SAO-peace of mind- (柴田 小太郎)
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0話 始まりの街で

ボンヤリとする視界に何かが見えまた暗闇に呑まれていく。何度も何度も繰り返す、暗闇の中では苦痛に襲われる。吐き気と頭痛、目眩。それらが激しく蠢き、自分という存在を食い荒らしていくかのようだ。少年は叫んでいた、言葉にならない叫びを暗闇の中でただ一人上げ続ける。突然、光が差し込みハッと青年は体を起こした。額には大量の汗をかき自分がうなされていたのだと自覚する

 

そして、鏡を見てからあれからかなりの時間が経った今も少年はその呑まれそうな暗闇に苦しまされているのだと自身のかおを見て思う

青年の名前は咲羽 八雲。今年は受験の大切な時期になるであろう18歳だ、だが彼は勉強などこの生きてきた中で一度もした事がない。何故ならありとあらゆる知識や経験がもう、とある研究の・・・そう。あの暗闇の中で刷り込まれているからだ、記憶に無くてもまるでずっと前から知っていたかのように全てをこなす。いわゆるデジャブという奴は八雲にとっては確実なモノであり万物に対して起こりうる事象であり、答えなのだ

 

だから、無意識に全てをこなす事のできる彼にとって勉強など米の一粒よりも価値はないのである

 

だが、そう便利なモノばかりではない。幼い頃のその経験は未だに夢に出てきては己を苦しめる。さらには、吐き気や頭痛等を頻繁に起こす等。まさに最悪のバーゲンセール

 

だが、人間誰しも慣れはあり吐き気のほうは然程問題ではなくなってきたがやはり頭痛だけはどうにもならないものだ。日によっては頭が割れるのではないかというほどの痛みに襲われる事もある

 

そんな彼を天才と呼び、自分の手元に置こうとする機関から数え切れないほどの誘いを受けているがその全てを拒否している。実の父親であり、とあるモノの開発の一部としてデータを提供していた咲羽庄司もしかり、その機関もしかり、今まで目に入ってきたモノは全て自分をモノとしてしか見てはいない。母は自分が産まれてすぐに他界し家族の温かみとかいうものも八雲にはわからない、そんな彼が上手い事友好関係を育める事などなく今は家でゲームや小説に没頭する日々が続いている。そんな彼を虜にしているのが父も一部関わったというナーヴギアなるモノを利用したゲームだ。実はその父親の息子だからという理由でベータテスターとして参加して以来、どうしてもあの世界が忘れられずにいた。それから時間が経ちようやく正式サービスが今日始まったのだ。窓を見ればそろそろ夕飯時なのだろうかという時間

 

寝床に仰向けになりナーヴギアをセットし、八雲は思う。自分を一つのモノとしてしか認識しない現実に生きる価値があるのかと

 

これから行くバーチャル世界では自分も人になれるのだろうか

合図と共に世界が切り替わっていく、そしてあっという間に世界は色彩を変え、鮮やかに変化していく

 

あの頃は人と人との関わりもあまり見受けられ無かったが今回は正式サービス初日。人も沢山いる事だろう

 

前回ログアウトした、小川は始まりの街の中にある人気のない場所だ

水面に映る自分とは違う顔を見て何故だかホッとした

 

背中には刃こぼれの目立つ両手剣がある。正式サービスと共に買い替えの頃合いなのだろう、ベータ版の時と同様の最寄りの武器屋で新調し街を行き交う人々を見る。だれもが本当の自分を隠し生きる世界。そんな世界にいると気持ちが落ち着くのを感じる

 

ふと、起床してから何も口にしてい無かった事を思い出し一度ログアウトしてから出直そうと思ったがどこにもログアウトの項目が見つからない。周りでも同じ理由でざわついている事に気が付いた

 

そして、鐘がなる

 

この時は誰も想像すらしていなかった。このゲームの恐ろしさを

 



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1話 少女と青年

突如、現れたゲームマスターから告げられた、デスゲーム開始の合図。広場に集まっていたプレイヤー達の表情が1人の少女の悲鳴と共に一斉に変わりだす。周りが動揺する中、八雲は1人冷静だった。仮想空間での死が現実になる、ログアウトでの脱出も不可能。簡単に言えばこの世界で生き抜いて見せろという事だ。これだけ大がかりなハッタリをかます意味もないだろう、ならばこれは真実と捉えておくべきだ。大半の者はここら一帯を狩場として力をつけることを考えるハズ。中には攻略には赴かず他者から略奪する事でこの世界で生きながらえる道を取る者も現れるハズだ、人間の歴史がそうであるように

