やはり俺が護廷十三隊隊士なのは間違っている。 (デーブ)
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プロローグ  比企谷八幡は八番隊第八席である。

時系列はルキアが一護と出会う前です。


月明かりが良く映える夜空の下を、俺、比企谷八幡は走っていた。

星々が所々に散りばめられた黒いキャンパスは、月の光をものともせず地面や建物、木々を暗色に染め上げている。

だから、その中を走る俺も良い具合に暗がりに隠れて、一見して姿を認識できる者はいないだろう。

加えて俺は、その身に黒々とした和服・死覇装を纏っているのだ。元来備わっているステルス機能と相まって、闇に紛れるのなんてお手の物。

べ、別に俺の影が薄すぎて認識されてないってわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!

 

と、そんな事を考えていた時だ。俺が標的の霊圧の移動が止まった事を感知したのは。建物の影からそっと覗き込む。

十番隊管理区の建物群の一角。そこに佇む一人の男を視界に捉えると、俺は顔をひっこめた。

 

男は俺と同じく死神だ。

 

名前は忘れたが、確か、十番隊の第十三席に座する男だった筈。

まあ別に、十番隊の隊員が十番隊の管理区に訪れる事はおかしくない。ないのだが、この男に関しては少々勝手が違った。

この十番隊第十三席には、ここ最近問題になっている『十番隊隊士連続変死事件』の容疑者の疑いがかかっているのだ。

これは他隊の者でさえ知っている有名な事件で、平の隊士が夜な夜ないなくなり、翌日無残な姿となって発見されるらしい。

被害者が全員十番隊隊士だという事と、遺体発見現場が十番隊にゆかりのある地に集中している事から、身内の犯行ではないかと推測されていた。

実際、嫌疑を掛けられている十三席も証拠がないだけで、ほぼ黒で間違いないらしい。

故に、こうやって俺に暗殺任務の手伝いが回って来たのだ。現場を押さえ、速やかに始末しろとの上からのお達しである。

 

まあ、死人とか出ちゃってるわけだし、百歩譲って手伝うのはいいんですがね・・・。

 

 

「なんで十番隊の案件が俺に回って来るわけ?」

 

 

つい俺の口から零れ出たその言葉はどう聞いても愚痴にしか聞こえなかった。

奴に聞こえない様にそっと深いため息を吐く。

 

だって、仕方ないじゃん。

俺、八番隊よ? 八番隊第八席、比企谷八幡。見事に八八八だね!

 

これ、ちょっと仲良いと思ってた同僚に言ったら「え? あ、名前八幡って言うんだ」って真顔で返されたけど。

・・・まあ、それは良いとして、本来、これは俺に回ってくるべきジャンルの仕事じゃないのだ。

だってそうだろう? 単純なヘルプならいざ知らず、裏切り者の討伐をよその隊に手伝わせるか? 普通は裏切り者が出たと言う事実を隠そうと自隊だけで片を付けようとするはずだろ。

 

確かに俺は『敵に認識されない事なら十三隊一!』とその隠密性を見込まれ、よく隊の垣根を超えて偵察任務とかに駆り出されるが、これは完全にその範囲を超えている。

まあ、敵どころか味方にも認識されず、「あれ? お前いたの? てか誰だ?」とかよく言われるけどね!

 

なのに、こうして俺に尾行の手伝いを打診して来た。

 

全く、奴は何を考えているんだ?

そんな事を思いながら、地獄蝶で、俺を手伝いに来させた張本人に連絡する。

 

「葉山、標的が動きを止めたぞ。西52番地区だ」

 

『わかった。俺もすぐ向かうよ』

 

地獄蝶から聞こえて来た言葉通り、葉山は直ぐに姿を見せた。

葉山隼人。俺と同期で女性死神人気上位に君臨する、リア充オーラ―を纏ったイケメンである。奴の死魄装はリア充オーラで出来ている! ・・・違うか。

リア充。ボッチとは正反対の存在。

つまり俺の敵だ。

しかし、本来敵である筈のコイツは割と俺に絡んでくる。今回、自分の隊の内輪揉めに俺を巻き込んだ事からもソレは伺えるだろう。

もはや葉山から敵と認識されてすらねぇわ俺。

 

「ずいぶん、早いご到着ですね、葉山六席」

 

「はは、怒んないでくれよ。今度なにか奢るから」

 

せっかくの皮肉にも葉山はさわやかに返してくる。

ダメ! 八幡リア充オーラに焼かれで浄化されちゃう! 俺は邪な存在なのかよ・・・。

 

「じゃあ、マッカンで」

 

「・・・? マッカン?」

 

「・・・なんでもねえよ」

 

くそ、マックスコーヒー知らねえとか雑魚かよ。チョコラテ・イングレス知らねえ並に罪深いじゃねぇか。まあ、現世の飲み物なんだけどね、マッカンって。

等と内心毒づいていると、横から葉山の潜めた声が上がった。

 

「来た!」

 

その言葉に目を向ける。

一般隊士が一人、裏切り疑惑を掛けられている男のそばに近づいている所だった。

十番隊第十三席は、斬術の才能には恵まれなかったが、鬼道の才は中々らしい。

ああやって隊士に自ら出向かせるよう、時間差で発動する縛道を仕掛けているのだ。

 

その為、次の被害者を予測する事が出来ず、こうやって容疑者本人を尾行するしかなかった。

十三席は霊圧探査能力と警戒心が強いらしく、霊圧を知られていない俺が尾行をし、犯行場所を突き止めたら葉山に連絡する。それが今回俺達が立てた作戦である。

霊圧を感知される可能性も考慮して、葉山に出来るだけ遠くに待機して貰うという徹底ぶりも、全て現行犯で片をつける為だ。

流石に証拠押さえないで粛清するわけにはいかないからな。あの一般隊士には悪いが、状況証拠を作る為の餌となって貰おう。

 

「奴が刀を振り上げたら動いてくれ。後は俺がなんとかするから」

 

葉山が小声で耳打ちして来る。アレ? 

 

「意外だな。お前は状況証拠なんて気にせずアイツ倒して隊員救うと思ってたが」

 

周りから良い人と評価されている葉山に、もう一度皮肉を言う。すると葉山は困った様に笑い。

 

「意地悪言わないでくれよ。それじゃあ、君に尾行して貰った意味がないじゃないか。それに、君ならこの程度の距離を詰めるぐらい余裕だろ?」

 

確かに余裕ではある。俺は隊内でも結構足早い方だしな、それこそ、よく二番隊に配属されなかったなって思うレベル。まあ、敵から逃げるために足腰鍛えただけなんだけどね。

 

「過大評価すんなよ。褒められ慣れてないんだから照れちゃうだろ」

 

「はは」

 

なんてやり取りをしていると、斬魄刀が鞘を走る音が聞こえて来た。遂に男が鞘から斬魄刀を引き抜いたのだ。

ろくに使っていない綺麗な刀身に月光が反射し、美しく輝く。

刀で天を指し示すその姿は、一見すると、大技でも繰り出してきそうである。

が、俺は構わず駆け出した。

 

どんどん男と平隊士の姿が大きくなってゆく。一瞬、二人の姿が視界からフェードアウトした、と思ったその時には、俺は既に二人のすぐそこまで迫っていて―――。

十三席は俺の存在に気付いた様だが、もうそこから刀を振り下ろす以外の行動はとれないだろう。

 

カキイイイン!

 

金属がぶつかり合う心臓に悪い音が夜の瀞霊廷に響き渡る。

斬撃を俺に下から防がれて、男は驚愕と苛立ちの入り混じった様な貌をした。

 

「ちぃ! 邪魔をするなぁぁッ!」

 

激昂し、刀に力を入れて来るが、正直この程度かよと思う。まあ、仮にも俺は八席だ。十三席程度の斬撃を防ぐなんてわけない。

俺は、容易に奴の斬魄刀を弾くと、叫んだ。

 

「葉山ァ!」

 

次の瞬間、大きく見開かれた奴の瞳に、葉山の、つまり男直属の上官の姿が映る。

 

「はッ!」

 

という短い掛け声と共に、葉山は斬魄刀を振り下ろした。

 

銀色の剣閃が罪人を引き裂き、黒いキャンパスを赤色に染め上げる。

男は葉山の凶刃に屈し、地面に倒れ伏した。

斬られた直後、あれだけ血を噴き出したのに未だとめどなく溢れ出す紅い液体。

誰がどう見ても、一目で致命傷と分かる傷だった。恐らく、このまま放っておいても十分と持たないだろう。

 

俺と葉山は瀕死の男の側に立つ。

見下される形となった裏切り者は、俺達を見上げて唸った。

 

「け・・・っ、くそが・・・はや・・・まあああ」

 

その声に最早勢いはなく、目に光は灯っていなかった。本当に事切れる寸前なのだろう。

 

「ま・・さか、ヒキ・・タニ・・なんかに・・・剣をとめられる・・・とはよ・・・」

 

え? 寧ろ、刀止められないと思ってたの? どんだけ自己評価高いの? あ、俺への評価が低いだけか・・・。

 

「どうでも良いけど、比企谷八席な」

 

隊違うとは言え上官呼び捨てはいかんよ、護廷隊士として。まあ、呼び捨て以前に名前間違ってるんだけどね。

俺がそう言ったからかどうか知らないが、男は自嘲気味に笑った。

 

「はっ・・・、インチキ野郎の・・ヒキタニの・・・手なんか・・借りるたぁ・・・」

 

ここで、一度言葉を切り、葉山を精一杯睨みつけ、

 

「落ちたな・・・テメエも・・よ・・・」

 

そこまで言うと、もう男が口を開く事はなかった。

ビューっと風が吹き、静寂が辺りを包む。

葉山は何とも言えない瞳で裏切り者の亡骸を見つめ、宣言した。

 

「罪人、林剛良の霊圧消失を確認。これにて任務完了とする」

 

そう言って、葉山は、縛道が解け、困惑している平隊士を保護すると、俺に声をかけて歩き出した。

 

「帰ろうか、比企谷八席」

 

「おう・・・」

 

平隊士に肩を貸した葉山の背中にそう声を掛けて歩き出す。

不意に、先程男に言われた言葉を思い出し、夜空を見上げて呟いた。

 

 

 

「インチキ野郎・・・か」

 



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第一話  比企谷八幡は雪ノ下雪乃に引き合わされる

俺の名前は比企谷八幡。

護廷十三隊で八番隊に所属する死神だ。見えないだろうが、一応中級席官である八席の地位に就かせて貰っている。

そして、超一級のエリートボッチでもある。つまり俺は、彼女いない歴ならぬ、友達いない歴=歳を地で行く男なのだ。え? 彼女? 友達いねえ奴が出来る訳ねえだろ・・・。

プライベートで人にあいさつされた事すらねえのによ・・・。

しかし、別にソレは良い。紛いなりにもそこそこの地位にいる俺だ。当然、隊舎で隊員とすれ違えば挨拶される。どんなに嫌な奴やどうでも良い奴でも、上司なら挨拶しないわけにはいかないだろう? それと同じだ。

例え、超第一級のエリートボッチでも偉ければ人と交流できるのである。

こんな風に

 

「あ、お早うございます」

 

「ん、おはよ」

 

「ひッ!?」

 

・・・・・・・・。

俺の顔を見た途端、彼はビビって去って行ってしまった。

だが、まあそれは仕方がない事だと思う。何故なら、今日の俺は、鏡を見た俺自身すらビビらせるほど目が腐っているのだから。

ホントもう、隈がひどくて呪われるんじゃねえのって思うレベル。

なんでそんな状態になってしまったのかと言うと・・・、まあ、単に寝不足なだけなんですけどね。

「ふあぁ」ほら、欠伸出た。

昨晩は就寝時間が遅く、つーか最早今日の朝布団に入ったので四時間ぐらいしか寝ていない。暗殺任務なんつー神経すり減らす任務した後なのにも関わらずだ。

どんなに寝たのが遅くても、勤務開始時間は待ってくれない。

当然と言っちゃ当然だが、だったらあんな夜遅くまで付き合わさせるなよと殺意が湧く。

え? 誰にだって? そりゃお前、昨日、俺を夜遅くまで付き合わせたアイツに決まってんだろ。

そんでもって、俺に不満を抱かせた張本人が、今、廊下で向かい合わせに俺の前に立っているもんだから、マジで怒りのポルテージMax。

 

「や、眠そうだね比企谷。今、良いかい?」

 

そう言って、朝のリア充スマイルで俺の身体を滅ぼそうとして来るのは、俺の寝不足の原因を作った十番隊第六席の葉山隼人だ。

もう、しばらく顔見たくないからホントどっか行ってくんないかな。

俺は仏頂面で尋ねる。

 

「・・・何の用だ?」

 

「昨日の事後報告だよ。合同任務だったんだから当然だろ?」

 

まあ確かに、俺はお前のわがままに付き合わされた訳だし? 当然事後報告聞く権利はあるってもんだけど? でもぶっちゃけどうでも良いんです興味ないんですハイ。

 

「別にいらねえよそんなもん。お前、忙しいんだろ? 律儀に報告に来なくても良いんだぞ」

 

「そういうわけにもいかないさ。それに、忙しいのはお互い様だろ? 二人共そこそこ上の位の席官なんだから」

 

「そこそこは俺だけだっつの。完全上位のお前と一緒にすんな」

 

俺はまだ八席。中位席官だ。まだそんなに忙しくない。うん、結構な頻度で他の隊の手伝いに駆り出されてる気がするけど全然忙しくない。そして、これ以上席次上げたくない。絶対過労死するから。

なんて事を考えていると、葉山が報告を始めた。

ぶっちゃけ殆ど聞き流していたが、葉山も特に咎める事なく、形式的な事後処理を終える。

 

「じゃ、俺は隊舎に戻るよ」

 

もう一度さわやかリア充スマイルを発動させると、踵を返し、葉山は去っていった。

 

「ふう・・」

 

小さくなっていく葉山の背中を見届けて、俺は思わず溜息を吐いた。

葉山は去った。これでようやくこの案件が片付いたという事だ。

あー、疲れた。と背伸びをする。その時だ。不意に隊士たちの色めき声が聞こえて来た。

 

「きゃあ、葉山六席よ!」

「かっこいい!」

「わ! こっちむいたー!」

 

女子がイケメンを見た時特有の黄色い声である。実際どうか知らないけど、声だけ聴くとスッゲ―偏差値低いよね。

と、そんな高い声の合間を縫うように聞こえて来る声がもう一種類。

 

それは図らずも、昨日俺と葉山で倒したあの男の捨て台詞と同種のモノだった。

 

「葉山さん、なんでヒキタニなんかと・・・」

「どうせヒキタニが媚び売ったんだろ」

「たく、ほんと卑怯な野郎だぜ」

「なんであんな奴が八席なんだよ・・・」

「インチキして伸し上がったって、専らの噂だぜ」

 

おいおい、随分な言われようだな。

インチキも何も、お前等が俺が虚倒すトコ見て無いだけじゃねえか。

つーか、戦闘中に味方に存在認識されないって、ステルスヒッキー凶悪すぎない? そのうち幻の六人目とか言われるまである。 ・・・いや、ないか。

 

俺は悪口を聞き流しながら廊下を歩き出した。俺ぐらいのボッチになると、最早この程度で傷ついたりはしないのである。

やべえ、悪口に動じないとか超クールじゃん。俺カッコいい。なんでモテないんだろ? 

ボッチだからですねハイ。

 

と、まあ、そんな事はどうでも良いとして、お前等に1つ言いたい事がある。

さっきからちょいちょい名前出るけど・・・、ヒキタニって誰よ? もしかして俺の事? 

比企谷な。『比企谷八席』。

つーかヒキタニ言ってるの殆ど俺より下位の奴じゃねえか。

部下に名前覚えて貰えないとか俺どんだけ人望無いの? テラ悲しい。

 

悲しい事実を再認識しつつ、俺は八番隊舎の廊下を突き進み、目的の人物を探し当てた。

探し人は、資料室にいた。

 

「平塚先生」

 

「ん? お、比企谷か。どうした?」

 

そう言って振り向いたのは、俺の霊術院時代の恩師であり、上司でもある八番隊第五席の平塚静だ。流石に美人だけあって、『声を掛けられて振り返る』といった、なんてことない挙動でも絵になる。

俺はそんな美人上司に持ってきた書類を手渡した。

 

「一昨日頼まれた資料ッス」

 

すると、先生は「おお!」っと顔を輝かせ、受け取った資料に目を通し始める。

どうやら不備はなかったようで、うんうんと頷いて見せると俺に労いの言葉を投げかけた。

 

「ご苦労だったな、比企谷。君の仕事の早さにはいつも感心するよ」

 

「どうも・・・」

 

先生の言葉に短く返す。それで話が終われば良かったのだが、どうやら平塚先生はまだ俺を開放する気はないらしい。

 

「そういえば葉山から聞いたぞ。昨日、十番隊の任務を手伝ったんだってな」

先生の言葉に俺は驚いて目を見開いた。

アイツどんだけ自分の隊の不祥事暴露してんの? 隊長さんにブッ飛ばされても知らねえぞ・・・。

まあ、それだけ平塚先生の事を信頼してるって事なんだろうが。

実際信頼できる人ではあるけれども、ちょっと俺には理解できませんわ、アイツの神経が・・・。

 

「まあ、とどめ刺したのは葉山なんで、働いたのは殆どアイツですけどね」

 

俺が何となしにそう言うと、意外にも先生は食い掛かって来た。

 

「しかし、標的の尾行は君が行ったんだろう? 君だって十分任務成功に貢献したさ」

 

「尾行だけッスよ、俺がやったのは。今回の任務は暗殺。つまり、標的を殺す事が目的でした。任務に貢献したのは間違いなく葉山ですよ」

 

「任務の貢献度は結果だけで決まるモノではないさ。その結果に至るまでの過程が一番大事なモノだと私は思うよ」

 

「・・・綺麗事ですね」

 

それは本当に綺麗事だ。

 

思わず低い声が出る程、先生の吐いたセリフは希望論だった。

霊術院時代はそれでも良かっただろう。

しかし、俺が席を置いているのは護廷十三隊。結果だけがモノを言う瀞霊廷守護のプロの世界だ。

『任務に失敗しても、良い働きをしたから良し』なんて半端な事は許されない。

つまり、『葉山隼人が敵を斃した』という結果を導いた、『比企谷八幡が敵を尾行した』という過程は、なんの意味も持たないのだ。

そんな事は先生も良く分かっている筈。俺なんかよりもずっと長く、この世界に身を置いているのだから。

にも関わらず、そんな言葉を吐くのは、教師という仕事に毒されてしまったからなのだろうか? それとも、俺に気を使ってくれたのか・・・? 多分後者だろう。

 

「君は本当に捻くれているな」

 

彼女の顔には、不満そうな表情が張り付いていた。

 

「そうっスか? 過程より結果が優先されるなんて当然の事でしょう」

 

「それは極論と言うモノだよ。確かに君の言うような側面がないとは言わない。しかし、全てが全て、君の考え通りだとは思わない事だ」

 

先生は決して怒っているわけではなさそうだった。しかし、紡がれた言葉が抽象的過ぎて、どうにも先生の言っている意味が掴めない。

そんな俺を見かねた様に、先生はそっと、俺の頬に手を当てた。

 

「君の頑張りを評価したいと思う者もいると言う事だよ」

 

聞き様によっては扇情的事を言っている様にも聞こえなくもないその言葉に、俺は内心ドキッとする。

ソレを悟られないよう、俺は憎まれ口を返した。

 

「誰です? その酔狂な人は」

 

平塚先生はハアッとタメ息を零す。

 

「ここまで言ってもそんな言葉を口にするか。どうやら君は、本当に霊子一つ一つがひん曲がっているようだな」

 

アレ? なんかいきなり辛辣じゃね? さっきまで割と褒めてくれてたのに。

 

「仕方がない。付いて来たまえ」

 

ピシャリと言って、平塚先生は悠然と歩き出した。

 

「え、ちょっと」

 

「どうせ八席の君に、早急に取り掛からねばならない大きな仕事は回って来ないだろう?」

 

「いや、まあそうですけど・・・」

 

「だったら黙って付いて来たまえ!」

 

暴君か! なんだよ、せめて何処行くかとか、これから何するかとか教えてよ! 怖いから! 

そんな俺の心の叫びも無論届かず、先生は結局何も言わずにズンズンと歩いて行ってしまった。

俺も一応組織の人間。上司の命令に逆らえるはずもなく、訳も分からず先生の後姿を追いかける事しか出来ない。

背中を追いかけるって字面だけ見るとなんかカッコいいけど、結局社畜精神刷り込まれてるってだけなんだよね・・・。

 

俺達がやって来たのは、なんと六番隊隊舎だった。

四大貴族の一角を担うあの朽木家の現当主が隊長を務める六番隊は、隊長の気質が反映され厳格な隊として有名だ。

ぶっちゃけ、護廷十三隊入隊時に六番隊に配属されなくて良かったとホッとしたのを覚えている。だって、先輩達怖そうじゃん。

そんな、お堅いイメージで凝り固まった六番隊の隊舎に、今俺達はいる。

うわあ、超帰りてぇ・・・。何か柱一つ一つが厳格に見える。で、厳格な柱って何よ?

 

「平塚先生、体調悪いんで早引きして良いですか?」

 

「ハハハ! まだ夜は始まったばかりだぞ、比企谷」

 

「いや、まだ朝ですよね?」

 

話し噛み合ってないよー、やだよー、帰りたいよー。

心なしかすれ違う隊員たちの顔つきも厳格で、その鋭い双眸によって厳格に睨まれてる気がする。もう何言ってるか分かんねえな、コレ。

まさに蛇に睨まれた蛙状態だ。ゲコ。

ていうか、平塚先生、なんでアンタ涼し気に歩いちゃってんの? 六番隊士さんの放つ厳格なオーラ意に介してないの? 最強なの?

あ、そっか。先生蛙じゃないんだ。立派な死神さんなんだ。じゃあこの重圧、俺しか感じてないんだな。納得。って、納得しちゃうのかよ。

 

「さて、ここだ」

 

平塚先生が、くだらない事を考えていた俺の意識を引き戻す。

そこは、六番隊の部屋の一室である様だった。何処の隊にも無数にあるであろう、平凡な部屋である。ここで一体何をすると言うのだろうか?

