ヴァルゼライドの邯鄲英雄譚 (ヘルシーテツオ)
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前編

 

 

 "勝利"とは、何か?

 

 "栄光"とは、何か?

 

 それを得れば、失った何かに報いる事になるのか。

 

 救えるのか。正せるのか。本当に、望んだ未来を掴めるのか。

 

 疑念は尽きない。なぜならば、勝利とはどうしようもなく重いものであるから。その輝きに秘める重責を、俺は誰よりその身で痛感している。

 偉業を成し遂げた栄光、山の如く築き上げた富、誰もが羨望し求める勝者の誉れとは、積み重ねれば重ねるだけ所有者を苦しめる毒にも変わる。

 

 すなわち"代償"である。

 

 勝利の裏には必然として敗者が生まれる。何かを奪われた者、栄誉を取り零した者、彼らの無念は勝者へ向かい、やがては憎悪となって害を成す。

 勝利を逃したが故に発生したそれらの悪意は、だが否定する事も適わない。彼らにも夢見て望んだ未来があり、希望を目指した意志があった。

 間違っていたから敗れたのだと、そんな道理は口が裂けても言えはしない。国家、家族、友情、如何なる大義にも貴賎はなく、現れる結果の比重はどうしようもなく強さのみ。

 強者として彼らの希望を踏み躙り、その上に戴く勝利の栄冠。軽いものであるはずがなく、奪った夢に見合った成果を出せなければ全くもって報われない。

 勝利を得た者が背負うべき重責。時には敗けた方が楽だとか、そのような論理が存在している事も理解しているし、確かにそうだと頷ける意見であるだろう。

 

 それでも、人は"勝利"からは逃れられない。

 勝利を重ねた者は、その分だけ存在の質量が増す。勝利の後に求めるのは、また次の勝利を。成果の後にはより大きな成果を望んで、勝者に更なる栄光を要求する。

 それは大きくなればなるほど、鎖の如く身体を縛る枷となる。存在が重いが故に取り零した際の損失は計り知れず、妥協できる敗北などという余地を許してくれない。

 敵を倒せば、より強大な敵が。試練を越えれば、より難関たる試練が。おまえは勝者であるのだから、栄光の担い手として次なる地平に上らねばならないというように。

 

 ああ、実に不条理な話だろう。

 誰もが現状の改善を望んで勝利を目指すというのに、勝利を得て見えるのはより過酷な状況に身を置いた己の姿。

 あるいは、もう少し賢しい生き方を知っていれば、己の器を弁えて見合った成果だけを求めていれば、今とは別の充実した人生があったのではと思う事もないではない。

 

 けれどそれでも、勝利を目指して掴みたいと願ったものがあったから。

 誰もが等しく持つだろう、命を懸けても譲れないと求める未来。それは無論、俺自身にも存在している。

 それがあるから決して勝利を手放せず、訪れる苦難にも不屈の意志でもって挑んでいける。

 ここで脚を止めたなら、それこそ踏み躙った祈りに背を向ける事に他ならない。それだけは断じて看過できないのだ。

 膝を折って諦めて、それで何になるという。そんな真似が無意味であるのは、悩むまでもなく明白であるのだから。

 今さら逃げても仕方あるまい。ならば良し、人は"勝利"から逃れられぬのだから、勝者はひたすら前を向いて邁進し続けるのみ。

 

 過ぎ去った轍に散った未来や希望、そして命。

 それらを無駄にしないために、勝者が捧げるべきは、やはり勝利。

 勝利からは逃げられない。勝利を望む思いは、同時に呪いであるかのよう。あるいはこれこそが、人類が争いから抜け出せない原罪であるのかもしれない。

 

 それでもしかし、次こそはという執着を捨てられない。

 他者の希望を轢殺して、涙を明日へと変えると嘯いて。

 いつか、たったひとつの"敗北"に微塵と砕けるその日まで。

 

 "勝利"とは、何か?

 

 "栄光"とは、何か?

 

 未だに答えの見つからないその問いを、生涯をかけて探しながら。

 見通せない未来の絵図を、ただ信じて進むことだけが我らに出来る唯一の事なのだから。

 

 

 *

 

 

 千信館の面々に映し出されるもの、それは超級の悪夢の連続だった。

 

 全てはひとつの思いつきから端を発した諸々の出来事。

 眠っているのに眠っていない。意識だけが持続して、あり得ざる事象を創造できる柊四四八が見る明晰夢の世界。

 その世界に皆が繋がって入り込めると知ったから、ならばこの夢の世界で何ができるのかと考えるのは当然の流れだろう。

 

 やがてひとつの切っ掛けから思い至ったのは、四四八の母・恵理子の願いを叶えること。

 

 恵理子の夫、つまりは四四八の父親は、彼が生まれる前から行方が知れない。

 それでも会話の節々を聞いていれば分かるのだ。彼女は今でも夫・柊聖十郎のことを愛してると。

 女手ひとつで己を育ててくれた母に報いたい。そう願う四四八の思いは付き合いの深い仲間たちも知るところである。

 

 ――恵理子を聖十郎に逢わせたい。たとえ夢の中、イメージに過ぎないのだとしても、それで少しでも気持ちに報いることになるのなら。

 

 純粋な善意であり、裏の思惑など何もない。

 恥じる事のない理由を手にして、彼らがやる気になったのは言うまでもない。

 恵理子自身の了解も得て、懸念とすべき問題は何もなくなった。

 そこから始まるのはより良い明日だと、そう信じて疑っていなかった。

 

 だが、それこそが悪夢の始まり。

 夢に入る事には問題はなく、仲間たちも一同に介して不安は何もない。

 出会いのエピソードを再現するという形からイメージは始まり、八幡宮の一角、源氏池を渡った先にある弁財天社にて。

 

 ただそこに在るだけで、すべてを不安にさせる男が現れた。

 

 恵理子の夫、四四八の父、男の名は柊聖十郎。

 夢の中のイメージであるはずのそれは、何故だか不吉なまでの存在感を持っていて。

 健常であることへの自負を捻じ曲げる不協和音。破滅の気配しか感じさせない異常者は、それら印象の何一つとして誤りではなく。

 

 愛する人の抱擁を求めた恵理子を、躊躇もなく惨殺した。

 

 そこから先は急転落下。

 微笑ましかった日常は一気に煉獄の坩堝へと落ちていく。

 激昂した四四八の突貫と、惨敗。出現した悪魔と対峙した世良水希と、その変貌。

 湧き出る悪夢は連鎖的に。対応しようとしたのも束の間、状況は戦場の鉄火場へと。

 自分たちが体験したものとは比較にならない夢の密度。想像を絶した魔人たちの修羅場へ否応無しに叩き落とされた。

 

 なんだこれは。ふざけるな。わけが分からない。

 彼らの心境はまさしくそれ。勇気を見せようと克己しても、状況はお構いなしに濁流の如く流れていく。

 今の彼らは流されるばかりの流木だ。何もかもが理解の範疇を超えていて、何かをしたくても絶望的に手段が不足している。

 故にその趨勢は他者の手に委ねられる。自分たちではない誰かの意図により、今後の展開が決まるのだ。

 

「笑うんは俺じゃ。これはすでに決まっちょる。たとえ仏や天魔じゃろうと、壇狩摩の裏は絶対取れん。分かったか、ヒヨッコども」

 

 だが、よりにもよって、その采配を握ったのは反射神経の盲打ち。

 

「具体的にどうなるかなんぞは知らんがの。それでも結果は都合のええところに収まるじゃろ。

 俺が何かしてもせんでも、仮にうちの者らがここで皆殺しにあったとしても。それは全部、俺のための伏線じゃ。そうなる以外、有り得んのよ」

 

 個より場を見て、また更に全体の流れを見る。

 されど男の打つ手は全てが刹那の反射。後々の展開や周囲の状況など一切の思考を放棄し、盲目の如く盤上を見もせずに指し筋を決める。

 たとえ己の持ち駒が全滅したとしても、それも全ては後の勝利に繋がっている。理屈の展望があるわけではなく、ただそう思うからそうなのだと壇狩摩と名乗った男は豪語しているのだ。

 

 そんな男の言葉ほど信用できないものはない。

 守ってやると言った口約束も、果たして何処まで信じられるものか。

 その場の反射で生きるこの男は、きっと湯飲みを割ったような切っ掛けひとつで自分たちにも殺意の牙を向けるだろう。

 

 そんな彼らの予感は、連なる不幸と連鎖して当たってしまった。

 

 唐突に、何の脈絡もなく差し向けられる暗殺者たちの刃。

 鬼面を被った三人衆、壇狩摩の指し駒たる鬼たちが襲いかかる。

 

 理不尽が過ぎる諸々の展開。

 ただ平穏な日常を生きていた若人たちには荷が重すぎる不条理。

 事実、彼らが本当にただの少年少女でしかなかったのだとしたら、その命運は呆気なく摘み取られていただろう。

 

 だが彼らは、柊四四八はそうはならない。

 彼は仁義八行、仁徳を司る益荒男。不遇に倒れ、仲間を見殺すなど有り得ない。

 己の中に眠る覚えのない己自身。それを克己の材料にして、柊四四八は立ち上がる。

 仲間に迫った凶刃を我が身を以て受け止めて、苦痛を気概で凌駕して雄々しく覚醒した。

 

「……そういうわけだ。ほら、安心したか」

 

 見せられたその姿は、まさしく英傑。

 何事があろうと問題はない。磨いてきた己の器量に疑いはなく、どんな物事にだって道を切り拓いてみせる。

 対峙するのは遥かな格上。現状ではどうやっても勝機の見えない相手であるのに、それでも柊四四八は変わらない。

 

 俺は大丈夫だ、いつも通りやってみせると。

 彼と親しい仲間たちであるからこそ、そんな彼の強さを信じられる。

 あいつは応えてくれる。いつだって、いつだってそうだったから知っている、ずっと前から。

 

 だから分かっている。四四八は負けない。

 理屈ではなく、ただ柊四四八の生き様がそう確信させた。

 

「後は俺に……」

 

 水希を、仲間を誰一人欠けさせる事なく、この地獄から脱出する。

 目の前にある絶望にも臆せずに、雄々しくその言葉を信じさせる。

 

 それこそが柊四四八、示す背中で勇気を与える勇者の在り方だった。

 

「任せろ――行けェッ!」

 

 手にする旋棍には仲間の命と、それを守る決意を乗せて。

 未だに目覚めぬ悪夢を踏破してみせると、挑む気概を燃え上がらせんとして――――

 

 

 

「――――各陣、そこまで。それ以上の無軌道は見るに耐えん」

 

 

 

 瞬間、世界は再び塗り替えられた。

 

「なぁ……ッ!?」

 

 息を飲む音がする。それも一人だけのものではない。

 柊四四八も、真奈瀬晶も、龍辺歩美も、我堂鈴子も、大杉栄光も。

 否、千信館だけではない。この場に集う一同がその存在に息を飲み、一挙一動に注視していた。

 

 その変革は、夢の力によるものではない。

 世界環境を改変する創界(クリエイト)。そのような超常の現象は何も起きていない。

 世界は変わらず夜のまま。柊恵理子の陽光を蹂躙し、悪夢に覆った闇夜は未だ晴れていない。

 

 されど、おお見るがいい。

 一人の男が降り立った。それだけで世界の不吉は取り払われる。

 軍服を身に纏った偉丈夫。腰には計七本の刀剣。輝く金髪の美貌には斜め一筋の傷痕が。

 構成するそれら一つ一つの要素、総てが男を輝かせる。強靭にして荘厳、高潔なる強者として。

 

 突如としての事態。千信館の面々からすれば、またしてもという感想が出るだろう。

 だがここまで幾多の事態に見舞われた上でも、此度のこれは更に度を外した衝撃だ。

 ただ強さに圧倒されたのではない。計り知れない強さという点では柊聖十郎や神野、鋼牙や鬼面衆といった面々も同じである。

 しかし新たに現れた男には、先までのそれらとは決定的に異なる点が存在する。自身が感じているその要素こそ、彼らが圧倒される何よりの原因だった。

 

 男の姿を目にした時、感じたのは恐怖ではなかった。

 そこに感じたものは畏敬、そして同時に安心と高揚を。

 なぜなら彼こそは正義の光。物語にあるべき逆転劇の担い手たる真の勇者。

 無辜なる民に涙を流させる不条理に、今こそ断罪の刃を振り下ろすべく舞い降りたと。

 

 名前さえ知らないその男を見た瞬間、彼らは無条件にそう信じていたのだ。

 

 物語の主役が入れ代わる。

 仁義の輝きは未だ及ばず、英雄の光に覆い隠される。

 これより始まるのは男が紡ぎ出す英雄譚(サーガ)

 ただ姿を見せるだけで、戦場(ぶたい)を支配する主演が立つ。

 

 男は運命へと挑むもの――覇者の栄冠を担う器。

 そう、彼の名は――

 

「クリストファー・ヴァルゼライド……ッ!!?」

 

 忌々しげに顔を歪め、声には憎悪すら含ませて柊聖十郎がその名を呼ぶ。

 

 その変貌、これまで如何なる事態にも崩れなかった不遜の表情が剥がれている。

 現れるのは底なしの悪意。この世総てを呪っても足りないとばかりの呪詛の念だった。

 まるで己以外の生者すべてが恨めしいというように、その憎悪は全周囲へ向けて放たれている。

 

「憎らしい、ああ忌々しいぞ、()()()()()()()()()()

 甘粕に連れられただけの凡人風情が、なにを俺の邯鄲で我がもの顔に振舞っている。

 居るのならせめて俺の役に立てよ。貴様ら元よりそれが役目であろうがッ!」

 

 顕される悪意の質量は、常人のそれとは桁が違う。

 先ほど母を惨殺され、激昂した四四八の怒りも、彼の狂気に比べれば小さすぎる。

 それは柊聖十郎という男が、生きる過程の総てで蓄積してきた負の想念。マイナスの方向に振り切ったそれは、だが強さという点では認めざるえないものだ。

 

 ただ在るだけで不安にさせ、同時に無視する事ができない。

 柊聖十郎の持つ怨念とは、常軌を逸していると同時に万人が理解できるものでもある。

 理解ができる故に、その存在から目を離せない。その宿業こそ逆十字の凶悪性を裏付けるものであり――

 

「黙れ、逆十字。貴様にくれてやるものなど欠片のひとつもない」

 

 そんな極大の悪意に対して返すのは、言葉少なくも明確に込められた義憤。

 

「今さら貴様に命の道理を説くつもりはない。そんなものは貴様にとって、恐らく生涯をかけて問い続けた命題だろう。他者の言葉で、それを翻せるとは思っていない。

 ――殺すのならば、死ね。俺から貴様に告げるのはそれだけだ」

 

 冷然と言い捨てる。そこに躊躇といった感情は欠片もない。

 

 男、ヴァルゼライドは柊聖十郎の総てを否定しているわけではない。

 彼の抱える数多の病魔、それと戦い今日まで生き延びた執念は認めるところであり。

 何処までも生きることに真摯な姿勢には、敬意さえ持っているかもしれない。

 

 ()()()()()()

 柊聖十郎は許されざる悪。その一点がある以上、そこに容赦は一切ない。

 同情はなく憎悪さえ薄く、ただ成敗するべき"悪"として。

 

 事実、この男こそ柊聖十郎にとっての"天敵"なのだ。

 

 ヴァルゼライドは柊聖十郎を侮蔑しない。

 彼の持つ意志の強さを、善性の益荒男として認め、同時に邪悪を裁く断罪者として滅ぼす。

 その二つの感情に矛盾はない。どちらも偽りはなく、かつ揺るがない。

 だからこそヴァルゼライドは逆十字の夢に嵌らないのだ。無論、悪を滅ぼすという敵意がある以上、完全に逃れられるわけではない。

 だが薄い。奪える価値はひと雫、返せる病魔も軽度のもの。

 そんなもの、この英雄にとって涼風ほどの障害にもならない。不屈を貫く正義の炎は無限に燃焼を続け、聖十郎を一刀のもとに斬滅するだろう。

 

「んー、けどそれはどうなんだろうねえ、英雄殿」

 

 そんな英雄を揶揄するように、悪魔(しんの)が口を挟んできた。

 

「無辜なる人々の幸福を、愛すべき者たちの未来のために、それを守り抜かんとする限り俺は無敵だ、と。

 いやぁ素晴らしい。正義に燃える英雄サマはかっこいいなぁ! 勧善懲悪、悪即斬と、分かりやすくて爽快だ。見ていて実に清々しいね。まるで物語の正義の味方(ヒーロー)みたい。

 ところで、悪役をぶっ殺すのが大好きな英雄殿? 清廉な断罪者であるのは結構だけど、果たしてあなたの歩んだ道は、そんな潔白な行程であるんだろうか?」

 

 神野明影は悪魔。人の悪性、その泥沼を掻き乱す者。

 いと尊き英雄、その光の裏に隠された業の闇を嬉々として晒し上げる。

 

「どんなに綺麗な美辞麗句を並べたって、あなたがやっているのは断罪、粛清、成敗、破壊だ。

 悪党相手ならそれでも構わないけど、本当にそれだけかい? いいや、あなたの手が広がれば広がるほど、その光に焼かれるのは悪だけじゃ済まなくなる。

 明日を信じて、家族を愛して、ただ日々を切磋琢磨に生きていた人々。そんな人たちも、ひとたび目的の障害になったら容赦なくバッサリだ。彼らが悪かったからじゃない、ただあなたにとって都合が悪かったと、それだけの理由でねぇ。

 自分の我儘(せいぎ)のために、良しも悪しも構わず等しく、大義の名の下に殺し、殺し、殺しまくる! そこに妥協や許容は一切なしだ。

 矛盾に気付いているかなぁ。悪人が蔓延り善人が下手を引く。そんな不条理が許せなかったはずなのに、いつの間にやら本人がその不条理を生み出す側だ。自分の欲望のため他人から奪う悪党と、あなたがやってる事はそっくりだ。

 きっとあなたが裁いてきた誰よりも、あなた自身の道こそ血に塗れているよ」

 

 クリストファー・ヴァルゼライドの正義は歪んでいる。

 たとえ善性であっても、そこに慈愛はない。許そうとする発想がないのだ。

 悪を許さず、罪を許さず、本人は公明正大で、されど正義のためなら邪道も厭わず。

 彼の英雄譚は咎人たちの血と嘆きで出来ている。王道に見えながら、その実誰より業を重ねているのだ。

 

 これは紛れもない英雄たる男の疵。

 彼を今も責め苛む矛盾であり、目を背けたいと思う闇の側面だ。

 悪魔はそれを見逃さない。地獄の道化師は汚泥の如き悪意で以て、正気を蝕む蠅声の悪意を響かせる。

 

 だが――

 

「知っているとも。俺に救済など不可能だと。

 そして異論はない。俺は違わず塵屑だとも。どうしようもない破綻者に過ぎん」

 

 答える男の声に、揺らぎはない。

 正気を揺さぶる悪魔の言葉を正面から受け止めながら、その気概は変わらぬ炎に燃えている。

 

「己の理想に他者を巻き込み、ただ勤勉に生きていただけの者たちをこの手で引き裂いた。大義のためであったなど、そんな理屈が彼らに通るか。

 正義の味方などとは口が裂けても言えん。資格があるとは思えんし、もはや目指してもいない。こんな男は邪悪以外の何者でもないだろう。

 おまえの言葉に間違いはない。踏み躙った者らの鮮血に塗れた、俺は許されざるべき罪人だ」

 

 己の暗部も、大義の矛盾も、男はすべて承知している。

 目を背けようとはしない。ただ厳粛に受け止めて、いずれ来るだろう贖いの日を覚悟している。

 

 故に、自らが懸けた信念を疑うこともない。

 

「ならばこそ、立ち止まってはならんだろう。

 俺がここで足を止めれば、踏み躙ってきた数多の者たちの嘆き、その涙はどこに向かう。

 宿業が重くとも、そこで膝を屈して何になる? 己で選んだ決断を、やった後で嘆いてみせて無為へと変えてどうする。

 勝者の義務とは貫くこと。轢殺した他者の祈りに報いるため、涙を明日の希望へと変えるために」

 

 罪を認め、罰を受け入れ、されど止まらず。

 それら疵の痛みも、しかしそれを誇りと変えて男は立っている。

 惑い停滞する事に意味などない。顔を上げて前に進むだけが出来る事だと、彼はとうに理解しているのだから。

 

 その姿は、まさしく男子が夢見る王道の益荒男。

 悪魔の甘言にも踊らされない、真の英雄である証左だった。

 

「語るに及ばず、俺は征くと決めたのだ。

 悪魔(じゅすへる)、貴様ごときの甘言で、止められる俺ではないと知れ」

 

 堂々と言い放つ。

 男の信念に揺らぎはない。悪魔の揶揄などに惑わされず、決心は未だ衰える事を知らない。

 その様はまさしく不動。総てを呑み込み覚悟を決めた男に、退路など不要であると佇む姿が告げていた。

 

 ――だからこそ、悪魔をして思うのだ。

 

 クリストファー・ヴァルゼライドは狂っている。

 この男は、人間としておかしい、と。

 

 決意の熱量が、始点から微塵たりとも衰えない。

 正道というベクトルに振り切れて、その状態を維持したままなのだ。

 それはある意味柊聖十郎と同質で、そして真逆のもの。憎悪と妄執に振り切れた逆十字の悪性が決して揺るがないのと同じように。

 いや、容赦の無さという点においては、はっきりとヴァルゼライドに軍配が上がるだろう。

 

 なにせ、英雄は()()()()()

 後ろめたさなど微塵もない。少なくとも彼の信念において、それは陥没とは成りえない。

 故に、彼は決して止まらない。己の行いが正しいと信じ、事実その通りであるから、如何なる聖人を前にしても怯まない。

 たとえそれが親兄弟、親友であったとしても、彼の正義が必要だと認めたなら、躊躇いなく斬り捨てて前に進む。

 

 性質が善性であれば尚の事、思い悩むのが正常なそれら諸々。

 大義のためと着飾っても、本心はそれを許さない。親しい者を手に掛ける感触は、どうしようもない不吉さと罪悪感を植え付ける。

 それは優しさであり美徳であるかもしれないが、同時に弱さであるのは間違いない。

 どんなに人として正しくとも、脚が止まるのは確かなのだ。その間に得られたはずの成果は、総てが無為となる。

 英雄はそれを許さない。己の行いの悪徳を明確に自覚するが故に、返せる報いにも一切の妥協を持たないのだ。

 勝利の後には、蹂躙した価値に見合うだけの希望を。それだけが自分という英雄(バケモノ)に出来る唯一無二だと知っているから、

 一瞬たりとてその脚を止めない。一度決めた信念ならば、もはや迷う暇すら不実である。不撓不屈の意志で以て、勝利の先の栄光を一片も取り零さずに掴み取る。

 

 正しき信念の下、勝利に邁進する英雄は無敵である。

 悪魔が閉口すると、同時に戦場全体も沈黙する。誰もが次の一手に移れていない。

 英雄の降臨はそれほどの衝撃であり、迂闊な真似はできない。それは全員の共通認識であり、だからこその硬直だった。

 

 それは決壊寸前の防波堤に似ている。

 壊れそうで、壊れない。だが切っ掛けひとつで呆気なく壊れるだろうと分かる。

 何かしらの行動をしなければならないが、崩壊の予感に注視してしまう。それは学士の慧眼でも、盲打ちの反射でも同じである。

 どれが良手か、あるいは奇手かの判断がつかない。つかない内は、やはり現状を見守るのみ。

 

 だが、重ねて言おう。この状況は決壊寸前の防波堤。切っ掛けさえあれば崩壊する。

 たったひとつ、何でも良い。火種のひとつで戦場の鉄火は再び燃え上がるだろう。

 

 それはきっと戦術でも戦略でもなく、たとえば1人の兵士の暴発といった、突発的な人間の感情に違いなかった。

 

 

 *

 

 

 故に、盤面は動き出す。1人の人間の稚拙で愚かな、されど深く積もった妄執によって。

 

 だって自分は、ずっとこの瞬間を求めていた。

 他者を殺戮する瞬間を。己が積み上げた技巧の総てを振るい、存分に生命を蹂躙する時を今か今かと待ち焦がれていた。

 その相手は、やはり強い者がいい。踏破すべき難関が困難であればあるほど、それを達成した際のカタルシスも最上のものになるだろうから。

 

