砂隠れは繁栄しました (布団玉)
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第2次忍界大戦 1. スタート

 目が覚めた。

 延々と起きていたかのような妙な目覚め方をした。
 最初に認識したのは自身が転生したのだという事実であった。転生前の記憶が鮮明に残っている。前世を昨日の出来事のように思い出すことができた。
 次に認識したのは人の声だ。

「予定日よりも早いから少し心配していたが」
 降り注ぐ声に耳を傾ける。これは若い男の声だ。

「いやいや、元気な子だの」
 初老であろう女の声。

「サボテン」
 若い女の息切れた声。細い腕で俺を抱きしめ、苦しそうに息を吐く。

 そうして『サボテン』という新たな名前を貰い、俺は生まれた。
 生まれたこの世界が死屍折り重なる忍の世など、誰が想像するのか。


 前世の記憶を持ち合わせているため、赤子の時期はなんともいえぬ羞恥心に晒されながら過ごした。頭脳は活きているが体のほうは頭についてゆけず、うまく言葉を喋ることができなかったのだ。
 あー、だの、うー、だのと発すれば母が俺をあやした。なにぶん、精神は成人済みである。こうしてあやされるのが恥ずかしくて仕方がない。だが赤子へ注がれる温もりは、けっして悪いものではなかった。
 年を重ねるごとにやっと言葉を喋り始めることができ、3歳の頃には難しい本や巻物をあさって読んでいた。両親は大層喜んで俺を天才だとうたい、4歳になる頃には忍術を教えてくれた。

 そう、忍術。
 なにを隠そう、ここは忍者のはびこる世界である。

 いつかは別の世界に行ってみたいものだと思っていたが、本当に行くことになるとは思いもよらなかった。見ているだけならまだ構わないが、渦中の人物になってしまうと話は別だろう。
 せめて比較的平和な土地へ生まれることができればよかったのだが、今の時代どこの国も戦だらけだ。

 ことさら不都合なのが砂隠れの住人となってしまったことである。

 霧隠れよりは生き残れる可能性があるかもしれないが、本命は湯隠れだ。でなくともせめて木ノ葉隠れであってほしかった。両親の会話を盗み聞き、今が『第2次忍界大戦時代』だと判明したのだ。つまりこれから砂隠れは、大名によって軍縮を余儀なくされる状況へと追い込まれる。そうなれば貧困の里がさらに貧困となってしまうだろう。

 人口も軍事も経済も他里より劣る砂隠れは、1人の忍に対して負担が大きい。忍になれば頻繁に任務へ駆り出されること必然だ。任務へ行けば死ぬ確率も上がる。
 ――俺は嫌だぞ、体を切り裂かれたり拷問されて死んでいくのなんて。
 忍にならなければいいのだが、里がそれを許してはくれない。前述のとおり、ただでさえ忍の数が少ないのだ。忍の子供を忍にすれば、秘伝忍術などは各家庭で学ばせるため、学校の教育費用も少なくて済む。なにより平民出身より優秀になる場合が多い。

 忍の子供に生まれた時点で俺の忍行きは決定していたのだ。

 平民になれないのなら、この世界での戦いにどうやって生き残るかを考えなければならない。
 生き残るためには身体能力、精神力、体力ならびに体術、忍術、幻術の向上。すべて重要だろう。

 さればまず自身のチャクラ属性を把握しておきたい。旨を両親に伝えれば快くチャクラ感応紙を持ってきてくれた。随分準備がいいが、両親もそろそろ感応紙で俺の属性を調べるつもりだったらしい。

 結果、紙は濡れた。

 俺のチャクラは水が得意属性であった。
 砂スタートで水遁使いとか地の利なさすぎだろう、とは思ったが贅沢などできない。
 本当なら最低限3つの属性は使えるようになりたい。だが、結局のところ普通の忍術では秘伝や血継系に勝てないだろう。そんな時間があるなら水遁を極めつつ、自身専用の術などの開発に割いたほうがよさそうだ。
 さらに、水遁使いならば土遁対策として雷遁を補助で扱えるようにはなっておきたいが、これも時間が許す限りといったところだろう。
 あとは武器や忍具などをうまく扱えばチャクラ節約にはなる。自身のチャクラ量はまだ把握できていないが、量に関係なく消費を抑えて強力な技を繰り出せるほうがいいだろう。

 生き残るために重要なのはいかにチャクラを低消費で済ませ、上手に立ち回るかである。少なくとも俺はそう思っている。

 この世界のインフレーションについていけるか不安だったが、賽は投げられたのだ。否でも応でも、俺はここで生きていくしかなかった。






 まだ4歳だったある日のこと。
 任務へ行ったきり帰ってこない両親の代わりのように、赤髪の男と長い暗髪の女が家へ訪れてきた。

「この子ね」
「そのようだ」

 部屋で本を読んでいた俺を見るなり、2人は顔を見合わせて相談をはじめる。

「命の恩人の子だからな。オレたちでなんとかしてやりたいが……」
「うちにも子供がいるものね。でも、もしかしたら私たちの家庭がこうなっていたかもしれないのよ。やっぱり、できるかぎりのことはしてあげたいわ」

 初めはなにを言っているのか分からなかった。しかし俺の精神は4歳児ではない。状況からすぐに両親が死んだのだと悟った。

「ちちとはは、は、なくなったんですか」

 まだあどけなさの残る口ぶりで問えば、2人は目を見開き額にしわを寄せて口をあけ、難しい表情で驚いていた。まさか4歳児がこのような問いかけをしてくるなど予想もしなかったのだろう。
 だが驚きから覚めたあと、少々迷った様子だったが男のほうから両親について教えてくれた。

 はたけサクモ。

 木ノ葉の白い牙その人に殺されたらしい。両親はサクモからこの2人を助けて亡くなったという。

 2人は俺を養子として引き取ると言った。両親は互いに2人の古い友人であったらしく、後見人としてきちんと俺を見守ってやりたいとのことだった。

 両親が殺され、さらには家族が変わるかもしれないというのに自身は奇妙なほど冷静だった。
 おおよそ4歳とは思えない思考力と冷静さは、もちろん前世の記憶がしかと残っているためであった。しかし4年でも共に過ごしたのだ。情くらい湧きそうなものだが、どこか達観していた。
 これが第2の人生だからだろうか。それとも、この世界が絵空事だと知っているからだろうか。現実ではないような気がしていた。

 あまりに落ち着いた4歳児を見て逆に心配になったのか、長髪の女が俺を抱き上げる。そして男が覚悟を決めたように腕を組んだ。

「あの」

 すでに話はつけてあるのだろうが、俺のほうは正直乗り気ではなかった。

「ようしのおはなしはとてもありがたいのですが、おれはひとりでもだいじょうぶです」

 彼らの子供になれば秘伝の忍術を教わることができるかもしれない。しかし彼らにも子供がいるらしい。それが気がかりだった。ただでさえ金銭的に余裕のない里だ。きっと彼らは無理をして俺を養おうとしてくれているのだろう。
 好意はとてもありがたい。普通ならば俺は見捨てられる立場だ。それをわざわざ救おうとしてくれている。だからこそ余計に養われるのは気が引けた。

「あなたはまだ4歳なのよ? 1人で暮らしていくのはとても無理よ」
「そうだぞ。なにも心配なんてしなくていい。オレたちと一緒に暮らそう」

 2人は食い下がった。それでも俺は首を縦には振らなかった。
 困り果てた2人から次の言葉を紡がせないように、俺はある頼み事をした。

「ようしのおはなしを、ことわるかわりといってはなんですが……。ひとつだけおねがいがあります」





 2人へ頼んで訪れた先は3代目風影の執務室。本日運よく、風影が部屋の椅子へ腰かけ仕事を行っていた。

「おれを、でしにしてください」

 容姿はどう見ても4歳児である。4歳児が発したとは思えない言葉に風影が俺へ注目した。
 見定めるような鋭い眼。人傀儡ではない生身の姿を拝むのは初めてだが流石は風影、威圧感で押しつぶされそうだった。

「小僧、名は」
「サボテン、です」
「お前は何者だ?」

 俺より先に2人が事情を説明してくれた。

「なるほど。……ならば小僧と2人で話をしよう。すまないが下がってくれ」

 風影は表情を変えないまま2人へ命じる。2人は納得して頷いたあと執務室を出た。
 部屋には、俺と風影とその付き人のみ。

「なぜオレの弟子になりたいのだ」

 もっともな質問を投げかけられた。

「あなたがさとでいちばんつよいから、です」

 淡々とした問いに淡々と答える。

「なぜ強さを求める」
「いきたいから」
「なぜ生きたい」
「しにたくないから」
「まるで死を迎えかけた者のような答えだな」

 風影が面白そうに口角をあげた。

「しにたくない。ちちとははがみることのできなかった、このせかいのゆくすえをみとどけてみたい。でも、いきのこるためにはつよさがいる」
「小僧、本当に4の歳か? 化けの皮でもかぶった獣ではなかろうな」
「4さいです。いろいろなほんをよんで、べんきょうしました」

 しばらくの沈黙。

 数十秒後、風影は興味なさげに卓上の書類へ視線を戻した。万年筆の音が部屋へ響きだす。
 これは手ごたえなしかと諦めかけた――のだが。

「いいだろう。弟子にしてやる」

 このやりとりで、風影の性格がなんとなく分かった気がした。






 里の長である影は当然多忙だ。そう頻繁に修行などつけてはもらえない。独学で学べる部分はできるだけ学んだ。若い脳みそだからか、躓くことなくこの世界の知識を吸収していくのはありがたかった。

 3代目風影といえば、磁遁の砂鉄。俺は水遁しか使えないので磁遁は不可能だと思っていたのだが、磁遁において5属性は関係ないらしい。風影が直々に説明してくれた。必要なのは陰遁と少しの素質とのことで、陰のチャクラで磁力を操り砂鉄に流し込んでいるという。
 血継限界であるが故に、当然だが並大抵では習得できない。
 だか、血継限界を自力で分析・開発し習得した我愛羅の父――羅砂という実例がある。血継限界を直接受け継いだわけではないので秘伝忍術と言うほうが正しいだろうが、習得不可能ではないと証明したのだ。
 さらには無から塵遁を教わったというオオノキの存在もある。血継淘汰を血継でない者が習得できるのだから、ますます可能性は高まる。

 風影の弟子となったのは磁遁を教わるためではない。しかし、わざわざ風影が磁遁について詳しく説明したということは、俺に習得の可能性を感じたということなのだろうか。
 教わることができるならば習得するに越したことはない。便利だし、なにより砂鉄を操るなんてかっこいいではないか。

 善は急げ。俺は是非にと磁遁を教わることにした。




 ――結果、磁遁が違うものに変化した。

 俺は磁遁を教わっていたはずだったんだ。
 風影による修行はスパルタだったが、磁遁の修行はさらにスパルタだった。普段の修行疲れに鞭打って修行に励み、それでも磁遁はなかなか習得できなかった。

 なおも必死に修行を続けていたある日のこと。
 疲れがたまっていたのもあった。その日は雨で修行に集中できず、弛んでいると風影にしごかれていた。
 もうやけくそになって磁遁を出そうとチャクラを練ると、いつもと違う感覚が経絡系を駆け抜ける。
 やったか、と感喜の雄叫びをあげかけて、やめた。

 ――なぜか雨の『水』が俺の周りへふよふよと漂っていたのだ。

 水遁を使った覚えはない。ましてこれは磁遁でもないだろう。
 どういうことだと風影に目配せすれば、風影から「なぜ水遁を使ったんだ」とのお叱り。

「おれ、水遁つかってないです」

 磁遁ではありえない。水は微弱であるが反磁性体だ。ならば水遁かと問われればそれも違う。先ほど述べた通り、俺は水遁など使った覚えはないのだ。

「まさかあたらしい術ですかね?」

 はは、と乾いた笑いを出せば風影が沈黙した。
 ――沈黙は肯定ととるべきである。いやまさか。本当に新術なのか。
 しばらく考えていた様子だった風影が、ついに重々しく口を開く。

「磁遁を出そうとしてそうなったんだな?」
「はい。やけくそでしたけど」
「…………」
「あの、なにか」
「小僧の得意属性は水だったな」

 いまさらである。しかし、どうやら言いたいことは別にあるらしい。

「もしかしすると、水遁の原点へかえったのかもしれん」
「げんてん、ですか?」
「磁遁の元は陰遁。水遁もしかり。つまり、陰遁から磁力を操る力を生み出そうとしたが、生み出したのは結果的に水を操る力であったということだ。お前は水遁を使う故にそうなったのだろう」

 風影が普段とは違った様子で、少々興奮気味に捲したてる。

「腕のいい忍はチャクラから水を生み出すことができるが、水遁とはもともと既存の『水』という『流体』を操る力。水遁の原点とはすなわち『流体操作』だ」
「でもこれってけっきょく水遁になりますよね」
「阿呆が。流体はなにも水だけではなかろう」

 ――なるほど。水以外の流体も自在に操れるということか。そんなロマンあふれる術を、俺が習得してしまったらしい。

「小僧、貴様はセンスがあるらしい。偶然とはいえ術を根本から理解していなければできぬ芸当だ」

 珍しく、非常に珍しく風影が俺を褒めた。

「極めれば他の流体も操ることができるだろう。その感覚、絶対に忘れるなよ」

 こうして俺は流体を操る力、水遁ならぬ『流遁(りゅうとん)』を手に入れたのであった。
 当初の目的である磁遁は未だ習得できないままであったが。



 流遁を使用できるようになってからというもの、磁遁の修行はしばし中断となった。風影としては、既に自身の扱っている磁遁よりも新術の流遁を育ませることのほうが重要らしい。俺も同意見だ。
 流体を操れるとはいえど、水遁などのようになにか1つへ特化したほうがいいだろう。流体そのものの特性を理解して、適切にチャクラで扱ってやらなければならないからだ。ならばどの流体を扱うか決めなければならない。

 流体と言われて俺が真っ先に思いつくもの。

 それは、金属のくせに凝固しない唯一の元素『水銀』である。

「水銀か。面白い」

 水銀を扱いたいと伝えれば、風影も興味を示してくれた。
 水銀はロマンだ。前世の世界でも水銀という存在はすべてを解明されていない。そんな水銀を自在に操ることができればどれほどいいことか。

 とりあえずは軽めな流体を操ることから始めるとする。最終目標は水銀を自在に操作し、水遁のように水銀をチャクラから生み出すことだ。
 道のりはまだ長い。






 俺が5歳になった頃。
 修行に修行を重ね、俺は確実に強くなっていった。流遁のほうも少しずつではあるが扱えるようになり、まだ生み出すことはできないものの既存の水銀を操ることはできるようになっていた。

「小僧、忍者学校(アカデミー)へ入れ」

 唐突である。風影が告げた時には既に入学手続きは済ませてあり、俺は1年早く忍者学校へ入学した。
 1年早い理由は教えてくれなかったが、俺の頭脳や才能を認めてくれたのだと思いたい。厄介払いのために入学させたのだとしたら流石に傷つく。

「貴様ならすぐに卒業できる。すでに忍者学校で学ぶこと以上をやってのけたのだからな」

 俺の心中を察してか、風影が言った。後者の説ではなかったようだ。

 そして風影の言う通り、俺はとんとん拍子であっという間に忍者学校を卒業した。卒業年齢は7歳。学校で学んだ期間、2年。専門学校並みである。俺は記憶があるため当然であるが、カカシやイタチはこれを地頭でやりとげ、さらに1年で卒業してのけたのだから化け物である。もっとも、砂と木ノ葉ではカリキュラムが違うらしいのだが。


 たった2年とはいえど、学ぶことは多かった。
 各自家庭などで小学生レベルをこなしていること前提に進み、入学したときには中学生レベルから始まる。卒業するときには大学レベルをこなしているかこなしていないかの量だ。これでは、孤児ではあったがいい血統で生まれたはずのナルトが落ちこぼれてしまうのも、幾分納得できる。

 前世の時と全く変わらない授業もあれば、『術式語』『忍具学』などのように新たに覚えなければならないものもあった。
 術式語とは、術式を扱う際に避けては通れない語学のことである。梵字に似た文字を延々と覚えていくのだが、そう難しくない。これは語学でもあるが、同時に化学でもあり、論理学でもある。言語よりも本質の理解が重要になってくる分野だ。
 忍具学とは、主に忍具の作り方を学ぶ授業である。クナイや手裏剣や刀、煙玉や起爆札、兵糧丸などの構造や術式を理解し、自身の力で作れるようになることを目的としている。砂隠れなので傀儡の授業も行っていた。
 そしてメインの忍術・体術・幻術。これらはいわば『科学の総集編』である。が、陰と陽のチャクラを理解していればあとはどうとでもなる。この世界の知識を手にしている俺にとって、理解は造作もなかった。

 そして一番気になっていたことを、忍者学校で知ることができた。
 この世界の銃の扱いについて、だ。
 銃自体は存在するらしいのだが、忍がなぜ銃を使用しないのか。

 理由は簡単だ。
 隠密性の問題や、そもそも忍術があるため必要がないということもあるが、なによりも『起爆札』の存在であろう。クナイに起爆札をつければ、あっという間に簡易銃のできあがりである。

 術式語は化学であり論理学である。つまり起爆札に書かれている術式は、前世でいう化学式や論理式の構造と同じなのだ。
 起爆札のように化学反応を起こすものなのか、口寄せのように契約を結ぶものなのか、忍具などを収納するものなのかで式は変わる。しかし、そうと分かれば話は早い。

 言わずもがな、起爆札に書かれてある術式は化学式である。

 チャクラ感応紙を使用しているのかと思えば、どうやらただの紙で起爆札は作れるようだ。とても手軽である。術式を覚えれば複製も簡単にできてしまう。もちろん、起爆する際は自身のチャクラを流し込まなければ発動しないようにはしてあるが。これなら、小南がやってのけた6000億枚の起爆札も夢ではない……かもしれない。
 火薬も不要であった。術式が火薬の化学式を表しているためである。ちなみに煙玉にはきちんと火薬が入っている。
 殺傷能力の低めな火薬の化学式であるため、術式をいじって火力の高い火薬に変えれば、デイダラの爆遁と同等の威力を出すことができるだろう。
 なぜ殺傷能力の低い火薬が選ばれたのかは、隠密性の問題と、火薬の発展の遅れのせいだろう。忍術で補えてしまうため、化学式の研究が進んでいないのだ。
 6000億枚の起爆札といい、互乗起爆札といい、起爆札はまだ可能性を秘めているはずだ。なにより紙切れを持ち運ぶだけでいいし、忍術よりチャクラ消費が少なくていい。
 流遁に加え、起爆札も今後の研究対象にすべきだろう。

 この世界の術とは、それこそあらゆる分野の知識がつまっている科学の結晶なのだ。
 術の研究とは、すなわち科学の研究。術式の研究すなわち化学や論理学の研究。
 幸い、俺には前世の先人たちが見つけ出し生み出した知識が備わっている。そうと分かってしまえば、なんでも解ける気がした。




 忍者学校を卒業後は、砂隠れも木ノ葉隠れと同じように上忍1人、下忍3人1組のフォーマンセルを組むことになっていた。来るべき中忍試験のためだ。
 この時代の中忍試験は巻物の奪い合いではなく、直接的な戦闘によって個々の戦闘力を重視する。戦の時代であるが故の試験内容となっているのだ。

 名前が呼ばれ、班決めが終了する。
 砂隠れは学校の生徒数も木ノ葉隠れより少ないため、年齢も性別もかなりばらけた班決めとなっていた。

 俺と一緒のメンバーはバキと夜叉丸だった。
 ――おかしい。絶対におかしい。女子がいない。3人1組なら1人は女子が入っていると相場のはずだが。俺が思い込んでいただけなのか。ただでさえむさ苦しい忍者の世界なのに、華がなくてどうするんだよ。
 悪態をついたところで決まった班を変えることはできない。おとなしく集合場所へ向かうことにした。

 午後には集合場所へ担当上忍がやってきた。
 だが――まさか10代後半へギリギリ掠るくらいの、少年と呼ぶべき男が現れるとは思わなかった。風影の執務室で見かけた時に会釈をした程度だが、名前ははっきりと覚えている。

「よし、集まってるな」

 俺たち3人の前で腕を組み、どっしりと構えて立った。

「まずはオレから自己紹介でもするか。オレの名前は羅砂だ。厳しく指導していくから、若さでなめてると痛い目見るぞ」

 後の我愛羅の父親である男だ。



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2. 中忍試験

 まさか羅砂が担当上忍になるとは思わなかった。
 なにせ現在、年若くして最も次期風影に近しいと言われる男だ。羅砂自身は「3代目以上の風影はいない」と低姿勢である。だが俺が未だ習得しえぬ磁遁を手にし、砂金を集めて里の繁栄に貢献しているというではないか。風影が俺に自慢してきたので間違いない。

 羅砂の磁遁習得は風影になってからという根拠のない覚えがある。習得時期が早いのは恐らく俺のせいだろう。
 羅砂は俺が風影へ弟子入りしたと耳にしたようで、時期は不明だがその後、羅砂も弟子入り志願したとのことだった。俺のほうは磁遁などからっきしであるが、羅砂は磁遁の素質や才があったらしい。磁遁を習得するに至ったそうだ。もちろん風影の磁遁には遠く及ばないのだが。

「ではそれぞれ自己紹介してくれ」

 しばらく自分の世界へ入っていたが、羅砂の言葉で引き戻された。
 砂ばかりの殺風景な演習場で、羅砂を前にして夜叉丸、バキ、俺の順で3人横一列に並んでいたが、それぞれの自己紹介のたび握手を交わしあう。

「夜叉丸です。よろしくお願いします」
 少し照れたようにはにかむ。

「バキだ。よろしく頼む」
 すでに軍人――いや、忍としての貫禄をにじませている。

「俺はサボテン。よろしくな」

 医療忍術の得意な夜叉丸に、頭脳明晰で強剛たるバキと握手を交わし終えると、また前へ向きなおした。彼らの現時点での戦闘能力はまだ分からないが、のちの強者であることに変わりはない。

「さて。まずは明日の演習試験だ。お前ら覚悟しろよ」

 合格しなければ忍者学校へ逆戻りの難関試験。優秀な忍を育成するため篩に篩をかけるのは、木ノ葉と変わらないようだ。
 羅砂はいったいどんな形で試験を仕向けてくるのだろうか。楽しみでもあり、同時に不安の種でもあった。






 翌日。
 指示された演習場へ20分前に全員集合した後、時間通りに羅砂が現れた。

「よし、揃っているな。では試験を始める」

 どのような試練を課せられるのだろう。やはり戦闘だろうか。それともカカシのように鈴取りだろうか。そんなことを考えながら緊張して発表を待つ。

「試験内容は『缶蹴り』だ」

 俺を含めた3人ともども、目が点になった。

「缶蹴り、ですか」

 夜叉丸が怪訝そうに言う。
 俺はまず、ごく一般的な缶蹴りを想像した。続いて、『缶』という表現が実は忍のみに通ずる隠語である可能性、さらに『缶といふ者ありけり』の略語である可能性を頭の中で巡らせる。もちろんそんな馬鹿げた考えはすぐに頭から払い消したが。

「ごく普通の缶蹴りだ。ただし一切の『術』の使用と『戦闘』を禁止とする」

 本当に缶蹴りなのかと疑っていたところ、羅砂がその疑いを晴らすように告げた。
 まさか缶蹴り、そのうえ術も戦闘も禁止されるとは想定外だった。戦闘になった場合のために、少々の改造を施した威力増の起爆札を持ってきていたのだが、使うこともなさそうだ。
 他には非殺傷性の起爆札のみ。これを上手く使うことはできないだろうか。

 ルールは一般的な缶蹴りよりも厳しかった。隠れられる範囲は里全体。里の外へ出る、缶を踏まれる、捕まる等で即座に失格。有無を言わさず忍者学校へ逆戻りである。
 制限時間は1時間。缶の置き場所は1つ。1つであるが故、缶を蹴るまでの行動で合否を決めるのだろう。ならば個人行動を起こすよりも3人で協力したほうが攻略は早い。

「缶の場所は自分たちで見つけ出すこと。以上」

 缶蹴りなどいつ以来だろうか。試験に対する緊張感と童心へ帰ったような気分が混ざりあい、なんとも言えぬ感情が芽生える。

「では始めるぞ」

 羅砂の合図で缶蹴り戦が開幕した。羅砂はすでに消えている。だが隙あらば俺たちを捕らえに来るだろう。

「バキ、夜叉丸、耳を貸してくれ」

 俺が手招きをすれば2人は素直に俺へ近づく。わざわざ耳打ちするのは、羅砂が実はフェイントをかけていて、まだこの場にいるかもしれないからだ。

「――という作戦でいかないか」
「…………分かった」

 俺の作戦にバキは苦い顔をして、夜叉丸は口角をひきつらせながらうなずいた。そういう顔をするほどの作戦だとは重々承知だが、時間がないのだ。忍の足があるとはいえ、1時間は流石に切羽詰まっている。

「行くぞ」

 作戦のための起爆札を一切れ、誰にも見られぬようこっそり2人へ手渡すと、缶を探しに散った。俺もすぐ後へ続き缶を探しに向かった。


 忍者学校の展望台、演習場、公園。缶の置いてありそうな場所をくまなく探し回っていたが、なかなか見つからなかった。うまいこと死角へ隠しているのだろう。
 そろそろ誰かが発見する頃かと空を見上げれば、近くで赤く濃い煙が上昇していた。俺の改造した起爆札で間違いない。バキか夜叉丸が発見したのだろう。急いで煙の上がる場所へ向かった。

 2人へ渡した起爆札は、自分の居場所を知らせるための改造を施した、非常用で非殺傷性のものだ。
 改造起爆札シリーズの記念すべき第1弾『発煙札』。煙を出すだけなので改造は容易かった。殺すためのものでもないので、誰のチャクラでも点火できるようにしてある。非常事態のために常備しておいたが、まさかここで使うことになるとは思わなかった。

 静まり返り人気がなく、黄土色の建物へ入り組み挟まれた空間。幾つもの柱や突起物が視界を遮っているが、煙の昇る付近へたどり着くと確かに缶があった。直径2メートル程度に白い円が描かれ、その中央にジュース缶が置いてある。

 注意深く辺りを見まわす。――羅砂はいないようだ。
 探しに行ったのか近くに身を潜めているのか分からない限り、こちらから動くのは危険だろう。この缶蹴り、羅砂自身も術は使用不可である。しかし術が使えずとも足がある。本気で羅砂に走られたら、こちらは易々と追い抜かれて缶を踏まれてしまう。
 術を使用できないのなら生身で探すしかない。煙のおかげで、羅砂は俺たちが接近していることを把握済みだろう。探し出して捕まえるために煙の昇る周辺を探すはずだ。まずはそれを利用する。
 第1発見者が発煙札を点火し缶の在処を知らせ、それを頼りに残された2人も缶へ接近する。さらに2人も時間差で発煙札を点火する。そして点火位置から素早く離れる。そうすれば少なくとも錯乱できるはずだ。

 もう1つの赤い煙が昇ったのを確認し、時間をおいて自身も発煙札を点火する。そしてすぐさまその場を離れた。

 空を見上げれば俺の点火した発煙札含め、3つの赤い煙が青空へ昇っている。

 ただし3つだけの煙ならば、ここへ3人集まっていると知らせるようなものだ。3人集まったことを俺が把握するために一切れ発煙札を持たせたが、なにも羅砂にまで把握させる必要はない。
 煙だけでは誰が点火したのか分からないため、それも利用する。俺のほうは発煙札を何枚か持っているため、さらに発煙札を追加点火し錯乱させ、見つからないよう建物の内部へ息をひそめた。

 あとは誰か1人でも見つかる前に缶を蹴るだけだ。

 再度缶のほうを見ればそこには羅砂がいた。増える煙に対して埒が明かないと判断したのか、探すことよりも付近の守りに徹しているようだ。

 ――籠城は卑怯だぞ、羅砂先生。

 それよりも卑怯で割とプライドの傷つく作戦をこちらは行うのだが、合格のためだ。致し方あるまい。

 羅砂が籠城したのを目視し、しばらくの身の安全を確保する。
 そして俺は――突撃の準備を始めた。羅砂が籠城すれば2人にも準備を始めるよう言ってある。

「どうしたお前たち。かかってこないのか?」

 羅砂が挑発しているがなんのその。籠城している人に言われたくはない。
 すべての準備は整った。最後の仕上げに青の煙を放つ発煙札を点火し、2人へ突撃の合図を送る。
 今までとは違う青の煙が昇ったので、当然羅砂は構えた。
 ――が、しかし。
 羅砂は突撃してきた俺たちの姿を見て、あまりの光景に目を見開いていた。

「なっ――裸だと!? バカかお前らは!!」

 そう、裸。
 人海戦術プラス裸。

 卒業時に貰ったばかりの額当てを頭全面に被せ、顔も髪の毛も分からないようにすれば、子供の体格のみでは一瞬で誰かを把握できない。幸いにも砂隠れは砂が豊富だ。捜索途中に里の適当な場所で集めておいた砂を全身にまぶせば体色も分かり辛い。そうして変装すれば、名前など分からないだろう。名前が把握できないのならば、踏まれた時に失格にもならない。
 適当に3人の名前を言えば絶対に外れないだろうが、否。たった4人の缶蹴りだ。顔を確かめなければ意味がないことくらい、羅砂も十二分に分かっているだろう。
 今までの発煙札はもちろん陽動である。

 無言で缶へと走る、素っ裸の子供。
 体は砂まみれ。
 さらに覆面で変態度上昇。
 正直、俺自身もこれほど凄まじい光景はないと思う。

「くそ――」

 走る変態3人組。
 あまりの出来事に戸惑う羅砂。

 その隙を突き、額当てで塞がれた微かな視界を頼りにして、俺は裸足のまま缶を蹴りあげた。

 流石に痛かった。




 全員失格になることなく試験を突破し、ひと段落ついた頃。缶蹴り試験を開始した演習場へと戻り、4人が集った。

「いや。まさか3人で協力するとは思わなかった。さらに素っ裸で来るとは思わなかった。そのうえ全員に突破されるとはな。砂の忍としての資質を図るための試験だったのだが、合格おめでとう。心から祝福しよう」

 羅砂が淡々と言った。これは、褒められているのかいないのか。しかし試験を突破したのだから褒めているのだろう。

「ところで誰の作戦だったんだ」

 羅砂が問えば2人が俺を見た。――ジト目で。

「これなら勝てる確率が高いし、なにより誰も失格にならない。さらに顔は隠してあるから、里の誰かに見られても恥にはならない。幸いにも人気の少ない場所だったしな」

 もっともな風を装って言えば、2人はさらに目を細めた。

「ごめん。ごめんって。悪かったよ。だからそんな目しないでくれるか」

 全員男でないと到底できぬ作戦だが、2人共に承諾したので痛み分けとしたいところだ。すべての責任は俺にまわってくるが。

「一歩間違えば露出狂ですよ……はぁ」
「一歩間違わなくても露出狂だぞ夜叉丸。この年齢で。しかし既に過ぎたこと。もうなにも考えるまい」

 ため息をつく夜叉丸の肩をバキがそっと叩いた。
 ――許せ夜叉丸、許せバキ……これで最後だ。俺たちはまだ10歳と7歳なのだから未来なんていくらでも変えられるさ。
 などと当の本人が言ったところで説得力はないのでやめておいた。

「余興は終わったか? では、スリーマンセル時のリーダーを決めておく。今後の連帯をスムーズに行うためだ。オレがいない場合、できる限りそのリーダーの指示に従うように」

 なるほど確かにそのほうが効率もいいだろう。たとえ3人でも班は班である。指示する者がいたほうがいいのは間違いない。もちろん仲違いをせず上手く立ち回れば、の話だが。

「サボテン」

 1人納得していると、突然声をかけられた。

「はい」

 反射的に返事をする。

「お前だ」
「え?」

 指をさされた。

「俺?」
「そうだ」
「え、俺?」
「ああ」

 聞き返しても答えは同じ。

「……俺?」
「何回言わすんだお前」

 疑い深く聞き返す俺に、羅砂は呆れていた。
 バキは将来、里の上役になる男だ。夜叉丸も暗部となるくらい優秀だ。そんな彼らを差し置いて、不安要素のある作戦を企てた俺が選ばれるとは思わなかった。純粋に嬉しいがしかし。この忍の戦場で適切な指示が下せるだろうか、という不安がぬぐいきれなかった。

「あんな作戦でも、すぐに思いついたのはお前だったしな」
「そうですね」

 先ほどの作戦が評価されたのだろうか。バキも夜叉丸も今度こそ不満はないようだった。

「2人はサボテンの指示に従うように」

 はい、という返事が2つ。
 こうして、缶蹴り試験という童心に返るには最適な1日が終了した。

 その後日のこと。
 風影室へ向かう途中、部屋から出てきた風影に「修行だ」と言われ、首根っこをつかまれたまま俺はどこへともなく連れていかれた。
 照りつける日差しの中、砂色の景色にぽつりぽつりと緑の草が生えていたが、晴天と相まり、それらはまるで海の藻のようにも見える。オアシス地域だからこそ生えている木々は常に水を欲しているのか、みずみずしいとはいい難く、薄緑の乾いた葉を茂らせている。
 しばらく歩き続け、狭い鉱山のような場所へとたどり着いた。ごつごつとした地層へぽっかりと黒い穴があけられ、横方向へと長く続いているようだった。

「羅砂から聞いたぞ、小僧」

 唐突に、風影が話しかけてきた。

「まあ……ほどほどにな」

 例の作戦のことであろう。なにを、とは聞くまい。

「俺だってあんなの2度とやりたくないです」
「…………だろうな」

 あまり表情の変わらない風影だが、こればかりは少し複雑そうに見えた。褒めるべきか制するべきか迷っているのだろう。

「まあそんなことよりも、だ。ここへ連れてきたのは、小僧、お前にとって朗報だからだ」
「任務ですか?」
「違う。辰砂が大量に手に入った」

 辰砂、つまり水銀。
 鉱石採掘へ向かった部隊が見つけたものらしい。しかし使うこともないからと長らく放置していたところ、辰砂に気づいた風影が採掘命令を出してくれたようだ。

「それじゃあ、中忍試験で流遁を戦力にできるんですね」

 今までは微量な水銀しか扱っていなかったが、これからは十分な量の水銀を扱うことができる。修行もはかどるだろう。

「貴様の実力がどれほどのものか見ものだな」

 風影が顔に影を落とし、不敵に笑った。その時点で嫌な予感はしていた。こういった場合の予感が外れることはない。
 当然のごとく的中し、本日より風影との修行がより厳しいものに劇的進化した。






 あるときは修行、あるときは任務、あるときは風影の鞭と忙しなく毎日を過ごし、力を蓄えてついに中忍試験が巡ってきた。
 戦時中であるためルーキー等関係なく、各国では次々と教え子を中忍試験へ推薦しているらしい。俺たち3名も例外ではなく、羅砂の推薦で中忍試験を受けることになった。
 羅砂は志願書を俺たちへ手渡し、一言。

「暴れてこい」

 たったそれだけだが、その言葉で羅砂の俺たちに対する信用が見てとれた。はい、と3人共に腹の底から気持ちのいい返事をすれば、羅砂が大きくうなずく。

 試験会場は木ノ葉であった。
 中忍試験の準備を万全に整え、バキ、夜叉丸と共に木ノ葉へ向かう。

 砂隠れに生まれたが、ついに俺は木ノ葉をこの目で見ることになるのか。
 俺は、風の国が祖国であるはずなのに、どちらかと言えば木ノ葉の事情に関してのほうが詳しい。故に火の国に対し、まるで外国から母国を眺めているような、妙な親しみの感覚があるのだ。多少なり心が弾むのも、致し方のない事だろう。
 中忍試験のためであり観光が目的ではないのだが、実際に目で見た木ノ葉はどのようなものだろうか。――本当に童心へ戻ったような、まるで遠足気分だった。

 砂隠れを出て、広大な砂漠地帯やオアシス地域を渡っていく。相変わらず砂や岩ばかりの殺風景な景色だったが、地帯ごとに違いはあるもので、赤と白に分かれた砂漠や、珍妙な植物の生えたオアシスが旅の楽しみともなり、俺たちを飽きさせることはなかった。

 1日ほど過ぎた頃だろうか。昼間とは打って変わり冷えこむ星空の下、俺たちは野宿をしていた。
 漢方のようにまずい兵糧を食べながら、口直しとして砂上に水遁を使い水を湧かせる。飲み終えた後、消えるまで放置していると、どこからともなく2匹のトカゲが現れた。

 そのトカゲはよほど喉が渇いていたのだろう。水の匂いにつられてか、まっすぐに湧き水まで向かい、水面を揺らしながら水を飲みはじめた。

 なんとなしにその様子を眺める。

 すると今度は、トカゲの後ろに蛇が現れた。トカゲをずっとつけていたのだろう、ゆっくり、ゆっくりと音もたてず慎重にトカゲを狙っている。そして、捕らえた。とぐろを巻いて2匹をしっかり拘束している。
 ――このままだと食べられてしまうだろうな。
 かわいそうだが、食物連鎖であるため助けてやるわけにもいかない。トカゲを助ければ、代わりに蛇が飢えてしまう。

 そうして見なかったことにしようと決めたのだが。
 トカゲが、2匹共に俺をじっと見つめていた。

 懇願するように。
 助けを乞うように。

 ――馬鹿げている。助けを乞うはずがないだろう。
 だが、すぐにあることを思い浮かべた。この世界の動物は、それこそ喋ったり、印を組んだり、忍術を使うことも可能である。もしかしすると、このトカゲたちもそういった類なのではないか、と。

 興味本位である。クナイを蛇の近くへ投げた。
 さくり、とクナイは砂へ刺さり、しかしすぐに刺した箇所がさらさらと崩れ、クナイが傾く。クナイに驚いた蛇は2匹を放し、そそくさと逃げていった。

 助けた2匹が俺へ近づき、両肩へとそれぞれが陣取る。一連の奇怪な行動に、ただただ俺は困惑した。

「サボテン、そろそろ寝る――なんだそれは」

 バキが、両肩に乗ったトカゲを見て言った。

「俺にも分からない」
「連れて帰るつもりか?」

 2匹を肩から引きはがし、野生へ返そうと試みる。だが、地へ降ろしても2匹は俺から離れようとはしなかった。
 結局、トカゲ2匹をポーチへ入れてやり、一緒に連れていくことにした。




 地面から視線を上へ上へと移せば、本来開かれているはずの『あん』の門は、肝心の『あん』を見せることなく閉じられていた。門の前では、周辺の国や里から集まっているであろう忍が、どやどやと黒山を成している。

 ――ついに、来たのだ。木ノ葉隠れの里へと。

 志願書を見せれば志願書や当人が偽物でないか隅々までチェックが入った。ときどき、検疫の振り落としで他里の下忍が木ノ葉の忍に捕らえられ、そのままどこかへ連行され消えていく者もいた。
 そうしてすべての志願書の確認が完了したとき、やっとのことで門が開かれた。淡い緑色の巨大な扉が、軋みながら『あん』の文字をあらわにしていく。
 戦争の最中、他国へ情報が漏れてしまうかもしれないのにわざわざこんなことをしてまで中忍試験を行う理由は、『大名』の存在にあるそうだが。今はそんなことを考えるよりも中忍試験へ集中しなければならない。

 そうして、集められた忍で中忍試験がいよいよ開始した。
 1次の筆記試験という名の情報戦は難なく潜り抜け、バキも夜叉丸も無事突破。2次試験会場前で合流となった。

 続く2次試験は班による対抗戦である。勝ち残り式トーナメントで進めていくとのこと。ふとなにげなく会場を見渡せば、赤髪で少々虚ろな目をした、サソリとおぼしき人物もいた。俺たちとは別の道を渡り歩いて来たのだろう。

 しばらく待機していたが、ついに俺たち羅砂班の順番がまわってきた。
 俺たちの最初の対戦相手は名の知らぬ年上であった。額当ては草隠れのものだ。
 位置につき、俺たちと相手、2つの班が向かい合えば試験官がまっすぐに手をあげる。

「では、始め!」

 身の引き締まるような掛け声で試合が始まった。
 早速、草忍の1人が先手を仕掛ける。どうやら一番ひ弱そうな夜叉丸に狙いを定めたようだ。しかし夜叉丸をなめるべからず。こう見えて誰よりも医療に長けており、相手の急所を的確に狙うことくらい容易い。
 案の定、夜叉丸へ仕掛けた草の忍は返り討ちにされ、ノックアウトしていた。

 残るは2人。

「バキ、夜叉丸。いくぞ」
「ああ、もちろんだとも」
「存分に」

 ――ならば大丈夫だろう。羅砂の言う通り、暴れるだけだ。

 その後も順調にトーナメントを勝ち進み、区切りが入って後半戦。これを勝ち進めばいよいよ決勝戦、という重要な戦いだった。今まで以上に気を引き締め対戦に挑んでいかなければならない。
 次なる対戦相手は、木ノ葉の忍だった。

「始め!」

 合図で試合が始まる。
 試合開始から1人、また1人と確実に仕留めていき、接戦だったが残り1人となった。

「お前たちの負けだ。諦めろ」

 これ以上不毛に体力を消費する戦闘を続けたくはなかった。次の試合もある。だから俺はそう言った。
 ――相手の事をよく考えていない発言だった。その言葉で、残る1人の様子が急変したのだ。

「『諦めろ』だぁ? クソが! なんでこんな……こんな……こんな簡単に……! ここで負けるわけには――いかないんだよッ!!」

 印を組む体勢に入りながら、俺を睨んで叫ぶ木ノ葉の忍。最後のほうは、涙がまじっているようだった。

「やっとの思いで、仲間と一緒にここまで来たんだ!」

 高速で印を組み、怒りで顔を歪ませながら、されど口角を上げて余裕を装い笑おうとしている。

「テメェらだけは、道連れにしてやる。殺してでも勝ってやる――ッ!!」

 3次試験までとっておくべき十八番だったのだろう。俺の知り得ない、見たことのない術だった。

 術の標的は、もちろん俺。

「――っ」

 息をのんだ。相手の体は赤く染まり、見るからに触れてはならぬ術であると自身の頭が警告している。

 このままじゃあマズい――

 ここにきて初めて身の危険を感じた。
 ――体が強張る。
 やっとのことで動いた腕は、どこへ狙いを定めるかなど考える余裕もなく、反射的に何本かクナイを投げる。

 そして、刺さった。相手の額へ、深々と。
 2本のクナイが、見違えようもなく刺さっていた。

「あ――?」

 俺と相手、どちらが出した声かなど分からない。
 重量のある肉が落ちたような音がして、木ノ葉の忍が倒れた。俺のほうは、頭が真っ白になったまま腰抜けて立つことすらままならなかった。

「試合続行不能。勝者、サボテン班!」

 救急班が担架でクナイの刺さった相手を運びだす。
 俺は、ただその様子をひたすらにぼうっと眺めているのみ。
 ――頭を貫いたのだ。クナイはきっと骨を砕き脳を突いただろう。助かるはずもないことはよくよく分かっていた。

「サボテン!」
「サボテン君!」

 バキと夜叉丸が駆け寄って口々に俺の名を呼んでいるようだったが、どこか遠い場所のように聞こえた。

『やっとの思いで、仲間と一緒にここまで来たんだ』

 それが彼の最期の言葉となってしまった。
 最期の言葉が俺の頭へ延々と反響する。
 彼の仲間であろう2人が目覚めた時、どんな思いで彼の死を見送るのだろうか。

 ――なんてバカなんだ。

 絵空事であると達観し、心のどこかで現実ではないと疑いをかけていた。
 それが、どうだ。
 自殺や殺人の瞬間を見たでもなく、友の死や親の死を見たでもない。己が、さまざまな道を歩んできたであろう者の人生を終わらせてしまう。理解しているはずなのにまるで初めて知ったかのような、この狼狽えぶりはなんだ?