 

それもまたいいのかもしれないが充実感に欠けた毎日を、送るのは現実となんら変わりがない。それなら、命をかけたデスゲームの方がスリルに満ちていて面白いに決まっている、中にはレベルを底上げして攻略に乗り込んでくる者もいるだろう。特にベータテストにいた黒髪の青年アバターのプレイヤーが気になるところだ。なら、それらの連中より上を行くためには必然的に効率のいいレベリングをしなければならない。ベーターの時の情報は全て頭に入っているため序盤のレベリング自体は難しくないだろう

 

その事に気づくベータテスターは少なくないハズ。なら一刻も早くこの街を出なくてはならない、そこでふと他のプレイヤーが慌てふためき行き交う中、他とは違う表情を浮かべている少女を見つけた。肩にかかるくらいの黒髪で、きっと笑えば向日葵のような暖かい笑顔を咲かせそうな、そんな印象を受ける少女。少女は確かに困惑しているが、恐怖というより、ボカンとしている感じだ

 

「お前・・・こんなとこで突っ立って何してるんだ?」

 

思わず声をかけた。自分から声をかけたのはいつぶりだろう。いつからか人を避けてきた自分にとってはこの行動がとても奇妙に思える

 

少女はゆっくりと顔をこちらに向けて、数コンマの間を置きハッと我にかえる

 

「えっとね・・・ボクにもわからないんだ〜」

 

困ったように笑う。正直に言おう、その解答がこちらにとっては最もよくわからないものだと

 

ますます謎の少女が気になった八雲は少女の手を取り広場から少し離れた場所まで連れて行く

 

「お前、今の聞いてなかったのか?」

 

半ば呆れながらたずねる。よっぽどのバカでない限りはゲームマスターから告げられた内容くらい理解できるだろうと

 

少女はうーんと少し考えた素振りを見せた後に真剣な表情でこちらを見てこう答えた

 

「ごめん、全然聞いてなかったや」

 

こめかみを抑えて思わず溜息をこぼすと、一通りの内容を少女に告げる。一瞬酷く驚いた様子を見せた後は真剣に話を聞いていた

 

話を終えた後。泣き出したり、悲鳴をあげる事もなく。ただ、じっと何かを考えてから口を開いた

 

「そうなんだ・・・じゃあ、1人だと危ないかな・・」

 

まあ、それは当然だろう。ベーターテスターならともかく初心者ならパーティでも組まなければ恐ろしくて出られないだろうなと八雲は思う

 

 

「そういう事だ。俺はもう次の街へ向かうからお前もとっととパーティなり組んで移動した方がいいだろうな」

 

じゃあなと立ち去ろうとする八雲の袖が何かに引っ張られ、溜息を一つついてから振り返る。案の定、引っ張っていたのは黒髪の少女だ

 

「あっ、そのー・・・ボクも一緒に行っていいかなーなんて」

 

困ったように笑いながら、落ち着きなさそうに立っている

 

「はー・・・なんで、俺がお前の面倒まで見なきゃならねーんだよ」

 

自慢じゃないが目つきの悪さには定評のある八雲だ。こうして話せば逃げていくかと思ったが少女は立っていた。目には怯えた色が見えるが、それでも少女は逃げたりしなかった

 

「お願い・・・今はまだ・・こんな所で・・」

 

さっきまでとはうって変わり、暗い表情を見せる少女。もしかしたら、少女はこの世界ではない、また別のところで何かを恐れているのかもしれない

少し間を置いて、さらに溜息をつくと。八雲はウィンドウを開いて答える

 

「・・・わかった」

 

ウィンドウを操作して、少女にパーティ申請を送り、それが受諾された事で自分の名前の下に少女の名前が現れる

 

「ユウキ・・か」

 

「え!なんでボクの名前知ってるの?!」

 

「自分の名前の近く見てみろよ・・」

 

「こんな所にあったんだね。クラウド・・・さんでいいのかな、よろしくお願いします!」

 

「クラウドでいい」

 

八雲こと、クラウドは思う。このユウキという少女は何故だか妙に気にかかる。まさか自分が誰かとパーティを組むことになるとは思ってなかったがなったものは仕方がない。一つ小さな溜息をつき、何もわからないらしいユウキに一通りこの世界でのレクチャーをした後、ユウキを連れて街を出た