 まして自分にとって、これは初めてなのだ。

 乳臭い童貞の如き夢と言われれば否定できない。まったくいい歳をして恥じ入るばかりだ。

 だが仕方ないだろう。私はずっとこの時を待ち侘びたのだから、夢想のひとつも抱いてしまうのは無理からぬこと。

 私は童貞だ。だからこそ初めての相手には夢を持つ。それを捨てた暁には、積年の無念など吹き飛ぶような快楽が得られると信じてる。

 

 そして――この相手は素晴らしい。破格も破格、天下に二つとない最上級だ。

 

 まるで世に聞く傾国の美女。絶世という表現さえ陳腐と思える逸材を目の前に、これ以上の生殺しを我慢できる道理がどこにあろうか。

 これ以上など絶対にない。いや、あるとするなら素晴らしいが、それでもこの相手にこそ我が殺しの童貞を捧げたいと猛烈に願うのは当然の帰結であり――

 

 鬼面衆がひとり、怪士。壇狩摩率いる神祇省の駒、そんな己の役割を我欲によって逸脱させた。

 

「破段・顕象――怪士面、黒式尉」

 

 顕象される醜悪な夢。発露した我執によって深く被った鬼面が砕ける。

 そこより覗かせるのは純粋なる殺生への渇望。もはや我慢がならんと溢れ出させた狂気の形相だった。

 

 振るわれる拳撃は、一世紀に近い年月をかけて練り上げ続けた魔拳の境地。

 純然たる殺人のみを目的に磨かれた技巧には、正道も邪道もない。総てがひとつの殺戮を行うために熟達している。

 まして破段を顕象させた怪士の拳には、一撃必殺の属性が備わっている。その拳は一つ一つが紛れもない必殺であり、様子見などは微塵もなかった。

 

 とはいえ、これはあくまで怪士の暴走。

 指し手の思惑を無視して駒が勝手に動き出すという異常事態であり、当然そこに続く作戦などありはしない。

 まともな指揮者なら、制止するなり利用するなりかで思い悩むところだろう。

 

 そう、まともな指揮者であるならば。

 

「――行けや、夜叉、泥眼」

 

 それは反射。盲打ちは作戦など考えない。

 瞬間で下された出撃命令。何一つ思い悩む間隙が無かった故に、単独の暴走であったはずのそれは絶妙な連携を成立させた。

 

「破段・顕象――夜叉面、阿修羅」

 

 鬼面衆・夜叉。翔ける鬼より投射される百刃と、その身に現れる四本腕。

 計六本となった腕を達人の域で自在に使いこなし、仕込んだ暗器術を駆使して敵に向かう。

 

「破段・顕象――泥眼面、橋姫」

 

 鬼面衆・泥眼。どこまでも隠者としての暗殺術に長けた忍びの刃。

 気配遮断を旨とする透過能力は、気配を越えて敵手の思考さえも透視して読み取るのだ。

 

 一切の容赦もない鬼面衆の攻勢。対峙する英雄は、刀剣二本を抜き放ち二刀流で迎撃する。

 本来であれば、それは無謀。鬼面衆は誰もが各々の暗殺術の達人。卑怯卑劣は常套手段であり、多勢に無勢など望むところだ。

 近接では怪士の拳が、距離を置けば夜叉の暗器が飛び、いかに対策を立てようとも泥眼に思考を先読みされてしまう。

 駒として完成された鬼面の連携。それは無情であり、だからこそ雑多な価値観が交わらないともいえる。

 やれ士道だ、やれ仁義だと、余さず不要。戦闘行為に必要なのは最大効率で敵を殲滅するための技巧のみ。

 三鬼による邪道の殺法。純粋な武技の領域で、たった一騎で彼らと死合うなど如何なる達人でも不可能な事だろう。

 

 されど、その不可能を覆してこその英雄である。

 鬼面が織り成す絶殺の魔技を、英雄は携えた七刀の技で切り抜ける。

 怪士の魔拳を掠らせもせず、夜叉の刃を打ち払い、泥眼の先読みすらも凌駕する。

 それを可能とするのは、極限まで磨き抜いた勝負勘と戦闘思考。人が体現する武の極地。

 そう、つまりは邯鄲(ユメ)に類した力ではない。現実での練達の上で身に付けた技量こそ、英雄を支える何よりの骨子だった。

 

 怪士の魔拳。触れてはならないそれを避け、拳撃の隙間に刀剣の一閃を見舞う。

 即座に後退し、刃圏より逃れる怪士。仕留める事は叶わなかったが、魔拳の連撃はくい止めた。

 深追いはせず、他に意識を切り替える。見ればそこには、六本腕に武器を持ち迫る夜叉の姿。

 武器に同じものはひとつもない。各々に異なる武器を用いながら、別々の動きで使いこなす。

 一つの対処法では到底処理できない。如何に隔絶した実力差があろうとも、二刀で受けようと考えれば、必ずどこかに隙を生じさせてしまう。

 故に、英雄の取る対処は至極単純。六本のいずれをも凌駕した威力と速度の一突を繰り出した。

 その威力は受け切るなど不可能で、その速度は夜叉の攻撃が届くよりも遥かに速い。必然、夜叉の取れる行動は攻撃を捨てた離脱のみ。

 隙を晒しながら退いた夜叉。巡ってきた好機にも英雄は乗らず、背後からの奇襲を捌いた。

 それは不可視であり、意識の間隙を突いたはずの泥眼の一撃。英雄は一瞥もせず、その奇襲を防ぎきった。

 

 それら一連の流れは、全てが死線。

 一手の誤りが即死に繋がる中、英雄の心中には細波のひとつも起きていない。

 それはまさしく明鏡止水。戦闘者として完成された思考、本能。それ故に発揮される澄み渡った武の境地。

 考えるより先に反応する。戦火に身をおき、積年で刻み込まれた経験則は、思考を遥かに上回る速度で正解答を導き出す。

 思考の透視など無意味なこと。何故なら英雄の反応は、その読まれた思考までも要素に含めて駆動するのだから。

 鋼の意志は恐怖を完全に掌握し、如何なる死の予感にも揺るがず、英雄は十全たる武技を振るい続けるのだ。

 

 鬼面の二人が仮面の下で怯む中、歓喜に震えるのは怪士だった。

 

 いいぞ、いいぞ、ああ素晴らしい!

 なんという強さだろう。なんという得難き敵だろう。

 こちらの三位一体を尽く躱すばかりか、気を抜けば我らの方が斬殺される。

 これこそが闘争。我が生涯で求め続けた至福の時。まもなく絶頂の瞬間が訪れると確信できる。

 この強靭なる英雄を如何にして仕留めるか、それを考える刹那の総てが堪らない快感だ。

 あるいは力及ばず、英雄の刃によって我が死骸を晒す羽目となるのか。それも良い。死闘の果てに散らす命こそ、武人たる者の本懐だ。

 この男を殺すか、殺される。それこそ私が築いた八十年の歳月の意味。この闘争に立ち合うために、我が積年の研鑽はあったのだと確信する。

 

 故にもっとだ、もっと死合おう!

 我ら殺戮者、存分に己の殺人技巧を振るい、血染花の恍惚に酔い痴れようではないか!

 

「くだらんな」

 

 狂喜乱舞する怪士を前に、しかしヴァルゼライドは冷然と言い捨てる。

 

「貴様の闘争にあるのは、快楽と嫉妬だけか。なんとも歪んだ願望を抱いたものだ

 その夢のカタチを見れば嫌でも分かる。腐敗した性根の臭いが漂っているぞ」

 

 怪士の破段、狂える魔拳士が紡いだ彼だけ固有の夢の形は、若さの吸収。

 積年の妄執。本懐を果たせぬままに老いていく無念。故に沸き立つ若さへの渇望。

 

 ――ああ欲しい。羨ましいぞ、不遇の生に再起の機会を、その輝かしき若さを寄越せ。

 

 怪士の拳に打たれた者は、その部位から若さを吸精される。老い嗄れて活力を失うのだ。

 総ては己の妄執、機会を逸したまま時代が過ぎた無念を晴らし、殺人欲求を満たすために。

 

 正しくそれは一撃必殺。

 僅かな接触でも戦闘力は激減し、直撃を受ければもはや立ち上がる事は適わない。

 老いという絶対の病、そこから人が逃れる事は決して出来ないのだから。

 

「武道とは修めるもの、とまでは俺も言わん。俺とて目的のために力を振るっている。今さら武力行使を咎めようなど、俺に言えた事ではないだろう。

 だが、それほどの研鑽を修めて、男が戦場に赴く理由が、ただ己の技を試す機会を求めてだと? あまりにも底が浅い。

 ましてそのために他者の若さを求めるなど、餓鬼(ガキ)の身勝手と何一つ変わらん」

 

 ああ五月蝿い、聞く耳持たん。

 この至福の時間に、どうしてそんなつれない事を言う。

 どうでもいいだろう。それよりもっとこの死闘に興じようぞ。

 所詮、武とは殺すもの。我ら武人ならば殺し殺される事こそ本懐のはず。

 だからなあ、正直になれよ。これだけの研鑽を積んでおいて、楽しんでないなんて言わせない。

 仁義? 理想? 士の誉れ? 何を馬鹿な有り得ない。そんなものは空の栄誉だ。

 かつて若かりし時、そのようなものに幻惑された愚かさこそが、私が殺しの名誉を得る機会を尽く逸してきた何よりの要因であるのだから。

 貴様とて一皮剥けば同じ、数々の戦功もその手で生み出した流血の証明であり名誉だろう。

 ああ、私もそれが欲しい。我こそ無双なりと天下に轟かす、なんと香しき夢想であろうか。

 だからこそ、もう逃さない。英雄殺し、かつて逃したその栄誉を今度こそ我が手に掴む。

 さあ貴様も存分に武を振るって、敵を滅ぼす快感を表してみせろ!

 

 魔拳の連撃が勢いを増す。英雄の化けの皮を剥がそうとするように。

 狂奔する鬼の拳を前に、荘厳なる英雄はやはり静謐に二刀を構える。

 

「ならば知るがいい。大志を抱いた男の強さの何たるか、しかとその目に焼き付けておけ」

 

 そして、再開された攻防はしかし、これまでの天秤を大きく傾けたものだった。

 

 迫る三鬼に対し、英雄が刀剣を振るう。その速度と威力に変わりはない。

 されど、その技巧はまるで別物。それは当事者ならずとも、戦いの趨勢を見れば明らかだ。

 鬼面衆の攻勢がいなされる。届かないのはこれまでと同じだが、今度は影すら踏めなかった。

 むしろ攻勢をかけるのは英雄の方。鬼面の仕掛ける技を見切り、捉えて、粉砕するべく七刀の斬撃を繰り出してくる。

 三者で当たっているはずの鬼面衆が、むしろ守勢に回るという異常事態。暗部の武技を修めた者として屈辱の極みだったが、そうしなければ即殺されるとあっては是非もなかった。

 

 この趨勢の変化は、何かの意気に因ったものではない。

 むしろ道理としては至極単純。理屈としては真っ当で分かり易いがために、そのからくりは鬼面衆の面々にもすぐに理解できた。

 

 いわゆる守破離。武道における師弟の在り方。

 あらゆる武術には型がある。術理であるのだからそれは必然、暗殺術とて例外ではない。

 その型を倣って我が物とし、己自身と照らし合わせて型を破り、その上に立脚すれば型を離れた自由自在の境地に至るのだ。

 さすれば従来の型の武技を理解し、捉えて崩すは容易いこと。鬼面衆の暗殺術に英雄が行っているのはそれであった。

 

 だがそれはおかしい。道理が合わない。

 術理を倣うにはその技を知る必要があり、まして離れの域に達するには、そこから膨大な鍛錬を必要とする。

 英雄との戦闘はこれが初。如何にヴァルゼライドが傑物とはいえ、倣うべき先達の技法が無ければどうしようもないはずなのだ。

 柊聖十郎という暗黒の天才は武の術理までも読み解いたが、彼にしたところで模倣までが精々である。逆十字にとっては総てが己の道具であるために、盗んだ技にも敬意はなく、そこから練磨し発展させようとする発想自体がないのだ。

 

 しかし目の前の英雄が振るう剣技には、それこそ眩暈を覚えるほどの研鑽の密度がある。

 ならばこそ、この現実は成り立たない。前述したように、英雄と鬼面衆はこれが初戦闘。

 この短時間に会得できるものでは断じてなく、鬼面衆をも超越した技量は一体何なのかと。

 

「一つだけ、素直に賞賛を贈ろう。使い手はともかく、お前たちの技術は見事だ。遥かな昔より歴史を受け継ぐ裏の護国闘士の武技の冴え、感服した。

 だから、敬意をもって学ばせてもらった。いずれ立ちはだかるやもしれん者ならば、対策を講じるのは当然だろう」

 

 告げる英雄の言葉にも納得できるものではない。

 そもそも道理に合わない大前提、学ぼうにも学ぶ機会が皆無である事の説明が為されていない。

 まして怪士にとっては、それこそ生涯を捧げて会得した技巧である。それをこうも容易く上回られて、納得できるものではなかった。

 

「確かに、お前たちとの戦闘はこれが初だ。そう、()()()()()()()

 

 続けて告げられた、その言葉。

 そこに秘められた意味を察した時、鬼面衆らは仮面の裏で戦慄した。

 

「俺がやっている事は、先ほど()()()の子らがした事と変わらん。忘れている己の姿、かつて身に着けた技を思い出して行使する。これはそれだけの事に過ぎん」

 

 邯鄲法とは、夢を介して人の無意識下の深淵へと至る行である。

 夢へと入った盧生とその眷属は、そこでいくつもの人生を体験し、人類の歴史の何たるか、その意識が向かう数多の可能性を習うのだ。

 体験する人生とはそれ即ちひとつの生涯であるが故、その記憶は次回へと継承されない。真実は夢のごとく、一期一会も泡のごとし、それを悟って行を積むのが邯鄲なのだ。

 

 ある特殊な事情により、ここに集う勢力の者たちは一定段階までの夢の力を初期値として設定されている。周回を重ねようと完全なリスタートは行われない。

 だがそれとて、その初期値以上には決してなれない。技の引き継ぎなど不可能である。

 確かに先ほど、柊四四八は覚醒を果たして忘れているかつての己の一部を取り戻した。しかしそれも夢に入る前の時分、戦真館特科生として磨いた己を取り戻しただけだ。

 一見すれば奇跡にも見えるが、実状は夢に入る前の己しか引き継げないという邯鄲の原則を外れていない。忘れている柊四四八には分からないだろうが、あの現象も予定調和と言えるのだ。

 

 邯鄲法は、次回に己を引き継げない。

 それは原則であり、誰しも破れない前提条件である。

 ならばそれを覆す英雄の道理とは、一体いかなる奇跡の所業であるのか。

 

「所詮は夢、泡沫のごとく消え去るものと、そんな言葉に頷いて己の限界を定めてどうする。

 たとえ夢でも、我が決意はここにある。記憶から失われようと、魂へと刻んだものは確かにこの手に残るのだ。

 ならば成し遂げるのみ。いかに輪廻転生を巡ろうとも、決して我が身から失われぬよう学び、磨き、会得して繰り返す。努力の時間は無駄にはならない。俺はそう信じている」

 

 努力、努力、努力努力努力努力――――英雄が志す道とは努力一色それのみだ。

 裏など無い。小賢しい細工に頼らず、この道こそが最も強き夢になると確信している。

 

 夢は覚めれば消えるもの? ならば消える前に何度でも思い返して反復する。

 道理を覆すのは、その密度。そんな理屈を本気にして、愚直に緩まず真剣そのものに実践してきたが故に今がある。

 そうして鍛えた技は五体の隅々にまで刷り込まれ、魂そのものにも着色された。後は実戦を経て現在と摺り合わせれば、自然と身体は学んだ動きを取り戻す。

 

 つまり、この英雄は邯鄲法という大前提を、ただ気合と根性で打ち破ってしまったのだ。

 

 その事実を理解した時、怪士ははっきりと恐怖した。

 ただ技量の差にではない。そこに込められた執念の密度、その途方もない巨大さと潔癖さに。

 学び磨いた技術とは、怪士のものだけではないだろう。こうして三者を手玉に取れる以上、英雄は鬼面衆全員の技を研鑽したのだ。

 夜叉も、泥眼も。その技の冴えを認め、見て取り学んで鍛えぬき、離れの境地に至るまで。

 少しでも敵として相対する可能性があるならば、対策を講じて身に付ける。誰一人として侮らない、正しく真っ直ぐに勝利を目指す意志によって。

 

 だが、それは一体なんなのだ。

 もはやそんなもの、来世へ託すために修練を積むのと変わらない。

 引き継がれる保障はなく、それを疑念にも思わず行われる、不可能を可能とする鍛錬密度。

 なぜそんな真似ができる。己で成果を実感できるわけでもない。なのに鍛える事を止めない苦行の無謬さに、どうして耐える事ができるのか。

 

 剥がした皮の下にあったのは、英雄というものの正体。

 周回を経る毎に無限の経験値を獲得していくモンスター。それを可能とするのは、幾度人生を投げ捨てても揺らぐ事のない不退転の信念。

 まるで理解不能の怪物にでも出くわしたように、怪士の心身は畏怖の怯えに縛り付けられた。

 

「なにを驚く? 俺がしようとしている事を考えれば、むしろこれしきは出来て当然だろう。

 資格が無い者が、資格を得ようとする。正規に比べ、その道は困難を極めるだろう。ならばこそ、努力においては誰にも負けぬと覚悟するのは至極当然。才無き者が求めるものを得るためには、ひたすら時を重ねて自己を磨く以外にないのだから。

 ここは夢界、時間はあるのだ。何を躊躇う理由があろうか」

 

 これこそが大志を懸けて挑む英雄の力。

 英雄は、何一つとして甘い展開(ユメ)など見ない。彼にとって現実とは常に不遇で厳しいもの。厳しいからこそ執念の努力でのみそれを突破できると理解している。

 快楽を貪る悪鬼ごとき、英雄の敵では非ず。勝敗など戦う前から決まっていたのだ。

 

「オ、オオオオオオオオオオォォォォッッ!!!!」

 

 震え萎んだ身体を無理矢理動かすように、怪士は悲鳴のような叫びを上げて拳打を放つ。

 その一撃は十分に完成されたものだったが、刻み込まれた恐怖はもはや拭えず。

 

 振るわれる二刀の剣閃。

 それは過たず怪士の双腕を両断し、返す刃で首を撥ねる。

 その手際は無情。殺戮に酔った拳士など、英雄にとって断罪対象でしかないのだから。

 

 

 *

 

 

 容易く斬り捨てられた己の駒を尻目に、壇狩摩は煙管を吹かしながら息を吐いた。

 

「やれやれ、こりゃなんともたいぎぃモンじゃのォ」

 

 甚だ面倒だというようにぼやく姿に、追い詰められた様子は皆無である。

 その不敵さ、根拠もなく己の勝利を信じられる自負は、たとえ英雄を前にしても変わらない。それは彼にとって自然現象にも等しいため、精神的な窮地とは生涯無縁だった。

 

 だが、そんなものとは関係なしに、彼の陣営の敗北もやはり確定していた。

 

 余りにも度が外れた英雄の強さ。

 実際、鬼面衆はもはや通じまい。技でも気迫でも、格付けが済んでしまった。

 ならばここは首領である自らも出陣すべきと思うが、どうしてもその気にならないのだ。

 

 壇狩摩の(ユメ)、それは相手の裏を取り続けること。

 まず人並の理性があり、加えてそこそこの賢さを有した者。得体の知れぬ一手に幻惑され警戒なりを抱いてもらう事が前提となってくる。

 その条件でなら、まだ英雄は嵌るだろう。暴力のままに突っかかる輩ではなく、決して知恵が働かぬわけでもない。ある程度のお膳立てを整えれば、協力強制に嵌める事も不可能ではない。

 だが同時に、あの英雄ならばと思うのだ。如何に策の掌中に陥ろうとも、奴はその気概で以て雄々しく堂々と、真っ向から術策を打ち砕いてみせるだろう、と。

 

 根拠もなく己に都合の良い展開を確信する盲打ちと、一切の展開の甘えを許さずに不屈の努力で勝利を掴む英雄。この両者はまるで正反対だ。

 この場合、どちらがより優れているかと議論する事は無意味だ。共に常軌を逸脱した気狂いの類であり、だからこそ両者共に相手の夢に嵌る余地があるということ。

 その上で、今の状況はいただけない。そもそも最終的には勝利するというのが盲打ちの持論であるのだから、直接戦うような場面では勝ちの目など皆無である。

 

 そして現状、あの英雄に勝ち筋を持つ者はごく僅かだ。

 逆十字は言わずもがな。べんぼうは主の意図が知れない限りは何とも言えない。

 自分たちはこの様だし、この場にはいない辰宮の御令嬢の夢も通用するまい。

 傾城反魂香。彼女が有するその夢は、洗脳された事に気付かせない強度の精神支配。ある条件に適合しない総ての者に作用する魔性の香は、人はおろか廃神にまで効果をもたらす。

 ともすれば国一つ傾ける事も容易な夢であるが、あの英雄は女の色香になど転ぶまい。たとえ身体が言う事を聞かずとも、鉄血の信念は意地でも前進を続けるだろう。

 

 つまりは総て、気合と根性。馬鹿馬鹿し過ぎる理屈だが、それ故に対処のしようもない。

 

「甘粕が気に入るんも道理じゃのォ」

 

 しょうがない事だと嘆息する狩摩だが、現状で彼に打てる手立てはほとんど無い。

 ならば順当にいって撤退するのが正しいだろう。これ以上の駒の損失は、今後のためにも上手くない。

 戦略的にもこの戦場に大した旨みはない。というより、元はといえば彼自身の気まぐれで千信館に突っかかっていったのが原因なのだ。

 現在の状況を見るのなら、明らかにそれは彼の悪手。これ以上継続してどつぼに嵌っていくよりも、速やかに引き際を弁えるのが真っ当な選択だ。

 

 ――そう、その選択は真っ当すぎる。裏を掻く盲打ちには似合わない。

 

 盲打ちは不遜に変わらない。後悔などと殊勝なものとは無縁である。

 ではどうするのか。彼が何を思ったところで、あの英雄相手に勝算は見込めない。要は、裏で嵌めようだの吊るそうだの、搦め手による攻めでは圧倒的に不利なのだ。

 英雄に対抗するなら真っ向から、その輝きに幻惑されず、容赦なく捻り潰せる単純明快な暴力の方が有効だろう。

 

「まあたいぎぃじゃろうが、もうちょい頑張ってもらおうかのう。

 ――のォ、鋼牙の」

 

 選んだ一手は、他人任せ。

 あんまりと言えばあんまりな選択だが、この際それも関係はない。

 

 なにせ、当の本人が壇狩摩の意思などに関わらず、既に()()()であったのだから。

 

 

 *

 

 

「集え我が同胞、進軍し蹂躙せよ――帝国万歳(ウラー・インピェーリヤ)ッ!」

 

 下された女王の号令に、手足たる兵隊たちが一斉に駆動する。

 鋼牙機甲獣化聯隊三千騎――その全軍が、いつの間にか八幡の地に展開されていた。

 

 神祇省の戦闘の最中、鋼牙は静観を決め込んでいたわけではない。

 横やりを加えようと思うならいつでも出来た。それをしなかったのは、単に布陣が整っていなかったからに他ならない。

 獣の女王は、英雄に憧憬など持たない。その信念やら大志やらに欠片も共感を覚えていない。

 彼女が考慮したのは、純粋に強さのみ。敵対者の戦力を獣の冷徹さで見定め、それにふさわしい用兵を行うべく駒を動かしていた。

 全体を俯瞰するべく一帯に散開していた布陣を、一頭の獲物を狩るための陣形に。軍隊であり群体である鋼牙の統制には、もはや一部の隙も見いだせない。

 

 その砲火が一斉に火を吹くのと、鬼面衆の後退命令が届いたのは、ほぼ同時だった。

 

 奇跡的なタイミングで離脱を果たす鬼面の二鬼、その領域を埋め尽くす火線の豪雨。

 晒されるのは一騎の英雄。もはや回避可能な空間など存在しない砲火の中、尚もヴァルゼライドは防ぎながら駆け続ける。

 多勢に無勢という言葉さえ上滑りするこの現状。それでも英雄は奮戦しているが、その身の不利は否めなかった。

 

