水葬式の時に全員の前に姿を見せてビッグボスを非難したことがヒューイの命取りとなった。誰かが漏らしたわけではないだろうが、噂でヒューイが一連の工作を内部から行っていたという”推測”が流れると、兵達の怒りは限界を軽々と突破してしまったのだ。

 カズは殺気だった部下達の気持ちを考え、近日中の裁判開催をビッグボスの相談なくその場で決定してしまった。

 

 カズに「大丈夫なのか」と聞くが、なんとかなるとしか言い出した本人は口にしないし。オセロットも尋問でこれ以上、正確な情報は得られないとあってカズの意見に同調する姿勢を見せている。

 スネークも、とりあえず裁判に臨むに当たり。ヒューイの尋問テープを聞きなおしているが。これがまったく役に立ちそうがない。

 

 これはサヘラントロプスのテープ。

 

――なぜ子供達にサヘラントロプスの修理をさせた

「まさか、彼等だけで直せるわけがなかったんだ。それに、子供があれを操るなんて……」

――できるだろう?

「無理だ」

――自転車のようなものだろう?

「無理だったんだよ!なんで子供だけで動かせたのか、なんて」

――子供だけ……?他に誰を乗せた、自分の子か?

「い、いや。それはっ」

――自分の子供にサヘラントロプスの操縦をさせたのか?実験に使ったんだな、だから母親が激怒した

「違う!本人が乗りたがったんだ」

 

 テープを変える。

 こっちは感染についてのテープ。

 

「待ってくれ。何を言っているんだ。一体何をするつもりだ」

――お前の罪状を明らかにして、相応の罰を与える。表現にはこだわらん

 

(この後、部下達の突入騒ぎが後ろで始まる)

 

「待ってくれ、どうかしてる。何の証拠があってこんな……」

 

(兵士達の怒号が上がる)

 

「国家から解放されてる軍隊だなんて、自分達も新たな国だなんて息まいてるけど。外から見ればただの愚連隊、反政府組織、武装集団でテロリスト。秩序なんてない危険因子にすぎない。”君達”はただの悪者なんだよ!」

――ほう、”君達”だって?自分は別か、仲間と思っていたのに残念だよ。エメリッヒ博士

「え、いやっ……これは違う」

 

 

 そこでスネークはテープを止める。

 この後のことはもう聞いている。カズがもっともらしく、ヒューイの裁判の開催を宣言していきり立つ兵士達を引きさがらせる。ひどいものだ。

 

 だが、こんなもので何が出来る?

 確実な証拠など一つもない。あるのは山のように積み上げられた状況証拠だけ。これで裁判をしてもどう決着を付けられるというのか。

 

――悩むことはないだろう、司令官。兵士を納得させる理由、それがあればいい。それで人は、戦える。

 

 亡霊が突如、霞の中で現れるとアドバイスだけ残して消えていく。

 

(カズ、お前は俺に……)

 

 そこから先を言葉にはしたくなかった。

 それをすれば、そんなことをしては。ビッグボス自ら口にした”仲間”というものへの疑いをはっきりとした形にしてしまうかもしれないのだから。

 

 カズは俺に、ヒューイの処断を迫っている。

 

 サヘラントロプスの一件は、イーライの蠢動の一部とするとそれほど大きくとらえることはできないが。第2次感染が”本当にヒューイの計画”であるとするならば、これを処断することをためらう理由はスネークにもない。

 

 ……ああ、それなのか。

 気にいらないこと、その正体はようやくわかってきた。

 

――意外な展開を迎えたな、スネーク

 

 亡霊が悩むスネークの背中に語りかけてきた。

 今度は霧ではない、はっきりと軍服を着た見事な指揮官が姿を現していた。

 ジーン、それがその男の名前だった。

 

――だから私のような男を、この世界に呼び戻してしまう……少し、話をしようじゃないか。兄弟よ。

 

 

==========

 

 

 思い出してもらおう。

 そう、相続者計画のことだ。米国はスネークイーター作戦で英雄、ザ・ボスを失った後。貴様をビッグボスとして名前を受け継がせたが。一方で新たなボスを人為的に造り出そうとした。

 

 それが私、ジーン。

 

 最高の指揮官としてザ・ボスをモデルとした私は、いわばお前の兄弟のようなものだった。

 

 皮肉だな、スネーク。

 お前はアウターヘブンを宣言したように。私もまた、兵士達の天国。アーミーズ・ヘブンを提唱した。

 使命を持たぬものに、指導者という存在が明確な使命を与える。与えられた任務を、命をかけて必ず兵士はやり遂げる美しい世界。

 私は、当時まだ目的が定まらずに自分を見失っていたお前までも。自分の”兵士”として取り込もうとした。

 

 お前は私の差し出した提案、全てを拒否した。ゼロとは違う、お前の理想に近く。それでいてはっきりと異なることを理由に否定した。

 

 その結果は言うまでもない。

 正しい相続者はお前だった、スネーク。ボスの最後の弟子に私は倒された。造られた男ではなく、その精神を受け継いだ男が勝利した。

 そしてボスが意思をお前に渡したように、私もお前に意思を託した。

 

「ずいぶんと乱暴な言い方なんだな」

 

 私がこうして”お前の亡霊”となったのは、本当の私自身が過去の存在へとなったからにすぎない。

 物事の本質、なんてものは見方でどうとでも変わるし。私のような男はその場の方便になるなら、どんな切り方でも平然とやるのだよ。兵士を納得させるためならば、政治家にも、娼婦でも。私はその場で演じてやれる。

 

 そうだ、今のお前とは違う。そこに悩む理由はない。

 

「……」

 

 戦士の魂を受け継いだ者は、2度と戦場からは離れられない。

 これはかつて私がお前に贈った言葉だった。覚えているか?

 

「ああ、そうだったな。そうかもしれない」

 

 だからお前は戦いの中でしか生きられない。だから、お前は戦う理由だけは自分で決めないと戦えない。

 そうやってお前は今日まで戦ってきた。

 だが、今の自分をよく見てみるといい。お前は何者になった?どこに立っている?

 

 わからないか?

 ビッグボスは兵士ではいられなくなった。

 オセロット、ミラー。彼等の助けを借り、お前はダイアモンド・ドッグズという世界が無視できない精鋭部隊を率いている。

 プライベートフォースと呼ばれる存在にあって、貴様の部隊はあまりにも異質だ。「金で戦場を選ぶ」なんてことはしない、「戦場を選んで金にする」。これがお前達で、だからこそ苦しんでいる。

 

「苦しむ……俺が?」

 

 とぼけるなよ、スネーク。

 お前のダイアモンド・ドッグズは今。正しく私が提唱したアーミーズ・ヘブンを実現させようとしている。

 

 世界のパワーバランスを見極め、戦場を選択してそこに部隊を送り込む。戦争という混乱を通し、国同士の力関係を調節させ、人の歴史を武力で制御する。

 

 スネーク。

 

 お前はサイファーを、スカルフェイスを追うという大義名分の下。アフガニスタンではソ連軍をかく乱し、アフリカではPFをはじめとした武装組織の分断で混乱を生みだした。

 

 いまはまだ、歴史に残したその爪跡はまだまだ小さなものではあるが。

 やり方は間違っていない。私がお前に託したアーミーズ・ヘブンは実現がすぐそこまで見えて来ている。

 

 だが、しかし!

 これは私のものだ。

 お前はこれを否定した男だ。

 なぜ、そんなお前が。俺の世界を作り出してしまったのだ?

 

「間違っていたと、そういうことか?」

 

 正しいやり方とはなんだ?そんなものはない。

 違う、まったく違うぞ。

 話はもっとシンプルなのだ。考えすぎるなよ、スネーク。

 

 お前が作るのはアウターヘブンではなかったのか?

 このままではアーミーズ・ヘブンになるぞ、というだけの話だ。

 お前はこれまで、兵士のままダイアモンド・ドッグズという巨獣の手綱を握ってきた。だが、その巨獣は危険な兵器なのだ。

 お前に隙が生まれるならば、”自分達の意志”で勝手に暴走を始めてしまう。

 

 スネーク、お前はザ・ボスの最後の弟子。

 造りだされた私とは違うやり方で部下と接してきたはずだ。

 

「俺が――ボスから受け継いだものを。次の世代に伝えるため」

 

 ならば、悩むことなどないだろう。

 お前はビッグボスだ。それを否定する者は”ダイアモンド・ドッグズ”には1人もいない。

 それは言ってみれば、もはや国家だ。

 異様で、異質で、歪んだ存在だが、お前の世界を実現するためには必要なものだ。

 

 ビッグボス、世界はお前を見ている。

 だが、お前もまた世界を、お前自身の国を、部下達を見ることができる。

 

 ビッグボスは奴等を監視しているのだ(BIGBOSS is Watching you) 

 

 

 亡霊は、スネークの中に生まれた、かつての敵の姿をしたドッペルゲンガーはいつの間にか消えていた。

 スネークの中の葛藤も、同時に消えていた。

 葉巻を取り出し、火を付ける。本物の煙の味わいが心地よい。

 

 オセロットの足音が聞こえてきた。

 どうやら裁判の時間が来たようだ。




また明日。


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告発の行方

か、風邪を引いてしまった。
なんで、なんで今日なんだ・・・・。

あ、ヒューイ裁判は後編です。


 プラント地下で行われる裁判には、可能なだけ兵士達も集まっていた。

 彼等は国籍も、言葉も違ったが。この場所に集まる彼等の意志は一つ。ヒューイ、MSF時代から仲間を売り続けてきた裏切り者の最後。それを自分達の目に焼き付けるためにここにいる。

 

「9年前、この男はマザーベース襲撃を幇助した」

 

 オセロットが罪状を読み上げだす。裁判が始まったのだ。

 

「以降、スカルフェイスへ技術を供与。イーライとは共謀し、サヘラントロプスを修理した。隔離施設へ提供した”研究資材”が放射線を漏出。これが変異の引き金となり、治療を受けた声帯虫が暴走、多数の仲間を喪った」

 

 カズヒラは皆に遅れて、ゆっくりと部屋へ入っていく。

 彼がずっとのぞんでいた瞬間、それはもうすぐそこまで迫っていた。

 

「更に、こいつには親族を殺した疑いが。死体遺棄も含めてかかっている」

「僕は殺してない!――他のも、ひどいな」

 

 ここに弁護士はいない。

 ヒューイは自分の弁護は自分で行わなければならない。だが、こんな男の話を誰が本気で聞く?

 

「僕だって、仲間のために自分を犠牲にしてきたのにどうして。なぜ信じてくれないんだ!?」

 

 復讐するは我なり。

 そうだ、これは正当な。”自分”に与えられた権利を行使する、それだけのこと。

 杖をつき、ゆっくりと皆の前へと進み出ていく。

 

「ここに証人を召喚する」

 

 演出たっぷりに皆の前に出てきたのはスネークが回収してきたAIポッドである。

 ピースウォーカー事件、その時にストレンジラブは”個人的な観点”もあってこれにザ・ボスの思考を再現することに執着していた。

 最終的にそれは奇跡を起こしたわけだが。今、これには別の使い方ができる。

 

「ストレンジラブの”墓石”だ。墓には亡霊が憑いている」

「ただの機械だよ……」

 

 墓石、亡霊、それらのワードに反応してヒューイは怯えを隠そうとそう言う。ああ、わかっている。お前ならそう言うだろうと。

 

 突然ポッドが女性の声でわめき始める。

 それはストレンジラブの最後の音声。彼女の中に閉じ込められた女の悲痛な懇願と絶命するまでが一斉に再生されたのだ。彼女のことを知らない兵士といえど、これほど絶望と悲嘆にくれた女の最後をいきなり一斉に聞かされれば、不快に思わないわけがない。知っていれば?それは言うまでもないこと。

 

 ああ、最高の演出だ。

 

「あれが記録を残していた――お前のしたこと、一緒に暮らしている間の全部」

「そんな……勝手に……」

「お前は実の息子をメタルギアに乗せ、実験台にした。母親は我が子をかくまう。怒ったお前は妻を閉じ込めて殺した。スカルフェイスはそれを黙って放っておいた」

「違う!あいつは自分からポッドに籠った、あれは自殺だ!”僕がやった”としても、お前達に何の権利がある?」

「それだけじゃない。お前が考えたこと、してきたこと全部。ポッドは喋ってくれた」

「……」

「9年前のMSF壊滅も、お前がマザーベースに来てからのことも全部調査した」

 

 ヒューイは怒れるミラーの目を見ていられなくなって、そらしながら弱々しく口にする。

 

「頼むよ……」

「全てクロだ!全て」

 

 容赦なく弾劾の声を上げると、その言葉に火を付けられた部下達が一斉に「殺せ!」の大合唱を始める。

 もはやヒューイの味方はここにはいない。こいつの最後だ。

 

「俺達に、法は存在しない」

 

 マザーベースは組織だ。そしてヒューイの罪は多岐にわたって、いろいろとある。

 これを単純に”軍事裁判”だけで裁き切ることはできないから、”あえてはっきりと”そこは言明しておく方が都合がいい。

 

「始末は俺達がする」

 

 さぁ、舞台はオーラスを迎える。

 幕引きのハッピーエンドまであと少しだ。

 

 

==========

 

 

 ビッグボスはそれら全てを冷めた目で見つめていた。

 裁判長役とはいうが、カズの言い様はもはや宣言しろと言わんばかりだ。

 

――本気で”それ”を口にする気か、ビッグボス?

 

 背後にスカルフェイスの亡霊が立っている。

 ドッペルゲンガー達の中で、この存在だけは誕生から常にぶれずに今もスネークの敵であろうとしつづけている。生前の報復心を手放そうとしない。

 

――ここにいるお前の部下達は”失った痛み”を乗り越えようとしている。お前は、彼等を愛しているのだろう?

 

 スネークはそんな亡霊に目も向けない。

 

――その彼等を裏切る?彼等の傷から溢れる血を、ぬぐうことを許さないと?お前はひどい男だ。

 

 スネークは歩き出した。

 ここにいる全員がスネークを見ている。だがそんな彼等をスネークもまた、視ていた。

 

「ボートを用意しろ。1人乗りでいい」

「ボス!?」

「ここからすぐに出ていってもらう」

「おいっ」

 

 全員が驚き目を丸くし、続いて不満を顔に出すが異議を口に出す者は誰もいなかった。

 皮肉にも、最後にミラーが口にした言葉が。これは”裁判ではない”としたことで、かえって裁定者であるスネークの言葉は絶対のものとなっていたからだ。

 カズは予想して、いなかった展開に焦っていた。

 

「俺達をこうした、張本人だ。あの時の仲間も……なのに……なのにこいつだけはっ!」

 

 杖でヒューイの胸を突き飛ばす。

 汚らわしい裏切り者、死すべき存在。

 だが、そんな奴をビッグボスは”許す”というつもりなのか!?

 

「こんな奴が俺達の、本当の敵なんだ!」

「カズ」

 

 スネークは揺るぎもせず、静かに諭すように語りかけた。

 ヒューイも、そばに立つボスやカズの顔も見ないまま誰かに向かってなにかをぶつぶつと話していた。弁護にならない、自分への支離滅裂でとりとめのない自己弁護を口にしているのだ。だが、それに耳を傾ける者はここにはいない。

 

 スネークの言葉だけが、全てを圧倒していた。

 

「そう、こいつは敵だ。仲間じゃない。だからこそ俺達にこいつは”裁けない”。ただ、マザーベースは降りてもらう」

 

――お前は案外、思った以上に冷酷すぎる鬼のようだ。

 

 スカルフェイスは考え込むように、そう口にした。

 

――部下の希望を今、お前は断ち切ってしまった。ミラーを見てみろ、真っ青になって。んん、大変だ。

 

(これはカズが。奴自身が招いた結末だ。俺は奴を裁く、と言ったが。死刑にする理由を捜してこいとは言わなかった)

 

――部下達はそうは考えないさ。むしろ、お前の意志の弱さとみるだろう。ダイアモンド・ドッグズは崩壊するかもしれないな

 

 いつものように亡霊でもスカルフェイスはスネークを嬲ろうとしてククク、と忍び笑いをした。

 

 オセロットは黙ってこの裁判の終わりを見つめていた。

 彼にとってもこの結末は意外なものだったのだ。

 

 

 ビッグボスは自分を殺さない。

 それを理解したのだろう、ヒューイは途端に忙しく口を動かし始めた。

 

「……なにかに縋りたかった!生きている価値が欲しかった!死を、罪を、忘れたかった……君達はなんでもよかった、ビッグボスでも良かったんだよ。ボスだってそうなんだろう?そうだ、みんな1人だ、だから僕を。仲間を疑うんだよ……」

 

 スネークは黙ってオセロットを従え、部下が黙々とヒューイのマザーベース退去の手はずを整えているのを静かに見つめている。

 心動かされるものは何もない。自分が下した裁定に不満はなく、適切だったと確信している姿だった。

 

「目を覚ましてくれ!」

 

 プラント内からプラットフォームへと昇る階段を両脇に抱えられ引きずられながら、ヒューイの孤独な演説は続いている。彼に続いて階段を上るスネーク達に訴えているのだろうか。

 

「君達がしているのは、ただの人殺しだ。戦争しか、していないんだ!戦争や暴力からは平和は生まれないんだ」

 

 救命ボートの前にスネークは立つ、別れの時だ。

 ヒューイはそこに1人乗せられても演説をやめようとしない。体一つでここに来た彼がここから持って出ていくものなど何もない。その脚となっていた鋼の機械は、彼の体の一部となっているから取りあげもしない。

 

「スネーク、悪いのは君じゃないか!」

 

 水と食料をボートに乗せると、スネークはすぐに降ろせと合図を出す。

 ここでさらにヒューイの口調は激しく非難するものへと変わる。逃げられるとわかって勢いずいているのではない。ダイアモンド・ドッグズに、仲間に、ビッグボスに自分が見捨てられる事実から必死に逃げようとして、そうなっているだけだった。

 彼は孤独になろうとしている。

 

「核なんて持たなければ、査察だって来なかった!」

 

 スカルフェイスの脅しに震えあがって、取引に応じたくはなかった。

 

「僕は命がけで、君達を救おうとしただけだ!」

 

 だがあの狡猾な男にだまされて。仲間を、MSFを壊滅に追いやってしまった。

 

「こんなこと、どうして平気なんだ?」

 

 なのに、9年たってもまだ戦場を彷徨っている。とうとうサヘラントロプスを奪った少年兵まで殺した。

 

「まともなのは僕だけか……!?」

 

 ヒューイは慟哭の声を上げる。

 9年前に喪失してしまった、卑怯ではあっても。まだわずかに誠実だった自分が失ってしまった正気――ぽっかりと穴のあいた自分の心臓を探って”正論”でそれを埋めようとする。

 

 この哀れな男は、またも仲間に捨てられる。

 天国の外側から追い出され、もはや天国を目指すにもその手は血にまみれ。素直に地獄に落ちることからも逃げ続けようとして、現世を生きながら死者となって彷徨うしかない。

 

 そう、闇に落ちた男は。

 ヒューイの未来はこうしていとも簡単に磨滅してしまったのだ。

 

 

===========

 

 

 まだ顔はこわばっていたが、哀れにも1人泣き叫びながら波間に消えていったヒューイを見て多少は収まりがついたのだろう。カズはあらわれるとスネークに報告してきた。

 

「エメリッヒの技術は開発班が引き継いでいる。エメリッヒがいなくなっても、俺達は何も失っていない……それから、奴の行方は追跡している。今のところ報告はない」

 

 スネークは顔をしかめる。

 

「やめておけ、奴はもういない。もういなくなったんだ」

 

 敵、とはいっても。関わるほどの相手ではない。

 以前も取引きするつもりか、ビッグボス相手に『恐るべき子供達』を口にしたが。いとも簡単に一蹴した。本人はあれで何とかなると思っていたのだろうからどうしようもない。

 

「わかってる、そのことを確かめたいだけだ」

 

 カズヒラも馬鹿ではない。

 すでにダイアモンド・ドッグズから追放を受けた時点でヒューイの死を己の目に焼き付けるチャンスを失っていることはわかっている。そして、それに執着する自分の姿の醜さにも気がつき始めてもいた。

 

「あんなやつ、いてもいなくても同じだ」

 

 またひとつ、たまっていた仕事を終わらせることが出来た。

 ヒューイの処遇が下され、不満はあったが皆はそれなりに自分を納得させていた。それは熱くなっていたカズに比べてビッグボスは終始冷静に、そして理性的に全てを取り仕切ったからというのもある。裏切り者を八つ裂きにはできなかったが、もはやそれも過去のものとなった。

 クリスマスを目前に控え、ダイヤモンド・ドッグズの中でも徐々に空気が変わろうとしていた。 

 

 

 イシュメールは離れていくカズの背中を見ながら、電子葉巻をくわえるビッグボスの姿を満足そうにプラットフォームの上層から見下ろしていた。

 そこにスカルフェイスが近づいていく。

 

――結末はいつも意外、それではつまらんではないかな?ご友人

――あれでいい。カズの憎悪に引きずられずに奴は判断をくだした。あの時は、その必要があった。

――ほう、”必要があった”ね。それは”誰にとって”必要だったのだろうか?

 

 イシュメールはスカルフェイスを見た。

 

――あの意外な行動は、私だけじゃない。我々にとっても驚きではなかったのかな、と思ったのだ。

――それで?

――そう、それで興味が出てきた。我々、ビッグボスの亡霊たちはどう考えているのか。それを聞きたい。

 

 プラットフォームにはいつしか大勢の亡霊たちが並んでいた。

 これまで表に出てこなかった者、話すことのない者。それらスネークの中に生まれた影達が一斉にプラント上に姿を見せている。数十人を越える影があるが、そこにはただ一人。”彼女だけ”はいない。

 

――新参者とはいえ、お前と話したがらない奴もいる。

――それは知っている、イシュメールとやら。だが、このスカルフェイスと話してくれる奴だけでも聞きたい

――なら、彼が最初だろう。

 

 イシュメールが指さす先にはジーンが立っていた。

 FOXを率いたスネークのかつての敵、FOXで世界の歴史に介入しようとした男。

 

――俺に意見はない。ただ、私もヤツの決断には満足している。

――ほう

――報復心、それがお前のお気に入りらしいが。そんなものは私に言わせれば戦場の飾りのひとつにすぎない。

――取るに足りない、と?

――そうだ。お前はただの小者だった。ただ暴力をそのままにしておくことしかできない、間抜けだった。

――厳しいね。同じ相手に倒された敗者同士じゃないか

――正直な感想を口にしただけだ。それに、彼女達も私と同じ意見のようだ。

 

 ジーンが顎先であっちだと差すと、そこに背中を向けて座る同じ顔の少女達がいた。

 死者と、亡霊となっていっそうはっきりと未来を見つめるエルザとウルスラであった。

 

――私達が見た未来は同じものだった。メタルギアを破壊するのも、そして新たなメタルギアを生み出すのも

――それは世界を破壊すること、それは世界を救うこと

――『恐るべき子供達』蛇は、一匹ではない

 

 スカルフェイスは不満そうに鼻を鳴らす。

 少女達の予言めいた言葉が終わると、亡霊たちが次々と姿を消していったからだ。あれ以上に意見表明は必要ない、そういうことらしい。ジーンもやはり姿を消してしまった。

 

――では、あなたはどうなのだ。イシュメール?

――俺は最初から奴を、エイハブを認めている

――ほう……それだけか?

 

 イシュメールの姿も消えてしまった。スカルフェイスは溜息をつく。色々とその理由って奴を聞きたかったのだが、どうやら誰もそれを自分には聞かせてくれないらしい。

 仕方なく自分が、自分の思ったことを亡霊らしく囁いてやろうと思った。

 

――見事なものだよ、ビッグボス。あんたはどうやら本当に自分の心に寄生する”報復心”を捨て去ってみせたらしい 

 

 感心するしかなかった。

 この怨敵は、本当に目先の小さな報復心には全く見向きもしないのだ。てっきりミラーの、ダイアモンド・ドッグズの部下達の怒りに隷属してあのヒューイを八つ裂きにするとばかり思っていたのに。

 

 そうなればいい、スカルフェイスはそう考えていたが。

 ビッグボスはそうはしなかった。

 

 そういえばまだ亡霊となる前のこと。

 虫の息のまま死ぬに死ねないスカルフェイスを見下ろしたビッグボスは、やはり銃を向けても銃爪を”自分の意志”で引くことはしなかった。

 スカルフェイスに”奪われた”と思っているミラーが、その引き金と銃口を向けるのを決めていた。

 

 だが今度は、あの時の再現とはならなかった。

 ミラーが差し出す銃にビッグボスは引き金を引かないばかりか、受け取ることすらせず。銃自体をその場から消し去るようにさっさと皆が見えない遠くまで放り出してしまった。

 

――お前は立派な男になったようだ、ビッグボス。だが、所詮はお前は鬼。いい時は続かないものだ。

 

 鬼とは憎まれ、退治されるものだ。

 例え人に愛される鬼だとしても、その目に涙が浮かばないだけで人はそれを理由にやはり”敵”になろうとする。

 この話にハッピーエンドはないのだ。

 

――戦場は冷酷だ。お前からは何でも奪い去っていく。今年、私を撃ち滅ぼしたことが一番の良い出来事というならば。最悪の出来事が、どこかの見知らぬ少年兵達を手にかけたことというのでは足りなくはないか?

 お前はまだまだ、もっと多くのものを失う必要がある。

 

 亡霊はいつしか呪いの言葉を吐き出していた。

 それは予言ではなかったし、どちらかといえば妬みに近い言葉でしかなかったが、皮肉にもそれは現実に起ころうとしていた。

 

 

 1984年もついに最後の時を迎えようとしている。




体調が悪化しないなら、また明日。


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静寂(クワイエット)

今回は「前回のスカルフェイスさんの願いがかなう、3秒前」というお話。



 一発の銃声が鳴り響き、スネークとカズは驚いて振り向いた。

 

「仇をとったぞ!」

 

 もはや動けぬスカルフェイスの傍らにいつの間にかヒューイが立っていた。

 その手から銃が零れ落ちる。

 スネークが放り出し、カズが無情にも弾を込めなかった銃だ。

 

「ついに、ついに。僕は仇を討ったんだ!」

 

 いったい何の話で、いかなる理由からそうなったのかは知らないが。ヒューイはそう口にすることで、まるで”自分は正しいことをした”のだと周りに吹聴するだけではなく、その姿は自分自身をも騙そうとしているかのようだった。

 そんな哀れな姿をさらす彼に、スネークはほとんどなんの感情もなく見つめていた。

 結局、ヒューイがなぜそんな事を口にし、行動したのか。その理由をも知ろうとはしなかった。

 

 思い返すと、すでにこの時に。もはや彼に残す感情はほとんど底をついていたのである。

    (XOF壊滅と、スカルフェイスの最後 その記録より)

 

 

 

 

 青い空の下、いつものようにわずかな時間をひなたぼっこで楽しむ時間を過ごしていたコードト―カーの元にカズが姿を現した。

 

「コードト―カー、礼を言わせてくれ」

「?」

「声帯虫が変異した原因をあんたがつきとめてくれたおかげで、”敵”をマザーベースから排除することが出来た」

「――あの若者のことか?」

 

 唐突な話で驚いたが、コードト―カーはヒューイのことをすぐに思いだした。

 

「ああ、俺は奴にずっと裏切られたと思っていたが。奴は”はじめから仲間じゃなかった”だけだった。そう、俺達の仲間には裏切り者なんていなかったんだ」

「……」

「なのに俺は、いもしないスパイを疑い。皆に猜疑心を持てと吹き込み……その結果が同志討ちに」

「――自分を責めるな。結果はどのみち、変わらなかった」

「スカルフェイスを倒したが。俺達の幻肢痛は消えなかった。消せない痛みを消そうと、俺はその報復心の矛先を仲間に向けてしまったのかもしれん」

「……外敵を失った免疫は、時に自分自身を攻撃するようになるという。アレルギー、自己免疫疾患のようにな。組織もまた同じだ」

「――あんたの言うとおりだ」

「いや、私にお前を責める資格はない」

 

 コードト―カーはそう言うと、首を垂れるカズを慰める。

 

「私が声帯虫という存在に惹かれたのは、白人達。英語への報復心故だ。それがなければ私自身がスカルフェイスに利用されることもなかった。

 我々は同じ、復讐心という感情に規制されているのだ」

「スカルフェイスの予言、『サヘラントロプスが報復心を未来にうち放つ』……俺達はいつまで奴の残した苦痛に苦しまなければならないんだ」

「その痛みと、報復心と共生していくしかない。決して、己に寄生した報復心に操られてはならんのだ」

 

 たぶんそれが真理なのだろう。

 だが、それをなすことが人にはとても難しいことなのだ。

 

(カズヒラは、この男は苦しんでいる)

 

 コードトーカーにはわかっていた。

 カズは、彼にはっきりと口に出して相談したわけではないが”何を”考えているのか。人の顔は表と裏の2つだけではない。もっともっと多く、複雑なのだ。そうした顔が多ければ多いほど、その声は大きくなり、自分の中でまとまりを見せなくなる。葛藤や、混乱が生まれる。

 

 この男はまだ、かろうじて踏みとどまっている。

 いや、とどまろうとしているつもりなのだ。それはまだ諦めていないということであり、希望はわずかに残っているのかもしれない。そう考えたい。

 老人はこの男に好意を持っていたので、こうして賢者を気取って教えようとしてみせたが。それが彼を助けるかどうかはわからない。

 

 真実を言えば、人は他人を救うことはできない。

 自分を救うこと、それは自分で救ってやるしかないのだから。

 

 

==========

 

 

 クレムリンは俄かに騒がしさを増していた。

 ダイアモンド・ドッグズのサヘラントロプス2度目の再回収から少し。年末を前にして突然に、どこからか指令が下ったらしい。彼等は自分達がスカルフェイスと組んでいたという痕跡を急に消し始めた。

 

 サヘラントロプスのデータを破棄し、アフガニスタンにてテスト運用中のウォーカーギアを一斉に回収して廃棄する決定を下した。

 スカルフェイスに出し抜かれ、裏切られ。さらに相手がビッグボスという伝説の傭兵率いるPFといえども、傭兵集団程度に2度も破れたとあってはもはや兵器としての価値は残されていない。

 機体の最新にして最終兵器の謳い文句は張りぼてであったのだと、判断を下すしかなかったのだろう。

 

 そうやって奇怪な男の存在と計画を抹消する中で、一本の奇妙な連絡がアフガニスタンの第4陸上師団へと届けられた。

 日時、場所が書かれていて命令はシンプルな一言。

 この時、この場所にいる”怪しげな女”を捕えろとだけあった。

 

 師団の兵士達は皆で頭をひねる。

 クレムリンはどういうつもりでこんな命令を発行したのだろう、と。

 だが、続いて送られてきた文書を見て全員の目の輝きがかわった。そこに先ほどの命令に足りなかった理由がはっきりと書かれていた。

 

『先日までアフガニスタンのあらゆる武装勢力に攻撃を仕掛けていた狙撃手。それがその女である。そいつはサイファーに所属し、あのスカルフェイスの部下だった。これを拘束し、我らの同士達の無念と汚辱をそそぐべし』

 

 一時期のこと。ソ連軍、アフガンゲリラ、とにかく相手構わず攻撃した恐ろしい技術を持つ狙撃手がいた。

 何度か追跡を試みたものの、そのすべてに人の痕跡を見つけることができずに断念した。

 噂ではそいつは、ついにダイアモンド・ドッグズを襲い。伝説の傭兵、ビッグボスに返り討ちにあったと聞いていたが、どうやら狙撃手は生きていたらしい。

 

 つまり自分達の手で報復できるのである。

 

 彼等はクレムリンがそんな情報をどこから手に入れたのか、疑問には思ったが別にどうでもよかった。

 戦場に毎日立つ自分達を恐怖せしめた相手がただの女で、もうすぐそいつに直接会えるのである。

 

 兵士なら、それがわかれば十分ではないか?

 

 

 ある日の夜、ちょっとした事件が起こった。

 クワイエットがマザーベースから姿を消したのだ。

 

「クワイエットが逃走した?」

「ああ」

 

 知らせを聞いて驚くスネークは、オセロットに聞き返すことしかできなかった。

 まったく、よりにもよってこのタイミングで。なぜ彼女は行動したのか、まったくわからない。いや、これまでだってわかったことのほうが少ない女ではあったが。

 

「諜報班が動いて、捜し回っているが。どうやらアフガニスタンへむかったヘリに乗り込んだのではないかとみている」

「イーライの手口か」

「そうだろうな。彼女はあの子供達が脱出する様子を見て知っていたのかもしれない」

「カズには言えないな」

「もう言う必要はない、ボス」

「アフガンか……サイファーへ。XOFに戻ろうというのか?」

「どうかな。その可能性は低いと思う、ボス」

「そうだよな」

 

 戦いにつぐ、戦いの一年だった。

 年末年始は部隊の再編成、年明けからは新兵募集と訓練開始。来年3月までには再稼働という楽観的な願望をこめた予定が会議で決まったばかりだった。

 これを機会に帰郷を願い出る兵士達にはボーナスを持たせて休暇を与えたし。残った兵士達も業務の傍ら、自身の技術の向上を図ってトレーニングに励んでいる。

 

 そんなマザーベースからクワイエットは離れていってしまった。

 

「クワイエットは連れ戻す。いや、出来ればそうしたい」

「わかってる。貴重な戦力であんたの相棒でもある。カズヒラも連れ戻すという、その点では異論はないはずだ」

「問題が?」

「奴は再編成を理由に、クワイエットの捜索にダイアモンド・ドッグズの部隊を動かすことを許可できないと言い張っている」

「カズめ……あの頑固者が」

「確かに簡単なことではないが、奴の思惑は別にある。ボス、覚えているだろう。クワイエットが初めてマザーベースへ降りた日のこと」

「ああ、忘れないさ。カズの奴、迎撃態勢を固めて待ち構えていた」

「カズヒラはクワイエットを殺すことに執着したが、あんたの言葉であそこでは引き下がった」

「『いつか殺すことになる。その時は――俺が、やる』か」

「カズヒラはそれをあんたにやらせたいんだろう。クワイエットはマザーベースを深く知り、ビッグボスであるあんたを知りすぎているからな。どこにも生きて逃がすつもりはない。約束を果たせ、というわけだ」

「……」

「それに――もう、わかっていると思うが。エメリッヒの時……」

「やめろ!オセロット、もういい。そいつはもう関係ない奴だ」

「――わかった」

 

 スネークとオセロットの会話もそこで止まる。

 時間だけが無駄に流れていく。

 

 

==========

 

 

 自分には常に屈辱が与えられていた。

 クワイエットではない。まだ人で、誇るべき自分の名前があった時の話だ。

 私は自分が戦士として生きる運命だと知っていた。だから軍にはいったのは自然な成り行きであったが、残念ながらそこに私の居場所はなかった。

 皆が私の技術を認め、誉めたたえるが。同じように裏では生意気な女。何様だと侮辱していた。

 

 運命に従う私の人生は次第に困難の連続となっていく。

 トラブルが起き。軍から放り出されることを惜しんだ上司の計らいで、カンパニーへ……私はCIAにスカウトを受けた。

 

 

 だが、そこでも私はうけいれられることはなかった。その原因の半分は、確かに私自身が作っていたとは思う。

 銃を抱えて現場で殺し屋のように振舞う私に、当時の上司も激怒した。そしてこれが最後のチャンスだと言ってある女好きの外交官と寝て、情報を聞きだしてこいと命じた。

 

 聞くところによれば表向き、CIAでは女がセックスを仕事に使うことは求めていないらしい。危険な兵士のまま態度を改めようとしない私を罰したかったのか。

 その時も私は文句も言わず黙って任務を受け、最初は彼等の望むように振舞った。目標の前で興味のあるふりをして歩き回り、挑発的なドレスを着て、流し目などを送ってその気があるように見せた。

 

 だが私の本気はそこからにあった。

 

 ある夜、ついに男の寝床まで誘う言葉に応じると。当時の私の自宅に誘い込んだ。

 その場で私は男を拘束し、椅子に座らせて無言のままたっぷりと電気をくらわしてやる。

 

 そしてダンボールに放り込んでいた昼間のうちにさらってきた男の息子と会わせる。私は冷酷に壁に吊るした少年の膝がしらに大口径のリボルバーの銃口を押し付けて男に告げる。

 

「今からゲームをやる。私が質問するから、それに答える簡単なゲーム。ただし、ロシアンルーレットも一緒にやってみよう」

 

 一発だけ込められた銃弾、それが発射されれば少年は一生元気に走り回ることはできなくなるだろう。

 外交官は半狂乱になって私を侮辱し、涙を流して慈悲を乞うて懇願もした。感情のメーターが振り切れていて、忙しいものだった。

 

 私は黙ってそれを聞き続けたが、答えを口にしなかったので10秒後に最初のトリガーを引いた。弾は出なかった。

 男の愛国心が底をついたのは20秒後、つまり2回目の空撃ちが終わった後だった。

 

 一人の罪のない少年をびっこひかせなくてすむのは嬉しい、そう告げて私は聞きだした情報をさっさと上司に伝えると。自分で勝手に任務を終わらせたとして国へと戻った。

 

 CIAはついに私の扱いを諦めた。

 

 

 

 スカルフェイスと出会ったのは、私が奴の元に部下となるべく送り込まれたのはそんな理由だった。

 

 確かな戦闘技術と、持て余す闘争本能を持つ狂犬女。

 しかし私の新たな上司となったスカルフェイスという男は、最初から私の経歴を褒め称え。彼の要求を淡々と実行する私の姿を不気味には思わない。そして奇怪な人物であった。

 

 彼の外見はもちろん異様であったが。何よりその精神が歪んでいた。

 誇大妄想、狂人的思考、つきまとう虚無感。

 そうしたものをよく部下に演説するように聞かせたがる男だった。

 私はその頃にはもう口数は多くないし、特に感想も口にしないせいで気に入ったのか。あの男の聞き役となることが多くなった。

 

 

 話を聞いていくうちに彼は自分のかつての上司であるゼロという人物に対して歪みきった愛憎と怒りを持っていることを知った。

 その人物は、到底正気とは思えぬ未来を思い描いており。その実現を着実に成し遂げようとする行為の数々を、この男は心の中では恐怖しているようにも思えた。

 だからゼロのように”自分が作る未来の世界”のことを口にし。ゼロのように野心を持っているように見せ、ゼロのように計画を立てている。スカルフェイスの言っていることというのは要するにそれだけのことなのだ。

 

 だから彼の世界で本当に意味をもつのはただ一つ、ゼロという男だけ。

 

 そのせいだろうか。

 スカルフェイスが以前にも狙ったという、ゼロという男が愛憎を抱く伝説の傭兵。ビッグボスが生きていたと知ると、表面上では余裕を見せていたが。恐怖心は隠しようもなく、XOFにいきなり殺害命令を下す。

 

 

==========

 

 

 その私は、ビッグボスの暗殺に失敗した。

 結果、スカルフェイスは私の全てを造りかえると一つだけ命令を発した。

 

 必ずビッグボスを殺せ。

 

 その代償に私は人ではなくなってしまった。自分の”女”という機能に価値を見出していなかった私だったが、実際にそれら全てを奪い去られたのだと知ると、なにも考えられなくなった。

 

 呼吸をしない、地上のあらゆるものを食べない、水分と太陽があれば生きていられる”人の形をした、人のように動く植物”。

 

 それが今の私。クワイエット。

 

 人間である証としての羞恥心から着る衣服を身につけられずにいる女の形をした化物。

 これを愛する男がいるだろうか?

 それはきっと人ではないのだろう。そしてそんな男の愛を受け入れて私は喜ぶべきなのだろうか?

 

 ああ、そうだ。

 口を開かぬ、静かな狙撃手となった頃の私はずっとそう考えていた。

 今ならば言える。男も、いや違う――鬼だっていろいろいる。スカルフェイスが全てではないのだ、と。

 

 私は戦場でスカルフェイスという鬼とは違う、新しい鬼に出会った……。

 出会ってしまったのだ。死ぬべきときに死ななかったように、出会うべきではなかったのに。だから私は生きることを喜び、抱えている苦しみに身悶える日々を暮らす。




体調最悪、だったのですけれど。
それでも這いずるように見に行った「シビルウォー」、もうテンションがおかしくなるくらいに素晴らしかった!そして気がついたら元気になってた……気持ちの問題だったの、自分?

とにかくMCUおっかけてよかったよ。映画、最高だった。

それではまた明日。


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最強・最後の戦場

ゲームでは「最も退屈な最終ステージ」などとも言われたりしていますが。
読む、最終ステージとしてなら最悪の場所となるでしょう。


 人の気配にハッとして体を起こそうとするが、力が入らない。

 すぐに床にぺたりとまた転がってしまう。

 

 私は今――クワイエット(静かな狙撃手)はソ連軍に捕らわれているのだ。

 

 

==========

 

 

 スカルフェイスの死後。

 ダイアモンド・ドッグズは急激に嵐の中に投げ出され。

 その中で翻弄されるように”仲間同士”で血を流すようになっていった。

 少年兵の反乱、声帯虫の暴走、法のない世界で行われる一方的な裁判。それら全てが私を追いつめていった。

 

 救いのない、絶望的な現実を潜り抜けても。

 その全てにあの男は立ち向かい、さらに傷を増やしたとしても以前と変わらずにそこにいつづけた。

 ビッグボス、私の戦場での相棒。

 自分とは少し違う、人でありながら化物になってしまった男。

 

 はじめてあったときから彼は私にとっての英雄(ヒーロー)でありつづけた。

 

 暗殺という汚いやり方だが、彼は祖国を捨てた死ぬべき英雄だった。

 どんな人外の化け物が戦場に姿を現そうと、彼は常にそれに勝利して生き残る。伝説が真実となる英雄だった。

 その中にスカルフェイスにも負けない鬼を住まわせていたが、やさしく笑うことができる英雄の顔も彼のものだった。

 

 私は子供を「お前は大人だ」と呼んで戦争する彼は見たくはなかった。

 自分の喉に仕掛けられたスカルフェイスの英語株の声帯虫。その暴走した様を見たくはなかった。

 他人の思惑と感情だけで裁こうとする法廷が、すぐそこにあることを見たくはなかった。

 

 それらはまだ人間の女だった頃の私が受けた罰を思い出させる。

 私のような化物の居場所はついに、世界からなくなってしまった。もうどこにもいられない、生きることさえ許されない。

 

 静寂はダイアモンド・ドッグズから消えたほうがいい。

 

 だが神は、皮肉がお好みらしい。

 ダイアモンド・ドッグズから離れた途端に私はソ連軍に捕らわれた。誰もいない荒野の中で、突如降り出した雨が通り過ぎたと思ったら。ソ連の部隊が私一人を完全に包囲していた。

 さらに彼等は”私の肉体”の情報も知っているようだった。

 

 

 彼等は拘束するよりも先に私に服を着せてきた。

 それがどれだけ私を苦しめるのかを理解して、そうしてきたのだ。

 肌を覆い隠す服はすぐに熱を持ち、皮膚から水分を余計に奪っていく。真綿で首を締め付けられるのと似た苦痛、カラカラに干からびた私は朦朧とした意識の檻に閉じ込められた。

 

 

 数人の兵士達は、私を口汚くののしりながら。髪を掴んではひっぱり、蹴飛ばし、つばを吐きかけてきた。

 

 この空気は自分もよく知っている。

 

 捕虜を嬲り殺すための準備をしている。こうやって気分を盛り上げていって、外道な行いをこれから”自分達が行うことも当然だ”と男らしく気合いを入れている作業をしている。

 私を殺し、まだ温かさの残る女の形をした化け物に跨ってやると健気にもこいつらは自分を奮い立たせているのだ。女性ならばそんな男達の獣性を軽蔑すべきなのだろうが、今ならばわかる。

 

 そうやって汚しつくさねば、戦場で与えられた女狙撃手からの恐怖を彼等は乗り越えることが出来ないのだ。

 

 

 だが残念な話だが私は絶望していたが、殺されたくはなかった。

 そして生き残るために今、一番必要な水場が近くにあることを本能がさっそく嗅ぎつけていた。

 

「○×●□×▲」

 

 蹴り上げようと足を上げたところに、潜り込むようにして無様に転がることで鍵がかかっていない扉の外へと出ることが出来た。

 このチャンスを逃すと次はもう歩けないかもしれない。

 そんな恐怖を感じながら、最後の力を振り絞ってよろけながらも水場を目指す。

 

 

 気がつくと、私は水槽タンクに沈められながらソ連兵の一人に首を絞められていた。

 自然に水分が皮膚から吸収され、意思とは別に体が反応してばたつき始める。思考は完全に停止し、いつもの開放感からくる快楽として認識してしまう。

 だが、この兵士は知らなかったようだ。

 自分が人ではなく、化け物を絞め殺そうとしているということに。

 

 潤いがまた体中へといきわたると、あのなんともいえない情事の後のような気だるさを感じて動きが止まる。

 だが、呼吸は不完全とあってまだ苦しさが体の芯に残っている。男の趣味に付き合って”首を締めながらファック”をすると、こんな感じになるのだろうか――。

 

 

==========

 

 

 クワイエットが意識を取り戻したのは、ソ連兵が最後だとばかりに勢いよく彼女のズボンを脱がせ。下腹部を露わにさせた瞬間だった。

 いきなり元気を取り戻したクワイエットは、自分のズボンを降ろしている男の頭を脚で挟み込むと上半身を振り子がわりにして豪快に相手の体を空中に投げ飛ばして見せた。

 

 あまりに超人的な力。

 その想像をはるかに超える動きに対処できる人間はここにはいない。

 

 続いて驚き、動けないでいる後ろの2人にむかって走り出す。アフガニスタンの冬の冷たい土の上を、裸足で半裸のクワイエットは重力を無視する動きであっという間に彼等を殴り(正確には蹴りだったが)殺してしまう。

 

 長く空中から地面へと叩き落とされ、受け身も取れずに口をパクパクさせていたズボンをずり下ろした兵がようやく体を起こす頃。

 クワイエットは後ろ手にされた拘束から、自力で解放され。今度は頭がおかしいのか、上に着せていたソ連軍服を自分の手で引き裂くようにして脱ぎ散らかしていた。

 

 相手のみっともない、羞恥心を文字通りかなぐり捨てる姿で男は度肝を抜かれた。

 ようやく彼は理解した。この女は狂っている、絞め殺して犯そうとしている男達の前で。どこの世界に一糸まとわぬ裸となる女がいる?それも、このアフガニスタンという冬の戦場の大地で?

 

 その彼は驚きに満ちた自分の目で。つい、クワイエットの目を見てしまった。

 むしゃぶりつきたくなるような豊満な肉体の持ち主の目は血走り、獣の目を兵士に向けていた。

 

 遅れて襲ってきた恐怖の中で、報復心をむき出しにしたクワイエットは兵士めがけて片足を頭上高くまで持ちあげてから振り下ろす。

 男の下腹部が、化物の怪力を込めた一撃のせいで文字通り”踏みつぶされ”ると。か細い声を上げながら白目をむいた男は喉に自分の吐しゃ物をつまらせ、そのうち気絶したまま息絶えた。

 

 

 だがクワイエットは安心してはいなかった。

 ここはソ連軍の駐屯地の中、すでにその皮膚が冷たいナイフにも似た男の視線を感じとっていた。

 彼女は振り向くと――その場に凍りつくように固まり、呆然とした。

 

 クワイエットの側に、なぜかスネークとDDが立っていた。

 

 獣であるDDは尻尾を振って嬉しそうにしていたのはわかるが、スネークも「元気そうだ」と口にするだけ。

 再会したというのに、逃げた自分を攻めないし、事情を聞いても来ない。いや、それどころか素っ裸になって今しがた3人のソ連兵を殴り殺した危険な女にかける言葉が元気云々とは。

 それでもスネークはクワイエットに手を差し出してくる。

 

 クワイエットは。

 彼女はその差し出されたスネークの手を――突き飛ばした。

 

 

 複数の兵士達が持つライフルが火を吹くと、スネークが今しがたいた場所に弾丸が飛んでいく。

 クワイエットは兵士達の存在に気がつき、すでに次の行動に写っていた。スカルズにも負けぬその肉体で瞬時に射手達に接近していくと、再びためらうことなくソ連兵達を徒手空拳で八つ裂きにしていく。

 

 この銃声に気がついた建物の中の兵が飛び出そうとしているのに気がつき、クワイエットは死んだばかりの兵士の体をムンズと片手だけでつかみ上げ。そいつの体を盾にして建物の中に向かって駆けこんでいく。

 

 中で手榴弾の炸裂音がするがそれで死んだ者は誰もいない。なぜなら、白煙がそこからあふれ出ると割れた窓から黙々と灰色の煙を空に向かって吐き出しているからだ。

 

(スモークグレネードだったか)

 

 戦女神よろしく、大活躍のクワイエットを見てもスネークはあわてて加勢するそぶりもなく。悠々とのんきに目の前の騒ぎをDDと並んで見学としゃれ込んでいる。

 

 煙の中から入り口から出てきたソ連兵は、咳と涙で動けなくなっているようで地面に四つん這いになって顔も上げられずに苦しんでいる。

 煙の中からは「気をつけろ」とか「まだいるぞ」といった声がするが、すぐにけたたましい銃声がそれらをかき消してしまう。

 

 彼等は煙の中のクワイエットを撃とうとしていたが、誰もそれに成功することはなかった。

 誰かの弾が暖房器具を破壊したらしく、煙に続いて火がメラメラと壁際を這い上っていく中。裸のクワイエットは亡霊のように出現を繰り返し、兵士達を1人ずつ丹念にくびり殺していく。

 

 スネークは1人入り口で苦しんでいた兵士の頭を撃ちぬくと、そのままそこに立って終わるのを待っている。

 しばらくは中から悲鳴と銃声が聞こえるが、すぐにそれも静かになっていく。

 煙が白から黒へと変わり、建物が炎に包まれる頃。入り口にクワイエットがようやく姿を現した。

 

 男達の返り血で真っ赤に染まるが、中にあったらしい彼女の衣装と靴を履いていていつもの姿に戻っている。

 その手にはRPGが握られていた。

 恐ろしく、おぞましいはずの彼女にスネークはDDと共に平然と近づいていく。

 

『スネーク!?大変だ、ソ連軍だ。奴等、あんたの所に向かって大部隊が進軍している。急いでそこから――』

「カズ、クワイエットと合流した。武器をよこしてくれ」

『なんだって!?おい、ボス。それは――』

 

 遠くで号砲が鳴るのが聞こえた。

 戦車と並んで、兵士達がこちらに向かって接近してきていることが遠目からでもはっきりと確認できた。

 

「クワイエット、それは俺が使おう」

「……」

「お前なら、こっちの方がいい」

 

 そう言うとスネークは持ってきた自分のアンチマテリアルライフルをクワイエットに差し出す。

 クワイエットは黙って交換に従うと、スネークはにやりと笑って言う。

 

「どうやらこれは罠だったようだ。大軍が来る、俺たちで片付けるぞ」

 

 DDは一声大きく遠吠えを上げ、クワイエットはうなずくと高所に向かって飛び上がる。

 スネークは塹壕まで走っていって、身を隠した。

 

 

 今、この時。

 クレムリンの思惑はついに明らかとなった。

 彼等はようやくのことダイアモンド・ドッグズを。サヘラントロプスという超大国が生み出すはずの兵器を無意味化し、それを誇るようにして海上にさらし続けていたビッグボスへの報復を果たそうとしているのだ、と。

 

 

==========

 

 

 ソ連軍の戦闘車両が火を吹く、逃げろと叫び続ける声と共に歩兵たちは散り散りとなって。炎に包まれた車の中から人が飛び出してくるが、その全身はすでに火傷によって見るも無残な姿となっていて。それでも必死に逃げようとする。

 逃げた先で力尽きるとしても、そこで焼け死ぬことだけはごめんなのだ。

 

 3台目が爆音と共に火の中に沈むが、ソ連軍の進軍に乱れはなかった。

 彼らには何としても襲撃された駐屯地を奪還せよ、との命令が下されているのだろう。スネーク達が生きている限り終わらない戦場。悪夢だが、それこそが彼等にふさわしい場所でもある。

 

 

 クワイエットはスコープを動かし、人を、車両を。

 目についた先から構わずに撃ち倒していく。狙撃の基本は、一撃一殺で敵に確認されないように常に動き続けることにある。

 

 だが、今日の彼女はそこから動かない。

 朽ちかけた建物の最上部に腰を据えて、砲火に身をさらしている。その後ろ、階段下にはDDが耳をぴくぴくさせてじっと伏せている。

 そしてスネークは――。

 

「コイツ、狂ってるぞ!」

 

 奥歯に仕込んだカプセルを噛み砕く、世界がゆっくりと動きを止めていく中。スネークは素早くサブマシンガンで兵士達の頭部、心臓、腹を撃ちぬいて駆け抜けていく。

 穴ぐらに飛び込むと、走ってきた道すがらに出来上がる死体と死に損なった兵士達。放っておいてもいい、ソ連軍は容赦しない。スネークを狙って発射される砲弾が、彼等を静かにしてくれるだろう。

 

 指が震える。

 恐怖ではない、武者震いだ。

 ポケットから新しい錠剤の入ったカプセルと1つ出すとまた口に含む。アドレナリンを薬物で噴火させることで超人的な動きをおこなっているのだ。

 それでも薬の力にも限界がある、オーバードーズしては自滅する。

 

 

 伏せて静かにしていたDDの鼻が動き、顔を上げた。

 クワイエットを狙ってスネークを回避したソ連軍地上部隊が崩れかけた建物内に侵入してきたことを悟ったのだ。

 ウゥ、低く唸り声を上げる。

 

 下の階では暗視装置を付けた男達が、一列になって建物の廊下を静かに進んでいる、間違いない。

 

 風となってDDは駆けだす。

 

 闇の中を、正確な動きで部屋を駆け抜けると廊下に面した部屋の中から兵士に向かって飛びかかる。DDほど大きな犬となればその突撃は馬や熊のそれとほとんど変わらない。

 不意をつかれて慌てた兵士は、階下に落ちて動かなくなる。続けてDDは廊下の兵士達に向かって牙をむく。

 兵士はあわてて視界一杯に広がる鋭い牙のある口に銃口を向けようとした。

 

 

==========

 

 

 マザーベースではカズとオセロットは真っ青になっていた。

 ありえないことが起こっている。クワイエットは確かにソ連軍にとって憎むべき、報復すべき相手のはずだ。だが、それがこの救出を見越したかのように投入される凄まじい量のソ連正規軍の大戦力。

 

 まず、場所が最悪だ。

 背後にはせり立った崖に囲まれ、スネーク達が逃げるなら前面に広がる砂漠しかないのだが。そこをソ連軍がうめつくしているのである。

 

 これでは救援を、ヘリが出せない。

 そしてこれほどの大戦力をまえにしては、いくら伝説の傭兵と相棒達とはいえど耐えられるはずもない。3人で100人はいる正規軍精鋭部隊と戦えるはずがないのだ。

 

「オセロット、ヘリポートから戦闘班がっ。出動させろと騒いでます!」

 

 険しい顔をしたままオセロットは通信機をよこせという。

 

「オセロットだ」

『戦闘班はいけます!2チームは戦えます、いかせてください!』

 

 ワームだった。

 スクワッドを解散しても、彼はあの死んだゴートやアダマを思わせる”考える兵士”へと成長を続けていた。

 その若者に冷酷にオセロットは告げる。

 

「駄目だ、現地はソ連兵で埋め尽くされている」

『ですがっ、このままではビッグボスは』

「とにかく待機だ、今行ってもボスを助けられんぞ」

 

 作戦室のディスプレイを見上げる。

 

 ここにいる連中全てがそれを見ている。酷い状況で、絶望的だった。

 敵を意味する赤い光点が3つの光の前にびっしりと配置されているのだ。だが、その3つは強い。赤い光は次々近づくと消えていくが、それらはまったく倒れる気配がない。しかし赤の数は減っているのかもわからない。

 

「ビッグボスは倒れない」

「――気休めを口にしても無駄だぞ、カズヒラ。彼は無敵のヒーローじゃない。誰とも同じように、殺されれば死ぬ。そして!今は最も危険な状態だ!」

「オセロット……」

 

 呆然とするカズヒラに続けて何かを言おうとして、オセロットは”それ”を飲み込んだ。

 これは今言っても仕方のないことだ。

 

(ビッグボス、あんた殺されるぞ。今度こそ、今度こそ)

 

 付近に接近した諜報班から送られてくる現地の映像はみただけで背筋が凍る。

 戦車をはじめとした砲塔が、一斉に崩れかけた廃墟めがけて撃ちこまれている。拡大すれば、その先には姿をさらし。先ほどから度々、流れ弾をくらって何度もよろけるクワイエットらしき姿がうつっている。

 

 囮になっているのだ。

 ということは、スネークは?

 

 作戦室にどよめきの声が上がる。

 戦車の一台がフルトンで回収されていく。その影にいた人影は、なんと”味方のはずの別の攻撃車両”にむけてRPGロケットを発射してみせたのだ。

 

「ビッグボス!!」

 

 誰かの歓喜の声は、すぐに悲鳴に変わる。

 道路沿いに進軍してきた新たな車両と兵が、スネークとおぼしき人影を確認すると攻撃を開始し始めたのだから。

 

「ボス、ボス……」

 

 カズはもう壊れかけたオルゴールになりかけている。

 だが、それは自分も変わらない。オセロットは、自分が役に立たないことの無力さを噛みしめているしかなかった。

 

 

==========

 

 

 DDはゴボゴボと咳をする。

 食いちぎった人の肉が渇き、口の周りが真っ赤になっている。人肉に含まれる脂肪がよだれと混ざって砂の上へと零れ落ちていく。

 ヘリの墜落音で集中が切れたか。クワイエットは巨大なライフルを思わず放り出してしまった。

 体の虫が、傷ついてむき出しにするわき腹の中身を修復することで内臓をはみ出させずに済んだ。

 そしてスネークは――。

 

 攻撃ヘリに追いかけ回され、ギリギリで建物まで飛び込んだ自分がまだ動ける奇跡を感謝した。7台目の戦闘車両を撃破した時に薬は切らしていた。

 助かったのは、ひとえに相棒達が一緒にソ連兵達を容赦なく死人へと変えていく作業を続けてくれたからにほかならない。だが、それもさすがに限界が近づいていた。

 

 砂漠に砂嵐の前兆である厳しい風が吹き始めていた。

 そのせいだろうか、ソ連軍の前進がようやくにして止まった。攻撃の再開はあるだろうが、その前にここから脱出する算段をつけなければならない。

 

 そとでDDが吠えているのを聞き、よろよろしながらもスネークはそこへむかう。

 DDは貯水槽に向かって吠え続けている。「どうした?」そういって水槽の中をのぞくと合点がいった。

 水の中に手を突っ込むと、どうやらそこに落下したらしいクワイエットを引きずり出した。

 

「クワイエット、砂漠で溺れ死ぬつもりか?」

「……」

 

 わかっている、そうじゃない。

 ダメージをおっていて、足を滑らせるついでに落ちた。だが、なぜ浮かび上がらず沈んでいた?

 スネークがみると、クワイエットの手には新しいミサイルランチャーが握られて放そうとしなかった。どうやらそのせいで水中から出られなかったらしい。

 

「俺に持ってきてくれたか、助かる」

 

 そう言って手を差し出した。

 だが、クワイエットは手渡す寸前。顔色を変えてスネークは再び突き飛ばした。

 砂嵐の向こうにいつのまにか戦車が3つの影に向かって慎重に狙いを定めていたのに気がついたからだ。

 クワイエットが発射するのと同時に、夜の砂漠から砲弾が彼等に向かって撃ちこまれた。




それではまた明日。


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マッドネス

タックスヘイブン。この単語をまさかこのタイミングで聞くことになるとはね、先日の騒ぎの時にはそう思って苦笑いしたものです。

それでは本日の投稿をどうぞ。


 DDは弱っていた。

 一度は崩れてそのまま動かなくなるのでは、と思わせるほど危ない様子を見せたが。なんとか態勢を立て直すと、クンクンと寂しげに鼻を鳴らしながら仲間を捜し始めた。

 

 スネークはすぐに見つかった。

 大の字になって、だが息をしていなかった。DDはスネークの顔を必死に、愛おしげになめだすと。スネークの体が激しく痙攣をして、息を吹き返す。

 

「DD、クワイエットだ」

 

 さすがに最後のあれはヤバかった。

 そう思いながら体を起こそうとする――気がついた、左腕に何もないことを。そこにいつもあった義手がなくなっていた。爆発に巻き込まれて、ついにどこかに吹っ飛ばしてしまったようだ。

 

 大きく息を吸って、吐く。

 

 大丈夫だ、どこもかしこも痛い。

 だからまだ生きているのだ。

 

「クワイエット……クワイエット!」

 

 彼女もすぐに見つかった。流石というべきか、体に傷一つないが意識を失っているようだった。

 DDが心細そうに泣き声を上げる。

 ビッグボスと相棒達は見事に戦ったが、流石にこれ以上は無理だった。

 

 

 砂漠に嵐が迫っていた。

 風の向こうで、彼等を狙い定めていた戦闘車両が燃えているのだろう。揺らめく赤いものが見える。

 

(嵐にまぎれて、敵の中を抜けていくしかない)

 

 情報端末iDroidをとりだすが、壊れていて音声が聞こえない。ただ、表示で新しい合流地点が更新されているのがわかった。

 カズの奴。

 以前はクワイエットにも自分の情報端末を渡していたが、イーライとの決戦の際に壊れたものをなんだかんだと理由を付けて彼女の分を渡さなかったせいでこう言う時に困ったことになる。

 

「すぐに敵が来る。水も、太陽もなしだ」

 

 左腕がなくても、以前と同じくスネークはクワイエットの体を器用に担ぎあげた。

 

「枯れるなよ」

 

 そう口にすると、DDに頷いて見せる。

 面倒は1人しか見れない。仲間は俺達が連れていくんだ、DDはそれを了解していた。スネークの後を、彼と同じくボロボロの様子だがしっかりと着いて歩き出す。

 

 

 しばらくすると、スネークの鼻がひくついた。

 砂嵐の向こう側から人の、軍の気配を嗅ぎ取ったのだ。向こうは思ったよりも早く進軍を再開した。

 足は自然と小走りになっていく。急いで彼等の横をすり抜けなくてはならない。間違っても、そこで立ち止まればむこうに気づかれてしまう。

 

 孤独だが、クワイエットとDDと歩く、重く孤独な道は続く。

 だが、時間は限りなくなくなっている。砂嵐は遠からず去るし、そうなればカラッと晴れ渡る夜空の下に自分達は放り出される。その時、ソ連軍から離れてなければ助からないだろう。

 

(もう少し、もう少しのはずだ)

 

 念じるというより、自分に言い聞かせるようにしてスネークは進んでいたが。いきなり担いでいたクワイエットが暴れ始めて体のバランスを崩す。

 慌ててしゃがむと、自分の周りの地面に右手を這わせる。すぐにクワイエットに行きつき安堵する。

 砂嵐でDDもついて来ているのかわからない状態だ。クワイエットを見失ったら最後かもしれない。

 

 だが、問題は終わっていなかった。

 砂嵐の中を彼女はもがくようにバタバタと手足を動かしている。

 体の表面を覆っている虫が、水分が足りないと彼女に催促しているのだろう。だが、それは今はマズイ。

 

 クワイエットの背後から両腕を抱きしめるようにして、なんとか引きずっていこうとする。

 義手がないこともあって、スネークの歩き方もどこかバランスが悪く。進み方もはるかに遅くなっていた。だが、仲間をそこに放り出していく気には全くなれなかった。

 

 いきなりスネークの背中に冷たいものが走り、慌てさせる。

 砂嵐の中で見えてきた岩場の影に、クワイエットを引っ張っていこうとしていた時だった。それが誰かの視線だと、すぐに分かった。

 慌てて岩陰にクワイエットを引きずりこむようにして飛び込んだが、もう遅いだろう。

 

 人影が間違いなくこちらに向かってきているのがわかった。

 その頭には赤外線ゴーグルがされているのが見て取れた。

 思わず舌打ちする。馬鹿だった、ソ連軍の側にいつの間にか近づきすぎていた。そして向こうは砂嵐の中でもこちらを叩けるように万全の用意もされていた。

 

 銃も、ナイフもない。

 見つかればそこが最後となる。

 撃ち殺されればいいが、捕らわれれば今度こそクワイエットも。そして自分も生きて日の目を見ることはできないだろう。

 息を殺す中、ふといつのまにか傍らにDDが座っていたことに初めて気がついた。

 DDはいきなりクワイエットの上に乗ると、スネークに顔を近づけて頬を一度だけなめてきた。こんな時に一体何を、そう思った瞬間全てがはじまってしまった。

 

 DDはそのままクワイエットを蹴り、スネークの上を越えて岩陰から飛び出していく。

 

「うわっ」

 

 ソ連兵の声が上がる。遠くでゲラゲラと笑う声と同時に、ライフルが一斉に火を吹く音がする。

 スネークの思考は停止していた。

 DD、奴は忠誠心を示そうとして、スネーク達を守るためにやったのか――だが、あれでは。

 

 銃声が静かになる直前。

 砂嵐の中で、ひと際悲しそうなDDの声を聞いた気がした。

 

 スネークは心臓が凍りついた気がしていたが、それが現実の痛みだと気がついて慌てて右手を見た。

 いつの間にか、近くにいた猛毒を持つ蛇がスネークの右手のひらに噛みついていた。慌ててその首を掴むと、岩に叩きつけて殺す。

 

 

 DD、すまない。

 スネークは嵐の向こうに消えた相棒に侘びなくてはならなかった。

 お前が一命をかけて俺達を救おうとしてくれたが、俺はこうして毒蛇にかまれてしまった。クワイエットは意識が戻らない。

 このまま仲良く揃って死ぬというのも……。

 

 

==========

 

 

 毒はすぐに回りだす。

 世界は回りだすが、意識を失う前にやらねばならないことが一つだけ残っていた。叩き殺したばかりの蛇の頭部にスネークは噛みつくと、力一杯それを引き裂く。そしてそれをもったまま、クワイエットを抱き寄せるようにして砂の中に崩れ落ちた。

 

「イシュメール。どこだ?出てきてくれ、イシュメール」

 

 急激に手と足の指先から痺れが始まると同時に体に力を入れることがいきなりむずかしくなったと感じる。

 こうして口を開くことも、たぶんもうできないだろう。

 

――ここだ、エイハブ。わかるな?

(ああ、わかっている。あんたはそこにいて、俺を見てくれていると)

――気持ちをしっかり持て。エイハブ、お前はまだ死ぬわけにはいかないだろう

 

 その言葉を聴くとわずかに活力がどこからともなくあふれて来るが、出来たのは引きつるようにして唇を動かした「いや、そうでもない」という一言だけだった。

 

――エイハブ?

(この砂嵐は続く、ソ連正規軍もまだ巡回している。こんなくぼ地に横になっているだけでは、隠れているとはとてもいえない)

――……そうだな

(毒が――蛇の毒が、回ってきている。体も動かせない)

 

 絶望はしていない。

 今の状況は最悪に近いが、それだけだ。思うこともない。

 

――そうだ。そしてお前は、われわれと同じく。過去のものと、幽霊(ゴースト)となって口を利けぬ静寂の世界の住人に成り果てる

 

 突如として、視界に不快なものが横切ると楽しそうに勝手に言葉の先を口にした奴がいた。

 スカルフェイスだ。

 その命はとっくに大地へと還っていったというのに、スネークの心にドッペルゲンガーとなって陰のように引っ付いて離れようとしない。やつはそれを”寄生してやった”と言っていた。

 

――楽しい2人の会話を邪魔してすまない、ボス。

 

 そういうとあの奇怪な顔をこちらの眼前に寄せてくる。

 そのせいでこちらを見下ろしていたイシュメールの姿が奴の頭部で見ることができなくなった。

 

――このまま哀れな英雄として、私のようにお前にとりついた影達と楽しく最後の会話を楽しみたいのだろうが。あいにくと私はお前の敵だった男。そんなセンチなものがこれからはじまると聞いたら我慢できずにこうして飛び出してきてしまった。

(邪魔だ、お前と話すことはない)

――そうだ。実は私も、お前となぞ話すことはもう何も残っていない。だが、私は貴様の敵だった奴らとは違う。わかるか?私は、私という存在がお前にただ倒されただけで終わる物語には、どうしても我慢がならんのだ!!

 

 その時、ありえないことが起こった――のだと思う。

 スカルフェイスはクワイエットを背後から抱きすくめたままのスネークの体をまたぐと、黒い手袋に隠された両手をスネークに伸ばしてくる。

 

 イシュメールも、スカルフェイスも。彼らは所詮、スネークの心が生み出したドッペルゲンガーであり。ゴーストである。

 彼らがその姿に合わせてパーソナリティを発揮することで言葉を話し、時にはスネークに力を貸すこともできる。

 だが、その反面。スネークが許さなければその自由になるものはほとんどなく、形すら取ることも許されないまま姿を失い。ただ影に戻っていく存在だ。

 

 だからこのスカルフェイスはスネークの心のはけ口だけで生まれ、皮肉を言うだけの影だったはずなのだ。

 ところがその影が、伸ばした手に力を入れ。もはや自分の体をまったくコントロールできないスネークの頭を挟んで無理やりに自分の顔の真正面まで動かして見せた。

 

――驚いたかね?ただの皮肉屋では、私はない。私はお前にとっての敵であり、お前が報復すべき相手。憎むべき存在だった男だ!

 

 驚きに言葉がないスネークの顔を見て、どうだと笑うその顔は得意げであった。

 

――ビッグボス、貴様にここで死なれるわけにはいかない。私という存在は、もはやこの地上にはどこにも残っていない。貴様が死ねば、私はもう幽霊となってさまようことすら許されない。この歴史に私という者は完全に消える。

(それはお前の罪だ)

――さぁ、どうだろうな?これが私の罪か、それとも……お前の罪か?

(何を言っている?)

――死が報いだというならば、私はもうとっくに罰を受けている。だが、私がこの地上にいられるのは。最後に言葉を交わしたお前が、私という存在を”敵”として欲しているから、残しているのだ

(!?)

――ビッグボス、スカルフェイスというすべてを失った男の敵よ。私の言葉が、こうして私という存在を地上に、お前の心の中に避難所(ヘイブン)として機能したことは意外な展開であったよ。そしてこの試練は、”我々”は次の実験を始めるいい機会となりそうだ

(ヘイブンだと!?何をするつもりだ?)

 

 ゴースト達、ドッペルゲンガー達に共通してあった。あの生気を感じさせない静けさと無気力、うつろな感じが目の前のスカルフェイスからは消え去っていた。

 その目は爛々と輝き、ありえないはずの憎悪をむき出しにして、その表情は鬼のごとく凶悪な影が差している。

 

――何も。私はゴーストだ、力はもはやない。

 

 だが、と言葉は続き。頭を挟みこむ両腕の力が、さらに強く。痛みすら感じるようになってくる。

 

――毒は毒をもって制するというだろう?蛇の毒がこのままお前の息の根を止めるか、それとも私というお前の心の中に寄生した男の毒。どちらが強いのか?

(何だと!?)

――これが私の最後の挑戦だ、ビッグボス!すでにサヘラントロプスは報復心を未来にむけて打ちはなった。だとするなら、この時。私という存在を歴史の闇に埋もれさせないため。貴様が生き続ける、生き続けて世界に仇名す敵となる未来に賭ける!!

(狂ったか、スカルフェイス!?)

 

 スネークのその奇妙な言葉に、フフフと笑うと

 

――貴様が私の狂気をどうこういうのはいかがなものかな?ザ・ボス、あの女がなにを信じ。なにを未来に願ったかなど私にとってはどうでもいいことだ。

 

 そして固定する頭に加えていた力がわずかにだがゆるくなるのを感じた。

 

――貴様という毒に、私という貴様に寄生した毒で。貴様を殺さんとしている蛇の毒と交わってみようではないか。なに、これは私にとっても結果が予想できない。そして最初で最後の初めての経験だよ、ビッグボス

 

 なぜかスネークの口の中から水分が干上がるのを感じる。寒気が背中を走り、視界がついにぐにゃりとボケ始めた。

 

 スカルフェイスは覆いかぶさるようにして跨いでいたスネークから体を離すと、大声で笑い声を上げていたが。突然、動かなくなると人形のように砂漠の上にゴロリと死人のように倒れて動かなくなる。

 それと同時に、スネークの体に硬直が生まれ。白目をむいて、ガタガタと体を揺らし始めた。

 

 

=========

 

 

 砂漠を襲った嵐は終わる様子は見せない。

 その中で、相棒を抱えるようにして死に向かって転がり落ちていこうとするスネークの姿をドッペルゲンガーのイシュメールは静かに見守っていた。

 いや、そうではない。

 いつの間にかスネークの周りには、彼の心が生み出した多くの影達が姿をあらわしていた。そして誰も口を開こうとはしなかった。

 

 スネークにとって、ビッグボスにとって。

 奇跡で時間を支配することはできたことはなかった。時間だけは常に、何を理由にしても後戻りだけは許すことはない。

 正しい世界では、タイムパラドックスなどおこるはずもないのだ。 




また明日。


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2007年

今回は、ほんの少し未来のお話になります。


 2007年、某日。

 

 外から楽しげに笑う子供たちの声が家の中まで聞こえてきた。

 窓からのぞくと、夫と子供たちがなにやら彼が作った砂場でなにかをつくっている様子がわかる。。

 だが私は交わらない。だって書斎に仕事があるからだ。

 

 私は今、ちょっとした本を書こうとしている。

 

 

 

 前年、ついに古い友人たちに習って自分もあらゆるものから手を引いた。

 いわゆる現役引退。リタイヤというやつだが、それを聞いて心配してくれたのだろう。私がまだ夫と出会う前は、それはそれは熱烈に愛をアピールしてくれていた友人のトッドから私に「本を書いてみないか?」と聞いてきた。

 

 正直に言うと、私はこの話を断わろうと最初は考えていた。

 

 私がやる気を出した理由、それは彼が参考として贈ってきた本の一冊が刺激となったことにある。

 本の題名は『シャドーモセスの真実』、作者は私と同じ女性だが。ナスターシャ・ロマネンコというフリーの軍事評論家だそうだ。

 2年前、彼女は政府の求めに応じ。シャドーモセス事件に関わり、そこで見聞きした情報を世に告発したくて、こうして本にして出したらしい。

 

 残念ながら私は事件にも、作者にもなんとも思わなかった。

 だが、その本の中で事件の最前線で一人戦う男の名前に覚えがあったのだ。

 

 ソリッド・スネーク。

 この国を、世界を救った現代の英雄。

 

 私は彼と面識があった。

 前世紀末、堕ちた英雄ビッグボスによるザンジバーランド騒乱。

 私はそこで彼と会い、そこで困難な状況の連続に孤独にビッグボスの軍隊に立ち向かっていくその姿に強く惹かれた。

 残念ながら、あそこで彼と私は未来で再会を誓ったが。ついに今日まで、そのチャンスはかなえられることはなかった。

 

 申し遅れた、自己紹介がまだだった。

 私の名前はホーリー。かつてホーリー・ホワイトという名前だったといえばわかるだろうか?

 ある時はモデルであり、国際ジャーナリストであり、番組プロデューサーとして活躍していたが。私の友人たちの半分は、それはもうひとつの仕事のためだと知っている。

 そうだあの当時、世界中を飛び回って活躍した私の裏の顔は、米国はCIAのスパイでもあったのである。

 

 

 簡単にだが、まず私の経歴について話したい。

 イギリス人の父と、フランス人の母の間に生まれた私は。幼少のころから母の強い勧めでモデルを始めていた。

 

 どうやら母は私に女優の道に進んで欲しいと考えていたようだったが。私にとってモデルとは知らない人々と知り合うためのツールでしかなく母の希望する方向にまったく興味はなかった。そのうち母の束縛が強まったこともあり、モデルとしての活動を広げるためと称すると、家を出て大学へと進むことにした。

 

 華やかな世界、若者らしい無邪気な自由を謳歌する世界、そこにもいいかげん飽きが生まれたころ。

 ついに私は、大学のキャンパスに現れた私の最初のスパイ・マスターによってCIAへのスカウトを受ける。彼の名前は残念ながらここでは書くことはできない。

 なぜなら私と違い、まだあの世界で。彼は現役の情報分析官として活動を続けているからだ。

 

 

==========

 

 

(1985と書かれ、その後の数字はにじんで読めない)

 

 こうなったのはすべてスネークのせいだ。

 それでも僕は彼を許すし、彼は僕を許した。でも、それならば僕はなぜ。あれからずっと、このなにかとてつもなく大きなものを喪失したと感じる苦しみに涙し、彼が僕の前に現れて再びその手を差し伸べてくれる日を待っていたのだろうか?

 

 ダイアモンド・ドッグズからの追放を受け。セーシェルの荒波の上に放り出された僕をあいつらが――あの3人が無言で僕を見下した日。

 

 僕はすぐにイギリスへと向かった。

 確実なものなど何もなかった。だけどあいつら――ダイアモンド・ドッグズのスパイたちの目の届かない場所にいる必要があったんだ。でもそんな場所が僕に、この世界にあるのだろうか?

 

 考えた結果、決めた。

 イギリスにはMI6がある。大きな組織だ、そして彼らならばきっとあんな危険なやつらの手先が国内に入り込むことなど許さないはずだ。

 

 それでも僕は怖くて、3ヶ月ばかし。ずっと安宿の一室に閉じこもって隠れていた。

 奇妙な話なんだけど僕にはお金はあった。コールドマンとの契約金もわるくなかったし、スカルフェイスも僕に悪くない金を払っていた。

 だけどはっきり言わせてもらうが、あれは別に雇用関係云々ではない、何かのときに。プロジェクトが停滞すると「給料泥棒になりたいか?」とプレッシャーを与えるために、あいつらは僕を隷属させるためのものだった。

 

 あいつらは僕の生み出したものを正しく評価しようとしなかった。一度だって!

 十分な能力があるのにおかしな使い方をしようとしたり、未完成品を無理やり動かそうとしたり。僕が、僕を正しく評価してくれたのは一人だけだった。

 でもスネークは、ビッグボスだけが――いや、そんな奴のことはどうだっていい。

 

 

 だから、そんな逃避行じみた生活もそのときはできたんだ。

 

 だけどそんな僕をあいつらは笑っていたに違いない。

 年が明けたある日の深夜。僕の小さな部屋に、僕の許しもなく入り込んできた一人の男がいた。

 そいつが誰なのか、それはわからないが。誰の指示を受けたのかはわかっている。ボスだ、ビッグボスが送ってきたに違いないんだ。

 

「エメリッヒ。こんな風に……隠れても意味はない。退屈だろう、やめたらどうだ?」

 

 僕は――僕は男を前に横になったまま恐怖で言葉もなかった。

 毛布のすそを握り締めた両手は震え、それでも目はそいつから離せない。いつ、やつが懐からピストルをとりだすのだろうか。ダイアモンド・ドッグズは、あいつらは僕を殺しにきた!?

 

 だが、やつはそうしなかった。

 懐から取り出したのは一枚のメモ。タイプされて何かが書かれている。それをベットの脇の机の上におくと

 

「米国に帰れ。息子に会いたくはないか?彼は今、そこにいる。迎えに行ってやれ――もちろん、お前は迎えにいかないという選択肢もある」

「ボ、ボスは……」

「?」「ビッグボスは、なぜ僕を殺そうとするんだ?」

 

 それまで冷たい目でおびえる僕を見ていた男の目が、この時。哀れみのこもった目になった。

 だが冷たい恐ろしげな態度は変わらぬまま、フンと一度。鼻で僕を笑うと、僕の問いには答えずに部屋を出て行ってしまった。僕はすぐに安宿を出た。危険な場所だ、僕に安全な場所はない。

 

 そして――。

 そして僕は翌日、週末に米国へと帰る手続きをおこなった。考えてみれば、それほど深刻にとらえるような難しい話じゃなかったんだ。

 スネークは、ビッグボスは僕をダイアモンド・ドッグズからおろしたことで許したし。つまり僕は彼を許した、お互いがそれぞれを尊重して、男として道を別れてこの先は進もうと。あのメッセージはそういうことに違いないんだ。

 

 HALに会いたかった。

 僕の息子、僕に残っている最後の家族。あいつは僕から取り上げたけれど、そんな”間違い”はもうおこらない。飛行機の中で僕は、息子と再会したあとの生活についてあれこれを、ずっと考えていた。

 

==========

 

 

 そうした流れがあってMI6を参考に情報局は再編され、今のCIA――中央情報局――が発足されるわけである。

 

 今では想像もできない話と思うが、その頃は同じく設立されたFBIは乱暴で暴力的な捜査を行い。その悪名をほしいままに高めていたが。CIAはその正反対に輝かしいインテリジェンスにおける見事な手腕によって多くの勝利をもぎ取っては新聞は事あるごとに当時の職員たちの忠誠と献身振りを褒め称えていたのである。

 

 あまりに両者が水と油のあまり、一時期。議員達の間では「FBIは潰し、国内外をまとめてCIAが面倒を見てはどうか?」なんて話も、あの頃ではあったのだ。今の彼らを見るとそんな話、信じられないとは思うけれどね。

 

 そうした50年代、60年代における輝かしい実績について語るならば是非に触れなくてはいけない人物がいる。

 

 ビッグボス、そうだ。

 私も直接介入した、あのザンジバーランドで再び恐怖を世界にうちはなった男。彼についても触れなくてはならない。

 

 

 

 WWⅡ後の世界では、戦勝国が再び国連に集結していくという流れの中。

 軍はCIAと組んである計画を実現させ、たったひとりの兵士を創り出した。それが彼、つまりビッグボスという存在だったのである。

 そう、あの恐るべき恐怖と狂気もった男は。そもそもは私達の国が生み出したものだった。

 

 そのころの彼はいわゆる”不正規戦闘の世界の英雄”などと呼ばれていたらしいと聞いている。

 あまりに危険で、表には出すことのできない。そんな機密とされる秘密の戦場には必ず彼の姿があったという。

 一昨年から出ている動きだが、CIAは当時の記録を広く”機密解除”することで公開していく方針を口にするようになっているらしい。昨今の体たらくを払拭したくて過去の実績を持ち出したいのだろうが、本を執筆する私のようなものにとってそれは目出度い話だ。

 

 実はこの、ビッグボスの誕生前後はいまだに秘密が多い。

 ビッグボスの本名は?彼の家族は?どこで生まれ、どうやって育った?他にもある。

 なぜ「ビッグボス」なのか?どうして当時の大統領は、彼の栄誉をたたえるためにその名を”あえて”与えたのか?

 

 その情報は噂レベルでならば伝え聞いてはいるが、正確な情報とは思えない。

 公開が間に合うなら、このページは発売前に書き直さなくてはいけないだろうが。あなたたちがこれを読むということは、まだ政府は秘密のままにして、それがなされてはいないということになる。

 

 興味があればぜひ、あなたも声を上げてほしい。

 あの時代の国防におけるビッグボスの存在感はあまりに大きく。真偽不明の様々な武勇伝が生まれてしまい、今ではどれが本物なのかわかるものはほとんどいない。

 彼等が機密情報を吐き出すことで、今一度彼の功績も見直されることもあるかもしれない。

 

 おかしな話だけれど、あの事件にかかわっておきながらも。私は今、真剣にそう考えている。

 

(中略)

 

 ……だが、再び風向きは変わった。

 1970年、”なんの前触れ”もなくビッグボスが以前、所属していたFOXは解散に追い込まれる。

 だがこれにもなにがあったのか、本当のことはわかっていない。ホワイトハウスの何らかの決定がなされ、軍とCIAとでなにかがおこった可能性が指摘されているが、その詳しい情報はわかっていない。

 

 そこから翌年にかけて、彼は精力的に動き。FOXの後継的な部隊、FOX HOUNDの設立に着手した。

 

 だが、これは多分。私がCIAの人間だったからそう思うのだろうが、ビッグボス本人にとって。この部隊の設立、それは最大の失敗だと感じたのではないだろうか?

 なぜか?

 それは彼がそう思うような原因を、私が所属していた組織。つまりCIAが横槍を入れ、軍もそれを邪魔していたふしがあるからだ。

 

 

 当時、ビッグボスは自分の技術を受け継ぐ者を集めたがっていたという話が残っている。これは本当のことのようで、FOX HOUND設立への彼の情熱は最初のうちにこそ確実に”設立後の部隊”にあったことは間違いない。

 だが、実現に近づくにつれてビッグボスの周りが落ち着かなくなっていく。

 

 彼の情熱を奪ったもの。それはホワイトハウスであり、軍であり、そしてCIAであったのだろう。

 「政治がお前の邪魔をする」これは国際インテリジェンスの間でもいわれている言葉だ。ビッグボスもこの政治に巻き込まれ、強い想いや情熱を汚され、失ってしまったのだろうと思う。

 

 皮肉な話だが、当時の彼の評価は天井知らずであった。

 彼のあまりに派手な活躍を聞いても人は喜ぶではなく。苦い顔をして見守っていた人物たちは確実に存在した。

 

 わかっているのはある時点で、彼らはビッグボスに意趣返しするように激しく攻撃を始めるが。彼に味方するものはいなかった。

 最初に、彼の出自に関係がある陸軍はビッグボスの口にするような体質の新たな部隊を必要とはしていないという理屈で援助を拒んだ。ホワイトハウスは無言を最初から最後まで貫き通し、彼がやるのもやめるのも構わないという態度。

 

 だが、CIAは逆に熱心にビッグボスを”説得”して懐柔しようと試みたらしい。ビッグボスは最後まで冷たい態度を崩すことはなく、交渉担当者はなだめ、縋り、怒鳴り、泣き、必死だったというが、すべては無駄に終わった。

 

 そもそもビッグボスとCIAは当時、すでに関係が極限近くまで冷え切っていたのだという。

 

 表には出せない秘密の戦争(シークレットウォー)、そんな不正規の戦闘の中で。両者の感情に多くの行き違いがあったのは間違いない。

 当時のCIA長官は、将来を見据えてビッグボスと、彼の部隊をCIAに組み込めないかと考えていたようだ。情報担当である以上、戦闘部隊をおおっぴらには持てないし。なによりあったとしてもより錬度の高い部隊を保持したいと希望を出せば、軍も黙ってはいない。

 

 そういったことからCIAはFOX HOUNDには強い関心を持っていたようだったが。最終的にビッグボスはその手を払いのけると、政治的な事情から部隊の理念がポロポロと手足をもがれていくも、CIAではなく軍に部隊を引き渡した。

 

 この一件は、ビッグボスに何かを決断させるものだったようだ。

 彼はホワイトハウスも、軍も、CIAやFBIにもわからないよう。その後、ある時期にいきなり姿を消してしまう。彼の姿を政府が確認するには、それから数年の時間が必要となる。

 

 同時に奇妙な話ではあるが。CIAの、アメリカの栄光の日々も終わりを告げることになる。

 ビッグボスがいなくなるのにまるであわせたかのように、CIAはイギリスのMI6と合わせ鏡のように、国際インテリジェンスの世界で敗北を重ねる苦い時代へと突入していく。




また明日。


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C.I.A

昨日からいきなり始まったホーリー・ホワイト編は明日がラスト。

ヴェノム・スネークの活躍する時代の背景を。
そう思ったら存外にえらいことになってしまった感じに。


(1988と書かれているが。日付はない)

 

「ハル、今夜は何が食べたいかな?」

「……なんでもいい。父さん、料理はうまくないから」

「そ、そうかな。一生懸命、父さん――がんばっているんだけどな」

「……」

「わかった。外食にしよう」

 

 それはもう何度も繰り返したやりとり。

 息子と足の不自由な父親との会話。あの子は、この僕の姿を恥じている。

 

 

 米国には時間通りに到着。その間、ハルの元へ向かう僕を邪魔するものは何もなかった。

 てっきり空港には、CIAだかFBIの黒服連中が軍隊を引き連れて僕の到着を待っているのではないかと。実はそんなことをずっと恐れていた僕には、肩透かしもいいところだった。

 

 ハル、僕の息子は危険な状況にあった。

 あいつ、何を考えてこんなことになったのか。ハルはなんだかいう理由とやらがあって(そんなもの、知ったことか!)法律的な対処がなされて孤児院へと放り込まれていた。それだけじゃない、なんと僕という父親がいるというのにそこでは何といったか――そう、ボーグマンだ。

 ボーグマン夫妻とか言う、高いスーツやスイス製の時計をした。気取った連中にそこの職員達はハルを文字通り”売り飛ばす”ところだった。

 

 僕はそれをぶち壊してやった。

 ボーグマン夫妻は最初、驚いたふりをしていたけれど。次に僕に失礼なことを、礼儀正しく申し入れてきたんだ。

 あれはなんだったか――「お子さんは大変優秀で」とか「親子での生活は苦しいとは思うが、われわれのところでは不満は一切ない」とか。

 

 確かに、確かに僕のそのときの姿は褒められたものじゃなかった。それは、認める。

 だけど仕方がなかったんだ。

 イギリスの低賃金雇用者たちに混ざって生活しなくてはいけなかった。彼らに混ざってビールを飲み交わすなんてできなかった僕は、せめてそれらしい格好をしなくちゃ、彼らと混ざってもわからないような”偽装”ってやつをしなくちゃいけなかった。

 

 そんな僕の姿を見て哀れんだ彼らは、優秀な息子をだしに父親の僕が金をせびりにきたと思っていたんだ。

 本当に失礼なやつらだったさ。

 

 

 ハルをつれ、僕は田舎町を中心にしてしばらくは転々とあちこちで暮らした。

 スカルフェイスの残党、ビッグボス、そして噂に聞くサイファーにいつ襲われるのか。それが気になって落ち着けなかった。

 この生活を2.3年やって僕はそれがまずいことだとわかっていなかったことに気がついた。

 

 ハルの、息子との距離が一向に縮まらないのだ。

 最初は息子はあんな、あいつのちょっとした手違いでひどい目にあったのだからと。そう自分に言い聞かせてごまかしていた。

 

 ああ、そうだ。わからなかったんだよ、僕はハルの父親だ!

 僕と彼の身の安全に気を使っていなくちゃならなかったんだから、そんな”些細な問題”に気がつかなくてもしょうがなかったんだ。

 ハルは僕に、不信の目を向けている。なんとかしなくてはいけなかった。

 

 

 ようするに問題は大きく2つあったんだ。

 ハルと再会してからの僕は、あの子のそばから離れなかった。”敵”が僕らになにかするんじゃないかと恐れて、近くにいようと誓っていたからそうした。

 

 でも、ハルはそれを苦痛に感じ。

 周囲の大人たちはあの子に失礼にも、働かずに子供にまとわりつく父親の僕のことを。「子供を誘拐した変態じゃないか」だとか、「虐待しているんじゃないか」とか、そういったことを僕が知らないうちにあの子に聞いていたらしい。

 

 ハルの答えは辛らつだった。

 疑惑の目を僕に向ける大人たちに対して「父は退役軍人」だと答えていたらしい。

 

 軍人、僕は戦場に立ったことも、そこで”自分の意思で人を殺したこともない”人間だというのに、息子は僕を戦争をする愚かな男だといっていた。

 

 

 僕はあちこちを転居する一方で、学生時代の旧友たちの力を借りようとたびたび会いに行っていた。

 再び自分の才能で世に出る。そのためには研究が必要で、僕にそういった場所を提供してくれる雇い主が必要だった。突然訪れた僕に顔を合わせ、懐かしがってくれたのは最初の人だけだった。

 

 すぐに、僕が面会を希望しても拒否してくる人が多くなった。後でわかったことだけど、政府の人間を語る連中が彼らに僕のことであることないこと吹き込み。そのせいで「あいつは危険思想をもった人物」との噂を流されていたことがわかった。

 過去を懐かしんで会ってくれる友人も、僕にはいなくなった。

 

 僕は。嫌、僕とハルはこの世界で孤立していた。

 

 仕方なく、僕は小さな町に腰を落ち着けると雇われの電気技師となった。

 そうだ。あのピースウォーカー、サヘラントロプス。そしてビッグボスにメタルギアを作ってあげた僕の才能は、この田舎の電気屋の親父に顎で使われる。ただの電気技師が、僕のやる仕事になったんだ。

 屈辱だったよ。でも、ハルのためにそれがその時は必要だったんだ。

 

 

==========

 

 

 敗北の時代へと突入する前に、すこし違う視点での逸話を披露したい。

 

 70年代半ば。CIA設立のモデルとされた英国情報部”MI6”が、まず泥沼にはまった。

 IRAの対応、KGBへの対策。この2つに大きなミスを犯すが、原因はMI6ではなく。政治、それも経済政策における失敗から起こった純粋な”予算不足”からはじまった。

 

 このときの英国にとってIRAは未来への大きな負債になるかならないかの瀬戸際を突き進み。KGBは対処の遅い英国情報部の動きをすぐに察知すると、容赦ない手を次々と打って攻撃に移ろうしていた。

 

 結果から言おう。

 苦しいこの時期を、それでも英国は苦しい顔を見せずに最終的に乗り切ることに成功した。紳士は常に紳士たれ、彼等の中に流れる血はそのまま悩み事への答えになった。

 それは情報部の優秀な人材たちが知恵を搾り出すことで、大きな災いと変化しかねない多くの状況に見事に対処して封じ込めて見せた、

 

 中でも一番危険だったのは74年から長く混乱を引き起こしたKGBスパイがMI6上層部に潜んでかく乱を行ったとされる一連の出来事だと思う。

 CIAはこの可能性を76年に察知したものの、同盟国とはいえKGBに重要な情報が渡る危険性を恐れ、これをあえて極秘としていた。インテリジェンスの世界に真の友は存在しないという、いい例だ。

 

 しばしば、MI6は秘密裏に情報網を展開してもKGBに察知されるということを繰り返し。ようやく内部のスパイの可能性に彼らも気がついたが、すでに裏切り者の痕跡は見事に消され、そいつを裁判の席に立たせることはできなかった。

 

 

 これでもまだ、このときの英国には力があった。

 新たな手法、新しい人材を求めつつ、危険を現場から切り離す。これらを根気よく、長い時間をかけて続けることができるベテラン達がいた。

 

 それでも完璧、とはいかなかった。

 

 当時のそんな彼らを率いていた責任者は、大変有能な人物ではあったのだが。私生活に大きな問題を持っていた。

 一国の国防を担う重責というのは想像しろといわれても難しい話だろう。彼はそれを若いころから続け、見事にその難題の数々を解決してきたが。彼自身の人生とそこにある問題はそうはいかなかったようだ。

 

 ストレスに耐えられなくなると、彼は娼婦を買っていた。

 それも秘密保持などをモットーとする高級娼婦ではなく。街角で薬を買うための金ほしさに体を売るような女たちを欲しがった。

 皮肉にも、その事実に真っ先に気がついたのもCIAであった。

 

 70年代末、彼が首相と同行し、CIAの長官と面談するために訪米した際。

 なにかあったのだろうが。彼は一人、施設を抜け出ると街角の娼婦を買ったが。女とは料金で揉めて騒ぎを起こし、警察があやうく逮捕しかけるところであった。米国はこの事件を内密に処理した。

 なにせ彼は本国では組織の最重要人物である。このネタは握っておいて、後々で利用したほうがいいと考えたのだろう。

 

 

 彼はその後、本国に戻るとIRAやKGBの策略でゆれるMI6を立て直す人物の一人となる。CIAの希望通り、大活躍をしたというわけだ。

 だが、80年代に入るとそこで彼の輝かしいキャリアが失墜する。

 なぜか、どうやって知ったか?いや、手に入れたのかはわからない。あるタブロイド誌が、またも娼婦を買い付けている彼の姿を写真に収めるとそれを報じてしまった。

 

 周囲はそんな彼の才能を惜しみ、なんとかもう一度、現場に戻そうとしたが。

 彼自身は辞職願をさっさと提出すると田舎へと引きこもってしまった。以来、彼はそこで一人気楽な老後を今も無言のまま送っている。

 

 

 一方で、そんな英国を冷笑を浮かべて眺めていたわが米国だが。

 ベトナム戦争における失策から、80年代のレーガン政権時代に入ると。KGBの攻撃に対処できないCIAは右往左往し。政治は彼らを頼りにならないとして、信じなかったことで重大なダメージをおうはめになる。

 

 英国に遅れること数年。

 米国の諜報員達の間に奇妙な事件がまず起こり始めた。

 

 世界各国に潜入させていた工作員が、次々にソ連当局に発見されると”暗殺”され始めたのである。

 CIAの優秀な分析官たちは最初の動きで、すぐにMI6に起こったのと同じことが自分たちにもおきているのではないかと危惧した。

 ところが上層部はそうした下の意見を封印させてしまう。

 

 カーター政権からレーガン政権に変わる。そんな大統領選挙を控えた時期に、自分たちの国にスパイが入り込んで情報網をずたずたに引き裂き始めているなどと、大統領に当時の長官は”報告したくなかった”のである。

 

 お分かりいただけるだろうか?

 これが英国と我らの違いとなった。

 事態の深刻さに状況を整理し、相手の動きを封じる手を英国はできたが。我々のCIAでは出来なかったのだ。

 

 ようやく選挙が終わり、大統領が入れ替わって新しいCIA長官がウキウキ顔で席に座る中。前任者が封印したその危険信号を下の人間は再び持っていくわけだ。

 そんな前任者のとんでもない置き土産を受け取って、顔色を変えない人はいないだろう。実際、長官は青くなった後で顔を真っ赤にして部下を怒鳴りつけた。「こんな噂話、大統領に聞かせられるか」なのだとか。

 

 その結果、80年代前半においてCIAはKGBに事実上の敗北を喫し。

 かの地の国内で何が起こっているのか、再びそのネットワークを復活させるのには多くの流れる血と時間、そして金がかかることになる。

 

 なによりこれが悲劇なのは、まだ80年代は始まったばかりということだ。

 

 

==========

 

 

(画面には1991と書かれている、続く数字は文字化けして読めない)

 

 職を持ったことで、僕とハルの生活にも変化が生まれた。

 僕は再婚した。そしてハルには妹が出来た。

 

 僕の妻――ジュリーは頭はよくなかったが、僕とは心で通じ合うことが出来た。

 彼女も最初の結婚で僕と同じく失敗したことで苦しんでいて……といっても、僕と違い。彼女は夫の暴力に悩んだ過去があった。

 

 その娘のエマは、そんな前夫との間に生まれた娘だというが。そんな獣のような男のことなど忘れて、僕のことを父として慕ってくれた。ぼくはそれがなにより嬉しかった。

 

 幸せな家族になるんだ、そう思っていた。

 

 最初は、足りないものを補うような結婚生活だと思っていた。

 だが、だが――なぜか、またなにかがズレを生み出し。それぞれをバラバラに引き裂こうとし始めた。

 

 ハルはエマ達が来ると、学者の血が騒ぎ始めたのだろうか。勉学により強い熱意をもって学び始める。

 エマはそんな兄を真似ようといていたが。やはりいきなりは無理で、僕が基礎から教えてあげるようになった。ジュリーは次第にあがっていくエマの学校の成績に目を丸くしながらも喜んでくれていたし。僕もそんな彼女の成長が嬉しくて、本気になっていく。

 

 それが、そんなことが悪かったのだろうか?

 気がつくと、家の中がまた悪いことが起ころうとしていると僕に訴える声で愕然とする。

 

 ハルは、息子はジュリーとは悪くない関係であったのにもかかわらず。勉強を理由に僕の元から出て行こうと考え始めていた。

 ジュリーはそれを子供が独り立ちしようとしているので仕方がないのだと話したが、不安は僕を押しつぶそうとして。あの子にたびたび「馬鹿なことは考えないでくれ」となんとなく伝えようとしたが。彼はそんな僕の意思など気がつかないフリを続けている。

 

 エマの才能が思った以上に早く開花しようとしていた。

 僕が彼女の才能を何よりも評価したのは、ハルがなぜか強く執着し続けている東洋の国が作った馬鹿げたアニメーションの世界。脆弱なヒーローが、巨大な兵器に飛び乗って戦うとか、そういうやつに傾倒して僕の言葉を聴こうとしなかったが。

 エマはそれがなかったので、とてもバランスの良い成長を見せていた。

 

 中でも、あいつのようにAIやプログラムに関する興味は強いようで。それが頼もしく感じられ、僕も彼女の教育に力を入れるようになった。

 

 だが、それをいつしかジュリーは嫌がるようになった。

 彼女の言葉を借りると、僕の教えを受けるようになってから娘は怪物になったように思えて仕方がないのだという。口を開けば何を言っているのか理解できず、途方にくれるのだ、と。

 

 エマはまだ幼いながらもすでにジュリーの知能レベルをかるく飛び越えていってしまっていたのだ。ジュリーがそれを不安に思い、恐怖し、嫌悪しかけているのは仕方がないことだった。

 

 

 だから立場を交換するのがいいと思ったんだ。

 僕の言葉を聴こうとしないハルをジュリーが。僕はエマの面倒を、それで家族は問題ないはずだった。

 

 これも失敗した。

 家族の間にはなにか大きな問題が覆いかぶさっていたが、僕にはそれが何かわからなかった。

 

 この頃、エマはハルにつきまとうだけではなく。覚えたばかりの知識を披露して、ハルと意見を言い合う姿を見るようになった。麗しい兄妹愛だと僕は目を細めて喜んでいたが、なぜかジュリーは不機嫌になって娘のあの態度は問題だと文句を言い続けていた。

 あれでは学校へ行っても、同級生と話せなくなるというのだ。

 

 だが、僕はそんな心配はないとジュリーの心配を諭してあげた。

 

 あと数年もすれば、彼女は研究者として僕の助手になれるくらい賢くなるし。美しい女性となる頃には、実績十分な世界的にも注目されるようなかつての天才児と呼ばれて人々の賞賛を浴びているはずだ。

 ハルもその頃には立派に科学者として自立しているだろうし、僕とジュリーはそんな兄妹を誇らしく思っていると取材に答えつつ。自分たち学者一家の不穏な経歴の呪縛などを話して聞かせてあげてもいい。

 

 きっと話題になるはずだし。世界だって興味を持つはずだ。

 

 そうすれば僕も再び研究者としての道が。あの、CIAやソ連を勝利させるために研究に費やした日々が戻ってくるかもしれない。

 しかも今度は、スカルフェイスやビッグボス。あんな危険な奴らの顔色をうかがうことをせずに、エメリッヒ研究所では僕たち3人で人類の未来を切り開くよううな、すごい発明を実現させることが出来るはずだ。

 

 

 ある日、僕はついに電気技師の職を捨てた。

 不快な電気屋の店主に我慢できなかったこともあるが、エマの教育にもっと力を入れたいと思ったからだ。

 僕と、ハルと、エマの輝ける未来の実現を一日でも早いものとするなら、今一番必要なことは彼女の成長であった。

 

 ジュリー、笑ってほしい。

 僕と君、ハルとエマの未来はきっと輝いている。いや、ぜったいにあの輝く未来を実現してみせる。この僕の手で!