 人の死を『見る』のではない。人の死を自らが『作る』という恐怖。車で人を跳ねてしまったような――いや、包丁を手にして道行く人々を無差別に殺してしまったような果てしない罪悪感。

 勝利はおさめたものの、大切なものを失ったような気がしてならなかった。

「……具合が、悪そうですね」
「これから先、こういうことも多く経験していくだろう。……気に病むな、とは言わんが、俺たちは忍だ。忍になったからには切り替えるしかない」

 相当顔色がよくないらしい。夜叉丸とバキは病人をみるように俺を労わった。その心遣いが嬉しくもあり、同時により罪悪を感じる原因ともなる。もしかしたら、罵倒されたほうがマシなのかもしれない。
 知識を持って生まれたことが幸運だと思っていた。知識を存分にふるうことができると確信していた。知識を使えば事態を切り抜けられるだろうと軽く考えていた。
 俺ならここはこうする、俺ならこんなバカなことはしない、俺なら生き残れる。心のどこかでそんな余裕があったのだ。

 ――認めなければならない。デメリットのことなど、なにも考えていなかったことを。

 知識を持つその代償は、今まで築きあげてきた『価値観』。弱冠7歳にして、成人の確たる価値観を持ってしまっているのだ。
 いかなる場合であっても、人を殺すことは許されないと身に染みている。されど今までの人生で固まった価値観を捻じ曲げるには遅すぎた。

「……悪い。考えごとをしていたんだ。もう大丈夫だ」

 その実、足は竦み手もわずかに震えている。情けない話だ。
 下忍のままでいられないだろうか、などと弱気な考えを浮かべてみるが、2次試験はチーム戦である。バキと夜叉丸が出世を望んでいるとしたら、彼らに悪い。俺のわがままで2人の出世道を閉ざすのはあまりにも自己中心的だ。

「行こう」

 そう言った俺に対して、夜叉丸はまだ心配げな顔をしていた。だが立ち止まってなどいられない。まだ試験は続いているのだ。
 体の震えを歓喜の慄きと思い込むことにして、自らを奮い立たせた。


 中忍試験の最終決戦は、サソリの班であった。
 決勝戦どころではなくまだ本調子の戻らない俺は、2人にフォローしてもらいながらなんとか勝利をおさめ、不調であるはずなのに順調なる結果を残していく。今の俺は、ただの足手まといと化しているだけだ。
 しかし2人のおかげで勝つことができたのだ。俺が引っ張らなければならないはずだが、逆転して2人が俺を引っ張っている状態のままでいれるはずがなかった。どうにもこうにも、気持ちを無理矢理にでも切り替えていくしかない。

 そうして2次試験をトップで通過し、残すは1ヶ月後。3次試験の個人戦のみとなった。1ヶ月の間、情報収集や実力強化に励まなければならない。

 頭ではなく身で体感した、2次試験の出来事。
 自分が生き残るために他人を殺す覚悟があるのか。いや、本当の意味での覚悟がなかったからこそあの醜態だ。意図せずとはいえ、人ひとりを殺めてしまったことは事実。またいつ殺されそうになるとも限らない。
 ――平和ボケたるその甘さは、戦場で命取りだ。生きたいのなら覚悟をすべきだ。他人の命を踏みつけてまでも這い上がる勇気。修行でどうこうなるものではない。

 知識を得るために積み上げてきた価値観。皮肉にも、それが俺の邪魔をしていた。






 準備で忙しない1ヶ月が過ぎ去り、ついに3次試験の時が訪れた。
 木ノ葉以外の忍は、各々離れた地から来た身であるため、里へ帰り往復すればその分不利になってしまう。そのため勝ち残った者たちは木ノ葉へ滞在することになっていた。俺たちの班も例外ではなく、1ヶ月を木ノ葉で過ごした。
 だが、選手村のように隔離された空間での滞在だった。それぞれ里の代表選手といった扱いであり、さらに下忍とはいえ、現状敵国同士でもあるためだ。混沌たる状況で中忍試験を行っている無謀な仕組みとはいえ、さすがに同盟国同士の中忍試験とはわけが違う。

 3次試験は勝ち上がった上位の班メンバーでの個人戦だった。対戦相手はランダムに決まってしまうため、バキや夜叉丸に当たる可能性も大いにあり得る。
 実のところまだ不安は残ったままだったが、来てしまったものは仕方がない。今を乗り越えるしかないだろう。

 最初の対戦は、夜叉丸とサソリで砂忍同士の対決であった。俺とバキは、夜叉丸を応援するために上階の観覧廊下で待機し、夜叉丸は中央ステージへ速やかに着地する。

「よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」

 深々と頭を下げる夜叉丸に対し、ぶっきらぼうのサソリ。
 試験官の掛け声で試合が始まり、そして――

 ――結果、夜叉丸は負けてしまった。サソリの余裕を見ると、まだ本気を出していないらしい。2次試験で俺たちに負けたのは、メンバーに足を引っ張られたからだろうか。思えば確かに、あまりにもぎこちなかった気がする。
 とにかく、サソリと対戦になった場合には十分気をつけなければならないだろう。

「負けちゃいました」

 少し悔しそうに、それでも笑顔で夜叉丸が俺たちの元へ戻ってきた。

「夜叉丸はよくやったさ」
「ああ。敵とまでは言わないが、俺たちが無念を晴らしてやるよ」

 バキと俺がそれぞれねぎらえば、夜叉丸が恥ずかしげにうなずく。
 夜叉丸は決して弱くない。1回戦目からサソリだったのが運のつきであったのだ。

 2回戦、3回戦と過ぎてゆき、俺とバキは順調に勝ち進んでいった。幸いにも未だバキとは当たっていない。このまま勝ち進めば必然的に当たることになるが、こればかりは仕方がないだろう。
 そして、今度はバキとサソリの、再度砂忍対戦となった。
 バキには是非とも夜叉丸の無念を晴らしてやってほしいものだが――

 ――熱くいい勝負をしていたが、結果、これまた負けてしまった。

「すまない夜叉丸……」
「俺がサソリと当たれば、2人分の無念を晴らしてきてやる」

 大口を叩いたが、実のところ気が気でない。夜叉丸も、バキも敗北してしまったのだ。俺が勝てるのだろうか。

 そうして俺はサソリに当たることなく準決勝にまでたどりついた。
 たどりついたはいいものの、流石に今まで運がよすぎたらしい。準決勝にてついにサソリとの対戦になってしまった
 今までは忍具や起爆札、水遁を駆使していたが、そろそろ流遁も使わないと勝てないだろう。

「では、始め!」

 試験官の掛け声で、俺とサソリの対戦が始まった。
 開始と同時に、懐から小瓶ほどの小さな鉄容器を取り出す。
 ――今まで温存しておいた流遁で、勝負を決めてやる。

 中に入っているのはチャクラを練り込んだ特別製の水銀だ。
 この水銀は、我愛羅が背負っているひょうたんの砂やデイダラの起爆粘土などから着想したものである。チャクラ消費を抑えて自在に操作するためには必須工程だ。

 練り込んだチャクラへ、操作用のチャクラを操作したい部分に癒着させる。癒着させればあとは作りたい形状をイメージするだけで、水銀を自在に操ることができるのだ。

 現時点ではまだ、チャクラから水銀を生み出すことはできないという欠点が残っている。その欠点を補うために、塊から切り離して使用した水銀は、使用の際に混入した不純物を自動的に取り除きつつ元の塊へ収束する、というオプションをつけた。水銀の非常に強い表面張力を利用したものである。

 操作用チャクラの消費は、激しい動きでない限りごくごく微量。地の利のない場所で使う水遁よりも非常に低燃費だ。かつ、水遁のように使うことができるため手軽でもある。
 水銀を生み出すことができないとバレてしまえば、万事休すだが。だからこそ今はまだ、易々と使ってしまうわけにはいかなかったのだ。

 チャクラを練り込む作業は想像以上に難航した。例えるならばCGのモデリング作業だ。キャラクターのモデリングをした後、アニメーションで実際に動かすためには(リグ)がいるのだが、その骨を作る作業に近い。

 水銀を忍術として扱えば水遁より威力も毒性も強くなる。おまけに特別製の水銀を持ち歩けばチャクラも温存できる。流遁様様(さまさま)である。

 鉄容器から水銀を垂らせば、水銀が膨らみ質量が元に戻った。

 ――流遁・銀鏡(しろがねかがみ)の術。

 垂らした水銀は、自身を発生点にして試験場の地面へ薄く広がってゆく。
 足元はすぐに銀一色となった。鏡像のごとく俺とサソリの姿が反射し、大勢の人間すら飲み込んで映しだしている。

「そうきたか」

 焦り気味ではあったが、サソリが不敵な笑みを浮かべた。

「なめるなよ」

 今までの戦闘を見るに、サソリはこの歳ですでに傀儡を扱いきっている。
 ――傀儡使いの弱点は、接近戦。
 ならば水銀を全体に広げ、どこからでも本体を叩けるようにするのみ。

「オレもとっておきを見せよう」

 サソリが懐から巻物を取り出し、勢いよく開く。すると、煙の中から沢山の影が現れた。

「それは――」

 白い服を着せられた10機の傀儡。1体1体、独特で繊細な彫刻がほどこされている。
 チヨバアの技である、十機近松の集であった。

「攻撃する隙さえ与えさせなければいいことだ」

 ――そうきたか。


 砂忍同士による双方譲らぬ攻防戦が続き、時間の経過で体力だけが奪われていった。俺もサソリも、すでに疲労困憊した状態である。
 俺のほうはといえば、サソリの足を水銀で拘束し身動きをとれなくしてみたり、覆った地面から水銀の針を無数に飛ばしてみたり、手ごたえはあったが向こうも中々折れそうになかった。隙あらば傀儡で俺を狙い、宣言通り攻撃の隙を与えることはしなかったのだ。

 だがそろそろ終わりにしなければならない。
 俺も、恐らくサソリも体力の残りが少ないだろう。

「くそっ」

 隙を見せてはならなかったが、チャクラ切れが近いため銀鏡の術を一旦解く。球の形へ戻っていく水銀。収縮するには、多少なりとも時間がかかる。
 サソリはその隙を見逃さなかった。俺に向かって傀儡から毒針を無数に放つ。
 間際でかわすと、かわした先で傀儡が待ち構えていた。

「――!」

 傀儡の口がかしゃりと音を立ててぱっくりと開き、仕込みの短刀が現れる。
 避けきる前に左肩へ浅く刺さった。

「ぐっ」

 左肩を抑えて後ずさる。
 このままやられるわけにはいかないと、最後のチャクラを振り絞って術を使った。

 ――流遁・(しろがね)(やり)

 球体に戻っていた水銀を大きな針状に伸ばし、その場からサソリに向かって追跡する。水銀はみるみるサソリへ接近し、あと一歩――

 ――寸前のところで、サソリを刺せたはずだった。
 ぶり返す、2次試験の記憶。
 ぴたりと止まった、銀色の針。

「お前の負けだ」

 2度も隙をつくってしまった。
 屈辱だった。

「……そのようだ」

 サソリに向かって赤旗があがる。
 10機の傀儡に四方を囲まれ、俺はサソリに負けたのだ。
 俺の1ヶ月はなんだったのだろう。

「なぜ止めた」

 ためらわなければ得ていたやもしれぬ勝利。

「アンタ、アホだろ」

 その言葉になんの反論もできなかった。
 こうして、俺の中忍試験は幕を閉じた。3位決定戦で無事3位へ入ったので、中忍にはなれるだろうが、なんとも悔しい終わり方となってしまった。

 夜叉丸とバキの元へ戻り、あとは決勝戦の行方を眺めるだけとなる。

「サボテン君、惜しかったです」
「いい戦いだった。なにも恥じることはない」

 2人の心遣いが身に染みた。


 決勝戦は、またも砂忍同士であった。サソリと、名の知らぬ忍。静かだが熱のこもった凄まじい戦いだった。
 今のところはサソリが優勢である。しかし俺の時よりもサソリはまだ余裕の面を見せている。
 これはサソリが勝つだろう。そう思いながら戦いの行方を眺めていた。

 サソリの勝利を確信し、バキと夜叉丸へどちらが勝つかの賭け事をもちかけようとした、その時だった。

「――――!!」

 突然、地を這うような叫び声。
 驚き弾かれたように声のほうを向けば、左腕の潰されたサソリの姿。
 俺たち3人は、血を噴いてゆっくりとくずおれたサソリをただ唖然と眺めていた。

 試験官が、これ以上の暴走を許すまいと風を切って相手の前へ立ちはだかる。相手がゆるりと術を解けば、他の試験官がすぐにサソリへ駆け寄り止血をはじめた。その間、医療班が担架をかつぎサソリを乗せる。

 相手の忍に向かって赤旗があげられた。
 静まり返った試験場に、歓声にも似た悲鳴がぽつりぽつりとわいている。それに共鳴して激しく脈打つ心音。

 ――死んでないよな?

 倒れたサソリを見て、そのことばかりが脳内をめぐる。
 バキと夜叉丸が俺を呼んでいたことにも気づかず、ただ漠然と同じことを考え続けていた。

 絵空事にしては、あまりにも生々しい感覚。

 生きるためには殺さなければならない。生きるためには他の命を蹴散らしてまでも這い上がらなければならない。試験なんてものとは違う、本当の意味での弱肉強食。

 突きつけられた鉛の王手。
 この時からだろう。自身の内にある天秤へ鉛が落ち、傾いたのは。



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3. 変化

 無事、とは言い難い形で中忍試験は幕を閉じた。
 サソリはすぐに病院へ運ばれ、そのまま入院している。左腕はもう使い物にならないだろう。聞きたいこともあるので、のちに見舞いへ行くことにした。
 今回の試験で中忍になれたのは俺だけだった。全員で潜り抜けてきたので、共に中忍となってほしかったが、やむを得ない。

 中忍試験終了後。釈然としない俺へ、羅砂が中忍試験の目的を告げた。
 中忍試験は、もともと隣国同士の争いを最小限にとどめるための手段である。戦争中であっても、中忍試験だけは滞りなく行われるとのことだった。経済効果があるのだ。

 しかしながら、五輪競技ですら戦時中は中止となるのにそこまで重要視するようなものとも思えない。やはりこの仕組みはおかしい、と羅砂に問えば答えが返ってきた。

 戦争には金がいる。同時に戦争は金を生む。だが金を持っているのは大名であり、忍者ではない。
 それにも関わらず、どの隠れ里も閉鎖的だ。過度な情報の流出を防ぐためである。その閉鎖的な各里で、中忍試験は貴重な収入源だという。先ほどの通り、経済を潤わす効果もある。
 中忍試験で各大名へ自国、自里の軍事力を一部公開し、あわよくばスポンサーやバックアップを得る唯一の機会なのだそうだ。前世でいう『軍の一般公開』のようなもの、だろうか。戦時中にもかかわらず中忍試験を行うことで、大名が戦況を把握し見極める手段ともなっているのだ。

 そう。中忍試験を行わなければ戦況を把握できない大名たち。つまり大名とは()()()()のものであるらしい。なぜ大名がお飾りとなってしまったのか、ある程度推察することができる。

 さらに中忍試験の存在価値は、軍事費用を最小限にとどめ、必要以上に国を荒らさせないということにもあるらしい。大名側は権限を損なわずに済む、忍側は利益を生むことができる。双方が対等になるようできているのだ。本当に対等かどうかは、怪しいものだが。

 各国大名が快諾している限り、中忍試験の合同開催は回避できない。軍事資金も大名の一声で簡単に減らすことができる。だからこそ集めやすい国へ下忍を集め、戦時中であるにもかかわらず必死に中忍試験を行うのだ。
 ただし。兵の力を公開しあうということは、その分敵国の穴も見つけやすくなるということ。大蛇丸らによる、中忍試験を利用した『木ノ葉崩し』がいい例だ。諸刃の剣だが、資金を得るためには致し方のないことなのだろう。

 戦争は博打のように金の動きも激しくなるが、大名たちからすれば懐へ入る金を減らしたくないというのが本音だ。同じ金で動かすならば、自国の弱い軍よりも他国にある強い軍のほうがいい。これをいち早く実行してしまったのが、風の大名ということになる。

 忍や平民にとっては血生臭い地獄絵図。自国を守るために尽くしてきた情を、足蹴にされたような気分だっただろう。されど大名たちからすれば盤上の遊戯。認識の差は歴然である。
 頂点へ君臨する資質がなければ、上に立てども真下は見えず。砂の存亡をかけ木ノ葉崩しに加担した未来を知っている身としては、賢明だと頷きかねる。風の大名が軍縮を行った時期は的確と言えないだろう。
 忍側とて、自分たち一族らの因縁を国家規模で巻きこみ発展させているのだから、変わりないのだが。しかし、これがこの世界の、忍という存在の生き方なのだ。そう簡単に変わるものではない。

 こうして推察したところで、俺自身、中忍試験をよりよくする方法など思いついてはいない。偉そうに言っているだけだ。各里が閉鎖的に行えば利益が出ず、国からおりる資金だけでは賄えなくなり、衰退の一途を辿るのみ。かといって公開すれば木ノ葉崩しが起こる。廃止するわけにもいかない。とても難しい問題だと思う。

「今回、砂忍がトップ3に入りましたが、他国に対して本当に抑制力となっているんでしょうか」

 さらに問えば、羅砂はううんと唸り、腕を組みながら答えを返してくれた。

「頂点へ君臨している火の国は抜きにして、だ。今のところ霧に対して抑制できていれば、成功と言ってもいいだろう」

 砂は木ノ葉ではなく、霧を特に警戒しているようだ。第3次忍界大戦の終了時に木ノ葉と砂が同盟を結ぶことを考えると、この時点ですでにヒルゼンが動いていた可能性もあるだろう。

 同盟条約後、うまく立ち回れば『木ノ葉崩し』を回避できるのではないだろうか。
 なんとなしに考えてみたが、あの大蛇丸を止めるのは不可能に近いだろうな、と思った。




 あれからしばらく日が経ち、サソリの容態も落ち着いてきたかという頃。現在俺は、早速サソリの病室へと向かっていた。
 できればサソリと友好的な関係を結んでおきたい、という目論見もあるのだが。1つ、気になっていることがあるのだ。

 ――なぜ中忍試験の時に、チヨバアの傀儡を使っていたのか。
 十機近松の集は、チヨバアですら錠のかかった箱へ封じていたはずだ。それに、サソリは自身で傀儡を造形することに喜びを感じていた。あのサソリが、チヨバアの傀儡を喜んで受け継ぐとは思えない。真相を確かめてみたかったのだ。

 サソリの病室へたどり着き、ドアを2回ほど軽くたたく。

「母上か?」

 母上、という言葉に疑問を抱いたが、気を取り直して自分の名を名乗った。

「サボテンです」
「…………。入れ」

 至極不機嫌そうな声がドアの向こうから飛んできた。本人の許可をもらうこともできたので、ドアを開けて中へと足を進める。
 砂隠れでは一般的な黄土色の建築物とは違い、病院らしく白い空間が広がっていた。薬草だか薬品だかは分からないが、つんとした刺激臭が辺りへ充満している。
 ちょうどドアを締め切った時、サソリが俺を睨みながら言った。

「……なにをしに来た。嘲笑いにでも来たのか? 左腕をもがれ、片腕になったオレのことを」

 腕を失ったことが、相当堪えているらしい。

「そう思うのも無理はないが、少しだけでも警戒心を解いてくれないか? 殺気が重い」
「暗殺しに来たかもしれん奴に警戒心を解けと? やっぱりお前はアホか?」

 サソリは悪態をついているが、これが恐らくに本心ではないだろうと予想するのは容易かった。

「本当にそう思っているなら、俺を中へ入れないだろ」

 それこそベッドから飛び起きて、いざ俺を殺さんとするのならば、本心と認めるべきなのだろうが。

「顔を見てから殺そうと思ってな」
「物騒だな」
「お前ほどじゃない」

 頑なに悪態を貫き通すサソリであったが、埒が明かないので流れを切って本題へ入ることにした。

「信頼できるまで殺す準備はしておいてくれ。ここへ来たのは、純粋に安否が気になったのと、聞きたいことがあったからなんだ」

 サソリが目を細め、顔を少し斜めに傾ける。

「聞きたいこと? なぜ俺は負けたんですか、ってな具合か? そのくらい自分で分かるだろ。相当オレに負けたのが悔しいらしいな」
「いやいや、そうじゃない。悔しいのは確かだが、そんなことを聞きに来たんじゃ――」

 言いかけて、ドアの向こうに人の気配がしたのでぴたりと口の動きを止めた。ノックの後、ドアが開いていく。
 ドアの向こうには、2人の大人が立っていた。

「父上! 母上!」

 その2人を目にした瞬間、今までの悪態が嘘のように、サソリの表情がみるみる明るいものへと変化していく。
 病室へ現れたのは『赤髪の男』と『長い暗髪の女』だった。とてつもなく、非常に、はっきりと覚えのある2人だ。その2人を、なんとサソリは『父上』『母上』と呼んだ。

「あら、もしかしてあなたは……」
「サボテンか?」

 俺の姿にすぐ気がついてくれたようで、2人が声をかけてくれた。やはり、彼らも覚えてくれていたようだ。

 なぜ今まで気づかなかったのだろう。
 特に赤髪の男なんて、そっくりじゃないか。
 ――サソリに。

 俺の両親が命をかけて助けた人物とは、サソリの両親だったのだ。

 だが、サソリの両親は彼が物心ついた時に死んだという覚えがある。俺が今年で7歳なので、サソリは8歳のはず。とっくに物心なんて過ぎている頃だ。ならばすでにサソリの両親が殺されていなければおかしい。
 しかしこの通り、サソリの両親は死んでいない。代わりのように、俺の両親が死んでしまったが。
 ――なにかが違う。この世界は、なにかが変わっている。知っているはずの世界なのに、知らない世界へ放り込まれた気分だった。

 そんな気分を引きずり続けないように、サソリの両親へ向かって一礼してから当時のお礼を述べた。

「お久しぶりです。あの時はありがとうございました」
「とんでもない、顔をあげてくれないか」
「そうよ。お礼なんていいのよ」

 その様子を、複雑そうに見つめるサソリ。

「お前、父上と母上の知り合いだったのか」
「サソリのご両親だったとは知らなかったけど、そうだな。もしかしたら俺とサソリが兄弟となっていたかもしれない程度には、知り合い……なのか?」
「はあ?」

 サソリの母が、怪訝な顔をしているサソリをあやすように、こう付け加えた。

「私たち親同士、古くからの友人だったの。彼らに命を助けてもらったのよ」
「……こいつの?」

 サソリが疑わしげな目で俺を見ている。サソリにとって初めて知らされた事実なのだろう。
 それでも相変わらずサソリは俺を訝しく思っているようだったが、サソリの母と言えば彼の扱いに手慣れたもので、気にせずどんどん話を進めていった。

「サソリのお見舞いに来てくれるなんて嬉しいわ。サソリとお友達だったのね」
「母上、違うよ。中忍試験で戦ったきりだ」
「中忍試験で! まあ、そうだったの。じゃあ、ライバル関係なのかしら? 喧嘩するほど仲がいいって言うものね」
「ちが――母上!」

 声を弾ませるサソリ母、俺とサソリ母を交互に見ながら、みるみるペースを崩されていくサソリ。それを微笑ましそうに無言で眺めるサソリ父。

「じゃあ、改めてサソリをよろしくね。この子、人と接するのが苦手で……」
「ああ、もう……母上、頼むからやめてくれ」

 ――あのサソリが戸惑っているとは、これは面白いものが見れた。

「……ニヤけてんじゃねェぞ」

 ――しまった。顔に出ていたか。

 サソリの両親が生きていると判明したので、サソリがなぜ十機近松の集を手にしていたのか想像がついた。両親生存によってそこまで捻くれることもなく、チヨバアともわりかし良好な関係を築いているのだろう。サソリのために転生忍術を開発してしまうチヨバアのことだ。きっと孫思いに違いない。共に気が強いので多少の衝突はあるだろうが、それでも両親が死んでしまった世界よりは幸せであると思う。

 しかし、傀儡の入手ルートが判明してしまった以上、サソリに聞くことがなくなってしまった。安否も確認できた。ご両親が無事生きていることも知ることができた。ならば俺はこの辺でお暇とするべきだろう。

「そうだ。これ、見舞いの品」

 家で育てているサボテンの実、ドラゴンフルーツ。サソリの好みが不明なので、持って帰れるよう4等分に切ってきたが、サソリの両親もいることだ。ちょうどよかったのかもしれない。

「家で育てたドラゴンフルーツなんだ。苦手か?」
「苦手では、ない」

 病室にはぴったり4人。

「よければお二方もどうぞ」
「いいのかい?」
「ありがたくいただくわ」

 サソリと、サソリの両親がドラゴンフルーツを口へ運ぶ。自家製なので少し緊張した。

「……うまい」
「おいしいな、これは」
「あら、おいしい!」

 ――よかった。全員、マズそうな顔はしていない。
 なんだかんだ、両親のおかげでサソリの悪態も徐々に解け、初期ほど棘を見せることはなくなっていた。

「では、俺はこれで帰ります」

 俺が病室を出ようとしたその時、サソリが俺へ制止の言葉をかけた。

「聞きたいことがあったんじゃなかったのか?」

 ――おあずけされてしまえば、そりゃあ気になるか。

「なんだ、聞いてくれる気満々だったんじゃないか」
「あれだけ押されればな」
「いや、もういいんだ。自己解決しちまったよ」

 それに、せっかく両親が見舞いに来てくれているのだ。

「両親との時間のほうが大切だろ? またあとで聞くこともできる。今日はこの辺にしておくよ」

 今度こそ帰ろうとしたが、今度はサソリの母が制止の言葉をかけてきた。

「聞きたいことがあったの? それってもしかして、あなたのご両親についてかしら?」

 ――それは考えてなかったな。
 確かに俺は、この世界の両親との記憶は4年間しかない。うち大半は両親が戦地送りとなり、実際は3年、いや、2年ほどしか共に過ごしていないかもしれない。

「そうではありませんが、それについても聞きたいですね」

 聞いて損はないと思った。

「じゃあ決まり。フルーツのお礼と言ってはなんだけど、家へ来ない? 話のついでに見せたいものがあるの。あなたの家へ迎えに行くから、あなたに予定さえなければ待っててくれる?」
「分かりました」

 ――これが同年代でフリーの女性だったら、もしかしたらなにかが始まっていたのかもしれない。
 そう思いつつ、なにを見せてもらえるのか楽しみだったので家へお邪魔することにした。傀儡でも見せてもらえるのだろうか。


 言われた通りに家で待機し、言った通りにサソリの両親が迎えに来てくれた。そのままサソリ宅へ案内されるが、その大きさを見て、俺の第一声はこうだった。

「……ご自宅ですか?」

 ぽかんと口を開ける俺へ、サソリ父が何事もないように「そうだぞ」と返す。
 サソリの家は、俺の家など比べ物にならないほど想像以上に広い家であった。砂隠れでも裕福な層へ入ると思われる。きっとチヨバアの研究施設も兼ねてあるのだろう。

「遠慮なくあがって」

 サソリ母の言葉に甘えて、家へあがらせてもらった。広い廊下を進むが、今のところチヨバアの姿は見当たらない。
 そのまま応接室へと案内され、椅子へ腰かけるよう促される。サソリの母は台所へ向かい、サソリの父と俺が向かい合う形になった。

「いつかは聞かせてやりたいと思っていたんだ」

 俺の両親のことだろう。親と子の関係として共に過ごしたが、両親の『親』以外の姿はなにも知らない。

「どこから話しはじめようか――」

 そうして、サソリの父は思い出を語ってくれた。
 知り合った時から、死ぬまでの出来事を。

 長らく語り続けてくれる、サソリの父。時計を見れば確実に時間が過ぎていたが、俺自身の感覚では、とても時間が経過しているようには思えなかった。
 時々相槌をうったり質問したりしながら、サソリ父の話に耳を傾けて、あっという間に過ぎ去っていく時。

 語られていく中で、この世界の両親は信じられないことに、聞けば聞くほど前世の両親と似通っていた。これではまるで、俺の両親も生まれ変わったかのような――。亡くなってしまった今、真相は闇の中だ。

 しばらくして、サソリの母が茶と茶菓子を置きに戻ってきた。

「ちょっと待っててね。アルバムを持ってくるから」

 が、再度部屋を出る。
 またしばらくして戻ってきた時には、分厚いアルバムを手にしていた。

「見て」

 渡されたアルバムを卓上へ広げ、サソリの両親と共にじっくり眺めていく。
 アルバムには様々な写真があった。人に囲まれながら笑っている写真、両親が互いに怒りあっている写真、壊れた人形を手にして泣く小さな母や、壊れたおもちゃを手にして泣く小さな父。
 中でも目についたのは、サソリの両親と俺の両親やその仲間である人物たちが、集まって酒を飲んでいる写真だった。

 写真を見ては、よぎる『もしも』の未来。
 生きていれば今頃、卒業祝いや中忍就任祝いで家が賑わっていたかもしれない。
 生きていればいつか、2人の馴れ初めを母の口から聞くことができたかもしれない。
 生きていれば将来、父と共に酒でも飲んでいたかもしれない。

 そんなことばかり浮かべては、過ぎたことだと頭を振る。そんなことを考えたところで仕方がないというのに、意に反して頭には次々と『未来』がうかんでいく。

「あの2人は誰よりも砂の将来を案じていたんだ。だが里に潜む闇ではなく、光として未来をつくろうとしていた。穏やかな改革主義者、とでも言うのかな。とにかく、明るい未来を信じていた」

 ――俺の家にも、掘り起こせばアルバムくらいあるだろうか。

「彼らのおかげで、里はほんの少し変わったわ。本当に少しだけど。そして……実は風影様も変わったのよ」
「風影様が?」
「昔はもっと冷酷非情だったんだけど、彼らのおかげで少し穏やかになったわ」

 サソリ母がにこやかに笑う。

「そして、サボテン。あなたが風影様の弟子になってから、彼はもっと変わったわ。きっと、自分に孫や息子ができたみたいに感じているのかもしれないわね。時々、私たちへあなたの成長を報告しに来るのよ。表情は変わらないけど、それはもう嬉しそうにね」

 ――なにやってるんですか風影。確かに風影はあまり表情を変えないが、そんなことしてたんですか。

「あなたを見てると、彼らがまだ生きているんじゃないかって錯覚してしまうの」

 両親が死んだと聞かされたときは、驚かず、ただ冷静だった。本当に冷静だったのかと聞かれれば、それは違うかもしれないが。

 人生を深く知ってしまえば、目をそらさずにはいられなくなる。
 それこそ、後悔の念に駆られるくらいに。

 ――俺は、死を認識できたのだろうか。
 頭の中が空になることはなく、ただ、涙をこらえるのに必死だった。

「君の両親は、なによりも里を重んじていた。もちろん、君のことも大切にしていたよ。でも彼らは、最期に『あの子がきっと里を良い方向へ導いてくれる』なんて言い残したんだ。君がどんな道を辿るかなんて分からないのに、だよ。けれど、今の君を見ている限り、彼らの言っていたことは正しかったのかもしれないな」

 もしも俺が普通の子供だったならば、親に捨てられたと思いこんで絶望し、果ては抜け忍となっていたのかもしれない。例えばサソリのように。
 木ノ葉やサクモを心の底から憎んでいたかもしれない。例えばサスケのように。

 両親が生きていて、サソリもまだ里抜けをしていない。だがもし今後両親が亡くなった時、里抜けするかもしれない。ならばできるかぎり、里抜け出来ない理由を作り、里に興味をもたせ、人に興味を持たせたい。サソリを里へ繋ぎ止めておきたい。
 ――なんてお節介だ。エゴだと煽られ、蔑まれるかもしれないな。
 それでも暁入りしたサソリを知っている分、気にかけずにはいられなかった。

「私たちと一緒に暮らしてほしかったけれど……もしかしたら、あなたは風影様へ弟子入りするのが最善だったのかもね」

 サソリの両親は、俺の父と母の軌跡をきちんと手で包み受け止めてくれていた。
 ならば俺がやるべきことは決まっている。

 この里を、守ることだ。
 例え、他里の繁栄を妨害することになったとしても。




 その翌日のことである。
 調べることがあったので、俺は図書館へと籠りっぱなしだった。本を探すのにも体力を使い、長時間座るのにも体力を使い、本を読むにも体力を使い、押し寄せる眠気との闘いと化していたが。

 調べているのはトカゲの本だ。中忍試験時、木ノ葉へ向かう道中に助けた2匹のトカゲ。手のひらに乗るほどの小さなサイズである。このトカゲについて調べるため、爬虫類の本を片っ端から漁っている。

 眠気と闘った甲斐あり、トカゲなどに詳しくないので苦労の末であったが、やっとのことで2匹の種類が判明した。アルマジロトカゲとバシリスクらしい。

 そして図書館を出ると、いざ風影の元へ。
 この2匹をどうにかして口寄せ動物へ育てられないか、教えを乞いに行くのだ。

「アルマジロがオス、バシリスクがメスだな」

 風影の執務室へ到着し、風影へ見せた瞬間、種類と性別を当てられた。

「なんで分かったんですか?」
「さあな」

 ――風影、衝撃の事実判明。スクープ、トカゲマニア。
 曖昧に返されたので、こちらの想像で勝手に補わせてもらった。考えてもみればトカゲが好きそうな顔をしている。いや、偏見か。

「トカゲを貸せ。チャクラの流れを調べる」

 快く風影へ2匹を放つと、それぞれ風影の右手と左手に乗った。

「口寄せ動物にできそうだな。育てる価値はあるだろう」

 ということはカカシの忍犬や、そうでなくともキバの赤丸のように戦える可能性があるということか。

「おいで、マジロウ、バッシー」

 名前を呼べば2匹が俺の元へと戻ってきた。トカゲの名前を聞いた風影が、ため息をついている。

「小僧……名付けの才はないようだな」

 ――ほっといてくれ。






 第2次忍界大戦が終結した後のこと。中忍試験から、早くも5年は経っただろうか。未だ戦火は尾を引き、小競り合いが続いている。

 俺たちは相変わらず修行や任務に励んでいた。俺個人はと言えば、時空間忍術の解析に取り組んでみたり、相変わらずチャクラから水銀を生み出そうとしたり、流遁を使って相手の術を操る方法を考案してみたりと忙しなかった。この3つは、どれも成功していないのだが。
 それに加えて、2つほど悲しい事実を知ってしまった。1つ目は、体術についてだ。体術の修行を行っていて気づいたのだが、俺はどうやら体術はあまり得意ではないらしい。そしてもう1つは流遁。もともとは水遁から派生したものであるため、流体の中でも液体を扱う方が得意だと判明したのだ。つまり、液体以外の流体は、最悪使えないまま終わってしまうかもしれないということだ。
 この2つは、血の滲むような果てしない努力でなんとかなる範囲だ。とりあえず修行を怠らなければ、道は開けるはず――だと思いたい。


 5年も経てばバキと夜叉丸もそれぞれ無事中忍となり、やっと3人足並みがそろって、これからだという時期。
 そんな中で、俺たち羅砂班へBランク任務が入った。急遽湯隠れまで密書を届けてほしい、という旨の内容だ。

 生憎、羅砂は別の任務で忙しい。忍の数が少ないのだ。当然、班長不在という事態も出てくる。さらに、次期風影候補になるほどの男であるため、引っ張りだこになるのも無理はない。砂金集めにも忙しいらしい。そんな時のために俺が副リーダーへ選ばれたのだ。

 今、木ノ葉の国境付近では小さな火花が散っている。しかし、湯隠れへ行くには木ノ葉を跨ぐのが最短距離だ。急ぎの依頼なので、木ノ葉を跨ぐルートでなければ間に合わない。
 3人で相談しながら綿密にルートを練り、できるだけ戦地を避けつつ直進できる道を割り出した。

 行きは、危なげなくだが無事に湯隠れへ密書を届けることに成功。あとは温泉に浸かって疲れを癒し、砂隠れへ帰還するのみであった――が、問題発生。

 行きのルートで宿にしていた村が、見るも無残に焼け野原となっていたのだ。俺たちはしばらく唖然を立ち尽くしていた。

「すまない、俺の失態だ。帰りは別の安全なルートを再構成すべきだったんだ」

 ――戦争が終わったからといって、またすぐに次の戦争が起こるというのに、同じ道を再度通るなどと。
 そうやって自身の失敗を責めたが、すぐに気を取り直して次の指示を出す。

「村を破壊した忍が潜んでいるかもしれない。むき出しのまま野宿するのはできれば避けたいところだ。付近に小屋でもあればな……」

 しかし空を見上げれば青へ赤が混ざりきっていた。白かったはずの雲も赤に塗られ、あざ笑うようにカラスが鳴いている。

「まずい、日が沈んできた」

 もはや場所を選ぶことなどできない。

「仕方がない。交代で見張りをしながら瓦礫の隙間で眠ろう」

 そうして、焦げた黒や瓦礫の散らばった村を歩き、睡眠をとるのにちょうどいい隙間がないか探しはじめた時だった。

 ――なんだ?
 俺が違和感へ気づいたのと同時に、バキと夜叉丸もなにかに気づいたようだ。

「なにかいるな」

 バキが小声で言った。続いて、俺と夜叉丸も。

「人間だな。1人だが……様子が変だ。俺が見てくる」
「分かりました。子供ですかね、とても弱々しい――あっ!」

 声を上げた夜叉丸の視線をたどれば、瓦礫の隙間から小さな手が覗いているのが見えた。
 子供が生き埋めになっているのだ。

「助けないと!」
「ああ」

 俺と夜叉丸は誰かから急かされてるように瓦礫の近くへと走った。

「いいのか? 木ノ葉の子供だぞ、助ければ砂の脅威となるかもしれん」

 バキが低く戒めるように言った。
 全て善意で動いているのか、と聞かれればそれは違う。もちろん打算を含めた行動だ。夜叉丸は10割善意だろうが。

「昔話じゃ、助けたやつが恩返しに来てくれるじゃないか。俺たちが助ければ、こいつだって『砂の忍は悪いもんじゃないな』とか思ってくれるかもしれないだろ」

 あくまでも昔話。それでも昔話の教訓は、簡単に馬鹿にはできないものがある。

「楽観的過ぎる。これは昔話じゃないんだ。それに恩を仇で返されるかもしれない」

 現実的な反論だった。バキはこういった事態の時、きちんと冷静に物事を判断できる思慮深さを奥底へ持っている。だからこそ、バキへさらに反論する気はなかった。

「いいんだよ。こうしてバキが警戒してくれるから、俺はこの子供を助けられるんだ。だから警戒心を薄めないでくれ」

 夜叉丸は優しく人を包み込む心がある。バキは厳しく人を制する心がある。ならば俺はその間の立ち位置へいるべきだろう。

 しぶしぶではある様子だったが「分かった」と一言残し、バキも納得してくれたようだった。

 ――流遁・銀鏡の術。
 容器から垂らし薄く伸ばした水銀を、瓦礫の隙間へ侵入させる。侵入させた水銀を操り、できる限りの瓦礫を退かした。

「2人とも、頼んだ」

 あらわになった子供をバキと夜叉丸がが引き上げ、救出は成功。幸いにも子供は、瀕死ではなく軽傷だった。気配が弱々しかったのは気絶していたためらしい。

「夜叉丸、怪我の手当てを頼む」
「ええ」

 ――流遁・汞殻壁(こうかくへき)
 今度は、水銀が球状の殻となり、俺と夜叉丸、そして子供を包み込む。バキは見張りをしてくれた。夜叉丸の処置が終わるまでは、この水銀が身を守る壁になってくれる。用心に越したことはない。

 手当も終われば、子供が目を覚ました。

「お前、大丈夫か?」
「だい、じょうぶ」

 ゆっくりと目を開け、起き上がる。辺りを見まわし、俺たちの姿を認識したようだ。

 ――さて、この後どうするか。
 子供は木ノ葉の住人。だが俺は砂の人間だ。孤児1人を預けるためだけに、俺が独断で木ノ葉へ呼びかけることはできない。呼びかけるとしたら、それは取引の時くらいだろう。人質にするわけにはいかない。しかし、こんなに幼い子供を目の前にして見捨てる、という鉄の心は持っていない。ここへ放置すれば、忍に殺されるか餓死するのは目に見えている。
 とりあえずは、子供から情報を引き出してみることにした。