 まず、英雄の得物が刀剣であること。

 刀剣とは、すなわち対人武器であり、近接武器だ。必然、接近しない大多数の銃火に対し打てる手立てはない。

 鋼牙の誇る機械じみた無謬の連携は、英雄に接近の間隙を与えない。その銃口は途切れる事なく空間を制圧し続ける。肉を切らせてもと特攻すれば、即座に全身を銃弾に穿たれるだろう。

 

 そしてもう一つは、英雄自身の性能に起因する。

 彼の攻めは確かに凄まじい。だが攻撃性能に反比例して、防御面ではひどく凡庸だった。

 英雄、クリストファー・ヴァルゼライドは凡人である。たとえば柊聖十郎のような、全方面に傑出した素質を持った天才の類では決してない。

 凡人であるからこそ、その不足分を努力で補うしかなかったのだ。そして必然、獲得する能力も非常に穿ったものになるしかない。唯一つ、彼に与えられた武器を極限まで鍛え上げるという選択肢以外、彼には許されなかった。

 結果、出来上がったのは極端が過ぎる一点特化型。超越しているのは攻撃面のみで、それ以外の能力に関しては並み程度のものでしかない。

 鋼牙の銃火でもヴァルゼライドを殺せる。一騎当千の英雄も、小兵の流れ矢で死ぬ場合があるように。最強たる鋼の英雄も、無敵の存在では決してないのだ。

 

 突出した個人も、圧倒的な数の暴力の前には成す術なし。幻想が入り込む余地のない、無情ながらも理に適ったその結論。

 故に英雄は鋼牙の軍勢の前に敗北する。やがて訪れるだろう結末は避けようがない。

 

 ――駆ける、躱す、防ぐ、躱す、駆ける、駆ける、弾く、防ぐ。

 

 奮戦するその姿も、結末を変えるには至らない。

 降り注ぐ砲火を英雄は躱し続けている。理由は勿論、()()()()()()()()()()()

 特出した才は、時に状況を大きく覆す場合もある。だがそれも、所詮は局所的なもの。最終的な勝敗を握るのは総合での能力値。それを補う仲間もいない単騎では、結局大勢は動かない。

 大は小を圧倒する。勝負に勝つのは常に絶対的な強者である。逆転劇など物語の中だけの奇跡であり、奇跡とは起こりえないからこそ奇跡と呼ぶのだ。

 

 ――躱す、防ぐ、駆ける、駆ける、突貫する、斬る、穿つ、薙ぐ。

 

 無謬の連携の中のあってないような間隙を突き、ようやく接近戦へと持ち込む好機を得たが、それも徒労に終わるだろう。

 いかにその剣撃の威力が凄まじかろうと、斬り捨てられるのは一人ずつ。両の手にそれぞれ構えた二刀では、どうやっても手数が足りない。

 雄々しく立ち振舞って見せても、所詮は全体像から見れば微々たる数。鋼牙という巨大な獣には、掠り傷程度のものでしかない。

 目の前で同胞が斬り捨てられようと、個我を持たない兵士に動揺はない。機械仕掛けのような正確さで、確実に獲物を追い詰めるよう正着手を打ち続ける。

 一対一の決闘ならば無双であろうと、戦争では全体の物量差がものを言う。一転した反撃にも意味はなく、最期には討ち取られるのは自明の理。やはり時間の問題でしかない。

 

 ――斬る、斬る、突く、躱す、薙ぐ、突く、斬る、斬る、斬る、払う、防ぐ、躱す、薙ぎ払う、一閃する、突破する、押し進む。

 

 そう、時間の問題のはずなのだが、しかしこれは、どうなっている。

 想像できた、当たり前であるはずの結末は、未だに訪れる気配もなく、むしろそれどころか。

 

 ――圧殺する、両断する、蹴り上げる、踏み台にする、突き崩す、叩き落とす、駆け抜ける、流し斬る、突き抜ける、穿つ、突進する、斬り払う、返し斬る、刺突を放つ、後退する、転進する、兜割り、八文字、喉突き、大袈裟、胴体割り、本胴裂き、敷き袈裟、太々、避け駆ける、斬り躱す、突き穿つ、三点突、斬り上げる、前進する、猛進し続ける――!

 

 攻勢が止まらない。単騎からすれば無限にも見える軍勢を相手に、ありとあらゆる常識、相性を覆して、英雄は互角以上に渡り合っていた。

 先までに述べた理屈の全てが、起こされる奇跡の数々に雲散霧消していく。どのような論に当てはめようとも、クリストファー・ヴァルゼライドを定義する事は出来ない。

 ここに至るまでだけで、一体どれだけの不可能を超えたのか。博打という言葉では言い表せない無謀の数々をも実現させてしまう、その技量と怯まぬ意志。

 ただ堅実なだけでは絶対に成し得ない。勇猛と蛮勇、二つの狭間を揺蕩いながら、決断したならば生命を賭した特攻も微塵たりとて恐れない。常に薄氷の上のような死線に在りながら、これしきは当然だと言わんばかりに英雄は、何の危なげも無しに奇跡のような紙一重の猛攻を実現させ続けていく。

 このまま単騎で戦い続け、やがては全軍を斬り伏せる。この英雄にとって、それは無謀でも蛮勇でもない。やれると信じてやり遂げられる、その程度の困難でしかなかった。

 

「――あまり調子に、乗るなよ貴様ぁァァッ!!」

 

 されど、思い知るがいい。獣の女王の軍勢はその程度では終わらない。

 英雄と軍勢が入り乱れる戦場に、女王御自らが出陣する。剣戟と銃火が乱舞する混沌の中、砲弾の如く飛来した超絶の暴力が場を丸ごと粉砕した。

 そう、鋼牙の女帝は傅かれて守護されるばかりの姫君ではない。キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワこそが鋼牙最強の兵。群れの頂点に君臨する人獣の将に他ならない。

 

 振るわれた暴威に対し、英雄が初めて明確な後退を見せる。

 無論、それで手を緩めるなど有り得ない。即座に追撃を選択し、キーラは英雄に対しても全く怯まず白兵戦を仕掛けた。

 キーラが振るうのは、華奢な外見に反した超暴力。その細腕からは考えられないような膂力を発揮し、何者も諸共に粉砕する。技巧と呼べるものはなく、人外の感覚と生命力を総動員した獣の強さがそこにはあった。

 それは洗練された武技に対しても決して劣るものではない。むしろ純然な暴力であるからこそ型もなく、英雄を相手にも五分の勝負を繰り広げている。

 それでも、流石は英雄と呼ぶべきか。攻防の中に発生した刹那の如き間隙を見出して剣閃を滑り込ませる。一撃はキーラを捉え、その首を斬り飛ばした。

 だが、そこから生じた現象は、まさに異形の怪物に相応しい所業だった。鮮血吹き出す首の断面より、瞬時に元の顔が復活する。人にとっては致命傷でも、怪物にとってはどうという事もないと告げるように。

 まさしく怪物じみた超抜能力。人間らしい工夫になど頼らない単純にして凶悪な暴威こそが、キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワの武器であった。

 一撃でもその攻撃を受ければ、英雄の身は耐えられまい。回復手段を持たない英雄は、そのまま倒れる以外にない。単騎同士での戦いでも、どちらが不利かは明白だ。

 

 そして鋼牙の真骨頂とは、単騎ならざる事にある。

 突進してくる二頭の巨大な魔狼。尋常な決闘であるなど、そんな意識は欠片もない。一匹の獲物に群れを用いて仕留める事を躊躇するような思考は人間だけだ。

 故に襲い来るのは魔狼に限らない。鋼牙の兵は案山子にあらず。無数の砲火が放たれて、女王たるキーラを援護していく。

 恐るべきは、その連携。超高速で近接戦を行うキーラ。進撃過程の総てを蹂躙する魔狼。それら常軌を逸した存在の織り成す闘争にあって尚、鋼牙に同士討ちはあり得ない。全ての銃弾、砲撃はキーラ、魔狼の身を穿つ事なく、英雄を追い詰める事のみを目的に放たれる。

 全にして一。個は群れのために、群体そのものがひとつの個。鋼牙の結束は何より厚い。

 

 これが鋼牙だ。夢界に君臨する六勢力が一。権威ではない、暴力で威光を示す人獣軍団。

 正面戦力では最強と称しても差し支えない。単騎で立ち向かうには余りに強大。個人の力でどれだけ足掻こうとも、いずれはその獰猛な顋に喰い千切られるが運命である。

 

 ――であるならば、展開されるその光景は、一体いかなる奇跡であるか。

 

 殺到する人獣軍団。その猛攻を一身に曝されて、それでも英雄は挫けない。

 銃火を避け、猛進する魔狼を受け流し、紙一重の中でキーラに斬痕を刻んでいく。端から見ればすぐにも終わると思えるのに、一向に決着が訪れないのだ。

 まさか、いやあるいは、と。既に見る者には別の結末が映り初めている。またしても不可能事を踏破する英雄憚が書き綴られるのかと、あり得ないはずの勝利を期待していた。

 

「……なるほど、確かに凄まじいな」

 

 それは何度目の交錯だったか。すれ違い際、斬り飛ばされ宙を舞った己の両腕を傍目に、キーラはほくそ笑んだ。

 

「辰宮の売女などとは物が違う。それだけではない。誰も彼も腐った臭いがする夢界の者共の中で、貴様だけは別種のようだ。悪くないぞ、クリストファー・ヴァルゼライド」

 

 落とされた腕を即座に再生して、キーラは率いる鋼牙を制止させる。

 女王の意志は、如何なる事柄にも優先される至上の価値。言葉すら用いることなく、統率された兵は瞬時に矛を収めて停止する。

 

「貴様、私の幕下に加わらんか? その勇猛を散らすにはあまりに惜しい。我が子らに流させた血の咎は、己もまた牙となってそそぐがいい。栄えある軍団の総列に加わり、偉大な帝国のために尽力する。これほどの名誉はあるまいが」

 

 尊大に、されど敵対する相手の存在を憂いながらキーラは告げる。

 ともすれば大人物とも見える、懐の深さを示すような所作は、流石女王の器と呼べる姿だろう。

 

 だが現実はそうではない。

 キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワの真実を知れば、その言葉の本当の意味が分かる。

 獣の女王にとって臣下とは即ち同胞。その結びつきは単なる忠誠などより遥かに強く、また同時におぞましい。

 鋼牙の軍団に属した者は文字通りに"繋がる"のだ。それ故の鋼の結束であり、鋼牙という一頭の魔獣を構成する何よりの要因だった。

 

「どだい、貴様の祖国とてすでに斜陽だろう。朽ちると分かって尚も仕える価値があるとは思えんがね。その武勇に相応しい舞台に立ち、真に尽くすべきもののために剣を振るう。それこそ英雄の誉れという奴ではないか」

 

 一聞するならおかしな所はない。敵ながら天晴れなりと、将の器を示す美談と見える。

 しかし、違うのだ。その裏にある真実を目の当たりにすれば、今のやり取りだけでもどれだけの矛盾があるのかすぐに気付く。

 それは決して、口から出まかせを語っているという事ではない。真実、キーラにとって今の言葉は本心なのだ。本気でその矛盾した理論を信じ込んでいる。

 彼女にとり、それは矛盾でも何でもない。己は栄えある帝国軍人、この軍団を指揮する『大佐(ポルコーヴニク)』であると。掲げた旗の信義を欠片も疑ってはいないのだ。

 人の権威を誉れとし、人獣の理を道理とする歪な有り様。相容れない二つの価値観を混在させ、かつ異形なままに成立させる狂気の本性こそキーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワの正体だ。

 信義も情けも、結局は怪物の論理でのみ成立するものに過ぎない。この申し出にも言葉ほどの価値はない。頷いたところで、キーラにとっての道理で処理されるのみである。

 

「痴れ言は不要だ。キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワ」

 

 そして無論、英雄たる男がそのような申し出に頷く道理もない。

 

「お前の話は聞いている。グルジエフの遺児、その狂気の寄り代とされた『被害者』よ。

 その境遇には同情する。そう成り果てたのも致し方ない事だろう。人と獣の間を揺蕩って、己に繋がれた群れの子らを慈しむ哀れな娘、お前に罪はない。

 俺は決してお前を責めん。だから――()()()()()()()()()()

 

 罪はない、お前は被害者だと、声には憐憫さえ滲ませて英雄は獣の女王に告げる。

 ヴァルゼライドは知っている。支離滅裂とも見えるキーラの在り方、その真実を。

 彼女がこうなったのも仕方がない。キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワの境遇とはそれほどに凄惨であり、あまりにも救いがない。

 故にその有り様を責めはしない。己が獣だとする道理にも理解を示す。そしてだからこそ、遠慮をするなと英雄は告げるのだ。

 

「悔いなど残すな。取り繕った姿で敗れては、その矜持も浮かばれまい。

 俺は決してお前の本性を蔑まん。我こそ怪物であると道理を叫ぶならば、好きにするがいい。その資格がお前にはある」

 

 それは慈悲。獣の女王に対して英雄が示せる唯一の情けだった。

 わざとやりづらい姿でいる事はない。本領を発揮しろ。見目麗しい少女のカタチなど何ら誇るものではないのだろう、と。

 まさしく英雄だからこそ許される在り方。対峙する相手への敬意、それを自然のものとして心の内に置いている。そんな枷とも見える騎士道精神こそ、己をより強くするのだと知っているのだ。

 

 だが肝心のキーラの方はといえば、向けられた人情にもまるで意に介していない。

 怪物としての獣性こそがキーラにとってのアイデンティティ。人らしい精神論など端から持たず、ただ力による蹂躙こそ良しとしている。

 英雄が見せた敬意とて、獣の女王の心を動かすには至らない。訳も分からぬ戯言と、そのように解釈されて切り捨てられるだけだ。

 

 故にキーラが反応したのは、敬意としての部分ではない。視野狭く捻じ曲がった、独自の価値観からくる結論だった。

 

「哀れんだな、貴様」

 

 吐かれた言葉からは一切の熱が取り払われている。

 それは冷静さを意味しない。むしろ極点を越えて激発せんとする感情、その前触れに他ならない。

 

 英雄の発した言葉は、獣の女王の逆鱗に触れていた。

 

「私を、可哀想な被害者だと、見るに耐えない廃棄物だと、取るに足らない少女だと、人間風情が見下して語ったなあアアアアァァァァッッ!!!!」

 

 激昂は、咆哮となって震撼する。

 それは獣の群れの嘶きだ。女王の怒りに触発され、鋼牙の同胞もまた憤り激しているのだ。

 

 軍団を一色に染め上げた憤怒は、続く衝撃として異形の現象を引き起こす。

 展開されていた鋼牙軍団。軍としての鉄の合理性に統率されていた兵たちが一斉に動き出す。

 いや、動いているのではない。引き寄せられて繋がっているのだ。中心にあるキーラに向けて、個体であった兵が次々と連結を果たしていく。

 

 軍であり群。集団であり集合。

 目を背けずにはいられない怪物の本性、結束という言葉すら生温い鋼牙の真の姿が顕わとなる。

 

「ならば見ろ、これが怪物(わたし)だ。

 貴様たちが怪物と呼ぶもの、私にとっての"真実(マコト)"だ、焼き付けろッ!」

 

 深紅の双眸が血涙を流して輝いている。

 その赤い瞳こそ支配者の証明。他者に隸属を強制する真なる魔眼。

 少女に刻まれた呪い。妹たちを壊したもの。あらゆる悲劇の元凶。

 

 小さかった少女の影が肥大していく。

 赤い魔眼が全てを見下して、屹立したその姿はまさしく巨人。

 だが怪物性を証明するのは巨大さだけではない。真のおぞましさは、それを構成するものにあった。

 

 巨人を構築するのは、人体。三千もの鋼牙たちが結合し、凝縮した化生こそキーラの真実。

 

 キーラと鋼牙の兵は主と部下ではない。

 真の意味で一心同体。キーラこそが鋼牙で鋼牙こそがキーラである。

 他者の血肉を切っては繋がり、魔眼によって支配して、そうして出来上がったのが今の姿である。

 それは人類の描く悪夢に紡がれた悪神・祟神にも劣らない、純然たる人の狂気が産んだ人造の狂神だった。

 

「私が愛する子らのため、我が一部たる同胞たちのために、私は盧生の力を手に入れる。だから貴様らさっさと死ねよ。私の家族に比べれば取るにも足らん塵屑どもが、私たちの邪魔をするなァァァァッ!!」

 

 極限の魔性たるキーラにも光があるとすれば、同胞に向けた愛こそがそうだろう。

 己の手足である三千名を、キーラは決して憎んではいない。我が身に蔓延る寄生虫の如く扱うのではなく、己と運命を共にする家族として見ている。

 だからキーラは夢を求める。繋がれて剥奪された彼らの命を取り戻すために。決して誰も見捨てようとはしていない。彼女の愛は真正のものだ。

 

 ただし、その愛は狭く閉じている。

 怪物と扱われ、キーラ自身もそれを望んでいるから、他人が入り込む余地がない。

 故に彼女とは相容れない。結束の強さは排斥の強さでもある。同胞との絆に縛られて、キーラは永遠にそこから抜け出せないのだ。

 

 それと対峙する英雄の面持ちは、静謐。

 彼はキーラの本性を知り得ていた。故に目の当たりにしたところで動じるには値しない。

 たとえ人ならば目を背けずにはいられない狂魔であれ、覚悟を定めた英雄の為す事に変わりはない。

 

「こんなものは手向けにもならんと承知しているが、あえて誓おう。

 二度とお前のような悲劇は繰り返さない。必ずや世界の歪みを正す。決して無駄にはしない。

 お前が流した涙の数だけ、明日の希望に変えてみせよう」

 

 故に哀れな獣よ、お前はここで散るがいい。

 それは宣戦。獣の女王を哀れもうと、決して揺るがず躊躇わない。

 相手が人に仇なす魔性である以上、英雄が為すべき事など決まっているのだ。

 

 しかし端から見るなら、その光景は余りにも絶望的だ。

 有に五十メートルを越えるだろう巨人と対峙するのは、比べて小人に見える男が一人。

 両手に構える二刀すら、今となっては頼りない。その小さすぎる刃が巨人に通じるとは思えなかった。

 

 ならば見る者に映る英雄の未来とは、敗れ果てるだけの絶望であるのか――否。

 

 英雄の目は死んでいない。それどころか眼前の巨人を微塵も怖れていない。

 彼は勝利するつもりなのだ。如何なる絶望にも屈しない。強大なる怪物ならばこそ、己が敗れるなど許されないのだと自戒し覚悟している。

 

 英雄と怪物。二者の関係を知るのなら、これより織り成される王道の物語も察せられた。

 

「破段・顕象――――栄光は未来に、英雄は不屈なり(Gamma-ray Adamas)

 

 ヴァルゼライドの持つ双剣に黄金の光が灯る。

 其はまさしく正義の輝き。あらゆる悪を断ち、如何なる絶望をも切り開くもの。

 英雄が携えしは光の剣。荘厳なる立ち姿、雄々しき眼差しには一点の恐怖さえ見えず、遥か巨大な超獣を前にも一歩たりとて退きはしない。

 

 巨人と小人。外見に映る彼我の差すらも今や霞んで見える。

 だってそうだろう。怪物と戦えるのは怪物だけで、人の身でありながら怪物の打倒を成し遂げる者こそを英雄と呼ぶ。

 目を焦がすほどの煌く黄金の威光は、狂気渦巻く合成獣にも劣らない。そして光の剣の担い手たる男もまた、誰よりも英雄の二つ名に相応しかった。

 

 巨人の腕が落ちてくる。肉塊の群れが拳の形を成して、振り下ろされるは純然たる大質量。

 特殊な理屈など何も無い。文字通りの物量差が生み出す圧倒的な超暴力が英雄へと向けられる。

 人の視点から見れば、もはや天が墜落してくるに等しいだろう。周囲を影の内に落とし込み、全景すら捉えきれない巨大な拳が迫る様は、まるで自然災害を前にするかの如く抵抗しようとする意志を剥奪する。

 己の敵を叩き潰さんと、極大なる殺意を滲ませた怪物の一撃。まさしくキーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワの誇る理の集大成がそこにはあった。

 

 対するは鋼の英雄。黄金を纏ったニ刀を構えて、見据える眼差しに揺らぎはない。

 敵対する者は強大、故に慢心の思いはない。侮らず、しかし怯まずに、己は勝つと心に決める。

 踏み込みと共に放たれるのは全身全霊の一閃。それは黄金の波濤となって射出され、眼前の巨塊に突き刺さった。

 

「オオオオオオォォォォ――――ッッ!!!!」

 

 裂帛の怒号。吐かれた意志に呼応して、光は更にその出力を上昇させる。

 巨大な塊を貫いた一条の光、怪物の巨体からすればか細いとさえ見える黄金光は、極限まで威力を凝縮した超密度の一撃。それが大質量の墜落を押し止め、拮抗させる。

 否、それだけに留まらない。突き刺さった光はその一点から連鎖して、爆発的に拡大していく。放たれた後でも尚消えず、残留しながら敵の身を喰い散らかしていた。

 それは明らかに熱エネルギーだけで生じる現象ではない。この夢界にてクリストファー・ヴァルゼライドの掴み取った夢の形は、単に敵を焼き払うのみの光ではない。あらゆる悪の存続を許さず、不義の一切を殲滅すべく連鎖崩壊を引き起こす爆裂光。

 

 すなわち、それは放射性分裂光(ガンマレイ)

 やがて来たる未来、人類が自らを七度は鏖殺できる量を持つ事となる破壊兵器。

 ヴァルゼライドの有する夢とは、それに非常に酷似した性質を持っている。彼が求めた破邪の光、ひたすら破壊へと振り向けた夢がここに真価を発揮する。

 

 破滅の連鎖が止まらない。

 貫かれた拳を伝い、光は腕部を昇っていく。

 構成される鋼牙の兵、その悉くを殲滅しながら拡がって、ついにはその巨腕そのものを粉砕した。

 

 そして、英雄の攻め手はそれのみでは終わらない。

 ヴァルゼライドの闘法は両手持ち、即ち彼にはもう一撃が許されている。

 刀剣を握る手に力が篭もり、破滅の夢を充填した殲滅の極光斬が再び放たれた。

 奔る黄金。光の斬撃は容易く空間を突き抜けて、怪物の身体を蹂躙しながら頂点にある女王の御身に到達して呑み込んだ。

 

「が、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッッ!!??!!!!??」

 

 キーラの口から迸った絶叫。

 激烈なる崩壊の痛みに、獣の女王が叫びの声を上げている。

 その破滅は決して癒される事はない。爆光はあらゆる悪に滅びを与える浄化の火だ。

 人外の再生力も英雄の光の前には無意味である。如何に優れた生命力とて放射線の猛毒に侵されれば死滅の宿命を避けられない。

 

 巨大なる怪物の総身が崩れていく。

 そこに在る生命の全てを殲滅し、一片の慈悲もなく。

 人に仇なす魔性の結末として、英雄譚に綴られる王道の通りに。

 

 ――よって、ここに勝負あり。

 

 佇むその立ち姿は不動にして健在。

 それこそ当然の道理だと言わんが如く、鋼の英雄は勝者の頂きに君臨していた。

 

 

 *

 

 

「おいおい、何なんだよあれは……!?」

 

 大杉栄光が呟いた一言は、千信館の面々が抱く共通の認識だった。

 

 あまりにも慮外、あまりにも異常。

 何もかもが訳が分からない。展開が早すぎる。まったくの蚊帳の外だ。

 見せられた光景は、彼らにとっては明らかな情報過多。未だ夢界の仕組みさえ解していない少年少女に、それはもはや毒でしかないだろう。

 

 先ほどまで自分たちを襲おうとしていた壇狩摩率いる鬼面衆、それが見せた異形なる夢の数々も。

 圧倒的なる軍団としての威容を示した鋼牙。更にはその後に発揮された、人体結合というおぞましすぎる狂気の怪物としての本性も。

 

 そして、それらを鎧袖一触に打ち破った、雄々しく輝かしい英雄の姿もまた。

 