 

 

==========

 

 

 イランで起こった大使館人質事件は解決まで1年以上かかり。

 リベラルな政府を推し進めた前政権は国民の支持を失うと、レーガンは保守的で力ある政府でこの荒波をこえていくのだと力強く宣言する。

 

 彼がまずしたのは、冷戦の相手であるソ連を徹底的に敵として国民に訴えたことだ。かの国を名指しで「悪の帝国」と口にすると、「力による平和」なる政策を打ち出し、対抗意識を前面に押し出した外交政策をおこなう。

 

 また経済政策、麻薬問題にも果敢に切り込んでいこうとする。

 

 しかし、CIAはそんな政権の顔に泥を塗ってしまう。

 前政権末からその危険を訴えられ続けていた、情報漏洩問題がついに爆発したのだ。

 

 70年代半ば、ソ連から亡命してきたKGB工作員がいた。

 彼は当初こそ英国の保護を求めたが、CIAがそれをさらう形で手に入れることに成功した。

 

 その彼が、82年のある夜。

 監視のCIA職員たちと共に食事を取った後、軽い冗談を交えながら「1時間ほど散歩に出る」と断って店を出て行った。

 職員たちは誰も、そんな彼の後についていこうとはしなかった。

 

 そして3時間がたった。

 ようやく異変に彼らは気がつくが、彼の行き先がどこかわかったのはそれを本部に知らせたとき。優秀な分析官が「その店からソ連大使館まで走って1時間もないんだぞ!」という叫び声が上げられたからだ。

 

 ソ連のそこからのキャンペーンは完璧だった。

 逃亡したスパイは涼しい顔で自身が英国に亡命しようとすると”悪辣なCIA"によって誘拐され、長く拘束され薬物による拷問も受けたのだと語った。

 

 政権はCIAに失望と怒りの目を向けるが。米国の失策はこれでは終わらない。

 86年、2つ目の爆弾が炸裂する。

 あのイラン・コントラ事件がついに発覚する。

 

 

 レーガン政権は当初より「自由と民主主義であらねばすなわち敵である」という乱暴な論理で強引に海外の問題にあたっていくスタイルをとっていた。

 そんな彼らにとってイランとニカラグアでおきた革命は生粋の共産主義国家が増えるというわけではないにもかかわらず、苦々しく感じていたようだ。

 

 そこで彼等は自ら定めた法律を無視して軍にアメリカの武器を中東に流し、その見返りに現地の武装組織に捕らわれていたアメリカ人を釈放するように求めた。

 これに味を占めたか、国家の最高意思決定機関に属するスタッフが直接指揮してニカラグアの反共ゲリラにも武器を渡し始めた。

 

 そして当たり前だが、すぐにそうした行動へのカウンターとして最も効果的な方法が――メディアへの発覚――返されてきた。

 大統領と側近たちがすすんで法治国家の法を破るという前代未聞の緊急事態に、政権は大鉈をふるうという形で事態の収束を図った。

 

 彼等はその騒ぎの中心を政権からそらすためにCIAの度重なる失態をまず、あげた。

 報道官は「彼らの愛国心を疑うわけではないが、目も当てられないミスが大統領の信頼をそこなった」という理由を展開して大衆の目をそらしにかかる。そして今こそ組織の自浄作用が必要なのだ、というと驚くべき決断を下す。

 

 70年代のCIAの多くのミスの原因は簡単な話だった。

 ベトナム以降、ガチガチの軍人がインテリジェンスの最前線を戦う部門の長官の椅子に座るようになったからだ。彼等にとっての任務とは、決められたスケジュールにのっとって行動する部下たちによって報告される勝利にしか興味がない、そんな連中だった。

 時に事態が急変し、情報が錯綜し、柔軟な思考と判断で危険な決断を必要とする。唐突に突き出された難題を前に、彼等はまずそれを「部下の怠慢」だといって激怒していた。

 

 それを改めるのかと、斜め上の期待をした職員も実際にいたらしい。

 

 政府の決断はさらにその上を文字通りぶっ飛んだものだった。

 退役軍人であり、検事であり、当時のFBIの副長官をCIA長官につかせると発表した。それまで長官達のガチガチの軍人脳に手を焼いていたCIAの職員達も、この発表にまず顔を引きつらせ。続いて顔を覆って皆が等しくうめき声を上げたという。

 

 FBIとCIAというのは、似ている部分も多いが。決して同じ組織ではないことの理由がちゃんとあるのだ。

 ところが政府はこれをごちゃ混ぜに完全にかき回し。それでもって自分達の大きなミスをなかったことに”政治”で決めてしまった。

 新しい長官は政府から組織改革を期待され、部下達にはそれが正しく行われたとわかるような成果を、目に見える結果を出すよう求めてくるのは明らかであった。

 

 そんな騒がしい当時の背景など理解しないまま。

 その頃の若い私は新人エージェントとしてスカウトを受け。世界に飛び出していく日を夢見てはマスター達の元で訓練にいそしんでいたのである。

 

 

(肩がこったな)

 

 ホーリーは――私はそこで手を休めると、机から立ち上がって離れる。

 2階の窓の外の地平線まで続く青々とした大地を見る。

 私は今。この牧場と、国内に2つ、国外に4つの会社から収入を得ている。現役時代に築いた人脈が、こうして田舎に引っ込んでもまだ私を都会に繋がらせている。

 

 古き良き、ジェームズ・ボンドは過去のものとなった。

 情報工作員の棲まう大地にも時代が変化が訪れたのだ。信号が走る電子網の中で、デジタルが諜報員達を縛り上げている。

 

 そして自分の半生を費やした組織の過去を振り返ると、その悪手の連続にめまいすら感じてしまうが。

 これが”最悪”ではないことを私は知っている。

 

 優秀でありながら、名誉欲も、ありもしない妄想を満たすことからも切り離されている。そんなインテリジェンスの世界でこそ生きる、一流達はこの国からは姿を消してしまった。

 今のあそこにはもう、何も残っていないに等しい。抜け殻であり、残骸だ。

 私と私の古い友人たちは眉をひそめて悩ましく思っていることがある。そのことを今、私は訴えたいと思い始めている。

 

 

 本ではこのまま湾岸戦争へと突入、そして続く世界を恐怖に落としたビッグボスの反乱へとつながっていく。

 あと2週間もあれば、最終章の目算もできるようになるはずだ。

 

(問題は、そこ)

 

 もう何杯目か数えることをやめた熱いブラックコーヒーを手に、カップから立ち上る湯気を唇で遊ぶ。

 最後の部分、そこでホーリーと依頼人との間に認識の違いが生まれるのはどうも回避できないことになりそうだとわかってきた。

 

 依頼人はきっとビッグボスによるアウターへブン、ザンジバーランドで終わるのが美しいと思っているのだろう。

 だが、ホーリーはそうではない。

 そこに続く”ある男”の登場こそが。腐敗し、死に体となってもまだ生き続けようとした組織に止めを刺したのだと確信し、彼女の本からそれを指摘して世に問いただしたいと考え始めていた。

 これほどの悲惨な状況になっては、遠からず新たな世界の危機が起こっても。カンパニーはそれに口を差し出すことすらできないかもしれない。

 

 

 ジョージ・シアーズ。

 アメリカ合衆国第43代大統領。

 

 

 ホーリーは「シャドーモセスの真実」を読み終わったとき、自分が記すことになるこの本のラストページに誰を書いたらいいのか。それを完璧に理解した。

 在任中、とりたてて有能ではなかったが、無能でもなかった。

 それでも確実の米国の”なにか”に止めを刺した、それがジョージ・シアーズという男ではなかったか?

 

 ホーリーがそう考えてしまう理由もわかっている。

 この男は、彼女がまだデビュー前。CIAに所属し、活動していたとされる。

 そして奇妙なことに、そのときの彼を知る周囲もまた。同僚達は異口同音に、大統領時代の彼と同じ評価を口にしたからだ。それは同時に、彼が周囲にそう思われるようにと考えて行動した結果ではないだろうか?

 

 それはスパイが他人を欺くための技術。なぜ、この男はそれを敵ではなく”味方”であるはずのCIAの同僚達にみせていた?

 

 ついに現役の時代に顔を合わすことがなかった相手への無形の恐怖に、ホーリーは襲われて肩をぶるっと2度、震わせた。




続きは明日


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ソリダス

未来(2007)編は今日がラスト。
次回から、再びまた1984年に戻っていきます。

時間があちこち飛びますが。ついてきて、これてますよね?(震え声)


 1990年、リベリア。

 この国は今、苦しんでいる。

 長らく続く”間違い”を正そうとした結果、戦火が全土に波及してしまった。

 

(だが平和は勝利とともにやってくる。主人はそのために頑張っているのではないか)

 

 白く大きな豪邸に「次官」と呼ばれる主人の政治面の片腕として職を得た男は、給料と家族を含めた安全に見合った程度の忠誠心でもって主人の正義を信奉している。

 町の中ではちょっとしたことですぐに発砲、悲鳴、死がそこかしこで起こっているが、その統制が”まだ”上手くいっていないことが目下の悩みであった。

 

 この問題をどうにかしようと、ここしばらくは頭を悩ませ。人に多く面会しているが、なかなか解決とはいかない。

 その主人は今日は外出。

 自分は雑事を片付け、市場のほうにでも出て雑貨を見るついでに食事でもと思っていたところに客人が現れたと知らせが入った。

 

 門の番兵たちと一緒にいたのは、次官がよく知る人物達の一人であった。

 白人、軍人のように長身で引き締まった筋肉、仏頂面の兵士たちを前にしても輝くような笑顔のまま。しかし目の輝きは異様なものがあり、あまり目を合わせたいとは思わせないホワイトカラー。

 

 屋敷に通し、廊下を歩きながら男に次官は主人は留守だと告げるが「それでかまわない」のだという。

 次官は眉をひそめた。

 

「それはどういう意味です?」

「昨日はあなたのご主人に、しかし今日はあなたに会いに来た――と思っていただきたい」

「私ですか?なぜです?」

「つまりそういう話、ということです。いきなりあなたの主人に聞かせると困るが、彼の周りが知っておけば安心できる。そういうことですよ」

「――はぁ」

 

 応接間に通して紅茶を出す。

 この男のことはすでにこちらでも調べている。”公式”には米国大使の第2秘書。それがこの男の名刺には記されているが、こういう役職につく連中とは要するに情報部のスパイだ。

 この国の戦火のひどい様子を受け、不安に思っているのかもしれないと主人は気にされていた。次官も、慎重に対応しなくてはならない客である。

 

「それで、なんでしょう?」

「――昨日の話しです」

「はぁ」

「大使と共に訪れたとき、この部屋に我々の他にもうひとつ。にぎやかな客人たちが入ってきた」

「ああ」

「彼らのことをまず、教えていただきたい」

 

 次官は顔をしかめた。

 だれのことを言っているのかはすぐに分かったが、それをこの男が口にする意図がわからない。身なりの正しいスーツ姿の彼らと違い、あの連中。小汚い軍服、申し訳程度の服を着た”山賊”達。

 

「彼等は主人の、同志です」

「同志ですか?」

「――同志になってくれれば、と。主人は考えていました」

「つまり、昨日の面会では決裂してそうはならなかった、ということで?」

「あぁ……失礼、ミスター?」

「シアーズ。私は第2秘書を務めています、ジョージ・シアーズです」

「ええ、ええ。ジョージと呼んでも?」

「かまいませんとも」

 

 この男の意図を探らねばならなかった。

 

「何か失礼が?」

「いえ、別に」「ではなぜ?」「知りたいのですよ、彼らの素性を」

 ジョージと名乗る男の目の輝きが気になったが、そういわれては次官は教えなくてはならない。

 

「私はあなたがあの男――司令官を名乗るあいつに興味を持ったとしても不思議ではありませんよ。ジョージ」

「胸の勲章のいくつかが旧ドイツとフランス空軍で、模造品とわからずに誇らしげに見せびらかすような、無知な軍人は滑稽でしたのでね」

「そんなこともわからない男なのですよ、あれは。兵士も、それにふさわしいものばかり」

「少年兵、でしたか」

 

 だから次官は山賊と密かに呼んでいたのだ。

 軍隊のフリをする野党の類、本物の兵士には相手にされないような”司令官”でも、わからずにただただ忠誠を尽くす少年兵。混乱が広がる今のこの国にあっては一番自由にさせてはいけない相手だ。そして残念ながら話し合いでは”自分の立場”が理解できないようなクズ達。

 彼等は自分にとって耳障りのよい勢力のシンパだと吹聴し、誇張し、多種多様な犯罪を平然と犯す。

 

「あなたの主人はどうしようと?」

「司令官には別のポストを、少年兵は新しい隊長を選出し、後々正規軍に加えるという提案をしました。これが一番、われわれの仲間になるにふさわしいと思ってね」

「寛大なことだと、私も思いますよ」

「ありがとう、ジョージ。しかし、あの司令官はそうは思わなかった。笑われていることに気がつかないのか、少年兵達を取り上げられるとでも思ったのか――提案で彼らの規律を脅かしたのだそうですよ」

「どうするんです?」

「別に……時間はかかりますが、しばらくは放っておきます。もちろんこれまで行ってきた補給は断ってね。別の勢力にいくにしても手土産が要る。彼等は早晩、弾薬も食料も失って終わりです」

 

 あの程度の連中の結束などそんなものなのである。

 部隊の少年兵は空腹と武器にこめる弾がないとすぐに不満を口にしだし、司令官はあせって無理な目標の攻略を押し付けようとする。頭の足りない男が押さえ込めるような不満じゃない、最悪部下に殺されても不思議はないのだ。

 

「では、彼等はいてもいなくてもよい戦力?」

「まぁ、そうですね。主人はそう考えてるでしょう。汚れ仕事を嬉々としてやってましたので、それに報いてやろうというだけで」

 

 ジョージと名乗るホワイトカラーの目の輝きがさらに強く、異様なものとなる。

 

「次官、私はひとつお願いがあるのです」

「はい」

「あの司令官の部隊、あれをひとつ私にゆだねてみませんか?」

「――どういうことでしょう?」

「あの部隊をあなたの主人のために、私が使えるようにしたい。司令官を抜きにしてね、どうです?」

「ほう」

「部隊の訓練は、わが国から優秀な人材を呼んで鍛えなおします。彼等の武器はわが国の最新のものを渡します。そしてわが国の友人の役に立つ戦士に、私がしてやりたいのですよ」

「……」

「この提案、どうでしょう?あなたの主人も興味があるのでは?」

「あるかもしれません。しかし、ないかもしれません。あの司令官、あれをどうにかしないと――」

「心配は要りませんよ」

 

 ジョージ・シアーズはそう答えるとカラカラと笑って帰っていく。

 3日後、彼の姿はその部隊の前に立っていた。

 少年兵の中から選ばれた最年長の新たな司令官とその横に立ったジョージは満足そうに整列する少年兵たちの顔を見回す。愚かで無様な前の司令官は、さきほどから彼の部屋の床の上で自分が流した血の中に沈んで文句を言うことは2度とない。

 

 政府と交渉決裂から廃村に移動していた彼等のところに、場違いなロールスロイスとトラックが入ってくる。

 

「さぁ、司令官。最初の仕事だ、あのトラックの中の武器、食料。それら荷物を降ろしてもらいたい」

「はっ!」

 

 元気よく従順に返事を返す若い司令官の態度に満足しながらうなずくと、2列が回れ右をしてトラックにむかって歩いていく。

 

(格好だけだな。まったく兵士には程遠いが……まぁ、今はいいだろう)

 

「司令官、指示したとおり。古い武器は全て破棄しろ、君の初陣についても数日以内に連絡を入れる」

「はっ、どこでも戦う用意はできておりますっ」

「元気な声だ――そうそう、ひとつ言っておくことがある」

「はっ、なんでしょうか!?」

「新兵の補充だが、しばらくはなしで。これまでのように、勝手に戦場で拾ってきてもらっては困る。わかるな?」

「しかし……」

「補充については心配はいらない。むしろ訓練に気合を入れたまえ。数日中に君達は正規軍の一部隊として昇格するのだからね」

「はい、了解しました」

「それと今日は、ここに君たちの部隊に加わる連中を連れてきた。今後の補充を考えて、という意味でね」

「はぁ」

「安心したまえ。新人達は”君らに負けない”程度には実戦をつんでいる。問題はない」

 

 ロールスロイスのドアが開くと、中から数人の子供たちが姿を現した。

 そのどれも、戦場にいる子供にある独特の空気をまとっていない反面。無言のままの全員の目の輝きは不自然なほどまぶしく輝かせて見せている。

 ジョージは彼等の先頭に立つ少年のところまで進むと、その頭に手を置く。

 

「この子は、私が目をかけた中でも一番の有望株だ。それを君に預ける、司令官」

 

 プラチナというよりも真っ白というのが正しいその髪にジョージが触れているというのに、少年はそれに気がつかない様子でいて、視線は微動だにしないまま無言のせいで若き司令官は不気味に感じる。

 

「ジャック、お前達。戦場にまた戻してやるぞ。どうだ、嬉しいか?」

 

 車から降りてきた子供たちはジョージの声に引付を起こしたような笑い声で返事をする。

 大国から秘密裏に運ばれてくる薬物を投与されたこの部隊は、これよりこの内戦でさらなる多くの血を流すことを好む残酷さを見せ付けることになる。

 

 白い悪魔、ジャック・ザ・リッパー。

 しかし、彼の物語はここにはない。彼が本当の戦士となるには、まだまだ多くの時間が必要となる。

 

 

 一方、ジョージ・シアーズはリベリアに自分の意思を反映させることができる戦闘部隊を手に入れて満足する中、大使館へと数日振りに戻ってきた。

 ここでの彼の仕事は、ない。

 しかし大使はそんな彼をほうっておくことはなく。折を見ては呼び出して自分の共をさせていた。

 

 この日も、まるで待ち構えていたかのように自室に戻るとすぐに連絡で呼び出しがかかる。

 そんな必要はないが、大使はいつものように仕事のない第2秘書が「勝手に外をぶらつく」ことを咎め、注意を促すが。彼がこの国で何をしようとしているのか?ということには触れもしなかった。

 

 そのかわり別の男を部屋に呼び入れた。

 

「ジョージ、君は本国のこの国への評価は聞いているかね?」

「一応は」

「大統領はますますCIAに失望されているようだ。せっかく援助してやったというのに、ここまでひどい内戦となっては。世界が注目しないわけがない。あっちで処刑、こっちでは虐殺。ひどい有様だ」

「そうですね」

「とぼけなくていい。君のところ、CIAにも命令がきているのだろう?今の政権は長くない。いや、長くならないようにしろとね」

「……」

「答えなくていい。しかし君は、私が預かった大切な体だ。本国への帰還命令がでるまでは、軽い気持ちでこれからは外を出歩かれては困るね」

「わかってます。つまらない怪我はしません」

「ならば、私の気遣いにも快く答えてほしい。半年間の契約だが、今日から君に護衛をつける」

「私に?大使では?」

「ジョージ。いや、ソリダス。お互いの立場を思えば――ああ、入ってくれ。よく来てくれた」

 

 

 大使の声にあわせ、部屋に一人の男が姿を見せた。

 ジョージは――いや、ソリダス・スネークは大使の前に立ち。背後に現れた男の姿を振り返って確認して、その奇妙さに眉をひそめる。

 

「彼が今話した護衛だよ、ジョージ。変わっているが、優秀な男だ」

「そのようですな」

 

 そういいながらも、その変わった部分が気に入ったのか。

 進んでくる相手の前に迎え立つと、あの政治家のように輝く笑顔を貼り付けて挨拶をする。

 

「ジョージ・シアーズという。大使の心遣いで君に私の護衛を頼みたい――ええと、君の名は?」

 

 相手はジョージの笑顔をなにごともないように受け流すと、差し出された手のほうを握り返す。

 

「ただ、オセロットと。私を呼ぶものはみなそう言います」

「ほう――オセロットか。山猫と呼ばれる男とは”初めて”だ」

 

 リベリアの暑い夏はここからまだ少し先の話となる。

 

 

 

==========

 

 

 インテリジェンスの世界での連敗記録の更新は、国際問題として長く米国の威信に傷をつけ、毒となって次第に苦しみを大きくしていくことになる。

 なぜならば、かの事件のごとく。政府はCIAの能力を疑問視すると、勝手に政府の中核で独自に職分を侵して国際インテリジェンスの中に土足で歩き回り始めたのだ。

 彼らのCIAへの不信を理由とした横暴はイランを例に、さまざまなアメリカ人を解放するためと口にしながら武器を配っていたが。そこに次第に危険な生物兵器の数々もまざっていたのである。

 

 1989年、マルタ会談によって東西冷戦は終結が正式に確認された。

 新たな時代の訪れ、そう口にした諸国のリーダー達だが思いに差があったのは間違いない。

 アメリカ、ソ連のねじれに巻き込まれていたヨーロッパはそこから開放されると軽い足取りで会談後に自国へ朗報を手に戻っていったが。レーガン政権から変わったばかりのブッシュ政権は苦悶の表情を浮かべていた。

 

 前政権から続く、CIAへの不信の目がまたも彼等によってむけられた。

 組織の改革は数年にわたってあの頭ガチガチのCIA長官の下で行われているはずなのに、結果がまったく出ていないと彼等は感じていた。まぁ、それも無理のない話である。

 

 すでに指摘しておいたが、組織にあわない人物を長官にすえ。しかも彼の最大の仕事が組織改革であって、それまでの悪い慣習を取り払って再びインテリジェンスの世界に力と勝利を取り戻すなどとは考えていないのだ。

 この頃の長官には部下たちも多少は気の毒に思うくらいの状況ではあったようだ。

 

 組織をいくら手をくわえても、現場からは思ったほどよい結果は出ない(まぁ、当然なのだが)。ホワイトハウスはそんなCIAに苦い顔を見せ、ついに長官は仕事で高額を要求するベテランたちと組織の縮小で持って予算を減らすことで結果としようとする。

 

 

 全てはそんな中で起こった始まりであった。

 

 

 マルタ会談を迎える直前、ホワイトハウスは出発を目前に控えた大統領を前に大騒ぎになっていた。

 CIAがまだもや失態を演じてしまったのだ。

 イラクがクウェートへの侵攻を察知することができなかったのだ。それどころか、その危険性を政府が気にして直前に問い合わせた際も「その可能性はない」とはっきり文書にして返して太鼓判まで与えていた。

 実際は、モサドを初めとした別の情報部に電話で確認しただけでそう結論づけると自分たちで調べることなく報告書を仕上げてしまったのである。

 

 

 だが、私は元職員として弁護したい。

 すでにこの時期、もはやCIAに中東の情報網は存在していなかった。つまり政府の疑問は、どの道これ以上の答えは得られなかったのだ。

 

 

 それについて語ると、私の胸につらい記憶をよみがえらせなくてはならない。

 私が世界インテリジェンスの世界へと飛び出していく前、多くのインテリジェンスの世界を生き抜いたマスター達の教えをうけるチャンスを私はもらった。

 私は彼らに気に入られ、大いにかわいがられたけれど。彼らのよからぬ手が、うっかり私のお尻にのびようとしても許したことはなかったとだけは一応言っておく。

 

 そのマスターたちの中で特に印象に残っている人がひとりいる。現実の厳しさと、あの世界の恐ろしさを身をもって学び、私に覚悟を決めさせてくれた。

 彼はいわゆる”昔ながらの”スパイ技術を高いレベルにある人であった。人心掌握にたけていて、様々な職種の知識を生かせる人であった。

 

 ビリー・"パーフェクト”・マーカム。

 

 彼とは5ヶ月の間に学び、それを終えるとガタガタになっていた中東のスパイ・ネットワークを立て直す役目を申し付けられたことで、私のマスターとなる時間は終わりを告げた。彼はそのことを残念がり「お前が俺の最後の弟子になるのだろう」と言って、教える時間が少ないことをよく嘆いてくれた。

 

 上層部は、彼が期待通りにネットワークの再構成に成功した暁には昇進させ、現場から離すつもりなのだと彼は読んでいた。だが現実はまったく違う結果を彼に突きつける。

 

 

 1989年、複数の仮面を使い妖婦のごとく世界各地を飛び回り始めた私の元にもその情報は届いた。

 ビリーが中東で移動中、なぜかそれを知った地元の武装組織の襲撃を受けて拘束されたのだという。誘拐されて一ヵ月後に送られてきたビデオテープにうつる彼の姿は今も覚えている。

 

 粗悪なカメラで撮っているにもかかわらず。はっきりとわかる奴等が彼に行った暴行のあとの数々。どこかの政府から手に入れたのであろう、腕には複数の注射針のあとがあった。

 あの愉快な彼は、無表情にカメラにむかって淡々とやつらの要求を口にしていた。

 

 まずいことになった。

 それは誰しもが考えたことだ。テロリストと呼ばれる奴等からの要求が遅れてCIAに届けられた。ビリーを救出せねばならない。だが肝心のCIAは現地にある情報の川を分断され、情報を制御する力を失ってしまっていた。

 

 その10日後、さらなる暴行。そして効能だけしか知らないで、無分別に使われたであろう薬品の影響で知的退行をみせる彼の無残な姿をやつらは最後の警告として送りつけてきた。奴等の米国への怒りが、手首を、首を、脚を、体ごとひねり上げないと”普通には座っていられない”状態に彼をしてしまったのである。わが国が誇っていいスパイマスターの1人が無残にも破壊されつくした瞬間でもあった。

 

 当時のマスターの一人は言った。「あの間抜けども、捕虜の”もてなし”かたもわからないであいつを壊しやがった」と。

 

 彼はその後、死体となって路上に放り出されるという形で返却される。

 

 大統領選挙に沸く国内の事情とやらへの配慮から、彼の死の真相は闇に葬られた。(中略)

 

 

 マルタ会議から帰国した大統領を迎え、最高会議は意気消沈していた。

 目の前にあった強敵の姿を失い、新時代を前にいまだ立て直せぬCIAの体たらくもあってどうすればいいのか。彼らにはわからなくなっていたのだろう。

 そして決断が下され、秘密の指令が各所に発せられる。

 

 これはまだ明らかにされていないが、噂話として聞いてほしい。

 年を空けずして、CIAにひとつの指令が下ったのだという。クウェートを陥落させたイラクは、そこでクウェートが米国との外交の中でイラクの政権転覆について協議していたことを掴まれてしまった。

 こうなったのはCIAの怠慢であり、CIAの責任である。

 挽回の機会として”早急”に、イラクとの宣戦を開くための方法を開始せよ。

 

 

 

 それから約10ヵ月後。

 全米のネットワークで、一斉に報じられたあるニュースが騒ぎの始まりを告げた。

 

 悪名高い、ナイラ証言。

 

 15歳の少女による、イラク兵の蛮行を涙を流して懇々と語る姿に感化され。米国は戦闘体制へと移行していく。

 この事件は後に嘘であったことはわかっているが、どれだけの規模でそれが用意され。実行されたのかは今もってわかっていない。

 なのでこれはクウェート政府のキャンペーンに米国がまんまと乗せられた、ということにされてはいるが。私は違うと確信している。

 

 あれはCIAとFBIも参加した大規模な情報操作によって作られ、操作されたものであったはずだ。

 そうして湾岸戦争へとついに突入する。

 

 CIAはそうまでしてなりふり構わず忠誠心をみせようと奮闘したが、終わってみればまたもや敗北の屈辱の中に放り出されていた。

 

 彼等は弱っていた。

 当時、前線にいた私たちはそのときはわからなかったが。そう思われないようにと上層部はせめて部下たちの前ではと、そう振舞っていただけだったのだ。

 

 そしてまたも新しい敗北が忍び寄ってきたことに我々CIAは気がつかないのである。

 

 1992年、冬。

 まったくいいところがないまま退いた前長官にかわって新しい頭でっかちがその席に座ると、「これは吉報です」といってホワイトハウスにその知らせを届けてしまう。

 

 そこには短い文が書かれていた。

 英雄ビッグボス、かつて守った米国への帰還を希望している、と……。

 

 

==========

 

 

 ホーリーはそこでようやく手を止めると、机から離れていく。

 子供たちはすでに就寝し、夫もベットで一人で眠っている。自分もそろそろそこに加わらないといけない。夫の背中にすがるようにして横になり、目を閉じる。

 幸福だと感じている。さきほどまでの悩ましさは、すでに思考のどこかに蹴飛ばしていた。明日の朝にでも、また探し出してくればいいものだ。

 

 

 2007年、それでも世界はまだひとつには程遠い。

 そして十数日後、事件が起こる。

 

 ハドソン湾を航行中の石油タンカーを、かつての英雄ソリッド・スネークが。これを襲撃して沈没させたのである。

 ホーリーが執筆していた本は、このせいで発売が難しくなってしまった。




えー、わかっていると思いますが。このお話はフィクションで~。
取り上げている「ナイラ証言」のそれも、ただのお話であります。そこ、重要なので。「政府が自国民をだます巨大キャンペーンだった」とかね、妄想ですから……。うん、うん。

次回は明後日。
それではまた。


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苦痛

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「親愛なるダイヤモンド・ドッグズの諸君。

 スカルフェイスは死んだ。だが、俺達は仲間の仇をとれたか?」

「いや!奴は死んだが、奴が俺達に植え付けた幻肢痛は消えない。サイファーもまだ残っている。彼等が俺達を内部から蝕むスパイ。寄生虫を植え付けていることは明らかだ。

 いいか、”仲間を疑え”

 そして疑わしきは告発しろ。それこそが我々を守る唯一の方法だ――俺は、もう目が見えない。

 だからこそ、君達が俺の目になれ。スパイを許すな。もっとも危険な敵は俺達の内部にいる!!」

(スカルフェイス殺害後、カズヒラ・ミラー副司令官による朝礼の場で)

 

 

==========

 

 

 アフガンを襲った砂嵐は未だに収まる気配はなかった。

 だが、その中で女を背後から抱きとめる形で倒れていた死人の片方に動きが現れた。

 

 轟々と吠え続ける周りの荒れた天気に――クワイエットはようやく正気を取り戻す。

 

 体を起こそうとして、そこでようやく自分が背後から誰かに抱きしめられていることに気がつく。

 重ねたクワイエットの両手の上から、彼の手が覆いかぶさっている。尻の下に男の大きな体を感じる。普通の正しい女であるならば、なぜこんな形になってしまったのだと顔でも赤らめていろいろと想像も、わずかに欲情も感じることができるのだろうけれども、このクワイエットにそれはない。

 変わりに深い絶望を感じていた。

 

 太陽もない、水もないこんな場所で本来ならば自分が目覚めることができるはずもない。

 それが出来たという事は、状況を逆にすれば自分に何がおこったのか、何をしてしまったのかはすぐにわかってしまう。

 

 クワイエットの体は外から見てもわからないが、戦場で傷ついた体を癒そうとして強烈に水分と太陽を欲していたはずである。

 そしてそのどちらか、かなえられたから目が覚めた。スネークだ。

 

 クワイエットを助けようとしたスネークの体から流れ落ちる血と、2人のそばで死んでいる蛇の体の中から流れ出た血。それらを彼女は卑しく吸い上げてこうしてここにいることができた。 

 己への不快感に耐え切れず、スネークの手を乱暴に振り払おうとしてそこでようやくクワイエットはスネークの異変に気がついた。

 傷だらけの顔は真っ青になり、うーうーうなり声を小さく上げている。慌ててその体を調べると、蛇にかまれたと思わしき傷を見つけることができた。

 

(毒……でも、こんな中でどうしたら?)

 

 助けになるものはないか、思わず周囲を見回すが。激しい砂嵐、それだけだ。

 そういえばDDはどこにいった?姿が見えない。

 時計を確認するともう夜中を過ぎているはずなのに、空は闇ではなく。砂に覆い尽くされて何がなにやらわからない。

 

『……こちらは――ボス、どこですか!?』

 

 スネークの尻に下から、情報端末機がこの時、かすかにだが反応を示した。

 慌ててクワイエットはそれを手に取るが、たまたま何かの理由で動くだけでなおったわけではなさそうだ。

 

『これ以上……もたない。ボス!!』

 

 こちらの無事を知らさなくては駄目だ。クワイエットは再び周囲を見回した。

 DDの姿はやはりない。自分たちの助けになるものも、ない。

 

『ボス!どこですか!?』

 

 額に皺がよる。集中しないといけない、乾いている今の彼女だって声を出す作業は簡単ではないのだ。

 しかし、どう伝えたらいい?

 名案などなく、勢いで口を開き。ナバホの言葉で、とにかくこちらの無事を伝えようとした。反応はあった、何かが聞こえたと向こうは伝えてきたが。思ったとおり「なにをいっているのかわからない」と言ってきた。

 

 クワイエットの顔に苦悶の表情が浮かんだ。 

 

 こうなったらもう英語を話すしかない。

 だが、この喉には声帯虫がとりついている。そして英語を話せるとわかれば、この先にダイアモンド・ドッグズで自分は今までのとおりの静寂を貫くことができるだろうか?それをあそこにいる皆が、仲間たちが今度も許してくれるだろうか?

 

 無理だ、と思った。

 

 クワイエットは兵士としての栄誉を望んだことはあったが、このような体になってまで生きながらえたいとは思っていなかった。

 しかし”今のこの姿”があるから、この男と共に戦場で戦うことができた。過去の一切と湧き上がる報復心を封じて、今と未来にのみ目を向けて常に行動するようにしてきた。

 

 戦場に立てば自分は怨敵ビッグボスの頼もしい相棒。

 そして自分を憎む彼の部下たちすべては、自分の仲間。言葉の代わりに行動で、信頼と友情の代わりに連携で、そして目的を果たされたそのときは。勝利と栄光をともに喜び、戦場から離れていく。

 

 せめて無様でも化け物女と成り果てた自分が、戦士でいられる為に選んだ道。そんな自分の姿を驚くことに評価した男に、実際に戦場に立つ自分の姿を「見せ付ける」ために選んだ場所。

 静寂を貫くことで、ビッグボスの敵だった過去も、彼の味方となる約束の未来もないもうひとつの曖昧さが許すわずかな時間。

 

 その残り時間が突然、急速に減り続けていることに彼女は気がついた。

 

 同じだった。

 ビッグボスを見殺しにする未来。スカルフェイスがそそのかした声帯虫をダイアモンド・ドッグズの中枢から開放する未来。この唯一の男を失った瞬間に、クワイエットという女の世界はすぐに色あせてしまう。

 そうしないためにも。いや、彼を生かすということだけを考えれば。彼女の悩むことなどほんの些細なことだとわかっている。

 

 クワイエットはもう一度、自分の顔を男の顔を近づけた。

 乾ききった女が突然に可愛げを見せようとしたわけではない。

 毒に苦しみながらも、ビッグボスは自分を見ているような視線を感じたからだったが。残念ながら、彼はうなったまま目を閉じている。

 

 自分が弱弱しい女になれた気がして、悲しみを覚えるが。おかげで何をするのか、迷いはどこかに消え去った。

 行動は言葉、そして戦場へは共に――相棒として――征き、そして帰還する。

 

 

 クワイエットは砂に隠された世界を見上げ、続いて目を閉じたままのスネークを交互に見ながら無線のスイッチを入れ、口を開いた……。

 

 

==========

 

 

 朝日の昇るマザーベース上は大騒ぎになっていた。

 伝説はまたもやあの悪夢の夜を潜り抜けたビッグボスの手で作り出された。

 ダイアモンド・ドッグズの仲間として、そしてビッグボスの部下として共にその喜びを味わいたいとプラットフォームに集まっていた。

 

 正規陸軍の一個師団にも相当する兵力に包囲されたのに、彼は一人。それを耐えしのぎ、こうして包囲網を突破して帰還するのだ。こんなことを可能とする男がいるなんて、奇跡とは常にこの男の手から生み出されているとしか思えない。

 

 広報室から『ピークォド、機影を確認!』の声にさっそく我慢できずに兵士達の歓声が上がる。

 ビッグボスの帰還には時間がかかっていた。ソ連の予期せぬ動きから、彼らの空軍などへの警戒もあり。マザーベースからさらに2機のヘリをエスコートに送り出し。遠回りしつつ、誰も彼らの後を追ってくるものがないことを確認しながらの長い時間と苦労を重ねた上でのものとなった。

 

 あの夜は狼狽し、声もなかったカズもヘリが、そこからスネークが降りてくることを今か今かと待ち構えている。

 

 ついにピークォドは降りてきた。

 そして扉は開き、スネークは姿を見せる。

 だが、彼を待っていた全ての兵士が勝利の歓声を上げることはなかった。生還者の変わり様に驚きと戸惑い、困惑していた。

 

「スネーク?スネーク、なのか?」

「……戻ったぞ、カズ」

「ああ、ああっ!おいっ、皆。ビッグボスの帰還だ!」

 

 確認を自分がしといて、カズはそういって周りに声を出すように水を向けるが。やはり声はあがらなかった。

 

 それは確かにビッグボスだった。

 蛇の毒に苦しみ、それでも死を免れたばかりのまだ顔色の悪い男の目の周りにはクマができていたが。皆が驚いたのはそのせいではない。

 

 角が生えている。

 

 傷だらけのスネークの頭部に突き刺さっていた鉄の破片。

 あれは確かに、先日まではただの破片であったはずだが。今のスネークを見ると悪魔のようにそそり立つ奇怪な角に見える。しかしそれで怖いとは感じない、より触れがたい存在に。恐るべきなにかへと転変して地獄から戻ってきたのではないか、そんな風にも思えてしまう。

 彼は、彼のまま。ビッグボスだというのに。

 

「迎えのヘリに、オセロットはいなかったか?」

「いや」

「あいつ!なにをやっているんだ――あんたを戻すために、ヘリを新たに2機。送り出したんだ。そこにオセロットも乗っていた」

「そうか」

「それで、スネーク。こんな時になんだが、クワイエットのことだ」

「……」

「その、あの女は。クワイエットは、どうなった?死んだのか?」

「知らん」

「――どういうことだ?」

「俺が意識を取り戻したときにはもう、姿は消えていた。あとはパイロットたちに話を聞いてくれ」

「それじゃ、クワイエットはどうなる!?あの女はこのマザーベースの場所を――」

「彼女は消えた、カズ」

 

 スネークの返答に、カズは心が凍りつく感覚を味わった。

 カズの横を通り過ぎ、ゆっくりと歩くスネークの背中に目を向ける。あんたは、あんたは――”また”おれを裏切るつもりなのか?

 心のうちに紫色の憎悪の炎が、抑えることができずに噴出しはじめ。知らないうちに声も厳しいものへと変わっていた。

 

「あの女は危険だ。それはあんたも同意していたはずだ」

「……」

「この場所を知っている以上、やはり生かしておくべきじゃなかったんだ!今回は”たまたま”ソ連軍に捕らえられて捕捉できたが、追いついたときにさっさと始末してしまえば――」

 

 幽鬼の如く、自分に背を見せて離れていこうとしたスネークがその時だけは機敏に回れ右をするとカズのところまで戻ってくる。

 その目にはなんの感情も映し出されてはないが、その様子は明らかに尋常でないのは周囲の人間にもすぐにわかる。それでもカズの口をとまることを知らない。いや、そんなスネークの変化に気がついてすらいないのかもしれない。

 

「――あんたはあの化け物には甘かった。情をかけすぎたんじゃないのか?これではなんのために……」

「もういい、やめろ。カズ」

 

 スネークの手は、杖を握るカズの手に触れただけだったが。それだけでカズは自分の体を振り回されたかのようなめまいを感じる。

 眼前には、鬼が立っていた。

 

「彼女と……クワイエットとDDがいなければ。俺はあの夜から戻ってはこれなかった」

「しかし、スネーク?!」

「そうか!それほどあいつを殺したいのか!?」

 

 ボスと副指令官の間に危険な空気が生まれていることをここにいるすべては見ているが、止められるものはいなかった。

 ボスのお気に入りの部下であったゴートやアダマ。スクワッドの面々がいれば、おずおずと進み出たかもしれない。嫌、それよりもそれ以前に。彼ら2人がこのようにならないよう、オセロットは常に目を光らせていたのではなかったか?

 

 だが続くスネークの言葉はほとんど誰にも聞こえないように小さな声になっていた。

 

「あそこから俺が彼女を殺さずに生きて戻ったことが、そんなに気に入らないのか?」

「……そうは言ってないさ」

「クワイエットを殺したいか?カズ。また探し出せばいい」

「……ああ、そうだな」

「それとは別に諜報班の何人かをクレムリンに増やせ」

「クレムリン?」

「どうやってここを逃げ出したクワイエットをすぐに見つけることができたのか――。そして”捕らえるための方法”をあいつらが知ったのか。俺はその理由をぜひ、知りたい」

「っ!?」

「彼女を探せ、カズ」

 

 カズのそばから顔を離し。

 穏やかなはずの最後の言葉には暗に「見つけられるものならな」といっているようにも聞こえた。まさか、まさかビッグボスは――。

 

 その真意をただそうとミラーが口を開くのとタイミングを合わせたかのように、医療班のスタッフたちがカートを押して慌しくプラットフォームに現れる。同時に遠い空から近づいてくるオセロットが乗っているらしいヘリが確認された。

 感動の瞬間は終わったのだとなんとなく思った者からその場を離れようとしている中、スネークとカズは戻ってきたオセロットの乗るヘリをじっと見つめていた。

 

 なぜ、医療スタッフが慌てている?

 

 ついにヘリの横原にある扉が開くと、プラットフォーム上の一角から悲鳴が上がる。

 その悲鳴で兵士たちの視線が集まる。

 

 真っ赤な血に染まったオセロットが現れた。

 その手にしっかりと抱かれていたのは、砂塵の中に消えていった”DDらしき物体”がぐったりとしている。

 

「はやく、はやくカートへ。手術室に運びます!」

 

 スネークは近づこうとしたが、毒がまだ残ったのか足がふらついて足をもつれさせ。無様に前のめりに倒れると、慌ててヘリから姿を現したワームが飛び出してきて起き上がるのに手を貸した。

 

「オセロット、DDは!?生きているのか?」

「……」

 

 スネークの問いにも答えず、口を閉じたオセロットはカートと共にその場を去っていくが。スネークもワームの方を借りてその後についていく。

 

 カズは「解散だ、仕事に戻れ」と命令を下し。兵士達はようやく散り散りとなってその場から離れていく。

 どれほど厳しい戦場があったとしても、これまでのダイアモンド・ドッグズには勝利に導くビッグボスと、栄光が常にそこにあった。だが、だが今回はどうもそうではないようだ。

 兵士達はそう結論を出すと、いったい何が欠けてしまったのかを考えたが首をひねるだけで答えは出なかった。そして即日、カズは諜報班に新しい命令を下す。

 

 クワイエットと呼ばれた女の行方を探し出せ。

 

 殺せ、としなかったのはスネーク以外に彼女を殺す方法がないという事実を認識していた彼の理性がまだ残っていたからか。それともそうすると彼女を恐れた部下たちが探すのをやめてしまうと考えたからか。

 とにかく、そうして1984年は過去になり。喜びも悲しみも全て混ぜこぜにして1985年が始まった。




続きは明日。


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迫る、夜明けの気配

時はついに1985年へと突入。
つまりここからはMGS5のゲームの終わった後の話。

シアーズ、なんてのに手を伸ばすから。終わるタイミング、逃しちゃうわけだよ(溜息)


 1985年は当初。静寂を思わせる静かな日々が続いていたが、3月10日。

 ソビエト連邦、歴代書記長の中でも特に最高齢、72歳で就任したコンスタンティン・チェルネンコがわずか1年で死去したと報じられた。

 

 彼の最後を看取った医師団は、その死因として患者は長く肺を患っていたことを明かし。老齢から来る体力の低下が、肺気腫の悪化による心肺機能不全を引き起こし。心拍は停止されたのだ、と公表した。

 

 老齢とはいえ、クレムリンの最高権力者が「肺を患う」と聞くと、ダイアモンド・ドッグズの事情を知る者達はまず、あの声帯虫のことを思い浮かべたが。それを直接口にして疑問を発するものは誰もいなかった。

 というより、彼らの興味を引いたのはその後釜として現れた若い最高権力者の方だったというのもあるかもしれない。

 

 ミハイル・ゴルバチョフ。

 

 チェルネンコの前任者の時代から用意されたかのように急激にその地位を高めてきた彼は、就任と同時にクレムリン内をひっくり返すかのような人事改革を推し進めていく。

 時代が、政治に急激な変化をおこそうとしていた。

 

 事実、これよりわずか5年の後の話となるが。

 レーガンに代わり新たな大統領となったブッシュとのマルタ会談で彼は長く続いた「冷戦の終結」をついに実現させる。

 しかし世界を巻き込んだ2つの潮流の片方が、いきなりその潮の流れを変化させた余波は大きなものであり。90年以降はその崩壊した冷戦の遺産によってしばしば驚くべき問題が生じることになるのだが……。

 だが、それはまだ先の話だ。

 

 

 

 ダイアモンド・ドッグズの中でも、さっそくこのソ連最後の最高指導者の動きには敏感にならざるを得なくなっていた。

 

(今度の指導者はアフガニスタンの戦線を縮小するかもしれない)

 

、ダイアモンド・ドッグズをMSFの再来と呼べるほどに成長させたこの戦争であったが。終わらない戦争というものはないのだ。

 当初のソ連の思惑はすでにアフガンゲリラなどの抵抗勢力によって破綻しており、際限のない戦力の逐次投入が余儀なくされ。それを逆転させるはずだったスカルフェイスのサヘラントロプスとヒューイのウォーカーギアも今は封印され、世界にその存在を正式に公表されることもなかった。

 

 カズヒラ・ミラーはそういったもろもろの事情から、久しぶりにスネークとオセロットを呼び出して会議を行うことにした。

 意外な話であったが、この3人だけで集まってのダイアモンド・ドッグズの方針会議はこの年に入ってから始めてのものだった。ビッグボスがまさしく正しい鬼となったあの日以来、3人は3人が集まる場をどこか避けていたのかもしれない。

 

 薄暗い作戦室の中、唯一の光に照らされた中央のテーブルの上には様々な情報が撒き散らされている。

 

「クレムリンに誕生した新しい書記長殿は、若いながらも見事な手腕の持ち主のようだ。権力の移行はつつがなく行われ。しかしその思考は前任者達、老人のものとは明らかに別のものを見ていると感じる。これがどんな結果につながるのかはまだ未知数ではあるが……」

 

 カズがそう切り出すとオセロットはそれに続く。

 

「その不安は傭兵たちも感じているようだ。ダイアモンド・ドッグズの人員の編成に、思った以上に時間がかかっている。新年に入るとぱったりとあの戦場から新人達が現れなくなった。こちら以上に敏感に、戦場の空気が変わったことを察したのかもしれない」

「アフガンは終わり、そういうことか?」

 

 スネークの問いに返事はなかったが。それを2人は否定しなかった。

 老人達と違い、ぐっと若い。それも優秀な政治家の時代となった。変化を起こすには良いタイミングといえる。予兆らしきものが出ている以上、なにもないとは考えないほうがいいだろう。

 

「とはいえ、この大地はすぐにどうこうされるとはならないだろう。違うか、オセロット?」

「ああ、しばらくは現状に変化はないだろうが。しかし、ここでの依頼は目に見えて減っていくはずだ。それで、俺たちの撤退時期がいつになるかも割り出せるだろう」

「そうなると――俺たちの次の活動場所はアフリカになるのか」

 

 スネークの言葉に、さっそくカズはため息をひとつ。それから口を開いた。

 

「そっちは問題が大きくなっている」

「問題?カズ、なんのことだ」

「他のPFからの攻撃、つまりBOFが最近厳しさを増してきている。今ある偽装されたマザーベースの警備能力はそれなりに高くなっているが。襲撃の回数は日増しに増えてきている」

 

 数字とグラフが書かれた報告書が机の山から掘り起こされる。

 そこには昨年12月からわずか3ヶ月で300%を越える増加率をみせる襲撃回数がわかるように記されていた。

 

「先週のことだ。ついに朝に1回。昼に2回の襲撃を受けた。もはやあの場所は公になったも同然の状態だ。訓練代わりに送っている報復部隊も数が足りなくなっている。これもどうする、カズヒラ?」

「単純に、拡大させていくしかないだろう。新たに2ヶ所、予備に1か所。早急にプラントの準備させているところだ、5月までには全部が用意できているはずだが……人員の補充が今は難しいからな。なんとか方法を探していくしかないか。なんでこんなことになった」

 

 苦悶の表情を浮かべるカズに、無表情のオセロットが答える。

 

「アフリカのPFは、白人達の資本をえていたCFAを除くとその本質はビジネスというよりテロリストや犯罪結社のそれに近い。物事には常に思想信条のフィルターをかけてないと現実を捕らえられない連中だ。

 奴等の中では、俺たちはよそからいきなり飛び込んでくると。大きな影響力を持ったCFAに狙いを定めて攻撃を続け、ついにここに居座ってしまったやっかいな奴等だと思っているようだ」

「つまり、今俺たちがやられていることを始めたのは。やつらに言わせれば、俺たちのほうがやったことだと言いたい訳か」

「そうなるな。そしてあいつらは次々に細胞分裂するように増えていく。このやり方も限界が出てくるかもしれない」

 

 スネークはボソッとつぶやく

 

「やはり戦争になったか――覚悟はしていたが」

 

 最近は国連の食糧支援も一段落ついたと報告がされたとあって、貧困と飢饉から食うためにどこから拾ってきたのかわからないような貧相な装備で乗り込んでくるようなのはさすがに減っているが、それにしてもアフリカでのダイアモンド・ドッグズに対する敵愾心は燃え上がったまま、一向に治まる様子がない。

 

「とにかく、あと1ヶ月ほどは動けない。我慢するしかない」

 

 スネークは自分に言い聞かすようにそう口にする。

 表情こそ暗くなっていないが、相棒たちを連れて死地から戻ってからか。スネークの顔は光の当たり具合によってだが、人の目に悪鬼となって映ることが多くなった。それがまた恐怖となり、畏怖となり。伝説が本物なのだと、彼を信奉するものの数を増やしていっている。

 

 会議の空気が悪くなったと思ったのだろう、カズは唐突に明るい声を出してきた。

 

「そういえばひとつ、良い話がある」

「カズ?」

「コードトーカーだ。彼のXOFから回収した資料、あれの整理がもうすぐ終わるのだそうだ。今日、2週間以内に仕事が終わるのにあわせてここから退去したいと。本人から話があった」

「そうか。許可は出すんだろ?」

「ああ……あの老人がここに残る理由はないんだ。サイファーも今更スカルフェイスが固執した彼に封印された虫達に興味を持ったりはしないだろう。もちろん、連絡はいつでも受け取れるように配慮するが――彼の戦争はもう、終わったんだ」

「そうだな、カズ」

 

 以前の陽気さがすっかり表から消えうせたと思われていたカズだったが。コードトーカーとはなぜか気が合ったようで、あの頃のように明るい表情でなにやら話していたところを見たことがある。

 その老人との別れが近い、この男にもなにか思うところがあるのだろう。

 

「とりあえず、すべては5月からということになりそうだな。俺たちを必要とする新しい市場(マーケット)、新しい兵士、新しい目的……」

 

 会議はそれで終わるしかなかったが、スネークは微笑を浮かべていた。

 終わると同時にすぐさま行動に移さんと立ち上がるカズの後姿を見て、ここしばらくマザーベースでささやかれていた様子は気のせいであったのかもしれないと感じたからだ。

 

 年末のあの騒動を終えた時期、カズの態度が一層硬いものになったという噂がまことしやかに囁かれ。それを証明するように、部下たちの前に立つ彼は機械であるかのように無表情に、かつ笑顔を浮かべることもなくたんたんと仕事をしていたようだ。

 

 しかしそんな感想を口にしたスネークに、オセロットは賛同する様子はなかった。

 むしろ、そんな考え方が危険だというように悩ましげな目つきを向けてきて、スネークは驚く。

 

「なにかあるのか、オセロット?」

「どうかな……」

「言えよ。お前の言葉なら信じるさ」

「――はっきりと証拠のようなものはない。探してもいないからな、だが……カズヒラの態度は俺も気になっている」

「そうか。やっぱり、なにかあるのか」

「奴はそれでもこのダイアモンド・ドッグズの重要人物だ。かわりを見つけ出して、などと簡単にはできない。それでも……」

「煮え切らないな?オセロット、どうした?」

「……ボス、実はあんたに今日。話そうとして、会議の直前でカズヒラに相談したところ。奴はそれをやめるべきだと言って反対した。だから、俺はそれについては言うまいと思っていたが――」

「なんだ、悪巧みでもしていたか。それが気が変わった?」

「そんなところだ――最近、マザーベース内でおかしな噂が流れている。知っているか?」

「?」

「本当に知らない?聞いていないのか?」

「ああ。なんだ?俺のことか?」

「――そうだ」

「俺の何の話だ?新しい女でも囲ったか?どこかの裏カジノで思う存分金をつかったとでも言われてるのか?俺はここから出た記憶はないが」

「まじめな話だ。ビッグボス」

「ああ」

「最近のマザーベースに広がる噂。それは――あんたが、ここにいるビッグボスは本物のフリをした偽者なのだ、と」

 

 特に言葉に力をこめたわけではないが、それを口に出すとき。オセロットといえども流石に緊張を覚えたが、言われたほうのスネークは電子葉巻を取り出すと「そうか」とうなずくだけでそれ以上の反応は見せなかった。

 その妙な余裕がオセロットの癇に障り。そして同時に演技をしているのだろうかと疑問を持たせる。

 

「ボス!?真面目に聞いているのか?」

「聞いたよ。驚いているさ」

「それだけか!?」

「ほかに何を言ってほしい?そうだな――怯えを隠したくて、こうして葉巻を咥えている」

「スネーク!?」

「何を怒っているんだ、オセロット。落ち着けよ、どうした?」

 

 自分が思った以上に熱くなっていることを自覚し、オセロットは高ぶる血をまずは沈めにかかる。

 

「あんたはこの状況がどんなに危険か、わかっていないのか?この噂を信じるやつが増えれば、ダイアモンド・ドッグズから人はいなくなるんだぞ!?」

「そうだろうな」

「そしてこの噂が流れた時期!

 スネーク、あんたは――あんたは遂に戦場から政治を、政府を、国ひとつをたった1年余りの時間だけで動かして見せたんだ。それを考えた奴は他にもいるだろうが、実際に実行して見せたのはあんただ!あんただけなんだ、スネーク」

「――まぁ、それは見方にもよるんじゃないかな」

「政治ではない。国のパワーバランスでもない。思想もイデオロギーも関係なく、時代で戦場を選び。介入していく――MSFであんたが口にした未来は、最初の一歩は完成した。巨大なソ連が、あんたの力の前に完全に屈服したんだ。あんたの口にしたアウターへブン、その理想を笑う連中は、少なくとも今の俺たちの業界にはいない」

 

 冷静になろうとしたのに、しかし話し始めるとオセロットはまたゆっくりとシャツのボタンを掛け違うかのように乱れ、荒れようとする。

 

「それも見方による。ほら、落ち着けよ」

「ああ、ああ。わかってるさ、ボス……」

「そしてお前がなんとなく危機感を持っている理由もわかったよ」

「……」

「だが、それでもやっぱり俺がやれることはないさオセロット。『私が本当のビッグボスだ』なんて自分を紹介したら、彼らの不安や、疑問は消え去ってしまうという話でもないだろう」

「そうだな、ボス」

 

(話を、すりかえるつもりか。スネーク)

 

「そうか、そんな噂があるのか。覚えておこう」

「――あんたの部下が、その疑問を直接あんたにぶつけてきたらどう答える?」

 

 スネークはその問いには答えず。肩をすくめると電子葉巻を咥えたまま部屋を出て行ってしまった。

 

 オセロットは遂に疑惑を口にすることはできなかった。

 カズヒラ・ミラーが。あの、『仲間を疑え』と真っ先に宣言したはずの副司令官が。

 奴は今、ビッグボスを裏切らんとしているのではないだろうか?噂の出所は本格的な取調べをしなくてはわからないが(しかし、それをきっとボスは許可は出さないだろうが)目的はわかる。

 

 ダイアモンド・ドッグズとビッグボスの間に亀裂を生み出すこと。

 その亀裂は不信につながり、不信は忠誠を汚していく。そして残るのは苛立ちと憎しみだけ。この噂はそれを実現させようとしてまかれた拙い罠なのだ。

 

 オセロットは一人、暗い会議室に取り残される。

 この孤独の中で、彼は思考することをやめようとしない。それはビッグボスが――敬愛するジョンが眠り続けている間。彼の眠りを妨げることを許さぬ門番(ゲートキーパー)であったときから続けていた癖でもあった。

 

 今までのダイアモンド・ドッグズはビッグボスの力と、カズヒラの頭脳、そしてこのオセロットの差配で切り抜けてきた。

 この脅威に対しても、きっとなにか対処することができるはずである。



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Heart Attack

今回も少し変わった話になりますかね。
もう、この先もこんなのばっかりかもよ?(なぜか疑問形)

この章の残りも、今回を入れて3回。


 5月に再開、それを確認したが。巨大PFが半年近くも活動麻痺をおこしているというのは異常事態だ。

 それでもなんとか乗り越えようと、内部ではゆっくりと物事は順調に動いていく。

 

 

 そのひとつ、ついにダイアモンド・ドッグズは裏で、極秘にだがNGOを開設する段階に至った。

 少年兵を戦場から切り離し、武装を解除させ、日常生活へと復帰させるプロジェクト。

 

 非政府、非営利、非宗教、非政党であり、その運営をPFなどという戦争の犬達がおこなっていることすら秘密とした組織。

 スネークはカズが掲げたこれをついに正式にゴーサインをだした。しかし、ただ彼の条件を丸呑みにしたわけではない。すでにそのやり方は、ホワイト・マンバことイーライによって一度、叩き潰されている。

 

 あれの再現などこの先の未来に許すわけにはいかない。

 この団体に再びあのような危険な少年が来た時。それに対抗できるあたらしいシステムがこの組織には備わってなければならなかった。

 MSFが、ダイアモンド・ドッグズになったように。

 

 それをスネークはビッグボスとしてたった一行、この団体の目的に苛烈なものを加えることで許した。

 カズはそれを手に、再びあの人物との面談を決意する。

 

 

==========

 

 

 数日後。

 環境NGO”緑の声”代表をつとめるユン・ファレルが、ダイアモンド・ドッグズが裏で経営している幽霊会社のひとつから買い取った彼等の海上プラントに視察に来るのにあわせ。カズヒラ・ミラーもまた。そこにヘリから降り立った。

 

 40代後半とは思えぬ若々しい東洋人の顔を持つ小人は、カズの顔を見ても以前と変わらぬ満面の笑みを浮かべてこれを迎えた。

 

「これはこれは、ミラーさん。ここは大変いいところですね、ようやくここに見にこれましたが、これほどしっかりしているとわかって、我々は大変満足しています」

「――それはよかった」

「ええ、本当に」

 

 そう言って2人は向かい合い、横に並ぶ。

 自然、その周囲に集まっていたスタッフたちの姿は散って消えていった。

 

 最後にあったのは半年ほど前、それは決して友好とはいえないものだった。その時の硬さが、しこりとなってまだお互いの間に残っているが。意外にもカズではなくユンの方からさっそく言葉をぶつけていく。

 

「ロイド&レオダニス社との契約は打ち切られたようですね。彼等、怒ったんですって?」

「――別に怒らせる理由はなかった。彼らが勝手に現地の政府に近づいて、彼等が口にする我々の悪評を気に入らないと文句を言ってきただけの話だ」

「それで、すぐに?」

「こちらもビジネスだからな、当然だ。彼等の力は惜しいが、かといってこちらが配慮する必要もない。お互いが利益について別の意見が生まれたから解消した。そういうことだ」

「あなたは優秀だ。本当に優秀な――ビジネスマンですね」

 

 ユンの顔が、このとき悲しげな目へと変わる。

 

「私に話があるのでしょう?ミラーさん」

「そうだ、ユンさん。あんたの力を借りたい」

「なんでしょう?」

「わかっているんじゃないか?今度は誰かから聞いてないのか?」

「私はあなたの口から聞きたいのです、ミラーさん」

 

 ユンにそういわれると、カズは大きく息を吸った。

 そうしてから、勢いをつけて言葉を吐き出す。

 

「俺達が、ダイアモンド・ドッグズが戦場で保護する少年兵達。彼等を戦場から離す、そのためのNGOを作りたい」

「……」

「だが、俺達は傭兵だ。どんな戦場でも戦う術も人も十分持っているが。戦場から回収した少年達をまっとうな大人にする方法はわからない」

「そうでしょうね」

「噂で、もう聞いているのだろう?ダイアモンド・ドッグズは――嫌、あんたの忠告を無視したこの俺はそれを認めなかったばかりに。すでに大きな失敗をしでかしてしまった。助けようとした子供達に裏切られ、再び戦場で今度は俺達の手で……殺した」

 

 体内によどんだ不快な熱を吐き出すように告げるカズに、ユンは冷たく言葉を返す。

 

「噂で確かに聞きました。私はあなた達が、”戦場で使おうとして”裏切られた少年兵を追い。他国の島ひとつ丸ごと島民ごと見せしめに処刑したと」

「それが正しい真実ではないが、その情報については話せない。また聞いたからといって、俺たちの汚名が消えることもない。こんな俺だが、ユンさん。助けてもらえないか?あんたの助けが得られないなら、俺は死なせてしまった少年兵達に申し訳が立たない」

 

 少年兵達に起こった悲劇、イーライという呪われた血を受け継いだ少年の引き起こした悪夢。

 それらがすべて、白日の下にさらされることはない。

 

 ソ連はサヘラントロプスの一切の情報を闇の中へと放棄し、ダイアモンド・ドッグズはその実物を手中にしていながらビッグボスはその物語を明らかにするつもりは微塵もない。そしてダイアモンド・ドッグズは、関係のない国の民ごと少年兵を虐殺した武装組織としてそのことを気にもしていない。

 汚名をそらせるような新たな偽の物語を吹聴もしない。ただ、事実をそれぞれの視点から見たままがこれからの真実となって伝えられていく。

 

 こんな未来になるとは、カズは自分の願いをなんとしても実行しようと決断したときには思ってもみなかった。

 

「ユンさん、俺は同じ失敗をするわけにはいかないんだ」

 

 続く言葉には切実な思いがあった。

 子供が、子供のもつ無邪気な残虐心で敗北者のように他人の命を弄ぶようにして武器を手に殺しまわる戦場。

 そんなものを認めることはできない。いや、カズヒラの知っている戦場にはなかったものだ。そんな戦場を再び取り戻したかった、偽善と叫ばれようとも。

 

「ミラーさん。あなた、本気で言っているようだ」

「ああ、そうだ。俺には後がない。俺は……」

「私は言いました『少年兵とかかわるな』。だが、あなたは忠告を聞かなかった」

「ならどうしろというんだ!?あれは。奴等は戦場の異物だ!あってはならない存在だ、俺は認めるわけにはいかなかった」

「……ミラーさん、あなたは知らないでしょう。私もね、自然保護なんて口走ってこのような立場になったのは、別に大昔からというわけではないんですよ」

 

 ユンの顔が、その瞬間。

 東洋人の特徴である年齢にそぐわぬ若々しさがいきなり削がれ落ちると、その下にある苦悶の表情が浮かび上がってきた。

 

「少し、私自身の話を聞いてください」

「……」

「私はね、イギリス人の父と中国人の母の間に生まれました。といっても、私は父のことを知りません。母は父を愛していた、とは言っていましたが。同時にどうしようもなく怠け者で、才能を無駄にしていたとも言っていた。

 ええ、わかりますか?私の母、彼女は華僑の人間。女性でありながら、客家のひとりとして大きな商いに携わっていた女性でした」

 

 華僑とはいわゆる中国の外、そこで中国の国籍を持っている漢民族を指す呼び方だ。

 彼らの一番の特徴、それは貧困とは無縁の生活を送っていることにあるといわれている。ビジネスで繋がり、異国の地で金が彼らの強さになっているのだ。

 

「私には兄弟が5人いました。その全員が、父親が違いました。母は、そういう女性でした。

 私がそのことにようやく気がついたのは、笑ってください。ほんの10数年ほど前のことです。ある時期から母は私を猛然と非難し始めました。兄達にもしたようにね。

 

 商売に役に立たない女だといって、いきなり私の妻と子を捨てるように要求し。私に任せてくれていた7つの会社をすべて取り上げて、かわりに買い取ったばかりの小さな会社を押し付けようとしてきた。

 

 私は苦しみましたよ。

 深く敬愛する母の期待を裏切ってしまったのではないか、とね。

 

 しかし、そんな私を私よりも前に母に苦しめられた兄達が救ってくれた。母が逃げたといっていた私の父を、兄達は探して連れてきてくれたのです。父の言葉で、私は過去を捨てて”本当の自分”のすべてを受け入れようと決めました」

 

 ユンの体が一回り縮んだようだ、本当に老人に見える。

 

「中国人民解放軍、総参謀部第二部。この言葉に覚えはありますか?」

「――ああ、知っている。中国の情報局。つまりスパイの親玉がそこにいる」

「私のいた『幇(パン)』は、本国への忠誠の証として有能な母を生贄としてそこに差し出していた。母は奔放な恋する華僑の変わった娘を演じながら、本国の指示にしたがって男達と次々に関係を持った」

「中国の情報部は他の諸外国とは何もかもが違うことで知られている。スパイには必要最低限の任務、最小限の人材、資産で最大の情報や効果を効率よく集めようとする。

 

 そのためにしばしば大胆に、時に繊細にすぎて他の諜報組織は彼らに出し抜かれる。

 最悪なのは、自覚症状がないままそれがされることもあるのだとか」

 

 意外な男の、意外な出生に驚きつつカズは思わず説明口調でしっている知識を口にする。

 ユンはそれを聞くと満足げにうなづきつつも話を進めた。

 

「母は自分の価値をないものにされたと、国や『幇』の老人達。すべてから開放されたときにそう考えてしまった。

 母も、彼女も苦しんだのです。苦しんだ末に……自分の手元に残った富を分配した父達の血を引く私達。自分の血を半分持つ息子達を憎んだのです。

 

 一番上の兄が言いました。思えば母はお金の話をするときは常に兄弟をけしかけていた。本当は僕らの間で争うことを望んでいたのに、我々はそれぞれが自分の得意な分野に別れ、自分たちの家を、家族達を守っていたことがゆるせなくなったのだ、と。

 

 兄達は私よりも母を知っていた。

 

 ですが私は一度は母のために家族を捨てました。私は愚か者でした。そして恥知らずにも父の元へ、妻と子を取り戻すためにイギリスへと向かったのです」

「それで?」

「2人は私を許さなかった。『金を生まない女と、その息子は邪魔なのだろう』と叫ばれた。でも、それは確かに母が言ったことであり。私自身も母に喜んでもらいたくて彼女達に言った言葉だった。私は、私自身の言葉に復讐されました」

「……」

「私は壊れそうになった。救ってくれたのは父です。

 

 この場所に私を導いてくれた。

 

 ミラーさん、私はね。自然環境なんてどうだっていいんですよ。でもね、ここは私にとって都合がいい場所なんです。こういった活動はいろいろな国の事情を知っておく必要がある。人脈が、金が必要になる。

 私にはすべてがあります。かつてスパイだった母の血が、客家の血が。ここでの私には役に立っている」

「自分を、偽っているというのか?」

「いえ、そんなことはしていません。

 妻も息子も、私のこの10年の活動は認めてくれている。あの金の亡者が、立派なことをしていると誇りに思ってくれる。とりもどせなくとも、今の私を彼らがそう思ってくれるだけで私はやっと救われている。

 

 ミラーさん、私は何も変われていません。変われないがゆえに、この顔でも平然となにも思わない自然保護を続けることができた。そしてだからこそ私と違い、『それができない人』というのが一目でわかるようになった」

「それが俺、というわけか。フン、なめられたものだな」

「私は私の話をしただけです。あなたに理解してもらうのも、私の過去のことだけでよいのです。今ではない」

 

 ユンの顔に生気が戻ってくるのと同時に、若々しさまで戻ってくる。もう、弱弱しい老人の姿はない。

 

「ミラーさん、軍事組織であるあなた達が。少年兵の保護を口にすれば、誰でも必ず偽善だと非難しますよ」

「わかってる」

「なにより、今の世界は少年兵に心を痛めている者は本当に少ない。あなた達の考えに同意する人も、その数は少ないですよ?」

「かまわない。彼等の問題を本当にわかってくれる人材が、今は必要なんだ」

「……では、数日以内に何人かと話せるようにセッティングしましょう」

 

 ユンは言葉を切ると、あの哀れむような悲しげな瞳をカズにむけてから口を開く。

 

「私も、あなたも。その”仕事をたくせる人”を必ず見つけましょう。それが、必要なのでしょう?」

「……なんのことかな?ユンさん」

「ああ、ミラーさん。あなたは優秀な人ではあるけれど、人を評価するのに才能は見抜けても。人の価値までは計れないのですね」

「……?」

「あの時もそうでした。自分のミスを疑い、そして助言を与えた私を不快に思った。

 そして間違いを犯す。今回もそうです、あなたはやっぱり私という人間の価値を計れない。だから、私が逆にあなたを計り。あなたの考えを見抜き、あなたが私の友人になれないことを知っている」

「ユンさん。おっしゃっている意味がわからない」

「ミラーさん、あなたは少年兵の力になれる人物を、それも一切を任せられる人物を探している。私はそれを正確にわかっている、そういうことですよ」

「……」

 

 ユンはそれ以上、何も言わなくなった。

 ただカズには人を見つけたら連絡するとだけ口にすると、そこで2人は別れた。それが2人の永遠の別れにもなった。

 

 

 数日を待たずしてユンは組織に参加してくれそうな”個人で細々と活動している”少年兵問題の活動家達のリストを作り上げた。彼等の反応は驚くほど似たものだったが、それは予想していたことでもあった。

 

 少年兵に対処する、そんな組織が立ち上がる。

 定期的にある程度のまとまった人数の少年兵達がそこに送り込まれるし、彼等の肉体的な傷などのケアもちゃんと行われる潤沢な資金も資産も用意されている。

 問題はその組織を実際に運営してくれる実績を持った人物達。オーナーは、そうした人材をできるだけ早くほしがっている。

 

 そう聞くと最初こそ彼らは喜ぶが、オーナーがあの悪名高き武装組織であるダイアモンド・ドッグズであり。ビッグボスと聞くあたりで一応に顔を嫌悪にゆがめていた。

 

 業界では破戒神父で知られるドノヴァン・ピーターソンもそんな人物の一人であった。

 

「殺した餓鬼を”ミートローフ”にして食っちまう奴等が、なに寝ぼけているのか?ユンさん」

「本気だと、彼らは言ってます」

「どうだがね……」

 

 この男は、この世界では狂人とも言われている。

 若いころは、どこにだしても立派なジャンキーとして毎日薬でハイになっていた。若い叔母と関係を持ち、娘が生まれた日も薬をやっていた。極上のクズだった男だ。

 その彼はある日、薬で神と対面したらしい。本人はそれを信じた。

 

 その日から彼はただのジャンキー(中毒者)から、狂った破戒神父と呼ばれる男になった。

 この救いのない世界で、少年兵の社会復帰などというものにも手を出し。こちらはこれまで、思うような実績が出ないと悩んでいた。

 

「変わり者、人にそういわれるあなたならば、と。そう思っていたのですが」

「いくら正気を失っているといわれてもな。傭兵なんて俺の問題を増やす側のボスじゃねーか。悪魔と手を組むつもりはないさ。俺には神がついている」

「彼らは――悪魔ですか」

「おいおい、ユンさん!どういうつもりだ?こんな話、まじめに聞くやつがいるわけがないだろう。あんたのことは知っているが、それにしたってこれはないぜ」

「……私はだまされていると?」

「それとも宗旨替えでもしたのかい?赤ら顔の髭の商売の神様はどうした?今度はどんな紙幣を拝んでいる!?」

 

 この男に断られるわけにはいかなかった。

 リストの名前はすでに半分にバツ印がされている。もっとも可能性の高い相手を狙い撃ちにしても、このありさまだ。

 

「そろそろ視点を変えて、この話を見直してほしいのです」

「視点、かよ。フォースでも使えって言うのか?ん~、嫌だね。俺のマスタージェダイ――」

「まじめな話ですよ」

「へぇへぇ」

「――わかりました。それでは、なぜ私が彼らを信じるか。お話しましょう」

 

 隠したわけではない。

 だが、これ以上。後に引けないとあっては、この男を納得させなくては。

 

「書類の活動目的の欄、読まれましたか?」

「いいや、ユンさん。触れてもいないぜ、読む暇がなくてね。馬鹿やってる餓鬼に正気になれと毎朝から始まって、寝る前までこっちは言い続けなきゃならないんだ」

「そこがあなたのいいところです。他の人は、そこを読んで大抵は激怒してすぐに部屋を出て行ってしまった」

「へぇ……そりゃ、興味が出てきたぜ」

「そう思ってました」

「読み上げてくれ、ユンさん。俺はあんたの口から、それを聞きたい。奴等のケツ拭きようのチラシには触れたくないんでね」

 

 いいでしょう、そういうとユンは活動目的に記された文章を最後まで読み上げる。

 あのビッグボスが活動再開に際して追加した一文も読み上げた。

 効果は覿面だった。するとそれまでヘラヘラと笑っていた相手は真顔になり、手を伸ばして実際の文章を自分で確認したいと言った。

 

「――こいつは、このビッグボスとかいう奴。狂っているのか?」

「……」

「こんな、これは。『なお、更正の芽のない兵士は早期に入れ替え、戦場に再配分して根切りする』だと?」

「衝撃的でしょう?」

「戦場に戻りたい奴は戻してやる。だがその後で自分たちの手で処分すると言っているのか!?」

「そのようですね」

「あんた、本当にこんな奴の世話をするのかい?」

 

 ユンは指を絡ませ、体を前のめりにして真剣な目を向けた。

 

「とても彼等らしい表沙汰にできない。そして今という現実にあった考えとは思いませんか?」

「思わないね。そんな奴はいない」

「では、考え方を変えましょうよ。彼等は、なぜこんな組織を必要として。そこにこのような一文を用意したのでしょうか?」

「なに?知らんよ、女の性病で頭までイカレタからじゃないのか」

「まじめな話ですよ。そしてそこが重要なのです。

 

 彼等は傭兵だ。金で、戦場を渡り歩きます。敵は選べない、つまり少年兵でも本当は殺してもかまわないのです」

「奴らはそうだろううな」

「しかし、彼等も人間なんですよ。武器を持った子供だからと、割り切って殺すのには忍びない」

「ヘッ、甘い話だな」

「そうですか?私が兵士ならこう考えます。そして、できることならこうなってほしいと考える。”救われる子供”がいるなら、戦場から出て行ってほしい、とね」

「……」

「私が彼らが本気だとかんじたのはここですよ。彼等は殺人鬼ではない。戦場で金を稼ぐ救いようのない人間というだけだ」

「だから戦場に戻りたがる子供は、ぶち殺していいと?」

「そこまで面倒見る、ということですよ。ダイアモンド・ドッグズは少年兵を殺します。しかし、救われない魂以外はできれば手にかけたくない」

「……綺麗ごとだ」

「このままならそうなります。実はあなたに断られると、このままではこの話はなかったことになります。立ち消えです」

「そうなるだろうな」

「しかし、だからこそ考えてもらいたい。その先はどうなりますか?

 彼等は島をひとつ丸ごと灰にするような外道の集団です。これからも彼らの凶行は続くかもしれない。そうなれば少年兵はもっと多くが殺されてしまいます」

「それがなくなる、とでも?」

「彼等は少なくとも、自分たちの前に立つ少年兵は捕獲する方針を常にいれるつもりだそうですよ。もちろん、状況によりますがね。それでも考慮されない未来に比べれば、死体になる彼らの何人かは太陽の下に戻っていける」

 

 男はしばらく考え、それから口を開く。

 

「ユンさん。あんた、俺が参加することが免罪符となって、奴らのパフォーマンスにつきあうだけ、とはならないと本当に思うのかい?」

「逆です。彼らのほうこそ、免罪符をほしがっているのです。彼らが向ける銃口の先には、常に”その時の敵”がいるようにとね」

「――おかしなシンボルを使うんだな、組織の名前は?」

「楽園、というのだそうです。このシンボルはスペイン金貨をモチーフにしているとか」

「罪人達が一枚の金貨で手に入れる一枚の免罪状というわけか――シュールな皮肉が利きすぎるな」

 

 数分後、握手をして男は帰っていった。

 ユンの言葉でなんとか同意を得たのは最終的にわずかに12人の男女だけであったが、ユンがカズにそう電話で伝えると短くだが「あんたのしてくれたことに感謝する」とだけ言うと電話は切れた。

 

 

 そうしてユン・ファレル代表をはじめとした欧州の自然環境保護団体は、これを契機にダイアモンド・ドッグズとの繋がりを断ち切ることになる。貸し借りはなくなり、話す言葉もついには異なった。つまりは利益に違う意見が生まれたから別れる。

 

 そうだ、そうしてまた時は流れていく。




続きは明日。


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封印

はい、第99話になります。
99って……99……うーむー。


 再回収されたサヘラントロプスはどうなっているのだろう?

 

 心配はいらない。すべてのプラットフォームから監視可能な位置に作られた小さなそこに今も海風にさらされてその姿を見ることができる。

 だが、それは以前とはまるで違う姿だ。

 かつてのそれは勝利に喜ぶダイアモンド・ドッグズの兵士達を睨み返すように。力強く2本の足でプラットフォームを踏みしめ、見下ろす精悍な姿であったのに。

 

 今はその足は奪われ、二度とたつことはできない。

 それどころか、体の構造が崩れかけている。あの鋼の巨獣は存在するだけがやっと。まるで犯した罪の許しを請うかのように、大地にひれ伏したまま。その目にあった不敵な赤い光も奪われた。

 わずかに数分、だがそれによってスネークはサヘラントロプスを完全に殺したのだ。そして以前よりもさらに屈辱的な、敗北者としての姿をここでさらし続けている。

 

 直立していた時分には、ここに来た新人は捕らえられてもなお立派な勇姿に指を指して驚いていたものだが。今では彼らも、この残骸になりかけている巨人を見ようともしない。

 年が変わり、敵が変わり、人もかわった事で過去になろうとしている。

 

 

 サヘラントロプスの常駐するプラントはそうした小型の、そして小さなものが選ばれた。

 同時にここにはその他の”ダイアモンド・ドッグズ”が封印したい資産が持ち込まれていった。

 

 炎の男の本体、第三の少年についてのデータ、ヒューイが保存していたAIポッド。コードトーカーの声帯虫。

 そういったものだ。

 

 兵士たちの中には好奇心の強いものも確かにいたが、しかしここには自然と誰も近寄ろうとはしなかった。わずかにたった1年、それで得た様々な世界の暗部。ビッグボスのパンドラボックス(箱)。

 渡された制服、装備に必ず埋め込まれているかつての仲間の輝きが、そこに近づくことをためらわせるのだ。

 

 そしていつからだろうか。

 彼らは数年前にハリウッド映画で見たシーンに重ね合わせたのか、そこを”聖櫃”と呼ぶようになった。

 そこを管理するのは副司令官のカズヒラ・ミラーであり、そこにもっとも訪れるのは未だにそれらの証拠を集めているのをやめていないオセロットである。

 

 

 その日のオセロットも、新たに入手した第3の少年の過去のデータをここに収めるために訪れていた。

 もう、すべては終わったことだ。

 それはオセロット本人もわかっている。だが、どうしてもやめることができない。

 そして、深みにはまっているのだろうか。体調は、だいぶ胃腸が弱ってきているのを感じ。自分も弱気になれるのかと、皮肉っては湧き上がる怒りで鼓舞しようとする。その繰り返しだ。

 

 

 小さな倉庫の一つに入り、ファイルケースに乱暴に封筒ごと入手したデータを放り込む。

 自分たちが目にした、あのありえない事象。

 まるで奇跡と表現するしかない圧倒的な力は、そこにはまったく記されてはいない。その原因もすでに集めた資料で予測は立っている。

 

 常に亡霊となって現れたこの少年は、1984年のある日。

 唐突にその力を爆発させた。そしてそれ以降、ビッグボスとダイアモンド・ドッグズの敵対する側に住み着いた。

 

 なぜ、そんなことが?

 

 その問いに答えは必要ない。それは学者の領分であって、自分たちのような軍人の考えることじゃない。

 だがそこにある因果をオセロットはどうしても見てしまう。

 それが、彼を今。苦しめ続けている。

 

 頭を振ると、悩みも振り落としてしまいたいと思いつつ部屋を後にした。

 部下達とは理由は違うが、ここにより多く訪れる機会のせいだろうか。オセロットもこの場所にあまりよい印象を持ってはいない。だからいつも足早に用が済むと立ち去ることにしている。

 

 この時もそのつもりであったはずなのに。

 なぜかオセロットの足はある場所へと彼を導いていく。

 

 

 炎の男、その体。つまり遺体が安置された部屋に入っていく。

 イーライの騒動の後のことだ。アフガンに駐留していたXOFがにわかに活発な動きを示した時期があった。あれはクワイエットが逃走した直前だった。

 

 なにか貴重品を持ち出すのではないか、そんな情報をたどりカズヒラはビッグボスにその資産の回収を依頼した。

 任務は時間内にあっさりと終了した。

 印象的だったのは、やけに嫌そうなスネークの回収報告だったこと。実際にオセロットも、マザーベースまで運ばれて対面したときは本物かと一度は疑ったものだった。

 

 エヴゲニー・ボリソヴィッチ・ヴォルギン――。

 

 相続した「賢者の遺産」、それで巨大な軍事力を手に政権に影響を与えようとした男。

 だがクレムリンをはじめとした多くの組織が彼の手にしたものを狙い。そして最終的にはスネークが、また別の女スパイと組んで彼を倒した。

 

 彼が用意した異形の戦車、シャゴホット。

 だがスネークはそれを相手にして、生身でまとめて屠って見せた。

 

「あいつらにとって、少年がいない今。役に立たなくなったのだろう」

 

 あの時のカズヒラがいうまでもないことだ。

 スネークへの憎悪はどれほど凄まじくとも、死者の側へと向かったものは決してこちら側には自分の力では戻ってこれない。

 そしてその感情も、個人にしか向けられないのであればさらに使い方は少なくなってしまう。

 

 死んで土に返ることを拒んだとてこれが限界なのだ。この体は、奇妙な死人としてこの先も存在し続けるのだろう。

 

「無様だな大佐。迷い出て、なにがしたかったんだ?」

 

 オセロットの冷笑にも切れはない。

 若い彼は、この男に仕えていた。スネークイーター作戦で現れたスネークと敵対し、その経験が彼を縛り続けていた運命の鎖から開放されるきっかけとなった。

 だが、あの作戦では自分は同時に知らないうちに取り返しのつかないものも失った――いや、その話はいいだろう。

 

 

 唐突に意識の隅に、輝くものが生まれた。そんな気がした。

 オセロットはそれが失われないよう、必死に考え込む。なにがある?なにを思いつこうとしていた?

 

 ダイアモンド・ドッグズは今、機能不全を起こしている。

 それは多くの苦難を乗り越えたから、ではあるものの。それで終わりでもない。原因が、他にある。

 何者かによる、ビッグボスへの疑惑の噂。それは確かに本人が必死に言い訳をしても解けるような誤解ではない。だが、このような毒がどこから入り込んだのか。

 その解決法がオセロットには重要なのだ。

 

―ー原因だと?

 

 自分はどうやら本当に調子を落としていたようだ。

 今更、そんなことをいってどうするというのか?原因、とうにそんなものはわかっていることではないか。

 そしてオセロットは思い出す。

 イーライが子供たちをつれ、このマザーベースから”飛び去って”いってから数日後に起きた、あの一件のことを。 

 

 

==========

 

 

 オセロットの部屋の扉をけり開ける勢いで真っ青な顔のカズが訪れたのは、深夜のことだった。

 彼はショックを受けつつ、そして同時に激怒していたのだ。

 だが自分自身を見失わなかったせいで、ビッグボスではなく。オセロットの元に現れたのがこの男の悲しさをよくあらわしていた。

 

 そうなのだ。

 あの日、キプロスからビッグボスを連れ帰る。その任務を受けたのはオセロットであった。だとするなら、オセロットがこの衝撃の事実をまったく知らなかった、ではすまされない。

 

「これはイーライとボスの遺伝子検査の結果だっ」

「そうか」

 

 だが、オセロットの態度は平静のままだった。

 

「そうか?ふざけるなよ、オセロット。これはどういうことだ?」

「意味がわからないなカズヒラ、何が言いたい?」

「確かに2人には血縁関係にはなかった。イーライはボスの息子ではない。

 だが、こここにあるボスのデータが本人のものとは違う。俺はMSF時代、傷ついて戻ってきた彼のカルテにも目を通していた。これは一見、ボスと同じ血液型だが。俺が知っているビッグボスと”厳密には違う”血液型だ。

 つまり、あの男は。俺たちのボスは、ビッグボスじゃない。赤の他人だ!」

「――ほう」

「とぼける気か!?オセロット」

「いや、そうじゃない。お前がそこまで断言するということは、9年前。当時のビッグボスのDNAを、あの時のお前は調べていたということになる。

 お前は知っていたんだな。あのゼロの『恐るべき子供達』計画を」

「っ!?」

「そうでなければ、お前がその結果を見てそこまで気がつくはずはない。冷静だが、やはり熱い男なんだな。お前」

「ふざけているのか?ボスが偽者だと!?どういうことか、説明しろ!」

「……いいだろう、カズヒラ。だが条件がある」

「条件?そんなもの、俺が聞くと……」

「いや、聞いてもらうぞ。簡単だ、選ぶだけ。イーライかビッグボスか」

「――イーライか、ビッグボスか」

「そうだ。お前のことは俺自身も調べた。だが、お前がすべてを知る必要があるとは思っていない。それでも知りたいのならば自分で調べろ。それは別に、俺も好きにさせていたことでわかるはずだ」

「――お前が食事をした。国外で会った例の男の正体もか?」

 

 それはスカルフェイス討伐後。

 わずかのあいだ諸外国を飛び回ったオセロットは1人の男と食事を共にしていたことがある。カズはそれを差しているのだとわかったが、オセロットはわざとそれには答えない。

 

「どちらを選ぶ?イーライか、ボスか」

「……」

「どっちでもいいぞ。お前が聞きたいほうを、俺が知っていることすべてを話す」

 

 オセロットの本心からの言葉だった。

 元々、それほど必死に隠そうとしたわけではないし、探ろうと思えば方法はいくつもあったことだ。

 カズの悩む時間は長くはなかった。

 

「――ならば教えてくれ。ビッグボスの意思とは、何なんだ!?」

 

 怨敵を部隊ごと殲滅した喜びはどこかに消えようとしていた。

 自分と一緒にいる男がビッグボスではない。それは同時に、自分の復讐が完璧なものではなかったかもしれないと不安を覚えさせるのだ

 

「いいだろう、本当のビッグボスは俺達と行動を別ち、新たな国家を築こうとしている」

「……国家?」

「真のアウターヘブン――国家なき武装組織ではない、独立武装国家を作る」

「――まさか」

「国同士の覇権争いや利害。報復の歴史の外側にたつ世界のバランスを保つための軍隊を擁する国。今もビッグボスは失った9年という時を取り戻すように、この実現に世界のどこかで人知れずに動いている。

 そして俺達は、それが形となるまでもう一人のビッグボスを助ける。彼とゼロが創造した伝説の傭兵を引き継いだ、もう一人のスネークを」

「もう一人……亡霊ということか」

 

 カズの声から急速に生気が失われていくのがわかる。伝えられた真実に、ビッグボスの計画に自分が入っていないということへの虚ろさを骨に響くほどの寒さのようにこたえる。

 

「これこそがビッグボスの意志だ」

 

 そうだ、オセロットは嘘を言っていない。

 そもそも代役と用意された、亡霊でさえもそうだった。ビッグボスは常に未来のために戦う。自分のように、過去の報復心に縋りついた男と志がそもそもまったく違っていた。

 カズのようにいざスカルフェイスに銃を突きつけても、思えば彼は自分の意志だけではなにもしなかった。

 

 それは亡霊だから、じゃない。

 例えあれが本人だったとしても、あの時点で世界の歴史から抹消される運命の中にいたスカルフェイス本人への報復の必要性など考えなかっただろう。

 だが、カズヒラは違う。

 吹き上がる憎悪のままに、失った手と足を奪いとり。慈悲をかけずにそのままに残した。

 ありのままに、無様にそうして死んでしまえ、と。スカルフェイスがいつも狂喜しながらするように、自分もそれを望んだ。

 

 ビッグボスはだからカズにも、ダイヤモンド・ドッグズにも来なかったのだ。

 最初からここに彼の未来はないから……。

 

「わかった……9年前、俺はまだなにも喪ってはいなかったんだ。俺は、今度こそ本当に全てを喪った」

 

 思い起こせばピースウォーカー事件直後。

 ゼロ少佐に当時の高揚感を丸出しにして『あの男(BIGBOSS)は使える』などと口にした自分の間抜けさ、傲慢さの報いをひしひしと感じる。

 手を、足を失った以上に。心の中に空いた穴が、そこを抜けていく風の冷たさをより強く感じさせ、虚ろにさせていく。

 

「ボスも、ボスとともに築く明日も」

 

 オセロットは血を吐かんばかりにショックを受けるカズを冷たく見つめる。

 その姿は、かつて眠り続ける男の傍らで必死に希望を失うまいと必死に絶望につぶされまいとしていた自分を思わせる。そしてこの男は同情した。

 

「やがてBIGBOSSの息子達の時代が来る。彼等はボスを敵とするだろう」

 

 イーライのことだ。カズにもこれはわかった。

 

「その時代を変える、俺達にも役割がある。真実と亡霊、2人のBIGBOSSによる革命の土台を築く」

 

 ここにきて、オセロットは初めてカズに真摯に向き合おうとしていた。

 同時に、それは共に今から未来を見つめようという”共犯”への誘いも含まれている。嘘を生業とする男は一度だけ、真実の重いからその手を差し出していた。

 だが――。

 

 カズは「いや」と前置きをして語りだす。

 相貌にはすでに暗い光が宿り、歪みきった報復心に新たな火をくべようと虚ろな炎を上げるたいまつを握りしめていた。

 

「俺はビッグボスを討つ。その影(ファントム)も、息子達も、俺が大きくする。そのためだけに俺はこの役割を続けさせてもらう」

「そうか」

 

 選択を行った相手を前に、オセロットは静かに仮面をかぶりなおす。差し出した手は、にべもなく振り払われた。

 約束が守られれば、未来に互いは敵となって再会することになるはずである。

 

「いずれボスは1人になる。彼の息子達もいずれは対立する宿命になる。

 カズヒラ、いつかお前がサイファーにつく日が来たら。俺はもう一人の息子につく。その時はお前とも、敵同士になる。どちらかが、どちらかを殺す」

 

 それはオセロットによる宣言のふりをした、宣告であった。

 ザ・ボスからビッグボスへと継がれ、ビッグボスからオセロットへと継がれた真の戦士なら逃れられないシュクアを含んでいたが、もはやカズがそれを感じとるセンスは残っていなかった。

 

「それはいい」

 

 文字通り、宣言を素直に受け取る無様をさらす。

 カズにとっても、ビッグボスへの想いが変わればそのつながりとなるオセロットへ、これまで隠していた苛立ちが憎悪となって噴き出し始める。

 

「俺は次の時代に備える。あんたとはそれまでの”共生”だ」

 

 荒々しく部屋を立ち去る男の背中にオセロットも何も言わなかった。

 だから、その後でもこの男が愚かな事を始めても。あえて何も言わず、カズがのぞむように。”あるがまま”に好きにやらせた。

 

(それが、それがこの今の有様というわけか!?)

 

――自分に対しての、怠慢だった己の態度に向ける怒りが彼を現代へと引き戻した。

 

 恐ろしげなその目は、未だに自分に対して腹を立ててはいたが。すでに頭の中では新たな解決策を練り始めていた。




あー、明日。明日ね。


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超人

HAHAHAHA!

目出度いんだか、目出度くないんだかわからんが!
今回で第100回だっ。
ついに100、どうして100、なんでこうなったんだ100!?

まだまだこの調子で50話位、書けるのかもしらん(白眼)


 コードトーカーとの別れの日がついにやってきた。

 からりと晴れた青空は、旅立ちにふさわしいが。困ったことにダイアモンド・ドッグズのプラットフォームにはオセロットとコードトーカーだけしかいない。

 予定の時間は、数分前に過去となっていた。

 

「すまない、ご老人。ボスも、カズヒラも。少し遅れている」

「うむ、最近は顔をあわせれば開店休業だとぼやいていたが。忙しそうだ」

「準備がある。ボスは新しいマザーベースを、カズヒラは例のNGOの運営をスタートさせたんだ」

「そうか――」

 

 マザーベースを離れるコードトーカーの荷物は驚くほどに少ない。

 申し訳程度の衣類、それ以外はすでにカズの手配によって米国の彼の故郷にまとめて送り出されている。そして一般の兵士たちはここには姿を現さない。

 これはコードトーカー自身が望んだことで、彼が最初に訪れた隔離病棟のヘリポートからの出発となったからだ。「老人に別れに涙もろくさせないでほしい」のだそうだ。

 

 しかし困った話であった。

 肝心の別れの場への出席を譲ることなく希望した2人が、ここにいないのだ。

 オセロットとコードトーカーの間の空気も微妙なものへと変わろうとしている。

 

「ふむ――私は見方を誤っていたようだ」

 

 唐突にコードトーカーは話を切り出してきた。

 間が持たないと思ったのか、それとも。彼のあの力が、なにかをオセロットに教えるべきだと囁いたのか。

 

「お前たちのこと。つまりダイアモンド・ドッグズという組織は、”超個体”だとずっと思っていた」

「なんだって?」

「”超個体”だ。アリ、蜂、そういった社会性昆虫の群れを指す言葉だ。

 多数の固体によって成り立ちながら、個を中心にしてすべてで個体のように振舞うことだ。私が見た、お前達の結束力はそれを想像させるほど強固なものだった」

「そうか?気がつかなかったが」

「例えばだ。お前達の出自は実に多彩だろう?人種、言葉、能力、過去。

 それぞれが補い合い、影響しあい、ダイアモンド・ドッグズという集団の個性を決めている」

 

 オセロットは笑みを浮かべる。

 

「当然だ、いわれるままに動くだけのやつなど。うちでは使いものにならん」

「そうか……むしろ、お前達のような組織をこそ。真の”超個体”として捉えるべきなのかもしれん」

「というと?」

「生物というものは多くの別の種と共存して、ようやく環境に適応している。細菌、寄生虫。そうしたものと人の臓器や免疫はそれらに合わせて存在している。

 逆に言えば、これらを失えば自らを守るはずの免疫が毒となり、自分が逆にそれらから攻撃を受けてしまう。結果、傷つけられるだけではない、命さえ危うくなる」

「興味深い話だが、それはダイアモンド・ドッグズと関係あるか?」

「同質の個体の集団ではない、多様性を持つ個々が互いを補い合うことで調和の取れた”超個体”が成り立つということだ。お前達を見ていて――そう、思った」

 

 オセロットのまぶたの裏に、あの日のスネークの背中を思い出す。

 『俺はお前達の苗床だ』、苦悩にゆれながらもついにあるべき自分の存在をはっきりと認識しようとして、彼はそれを自然に口にしたのかもしれない。

 

「そしてそれに倣うなら、人もまた”超個体”であるはずだ、と。

 人間の表現系は個人に与えられた遺伝子だけでは決まらない。集団となったとき、遺伝子の欠けた部分を他者が埋めようとしてくれる。人間と共生する生物が、いわばメタ的に人間というひとつの”超個体”となって完成する」

「ご老人、さすがに飛躍しすぎてはいないか?」

「そうか?では違う視点からさらに視野を広げてみようじゃないか。

 この世界を人と考えると、お前達ダイアモンド・ドッグズはそこに棲む寄生虫だ。大国では処理しきれない、そんな汚れ仕事を糧に生きている。だが逆にそうしなければ、お前達は生きられない。

 

 列強からは目障りな存在として認識されるが、お前達がいなければ世界に膿はたまり続け、やがては自家中毒に陥るだろう。今の世界に、お前達は必要だ」

「ありがたい話だな」

 

 こちらに近づいてくるヘリの姿が見え始めた。

 ボスとカズヒラが到着する。この会話も、そろそろ終わらせる頃合だろう。結論が必要だった。

 

「人は超個体となり、さらに集団となってさらに別の超個体へと群れを作っていく。

 自身が口にする『私』とは『我々』なのだ。

 自らに棲む存在と対話し、共に高めあうことで調和の取れた発展が望める。本来、私の研究とはそのためにあったのだ。お前達と共にすごした日々で、それが改めてわかった、ありがとう」

 

 オセロットは珍しく、笑い声を上げた。

 皮肉も、冷笑も、そこにはなかった。

 

「それは光栄だ。こんな場所は、世界中探しても他にはない。あまねく世界がこうであれば、種が争うこともなくなるだろう――。

 それが、ザ・ボスの遺志だったのかもしれないな」

 

 最後の言葉は、つぶやくようにされ。そして誰も聞いてはいなかった。

 遅れてきた2人の姿が現れ、コードトーカーとの最後の会話が交わされる。別れの儀式が時間には遅れたが、慌しい形で始まろうとしていた。

 

 

 この老人が、再び世の騒乱に巻き込まれる可能性はないだろう。

 サイファーが、そしてダイアモンド・ドッグズが。XOFが抑えていた彼の資産のことごとくを押さえ、抹消したことで。老人の封印は再びかたく施された。

 

 そして彼らは生きる場所がそもそも違う。

 別れを終えれば、その先の未来に続く道に重なることはないだろう。いや、ないほうがいいのだ。

 

 

 そしてオセロットも、ここでついに天啓ともいうべき答えに至る手がかりを手に入れた。

 旅立つ老人が、残る戦士達に最後に与えた知識の泉から溢れ出たひとしずくを手にしたおかげで。今のオセロットの目には力が戻ってこようとしている。

 

 とにかく、こうしてまたひとつの別れがあり。

 マザーベースから人が消えていった。

 

 

==========

 

 

 海上にいると、四季の移り変わりにはどうしても鈍くなる。

 春が「また来年」と旅立ちの準備を終え、遠くに夏の足音が迫る頃。

 夜のマザーベース、そのプラットフォームの屋上のひとつに。巡回警備ではない2人の姿があった。

 

 一人はオセロット。

 そしてもう一人はビッグボス、スネークである。

 

 いつものオセロットと違い、その後姿を見ればわかる。緊張しているのだ。

 歩きを止め、無言の数分を過ごすとスネークはたまらず口を開いた。

 

「話がある、といっただろう。なんだ、オセロット?」

「――ボス」

 

 それは聞いたことのないような、腹の底からとりだしてきたばかりの憎悪をにじませるこれまでにない彼の声だった。

 

「ビッグボス、あんたは俺に聞きたいことがあるんじゃないのか?」

 

 神が触れることすら許さなかった禁断の実、それをこの夜。

 山猫と蛇が、戯れるようにして枝から落ちるのを見守ろうとしていた。

 

 

==========

 

 

「……」

「今なら、俺はあんたにすべてを話す。あんたの疑問、聞きたかったこと、隠さずに教えてやる」

「……そうか」

「どうだ、ボス?」

「ない」

 

 相手の返事にオセロットは大きく息を吸い。そしてもう一度いってくれ、と問い返した。

 

「ない。俺には、お前に教えてもらうことも。お前に聞くことも、なにもない」

「――ない、か」

 

 オセロットは頭に手をやると、うつむき加減に低い声で笑い出した。

 

 

「なにもない。そうかい」

 

 笑い声は次第に哄笑へボルテージを上げていくと、さらなる高まりを見せ。狂笑へと変化していった。

 

 だが、スネークに変化はない。

 オセロットの醜態を見ても、とがめなかったし。なにも口にもしなかった。ただ、その瞳はずっとオセロットを見つめ続けていた。 

 スネークにはわかっていた。

 この男が今、出会ってからずっと隠していた仮面を投げ捨て。これからすべてをなげうって、なすべきことをなすために。これが必要な”儀式”なのだということを。

 

 笑い声は、そのうち徐々に力を失い。ゆっくりと静かになっていく。

 そして残ったのは、いつもの怜悧な山猫ではない。無残にも、長く何かから耐え続け、疲れきった男の哀れな姿だけがそこに現れていた。

 

「見事、見事だ――さすが、さすがはあの男の見込んだ男!ボス、俺達のビッグボス!」

「――オセロット」

「ここにいるビッグボスは偽者。あの噂は、未だにこのマザーベースに残っている。だが、部下達は誰一人としてそれを問題にしていない。しようと、思ってすらいない」

「……」

「だが危険な噂だった。信じるものが現れれば、それはすぐに伝播する。なのに毒はそこにあっても、あんたをまったく困らせることはできない。なぜなんだ、スネーク?」

 

 縋るような目をしていた。

 疲れきった男は、弱弱しかった。これがあのオセロットだというのだろうか。信じることができない。

 

「――ただの噂だ、オセロット。

 俺が否定してもしょうがないことだ。信じたいやつがいれば、信じればいい。俺はただ、自分であろうとしただけだ」

「自分であろうとした――か」

 

 発した言葉を追うように、なぞってそう口にしたその目には悲しさすら漂っていた。

 

 

===========

 

 

 部屋に入ると、高ぶり以上のものから思わず口を開いていた。

 

「ボス……」

 

 信じていたその日が、現実がそこにあった。

 

「驚いた。もう歩かれて……」

 

 長い時間、眠り続けた彼の今の姿は見るも無残なものであったのは間違いない。

 過ぎ去った時は、貴重な彼の生きる時間を無駄に奪い続け、なのに彼の思い描いた未来は9年前のまま。今も虚空を漂い続けている。

 

 絶望させてはいけないと、ずっと思っていた。

 そばで励まし、まだ時間は残っているのだと言い続けようと思っていた。

 

 だが、男にはそんなものは必要なかった。

 削りつくされた細い体が運動をやめると、息を吐き。そして口を開く。

 それだけで、彼の準備ができていることを山猫は理解した。

 

 

===========

 

 

 突然だった。

 オセロットの目に力が戻ってきた。疲れ果て、ボロボロに見えたその姿が怒りの感情と共に山猫を無理やりに口腔内の牙を剥きだそうとしてきた。

 オセロットは叫ぶ、力強く。

 

「スネーク!」

 

 瞬時に跳ね上げられたコートの裾はめくれ上がり、ガンホルスターから愛用のピースメーカーを抜き放つと、その狙いをぴたりとビッグボスの額へと狙いをつけた。

 これまであまり目にする機会のなかった見事な早撃ちモーション、見事な一挙動であった。

 

「蛇は一匹でいい!」

 

 続いてカチリ、と音を立てて撃鉄をあげた。

 指は震えることなく、銃爪にかけられている。

 

「ビッグボスは一人で十分だ!!」

 

 そう叫ぶと、闇の中でオセロットはスネークと対峙した!!