 

「入るぞー」

 

一言断ると、相手の返事を待たずに先生はドアを開けた。

木製のフローリングに、中央に置かれたテーブル、ソレを囲むように置かれた椅子以外は特に内装もない、いたって平凡な空間が現れる。

中には椅子に座って本を読んでいる少女が一人、ポツリといるだけだった。

 

「ん?」

 

来客に気付いた少女は本を机に置き、此方を向く。先生に負けずとも劣らない、その壮絶な美貌が露わとなった。

 

「平塚五席。入る時はノックをしてくれと、何度も申し上げた筈ですが?」

 

しかし、お姫様の様な顔立ちとは裏腹に、発せられた声音は冷たく厳しい。コイツの斬魄刀、絶対氷雪系だわ。(名推理)

 

「ノックをしても君は返事をしないじゃないか」

 

「返事をする前に平塚五席がドアを開けるんです」

 

先生に堂々と苦言を呈すと、今度は冷めた瞳で俺を捉える。

 

「それで、そこのぬぼーっとした男は?」

 

 

「八番隊の比企谷八幡八席だ」

 

「ど、ども・・・」

 

いきなり振られたのと、少女が美人という事で、対人能力が極端に低い俺はそんなコミュ障みたいな返ししか出来なかった。

おいそこ、コミュ障みたいじゃなくてマジモンのコミュ障だろとか言うな。

 

「で、こっちが六番隊の雪ノ下雪乃五席。流石に君も彼女の事は知っているんじゃないか?」

 

「ええ、まあ・・・」

 

平塚先生の言う通り、俺は彼女を知っている。というより、彼女の事を知らない奴の方が少ないだろう。

六番隊第五席・雪ノ下雪乃。

霊術院時代の成績は座学・実技共に常にトップ。

入隊と同時に席官入り確実と謳われた、上流貴族・雪ノ下家の才女だ。

実際、入隊と同時に第十六席に取り建てられ、高い能力をいかんなく発揮し、今や上級席官の五席様である。

これは同期で一番の電撃出世だ。

その美貌と家柄、そして名に恥じぬ確かな実力も相まって、雪ノ下は十三隊の中でも屈指の有名人なのである。

かたや俺は同期の中でも出世率、実力ともに平凡なステルスヒッキー。認識されない事においては他の追随を許さない影の実力者だ。・・・ホントに実力あったら良かったのにね。

ああ、何か言ってて悲しくなってきた。

と、まあ、ざっと挙げただけでも俺と雪ノ下はこんなにも違う。

そんな対照的な俺達を引き合わせて、先生は一体どうするつもりなんだろう?

 

「実は、雪ノ下は有志で奉仕活動なるモノを行っていてな。比企谷、君もそれに加わり給え」

 

へ?

俺は耳を疑った。

 

「いや、初耳なんすけど、なんスかそれ?」

 

尋ねると、先生はいけしゃあしゃあと答える。

 

「奉仕活動は人の手助けをする素晴らしき活動だ。奉仕に触れ、心を清め、その捻くれた性根を叩き直すと良い」

 

「は!? ちょ、意味が分からん! 性根直す事と奉仕活動になんの繋がりがあるんスか!?」

 

「問答無用! 上官命令は絶対だ!」

 

「聞いたことねぇよ! こんな私利死滅な上官命令! 奉仕活動が素晴らしいから性根が直るってこじつけも良いトコじゃねぇか!」

 

必死に反論するも、平塚先生はこれ以上の異論反論抗議質問口応えを認める気はないらしい。

 

「うるさいぞ! 八席ならそう頻繁に大きな任務は入らないだろう。奉仕活動の片手間に通常業務もこなせる筈だ」

 

いや、こなせるこなせない以前に俺の人権思いっきり無視してない? 俺の意思総スルー?

 

「では後は頼んだぞ、雪ノ下。コイツの腐った性根を叩き直して、まともな死神にしてやってくれ」

 

「それは、彼の直属の上司である貴女の役目だと思いますが・・・」

 

そうだ、まだ望みはある。雪ノ下が先生の頼みを拒否すればいいのだ。そして、今までの感触からすると、多分雪ノ下は断る。だって、俺を見るコイツの眼差しマジで絶対零度なんだもん。凍てついてるんだもん。

 

「他ならぬ平塚五席の頼みなら仕方ありませんね。霊術院時代、とてもお世話になりましたから」

 

え? て、おい、ここは断る流れじゃないのかよ!?

 

俺は反論しようとするが、次の雪ノ下の一言で全てが決定してしまった。

 

「誠に遺憾ではありますが、その依頼、承ります」

 

「嘘・・・だろ・・・」

 

 

 

こうして、まだギリギリましな忙しさを保っていた俺の八席ライフは、音を立てて終わりを迎えたのだった。

 



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第二話  比企谷八幡は雪ノ下雪乃と仕事をする。

俺・比企谷八幡は、六番隊隊舎の一室で仕事をしていた。

しかし、俺は六番隊所属ではない。

大事な事なのでもう一度言おう、俺は六番隊ではない。八番隊だ。

では、何故八番隊隊士である俺が六番隊にいるのか・・・。

それは、同隊五席の平塚先生の手によって、六番隊第五席・雪ノ下雪乃が行っている奉仕活動の手伝いをさせられる嵌めになったからだ。ついさっきの出来事である。

故に、俺は今、自分の仕事を持って、雪ノ下がいつも活動に使っているという仕事部屋にいる。

二人っきりで。

 

恐らく、この光景を男性隊員に見られれば、俺は確実に敵認定されるだろう。

十三隊屈指の美人隊員と一緒にお仕事をしているのだ。野郎どもが羨ましがるのも仕方ない。

完全に王道ラブコメ展開である。このままウッウキャッキャして、何故か一方的にヒロインに惚れられるのもやぶさかではないが・・・。

しかし、残念な事に、今俺の横にいるのは氷の女王こと雪ノ下雪乃。恋愛など下らないを地で行く毒舌女である。

彼女が相手では逆立ちしてもそんな甘い展開にはならないのだ。ほら見てよ、雪ノ下の俺を見る目。ゲテモノを見る目だろ?

だから、俺にとってこの状況は息苦しくてたまらなかった。ただでさえ、女子と話した経験の少ないのに、いきなり美人と二人っきりにされるのだ。

そりゃ、息苦しく感じて当然だろう。

全くどうして、やはり俺の青春ラブコメはまちがっている・・・。

 

 

・・・なんて事を思っていた時期が、俺にもありました。

 

いや、正直ここでの業務割と快適でしたわ。確かに雪ノ下は怖いけど、静かだし、それに思った程キツくない。

ぶっちゃけ最初は、通常業務に加えて奉仕活動なんて忙し過ぎて過労死すんじゃねえのとビビりまくっていたが、そもそもからして、この部屋の戸を叩く依頼人の数が少ない。というか、今の所皆無だ。

つまり、俺の現状は、ただ単に仕事をする場所が八番隊から六番隊に変わっただけなのである。

ちょっと、何だよこの肩透かし感。これでも俺、怒涛の毎日に泣かされる日々を想像してたんだぜ? まあ良いんだけどさこっちの方が。俺も忙しいの嫌だし。

でもやぱり、少し拍子抜けだと思ってしまうのだ。それに、予想に反して変化が異常に少なかった所為で、些細な特異点が嫌に気になる。

俺は書類に立ち向かうふりをして、チラッと隣に座っている少女を見た。

・・・・てか、コイツちょっと俺から距離取りすぎじゃね? あれ、隣ってなんだっけ?

まあいいけどよ。女子に避けられるのはいつもの事だし。

横にいるこの少女が俺にとっての特異点である。

彼女、雪ノ下雪乃は、名門雪ノ下家の次女だ。そして、俺等の同期で一番の実力を有する天才隊士でもある。

当然、今まで俺の側にそんな凄い奴がいた事などなかった。つーか一人だったしな。

故に、スーパーボッチワーカーことこの俺が彼女に気を取られるのは仕方ない事と言えるだろう。

 

「・・・何か?」

 

やべ、見過ぎてた。

雪ノ下の刺すような視線が俺を貫く。

 

「あ、いえ別に」

 

見ていた事に気付かれた気恥ずかしさから繕う様にそう返したのだが、氷の女王様はそれが気に喰わなかった様だ。

 

「言いたい事があるならハッキリ言いなさい」

 

怖っ! ちょっと見ただけじゃん! そんな邪険にしないでよ!

 

「いや、ただ単純に仕事早いなって思っただけですよ。他意はありません」

 

実際、コイツはもう持参して来たであろう本を悠然と読んでる。仕事が早いと思ったのは事実だ。まだ昼ちょい過ぎぐらいの筈なんですがねえ・・・。

すると、業務的な言葉を吐いたからか、雪ノ下の視線が和らぐ。

 

「・・・そう。一応いつ依頼人が来ても良い様、前倒しで終わらせる様にしているのよ」

 

俺は、「へぇ」と、素直に感心した。

五席は当然八席より多忙である。

正直、直ぐに終わる依頼ならともかく、手間のかかる奉仕の依頼が舞い込んで来たら八席の俺でも仕事のペースが乱れるだろう。

 

実際、他の隊のお手伝いが入った時は、前日か後日にその日の仕事を回してたし。

つまり、昨日十番隊の仕事手伝った俺は、今まさに絶賛しわ寄せ対処中というわけである。マジ死ねよ葉山。

 

なのにだ。俺よりも遥かに忙しい筈の雪ノ下は、奉仕活動によって通常業務に支障をきたさぬよう前倒しで仕事を終わらせているのだと言う。

俺ならその前倒しの作業だけでテンテコ舞いになりそうだ。

 

「やっぱコイツ、バケモンだわ・・・」

「バケモノとは随分な言いぐさね。ゾンビガヤ八席?」

「あ、やべっ!」

 

声に出てた! 比企谷八幡一生の不覚。

脳内会話をうっかり外部に漏らすとは・・・、エリートボッチにあるまじき失態だ。

・・・つーか、ゾンビガヤって誰? 俺の事?

てか、自分より階級が3つも上の上官にタメ口効いた上バケモノ呼ばわりとか何やってんだよ俺! 今すぐ数秒前の自分をぶん殴ってやりたい・・・・!(切実)

と、とにかく、誤魔化さなくては・・・。

 

「いや、その、えーっと・・・」

 

そう言葉に窮する俺に、雪ノ下はヤレヤレと言う感じで溜息を吐いた。

 

「平塚五席の言っていた通りね。そこですんなり謝罪の言葉が出てこないなんて、対人能力に重大な欠陥があると言わざるを得ないわよ」

 

お、おう、酷い言われようだな。先生、あの後雪ノ下になに言ったの?

 

「でもまあ良いわよ。ここは誰でも気兼ねなく、階級の垣根さえ超えて悩みを相談できる場。そうね、現世の学校の部活動と言えば分かり易いかしら」

 

いや全く分からん。八幡現世の事マッカンしか分かんない。

 

「部活動は学年が同じならばその部員達は対等。私達は同期入隊なわけだし、見た所、歳もそう変わらないでしょう。だから別にタメ口でも構わないわよ」

 

ああ、そう? じゃあ遠慮なく。

 

・・・・・とでも言うと思ったかァ!? 出来るかそんな事!

 

こちとら、同じ隊の女子ともまともに喋れないんだぞ! それなのに、よその隊の上官で、おまけに美人のお前となんかタメ口で話せるかボケェ!

 

つまり、俺の取るべき行動は一つだ。

食らいやがれ! 必殺! 『敬語で恭しく断る』!!

 

「いや、それは流石に・・・」

「だめ、部長命令。貴方に拒否権はないわ」

「部員はお互い対等なんじゃなかったのかよ。早速命令してんじゃねえか」

 

・・・あ、今普通にタメ語で突っ込んじまった! やばい、こんな命令にすら従っちゃうとか、俺の社畜精神尊敬に値するレベル過ぎる・・・。

つーか、なんで雪ノ下はちょっと誇らしげなんだよ。 殴りたい、そのドヤ顔。

俺は拳を握りながら歯を食いしばる。が、雪ノ下はどこ吹く風で、馬鹿らしくなり拳を開いた。

 

「はぁ・・」

 

ああ、なんかもの凄い不毛なやり取りに労力使った気がする・・・。

仕方ない、俺も大人しく仕事に取り掛かるとしますかね。全然騒いでないけど。

 

 

 

 

暫くして窓を見ると、もう日が傾き、夕日が差し込んできていた。随分仕事に集中していた様だ。

書類に顔を戻すと、もう今日の分の仕事を終えてしまっている事に気が付く。あら嫌だ、時間忘れる程仕事に没頭するとか順当に社畜街道突っ走ってるよ俺。

 

「出来たのかしら?」

「ひゃい!?」

「・・・・何よ、気持ち悪い声出して・・・」

 

知らぬ間に雪ノ下が直ぐそばにいた。俺はビックリして変な声を上げてしまう。

おいやめろ、急に話し掛けたお前も悪いんだから、そんな変質者見る様な目で見るんじゃねえ。

 

「あら、意外と早いじゃない。思ったより仕事は出来る様ね」

 

あ、でも、出来たらちゃんと褒めてくれるのね。ヤベ、ちょっと嬉しいとか思っちまったよ。何この高度なツンデレ。俺じゃなかったら惚れてんだろ。

 

「ま、まあ、依頼が来た時のこと考えたら確かに早めに終わらしといた方が良いですからね。いつ来るのかは分かりませんけど」

 

今日一日、未だに一人として依頼人が来ないこの現状を皮肉ると、雪ノ下はぷいっとそっぽを向いた。

 

「依頼が来ないのであれば、それは悩みを抱えている人が少ないと言う事よ。結構な事じゃない」

 

まあ確かにな、その方が俺等も楽できるし。でもそれ、奉仕部の存在意義全否定しちゃってるからね。

 

「因みに、今まで何件ぐらい依頼来たんスか?」

 

なんとなしに尋ねる。やや沈黙を伴って、

 

「・・・四件よ」

 

二桁行ってないのかよ。いや待て、始めたのが最近なら寧ろ多い方・・・。

すると、雪ノ下はまるで思考を読んだかの様にこう告げた。

 

「始めたのは半年前よ」

「それ圧倒的に認知度足りてませんって」

 

実際俺も平塚先生に連れて来られるもで知らなかったしな。

 

「別に構わないわ。私だって、誰これ構わず手を差し伸べるつもりはないから。本当に困っていて、ここを見つけてくれる人だけに手を貸したいの」

 

おいおい、随分上からモノを言うな・・・。

奉仕なんて慈善事業してるくせに滅茶苦茶傲慢じゃねえか。

多分、その考え方改めない限り依頼者なんて来ないと思うが、まあ、俺としてはそっちの方がありがたいか。無償で静かな仕事部屋手に入れた様なもんだからな。

なんて相変わらずな事を思っていた時だ、突如無遠慮に戸が開いた。

オイ嘘だろ? 遂に依頼者登場? 八幡働きたくないよ。

 

「オーッス、雪ノ下いるかー」

 

入室して来たのは赤い髪の毛を面白い形に結わえ、特徴的な眉毛を持った男性死神だった。

・・・・え? つーか、え? この人って・・・、

 

「入るのならノックをして下さい―――」

 

雪ノ下は注意しながら本を閉じ、ビシッと立ち上がってその死神に向き直った。

そして、彼女の口からとんでもなく高位の死神の名が発せられる。

 

「―――阿散井副隊長」

 

ブッ!! やっぱり! やっぱりこの人、阿散井副隊長なんだ!? てか、なんで六番隊副隊長がこんな所に? え? 何? コイツこんな上の人に目を掛けて貰ってんの?

ちょっとそれは流石に凄すぎるぞ、雪ノ下。

 

どうも二人はそれなりに親しい様で、ある意味自分を責めているともとれる部下の言葉にも、阿散井副隊長は「わりいわりい」とフランクに返している

つーかこの人悩みなんかあんの? 仮にあったとしても自力で解決できそうなんだけど・・・。

 

「急で悪いが任務だ」

 

おっと、記念すべき今日初の依頼人かと思ったらただ仕事持って来ただけだった。俺関係なさそうだしステルスヒッキーしとこ。

 

「虚ですか?」

 

雪ノ下が真剣な声音で問う。

 

「ああ、西流魂街の外れで虚が大量発生してるっつう情報が入ってな。このままだと夜には近くの村が襲われる。部下何人か連れて、早急に向かってくれ」

 

詳しい事はこれに書いてある。そう言って手渡された指令所に雪ノ下は目を通す。そして、読み終えると顔を上げ、

 

「了解しました。直ぐ部隊を編成します」

「頼んだぜ」

 

力強い雪ノ下の返事に、阿散井副隊長は頷いて踵を返した。

すると、そんな副隊長の背中に、雪ノ下が声を掛ける。

 

「副隊長。今回の任務、この男を加えてもよろしいでしょうか?」

「あん? この男?」

 

胡乱そうに振り返る副隊長。ほんと、この男って誰なんだろうね? え、俺? そんなまさか~。

 

「ああ、そこの死んだ魚みてえな目ェした奴か。誰なんだ、そいつは?」

「平塚五席の紹介で私が預かっている、八番隊の比企谷八幡です。階級は八席」

 

あ、俺なの? 俺なんだ・・・、そうかそうか・・・ってちょっと待て!?

 

「ひきがや・・? 聞かねえ名だな。まあ、八席なら実力不足って事もねえだろ。好きにしろよ」

 

いや、好きにしろよじゃなくて、もうちょっと縄張り意識とか持とうよ! んなホイホイ他隊の任務に駆り出さないでくれよ頼むから!

 

そんな必死の抗議も虚しく・・・。まあ、声に出してはないんだけど。

あ? 当然だろ? 八席風情が副隊長に口答えなんか出来っかよ。

結局、俺は雪ノ下の独断と偏見で、六番隊の虚討伐隊に編成されてしまった。なんだこの理不尽。

 

 

 

ああ、やだなあ・・・。働きたくないでござる。

 



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第三話  比企谷八幡は雪ノ下雪乃+αと共に任務に出る。

俺・比企谷八幡は、六番隊隊士数名と共に夕暮れの流魂街を駆け抜けていた。

西流魂街第一地区『潤林安』。

流魂街で最も治安の良が良いとされるその区域の、とある森が今回の任務地だ。部隊長である雪ノ下から受けた説明によると、その森に大量の虚が出現し、大移動を続けているらしい。

それだけなら単純な虚討伐任務として片づけられるが、今回は少し特殊だった。

どうにも、虚共の進行方向に小さな村があるらしいのだ。つまり、奴等が村に辿り着く前に殲滅しなければならない。時間との勝負と言う訳だ。

うわ、めんどくせー。まあ、あの雪ノ下雪乃が駆り出されてる時点で、一筋縄ではいかない任務確定なんだけどね。

というかこの隊編成、雪ノ下抜きにしても何気に豪華だよな・・・。

上位席官である雪ノ下を筆頭に、中位席官の俺(八席)ともう一人(六番隊第九席)、それに下位席官が二人もいるのだ。

冷静に考えて、席官のみで編成された部隊って、かなり凄くない? 

ヤダもう、そんなの面倒くさい案件にきまってるじゃないですかー。やめてくれよ、俺を巻き込むの・・・。大体、「部員の能力を知るのは部長の務めよ」って、そういうのはもうちょっと軽い任務で推し量ってくんないかな雪ノ下ぁ!

「見えたわよ」

心中で雪ノ下に文句を言っていると、雪ノ下の鋭い声が聞こえて来る。前を見ると、眼前に、緑色の葉を付けた立派な樹木群が迫って来ていた。どうやら目的の森とやらはここらしい。随分ガッツリ深い森だな・・・。

この先をずっと行くと村があり、虚共のそこへの侵攻を阻む形で、これから交戦に入ることになる。

森の中に大量の虚共の気配を感じた俺は、空気中の霊子を踏み鳴らし、空上空に飛んだ。

自分の目で虚の位置を確認するためだ。あと、ついでに村までの距離も測れたらいいねと思っている。

「どう?」

雪ノ下が俺の隣にやって来た。それに続く形で、九席と下位の二人も姿を現す。

俺は、生い茂る緑の隙間から除く黒い点々を指さした。

「多分アレじゃないッスかね。もう結構村も近そうなんで、とっとと突っ込んだ方が良さそうッスよ」

「そうね」

雪ノ下は頷き、

「各自散開して虚の迎撃に当たりなさい! 一匹も取り逃がさない様に!」

「「「はっ!!」」」

彼女の指示に六番隊隊士達が力強く返事をする。おー、良いね良いねぇ、そのやる気。ついでに俺の仕事もやっといてくんないかな。

雪ノ下の指示だからか、やたら彼等の士気が高い。まあ、分かるよ。男だもんな。可愛い女子の前じゃ張り切っちゃうよな。その気持ちは痛い程分かる。

でもさ、その十分の一で良いから、俺が部隊長の時もやるき出してくんない? 凹むんだよ俺の下に付いてる時と、他の奴に付いてる時のお前等温度差に。他隊のお前等に言ってもしょうがないけどさ・・・・。

まあ、何はともあれ、これなら割と楽できそうだな。こんだけテンション高けりゃコイツ等が率先して狩ってくれるだろう。俺がする事は殆どない。

なんて思っていた時だ。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』

 

虚の大音響が響き渡った。

まだ、森の上空だと言うのにこのデカさ。かなりの数が犇めいているのが分かる。

 

「・・・・!」「ほ、虚の鳴き声だ!」「多いぞっ!」

 

その声は隊員たちの士気を削ぐには十分だった様だ。やる気に満ち溢れた表情が一転、急に不安そうな顔になる。

いや、てか、もうちょっと頑張れよ。仮にも席官だろうが、声ぐらいでビビってんじゃねえ。

まあ、正直五人で足りんのかって言いたくなる数いそうではあるが、こっちには天才雪ノ下がいるのだ。それにお前等は、その雪ノ下雪乃が選んだ精鋭だろう。もっと自分に自信を持ってくれ。・・・まあ、手が空いてるのがコイツしかいなかったとか、そう言うんじゃなければの話だけど。

 

仕方ない。ここは俺が先行するか。部隊長にいきなり突っ込ませるのもどうかと思うし、誰かが行けばコイツ等も動くだろう。

シュン!