 どれもが許容できる範囲を超えている。

 善性であれ悪性であれ、逸脱しすぎた意志の熱量には目を焼かれる。

 昨日まで常識の中に生きていた者には衝撃が強すぎる。明らかに段階を間違えて突きつけられた悪夢の数々は、理解など到底不可能でただただ畏怖の念を刻み付けただけだった。

 

「そりゃこっちの台詞だぜ。どうなってるんだよ、この状況はよ。

 わけが分からねえにしたって限度があるだろ。やべえってのは分かるんだがな、ここから俺らは一体どうすりゃいいってんだ?」

 

 加わったその声は、先ほどまでは無かったものだ。

 鳴滝淳士。四四八らの学友、屈強な体躯を持ち、己の孤高さを良しとする男。

 彼もまた、四四八との縁となる物を持ち合わせていたが故に、この夢界に入り込んでいた。

 

 不条理を前にも動じない精神力の持ち主であるが、目の前の事態には流石の無頼漢でも手が出ない。喧嘩の場数や意地でどうにかなる領域ではないと理解していた。

 こうして他の面々と合流を果たしても、やれる事は同じく傍観のみ。超常の戦いを目の当たりにして、人々に出来る事などありはしない。

 

 だが、それもまた何時までも続くものではあり得ない。

 害意の全てを一蹴し、英雄が歩き出す。その歩みは力強く、何憚る事なくゆっくりと。

 それを止められる者はいない。壇狩磨は肩を竦め、柊聖十郎も苦渋と憎悪を滲ませながら睨むのみ。あえて手出ししようとはしなかった。

 ましてや未だ常識の内にある少年少女が、どうして制止できるというのだろう。しかしそれでも、その歩みの先にあるものを見れば、見過ごす事など出来なかった。

 

「み、水希ッ!?」

 

 英雄の歩みの先、そこには倒れ伏す世良水希がいる。

 神野明影に敗れ、無残な姿を晒したまま動かない彼女の元へ、英雄は真っ直ぐ近づいていた。

 どういう意図なのかも分からない。それでも咄嗟の反応として、彼らは身構える。決して敵わないとは承知の上でも、仲間を見捨てないという仁義のもとに。

 

 そんな少年少女たちの案じを余所に、水希の元にヴァルゼライドが辿り着く。

 その様子に害する意図は見えない。手にある刀剣も振り上げられずに沈黙している。

 少女を見る英雄の眼差しにあるのは哀れみ。悲惨な悪夢に巻き込まれた善良な若人たちに、英雄は心からの憐憫の念を示しているように感じられて――

 

「大衆向けのポーズご苦労様。本当はなんにも分かってなんかいないくせに」

 

 そんな英雄らしい姿に泥を塗るべく、その背に這い寄るのは黒い神野(じゅすへる)

 

「理不尽に巻き込まれた無辜の民、そんな弱者の悲哀に義憤を燃やす英雄サマ。いやいやまったく何処までも王道だ。実に分かり易くて共感しやすい。正しすぎて非の打ち所もないくらい。

 そういうテンプレをなぞるだけなら破綻者にだって出来るものね。弱者の悲哀、敗北者たちの嘆きなんてまるで全然思い至らないけど、とりあえず理解してるフリくらいは出来るもの。

 ねえ、正しく雄々しく真っ直ぐに突き進むしか出来ない"狂人(エイユウ)"サマ?」

 

 全ては欺瞞だと、お前は破綻しているのだと、蠅声の王は鋼の英雄に告げる。

 その光の価値を認めず、裏に秘められた矛盾の数々を突きつける。あらゆる悪徳を凝縮した邪神は、嬉々として善性の輝きを貶めようと悪意の言葉を吐き出していた。

 

「涙を明日に変える? 泣いた事なんてないくせによく言うよ。

 そうやって助けてみせたところで、結局最期は殺すんだろう? 人助けなんて性に合わない、破壊と殺戮こそ虐殺の正義にはお似合いだ。

 他人のためにやれる事なんて仇討ちがせいぜい、血の海でしか報いを築けない鋼の英雄。いずれ報いるからと血染めの勝利を重ねていって、果たして報いるべき誰かは残るんだろうか?

 無理無理、たどり着けやしないさ。あなたが求める"勝利"になんてね。くひひひ、きひはははははは、あはははははははははは――――!!?!!?」

 

 正気を掻き乱す悪魔の言霊を――――英雄は一閃と共に切り捨てた。

 

 黄金の爆光が神野を灼く。

 無限に這い出る蟲群の如き不滅の存在も、連鎖し続ける殲滅光の前には無意味。

 如何なる攻撃にも存在を保ち続けた黒い影は、英雄の輝きに照らされて掻き消された。

 

「……それでも、俺は前に進むのみ。いずれ全てに報いる"勝利"を掴むまで」

 

 悪魔の痴れ言になど耳は貸さぬ。

 矛盾、悪性、委細承知なり。

 心に決めた信念があるならば、総てを呑み込み前進あるのみ。

 その意志が弛まぬ炎を燃やす限り、英雄の行進に停滞などあり得ない。

 

 そうしてヴァルゼライドは刀剣を納め、倒れる水希の身体を横抱きに抱き抱える。

 善良なる民草を救う救世主に相応しい姿で、少女を仲間たちのもとへと送り届けた。

 

「あ……えっとその、あ、ありがとうございます!」

 

 受け取った真奈瀬晶の声にも、明らかな困惑が見て取れた。

 それも詮無きことだろう。結局のところ、目の前の男の立ち位置がよく分からない。

 自分たちを救ってくれた。状況だけ見ればそうとも言える。だが結局、それが何故かと理由が分からないままでは疑念は晴れなかった。

 

 それでも、こうして警戒を解いて向き合っているのは、彼が善性の人間だという確信があるからだろう。

 壇狩摩のような無軌道の輩ではない。少なくとも、わけも分からないままに自分たちを害する事はないだろうとは信じられた。

 

「あの! 教えてください。これは、この世界は一体何なんですか!?

 単なる柊の見てる明晰夢なんかじゃない。そう、こうして私たちが入れてる時点でおかしいと思うべきだったんだわ。こんなのどう考えたって普通じゃない。

 もっと警戒するべきだった。なのに、その考察を放っておいて、世界の裏側を知ったみたいになって……ああもう、誰も彼も意味が分かんない!」

 

 だからこそ、だろう。咄嗟に我堂鈴子がその質問を口にしていたのは。

 言葉は途中から自らに向けられたものに変わっている。質問の体も為してはいなかったが、一度堰を切った疑問はそれこそ湯水のように湧いて出ていた。

 冷静に話が出来る精神状態ではない。先ほどまでは疑問すら抱く暇もない修羅場であったが、それも一応は沈静化したと見て、故に緩みが現れている。

 元より物事の理屈をはっきりとさせたがる性格である。今の一種の暴走状態も、流されるままだった状況に対しての反動というのが近い。

 

「落ち着け、我堂鈴子」

 

 そんな感情の暴発は、ヴァルゼライドのその一言によって消沈させられた。

 はっきりと呼ばれた名前。言うまでもないが名乗った覚えは一切ない。

 なのに、何故。一体これはどういう理由で。疑念が再び頭の内に満ちていく。

 

 だがそれよりも先に、続けられた言葉が疑問の再熱を制止した。

 

「様々な疑問があるだろう。数多の未知に混迷するのも無理からぬ事だと思う。

 俺がここで何を語ろうと、それは恐らく他者からの刷り込みにしかならん。安易な答えへの逃避を許す事になる。そんな様では何も出来まい。

 お前たちにまず必要なものは、不条理に対する解答ではなく、対峙する理不尽にどう立ち向かうか、その心を決める覚悟だろう」

 

 雄々しく、そして正しい英雄の言葉。

 単に答えをはぐらかしているだけと、そういう印象はまるで受けない。

 安易な甘言で甘やかすのではなく、自らの脚で立てる力をまず付けるべしと。正道を歩む者の忠言として、素直に耳を傾けられるものだった。

 

「そのためにも、まずは亡くした者を弔うがいい。何をするにもそれからだろう」

 

「あ……ッ!」

 

 そして、次の言葉に対しては異論の余地もなかった。

 

 忘れたわけではない。忘れられるはずがない。

 惨殺された柊恵理子。この悪夢の始まりを当然誰もが覚えている。

 直面した事態に追われ、一時頭の隅に置いただけ。悲劇に対する嘆きと憤りも、思い返せばすぐに甦ってくる。

 だが、これは夢だ。眼が覚めれば変わらぬ姿の恵理子が待っているという可能性もある。ならばこそすぐにでも確認のためにも戻るべきだろう。

 

 ――いや、違う。

 本当は誰もが分かっていた。

 この悪夢はそんな甘いものじゃない。柊恵理子は恐らく、もうこの世にいないのだと。

 それでも感情は納得できないと叫んでいる。確かな事実を直接目にしなければ、この感情は決して治まるまい。

 ああ、確かに男の言う通りだ。こんな様で何を聞かされたところで身に入るわけがない。何を決めて、何を始めるにしても、まずは哀しみにケジメを付けなければいけなかった。

 

「行け。たとえ真実がどうであれ、今のお前たちにはそれを悼む権利がある」

 

 そう言ってヴァルゼライドは刀剣を抜き、地へと向けて突き立てる。

 瞬間、場を覆っていた"何か"、彼らを夢界に閉ざしていたそれが消え去ったと直感した。

 

 認識に伴い、それは現象として顕れる。

 悪夢からの脱出、現実への帰還。彼らの中でそれを願わない者はいない。

 意識が浮遊し、世界からズレていく感覚。夢の時間は終わり、本来のあるべき場所に戻ろうとしているのだと、千信館の少年少女らは理解した。

 

 その様を見届けて、背を返す英雄の後ろ姿。

 霧がかかったように喪失していく視界の中で、最期に映ったのはその背中。威風堂々、自分たちを助けて道を諭してくれた英雄に、事情が分からないまでも敬意を抱く事は当然の流れであり、

 

 故に、己の中に生じる感情を柊四四八は不可解に思った。

 

 何故か、理由は自分でもはっきりとしない。

 その有り様は善性にして正道。柊四四八の価値観からすれば好感こそあれ否定する事などないはずなのに。

 だというのに、目に映る英雄の姿、その在り方に言いようのない忌諱感がある。認め難い、受け入れられないと心の何処かで叫んでいるのだ。

 

 自分と彼の道は、決して交わらない。

 ともすれば柊聖十郎以上に相容れない何か、納得し難いものがある。

 激突は不可避。いずれこの輝かしい英雄と決着を付ける事になるのだと。

 

 何の根拠もないままに、柊四四八の心はそれを確信していた。

 

 

 *

 

 

「さて、新しき邯鄲を飾る初戦は、輝ける英雄の武勇譚で終わったわけだが」

 

 夢界の深淵、柊四四八らの位階から比較すれば天の御座にも等しい場所で、軍装の男が語る。

 その様は精悍、そして何よりも強大。単なる人としての姿以上に、常態でも発している覇気の波動が、男の存在の巨大さを表している。

 格が違う。存在の次元が違いすぎる。対峙すれば即座に気付く、男が漲らせる異常性。一切の容赦もない無慈悲な灼熱でありながら、同時に正道たる者の潔癖さも兼ね備えている。

 

 男こそ、魔王。

 全ての元凶。始まりの盧生。廃神(タタリ)を世に放つ者。

 名を、甘粕正彦。夢界最強の支配者がそこに居た。

 

「俺としてはもう少し、あの第二の盧生らの克己を見守っていたかったのだがね。

 なあ、()()()? よければ聞かせてくれんかな。今回の介入はどういった意図であったのかを」

 

「思惑など無い。道理に則った筋書きに引き戻したまでのこと」

 

 そんな魔王たる男に対し、一歩も退かずに真っ向から対峙する鋼の英雄。

 クリストファー・ヴァルゼライド。史上初、阿頼耶に触れた邯鄲攻略者を前にしても、彼は揺るがない。自然体でも他者を圧する魔人の意気にも平静を保ち、整然と答えを返す。

 

「盧生に至る悟りのため、試練が必要であるのは承知している。第四層(ギルガル)まで降りてきた以上、直面する修羅場から逃れることは許されない。

 だが、ならばこそあの時点で果たすべき覚醒は既に終えている。あれ以上の責め苦は余分でしかない。それも確固たる思案があっての事ではなく、風見鶏のような無軌道さでだ。

 全てはあの盲打ち、壇狩摩の謀だろう。いや、奴は謀ってすらいまい。ただそうすべきと感じたからと、餓鬼の戯言にも等しい気まぐれでしかない」

 

「狩摩か。俺もあの男だけは計りきれん。天下はすべからく己のための布石であり、あらゆる物事は後の勝利に繋がっている。何の根拠もなく、よくもまあそこまで豪語できるものだ。

 お前とは真逆だな、クリス。俺は奴の事もそれなりに気に入っているが、お前としてはあの在り方には思うところもあるのではないか?」

 

「無い。あれはもはや、当人以外には理解できるものではあるまい。

 今のこの状況も、元を正せば奴の行いが発端なのだろう。何かしの考えもなくこのような結果を引き出せるならば、そういうものだと納得するより他はない。

 ならば良し、否定はすまい。俺は俺で出来る事、信じる道でもって勝利を掴む。他人がどうであろうと、それで揺らぐ惰弱な信念など持ち合わせん」

 

 努力もなく、苦悩も持たず、ただ反射のみで万事を良しとする盲打ち。

 それは言ったように、英雄の在り方とは真逆だろう。己の信念を無駄なものにしかねない存在を目の当たりにしても、ヴァルゼライドは動じていない。

 

 不屈の心は折れる事を知らない。

 たとえ何を前にしようと、意志の限りに前へと進む。

 それが彼が定めた決意だから、迷いはない。

 

「奴の行いに意義はない。あるのは悪童じみた気まぐれのみ。そんなものを必要以上に尊重してやる意味はなく、また義理もない。

 逆十字に限らず、奴らは大なり小なり悪性を持つ輩どもだ。いずれぶつかるのは目に見えている。今回の件も、そういう意味では想定の内でしかない」

 

「くく、はははっ、そうか。まったくお前の意欲はいつ聞いても小気味良い。

 お前の事だ。その想定では、他の総ての勢力をも相手取る展開が描かれているのだろう。

 奉じる信念に殉じ、ただひたすら真っ直ぐと。今回の事もお前にとっては必然であったかな」

 

「ならばどうする? 意のままにならぬ駒ならばと、盧生の威光をもって鎖に繋いでみるか?

 所詮、未だ俺は眷族の身。貴様の許しがなければ夢に入る事も適わん脆弱さだ。そうするとあっては是非もないが?」

 

「やらぬとも。いや、そうした時のお前の足掻きは見てみたい気もするがな。

 お前のような輝きこそ我が"楽園(ぱらいぞ)"を彩るもの。それを曇らすような真似がどうしてできよう」

 

 甘粕正彦。彼は人の輝きを愛している。

 人の勇気を、その魂が生み出す光を心から褒め讃えている。

 それが己にとって不利益であろうと、彼の美観に合致するならば否はない。

 これぞ人の価値であると、賛辞をもって認めるのみだ。

 

「せっかくだ。ひとつ、この邯鄲に懸ける抱負でも語ってみせてくれんかね?

 なあ、鋼の英雄。誰よりも勝利の呪いに憑かれた男よ。その輝かしき意志の何たるか、是非とも俺に聞かせてくれ」

 

「ならば、一言。――いつまで大上段から見下ろしている?」

 

 友誼とも取れる好感を示す甘粕。

 それに応じるヴァルゼライドが表すのは、激しい熱を内に秘めた厳かなる闘志。

 

「道楽の如き無軌道は、盲打ちだけに当て嵌るものではない。甘粕正彦、貴様の語る"楽園(ぱらいぞ)"とは、混沌の世だ。あまりにも度し難い。

 最初の盧生として、前人未踏の邯鄲攻略を成し遂げ、阿頼耶に触れたその偉業、強さには敬意を払おう。だが決して、地獄をもたらすその思想を認める事はないと知れ」

 

 甘粕正彦の理想とは、人が際限なく意志の輝きを発揮できる世界。

 素晴らしい勇気を見出すために、相応しい試練を与える。堕落の温床たる安寧こそ害悪であると言い捨てて、人にとっての至上の価値を取り戻すために。

 それは無限の災禍と超常の勇者が全世界で入り乱れ、覇と覇を競う群雄割拠の世。己が手にした"邯鄲(ユメ)"を分け隔てなく与え、意志の如何で総てが決する世界をもたらすのだ。

 

 言うまでもなく、大半の人々にとってそんな世界は地獄でしかない。

 生き残れるのは真に輝ける者だけ。試練に耐え切れなかった者は悉く一掃される。

 性質そのものは決して邪悪なものではないだろう。されど英雄にとっては、守るべき無辜の民草が犠牲となるその理想を、成敗すべき悪と断ずるのに何の迷いもなかった。

 

「俺は盧生となる。貴様の所業を阻むため、そしてこれまでの勝利に報いるために。

 困難は承知、己が器でない事も理解している。それでも征くと決めたなら、如何なる無理でも押し通してみせると誓う。"勝つ"のは俺だ」

 

 微塵の躊躇も疑念もなく、あまりにも無理が過ぎる大言壮語を、英雄たる男は口にした。

 

 クリストファー・ヴァルゼライドは、盧生となり得る資格を持つ者ではない。

 甘粕正彦。柊四四八。現状において、その資格を持つ者は唯二人のみである。

 資格がない者は、独力で邯鄲に入る事すら敵わない。柊聖十郎や壇狩摩、鋼牙の構成員の誰にしたところで、どちらか一方に繋がる事で夢界への侵入を果たしている。

 そして繋がったところで、同じ盧生となる事は絶対に不可能だ。資格のない者は盧生になれない。それはこの邯鄲における絶対の大原則だ。

 

 たとえば、キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワがいる。

 彼女は盧生の力を求めている。己と接続する家族の救済のため、如何なる不条理をも覆す奇跡の御技を欲している。

 だがそれも、彼女が半ば部外者に近い立場であり、知識不足からくる無理解によるもの。原則を覆す方法があるわけではない。

 ヴァルゼライドの願いはキーラと同様だ。資格を持たない身の上で、決して届かない御座に手を伸ばしている。前述した通りの不可能事であり、端的に言って愚行以外の何物でもない。

 

 それでも違いがあるとすれば、無理解のキーラに比べて、ヴァルゼライドは原則も資格の有無も総て余さず承知した上で、尚も成し遂げてみせると断言している事だろう。

 

「ああ……」

 

 そして無理無謀を叫ぶ男に対し、甘粕正彦はただただ感嘆の吐息を漏らすのだ。

 

 だからこそ惹かれる。だからこそ素晴らしい。

 普通に考えれば実現は不可能。だがこの男にはその一言で済ませない何かがある。

 幾多の不遇に見舞われて、泥に塗れながらも奮起を続け、あらゆる難事を遂げてきた男であるからこそ、その意志の光は奇跡を予感させるのだ。

 資格がない者は盧生になれない? ああそうだ、誰かが言った限界(げんそく)など気にするな。その雄々しくも魅せられる勇者の気概で、新たなる英雄譚を書き綴ってくれ。

 向けられる闘志さえも心地良い。その果てに俺の敵となるならば望むところ。互いに異なりながらも強き意志の激突こそが、その輝きを発揮させる"楽園(ぱらいぞ)"に他ならないのだから。

 

「いいだろう、クリストファー・ヴァルゼライド。思うがままに動くがいい。

 その果てにお前が納得する答えを得たならば、再びこうして対峙しよう。その時こそ決着の刻、俺とお前による"聖戦"となるだろう」

 

 よって甘粕正彦はクリストファー・ヴァルゼライドの挑戦を快く受け入れた。

 理想に対する否定。明確な殺意と共に告げられる打倒の宣言。それら自らが被る不利益を一切度外視して、偽りなき尊敬の念をもって迎えるのだ。

 

 人の勇気を愛し、その奮起を待望する光の魔王。

 与える試練こそが、彼にとっての人間賛歌。ならば英雄の姿こそ魔王の求めるものに他ならない。

 甘粕正彦は盧生である。阿頼耶に触れた人類全体の代表者。見出した悟りに利害を捨てて突き進める馬鹿者だけが、その境地に至る事を許される。

 

 ならばこその必然。ここに未来の決戦は約束された。

 

「そう、おまえの勇気は素晴らしい。

 ゆえに当然、俺と戦う覚悟もあるのだろう?」

 

「応とも、誰にモノを言っている」

 

 魔王が問うて、英雄が答える。

 やがて訪れる激突の日を熱望して、覚悟して、極限の善性の魂を持つ二人の昂ぶりが世界をも鳴動させる。

 

 邯鄲における絶対強者、並び立った両者がもたらす結末は、今は神すら知る由もなかった

 

 

 




 ヴァルゼライドの破段名はオリジナルです。
 原作本家の詠唱は急段に取っておきたかったので、適当に考えてみました。

 次回は後編の前に番外編。
 今回の話でも触れてますが、VS逆十字戦をやります。


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番外編 VS柊聖十郎

 

 ――思い返すのなら、あの男は最初の時から目を引かれる輩だった。

 

 邯鄲の第一周。掲げた大義と各々の我欲をもって夢界に臨む始まりの周回。

 深海を思わせる密室の中、円卓の中央に据えられた燭台を囲むように向かい合う四人の男女。

 二人の盧生により繋がれた眷属たち。そしてこの夢界における勢力を分別する主要人物。それらが一同に集い、設けられた会談の場は甚だ異常なものであり、

 

 そして同時に、柊聖十郎にとっては茶番以外の何物でもないものだった。

 

 柊聖十郎こそが至上の天才。世の総ては彼のためだけに存在している。

 この邯鄲にしたところで、元より彼が己のためにと拵えたもの。他所の愚昧どもが何やら幅を利かせている現状自体が、彼にとれば道理に反した異常そのものである。

 そしてこの現状においても、柊聖十郎が見据えるべきは唯一人。愚鈍の輩がいくら集まろうが恐れるに足らず、歯牙にもかけずに勝利するのが自明の理。真に敵となり得るのは、正当な所有者からこの邯鄲を簒奪した盗人猛々しい"あの男"に他ならない。

 

 蒙昧どもが何かを喚いているが、どうでもいい。

 所詮は己に奪われるために在る贄どもだ。少々の優位が減じたからと構う必要はない。

 対等な条件であるならば、己が勝つのが当然の帰結。そのような傲岸不遜を柊聖十郎は疑わない。

 そしてそれは、決して周りが見えていない驕りではないのだ。ここに集った者たちの能力、性質、強度、どれも余さず理解している。等級だけで見れば己とも同格であり、その刃が届き得る事も十分に承知の上だ。

 その上で彼は告げる。我こそが唯一絶対、他者など取るに足らない塵芥であると。他者の力を認識した上でも、必ずや己が勝つと自負するのだ。

 

 よってこの場に設けられた会談など、柊聖十郎には無意味である。

 グルジエフの娘? 貴族院辰宮? 神祇省?

 俺が敷いた邯鄲に狂いが生じた。ああそれで?

 煩わせるなよ屑どもが。貴様ら蒙昧が俺の足を引っ張るなどいつもの事だ。いちいち気に掛ける価値すらない。

 障害があろうが知ったことか。何が立ち塞がろうが粉砕して突き進むまで。柊聖十郎の勝利こそ天地に示されるべき道理であると知るがいい。

 

 柊聖十郎の自尊はそう豪語して切って捨てる。

 その関心はすでにこの場にはない。故にこの異例の会談も解散の流れに向かうのが自然であり、

 

「ああ、いやいやちょっと待ってもらえるかい? 実は一つ、とても大切なお知らせがあってね。君たちに新しく紹介したい人がいるんだよ。共にこの夢界で切磋琢磨する同士として」

 

 神野(あくま)が告げた言葉に、失せかけていた聖十郎の関心が引き戻された。

 

 新しい人物? この夢界に、六勢力以外で?