続きは次回、最終章「OUTER HEAVEN(仮)」から。


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OUTER HEAVEN
仮面(ペルソナ)


ということで、最終章開始。

時間はあったけれども、やることは決まっていたけれど。なぜか異様に難しいミッションになってしまった感じ。



 私は「クワイエット」でいたかったわけではない

 言葉を使いたかった

 「共通の言葉」を使って、気持ちを伝えたかった。

       (とある狙撃主の残したテープの冒頭より 抜粋)

 

 

 

 

 夜の闇の中のマザーベース。

 困惑の表情のカズヒラ・ミラーはたった一人で歩き続けていた。

 

「誰にも言わず、誰にも告げず、誰にも知られることなく会って話したい」

 

 メッセージの送り主の顔はいくつか浮かぶが、このような表現を無視するほどの余裕が今のミラーにはなかった。

 つかめる物ならばなんでも、利用できる者なら誰でも、それが必要だった。

 

 だからこの時も、誰にも見つからないようにと”もしものときに用意した隠し通路”を使って歩きで目的の場所に向かっていた。

 当初からこのマザーベースには虫の入る隙間もない、とはこの本人が断言した言葉であったけれど。実際はそんなことは全然なかった。

 

 9年前、いやもう10年になるか。

 MSFが壊滅し、そこから仲間を見捨てて脱出する羽目になったあの苦々しい経験をこの男が忘れているわけがなかった。

 攻撃を完璧の防ぐ方法。そんなものはないことをあの時に学んだ。

 攻撃には、的確な反撃を。

 攻撃してきた、敵の本体にはより容赦のない――報復を。

 

 ただ防衛するだけでは意味がない。

 報復攻撃によって、敵には十二分な被害でもって苦しむところまでが、”マザーベースの防衛”のカテゴリではセットになっている。

 

 だから最初からダイアモンド・ドッグズの使う、マザーベースには一見してそれとはわからない隠し通路が存在していた。

 何者かの襲撃があっても、ここを使えば被害は最小限にして仲間と共に脱出できる。

 ビッグボスを失い、彼の復活を待つ恐怖の日々のために彼が生み出した方法のひとつだ。偽のマザーベースを簡単に用意できたのもこれが理由でもある。安価に量産ができ、それなりの強度と保安があればいい。

 ついにビッグボスを迎えてからしばらくは、すべてが万事。彼の思惑通りに進んでいた頃が懐かしい。

 

 

 とはいえ、その存在が一度だけ、明るみになりかけたことがあった。

 イーライ達、少年兵の存在である。

 彼らは知らず知らずに、その小さな体を利用してマザーベースにミラーが用意した”マザーベースの隙間”を巧みに利用して兵士に見つからずに好きに移動していた。もちろん、今のミラーがやっているような”正しい使い方”を理解していたわけではない。無理やりに自分たちの小さな体を押し込むようにして、新しい抜け道を見つけ出していたのだ。

 

 すぐに気がついたが、カズはこれに慌てての対策はとらなかった。

 彼らの”隙間”を埋めるということは、自分達のために用意する逃げ道もふさぐということだ。そんな自殺行為を、ミラーが選ぶことはなかった。だからかわりに子供達の存在を侮ることで、秘密がすべて明らかになるのではないかという不安に揺れる精神の均衡をとらせようとした。

 

 ミラーの目論見はおおよそ成功した。

 ただ、心の中にどうしようもなく真っ黒な”後悔”という闇を抱えてしまうことになったけれど。

 

 

 自分が用意したその通路を始めて歩きながら、その中で聞く夜の海の潮騒に心が乱されていくのを感じて、苛立つのを無理矢理にでも押さえこむ。

 これは必要なものだった。仲間達に、ボスにも必要なものだった。

 2度と失わないためのもので、あんな絶対の敗北を味わうことのないようにするためのものだった。

 

 虚しい――。

 

 MSFは再興する。いや、今はあれをこえた存在になろうとしている。

 その中にまだ自分はいる。

 自分のユメ(未来)はまだここにある。手綱はまだ、この残された片腕にしっかりと握られている。今も毎日、鍛え続けて筋肉を落とさない。必要以上に筋肉をつけないように気を配っている。

 

 虚しい、虚しい――。

 

 なのに一本とはなんと頼りないことなのだろうか?

 自分の腕に握られた手綱は、巨獣となろうとするこの組織にはあまりにも大きさがあっていない。

 踏ん張って押しとどめたくとも、片足では無様にひっくり返らないようにすることだけで必死になる。

 

 

 自分の居場所が、無くなっている。

 なにもしないまま、何もできないまま。カズヒラ・ミラーはなぜかどうしようもなく自分の生み出した組織の中で、静かに追い詰められていた。

 

 

==========

 

 

 夜の海はいつもどこかで荒々しい。

 轟々と風が頭上、遠くで音を立てて騒ぎ立てている。だが、そんなことは大したことじゃない。

 

「蛇は一匹でいい、か」

 

 完成したばかりのこの戦闘班のプラットフォームに、まだ人はいない。

 その棟の屋上で対峙する、2人の人影が足元だけを照らす作業灯によって浮かび上がっている。

 

「ビッグボスは一人で十分、か」

「そうだ、ボス。いや、パニッシュド・スネーク」

 

 スネークは無言で胸元から葉巻を取り出すと、銃を向けているオセロットに気にもかけないようにそれに火をつける。

 オセロットはそれを黙って見続け。無視しているようにも見える相手をとがめようともしない。

 

「今あるのがこいつでね。MSFから復帰した奴からの贈り物なんだ」

「ホヤ・デ・ニカラグア(JOYA DE NICARAGUA)」

「知っていたのか……ハバナを用意してやると、カズは言うが。誕生日の時にもらったものがまだまだ残っている。それに、俺はどうもあれが好きではないようだ」

 

 オセロットの眉が跳ね上がった。

 葉巻の話も突然であったが、銘柄を聞いては、思い出さずにはいられない疑問がわいて、好奇心を刺激してくる。

 

「……ゼロを覚えているんだな。あんたにはその記憶があるのか?」

「少し違う。だが、どう言ったらわかってもらえるかはわからない」

 

 顔をしかめながら、スネークはオセロットに答える。

 そうだった。

 思えば昏睡から目覚めた彼は。そこからも、それ以前からも全ての記憶がはっきりとはわからない霧の中を必死に歩み続けながらの連続する戦いの日々だった。

 

「全て、全てを知っていたというのか!?どこからだ、どこからわかっていた?」

「――そうじゃない。全ては答えられない、オセロット」

「全ては――?」

「俺は知っているんだろう。そう、俺も思う。

 だが、聞かれても答えることはできない。全ては知らないからだ」

「っ!?」

 

 スネークの返答に、この日2度目の動揺をオセロットは隠すことはできなかった。

 体は震えたが、構えた銃口の先のぶれは最小限のものだった。

 

「なんてことだ。俺は、自分がなんて間抜けなやつなんだとここで思い知る羽目になるとはな」

「オセロット――」

「あんたもか。あんたも、そうなんだな?そんなことが可能な奴はそうはいないと、俺は自惚れていただけだった」

「わからないんだ、俺には」

「それはそうだろう、ビッグボス」

 

 驚きからまだ完全にもどってこれないオセロットはついにたどりついた解答を口にする。

 

「2重思考(ダブルシンク)、過去を改竄、自己暗示。だが、完全に忘れるわけではない」

「どうだろうな」

「いや、そうだ。そうでなければ説明がつかない。あんたは、あんたは常にビッグボスだった。だが同時に、必要であれば『別人となった自分』に戻ることもできる。

 ゼロの記憶があるなら、それはボスになる以前に会った記憶。だが、それは抹消されたはずだ。彼は―ー少佐はそう言っていた、自分は完全なもう一人のビッグボスを用意した、と」

「……」

 

 夜の闇の中に、プカリとスネークの中から押し出された煙がくねり、乱暴に風で煽られ、のたくってから消えていく。

 夜という時間と闇は、男の透き通るほど純粋な言葉を語らせる力があった。

 

「俺には記憶が。過去は破壊されつくして、現実に投げ出された」

 

 キプロスのことだ。

 あの病院での目覚めのことだ。

 

「俺には戦う力があった。言葉にも、力があった。

 だが、だからといって自分がビッグボスといわれる男であるという自信はなかった。過去の記憶がないんだ、真っ黒な穴がぽっかりと開いてる。これでは俺が俺だと他人に断言され、保証されても、本当にそうだとは考えられない」

「あんたがそんな、不安定な状態になることはわかっていた。だから、俺がそばについていた――」

「だが、それでも足りなかった。まったく……。

 答えは意外な場所にあった。戦場だ、あそこにいくと俺は常に心が安らいだ。

 

 同時にそこで俺は自分を”完全”に取り戻す必要がないことも理解した。違う戦場に立ったとしても、俺が常にビッグボスであり続けるならば。戻ってきても俺の過去は自然と、向こうからこちらに近づいてくるものなのだと」

「それが――ひどく乱暴なやり方だと、わかってはいた」

「戦場でビッグボスでいられるなら、そこから戻ってきても記憶のない俺はビッグボスでいられる。ところが今度はその影響から俺自身の過去が、彼の過去へと塗りつぶされていく」

 

 それこそがビッグボスの幻、用意されたファントムの正体。

 

「いつ精神の均衡が崩れるかわからない。そんな不安定な中にあるのに、あんたはほとんど惑うことはなかった。それどころか、亡霊となるために消された記憶までも手に入れている。どうしてだ?なぜ、そんなことが可能なのだ?」

「お前が手がかりだった、オセロット」

「俺が?」

 

 衝撃という激流が再びオセロットを襲った。

 翻弄され、遠い世界へとなにかが押し流されそうになるのを必死で耐えねばならなかった。

 その間にも、スネークの口は閉じることはなかった。

 

「お前とカズが探し出してきてくれたMSF壊滅と、それに関連した情報。まったく役には立たなかった。

 だが、手がかりはこれだと、俺の中のなにかがそう思った。

 

 俺は続けてピースウォーカー、サンヒエロニモ、スネークイーターと作戦時の俺の――スネークの、ビッグボスの音声を求めるようになった。

 それらはどれも始めて耳にする、そんな”過去の自分の声”であったが。彼の口にする言葉は確かにこの胸の中にもあるものだった」

「……」

「次第に音声は俺のものとなって体の中に染み入り始めた。すると、失われた過去が陽炎のように再構成されて、あたかも本当にあった情景を自分の中で生み出し始めていく」

「自分の中のドッペルゲンガー、か」

 

 この瞬間、スネークの中から溢れ出た影達が。

 姿を投射された亡霊達が2人を取り巻いて闇の中でいっせいに彼らへと視線を送ったが、それにオセロットが気がつくはずはない。

 彼らはこの男の生み出した、ビッグボスの過去の事件にかかわった亡霊たちなのだ。それ自体が、本物ですらない。

 

「確かに強烈な自己暗示だ」

「だろ?」

「だが、説明にはなっていない。俺が手がかりとは、どういうことだ?」

「……スネークイーター作戦、そしてイシュメールだ」

「?」

 

 わからないか、さびしげにそう口にする男は。このとき、初めてビッグボスの顔をした他人の仕草を見せると、オセロットの銃口に背中を見せた。

 闇の中でもわかる、遠くの海を覆う夜でもわかる黒雲が不吉にうねっている。

 

「キプロスの事件、俺はあそこで出会ったイシュメールに執着した」

「そんな奴はいない。いたとしても、あの混乱で生死は不明だ」

「そう、お前はそう言った。だが、とても信じられない。俺はお前と出会ってキプロスを生き残った。彼はそうじゃないと、なぜ言い切れる?」

「……」

「諦められるものではなかった。諦められない何かを。わずかに一緒にいた彼の姿から俺は感じとっていた。当然だな、彼がそうなのだろう?」

「――時間がなかった。奴等の動きは素早く、目覚めたばかりのお前の回復にはまだ少し時間が必要だった」

「だから、危険を冒した」

「そうするだけの価値があった、お前にはな」

 

 スネークは振り返ると、オセロットの目の中を覗き込もうとする。

 嘘のない瞳であった。

 いや、それをいうならばこの2人は嘘を嘘と知らぬふりをして本物としている2人なのだ。正しさ、なんてものに意味はない。

 

 だが共に潜り抜けてきた苦しんだ戦いの記憶は同じものだった。

 しばらく無言が続き、お互いがお互いでこの場所で過ごした日々を振り返っていた。

 

 

「黄金の髪の女だ」

「なに?」

「記憶の話、続きだ。スネークイーター作戦、そこで俺は――ビッグボスは、一人の女スパイと協力して任務にあたった。記録では彼女は中国のエージェントだったとか」

「……」

「だが、オセロット。俺の記憶には、俺の亡霊達の中に彼女はいない。顔も、名前もわからないんだ、まったく」

「――だから?」

「ビッグボスは戦士だ。戦場で、それも共に戦った戦友のことを忘れたりはしない。それも完全に、なんてな」

 

 うかつだったのだろうか?

 いや、違うのだろう。危険な精神の綱渡りで、なんとかバランスを保とうとする彼の自我が。幻としか思えぬものの正体を、ついにつきとめてみせたというそれだけのことなのだ。

 

 EVA――あの女は自分をそう名乗っていた。

 本名ではない。本当の名など、彼女にはどうでもいい。

 彼女がそう名乗った理由はただひとつ――いや、それはどうでもいいことだ。

 

「あんたがくれたたくさんの音声。だが、そこでもビッグボスとの会話では改竄された形跡があった。どうしてそんなことを?」

 

 オセロットに答えられるはずもなかった。

 カズが恨んでやまぬ敵。サイファーを創設したメンバーの一人がエヴァだ。

 

 いや、彼女だけではない。

 スネークイーター作戦、あの時のスネークを含めたチームメンバー全員が。彼女を加えてあのサイファーを生み出したのだ。

 

「そして俺は気がついた。そもそもこの俺を生み出したという伝説のザ・ボス。俺は彼女の記憶もない。

 いや、それを言うなら”俺自身がスネークとなる以前の記憶もない”という事実。記憶に開いた穴は、ひとつじゃなかった。2つあった。

 

 ビッグボスとなる以前の俺の記憶。

 キプロスで目覚める以前の俺の記憶。

 

 すると、俺はそこでも自分の記憶に”ぶれ”があることに気がついた。

 キプロスでの入院経験。数日しか記憶はないはずなのに、なにかが違う毎日を過ごした目覚めたばかりの別人のような俺がいる。太陽と風の匂いにまどろんでいる自分、弱った体を無理に動かしている自分、名も知らぬ訪問者の訪れを聞いて喜ぶ自分。

 

 気が狂ったのかと思ったよ、最初は。考えないようにしようと、そんなおかしなことはあるわけがないと。

 しだいに俺は、演じ続けるだけの亡霊になることが全てのような気になっていた」

「自己の崩壊、それを食い止めようとありもしない事実を生み出す過程で生まれるトラウマ(心的外傷)はフラッシュバックを増加させる。現実を認識できなくする。

 俺がここにいたのは、お前がそうした苦しみに陥ったときに救い上げるためだった。だが、お前にその兆候は見えなかった。気がつかなかった」

「スカルフェイスを前にした時、ひとつの真理とも言える解答に俺は到達した。少なくとも、そう思った。

 

 俺に奴への報復心がなかったわけじゃない。

 奴に銃口を向けたとき、俺は何度も。何回も奴を殺そうとした。容赦なく、無慈悲に、残酷に苦しませて。そうしても構わないと思っていた。

 だが、実際は引き金を俺が引くことはなかった。

 

 俺自身は奴を八つ裂きにしてしまえと叫んでいるのに、そう欲求があるのに。

 逆に俺の中のビッグボスは何も言わなかった。そうじゃないな、彼は――ビッグボスはスカルフェイスに何の感情も持っていなかった。

 

 彼は――ビッグボスはただ、任務でスカルフェイスを倒したというだけのことだった。

 巨大なサイファーに寄生して、自らのくだらない未来を実現させようとした彼の野心をくじくこと、それにしか興味を持っていなかった。彼の怒りは、もっと別にあった」

 

 今のオセロットならばわかる、ビッグボスの――あのときの本当のスネークの秘めた怒りの正体を。

 

「そして俺は、ついに理解した。

 俺はきっとビッグボスではない。だが、俺はビッグボスになれる。

 

 俺は、俺のまま振る舞い。生き続ければ、その時ようやくおれはビッグボスになったのだ、と」

 

 姿勢こそ崩さないが、オセロットの目つきに妖しさが増してきた。

 

「……あんたは強かった。恐れていたトラウマやフラッシュバックもなく。あらゆることにビッグボスとして完璧に対処した」

「俺はもう、迷わない。オセロット」

「自己暗示、過去の改竄。虚飾にまみれても、その姿は本物のまま」

「断ち切った、すべてを」

「自分の本当の姿を失って、髑髏となり果て。幻の亡霊となるのも構わずに。進み続ける」

「俺はもう、どこにも戻らない」

 

 傷だらけの見知らぬ蛇の顔が、力強い言葉と共に再びその姿を変じていく。

 

「俺は、俺のままここにいる。俺は、彼のように選択する。俺は、彼と同じ未来を目指す……」

 

 オセロットの目には、闇の中に立つスネークはどう見えているのだろうか?

 それはいつもと同じ姿であるとはいえない。おかしな話だが、正しいならば闇の中に立つ彼には後光がさしはじめているかのように、その輝く自身にあふれた力強さが圧倒的な存在感となっていく。

 

「俺は正しく、彼となって生きる。昨日までもそうだったように、今日からも……」

 

 そうだここにいる。

 目の前に、いるのだ。

 

「俺は、BIGBOSSだ」

 

 遠く空の高みで狂乱する風の咆哮はあまりにもその声に対して無力であった。

 無音ではいられない夜の海上にあって、2人の間には無音の世界がいつのまにか生み出され。

 彼の最後の言葉は、見えない空気の壁にぶつかり反響していたような気さえしてくる。

 

 この夜が、どのような終わりを迎えて朝日が昇るのか。

 そんなことをわかる者が、今この世界に存在しているのだろうか?




続きは明日。


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宿命の

 始まりは唐突だった。

 宣言への返答は実力で返された。

 

 合図も、なにも予兆を感じさせずにオセロットの構えるピストルが火を噴くと、スネークはすでにそれまで立っていた位置からは移動していた。

 続けて2発、跳弾するそれらからも逃れてスネークは物陰へと滑り込んだ。

 

「ボス、そういえば銃はどうした?」

「――部屋に置いてきた」

「気が抜けているんじゃないか?どうする、俺のを貸してやろうか?」

「いや、やめておこう。それに、なれない銃だと調子が出ない」

「そうか、がんばれよ」

 

 言い終わると同時に、オセロットも物陰から飛び出し残る3発を発射する。

 再び跳弾がありえない角度で、スネークがいると思わしき物陰に入っていくが。向こうもそれを待ってはいなかった。

 

(早い、やはりな)

 

 足元を照らす光が、素早く移動を続ける影を知らせている。

 オセロットはシリンダーの6発を素早くリロードする。

 

「さすがだ。6発以上、使うのは久しぶりだ」

「なんでもかんでも、早撃ちで決着をつけようとするからそうなる」

「間違えないでもらおう。あんたもそうはならないと、誰がわかる?俺が確かめてやる」

「オセロット!」

「?」

「お前に、俺は、殺せない」

「なめるなっ」

 

 奇妙な、対決だった。

 武器を持つのは片方で、一方的に相手に向かって撃っているだけ。撃たれているほうは、逃げているだけ。

 それなのに不思議とこの場の雰囲気は片方が特別有利な状況だとは感じられることがない。

 

(迫ってきている。徐々に)

 

 オセロットは、この感覚に覚えがあった。まだ彼が小僧だったころの昔の話。

 戦場で会い、何度も戦った。追いかけ、追い詰め、なのに時には相手にもされずに遊ばれてしまう自分がいた。

 同じ立場となってはっきりとわかる。彼の動きにはわずかに違いはあるようだが、確かにその迫力は本人のそれに近いものがあった。

 

「ビッグボスに瓜二つ、というわけか……」

 

 7発目が放てなくなっていた。

 リロードのわずかな時間にも、この暗い屋上をあの男は音も気配も殺してこの辺りを這いずり回っているはずだ。こちらを獲物として、狩りはこの瞬間にも続いている。

 オセロットのほうも何箇所かに当たりをつけてはいるが、撃てばこちらの位置は知られ。向こうは再び、残る弾数を減らそうと誘ってくるのがわかる。

 

 2度目のリロードはない。

 半径5メートル、その中に今のスネークが接近すると。この銃も無意味化されてしまう。

 

 互いの殺気が、霧のように重くこの夜の屋上の床の上に満ちていた。

 まだ始まったばかりだというのに、この緊張感。そして不覚にも、オセロットはこの立場を喜んでいる自分に気がついていた。

 

「ボス。俺はずっとこの機会を待っていた」

「オセロット――」

「年をとったな。そんな動きで、あんたはサイファーと本当に戦えると思っているのか?」

「――どうだろうな。どう思う?」

「なら本気を出せ!俺はあんたの、敵なんだぞ!?」

「今も、これからも。お前は仲間だ。そして――そしてお前は俺の”古い”友人だ」

「それは違う!」

 

 しびれをきらしたのはオセロットが先だった。

 否定の言葉とともに放たれた2発は、どちらも違う方角に飛び出していき。違う場所で火花を散らして跳弾となると、近しい物陰の一点にむかう。

 その付近の物陰から飛び込むようにして2度、3度と前転を繰り返しつつ飛び出してきたスネークだったが。

 オセロットは容赦せずに続けて3.4と発射する。

 

「お前はボスのお気に入り、俺の友人ではない」

「……」

「そして仲間だった、さっきまでは。いまはもう、違う。オセロットは気高い生き物だ。本来、群れることを良しとはしない」

「――頑固な奴だ」

 

 スネークは転がりこんだ物陰で愚痴るが、その目は真剣そのものだった。

 オセロットも動き出す、彼は彼で有利な体制を維持するためにボスから距離をとらねばならない。

 

「それ以上、近づくのはやめてもらおう。あんたとCQCでやりあいたくはない」

「どうした?投げられるのは得意だと思っていた」

「――戦争が始まる。アフガンの、アンゴラの話ではない。ビッグボスの、戦争だ」

 

 互いの距離、障害物を無視して直線で12メートル。

 残弾2発を残し、スネークをなんとか引きずり出したが。今のオセロットであっても、仕留めるにはまだ、仕掛けが必要な相手であった。

 

「人々の意思を、ゼロの意識が繋げてしまう前に。ビッグボスは、未来の戦場の中に新しい世界を作ろうとしている」

「……」

「それこそがOUTERHEAVEN――ビッグボスの意思だ」

「戦場の中に、ビッグボスの世界を――」

 

 自分のことだというのに、スネークはオセロットが語るそれについては知らなかった。

 だが、妄想や嘘だと鼻で笑う気にはなれない。

 彼の言葉も、自分の心に響くものがあったからだ。そしてだからこそ、オセロットはここでその話を聞かせているのだ。

 

「今ある国々も、サイファーもそれを許すはずもない。その時はあんたも、再び彼らの攻撃を受けるだろう」

「再び世界を敵に、か」

「だが、それにはまだ時間がかかる。そしてその前に、あんたは、ダイアモンド・ドッグズはあのサイファーにまで手が届くと思うか?」

「……」

「ボス、サイファーはスカルフェイスとは違う。奴の計画は昔からちゃくちゃくと進められていた。あんたの手がどれほど長く伸ばそうとも、とどくものじゃない。無理だ!」

 

 オセロットは銃を向け、腰を少しずつ上げて立ち上がっていく。その動きに合わせるようにスネークも同じく隠れた場所から静かに現れてくる。お互い、一定の距離を保つために微妙に移動しながらも会話は続いている。

 

「スネーク、あんたは神罰だそうだが。その姿は、本物か?」

「これはカズが決めた。ただの、コードネームだ」

「しかしそれが今のあんただ。皆が、そう思っている。スカルフェイスは、XOFはだから敗れたのだ、とな」

「何を言い出す?さっきからお前は何が言いたい、オセロット」

「覚えているか?あんたが”ビッグボスを理解して”裁いたヒューイを追放したときのことを」

「なんだ?」

「”いくらごまかしても”だ」

 

 

――いや。いくらごまかしても、いつか気付く

――自分がどんな人間か

――自分の生き方は”誰でも”、自分に返ってくる

 

 スネークの動きが、止まった。

 あのときのオセロットの言葉は、追放され流されていくヒューイに告げるものだとばかり思っていた。

 

「ボス、これもあんたが言ったことだ。俺もそうだ。”もう迷わない”、俺も”戻らない”」

「オセロット――」

「神をきどって蛇の皮をかぶるあんたの下につくのは、うんざりだ――」

 

 この瞬間しかなかったのだ。

 言葉が終わる直前に、オセロットは己の感情の揺らぎを殺していきなり引き金を引いた。

 弾丸はいつものような跳弾を狙ったものではなく、スネークにむけて一直線に向かっていく。話術でしばらくタイミングをはずしにはずし。感情が揺れたところで、ついに攻撃しかけたのだ。

 

(お前なら、そうすると思っていた――)

 

 だがそんなオセロットの狙いも、戦い方もどちらもスネークは熟知していた。

 まさかまっすぐに狙いをつけてくるとは思わなかったが、それでもこの誘いに乗らないという選択肢はスネークのほうにもなかった。

 

――残り11メートル

――10

――9

 

 自分のこめかみにむかってきた弾丸と交差すると、スネーク自身がオセロットに向かって走り出していた。

 

―ー残り8メートル

―ー7

―ー6

 

 リボルバーには残された一発のみ。

 そして互いの距離はぎりぎりの5メートルまで、あと一歩。

 

 オセロットの勝負は、ここからだった。

 

 

 オセロットは唐突に構えていた銃をおろすと、狙いをつけたとは思えぬあらぬ方向にむけて最後の一発を発射した。

 それは壁で跳ね、床に跳ね、そしてもう一度壁に当たって跳ねた。

 これほど回数を多く、軌道を変更しては弾丸に残された運動エネルギーもたかが知れている。だが、とにかく今は本人に命中させることこそが重要であったのだ。

 

 ビッグボスはオセロットとの距離を、ついに5メートルまで近づいてきていた。

 そんな駆け続けているスネークの背後から低い位置を、ひざ裏めがけてオセロットの最後の一発が迫っていく。

 

 オセロットの予測はこの時も正確無比であった。

 弾丸は彼の望んだとおりの場所に軌道を飛び続けた。

 だが、皮肉にもそこにはスネークの脚はなく。彼の黒い迷彩柄のBDUパンツとその下の皮膚をわずかに裂いただけだった。

 

 

 2人はがっしりと互いの襟首をつかむ、柔道で言うところの相4つという姿勢で固まった。

 

「悪くない、戦いだった」

「――まだだ、スネーク」

「もう、銃を置け。オセロット、俺の勝ちだ」

 

 組技となる直前、あきらめきれなかったのだろう。オセロットはシリンダーの中身を新たに入れ替えようとしたが、やはり間に合わなかったのだ。

 オセロットはいまだにオセロットの銃をつかんだままであるが、その本体のシリンダー部分を上からスネークの義手が押さえ込んでいる。これでは弾をこめていたとしても撃鉄をおこせないので撃つことはできない。

 

「どの道、お前を、カズが行かせるわけがない。お前たちはダイアモンド・ドッグズには必要な存在だ」

「その話はもう終わった。もう手遅れだ」

「お前は俺に必要な男だ、オセロット」

「知らん!」

 

 押し合いが始まり、もみ合う二人は壁や換気装置に互いの体を打ちつけ。時に拳を入れながら、隙をうかがう。

 だが、最終的にオセロットがスネークを背負うと。力の限りコンクリートの床に叩きつけようとした。スネークはすぐにも立ち上がるが、お互いが荒い息のまま相対する。

 

「俺のほうが、CQCは上だ。オセロット」

「ボス、今あんたを投げたのは俺だぞ?」

「そうだ、ああ。わかってる」

 

 うなづきながら、同時に義手に握るものをこれ見よがしに顔の横に持ってくる。

 スネークの義手はオセロットの銃をしっかりと握っていた。

 

「終わった後で、こいつは返そう」

「いらん。あんたから、俺が取り返すだけだ」

 

 スネークがズボンのベルトにそいつを挟んで構えると、オセロットは逆に懐からナイフを取り出した。

 

「仲間には銃を、ナイフを向けるな。これがあんたの決めたルールだ」

「ああ」

「だが今の俺には、どうでもいいことだ」

 

 リズミカルにオセロットはナイフを繰り出し、スネークは刃をかわす。

 生身の皮膚と違い、堅い義手に傷を増やしていく。

 次にオセロットは前に出ようとして。スネークを後ろに下げさせようと、大きくナイフを持つ手を振り上げた。

 

 それがチャンスだった。

 

 スネークは初めて大きく後ろに下がった。オセロットの望みをかなえてやったのだ。

 だが、それは体だけで彼の2本の腕はそこにのこって振りぬかれるオセロットの腕を待ち構えた。

 あの蛸のような独特のぬるりとした動きみせてスネークの腕はオセロットの腕に絡みつく。スネークにそのままナイフを奪われまいと、あわてるオセロットの上をいく。

 

「ぐっ!?」

 

 苦悶の声を上げると同時に、オセロットの体が横に半回転して床にたたきつけられた。

 投げられたわけではない。転がされただけだったが、オセロットは自身の右腕の付け根から来る苦痛が信じられなかった。

 だが間違いではなかった。苦痛は嘘をつかない。彼の手に握られたままのナイフがそこに突き立っていた。

 

「そいつ。無理に動かして、血管や神経を傷つけないほうがいいぞ。オセロット」

「まだだ、まだだ終わっていない」

「――そうか」

「ここからだ、スネーク」

 

 ナイフを突き立てたまま、オセロットは立ち上がった。ナイフの痛みで、目がチカチカする。

 右腕は動かせないが、左腕がまだ使える。拳を握りしめる。

 

 スネークは黙っていた。

 まだ、オセロットが諦めていないのだと知ると。あの深みのある両腕を指先まで伸ばすCQCの構えを見せた。

 

「来い、オセロット」

 

 本当に勝負というものがあったのなら、すでにこの時点で終わっていた。

 オセロットが弱かったわけではない。このスネークが、あまりにも常識離れした”ナニカ”であったというだけのことだ。

 

 必死に食いついてくるオセロットは、動く左腕と両足をつかって攻撃を続けるが。

 スネークはそれらを悠々と裁きつつ的確に、最後の一撃を叩き込まんとして。そこでオセロットが必死に逃れる、という流れを繰り返した。

 

(俺がこの流れを変えなくては)

 

 戦う前から覚悟は決めていた。

 オセロットは突然、猛然と右腕を振り上げてスネークの横顔から襲いかかった。

 ナイフは刺さったままだ、下手をすれば一生腕が動かなくなる危険もあるが。それを考えていない、必死の攻撃である。

 スネークも、いきなりそれまでの戦闘のリズムが変わって猛攻を開始するオセロットに対処しきれず。珍しく、なんども顔をたたかれて頬を腫れ上がらせた。

 

 それでもコンビネーションからのボディーブローをもらったところで、スネークの反撃が始まった。

 左右の見事な連携がオセロットの顔を捕らえ、振り回す肘はさけられたが、続くソバットで大きく体を後方へと吹き飛ばす。

 壁にたたきつけられ、痛みにゆがむオセロットの顔だが。抵抗はまだやめようとしない。

 

 顔を突き合わせて再び対峙する。

 今回は距離をつめるスネークも、それを迎え撃つオセロットも大きく息を吸い。止めた。

 そして暗闇の中を、互いの肉を激しく打つ音が始まった。時に太鼓をたたくがごとく、異様な音を立ててそれは続いている。

 

 何かを力いっぱい殴り続ける時、人は息を止めてそれを行う。

 息を止めている間だけ、筋肉は極限まで張り続け。体内に残る酸素を燃料として肉体を激しく動かし続ける。1分をすぎてようやく、2人は息を吐きだした。

 

 

 どちらも見事にぼろぼろになっていた。

 だが、オセロットは一際激しく攻撃されていた。

 右腕の付け根にはいまだにナイフをはやしたまま、顔の左目の上は。スネークの肘鉄をもらった結果だろう。真一文字に皮膚が裂けて出血している。

 脚が震え、ついにオセロットは膝をついた。

 

 

==========

 

 

 ビッグボスは流れ落ちる自身の鼻血をぬぐった。

 顔は別にしても、蹴りでいくつかいいものをもらい。ひびが入ったところもあるかもしれない。

 だが、終わりだ。

 

「オセロット、勝負はついた。もういいだろう」

「……」

「去りたいというなら、好きにしろ。カズはなにかいうだろうが。俺が何とかする」

 

 なにか、憑き物が落ちたような感覚であった。

 キプロスでイシュメールにつれられ、続いてオセロットによって自分はアフガンへと導かれ。今日まで生き延びることができた。だが、明日からは違うのだ。

 2人の道は、別々となる。

 

「ほら、お前の銃だ。受け取れ」

「――ああ、ボス」

 

 スネークはベルトに挟んでいたオセロットのリボルバーを抜くと、片膝をついている本人に差し出した。

 うつむいていたオセロットはちらと一度だけ目を上げると、それを――握った。

 

 それはただの礼儀の問題、銃を受け渡す際に注意するわずかな約束事であった。

 オセロットに彼の銃を差し出した、”銃口を自分に向ける”形で。そしてオセロットは差し出されたそれを、握った。自分が長年使い込んだ、なれた感触の残る銃把の部分を。

 

 暗闇で一発の銃声が鳴り響いた。




続きは明日。


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パトリオット・ゲーム

 ”聖櫃”と呼ばれた小さなプラットフォームの中にカズヒラ・ミラーは到着した。

 

(時間前、早すぎたか)

 

 夜中ということと関係なく、この場所はいつもこうして静かだ。死者達が眠る大きな墓場を思いおこさせるほどに。

 念のため、最初に管理室に入り。自分以外にここを訪れた者がいないか、監視装置で確認したが誰もいないことはわかっていた。

 

 待ち合わせる場所はこのプラットフォームで、としか表現されていないので。こことは言っても、どこにいればいいのかわからない。

 とはいえ、目立ちたいわけでもないし。「誰にも知られてはならない」とも書いてあったから上のプラットフォームには行きたくない。

 彼の足は自然と、内部の倉庫に展示されている品々の中を歩く羽目になる。

 

(何で俺はこんなことを。こんなものを、見なくてはならないんだ)

 

 炎の男、不気味な遺体。

 第3の少年、なにがしたいのかわからない子供。

 そしてスカルフェイスと、彼の残した遺物の数々。

 

 そこで足が止まった。

 この男には珍しいが、感傷的なものが自然と心の中にわきあがったのだ。

 

 今もはっきりと思い出すことができる。

 最高の復讐が叶ったとスネークと2人、満足した時だった。自分の中の穢れが、一気に浄化されたかのような感覚に喜びを感じていた。

 だが、それは再び”穢された”のだ。

 あの役にも立たない、人に迷惑なものしか作り出せない男。ヒューイによって。

 

 散々に手を焼かされ、出来もしないのに秘密を作ろうとし、ようやくに追い詰めて聞き出した。

 取り繕うように、へつらうように、頭を低くして最後尾から作戦に参加してきたくせに。

 それが「敵を討った」だ?仲間の顔をして、なにもしなかったのにしゃしゃり出て。誰の許しも得ずに、資格もないのにあのスカルフェイスを”楽に死なせ”て満足していた。

 

 スネークはあのときのやつの姿を、特に何も思わなかったのかもしれない。

 だが、自分は無理だった。

 ダイアモンド・ドッグズが全てをかけてのぞんだ大勝負に、ほとんど貢献しなかった男の姿を不快感というだけでは言い表せない、殺意を含んだ憎悪に近いそれを感じていた。

 そして実際に、そうなった。

 

 スネークの帰還から、瞬く間に全てが戻ってくる感覚は。

 あの時の万能感に酔いしれた若い自分が戻ってきたようにも感じられ。さらに隙のなくなった自分ならば、世界が自分たちに向けてくるあらゆる脅威などというものは、たいした問題ではないように感じていた。

 だが、スカルフェイスが死ぬ。

 すると別の欲求が、新しい憎悪となってカズの心に取り付いた。

 

 彼は新しくヒューイの死を望んだ。

 スネークは体裁にこだわっていたが、思えば理由などいくらでもつけられたし。舞台さえ整えられればいつだって自分たちの手で処分も出来る。

 復讐を穢された、その思いからの開放はそれしか方法がないと、憎悪を自覚して以来ずっと思っていたことだ。

 

 

 カズは、この男は疑問を持っている。

 果たして、ヒューイは無実であったのか?

 

 そんなわけはない。それはスネークもわかっていたはずだ。彼はカズが用意した舞台と演出に沿わないで、彼の罪を上手に裁いて見せただけだ。

 ヒューイはただ、ひたすら弱いだけの男だった。

 強さというものをまったく理解できない、哀れな男であった。

 

 例えば、強風が、揺れる地面が、押し寄せようとする高波が。彼の体を通り抜けたとしよう。するともう、それだけで恐怖に自分の立ち居地を見失い。呼吸が困難になって酸素を求めて必死に息をしようとする。

 これがヒューイという男だった。

 

 友を、仲間を信じることが出来ず。弱い自分の安全だけを気にかけ。自分の欲求だけにしたがって、想像力を放棄して危険な存在を平気で生み出し続ける。その全てをとがめられても、必死に言い訳にもならない言葉を尽くして、自分をだましていく。

 別に特別に罠などこちらで用意してやる必要もなかった。

 手元で、ただ1秒でも長く生き続ける。それだけで災厄は彼自身の服のポケットからポロポロと勝手に次々とあらわれては零れ落ちていく。それを掬えば、罪過などいくらでも増えしていくことが出来る。

 カズはヒューイに常に緊張をしくことで、気の休まらない状況に彼を置き続けた。そしてあっけなく、考えていた通りになった。

 

 ヒューイは今、本国(アメリカ)に戻り。奴の息子を取り返して、あちこち飛び回りながら生活しているそうだ。

 日本の時代劇に、時に「殺す価値もない」とはき捨てる場面があるが。まさか自分がそれを”敵”に口にする日が来るとは思わなかった。

 ヒューイは、今のあの男は息子と自分をそれで”恐ろしい世界”から守っているつもりなのだ。

 奴のヘイブンは――この世界からの避難所など。スネークがとっくに奴から取り上げてしまったのだというのに。それにすらまだ気がついていない。

 

 そしてあの様子なら、遠からず破綻するのも目に見えている。

 

―ー君は、まるで自分は別だとでも言いたいようじゃないか

 

 カズの心臓が飛び上がった。

 いきなり耳元で、あの男の――ゼロ少佐の長らく聞いていなかった声が聞こえた気がしたからだ。

 

(まさか!?まさかっ、ゼロが俺をっ)

 

 落ち着かなくモニターの並ぶ管理室に戻って確認し、再びそこから出ると、展示物の並ぶ倉庫の中に入っていって周囲を油断なく見回してみる。時計も確認する、そろそろ約束の時間も近い……。

 

「お前!動くなっ」

 

 第3者の声が背後からカズにむかってかけられた。

 聞きなれたスイッチ音は、銃についている安全装置が解除された音だと理解する。

 

「いいか?動くんじゃない、手を上げろ。武器があるなら出してもらおう」

「武器は持っていない!ご覧のとおり片足がなくて、不自由している。すまんが、手の方も勘弁してもらおう」

 

 相手の顔を見て確認しておきたかったが、後方にいてまだ顔を向けられない。

 しかし声には聞き覚えがあった。ダイアモンド・ドッグズの隊員の一人だ、どうやらどこからかの組織の手のものを、マザーベースに進入を許してしまっていたのかもしれない。

 

「足を?片手?まさか、副指令?」

「――ああ。おれはダイアモンド・ドッグズの副司令官。カズヒラ・ミラーだ」

 

 なにか様子がおかしかった。

 名前を名乗ると、相手はあわてて「失礼しました」と言い出し。武器を構えるのをやめてカズのそばに無防備な様子で近づいてきた。

 

「こんな夜更けに、こんな場所で一人。どうしたんです?」

「ああ――なんだか眠れなくてね。誰もいない、静かな場所を探したら。ここしか思いつかなかった」

「はぁ。まぁ、ここは誰もいませんから……」

「お前は――どうしてここに?」

「巡回の交代で。その後でたまたま、電源がなぜかこのプラットフォームに送られていることがわかりまして。一応、侵入者の疑いもあったので、上を車で一回りしに来たのです。

 すると、倉庫内の電気も全部ついていましたから。つい――」

「ああ、すまなかった。それは全部俺がやったことだ。もうすこし見て廻ったら、気付かれないように元に戻しておくつもりだった……。フフ、どうやら勘が鈍ったようだ。逆に迷惑をかけてしまったらしい」

 

 この兵士が、自分を呼び出した相手でないことがわかって。すぐにそれらしい嘘を口にしたが。これは困ったことになった、とカズは考えていた。

 この場所に誰にも見つからずに来る。それが相手の条件だというのに、気の利く部下をこのままにはしておけない。

 彼を、どうにかして黙らせたまま。自室に帰らせる必要がある。

 

 だが結局、その方法は考える時間も、機会もなかった。

 いきなり遠くで鋼鉄を引き裂くようなゴウン、ゴウンという音とともに空気が振動した。

 カズはなぜか脳裏にMSFが海の藻屑となったあの夜の一部始終を思い浮かべていた。この音、この空気、そして騒ぎはあの夜の始まりを告げるものとよく似ていた。

 

 

==========

 

 

 たった一発の銃声だけで、またまた立場は逆転した。

 顔を腫らしたオセロットはリバルバーをしっかりと握りしめて立ち。反対にスネークは片膝をついている。

 オセロットの放ったそれが彼の片足を貫いたのだ。

 

「これは――」

 

 ゴクリと口の中にあふれ出てくるなにかを飲み下しながら、オセロットは口を開いた。

 

「これはあんたに”余計な気を使わせない”ために、必要な一発だった」

「急所はそれている」

「当然だ。あんたを殺すつもりはない。勝負もすでについている」

 

 そういいながら、どこからか取り出したバンダナをオセロットは差し出し。スネークはそれを受け取ると、膝の傷口を縛って止血しようとする。

 

「そのわりにはキツイ一発だ」

「許せ、ボス。そもそもが、この戦いは俺たちの――俺の個人的な決着を求めてのことだった」

「感情をむき出しにしていた。殺されるかと思った」

「俺が?あんたを?まさか、フン。そのつもりはない。ナバホの老人も言っていたろう。まだ世界は、ビッグボスを必要としている。俺も任務は投げ出さない」

「お前の……個人的な決着、とはなんだ?」

「ん?」

「お前との間に遺恨があるとは知らなかった。あるなら、今のうちに聞いておきたい」

「――いいだろう」

 

 オセロットは暗い屋上の床を、そこに転がってないかと自分のテンガロンハットを探した。しかし、見当たらない。

 どうやら、風にでも飛ばされたのか。それともふさがりかけた目では探しきれないのか。とにかくここにはもうないのだと、諦めることにした。

 

「ボス、俺は――俺はあんたに嫉妬した」

「なに?嫉妬?」

「フフフ、笑ってくれてもいいぞ。そうだ、おれはあんたという存在に嫉妬し。憎悪し、殺そうとした。情けない男さ」

「意味がわからないぞ、オセロット」

「当然だ。俺はかつて2つの大国に3重スパイとして潜入した男だぞ。寝言でだって本心は語らない。読ませない」

 

 知られてたまるか、と思った。

 そこまでこの男に見抜かれてしまっては、今ある感情に敗北感も加わり。ミラーよりも先に自分のほうが限界を迎えていたかもしれない。

 だがそうはならなかった。皮肉なことだが、救われた。

 

「あんたが戦場で戦うのを見ているうちに、俺は徐々に苦しむようになった。あの日、俺はゼロはただの影武者を用意したのだとばかり考えていたが。実際はあんたが。こんな怪物が送り込まれてきた」

「おい」

 

 失礼な言い方に抗議の声を上げたが、オセロットはそれを無視した。

 

「あんたは異常だ、やることなすことすべて。まるで本物のビッグボスに見えてくる。目の前で起こっていることに、何度も驚かされた。そして思い知ったよ、ボスは――いや、スネークは確かに自分の目の前にもいるのかもしれない、と」

 

 誉められて、いるのだろう。

 だが、そこにはどうしようもなく鬱屈する、オセロット自身の中の何かがあるのだとも告げているようだった。

 

「それで、嫉妬?」

「わからないのか?そこはオリジナルと同じく鈍感なふりをしているのか?」

「――ウウン」

「ハッ……あんたにはわからんよ。

 おれ自身を苦しめた悩みの答えは簡単だった。俺は、己自身の間違いを。あえてゼロの言葉に乗せられる事で、だまされたと信じたかった自分の愚かさを思い知ったのさ!」

「?」

 

 どうしてこんなことになったんだ?オセロットは乱れた己の前髪を左手でかき上げた。

 それはスネークが力強く奇跡を起こすように、任務をこなすようになってからの彼の中に生まれた最大の問いだった。

 

 答えは出ている。奴のあの言葉は今も耳に生々しくよみがえる。

 あの時は気がつかなかった。気がつけなかった。

 

――それから君にひとつ、これは提案だが

 

 断るべきだった。

 必要はない、と。「まだ自分がいる」と、奴への不信でエゴを露にするべきだった。

 

――秘策をひとつ、用意した。気に入ってもらえるだろう

 

 確かに、そのときは有効な手だと思っていた。これをうまく使えば、彼にとっても利益になるはずだと考えてしまった。

 全てがあの男(ゼロ)の差し出してきた策だというのに!

 

 あれはオセロットが気に入る、と言ったわけではなかったのだ。

 ”オセロットが口添えすればビッグボスでも気に入る”という意味で、ゼロは口にした言葉だった。

 

――あいつをもう一人、用意したんだ

 

 ゼロ少佐によって新たに生み出された蛇。

 神罰を敵も味方も関係なく、この蛇は噛み付いては毒を流し込む。

 この世界に、俺たちの住む業界で身奇麗に生き続ける者など、どれほどいるだろうか?いるわけがない。

 皆がその手に、誰かの誰かの血をつけて汚れてしまっているのだ。

 

 だから毒はすぐにも全身に巡り、彼に近づく者たちは次々に命を失っていく。

 このスネークは、このビッグボスは、この男は。ゼロが作り出したそういう装置でもあったのだ。

 

「ゼロがカリブで回収したビッグボスを差し出してきたときのことだ。

 奴は取り繕うように、スカルフェイスの追放と自身がビッグボスから完全に手を引くと申し出てきた。そして俺に『彼のことを頼む』と言った。口にはしなかったが、正直にそんな言葉をゼロに言わせた自分に酔いしれていたんだ。

 俺は馬鹿だった、あんな言葉。真に受けてしまうなんてな」

「?」

「当時、ゼロはビッグボスに異常なほど入れ込んでいた。

 彼が軍を離れても、再び復帰する手段も彼自身がプロデュースした。それには、この俺も参加した。

 

 そしてサンヒエロニモ半島の事件で壊滅したFOXの。精神的後継となる部隊、それを餌にビッグボスを一度は取り戻すことができた。

 だがゼロもその時は、わかっていなかったんだ。

 スネーク――ビッグボスは、ゼロと共に消されることなく再びFOXの技術を後に残そうと考えて戻ったが。ゼロにとってはFOXなど過去のものでしかなかった。だからビッグボスが新しく立ち上げる部隊は、言ってみれば本人を自分の近くに縛り付けるための足枷でしかなかった」

「……だから、国を捨てた」

「最終的にはな、そうだ。そうなった。

 

 だが、もうひとつある。

 ゼロが考えた『恐るべき子供たち』計画。そう、イーライのことだ。ボス」

「恐るべき、子供達」

「それはいきなりだった。彼は”当時の仲間”には何もつけずに消えた。ゼロも、俺も、必死に探したが見つけることはできなかった」

「そしてMSFを……」

「彼はすべてに失望し、絶望したんだ。

 国は政治でその色をなんでも好きに変えてしまう。軍もそんな政治に付き合って一緒に態度を変じてみせる。ビッグボスの力だけで本当に作りたい部隊は、あの国の中では期待できない」

「国家なき、部隊」

「OUTER HEAVEN、それが彼の夢の実現。だがな、ボス。もうわかるだろう?」

「?」

「俺は、オセロットは。そこには名前を連ねていない。俺は、ビッグボスにその資格がないと見捨てられたんだ。そして、それを自らが証明していた」

「いや、なぜそうなる?違うだろう、オセロット!」

 

 このスネークがそう声を上げては見たものの、オセロットの自嘲めいた笑いの浮かぶ顔は変わることはなかった。

 

「皮肉だな、あんたはこんな俺を弁護してくれるのか。だがあんたの存在が、そうなのだと俺に教えてくれた」

「俺が?俺が何を――」

「俺たちがあんたに期待したのは、影武者であればよかった。デコイで十分。だが、あんたはそうじゃない。それ以上のものだ。

 今、このマザーベースでは。あんたをビッグボスをだと認めない者はいない。あんたの活躍は、本物とだって引けはとらない。あんたが自分で言ったように、あんたはすでにビッグボスへとなろうと。成り代わろうとしている」

「……」

「その権利が、あんたにはある。あんたは――彼の、蛇の系譜、そこに連なる一人となった。あんたが自分の力で、その場所を勝ち取ったんだ」

「――そうかもな」

「そして俺は気づかされた。俺は、俺はずっとビッグボスの友人だった。だが、それだけだ。

 俺は彼の夢を引き継ごうと、未来しか見なかった。だがその方法が間違っていた。この世界に必死にとどまろうとする彼を、ただひたすら守り続けるだけで満足してしまった」

 

 悔恨、そんな表情をこの男もするのだと始めて知った。

 

「それが、嫉妬か」

「そうだ……あんたに嫉妬した。俺は自分の、自分が本当に望む姿をあんたに見せ付けられてしまった。『あんた次第だ』、これは最初にあんたに俺が伝えた言葉でもあった。

 あんたは自分の力でビッグボスの伝説をよみがえらせた。そして、彼と同じように未来をともに築く道を進もうとしている。あんたは、今や彼の正当な後継者になった」

「俺が、ビッグボスの後継者だって?」

「もし今、片方のビッグボスが倒れても。彼の夢はもう消えることはない。あんたがいる。あんたがもう一人のビッグボスとなって、この世界にOUTERHEVENを実現させる」

 

 それは言われるまで、確かに本人でも考えてなかった事実であった。

 

「俺は蛇にはなれなかった。そのチャンスを手にしておきながら」

「だが、オセロット――」

「いいんだ、ボス。これはあんたには迷惑なだけの話だ。俺個人の、くだらない話だ。

 そして俺はこんな日を迎える機会を、心のどこかでずっと待ってもいた」

 

 オセロットの言葉には別れの時間が、もうすぐそこまで来ていると告げていた。

 

「今夜、俺とミラーからあんたを解放する。この先はあんたの好きにしてくれ。処分も、できるだけしやすく立ち去らせてもらうつもりだ」

「オセロット――」

「蛇とオセロットは再び敵となる。懐かしい感覚だが、それでいい」

「わかった。だが、本当にそれでいいのか?」

「ああ。俺はこれから、俺の戦いを。ボスの口にする未来のための戦いを始める。俺なりのやり方で」

「俺を呼び出し。すべてを告白し、任務を明らかにしたのはそのためか」

「そうだ、それがこんなみっともない決闘を仕掛けた理由でもある。だが、その前に”俺に課せられた任務”もやりとげさせてもう」

「”お前の任務”だと?」

 

 遠く夜の空にうねる国運を見続けるオセロットの目にはいつになく力強い光が輝くはじめていた。

 

「お別れだ、ビッグボス」

「わかった――お前も元気で」

「ふふふ、俺を止めないんだな。スネーク」

「さらばだ、友よ」

 

 対決を終えてから、結局2人の視線は一度として合わさることはなかった。

 オセロットはそのまま力強く屋上の端まで歩きながら、懐から起爆スイッチをとりだし躊躇せずにボタンを押した。

 

 新しく延長された戦闘班プラットフォーム上の建物の中から爆破音が次々と起こり始める。

 建物の内部につながる扉の数々が吹き飛ばされ、炎を吐き出し。最後にプラットフォームを支える支柱から爆発する。

 あのカリブの夜、それを思わせるような爆破がマザーベースの片隅でおこなわれている。

 

 

 スネークは、スイッチを押して早々に屋上からプラットフォーム下の海に向かって飛び込んでいくオセロットの背中を見届けると。自分も足を引きずりながら、反対方向に駆け出した。

 階段から建物の壁面にのたくるパイプ管にしがみつき、地上までするすると足を怪我している男とは思えぬ素早さで降りていくと、やはり彼もまた夜の海に向かってダイブする。

 

 

 この夜、最初の変事を察したマザーベース内に。襲撃を伝えるサイレンがこの時ようやく鳴り響き始めた。




続きは明日。


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Locked on

『本部、こちらC3班。3号の脚底部に到着。これより確認を開始』

『了解』

 

 ウォンバットは通信を切ると、チームに進むよう目で合図を送る。

 マザーベースへの攻撃と思われるこの騒ぎが起きてから45分が経過しているが、未だに敵の姿を見たとの報告はどこからもあがっていない。

 混乱の中で、司令部は中央プラットフォームへの防備と監視を強化しつつ。巡回部隊を複数、これを放流した。

 

 ウォンバットとワームも、それぞれが部隊を率いてプラットフォームの上から下まで。余すところなくすべてを確認して回っているのだ。

 

「このD棟は脚底部と唯一つながったルートです。次の階段を下りた先に、そこへと下りていく梯子があるはずです」

「わかった。全員、気を抜くなよ」

 

 ゴム弾を発射するS1000ショットガンをしごきながら、自分が先頭に立って階段を下りていく。

 

「どっち?」

「左です。7メートル先にある右の扉の向こうが目的地です」

「……」

 

 ここはなんというか、異様な静けさに支配されている。

 パイプ内を通っている水気が、ポタリポタリと床に落ちるだけでかなりの音として認識することができる。本当に無音の世界だ。

 

(辛気臭い――墓場みたいで嫌だな)

 

 緊張感みなぎる中でも、ウォンバットはまだまだ余裕なのか。そんなことを考えている。

 スクワッド時代も彼女は新人であったが、この部隊でもそれはあまりかわっていない。なのに、あの時の勇名が皆に衛生兵の彼女をリーダーと認めさせ。そして実際、そう悪くない指揮ぶりだとちょっと思っている。

 言われた先にある扉を男たちが気合を入れてあけると、レッドランプに照らされた部屋の中へと侵入を果たした。

 

「扉がもうひとつある。この先なの?」

「もう2つあります」

「急ぎましょう、この調子だとすべてのプラットフォームを調べる前に朝になる」

 

 最後の扉を抜けると、そこは巨大な吹き抜けとなっていた。

 レッドランプに照らされた、たったひとつの下にのびている梯子だけ。ウォンバットは下に向かって軽く覗き込む。

 飛び降りる、なんて選択肢はありえないだろう。こうして見ても軽く30メートル以上はある。

 

「これから降りる。あえて、言っておくけど――武器を持って梯子を滑り降りようなんていう間抜けはうちにはいないと思ってる。思っていいのよね?」

 

 笑い声が出る。

 まぁ、あえて言ったのでそれでいいのだけれど。せっかくなので念を押すことにする。

 

「挑戦者がいるなら、先頭を譲ってあげるわよ。あと、家族には『残念ながら息子さんは間抜けにもビルの屋上から飛べると思っていたようです』とも書いてやる」

「ひでぇ」

「いない?死後の世界にいきたい冒険者は?

 なら、兵士しかいないと理解していいわね。下まで降りるわ」

 

 無線に耳を傾けながら、掴む梯子のひとつひとつを確実に降りていく。

 司令部はどうやら混乱しているようだった。ビッグボス、カズ、オセロットが自室にはいなかったようだ。安全を確認した中央プラットフォーム内にも彼らの姿はないのだという。

 

(なにかがおこっているというの?)

 

 この混乱が始まって1時間を過ぎようというのに、あのビッグボスがどこにも姿を見せないというのは不安になる。なにかあったのではないか?思えば、MSFもこんな混乱の中で当時。XOFの襲撃を受け、海に飲み込まれていったのだと伝説は語っている。

 

 今日の自分たちが、そうならないと誰が保障してくれる?

 

「――司令部?」

『こちら司令部、なにか?』

「C3です、脚底部に到着。これから――」

 

 吹き抜けの中はなぜか機械音のようなそれでやかましい。

 耳からはそれを聞き分けることで精一杯であったが、ウォンバットの感覚に違和感がひっかかった。

 

『チームC3?どうしました?』

「すいません――今、ちょっと」

 

 ウォンバットは情報端末でもある無線を握り締めながら、必死に違和感の正体を探ろうとする。

 彼女に続いて、ついに部下の全員が到着した。

 

『C3?ウォンバット、どうしました?』

「……おい、下がれ。音を立てるな、武器を構えろ」

「隊長?」

『C3?C3、ウォンバット?』

 

 ウォンバットはゴム弾を持ってきた自分をしかってやりたかった。そうだ、ボスは言っていた。”こんなもの”は戦場でどれほど役に立つのか、わからないと。

 やりたくはなかったが、狙撃兵からライフルを”取り上げ”て構える。

 脚底部のハッチに向けて複数の銃口が向けられるが、これに何の意味があるのかわかっているのはここにいる中でウォンバットだけだった。

 

「……なんです、これ?」

「しっ!静かにして。もうすぐ、もうちょっと――」

 

 言いながらウォンバットは弾の装填を確認するとスコープをのぞく。

 すべての感覚が、何かを察知して接近を告げていた。あと数秒、そして相手はこちらにまだ気がついていない。

 ウォンバットの感覚がわからない部下たちは一応は彼女の指示に従うも。こんな場所で皆で突っ立って構えていて、どうするんだという疑問からどこか懐疑的だった。

 

 キュイ、キュュイ。

 それはいきなりのことで、男たちは両目を大きく開いて驚いた。

 目の前にあるハンドルが勝手にゆっくりと動いている。その向こうには誰かがいるのだ、間違いない。

 

 ウォンバットは無線を切った。

 だが同時に、ハンドルは動きを止めた。その瞬間、ウォンバットはまずいと思いながらもなぜか声を張り上げた。

 

「出て来い!こちらはすでにお前を確認している。出てこないなら、こちらから攻撃するぞ!」

 

 これで相手もこちらが女だとわかったはず。

 そして仲間にはできるだけ床の上にある蓋状の扉から離れるよう。部屋の壁際へ下がるように、手で指示を出した。

 普通、扉の向こうから「お前たちを攻撃する」と言われたら敵はどう反応するだろうか?

 ウォンバットにはこの敵からの殺意を感じ取れなかったので、あえてそれをつきつけることで反応を待とうとしたのだ。

 

 動きを止めていた扉のハンドルが、いきなり力強く。そう、遠慮せずにぐるぐると回り始める。

 

「相手を確認する。発砲は禁止、わかったね?」

「了解、隊長」

 

 ハンドルがついに回りきって再び動くのをやめると、ウォンバットは部下の一人に命じて扉を開かせた。

 

「動くなよ。投降しろ!」

「――ウォンバットか?これ以上、体の穴を増やすのは勘弁してくれ」

「ボス!?ビッグボスですか?」

 

 慌てて銃口をむけるのをやめさせると、相手の姿を確認する。

 そこには思ったとおり、どうやら水泳をしてきたばかりのビッグボスが困り顔で両手を挙げて降伏していた。

 

「こんな時間に、なにをしてるんですかっ。いえ、それよりもどうしたんです?」

「いろいろあったんだ」

「色々って――。本部は混乱しています。ボスも、副指令やオセロットがいないって」

「そうか」

「隊長、無線で知らせたほうが」

「そうだ。そうね、急いで――」

 

 戸惑う中で連絡を入れようとする部下の手を、スネークは止めた。

 

「ボス?」

「俺のことはまだ、秘密にしてくれ」

「……こちらC3、本部聞こえますか?」

『C3!?よかった、連絡が取れなくなったので。どうしましたか?』

「いきなり電波がとぎれたようです。こちらは何もありません。脚底部に到着、これから海面を見てきます」

『まだ暗いので外には出ないように』

「了解――C3、アウト」

 

 連絡を終えるとウォンバットは慌ててビッグボスの足元にしゃがみこんだ。彼の足から出血していることに気がついたのだ。

 

「撃たれてますが、弾は残っていないようです」

「ああ、確認したからな。それでも海水はキツかった」

「無茶しましたね。うちの班長、感染症を疑ってボスを数日は入院拘束すると騒ぎますよ。きっと」

「――ウォンバット、お前は俺と来てもらいたい。いいか?」

 

 ビッグボスはいきなりだった。

 

「構いませんが、なにがあったのかまだ教えてもらっていません」

「今は駄目だ。お前の部下たちにも頼みたいことがある」

「はい」

「できるだけほかのやつらに見つからないように本部にいってもらいたい。あと、ひとつだけ……」

 

 ビッグボスの命令を聞くと、部下達は了解しましたと答えて先にここから立ち去っていく。その間も、ウォンバットの治療は続いていた。

 

「私達は、どうするんですか?」

「ワームと話したい。あいつの力も借りたい。あいつだけ、呼び出す方法はないか?」

「できます。スクワッドで使っていた周波数でなら、あっちのiDroidが拾うはずです」

「……そうか」

「これでいい。どうですか?動けます?」

「ああ、悪くない。いい腕だ」

「運がよかったようです。ダメージが少ないよう、骨や筋肉の間を縫うように貫かれてます。これなら傷口もそんなに残らないと思います」

「腕がいいからな、奴は」

「え?」

「なんでもない、準備はいいか?」

 

 ビッグボスが何も武器を持っていないことを知っていたウォンバットは、自分の腰に下げたハンドガンを渡す。そして傍らに部下が置いていってくれた狙撃銃に手を伸ばした。

 

「おい、ウォンバット。お前、衛生兵じゃなかったのか?」

「え?」

「何でお前が狙撃銃をもっているんだ?それは――」

「え、えーと。それはですねぇ」

 

 スネークの目が何かを思い出すと、やれやれと呆れた表情を作り。ため息を吐き出す。

 

「さっきの連中の中にショットガンを持っていた奴がいたな。あいつは確か、戦闘班で狙撃兵の訓練をしていた」

「あ、あははは」

「青いテープが巻いてあった。ゴム弾を使うやつだ。ウォンバット、お前――」

「す、すいません。ボス」

「いや、いい機会だ。今度から狙撃も、俺がみっちり教えてやる」

「薮蛇ダッタか」

 

 言いながら2人は立ち上がる。

 

「時間は、最初の爆発からどれだけたった?」

「約1時間です」

「――間に合うといいが」

 

 先行させ、司令部に送った連中には自分がいなくてもこれまで通りの行動を引き続き続けるように。ただし、例の”聖櫃”と呼ばれているプラットフォームには誰一人近づけるな、とだけ伝言していた。

 この夜、最後の舞台はあそこだ。

 

 いや、もう開演の時間は過ぎてしまっているのかもしれない。




続きは明日。


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反逆指令

 聖櫃と呼ばれる小さな貨物プラットフォームの中にいてもそれは聞こえていた。

 異変の際に用いられる、繰り返し伝えられる館内放送のことである。

 

 兵士は周囲の安全を確認し、中央の司令部と連絡を取る努力を続ける。連絡後に特に指示がなければ持ち場からは決してはなれず、冷静に行動せよ。司令部は状況の把握に全力を尽くしている。

 

 とはいえ、きっと今頃は混乱しているだろう。

 

「ずいぶんと騒がしくしてくれたんだな、貴様は」

「……」

「この放送を聴いただろう?騒ぎになっている。当然だ、俺たちも姿を消しているんだからな。何がしたかったんだ、一体」

「――そうする必要があった」

「ほう、そうか!俺をこんな深夜に呼び出しただけでは足りなかったのか?貴様、プラットフォームをひとつ丸ごと海に沈めたというじゃないか。あれは金がかかってる、どういうことか説明してもらおう、オセロット」

 

 カズの声は不機嫌だった。

 近づきたくはない忌まわしい過去につながる品々を”彼なりに封印”した場所に呼び出され、騒ぎをおこされ、そのためにプラットフォームをひとつ丸ごと消されてしまった。

 相手がオセロットでなければ、つかみかかるだけではすまないほど怒りを感じていた。

 

 その一方でオセロットは気だるげであった。

 いつも以上に西部劇を思わせる格好だが、なぜかこの暗い海を夜泳してきたらしく頭の先からつま先まで。濡れそぼって、なんだか見れたものではなかった。

 

「カズヒラ、お前と会う前にあっておきたい人がいたんだ」

「ほう、誰だ?それでこの大騒ぎをはじめたのかっ」

「そうだ」

「ふざけているのか?そんなこと、ボスにどう説明を――」

「ボスは何も言わない」

「なんだと!?」

「俺が会っていたのは、彼だ。俺は彼に会って、辞表をたたきつけてきた」

「……なにをいっているんだ、オセロット」

 

 なげやり、とは違うのだろうが。

 問われた先からあっさりと答えを口にする目の前の男の異常な様子に、カズはなにやら不安を覚えてきたのだった。

 

 そして辞表だって?

 自分達はどこかの会社に勤めている社員ではない。

 ここにいるビッグボスを支える、そのために必要な共犯の関係が自分達だ。これは片方がサヨナラしてもかまわない、なんてものではない。これは――。

 

 カズの心臓がひときわ高く鼓動を刻む。冷たい汗が、背中を流れる。

 オセロット。こいつ、この男は何を考えている?なにをしようとしている?

 

「どういうことだ、オセロット?」

「なにがだ?」

「あれはあの日、お前が俺に言ったことだ。ボスを、ビッグボスを支えるのが俺たちの仕事だと」

「ああ」

「なのにお前は先に抜けると言い出した。どういうことだ?まさか――まさかあの時の言葉は嘘」

「あれは本当のことだ。言ったとおり、嘘はない」

「じゃあ!?」

「カズヒラ・ミラー。お前も俺と同じように、今日。このダイアモンド・ドッグズから去ってもらうことになる」

「なんだと!?勝手なことを言うな!」

「ああ。まぁ、そうだな。だがそうなっている」

 

 いい加減、カズも殴りかからない理由はどこにもなくなってしまったが。顔の筋肉をヒクつかせたのはわずかで、すぐにあのふてぶてしい顔へと変化する。

 

「お前がやめるのは構わんが。なぜこの俺が、お前と同じくここを去らねばならない?」

「……」

「このダイアモンド・ドッグズはそもそもこの俺が始めたPFだ。ボスに、あの男にその席を譲りはしたが、権利をすべて譲り渡したと考えられては困る!」

「ふん、どっちが会社員の言葉なんだ?カズヒラ、お前の今の言葉はまさにそれじゃないか」

「うるさい!黙れ!」

 

 次第にカズの心の中に恐怖が広がろうとしていた。

 オセロットの思惑が読めないでいた。この男が、直前にボスとどんな会話を交わしたのか。それも非常に気になっていた。

 

「貴様、なぜやめると言い出した?」

「もうボスには俺たちの力は必要ないからだ」

「ハッ、馬鹿な!あれはゼロが生み出したビッグボスのコピーだとお前が言ったんだぞ」

「ああ」

「それが俺たちの力は必要なくなった?どこを見たらそんな話になる!

 貴様、あのボスの部屋の中を見たことはあるのか?何もない、何もだ!そのかわりに俺や、お前が彼の”おねだり”で集めてきた過去のビッグボスの言葉。音声の入ったテープだけが、山となって机の上に積まれている。

 奴は、あの男は部屋に戻るとずっとあのテープを繰り返し、繰り返し。何度も何度も聞いては取替え、聞いては取替えして記憶を思い出そうとしている」

「知っている」

「奴がそんなこと、思い出すわけがないだろう!

 あいつはボスじゃない。別人の記憶が、どうしてあいつの頭の中に宿ることになる。テープの音声を聞き続けても、それは変わらない事実だ。

 それなのに奴はなにかを取り戻した気になって、ビッグボスになりきっている」

「そうだな」

「俺に言わせればな、オセロット。

 あれはただのサイコパスだ。酒を飲みすぎて酔っ払うように、ビッグボスの言葉を繰り返して本人になりきったふりをしている病人だ。そいつに俺たちの助けはもう、必要ない?

 

 ハッ!

 そんなわけがあるか。

 ゼロに、サイファーに奪われたあいつの人格、顔、記憶。それらのせいで穴だらけになった部分を埋めようと、奴はさらにビッグボスにのめり込む。俺だって少しは調べてわかっているんだぞ、オセロット」

「……」

 

 カズの顔が、これまでにみたこともないくらいに邪悪な笑みを浮かべていた。

 口元に薄い笑みを浮かべているだけのそれだったが、しかし反面。どこか器の小ささを感じさせる下卑たものがそこに混ざっている。醜悪さがにじみ出ていた。

 

「奴はビッグボスとしての今の自分を肯定するために、ますますビッグボスの幻にはまっていく。

 そのせいで消された元の人物の心は否定され、知らず知らずに傷つけられ。トラウマとなってあいつの現実に、侵していく」

「そうなるだろうな」

「見知らぬ亡霊に囲まれる毎日、それもどうしたって限界が来る。その時、俺たちがそばにいて。奴が現実を見失わないよう力を貸す。俺たちの任務とはそういうことだろう」

「……それだけか」

「なにっ!?」

「それで全部か、と聞いたんだ。カズヒラ・ミラー」

「何が言いたい」

 

 乱れた髪の先からまだ水滴が落ちていたオセロットは、この時ようやく片手で持って髪をかきあげた。

 それと同時に、それまでのしょぼくれた表情は消えると冷たく輝く瞳を持つオセロットの顔が現れた。カズは無意識のうちに身構えている。

 そこには確かにいつものオセロットが立っていた。

 だが、その表情の中には”自分の知らない”危険な目を輝かせる不気味な顔が見て取れたのだ。

 

「続きを自分の口からいいたくないというならば。俺がそれを言ってやろう」

「……お前、本当にオセロットなのか?」

 

 訝しげに発せられた問いは無視される。

 

「それはこうだ。『そしてボスが限界が来たとしても。俺たちの手で、彼がするべきことを導いてやる必要がある』」

「――そうだ」

「残念ながらそれは違う、違うぞカズヒラ・ミラー。それは”俺達の任務”じゃない。お前が勝手に作り出した、お前だけの必要のない任務だ」

「……」

「だが正しい部分もある。人が人を、他人を自由に操ることなど。他人に完全になりきることなど、できはしない。それはあのゼロであっても、不可能だ。ここにいるボスも不安定な、精神的なドッペルゲンガーにすぎない」

「それならっ」

「フッ、だからどうだというのだ?それがどうだというのだ?

 お前は肝心なことを忘れている。俺たちの目の前には今もビッグボスがいる。彼はドッペルゲンガーでしかないが、そもそもそれこそが彼の果たすべき役割だった。つまり俺たちの役目は終わっている」

「そんなことっ」

「ナバホの老人も言っていた。人体に侵入しようとする毒を中和するために免疫は必要だが、毒が体内になければ免疫は逆に人体の毒と変わる。今、このビッグボスにとって俺たちの存在は害になろうとしている」

 

 なにかが一変したかのように感じ、わずかに気後れを見せたカズであったが。オセロットがとうとうと、ダイアモンド・ドッグズにおける自分たちの役割は終わったのだと主張するのを聞いて、落ち着きを取り戻していく。

 まだ警戒の色が濃く残ってはいるものの、再びその顔にはあの歪みが浮かび上がってくる。

 

「そうか、俺たちは不要か。だがやめるならお前は勝手にすればいい。俺は俺で、好きにさせてもらう」

「ほう」

「ああ、そうだとも。俺は――」

「やはりな、カズヒラ・ミラー。お前はお前だ。また同じ過ちを繰り返してしまう」

 

 あの日にも感じたことをオセロットは嘲笑と侮蔑をこめて口にする。かつてあった、共犯者へのわずかなやさしさはそこには残っていなかった。

 

「お前が渡していた、ボスのテープ。今、あそこにはMSFが沈んだ後。ゼロが俺と貴様に連絡を取った際の記録も入っていると、お前は知っていたか?」

「……なん…だと?」

「俺が入れておいたんだ、知らなかったのか?

 そうだろうな、お前はそういう男だ。カリブの海で海賊狩りが終わってボスをゼロに奪われた後、ゼロの連絡を受けてお前は怒っていたな?

 ゼロにはなんと言われた?『カズヒラ・ミラー、ビッグボスはいつか必ず目覚める。その時、彼のそばにいてやってくれ』だったな。覚えているか?」

「――ああ」

「そうか、”そばにいろ”。それがゼロがあんたに求めたことだ」

 

 カズに向けるオセロットの眼光に鋭さと力が増した。そこには、はっきりとした憎悪と殺意がこもっている。

 

「あんたに”ビッグボスをコントロールしろ”とは言わなかったのにな!」

「何が言いたい?」

 

 オセロットはフンと鼻を鳴らす。

 

「あのゼロが、お前のようなうかつな男を再びボスの近くに置かせる。そう聞いたとき、俺もお前のことを調べさせてもらった。正直、貴様の経歴を見て良い印象はなかったよ。

 強大な力を手にすることへの欲求に反して、貴様は自分の弱さをコントロールすることにはまったく興味のない男だとすぐにわかった。ゼロが最初にあんたを選んだのも、それがわかったからだ。

 

 お前は過去のMSF壊滅の原因にずいぶんと執着していたな?本当はわかっていたのだろう?

 強大な武装組織となったMSFを、一夜でカリブの海に沈めたのは貴様が原因だと。逆を言えば、あの時ボスのそばにいたのがゼロであれば。あのような騒ぎは起こらなかったともいえる。お前はゼロには遠く及ばない」

「なにを!?そんなこと、後付でわかるわけがないだろう!」

「どうかな――俺はこれまでダイアモンド・ドッグズで、貴様を身近に見てきたが。この印象は今も変わらない。

 MSFではビッグボス、メタルギアZEEK、核。これを手にして貴様はゼロに。サイファーともこの先では肩を並べられると慢心した。その結果、ゼロを狙うスカルフェイスに気がつかないまま。接近を許し、足元をすくわれることになった」

「昔のことだ。いまなら何とでもいえる」

「ではここでのお前はどうだった――?

 スカルフェイスを倒したお前は、またもや不安定になっていった。理由をつけてボスをダイアモンド・ドッグズから離れさせ。その間になにもかもを進めようとして、失敗した」

 

 それは確かにそうだった。

 あの時、すべてはスネークがいない間に起きたことだった。

 彼がいない間に、事件のすべてが同時並行で進行し。彼が戻って混乱する事態を掌握しようとしたときは、もう手遅れなものが多かった。

 

「ヒューイと呼ばれていた科学者の裁判。

 ここにいるボスはあれをしきりに気にしていたが、貴様は大丈夫だとのんきしていたな。

 俺も思っていたよ、どうするつもりなのだろう、とな。

 

 その結果はひどいものだった。

 お前は証拠ではなく、証言で部下達を焚きつけることで、ビッグボスに処分を迫った。当然、彼は部下達の願いをかなえてヒューイをその場で処分するだろうと十分に目算を立てた上でのことだ。A.Iはあったことをそのまま記録することはできる。

 当時のありのままの事件当時の本人達の言葉はあるが、ヒューイ自身の動機となるような証拠までは読めないし、見えることもない。

 だが、証言があれば人はそれを信じたがる理由にすることはできる。お前は部下達にヒューイを憎む理由をみせたにすぎない。あれは裁判ではなかったし、なるはずもなかった。

 

 だが、彼は貴様の思惑をこえた。

 その理由を自らの言葉で話し、部下達の怒りを吹き飛ばしてみせた。私刑の場が、終わってみれば見事に裁判のそれとなって終わっていた。

 

 だからなんだろう?

 貴様はあの時から目の前にいるビッグボスを恐れ、敵とした。貴様は未来ではなくあの瞬間に、貴様自身がもっとも嫌ったヒューイやスカルフェイスと同じ場所を選んだ。ビッグボスの敵となった」

「馬鹿な!」

「クワイエットの逃亡、まるで待っていたようなタイミングだったな。知っていたのだろう、マザーベースから離れようとしている彼女に。

 

 そしてお前はクレムリンに彼女の情報をリークした。

 

 彼女を取り押さえる方法は多くはないが、弱点を突けばスカルズにも匹敵する狙撃手も脅威にはならない。

 奴等は捕らえてまず、なによりも先にクワイエットに衣服の着用させた。あの国の男達の気質は荒々しいのはおれ自身が良く知っている。あんな姿の女性に気を使って服を着せる紳士はいない。まずは軽く嬲ったあと、裸で引きずり回したっておかしくない連中だ」

「……俺は、知らん」

「そうか?クレムリンも貴様の求めるものには興味を示さなかった。

 捕らえたクワイエットを追って現れたビッグボスを狙って大軍を差し向けてきた」

「……」

「これひとつだけでも、貴様がボスの役に立たない理由には十分だ。

 だが、認めないのだな。いいだろう。

 

 子供はOUTERHEAVENには入れない――ボスにそういったそうだな?

 だがそれはお前が勝手に言ったことだ、彼の言葉じゃない。なにより、現実の戦場を見ていない。

 少年兵など、どこの戦場にもいる。なのにお前はそれを否定するように、見ないようにつまらない小細工をしていた。

 

 そしてどうなった?

 無様な話だ。部下に戦場に向かうのにわざわざゴム弾だの麻酔だの使わせ。優れた技術を持つ兵士に危険などないのだからと黙らせて出動させた。

 それなのに肝心の少年兵達はそれを不満に思ってダイアモンド・ドッグズに反旗を翻す」

「イーライ。彼は、あのビッグボスの息子だと思ったからだ。実際、そうだった」

「それが貴様のあの事件への言い訳か?

 あいつはここにいるボスにむかって言い放ったよ。『世界を敵にまわし、全てを焼き尽くす』と。だが実際はどうなった?

 小さな島がひとつ焦土となっただけだった。

 

 ”ビッグボスの息子”とはいってもこの程度だ。

 子供の口にする世界なんてものは、あれほどの少年でも島ひとつ。それで終わりなんだ、気にする話ではない」

「むぅ」

「そしてお前はまだ、ボスをコントロールできると執着している。マザーベースに蔓延させた「ビッグボスは偽者だ」というメッセージ。あんな説得力のかけらもない噂、ひとつだけでな。諦めろ、お前はまたもや失敗したんだ」

「……フン、言っている意味がわからんな。オセロット」

「なに?」

「俺には何のことを言っているのか、わからないと言っている」

「ミラー、貴様……」

 

 居直るつもりなのだ、とすぐに理解できた。

 本当に諦めの悪い男だ。

 

「お前はなにやら言っていたが。それは言ってみれば”お前が勝手にそう考えた”というだけの事。おれから言う事は何もない」

「やれやれ」

「だからやめるというならば好きにしたらいい。だが、俺が貴様と仲良く肩を並べてここを出て行くと考えているなら。それは大間違いだ、オセロット」

「この期に及んでまだそんな事を……観客もさすがに興ざめをおこすぞ」

「ここをやめたというならお前はもう仲間じゃない、俺のことは気にしないでくれ」

「これでも随分とやさしくしてやっているんだぞ、カズヒラ・ミラー」

「知らん。俺には貴様の口にする事に、覚えは――」

 

 ない、と言い切ろうとしたカズであったが。

 銃声がそれを遮った。オセロットがいきなり、リボルバーを抜いたのだ。

 それはカズの杖を真っ二つにすると、バランスを崩してはよろよろとその場で地面に尻餅をついてしまう。撃ったオセロットは銃をホルスターには戻さず、手で回して遊びだした。

 

「なにをする!?」

「カズヒラ、お前がいい位置に立っていた」

「俺を――殺すのか?」

「そうなるな。お前はボスの敵になった。認めなくても、誤魔化そうとしても。お前はもうそうなっている。

 ここにいるビッグボスはまだお前を許しているが、どうせこのままならお前が憎んだヒューイと同じく、裏切り者として追放されることになる。

 

 だが、困った事にお前は確かに優秀だ。

 自分の立場がなくなったと理解すれば、あせって馬鹿なことをしでかさないとは限らない。ここにいるボスを、彼を殺そうとするかもしれない。そんな危険は冒せない」

「戦えない男を、撃つのか?」

 

 カズの言葉を聴くとオセロットは嘲笑した。しながら、答えた。

 

「違うなカズヒラ・ミラー。お前は戦えないんじゃない、戦わないことを選んだんだ。それだけでもボスとは違う。

 ボスは腕と過去の全てを失っても戦場に立つが。貴様は失ったものはそのままで、戦場にいる。副司令官という椅子に、ここで唯一許された”政治家”となって兵士達に命令している」

「俺が、政治家だと!?」

「そうだ、何だと思っていたんだ?

 ダイアモンド・ドッグズは武装組織だ。戦場で戦えないやつの居場所はここにはない。

 だから兵士は、貴様からでた命令はビッグボスのものとして受け取る。お前はボスの考えを知り、そのために必要な事を考えて実行する。それだけだ、お前の考えている自分の意思なんてものは元からここにはなかった」

「政治……俺は政治で、ここに食い繋いでいたと。侮辱するのか、オセロット!」

「怖い声で言わなくていい。事実だ。

 実際に現実を見てみろ、お前はまるで――」

 

 オセロットの演説は唐突にそこで終わった。

 リボルバーの回転を止め、表情は固まり、眉が跳ね上がる。あまり見たことないオセロットがいた。

 彼の視線が、部屋の入り口で震えながら自分にライフルを向けている。一人のダイヤモンド・ドッグズの兵士の姿を捉えていた。




明日は私用のため更新不可、続きは明後日に。


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コドク

今回、重要なお知らせが最後にあります。
それではよろしくお願いします。


兵士の銃口はぴたりとオセロットの頭に向けられているが、その声は逆に震えているようだった。

 

「オセロット、これ以上は。やめて下さい」

「……」

 

 複雑な表情を浮かべていたのは一瞬で、オセロットの顔はいつも見慣れた無表情なそれに戻っていく。

 兵士を見つめるのをやめ、崩れ落ちているカズの方をむく。

 

「2人だけで、と言った筈だが?水漏れが多いな、副司令」

「――おいっ、こっちだ。奴を拘束しろ」

「え、えっと」

「助けてやれ。そいつは一人では、何もできない奴だ」

「こっちだ!手を貸せ、それから拘束しろ。そいつだ、裏切り者だ!」

 

 兵士は動けなかった。

 というよりも、どうしたらいいのか判断できなくなっていた。

 彼らが争う直前の会話、それが間違いでないのなら。例のマザーベースに広がった噂、あれは事実ということになる。ビッグボスは、本人ではなく。別にいるということになる。

 

 そしてさらに、この2人はそれを承知で偽者を助けるのが任務だといっていた。

 思わず見ていられなくてこうして銃を構えて姿を見せてしまったが。話の不穏さを思い出すと、このまま素直に副司令官の指示に従うべきかどうか、迷いがある。

 

 ところが意外なことに、そんな兵士の背中を押したのはオセロットであった。

 

「――いってやれ、奴のところへ」

「そうだ!こっちだ、手を貸してくれ」

「……しかし」

「”俺はもう違う”が。奴はまだ、”ダイアモンド・ドッグズの副指令”殿だ。お前の上司にかわりない、従うべきだ」

「早くしろ!なにをしている!?」

 

 オセロットになぜか諭され、見詰め合っている2人の姿におびえているのだろうか?

 カズは騒がしく自分のところへ来いと部下に怒鳴りつけているが、兵士はオセロットにそういわれてしまえば、彼の勧めに従わないわけにはいかなくなってしまった。

 静かに、ゆっくりとカズの隣へ行くと。失った彼の腕の付け根をつかんで立たせてやる。

 

「……怪我は?」

「ないっ。よし、いいぞ」

 

 杖を失った代わりに、カズは展示されているスカルフェイスのアイマスクが収められたケースによりかかる。

 そして空いた手で、いきなり部下の持つライフルを取り上げようとした。

 

「なにをっ!?」

「オセロットを逮捕するんだ。いや、射殺しろ。これは命令だ」

「なっ、正気ですか!?副指令」

「撃て!奴はボスにも銃を向けた。裏切り者だ!殺せっ」

「彼はオセロットです。ボスの友人です」

「だから危険なのだ!奴は脅威だ、ボスにとっても。俺達にとっても。だからここで今すぐ、殺さなくてはならない!」

「本気ですか!?」

「裏切りは、許さん」

「副指令!」

 

 カズは握ったライフルを放そうとはせず、部下もそれを許しはしなかった。

 混乱が熱をいっそう激しくし、もみ合いが始まろうとしている中。オセロットは奇妙なほど冷静に、静かに眼前の2人ではなく。部屋の中を見回し、何かを探していた。

 

(ふむ、出来そうだ)

 

 そんなことを思うと同時に体が動く。そこに躊躇など微塵もない。

 ホルスターへと収めていた銃が再び電光石火で引き抜かれると立て続けに発射音が響く。それにわずかに遅れて、もみあっていたカズの前に立つ兵士が「あっ」と声を上げ、ゆっくりとそのまま崩れ落ちていこうとする。

 

「おい、おいっ。まさかオセロット、貴様!?」

「ひどい事故だったな、副指令官」

 

 床に崩れていく部下が最後までライフルを放さなかったせいで、カズはライフルを手にすることは出来たものの。それの銃口を握ってしまい。杖の代わりにしないと立てなくなっていた。

 

「事故だと!?今のどこが、事故だというのだ!」

「とぼけなくても見れば誰でもそう思う。カズヒラ・ミラー副指令官。この部屋に設置された、今の一部始終を”お前の監視装置”がすべて記録していたはずだ」

「……」

「それでも俺を殺したいか?いいだろう、やってみろ。だが俺は殺されてやるつもりはないが」

「……彼が死んだのはピストルの弾だ。ライフル弾ではない、調べればすぐにわかる」

「ならここにビッグボスが来るのを待つといい。試しに彼と彼の仲間達に、ここであった状況を説明してやれ」

「オセロット――オセロット、俺をハメたな。最初から」

 

 オセロットは両手を大きく広げると断言した。

 

「当然だろう?なんのためにお前をここに呼んだのだと思う?忠告も、警告も。とっくの昔にお前にはしてやった」

「うぅむ」

「お前がみっともなくも、自分の立場を悪くしているとも気付かずにボスを取り込もうとするのは今日を限りにやめてもらう。それにここからの脱出方法くらいは用意しているのだろう?」

「オセロットォ」

「もう気付いたはずだ。冷戦は終わる。すぐではないが、その日は遂に訪れる。

 旧約聖書にもあるだろう。2頭1対、神によって生み出されたベヒモスとリヴァイアサン。

 ソ連は大地を貪欲に求めたが、スカルフェイスの裏切りによってサヘラントロプスを失い。ただでさえ危険とされた経済の復活が急務となった。アフガンも遠くない未来に、戦場はなくなる。

 

 そして米国も、それは変わらん。

 自分達で、自分達の敵は強大だと吹聴し。こちらは力を貪欲に求めた。

 冷戦が終われば、彼らのこの冷戦という公式は破綻し、自分の巨体のせいで苦しみだす。新しい敵が必要となり、新しい体制や時代を求めるようになる」

「オセロット」

「同時に世界に電子の網が下りてくる。ゼロの意思が、世界に侵食していく。

 その前に!ビッグボスは世界に楔を打ち込もうとしている。そのために、俺たちは今日。ここでビッグボスを、俺たち自身もビッグボスからの解放を果たす!」

「……認めない、そんな世界を。俺は認めない」

 

 カズは絞り出すような声を発しつつ、ようやく己の脇にライフルを挟み込み。フラフラとしながらも、オセロットに銃口を向けようとする。

 頼りなくブレる重厚を見つめるオセロットは、しかしそれをまったく危険なものとは見なしてはいない。

 

「自己満足、程度の訓練しかしない貴様の腕で。俺は殺せないぞ。カズヒラ」

「黙れ、オセロット」

「聞け、カズヒラ・ミラー!夢を見る時間はこれで終わりだ!

 この先に未来、生きていたいというなら俺と同じく。すぐに逃げたほうがいい!

 セーシェルの夜明けの海は必死に泳ぐだけでは生き残ることは難しいぞ。だがお互い、未来に予定がつまっている。ここで死ぬなら、その程度だとあきらめてもらおう」

 

 オセロットの反対の手に、いつの間にかスイッチが握られていた。

 カズの顔色が変わるが、オセロットはわざとわかるようにそのスイッチを床に落として見せた。

 

「もう押した、爆破はすぐに始まる」

「貴様ぁ」

「優秀とは言ったが、やはり貴様は馬鹿だな!カズヒラ・ミラー!!」 

「オセロット。おのれ、オセロットォ」

 

 カズはオセロットの目的をついに完全に把握することが出来た。

 だが、それでは手遅れだった。

 彼は最初から、このスカルフェイスとXOF。サイファーへとつながる情報が集められたプラットフォームを海の底へと沈める算段をつけていたのだ。

 

 ミラーを殺す、殺さないとやってはいたが。

 実際はそんなことはどうでもよかったのである。

 

 直前にビッグボスを襲い、深夜の”聖櫃”で2人会話を交わした姿はオセロットの言葉通りなら映像が記録として残ってしまっている。今のカズに、これを表に出ないように画像を抑える方法はない。

 オセロットは2つのプラットフォームを沈めて姿を消す。そこでカズがのこのことマザーベースへ戻れば、当然最後に交わした会話の内容について問いただされる。

 

 カズはそれに答えることは出来ない。

 

 ビッグボスの――このスネークの真偽はオセロットとの間のことではないのだ。

 本物のビッグボスも、そして皮肉なことにあのゼロが、サイファーとの間にあったMSF壊滅の直後から交わされた”呪わしい契約”なのだ。

 全てをここでぶちまけようとすればカズは単身で、サイファーとビッグボスに敵対することになる。

 

 そしてオセロットは念入りに、もみあうカズと兵士を演出させ。一人を死体に変えた。

 ダイアモンド・ドッグズの部下達は副指令のよどみない証言だけでは納得するには足りないと言い出すかもしれない。

 

 ここで自棄を起こして兵士達に「ボスは偽者だ」と叫んでも。

 その理由がいえない以上、人心はどうしたって離れていってしまう。

 オセロットの言うとおり、カズヒラ・ミラーの運命はこの瞬間には決められてしまった。

 

「これでお別れだ。さらばだ、友よ」

 

 オセロットの別れの言葉と姿に、カズは気がつくことはなかった。

 足元の底のほうから、連続する爆破音とともに振動が伝わってきていた。それは彼の記憶のそこにある、あの夜の恐怖をすぐにも思い出させていた。

 

 カズはライフルから弾倉を引っこ抜いて床に放り出すと。

 それを杖代わりにして必死の形相でその場から逃げ出した。死にたくはなかった。死ぬつもりはなかった。

 オセロットもそのときにはすでにこの場所から姿を消している。最後の時が、迫ってきていた。

 

 

 

 マザーベースにつながる小さな貨物プラットフォームを、ダイアモンド・ドッグズの兵士達は”聖櫃”と呼んでいた。

 そこには彼らと、彼らの仲間だった勇者達による”激動の1984年”のすべてが収められてはいたが。兵士達はこの場所を、なぜか近寄りたがらずに避けていた。

 

 彼らの輝かしい勝利の記憶には、常に悲しい仲間の無残な死がついて回っている。

 今も戦場に出向いて戦う彼らにとって、死者との面会に近い思いを抱くその場所は奇妙なことに墓にいることと同義になってしまっていた。

 

 その全てが今、明け方でいっそう暗い海中へと引きずり込まれていこうとしている。

 

 第3の少年、そうよばれた超能力者の記録の一切がそこにはあった。

 

 炎の男、さらに過去の戦場から蛇に恨みの炎をたぎらせた”敵”も。ここで静かに安置されていたが、最後が来てもいつかのようにむくりを体を起き上がらせる、なんてことはなかった。

 

 己を”ビッグボスの息子”と称した危険な少年兵、イーライ。そして武器を、戦場を求めた狡猾で純粋な少年兵達。ダイアモンド・ドッグズに回収された彼らの記憶も、ここには残されている。

 

 スカルフェイス、彼に率いられたXOF。

 彼らが目指した奇怪で異様な平和の実現。その野心の記録は大半は別に封印されてはいたが、残る記録はここに収められていた。もはや現実からは抹消されてはいたけれど、文書やフィルムなどの形はまだここにはあったのだ。

 

 そして――。

 そして、サヘラントロプスである。

 

 蛇ではない蛇に、ビッグボスではないビッグボスに。

 スネークの前に立ちふさがるように何度も霧の中から現れた巨悪の象徴、メタルギア。

 

 敗者となり、一度はダイアモンド・ドッグズの勝利の証として晒される屈辱をうけた存在も。

 今はその時のように毅然として2本の足で立ち上がり。勝者を悠然と見下ろすことはもう、できない。

 そこに存在しているだけの死者の隣で敗者にふさわしい姿で、なにものかに許しを請うように体を小さくして鋼鉄の床に這いつくばっている。 

 

 

 これらの全てが無慈悲に海中に飲み込まれていこうとしていた。

 プラットフォームを支える支柱が破壊され、傾いたプラットフォームの中で全てが一方の壁に向かって重力に逆らえずに滑り落ちていく。

 

 綴じられ、まとめられていた文書や写真はぶちまけられ。

 もはや動くことのない遺体は、ガラスケースを突き破ってケース類のうえに暴力的に投げ出されている。

 そしてサヘラントロプスは――。

 壁にすがるようにしていて、ここでもやはり許しを請うているようにしか見えない。

 

 その一切を海水が満たしていく。

 暗い部屋をわずかに照らしていた非常灯は、水没した数十秒後に光を失った。

 数分後には、建物自体が沈みながら引き裂かれ。海中に全てが撒き散らされたが、その全てを海底がやさしく受け止めた。

 

 

 

 マザーベース内では、まだ混乱が続いている。

 ヘリは新しい爆発音の場所を特定し、その海上を飛んで崩落の一部始終を照らし続けていた。

 そうすることしかできなかったのだ。

 

 スネークはワーム達を率いて、その様子をひとつはなれたプラットフォームの海上から見つめていた。

 

「ボス……あれは?」

「――間に合わなかったんだ」

 

 それ以上をスネークは口にすることは出来なかった。

 オセロットはこの夜、宣言どおりに全てを完璧にやりきってみせた。

 ダイアモンド・ドッグズとビッグボスは、オセロットとミラーから解放された。この先には彼らの助けは期待できない。

 

 自分でやるしかない。

 蛇は1人、孤独になった。

 

 

==========

 

 

 後日、この事件の決着がついた。

 プラットフォーム沈没の後、行方不明となった2人の男。

 オセロットとカズの処分が決定したのだ。

 

 一連の騒ぎを仕組んだと思われるオセロットは追放。ただし、その首には高額の賞金が別にかけられることになった。

 同じく生死不明のカズは殉職として扱い。その働きと忠誠に報いるという意味で、ダイアモンド・ドッグズの副指令官という立場は永久に彼のものとして封ずることになった。

 

 両者とも、ダイアモンド・ドッグズを構成する重要な存在ではあったが。

 特に運営面では強い影響を持っていたカズヒラ・ミラーの抜けた穴は大きく。静かに再出発を始めていたダイアモンド・ドッグズは上層部の組織改変が急務となる。

 

 だが、それでも時は刻むのをやめることはない。




次回は当分、未定。

ここが限界のようです。
まだ3~5回分程度の原稿は(一応は)完成しておりますが。ラストにも関係して、かなり面倒くさいことになっていることからこのような判断となりました。

未定、とはしてありますが。
今月中には続きを、という意思はまだあるので。この先は連載再開の続報をお待ちいただきたいと思います。

それでは、また。


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モザイク世界ーやさしい嘘

再開は目出度いので2話投稿するぞっ(力をこめる)

だいぶ苦しめられていますが、順調にラストへと向かっております。例えるなら、微速前進ってくらいに…(悩)


「……いや、任務は単独潜入して、テロリストを武装解除し……」

「また役割(ロール)か?」

「これは一種のロール・プレイングなのだ。役割を果たせ!役割を演じきるのだ」

「大佐、思い出したんだ」

「何だ?」

「俺はあんたに直接会ったことがない。一度もな」

「……任務をシミュレーション通りに完遂するんだ!」

 

   (不確定未来における幻影(ファントム)達の会話、その”揺らぎ”を示す一例)

 

 

 時は1975年未明。

 コスタリカ沖に位置する海上プラントを根城にする巨大な軍事組織が存在していた。

 彼らは自らをMSFと名乗り、世界の戦場に向けて組織の持つ武力を”輸出”するというビジネスを開始した。

 

 その首魁、ビッグボスはこの日。重要な2つの作戦を同時決行する。

 ひとつはMSFが秘匿する核兵器と、それを発射する装置ZEEKを訪れる国連から、IAEAから守ること。

 そしてもうひとつは、キューバに存在する米国のブラックサイト。そこに捕らえられている”MSFの仲間たちの救出”である。

 

 日が沈むと同時に作戦は静かに開始された。

 IAEAから派遣された査察団を迎えたヒューイと名乗るMSFスタッフは、彼らの舌鋒鋭く放たれる疑問に”自信を持って答え”てみせ。その周りを長身の見事な体格の兵士たちが立ち並んでみせることで、彼らに無言の圧力でもって精神を削りに削った。

 

 一方、MSF首領のビッグボスは自らが潜入したブラックサイトから、若い2人の仲間を苦もなく救出。

 当の収容所に配属されていた警備は、それが暗闇で行われたことを知ることができなかった。

 

 だが、さすがにこのまま何事もなく終わる、なんてことにはならない。

 任務を終え、ブラックサイトから離れようとしていた所。ビッグボスの右腕、MSF副司令官のカズヒラ・ミラーから緊急連絡が入る。

 

『ボス、収容施設に潜入させていた諜報班スタッフから緊急の回収要請が今しがた送られてきた』

「なにがあった、カズ?」

『どうやら作戦にあわせ、収容所から撤退の準備をしていたところに。警備に顔を見られ、疑われたようだ』

「そりゃ、運が悪かったな」

『このタイミングだ。もしかしたら前から目をつけられていたのかもしれない、事態は一刻を争う』

「どうする?」

『すまないが、時間が惜しい。今から戻って敵基地を急襲し。目標を無事に回収、脱出してもらいたい』

「……この2人をつれて、あそこへもどれというのか」

『目標は味方諜報員、1名。どうやら重要な情報も手に入れたようだ。今の彼は、我々の最重要人物ということになる』

「わかった、行こう!」

『ボス、頼んだぞ!』

 

 

 ビッグボスはパイロットと戻ることを確認すると、続いて回収しても眠り続ける少年と少女の元にはりついているメディックの元へ戻る。

 

「――ボス?」

「可愛そうだが、2人にはこのまま寝ていてもらう。起きて、パニックを起こされるのは面倒だ。身動きが取れないよう、寝台に縛り付けておこう」

「わかりました」

「こちらもすばやく終わらせるつもりだ。2人を頼むぞ、メディック」

 

 自ら救い出した子供達を仲間に託すと、ビッグボスは置いたばかりのライフルに再び手を伸ばした。

 音を立ててヘリの横腹にある扉が開いていくと。遠く、東の空に暁が見えた。

 太陽が現れるまで、十数分。

 それが自分達に許された最後のチャンスだ。

 

 収容所は飛び立ったときと違い。所内をサイレンが鳴り響き、まだまだ暗い闇が大地を覆っているというのに。兵士達が、なにごとかと思うほど、基地の中のあちこちを走り回っているのが見えた。

 すぐに混乱の中でいきなりあらわれた(正確には戻った、なのだが)このヘリの存在も彼らは気がつくはずだ。

 

『どうだ?わかるか?』

『ネガティブ(否定)、見当たりません』

『ううん、遅かったか……捕まれば、奴一人の問題とはいかなくなる。MSF、”全員が道連れ”になるぞ』

 

 瞬間、スネークのライフルが火を噴いた。

 地上を走り回る兵士達に向けて、射撃を開始したのだ。

 

『――聞こえるか?――応援、頼む!』

『目標より入電、ありました!』

『繋げ』

 

 同時にスネークも、地上で追いかけっこをしている男たちの姿を混乱の中で捉えることができた。

 

『こちらモルフォ、応答しろ!』

『――に向かって――だ。――てる、早く!』

『本部、電波が捉えきれません』

『まずいぞ』

 

 その間もスネークの射撃が続いている。

 追っ手の一人が倒れ、2人が倒れ。だがまだまだ追跡者の数はゼロにはならない、それどころか建物から次々と人影が飛び出してきて列を作り、増える一方だった。

 

「こちらから見えているぞ!そのまま走り続けろ、頑張れ!」

 

 励ましの声を上げる。

 声は届かないかもしれないが、援護を受け、こちらの存在はわかっているはずだ。

 

 突然、ヘリの前を光弾がかすめた。

 

『地上からフレア!』

『ボス、攻撃を受けるぞ。敵の攻撃を許すな』

「わかっている!」

 

 すでに何かが風を切る音が聞こえ始め、収容所内のいくつかのライトが空に向けられようとしていた。

 20発のライフル弾を撃ちつくし、スネークはマグチェンジを素早くおこなう。

 

(ライトが、間に合わない)

 

 狙う暇などなかった。

 ライフルに取り付けていたグレネードをごく自然に発射し、夜の空を飛び回るモルフォを照らそうとした見張り台を吹き飛ばしてやった。

 

『目標、捉えています』

『あれは?……敵車両に足止めを?』

 

 次の瞬間、無線のむこうから目標の「ファイア」の声にあわせ。火線が立ちふさがる車両に突っ込んでいくと、火を噴いて地面の上を小躍りして転がって見せた。どこかで手に入れたRPGを使って下でも反撃したらしい。

 

『あいつもやるな!だが、囲まれているようだ』

「これより周りを排除する、10秒待て!」

 

 グレネードを再度発射!