「名前は?」
「テンゾウ」

 どこで聞いたことのある名前だが――そうだ、ヤマトか。テンゾウもコードネームだったような気がするのだが、どうだったか。暗髪に猫目で黒い瞳の顔ときて、さらにテンゾウという名前ならば、ヤマトで間違いないとは思うのだが、どうにもにわかには信じがたい。

「この村でなにがあったのか教えてくれないか?」
「ううん……」

 子供は頭を抱えて悩みだした。

「なにも思いだせない……」

 ショック症状だろうか。――しまったな。もう少し考えてから聞くべきだった。だが途中で止めてしまうわけにもいかず、続けて質問を投げる。

「名前以外は?」
「わからない」
「誕生日は?」
「8月……だった気がする」

 ――ヤマトだこれ。半信半疑でもあり、間違いないとも言い切れないが、ヤマトだこれ。

「他に、かすかに覚えていることとかないか?」
「……ぜんぜん」

 ならば、これ以上は無理に聞かないほうがいいだろう。
 ヤマトの親が死んでいるかは分からないが、生きているならばこんなところへ子供を残したままなのだから、子供思いの親とは言えないか。ノノウの孤児院の場所が分かればそこへ預けてやりたいが、場所がわからないのでは無理だ。さらに、帰ればまた忙しなく任務を課せられるため、寄り道している暇などない。
 ――残された選択肢は1つ。主に助けた理由は、これなのだが。

「砂隠れの里へ来ないか?」

 この子供――ヤマトを俺たちの里へと連れて帰ることだ。
 ヤマトはきょとんとした顔で、「すながくれ」と俺の言葉を繰り返す。

「村はこんなだし、明日からずっと野宿なんて嫌だろ?」
「……うん」

 勝手に助けてはいさようなら、なんてことはしない。助けたのだから、最後まで面倒を見てやるべきだ。
 しかし、元は木ノ葉の住人。もしかしたらテンゾウの名を知っている人がいるかもしれない。木ノ葉を裏切った子供だと思われないよう、念には念を入れ、名前を変えてもらうことにした。

「なあ、テンゾウ。テンゾウっていう名前のままだと、もしかしたらお前にとって危険かもしれないんだ。そこで、どうだろう。新しい里の住人になって再スタート、という意味もこめて、テンゾウに新たな名前をつけたいんだが……」
「どんななまえ?」

 名前はもちろん決まっている。
 これ以外に考えられなかっただけなのだが。

「今日からお前は『ヤマト』だ」
「ヤマト!」

 綱手が与えた名をつけてやれば、ヤマトの表情が少し和らいだ。
 あとは、木ノ葉の子供を連れて帰ったと風影が知った時、どういう反応が返ってくるか、だ。




 いつまで続いていたのかも分からないほど長い沈黙。双方一歩たりとも譲らぬ激戦のにらみ合い。緊迫した空気というほどでもないが、一切の戯言を許さぬ重さ。見えるはずのない火花が、俺と風影の前でその存在を主張している。
 長らくの沈黙を破ったのは風影だった。

「……小僧。羅砂が砂金を集めているとはいえ、この里は貧窮だと理解しているはずだが。さらに木ノ葉の子供とは……」

 並の下忍ならば震えあがるだろう、ドスの利いた声。隣にいる付き人が、自分は無関係だと言い張るように目を泳がせている。

「覚悟のうえで連れてきました。このまま木ノ葉に返せば、砂の脅威となり得ます。こちらで育てるのが得策かと」
「そやつにそれほどの価値があるとでも?」

 ――価値。里を背負う者としては当たり前の判断だ。価値がなければ、意味がない。
 この世界の『影』は、国をひとつにまとめる首相というよりも、大企業の社長という立場のほうがしっくり当てはまるだろう。風影の言う『価値』も、上へ立つ人間なら誰しもが懸念するものである。もちろん、その部下も。

 しかしすべてを価値で解決してしまうわけにはいかない。

「風影様は『価値』を見出して俺を弟子にしたんですか? これからの『可能性』を信じたのではないのですか? それに、価値なんて後からいくらでもつけられます。大切なのは『今なにができるか』では」

 ――ここで言い負かされてしまえば、ヤマトはどうなるんだ。
 その一心だった。

「言うようになったな」

 風影は変わらず鋭い目で俺を見たが、されどどこか懐かしさを感じる目へと、いつの間にか変わっている。

 風影が、ふ、と先ほどよりも表情を緩めて「オレは小僧と羅砂で手一杯だ」と言った。

「言っておくが、施設には空きがない」

 風影とは、もう10年の付き合いになる。言わんとしていることを読み取るのは、そう難しくない。

「もとより()()()()()()連れてきましたから」
「ならばよい」

 言葉にせずとも伝わった。
 つまりは、俺が面倒を見る、ということで落ち着いたらしい。それすら許可を貰えなかった場合は、どうするべきかと悩んでいたが。
 まさか10代の後半へ入らぬ内に、孤児を保護することになるとは。しかしヤマトのため、今この状況で俺にできることは、これが最善だと考えている。俺のエゴになるかもしれない、という事実は否定できないが。

「ぼく、どうなったんですか?」

 ヤマトが不安げに俺を見上げている。

「悪い悪い、おいてけぼりだよな」

 不安にさせないようヤマトの目線までしゃがみ、目の高さを彼に合わせる。

「お前、俺の家へ来ることになったけど平気か?」

 バキがやれやれとため息をつき、夜叉丸がまるで淑女のように上品な笑いをうかべる。

「……お兄さんの?」
「そうだ。木ノ葉の自然豊かな環境とはかけ離れるが、大丈夫か? 環境の変化に耐えられるか?」

 夜叉丸が「猫じゃないんですから」と、微笑ましそうに言う。

 サソリの両親は、俺を見捨てようとはしなかった。定期的に俺の様子を伺いに来るだけでよかったのに、それを通り越し養子を考えてくれていた。サソリの両親は、俺の両親とはまた違ったものを与えてくれたのだ。だからこそ、ヤマトを引き取るのに迷いはなかった。とは言いつつも、俺自身の肉体年齢はまだ10代前半である。一般的には俺も養われる立場であることに変わりはない。
 はるか遠く、手の届かないものを救うのはとても難しいが、ヤマトは十分手の届く距離にある。だから助けた。いい方向へ転がるか、悪い方向へ転がるかまでは分からないが。いい方向へ転がっていると信じたい。

「自己紹介が遅れたが、俺はサボテン。改めてよろしくな、ヤマト」

 ヤマトの頭へ手を置き無造作に撫でてやれば、頭を揺らしながら今度こそ表情を緩めた。

「はい」

 こうして、俺に弟のような存在ができた。肉体年齢を省けば、弟ではなく息子と呼ぶのだろうが。




 ヤマトを自宅へと連れて帰ってから、しばらく日の経った頃。俺は、ヤマトを忍者学校へ入れさせるかどうか悩んでいた。
 ヤマトは忍の家系出身かも不明だ。だからこそ、強制的に忍という家業を無理に継ぐこともない。ヤマト自身が忍になりたいのか、それとも別の道を進みたいのか、それこそ血継限界の家系など目ではないほど自由に選ぶことができる。
 できれば忍になってほしいが、ヤマトの意志も尊重しなければならない。里に忍が足りないことは承知している。それに俺の意志を継いでほしいということもある。だが、最終的な判断は結局自らが絞り出さなければならない。

「ヤマト。お前はどうしたい?」

 数秒置いて、ヤマトが言う。

「……目がさめたとき、家がたくさんこわされてた。家がなくちゃ、外でさむいおもいをする。だから家をつくったり、なおしたりできれば、みんなあったかい」

 大工になりたいのだろうか。驚いた。この頃から既に建築へ興味が向いていたのか。
 ――仕方がない。それがヤマトの意志ならば捻じ曲げてしまうわけにはいかないだろう。
 しかし、ヤマトは「でも」と言葉を続けた。

「家があってもなくても、けっきょく人がたくさん死んでた。だからまずは、たたかいがおきないようにしたい。忍者になってたたかいをとめたい」

 迷いのない眼差しがまっすぐ俺を射貫く。悲惨な光景は、忘れようにも忘れられないようだ。
 ――ということは、つまり。忍になりたい、ということでいいいのだろう。

 この世界でもし生き残れなかったら、という可能性を幾度となく考えてきた。
 ――本当に、死んでしまったら。
 そんなときのために、俺の意志を継いでくれる者がいてくれたほうがいい。

「分かった。忍者学校へ入学手続きを済ませよう」

 任務で得ている金は少ないかもしれないが、幸いにも研究ぐらいにしか使いどころがない。その研究だって、術式と紙のにらめっこが大半だ。それに、両親が残してくれたお金も大切にとってある。いざとなればこれがある。使わずに終わるかもしれないが。1人だけを養うならなんとかなるだろう。

「本当にいいんだな?」
「はい」
「大工になることだってできるんだぞ」
「平和になったら、しゅみで家具をつくったりします」

 記憶喪失にも関わらず、ヤマトは自分の将来計画をすでに練っていた。しっかりした子供だ。しっかりしすぎて、別の意味で心配になるが。サソリの両親も、俺との初対面時はこんな気持ちだったのだろうか。
 こうして、ヤマトは砂の忍としての道を歩むことになった。


 ――ヤマトを忍者学校へ入学させたすぐ後のこと。
 いい知らせと悪い知らせが入った。

 いい知らせ。羅砂と加瑠羅がめでたく結婚。
 悪い知らせ。――第3次忍界大戦が勃発。



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戦間期 4. ある1日

 第3次忍界大戦が起こるか起こらないかの、幕間のある1日の出来事である。

 俺の1日は、サボテンが順調に育っているかを確認することからはじまっていく。俺の名前ではなく、植物のサボテンだ。家にはサボテンがずらりと並べてあり、花が咲いているもの、休眠をとっているもの、それぞれ大切に育てている。
 家にいる間、俺の会話相手はサボテンのみだった。しかしつい先日に住人が1人増えたので、むなしく独り言を連ねることもなくなるだろう。

 今日はサボテンの水やり日ではないため、病気になっていないか、ひとつひとつ丁寧に観察していく。
 様子を見ていたヤマトが、俺に近づいて言った。

「それ、なんですか?」

 ヤマトは、人差し指で丸いサボテンを指している。このサボテンのみ卓上へ隔離されているため気になったようだ。

「きれいな赤い花ですね」
「このサボテンか? 実は、羅砂先生の結婚祝い用に贈るためのサボテンなんだ。花が咲くまで待っていたんだが、今日、綺麗に咲いてくれた」

 このサボテンは、最低1週間から2週間は花を咲かせ続ける。咲き終わったら返品でも一向にかまわないが、確か我愛羅の趣味はサボテン栽培だったはずだ。もし我愛羅が生まれれば、これも育ててもらいたいと思い、サボテンを贈ることにした。初心者用で、そこまで珍しいサボテンというわけではないが、サボテンへ初めて触れるにはもってこいだろう。

「それで今日は……研究を手伝えば、修行につきあってくれるんですよね」
「ああ、大丈夫だ。ちゃんと見てやるよ」

 今日は風影がいない。任務もないので、思う存分修行をつけてやれる日であった。
 ふと、ヤマトが視線を卓上へと戻す。「あの」と言いづらそうに再度丸いサボテンを指した。

「トカゲが2匹、サボテンを食べてますけど……」
「マアアァァジロオオォォオオウ! バアアァァッシイイィィイイ!」

 急いで止めた。




 俺の家はサソリ宅ほど広くはないが、地下には大きめの研究室を備えつけている。質素で無機質な肌寒い空間だが、集中力を高めるにはこの程度がちょうどいいくらいだった。
 砂隠れの家は、荒れ狂う砂塵の季節を無事に過ごすため、大抵の家庭で地下に簡易シェルターのようなものが存在する。俺の家も例外ではなく、砂塵嵐用に地下室が存在していた。しかし快適な研究ライフを送るためこれを研究用に改造、現在の研究部屋になったというわけだ。

 そうして、今日はヤマトに手伝ってもらいながら研究を進めていった。やはり、1人よりも2人で作業するほうがとても効率的だ。

 まずは時空間忍術の解析に取り組むことにして、研究に没頭していく。今日で大分解析が進んだはずだ。
 時空間忍術は4次元を利用したものらしい。前世では机上の理論だったが、ここではそれが実現しているようだ。
 例えば絵や写真。3次元で写した写真は、2次元だ。しかし2次元ではその写真を曲げることや、別の場所へ収納することはできない。平面の世界がすべてだからだ。3次元では、それが可能になる。
 つまり術式で3次元という写真を、4次元にいったん収納するのが時空間忍術の大本。
 2次元から3次元を見るのと同じように、3次元の人間が4次元を見るのは不可能である。だから時間を飛び越しているように見えるのだ。実際は、移動時に3次元へ1次元を足し、戻すときは4次元から1次元を引いて、空間を介しているだけなのだが。

 理論はなんとなしに分かる。だが改造は無理そうだ。口寄せ契約自体の術式は理解できるのだが、それを取り巻く空間の術式が難解すぎる。
 それに、改造以前に時空間忍術も素質がいるらしい。いつかミナトや扉間のように使えるようになりたいという欲望はあるが、あまり期待はできないだろう。術や力を求めすぎれば、大蛇丸のようになってしまう。それだけは絶対に避けたいという思いもあった。

 故に、今日も今日とて行きつく先は起爆札の術式研究ということになる。

「で、で、で――」

 全身を震わせ、思い切り手を上へあげた。

「でェーきたァー!!」

 思わず万歳をしてしまうほど嬉しい結果だった。
 今まで構想だけだった起爆札が、ついに完成したのだ。

 その名も『化薬札』。
 火薬ではなく化学薬品の起爆札だ。

 どの国もだが、特に資源の少ない砂隠れでは化学薬品などが高価である。薬品の実験も医療忍術や毒薬研究のみ。純粋な薬品実験は少数派であるため、入手が非常に困難なのだ。
 だから思いついた。起爆札の術式が化学式ならば、薬品の化学式に改造すればどうなるのか。たまさかに薬品そのものの効果が得られるのではないか、と。
 そして本日、研究の成果が実を結んだのだ。

 問題は、その分手軽に持ち運べることである。一見全く問題はないように思えるが、大問題だ。
 手軽ということは、すなわち人の手に渡りやすいということ。危険物であるため、使用方法さえ判明すれば悪用されてしまうだろう。そのため、俺のチャクラに加え水のチャクラ、流遁のチャクラがないと発動できないよう3重ロックをかけておいた。きちんと段階を踏まないと解除できないようになっているのだ。穢土転生の二の舞を演じるわけにはいかないため仕方のないことである。
 解除に段階を踏むので、ここぞという緊急事態の場合や点1秒を争う戦いでの使いどころはほとんどないだろう。使用方法は、主にトラップや陽動。これならば活躍してくれるはずだ。

 完成したのも束の間、俺の脳みそはすでに悲鳴をあげ、おかしな思考回路をつくりあげていた。

「チャクラが少ない。忍の才能がない。万年下忍中忍。そんなことで困ったことはございませんか?」
「なにかはじまったぞ……」

 ヤマトが呆れ顔で俺を見ている。

「そんな時はこれ。サボテン特製改造起爆札。発煙札や化薬札もございます。これさえあれば気分は上忍。あなたも特攻隊員として部隊に採用されること間違いなし。ただし命の保証はありません」
「命の保証ないじゃないですか」
「今なら100枚につき、互乗起爆札を1枚お付けいたします」
「聞いてないですねぇ……」
「シリーズ全種類をセットで注文されたお客様には、普通の紙を6000億枚お付けして、なんとタダ。もちろん送料無料です。使うことのなくなった起爆札は俺が使うので下取りいたします。今すぐお電話ください」
「いい加減戻ってきてください」

 やりきったところで、ふと我に返る。

「――俺は今なにを言っていたんだ」
「やっと戻って来た。頭ぶっ飛んでましたね」
「マジで」

 ――ぶっ飛んでたのか、俺。相当だな。

「そんなことより、早く修行をみてくださいよ」
「はい」

 俺の身になにかが乗り移っていた。通販界に君臨する神の、なにかが。
 研究のし過ぎで大分頭がおかしくなっているらしい。今日はこの辺で切りあげてヤマトの修行へ移ることにした。




 地下の研究室を出て場所を移動し、しばらく歩いたところで目的の修行場へついた。
 ここはいくつもある修行場とは違い、小さくて細い川が存在している。水遁の修行をする時、いつもこの修行場を利用しているのだ。

 チャクラの理論など基本的なことはすでにヤマトへ教えているため、今日からは本格的な修行となる。修行と言うよりも、訓練といったほうが正しいが。忍者なので、らしく『修行』だと言っているだけだ。

「チャクラについてはきちんと理解できてるよな。じゃあ、チャクラ感応紙で属性を調べるぞ。紙へ思いっきりチャクラを流しこんでみろ」

 ヤマトは、言われたとおりに紙へ自身のチャクラを流し込んでいる。結果はすぐに表れた。

「――濡れて崩れたか」

 つまり木遁が使えるのだろうか。
 ヤマトが実験体になった時期は不明である。10歳以下の時期であることには間違いないのだが、俺が拾う前からすでに実験体となっていたのだろうか。

「ヤマト、木遁出せるか?」
「それって初代様だけの血継限界でしょう? 無理ですよ」

 どうやら実験体になった様子は無いようだ。ならば木遁を使う以前から水と土が得意属性だったということか。
 ――俺も初めから2属性欲しかったな。ヤマトは実験体を回避したことで木遁は使えないが、それでもスタート時点で2属性はかなり有利だ。

「どうしてボクが木遁を使えると思ったんですか?」
「ああ、ほら。ヤマトはもともと木ノ葉だったろ。水と土を初めから使えるなら、もしかしたら千手の血統かと思ってな。そんなわけないのにな」

 木遁を使えないヤマトなんてなにか違う気もするが、ヤマトにとってどちらが幸せなのかは俺にも分からない。

「よし。ヤマトが水と土だって分かったことだし、修行に入るか。水は俺も得意だから教えてやれるが、土は羅砂かバキのほうが詳しい。俺との修行じゃ基本的に水を扱うことになるが、いいか?」
「お願いします!」

 修行を始めてからおおよそ数十分後。バキと夜叉丸が近くを通ったので、声をかけた。

「おーい。バキ、夜叉丸」

 俺とヤマトの姿に気づき、迷うことなくこちらへ近づいてくる。

「これからお前を修行に誘うところだったんだ」
「もう修行していたんですね」

 バキが言い、夜叉丸が微笑む。
 連帯を生むためにはひとりで行う修行よりも他者と共に行う訓練のほうが良いだろう。例えば猪鹿蝶のように。なので俺は、修行をするときはできるだけバキと夜叉丸を誘っていた。2人にもそれが身についたのか、修行の際はできるだけ3人のうちだれかひとりでも誘うようになっていた。今回もそのようである。

「ちょうどいいところで通りかかってくれたな。なら、ここで一緒に修行しないか? 俺はヤマトに水遁しか教えられないんだ。2人が協力してくれたら助かる」
「かまわんぞ」
「ボクもです」

 バキと夜叉丸の了承を得て、あとはヤマトだけ。

「ヤマト、いいか?」
「是非お願いします」

 ヤマトのほうも快諾であった。
 こうして、バキと夜叉丸を交えての修行に切り替わった。ついでに俺も修行できるので一石二鳥だ。




 修行も終わり、帰宅。
 今までならば自身で作った料理をひとりで味気なく食べているのだが、今はヤマトがいる。これが彼女であれば最高なのだが、今の俺にはそんなものいない。この世界では一生独身である可能性も否定はできなかった。

 料理も1人分ではなく2人分になり、いつもの夕食を作ったのだが、食卓に並べられた料理を見たヤマトの第一声はこうだった。

「……なんですか、これ」

 苦虫をかみつぶしたような顔。この料理を初めて目にしたならば当然の反応ではあるが、あまりにも露骨である。

「サボテンステーキだ」
「えぇ……」
「ドラゴンフルーツもあるぞ。サボテンの実も」

 育てた食用ウチワサボテンのステーキ。サボテンがサボテンを育てサボテンを食すとはこれいかに。
 ちなみに育てているサボテンの水やりは水遁を使ったら元気に育った。水遁すげえ。命を生み出すという柱間の木遁の元になるだけはある。

 皿の上には、こんがり焼き色のついた緑色の多肉植物。香りは逸品だが、見た目で大幅に食欲が削がれるだろう。ヤマトが顔を強張らせるのも無理はない。しかしこれ以上にまともな盛りつけ方法も思いつかなかった。
 砂隠れでもサボテンを主食にする家庭は少数派だろうが、火の国とは環境が違うのだ。国によって主食が異なるのは致し方あるまい。

 緑のステーキと睨み合いを続けていたヤマトが「共食いですね」と言った。

「俺じゃないって」
「じゃあ、カニバリズムですかね」
「前提からしておかしいって。俺は植物じゃない、人間だ」

 ――ヤマトは俺をなんだと思ってるんだよ。

「とにかく食ってみてくれよ。見た目ほどマズくはないぞ」

 ついに覚悟を決めたのか、嫌そうな表情は変えないままヤマトはステーキを口へ放り込んだ。恐る恐る味わい、飲みこむ。
 瞬間、暗い表情が一変。鈍かった箸の進みも、皿へと伸ばす手が軽やかになっている。

「オクラとか、アロエみたいですね」
「食えるだろ?」
「はい。意外とおいしいです」

 ――料理は科学。どうだ見たか、俺が手塩にかけて育てたサボテンどもは。

 水遁を使えば味もよくなるらしい。水遁の水は栄養剤でも入っているのだろうか。チャクラの無駄遣いである。月に1回から3回の水やりなので、無駄遣いというほどでもないか。
 おかげで、ジョウロのように優しく水やりできる術を身につけてしまった。水遁・水やりの術。水槍じゃなくて、水やり。こんな術いらない。よく考えなくても役立たない。
 まず対人戦になるだろ? すかさず水やりの術を使うだろ。手から小雨のような弱々しい水が流れ出るだろ。その隙に俺は死ぬだろ。自殺するにはもってこい。環境には優しそうだが。

「こんばんは!」

 思考に耽っていると、ドアの呼び鈴と音と同時に、声が届いた。この声には聞き覚えがある。
 さっそくドアを開けてやれば、予想通りの人物が立っていた。

「あ、夕食中だったんですね。ごめんなさい」
「やっぱりマキだったか。いや、大丈夫だ。また発煙札か?」
「ええ。風遁の修行にもってこいだから。あと、パクラ先生も何枚か欲しいっていってたから、プレゼントしてあげようと思って」
「そいつは嬉しいな。じゃあ、今日だけ半額大サービスだ。先生に持っていってやりな」

 儲けられるときに儲けておく。金は命より重い。卑劣と言われようが金は大事だ。起爆札専門の店などを開けば、結構売れるのではないだろうか。世界が平和になったら、小さな店でも開いてみるかな。

「ありがとうサボテン兄さん! ……そうだ。新作の札とかありますか?」
「すまん。今日新作ができたばかりなんだが、俺以外は使用できないようにしているんだ。また新しいものができたら教えるよ」
「そうですか……。じゃあ楽しみにしています!」
「おう。また来いよ」
「ヤマトもまた学校で会いましょうね!」

 後ろを向けば、マキの声に反応して、食卓に着いたままのヤマトがドアの向こうのマキへ手を振っている。
 マキが去った後、玄関を閉めてまた食卓へとついた。

「マキでしたか」
「ああ……そうか、ヤマトと歳近かったもんな」
「はい。同じクラスです」

 マキは両親を霧隠れの忍に殺され、パクラの元で修行をしているらしい。似たような境遇から、ヤマトもよく遊んでいるようだ。
 ここで、俺はあることに気がつく。

「クソォ……俺には幼馴染の女の子なんていなかったぞ。全員野郎だったぞヤマトォ……!!」
「なんのことですか!?」
「不条理だ!!」
「だからなんのことですか!?」

 俺が食卓へ手をつきうなだれると、ヤマトが恐怖で支配できそうな目をして突っ込みを入れた。

「ところで、発煙札ってなんですか? 今日研究してた札じゃないやつですか?」
「なんだ、ヤマトも気になるのか。発煙札は爆発じゃなくて、ただ煙を出すだけのものなんだよ」
「役に立つんですか?」
「戦いには直接役立たないな。けど、ほかは色々役立つはずだよ。マキみたく、修行に使ったりもできる」

 修行で使うというのは俺の想定外だったが。有用に使ってくれているのはとても嬉しいことだ。自身の作ったものが良い方向で使われてるのは幸せなことだ。なにせ扉間の開発した穢土転生は、後に改悪されてしまうのだから。

 食事と会話の途中、また呼び鈴が鳴った。

「サボテン、てめェいい加減にしろよ」

 ――サソリだ。声に怒りが混じっている。だが怒っている理由はすでに察しがついていた。
 ドアを開ければ、緊迫した空気で場が張り詰める。

「サソリ……」
「…………」

 今にも獲物を狩りとるかような目つきだった。怒りの原因は、サソリへ渡した注文書。恐らく()()返却しに来たのだろう。

 最近、頻繁にサソリへ傀儡の注文をしているのだが、毎度毎度断られている。いつもならば使者をよこすのだが、今回はサソリ直々に注文書を返しにきたようだ。俺が届けた巻物型注文書を手にして、眉間にしわを寄せている。

「なぜなんだ、どうして俺を拒絶するんだ」

 ――悲劇の主人公を演出。お涙頂戴間違いなし。ただし非常に鬱陶しいので友達を無くす可能性もあり。

「オレの作ってる傀儡見りゃ分かんだろ……」

 そんな演出をもろともせず、サソリは我慢ならないというように叫んだ。

「それは、オレの、芸術じゃ、ねーんだよォ!!」
「ええ――――ッ!?」

 わざとらしくリアクションをすれば、サソリは俺の渡した巻物型の注文書を床に叩きつけた。それを見て俺は「ああーなんてことをするんだー」と棒読んだ。破かれなかっただけマシではある。

「これ傀儡にしたら絶対かっこいいじゃん。芸術じゃん。最高じゃん」

 思わずカンクロウが乗り移った。

「オレの傀儡をソレと一緒にするな!!」

 そう。俺が渡した注文書の内容は――メカ型傀儡だ。

 メカだぞ、メカ。ちゃんと変形型や装着型、四脚型だって考えたんだぞ。四脚だぞ四脚。ぼくのかんがえたさいきょうのくぐつ。
 ――角都だって忍術にロボットネタ使っていたじゃないか。鉄の国の侍だってそれっぽいの着てたじゃん。なら傀儡だっていけるだろ。

「却下だ! 全力でな!」
「くそォッ……ダメかァ……!」

 やはりダメなのか。たぎる熱い想いだけではダメだというのか。

「どうしてもこの案はダメなのか?」
「無理だな」

 現在進行形で天才と呼ばれる傀儡師にこう何度もはっきり断られると、いくらなんでも堪える。

「――いや。例えば、だが」

 叩きつけられた巻物を俺が拾えば、サソリが言いにくそうに頬を掻いた。

「もっとマシなものを考えてきたら……『共同開発』も、考えてやっていい」
「――!」

 俺の目的は把握してくれていたようだ。流石はサソリ。
 メカ傀儡を制作してほしいという下心もある。しかし、なによりサソリと協力することが、里抜け回避をより凝固なものにするのではないかと考えていたのだ。
 ふとサソリの左腕を見た。潰された左腕を傀儡で補い、不自由なく暮らしているらしい。このように、片腕のみで自分に合った傀儡の左腕を作ってしまうほどの男だ。いつ何時、人傀儡に興味を持って里抜けしてしまうとも限らない。

「……ああ。ありがとう。お言葉に甘えてまた考えてくるよ。でも、この案を諦めたわけじゃないからな」
「せいぜい吠えてな」

 こうして、サソリは帰って行った。嵐のようだった。
 ドアを閉めまた食卓へつけば、ヤマトが俺の手にある巻物を興味深そうに見つめている。

「あの、どんな発注したんですか?」

 注文内容に興味があるようだった。

「こんな感じなんだけどな――」

 巻物を広げ、ヤマトへ見せる。

「――かっこいい」

 小声だったが、はっきりと聞こえた。

「ヤマト」

 ――ありがとうヤマト。本当にありがとう。君は最高だ。

「成人したら酒でも飲みつつ語り明かそう」

 戸惑うヤマトに構わず無理矢理手をとって、握手を交わしておいた。
 こうして、俺の忙しない1日は幕を閉じた。



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第3次忍界大戦 5. 島

 ついに第3次忍界大戦の幕が上がった。羅砂と加瑠羅が結婚というめでたい報告の次にこれだ。時は戦争、戦争、また戦争。めまぐるしく移り変わっては多くの命が消えていく。
 第3次忍界大戦開始の一因であるはずの風影は、未だ行方不明になどなっていない。風影の行方不明はあくまで原因の一部でしかなく、あがいたところで第3次忍界大戦は起こるべくして起こったということか。

 各里では消耗戦が繰り広げられているが、木ノ葉に至っては各国からの集中砲火であった。
 砂隠れも他里のことは言えず、子供が次々と戦地へ送られる有様。それを食い止めるべく、羅砂は人柱力の研究に身を入れているらしい。分福が亡くなり守鶴が茶釜へ封印され、しかし人柱力という器で制しているわけではなく、いつ守鶴の封印が解けてもおかしくない状態であるためだ。これが、後に生まれてくるであろう我愛羅へ悪影響にならなければいいのだが。

 さらにまだ悪い知らせがあった。砂隠れの傀儡使いが霧隠れへ捕まり、数名ほど捕虜になっているというのだ。砂隠れが霧を警戒しているのはその所以だ。
 なんでも、傀儡使いのみを執着的に狙っているらしい。砂隠れにとって傀儡使いは里のエースだと言っても過言ではない。

 霧がなぜ傀儡使いを捕らえているのかは、風影から聞いた話だが、霧隠れの『血継限界嫌い』にあるという。
 霧隠れは忍刀七人衆など独特の武器が多い。血継限界を忌み嫌っているため、血継限界を戦力として数えておらず、彼らに代わる戦力が必要であった。そのため霧隠れでは、刀に限らず忍具や武具類が発展した。この点では傀儡を発展させた砂隠れと似ている。だからこそ、砂隠れ独特の武器である傀儡使いを捕らえている、ということであろう。戦力にするのか、それとも傀儡の技術を奪う目的かは定かでないが。

 そんな流れに関係してか、はたまた別の案件であるのか、羅砂班4人が風影室へと呼び出された。

「お前たちに資源防衛の任務を命ずる」

 風影は机へ両肘を立て手を組み、俺たち4人を前にしてそう発言した。

「島の防衛隊から応援要請が入ったのでな。霧隠れの忍が島の占拠をはかっているとのことだ。緊急であったらしくこれ以上の詳細は不明だが、至急、島の防衛へ向かえ。一刻を争う」

 俺を含めた全員が「はっ!」と了解の声をあげ、準備へ散った。


 砂隠れから遠く離れた風の国の海岸沿い、船着き場。羅砂が船員へ目的地を告げると、俺たちは木製で視界へ収まる程度の大きさの船へと乗り込んだ。いかりが上げられ、船体が波を切り海を渡りはじめる。
 その間、向かう島について羅砂が説明を入れてくれた。

「今向かっている島は、かつて初代五影会談時に尾獣の代わりとして木ノ葉から購入した、豊かな土地のひとつだ。地図上には描かれてはいないが、木ノ葉と砂隠れの間、南方面へ位置している」

 羅砂が地図を取り出し、指先で目的地を指す。

「水の国は、その名の通り海に囲まれた国。防衛や鎖国には適しているが、反面、攻めるのには少々不便だ。故に拠点を増やそうという目論見に至ったのかもしれんな。いくつか存在したであろう拠点候補のうち、白羽の矢はこの島へと当たったようだが」

 資源の少ない砂隠れは、この島からも木材などの資源を得ている。もしこの島を奪われてしまえば、砂隠れ特有の武器である『傀儡』の生産量が少なからず低下してしまうだろう。さらに言えばこの島のおかげで砂隠れの海域が広がっているのだ。
 柱間のような木遁使いでもいれば話は変わるかもしれないが、個人で造形を受け持っていたとしても、傀儡を生産するのにはもちろん生産費がかかる。風の国にとっても傀儡使いにとっても、物価の高騰や、必要以上に土地を失うことは避けたいところである。
 このような心配をしなければならないのは、5つの大国のうち風の国が最も弱小であり最も資源が少ないからだ。悲しいことだが、未だその事実は覆されていない。なので資源地を簡単に切り捨てるわけにはいかなかった。

 ただし、砂ばかりの土地というのは、なにも欠点ばかりではない。
 砂ばかりで資源がないからこそ、土地を目的に他国が戦争をしかけてくることは滅多にないのだ。砂ばかりでひらけている土地である故傀儡も動かしやすく、より生かすことができる。砂自体を武器にすることもできる。(ホーム)の利点による恩恵は大きい。

 良好とは言えない関係の霧と、個人や部族単位ではなく、国単位で衝突してしまえば戦争は絶対に回避できない。砂は、血みどろの戦いを繰り返してきた木ノ葉と順調に進めば同盟を結ぶことになっているが、霧とまで全面戦争になってしまえばその時まで砂隠れがもつかどうか。
 風影はこの事実を重々把握しているため、土地を奪われかけているにも関わらず、霧への全面的な宣戦布告をかわしているようだった。

「この任務、絶対に失敗するわけにはいかない。お前たち、分かっているな」

 3人、こくりと首を縦に振れば、羅砂もうなずいた。


 長らく船旅を満喫していたが、船が目的の島に着いたので、俺たちは速やかに島へと上陸した。
 風の国とは違いうっそうと茂る木々を間をくぐり、島の奥へ奥へと足を踏み入れる。無人島ではないようで、ときどき小さな家屋が建てられていたが、半壊しているものや全壊しているものも少なくはなかった。

「ひどいな……」

 砂隠れの額当てをつけた死体や、この島の住民であろう質素な服の死体があちらこちらへ転がっているのを見て、誰に語りかけるでもなく羅砂がこぼす。

「全滅でしょうか」

 俺が問いかければ、羅砂は「いや」と否定の言葉を前に置く。

「連絡が届いたということは、1人でも生き残っているはずだ。先に生存者を見つけ、保護をするべきだろう。それにしても、砂の防衛部隊をこうも易々蹴散らすとは……油断するなよ」

 相当の手練れであることは確実だった。

「ぎゃああああぁぁぁぁァァァァ!!」

 ――突然の断末魔。
 全員、声のしたほうへ一斉に振り向き駆けだす。

 駆けつけた先で目にした景色は、男の頭が蓋をしてあったようにぱっくりと割れ、血の混じった脳みそがのぞき、びくびくと電気を浴びせられたように痙攣しながら倒れる瞬間であった。
 男を囲むようにして、異様な形をした刀を持った忍が3人。俺たちの姿へ気づき、3人同時にこちらへと首を回した。すべて見覚えのある顔だった。

「また砂隠れのゴミか増えやがったか。次から次へと、ゴミ掃除も楽じゃねェなァ」
 ――断刀・首切り包丁の所有者である枇杷十蔵。

「紙みてェな防御のヤツばっかだったから、少しは楽しませてほしいもんだぜ」
 ――鈍刀・兜割の所有者である通草野餌人。

「戯言を言わずさっさとやるぞ」
 ――そして大刀・鮫肌の所有者である西瓜山河豚鬼。

「忍刀七人衆か」

 羅砂も知っているようだった。

 ――砂の防衛を突破したのはこいつらだったのか。
 7人そろっていないとはいえ、3人でも一斉に攻撃されれば周辺への被害が大きくなる。俺たちの任務はあくまでも資源の防衛だ。向こうとは違い、むやみやたらに攻撃を仕掛けていい状況ではない。
 大技を使わず、さらに相手にも大技を使われないようにしなければならないというのは、ただ周りを破壊しつくすだけの戦闘とは違う方向で厳しいものである。

「……『ニーイチ』だな」

 羅砂が俺たちだけに聞こえるようにぼそりと言う。

「分かりました」

 それは、2人と1人へ分断させるという意味だった。
 ――ならば。

「羅砂先生。俺、あの巨体と戦ってみたいです。チビとマユ無しのほうは弱そうなんで」

 向こう側にも聞こえるよう、しかしわざとらしくないように、気持ち少し大きめの声で言った。

「ンだとォ!?」と十蔵。
「言ってくれるなァ……」と餌人。

 ――よし、うまくのってくれた。

「なんだよ、事実を言ったまでだろ? お前ら本当に手ごたえなさそうだしな。頭にちょんまげなんて生やしやがって、音符記号かよ。全身黒いしちょうどいいんじゃないか? そっちはマユ無しのうえクジラの腹みたいなもん口に描いて、ファッショナブルだとでも思ってんのか。時代遅れにもほどがある」

 本心ではなく、適当に思いつく限りの煽りを口走らせる。すると、十蔵と餌人の顔がみるみる赤へ染まっていった。やかんをのせれば湯でも沸かせるだろうか。

「調子こいてんじゃねェぞォクソがあ!!」
「頭かち割ってやろうかァ!?」

 十蔵と餌人がそれぞれ叫んでいるが、隣の西瓜山といえばその様子を無表情で眺めているだけだ。

「十蔵、餌人、やめておけ。のせられているだけだ」

 注意深い河豚鬼は思惑に気づいているようだったが、散々罵られた2人といえばすっかり頭に血が上っている。

「テメェ、ボロクソに言われてねェからって上から目線かよ!!」と、十蔵。
「あの緑頭は絶対にオレが殺してやる……!!」と、餌人。
「やれるもんならやってみろよ。無理だと思うけどな」と俺はさらに煽り、しかし相手へ向かうことなく逆方向へ煽り逃げした。

 去り際、羅砂が軽くうなずいた。


 十蔵と餌人を河豚鬼から引き離し、木々を蹴りながら森のさらに奥深くへと逃げ切った。ひらけた場所で足を止めれば、2人も地へ足を置く。

「さあてな、首切り包丁でどう料理してやろうか。クク……」
「この鈍刀・兜割の前じゃどんな防御も無意味なのさァ!」

 十蔵は首切り包丁を肩へのせ、餌人は兜割の斧で俺をさす。
 数十秒後、俺を追いかけてきたであろうバキと夜叉丸が、十蔵と餌人の後ろへ立ちはだかった。

「ああ? 1人じゃ怖くてオレたちと戦えないんでちゅかァ? さっきまでの威勢はどうしたんだァ?」

 十蔵がなにか言っているが、気にせずバキと夜叉丸に合図を送る。
 夜叉丸はこくりとうなずいてワイヤーを取り出した。

 夜叉丸の両手から2本の太いワイヤーが伸び、ワイヤーが一直線に刀へと向かい捕らえる。

 ――流遁・汞牢(こうろう)の術!

 夜叉丸のワイヤーが首切り包丁と兜割を捕らえたわずかな隙をつき、十蔵と餌人の体へと水銀を密着させ、首から下を銀の全身タイツで包むように拘束した。
 十蔵と餌人が「なっ!?」だの「はあ!?」だの声を上げている。
 水牢の術は溺死させることもできるが、あれは接近しなければならない。近距離特化の忍刀を持った連中へ接近したくはなかった。しかし2人の拘束ともなればチャクラの消費も尋常ではなく、そのうえ大刀を軽々しく振り回す馬鹿力も加わり、流遁で拘束するのがやっとであった。

 十蔵と餌人が拘束を解こうともがいている。
 拘束したばかりであったが、すでに術が解かれかけている。解くか解かれるかの力比べであった。だが力比べではこちらが不利だ。

「マズい!」
「バキ君!」

 俺と夜叉丸は、手を小刻みに震わせながら必死に十蔵と餌人を捕らえる。

 バキは2人へ接近し指を2本立て、アンダースローのように右腕を振った。
 ――見えざる風の刃。
 休むことなく左腕を振れば指先から風のチャクラが放出され、透明な刃となり空気を揺らがせながら十蔵と餌人の首へ目がけて飛んでいく。

 風の刃は確実に首へ投擲(とうてき)された。
 だが十蔵と餌人の口から水が間欠泉のように溢れ盾となり、初めから無いものかのように刃が打ち消され、生み出された水だけが地面へと染み込む。

 ――これ以上の拘束は限界だ。
 夜叉丸と俺が拘束を解いたと同時に、敵と距離を一定に保つためバキが後ろへと下がった。相手が1人ならば汞牢の術で窒息死させることもできたが、上忍クラス、さらに忍刀七人衆が2人も相手ではそうもいかない。

「骨はありそうだ」

 言いながら、十蔵が舌なめずりをした。
 霧隠れの忍相手に水遁で勝負すればこちらが押されてしまう。水遁の手練れを相手に起爆札すら使えぬこの戦い、とにかく動きや武器を封じるしかない。

「確かめてやらァ!!」

 左からは、餌人の楽しげな声。
 ――刃物が風を切る音。
 眉間にじわりと指を近づけられているような、ぞわぞわとした不快感が左へ寄る。一瞬にして体中の全神経が左へ集まっているような感覚だった。

 振り向くことなく水銀を左に集め、斧が自身の顔を断ち割るのを防いだ。

 水銀に塞がれ抜けなくなった斧の斧頭へ、鉄槌の追撃。
 槌を振るいたがねを打つ熟練の石工のように洗練された動きだった。
 ――寸前。
 持ち得るほぼすべての水銀を集め高密度に圧縮し、兜割の切断攻撃から自身の身を守る。打ちつけられた箇所からは火が散り、全身から嫌な汗が噴き出た。

「右があいてんぞォ!」

 水銀をすべて左へ集めたことで右の防御が失われたことを幸いとばかりに十蔵が俺の右へ接近し、風を唸らせながら横へ包丁を振りかざす。
 だが、夜叉丸が再度首切り包丁へワイヤーをかけ、バキが俺の右へ立ちふさがった。

「残念だが右は満席だ」

 バキはすぐに片手指を2本立て、風の刃を放つ。
 十蔵はワイヤーで止められた包丁を手放して避けた。行き場を失った風の刃が木々を切り裂いてゆき、輪廻眼のような年輪があらわになりながらバウムクーヘンの道をつくりあげる。
 十蔵が地へ着地をしたところを狙い、バキが両手からクナイを何本も打てば、それらすべてが軽やかにかわされた。

 ――奴らの刀をなんとか引きはがさなければならない。
 斧へ触れている水銀を一瞬緩め、兜割へと触手のように絡める。そのまま硬化させ、兜割を捕らえた。拘束部以外の水銀を鞭のごとく一気に振り上げ、兜割を空中へと放り投げれば後ろで土に刺さる音が聞こえた。

「チィッ……」

 餌人が舌打ちをする。
 刀を隔離することには成功したが、忍刀七人衆は刀がなくとも強敵だ。しかし刀を失った今、絶好のチャンスである。

 ――流遁・銀鏡の術!

