「響が提督?すごいじゃない!」
「なのです!」
「きっといい提督になれるわよ!だって」
響には、司令官の血が流れているんだから–––––––––––––––––
数日前、司令官が死んだ。
原因は私の不注意だった。
私は演習中、全身血まみれで輸血が必要なほどの大怪我を負った。
そんなとき、司令官はなりふりかまわず、私に全ての血液をくれた・・・
そして司令官は死んだ。私が殺したようなものだった。
にもかかわらず、いや、だからこそか。
私は彼の後を継ぐことになった。
第六駆逐隊のみんなはもちろん、鎮守府の全員が歓迎してくれた。
しかし・・・
「また攻略できなかった・・・?」
戦果が思うように上がらないのだ。
「イエース・・・今、旗艦鈴谷が大破してドック入りしてるネー」
司令官がいなくなってからというもの、鎮守府の士気は大いに下がっていた。
そんな状態で出撃すればどうなるか、容易に想像はついていた。
敗北による士気の低下。そしてまた、といった悪循環である。
だが、出撃しなければ援助はおろか、鎮守府の存在意義を疑われかねない。
そうなれば解散なんてこともありうる。そうするほかないのだ。
私はどうしてもこの鎮守府を守りたかった。
それが、司令官との約束だから–––––––––––––––––
「司令官が死んだ直後、沖に展開していた敵艦隊は激減したはずじゃ・・・」
私は反論した。したところで何も変わりはしないが・・・
「それは間違いないネー。ただ、そんなエネミーでさえ、今の私たちじゃ太刀打ちできないんデス・・・」
秘書艦の金剛がかぶりをふる。
私は歯噛みをした。
どうすれば、みんなの士気があがるんだ・・・?
私は必死に考えた。
考えに考え、そしてとうとう一つの案を思いついた。
「金剛、提案があるんだ。聴いてくれるか?」
「ちーっす。旗艦鈴谷、ただいま参上だよ」
私は、入渠が完了した鈴谷を執務室に呼び出した。
彼女は、おちゃらけた少女だが練度はかなりのものだった。
そんな彼女が大破したのだ。艦隊の士気が下がっていることは明らかだった。
「早速だが鈴谷、駆逐艦隊相手に惨敗したようだな」
私は手元にあった書類を彼女に渡した。
「うーんまぁ、やられちゃったねぇ・・・ん?何これ」
「先の戦闘データだ。鈴谷、索敵していなかったな?」
彼女の体がこわばる。
「大方、艦載機を積んでなかったんだろう。それから弾薬が補給された記録がないんだが」
「え、えーと・・・」
私が提督になってから、出撃前の補給を徹底させていた。
「航巡であるにもかかわらず艦載機を積み忘れ、補給もせず無様に負けてきたと」
「お笑いぐさだな」
私の放った一言に、部屋はシン・・・と静まり返った。
罵倒された鈴谷もポカンとしていた。
「・・・ハァ!?なんでアンタにそこまで言われなきゃなんないわけ!?」
我に返った鈴谷は、手渡された書類をぐしゃぐしゃに丸め、床に叩きつける。
「あったまきた!出撃命令、出しなさいよ!」
「鈴谷、落ち着くネ!」
「私が本気を出せばあんな奴ら、なんてことないってこと!証明してあげる!!」
彼女は乱暴に扉を開き、出て行ってしまった。
「・・・うまくいったな」
そんな彼女を見送った私はそう呟いた。
「イエース・・・でもこんなやりかたは正直どうかと思うネ・・・」
金剛が難色を示した。
「嫌味を言う・・・デスカ?」
「ああ、そうだ」
話は数分前に遡る。
私が思いついた案とは、仲間たちに嫌味を言うことだった。
聞こえを良くするのなら、プライドを刺激すること。
「それによって、自尊心を傷つけられた彼女たちは、今以上のポテンシャルを発揮できるはずだ」
「そんなやり方、うまくいくとは思えないデス・・・それに、響が・・・」
金剛が異議を唱える。
「この状況を性急に改善するためには、仕方ないんだ・・・」
「でも・・・」
「そうすれば、みんなで一緒にいられる」
金剛はかぶりをふり続けた。
響は・・・本当にそれでいいんデスカ・・・?
それからも私は、仲間に嫌味を言い続けた。
「食べるだけ食べて、索敵も満足にできないのか?」
––––– 私は、なんでこんなこと言っているんだろう。
「駆逐艦のくせに対潜戦で負けたのか」
––––– こんなこと、本当は言いたくないのに・・・
『響ちゃん最近どうしちゃったの?』
––––– 私はただ、みんなと一緒にいたいだけなのに。
『なにあれ?ヒドくない?』
––––– でも、私には、こうすることしかできないから・・・
『少し言い過ぎじゃねーのか?』
––––– 仕方、ないんだ・・・
私の思惑どおり、皮肉なことに華々しい戦果が次々と打ち立てられていった。
勝率も、司令官がいた頃よりも格段に上がっていた。
約束、やっと果たせそうだよ司令官–––––––––––––––––
そしてついに、その待ち望んだときがやってきた。
「今日の出撃は第六駆逐隊に金剛、川内だ」
執務室に5人が整列する。
繰り返し行ってきた出撃で、敵の数は2桁台にまで下がっていた。
もはや、残党狩りも同然だった。
「ハーイ!気合い入れますよー!」
「私にもっと頼っていいのよ!」
「夜戦は!夜戦はあるよね!?」
「これを見たら司令官、驚くわね!」
「やってやるのです!」
みんな、各々意気込みを語る。
「いいか、これで私たちの目的は達成される」
––––– やっと、やっとこんな嫌な奴を演じなくてすむんだ。
「今まで以上の奮迅をするように」
––––– でも、今さら元通りになれるのかな・・・?