 




お気に入り登録してくださった方達、目を通してくれた方々。ありがとうございます、これからも更新していきますのでよろしくお願いします。


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2話 1日の終わり

始まりの街を出てようやく次の村へ到着したクラウドは一息つくために宿屋を探していた。ユウキはといえば横に並ぶようにクラウドの側をついてきている

 

「にしても・・・お前本当に初心者か?」

 

「うん。そうだけど?」

 

キョトンとしたように答えるユウキだが、実際それを疑うほどの身のこなしだった。もし本当に初心者なら凄まじい才能の持ち主だと言えるだろう

 

途中、モンスターからドロップした片手剣は運良く2つ同じものを道中で手に入れる事ができたためユウキと同じモノを腰に下げている

 

「クラウドの顔ってリアルと一緒なんだよね?」

 

「あぁ、ってか。お前もそうだろうが」

 

溜息をつきつつ答えるクラウドの顔をユウキはまじまじと見ている

 

「結構モテたんじゃないの?ボク的にはイケメンだと思うけどなー」

 

「バカ言ってんじゃねぇよ」

 

先ほどより大きい溜息を一つ。ユウキと出会ってから何度溜息をついた事だろうと、クラウドは呆れ半分に心中でぼやく

 

ユウキが急に立ち止まり、クラウドが不思議に思っていると急にクラウドの袖を掴んでユウキが走り出す

何事かと、走る先を見るとそこには小さな武器屋があった

 

「ねぇねぇ、クラウド。見てよ」

 

そう言ってユウキが指差したのは弓だった。ショートボウ、どうやら弓の初期向け装備らしい

 

「弓・・・?このゲームに弓なんてあったか・・・??」

 

クラウドの疑問をよそに、ユウキは手早く購入を済ませて満足気な顔を浮かべてクラウドに差し出した

 

「おい・・・俺は今何を腰に下げてると思う??」

 

「うわわ、そんなに強い顔しないでよ。クラウドは戦闘中、周りの状況把握とかできてて凄いなって思ったり、冷静に敵の弱点を狙ってるなって思ったから弓とかいいかなー・・・なんて。ほ、ほら!そういうのって司令塔みたいなイメージあるし!」

 

 

慌てて取り繕うとするユウキにデコピンを一つかましてから、ただ、お前が弓がどんなものか見たいだけだろうと思いながらも弓を受け取り詳細を知るためウィンドウを開く

どうやら、矢は別途で手に入れる必要はないらしい・・・

 

「まぁ、買ったモノは仕方ない・・・使うか」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

「黙れ、反省しろ」

 

再びユウキのデコに強烈な一撃が叩き込まれ、ユウキはデコをさすりながら気の抜けた返事を返す

 

不幸中の幸いというやつか、武器屋のすぐ裏に宿らしき看板が出ていた。時間的にもいい頃合いだし、すぐに入ってもいいだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、と。で、なんで同じ部屋なんだ?」

 

「1人だと何か寂しいし」

 

ユウキの表情が暗くなる。ここへくる途中も何回かそういった表情をする事があった。それに、何か急いでいるような。焦りみたいなものも見受けられた、早くクリアして現実に戻りたいにしてもそこまであせるものだろうか。そのせいで少し危うい場面もあったが、時折見せるその表情と何か関係があるのか・・・だが、無理に詮索する必要も無いだろうと、クラウドは頭を掻くような素振りをしながら答える

 

「お前がそうしたいなら・・・好きにしな」

 

クラウドは武器を、取り外しティーシャツとスウェットにも似たズボンへと装備を変える。

だが、ユウキはこっちを睨んだまま、元の装備の状態で立っていた

 

「おい、お前の分もちゃんと買っただろ」

 

「なっ!もう!デリカシーがないなぁ、こっち見たら怒るよ!!」

 

「興味ねーよ、マセガキの着替えなんざ」

 

今度はユウキからクラウドに向けて強烈な一撃が叩き込まれた

 

「ビンタならともかく、パンチはねーだろ・・・」

 

「女の子に向かって失礼な事言うからだよ」

 

クラウドの頬には赤い跡がくっきり残っている。まぁ、少ししたら消えるのだが

 

そういえばと、クラウドは武器屋のNPCが立ち去る前に手渡してきた本を開く。どうやら初心者に向けての弓の扱い方らしい

 