 夜叉丸は手をチャクラ解剖刀へ変え、バキは再度片手指を2本立てる。
 俺は水銀を地へ這わせ、諦め悪く十蔵と餌人を捕らえた。
 ――瞬間、豆腐を切っているかのような、手ごたえのない感覚。

 2人の体が透明な液体になり、ばしゃ、と音を立てて地面へ消えた。
 ――水分身か!

「まずは1匹」

 気がつけば俺は十蔵と餌人に左右後ろを取られていた。
 煽った俺が執着的に狙われるのは仕方のないことではあるが、忍刀七人衆の2人から執着される戦いがこれほど苦しいとは。

「サボテン!」

 すぐに反応したバキが体上半身をひねり、2本指を立てたほうの腕をこちらへさした。続いて夜叉丸がチャクラをクナイにまとわせ、俺の左右後方に投げる。

 クナイの刺さる音と共に後ろの殺気が消えた。
 だが、十蔵と餌人はそれぞれ刀を取り戻したようだった。

「あれだけ言ったくせして、1人じゃなぁーんにもできないようだなァ」
「まだまだこれからだぜェ」

 俺は後ろへ振り向き、次に来るだろう攻撃へ構えた時――

「そこまでだ」

 ――頭上から声が降ってきた。
 筋斗雲のような砂金に乗った羅砂が、俺たちの元へ戻って来たのだ。

 砂金はゆっくりと降下し、飛び降りて羅砂が地に降り立つ。砂金の上には丸々とした河豚鬼が横たわり、さらにその上には遺品のように鮫肌がのせられていた。
 羅砂が「足止めを頼ませてしまって悪かったな」と言えば、俺は「いえ」と涼しげに返す。

「さあ……次はお前たちの番だ」

 4人そろって構えれば、十蔵と餌人が心底嫌そうに舌打ちをする。

「偉そうにしてやがったのに、自分が捕まりやがって……馬鹿が。一旦退くぞ」

 十蔵と餌人は、煙玉を取り出してそれぞれ「あばよ」だの「じゃあな」だの吐き捨てながら、爆発音と共に煙へ飲まれて消えた。
 俺とバキ、夜叉丸はクナイを投げたが、肉を切ることなくすべて木に刺さった。

「待てッ!」

 羅砂の声はむなしく辺りへ溶けていく。逃げられたか、と羅砂は悔しそうにひとりごちた。
 逃がしたということは、すなわち報復に来る可能性があるということ。

「……要救護者を探すぞ。まだ生き残りがいるかもしれん」

 しかしむやみに追うことはせず、まずは生存者の確認を行うことになった。

 先頭を羅砂が歩き、俺、夜叉丸、バキが続く。羅砂のすぐ後ろである俺は、砂金に乗せられたまま移動する河豚鬼を隣にして歩いた。

「……ペットみたいですね」

 すると羅砂が軽い笑い声を立てて、こう返した。

「まさか忍刀七人衆だとは思わなかったが、霧隠れだと聞いた時から捕らえるつもりでいたからな。手こずったが獲れたての新鮮な豚肉だ」

 捕虜解放の交渉のためだろう。

「……とても食べられたものじゃあないですね」
「観賞用だな。動物園(しゅうようじょ)で展示するための奴であるからくれぐれもつつくなよ」

 そうして俺たちは、数名生き残った忍と住民の手当をして、重傷者は船まで運び、この島を出た。
 枇杷十蔵と通草野餌人は逃してしまったが、資源防衛という任務自体は無事成功。砂隠れへの土産物も手に入れ上々の結果であった。


 里へ帰還後、任務の結果と忍刀七人衆について羅砂が報告すれば、風影は基盤へ向かい腕組みをした時のように眉間にしわをよせた。

「羅砂。お前はしばらく里にいろ。オレもできるだけ里に残る」

 やはり報復について懸念しているのだろう。
 羅砂は「承知しました」と目をつぶってうなずく。報告も終わり任務は今度こそ完了した。




 しばらく日が経った頃、ついにヤマトが忍者学校を卒業した。入学してからたった1年での卒業だった。
 俺と同様に1年早い入学のはずだが、まさか砂のあのカリキュラムを1年でこなすとは思わなかった。末恐ろしい子供である。
 もっとも、本人が勉強を楽しそうに行っていたのが幸いしたのだろう。
 忍者学校へ入る前、授業に置いて行かれることがないよう家で勉強をさせておいたのだが、明快に学んでくれるのでこちらも身が入ってしまった。教えれば教えた以上を吸収していく様を見れば、教え甲斐がある。結果、かなり量を詰めこんでしまったのも原因のひとつだ。

 引き取った身としては誇らしいが、反面、無理をしているのではないかと心配にもなる。子供の頃に勉強ばかりだと、後の反動が気になるところだ。適度な息抜きや、趣味を楽しむことも必要である。
 一応、無理は禁物だと言い聞かせてみた。だが「早く兄さんに追いつきたい」と言われてしまえば、あとは見守ることしかできなくなった。俺が研究や修行ばかりの姿を見せてしまっているので、それも一因だろう。

 さらにヤマトが卒業してからすぐのこと。
 相談があるんです、と思いつめた表情でヤマトが言った。

「なんだ? 藪から棒に」
「ボク、傀儡使いになりたいんです」
「ほう」

 木遁を使わない代わりに、傀儡使いか。確かに傀儡は木材を使用している。やはりヤマトは『木』からは離れられないさだめなのか。

「……そうか」
「一応、兄さんに相談したほうがいいと思って」
「自分できちんと決めたんだろ?」
「はい」
「なら、やってみろ。お前の道を拒みはしない」

 建築に興味を持つくらいなのだから、ヤマトが芸術方面へ興味があってもおかしくはない。
 ――メカ傀儡、サソリがダメだったらヤマトにつくってもらうか。いや、つくる側になるかはまだ分からないな。

「そうだな――傀儡使いになりたいならいい人がいるぞ。……2人ほど。どちらにしろ気難しい人らだけどな」


 というわけで、気難しいサソリ宅へやってきた。

「あら、サボテンじゃない! どうしたの?」

 気難しくないサソリの母が出迎えてくれた。

「こんにちは。チヨバア様はいらっしゃいますか。あとサソリも」
「お義母さんもサソリもいるわよ。どちらも自室にこもってるわ。どうぞあがって!」
「お邪魔します」

 俺はサソリの部屋へ向かい、ヤマトはチヨバアの部屋へ向かった。

「じゃあ、ボクはチヨバア様のところへ行ってきます」
「おう。多分一筋縄じゃいなかないから粘れよ。1回じゃまず無理だと思ったほうがいい」

 チヨバアはカンクロウの弟子入り志願を断っている。そう簡単に弟子をもつことはないだろう。
 だが授業では補いきれない傀儡の術を、徹底的にサソリへ叩きこんだのはチヨバアだ。傀儡使いになるため弟子入りするならチヨバアが最適だろう。

 そんなことを考えつつ、長く薄暗い廊下を進み部屋の扉をノックする。

「サソリ、いるか?」
「……いねェよ」
「いるじゃねーか。入るぞ」

 いつものことなので気にせず扉を開けて中へ入った。

「また変な発注しに来やがったのか?」

 傀儡の制作中らしく、後ろを振り向くことなくサソリが言う。

「いや、今回は違う」

 傀儡の発注は、とりあえず人傀儡をつくらせないということが目的だ。メカ傀儡の提案はそれに最適だと思ったのだが、やはりサソリの感性には合わないようだ。
 今日持ってきた案は、メカ傀儡ではない。メカ傀儡が通らなかったときのために温存しておいた案だ。

 サソリへ近づき、巻物を勢いよく広げる。すると、やっとのことでサソリが後ろを振り向いた。

「……『ヒルコ』?」

 ヒルコは人傀儡だ。だが、今のサソリは人傀儡に興味を持っていない。つくるとしたら劣化品になってしまう。恐らく鎧としての機能が低下し、壊れやすくなるだろう。
 だが劣化してでもヒルコは制作してほしい傀儡だ。なのでいったんメカ傀儡の発注をやめ、温存しておいたヒルコの提案に変えることにした。

「人間が中へ入る傀儡だ。傀儡使いは接近戦に弱いと聞く。中に入れば傀儡が鎧にもなるだろ?」

 サソリは巻物を眺め、ふ、と見下すように笑った。

「テメェにしてはいいもん考えるじゃねえか」

 サソリが快諾するのも当然だろう。ヒルコは元々サソリが考えついた傀儡である。故に、俺が使うわけにはいかないが。

「これは俺が考えたものではないから、俺の功績じゃないぞ。むしろお前の功績だ。それに、サソリ。これはお前用のだ」
「はあ? どういうことだ」
「そのままの意味だよ。どうだ、つくってくれるか?」
「…………。納期は」
「お前の気が済むまで造形すればいい」

 巻物を閉じ、サソリへ渡す。

「確かに渡したぞ」
「ああ」

 ――はじめて傀儡の案が通ったな。だが、これはサソリ自身が考えついたものである。これでは案が通ったとは言えない。次は俺自身の考えた案で通してやるからな。

 俺のほうは遂行したが、ヤマトはどうなっただろうか。
 ヤマトは俺より先に終わっていたようで、応接室でお茶を飲みながら待っていた。

「どうだったよ」
「ダメでした……」
「だよなあ……」

 それでこそチヨバアだよな。

「明日、また頼みこんでみます」
「おう。がんばれよ」

 そうして、俺たちは雑談しながら家へと帰って行った。



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6. 輪廻

 あれから数ヶ月が経ち、俺、バキ、サソリの3人は、なんと上忍へと昇進した。夜叉丸は中忍のままだが、暗部への内定が決まっている。
 霧隠れに捕らえられた捕虜に関しては、パクラが仲間の救出に向かったようだった。だが、そのまま帰ってくることなく霧の捕虜となってしまったことが判明。
 そんな中、任務が入ったと風影から呼び出しをくらったので、いつものごとく執務室へ向かう。

「お呼びでしょうか」

 待っていたぞ小僧、という風影の声と共に、サソリの舌打ちが聞こえた。
 ――なんでサソリがいるんだ。

「今回はサソリとの任務ですか」
「ああ。すまんが、バキと夜叉丸はパクラと捕虜の救出へ向かせた。サソリと小僧には『暁』という組織への潜入を行ってもらう」

 呼び出しをくらった時、ついに俺も戦地行きになったかと諦めかけていたが、どうやらそうではないらしい。

 ――暁。
 3代目風影の口から暁の名を聞くことになるとは思わなかった。

「紛争で名を売り、武力に頼らぬ活動をしていたようだがな。近頃、不審な動きをみせている」
「不審な動き、ですか」
「各地で『赤髪』の者を生け捕りにしているらしい。現在、風の国が標的になっているようでな。国にいる赤髪の者が失踪しているようだ。故に傀儡部隊からサソリを抜擢したのだが、流石に1人で行かせるわけにはいかんからな」

 霧隠れに続き、暁とは。
 要するにサソリを囮に暁のアジトを探し出せということか。

 戦争中にそんなに目立つことをして大丈夫なのか、暁は。各国、暁を利用していたとは言っていたが、無差別に荒らしまわれば国も警戒するだろうに。この様子では砂隠れだけではなく、ほかの国も頭を抱えているのではないだろうか。
 犯罪組織になった後であれ、プロ集団ならば利用価値があるため始末されることはないだろうが、利用価値がないと判断されれば真っ先に消されること間違いないぞ。
 ――いや、待てよ。混沌の戦禍だからこそ動きやすいと考えるべきか。

「もし、戦力として引き抜けそうであれば、引き抜いてこい。無理ならば――今のうちに潰せ」

 サソリと組むのは初めてのうえ、あの暁への潜入とは。

「おい、サボテン。せいぜい足引っ張んなよ」
「わかってるさ」

 争いを無くすための組織として活動していれば、それに越したことはないのだが。もしもすでに抜け忍を受け入れているのであれば、生きて帰れるかどうかさえ怪しいものだった。



 砂漠やオアシスを渡り、半日ほどかけ、次に狙われる可能性のある村へと到着した。

 サソリは額当てをとらせ、さらに予備の容器に入れたチャクラ入り水銀を持たせている。
 チャクラを練りこんだ水銀は、元の塊へ『収束』するというオプション付きだ。元の塊、いわば『本体』をサソリの持つ水銀のほうへ変更し、サソリ側に向かって収束するよう設定すれば、あとはその方向へまっすぐに進むだけでいい。追跡は容易であった。

 しかし肝心の暁は一向に現れず、丸1日が過ぎた。

 そして翌日、また翌日と過ぎ、村へ着いてから3日後のこと。
 まだ日の昇らない早朝、この村の人間ではないチャクラの気配を察知した。サソリを囮にするため、1人宿へ置いて場所を移動する。

 すると、狸寝入りを決めこむサソリと村在住者である赤髪の1人を、何者かが連れ去っていくのを目視。

 紫色の髪に、バラの()飾り。お馴染みの暁装束を身にまとっている。あれは――間違いない、小南だ。
 小南が去ったのを確認し、彼女が姿を消してから俺は行動を開始した。


 休むことなく追跡し続け、目論見通り暁のアジトを発見。気配を消し、アジト内への潜入を試みる。

「また『赤髪』を見つけてきたわ」

 暫く光のない廊下を進んだところで、壁の向こうから小南の声が聞こえてきた。広い空間らしい、小南の声が反響して耳へ届く。

「お願い、弥彦を解放して!」

 ――弥彦? 解放? なんのことだ?

「残念だがどちらも()()()のようだ」

 小南ではない、別の人間の声。長門だろうか。それにしては少し若い声の気もするが。

「そんな……」
「風の国はもういい。次は――」

 急に会話が止んだ。

「――小南、お前やらかしてくれたな」
「え?」
「出てこい、いるのはわかっている」

 ――気づかれたか。
 観念して堂々と姿を見せれば、そこにはまだ狸寝入りをしているであろうサソリに、赤髪の村人と、小南、そしてぽっかりと空いた右目の穴へ吸い込まれるように渦巻く仮面をつけた人間。背丈は低く、恐らくまだ少年と呼ぶべき年齢なのだろう。
 オビトか、と思ったのだが。髪の色は『銀』であった。

「――ちょうどいい。まとめて弥彦に始末してもらうとしよう」
「や、やめて!!」

 おかしい。長門の姿がどこにも見当たらない。弥彦がいるならば長門もいるはずなのだが。それにあの仮面の少年、オビトでないとしたらいったい誰なのか。

「行け」

 仮面の少年の指示声で、部屋の奥、暗く落ちた闇の中から人影がぬらりと現れた。

 その人影は、足、胴、と色形をあらわにしていく。

 ゆっくりと機械のように足を動かし、最後に頭部の姿もあらわになった。

 オレンジ色の髪。
 そして、薄紫色をした波紋様の眼――輪廻眼。
 黒いピアスなどなにもつけていない。

 ――嫌な予感がした。

 まさか。弥彦の代わりに長門が死んだ、なんてこと、あるはずだないだろう。
 ――ないはずだ。
 長門は輪廻眼持ちである。長門自身が死を選ばない限り、死ぬことは考え難い。
 が、幻でもなんでもなく俺たちは今、伝説上の瞳術である輪廻眼を目の前にしている。
 どうするべきか。輪廻眼を相手にするのは死にに行くようなものだ。ならば『対話』か。元々暁が掲げていたものは、対話による世界平和だ。弥彦がいるならば話くらいは聞いてくれるかもしれない。

「ウウゥゥ……」

 ――などと思った矢先、弥彦の様子が変わった。
 唸り声をあげながら、白目は黒く、黒目は金色に、肌は灰のかかった褐色に。顔や体は歪に変形し、サスケや重吾などの呪印を連想させる。
 オレンジ色の髪がかろうじて弥彦だと分かる部分であった。

 ――あれは本当に弥彦なのか?

「うおおぉぉああああああああああああああああ!!」

 人間の雄叫びというよりも、まるで猛獣の咆哮だった。

「弥彦! お願いやめて! お願い!!」

 白い紙切れが、ひらひらと花びらのように遊びながら小南の周りへまとう。
 小南の一声で、しなやかに動き回っていた紙切れが下敷きのようにピンと張り、次々と弥彦へ飛んでいった。
 だが紙は弥彦に当たることなく、見えない壁があるかのようにすべて弾かれ落ちた。

「ああぁぁああッ!!」

 弥彦は叫びながら、制止をかけるように両手を俺と小南に向かって突き出す。
 刹那。
 空気が膨れたように、俺と小南は後方へと吹き飛んだ。

「ぐあッ!」
「きゃあ!」

 ――神羅天征か!
 小南は壁へ頭を強く打ちつけ、そのまま気絶してしまった。

 千手の系統以外が輪廻眼を扱っているため暴走状態になっているわけか。
 呪印らしきもので身体能力が仙人並みになっているからこそ、死なずに済んでいるのだろう。

 ――まずいな。こんなのを相手にするなんて。

「サソリ!」
「わかっている!」

 弥彦の後ろで起き上がったサソリが、懐から巻物を取り出して開く。すると、白い煙をあげながら1つの傀儡が出現した。

「この『ヒルコ』――初披露にして初勝利をおさめてやるよ!」

 サソリは素早くヒルコの中へ籠り、戦闘態勢に入った。

「完成したのか!」
「ああ!」

 それは心強い。

「ううゥゥウウぅぅ……」

 弥彦が両眼を手で押さえ、苦しそうに低く唸っている。輪廻眼を1度使用するごとに相当の苦痛を伴うらしい。

 ならば、と俺は弥彦の元へ走った。

 ――水遁・水牢の術!

 掌からはガラスのように透明な水が、球にとどまりちゃぷんと音を立てながら波立ち、弥彦を丸々と包む。

「うぅ……ウゥゥ……」

 弥彦が右手で片眼を押さえたまま、ガタガタと小刻みに震わせ左手を俺のほうへと向ける。
 すると球を保っていた水はすべて手の平へと吸収され、あとかたもなく消え去った。

 ――やはりダメか。

 水牢の術が吸収された直後、後ろからサソリがヒルコの『尾』を振らせた。
 足に錘でもつけているかのように鈍かったが、弥彦は寸前のところで尾をさけた。鋭くとがった尾の先はそのまま床を砕く。

「サボテン!」

 ヒルコの右手から、サソリに渡していた小さな鉄容器が投げられた。容器は俺の手へ吸いこまれるように見事な弧を描いて宙を舞い、見失うことなく両手で捕らえた。

 自身の持っている鉄容器も取り出し、2つの容器から水銀を床へと垂らした。

 ――流遁・銀鏡の術!

 膨らんだ水銀はその身を一部を引き延ばし、地を這いながら弥彦へと一直線に走る。
 わずか、水銀が弥彦の足に触ったが、地を蹴り宙へと避けられた。
 休ませることなく水銀を弥彦へ追跡させ、空中で弥彦の足を捕らえる。

「っらァ!!」

 足首へ絡ませ、鞭のように床へ叩きこんだ。
 弥彦は硬い床へ打ちつけられ、へばりつくように倒れた。だがすぐに、潤滑油のさしていない歯車のようにぎりぎりと顔と右手をあげた。
 俺は、胸倉を捕まれたまま背中を強い力で押されているように、弥彦のほうへと引き寄せられていく。

「まず、は……オマエ……」
「サボテン!!」

 俺は頭をつかまれ――




 目覚めると、上下左右も分からないような真っ黒い場所にいた。
 ――死んだのだろうか。

「ここに人が来るのは初めてじゃ」

 諭すようなやわらかい口調。低くしゃがれた声が辺りへ響く。
 ぼうっと仄明るい光が優しく広がり、いつのまにか目の前には老人があぐらをかいて座っていた。老人の隣には、歴戦をあらわしているであろうひび割れや傷跡が刻み込まれた、おんぼろの傀儡が静かに横たわっている。

「あの、ここはどこでしょうか」

「ここは『傀儡の墓場』じゃよ。戦いで壊れ、直すこともできなくなった傀儡が、その身を休めるためにここへやってくる」

 しゃがれた声ではあったが、ゆっくりと、落ちつきのある丁寧な話し方だった。

「その傀儡も戦いで壊れたんですか?」

 老人の横にある傀儡を見て言った。

「ああ。最高の相棒じゃった。会うことは叶わんが」
「そこにいるのに、ですか?」
「こやつは不思議な傀儡での、本当の意味で魂があった。今のこやつには魂がないのじゃよ」

 そこで会話は途切れた。老人は多くを語ろうとはしない人物のようだ。しかしそれが苦ではなく、当たり前のように思えた。
 こちらが問わなければ、答えてくれないだろう。

「よろしければ、あなたのお話を聞かせてください」
「つまらんよ、老いぼれの話なんぞ」
「つまらないかは関係ありません。俺はあなたの話が聞きたい」

 明確な理由はなかった。ただ漠然とそう思っただけだ。

「……そうか」

 ならば話そう、と老人は粛然と語りはじめた。

「あれは、煌々と輝く満月の夜のことじゃったかのう。天から“傀儡”が落ちてきたのじゃ。はじめは星が落ちてきたのかと思うたがの、すぐに違うと気づいた。不思議な“傀儡”じゃった。“傀儡”は、まるで生きているかのようにふるまった」

 “傀儡”は、落ちてきたばかりの頃は感情など持っていなかった。だが老人と過ごしていくうち、変化が起こりはじめたという。笑ったり、悲しんだりするようになったのだ。

「その時からじゃろうて。しきりに『月へ帰りたい』と言うようになった」

 感情が芽生えたようだったという。事実、芽生えたのだろう。
 夜な夜な月を見る“傀儡”をかわいそうに思った老人は、こう考えた。月には“傀儡”と同じように、動く傀儡がたくさんいると。“傀儡”の孤独を癒せるよう、老人は“傀儡”に友をつくってやろうとした。
 いくつも傀儡をつくった。そのうち、老人は有名な傀儡師になっていた。しかし“傀儡”のように自ら動く傀儡は、1度たりともつくることはできなかった。

 “傀儡”と共に過ごしていたある日のこと。“傀儡”は道行く子連れを見て『子には親がいるものなのか』と老人に問うたという。また悲しそうにする“傀儡”を見て、老人は傀儡で父と母をつくってやった。あいかわらず動かなかったが、それでも“傀儡”は嬉しそうにしていた。
 父と母の傀儡をなんとか動かせるように、老人は『チャクラ糸』を開発した。一時的には傀儡を動かすことに成功したが、やはり“傀儡”のようには動かなかった。

 老人が傀儡師として有名になってからというもの、彼はたびたび命を狙われるようになる。チャクラ糸の技術を欲しがる者、傀儡の技術を欲しがる者、老人という人間を勘違いし恐れる者。様々な者が彼の技術や命を狙った。
 老人も、はじめは自らが造形した傀儡を戦闘に活かそうとは思っていなかった。
 そんな時だった。

「こやつはこう言ったのじゃ。『俺を使え』と」

 こうして、老人は命を狙われるたびに“傀儡”を使い、傀儡師としてだけでなく、傀儡の操演者としても瞬く間に有名となった。

 戦いの中で、何度も、何度も、何度も、何度も、“傀儡”は壊れては直されを繰り返した。
 “傀儡”は痛みを感じなかったが、“傀儡”が壊されるたび、老人は心を痛めた。
 そして、傀儡は――

「――死んでしまった。誰の手に受け継がれることもなく。こやつは、ワシを守るために自ら死んだ」

 “傀儡”を『壊れた』ではなく『死んだ』と表現しているということは、老人は複雑な想いで“傀儡”を操っていたのだろう。

「こやつが最期に言い残した言葉を、ワシは一生忘れなかった。『今度はチャクラなんてものは存在しない世界へ、“人形”ではなく、人間として生まれたい』と。今でもずっと、覚えているよ」

 老人は、ため息を吐くように「忘れたことなどなかった」と小さくつぶやく。

「あやつは今、そんな世界に生まれ変わって暮らせているのかのう」

 ――この老人はその“傀儡”のために、こんな暗い場所にいるのだろうか。ずっと、ひとりきりで。

「こんな老いぼれの話を聞いてくれてありがとうよ」
「……いえ。こちらこそ、俺に話をしてくれてありがとうございます」

 地面が小さくひび割れ、そこから白い光が漏れている。
 ひびはどんどん広がっていく。

「お主は死んではおらんよ。すぐに目覚めるじゃろう」

 ひび割れを見て、老人が言った。

「お主がここへ来たのも、なにかの縁じゃ。最後にお主の名を問うてよいかの」
「俺の名前は、“サボテン”です」

 その名前を聞いた瞬間。
 老人の目が――大きく見開かれた。

 老人がなにかを言いたげにしていたが、それよりも先に、真っ暗な世界がガラスのように砕け崩壊した。
 ――そうだ。老人の名前を聞くのを忘れていたな。




「――う」

 おぼろげに目をあけた。辺りの床は隕石が落ちたかと思うほどに砕け、瓦礫が散らばっている。

「おい、サボテン! こんなところでへばってる場合じゃねェんだぞ。目ェ覚ませ!」

 サソリの声で今度こそ意識がはっきりと覚醒した。

「やっと起きやがったか!」
「すまん。のんきに眠ってたみたいだな」

 どうやら俺は気絶していただけらしい。
 サソリのおかげで間一髪、術の使用は免れ、魂が抜かれることはなかったようだ。あれは即死の術だ。点1秒でも遅れていたら本当に死んでいただろう。

 しかし、俺が気絶している間にも戦いは続いていたようだった。ヒルコはほとんど破壊された状態で、サソリの姿があらわになっている。
 このまま、サソリの言っていた通りに足手まといとなるわけにはいかない。

「十機近松の集は」
「ありゃ借りモンだ。ババアが戦いでどうしても必要だっつって持って行きやがった」
「……他には」
「ヒルコしかねェ」

 3代目の傀儡も、百機の操演もない。多くの傀儡を造形していても、それらはすべて発注品だ。発注の嵐のなか自分用の傀儡をつくるため、合間にやっと仕上げたのがこのヒルコなのだろう。

 ――ならば。

「サソリ。……俺を使え」

 サソリの目が見開いた。

「頭でも打ったか」
「本気だ」

 死体でもあれば良いのだろうが、ここにいるのは生きた人間ばかりだ。赤髪の村人はどういうわけか眠ったままだが、死んではいないだろう。
 不幸中の幸いにも弥彦は暴走状態で、長門のように使いこなせているわけではないようだ。
 使い勝手のいい餓鬼道と天道ばかり使用している。

「接近戦で叩きこまないとダメだ。輪廻眼に忍術は効かない」
「輪廻眼? 伝説上の眼か。なんだってそんなもんがここにあるんだよ」
「さあな。とにかく、俺たちはとんでもないものを相手にしているってことだ」
「どうする」
「実体物質を操作する術ならいける。さっき忍術を使ったのに流遁は吸収されなかったろ」
「……ああ」
「接近戦用に形態を変えればなんとか隙ができるかもしれない」
「よし」

 ――流遁・水銀刀(すいぎんとう)

 右手に水銀をまとわせ、刀の形へ硬化させる。
 持続のためにチャクラを消費し続ける術だ。早めにケリをつけなければならない。

「……やってやろうじゃねえか」

 サソリが言い、俺の体へチャクラ糸を取りつけた。

 仮面の少年が、ほう、と声を漏らす。
 端のほうで見ているだけのあいつにどうにか叩きこんでやりたいが、輪廻眼が盾ではそれも叶わない。

 サソリがチャクラ糸を動かせば、驚くほど体が身軽に動いた。
 体が弥彦のほうへと引き寄せられる。サソリは神羅天征の射程内に入らないよう、後ろへと下がっていった。

「ッ、らアアァァ!!」

 体のほうはサソリが操作してくれている。なので俺のほうは右手に神経を集中させ、銀の刃を光で瞬かせながら振りかざした。
 弥彦が避けきる前に、肩へとわずかにかすった。

「うァァ、アア……」

 今度は弥彦の右手が斥力を生み出す。
 俺は両手を合わせ、水銀で円状の盾をつくりあげた。

「ソォラァ!!」
「押し切れェェェェ!!」

 耐えようとする俺たちに対して、神羅天征の威力がより強く、そして範囲が広がっていく。

「ぐああッ」
「ぐッ――」

 耐えきれず、こちら側が吹き飛んだ。距離をとっていたはずのサソリも床へ倒れている。
 神羅天征によって浮いた床の破片が体の至る所にあたり、はがれた肉から滴る血が床を染めていた。
 サソリのほうは、俺が盾になっていたため傷はないようだった。

「相変わらず派手だな」

 仮面の少年が、つまらなさげに言う。
 先ほどの神羅天征の衝撃か、小南と村人が目を覚ました。

「ツゴモリ!」

 小南が仮面の少年に向かって叫び、村人は状況が把握できていないのかうろたえている。

「お願い……お願い、もう止めて!」
「はい、はい。ま、そろそろ飽きてきたし、使い過ぎたからな」

 唸る弥彦へと仮面の少年が間を詰め、人さし指で勢いよく腹を突いた。たったそれだけで、一瞬にして弥彦は気絶した。呪印も解け、肌も血の気を取り戻していく。

「まるで狂犬だ」
「弥彦!」

 人形のように倒れた弥彦へ、小南が駆け寄る。

「おい、回収」

 仮面の少年が言うと、床からアロエのような植物の男が生えてきた。男の顔はまるでアロエに食われているようだった。あれはゼツか。
 ゼツが弥彦を背負い、小南はそれを心配そうに見つめている。

「人使いが荒いよねぇ、キミも」

 ゼツが言えば、仮面のほうは「どちらが」と吐き捨てた。

 仮面の少年は、オビトではない。神無毘橋の戦いにもまだ早いはずだ。さらに、徹底的に隠れていたオビトがこんな行動を起こすだろうか。
 加えて、髪の毛が黒とは正反対の銀色。これはオビトとの決定的な違いである。

 ――いったい、なにが起こっているんだ。

 グルグルの面をつけているということは、マダラと接触した人物であることには違いないだろう。
 しかし、マダラがオビトを助けたのは「うちは」であったからだ。さらにそのオビトすら信頼していなかったというのに、はたしてうちはの人間以外を計画へ引き入れるのだろうか。
 考えにくいが、うちは以外の人間を手駒にしている、という可能性を捨てるのは危険だ。

 それにしても、銀髪と言えばある人物を思い浮かべてしまうが――。年齢も、ちょうど少年ほどのはずだ。

「こいつらどうすんの?」
「もちろん――始末する」

 仮面の穴から、眼が見えた。
 ――その眼は白かった。
 白ということは、写輪眼ではない。
 ――あれは白眼か?

 白眼にしろ写輪眼にしろ、輪廻眼と戦いチャクラを削られた後に相手をするのはまずい。
 ――白眼を持ってるならこの少年が赤髪を探せばいいとは思うのだが。恐らく、自身の姿をあまり人前で見せるわけにはいかないのだろう。

「……逃げるべきだな」

 サソリの言う通り、これは逃げるべき場面だろう。チャクラが枯渇している。玉砕しに行くよりも、手に入れた情報を生きて持ち帰ることのほうが重要だ。

 ただし、逃げ切れるかどうかは別問題になってくる。
 俺の水銀が空でも飛べたら簡単に逃げれただろうに。気体も扱えたらまた違ったのだろうか。

 サソリが「行くぞ」と言い、俺はうなずいた。
 サソリがチャクラ糸で村人を回収し、俺たちは一目散に逃げだした。

「逃がすか!」

 アジトを出て後ろを振り向けば、仮面の少年が追いかけてきていた。

 ――逃げている今しか、あれは使えない。
 懐から何枚もの紙切れを取り出し、チャクラを注いだ。

 第1段階、解除。

「チィ……。アイツ、ピッタリくっついてきやがる」
「確信はないが、見たものが確かならあれは『白眼』だった。追跡に長けているのは、そのおかげだろうな」

 第2段階、解除。

 本当に白眼だとして、仮面の少年はどうやって白眼を手に入れたのだろうか。分家の人間を生捕りにしたか、宗家の人間から奪ったか。前者、分家の目立たない人間を生捕りにした可能性のほうが高いだろう。銀髪であるため、日向の人間でないことは確かだ。

「木ノ葉の瞳術か。写輪眼といい、反則技ばかり保有しやがって……。あの里、眼に呪われてるんじゃねェのか」
「どこもかしこも似たようなもんだ。俺たちだって、油断したらすぐに堕ちるぞ」

 第3段階――解除完了。
 全身に這う痛みをこらえながらも、準備は整えた。

「サソリ、速度を落とすなよ」
「あ? 逃げてんのにそんなバカなマネするわけねェだろ」
「だよな」

 解除の終わった紙切れを、辺りへ一斉にばらまいた。

 紙切れから発生する白く濃い煙がたちこめ、仮面の少年にまとわりつく。

「……ぐあぁっ!」

 仮面の少年が足を止めた。

 先ほどばらまいたのは、いわゆる『催涙ガス』の化薬札だ。
 眼で俺たちを探しているのならば、一時的にでも眼を使用不可にしてしまえばいい。仮面をしていても、右目の穴から入りこめばこちらのものだ。
 向こうも、起爆札なら避ければいい程度に考えたのだろう。煙が出ると知っていたら真っ先に風遁を使うはずだ。
 1度使えば同じ相手には2度と通用しないうえ、戦闘にも使えず、こういう場面でしか役立ちはしないが。俺自身が気体を扱えたら、失明にまでもっていけたかもしれないな。

「お前、なにをしたんだ」
「暫くの間、眼を休めてもらうことにした。酷使していただろうからな。お礼代わりさ。いろいろと」
「……小癪な礼だったろうな」
「派手じゃあないが、堅実なお礼だろ? 今頃、嬉しくて嬉しくて感動の涙を流しているはずだ」

 またの名を苦痛の涙とも言う。これで奴はしばらくの間動けないだろう。
 青のようにきちんと眼の保護をしておくべきだったな。保護し忘れたのだろうか。いや。右目しかないため、その右目を保護してしまうと常に白眼を発動しなければならない状態に、ということもありえる。両目を使えるのならば、仮面の穴は2つにするはずだ。
 それとも、左目が使えない理由でもあるのか。左目側へ別の眼を入れて保護している可能性もあるな。

 なんにせよ、これで数百メートル離れる時間は稼げたはず――

 ――だった。

「……ウソだろ」

 思わず口からこぼれ出た。

 仮面の少年は未だ諦めず。
 仮面の上から手で右目をおさえているが、まだ白眼を発動させているのだろう。正確に俺たちを追ってきている。
 焼けるような痛みのはずだが、恐るべき執着心だ。

「しつけェなアイツ」
「生きて帰すわけにはいかないだろうからな」

 また鬼ごっこがはじまるかと思いきや、仮面の少年が突然速度を落とし、ついには引き返していった。

「なんだ? 急に退きやがったぞ」

 まだ追いかけてくるかもしれないため俺たちは走り続けたが、結局仮面の少年が追ってくることはなかった。




ツゴモリです。

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7. 霧

 しばらく足を動かし、アジトからも随分と離れることができた。

「撒いたか」

 サソリが後ろを向いて言う。

「しかしアイツ、なんで引き返しやがったんだ?」
「分からない。近くに追っ手でもいたのか、それとも別の理由か。とにかく、あの仮面と戦っても正面からじゃあ勝てないだろう」

 白眼を手に入れられるほど強い者が白眼を手に入れたらどうなるか。白眼は写輪眼とは違い、扱う際に大きなデメリットもない。手に入れたもの勝ちといった代物であった。

「……お前、足が血まみれだぞ」

 サソリが俺の足元を見て言った。

「うわ、傷が広がってやがる」

 サソリも俺も医療忍者ではない。サソリは薬と解剖学に関しては詳しいが、医療忍術には興味がないらしく使うことはできない。
 俺は医療パックから救急セットを取り出した。怪我の手当てと止血をはかり、里に着くまでの応急処置をほどこす。

「よし、里へ帰るか」

 手当が完了し、砂隠れへ帰還しようとした――その時。
 人の気配が近づいてきた。

「まさか、やっぱり諦めてなかったのか?」
「チィッ……」

 気配は複数ある。
 ――引き返したのは、仲間を連れてくるためだったのか?