 そんなものを認知した覚えはない。主要となり得る者は全て把握している。

 ならば、やはり設定の狂いが関係していると? 当初に予定されていた邯鄲の効果範囲が拡大したことで、把握していない眷族が現れる懸念はあったが。

 

「いいや、今回のはそうじゃない。なんといっても、我が主のご推薦だ。

 うん、ぶっちゃけて言っちゃうとぜぇ~んぜん関係ない人だったんだけど、ホラ、甘粕正彦ってああいう人だからさぁ? 夢を通して全人類を見渡してたら、ふと気付いて、だから捕らえたって、特に意味もなく連れて来ちゃったんだって。

 破天荒な主でごめんねぇ、セージ。僕も従者として、色々苦労させられているんだよ」

 

 気軽気な口調で明かされた事実に、聖十郎は歯噛みする。

 つまり盧生とは、夢を通して全人類をも俯瞰して干渉できる力があるという事。

 普遍無意識の概念を考えれば、過去や未来への干渉さえも可能だろう。人類史上初にして、恐らくは最強の盧生だ。あるいは出来ない事など無いのかもしれない。

 

 その力の強大さを聞かされるたび、憎悪が滾る。

 本来ならば自分が手に入れるはずだったと思えば、口惜しさが止められない。

 ああ、何を我が物顔で振舞っている。それは本来なら俺のものだろうが、盗人め。やめろやめろ見下すなよ、許さない。

 絶対に手に入れてみせる。この柊聖十郎を選ばない天の不明を正し、あるべき世の道理とは何であるかを示してみせる。必ずや後悔させてやるぞ。

 

「まあ、前置きはこれくらいにして、さっさと紹介してしまおうか。はるばる地球の裏側からお出での方だ。みんな、仲良くしてあげてね」

 

 そうして入ってきた男を目にした時、聖十郎の頭に過ぎったのは一つの記憶。

 今となっては忌々しい記憶でしかない、あの男と初めての邂逅を果たした時の光景だった。

 

「クリストファー・ヴァルゼライド殿ですか。お見知りおきを、わたくしは辰宮百合香と申します。

 甘粕大尉殿に目を掛けられるとは、幸運なのか不幸なのか、そこは測りかねますが。ともかく甘粕殿の敵として、わたくし共が訊ねたいのは一つです。

 ヴァルゼライド殿、あなたは甘粕殿の走狗ですか?」

 

 紹介されたのは、軍服に袖を通した荘厳な偉丈夫。

 常人であれば気圧され畏怖するだろう男を前にして、嫋やかなる貴人の品性を保ちながら辰宮百合香は問いを投げた。

 

「いや。確かに俺は甘粕に繋がった眷族だが、奴の思想には賛同していない。くい止めねばならぬものと承知している」

 

「まあ。それは面白い。であればわたくし共の目的とも一致するのでしょうか。そちらにも何かと事情はお有りでしょうが、敵の敵は味方とも申します。どうぞよしなに、ヴァルゼライド殿」

 

 その様は気高く、優雅に、底知れず。深窓の令嬢たる神秘性、辰宮百合香はその化身に等しい。

 意識せずとも無自覚の内に、彼女はそのように振舞っている。仕えるべき姫、尊ぶべきいと貴き人と、相手の敵意を減衰させて畏敬の下に傅かせる。

 その上で、彼女は豪胆であり強かだ。何人にも動じず我が理を説く姿は、油断ならない棘薔薇の如き魅力すらも新たに開拓している。

 

 戦闘者としての技量は皆無であり、実行的な攻撃能力を一切持たない。

 それでも辰宮百合香は夢界に君臨する強者の一角にある。彼女の持つ魅力という力の強大さ、性質の悪い厄介さは、この場の誰もが認めるところであり、

 

「不要だ。()()()()など役には立たん。甘粕正彦は俺の手で打倒する」

 

 故に、にべもなく言い捨てた男の言動に一同からの好奇の視線が集まった。

 

「……それはおかしい。道理が合いませんよ、あなたは甘粕大尉殿の眷族なのでしょう。

 眷族であるのなら、その力の与奪権は盧生に握られている。まあ大尉殿の事ですから、その点に関してはある意味で心配いらないのかもしれませんが、そうでなくても眷族では盧生に勝てない。

 もしやご存知ないのでしょうか? あのキーラのように、無知のままに直情で突き進むケダモノの類いであると?」

 

「否、この夢界の理は既に聞いている。その原則、可能不可能の如何についても。

 資格なき者は盧生になれない。眷族の身で盧生に対抗するなど前提から履き違えている。盧生に対抗できるのは何処までも盧生だけであり、だからこそ第二の盧生を見出したと。

 理解はした。納得もしている。道理はそちらにこそあるのだろう。ああ、()()()()()()()?」

 

 敷かれたルールは知っている。

 根本にある法の原則も納得している。

 相手の言こそ正論で、愚かなのは己の方だと。男は余さず弁えている。

 

 その上で尚、男は言い切っているのだ。その愚行を己は成し遂げてみせるのだと。

 

「盧生に対抗できるのが盧生であるならば、俺こそが盧生に至ろう。道理に反しているのは承知だが、祖国と民草に真の報いを与えられる道がそれのみであるのなら迷いはない。必ずや勝利をこの手に掴んでみせると決めている」

 

 豪語する男の姿は、端的に言って愚か者だろう。

 理屈からまず破綻している。何某の方法を提示するわけでもなく、ただ決意したから成し遂げるなど、そもそも理論が成立していない。

 現実が見えていない阿呆の類い。ともすれば、あのキーラよりも愚直に走るだけの大馬鹿者。この場に集った一同の、それは恐らく共通した感想だろう。

 

 それは柊聖十郎とて同じ。だからこそ彼は拭えない不快感に苛まれていた。

 

 道理を弁えない愚かさ、それを承知で折れずに進める愚直さ。

 理解できない信条に殉じて危険を省みず、命さえも懸けて挑める意志の強度。

 ある一つの感情が極限に肥大した怪物、一種の化け物と呼べる性質の人間。

 

 そんな度し難い有り様が、ますますかつての"あの男"を想起させるようで――

 

 

「――――くだらん。俺も些か耄碌したか?」

 

 

 脳裏に思い起こしていた回想を、聖十郎はにべもなく言い捨て振り払う。

 先日に行われた会談の席、無価値であるはずのそれに妙な思いを抱いている己自身を自戒した。

 

 柊聖十郎こそ天下における真なる価値。

 必要なのはその自負のみ。他の如何なる感情も一切不要。

 愛は分かる。情は分かる。人の性に属する全てを余さず知っている。

 故に無論、己の邪悪は誰より承知、柊聖十郎は在るがままに鬼畜である。

 

 その証拠に見るがいい。彼の周囲に広がる悲惨な光景を。

 神祇省、辰宮、鋼牙。夢界に君臨する主勢力の総てが、無残な骸となって打ち捨てられている。

 それら骸が転がる凄惨な場にあって、覇者の如く佇むのが柊聖十郎。猛悪なる夢の繰り手として、逆十字は憚る事な君臨していた。

 

 ここは夢界・第五層(ガザ)

 時代は日露戦争の最中。そして第二の盧生、柊四四八にとっては己の生誕に関わる階層である。

 

 己の父、柊聖十郎とは否応なしに向き合わねばならない場所であり、だからこそ柊聖十郎にとっては自らの目的を果たす絶好の好機であった。

 それは即ち、盧生の資格の簒奪。彼にとってのあり得ない不条理を正し、あるべき道理に戻すために。

 自らもまた盧生となり、甘粕を殺す。今の屈辱的な関係を逆転させ、然るべき報いを受けさせるのだと。

 

 今の今まで恩恵を受けてきた身でありながら、そこに恩義の念などまるでないのだ。

 己に尽くすのは当然の事であり、むしろ役立てる事を光栄に思えと豪語する異形の感性。

 他人を尊重しようとする敬意、感謝の思いが完全に欠落している。生まれ落ちた瞬間から、その魂は邪悪そのものである。

 

 そのような鬼畜の存在を、柊四四八は決して認められないだろう。

 だからこそ柊聖十郎には勝てない。父に憎しみを向ける限り、逆十字の術中に嵌まってしまう。

 二人が対峙したならば、柊四四八は敗れて盧生の資格は聖十郎のものとなる。それは連座して彼に繋がる眷族たちの破滅をも意味している。

 思惑は様々なれど、ここで聖十郎に勝たせるわけにはいかないのは共通している。よって三者三様、戦いを期してここに集い逆十字と激突した。

 

 その結果は、ご覧の有り様である。

 直前で鋼牙に敗れた辰宮を除き、神祇省と鋼牙はまとめて逆十字の夢に嵌められた。

 単なる自負ではない。柊聖十郎こそ夢界最悪の夢である。盧生や廃神という例外を除けば、逆十字に勝てる者など存在しない。

 

 ここに邪魔な障害は排除され、逆十字の凶行を止められる者は失われる。

 これより聖十郎は息子の所に赴き、盧生の資格を手に入れるだろう。その無道、絶対悪の呼び名に相応しい在り方を体現する男の所業、その結末はもはや避けられないと思われた。

 

「……ふん。やはり来たか」

 

 よって悪なる者の横行を打破するため、高潔なる正義が立ちはだかるのは必然だった。

 

「奴に首輪を付けられた眷族の分際で俺の道を阻むとは、身の程を知るがいい。

 夢に入れたからと、俺と対等にでもなったつもりか? 甘粕に見出されただけの凡俗風情が、本来ならば貴様如きが預かれる恩恵ではないと心得ろ」

 

「承知している。甘粕によって夢に入る資格を得た俺と、一からその手段を構築し、この荒唐無稽な法を完成させた柊聖十郎。始点の段階から対等などではありえまい。

 が、この邯鄲に懸ける気概の重さにおいては負けるものではないと自負している。故に怯まん。貴様の所業は見過ごせん」

 

 在るだけで全てを不安にさせる逆十字の悪辣にも、英雄たる男は揺らがない。

 クリストファー・ヴァルゼライド。甘粕正彦によって認められたという男は、同じく甘粕が朋友と奉じる柊聖十郎を前にして、些かも劣らぬ意志の強さを現していた。

 

「第二の盧生。あの男を別とすれば、天下に唯一つの真理に至れる器だ。俺としても彼らの動向は興味深い。よって貴様には渡さない。ここでひとまずの終わりを迎えるがいい」

 

 彼は善なる英雄。悪性の逆十字とは真逆の道を行く男。

 英雄の威光が届く場所では、如何なる悪逆も許されない。断罪の刃を振り下ろすと決めている。

 抜かれる刀剣。二刀を構える両手持ち。戦意は漲り、闘志には些かの不足もない。

 

 対する柊聖十郎もまた、世の正義などまるで意に介さない男である。

 法? 道徳? 罪の意識だと? 実に下らん、柊聖十郎の存在こそ絶対の価値。

 そんなものは余さずして、蒙昧どもが嫉妬と恐怖から俺という至高を排斥するために持ち出す外法に他ならない。そんなものを気に掛ける理由がどこにあるという。

 何故なら結局のところ、奴らの論理は俺に諦めろと促している。慰め物のような価値観で納得させて、俺という存在を排除しようと働きかけるのだ。

 ああふざけるな、俺こそ至上だ。他の誰を贄に変えても、柊聖十郎には存在の価値がある。貴様らは俺のために役立つ事こそ唯一の価値だと思い知れ。

 

 まるで交わらない邪悪と正義。和解の道など始まりから断絶している。

 逆十字と鋼の英雄。まるでそれは予定調和であるかの如く、彼らはここに激突した。

 

 

 *

 

 

 柊聖十郎の持つ夢の特性とは、異様なまでの万能性である。

 全方面において傑出した素養。能力に穴はなく、如何なる状況にも対応可能なオールラウンダー。

 器用貧乏の言葉さえも的外れな、己に出来ない事など認めないと言わんばかりの天才性。全てを高水準に修めた柊聖十郎の完成度は紛れもなく夢界最強の一角だ。

 

 そう、能力値だけ見ても高位の実力者なのは間違いない。

 だというのに、本人はそれで全く満足していない。事実、単なる高い能力値だけでは説明できない事象の数々が今まさに行われていた。

 

 ある時を境として、使用する夢の性質ががらりと変わる。

 それは万能性などという領域の話ではない。まるで別人と入れ替わったかのような変貌ぶり。

 それも一つや二つではない。今に至るまでも十数回、聖十郎に変貌が起きている。勿論、その中に同じ性質だったものは一つもない。

 その上、それら全てが達人級と呼んでも差し支えない熟練度なのだ。如何に聖十郎が天才だとしても、これほど異なった方面の数々に手を出して、全てを完成の域に至らせるなど異常としか言えないだろう。

 

 その認識は誤りではない。聖十郎は何も馬鹿正直に修練してそれらの技法を身に付けたわけではなかった。

 これこそが柊聖十郎の持つ夢の真価。他者の夢を奪い取り、己のものとして行使する簒奪の悪夢である。

 そこに我が物とした夢に対する敬意はない。世の全ては柊聖十郎のために存在する道具である。故に他者が修練し完成させた技の数々も、己に使われて当然だという認識しかない。

 まさに鬼畜外道としか言いようがない感性。そしてだからこそ得られた夢の形だと言えるのだ。

 

 それに対峙するヴァルゼライドが振るうのは、破壊の属性のみに振り向けた黄金光。

 素養の観点から見て、ヴァルゼライドは凡庸だ。柊聖十郎のような万能性は望めない。

 ヴァルゼライドの夢は攻撃一辺倒に振り切れている。それは同時に応用性の無さを示すものであり、相性如何で戦法を切り替えるという選択が彼には取れない。

 たとえ彼の夢を封殺するような種類の夢に当たっても、取れる手段は一つしかないのだ。己の不利を承知の上で、持てる力で戦い抜くより道はない。

 事実、聖十郎が繰り出す夢は、その悉くが相性の不利を狙ったものだ。極限まで特化した破壊力を封じ込め、力を十全に発揮できない状況を作り上げている。

 両者の間には明確な有利と不利が示されている。よって戦いの趨勢は柊聖十郎の優位でもって流れていくのが当然の帰結であっただろう。

 

 そう、であったのだが、しかし、彼は不可能を覆す鋼の英雄。

 柊聖十郎が振るう数多の夢。それに対するヴァルゼライドが用いるのは、たった一つの光の夢。

 そのたった一つが、破れない。各々の才能が磨いてきた達人たちの技の数々が、一人の男が繰り出す一技によって次々と打ち破られていた。

 

 不満などない。己はこの才でもって事を為すのだと決めた。

 無いもの強請りなど軟弱の極み、定めた決意があるのなら脇目も振らず勇進あるのみ。

 その信念の下に磨き、研磨し鍛えられ続けた英雄の武技は、もはや達人の領域さえも超越した無窮の武練。

 相性の不利? そんなものに怯む俺ではない。恐れずに突き進む真っ向勝負、正々堂々正面から打ち破るのだと覚悟している。

 そして彼は、一度前に進むと決めたなら、その意志の限りに進み続けられる英雄(かいぶつ)なのだ。滾る戦意はより強く燃焼し、その攻勢の回転数を加速度的に上げていく。

 

 何よりも、こんなものらは所詮、張り子の夢だ。

 己が技に懸けるべき気概がない。費やした時間と共に五体へと染み付かせた足跡がない。

 柊聖十郎とは盗賊の王。他者の才とは即ち己にとっての道具。よって敬意など微塵もなく、再現は出来ても発展させようとする意識は皆無である。

 そこに緩みが存在している。所詮は道具と容易く交換し続けているのが良い証拠だ。一つの夢に懸けた自負がないが故に、聖十郎の夢には必勝の気迫が欠けている。

 如何に技として優れようが、英雄にとってそんなものなど恐れるに足らず。覚悟を決めて打破できる、脅威とも呼べぬ障害でしかない。

 

 結論はここに、戦いの趨勢は明確なものとして表れる。

 聖十郎の持つ練達の夢の数々は、ヴァルゼライドが有する極みの果ての夢には及ばない。

 戦闘の優位に立つのは鋼の英雄。彼の振るう断罪の刃が、やがて邪なる逆十字を討ち果たすのは時間の問題であるかに思われた。

 

「ああいいな。羨ましいぞ。その輝き、俺に寄越すがいい」

 

 されど、どうか忘れる事なかれ。ここに在る男は純正の絶対悪。

 あらゆる善と道徳を蹂躙する、鬼畜外道にして八虐無道。こと悪辣さにおいて彼の右に出る者など居やしない。

 

(カワ)(シボ)()(コヤ)セ。()()ルガ(ゴト)(シズ)(コヤ)セ」

 

 柊聖十郎の夢は簒奪。他者の輝きを奪い、引き換えに己の闇を押し付けるもの。

 己に向けられる悪感情を嗅ぎ分けて、糧とするべく吊り上げていく逆さの磔。柊聖十郎の本性を知れば知るほどに、逆十字の魔の手からは逃れられない。

 

「急段・顕象――――生死之縛・玻璃爛宮逆サ磔」

 

 よってここに、柊聖十郎の持つ病魔(ヤミ)が、その真の猛威を発揮した。

 

「ぐぅ――がぁ……ごほっ!?」

 

 変化は唐突かつ迅速、そして容赦なく激烈に現れる。

 頭痛がする。吐き気が襲う。身体は不快な熱に侵され、空気はその清浄さを失った。

 我が身の内で突如発生した病魔の数々、その病みが猛毒となって駆け回っているのを、想像を絶する苦痛の中で感じ取っていた。

 

 それを見下す柊聖十郎の背に現れるのは、逆さに吊るされ磔刑に処された骸の群れ。

 その総てが、聖十郎によって輝きを奪われた者たち。代わりに与えられるのは病魔という名の聖十郎が抱える闇である。

 

 柊聖十郎という邪悪と相対すれば、誰もが等しく思ってしまう。

 このような悪は許されない。こんな人間がいるはずがない。そこには何か理由があるはずだと。

 よって聖十郎はその問いに対して答えを返す。"よかろう、これが俺の病魔(りゆう)である"と。

 つまりは等価交換。闇を知る代わりに光を奪われる、無意識下で成された合意。協力強制が成立するのだ。

 

 この急段の恐ろしいところは、適用される条件の範囲が異様なまでに広いという事。

 通常、相手からの合意を以て成立する急段は、発動までの条件を整えるのが難しい。

 肝要となるのは、如何に相手に条件を悟らせず、その方向へと誘導するかという事。知られれば当然、意識が警戒を挟んでしまうため、合意を得る事は出来なくなる。

 だというのに、柊聖十郎の急段は知れば知るほどに嵌まっていくのだ。その悪性を目の当たりにして、悪感情を抱かないなど不可能に近い。

 その悪感情も、憎しみや殺意といったものだけに限らない。同情などの哀れむ思いですら当て嵌まる。そのどれもが、柊聖十郎を弱者と見下す行為に他ならないから。

 

 柊聖十郎の真実とは、明日も知れない重篤患者である。

 一人では生活さえもままならない、社会的最底辺の弱者に過ぎない。

 夢界で見せる暴君の如き振る舞いも、現実における不合理を正すための行いだ。

 やめろやめろ俺を見下すな塵屑ども。俺に比すれば何の価値もない者どもが、偶さか健常な肉体を得ているという理由だけで、何を上位者の如く振る舞っている。たった一つ、それさえあれば俺に足りないものなど何も無いのだ!

 

 彼は逆十字、何人にも己を見下す視線を許さない、逆さに頭を下げさせる悪逆の簒奪者。

 知れば誰もが不安になる、生きるという行為の価値を知らしめる男。ただ生きたいと渇望する姿を、無視できる者など何処にもいない。

 

「正義の怒り? 世を守る使命感だと? 愚昧めが、そんなもので俺の夢を躱せると思ったか。

 それも所詮、敵対する何某かへ向ける攻撃の意志に満ちている。排斥という名の悪感情に他ならん。貴様のような道理の分からぬ正義狂いこそ、こぞって俺に吊るされる典型だと思い知れ」

 

 一度嵌まった玻璃爛宮からは逃れられない。逆十字の吊り手は確実にヴァルゼライドを絡め取る。

 病魔という闇を与えられ、肉体という光を奪われる。病の発症と血肉の喪失、二重の責め苦に苛まれて英雄はその存在を削り落とされていく。

 新たな磔刑の群れに加わるのは、吊し上げられたヴァルゼライド自身。その磔が完成した時、鋼の英雄は総てを奪い尽くされ朽ち果てるのだ。

 

「ぐぅっ、ま、まだだ――――!」

 

 だがそれでも、クリストファー・ヴァルゼライドは英雄の器を持つ破格の男。

 病に侵され血肉を失いながらも、不屈の意志は倒れる事なく立ち上がる。

 涙を明日の希望に変えるため、必ずやこの手に勝利を掴むと決めた。その信念がある限り、英雄は決して敗ける事はないのだと豪語するように。

 

「ああ知っているぞ。貴様のような輩には、肉体的な損傷は効果が薄いのだというのはな。

 勇気だ何だと、そういうもので立ち上がってくるのだろう? 鬱陶しい、下らない。そういうものは甘粕にでも見せてやれよ。

 愛も情も知っている。善に属する感情だとて、俺は余さず理解している。ならば無論、それへの対処法も承知済みだ」

 

 その瞬間、逆十字より与えられる苦痛が和らぐ。

 病の方は相変わらずだが、肉体面での簒奪が無くなったのだ。病魔のみの苦痛であるならば、英雄の意志は如何様にでも立ち上がれる。

 だがそれは決して安心を意味しない。むしろ英雄の持つ直感は、今この瞬間にこそ最大の警鐘を鳴らしていた。

 

 まず異変が生じたのは、技だった。

 英雄の振るう七刀の抜刀術。長年の時間と密度をかけて無双の境地にあるはずのそれが、何故だが全く思い出せない。

 ヴァルゼライドの強さを証明する技の冴えが、刀剣から失われている。それでも気力の強さで喪失を補い、攻勢を続けていく。

 

 次に異変が生じたのは、感覚だった。

 肉体的な五感は元より、言うなれば勝負勘とも呼ぶべき第六感、それがまるで働かない。

 機知が鈍い。好機を逸する。何が危険であるのか判断できない。

 よってその攻勢は乱雑なものとなっていく。それでもヴァルゼライドは蛮勇を上回る勇猛果敢さで窮地ごとねじ伏せに掛かっていった。

 

 更に生じた異変は、夢だった。

 猛威を振るう黄金の殲滅光。ヴァルゼライドの誇る破壊の夢が機能しない。

 どうやって用いていたのか分からない。それどころかどのような光であったかさえ思い出せない。悪を討つべく顕象させた彼の光が、その手より失われていた。

 されどそれでも、彼にはまだ不撓不屈の意志がある。決して折れない鋼の魂がある限り、英雄の前進に終わりはない。

 

 ――そして最期には、その意志までもが失われた。

 

 逆十字が奪う輝きとは、物体的なものに限らない。

 感情や技術、記憶など、形の無いものまでも効果対象に当て嵌る。

 英雄を英雄たらしめる矜持、覚悟。不屈の意志の骨子となるものを、逆十字の悪辣は狙い撃つ。

 

 意志ある限りに前進を続ける英雄であろうとも、その燃料を失えば燃え尽きるのは必然。

 魂からは信念の光が損なわれ、肉体には病魔の闇が与えられ、蝕まれる心身は英雄からその力を確実に奪い去っていく。

 

 そしてついに、クリストファー・ヴァルゼライドは完全に沈黙した。

 

「仕舞いだ。取るに足らん凡愚め、まったく俺も何を気に掛けていたのやら」

 

 吊るし上げた英雄だった抜け殻に、聖十郎は嘲笑と共に言い捨てた。

 

 悪逆鬼畜にして傲岸不遜、我こそ至上と疑わない逆十字に己の勝利など当然の事象。

 むしろ必要以上の警戒こそ、彼にとっては屈辱である。他者の全てを見下して語るその道理においては、同格以上を思わせる存在など憎悪の対象でしかない。

 よって結果が現れた以上、そんな感情は害毒だと切り捨てられる。これもまた有象無象の蒙昧どもと同じく、己の道具として使い尽くされるのみであると。

 

「ああ、だがこの光は悪くない。なかなか役に立つ道具だぞ。褒めてやろう」

 

 そう言って掲げるのは、今しがた奪い取った破壊の夢。

 ヴァルゼライドが顕象した黄金の爆光。これほど殲滅力に特化した夢は、聖十郎の持つ千の夢においても他にない。

 一点特化型であるこの夢も、万能の才と手段を持つ柊聖十郎の手にあってこそ、より効果的な運用が可能となるだろう。まさにあるべき主の元に納まったと言える。

 