なになに・・・

 

弓は特殊な武器です。ですので、剣と同時に装備することもできますが、弓での攻撃にはアシストが一切ないので、プレイヤーの腕にかかっています。スキルにつきましては、弓を扱える様になればわかるでしょう

 

 

以上。

 

「ふっざけんな!何のタメにもならねーよ!!」

 

思わず本を床に叩きつけると、いつもとは逆にユウキに溜息をつかれる。そもそもの元凶はお前だろと突っ込みを入れながら叩きつけた本を処分する

 

だが、よくよく考えれば剣と同時に装備できるというのは大きいだろう。もし弓を扱える様になれば、遠近共に対応できる様になるということだ。もっとも自身の命をかけたこの世界ではじっくり相手を狙うなどやってる暇も無ければ、こんなモノのために時間をかけて練習するという者も少ないだろう

 

明日試しに練習しなきゃな・・・

時間を見るとそろそろ就寝した方がいい頃合いだった

 

「おい、もう寝るぞ。明日はここの周辺でレベルを上げていくからな」

 

「待って、そのおいとかお前とか禁止。ユウキって名前があるんだからそれで呼んでよ」

 

むすくれるユウキに空返事を返してベッドの中に入っていくと、跡からユウキが入ってくる

 

「はぁ・・・考えといてやる」

 

何故かくっついてくる少女と突如始まったデスゲーム。たったの1日で何もかもが変わった気分だ。いつもなら、一人で寝るところが今はユウキが隣で寝ている

面倒だと、心底思いながらも。嫌ではない自分がいる事に気がついた

だが、面倒には変わりはない

 

溜息をまた一つ。さらに悩みも増えた

 

 

「弓か・・・これ、ちゃんと威力はあるんだろうな・・?」

 

答えは明日出るだろう。一人から二人に増えると騒がしく疲れもするが、それがクラウドにとって、とても新鮮なものだった

 

「おやすみ、クラウド」

 

「あぁ・・・明日起きなかったら、叩きおこすからな」

 

トンと、背中に何かがあたる。感じからしてそれがユウキの頭だとわかった

 

「そんなにくっつかれたら寝づらいんだが・・・」

 

言葉は返ってこず、代わりに穏やかな寝息が聞こえ始める

寝付きの良さに驚きながらクラウドも眠りの中に落ちていった

 




コメントをくれた方、ありがとうございます。嬉しくて、書き上げてしまいました。雑な文書かもしれませんが、これからもよろしくお願いします。


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3話 パートナー

クラウドとユウキの二人は村から少し離れた場所でレベル上げを行っていた

 

「まだ弓を使わないの?」

 

「そういえば使ってなかったな。あまりにも馴染みが無さすぎて存在を忘れけてた」

 

クラウドは慣れた手つきで装備を変更すると、腰に矢筒と弓が現れる

 

「おー・・・これは取り外しも楽そうだ。まぁ、当たるかどうかは別だけどな」

 

さっそく弓を手に持ち、矢を構え弓を引き絞る。キリキリと鳴る音がどこか心地いい感じもがするのは気のせいなのだろうか

 

まだこちらに気がついていないモンスターに向けて矢が放たれるが、少しの所で外してしまう。やはり、思っていた以上に難しい

その攻撃でこちらに気がついたモンスターをユウキが華麗な剣捌きで倒していく。クラウドは肩の力を抜き再び矢を構えた所で妙な既視感を覚える

 

 

(なるほど。コイツの扱い方はもうわかった)

 

先ほどとは打って変わる鋭さで放たれた矢は猿型のモンスターの眉間を正確に打ち抜き。さらに、二本、三本と的確に決めていく

 

モンスターを一掃し終えた所でユウキが驚きの表情を浮かべながら戻ってきた

 

「凄いよ!もしかして、リアルで弓道でもやってた?」

 

「いいや、正真正銘。これが初めてだ」

 

と、言っても。ある意味これはチートだ

八雲に刷り込まれたモノは知識だけにとどまらず、いわゆる《体が覚えていること》も例外ではない。ただし、その場合は相性があるのかソレが現れる場合とそうでない場合がある。現実で言えばサッカーは並みの上程度だったがバスケットボールに関してはかなりの腕前だったと自負できるものだ

 

今回で言うと剣は自力で覚えたが、弓は相性が良かったらしい

 

 

「よーし、この調子でバンバン倒していくよ!」

 