「あれ?何、今から出撃するの?」
廊下を歩いていたところ、鈴谷が声をかけてきた。
「そうなのよ!鈴谷さんは?」
「そうなんだー。私はこれから甘味処に行くとこだよ。あ、そうだ一緒に行こうよ!」
彼女が電の方に手を置く。
「ちょ、ちょっと待ってよ!これから出撃だって言ってるじゃん!」
川内が非難の声をあげる。
「えー別にいいじゃん」
「川内の言うとおりだ。いくら敵が減ったからといって出撃しないわけにはいかない」
鈴谷は私のことを一瞬だけ見て、口を開いた。
「あっそ。じゃあアンタ1人で行けば?」
私はその一言に唖然とした。
「鈴谷!なんでそんなこと言うんデスカ!」
「だって、敵さんも減ったんでしょ?だったら1人で十分じゃん」
金剛と鈴谷が言い合いを始めてしまう。
「それに、人にあれだけ大きい口叩いといて、できないっていうの?」
「鈴谷!それは違うデス!」
「何が違うって言うのさ?」
私は見ていられなかった。
折角、まとまったみんなが、いがみ合うのを私は見ていられなかった。
「・・・わかった。行ってくるよ」
「響!」
背後で金剛が何か言っていたが聞き取れなかった。
「・・・鈴谷、提督とした約束、忘れたんデスカ?」
「え・・・何さ、急に・・・」
「みんな一緒にいようって!みんなで力を合わせようって提督と約束したじゃないデスカ!!」
「あなたは本当に、そんなんで提督に顔向けできると思ってるんデスカ?」
––––– 私には1人がお似合いだったみたいだ。
「ナンダ・・・?オマエ、1人ナノカ・・・?」
––––– 結局、もと来た道には戻れないんだ。
「ナメラレタモノダナ・・・駆逐艦風情ニ何ガデキル?」
––––– でも、いいんだ。みんなが笑ってくれてさえいれば。
「たしかに、倒すことはできないかもしれない」
––––– たとえ、そこに私がいなくても。
「けど、道づれにすることくらいならできる––––––––!」
「何!?今の音!」
私と暁たちは、急いで響の後を追いマシタ。
出撃して間もなく、ものすごい轟音が聞こえてきた。
「12時の方向!会敵予想海域です!」
何をやってるデスカ、響・・・!
私は祈る気持ちでいっぱいデシタ。
神様、どうか私たちの大切な仲間を奪わないでくだサイ・・・
–––––––––––––––––神様は残酷ネ。
響の元に駆けつけた私は、その光景に崩れ落ちた。
敵艦の残骸がそこかしこに転がっていて、響のものと思われる血がべったりとついていた。
「響!響、お願いしっかりして!」
雷が響を見つけ、抱え起こす。
「いか・・・づち・・・?」
もう彼女は、息をするのもやっとの状態だった。
腰から下、あるはずの脚はすでになく、血だまりができていた。
「今度は、私が最初になっちゃったね・・・」
息も絶え絶えに響がつぶやく。
「何言ってんのよ!私たち姉妹でしょ!?今度こそ死ぬ時も一緒よ!」
「司令官が命を分かち合ったように、私たちは苦しいことも楽しいことも全部!全部分かち合ってあげるわ!だから・・・だから!一緒に帰るわよ!!」
「死んじゃイヤなのです!!」
雷も暁も電も、顔をぐちゃぐちゃにして泣き叫んだ。
「そんな悲しい顔をしないでくれよ・・・私まで悲しくなっちゃうじゃないか・・・」
「死んでもずっとそばにいるから・・・ずっと、一緒だから・・・」
かつて君たちがそうしてくれたように–––––––––––––––––
響の体から力が抜けた。
「やく・・・そくよ・・・守らなかったら承知しないんだから・・・!」
鎮守府に戻った私は全てを話しまシタ。
響が考えていたこと。
響が嫌われ役を買って出てくれたこと。
響が、死んだこと–––––––––––––––––
「どうして言ってくれなかったの・・・?」
鈴谷がつぶやく。
「どうして!言ってくれなかったのよ!」
「謝りたかったのに・・・一言ごめんねって・・・伝えたかったのにどうして・・・」
みんな顔を伏せ、口々に謝っていた。
「お墓・・・つくりまショウ・・・」
「え・・・?」
みんなの視線が集まる。
「お墓をつくって毎日行ってあげるんデス!」
––––– 死んでもずっとそばにいるから・・・ずっと、一緒だから・・・
「そしたら響もずっと、ずーっと一緒デス!きっと寂しくないネ!!」
そう言いつつも私の顔は、鼻水と涙でぐちゃぐちゃデシタ。
––––––––––––––––––––––––
––––––––––––––––––––
––––––––––––––––
それからしばらくして、金剛さんの提案で響ちゃんのお墓がつくられました。
これでみんな一緒なのです!
「電!出撃するわよ!」
「あ、待ってください!」
あれから提督は、鎮守府のみんなでローテーションを組んでやっています。
夜戦しかしない日があったり、冷蔵庫の中身が空っぽになった日があったけど、
みんなで力を合わせて、なんとかやっています。
「暁の出番ね、見てなさい!」
「雷、出撃しちゃうねっ」
「電の本気を見るのです!」
そして–––––––––––––––––
「「「せーのっ!行くわよ!響!!」」」
–––––––––––––––––ハラショー。
みんな一緒なのです。
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