そんな音を残して、俺は森目掛けて急降下して行った。バサッと葉っぱや枝を突っ切り、森内部に侵入する。反射的にデカ目の木の影に隠れて様子を伺った。

虚共は紛いなりにも列と言うモノを形成して突き進んでいた。進行速度は遅い。俺達死神の接近に全く気付いていないのだろう。これだけの数がいて、霊圧探査の高い個体がいないのはラッキーだった。もし接近に気付かれていたら、進行速度を上げられていた可能性がある。

俺は首を巡らせ、虚の群れの先頭を探した。

これもさっきと同じ理由だ。後ろから攻撃して前に、つまり村の方角に逃げられたら、それこそ本末転倒である。

真正面を陣取ってしまえば、わざわざ前方へ逃げようとする者はいないだろう。

「あそこか・・・」

虚集団の切れ目を見つけた。

木々の葉に光を遮られ、薄暗い空間と化している森の中を駆ける。虚共の先頭部に踊り出て、俺は群れを睥睨した。

その瞬間、虚たちはにわかに色めき出す。

『誰だてめえ!』 『ひ! 死神だコイツ!』 『何だと!?』

声がだんだん大きくなり、『やっちまええ!』と一斉に襲いかかって来た。

『しねええええええええええ!!』

「ふッ!」

その中で、特に先行して来た一体を、一閃する。

仮面が割れ、一瞬にして消滅した同胞を前に、虚共の動きが止まった。

その静寂をぶち破る様に、

『なめやがってえええ!』

怒涛の突進が始まる。

無数の虚の凶刃が迫って来た。が、俺の身体を貫かんとしていた彼等の鋭腕は、即刻スパッと両断される。それと同時に数体の虚の身体が消滅し、その所業を為したであろう人物が姿を見せた。

「かなりの数ね。このままじゃ、ホントにゾンビガヤ君になりそうだから助けてあげるわ」

雪ノ下だ。抜刀した雪ノ下雪乃がそこにいた。あと、六番隊第九席も。

てか、言い方。普通に死にそうだから助けてあげるって言えよ。

「他の二人は?」

「この群れ以外に虚がいないか探しに行って貰っているわ」

俺が聞くと雪ノ下が答える。

まあ、確かにこの数相手じゃ下位席官のアイツ等はちょっとキツそうだもんな。死なれても目覚めが悪いし、雪ノ下の指示通り、はぐれ虚の掃討に行かせるのが最善だろう。

それに、こんだけいれば戦力としては十分だ。

俺一人ならいざ知らず、席官クラスが三人もいれば、通せんぼぐらいは出来るだろう。

『くそぉ! 救援か!』 『ふざけやがって・・・! 殺せ! この死神どもをぶっ殺せぇ!!』

一体の虚が苛立ちを隠さず同胞たちに呼びかけた。次の瞬間もの凄い大合唱が巻き起こる。

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

 

「来るわよ、構えて!」

雪ノ下の指示に無言で答え、俺達は臨戦態勢に入った。

 

 

 

 

戦闘開始から数分が経過した。

現状、俺達三人は横並びになり、虚の進撃を防いでいる。そろそろ、虚共も俺達との力の差を理解し始めた頃だろう。圧倒的な数の理も、流石に護廷十三隊の席官クラスが三人も固まっていれば大した理にはならない。

どうあっても俺達を倒せないのであれば、多少脳のある連中は蜘蛛の巣を散らす様に逃げてゆく筈だ。数が減ればその分虚群の本隊を早く潰せる。逃げた虚共はその後各個撃破していけばいい。

なんてことを考えていると予想通り虚が数匹逃げ出した。

俺達の方に――――。

「「「!!?」」」

は!? なんで!?

ちょ、なんでわざわざこっちくんだよ!? 普通俺等とは別の方向に行くだろ!

なんて驚愕していると、俺はここで気が付いた。

此方に向かって逃げてきている虚は最前線で俺等と戦っている奴等じゃない。もっと後ろの方の、最後尾付近の奴等・・・・。

つまり、これは―――。

「待て、虚共! 逃げるな!」「正々堂々勝負しろ!」

かすかに、そんな声が聞こえて来た。

え、まさかこの声ってと思っていると、こめかみを押さえながら雪ノ下が言う。

「釘峯十七席と、呂久十九席の声ね・・・」

ああやっぱり、周辺の虚狩りに行った下位席官二人か・・・。大方、雪ノ下の指示通りあぶれ虚を探しに行ったが、そういった個体が見つからなかったので、群れの本隊に奇襲を仕掛けたのだろう。後ろから・・・。

まあ、背後から襲いかかれば敵もパニくるだろうし、あの二人でもグイグイ敵を倒せるんだろうが・・・。

後ろからそれやっちゃうと村に逃げられるだろうからやんなかったんだよ! だから、わざわざ正面から立ちふさがってたんだよ! 席官だろ、そんぐらい分れ!

「ど、どうする!?」

俺はすがる様に雪ノ下を見た。

だってマジで怒涛の勢いなんだもん! アイツ等に追い立てられた虚共の波が、怒涛の勢いで押し寄せて来てんだもん! このままじゃマジで突破されるぞ!

雪ノ下は憎々し気顔で指示を出した。

「くっ! 各自、斬魄刀を―――」

恐らく、『始解しろ』と言いたかったのだろう。だが不幸な事に、丁度その時、よりいっそう虚の勢いが増し――

「きゃ!」「うお!」「うわ!」

俺達前衛の三人は、押しつぶされる形で奴等の進行を許してしまった。

遠慮土足が死覇装越しに俺の身体を踏みつける。痛い! けど、軽い奴らで良かった!

「この、汚ねえ足で踏んづけてんじゃねえよ・・・!」

ドテドテと大きな足跡を間近で聞きながら、俺は斬魄刀に霊圧を込めた。

 

「引き込め『陰浸』!!」

 

名を呼び、斬魄刀を解放する。

一条の黒い影が虚の群れから天に突き出し、余波で吹っ飛ばされた虚共をその影で薙ぎ払った。

『ぎゃああああああ!!』

数体の虚が霧散する。

俺の斬魄刀の名前は『陰浸』。名前見れば大体察しが付くと思うが、能力は影を操る事だ。

『てめえ! よくも同胞を!』

一体の虚が俺に向かって来た。割とデカイ。特に両腕が巨大だ。俺は再び陰浸に霊圧を込める。

俺の脳天を勝ち割ろうと迫って来た強靭な拳を、影のシールドを作り受け止めた。まあ、結構ヒビ入ったけど。

『なッ!?』

虚が驚きの声を上げる。この太腕だ腕力には自信があったのだろう。

さかし、残念だったな。俺はお前の攻撃を防いだが、陰浸の真価は防御力じゃない。汎用性の高さだ。『攻撃』、『防御』、『拘束』、『止血』と様々な事をそつなくこなす事が出来る。そして、なにより――――『拘束』の応用でこんな事も出来る。

俺は陰浸で影を伸ばし、奴の太腕に絡ませた。困惑顔をする虚。俺は伸ばした影を鞭の様に振り回してソイツを投げ飛ばした。霊圧が膨れ上がった雪ノ下の元へ。

『ぐおおおおおお!??』

そんな叫び声を上げながら投げ飛ばされて来る剛腕虚に、一瞬驚いた顔を見せた雪ノ下は、しかし直ぐに冷静さを取り戻し、流麗な声を奏でた。

 

「降り積もれ『白吹雪』!」

 

ピキイイン。そんな音と共に周囲の気温が低くなる。雪ノ下の刀の刀身が霜つき、ぐるぐると吹雪を纏う。

「はあ!」

振り払われた刀から巨大な吹雪が放たれ、俺が放り投げた敵もろとも周囲の敵を一蹴した。

しかも、少し離れた位置にいた虚も霜つかせて動きを止めてくれたので、後始末が凄い楽。てか、マジでいいなあの斬魄刀。攻撃と拘束同時にこなせるとか、超高性能じゃん。だって、もし敵倒せなくても動き封じられるんだろ? それって助かる何てもんじゃねえぞ、MVPもんだよアシストの。はあ、俺も氷雪系の斬魄刀が良かった・・・。

「ちょっと、比企谷八席、どういうつもり? いきなり虚を投げて来るなんて」

「いや、俺の始解じゃデカイ相手だとちょっと攻撃力不足なんで」

そう、俺の斬魄刀は様々な用途に使えるが、各自の性能自体は高くないのだ。あの虚の攻撃一発で盾にヒビが入った事からもそれは分かるだろう。そして、攻撃力はそんな防御力よりも低い。

つまり、俺の斬魄刀は、良く言えば万能タイプだが、悪い様に言ってしまえば器用貧乏なのだ。

「はぁ、そんな理由で上官に虚を投げ飛ばすなんて、全く貴方は・・・」

あの、雪ノ下さん。そんなこめかみ押さえないでくれません。それ、下位席官達がやらかした時と同じ仕草だから。なに? 俺アイツ等と同レベルなの?

なんて思っていると、雪ノ下はこめかみから手を離し、

「まあ、良いわ。もし、卑屈で陰湿な虚と相対した時は貴方に丸投げさせて貰うから」

え、何それ、どういう事?

「だって、卑屈者同士、対処の仕方が分かるでしょ?」

ニッコリと、雪ノ下はそう言い放った。おい、良い笑顔で言うな良い笑顔で!

 

だがまあ、確かにそうだな。俺はそんな奴等のやりそうな事を熟知している。卑怯な事させたら俺の右に出る奴はいないだろう。仕方ない、ここは俺が引き受けてやろうじゃねえか。

「了解、承りましたよ。雪ノ下五席」

 

なんて答えた時には彼女は既に戦闘を再開していて・・・

 

「ん? 何か言ったかしら?」

 

「・・・いえ、なんでも」

 

 

 

ああ、悲し・・・。

 



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第四話  比企谷八幡が指揮を執るのは間違っている。

森の中。

俺達席官に与えられた虚討伐任務は、乱戦模様を描いていた。

こちらのメンツは俺・八番隊第八席比企谷八幡に、六番隊第五席雪ノ下雪乃、そしてその部下の六番隊第九席と、同隊第十七席に十九席。計五名である。

対して、虚の数は無数。

幾ら俺達が全員席官クラスの精鋭と言っても、流石にこの数相手では苦戦を強いられていた。まあ、雪ノ下とかは結構余裕そうだけどな。

俺達は各々斬魄刀を解放しながら虚と交戦している。故に個人の力が虚に劣る事はあり得ないが、奴等は数にモノを言わせて向かってくる。なので捌ききれず、横を通られてしまう事態がちらほらと発生していた。

そういうのは遠距離攻撃が出来る俺と雪ノ下の斬魄刀で対処しているのだが・・・・。

「こいつら・・・! なんでここまで必要に前に行こうとしてるんだ・・・?」

下位席官二人のミスにより此方に押し寄せて来る虚共を、どうにか俺達中位以上の席官三人で押し返している。だがしかし、一向に波が途絶えない。

つい、舌打ち混じりにそう唸ると、雪ノ下も苛立った様に声を出す。

「もしかしたら、虚の狙いはこの先の村にあるのかも知れないわね・・・」

「なに?・・・・って、おっと!」

くそ、聞き返そうとしたトコで攻撃してくんじゃねえよ。ああ、しかも、俺が苦手な皮膚堅い奴じゃねえか!

流石に、この状況で雪ノ下にバトンタッチは出来ないので、自力で倒さなければならない。

俺は、影で堅い虚を攻撃しながら、雪ノ下の言葉を咀嚼した。

コイツ等の狙いは村にあるのかも知れない。と、そう雪ノ下は言った。

確かに、虚共の進行方向には小さな村がある。俺達がいなければ、虚共は大群で村に押し寄せる事になってしまうだろう。

では、虚共の進行方向に村があるのは偶然か? 虚とは獣の様なモノだ。そして虚は魂を喰らう。であるならば、村人を喰らう為に尸魂界に出現した可能性もあるが、同時に、ただ単に進行方向に村があっただけという可能性もあるのだ。

もはや、その辺は俺等には判断がつかないが・・・・。

しかし、確かにここまで必死になって前に進もうとしている所を見ると、雪ノ下の言う様に、村に行くことが目的なのかもしれない。

だが、そうするとこんな大所帯での大移動をする意味が分からない。この先にある村は本当に小さいのだ。大量の虚全体の腹を膨らませる程の村人はいない。

もしかしたら、あの村には虚の欲求を満たす何かがあるのかも知れないな。いや、知らないけど・・・。

「だらぁ!」

どうにか四苦八苦しながら虚の堅い装甲を貫く。

が、未だに虚の数は減らない。うへぇ・・・・。それに、いい加減日も落ちてきている。木々の覆われ、薄暗い森の中も、もはや薄暗いでは片付けられないぐらい暗い。それ程までに戦闘が長引いていると言う事だ。流石に皆、疲労の色が見える。

只の虚狩りとは言え、これ以上長引くとマズイ。幾ら席官達と言っても後れを取る可能性が出て来る。

俺は、自分から見て右方向で戦っている雪ノ下の元へ、少し強引に駆け寄った。

このままじゃ押し切られる。雪ノ下に退避命令を出して貰おうと、そう思ったのだ。

「雪ノ下五席」

しかし―――

「・・・ひき・・がや君」

「―――!?」

俺の声を呼ぶ彼女の声は息が絶え絶えでとても辛そうだった。俯いた顔が此方に向くと、かなり汗を掻いているのが分かる。

驚いていると、自虐的に笑い、息を整えこう言った。

「私、五席としてずば抜けた能力を持っているのだけれど、体力だけは自信がないの・・・」

その告白に、さーっと血の気が引いて行くのが分かった。

マジか!? 雪ノ下もうスタミナ切れなの!? 俺達一番の戦力であるコイツが? 嘘だろオイ!?

その事実は絶望でしか無かった。そうだろう。誰しも戦場で、自分より頼れる存在がいなくなったら絶望する。

にしてもちょっとバテるの早すぎませんか雪ノ下さんよぉ!

なんて事を考えていた頭を直ぐに切り替える。愚痴を言っても雪ノ下の体力が回復するわけでは無いのだ。それに彼女が最も敵を屠ってくれていた事もまた事実。その事実を度外視にして、彼女を責める事などできはしない。

今度は俺が彼女の代わりになってこの状況を切り抜けなくては・・・。一応この中じゃ雪ノ下の次に偉いからな、俺は。

その為にはまず状況を確認する必要がある。

虚の数はさっき言った通り無数。まあ、最初の地獄絵図に比べりゃ随分マシだが。

恐らく取りこぼしもいない。少なくとも俺達と言う壁を突破した個体はいない筈だ。

次に味方の状況だが、雪ノ下は体力切れ。だが流石に鬼道で援護は出来るだろう。

俺と九席はまだ戦える。疲れちゃいるがな。

下位席官の二人は正直どうだろうか。そりゃあ、雪ノ下ほど息は上がってないが、その代わり中々負傷してしまっている。まだ決定打は貰っていない様だが、この分だと時間の問題だろう。とにかく、あの二人はここから逃がした方が良さそうである。それに、俺達が突破される事を考えて、村人に避難するよう伝えて貰った方が良いだろう。

俺と九席が主に虚の相手をし、雪ノ下には遠くから鬼道で援護して貰う形が現状ベストか。

そう考えをまとめた俺が雪ノ下に伝えるべく口を開いたその時だった。

不意に軽い衝撃と、鼻孔を突く良い香りが俺を襲う。

フッと力なく、彼女の華奢な身体が寄り掛かって来たのだ。死覇装越しに柔らかい肌が当たって、一瞬羞恥心でギョッとした俺だったが、苦しそうな彼女の顔を見て我に返った。

名前を呼ぼうとしたところで、恐らく俺が出そうとしたモノより随分大きな声が、彼女を呼んだ。

「雪ノ下五席!!」

悲鳴ともとれる絶叫が森に轟き渡る。見ると、眉を垂らした九席が此方に掛けて来る所だった。

「雪ノ下五席! 雪ノ下五席!!」

俺に垂れかかる雪ノ下の肩を、彼は名前を呼びながら必要に揺らす。その度に、彼女の顔色が悪くなっている様だった。

「おい、あんま揺らすな」

「・・・・ッ!!」

だから、俺の九席に対するそんな制止のは正しい判断だった筈だ。なのに、もの凄い形相で睨まれる。俺ちょっと不憫過ぎねぇ?

が、そんなんでビビってはいられない。人に睨まれるなんて慣れっこだ。大体、コイツの睨みより、雪ノ下の睨みの方がずっと怖い。

「五席はもう戦えない。俺とお前で虚くい止めるぞ」

低い声で真面目に言うと、流石のコイツもちゃんと返して来た。

「しかし、それでは雪ノ下五席を放置する事になりますが・・・。誰か腕の立つ者が警護をすべきでは・・・」

周りの虚群を一瞥しながら九席が言う。

まあ、確かにこんな状態だ。動けない彼女を誰かが見張っていた方が良いと言うコイツの言い分も分かる。俺だって何も、戦闘中雪ノ下を野晒しにしようとは考えていない。

「あの二人をつける。つーか、もう村も結構近いだろ。話し付けて休ませて貰おう」

あの二人と言うのは勿論、虚の群れを後ろから追撃している下位席官二人だ。さっきからちらほらと姿見えるようになったし、全力で声張り上げれば指示も通るだろう。

我ながら結構それっぽい作戦を立てられたと思ったのだが、この九席はあまり良い反応をしない。

「釘峯と、呂久ですか・・・」

「不満か?」

「奴等の所為で戦場が混戦し、雪ノ下五席が倒れたのですよ。それなのに・・・・」

九席は忌々し気にそう言う。

なるほど、コイツは雪ノ下の倒れる原因を作ったあの二人が許せないらしい。どんだけ雪ノ下の事好きなんだよ。まあ、アイツの容姿ならこういう奴いても不思議じゃないけどね。

だが、それは違うだろう。確かにあの二人はバカな事をした。それは事実だ。低脳と言うほかない。しかし、それを隊に引き込んだ以上は、彼等の能力をきちんと把握し、指示を出しておかなければならないのだ。雪ノ下はそれを怠った。

まあ、時間もなかったし、勿論下位席官共の方が悪いのは変わらないのだが、十三隊隊士的に見れば、雪ノ下の体力切れは自業自得。少なくとも、戦場で揉めてよい事では無い。

「部下の行き過ぎを予見できなかった雪ノ下五席の監督責任だ」

そう言った瞬間、九席は目を見開き、食って掛かろうとする。俺はソレを間髪入れず制した。

「それに、お前がここを離れたら、それこそ五分と持たねぇぞ。俺とあの二人だけじゃあな。それとも五席を背負ったまま、お前はこの軍勢と戦えるのか?」

俺の問いに、九席は口を閉じる。当然だ。八席の俺でもこの数相手じゃ分が悪い。九席では尚の事。

九席は言葉を窮したままま何も言わない。それは肯定を示している訳ではなさそうだが、そんなものは関係なかった。

俺は、大声を上げ、虚共と戦っている二人に呼びかけた。ああ、喉痛い。

戦っていた虚を放棄し、二人は直ぐに俺達の前に現れる。

彼等の開口一番はこうだった。

「う、うわああ! 雪ノ下五席!」「どうしたのですか!? 五席殿!!」

自分たちの行動が遠因になっているとも知らず、能天気に悲痛の声を上げる二人に、九席が苛立ったような雰囲気を纏う。それを手で制して、俺は指示を出した。

「バテてるだけだから心配すんな。それより、五席連れてこの先の村に離脱しろ。そんで休ませて貰え。殿は俺達が務める」

「「は、はい!」」

幸いな事に二人からは特に文句は出ず、また、雪ノ下を連れて行くと言う大役を承ったからか返事にも気合が入っていた。はぁ、せいぜい早く行ってくれ。九席が絡んで来る前にな。

ダッダっと走り去っていく足音を背中で聞きながら俺は正面の虚群に向き直った。

『オオオオオオオオオオ!!』と、タイミング良く虚の声が響く。

さーって、これからが大勝負だ。

「ある程度数減らしたら、強引にでも結界張って離脱する。無理はするなよ」

俺は破道と縛道で言うと縛道の方が得意だ。逃げるのに便利だしね。流石にこの数を閉じ込められる程デカくて強い結界は張れないが、もう少し数減らせればその限りでもない。いったん足止めして雪ノ下の体力が戻ったところで一蹴するとしよう。

なんて部下の身を気遣った良心的なアイディアを出したのに、九席は無言で虚たちの元へ駆けて行ってしまった・・・・。

べ、別に良いし! 無視されるのは俺の百八の特技の一つだし!

 

最早空は夕暮れとは言えず、黒い天蓋が森の上に出現していた。

現在俺達が取っている陣形はこうである。九席が前に出てガンガン虚に攻撃し、俺は後方から援護+殺しそびれの始末。

べ、別にビビって後方支援してるわけじゃないんだからね! アイツが突っ込んで行っちゃったから仕方なく何だからね!

実際、村への道中には、雪ノ下と下位の二人がいるので多少の取りこぼしは問題無いが、それでも出来るだけ後ろを通らせない様に立ちふさがるのは当然だろう。あそこは実質雪ノ下と、それを背負っているもう一人は戦力にならない。あまり大量に虚を通してしまう訳にはいかない。

それに、最早これは殲滅戦ではない。

数が二人に減った時点で敵の数を減らす事にのみ着眼点を置いている。先行する奴とサポートする奴、その二つに分かれて問題あるまい。

まあ、なんか九席はその事ちゃんと分かってんのかってぐらい先行してしまっているが。

そんな九席に、異変が起こった。

大振りの斬魄刀がブオンと空気を裂き、虚の仮面に吸い込まれている時だった。突如として九席が斬撃を中断して膝を付いたのである。

「・・・!?」

膝を付いた死神を見下ろし、腹に闇夜でも輝く玉を埋め込んだ虚がヒヒっと笑い声を漏らした。そして、土色の大きな掌を天に掲げ、振り下ろす。

ビュンッ! 九席目掛けて、巨大な平手が差し迫った。

敵の前で膝を付いているのだから当然の事態だが、九席は動かない。

「何を・・・してんだッ!」

俺は舌打ちしながら九席目掛けて影を幾重にも伸ばした。夜目が効かないモノなら存在自体視認できない程の漆黒の影が何本も、ぐんぐんと二人に接近する。ガンッ! という鈍い振動が腕に伝わり、俺は影が虚の拳を阻んだ事を知った。

「くっ・・・・」

だが・・・、重い。このまま受け止め続けるのはキツイ・・・・!

一瞬でそう判断し、九席に呼びかける。

「オイ! 早くそこをどけ!」

しかし、九席の反応は鈍かった。未だに続く俺の影と虚の掌の唾競り合い。俺が不利なのは火を見るより明らかだろう。なのに九席のこの鈍重な動き・・・・コイツ、自殺願望でもあるのか?