「とおおぉぉぉぉぉぉう!!」

 だが、予想とは全く別のものが現れた。
 目の前には全身緑色タイツの珍獣――いや、少年。

「観念するんだなカカシィーッ!」

 ガイだ。どう見ても、ガイだ。

 あれ、と間抜けな声を出して、全身緑タイツの少年が首を傾げる。俺とサソリは冷ややかに、無言でその少年の様子を眺めた。

「すっかり顔が変わったんだなあ」

 続いて、黒髪のツンツン頭の少年、栗色の髪の少女、そして全身緑タイツ珍獣の大人バージョンが現れた。

「ガイ、そいつどう見てもカカシじゃねーだろ!」

 黒髪の少年がガイに向かって言う。

「……本当だ!」
「『本当だ!』、じゃねーよ脳筋! お前の目は節穴かァ!?」
「オレはオビトの言った通りにここへ来たんだぞ!?」
「そうだよ! ここら辺だって言ったのはオレだ! でも人違いしたのはお前だろ!?」

 オビト、リン、そしてダイか。
 ガイとリン、ダイは変わりないが、オビトはゴーグルの代わりに左目へ黒い眼帯をつけている。

「ぬおおぉぉー! すまない!!」

 ダイが汗をまき散らしながら、怒涛の勢いで俺へ駆け寄ってきた。そして俺の肩をつかんで揺さぶる。

 ――熱い。
 空気が熱い。比喩ではなく本当に熱い。絶対に周辺温度が上がった。

「ガイが早とちりをしてしまったようで! いやはや! 本当に申し訳ない!!」

 頭はがくがくと揺れ、視界は常にマーブル模様。
 ――とぶ。意識がとぶ。

「おい。そいつ怪我してるからほどほどにしてやれ」

 今まで無言で様子を見ていたサソリが、やっとのことで助け船をだしてくれた。

「む! ……おっと、これは失礼!」

 俺の頭は最後にがくんと大きく揺れて開放された。

「サ、サソリ……もっとはやく、言ってくれ……」
「見ている分には面白いからな」

 ――このやろう。

「ホントだ、怪我してる」

 言いながら、リンが俺へ近寄る。

「私、医療忍者なの。この程度の怪我ならなんとかなるわ」

 治療してもらえるならばありがたい。俺が是非と頼もうとしたとき、なぜかサソリがさえぎった。

「俺たちは砂隠れだぞ。今、木ノ葉と戦争をしている。助けて何の意味があるんだ?」

 リンは怯まずにサソリを見る。

「戦争をしているとかここが風の国だとか、関係ないわ。……それにね。私、傷ついた忍を救うために医療を志したんだぁ。だから、放っておけないの」
「甘いな。いつ、どこが戦地になるかもわからない状況でそんなものは通用しない」

 今度はオビトが割って入った。

「そんなものってなんだよ! リンがせっかく治療するって言ってんのに――」

 これでは埒が明かない。俺は「とにかく」と会話を塞いだ。

「治療してもらえるならありがたい。リン、でいいよな。お願いするよ」
「ええ」

 サソリとオビトがにらみ合い、ダイとガイが「青春だ」と叫んでいるのを横目に、リンが治療をほどこしてくれた。
 体の傷はほとんど目立たない状態になり、痛みも消え、体が軽くなったような気分だ。
 リンは13歳で眼を移植してのけたんだったな。医療忍者としてとても優秀だったのだろう。

「ありがとう」

 お礼を言えば、リンがにっこりと笑った。

「そういえば名乗っていなかったな。俺の名前はサボテン、こいつはサソリ。ところで、お前たちはなんでこんなところにいるんだ?」

 問えば、リンが答えてくれた。
 人を探して風の国まで来たらしい。

「さっき『カカシ』って言ってたよな。そいつを探して風の国まで来たのか?」
「……うん。追いかけても、いつももぬけの殻で」
「もしかして、あのオビトって奴の左目に関係あるのか」

 自分の名前が挙げられたことに反応してか、今度はオビトが説明に入った。

「ああ。オレの名前は『うちはオビト』。……分かるだろ、この眼がなんなのか」

 写輪眼か、と答えればオビトがうなずく。

 オビトが写輪眼を開眼するのは神無毘橋の戦い以後だったはずだ。この様子だと、やはりカカシと一悶着あったようだな。

「この左目はバカカシに持ってかれたんだ。アイツを止めるために戦って、写輪眼を開眼して、けどオレは負けて――カカシを連れ戻す旅をしてる」

 旅のメンバーにミナトがいないのは、火影候補ともあろう者が里を離れて旅をすることなどできないからだろう。下忍ではあるが、ダイは比較的自由に動くことができる。
 そして、ガイ。カカシへ闘争心を燃やしていたあのガイならば、この一行へ参加するのもおかしくはない。ダイとガイ、2人とも自らが買って出たのだろう。

「そのカカシは、写輪眼相手に1人で勝ったのか?」
「癪だけど、アイツは俺よりずっと凄いヤツなんだ。なんたって――『はたけサクモ』の息子なんだからな」
「木ノ葉の白い牙か」

 サソリが言う。そしてちらりと俺を見たが、すぐに視線を戻したようだった。

「――それが、俺たちはちょうど『銀髪』の少年と交戦してきたところだ。『カカシ』かは、保証できないが」
「そ、そいつはどこにいたんだ!?」
「先のアジトだ」
「よォーし!」

 はりきるオビトには悪いが、今行ったところで奴がいる可能性は低い。

「無駄足になるかもしれないぞ。奴はしつこいほど追いかけてきたが、急に追いかけるのをやめたんだ。あれが『カカシ』なら、お前たちが近くにいるのを察知したんだろう。()()逃げたんだろうな」

 仮面の少年――いや、カカシの引き返した理由が、オビトたちのおかげで判明した。

「はぁー、またかぁ……」

 オビトはあからさまにうなだれた。

「今回は、あと1歩だったのによォ……。クソォ……」

 ――追いかけたところで、オビトたちが勝てるかどうかは謎だが。

「……オビト。取引をしないか」
「取引?」
「今後、暁に関して情報提供する代わりに、オビトたちも暁の居場所情報を提供してくれないか」

 どういうことだ、とオビトは目で訴えた。

「恐らく――あいつは砂隠れにとってもとんでもない脅威になる。もちろん、お前たち木ノ葉にとっても。こちらも、その前に手を打っておきたいんだ。なら、協力したほうが早いだろ?」

 オビトの眼が向こうにあるからこそ、辛うじてオビトたちはカカシを追えてるのだろう。
 俺たちだと、囮を使って追うことしかできない。それも、何度も使える手ではない。

「――そういうことなら、いいぜ。けど頼みがあるんだ」
「なんだ?」
「カカシは絶対に殺さないでくれ。オレがケリをつけるんだ。そんでバカカシを連れ戻す!」

 ふと、頭へナルトの姿がよぎった。

「保証はできないな。俺たちが殺さずとも他国の奴らが殺しに来るぞ。それに――お前たちがカカシを殺すことになったとき、どうする」
「……わからない。今はただ、カカシが戻ってくると信じて旅をしてんだ。そうならないようにアイツより強くなるしかない。絶対に強くなってやるんだ。だからアンタたちも約束してくれ」

 カカシは、人を人とも思っていないほど堕ちていたが――

「――ああ」

 ただ、頷くしかなかった。




 オビト一行と別れ、俺とサソリはいよいよ里へ向かった。
 その途中、サソリがぶっきらぼうに話しかけてきた。

「……中忍試験。あの時殺したのは、木ノ葉を恨んでいるからだと思ったが」
「急にどうしたんだよ」
「……あいつら、木ノ葉だろ。なんでお前は平然としていられる?」

 あいつらとは、オビトたちのことか。
 ――妙に突っかかっていたと思ったら。
 試験時、一部始終を見ていたのだろう。俺の両親がサクモに殺されたと聞いた後、サソリにも思う部分があったらしい。確かに、事情を知ればそういう風に見えてしまうかもしれない。一歩間違えればサソリの両親が殺されていたのだ。流石のサソリも他人事ではなかったのだろう。

「木ノ葉から子供を連れて帰ったのも、木ノ葉に復讐するためだと思ったのか?」
「…………少しな」
「恨みや復讐で人生を費やしたところで、復讐が終わった時がむなしいだけだろ」

 そう返せばそこで会話は切れ、また里へ向けて足を進めた。




 村人も無事元の村へと帰し、長い砂漠を抜けてオアシス地域へとたどり着いたのだが。
 あと少しで里へつくという距離から、里の異変を確認した。里から灰色の濃い煙があがっていたのだ。
 走る速度を上げ里の入口へと急げば、里は一部荒れており、里民や忍たちが建物の外へ出て安否を確認しあっている最中であった。

 羅砂の姿を見つけ、さっそく状況の説明を求める。

「なにがあったんですか?」
「サボテン、それにサソリか。案の定だ、忍刀七人衆の奇襲にあった。七人衆と言うよりも六人衆だったが」
「負傷者と被害状況は……」
「死者は出ていない。怪我人も少数。里も一部壊されたが、人のいない区画だった。風影様のおかげで被害を最小限に食い止めることができた」

 どうやら向こうも政治的にではなく、物理的に仲間の解放にきたらしい。報復のためでもあるとはいえ、なんとも派手なことをしてくれる。
 ――実際のところ『仲間』というのは建前であり、『鮫肌』の回収にきたというほうが正しいとは思うが。

 3代目風影と、自身はなにも言わなかったが羅砂により里は守られ、忍刀七人衆を退けることに成功したという。
 死者は出なかったものの、この出来事は砂隠れの忍や民を憤怒させるにたやすかった。だが2国と消耗戦をしている今、これ以上他の国を相手にするのは避けたいところである。さらに霧隠れ側は、これは忍刀七人衆が独断でやったことであると主張。結局、捕虜の解放には至らぬまま。

 しかし、こちら側もバキと夜叉丸がやってくれた。2人の任務は成功し、パクラが無事解放されたのだ。

 帰還したバキと夜叉丸の証言で、傀儡使い数名はすでに殺されていることが判明。パクラは記憶を改ざんされ、霧の手駒になる予定であったという。

 もはや河豚鬼という捕虜を所有する意味もなく、霧との正面衝突も覚悟のうえ、風影は重い腰をあげてついに河豚鬼の内密なる処刑を決定した。

 そう。決定した、のだが。
 河豚鬼は処刑されぬまま密やかに解放された。鮫肌と共に。

 ――『身代金』と『河豚鬼の部下』。

 河豚鬼とつながりのある他里の者がそれらを寄越してきたのである。
 つまり、その部下が代わりに処刑されるということだ。

 俺は流遁による拘束術を買われ、その捕虜の護送任務へつくことになったのだが、捕虜の姿を見て驚いた。
 つぶらな瞳に青味のかかった血色の悪い肌。まだ子供であるが、見ただけで誰なのかがはっきりとわかる。

 干柿鬼鮫その人だったのだ。

 途中、襲撃などのトラブルがあったが、無事里まで護送。鬼鮫を収容所まで運んだ。

 河豚鬼と鬼鮫が入れ替わる時、自分の代わりに死ぬ部下を見てどんな表情をするかと思ったが――あいつ、笑っていた。安堵の笑みだった。
 鬼鮫は俺と数歳しか違わないような子供だぞ。もっとも、忍の子供がこの世界で子供扱いされないのは周知の事実だが。河豚鬼――自里の情報を売るだけはある。

 収容されていく鬼鮫を眺め、監視員に今後の扱いについてを聞いた。

「子供とはいえ中忍だからな。捕虜としての価値はないが、予定通り情報を吐かせてから処刑になるだろう。まあ、まだ子供だから拷問はないだろうが……かわいそうなヤツだよ」
「口を割らなければ?」
「やむを得ず拷問するしかないだろうな。恨むならあの西瓜山とやらを恨んでほしいもんだぜ」

 ――待てよ? これは俺にとっても鬼鮫にとっても絶好の機会なのではないだろうか。
 捕虜としての価値がないということは、里から切り捨てられたも同然ということだろう。
 この機に、鬼鮫を味方につけることができれば――。

 思い立ち即行動。風影をなんとか言い包め、収容所への立ち入り許可を貰った。監視員に告げ、鬼鮫が収容されている牢へ向かう。
 血の気が引いていくような薄ら寒い牢の中、黒い縦の縞模様の隙間から鬼鮫の後姿が見えた。じっとあぐらをかいて座っている。

「干柿鬼鮫」

 名前を呼べば鬼鮫が俺のほうへ振り向いた。

「よう」
「……護送だけでなく、尋問係でもあるんですか」
「違う、そのために来たんじない。……俺の名前はサボテン。お前に話があって来たんだ」
「話?」

 無駄を省き、単刀直入に、わかりやすく。

「砂隠れの忍にならないか」

 数秒遅れ、鬼鮫が「はい?」と変にうわずった返事を返した。

「冗談でしょう」
「真面目な引き抜きだ」
「真面目な冗談ですか?」
「大真面目の本気だ」

 鬼鮫はあからさまに眉をひそめ、警戒心をあらわにしている。

「どういうつもりです」
「曲解せず、言葉通りに受け取ってくれ」
「言葉通り? ……まさか本当にこの里の忍になれと言っているんですか」
「ああ」

 信じられない、というような目。俺が鬼鮫の立場だったら、きっとこれ以上に奇怪な顔をしているに違いない。

「寝返った裏切り者として一生を送れと?」
「お前のほうが裏切られてもなお言うのか。このままだと豚の代わりに処刑だぞ」
「…………。アナタが裏切らないという保証はないじゃないですか」
「お前を引き入れて、お前が裏切らないという保証もない」
「ではなぜ私を引き入れようと?」

 裏はなく、本当にそのままの意味で。

「必要だからだ」

 そう言った。

「……答えになっていないですよ」
「俺たち風の国は、国の大きさで大国と言われてはいるが、5大国の中では戦力的に最弱と言っても過言ではない。そんな砂隠れには、戦力が、仲間が必要だ」
「…………」
「いつか忍の世界は1つになる時が来る。その時代を先取りするだけだ。それまで砂隠れを衰退させるわけにはいかない。だから俺は、敵であっても引き抜いて仲間へ引きずりこむぞ」
「……なぜ私なんですか。捕虜なら他にもいるはずでしょうに。アナタの真意がわかりかねます」
「わからなくてもいい。ただ、少なくとも。『俺』が砂にいるかぎり、霧隠れよりは良い待遇だぞ」

 飾ることなく言えば、だが。俺のほうが一方的に鬼鮫を知っている、という薄っぺらな理由で鬼鮫を選んだにすぎなかった。その理由を話せば頭のトチ狂った奴だと思われるだけだ。

「――仲間を殺すこともないしな」

 今、鬼鮫が仲間殺しを行っているのかはわからない。
 しかし、仲間殺しなんてものがなかったら、もしかしすると仲間想いの男へ成長を遂げていたのではないだろうか。

「砂に来い」

 ――きっと、木ノ葉に生まれてガイやダイと共に過ごしてみるのが一番いいのだろうが。
 生憎、俺は砂隠れだ。それに、ガイに加えてダイもオビトと共に旅をしている。

「もう1度言う。お前が必要だ」

 仲間殺しの点では、イタチもこちら側へ引き抜きたいが――サスケがいる限り難しいだろうな。それに、どれだけイタチが若い年齢であったとしても、イタチには勝てる気がしない。常に全盛期で、負けている姿が想像できないのだ。

 だが、鮫肌を持っていない鬼鮫ならば。
 今のうちに引きこむことも、イタチよりはやりやすいのでは、と思った。
 これから増えていくであろう暁の人員を減らすこともできる。

「なんなら俺に洗脳されたことにでもしといて、どうしても霧に戻りたくなったら『洗脳が解けた』とでも言えばいい」

 牢屋の格子を右手で握る。
 ――必死だった。

「俺のことを常に裏切るつもりでもかまわない」

 引きこむための言葉は底をつきた。
 俺は言葉を言葉で飾るのは得意ではない。しかし、告げた言葉は薄っぺらい理由だとしてもすべて心からの本心だ。

 あとは、鬼鮫の言葉を待つのみだった。

 鬼鮫が首を少し曲げ、頭をたれる。自分に利益があるかどうか思慮に思慮を重ねているのだろう。俺は鬼鮫が口を開くまでじっと待った。

 ひたすらに待っていたが、ついに鬼鮫が顔をあげてこう言った。

「では、証明してください」

 ――と。

「……証明?」
「ええ、証明です。――殴り合いで」


 収容所の広場にて、前代未聞の事態が起こった。
 捕虜を引き抜くため、砂の忍と捕虜で1対1の殴り合いが行われることになったのだ。

 監視員には脱走ではないことを説明し、証明づけるため数名の監視をつけてもらった。

 鬼鮫は捕虜なので武器など持っていない。忍術を使うには、広場は狭すぎる。
 その結果、鬼鮫の提案した『男と男の殴り合い』ということになったのだ。

 俺は体術があまり得意でない。それでも、この殴り合いは絶対に負けるわけにはいかない。

「なんでも、一流の忍というものは拳を1度交えただけで互いの心の内がよめるそうですよ」
「それでこの殴り合いか?」

 各国で有名なんだな、それ。じゃないとサスケも知りようがないか。

「ええ。アナタが一流かどうか見極めさせてもらいましょう――か!」

 言い終わる前に、左の頬へ鬼鮫の拳がめりこんだ。
 左頬を押さえてよろめきながら体勢を整える間、休むことなく拳が流れてくる。見切った次には鈍い衝撃が脳を揺らした。

「ぐっ……」

 開き曲げた足で踏んばり、気絶しそうになりながらもすぐに右手へ力をこめる。
 その右手は、肘を曲げたまま吸いこまれるように鬼鮫の左頬へ衝突した。口内を切ったのか、鬼鮫の唇へ薄い赤が垂れている。
 よろめいた鬼鮫を足で払い、倒れかけたところでみぞおちへ左拳を刺した。

 一瞬、鬼鮫の動きが止まった。
 しかしすぐに地面へ手をつき、逆立ちの状態から俺の頭を両足ではさんで軸にし上半身を起こす。

 ――景色が反転。俺の頭は挟まれた足によって地面へ落とされていた。
 視界のぼやけを気にする暇もなく地へつけた手で体を支え、勢いよく鬼鮫の腹に蹴りを入れる。鬼鮫の足は地面と摩擦し砂埃を立て、後方へ滑るように下がった。

「体術は得意じゃないんだ」
「確かに、心得はないようですね」
「それを言うなって。気にしてるんだ――ぞッ!」

 殴っては殴られ、蹴っては蹴られ。
 振りかざす拳は宙を掻き、力んだ足は空を切る。
 口内の肉を歯がえぐり、裂けた皮膚から血が滲み、ほんのり赤の混じった汗の粒を散らしながら、打った頬は紫の斑点を映す。

 そうして殴り合いは数十分も続いた。

 お互いの顔が腫れボロボロになり、棒のように地へ倒れこんだとき。
 決着はつくことなく、スタミナ切れで殴り合いは終結。

「引き分けだな」
「そのようですね」

 俺も鬼鮫も、肩で息をしながらそれぞれ口にした。

 鬼鮫が息を切らしつつ、這いつくばるようにして起き上がる。
 倒れている俺へと近づき、背中を少し屈ませて右拳を差し出した。

「……いいのか」

 鬼鮫はなにも答えなかった。

 俺は左手を上へあげ、差し出された拳へこつんと小さくぶつける。
 今度は俺も、口を開くことはなかった。




 さあやってまいりました、恒例のにらみ合い対決!
 初手、3代目風影。いつも以上に強烈な睨みをきかせており、もはやガラの悪いおっさんにしか見えません。
 続きまして俺。風影のあまりの睨みっぷりに怯んでおります。まさに蛇に睨まれた蛙。いや、サボテンです。

 ――なにをバカなことをやっとるんだ俺は。ふざけている場合か。

「小僧。前回ならはまだ理解が追いつく。だがな――今回はあまりにも理解不能だ」

 風影の執務室で、例のごとく俺は風影と2人でにらめっこ大会を開催していた。またいつものかと付き人が呆れている。鬼鮫は捕虜の身なので、正式な許可を得るまでは牢に入ったままだ。

「……俺も風影様の立場だったらそうなると思います」

 腫れた頬のおかげで声をこもらせながら、俺は言った。

「わかっているならば! なぜ! 毎度毎度!!」

 さすがの風影も叫ばずにはいられないようだった。
 いつか『砂隠れの引き抜き男』なんて言われそうだな。

「『鬼鮫を砂隠れの忍にする』だと!? あれは霧隠れだぞ! ふざけるのもほどほどにしろ!!」
「本気です。これ以上ないほどに」

 風影の怒りはよくわかる。よくわかるからこその粘りどころだった。

「正規ではなく傭兵としてでも構いません。鬼鮫は絶対に砂の戦力になります。必ずです」

 まっすぐ、迷いなく風影を見る。

「お願いします」

 足を折り、床に頭がつくのではないかというくらいに深々と土下座をした。

「小僧。なぜそこまでして奴を引き抜こうとする。あいつは河豚鬼のために売られたような奴だぞ」
「……確実な戦力が欲しいからです」
「嘘をつけ。貴様、それだけではあるまい」
「…………すみません」

 その謝罪は、風影にすら言えないという意味でもあった。
 それを理解したのか、風影は今までにないくらい大きなため息をついた。

「いくら小僧でも、もし干柿鬼鮫が裏切れば――奴だけでなく、お前の首も飛ばすぞ」
「…………」

 鬼鮫が裏切れば即、俺は重罪人になるということだ。

「いいのか」
「……それでも、構いません」

 俺が風影の弟子になった動機は『生きたい』からだ。そんなもの、生死を彷徨う立場になれば誰でも『生きたい』と言うだろう。わかっていて『生きたい』と告げたのだ。
 それすら自らで覆すほどの、揺るぎない覚悟――いや、もはやこれは『意地』であった。

 長い長い沈黙のあと。
 ため息とともに、「好きにしろ」とすっかり諦めた様子で風影が言った。

 ――っしゃあ!

「ありがとうございますッ!」

 すっくと立ち上がり、風影に向かって深々と頭を下げた。

「本当にお前は予測不能なことをしでかしてくれる……」

 こうして、鬼鮫は捕虜から解放。傭兵としてではあったが、砂隠れへ雇われることになった。


 鬼鮫はまず俺の家で過ごすことになっている。
 ――元霧隠れ。砂隠れには、霧隠れに家族や仲間を殺された者が少なからずいる。マキもそのうちの1人だ。そのため受け入れられるまで暫く匿う目的もあるのだが。捕虜であったため金がないのだ。俺が無理を言って引き抜いたので、稼ぐまでの間、俺の家を使わせてやるべきだろう。
 というわけで、俺の家へ鬼鮫を連れて帰ったのだが。

「…………」
「…………」

 ――無音。
 無言ではなく、無音。

 説明を行おうとした矢先にこれだった。
 静寂に包まれた空間をどうにかしようと、とりあえず口を動かす。

「……ヤマト。急な話ですまない」

 感動の再会とは真逆に、虚無たる初対面とでも言えばいいのだろうか。
 鬼鮫のほうはそうでもなさそうだが、ヤマトがかなり警戒している。縄張り意識か。

「あー……。隠してもアレだしな。こいつは鬼鮫。額当てはつけていないが元霧隠れだ。俺が砂隠れへ無理矢理引き抜いた。もちろん『正規の砂忍』ではなく『傭兵』としてだが、基本的には俺の下で動いてもらうことになっている」

 主に暁に関しての任務や、豚を再度豚箱へ送るための任務へついてもらうことになるが。
 ――だって鮫肌欲しいじゃん。せっかく一時的に砂隠れが鮫肌を所持していたのに、金もらったからって返したからなあ。手に入れ次第もちろん鬼鮫に与えるが。

 警戒を解くことなく、「でも霧隠れの忍でしょう」とヤマトは言う。

「霧隠れの豚を豚箱へぶちこまなければならないので。豚を拷問にかけるには、霧より他里にいるほうが都合がいい……」

 くつくつと笑いながら鬼鮫が言った。

「……というわけで、しばらく気は変わらないと思う」
「『しばらく』って。『しばらく』って! 明らかにヤバイ人じゃないですかァー!!」

 ヤマトが必死に叫んでいる。ヤマト、お前も恐怖による支配は嫌いじゃないだろ。
 鬼鮫の奴、拳を交えてもやはり悩しかったようで、最後の最後まで苦悩していたようだが、この様子だといろいろと吹っ切れたんだろうな。

「まあ、大丈夫だろ」
「どこがですかァ!?」
「鬼鮫が裏切ったら、俺の首落とされることになってるから」
「え、は……」
「な? 安心だろ?」
「いや逆に安心できないですよ!! っていうかどこらへんに安心できる要素があるんですか!?」
「そう言うなってヤマト。鬼鮫は住居を得るまで俺の家で暮らしてもらう。急な話ですまないとは思っているが……それまで仲良くやってくれ」

 なんだかんだ、うまくやっていけると俺は思っている。勝手だとは承知しているが。

「でも、裏切ったら兄さんも処刑って……!」
「なんだ、そっちのほうが心配なのか?」
「…………」

 うつむいて不満そうにするヤマトの頭へ、ぽん、と手を置いた。

「ヤマト。死なねぇよ、俺は」

 もう1つの手も頭に置き、両手でヤマトの頭をがしがしとかき回す。

「うおりゃああ~! 風遁・つむじかぜ~!」
「うわああ~!?」

 ヤマトの髪は乱れに乱れ、大爆発を起こした。
 そのおかげか、次第にヤマトは緊張がほぐれたらしい。最後には諦めたように笑っていた。



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8. リュウ

 この日、里中がお祭り騒ぎであった。

「ヤマト、鬼鮫、起きろ! 今日は就任式だ!」

 3つに並べた布団をはいで、共に寝相のいいヤマトと鬼鮫を起こし、朝ごはんを食べ支度を済ませて忍者学校まで走った。すでに辺りは人混みであふれ、どこもかしこも入る隙間がない。俺はまたヤマトと鬼鮫を引きずり回し、忍者学校の展望台がよく見える建物の上、特等席へと陣取った。

 そう。今日は4代目風影の就任式が行われるのだ。
 年齢的なものもあるが、羅砂の様々な功績などが評価され、ついに羅砂が4代目風影に任命された。3代目も羅砂を強く推し満了一致の結果であったという。

「では登壇願おう」

 展望台で民へと語りかける風影が、腕を伸ばし手のひらを表に向けて羅砂をさした。

「これより4代目風影に就任する男! 羅砂だ!」

 わあわあと歓声が里中へ響き、思い出したように指笛の音が飛ぶ中、羅砂が展望台の先へと歩いて堂々と立った。
 様は難癖をつけようもなく堂々としているのに、遠目だからだろうか、羅砂は少し浮かない表情をしているようにも見えた。
 就任式の様子をじっと見ていた鬼鮫がつぶやくように言う。

「祝い事にしては……4代目風影、もの憂げな顔にも見えますが」
「鬼鮫にもそう見えるのか。ヤマトはどう思う」
「ボクにも少し」

 俺だけが勘違いしているというわけではなさそうだ。
 ――なにかありそうだな。就任式が終わったら後で様子を見に行ってみるか。


 就任式も終わりヤマトと鬼鮫を家まで送ったところで、俺は疑問を解消すべく羅砂の家を訪問した。
 こんにちは、と声を上げてドアを強く叩く。すると、どたどたと忍らしくない足音が近づいてきたかと思うと、壊れる勢いでドアが気持ちよく開いた。

「サボテンくうん! 生まれましたあ!!」

 羅砂の家から夜叉丸が生まれたとでもいうのだろうか。そんなことを考える俺にかまうことなく、夜叉丸が肩をつかんで揺さぶる。

「やしゃ、ま、る」

 俺は2度目のマーブル模様を堪能した。2度と堪能したくはなかったが。
 ――なんで夜叉丸が羅砂先生の家にいるんだ?

「生まれたんです、生まれたんですよお!」

 がくがくと揺れている俺にかまわずなにが生まれたのかも教えてくれないまま、夜叉丸はなおも肩を揺さぶり続ける。揺れ続ける視界に、目の前にいるはずの夜叉丸の顔を見ることすらままならない。

「やしゃま、る! くびが! くびがァ!」
「あ、スミマセン……。つい興奮しちゃって……」

 ――なんなんだいったい。感情が高ぶったら俺の肩をつかんで頭を振る儀式でもあるのか。

「俺は軟体動物じゃないから勘弁してくれ……」
「えへへ、ごめんなさい」

 やっとのことで肩を放した夜叉丸が、照れ笑いをしながら頬を掻く。

「で、いったいなにが生まれ――」

 はたと、夜叉丸が興奮しているということは夜叉丸の身内ではなかろうかと思い浮かべた。

「もしかして、羅砂先生と加瑠羅さんの?」
「ええ! 先生と姉さんの!」

 それを聞いて、俺はやっと夜叉丸の興奮を理解した。羅砂と加瑠羅の子供ということは、つまり。

「な、名前は!?」
「テマリ様です!」

 ――テマリが生まれたか! もうそんなに時間が経っていただなんて、信じられない。

「いいから来てください! さあ、さあ、さあ! 今からサボテン君とバキ君の所へ行こうとしていたところなんです!!」

 こんなにハイテンションな夜叉丸は見たことがない。姪が生まれたことがそれほど嬉しいのだろう、なんとも微笑ましい光景だった。
 俺は夜叉丸の手に引かれ、道中でさらにバキも巻き込み、珍しく夜叉丸が引っぱったまま俺たちは病院へと連れていかれた。


 白い病室のベッドには加瑠羅が横になっていた。そのすぐ側で、白い布にやさしく包まれた小さな赤子が寝息を立てて眠っている。隣には、それを見守るように羅砂が立っていた。チヨバアもいたが、ワシはこれで帰るでの、と言い残して帰ってしまった。

「羅砂先生! 姉さん!」

 夜叉丸がまた興奮状態になりかければ、羅砂が口に人差し指を立て「静かに」と言った。すみません、と謝ってから夜叉丸は羅砂に質問攻めをし、それにバキがときどき口を挟みながら、穏やかな時間が過ぎてゆく。
 ――はたから見れば、穏やかではあるが。
 俺は、羅砂の目の下にうっすらと隈が浮かんでいるのが気になって仕方がなく、会話どころではなかった。作ったような笑顔のどこかに、中年のような哀愁がひっそりと漂っている。

 結局、夜叉丸とバキが帰った後も俺だけは病室に残った。
 意を決して、羅砂に声をかける。

「お話があります」

 羅砂に向かって真剣なまなざしで言った。

「――人柱力についてです」

 羅砂の耳へしか聞こえないよう近づいて小声で口にすれば、ピク、と眉が反応する。

「……場所を変えよう」

 羅砂の提案で、俺たちは病室を出て病院の白いベンチへと腰かけることになった。熱い気温の中、ベンチは木陰に置かれ、直接日が当たることなくゆっくりと会話のできる場所である。

「突然すみません。ですがこれだけは聞いておかなければならないことだと思ったもので」

 羅砂が「オレの研究についてか」と言ったので、俺は「ええ」と返した。
 羅砂は人柱力の研究を行っている。それこそ、他里に後れを取らないためであるとは分かっているが――

「どうしても、自分のお子さんへ守鶴を憑依させるおつもりですか」

 やはり、これが気になった。
 羅砂は口を真一文字にして次の言葉を考えあぐねている。

「……里のため、国のためだ。他里が人柱力を保有している以上、我々も動かなけばなるまい」

 羅砂は真面目だ。冷静でいて堂々と――しているように見えて、プレッシャーに酷く弱い。胸の内を隠すように腕を組む動作がその証拠だ。いい意味でも悪い意味でも一途であるこの男は、心の底から里の事を想っている様子ではあったが、それ故に今後脱線していくことになる。このまま歪み続ければ悲劇が生まれてしまうだろう。

「人柱力は国の大切な兵器。他国とのパワーバランスを保つためには、人柱力の存在は絶対だ。尾獣を保有しているだけでは意味がない」

 尾獣は人柱力という器に入っているからこそ力のコントロールが可能となり、力を暴走させずに済んでいる。
 ――だが。

「尾獣と人が分かりあう未来も、あるかもしれません」
「尾獣と人が分かりあう? なにをバカな。あれは人知を超越したものだ、我々のようなちっぽけな人間と分かりあえるはずもないだろう」

 だからこそこの世界の人間は尾獣を封印しようとする。

 人は得体のしれない存在に恐怖を感じる。でなければ生命の危機に直面する可能性が高いからだ。
 ビーやナルトも人柱力であり、得体の知れないものが自身の腹の内へあったからこそ尾獣と分かりあうことができた。もしも2人が人柱力でなかったら、尾獣と分かりあえなかったかもしれない。

 しかし尾獣たちも人と同じように『対話』ができることを知ってしまっている以上、尾獣たちの意志を無視するわけにもいかない。もちろん、人柱力たちの誤解と迫害もなんとか片をつけたいところだ。あわよくば味方に引き込むことができないかとも考えている。

「尾獣を憑依させるのに、他人の子供を使うわけにはいかない。だからといって自分の子供へ憑依させることも――正直に言って身を焦がす思いだ」
「ではなぜ……」

 無表情であるはずなのに、その目は寂しげとも、悲しげともとることができた。

「お前だ、サボテン」

 ――え?

「お前は木ノ葉の子供を連れて帰ったと思えば、霧隠れの忍まで連れてきた。それこそまるで初めから仲間だったかのように、蔑むことなく自然に受け入れている」

 ――ああ、しまった。

「それは……俺は我が身が可愛い故に動いているだけであって――」

 その事実に変わりはない。それらしい口実を見つけては、ほとんどエゴで動いているのだ。

「そうだとしてもだ。オレの子供が人柱力だろうと、お前なら偏見を持たず接してくれるような気がした」

 それはまた、俺も買い被られたものだ。俺の場合は『知っているから』偏見を持たずにいられるのだ。もしも知らぬままだったら、きっとこの世界の人間のように人柱力へ偏見を持っていたはずだ。それこそ、迫害だってしていたかもしれない。

「これは賭けなんだ。オレの、そして里の――未来がかかっている」

 膝へ肘を置き、口元で手を組んで羅砂が言う。
 羅砂の里を想う心は人一倍だった。それをよく理解していたからこそ、風影も羅砂を4代目へ推薦したのだろう。

「……子供を賭けごとに使うのは、賢明ではありません」

 俺の考えがこの世界でどこまで通ずるのかも分からない。
 尾獣に関しては、ナルトやビー、そして尾獣たちが語りかけなければ一生分かりあえないかもしれない。


「ならばどうしろというのだ!!」


 突然、羅砂が腹の底から絞り出すように大声をあげ、立ち上がった。

「オレは砂金を集めることでしか里へ貢献することができていない! そんな奴が風影になってどうする!? 里を衰退させてしまうだけだ! だいたい、オレが風影になっていること自体が間違っている! オレは3代目風影様と違ってカリスマ性もない、最強とうたわれるような強さもない! 凡人なんだ! オレは……。オレは――ッ」

 喉の奥へ詰まっていたものを一気に吐き出すように、思いのたけがどんどんあふれ出てきている。しかしすぐに口を歪ませ眉をひそめて、ため息を吐いた。

「ああ、なにを……クソ……すまない。就任したばかりだというのに、部下に当たってしまうなんて……どうかしている」

 片手で顔を覆い、気持ちを落ち着かせるためか再度ベンチへと腰かける。

「いえ、気になさらないでください。誰しも精神的に参る時くらいあります。それを吐き出さないことのほうが問題です」

 この様子から察するに、羅砂自身も気づかぬ内に爆発寸前だったということだろう。

「よろしければ、吐き出してみませんか」

 自分よりも年下で、しかも部下にさらけ出すなどかなり勇気のいることだとは思うが、きっとこれは加瑠羅にも言えないことなのだろう。破裂する前に空気を抜かなければ身近な人間も巻き込まれてしまう。

 しばらくだんまりとしていたが、重く閉ざされた口を開き「オレは」とぽつり、胸の内を明かしはじめた。

「ただひたすらに努力して、いつも見えない誰かと闘っていた。自分の期待に、誰かの期待に、里の期待に応えられるよう……。上を見れば数えきれないくらい優秀な忍がいた。俺はただ、彼らと同じ土俵に上がりたかったんだ。しかし……忍として、頭の仕組みも、体の仕組みも、オレは天才のそれではなく、飛び抜けているわけではなかった。努力だけでは天才に追いつけなかった。だが、ここまできて諦めるわけにはいかなかったんだ」

 天才、奇才、鬼才、秀才。このうちのどれかだとしたら、羅砂は秀才に分類されるのだろう。

「4代目風影に任命されたときは努力が認められたのだともちろん嬉しく思った。しかし――他国の影と比べて、オレはどうだ? 3代目様に劣る磁遁や砂金を外せば、オレには人柱力の研究しか残っていない。身近になったとたん、なにもかもが……遠く。すべてが蜃気楼のように思えた」

 俺は、羅砂の話にじっと耳を傾けた。

「オレは『劣化品』なんだ。3代目様のように『影』の名を語るにはあまりにも遠い……。だからオレの子くらいは、里の希望であってほしいんだ――」

 自分の夢を叶えることができなかった親が、かつての夢を子へ託す状況に似ている。
 羅砂は十分にやっていると思うが、この場合本人が認めていないので肯定してやるわけにもいかなかった。
 ゆっくりと、丁寧に、興奮させないよう、されど対等に語りかける。子供への目線だと、それこそ相手をバカにしていると思われること間違いない。

「羅砂先生はいつも上を向いていらっしゃる。上へ上へ向きすぎて、下を見ないようにしてまでも」

 下を向き続けて地の底まで落ちるよりは、上を見るほうが良いとは思う。1度地の底まで落ちてみるのもありだが。しかし何事にも限度というものがある。

「少し、顔を下げてみませんか。上ばかり見ていたら、下の小さな石ころにもつまづいてしまいますよ」

 風影になったからにはあらゆる『責任』が重くのしかかる。忍の命、里民の命、国民の命。そして里の未来。真面目な青年が完璧主義にとらわれ、プレッシャーに押しつぶされてしまうのも必然的なものだった。

「オレは――」

 贅沢な悩みではあるが、簡単に解決できる悩みでもない。それこそ、その立場にならないと分からないことが沢山あるだろう。

「羅砂先生。加瑠羅さんは『風影候補』としての先生を見て、先生を好きになったのでしょうか」
「――!」
「そんな風には、到底見えませんでしたが」

 実力と精神は、必ずしも一致しない場合がある。例え奥底にどれだけポテンシャルを秘めていても、1度潰れた精神はそう簡単に戻ることはない。

「申し訳ありませんが、俺が思うに、先生はお世辞にも精神が強いとは言えないようです。自覚は、きっとしていらっしゃるでしょう。ですが加瑠羅さんは、それでも必死に里を想う先生をそばから支えたかったのではないでしょうか」

 羅砂は、人をじらすみたいにゆっくりと首を下へ垂れた。

「大切なものほどすぐそばにありますよ。離れているわけではありません。近づきすぎて見えなくなることもあります。加瑠羅さんは、ありのままの先生を好きになったはずです」

 我愛羅の砂がそれを物語っている。

「ですが、加瑠羅さんのお腹に尾獣を憑依させてしまえば、そんな加瑠羅さんが亡くなってしまうかもしれない。生まれたお子さんも――人柱力になれば、これから並み以上の苦労を背負わせてしまうことになります」

 俺は一拍あけて、「それでも人柱力を生み出そうとするんですか」と言った。

「それでも、やはり……誰かが人柱力にならなければ、他国と格差が生まれてしまう。今さらやめるわけにもいかない」

 やはり、羅砂は人柱力の研究を捨てる様子はないようだ。

 この世界の人柱力と尾獣の現状を打破するには、人柱力問題を避けて通ることなどできない。
 ――誰かがやらなければならない。誰かが割を食わなければならない。

 俺は、どうするべきだ?
 黙認か? 無理矢理にでも研究を中止させるべきか? 事の有様を傍観すべきか?

 ――ミナトはナルトへ未来を託した。そしてある種の賭け事は成功した。俺はそれを見習うべきなのか?

「どうしても、というのならば」

 俺は、ついに腹をくくった。

「約束してください。加瑠羅さんの命が危なくなったとき、加瑠羅さんを守りきると。生まれた子供のことを、絶対に蔑ろにはしないと」

 それは、己の内にある事実を秘め、羅砂と共に罪を背負うという意味でもあった。
 親の愛情は精神を安定させるためには必須のものだ。この世界、特に砂隠れや霧隠れは親の愛情が薄い。もし我愛羅が精神的に不安定となってしまっても、時間はかかるだろうが、親の愛情と周りの支えさえしっかりしていればきっと寛解していくはずだ。我愛羅だって風影になることができた。頭が治しようもないほど壊れているわけではないのだ。

「俺も先生のお子さんを見守ります。なんなら、専属にもなりますよ。もちろん給料を弾んでくれたらですけど」
「はは、がめつい奴め」
「戦地に行かなくてすみますし」
「さてはそちらが本音だな?」

 無事に我愛羅が生まれたとしても、加瑠羅が生きているかどうか――。
 加瑠羅が亡くなったときのことを思うと、羅砂や夜叉丸の顔を想像しただけで心臓に針が刺し込まれるようだった。
 それにテマリやカンクロウも、きっと途方もなく悲しむはずだ。

「愚痴を聞かせてしまってすまなかったな。少しだけ荷が下りたような気分だよ」
「それはよかった」

 悩みや問題を解決したわけではなかったが、羅砂の顔色は先ほどよりも血の色が戻っていた。






 ある日の朝、自宅にて。

「兄さん。やっぱりボクはおかしいと思うんです」

 床に這うトカゲを見てヤマトが言った。

「トカゲは前脚が翼に変化したりしません」

 俺が拾ったトカゲ、マジロウとバッシー。2匹の体はぐんぐんと成長し、しかし成長しすぎているほどだった。さらにトカゲではあり得ないが、前脚が『翼』に変化している。
 鬼鮫が初めて気づいたとでも言いたげに「トカゲだったんですか」と口にした。「かつてはトカゲだった」と返せば、鬼鮫が「風の国の生態系はよく分かりませんね」と眉間にしわを寄せる。――奇遇だな、俺もだよ。

「月日が経つにつれて、かなり体も大きくなってきていますし。この成長速度は尋常じゃないです」
「連れてきた時は手のりサイズだったんだけどなあ」
「これ、本当にトカゲですか」
「風影様もトカゲだと言っていたから、間違いないとは思うが……」

 おいで、と手を差し伸べれば2匹が前脚を羽ばたかせて飛んだ。
 ――飛んだ。こいつら飛んだ。トカゲが空を飛んだぞ。

「なんですかこのトカゲ!! なんですかこのトカゲ!?」

 ヤマトが異星で宇宙人を発見したような表情で2匹を見た。
 飛びついたマジロウが俺の顔を覆うようにへばりつき、バッシーが背中におぶさる。

「……シュールですね」

 鬼鮫がなんの感情を込めることなく言う。
 ――それは俺も思ってるんだよ。

「なにも言うな。なにも……」

 あの時、風影は確かにトカゲだと言っていた。ならば風影に問いただすべきだろう。

 マジロウとバッシーを体にひっつけたまま家を出て、俺は早速風影室へ向かった。

「風影様ァ!」
「なんだ?」

 扉の向こうには羅砂がいた。
 ――そうだった。4代目に就任したんだった。

「すみません間違えましたァ!」
「そうか」

 そのまま何事もなかったかのように扉を閉め、3代目の家へと向かう。
 閉めた後、「なんだあれは!?」と数秒遅れて羅砂が叫んでいたが、気にすることなく3代目のところへと足を進めた。


 マジロウとバッシーがくっついていることで地味な修行になりながらも、3代目宅へたどり着いた。3代目へトカゲを見せ、どういうことだと詰め寄れば3代目が「そうなったか」と意味ありげに言う。

「オレの口寄せ動物もトカゲでな、見せてやろう。だがここでは出せん。広い場所へ移動するぞ」

 ――トカゲだろ。なあ、トカゲだろ。3代目が出そうとしているものはトカゲなんだよな。なんで室内で出せないんだよ。

 突っ込めば倍返しが待っているため突っ込むに突っ込めず、腑に落ちない気分のまま俺は3代目と共に広い砂漠へと足を運んだ。十分な広さのとれたところで、3代目が右手の親指を噛みトカゲを口寄せする。

「口寄せの術!」

 血の術式からは、白い煙をまとって黒い『なにか』が現れた。

「は――」

 ――見上げるほどの背丈。
 全身は砂鉄のような淡い黒。開いた口からは鋭くとがった歯がのぞき、前肢からは蝙蝠のような翼が生えている。細い脚背の鱗が荒々しく逆立ち、前脚を上げてその翼を勇ましく広げれば、神々しく太陽に透けて地に影を落とした。
 荘厳たるその姿は、されどどこかこの世界へ適応する『緩さ』を兼ね備えている。

「3代目様――」

 もう、我慢の限界だった。言わずにはいられなかった。

「――『竜』ですよね?」

 龍ではなく、竜。ワイアームではなくワイバーン。

「いいか。オレのクロガネは『トカゲ』だ」

 即答された。

「……竜、ですよね」
「トカゲだ」
「竜――」
「トカゲだ」

 竜と書いてトカゲと読む、とでも言いたいのかこの人は。小粋なジョークでもなさそうだ。
 この世界ではそもそも喋る動物がいたり、尾獣が強大な力を持っているからして、こういう進化を遂げることもあり得るかもしれないが。それにしてもだ。もうなにが忍者でなにが忍者ではないのか分からなくなる。

「…………。やっぱり竜ですよね?」
「ト、カ、ゲ、だ」

 頑なにトカゲだと主張したいらしい。

「この竜――」
「トカゲ」
「――このトカゲですが、どうしてこんなことになったんですか?」

 通常のトカゲではまずあり得ないであろう大きさ。それに加えて、翼。どこをどう遺伝子改造すればこうなるのか。柱間細胞でもこうはならないぞ。アレはアレで顔が埋め込まれているから気持ち悪いが。

「オレにも詳しいことは分からんのだがな、どうにも自然エネルギーを取り込み細胞へ蓄積しやすい体質だとこのようになってしまうようだ」
「仙術のようなものでしょうか」
「いや、違う。それほど崇高なものではない。――が、小僧のトカゲも、クロガネと同じように突然変異したものだろう。拾った2匹が共に変異するとはオレも想定していなかったが」
「では、クロガネと同じようにこんな巨体になってしまう可能性があるということですか?」
「十分にあり得る」

 ――これほど大きくなれば、俺の家の天井が常に風通しのいい匠的空間になってしまうではないか。

「部屋で飼えなくなりますね」
「確かに、もう砂隠れで飼うことはできまい」

 家に来た頃は手のりであんなに可愛かったのに、どうしてこうなったんだ。いや、竜は竜でかっこいいが。ニンジャはしていない。――アサシンか。砂隠れの忍はアサシンなのか。3代目はアサシンだったのか。