「貴様が重ねた修練の日々も無駄ではなかった。そう、俺という至高の存在に献上されるために、貴様の努力はあったのだ。これほど光栄なことは他にあるまい。

 よってそれを最大の誉れとして受け取り、最期にもう一つ俺の役に立て」

 

 光が膨れ上がる。聖十郎が掲げた爆光が、本来の担い手である英雄へと向けられた。

 献上品を受け取って、もはや奪うべきものも無くなった男に対し、我が物となった破滅の光の最初の試金石になれと、鬼畜の男は臆面もなく告げていた。

 

「甘粕を止めたいのだったな。案ずるなよ、奴の首は俺が獲ってやる。あの男の断末魔を祝福の鐘に変えて、真に在るべき玉座へと俺は立ち戻るのだからな。

 貴様は甘粕の眷族だ。その存在を完全に奪うことは出来んが、しかしこの道具は役に立とう。甘粕打倒の一因になれるのだ、貴様だとて本望だろうが」

 

 この世の正義の体現たる男にも、意に介さず無道を続ける傲慢、悪徳。

 まさしく柊聖十郎こそ絶対悪と呼ぶべき存在だ。これほどに極悪な男を誰が止められるというのだろう。

 正義の担い手たる英雄が敗れてしまった以上、その暴虐を止める術はない。息子は敗れ、資格は奪われ、あらゆる人々は逆十字に利用されて打ち棄てられるのだ。

 

 そんな最悪の未来を決定付けるように、奪われた破壊の光が英雄へと放たれた。

 

 

 *

 

 

 よってここに、当然の展開が訪れる。

 

 互いの相性を見れば、それは自明の理。

 掲げた信条、その性質の如何を知るのなら、誰もが予測の付く流れであった。

 

 その意志を奪われて、沈黙する英雄。

 勝利を確信した逆十字が、とどめの一撃にと撃ち放った黄金光。

 戦況は決定的。条件は揃っている。ならば後は、訪れる展開を甘んじて受け止めるだけだろう。

 

「なに……?」

 

 勝利を確定させたはずの、聖十郎が上げる疑念の声。

 どう考えようと目の前の男が砕け散る以外の結末など見えなかったはずのそれは、しかし。

 

 黄金の光、愚直なまでに破壊一点を極めた殲滅光が、止められている。

 どんな護りを持ち出そうと不可能、それは夢界最強の光である。拮抗などあり得ない。

 

 そこに例外があるとすれば、唯一つ。全く同質同出力の光以外にはあり得なかった。

 

「なんだそれはぁ……ッ!? おかしい変だぞ有り得んだろう!」

 

 沈黙し、もはや動く事も叶わないはずだった英雄。

 

 クリストファー・ヴァルゼライドは、立ち上がっていた。

 奪われたはずの黄金光を振るい、眼前に迫った破滅をはね返しているのだ。

 

 何も驚くに値しない。当然の展開だろう。

 柊聖十郎は邪悪、在るがままに鬼畜となった男。

 この男が掴む勝利とは、即ち人々を襲う悲劇に直結している。

 ならば立ち上がらないわけがないだろう。自らの敗北が先の惨事に繋がると知るならば、正義の担い手たる英雄は絶対に勝たなければならないのだから。

 

 故に、英雄はあらゆる不可能を覆して再起を果たす。

 一度奪われたからなんだ。失われたからどうしたという。

 物の道理など踏み越えて、どんな無理でも成立させる意志の力。

 邪悪の魔の手を砕くため、尊ぶべき人たちの未来のために。

 明日の涙を笑顔に変えるために、正義の魂は再燃焼を開始する。

 

 さあ、刮目して見るがいい。これより始まる逆転劇を。

 ここに舞台は整った。もはや悪役が出る幕など何処にもないと思い知れ。

 

「貴様は俺に奪われたはずだろうが!? 意識も記憶も、その精神は枯らしてやった。なのにどうして貴様は動いている。もはや抜け殻に過ぎぬはずだ!?」

 

「笑止。人の心に枯れる底などあるものか」

 

 それは英雄にとって当たり前に等しい常識。

 信念とは尽きぬもの。心の内より無限に湧き上がってくるもの。

 たとえ一時吹き消えようが、芯の種火は決して消えない。後から足して何度だって燃え広がる。

 

 再び湧き出た意志を燃やして、英雄は攻勢を再開させる。

 その勢いたるや、先の攻勢と同等かそれ以上。柊聖十郎をして後退を余儀なくされる。

 

 だが、考えればそれはおかしい。道理が合わない。

 ヴァルゼライドに与えられた病魔、それは断じて癒えてはいない。

 聖十郎を苛んできた死病の数々、どれも易いものであるはずがなく、それに対処する術などヴァルゼライドは持っていない。

 今も彼は病魔による猛烈な倦怠感、激痛と苦悶を味わっているはずだ。そんな最悪を越えて致死の体調で、むしろ勢いを上昇させるなど因果が狂っているとしか思えない。

 

 狂気の域にある英雄の勇進、ならばその芯にあるのは何か。

 不条理をも引き起こして貫く信念、目指す先には何が見えているのか。

 

「盧生になる。そう息巻いてはみせても、我が身にその資格は無く、何をすべきかも定まらぬ体たらく。未だ目指す境地は遠いものと自覚している。

 だが、自覚すればこそ己には苦行を課すと決めている。普遍無意識、神にも等しき真理を得るために、必要な悟りとは何であるかと問いながら」

 

 盧生。邯鄲の夢を攻略し、夢の恩恵を現実世界へと持ち帰る権利を得た者。

 現状で到達者は甘粕正彦のみ。その甘粕にしたところで十年の時間をかけた事を考えれば、それが如何に想像を絶した難易度であるかも推し量れよう。

 資格さえあれば良いというものではなく、そこから攻略を成し遂げられる者まで絞れば、その数はさらに激減するだろう。万にどころか億に一人でもきかないかもしれない。

 甘粕はそう考えていないようだが、あの男はそんな過剰すぎる期待と共に世界さえも滅ぼしかねない大馬鹿者だ。端的に言って、まったく当てにはならない。

 

 ならばそもそも、資格を得る条件とは?

 分からない。なにせ実例が一人しかいないのだから、比較となる情報が少なすぎる。

 それでも着目するのなら、甘粕の持つ特異な人間性に向けられる。善悪をも超越したところで人を計る、神のように公平な審判の在り方。

 ではそれなのか? おかしくはない、人類の総体と呼べるものに触れようとする試みだ。俗世の善悪に左右されているようではとても務まるものではないだろう。

 

 真実は未だ知れない。

 甘粕もまた断言できるものではないと語っていた。

 それでも、少しでも道が見えたならヴァルゼライドは躊躇わない。何人よりも険しき道をと覚悟したその時から、臆する心は捨てていた。

 

「ただ悪を許せば良いのか? 否、貴様は紛れもなく俺が裁くべき邪悪。息子が父を認めるのとは訳が違う。少なくとも俺の道ではない。誰かの後背を追うだけの男に一体何が掴めようか」

 

 では、ヴァルゼライドが至るべき真理とは何か。

 正義を掲げる鋼の英雄。如何なる不義も許さず、あらゆる邪悪を滅ぼす断罪者。

 振り下ろす裁きの刃を曇らせないために、英雄が成すべき事とは何なのかと。

 

「目を逸らさぬ事。貴様の病魔(ヤミ)から、その生涯の苦悶と懸命さから正面から向き合う。決してつまらん偽善を己に許す事のないように、真に正なる裁きを果さんがためにだ」

 

 聖書に曰く、人が人を裁いてはならないという。

 他者の間違いを糾弾する事は容易い。だがそれが真に正当なものであるのは稀である。

 人にとっての悪なるものとは、自らの思い通りにならないものを指している。法の正義、倫理の意味、そのどれもが善悪を測るための基準に過ぎない。本当の意味で悪性を決めるのは、人自身の主観に他ならない。

 他者の良し悪しを判断し、それを罪だと声を上げる。だがその裁きを自分に対しても同じように出来るものはいない。人は己の事なら分かっても、他人の事は分からないから。

 

 罪を犯した者がいたとする。例えば殺人、例えば強盗、決して許されざるべき大罪を犯した者に対し、人々は憤りの念と共に断罪を声高に叫ぶだろう。

 だがその者にも事情となる背景があるのだとしたら? 余人には分からない苦悩や葛藤、罪を犯して然るべき正当さがあったとしたらどうだろう。

 人々の憤りは減少し、場合によっては同情や共感さえあるだろう。他者の主観からでもそうならば、味わってきた当人の主観にとって正当性はより強くなる。

 他人の事情など全てを知り得るものではない。誰もが一面だけを見て理解したつもりになっている。都合の良い部分にだけ着目して、不都合な部分には目を背けながら、己こそ正義と責められるべき悪を攻撃する。聖十郎が言ったように、そんなものは悪感情でしかないだろう。

 

 そう、知らなければ、どうしても敵意の方が先立ってしまうから。

 ただ悪であるからと斬り捨てるだけの偽善など、真理に値するものではない。

 悪を知り、罪を知り、その闇の内にある心の全てを承知して、存在する重みを受け止める。

 揺るがぬ正義の剣として、真に正しき断罪の刃を振るうために。

 

 そして最期には、クリストファー・ヴァルゼライド自身の罪業をも裁くと覚悟して。

 

「急段の条件である協力強制。貴様の病魔(ヤミ)を知りたいと願い、貴様も相手を羨ましいと思うが故に成り立つ、闇と光の等価交換だったな。

 良いとも、俺の光を受け取るがいい。貴様の病みを背負う覚悟は出来ている。真に対等であると気概を持たねば、他人と向き合う事など出来るわけがないのだから」

 

 柊聖十郎が背負ってきた病魔の数々。その苦しみも知らないで、一体どうして断罪の言葉など叫べるだろう。

 生きたい、ただ生きたい。彼は真実、その一念のみで行動してきた。己に仇なす現実の不条理さの全てに対して戦ってきたのだ。

 生きるという事に、嘘も真もありはしない。悪徳と狂気に塗れながら、その生き様は生命として共感を覚えずにはいられないものだから。

 

 だからヴァルゼライドは、柊聖十郎という人間の強さを認めた。

 真摯ですらある生きる事への姿勢を、生命としての正しさを確かなものだと納得した。

 彼の病魔を受け取る事で、その凄絶なる苦行の何たるか、故にこそ明らかとなる今日までを生き繋いできた意志の強靭さを理解したのだ。

 

 だからこそ、英雄たる男は立ち上がる。

 理解した強さ、認めた正しさ、抱いた敬意に対する、最大の答えとして。

 それでも尚、()()()()()()()()()()と、満天下に証明するように。

 

「無限の病魔に侵されて、絶望と苦しみの中で朽ち果てても、この信念を捨てはしない。

 たとえ貴様と同じ境遇に落とされようとも、決まっている。"勝つ"のは俺だッ!」

 

「この狂人がぁぁぁぁァァァァッッ!!!!」

 

 分からない、分からない。柊聖十郎にはまるで分からない。

 目の前の男が宣っている何事か、意味が知れない狂言にしか聞こえなかった。

 

 つまるところ、ヴァルゼライドの猛進の理由とは、単なる精神論。

 動かぬ肉体を叱咤して、蕩ける頭を叩き起して、骨が折れたならば気骨で支えて。

 受け取った数多の死病の毒を、理屈も根拠もない気合と根性だけで耐え抜いているのだ。

 

 病魔の毒、それは肉体のみならず精神までも蝕む苦しみだ。

 健全な肉体でこそ精神もそのように育まれるという言葉があるように、その猛威は心にある善性、他者に向ける慈愛の感情を徹底的に破壊していく。

 外から与えられる外傷とは決定的に異なる、内より臓腑を腐らせる苦痛は、理屈抜きに己以外への悪感情を育むのだ。

 身体が重い、思考が働かない、何故自分だけがこんな目に。痛みに耐える心があろうとも、その支柱の方から折りにかかる。まともなままではいられない。

 闘病とは意志による戦いである。弱った心が折れてしまえば、肉体もまたそれに連鎖する。気力を失った身では、もはや苦悶の日々に耐える事など出来ないのだ。

 

 だというのに英雄の持つ気迫は、そんなものを物ともしない。

 減衰していく心の灯火に、矢継ぎ早に新たな燃料がくべられているように。

 それはまるで、ヴァルゼライドより溢れ出る光が、柊聖十郎の闇を打ち払っているかの如く。

 

「なんなのだそれは、まったく道理が通らん!

 そんな訳の分からん代物で俺の病魔(ヤミ)を耐えるだと? ふざけるのも大概にしろッ!?

 くだらん妄言で謀って、どんな絡繰を持ち出しているのだ!? 答えろォォォォッ!!」

 

 聖十郎からすれば、そんな理由が納得できるはずもない。

 今の状態こそ聖十郎にとっての必殺の型。これまで数千単位の人間を玻璃爛宮に嵌めて奪い尽くしてきた。

 誰一人として例外はない。まさしく対人必殺の完成形と呼べる夢である。誰もがくれてやった病魔の一部にでも意志を折り、逆さの磔に変えられたのだ。

 柊聖十郎の生涯を象徴する渇望だ。それを寄りにもよって精神論で破られるなど認めないし許さない。ヴァルゼライドの言葉など戯言だと言い捨てて、決して納得はしないだろう。

 

 それ故に、柊聖十郎は気付けない。その否定は、そのまま我が身にも返るものだという事に。

 

 現実の柊聖十郎は、重度の死病を無数に患った重篤患者である。

 脳には巨大な腫瘍ができ、身体の至る箇所で癌細胞が発生し、血液が栄養を運ばずに汚泥の如き穢れに染まっている。

 症状はどれもが末期段階。治療の余地などもはやなく、如何なる延命措置も無意味である。

 もはやそれは死に掛けているではなく、死なない事自体が不可思議だと呼べるほどに。それこそが本来の柊聖十郎が置かれた状態なのだ。

 

 甘粕正彦は、邯鄲の攻略に十年の時間を費やしている。

 それ以前の段階で、部分的には夢の力を現実に持ち出す事に成功していたそうだが、それとてあくまでも限定的なもの。眷族として柊聖十郎が夢の恩恵を受け取ったのは、甘粕が盧生となった後の話である。

 つまり、それ以前の聖十郎は夢の恩恵なしに、己の病魔に耐えていたのだ。次の瞬間には絶命して然るべき重体でありながら、自ら動いて邯鄲法を完成させた。

 それはどんな奇跡なのだろう。その後も彼は、甘粕に見出されるまでの間を耐え抜いてきた。絶望的な苦悶と孤独の中で、死んでたまるかと生きる執念を消さなかった。

 

 論じるまでもなく、それはあり得ない事なのだ。

 気力でどうにかなる段階ではない。病は気からという言葉にも限度がある。

 死こそが柊聖十郎の自然であり、本来の宿命でもあっただろう。

 

 それでも、柊聖十郎は耐えたのだ。

 ただ生きたいと、意志の限りを振り絞って。

 あらゆる医者が匙を投げ、如何なる薬も効果なく、それでも断じて諦めずに。

 それこそ紛れもなく精神論。道理を覆して不条理を引き起こす意志の奇跡。

 あの甘粕をして、お前こそ勇者と信奉させる人の輝きに他ならない。

 

 ヴァルゼライドの精神論を否定する事は、聖十郎自身の奇跡をも否定する事になる。

 人の執念は時に常識さえもねじ曲げると、他ならぬ聖十郎が知らないはずがないというのに、彼はそれを断固として認めない。

 あり得ない事であると、何かしらの因果があるはずだと、奇跡を奇跡と認めずに他の答えを探し続ける。

 

 だって、それに頷いてしまえば、つまり認めるという事だから。

 クリストファー・ヴァルゼライド。不撓不屈の意志を持つ鋼の英雄、この男は柊聖十郎と同等か、あるいはそれをも凌駕する意志の力を有しているのだと。

 

 逆十字とは、他者を逆さに吊るす者。

 何人にも己を見下す視線を許さない、頭を下に向けさせる磔刑場。

 見下される事、己を弱者と見なす他者からの視線こそ、何より気力を苛む要因であったから。彼が蒙昧と呼ぶ己以外の有象無象、そんな者たちからの憐れまれている屈辱、憎悪こそが柊聖十郎に激烈なまでの執念を生み出す糧となった。

 彼の不遜は自尊であると同時に、一種の理論武装だ。生きる執念を決して絶やさぬために、聖十郎は自分以外の健常な人々を憎み抜く事で支えとした。

 他人の全ては己に奪われるためにいる。役に立つか否かの価値しかない。長らく彼の骨子であった信条は、もはや容易には変えられない。

 

 よって先に続く現象も、聖十郎には理解する事が出来なかった。

 

「何故だ、何故だッ!? 何故、急段の効果が弱まっている!?」

 

 一度嵌まった急段からは逃げられない。

 ヴァルゼライドは変わらず、玻璃爛宮の術中の内ある。

 ならば恐れるまでもない。もう一度輝きと病魔の等価交換を行えば良い。

 こいつは何か、失ったはずの心でも動き出せる異常者であるのは分かった。納得はしていないが、そういうものだと理解すれば対処も出来る。

 要は精神面への攻撃は決定打になり得ないという事。ならば再び肉体面への攻撃に切り替えれば良い。

 病魔を与え、血肉を奪う。もはや一切容赦はしない。流石に四肢を捻じ切れば停止せざる得ないだろうと、全力で簒奪の夢を回し始める。

 

 だが先程まで猛威を振るっていたはずの玻璃爛宮は、何故かその威力を大幅に下げていた。

 奪える光と与える闇、等価交換が成立する量が明らかに少ない。僅かに削れるだけの血と肉に、与えられる病魔も軽度の症状ばかり。

 そんなものでは英雄は止まらない。意にも介さぬとばかりに、その猛進には揺らぎの一つさえ無かった。

 

 その理由が聖十郎には分からない。

 二刀を手にして迫り来る鋼の英雄。その姿は明確すぎる殺意の証明だろう。

 殺意、つまりは相手が憎いと排斥を求める感情。悪感情であるのは間違いなく、まさしく玻璃爛宮の協力強制に嵌まる典型であると言って良い。

 だというのに、これでは道理が合わない。それとも貴様、これから殺そうとしておきながら相手に悪意を抱かないなどという戯言をほざくつもりかと、聖十郎の思考は疑念に吼えていた。

 

 だが、何てことはない。それは単純な理屈なのだ。

 自分を見下す視線が許せない。それこそが逆十字の夢の本質だ。

 己に向けられる悪感情を嗅ぎ分けて、それを糧とするべく吊り上げていく逆さの磔。

 そこから外れる条件とは、柊聖十郎という人間を対等な相手として見るということ。

 この在るがままの鬼畜を、病魔の呪いに侵された重篤患者を、それでも自分と同じく人間であると認める心をしかと持つ事に他ならない。

 

 悪を知り、罪を知り、その病みを思い知った。柊聖十郎という人間を正面から、ヴァルゼライドは決して目を背けずに向き合ったのだ。

 もはや英雄の精神は単純な善悪を越えた所に在る。邪悪に向ける義憤に先立ち、あるのは聖十郎の強さに対する敬意。英雄は心から逆十字の存在を認め、その上で断罪の剣を握っている。

 囚われるような悪感情は極限まで薄く、静謐なる正義の裁きの体現者として。それは一つの覚者の有り様にも近い。

 我も人、彼も人なり。たとえ世に仇なす邪悪であろうとも、彼もまた一人の人間なのだと意識を持つからこそ見下さない。

 ヴァルゼライドを捕らえていた玻璃爛宮の縛鎖は、すでに解れているのだ、

 

 そしてその簡単なはずの理屈が、柊聖十郎には決して分からない。

 見下す視線が許せない。理不尽だ、何故俺だけが、こんな世界は間違っていると、いつだって周囲の他者を憎悪と共に見上げてきた。

 誰かと対等な視線であった事など一度もない。誰かをひたすら憎み続ける事で執念を保ってきた聖十郎にとっては、他者を認める事自体が異端の所業である。

 

 彼が知る、己の夢が嵌まらない人間は唯一人。

 甘粕正彦。彼にとっての初めての同胞で、最初の盧生。

 彼もまた柊聖十郎を対等に見る事の出来る者の一人だ。敬愛すべき勇気を持つ朋友として、甘粕は掛け値なしの友情を聖十郎へと向けている。

 しかし甘粕は盧生である。その異常な感性と相まって、聖十郎からすれば人外、悪魔の類いとしてしか映らない。

 つまりはある種の例外として認識する事が出来るということ。それでも尚、己の夢に嵌まらないのは上位存在の余裕故であり、同格にさえなれば必ずや嵌められると思っている辺り、その病巣の深さが窺えた。

 

 だがクリストファー・ヴァルゼライドは眷族である。その言い訳は通じない。

 ここで敗北すれば、自分は永劫この男に勝てなくなる。その確信があるから、聖十郎は激烈な憎悪を抱きながら迎撃した。

 

「近寄るなあァァァァッ!! 薄気味悪い塵屑めがァァァァッ!!」

 

 ギャンブルじみた享楽さで、暴力の方向を逸らす夢があった。粉砕する。

 世界の全てが持つ重さを、羽毛の如く軽くする夢があった。粉砕する。

 粉砕する。粉砕する。粉砕する。粉砕する。粉砕する――――!!!!

 

 止まらない、止まらない。英雄の進撃が止められない。

 聖十郎が奪ってきた数多の夢、そのどれもが雄々しき男の征く道を阻む事が出来ない。

 鎧袖一触。雑多な夢など、真なる正義の輝きに触れる事すら許されないと言わんが如く。その悉くが黄金の光に一蹴され、何一つとして成す事もなく消えていく。

 

 ああ、なんて役に立たない道具だろう。使えない塵どもめ。

 奪った夢を投げ棄てるように使いながら、聖十郎にあるのは苛立ちばかり。

 逆十字に敬意はない。あるのは簒奪の夢を良しとする鬼畜の性根。使い潰されていく他者の夢に懸ける思いなど何も無いのだ。

 聖十郎の憎悪は、あるいはヴァルゼライドにも匹敵し得るものであったかもしれない。されどその執念を乗せられるだけの夢を、聖十郎は持ち合わせていなかった。

 

 対し、ヴァルゼライドの夢とは、彼の意志を体現する唯一無二の光。

 災禍を斬り裂き、邪悪を滅ぼす黄金光。破滅をもたらした果ての地平に、正義の価値を築くために。

 覚醒を果たした英雄の意志は留まる事を知らない。燃えるような気迫を表すように、爆光は今もその出力を加速度的に上げている。

 もはや相性程度で覆せる勢いではない。他人に使われているだけの夢で、その輝きを止める事など出来るはずがなかった。

 

「こ、のォ、バケモノめえェェェェェェェェッッ!!!!」

 

 最後に聖十郎が選び取ったのは、黄金の光。

 英雄と同じ夢。何よりも破壊に長じた二つの光が、真っ向から激突した。

 

 拮抗は一瞬。元より結果は見えている。

 決して尋常なものではない。多様なる夢を駆使して、柊聖十郎もその光に全力を尽くしている。

 されど、英雄の光とは進化し続ける無限の輝き。意志ある限りにその出力を増していくという規格外である。もはや計算が通じる代物ではない。

 所詮は偽りの輝きが、真なる至高の輝きに敵う道理無し。よって当然の如く、簒奪者の光は英雄の光によって両断された。

 

 その前進を阻む術はない。両者の間合いは既に至近、刀剣の領域だ。

 振るわれる光刃一閃。超絶の出力と技量を兼ね備えた一撃は、もはや認識する事さえ叶わない。暗黒の天才たる柊聖十郎でさえ、それは例外ではあり得なかった。

 

 その輝きは必滅の属性。英雄の振るう光の剣が、聖十郎の身を捉えていた。

 

 

 *

 

 

 それは柊聖十郎を以てして、味わった事のない苦痛だった。

 

「おオ、お゛お゛お゛お゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ……ッ!?」

 

 絞り出された声は、もはや人が出せる声音ではない。

 まるで地獄でのたうつ亡者のような、凄惨たる惨状がそこにはあった。

 

 夢の余力を失い、再発した無数の死病。

 それら腐りきった細胞までも諸共に焼き尽くす放射能。

 腐食と崩壊。どちらも人を死に至らしめる猛毒、その二つに同時に襲われて、柊聖十郎はもはや目も当てられない状態だった。

 腐りながら焼けていく。それは無限に連鎖する極大の拷問。たとえ柊聖十郎を憎む者であったとしても、この有り様を見れば躊躇を覚えるだろう。

 さながら苦痛という概念を丹念に凝縮して純化させた地獄の釜。この世の何処に、これ以上の苦しみがあるというのか。

 感覚を理解する意識がある事自体が、もはや絶望以外の何物でもない。この苦悶から逃れられるというのなら、死とはなんて安らぎに満ちた結末だろうか。

 

「お、のレェ、許さん。貴様は、絶対に、許さんぞォォォォ……ッ!」

 

 それでも、聖十郎はその意識を手放そうとはしない。

 常人ならば一瞬で悶死するだろう苦痛に見舞われても、悪意の激情を決して止めない。

 永眠という抗いがたい誘惑を断固として拒絶し、生に縋る執念を捨てようとはしなかった。

 

 苦痛の果てに死を選ぶ。その選択だけは絶対にしないのだと、意志そのものが叫んでいるかのように。

 

「何故だぁ……!? 甘粕といい、貴様といい、何故、キサマらのような輩が俺の前に現れる!?