なんて思っていると、俺の脳裏に先程の雪ノ下の姿がフラッシュバックした。

―――まさか・・・。

嫌な予感がする。俺は影が破られない様気合を入れながら、瞬歩で九席の元に駆け寄る。そして、彼の顔を見て確信した。嫌な予感が的中した事を。

九席は汗ばみ、肩で呼吸をしている。

つまり、先程の雪ノ下と同じ状況だ。まあ、膝を付いているだけなため、彼女より大分マシではあるが。

しかし、それでも雪ノ下に続けて九席もだと? 幾ら何でも中位以上の席官が二人そろって体力切れ起こすとかあり得ねぇだろ!? 虚か? 虚の仕業なのか?

そう思っているとタイミング良く虚が口を開いた。俺の影を押し破らんとせめぎ合いを続けているあの虚だ。

『チッ! 折角あの女みたく体力すっからかんにしてやろうと思ったのによ。良いとこで邪魔しやがって!』

どうやら、マジで虚の仕業らしい。俺は情報を聞き出す為会話に乗る。

「二人の体力切れはお前の所為かよ・・・」

『は! その通りだ! 見えるか? 俺のこの胸の玉がお前等の体力を奪うんだ!!』

そう高らかに言い放つ虚の胸には確かにキラリと黄色に光る玉が埋め込まれていた。暗闇でも良く映える綺麗なモノだ。

なるほどつまり、あの玉で敵を弱らせ捕食する。それがあの虚のスタイルなのだろう。虚は魂を食ったぶんだけ強くなる。この腕力は捕食を続けて来た結果という訳だ。

という事は・・・・。

「まじいな・・・」

そう口にして、俺は心なしか身体から力が抜けて行くのを感じた。膝が小刻みに震え始め、舌打ち混じりで玉虚から距離を取る。九席を抱えて跳んだ為、着地と同時に膝を付いた。そんな事、万全の状態ならばあり得ない。やはり俺も体力を吸われていた様だ。

これは非常にマズイ状況だ。奴の体力吸引がどの程度の距離の相手にも通じるかは分からない以上、遠距離から叩くよりも一度この場を離脱するべきだろう。

虚の数も、とりあえず見渡す限りはギリ結界張れる程度には減少している。

俺は玉虚に影で苦し紛れの攻撃を加えた後、すぐさま鬼道を発動させた。

「破道の三十二『黄火閃』!!」

まばゆい閃光が爆ぜ、虚共が呻く。

その隙に俺は巨大な結界で虚共を閉じ込めた。目が効く様になり、辺りを見渡せばもうそこは結界の中だ。

無事、虚共に結界を張れた事を確認し、首を回す。

「よし、今の内に撤退するぞ」

「虚を前に背を向けるのですか!?」

まるで、信じられないモノでも見る様な目で九席が言って来た。職業意識の高いその意見が俺に眩暈を起こさせる。

信じられないのはお前だ。そんな疲れ切った身体で何が出来る?

「戦略的撤退だ。真正面からぶつかるだけが戦いじゃねぇんだよ」

戦闘に於いて、よく正々堂々とか口にする奴がいるがそいつは間違いだ。卑怯でも陰湿でも、敵を倒せるならそれで良いに決まっている。『後ろから斬るな』なんてバカな矜持を押し付けて勝率を下げる必要がどこにある? 不意打ちでさっさと敵を減らして、味方の負担を減らした方が良いに決まってる。

正々堂々の意味を履き違えるなよ。

「しかし、死神として・・・!」

「プライドが許さないか? だったら気にすんな。ここに俺等の撤退を知る奴はいねえ。他言しなけりゃバレる事はねえよ」

「そういう問題ではありません!」

どういう問題なんだよそれじゃあ・・・。

良いじゃねえか、黙っとけばバレないんだからそれで。問題は問題にしなければ問題にならないって名言を知らないのか? つまり、失態も表に出さなきゃ失態にならないんだよ。

証明終了。フ、また論破してしまった。

まあ冗談はさて置き、別にこの撤退は敗走という訳では無い。本当に単なる、体制を立て直すための一時撤退に過ぎないのだ。雪ノ下たちと合流し、体力を回復させ一気に迎え撃つための戦略的撤退。

大体、ある程度虚の数を減らしてこの行動に移る事は先んじて伝えていた筈だろう。なのに苦言を呈すと言う事は・・・、俺の作戦に納得していなかったって事ですねハイ。

「はぁ・・・・」

俺は、溜息を一つ吐いて無理矢理九席の肩を背負う。

「な、なにを!?」

「いや、今、お前自力じゃ亀みたいなもんだろ。こうしねえといつまで経っても村に着かねえんだよ」

「だから、私は逃げるつもりなど・・・!」

「アホか、どう見ても二人で倒しきれる数じゃねぇだろ」

「だったら、貴方だけ逃げればいい! 私は残って虚を殲滅する!」

なんでそうなる? 二人で無理なら一人じゃもっと無理に決まってんじゃん。

え、なに? 邪魔だった? 俺お邪魔虫だった? 大技とか使えなかった?

それならそうと言ってくれれば即行引き下がったのに・・・。ほんと、出しゃばってちゃってゴメンなさいね。

まあ、どう見てもお前そんな余裕ある感じじゃ無かったけど。

ボッチは人間観察に優れているのだ。コイツは結構熱心な雪ノ下信者。自分より位的に雪ノ下に近い俺の事を快くは思っていないだろう。だから行動の端端に、俺に対する反抗的な態度をとり、雪ノ下の体力を奪ったあの虚の討伐を逸っている。

実に利己的で身勝手な考えだ。上の立場の者も愁いを全く考えていない、組織人としてはあるまじき行動原理。しかも、それなりの地位にいるコイツがだ。そんなんでは、敬愛する雪ノ下にもその内愛想を尽かされてしまうだろう。

ま、どうせそれ言ったら逆上するから言わないけど。俺は代わりに業務的な言葉を口にした。

「上官命令だ。ここは俺に従え」

「ちょ、おいっ!」

有無を言わさず、俺は足腰に力を込め撤退を始める。放せと暴れ回る九席だが、上手い事消耗しているおかげで強制連行は容易かった。虚グッチョブ。

九席が暴れるのを背中で感じながら、俺は暗くなった森を駆け抜ける。

 

困るんだよ。

俺の指揮の下に死なれちゃ。

俺に部下の死を背負う覚悟なんて高尚なモンはない。他隊の隊員なら尚更だ。

俺の指揮で部下が死ぬ。俺の判断で隊列が崩れる。そして、部下を死なせてしまった自責の念と、他者から向けられる非難の目。それらに苛まれ懊悩する。

そんなのは真っ平御免だ。

だから俺は死なせない。誰一人、死なせない。

 

チラッと一見職業意識の高い死神を一瞥し、俺は心の中で吐き捨てた。

 



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第五話 比企谷八幡村に着く。

暗く深い森の一本道を駆け抜け、俺達は村へと辿り着いた。

木々に囲まれた閉塞な空間が開け、木造家屋が点在する集落へと踏み込む。

村は静かだった。

寝静まっているのか寝ているのか、とにかく生活音がしない。まあ、こんな時間だ。先に村に入った雪ノ下たちが、村人に逃げる様忠告していない限り就寝しているだろう。こっちとしては逃げて静かな方が良いのだが、雪ノ下がダウンしているのだ。あの下位席官二人では伝えていない可能性もある。

ともかく、まずは雪ノ下たちと合流しなくては。

そう思っていると不意に幼さの残る声が聞こえて来た。

「こっち」

見ると、俺の直ぐ近くに黒髪の少女の姿がある。歳不相応の冷めた眼差しはどこか雪ノ下を連想させた。つーか、マジ似すぎじゃね?

「ガキは寝る時間じゃねぇのか?」

「アンタ、あの死神たちの仲間なんでしょ? 案内するからついて来て」

ブスッとしながらそう言って、少女は行き先を指さす。どうやら、俺達の到着を待っていてくれたらしい。

まあ、こうやって親切に雪ノ下らと引き合わせてくれるのはありがたいのだが、なんでいんの? 虚迫ってる村にこんな子供が。普通真っ先に逃がさなきゃなんねえ対象だろうが・・・。

「死神たちに、逃げる様言われなかったか?」

「・・・言われた。あの女の人から」

雪ノ下が言ったんかい。十七席と十九席、お前等仕事しろよ。

「じゃあ逃げろよ」

「私だってそうしたい。でも村の皆は『死神様だけおいていけない。俺達も一緒に戦う』って」

うーわ、要らねぇ。なにその頭おかしい反応。普通に逃げろよ、俺等が負けたらお前等も道連れになるじゃねぇか。

「何? 死にたがりなのここの村人は? それともバカ?」

「うっさい。ボロボロの癖に」

少女はそこで口を閉じ、俺の肩に背負われている九席を見た。

「そっちの人大丈夫なの? さっきからピクリともしないけど」

そう言われ、「ああ」と俺も九席をチラ見する。確かに静かだ。ピクリともしない。まあ、うるさかったから俺が腹パンで意識飛ばしたんだけどね。

「寝てるだけだから心配すんな。今すぐ死ぬような深手は負ってねえよ」

多分。

「ふーん」

いや、ふーんて・・・・。君が聞いたんじゃないですか。もうちょっと興味持ってあげてよ・・・。

「おい、お前」

「お前じゃない。鶴見留美」

お前よばわりが不満だったらしい少女は、不機嫌そうな顔を此方に向け、名を名乗る。向こうが名乗ったとあれば、こちらも名乗らない訳にはいかないだろう。

「比企谷八幡だ。る、留美、お前の他に子供はいるのか」

あ? なんで留美のとこで噛んだかって? 

バッカお前、そりゃ、妹呼ぶときのノリで一瞬名前呼びしそうになったけど、冷静に考えたら会ったばかりの俺が名前呼びしたら変質者扱いされんじゃねぇかって危惧したけど、こんな年下のガキを苗字で呼ぶ違和感に苛まれて四苦八苦した結果に決まってんだろうが。

「・・・いるけど・・・。何? 子供好きなの?」

「いや・・・」

おい、なんだその変態を見る様な目は? 違いますぅ! 俺はシスコンであってロリコンでもショタコンでもありませんん! ・・・・・それ結局変態じゃん・・・。

「ガキどもだけでも避難しとけよって言おうとしただけだよ。あと引率って名目で大人も何人か連れてってくれると助かる」

その方がこっちの負担が減るからな。一応雪ノ下と九席の体力が戻り次第、総員で森の中の虚を叩きに行くつもりだが、不測の事態が起きて、村に虚が侵入してくる可能性もある。村人は少ない方が良い。

なに? 逃げる様説得しないのかだって? 雪ノ下で駄目だったんだろ? じゃあ今更俺が言ったってきく訳ないじゃん。

「・・・無理だよ」

ぼそっと呟かれたその一言を、俺は訝し気思ったが、声に内包された複雑な心情を察して無理に理由を問う事はしなかった。

 

 

留美に連れられ辿り着いた木造家屋。他の家より大きいと言う事を除けば他と外観の変わらぬ一軒家である。

窓から黄色の明かりが漏れているので家主はまだ起きているのだろう。

留美はノックもせずに扉を開けて中に入った。俺も九席を背負ったままそれに続く。

囲炉裏に火が灯っているので部屋の中は暖かい。その囲炉裏の前には老人と三名の中年男性が座っていた。老人が此方に気付き、立ち上がる。

「おお! よくぞお越し頂きました。死神様。わたくしこの村の村長をしております」

歓迎する様に両手を広げた老人に、他三名も笑みを浮かべながら続く。

「他の奴等は」

俺が問うと、老人が奥の扉を指し示す。

「あちらにおられます」

「そうか、ありがとう。ついでにコイツの介抱も頼みたいんだけど・・・」

背負っている九席を指さすと、老人は大仰な反応を見せた。

「おお、これは大変だ。お前たち、此方の死神様をあちらの部屋にお連れしろ」

老人の指示を受けた、三人の村人は俺から九席を受け取り、雪ノ下たちがいる部屋の隣の扉に入って行った。

ソレを見届け、村長に向き直った。

「もう聞いていると思うが虚が村に迫って来ている――――」

だから逃げろと言う前に、村長は笑みを浮かべながら俺の言葉を遮った。

「ええ、ですから村を総動員して死神様たちを援護いたします」

成程確かに留美の言う通りだ。何故かは知らんがこの村の方針は虚から逃げるでは無く、俺等と共に虚を迎撃する事らしい。

不可能だ。コイツ等は斬魄刀を持っていないどころか鬼道すら使えないのだから。

「いや、俺等が戦いづらくなるだけだから。せめて女子供だけでも逃がしてやれよ」

村人全員で逃げる様に説得する事は不可能だと知っている。だから、こっちの負担を減らす為に妥協案を出した。しかし――

「そんな、死神様たちが戦っておられるのにおめおめ逃げ出す事など出来ません! それは女子供も同じです!」

いや、絶対同じじゃないだろ。バケモノと相対すことが怖くないわけねえじゃねえか、何言ってんだコイツは・・・。

しかし参ったな、この様子だと妥協案も受け入れて貰えそうにない。説得も無理な様に思える。

全く・・・。

俺は心の中でそう悪態を突き、雪ノ下らのいるらしい部屋に入った。

「比企谷八席・・・」

雪ノ下の声が俺を出迎える。少し弱々しいが大分回復している様だ。

雪ノ下は上体を上げて布団に、下位席官の二人はその脇に正座している。俺もその反対側に腰を下ろした。

「もう平気そうッスね」

「ええ、おかげさまでね。ごめんなさい、途中で倒れてしまって」

雪ノ下の声は後半尻すぼみ、本当に体調が悪い様に聞こえた。顔を伏せたその姿は痛々しい程までに申し訳ないと感じている様だった。

まあ、プライドの高いコイツの事だ。自分の所為で部下に負担を強いたとなれば落ち込みもするだろう。そしてそれ以上に、情けない自分が許せないのだ。

「ま、大変でしたけど俺も九席も無事ですし、とりあえず及第点でしょ。少なくとも、まだ最悪の事態にはなっていない」

「そう、そう言えば相川九席の姿が見えないけれど、彼はどうしたの?」

あ、相川って言うんだアイツ。てか、下位席官二人より判明遅かったな。

「スタミナ切れでぶっ倒れてんスよ。五席と同じッス」

「・・・妙ね、八席のあなたは割と元気そうなのに、九席の彼だけそんなに疲労するなんて」

「いや、別にサボってたわけじゃないッスからね?」

「あら、誰もそんなこと言ってないわよサボリガ谷君?」

「言ってんじゃん! 思いっきり言ってんじゃん!」

まあ、階級が一つしか違わない者同士で片方だけ疲れてたら普通そう思うよね。でも八幡サボってない。

「冗談よ、貴方には感謝しているわ」

「お、は、はぁ・・・」

・・・おい、やめろよ、いきなり優しい声出すの。ドキドキしちゃうだろうが心臓に悪い。

「それより現状確認をしましょう。一応訊くけど、虚は殲滅したの?」

「いや、数減らして結界の中に閉じ込めました」

「そう、まあそれが最善でしょうね」

当然だ。元々、あの数相手に二人で挑むこと自体がどうかしているのである。時期みて撤退するのがあの場で出来た唯一の策であろう。そして、その行動は、この氷の女王のお眼鏡に適った様である。

「自分の実力を過信せず、きちんと撤退をした事は評価に値するわ」

「当然でしょう。自分の力とかこの世で一番信用出来ませんよ」

「撤退理由が卑屈ではあるけれど、まあ良いでしょう・・・」

こめかみを押さえながら雪ノ下が言う。いや、自信過剰で無駄死にするより良いじゃん。

俺ぐらいの慎重派になると未解放で倒せる雑魚虚相手にも始解使うまである。・・・それは流石にビビり過ぎか・・・。

「それにしても、良くあの相川九席を丸め込んだわね。彼、貴方とは逆で、自分に力を過信するところがあるから」

雪ノ下の言葉に俺は「ああ」、と思う。確かにアイツはそうかもな。実際撤退に最後まで反対してたし。

だが雪ノ下よ、多分だけど奴が虚に突っ込むのは実力を過信している以上に、お前に良いとこ見せたいからだと思うぞ? まあ、雪ノ下の所為で九席が死に急いでるみたいになっちゃうから言わないけどよ。

「反対はされましたけどね。腹パン決めて無理矢理連れて来ました」

と、その言葉に反応した声がある。勿論雪ノ下ではない。

「! 腹パンってアンタ九席殿を殴ったのんですか!?」

「陋劣な! 幾ら高官だからと言って他隊の隊員に暴行を働いて良いと思っているのか!」

六番隊の下位席官二人だ。どうやら、俺が自分らの上司を殴った事が気に喰わないらしい。まあ、敬愛()する上司が殴られたとあっちゃこういう反応示すのも分からなくはないが、少しは状況を考えろよ。

俺が二人に呆れていると、雪ノ下のブリザードボイスがうねりを上げた。

「やめなさい。彼に非はないわ」

「し、しかし・・・」

「彼が行動を起こさなければ最悪、相川九席は死んでいたわよ? 死体で再開したかったの? 彼と」

「そ、そういう訳では・・・」

うっおお・・・・・。こえー・・・。超怖ぇよ。片方完全に沈黙してるよ。雪ノ下さんマジパネエっす。

二人が押し黙った所で雪ノ下が話を再開した。何と言うか・・・、ご愁傷様です。

「それで、話を戻すけれど、さっき相川九席は虚に体力を吸われたと言っていたわね?」

「はい」

聞き逃さなかったか。流石、雪ノ下。

「虚の中に一体だけ・・・だと思うんスけど、体力吸い取る個体がいました。俺はそこまでですが、九席はモロ吸われたみたいッス。そして―――」

「私もその虚の餌食になった―――」

言葉を引き継いだ雪ノ下に、俺はコクリと頷いた。

そう、幾ら雪ノ下が体力不足と言っても、彼女は護廷十三隊の第五席。つまり、護廷十三隊で五番目に強い十三人の一人なのである。そんな彼女が、高だか虚の群れを相手にした程度で体力切れを起こすとは考えにくい。

であるならば、九席同様あの玉つき体力吸引虚にやられたと考えるのが妥当だ。

そして―――

「霊力じゃなく体力を奪うってのがミソッスね」

「そうね、霊力を吸われていたら直ぐに気付く筈だもの」

死神の生命線は霊力だ。これを吸い取られ過ぎると、戦闘力が著しく下がるし、体力切れと同じような状態にも陥るだろう。

つまり、霊力さえ吸ってしまえば、体力を吸わなくてもそれと同じ効果を得られるのである。で、あるならば霊力を奪った方が手っ取り早く感じるが、死神はその減少に敏感だ。

恐らく、吸い尽くす前に気付かれて体制を立て直されてしまうだろう。

しかし、体力吸引ならば話は別である。少しずつ吸引していけばまず気付かれる事はないし、戦闘中なら尚の事だろう。気付いた時には手遅れとなっている訳だ。

これは非常に厄介ではあるが、まあ、あとは総攻撃で仕留めるだけだからあんま関係ないだろう。

「貴方が張った結界はいつまで持つの?」

ちょうどその話を振ろうと思っていた所で雪ノ下が口火を切った。流石に今話しておかなければならない事を分かっている。俺が今まで組んだ死神の中で、コイツが一番やり易いかもしれない。

まあ、それはあくまで仕事の話で、プライベートが合うとは全く思えないけど・・・。

「長く見積もってあと二時間ってトコですかね」

つまり明日の午前一時には結界が解ける。

「そう、なら休めるのはあと一時間と言ったところね」

雪ノ下の言葉に俺は頷いた。

あくまでも持って二時間。持たなかった場合や不測の事態、移動時間などを考えても休息に充てられる時間は一時間が限界だろう。

だが、雪ノ下らが回復した今、休息が必要なのは俺と九席ぐらいだ。俺に関しては三十分も休めれば十分、まあ怠いっちゃ怠いけどな。

九席も、一時間休めば後の戦闘に支障はないだろう。

それに、正直この村は気味が悪い。なるべく長居は避けたいところだ。

そう感じる原因は、ここの村人の(まあ、村長とその取り巻きにしか会ってないんだけど。・・・あと留美か)異常なまでの虚への恐怖心の無さによるモノだろう。

死神がいるとは言え、一緒に虚と戦うなどと普通ではない。なぜ、あれが村の総意なのだろうか? というか本当にそうなのか? ただ上の人間が押し付けているだけだとしたら村人が不憫過ぎるぞ・・・。

「あの、この村って・・・」

それだけで、雪ノ下は俺の言いたい事を察したらしい。大きくため息を吐いて重い口を開いた。

「ええ、何故か頑なに、逃げる事を拒んでいるわ・・・。念のため、あの村長や取り巻き以外にも言ったのだけれど、答えは同じね」

「そう言う様に強要されてる感じは?」

尋ねると雪ノ下は首を振り

「全く――。寧ろ喜々としていたわ。アレは宗教の妄信者に近いかも知れないわね」

雪ノ下の出した例えは物凄く的を得ていて、俺はつい感嘆の声を出してしまう。

確かにあの危うげな感じはそれに近い。名をつけるなら『虚やっつける教』! ・・・・やべー、自分のネーミングセンスに泣きたくなった。

「も、もしそうならマジで説得は無理そうッスね。それどころか、俺等が虚倒しに行く時に付いてくるかも知れない」

「村人に気付かれない様出発する必要があるわね・・・」

雪ノ下がこめかみを押さえて言う。虚進撃の理由が不明なうえ、村人にも難ありと来た。雪ノ下の心労が伺えてツライ。ホントお疲れ様です。

なんてやっていたところで、コンコンと、ノックの音が響いた。弱々しいそれは、長老や取り巻きのモノではなさそうだ。

俺は立ち上がりドアを開ける。

そこには、俺をここまで案内した少女、留美が立っていた。

「どした、子供はもう寝る時間だぞー」

俺の言葉にムッとした雰囲気を出した留美はそっけない声でこう告げた。

「目、覚めたけど、あの人」

どうやら彼女は九席が目覚めた事を伝えに来てくれたらしい。てか、おい大人、いつまで留美を使いッパシリにしてんだよ寝かせてやれいい加減。

「そっか、ありがとな。もう良いから、お前は寝とけ」

「・・・・」

なるたけ優しく言ったが、留美は顔を曇らせるばかりである。多分村人か村長にまだ何か言われているのだろう。

「村長たちには俺から言っとくから。おい、九席起きたとよ」

前半は留美に向けて、後半は下位席官二人に対して言った。

すると、下位の二人は「おお!」っと腰を上げ、隣の部屋に駆けて行く。彼等の後姿を見送った後、俺は留美に「ほら」と促すが、彼女は一向に動こうとしなかった。

その様子はいっそ、俺達死神の目の届かない所に行くことを恐れている様にも見える。

同様の事を雪ノ下も思ったのか、彼女は留美に向かって話しかけた。

「貴女、名前は?」

「鶴見・・・留美」

「そう、では鶴見さん。少し、私たちの話相手をしてくれる?」

雪ノ下の提案に、心なしかホッとした顔で留美は頷いた。

 