「俺のマジロウとバッシーも、本当にクロガネのようになってしまうんでしょうか」
「どれほど成長するかは分からないが、この様子であればなおも成長し続けるだろう。砂隠れから遠く離れた秘境のオアシスにはトカゲらの住処があるから、そこへ連れていってやるべきだな。クロガネもそこへ置いている」

 曰く、巨体になるにつれ口寄せのためのチャクラ量も変わってくるとのこと。半端な大きさならば少ないチャクラ量で呼び出すことができるが、もちろん強さも半端なものだ。そういったトカゲたちは、主に移動用として口寄せするという。
 クロガネのようになるまでには流石に時間がかかるようだ。しかしクロガネは未だミリ単位ではあるが緩やかに成長を続けているらしい。
 ――この人なんでサソリに負けたんだ。

「実のところ、他の口寄せ動物とは違い戦闘面ではあまり期待できんのだがな。図体がでかいだけだ」

 確かに、元が小さなトカゲであったならばそうかもしれないな。

 ――あれ、そういえば。
 俺はふと思い出した。3代目にトカゲを見せた時、種類も性別も言い当てられたが、まさか。

「3代目様」
「なんだ」
「もしやその『住処』にいるトカゲたちは、3代目様が飼っているものでは……」
「…………なんのことだか」

 ――ためた。ためたぞこの人。

「……まあ、お前のチャクラ量なら十分口寄せできるだろう」

 ――はぐらかされた。
 あまり追及してほしくなさそうだったので、俺もそれ以上言うのはやめ、3代目の話へのることにした。

「あの、俺のチャクラ量ってどのくらいなんですか?」
「小僧……自分のチャクラ量を把握していなかったのか」
「はい、大まかにしか。自分が多いほうなのか少ないほうなのかまでは……」
「ふむ。ざっと見積もって……オレよりは少ないが、上忍としては十分な量を持っている」
「本当ですか!?」
「たわけ。その程度で浮かれるな」

 つまり体力の続く限り、3代目のような大型トカゲを口寄せすることも不可能ではないということか。ただし俺の場合、肝心の体力面に問題があるが。

「チャクラと言えば、小僧、お前に言っておかなければならないことがある」
「なんでしょう」

 今日はころころと話題の変わる日だな。

「小僧、水遁から流遁を生み出したな」
「はい」
「現在、土遁対策に雷遁の修行を行っているな」
「手ごたえはまったくありませんが、そうです」
「まったく、か」
「ええ。まったくです」

 やはりな、と3代目は手を顎に当て、顎の尖った部分を人差し指と親指でさする。

「どうにもな。お前のチャクラは火や雷に向いていないようだ」
「と、言いますと」
「瞬発力がないということだ」
「瞬発力」

 ――心当たりがある。

「小僧は体術が苦手だろう」
「実は幻術もです」
「褒められたものではないわ。……ともかく。小僧の様子を見るに、チャクラの質自体に問題があるようだな」
「それはつまり――」
「そうだ。今後『火』と『雷』の属性を習得するのは非常に難しいだろう」

 ――それすなわち。

「……体術も絶望的ということでは」

 体術に関しての希望が絶たれたという意味でもあった。

「体術が苦手であろうと生きていける」
「切り替えろってことですね……」

 俺はいったいなんのために雷遁や体術の修行をしていたのだろう。そういうこともある、と3代目は他人事のように言った。

「難しいとは言ったがな、なにもすべてとは言っていないだろう。気体ならまだ残っている」
「――そうか、風遁!」

 気体の希望は絶たれたわけではない。

「ああ。少しでも風遁を扱うことができれば、気体操作への道もひらけるはずだ」

 こうして俺は、雷遁の修行から風遁の修行へと切り替えることになった。

「と、いうわけでだが」

 3代目の言葉でクロガネが翼を広げれば、背へと3代目が軽やかに飛び乗る。その様子を眺めているだけの俺だったが、なにを思ったのか3代目が「来い!」と俺を呼んだ。

「秘境へ向かうついでだ! 小僧! お前に本当の『風』というものを教えてやろう!」

 言われるがまま、俺はクロガネの背へと飛び乗る。


 ――すべてが『風』だった。

 動物の背にまたがって空を翔るなど、経験したことがない。
 風のように地を駆けるのとも、忍者学校の屋上にあるひらけた展望台から景色を眺めるのとも違う。その身が風に溶けていくような感覚。風そのものになって世界を流れていくとき、きっとこれほど心地が良いものなのだろう。

 ――3代目風影の名は伊達ではなかった。
 この人はまさに『風』の名を飾るにふさわしい人物である。羅砂が思い悩んでいた気持ちが少しだけ理解できたような気がした。

 クロガネへしがみつくことに必死で十分に景色を堪能することはできなかったが、ちらりちらりと視界へ入る赤茶色や砂色、果てしない青のドームや千切られた綿をしかと目に焼きつけた。
 ただ、その景色には戦禍の混沌もしっかりと映り込んでいたが。

 悠々とした空の旅も終わりを告げ、トカゲの住処へとたどり着き、マジロウ、バッシーと口寄せの契約を交わす。
 帰る前にトカゲの楽園を堪能しながら、4代目へ就任した羅砂についての疑問をぶつけてみた。

「羅砂先生が風影になる時期は、少し早かったのではないでしょうか」
「影の名に早いも遅いもないわ。早いほど未熟だが、されど早ければより経験も多く積める」
「しかし……」
「……確かに羅砂は弱い。戦力的な意味ではなく、精神的に、だ。だが未熟だからといっていつまでも先送りにしていては、実るものも実らなくなる」

 膝を曲げて地につけたままトカゲと戯れていた3代目が、後ろを向いたまますっくと立ちあがった。

「小僧。お前はこの里が愛しいか」

 はい、と迷いなく答える。
 初めはなぜ砂隠れなんだと思っていた。湯隠れや木ノ葉に生まれることができればどれほどよかったことか、とも思ってしまった。
 だが、今は。
 砂隠れに生まれて良かったと、心の底から答えることができる。

「オレはな、里を守るという口実を並べてはいたが、風影になったばかりの頃は、より強い相手と戦うことだけを影の座へすわる意味にしていた。より強き相手を求め、より自分を高め、ひたすらに戦いを求めた」

 遠く、ここではないどこか、空を見上げながら3代目が続ける。

「――いつからだろうな。『里の未来を見届ける』ことも悪くはないと思ったのは」

 多くを語らず、されどなにも語らないということもなく。
 その後ろ姿が言葉のすべてを飾っている気がした。

「小僧。砂上に建てられた楼閣のごときこの里は弱く、脆く、崩れやすい。オレはそんなこの里がひどく愛おしい。木ノ葉の『火の意志』など馬鹿にしていたがな、馬鹿にしていたオレは確かに『風の意志』を持っているのかもしれん」

 すべての里は木ノ葉から始まった。他の国はみな木ノ葉を真似、一国一里というシステムをつくりあげた。
 風の国に住まう忍たちもまた然り。便利だからと寄ってたかった里は、事の次第では里民全てが『家族』にもなり得る。今、砂はそうなりかけている。

「もし、羅砂がオレの風の意志を引き継げば、次はお前が――」

 言いかけて、止まった。

「いや。お前は多くの民の志を奮い立たせるような奴ではないな。楽しみはとっておくことにしよう」

 そう言って振り向いた風影は、どこか悟ったような表情だった。

 帰りの飛行、2代目水影・鬼灯幻月と2代目土影・無の武勇伝を延々聞かされたので眠りこけていたらクロガネの背中から落とされた。落とされかけた、ではなく、落とされた。後で聞いたら「これも風遁の修行の内よ」と返された。――絶対に違う。






 あくる日。俺は風遁を習得するため、ヤマトと鬼鮫を連れて修行場に来ていた。
 今なら、全身緑のサボテンきぐるみで風遁の修行を行うのっぺらぼうの俺と、それを冷ややかに見つめるヤマトと鬼鮫という珍しい光景を眺めることができる。観覧料は1時間100両。10分ごとに21両追加。

「……どうしてきぐるみを着て修行を行う必要があるんですか?」

 奇々怪々な光景を見かねてか、今まで無言だった鬼鮫がついに口を開いた。

「よくぞ聞いてくれた。これは集中力を高める修行でもあり、暑さに耐える修行でもある」

 自来也のカエルきぐるみのごとく。しかし顔に穴はあけられておらず、顔面は緑ののっぺらぼう。ヤマトと鬼鮫から見ればどちらが前後ろか一瞬では判断しかねるだろう顔の正面を、ぐるりと鬼鮫へ向けた。

「分かるか?」
「いえ、まったく分かりません」

 手の部分の指は作られておらず丸い手であるが、その丸い手を顎に当てる。

「閉鎖空間は集中力を高めるのにちょうどいいからな」
「そういう問題ではなく」
「多少の息苦しさに目をつぶればどうということはない」
「ですから」
「ついでに猫のきぐるみや鮫のきぐるみも作っておいたぞ」
「なにやってんですかアナタは!?」

 ――御覧の番組は戦禍渦巻く第3次忍界大戦時代でお間違えありません。

「ほら、ヤマトは喜んでるぞ。鬼鮫も喜べ」
「わあい猫だー」
「そのヤマトは棒読みなんですけど」
「分かるか?」
「なにがです?」
「これは集中力を高めるだけでなく、敵の戦意を削ぐ目的もあるんだ」
「私は突っ込む気力が削がれていますが」
「やはり成功か……」
「成功の定義をお聞きしたく」
「どうやら俺と鬼鮫の『成功』の定義には隔たりがあるようだ」
「だからこそ定義を聞いてるんですけどね」
「つまり俺は天才。開発の天才なんだ……そして裁縫の天才」
「天才ではなく天災の間違いでは」

 冷淡だが小気味よくツッコミを入れる鬼鮫。そんな鬼鮫の服の裾を、でろんと干からびた猫のきぐるみを腕に抱えたヤマトが数回引っぱり、首をゆっくりと横に振る。

「鬼鮫兄さん、サボテン兄さんに突っ込むだけ無駄ですよ。この人、修行した後や研究した後は頭と体が両方ショートしてわけわかんない行動とるんで」

 いつもは普通なんですけどね、とヤマトが付け足す。『いつも』は余計だ。

「アナタ、大分飽きられてる感じですね」
「慣れていると言ってくれ」

 ほーら元気に育てよー、とヤマトが水やりの術で俺のサボテンきぐるみに水をやっている。きぐるみの足がびしょびしょになった。だから俺は植物じゃないって。
 受け継がれてゆく水やりの意志。いつか鬼鮫にも強引に教え、さらには里に蔓延させるのが目標だ。砂隠れの緑化も夢じゃないな。

「やめるんだ。どうやら俺とヤマトの『植物』の定義には隔たりがあるようだ」
「こうしたら戻ってくるかと思って」
「なに、俺は普段通りだぞ。水をやる必要はない」
「普段通りじゃないから水やってんですよ……。今すぐに頭から水ぶっかけてやりたい気分なんですけど妥協してるんです」
「そう言えば水飲みてぇ……」
「聞いちゃいない」

 すると、鬼鮫が「水を飲みたいなら存分にありますよ」と言いながら水牢の術を発動させた。俺はきぐるみを着たまま水の球へ閉じ込められた。
 ――いつもは術を使う側だが、いざやられた側になると水牢の術が本当に鬼畜な術だと再認識する。

「がぼ」

 しゃべろうとして水を飲み込んだ。

「けっこううまい」
「あ、そうですか。じゃあ死ね!」
「がぼぼぼぼぼぼぼぼ」
「兄さ――――ん!?」

 そうやって2人が俺に対して一方的に水遊びで楽しんでいると、修行場にバキがやってきた。

「おい、サボテ――」

 バキが声を掛けかけた瞬間、見てはいけないようなものを見てしまった時の顔へ早変わり。だが一応こちらへは近づいてきて、俺を指して「サボテンか?」と問った。

「見た目通り」

 ヤマトが言えば、バキがため息をつく。

「お前なあ……水遁使いの殉職理由が溺死などとマヌケすぎだろう」

 とりあえず水牢は解いてやれ、とバキが言えば鬼鮫が術を解いた。水が砂の地へと消えればそこだけが暗い色に落ち、俺はきぐるみのまま地面へ背を打つ。

「頭は冷えたか? ついでだから『風』にも当ってくるといい」

 バキがきぐるみの頭部を片手で鷲掴みにした。

「うわあやめろ! 俺は戦争なんてサツバツとした世界よりもきぐるみの癒しで世界を征服するんだァーッ!!」
「サボテンはオレが責任をもって3代目様のところへ連れていくから安心しろ。そらキビキビ歩けェ!」
「バキイイィィ!! 3代目の所はやめろおおオオォォォォ!!」

 こうして俺はヤマトと鬼鮫に白い目で見送られ、きぐるみの頭をつかまれたまま引きずられていき、3代目に愛の鞭を入れられることになった。全然愛がこもってなかった。ただの鞭だった。

 ちなみに修行として1週間外出時きぐるみ着用令が出された。街行く人から奇異の目で見られるわ、暑さで汗が滝のように流れるわで死ぬかと思った。水遁使いで心から良かったと思った瞬間であった。



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9. 開発街道

前置き:セッカは原作28巻の144Pにいる医療忍者です。


 着ぐるみ着用令から、2週間ほど流れただろうか。
 遮二無二、風遁の修行を続けたが、恨むらくは未熟の域を出ない。自身の忍の才のなさにいらだたしさだけが募っていく。
 そうやって、成果のない修行のおかげで息切れを起こしていたが、けれどそれよりも気がかりなことがあった。

 ついこのあいだに胸の内を晒した羅砂の、風影である故の苦悩。
 そして、人柱力について。
 これが、このところ毎日のように頭へちらついている。

 5大国の最終兵器こと人柱力が、五影の近親者や配偶者から選ばれるのにはそれなりの理由がある。
 羅砂もこぼしていたように、他者の子供を兵器として仕立てあげるということは、近親者を生贄とする以上にさまざまなリスクを伴うのだ。よって、どうあっても上役会議で結論づけられた人柱力の選定を覆すことはできない。
 なにより尾獣の暴走を抑制することのできる、あまた忍の頂点であるところの五影、その子供ともなれば、常人を遙かに凌ぐ才能や素質を持って生まれることが少なくとも期待されていた。

 そのように今後、人柱力になることが約束された我愛羅のことを考えると、すこぶる悩ましい。

 先日の独白じみた語らい以降、羅砂の精神面に問題はないようだ。だが、風影襲名による焦燥と、里を弱体化させるわけにはいかないという強迫観念から、いつ精神が際どい状態へ陥ってもおかしくはない。
 加えて、歴史が変化しているとはいえ、このまま行けば我愛羅は暁に殺されてしまうのだ。この未来を完全に消しきれたわけではないだろう。サソリの両親が健在しているので、チヨバアの転生忍術もあまり期待はできない。

 ――さて、どうしたものだろう。

 見守るとはいったものの、未熟児に生まれ、ナルトよりも人柱力として適性のない我愛羅を、現状のまま人柱力にしてしまっても良いものだろうか。
 元々の砂隠れによる分福の扱いからして、我愛羅のみならず人柱力は人とも思われていない節がある。だからこそ自力の信望により認められた者もいるが、砂隠れでそれを愚直に期待するのは危うい。
 歴史が変わることで現時点では順調であるかもしれないが、最悪の場合、本来以上の迫害を受けることになるかもしれないのだ。

 とにもかくにも、砂隠れにおいての人柱力の冷遇は早い段階で脱却させたい。



 そんなことを考えはじめた矢先の、ある日の早朝のことだった。
 重要な話がある、と羅砂に呼び出されたのだ。ついに徴兵の時が来たかと思わず身構えて、受け入れの態勢をとった。
 執務室へと向かう足取りは自然と重くなっていく。風影の執務室の前へ立つと、いったん深く息を吸って、吐きだしてから扉を開けた。

 あたりまえではあるが、そこには羅砂がいた。
 心の中でため息を吐く。ほんのわずかにでも緊張を整える時間が欲しかったので、思わず、どこかへ席を外してくれていれば、などと考えてしまったのだ。

「来たな」

 言いながら羅砂は、執務机の前へ立つよう目配せをする。
 そこへ立った瞬間に「第30班所属サボテン上忍」と、羅砂が俺の所属と名前を呼びあげた。
 すかさず「は!」と短く返答する。

 第30班というのは、羅砂が風影を襲名し隊長を退いた際に割り当てられた羅砂班の通称番号である。

「今回、第30班は後続の忍によって再編制することになり、異動の件でお前を呼びだした。バキと夜叉丸にはすでに話をつけてある」

 ふいに、頭の中がぼうっとしびれて麻痺したような感覚に陥った。
 覚悟していた徴兵よりも、斜め上の宣告だったからだ。

「つまり、解散……ですか」

 ショックを隠したまま平常を装って言うと、羅砂は「ああ」とだけ返した。

 班が解散する。
 俺は今まで、羅砂の後続として第30班を指揮する立場にいた。ところが実際には、3人1組として受け継いだ時から、この班は機能を失いつつあったのだ。
 夜叉丸とバキは別部隊への派遣が多く、すでに上忍の指導能力が求められており、第30班としての活動、任務依頼が著しく減少していた。だからこその解散であるのか。それとなく、羅砂に説明を求めた。

「確かに理由の一部ではある。が、根底はそうじゃない。第30班の3名は、全員が別部隊へ異動することになったんだ。だから解散させるほかなかった」

 続けて羅砂は、バキは戦略を専門とする部隊へ異動したことを告げた。夜叉丸は、直接的には言わなかったが暗部であることをほのめかした。

「2人はすでに異動を終えたんだ。残るはお前のみだろう?」
「……みたいですね」
「お前にはやってもらいたいことがある」

 真剣な目。重々しい口つき。厳粛な物腰。
 それらすべてがあわさって、今、空気がピリリと電気を帯びているような気がする。

「お前には、このたび新たに設置した『技術部』――正式名称『技術研究開発部隊』への異動を命ずる」

 先ほどが右斜め上だとすると、こんどは左斜め上だ。
 異動は異動でも、まさか新設部隊だとは思いもよらなかった。

 おかしい。バキや夜叉丸は既存の部隊へ異動したというのに。これは、俺だけ非戦闘員宣言された、ということになるのではなかろうか。

 現在、古株やベテランなど、使える人間は例外なく戦地へ駆り出されている。だというのに、上忍であるはずの自身は未だ徴兵はされていない。工作活動すらなかった。
 周りが生死をかけて戦っている時になにもしていないというのは、なんとも居心地の悪いものがある。きっと九尾事件時のうちは一族も、こんな居心地だったのだろう。

 徴兵だと思っていたら班解散の挙句、さらには戦力外通告かもしれないとは思ってもみなかった。
 ――考え過ぎだ。
 すぐに邪推をかき消したが、やはりわずかなしこりが残る。

「技術部とは言っても……開発を専門とする部隊ですよね?」
「しかも風影直轄だぞ」

 ――直轄ゥ!

 つくづくさきほどの邪推は思い過ごしだったらしい。

「暗部も直轄のはずです」
「ああ」
「そこまでして必要な部隊だったんですか」

 技術研究開発部隊――名称から察するに、あらゆる術の研究並びに開発を行うための専門機関なのだろう。

 各里にとって、独自の術は里の命に等しい。
 部族が集まってできた国里は、忍という軍隊形式の組織を運用してはいるものの、忍を個人として使役するのではなく、全体で見れば部族単位で役割を振り使役する傾向にある。血継限界を嫌う霧隠れは例外として、貴重な血継限界を持つ部族出身であれば、個人ではなく部族が優先されるのだ。そうやって各部族の術を守っていくことになっている。
 であるから術の開発、継承もおのおの一族、そうでなければ個人で行うが、他者に協力を仰ぐことは滅多に見られない。
 そうやって、忍は術を『共有』するのではなく『継承』していくのだ。共有するのは忍者学校までである。

 そのため、新しい術を開発するための部をわざわざ設置することもなかった。
 必要性がないのだ。様々な部分での情報漏洩にも繋がる、といった理由もある。

 だが、羅砂は部を設置した。
 なぜわざわざ設置したのか、その理由を羅砂が話しはじめた。

「弟子入りでの術継承には限界がある。そうは思わないか」
「確かに、必ずしも師匠の術を受け継ぐことができるとは限りませんね」

 自虐のつもりはないがなぜか自分の発言が心に突き刺さってくる。

 幸運にも俺は師をもつことができたが、まずもって弟子入りすらできない場合もあるのだ。誰もがみな自身に適切な師を得られる、ということは、けっしてない。師匠のいないままひとり孤独と闘いつつ修行に励み、道を究めて上忍にまでのし上がる者や、反面、そのまま消えて行く者もさほど珍しくはなかった。
 俺とて3代目の弟子にならなければ流遁を会得できず、消えゆく者の末路をたどっていたのだろう。それほどに孤独との闘いは険しい。

「おまけに、血継限界以上の血を持つ者とそうでない者の隔たりはあまりにも大きい。努力だけでは埋めきらないものがある。たかだか秘術ではかなわない領域――オレはそれをつくづく実感しているんだ」

 俺も流遁という特殊な術を会得したが、これは風の国に多いとされる『操作系』のチャクラ、さらに水遁から派生した偶然の産物である。血継限界ではなく、秘術と言うほうがより正確だ。
 そんなこともあって俺自身も、羅砂の言うとおりに、己の術と血継限界との隔たりを感じていた。水銀を扱えるにしろ、水銀を自己生成することはできない。可能性はあると3代目は言っていたが、あくまでも可能性なのだ。パクラのように先天性で生まれ持った能力ではない。超えることのできない壁が、確実に、そこにはある。

「もちろん、我々が本当にやらなければならないことは、けっして、彼らの能力を渇望し妬むことなどではない。我々がやるべきことは、彼らの力を守っていくことだろう」

 先日に弱音を吐き、悩みを打ち明けていた彼が嘘のようだった。

「しかしながら……いくら特殊な力をもち優秀であれど戦死しない方が珍しい。戦死した一族の遺体は術の情報が流出しないよう、手の届く範囲は全て焼却処分となる。これでは術を継承しきれない。恐れるべきはそのようにして一族の血が絶え彼らの術が滅びることだろう。人口、人員共に他国より劣る砂隠れにとって、これは致命的なことだ」

 脱皮したかのような意志の強さが、かすかに羅砂の顔つきへ現れている。

「我々は今まで個別に研究を進め、自らの為に術を開発していた。しかしこれら研究者や、特殊な術を持つ一族が最悪絶えてしまった場合、その損失は計り知れない。これに備え、我々砂隠れは将来に投資しなければならないと考えた。その先陣を切るのがこの部隊というわけだ」
「光栄ですね」
「少数精鋭である我が里の忍個人の負担を軽減する目的もある」

 素直に関心した。戦力外通告かと不信を抱いた自分が滑稽だ。

「……というのは表向きの活動計画だ。真の目的は別にある」

 ――マジっすか。

「この部隊の真の目的――それは『人柱力の研究』だ」
「――――!」
「今後、部隊名を名乗らなければならない場合は『第890(ハチキュウマル)班』の名を使用してくれ。この技術部が新設されたことを含めた()()の情報が他里、そして他国へ漏れないようにするためだ。もちろん親しい者全てにもこの名を使用するんだ。いいな?」

 羅砂の声には、有無を言わさぬ静かな気迫があった。

「わざわざ秘匿名をつけるんですか。暗殺戦術特殊部隊ですら暗部という略称のみでしょう」
「そうだ。つまるところは、お前も感づいているんじゃないか」
「この部隊は、非常事態には()()()()()()()()()()……そういうことですよね」
「まさに」

 最高機密の極秘部隊――最悪の場合、発展のため倫理に反した人体実験を行うことになりうる、危険な部隊であるということだ。

「そう構えるな。秘匿名は主に情報漏洩や最悪のケースを危惧してのことだ」

 一転して緊張を和らげるためか、羅砂が威圧感を解いた。

「それはそれとして。今回、お前たちには『封印術』の開発を行ってもらう」
「人柱力を生み出すための、ですか」
「もちろん」

 ――もしかしたら、羅砂は道を誤りかけているのではないだろうか。
 また憂いに包まれそうになるも、すぐさま消散させた。
 羅砂の動向は随時警戒することはもちろんとしてだ。今の羅砂はけっして踏み迷っているようには見えない。むしろふてぶてしいくらいに堂々としている。今は、彼を信じるべきだろう。

「俺以外に編制された忍は?」
「医療班からセッカを異動させて部隊へ編制した」

 思わず「それだけですか?」と聞き返してしまった。すぐさま「それだけだ」と返ってくる。

「実質ペアじゃないっスか!」
「うむ、いや……他にも戦闘部隊、傀儡部隊等から目星をつけているが、編制が思うように進んでいない。最悪半年以上は2名のままかもしれん」
「そうですか……。ではなるべくこちらでも人材を探してみましょうか」
「ああ。助かる」

 たった2人だけの部隊。
 元々、班などごく少数でまとめる傾向はあるが、しかし新設の部隊にしては少ない。

「オレも、あれから色々と考えたんだ」

 突発的に羅砂がそう言った。
 あれから、というのは、テマリが生まれ、自身の在り方について悩んでいた時のことだろう。

「現状のままではダメだと考え改めてはみたが……この苦境を打破するには決定的ななにかが必要だった」
「それが、この新部隊だったというわけですか」

 羅砂は、我が意を得たりというふうに大振りにうなずいた。
 この新部隊は羅砂なりの打開策なのだろう。なおさら、羅砂を信じないわけにはいかない。

「それで、封印術の開発、とのことですが」
「当初、人柱力に使う封印術はチヨ様の『憑依の術』で行う予定だった」

 守鶴を我愛羅へ封印したのはチヨバアだったことを思い起こす。

「しかしこの術には問題があるんだ」
「問題?」
「そうだ。詳しいことは、後でチヨ様の研究資料を見て確認してくれ」

 研究資料は部隊の専用部屋へおさめてあるとのことだった。

「……資料だけなんですか?」
「……ああ」

 本人の研究資料の確認だけ、ということは――

「チヨ様は開発に協力しないのですか?」

 ――そういうことになるよな。

「『独自にどこまで開発を進められるか2名の実力を見て、協力するかどうか判断する』だそうだ」

 羅砂の口調には諦めが混じり流れていたので、俺は「チヨ様らしいですね」と言っておいた。すると、わずかながら羅砂の顔がやつれたように見えた。

「部隊編成に反発していた上役連中も概ねチヨ様の意見寄りでな……。これで結果が出なければ、この部隊はすぐにでも解体となる」
「そりゃまた、切羽詰まった状況ですね」
「しかし、結果を出すことができればこの部隊は大名直々から予算調達ができることになっているんだ。そうなれば、いずれは絶対秘匿の極秘班とそうでない一般班に分け、部隊の規模を広げて、開発分野の専門性を展開していきたいと考えている」

 成功すれば軍拡につながるということだ。
 人柱力という恰好の兵器を誕生させてしまったが故の、終わりなき軍備拡張競争。兵器は人知の力を超越し、その力を各国へ見せつけた。この軍拡へ一旦巻き込まれてしまえば、明日は我が身と自分達も兵器を持つほかない。
 そんな中での軍縮というのは、砂隠れにとってあまりにも痛手なのだ。
 これは、砂隠れの軍縮の末路を変える一世一代のチャンスだろう。

 とはいえ、首の皮一枚という状況下で若輩2人だけの開発部隊というのはあまりにも厳しい。開発方面に関して自信が無いわけではないが、それでもやはり不安要素は多く残っている。

「会議で言い渡されたタイムリミットは、3年だ。もちろん途中経過次第では変動するだろう」

 ――3年とは、短いな。

「やれるところまで全力でやってくれ。頼んだぞ」
「承知しました」



 異動を言い渡された今日、羅砂の付き人によって、すぐに専用の部屋へ案内された。
 部屋の床は一面が白色だったが、壁は、砂隠れの里特有の渋い生壁色でまとめられていた。実験用だろう、黒い台に白い脚の広い作業台が中央付近へ設置されていて、部屋の奥には薬品棚と資料棚がずらりと並べられている。棚とは対極の位置へは簡易の作業台と、事務用だと思われる机と椅子が置かれていた。
 想像していたよりもずっと綺麗に整備された部屋である。管理がゆきとどいていたようだ。

 同じく異動となったセッカの方は、引継ぎを済ませるために後始末をおこなっているらしい。セッカが来るまでの間、チヨバアの研究資料や、棚に並べられ整えられた書類にざっと目を通して時間をつぶすことにした。
 しかし結局は、時間つぶしのその前にセッカが現れたのだった。
 そのとき、自身は資料棚で書類を漁っていたので、セッカの到着後まもなく入口の方へと移動した。

「本部隊第30班から異動になったサボテンだ。これからよろしく頼む」

 手を差し出して、握手を交わす。
 医療に携わる者だからか、彼の手は乾燥していて手荒れを起こしていた。不快ではない。ただまっすぐに、数多の命を助けてきた手なのだ、という印象を受けた。

「衛生部隊医療班から異動になったセッカです。アナタの噂はかねがね耳にしていました。いちどお会いしたいと思っていたんです。こちらこそよろしくお願いします」

 嫌味のない、恭しげな態度だった。セッカに、どこか夜叉丸の影を見た気がした。
 そして噂、というのは流遁の水銀使いとしてではなく、札の開発者としてだろう。その方面ではそれなりの知名度を誇っているということを自負している。

 適当に自己紹介を済ませたのち、棚の資料と、チヨバアの研究資料を閲読して1日を終えた。
 その去り際のことである。
 どういうわけか、セッカが「あの」と俺を呼び止めたのだ。
 深刻そうな顔つきでなにかを言いたげにしていたが、言い難そうだったので「どうした?」とこちらから問いかけてみた。途端、セッカは「なんでもありません」と身を引いた。
 なにを伝えたかったのだろうか。そうやって怪訝に思いながらも、悩めば余計なわだかまりとなってしまう。かくしてセッカと別れたのち、思考を切り替えて家路へついたのだった。






 未だ研究資料にすべて目を通しきれていないものの、あくる日から本格的に活動をはじめた。
 中央の作業台へチヨバアの研究資料を並べて、重ならないように、歴代人柱力に関する記録資料も置く。それを2人で囲むようにして眺めながら、資料を行き来しつつ照らし合わせた。

「このチヨ様の術は『憑依の術』と書かれているが、見るかぎり根本はやはり封印術だよな」

 俺の言葉にセッカがうなずく。

「ええ。特殊な形態の封印術ですね」

 セッカが言う。

「薬というものはどうであれ必ず毒としての一面を持つものですが……。あらゆる毒に詳しいチヨ様だからか、この術はとくべつ『毒』としての作用が強いようです」
「尾獣チャクラもこの憑依の術も、双方が毒なのか」

 守鶴のような尾獣等のチャクラは普通、人にとって毒となる。
 少量であればさほど問題はないが、あまりにも莫大なチャクラを人体へ封じこめるとなると、封印対象の人体やチャクラを蝕み、毒として猛威を振るうようになるのだ。

「比喩ですけれどね。しかし比喩だとしても互いに猛毒ですよ」

 他の里がどういった構造の封印術を使用しているのかは分からない。だがセッカの説明を聞くかぎり、この『憑依の術』は猛毒で猛毒を制するごり押しの荒業ということになる。

「一般に人柱力へ使う特別な封印術などは、人体へ封印空間を構築し異物を隔離する形態で封印を行います。しかしこの術は毒の特性を利用し、封印空間を作ることなく尾獣のチャクラを直接人体へ呪縛させています」
「それで『憑依』なのな。人柱力を生み出すためだけに作られた術っつーことか」
「もっとも、こんな荒業ができるのも、この術自体に毒としての作用があるからこそですけれど」

 自然由来の尾獣の毒に、人工的な毒である憑依の術。
 セッカが言うには、これらがうまく拮抗作用を起こし、互いに抑制する形で封印が有効になっているとのことだった。
 これにより、人柱力側が尾獣を抑え込むにしては不足でも、それを無視して封印術側で尾獣チャクラの抑制を補えるのだ。

 されど結局のところは、人柱力としての適性がなければ憑依の術も意味をなさない。適性が低ければ、人柱となった人間の生命力を尾獣が奪ってしまうのだ。最終的には尾獣に乗っ取られることで人柱力の肉体は死を迎える。

「にしたってなあ。この術、いっそ禁術指定されてもおかしくはないよな」
「チヨ様以外に誰も使用することのできない術だから、禁術指定には至らなかったということでしょう」
「この術を俺達の部隊へまわすことをチヨ様は快く思わなかったはずだろうよ」

 研究対象になれば、この禁術まがいの術が弟子でもない人間に使用されるリスクが高まる。
 羅砂も説得するのに骨を折っただろう。その光景は想像に容易かった。

 そうして時々挟まれるセッカの説明を聞きつつ、資料に目を落とし、さらに実験成果の項目を読みこんでいく。

 この憑依の術では、封印空間を形成することによって隔離することができるはずの『尾獣の人格』を隔離できず、ほとんど抑え込めないために、精神面へ影響を及ぼしやすくなっているようだ。他の人柱力には見られない副作用だった。
 深い眠りにつけば身体を乗っ取られる。そんな恐怖を常に感じていた我愛羅だが、彼を苦しめていた根本的な原因はこれらしい。
 眠れないからと尾獣を抜こうにも、抜けば自らが死ぬ。チャクラを制御する核部分と、尾獣のチャクラと、封印術とが複雑に絡むことで封印を維持しているためだ。
 本来、尾獣封印の際に起こりうる狂乱状態を防ぐための封印術であるはずなのに、まったくもっておかしな話だった。
 あの九尾を絶対的に封印した四象封印がどれほど優秀な術かを思い知る。

 ――んなもんをさらに八卦にしたらそりゃどの里の封印術も敵わねえよ……。

 この憑依の術は先祖代々受け継がれた術ではなく、チヨバアによって編み出された急ごしらえの術なのだろう。はたまた受け継いだとしても改良する暇も気もなかったのか。
 どちらにせよ羅砂の言っていた『術の問題点』とはなかなか厄介であるようだ。

 本日、開発面で特に進展はなかった。



 それからしばらくは、これといって良い案など見つからず、進展のないまま時間だけが刻一刻ときざまれていった。
 そんなある日のことである。

「なあ、尾獣自体を分割できないだろうか?」

 頭へぽんと思い浮かんだことを、なにげなく、そのまま口に出した。

「分割ですか」
「ああ」

 口に出した瞬間から、頭の中に回路ができあがって、どこからともなく次々とアイデアが運ばれてきた。

「2分割、いや、できれば4分割以上にしたいんだけども。例えば点滴なんかも人体へ少量ずつ栄養を送り込むだろ? そんな感じに区切ることで負担を軽減できないだろうか」
「ふうむ……」
「どうも、一気に封印しようとするから副作用が余計に出てしまうんじゃねえかな、って。人柱力本人の成長段階に応じて、封印も段階分けして行う……なんてのはどうだろう」

 九喇嘛の陰と陽のように、明確な区別をつけて分割するわけではない。そのため上書き封印した際には、守鶴の記憶と人格はすぐにでも引き継がれて統合されることが前提となる。

「案自体は悪くないと思います。しかし、そのような封印方法は前例がありません」

 セッカは首肯しかねるようだった。
 ミナトがナルトへ九喇嘛を封印した際のように、我愛羅の負担を軽減し、かつ尾獣のチャクラを彼へ還元できる封印式の構築が可能であれば、あるいはこんな方法を取らずとも済むのだろう。

「俺達が前例を作ればいい」

 セッカに対して、そう返した。
 憑依の術は危険な術だ。しかし今現在の砂隠れにはこれ以上に優秀な術は無い。睡眠できないという致命的な欠点を克服するためには、この術を改良して副作用を緩和するしかなかった。

「……そうですね。四の五の言っても始まりませんし」
「そうこなくちゃな」

 納得しきってはいないようだったが、セッカはうなずいてくれた。続けて俺もうなずいた。

「よし、方向性は決まった。あとは――」

 ――口寄せの術。
 唐突に、口寄せでマジロウとバッシーを呼びだした。
 するとセッカはぎょっとして「なんですかコレは」と、狐につままれたような顔をした。とりあえずは「トカゲだ」と言っておいた。

「え?」
()トカゲだけどな」
「…………え?」

 疑いの眼差しが鋭利な矢となり俺へ突き刺さってくる。
 セッカに「トカゲですか」と聞かれた。俺はまた「トカゲだ」と答えた。すると復唱するようにセッカは「トカゲ……」と言った。だんだんと自信がなくなってきて、今度は「トカゲ、らしいんだが……」とこぼしてしまった。
 ――3代目のあの絶対の自信はなんだったんだよ。

「サボテンさん。まず、この……トカゲ……を研究対象にすべきなのでは――」

 2匹を凝視しながら、セッカがこんなことを言った。セッカの言わんとすることはもっともである。

「いずれはと思っているが、一応、大切な家族なんだ。ここでの研究は勘弁してくれ」
「そうですか……」

 セッカはあからさまに落胆していた。

「っと、そんなことのために呼びだしたんじゃなくて」

 ついつい忘れてしまうところだった。

「実験に入るまでの期間中、コイツらに実験用の動物を食――ではなく、回収を頼もうと思ってな」

 俺が「やってくれるよな」と言えば、理解したのだろう、2匹はいそいそと部屋を出ていった。
 出る直前に「拾い食いするなよ!」と付け足しておいた。

「拾い食いするんですか?」
「多分大丈夫だとは思うんだが、前に家に入ってきたスナネズミをまる飲みにして食ったことがあって……」

 それを聞いたセッカは呆気に取られて言葉を失っているようだった。
 しばらくして、彼が口を開いた。

「確かにトカゲは肉食性が多いとは思いますが」
「おう」
「もはや小さな竜という方が――」

 この2匹に関して、俺が一番聞きたいと思っていた言葉だ。

「…………だよな」

 まったくもって、理解者がいるというのはかくもすばらしきことである。

 ――俺は間違っちゃいなかったんだ3代目様よォ! 聞いてるかァ3代目ェ!

 心の中でのみ3代目へ悪態をついておいた。が、心の中であろうと悪態をついたのであれば恐らく近いうちに仕返しが待っている。
 本日、夜道には一層気をつけて帰ることにした。



 3代目へ悪態をついたので、なにかが起こるのではと危惧した夜道。にわかには信じがたいことだが、まさにその()()()が起こった。
 尾行されている。
 曲がりなりにも自身は上忍だ。あの暗部であろうとも、人気のない通りでの尾行であればかすかに人の気配を生む。その気配を、わずかだが感じ取ったのだ。
 尾行の犯人が誰であるのか見当もつかない。まさかとは思うが、どこぞの密偵である可能性も否定しきれない。
 しばらくの間は帰宅の道を不規則に変えて帰ることに決めた。
 そうしてこの日は何事もなく帰宅したのだった。



 空はすっかり暗く落ちている。夜に包まれた自宅へ着いたとき、鬼鮫が襲来していた。家の外で、夜遅くまでヤマトの修行相手をしてくれていたようだ。
 ひょっとすると鬼鮫が不審者を見かけたかもしれない。思い立ち、鬼鮫に尋ねてみた。

「鬼鮫、俺ん家へ来るときに不審人物なんぞ見かけなかったか?」
「いいえ、特別変わったことはありませんでしたけど」

 そうか。と、いちどだけ相槌を打ったきりこの話は切り上げた。鬼鮫は不思議そうにしていたが、いちいち突いてくることはしなかった。
 ――尾行犯は、3代目の生霊だったりしてな。

 自身の気のせいかもしれない。ひとまず尾行については置いておき、俺は「晩飯食ってけよ」と鬼鮫も家へ入れた。
 しかし招き入れた当の本人は食卓につかないまま、夕食代わりに兵糧丸を食して、部屋の隅で服作りに没頭するのだった。

「兄さん、最近なに作ってんですか」

 食事を終えたらしい、ヤマトがそう聞いてきた。
 俺が「白衣だ」と答えると、ヤマトが「白衣ィ?」と訝しげなまなざしを向ける。

 ――研究に携わる人間の制服と言えば! 白衣、もしくは作業服! しかしそんなものなぞ支給されない! しかも砂隠れの上忍ベストは肩当が非常に邪魔で作業に集中できない! ならば! 自分で部隊の制服を繕うほかあるまいて! 着ぐるみを制作する技術がここで役に立つ時が来たのだッ!!

「カッコよくね? 白衣」
「いや意味がわからないです」

 俺の熱意とは対照的に、ヤマトは冷めきっている。
 白衣を翻して颯爽と登場する忍者部隊。
 ――ダメか。

 部隊名を名乗らずに済むよう『第890班』の文字を入れた腕章も作ってみた。これなら相手側が先に部隊名を認識してくれるだろう。自己主張が激しいことはさておき、自身からボロを出してしまう危うさをある程度削ることができる。

 そうして、ちょうど出来上がった白衣を「どうだァ完成したぞ! 似合うだろう!?」と、2人に見せびらかした。

「いえ」と、ヤマト。
「別に」と、鬼鮫。
 共にそっけない反応である。

 今度は「白いマスクもつけてみたぞ! 似合うだろ!? 似合うよな!?」と、口に白い布を巻く。
「忍べよ上忍」と、ヤマト。
「変質者」と、鬼鮫。

 ――鬼鮫にだけは変質者って言われたくねえよ。

「お前らちょっと酷評しすぎじゃね?」
「酷評もなにも」と、ヤマト。
「事実を述べたまでですが」と、鬼鮫。

 ――息が合い過ぎなんだよこいつらはァ! 隠れて打ち合わせでもしてんのかァ!?