 見下すなよ、何様だキサマらぁッ!? 俺に利用されるべき道具の分際でぇ、俺より高みに立ったつもりかぁ……ッ!? 見当違いも甚だしいッ!

 忘れん、この屈辱を絶対に忘れんぞッ! たとえ何度邯鄲が巡ろうとも、必ずいつか思い知らせてやる。逆さに吊るし上げてやるぞォォォォォォ……ッ!!」

 

 その姿を、一体なんと言い表せば良いのだろうか。

 完全なる死に体を晒しながらも、その不遜には翳りがまるで見えない。

 一人では生きる事もままならないのに、感謝という名の弱みを見せない。同情された方が遥かに楽な道であるだろうに、彼は鬼畜のままで在り続けるのだ。

 

 柊聖十郎は邪悪である。

 罪なき多くの人々を手にかけてきた、許されざるべき罪人である。

 その罪が許される事はない。たとえ聖女が許しても、彼が裁かれるべき人間である事は変わらない。

 

 それでも、善悪さえも越えたところで、その姿勢には一個の生命として共感せずにはいられないだろう。

 理不尽に発症する病魔にもめげず、空想じみた手段であろうと手を伸ばし、ただひたすら懸命に己という命の価値を示し続けた男の矜持。

 一体誰に、柊聖十郎を裁けるというのだろう。あまりにも当たり前な、生きたいという願い、健康であるという負い目を抱えたままで、目を背けずに正しい裁きをくだす事が、どうしてまともな人間に出来るというのか。

 

 だからこそ、それを成せるヴァルゼライドは英雄である。

 クリストファー・ヴァルゼライドは許しを与える聖者ではない。あらゆる悪を暴き、然るべき報いを与える断罪者であり殺戮者。

 如何なる悪感情をも嗅ぎ分ける玻璃爛宮から、彼は完全には逃れられていない。効果こそ激減したが、協力強制の型は今も嵌まり続けている。

 たとえ対等に見ようとも、ヴァルゼライドはどうしようもなく壊す側なのだ。そこから殺意を消し去る事は出来ない。それは祈りの性質故の必然だった。

 その感情を否定しない。殺意とは悪感情であると同時に、殺人を犯す己に向けた自戒でもある。もしも殺意の感情を消し去ってしまえば、それは単なる処刑器具。その無機質さは、人が奉じるべき裁きの有り様から大きく外れている。

 己自身の咎を忘れず、人間の持つ闇としかと向き合う覚悟があってこそ、裁きは正当なものと成り得るのだ。

 だからヴァルゼライドは逃げない。受ける痛みも背負うと決めている。それだけが唯一、殺戮者に過ぎない自分が示せる誠意だと知っていたから。

 

 よってそこには、情に絆された躊躇いもまた無縁である。

 苦悶を叫ぶ罪人に、介錯の慈悲を与えるべく英雄は剣を掲げる。

 その眼差しは静謐にして無情。余分な雑念の一切を削ぎ落とした、真なる断罪者の在り方がそこにはあった。

 

 その刃を阻むものは何もない。

 充填された殲滅光。光を纏った剣が振り下ろされる。

 一閃は波濤となって拡がり、一片も残さずに聖十郎の身を覆い尽くした。

 

 

 ――――こうして柊聖十郎は、邯鄲における一度目の死を経験した。

 

 

 *

 

 

 このように、邯鄲一周目における一幕は終結する。

 ともすれば物語の最高潮(クライマックス)とも成り得る事態、夢界に集った各勢力同士の壮絶な潰し合いは、英雄の勝利によって幕を降ろした。

 

 逆十字は斃れ、惨劇の禍根はここに断たれる。

 柊四四八はこれより先も階層を越えて、そして敗北の結末を辿るだろう。

 それを境に夢界の有り様は狂い、その果ての未来でこそ、彼らは真なる悟りを得るのだ。

 

 よって、この先の展開は蛇足である。

 未来の何かに繋がる類いではない。変革を促すようなものでもなく、まして忘れてしまう記憶となれば無意味と呼んでも過言ではない。

 しかし、意義なく実りのない交わりであったとしても、事実は事実。いずれ忘却の果ての失われるとしても確かに起きた出来事として、邯鄲の歴史に刻まれる。

 

「これでお前たちにとっても、目的は果たされたと言えるだろう。辰宮百合香」

 

 前哨戦、鋼牙の超暴力に潰され果てたと思われた辰宮百合香は、健在だった。

 彼女自身に力は無くとも、彼女には従者がいる。辰宮百合香以外の万象総てに重みを感じていないその男に守護されて、彼女はあの三つ巴の死闘を生き延びていた。

 

「……ええ、そのようですね。これは御礼を申し上げるべきでしょうか?」

 

「不要。第二の盧生だけでなく、お前たちでは逆十字には勝てん。それを見越しての出陣だ。辰宮、神祇省、お前たちがどんな意図であろうとも、俺のやるべき事は変わらない」

 

 にべもない。元より英雄は単騎である。

 己一人でこの邯鄲を戦い抜くと決めた。仲間はおろか同盟の意識さえ無い。あるのは例え全勢力を相手取ろうとも勝利するという鋼の覚悟。

 ヴァルゼライドにとっての本命とは甘粕正彦のみ。それ以外など余さず些事であるかのような、ともすれば柊聖十郎を思わせる不遜さで、彼はこの夢界を立ち回っていた。

 

「しかし、それとは別に評価もしよう。先日に比べ、良い面構えになっている。

 辰宮百合香。率直に言って、お前自身が動くとは思っていなかった。せいぜいが神祇省と幽雫宗冬辺りであろうと。どうやらその心境にも、何か変化があったと見える」

 

「さて、どうなのでしょう。変わったとも思えますし、その途中であるようにも思えます。我が事なのに、最近は分からない事ばかりなのです。

 よければ聞かせてはくださいませんか? 輝かしき英雄殿には、辰宮百合香という女はどう映るのか」

 

 その問いかけは、彼女が意識せずとも蠱惑な色を纏っている。

 傅きたい。褒め称えたい。辰宮百合香という花の元、彼女に下僕の如く扱われたがる衝動が高鳴ってくる。ただその声を聞くだけで、彼女こそ支配者だと認識させる響きがあった。

 

 その衝動を味わいながらも、ヴァルゼライドは表情を動かさずに答えてみせた。

 

「貴族院辰宮か。貴き血統、国威によって裏付けされた特権階級、その当主たる者として、お前の姿は相応しいものと見えた。

 顕している夢からして筋金入りだろう。理屈や因果の何たるかも度外視し、まずそのように在るという上下の立場を叩き付ける。力を用いず、ただ存在するだけで総てを制するその夢は、選ばれたる一族ならばこその威光であると感じている」

 

 傾城反魂香。辰宮百合香が持つその夢の効果とは、超高度の精神支配。

 解法、咒法、創法の三つの夢による高密度の複合。破段でありながら、急段に迫る域にあるその夢は対象を選ばずに絶大な効果を発揮する。

 洗脳を受けた者は、百合香に対して一切の負の感情を抱かなくなり、その言葉に疑問を挟む事さえしなくなる。それこそ、死ねと言われれば喜んで死を選ぶほどに。

 貴族院辰宮男爵家令嬢として、あらゆる者に傅かれてきた生涯を象徴するような夢の性質。もはや無意識に刷り込まれた他者への認識がそのまま具現化した夢であった。

 

「だが、それ故の自己の無さも感じていた。何事にもまず辰宮の家名が映り、辰宮百合香という個人の意志がまるで見えなかった。

 望んでそう振る舞っているのか、環境故に否応なしにそう在るのか。分からんが、自覚のあるなしに関わらず、現実と真剣に向き合えていないのは確かだろう。己の意志を持たんとは、つまりはそういう事なのだから」

 

「まあ。では……?」

 

「端的に、好かん。嫌悪するのも至難だが、あえてそう言っておこう。

 非難される事ではないのかもしれんが、褒めるような事でもなかろう。少なくとも先日に会ったお前には、何かと向き合おうとする気概が感じられなかったのでな」

 

 だからこそ、辰宮百合香は己を否定する相手こそ待ち焦がれている。

 傅くばかりの誰かなど、もはや人とも思えぬから。自分如き小娘など組伏せて、いっそ罵り打擲するくらいの漢気を見せてほしい。

 まず否定が無ければ会話する気さえ起きないから。彼女が味わってきた失望はそれほど深い。

 

「雄々しい殿方ですね、ヴァルゼライド殿は。大志を抱かれる御方はものが違うという事なのでしょう。

 仰る通り、辰宮百合香は大した女ではございません。御家の名を除いてしまえば、さしたる価値も残らない小娘に過ぎないのです。

 大義に懸ける意志にしても、大半の所は先代当主由縁のもの。初志から不純なわたくしは、英雄殿の目にはさぞやつまらない女に見えるのでしょうね」

 

 揺るぎなき英雄の物言いは、百合香にとってむしろ好感となるものだった。

 反魂香は今も変わらず発動している。無意識にまで刷り込まれた認識の発露であるその夢は、本人でもオンオフが出来ないのだ。

 協力強制の急段ではない。抵抗できる余地もあるが、それでも効果のほどは絶大だ。今までもある条件を満たす者以外、例外なく夢の術中に落ちてきた。

 

 幾度も感じてきた失望の念。だからこそ英雄の雄々しき気概には目を惹かれる。

 ああ流石、そうでなくては。たかが小娘に囁かれた程度で転ぶなど、とても英雄などとは呼べぬでしょう、と。

 ヴァルゼライドは条件に一致しない。彼が百合香の夢に転ばないのは、その強靭すぎる意志力の賜物である。ただ己の意志を誤らないという信念だけで、英雄は傾城の夢に抗っていた。

 まさしく彼は輝ける意志を持つ英雄だ。百合香にとってもそれは認めるところであり、焦がれる乙女の心は魅了されるままに惹かれていてもおかしくはなかっただろう。

 

 だが、閉じ篭るばかりでなく自ら動き出した今の彼女は、それだけでは終わらなかった。

 

「ですが、そんな小娘にすら分かります。ヴァルゼライド殿、貴方は人を愛せない御方です。 

 大義に燃える英雄殿には、ご自身も含めて個人など大事の前の小事にしか映らぬのでしょう。

 わたくしの思い悩みも、所詮は私事。どこまでも小事の域を出ないものです。大いなる行いに向けて歩まれる英雄殿には、慮る価値さえ見出だせないほどの。

 貴方の行く道に個人はありません。もっと大きい括りでしか人々を語れない。民の事は愛せても、一人の誰かを愛する事はないのでしょうね」

 

 邯鄲は巡るもの。幾度もの人生を経験し、悟りに至る行を積むもの。

 そんな夢界であるからこそ、得られるものがあるかもしれない。

 それはきっと、辰宮百合香をも変えてくれるかもしれない、何かだと。

 この周回ではないかもしれない。この気付きも次の邯鄲に巡れば失われてしまうだろう。

 それでも、それが尊いものだと信じたから今がある。第二の盧生を逆十字に盗らせて、その可能性さえも破綻させるわけにはいかなかった。

 

 だから百合香はヴァルゼライドを選ばない。

 どれだけ雄々しく強くとも、こちらに振り向きもしない英雄では駄目だと分かったから。

 

「貴方はわたくしを殴ってはくれないでしょう。するとすれば、それは処断の刃でしょうか。

 きっと貴方にはそれが出来る。どれだけ貴き血筋であろうとも、惑わされずに裁くのでしょう。たとえ敬意があろうとも、貴方の正義が信じるならば手を汚す事を躊躇わない。

 持たざるが故の餓えですか。まるで勝利に邁進し続けなければ窒息死してしまうかのよう。わたくしとはあらゆる意味で相容れないのでしょうね」

 

 その国における風習、築かれてきた伝統、血筋によって生み出される上下関係など。

 それら無意識の内に人々の行動を制御するものに、ヴァルゼライドは縛られない。それこそが秩序であり、遵守すべきものと理解しながらも、必要だと判断すれば微塵も容赦はしない。

 貴族だろうが王族だろうが、それが国家により大きな光を齎らすと信じればその手に掛ける。不道徳の汚名を被る事さえ恐れずに、それどころか英雄の輝きはそれ以上の威光となって世を染め上げてしまうだろう。

 如何なる暴挙も、勝利という名の栄冠があるのなら正当化される。それこそ古今東西、あらゆる国においても実証されてきた人類史の真理であるのだから。

 

 クリストファー・ヴァルゼライドは持たざる者。不遇の底辺より這い上がり、不撓不屈の意志のみで飛躍を果たす男である。

 持てる者、辰宮百合香とは何処までも真逆の有り様。血筋に伴う権威、個人を越えて受け継がれたそれを持たないからこそ、そこに縛られる事もない。

 そういう意味でも、彼は英雄だった。時代の変革期、腐敗の悪性に染まった古き体制を打ち壊して新たな理を築くのは、強烈な個の意志が生み出す覇道の光であるのだから。

 

 よってヴァルゼライドとは相容れない。百合香はそれを予見する。

 辰宮百合香とは権威に支えられた力の象徴だ。もしも英雄と対峙する時があるとすれば、それは権威の役目を終わらせる弾劾の際だろう。

 大義を掲げた英雄に、それ以外の余地など何もないから。個を些事と切り捨てる人とは触れ合えないと拒絶を告げた。

 

「……それは宣戦布告か?」

 

「いいえ? 単なる小娘の所感ですよ」

 

 己に対する非難を真摯に聞き届けて、改めてヴァルゼライドは問いかける。

 それに応じる答えとして、辰宮百合香は優雅に動じずにそう言ってのけた。

 

「そう難しく考えないでくださいな。大体、先に人をさんざん扱き下ろしたのはそちらでしょうに。

 仰るように、わたくしに大義へ懸ける思いなどありません。しかし、それ故にわたくしと貴方はぶつからない。そう考える事も出来るでしょう。

 それとも、光を奉じる英雄殿は、不真面目な生き方さえも正さないと気が済みませんか?」

 

 その指摘は、ヴァルゼライドにとって信条の骨子に触れるものだった。

 

 怠惰な生き方を矯正する。安寧の世がもたらす腐敗を正し、在るべき人の勇気を取り戻す。

 それは即ち、甘粕正彦の祈りである。英雄が打倒せんとする、魔王が夢見る理想郷。

 己にそうした面があるのは否定できない。だからこそヴァルゼライドも、その言葉を無下にする事は出来なかった。

 

「なるほど。伊達に貴族の名を背負っているわけではないか」

 

「ええ、まあ。嫌々ですが、わたくしも誕生より"辰宮"をしておりますので」

 

 クリストファー・ヴァルゼライドは、柊聖十郎ような暴虐の徒ではない。

 そこに道理があれば耳を傾けるし、感情で筋を曲げるような真似はしない。

 彼は英雄であり、正しさの側にあるものだ。故に正しさの枷に縛られる。

 

 戦って敵わぬならば、そもそも戦わなければ良い。

 元より不戦の夢を持つ百合香にとって、それは難しい事ではなかった。

 

「最後にもう一つだけお聞かせください。柊四四八さん、わたくしたちが見出だした盧生は、貴方の眼にはどう映りますか?」

 

「善き若者たちだと思う。他の特化生の面々も含め、評価する事に否はない。

 己の成すべきを理解し、仁義を志しながらも手を血で染める覚悟もある。我も人、彼も人、か。なるほど、戦真館とやらは、良い教育を施していると見える。

 彼らのような人材は国の宝と呼べるだろう。俺としても好感を持てる。人が皆、斯くの如く生きてほしいと願う姿であるのは確かだろう」

 

 その賛辞は本心からのものだ。

 正道を尊ぶヴァルゼライドだからこそ、その様を讃える思いに偽りはない。

 

 柊四四八。甘粕正彦に次ぐ、第二の盧生。

 母を愛し、友を信じ、護国の大義を背負う仁の益荒男。

 我も人、彼も人。掲げる戦の真を忘れずに、修羅場においても人の心を捨てずに戦い抜ける強さを持っている。

 人として在るべき姿勢で邯鄲に臨む有り様は、魔王たる第一盧生へと対抗するためのものとして相応しいと言えるかもしれない。

 

「が、同様にそれだけとも言える。認めこそしたが、それ以上ではなかった。少なくとも現状では、甘粕に抗し得るだけの何かがあるとは思えなかった」

 

 そして続けられた厳しい指摘は、百合香自身も感じていたものだった。

 

 決して柊四四八が弱いわけではない。戦真館筆頭生の名を背負うのは伊達ではなかった。

 才覚溢れ、それに溺れず、自己鍛練を怠らずに自らを磨き続けられる芯がある。歴代の人材を紐解いても彼ほどの心身を兼ね備えた男はそういないだろう。

 柊四四八は、男児が模範とすべき優等生だ。事実、これまでも柊聖十郎の介入を別とすれば、邯鄲の攻略を順調に進めてきている。その能力に不満があるのではないのだ。

 

 しかし、それでも駄目なのだ。今のままの柊四四八では決して勝てない。

 

 甘粕正彦。クリストファー・ヴァルゼライド。

 邯鄲を征した魔王、それを追う英雄。その強さを目の当たりにして、確信を得る。

 たかが優等生程度では足りない。甘粕はおろかヴァルゼライドにも、この正真正銘の怪物たちには到底及ぶまい。

 

 例えば、夢界第四層における試練と、その突破。

 それは歴史の再現。条件は同胞たちとの殺し合いを生き延びること。かつての惨劇を体験し、それを乗り越える事を目指した試練である。

 柊四四八と仲間らは確固たる意志でもって、友と演じる死闘を是とした。越えねばならない試練と受け止め、軍属たる鉄の覚悟をもって仲間の血でその手を染め上げたのだ。

 それは優等生らしい模範解答。常道と呼べる攻略手段であり、確実を期するなら避けては通れない道だろう。百合香らとてその結果に納得し、それでこそだと四四八たちの覚悟を讃えたのだ。

 

 だが、それも今となっては違う。あれでは不足だったのだ。

 何故なら、四四八たちは揺らいでいたから。如何に覚悟を決めようと、昨日まで共に生き、学び、絆を育んだ仲間に対する殺戮は、彼らに壮絶な負担を与えたのは間違いない。

 それは人として正常な反応だが、言ってしまえば弱さだろう。彼らの掲げる仁義の道、それと真っ向より相反する手段を選んだからこそ、その心情に大きな打撃を受けている。

 

 柊四四八は第四層の試練を突破した。

 歴史を鑑みれば、その手段こそ正回答であるのは間違いないだろう。

 それでも、彼らが己の道を曲げたのは事実である。望まざる手段だと知りながら、目的のためにと非情な打算を選択した。

 それが正しい選択だったのは今も疑いない。あれこそが正答で、鉄血の覚悟で踏破した彼らを非難するつもりはない。後で揺らいだ事も含めて、人として正しい姿なのは確かである。

 しかし、駄目だ。目的のためだとか、正道かどうかなど、この際全てが瑣末である。その手段を選んでしまった、その時点で信念は既に遅れを取っている。

 

 だって、そうした鋼の信条が目指すべき道の完成にして、究極形こそ目の前の男だから。

 クリストファー・ヴァルゼライド。仮に第四層の試練を、彼に挑ませればどうなるだろう? 

 恐らく、彼は揺らぐまい。たとえ千回、あの地獄を巡ろうとも、英雄の意志は眉一つ動かす事なく不動の強さを貫くに違いない。

 同胞を、友人を、親を、愛する人さえも、大義のためにその手に掛けて前に進める。決して下賤な思いではない、真に高潔なる正義の魂で。

 我も人、彼も人。戦真館の道義で説くのなら、鋼の英雄こそがその概念の到達点。そこで競っている限り、クリストファー・ヴァルゼライドには決して及ばない。

 

「なるほど。狩摩殿が仰っていた事が、少し分かった気がします」

 

 二番煎じの劣化品では、オリジナルには敵わない。

 誰かが歩んだ道を辿るだけでは、その先へは決して行き着けない。

 それはきっと、万人の意識が下す結論だ。前人未到の未知へと踏み出した最初の一歩、それこそが尊い行いだと感じるのは自然な流れであるだろう。

 

 あらかじめ提示された答えなどではない。

 誰の意向であったとか、過去の歴史がどうであったかも、関係ない。

 どれだけ稚拙で、青く愚かに見えるものであったとしても、その信念を貫き抜く覚悟。

 ここは夢界。現実ではないこの世界だからこそ、そういう感情の力こそが結果さえも左右するのだと信じられる。

 

 恐らくはそれが、盧生としての悟りを開くという事なのではないのかと、今の百合香には思えていた。

 

「この考えも、次の邯鄲へと巡れば忘れてしまうのでしょうけど。ですが、そう希望を捨てたものではないと思いますよ。わたくしにとっても、あるいは貴方にとっても」

 

「そうか。ならば俺も期待しておくとしよう」

 

 それきり、対峙していた両者の視線はすれ違う。

 彼らに戦う理由はない。その意味もない。ならば必然、辰宮百合香とクリストファー・ヴァルゼライドは激突せず、その縁はここに終わる。

 

 これはすでに過ぎ去った光景だ。

 柊四四八は、甘粕正彦に敗れる。その結末は決まっている。

 ここでの交わりも、両者にとって何ら変化をもたらすものではない。輪廻する記憶の片隅にも置かれる事なく、意味なきものとして忘れられるだけだろう。

 

 それでも、それは一つの予兆でもあったのだ。

 

 戦の真を奉じる『真実(トゥルース)』だけではない。

 千の信を顕現する『信頼(トラスト)』こそが、彼らの光を真に完成させる。

 志すは仁義八行。柊四四八が至るべき悟りとは、鋼の意志では成せないものだと。

 

 故にこそ、いずれ来る決戦は必定となる。

 クリストファー・ヴァルゼライドこそ、柊四四八が決別した道の象徴。

 鉄血の覚悟で事を成す鋼の英雄。彼を越えない限り、千の信こそ戦の真をも上回る光であると証明される事もないのだから。

 

 そしてそれは、英雄の側にとっても同じ。

 正義の光と、仁義の光。共に善の性質を持ちながら相容れない真逆のもの。

 だからこそ試練となる。鋼の意志で成す道こそが"勝利"に繋がっているのだと、それを証明してみせるためにも退くわけにはいかないから。

 

 両雄は並び立たず。この夢界の深淵で、互いの信条を懸けてぶつかる事になるのである。

 

 

 




 予定ではもう少し早く更新出来そうだったんですが、途中で風邪引いて遅れました(セージの呪いか!?)