 

 

 

「九席殿!」 「お気づきになられましたか!」

そう言って部屋に入ってくる部下、同隊十七席の釘峯と、十九席の呂久だった。二人の姿を視界に捉え、九席は血管が切れそうになる。

こいつらは、敬愛する雪ノ下の倒れるきっかけを作った張本人だ。

今すぐ斬魄刀を引き抜き喉を掻っ切ってやりたいが、そんな事をすれば処罰は免れない。雪ノ下に軽蔑されてしまう可能性も大だ。

自分で直接手を下してはいけない。ならば敵に、虚に始末して貰えば良い。

九席は口元が歪むのを抑え、努めて誠実な声音で二人に言った。

 

「釘峯、呂久。お前たちに頼みがある――――」

 

 

 

 



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第六話 比企谷八幡と雪ノ下雪乃は再び虚と交戦する。

 

 

 

 

 

「鶴見さん。少し、私たちの話し相手をしてくれる?」

 

珍しく母性を感じさせる優しい声音で、雪ノ下は留美を部屋に招いた。

 

「うん・・・」

 

ホッとした様子で留美が室内に足を踏み入れる。

 

俺は扉を閉めて、留美に続く様に元居た場所に戻った。配置的には雪ノ下、俺、留美が三角形になって腰を下ろしている感じか。

 

「こんな遅くに付き合わせてしまってごめんなさいね」

「別にいい」

 

雪ノ下の言葉に答えた留美は、本当に気にしていない様だった。

俺はそんな留美を横目に捉える。

 

何故かは知らないが、留美は家に帰る事を恐れている。

元々、虚と戦おうとするトチ狂った村だ。彼女の家庭に何か問題があるのかも知れないと思い、呼び止めたのだが・・・・。

 

さて、どうしたものか。

 

生憎と俺に気の利いた事など言えない。

いきなり家庭の事情を突っ込んでも良いが、幾らなんでもそれは直球過ぎる。

本人の触れられたくない話題にメスを入れて、あーだこーだ言っても、この子の心は落ち着かないだろう。

 

ホントにどうしたモノか。俺は無意識に手に顎をやりそうになるが、その瞬間に雪ノ下が口を開いた。

 

「貴方は、この村の事をどう思っているのかしら?」

「・・・」

 

沈黙を返した留美の肩は、わずかに揺れた様に見えた。

そんな風に見えてしまったから、心なしか彼女が怯えている様に感じてしまう。

これは気のせいなのか? この村の異常性からして、そう言いきれないのが怖い。

 

「質問を変えるわね。貴方はこの村での暮らしは長いの?」

「・・・うん。尸魂界に来てからずっとだから」

 

少しの間があったが、今度はきちんと答えが変えて来た。

 

「この村は好き?」

「・・・・っ」

 

雪ノ下の放ったその問いに、留美は再び沈黙で答える。但し、今回は息を呑む音がモロに聞こえて来たが・・・。

俯き押し黙るその姿は、見ているこっちを心苦しくさせた。

それ程までに、留美は何かに堪えていた。

 

俺は、そっと彼女の背中をさする。

 

「留美、話したくないなら話さなくて良い。もうこの話は終わりだ。ただ、一人で抱え込むのが苦しくって、耐えきれないってんなら我慢せず吐き出しちまえ」

 

俺がそう言うと、雪ノ下が信じられないモノを見るかの様な目で見て来た。

 

まあ、自分でも柄にも無いこと言ったと思うよ。

よくこんなイケメン発言出来たもんだな俺・・・。こういうのは葉山の役目だろうに。

 

「ハチマン・・・?」

「お前が抱えてる問題を聞いたところで、俺達がソレを解決してやれる確証はない。けど、誰かにぶちまけてスッキリする事もあるだろ? 人の愚痴とか、言う分には超気持ちいいしな」

「ハチマン最低。それに、そこは嘘でも絶対解決してやるって言ったら?」

 

留美が冷たい視線で俺を見て来る。ちょっと? だんだんこの子雪ノ下化して来てません? 元々容姿似てるのに『ブリザードアイ』まで使っちまったら、まんま小さい雪ノ下じゃねぇか。

 

「バッカお前、んな無責任な事言えるかよ。俺は出来るか分からん約束はしない!」

「情けない事を誇らしげに言わないでくれるかしら? 気持ち悪いわよ、比企谷八席」

 

・・・酷い言われようだな。そこは堅実な男とか言ってくれてもいいんじゃないの?

 

雪ノ下が得意の毒舌を遺憾なく発揮したところで、「スー、ハー」と、留美の呼吸を整える音が聞こえて来た。

俺達が顔を向けると、

 

「あのね・・・」

 

留美の喉から絞り出された声は、とてもか細かった。

が、それでも彼女はしっかりと口を開いた。

 

「私・・・嫌いだよ・・。今のこの村が・・とっても・・嫌い」

 

静寂が生まれる。留美の悲痛の声に、こちらの胸も張り裂けそうになった。

 

「・・・どういう事か、話してくれる?」

 

今にも泣き出しそうな留美の頬に雪ノ下がそっと触れる。彼女の手の温もりに、留美は堰を切った様に嗚咽した。

 

そんな彼女を、雪ノ下は何も言わずに抱きしめる。さながらそれは、姉が、怖い夢を見て泣いた妹を慰めているかの様だった。

 

暫く雪ノ下の胸で泣き続けた留美は、やがて、目を擦りながら顔を上げた。心なしか、さっきより顔色が良くなっている様な気がする。泣いた事が功を奏したのだろう。

 

「ごめんなさい・・・」

 

留美がか弱い声で謝った。雪ノ下の死覇装が所々涙で濡れてしまっている。

 

「いいのよ」

 

が、当然雪ノ下はそんなこと気にしておらず、

 

「さ」

 

優しい声で続きを促した。

留美はコクっと頷き口を開く。

 

「この村の村人ってなんか変でしょ? 人間味が無いって言うか・・・」

「ああ」

 

その言葉に同意する。

と同時に、俺は村長の気持ち悪い感じを思い出した。

 

「でもね、前は普通だったんだよ。皆村人思いで、優しくて・・・。少なくとも、村総出で虚退治を手伝おうなんて無謀な真似、するような人達じゃなかった」

 

そうか、昔は普通だったのか。

でもまあ、そうだよな、前からそんなだったら、この村は虚に挑んでとっくに滅んでる。

 

ただ、以前まともだったと言うのなら、留美は村人たちの豹変をずっと見て来た事になる。

それは相当ツライ事だろう。気を許していた者達がトチ狂っていく姿など、見ていて気持ちの良いものではない。

 

「一体いつ頃から村人はおかしくなったの?」

 

雪ノ下のこの問いに、留美は恐ろしい過去を口にする。

 

「この村って、前にも何度か虚に襲われてるんだ。その度にどんどん皆おかしくなっていっちゃって・・・。多分、もう私以外皆おかしいよ・・・」

 

再び、留美の瞳に涙が滲む。雪ノ下が彼女に寄り添う。

 

その傍らで、俺は内心驚愕していた。

それは多分、雪ノ下も同じだ。

 

だってあり得ない。

 

以前にも村が虚に襲われただと? それも一度じゃなく何度も・・・。

何故そんな村を、今まで瀞霊廷はノーマークだったんだ・・・? 何故、そんな大惨事を尸魂界は記録していない・・・。

いや、俺が知らないってだけで、記録自体はされているのか? 

 

俺は疑問の視線を雪ノ下に送る。

それに気づいた雪ノ下も、困惑顔で首を横に振った。あの雪ノ下が知らないとなると、本当に記録がないと考えた方が良いだろう。

これは一体・・・。

 

と、そんな事を考えていると、俺の脳裏にふとある疑問が浮かんだ。

 

「待てよ・・? というか、そもそもなんで虚共はこの村を襲ったんだ?」

 

呟きともとれる声に、雪ノ下が反応する。

 

「どういう事?」

「ここは尸魂界ッスよ? 瀞霊廷と多少距離は離れていますが、それでも死神の総本山に変わりはない。そんなトコ、わざわざ何度も襲撃しますかね・・・?」

「確かに、そう言われると不自然ね。襲撃が一度だけなら、偶然と片付ける事も出来たのだけれど・・・」

 

俺の言葉に同意し、雪ノ下も思案顔になる。

 

「そう言えば、今回森で交戦した虚の群れも、進路を妨害しているのにも関わらず、この村を目指していたわね。というより、寧ろアレは―――」

「―――この村に逃げ込もうとしていた」

 

言葉の続きを引き継ぐと、雪ノ下は神妙な顔で頷いた。

 

しかしそうなると・・・。

この村の住人の中に虚が紛れているという捉え方も出来てしまう。

俺達死神に襲われているのに、味方のいない場所にわざわざ逃げ込みはしないだろうからだ。

 

だが、あくまでもこれは可能性の話である。

虚が村人に紛れているとなると、単純に変化能力の様なモノが必要になる。そして俺達の霊圧探査能力に引っかからないだけの霊圧制御力も。

その二つを兼ね備えた虚が、そうそういるとは思えなかった。

 

まあ、もしかしたら一体ぐらいはいるかも知れないが、村人虚説を挙げるのであれば、紛れている虚は一体ではないだろう。

虚共が、あれだけ必死になって逃げ込もうとした村の戦力が一体だけとか、理屈に合わないにも程がある。

しかし、そうすると、高度な変化能力と霊圧制御能力を兼ね備えた個体が複数存在する事になってしまう。

 

俺には、どうも、それが現実味のある話とは思えなかった。

 

ならば最も可能性が高いのは一つだ。

俺は森での戦闘の最中、雪ノ下に言われて考えついた可能性を口にする。

 

「この村にあるのかも知れない。あの窮地を切り抜けられると虚共に思わせる何かが」

 

恐らく、手に入れたら霊力が高まるとか、そういうモノだろう。

俺の言葉に雪ノ下も頷いた。

 

「私も、虚との交戦中似たような事を考えたわ。それに、それならこの村が虚に襲われ続けている理由にも納得がいく」

 

今度は彼女の言葉に俺が黙って頷いた。

 

「留美、この村になにか特別な力を宿した物とかあるか?」

「え、あ、えーっと」

 

まるで、いきなり話を振られて戸惑う子供の様な反応をする留美。てか、一応留美の話し相手になるって体だったのに、いつの間にか放置してたな。ごめんね。

 

「昔やってた、村の子供たちが丈夫で強い子に育つようにって祈願するお祭りで使われる数珠があったと思う。でも、本当にそんな効果があるかどうかは分かんない・・・」

 

「そうか。十分だ。ありがとな」

 

留美に礼を言って雪ノ下を見る。無言でアイコンタクトをして俺達は立ち上がった。

恐らくそれだ。俺は、留美に言った。

 

「その数珠が保管されてるとこへ案内してくれ」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

月明かりの遮られた森の中は思いの外暗い。

まるで初めから何も存在していなかった様に思える無明の闇から、一人の男の声が聞こえて来る。

その声を辿って、見つけられる声の主の姿は、この暗闇の中でも比較的目立ついで立ちをしている筈だ。

男の服装は、一般隊士の黒一色の死覇装とは違う。彼は黒地の死覇装の上に、純白の羽織を纏っていた。加えて、髪も銀。肌も、少し不気味なくらいの白。

見事の黒白のコントラストを奏でるその男は、その痩躯の周りに一匹の地獄蝶を羽ばたかせていた。

 

「ハイ、わかってます。今んとこ順調ですわ」

 

白い男は地獄蝶に向かって語り掛ける。

 

「その件についても・・・。ハイ・・・、けど良いんですの? わざわざ僕をこないな所に寄越して。バレへんやろか?」

 

地獄蝶から帰ってくる泰然自若な声に、白い男の喉から笑みが漏れる。

 

「まあ、とりあえず僕は傍観しますんで、あとは上手い事やって下さい」

 

 

「藍染隊長」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ここか」

「ここの様ね」

「うん。ここ」

 

俺と雪ノ下は、留美の案内で、ある祠の前に来ていた。

俺達が通って来た森とは反対側の森の中だ。

俺は、祠の扉を開け放つ。中には、留美の言う通り数珠が入っていた。

 

「これが例の・・・、特別力は感じないわね・・・」

 

雪ノ下の呟きに、俺も同意するしかない。祠に入っていた数珠は、色も形もありきたりで、ここまで近寄っているのに霊圧一つ感じない。

 

「だから言ったのに、この数珠に特別な力なんて・・・」

 

俺達の落胆を感じ取ったのか、留美はそう言いながら、祠から数珠を引っ張り出した。その雑な扱いが、この数珠が無価値である事を強調している。

 

「ま、そうそう簡単に原因究明なんか出来るわけねぇか・・・」

「ええ、そう―――」

 

突如、雪ノ下の言葉が詰まる。俺も背筋を撫でられたような悪寒がした。

 

ゾワリと、嫌な霊圧が背後で膨れ上がったのだ。

膨れ上がったと言っても、霊圧知覚を鍛えている死神でなければ感知できない程度だが・・・・。

霊圧の発生源は例の数珠。今、留美が手に持っているそれから発生していた。

 

「留・・・美?」

「なに?」

 

俺の声に、留美はキョトンとした様に答える。今しがた起こった霊圧上昇にまるで気付いていない様である。

 

「いや、なんでもない・・・」

 

俺は、努めて動揺を声に出さない様に返事を返す。

 

分からない。今の霊圧はいったいなんだ?

ともすれば見逃してしまいそうな小さな霊圧。しかし、一度感じ取れば見過ごさずにはいられない嫌な感触。

 

そんな霊圧が、留美が触った瞬間数珠から発せられた。

 

雪ノ下を見るが、彼女も俺と似たような状況の様だ。ここで結論は出そうにない。

とりあえず、俺達は、留美から数珠を引き離す事にした。

 

「鶴見さん。一応ソレをこちらで預かりたいのだけれど、良いかしら?」

「え? う、うん」

 

留美は少し戸惑いながら雪ノ下に数珠を手渡す。

雪ノ下は物を受け取ると、一度ソレを良く観察し、薄い結界を張った。

 

「さて、戻りましょうか」

「ああ」

 

何でも無いような声でそう言う雪ノ下に、俺は同意する。

俺達から有無を言わせない圧力を感じ取ったのか、留美は何も言わずに頷いた。

 

横を歩く雪ノ下の顔は険しい。

そして、恐らく俺の顔もだ。

それもそのはず。

 

あの数珠はなんなんだ・・・・?

留美の手から離れた後も、気色の悪い霊圧を放っていたぞ。

まるで、留美の霊圧がトリガーになって、数珠の中に宿る霊圧が目を覚ましたかのように・・・。

 

今は、雪ノ下が縛道をかけたおかげで何も感じないが・・・。俺には、何か良くないモノを呼び覚ましてしまった様な気がしてならない。

 

どうか、これが杞憂であってくれ。

 

そう願いながら、俺は足場の悪い森の道を歩いた。

しかし、悲しいかな。俺の願いというモノは大体全て叶えられないものなのだ。うん、知ってた。

 

森を抜け、村に出る。

中を暫く歩くと、俺達は違和感に気付いた。

 

「家の明かりがついている・・・?」

 

雪ノ下の呟きが合図だったかの様に、一棟の家の扉が開く。それは、先程まで俺達が身を置いていた家で、出で来たのはこの村の村長だった。

 

彼は俺達に駆け寄り、ゴマすりの様に手を合わせ、尋ねて来る。

 

「おお、これは死神様。今までどちらへ?」

 

なんと答えるべきか。とりあえず、祠へ数珠を取りに行っていた。とは言わない方が良いだろう。多分。

俺は無難な理由をでっち上げ答える。

 

「別に、散歩だ」

 

すると、村長は癖なのか、またも恭しく大仰に腕を開き

 

「おお、そうでしたか。お二人は仲のよろしい事で・・・しかし・・・」

 

ここで、急に老長の声が低くなる。

眼光さえ鋭くなり、その鋭眸は真っ直ぐ留美に向けられた。

 

「何故留美も一緒に?」

 

さっと、留美が俺の背中に隠れた。震えているのが伝わってくる。

 

「寝つけないみたいだったからな。別に良いだろ?」

「ええ、構いませんよ」

 

村長は笑みを浮かべて答えた。しかし、その笑みは微笑み過ぎていて、気味が悪い。

 

つーか、構えよ。夜に子供連れ出して散歩って、普通俺等キレられても文句言えないぜ?

留美の事を心から想っていれば俺達の行いを許せる筈がない。それなのに、コイツは・・・。

俺は村長の態度に憤りを覚えると共に、ある一つの可能性を思い至った。

 

――――コイツ・・・まさか・・・。

 

しかし、俺がその考えを思い起こす前に、村長に声を挟み込まれる。

 

「死神様、一つお聞きしてよろしいですかな?」

「・・・なんだ?」

「祠に行きましたか?」

「・・・!」

 

村長の口から放たれた言葉は俺達にとっては意外なモノだった。

―――意外と鋭い。

 

「行ったんですね。では、数珠はどうしましたか?」

「さあ、祠までは行ったが、数珠なんて知らないな。そんな物、どこにあったんだ?」

 

そう応えると、村長は肩を揺らし、

 

「またまた・・・。死神様は冗談を仰る」

「いや、冗談じゃ――――」

 

ここで、俺は気が付いた。

 

一つ、また一つと、家の扉が開き、そこから村民が姿を現す。どこか、人間味のないふらついた足取りだ。

村人は村長の様に此方に近づいて来ることはなかったが、じっと顔を向けてきている。

彼等の顔に表情はなく、只、能面が顔面に張り付いているかの様だった。

 

明らかに異常な光景だ。

俺は、あえてお道化た様に村長に言う。

 

「何コレ? 少し遅めのお出迎えですか?」

「ええ、そうです」

 

俯きながら村長は言葉を紡ぐ。

 

俺は、いや、俺達はもはや此処にいる村人達から嫌な感覚を感じ取っていた。先程までものとは違う、殺意を孕んだ明確な悪意――――虚の霊圧を。

 

「お出迎えです」

 

そう、顔を上げた村長の目は血の様に赤い。他の村人も、皆一様に瞳を怪しい赤に染めている。

 

来る―――――!

 

俺と雪ノ下は、即座にその場から飛び退いた。

と、同時に、老人の身体が凄まじい爆風に包まれる。

煙が晴れた時には既に村長の姿はなく。

一体の虚が姿を現した。この現象が、村のいたるところでほぼ同時に巻き起こる。

 

『祇御珠を寄越せぇ!』

 

まるで血を吐く様に叫んだ元村長は、今や大きな蜘蛛型の虚へと変貌していた。

 

『祇御珠』というのは、雪ノ下が預かっている数珠の事だろうか? まあ、それしか心当たりもないし、そうなんだろう。

そんな事より・・・

 

「ちっ、嫌な予想が当たったな」

「ええ、そうね」

 

独り言のつもりだったが、雪ノ下が同調した事で会話みたいになってしまった。違うからね。俺、上官にタメ口きいたわけじゃないからね?

 

「うそ・・・皆・・・」

 

半ば現実逃避的な意味合いを込めてそんな事を考えていると悄然とした留美の呟きが聞こえて来た。俺達は一瞬彼女を見た後、再び自然を前に戻す。

 

眼前に広がるのは虚、虚、虚、虚。

恐らく、留美を除く村人の全員が虚に変容していた。

つまり俺達は・・・

 

「虚の村に逃げ込んでたってわけか。クレイジー過ぎんだろ・・・」

 

知らなかったとはいえ、自分たちの命知らずさに眩暈がする。

それは、雪ノ下も同じな様で

 

「全くね。まさか、虚に怪我を治療されるなんて・・・」

「・・・大丈夫ですよね? 途中で虚になったりしないで下さいよ・・・?」

「・・・バカな事言わないでくれるかしら・・・」

 

雪ノ下が冷たい目で此方を見て来る。やばい、流石に今の質問はアホ過ぎた。話を変えなければ・・・。

 

「そ、それにしても虚共はなんで俺等を今まで襲わなかったんスかね?」

「・・・確かにそうね。村に着いた時、私たちは弱っていたのだからそこで片をつければ良かったはず・・・。・・まあ」

 

次の瞬間、蜘蛛型虚が白く太い糸を吐き出した。俺達は二手に分かれる形でソレを躱す。

雪ノ下は刀に手をやり、言った。

 

「どちらにせよ、その理由を知る為には、まずこの場を切り抜けなけれならないわね」

「でしょうね・・・」

 

俺は斬魄刀を構え、囁く。

 

「留美、怖いだろうけどちょっと我慢してろよ」

「う、うん」

 

留美が怯えながらもしっかりと頷くのを確認して、俺達は刀に霊圧を込め出した。

 

「敵の数が多い。短期決戦で行くわよ」

「了解」

 

そして、己が魂の力を斬魄刀を介して解放させる。

 

 

「引き込め『陰浸』!」

 

「降り積もれ『白吹雪』!」

 

 

俺の刀から黒い影が、雪ノ下の刀からは白い吹雪が出現し――――

 

黒白の霊圧を存分に滾らせ、俺達は戦火へと身を躍らせた。

 

 



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第七話 比企谷八幡は雪ノ下雪乃と共闘する。

 

 

 

斬魄刀とは悪である。

 

確かに、斬魄刀は良い武器だ。それは認めよう。シンプルな形状故に扱う易くカッコいいし、何より世界に一つだけしかない、自分だけの武器というのは素直に愛着が湧く。

 

しかしだ。良く考えてみて欲しい。

 

斬魄刀が自分だけの武器たりえるのは、自身の魂と霊力を刀に写し取らせているからだ。指紋と同じように、霊圧や魂は死神によって様々。それがそのまま影響する斬魄刀の解放が千差万別になるのは当然と言えば当然であろう。

で、あるならば、斬魄刀は残酷な武器と言えるのではないだろうか?