 続けて、闇の中で射撃を続ける敵兵たちをリズミカルに引き金をひくことで狙撃する。。

 10秒かからず、周りから人の気配がなくなったことを察知すると。目標は隠れていた場所を飛び出してくる。

 

『モルフォ、敵影なし。クリア、確認』

『駄目だ。そこにヘリが着陸できるスペースは残っていない』

 

 目標を捕らえんと、多くの車両が海岸線に集まってきていた。だがそのせいで地上を車両で埋め尽くされ、ヘリで近づくことが難しくなってしまっていた。

 

『ヘリポートだ。発着場で合流しろ、それしかない』

『了解、エスコートを頼む』

 

 男が斜面を駆け下りると、止まっている車の一台に飛び乗った。

 そしてかぶっていたバラクラバを脱ぎ捨て、下の顔を明らかにする。腹をくくったのだろう、だがこれでもう上から見間違える心配はない。あとは必ず、彼をここから脱出させるしかないのだ。 

 

『ボス、味方の車両を援護してやってくれ』

『運転は大丈夫だ。敵の面倒を頼む!』

 

 要請にあわせるように、車の横原めがけて突進してくる敵の車両にスネークは一発のグレネード弾でその目論見を阻止する。

 斜面をエンジン音響かせて荒々しく登ってくる車の前方にヘリは着くと。次の目的地へと誘導を開始する。

 

『どうしてもこれはボスに渡したい。カセットテープを手に入れた、それと捕虜の情報!』

 

 

 この時、すでに東の地平線から太陽が顔をのぞかせていた。

 そして闇の晴れた収容所の中もまた、それまでの混乱をなかったことにしようとして、海岸線から現れた1機のヘリと一台の車両に気がついたようだった。そんな敵意の満ちる中を、猛然と海岸線から戻ってくる彼らは飛び込んでいく。

 

 ヘリの中から構えたライフルが火を噴き、敵兵は地面になぎ倒され、グレネードは道をふさごうとする敵の車両を道路脇へと次々たたき出した。それに続く車両は、立ち並ぶ倉庫の中を縫うようにジグザグに走行しながら、ヘリの発着場へむかって突き進む。

 スネークの援護があるとはいえ、1人で運転席にへばりついている目標は心細いのだろう。「生きて帰るぞ」と弾が彼のそばを飛ぶたびに叫んでいるのが無線越しに聞こえてきた。

 

『よし、ボス。敵の対空機関砲は無力化されている。敵の防空能力がそがれている今なら、あるいは――』

『駄目だ!ボス、見張り台に無反動砲!!』

 

 突如、機体を揺らすモルフォのそばを見えないなにかが掠めると、後方にいた目標の車のそばで炸裂した。

 スネークは最後のグレネード弾を装填すると、感覚で見張り台に向けてそれ放り込んだ。

 冷静な行動ではなかったが、想像通りに相手は爆炎を撒き散しながら見張り台から落ちていく。

 

「敵の無力化を確認した!あいつはどうなった!?」

『ターゲットの車両、破損』

『っ、生きているか!?』

『ここからはわかりません!』

「機体をおろせ。俺が拾ってくる」

 

 急激に地面が視界に迫ってくるが、スネークの顔にまだあせりの色はない。

 飛び出すタイミングを見計らいながら。ふと、視線をヘリの中で待機しているメディックに向けた。彼は奥にいて、まだ眠り続けているパスのそばにチコを守るようについてくれていた。彼なら、このあとで何があっても安心していいだろう。

 

「頼むぞ、俺はいく!」

 

 その言葉だけを残し、敵の収容所である発着場に武器も持たずにスネークは飛び降りると、走り出した。

 何も考えない。

 荒々しい自分の呼吸音と、過ぎていく一秒一秒が。あまりにも貴重なものだと感じていた。

 

「おい、しっかりしろ!?」

 

 目標はコンクリートの壁に突撃した車から地面に転げ落ちて、気を失っているようだった。どうやら本当に悪運だけは強いらしい、あれほどの騒ぎの中を潜り抜けてきても。この男は気を失っているだけで、怪我ひとつ負ってはいないようだ。

 左腕を伸ばし、強引に体を起こすと一気にターゲットを背中に担ぎ上げた。

 

『よかった。どうやら、目立った外傷はないようだ』

 

 無線の向こうからカズの安堵する声が聞こえた。

 だが――。

 

『モルフォ。収容所管理棟、正面ゲートより装甲車が!退避しないと』

『なんだと!?待て、ボスは武器を持っていないんだぞ。退避は駄目だ』

『しかし、このままでは』

「俺はここで待機。モルフォもそのまま。メディックが対処する」

 

 位置的に、目標を背負ったスネークからは正面ゲートから出てくるという装甲車は見えなかったが。

 後に残してきた男であるなら、どうにかできるという確信があった。奴の声が、無線を通して聞こえてきた。

 

『3秒で(終わります)』

 

 その言葉を信じ、近くの建物の影で屈んでいると。

 担がれている男がうめくと、スネークに何かを渡そうとしてきた。

 

「ボス、こいつで――」

 

 それは単発式のグレネードランチャーであった。

 撃てるのは装填されている一発だけ。それを受け取ると同時に、ゲートの方角で炎が吹き上がり、轟音が鳴り響いた。

 

『ボス、今だ!』

 

 モルフォにむかって走り出す。

 来たときと違い、帰りは2人分の命を抱えている。そのせいで、やはり遅くなる。

 

 正面ゲートで火を噴く装甲車の後ろから、新しい装甲車が現れると。荒々しく役立たずとなった前の車両を踏み潰して進もうとしていた。あまりにも強引なやり方ではあるが、むこうにしたらこちらに逃げられてはたまらないと考えての行動なのだろう。

 

(まずいぞ!)

 

 思ったら体が自然と動いていた。

 スネークは急停止すると、グレネードを構え、瞬時に発射する。

 同じようにモルフォからもローター音に混じって発射音が聞こえてきて、2発のそれが左右から見方の屍を踏み越えようとした新たな脅威を叩きのめした。

 

 再び爆発がおこると、正面ゲートは完全に2台の炎上する鉄の塊でふさがれてしまった。

 

『目標の回収。離脱は、南東の方角から。同じく相手のヘリの追撃を許すな、絶対だ!』

 

 スネークが目標と共にモルフォに乗り込む。

 メディックは自分が使っていたライフルをスネークへと渡すと、2人銃口を外に向けて構える。

 低空から勢いよく、跳ねるように飛び出していくモルフォは。これ見よがしに正面ゲート上空から徐々に高度を上げて旋回運動を始める。

 その時も、モルフォの横腹から飛び出した2つの銃口は休みなく火を噴き続け。逃がすまいと上空を攻撃し続けている収容所の兵士たちを的確に撃ちぬく。

 

 ここには長居をしすぎてしまった。

 急襲を終え、離脱するモルフォを朝の太陽が静かに見送った。

 

『緊急事態ではあったが、いつも通り。見事な手際だった。さすがだな、ボス』

 

 危険な緊急任務も終わり、IAEAの方の査察も無事に終えたと報告を聞くと、カズはそういって勝利を喜んだ。

 スネークはその言葉に返事をせず。ライフルをおくと、無言で隣に控えていたメディックと硬い握手を交わした。

 

『ホットゾーンより離脱。目標は無事です。全ての任務は終了、これより帰投します』

 

 パイロットが報告を続ける中。

 スネークはターゲットである回収したばかりの諜報員の前に来る。

 

「スネーク…………」

 

 目標は事故で車から転げ落ちた痛みから、ようやくのこと回復してきていた。

 衝突の勢いでレンズにひびが入ってしまったシューティング・グラスを取ると。ポケットからなんと真新しい、ずいぶんと派手なデザインの眼鏡を取り出してきた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 スネークが聞くと、なぜか聞かれたほうは眼鏡を装着した顔を上げ、怒ったような口調で声を上げる。

 

「遅かったじゃないか!」

 

 なぜかキレていた。

 あれほど収容所の中を飛ぶように駆けずり回っていたというのに。攻撃を受けて車から投げ出され、気を失ってから目覚めたばかりだというのに。まだまだ元気を残していたようで、正直いってそれが一番驚いた。

 

「――随分と元気そうだ。お前、名前は?」

「あっ、えっ。コジマ。そう、小島といいます。ボス」

「そうか――コジマ・カミナンデスだったか?それで、俺に報告があるといっていただろう?」

「そうでした。カセットテープ!それと、もうひとつ」

「ああ」

「パス。彼女の体には”2つ目の爆弾”が」

「そうか――メディック!」

 

 彼はすでに自分のすべきことを――子供たちの様子を見に戻ってこちらを見ていた。その手には再び、ゴム製の手袋がはめられようとしている。

 

「まだなにか見落としていたようだ。急いでなんとかしよう」

 

 そういうと時限爆弾を――。

 そういう時限―ー。

 そう時――。

 

 

 そう 時を 変えることは 不可能だ――ではない……。

 混乱で時間を、世界を、全てを冒していく。




「なんじゃこりゃ?おふざけか?」と思われるかもしれませんが、一応言っておきますが真面目に書いてますよ。

続きはいつもの時間に。


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モザイク世界ーやさしい世界

選挙速報のあいまに、この物語をどうでしょう?(すすめておいて自分に困惑)

本日、再開記念で2本目の投稿となります。


 『父たちが、酢いぶどうを食べたので子供たちの歯がうく』

              (イスラエルに伝わるということわざ)

 

 

 

 時は198×年。

 それを告げる、カズヒラ・ミラーの声は震えていた。

 

「ボス、核が。すべての核が、無力化された――」

 

 こんな奇跡が実現する日を、迎えることができると本気で考えていた人はどれだけいるのだろうか。

 設立から数年、ダイアモンド・ドッグズはMSFに続いて歴史にその快挙を記すことに成功した。この栄光は、人類史が続く未来にわたって必ずや伝えられ続けるものである。

 

「……こんな日が、来ると。誰が思っただろうか?」

 

 朗々とそう告げるミラーの言葉は、赤く焼ける夕刻の空に消えていく。

 ともに戦場で血を流し、生死をともにした仲間たちがその声に耳を傾けている。

 

「だが!俺たちは忘れてはならないことがある。確かに、核兵器は廃絶された。しかしその技術は、この世界からなくなることは決してないだろう」

 

 ミラーの背後に”あの日”と同じくその光景を見ながら、ミラーの演説にスネークも静かに耳を傾けている。

 

「核のない世界が続くか否か?それを決めるのが俺達だ。

 核のない世界を維持するのか?あるいは再び、人類をあの世界に連れ戻すのか?」

 

 ミラーはそう言って、己の背後にそびえる記念碑を仰ぎ見る。

 この日のためにと用意されたその象徴の左右には、スネークの仲間たちが。全てが並び、思いを同じくしていた。

 

 オセロットの目はいつになく優しく。その背後には部隊を代表してゴートとアダマが無言のまま控えている。

 イーライの反乱、そこから”救出”されたあの少年は、両手に抱えるほどの花束を――白いオオアマナのそれをしっかりと抱いて階段をのぼってくると、記念碑の前にそれをうやうやしく礼を示しつつ、静かに置いた。

 

 そしてスネークも、そのすべてを目に焼き付けようとしている。

 左右には、常に戦場を戦った彼の相棒達――DDとクワイエットを従えている。

 彼らが戦っていた、昨日までの戦場で。それは明日から戦う戦場とは違うものだった。

 

 そしてミラーもそれを皆に向かって伝えようとする。

 

「これからの俺達は、次の世代に伝えていかなくてはならない。あの時代の記憶、そして体験――」

 

 スネークは心の中でそれをひとつの言葉にしてつぶやく。

 ミラーはそれを理解したかのように、続けて口にする。

 

「俺たちの、罪を」(Sins of The Father)

 

 続いて彼のサングラスが、花を置いた少年がスネークの前に立って並ぶ姿を追いながら口を開く。

 

「このことを子供達が新しい世界に、俺達の意思を継いでくれてこそ……その時、俺達は本当に、勝利したと言えるようになるのだ」

 

 それは喜ばしい今日という日が、未だ道の半ばであるという事実を確認するものであり。明日から、自分たちが戦う次の戦場でのダイヤモンド・ドッグズの目標を定める言葉でもあった。

 

 そうなのだ。

 この奇跡を実現させたとしても、まだ世界は暗い中にある。

 世界をひとつにする。その実現には、まだまだ多くの障害が残されている。自分たちが戦う戦場は、まだまだ存在している。

 

 自分たちを求める声は、減ることも、消えることもない。

 

 この日を祝福する鳩を、ミラーはあえて用意しなかった。

 かわりに式典の最後に海上を渡る海鳥の群れが、閉会を告げる演出を担ってくれた。

 

 彼らが、すなわち”俺達”なのだ。

 

 マザーベースにはまたいつもの日常が戻ってくる。訓練を重ね、武器を管理し、明日に向かう次の任務について班毎にミーティングを行う。

 彼らには常に仲間がついている。それは新兵であってとしても、かわらない。

 ダイアモンド・ドッグズの装備に輝く光は、かつての仲間の生まれ変わった新たな姿だ。

 

 道は半ばである以上、喜ぶべき時をだらだらと長く味わう時間は自分たちにはない。

 それは部下たちばかりの話ではない。

 オセロットも、部隊も、スネークの相棒達も。彼らもまた、マザーベースの日常の中へと消えていく。

 

 その一方で、兵士ではない少年兵は。

 マザーベースの兵士達とは違い、ここを離れて別の道を歩くことになっている。

 迎えのスタッフに連れられ、胸に下げたあのシャバニと呼ばれていた少年兵の形見の品を片手でしっかりと握り締めながら。少年は今度は振り返ってスネークに別れを告げることなく、マザーベースから去っていく。

 

 彼が正しく戦場から決別できるかどうか。

 再び重力にひかれるように、堕ちようとする自らを叱咤して胸を張って生きていけられるか。残念ながら、彼らの苦悩に自分たちは力を貸すことはできない。彼らを導ける大人たちの手を借り、彼らが自分を許し、自分を救っていってもらうしかない。

 

 そしてそんな元少年兵に、これからも戦場で戦い続けるスネークがかける言葉もないのだ。

 

「ボス、すこしいいだろうか?」

 

 その場に残り、全てが日常へと戻るのを見送っていたスネークの元にミラーが寄ってきてそうつぶやいた。

 太陽はますます空を真っ赤に萌えあがらせていた。

 

 

 XOFは。

 スカルフェイスは、サイファーを利用し。自身が描いた核の飽和した世界を実現したが。

 ビッグボスとダイアモンド・ドッグズは、核廃絶を目指す世界へと間逆の方向に舵を切ろうと奮闘を続けた。

 

 力強いその歩みに、結果が常についてきた。

 

 XOFとスカルフェイスは倒した。

 彼らが拡散させた”制御された核”の全てがダイアモンド・ドッグズによって回収された。

 サヘラントロプスを擁した彼らが倒れると、サイファーは彼らの存在を歴史から抹消させようとしている。世界はこの恐怖を、ただの過去の痛みとして簡単に忘れようとしている。

 

 倫理か、欲望か?

 政治か、軍事か?

 究極的には常に世界の問題はこれらにいきついてしまうのだ。

 そして人はこの難問に答えられる叡智を、いまだに手に入れられてはいない。霞の向こう側で輝く真理に、ただただ己の手を必死にのばすことだけを今も繰り返している。

 もしかしたら、人はこれを手にする日は永遠にないのかもしれないとすら思うことだってある。

 

 

 だが、真理は未だ手にしなくてもダイアモンド・ドッグズは。ビッグボスはひとつの答えをここに出した。

 

 核のない世界。

 

 ここにたどり着くために、彼は先頭に立ってこの厳しい荒野を歩き続け。彼に続く者達が、後に続くものたちのために道を作らんと大地を踏み固めながら進んで手に入れようとした世界だ。

 

 そしてビッグボスは、またもや奇跡をおこしてみせた。

 世界はその偉業に驚き、この男の存在に恐怖を抱くしかなくなる。

 

 

 人気のないプラットフォームに、スネークとミラーは立っている。

 それはMSFの時代、彼らがピースウォーカー事件の総括から、次の戦いへの予感をまえに話し合ったあのときを思い起こさせるものがあった。

 時間はかかったが、世界はさらに悪化しようとする中で、彼らはなにかをひとつ成し遂げることができた。これは、それこそが彼ら自身の成果だと万人に向かって誇れるものだった。

 

「だからといって、なにもかもが上手くいったわけではない」

 

 建物の廊下から外に出ながら、ミラーは苦しそうに口を開いた。

 

「患者(世界)の様態は、”今のところ”は安定しているが。予断はゆるさない、その状況はこれからも、かわることはないだろう」

 

 希望は少なく、絶望すれば簡単にすべてを無にすることができる。

 困難はこれからも続き、楽な戦いなどこれまでと同じようにありはしない。ずっとこれまでそうだったのだ。これからもずっとそうなのだろうということだけはわかっている。

 確認しているだけだ、気持ちを新たに、再び覚悟をしているだけなのだ。

 

「俺達が奪取した核弾頭。それが運搬中に破損、漏出した核物質を回収しようとして数百RADの放射線を浴びる羽目になった」

 

 完全に制御される核。

 スカルフェイスの思い描いたそれは幻想に過ぎなかった。安価に作られた、粗悪な核兵器は。なんでもない作業の合間にも、簡単に自壊しようとして。そのたびにマザーベースでは悲劇がおこった。

 

「だがそれでも環境への影響は最低限に抑えることができた――。彼らの、あの英雄達のおかげだ」

 

 絶望を前にしても、スネークの部下たちは決して希望を失うことはなかった。彼らの必死の努力が、実現した成果が。今日という日のダイアモンド・ドッグズの誇りとなった。礎になってくれた。

 彼らは今も、希望の光のごとく輝き続けることでこの世界に、仲間とともにここにいる。

 

「ボス、奪取した核弾頭。全ての解体は終了している。貯蔵室に並ぶそれらはこれから30年、冷却期間が必要ではあるが――。その後ならば砂漠や海に不法投棄、することはできるようになる」

「あと30年――」

 

 スネークは重い口を開いた。

 この式典の中で、初めてのことだった。

 

「俺達の戦いが、それでも終わることはないのかもしれない」

「ああ、そうだな。ボス」

「そして俺達は、再び歴史に干渉してしまった」

「それは?」

「新たに俺たちを許さぬ存在が。敵となってその姿を俺達の前にあらわし、立ち塞がるのだろう」

「また、俺たちは追われることになるのか――」

 

 苦い思いがともに頭の中を横切った。

 

「これまでと同じように、俺達の孤独な戦いは変わらない。新たな敵も、また驚くような怪物が出てくるのもわかっている」

「俺達は負けることは許されない……」

「そうだ!」

 

 スネークの言葉に力が入った。

 

「俺達は勝ち続けなくてはならないが、次の目標は。はっきりとそれでみえてくる」

「なんだ、ボス?」

「千年紀の終わり。俺達は、俺達のままで生き残らなくてはならない。そこで俺達は、世界に問わなくてはならない」

「俺達が世界に?」

「そうだ。世界はひとつにならねばならない。俺たちを認め、全てが共存する。そんな新しい世界をつくりださなくてはならない」

 

 協調し、共生する。

 それは簡単なことではない。相手に恐怖するのではなく、信じること。それは人が考えるより、ずっと困難なことなのだ。そして平和の前には、そこに続く真紅のカーペットが――兵士たちの流す血が、それも信じられない量のそれが必要となる。

 

「ならば、ボス」

「ああ」

「俺達もまた、変わらなくてはならない」

 

 ミラーの言葉にも力がこもる。

 

「核廃絶を実現させた俺たちの成果を、無駄にするわけにはいかない。俺たちを排除しようとする存在に、膝を屈するわけにはいかない。

 俺たちにはさらに、大きな力が必要だ。

 さらなる強大な軍事力を、なにものにもここに近づけさせない力を。

 

 それが俺達の正しさを、世界に証明させることにつながる」

「そのとおりだ、カズ」

「同時に俺達は世界を監視しつづける。核製造の動きがあれば、それを見逃すことなく即座に部隊を送り込み。これを完璧に無力化してみせる。

 皮肉な話ではあるがな……」

 

 ミラーの悩ましげな最後の言葉は、スネークの耳には入ってこなかった。

 真理は未だに影も形もわからぬものの、しかし彼らが必要とする「なにものにも近づけさせることを許さぬ力」については、別だった。

 それは闇の中でも、今のスネークならはっきりと形を感じ取ることができた。

 

 どこかで複数の、鋼鉄の歯車が互いに噛み付き合い。それによってあげる音は、悲鳴か、咆哮か。

 戦場に現れた巨大な鋼鉄の歯車。

 メタルギア――。

 

 自分の隣に、自分の部下達と一緒にそれが並んだ時。

 今の自分たちを恐怖の目で見つめる敵達の目には、それがどう映るのであろうか?

 

 鉄の角を生やした鬼が、毒々しい笑みを浮かべた。

 世界はスネークのコードネームを知るだろう。

 天罰(パニッシュド)の時間はこれからだが、やつらはそれを認めることはないだろう。

 ならば自分は毒になろう。毒蛇となって、噛み付いてやるのだ。

 

 パニッシュド・”ヴェノム”・スネーク

 

 この毒に、世界はどう立ち向かう?

 毒に苦しむことで、世界はゆっくりと焼かれていく。だが、その炎は決してすべてを焼き尽くすことはないはずだ。

 ただ、こちらを受け入れるだけでいい。それで世界に毒がいきわたる前に、毒の抗体が彼らの中に生まれるはず。そしてこれからの世界に共存することを可能とする。

 

 まずそれこそが、世界がひとつになることへの道となる最初の一歩となるのだ。 

 

 スネークは世界を見つめている。

 彼が放つ炎が大地を焦がしていくが、彼にあせりの表情はない。確信、それが彼の中にあるからだ。

 

 

 ――だが、炎はついに消えることはなかった。

 気がつくと、青い星の緑の大地が真っ黒な炭となり。そこには灰しか残されてはいなかった。

 

 そのときが繰ればきっと毒蛇も理解することができるのだろう。

 人々は、強大な力をもったビッグボスへの恐怖を捨て去ることができず。

 彼への強い報復心を、手放すことができなかったのだ、と。




続きは明日。


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モザイク世界ー嘘吐きの過去

 夢と、現の境があいまいなものとなって、どれだけ時間が過ぎたのだろう?

 

 夜のマザーベース、お互いのプラットフォームを結ぶ細く長い道をスネークは一人、誰にも告げることなく歩いていた。

 医療棟までの時間は約50分ほど、何も考えず、なにも感じられず。だが、足だけは動かし続けている。

 暗い夜の海は、冥府の静けさと優しさを同時に感じさせる。

 

(彼女に会いに行こう)

 

 今夜もその思いに駆られ、こうしてここを歩いている。

 

 轟々と、風が激しく体の間を吹きぬけ、遠くに生まれた嵐の音が天上から聞こえてくる。嵐は――戦場からしばらく離れすぎていた。

 だから今の自分に吹き付ける風はなく、それが奇妙な世界に自分を置いている。そんな気にもなる。

 

 多くの人々が、様々な理由で自分の元から去っていった。

 スネークに喪失感や寂しさはない。

 なのに視界がぼやけ、集中が切れるとわからないのだ、もうまったく。

 

 力は失ってはいない。そのはずだ。

 銃を握れば、部下を前にすれば、いつもの自分の役割を果たすことはできる。

 そうだ。自分には仲間が、部下たちがいる。戦友たちがいる。旧友も、いる。

 なのに心の中には徐々に暗い闇が広がり、同時に孤独が冷気となって皮膚の熱を奪っていこうとする。まるで全ての熱を奪われたとき、その時こそお前は死者の仲間となるのだと言われているように思うこともある。

 

 妄執、きっとそれに取り付かれてしまっているのだ。

 

 医療棟に到着。

 階段を上って病室にそのまま向かおうとしたが、角の向こうから巡回兵が来ていてお見合いをしてしまう。

 

「あ、ボス?」

「巡回ご苦労」

「はっ」

 

 自分がここに訪れた用は告げない、労いの言葉をかけ。敬礼を交し合うとそのまますれ違う。

 だが、相手は何か言いたいことがあったようだ。

 

「あ、あのっ。ビッグボス!」

「?」

「自分、自分はですね――自分は、あんな噂。まったく信じてはいません」

「あ、ああ」

 

 例の噂だ。

 俺が、俺が本物のビッグボスではない。偽者のビッグボスを名乗る他人だという。

 一時期に比べればそれはもう、ほとんど聞こえてこない。だが、それでも完全に消えることはない。

 

「自分のビッグボスはわかってます。あなたです。あなたが何者であったとしても、自分の意思はかわりません。だって俺達の――いえ、俺のビッグボスですから!」

 

 必死で自分の言葉を伝えようとしたのだろう。

 マスクをしていたが、彼が精一杯だったことは感じ取れた。

 

「夜の海風は、体によくない。任務後は体調に注意しろよ」

「はっ」

 

 笑みを浮かべて声をかければ、それだけで相手は満足してくれる。

 最近はおりにふれて、こんな告白をよくマザーベース内で受けるようになった。

 だが、俺は最初から変わってはいない。彼等だって、本当は何も変わっていない。

 

 自分の戦場は自分で選べ。

 これは俺がダイアモンド・ドッグズで掲げていることのひとつだった。

 

 彼らの告白とは彼ら自身への確認でしかなく。そのことに俺がいちいち感謝の言葉をかけるのはおかしいので、たいていがこのような受け答えになってしまう。

 

 

 医療棟に入ると、軽いめまいを感じた。

 額からそそり立つ、角のような破片の根元に義手の指を持っていく。

 

――親父、あんたは俺に銃を向けるのか

 

 真っ青な少年の顔が、デスマスクが眼前に現れると続いて炎のイメージが次々とわき上がってきてスネークの脳をショートさせる。

 ただの――ただのフラッシュバックだ。それも軽度の。ひどくはない、医者は要らない。

 

 キプロスの病院にいたときから、スネークの頭部に刺さった破片の影響で。もしかしたらどこかで不意に重度のフラッシュバックに襲われる可能性はずっと示唆されてきていた。

 

 それがついにはっきりとあらわれたのは、あのサヘラントロプスとの決着の時である。

 崩れ落ちたサヘラントロプスの操縦席から地面へと零れ落ちたイーライを狙ったXOF兵が近づく中、同じく大地に転がり落とされていたスネークはその場に駆けつけ、交戦となる。

 

 その時だ、

 ついに現実を喪失するほどの強烈な炎のイメージと、全身がそうした炎の濁流に飲み込まれたような感覚を始めて味わった。ありがたいことにすぐにも正気を取り戻すことができたが、そのダメージからは完全には復活することができないでいる。

 

 XOFらに混じってスネークに銃口を向けたイーライを、スネークはあの時。

 間違って撃ってしまった。

 

(大丈夫だ、大騒ぎ、する必要もない。イーライ――あの少年は俺に銃口をむけた。そうだ、だから俺は撃った)

 

 目を閉じ、目を開く。

 顔を上げるともたれかかるコンクリートの壁に目をやる――”壁の中”を軽やかに飛ぶ美しい、栄えるような紫の蝶が飛んでいるのを見てしまった。

 

 これはマズイな――再び目を閉じ、集中しろと自分を叱咤する。

 幻覚は取り払われた、その確信を抱ける段階になって。足取りは怪しかったが、歩き出すとようやく彼女の部屋の前に立つことができた。

 気分を変えなくては。

 なにかあったと悟られては、彼女の容態にも良いわけがない。

 

 

 スネークは室内に入ろうと扉を開ける。

 すると部屋の中からわずかな風とともに、熱と。そして不快なあの大量の血が放つ独特の臭気が、重そうに、押し寄せてくると顔を襲った。

 

 

==========

 

 

 スネークは呆然と立ち尽くした。

 部屋の中では、ベットの前に立つパスを中心に地獄が広がっていた。

 

「パス……?」

 

 あの時、隔離棟で死んだ仲間を焼く炎の前にいるように。部屋の中では異様な熱気を感じる。

 寄生虫によってところかまわずに喀血を繰り返した部下達の。力の抜けた体が転がる廊下を思い出させるほど、美しく可憐なままに現在に生きているパスは、己の返り血で服を汚していた。

 

 スネークは自分がおかしくなったのか、と自問せずにはいられなかった。

 なぜならば、そんな彼女を見て。奇妙にもその美しさに、透き通る水晶のような輝きがそれでもそこにあることに。ありえないことだが、異性に抱く劣情のようなものを感じてしまっていたからだ。これがまともであるわけがないのだ。

 

「ス、スネークッ」

 

 体の震えは彼女の言葉にもあらわれていた。

 腹部の傷口がまたも開いた。この限界をこえる苦痛を味わい続けたせいで、彼女自身の体が口の代わりに悲鳴を上げようとして体を震わせているのだ。

 

「スネーク!」

 

 再び名前を呼ぶと、首だけではない。ふらりと体をスネークの真正面に向けてきた。

 スネークはパスの体を見て、目をむいた。

 

「何をしている、パス!?」

「スネーク――」

「何をするんだ。そんなことをしては」

 

 スネークもショックを受けていた。とめる言葉が、なぜかどうしても続かない。

 パスの体は、ひどいことになっている。

 あの日、スカルフェイスの指示で開腹させられた奇妙な傷口は、ぽっかりとその穴をまたも大きく開けている。穴を閉じようとして縫われていた皮膚の一部が、ペロンと下腹部に裏返ってへばりついてしまっている。

 

 さらには痛々しいその傷口にパスは両方の指を突きこみ、傷口を”押し”広げながら己の内臓をつつきまわしていた。それはもう、正気の娘のすることではありえない光景だった。

 

「馬鹿なことはやめろ!」

「スネーク、爆弾がっ」

「爆弾!?なんのことだ、何を言っている。パス」

「爆弾が、もうひとつ――」

 

 それでやっと思い出した。

 それはパスがこの病室に運び込まれた日。カズの口から伝えられたことだった。

 

――爆弾が爆発したんじゃ……

――しっかりしろ、スネーク。爆弾は、ちゃんと摘出されただろう?2つとも

 

 スネークは自然と体が、操られるように手を前に出すと落ち着けというしぐさと一緒に言葉が漏れ出ていく。まるで舞台の上の演出にそう俳優のように、決められた感情、決められた台詞で。この結末の変わらぬ物語を続けようとする。

 

「おいおいおい、大丈夫だ。爆弾は、摘出した」

「……」

「摘出したんだ。全部」

「もうひとつ、あった」

 

 そうだった。

 ”あの時”もこの娘は、頑固にそういって。ヘリのハッチを開けると、夜のカリブの海へと身を投げ出していった。

 ”だが”スネークの言葉通り、パスの体はそのまま暗い海の中へ娘を飲み込まれ。10年近い時を経て、奇跡が起こり、再びお互いこのマザーベースで再会することができた。

 

 そうだ。

 だから彼女は、こうして生きていた。

 

「嘘――」

「本当だ、大丈夫だ。君は、大丈夫だったんだ」

「そんなはず、ない」

「思い出せるのか、過去を?考えてみろ、君はなぜ俺といると思う?」

「……」

「落ち着け、パス」

 

 パスは海に落ちたが、後頭部を海面に叩きつけられたせいなのだろう。命は助かったが、記憶に問題が出るようになった。

 彼女の中の時間が、1974年のあのときのまま。凍り付いてしまったのだ。

 過ぎていく時間を彼女は認識できていない。あの頃の記憶だけの中で、ループした生を続けている。

 その時の会話が記憶とズレを感じると、途端に会話の方が破綻してしまう。

 

 これも同じだ。

 だが、もしかしたら彼女の調子が良くなっている兆候なのかもしれない。

 

 スネークは願っていた。

 彼女と再び、お互いに話し合う日が来ることを。

 彼女が認識しないまま過ぎ去ってしまった日々に、どれほど多くの変化があり。新しいものが生まれたのかということを。

 

「嘘よ」「本当だ」「そんなはずはない」「落ち着け、思い出してみろ。そうすればわかる」

「思い出す?」

「ああ」

 

 不安と苦痛に震える少女が、いきなり消える。

 かわりにそこに立つのはまるで別の誰か、があらわれていた。

 

「じゃあ、スネーク。ビッグボス、あなたが代わりに思い出せるというの?」

「――っ!?」

 

 血に汚れたパスが、それまでの震える声から一変して冷たい声で辛らつな問いをスネークに発してきた。

 それまで苦痛にゆがんでいた顔が、震えていた体も、そんなものはなかったというように。ピタリと動きをやめると、その亡羊として、熱に浮かされているようだった視線がピタリとスネークに向けられた。

 

 スネークは。

 言葉が、詰まってしまった。

 彼女から異様なプレッシャーを感じ、信じがたいことだが今度はこちらの心の中に。恐怖が、生まれようとしている。

 

「俺?俺が、思い出すだって?」

「ええ、そうよ。あなたが私の代わりに思い出すの。そして教えて、なにがあったの?」

「なにが――」

「キューバの収容所、あのブラックサイト。あれから起こったこと、すべて」

「……お前と――パス。俺はお前とチコをあそこから救出した」

「そう」

「――ああ」

「続けて。聞いてるわ」

 

 おかしなことになったと思った。

 なぜ、俺が彼女に問い詰められているんだ?そうされなくてはいけないんだ?

 

「パス。落ち着いたなら――」

「それから?続けて、私。聞きたいの」

「パス」

「スネーク。私には思い出せない。平和の使者、女子学生の、これだけ。だから、教えて?」

 

 自分に逃げ道はないようだった。

 

「あの攻撃は、スカルフェイスの率いたXOFのものだった」

「そう」

「MSFは――」

「壊滅した?」

「壊滅だって!?いや、そうじゃない。MSFは”壊滅しなかった”んだ。完全には」

「……続けて」

「パス、お前が――”君”が落ちた後。”XOFのヘリから攻撃を受けた”んだ。ヘリは墜落した、むこうのヘリと激突しながら。それでも、運よく俺たちは全員助かった。あれは、運がよかった」

 

 頭の奥に、痛みが走った。

 あの頃の記憶は、今でも苦手にしている。思い出すのが、気分がいいとか悪いとかいうのではない。

 敵の攻撃によって危うく本当に死に掛けたという恐怖が刻まれてしまった結果だ。だから、正直自分もあの時におこった出来事を”思い出す”ことは簡単ではなかった。

 

「MSFは、どうなったの?」

「再開した。ただし、しばらくは俺とカズは姿を隠していた。

 米国の、サイファーの目を逃れようと。俺達はアマンダとチコのFSLNに偽名で同志として加わった。それで数年は、革命兵士として架空の人生を過ごした」

「なにがあったの?」

「国連だ。米国が主導で、結局MSFへの監視と規模への疑問を投げかけ続けた。その声に同調する声は、減ることはなく。増え続けていった。MSFという組織は成長を止め、徐々に衰退をはじめた」

「……」

「あれは、そうだ79年だった。

 ソモサ王朝が、MSFよりも先に終わってしまった。パス、アマンダ達の革命はついに成功したんだぞ。だがーーそこで俺達も考えなくてはならなくなってしまった。

 

 アマンダにはビッグボスと名前を取り戻して、新たな政府に参加してくれとしつこく頼まれたが。それはできなかった。

 喜びに湧く革命戦士達の中で、”姿を偽り続けた”俺とカズは重大な決断をしなくてはならなくなった。

 

 王朝最後の大統領となったアナスタシオ・ソモサ・デバイレが亡命先のマイアミでメディアに騒がれている頃。

 俺とカズはMSFを公式に解散宣言をおこなった。

 

 戦場を失い、成長を止めればあとは衰退するだけの組織に力はなくなってしまった。

 だが、カズはその資産は隠し。新たにMSFから離れて設立したプライベートフォースへと流した。ここに俺の、俺たちのアウターヘブン。ビッグボスの意思は南米に残すことができた」

 

 MSFには可能性は、まだまだあったはずだった。

 だが、あの時はそうした未練を断ち切り。諦めなくてはならなかった。

 

 冷たい少女の追及も、まだ止まらない。

 

「新しい傭兵会社には、参加しなかった。その理由は?」

「MSFと、MSFを離れても。FSLNでの俺達の活躍はあの辺りでは有名になってしまった。アマンダ達を攻めるわけじゃないが、革命成功後にはもう。俺をビッグボスと呼ばないやつはいなかったし、いつの間にかMSFがFSLNを米国への報復として強力にバックアップしていたという”伝説”が出来上がってしまった。

 

 それはもちろん真実ではなかったが。人々の間違った噂を止めることは、俺にもカズにも不可能だった」

「米国、サイファーへ。あなたが報復した?」

「そうじゃない。そんなわけがない。ただ――そういう噂が立った、だけだ」

 

 南米は、安全と危険の満ちた奇妙な場所になってしまった。

 気軽に道を歩こうものなら、人々は名前を叫びながら集まってきて大騒ぎし。その様子を遠くからスコープ越しに見て忌々しげに舌打ちする暗殺者達がいる。

 以前ほどの力はなくとも、MSFの名前と存在だけは強大なままだった。スネークの理想と現実のズレが、あまりにも酷かった。そこにとどまる未来はなかった。

 

「それで?」

「オセロットだ。彼と、話した。むこうから、連絡があった。

 奴はソ連に戻っていた。なんで再びそんなことを選んだのか、きっとなにかあったのだろうと思うが。理由は知らない」

「……」

「電話でいきなり言ってきた。『あんたが探しているものを、俺は知っている』と」

「なに?」

「新しい戦場。そして新しい組織」

 

 少しだけだが、声に力が戻ってきた気がした。

 気分も少しだけ上を向き始めているように思えた。

 

「MSFは、成長の途中で限界を迎えて衰退してしまった。もっと上手に、する必要があった」

「それが?」

「そうだ。ダイアモンド・ドッグズ、俺達の新しい家」




続きは明日。


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モザイク世界ー嘘吐きの人生

 彼女の顔に変化はなかった。

 凍りつくような目、そこに暗く、陰鬱 それはあの夜の助け出してきて。飛び起きたばかりの彼女を思い出させる。

 

「組織を作ると、途端に俺達を狙って敵が現れた。サイファーは再びXOFを、スカルフェイスが送り込んできた。俺は、俺達はやつをついに倒し――」

「もういいよ、スネーク」

「……」

「もういい――」

「パス」

「嘘は、いらない。必要ないの。ビッグボス、あなたにそれは似合わない」

「パス!?」

「……チコは?」

「なに?」

「チコ、あの子はどうなったの?」

 

 唐突な質問だった。

 脳裏に無邪気さの残る、悪ガキの顔がはっきりと思い出せる。そうだ、彼も、生きている。

 

「ア、アマンダと一緒だ。コスタリカに残ったんだ。信じられないだろうが、今じゃすっかり――」

「それも、嘘」

「パス――」

「あれほどの事故だったのに。ボスもミラーさんも、死に掛けたのに。”ただの少年兵”だったチコが、なぜ生き延びれたと思えるの?」

 

 目元にたたえる悲しさは変わらなかったが、パスの表情が少しだけ柔らかさを取り戻してきていた。

 だが、それを素直に喜ぶべきなのだろうか?

 彼女は――パスは”過去の記憶”をまだ受け入れようとはしていないのに。

 

「私は夢を、見ていた」

「?」

「ボスも、チコも、MSFにいたみんなで迎えるはずだった。あの平和の日が訪れることを」

「パス……」

「でもスネーク、あなたは本当はわかっているんでしょ?平和の日は、来なかった。私には、平和の日の朝を迎えることはできなかった。ううん、来なかったわ」

「来な、かった?」

「そうよ、私はサイファーの指令を受け、作戦を実行した。”運が悪く”一命を取り留めたけれど、サイファーに再回収され。裏切り者として、あなたを呼び出す餌として扱われた。いっそ死んでしまえば、すべては丸く収まっていたかもしれないのに」

「……」

「そんな滅茶苦茶な過去を捏造しても、自分のことは誤魔化せないよ。スネーク、思い出して」

「俺が、過去を捏造?」

 

 視界が揺れ始めた。

 これまで一度も考えたことのない指摘に、驚くほど自分はどうしようもなく動揺している。

 なんだこれは!?

 狂っている。すべておかしくなっている。

 冷静で的確に言葉を言い切る少女の前で、俺は逆に少女のように動揺して、恐怖して、震えているというのか!?

 

「そうよ。だってあなたはもうあの夜の起きたこと、すべてを知ってしまっているもの。だから、そんなことも平然としようとしている」

「俺が?君じゃなくて俺のほうが、過去を改竄している?」

 

 なぜかパスの言葉に、はっきりと否定できない自分がいる。

 この衝撃は生半可なものではなかった。体の中の血管がドクドクと波打つ音を感じた。パニックを起こす前兆が見られ、気が遠くなりかけてもいる。この激しいなにかに抵抗をやめれば、声を上げて泣き叫びもするかもしれない。そんな赤子に戻ったかのような無様な己の姿が、なぜか明確に思い描くことができた。

 

 室内には、いつの間にか自分が生み出した亡霊たちが姿を見せはじめている。

 ただひとつ、違うとすれば。彼らは以前とは違い、その表情に生気はなく。まさしく死者の顔をして、こちらを見つめ続けているだけだ。

 増えていく、5人、8人、14人。

 ”俺”の幽霊が、パスの病室に。ここに集まってきている。

 

「これはすべて私の夢。そしてそれを覗き見た、あなたの幻」

「そんなっ、そんな馬鹿なことを。パス!?」

「ボス。それなら彼はなぜ、ここにいるの?」

 

 パスの視線に導かれた先に視線をやる。

 踏ん張っていた心が、驚きでわずかに揺らぎを見せる。ついに腰から力が抜け、床に尻餅をついてへたり込んでしまった。

 あの砂漠以来、一度として姿をあらわさなかった男がそこに立っていた。

 

――爆弾を用意しろ

 

 スカルフェイス。

 亡霊となってすべてを奪われてもなお、敵でい続けるための俺の心への寄生だと嘯いていたはずの男。

 

 だが、これはあの砂漠でこちらを激しく憎んだ奴ではない。

 同じキャラクターの役割を与えられたばかりの、新しい幻が。危険な情報を、そのままに再現映像としてこちらに見せ付けようとしていた。

 

――彼女には終わるまで。目覚められても、死なれても、困る

 

 あの不愉快な粘着する物言い。

 だが、やつは不思議と別のものを見て言葉を口にしているようだった。

 そうじゃない。いや、待て。これは……。

 

――これ、何時間もつ?長くはないのだろう?

――タイマーは24時間に。それ以上は、女の体が耐えられないでしょう

――本当か?

――爆弾の場所を作るために、必要のない臓器はすべて取りましたので

 

 これは、テープだ。

 オセロットやカズ。彼らが集めてきたテープの、それだ。

 そして俺はこれを――知っていた!?

 

――仕上げてしまおう

――はっ?

――爆弾だ、もう一つ。こちらを散々に待たせた彼への、ビッグボスへの。私からの、ラブコール

 

 そういうと奴は大切そうにあの包みを一つ取り出した。

 ああ、爆弾だ。パスの、彼女の中に残された、彼女のそばにいる者達を殺すための毒。

 

 そしてしずかに、奴はゆっくりと歩き出し始めた。

 あの、パスに向かって。自分で腹部の傷口を開き、ベットの脇に立っている。抵抗しないであろう彼女に向かって。

 自分の現在の状態などそれを見たらすべてが吹っ飛んでしまった。思考と行動のスイッチを、強制的にオンにしてがむしゃらにスカルフェイスを阻止しようと、飛び込もうとする。

 

 心臓が金切り声を上げ、波打つほどの力強かった熱い血は冷たく凍りつき、熱は冷たい汗となって全身の毛穴から吹き出していた。

 そんな勇ましい感情とは違い、

 その気持ちばかりが前に出てしまい、へっぴり腰でおぼつかない足どり。ひどい姿だ。

 それでも動いたならば最後まで、そう思ってスカルフェイスの腰にタックルを――といっても勢いがないからすがりつくのがせいぜいであったが――しようとスネークは突っ込んでいった。

 

 目玉が火花を散らした後、ぐるりと世界は回転し。

 胸と背中に強い強打が入るのを感じて、うめき声を上げる。

 両足はもう、へその下から力が抜け。蛸の足のごとくふにゃふにゃになってしまったように感じる。

 

 仰向けに倒れてもがくスネークの眼前に、あのスカルフェイスの顔が視界一杯に現れ、スネークは凍りつく。

 

――私はゼロへ、報復する

 

 思えばこの男とは常にこの距離で会話をしていたような気がする。

 ”他人との距離”という礼を無視し。自分の思うままをその場ですべて、さらけ出さねば気がすまない、そんな感じだったのだと思う。

 

――これは憎しみや恨み、君らが考えるような個人的な情は一切関係ない

――私は”ビッグボスが憎いのか?”と彼女は、パスはそう思っていた

――私はすぐに答える。憎い?まさか、そんなことはない。私は彼を知っているが、彼は私の存在など知らなかったはずだ

――これはなにも彼に限った話ではない。私にとってゼロは恩人だ。感情だけでいえば、私はゼロに感謝しかない。報復などと、どの口がいえただろうか。

 

 いつものやつと違うのは、あの黒いフェイスマスクがないということか。

 そのせいだろうか、皮膚の異様さと目の輝きから爬虫類を思わせる顔だな、などとスネークはぼんやりと思った。こんな状況でも、いがいなことだが自分に余裕はまだあるらしい。

 

――雄大な自然を思うと、誰もが共通のイメージを持つことができる。

――煮えたぎる溶岩もやがては冷える。それは山となり、つまりは大地となる

――空に漂う水蒸気は雨となって大地に落ちると、川となって、海へとつながる

――これこそが自然の理、だ

――人もそうだ。循環する物事の中のひとつ。どうあろうと私はその中にいて、そしてただただ無力なのだ

 

 虚ろな言葉をまたもこの男は吐き出し続ける。

 だがそれは、この世界の過去にあった言葉だ。亡霊の意思は、不思議と感じないからそうなのだ。

 

――それは誰であっても、変わることはない

――少女も、少年も、ゼロも……ビッグボスでさえも、な

――逆らうことも、避けることも出来ない

 

 心の中の、何か触れてはいけないと感じる部分に変化が生まれた。

 それはゴロリ、と石が転がるように重そうに動くと。憎悪の炎がゆっくりと水のようにそこから染み出てきた。それは液体であったが、水ではなく。ガソリンのように、よく燃えた。

 これまで見たことのない、感じたことのない新鮮な怒りがそれだった。

 

 スネークは突如、奇声とも怒声ともわからぬ声を上げると目の前のスカルフェイスの首に両手を伸ばしていた。

 奴は苦しそうに喉を鳴らしながら、愉悦の表情を思わせる顔をそのままに何の抵抗もしなかった。

 怒りはますます激しいものとなって、スネークは体勢を入れ替えると。スカルフェイスの上に乗って必死になってその首を締め上げ続けていた。

 手のひらの中で相手の気道がつぶれ、骨が砕けた感覚もあったが。胴と首はまだつながっていると思うと、その凶行をやめようという気にはならなかった。

 

 彼の意識は、ついに狂気の側へと零れ落ちようとしていた。




続きは明日。


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ファントム ペイン

今回は次回分を込みで収まっているので長いです。

そしてBIGBOSSの、ファントムたちの幻肢痛が……。


 地獄絵図が続く病室に、ついにあのイシュメールも召喚されてきた。

 不快な血の匂いと汚れに加え、信じられない数の亡霊達がこの中に存在している。だが、彼らは以前のように口を開こうとはしていない。物言わぬ死者の目は、たった一人の人物に向けているだけだ。

 

(エイハブ!?)

 

 こと切れてはいるようだが、道化師のようにはっきりと笑みを浮かべたスカルフェイスと。死んだ亡霊を演じているそれにまだ殺そうと首を絞め続けているスネークがいる。

 このときの彼は、これまで一度としてみたことのない憤怒の表情のまま。言葉にならぬ言葉で、スカルフェイスをののしり続けているようであった。

 

 だが――。

 

「エイハブ、エイハブ!」

 

 イシュメールの声も、すでに彼には聞こえてはいなかった。

 封印された情報が漏れ出ると、そこから最初に出てきたのが失ったMSFの仲間たち。そしてビッグボスを狙った敵への尽きることのない、報復心が鬼火となってこの男の存在自体を焼却しようとしている。

 あと少し、もうわずかでそれが始まってしまうだろう。

 

――彼はこれで、いいのかもしれない

 

 振り返ると、ベットの脇に立ったまま動かないパスがまだそこにいた。

 

――彼には”本当の終わり”はきっと訪れない。信じて、孤独に苦しむだけ

「死が、救いだと?」

――幸せは来ない。かりそめの平和も、ない

「このままなら、確かに奴は死ぬだろう。だが、それは生命としてのそれじゃない。精神が破壊される」

――それでも……

「奴を見てみろ。ビッグボスを――スネークを見てみろ」

 

 イシュメールはパスに厳しい声を上げる。

 口の端から泡を吹き、意味を成さぬ言葉で憎悪を吐き出そうとした結果。口の中を自分の歯で裂き、切り、それと合わさってだらしなく赤いあぶくが唾液と一緒に飛び散って出ている。

 哀れな姿であった。

 ビッグボスの姿をしていても、そこに浮かべている表情は他人のものだった。封じられ、奪われることで表に出すことはなかった過去の悲劇から変わることが出来ない無様な男の姿が、そこに見え隠れしていた。

 

 

「奴は、エイハブはここまで来るためにすべてを任務に捧げていた。そのために、時には自分の感情とは間逆のこともしなければならなかった。そのすべてを飲み込んで、やっとここまでやってこれた。

 お前はそれを、すべてを灰にしてしまえという。

 

 見ろ、今の奴の姿を。

 任務を奪われた結果。奪われた自分に残されたのは後悔だけ。

 その姿のどこに、救われたとお前は言うつもりだ?」

――それでも……

「怒り、憎しみ、悲しみ。それらはもうすでにあふれ出てしまっている。

 このままだと奴は自分を破壊しつくしてしまうぞ。パス、お前はエイハブを自殺させたかったというのか」

――違う!

 

 イシュメールの言葉にパスは、はじめて強い反発を見せた。

 

――私は、私が望むのは……もう、私のことで苦しんでほしくはない。世界にはビッグボスが、いてほしい。

 

 幻(ファントム)であっても、パスは彼女のまま。

 囚われたとき、虚ろに嬲り、弄んでくるスカルフェイスに対しても必死に請うていた一つのこと。「ビッグボスを殺さないで」という言葉は嘘ではなかった。

 だが――。

 

(エイハブにはもっと別のものが。”救い”が必要だ。それがなくては、このままでは……)

 

 亡霊の無力さに歯噛みしつつ、イシュメールも見ていることができずに唇をかんだ。

 

 崩壊が始まっている。

 だが、これは当然のことであり、自浄作用であるのだから止めることはできない。嘘で真実は、消すことはできない。

 とはいえこのままでは世界はビッグボスを失い、一人の狂人を手に入れることになる。

 

(それなら、俺が力になろう)

「なんだと!?」

 

 イシュメールはこの意外な申し出を耳にして、驚いて声のほうに体を向けた。

 それは部屋の隅の闇の中から、なんの予兆もなくいきなりにして誕生した。新しいドッペルゲンガーの言葉だった。

 

「俺が、どうにかしてみよう」

「お前、お前は――」

「ん?本当に包帯で顔を隠しているんだな、あんたは」

「オセロット!?」

 

 血色はさらに悪く、青白い顔であったが。

 それは確かに先日、ビッグボスに銃を向け。このマザーベースから立ち去ったばかりのオセロットが。ついにビッグボスの精神世界でドッペルゲンガーとして求められたのだ。

 この、生まれたばかりのドッペルゲンガー・オセロットには、なにか考えがあるらしい…さて、どうする?

 

 

==========

 

 

 狂気の中で翻弄されるがままだったスネークに、後ろから伸びる一本の手があった。

 それは遠慮なくむんずと彼の髪を鷲づかみすると、そこから乱暴にスネークの体を引きずり起こし。死体を演じ続けている新しいスカルフェイスから離そうとする。

 スネークはいまだに正気を取り戻してはいなかったが。それでも自身の中にあるただひとつ欲求を満たそうとして。その手を振りほどこうと身をくねらせた。

 

 瞬間、凄まじい勢いでもって後方に反り返るようにして投げ飛ばされる。

 病室にあった移動式の机ごと、そこにあったアルミトレーや注射針などの医療器具を床にばら撒きながら。スネークはさらに一回転して壁に背中を激しく打ちつけた。

 

 目は白黒し、肺が潰れて中の空気が追い出され。

 気が遠くなりかけるも、必死に(それではいけない)という、本能の命令から。意識をわずかに繋ぎとめた。

 

 これがいい方に結果が転がったようだった。

 目に、ようやくのこと光が。理性が戻ってきた。自分が強烈な頭痛と吐き気でもって、おかしくなりかけているとわかるようになる。

 そして誰か――何者かの攻撃を受けたのだと察し、周囲を見回した。

 

 病室の中には誰もいなかった。

 

 スネークはその事実が信じられず、驚きで目を丸くする。

 最後の記憶では、ここにはいたはずだ。そう、大勢の――自分の心が生み出した亡霊達が。

 なのに、なにもない。パスがいない。そしてこの手でようやくの事、殺したはずのスカルフェイスも、消えていた。

 

「なんだ、これは?どうなっている!?」

「あんた。寝起きが悪いのは、かわらないな」

「何!?」

 

 誰もいないはずの部屋の中から、誰かがスネークに語りかけていた。

 自分はついに狂ってしまったのだろうか?スネークの背中を、冷たい汗が流れる。

 その声の主はここに――マザーベースにいてはいけない人物のものだとすぐにわかったのだ。

 

「あんたの精神は今、壊れかけている。神経への異常な負荷が原因だが。実際はドッペルゲンガーが生まれ続け、増加したせいだろう。あんたはもう、自分の心を制御できていない」

「どういうことだ?」

「わかっていたはずだ。あんたは再び、ここで。死を体験しなければならない」

 

 白い蛍光灯のつく、病室の中に影が生み出されると。

 それは次第に一人の人間の姿へと、形作られていった。

 

「今のあんたは、危険な場所にいる。気をつけろよ、手遅れになるぞ」

「お前はっ!?」

 

 オセロット!

 その名を口にしようとしたが、スネークはそれができなかった。なにかに強制されているかのように、その名前を今の自分が口にすることに、心がなぜか強い反発心をもっていた。

 どうしてそうなった?これはどういうことだ?

 

「余計なことは考えるな。すぐに狂気が、あんたを捕らえようと戻ってくるぞ。

 言っただろ?

 あんたの精神はもう、耐えられない。それがすべての嘘の一切を駆逐し、本来のあんた自身の意識を復活させようとしている。だが、それは”本当のあんたの意思”には沿わない命令だ。

 

 この命令が神経に正反対の指令を繰り出し続け、あらゆる神経が破綻へと突き進んでいる。それがあんたを狂気に導いていく。そこは通れば戻れない道だぞ」

「お前――俺の、ドッペルゲンガーなのか?」

「そうだ。気がつくのが遅いな」

 

 こちらの問いに間髪いれずに答えると、あいつは口の端に冷笑を浮かべた。

 

「幽霊を増やしてはいけないというのに。この期に及んでもあんたはまた、俺というドッペルゲンガーを生み出してしまった」

「……俺が、お前を」

「なに、別にいいさ。それに、実を言えば光栄なことだと思っているよ。俺はきっと、あんたにとっての最後の亡霊であるはずだからな。でなければ、俺はここにはきっといない」

「最後だって?」

「ああ。わからないか?そろそろ、あんたも独り立ちの時だと思って……」

「っ!?」

 

 脳裏にDDをはさんで話していたときのことを思い出された。

 あれは、DDとの最初の任務を終えて帰った日のことだったのでは?あの時は自分も彼に――育ての親のオセロットにDDを押し付けられた、などと口にして――。

 

 だめだ!

 集中を切らしてはいけない。過去に、引きずられてはまずい。

 

「そうだ、集中しろ。いいぞ、よくわかっているじゃないか」

「このっ――」

「真面目だ。真面目にほめている」

 

 壁に義手を手にかける。

 頭痛と吐き気は、幾分かは治まってきている気がする。

 

「茶番と思うかもしれないが、これから少しだけ話す。それで私の役目は終わる」

「……」

「時間はあるが、お互い長く話す必要はあるまい。だから、さっさと済ませよう」

「わかった。話は、なんだ?」

 

 顔の表情が、数秒ごとに引きつるのを感じる。

 痛みは変わらないが、意識を耳におくれば。わずかにだが耐える時間は稼げるはず。

 ドッペルゲンガー・オセロットは、そんなスネークを気にするでもなく。自由に口を開いた。

 

「あの言葉だ。『世界に、ビッグボスは必要だ』、これはもはや俺達だけの話じゃない。それは思い込みや、勝手な理由で口にする言葉でもない。

 ビッグボスが戦場へと帰還し、あんたがそこで任務を成功したからこそようやくに勝ち得た事実なんだ」

 

 このファントムは、今のダイアモンド・ドッグズとビッグボスは、ついに任務の目標の一つを果たしたのだと言っているのだ。その言葉に心がざわつく、これは喜び?歓喜なのだろうか。

 

「だが、ここが終わりではない。ここはまだ、いいところ道の半ばといった辺りに過ぎん。

 昨日までの戦場はもう存在しない。明日からの戦場でも、あんたには戦い続けてもらわなくてはならない。

 

 そこでもあんたは最高の称号であるBIGBOSSであると、証明し続ける。こいつは簡単なことじゃないぞ。時代は変わる、状況も変化する。昨日までのあんたじゃあ、明日の戦場では立つこともままならない」

「新しい?自分?」

「これは以前もやったことだ。やり方はあんた自身の体が覚えている。そう、キプロスで出会ったあの日を俺たちで再びやり直して、あんたは出発するんだ」

「俺、一人で――」

「そうだ。わかるよな?『そこから先は、あんた次第』さ。ん?」

 

 背筋を電流が走った、気がする。

 腰に力が戻り始め、まだ壁に寄りかかる必要はあるが。ゆっくりと立ち上がっていく。

 

「俺次第、わかった」

「だが簡単なことじゃない。こいつはただ、答えをあんたに伝えればいいというわけじゃない。例えるならば推理(ミステリー)小説の謎解きに近い。

 

 あんたの精神になにがおこったのか?ドッペルゲンガーに何が起きたのか?どうすれば、この危機から脱出できるのか?

 

 確信だけをはっきりと言えば30秒もかからないが、あいにくと人はそれほど簡単に答えをきちんと受け止められないものだ。

 時間と、段階を踏む必要がある。同時にあんたは苦痛と、恐怖とも向き合わなくてはならない。

 

 だが、これは拷問ではない。スポーツ、ゲームなんだ。

 あんたがどれほどの男か、これから試してみようじゃないか。苦痛に我慢できなくなったら、それに服従すればいい。そこで止めてやる。だがその時は――任務と正気は諦めてもらう。

 あんたには重大な決断にも思えるだろうが。なに、命に別状はない。それだけは安心してくれていい」

「うなり声を上げ、涎をたらす狂人になる、か。あまり楽しい未来には思えないな、ぜひお断りしたい」

「まだ余裕があるな。いいぞ、その調子だ」

 

 これが最後の軽口のたたきあいになるかもしれない。

 スネークは静かに壁から離れると、ドッペルゲンガー・オセロットはさっそく口火を切る。

 

 

「俺たちの最初の任務、そうだ。カズヒラ・ミラー救出作戦のことだ。

 

 キプロスからカシム港まで7日、陸路で3日。

 長い昏睡から目覚めたばかりのあんたが、それで戦う準備ができるなどと。信じきれたやつがどれだけいたのか。

 

 ミラーは違う。

 奴はそれにすべてをかけていただけだ。

 9年の苦しい生活に、奴は愛想を尽かしていた。ビッグボスを失って自分に力がないことを思い知らされ続けた。

 それでもMSFの実績は随分と助けにはなっていたはずだ。居場所すら確保できずに流されていた、そんな惨めな思いはしなかったが。それ以上にはなれない、その事実は変わらない。

 

 繰り返すその状況に、あの男は半ば絶望していたんだ」

「……」

「オセロットも、この俺もそれは同じだ。

 あんたを直接、戦場に送り込んだが。入ってからは距離をとった。ソ連軍にとってあのときのミラーは価値のない捕虜に過ぎない。かつてはMSFでナンバー2も、今は弱小PFで燻っているだけ。時間が過ぎれば、奴は殺されて終わる。

 ミラーが死ねば作戦も失敗。あんたはアフガンに投げ出されたまま、オセロットは――俺は無線に出ることはなかった」

 

 納得できる話だ。

 あのときのオセロットが、ミラーの無茶な振る舞いを許したのも。ビッグボスの帰還というイベントに、付加価値になると考えたからだろう。実際、ダイアモンド・ドッグズの栄光の第一ページ、一段目にはそう記されて伝わっている。

 『とらわれたかつての仲間を救うため、復活したビッグボスは弱った体のまま戦場へと帰還した』と。

 

「あんたはそんな任務を前に、理解していた。『今の自分のままでは、これはできない』と。

 そこであんたは最初のドッペルゲンガーを生み出した。あのときのあんたに、確たる記憶はなかったから。キプロスで一緒だったイシュメールと名乗る男を、姿に選んだ」

「そうだ。ほかにはいなかった」

「だが、あんたはイシュメールの情報があまりにも不足している。外見だけでは、まったく足りない。

 ドッペルゲンガーとするには、それに相応しい人格を持たせ。タレント(才能ある人、技能)を与えなければ、役には立たない。

 

 病院での出来事で、彼に自分よりも優れた技能の持ち主だと理解していたあんたは、皮肉にもいきなり真実にたどり着いた」

「……イシュメール、その正体」

「言葉には出さないな?それでいい。

 それは口にしてはいけない、あんただけの禁止ワードだ。

 

 ここでわざわざそんな危険な思い出話をしたのは、あんたに気がついてほしい。重要な出来事が、あんたの目の前で起こっていたことをわかりやすく伝えるためだ」

「?」

「いいか?ドッペルゲンガーとは影だ。

 よくできた幻で、本物では絶対にない。わかるか?

 

 つまり”あんたが物言わぬ影にタレントを与える”ことで、ドッペルゲンガーは始めて機能するんだ。

 そうでなければあんたの中に亡霊達はあらわれない。ドッペルゲンガーは生まれない」

「ああ、だからなんだ?」

「そうかちゃんと理解しているわけか。なら、納得してくれるだろうな。

 あんたは、あんたのイシュメールを3度。あんたの手で殺している、ということを」

「なんだとっ!?」

 

 ドッペルゲンガー・オセロットの言葉は、さすがに平然とは聞き流せないものだった。

 動悸が激しくなり、フラッシュバックが襲ってきて、叫ぶさまざまな戦場での人々のイメージが押し寄せてきた。

 だが、彼は苦しむスネークにお構いなしに言葉を続ける。

 

「そうだ。あんたのイシュメールは一人じゃない。一人ではなかったんだ。

 最初のイシュメール。彼にあんたが与えたのは自分を鍛え、教える者だ。教官、師匠、そしてリーダー。

 あんたがなるべき存在、そのものだった」

「だった?」

「言っただろ。イシュメールは一人じゃない、と。

 あんたのイシュメールは、生徒のあんたを導く存在だった。だが、その役目はあまりにも短く終わってしまった」

「終わった?いつ?」

「思い出せ、すぐにわかるさ。

 あの日、マザーベースから出撃しようとしたあんたに。最初のイシュメールは別れを告げに、あんたの前にあらわれただろう?」

 

――お前はもう、俺と比べる必要はない

――失ったものをあるように振舞うな、焦がれるな。俺たちは互いに探すしかない……

 

 出撃前なのに、妙に感傷的なことを口にするのだと、思っただけだった。

 だが、言われてみれば。確かにそれは、別れる前に伝えようとしている贈る言葉とも。受け取ることができる表現だった。

 

「あれは……別れの言葉だったのか」

「力を取り戻したのではない。新たに力をつけ、自信を深めた弟子のあんたに自分は必要ないと判断したんだ。

 だからあの時、本当はあんたの中のドッペルゲンガーはその役目を終えた。それでめでたしめでたし、となるはずだった」

「違うんだな?俺は、どうしたんだ?」

「最初のイシュメールは、そこで役目を終えて影に戻ったが。すでにあんたは別の役目をおこなう同じ姿の新しいドッペルゲンガーを用意してしまっていたんだ。

 これが、第2のイシュメールとなる」

「2人目、同じ姿の別人か」

「このドッペルゲンガーの役目は2つ。状況があまりにも劣勢へと陥った時、それをサイレンのように出現して知らせること。そしてもうひとつは、その状況を打破するための精神的な増幅をはじめる合図となること」

 

 息を吸う、息を吐く。

 自分の体の状態が、ようやく再び制御できるような気がしてきた。冷たい汗は変わらずに噴出し続けているが、頭の中はいがいにすっきりとしてきた。

 

「言われればそうかもしれないと思うが。だが、俺はそれに気がつかなかった。それに、イシュメールは自分が2人目だとは言わなかったし、それを感じさせなかったぞ」

「先走らなくていい。それはまた、別の話だ。今は、イシュメールが一人ではなかったことを理解するんだ」

「ああ、だが――」

「疑問にはこれから答える。気持ちで、感情だけで口を開くな。集中できなくなれば、また狂気があんたの前に戻ってくる」

「わかった」

 

 やはりどうしても納得できなかった。

 あのイシュメールが、自分と顔を合わせていたドッペルゲンガーが。それを生み出した俺を、あざむくなんて!

 

 

「驚いたか?だが、本番はここからなんだがな。

 あんたはこうしてドッペルゲンガーのさらなる制御方法を理解したことで新しいステージに到達してしまった。それがあんたの失われたとされている、過去の再構築だ。

 ビッグボスの伝説、その経歴だけでは足りなくて、当時の音声をかき集めていく。だが、これはやりすぎだった。

 

 文書と音声から伝わるイメージで、あんたは次々とドッペルゲンガーを作り出してしまった。

 だが彼らは、あんたが作り出したイシュメールに比べれば、そのタレント力ともいうべきものが欠けていた。ドッペルゲンガーとはなりきれない幻では、できることは限られてしまう。

 あんたはいつしか、彼らに当時の背景という舞台を用意し。音声の言葉を台詞代わりに、彼らに演技をさせることにした」

 

 それには覚えがあった。

 脳裏に次々と”復活してきた記憶”による情景が次々に映し出されていく。

 

 若きオセロットとの勝負、FOXで戦友だったバイソンとの冷たい死闘、繰り返し奇妙な脱獄を繰り返す、ザドルノフの最後。

 それらはすべて、そうやって手に入れた過去の記憶だった。

 

「これには多くの副次的な特典がついていた。

 いくつかの亡霊は、そこで勝手にタレントを手に入れドッペルゲンガーへと変化したこともそうだ。ジーン、パス、スカルフェイス。ほかにもいるが、あの辺はみんなそうだ。

 

 さらにあんたは、押し殺している自分の感情をドッペルゲンガーに分けて発露させるようにする方法を見つけた。あんたの中でスカルフェイスだけがあれほど力強く生き生きとしていたのは、奴には任務へのマイナスの感情をすべて奴に引き受けさせていたからだ。

 奴が抱いていたつきることを知らない憎悪は、あんた自身のものだ。

 だが、それでも奴はドッペルゲンガーというルールにしばられているせいで、完全な敵にはなりえない。

 

 そうやってあんたはついに、亡霊たちを支配することを覚えた」

「支配?ファントムを?」

「そうだ。奇妙だと思うか?そうでもないだろう?

 あんたはより完璧なビッグボスになろうと執着した結果。ついには現実の歴史をも書き換えようとした。もちろん、あんたの中でのことだがな」

 

 過去の改竄。それは確かに行われていたことだった。

 

「それはまるで寄生虫のように、あっというまに始められた。

 まず、MSFの壊滅がなかったことにされた。つづいて、チコやパスは死なないことになった。あんた自身の昏睡もなかったことにされた。

 

 あんたが少女に語った、あのひどくご都合的すぎる過去はそうやって完成した」

「――なんてことだ。なら、俺は」

「昔話をする友人たちがいなくて助かったな。もし、あんたがそいつらと話したら、聞かされたほうは困惑し、恐怖しただろうな」

「うーん」

 

 頭を抱え、うなり声を上げるスネークだったが。

 ドッペルゲンガー・オセロットは気にもしないで話を進めようとした。

 

「さて、もうわかったんじゃないか?」

「ああ――わかった」

「舞台の上で亡霊に過去を演じさせていたあんたは、演目を変更した。実話を基にしたフィクションを、ハッピーエンドのファンタジーに。

 当然、話は全部変わってくる。あんたの経歴、ビッグボスの過去まで変えた。

 

 そして危険なラインを、ついに踏み越えようとする。

 そう、パスの出現だ。だが死んだ人間は生きているものの記憶のなかで年をとることはない。それでも無理につじつまを合わせようとするから、破綻へと突き進んでしまった」

「俺の弱さが、この事態を招いたんだな……」

 

 スネークの呟きを聞くと、ドッペルゲンガー・オセロットのほほがピクリと動いた。

 不快なものを感じたという合図だ。

 

「勘違いするなよ?ビッグボスは決して冷血漢ではない。感情のある男だ。

 笑うこともあれば、悲しんで。部屋の隅で背中を丸めてめそめそと泣いた時だってあっただろうさ」

「しかし――」

「面倒な男だな!はっきりと言ってやる。

 ビッグボスのファントムであろうとするなら、いい加減に見たままを受け入れろ。パスのことだけじゃないんだ。

 言いたくはなかったが、ミラーをあんたは甘やかせ過ぎたんだ。ヒューイの裁判のような真似を再びやりたくはなかったとはいえ、あんたがしっかりと決断をしていれば。

 

 俺も――あのオセロットも、わざわざあんな騒ぎを起こしはしなかったはずだ。これからはあんたがすべてを決めないといけない」

「ああ、そうだな」

「ならば言ってみろ、どうすればいいのか!」

 

 息を長く吐き出した。

 目の周りにくまがあらわれ、疲労の色も濃くなっていたが。力強い目の輝きが戻ってきていた。

 

「俺は、俺の生み出したドッペルゲンガーを。すべてのファントムたちを闇へと返す」

「そうだ――それしか方法はない。もはや今のあんたに過去は必要なくなった。あんたが与えた役割は終わり、彼らはあんたから解放される。すべてを失えば、もうあんたも再びそれを手に入れようとはしなくなる。

 そして一人で、未来を求めていくしかない」

「……」

「どうした?」

「――丁寧な説明で、理解はしたし、覚悟もできた。だがな」

「なんだ?」

「おかしな話だが、それでもイシュメールとは最後に会いたいと思ってしまう自分がいる。馬鹿だよな」

「ああ、そうだな。だがーーそれはできない相談だ」

「え?」

「あんた、我に返った時に誰かに投げ飛ばされていただろう?気がついたら、あの病室には誰もいなくなっていただろう?」

 

 忘れたわけではなかったが、それほど重要なこととも考えていなかった。

 だがどうも目の前のドッペルゲンガー・オセロットの口ぶりからすると凄いことらしい。

 

「あ、ああ。おかしい、とは思っていた」

「あれは彼が、イシュメールが最後にあんたのためにやったことだ。あんたを再び正気に戻すため、あんたを迷わせるものすべてを取り払った。その代償を払えば、ドッペルゲンガーで居続けることはできない。実際、そうだったろう?

 

 あの砂漠、前のスカルフェイスはお前を救った。

 奴はあんたの怒りと憎悪を体現していたが、最後の最後ではお前が生き残る世界を選んだ」

「もう、いない?」

「奴の役割も終わった。そしてこのオセロットも、もうすぐ役割を終える。

 伝えるべきことはすべて伝えた。あとはあんたが勝手にやってくれ。私を解放しろ」

「――わかった。感謝する」

 

 言葉が伝わったのかどうかはわからないが、ドッペルゲンガー・オセロットは本人の言葉通り。その場からいきなりかききえてしまう。それこそ、奴の願いどおりなのだろう。

 

 ”幻(ファントム)の最後はこういうもの”という、実演。

 

 気がつくと、熱いものがほほを伝って流れ落ちるのを感じた。

 それを手のひらでぬぐう。

 

 真っ赤な血だ。

 

 頭に飛び出す鉄片の付け根からあふれ出たそれが、目じりに落ちてきて。涙のようにそこからも零れていった。

 俺が流せるのは血の涙ということか。

 すると本当に熱いものがこみ上げてきて、スネークは本当に泣き出してしまった。悲しいことはたくさんあった。だが、それでもここまで泣いた事は一度もなかった。

 

 今日まで、自分ひとりで戦ってきたなどと考えたことはない。

 多くの仲間が自分を助け、行く手を強大な敵が立ちふさがってきた。皆で勝ち続けてきた。

 

 だが、明日からはもう違うのだ。

 

 スネークは長い時間ではないが、心の底から声をあげて泣いた。

 悲しんでいた。喜んでいた。感謝していた。

 自らすべてを突き放し、孤独となる前にすませなくてはならない。それは儀式でもあったのだろう。最強最悪の悪鬼と呼ばれる男の目には、透き通る涙が輝いている。

 

 自分はまだ、ビッグボスでいられる。

 自分はまだ、任務を続けられる。

 

 涙をぬぐうと、そこには新しい仮面(ペルソナ)が置かれていた。

 まだ色はついていない。当然だが表情もなく、完全なデスマスクのそれだ。これに今からタレントを与える。

 

 そうして出現するのが、新しいビッグボス。

 新しい戦場を、一人で向かう孤独な伝説の兵士。

 彼は世界をひとつにする、その未来のために戦い続ける。

 

 さぁ、その作業を始めよう――。




2回分、ということで次回は明後日。


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愛するファントム達よ、死を憶え(そして与えよう)

死者の国から戦場へ還ってきた男が。
狂人の桃源郷から戦場へと、今日戻ってくる。




 スネークは、目を閉じる。

 

 傷ついた体が、永い眠りを必要としたように。

 傷ついた心が今、この正気と狂気の境目にスネークを立たせている。

 この世界は凍りつく寒さに包まれている。

 

 

 かつて戦場では剣を手にした体格や、力が強いもの。強者が恐れ、敬われ。王となり伝説をつくった。

 時代が変わり、銃を手にすることで声の出ない弱いものは力を得たが。その力で憎悪を世界に火と変えて吐き出すものがあふれ出てしまった。火は風にあおられ、好き勝手にその勢いを変え続ける。

 時には姿を消すが、風の質が変わると。途端に姿を現し、狂ったように全てを焼き尽くそうとする。

 

 そしてまた、時代は変わった。

 戦場に再び伝説が戻ってきた。戦場に立つ戦士は、皆が彼に。英雄に目を奪われ続けている。

 ビッグボス、それは俺だ。

 

 

 脳の奥に届くほど、貫くようにあの不快な匂いにまた襲われる。

 目を開けるとあの真っ赤に染まる彼女と、彼女の部屋が再現され。そこにある。

 

 パス――。

 

「スネークッ」彼女の声は必死だ。

 こちらに背を向け、何事かをしているのを。隠すように。

 

 MSFに彼女が残ると聞いたとき。兵士達はひそかに喜んでいた。

 あんな美人がいるなら、ここは天国さ。そう、誰かが言っていた。あの時の彼女は、あまりにも透き通っていて、美しかった。

 

 パスがついにこちらに体を向けた。

 やはり同じだ。彼女はドッペルゲンガー、だから”俺が与えた役割”は変わらない。

 彼女の腹部にあった醜い傷口が、ぱっくりと皮膚がめくれ。彼女の原の中に、穴を開けている。だが、今はその手は血に汚れていない。あの時とは、違う。

 

 言葉にしなくてはならなかった。

 全てから開放されなくてはならなかった。ビッグボスであるために、決別する必要があった。

 それが、彼女の役目。サイファーの目を信じた、ビッグボスを裏切った彼女の。それでも憎むことができなかった。

 

 彼女はついにそのきれいな両手を、己の腹にできた穴に差し込む。

 

「うっ……んん、うう。あぐっ……」

 

 くぐもった苦痛を、悲鳴を上げないまいとして漏れ出てくる声。

 それを見ても、思うものはもう、ない。

 感情は、極論すれば脳内を走る電気であり。刺激に反応する、行動から出るものだ。

 それは無意識か、意識的かは別にして。そうなのだ、感情とは人が持つという魂ではない。そんなものはない。

 

 刺激を正しく処理できなくなれば、人は簡単に無感情になれる。

 笑顔を浮かべて喜び、血を滾らせて怒り、大声を上げて泣いて悲しみ、体を動かして楽しみ、静かに思い返して怨む。

 

 彼女のあげる声が、別のものに聞こえてくる。

 扇情的な官能を呼び起こす声。原始的な欲求が激しく揺さぶられる。

 いっそこのまま、彼女に飛び掛かり。この、男の両手で変わって彼女の中を激しく”探し回る”のもいいかもしれない。

 

 だが、そんなことはしない。

 これは、そういうことではない。

 

 ぐちゃりと、嫌な音がした。

 赤い点灯で照らされた、真っ白な病室の床に落ちていくパスの血。そこにあきらかにやばい物が、彼女の中から零れ落ちた。

 それは彼女を、彼女としているものの一つ。部品だ。

 

「スネーク、爆弾は……もう一つ」

 

 そう、彼女は爆弾を探す。

 自分の中に残されている、スカルフェイスの悪意の塊を。

 彼女の血に汚れた手が、また新しい物を。彼女の中から、取り出した。ぐちゃり、またそれだ――またまた、それだ。

 

 病室の中の血の匂いは濃くなっていくが、もう気にならない。

 彼女は取り出すたびに弱り、体はふらつき、腕は震えて力を失っていく。だが探すことだけはやめようとはしない。

 

「ああっ、ううっ」

 

 次々と彼女の一部を取り出し、床に落としていく。

 穴の中に空洞ができているのがはっきりと離れて見ててもわかる。こうなった彼女は長くないだろう。もう声を上げるのも、苦しそうだ。

 

「――あった、もう一つ」

 

 震える両手が、枯れ落ちる花びらのように彼女の部品を床に落とすのをやめた。

 血の気はとうに失い、死の影は色濃く、しかしそれでも彼女はまだ美しい。

 

 一瞬だが、彼女の目を見た。

 奇妙にもなぜか彼女は、誇らしげだった。褒めてほしいのだろうと、そう思った。

 そして、時は、動き出す。

 

 

 カリブの夜の海が、ヘリの外に広がっている。

 彼女はここでは殉教者だ。業火にむかって飛び込むように、胸にしっかりと見つけ出したおぞましいものを抱きしめている。

 それは彼女の、彼女のための役割。

 ビッグボスに自分自身をささげる、それが彼女の最後。

 

 言葉は交わせなかった。

 思いを伝えきることはできなかった。

 だが、その歩けなくなる最後の姿を見せることで、その意思を伝えようとしていた。

 

 スネークは自身の中に、これまで感じたことのない感情が生まれたのを感じた。

 それを自覚しただけだったが、体中の毛が逆立つ。血が沸き、意識は混濁し、とめどなく怒りがあふれ、血に汚れた涙が溢れ出す、そして――世界を、分かたれた楽園とする全てを、怨んだ。

 

 よせぇ!!

 

 声が出ていた。体が、彼女を、パスに手を伸ばしていた。

 病室のベットに後ろ向きに倒れていく彼女を――カリブの夜の海に倒れるように飛び込んでいく彼女を。その最後を見てやろうと追従していたXOFのヘリの前で、飛び降りた彼女を。

 だが、この声は届かない。

 この現実はとめられない。 

 

 闇が再び、スネークを覆い尽くした……。

 

 

 

 扉を抜けて外に出ると、太陽はもうすでに地平線から姿を見せていた。

 ひどく危険な夜をすごしてしまった。

 手すりに背中を預ける、疲労感は残っている。それはとてつもないものだが、逆に言えばそれだけのことをしてきたともいえる。

 

 スネークの傍らに、もう亡霊は立っていない。

 影は顔を奪われ、闇とともに消えた。そして全てのトッペルゲンガーから、スネークは解放された。

 もう、ここには1人しかいない。

 

 戦場に帰還し、ビッグボスは生きている。

 言葉はもう要らない、それでも信じることはできる。

 「この世界にはビッグボスが必要だ」と、誰もが思うように。そうあるように。

 

 俺は地獄に落ちる。

 俺は天国にはいけない。

 俺は……。

 

 

==========

 

 

 その日、ダイアモンド・ドッグズは異様な雰囲気に包まれていた。

 再稼動する、その第一日目をついに迎えることができるからだ。

 

 そしてその日を祝う最後を飾るのが、ビッグボス。スネーク本人からの、兵士への言葉だと告げられていた。

 

 伝説に聞くビッグボスの演説は遠い昔の話。

 あのスカルフェイスを、XOFを破っても彼は自分では演説を拒否したと伝えられていたから。余計に兵士達はこの日を、興奮に包まれて迎えていた。

 

 

 曇り空の下で、マザーベース並ぶ兵士たち。

 そしてスネークが、姿を現した。

 

「今日、俺たちは再び、戦場へと戻っていく!還っていく!」

 

 第一声を上げ、スネークは全員の顔を脳裏に刻もうとするように見回した。

 

「言葉にすれば、この一言が全てだ。だが、俺たちはこの言葉の意味を、正しく理解しなくてはならない!

 ――周りを見回してみてほしい。

 昨年、俺がこのマザーベースに来た時。ここはまだ小さく、脆弱で、なにかができるとは思えない存在だった。時が流れ、俺たちは変わった!

 だが同時に俺たちの仲間も、ここから多く、去っていった」

 

 海は少し荒れ気味で、だからプラットフォームに打ち寄せる音はいつもよりも激しかったが。

 ビッグボスの言葉は兵士たちから、そんなものを忘れさせた。

 

「俺達は、彼らと共にたしかにXOFと戦い、これに勝った。

 次はサイファーだ、俺はそういう人々の声を聞いている。誰もがそう、思うのだろうこともわかっている。

 

 だが、俺は敵をよく知っている。

 世界は今、大きく揺れ動こうとしている。

 情報が、TVや新聞を通して情報を過剰に飛び交わし、それはあたかも洪水となってあふれ、人々を溺れさせようとしている。

 

 サイファーは今、それらの後ろに回って俺たちを。ダイアモンド・ドッグズを、監視している。

 そこから動かずにXOFをたちまち復元し、俺たちの戦場に再び送り込んできた。サイファーは強大な敵だ。

 これを戦場に、俺たちの前に引きずり出す事は至難を極める。簡単なことでは、決してない。

 

 だが、俺達はそれをきっとやり遂げてみせる。

 俺たちの立つ戦場に、いつかきっとサイファーをたたせて見せる。

 それはこのダイアモンド・ドッグズでも無理かもしれない。だが、俺は必ずその日を実現させて見せる」

 

 一匹の蝶が、どこからともなく現れると。

 演説を続けるスネークにまとわりつこうと飛び回りだした。

 スネークは言葉を切ると、おもむろに義手を前へと出し。それを機械の腕で握って捕まえる。

 

(パス――)

 

 その姿勢のまま、スネークは再び口を開いた。

 

「今、世界は。対立する分かたれた世界の終末へと向かい始めている。

 かつては強大な国が集まり、世界の経済と政治は彼らが決めていた。冷戦は、そんな彼らのために作られた歪みでしかなかったのだ。

 彼等は自分たちの国々の中の、市場と政治の安定を求め。そうならない理由を常に別に求めてきた。

 

 その結果、力を持たぬものたちへ。貧困と暴力が嵐のように襲い掛かる、そんな現実を俺達は実際に戦場で嫌になるほど目にしてきた。

 遠いあの日、俺のはなった言葉は今もなお。現実としてこの世界を苦しめ、人々はそれになすすべなく従っている。  

 

 だが、時代は変わった!

 

 世界が恐れたMSFは姿を消したが。今、俺達はその精神を継ぎ、ここにダイアモンド・ドッグズは存在を続けている。

 この世界で、俺たちの力を求める声はあのときから減ることはなかったのだ」

 

 ビッグボスは変わった。

 最近、兵士の中ではそんなことを話すものがいる。それに対し、仲間は「しょうがないだろう。副指令や、オセロットのことがあったしな」と答えるしかなかった。

 

 実際、”彼等のビッグボス”はなにかが変化したようだと皆が感じていた。

 行動や言動が変化したわけではない。

 書類仕事をぼやき、訓練には厳しく、装備の整備に細かく気を配り。時々、見回りの兵士の目をかわして倉庫からビールを盗み出しては、一人で夜明けが来るまで空き缶を増やす作業を続ける。

 愛すべきそんな彼は、以前と何も変わってはいない。

 

 それでも、ビッグボスはなにかが違っていた。

 

「俺達は今日から新しい戦場へと向かう。この先に、サイファーと決着をつける時が必ず来る。

 だが、俺はその日をいつだとは言わない。何年先だとか、遠い未来だとも言うことはない。サイファーとの戦い、これは俺にとって、俺達にとっての復讐ではないからだ。

 

 では、なぜサイファーと戦う日が来ると断言するのか?それは、俺達の前に必ず立ちふさがってくるとわかっているからだ。

 つまり、またも、俺達には厳しい戦いが待っている。気を休める日々は、これからの俺達には望めないかもしれない」

 

 スネークは感情を高ぶらせることなく、声の強弱だけで演説は続けている。

 

「だが、希望はある。

 思い出してほしい。あの日、俺は皆と約束した。

 

 すでに俺達は列強には嫌われ、俺達を”抑止力”としてカネを差し出してくる人々はどこだっている。

 時代はついに、俺達の存在を認め始めている。世界は、俺たちを正しく受け入れなくてはいけない。俺達は、この唯一無二の場所をようやく”家”にする準備ができる。

 

 そこは地獄だが、俺達にとっての天国。

 そうだ――サイファーとの決着を前に、俺達は人々の目に直接わからせなくてはならない」

 

 記録では、マザーベースで行われたビッグボスの演説はここで唐突に終わったこととされている。

 彼は口を閉じると、身を翻し。出撃する部隊と同じヘリに乗り込んで任務に向かったのだ、と。

 

 

 だが、人の口で伝えられる伝説では違った。

 ここでスネークは――ビッグボスはあの言葉を口にしたのだといわれている。アウターへブン、兵士達の終わらぬ夢。終わらない戦争。

 

 そして――。

 

 

 ここで小さな物語があった。

 ワームとウォンバット、彼等もこの場所にいたが。ビッグボスと違い、この時の彼等は任務からはずされ留守番を言い渡されていた。

 ビッグボスは、新兵とベテランの混合チームでの出動を望んだからだ。

 

 そのウォンバットは、周囲が飛び立つビッグボスのヘリを見送る兵士達の中にあって首をかしげていた。

 

「ねぇ」

「――なんだよ」

「ボス、最後に言わなかったよね?」

「?」

「いや、言わなかったよね?」

「何のことだよ、馬鹿女」

 

 演説に心を熱くしていたワームは、しきりに不思議がる彼女を蹴り上げてやりたいという顔で相手してきた。

 

「連絡事項のやつだよ」

「ああ、あれか」

「言わなかったよね?ボス、忘れてた?珍しい」

 

 演説と違い、式の前には「別段変わったことを口にしたりはしないさ」と話していたスネークだったが。

 この日から変わったことがひとつだけあった。

 

 スネーク――ビッグボスのコードネーム。

 パニッシュド・スネークは、副司令官であったカズヒラ・ミラーのつけた名前であった。

 MSFの悲劇から復活した伝説の男、彼の手によって果たされるべき復讐の物語に犠牲者として記録されるべき奴等への露骨な挑発。

 

 だが、それはビッグボスの個人の意思ではなかった。

 

 

 この日から、マザーベースでスネークは自分に新たなコードネームを用いるようになる。

 

 ヴェノム・スネーク。

 

 自分の名を「天罰を下す 蛇」から「毒蛇」へと変えたものはなにか?

 ビッグボスのそうした心の変化を理解できる者は、残念ながら今のダイアモンド・ドッグズにはいない。

 

 そしてそのことをスネークはあえて部下には告げなかった。

 だから今も彼はパニッシュド・スネークであり、ヴェノム・スネークであり、パニッシュド”ヴェノム”・スネークとも呼ばれ。そして――。

 

 混乱が生まれるのは必然の事であった。かつての伝説に聞くビッグボスにも名前は多くあったが。

 さらに多くの言葉が彼の名前として使われだしていく。

 こうした呼び名が増えることを、当の本人はまったく気にしようとはしなかったことで。状況はこの日からより悪化の一途へと堕ちていく。

 

 それはまるで、自らの存在だけを焼きつかせられればよくて。

 その名前にはまったく価値を感じていないという風な、ある意味では自虐的な強い己への攻撃性にも感じられたが。それを指摘する人は、彼の周りに残ってはいなかった。




ってことで、ついに「MGSⅤ:TPP」のエッセンスはこれにて終了ですよ。
でもね、まだ続くんですよ。この話は!(なんかオカシイ)


ということで、続きは明日。


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You Spin Me Round

昨日、「MGS5のエッセンスは絞りつくした」といったなっ。

だがそれは嘘だ!

今回はそういうお話。


 それはきっと夢だと以前は考えていたのだ。

 

 

「来ないかと思いました」

「病院には、生きているうちに来ないとな」

「でも、どうやって」

「ホーム(故郷)には口の堅い知り合いが多い。空港までは、大げさだったが。あとは――」

「……」

「乗り心地は酷かったが。見ろ、お茶でこれだ」

「軽い火傷、のようですね」

「……また、すぐに行かなきゃならん」

「ええ」

「――どっちだ?」

「右です」

「包帯でわからないな。左は?」

「左の方は……あなたの言われたとおりに」

「目が覚めたということは?」

「2人とも、どちらもまだ」

「一度も?」

「ええ、2年間ずっと。週一回の検査でも小康状態をたもったまま」

「ああ、ふん」

「その――2人はいつまでここに?」

「このままだ。動かすと危ない。それで誰にも気付かれていないんだ。それが一番だ」

「はい」

「君には――君の働きには、感謝しているよ。これからも彼らの事をまかせたい」

「最善は、尽くします」

「うん……私のここでの時間はわずかだ。2人、話したい。いいかい?」

「はい。なにかあればコールで知らせてください」

「わかってる」

 

 

==========

 

 その夢の始まりから最後まで、会話というか言葉は同じだが。なぜか場所がいつも一定しない。

 いつだって、そこはおかしい。

 きっと”舞台”が、狂っているのだ。

 

 最初は真っ暗な舞台上で、たったひとつのライトの下。それはおこなわれていた。

 だが、それが今では常に大仰にステージどころか背景から全てが変化して、少なくとも同じであっても繰り返し見たとて飽きたと感じることはない。

 

 時に、大銀河の無重力世界の中、互いに宇宙服を着ないで漂っていたり。

 月面の上に立って、それをしたり。

 もちろん海中でもそうだ。光のほとんど存在しない深海でも、輝くような太陽の光にあふれた浅瀬でも。波の上だってある。

 高山では猛吹雪の中、からっと晴れた太陽の下、霧にまみれてなにもわからなくなっても、雨が降っても。

 

 とにかく夢の中で知るのは、ただ一つの芝居だけ。

 車椅子に座る、体の弱った男が。ほとんど一方的に誰かか、もしくはこちらに話しているということだけ。

 

 始まりはいつも闇の中で彼が、誰かと話している声で始まる。

 舞台はそこから始まる。幕が上がるのは、彼が姿を見せたそのときがそうだ。

 

 自分はそれをじっと見つめ続ける。

 

 

==========

 

 

「待たせたね。すまなかった、友人とは久しぶりだったのだ。許してほしい」

 

 答えないこちらに、彼はいつも礼儀正しく話しかけていた。

 目の前で眠り続ける。そんな意識のない男に彼は、ここまでする必要はなかったはずだった。

 

「まず君には、なによりも感謝していると、伝えたかった。本当だ、ありがとう。

 彼が窮地に追い詰められたとき、君の献身が。あの男をこの世界へと残る助けになったのは間違いない。素晴らしい、本当に素晴らしい忠誠心だ。

 

 君には、私の礼など聞きたくはないかもしれない。 

 私は言ってみれば、君が敬愛する上司の敵。あいつの忠実な部下なのだから、本来は私など顔も見たくないと思っているかもしれない。すまない、私は、わがままなのだ。

 

 ここにきた理由。

 君にも、会っておきたかった理由。

 その一つが、お礼だった。それふぁら――ちょっとすまない、失礼するよ」

 

 そういうと彼は、胸のポケットから真っ赤なハンカチを取り出そうとした。

 顔に、口元に麻痺でもあるのだろうか。言葉を切る直前、急に発音が不明瞭になっていた。

 だがそれにも負けない強い精神力で持って、難しくなった体の動きをしっかりとコントロールしているのが。今の彼の姿なのだと、それでわかった。

 取り出したハンカチで口元をごしごしと音が出るのではないかというくらい強くこすると、それをまたポケットに戻していく。

 

「信じてもらえないかもしれないが、私はこれでも軍人だったんだ。今もそうなのだが、こんな体なものでね。少しややこしい立場に立っている。

 引退の真似事でもすれば、周囲はあきらめて私をほうっておいてくれるかとも思ったが。まったく、こちらの都合などお構いなしで、仕事仕事、仕事だ。

 

 おかげで、このザマだ。

 部下だった友人は私と会ってもくれないし。それに同じようなかつての部下がまさか私を恨んでいるとは思わなかった。世界は、不愉快なほどなんでもおこりえる。理路整然としたものはなく、なにものかの意思で理由もなくそれは――」

 

 ここで男は激しく咳き込み始める。

 ハンカチを再び取り出し、口元にやって必死になにかを鎮めようとしている。

 

「すまないね。なにをいおうとも、私も、結局は仕事人間だった。

 今日、ここにいるのは出来るだけ急いでおきたかったというのもあるが。それ以上のものがあることを、君にも理解してほしくてね。私の思いを、感じ取ってほしかったといったら言いのだろうか。

 とにかくもう一つは、君にしか頼めない事。新しい任務を引き受けてほしいと思ったから、ここに来たんだ」

 

 男はモゾモゾといすに座りなおすと、その目の輝きに深い闇が黒く黄金の輝きを与えてこちらに向けてきた。

 

「君の経歴を調べさせてもらったよ。

 おかしな話だが、似ても似つかないはずなのに。不思議と懐かしいあの時、彼女とともにあいつを見出した頃を思い出してしまった。

 家族はいない、戦場が全て。

 MSFには多くの友人たち、君の唯一の家族たちがいたが。彼らはあの襲撃のせいで海底に引きずり込まれてしまった。……君の家族だった彼らの、お悔やみを申し上げる。

 

 あの事件。

 あの事件は、私にしても苦い思いを残す出来事だった。無論、そんな言い方で許してもらおうなどとは言わないが。あれは起こってはいけない出来事だった。本当にそれは、申し訳ないと思っている」

 

 彼の謝罪の言葉に返す言葉はなかった。

 というよりも、そもそも感情というものがこちらにはまったく湧き上がってはこなかった。

 記憶の扉の向こうにいけないせいで、彼自身に抱かなくてはならない怒りや憎しみが。その理由もわからなかったということもあったのかもしれない。

 

「繰り返すが、そこで君に任務を一つ。お願いしたいと思っている。

 あの男。ビッグボスを助けるために全てをささげた君なら、きっと快く引き受けてくれると思っている。

 任務の内容は、ただ一つ。

 あの男が目覚めた後。君が、彼の代わりにビッグボスとなってもらいたい。わかるね?」

 

 驚く、というものは自分になかったはずだが。

 彼が告げると、それにこちらの肉体が反応したのか。自分の体が震え、喉が鳴り、苦しげに息を一度だけ吸った。

 

「驚くのもわかる。だが、理解できるはずだ。

 ビッグボスは敵が多い。

 今は世界が、彼がこうして生きているということをまだ知らないが。彼が目覚めればきっと、その存在を邪魔に思うやつらが次々と出てくるはずだ。

 

 だから君にビッグボスになってもらい。彼に変わって、彼の敵の目を君に引き付けてほしい。

 当然だが、これは危険で、不可能にも思える難しい任務だ。なにより、終わりがはっきりと今は答えることが出来ないということもある。

 下手をすれば、君の残りの一生を全てビッグボスとして過ごすことにもなるかもしれない。だから君には、完璧なビッグボスとなるように。あいつを良く知っている私が手を貸そうとしているんだ」

 

 彼は胸の前で組んでいたそれを組み替えながら、いい諭すようにこの驚くべき任務について話を続ける。

 

「君を裸(ネイキッド)でいきなりビッグボスになれ、などと放り出したりはしないつもりだ。世の中には伝説を築いたあいつは単独で任務をおこなったのだと本気で信じる馬鹿共がいるが。いくらあいつでも、そんなわけがない。

 単独での潜入という危険(リスク)を問題としないために、エージェントには常に的確なフォロワ-達が必要なのだ。

 もちろん君にもビッグボスとして、君を支えてくれる連中を、私は用意している。

 

 君には彼らを利用して、この任務を。完璧に遂行してもらいたい。そう、期待しているんだよ」

 

 最後の言葉には今までにない力強いものがあった。

 

「正直に言うと、君には少し申し訳ないとも思っている。

 本来ならばこのような任務。私自身もリスクを背負って、この難題に挑むことに何のためらいもなかったのだが……残念ながら、私にはもう時間がないんだ。

 私の新しい友人――その少女が任務に失敗してね。私もそれに巻き込まれてひどいめにあってしまった。

 彼女のせいだとは思ってないよ。彼女は彼女なりにベストを尽くした、それは理解している。ただ――神という奴はいつだって皮肉がすきなんだ。私は嫌いだがね」

 

 輝く瞳と相成って、顔にかかる影がこの男は恐ろしい男なのだと告げているようだった。

 

「とにかく、その日がきたら。君にはビッグボスとして任務を遂行してもらう。

 同時に私からこの任務に引き受けてくれる君に、一つ大きなプレゼントを用意させてもらった。きっとこれは君にも喜んでもらえると思う。

 

 今回、君達MSFを襲った男がいる。

 私は奴を、この国には2度と戻って来れないようにした。あいつは今、見知らぬ国で身動きも取れないと泣き叫んでいるようだが。それも永遠には無理だ。

 彼を、私が君に差し出そう。君は任務としてビッグボスでありながら、君自身の家族を殺した男を討つことができる。仇討ちが出来るということだ、わかるね?」

 

 体を前に乗り出し、こちらの目を覗き込もうとする彼の体から一気に力が抜ける。

 同じようにあの恐ろしい目の輝きも消え、元の体の弱っている男へと戻っていく。

 

「窓の外は綺麗なんだね、ここからは見える世界は美しい。君も彼と一緒に目が覚めたら、ちゃんと自分の目で確かめるといい。私は――私の部屋には窓がない。

 たぶん、もうすぐ窓も扉もない部屋にしか、私は心穏やかにすごすことは出来なくなるだろう。

 

 だから未来にこの難しい任務を、ビッグボスを任せる君にだけ。伝えておきたい。

 

 こうなったのは全て、私の責任でもあった。私は弱気になり、彼女を使ってあいつを――ビッグボスをもう一度、なんとか取り戻そうと考えた。結果はこのとおりだよ、大失敗に終わってしまった。

 それどころか、こんな重荷を君に渡して。私は肝心の時には君の力にはなれないと言い訳するしかない。酷い男だと、卑劣な男だと、蔑まれようとも言い訳はできない。

 

 だから私のことなど、覚えていてくれなくてもいいんだ。

 そのかわりに奴を、あいつを君の力で助けてやってほしい。守ってやってほしいんだ。

 

 おかしなことを私が言っているのだと、君も思っているのだろうね?