 白衣にマスクという俺の格好から目をそらしつつ、ヤマトは「そんなことはどうでもいいとして」と言って話題を変えた。「俺にとっちゃどうでもよくねえんだよコノヤロー」と言ってみたが、ヤマトはやはり無視してくれた。

「今後、チヨ様に弟子入りできるまでの間は、鬼鮫兄さん以外に、マキの紹介でパクラ先生に修行を見てもらえることになりました」

 ですからボクのことは心配いりませんので。と、ヤマトが付け足す。
 他にも面倒見のいい人間がいることに安堵した――のだが、その他が聞き捨てならなかった。

「なんでだよ!! マキといいパクラといいヤマトの周りには華があるのに!! クソッなんで俺の周りは野郎ばっかりなんだよクソックソッ!!」

 はっきり言って羨ましい。いっそ妬ましい。

「錯乱スイッチ入りましたねェ」と、鬼鮫。
「兄さんのスイッチの入り方がよくわかんないです」と、ヤマト。

 多少取り乱したが、ヤマトについては本人も言うとおり心配なさそうだ。新部隊の活動に力を入れても、問題はないだろう。



 セッカの分の白衣はすでに完成させていたので、翌日にこれをセッカへと渡した。

「…………。自発的、ですよね……サボテンさんって」

 その含みある発言は無視することにして、セッカも作業服兼制服として白衣を着用することになった。

「ああ、でも、良かった」
「…………?」
「サボテンさんのおかげで決心がつきました」

 ――なんだ、藪から棒に。

「今まで何度も渡そうとしていたのですが、きっとお忙しいだろうと思って、渡せずじまいだったんです」

 セッカは言いながら懐から巻物を取り出した。

「お会いした際には、必ずアナタへ渡したいと考えていた物です」

 手渡された巻物をするすると開いて、目を通す。
 巻物に記された内容がなんたるかを把握して、「医療品か」とセッカに問うと「はい」と返事があった。

 巻物の内容は、外用薬――いや、外用薬の札だろうか。
 貼付剤、塗布剤、エアゾール剤等の外用薬の内、これに近いのは貼付剤だろう。しかし似て非なる新たな医療品らしい。
 本来精密なチャクラコントロールを必要とする掌仙術だが、この掌仙術を使用できずとも、1枚の札、または貼付剤を患部に貼り付けるだけで手軽に治療できるようにする、という試みの品であるようだ。

「内容はわかった。けど封印術とはまったく関係のないものじゃないか」
「おっしゃるとおりです。しかしこの状況では渡し辛くて……」
「じゃあ、あの時に俺を引き留めたのは、これを渡したかったからなのか?」
「はい」

 あの時というのは、セッカと初めて顔を合わせた時のことだ。

「その後も、何度か提案してみようとは思っていました。ですが方向性もなにも決まってないときだったので、そちらを優先すべきでしたし、言えずじまいでした」
「まあ、そうだろうな。でも、なんでこれを作りたいって思ったんだ?」
「つねづね、軽傷用の医療品……包帯、ガーゼ、傷薬などをひとまとめにして軽量化できればと思っていました」

 セッカが理由を語りはじめた。

「これらをまとめた場合、我々医療忍者が装備する救急バッグにはその分スペースができます。ここに、より重篤な患者用の医療品を入れて携帯できれば、一分一秒を争う中、さらに多くの命を助けられるかもしれません」

 セッカの言葉には熱が込められている。

「それに……大量の負傷者が出た場合には、医療班の応援が到着するまでの間、医療忍者でない方々にも軽傷者の治療を助力してもらわなければなりませんでした。ですが、すぐに患部へ貼り付けて手当が可能ならば、我々にも余裕ができますし、迅速な対応を実現できます。この案なら、掌仙術や止血帯のように、戦闘時でも患者を瞬時に治療することができるんです」

 止血帯――医療忍者でなくとも、流血箇所を緊急に止血できる品である。通常、医療忍者であろうと本格的な治療は、戦闘が終了もしくは安置へ避難しなければ行うことが難しい。一方これは戦闘時でも簡易に治療を行うことができるという優れものだ。

「負担を軽減したいという一心でずいぶんと前から構想を練っていたのですが……具体化にまで至らず行き詰っていました」
「なるほどねえ」
「私も骨身を惜しまずアシストします。ですからこれも同時進行、いえ、傍らでもいいので開発していただけないでしょうか?」

 時間に余裕のないときは、こういった依頼は引き受けないことにしている。だが、今回に限っては――

「……わかった。これも同時進行で開発を進めよう」

 そう答えてしまった。

 なぜかは自分でも分からない。
 彼の熱におされてしまったのだろうか。
 ただ、快諾したことを後悔はしなかった。

「ああ、良かった!」

 重荷をひとつ下ろしてすーっと身軽になったようなセッカの声を聞いたからだ。
 セッカは、俺とチームを組んでから初めて心の底からの安堵を見せたようだった。

 しばらくの間、最悪3年間も忍術の修行ができないかもしれない。
 我が身が出世への道から逸れていく気がしてならなかった。

 ――掌仙術の札化なあ。水銀も、札へチャクラを流し込んだら都合よくドバーっと出てこないものだろうか。そうしたらわざわざ水銀を持ち運ばずとも済むのに。

 ふとそんなことを思い浮かべる。こうやって封印術を改良する合間も、自分自身のためにあれやこれやと試行錯誤するのだった。

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10. 風かげる

 ここ最近は眠らない日が続いている。
 鏡を見れば、濃い青色の()()をこしらえた、いかにも不健康そうな面が映った。片手で目頭を押さえてみたり、こめかみを押してみたりするものの、連日の徹夜が祟ったのか()()はどうにも消えそうにない。

 ――焦っていた。
 部隊存続の期限が設けられていることに関してではなく、自身の能力の限界に関してだ。

 妥協することなどできない。
 セッカの頼み事を承諾したことも要因だが、人柱力の運命を変えるこの重大な局面であるという事実が、一層の焦燥を生む。
 本当に、術を改造することができるだろうか?
 術の発動時に、致命的な不具合を残したまま、加瑠羅も我愛羅もそのまま帰らぬ人になってしまうのではないだろうか?
 そんな風に、休息をとっていない頭では、ついつい無用なことを浮かべてしまう。適度な焦燥感は刺激になるのだが、寝不足のおかげで、つのるのはけじめのつかない焦りだけだ。
 研究室で寝泊りすることも当たり前になってきた。セッカの献身的なフォローがなければぶっ倒れていただろう。

 そうして、一週間ぶりになるだろうか。深夜、寝るためだけに家へ帰宅する途中のことだった。

 ――また尾行されている。
 やられっぱなしというわけにもいかず、2、3度、尾行犯を捕らえようと気配を辿ったこともあった。だが、奇妙なことに――強い気配をピンポイントで感じたはずの場所には、人ひとりすらいなかったのだ。罠であるとも考えたが、罠らしきものも一切見あたらない。
 気配は時折、屋内でも感じることがあった。しかし屋外にいる場合ほど顕著ではなく、セッカに気配のことを話してみても「なにも感じませんよ」との一言だった。

 気配の発現場所は、里中と言えるほど広域だ。日が経つにつれて、昼夜も関係なくなっていった。ならば羅砂も気づいているのではないかと、尾行について報告をしに執務室へと向かった。

「尾行? ありえなくはないが……」

 執務室へ入り報告すると、羅砂がそう言った。

「気配はひとつなのですが、いたるところに現れているんです。スパイだったらマズいし、一応、報告しておこうと思いまして。俺の気のせい、というか疲れのせいならそれに越したことはありませんが……」

 羅砂が「どういった状況時に気配がするんだ?」と投げかけてきた。

「最初は帰宅のときでした。ですがその次には、状況関係なく外のそこかしこに。そうして最終的には、屋内でも気配がするようになりました。セッカがいるときも気配がしたので彼に聞いてみましたが、気配はしないと……」
「屋内でも、か。たしかに、セッカからはなんの報告も受けていない。気づいていないか、本当にお前の気のせいなのか……」

 羅砂は伏し目がちに、口へ軽く手を当てて考えこんだ後、こちらに視線を戻してこう言った。

「どちらにせよ警戒に越したことはない。十二分気をつけろ」

 俺は短く返答したのち、研究室へと戻った。



 同日。
 困憊しきっていたが、無事に帰宅することができた。
 すでに疲れと眠気は限界だったが、今日も尾行の気配がある。しかしいまはそんなことを気にしている余裕はない。睡眠をとることのほうが先決なのだ。
 ――ぐっすり眠れば気配も消えるだろう。
 そう考えてから布団へ倒れこみ、意識を失うように眠りについた。
 直前。

 手で背中を押されて崖から落ちていくかのような衝撃が、からだ全体に走りぬけていった。






「よォ」

 その声で目が覚めた。
 延々と起きていたかのような、妙な――。

 あれ。と、既視感を覚えて一瞬、思考が止まる。
 目の前にあるものを視界におさめて、また頭が働きだした次には大声を上げていた。

「……はアァッ!?」

 ――俺がいる。
 正確には()()()が目の前にある。

 いったいなにが起こったというのだろう。混乱しつつも、さておきまずは状況の把握だろうと、とりあえず暗く光のないこの場所を見まわす。

 時刻は恐らく夜中で、ここは間違いなく俺の家だ。そして、俺がいる。
 ここまではなにもおかしくはない。おかしいのは、目の前にもうひとり俺がいるということ、そして寝ていたはずなのに、家の外、玄関前にいるということだ。しかもそいつは、あろうことか、俺に向かってしゃべりかけている。
 分身を出した覚えはない。寝ぼけて出せるものでもないので、考えられるのは、他者が変化の術を使って俺に化けている可能性だろう。
 しかし、目の前の男の言葉でその可能性は打ち砕かれた。

「オレが言うのもなんだけどよ、睡眠はしっかり取ったほうがいいぜ。……さておき、魂ぶっこ抜かれた気分はどうよ」

 魂ってなんだよ。そう言うよりもまず先に視線を下へと動かした。

 ――四肢が背景に透けている。
 内臓とまではいかずとも、自分の体は確実に薄れていた。まるで『この世のものではない』との宣告を受けているようだ。

「なんだコレ……。お前、俺になにをした!?」

 思わず声が力む。寝ている間に得体の知れない術を掛けられるなどと、とんだ失態だ。尾行の犯人は――気配の正体は、コイツだったのだろうか。

「なにをしたんだろうな。ともかく、お前の姿は誰にも見えない。叫んだところでオレ以外には声すら届かん」

 俺の姿をした()()は、問いに明確な答えを出すことなく、あっさりとした返しだけで終わらせた。

「お前は誰だ」
「オレは『サボテン』だぜ」
「ふざけてんのか」
「ふざけてねェよ」

 俺の姿をしている故に『サボテン』と名乗ったのだと思った。しかし男の真剣なまなざしと、言葉を聞く限り、そういうわけではないらしい。

「お前がどれだけ疑おうと――オレは『サボテン』っつー名前だ。いくら名前を偽ったとしても、生まれた時につけられた名前は『サボテン』なんだよ」

 砂埃のにおいが嗅覚を燻る。
 瞬間、盛夏のようなじっとりとした風が、なつかしさを纏い、ひゅうっと吹き抜けて総身を貫いた。

「本当に俺と同じ名前なのか?」
「そうだ」

 忘れてしまったことを思い出せそうな、妙な胸騒ぎを感じる。

「……なんの目的があってこんなことをしたんだ?」
「復讐」

 男はすぐに「いや」と否定の言葉を発して、「もはや悪あがきだけどな」と付け加えた。

「里に対して、か?」
「里なんぞどうでもいい」

 内にどれほどの憎しみをこめているのか、その声色には、俺では計り知れないなにかが渦巻いていた。

「オレは……アイツに復讐できればそれで――」

 男は、言いかけてやめた。

「アイツ?」

 聞き返したが、また答えが返ってくることはなかった。かわりに男は「そうだな」と前置いて、こう言った。

「お前のすべてがここにある」

 男が、頭を人差し指で2回突っついた。

「もしもこの体を取り戻すことができたら、答えてやるよ。……〈約束〉だ」

 半透明の体はさらに薄れてゆき、体のみならず、視界までもがぼやけていく。

「その前にお前は消えるけどな」

 どういうことだ。
 たしかにそう口にしたはずが、声は聞こえなかった。声すら発せないほどになっていたのだ。男の声すらも遠くに聞こえる。

「なあ、お前は――」

 男が言う。

「――どうやって自分が死んだのかを、覚えているか?」

 最後の言葉が、いやに耳へはりついた。






 いつのまにやら知らない空間に佇んでいた。一切の光はなく、果てしない闇の中をひたすらに歩く。
 ふと、仄明るく照らされた場所を見つけた。包みこむような、やわらかい光だ。
 光に吸い寄せられる虫のように、するするとそこへ近づいていく。

「また会ったのォ」

 諭すようなやわらかい口調、低くしゃがれた声。
 いつかに会った老人がそこにいた。

「今回はずいぶんと身軽になってしもうたようじゃが」

 老人は俺の姿を見て、冗談交じりに言うのだった。

「身ぐるみ……というか体ごとはがされてしまったんです」
「それで透けておるのか」

 どうりで。と、老人は納得したらしい、皺が寄り弛んだ目をさらに細めて、いちどだけうなずいた。

「俺は、まだ生きているんでしょうか」
「なにがあったかは知らんが、いまのところはそのようじゃ」
「いまのところ?」

 老人は――体から離脱した魂は、そのままであればいずれ本体に戻れなくなり、死を向かえる――と教えてくれた。

「そうなれば、ここへ永遠に囚われることになるのでしょうか」
「さあな、そこまではわからぬよ。なにせ生きた人間が2度もこの場所へ訪れたのは、はじめてのことじゃからのォ……」

 なにか方法はないだろうか。老人にそう聞けば、知恵を出してくれた。

「人でなくてもいい、なにかしら身動きが取れる『体』を手に入れることじゃな」

 老人は「例えば」と、隣に横たわる“傀儡”に目をやる。

「これでもいい。……入ってみるか?」

 老人が言う。

「ですが……」

 ためらった。
 前に、この“傀儡”は老人にとってかけがえのない相棒だと聞いたからだ。知っていれば、入ってみろと言われたところで、はばかられるのも無理はないだろう。
 そんな俺に対して、老人は諦めにも似た声つきで「いいのじゃよ」と促すのだった。

「お主と同じ名であることも、なにかのめぐり合わせじゃろうて」

 ――同じ名?
 俺の体を奪い去った男といい、なにかが引っかかるが、その正体がなにかまでわからない。さざなみのように、言い知れぬ不安が広がりはじめる。

「ここに風は吹かない。相棒とて、こんなところにいるよりも……空の下で風に撫でられるほうがよかろう」

 ぴしぴしという音が聞こえてすぐに、足元へ亀裂が生じはじめていた。

「はじまったようだのォ。さて、いいのか? 入らねば間に合わなくなるぞ」

 言われて、はっとした。慌てて傀儡に入りこむ。
 あちこちにガタがきていて思うようには動かせないが、不思議なことに居心地は悪くなく、まるで元から自分の体だったかのように、妙にしっくりする。

「もうここには来ないほうがよい」

 老人が言うと、ひび割れた部分から白い光が差しこんだ。

「ここは墓場じゃ。生きているモノは、ここへ留まることなどできぬ」

 その言葉を最後に意識は薄れてゆき、黒い空間はあっというまに白へと姿を変えた。






 ざりざりと、硬いものが砂と擦れたような、耳障りの悪い、粗い音で目が覚めた。音は離れることもなく近づくこともなく、つねに同じ音量で聞こえている。はたと、その音の出所が自分であることに気がついた。
 どうやら俺の体は引きずられているらしい。
 視界は暗闇に閉ざされている。動くこともしゃべることも叶わずに、ぼんやりとした頭で、これからなにが起こるのかを考えていた。
 そうして目的地に着いたのか、音がぴたりと止まる。
 今度は、ガチャリと音がした。

「あら、こんにちは」

 この声は女の声だろうか。
 いまは音だけが頼りなので、耳に届いた声を、ぼやける思考で必死に解析する。

「こんにちは」

 こちらは子供の声だろう。

「その傀儡は……?」

 女が、子供に対してそう聞いた。

「ボクの家の前に、誰かが捨てていったみたいなんです。チヨ様はいらっしゃいますか?」
「ええ。いま薬を作っているところなの。ヤマト君、入ってお茶でも飲んでいく?」
「お言葉にあまえさせていただきます」
「お義母様を呼んでくるから、そこの部屋で待っててね。――お義母様、ヤマト君が……」

 女性の声が遠のいていくのを感じながら、俺は確かに『ヤマト』と『チヨ』の名前を認識した。
 どうやら、俺を引きずっていたのはヤマトのようだ。そしてヤマトが向かった先は、サソリ宅だということだろう。
 今度はさきほどと違う、しゃがれた女の声が近づいてきた。

「何用じゃ小童。弟子は受けつけておらんと何度も言うておろう!」
「チヨ様、今回はその件ではなくて……」

 ヤマトが事のいきさつを話すと、チヨバアが怒りを声にのせて「傀儡を道端へ捨てるなどと嘆かわしい!」と大声をあげた。

「まったく、傀儡師にあってはならんことじゃ! 犯人は見つけ次第こらしめてやらんといかんわい!!」

 声を荒げていくチヨバアに対し、ヤマトは慣れきった様子で「コレ、直りますかね?」と聞いた。
 長い溜息を吐いてから、低く冷静な声色で「直してどうするつもりじゃ」とチヨバアが言う。

「持ち主がうっかり落として、いまごろ探しているのかもしれないし、直ったら持ち主を探します。捨てられたものならボクが使います」

 ヤマトが返せば、チヨバアは少しのあいだ黙りこんだ。

「傀儡をうっかり落とすバカがどこにおる……。いたとして、そやつは傀儡師失格じゃわい」

 そうやって呆れたあと、チヨバアは再度ため息を吐き、一呼吸おいてからこう言った。

「来い」

 今度はヤマトに間があいた。そうして言葉の意味を理解したらしい、「それって――」と言いかける。

「傀儡を重んじる心意気は買ってやろう。だが弟子にしてやるとは言っとらん。突っ立っとるだけならかまわんと言うとるのじゃ」
「は、はい!」
「なにを嬉しそうにしておる。弟子は受けつけとらんと言っとろうが! またボロの傀儡を持ちこまれてはたまらんからの。それだけじゃ!」

 自分の体に別の人間が入っていて、そいつはいつどんなときに、なにをしでかすかわからない。その事実を早く伝えなければならないというのに。
 なにもできないもどかしさに苛立ちだけが募るも、かき消すように、俺の体はまたどこかへと引きずられはじめた。
 引きずる音が止んだところで、意識が断線した。






 夢を見ているのだろうか。

  ――『約束』をしよう。
  『約束、ねェ』

 声が降り注いでいる。

  ――オレは“約束”のために、お前は『目的』のために。
  『本当に戻ることができるのか?』

 誰かが会話をしているようだ。

  ――相応のエネルギーを手に入れることができれば、あるいは。
  『戻れるなら、100年でも、200年でも、1000年先だって待ってやるよ』

 一言一句がこの身にすうっと溶けていく。

  ――しかし、戻れたとしても……。
  『なんだ?』



  ――それが『お前』という存在であるかは定かでない。



 そして、空間ごと弾けた。






 光。
 次は色、そして物体。視覚が回復したのか、景色はだんだんと明瞭なものになっていく。どうやら、やっとのことで体の自由がきくようになったらしい。

「これでよかろう」

 核部分を直すのにずいぶんと手間取ったわい。言いながら、チヨバアが俺の体をぽんとひと叩きした。完了、との意味をこめたのだろう。
 目だけで辺りを確認すると、ヤマトと目が合ってしまった。

「チヨ様、いま動かしましたか?」
「なにを言うておる。いまは動かしておらん。これから動作の確認じゃ」
「え? でも……」

 目が動きましたけど。ヤマトがそう言えば、チヨバアも「そんなバカな」としゃがんで、俺の体、正確には傀儡の体をなめまわすように点検する。
 今度はチヨバアと目が合った。

「あの」

 言い逃れできそうにないので、とりあえず話しかけてみる。

「……傀儡が喋りおった」

 ぽつりと、一言。こぼしたあと、チヨバアはすっくと立ちあがり、部屋の隅にあったものを手にした。
 それは、(のみ)を打つためであろう、金槌だった。
 チヨバアがこちらへ近づきながら、金槌をゆっくりと振り上げる。金槌の頭が、ギラリと光を反射した。まるで、俺に狙いを定めているかのように。

「怨霊めエエエエェェェェッ!!」

 そう叫んだチヨバアは、まごうことなく俺を狙っていた。
 金槌を持ったチヨバアの動きは、大麻(おおぬさ)を振る神主のそれ。足や手、胴などには目もくれず、真っ先に頭を砕きにきている。

「逃げるでない、さっさと成仏せんかアアァァッ!!」
「チヨ様、落ち着いて、落ち着いて! 怨霊なんかじゃないですってば!」

 たしなめるも、チヨバアは聞く耳を持たない。

「嘘じゃ! おおかた、捨てられた怨みと憎しみでワシら傀儡師を葬るつもりじゃろうが!!」

 憤怒の形相と乱れた髪は、さながら山姥のよう。金槌を振るう動作はますます激しくなるばかり。必死に逃げるも、その年齢のどこから力がわいてくるのか、殺るまで離れんとばかりに食らいつく。
 地獄の底まで食らいつかれてはたまらない。チヨバアの攻撃を避けながら、怨霊でないことを証明するために、ようやっと自分の名を叫んだ。

「俺です、サボテンです!」
「サボテン……?」

 チヨバアの動きが鈍った。ヤマトも、信じられないというような眼差しで「本当に兄さん?」とつぶやいている。

「だって兄さんはいま、3代目様と一緒に修行してるはず……」

 ヤマトは誰に向けるでもなく、そう言った。
 ――アイツが3代目と修行をしている、だと。いったい、なにをしでかすつもりだ?

「やはり嘘か!!」

 目的を探ろうとしたが、チヨバアの叫びで一時中断せざるを得なかった。
 鈍っていたチヨバアの動きが活発になりはじめている。ヤマトの発言を追及したいところだが、まずは本物のサボテンであると証明することのほうが先決だ。

 マジロウとバッシーを口寄せして証明できればいいのだが、血液がなければ口寄せできない。
 残された方法は、これしかないだろう。

「――890(ハチキュウマル)班!」

 チヨバアの目が見開かれた。

「技術の890班! ()()()しか知り得ないはずです!」
「お主、なぜそれを……」

 チヨバアが揺らいでいる。ここで畳みかけなければあとはない。

「いま3代目と修行しているというサボテンは、俺のガワを被った偽物で、本物は俺! 正真正銘、俺が本物のサボテンです!」

 チヨバアが沈黙した。しばらくして、渋々といった様子で「信じよう。3分の1ほどな」と吐き捨てたのだった。



「3代目が危険じゃと?」

 さしあたり落ち着きを取り戻したチヨバアに、いきさつを話した。
 はじめは、男が復讐を目論む対象が里でないとすると、『俺自身』なのかと考えていた。しかしヤマトの言葉で、3代目風影の線が現れたのだ。確たる証拠はまだ見つかっていないが、そうであれば、わざわざ俺の体を奪ったのもいくらか納得できる。『弟子』の立場を利用すれば、つけ入ることもたやすいだろう。

「アイツは復讐することが目的だと言っていました。もし復讐対象が3代目なら、あの人の身が危ない」

 歴史に忠実であれば、3代目風影は行方不明となっている。そして発見されたときには、すでにサソリの傀儡と化していたのだ。
 ――サソリは里抜けしていないからと、どこかで気を緩めていた。
 もう、3代目が行方不明になる理由はないのだと。3代目は片隅へ追いやり、ほかの人間のことで頭が埋まりきっていた。

「たかだか弟子の小童に負けるわけがなかろう」

 チヨバアの言うことはもっともである。3代目が俺に負けるはずもない。
 だが実際にはサソリに敗北し、人傀儡になっている。しかもいまの俺はただの傀儡で、本体には別の人間が入っているのだ。あの男が、頭が切れ、かつ俺よりも術の扱いに長けた人物だとしたら――。考えるだけでも最悪の事態だ。

「俺を拾ってから修理が終わるまで、どれくらいの時間が経ったんだ?」

 思考をはらうように、ヤマトへそう聞いた。すぐさま「4日ほどです」と返ってきた。
 ――4日も経っていたとは。

「チヨ様。3代目が行方不明になったとして、緊急に忍を招集すべきです」

 するとチヨバアが眉をひそめた。

「忍が残っておると思うか。それに、まだ行方不明であるとは決まっておらん。いまの状況で、3代目風影が行方不明になったと公表するのは不得策じゃ」
「里内の士気の問題ですか」

 チヨバアは「それもあるが」と前置いた。

「――党派よ。羅砂の風影就任を快く思わぬ者もおるのじゃ。お主は3代目の弟子であると同時に、羅砂の教え子でもある。もしも『3代目の弟子であるサボテンが、3代目と共に行方知れずになった』との噂がたちまち広まってみろ」

 そこまで言われて、はっと気がついた。

「3代目を狂信し、3代目の風影復帰を望む人間は、俺を、4代目風影失脚のための材料にする……」
「そういうことだの。まァ、失脚で終われば良いほうじゃろう。いつの世も流行りは暗殺じゃな」

 どうしたものだろう。
 頭を悩ませていると、チヨバアが、「それに、3代目は――」となにかを言いかけた。

「――いや。このことは、あやつを生還させて、あやつの口から直接聞くといい。あやつがついぞ見つからなければ……そのときはワシから話そう」

 なにを言いかけたのだろうか。問い詰めたい気持ちを抑えて、「わかりました」とだけ返答した。



 チヨバアがヤマトへ、このことは他言無用であると、脅しに近い形で念をおした後。ヤマトを家に帰してから、俺とチヨバアは4代目風影――羅砂の執務室へと向かうことになった。
 その前に、これを着ろ。と、チヨバアからフードのついた黒いローブを渡された。

「ワシのいるあいだは、ワシがお主を動かしておることにできるが、いつまでもそういうわけにもいかんじゃろう。ひとりでに動く傀儡なぞ、大衆の目には憑き物としか映らんぞ。それで傀儡の体を見えにくくしておけ」

 もう2度と、チヨバアのような形相で追いかけ回されるのは御免だった。なのでさっさとローブを着てから、フードを被り、慣れない体で執務室へと急いだ。



 いまの状態を思いながら、なんとなしに、生まれたばかりのころまで記憶をさかのぼらせる。
 ――急いだはいいものの、足がもつれてうまく走れないなどと誰が想像するだろうか。
 いわゆる『忍者走り』を繰り出そうとして、身軽になるはずの体は重力に逆らえず、そのまま転倒してしまったのだ。勢いよく地面へ顔をぶつけて、蛙が壁へべったりと張りついたような、だらしない恰好をさらしてしまう。
 このままでは不審がられるので、見かねたチヨバアがとっさにチャクラ糸で俺を操作してくれた。

「マヌケじゃのォ」

 その言葉に返すこともできず、チヨバアの操縦に身を任せて走った。

 そして、風影の執務室。
 さっそくチヨバアが「3代目が行方不明かもしれぬ」と羅砂へ告げたのだった。

「行方不明? あの人が? まさかそんなはずは……」

 疑わしげに羅砂が言う。

「サボテンと3代目は修行中じゃと聞いたが、セッカからはなにか報告を受けておるか」
「同じくセッカからも、2人は修行中であると口頭で受け取りましたが……」

 なるほど。と、チヨバアが言った。

「一週間後の会談までに、サボテン、3代目と接触した可能性のある者を見つけ、質すのじゃ。それと、信頼できる暗部を寄越せるだけ寄越せ」

 羅砂は「わかりました」と返答してから、続けて「それと、チヨ様……」となにかを言いたげにした。

「なぜ、傀儡を動かしていらっしゃるんですか?」

 羅砂の視線は、俺に向かっている。傀儡がひとりでに立っているのが不可思議だったのだろう。しかし、チヨバアとの対面を思えば数割マシだった。

「教え子じゃ」
「――――?」

 羅砂が、怪訝そうな顔つきでチヨバアを見る。

「こやつはお前の教え子の、サボテンじゃ」

 羅砂は、チヨバアと俺の顔を交互に見てから、目頭を強く押さえた。
 また交互に見て、「それこそ考えられません」と告げる。

「ワシもまだ疑っておる」

 結局、羅砂の疑いも第890(ハチキュウマル)班の名称を出すことで、ほとんど解決したのだった。それでも、羅砂側もすべてを信じるわけにはいかず半信半疑のようだったが、半分でも信じてもらえるだけで十分だ。

「まァ、3代目が行方不明にしろ、早とちりで修行だったにしろ、ワシは3代目の家へ行かねばならん。手掛かりがあるやもしれん、お主も来い」

 まだ疑う余地がある限り、俺を監視しておきたいのだろう。チヨバアは俺をチャクラ糸で操り、3代目の家まで引きずっていった。



 3代目宅。チャクラ糸をつけられたまま、人柱とばかりに玄関を開けさせられ、いいように操られた。
 ――中に入れども、争った形跡はない。
 やはり修行なのだろうか。そうであってほしいと願いながら、操られつつ居間に足を踏み入れた。
 半開きの扉、椅子に掛けられた普段着、台所に洗い残された食器。たった今までここにいたかのような、不気味なほどの生活感が残っている。

 ふと、居間に置かれた机を見たチヨバアが、ぴたりと糸の動きを止めた。そうして俺よりも前に出て、机の上の物をひとつ手にとった。

「……チヨ様?」

 声をかけてから、しばらくの間があいた。そうしてチヨバアは、「あのバカ者めが……」とこぼしたあと、続けてこう言った。

「3代目風影ともあろう者が、弟子の小童ひとりに負けるはずもない」

 なんの感情もこめられていないような、あまりにも淡泊な声色だった。

「修行であればそれでいい。しかし復讐であれ、小童のたわごとで終わるはずじゃろう。だが……」

 チヨバアが僅かにこちらを向く。

「――――もう、生きてはおらぬやもしれん」

 その手には、まだ中身の入った細長くて透明な薬瓶が、今にも滑り落してしまいそうなほど力なく握られていた。

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11. コントラスト

 夜も深まってきたころ、月がしらじらと照らす道をチヨバアと共に歩いたのを覚えている。

 3代目風影はすでに亡くなっているかもしれない。数時間ほど前、チヨバアは羅砂にそう告げたが、「可能性がある以上なんとしてでも探し出します」とうろたえず羅砂は言い切った。そうして羅砂は、かろうじて里に駐兵する暗部をかき集めてごく少数の捜索班を編制し、すみやかに出動させたのだった。

 その班のうち1名は追い忍――死体処理班の忍である。最悪の場合に備えてのことだろう。

 あれから家路につくことなく、そのまま監獄の一室へと押しこめられて朝を迎えた。チヨバア曰く、まだ疑う余地がある以上、俺を外へ置くわけにはいかないとのことだった。
 人柱力の研究を早く進めたいところだが、忍術が使えるかも怪しいこの体ではままならないだろう。不服ではあるが仕方がない。ほんのわずかな休息を得たのだと考えることにした。

 牢獄の、郵便受けの小窓ほどの隙間からは一筋の光が差しこんでいる。それが前方にある格子へ当たって影を生むので、日の出ているあいだはおおよその時刻を読み取ることができた。
 けれどやることもなく、殺風景な部屋の片隅でうつろに1、2、3……と、格子の本数をかぞえて時間を浪費していくばかりだ。

 そうして2日ほど荏苒(じんぜん)と獄中で過ごしただろうか。
 時刻は恐らく昼過ぎ頃。
 ふと視線をずらせば、縦縞の隙間から看守がこちらの様子をじっとうかがっているのが見えた。その姿が、なぜかもう1人の『サボテン』と重なる。

『どうやって自分が死んだのかを、覚えているか?』

 男の言葉がよみがえる。

 その問いに答える間もなく、俺の体は墓場へ飛んでしまった。
 はたして、時間があったところで答えることなどできたのだろうか。

 たったいま自身の死にざまを回顧して――死の状況をなにも思い出せないことに気づいたのだ。

 記憶しているのは、計り知れない激痛と共に、恐怖と安易に形容するには不可知な感覚を、恒久に終わりまで耐えていたことくらいだ。そうして、ろうそくの火が消えてふっと暗くなるように苦痛から解放されたときには、すでにここにいた。誰かに看取られていたような気もするが、この部分は曖昧だ。

 そこからさらに掘り下げていけば、また不可解なことに気づいてしまった。
 死の間際は失われていたが、転生前の記憶は鮮明である。それに変わりない。しかしどういうわけなのだろう――転生前の名前をいささかも思い出せないのだ。そればかりか、年齢、性別、職業、国籍にいたるまで見事に抜けきっていた。

 国籍がわからないとなると、自身の扱う言語までもが朦朧とかすみ、崩れていく気がした。
 ――いままで訝ることなく扱っていたこの()()は何なんだ。
 知っている世界だとはいえ、同じ言語間でやりとりしているかもわからないのに、なぜ俺は、ごくあたりまえに会話をこなせているのか。

 自分自身のことすら判然としないにもかかわらず、漫画やアニメだとか、2次元だとか、何の根拠でそうであると認識していたのだろう。
 だいたい転生したのだとすれば過去の名前を忘れたりするだろうか。

 仮に、どんな言語でもたちまちに理解してしまう万能の翻訳機が搭載されていたとしても、それでは術式語の説明がつかない。つねに翻訳されていれば、勉強という努力など飛び越して、術式がなにを表しているのかを瞬時に把握できたはずだ。

 この世界の未来を知っているくせ、自分の過去は知りえないなど、本当にばかげた話である。

 ――俺はいったい何者なのだろう。なんの因果でここへ生まれてしまったのだろう。

『お前のすべてがここにある』

 また、男の言葉が脳裏に浮かぶ。
 首を振って消散させた。
 ここで悩みだしてもきりがない。底なしの泥沼にはまるだけだ。そんなことよりもまず3代目の安否を確認しなければならない。

 ――片時でもこの傀儡の体から抜け出して、なにか別のものへ取り憑くことができれば……。
 唐突な閃きだった。
 格子を数える余裕はあったのに、なぜ今まで思いつかなかったのかがまったく不思議である。

 そうして自身のポンコツ具合に呆れながら、チャクラを練る真似事をしてみたり、壁に体をうちつけてみたり、適当な変身ポーズを決めてみたり、できるかぎりのことを試しはじめた。
 結局のところどれも効き目はなかったのだが。それどころか、事の成り行きを眺めていただろう看守に「不審な動きはするな!」と怒鳴られる始末。

「なにかあったのか?」

 突如、監獄の入口方面から看守の隣へゆらりと現れた人影が、どこか聞き覚えのある声色でそう言った。

「傀儡の囚人が暴れはじめたんだよ……」

 看守が人影に向かい、砕けた口調でせせら笑うので、俺は囚人じゃねえぞと頭の中で返答する。

「なるほど」

 言いながら人影は徐々に色彩を取り戻し、その姿をあらわにしていく。

「……で、偽物でないなら、オレの顔くらいは覚えているだろう? それとも調査済みか?」

 現れた人物に向かって「バキ!」と名前を呼んだ。

「どうしてここにいるんだ?」

 研究詰めのせいでずいぶんと長いあいだ会っていないように感じていた。実際そうだ。だからこそ、思わずそう聞いてしまった。
 対してバキは「さきほど任務から帰還したのでな」と端的な返しで終わらせる。

「風影様とチヨ様から話は聞いているが、オレはまだお前をサボテンと確信したわけではない。不審な動きを見せれば容赦なくお前を破壊する。覚悟しておけ」
「そうでなくちゃ困る」

 それでこそバキなのだ。
 バキはいっけん気を許しているように見えるが、実際のところは信頼1割、疑念9割といったところだろう。あくまでも現段階では普段通りの俺かどうかを吟味しているにすぎない。少しでも尻尾を見せれば執拗にそこを突いてくるに違いないのだ。
 しかし、そのほうがむしろ安心できた。友とはいえ、この姿を初見で信用するほうがおかしい。

「ならばひとつ、殴り合いでもしないか」
「なんでそんなことを――って、あー……」

 一瞬迷って、それからすぐにバキの意図を読み取った。
 拳を交えれば心の内がわかる。
 そういうことだろう。

「許可は」
「取ってある」
「妙に用意がいいじゃねェか……。っつーかよ、傀儡でもわかんのか?」
「さてな。それこそやってみん限りはなんとも言えん」

 ――鬼鮫のときとは逆の立場になってしまったな。
 そんなことを考えながら「よっこいせ」とおっさん臭い言葉を漏らして立ちあがった。この体にもずいぶん慣れたところだ。多少ならば動けるだろう。

「全力で破壊しにいくからな」

 バキが言うので、「せめて肩慣らしくらいは……」と返した。
 すぐさま「するか」と否定された。

「……リョーカイッス」

 チヨバアからどやされない程度に手加減してほしいところだ。



 接近戦で圧倒的な実力を誇るバキに勝てるはずもなく。
 結果として情けないほど無様に負けてしまった。傀儡であることは言い訳にならないだろう。宣言通り、拳を交わせないまでに右腕は砕かれてしまったが、むしろバキは全力を出さず手加減したほうなのだ。
 チヨバアに直してもらったばかりの体だというのに、はてさて、どうやってまた修理してもらうべきか。

「で、わかったか?」

 バキの拳によって破壊された右腕。そこからバキの『胸の内』が伝わってきた。それならばバキにもこちらの『胸の内』は伝わっているのではないかと期待して、手ごたえを問う。

「わからん」

 バキの返答はその一言だった。

「マジで?」
「ウソだ」
「ウソかよ……」

 傀儡でもわかるものだな。バキはそう言って、茶目を含めたのか肩をすくめる。
 その直後、「おい、そこの傀儡!」とさきほどの看守が大声をあげて、軽く手招きをした。

「チヨ様がお呼びだ」

 近くへ行けば、看守が厳めしい顔つきで言う。
 続けてバキが口を開いた。

「ああ――実はチヨ様に頼まれてお前を呼びに来たんだ。遅いんでしびれを切らしたんだろう」
「殴り合いするよかそっちの用事を優先しろよ……」

 突っ込みを入れつつ、おぼろげに『胸の内』を見た身としては、わざわざ許可を取ってまで殴り合いをしたバキの気遣いにほころんでいた。
 偽物であれば宣言通り完膚なきまでに破壊し、本物であれば、落ち込んでいるであろう俺を奮い立たせることが目的だったらしい。

「それで、チヨ様はなんだって?」
「追い忍が戻ってきたと」
「…………優先、しろよ!!」

 それ以外に言葉は出なかった。



 看守に見守られながら牢を出て、バキと共に、チヨバアが待つという施設へ向かった。
 壊れた腕を直してもらうにはどう言えばいいだろうか。そんなことを考えながら、フードをすっぽり被せて、人々の視界に傀儡の体が映らないようひたすらに歩く。人気は少ないのが幸いだった。

 そして、ちょうど忍者学校へさしかかった時のこと。

「あ」と口走らせて、我が目を疑った。
 なにせ門の前には、見覚えのある人間がどこか侘しそうな後姿でたたずんでいたのだから。

 なんだ無事に帰ったきたのか、チヨバアの用事はこれだったのか。と、その人物が幽霊でないことを確認するために口を開く。

「さん」――だいめ。

 はっとして、あわてて言葉尻を飲み込んだ。

「どうした」

 バキが不審げな顔をしてこちらを向いた。

「……いや、なんでもない」

 さきほどは、いかにも3代目が立っていたように錯覚した。
 しかしその人物は、砂隠れ最強という()にしては曲線美が際立っている。明らかに男とは見てとれない。それを俺は、一瞬でも3代目と勘違いしたのだ。あやうくいらぬ恥を晒すところだった。

「遅い! なにをもたもたしておった!」

 施設へ到着すると、開幕からチヨバアの怒声を浴びた。申し訳ありませんとチヨバアに頭を下げてから、「それで……」と呼び出しの要件を問う。

「追い忍が戻ってきおったのじゃ」
「ということは、3代目が……」

 無事見つかったか、それとも死体で発見されたか。後者でないことを切に願う。

「それが――――」

 チヨバアは、至極言い難そうに口ごもらせた。



 ――――不測の事態だった。
 呼び出された施設は、いわゆる解剖室。
 そして、室内へ置かれた台には使い慣れた体が血の色を失って横たわっていたのだ。

「これは……いったい……」

 意表を突かれて漏れ出た言葉に、右手にいるバキもが「まさかサボテンが死体で見つかるとは……」とこぼしていた。それに相槌を打つこともできない。
 チヨバアは「追い忍が戻ってきた」と告げただけで、けっして「捜索班が戻ってきた」とは言っていない。その時点で気づくべきだったのだ。つまり捜索班は未だ3代目を捜索中であるのだろう。

 自身の死体を自身の目で確認するなど、夢にも思わなかった。無い心臓がまるで激しく脈打つような心地だ。

「死因は恐らくに、チャクラ切れによる衰弱死でしょう」

 死体の置かれた台を隔てて、頭部を白い包帯で包み、厳めしい表情のつくりと、独特の模様に彩られた面をつけた追い忍が、淡々と言った。

「しかし、透過の原因までは特定できませんでした。腐っていないために、死亡時刻も不明で……」

 追い忍に言われてやっとのことで気づいた。
 よくよく見れば、自身の死体がうっすらと台に透けているではないか。
 ――最近はやけに透けた自分を見ているな。と、驚きを通り越していっそ呆れの感情が生じている。

「現在も透け続けています。このままだと体は消えてしまうでしょう」

 追い忍がそう付け加えた。
 死体といえば、死後硬直を経て腐っていくものであり、当然、透けて消えるものではない。

「なにか特殊な術をかけられたやもしれんのォ」

 言いながら、すぐ左手にいたチヨバアが前に出て、死体を眺めている。

「運ぶあいだにチャクラを分け与え続けましたが、透過の進行が止まることはありませんでした」
「ふむ……。術にしても、このような症状は見たことも聞いたこともないのォ」
「消滅と言えば、チャクラの塊である尾獣も――――」
「こやつが特殊な体質である可能性が――――」