 

何故なら、死神の魂を形にする刀だ。解放すれば、それは自分をさらけ出した状態であると同義どろう。人権侵害も甚だしい。

 

また、斬魄刀の能力が弱い=その死神は弱い。斬魄刀の能力が陰湿=所有者の性格悪い。等と言う、方程式も成り立ちかねない。

 

死神の本質を斬魄刀の能力だけで推し量り、誹り貶し見下す輩もいるだろう。果ては虐めに発展する事もあるかもしれない。

そんなものが必要か? 人間を虚の手から守り抜く正義の死神様が使用して良い武器なのか、私は甚だ疑問である。

つまり、私が言いたい事はこうだ。

 

斬魄刀よ、爆発しろ。

 

 

「・・・いつ読んでも腐った文章だ・・・」

 

八番隊隊舎の執務室で残務整理をしていた同隊五席・平塚静は、とある死神の卒業文集を読み終えるとそう呟いた。

 

文集は、彼女の教え子であり部下である、八番隊第八席・比企谷八幡のモノだ。

 

死神の学校である真央霊術院。そこの卒業生全員に書かせている作文。大概の者はこれからの意気込み、自分の目標、夢などを書き連ねるのだが・・・。

 

比企谷八幡が書き上げた文集は御覧の通り、もし斬魄刀愛護団体なんてモノが存在したら即刻反感を買いそうな内容で。

 

当時これを読んだ時は「あの馬鹿・・・」と頭を抱えたモノだ。その点で言うと、運よく比企谷が八番隊に配属されたのは良かったと思う。

 

しかし、こんな比企谷も今では立派に斬魄刀を解放し(確かに彼の本質を付いたピッタリの能力だと思う。それが、決して見栄えの良いモノとは言わないが・・・)、八番隊第八席まで上り詰めている。

 

それどころか、平塚は、現状彼の実力は席次以上だと考えていた。

比企谷は隠密行動を得意とし、また味方がいればサポートに回る傾向がある。本人の地味さと相まって、彼の活躍に気付ける者が少ないのだ。

だから、比企谷は現状八席に甘えている。

 

その事に、別に同情はしない。

本人が嘆いているのならともかく、席次などにこだわる性質でないことは知っている。悪い言い方をすれば、向上心が無いのだ。現状に満足してしまっている。

 

しかし、本人が本気で上を目指し、本気で修行したとしたら。

比企谷八幡という死神がどれほどの器に成長するのか。

平塚静は興味があった。それこそ、もしかしたら本当に――――

 

「やあ、こんな時間まで残務整理なんて精がでるね~」

 

彼女の思考は、突如聞こえて来た渋い声に阻まれた。

振り返り、そこにいた人物たちは、少し平塚を緊張させる。まあ、何階級も自分より上の上司が現れれば誰でも緊張はするだろう。

立ち上がり、頭を下げながら挨拶をする。

 

「お疲れ様です。京楽隊長。伊勢副隊長」

「やだなぁ、そんな畏まらなくて良いよ」

 

そう軽いノリで片手を上げたのが、八番隊隊長京楽春水。その隣で、軽く会釈した女性が副隊長の伊勢七緒だ。

 

隊長と副隊長。言わずもがな、各隊のナンバーワンとナンバーツー。席次の上ではそこまで離れていないが、実際の実力で考えてみると、この二人は雲の上の存在である。

 

しかし、そんな雲の上の存在である筈の京楽春水は、まるで隊長風を吹かせずフランクに振る舞う。

 

「さっきから何を読んでるんだい?」

「ああ、昔の教え子の卒業文集ですよ。整理してたらひょっこり出てきましてね」

 

ヒョイっと覗き込んでくる京楽に見える様、文集を動かす。

「どれどれ」と読み始めた京楽はしばらくして

 

「面白い子だねぇ、この子」

 

そんな事を言うものだから、平塚は慌てて首を振った。気を使わせてしまったと思ったのだ。比企谷の書いた作文は、お世辞にも人様に好感を持たれるモノでは無いので、そう思うのも無理はない。

 

「いえいえ、とんでもない。こいつはホントに性根と目の腐った奴で・・・」

「いやいや、そんな事はないよ。ね、七緒ちゃん?」

 

しかし京楽は頑なに首を振り、彼に話を振られた七緒も、隊長の意見に同意した。

 

「ええ、確かに大衆受けはしなさそうですが、それ故に的を得ています」

「だよね、それにこんな視点から斬魄刀を見た人は、少なくとも僕の知る限りでは初めてだよ。面白い」

「そ、そうですか・・・。ありがとうございます」

 

思いの外絶賛の嵐で、平塚は少し面を喰らった。しかし、自分が目を掛けている隊員が褒められるのは嬉しい事だ。

 

「彼、今は何処にいるんだい?」

 

京楽の問いに、平塚は心なしかはきはきした声で答える。

 

「彼は現在八番隊に在籍しております。階級は八席です」

「へえ、ウチの隊か。名前は?」

「比企谷八幡であります」

「ひきがや・・・。ああ、彼か」

「知ってるんですか⁉」

 

予想だにしない上官の答えに、平塚はつい大きな声を出す。確かに京楽と比企谷は同じ八番隊所属だが、かたや隊長、かたや中位席官と、階級は中々離れている。

 

特に隊長格ともなると、部下は二千名を超えるのだ。それを全て覚えられる訳がないし、なんなら上位席官だけ覚えていれば仕事に支障はない。特に影の薄い比企谷が隊長に覚えられているとは思わなかったのだが・・・。

 

「あーいや、知ってるっていうか」

 

顎を右手で摩りながら京楽は続ける。

 

「この前隊首会が終わった後、十番隊の日番谷隊長と話したんだけど、その時、『ウチの六席がいつもすまない。比企谷八幡にそう伝えておいてくれ』って言われてさ」

「そ、そうでしたか」

「それで、ウチの隊士に訊いてみたら、比企谷君、ちょくちょく他の隊の手伝いをしてるそうじゃない。僕鼻が高くてねぇ。浮竹の見舞いに行った時、ついでに自慢しちゃったよ」

 

京楽の口ぶりに、他の隊の仕事を手伝った事に対する非難の色はなく、とりあえず平塚はホッとする。

 

しかし、直ぐに鋭い視線が彼女を貫いた。それは決して敵意のあるモノではないが、やはり、圧倒的格上のそんな視線は心臓に悪い。

 

「もう一度訊くよ。今、彼はどこにいるんだい?」

 

それは、決して所属を訊いているのではない。比企谷八幡が今、どの隊の手伝いをしているかを訊いているのだ。

 

「ろ、六番隊の雪ノ下五席の手伝いをしています」

「ああ、陽乃ちゃんの妹さんか」

「なにか不味かったでしょうか?」

 

いつの間にか委縮してしまっている平塚を見て、京楽は慌てて手を振った。

 

「ああ、いや、別に怒ってるわけじゃないんだ。ただ、比企谷君が手伝っているのは他所の隊の仕事だからね。隊長として、動向ぐらいは把握しておかないと、他の隊長さん方に示しがつかない」

「は、はあ・・」

「とにかく、今度彼にあったら伝えといてよ。日番谷隊長が労ってたって。まあ、その文集を見る限り、彼が素直に信じるかは分からないけどね」

 

そうニヒルに笑うと、京楽は七緒を引き連れて去って行った。

 

平塚は文集を閉じ、窓際に寄る。

怪しく輝く月を見上げながら溜息をついた。

 

「嫌な夜になりそうだ・・・」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『ぎゃあああああ』 『ぐわああああ』

 

俺・比企谷八幡は今、絶賛虚と戦闘中である。留美を背中に、雪ノ下雪乃と肩を並べて、前方から迫りくる虚を迎撃しているのだ。

 

幸い、この村の村人に化けていた虚共は小型のモノが多く、俺の斬魄刀『陰浸』のゴミ火力でも簡単に始末出来ている。

 

しかも、隣には、ちゃんと攻撃力も強い『白吹雪』を扱う上官、雪ノ下雪乃がいるのだ。虚共の断末魔が耳触りなのも頷ける。

着々と数を減らし、余裕が出て来た俺は、雪ノ下に訊いた。

 

「五席んとこの九席とあと二人は大丈夫ッスかね・・・?」

 

雪ノ下は丁度跳びかかって来た蛙面の虚を斬り捨て、息一つ乱さず答えた。

 

「この村の住人が全員虚になっていると考えても、恐らく大部分は此方に来ているわ。疲弊しているとは言え、相川九席の実力なら二人を護りながらでも問題無いでしょう」

 

確かにそうか。九席はスタミナ切れとは言え、霊力自体は有り余っているんだもんな。それに、十七席と十九席だって席官は席官。

あぶれた虚を席官三人がかりで相手取っていると考えれば、こっちの戦場より戦況は良いだろう。

 

「それに・・・」

 

雪ノ下が言葉を足そうとした時、俺達に虚の凶刃が迫った。

 

「フッ」「っと」

 

各々その攻撃に対処した後、雪ノ下が続ける。

 

「もし仮に助けに行くにしても、もう少し敵の数を減らす必要があるわ」

「そうッスね。もしここで行かれても、俺じゃこの数捌き切れないんで」

 

そう言うと、彼女はクスリと笑い、

 

「貴方らしい理由ね」

「さいで」

 

俺は仄かに朱色付いた頬を隠す様に影を展開して虚に伸ばした。その横で、雪ノ下の純白の吹雪が炸裂する。

お喋りタイムは終了。再び攻撃開始だ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「くそッ! どうなってる⁉」

 

一方そのころ六番隊第九席は、一人休んでいた家付近で虚と交戦していた。急に出現した虚の霊圧に、飛び起きて外に出てみると、そこには数々の虚があったのだ。

 

霊圧の総量からして、ここにいる個体は全体の一部。なので、病み上がりとは言え彼が捌き切れない事はなかったのだが、その心中は穏やかではなかった。

 

虚の大部分が敬愛と恋慕の情を抱いている上官、雪ノ下雪乃五席の方に向かっている。雪ノ下がこの程度でやられるとは思わなかったが、それでも好きな人が虚と戦っているのだ。身を案じるのは当然の心理だろう。

 

そして、穏やかではない理由がもう一つ。

 

比企谷八幡。

彼の存在だ。霊圧を見る限り、比企谷は雪ノ下と同じ戦場で肩を並べて戦っている。まるでパートナーであるかの様に。

 

それが九席には我慢ならなかった。仮に、六番隊の者にそのポジションを取られるのならまだ分かる。しかし比企谷は八番隊、部外者だ。

そんな部外者である筈の彼が、何故直属の部下である自分を差し置いて彼女と肩を並べている・・・。

 

元来九席は、雪ノ下がわざわざこの任務に加えて来た比企谷と言う上官を快く思っていなかった。

彼女が他隊から隊員を引っ張って来ることなど今まで無かったし、聞けばあの男、雪ノ下が個人的に行っている奉仕活動を手伝っているという話ではないか。

以前、自分が手伝いを申し出た時はやんわりと断られたと言うのに・・・・。

 

そんな事がつもりに積もって毛嫌いしていた八番隊の第八席が今、まるで相棒の様に雪ノ下と共闘しているのだ。この状況を面白く思う者はいないだろう。

 

「ああッ!」

 

九席は苛立ち気に刀を振るった。

と、丁度その時だ。

彼は虚の霊圧の大量接近を感じ取る。

 

「なッ⁉ これは・・・、森の方からか!」

 

それは、比企谷が結界の中に閉じ込めて、足止めしていた虚の一団のモノだった。この村に急接近して来る。

そして、その一段の戦闘を走る二人は見知った霊圧で・・・。

九席はこめかみに青筋を浮かべながら憎々し気に唸った。

 

「釘峯、呂久・・・! 馬鹿が、結界を壊したら村とは反対側に走れと言っただろう・・・」

 

密かに九席は、釘峯と呂久に森の虚の討伐を命じていた。

 

『比企谷が結界の中に閉じ込めたが長くは持たない。虚共がこの村に流れ込んで来ては大変だからお前等で倒しに行け』と。

 

その際村から離れる様に逃げて、虚共をここから引き離せと命じた筈だったが、二人は村の方に逃げて、案の定虚を引き連れてきてしまっている。

それが、九席の認識だ。

しかし、実際の所は少し違う。

 

釘峯と呂久は最初、彼の言う通り虚を村から離そうとしたのだ。だが、反対側に駆ける二人を他所に、虚共は村の方へ駆けて行ってしまった。

慌てて先頭に躍り出て応戦する二人だったが、八席と九席が二人が狩りで撤退を余儀なくされた数だ。彼等より圧倒的に劣る釘峯と呂久に対処できるわけもなく。

結局彼等は、上司たちのいる村へ、虚を引き連れながら遁走したのだ。

 

正直この命令は、ヘマをやらかした部下二人に対する彼の意趣返しという側面が強かったのだが、完全に失敗した。

九席は部下をいたぶる為に出した命で、自分の首を絞める事になったのだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「・・・心なしか、大分敵の数が減った様に思うのだが・・・・」

「心なしかでなくとも減ってるわよ、安心しなさい」

 

また独り言に返された・・・。だからやめてって、俺がタメ口きいたみたいにだんだろうが。

 

「でも油断は禁物よ。戦場では何が起こるかわから―――」

 

戦場では何が起こるか分からない。多分雪ノ下はそんなフラグめいた事を言おうとしたんだろう。その言葉がフラグである事を証明する様に、不測の事態が彼女の口を閉じさせた。

 

「「!」」

 

俺達は一斉にそれに気付く。

 

「これは・・・、虚!? 援軍か!?」

「その様ね。でも貴方、結界はもう少しもつんじゃなかったの?」

「そ、その筈なんですが・・・」

 

その筈なんだよ~、もっともつ筈だったんだよ~。だからそんな目で見ないで下さい。

 

というか、幾ら何でも早すぎる。まだアレから一時間も・・・。

と、次の瞬間、虚の声によってその思考は中断された。声を上げたのは村長だった蜘蛛型のアイツだ。

 

『ヒヒ、礼を言うぜ・・。まさかそっちから結界を破ってくれるとはなぁ』

「!?」

「どういう事・・・!?」

 

俺達の反応に、虚も少し驚いた様だ。

 

『なんだ? アレはテメェらの指示じゃ無かったのか・・・。まあ、頓狂な命令だとは思っていたが・・・』

 

虚は無駄に人間臭い雰囲気を醸し出しながら続ける。

 

『となると、あのバテてた男の指示か。ありゃあ、自己顕示力の強い馬鹿だからな』

「・・・なんか話が読めたな・・・」

「・・・ええ」

 

こめかみを押さえながら唸る雪ノ下。

 

多分だが、結界に閉じ込めた虚を倒す様、九席があの二人に指示を出したのだ。そして、案の定倒しきれず虚と共にこの村へ遁走して来たのだろう。直属の上司でなくても頭が痛い。

全く、余計な事を・・・。

 

「こうなったら、せめて援軍が村に着くまでに虚を倒しましょう」

「了解ッス」

 

雪ノ下の指示に同意し、俺は生き残っている虚共にそれぞれ一本ずつ影を伸ばした。

地を這いながら伸びる影を隠す様に鬼道を撃ち放つ。

ど派手な霊圧の攻撃に気を取られた虚共は、案の上影の接近に気が付かず。針山の様に付き出された影の刃に貫かれた。

弱い部類の虚はそれだけで消滅する。

 

そして死ななかった個体は、手足に影を巻き付け、雪ノ下の射程にブン投げた。

待ち構えていた雪ノ下は霊圧を研ぎ澄ませ、

 

「『時雨吹雪』」

 

弾丸の如き勢いで依頼した雪玉群が、虚共の身体に風穴を開けた。彼等が消滅したのは言うまでもない。

 

「はあああああああああ!」

 

その凄まじい威力の雪玉は俺が投げた虚共にとどまらず、次に投げ飛ばそうと思っていた奴らまで粉砕していった。・・・なんか、俺あんまり要らなかったんじゃね?

 

『な、なん・・・だと・・?』

 

雪ノ下の所業に、蜘蛛型虚が狼狽する。当然だ。もうこの近辺に残っている虚はコイツしかいなくなってしまったのだから。

 

彼女は霜が刀身にキラキラと纏わりついている斬魄刀を虚に告げ、凛と告げる。

 

「さあ、あとは貴方だけね。覚悟しなさい」

『っく!』

 

カッコいいな、オイ。

 

『糞が! なめるなよ、死神風情が!』

 

叫声を上げ、白い糸を数本口から吐き出す虚。

 

「死神『様』じゃねえのか?」

 

迫りくる糸を俺は刀を払って防せぐ。一方、雪ノ下は攻撃が届く前に吹雪で氷結させた様だ。

そして、この糸の防ぎ方は雪ノ下のやり方が正しかったらしい。

 

「!!」

 

俺は驚愕する。斬魄刀が糸に絡めとられていたのだ。糸はしっかりと刀身に張り付いているらしく、まるで剥がれる予感がしない。

 

「チッ、『陰浸り』!」

 

人力ではどうする事も出来ないソレを始解の影と霊圧で強引に弾くと、雪ノ下が寄って来る。

 

「中々厄介な攻撃を持っている様ね」

『ヒヒ! それだけじゃねぇぜ!』

 

高らかに告げた虚は俺達に自分に腹を見せてきた。そこには妙に見覚えのある玉が埋め込まれていて・・・。

 

「・・・! アレは!」

 

脳裏に浮かんだのは、雪ノ下と九席の体力を著しく奪ったあの虚の腹に付いていた玉。

 

「まずい、さが―――」

『遅い!』

 

次の瞬間、腹の玉が目映く輝き――――。俺達の身体から、急激に力が抜けて行った。

 

「これは・・・、今度は霊圧か!」

『そうだ! 俺はこの村の王! 与えられた力も他の若輩共の比では無い・・・! さあ、俺に全ての霊圧を明け渡せ!』

 

堪らず俺達は虚から距離を取った。

家屋の影に身を隠す。

 

「アイツはちょっとヤバいッスね・・・。虚としての素の力はせいぜい並みだが、付加能力がハンパない」

「ええ、鶴見さん」

 

雪ノ下は俺の呟きに頷きつつ、留美に話しかけた。

 

「これ以上は、私たちの後ろに下がっているだけでは危険よ。貴方に結界を張るので、終わるまでじっとしていて」

「で、でも・・・」

「大丈夫だ。直ぐ終わる。俺等を信じろ」

 

不安そうな留美の頭に手を乗せ、妹を諭す要領で語り掛ける。俺のお兄ちゃんスキルの高さに慄いたのか、留美は弱々しくも頷いた。

 

「では、結界を張るからどいてくれるかしら? ロリガ谷君」

「ちょっと!!?」

「ふふ、冗談よ」

 

アンタが言うと冗談に聞こえないんだよ。毒舌がデフォだから。

 

「とりあえず、あの虚と接近戦は避ける事。鬼道を織り交ぜて、遠距離から迎え撃ちましょう」

「うっす」

 

まあ、それしかないだろうな。近づき過ぎれば霊圧を吸われ、攻撃に触れれば纏わりつかれて鬱陶しい。

なら、取れるべき攻撃手段は遠距離攻撃に限定されるだろう。

 

俺達は頷き合うと一斉に虚の前に姿を現す。

 

『やっと出て来たか! 作戦会議でもしてたのかよ!?』

「どうだかな!」

 

吐き捨てると、俺は太い一本の影を虚に伸ばした。

 

『はっ! こんな馬鹿正直な攻撃誰が喰らうか!』

 

虚は影を易々と避ける。しかし、足に鈍痛が走ったのだろう。『あ?』荒い声を上げつつ動きを止めた。

 

『コイツは、細い影!?』

 

俺は先の太い影に紛れさせ、細い影も数本伸ばしたのである。ソレは奴を直接狙わず、側面から足を貫いたのだ。正面から迫りくる太い影をぶち当てる隙を作る為に。

 

『ぐっ!』

 

影を喰らった虚が苦悶の声を上げる。しかし――――

 

『残念だったな・・・! この程度の攻撃でこの俺を――――』

「良く見てみろ、馬鹿野郎」

『!』

 

俺の助言で漸く気付いた様だ。

そう、俺は何も、とどめの一撃として太い影を放ったのではない。もう何度も言っているが、俺の斬魄刀の攻撃力など高だか知れているのだ。主要の火力として数える方がおかしい。

あの太く目立つ影は攻撃の為に放ったのではない。あれも、只の拘束用だ。

恐らく奴は、あの影を攻撃用だと思った事だろう。だが、そいつは布石。

 

雪ノ下の攻撃をクリーンヒットさせるための、単なる当て石に過ぎないのだ。

 

そんじゃま、あとは頼みますよ。雪ノ下五席。

俺の心の声が通じたかは分からないが、雪ノ下はタイミング良く霊圧を爆発させる。

 

「吹き荒れろ『吼矢霙』」

 

美しい氷の矢が、吹雪を伴って虚の仮面に飛来した。

その凄まじい速度に、俺は勝利を確信したのだが・・・。

 

その確信を希望観測だとあざ笑う様に、急速に矢の運動エネルギーが衰退した。

 

「なっ!」

 

雪ノ下が驚愕したと同時に俺も気付く。俺の影も、いつの間にか虚から離れてしまっている。

いや、というよりアレは・・・。

 

「技の霊圧が吸われてやがる・・・」

 

まさか、俺達の霊体からだけでなく、放った攻撃からまで霊圧を奪うとわな。

これじゃあ、無暗に攻撃する訳にもいかない。全くもって厄介だ。

 

にしても、さっき戦った体力吸収虚とあの蜘蛛野郎とでは、随分と埋め込まれている玉の性能が違う様である。まあ、攻撃介して俺等の体力は奪えないから無理もないが・・・。

 

さっきのと比べてここまで段違いの性能だと、なにかデメリットがある様に思えて来る。

それを見つける事が、この状況を打破する突破号になるだろう。

 

「雪ノ下五席・・・」

「分かっているわ」

 

どうやら俺が考え着いた可能性に、彼女も行き着いたらしい。

 

「話が早くて助かりますよ」

「お互いにね」

 

俺は影を四方から、雪ノ下は正面から吹雪を発生させ、もう一度、蜘蛛虚にぶつけた。やはり、ぶつかる前に消滅するが、今回はかなり霊圧を抑えている。

しかし、それでも吸われている事に変わりはない。

早く、突破号を見つけなければ、地面に膝を付くのは俺達だ。

俺と雪ノ下は、奴の腹の玉に注意を払いつつ、攻撃を繰り広げて行った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