 

 そうかもしれない。だが、それでいいのだよ。

 あいつは違うと言い張っているがね。私に言わせるなら、彼がグチャグチャ言っていることは我々の未来でならきっとたいした問題ではないのだと、わかっていないのだと思っているんだ。

 私と彼は、同じゴールを目指している。それは、疑うまでもなくはっきりしているところだ」

 

 そう言って「ふふふ」と低い笑い声を上げていた。

 

「もしかしたら、未来には私も彼もいないが。それでも世界はひとつになれるかもしれない。そう思いたいね。

 これは、これは――本当に皮肉な見方だとは思うのだけれどね。そんなふざけた世界も、あるのではないかと。いや、そんなわけがないか」

 

 この記憶、いや、夢なのだろうか?

 これはここで唐突に終わってしまう。

 ライトが消え、男が消え、すべてが消える。そして自分だけがそこに存在だけしている。

 

 闇の中で一人、その記憶を前に静止している。




これはボーナストラック的に書いたもので、ここら辺に入れるといいかと思い発表しました。

「パンドラの箱」というタイトルだったのですが。なかなか意味深な仕上がりをしたと(思いついた当初はもっとオカルトっぽかった)タイトルも変更しました。


MGS5にも収録されているDead or Aliveの曲名を与えました。
そういえばこの曲は、カズ救出のあたりでも出した名前でしたっけ。


続きは明日。


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ダイアモンドの犬 (上)

今回は前後編でおくります、DDの物語です。

ぶっちゃけますが、かなりキます。
これでも当初より遥かにマイルドにしましたが、ムカつきはまだまだ高いといわれました。

読む際は注意が必要かもしれません。


 DDは生きていた。

 彼は確かにマザーベースへ戻ってきた。

 だが――それが彼には良かったことか、どうか。わからない。

 

 

 あの日、動けなくなったスネークとクワイエットを踏み越えて勇猛果敢に飛び出していったDD.

 彼はすぐにソ連兵に囲まれてしまう。

 

「おい、面倒だから撃っちまおうぜ」

「だめだ、確かめなくちゃならないことがあるからな。生かして、捕らえろ」

 

 そういうと包囲の中心で四方にうなり声を上げて回るDDへ。包囲の輪を狭めていく。

 DDはソ連兵に捕らわれた。すでに激しい戦闘を潜り抜けていたDDに、その囲みを破るような力は残されていなかった。

 

 彼らにはすでにDDの正体はなかばわかっていたのかもしれない。

 ダイアモンド・ドッグズのビッグボスには相棒と呼ばれている戦闘犬がいる、それはすでに有名な話だ。そして事実、DDの体には組織のロゴの入った緊急脱出用のフルトン装置が首周りについている。

 

「やっぱりそうだ」確認した兵士が言った。

 

「こいつ、ビッグボスの犬だぜ」

 

 5人がかりで押さえつけられ、動けなくなってうなり続けるDDの上で兵士たちの目が嫌な輝きを見せ始めた。

 声を上げた兵士は、ナイフを抜き放つと器用にまずはDDが逃げられないよう、装置を脱がす。お楽しみはここからだった。

 

 彼らはここでDDを発見し、捕らえた事を上官に報告するつもりはなかった。

 

 だいたいにして「ビッグボス――の犬を見つけました。如何しますか?」などと実際に報告すれば、相手の上官は怒りをあらわにして「だからなんだ!?さっさと殺してしまえ!」と叫んだに違いない。

 ソ連の大部隊が、ビッグボスとその相棒たちと正面からぶつかった結果。信じられない悪夢のような損害だけをくらわされたのが、つい先ほどのことなのだ。

 

 そうして得られた結果が。手にしたものがビッグボスの犬一匹?

 たとえそれが真実としても、クレムリンに素直に報告などしては兵士としての自分達の資質を疑われるというものだ。

 部隊の指揮官たちがほしいのは、犬の飼い主であって。狼犬など、むしろ見つけてくれなくて構わなかった、余計なことをしてくれた、そんな気持ちだったのだ。

 

 

 この時点で、DDは任務を果たしたも同然だった。

 あれほど圧倒的な数で追い詰められていた男は姿を消し、その犬が一匹だけ砂漠をうろついている理由はなんだろうか。きっと、足手まといだからだと戦場に捨て去ったに違いないのだ、と。

 普通の兵士たちは考えた。

 

 まさかビッグボス本人がDDを発見したあたり、数十メートル以内でもう一人の相棒と2人抱き合って動けなくなっているとは考えなかったのだ。

 

 

 だが、DDの地獄はここが入り口。

 この夜、部隊を引っ掻き回し、戦場を縦横無尽に暴れまわって仲間を殺したビッグボスとその相棒達。彼等への怒りと不満の全てを、この捨てられた哀れな戦闘犬一匹にぶつけてやろうという魂胆である。

 

「時間がないぞ」「わかってる、手早く済ますさ」

 

 最初に捕らえたとか言う狙撃主は女だったと聞いている。きっと、さぞや楽しんだと思うが。こっちは小汚い捨てられた毛玉の雑巾、それだけだ。

 ダラダラと時間をかけて楽しむような相手じゃない。

 

 ヒャウゥーー!

 

 DDの口から今まで聞いたことのない声があがった。

 フルトンをはずした兵士が、ナイフの持たないほうの手でDDの左耳をつかみ。その”根元”に刃を押し付け、一気に切り裂いたからだ。

 その激痛にDDがたまらず悲鳴を上げ、スンスンと鳴き始めると。とり囲んでいる兵士達は鳴きだしたビッグボスの犬の姿をみて最高だと笑い声を上げた。

 

 いい気分だ。

 

 泣き声にあわせるように、中には嬉しそうに雄たけびを上げる兵士もいたが。真っ赤にそまったナイフと、切り取ったばかりの左耳を指先でつまんで「どうよ?」とばかりに見せて回っている。

 だが、次の”お仕置き”が迫ってきている。

 

 残されたDDの右の耳を今度は別の兵士が乱暴につかむ。

 それまで泣いていたDDも、なにをされるのか感ずいて。必死に暴れようとするが、男たちはそれを凶暴な笑い声を上げつつ、拘束したまま決して逃れることを許さない。

 

 「おい、自分の指を吹き飛ばすなよ?」「わかってる。見てろ?」

 

 掴んでいた耳の指が、離れた次の瞬間であった。

 いきなりずずいっとライフルの銃口が突き出され、火を噴いた。

 DDの残っていた耳はそれだけで吹き飛ばされ、その爆音と衝撃を一身に浴びたせいで。口から泡を吹き、DDは死んだように舌を口からはでにボロリとたらし、強張る体から力が一気に抜ける。

 

「あ、死んだ?」

「なに言ってる?そんなわけがないだろ」

「でも――」

「楽しんでいるのさ、俺たちのためにな。ホレ、こうすれば――」

 

 ライフルを撃った男はそういうと、発射したばかりの銃口を――熱を持ったそれをDDの頭の傷口に押し付けた。それは注意しなければ聞こえないほどに音が小さかったが、生の肉を油のしいたフライパンの中に放り込んだときに聞ける音に近かった。 

 

 

 一瞬だけ、気を失いかけていたDDは覚醒した。

 新しい苦痛が、DDを現実へと引き戻したが。そのおかげで肉体は限界を超えた力を発揮してくれた。

 笑い転げて気が緩みだしていた男たちの手から逃れたのである。

 

 DDは男達の手から逃れると、自分を囲む兵士の頭上を、助走なしの素晴らしい跳躍で飛び越えた。

 おお!ソ連兵達は声を上げて見事に脱出しようとするDDの姿に驚嘆の声を上げたが。表情と声とは正反対に、それぞれが手にしたライフルを構えて発砲を開始する。

 

 砂漠の上を走り続けるDDの周りだけ、砂が巻き上がり続け、弾丸の何発かが命中しても。DDはそのまま走り続ける。

 だが、あと少し。兵士たちの視界から、丘の向こうへと姿が消えようという時だった。

 

 ついにひときわ大きな悲鳴を上げ、DDの体が突っ張るように飛び上がって地面の上を転がり落ちると見えなくなってしまった。

 

「俺だ!あいつを仕留めたのは」

「マジかよ!?俺じゃないの?手ごたえこっちもあったぞ」

「いやいやいや……」

 

 最後に命中したという手ごたえを互いが告げる中、消えたDDの様子を確認しようという兵士はいなかった。

 犬である以上、これはただの暇つぶし。遊び事、退屈しのぎでしかない。記録にも残すつもりがない以上、あれがどうなったかなど。もはや兵士たちの興味は別のほうへと向いていた。

 

 

==========

 

 

 ヘリのパイロットは、自分のいるべき場所で生きた心地をしないままアフガンの上空を飛び続けている。

 砂漠の嵐の中を、脱出しようとしているビッグボス回収のため。マザーベースより飛び立つ増援のヘリ部隊の一機に、登場予定だった部隊のかわりにオセロットがただ一人、乗り込んできたのがすべての始まりであった。

 

 そのときの彼は――本当に恐ろしかったのだ。

 

 オセロットはヘリが出動するとわかると、強引にその中に混ざりにいった。この時点では、まだビッグボスとクワイエットの無事はまだ確認されていない。もちろんDDもそうだ。

 オセロットがヘリに乗った理由、それはもちろん彼らの安否を気遣ってというのは間違いないが。一番の理由は、マザーベースに残っては、とても理性を保っていられるとは思えなかったというのがある。

 

(まったく、なんてひどいザマだ)

 

 オセロットは訓練を受けている。自身の感情が、激したとしても。最高潮に達する前に、切り替えて冷静になれるよう。考える癖がついている。

 だから本来であれば、あのままマザーベースで。これ以上、あいつに好き勝手やらせないように見張っていなくてはならなかったのだが。彼にとってはこの大変苦しい時期にそれは困難な作業だとわかっていた。

 

 ミラーを殺す。

 

 オセロットがそうしない理由が、今はひとつもない。

 そこが問題だった。

 まだビッグボスが――ファントムが死亡したとは限らない。クワイエットもDDもいる、任務はまだ失敗していない。

 だが……だがもしそんなことになったら――。

 

 明け方近く、ようやく気候が安定を見せ始めたころ。驚いたことに奇跡が起こったようだ。

 ビッグボスとクワイエットを救出したと、無線が入ったのだ。

 

「オセロット、聞かれましたでしょう?自分達も―ー」

「まだだ。このまま飛んでくれ」

「……了解」

 

 幾分かは血の気が戻ってきたが、それでもまだ不気味に静かな彼はそう言うとヘリの外を見ている。

 ビッグボスは発見されたが、そこにDDはいないらしい。

 すでにオセロットはDDのフルトン装置を何度か作動させようと試みていたが。回収班からの連絡によれば、上空に昇ってくる存在はなく、装置が動いた形跡はないのだという。

 

 自分が訓練を施した戦闘犬が、戦場でわざわざあの2人から離れたというのはなにか理由があってのことがあったのだろう。

 

 オセロットのこめかみに皺がより、眉がつりあがった。

 オセロットにとっても、DDは特別な存在なのは間違いない。

 ビッグボス――ファントムのために用意した。自らが訓練を叩き込み、そのすべてをスポンジのように吸収した優秀な生徒。

 一人と一匹で戦場を駆け抜けるのをずっと見てきた。そしてそこに自分がいない、その寂しさのようなものも味わった。

 

 そのDDに何かがあったときのため、オセロットはDDの体内に緊急時に動く。発信機のようなものを埋め込んでいた。それは本当に最後の手段のために用意したものであったが、どうやら役に立つ日が来てしまったらしい。

 

 懐から自身の情報端末機を取り出すと、さっさと装置を起動させた。

 嵐の過ぎたばかりの、穏やかな砂漠の上を飛びながらこちらの呼びかけに、答えが戻ってくるのを期待する。

 

「パイロット!」

「え、はいっ」

「西に向かって40度、そっちに進んでくれ。すぐだ!」

「了解」

 

 わずかに、本当に小さいが反応はあった。

 DDはそこにいる。

 

 

==========

 

 

 DDは確かに生きていた。

 だが、当然だが無事ではいられなかった。

 

 数発の弾丸は体内に留まったまま、失った耳の傷から流れ落ちる血は止まっていたが。左の前足を貫いた2発の弾丸のせいで、かろうじてそこにまだ足がついているというひどい状態にあった。

 バランスを崩し、左右によろよろと必死に歩き続けるDDだが。その目には、しっかりと自分の帰る場所を思い描いている。

 

 あの海上のマザーベース。

 ビッグボスがいて、オセロットもいる。

 彼を愛する仲間たちが、そこで待っている。

 

 だがそれはあまりにも遠い距離だ。

 いくら狼犬と思われたDDの底なしの体力といえど、傷ついた今の彼がそこまで歩き続けることはかなわないだろう。

 そしてなにより――彼の地獄は、まだ終わっていない。

 

 

==========

 

 

 後ろでオセロットが細かく方向を指示することで、パイロットも彼が何をしようとしているのか。さすがに理解していた。

 

「オセロット!ここにはあと1時間もいられませんよ」

「大丈夫だ、そんなにかからん」

「わかりました」

 

 どうやらDDは近いようだ。

 話した感じでそう思い、パイロットも地上を気にしてのぞくようにする。

 依然として回りは夜であったが、明け方が近いせいで地上は奇妙に砂が輝いて見える。今ならきっと―ー。

 

「パイロット、いたぞ!」

「――どこですかっ、指示を」

「約3キロ先だ。降下しつつ、急げ!」

 

 驚いたことにオセロットの声はあせっていた。

 指示に従いながら、ヘリは先を急ぎつつ。ゆっくりと高度を低くしていく―ー。

 

 

==========

 

 

 ようやく静まったアフガンの夜に、鼻腔を刺激する血の匂いに熊が反応した。

 DDの流す血と、孤独に震える”獲物”の恐怖を感じ取ったのだ。

 血と恐怖、それは肉を食らう獣にとってなによりも極上の飯を意味する。

 

 ……だが、まだ時間は夜である。

 そして熊は実は寝起きが悪い。つまりまだ眠いのだ。そして腹もすいてないし、走り回りたいわけでもない。

 なので今日のところは見逃してやることにした。この熊は再び体を丸めると、再びまどろみに身を任せる。

 大きないびきはすぐに聞こえる、本当に寝てしまったのだ。

 

 だから、DDは熊に食われる心配はない。

 

 

 

 太陽の昇る時間が近づく中、血と恐怖の匂いに奴等が反応した。

 アフガンの砂漠に住む狼犬である。

 6頭ばかり、全てが顔を上げるとまずはしきりに鼻を動かし、匂いを探り続ける。発達した器官から次々と脳へ情報が送られていく。

 

 相手は一匹、傷つき、血を流し、弱っている。

 そしてこちらの縄張りの中を堂々と縦断しようと――迷い込んできていて、こちらに気がついていない。

 

「わふっ」

 

 群れのリーダーの意思はすぐに下され、低く唸っただけだった。

 6頭は静かに駆け出していく。愚かな侵入者を、これから襲撃して八つ裂きにしてやろうというのである。




続きは明日。


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ダイアモンドの犬 (下)

それからのDD、後編となります。


 DDはようやく自分がとんでもないミスを犯したことに気がついた。

 それまでは、わずかに感じ取れたダイアモンド・ドッグズのヘリとヘリが風を切るローターの匂いとオセロットの存在。そうしたものを信じて歩き続けていたせいでうっかりしたのだ。

 

 そこは進入を許さぬと獣のやり方で主張されている場所で、いつもは彼のそばにいる人間が。今はいなかった。

 そして這いよる群れがDDの後ろに回り込み、近づこうとしている。

 

 足を速めようとしたけれど、傷ついた体ではたいした違いにはならなかった。

 今度ばかりは助からないかもしれない。

 

 DDを獣として侮った人間たちとは違う、この厳しい自然の中でDDを”人の飼い犬”として、仲間とは認めない同属が追ってきているのだ。

 追いつかれれば今度こそ間違いなく殺される。

 

 風を切って満足に走ることができず、ヨロヨロと進むDDは泣き声をあげる。

 だが、同時に希望がわいてきた。

 この瞬間、はっきりと感じたのだ。遠くから、一直線にDDにむかってくるオセロットの匂いを。迎えに来てくれたのだ。

 だが――それには時間と距離が、どうしても足りない。

 

 

==========

 

 

 もはやいくつ、などと数えるのをやめた砂漠の丘を越えた先でヘリはハッキリと砂上で狼に囲まれているDDの姿を確認することができた。

 DDの周囲を取り囲み、3匹ほどが飛び掛る姿勢を見せ、その外側をぐるぐると残りの連中が油断なく円を描いている。

 

「まずいですよ!あれ、しとめにかかってます!」

「わかってる!」

「オセロット!DD、間に合いませんよ!」

 

 パイロットはヘリの前方にあるビームライトでDDを照らしていた。それで人が近づいていることを、狼達に知らせて散らそうという思惑であった。だが奴等はそれを脅威とは思わなかった。

 目の前のDDを八つ裂きにしてから逃げればいい、その程度である。

 

 ヘリは刻一刻とDDに近づきはするが、着陸するにはもっと高度を落とし、速度も落とさなくてはならない。

 着陸したころには、すべては終わっていて。DDは亡骸となり、狼達は姿を消してしまっているだろう。

 

「わかってる」

 

 オセロットの声は冷静だった。

 銃を構え、スコープをのぞいている。

 

「このままだ、上空を飛べ。それで”なんとかする”」

「オセロット!?」

「……フッ」

 

 オセロットが構えていたライフル銃が火を噴いた。一発だが、それは外れて包囲する狼達の外側にある砂が巻き上がる。

 だが、まだ狼はあきらめない。

 DDは必死にぐるぐると回りながら、哀れな声を上げて必死に抵抗しようとしていた。

 

 オセロットは機内にライフルを放り出すと、立ち上がる。

 その目には力があり、立ち上るような妖しい殺気をまとい。彼の意識はすでに地上にあった。

 

 そしてオセロットはいきなり飛行中のヘリから飛び降りた――。

 

 

 山猫の体が宙にあったとき、狼達もDDをしとめにかかっていた。

 襲うそぶりを見せていた2匹が噛み付き、牙を立てようとした。それはDDの臀部と、あの千切れかけた前足に突き刺さったが。DDは必死にそれを許すまいとして、蹴り上げ、噛み付こうとすることで逃れた。

 

 だが、そのせいで3匹目の牙が、DDののど笛に――。

 

 

 柔らかい砂の上とはいえ、オセロットの転がりを加えた着地は見事の一言だった。

 彼は落下のダメージを見せず、すぐにも立ち上がるとその手に握られていたリボルバーが火を噴いた。地上から獣の魂が3つ、消滅する。

 

 頭上を旋回して、ヘリが戻ってくる中。オセロットはDDのそばで絶命している3匹の狼を蹴飛ばすと、体をかがめた。

 

「大丈夫だ、DD。動かなくていいぞ」

「……」

「落ち着け、痛いか。待ってろ」

 

 そう言うとオセロットは”DDの喉に噛み付いた”死んでいる狼の顔に手をやる。

 

 狼や犬の牙というのは、調べればわかるがそれ自体には生き物を殺す力はない。

 例えるなら、机の上に出来上がったばかりの皿の上のステーキ肉を思い浮かべてほしい。牙は、それを食べようとわれわれがそのときに両手に握るフォークとナイフの役目を持っている。

 

 牙で皮膚を、肉を切り。

 牙で獲物の体を押さえつける。

 だが、これをどちらかしか使えない。

 

 つまり、獲物に噛み付いても人のように切って、口に運んで飲み込むという動作はできないのである。(いや、それを言ったらそもそも前提条件にまだ生きている獣を生で皿の上に乗せる人はいない、ということになるが)

 

 ではどうするか?

 彼らが凄いのは、噛んだ後に。次に「殺す」という動作を行う。

 顎や体全体で、ある時点で抵抗が弱くなったと見た獲物に噛み付いたままこれをする。獲物が死ぬのは、まさにこの瞬間である。

 

 その破壊力はすさまじい。

 どんな大きさの犬であっても、人の手に噛み付いてこれを行ったとしよう。

 噛まれた周辺は肉、骨は言うに及ばず。細胞レベルで破壊がおこなわれ、場所が悪ければそのまま死にいたることもありえる。そうだ、犬などに噛まれて人が死ぬというのはそういうことなのだ。

 

 DDは頑張った。

 おかげで致命傷になるはずの部位に噛み付かれはしたが、それでも抵抗をやめなかったことで2秒ほどの時間を手に入れることができた。

 その2秒で、死神は再びDDに背中を見せて立ち去らなくてはならなかった。

 

「ヘリまで運ぶぞ、マザーベースはすぐだ。帰れるんだ、頑張れ」

 

 DDの目だけがギョロリと動いてずっとオセロットだけを見つめている。

 危ないところだった。そして間に合って本当に、本当に――。

 

 そばで絶命していた狼の口が、このときなぜか噛む行動を見せ。その鋭い歯が、カチリと小さく音を立てた。

 無言だったオセロットはそれに反応し、死んでいる狼の頭部を躊躇することなく攻撃した。それは獣の頭蓋を割り、中のものをドロリと外側にはみ出させたが、もうオセロットはそちらを見ることはなかった。

 

 ヘリは目的を果たし、DDを回収してマザーベースへと向かう。

 ヘリの中で、オセロットはずっと横になるDDの頭をひざにおいていた。そしてDDはそんなオセロットの手の指を。ひたすら赤子の時に母の乳にしゃぶりついた時のように、なめ続けていた。

 まるでそうすることで、自分はまだ生きようとしているんだとオセロットに伝えようとしているように。

 

 マザーベースが近づくにつれ、オセロットの表情は再び感情のないものへとなっていく。

 プラットフォーム上では、大勢の部下たちがあの悪夢の夜を生きて戻ったビッグボスの帰還を喜んでいるようだったが。その輪の中心に立って向かい合う、ビッグボスとカズヒラ・ミラーは向かい合っている。

 オセロットはそこにDDを連れて降りていく。

 

 結局、カズヒラ・ミラーはDDの安否を問うことはこの後、一度もなかった。

 

 

==========

 

 

 壮絶なる地獄を乗り越え、DDは生き残ることができた。

 だがその代償はあまりにも大きかった。

 

 24時間監視の下、8ヶ月に及ぶ入院生活。

 6度にわたる手術。

 体毛のおかげで腹部の傷は隠せたが、結局左の前足は失う羽目になった。最後に噛まれた右の後ろ足も、調子はよくない。

 

 そうやってようやく開放されたスネークのように傷だらけの体となったDDが見たマザーベースには、もはや彼の知る家ではなくなってしまった。

 

 DDの愛したオセロットが消えていた。

 彼はDDの最後の手術が終わってしばらく。ビッグボスを襲撃し、一人の部下を射殺し、副司令官のカズヒラ・ミラーと共に海中に消えた2つのプラットフォームで生死不明とされていた。

 もし、生きていたとしても。その彼の首には賞金がかかっている。

 

 DDと同じく、戦場でビッグボスを助けたクワイエットが消えていた。

 ビッグボスを救出するのを手伝った彼女は、そのままビッグボスの前から消えた。

 カズヒラ・ミラーはそんな彼女の追跡を求めたというが。その後も彼女の情報は完全に途絶えたままだ。

 

 そしてDDの前に立つビッグボスも、そのファントムもまた。

 己に新しいコードネーム、ヴェノム・スネークとなり。その隣にはもう、誰も並んで立つ必要は――。

 

 

==========

 

 

 退院してしばらく、DDの生活は以前とは変わった。

 空虚なビッグボスの部屋に、DDの寝床が新しく用意された。

 

 朝、起床の時間。

 時にはスネークが目覚めるのを察して、少しばかり早起きすることもある。そんなときはベットに駆け上ると、まだ寝ているつもりかと偉そうにその無防備な傷だらけの顔を散々に舐めあげてやる。

 そんな時もビッグボスは「クソ」と悪態はつきつつも、素直に起き上がって身支度を始める。

 

 プラットフォームに設置されている食堂で食事を終え、階段で降りる。そこから遠くに見える司令部プラットフォームの中央に向け、長い長いコンクリートの上を歩いていく。朝食後の軽い運動をかねているのだ。

 

 朝のマザーベースはそれなりに忙しい。

 途中、車で行き交う部下達と挨拶を交わし、スネークはDDを後ろに従えてこの散歩を楽しんでいる。

 

 そして中央につくと、DDはさっさと建物の端にもぐりこんで居眠りをはじめ。

 夜、戻るときは。スネークの運転する車の助手席に飛び乗って、夕方のセーシェルの海を両側にドライブを終えてから寝床へと帰っていく。

 

「DDはリタイアさ、それでもあれなら悪くない」「ああ、そうだな。おれもそうありたいね。優雅に居眠りしても許される毎日ってさ」

 

 傷だらけでとても助かるとは思えなかった姿を見ていた犬好きな兵士たちはそう口にしてDDの事実上の引退生活を祝福していたが。

 ワームとウォンバットは顔をゆがめるだけで、その会話には参加しなかった。

 

 そして実際に、そんないい日は、長くは続かなかったのだ。

 

 

==========

 

 

 退院しても、そんな生活は半年も持たなかった。

 ある時からDDの様子に変化が生まれた。

 

 ビッグボスと一緒に歩く一直線のコースからそれは現れた。

 DDの3本しかない足が、次第にもつれるようにしてふらつきだすと、スネークは歩く早さをぐっと抑えなくてはいけなくなってしまう。

 そこまでしてもゴール直前で座り込んでしまい、ビッグボスが立ち去ってしばらくしてからのろのろとようやくゴールする。

 これが最初の症状だった。

 

 DDの歩ける距離が毎日少しずつ短くなっていく。

 そうなると動かぬ体に心だけが先にはやってしまい、信じたくないほど哀れな声を上げるようになった。そしてそんな時、スネークはわざわざ道を戻っては、DDを背中に担いでこの橋を渡っていった。

 

 だが―ー。

 その日、スネークはいつものように悲鳴を上げるDDに気がつき振り返った後で。すぐに自分が進むべき方向へと振り返って確かめた。

 

 ゴールのあの司令部は、まだまだ先に存在していた。

 

 もう、だましだましは通用しないところまで来ていた。DDは起床してからわずかに橋を3分の一進むだけで、動けなくなってしまっていたのだ。

 

 スネークはついにDDを背中に担ぐのをやめた。

 通り過ぎる車を待ち、その日は行きも帰りも車を使った。戦闘犬の、甘いリタイア生活はこうして終わりを告げる。

 

 

==========

 

 

 朝、起床の時間。

 時にはスネークに起こされる前に、よろよろと起き上がることもあるが。そんな日はもはや滅多にない。

 戦闘服で決めているスネークに「いくぞ」と促され、ようやくのことドアから外へと体を引っ張り出すことができる。

 

 彼とビッグボスの朝の散歩は、プラットフォームのコンクリートに立ったときに終わりを告げる。

 そこに頑丈な首輪が、逃げられないようにと地面に設置された頑丈な鎖でつながっていた。スネークは無表情にその首輪をDDにつけると、振り返ることなくそのまま歩いて橋に向かう。

 

 もう、DDがどれほど声を上げてもそれが変わることはない。

 いつしかDDは静かになり、体の衰弱も徐々に悪化の方向へと転がり落ちていこうとする。

 

 

 この世に生れ落ち、わずかに2年と少し。

 野生の狼の一生はさまざまな要因から平均して5年から10年と言われているが。

 この時のDDを人の年齢に換算すると、約25歳前後だと考えられる。人生が50年だと考えても、彼にはこれからまだ半分のつらい毎日が繰り返されるだけであった。

 

 それから数年のときがたつと、今度はマザーベースにDDのかつての姿を知らない兵士達が増えてきた。

 彼らにすればDDはただの”ビッグボスの部屋に住み着くペット”という程度の認識しかないが。そんな時、古参の兵士達がDDのかつての活躍を彼らに伝えようとした。

 

「へぇ、あれがそうなんですか」

 

 ほとんど全員の彼らはそうは口にしたが、実際に目の当たりにする哀れなDDの今の姿を見たら、古参の兵士達が言うほどの敬意など微塵も沸いてはこなかった。

 それどころか不自由になんとか歩くその姿を心中で嘲笑し「触ったらショック死するんじゃねーの?」と、部屋の隅に掃除箱にも入れてもらえない。そんな汚い雑巾やモップをみるように、傷だらけのDDを裏で蔑んでいた。

 

 ダイアモンド・ドッグズは戦士しか、兵士にしかいられない場所だ。

 戦闘犬ではありえなくなった時、DDはこうなる運命は決まってしまったのだ。

 

 

 それでもDDは生きている。

 ヴェノム・スネークは――ファントムは今も変わらぬ友情と愛情をDDに向けていたし。そばでずっと気遣ってくれていた。

 ウォンバットをはじめとした古いダイアモンド・ドッグズの仲間たちも、仕事の合間には顔を出し。挨拶をしてくれた。

 

 たったそれだけでも、DDには生きる希望にはなった。そしてDDにはそんなことしか、誰もやってやれることはなくなってしまっていた。

 

 

==========

 

 

 この世界の神は慈悲深いのか――それとも誰かが口にした、皮肉が好きなのか?

 そんな早く訪れた、そしてあまりにも長い黄昏の時間を吹き飛ばす出会いがDDにも用意されていた。

 

 その機会を作ったのは、またもスネークであった。

 

 

 首輪でつながれ、建物の影に入り。いつものように目も開けず、鼻だけ動かしてまどろみ続けるDDの元を。昼過ぎだったとしてもまだ早い時分に、そこにスネークが姿をあらわした。

 

「DD、起きているか?少し、お前の力を貸してほしい」

 

 体はまだ横になったままだったが、スネークが来たとわかってうれしいと頭と尻尾だけ動かし、まだまどろんでいたDDは。いきなりがばと立ち上がる。

 その鼻が、この場所にもう一人の人間の存在を告げていたからだ。

 

 スネークは手に一人の少女を抱えていて、少女は――その体にしてはあまりにも大きなライフルを小さな手でしっかりと抱きしめて離そうとはしなかった。

 DDは立ち上がると、スネークの声の方向へと近づいていった。スネークは腰を下ろすと、ライフルを離さない少女をプラットフォームの上に立たせた。

 

「DD、彼女の名は――」

 

 スネークがそれを告げる前に、小さな奇跡が起こった。

 それまで何があってもライフルから両手を離そうとしなかった少女は、それを自分の背中に回すと両手でいきなりDDの顔を軽くはさんで見せた。

 DDはその腕の中に耳がなくなって小さくなってしまった頭を押し込むと、ぺろりと一度だけ鼻の頭を舐めてやった。

 スネークは輝くような笑顔を彼らに向けていた。

 

 

 何があったのか、DDにはわからなかったが。

 それを周りで囲んで固唾を呑んで見守っていた大人たちはホッとすると、口々によかったとか奇跡だとか言って喜んでいた。

 そこにいるすべての人は知ることはないだろう。

 

 そのときは確かに、奇跡が起こったのかもしれない。

 だが、それはもしかしたら未来に起こる不吉な死への呪いがかけられた、そんな出来事だったのかもしれないのだ、と。

 

 

 我らの神は、神は――皮肉がお好きなのだ。




続きは明日。


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The Accussed (1)

DDの話が終わり、今回からは”その後のビッグボス”編が始まります。

このあたりの現実と嘘っぱちをごっちゃにした歴史の背景は95話(ソリダス)でとりあげています。
1999年までの事件で混乱したら93~95を読み直してもらえるといいかもしれません。


世界が湾岸戦争へと向かう中で。
ファントムはどこで何をしていたのだろうか?

答えをここに作り・・・用意しました。


 これから紹介する物語は、伝説だ。

 伝説と言い切っていいと思う。真実は?ある。事実も?大丈夫、ちゃんとある。だが嘘も混ざっていて、それもかなり多く入っては、いる。はっきりと数えることはできないが、それは間違いない。

 

 だから伝説だ。

 

 誰かが聞けば「さもあらん」と面白くもなさそうにうなずくだけだろうし。

 また違う誰かが聞けば「それは初耳だ。本当かい?」と驚いてくれて、さらに喜んでもっと詳しく知りたいといってくれるかもしれない。

 これはそういう「御話」(おはなし)だ。

 

 

 ――ダイアモンド・ドッグズの組織改革をおこなってからの5年、ビッグボスは多岐にわたって様々なことに手をのばしていたことで知られている。

 

 時は1989年12月。

 あの米国の新大統領が、ソ連最後の最高議長とついに直接会談を持つとされる歴史的なそれを直前に、ビッグボスとダイアモンド・ドッグズはトラブルに――とにかく事件が、起きたんだ。

 

 

 それを語る前に、まずは事件当時のダイアモンド・ドッグズについて話しておこう。

 

 混迷のアフガンが彼らの組織を強大な存在へと育てたわけだが。彼らの活動の中心はすでにアフリカへとうつり、そのアフリカではビッグボスの率いるダイアモンド・ドッグズは変人集団、カルト集団だと不気味がられていた。

 

 彼らは確かにすばらしい技術を持つ武装組織ではあるが、全ての依頼を金や利権だけでは決して首を縦の振ろうとしないことが、多かったというのがその理由である。しかも断る理由が、第三者からはまったく理解できない理由だったらしい。

 そんな時は、同程度に頼れる兵士をそろえている連中に依頼が回されることになるが。するとビッグボスは決まってその反対勢力に、自分達を売り込んでいったと言われている。

 

 ある兵士は憎々しげに言った「やつらの手管だよ」と。

 だが調べればわかる。彼らは常にその手で自分達を高額で雇うように動いていたわけではないのだ、ということを。そこには確かに、なんらかの意思が――彼等の頭目、ビッグボスのそれがあったようなのだ。

 

 そしてこの頃、まことしやかにダイアモンド・ドッグズはそんなことだから。深刻な経営難に陥っている、などという噂が流れ始めていた。もちろん証拠はない、表立った話でもない、ただのうわさだけだったが。

 

 

==========

 

 

 そしてビッグボスはダイアモンド・ドッグズの新たな職場を見つけることになる。

 それは以前から彼が部隊を送り込みたいと考えていた地域――そう、アジアへ彼らの武力の輸出しようという計画だ。

 

 

 事の始まりは事件の10ヶ月前。

 アジア内で活動していたダイアモンド・ドッグズの諜報員の一人に接触してきた依頼人から始まる。

 この依頼人は、実に様々な意味で面倒な人物だった。

 

 東南アジアはメコン川を接する山岳地帯。そこはラオス、タイ、ミャンマーを線で結んで別名、黄金の三角地帯とよばれる世界でもまれに見る、闇のマーケットでさばかれる良質な麻薬生産の憧れの地がある。

 

 そもそもにして麻薬の密造は、この地域の貧民が自分達の生活のために最後に選んだ生きるための手段だった。

 だが、その効果はあまりにも絶大で刺激に満ちていた。良質な麻薬の製造で手に入る大金を狙う、そんな欲望に目を輝かせたおかしな連中が、平和で畑仕事(麻薬製造)にいそしむ村人に近づこうとしてくるようになったからだ。

 

 貧しい者にとって大金は重要ではあるものの、それ以上に安全と平和が、何よりも必要になった。

 だから”なにものにも近づけさせない”、そんな圧倒する暴力装置を欲しがり、手にした金で相手を探すことになる。

 

 だが、それは別にダイアモンド・ドッグズが誕生する前の話である。

 すでに彼らの中にはそれなりの調和というものが作られ、村人たちは自分達を守る暴力装置も用意していて。そこに新しく武装組織を混ぜなくてはならないような。揉め事を起こす理由はほとんどないと考えられていた。

 

 この地帯の一角に、某国正規軍は将軍職につくハン・チェーなる人物もその暴力装置の一つとして、顔を知られていた。

 ところがそんな彼が、この近くをたまたま徘徊していたダイアモンド・ドッグズの諜報員に接触してくると、ビッグボスへ依頼を持ちかけてきたのだ。

 

「ビッグボスの部隊に、新しいルートで生産地から出荷される荷物の護衛を頼みたい」

 

 将軍は来る世界規模の麻薬合法化をにらみ、原料を増産させたいと考えていたようだった。

 だが、それで自分達の良質な商品を飽和させてしまい、市場価格を落とすことは避けたかった。さらに彼らの商品を使用者に売りつける直前で、勝手に加工することで新商品としてあちこちの棚に自分達の商品と同じく値札が並べられている現状を苦々しく思ってもいた。

 

 そこで彼は生産地で直接、それらを自分達の良質な原料から精製して市場へ送り出そうという考えで動いていたらしい。

 

 しかしそれがまずい事態を引き起こしてしまう。

 大国が、急激に海外から流入するいままでとは比べ物にならないような薬物のラインナップが持ち込まれてきていると察知し、新たな商品の流入を防ごうと輸送ルートへの割り出しにやっきになることで攻撃を強めてきたのである。

 

 そんな中、将軍は新しい荷物の出荷ルートを設定。

 ここを川を流れるように運ばれていく荷物を、まるまるダイアモンド・ドッグズにテストというかデモ走行を頼みたいということだった。そしてもしもこれが上手くいくようであれば、今後はこのルートをまかせたい、とまで言っているらしい。

 それはあまりにも魅力的に過ぎる、そんな申し出であったことは間違いない。

 

 

 だがこの話をビッグボスは半年以上、拒否していた。

 当時は専門家も「傭兵ビジネスとはいえ、犯罪に真っ向からかかわることを。『伝説の傭兵』などと持ち上げられ、プライドの高いビッグボスが嫌ったのだ」と決め付けていたのだが。後にビッグボスを研究するマニアたちがそれを否定する証言を探し出してきた。

 

「”俺たちのボス”は、最初この話にはまったく興味を示さなかった」

 

 そういって語りはじめたのは、当時彼等の諜報員としてスパローと名乗った小男がそう証言した。

 

「確かに当時のビッグボスはアジアにずっと熱い視線を向けていたよ。だが、難しかった。

 俺たちのボスはすでにインドとフィリッピンにダミーの商社を送り込んではいたものの、アジアの国の政治家や経済人には近づけなかったんだ。

 

 中国を筆頭に、ロシア、日本、台湾にインドにコリア。とにかく彼等の目はどこにでもあって、どこかで見られるとそれがすぐに広まってしまう。

 マレーシア沖には、お得意の海上プラットフォームの建設を長いこと予定していたが。それはついに実現しなかったさ」

 

 彼はそう言うと苦笑いを浮かべた。

 

「それから何ヶ月もして、夏の終わりだったと思う。俺たちのボスは、いつものように密かにアジアへと船旅に行ったけど。それもうまくいかずに手ぶらで戻るしかなかった。

 そしたらその帰り道の第一声が、この依頼のことで話し合いたいという。

 

 彼を知らない、お偉い先生方はビッグボスのこのことを。ただの気まぐれだろうというかもしれないがね。

 あの人のことを少しでも知っていれば、そんな言葉は出てこないさ。あの依頼、彼はああなると全部わかって、それでもなぜか引き受けたんだ。

 

 これは俺だけが言っていることじゃないぜ?

 言ったろ、彼を知っていれば。そう考えるしかないってさ」

 

 彼の言葉が事実であれば、この事件は伝説の傭兵の物語どおりという話になってしまうことになる。

 ビッグボスの伝説。あの荒唐無稽に過ぎる、過剰な演出がまざった物語の数々は、彼のような人間にとっては全て現実の話になってしまうのだろうか?

 

「あの時、アジアで活動していた諜報班の連中はなんとしてもボスの気を変えさせようと猛反対した。

 理由は依頼が犯罪だったから、じゃない。あの将軍には何かあったんだ。

 それが何かは、掴めなかったが。少なくとも彼自身は、米国、ロシア、中国のそれぞれに評判のいい奴や、悪い奴といった友人知人たちがいたことはわかっている。

 

 言葉にあるだろう?

 ”火中の栗をひろうべからず”ってさ。あの将軍の話は、まさにそんな怪しげなものだったんだ」

 

 だが彼等の声は一蹴され、ビッグボスは将軍との間に契約を成立させる。

 その計画が実行されたのは、まさに11月の末日のことだったといわれている。

 

 メコン川中流で将軍の部下からコンテナに詰まった荷物を受け取ったのは、2台のトラックと、護送用の2台の完全武装したジープだけだったという。

 

「あんたらが『ビッグボスの伝説』といって鼻で笑っているが、知っているんだろ?結末はそれさ、間違いない。

 ダイアモンド・ドッグズの輸送部隊は、”信じられないほどの襲撃”をそこで受けたものの。彼らは時間通りにゴール地点に悠々と現れ、誰かの手垢も、傷もついていない荷物をそこで降ろした」

 

 そう、だといわれている。

 ルート上に出ると同時に、ビッグボスの部下達はそれこそ休むまもなく現れ続ける襲撃者に悩まされた。

 チンピラ、山賊、傭兵、そしてしまいには恐ろしく訓練された攻撃部隊と思われる男たち。どこからともなく敵があらわれるたびに、それらのことごとくを逆に叩き潰したと言われている。

 

「信じたくないのだろうが、こればっかりは伝説のとおりさ。

 なぜそう断言できるのかって?それは簡単さ、俺たちのボスさ。あのビッグボス本人が、部隊を襲撃しようとする連中を逆に襲撃して八つ裂きにして見せた」

 

 これは嘘ではないらしい。

 この作戦では部隊の撤収で参加したとされる、ウェアウルフと呼ばれていたダイアモンド・ドッグズの元兵士も近いことを証言していた。

 

「あの任務じゃ、開発の連中にボスが『ゴールまで何があっても走れる車を用意しろ』なんて言ってたらしくて、防弾仕様でも恐ろしいくらい撃たれまくってて、よく走りきったもんだと運転してた奴は顔は引きつっていたけれど、笑ってたよ。

 

 嘘じゃなかったね。あの映画、『ザ ガントレット』のラストシーン。

 あれの撮影から戻ったみたいで、おかげで全員がイーストウッドになった気分で、穴だらけのトラックの横で記念写真取ったり。とにかくおかしくなってて、ゲラゲラ笑ってた」

 

――ビッグボスも?

 

「いや、ボスはそうじゃない。というか、それどころじゃなかったよ。

 あの人は、作戦に5人ほど優秀なのを選んで連れて行ったんだけどね。俺たちが大笑いしていたところに戻ってきたわけだよ。そうしたら――」

 

―ーそうしたら?

 

「笑い声なんて引っ込んじまった。

 全員、頭のてっぺんからつま先まで。真っ赤に染まっていてさ。わかるよな?それは彼等の血じゃない。

 

 だけどビッグボスのそれは一番凄まじかったよ。悪魔がいきなりあらわれたと思ってチビッていた奴もいた。笑わないよ、同情する。俺も、正直やばかったからね」

 

―ーそれは、ビッグボスの伝説にもあります。あれは事実と?

 

「知りたくないね。知る必要もない。

 誰よりも一番にビッグボスが激しいから。一緒についていった奴らもそうならざるを得なかったのだと俺は考えてる。

 あの時の、俺たちのボスは。間違いなく鬼、だったんだよ」

 

 伝説ではビッグボスは部隊を忍ばせ。

 襲撃者達の遺体を粉々に砕いて回ると、わざと地上にばらまいてまわったというものがある。彼らの証言はそれを事実、としているが。とても素直に信じきることはできない。

 

 そして、問題の12月がやってくるのである。

 

 

==========

 

 

 スパローはこの時の事について、小ずるそうな顔で子供のようにキラキラと目を輝かせてかなり詳しく語っている。

 

「任務が成功したその瞬間から、この仕事はおかしなことになってしまった。

 ”彼等のルートは危険”とわかり、”荷物は無事”に到着したというのに。なぜか依頼人のツェー将軍(これは間違い、彼は将軍の名前を間違えて覚えていた)が癇癪を起こして、俺たちへの――ダイアモンド・ドッグズの支払いを拒否したんだ」

 

 これはただのトラブルではない。ビッグトラブル(大きな問題)と言わねばならない事態だった。

 

「俺は当時、まだ半人前の――まぁ、新人研修みたいなやつだと思ってくれよ。

 それで若いのを連れて仕事をしていたんだ。 俺は奴をマーヴェリックと呼んでた。

 

 奴は『やはりだまされてた。ビッグトラブルだ』なんていってため息ついてね。俺達はそれをみて笑ってたものだから、わけがわからないと馬鹿な顔をして怒っていたな。

 

 俺たちは全部知っていたのかって?いや、知らない。

 命令を受けて動いていた奴はいたとは思うが、当人以外には知らされなかったし。それでもビッグボスに不安も、不満もまったく感じてなかったよ」

 

――それは、ビッグボス本人も?

 

「そりゃもちろんさ!」

 

 ビッグボスはすぐに、契約を果たすように促すため。将軍との直接会談を要求した。

 2人があったのはマルタ会談がはじまる直前、実に10時間を切っていた。

 

「ビッグボスは運転手と支援班の2人だけ。だが相手は将軍の部下の兵士たちに加え、山中に作らせた彼の秘密の砦の中の一室で行われた。将軍が文句があるなら聞きに来い、というから。ビッグボスは躊躇しないで行ったんだぜ。

 

 会談は最初から茶番のまま、ずーっと続いたと聞いているよ。

 将軍はいちいち不満を口にして、ビッグボスはそれを契約文で封じ込めにかかる。もう和解はありえない、すでにそこにいる誰もがわかっていたことさ」

 

――それなのに、ビッグボスはそんな少数で会いに行ったのですか?

 

「俺たちのボスは、結局どこまでを知っていたのかは知らない。

 だが、俺は少しだけだがわかっていることがある。ルートを走る襲撃者の中に、ひとつだけ明らかにおかしい奴らが混ざっていたんだ。

 高いレベルの訓練が施された男たち、だが装備は戦場ならばどこにでも売っているもので、それなのに中古品は一切使っていない。新品ばかり装備する、部隊章もつけていないあきらかにおかしな連中。

 

 間違いないと思うね、あれは中国人だ。

 俺はあの時、将軍は中国とつながっていたんだと思ってる。

 

 中国はアフリカへの興味を強く持っているようだったが、ビッグボスはそれまでに何度か彼等のビジネスを邪魔していた可能性があった。

 また、金で動かないボスの態度にも苛立っていたんじゃないかな。あわよくば暗殺、もしくは最低でも部隊に汚名を着せてアジアに近づかないようにするつもりだったのかもしれない」

 

――中国の、部隊ですか

 

「ああ。将軍は中国に何かを要求されて、その片棒を担ぐ羽目になったんだと思う。ところが、それは思ったとおりにはならなかった。

 最初に飛びつかせるためだけに散々、甘いことを口にしたとあって。ビッグボスとのこの話をなかったことにしようとしたんだろう」

 

 そう、あの日。

 ハン・チェー将軍は間違いなく、それをビッグボスに了承するように迫っていたはずなのだ。




続きは明日。


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シークレット・ウォー

ミロ、我ガ軍ハ圧倒的デハナイカ


 すぐにも破裂しそうな、そんな冷たい殺気が部屋のなかにタバコの煙のごとく充満していくのがわかった。

 それなのにヴェノム・スネーク――毒蛇の答えはあっけらかんとしていて。そしてはっきりとしたものだった。

 

「断る」

「なに?」

「チェー将軍、あんたと交わした契約に不備はない。俺達はあんたに力を貸し、仕事は終えた。荷物は届けたし、あんたの部下から死体も出なかった。あんた、何が不満なのか」

「――ちっ」

「契約を結んだ以上、儲けたあんたから俺たちの分け前をもらわなきゃならん。まさか、俺たちが運んだあの白い粉は。実はただの小麦でした、なんて言い出されても。それは理由にならない」

「ああ、そうだな。ビッグボス」

 

 それまでブルドッグのようにぐちゃぐちゃと難癖をつけていた将軍は、いきなり態度を変えてきた。

 彼の話す完璧な英国式英語の発音で、笑顔を浮かべてきた。

 

「そうだな。それは間違いない、ビッグボス。だがーー」

「まだ、なにか?」

「実は金はここには置いていない。あれは、確かに俺の金ではあるが。だからといって世界のどこにでも、俺が好き勝手に出したり戻したり。それはできない、あんたならわかるだろ?」

「俺は兵士だ。あんたの会計士じゃないから知らんよ」

「だから変わりを用意した――」

 

 兵士に合図を送る。すると部屋の隅に歩いていき、家具の裏に見えないように並べていた3つのトランクを取り出してきて、ビッグボスの前に並べておいた。

 

「これは?」

「今回の報酬と思ってくれ。あんたの部下の仕事ぶり、認めないわけがないだろう。それに伝説の傭兵と呼ばれる英雄ともせっかく知り合いになれたのだ。

 ドルだのフランだの、そんな紙切れに書かれた札束じゃ足りないだろう?これをもっていってくれ」

「――金ではないようだ。それに、ちょっと前に見た覚えのある袋と、中身だな」

「ボーナスだよ。いまならこのかばんひとつ市場で捌けば、契約金なんて目じゃないぞ。それがさらに2つ、つまり3倍というわけだ」

「――うちにジャンキーは飼っていない。そもそも売りさばく方法もない」

「だが傭兵だろう?戦場には楽しめるアイテムは必要だ。自分たちで使ってもいいが、売ってもいい。それだけのことだ」

「将軍ー―」

「ビッグボス!これが嫌だというなら、お前に払う1キープ(ラオスの通貨単位)もない。手ぶらで帰っていただこうか」

 

 ようやく本性を現しやがったな、ワームはスネークの後ろに立ち。手袋をつけたままのグレイのスーツ姿で切れ長の目を、将軍に向けた。

 そんな彼の位置からでは、眼帯で隠されてビッグボスの表情はよく見えない。

 

 

 会談は終了した。

 決裂だ、それも”ダイアモンド・ドッグズが負けを飲む”という形で、何も手にしないまま帰りの車に乗った。

 

「ボス!」

「ワーム、これも予定通りだ。ルーキーじゃないんだ、落ち着けよ。短にすぎるぞ」

「あそこでも、終わらせることはできました」

「駄目だ。それに作戦中だ、ちゃんと演技をしろ。これでも俺たちは負け犬ですと、奴らの前で涙を浮かべ、背中を丸めて逃げてやらないと」

「――まぁ、いいですよ。どうせあんなの、持って帰っても仕方なかったですから」

「麻薬か。嫌いじゃないだろ?」

「個人の趣味のレベルで、嗜む程度に。あれほどの量、うちの連中を程よくジャンキーにするつもりなんですかね?」

 

 それまで皮肉めいた笑みを浮かべていたスネークだったが、ワームの問いを聞くと。

 その表情を変えた。

 

「仮にも、将軍とも呼ばれる男だ。常習性を持ってしまうようなものを、兵士に報酬で渡そうとするなんてな。まったく、どうしようもない奴だ」

「ボス……」

「薬の、いや麻薬の力に溺れて自分が何者かも忘れて浮かれてしまっているのさ。あれの部下の連中、給料がよくなきゃやってられんだろうな。俺達でこの状況にカツを入れてやろう」

 

 毒蛇の言葉を聴いて、車内の兵士たちに物騒な笑みが浮かんでくる。

 そう、今回の任務はまだ続行中なのだ。

 ビッグボスはこうなる展開も含めて、最初からあの将軍と将軍の力を目標に攻撃を展開している。そしてここから最後の仕上げが始まる。

 

 伝説の傭兵もたいしたことないな、とすっかりいい気になっているであろう奴等に。ビッグボスが戦場での流儀を、思い出させてやるのだ。

 だが――。

 

「ボス、連中の動きが――」

「わかってる、そのまま車を出せ。気がつかない振りを続けろ」

 

 徐行しながら、森の中の砦から出ようとする車の背後に。チェー将軍の部下たちに不穏な動きを感じていた。

 

「ワーム」

「準備します」

 

 スネークにそう返すと、ハンドバッグの中から頭巾のようなものを取り出してきた。

 

「丁度いい、作戦の開始は奴らの手で下ろさせてやろう。ここはまかせるぞ」

「……」

 

 マスクをつけたワームは返事ができなかった。

 彼が装着したのは、あのコードトーカーが完成させたパラサイトスーツ。それの新たなバージョンである。

 手にとって頭にかぶるまでは、ぬるりとしたラバーを思わせる黒光りする表面が。その下に人の体に触れているのを”感じた”のだろうか、極彩色の変化の後。あの怪しげなミルク色のそれへとなって、落ち着きを取り戻す。

 そしてそのスーツに下に隠された、もうひとつの姿も。

 

 ビッグボスの乗った車が砦の門の前で停車し、静かにそれが開くのを待っていると。

 背後の建物から飛び出してきた2人の兵士が、車の真後ろまで走っていって。いきなりロケットランチャーを担ぎ出した。

 

 だが、車内ではあせった様子はない。

 スネークはサンルーフを全開にしながら「通れるなら急げ、ここは戦場になる」そう告げただけであった。

 

 ついにビッグボスによるダイアモンド・ドッグズの”報復作戦”は最終段階を迎える。

 チェー将軍の秘密の砦はこの日、地上から消滅することになる。

 

 兵士達と車の射線上に、奇怪な怪人が姿をあらわし。その体がロケット弾を音を立ててはじいて見せる中。砦の直上から何本もの火線が地上に向かって落下してくると炸裂と同時に、地面をえぐる。

 

 砦から悠々と離脱するビッグボスの車の背後で着弾した爆風と炎があがるが、本人はそれに構わずに砦から離れていく。。

 同時に、霧の両側に輝くダイアモンド・ドッグズのエンブレムを身に着けた完全武装の兵士達が出現し。一斉に進軍を開始すると砦の制圧に乗り出したのである。

 

 

==========

 

 

 同時刻、R国のパークセー郡一角にあるハン・チェー将軍の屋敷である。

 この国の貧富の差は激しく、だからこそ金を持つ人間の金の使い方はどこか常軌を逸している。それは将軍の屋敷にもあらわれていて、その大きさは屋敷とは口にするが。実際は宮殿と表現するしかないほど広く、巨大であり。

 ここで働く家人達も、普通では寝起きできないような豪華な住居で――この施設の中でくらせるというおこぼれにありつけた。

 

 そんな宮殿の空を、鳥が群れて離れていく――。

 

 警護の一人は空を見ながら、隣に立つ同僚に声をかけた。

 

「鳥だ」

「ああン?」

「鳥だ、飛んでる」

「そりゃそうだろう。鳥が地上を走ってたら、そっちのほうが驚きだ」

「走る?――ダチョウは飛ばない。あれは、走れるだろ?」

「……お前、何を言ってるの?」

 

 唐突でひどく頭の悪い会話に、苛立ったのだ。

 だが、彼が同僚からその意図を聞くことはできなかった。背後に現れた、顔を隠した兵士2人が。いきなり警備員達をその場で投げ飛ばし、声も上げさせないままナイフを振り下ろしたのだ。

 

「南の制圧、終わりました」

『了解、門番(ゲートキーパー)は足を開いた。繰り返す、足を開いた。ゲームの開始だ』

 どれほど優れた警備装置や人を入れたとしても。

 攻略できないパズルはない。

 

 そしてダイアモンド・ドッグズの兵士達であれば、将軍といえども麻薬王をきどった相手にてこずるはずもない。

 その時はまだ、そう考えていた。

 

 

 屋敷内でいきなり銃撃戦による応酬らしき騒ぎがあがると、慌てたダイアモンド・ドッグズ兵が部屋の中に駆け込んできた。

 

「なんだ、どうした?」

「すまねぇ」

「なにがあった、説明しろっ」

 

 2名の警護らしき男の死体と一緒にいたその兵士は、くやしそうに顔をしかめながら口を開く。

 

 部屋から出てこようとした警護3名を攻撃し、とどめを刺そうとしていたらしい。

 すると物陰にあった気配に気がつき、確認するとそれは将軍の息子の一人。末弟がそこに震えて隠れていたという。

 

 作戦では彼らは回収対象だ。

 兵士は、それを連れ出そうとしたところ。いきなり別の警護らしき男たちが侵入してきて、なにもできないでいる少年と怪我人を回収されてしまったらしい。

 

「お前!なにやってるんだよ」

「……スマン」

「もういい!――たぶん、それは逃げていた将軍の長男だろうな。軍では少尉だという話だったが、ルーキーだと舐めていたな――」

「どうする?」

「上に報告するしかない。ここはあいつらのホームだ。今頃はどこかでバリケードでも築いているはず」

「そうか、そうだな」

 

 そういって顔を見合わせる彼らの表情は、暗い。

 

 

 作戦の開始から35分が経過。

 すでに屋敷のほとんどを押さえ、家人の8割以上は無力化に成功した。ところが――。

 

「38番ロード、変化はないのね?」

『はい』

「引き続き主要道路の監視を続けて。こっちは撤収のヘリがもうすぐ迎えに来るはず」

 

 そうはいうがウォンバットは正直な話、気が気ではない。

 不意の襲撃は成功したものの、人が多すぎて最後の最後に抵抗されて粘られてしまっている。

 

 情報端末を手にした同じ攻撃部隊指揮をまかせれているボアと呼ばれている恰幅のいい同僚が、体を揺らして近づいてくる。

 

「目標の将軍の弟夫婦と両親は抑えた、そっちは?」

「まだです。警護の何人かと、屋敷の一室に閉じこもったまま」

「――逃げているのは、息子だったか?」

「長男と末弟の2人。娘達と次男は抑えました」

「もうすぐタイムアップだ。ここまでやって、ボスに『できませんでした』とは報告できない」

「……」

 

 ビッグボスの命令は『家人を全員無力化。将軍の家族を時間までに抑える』であった。

 必死に抵抗する相手から、数人だけを生かして捕らえるというのは至難の業である。だからこそ、もはや手段を選ぶべきではないのではないか?

 ウォンバットの同僚は、息子達の身柄を諦めることを考えろといっているのだ。

 

「――最後に一度、やってみたいと思います」

「どうする?部下に突入させるのか?」

「いえ。自分が行きます」

 

 そういって歩き出す彼女の背中に、同僚の不満げな声がかけられる。

 

「ウォンバット、俺達は指揮官だ。お前ができることを、部下にさせられませんではしょうがないんだぞ!」

(それでも――私も兵士。ビッグボスの、ダイアモンド・ドッグズの、戦場があるならそこを選ばない)

 

 情報端末にむかい「時間がない、私が出る」そう告げると、ウォンバットは己の頭部に黒いマスクを装着した。

 それもやはり、不可思議に色を変えて――。

 ボアとウォンバットの動きが止まった。銃声がしたのだ、短く。

 

 あわててマスクを脱ぐと、ウォンバットは通信機を再び手にした。

 

「連絡。今、撃ったのは誰?」

『――』

「こちらボアだ。今の、俺のチームか?どっちだ?誰が撃った?確認を急げ」

 

 2人は顔を見合わせる。まさか、この期に及んでさらにトラブルなのか?

 

「ウォンバット、行け!」

 

 なにかあるとするなら、例の息子達以外にないだろう。

 ここまで来て失敗は許されない。ボアは鋭く、バートナーに声をかけるが、その時。無線に反応があった。

 

『――こちら』

「誰?報告しなさい、なにがあったの?」

『その、目標を無傷で確保しました。無力化して、戻ります』

「……わかった、急ぎなさい」

 

 なにか、なにかがあったのは間違いない。

 だが、それを無線ではいえない理由があるのか?とにかく目標の確保はされたという、それは喜ぶべきだろう。

 

「ウォンバット、俺達も戻ろう。あいつらはすぐに来る。ボスの連絡がまでに、報告を聞きたい」

「――デスネ」

 

 スカルスーツで久しぶりに暴れる機会を失ったという不満が、なぜか彼女の中にわいてきて。

 おかげで受け答えも微妙な感じに返してしまった。

 

 

 

 恐ろしいハン将軍の屋敷は、巨大な箱庭となって。そこかしこの物陰には死体が転がされていた。

 家人はその理由を問わずに全員が射殺された。

 そんな非道を行う、危険な襲撃者である男達に。将軍の一家は囲まれ、拘束されている。

 

 そこに最後の息子達をつれて来たチームの兵士が、ボアとウォンバット相手に簡単な報告をしていた。

 

「どういうことだ?」

 

 最初の報告を聞いて、まず最初に口を開いたのはボアで。ウォンバットも口にはしなかったが、同じ疑問を持っていた。

 彼の言葉は、あまりにもつじつまの合わない。異常な現象を伝えてきたのだ。

 

「負傷した警護1名、そして息子達と、無傷の警護の4人が部屋に立てこもる構えを見せました。

 警護は実際に優秀な奴で、こちらが手を出しあぐねている間に。それを成し遂げたのです」

「それは聞いている。それで、なにがあったと?」

「――正直に言います。何が起きたのか、確実なことは自分にもわかりません。だから、おきた事を。見たことだけを報告します」

「わかったわ」

「突然のことでした。窓の外からなにかが”空を飛んできて”、そのまま室内へと、突入したようなのです。

 なぜ、こんな言い方しかできないかといいますと。侵入者を、誰も目にしていないからです。上の階で、窓から侵入しようと準備していた奴らが言うには。最初、砲撃されたのかと思ったと」

「それから?」

「中では何かが起こっていました。確かに、なにかそこには”居た”のです。

 電気が――爆ぜる音、というのでしょうか。それがあって、すぐに何か騒ぎがありました」

「……」

 

 まったく理解ができない。

 だいたい砲撃音など、同じ建物の中に居た自分たちには”まったく聞こえなかった”というのに。彼らはそれが、先ほどあったのだと本気で思っているようだった。

 

「危険でしたが、慌てて中へと突入しました。バリケードが邪魔で、中に入るまで少しかかったのです」

「どうなったの?」

「終わってました、なにもかも。坊主のほうはおびえきっていて、兄貴のほうは目を回していた。警護も、そうでした」

「本当に、我々の味方ではないのか?」

 

 ボアが信じられないという顔でそれを口にすると、部下は奇妙な表情を浮かべた。

 

「私見ですが。仮説のようなものはあります、それでもよろしいですか?」

「言ってみなさい」

「……中に入って、すぐに気がつきました。警護と息子は、CQCで無力化されたと思われます」

「――『自分はビッグボスのCQCを学んだ』と、そんなビジネストークをする奴は、この業界ならゴマンといるわ」

「自分は隊長ほどではありませんが、ボスから学んだ事です。間違いないと思います。それと――」

「他にも?」

 

 聞くと、今度は困惑するように。部下は眉をひそめている。

 なんだ?

 

「あの、お聞きしたいのです。この作戦、ビッグボスはここにはこられないという話だったと」

「そうよ。今頃、ボスはこの国を出るために空にあがっているはず。将軍との会談場所から、ここまでは離れすぎている。何百キロ離れていると思っているの」

「それは、本当のことなのでしょうか?」

「おいおい、どういうことだ?俺もお前たちの隊長と同じ事を聞いている。嘘じゃない、ボスはここにいない」

「――それならば、我々の困惑も。正しいということになります」

「?」

「バリケードを崩して、最初に突入した男が言ったのです。

 自分たちが突入する直前、そこには一人。確かに誰かが……兵士が立っていた」

「っ!?」

「ダイアモンド・ドッグズではないと。見たことのないバトルスーツ姿で、兵士が突入してくるのを確認してステルスになったと」

「ステルス迷彩か?実用化はまだされていないと。うちだけの技術かと思ったが」

「うちのじゃないです。これまでにない消え方だったと」

「顔は?」

「一瞬だけ――俺達のボスと、そっくりの眼帯と横顔だった気がする。そう口にしています」

 

 3人はそこで押し黙ってしまった。

 ウォンバットは、情報端末を取り出してきて作戦の進捗状況を確認してみた。

 そこに司令部から送られてくるリアルタイムの情報が、ビッグボスが今。ちょうど空の人になったところだと、知らせていた。つまりビッグボスは――2人いる?

 

「やめよう」

 

 ボアが最初に降参の声をあげた。

 

「後の処理はしたんだな?」

「はい、確実に」

「ならば、それで満足しよう。もちろん、ボスにはこのことは報告するが――今は、次の行動に移るときだ」

「確かにその通り。ボスの”お喋りの時間”が迫ってます。これを遅らせるわけにはいかない」

 

 答えは見つからないが、彼等の作戦はいまだに進行中なのだ。

 とにかく”目の前のトラブル”が、どんな理由にせよ解決しているなら。それをあきらめる理由にはできない。

 

 歩きながら、ふとウォンバットは思い出したことがあった。

 あの年、寄生虫騒ぎに揺れるマザーベースにもたらされた吉報。XOFに拘束された諜報班の生き残りは、彼等の手から逃れてからしばらく。サバンナでは別の武装組織に囚われ、生死の境をさまよっていた。

 

 だが、そんな彼を救い出した何者たちがあの時も居た。

 まるで、ビッグボスの当時の状況を知って。それを助けようとする、守護天使のように。

 突如姿を現すと、わずかなことだけ助けるが。次の瞬間には、消えてしまう。

 

 自分たちのビッグボスを、守る存在。

 その守護天子の顔も、やはり同じビッグボスの顔を持つということなのだろうか?




続きは明日。


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The Accussed (2)

 ハン・チェー将軍の身に降りかかったことは、実はすべてが明らかにはされていない。

 

 だが、元ダイアモンド・ドッグズの兵士たちの証言が正しいというならば。あの日、わずか半日にも満たない時間で。恐ろしいビッグボスは、将軍のあらゆるものを奪いつくし、破壊しつくしたということになる。

 彼は”戦場に引きずり出され”、容赦なく徹底的に攻撃されたのだ。

 

 戦闘班でこれに参加したというウェアウルフはその事を実際に見たのだという。

 

「ビッグボスは、かなり無茶をやっていると俺達は思ってたよ。それでも、作戦中にトラブルは”なにもなかった”のだから、すごい話さ。将軍と、彼の下に居た連中はまったく俺達の相手じゃなかった」

 

――将軍への攻撃、これはわかりますが。なぜ、ビッグボスはその家族を襲ったのでしょう?

 

「さぁね……あんたはどう思う」

 

――報復、ですか?

 

「ああ、それは間違いないとは思う。あの時の俺達のボスは、本当におっかなかったからな」

 

――他にも、なにか?

 

「――あんたが信じるかどうか、だな。俺はそう信じてる」

 

―ーはい

 

「俺達のボスはな。多分だが……あの馬鹿をやらかした将軍の子供達を。守ろうとしたんじゃないかな?」

 

 やはり、ビッグボスにはなんらかのカルト的なカリスマがあるらしい。

 事実でも伝説でも、彼ら怒れる復讐鬼となったダイアモンド・ドッグズは。将軍とその家族に、凄まじい惨劇をくれてやったことだけは間違いないというのに……。それでも彼の部下だった男達は、それを平然と口にするのである。

 

==========

 

 

 ハン将軍の家族は怯えていた。

 そこに兵士達の中から、女性でもあるウォンバットが進み出てきて。彼らと”おしゃべり”を開始した。

 

「どうも、皆さん。我々はダイアモンド・ドッグズ。ただの傭兵です」

「?」

「我々は昨日、ハン将軍との契約を反故にされ。あまりに大きな金銭的損失を前に我を失い、こうして皆様に報復しに参りました。ここまで理解できましたか?」

「な、なんだって?」

 

 たんたんと状況だけを述べる相手に、どこかまだ余裕があるのだろう。

 将軍の家族――大人たちは全員目の奥に、怒りの炎が見隠れしているのが感じられた。 

 

「お、お前達!」

「はい」

「わかっているのか!?俺達の兄貴は、この国の将軍なんだぞ。兄貴が――」

 

 まだ続けようとする将軍の弟の背後から、兵士が警告なしでその頭部を撃ち抜いて黙らせた。

 女性達は「ひっ」と声を上げ。老人達は崩れ落ちるその体にしがみついて、声を上げて泣き出す。だが、ウォンバットはまったく容赦する様子は見せない。

 

「失礼、こちらも時間が押しているのです。ここで皆様には、我々のビッグボスのお言葉をお伝えします」

 

 そう口にすると、情報端末機を取り出してボタンを押す。

 空中に映像が浮かび上がり。それが輸送機の中に座る、ビッグボス本人の顔を映し出した。

 

『俺達が、なぜそこにいるのか。すでに部下があんたたちに告げている頃だと思う』

 

 ビッグボスの声は落ち着いていた。

 

『俺は、俺達を欺いた将軍への報復を決断した。それも徹底的に。その片鱗は、すでにあんたたちも見ていたはずだ」

「……」

『だがこれで終わりではない。始まりだ。――ハン将軍の奥方はいるな?」

「はい、ボス」

『これから俺は、奴に最後のチャンスをやる。それをどうするのか、あんたたちもよく見ておくことだ』

 

 そういうとビッグボスの顔を映した映像が消え、別のものが――頭部から出血していると思われる、憎悪に顔をゆがませたハン・チェー将軍の姿が浮かび上がった。

 家族は息を呑む中、画像の向こう側で声がする。

 

『家族が聞いている。最後に伝えたいことはなんだ?』

『……』

『時間はないぞ。いいのか?』

『黙れ!俺は、俺は将軍だぞ!ビッグボス、こんなことが許されると思っているのか!?殺してやる、俺の家族に手を出すなんて!!

 いいか、お前は俺が殺す!俺が絶対、貴様を殺してやる。お前だけじゃない、お前の――』

 

 画面に向かって吠え出したそこで、いきなり将軍の姿が消えた。

 そのかわりに暴行を加えられているらしい音と苦悶の声が聞こえると、『時間切れだ、将軍』という声とともに。画面には銃を握る手が現れ、引き金が2度―ー。

 

『残念なお別れだったが、本人がいいのだから仕方がないな』

 

 再び場面は変わり、ビッグボスが出てくる中。子供達も泣き出しているが、兵士達は微動だにしない。

 

『将軍の奥方、今のは見たな?これで、俺達の報復は半分だ』

「え、半分?」

 

 聞きまちがえだろうか?

 すでにきずかれた死者の山を前に呆然として、思考が停止しかけている家族にビッグボスの言葉は続いた。

 

『契約違反において、将軍は俺達に元の5倍の金を出すと約束していた。それは将軍自身と、その家族全てを奪っても足りない額になる』

「お、お願いです。どうか、お慈悲を」

『……』

「夫は死にました。義父も義母も、子を2人に失ったのです。それで、どうか――」

『それでは足りない、と言っている。話を聞くんだ、奥方』

「殺生な!夫を失った今、私が――」

『殺れ』

 

 画面から無慈悲な宣告が発せられ、目の前で失った息子たちのために泣いている老夫婦に銃口が向けられ、火を噴いた。

 

「そんな!なんてことを!」

『まだだ。まだ足りない』

「やめて!もうやめてください!屋敷にはお金になるものがあります。お金なら払います、言ってください。こんなこと、いつまで続けるつもりですかっ」

『――奥方、気がついていないようだから教えよう。おい、俺達は屋敷の金に手をつけたか?』

「いいえ、ボス」

『高価な美術品は?宝石は?』

「いくつかは傷をつけてしまいましたな。しかし、手にしてはいませんよ」

『聞いての通りだ。俺達は、別にあんたの金に興味はない』

 

 残されていた将軍の妻と、その子供たちは絶句していた。

 相手が、このビッグボスとか言う狂人が流れる血、それ以外を求めてはいないのだとわかりかけてきてしまったのだ。すると、今度は恐怖で命乞いを始める。

 

『いい塩梅のようだ。ウォンバット、終わらせよう』

「了解です、ボス」

 

 新たな指示が下り、兵士が動く中でビッグボスは錯乱しかけている将軍の妻に落ち着くよう求めると、それを確認することもなく一方的に話を進めていく。

 

『俺達の意思は伝えた。俺達は、将軍に報復する。

 奴の金を、奴が稼いだ金の恩恵を享受する、お前達すべてからそれを求める』

「ひ、ひどい!」

『将軍の妻であるあんたには、やってもらうことがある。そしてその間は、俺があんたの子供達を預かる』

「ひっ、嫌だ!そんなっ」

『これからはあんたが、ひとつのことに集中する。それがいつの日か終わったとき、その時はあんたの子供たちを解放してやろう。これは約束ではない、契約だ』

「やめて、やめて……」

『この契約を、拒否はさせない。これは必ず、飲んでもらう。あんたの旦那が、俺達にそう強要したように』

 

 子供達が、少年と少女達が拘束される中。無力な女性は、嘆くことしかできなかった。

 だが、さらにそんな彼女の前に兵士たちがなにかの黒いバッグを持ってくると、中身をその場に放り出した。

 妻はそれを見てまた悲鳴を上げた。

 

 美しい裸の女性だった。

 だが、死んでいる。長い黒髪のある後頭部に一発、それでぽっかり穴が開いていた。

 

『将軍が囲っていた愛人の一人だ。我々はこれからそこから失礼させてもらう。その後、地元の警察がそこに話しを聞きにくることになっている。

 安心していいぞ、奥さん。あんたは彼らに自分が無罪だと、主張するんだ。そしてそうなるように努力しろ』

「え、えぇ!?」

『あんた自身ができる、すべての事をやって。法廷で無罪を勝ち取ってみるといい』

「こ、子供達を、取り上げないで――」

『なら、一刻も早く。自分にかけられる嫌疑を晴らせ。あんたが”綺麗な体”になった時。子供はかえしてやる』

 

 呆然とした中年女性の手に、ボアが取り出した銃を握らせた。

 それは、夫と浮気した女性を撃った銃だった。

 

 ビッグボスによる”貴重なおしゃべり”の時間は、こうして終わる。

 

 

 宮殿とも呼びたくなる屋敷の中には、ありがたいことにヘリポートが用意されている。

 そこに次々と降りてくるヘリに、兵士達は奪い去る目標を回収して運び込むと、さっさと飛び立っていく。

 

 衝撃の宣告と、全てを奪いつくされてからそうなるのに10分もかからなかった。

 そのあまりにもあっさりと全てが終わってしまい。無慈悲にさらされた死体が飾られた屋敷の中で、将軍の妻だった未亡人の女性はただ一人震え続けていた。

 皮肉にも、あのビッグボスと名乗った男の予言の通り。彼女の家へ訪れた、刑事たちが不振な気配を察して乗り込んでくるその時まで――。

 

 

==========

 

 

 伝説でも、事実でも。ある一点においては、真実を浮かび上がらせていることがわかる。

 ビッグボスは報復し、将軍の一家はその幸せを奪われた、ということだ。

 将軍の夫人は、それから壮絶な大量殺人、親族殺人、計画殺人と疑惑をむけられ。法廷で争わねばならなくなるのだが、そんな彼女は先に神経が弱ってしまったらしく。

 

 3年と持たないまま、睡眠薬による自殺をしたと伝えられている。

 

 

 我々はここで、どうしても気になることができた。

 そうだ、ビッグボスはなぜ子供達を攫ったのだろうか?妻の元には残されていなかったことは、わかっている。

 だが、それは将軍の子供達は金で国外に逃げ延び。名前を変えて今も生きているからだ、という噂があるだけ。

 

 スパローはこれについて、あまり話したがらない。

 

「ま、実際きつい現実ではあったろうがね。麻薬王きどりで、好き勝手やってた毎日から地獄に突き落とされたんだ。さっさとあの世にも行きたくもなるだろう」

 

――あまり語ろうとしませんね。なぜです?

 

「これ以上は無駄だからさ。本当ならあの一家はもっとひどい最後があったかもしれないんだぜ。でも、それをビッグボスが自ら悪名を引き受ける形で、できるだけ生かそうとした」

 

――そういうのはあなたのようなビッグボスの元部下だけです。私はそうは思いません

 

「そりゃ、あんたは知らないからさ――。

 中国はかつて、麻薬で国を滅ぼした過去の記憶がある。あの連中、ちゃんとそれは学んでいるんだ。ツェー将軍のような輩はいくらでも殺したかっただろうよ」

 

――どういう意味です?

 

「将軍はな、袋小路にはまったのさ。それだけだ。ボスはそこにたまたま居合わせただけ」

 

――では、教えてほしいのです。ビッグボス、彼は捕らえたという彼の子供達をどうしたのでしょう?

 

「……」

 

――まさか、殺したのですか?

 

 スパローはそれには答えようとはしなかった。

 やはり、ビッグボスは憎悪のあまり、その狂人のふるまいで幼い兄弟の命をも奪いさったのであろうか?




続きは明日。


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ロード・トゥ・アウターへブン (1)

 サバンナの上空を、大きなヘリが物資をぶら下げて飛んでいた。

 それはアフリカはアンゴラの奥地、人も分け入らぬという深い大自然の方角へと向かっていた。

 

 いつからだろう?

 人々の頭上を飛んでいくあのヘリコプターが、その姿を見せるようになったのは。

 しばらくして人々の耳に政府のおかしな計画を耳にして、誰もがそう考えた。

 

 そこは政府の施設、「自治民間委託難民強制収容所」なる不穏な響きのある建物が作られるらしい。

 これはどういうものかと感のいい連中はさっそく政府に問いただすが、政府の返答は「将来的な政府の機能を民間に委託するためのサンプルモデル」なるいいわけ一辺倒で、煙に巻かれるばかりだった。

 

 その間にも、ヘリは毎日飛んでいて。

 山奥の工事現場に建物らしきものが姿を見せ始める。

 だが、それでも実を言えば人々はそれほどまだ怯えていたわけではなかった。その理由は2つある。

 

 ひとつはそう、あまりにも人里から離れた山奥にあったこと。

 あんなに忙しそうに飛ばないといけないくらい、周囲を深い緑に囲まれていたことで。政府に何かよからぬ考えがあったにしても、なにかあればすぐに「あそこが怪しい」と口に出てしまうし。事件が起こったとしても、自分たちはその近くにはいないのだから別にかまわない。

 

 そう思っていたから、余裕がまだまだあったのだ。

 

 だが、それがいかにも甘い考えだと思い知る瞬間が訪れる。

 収容所らしい、建物が完成しても。その場所の工事は敷地をさらに拡大し、続行されたのである。

 新たに切り開かれた敷地には、新た建設が始まると。終わった場所にも、いつの間にか人が入っていた。政府はこのことには決して触れようとはせず。口も開かなかったが。

 彼らが止めなかったということは、この異常事態を裏ではすでに了承していたということになる。

 

 

 不安の目が、彼らの顔にあらわれるようになると。

 その場所でおこなわれているすべてが異様であることを、ようやく彼らも理解できるようになった。

 

 

 建設に携わっている職人達は全員が国外から来ていて、この国では見たことのない最新の機械と技術がそこに用いられていた。

 さらに、建物に入った人間達だが。こちらは全員が常に迷彩服を着用し、地元の人間には信じられないが。そこでは肌の色も、生まれた国も、学んで技術も問わない。さらには女性も男と同じ扱いをされて、なにやら兵隊の訓練らしきものに参加しているのである。

 

 

 目に映るものは日々、少しずつ成長を続けているというのに。それを声も上げることも許されない人々は、次第に不安から恐れへと感情が変化していくと。

 まるでそれを待っていたかのように、巷に流れた噂が止めを刺す。

 

「あそこにいるのは、あのダイアモンド・ドッグズって傭兵達だ」

 

 それを聞いた男たちの顔から血の気が引いていく。

 

 その名前には聞き覚えがあった。

 ダイアモンド・ドッグズ。とても優秀な兵士達があつまっているが、一際獰猛な戦場では血に飢えた獣達。

 

 彼等を率いるのはVic Boss(ビッグボス)と自分を呼ばせている狂人。

 戦場では常に『勝利をむさぼる様に、貪欲に求めていく男』。

 自分達が勝利する、その栄光のためならば。たとえ相手がどのような国の軍隊であっても。それが哀れな少年兵や、罪のない近隣の住民であっても。

 

 勝利を邪魔するとあらば、そのすべてを容赦なく焼き殺してしまう、角を生やした悪魔。

 

 それまでは遠く海の向こうにいるといわれていたのに。 

 そんな危険な連中が、知らないうちに自分達の上を跳び越して。あんな山の奥地でおかしなことをしているとわかっても、彼らにはもう出来ることは何もなかった。

 

 だから彼等はおびえ続け、あそこからずっと目を離すことができない。

 何かが、いつかきっと悪いことがおきるに違いない。だが、その時は見逃さず。自分達だけは、すぐに今いる場所から逃げ出せばいいのだ。

 

 そうして彼等は怯えているというのに、再び日常へと戻っていってしまう。

 戦争を生活の一部としてしまうまでになった彼らには、それが一番楽な方法だったのだ。

 

 

==========

 

 

 情報分析官は、先日の作戦における報告書をまとめたものを脇に抱え。長い廊下を歩いていた。

 アンゴラの奥地だというのに、この施設だけは冷房で完備され。大声ではいえないが、あのマザーベースと比べると天と地ほどの住みやすさだといえる。もちろん、書類仕事も環境にわずらわされないのでストレスを感じないですむ。

 

 ようするに最高だ。

 

 とはいえ、これはあくまでも自分ひとりの感想に過ぎない。

 ここが、自分たちにとって最高の場所となるにはまだまだ時間がかかる――。

 

 

 部屋の前に立つと、コール音を押す。すぐに「はい?」とあの人の声がするので、こちらも「報告書をお持ちしました、ボス」と答える。てっきり休息中と聞いていたので、睡眠をとっているものとばかり思っていたが違ったらしい。

 

「今から司令室へ行くところだ。そこで受け取っていいか?」

「わかりました。では、そこまで自分も同行します」

 

 マイク越しにそう受け答えをしてから数分待つ。

 電子音がして、扉が自動で開くと。中からビッグボスが、しっかりとした顔で立っていた。

 FOBなどという、マザーベースでの攻防での経験から。この新たに建設された住居では、多くのことを自動化することで完全に制御しようという試みがなされている。

 

「取っ手のないドアばかりというのも、気持ちが落ち着かないな」

「――ボス、そうは言いますが。警備の連中、当初は指紋認証とか網膜認証などを取り入れようといって、ごねていたんですよ?これはアナログ世代への精一杯の譲歩、なんだそうで」

「網膜認証だって?俺の目玉はひとつしか残ってないんだぞ。両方見せてくれ、なんて機械に要求されて我慢できるか」

 

 これは冗談だったのだろうか?

 笑っていいものか悩んでしまい、分析官は微妙な表情になってしまったが。ビッグボスは気にしているようではなかった。

 

 

 アジアの任務から7日がたとうとしている。

 だが、あれほどに苛烈な道を切り開いたビッグボスの顔に疲れは一切感じられない。それどころか、すでに次の任務はないかとうずうずしているような。そんな遊び疲れることを知らない少年の横顔のような、いつもの優しいビッグボスが目の前にいる。

 

 戦場への帰還からすでに5年をこえた。

 最近では「染めているんだ」と髪のことを口にするが、とてもそれが本当のことだとは思えなかった。

 どれほど困難な任務だとしても、ビッグボスは常にそこで最良の結果を出すために、戦場を切り裂きながら支配していた。

 その腕は今も研がれ続けているようで、「老いた」とか「遅くなった」などの年齢を任務中に口にすることはなかった。それどころか、今もその技術は成長しているのか。時折、信じられない魔法のような動きで奇跡をなんでもないことのようにやってのけていた。

 

(今世紀、人が夢見る完全究極の兵士だ)

 

 自分達を指して、あんな狂人に付き従うカルト共と影口がたたかれていることは知っているが。

 この人を前にしては、そんな罵声など何の価値もないと本気で思えてくる。そういった感情は自分だけではないようで、最近のルーキーたちの中には、ビッグボスを生き神のように讃えて拝んでいる奴もいるのだとか。

 

「工事が遅れているのだそうだ」

 

 廊下を歩きながらビッグボスはそうつぶやいてきた。

 横に並ぶ窓の外を見て、地ならしを続けている現場の作業をみたのだろう。

 

「警備班の希望していたシステムが壊れていたとかで。回収してからの再度、取り付けに時間がかかってしまいましたから」

「運べる物資は決まっているんだぞ。あいつら、自分達の意見だけをとおすことに執着しすぎている」

「警備システムが、マザーベースよりも複雑なようですから。どうしても気になるのでしょう」

「まったく――」

 

 すでにここは偽りの看板に書かれていた『刑務所、収容所』の見てくれは完成したが。

 『正しい姿』へと生まれ変わったときは、そんな表現ではぜんぜん足りなくなってしまうことだろう。

 

「ボス、完成が楽しみですね」

「――まだまだ、先の話だ。スタッフは2割も移動させていないんだ。ここの廊下も、もっと人で溢れるはずだ」

「はい」

「今はサバイバル訓練のための戦闘員が、寝泊りする場所。それと――」

 

 そこでボスは外にある何かお見たのか、言葉と同じく足を止める。そして窓に近づき、体を寄せていく。

 

「ボス?」

「あいつら――」

「ああ、あの娘ですね」

 

 射撃訓練場に、若い兵士たちが集まっていたのだが。そこにおかしなのが混ざっていた。

 年のころは10歳前後、ゴムで束ねただけのゴールドの髪と子供にしても目鼻顔立ちがよく。あと数年もすれば、すばらしい美女になるだろうことは間違いない。

 そんな少女が、普段着のワンピース姿で片ひざをつき。自分よりも大きなライフルを危なっかしく構えているところだった。

 

「余計なことを」

「ですがボス、あの娘自身がやる気を見せているのです。連中をしからないでやってください」

「そんなことはわかってるっ」

 

 腹立たしげなビッグボスであったが。少女が引き金を無事に引き、男達が歓声を上げると。フンと鼻を鳴らして、足早に歩き出した。

 それに遅れないようにと慌ててついていきながらも、分析官も心の中で少しだけ笑っていた。

 

(誰も信じないだろうな。俺たちのボスを、あの伝説の傭兵の心を今。かき乱す女がこの世界にいて、それがあんな幼い少女だなんていうことは、さ)

 

 この少女だが、彼女の説明をするとなると簡単にはまったくできない。

 かなり長い話になる。

 

 

 ビッグボスの戦場に帰還してからしばらく、事件が起こった。

 それはビッグボスの古くからの友人で、このダイアモンド・ドッグズでは仲間だった男が何の前触れもなく裏切ると、ボスの命を狙ったのである。

 個人による暗殺だったが、その代償はあまりにも大きかったといわざるを得ない。

 

 マザーベースはそれまでにない攻撃を受け、一部を海中に沈められ。

 裏切った男は生死不明となったものの、同じくMSFの時代から右腕として活躍していた副司令官と、その場にたまたま居合わせた兵士の命が犠牲になってしまった。

 

 事件後、ビッグボスはこの兵士の家族のことを、とても強く気にするようになった。

 兵士は一家の次男で、長男はすでに戦死していて。弟や妹たちのために、傭兵となって戦場で稼いでいたのだ。

 ところが事件後に数年が立つと、今度はそんな兵士の一家にさらなる災いが襲った。イラクで父と残りの兄弟たちが殺されると、留守番をしていた少女と彼女の姉と母にも危険が迫ってきたのだ。

 

 ビッグボスの動きは早かった。

 一報が入ると、すぐさま任務を代わりのスカルスーツを着用した兵士に任せ。自分が救助にむかったのである。

 だが、世界は冷酷に時を刻み続けた。

 ビッグボスは少女を助け出すことには成功したものの。彼女の姉と母は、少女の目の前で残酷無残な最期を迎えていた。

 

 当初、ひどくショックを受けていて。コミュニケーションも取れなかった少女だが、回復の兆しが見え始めると。すぐに元気を取り戻していく。

 ところが今度は別の問題をおこすようになってしまったのだ。

 

 

 ビッグボスはこの美しい少女のためにできるだけ早く、ダイアモンド・ドッグズが秘密裏に運営しているNGO組織の手にゆだね。そこから養女として、真っ当な両親と出会えるように仕向けてしまいたかったのであるが。

 急激に回復していく少女が口にしたのは「兵士になりたい」という、目を剥きたくなるような自身の未来を口にしたのである。

 

「NGOスタッフともっと落ち着いて触れ合うようにと、ここに連れてきたんだがな」

「実際、ずいぶんと話すようになってきているとか?」

「だがそれ以上に、若い連中のまえで銃を持ってチョロチョロ歩き回って。銃の知識を教えてくれとせがんで回っているらしい」

「ああいった子供に、自分らが伝えられるものなんて。それぐらいですから」

「――そうだな」

 

 ダイアモンド・ドッグズが非公式に運営している少年兵の武装解除団体『楽園』とは、なんとか同じ目的を持つ同士とのことからお互いに探り合うようにして、今も続いている。

 とはいえ、簡単な話ではない。

 特に問題なのが、捕らえた少年兵をどうやってNGOスタッフの手に渡すのかという問題。これは今もって、解決し切れているとはいえなかった。

 ダイアモンド・ドッグズとしては。少年兵達を乱暴ではあるが、コンテナなどに箱詰めにして国外に出し。まったく別の環境で、スタッフによる治療を希望していた。

 ところがスタッフはこれに猛然と反対した。少年兵は捕らえてからできるだけ早い段階で、スタッフに渡してもらわなければ効果が出ないというのがその理由らしい。

 それに国外に出したとして、治療を完了させた彼らが故郷に戻りたいと希望を出さないとも限らないのだ。

 

 ことは人の心を治療するという点にあるため。どちらの主張にも理屈があり。難しい舵取りが続いていた。

 

「あの、『楽園』の問題はどうなるでしょうか?」

「まだ決まっていない」

「ここに、受け取るための部署を開きたいという話を聞きましたが」

「ふぅ~~、そうなると。設計にも変更が必要になるな」

 

 ビッグボスは口ではそういうものの。

 事業のよりよい結果をだすために、NGOスタッフの要求は呑まなくてはいけないような気がしていた。

 

 司令室に入ると、机の前で形ばかりの儀式の後で。手に持っていた報告書をようやく、ビッグボスへと手渡せた。

 

「こいつは後で読ませてもらうが――」

「はぁ」

「例の子供達。ここにもうすぐ到着するんだろ?」

「30分前に到着しています」

「――そうか、知らなかったな」

「ですが、準備がありますので。予定通り、3時間後になるかと」

「ふむ……それはやめだ」

「はっ?」

「俺はもう退屈しているんだ。やることもないしな、準備が終わったら。さっさとやってしまおう。どれくらいかかる?」

「それでは、1時間もかからないかと思います」

「それでいい。それで頼む」

「――わかりました」

 

 それはちょっとした舞台のようなものであったが。監督、兼主演のビッグボスがそういうならば仕方がない。

 スタッフは演出を確認しつつ、用意を続けている。

 

 演目は「大悪党、ダイアモンド・ドッグズの無慈悲な宣告」、これである。

 気分のいいものではないが。だが、やらなくてはならない。これはそういう任務でもあった。




続きは明日。


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真実の理由

 ひとり、司令室に残り。椅子に深く体を沈めると、スネークはひとつため息をついた。

 ハン・チェー将軍の一件、なんとかこちらの考えたとおりに決着しそうだと喜ぶべきなのだろうが――。

 

(アジア進出は、これで失敗か――)

 

 ダイアモンド・ドッグズは今回も勝利を収めることができた。

 出費のことを見て見ぬふりをするなら、味方の被害はゼロではあるものの。素直に喜べる気分ではなかった。

 

 

 スネークはカズが消えてからすぐに、それまでの海上プラントをマザーベースと呼ぶのではなく。地上へ熱い視線をむけるようになった。

 内戦を続けることで、脆弱な基盤でゆれ続けるアンゴラの政治体制に入り込み。”貸し”をつくるのも簡単なことだった。

 

 だが、実際に物事が動き始めると。スネークは心のどこかに不安を抱くようになっていた。

 不満では決してない。

 自分の思うとおりのことを――ビッグボスの意思に従おうとすると、その壮大さを前に腰が引けてしまうものがあったのだ。

 

 自分達の兵力を新しい戦場へ、アジアへ。

 自分がやっていることの正しさを証明したくて、ややも強引にここ数年は探っていたことは認めなくてはならないだろう。

 それがあの日、海上に降りてきた美しい黄金の髪をした女――エヴァと名乗る彼女の登場ですべてをひっくり返さなくてはならなくなってしまった。

 

 

 エヴァは――あの女性がスネークにもたらしたものは、警告であった。

 アフリカで苦い思いをさせられている中国は。ビッグボスが、アジア界隈で仕事を熱心に捜し求めている。このことに、あの大国が静かに動向を見守るだけ、なんてことをするわけがなかったのだ。

 

 中国はまた、近年。

 海外の闇市場に向けて熱心に商品を増産して送り出そうと動いているハン将軍をどうにかしなくてはと頭を悩ませてもいた。

 最初、中国は自然な形で将軍を米国のCIAが捕らえられるようにと情報を流し続けていたのだが。困ったことに肝心のCIA自体が、政治的な理由とやらで自分達の手を汚さないように。地元の素人たちを使って、暗殺をしようとする。

 

 当たり前の話ではあるが。

 そんな素人が絡んだ襲撃情報、あっという間に巷に漏れてしまい。暗殺騒ぎは頓珍漢なテロ騒ぎとして、無関係の市民だけを巻き込んで何度も処理される羽目になった。

 

 中国は失望した。

 同じ”政治的な理由”があったにせよ、だ。そのあまりのつたないやり方に、自分達のことは見ないフリをして呆れてしまったのだ。

 

 

 そしてビッグボスの登場となる。

 中国は将軍とビッグボス、その両方が倒れるよう。数年がかりの仕掛けをほどこしたのだ。

 2人の間に交わされた契約は、破られる。互いに後に引けず、憎みあうようになる。そうして両者がぶつかり合えば、最悪でもビッグボスは将軍を殺すだろうし。もしかしたら、その前にビッグボスを倒すチャンスだってあるかもしれない。

 

 これらの秘密すべてを、スネークは将軍の依頼を受ける前に耳にすることができたのだ。

 誰が送りつけた情報なのかはわからないが、これこそまさに守護天使の恩恵というしかないだろう。スネークはまったく疑うことなく、この話を全部受け入れる。

 

 

 だが、計画を進めるとそこに問題がないわけではないことがわかってきた。

 ダイアモンド・ドッグズの任務は2つ。

 

 それは将軍との契約を完璧に遂行し、その後で将軍との決着を圧倒的機動力を駆使して制圧すること。

 

 どちらも難しいが、決して不可能というほどのことではない。

 問題は、ハン将軍は軍人の一家であり。彼の商売は家族をモロに巻き込んでいるという点にあった。

 

(報復されるな。残されれば、八つ裂きにされてしまうだろう)

 

 将軍の妻は、すでに実家に頼れる人はいない。

 そして21歳の長男をはじめとした、5人の兄妹達。

 いきなり組織のトップが消えれば大金が絡んでいる、目を血走った連中が、今までをその金で好き勝手してきた家族になにをするのかわかったものではない。

 

 

 結局、いつもこんな感じに悩むようになってしまった。

 スネークはため息をつく。

 どうやって始め、どうやって戦い、どうやって勝利するか。

 それならば簡単にすべてを思い描くことができる。だが、そうして始めてしまった戦争を、どうやって少ない犠牲で止めるのか。どうやってその騒ぎを望んだ連中に、報復できるのか。

 

 決着をつけることが、本当に難しいのだといつも思い知らされる。

 そしていつものように、スネークは『ビッグボス』としてのやり方を通すことを決断したのだ。

 

 

==========

 

 

 ダイアモンド・ドッグズは当面。アジアへの積極的な兵力の輸出を断念することになった。

 どう考えても、この戦いは私闘以上のものになるとは思えなかったし。肝心の中国は、その様子を観客席でポップコーン片手に見守っているだけだ。彼らを舞台の上に上げるなら、それなりの戦場が必要になる。

 だが、闇のシンジケートを舞台にそれをやってしまうと。最悪、ダイアモンド・ドッグズがこの麻薬ビジネスに取り込まれてしまうという危険がある。

 それではまるで意味がない。

 

 毒蛇はビッグボスのファントムとしてこの戦場でも必ず勝利する。

 そのためには進む道をさえぎろうとする人々に血を流させることになる。どうせそこに、どれほどの万人が喜ぶ正義もない。

 ならば、せめて悪役らしく。憎まれても、救える命は救ってやるべきではないだろうか?

 

 

 それはすべて中国の喜ぶ顔を凍らせるためにしたこと、といえる。

 将軍に中国の思惑通り動くよう、吹き込んでいた愛人を抑え。ビジネスに深くかかわっている一族は憎悪の対象になるから。彼等のほとんどをできるだけ残酷な方法で自分たちで手にかける。

 そうした上で、残してきた妻には試練を与え。公式の場で弱っている彼女自身の姿をカメラの前におかせることで、誰かの怒りが残された家族に向かわないようにした。

 

 そして、将軍の子供達だ。

 今回、ついにダイアモンド・ドッグズは青少年の誘拐などという不名誉極まりない犯罪に手を汚すことになった。

 だが彼等はここに”客人”としてもてなされるわけでもない。

 彼等は、彼等の生まれに罪こそないものの。彼らが歩いてきた毎日の生活は、麻薬に取り付かれて人生を破滅させていく弱い人間たちの犠牲の上で得られたものだった。

 人々はそれを理由に、いともかんたんに子供達を憎悪することができる。それはもはや戦場と表現してもいい――。

 

 

 司令室のドアがブザーを鳴らす。

 訪問者は短く「準備が整いました」との報告をしてきた。

 ダイアモンド・ドッグズのロゴの入っていない迷彩服を正すと、ヴェノムは覚悟を決めて。この非道な悪党らしい最終章を演じるために、部屋を出て行った。

 



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ロード・トゥ・アウターへブン (2)

 6日ぶりにコンテナの中から開放された兄妹たちは。

 泥水のたまった地面へ、コンテナをひっくり返されて叩きつけられた。コンテナの中は、悪臭で満たされていた。

 彼等はこの怪しげな場所へと運びこまれる6日間を、水だけが放り込まれたコンテナで閉じ込められて生活していたのだ。子供とはいえ5人分の体臭と糞尿にまみれてしまっている。

 

 泥水の中から慌てて顔を上げると、子供たちはゲーゲーと必死になにかを吐こうとしていた。

 それを取り囲むのが、悪者らしい笑顔を浮かべたダイアモンド・ドッグズの兵士達であり。彼等の姿を見て歓声を上げる。

 

「今だけだ。今だけ、お前達はここを訪れた客人。ようこそ、俺たちダイアモンド・ドッグズの秘密の場所へ」

 

 彼らを見て毒蛇は――ビッグボスは仲間と同じように、悪い笑みを浮かべながら。その手に葉巻をもつと、隣に控えていたウォンバットがさっとそれに火をつけた。

 

(楽しそうだな、コイツ)

 

 笑顔の中にただ2人、ワームと同じく無表情なのに。

 どうやらこの役を得てデレデレと笑いたくなくて、彼女は必死に我慢しているようだった。

 

 子供たちは弱ってはいたものの、すでに体力のある長男は怒りをあらわにしてラオス語でなにかを叫んでいたが、いまのビッグボスはわざと理解できないフリをして、英語で話し続ける。

 

「なんだお前、将軍の息子のくせに英語も話せないのか?」

 

 回りはその言葉に失笑するものが出てくる。ニヤニヤと笑って一段低い泥の中の彼らを見下す。

 

「お父ちゃんの悪いお薬を売って稼いできた金で、いったい何を学んだんだ?宿題の代筆か?テストの答案を満点にしてもらったか?それとも悪い連中を引き連れて、女の買い方を研究でもしていたのか?金で女を抱いたのはいつだ、坊主?まさか、値切り方まで自己流か?」

 

 自分達の糞にまみれ、泥にまみれ、そして笑われたことでようやく冷静になったのだろう。

 うなだれて口も利けない兄弟の仲で一人だけ立って睨みつけていた若者は、ビッグボスに猛然と今度は英語で恨み節を炸裂させる。だが毒蛇はそれを最後まで聞いてやらない。やる気がない。

 

「わかった、わかった。要するに俺を殺したいんだな?それで、若いの。どうするんだ?」

「……」

「俺たちはお前の兄弟を囲んでいて。そう、武器も持っているな。それでお前は?武器もなく糞まみれで、誰をどう殺す?」

 

 プカリとうまそうに煙を吐き出す。

 嫌な味がする。わかっていることだが、演技の上でとはいえ。こういう弱者を嬲るというメンタリティは、ヴェノムにはどうにも理解しにくいものだった。だが、やらなくてはどうしようもない

 

「よし、いいだろう。俺が銃を貸してやる」

「「(ちょっと!ボスッ)」」

 

 ”ビッグボス”らしく余裕の表情でホルスターからピストルを出し、相手に差し出そうとすると。背後の能面となっているワームとウォンバットの2人が慌てて小さく声をかけるが、ヴェノム・スネークはそれを無視した。周囲の仲間の中にも(大丈夫か、あんなことをして)という不安が見える。

 

 若者は明らかに頭に血を上らせていた。

 泥となった水溜りの中をザブザブと音を立てて進み、差し出されたビッグボスのピストルに手を伸ばそうとするが。ヴェノムはそれを許さず、さっと武器を引っ込めると。変わりに靴先で相手の胸を強く突いた。

 若者はバランスを崩して派手に後ろ側に泥の中へとひっくり返り、それを見た兵士達の安堵から笑い声が上がる。

 

「おいおい、聞けばお前さん。親父の後を継ごうと一族に習って軍に入ったと聞いているぞ。正規の軍とはいえ少尉殿がそんなにへっぴり腰では、うちでは部下をつけるわけにはいかないな」

 

 派手にひっくり返る若者に再び笑い声があがる。

 もう、このくらいで十分だろう。

 

「さてお前達のここでの話しをする前に、まずは約束を確認しよう。忘れているかもしれないからな……」

 

 親を、親族を、自分達の生活を破壊された相手を前に。無力であることを思い知らされ、子供達は全員がうなだれていた。

 彼らが、なぜこんな騒ぎに巻き込まれたのか?なぜこんな場所につれてこられたのか?その理由を知る日が来ないことを願っているスネークがいる。

 すべてを奪った彼等が、生まれを嘆いて自分に感謝するなどと言葉にする日がないことを願っている。

 

 これは、きっと偽善なのだ。

 自分達がかかわることで、何も知らずに無言で暴力の中へと叩き落されるかもしれない彼等を救ってやろう。そんな余計なことが、こんなテレビの中の悪役じみた立場に自分を置く羽目になるのだ。

 スカルフェイスのファントム(影)がいればそれほど善人ぶりたいのかと、吐気をもよおすと唾棄されるに違いない。

 

 

 ヴェノムの中に突如として強い衝動が沸き起こり、それが一気に口から火を吹いた。

 

「うつむくんじゃない!俺を見ろっ」

 

 ヴェノムの怒号がここにあったあらゆる感情を吹き飛ばし、一瞬で空白へとぬりかえてしまう。

 すべての目が、一人の男へと注目し。もう目をはなす事はできない。

 

「お前達の母親とは約束した。すでに彼女は、あの場所で戦っている。そしていつの日か、法廷で自分が無罪であることを証明することができれば。その時は必ずお前たちを、彼女の元へ送り出す」

 

 現地の混乱は、ちょうど今頃からピークを迎えているはずである。

 ダイアモンド・ドッグズが引き上げるタイミングで警察は惨劇の屋敷に到着。容赦なく死体となって転がされている家人、警護、そして屋敷の主の家族達。

 その中で精魂尽き果てた様子でただ一人だけ生き残っていた、将軍の妻。

 

 麻薬ビジネスに軍事力を持って私服を肥やしていた将軍が同日に消え、この事件である。

 だが、ダイアモンド・ドッグズの工作がきいていることから。彼等のビジネスは周りが不安に思うことなく、自然に別人が将軍の席にもう座っている。麻薬は今日も流通という川を流れ、黄金を持ち帰り続けている。

 

 だからこそ気づくはずだ。

 ハン将軍はビッグトラブルによって絡めとられてしまい、彼等の家族は容赦ない攻撃にさらされたのだろうと。

 そのとばっちりを引き受けたいと思うやつがいるはずがないのだ。将軍の事件は、地元では噂になっているが。報道にはいまだにはっきりとは載せられてはいない。だが、残された妻がそれで解放されるはずもなかった。

 

「そしてお前達だ。

 俺はお前達の母親とは約束はした。だが、お前達はそれで無条件にやさしくされるとは思っていないだろう?