「まだ前線を張れる程の自信はねーが、バックアップは任せとけ」

 

 

ユウキの剣が舞い、クラウドの矢がそれを際立たせる。まるで光と影のような一体感をクラウドは感じていた。それ程までに、ユウキとの戦闘での一体感は今までに感じた事のないモノだったのだ

 

ふと、あの本を思い出し。スキルを発動させる。引き絞る手にさらに力を溜めると矢が赤く発光する、先ほどよりも高いダメージが発生し命中させた猿を軽くノックバックさせる程の衝撃を与えた。スキル名は《ブレイクショット》。矢の威力をあげるスキルと見ていいだろう

 

 

遠方から走ってくるモンスターの両足をまずは打ち抜き、最後に眉間にブレイクショットを叩き込む事でモンスターを消滅させる。慣れてくれば動き周りながら射ることもできるようになるかもしれない

 

 

 

 

 

 

しばらくして、二人は再び村に戻ってきた

 

「もー、くたくただよ」

 

「だな。俺も限界だ・・・」

 

昨日泊まっていた宿に戻り、丁度仕度を済ませた所だった。思っていた以上にレベルの上がりが早いのは恐らくユウキと一緒にいるからなのだろう。お荷物だと思っていたのが共に戦えるレベルにまでなるとは思ってもいなかった

 

弓の練度も上がりある程度使いこなせるようになると、必然とスキルも増える。だが、確認はまたの機会でいいだろう

 

ユウキがウィンドウを操作しながら唸りを上げているのでクラウドは何かあったのかと尋ねるとかなり、真剣な顔をしたユウキが振り返る

 

「ねぇ、クラウド。ステータスってどうしたらいいのかな」

 

「そりゃあ個人個人違うだろ。俺は速さも力も今は均等に振るけどな」

 

しばらくユウキは考え込んだ後、ステータスを振り始めた。そういえばと思う。弓を使い出してから剣を振っていなかった事を思い出し苦笑を浮かべる。剣と弓を使いこなせばと昨日考えてたハズだっだろうと自信に突っ込みを入れ溜息をこぼした

 

「あ!そうだ、まだ時間あるよね?」

 

ユウキが何かを思い出したように声をあげたのに対してクラウドは軽い返事を返す

 

「少し行ってみたい所があったんだよ〜、ちょっと付き合ってくれないかな?」

 

「気になるところ?まぁ・・・そうだな。食事も調達しなきゃならねぇし、いくか」

 

 

「やったー!ありがとう!!」

 

そんな事でそんなに大喜びするか普通。そのセリフは心の中に仕舞っておいた、何故ならまたパンチをくらいたくないからである

 

 

頭の周りに音符を撒き散らしそうなくらいテンションの高いユウキが向かったのは何やらファンシーな見た目の店だった

 

「なんだ、ここ」

 

「まぁまぁ、ちょっと待ってて!」

 

「おい。ここまで連れてきて待っててはないだろ・・・って、もういねぇー・・・」

 

それから数分待った後、突然肩を叩かれ振り返ると。長い黒髪に赤いヘアバンドを着けたユウキがいた。前より随分と女らしく見える

 

「どうどう?似合ってるー?」

 

「素直に言えば・・・そうだな。可愛いんじゃないか?」

 

ユウキはその返答を予想してなかったのか少しの間固まり、後ろを向いてしまった

何か悪いことを言ったのかと、肩に手をかけるとさらに一歩離れてしまう

 

「赤くなってるから・・・今は見ないで」

 

少し覗きこむと、プイとすぐに顔を逸らすが、そう言うユウキの頬は確かに赤くなっているように見えた

 

「なんだよ、面白いやつだな」

 

「ボ、ボクだって!その・・・照れるんだからね」

 

一瞬こっちを振り返り、またそっぽを向くユウキが面白くて思わずクラウドは笑いをこぼす

 

「そんな笑わなくてもいいじゃんか!」

 

「なかなか面白いモノが見れた。ったく、こんな笑ったのなんていつぶりかも、わかんねーよ」

 

「もう、失礼しちゃうな。ホント!」

 

「悪かったから、そんな怒るなよ」

 

謝りつつも笑っているクラウドにユウキはまだ頬を膨らませている。当分許してくれそうには無さそうだ

 

ユウキといると何故だか明るい気分になれる

 

「ありがとな」

 

「なっ、それでお礼を言われてもこっちはビミョーだよ。でも、どういたしまして!」

 