鶴見留美は、多少なりとも死神の素養のある子供である。

故に、結界の中にいても、比企谷と雪ノ下の霊圧と、虚の霊圧。それらの衝突を感じ取っていた。

 

しかし、それでもまだ拙い子供。霊圧を極限まで抑え込んだ実力者の接近に気付く事は出来ない。

 

ザリッ

 

突如聞こえた足音に振り返ると、そこには見覚えのない男がいて、しかし留美は、その男から不気味な雰囲気を感じ取った。

男は緊張感のない声で、留美の臓腑を掴む。

 

「へえ、君が『祇御珠』の適合者か」

 

その男に抱いた印象は『蛇』。するりと飄々と相手の懐に忍び込み毒牙を向ける危険な白蛇だ。

彼は口元に薄い笑みを浮かべ、細腕で結界に手を付きつつ屈み腰になった。

留美と目線を合わせ、そして言う。

 

「ボク、市丸ギン言うねん。仲良うしてや」

 

 



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第八話 この虚共は思いの外知能が高い。

 

 

 

俺と雪ノ下は、依然として攻撃を続けていた。

 

影と吹雪の両方を、虚は霊力を吸収して減衰させてゆく。今の所、奴の霊力吸引の勢いが衰える気配はない。吸収上限がないのか、俺達二人の霊力総量より、吸える量が多いのか。

 

砂漠に手持ちの水をばら撒くような途方の無さを感じるが、奴が俺達の霊圧で強化されないのがせめてもの救いだろう。

 

しかしそれでも霊力が吸われている事には変わりない。いい加減行動を起こさないと、火力不足で奴を殺し損ねそうだ。

雪ノ下もそれは分かっているらしく、俺達は同時に一度合流した。

 

「なんか分かりましたか?」

 

尋ねると神妙な顔で

 

「・・・あの虚。霊力を吸収する時としない時があるわね」

「え?」

 

どうやら、この上官度のは何かに気が付いたようだ。

 

「二人で連撃を仕掛けていたから分かりづらかったのだけれど、減衰した攻撃と自ら防いだ攻撃があったわ」

 

そ、そうだったのか。気付かなかった。い、いや違う! 俺は怠けてたわけじゃない! あの嵐のような攻撃の中でそれに気付く雪ノ下が凄すぎるんだ! あと俺の実力不足とも言う・・・・。て、おい。

 

ひとしきり心の中で言い訳をした後、俺は考える。雪ノ下の言った事が本当なら、考えられるのは・・・。

 

「つまり、あの虚の霊力吸収はオートではない・・・」

「ええ」

 

雪ノ下が頷く。どうやら彼女も俺と同じ結論に至ったらしい。

 

まあ、良く良く考えれば霊力吸収なんてトンデモ能力オートで発動できるわけないよな。それが出来たら最早チートだ。んな使用者に都合の良い能力存在する方がおかしい。

まあ、裏を返せば俺等にも都合良いだけの能力なんてないって事なんだけどね。マジ神様ってケチだわ。

 

しかし、神がケチなのはこの際見逃してやろう。

俺達の予想が正しければ、攻略法が割れた。

 

霊力吸引が任意発動だというのなら、奴の反応速度を上回る攻撃を放てば良いのだ。

俺達はこれまで、過剰な霊力吸収を恐れて、可能な限り弱い攻撃を続けて来た。

しかし、あの蜘蛛型虚攻略に必要なのは、霊力を存分に孕んだ迅速かつ大火力な攻撃だったのである。

 

「それともう一つ」

「まだ気付いた事あんスか?」

 

おいおいマジかよ。正直さっきのだけで結構強力な突破号だぞ。有能かよ。

驚く俺を尻目に雪ノ下は続ける。

 

「気付いた事と言うより、推測できる事よ」

「推測?」

「ええ」

 

一呼吸置いて、彼女は口を開く。

 

「奴の霊力吸収は自身の意思により行っているモノ。だとすれば、意識の外から攻撃に反応出来る道理はない筈」

「!」

 

その言葉に俺はハッとした。

 

そうか、オート発動なら奴に近づいた物全ての霊力を問答無用に吸収できるだろうが、今回はそうでは無いのだ。確かに、気付かない攻撃の霊力を吸収できるわけがない。

雪ノ下は俺を見て言った。

 

「比企谷君。貴方の斬魄刀で奴の真下から影を伸ばして貰えるかしら」

 

その言葉だけで作戦の概要は大体わかった。いつも通り、俺が囮で雪ノ下メインだ。実に俺らしい役どころである。拒絶する理由はない。

 

「了解」

 

ならまず狙いを悟られない様に、真正面から影を放つか。そう考えた所で、まるで思考を見透かす様に雪ノ下の声が。

 

「先手は私が取るわ」

「え、いや良いッスけど、俺でもできますよそのくらい」

「この戦闘で随分と搦め手を使っている貴方が、真正面から攻撃を放って何もない訳がないでしょう。警戒されては元も子もないわ」

 

た、確かに。そういう事なら上司殿に任せよう。

俺が身を引くと、雪ノ下が攻撃を放った。

 

一際鮮烈に美しい白吹雪の一撃は、それなりの霊圧が込められているのだろう。これを囮とは思うまい。

 

『バカめ! 意表を突いたつもりか!』

 

虚は吠え、霊力を吸収しだす。それが目に見えて分かるが、雪ノ下は更に力を込め続けた。奴はこちらが意表をついて仕留めに来ていると思っている。ならば相応に粘っておくべきだ。

 

しばらく拮抗状態が続き、雪ノ下が霊力放出をやめた。本来の五席クラスの実力を知っていれば、随分とやる気の無い攻撃だが、あの虚に死神の知識などないだろう。

 

『はっ! もう終わりか! ちったぁ頑張ったがここまでだな!』

 

そう嘲るバカの真下から、俺は四肢と腹に影の刃を突き刺した。

 

『がっ』

 

予想通り、霊力を吸われる事なく虚の身体にヒットする。

が、流石に腹部は堅く、弾かれた。しかし、足四本を貫いたのだ。機動力はかなり削いだと言って良い。

 

『くそ・・・、これはカゲ野郎の攻撃か・・・っ!』

 

正解。

 

『だが・・、甘かったな・・・! てめえはこの一撃で俺を仕留めるべきだった・・・』

 

クツクツと虚が嗤う。

次の瞬間、再び霊力吸引が巻き起こった。俺の影の霊力が一点に吸われていく。

 

『結局てめえは! 俺に霊力を食われるだけなのさ!』

 

咆哮じみた叫笑を放つ虚。

そんな虚に言ってやった。

 

「そうだな。それが俺の狙いだよ」

 

 

『は・・・?』

 

予想外の返答だったのだろう。間の抜けた声を漏らした虚は、次の瞬間、俺の言葉の真意を知る事となる。

 

俺は吸収される霊圧を頼りに、大量の影をその一点に放った。

つまり玉の埋まっている場所にだ。

 

『なっ! お前・・・何を・・・』

「お前の腹の中心部に玉が埋まってるのは分かってたが、玉を直視できない状況下で、正確にそれを狙える自信はなかった」

 

狼狽する虚に、俺はお道化て言ってやる。

 

「けどな、別に視認する必要なんてないんだよ。お前が俺の攻撃の霊力を吸収すれば、自ずと場所なんて割れるんだからな」

『・・・・!』

「場所が分かれば、その一点にだけ影を送り込めばいい。球体を覆う様に影を展開すればお前が吸える霊力は俺のものだけだ」

『!!』

 

ここで、漸く奴は俺達の作戦に気付いたらしい。

 

同時に、雪ノ下の霊圧が極限まで高まる。先程よりも数段強い、正真正銘とどめの一撃。ソレを放とうとしているのだ。

 

『貴様・・・等・・・!』

「これで終わりよ」

 

虚の慟哭も虚しく、ピシャリと言い放った雪ノ下は必殺の威力を纏った攻撃を撃ち放った。

 

 

 

 

ゴウッ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼

 

 

 

比喩抜きの轟音を置き去りにして、彼女の攻撃は虚を襲う。彼の生命活動を停止させたのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

虚の消えた村は驚く程広い。

ポツンと取り残された様な錯覚に陥りつつ、俺はとりあえず息を吐く。

 

「終わったか・・・」

「そのようね」

 

同調する雪ノ下の声もどこか柔らかい。まだ、任務は終わっていないが一つの山場を終えた事でホッとしているのだろう。

しかし、そんな彼女も流石に席官。直ぐに、佇まいを直し、凛とした声で告げる。

 

「けれどまだ終わったわけではないわ。気を引き締めて――――」

『そうだな。第二ラウンド突入だ』

 

「「!」」

 

聞こえて来た第三の声に、俺達は振り向く前から事態を把握した。虚だ。この村にやって来ているという虚が、遂に到着したのだ。

 

しかし、実際に目を向けてみると、予想していなかった光景も広がっていた。

 

「あいつら!」

『ヒヒヒ』

 

体力を奪う球体付きの虚が、意味ありげに笑みを零している。その意味を、俺達は嫌と言う程に突き付けられた。

 

玉付虚の背後にズラッと並んでいる下級虚共。その虚たちに、九席、十七席、十九席が捕らえられていたのだ。

 

彼等は、俺達を見るなり各々叫ぶ。それはとても悲鳴じみた声で、虚に刻まれた恐怖の大きさが伺えた。

 

「ゆ、雪ノ下五席・・・!」

「助けて下さい! 五席殿! 八席殿!」

 

これは下位席官二人の言葉だ。実に人間味の溢れる台詞である。誰だって死に直面すれば恐怖で気丈には振る舞えなくなるだろう。

だからこそ、九席が放った言葉は彼に対する俺の評価を一変させた。

 

「・・・ッ! 我等に構わずやって下さい! 雪ノ下五席!」

「「なッ⁉」」

 

意外な言葉だ。存外、奴にも死神としての誇りがあったと言う事だろうか。

彼の主張に、他二人は驚愕したようだった。すがる様な瞳で九席に良い募る。

 

「何を言っているのです九席殿! 五席殿なら我等を救って虚を殲滅する事も可能!」

「そうです! 我々はまだ・・・!」

「黙れ!!」

 

往生際の悪い部下を一喝する。その迫力に、二人は簡単に押し黙った。九席はそのまま、硬直する部下を睨みつけ厳かな口調で言う。

 

「敵に捕まった我々の不手際を雪ノ下五席に押し付けるな。本来、この件には無関係の八席の力まで借りているのだぞ」

「「・・・・・・」」

 

そう言われれば二人に言い返す言葉はなかった。元々、この虚の一団が村に到達したのは、アイツ等が俺の張った結界を破った所為だ。まあ、その命令を下したのは九席なんだけど。

 

その所為で虚を捌き切れず捕まった。失態に失態を重ねたのだ。確かに命乞いを出来る立場では無い。

 

「や、やって下さい・・・! 五席殿、八席殿」

「お、俺達に構わず虚を・・・・」

 

しかし、泣きそうな顔でそんな強がりを口にする彼らを見殺しにするのも正直寝覚めが悪かった。大体、彼等は俺の部下ではない。

見殺しにするか助けるかの判断を下すのは、というか下していいのは雪ノ下だけだ。

 

ともすれば、下される命令がなんであれ、俺はそれに従おう。嫌だ、やっぱり俺の社畜精神ハンパない。

 

「比企谷君」

「はい」

 

雪ノ下が口を開いた。

 

「勝手で悪いのだけれど、三人の救出を最優先にするわ。負担になるだろうけど・・・」

「了解ッス」

「!?」

 

なんだよ、そんなビックリすんなよ。

 

「いいの?」

「そう言ってんでしょう。大体、自分で指示だしといて何驚いてんすか?」

「人質救出最優先という事は、普通にやるより貴方に負担が掛かるのよ?」

 

確かにそうだね。虚の顔色伺いながら戦うって事だからね。でもまあ、

 

「負担とか今更ッスよ。他の隊の仕事手伝ってる時点で働きたくない俺からしたら負担ハンパない。それに・・・」

「?」

 

疑問符を頭上に浮かべる雪ノ下。キョトンとしたちょっと可愛い彼女に、俺はキメ顔で言ってやる。

 

「上官命令に逆らう度胸、俺にはないんで」

「・・・・・・」

 

わーお、目の冷たさが百倍マシになっちゃったよこの子。ふふふ、まさか俺がカッコいい事でも言うと思ったか? 甘いな! 八幡理解度がまだまだ足りないぞ!

そんな葉山みたいな台詞が吐ける訳ねえだろ恥ずかしさで悶え死ぬわ!

 

なんて思っていると、雪ノ下に深いため息を吐かれ・・・。

 

「まあ、その方が貴方らしいのかもしれないわね」

 

ちらっと此方を見た彼女の瞳は、もう冷たくはなかった。

 

「よろしく頼むわよ。比企谷君」

「はい」

 

 

パチパチパチパチ

 

 

俺達が話をまとめた所で、乾いた音が連続して聞こえて来る。見ると、球体付き虚が気様に』拍手をしていた。

 

『いやー、良かった。俺達に構わずやってくれと人質が言いだした時にはどうなる事かと思ったぜ』

「どういう意味だ?」

 

探る様に尋ねると、奴は大仰に腕を広げ

 

『ハッ、俺等の立てた作戦だと、人質救出に趣きを置いてくれないと困るんだよ』

「・・・?」

『何を言っているか分からないって顔だな。ま、それもそうか』

 

虚は余裕綽綽と語る。その様子から自分たちが負ける事など微塵も考えていない様に思えた。一体、どんな作戦を立てたと言うのだろう?

まあ、土台虚の立てた作戦だ。そんな大層なものではないと思うが・・・。

 

そんな常識的な考えは、次の言葉でかき消された。

 

『比企谷八幡、お前は自由に行動していい。斬魄刀の解放も、鬼道も、お前の自由だ。だが、攻撃はすんな』

「は・・・⁉」

『こっちの数が一体でも減ったら、その時点で人質の命はないぜ』

 

なんだ? こいつの真意はなんだ・・・。人質を獲っておいて、虚を殺さなければ自由に動いていいだと?

 

『そして、雪ノ下雪乃。テメエは一切の行動を禁じる』

「「!!」」

 

俺と雪ノ下で、随分と待遇が違うな・・・。

 

「つまり、楽に倒せそうな俺をさっさと片付けて、集中して雪ノ下五席を叩こうって腹か?」

『いいや?』

 

・・・だろうな。ただ楽に俺達を倒すのが目的なら、そんなまどろっこしい条件を付ける意味はない。俺達が人質の命を優先した時点で、もっと理不尽な要求が出来る筈だからだ。

 

『それともう一つ』

 

まだあるのかっ。

 

『さっき比企谷八幡には行動の自由を認めたが、範囲を限定させて貰う。俺の後ろに横一列に並んでいる虚が見えんだろ?』

「・・ああ」

『あれより後ろに行けば人質は殺す』

「成程、俺お得意の背後からの奇襲を封じる算段か」

 

ヤバいな。思ったよりこの虚頭が良い。意味不明な命令もあったが、雪ノ下の動きを封じたのは良い判断だろう。

何より陣形が良い。

人質の周りは装甲の堅い個体で固めている為、仮に背後から影で攻撃しても仕留められる可能性は低い。そしてその場合、虚共の背後を取れば人質を殺すという条件に抵触してしまう可能性がある。

俺は馬鹿正直に正面切って、大っ嫌いな直接衝突を繰り広げなければならないと言う訳だ。

 

「お前、仲間から性格悪いなって良く言われないか?」

『馬鹿が。俺はそこらの虚とは一線を画す存在! 軽口を叩く仲間なんていねえんだよ!』

 

なんだ、お前もボッチか。だったらそう言えよ。ちょっと親近感湧いてきちゃったじゃねえか。

そうだよな。超越者って孤独だよな。俺も周りと一線画し過ぎてボッチだもん。

ん? 何が一線画してるかって? コミュ力の低さに決まってんだろ。

 

『さあ、お喋りはここまでだ! せいぜい足掻け、比企谷八幡!』

 

それを合図に、一斉に虚が襲いかかって来た。

 

「くそ!」

 

俺は陰浸の能力を使い、一体の人影を作る。

 

『へェ! そんな芸当もできたか! だが、お前から虚に攻撃できない以上、小細工に意味はねえ!』

虚の言う通りだ。土台数を増やしても、敵の数が減らなければ勝てない。単に攻撃の手を二手に分散させるだけ。

これは問題を先延ばしにしているだけだ。

 

続けて奴は叫ぶ。

 

『そして判断が遅れたな!』

「!」

 

次の瞬間、大量の虚共が二手に分かれる前の俺と、俺の分身に襲いかかった。

 

 

ドオオオオオオオオオン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪ノ下side

 

「比企谷君!」

 

雪崩の様に押し寄せた虚に埋まった部下に、思わず駆け寄りそうになる雪ノ下。そんな彼女の行動に歯止めを掛ける叫声が飛んだ。

 

『動くな! 人質を殺すぞ!』

「っ!」

『テメエは危険だ。動く事は許さねえ。そこで指を咥えて見ているんだな。俺達に部下が嬲り殺される様をよ』

「下衆が・・・」

『ハッ、戦略的だろ?』

 

雪ノ下が吐き捨てると、虚もまた嘲る様に返す。それは本当に人間や死神の様で、とても知能の低い虚種とは思えない。

 

―――これは一体・・・。霊圧の大きさから見ても、本来あんな知能の高い虚である筈が・・・。

 

そんな思考に意識を持っていかれている時だ。比企谷を押しつぶしている虚の山から黒い影が飛び出した。

 

それは、比企谷が作り出した能面の分身だ。

出て来たのが本体でなく分身というのは気がかりだが、本体が死んで消えない分身等いないだろう。とりあえず、あのひねくれ者の第八席はまだ生きていると言う事だ。

 

無意識的に胸を撫で下ろした彼女は、何故自分がホッとしたのか。それに意識を向ける事なく影の行方を目で追った。

 

『ハッ! 出て来た所で所詮分身・・・それに』

 

分身は、人質をとっている虚数匹の前に踊りでた。虚はその様子に焦る素振りすら見せず、寧ろ仮面の穴越から覗く眼光を細めた。

 

黒い腕を振り被る影。しかし、その前に複数の雑魚虚が割って入り、腕の進行がピタリと止まった。

 

『俺達にお前が攻撃出来ない以上、どんな戦略も無意味だ!』

 

動きの鈍くなった比企谷の分身を袋叩きにする虚共。反撃出来ない分身になす術などなく、奮闘する事すら叶わず、中型虚の拳によって吹っ飛ばされた。

今はもう主のいなくなった民家に激突し、強度の貧弱な木造家屋の壁を突き破り姿が見えなくなる。

 

土台分身だ。あれだけの衝撃を受ければ十中八九消えてしまうだろう。

虚は勝ち誇った様に喉を鳴らす。

 

『さあ、これで邪魔者は消えたな』

 

最早、自分たちの敗北を露程も考えていない様だった。しかし、それもそうだろう。人質を獲っている時点で、既虚サイドに大幅有利の状況になっている。

加えて雪ノ下は動けず、比企谷は大量の虚に埋もれている。彼の放った分身も今しがた倒された。

 

もう、行動を許されている者はいない。

万事休す。この状況を端的に示した言葉が頭をよぎる。

 

『苦い顔だな。大虚でもねえ虚に追い詰められるのは、名門雪ノ下家の次女からしたら屈辱か?』

「・・・・随分、こちらの情報を持っているのね」

『そんな事を気にする余裕がまだあるか。素晴らしいな』

 

次の瞬間、虚の口元が仮面越しに歪んだ気がした。

 

『そんなお前の! 強い死神の! 苦悶の顔が見たい!!』

「・・・・っ!」

 

雪ノ下の顔が歪む。

虚の額の球体がぎらついた。またアレだ。

森で、雪ノ下を苦しめた、体力吸引能力。それを発動したのだ。

 

『アハハハハハハ!』

 

ひとしきり高笑を上げ終えると、膝を付く彼女に、虚が語り掛ける。

 

『ふう・・・さて、祇御珠を渡して貰おうか・・・』

「・・・さっきから良く聞く名前ね。なんなのかしら、それは」

 

そう言いつつ、雪ノ下は祇御珠が何たるかのあたりをつける。まあ十中八九、今自身が持っているあの数珠の事だろう。

 

『誤魔化すな・・・と言いたいところだが、良いぜ。お前の部下は俺の手中。どうあがいても最後にはソレを差し出す羽目になる』

 

虚は雪ノ下が目的の物を所持している事を確信している様だった。鬼道で結界を張っている筈なのに何故なのか。最もらしい疑問を見つけた雪ノ下は、会話をする為に口を開く。

 

「どうして私が持っていると思うの?」

『馬鹿か? 単純な話だ。お前は五席。此処に来た死神たちの中で最も位が高ェ。祇宝珠を保管するなら強い死神に持たせるだろうからな』

 

本当に頭が切れる。確かに、重要物件を部隊の責任者以外に持たせるのは怠慢だろう。知恵の高い者の常識と言うモノを、この虚は理解している。

 

いや、理解し過ぎているぐらいだ。幾ら知能の高い虚と言っても限度があるだろう。どんなに賢いサルでも人間と同じレベルの思考は出来ないのと同じで、本来只の虚がここまでの頭を持っている訳がない。

 

脳を弄られているのか。だとしたら他の高位の虚にか、それとも・・・・

 

「貴方は何故祇御珠を狙うのかしら・・・?」

 

雪ノ下は思考を打ち切り問いかける。今、思考の深みに嵌るのは良くない。

 

『力の為だ』

 

そのシンプルかつ簡素な答えに、内心雪ノ下は驚いた。

 

「力・・・」

『そう・・・力だ。それさえられば俺の霊力は今の二倍・・・いや、三倍まで膨れ上がる。虚圏を支配するのも夢じゃねえ!』

 

高笑いを放つ虚に、雪ノ下は分からなくなる。

奴は祇御珠を手に入れるのは力の為だと言った。それは確かに虚的であるが、少し虚的過ぎる気もする。

第一、奴は虚らしくない知恵を持つ虚だ。そんな奴が力の為だけに行動していたなど・・・。

 

そもそも、手に入る霊力の総量もショボ過ぎる。奴の霊圧が三倍になった所で全虚の頂点に立てるとはとても思えない。

 