 その通りだ。たとえ母親が約束を果たしたとしても、”そのときにお前達がここにいない”なら。彼女に返すものなどない。

 この理屈、わかるか?」

 

 妹と弟を抱きしめている姉が、金切り声を上げた。

 

「なによそれ!詐欺じゃない!」

「詐欺じゃない。子供だから、甘えているからそんな言葉が出てくる。

 いいか?お前達は今日一日だけは客人として扱ってやる。だからこれだけ匂っても優しくしてやっている」

「――くっ」

「俺達ダイアモンド・ドッグズは傭兵の集まりだ。戦場へ行き、戦って金を手にし、帰ってくれば次の出撃での立場を決める。

 ここで稼げないやつは、死人か、それとも兵士ではないか、だ」

 

 長男の顔色が変わった。ヴェノムにあわてて声を上げようとする。

 

「兵士は俺だけだ。弟も妹達は違う」

「坊主、いい顔になってきたぞ。だが、そんな理屈は通じない。

 ここで約束が果たされる日まで残っていたいというなら。お前達には全員、兵士として生き残ってもらわにゃならん」

「そんな!馬鹿な!」

「俺は本気だ」

 

 妥協を許す気配も見せない。

 子供達はどうにかしようと思うが、明確な反論など出てこない。それは子供だから出来ないわけではない。ダイアモンド・ドッグズに、ビッグボスにすべてを奪われているから出来ないのだ。

 そしてルールは、ビッグボス――ヴェノム・スネークが決めた。

 

「お前達全員に戦場に立ってもらう。その時までは、訓練の毎日だ。

 ここには本物のプロの兵士しかいない。彼等の仲間として戦場に立つその日まで、お前らは子供でも。半人前でもない。

 戦場で稼げないなら、ここではお前達は人間にすらなれない。ゴミ以下だ」

「そんな……」

「だが安心しろ。どれほど無価値でも、俺達はお前達を見捨てることはない。”真っ当な”ダイアモンド・ドッグズの兵士になれるように、終わることなくひたすら気合と技術を叩き込み続けてやる。

 いつかお前達が、戦場で俺達の仲間となれる日が来るまで」

「頭がおかしいんじゃないか!?狂ってるぞっ」

「俺は本気だ。俺達は本気だ。

 死んだ親父さんは俺達との契約金を踏み倒そうとした。彼にはその報いをくれてやった。母親には試練を与えた。お前達には、お前達の血で。親父の残した我々への違約金を、戦場で稼いできてもらう」

 

 狂ってる、それは間違いない。

 だが、本気だった。

 

「戦場には兵士も市民も、男も女も関係ない。すべてに平等に、生と死が与えられる。自分を守るため、そして仲間を守るための技術は俺達が知っている。お前達は自分という存在を戦場で問い直して来い。これはチャンスじゃない、運命ではない。

 お前達の宿命だ」

「……」

「明日からお前達はここで兵士となるための訓練を始める。指示が出たら、それに従え。出来なければ、出来るまで繰り返させる。許しなどない。他の道もない。

 だがお前達にはひとつだけ約束しよう。

 ここにいる限りは、お前達には監視はつけない。どうしようもないポンコツの甘ったれとして鍛えてやる」

「ふざけるな!」

 

 長男が再び激昂した。

 こぶしを握り、くやしさから自分の唇を噛み切ってしまい。口から流れ落ちる赤い血が一筋、泥の中へと流れ落ちていく。

 

「爺さんも、婆ちゃんも。叔父さんや叔母さん、そして親父を殺されたのに。そんなお前の仲間だと!?お前達に認められる兵士だって?冗談を言うなっ、誰が。誰がお前のために戦うものかっ」

「――強情な奴もいる。だが、うなだれないだけのガッツがまだ残っているのは感心だ」

 

 無表情でそういうとヴェノムは周囲の兵士達に声をかける。

 

「おい、彼は元気だそうだ。そして俺達と戦いたいらしい。訓練は明日からだがら、今日は遊んでやれ。誰がいい?」

 

 再び騒ぎと笑顔が戻ってくる。多くの手が挙がるが、スネークはその一人を自分が選んだ。

 列の中から出てきたのは、170センチもない女性兵士だった。

 

「坊主、紹介しよう。彼女はバイソンと呼ばれている。お前が彼女と”じゃれた”として勝てる可能性はゼロだが――そうだな、アドバイスをしてやろう。喜べ、彼女はうちではルーキーだ」

 

 オオウと周囲が落胆の声をあげる中。相手の女性は好戦的な笑みを浮かべている。

 

「俺は女を殴る趣味はない!」

「奇遇だね、坊や。”あたしも女は殴らない”ことにしている」

 

 青年の顔が朱くなり、囃子声が上がる。

 

「容赦しない。後悔しても、もう遅いぞ」

「――糞にまみれて、匂いをぷんぷんさせて、なにいってるんだい?股の間に2つのボールがぶら下がってるって、証明の仕方までママのお許しが必要?」

「このっ、○売がっ」

 

 再び這い上がって殴りかかるが、あっさりと投げられてしまい。泥の中へと再び転がり落ちていく。

 騒ぎの中、スネークは別の兵士から報告を耳打ちされていた。

 

(見たところ、男連中は大丈夫そうですが。妹の方が、参っているようです)

(怪我はしていないはずだ)

(ええ、確かに。やはり精神的なショックが、強かったのでしょう。検査と治療する必要があるかもしれません)

(ここで出来るか?)

(――なんとも言えません。最悪、マザーベースに運び込まなくてはいけないかも)

 

 今のこの場所には、司令部の基本的な機能が移転が最重要とされている。

 兵士の居住空間と医療施設は、その次だ。まだまだマザーベースから本拠を移すことはできない。

 

 喧嘩のほうはすぐに終わった。

 水だけで生き延びていた青年に、格闘する力はそれほど残っていなかったのだ。

 泥の中の姉妹の啜り泣きが続く中、ヴェノム・スネークは再び彼等の告げた。

 

「お前達がここにいるためにするべきことは、すでに伝えた。だからここからは忠告をくれてやる。

 指示に従う限り、仲間である限りお前達を俺達は怒りを忘れ、許し、受け入れてやる。

 

 だが、もし俺達を裏切ったとき。もしくはここを逃げ出そうとした時。

 お前達は明確に俺達と敵対行動をとるというなら。その時はお前達を、殺す。抵抗してもかまわん、それで生き残れると思うなら試してみるといい。

 ここがどこで?お前達の家がどこにあるのか?自分に課した任務に失敗しても、それで助けてもらえるなどと考えるなよ」

 

 バイソンが下がると、衛生兵が出てきて。泥の中の彼等の横についた。

 彼らはこれから汚れを落とすと、簡単なメディカルチェックが行われる予定だ。

 

 非道な悪党、ビッグボスとその仲間達の儀式は終わった。

 楽しいレクリエーションだったと、子供達が消えた後。解散して戻っていく戦闘班の兵士達と、残ってこの騒ぎの後片付けをする支援班の兵士が入れ替わりに入る。

 1時間もしないうちに、ここは整地に戻されることになっている。明日にはここで馬鹿げた悪党一味のショーがあったと思い返すやつはいないはずだ。

 

 

=========

 

 

 ヴェノムは一人、司令室へと戻ろうとしていた。

 いやな役目ではあったが、これをしないと決着がつかない。

 御伽噺ではないのだ。戦場の足長おじさん、ではおさまりが悪いこともある。

 

 だが、そんな彼の前に立ちふさがる恐れをしらぬ勇者がここには存在していた。

 あの話題にも上ったワンピースの小さな少女が。隠すそぶりもみせずに背中にライフルを背負い。無言で毒蛇の進路に立ちふさがるようにして仁王立ちで待ちかまえていた。

 

「随分と勇ましい格好だな」

「兵士だもん」

 

 悲しいことであるはずなのに、少女はどこかで必死にいつもの言葉を口にしていた。

 ヴェノムは無言で近づいていくと、いつかのように、いつものように。彼女を義手ではないほうの腕で抱き上げてやる。

 すると相手はギュッとこちらの頭に抱きついてくる。

 

 この年齢の子供は成長が早いことを実感する。

 クルド人の持つ美しさをそのままに、彼女は次第に美しい女性へと変貌を続けているのだ。

 そのせいなのだろう。こうして抱き上げてやると、しがみついてくるむこうとの位置関係が気になってくるものだ。

 たとえるなら、そう。まるで彼女の幼い胸に、自分が頭をうずめているようでもあるようで。それがちょっと、気分を落ち着かなくさせ、気になってきている。

 

「あー、頭にくっついてほしくないな。暑いし、なにより髪が引っ張られる」

「頭のこと?」

「そう、それのことだ。これでもお爺ちゃんなんだ、若い娘に白髪をむしられると思うと、複雑な気持ちになる」

「髪の毛抜いてない、サラディン」

「うん――そんな気がするといってるんだよ、お嬢さん」

 

 そういいながらも、目はこの少女を任せられるNGOのスタッフの姿を捜し求めている。

 前にも触れたが少年兵の社会復帰のため、早晩ここにも子供達が姿を見せるようになる。戦場で恐れられている、金で雇われた傭兵達のいる場所に、元少年兵達の姿が混ざるのである。

 

 それはどう考えても、言い訳は出来ない絵面になる。疑いをかけられ、すべてを公開してやったとしても相手はまだ納得しないに違いないのだ。

 

 だが、これは自分の前から消していった仲間の残した未来のための仕事だった。

 その意義を認めた以上、自分にそれを捨てるという選択肢はない。

 

「何処に行くの?」

「シスターを探しているんだ」

「イヤッ!」

「――お嬢さん、また養女となる話を蹴ったそうじゃないか」

「でも、今回は約束守った。会ったよ、逃げなかった」

 

 だから問題ないといいたいらしい、そんなわけがない。

 

「俺が任務がなかったからだろう?その前は、逃げ回って見つけた俺の義手に噛み付いて悲鳴を上げた」

「歯、ぬけた」

 

 頭の横でニッと笑顔の少女は前歯がきれいに並んで抜けている。

 あの時のことはちょっと傷ついている。泣き叫び、口のを真っ赤に染め、よだれと血を口の端からダラダラと流す少女を見て全員が卒倒しかけていた。「子供を殴ったのか」と非難され、衛生兵には怒られたし、スタッフにも怒られたし。

 なぜ自分が怒られたのか、まったく納得がいかない。

 

 だが毒蛇は大人なのでそれらをぐっとこらえ、かわりに諭してやることにした。

 

「せっかく娘になってほしい、一緒に新しい家族になろうと。申し出てくれたいい人達なのに」

 

 この少女に、はっきりと拒絶されてしまった哀れな夫婦は肩を落として帰っていったとスタッフが半狂乱になっていた。

 なのに本人は今もすぐ隣でかたくなに首を横に振り続けている。

 

「俺達のように。兵士になることなんて。本当にないんだぞ?」

「――さっき皆と騒いでたよね?」

「……見てたのか?」

「ううん。ちょっとだけ」

 

 ため息が漏れた、ああいうところを見られたくはなかった。

 何があってああなったのか、そんなことをこの娘に語りたくはない。知らなくてよいことだったのに。

 

「悪い娘だ」

「違うよ、賢いんだよ」

「――その上、口もうまい」

 

 必要なときに限って、スタッフとはなかなか出会うことが出来ないでいる。

 ヴェノムも段々とこんな話しか出来ない自分に嫌になってきてしまった。

 

「さて、困ったことになったぞ」

「?」

「迷ってしまった。こりゃ、シスターに怒られるな」

「探検しよう!」

 

 キャッキャッと喜ぶ少女を連れたまま、人のいない更地の上を歩いていく。

 空は夕焼けが、そろそろ覆い尽くそうという闇の影響を受け。地平線へ、森林の向こうへと消えようとしていた。

 

 夜が始まるのだ。

 その時が、静かに迫ってきている。

 

「サラディン、お話して」

「今か?」

「うん、今」

「そういわれてもな――どんな話だ?」

「サラディンとDDのお話。死んだお兄ちゃんも話していた、家に帰ってくると一杯」

(”ビッグボスの伝説”のことか)

 

 この少女は、正しくクルドの血が、戦士の心を小さな体の中にすでに宿してしまっているのかもしれない。

 彼女は父や兄弟たちが口にしていた伝説に、その本人を前にいる自分を運命だと信じているようなそぶりがあった。

 そのせいだろう、この娘はこうしてビッグボスと相棒達の話を聞きたがる。DDと、クワイエット……。

 

 静寂の狙撃手、彼女がスネークの前から消えたのはもう、何年も昔のことだ。

 そしてDDも同じように――今年、秋が深まる中、スネークと少女に見守られ、ひっそりと静かに消えていった。

 

 もはやビッグボスに、ヴェノム・スネークに相棒はいない。

 

「何が聞きたい?」

「どれでもいいよ。みんな好き」

「そうか――」

 

 抱いていた少女をおろすと、向こうはヴェノムの右手に小さな手を伸ばしてきた。

 なにもない土の上を少女と歩きながら、その手のぬくもりに心が落ち着かない自分がいる。

 

 自分は今、生き急いでいるのだろうか?

 この少女と同じように。次第に森が切り開かれていく姿を見ると。自分がやろうとしていることの巨大さに、恐ろしさに不安を持つことはある。

 だが、ためらう時は、もう一秒だって残っていない。

 そしてこれしかビッグボスの未来は地上に誕生しえないこともわかっている。

 

 自分は、俺達のような人間にはそこは必要な場所なのだ。

 そこは天国であり。そして地獄でもある。

 

 それが地上に姿を現したとき、この場所がついに完成した暁に。人々はついに、その名前と意味を知るだろう。

 OUTER HEAVEN ―― 天国の外側、それこそが俺達の目指す場所。

 国であり、この歪んでしまった世界に必要なもののひとつなのだから。




次回は明後日。


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湾岸戦争 (1)

 1991年、2月22日。

 多国籍軍によるイラクへの恒常的な空爆が開始されてから約1ヶ月。

 世界の目は、あくまでも米国がこの戦いにどう決着をつけるのか、に注目していて。その肝心の米国もまた、最後の詰めをいかにして効果的に見せようと準備に入っているころ。

 

 世界の視線は、ビッグボスと彼の率いるダイアモンド・ドッグズから離れていた。

 そしてビッグボス――ファントムであるヴェノム・スネークはアフリカから姿を消していた。これは彼にしても、チャンスだったのだ。

 

 

 毒蛇はイタリアにいた。

 大きな体を隠す黒のスーツにコート。

 光の加減でワインレッドにも見えるネクタイは禍々しく。頭部に生えた鉄の角を隠すためにわざと奇妙なかぶり方をしてみせる帽子。

 これに加え、独特の静寂と雰囲気を漂わせるものだから。まるで街に紛れ込んできた死神のようにしか見えない。

 人々は流れに逆らうようにすれ違う時、ようやくこの男の顔がひどく傷ついているということに気がつく。

 

(場違いだな、俺はここでも)

 

 ヴェノムは周囲を確かめるのをやめると――追跡する存在は感じられなかった――再び歩き出した。

 もう1時間、目的地を中心に円を描くように歩き回っていた。狩りをする獣のように。

 だが、もうその必要はないようだ。

 

 

 WWⅡの後、長く続いた冷戦はこのヨーロッパでも歪みを生み出していた。

 だが、それはもはや過去のことである。

 2つの大国が冷戦という公式の維持が不可能と認めたとき、彼らはついに解放された。いや、解放の道へと歩き出したのだ。

 ヨーロッパはその苦い思い出から、新たな世界での自分達の立ち居地を模索している。

 

 遠くイラクで起きている出来事にも注意深く見守っている。米国は再び新たな秩序となる公式をこの戦争で導き出し、地図の上に線を引くことができるのだろうかと。

 それゆえ、ここら辺は今。安全地帯となっている。毒蛇が大胆に動くなら、このタイミングしかなかった。

 

 

==========

 

 

 まどろんでいた、もうしばらくずっとそうだった。

 

――自分をだまし続けるのは難しいわ

――偽りの自分が知らぬ間にあなた自身を蝕んでいる

――演じているつもりが、あなた自身になっている

 

 それはもう遠い記憶のものであるはずなのに、振り返るといつもその輝きはギラギラとしていて、それだけで愛おしく感じられるようになる。

 時間は非情だ、若さが失われれば自然と美しさも奪われてしまう。そう思っていた。

 

 だからいつだって恋をする。

 そうすることで新しい名前を名乗り、新しい自分になって、生きていける。

 

 あの世界にはもう戻れない。

 

 

 そんな彼女の元に従業員の男が近づいてきて耳元でささやいた。「マダム、あなたに挨拶したいと――」どうやら、誰かが自分に会いに来てくれたらしい。

 店先に出て行く中、一歩一歩進むたびに次第に胸が高鳴るのを感じる。

 

 そこには恐ろしげな死神が立っていた。

 その顔には見覚えがあった。

 

――スネーク?蛇ね。私はイブ……誘惑してみる?

 

 懐かしい、なにもかもが。

 近づいていくと、”いつものように”笑みを浮かべて話しかけた。

 

「久しぶり、”スネーク”」

「――エヴァ、会えてよかった」

 

 彼はためらないながらも、こちらに合わせようと帽子のつばに手をやっていた。

 彼ではない、それは見たときからわかっていたことだった。本当の彼はとうに自分の元から……”再び”飛び出していってしまった。

 彼は戻らない、彼はすべて覚悟を決めて動いている。

 自分は彼とは一緒に行くことを許されなかった、女。

 

「名前、ちゃんと覚えていてくれたのね」

「――あんたは”あの人”の思い人なんだろ?なら、ちゃんと……」

 

 浮かべた笑みに、苦いものが混ざる。

 どうやらこの彼は、やはりあの男の血と同じものが流れているらしい。女について、なにもわかっていない。

 

 ビッグボスに、愛された女は自分ではなかった。

 

「あなたも女の扱いは得意ではないようね」

「こんな傷だらけの顔ではな。あまりモテた記憶はない」

「嘘おっしゃい、どうせ言い寄ってくる女達の心をズタズタにして、そこらに捨てていたんでしょ」

「……どうかな」

「そうよ、あなたのような男はそういうことをする。私はそれをよく知ってるの」

 

 そう口にすると「ここを出ましょう」といって、自分のコートとバッグに手を伸ばした。

 気がつかなかったが、いつの間にか活気が湧き出してきて。キビキビと自分が動いていることに気がついた。

 

 自分のことだが、時々あきれることもある。

 なんて現金な女なのだろう、と。

 

 

==========

 

 

 ナポリ湾に面し、あのポンペイが近くにあるこの町は。この国でも7本指に入る、美しいビーチで知られている。

 2月という肌寒い時でも、人はそれなりに多い。

 エヴァと2人で彼女の運転する車で大通りを進むと、雰囲気ある建物の前で停車する。そこはホテルらしく、ロビーでいたずらするように「ここ、スイートも空いてるって」などと挑発されたが、ヴェノムはあっさりと「泊まるつもりはない」と口にするので、一階にあるレストランへと入っていく。

 

 そこはまだ準備中らしく、机の上に椅子がおかれていたのだが。

 一番奥の席だけは、支度がすでに整えられていた。そこに2人、席に着く。

 

「大丈夫よ」

「――なに?」

「ここは私の物だけど。別に普通のホテル。従業員だって地元の子を使ってるだけ、怪しい奴はいないわ」

 

 素早く確認しようとするスネークの視線を察し、エヴァはその必要がないことを伝えた。

 

「気が抜けなくてな。癖みたいなものだ」

「わかるわよ。実は私もそうなの――気になる動きをされると、目が離せなくなるから嫌になるの。職業病ってやつなのかもしれないわね。おかしいと思うと、危険に思えて近づかせたくなくなる」

「――なるほど」

 

 笑って視線を落とすスネークに隙を見たのだろう。

 いきなりエヴァの指が伸びてくると、毒蛇のあご先にわずかに触れた。

 

「これがファントム、もう一人のあの人なのね」

「――ああ」

「本当にそっくり。私、惜しいことをしちゃった」

「?」

「あなたも運がなかったわよね。こんなにイイ男なら、山猫なんかじゃなく。私があなたのところで力を貸してあげたのに」

「……」

「本当に惜しいわ、きっと楽しかったでしょうね。お互いに”色々”と」

「オセロットは海千山千の傭兵たちの面倒を見てくれてた。それをアンタが?奴のかわりに?」

「あら、それくらいなら私にだって出来るわよ。あいつが”本人”から学んだことよりも多くを、手取り足とりね」

 

 エヴァのことを毒蛇も面白い女性だと段々わかってきた。

 言葉が次から次へと、ポンポン飛び出してくるが。それがとても気持ちが良い。

 

「そういえば、まだ礼を言っていなかった」

「ん?」

「先日の件の警告だ。アンタの情報は役に立った。本当に助かったよ、ありがとう」

「――いいのよ、私に頭を下げる必要なんてないわ」

 

 なぜかとても不愉快そうにそういうと、グラスが運ばれてきてそこにワインが注がれていく。

 毒蛇は今の話題を変えないと、まずい気がしてきた。

 

「さっきの店も、それにこのホテルも。アンタのか?」

「ええ」

「凄いもんだ」

「そうでもないわ。半分は隠退生活のために必要にかられてやってるのよ。人が多い場所が好きだから」

「なるほど」

「ねぇ、帽子」

「え?」

「その帽子よ、段々気になってきちゃったじゃない。なんで脱がないの?」

「――とらないと駄目か?」

 

 どうも調子が狂う。

 彼女とは一度しか会ったことはないはずなのに、むこうはなぜかこちらの扱いを理解している風だった。

 抵抗は無駄らしく、しかたなく毒蛇は帽子を取る。

 

 帽子の下からあの鉄の角が、姿をあらわす。

 エヴァは再び目にするそれを目を細めるだけで、やはり驚かなかった。

 

「奥はざわつくかもしれないけれど、安心して。あなたの面倒になることは起きないから」

「そうでないと困る。どうやら、この首には懸賞金が掛かっているらしいんでね」

「怖いの?有名人が」

「いや、だからといって平和な街を戦場にする趣味はない」

「騒がしいものね、ビッグボスって男は――」

 

 そう言ってエヴァはグラスに手を伸ばすが、結局それを口元まで持っていくことはなく。次の疑問を口にしていた。

 

「アジアでのトラブル、ひとつ聞いても?」

「なんだ?」

「なぜ、ああなったの?あなたはもっと楽に問題に背を向けることもできたはず。あんなに暴れて、悪名をわざわざ高めるようなこと。する必要はどこにもなかったはず」

「――そうかな」

「そうよ。あなたはさっさと目に付くものをいただいて、さっさと立ち去ればよかった。あんな恐ろしげな悪名をふりまかなくても、十分だったはず」

「かもしれん」

「嘘、足りなかったと本当は思っている。私にはそれがわかっている」

「やりにくいな、この会話は」

「さ、答えて。将軍一家を”あなたが”攻撃する必要はなかった。そうしたのは、なぜ?」

「……それが、ビッグボス(俺)の意思だから。これしか答えられない」

「そう――そういうものなのかもね。だとするなら、彼女のしたことにはがっかりしたんでしょう?」

「――ああ、残念だ」

 

 ここでいう彼女とは、ハン・チェー将軍の妻のことである。

 一人で現場に放り出された彼女は、その後。警察の捜査が入ると複数の殺人容疑がかけられた。

 だが、将軍の妻は結局。自分が無罪であることを法廷で主張する前に、自分の人生に決着をつけてしまった。薬のオーバードーズ、それで苦しむことなくあっさりと逝ってしまった。

 

 ヴェノムは彼女が約束を果たすことを期待していたのに、その本人は戦うことなく子供達を置いていってしまった。

 ダイアモンド・ドッグズの中に残された彼らは行き場をなくし。祖国にも戻ることができなくなった。国を捨てるしかなくなった。名前も捨てるしかなくなった。

 彼らは今、現実に選択肢を奪われ。この敵であるはずのビッグボスの仲間になろうと、毎日必死になって生きている。

 

 過去からは開放されたが、そのせいで自分の証であるものもすべて失ってしまった。

 ここまでの仕打ちになる可能性は理解していたが、その可能性の薄さから目を背けていた自分がいた。

 

「気にしているの?」

「――おかしな話だがな。そうだ、こうなる可能性は低いと考えていた。母親ってのは、もっとこう――」

「なめてたってわけね。もう忘れちゃいなさいよ。

 弱い女って、ああいうものよ。やりたくないことはできない、そうやって意地を張るの。不幸に酔って、簡単に毒酒だってあおるの」

「ああ」

「あなたが気にすることはないわ。馬鹿なことはしているとは思うけど。戦うのが嫌で、あなたの言葉を信じるのが嫌で。勝手に全部投げちゃっただけ」

「……」

「暗い話だったわね。話題を変えましょう」

「それがいい」

 

 ヴェノムはようやく、目の前のグラスに手を伸ばす気になれた。

 

 

==========

 

 

 訓練場では、新兵達が一列の横に並んで立っている。

 

「始め!」

 

 ワームの声と同時に彼らの手に握られた拳銃が火を噴いた。

 彼らはビッグボスの仲間と”なれる”かもしれないと判断された若者達だ。厳しいテストをクリアし、この最初の”授業”が始まっても、どこか気持ちが浮ついているのも仕方がないのかもしれない。

 

 そしてワームの役目とはそんな彼らの頭に冷たい水をたっぷりとかけてやることにある。

 

「やめ!やめっ!」

 

 一人当たり20発ほど消費したのを感じて、頃合だとウンザリする教官の演技をさっそく開始する。

 

「お前!」

「?」

「そう、お前だ。お前の銃、見せてみろ」

 

 ワームは複数のホルスターをさげている兵士にそう声をかける。

 言われたほうの兵士は、おずおずと”2丁のピストル”を教官であるワームに差し出してきた。

 

「ふむ、2丁拳銃か。西部が好きなのか?」

「違います。その――カンフー映画で」

「カンフー?」

 

 そうだった。

 ブルース・リー、ジャッキー・チェンとスターを輩出する香港映画は。

 ここ数年、チョウ・ユンファが主演の暗黒街のストーリーで大ヒットとなり。その独特の世界は、アクション映画ファンたちを熱狂させているという。

 彼の代名詞、それは自動拳銃を2丁構えて。走り回ったり、転がったりしながら撃ちまくるというスタイルだ。

 もちろんそんなものは実践では役に立たない。

 

「いいか、一度しか言わない。映画の世界は、ここに持ち込んでくるな!2丁拳銃も、リボルバーも許さん」

 

 そう口にしながら弾倉を抜き、装てんされた弾丸もはじき出すと。一丁を自身のベルトに挟んだ。

 

「お前が使っているのはコルトガバメント。アメリカが誇る、自動拳銃の歴史に燦然と輝く最高傑作だ」

 

 言いながら。やはりもう一丁も弾丸を次々と抜いていく。

 

「天才とよばれた銃工、ブローニングが生み出したこれは半世紀近くアメリカ軍でも採用された確かな実力を秘めた銃だ。それは今も変わらない。だが――」

 

 そういうと空になったそれを頭の上に掲げる。

 

「こいつはノーマル品だ。まるでさっき店先で買い求めたみたいに、なにもされていない。これでは駄目だ。

 知識がないなら、恥ずかしがらずにうちの開発班に助けを求めろと、ミーティングでも言ったはずだ」

 

 そういうと、片方の銃だけ相手に返す。

 

「正しい戦技だけを学べばいいわけじゃない。自分の使う道具も、知識がなければ困るのは自分だ。お前はこれが終わったらすぐにやるべきことをしろ。なにもしないまま、俺の次の授業に出ようというなら。お前はここに必要のない男だ、出て行っていいぞ」

 

 そう言い聞かせると、自由射撃の用意をするよう口にする。

 手にした銃でこれから100発連続して撃ち続けてもらうのだ。使う武器は、こうやって慣れていくようにしないといけない。




続きは明日。


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湾岸戦争 (2)

「妙な噂を耳にしたわ」

 

 エヴァはそういうと、グラスのワインを一気に飲み干し。遠くに控える店員に瓶を持って来いとジェスチャーする。

 

「噂?」

「そう、それ」

「なぜそれを、俺に?」

「あなたのダイアモンド・ドッグズだっけ?それについての噂だからよ」

「……」

「”ビッグボスは戦場ではなく、ビジネスに敗れた”そんな話が聞こえてきているわ」

「ふむ」

「なによ、それ。とぼけないで答えなさいな」

「半分だけ正しい」

「半分だけ?」

「ああ。残りは、つまり――」

「嘘、なるほどね。そういうこと」

 

 あまり嬉しくない話題になっている。

 毒蛇は静かに話題を変えようと、体をモゾモゾと動かしながら。そっと本題を切り出してみた。

 

「今日、会いに来たのには理由がある」

「――でしょうね」

「アンタに、どうしても引き受けてほしいことがある。それで、いきなりだったが頼みにきた」

「続けて」

「俺たちのダイアモンド・ドッグズは非公開で非営利の活動を行っている。戦場に立つ子供達――少年兵を回収して、日常へと戻す活動だ。聞いたことはあるか?」

「いいえ、興味もないわね」

「――実はこれまではイギリスにその母体となる団体を置いていたんだが、色々あってそいつを別の国に移すことにした。同時に、この団体。つまりNGOもダイアモンド・ドッグズから切り離そうと考えててな」

「へぇ」

「それをアンタに引き受けてほしい――駄目だろうか?こんなことを頼むのは」

「……そうね」

 

 エヴァはしばらく無言になるが。

 上目遣いにじっと毒蛇の顔を見つめてきた。背筋がぞくりと冷たくなる、そういう視線だった。

 

「金銭面での問題はない。組織を変えようともしない限り、今のままなら何の問題もなく続けられる。だから――」

「お金じゃないわ。なんでそんなに私を信用するの?」

「おかしいかい?」

「ええ。はっきり言えばそうね。気に入らない、そう思えるくらいに」

 

 自分をなぜ信じる?

 そういわれたら答えないわけにはいかないが。だが、できれば答えたくはなかった。

 どう考えても正気のものではない。少なくとも、そういわれても仕方ないくらいには、説得力のない理由があった。

 

「1964年、スネークイーター作戦」

「ええ」

「俺は――ある事情から、俺はそれを調べたことがあった」

 

 失われた穴だらけの過去、それを取り戻そうなどと。必死にもがいていた過去の出来事だ。

 

「困難な任務を、ビッグボスは現地で中国のスパイと協力して成功させた」

「……」

「記録にその相手の情報はほとんど残されていなかった。女性というだけで名前も、ビッグボスとの会話も、ほとんど聞き取れないように潰されていた」

「そうなの」

「俺は――アンタと知り合いじゃあない。アンタのことは何も知らん。だが、そうじゃないとわかった」

「なによ、それ」

 

 エヴァは笑う。

 ヴェノムは構わずに口を開いた。

 

「この相手とはアンタなんだろう?あの日、いきなりあらわれたアンタのイメージが。なぜかここでの彼女と重なっているように思える」

「気のせいでは?」

「俺の勝手な思い込み、確かにそうかもしれん。

 だが、今は確信に近いものがある。こいつは適当な誰かに渡せるものじゃあない。きちんと任せられる人物に渡したい。そして、アンタならきっとそれにふさわしい相手だと、俺は思っている」

 

 今度は声が出なかった。

 ただ、目の前にいる男に言葉を失うほどにあきれた風の女性だけがいた。だが、彼女は男の出した答えには否定しなかった。

 

 

==========

 

 

 生徒を引き受けるのはなにもワームだけの仕事ではない。

 ウォンバットもまた同じように教官の勤めを果たしている。ただし、彼女が教えるのはダイアモンド・ドッグズの兵士ではない。

 

 訓練場に並ぶその顔は、まだまだ幼さの残った若者たち。

 11歳から15歳くらいまでの少年と少女たちが、厳しい表情で訓練場を走り続けている。

 すでに4時間を過ぎ、体力とともに気力も尽きかけているようなのがちらほら見られ。それが兵士の体ができていない、それを使うだけのスタミナがないことを証明していた。

 

 この2点の問題がある限り、ここで彼らが武器を手にすることはない。

 彼らは戦闘知識を使いこなせるほどに成長したとわかるまでは、ここで自分を主張することは許されない。

 

「まだ残り2時間ある!辞めたい奴は私の前に来なさい。私は喜んで、そいつをあのフカフカのベットに放り込んでやる。そうなったらもう、今日は走らなくてもいい。

 どう!?悪くないでしょ?

 ダイアモンド・ドッグズは一流の傭兵しか雇わない。だけどあんた達は兵士ですらない。ただ、戦場で生き残っただけの弱い子供よ。ほら、現実が見えてきたんじゃない?さっさと足を止めて、もうやめると誰が一番に私に言いに来る!?」

 

 ヴェノムは悩んだが、一度でも武器を手にした子供達は、それを手放すことはできないのが圧倒的に多かった。

 そのうちの半分は、こんな場所にいられるかと大人たちの目を盗み。この深い森の中へと飛び出していって、そこで生き残ることができずに大半は死んだくれたが。

 それ以外はダイアモンド・ドッグズへと加わることを望み。何もない自分達に戦う知識を与えてほしいと希望した。

 

 だが、そんな彼らがビッグボスの兵士となるには。あまりにも高いハードルが数多く置かれている。

 そして子供だからと、そのハードルが特別扱いで低く設定されるものではない。入ってくる新人たちができることを彼らができるまで、これが毎日続く。

 何時間も走り、何時間でも泳ぎ、何時間でも互いに怒鳴りあわされる。

 いつの日か、訓練後に呼び止められ「合格だ。ビッグボスと契約書の話が待っている」そう言われる日まで。

 

「いないの?もう、諦めていいのよ。何年この生活をしている?

 諦めても構わないわ。今日は休んでも、構わない。大人は誰も、あんた達を責めたりしない。むしろ喜ぶわ!

 私も言ってあげる。『おめでとう。君は休んで、楽をしていいぜ』って。どう?その気になった?」

 

 ウォンバットはわざと走ってくる彼らの前に立ちふさがろうとし、その顔を覗き込んで叫び続けている。

 彼らはそんなウォンバットの目を見ようとしないで、視線をはずしていく。新人たちはこれを使命と信じ、なにかあるのではないかと怪しんでそれを真似ているが。彼女の言葉通り、これを続けている者達はその意味を理解して、それをする。

 

 兵士になれない子供達をプレッシャーで潰そうとしている。

 

 ここでは上にあがるよりも潰れていった子供達がほとんどだ。

 このプログラムに参加する時点から、大人たちは自分たちを子ども扱いしない。それは最初にさせられる約束であった。だから甘えは許さない、優しさはない。すべてが自己責任とされる。

 

「ビッグボスの兵士になりたいなら、3つ。自前で用意してもらう。

 心、技、そして体よ。

 ここでいう技とは技術。戦場での知識、でもこれは部隊に入ってからでも十分に学べる。学ぶという意思さえあれば、周りに見劣りするなんてことにはならない。

 体は、私が要求することを”普通”にこなせるようになれば。その時、すでにそれは完成している。つまりここから出て行くことができる。

 

 だが、心は違う!

 それは誰もが持っているものでも、教えることのできない自分だけのものよ。それがないなら当然、お前たちがいましていることも全部無駄になる。強い心を持つ人間は、困ったことに多くないの。自分では違うと思っていても、考えていても。

 

 ないものは、ない!!」

 

 ダイアモンド・ドッグズと接触した瞬間から、少年兵は自身を戦場から離れて生活していかなくてはならない。

 何かの事情で再び戦場にたつとなれば、その情報はたちまちビッグボスの元へと流れて伝わる。ファントムとはいえ、ビッグボスの勇名はこの数年でますます高いものとなり。戦場の情報は自分から求めなくとも、あちこちから勝手に集まってきてしまっている。

 

 知らない間にビッグボスが戦場を見渡している。

 

 この監視から逃れることができた少年兵は、いまのところ一人もいない。

 『ダイアモンド・ドッグズに回収された元少年兵』という過去は、戦場に戻ってきた瞬間に近い将来での自分への死刑執行にサインしたことと同義となるのだ。

 

 ウォンバットは脅すように、ヒステリックに今度は走ってくる少年少女たちを突き飛ばし始める。

 

「私たちがお前たちの隠している本性を必ず暴いてやる。

 ばれないと思っているの!?フザケルンじゃないよっ。

 

 こっちはあんたたちの顔を見て、ちゃんと最後までやってるのか見続けているからね!

 ガッツがある?やる気がある?戦士になりたい?冗談、笑わせるつもり!?

 

 銃さえ持ってなけりゃ、あんた達はただのヒヨっ子じゃないの。銃があれば戦士になれる?200ドルの銃と、80セントの弾丸をどうやって手に入れるの?こそ泥でもする?悪いけど、真の戦士は泥棒なんてしなくても自分の使う道具くらいは普通に買えるのよ!」

 

 この日、7時間のランニングでは新人を含めて5人がウォンバットに歯向かい、逆に殴り倒されて退場していった。

 そのうちの2人は、口論の際に「こんなばかげたこと」「やっても無駄だ」と叫んだことが確認され。プログラムからの脱落が決定された。

 翌日には彼らの席は消えている。ビッグボスの兵士になるという夢は、こうして断たれるのだ。

 

 

 

 ウォンバットが腕を組む前をとおり、ゴールした少年と少女達が地面にひっくり返っている。

 その中には、あの将軍の子供の一人が――ここに来た時、もっとも弱っていた次女も入っていた。

 

 母親の死を待たずして、将軍の子供達も崩壊していた。

 長男が消えたのは回収されてわずか4ヵ月後のことだった。

 どこで知り合ったのか、ほかの回収された少年兵達と組んでジャングルに消えた。弟や妹を見捨てて一人で逃げたのだ。

 

 てっきりそこで死んだと思っていたが、1年後。アンゴラの闇社会でおきた暴力事件に巻き込まれた死体の中に、彼がいた。

 ダイアモンド・ドッグズと闇社会を恐れて祖国に戻れず、地元でなにやらやっていたようだが。後ろ盾のないハイリスクな活動の結果、運が尽きたようだ。

 

 次に脱落したのは姉だった。

 彼女は兵士の一人に近づいて関係を持った。

 「自分と兄弟を連れて逃げてほしい」などと言っていた様だが、当然だがそのことはすぐにビッグボスの耳に入った。

 

 彼が口にしたのは一言だけ「お前の願いをかなえてやる」。

 ビッグボスの行動は素早く、言い訳の一切を許さなかった。

 兵士と、その男との間にできた子を身ごもった彼女をアフリカから追い出した。そのかわりに彼女の名前を奪って。「もし、噂でも元の名前を口にすれば。必ず会いに行く」そう言って放り出したのである。

 

 その後も追跡調査は続いているらしく。

 最新の情報では、夫を戦場で失い。仕方なく娼婦となって一人でなんとか子供を育てているらしい。

 

 

 そんな有様となった兄姉を見たからだろうか。

 残された兄弟達は、まるで人がかわったように兵士になろうと必死になっている。

 

「さぁ!いつまでも寝ていないで、起きるの。

 シャワーを浴びて、食事。寝るのはそれからにしたほうがいいわよ。食事を抜けば、それだけ体が削られる。明日の訓練時間を、たっぷりの睡眠時間にあてたくないなら。この忠告に従いなさい」

 

 気力が残っているものから動き出す子供達からウォンバットは視線をそらす。

 こうしている間も、次々にまだ走っていた連中はゴールしていた。そしてその中に、彼女がいる。

 

「ウルフ!」

「!?」

「こっちへ」

 

 続けてウォンバットは、移動する子供達を離れて見守る兵士達の中から2名を呼び出した。

 

「なんでしょうか?」

「2人、残ってほしいの」

「わかりました」

「悪いけど、他の子はさっさと移動させて」

「了解」

 

 兵士にそう告げると、改めてウルフと呼んだ少女を見る。

 

 目鼻顔立ちが整った美しい13歳の少女だった。

 細い肩と小さめな体、それに反して肉のついている胸と尻を見て興奮しない男はいない。この美しさはあと数年でもっと輝くものとなるだろうし、そのときを思って馬鹿な男達は「今年中におとせないかね」などと話しているのも知っている。 

 

 だが、この娘は――。

 

「何です?」

「ん、ちょっと待って」

 

 そう言うと、ウォンバットは兵士2名と自分たち以外、ここから消えるまで黙っていた。

 だがそれを確認すると、いきなり行動する。

 片方の兵士から無言でライフルを取り上げ、素早く弾倉と弾丸を抜き。空っぽになった銃をウルフに向かって放り投げた

 

「――っ!?」

「構えっ」

 

 ウォンバットの口から放たれる鋭い声に反応してしまい、手にしたライフルを見事に扱ってぶれることなくしっかりと固定して構えて見せた。

 どこからどう見ても、文句のつけようのない姿勢であった。

 

「凄いじゃない、汗まみれのランニングの跡なのに。見事なものよ、ウルフ」

「そっ、それじゃっ!?」

「違うわ。完璧すぎるのよ、あなた」

 

 満面の笑顔で、いきなり低く怖い声を出したウォンバットはライフルを構えたままのウルフを掴むと。銃身と銃座を引くようにしてその中のウルフの背中に回りこんだ。

 あわてて少女は抵抗しようとするが、胸と首元に押し付けられるライフルに邪魔されて拘束されてしまった。

 

「なにをっ」

「――とぼけるのはやめなさい」

「どういうことっ!?」

「目の前の銃よ。ちゃんと見えるでしょ、よく見なさい」

 

 ウォンバットの声は冷たいままだった。

 少女はそれでも声に従わず、逆らおうと続けるがそれを許さずに先に解説を始めた。

 

「見ればわかる。こいつはFALよ。

 全長1.100ミリ。重量はストックを軽量化しても約4キロ。大の大人でも、こいつをちゃんと使いこなせるか難しいわ。

 

 ところであんた、6時間のランニングでヘトヘトのはずだよね?

 それがあんなに見事な構えを見せてくれた。今年採用した新人達でも、そんなこと出来る奴はいない」

 

 まだ暴れようとする少女の胸に、ウォンバットは乱暴にライフルの背を押し付けると。少女の背後から耳元に囁いた。

 

「涼しい顔で、13の小娘に出来る芸当じゃないのよ」

「クッ」

「もういいわ、あんた」

 

 暴れるのをやめようとしないのでウォンバットはライフルを取り上げてウルフの背中を突き飛ばした。

 地面に両手をつく少女が顔を上げると、ウォンバットの背後に立っていた兵士達が銃を抜いて少女の頭部に狙いを定めていた。

 

「興奮して自分を止められないんでしょ?クスリを使ったせいよ」

「……」

「入手経路はすぐに調べるわ。とりあえず、あなたは持っている分を出しなさいな」

「――知らない」

「このっ、この小娘がっ!!」

 

 一瞬、ウォンバットの中に激しい怒りの炎が上がるが。すぐに冷静を取り戻す。

 恐れていたことだった。こうなるんじゃないかと、心のどこかで。

 

 

==========

 

 

 少女は兵士となる知識をすでに多く持ってはいたが、体がそれに答えてくれなかった。

 身長はまだ160センチに満たず、その肩ばかりか体の線から細かった。これからまだまだどうなるかはわかっていないが、とにかく現状ではとてもダイアモンド・ドッグズの兵士にはなれないはずだった。

 

 ところがここ2日ほど彼女の体のキレが冴えていた。

 出来れば成長したのか、と喜んでやりたかったが。疑いのほうがそれを遥かに上回っていた。

 

 たぶん、誰かがどこかでうっかり口にしたのだろうと思う。

 兵士は状況によっては、薬物を使用して戦場に立つことがある。それには注意するべき点や、使い方などに細かな気配りが必要であったが。この少女はあせってそれを知らないまま手を出して結果を求めたのだろう。

 

「あんたは戦士には向かなかったんだよ――」

「私は戦士だっ。女だからってっ」

「言い訳は聞かない。彼女を連れて行って――いつもの処置で」

 

 2人の兵士に挟まれ、ウォンバットをいつまでもにらみ続けたウルフが去っていった。

 ウォンバットは自分がこの事でかなり動揺している自分に、気がついた。自分は知らない間に、あの少女がいつか自分の仲間になる日が来ることを願っていたようだった。そんなことは口に出来ないが、そうなることを願っていた。

 

「――報告しないと」

 

 反対方向に歩き出しながら、そんなことを呟いた。

 あの娘がどうなるか、考えるまでもない。ビッグボスは絶対に許さないだろう。そしてそれを、自分のように動揺するそぶりも見せずに告げるに違いない。

 彼女はビッグボスの兵士にはなれない。別の人生へと進んでいくことになる。

 

 

 思わず振り上げた足で大地を蹴飛ばしたが、怒りは収まらず。ウォンバットの足が悲鳴を上げただけだった。

 

 

=========

 

 

 エヴァはビンに残った最後の液体をグラスに注いだ。

 先ほどまで対面に座っていたヴェノムの姿は、そこにはない。

 そのかわりに、彼らから受け取った分厚いばかりの茶封筒が自分の側の横に置かれている。

 

 ビッグボスは立ち去った……またしても、自分のところから。

 

 自虐的な響きに感じて、自分をわらう。

 馬鹿な女、そんなことを考えることはめったにない自分だけれど。それでも長い人生だ、こういう時もある。

 

 

――この戦争はもうすぐ終わるわ。

 

 エヴァの言葉に、毒蛇は同意すると答えた。

 アメリカは勝利する、それは間違いない。だが、それで得るものが多いかというとそれにはまだ時間が必要だ。

 なので別のことを口にした。

 

――米国は次世代兵士を投入したわ。噂は聞いた?

 

 ビッグボスは「それには興味はない」とだけ短く答えた。

 

 1990年、つまり昨年の話になる。

 アメリカはエネルギー省と厚生省が音頭をとり、30億ドルの予算で遺伝子の完全解明プロジェクトが発足された。

 それは遠く未来の話になるだろうといわれてはいるが、コンピューター技術が昨今驚異の進歩をみせる動きがあり。すでに1年たたずして彼らは”お目当て”となるものを引き当て始めていると噂が流れている。

 

 そこで出た情報を早速、前線に立つ兵士に与えようという動きがあるらしい。

 これがもし、思った以上の結果を出せば。それこそ戦場の未来を一変させるような出来事になるはずだが――。

 

――そう。意外ね

 

 エヴァは続いて、次の噂話について口を開いた。

 

――これも噂だけど

 

 あの男とは違う瞳は、自分を見ても揺るぎもしていない。

 

――あなたのダイアモンド・ドッグズが解散して。あなたはアメリカに帰還するって。どう思う?

 

 毒蛇は何も答えなかった。

 そのかわり、にやりと毒々しい笑顔をみせただけ。

 

 エヴァの話題も尽きてしまった――。

 

 

 知らず知らずに、長居をしてしまったようだ。

 店主が来て、開店の時間だと告げるのを聞いた後。最後の一杯を飲み干してから店を出た。

 

 忌々しいことに託された茶封筒は持ってきてしまった。

 するとこれが、存外に重くてイライラしてくる。

 

「戦場に立つ少年兵を、日常に戻したいんだ」

 

 あの男はそう言った。面倒を見てほしいのだと、ただそれだけなのだと言った。

 他のことはほとんど話さなかった。それだけなんとかなれば、あとはどうでもいいというように。

 まったく、スネークと名のつく男には呪いでもかけられているのだろうか?

 

 エヴァは――かつてはエヴァと名乗った女は、ビッグボスと呼ばれる男の頼みをあっさりと了承してしまった。

 打算も、なんの利益もないというのに。面倒なだけの仕事を、やっぱり引き受けてしまった。

 

 だが、それも仕方ないだろう。

「頼むよ、エヴァ」とスネークに言われれば。思えば自分は一度として拒否できたためしのない。

 自分はずっとそんな女だったのだから。




続きは明日。


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再会 (1)

 ワシントン州ミルクリーク市はホワイトカラーのための自然豊かな高級住宅地として知られている。

 そのうちの一軒の前にバイクが止まったのは、まだ早朝のことであった。

 バイクゴーグルを首元に下ろし、油断なく周囲を見回しながら入っていく男の髪が太陽の光をはじいて銀色に輝く。

 

 リボルバー・オセロット。

 

 今や誰もが彼をそう呼んでいる。

 油断のならない、そして有能な凄腕のガンマン。だが、それ以上のことを。彼の過去について詳しく知る者はいない。

 

 家の中では、武器を構えた警備員に片手を上げてその必要がないことを伝え。家主はどこだとだけ、問いかける。

 数時間前に帰国した彼は、任務の成果を。彼の今の”ご主人様”と話さなくてはならなかった。

 

 

 湾岸戦争から2年を過ぎ、1993年初頭。

 オセロットの探していた相手は、プールサイドで横になり。バスローブ姿で新聞を片手に朝食の最中のようであった。

 

「シアトルは、いいところだ」

 

 主の背後から声をかけつつ、近づいていく。

 

「夏はそれほど暑くはなく、冬は雪は降っても凍えるほどではない――それにしても、この時期にその格好でくつろぐのはわざとらしいんじゃないですか?」

「そういうことをしたい、そんな日もあるということだ。シャワーを浴びてそう思った」

 

 ジョージ・シアーズ、上院議員。

 あの日、CIAの工作員として議員秘書を勤めていた男は、別世界に堂々と立っていた。

 力強い言葉と、輝く笑顔、そして軍人を思わせる大きな引き締まった体と、独身であるということ。彼へ熱のこもった視線を向ける女性の多くが支持を表明し。頼れるその受け答えに、企業家たちはこぞって資金の提供を申し出た。

 

 彼らは知らない、米国が彼自身の経歴のすべてを書き換え。

 国政の場に送り出したという真実を。

 

「今回はずいぶんかかったようだ」

「ええ、まぁ――」

「ま、大きな話しだしな。それにあのビッグボスの膝元で、よくも無事に生きて帰ったものだ」

「彼らは今、それどころではありませんから」

「ああ……そう聞いている」

 

 アンゴラで地上基地を建設中だったダイアモンド・ドッグズは新年を迎える前に激震が襲った、と言われている。

 それまでもなんどか囁かれていたことだが、優秀な傭兵達を集めていたビッグボスが。ついに部下への支払いがついに滞り始め、この度それを不満と思った部下達が造反して組織を割ったという噂が流れている。

 

 本当のことはわからない。

 だが、全てが嘘だとは思えない事実があった。

 

 彼らがそれまで使っていたマザーベースと呼んでいた海上プラントのいくつかが、今では空になっているらしい。

 造反があったかどうかはわからないが、確かに彼らの組織が縮小されている。その気配があった。

 

「それでも3ヶ月は長い。おかげで、ショーを見逃してしまったな。オセロット」

「なんのことです?」

「大統領選だよ。我らの友人、41代大統領は生き残れなかった」

「そのことですか――」

 

 新たな時代の方程式、それを作り出そうとした大統領の試みは事実上失敗として見られていた。

 

 あの湾岸戦争のことだ。

 

 圧倒的な物量で戦場を支配した結果、一方的とも言える戦闘結果に人々は熱狂ではなく沈黙で返したことが大きい。正しい数とは断言できないが、それでも発表が事実であるなら。イラクは多国籍軍の死傷者の100倍という被害が出たことになる。

 

 作戦名、砂漠の剣からの100時間で終わってしまうような戦闘が、いつから戦争と呼べるものになってしまったのだろうか?

 戦場はこの時、確かに変わったのだ。

 だが、新たな時代の覇者は生まれなかった。冷戦の時代の栄光は戻らなかった。

 

「前大統領には、気の毒をした。アメリカにとっては、そう悪くはない”戦争”となるはずだったが。

 実際は間逆の結果の終わってしまった。作られたイメージからの感情操作、どうしようもない戦力差によって生み出された、戦場に積み上げられる死体の数、そして期待の経済も低調で終わり――その結果、イラクの体制には手を出せないまま終わってしまった」

「国連主導ですすめたために、こちらの言い分を進めることが不可能でした。あいつらはあの辺りの石油利権にしか興味はない。必要以上の戦闘行為と現地の体制への口出しは反感を買ってしまう」

「もうすぐ知られてしまうだろうな。イラク政府もまた、この戦争を前にして経済がどうしようもなく悪化していて。とても戦えるような状態にはなかったという真実を」

 

 冷戦は確かに終わった。

 だがそれが残した傷はしっかりと残され、この新時代でも影を落としているのだ。現実はTVゲームと違い、状況にリセットすることはできないのだから仕方がない。見て見ぬフリはできても、勘のいい奴らはこのことをすぐに嗅ぎ付けるだろう。

 間違った選択をした政府に対する批判の声は、毒のようにこの先の未来でキいてくるかもしれない。

 

 手近な椅子を持ってくると、オセロットはシアーズの近くに落ち着いた。

 

「食事はどうだ?」

「いえ、結構。まだ時差ボケが残ってますから」

「お前も、もう若くはない。気をつけてくれ」

「大丈夫です。そこはちゃんと管理しています」

 

 本来であるなら、さっさと報告をすべきであったが。オセロットはまだ、湾岸戦争についての話をこの男としたいと感じていた。そして任務報告をせかそうとしない相手の反応を見て、今度は自分から問いかける。

 

「前大統領は、なぜ失敗したと思われますか?」

「ん?」

「あなたの考えを聞きたくて。興味があります」

「期待される中わずか一期で終わった大統領(one-term president)に送る言葉は多くはない。だがーーそうだな、悪い人物ではなかった。彼は大胆ではないし、革新的な人物でもなかったが。その職を務めるのに十分な力はあった」

 

 皮肉な話ではあった。

 冷戦崩壊後、赤字経済に苦しむアメリカを救うための湾岸戦争であったが、その目論見は失敗に終わってしまった。

 彼は人気のさなか、重大な決断を迫られ。公約にしていた「増税をしない」という約束を破り、これを実行することで経済に刺激を与える方向を打ち出した。

 本人にしてみればそれこそ現状を打破するための国益の決断であったが、市民の不満はそこでついに爆発する。

 

「彼は多くを望みすぎたのだよ。彼のその気概が、目に見えない情報となって広まることを証明しようとしたが。実際に手にした果実は、あまりにも酸っぱいものだった」

「……」

「だからといって彼のしたことは全てが無駄だったわけじゃない。十分に結果は出ているし、新しい世界への”踏み台”程度には問題点も洗い出してくれた。これからの20年、我々が歩みを止める理由はなくなったとみていい」

「――そうですね」

 

 するとようやく新聞を読むのをやめ、シアーズはオセロットに顔を向けると笑顔になる。

 

「とぼけるな、オセロット。報告を聞かせてくれ」

「わかりました」

「見つけたと聞いた。捕らえたんだな?」

「ええ、回収しました。到着は4週間後、船に乗せました」

「また随分と慎重だな」

「――両方ではありませんでした」

 

 途端、議員の輝く笑顔が曇り始めた。

 

「片方ということか。どっちだ?」

「第3の少年、そう呼ばれていました」

「ソ連の超能力者か。面倒なことになったな、オセロット」

「精神が不安定で、誰も寄せ付けようとしません。鎮静剤を投与し、今は医師に任せています」

「なに?……使えるのか?」

「落ち着けば大丈夫だろうと、そういう話です」

「薬漬けか、それで役に立つのか?」

「これまでをずっと戦場だけで生活していたはずです。世の中のことを、もう少し理解させる必要があります」

「まるで獣だな」

「それでいいのですよ。それだから、こちらも制御がしやすい」

 

 シアーズは突如として優雅な朝食を切り上げると、新聞を置いて立ち上がる。

 バスローブを脱ぎ捨て、下着姿になるとそのままベットルームへと入り。スーツを用意して着替えの準備を始める。

 オセロットは、部屋の入り口にもたれかかりじっと命令が下るのを待っている。ご主人様の気持ちが苛立っているのがわかるので、次の命令が出るのをそうやって待っているのだ。

 

 

「――そうなると、話はいろいろと変わってくる」

「はい。イーライの探索は必要になりますが、手がかりがありません」

「その――元少年か。それを使うしかない」

「そうですね。彼ならきっと、どこにいるか。知ることができるはずです」

「受け入れの準備を始めろ。それと、そいつには新しい名前を用意してやるといい。いつまでも”第3の少年”では言いにくいし、今はもう少年と呼ぶ年でもないだろう?」

「確かに」

「俺のところには連れてくるな。接触もまずい。しばらくはどうせ動けない。そいつが使い物になるまでは、お前がそばについてやるといい」

「わかりました。では失礼します」

 

 白いシャツを着て、ズボンを履き、ベルトを締める。

 ネクタイを締めるころには、通りを走り去るオセロットのバイク音が聞こえなくなっていた。

 すると何が腹立たしかったのか、いきなりシアーズはタンスの扉を大きな音を立てて閉じ。そこに両方のこぶしを握り締め、唇を噛んだ。

 

(そうそう思い通りには計画は進まない、か)

 

 オセロットは彼の知る中でも特別優秀な男だった。

 そんな彼が、このジョージ・シアーズのために――ソリダス・スネークのままの自分が使える駒を見つけ出そうとしている。

 本当はもっと余裕を持って行いたかった計画であったが。あの湾岸戦争が、すべてを狂わせ。彼の時間を無駄にさせている。

 だが、それほど慌てなければいけないわけじゃない。時間はまだある。

 

 運転手つきのクライスラー車に乗り事務所に到着するとすぐに、秘書の一人が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 ソリダスの耳元で何事かをささやくと、さすがに今度のは表情が強張ってしまう。

 

(ビッグボスが――。あの放浪の英雄が、米国に正式に帰還した、だと!?)

 

 驚くべき情報であった。

 だが、そういわれると納得もできる話ではあった。

 ダイアモンド・ドッグズを失い。寄る辺をなくしたビッグボスは、慈悲を請うてこの米国へと戻ってきたというわけか……。

 わずかに嘲笑の色を残して笑みが浮かぶが、すぐにそれも苦いものとなって顔を歪め。その一日はずっと不機嫌な様子を見せるようになった。

 

 ソリダスのオリジナルでもあるビッグボス。

 その男がこうして戻ったということは、”あいつら”にとっては喜ばしいことで。それはすでに飼い殺しにあって権力のエスカレーターにのせられている己の姿を、はっきりとわからせてしまい。

 

 ソリダスの心の中に嵐が訪れようとしていた。

 

 

==========

 

 

 第42代大統領と将軍達との挨拶を交わしている男を待って、ロイ・キャンベル”大佐”はなにやら複雑な感情の中で、男との再会の瞬間を迎えようとしていた。

 

 前大統領の時代、CIAの特殊部隊となっていたFOXHOUNDを指揮してほしいと、キャンベルは軍を離れた。

 ところが、彼が指揮をするはずの部隊の兵士というのが。彼にはまったく理解できない、まさに愚連隊としかいいようのない兵士と呼ぶのもためらわれるようなのばかりが所属していた。

 

 すでにその時には軍上層部は大統領と側近たちの意思で、湾岸戦争への道を歩み始めており。

 キャンベルはそれまでには役に立てるよう、人員の一新と訓練に乗り出したが。戦場ではたいした役割も与えられず、戦争はごくごく短い時間で終了してしまった。

 

(この部隊は、何を目的にしているのだろうか?)

 

 あの男、ビッグボスとは奇妙な話だが面識があった。

 その男が放浪者となる直前、自らが生み出した部隊。なのに、その部隊に彼の匂いはまったく残っていなかったのである。ビッグボスが離れて後、軍はCIAの求めに応じてこの部隊を譲り渡したらしいが。そのCIAも、ここをどうするつもりなのか。さっぱり意思が見えてこない。

 

 こうなるとキャンベルにできることは決まってくる。

 与えられた任務をこなせる兵士を作る。それしかなかった。

 

 

 そんな諦めにも似た達観を心がけて数年、どうやら救いの主が戻ってきてくれたらしい。

 彼は再びFOXHOUNDを率いるため、再編成を行い。キャンベルは階級は上がって副司令官となった。

 

(きな臭い、取引でもあったのだろうか?)

 

 ホワイトハウスの廊下に立っている今ですら、そういった不安は確かにあった。

 部隊を放り出していったやつが、いきなり戻ってきてやりかけた仕事をしてくれるのだという。それは構わないが、自分はあいつと一緒に仕事がきちんとやれるのだろうか?

 

 

 扉が開くと、複数の笑い声を背後においてついに再会の瞬間が訪れた。

 

「これはこれは――」

「ああ――」

 

 お互い近づきながら、口から出る言葉は懐かしい友に合えた喜びに満ちていた。

 

「ロイ・キャンベル。年をとったなぁ、もう引退でもしているかと思った」

「ビッグボス、まだ若造みたいに飛びまわれるあんたがおかしいのさ。俺は偉そうにふんぞり返る方が得意になっている」

「聞いているよ。俺が放り出したものを、使えるようにと頑張ってくれていた、と」

「その”おもちゃ”を放り出した元凶のあんたに渡せるんだ。俺はあんたの下で、また楽をさせてもらいたいね」

 

 同じ国の軍服を着た2人が、硬い握手を交わす。

 

「何年になるかな?サンヒエロニモの一件から」

「20年か?いや、それ以上だが勘弁してくれよ。自分が年をとったと、嫌でも思い知らされる」

「そうだな。確かにそうだ」

「ああ……」

「おおっと、階級は大佐殿か」

「FOXHOUND副司令官についていた”オマケ”だよ。おかげで給料も上がる。俺にとっては、いいことばかりさ」

 

 お互いに年をとったのは間違いない。

 だが、それ以上に若々しくあのころの輝きを失わないビッグボスの姿に。キャンベルの心の中に、嫉妬のようなものが生まれようとしていることを自覚せずにいられなかった。

 

 あれからも多くの戦場で死闘を繰り広げられたとのうわさは聞いてはいたが。その”顔には目立った傷は見られず”、しかし体の切れは現役のそれを思わせる力が今もそこから溢れているようだった。

 キャンベルの視線は自然、”ビッグボスの左腕”へと向かう。

 CIAの追っ手によって、その左腕は失われ。義手となったと聞いていたはずだが、どうやら違ったらしい。

 

「どうした?なにか、おかしいところがあるのか?」

「いや――そうじゃないんだビッグボス。噂でな」

「?」

「あんた、厳しい放浪生活で片腕を失ったという話を聞いていたからな。てっきり……」

「これは本物だ。触ってみるか?」

 

 突き出して見せる左腕は、丸太のように筋肉が盛り上がり。それがいっそう若々しく思えて複雑な気持ちにさせる。

 

「男の腕をもむ趣味はないさ、わかってるだろう?」

「そうだったな。女好きはそのままか?」

「あんたと違って健全なのさ。それでも、遊びすぎて今も独身のままだ」

「そうか」

 

 いつまでも立ち話はできない。

 ここでようやく2人は並んで、歩き出した。




続きは明日。


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再会 (2)

 空港に着くとビッグボスとキャンベル。2人のためだけに用意された得別便に乗り込み、出発のときを待つ。

 それまではずっと昔話に花を咲かせていた2人であったが、さすがにそればかりではいられない。さっそく現地に到着する前に、現在の状況を確認する作業に入る。

 

「それで、どこまで聞いてる?」

「FOXHOUNDのことか?」

「ああ」

 

 ビッグボスは無言のまま、首を横に振るだけだった。

 たいした事は聞かされてはいない、ということなのだろう。

 

「はっきり言わせてもらうが。長いことCIAの特殊部隊だったが。持て余された部隊だった」

「CIAか……」

「そうだ。彼ら自身が、扱いかねてね。あんたが去ってしばらくして、ついには軍人と呼べる奴はいなくなった」

「そうか――」

 

 当初からその設立理念は完璧には程遠いものではあったが、長い時間の中でそれが風化してしまったと伝えられたことは本人にとっても決して楽しいことではなかっただろう。

 だが、それだからこそここから立ち直ることだって出来るはずだ。

 

「あんたが戻るというので部隊は再編と増設が決まっているが。そうなると今の状態では人がまったく足りなくなる。俺が鍛えた連中でさえ、正直に言えばシールズの連中と比べても数段劣っている」

「そんなにか!?」

「予算はなく、人もなく、理念もない。これでは形だけ整えて、少しでもマシになるようにするしかなかった」

「苦労をかけたんだな」

「なに、それもこれも全部あんたに渡せるんだ。今の俺はとてもハッピーだ」

 

 ニヤリとお互い笑ってみせた。

 

「それで、なにからはじめられる?」

「新人を探すことだろうな。実際、そっちのほうではかなり優秀なのがいてな。時間はかかるが、それが一番だろう」

「そうか」

「それで、部隊に今いる連中なんだが――」

「その話はいい」

「なんだって?」

 

 キャンベルは思わず聞き返してしまった。

 

「あんたの話を聞いて、決断した。新人以外は全員放り出そう」

「――全員をか!?」

「そうだ、どうせシールズにすら劣るようじゃ。俺の訓練には耐えられない。それなら出て行ってもらう」

「待て待て、それは困る」

 

 あまりに極論過ぎてビッグボスについていけなくなっている。

 

「確かにお荷物部隊とは成り果ててはいるが。それでも部隊をほとんどゼロから立ち上げるような真似はまずい」

「そうなのか?」

「軍は構わないというだろうが。CIAが今度は黙ってないぞ。俺が矢面に立たされるようなことは、勘弁してほしい」

「――だいぶ政治にも強くなったようだな」

「あんたのように兵士を楽しんでばかりはいられなかったのさ。俺のような宮仕えだと政治はついてまわる」

 

 キャンベルがCIAの特殊部隊に出向いたのは、逆に言えば軍の出世街道からはじき出された結果ともいえる。将軍になりたいなどと別段思ったことはないが。軍人でいられる事に執着した結果が、いまのポジションだった。

 最近まではそれでも現役の軍人でいられる時間はわずかでしかないと考えていたが、どうやらここにきてまた風向きが変わったらしい。

 

「そういうことならば、俺も妥協案を出そう」

「驚いた。あんたでもそういう考えが出来るようになったんだな、ビッグボス」

「まじめな話だ――ここにリストがある」

 

 そういうと彼は手元にあるラップトップPCを起動すると、胸ポケットから小さなフロッピーディスクを出してきた。

 

「リスト、とは?」

「名簿だよ。俺の噂を聞いていたなら、知っているだろう?」

「?」

「俺が傭兵会社をやっていたことだ」

「ああ、それか」

「そこで俺が目をかけていた連中を引っ張ってこようと思う。しばらくは彼らを中心に、FOXHOUNDをきちんとした部隊へと成長させる」

「――なるほど。質から求めていくわけか」

 

 キャンベルの心音は明らかに早くなったが、それを表情に出すまいと。同意を示しながら、感心するそぶりを見せていた。

 

 飛行機はこれからバージニア州へと向かう。

 そこで中央情報局――つまりCIAに顔を出すことになっている。

 かつての時代は、ビッグボスと彼らの間には深い溝があるなどと言われていたが。そのCIAも数十年の間にゆっくりと変わっていった。

 

 これからの関係を考えても、ビッグボスにおかしなわだかまりを持ってほしくなかったので。そのようにするよう、指示を受けていた。

 

 

==========

 

 

 現地に着くと、そこに迎えの車が用意されていたが。運転手が意外な人物であった。

 

「おや?」

「ん、どうした?」

「いや、驚いたな。迎えにくるようにいったのは、彼ではなかったのだが」

 

 そういうとキャンベルが先にタラップを降り、車に近づいていった。

 運転席の扉が開くと、スッと立ち上がる人影があった。

 

「どうしたんだ?」

「いえ、別に」

「なにも君がやることはなかったんだぞ。送り迎えの運転手なんて」

「――”伝説”に聞くビッグボスと少しでも早くお会いしたいと思ったのです。それだけですよ」

「それならばいいが」

「大佐、あなたの口から紹介してもらえますか?俺も、彼の”ファン”なので」

「もちろんだとも。さ、こっちへ」

 

 キャンベルは意外な運転手を連れ、ビッグボスの元へと連れて行く。

 

「ビッグボス、紹介したい」

「ん?」

「彼は、うちで使っている最高の教官だ。優秀な男でね、これまでも随分と助けられたんだ」

「……なるほど」

「マクドネル・ベネディクト・ミラーだ。こちらがFOXHOUNDの新総司令官となったビッグボス」

 

 ビッグボスの口から出る言葉に、わずかだが遅れが見え。だがキャンベルはその変化にすぐには気がつくことはなかった。それほどにわずかなものだったのだ。

 

 183センチの体格、しっかりとポマードで髪はオールバックにまとめられ、サングラスは今も黒く輝いている。

 その顔は、そうだ間違いはない。間違うわけもなかった。

 

「彼はSASやグリーンベレーでも経験のある、鬼教官と評判の男だった。だが、同時にあまり落ち着きのない男でマリーンの新兵訓練所に腰掛けていた時に、自分で口説いてFOXHOUNDへスカウトした」

 

 言っている間に男は――ミラーはビッグボスの前に近づくと、無言で”左手”を差し出してきた。

 かつてはそこは戦場で失われたはずの左手だが……そこに手首から先まで存在するそれを自分からさしだしてきたのだ。キャンベルは驚き、慌ててやめさせようとしたが。ビッグボスはすぐにその手を同じく、自らの左手で固く握り返した。

 

 彼がカズヒラ・ミラーであった時。失ったはずの右足と左腕は、そこになぜか存在し。

 伝説のビッグボスが失ったとされたはずの左腕の義手は逆に、そこには存在していない。

 

 失われたものなどひとつもない屈強な男が2人向かい合っている。

 強く、上下にゆれ。しっかりと握りあう拳。

 

「お会いできて光栄ですよ、”伝説のビッグボス”」

「”これから”よろしく頼む」

 

 サングラス越しに微笑を浮かべてそう口にするミラーに、ビッグボスもまた視線をそらさずに短く言葉で返した。

 

「おいおい、2人とも。興奮しているんじゃないか?左手で握手をする奴があるか」

「ああ、すいません。つい、落ち着こうとしたんですが」

「こちらこそ。気がつかなかった」

 

 そういいつつも、3人は車内へと移動していった。

 車に乗り込み、エンジンがスタートする頃。キャンベルはふと、気になってビッグボスに聞いた。

 

「ビッグボス」

「なにか?」

「今、ふと思ったのだが。あんたはマスター・ミラーと知り合いなのか?」

「――マスターというのか?彼は」

「ああ、そうなんだ。知識が深く、面倒見がいいこともあってね。教え子にはそう呼ばれているんだ」

「――そうなのか」

「で?」

「ん?」

「いや、だから知り合いなのか?」

「まさか”初めて”見た顔だ」

「そうか……気のせいだったか、すまない」

 

 運転席に座るミラーだったが、後部座席前には仕切りがあるので。

 キャンベルのしたその質問と答えを果たして運転席に座る当人が聞いたかどうか――。

 

 その後もこのことは頭の隅にはあったものの。

 FOXHOUNDの新兵選出で話し合う彼らには、当初見られた戸惑いのようなものはまったくないことから。いつしかキャンベル自身、このことを忘れることにした。

 

 

 場面は変わる。

 そこには向かい合う2人の男がいた。

 

 ――それではキャンベル大佐、報告は以上かね?

 

「はっ、そうです」

 

 ――ビッグボスに怪しいそぶりは見えない。これが本当なのか?

 

「彼自身、こちらに戻ってからの行動はそちらでも監視を続けていたはずです。怪しいそぶりは見せていません」

 

――自分の古巣に戻って、元気に昔の宿題に取り掛かっているわけか。老兵の引退生活がそれとは、なんともうらやましい話だ

 

 キャンベルは感情を顔に出さないようにしたが、この”若造”達のムカつきには耐えなくてはならなかった。

 とはいえ、彼らも別にそれを本気にしているわけでもなさそうだった。

 

――我々が配した兵士を放り出されたのは気に入らない

 

「それは仕方がありません。用意されたカバーストーリーから外れる人材を置いて、彼の要求を跳ね返すのは避けたいことでした」

 

――大佐。ビッグボスは最高の兵士かもしれないが、愛国者ではない。

 

「はっ、了解しております」

 

――あの男はアフリカの奥地に施設を建設中、部下に裏切られ。行き場を失って、乞うように我が国へと戻ってきた

 

「……」

 

――だからこそ信じるわけにはいかん。コスタリカでのCIA南米支局長へ傭兵をひきいて攻撃、キューバのブラックサイトでもこれを襲撃。複数の政治犯の逃亡を幇助した男だ。精神医学で言うなら、反社会性人格障害者そのものだ

 

「……」

 

――あの男が本当に、ただの年金暮らしにあこがれて帰国したのか。我々はそれを監視しつづけなければならない

 

「――わかっております、CIA長官殿」

 

 報告すべきことは終わった以上、もはやここから一秒でも早く離れたかった。

 キャンベルはそれでも一礼し、不審に思われない程度には自然に動いてその場から離れていく。

 

 

 米政府と新大統領は結局、この冷戦時代の英雄について。大きくメディアに取り上げさせることを避ける決断を下した。

 ホワイトハウスのスタッフの多くが、かび臭い、負け犬の放浪者の帰還にそれほどの価値はないと考えていたことは間違いなかった。そしてそのことをビッグボスは特に不満を漏らさなかった。




続きは明日。


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再会 (3)

普通、「再会」とかタイトルついたら。あったかーい思い出とか、あのころの記憶、みたいなものを連想しますが。

なぜだろう、自分が書くと1~3まで全部サツバツしてる。参ったなー(棒)


 刻み込まれたのだ、そう思うしかなかった。

 己の遺伝子に、運命に、どうしようもなく強烈に埋め込まれている負の資産。

 手放したくともそのせいで、自分は常に苦しむことになるし。他の選択肢は用意されることはない。

 

 不快な暑さの中、暗い穴倉の中で男は動かず。

 うとうとと眠ればまたあの悪夢に犯され、屈辱を噛み締めながら目を覚ます。不満があふれ出て、なにもかもを壊してやりたいと衝動を覚えれば。勢いのままに飛び出していって、暴れて回る。

 それで少しの満足を得ても、ここに戻ればまた同じ。

 

 悪夢の前には必ず繰り返されるあの島での記憶が。ファンファーレのかわりとばかりに再現される。

 わずか一瞬。鋼鉄の塊同士が激突する衝撃、その次の瞬間には操縦席の外側に張り付き。

 サヘラントロプスの頭の上へと登ったあの男の、自分が父親と呼んだ相手のあの震えるほど恐ろしい存在感。

 それが手にしたおもちゃのような銃が火を噴き、それにあわせるように操縦席のモニターから機械が音を立てて連続して沈黙し、鋼の巨人は息の根を止められ、死んでいく。

 

 結局はあれがすべてだったのだ。

 己の力が最高潮へと達していたはずなのに、刻まれた敗北者の証が。そこから自分を一気に引きずり落とす。

 

 

 1994年、イラクのチグリス、ユーフラテス川が合わさるとシャトルアラブ川となり、ペルシャ湾へと流れ出る水源のその近くに。かつてはホワイト・マンバと己を呼ばせた少年、イーライの成れの果てが。小さな強盗団の頭目として収まっていた。

 

 自身をあの伝説の傭兵の息子とまで言っていたのに。

 少年はその面影をわずかに残してはいたが、大人の体となってここまで落ちぶれていた。

 

 

 世界を飛び回るようになると、時々だが砂漠の砂が雪国の雪のように感じられ。懐かしさを覚えるようになるものらしい。

 

「そろそろです!」

 

 ヘリの中で隣に座る部隊の隊長からそういわれ、無言でうなずいた。

 

「前線で指揮を取られますか、オセロット?」

「いや――」

 

 隊を率いるジャクソン大佐にそう問われたが、オセロットはすぐに返事を返す。

 

「大佐のほうがいいだろう。どうせ目標をのぞけばただの盗賊。たいした抵抗はない」

「制圧、でいいのですね?」

「そうだ。まさか怪我人など出さないでくれよ、大佐」

 

 そういうと肌と同じく真っ白で健康な歯をむき出しに笑って、彼は「大丈夫ですよ」といった。

 

 オセロットにとっては約1年ぶりとなる現場である。

 前年の作戦の失敗によって、ほとんどこの一年を無駄に過ごす羽目になったが。拠点制圧のために、効果準備に入っている大佐と彼の部隊と”お知り合い”になれたことは収穫だった。

 彼には兵士として以上の価値がある。

 そのおかげでこうしてイラクとイランの国境付近での極秘の軍事作戦が行え。レベルの高い海兵達を借り、いまや上院議員となってそこでも徐々に存在感を放ち始めているソリダスの手を借りずにすむ。

 

 こう聞くと、まるでうまいことばかりの話に聞こえるが。

 ジャクソンの背後にいる人物にしたって、政治的な思惑があって軍の中で生き残っている猛者なのだ。遠からずこの借りを、なにか別の形にして返すように請求書が送りつけられるだろう。

 

 

 

 地上に降りると、前進する大差の部隊の後にオセロットはついたが。気楽なもので平然として普通に歩いていた。

 

(あれがイーライのねぐらというわけか――)

 

 砂漠の中で、ちょっとばかり大きな岩などが重なって丘のようになっている。

 そこをくりぬいたのか。それとも元から穴が掘られたか。

 空洞があって、そこに目標と盗賊団は住み着いているという話だった。

 

(っ!?)

 

 一瞬だが、オセロットの視覚がぶれると。不思議なデジャヴを覚え、懐かしい気持ちを思い出していた。

 そう、あれはアフガンからアンゴラへと移った時だ。

 ファントムと2人で、XOFからPFに流されたと思われるウォーカーギアを回収しようと――。

 おかしなもので、そんなことを出撃するヘリの中では口にしたりはしなかったのに。どちらが一つでも多く回収できるかと競争になって――。

 

(俺もトシだな、過去を懐かしむとは)

 

 オセロットは都合のよいものだな、と自分を嗤った。

 理由があったとはいえ裏切ったのは自分だ。それが裏切る前の、蜜月の時代をこうして都合よく思い出に浸るとは。なんて度し難くも救いようのない男であろうか。

 

 

 制圧任務は、想像以上に簡単に終わった。

 オセロットが岩場の足元まで近づくころには、数名の盗賊たちは声も上げずに死体となって並べられていた。

 そんな岩場の奥からジャクソン大佐が出てくる。

 

「ターゲット以外は、これで排除したと思われます」

「――6人か、足りないな」

「残りは近くの町に繰り出しているのかもしれません」

「なら、いい」

「はい」

「それで――目標はどうした?殺したのか?」

「いえ。まだです」

「っ!?いなかったのか――」

「それも違います。一番奥の部屋に気配があります、多分そこでしょう」

「ほう」

 

 無駄足にはならなかった。それは喜ぶべきだろう。

 

「あなた自身が”なさりたい”だろうと思いまして、こうして迎えに」

「――勇猛で知られる海兵隊に、ここまで気を使ってもらえるとはな」

「いけますか?」

「ああ、案内を頼む」

 

 表情こそ変えなかったが、この結果には多少の失望と驚きが混ざっていた。

 正直に言うと、オセロットもここまでジャクソンが”読める男”であるとは考えていなかった。ソリダスの性格を思うと、海兵隊に借りを作ることに不満を持つのはわかっていた。

 なのでせっかく知り合えたジャクソンと海兵隊には目標――あのイーライがどの程度なのかを測る当て馬になってもらおう。

 

 そう考えていたのだが。

 

 『隠密作戦により、目標を捕らえる』

 これを字面だけの情報を受け取る程度の男なら、部下はとっととイーライのいる部屋に突入し。拘束しようと試みたはず。

 だが、このジャクソンという男は。自分の任務についてきたオセロットという男から、”なにか”を感じ取って慎重に行動していた。それが自分と部下たちの命を救ったことさえ、気づいてはいないのかもしれないが。

 

(いいセンスだ)

 

 案内され、通路の奥へと進んでいく。

 

 

==========

 

 

 汗と、そしてそれにまざった別のにおいの数々にオセロットは顔をしかめる。

 

「入る、周囲の様子を見ていてくれ」

「時間までは、自分たちは外で待機します」

「ああ―ーそうしてくれると助かる」

 

 海兵達は大差の後に続いて面白くもなさそうに出て行くのを見送ると、オセロットは穴の中へ。イーライの待つ”部屋”へと侵入していく。

 

 

 再会は、嘲笑の声から始まった。

 

「ああ!まったく――ようやくだ。そこにいてくれて、嬉しいよ」

「……」

 

 一言一言がアクセントで強調され、皮肉に満ちていた。

 

「あのヤンチャ小僧が、大きくなった――」

「殺されたいのか、お前!?」

 

 あのころのように、岩の椅子に深く腰掛けたままイーライは声を上げるが。オセロットに萎縮する様子はない。

 

「んん?」

 

 ゆっくりとその前を横切る。

 部屋は存外に狭い。座っているイーライから数歩離れているだけだが。壁がその背中を押すようにちぢこませている。

 

「イーライ」

「それは俺じゃない!」

「久しぶりだな」

「……オセロットォ」

(なんだ、ちゃんと覚えているじゃないか)

 

 頭がしゃっきりとまだ動くように安心した。

 これが昨年捕まえた、あいつのようにしょうもないことになっていては。ソリダスでなくとも、呆れて殺すところだった。

 

「喜しいな。あの日、あの島でお望みどおりに病に苦しみながら焼け死んだと思っていたお前が生きていた」

「――嬉しいだと?」

 

 相手にとっては意外な言葉だったかもしれないが。そんなことはどうでもいい。

 だが、オセロットはこれからこのどうしようもない負け犬を口説き落として。ここから連れ出さなくてはならないという任務があった。

 

「遺伝子という運命に束縛されたお前が。こうして惨めな姿をさらしてもまだ生きている。そうだ、嬉しいね」

「黙れっ」

 

 この小僧はダイアモンド・ドッグズでは持て余してしまったが。

 あれから時間がお互いの立場を変え、オセロットもそのやり方にはこだわらなくていいのだから作戦は練ってある。

 

「ビッグボスの息子は、親父には到底かなわないか?」

「うるさいっ」

 

 なかなかのさっきを漂わせているが、その睨み付ける視線は見ればわかる。

 敗者の目だ。どうしようもなく怯えていて、勝負ができなくなった。小僧がする目だった。

 

「これがお前の手に入れた御殿か?部下は自分を守ることもできない連中ばかり。武装は粗末で、兵士ですらなかった。全員とっくに外で死んでいるぞ」

「知らん。俺の知ったことじゃない。俺の部下でもない」

「ほう、言い訳ばかりうまくなったな。ビッグボスに、親父に啖呵をきったお前が。そうやって逃げるわけだな」

「逃げるだと?俺がっ、俺がいつ逃げた」

 

 ここで演技たっぷりに片足を出し。前傾姿勢をとってから、両手を広げてみせる。

 そして言うのだ。

 

「なにもかもさ。そう、なにもかもだ」

「……」

「いちいち指を刺してやらないと駄目か?このみすぼらしい城は言ったな?では、そこにころがっているビール瓶はなんだ?みっともなくもブクブクとは太ってはないようだが、うっすらと脂肪がついているし。顔はアルコールで腫れているようだ」

「違う」

「そうか?だが匂いでもわかるぞ。

 薬をやっているな?マリファナか?アヘンか?まさかアンフェタミンや、コカイン、ヘロインの味に慣れ親しんでいるのか?」

「違う!!」

「その上、これか……」

 

 そういうとオセロットは腰を落とし、それを――死体を両手で指してやった。

 

「女だ」

「……」

「抱いたんだな?どうだった、スカッとしたか?」

「うるさい」

「なら、何を求めたんだ?癒しか?愛か?」

 

 オセロットはわかっていた。

 すでに調べ上げ、だがそこで知ったことは”あえて”ソリダスには知らせなかった。

 

 イーライは堕落しつくしていた。

 

 常習性のある薬物に手を出し、肉体のコンディションには気をかけず、そしてついに部下がさらってきた女も味わうようになった。もっとも、結果はこの有様で、彼女でもう何人目なのか――呆れるしかない。

 

「それとも、ああ。家族か?」

「っ!?」

「自分を受け入れなかった親父と違い。自分なら、子が生まれれば愛せると思ったか?」

 

 それは挑発だった。

 あの少年の頃の荒れ方を見れば、わかることだった。

 自分は普通ではない。普通じゃない自分は、作られた連中の都合に合わせ。使い物にならないとわかれば、何も残せずにただ闇へと葬られるだけの遺伝子から生み出された存在であるということを。

 

 彼には生物的な遺伝子を残すことが許されなかったということを。

 

「調子に乗るなよ、オセロット」

 

 ゆらりと立ち上がるイーライにあわせるように、オセロットも立ち上がる。

 向けてくる両目には、懐かしい幼い小僧だったイーライが。立ち向かってきたそれを思い出させる。

 もちろん、当時に比べればその怒りも殺意も。エネルギー量は段違いの大きさではあったが。

 

「黙らせてみろ、小僧」

 

 全身の筋肉に緊張が走るのを感じ、それを緩めるよう力を抜きつつ。

 ふてぶてしく、オセロットは相手に最後の挑発を叩きつけた。

 

 

 

(カンガルーの兄弟喧嘩だな)

 

 オーストラリアで見た。あのカンガルーの母親の袋の中、幼い兄弟が喧嘩する――そんなイメージだった。

 ほとんど動けぬ王座のある部屋の中で、イーライは殴りかかってくるが。オセロットはあっさりとそれをいなすと、代わりに相手の鼻面に一発くれてやる。

 

 小僧だった時代は”やさしく”はり倒すだけで許したが。もう今はそんな手加減は必要ない。

 瞬時に取り出し、突き出してくるナイフを握った腕をもいなすが。続けて今度は手荒にこちらの体を移動させると、それだけできれいに相手の腕をねじ上げることができた。

 あっさりと動きを封じられ、相手はあせりをみせる。

 

「クソッ」

「フンっ」

 

 派手に片手を床につけると、くるりと器用にその場で宙で後転してみせ。ねじ上げた腕の拘束を解いて見せたが、オセロットは手首をたたいて。壁の岩肌にナイフの刃を叩きつけて歪めた。

 お互いが構え、にらみ合う。

 

(こんなものなのか。ビッグボスの息子とは――)

 

 冷静さはあったが、それでもオセロットの心は早くも失望を感じていた。

 遠い昔には、飛び立とうとする空輸機の後部空間での対決。

 そのファントムとの、闇の中に照らされる足元だけのプラットフォーム屋上での対決。

 

 その両方に感じた。あのどうしようもなく体の細胞から痺れるような感覚。

 それはこの若い男との殺気だった戦いの中では感じることがない。そう、まるでないのだ。

 原因はわかっている、才能の問題ではない。

 

 兵士として、戦士として。

 受け継がれているものと、ないものでは魂が響かないのだ。

 

 ただの殺し合い。ただの暴力。

 勝利が重要で、それだけでしか考えられなくなる。

 

 湾岸戦争は未来の戦争への第一歩ではあったけれど。

 そこで見たものは、それぞれにまったく違うものを見せ付けることに成功した。

 オセロットは英雄のいない戦場で、虐殺を戦争だと言い訳をするアメリカを。嘘で自分をだまそうとする大統領の姿を見せ付けられた。

 

 彼らは変わることなく、あそこで勝利したかつてのベトナムで起こるはずだった夢の時間をかなえたつもりだろう。

 あんな嘘ではどのみち隠せるものなどほとんどない。遠からず、彼らは再びこの国で茶番じみた戦争をするだろうし。その歪みは別のものとなって、強大な軍事力を誇る大国に牙をむくことになる。

 

 

 まともに殴り合えば、また封じられてしまうとわかったのだろう。

 スタミナと若さにものをいわせようと、イーライは飛び掛る――いや、掴みかかってきた。

 

(考え方は正しい、だが――)

 

 オセロットの片腕をつかもうとするが、反対のひじを突き入れて簡単に拘束から逃れる。

 拳を固めて突っ込んでくるが、それに付き合うことをせず。逆につま先で相手のすねを蹴り上げ、突進の勢いを殺してやる。

 思わずたたら踏むイーライの横腹に、オセロットのミドルキックがめり込むと簡単に肋骨の折る感触を味わう。

 

 恐怖は痛みであり、痛みは恐怖を呼び起こす。

 絶対の恐怖を与えられると、人は面白いことに痛みを与える相手ではなく。彼らの側に自分をおきたいと”信じて”、自らを痛みを生み出す側に置こうと立場すら改ざんしようとする。

 

 

 怒りと屈辱、そしてかつての恨みで戦っていたイーライの肉体がみるみるうちに動かなくなっていった。

 最後は背負い投げで転がされたが、そこから必死にオセロットに抵抗したことで、マウントポジションを得ることができた。別に実力ではない、オセロットがわざとそれを許したのだ。そこから何ができるのか、というのを見たくて。

 イーライが力をこめて振り下ろした拳は空を切り、その腕に蛇のごとくオセロットが絡みつくと、今度は容赦なく太い大人の腕がへし折られてしまった。

 

「ぐあああああああっ」

「――終わりだ、これで」

 

 骨が飛び出した左腕を押さえ、苦痛にあえぐことしかできなくなっていた。

 オセロットは鋭い視線を向けて、立ち上がるとホルスターからリボルバーを抜く。

 

「畜生、畜生っ」

「それだけか?イーライ」

「殺せっ、俺を。俺を殺してみろっ!」

「――そうか、わかった」

 

 オセロットを見上げながら、顔を真っ赤にして吼える相手に。

 リボルバーは容赦なく一発の銃声が。岩に囲まれた壁に吸い込まれていった。




続きは明日。


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黒い未来

時間は進み、次回はついに――。


「どうやら、仕事を終えて戻ってこれたようだな。オセロット」

「ええ、まぁ」

「それならば聞かせてもらわないといけないだろうな、そうだろう?」

 

 ロンドンのホテルで約1年ぶりに直接再会したソリダスの元に現れたオセロットだが。ソリダス――ジョージ・シアーズ上院議員は決して歓迎するという態度ではなかった。

 彼の不機嫌の理由は、わかっている。

 

「お約束の”ビッグボスの息子”の1人を手に入れました」

「らしいな」

「苦労しましたよ。1年かかった」

「――それだけかよ、オセロット?それで報告はおしまいか?」

「……聞いてください」

「ああ、もちろん聞かせてもらう」

 

 スイートルームの外に見える町の光を見ていた男が、振り向くと怒りに満ちたその目をオセロットへと向けた。

 

「ビッグボスの息子のひとり、イーライを死体で回収したな?どういうことだ、オセロット」

 

 イラクから戻ったオセロットだが。

 ジャクソン大佐の海兵隊と別れると、死体袋に入ったそれを棺に移してロンドンに飛んでいた。

 彼は任務に失敗したのだ。

 少なくとも、生け捕りにするはずだったイーライは。本人の願いどおり、死体となって回収されたのである。

 

 

==========

 

 

 ダイアモンド・ドッグズを離れる直前まで。

 第3の少年のそれまでの足跡をたどり、あの島においてきたイーライの生存をわずかにだが可能性を抱いていた。

 

 ファントム――ビッグボスから離れてからすぐにオセロットは、イーライの捜索に取り掛かった。

 時間はかかったが、イーライの行動は実に単純で。待つだけの時間という苦痛を覚悟はしていたのに、成長した彼は思ったとおりにその場所にいてくれて、肩透かしもいいところであった。

 

 その追跡報告を光のない真っ暗な地下室で、オセロットは受け取った。

 戦場にはビッグボスが君臨していて。彼の敵となった自分やイーライはそこでは動きが限られてしまう。

 だが、彼らにも戦場は必要な場所なのだ。

 

 

==========

 

 

 イーライの再出発は、当然のように英国秘密情報部への接触からはじまった。

 情報部はまだ10代と若いが、その確かな高い能力を認めないわけにはいかず。とはいえ出自が怪しすぎたこともあって職員ではなく、雇いの外部スタッフの一人として使うようになる。

 そんな彼が本気を出したのが、あの湾岸戦争であった。

 

 彼はそこで多国籍軍のために十二分の働きを示すのだが、別にそれは英国と女王への忠誠心からではなかった。戦争が終わり、その功績をたたえるとイーライは舌なめづりをして一つのことを口に出した。

 

 使い捨てにされる外部スタッフではなく、自分を組織の正式なメンバーにしてもらいたい。彼が本部に出した要望は、彼自身のあまりにも純粋な野望をむき出しにしたそれが理由だった。

 

 だが、驚いたことに本部はその要求を了承する。

 そのかわりにイーライをモサドの支配域へと潜入してこいとの指令を出した。彼は意気揚々と出かけていくが、イーライが動くと同時に情報部は自分達とイーライのつながりを抹消し。潜入した彼自身への援助もすべて引き上げさせた。

 

 

 バックアップを受けられない潜入工作員の運命などひとつしかない。

 現地の兵士に囲まれ、捕らえられるまでにそう長い時間はかからなかった。

 英国に見捨てられ、イーライはまたもやそれまでの苦労を水の泡にされてしまったのである。

 

 

 オセロットはこのイーライの動きから決して目を離すことはなかった。

 同時に、彼のおかれている状況への分析は慎重におこなうことで陥るであろう危険にも予想はできていた。

 

 英国情報部はあまりにもすぐれた才能を持つ幼さの残る青年に対し、ずっと疑いの目を向けていた。そして湾岸戦争は、そんな容疑者の本性はそこであらわにさせた。

 

 存在しない過去、あからさまな偽名。

 戦闘地域内では秘密裏に殺人を行い、必要のない暴力を嬉々としてふるい。

 戦場では武器や薬物でよからぬ起業をおこなっている連中に近づくと、彼に便宜を図ることで金銭のやりとりがなされ。

 英国の仲間に不自然なトラブルが襲うと、必ずそこにあらわれて助けてみせる。ヒーローのように、まるでそうなるとわかっていたように。

 

 本当はすぐにも英国はイーライをなんとかしたいと考えていたが。

 イーライの背後にはてっきりソ連のKGBでもいるのかと考え、これまでは泳がしていたのだ。

 だが戦争が終わるまで誰も近づこうとしないことと。英国情報部に入り込もうというむき出しの野心で、イーライの背後に誰もいないとの確信を得るにいたった。

 

 イーライはただ、悪魔の子でしかなかったのだ。

 悪魔の子を手なずけつもりも、育てようとも思わないが。その心臓に短剣を突き立てる役は、別の奴らにやってもらうことにした。

 

 

==========

 

 

 オセロットはそこでも動かなかった。

 動くとするならばその後。虜囚の生活を楽しんだ後で、脱獄できれば合格だと考えていた――。

 彼の考えは的中した。だが、予想できない事も同時に起こっていた。

 

 

 

 ウィスキーを入れたグラスを手に取ると、シアーズは皮肉を口にする。

 

「お前はそこでソ連の生み出した『第3の少年』と、ビッグボスの息子を手に入れるチャンスだと、私に教えてくれた。

 だが、多くの苦労はしたが回収には失敗してくれたな。

 

 ようやく見つけたそこには2人いなかった。一人かけていた。

 おかげで計画は延期するしかなく、この1年を退屈な議会で時間をつぶす羽目になった。オセロット、ではそこから話してもらおう」

「わかりました――」

 

 ジョージ・シアーズという男は変わっていた。

 議員、という仮面を取ると。この男はどこか精神の上下が不安定で、上昇を続けると簡単に躁状態に入ったように。不思議と冷静になって、大きな気持ちをみせるようになる。

 今回もそうだった。先ほどまでの怒りは、もはやそこには存在しない。むしろ、オセロットが何を考えて動いたのか?それを聞くことに楽しみを見出しているように見える。

 

「確かに昨年、私は任務に失敗しました。そして手にいれた第3の少年は、すぐに使える状態にはありませんでした」

 

 強い力を持って生まれた少年は、あまりにも乏しい理性を無視し。感情のままに、好き勝手に振舞い続けてきた。

 その結果、父母を失い。育ての親を失い、彼の力に興味のある学者たちをも死に至らしめた。

 

 そして炎の男という、過去の化け物の骸を操り。あの時、ビッグボスの前へと――ファントムの前に姿をさらすことになる。

 続けてイーライ、そしてサヘラントロプス。それらにも寄生すると、やはり同じように操って暴れ続けた。

 

 だが、彼が立っていたのはもはや日常ではない。

 そこは戦場であり。そこにはビッグボスがいる。

 炎の男を前にしても恐れない彼に。ついにイーライ、サヘラントロプスで勝負を挑んだあの日、イーライは心にどうしようもない敗北感を刻み込まれたが。この少年もまた、無傷では決していられなかったのである――。

 

 

 恐怖。

 純粋で、圧倒的なそれは。

 表面に染み込むと、内側の最深部まで達する毒となった。

 時間がたつにつれて異変が第3の少年に変化をもたらせた。

 

 それまでは無邪気にのぞきまわっていた人々の心を、過去を、欲望を、夢を。

 彼らの未来を奪いながら、どんどんと規制しないまま集め続けてきてしまったことで、それがこの毒によって逆転する。

 

 静かにではあるが、ゆっくりと立ち上がる理性が。

 これまでの自分がしてきたことを――他人の過去を嗤い、今に恐怖させ、未来を死でもって奪い取る。これをついに理解させるに至った。

 

 少年はついに、己のこれまでの所業に震え、自分に恐怖したのである。

 

 だが、そんな彼の困惑と恐怖を理解してくれる者はすでにいない。

 イーライの隠そうともしない殺人を平然と簡単に行う姿をこちらに見せ付けてくる。

 そしてまた増えていく、手元に転がり込む他人の記憶。過去、欲望、そして恐怖。

 嘘と慰めは、少年を癒すことはなかった。

 

 肉体ではない心の傷。

 血は流れ続け、傷口は次々と生まれ、だが表面には何も存在しない。

 それまでマスクは、人と直接触れ合わないための自分の心の盾であったはずなのに。今はおぞましい自分から目をそらすために隠れる卑怯な自分を見せている。

 

 痛みをさらけ出そう、少年がそう思った時。鏡に映る赤い髪の青年はその手にナイフを握る。目に見えぬ傷を、見えるようにするために。

 

 

「人は、成長と同時に体は変化し。心も同じく変化し続けます。かつては”薄い”自我の中で他人の感情をもてあそんだ少年は、心の変化を終えて大人となった時。嫌でもかつての自分のしたことと向き合うことになった」

「それに耐えられなかったと?あれほど大勢を殺したというのに?」

「時には人を喜びを感じながら、笑いながら殺せる。そんな因子を持つ人間が現れることもありますが、この少年はそうではなかった。それだけのことです」

「アリを踏み殺すのと同じように周りの人間達を殺しまわったが、実は殺人鬼ではない、か。都合のいいことだ」

 