そう言ってユウキは笑顔を見せた

生まれて初めて、自分に対して素直に感情を見せてくれる存在に出会えたのかもしれない。だからだろうか、初めて、リラックスしていられる自分がいる

 

「てか、お前いつまで俺と一緒にいるつもりだよ」

 

「うーん・・・ずっと?」

 

どこまで本気で答えてるんだか、まぁ。顔を見ればそれが嘘や建前で言ってない事くらいわかる。いや、むしろ顔には正直という文字が見えるくらい裏表の無い奴だ。まだ短い付き合いだが、それが凄く伝わってくる

 

「ずっとってお前な・・・そのうちギルドとか、入ったほうがいいぞ。その方が安全だ」

 

「でも、クラウドといると何だか安心できるっていうか・・・それに優しいし、どうしてか信用できる人だなって思うんだよ。一緒にいちゃダメかな?」

 

「ダメって事はねぇが・・・優しいとか言われたの生まれて初めてだわ、頭大丈夫かお前」

 

「あー!ひどい!やっぱ前言撤回!!そう言うクラウドこそギルドには入らないの?」

 

クラウドは少し黙ってから、現実での事を思い返す。みんな、寄り付いてくるのは自分の能力に惹かれ利益を求めてくる者ばかり。ギルドに入ってもそれは例外ではないかもしれない・・・。実験の材料になるのも、天才という肩書きを背負わされ振り回されるのも御免だ

 

「俺は・・・入らない」

 

 

 

 

ユウキはじっと考えるクラウドを見ていた。瞳が一種揺れ、冷たい色に染まっていく。問いに答えた時のクラウドはとても寂しそうな表情を浮かべていた

似ている。自分の抱えている不安を押し隠そうとする表情だ。まるで、自分を見ているかのような錯覚を覚える。自分が明るさでそれを押し隠そうとするように、人に対して厳しい態度をとる事でクラウドもまたそれを押し隠そうとしているのかもしれない

 

「なら、ボクはクラウドと一緒にいるよ」

 

クラウドは一瞬呆気に取られた表情を浮かべてから表情を曇らせる

 

「あまりオススメできない選択だな・・・それは」

 

「ボクはクラウドといて、楽しいよ?」

 

「はー・・・勝手にしろよ、ったく」

 

一瞬驚いた表情を見せてから背を向けてクラウドは歩きだす。でも、それが照れ隠しなのだとユウキにはわかっていた

何故なら、少し微笑んでいるのが見えたから

 

 

「ユウキ。これからよろしくな」

 

「あー!ようやく呼んでくれたよ。ボクの名前」

 

 

自分の残りの命はそう長くはないだろう。どのくらい持つか、それを考えるだけでもたまらなく怖くなる。だけど、クラウドと共にいる時はそれを時々忘れる事ができる

いや、そうじゃない。不安よりも楽しさが勝ると言うのかもしれない

 

 

 

 

 

クラウドは後ろを少し歩くユウキの表情が曇っている事に気がつき、言葉を探す。今まで誰かと親しくなる事のなんて無かったクラウドにどれだけ気の利いた言葉が言えるだろうか

よく考慮してから言葉を口にした

 

「お前が不安に思う事は何にもないさ。何かあっても必ず何とかしてやるから」

 

ユウキは一瞬驚いた表情を浮かべてクスクスと笑いだす。次に見せた表情は明るい笑顔だった

 

 

「本当に?どんな事でも?」

 

「言ったろ。必ず何とかするって、俺に不可能の文字はねーよ」

 

ユウキはその言葉で気持ちが楽になるのを感じた。クラウドがどのくらい本気で言ってるのか、どこからそんな自信が湧いてくるのかはわからない

 

だけど、共に行動してきたクラウドを見ていて思う。彼は嘘や建前で人を励まそうとしたりはしない

だからなのか。安心感が生まれるのは

 

「ありがとう。これからもよろしくね!」

 

ユウキは昨日よりも、クラウドに近い距離を歩く。クラウドはニコニコと横を歩くユウキを見て思う

 

人の温かさというものがようやくわかった気がする

 

「悪くないな・・こういうのも」

 

「ん?なにが?」

 

「なんでもねーよ」

 

「えー!気になるじゃんかー!」

 

その時はデスゲームに囚われているとは思えないほど、暖かい雰囲気に包まれていた

 

 

 

 

 

 

 



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