 そうしてチヨバアと追い忍で会話が進んでいく。
 会話に割って入る余裕もないので、これからについて思考を巡らせた。

 俺が死体で見つかったということは、3代目はまだ生きているのだろうか。弟子が偽物だということに気づいたのか、もしくは下剋上と判断したか。それとも3代目ではなく、他の誰かに殺されたのか。はたまた奴の自殺か。
 3代目の安否も悩ましいが、俺はこのまま一生を傀儡として過ごすことになるのだろうか。

 あっという間にとめどない不安の波が押し寄せてきたので、いい加減に思考を放棄した。
 途端、なにげなく、自分がいつも持ち歩いていたものが頭に浮かぶ。

 ――他者のチャクラで駄目だったならば、あるいは。
 ばかばかしいとは思いつつも、かすかな希望を捨てきることはできない。

「死体に触れてもかまわないだろうか?」

 聞けば、追い忍は「ええ」とうなずいた。
 自分の死体に触れるという行為に奇妙な感覚を覚えつつも、懐から小さな鉄容器を取り出す。

 ――高濃度し圧縮したチャクラを練り込んだ特別製の水銀。

 一か八かの勝負だった。もはや手段を選んでいる余裕はない。死体を水銀毒で汚染する行為よりも、消滅を防ぐほうが重要なのだ。

「これをどうにかして体内に入れることはできませんか」

 チヨバアに向かって話かけたのだが、違う人物の声が飛んできた。

「ボクが入れましょう」

 追い忍は、面を隔てているからだろうくぐもった声で言う。
 覚えのある声にも聞こえたが、勘違いだろうか。

「しかし……」
「心得ていますから」

 腕には自信があるらしい。

「……そうじゃのう。ワシよりもこやつのほうがよかろう」

 なにか思惑を抱えた様子で、チヨバアが追い忍を見やる。

「それじゃあ……心臓――死門付近に入れることは可能か?」
「通常であれば正気の沙汰ではありませんが、死体ならば差し支えないでしょう」
「よろしく頼む」
「では――」

 追い忍が、右手で水銀を受け取った。
 そのまま手の先にチャクラをこめて、胸部中央の心臓付近へ置く。水銀をつまんだ指先は、みるみるうちに死体の皮膚へと沈んでゆき、ついにはてのひら全体がすっぽりとおさまった。
 次いで胸部をまさぐると、数分のあいだピタリと動きを止める。

 ――静寂が場を支配した。
 待ち時間が、ひどく長ったらしいものに思えてならない。
 周りにいる人間の心音すら聞こえてくるようだった。

 それからやっとのことで、指定の位置に水銀を設置し終えたのだろう、追い忍が手を引き抜いた。

「終わりました」

 追い忍は、口から息がすり抜けていくような、やや疲労した印象の声だった。

「あまり期待はできませんが、少々細工をさせてもらいました。反応すれば、水銀にこめられたチャクラが体へ流れるようになります」
「そんなことまでしてくれたのか。ありがとう、恩に着るよ」

 あの静寂は細工のために必要なものだったのだな。と、ひとり納得する。

 そうして4人で様子を見守り、数十分は経過しただろうか。
 ――透けていた体は一変し、たちどころに元へ戻りはじめた。

「……こんなに早く戻るものなのか?」

 喜びと安堵の反面、単純すぎるのではないかと、燃焼しきらない猜疑心が残る。

「もしかしすると、仮死状態であったのかもしれません。その証拠に、血色も……」

 追い忍が死体の腕をとって袖をまくる。
 そこには、死体と言うには綺麗すぎる、健康的な肌色があった。

「つまり死んでなかったってことでいいのか?」
「死亡時の詳細が不明なので断定は難しいでしょう。そう長くは仮死状態にできませんし、発見時の状況下ではすでに透過がはじまっていましたから……」
「……どこに死体があったんだ?」
「里付近にある、アイパーの仏像です」
「あの砂に埋まってる謎のオブジェか?」
「ええ。目立つところに放置するなんて、見せしめの目的でもあったのでしょうか」

 ――もう1人の『サボテン』の仕業か、それとも3代目の所業か、はたまた偶然か。
 顎に手を当てて考えこんだ。

「それともまさか、発見してほしかった、なんてことは……」

 追い忍は続けてそう言った。

『体を取り戻すことができたら、答えてやる』
 追い忍の言葉で、もう1人のサボテンがそんなふうに言ったのを思い出した。
 ――いや。体を奪っておきながら滞りなく返品することなどありえるだろうか。返ってきたものは故障品だったが、本当に奪う気でいたのならみすみす目立つ場所へ置かないだろう。

「とにかく、消滅の危機は脱したな」

 思考をさえぎるようにバキが声をかけてきた。それにうなずいてから「やってみるもんだな」と言った。

「……いま、動きましたよ」

 唐突に、俺の本体を眺めていた追い忍が言った。

「まさか」

 ――奴はまだこの中にいるのか?
 焦り、急いで体の近くへ寄る。

 そうして体へ触れた途端――――また崖から突き落とされたような衝撃が走って、暗転。






「〈約束〉を果たしに来た」

 ――すぐ近くに誰かがいるようだ。

「なァんてな」

 離れる気配がしたので、ゆっくりと目をあけた。

 瞼を開きがたいほどに真っ白な空間。見れば、自身の体は傀儡のものではなく、いつもの体に戻っている。
 そして目の前には、俺と同じ容姿をしているがいくらか老けた顔で虚ろな目の男がいた。

「ここは……」

 またわけのわからない所へ来てしまったようだ。

「お前ん中だよ」
「……俺?」

 わけのわからない空間、でもないらしい。

「オレのうしろにあるモン見えるだろ」

 言うとおり男のうしろには、門のようにいかにも頑丈で、しかし古めかしく錆びた扉がそびえ立っている。

「開けろ。そうすりゃすべて知ることができるぜ」

 体を乗っ取られはしたが、男本来の容姿を目にしたわけではないので、さきほどまで『サボテン』かどうか惑っていた。だが、男の言葉で確信した。やはりこいつは俺の体を奪ったもう1人の『サボテン』だ。

「どういう風の吹き回しだ? 体を奪ったうえに、死体を放置しやがって……」
「なにがだ。元々オレは体を返すつもりでいた」
「信じれないな」
「現にこうして返してやったじゃないか」
「じゃあ、なんであんなことを言ったんだ」
「そうすりゃお前は意地でも体を取り戻そうとするだろ」

 男がくつくつと笑う。

「3代目はどこだ」
「さあな」
「なぜお前は3代目に復讐しようとする?」

 男が一瞬、驚いたように目を見開いた。だが、すぐさま虚ろな目に戻る。

「……お前、勘違いしてるな」
「なんだって?」
「まあいい。いずれにせよ開けばすべてを得ることができる」

 男が、扉に手をかけた。

「さあ、開けろ」
「嫌だと言えばどうする」
「オレが開くまでだ。知りたくないのか? 己がこの世にいる理由を……」

 こうして会話をする間にも、外開きの扉が刻一刻と開かれていく。

「開ける気はない、か。ではオレが開けるとしよう」

 ――そのとき、開こうとする男の手を、何者かがつかんだ。

「『約束』が違う」

 半透明なのでおぼろげだが、あの墓場で、老人の隣に横たわっていたオンボロの傀儡。ついさきほどまで俺の身体代わりだったものだ。

「……いたのか」

 男が惜しそうに吐き捨てる。

「卑劣なやり方だな。そうやって引きこむつもりでいるんだろ」

 傀儡が言うと、男は不気味な笑みを浮かべてから、あとかたもなく消えてしまった。

「消えた……」

 つぶやけば、「あれはただのチャクラだからな」と傀儡が解説してくれた。
 ――そういえば老人はこの傀儡も俺と同じ名だと言っていたな。

「お前も、サボテン……だよな?」

 聞いてみたものの、それに対する答えはなく、次の言葉が返ってきた。

「いいか。この扉は絶対に開けるな」
「罠か?」
「ある意味でな」

 理由まで教えるつもりはないらしい。

「……お前は味方か? 敵か?」
「お前が味方だと思えば味方、敵と思えば敵だ。オレが決めることじゃない」
「ここにはなにがあるんだ」
「過去、と言うべきか」

 扉は半開状態だ。それを閉じながらも傀儡が続ける。

「今後、弾みで開くこともあるだろう。しばらくの間はオレが閉じる。少し厄介になるぞ」
「取りつかれたり追い出されたりはもう勘弁してくれよ……」
「オレの体を使ったろ。今度はお前の番だ」
「んだよソレ……」

 傀儡が扉の正面に立った。
 そして――――。






「――――テン、サボテン!!」

 天井が見えた。自身の体が台に乗せられていることに気づく。首を横へ動かせば、バキがしゃがんで傀儡を揺さぶっているのが見えた。その周りにチヨバアと追い忍もいる。

「バキ、俺はこっちだ。よくわかんねェけど、戻れたみたいだわ」

 バキは傀儡から離れて立ち上がり、台に手をついた。

「なにがあった!?」
「さあ……。精神世界で一悶着あって無事生還、ってところか? 俺にもなにがなんだか……」

 そうしてまた傀儡に視線を動かした。右腕の壊れた傀儡は沈黙し、くったりと倒れこんでいる。
 ――助けられた、のだろうか。
 もう1人のサボテンも、この傀儡も、敵なのか味方なのか現状では判断がつかなかった。どちらかに騙されていることも否定できない。

「つーかよ、なんか体が変だ……」

 不調を訴えれば、追い忍が淡々と「水銀を入れた副作用でしょう」と告げて、指で俺の手首に触れた。

「――生きているとは思えないほど冷たいですね」

 確認し終えたのか指を離す。

「血は通っているのに、冷たいままなのか?」
「そのようです。……ちょっとチャクラを練って、術を出してみてください」
「なぜだ?」
「水銀を死門へ入れ、かつ細工を施したので、もしかしするとチャクラ自体練れなくなっているかもしれません」

 あわてて起き上がりチャクラを練る。印を組み、水やりの術を繰り出そうとした、のだが。

「……出ない」

 水遁が出せなくなっていた。
 その後も繰り返しチャクラを練り、さまざまな水遁を出そうとするも、からっきしである。

「……チャクラを練ることはできるんですね?」
「ああ」

 水遁が出せないならば、これならどうだ。と、今度は流遁の印を組んだ。

「ギョワアアアアァァァァッ!?」

 結果を目の当たりにして叫ばずにはいられなかった。
 ――――あろうことか、印を組んだ手が水銀になって溶けだしたではないか。

「……その術は使えるみたいですね」

 と、追い忍は冷静に言う。
 水銀がからだ全体へ侵食しはじめたので即日入院となった。






 バキと追い忍はそれぞれ持ち場へ解散し、チヨバアだけが残った夕暮れ時。
 水銀となった部位は、少しの治療と訓練で元通りとなった。けれどいちど死んで、さらには水銀が体内へ入ったままだというのに、恐ろしいまでに日常的な動作をこなせている。それがとてつもなく薄気味悪かった。
 食事もできて便もいままで通りに出てくるのは、自身の死体を見た後であるとどうにも現実味がわかない。つのるのは己の体に対する不信感ばかりだ。そうはいってもいまはどうしようもないので、病院の個室、そのベッドへ横たわっている。

 死門へ入れた水銀はすでに経絡系へからんでいるので無理に取り出せばそれこそ死ぬ。と、医療班員から告げたれた際の絶望感たるや、思い出すだけでも憂鬱になる。それでもなお入院しなければならないのは、突発的に、水銀による中毒が起こるかもしれないので、常に容態を検査するためだ。

 そうして病室から解放されることなく、いよいよ付き添いのチヨバアが丸椅子へ腰掛けた。

「3代目の死体は発見されなかったんですよね」
「ああ」

 ベッドから上半身を起こして言えば、チヨバアがうなずく。

「では、まだ捜索は続いている、と」

 しかし今度は首を横に振った。

「……いや、早々に打ち切ることも視野に入れておる」
「――――!!」

 耳を疑った。「なぜ!」と声を荒げてしまいそうになり、しかしなんとか冷静になる。

「羅砂先生もそうおっしゃっているんですか」
「あやつは探す気でおるわい」
「ではなぜ……」

 まずは理由を聞かなければならないだろう。話はそれからだ。

「そうさのォ……このことは話しておかなければなるまい」

 すると、誰かが病室の扉を軽く叩いた。

「姉ちゃんよ、連れてきたぞ」
「入れ」

 中に入ってきたのは、チヨバアの弟であるエビゾウ――と、もう1人。

「さっきの……」意図せず口がひらいた。

 本日、忍者学校前にたたずんでいて、3代目に間違えかけた女。
 よく見れば髪型も、顔も、身長もてんで異なっていて、3代目とは言い難い。さらに、さきほどはうしろ姿だったのでわからなかったが、別人であると強調するかのように豊かな胸がある。
 それでも血のつながりを感じるほどに似ているのだ。なにが似ているのかと聞かれれば答えることはできない。だが、全体的な雰囲気が3代目のそれだった。

「ちょうどいいところで来たのォ。ついでじゃ、お主もここで聞いていけ」

 女が「あの人のこと?」と問えば、チヨバアが「ああ」と返す。

「じゃ、帰る」

 女の返答は素早いものだった。

「お主!」
「もう用事は済んだから」
「待たんかい!」

 チヨバアが、そそくさと帰ろうとする女を引き止めるためだろう、勢いよく椅子から立ち上がった。

()ならば、最期くらい話を聞いていくのもよかろう!!」

 むすめ。――むすめ?


「…………娘ェ!?」


 ――どういうことだってばよ3代目ェ……。





 3代目風影の娘です。筆が乗ったので2枚に分身しました。ですがモブなので出番はほぼありません。
 本編は容姿の描写を控えているので、不親切だと感じた場合に閲覧をお願いします。







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12. 茶釜

 子供がいるなんて知らなかったぞ。娘はどう見ても成人してるじゃないか。なぜ言ってくれなかったんだ。
 思いつつも、これといってわきあがる感情はなかった。

 ()ともなれば結婚して子供を授かって然り。でなければ見合い話も数多く舞い込むだろう。
 だからこそ秘密にしていたということ以外に不満があるわけでもなく、恬淡に『そんなもんだろうな』で片づけることができた。
 かと言って結婚して娘もいるというのに気配を潜めていたのはどういうわけなのか。生死不明の今となっては本人に聞くすべなどない。

「アンタ、誰」

 気だるげな声。さきほど大声をあげたせいだろう、娘の視線はこちらへ注がれている。

「サボテンと言います」

 3代目の弟子です、と付け加えて名乗った。

「へェ……」

 娘は、感心なさげな口もちにもかかわらず、おもしろそうににやりと笑う。

「……その弟子クンが私の分まで聞いてくれるでしょ。それでいいじゃない」
「これ、そういうわけにも――」
「じゃあね」

 まくしたてたあと、チヨバアが言いきるより先にひらひらと手を振って消えた。

「まったく最近の若いもんはせっかちでいかん……。エビゾウ、ちょっと送ってやれ」
「はいよ」

 相変わらず姉ちゃんは人使いが荒いでよ。と、ぶつくさつぶやきながらもエビゾウは娘のあとを追うのだった。
 一瞬の嵐が過ぎ去り、またチヨバアと2人きりになった。
 静まり返る前に「今のは……」と口を開く。

「言うたとおり娘じゃ。3代目のな」

 話を聞かんところだけはあやつそっくじゃわい。と、チヨバアがかすれ声でぼやく。
 3代目に直接問い質せないなら、いまここで事情に通じているであろうチヨバアに尋ねるほかない。

「3代目様に娘さんがいるとは初耳でした」

 3代目宅は殺風景で、まさに独身男のひとり暮らしといった部屋だった。家族写真もなかったのでひとり身なのだと信じて疑わなかった。

「知っておるのはワシらごく一部の人間だけじゃ。それに、いまの娘は砂隠れの衆ではないからのォ」

 一瞬、抜け忍かと勘違いする。
 さきほどのチヨバアとエビゾウの対応を見るかぎり、そうではないはずだ。
 ならば忍を辞めた身か、忍にならなかった身か。風影の娘なら元忍であり、事情で忍を辞めたのだと勝手に判断して「忍をやめたんですか?」とチヨバアに聞いた。

「チャクラを練ることができぬ者は、砂隠れで忍者学校入学を認めることはできん……」

 チヨバアは首を横に振ったあと、言わずともわかるじゃろう、と目を閉じてため息をついた。
 ――娘の意志がどうであれ関係なく忍になれなかったということか。
 思い返せば砂隠れは木ノ葉と異なり、体術()()使えない忍はいない。少数精鋭の徹底は、軍縮がとられていない4代目風影世代のいまも継続されている。

「それにしては娘さん、鍛えてある様子でしたが……」

 元忍だと勘違いしたのもそのせいだった。守られる側とは言い難い、気の強そうな雰囲気をまとっていたのだ。
 するとチヨバアが「聞くところによれば」と話しはじめた。

「いまは鉄の国の衆らしい。侍の技術を学び傭兵として生きているとも聞くが……それも定かでない」

 チヨバアのパイプによって得た情報だろう。

「いちど赤子が生まれることなく亡くなり、そのあと生まれた待望の娘じゃったからのォ……。立派な忍に仕立てあげようと、3代目(あやつ)の期待はそりゃあ高まっとったわな。とうとう忍になれんかったが、常道をはずしておるのは風影の娘と言うべきか」
「ですが娘さんはチャクラを練ることができないんですよね」
「まァ、それでもどうにかやっとるんじゃろう」

 剣術と体術だけで生き抜いてきたのだろうか。だとすれば娘の入学を認めなかった忍者学校の方針は、柔軟性に欠けるとしか言いようがない。

「チャクラを練れないことは、娘自身も気に病んでおったな。そうして、忍の才がない娘をどうにかしようと、3代目が守鶴の術を研究して娘に組み込もうとしたのじゃ。かくして磁遁を完成させたでよ」
「……そうだったんですか?」

 ――聞いたことないぞ。

「ああ。結局、本来の目的は失敗に終わったが。それから3代目は磁遁と戦歴が評価され、風影になったのじゃ」
「ここまでは順調に見えますが……」
「問題はそのあとだ。チャクラを練れるよう娘に人体実験を重ねても、てんで忍の素質を発現させぬ娘を見て、次第に危機感を募らせたのじゃろう――娘を人柱力にしようとした。もちろん娘には人柱力の適性などなく、さらには度重なる実験で限界がきたのか、妻は娘を連れて逃げおったのだ」

 羅砂と加瑠羅とはまた違った状況である。聞くかぎり3代目の妻は、ひとりの娘を抱えた母親としては賢明な人であり、風影の妻としては愚昧な人であった、ということだろうか。

「……3代目に残ったのは己が磨きあげた磁遁だけじゃ。それからは修羅のごとく瞬く間に最強の座までのぼりつめおった」

 ふと、トカゲの楽園で言われたことを想起した。

『小僧。お前はこの里が愛しいか』

 ――あのとき、3代目はなにを思いめぐらせていたのだろう。
 単純に、砂隠れという里に興味はなかったが、いつの日にか里を大切に思うようになった心を説いたのだと思っていた。

 もしかしたら3代目は、重ねていたのだろうか。
 娘と、俺を。
 無意識であったとしてもだ。

 ――俺はまだ、3代目のことをなにも知らないな。
 10年来、3代目のことは理解していると感じていたが、自分はまだまだ半人前であることを痛感する。

「娘さんの事情はだいたいわかりました。それで……どうして3代目の捜索を打ち切りにするんですか」

 本題に入ると、チヨバアが「そのことか」と重たげな口を開いた。

「助かる見込みはないのでな」
「それは、どういう……」
「そのままの意味でよ」

 嫌な予感がした。――違う。予感などではなく、確信めいたものだ。

「あやつの体は病に侵されておる。あやつは薬がなければ痛みで動くこともかなわん体じゃ」
「――――!!」

 ――うそだろ。
 そんな兆しなんてなかったじゃないか。俺が気づかなかっただけなのだろうか。ならば自身の鈍感さを一生恨むだろう。

「……いつからです」
「発病自体はもう何年も前になる。羅砂が風影に就任した頃から容態は転げ落ちる一方だった」

 次に出す言葉はどんなものにするべきか。悩むも、言葉を浮かべるごとにひとつ、またひとつと白く溶け落ちていくようで、頭がうまく働いてくれない。
 やっとのことで拾い上げた一文は、こうだった。

「まさか……3代目が、早い時期に羅砂先生を風影就任させたのは……」

 できれば否定してほしかったのだが。反してチヨバアはこくりとうなずく。

「己の命が長くないことをふまえてのことだの」

 息をのんだ。
 みぞおちを打たれたように、声をたてることもかなわない。

 3代目が病に倒れる事実がどうあがいても変わりないものであるとすれば、サソリに殺されて人傀儡になった一件が、いくらか意味深な事柄に転ずる。
 例えばの話、人傀儡化が3代目の失態ではなく、自ら望んだものだとすれば――。
 仮定してしまうと、今回の3代目行方不明がもう1人の『サボテン』のせいであるのか、それとも進んで姿をくらませたのかがわからなくなってしまった。

 ――たった一言、「苦しい」とこぼしてくれれば、俺にだってなにかできたかもしれないのに。
 なにもできなくとも、2度と会えなくなるよりは、弱音を吐いてでも事態を知らせてくれるほうがはるかにマシだった。

 風影たるプライドか性格か、どちらもなのだろう、3代目はついぞ弱音は吐かなかった。
 こんなときだからこそ弱っている姿を見せることなどできなかったのだろう。弱りはててやせ細った身体を晒すよりも、最期の姿は耐え忍ぶ漢の背中であってほしい。そう考えたのかもしれない。

「あやつは、渡した薬を飲まずに出た。であるから今頃は――」

 もう、チヨバアの言葉尻まで聞かずとも意味を理解できた。

 3代目は死んだのだ。
 遺体をこの目にしないかぎり受け入れがたいが、事実として受け入れるほかない。

 この後、必死の捜索にもかかわらず3代目風影が見つかることなく――チヨバアの言うとおり捜索は打ち切りとなった。






 3代目の不在はいずれ明るみになるだろう。その前に混乱を避けるため、大衆へは羅砂が「3代目風影が行方不明なので捜索中である」とだけ伝えた。
 遺体が見つかるまでは葬式を先延ばして、事情を知る者だけが黙祷をささげるかたちで件は幕を閉じたのだ。
 実のところ羅砂はまだ諦めていないようで、捜索班が解散したにもかかわらず必死に情報をかき集めている。俺だってそうだ。完全に諦めたわけではない。

 結局いてもたってもいられず、「重要な任務がある」と無理強いして、1週間ほどで退院させてもらった。病院で足止めを食らっている場合ではなかった。
 ただし、1ヶ月の間は治療経過のため毎日通院しなければならない。その条件で退院の許可を得たのだった。

 面倒だとは思いつつも生っ粋の出不精でもなく快く受け入れ、いまはひとときを馴染んだ家で過ごしている。
 まっさきに研究室へ向かわなかったのは、思うところあり、落ち着いた空間で考えにふけるためだった。

 ちなみに壊れた傀儡については、ヤマトが「修理の勉強になるから」と持っていってしまった。あのヤマトが目を輝かせるのを見て断りきれなかったのだ。きっと木材を触るのが肌に合っているのだろう。

 かくして自宅で、いたるところに置かれた植物のサボテンに目を配っている。順調に育っているな、と心のなかでうんうんうなずいた。
 俺がいないあいだヤマトが丁寧に世話をしてくれたのだろう。枯れないようにしてくれるだけいいと、いつか口にした覚えはあるが、枯れる兆しはないどころか麗しく蕾をつけていた。

 そんなサボテンたちを眺めては最近の出来事が脳裏を去来する。
 さりげなく重宝していた水やりの術が使用不能になった事実が、どうにも現実味を帯びない。
 水やりの術だけでなく、流遁以外の術をからっきし発動できないほうが問題ではあるが。これでは砂隠れ緑化推進の先陣を切って立つことができない。可能であれば割と本気で実現しようと企んでいた身だったので、落胆も大きかった。

 それもこれも、すべてあの男――もう1人の『サボテン』が現れたせいだ。

 歴史の変化という点では俺の誕生時点でおおいに狂っていたが、異なってあの男は『復讐』のために歯車を狂わそうとしている。俺も脱線を助長しているので、人を比べてとやかく言う筋合いはない。しかれどもあの男はしたたかに裏で計画を企てている気配があった。
 里のことはどうでもいい、とは言っていたが、その言葉を信用するにはあまりにも情報が少ない。

 だいたいなぜあの男は俺と同じ顔を持っていたのか。いくらか老けていたが、自身が成長すれば恐らくああいった風なのだろう、と自覚するほどには似ていた。それこそ血のつながりを感づかせるほどにだ。
 しかし3代目と娘のように雰囲気だけが似ているわけでもなく――いっそ一卵性のようにうりふたつだった。分身ならばどれほどよかったか。クローンをつくられた覚えもない。自分とまったく同じ顔をした人間など不気味でしかなかった。

 不気味といえばもう1人、傀儡のサボテンのことも奇妙だ。
 老人は「魂がないので動かない」と言っていたはずだがどういうわけか魂が存在し、いまは俺の体へ侵入して『扉』を閉じている。あの男の目的が『復讐』なら、傀儡の目的はいったいなんなのだろう。

 ――さっぱりわからん。
 片手で頭をがしがし掻いた。

 封印された尾獣は人柱力の思考を読むことができるが、あの傀儡にも、俺の思考を読み取ることができるのだろうか。
 そこまで考えてから――肝を冷やした。もしも傀儡が男と手を組んでいるならば、俺の思考が向こうへ筒抜けてしまうことに気づいたからだ。

 ――なあ、そこの傀儡さんよ。いるんだろ? この声、聞こえてるか?

 頭の中で傀儡に話しかける。
 いくら待てども声が返ってくることはない。
 無視しているのか、聞こえていないのか。
 あの出来事から『扉』のある空間へ立ち入ることができなくなっていた。であるから後者だろうとその場しのぎに納得する。
 加えて老人の相棒であった事実が、少なくともあの男より信用するに値した。

 ――けど、一番信用ならないのは俺の記憶だよなあ。
 心の中で自虐めいた独白を浮かばせる。

 考えに耽るのも終わりにして、目的のために風影の執務室へと足を運んだ。



 執務室では、いまにも眠り落ちそうなほど疲れ切った様子の羅砂が、執務室の椅子へ甘えて深く腰かけている。疲労困憊のなか悪いとは思いつつも、どうしてもやっておきたいことだったので、羅砂にこう切り出した。

「術の精度を高めるために守鶴のチャクラを少量採取しに行きたいのですが」
「……わかった」

 頭の回転が鈍っているのだろうか。羅砂は目頭を手でおさえながら、椅子に身をゆだねていた上体を、名残惜しそうにゆっくりとおこす。

「……あとでオレが採取しにいく」
「同行してもかまいませんか」
「……いいだろう」

 割とあっさり許可がもらえたな。と、羅砂を心配しつつ、狙い通りことが運んだことに安堵した。



 研究室で術の開発を進めながら、ひと段落したところで切り上げて、現在は羅砂と共に忍者学校から離れた場所へ向かっている。
 ――なぜか自在箒とちりとりを渡されて。
 これでなにをするつもりなのだろうと考えながら歩いていると、いつのまにか目的の場所へたどり着いていた。

 目先には、一見して寺と混同するような粛然とした建物がそびえている。ここに守鶴が封印されているという。

 羅砂の後ろについて室内へ入ると、格子縞で閉ざされ、おごそかに注連縄(しめなわ)で飾られた奥行きの深い牢がかまえてあった。その中に大きな茶釜が置かれているのが目に映る。
 見張りであろう上役が2人、こちらに視線を向けた。
 羅砂が2人に「チャクラの採取をしたい」と告げれば、上役がひとり前に出て、牢の鍵を開ける。

 羅砂が頭を屈めて牢へ踏み入った。この人竹箒ならわりと様になるんじゃねえかな、と見当違いなことを浮かべながら、俺も羅砂へ続く。

「箒を貸せ」

 茶釜の前に立った羅砂が、俺に向けて手を伸ばす。
 言われるまま自在箒を手放してわたすと、なんと、羅砂が牢の掃除をはじめたではないか。

「羅砂先生……」
「ちりとり準備」
「……へい」

 口答えはするなということだろう。
 こうして羅砂が箒、俺がちりとりを装備して、床に散らばっている砂を集めるという地味な作業がはじまった。

 砂を集め終わると、羅砂が用意した透明な容器――ちょうどてのひらを広げたほどの大きさのものに、ちりとりの角を使って流し入れた。

「この砂には守鶴のチャクラが含まれている。守鶴の奴め、茶釜に封じてはいるが……定期的に暴れようとして砂を散らかすんだ」

 言いながら羅砂は「採取は楽でいいのだが」と付け加えた。
 採取のため封印を解くにしても地味なものだと想像してはいたが。封印を解くどころか、まさか箒で掃除をするはめになるとは。

 まあ採取なんてこんなもんかと思いつつ、羅砂に次いで牢を出ると上役が鍵を閉めなおした。

「じゃあ、開発を頼むぞ」

 役目は終わったとばかりに背を向けて、いそいそと帰ろうとする羅砂へ、あわてて「あの」と声を掛けて引き留める。

「ついでといってはなんですが、守鶴と話をさせてもらえませんか」

 ――――率直なところ採取は口実で、本当の目的はこちらなのだ。
 羅砂がぴたりと足を止めた。上半身だけひねってこちらに顔を向ける。表情は思わしくなく、不快そうに眉をひそめていた。

「守鶴と? 話を?」

 信じられないというような口ぶりだった。
 戯言でないと念をおすかたちで「そうです」とゆっくりうなずく。

「なにを考えているのかは知らんが、バカなまねはやめておけ。獣に人の言葉が響くと思っているのか?」
「それとは関係なしに、ただ話をしてみたいだけです」
「生きている次元が違う。オレたち人間は命に限りあるが、奴らはそうではない。その力ゆえに人という器がなければ力の加減をはかることもできないくせ、人の命を虫けらのごとく絶ってゆく。それのどこに対話できる要素があるというんだ」
「ですが――」
「くどい」

 ぴしゃりと言い放つ。羅砂がいよいよ苛立ちはじめた。
 尾獣に対する憎しみや恐れはこれほどまでに根深いのだ。
 いまの羅砂であれば、あるいはうなずいてくれるのではと淡い期待を抱いていたが、認めざるを得ない。決定的なものがなければ、羅砂も、大衆も、尾獣が化け物であるという認識を捨てることはないのだと。

「お前は任務を遂行していろ。けっして尾獣と心を通わそうなどと愚かな考えは持つな」
「……承知」

 再び羅砂が前を向きなおして歩き出す。
 羅砂にここまで念をおされては、仕方なく諦めるほかなかった。






 ――――と、いうわけもなく。
 翌日。
 羅砂に同行したおかげで守鶴の封じてある場所はしかと記憶できた。
 研究所を出て病院にも行き終えたので、自作の白衣を身にまとったまま、いまは守鶴を封じる建物の前に突っ立っている。

 そう簡単に諦めるわけにはいかななかった。
 なんとしてでも我愛羅と守鶴を友好関係にまで持ち込まなければならない。

 我愛羅が史実のまま暁に殺されてしまえば――転生忍術がないために、今度こそ助かる見込みはないのだ。
 
 そうなってしまう前に我愛羅と守鶴の仲を取り持てば、あるいは守鶴が我愛羅の力になってくれるのではないだろうか。
 打算あっての行動だ。

 必要以上に守鶴との接触を試みるわけは、記憶に新しい、3代目の行方不明事件が動因である。
 ――あれ以降、慎重にならざるを得ない。
 歴史が変わったからといって、けっして死の結末まで免れることはないのだと証明されてしまったのだから。

 いまから行うことは、羅砂を裏切る行為ではある。
 裏切らなければならないほどに時間は切羽詰まっていた。
 守鶴の信頼を得るには、人柱力(分福)から抜かれ、茶釜に封じられているいましかない。
 この機を逃すわけにはいかないのだ。

 ――羅砂、すまない。

 心の中で謝ってから、意を決して建物の中へ入りこむ。昨日と同じ見張りの上役2人が、怪訝そうにこちらの様子をうかがっていた。
 ある程度まで歩き進めると、さすがにただ事ではないと2人が行く手を阻む。

「昨日の奴か……。なんの用だ?」
「守鶴と話をしにきました。封印を解いたりはしませんから――というよりも、できないのでご安心ください」
「そういう問題ではない」

 風影の許しがなければここに立ち入ることすらできない。上役はそう言いたいのだろう。

「どうしても入らせてもらえませんか」
「あたりまえだ」
「話すだけですよ」
「納得すると思うか。だいたい、守鶴と話がしたいなんて正気じゃないぞお前」

 当然の応答だ。しっかり仕事をこなしているな、と意味もなく感心した。
 ならばこれでどうだと、腰に巻いたウエストポーチから本命のブツを取り出す。

「いかかでしょう」

 小袋を2つほど、右手で自身の目の前にぶらさげた。
 上下に揺らせばじゃらじゃらと、金物の踊る音が耳に心地いい。

「それは……」

 上役両者が反応した。小袋をひとつずつ投げわたしてから「開けてください」と促す。
 ――小袋の中にはそれぞれ50万両分の判金が詰めてある。
 貯めておいた金が役立つ瞬間だった。
 中身を確認した上役たちが、生唾を飲み込む。

「それは見張り代です。俺が守鶴と話すあいだ、できれば外で、人が来ないか見張っていてほしいのですが」

 上役たちが互いに目配せした。

「通うたび1万両。誰にも口外しないと誓ってくださるなら最後にまたその小袋と同じ額をお渡しします」

 こういった場合には大抵、最低額から提示して金額を上げていく。そうしなかったのは、長引くほど受け取る金貨が増えるというおまけ付きの変化球で投げかけたからだ。
 最終的な額はAランク任務どころか、Sランク任務報酬に匹敵する。ありったけの額でなければ上役がなびくことはないだろう。そう考えての金額だ。

 とうとう上役たちはうなずいて、小袋を懐にしまった。
 どうやらうまく乗せることができたようだ。

「まいどありィ。そいじゃ、よろしく頼んます」

 明日の分の小袋を取り出し、おどけてみせる。明日も明後日も、通うあいだは約束通りに金貨をわたし続けるという意味をこめたのだ。

 簡単に人を狂わせることができる代物――金。
 操るものでありけっして操られてはならないが、操っているつもりでいつとはなく弄ばれているものだ。
 きっと俺もそうなのだろう。と、自らを嘲るような冷たい笑いがわずかに出た。



 上役たちは約束通りに外へ出て、守鶴と会話を試みるあいだの見張りをしてくれている。人が来てしまっては不正に侵入したことが明るみになるので、手短に済まさなければならなかった。

「守鶴、お前と話がしたい」

 牢の前に立ち、茶釜に向かって話しかける。すると茶釜の蓋が、札で封じられているにもかかわらず中で湯が煮えたっているようにぐらぐらと揺れた。

「シャハハハハァ! バカなヤツ発け〰〰〰〰ん! 話しあいなんかより殺しあいのほうが楽しィぞオォ〰〰ン?」

 つんざくような声に、ぞわぞわと背筋を這うような口調。間近で聞くと鼓膜によろしくない。耳をふさぐわけにもいかず、守鶴の喋りに耐えながらもさらに踏み込んでいく。

「殺りあうつもりはない」
「ハアァ〰〰? なァに甘ったれたこと言ってんだァ? それともナニか、マジで『お話ししましょ』ってか? バカ狐よりバカじゃ〰〰ん!」
「なんとでも言え」

 ファンキー。
 その単語がまっさきに頭へ浮かんだ。あらためて分福や我愛羅はよく耐えたと思う。この喋りに。

「お前を理解したいんだ」

 封印術に防音の工夫を凝らすべきだろうかと思いながら、そう口にした途端。
 ――さあっと凍てつくような静寂がおりた。

「知ったような口きいてんじゃねェよ、偽善者が」

 打って変わって、おどろおどろしい表情の声。

「消えろ」
「守鶴――」
「消えろ!」

 ひたすらに一方的で、暴力的だった。

「殺意しかわかねーからさっさと失せやがれ!!」

 この守鶴という尾獣は、軽めの喋りで打ち解けたように舌を出し、内では殻をつくり嫌忌でかためていくのだろう。守鶴ら尾獣を傷つけてそういう風にしたのは、他でもない俺たち人間だった。

 ――やはり、尾獣そのものに見られて似た境遇に陥った人柱力でなければ、拒絶をほどくことはできないのか。
 不意に諦めの感情が掠めるも、はじめて間もなくこの程度で諦めてたまるものか、とすぐさま奮いたたせた。

「消えねェよ」

 水銀を仕込んだ胸が、ほんの少し、鈍い痛みを放つので、服の上から手でぎゅっとおさえる。

「お前が応えてくれるまでずっとここに来るからな」

 宣言して、翌日も翌々日も、任務と病院の合間を縫っては守鶴のところへ通った。



 以降、守鶴が俺の呼びかけに答えることはないままだ。金ばかりが擦り減っていく。金どころか心までもが擦り減っていくように思えてならない。
 そうして無言の相手に話しかけ続けて、かれこれ1ヶ月近くになるだろうか。

「なにが目的だ」

 久方ぶりの守鶴の声。初対面時のように見下す口調ではなく、いたって普通の喋り方だ。
 ほんのわずかでも心を開いてくれたな。と、顔には出さないが心の中で湧きたつような喜びを覚える。1ヶ月ものあいだ拗ねていたのだ。野生動物が懐くさまを思い浮かべて頬を緩めそうになり、あわてて表情筋を締めた。

「最初に言ったろ。お前と話がしたいんだ」
「オレ様はテメェを殺したいけどな」
「死んだら話できないだろ」
「オレからすりゃ万々歳だぜェ」

 どうしても俺を殺すつもりでいるらしい。
 ――我愛羅が人柱力になった際にはよほど気をつけなければならないな。

 考えながら「ひとつ聞いてもいいか」と投げかけた。
 対して「ヤダ」と、守鶴。
 ――ヤダってなんだよ。

「守鶴、お前は十尾に戻りたいと思ったことはあるか?」

 静やかな間があいた。しばらくして守鶴が口を開く。

「テメェみたいなガキが、なんで十尾を知ってんだ」

 近頃は自身の記憶が正しいのか揺らいでいた。しかし守鶴の言葉でまた信じることができそうだ。今後もこの記憶を頼って問題ないだろう。

「人柱力になった僧侶の名も、六道仙人の名も知っている」
「……言ってみろよ」
「僧侶の名は分福。六道仙人の名は大筒木ハゴロモ」

 守鶴の舌打ちが聞こえた。

「どこでその情報を手に入れたのかは知らねェが……テメェは詭術がうめェな」
「騙すつもりはない」
「ハッ、どーだか。そうやってクソ人間どもは2枚も3枚にも舌を重ねんだ」
「……そういうことを得意とする人間もいるわな」
「お前だろ」
「ちげーっての」

 守鶴がしぶしぶといった様子で口をまごつかせながらも、こう述べた。

「…………戻りたいと思ったことは、ねェわ」

 六道仙人によって分かたれた体を気に入っているのだろうか。
 それ以上はだんまりだったので「そうか」と守鶴の意を酌んだあと、言葉を続ける。

「なら、気をつけろ。水面下で、お前たち尾獣を集めて十尾にせんとする人間がいる」

 まずはこれを警告しなければならなかった。

「お前のことだろォ? いい加減、正直に吐けやクソ人間。吐けば半殺しで済ませてやるぜェ」
「だっからちっげーって」

 しつこく俺を黒幕にしようとする守鶴だったが、こうして会話が続いているだけでも儲けものだ。さほど気にならなかった。

「っつーかよォ、そんなことを話すために通ってたのかオマエ」
「あたりまえだ」
「ってか、金つぎ込んだからには悪事働けよ。バッカじゃねェの」

 上役に金を渡した場面はしっかり見ていたようだ。

「あー……と、悪事働くよりも、見たいんだわ。――お前が九尾を負かしてるところを」

 いまのところはこう理由付けするしかなかった。
 本当は互いが協力してくれればよりよいのだが、仲直りしてくれとは口が裂けても言えない。言うにはあまりにも早すぎる。もっとも、対極関係の2匹が仲良くしているところなど想像し難いが。

「お前のほうが九尾より強いだろ? 九尾なんて尾の数だけだってくらいのパワーを見せてくれよ」
「……オレッサマにかかりゃあんな狐は一捻りよォ」

 こころなしか守鶴の口調が浮ついている。

「けど、向こうはしっかり人柱力に封印されてんだから、そのためにはこっちも人柱力との協力が不可欠だろ。向こうよりも先に人柱力とタッグ組めばもっと強くなれるじゃないか」
「ハァ? 人柱力の骨なしなんていらねェし」
「じゃあ力のコントロールできんのかよ」
「……でできるわボケ」
「なんでどもったんだお前……」
「できるわボケェ!」
「言い直せってことじゃねーよ!」

 そのとき、外の上役が中へ入ってきた。あらかじめ帰らなければならない時間を伝えておいたので、それがきたという合図だ。

「……そろそろ帰ねェと。明日、また来る」
「もう来んな」

 守鶴は吐き捨てて、さらにシッシッと口で擬音を発した。それすらも和やかなものに思えて、茶釜に背を向け歩き出したときにふっと笑みがこぼれた。

「…………ナマエ」

 突如、腹を立てているようにぞんざいな言葉が背に投げかけられる。

「殺すときに覚えといてやらァ」

 フンと鼻を鳴らす守鶴に「ああ」と、なにを言わんとするのか把捉した。

「すまん、そういえば名乗っていなかったな。俺の名前は――――」

 そこまで言いかけて、自分の名前だというのに喉の奥で引っかかりを覚えた。いったん飲み込んで、一呼吸おいてから瞼を閉じ、ゆっくりあけると、今度はすっと出てきた。

「――――俺の名前はサボテンだ」






前回の補足:娘の用事=遺産関係のゴタゴタ
今回の補足:1両=約10円


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