 己の”薄い”自我を理由に。

 読み取った他人の心の中の憎悪に寄り添い続けた少年も、精神の成熟は薄かった自我を、それでも認識して揺るがぬ程度には存在させ。そうして他人の感情に寄り添うことができなくなった。

 

 寄り添うことで、今まで知ることはなかった自分の姿を知ってしまうがために。そうなることに恐怖を覚えた。

 

「なるほど、それが理由か」

「ええ、まぁ。そうでしょうね」

「ビッグボスの息子となぜ一緒にいなかったのか?――イーライとやら、自分の道具が使えないと捨てたわけか」

「他人の憎悪があって始めて、あの少年の力の凄まじさがあった。だが肝心の当人は他人に簡単に影響されてしまうほどに、しっかりとした自我がない。情動の薄さが、そのまま彼の力を大きくみせる結果になった。

 

 だが、それは本人の意思ではない。

 そうした感情を常に他人のもので”借り”ておこなってきたせいで、彼自身はそれほどの憎悪を感じることはできない。再び他人にとりつけば、同じことはできるかもしれないが。今度は自分の自我が恐怖を恐れて邪魔をする」

「フフフ、以前は出来たことが出来なくなったとわかって使い道がなくなった」

「残念な結果ですが、それでも奴の能力にはまだ使い道があります。それは、もうお耳にも入っているのでしょう?」

「サイコ・マンティスだったか。新しい名前と経歴を与え、奴をFBIの捜査に協力させていると聞いた」

「殺人鬼の心を遊び場にしていた奴ですから。同種の化け物探しは、よいリハビリ代わりにもなるでしょう」

 

 FBIでは顔の傷をガスマスクで隠し。陰惨なシリアルキラーを見つけ出す奇妙なサイコメトラーとして捜査に協力はさせているものの。

 残念ながら、その心の傷はもうどうにもならないであろう。

 あとはその超能力を生かすために、もう少し社会性を覚えさせる必要があった。

 

「その件についてはわかった。残念な結果ではあるが、使えるならまだ十分な力があるのだな?」

「はい」

「で?そいつに未来でも予知させてビッグボスの息子でも見つけたのか」

「いいえ。マンティスには未来予知の力などありません」

「ほう、そうか。だが構わんさ、未来など。手にする力で変えれば十分だ」

「――ええ」

 

 ここで突然、オセロットは話題を変える。

 どうやら心の中で、イーライの報告よりもずっと知りたいと思っていたことがあったようだ。

 

「ビッグボスは帰還して、古巣のFOXHOUNDに戻ったそうですね?」

「ああ。あの老人、部下に払う金もなく捨てられたのだとか。従順にラングレーにも頭を下げたそうだ」

「――あのビッグボスが?」

「無様なものだな。CIAは信じられないとまだ神経質になっているというが。もはや牙は抜け落ちてしまったのだろう」

「随分とビッグボスに辛いのですね?」

「私にはやるべきことがあるからな。終わった夢を追うノーマッド(放浪者)なら、気にかけることすら無駄だ」

「……」

「不満か、オセロット?やはりかつての上司に、未練があるか?」

「ご冗談を、この顔はビッグボスに命を狙われていたのですよ」

「そうだったな」

 

 名義不肖のスポンサーが出した、オセロットの首にかけられた賞金の出所はビッグボスだと聞いていた。

 だとすれば、この先でオセロットを付けねらう奴はいないということになる。金を払う側が、路頭に迷っていたのだ。支払う能力など残っているはずもない。

 話がそれてしまった、修正が必要だろう。

 

「ビッグボスの息子、イーライですが――奴はやりすぎた」

「そうだな」

「英国情報部は甘くはない。すでにICPOと連携して、かつて自分たちが使っていたイーライを犯罪者として登録した。それをこのままに、呼び寄せるわけにはいきません」

 

 脱獄の情報はしっかりと調べていたようで、イーライはすでに指名手配を受けていた。これをいくらなんでも、ソリダスの力で取り下げさせるというのは不可能だった。

 

「だから殺したか?死体では役に立たないぞ」

「いえ、むしろ死体だからこそ。彼は今、役に立てるでしょう」

 

 ビッグボスへの敗北心を引きずったままのイーライは、イギリスでの失敗で完全な負け犬にまで転がり落ちた。

 アルコールに逃げ、薬物に手を出し、鬱屈する苛立ちをさらってきた女を辱めては殺していた。

 ここまで堕ちてはもはや兵士には戻れない。ただのシリアルキラーだ。

 

「正確には、まだイーライは死んではいません。脳死状態になっています」

「それで?どう役に立てる?」

「――奴をさらに複製しましょう」

「なんだと?」

「ゼロのシステムは、『恐るべき子供たち』計画でビッグボスのコピーを生み出しました。その技術はまだ残っているはずです」

「ふむ、それはそうだな。不可能なことではないなら、再現は出来る」

「ええ」

「それでどうする?あれを複製したとして、どう役に立てる?」

 

 ここからが勝負だった。

 

「イーライはビッグボスへの憎しみがあまりにも強すぎました。その憎悪は今も変わっていない。そしてアメリカに彼がいると知れば我々の手から逃れて勝手にひとりで向かったかもしれませんでした」

「――そういえばそうだな。その可能性は考えてなかった」

「また、マンティスのことがあります。一度捨てた部下だからと、使うのを拒否されるのは困る」

「確かにそうだ。ではどうする?」

「調整を施します。記憶も改竄し、訓練も受けなおさせます」

「時間がかかるな――」

 

 才能に胡坐をかき、薬物と怠惰な生活のこびりついた記憶は敗北感に支配されていることの証である。

 むしろそれなら、新しい真っ白な紙を用意したほうがまだましだ。

 

「個性が破綻をしないよう、ある程度は本人の記憶を使います。それでだいぶ、短縮されるはず」

「そうなると老人――ビッグボスが邪魔になるな」

「CIAの目がありますから、簡単には手を出せません。それにもともとあるビッグボスへの憎悪は、こちらの都合がいいように新しいイーライにも使えるはずです」

「手探りになるか。まぁ、いいだろう。賢い暴れ馬では、こちらも扱いかねるしな」

 

 どうやら首が胴から離れる心配はしなくても良さそうだ、そう考えていると。

 ソリダスは、新しいグラスに自分と同じウィスキーを注ぐと。それをオセロットに渡す。これからの計画について話すつもりだと、すぐに理解した。

 

「実は――計画の遅れについて、こちらもお前ばかりを攻めるわけにはいかなくなった」

「なにかあったのですか?」

「現大統領だ。経済が好調で、人気がなかなか落ちそうにない」

「――そうでしたか」

「次の大統領選はまだ先だが、すでに民主党は現大統領が引き続き出馬する線が濃厚だそうだ」

「では?」

「出番はまだ先になる。今世紀くらいは、待つしかないかもしれんな」

 

 共和党は協力を約束する、その台本は用意されているはずだ。

 だが、それは湾岸戦争のような不器用で無様な工作であってはならない。サイファーと呼ばれていたゼロの意思は、すでにさらに巨大なシステム。愛国者たち、と呼ばれるものへと徐々に移行を開始している。

 それはきっと新世紀の訪れにあわせて――。

 

「5年、ですか」

「短くはない。だが、あせっていてもこればかりはどうにもならない」

 

 オセロットは沈黙していた。

 気がつけば、彼は50歳となっていた。そして計画は最短でも5年、先伸ばされた。

 

(さらに多くの不確定な因子が、これから混ざってくるかもしれない)

 

 未来はさらに混沌とし、不安だけが大きくなっていく。

 

「未来は、自分の力でどうにかする。でしたね?」

「そうだ――オセロット、お前は明日にでもアメリカに戻り。さっそくビッグボスの息子のコピーを用意をはじめろ」

「わかりました」

「こっちは英国情報部とICPOを引き受ける。死んだという、証拠はあるな?」

「映像を用意してあります」

「置いていってくれ。ジャクソンとかいう大佐にも、証言してもらう」

「わかりました。奴は優秀ですから、きっとあなたの意思も汲み取って証言してくれるはずです」

「オセロット、今度はしくじるなよ?ビッグボスの息子、複製に失敗すればまた困ったことになる」

「わかっています――では、失礼」

 

 グラスを一気にあおるとオセロットはそのまま部屋を出て行く。

 複製計画が成功するまでは、脳死状態のイーライは残されるだろう。用意される新しいイーライには、自分が近くでつまらぬ妄執にとらわれないように支えてやればいい。

 

(因果応報というやつか。俺はあの頃と同じ場所を、またぐるぐると回っているのかも知れん)

 

 自嘲の笑みを浮かべるが、それもすぐに引っ込めた。

 ビッグボスがそうであるように。このオセロットにも時間が、残された時間(寿命)は少なくなってきていた。

 それでもこの男――オセロットの未来は、戦場は。

 その2つの目でしっかりと捉え、離さない。




続きは明後日。


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1995~世界を売った男~

ついにきた!
アウターへブン蜂起、そして――。


 運命の時がきた。

 世界のインテリジェンスの目を欺いてきたが、限界がついに来たのだろう。

 丘の上から眼下に列を成すアフリカ正規軍連合を見てヴェノム・スネークはそんなことを思った。

 

 偽装によるダイアモンド・ドッグズの解散を経て。

 2年近くを世間から隠れて過ごしていた彼であったが、それにもやはり限界が来てしまった。

 しかしだからとて、悔やむような感情はそこにはない。すでに準備は整っている。あとはどのタイミングであったか、それだけだった。

 

 1995年、ビッグボスは60歳を迎えようとしている。

 そしてファントムは――この任務について11年目。そしてこれが終われば、彼の任務はようやく一区切りがつけられる。

 

「全員、攻撃準備はいいな?」

『Yes.Sir』

「では始めよう。俺達の、OUTER HEAVENの完成を祝して――」

 

 10秒後、上空から次々と地上を行く軍隊の列にむかって落ちてくる爆撃が始まると。列の左右から兵士が姿をあらわし、手にした重火器で次々と攻撃を開始された。

 そしてヴェノム・スネークは――ビッグボスは、その中の誰よりも真っ先に銃を手に列の中へと飛び込んでいた。

 

 

 

 武装国家、アウターへブン建設の最後として。

 ヴェノムはまず気がかりであったNGO組織、『楽園』を一度しか見たことのない怪しい熟女。エヴァを探し出し、彼女にこれを託すことができた。

 そうしてアフリカへと戻る彼であったが、その時も世界の目はすでにアメリカへ……そこに姿を現したもうひとりのビッグボスへと注意が向けられ、最後まで自由に動き回ることができた。

 

 彼がこの時、ついに海上プラント、マザーベースからついに撤収した。

 どうしても外に出せない。または動かせないようなものは。ひとつ箇所にまとめて、あの時のように海中へと沈めて封印した。

 

 とはいえ、全てをいきなり建設中だった土地に全ての人員を動かすわけにもいかなかったので。カバーストーリー通りにいくつかにわけ、アフリカから――いや、世界にその力を拡散させる。

 欧州に、南米に、そしてカナダに。ビッグボスの流儀を学んだ兵士達が、まだ小さいがその芽を新世紀には大きくなるまでに育ててくれるように、と放流させた。

 

 そうして細々と、なんとかやっているようにと見せかけつつ。

 怪しいばかりの収容所を基地に、基地を要塞に、そうやって時が来るのをずっと待っていた。

 

 ――そう、ずっと待っていた。あの時から。

 この日が訪れることを、世界にビッグボスの意思が示される日を。

 

 老いてもなを戦場では滾ることをやめない血が、真っ赤に燃え上がり。

 角を生やす悪鬼の形相となった男の体は、戦場に戻ってきたという喜びからか。みるみるうちに哀れな敵兵の返り血に汚れていく。

 

 

 

 それから少し、アメリカの中央情報局(CIA)は上へ下への大混乱の中にいた。

 血走った目の長官はFOXHOUNDの副指令、ロイ・キャンベルを怒鳴りつけて呼び出すが。彼が出頭するまでは、その怒りはまったく節穴の目を持つ部下たちに向けられることになる。

 

「探せ!ビッグボスを探せ!奴は、奴は――」

 

 国連に所属する列強すべての国で電波ジャックがされた。

 そこには、伝説のビッグボスが顔をはっきりとさらし。狂気に満ちた宣言を各国の言葉でおこなっている。

 

 ビッグボスがこれより建国したのは武装国家、アウターへブン。

 ここにビッグボスと彼が率いるアメリカの特殊部隊、FOXHOUNDが世界の紛争のお役に立とう――。

 

 ラングレー(中央情報局)は、アメリカは発狂しかけている。

 

 

==========

 

 

 作戦の発動を告げてより、臨戦態勢となった武装要塞アウターへブン内では素顔をさらすことはビッグボス以外は許していない。そして兵士達は左右に列を作り、最初の勝利を手に戻ってきたビッグボスを出迎えた。

 

「ボスッ、最初の勝利。お喜びっ――」

「……」

「申し訳ありませんっ、最初の勝利のお喜びを申し上げます!」

 

 戦場では残党狩りを指示して戻ってきたヴェノムの壮絶な姿に、そんなものは見慣れていたはずの兵士達も。言葉をつい、飲み込んでしまったようだった。

 真っ赤な血で染め上げられたヴェノムは立ち止まると、あごに手をやって「ふむ」と声を漏らす。

 

「あ、あのっ、ボス」

「そんなにおっかない顔をしていたか?俺は」

「いえっ、違います。そのっ――申し訳ありません」

「肩に力が入ってるぞ、ほどほどにしておけ。まだ、戦いは始まったばかりなんだからな」

 

 兵士達は笑い声を上げ、ヴェノムは「部屋に戻って血を洗い落としてくる」と告げてその場を立ち去る。

 

 

===========

 

 

 自分の部屋へと続く、誰もいない通路を歩いているのに。

 ヴェノムの耳には今もまだ、銃火器の咆哮とそれで倒れる兵士達の姿を感じていた。老いても数年、戦場に飢えつづけたせいなのだろう。またあそこに戻った喜びに体中の細胞が歓喜していた。

 

 そしてそのせいなのだろうが、心臓がドクドクとあまりにも激しく鼓動を打っている。

 

(もう若くはないんだぞ?心臓発作でもおこしたら、笑えない――)

 

 高揚感に包まれていたが。そのせいで浮かれすぎて足がもつれ、壁に手をやって体を支えた。

 

 

 息を殺して隠れていたはずだったこのアウターへブンであったが。それでも全てを隠し切ることはかなわなかった。

 最初はビッグボスへの恨み、またはあのカバーストーリーを信じて弱ったビッグボスの部下達を殺って名を上げようとする馬鹿者たちの相手をせねばならなかった。

 

 ヴェノムはそれが少年兵であるという理由以外では、一切の例外なしに攻撃してきた者達に情けを与えなかった。

 多分だが、戦場に飢えていたことで自分の暴力性を上手に扱えなかった、そういう部分もあったかもしれない。だが、そうやってこの場所の秘密は守り抜こうとしていた。

 

 今、ここにはワームも、ウォンバットも、そしてあれほど口を酸っぱくいったのにウルフというコードネームを手にして兵士になってしまったあの時の少女も、全員いない。

 

 仲間と呼べる者達すべてをこの戦いの前にして置いてきた。

 ここには自分ひとりだけ。

 

 心音がおさまらず、困ったことに呼吸がしづらくなってきたようだ。

 洒落にならない、とにかく落ち着かないと。

 

 部屋に入る、すると少し落ち着いてきたようだ。

 足取りもしっかりしてきたし、息苦しさもなくなった。

 相変わらず、ここには何もない部屋だった。自分の部屋はマザーベースでもそうだった。

 あそこでは時折、机の上にテープがレコーダーの横に山となって築かれていたことがあったが。

 

 今はそこに、一本のテープが置かれている――。

 

 ヴェノムはその前を通り過ぎると、洗面所へ向かった。

 義手で体を支え、流れる水道を右手ですくってのどを潤す。続いて顔を洗おうと頭を下げ―ー。

 

 左目から炎を吹き出したが、全身は氷点下までさがったかのように凍りついた。

 

 慌てて顔を上げ、鏡を覗き込んだ。

 そこにはあるべき顔がうつっていなかった。

 ファントムであることを隠すためにどうしても必要なもの、ビッグボスの顔が、鏡の中になかった。

 

 その代わりに別のものが、別の顔が―ー。

 

―ーまだ眠り続けるパスだったが、一刻の猶予もなかった。

――彼はゴム手袋を見せて言った「麻酔間に合いません。なしで、開腹します」厳しい判断だった。

 

 その彼の顔が、そこにはあった。

 ただ違うのはヴェノムの証たる。あの頭部から飛び出している、鉄で出来た角があるだけで―ー。

 

 生身の右手でその顔をなぞる。

 顎を、頬を、目元を――。

 指先はビッグボスのそれを示す肌触りであったが、視界に入るそれは別人だった。

 

 なにかはわからなかった。

 それが危険な一線をついつい踏み越えてしまったのだと思うと。

 背中につめたいものが走る。

 

 

――思い出したか?

 

 鏡の中の見知らぬ自分の背後に、こちらをそう呼びかけながら。

 ”もう一人の”ビッグボスが立っていた……。

 

 

==========

 

 

 FOXHOUND副司令官、ロイ・キャンベルは生きた心地がしないまま機上の人となっていた。

 CIAは大騒ぎだという。まぁ、当然のことだろう。

 

 ホワイトハウスではメディアに「情報の確認をしている」とだけ繰り返し。

 聞いた話では大統領は将軍連中を「信用できない」との理由で締め出し、スタッフがひっしにとりなしているらしい。

 そしてCIA長官はいつでも全てを放り出せるよう、辞表を隠しつつ、自分に後始末をさせようとしている。

 

 だが実を言えば、ビッグボスのこの動きにはまったく感じ取れなかったにもかかわらず。キャンベルは彼らしい、と思い。そして別にそれほど激しく裏切り者とは思わなかった。

 

 彼は兵士だが、兵士に近づけてはいけない。

 

 ビッグボスの帰還で意見を求められたとき口にした自分の意見を、政治屋どもは自分の都合のいいように解釈した。

 だからこれは彼らのミスであり、彼らが対処すべき問題であって。

 一定の非難は受け入れても、これまでのように従順に頭をたれて最後まで聞いてやるつもりはなかった。むしろ、彼らの元から解放されるチャンスではないかとすら考えていた。

 

 だが、それにしては奇妙なことがあった。

 

 呼び出しを受けて基地から飛び立とうとするキャンベルに、あのマスター・ミラーがいつの間にか近づいてそこに立っていた。彼には少し話したが、その内容は意外なものだった。

 

――グレイフォックスが、連絡を絶ったのですって?

 

 ビッグボスはかつての自分達の仲間が、なにやら危険な兵器を手にしたことを知らされ。その調査としてFOXHOUNDの隊員から最高の人物を選出し、ビッグボス自らがバックアップを率いる手はずであった。

 だがその部隊はここにはない。

 彼らはビッグボスの声明と同時に、ここから姿を消している。

 

――長官はきっと、我々に事態の収拾をのぞむでしょう

 

 自分はお役ごめんだろうというと、ミラーは首を振ってそういった。

 キャンベルにはその意味が理解できなかった。隊に人はすでに残されてはいない。長官が「なんとかしろ!」と叫んでも、うちではどうすることも出来ないのだ。

 

――これを。きっと役に立つでしょう

 

 プラスチックケースの中からファイルを取り出してきた。

 一枚のそれは、一人の新兵についてのデータが記されていた。

 

 ソリッド・スネーク

 

 最終テストを終えたばかりで、まだ部隊では新人ですらない若者である。

 だが、使うとするなら確かに彼しかいないだろう。それでもキャンベルは迷っていた。

 

――大丈夫ですよ、彼ならばやってくれるでしょう

 

 サングラスでいつも感情を読ませない彼だが、このときの彼はどこかいつもと違っているようだった。

 

――英雄を倒すのは剣だけではありません。このような毒が、よく効くものです

――今頃は彼も……

 

 謎めいた言葉で気がつかなかったが、思い返せばやけに怨念じみた言葉ではあったかもしれない。

 だが、それだけを口にするとミラーは立ち去り。自分はあわただしく出発することになった。

 

 あれはどういう意味だったのだろうか?




続きは明日


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BIGBOSS

 このとき丁度、アウターへブンの一室では2人のビッグボスが向かいあっていた。

 あの時のビッグボスと、角を生やして鬼となったビッグボス。

 違いはそれだけのはずだが、顔を合わせて見ると実際だいぶ違うことが見詰め合うだけでもわかった。

 

―ー思い出したか?

 

 再び口を開き、無傷のビッグボスから呼びかけてきた。

 

――自分が何者で、果たすべき役割とはなにかを

 

 両者とも動かなかったが。時は止まり、時計の針もその動きを止める。

 失ったはずの感覚が急激によみがえるのを感じると、部屋どころか大地は消え、地球はなく、宇宙だけがそこに広がっていった。

 

 虚空の中で、同じ顔の男同士が向かい合っている。

 

――お前のおかげで、俺は生き延びることが出来た

――お前のおかげで、俺は同じ世界を生きることが出来た。

――お前のおかげで、俺は。俺のもうひとつの世界を創り出すことが出来た

 

 危険な状態もあったが、それを乗り越えて今日を迎えた。

 呼びかける声にはその喜びと感謝が、そこから強く、強く伝わってくる。

 

――だが俺は、お前を奪ってしまった。これはお前に渡せる最後に残ったひとつだけ、お前の顔だ

 

 いわれて再び手を顔にやる。

 今度は先ほどと違い、指先はビッグボスではない”自分の顔”の表面をなぞっていることがわかった。

 

――その顔だけが、お前であるという証拠だが。それ以外はもう取り戻せないだろう。お前は、俺になってしまった。

 

 それはもう、わかっていたことだった。

 他人になりすまし、自分を長く偽ることで生きてきた。

 

 そう、あまりにも長すぎたのだ。

 自分の中のドッペルゲンガーを解放した時、ゼロと名乗ったあの男との取引が。その証のように思っていた。

 

――そしてそれはもうひとつの歴史となった

――お前も、俺となってもうひとつの世界を創りだした

 

 武装要塞国家アウターへブン。

 ビッグボスの意思を形にした、もうひとつの世界。

 

――贈り物は受け取ってもらえたと思う

―ー引き受けたお前の部隊のかわりとして、俺のFOXHOUNDを

――さらに技術者達は、次世代兵器。サイバロイドとメタルギアを完成させた

 

 それらはこの世界のどこかで開発され、先日攻撃を受ける直前に受けとり。すでにここで組み立ても終わっている。

 

 核搭載二足歩行戦車、メタルギア。

 

 ついに鋼の巨人はビッグボスの隣に立ち、新時代の戦争の象徴となって世界に誕生する前代未聞の国家ごと受け入れさせることになるだろう。

 

――お前ならば、もうわかるはずだ。あとは世界が俺達を受け入れさせるだけでいいと

 

 その通りだ。

 強者や、政治ではない。声を上げられぬものたちに寄り添う、絶大な軍事力の価値を人々が受け入れることが出来れば。

 それは新たな時代の戦争となって、人はまた大きく一歩を踏み出すことが出来る。

 列強の勝者達に自分はなれないという恐怖と数字の大小という合理性で振るわれる暴力、それは決して次の世代に許してはならない未来であるはずなのだ。

 

 そのためにも人々は、この暴力装置を。免疫として、必要悪として認めなくてはならない。

 

――俺という男の影武者(ドッペルゲンガー)となって、お前は苦しむだろう

――だが、もう今ならわかっているはずだ。顔しか残らないお前は、俺になるしかないのだと

 

 それは幻とばかり思ったが、あのビッグボスの顔がかすかに歪むのをヴェノムは見ていた。

 

――わかっているだろう。本当の俺に、影武者は必要ない

 

 彼は強く、優しく、そして孤独だった。

 それが彼を強く立ち上がらせる力となっていた。

 

――だがお前は、俺だ。もう一人のビッグボスだ

 

 コスタリカの海のにおいがした。

 革命闘士達と兵士を前に立つ、ビッグボスの言葉がそのままにここにもあった。

 

―ー俺たちがBIGBOSSだ

 

 震えが走った、目から熱いものがあふれ出るのがわかった。

 この孤独も、今までの苦痛もすべてが必要なものだったのだと十分にそれだけで納得できた。

 

 

 2人のビッグボス。

 歴史にそれが記されることはないだろう。

 蛇の系譜に、Venom(毒)のつく男は存在しなくていい。

 

 だがその意思はともに同じであり、生み出そうとするものも同じであった。

 それでいい。それこそが今は誇らしい。

 両方がいてようやく今日という日を迎えることが出来たのだ。

 

――戦場以外の巷に広がる物語や、伝説は

―ー俺たちで創ったものだった

――そして俺達こそが、この世界を、未来を変える

 

 目前にいるビッグボスの仕種が変わった。

 胸を張り、足はかかとをつけ、姿勢を正していった。

 それは同じように、ヴェノムも同じ動きを真似ていた。

 

――胸に刻んで、共に進もう

――お前は俺だ。そして俺は、お前なのだ

 

 敬礼しつつ向かいあっていた。

 そしてこの対話も、終わりを迎えようとしていた。

 

――この事は、忘れるな。

――そしてありがとう、友よ

――アウターヘブンの勝利を信じ。その暁には必ず再会しよう

 

 敬礼をする手を下ろすと、宇宙と共にビッグボスは消えていった。

 そして部屋の中の、机の上にぽつんとひとつだけ置かれているテープが目に入った。

 

『オペレーションイントルードN313』そう書かれている。

 裏面には違うものが書かれていたが、もうそれを確認する必要はなかった。

 

 メッセージはとうに受け取っている。

 

 それを手に取ると、通信装置につなげて再生ボタンを押した。

 機械がBeep音を吐き出す中、ヴェノムはシャワーを浴びて血まみれの体から汚れを落とした。

 

 裸から湯煙を上げて出てくると、丁寧に左の腕から水滴をふき取って新しい義手を取り付ける。

 その時、ふと、思わずだったがその手を己の頭部に置いた。

 いつものようにそこには、湯の熱でほのかに温かい鉄の角が、悪魔のそれのようにそびえたっている。

 

(これは、邪魔だな――)

 

 なぜか、ごく自然にその時はそう思った。

 気がつくと医師の言葉などすっかり忘れ去り、義手に握らせた角に力をこめていた。

 ズキン、ズキンと痛みが走るが。表情は自然のまま、躊躇はまったくなくそのまま行為を続けていた。

 

 すると何か衝撃のようなものが走り、頭は前後に揺れ。

 失ったはずの目の中から新しい目玉がポロリと零れ落ちたような感覚があった。

 

「これは――」

 

 義手である手の中にそれがあった。

 巨大な台形状の鉄の破片。たぶん、ヘリの骨格を作る部分が千切れて刺さっていたもの。

 そして頭部からは頭蓋に丸い大きな穴がぱっくりと作られていて、そこからドロリとした血がこぼれ落ちてきた。

 鏡に映る自分の姿を光の加減を見ると、角度によってはそのまま自分の脳みそがそこから確認できた。

 

「フッ、また血まみれじゃないか――」

 

 素直な感想を口にしていた。

 これまでとは違う。自分が流す血で、顔の半分が真っ赤に染まろうとしていた。

 

 

==========

 

 

 アリゾナ州のインディアン居留地にある市民センターとよばれる一軒家から少年が走り出していく。

 家の中には、少年を使いとして出した賢き老人が―ーあのダイアモンド・ドッグズではコードトーカーと名乗った老人が、ラジオに耳を傾けながらため息をついていた。

 

 かつては不幸な出来事で短い間だけ共に行動した友人達が。

 今、世界を脅かした悪魔と痛罵されつつ、容赦なく殺されようとしている。

 

 できればそっとしてやりたかったが。

 これは、彼女にだけは伝えてやらねばならないだろう。

 

 

 居住地から離れ、渓谷のおかしな高い場所に不自然に止まっているトレーラーハウスが一台あった。

 その中で眠っていた女性は、うなされて飛び起きたが。起きた衝撃で、なにを夢の中で苦しんでいたのかきれいに忘れてしまう。

 

 肌は玉のような汗を流し、長身ゆえにトレーラーは少し手狭であったりするが。

 彼女はそれをタオルケットで乱暴にふき取ると、脱ぎ散らかした下着を探して床をさぐる。今の彼女は全裸であった。

 

 神秘的な美しさとどこか刺激的な肉体を持つ彼女は無口で、拙い手話で会話はするが名前はなかった。

 そのためいつしかこの辺りの住人は彼女を死体と同じくジェーンと呼んだが。それ以前の彼女はダイアモンド・ドッグズではクワイエットと呼ばれていた。

 

 

 クワイエットは生きていた。

 

 

 あの日、ダイアモンド・ドッグズを離れた彼女はアフガンの自然の中で隠れるように暮らそうとした。

 アフガンの厳しい自然の中なら、孤独に生きることは不可能ではないと思えたが。実際はそんなことはないことを思い知らされる。

 

 時々は任務中のダイアモンド・ドッグズとも遭遇したし。ソ連兵とゲリラは数日おきには必ず見かけていた。

 無視すればいい、そう思っていたが。人はどうしてなかなか不器用にできているものらしい。何かあるたびに、どうしようもなく人恋しさにとらわれるようになり、そうなるとまずあの男のことを考えてしまう自分がいた。

 

 

 そんな惑う彼女の耳に朗報が入った。

 ある晩、任務中のダイアモンド・ドッグズの兵士たちがマザーベースを離れるコードトーカーについて感慨深げに話しているのを聞いたからだ。

 ナバホの長老には声をかけてもらっていたし。彼女は本人に直接確かめておきたいこともあった。

 そうして彼女はアフガンをあとにし、ついにアリゾナへと旅立っていったのである。

 

 

 トレーラーの床から下着のようなブラとパンティを見つけ出すと、それを身に着けてとりあえず落ち着こうとした。

 彼女はここでも、可能な限り薄着でいなくては生きてはいけない。

 だから一年を通して上はほとんどブラしかしないし。下はジーンズのビッチっぽい尻が零れ落ちるような短パンで過ごすしかなかった。

 

 これをなにか勘違いをして、わかった風に近づいてくる下心満載の男たちはいたが。

 そんな連中が本気になった彼女にかなうはずもなく。谷底に落ちていってコヨーテの餌になるか。命からがら車に飛び乗って逃げ帰るしかなかった。

 

「姉ちゃん、入るからね!」

 

 外でそんな声と同時に、トレーラーハウスの扉が全開にされるのがわかった。

 

(このくそガキ――)

 

 と一瞬、殺意のこもる視線は宙を仰いでから振り向くと。確信的な行いで、最高の位置に立つ彼女の後姿を半笑いに記憶に焼き付けている少年をにらみつけた。

 

「あ、ごめんごめん」

(どうせいつものことだ)

「長老様に言われてきたんだよ!ラジオ、ラジオを聴いて!急いでっ」

 

 慌てて車内の一角においてあったそれの電源を入れる。

 ニュースが流れると、彼女はひざから力が抜けて床の上に座り込んでしまった。

 

『――大統領は先ほど、テロリストであるビッグボスの占拠しているアウターへブンへ。NATO軍による徹底的なまでの空爆をこそ支持する。との声明を発表しました。これはすぐにも採決を必要と――』

 

 機械はある冷酷な真実を告げていた。

 あのビッグボスが、ついに勝利を手にすることはなく。敗者側へと再び追いやられてしまったのだということを――。



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毒、一滴

ここからアウターへブンやると章が後いくつ必要かわからなくなるので、当然ですが蜂起終了から開始します。

でも、まぁ、ちょっとくらいはいいよね。


 炎の熱と、爆発の衝撃から回復して。男は意識を取り戻した。

 

「大丈夫―ーっ!?ど、どこだっ」

 

 炎に囲まれている中を、自分の両手を見て気が狂いそうになる。

 爆発が起きる直前、彼が右腕で抱き上げていた少年は彼が着ていた服の切れ端に申しわけていどに少年の血と肉をこびりつかせ、びちゃりと音を立てて地面に落ち。

 左手で握って引いて走っていた少女は、炎に全身を愛撫され。男が気を失っている間にさっさとショック死を遂げ、両目を驚きで見開いたままセルの人形のように少しだけ焦げていた。

 

 男は神に祈ることもできず、何故だと天に向かって絶叫していた。

 

 この男の名前はシュナイダーという。

 アウターへブンには、ダイアモンド・ドッグズ時代からそこの幽霊会社と契約した建築業者のひとりであったが。

 このアフリカに来てビッグボスが”少年と少女をさらい、人身売買”を行っているとの疑いから、国連へと訴える人権調査チームを立ち上げて長く、ここに本心を隠して留まっていた。

 

 そんな彼がこうして嘆く理由はただひとつ。

 この24時間の間にアメリカが送り込んだ特殊部隊の若者を援護し、この場所が破壊されることを望んだからだ。

 彼のチームは混乱の中で”人身売買組織”の連中から子供たちを取り戻すことができたが。

 

 ビッグボスの起動した自爆装置のせいで、ここで悲劇が始まろうとしていた――。

 

 

==========

 

 

 不思議な話だったが、全てを壊されたというのに怒りはそれほどなかった。殺意がなかったわけじゃない、だがフェアではあるべきだと思った。

 俺は、暗い倉庫の中へと追い込んだあいつに全てを告げてやった。

 

「……新入りでもあるお前の任務は。ここから偽の情報を持ち帰らせるためだった。しかし、お前はやりすぎた!」

 

 ライフルを構えて荷物の隙間を油断なく探りを入れて回る。

 奴はここにいる。隠れているが、新兵とは思えない。素晴らしい能力を発揮している。これほどの技術を、どうやってあの若さで手に入れたのだろうか。

 

「こちらもただで死ぬつもりはない。道連れになってもらう!」

 

 互いに転がり出て、直線に姿をさらすと両方のライフルが火を噴いた。

 本当に素晴らしい技術、見事というしかないが。付属するランチャーにグレネードを瞬時に装てんする。これで少しは慌ててくれるだろうか?

 

「かかってこい!”スネーク”」

 

 再び陰から転がり出るが、向かい合う影はまったく別の選択をしていた。

 グレネードを発射しようとするビッグボスに対し、相手は肩に担いだRPG-7の銃爪を勢いよく引いていた。

 互いを結ぶ直線状で2つの弾頭が衝突すると。一方が力負けして弾き飛ばされ、勝利したほうは狙いは正しく標的へとむかって一直線に飛んでいく……。

 

 

 

 慣れ親しんでも不快な痛みと共に、肺に入り込んだ熱でもってヴェノムは目を覚ますことができた。

 その背後にはメタルギアTX-55は下半身を完全に吹き飛ばされ、転がっていた。

 このアウターへブンを武装国家と認識させるための切り札であったメタルギアをヴェノムは――ファントムは守ることができなかった。

 

 ソリッド・スネーク。

 

 名前を聞いたときから予感はあった。

 実際に会い、拳を交えれば嫌でもわかってしまうものだ。

 恐るべき子供たち、ビッグボスの息子。あの才能は以前にも別の少年から感じたものだったが、あの若者のそれは明らかに違う種類のそれであった。

 

 ヴェノムは、ビッグボスはそんな男に負けたのだ。

 

 

==========

 

 

 建物から外に出るとそこからは要塞を見下ろすことができた。

 自爆装置の作動から、要塞のあちこちで火の柱があがっているが。これは最初から狙っていた演出であった。

 この間にも生き残っていた兵士たちは脱出を進め、ここを離れてから先はそれぞれが新しい名前を手にビッグボスとアウターへブンから解放される。

 

 これはヴェノムが負けた場合に用意していた、シナリオであった。

 自分に力を貸したばかりに、列強からテロリストとして一生を逃げまわさせるのは忍びなかったのだ。

 列強はそれを許すまいと、不必要にすさまじい報復をしようとして厳しく追撃をしてくるだろうが。それに彼等が苦しむようなことはないように、きちんと敗戦処理がされるように準備だけはしていた。

 

 あの若者――ソリッド・スネークには悪いが。

 セムテックの敷き詰めた通路を使って脱出してもらい、アウターへブンはビッグボスと部下達を巻き込んで完全に崩壊したとの情報を流してもらわねばならなかった。

 

 頭に雷でも落ちたかのような痛みが走った。

 最近まで角を生やしていた頭部にぽっかりと開いた穴から、ブクブクと血があぶき。続いてまたどろりと血があふれ出るのを感じる。

 なぜかそれがおかしく感じられ、笑みが浮かぶ。

 

 時代を変えたかった。

 

 だが、それは出来なかった。

 すばらしい才能を持つ新たな英雄がそこに立ちふさがり、時代が動くことを拒絶した。

 たぶんもう一度このようなチャンスがあったとしても、自分があの若者に勝てるとは思えなかった。

 

 自分を汚す血が、自分のものであることは敗者となっても苦々しくは感じていなかった。

 むしろ心は晴々としていて、なにか重い荷物をすべて地面に投げ出してしまったような気分だった。使命から開放される喜びと、散らばってしまったものへのわずかな後悔。

 それを象徴するのが、最後に奴が放ったロケットランチャーの不発弾――それに貫かれ、腹には笑ってしまうほど見事に大きな穴が作られてしまった。

 

 常人ならばこれで素直に即死していると思うのだが。困ったことに、どうやら自分はまだ。

 死ぬことができないらしい―ー。

 

 

 ヴェノムは滑走路までふらふらと歩いていくことが出来た。

 すでに自爆演出は終わり、炎と煙にまかれた建物はほとんど崩れ落ちようとしている。滑走路もすでに脱出用の輸送機がすべて出発しているだろうと思ったが、驚いたことに一機だけが、まだそこに残されていた。

 遠目だとわからないが、どうやら揉めているようだった。

 

「――するな!そいつは裏切り者だ!」

「かもしれない」

「ふざけているのか?俺は本気だぞ?」

「俺も、そうだ」

「もういい。俺が――」

 

 搭乗口を前に、数人が殺気立って話していたが。いきなり片方が銃を抜くと、ひざを着いている男の頭部を吹き飛ばそうとした。だが、それを邪魔していた大きな男が横から手を出し。銃を握る手首をたたくことで、膝をついている男の命を救う。。

 

「おいっ、ふざけるな!どういうつもりだ!?」

「おれは人の運命を読む」

「はっ!?」

「こいつは今日、ここで死ぬ運命ではない」

 

 あまりにも浮世離れした理由を口にするので、ヴェノムは笑ってしまい。腹の大穴がズキズキと痛みを訴えてくる。

 すると兵士達もビッグボスの存在に気がつくが、「面白いことをやっているんだな」と口にすると、囲んでいた兵士達が猛然と目の間の大男とひざをついて泣き叫ぶ男を非難し始める。

 この騒ぎの原因はすぐにわかった。

 

 

==========

 

 

 それは蜂起への最終段階としてあれはダイアモンド・ドッグズ解散の情報を世界に仕掛けたときのことである。

 

 アウターへブン内に残っていた身内から、おかしな動きが出てきたことに、気がついたのだ。

 当初はどこかのスパイかもしれないと必死に調査したのだが、出てきた情報はまるで違うものだった。

 

 どうやら国連の人権委員会にアウターへブンを訴えようという活動だとわかった。

 訴えをこっそり調べたところによると、ビッグボスとその部下達は長年アフリカの戦場で”子供”をさらい、人身売買でもって資金とし。武器の購入に当てている、という容疑がかかっているのだそうだ。

 

 ちなみに人身売買など、当然だがやってはいない。

 ようするに秘密裏に連帯しているNGOとの少年兵更正プログラムを、誰かが外側から見て勘違いして動いていたのである。

 

 まぁ、そう感じるのも無理はなかったのかもしれない。

 

 更正後に、養子縁組の申し込みがあるとそこでは大金がやり取りされていた。

 これを聞くと己を善人と勘違いする人は決まって怒り出すのだが。人は奇妙なことに、それが価値のあるものだときちんと理解していないと大切には扱わないものらしい。

 

 「これは無料で手に入れたものだから」と粗雑に養子にした子供等を扱われてはたまらない。それではせっかく世話をした意味がなくなる。

 だからこそ、親になる大人達には子供で大金を払わせ。その命の価値を擬似的にでもしっかりと理解させておかねばならないのだそうだ。

 

 彼らプロの言葉に反論するようなものを傭兵がもっているわけがない。だから彼らの思うとおりに好きにやらせていた。

 

 ビッグボスはそれがわかると、捜査の手を緩めてしまった。

 ワームなど、さっさと見つけ出して銃殺すべきだと主張していたが。子供を思って善意で集まるチームにそこまでのことはしたくなかったし、脅威にもならないとの考えから。相手の側との話し合いだけを望んでいた。

 

 と、いうよりもそれ以外に血を流さない方法はなかった。仮に厳しく捜査を続行すれば、ヴェノムの部下達と彼らは絶対に最後に殺し合いになるという確信があった。

 

 だが、そんな優しげなビッグボスをかえって恐れたのだろう。

 アウターへブン内の異分子たちは、話し合いの場をもつことを避けていた。そのため、ついに互いが理解しあうことなくこの日を迎えたわけだったが――。

 

 

「お前だったか。シュナイダーといったな?確か、元傭兵だったか」

「そうですっ、こいつが散々かき回しやがって!」

「わかった。もう落ち着け――おい、でかいの。ルーキーのお前も覚えているぞ、面白いことを口にしていたな。こいつは今日、ここでは死なないと」

「そうだ、ビッグボス。こいつはここで死ぬ運命ではない、あんたに勝利がなかったように」

 

 カラスの刺青を頭部に入れた大男はなぜか偉そうにヴェノムの言葉に大仰にうなづくと、再び断言する。

 このシュナイダーはなんでも、自爆の際に近づくなとされたエリアの中で子供の死体を抱いて泣き叫んでいたところを兵士達が気がつき、慌ててここまで引きずってきたらしい。

 ところが輸送機が飛び立つとわかると、暴れだし。そこで正体がしれた。

 

「ビッグボス、ビッグボス!」

 

 シュナイダーは片ひざを突いていたが、それでもなにか。必死に訴えてくる。

 

「俺をこの機から降ろすようにあんたの口から命令してくれ。俺は、ここから離れるわけには行かない!」

「ほう、なぜだ?お前の席は用意してある、よほどの理由がない限りは退避してもらう。これは――」

「理由はある!子供たちだ、あの子達を救いに行かなくては」

 

 その言葉にヴェノムの表情が消えた。

 

 

==========

 

 

 少年兵のためのNGOとダイアモンド・ドッグズの関係は、解散後のアウターへブンとも繋がっていたが。

 何の問題もなかった、わけではない。大小の問題は次々と持ち上がるが、それを常に同意して行ったわけではなかった。

 

 ヴェノムは『楽園』の予算を決してケチったりはしなかったが。しかし少年兵以外の『特殊な事情から助けが必要』な子供たちについてはこれを一切保護することを許さなかった。

 

 だが、この国では罪は犯していなくとも。その体に流れる血で、殺さなくてはならないという理屈を盾に非道な行いが平然と実行される場所である。

 殺されるとわかる子供を、そこに置いてはいけないというのも。人情だった。

 

 そこで彼等は取り交わされた互いのルールの隙間を利用した。

 アウターへブンの彼らの場所には、常に回収されてきたばかりの少年兵達がいた。

 これを細かく調査、選別する間に時間が取れるので、そこを利用して不幸な子供たちをこっそり混ぜては住まわせていたのだった。

 もちろんそこから連絡を取った他の団体へと引き渡されることになるのだが。それでも全員を一気に送り出すことはできなかったので。常にここに残される子供達がいた。

 

 

 開戦の気配が忍び寄る中、このカラクリがついに明らかとなる。

 だが、兵士達もビッグボスもそれ自体には怒ることはなかった。というよりも、薄々はわかっていたことで。彼等はわざと見て見ぬふりを続けていたのである。

 

 だが、これがマズイことになった。

 

 戦場となる前にアウターへブンから全ての子供たちとNGOスタッフを外に出せないことがわかった。

 なんとか間に合わせようと動いていたが。アウターへブンへの攻撃の意思を明らかに見せる列強は陸、空、海と封鎖線を作り上げてしまい。

 彼らの逃げ道は断たれてしまう。

 

 

 そして敗北が決まった今も、彼らの面倒を見るように脱出する部隊のひとつに預けていたが。

 そんな部隊を、このシュナイダーのチームが襲撃して奪っていた。

 

 その後ではソリッド・スネークによって倒されるビッグボスとアウターへブンの混乱に乗じて脱出するつもりだったと口にするが――。

 

 ヴェノムは思わず天を仰いだ。

 アウターへブンの陥落で終わるのは、ビッグボスの思想と自分だけでいいと思っていたのに。

 どうやら自分にはまだ出来る事があるようだ。

 

 視線を戻し、部下に向けた顔は真っ青ではあったが。いつものビッグボスの表情と声があった。

 

「事情はわかった。だがお前達は脱出に手間取りすぎている、すぐに飛べ」

「――確かにそうですね。わかりました」

「それと、そいつも連れて行け。これは命令だ」

「ボス!?」

「アウターへブン陥落時、どう動くかは前もって全員に用意したものだ。これは俺の――ビッグボスとの約束であり。契約でもある。そいつが何を言おうと、席には座ってここから出て行ってもらう」

「しかし!?」

「かわりに俺が残る。そいつの余計なことの面倒は俺が見るさ」

「――お別れです。ビッグボス」

 

 パイロット以外、輸送機の中にいる部下達全員は無言で敬礼し。ヴェノムもそれに返礼する。

 

 生きて敗北した以上、彼等は簡単に死ぬことなど許されない。必ずこの戦いの記憶をもって脱出し、これからの世界を見届けなくてはならない。

 今日、世界はビッグボスを否定したが。ビッグボスの意思は本当に必要ないのか?それは想いを受け継いだ彼らひとりひとりがこれから考え、行動しなくてはならないのだから。

 

 兵士たちは表情を殺すと必死に抵抗するシュナイダーを引きずって機内へと消え。輸送機はすぐにも動き出し、滑走路へ走り出していく。

 そうやってビッグボスに見送られた最後の脱出機は、ようやくアウターへブンから去っていく。

 

 ドグン、と大きく心臓が鼓動を打ち始める。

 意識に闇が煙のようにわずかにかかり。呼吸の仕方を忘れたようで、息を吸うことが億劫に感じる。

 いつも血まみれになって帰ったおかげで、この姿を見ても彼等はビッグボスの異変には気がつかないでいてくれた。

 このあと自分がどれだけ動けるかわからないが、列強の報復攻撃が来るまでにはまだ時間があるはず。できることをするためにも、まずは―ー。

 

 

 足を引きずるように滑走路脇にある倉庫の陰から出よう、とした瞬間であった。

 背筋を冷たい汗が噴出すのを感じて、慌てて動こうとしたが。弱った体ではそれは間に合わなかった。

 燃える炎と爆発音の合間に、ライフルの発砲音が混ざり。動きかけたヴェノムの右側の首の付け根の肉を、ライフル弾がごっそりと削り取った。

 

『――報告セヨ』

「こちらグラディウス4、狙撃完了」

『標的ハ?』

「ヒットした。だが致命的ではない、直前に反応された」

『待機セヨ。ソノ他グラディウス ハ 前進、ビッグボスノ”遺体”を回収セヨ』

 

 グラディウス4を名乗る狙撃兵はスコープを再びのぞく中、通信機には彼以外の兵士達が「了解」を口にし。燃えて崩れようとしているアウターへブンの中から飛び出してきた。

 

 ヴェノムは足から力が抜け、その場に崩れ落ちたものの。必死に匍匐して物陰へと自分を隠すことはできた。

 だが、ついにこの時。あまりにも多くの血を流しすぎてしまい、壁に寄りかかった姿勢のまま気を失ってしまう。




続きは明日。


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人は、生きられない

―ーこちらソリッド・スネーク…

―ーメタルギア破壊に成功。OPERATION INTRUDE N313 完了した

――なにもかも終わった。なにもかも……

――今から帰還する……OVER

 

(作戦終了を告げる。FOXHOUND隊員からの勝利の第一報)

 

 

 

 機内では兵士たち皆が口を閉じていた。

 敗者となって世界に追われる立場になったことで、自分たちが何が間違っていたのか。早くも冷静に分析しようとしているが、そんなことができる奴などここには誰もいなかった。

 

 そのかわりに周囲とは違う反応を示している2人がいる。

 シュナイダーとそれを救った大柄の男である。

 

 大柄の男はその体と同じく丸太のように太い腕を組み、顔はしかめっ面になっている。

 ビッグボスが敗れた。

 勝利のボス(VicBOSS)などと言われるまでに、戦場で圧倒的な存在感を放つ男が負けた。

 

 他の連中は気がつかなかったようだが、彼にだけはわかっていた。

 あの様子、何者かと直接戦い、これに倒されたのだ。

 それがどうしてまだ生きているのかはわからないが、あれはもう”死人”も同じだ。子供だかなんだかの為に残るということは、つまりそういうことだ。あの男はきっと助からない。

 

「おい、でかいの!」

「……」

「お前だよ、新入り!」

「――俺のことか?」

「そうだよ。隣でグチャグチャ泣いているやつを辞めさせろ」

「何故だ?」

「は?」

「こいつは男だ。それでも泣きたいから泣いている。放っておけ」

「……嘗めてんのかよ、この野郎っ」

 

 自分の感情を処理できなくてあたっているだけだ、見ればわかる。

 だからこそ、自分たちの今の立場というものを思い出させやれば黙るだろうと思って口を開く。

 

「俺は伝説のビッグボスを知りたくてここにきた。確かに、入隊したのは最近の話だ。

 だがな、俺をルーキーと呼ぶなら。ダイアモンド・ドッグズはもうだいぶ前に解散しているし。アウターへブンはこうして終わったのを互いに見てきたばかりだ」

「――お、お前」

「そうなると俺もあんたも、もはやただのフリーの傭兵ということになる。次にどこの戦場で出会うのかはわからないが、俺に文句があるのなら、その時に聞こう」

 

 思ったとおり、苛立つ声は静かになる。

 

(ついに今日、時代が変わったのだ。あのビッグボスを倒すような男が誕生した。そいつ、どんな奴なのだろう?)

 

 髪をそり上げた頭部に手をやると、そこに刻み付けたカラスの刺青が羽ばたこうと皮膚の下の動きに合わせて歪んだ。

 わずかではあるが興奮するものがあった。

 アウターへブンでは残念ながら支援班にまわされ、しかも兵士達を脱出させるための回収任務を与えられたことには大きな失望を感じていたが、今ならばわかる。

 

 これは運命だったのだ、と。

 

 ソ連から不満を抱いて世界の戦場にさまよい出た自分が、ついに目的を手にすることができたと思えば。このまるで得るものがなかった戦場でも、参加した自分には価値があったのだ。

 

「今日、俺は救われた。戦場に俺の戦いはなかったが。かわりに俺が目指す運命を、こうして知ることができた!」

 

 伝説の男を倒した若者、ソリッド・スネーク。

 この大男は――大鳥(レイブン)を名乗るこの男がその名を知るには、まだまだ時間が必要であった。

 

 

==========

 

 

 奇岩が重なり山となる――グランドキャニオンを高い場所から見つめ続ける女がいた。

 少年はその後ろにいて、さきほどフラフラと車から降りてきてたったまま動かない彼女に退屈していた。

 

(つまらないなぁ)

 

 長老の指示もだいぶせっぱつまったものだったし。それを聞いた彼女もショックを受けていたようだったので、遠慮はしていたが。何があったのか自分に話してくれないかな、と思っていた。

 

(だって、俺は男だもんね)

 

 ジェーン――クワイエットの不思議さに魅かれている少年はそう思っていたが。彼の願いはかなうことはないだろう。

 

 そこに男性に押してもらい、車椅子に座ったコードトーカーも現れた。

 彼は男性に少年を連れて少しクワイエットと2人で話したいと、告げる。

 

「――大丈夫か?」

 

 後姿の彼女に変化はない。

 

「気をしっかり持たなくてはならないよ、我々は――」

 

(違うな、そうではない)

 

 コードトーカーはすぐに言葉を切ると、自分から切り込んでいく。

 

「あの白人は――男は、あれでも鬼だった。我々の知る、あのスカルフェイスの同類だった」

 

 肩が震えるのを見た気がした。

 

「こんな最後になるとは私も思っても見なかったが。彼は考え、そして行動した。ならばきっと、負けた自分にさぞ悔しがっていることだろうと思う」

 

 これは出任せだ。本当のことなど、わかるはずもない。

 彼らとは友人ではあったが、住む世界があまりにも違いすぎていた。実際に戻ってからは一度も接触はなかった。

 ビッグボスの下を去ったとき、自分達もまたもどれぬ別の道へとさまよいこんでしまったのだ。そしてもう、戻ることはできない。

 

「だが、私たちがしてやれることは何もないんだ。それは理解しなくてはいけないよ」

 

 諭すしかなかった。慰める言葉がないのに。

 

 

 クワイエットの寿命は、多分もうそれほど長くない。

 

 外見に変わったところはほとんど見られない。

 足腰が弱ったということはない。彼女に与えられた虫たちは、今も正しく機能し。彼女をきっと優秀な狙撃手にしてくれるだろう。

 

 だが、逆にそれこそが異常なのである。

 変わらないことで、何かがおかしいとわかってしまうこともある。

 戦場を離れて長いが、今の彼女の美しさはあのころとまったく変わっていない。もしも当時の写真が残っていて、いまの姿と見比べてみれば一目瞭然だ。彼女の肌はまったく年をとっていないのだ。

 

 

 スカルフェイスはやはり残酷な男だったのだ。

 クワイエットの最後に残った自尊心をくすぐり、静寂の狙撃手などと仕立てておきながら。

 実際は暗殺者としてダイアモンド・ドッグズへ声帯虫を仕込むことが狙いだった。

 

 他に彼女に望むものなどなかった。

 生き延びてもらってそれからも自分の役に立ってもらおうなどとは考えていなかった。

 

 悲劇が起きていた。外見は彼女を覆う虫が原因で年を取らないが、内臓はそうではない。

 表面の虫は変わっていない。あのころと同じくらいに多くのエネルギーを生み、異常な力をクワイエットに与えるが。

 彼女の臓器やスタミナがそれによってダメージを受け、弱っていた。

 

 このままその時が訪れれば、彼女はこのまま若々しく、元気な姿のまま衰弱死することになるだろう。

 彼女の肉体と精神、それらはじわじわと今、バランスを失いつつあるのだ。

 

「祈ってやろう。それが、彼への――彼が闇の中でも光を失わぬようにな」

 

 目を閉じてそう口にしたが。

 目を開くと、目の前にいた彼女の姿は消えていた。

 コードトーカーはため息をひとつつくと、後ろに立って目を向いている2人に「彼女は心配要らない、帰ろう」とうながした。

 

 アリゾナ州ではその日、午後に天候が荒れ始めると突風が襲う。、

 それは大地の砂を巻き上げ、すぐにも砂嵐となってすべてを覆い隠してしまった。

 長老は(彼女の心に精霊達が触れたのだろう)と思い。この砂嵐の中をきっと走り続ける彼女を思って悲しんだ。

 

 嵐はこの後も3日続き。

 からりと晴れた4日目の朝に、市民センター前で精根尽き果てようとしている大地に横になったクワイエットを人々は見つけたという。

 

 

 

==========

 

 

――グラディウス、前進ヲツヅケロ

 

「……障害、ない」

 

――犯罪者、BIGBOSSヲ確保セヨ

 

 彼らのコードネームであるグラディウスとはヒスパニアを期限とする剣であり。古代ローマの剣闘士が用いたとされるものだ。

 この名にふさわしく、所属するのはベテラン――それもだいぶ高齢の元軍人たちで構成された汚れ仕事を専門にした猛烈な愛国者達4名でなりたっている少数精兵部隊である。

 CIAはビッグボスから多くのものを奪うつもりでいた。

 

 放浪の時代、彼とコンタクトをした世界中の戦場に立つ武装集団と彼らのリーダーの情報を。

 かつてはCIAが手にしていた”賢者の遺産”のその後の行方を。

 そしてそれは、姿を見せなくなったゼロと呼ばれた男へ繋がる道となり、手がかりとなるものを。

 

 CIAとその周りにいる政治屋達はアウターへブンという混乱を利用して、一気に大逆転をおこす機会を待っていたのだ。

 

 

 目は開いているのはわかっていたが、視界がまったく意味を成していなかった。

 パニックからあの炎と悲鳴のフラッシュバックが襲い、それを乗り越えても目の前の霧が晴れることはない。

 致命傷にならなかったのは喜ばしいが、右肩の首の付け根に作られた一筋の爪痕は軽症というには程遠いものだった。後頭部に近い場所に、通過したライフル弾の衝撃が直撃したのだ。

 

 気を失わなかっただけまし、なのかもしれないが。

 それでは進行中の自分への危険に対処することなど到底できるものではない。

 

(動け、動け、動け……)

 

 意識はしっかりとそれを繰り返すが、視覚は混乱したまま。体も硬直した状態から、なかなかほぐれようとしてくれない。

 カッとなって思わず自分の頭部を殴りつけてみたが。

 あの例の穴からまた血がドロリとあふれ出て、新しく頭痛が加わっただけで。状況に改善は見られなかった――。

 

 そして3名の兵士たちは、物陰で壁に向かい合う形で不自然に倒れているヴェノムを発見する。

 

 

――グラディウス、状況ヲ報告セヨ

 

「……ビッグボスを発見。どうやら弱っているようで、動きが見られません」

 

――本当カ?

 

「どうしますか?捕らえることもできるかもしれませんが」

 

――殺セ。死体デモ十分ダ

 

 

 CIAは伝説の英雄が伊達ではないことは今回のことでも十分に理解していた。

 それに生きていられては、後々面倒をおこされるかもしれないのだ。なら、死体でいい。

 デジタルをはじめとした最新の技術が、このビッグボスのために使われ。その恩恵はアメリカが独占して手にしなくてはいけないものだった。

 

「了解――死ねよ、伝説の裏切り者、平和を脅かす糞テロリスト野郎が」

 

 3人のうちの2人が構えると、片方は心臓の辺りの背中に。もう片方は後頭部に重厚を向け、引き金にかけた指に力を加えようとする――。

 

 

 不機嫌な風が、炎と爆発のなかを足音を立てて走っていた。

 ガッガッガッガッと、2つの足音は決して遅れることなくリズミカルで。炎と煙の間を通っても、そこになにも変化は与えなかった。

 その風はついに発着場に入ると、滑走路を切り裂こうというのかずっとずっと走り続けている。

 

 建物が見え、その端の辺りに何人かの兵士が立っているのが見え。

 そして彼等が、目の前に倒れて動かぬ男に向かって銃を構えているのがわかってきた。

 

 不機嫌な風は速度を緩めることなく走り続けている。

 

 

 

 2人の剣(グラディウス)が、突如その場で叩き折られてしまった。

 一人は背後から何かにぶつかられたように、ビッグボスの倒れた壁に向かって不自然な体制のまま突撃するとすごい音を立ててそこに叩きつけられた。

 そしてもう一人はくるりとその場で体を硬直させて宙返りをすると、着地に失敗して地面に腹をしこたま打ちつける。

 

「な、なんだ!?」

――グラディウス?どうした?

 

 驚く3人目が声を上げると、次の瞬間には彼の頭にナイフが生えていた。

 

――チーム報告ヲ。報告セヨ、グラディウス

 

 倒れたビッグボスの前に立っていた3人にその命令を実行するチャンスはなかった。

 彼らにわかったのは”姿を隠した、透明な誰か”に襲われ。そして自分たちはこのまま抵抗も許されずにしとめられるということだけだった。それでも――。

 

「なんだよ、これ――」

 

 その報告は的確ではあった。

 

「ドクロ、髑髏が襲ってっ!?」

 

 地面に腹ばいになった兵士は、胸に凄まじい強打を一発受け。心停止をおこした。

 背後から襲われ、壁に腹を刃物で”くくりつけられた”兵士は、肩口に片手を、残るほうは後ろ側から頭部をつかむと。怪力でもってその首を不自然な後方へとへし折って、絶命させた。

 

――ドクロ?何ヲ言ッテイル。グラディウス、報告ヲ!

 

「ぐ、グラディウス1の言うとおりです。ドクロだ、骸骨の兵士がいきなり出てきて。それで――」

 

――グラディウス4!目標ヲ殺セ!

 

「りょ、了解」

 

――ソレダケハ果タセ。奴二、死ヲ

 

 狙撃兵は立ち上がると、ライフルを構えた。

 なにが起こっているのかはわからなかったが、自分たちの任務が危険にさらされているという感覚で命令には従おうとしたのだ。スコープの中に、ビッグボスの姿を探し出そうと――。

 

 

==========

 

 

 怒りにまかせて相手は殺すと、スカルスーツの頭部を隠すマスクを脱ぎ捨て、ウォンバットはビッグボスへと駆け寄った。

 

 この危機にスカルスーツで駆けつけたのは言うまでもないだろう。

 あのワームとウォンバットであった。

 

 彼らもやはり、ビッグボスの命令でアウターへブンから遠ざけられてしまったが。

 FOXHOUNDが懲りずに新人隊員を潜入させたとの報告を聞くと、いても立ってもいられずにここへと逆に潜入してやってきたのである。

 だが、それはあまりにも遅かった。

 

 

 アウターへブンを包囲する軍の中を抜けた分だけ時間がかかり。

 彼等がアウターへブンにつくころにはすでに、ビッグボスはソリッド・スネークと対決が迫っていた。

 その彼らは、一度だけだがアウターヘブン内を走る見知らぬ若者の後姿を見かけた。

 自爆アナウンスが繰り返されていた時だった。思わず後を追って、男を八つ裂きにしてやりたいと思ったが。負けたビッグボスへの安否を気にする気持ちが、それを遥かに凌駕していたのでこらえるしかなかった。

 

 だが、それでも―ー。

 

「ボス、ボス!大丈夫ですからね、傷を見せてください」

 

 背中を向けたまま動かないビッグボスの体を転がし、仰向けにすると壁に背中をもたれるようにしてやった。

 手早くナイフを取り出し、戦闘服を切っている間にワームはグラディウス4とビッグボスの斜線上に仁王立ちになる。

 

 銃声がするのと同時に、ワームのスカルスーツが危険に反応し。表面が硬度を持つと、遅れて着弾したライフル弾は簡単にはじき返された。

 

(距離は約1.100メートルか。”まとも”な方法では、こちらの攻撃は届かない)

 

 身動きのとりやすい潜入を心がけたこともあり。これほどの長距離を届かせる銃をもっていなかった。

 だが――スカルスーツがあれば、銃はなくても”これくらい”ならどうにかなる。

 

 それは敵からの――グラディウス4の第3射が始まるのにあわせて始まった。

 鞘から音を立てて、合金で作られたマチェット・サラマンダーは太陽の光を受けて銀色に輝きを放つ。

 それを握る左腕と半身からボロボロと表面の鉱物がくずれいくと。それを振り上げ、半身の力のみを使って思いっきりブン投げて見せた。

 

 銀に輝く浮遊物体は大きく山を描きつつ、狙いからは大きくそれ――しかしそこから奇妙なカーブを描くと、いつの間にかその進行上には、スコープを除いて必死に狙撃を続けているグラディウス4が立っていた。

 

 腹部で何かが爆発するような衝撃を受け、無様にもライフルを落として倒れてしまったグラディウス4は。

 何が起きたのかと、自身の腹部に眼をやった。

 異変は確かにあったが、それを直接眼で見るのが恐ろしかった。だが、その恐れも意味はなかった。

 

 腹部がすごい速さで真っ赤に染まると、自分が体を起こすこともできなくなっていることに気がついた。

 敵をしとめる筈だったライフルは、今は遠くに転がっている。

 

 それを理解した瞬間にグラディウス4は死んだ。

 死因はショック死、彼に襲い掛かった絶望は、彼の命をたやすく奪ってしまったのである。

 

 

==========

 

 

 襲撃者を仕留めたことを感覚で理解すると、ようやくワームもスカルスーツのマスクをはずした。

 

「おい、ビッグボスは――」

 

 振り向くと、凍りついた。

 ウォンバットが血だらけで倒れているビッグボスの前に腰を下ろしたまま。まったく動いていなかったからだ。

 

「おいっ!?急げ、ここは長くないんだぞっ」

「――わかってるよ」

「じゃ、なにしてるんだっ。ボスの出血を止めたのか?もう動かせるのか?」

 

 返事はなかった。

 動くこともしなかった。

 ワームはかっとなって、彼女の肩に手を伸ばそうとする。

 

 すると、いきなりビッグボスが――ヴェノムはうめき声と共に声をかけてきた。

 

「まったく、やっぱり来たな。お前たち――」

「ボス!?良かった」

「良くないさ、ワーム。俺は、良くない」

「えっ」

 

 言われていることの意味を理解したくなかったのに、背中をつめたい汗が流れた。

 

「ウォンバットを、彼女を責めるな――俺が、下手をうっただけだ。この傷では、どのみち助からない」

「馬鹿な!?おい、おいっ。ウォンバット、メディック!?」

「……」

「どうなんだよ?何とか言えよ」

「――ウルサイんだよっ!こっちは何ができるかって、考えてるんだっ」

 

 悲鳴を上げるように答える彼女の声は、半分泣き出しているようだった。

 ワームは再び戦慄した。

 

 ビッグボスは負けた。

 でもそれはいい、そんなことはどうでもいいんだ。

 それよりも、ビッグボスが死ぬ?この世界から、ビッグボスが消えてしまうだって!?




続きは明日。


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ファントム・ブラッド

 ヴェノムの状態は、この2人の登場で少しずつ沈静化する方向で落ち着こうとしていく。

 いつもの癖で、”ビッグボスらしく”いようとするせいで、この効果は嬉しいものと、捕らえるべきだろう。

 

「ボ、ボスっ」

「なんて声を出すんだ。まだ生きている、だがもうすぐ死ぬ。それだけだ」

「させませんっ、ボス」

「お前達ならそう言うだろう……だからここから、離れるようにしたんだがな」

 

 配属をアウターへブンの外だと命令した時、彼らは何も言わなかった。

 どうせまた命令無視してなにかしようとするだろうが、多国籍軍に包囲されているアウターへブンまでは2人だけで潜入は無理だろうと考えてしまった。

 彼らにはそんなもの、屁でもなかったのだろうか。

 

「鎮静剤を、睡眠薬で時間を稼ぐのはどうだ?」

「――それに何の意味があるっていうのよ」

「俺たちがボスを背負って、この囲みを破る。適切な医療施設までたどりつけばきっと――」

「無理よ」

「やってみなきゃわからないだろっ!?」

「無理だよ、この馬鹿野郎!」

「……やれやれ、男女の口論は傷に響くんだがなぁ」

 

 2人はすいませんと口にして、心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる。

 

(このままで見送られるのも、わるくないのかもな)

 

 この事件でビッグボスはついに世界の敵となって処理される。

 例え生きていたとしても、自分に適正な裁判など。期待してもしょうがないだろう、あとは闇に葬られるだけだ。

 

 自分はファントムだ。

 ビッグボスのドッペルゲンガー、役割(タレント)を奪われ、闇に消えることに恐怖はない。

 だが――。

 

 

 ワームは再び提案をしてくる。

 

「ボス、やはり俺の案で行きます。眠っていてください。その間に、俺たちが必ずここから脱出して見せますから」

「――ワーム、それじゃ無理なのよ」

「黙れ!方法はあります、それでもボスは生き続けることができるんです!」

「おいおい、ウォンバットをそんなに泣かせるなよ。お前も諦めが悪いな」

「諦めるつもりはないです!方法はあります、俺は本気です」

 

 ワームの目は血走っていた。

 あの時の小僧と小娘は、いい味を出す大人になっていた。それはずっと、自分が見てきた2人だった。

 

「ワーム、ボスの。ボスの血が足りないの、時間が足りない。もし間に合っても快復させる過程でショック症状をはじめとした複数の状況が考えられるわ。弱っている今のボスに、それを強いるのは――」

「っ!?」

「そういうことだ。さて、そろそろ葉巻きでも探さないか?お前たちのおかげで、そのくらいは楽しめそうな気がする」

「ボスっ、ふざけないでくださいよ!」

「――なら、俺のことで気に病むな。受け入れろ」

 

 ウォンバットは横に首を振るが、もはや打つ手がないことはわかっているようだった。

 だが、ワームは違った。

 

「俺は諦めてないです。諦めません、ボス」

「ワームー―」

「方法はあります。今、思いつきました」

「そうか。なんだ?」

「アレを使いましょう!覚えていますか?コードトーカー、彼が封印した虫たちです」

「……」

「あの時、副指令が暴いたじゃないですか!クワイエットの体のことを。ボスを襲撃しようとして、体の外と肺にやけどを負って生きていられるはずはなかったって」

「――そうか、皮膚呼吸だ」

「傷の回復力も段違いに高くなります!海水と、服は着れなくなりますけれど。それでボスは助かるはずですっ」

(クワイエット――)

 

 懐かしい名前だった。

 かつて、ビッグボスの相棒の一人。静寂の狙撃手と呼ばれた女。

 

 ヴェノムはカズが消えてからも結局、クワイエットを探すことはしなかった。

 見つけようと思えば、すぐに見つけられたと確信はあったが。探し出して回収しようとはまったく思わなかった。

 その理由は――。

 

「ウォンバット、これしかない。これなら助けられる」

「――難しいけれど、クワイエットの例がある。実際に試せば、確かにうまくいくかも」

「だろう!?ボス、いいでしょう?」

「駄目だ」

 

 返事は冷静で、そして冷酷だった。

 

「ボス、なぜです!?」

「それは封印された虫だからだ。コードトーカーが――スカルフェイスから奪い返し、ナバホの長老に返したものだ。それを俺が勝手に掘り返す真似は出来ない」

「ですが、それであなたは生き残れます!」

「俺は、それを、望まない」

「俺たちにはあなたが、ビッグボスが必要なんですよ!」

「ワーム、ウォンバット」

 

 体が弱ってきた。

 精神がいきなり削られていき、細く長い糸のように感じる。

 声が弱まり。これはまずいと察したか、2人は時間がないと注射針を取り出し。眠らせる準備を始めようとしていた。

 

(ファントム!しっかりしろ、ビッグボスの意思を!まだ終わるんじゃない)

 

「友よ、俺の声を聞いてくれ……」

「!?」

「2人とも、俺の言葉を胸に刻むんだ。子供じゃないんだ、好き嫌いで駄々をこねているんじゃない」

「ビッグボス」

「そうだ、お前たちは俺の部隊。”BIGBOSSの部隊”の最後の生き残りだ。お前達は、俺と同じ戦場に立つ最後の友人だ。他はみな、俺から離れていった」

「……」

「皆がそうだった。時には命令を無視し、頼んでもいないのに勝手に俺に勝利を押し付ける。そんな奴らばかりだった」

 

 その血はこの2人の中にも流れていた。

 例え自分がここで死んだとしても、この2人は必ず生きて外に出さねばならないと思っていた。

 

「クワイエットは……俺は守ってやれなかった」

「ボス――」

「俺は彼女に兵士であることを要求した。彼女はそうやって俺の相棒として共に戦った。

 だが組織が彼女に不信を抱き、それは次第に大きくなって。彼女をそこにいられなくしてしまった。そして立ち去る彼女をつなぎとめる理由をわたしておかなかった。彼女はそれを嫌っていたからな――」

 

 心を通わせる男女にはなれなかった。

 2人は戦士で、共通の目的を持つことが出来たが。それらが失われると、他に理由はなくなってしまった。

 

「俺は老人の封印した虫を憎んではいない。恨んでもいない。怒りは、ない。

 だが、だからといって自分の都合で。あの技術を自分の体に与えてまで生きようとは思わない」

「ボス」

「俺はあの日の隔離棟で自分がやったことを忘れたことはない。それを忘れて、あの虫達の力を必要とは考えない」

 

 仲間を殺した、世界に声帯虫を拡散させてはならないという理由だけで。

 彼らは戦場ではなく、病によって理不尽に命を失うことを強要された。あの仲間たちの躯を焼く炎の熱は、フラッシュバックしなくともしっかりとこの傷ついた皮膚が覚えている。

 

「だから友よ、聞いてくれ。あの老人の技術は封印されたままでいい」

「ですがっ――」

「それが俺の、あの戦いを経てここにいるビッグボスの、意思だ。受け入れてくれるな?」

 

 彼らは涙をこらえられなくなっていたが、それでいい。

 アウターへブンは陥落するが、ビッグボスの意思は世界に示された。伝説は歴史に刻まれ、未来にそれが誰かの手によって芽吹くこともあるかもしれない。またそれが受け継がれなかったとしても、それは人の選択によるものだ。

 文句はない。

 

 このビッグボス――ファントムの役目は、もう。

 っと、ここで思い出した。どうやら意識が回復してきたようで、忘れていたことに気がつけた。

 

「――まったく、どうも格好がつかないな」

「ボス?」

「お前達、泣いてお別れというのもなにやら俺たちらしくはないと、思わないか?」

「?」

「実はここに残っていたのは、たったひとつ残した任務があったからだ。調子を崩していて、うっかり忘れるところだった。急がないとな」

「ちょ、ボス!?」

「ウォンバット、ワーム。俺は今からやらなくてはならないことがあるんだ。お前達、一緒にどうだ?」

 

 いつの間にか、傷口からは赤い血が流れ出なくなっていた。

 そのせいだろうか、背中が悪寒が走りっぱなしであるが。呼吸は乱れず、鼓動も一定のリズムを刻んでいる。

 

 まだ、生きていられる。

 

「俺たちの戦場は、あなたの戦場でした。もちろん一緒に行きます」

「はい、ビッグボス。久しぶりですね、こういうの」

「……立ちたいんだ、手を貸してくれ」

 

 自分の中にある力という泉はすでに枯れていた。

 立ち上がることも出来なかったが、次に腰を下ろせばそれが最後だろうことも理解できた。

 

 両側に立つ2人に支えられ、肩を借りて燃え落ちるアウターへブンを見回した。

 

「さぁ、いこうか。俺達の――BIGBOSSの戦場へ、戦線復帰だ」

 

 歩くために踏み出す力は、ありがたい事に残っているようだった。

 肩を借りる2人に助けられることなく、わりかし強く足を交互に踏み出していく。

 

「ボス、任務というのは?」

「そうだったな、例の国連に訴えようとしていた人権グループがあったろ?」

「ええ」

「あれの正体がわかったんだが、困ったことをしてくれた」

「なんです?」

「脱出が間に合わなかった子供達――難民の子供達を自分たちで保護しようとしたらしい」

「!?」

「ああ、どうやらやるだけやって、放り出したようだ」

「馬鹿な!」

「まったくだ。だが、とにかく子供達はここにいる。まだ、このアウターへブンに」

 

 寄り添う3人の影はひとつとなっていたが、それは以外にも機敏な動きを見せ。

 燃えろ滑走路わきから姿を消す。

 

 

==========

 

 

 よく肥えた大柄のシスターはシスター・キティと呼ぶべきであったが。

 修道女の姿をコスプレのように感じるのか、知り合いはすべてシスターと彼女を呼んでいた。

 

 

 食糧倉庫、地下3階。

 そこに彼女は十数人の子供らと残され、この絶望の時の中でなすすべもなかった。

 

 ビッグボスは脱出できなかった子供達と、彼女を含めたNGOスタッフたちを必ず無事に外に出してやることを約束してくれた。そしてそのためにわざわざ部隊も用意して、安全に脱出できるように準備して待機していた。

 話が変わったのは、そこからだった。

 突如、どこからともなく平服の上に防弾チョッキなどの武装した集団があらわれると容赦なくアウターへブンの兵士達を皆殺しにしてしまったのである。

 

 そしてスタッフと子供らはここに連れ込まれる。

 

 しばらくすると段々と事情が飲み込めてきた。

 彼らは例の人権監視チームとコンタクトを取っているというレジスタンスで、目的は悪辣なビッグボスの人身売買に使われている少年少女たちを救出すると口にしている人達なのだということを。

 

 戦場で誰にも知られずに潜んでいることにはリスクがある。だいたいビッグボス本人からして、子供達はなにがあっても部下が守ってくれるはずだと思っているのだから、こんな異常事態に配慮などされるはずもない。

 

 高まる危険を危惧して、スタッフの男たちは意を決し。武器を持ってにらんでくる彼らに交渉と説得を試みた。

 事態を会話での解決を望んだ自分達に、彼らは手にした銃で答えてみせた。

 

 こちらの言葉をまるで聞こうとしない彼らは、激高すると拘束した彼らを並べ。突然裁判じみた台詞を口にしてから「全員死刑だ!」と叫ぶと、無抵抗の男達は次々頭を撃ちぬかれて死体となっていった。

 まさか自分たちをそこまで憎んでいるとは思わず、目の前でおこなわれる蛮行に唖然として恐怖する間にすべてが終わってしまっていた。

 

(もう、次は残された自分しかいない)

 

 とは思うのだが。彼等がまた怒りに任せて自分を殺せば、子供達はこの恐ろしい男達の中にすべてを委ねることになる。

 出来ることは何もなくなってしまっていた。

 

 だが、事態はさらに悪化した。

 突如サイレン音と同時に、マザーベース自爆が報じられ地面が揺れ始めると。それまで不満そうにしていた男達はみるみるうちに不安げな雰囲気をかもし出し。自分たちを置いてどこかに立ち去ってしまったのである。

 

 一度は外に出ようと思ったが、炎と煙。そして断続的に起こる爆発では、進むことは出来ずにここまで戻るしかなかった。

 

(駄目かもしれないわね)

 

 口にこそ出さなかったが、さすがにこまできて自分が助かるとは到底思えなかった。

 子供達は自分の周りに集まってきて、互いに支えあおうと励ましあっているのが。あまりにもいじらしく見えて、不憫でならない。このまま動けないまま、神に祈って最後のときを待つしかないのだろうか――。

 

 

 3人は食糧庫の前までこれた。

 

「よかった、まだこの辺りは火が回っていません」

「いや……これはまずい」

「?」

「中の火が、外まで出なかったのかもしれん」

「!?」

 

 慌てて扉の横にある電磁ロック式のキーパッドにワームは飛びつく。

 シュナイダーの話で、彼らがここに身を隠していることはある程度予想がついていたので迷わずにこれた。

 とはいえ、時間はそれほど残されてはいないだろう――。

 

 すでにソリッド・スネークと名乗った若者はここから離脱しているはずだ。

 列強がここをどうするつもりなのか、まだはっきりとはわからないが。軍が押し寄せてきた場合、スタッフも子供達もまとめて攻撃対象にされたとしても不思議ではない。

 

「どうだ?」

「1階には入れません、火です。それもひどい高温で――」

「食糧庫なら地下がある!もしかしたらそこにいるのかも?」

「そうなると……エアダクトだな。緊急時に運び出せるように、ここのはわざと入りやすくしておいた」

 

 底が見えない空調ダクトにロープをたらし、そこから地下へと降りていくことにする。

 2人はビッグボスが一緒に来ることに不安の色を見せたが、地上で一人で留守番などするつもりはなかった。

 

 これは、自分の任務なのだから。

 

 そう言って力強く降りていく。

 地下2階の通路に侵入したが、倉庫の中は入ることができなかった。

 カメラによると、地上の煙がここまで充満していて、それにどうやら数人の大人がそこで倒れているのがわかった。

 

「例のレジスタンスかもしれませんね。地上に出ようとしたが、電磁ロックを扱えなくて動けなくなった」

「――この下だ。まだ助けられるかもしれない」

 

 3階には子供達はいなかった。

 その代わり、子供たちと同行していたNGOの男性スタッフ達が手足を拘束された状態で殺され、コンクリートの床に転がされているのを発見した。

 

「――チクショウ、彼らは一般市民だったのに」

「なんて酷いことを」

「レジスタンスの勘違いを訴えたのかもしれない。それで逆上されたのだろう。拘束して、膝立ちにして並べた後で殺している。刑を執行してこうなったんだ」

「……」

 

 救いがあるとすれば、1名の中年女性スタッフと子供達の姿がそこにないということだけだ。

 

「っ?ボス、下に降りる階段の扉が――」

「この下に降りたんだな、急ごう!」

 

 ワームが先頭に立つと、4階に下りて倉庫のシャッター扉に手をかける。

 電磁ロックがかかっていた。

 

「開かない?」

「電気が来てないんだ、これじゃ釘を打った棺おけと一緒だ」

「ちょっと!?」

「それなら簡単だろう」

 

 スカルスーツはこの時に役に立つ。

 ワームは頷くとマスクをかぶりなおし、拳を強く握り締める。

 力が満ちる腕の筋肉に反応して、スーツ表面の虫たちも活性化し。ミリミリと目に見えぬ彼らの力強い合唱が闇の中でわきあがる。

 

 そうして鋼鉄の扉が、尋常ではない力で攻撃され。形が変形していく。

 

 扉の向こうから、子供たちの悲鳴が聞こえ。続いておーい、おーいと喜びの声があがった。

 

「ボス、良かった。子供たちは無事です」

「――ああ」

「ボス?」

 

 胸に大きく息を吸い込んだ。

 ウォンバットに支えてもらっていた肩から、体を離して一人で立とうとする。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「ここからが最後の仕事だ。俺の傷のこと。子供達、彼らに悟らせるなっ」

「!?」

「頼むぞ、2人とも……」

 

 これは勝ち負けではない。

 ビッグボスの任務(ミッション)だ。戦争には負けても、生きてこの先の世界を見守ってもらう。

 それが例え、ビッグボスが消えた世界であっても。

 

 若者に未来をつないでもらわなければ、この戦いの意味もないのだ。

 

 拳を振るい続けるワームも、ビッグボスの横に立つウォンバットも何も言わなかった。

 子供は見つけた。後は彼らをどうやって外に連れ出すか。

 だが、そこに彼らのボスの姿はきっと――。

 

 

 悲鳴を上げる鋼の扉が、いっそう強い力でもって引き裂かれていく。




続きは明日。


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闇の中へ

 通風孔を登る手の指先が、限界だと告げて震えが走っている。

 歯を食いしばって、それでも背中と腰にしがみつく子供たちにそれを悟られまいと、大きく息を吐いた。

 

「重い、ボス?」

「そうじゃないさ――爺さんだからな、一息つかないと」

「ごめんね」

「大丈夫だ。すぐに上につく」

 

 上を見上げると、子供たちに並んでこちらを不安げに見下ろしているウォンバットがいる。

 

(泣くなよ、ひどい顔だ)

 

 心の中で彼女をからかうと、もう一度大きく息を吸い、悲鳴と抗議を脳に訴える筋肉たちの声を無視してしっかりと足と腕を動かした。

 地上まで十数メートルだが、今のヴェノムにはそれは遠く感じられた-―。

 

 

 扉を破壊すると、女性スタッフは思ったとおりシスターがいた。

 どうやら上の異変に気がついて、仕方なく降りてきたがそこで電気が止まって閉じ込められたという。

 時間がないことを伝え、まだ使える地下に一直線にむかっている通風口内を一本のロープだけで登っていくしかないことを伝え、すぐに移動を開始した。

 

 時間が砂時計のようにはっきりとなくなっていくことがわかる。

 アウターへブンではない。自分の生命の残り時間のことだ。

 いつもならビッグボスとなって声を発すると、心持ち興奮を感じ。頬が上気するのを感じたりするものだが、今はそれがまったくない。その逆に、悪寒がいよいよ深刻なレベルに達しようとしている。

 指だけではない、足を、腰を、全てから凍らせるように活力がうまく伝わらなくなってきた。

 

「ボス、手を」

「ああ――助かる」

 

 上に上りきると、いきなり腰から力が抜け。地面に尻餅をつこうという誘惑に駆られるが、それを必死に拒否する。

 

「フラフラしてるよ、ボス?」

「ああ、お前たち案外重かったな。成長期はまだだったろう?」

「僕、太ってないよ!」

「ははは、そうか」

 

 表情が死相で塗りつぶされてないことを祈らないと、この笑顔も意味を成さない。

 隣ではスーツを着て素早く上り下りを繰り返すワームと連携し、ウォンバットが次々と子供たちを引き上げていた。

 

(あとは、どうやってアウターへブンから脱出するか?)

 

 残念ながらもはや安全な脱出ルートは存在しない。

 遠い昔、鉱山から少年兵を連れ出したときのような奇跡はおこせない。

 あれは逃げたからなんとかなったが、今回は崩れ落ちる要塞から脱出して、さらに相手の囲みを破ることになる。集団で移動すれば、それだけで嫌でも見つかってしまう。

 

(何人が生き残れる?)

 

 子供でもアウターへブンから出てきたとわかればどんな目に合わされるのか、保証などない。

 運と体力に優れた3人か5人、それ以外はいくらワームとウォンバットでも救えはしないだろう。冷静にはじき出される数字はあまりにも低い。

 

「ボス、全員上がりました」

「――そうか。これからのことを話す、時間がない」

 

 やり遂げなくてはならない、これはビッグボスの決めたことだった。

 

「二手に分かれるぞ」

 

 彼らの体が強張るのがわかった。

 

「浄水施設だ、そこからしかない。パイプを開放すれば、人ひとりが入れる程度の大きさがある。後は濁流に乗ってジェットコースターだ。そうすれば川まで一直線でいける。それでアウターへブンから脱出だ」

 

 その後も苦難の連続だろうが、自分がやれることはなかった。

 

「ボスは?」

「おれは管理室へ向かう。そこで浄水施設の電力の復旧ができないか試してみる。運がよければ、水流の勢いを止めることができるはずだ。それなら――」

 

 とりあえずここを出るまでだが、全員が安全に脱出できるという保障ができる。

 

「電力の面倒は俺が見る。後は頼むぞ、2人とも」

「――はい」

 

 それ以上は必要ない。

 別れはさっき済ませていた。残るのは、この不可能な任務で何人が生き残れるかというだけだ。

 

 それじゃ、行け。

 ヴェノムはそう言って、子供たちが立ち去るのをその場に立って見送った。

 姿が見えなくなると、ようやく彼らとは逆方向に自分の体を向けた。

 

 ロープと同じだった。

 来たときと違い、この孤独の道は戻るときが難しい。

 あれほど歩くだけは軽かった足取りが、重くなる。まっすぐ歩こうと壁に手をやると、その熱があまりにも強く感じられ。自分の体が凍えてきているのがわかってしまった。

 

 突然、犬の遠吠えがすぐ横から聞こえた。

 驚きながらゆっくりと声のするほうを見ると、そこにはいるはずのない奴が立っていた。

 

 まだ逞しく自分と戦場を走りぬけたころのDD。

 弱々しく、それでも静かにこの世から先に立ち去った友が、元気な姿でそこにいた。

 その様子はどうも「やっと来た。こっちから迎えに来てやった」といっているようで、その瞬間が訪れることが待ちきれないと訴えているようだった。

 

 ヴェノムは自分の視界だけではなく、意識までも混濁していることに、このことで気がついた。

 死者は意味なく復活したりはしないものだ。

 

「元気そうだな、DD]

 

 目をそらし、進むべき方向をにらみつけた。

 その表情からはもはや死相は隠しようもなかった。

 

「だが、まだだ――俺には任務が、残っている」

 

 それまでは。

 それまではまだ、死ぬわけにはいかない!

 

 再びそばに死の影を従え、ビッグボスは――ファントムはそれでも進むことをやめようとはしていない。

 

 

==========

 

 

 NATO加盟国の首脳が集まった緊急会議ではアウターへブンの処置にはそれほど悩む様子は見られなかった。

 結論は早々に出され、すぐに実行へと移される。

 

 

 大空を飛ぶ爆撃機の数は尋常なものではなく、まるでそれは第三次世界大戦でも起きたかのようにアフリカの大地の上にあらわれた。

 人々はそれが何をするためなのか、さっぱりわからなかったが。

 自分達の上を通り過ぎるとほっと胸をなでおろした。

 

 一方、丁度この頃。

 ソリッド・スネークはビッグボスが用意したセムテックスまみれの通路から転がり出てくると、後ろを振り向くことなくひたすら走り続けている。

 若者は途中で気がついたのだ。

 自分が走っている周囲には何があるのかということを。

 

 それらが着火すれば、たちまち今走っているサバンナの斜面はえぐられ。地面は土誇りを巻き上げて雪崩現象を起こし、自分を土の中に埋めてしまうかもしれない。

 

 そこまでわかっていたから、彼は走るのだ。

 背後のアウターへブンにせまる。空を飛ぶ大鳥(レイブン)の群れになど気が回らずに。

 

 

 

 ヴェノムはついに壁に寄りかかると、静かに腰を下ろした。

 希望は、潰えていた。

 システム管理ルームは、完璧に破壊されていた。すでに燃え尽き、部屋の中を確認のためのぞこうとして近づくことすらできない。自分が果たさなくてはならない役目は、消えてしまったのだ。

 

(葉巻はなかったな―-)

 

 映画のように、最後くらいはゆっくりと煙を吐き出しながら逝きたいかったが、生きることばかり考えていたからこういう死ぬ準備はしてなかった。

 目の光が消え、ファントムは意識をなくした。

 

 

 真っ暗な闇の中にいた。

 だが、自分はまだビッグボスの姿をしている。

 DDは腰掛けている自分の隣に座ったまま、こちらを見つめ続けている。

 ファントムが――ドッペルゲンガーである自分が、なぜここにまだいられるのだろう?

 

 

 体を激しく前後に揺さぶられるのを感じた。

 若く、かわいらしい声が。悲鳴のようなものをあげている気がした。

 闇の中でDDがほえ、突然背後から飛び出してきて視界の前を横切る。すると何かを切り裂いたのだろうか、光が生まれ。ヴェノムは自分が上昇する感覚をおぼえた。

 

「ボスーボスー!」

「目を開けてー!」

「死なないでー!」

 

 音を立てて息を吸うと、視界の中にさきほど送り出したはずの子供達の不安げな顔が並んでいた。

 

「な、なんだ?!お前達、どうしてっ」

 

 まさかこれは夢か?

 混乱するが、困ったことに子供達はビッグボスが復活したと喜んでいて。こちらの疑問に答えてくれない。

 

「お、おいっ――シスター?いったい、これは」

「ビッグボス、駄目だったのです」

 

 ただ一人、そこにいた唯一の大人のシスターは近づいてきて腰をおろすと、そう言ってヴェノムの手を涙を流しながら握ってきた。

 

 

 希望が失われたのは、ヴェノムだけではなかったのだ。

 浄水施設にもそれは許されなかった。

 

 目的のパイプ管がある部屋は、高温度の蒸気に満たされていて進入が不可能となっていた。

 ワームとウォンバットはかわりのものを探したが、見つかったのはただひとつのパイプ管。

 

 汚水を流すその中はすでに濁流となっており、その出口は山をふたつ貫いた先にある滝つぼなのだという。

 ここに入るとなれば、数分間を息を止め。流れに乗ってとどまることの無い様に泳ぎ、滝壺に放り出されては落下して水面にたたきつけられるのを耐えねばならない。

 

 子供達に、シスターには不可能なことだった。

 

「あの2人は?」

「それでも行きました。泳ぎが得意な子供をつれて。もしかしたら――生きて出られるかもしれないと」

 

 何かを口にしようとしたが、何も出てこなかった。

 そして変わりに、諦めと一緒に大きく息を吐き出した。もう自分が彼らにしてやれることは何も残ってはいなかった。

 だが彼らの任務は、脱出してそこで終わりとはならない。その後にはさらに複数の軍の包囲網の突破が残っている。

 

 消沈するヴェノムであったが、彼への厳しい追い討ちはまだ終わりではない。

 その耳に、聞き覚えのある轟音が聞こえてきた。

 

「?」

「ビッグボス?」

「おい、誰か?空を見てくれ、なにか見えないか?」

 

 不安が心の中でうねると、それはすぐに絶望という芽をはやした。

 

「飛行機だ!空にいっぱい、こっちにとんでくるよ。ビッグボス」

「――そうか」

 

 それでわかった。

 奴等は――アメリカは本音ではビッグボスをそれでも欲したが。その他とは同調して同じ結論を出したのだろう。

 

 世界にアウターへブンは必要ないものだ、と。

 

 爆撃機が編隊を組んでいる、これは要塞を木っ端微塵にするつもりなのだ。

 

「シスター」

「はい、ビッグボス」

「子供達を集めてやってくれ、後は――」

「――わかってます」

「すまない」

「謝ることはないです。あなたは善人ではありませんが、良くやってくれました」

 

 これが。

 こんな最期を迎えるとは、なんとも神は厳しい決断をしてくれたものだ。

 

「さぁ、みんな集まって。手をつなぐの。ちゃんと、離れないように……」

 

 助けられる命が自分にもあるはず、そう思ってやってきたはずなのに。

 それでも救えない子供達は、ここで自分と――世界を恐怖させたテロリストと共に焼き殺されようとしている。

 やりきれなかった。

 

 だが、そんなヴェノムの耳には。

 この山奥では聞けるはずのない遠い海の荒波が、おしてはかえす、あの潮騒の音が聞こえ始めていた。

 シスターと子供達の声が、急激に遠いものに思えた。

 

 

 長い、長い任務だった。

 10年以上、これに自分のもてる力の全てを注ぎ込んできた。

 そのことに何の未練も後悔も、ない。

 

 だが、時の果てへと旅立とうとする今。

 自分が犯してきた多くの罪が、共に旅立つあの子ら無垢な魂と共に焼かれ、闇に沈めてしまうのではないかと不安に思っている。

 

 あの子らは賢い。

 自分達に、世界の力が全力で殺しに来ているということは知らなくとも。その結果、自分達が死を逃れることができないことは理解している。彼らは戦場で生まれ、戦場で苦しみ、戦場から出ることができなかった迷い子だった。

 その厳しい運命を与えられた子供達には、せめて神は慈悲をもって。闇に消える自分と違い、彼らを正しく美しい場所へと導いてやってほしいと思う。

 

 そしてーー。

 そしてビッグボスは、もう一人のビッグボスへ。

 

 自分は自分が信じる正義で、悪に対峙してきた。

 その運命の先に、こうして苦痛に満ちた最期であっても。納得している。

 あの白鯨と共に海の底に沈んでいったエイハブ船長のように。俺は一人、そう一人でそこに落ちていきたいと願っていたのに。

 運命はあまりにもひどいと、つぶやくことしかでき着なかった。

 

 

 だからこそだろう。押し寄せてくる感情が、なにかを残さねばという使命感を持たせ。

 うつむいていたヴェノムは自分の血に染まった顔を振り絞る力でゆっくりと上げる。

 

 美しい光景がそこにあった。

 燃え尽きようとするアウターへブンの中で、シスターの下に集まった子供達が一心に祈り。歌っていた。

 自分の隣にはやはりDDが座っていて、そのときが来るのをじっと一緒に空を見上げて待っているようだった。

 

 クワイエットは、彼女がここにドッペルゲンガーとなっても現れないことが、少し嬉しい。

 自分はまだ、彼女は生きていると考えていて。そしてこの世界の中で、きっと彼女は今も。そしてこれからも生きてくれるはずだ。

 

 それでいい。

 戦士でなくてはならない、そんな理由はないはずだから。

 

――ボス……あの日のあんたは言ってた

――『俺達に明日はない』、『だが、未来を夢見ることはできる』

――俺も、俺達もそう思っていた

――けれど、俺達が今を必死に生きようとすればするほど。その未来は、遠くなっていく

――この歩みは止められない

――もう、生きているうちにそれをこの目にすることは無理だろう

――だからこそ、今すぐにでも始めなくちゃいけないことがある

――いつか……

――いつかこの世界に、俺達の存在がいらなくなる時

――人を傷つける道具(俺達)が、自分達の中にいる鬼を捨てて生きることを

――今日よりも、もっと良い明日を作れるようになることを証明できる未来を

――それが、俺とあんたの

――俺たちと一緒に戦う仲間達の

――きっと生きた証と、なるはずさ

 

 爆撃機から投下される爆弾は、地上に落ちる前に炸裂し。

 地上にある燃える要塞をさらに炎で満たそうとする。

 建物の間を瞬時に津波のように襲うそれは、かわいい声を上げる子供達を容赦なく真っ赤な世界に飲み込んだ。

 

 そしてそれはもはや動けない鬼にも。

 

――そうだろ?そう思わないか、ボス

 

 その瞬間だった。

 動きを止めたヴェノム・スネークを。

 隣でじっと待っていたDDが真っ黒な闇へと転じて毒蛇の上から襲い掛かる。

 

 そうして闇の中へ、全てが一瞬にして飲み込まれると。もう、この世界に戻ることはない――。




ついにアウターへブン陥落。

本編(ヴェノム・スネーク)の物語は今回が最後となりますが。あとちょっとだけ続きます。
最終投稿は15日、そこで一挙公開する予定。


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エンディング
新時代の戦場


 曇る空の下、大地はずっと凍りついている。

 すべてはあの1991年、8月革命が止めを刺した。

 

 冷戦の終結、ペレストロイカに続く情報公開はソビエト連邦の崩壊を印象付けた。

 それまでは世界を2つにする、その圧倒的な団結と軍の力が。経済を前にしては、なすすべもないと感じさせる。

 たとえるならそれは、王座から降りると。頭をたれてゆっくりと膝をつこうとする最中のようにも思え、だからこそ、そうなる前ならこの”厳しい未来”を回避できるのだと、新たな時代の国作りを――彼らが好んだ『革命』が期待されていた。

 

 だが、それも幻想だったのだ。

 

 かつての敵国、アメリカが湾岸戦争を圧倒的な勝利を終えて半年。

 新しい連邦の形は、革命の失敗という結果を受け。一足飛びに崩壊へとむかっていく。

 冷戦の甘い夢を忘れられない民衆は、なすすべなく崩れていく連邦に淡々と対処する。連邦最後の最高責任者となってしまったゴルバチョフを憎んだが。それでも時は刻まれ、新しい時代は容赦なく訪れる。

 

 連邦は崩壊すると、そこから解放された民族が独立していった。

 これは同時にペレストロイカの失敗という、重い十字架を背負うことにもなるのだが――。

 

 

 そんな国の大地を、コンボイ――大型のトラックトレーラーが10台からなる一団となって見える。

 彼らの任務は重要で、そして失敗は許されない。彼らが向かう先には、倒産した航空会社の持ち物であった閉鎖された空港である。

 

 

 建物にトレーラーが横付けされると、すぐにそこから出てきた男達は同じ灰色のジャンプスーツを脱ぎだした。

 その下から現れたのは、解散されたとばかり思われている。あのダイアモンド・ドッグズのマークが記された迷彩服。アウターへブンが立っても、まだあのダイアモンドの犬たちは死に絶えたわけではなかったのである。

 

 

 本性を現した彼らはレーダーと機材を空港内へと持ち込むと、電源を復活させ。動き出したレーダーのテストをしつつ、無線でどこかの誰かに「準備はできたか?」と問いかけている。

 これから約10時間、閉鎖された空港は彼らによって運営される。

 その間はこの場所と空は、彼らのための安全地帯になる。

 

 遠いあの場所から逃げてくる、彼等の仲間を受け入れるために――。

 

 

 空港を占拠してから2時間が過ぎる頃。

 アウターへブンを脱出した輸送機やヘリの姿をレーダーが捉えた。

 敗北という苦い結果の後であるが、飛行場へと降りてきた仲間達に「よく戻った」といって握手をし、抱き合って再会を喜んだ。

 

 だが、ここはまだ道の半ばだ。

 アウターへブンに参加した兵士たちには時間がない。すでに列強のインテリジェンスは、テロリストとなったビッグボスの部下たちを見つけ出そうと動き始めていた。追っ手の手が伸びる前に、消えなくてはいけない。

 

 ダイアモンド・ドッグズはそんな彼らにこの場で数日分の食料と水を渡し、彼等の仕事に報いる報酬の『鍵』が配られると。動けるものから……別れを済ませたものからこの空港を出て、外の荒野へと歩き出していく。

 

 北へ、南へ、東か西か。

 一人で歩く者もいれば、小走りになる者もいるし。

 前を歩く相手を呼びとめて連れ立って立ち去る奴等もいる。。

 

 彼らは『次の場所』へと移動を始めるのだ。

 アウターへブンは破れても、戦場は世界に存在する。そしてそこには新しい傭兵が次々と入っていく。

 戦場は新たな時代、ついに新しい姿を得たモンスターとなろうとしている。

 

 これまで以上の金が入り。

 これまで以上の人が入り。

 これまで以上のデジタルがその隙間に入り込んで、世界と結び付けていこうとする。

 

 

 

 占拠から7時間を経過すると、再び空港は静けさを取り戻していた。

 ダイアモンド・ドッグズのスタッフたちはまだそこにいるが。誰も互いに口を聞こうとしない。

 さきほど立ち去った兵士は間際に口にしていた「たぶん、俺たちが最後かもしれない」と。その言葉が棘となって、この場所に重い空気をもたらせている。時間ぎりぎりまではここから動くつもりはないが、ここから人が消えれば。たとえあの場所から逃げたとしても、助かる可能性は恐ろしく低くなる。

 

 

 その一方で、アウターへブンからここまで乗ってきた機体は順調に処理が進んでいた。

 戦闘ヘリは武装を解除し、武器はトラックの荷台に詰め込まれ。この後ではフリーの武器商人の手にゆだねられることが決定している。

 そのためにも輸送機とヘリには、それぞれの側面に描かれているアウターへブンのロゴが消され。その上から新たに輸送会社のロゴが入れられ。燃料の補充が終われば、これらには新しいパイロットが搭乗し。幽霊会社の資産として、世界の空港に散らばっていく。

 

 むろん、そこからは売却されたり。そのまま別名義の会社へと譲渡、売られたりもして。完全にその使用経歴は闇の中となるはずである。

 

 ちょうどその頃のことだ。

 NATOは突如、正式に世界の脅威となるアウターへブンへの無差別爆撃を指示したことをようやく公式に認め。武装組織アウターへブンを率いたテロリスト、ビッグボスの死亡を確認したことも同時に発表した。

 爆撃が実行されてから5時間が過ぎ、もうすべては終わっていた。

 

 そしてビッグボスを倒した若き英雄、ソリッド・スネーク。

 その名前が公にされることはなかった。世界は――いや、アメリカは。この世界の秩序を救った英雄に光が当たることを望まなかった――。

 

 

==========

 

 

 残り時間が1時間をきる頃、空港内では再び歓声が上がった。

 遅れること数時間、ようやく最後の一機が。この場所に向かっていることが確認されたのだ。

 とはいえ、時間がない。

 

 到着するのと平行してこちらもすぐにも撤収しなければ、ダイアモンド・ドッグズの兵士達も危ない橋を渡ることになる。

 

 

 輸送機がエンジンを切ると同時に、スタッフは機体の偽装をさっそく開始し。

 降りてきた兵士たちを迎えたが。最初の頃と違い、緊張感が高かったせいで和やかさは生まれなかった。

 

「間に合ったよかったよ。危ないところだった」

「ああ。大変だった」

「怪我人はいるか?傷の重い奴は?」

「いない。そういうのは俺たちの前に乗せたからな」

「そうか――」

 

 わずかであったが、それは朗報だった。

 スタッフはそれぞれの名前を確認すると、それまでにもしたとおり。数日分に必要なサバイバルグッズと報酬を渡し。渡されたほうは短いが、しっかりと別れを惜しんでからは、他の者と同じように荒野へと躊躇せずに歩き出していく。

 

 ビッグボスの仲間、アウターへブンの兵士からただの傭兵となって旅立つ最後の友人たちの背中をスタッフは見守った。

 彼らとて、この結末はひとごとではすまない。

 ここを撤収し、チームがベースへと帰還すれば。1ヶ月ほどで、彼らもまた同じく”普通の傭兵”へと戻ることになっている。

 

 もはやこの世界にビッグボスはいない。

 アウターへブンという戦場は消滅し、彼らの戦うべき戦場もまた消えた。

 そしてビッグボスは、そうなったとしても彼等が歩けるよう。新たな世界へと向かう道しるべを――負けてもなお、新たな戦場へと向かうことを望んだ。それこそが、彼の願いでもあった。

 

 古代中国にいた杜牧(とぼく)は、劉邦に敗れ、故郷を目前にして命を絶った項羽を想い。「題烏江亭」という詩を残した。

 そこでは「勝敗は兵家の常」、「捲土重来」などの言葉が並ぶことで有名であるが。

 才覚ある英雄が、敗北に打ちのめされ。そこで死を目前にしても歯をくいしばって踏みとどまる才覚と勇気がなかったことを嘆いたものだった。

 

 ビッグボスは勝利ばかりではなく。負け方も知っていたということになる。

 彼の仲間は、誰一人として戦場に参加した罪をとがめられることはない。

 いや、そもそも負けたから死ぬのではない。逃れえぬ死が襲ってくるその日まで、兵士は自分たちの戦場を自分たちで選び続けることが重要だった。

 

 アウターへブンはビッグボスから世界への提案に過ぎない。

 新たな時代の新たな戦争に、アウターへブンはきっと必要になる。だが、世界はこれからアウターへブンという免疫がないままに、この戦争と共生していかねばならないのだ。

 

 

==========

 

 

 空港内に撤収の声が上がる中。ひときわ大柄な男もまた、そこから立ち去ろうとしていた。

 大鳥を額に刻むその男に、スタッフがあわてて声をかける。

 

「なぁ、ちょっとまってくれ!」

「なにか?」

「あんたの隣に座って奴がいただろう?あの――泣き喚いてる奴」

「ああ、いた」

 

 シュナイダーのことだ。

 アウターへブンを、ビッグボスを悪と断じ。

 彼等の秘密の活動を人身売買と勘違いして、国連の人権委員会に訴えたレジスタンスのリーダーだった男。

 彼は救うはずの子供達と、彼等をともに救おうとした仲間達をアウターへブンに遺してここに生き延びていた。彼の身に起こった悲劇を、ここでは誰も気にしてはいない。

 

「あいつのこと――」

「俺は保護者じゃない」

「ああ、そうかもしれないが――」

「それにあれでも奴は裏切り者だ。これ以上、俺はかかわるつもりはない」

「ああ、そうだな、確かに」

「放っておけ。死にたいなら勝手に死ぬ」

 

 男は――レイブンはそれだけ口にすると、もう後ろを振り向くことはなかった。

 

(西へ向かう)

 

 それだけがわかっていた。

 カナダを出て、ソ連も後にしたはずなのに。気がつくと、またここ(ソ連)に戻ってきてしまった。

 なら、再び自分は歩き出すしかない。

 

 世界は丸い。

 この先も西へ向かえば、いつかは故郷へと戻る日も来るのはわかっている。

 レイブンの次の目的地は決まっていた。ビッグボスを暗殺したFOXHOUNDの隊員。この新たな時代に誕生した若き英雄。

 

 それがいる、アメリカへ。

 

 ためらいはなかった。

 大きな体を揺らし、力強く歩くその姿は。みるみるうちに小さくなると、地平線へと消えていった。

 そしてそれとあわせるように。

 ついに空港からトレーラー郡が”東”にむかって走り去る。そこには静寂だけが残された。また、元の廃墟とともに。

 

 ところが、話はこれで終わらなかったのである。

 

 

==========

 

 

 それから2週間がたった。

 空港はまた、静寂と虚ろな空間へと戻っていた。割れた窓から冷たい風が入り込み、建物の形を徐々に削っていくだけの場所。

 

 だが異変はまたも唐突に起こる。

 唐突に地平線に複数のジープが姿を現すと。あの日と同じく空っぽの空港へむかっていく。

 

 空港の前に停車すると、降りてくる男達は普段着ではあったが。一様になにか殺気立っているようにも見える。

 彼らが中へと入って数分が過ぎると、静寂を破る「野郎、本当にここにいやがった!」と声とともに複数の怒号があがる。

 

 

 ダイアモンド・ドッグズではボアとよばれた恰幅のよい男の前に引きずられてくる男がいた。

 あのシュナイダーである。

 

 あの時、ここに放り出され。呆然と泣き続ける彼を労わろうとする者は一人もなく。冷徹に手続きと渡すものだけ投げつけると、兵士はここから立ち去ってしまったが。

 この哀れな男はあれからもずっとここにとどまっていた。

 

 いや、きっと待っているのだ。

 あのアウターへブンから。ビッグボスが子供たちを連れ、ここに来るはずだ、と。

 そんなありえないはずの未来を信じたくて、ここにしがみつけばそれが起こるのではないかと思いたくて。ここからまだ、立ち去れずにいるのだ。

 

「もう、いい。殴るのはよせ、その価値もない男だ」

 

 アウターへブンに敵を引き込み、敵を利するように動いた裏切り者。

 それはビッグボスの仲間たち全員の耳にすでに入っていた。憎しみを抑え、報復心を抑え、だが怒りはどうしても忘れられない。直接顔を合わさなければ、こらえられることでも。彼らの2つの目が、弱弱しくうなだれるそいつを見てしまっては、我慢できるものではない。

 

「レジスタンスのリーダー、だな?」

「ボ、ボスを――」

「ん?」

「ボスは帰ってくるさ。戻ってくる、そうだろう?だって、だって……彼はBIGBOSSと呼ばれた男じゃないか。負けるわけがないんだよ」

 

 声は割れている。音の響きもどことなくおかしく、正気と狂気のバランスが一日過ぎるごとにこの男を危うくして、今日までここにとどまらせているのだとすぐにボアは察することができた。

 

 心のそこから侮蔑した。

 そして同じくらいに哀れんだ。

 

「俺たちのボスは、ここにはこない」

「違う、違うんだよ――」

「まぁまぁ、落ち着いて聞けよ。俺たちのボスは、死んだ。あの日、アウターへブンは地形が変わるほど爆撃を受け。脱出の手段を奪われたボスは、そこで死んだ」

「嘘だ――」

「いや、死んだよ……お前の残した子供達と一緒になっ」

 

 最後は押さえがきかなかったのだろうか、強い声ではっきりと断言した。

 シュナイダーは再び嘆きの声と共に涙を浮かべるが、ボアとその仲間たちにはどうでもいいことだった。

 

「ここに戻ってきたのは理由がある。あんた、ここにいられるのはまずいんだよ。世界の諜報機関はアウターへブンの残党狩りを始めている。もちろん、そんなものにつかまりはしないが。あんたは別だ」

 

 とっとと死ぬなり、殺されるなりしてほしかったのだが。

 この男はここで毎日を嘆いて暮らしている。さすがに食料と水は尽きたのでこのまま放ってもいいが、死ぬ前にどこかの組織にとらわれては苦労が水の泡となる。

 ビッグボスの望んだことを踏みにじることになってしまう。

 

「本当はな、俺達はあんたを死体にしようと話していたんだ。なにせ、あんたはボスの仇みたいなものだからな。問題はなかった。

 だが――。

 それができないと俺達は諭されてしまった。そしてその通りだ、裏切り者とはいえお前を俺たちが殺す理由はない。お前は、ただボスの命を狙って、ずっとあそこ(アウターへブン)に潜入していたんだ。むしろ、見事だと誉めてやるのが正しい」

 

 そこまで口にすると、背後に合図をおくる。

 外で動きがあるのを感じるが、何が起きているのかわからない。その中で、ボアは再び口を開いた。

 

「あんたにはここを立ち去ってもらう。

 あんた自身の意思で、あんたの足で歩いて。とにかくそうしてもらう。その後で何をしてくれてもいいが、捕まることだけは許さん。

 それができるように、こちらもあんたに会いたがっている奴を連れてきた。話をするといい」

 

 そう口にすると、ボアはいきなり荒々しくシュナイダーの頭に手をやり。髪をつかんで顔を上げさせる。

 涙を流しつづいけるその目は、強引に空港の入り口から入ってくる車椅子に座る人の姿を捉えた。

 

 

==========

 

 

 ワームであった。

 だがその姿は、痛々しいものとなっていた。

 

 ビッグボスが死んでからも子供をつれてウォンバットと包囲を破るために戦い続けた。

 5日間の逃避行をへて、ようやく脱出はしたものの。その代償は壮絶なものであった。

 

 相棒のウォンバットは両足を骨折のうえに意識はいまだ戻らず。

 このワームにしても失った右目を顔の半分ごと包帯で覆い隠し。右腕を失い、彼も足を骨折して自由に動くことができなくなっていた。

 なのに、こんな有様でよく外に出られたものであると呆れるしかない。

 

 ボアは車椅子の横まで迎えに行くと、ワームを連れて再び戻ってきた。

 

「アンタガ――アンタガ、裏切リ者」

 

 ワームの発音がおかしかった。口がまだうまく回らないのだ。

 話している最中も息継ぎをするだけで、喉が「ガッ」とか「ゴッ」などと小さな声で詰まらせている。

 どうやらシュナイダーになにか話すことがあってここまで来たらしいが、こんな様子でそんなことができるのだろうか?