「祇御珠を手に入れて、得られるものはそれだけ?」

『脳みそ空かテメエは? 霊力こそ絶対にして最強だ。強くなる上で、これ以上に重要なモノはねえだろ』

 

虚が嘘を言っている様には思えなかった。

 

しかし、だからこそ肩透かしを食らった気分になる。確かに、強くなるうえで霊力は重要なファクターだが、この頭の良い虚が狙っていた物の能力がそんな単純なモノだったとは・・・。

 

まあ、だか、これを渡せば奴が強くなるのは確実である。

肩透かしを食らったからと言って、「はいそうですかと」差し出す訳にはいかない。

 

が、今はこの状況を楽しんでいる虚も、いつかは強行手段に出るだろう。その場合、人質を取られている雪ノ下に抵抗する術はない。

 

いや、抵抗自体は出来る。しかし、その場合は部下の死を覚悟しなければならない。

抵抗しなかった場合も、祇御珠によって強くなった虚に自分たちは殺されるだろう。そうなれば任務失敗。

 

部下の命を取るか、職務を果たすか・・・。

 

雪ノ下雪乃は選択を迫られていた。

どちらにせよ、早く決断を下さなければならない。もたもたしていたら体力を吸われ尽し、抵抗すらできなくなる。

 

一度目に対峙した時とは違い、じわじわ吸われていく体力に冷汗を滲ませながら、雪ノ下は部下の命と死神の使命を天秤に掛けた。

そして、席官として、護廷隊隊士として、取るべき選択肢は決まっている。

 

 

――――ごめんなさい。

 

 

彼女は心の中で部下に謝った。

死神の使命。それが彼女のとったモノである。

 

一度大きく息を吸って、自身の中から迷いを消す。というより一時的に振り払う。思考を止め、一気に片付けるべく刀に手を掛けようとしたその時――――。

 

『ぎゃああああああああ!』

 

突如響き渡った断末魔にバッと顔を上げた。視界に飛び込んできた光景に、一瞬理解が追いつかない。

 

 

しかし確かに、雪ノ下の双眸には、背後からの奇襲により、人質全員を救いだした比企谷八幡の姿が映っていた。

 

 

 

 



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第九話 比企谷八幡は任務を完了する。

 

 

 

「なん・・・だと・・・」

 

玉虚は仮面の奥の目を見開き、突如現れた死神を見る。

比企谷八幡。隠密行動を得意とするあの中位席官は、雑魚虚共の物量突撃によって動きを封じられている筈だった。

 

それが、どういう訳か自分たちの後ろにいて、あまつ、人質を全員解放している。

これでは死神側に出した行動の制限制約が意味をなさない。

 

『何故・・・ッ!』

 

苦虫をすりつぶした様な声で唸り、玉虚は比企谷が押しつぶされている筈の雑魚虚の小山を見た。

 

――――何故あそこから脱出出来た⁉ 虚の数は減っていない・・・! なぎ倒されてすらいないのに、どうして・・・

 

しかし、次の瞬間、虚の山が黒い影に浸食され薙ぎ払われる光景を目にする。

その光景に全てを察した。

 

『まさか・・、最初に突っ込んできた影の分身は、影を身に纏ったオリジナル・・・!』

 

そう、あれは分身では無く比企谷本人。影を纏わらせ、自身を分身に見立てたのだ。

何故そんな事をしたのかは、虚共の後ろを取る為以外にない。分身に化けて虚と交戦し、上手い事後ろに吹っ飛ばされて倒されたように見せたのだ。

そして、まんまと人質を解放してみせた。

これで、雪ノ下に対する動くなという制約は白紙だ。恐らくこれから、一気に状況が変わる。

 

『貴様ぁぁぁ!』

 

玉付虚が激昂した。それに呼応する様に、人質を取っていた虚たち、つまり、比企谷の周囲にいる個体が彼に凶刃を振り下ろす。

 

「くッ」

 

苦々しい顔で仕打ちをする比企谷。流石に、人質を助け出した直後では攻撃に反応できない。

 

―――ま、救出時に傷を負うのは想定済みだ。このぐらいは甘んじて受けよう

 

そう身構えた時、鼓膜に何かが弾かれた音が飛び込んでくる。

目を開けると、自分に放たれていた凶刃が、九席の手によって防がれていた。

 

「お、お前・・・」

「勘違いしないでいただきたい。これ以上貴方に借りを作るつもりはない」

 

ツンデレの様な台詞を吐いた九席は、己の部下たちに指示を飛ばした。

 

「刀を構えろ呂久! 釘峯! 比企谷八席を守護しつつ五席の元へゆくぞ!」

「「はい!」」

 

上司の命令と、解放された恩赦からか、下位席官二人の返事も明るい。

士気が高まり猛攻を繰り広げる死神たちに虚の数は急激に減って行った。

その様子に、玉付きは苛立ち気な声を上げる。

 

『チィ! むざむざに合流させると思うか⁉ 絶対にそいつらを通すな! 先に雪ノ下雪乃を片付ける!』

 

「あら、誰を片付けるですって?」

 

凛とした氷の声に振り返る。

顔を伏せ、剣を前方に構えた雪ノ下の姿が目に映った。

 

『はッ、強がるな! お前の体力はもう限界―――』

「ええ、そうね」

 

虚の声を遮る様に氷の令嬢は言葉を紡ぐ。

 

「もう立っているのもやっとよ。これ以上長引けば私はもう戦えないでしょう・・・」

 

虚は口を挟めなかった。彼女の言葉に戦慄しているのではない。彼女からゆらりと放たれ始めた霊圧のデカさに戦慄しているのだ。

その霊圧は、無数の虚によって阻まれた先にいる比企谷達にも届いていた。

 

「す、すげえ・・・、これが雪ノ下五席の全力・・・」

「なんて霊圧だ・・・」

 

感嘆の声を上げる呂久と釘宮。中位席官である九席も、彼女の凄まじ過ぎる霊気に圧倒されている様だ。勿論、比企谷も例外では無い。

 

「・・・んだよ、やっぱりバケモンじゃねぇか・・・」

 

頬に冷汗が流れている事にも気付かず、またそう発言する意思もなく、それでも比企谷の口から、そんな言葉が零れ出た。

だが、今度のは、明確な意思を持って放たれた言葉だ。

 

「全員、霊圧を最大まで高めろ」

「え?」

 

という声を無視して、比企谷は続ける。

 

「多分次の五席の攻撃は今までで最大レベルのモノだ。俺達もそれに合わせる。これで虚共を一掃するんだ」

 

雪ノ下はもう相当量の体力を持っていかれている。加えて、直前には霊力を奪い取る虚とも交戦していた。恐らく次が最後の攻撃になるだろう。

そして、野郎共も長時間にわたる虚との戦闘で疲弊している。次の一撃で決めると言う比企谷の指示に、異を唱える者はいなかった。

 

雪ノ下霊圧上昇に合わせる様に、自分たちの力も解放してゆく。一遍の霊力も無駄にしない様に高めた霊圧を斬魄刀に注ぎ込み、彼女が動くのを待つ。

 

そんな中、死神達が最大攻撃を繰り出そうとしている事など梅雨知らず、玉虚は雪ノ下の霊圧上昇に狼狽していた。

 

『な、なんだこの馬鹿デカイ霊圧は⁉ 森で戦った時はこんな・・・・』

「あの時は、まだ、貴方たちの数が底知れなかったから力を温存していたのよ。でも、もうその必要はないでしょう?」

 

言い切った瞬間、雪ノ下の霊圧が爆発した。彼女の刀に、凄まじい冷気を帯びた吹雪が渦巻く。

 

『くっ!』

 

大地を蹴り、反射的に飛び退く虚。

しかし雪ノ下は焦る事なく虚に告げた。

 

「遅い」

 

そして、突風じみた吹雪の渦が放たれる。スピード、規模、ともに凄まじく避けきれない。このままではやられる。

 

『オイ! 何体か俺の盾に・・・・』

 

配下の虚にそう叫んだ刹那、玉付虚は見た。他の虚たちを乱暴に巻き込みながら、此方に迫って来る霊圧の塊を。

 

『なッ、なんだとォ⁉』

 

前方、後方からの攻撃。挟み撃ちだ。これでは避けられない。

そして、雪ノ下の攻撃だけでも自身が耐えきれるか微妙な所であるのに、加えて、八席、九席、十七席、十九席の混合攻撃となると・・・・。

 

早い話、虚が生存していられる可能性は皆無だった。

 

ジ・エンド。自分の死期を明確に悟り、虚の口からは止めどない断末魔が迸る。

 

『くそ、くそッ、くそッックソオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼』

 

そして、その断末魔も虚しいかな、攻撃の轟音に一瞬にしてかき消された。二つの攻撃が衝突し、衝撃が空気を揺らす。

煙が晴れ、現れた夜空には、最早虚の痕跡は欠片も残っていなかった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「おお、終わった終わった。イヤー強いなぁ。流石陽乃チャンの妹サンや」

 

カタカタと笑うのは市丸ギン。

護廷十三隊の三番隊隊長だ。何故そんな重鎮がこんな所に来ているのか? 勿論、十三隊から正式に命を受けて来たわけでは無い。

彼は、表向きは同僚となっている自分の上司の命を受け、この村に訪れたのだ。

 

目的は、虚にのみ作用し、千差万別の力を与える神器・祇御珠の回収とその祇御珠を唯一扱える存在、『適合者』を見つける事。

そして、市丸はその両方の目的を達した。

 

祇御珠は今、雪ノ下雪乃が持っている。このまま瀞霊廷に運ばれ、管理される事になるだろう。

適合者の方も同様だ。この村にもう彼女以外の者はいない。鶴見留美が適合者であると知らない雪ノ下や比企谷達もとりあえずは瀞霊廷に連れ帰る筈だ。そのまま留美が瀞霊廷に住まう事になるかは分からないが、少なくとも管理下に置く事はできるだろう。

 

つまり、比企谷達と虚共の戦いを見届けた市丸は、もうここにとどまる理由も、無理に留美にちょっかいを出す理由もないと言う事になる。

しかし、それでも留美は市丸ギンに対し未だに恐怖を感じていた。

実際彼に何かされた訳では無いが、彼の放つ独特の雰囲気が恐怖心を掻きたてるのだろう。

 

「さてと、ボクはそろそろ帰るわ。もうあの子らも戻って来るやろうし」

 

言って、結界から離れ、市丸は留美に背を向ける。

留美がホッとしたのも束の間

 

「あ、そうそう」

 

と、再び、あの緊張させる声が。ビクッと顔を上げると、市丸は愉しそうに一言口添えする。

 

「今日、ボクがここにいた事は秘密や。誰にも言ったらあかんで。もし言ったら・・・」

 

その続きは敢えて口にはしなかった。そして、口にしなくても留美には十分伝わっている。霊圧の震えでその事が分かったのだろう。

市丸は今度こそ踵を返して去って行った。

 

「ほんならおおきに。また会おうな、留美チャン」

 

残された嫌な空気に、留美は結界越しに寒気を感じて肩を抱えた。

しかし、その寒気を吹き飛ばす暖かな声が。

 

「留美!」

 

そう言って駆け寄って来たのは、自身が初めてまともに触れ合った死神・比企谷八幡だった。彼に続く様に雪ノ下雪乃。あと良くは知らないが他三名の死神たちも此方に向かって来ている。

 

「ハチマン・・・!」

「無事みたいだな」

 

そう微笑む彼の顔を見て、漸く市丸がもたらした緊張の糸が完全に途切れた気がした。

ホッとしたせいで涙が零れそうになる。でも、どうにかソレを堪えて留美は憎まれ口を叩いた。

 

「結界があるんだから当然でしょ。ハチマン達こそ大丈夫なの?」

 

その問いに答えたのは雪ノ下だ。留美に張った結界を解除しつつ苦笑する。

 

「とても無事とは言い難いわね。皆かなりのダメージを負ったわ」

「・・・・」

 

申し訳なさそうな顔をする留美に、雪ノ下は優しく微笑みかけた。

 

「でも、皆こうして生きている」

「ま、あんだけ虚いて損害ゼロで勝てたんだから上等でしょ。良い夢見れそうなんでとっとと瀞霊廷に戻りましょうや」

 

比企谷が頭をボリボリ掻きながら放った言葉に、雪ノ下を含む全死神達が賛成の意をします。

 

「そうね。報告もしなければならないし、いつまでも此処にいる理由はないわ」

「え?」

 

急に帰り出そうとする彼等に、留美は動揺を隠せなかった。

このまま死神たちが帰ったら自分はどうなるのだろうか・・・? 一人に、なるのだろうか・・・。

そう思うと、一気に目の前が真っ暗になった。

だから、彼女は一瞬、自分に掛けられた声を聞き逃す。

 

「・・・み、留美!」

「え?」

 

ビックリして顔を上げると、胡乱そうな比企谷の顔があり、再び胸を締め付けられる。が、次に放たれた言葉によって自分の想像が杞憂である事を知った。

 

「何してんだ。早く行くぞ。八幡もうヘロヘロなんだよ」

「え?」

「ほら」

 

っと、戸惑う留美の手を引っ張り、比企谷は少し先の雪ノ下らと合流する。すると、彼女は冷たい目で比企谷を見た後、留美に鬼気迫る声で告げた。

 

「鶴見さん。身の危険を感じたらすぐに私に言うのよ」

「おい・・・」

「何か不満があるのかしら? 知らない様だから教えておくけど、一般的観点から見ると、今の貴方は誘拐犯かロリコン変質者よ」

「フン、勘違いしないで下さいよ。俺はロリコンじゃなくて、シスコンです。勿論妹限定」

「鶴見さん。今すぐその男から離れなさい」

 

聞きようによっては結構ヤバい事を堂々と口走る比企谷八幡。そんな彼に頭痛を感じる雪ノ下雪乃。

 

留美は彼等に、小さい声で聞いた。

 

「いいの? 一緒に行って・・・」

 

そのか細い声に、比企谷が、留美の背中をパァーンと叩く。

 

「い、いきなり何―――」

 

そして、苦言を呈する留美の言葉を遮り、ハッキリと言った。

 

「良いに決まってんだろ」

「!」

 

それっきり、気まずいのかプイッと前を向いたままの比企谷の顔を、留美は茫然と見つめる。

 

そして、彼の言葉が冷え切った身体に、心に、魂に染み込み、みるみる内に凍り付いた全てを溶かした。溶けだした氷は水となって留美の身体を駆けあがり、両目から大量の雫となって溢れ出る。

 

虚の村に囚われ、しかしどうする事も出来なかった少女の涙を、死神たちは泣きやむまで見守っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

瀞霊廷

護廷十三隊六番隊隊舎

 

 

あの任務から三日がたった。

俺と雪ノ下は霊力や体力の消耗は激しかったものの、特に大きな怪我は負っていなかったおかげで一日の療養で現場に復帰する事が出来た。報告書等の事後処理を終え、漸く、通常業務に戻って来たと言える。

 

「相変わらず人来ねぇなぁ・・・」

 

机で書類の処理をしながらボソッと呟くと、横から氷の様な声が。

 

「何か問題があるのかしら?」

「い、いえ・・」

 

怖ェよ声が。あと目も。ごめんなさい、殆ど無意識だったんで見逃してください。それに、俺は人が来ないこの奉仕部が大好きです! だって暇だし!

そんな俺の祈りが通じたのか、雪ノ下はブリザード・アイを解く。そして、口を開いた。

 

「そういえば、今日ね」

「・・・ええ」

 

雪ノ下の言う事に、俺は心当たりがある。今日は留美が流魂街の地に戻される日だから、その事を言っているのだろう。

 

勿論、戻るのは元いた村にではない。もっと瀞霊廷に近く、また十三隊が素性を把握している者の所へ引き取られる事になったのだ。確か、十番隊の日番谷隊長と、五番隊の雛森副隊長の育て親の所だった筈。

 

このまま瀞霊廷に置いておけば十二番隊の涅隊長に目を付けられる可能性もあるし、そもそも留美は死神では無いのだ。流魂街で暮らすのが自然な形だろう。

 

「もう昼近いし、流石に出発しましたかね?」

「どうかしら・・・。あの子、信じられないけど貴方に妙に懐いていたから、出発前に顔を見せるんじゃないかしら」

 

いや、信じられないは余計だから。

それに、顔を見せるか・・・。実際どうなのかしら? まあ、わざわざ最後に遭いに来てくれるというのは嬉しくない訳では無いが、出発の都合というモノががる。融通が利くかどうかは分からない。

 

 

コンコン

 

 

突如、部屋の戸がノックされた。

え? もしかして、マジで留美来た? なんて思っていると、雪ノ下が「どうぞ」と声を掛ける。

 

その声に従い、開いたドアから姿を現したのは、俺達の予想に反した人物であり、また、俺達に緊張を走らせるほど高位の死神だった。

 

「ひ、日番谷隊長・・・⁉ 」

 

とんでもないVIPの登場に、俺は少し声が上ずる。雪ノ下も、他隊の隊長の登場に少なからず動揺している様だった。

 

「ど、どうして日番谷隊長がこちらに?」

「・・・お前等に会いたいと言う奴がいてな」

 

雪ノ下の問いにそう応えると、日番谷隊長は、とある人物を部屋に通す。

そいつは、俺達が良く知っている顔だった。

 

「留美・・・?」

「こんにちは、ハチマン」

 

現れた留美に、俺は驚きながらも近寄る。すると、留美はこう言うのだった。

 

「もう、出発するから、その前に二人に会いたくて」

「お、おう、そうか・・・」

 

コイツ・・・嬉しい事を・・・(感涙)。 やべ、マジでロリコンに目覚めそう。

 

「ほら、私の言った通りでしょ?」

 

等とドヤる雪ノ下を無視し、俺はクールに話しかける。

 

「向こうでも良い子にしてるんだぞ」

「うん」

 

頷くと、留美は少し言いづらそうにモジモジした。その後、改めて俺や雪ノ下の顔をて。

 

「あの・・・、ありがとう」

「え?」

「今回の事、ハチマン達がいなかったら私は多分死んでた。でもハチマン達が助けてくれた。だからありがとう」

 

留美は笑顔でそう言った。花の咲くような笑顔を見て、さっきまでロリコンに目覚めそうとか思っていた俺の邪な心が浄化される。本当に、見た者を優しい気持ちにさせる満点の笑顔だった。

その笑顔にあてられていると、留美は「それじゃあ」と手を軽くあげて、戸の方に向かって行った。

戸口で待機していた日番谷隊長が留美に訊く。

 

「もういいのか?」

「うん・・・」

「そうか」

 

留美と一言二言言葉を交わすと、日番谷隊長はもう一度此方を見る。出発すると思っていたのだが、何か用事があるのだろうか? まあ、あるとしたらどうせ雪ノ下にだ。俺は関係ないだろう。

 

「比企谷八幡」

 

なんて思っていた時期が俺にもありまし・・・・・て、俺ェェ⁉

な、なんで⁉ 俺隊長格に目を付けられるようなミスした覚えねえぞ! 勿論目に留まる様な活躍もな!

 

「別に説教しようってわけじゃねぇから安心しろ。ウチの隊員が面倒掛けたみたいだな。礼を言う」

 

それだけ言って、今度こそ日番谷隊長は留美を引き連れて去って行った。

う、ウチの隊員が迷惑・・・? ああ、葉山の事か。

良かった、怒られるわけじゃないんだ。てか、ビビってたのモロばれだったのね・・・。

 

「てか、なんで日番谷隊長が同伴してんだよ。扱い良すぎだろ留美の奴」

「確かにちょっと考えられない人選よね・・・」

 

雪ノ下が同意の言葉を口にした瞬間次なる来訪者が俺達の疑問の答えをもたらした。

 

「そりゃあ、ちょうど日番谷隊長が帰省するからだ。ついでだから自分が連れてくって申し出たらしいぜ」

 

そう言いながら現れたのは六番隊の阿散井副隊長だった。因みに彼が今回の任務を俺達に申し付けた張本人だったりする。

 

「いつになったらノックをしてくれるんですか・・・。というか、今のタイミング、盗み聞ぎでもしていたんですか?」

 

上官相手でも容赦ない雪ノ下の毒舌に、阿散井副隊長は「違えよ」と否定した。

 

「たまたま通りかかったら声が聞こえて来たんだよ。折角ねぎらってやろうと思ったのになんて事言いやがんだ」

「たまたま通りかかっただけなのに労う気があるだなんて、おかしな話ですね」

「ダーッ! メンドクセー! 揚げ足ばっか取りやがって・・・、おい比企谷! オメェもなんか言ってやれ!」

「え、あ、はい!」

 

おいおい、いきなり俺に振らないでくれよビックリするから・・・・。

てか、阿散井副隊長俺の事覚えてたの!? やばい、さっきから高官と接し過ぎてて身体が崩壊しそう。緊張で。

どんちゃん騒ぎをしている中・・・

 

「あのー」

 

なんて声がしていたみたいだが、俺達は一度目では気付けなかった。そして、本人曰く四度目の

 

「あのおおおおお!」

 

という大声で、漸く俺達の耳に声が届く。

 

振り向くと、開いた戸口に、明るい髪を団子状に束ねた、いかにもビッチ臭い死神が立っていた。

自身の声で引き起こされた静寂に尻込みしながらも、彼女は俺達に問う。

 

「あ、あの平塚五席に聞いて来たんですけど・・・。ここ、ほうしぶ? ってトコで合ってますか?」

 

おうふ・・・。奉仕部を求めてやって来たと言う事は・・・この人、奉仕部初の依頼者か・・・?

 

雪ノ下が彼女の問いに答える。

 

「ええ、そうよ」

「じゃあ、お願いしたら何でも叶えてくれるって本当!?」

「少し違うわね。私たちはあくまで依頼者の手伝いをするだけ。お腹を空かせている人に魚を釣ってあげるのではなく、つり方を教えてあげると言えば分かり易いかしら」

 

顔を輝かせた彼女に、氷の女王はピシャリと言い放った。そして、同時に放たれた例えに阿散井副隊長が声を漏らす。

 

「全く分かんねえ」

「奇遇ですね。俺もッス」

 

俺と副隊長の意見が一致しているのも気にせず、雪ノ下は彼女に言った。

 

「ようこそ奉仕部へ。それで、貴方の依頼はなんなのかしら?」

「あ、あの、私クッキー焼きたいんです!」

 

どうやらお菓子作りの手伝いが、彼女の依頼らしい。

 



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