 

 

 それから静かな時間が流れ、廃墟となった空港から男たちは黙って車に戻っていく。

 そして再び地平線へ向けて走り出していった。もう、そこでやり残したことは何もないというように。

 彼らはすでにこのビッグボスの消えた世界を進もうとしている。

 

 だが――。

 だが、残された男は。シュナイダーは違った。

 

 車が立ち去ってしばらくすると、またあのシュナイダーの上げる声が廃棄された空港ロビーに響き渡る。

 だが、今度は嘆きの声ではない。怒り、ともまた違う。

 両手のこぶしを握り締め、何度もコンクリートの床に声とともに叩きつける。それでも心の中で暴れる感情の台風が、収まる気配が微塵もない。

 

 

 仲間に裏切り者とさげすまれた男は、世界に裏切られていた。

 

 

 世界のインテリジェンス機関が、ビッグボスのアウターへブンに動きがあるのを察知したのは他でもない。

 人権委員会に訴えた、彼らレジスタンスの調査依頼と報告から伝わったものだった。

 彼らはシュナイダー達とは違う。すぐに調べが始まると、ダイアモンド・ドッグズが非公式に行っていた少年兵の事業が判明し。他のNGOとのつながりも解明された。

 

 だが、その調査結果は『重要機密』に指定された。

 

 国連で決定されたわけではない。

 そこにつとめていた職員達のそれぞれの国が、そうするようにと働きかけ。彼らは自身の中の愛国心から、その言葉に自然に従ったのだ。

 

 列強は喜んでいた。

 彼らは戦場に立つ、他国の哀れで不幸な少年たちなど目もくれず。

 これを機会に戦場にて圧倒的を誇り、実際に軍事力を手にするビッグボスを排撃できるかも、という可能性に舌なめずりしただけだったのだ。

 

 そして悲劇が起こる。

 いらだつレジスタンスは、アウターへブンへ潜入するFOXHOUNDを援護。続けて悪党から子供たちを奪取し、国連に助けを求めたが。

 アウターへブンをこの地上から消滅させることがすでに決まりかけていたこともあり、国連の職員たちは前回と同じ理由から、アウターへブンに残されていた保護すべき子供達すべてを見捨てた。

 

 そうしてビッグボスは死んだ。

 救うつもりもなかった、少年少女たちも死んだ。

 彼らは戦場の英雄を世紀のテロリストと断罪し、そのわずかな善行ごと全てを焼き尽くした。

 なのに、シュナイダーはただ一人。ここで生き恥をさらして、悲しみに酔っている。

 

 もう、希望はどこにもないというのに。

 

「う、うぅ……俺はっ、なんてことぅ――」

 

 この時になってようやく自分のおろかさを、間抜けぶりに絶望して、激怒もした。

 自分をこの感情のままに破壊してやりたいという、欲求すらある。

 ビッグボスの元兵士たちはシュナイダーの前に弾丸が一発だけ装填されたピストルを置いて立ち去っていた。それを使えば、自分の全てを死でもって塗りつぶすことができる、と。

 

 そして実際にそれに飛びつき、握り締めると。

 口を開け、シュナイダーはそこに銃口を荒々しくつっこんだ。

 

 あとは銃爪を引けば、それで全ては闇に消える。

 この苦しみからも解放されることができる……。

 

 だが、そこで動きがとまる。

 ここにある静寂が、男の激情がいかに無様で哀れであるかを突きつけていた。

 走馬灯は、あの燃えるアウターへブンの中で残ると告げたビッグボスの悲しげな顔が焼きついてしまい。そこで終わっていた。

 

 この罪は変わらない。この罪は背負えない。

 だが、それでも死ぬこともできず。生きるためにはどうしたらいいというのか?

 

「……?」

 

 充血した目で、空腹と疲れから濁る思考の中で。シュナイダーの報復心が本当の敵の名を浮かび上がらせてきた。

 

「――スネーク。ソリッド……スネーク!!」

 

 全ての国が、彼らレジスタンスをだましたわけではなかった。

 そうだ、アメリカだ。

 彼らの特殊部隊、FOXHOUNDの工作員は自分を見て”さも驚いた”という演技で誤魔化していたではないか。

 

――そんな話は聞いてなかった

――俺を、助けてくれるのか?

 

 だまされていた。いや、だまされたのだ。

 大国の威信を守るために、存在する武装国家を恐怖し。それを叩き潰すために、自分たちを、あの子供たちをも見捨てた。

 

「貴様が、貴様が英雄だと!?飼い犬のくせに、俺達をハメたくせに」

 

 憎悪が力を与えてくれた。怒りがすべて、一点へと向けられていき。進むべき一本の道を――復讐鬼となる道を真っ赤な炎によって照らし出す。

 

 力の抜けていた体に力が戻ってくる。

 握っていた銃に装填されていた弾丸は抜いた。

 だらしなく皺のよったズボンのベルトにピストルをはさんだ。

 

 この男は意外なことに、この先の未来を歩くことを決断した。

 彼がここから目指す未来は、平和を謳歌する列強の市民たちの公共の敵(パブリックエネミー)。

 それはテロではない、それは不満ではない。革命は求めないし、変革も必要ない。彼らの平和を弄び、その毎日のためにいつかどこかで踏みつけられる者達に変わって罰する者(パニッシャー)となる。

 

 この新しい英雄が誕生したばかりの世界で、最初の敵となろう。

 

 哀れなシュナイダーの願いは見事にかなうことになる。

 世紀末、ザンジバーランド。怨敵、ソリッド・スネークと再会することで。

 だが、それはまた別の話。そして別の物語で語られるべきだろう――。



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山猫は眠れない

 不快な脳への刺激が終わると、視界が一転し。ワイヤーフレームで作られた世界の中に自分は存在していた。

 電脳世界、仮想現実の世界に今、自分は立っている。

 

『ミッションモード:ニンジャ テイルズ ルート2』

 

 ミットのような巨大な確認ボタンが現れるので、それをこの世界の自分の拳でたたく。

 それでゲームスタート。実にくだらない。

 

『完全なステルスでステージをクリアせよ。武器はない』

 

 ワイヤーフレームで描かれた世界に、新たに線で作られた人間達が現れ。ステージ内を忙しく動き回り始めた。

 

 VR訓練、と呼ぶ未来の兵士トレーニングシステムがある。

 それはまだ実用化されてはいないが、試してみるとなかなかに悪くないことがわかった。

 これは米軍の次世代兵士への訓練装置となる予定だが、そこで使われる知識はFOXHOUND――いや、正確には戻ってきたビッグボスが部下に教えていた技術を学ぶための学習プログラムが、すでにこうして作られている。

 

 デジタルは可能性に満ちている。

 すでにしてこの段階で、もうこの国にビッグボスは必要ないのだ。彼の教えようとした技術は、彼が携わった任務とあわせて数値化されることで解体され。これからは普遍的なものとして、”誰にでも”学べる技術となっていく。

 

 そうだ、あの男の技術はすでに手に入っている。

 もうビッグボスは、必要ない。

 

『警告』

 

 ステージ内を見回る魂のない相手の視界の外から襲い掛かり。ミドルキックで動きを止めると、そのまま突き飛ばして底が見えないフレームの谷底へと突き落とす。

 同時に機械は、プレイヤーの行動に声を上げる。

 

 だが、それがなんだ。

 

『警告』『警告』『警告』

 

 集まっている3人の頭上へと落下し。

 瞬く間に3人を気絶させるが、自分はそれだけでは足りずにお構いなく電子の世界の兵士たちに暴行を続け、死に至らしめていく。

 

 これが彼のスタイルだ。

 自身の前に存在する障害は、力でねじ伏せ。容赦なく叩き潰していく。その言葉通り、彼には敵だというだけで、そいつの命の価値などゼロであると本気で考えていた。

 学ぶべき技術すら放棄して自分の中の暴力性が満たされることだけを追求する。

 

 血が、肉が。

 沸き立つ滾りを押さえられない。

 理由はわかっている。

 

(ビッグボスが、死んだ)

 

 そう、彼の提唱するアウターへブンで。

 そこが焼け落ちるのと同じように、そこでくたばり、朽ち果てた。

 

『プレイヤーはシステムの警告を理解せよ』

 

 やりすぎている、それはわかっている。

 この訓練では、ステルス技術を高め。いかに敵に悟られず。見つからずにゴールすることが求められている。

 

 だが、それがなんだというのだ?

 

 背後から足の裏側の関節に鋭く蹴りを突きこむ。

 現実の人間が相手であれば、この一撃だけで片膝は砕け、まず相手は困惑と激痛のいりまじった悲鳴を上げる。

 もちろんダラダラと泣き声をあげさせる、なんてそんなことはさせない。そのために――続けて後頭部を片手でつかみつつ、壁に思いっきりたたきつけた。

 

(終了だ)

 

 下顎は粉砕。

 口の中の上下の歯が全滅しているはずだが。この世界ではワイヤーが砕けて、障害がひとつ消える。

 残念ながら壁に残るはずの頭蓋から漏れた液体も、崩れ落ちた死体もそこにはない。それがなにか、物足りなくさせているのか?

 

『異常の発生を検知されました』

 

 アラームがなり。ステージ内にフレームで作られた人型が次々と解放されてくる。

 

(こいつを待っていた!)

 

 彼は――ソリダス・スネークは笑った。

 大きな声で笑い続けながら、電脳世界の人型を襲い続け。破壊し続けた。

 だが、所詮は疑似体験。苦痛に引きつる肉、裂けた皮膚から流れる血。傷口からむき出しにされる骨、許しを請う声、悲鳴、断末魔。

 そうした刺激が存在しない以上、すぐに飽きが来るのはわかっている。

 

 だがそれまでは、この満足を味わいつくしたい。

 

 本来ならばここは建物内の廊下で。そこには血まみれの肉の塊となった死体が転がる。さぞや小気味のよい光景であっただろうに。どれだけ倒しても、ワイヤーとブルーの小奇麗な壁があるだけ。

 

 もう退屈してきてしまった。

 落ち着くと、あっさりとこちらを探し回る人型の間を抜けてゴールする。

 

 悪くない。ああ、悪くない”おもちゃ”だ。

 

 CIA時代の輝かしい戦績は、彼の輝ける時代の彼だけのものであった。

 だが、それはもう遠い過去となった。

 

 敵の血で汚れた迷彩服を脱ぎ捨て、高級スーツを。

 火薬とオイルのかわりには香水と腕時計を。

 振るうたびにすべてをなぎ払ったその手は、もはや天に持ち上げ。間抜けな民衆に向かって手をふるだけのものに。

 だが、浮かべる笑みだけは昔と変わらない。

 

 知りもしない、愛着も感じない州議会で働き。たいしたこともしていないのに、手元にはいつのまにか実績が並べられ。阻むものなく合衆国上院議員へと進んでいる。

 

 ただただ、今は自由がほしい。

 

 デジタルの中で自分を慰めている今の状況に、耐えられそうにないのに。

 自分の意思では、何もできない。

 経歴を傷つけてしまう、そう”誰か”が判断すれば。自分の周りからは可能性が一掃されてしまう。

 

 己の暴力性を解き放った、あの輝ける時代の日々が。

 この窮屈で、退屈で、苦痛の日々に笑顔で手を振る以外に許されないことにただでさえ怪しい、自分の正気が削られていくのを感じる。

 

 ビッグボスは――自分の父親はそれをこの世界に感じていたのだろうか?

 

 

==========

 

 

「親父が死んだ?――そうか」

 

 訓練場でのどを潤し。引き締まった体から流れる汗をそのままに、聞かされたことの意味を噛み締める。

 あの男が死んだ?信じられない。

 

 情報を伝えた女性職員は、汗を流す裸の上半身とカーゴパンツ姿で立つ男を頬を染めながら手に持ったタオルを差し出すが。相手は乱暴にその手からタオルを取り上げ、さっさと歩き出す。

 女は残念そうな顔をするが、男はそれすら見ることはない。

 

 男は――リキッドにとって、伝えられた情報の吟味が必要だった。

 

 放浪の時代、彼は英国の情報部に裏切られ。”中東でオセロットに回収される”まで、人生がひどいものだったことを知っている。

 人の姿をした化け物として産み落とされ、その原初たる遺伝子に敗北が刻まれたことが、その原因だとそれまではずっと考えていた。

 

 だがオセロットと出会って、それが違うことをようやく知った。

 

 彼はリキッドの足りない情報を”補って”くれた。

 あの武装組織でビッグボスと会い、そしてそれに逆らったこと。ついには戦争を仕掛け、敗れ去ったこと。再起を図り、英国に寄生しようとしたこと。

 

 予定は狂ってしまったが、それらは全て必要な通過儀礼のようなものだとあいつは言っていた。

 たった”2人”、この世に生を受けた兄弟の片割れだけが、”ビッグボスに選ばれた”かのように対面し、戦ったという真実。

 これは伝説とは違うのだという。

 

『このことに、あなたは運命めいたものを感じませんでしたか?私はあの時、言葉もなかった――』

 

 それを話すたびに、目頭を熱くする老いたオセロットの言葉に苦笑いしか浮かばない。

 

 

 このリキッド・スネークには過去はない。

 従って感傷めいたものなど、まったく存在しない。

 回収の際、同時に出撃したシールズの大佐とやらが放った銃弾が、この頭部に着弾。脳の記憶野に異常が生じた結果らしい。

 

 その代償は、今こうして必死に払っている。

 弱った体を必死に鍛え上げている。以前よりも強くなるために、そうなるように親父の――ビッグボスの技術を、新たにゼロから学んでいる。

 

(回り道をした。遠回りをした。時間が――無駄になった)

 

 焦るものはある。それがなぜ?とは思うが、その焦燥感はずっと自分をとらえて離そうとしない。

 だから鍛える。もっと強くなるために。あの最強の男――ビッグボスを倒すために、さらに強くならねばならない。

 

 だが、その男は死んでしまった――。

 違うのか?まさか、倒された?

 

 リキッドはふと、気になる疑問が浮かび上がり。足を止めて振り返った。

 そして反対側へと仕方なく去ろうとしていた女に声をかけた。

 

「おい、女!」

「はいっ!?」

「大切なことをひとつ、聞き忘れた」

「えっ、なっ、何でしょう?」

「オヤ――伝説のビッグボスは、誰が倒したんだ?」

「ああ……そんなことですか」

 

 女はなにげなく、新たに誕生した若き英雄の名前を口にした。

 リキッドの顔に浮かんでいた余裕が消え去る。両目を大きく開き、逞しい筋肉におおわれた体が、わずかに震えた――。

 

 

==========

 

 

 夜中の午前3時を過ぎても、あの男は兵舎には戻ってこなかった。

 オセロットは入り口に立ってじっと待っていた。

 

 情報は入っていて、奴は別に逃亡を図ったわけではないことがわかっている。これまでには見せたことのない反応だから、こうやって気にはしているが。暴発ではなさそうなので、オセロット自身も冷静にここに戻ってくるのを待つことができる。

 待ち人は――リキッドは結局5時を過ぎて、朝日が地平線からのぞく直前になってようやく姿を現した。

 

(こいつ、酔っているのか?)

 

 着る物にあまり頓着しない性格であったはずだが、その大柄な体もあってまるでモデルのような爽やかなジーパンに半そで姿で、そしてなにか変だった。

 それがわかったので、オセロットも気位の高いこの男をいきなり怒鳴りつけるようなまねはしなかった。

 

「訓練生活にもようやく飽きて、デートで息抜きですか?」

「……オセロットか」

「あまりにも自分をいじめるような鍛え方をしていたから、息抜きを進めたこともありましたが。それならちゃんと、手続きというものをしていただかないと。無断外泊なんて、つらい訓練に嫌気をさした新兵のやりそうな腑抜けた行動ですよ」

「朝はまだだ――まだ地平線には顔を出していない」

「ええ、でも」

 

 東の空は真っ赤に焼けている。

 あと数分で、全ては変わる。新しい一日が始まるのだ。

 

「わるかったな。追加のペナルティは、設定しておいてくれ」

「ええ、もちろん――それだけですか?」

「なにがだ?」

「――女の家に行きましたね?別にいいのですが。なにか、気になる事でもありましたか?」

 

 リキッドの経歴は自分とあわせてこの基地に働く者たちが知ることはない。

 だからこそ若く、そして一途に己を鍛える男に興味を持つ職員達は多くいたが。これまでのリキッドはその全てに興味を示すことはなかった。接触はなかったのに。

 

 だが、昨日は違った。

 なにかがあったのだ。これを見逃すのは、危険だ。

 だから確かめなくてはならなかった。

 

「ビッグボス――親父を倒した奴の名前を知ってるか?」

「いえ。ビッグボスが率いていたFOXHOUNDの新人とだけ」

「俺は聞いた。ソリッド・スネーク、というそうだ」

「っ!?」

 

 これはさすがに驚いた。

 オセロットはまだ知らなかった。

 イーライ――リキッドの様子からは目を放せなかったし、聞くところによるとFBIに貸し出しているサイコ・マンティスが最近不安定になっていると聞いていて、その対処から動きが取れなかった。

 

 それが、まさか――。

 

「ソリッド・スネーク。なるほど、いい名前だ。そしてわかる、これは――俺の、兄弟だ。違うかオセロット?」

「……どうでしょう」

「いや、間違うわけがない!!」

 

 突如こぶしを握ると、脇にあった木の幹にそれを叩きつけた。

 木はわずかに振動して葉を散らしたが、こぶしの周りの幹の表面は強い力に耐え切れずに”割れ”ていた。

 悪い兆候だった。感情が暴れはじめ、理性的な思考が吹き飛びかけている。

 

 今の反応ひとつだけでも。

 それが、ありありと見て取れた。

 

「いきなり、どうしました?」

「あのファイル。あれは偽の情報だった!」

「なんですって?なんのことですか、リキッド」

「ファイルだよ!親父の、あの計画のファイルだ!そこには書かれていた。ああ、間違うはずはない。兄弟は遺伝子の優性性と劣勢とに極分化させて発現させる、と」

「ええ。それが?」

「だが、嘘だった!ファイルでは――そこには俺は、優性を発現させたとあったが、逆だった」

 

 なんだかおかしな話になってきた、オセロットも困惑している。

 

「なぜそう言いきれるんです?」

「なぜ?オセロット、本気で言っているのか?俺はビッグボスに、親父と対決して敗れた」

「落ち着いてください、リキッド」

「この訓練も何もかも、再び同じ戦場に立った時のためにしていたことだ。なのにっ」

「リキッド、いけません。駄目です」

 

 このリキッドは、困ったことにソリダスほどではないが感情の高ぶりで元の悪い部分が刺激されると表にはっきりと出すことがある。それでも、これほど激しい感情をあらわにしたことは今まではなかったはずだが。

 上手いこと丸め込むように、ビッグボスへの憎悪を制御してきたというのに。思わぬ誤算であった。

 

「兄弟が、俺の兄弟が。俺よりも優れているあいつが、先に親父をっ」

「ソリッド・スネークを殺しますか、リキッド?」

 

 試しにわざと煽るようなことを耳打ちすると、爛々と怒りに輝く両目がオセロットの顔を見つめてきた。

 

(やはり。人の全てを制御することはできない、か・・・)

 

 このままこの話を強引に切り上げれば、不満からこの男は勝手にオセロットの手の中から飛び出していってしまうだろう。

 

「いつ殺れる、オセロット!?」

「まだです。今のあなたでは無理だ」

「なんだと!?」

「私は時代が変わることを知っている。

 冷戦で祖国が敗れるのも、崩壊するのもそうやって見てきました。

 

 リキッド、ビッグボスはあなたの兄弟の手で倒された。

 これで時代が変わった。その――ソリッド・スネークは、この新たな時代の英雄となった。これは、決まってしまったことで、変えられない事実なのです」

「だが俺は――」

「ですが!」

 

 わざと力をこめて、リキッドの崩れ落ちそうにも見えた相手の肩をわざと強く掴んだ。オセロットの爪が相手の皮膚を裂き、血がうっすらと見えてくるが、そんなことを構うことなく言葉を続ける。

 

「あなたの兄弟を倒す機会は作れます。戦場です。今すぐではないが。この先で必ずそこにソリッド・スネークを立たせましょう」

「戦場で、倒す……俺達の計画に、兄弟を?」

「そうです。ビッグボスもそうでした。彼はビッグボスという名を、自分の師と呼ぶ相手から奪った。あなたもそれにならうのです」

「戦場で奪う。兄弟の命を、俺の手で」

「ビッグボスの息子は2人いても、これだけは変わらない」

 

 オセロットはいきなり今度はリキッドの後頭部の髪をわしづかみすると、しっかりと顔を固定させ。自分の顔をその正面に近づける。

 

「本物の蛇は、一匹いればいい」

「……ビッグボスも、一人」

「それまでは耐えてください。こらえて下さい」

「――わかった」

 

 リキッドはそう口にすると、陽炎のように立ち上がり。「寝る」とそれだけを言い残し、兵舎へと入っていく。

 オセロットはその後姿を苦々しげな顔で見送った。

 

 リキッドとソリダスの性格の決定的な違いとして。リキッドはしばしば自分の攻撃の正当性証明するために、冷静に激高して”攻撃しない”という選択肢を排除してかかる。

 ビッグボスへのぬぐえぬ憎悪は、さらに歪めることでかろうじて制御を可能としていたが。同じビッグボスの息子があらわれて、その対象にこれまでの反応がそのままうつってしまうとは誤算だった。

 

 いや、そうではないだろう。

 ここが限界だったのだ。

 

 ビッグボスの息子は、ビッグボスではない。

 もうそこに疑いを持つことができない。ゼロが彼の代わりにと口にして始めた『恐るべき子供たち』計画は、あの男のいうとおりに失敗だったのだ。

 

 リキッドは、イーライの時と同じく。再び同じ間違いをおかそうとしている。

 リキッドではビッグボスにはなれない。

 

 オセロットはその場を去ろうとする。

 見切れてしまった以上、計画はそのつど変更せねばならなかった。

 もちろん――それはリキッドとのことではないし。そこに彼は、必要ない。

 

 

==========

 

 

 ビッグボスが、ファントムが死んだ。

 

 オセロットはそれを心の中で繰り返す。

 別に、なにも、感情はわきあがらなかった。

 

 別れた道を歩き始めたとき、この先でいつかどこかの戦場で対面することもあるだろうと覚悟はしていた。

 その時は、今度こそどちらかが生き、どちらかが死ぬかもしれないと思ったこともあった。だが結局はそんな機会はなく、彼は彼の戦場で倒れてしまった。

 

 それだけだ。

 そう、それだけ――。

 

 モニターの中では、上院議員が。ソリダスがルールをまるで無視して、出鱈目に全てを破壊しようとバトルフィールドの中を暴れまわっている。

 なにかが破壊されるたびに、機械は悲鳴を上げるように警告音をピーピー立てるが、彼の行動はまったく変わる気配がなかった。

 

(そのつもりはないんだ)

 

 ソリダス・スネークのコードネームは伊達ではないのだ。

 求められれば、あのファントムやボスほどではないにしても。それなりの動きは出来るし、出来て当然ではあるのだが。最近の彼は以前にもまして力に取りつかれている。

 

 なぜ、そうなったのか?

 原因もわかっている。

 

 彼は――ソリダスは、怯えている。

 本人はそれを完全に隠していると思っているようだが、わかっている。

 ソリダスは、体が動かなくなっている。信じられないが、体がはっきりと老いの兆候を示してきている。

 

 髪の一部は明らかに染めた跡があるし。

 そして匂いだ、生物的な人の匂いが変わった。

 彼についているコーディネーターも、最近ではなんとか本人にもその自覚を持たせたいようで。イメージチェンジを口にしているが、まだその試みは成功していない。容貌が、皮膚が老いてきたことで若作りしているという印象を誰もが感じ始めているようだ。

 

 本人はまだ口にしないが、それがストレスとなって暴力性を露にしてきている。

 たぶん、近く正式に医師の検査も必要になるかもしれない。

 

(誰もが、迫る死を恐れ。その前に想いを果たそうとする)

 

 オセロットは苦い思いを噛み締める。

 

 ゼロの提示した卑劣な罠を、オセロットはそう言って目覚めたばかりのビッグボスに了承させた。

 最初は拒否の姿勢を見せていた彼だったが、なにか思うことがあったようで。納得してからは全てが思うとおりに進んだ。

 

 もう確かめることは出来ないが、もしかしたらビッグボスは――ジャックはオセロットとその後ろにいるゼロの思惑全てを飲み込んで、あの提案を受け入れたのではないだろうか?

 

 パニッシュド・ヴェノム・スネーク。

 

 彼の働きを見ると、どうしてもそう思えて仕方がない。

 オセロットをはじめ。ダイアモンド・ドッグズでは誰もが彼を助けようとしたが。結局のところ彼の最後は本物と同じように孤独な道を歩き。

 ビッグボスのままアウターへブンを誕生させようとした。ファントムが、オリジナルの前を歩いてみせたのだ。

 

 その姿にオセロットは、自らの中に漂う嫉妬心のようなものに苦しまずにはいられなかった。

 ヴェノムがビッグボスとなって成そうとしたことに比べると、オセロットの今はあのときよりもさらに後退しているといっていい。

 戦場はますます遠くなり、過ぎていく時間は自分から若さを奪っている。

 

 だが仕方がないのだ。

 彼は未来を見ている。

 次の戦場ではない、その次の戦場でもない、その次の、次の、さらにまた――。

 

 

==========

 

 

 モニターが訓練の終了を告げる。

 表示されるリザルトは、酷いものだ。兵士がこんな結果を出したら、上官にその日のうちに兵舎から蹴りだされたとしても文句は言えないだろう。

 

「オセロットか。来ていたか」

「ええ」

「テスト中のVR訓練という奴だよ。データをやるといってな、こうして協力してやっている。暇つぶしにはちょうどいい」

「そのようですね」

 

 やはり、憂さ晴らしであったか。そうではないかという心当たりはあった。

 少し前に事件があった。彼のフィジカル・トレーナーが数人だが入れ替わった。

 

 理由は簡単で、トレーニング中の事故といわれているが。それは真実ではない。

 一人はミットを構える相手の顔面を打ち抜き。もう一人はスパーリング中にミドルキックで肋骨をへし折り、あやうく臓器を傷つけて大事件になるところだった。

 

 ソリダスは彼らに謝罪と、たっぷりの見舞金をよこしたが。自分のトレーナーからはずした。

 オセロットにはその理由はわかっている。

 もし、同じような状況が訪れれば。倒しきれなかったのかと不安を覚え、今度こそ相手を殺してしまうかもしれない。彼はそう考えたから、自分のそばから彼らを開放したのである。

 肉体の衰えと、息の詰まるような人生に。彼は狂気に追い掛け回され、頭がどうにかなりそうになっているのだ。

 

「どうした?」

「実は、問題が――」

「なんだ?」

「……ビッグボスが死にました。ご存知ですよね?」

「ああ。老人は死んだ、部隊に加入したばかりの新兵にな」

「それだけですか?」

「どうせ老いていたのだろう。戦場は老人のいるべき場所ではない」

 

 やはり、知らないのだ。

 いや、あえて聞かなかったのかもしれない。やはりこの男も、精神のどこかにビッグボスという鎖に縛られているとわかる行動であった。

 

「その新人に興味はありませんか?」

「ないな。どこの馬の骨とも――」

「ソリッド・スネーク。これが新人のコードネームだそうです」

「ソリッド?――なんだと!?」

「間違いはないと思います」

 

 そこからは言わなくても相手にわかるはずだ。

 リキッドと同じ存在。もう一人のビッグボスの息子。

 陸軍に在籍していたことは知っていたが、まさかいつの間にあのFOXHOUNDへ加入していたのか。

 

 いや、これはむしろ”あえて”そうなるようにしむけられたことかもしれない。

 

「ビッグボスは、自分の息子に殺されたということか」

「そのようですが、問題はほかにあります」

「なんだ?」

「リキッドが、これに気がつきました」

「チッ」

「これまではなんとかバランスがとれてましたが。どうにも様子がおかしい。自分の兄弟に興味が移ったようです。また暴走を始めるかもしれません」

「なんてことだ!?」

「……」

「それでっ、オセロット。どうする?」

 

 焦っている。そして身もだえしている。

 

「大丈夫。ひとつ、考えがあります」

 

 これは嘘だった。

 つい先ほどまで、実は何の考えもなく。指示を仰ごうと思ってここにきていた。

 だが、この”目の前の男”を見て、思いついたことがある。

 

「なんだ?」

「議員、議員はCIA時代。リベリアなどで活躍されてましたよね?」

「ああ――それが?」

「そこで『面白いこと』を試されていたと、聞いています」

「……シアーズ・プログラムのことか?」

 

 オセロットはうなづき、囁くように煽っていく。

 

「今のアレを廃棄しても、次に出るのが今より優れているという保証はない。大統領選が本格的にはじまれば、しばらくはこうして接触もできません。

 ゼロからのやりなおしは、リスクが高い。

 それよりも、ビッグボスへの報復心を制御できた今のリキッドならば。

 ソリッド・スネーク――同じ”ビッグボスの息子”への憎悪はむしろ育ててやるべき要素かと考えます」

「――確かにな」

「そして今、アウターへブンが陥落し、世界の戦場にこれに参戦したビッグボスの兵士達がちらばっています。それを彼に、狩らせるのはどうでしょうか……」

 

 それはただの憂さ晴らし。

 そして時間稼ぎにしかならない。

 だが、それよりなによりも。このシステムはあのファントムが、ミラーの意を受けて始めたDDRの理念に背を向け、戦場に戻っていくことを決めた忌まわしい子供らに向けた、あのアイデアに酷似していた。

 

 時代が再び変わる。

 その中を、老いてもなお戦い続ける(サバイヴ)するためなら、喜んで化け物にでもなんにでもなるしかない。

 

 ビッグボスが、死んだ。

 そしてこの影響を、ビッグボスの息子達は避けることはできないことがはっきりした。

 彼らは遺伝子に、血に縛られ。どうせビッグボスにとらわれた己の宿業と向き合う過程で互いを憎みあうのだ。

 

 いや、そうなってもらわねば困る。

 

 

==========

 

 

 ワシントンで別れたオセロットは、今度はカリフォルニアの大地をバイクにまたがって走っていた。

 バイクは好きではない。バラスが悪く、どこか不安定だ。それが居心地悪くする原因といえる。

 目指す目的地は、最近シリコンバレーなどと呼ばれるようなったあの場所の近く……。

 

 

 うわさに聞く、あのファントムを倒したという若者。

 オセロットは個人的に彼に対して興味があった。

 本当のことはわかっている。自分が、自分自身があの駄目な息子達よりもさきに、そいつを味わいたいと感じているのだ。

 

 オセロットは戦場に飢えを感じている。

 

 ここ数年は、リキッド等のそばでわざと老け込んだように振舞わねばならなかった。

 知識だけではなく実力にもまだ、己よりも優れたものが残っているとわかれば。あの男達は簡単に味方であるはずの自分に対して牙をむこうとするだろう。

 

 これでも堕ちた悪党なりに、優しく気を使ってやっているのである。

 

 先ほどはソリダスに「散らばったビッグボス(ファントム)の元部下を使う」と進言したが、これは半分だけ本気だった。

 あのボスが――ファントムの伝えたものを理解していれば、この時代に拡散された奴の意思を受け継ぐ者たちが。戦場に戻ってわざわざ「自分はあのアウターへブンで、ビッグボスとともに戦った」などという武勇伝を吹聴するはずがない。

 

 人の持つ獣としての意識か、虚勢を張りたくてそんなことを口にするようになる。

 もしくは野心がそうさせる?それもあるかもしれない。

 

(だが無理だ。誰も彼を、誰もがあの人を真似ることは――)

 

 出来ない。

 かつてのオリジナルをまねようとしたPFと同じだと口にしようとして、そこでオセロットはそれができない理由を思い出してしまった。

 

 口元に己を笑う――自嘲めいたものが浮かぶ。

 

 ビッグボスは1人で十分だ。

 これはほかでもない、自分の言葉ではなかったか?

 その自分が、あのファントムとビッグボスを。ひとつとして混同して今は口にしていた。

 

 本当に忌々しい男だった。

 まさに幻影(ファントム)、その輝きはあまりにも美しくて。本物と同じく、失った今ではどちらも愛おしく感じずにはいられないのだ。

 

 そしてその男が、偽りの古い友人はその一生で明らかにしてくれたことがある。

 

 

 バイクを止める。

 人の姿が見られないATGC社の子会社の中へ、平然とオセロットは入っていく。

 

 知られていないが、この場所はクラーク博士――パラメディックの名で知られる人物が使っている研究室の一つがここである。

 彼女がここに用があって立ち寄らない日は、この通り。

 厳重な警備の行き届いた自動施設となっている。そこに、彼女ではないオセロットが入っていくが。異常を知らせるものはなにも起こらなかった。

 

 パラメディック本人も、ここに彼が出入りしていることは知らないはずだ。

 すでに世俗への興味を消失させ。毎日をデジタルによって数値化され、はじき出されていく生命の解体作業に彼女はとりつかれてしまっている。

 そしてその数字を手がかりに遺伝子のスープをかき回す魔女になってしまった。知的好奇心を前にして、もはやいかなるモラルも彼女をとどめることはないだろう。

 

 

 

 ファントムは、あの男は教えてくれた。

 血も、肉も、遺伝子さえも関係ない。姿だって、どうでもいいのだ。

 

 本物でなくてもいい。

 その本質さえ押さえておけるなら、同種でなくていい。

 山猫であっても、蛇でもある。純正ではない、亜種として蛇となる。

 

「……蛇は、一匹でいい」

 

 モニタールームに入り、足を組んで座りながら口にしていた。

 

「ビッグボスも、一人で十分だ」

 

 無人ゆえに暗い建物内の中を静かに監視するカメラの中に、ひとつだけ他と違うものを映しているものがあった。

 それは冷凍装置、専用の冷蔵庫だ。

 中には人が入っている。そうだ、あの時のまま。

 

 砂漠で捉えられ、叩きのめされ、わめき散らした負け犬。

 こちらを挑発しておきながら、しかし訪れた最後の瞬間。その男の顔は、死を目前にして驚いた表情を浮かべていた。きっと自分が撃たれて死ぬとは考えもしなかったのだろう。

 

 それはリキッド・スネーク――いや、イーライと呼ばれた元少年兵の遺体。

 ビッグボスの裏切り者として追放されたオセロットは今、あの楽園へと戻るために一匹の蛇をその手にしている。

 

 これはやっとの思いで手に入れた、オセロットのカードの一枚。

 それもとびっきりのワイルドカードでもある。

 

 これはソリダスも知らないこと。

 正直に言えば、オセロットはすぐにもこの少年の全てを知りたいところではあるが。それを押し殺し、今はこの場所に封印している。

 

 まだこの封印を解くことはできない。

 時間だ。時間が必要だった。

 戦場にビッグボスの息子たちが、たがいを敵としてにらみあう瞬間は必ずある。そこで自分は”あのビッグボスの遺志を継ぐ者”として名乗りを上げる。

 そのための準備は、リキッドにすでに施し始めている。遠からず、自分の兄弟への憎悪から。彼は『イーライであれば決して口にしなかったであろう』ビッグボスへの思いを改竄するようになるだろう。

 

 ありもしないビッグボスからの愛情を信じ、それに縋って戦おうとするようになる。

 これは遺伝子の問題ではない。イーライと呼ばれた少年の人生が、負け犬のそれであり。その弱さをそのままに同じ選択を選んだリキッドの限界なのだ。

 そんな嘘を許すつもりはない。あの人の遺志を継ぐのは誰か、若造どもに教えてやらねばならないときが待ち遠しい。

 

 

 つまりはこういうことなのだ。

 例え目標が未来にあったとしても、この山猫は狙った獲物をはずしはしない。



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終わりと始まり

最後だからね、本気出したよ。
いつもの3倍(違った、4倍だ)だけど、オリジナルの時はこれが普通だったし問題ないよね。あと出来立てホヤホヤだから誤字脱字も多いかもしれません。

ということで、最終回をどうぞ。


 ヴェノム・スネークがアウターへブン陥落とともに死んでから3年。

 1998年、アメリカはアリゾナ州に、2人の男女の姿があった。

 

 それはかつてはワーム、ウォンバットのコードネームで呼ばれていた2人である。

 彼らはこの日、この場所に住む古い友人の元へ訪れようとしていた。

 

 そして長らく会うことのなかったかつての若者達が会いに来てくれたことに、コードトーカーと呼ばれた老人はとても喜んだ。

 彼らは共通の友人であるアウターへブンで死んだヴェノム――ファントムの話を避けたが、そのかわりに彼女のことが語られる。

 

「クワイエットは、ここにいた」

 

 ただでさえあの時も小さいと感じていた老人の体は、そこから一回りまた小さく丸まって見えた。

 

「だが今はもういない。亡くなったよ……去年の春のことだ。私は、結局あの娘の力にはなれなかった」

 

 そうつぶやく声には、悲しみの色が深くにじんでいた。

 

 

 クワイエットの死は、多臓器不全からの窒息死。

 彼女の穏やかな日々の最後に待っていたのは、残念なことに地獄の苦しみが待っていたことになる。

 体を覆う虫たちは、弱っていく彼女自身を回復させようとフル活動したことで、ついに彼女を構成するものが生きることに耐えられずに壊れてしまったのだ。

 

 いつも付きまとっていた少年は、その週はたまたま忙しくしていて彼女と会っていなかった。

 彼女は自宅として使っていた車の中で、苦しんだ証として残される苦悶の表情のままで死んでいた。

 調べてみると数日を苦しんで、床の上を這い回った形跡はあったが。無線機はそのまま、ドアから外に出るそぶりもみせていないことから。どうやら外に助けを求めなかったことまでが、わかった。

 

「奴の死が、逆に彼女に覚悟を決めさせたのかもしれない。実際の話、苦しんでいた彼女の元に駆けつけたとして。私にできたことなどたかが知れていた」

「――そうでしたか」

 

 ワームと呼ばれていた男は、そう答えながら自然に自分の失った右眼と右腕の義手を握り締めていた。

 悲しいとか、怒りではなかった。何かはわからない、感情の塊がゴロゴロと落ち着かなく動き回る。そんな感覚をどうすればいいというのだろう?

 

 思えば死んだあの人も、クワイエットのことをずっと気にしていた。

 その彼女が、穏やかな生活の中で、自分よりも後に死んだということが慰めになるだろうか?この問いに答えはない。

 

「わかっていると思うが。ここにもCIAの目が、向けられている」

「ええ」

「彼等の活動の範囲外だからか、別に監視されているが。それだけだ」

 

 ビッグボスの蜂起以降、確かに政府の居留地への目が光るようになったのは間違いない。

 少し前までは先住民族との会話を求めた大統領であったが、それが突然にして無言のまま態度を翻したのも時期的にあっている。

 

 先住民居留地の若者達の失業率はついに50%をこえ、まだまだあがり続けている。

 あわせるように、自殺率も犯罪率と共に上昇傾向にあり。郵便物の配達も、月に一回から。半年に一回まで後退した。

 電気と水は通っているというが、不安定でつながらないことが多く。「過去がよみがえるようだよ」などと老人同士、昔の苦痛の日々を思い出しながら笑いあって、日が沈むのと同時に寝床にもぐりこんでいる。

 

 

 白人はこの国を奪ってから、一度として自分達につけた手綱を緩めることはなかった。奪われてから民族の中でずっと燻り続けている彼らの中の報復心と疑念。

 彼らはそれが自分たちに向けられることを恐怖し、脅威として認識しているからだ。そしてきっと、この生活はこれからもさらに厳しいものになるのかもしれない。

 

「それなのですが――」

「ん?」

「相手が政府とはいえ、覗き見されるのは不快でしょう?何もかもできる魔法の飴は持っていませんが、それくらいなら何とかできます」

「おお」

「というより、何とかしたんです。だから、我々はここに来ることができた」

「こりゃ、嬉しい土産をもらったようだ。感謝する」

「いえ、それほどのことでは――」

 

 そういって笑うワームの隣に座るウォンバットは、持ってきたアルミケースを膝に置くと。その中身をひらき、お互いの前に置かれている机の上に差し出した。

 

「われわれが来た理由は、こいつなんです」

「――スカルスーツだな」

「ええ、この2着が。最後のスーツです」

「……2着だけ?」

「――ビッグボスが、あの人がそう決めました。

 あれはダイアモンド・ドッグズの解散劇を演出したときでした。私達のボスは、自分と他の部下たちの使うスカルスーツを全て破棄したんです」

「ではこれは?」

「これはずっと俺達にだけ管理を許されていたスーツです。

 正直に言うと、このスーツを使う奴は自分たち以外にほとんどいなかったんです」

「お前達は違ったわけか」

「自分達は与えられた任務の内容で使用を決めてたので――。でも、こいつのせいで踏み絵にされました」

「ほう、なにがあった?」

「俺達のボスは、自分のスーツを破棄すると。俺達を呼び出して聞いてきたんですよ。『スーツを破棄するなら、アウターへブンへの参加を許可してやる』ってね」

 

 苦笑いを浮かべる2人に、老人は好奇心を刺激されて問わずには要られなかった。

 

「それを、お前達は断ったか」

「ええ」

「はい」

 

 2人の答えは同時だった。

 

「理由を聞かせてもらえるかな?」

「――勘、だったんだと思うんです。

 あの人はもう、私達の力を必要としなくなっていた。独りで戦場に出るのが、普通のことになってしまった。

 でも……でもまた、力が必要になった時。私達がそばにいられないなら、このスーツはそもそも私達にもいらないものだったから、ですカネ」

「ふむ、面白い意見だ」

「そうですか?」

「――役には立たなかったか?お前達の元に残した虫達は」

「いえ!そんなことはっ――そんなことはありませんでした。助けてもらった、本当に」

 

 スカルスーツがなければ、そもそもあのビッグボスの死に目には間に合わなかっただろうし。脱出したこの2人が助かることもなかっただろう。

 

「そうか。それならよかった」

 

 そういうとスーツケースの蓋に指を伸ばし、静かに閉じると膝の上に抱えこむ。

 

「全部だ。ようやく全て、戻ってきてくれた」

 

 老人の顔に穏やかな笑みが広がっていた。

 2人も今ならわかる。あの人は、この老人にこう思ってもらいたくて。自分の主義主張をねじ負けてまでも生きることを拒否したのだということを。

 

 それは今でも悲しく、受け入れたくはないことだが。

 だが、きっとこれが誰にとっても『この未来』ではよい結果なのだと思うしかない。

 

 しばらく無言で、静かな時間が流れた。

 だが、感傷は唐突に終わりを告げる。

 

「だが、どうしてだ?なぜ、今なのだ2人とも」

 

 コードトーカーの新しい疑問には、2人はすぐに答えることはなかった。

 一瞬だけ鋭い目を見せると、お互いがその目を閉じてしまう。

 

 そうだ。

 2人はそうする理由。それが今である理由は、確かにあったのである。

 

 

==========

 

 

 オーストリアにあるグラーツは、ウィーンの西南150キロにあるこの国、第2の都市であり。町に並ぶ建築物の多くが中世のものとされる旧市街は、それじたいが世界遺産に登録されているという場所でもある。

 ほかにもエッゲンベルク城や、近世の軍に対する守備隊のつかう武器庫(ツォイクハウス)が、今は博物館となって公開されていることでも知られている。

 

 だが、そんな観光地にしかめっ面をするだけではなく、剣呑とした雰囲気を漂わせた。不穏な会議が開かれていたことを知る人は、いないに等しかった。

 

 両者はともに海運業を営んでいる商工会の代表という話であったが。

 明らかに町の小さな会議室でかわされる話題は、ビジネスのそれではないことがわかってしまう。

 

 

 そこには7人の男女がむかいあっていた。

 片方は5人、そして2人のほうは――ワームとウォンバットである。

 

「困ったことになりましたねぇ」

 

 5人組の中の一人は、そう口にしてため息を吐いた。

 だが、2人の顔に変化はない。ずっと同じ、涼しいものである。

 

「お伝えしておいたはずです。今日のこの会議は、とても重要なものであると」

「ええ」

 

 ウォンバットは机の上のジュースをストローでずずっと吸い上げ。

 ワームは平然と無言でうなずくことで相手に同意を示す。

 

「では、どういうことなのか説明を願いたいですね」

「なにについてです?」

「あなた方、おふたりの名前がここに載っていない。いや、それどころかこちらが把握している顔がリストに入っていない」

「それが?」

「――本気でそれを口にしているのですか?あなた達は……あのビッグボスの仲間だったじゃないですかっ」

 

 ついに我慢し切れなかったのか。

 5人の目は鋭くなり、責めるようなそれを2人に向けた。いや、それどころか不快感や侮蔑、憎悪までもが見え隠れしている。

 だが、2人の様子に変化はない――。

 

 

 アウターへブン陥落からしばらくすると、世界中の戦場に奇妙な噂が立ち始める。

 アフリカで死んだはずのあの男が、みたび戦場へと還ってくるという予告である。それにあわせるように、特定のネットワークに『ビッグボスのもとへ帰還せよ』という、メッセージが伝えられた。

 

 世界中の傭兵達は多くが目を輝かせ、そのメッセージに反応して動き始める。

 だがそんな中にあって、不思議と緩慢に動く集団が複数存在した。それらにはどれも共通点があり、かつてはすべてがひとつの物。アフリカのセーシェル沖で輝かしい存在となって世界にその名をとどろかせた、あのダイアモンド・ドッグズの。あのビッグボスのかつての部下――仲間たちの今の姿がそうであったのだ。

 

「この戦いはあのアウターへブンの雪辱戦である」

 

 本来であるならそう口にして一番に参加をしてくると思われた者達のこのていたらくに、ビッグボスのメッセンジャー達はついに直接こうして対面を果たすことになったのだ。

 だがそこでも、彼らの態度は信じられないものであった。熱をまったく感じられない。これは一体どういうことなのだろうか?

 

 誰かに説明してもらわねば納得などできなかった。

 

「結集のメッセージの後、我々の中でビッグボスとともに立つと答えた戦士はそちらに先ほど渡したリストにあります。あとは――」

「協力する気はない、と?」

「そこまで厳しい言葉にされると困惑します。ただ、こっちもあれからトシをとりすぎた。それだけですよ」

「それが、貴方たちだと?」

「自分達も戦場から離れて3年になります。もう、我々ではそちらのお役には立てないでしょう」

「そんなことはっ」

「しがみつかれてもこちらも困るので。そろそろ終わりません?」

「――っ!?」

 

 絶句するしかなかった。

 だが、後ろに控えた誰かが代わりに口を開く。

 

「ビッグボスですか」

「なんですって?」

「ここにビッグボスが同席していないことが、あなた達を参加させない理由なのか、と思いましてね」

「別に、そういうわけでは――」

 

 苦笑いを浮かべ、そろそろ本当に失礼しようかとする2人の様子に止めることのできない5人は惑う。このままいかせていいのだろうか?それとも――。

 

 だが、ここで第三者が隣の部屋からいきなり扉を開け、ごくごく自然に振舞うようにして入ってくる。入ってきた人物を見て、全員が同じ名を口にした。そう、ビッグボスと一言だけ。

 

 淡い黄色のスーツ姿のビッグボスがそこにいた。

 

 キプロスから世界の目を逃れ続けていた男が、そこに現れた。

 ビッグボスはあわてた様子の5人の部下に、仕草だけで心配は要らないと伝えると、ワームとウォンバットの前に立つ。

 

「久しぶりだ――2人とも」

「……ビッグボス、お元気そうだ」

「ボス、お久しぶりです」

 

 会ったこともない3人が、こうして出会ってしまった。

 これから何を話すのか、何をしようというのか。一切がまったく予想ができない。

 

 

==========

 

 

 会議室の中から5人が出され、ビッグボスとかつての部下2人だけが残された。

 

 自分の部下がちゃんと外に出たのを確認するとビッグボスは向き直る。

 一方で、2人はじっと登場から目の前の男を――ビッグボスと名乗る男の顔を凝視し、なにかを探るような目つきを見せていた。

 

 確かに彼そっくりだ。

 とてもよく似ている。だが――それ以上に、まったく違っていた。

 

 彼の戦いの日々を象徴するような、あの傷だらけの顔はそこにはない。

 アウターへブンを直前に、とれたといっていた鉄の角のあった部分には。中のものがのぞけるような穴は、傷跡としてすら存在していなかったようだ。

 

 だがそれ以外は――。

 身長も、その佇まいも、あの時置いてきてしまった人のそれであった。

 

 そんなふうに感傷的になりかけている2人に対し、ビッグボスは冷静にまず宣言した。

 

「先ほどは感謝する――だが、もう隠すことはできない。そうだ、私は確かに君たちがよく知っているあの男。あのビッグボスとは別人だ。君たちとも出会ったのは、今日がはじめて」

 

 さすがに3人になってしまっては、どう切り出そうか迷う2人にいきなりこれである。

 そしてこれだけで、2人は容易に疑問を口にすることができなくなってしまった。

 

「とはいえ、いきなり私からすべてを話そうとしても。君たちがついてこられなくては意味がないだろうと思う。だからその前に、知りたいことはあるかな?」

「……いいですか?」

 

 ワームはさっそく手を上げた。

 

「どうぞ」

「これは――ようするに、なんというか。俺たちのボスは、あなたのファントムだった。そういうことですか?」

「うむ、いきなりそれか」

「はい」

「いや、いいんだ――ということは、やはり君の仲間たちもやはり気がついていたんだな?彼が、あの男がもう一人のビッグボスではないか、と」

 

 ビッグボスの問いかけに、2人は同時にうなずいてみせた。

 

 

 戦場を駆け巡る、あの「ビッグボスへ帰還せよ」の話題が耳に入るようになってしばらく。

 元ダイアモンド・ドッグズの仲間の一人が、とんでもない仮説を口にしたのである。

 

 ビッグボスは一人ではない。

 いや、それどころか複数が存在するのだ、と。

 

 この結論に至るきっかけとなったのは、あの93年にビッグボスが突然米国へ帰還を果たした事件に注目したからである。

 世界は、彼を傭兵ビジネスからはじき出された老人と見ていたが。

 ダイアモンド・ドッグズ(正確にはこの時はすでに元、がつくのだが)の兵士達から見れば、偽装解散を利用しての、偽者のビッグボスを自分たちで立てたのだろうと考えられていた。

 

 それでも何人かの兵士は、ヴェノムに直接。FOXHOUND司令となったビッグボスについて聞いたことはあったが、本人はまったくそれには興味もないようで、それまでと同じくまじめに取り合おうとはしなかった。

 

 そして兵士たちもまた、どうでもよくなってしまったのだ。

 なぜならすでにその問いは以前にもあったものだったし。ビッグボスのつくるアウターへブンはその時期はさらに加速をはじめていて、すぐに忙しさに追われて気になどしていられなくなったからだ。

 

 

 だが、兵士はそこで考えたのだという。

 

 

 アウターへブン。政治ではなく、武力というそれだけで存在する武装国家。

 これほど荒唐無稽な存在を実現させられるのは、まさしくビッグボス本人でなければありえない。

 

 だが、一方では。彼はダイアモンド・ドッグズの兵士の全員を参加させようとはしなかった。

 偽装解散を利用し、世界にダイアモンド・ドッグズの流儀をよく知る兵士達を拡散させてみせた。それはヨーロッパに、北米に、南米にとすでにその芽を伸ばし始めている。まるで自分が失敗したときのために――ビッグボスの消えた世界に小さく、弱くとも何かを残そうとするように。

 

 では、アウターへブンの兵力は足りなかったのか?

 そうではない。

 足りないものを補うように、なぜかもう一人のビッグボスの部下たち。FOXHOUNDの兵士たちがそこに入ってきて、作戦に参加して見せた。

 

 つまり、その時いた2箇所に存在したビッグボスは。

 互いに動きを察知しながら状況に対処していたという可能性が出てくる。

 

「あの要塞の建設には、多くの資産が投入されていました。

 国連から漏れた情報から、列強がそこをかぎつけるのも時間の問題だった。自分たちはそのことをよく知っています。

 だから不思議でしょうがなかったんです」

「なんのことだ?」

「メタルギア」

 

 そう、あの鋼鉄で作られた2速歩行の獣。

 蜂起の宣言と一緒に、その切り札をビッグボスは世界に公開した。

 

「あれは外から持ち込まれたものでした。決して、私たちのボスが生み出したものじゃない」

「――なにか大きな動きをみせれば、どうしてもその手がかりがこぼれおちてしまうものだ。そうだな、確かに。

 君たちが真実にたどり着く情報はそろっていた訳だ」

「じゃあ――」

 

 ビッグボスの顔が歪んだ。

 それがあまりにも突然だったので、驚いた二人は言葉を失ってしまう。

 

「ビッグボスのファントム。それは君たちの口からは出さないでほしい言葉だ」

「え?」

「君たちにはぜひ、わかってもらいたかった。あの男が、どれほど任務に忠実だったか――ビッグボスの意思、それに全てをかけていたのかを」

「……」

「私は、ビッグボスとして。彼のために君たちにずっと伝えなければならないことを、ようやくここで果たすことができる。

 だからこうして、わざわざ会える機会を待っていた」

 

 相変わらず苦しげに歪んだ表情のまま、しかしその目は。すでにこの世から消えた友のことで悲しみに沈んでいた。嘘はそこにはない、本心だ。

 

「すべてはそう、あのキプロスで目覚めたときから始まったことだ」

 

 ヴェノムの歩いた11年。

 そこに隠されたもう一人のビッグボスの物語が、ようやく始まろうとしていた。

 

 

==========

 

 

 私には何もなかった。

 

 苦しい思いをして、ようやくMSFを成長させたが。攻撃を受けた私は、力も、仲間も、そして自分に残された時間までも奪われてしまった。

 そして私はそのことに愕然とする時間すら、与えてはもらえなかった。

 

 いや、これはあまりにも弱気な言葉だったな。

 だが事実を的確に捉えた表現ではある。

 

 私の目覚めを知って刺客が放たれていたし、それを前に逃げる準備はまったく整ってはいなかったし。私個人でどうにかする力も残されていなかった。

 

 不本意ではあったが、友人達の力を借りるしか私が生き残る選択肢はなかった。

 彼等が出してきたのが、そうだ。『ビッグボスのファントム』で時間を稼ぐ、という方法だった。

 いかなる犠牲を出すにしても、とにかくその場から生き延びなくては次はない。この言葉のもつ魅力には逆らえなかった。

 

 だが私は……。

 このビッグボスにファントムは必要ない、存在だった。

 当時はスカルフェイスについて何も知らなかったが、奴のような存在が遠からず自分の前に立ちふさがることは想像がついていた。

 そいつらにまがい物のビッグボスをぶつけてどうにかできると本気で考えられるか?答えは簡単、ノー、だ。

 

 だが、話を聞くとそれほど悪くない計画だと思えるようになってきた。

 そうだ、君たちの知るビッグボス。彼は元は私のMSFで、トップの成績を誇っていた男だった。

 私は知りたかったのだよ。

 MSFで私が成し遂げようとしたものが、彼の中にもきちんと受け継がれているのだろうかと。その結果が出なければ、そもそも私のやろうとしたことは全て無意味なものでしかなかったということになる。

 

 

 病院で彼と一緒だった時。

 そのことを思い出してもらいたくて、私はとっさに彼に言ったんだ。

 「お前がエイハブ。こっちはイシュメールだ」とね。同じ日々をすごし、同じ戦場を戦った仲間でもあった。その中で伝えた技術、そしてそれ以上の何かを彼に継いでいると証明してほしかった。

 

 そう、証明だ。

 彼に望むのと同じく、私自身にもそれが必要だった。

 

 この世界に、ファントムとはいえビッグボスがいる以上。

 私もまたそれに従い、この顔を変える必要があった。

 

 だが、しなかった。

 この顔にメスを入れるつもりはまったくなかった。

 

 全てを失っても、まだ私が生きようとしたのは。己の悪名におびえ、世の中から消えて安穏とした生活に体を休めたかったからでは決して、ないっ。

 

 このビッグボスの名は、勲章ではない。

 私自身の罪の証でもある。だからこそ己の宿業を他人に投げつけ、逃げるような真似はしたくはなかった。するつもりもなかった。

 

 

 もう、わかってもらえただろうか?

 私もまた、彼とは違う道を。このビッグボスのままで歩き出した。その後の歩みについて、特に説明は必要ないと思う。

 

 君たちのボスが、アウターへブンを実現させようとしたように。

 私もまたこの道の先に、同じ世界を思い描いている。もうひとりのビッグボスの、もうひとつのアウターへブンだ。

 彼に遅れること3年か。だが、それはもう目前まで来ている――。

 

 

 

 ワームも、ウォンバットも無言で聞き入っていた。

 あの時に感じたなぞは氷解し、だが更なる謎が浮かび上がってくる。

 

「あの――では、俺たちのボスは。あなたの盾になった、ということですか?」

「違う、断じて違う。そうじゃない」

「はぁ」

「……確かに私の友人たち――つまりオセロットなどはそれを期待していたのだと思う。だが、私自身はそれとはまったく違うものを期待したんだ」

「あなた自身に、なること?」

「そうじゃない。自分のコピーが必要だったんじゃない。ビッグボスという男の意思を、正しく引き継いでいるということをだ」

 

 まだ、理解が足りない感じがあった。

 

「私は多くを師から学んだ。彼女から体も、技も、心も。その全てを受け継ごうと望んでいた。MSFは、それを自分の部下にも与えたいと思って始めたことだ」

「はい」

「君たちのボス、つまりファントムは。信じてくれなくてもいいが、才能だけで言えば私を超えるものがあった。

 これは仮の話だが、MSFがその後も残っていたなら。戦場で、私の伝説がこれほど大きな意味を持つことはなかったかもしれない」

「ビッグボスの、後継者?」

「そう、それだよ。

 私が何もないといったのは、それだった。

 

 コスタリカでの1年というわずかな時間が、当時の部下たちに継がれることがなかったのではないか。私が永い眠りを終え、変わりゆく世界を見て一番ショックだったことはそれだったんだ。

 

 傭兵たちの中には今も私の伝説はしっかりと残されているのに。

 私が彼らの中に与えようとした技術も、想いも。MSFと共に暗い海中へと飲み込まれてしまった」

「俺たちのボスは、違うと?」

「そうだ。彼だけは違った。

 彼は私と同じように、共に長い時を眠り続けていた。同じものを失い、それ以上を奪われた。

 彼もまた、私と同じくなにもない男として目覚めることになった」

 

 ビッグボスの言葉にうそを感じることはできない。

 だが、まだ全てを信じるわけにはいかなかった。

 

「話はわかってきました。ですがビッグボス――あなたはそうやって、私たちのボスと別れたということですか?」

「君が言いたいことはわかる」

「すいません。うまく質問できてないかも」

「いや、大丈夫だ。――白鯨では最後。怒りに取り付かれたエイハブによって、船員達もまた。限界をこえて突き進んでいく。

 それはまるで無謀な死への挑戦するかのように。

 そして彼等は死に、共にあったイシュメールだけが生還する。まさに、今の私の存在が。物語のようだと思っているんだろう」

「……」

「あの時、私が言いたかったことはそうじゃない。ビッグボスは神ではないんだ、こんな未来が待っているなんて思いもしなかった。

 ――ファントムが歩く先には、多くの敵がいて。困難が立ちふさがることはわかっていた。それは私の人生でも、常にそうあったからね。

 

 私が自分をイシュメールに例えたのは、ただ彼を見守るというだけではない。

 白鯨でもそうだったように、エイハブと共に危険の向こう側へと渡り。その最後までも全てをその目に焼き付けた。彼だけが助かったと考えるのが自然だが、逆に言えば「イシュメールとはエイハブの船に乗った誰か」であっただけなのだ。

 

 白鯨との戦いを目にして、生き残った者が自分はイシュメールだと名乗っただけかもしれない。

 そう考えられないかな?」

「大胆な発想ですね」

「ふっ、そうかもしれないな。だがこれが真実なのだよ」

 

 ワームが熱を帯びた言葉で聞いた。

 

「なら、俺たちのボスが。もしかしたら今日のあなたの立場になったという未来があったと?」

「――もちろんそうだ。彼はアウターへブンと呼ぶ要塞を優先した。だが、私は逆にメタルギアという世界に突きつける兵器から優先した。

 結果、彼が先に世界に注目され。私は彼に自分の力を譲り渡した」

「メタルギア……」

「そしてお嬢さん、君の言いたいことはわかっている。これはあの時だけの話ではない。私も彼も、時に立場を入れ替え。世界の戦場のどこかで、その時はエイハブであり、イシュメールを演じわけてきた。

 

 スカルフェイスの声帯虫の騒ぎがあっただろう?セーシェルに封じ込められた君たちを救うため、動いたことがあった。もちろんそれだけじゃないがね。

 だが、逆に君たちは知らない間に私を何度も救ってくれている。そのことを彼は――ファントムは君たちに伝えたことはなかっただろう?」

「えっ、本当ですか!?」

 

 思いもよらないことを知らされ、驚くしかなかった。

 

「油田を占拠した反体制派の一掃、資源発掘の調査。

 君たちと違い、私の資産の多くはエネルギーに関係していた。中でも大きかったのは、あのアジアでの作戦だった」

「っ!?」

「将軍一家への報復だ。あれは、あの一家と関係する政治派閥が。アジアでの活動の邪魔になっていた。彼らが消えたおかげで、こちらはあの国の政治に変化を生み出すことに成功した」

「ハン将軍の、あれが!?」

「もちろん。私は彼にそれを依頼したわけではない。彼には彼の理由もちゃんとあった。ただ、私だけの必要のためだけに彼はあの事件を起こしたわけではない」

「……あなた自身、あの事件に関与したんじゃないんですか?」

「ウォンバット?」

 

 ワームは驚くが、ウォンバットの記憶は。あの時の部下の証言をはっきりと思い出していた。

 

「将軍の息子たち、彼らを抑えるのに手間取っていた我々を見かねたんですか?だから介入した?」

「……プライドを傷つけたくはない。理由は話した、あれにはあれで理由があった。君が怒る理由はないし、私にはああする理由があったというだけ」

「――わかりました。それで納得します」

 

 ビッグボスの顔が、あの優しさを感じさせる柔和な笑みへと変わった。

 

「私は――君たちとは本当に会いたかった」

「?」

「彼は私が望んだ役目を果たしてくれた。それ以上のことも。君たちがそうだ」

「自分、達ですか?」

「そうだ。だからこうやって直接会い、わだかまりをといて。話したかった」

「――なぜですか?」

 

 ビッグボスの目が、異様な輝きをその瞬間。発していた。

 

「アウターへブンは終わりではない。

 私は、私のアウターへブンを。この世界に彼と同じく用意した」

「!?」

「ザンジバーランド。それが私のアウターへブンだ。

 そこで11ヶ月以内に、私は世界に再び宣戦を布告する予定にある」

「ザンジバーランド。ビッグボスのアウターへブン」

「2人には。いや、君と仲間たちにはぜひ。この戦場に参加してもらいたい。このビッグボスにも、力を貸してもらいたい」

 

 力強い言葉に続き、差し出された手は、妖気を放つ魅力的なそれを漂わせていた。

 

 ワームとウォンテッドは大きく息を吸い込んだ。

 ファントム――ヴェノム・スネークの弟子達は。この誘惑に耐えることが必要なのだろうか?

 

 

==========

 

 

 コードトーカーにも別れを告げ、2人は居留地を後にしていた。

 何もないルートナンバーのついた一本道を、ビジネススーツ姿の男女はとぼとぼと歩いていた。

 

「これで、決着がついたな」

「そうダネー」

 

 また無言になってしまう。

 

 この3年。ずっと後悔が、心のそこにへばりついて離れてくれなかった。

 ビッグボスのファントム――彼らのボスであったヴェノム・スネークとの最後の任務。

 

 彼等は地獄を見た。

 

 滝つぼに放り出され、そこでいきなり連れていた少年の一人の呼吸が停止した。

 川沿いから森の中に入っていくと、背後で炎の柱が立ち昇り。大地はえぐられ、悲鳴を上げる子供たちの叫び声のようにどこまで走っても震え続けた。

 

 ヴェノムの恐れていたとおり、包囲を破ることはほとんど不可能とも思える難しいことだった。

 そして2人は、そこで最後の希望を――子供達を失い。任務は失敗した。

 だが、それを理由にして死ぬわけにはいかなかった。

 

 大怪我を負って戻った2人は。1年の入院、複数回の手術、つらいリハビリを乗り越えた。だが、戦場にはもう戻らなかった。

 

 いや、戻れなかったのだ――。

 彼らのビッグボスのいなくなった世界の戦場で、彼らの戦わなくてはならない理由はもう残されてはいなかったのだ。

 

「スッキリできた?」

「――いや、まだわからん」

「そうダヨネー」

 

 それでもその後の2年を、時間を無駄に生きることを2人は選ばなかった。

 

「お前の病院、評判いいらしいな?」

「NGOの医師団にね、教えてるんだよ。無料で」

「へぇ」

「元はダイアモンド・ドッグズの医療班ですから。その手のプロはゴロゴロしているからね」

「無料とは太っ腹だな」

「――素人だもの。彼らの知りたいことなんて、そう多くないから」

「なるほど」

 

 ドイツの田舎町に不釣合いな総合病院が建っている。

 かつてのダイアモンド・ドッグズの資産で作られた病院だ。彼女はそこの院長としてかつての仲間達と共に働いている。

 そこでNGO医師団に参加する者もいるし、血が滾るのか再び戦場へ傭兵となって戻る奴もいる。

 

 皆がそれぞれ、ビッグボスのいない世界での身の振り方を考えて好き勝手をしている。

 

「あんたはどうなのよ?」

「仕事はやめた」

「はぁ!?」

「クビになったわけじゃないぞ。俺のやるべき仕事が、終わったというだけのことだ」

「じゃあ――」

「ああ、そうだ。結果が認められて、チームは政府と契約した」

 

 ワームは所属は違ったが、開発班と行動を共にしていた。

 彼等はアウターへブン、ダイアモンド・ドッグズで得たデータを元に兵士のためのプロテクターを開発。これがDARPA(アメリカ国防高等研究計画局)に認められ、近く正式に契約を交わすことになっている。

 

 皮肉な話ではあった。

 戦場と同じく。

 あのアメリカにも、三度。ビッグボスが遺産となって政府の手に委ねられていく。

 

「俺はお役御免さ。次の仕事、探さないとな」

「へー、頑張れよな」

「……冷たいよな、相棒に。お前」

「こっちは幸せだからね。しょうがないね」

「は?」

「実はさー、結婚することになりそうなんだよね」

「――マジかよ」

「ベタ惚れされちゃったからさー、エヘヘ」

「お、おめでとう」

「おう、ありがとうな」

 

 話題とあわせて、2人は徐々に明るい顔を浮かべるようになっていた。

 

 

 ――2人は結局、ビッグボスの誘いを断った。

 

 湾岸戦争で、思ったほどの利益を得られなかったアメリカでは新たな問題が持ち上がっていた。

 次世代のエネルギー問題である。

 世界の人口が50億を超えると、それまでの石油に頼ったエネルギー問題は深刻だとして取り上げられるようになっていた。

 

 国での生活に自動車が不可欠なこの米国において、増え続けるガソリン消費量を減らすには代価となる新しいエネルギーが必要だった。

 一番に思いつくのは核エネルギーということになるが。79年3月におきたスリーマイル島での原子力発電所の事故の恐怖を人々が忘れるわけがなかった。

 

 そこで政府が持ち出してきたのが合成エタノールである。

 これなら再生可能な自然エネルギーだと持ち上げてみせ、多額の開発資金を投入することで実用化を早めると発表していた。

 だが、これはあくまでもガス抜きにすぎない。根本的な解決、石油ほどの確実な効果は期待できないのはすでにあちこちから声が上がっている。

 

 そしてそれはこの米国だけではない。石油資源の枯渇が叫ばれる中、新しい代価エネルギーの誕生を世界は必要としていた。

 

 

 あのビッグボスはそれを利用するつもりなのだという。

 

 デジタルの力によって解析されていく生物たちのDNAを手本に、ついに人類は独自の新しい生命を誕生させようとしている。

 それは草木を食すと、体内で変化させ、廃棄すると大量の高純度の石油を生み出す微生物。

 

 完成すれば凄い革新をもたらすものの、世界各国に存在する技術規制にも当然ながらこれは抵触していた。そして開発者はこれを技術の実現のために規制を緩めるよう、積極的に訴えている。

 

 この研究者を抑え、ビッグボスはパフォーマンスで乗り切ろうとするホワイトハウスに対し。合成エタノールは無力だとわからせ、紛糾させてやろうという目論見なのだ。

 ビッグボスはアウターへブンの最後を見て、列強のあいだに協力関係を築かせない方法を用意していた。

 

 そしてザンジバーランドは正式な武装国家として宣言。

 そこにビッグボスの持つ武力を注ぎ込んで満たしてしまう。世界は再び、ビッグボスによってアウターへブンの再来に震えるしかない。

 そしてその解決を図ろうにも、エネルギー問題という政治が絡むために。列強は組むことができず、国連や外交を通じて粘り強く話し合わねばならなくなり。

 

そこから得られる空白の時間によって、ザンジバーランドの正当性を世界に認めさせようと迫るつもりなのだ。

 

 

 だが、それは2人にとってはもう終わった戦争だった。

 ビッグボスと共に歩く戦場はアウターへブンにあり、彼等はそこで確かに最後の任務を果たそうとした。その最後はハッピーエンドではなかったが、だからといってそれを今更やりなおそうという気持ちにはなれなかった。

 

「我々は、俺たちのボスから最初に教えられました。『自分が戦う戦場は、自分で選べ』と」

 

 ワームの言葉に、ビッグボスは喜んでいるようだった。

 

「残念ですが、お話を聞いても私達がそこに立つ理由はやはりないようです。誘っていただきましたが、申し訳ありません」

「いや、いいんだ」

 

 ビッグボスも、それ以上はなにも言わなかった。

 別れ際に差し出された手は、あの人のように固く握り返してくれた。

 

 

 ウォンバットは道路わきに立って、空を見上げると声を上げた。

 

「あ、来た。来ましたよ」

 

 一機のヘリが、2人に向かって近づいてくる。

 

「とんでもない奴だよな。車が走る道路に、ヘリを着陸させるなんて」

「いいのよ。この国で車に乗るなんてお断り」

「――いつからそんな車嫌いなった?」

「いいじゃん、そんなこと」

 

 しゃべっている間に、ヘリはゆっくりと着陸し。ウォンバットは扉に手をかけ、中に乗り込んでいく。

 

「なに?乗らないつもり?」

「ああ。俺はいい」

「本気?ここから歩くの!?」

「いいだろ、そんなこと。それより結婚式の招待状、ちゃんとよこせよ」

「無職の癖に、国際便でエコノミークラスで来てくれるわけ?」

「まさか!ファーストクラスでいくさ、当然切符も同封するだろ」

「あっそ。気をつけなさいよね。それじゃ、また」

 

 ワームは義手である右腕を上げ、手を振る中。

 ウォンバットを乗せたヘリは、空中へゆっくり上昇し。そしてすぐに遠くに飛び去っていく。

 

 

==========

((年表))

 ※注意:これは当作品の都合で構成されています。正しい”メタルギア史ではありません”

 

1996

・国連で包括的核実験禁止条約が国連総会で採択される。

・ルワンダ難民60万が、ザイールから退去。帰還を果たす。

・アフリカで真実和解委員会が設置される。これにより過去のアパルトヘイト時代に起きた人権侵害について調査。結果を広く発表した。

 

 

1997

・対人地雷禁止条約の起草会議がオスロで開かれた。ここから地雷禁止国際キャンベーン(ICBL)がはじまり。60カ国以上から1000を超えるNGOの結集する大きな組織に発展していく。

・アジア、日本において京都議定書が採択された。

・アンゴラがザイールに出兵、キンシャサを制圧。国名をコンゴ民主共和国に変更

・ダイアナ元皇太子妃、交通事故死

・ボイジャー、太陽系から離脱

・香港が中国に返還

 

 

1998

・環境シンクタンク、世界資源研究所が研究結果を発表。温暖化によって地球上のサンゴ礁は80%が危機にあると警鐘を鳴らした。

・米英、イラクに対し空爆

・スーダン共和国は新憲法により政党活動が解禁。一方、テロリストの滞在を認めたとして米軍は巡航ミサイルによる攻撃を行った

・第2次コンゴ戦争が勃発

・ビッグボス。中東・ザンジバーランドを軍事政権に移行させることに成功。ここからさらに資産を投入し、武装要塞国家へと急ピッチに改造をすすめた。

・メタルギアTX-55の欠点を補い、改良を加えたメタルギア改Dが完成。

・ビッグボスの声に、元FOXHOUNDのグレイ・フォックス。アウターへブンの元レジスタンス、シュナイダーなどが集まってくる。

 

 

1999

・パキスタンでは参謀総長の解任が決定した直後。軍部がクーデターをおこした。

・ロシア大統領が辞任。後継者は次回選挙まで、大統領代行がつくこととなった。

・日本の東海村で、核燃料工場が国内初の臨界事故をおこす。

・NATO軍によるユーゴスラビアへの空爆によって、中国大使館と難民約70人が死亡。どちらも誤爆であった。またこれによって深刻な環境汚染が広がったとも指摘された。

・ビッグボス。ザンジバーランド騒乱と共に姿をあらわし、再び世界を恐怖に落とす。

・FOXHOUNDはこれに対し、『OPERATION INTRUDE F014』を発令。司令官となっていたロイ・キャンベルは引退していたソリッド・スネークを強引に召還した。

・FOXHOUNDから離れていたマスター(カズヒラ)・ミラー。この作戦への参加を志願する

・ザンジバーランド陥落。ソリッド・スネーク、今度こそビッグボスを殺害。帰還後は再びアラスカに消える。

・『愛国者達』、ザンジバーランドからビッグボスとグレイ・フォックスの遺体の回収に今度こそ成功。

・パラメディックことクラーク博士、グレイ・フォックスの遺体で強化外骨格の研究を開始。これによって蘇生(?)する。

 

 

2000

・Y2Kの問題が間に合わないと騒がれるが、不思議と混乱はおきなかった。

・アメリカとロシアの間で兵器級プルトニウム34トンを処分することで合意。

・ヒトゲノムがついに90%まで解読

・引退していたネルソン・マンデラは国際連合安全保障理事会で初めての演説を行う。

・FOXHOUNDにリキッド・スネークが加入。実戦部隊リーダーにそのまま就任する

・リキッド、少数精鋭を掲げると自分を中心とした新生FOXHOUNDを編成。オセロット、マンティス、レイブン、ウルフが集結する。

・国際ヒトゲノム計画チームにより、解読完了が発表される

・米大統領選挙にて大きな混乱があり、疑惑が次々と持ち上がる中。ジョージ・シアーズが勝利を手にする。

・ダイアモンド・ドッグズの生み出したNGO団体を管理していたエヴァ。複数の団体と粘り強い交渉により統合に成功。以降は国連との連携を主体にするようにと言葉を残し、自身の役目を終えたとして運営から離れると姿を消した。管理者は複数人が就任し、そこにはあのユン・ファレルの名があった。

 

 

2001

・アメリカ合衆国第43代大統領にジョージ・シアーズが正式に就任。

・就任時の選挙疑惑を追及しようとするメディアに対し、新大統領はとりあわなかったことと。笑顔でバカンスを繰り返したことでバッシングが開始。国民からの支持率は一気に急降下する。

・この時期、大統領は直属の対テロ特殊部隊『デッドセル』を結成。初代リーダーはジャクソン大佐

・国連経済欧州委員会はカザフスタンでの「平和目的の核爆発」についての調査を発表した。それにより、核爆発は30回以上おこなわれ、放射能汚染地域はカザフスタンの国土の大部分を占めていたことがわかった。

・9.11同時多発テロ事件が発生

・大統領は議会で演説。国際テロ組織を総力でもって壊滅させる決意を宣言

・突然あらわれると何者も検閲を受けずに「愛国者法」が大統領の署名を得たとして発効された。これは個人情報収集、令状なしの盗聴などの基本的人権を制約することを許した危険なものであった。

・この年の終わり。メタルギアREXの開発が始まる。責任者はヒューイの息子、ハル・エメリッヒ。

 

 

2002

・ナオミ・ハンター。ATGC社に入社と同時に提唱していた自身の第一世代ナノマシンを完成させる

・クラーク博士、ビッグボスの遺体を使い。DNAを解読、ソルジャー遺伝子を手に入れた

・ブラックサイトが始動。CIAは敵性戦闘員の収容を開始。

・アフリカ統一機構はアフリカ連合と改められた。

・チェチェン共和国の武装勢力がモスクワの劇場を占拠。軍の撤退を求めたが、特殊部隊による強行救出作戦によって犯人40人と人質129人が死亡した。

 

 

2003

・イラク戦争勃発。英国とオーストラリアもこの流れに追従した。

・5月、大統領がイラクでの戦争終結を宣言する。

・イラク戦争はあいまいな理由での先制攻撃だったはずが、政権打倒と市民の解放へとすりかえられ。ホワイトハウスは9.11に関する議会の報告書の公表を拒否した。

・オセロットとエヴァ、ナオミへの接触を開始。

・リキッド、ゲノム兵による次世代特殊部隊を新たに掌握する。

・オセロット、ソ連時代の元上官。ゴルルコビッチと密かに連絡を取る。

 

 

2004

・日本、59年ぶりに戦地に部隊を派遣する。

・イラク暫定政府に主権がうつった。

・連邦地裁により反テロリズムとして使われていた「愛国者法」の一部は憲法違反との判断が下された。

・グレイ・フォックスによりクラーク博士が死亡。ナオミはFOXHOUNDのメディカルスタッフにつく。

・同時にペンダゴンはナオミに彼女のナノマシン技術で殺人ウイルスFOXDIEを開発させた

・デッドセルのリーダー、ジャクソンに機密漏えい疑惑が持ちあがる。。

・爆弾処理技術者ピーター・スティルマン。事故が原因で引退。

・メイ・リンはMITでソリトンレーダーを開発。政府からスカウトを受ける。

 

 

2005

・ミラー、自宅で何者かに殺害される。

・リキッド・スネーク、新生FOXHOUNDと次世代特殊部隊を率い。アラスカ・フォックス諸島沖にあるシャドーモセス島基地を占拠した。

・リキッド・スネークはビッグボスの遺体を、政府に要求する。

・政府は引退していたロイ・キャンベルをFOXHOUND総司令に戻し、またもやソリッド・スネークを強引に回収させた。

・リキッドとの対決を勝利し、ソリッド・スネークはそのままアラスカへと消える。新生FOXHOUNDも壊滅した。

・愛国者達、『リキッド・スネークの遺体』を手に入れるように命令を出す。

・オセロット、ソリッド・スネークとの戦闘で片手を失い。『リキッド・スネークの遺体』のせいでEVAと離れる。

・オセロット、メタルギアの技術データを突如インターネット上で一般公開する

・ジョージ・シアーズ大統領がホワイトハウスから消える。犯罪などに巻き込まれた形跡がなかったため、公式発表では辞任とされた。

 

 

2006

・シアーズに変わり、ジェームズ・ジョンソンが第44代大統領に就任する。

・この際、イラク戦争においていわれていた「大量破壊兵器の秘匿」情報は間違っており、責任は消えた前任者にあると発言。メディアは一斉にバッシングを開始。

・公開された技術データを元に核保有国が次々とメタルギア製造を開始。

・NGO反メタルギア財団、フィランソロピーをソリッド・スネークとハル・エメリッヒが設立する。

・ウガンダでエボラ出血熱の発生、51人が感染し。16人死亡。

・米軍、ソマリア南部を空爆

・『シャドーモセスの真実』がベストセラーとなり、ソリッド・スネークの名前は表の世界でも知られるようになる。作者のナスターシャ・ロマネンコはフィランソロピーの援助者でもあった。

・米海兵隊も独自にメタルギアRAYの開発に着手する

・イスラエル軍がレバノン侵攻を開始

 

 

2007

・マンハッタン沖タンカー沈没事件が発生。海兵隊司令官スコット・ドルフとゴルルコビッチは死亡。

・オセロット、リキッドとしてその場に居合わせたソリッド・スネークに自分の存在を知らせる。

・メタルギアRAYを奪取したオセロットによってタンカーは沈没。フィランソロフィーは環境破壊テロリストとして指名手配される。

・ホーリー・ホワイト。自著の発売禁止が決定し、肩を落とす。

・サニー、誕生

・原油の価格暴騰

・タンカー沈没地点に除染プラント『ビッグシェル』が建造される

 

 

2008

・米大統領、グアンタナモ収容施設の閉鎖を公約

・北京オリンピック開催

・チベット騒乱、中国政府はこの暴動を外に漏らさないようにするために厳しい報道規制を敷いた

・北欧にあらわれたEVA。自らをビッグママと名乗り。反愛国者達を標榜するレジスタンス組織『失楽園の戦士』を立ち上げる。

 

 

2009

・ビッグシェル占拠事件が発生。

・FOXHOUNDは新たな工作員、雷電を単独潜入させるが。ここでソリッド・スネークとハル・エメリッヒと出会う。

・愛国者達、S3を完成させる。

・アーセナルギア、ニューヨークのウォール街に特攻する。

・事件の首謀者はソリッドの名を語っていたソリダスであった。雷電はソリダスと再会し、これを倒した。

・リキッド・オセロットが目覚める。

・メタルギアRAYとG.W.は奪われたが、雷電達はアーセナルギアを停止させた。

・国際通貨基金は世界全体の経済成長率がWWⅡ後最悪となると発表した。

・愛国者達、ソリダス・スネークの遺体を回収する。

 

 

2010

・チリ、サンホセ鉱山落盤事故2ヶ月余ぶりに救出

・米国はPMCの積極的活用を決断する。同時に自国の兵士達へのSOP注入を開始。

・列強もこの流れに加わろうとする。

・ハンガリー、国籍法を改定

・中国がGDPでついに日本を抜く

・雷電、ローズの元から去っていく。

 

 

2011

・PMCへの依存が増え、戦争経済が世界に浸透する

・戦場管理システムとしてSOPの採用がPMCでも進んでいく。

・米国、9.11の首謀者とされるビンラディンを暗殺する。

・リビアのカダフィ政権が倒される

・NASAはケプラー宇宙望遠鏡で地球に似た太陽系外惑星を確認したと発表

 

 

2012

・愛国者達に捕らわれていたサニーを、ソリッド・スネークらと行動を共にしていた雷電が救出した。

・サニーはハル・エメリッヒ達と共に生活する。

・雷電、愛国者達に捕まり。サイボーグへと改造された。

・ビッグママは愛国者達の施設から、雷電を救出する。

・ローズ、キャンベルと再婚

 

 

2013

・リキッド・オセロット。PMC5社をついに手中に収め、それを束ねるマザーカンパニーを設立する。

・ロイ・キャンベル国連にて各国のPMCの査察を開始する。

・雷電、ビッグママと手を組み。BIGBOSSの遺体を愛国者達の施設から奪う。

 

 

2014

・国防省は突如、BIGBOSSとCQCの情報を一般に公開することを決定した。

・ガンズ・オブ・ザ・パトリオット事件が発生。

・愛国者達のAIを破壊

・リキッド・オセロット、自身とBIGBOSSのアウターへブンをついに完成させ。ソリッド・スネークと最後の対決にのぞみ、敗れた。

・BIGBOSS、ビッグママ。そしてゼロが死去。

・ハル・エメリッヒは正式にサニーを養子にする

・メリル・シルバーバーグとジョニーが結婚した。

・SOPシステムは国連決議により廃止される。

・PMC「マヴェリック・セキュリティ・コンサルティングInc.」は解散する「楽園の戦士」から多くの兵士を雇用した。

 

 

 

・ソリッド・スネークは自身のコードネームを捨て、戦場から去った。ここに蛇の系譜は閉じられた。

 

 

==========

 

 

 燃えるような日差しの中、ワームは上着を脱ぎ。一人で荒野に続く一本道の上を歩き続けている。

 この数日で、多くの決断を下し。何か大きなものがついに終わりを告げたことはなんとなく理解していた。実感はまだなくても、次に進むにはそれで十分だった。

 

 ヴェノム・スネークは、やはりビッグボスだった。

 彼は実行不可能とも思える任務を続けることで、ついに誰にも文句を言わせない本物となったのだ。

 それは屁理屈だと、文句を言うやつもいるだろうが。その最後までを目にしていた自分には、それで十分だった。

 

 そして自分はまだ歩いている。生きている。

 ビッグボスと道をたがえ、コードトーカーと再会し、クワイエットの最期を知った。今は一人、ついに最期の相棒だったウォンバットとも別れている。

 

 

 ワームは足を止めた。

 そろそろ、次の目的地を決めないといけないだろう。

 

 懐から、あの情報端末機を出すと。ポケットからメモを取り出し、番号を入力していく。

 コール音はすぐに終わった。

 

「久しぶりですね。俺です、わかりますか?」

『……』

「ええ、そうです」

『……』

「今、少し話せますか?ちょっと色々と――えっ!?」

 

 そう言うと、ワームはあわてて周囲を見回す。一本道の道路の先、地平線にこちらにむかって走ってくる一台の車が見えていた。

 

 

 

 ワームの口は呆れてぱっくりと開いていた。

 

「どうだ?いいだろう?」

「ひどいセンスですよ。オセロット」

 

 オープンカーに一人乗ったその男は得意げにそう口にしたが、その感想は遠慮のないものとなった。

 

「59年製、キャデラック・エルドラド。悪くないだろう?」

「趣味が変わったんですか?パープルピンクでギラギラさせて。信じられない」

「いいさ。乗れよ、話があるんだろう?」

 

 ワームは首を振りながら、悪趣味なそれの助手席へと乗り込んでいく。

 車をスタートさせるとサングラスをしたままのオセロットは早速話を始める。

 

「あの人に、ビッグボスと会ったと思うのだが?」

「ええ、まぁ」

「そうか。なら、知ってしまったというわけだな」

「……」

「俺の首にかかった賞金だが――」

「やめてください。いつの話をしているんです?」

 

 依頼人不明のまま出されていたオセロットの賞金は、アウターへブンが崩壊するのと前後して取り下げられていた。理由は、不透明な経済不況のため支払い不可となったため。あの人がそう決めたに違いなかった。

 それに納得しない奴はいなかったし。オセロットの顔もすでに忘れられていた。

 

「なら、なぜ俺に連絡を入れた?話があるということだったが?」

「――本当に一人できたんですね」

「それが条件だっただろう?」

「はぁ……あんた、本当によくわからない人だ」

「フフフ」

 

 オセロットは笑うだけで、それ以上は何も言うつもりはないようだった。

 

(どうやら俺は、まだ銃は捨てられないのかもしれないな)

 

 漠然と相棒の顔を思い出しながら、そんなことを思った。だが、もうすでにワームは決断している。

 

「自分と、何人かの友人たちは。あなたに力を貸してもいいと考えています」

「――ほう」

「そうは言っても、貸すだけです。協力はしませんよ」

「そうか。だめか」

「ええ、駄目です。あなたに理由があったにせよ、俺たちのボスにあなたは銃を向けた人だ。信頼はできません」

「ククク、そりゃあそうだ」

 

 オセロットは楽しそうに笑う。

 ワームは心の中で(この人は変わったな)と思った。あの頃のような人に近寄らない野良猫のような雰囲気が消え。どこかわざとらしいほど、あけすけに応対してくる。まるで別人といってもよかった。

 

「こっちもひとついいかな?」

「なんです?」

「あの男は――お前たちのビッグボスはアウターへブンでどんな最期を?」

 

 ワームは横を向いた。

 記憶と共に、崩れ落ちる音が、焼ける肌が、凍りつくような恐怖が思い出される。だが、それでも―ーこの記憶は愛おしい彼の一部に間違いなかった。

 

「別に。いつものあの人でしたよ。死を前にしても、ビッグボスのままでした。凄い人でしたよ」

「そうか――なぜだ?」

「えっ」

「アウターへブンが再び作られるかもしれない。それにお前達は、なぜ参加しなかった?」

「――それがあの人が俺たちに残した意思だからです」

「ビッグボスの、意思か」

「ええ、そうですね。俺たちにはそうです。

 自分に向けた憎しみを捨て、報復心を捨て、武器を捨てる。あの少年兵達と一緒ですよ。それが俺たちの、やるべき次の戦いです」

「……」

「それでもこの戦場はキツイです。きっとほとんどは、戦場から完全に離れられることはできないでしょう。でも、だからこそ俺たちはそれを実践しなくちゃならない」

「それなのに、俺に力を貸すというのか?」

 

 そう問いかけるオセロットの顔は、見たことがないほど感傷めいたものがあった。

 

「言ったでしょ?武装解除をするって。まだ初めて2年、先は長いですよ」

「そうか。その間のちょっとした延長戦で――と。そういう話か」

「だからあなたに背中を預けては戦場に立てない。それでも、力がほしいなら貸してもいい」

「なるほど、理屈はわかった」

 

 オセロットの顔が、ワームがよく知るあの表情へと戻っていく。

 

「要求は?見返りに何がほしい?」

「2つあります」

「言ってみろ」

「まずFOXHOUND教官、マクドネル・ベネディクト・ミラーの命」

「――なるほどわかった」

「副司令の役職を放り出して、古巣の力を借りて引退生活をされては。こっちもケジメというやつがつかないのですよ」

「それに、どうせ俺は奴といつか対決する。そんなところか?」

「ええ、そういうところです。だから恩に着せないでください」

「わかった。そうしよう」

 

 オセロットは苦笑するが、ワームはそこに畳み掛けるように最期の要求を告げる。

 

「もうひとつですが――」

「ああ」

「そっちで自分たちは役に立ちましょう。そうするつもりです」

「なんのことだ?」

「あなただって正直な話、この世界に戦争を仕掛けるつもりなのでしょう?」

「さて――」

「別にまだ話してもらわなくてもかまいません。ただ、すぐには出来ませんからそのつもりがあるなら早めに言ってもらわないと」

「……なんのことだ」

「続けます」

 

 腹芸はいつまでもやるものではない。

 

「世界に散らばる戦場。そこに影響を与えるためのひとつの存在。その命名権をください」

「言ってみろ、ワーム」

 

 オセロットの言葉は、この会談の成功を意味していた。

 ワームの顔に知らずに無邪気な笑顔が浮かぶと、ひとつ大きく息を吸った。

 

 これだ、これこそが言いたかった。

 

 

「その名は、アウターへブン」

 

 運転席のオセロットは、驚くと続いて大声を上げて笑い始めた。

 

 

 




昨年末よりお付き合いいただき、ありがとうございました。

感想、評価などしていただけますと。書いた奴は大変喜びます。ついでに次回作もやろうとか血迷ってしまうかもしれません。
なにかしら読んで感じていただけましたら、ちょいちょい足跡をつけていただきたいと思います。よろしくお願いします。



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