 逆十字戦はこれで終了。
 次回はいよいよvs千信館です。 


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後編①

 

 邯鄲の夢とは、夢を通じて無数の人生を経験し、阿頼耶に触れ得る魂を磨く行である。

 

 資格を持つ者、盧生が一人で臨めば、我が身一つで覚りに至るだけの人生を体感する事になる。

 資格を与えられた者、眷族を伴えば、彼らの人生にも補完されながら覚りに近づく事ができる。

 邯鄲の攻略は、眷族を伴えば伴うほどに難易度を下げていく。独力での攻略など、最終的には万を越える年月を己だけで重ねる事になり、その難易度は不可能と呼んでも過言ではない。

 だが、ならば眷族さえ伴えば誰にでも至れるのかと言えば、そのような事はあり得ない。阿頼耶へと通じる道、邯鄲の行は決して甘くはない。

 

 他者の人生に補完されながらの悟り、よって最後には補完分の統合が行われる。

 眷族らが受け持っていた歴史分の総決算。その膨大な年月の負荷を盧生は一身に受ける。

 そして最期に待ち構えるのは、その盧生にとって乗り越えなければならない試練。普遍無意識を担う器として、目を反らしてきたものを直視させられるのだ。

 時に、それは父。時に、それは愛。時に、己では勝てない何者かと、それぞれの盧生によって試練は異なる。

 ただ言えるのは、引き連れた眷族の数が膨大であればあるほど、越えなければならない試練も難易度が跳ね上がるということ。最後に帳尻合わせが待っている以上、邯鄲の法に甘い抜け道は一つもない。

 

 都合四度の周回を越えて、第八層に到った柊四四八もまた、それに挑んでいる。

 特科生の仲間たち、神祇省、辰宮、そして初期の段階で繋がっていた鋼牙構成員三千名、それら引き連れた眷族分の降り戻しを味わっている最中だ。

 この試練を越えれば、いよいよ本命の展開が訪れる。甘粕正彦、世にタタリを顕す魔人。夢を現実へと持ち帰り、あの男との決戦の刻を迎えるのだ。

 

 もはや大詰め、邯鄲の夢も終わりは近い。

 ならばこそ、英雄たる男が動き出すのも必然だった。

 

 クリストファー・ヴァルゼライド。

 彼は盧生を追う者。完成に至らんとする盧生の元を目指す。

 己もまたその座に至るため。理屈の無理など踏み越えて、真なる勝利をその手に掴むために。

 鋼の英雄たる身が征くべき道を見い出すために、彼は新たな盧生に対峙せんと歩んでいた。

 

「――そうか。やはり立ちはだかるか」

 

 そんな歩みの先、英雄の行く先を阻むように、少年少女たちの姿があった。

 

 真奈瀬晶。

 龍辺歩美。

 我堂鈴子。

 大杉栄光。

 世良水希。

 鳴滝淳士。

 千信館――否、戦真館。柊四四八の眷族の中でも、最も縁深き者たち。

 共に『信頼(トラスト)』の未来を生きた仲間。柊四四八の掲げた千の信の象徴たる六名が、ヴァルゼライドの前に立っていた。

 

「柊のところに行くつもりなんですね」

 

「その通りだ。真理へと至った信念、甘粕とも異なる答えを確かめる。俺もまた、そこに至るために」

 

 無茶な道理を臆面もなく言い放つ。

 既にそれが不可能な事であると、ここに集った面々は承知している。

 ならばその発言は、道理の分からぬ愚か者の言葉でしかないはず。呆れと共に受け取るべきであり、何かの意味など見出だせるものではないはずだ。

 

 だというのに、何なのだろう、この気持ちは。

 妄言の類いであるはずの言葉が、無視できない。

 絶対に不可能だと分かっているはずなのに、心の方はその言葉を信じかけている。

 この男ならばあるいは、と。そんな考えが捨てきれなかった。

 

 鋼の英雄。光を奉じる善性の強者。

 彼の発する言霊は、道理も越えて他者を信じさせる凄みがある。

 問答無用の説得力。英雄は英雄であるが故に、如何なる奇跡をも成し遂げてみせると。そんな理屈をこうして向き合うだけで信じかかっているのだ。

 

「あなたの言う事には何も言いません。でもこれだけは教えてもらいます。

 柊に会って、あなたは何をするつもりなんですか? それを答えてもらわない限り、ここは通せない」

 

 皆の意思を代表し、我堂鈴子が強い口調でそれを問う。

 

 彼らはヴァルゼライドを敵視しているわけではない。

 むしろ敬意さえあるだろう。邯鄲でも助力を受けた事があった。

 他の勢力の者たちとは違う。そう信頼させるだけの潔癖さが、この英雄にはあった。

 

 けれども、同時に感じているのだ。

 英雄が掲げる正義の光。それは強く、清廉であり、同時に血で塗れている。

 あらゆる悪を滅殺し、大義のためなら善良なる者らの犠牲さえも厭わない。

 鋼の覚悟で歩む鉄血の道。その無慈悲さが、いずれ自分たちにも向けられるのではないかと。

 

 盧生である四四八が阿頼耶に触れた事で、眷族たる彼らにもここまでの記憶が戻り始めている。

 御国のため、流す血を怖れるなかれ。かつての己、大正時代の常識のみを弁えていた時分。

 目的のためには仲間の命だとて手に掛ける。その非情、戦の真こそ道理として、実際にそれをやってもみせた。

 かつて確かにあった仲間内での死闘、その記憶も既に彼らは思い出していた。

 

 だからこそ分かるのだ。

 その道の極致にある英雄の剣。それは善に対しても躊躇がない。

 目的に、勝利のために必要であるなら、外道の手段にさえ手を染める。迷いなく決断できる鉄心を、クリストファー・ヴァルゼライドは持っていると確信していたから。

 

「俺が知ろうとするのは盧生の資格の何たるか。そこに至れた男を吟味し、通じる道を見出だすために。その如何によっては、剣を取らずに済ます事も……いや」

 

 そしてヴァルゼライドの答えもまた、彼らの懸念を肯定するものだった。

 

「楽観は止そう。恐らくは戦う事となるだろう。俺が求める理解とは、言葉だけで得られるものではなかろうからな。

 この邯鄲にて、各々が会得してきた夢の使い道とは、即ち暴力。戦いに用いる手段として優れたものに他ならん。闘争こそが人間の本質であると、嘆かわしいが事実ではあるのだろう。

 ならば是非もあるまい。描いた夢を体現する最も適切な方法が戦いであるなら、死線の中の極限で求める理解を悟るのみ。ああ、これもまた真理だよ。

 人は、命の懸かった死地においてこそ、最大の価値を発揮するのだと。あの男の言い分も決して間違いではない」

 

 阿頼耶のある第八層を除くにせよ、七層にも及ぶ邯鄲の攻略。

 そのどれもが命を賭したまぎれもない死地。その凄絶な経験が、彼らの精神を錬磨した。

 そこにあったのは常に闘争。尋常ならざる敵手の存在があってこそ、それは試練となり得たのだ。

 

 ならば英雄の言も、やはり真実ではあるのだろう。

 闘争。人と人との意志と力のぶつかり合い。真理に至る道筋をそこに求めるのも必然である。

 

 そしてだからこそ、彼らは英雄の前に立たねばならないのだ。

 

「ああ、構わん。元より露払いはするつもりだった」

 

 対峙する者たちの気配の変化を、ヴァルゼライドは鋭敏に感じ取った。

 

 今まさに、柊四四八は最後の試練に挑んでいる。

 彼らの盧生。互いの信頼で結ばれた絆の仲間。柊四四八は戦っているのだ。

 ならば自分たちも、ただ座して待っているわけにはいかない。四四八に最大の危機をもたらすかもしれない、この英雄を止めるのは自分たちだ。

 

「気兼ねする事なく来るがいい。この戦いにはそもそもの道義もある。

 そうだろう? 国が違えば利害も変わるのだ。極東の帝国に仕える若き護国の闘士たちよ。お前たちもまた己の大義に懸けて、全霊で挑んでこい」

 

 そんな少年少女らの奮起を、ヴァルゼライドは受け入れた。

 

 民を愛し、国を奉じる鋼の英雄。

 立場は違えど、共に奉じるべき何かを持つ者同士。

 共通する在り方から、その姿勢を心より認め、敬意と共に打ち倒すのだと告げている。

 

 宣戦は果たされる。

 刀剣が引き抜かれ、それぞれの武器が創形される。

 英雄と戦真館、両者はここに対峙した。

 

 

 *

 

 

 開かれた戦端を察知して、面々は一斉に動き出す。

 その動きに澱みはない。仲間たちは各々の役割を十全に理解している。

 元々の戦真館特科生として、何より幾度も巡った邯鄲での激戦を経て、連携の練度は極みの域に達している。

 盧生が根源に近づいた事で、かつて周回の中で得た夢の力もほぼ取り戻している。その回転率は過去最高、不足しているものは何もない。

 

 得られた経験と絆は確かなもの。それがあるから、少年少女らは一心同体となって一人の大敵とも向き合える。

 

「六名、か」

 

 そして対峙する英雄は改めて一同を見渡す。

 彼は単騎。一切の仲間を引き連れず、己一人のみで何処の勢力にも属していない。

 図式で見れば一対六。ただ一人を相手にして六人が包囲する。必然として、そのようなカタチとなった。

 

「卑怯だって思いますか? 一人を相手に、寄って集って情けないって」

 

 鈴子が訊く。無論、今さらそんな図式どうこうで尻窄みするほど未熟ではない。

 ないが、しかし、多少なりとも負い目のような感情は避けられない。壇狩摩のような無道の盲打ちではなく、彼らはあらゆる意味で真っ当なのだ。

 まして相手は、正義を奉じる英雄たる男。どうしようもない悪魔の類いならばいざ知らず、敬意にも値する相手にそうする事には、思うところがないわけではなく、

 

「構わん。ここに至ってそのような惰弱を吐き出すならば、そんな輩は去ればいい。

 これは戦争なのだ。自陣営の戦力確保などはそれこそ当然の責務。果たせなかったとすれば、それは己の至らなさを恥じるだけだろう。

 単騎である事を選択したのは、他ならぬ俺自身。お前たちが仲間との結びを重んじたように、俺もまた覚悟をもってこの道を選んだ。ならばこの図式は至極当然。

 むしろ、仲間内の六名のみで現れた潔さを評価しよう。たとえば辰宮や神祇省、奴らを巻き込んだとしても、俺は一向に構わなかった」

 

 そんな彼らの負い目は、あまりにも雄々しき英雄の言葉にて打ち払われる。

 

 何処までも王道、揺るがぬ信念で臨む鋼の英雄。

 何もかもが承知の上。その上で彼は決意と共に突き進む。

 言い訳は無用。弱音など、それこそとうに打ち捨てた。そのような覚悟の言葉で、ヴァルゼライドは鈴子の雑念を切って捨てた。

 

「……流石ですね。ええ、本当に感心してます。でも、だからこそ解らない事がある」

 

 気圧されそうになる心を叱咤して、重ねて鈴子は問い返す。

 

「どうして、あなたは一人なの?」

 

 単騎である事を選択したという英雄。

 だが普通に考えるなら、それはおかしな事だろう。

 

「あなたは他の連中とは違う。他人から支持される大義があるなら、ちゃんとした勢力だって集められたはずでしょう。

 なのに誰の助けも借りないで、そうまで一人でやろうとするのは何故なんですか?」

 

 一人だけではやれる事も限りがある。

 どんな人間だって、全ての事をやれるわけではない。仲間の支えがあるからこそ、崩れ落ちそうな時も人は立ち上がることが出来るのだ。

 邯鄲の試練を踏破していく中で、彼らはそれを実感してきた。決してそれを疑っていないからこそ、単騎で在る英雄の姿には違和感を覚えた。

 

「仕方あるまい。数が増えれば初志は曇る。鋼の決意を貫くには、独力こそが最も良い」

 

 しかし、英雄たる男が下した判断とは、彼らとは真逆の結論。

 

「因は三つ。数の肥大化、上部の腐敗。そして何より、優しき善意によって。

 二つについてはどうともなろう。選りすぐり、栄え抜かせた麾下によって大事に臨めば、そうそう脆弱になる事もあるまい。この邯鄲とはそういう場所だからな。

 だがそれとても、最後の一つは否応なしに枷となる。俺が苦難を背負うのを、友誼を結んだ朋友であればこそ見過ごせん。認めさせるか、否か、その判断を問う時点で足を取られているのは

明白だ」

 

 膿の有る無しではない。

 時に労わり、親切、忠誠や友情など。

 人として何も間違っていない、尊ぶべき感情が軋轢を生むのだと英雄は告げた。

 

 たとえば、彼の息災を願う者ならば、如何に正しくともその無茶を制止するだろう。

 それは当然の行動だが、果敢に邁進する英雄の歩みを阻むものであるのも間違いないのだ。

 

「友が俺の身を案じれば、その分だけ勝利からは遠ざかる。元よりこの邯鄲、正気の内で踏破できるほど甘くはあるまい。ならばこその単騎。仲間も、同盟も、初めから慮外のものとして、己一人で事を成す。狂気愚行と言われようとも構わん。正気ならざるその意志でこそ、絶無の可能性に一縷の光を掴めるのだと信じている」

 

 それはなんと狂おしく、そして英雄らしい強き結論だろう。

 つまるところ、その結論の前提には英雄がいる。クリストファー・ヴァルゼライド、覇者の栄冠を担うに相応しい破格の英傑。

 通常ならば愚策に過ぎないものを、彼の存在こそが唯一無二の至上策に変えている。厳然たる事実として、彼が単騎でここまで勝利し続けていることが、結論への否定を許さなかった。

 

 その理屈に納得しかけた自分自身を叱咤して、鈴子は歯噛みした。

 確かに道理としては通るのだろう。だが感情ではとても認める事は出来なかった。

 仲間との絆を尊び、結束が生み出す力でここまでの苦難を乗り越えてきた。その価値を否定するような英雄の道理には、彼らだからこそ頷くことは出来なくて、

 

「もういいだろう。ここに至って、平行線を論じるつもりはない。

 俺のやり方を否定したくば示してみろ。邯鄲を巡る道のりの中で、磨き抜かれたお前たちの力を」

 

 論議を打ち切って、英雄が告げる。

 宣戦は既になされた。戦いは始まっている。和解の道は断たれたのだ。

 ならば後は各々の信念を貫くのみだと、剣を振り上げて英雄は示してみせた。

 

 刀剣に集束していく黄金光。

 其は破滅をもたらす光。総てを灼き滅ぼす放射性分裂光(ガンマ・レイ)

 あらゆる邪悪の断罪のため、そして何より勝利のために、英雄が得た破壊の夢が放たれる。

 

 先制したのはヴァルゼライド。

 英雄は侮らない。戦真館特科生の面々、若人たちの強さ、正しさを高く評価している。

 故に、初撃から光は最高出力。かつて鋼牙の狂獣をも滅殺した殲滅光、ただの一撃とて勢力の全滅さえも覚悟しなければならない破壊力を、慈悲も容赦もなく解放させた。

 

 その黄金の光を目にする者は、誰もが息を呑むだろう。

 あまりにも荘厳、あまりにも強大、その輝きには畏敬の念さえ抱いてしまう。

 それは例え、敵であっても変わらない。絶対の崩壊をもたらす光は無慈悲だが、一瞬の内に苦痛さえなく灼き尽くすならば、そこには一抹の救いがあるだろう。

 そんな結末さえ受け入れてしまうような、一種の神聖さとも呼べる何かが、英雄の光には宿っていた。

 

「――ふざけんじゃねえぞ」

 

 その黄金の光の前に、誰よりも早く飛び出す者があった。

 

「アンタなら、アンタみたいな人だからこそッ! 助けになりたいって友達(ダチ)がいたはずなんだ!」

 

 大杉栄光。

 蹴り出した脚の輪。そこに込められた解法の夢が、英雄の光と拮抗していた。

 

「なのに、そんな奴でも弱くて雑魚けりゃ用はないってか? 舐めるんじゃねえ!

 どんなに弱くても、雑魚くても、そいつにだって意地があるんだぁッ!」

 

 栄光は弱い。他の仲間と比べても、決して彼は強くない。

 何よりもまず、その精神性が闘争に向いていない。それこそ致命的なまでに。

 殺される事は恐ろしい。だがそれにも勝るほどに、大杉栄光にとっては相手を殺すという行為そのものが恐ろしいのだ。

 

 "こいつにだって何か事情があるかもしれない"。少しでもその手の思考に触れてしまうと、もう駄目だ。

 殺せない。殺意なんてとても抱けない。攻撃のキレは鈍り、たとえ格下相手でも無様を晒す。

 それは断じて歪みではない。大杉栄光がそう在る理由とは、ただ彼が優しすぎるから。才覚に恵まれず、己の弱さを自覚してるからこそ、弱者の気持ちが分かってしまう。

 他者を傷つけ、その存在を侵害するという行為。それに対する禁忌の念が人一倍強い。どんな大義を持ち出そうとも、その忌諱感が拭えないのだ。

 強き英雄の有り様とは真逆の、迷い惑ってばかりいる軟弱さ。鉄血の覚悟を決められない、いつまでも弱いままの男なのだ。

 

 だからこそ、大杉栄光は誰よりも勇気ある男である。

 彼は恐怖を知っている。戦場に徹底的にそぐわない性根は臆病とさえ言っていい。

 それでも、彼は前へと踏み出せるのだ。己のためではなく、仲間のために。恐怖に慄える心身を抑えて、精一杯の気持ちを振り絞って。

 格好を付けたいから。格好悪い自分を知っているからこそ、意地を張る。たとえ弱くて、情けなくても、役立たずの卑怯者になる事だけは耐えられないから。

 

 大杉栄光こそが、戦真館の中で最も、本当の勇気を知る男なのだ。

 

「舐められたくねえんだよ、『弱者(オレタチ)』はッ! 何よりも、助けになりたい奴らから、そんな風に見られるのが許せねえ!

 理想やら、大義やらなんて分かんねえよ! ただ、そんなすごい友達だからこそ、そいつに認めてもらいたくて、弱っちくて情けない自分に蹴り入れて足掻いてんだ!

 知らないってんなら見せてやる! オレみたいな奴の足掻きだって、役立たずじゃない。アンタの強さに届くって事をなあァァァァッ!!」

 

 気迫の怒号。

 がむしゃらな感情の叫びには、切なる思いが込められている。

 高尚な理想などではない。それは小さくとも純なる意志。それこそが彼の夢を加速させる。

 

 大杉栄光の夢とは、夢そのものを解く夢。

 夢界という領域にあって、根底の法則をも崩壊させる危険を秘めた諸刃の剣。

 その力を手にした者が、最も力の危険を恐れる少年であったのは、あるいは必然であったのだろうか。

 光を、破壊を、法則さえも打ち消して、少年の夢は輝きを増し、黄金の光を解いていく。

 

 そしてついに、何者をも粉砕してきた英雄の黄金光は、か弱き少年の勇気によって霧散した。

 

「ぐ、が、ごぼぉ……っ!?」

 

 同時に、喪失した内蔵の分、逆流した血が栄光の口から零れ落ちる。

 

 栄光の破段。

 それは己の何かと引き換えに何かを打ち消す、等価交換の夢。

 己にとって重要であればあるほど、その威力は増していく。己自身の身体の幾つか、自ら傷つき失う事で彼は仲間を守りきったのだ。

 

 目の前で起きた事実を、英雄はただ静謐に受け止める。

 先の光は全力だった。手抜かりなどない、偽りなく今出せる最大威力。

 それを打ち消された以上、ヴァルゼライドの夢は封じられたといっても良い。その身が完全に朽ち果てるまで、彼は破壊の光を打ち消し続けるだろう。

 ならばそれで良い。少年の克己と吼えた思いも合わせ、内心で寿ぎながら、英雄は正面から打ち破らんと二撃目の光を充填して、

 

「大杉ぃッ! てめえ、この馬鹿野郎が!」

 

 ああつまり、そういう理屈ではないのだなと、次の行動で納得した。

 

「なんでてめえはいつもそうなんだよ。てめえ自身を軽く扱いやがって!」

 

 代わるように飛び出す巨漢の影。

 鳴滝淳士。孤高なりし無頼漢は、栄光の見せた矜持を迷わずに否定した。

 

「簡単に差し出そうとしてんじゃねえよ。自分の重ささえ分からねえ奴が、他人を守れるなんて思ってるんじゃねえ!

 てめえが無理するまでもねえんだよ。俺が、これぐらいでなぁッ! 」

 

 男は無手。彼が頼る武器は己の拳、即ち我が身のみ。

 射出された第二撃の黄金光を、その屈強な巨躯で鳴滝淳士は真っ向から受け止めた。

 

「ぐ、あ、ガアアアアアアアアアアッッ!!!!??」

 

 言うまでもなく、それは愚行だ。

 英雄の光はただの熱とは訳が違う。残留し、連鎖し続ける崩壊によって確実に敵を灼き尽くす殲滅の光。

 その激痛たるや、かつて受けた逆十字の死病の苦痛さえも上回る。単純な破壊力だけではない、僅かな接触だけでも致命に繋がるからこそ、その光は恐ろしい。

 そして無論の事、純粋な威力の面でも最強の輝きである。あらゆる障害を諸共に粉砕して突き進む黄金の波濤。それに対抗する時点で不可能に等しい。

 それを、あろうことか我が身で、しかも単なる意地で受け止めるなど。知に長け理に聡い者ならば、その行動を嗤うだろう。

 

 英雄は、嗤わなかった。

 

「ぐうぅぅッ! ウオオオオオオオオオオッッ!!!!」

 

 ただ愚直に、ひたすら前へ。

 圧倒的な光の威力にも、全身を蹂躙する激痛にも、断固として屈さずに。

 それを成し遂げるのは男の意地。己とは重いものであるのだから、この意地は譲れないと吼えている。

 

 鳴滝淳士の掴んだ夢。

 自らを重くする。あまりにもシンプルな、男の無骨さを表した夢のカタチ。

 己の重さを拳に乗せて、ただ真っ直ぐに振り抜くのみ。不器用な自分にはそれしかないと、理解しているからこそその一点だけは曲げられない。

 黄金の光を前にしてもそれは同じ。元より横に逸れる利口さとは無縁の身だ。どんなものが立ちはだかろうが己の重さと密度で押し返すと覚悟していた。

 

「あなたが私を疑っても、私は何も隠さない――――あなたが大切な人だから」

 

 そして、そんな彼を支えるのは、決して彼一人の意地だけではなかった。

 

 真奈瀬晶。

 誰よりも尊き慈愛を持つ少女。義の徳を司る犬士。

 彼女が掲げるのは癒しの光。何人をも慈しむその心が、傷つき苦しむ人に手を差し伸べる。

 

 鳴滝。ああ、アタシにもよく分かるよ。

 そうだよな。あいつ、放っておけないから。

 普段はあんななくせに、いざとなるとびっくりするくらい突っ走って。

 自分が怪我するのも構わないで、ほんとに危なっかしいんだよ。

 でもな、それはお前だって大概なんだぞ。今だってほら、とんでもない無茶やって。

 やっぱり男って馬鹿ばっかりだ。四四八の奴だって、そうやって前に出て無茶ばっかりして。

 まったくさ、本当に、最高にかっこいい奴らだよ、お前らは。

 

 だから、アタシはそんなお前らを癒したい。

 傷ついて、苦しんでるその身体を支えてやりたい。

 助けたいんだよ。なあ、いいだろう? アンタの意地を、アタシにも手伝わせてくれ。

 アタシたちは独りじゃない。支え合える仲間がいるんだから。

 

「急段・顕象――――犬川荘助義任(いぬかわそうすけよしとう)

 

 ここに協力強制が成立する。

 相手を癒したいと願い、相手もまた滅びに抗うための癒しを欲した、害意を持たない急段。

 互いにとっての望むところ、抵抗などあるはずがなく、その夢は最大効率で駆動した。

 

 黄金の光を重さで受ける。

 身体を蝕む崩壊を、それ以上の癒しでもって上書きする。

 その意地は、その慈愛は、英雄の輝きにだって決して敗けないと示すように。鳴滝は退かず、 晶もまたそんな彼を癒し続けた。

 

 そして――

 

「へ、へへ、どうだ見たかよ、耐えたぜ。こんなもん屁でもねえ」

 

 健在。

 殲滅の光、浄化の焔、何人も存続を許されない破滅をその身に受けて、鳴滝淳士は健在だった。

 それも半死半生といった状態でもない。全身を侵したはずの放射能も、既にほとんどが癒えて、その身は次の行動へと移れるまでに修復を終えていた。

 

 その結果を見届けた英雄に驚きはない。

 ただ見事なり、と。掛け値ない称賛の念を相手に向ける。

 男の矜持が見せた力、少女の慈愛がもたらした癒し。どれも正しき善性による強さである。よって認める事に否はなく、ヴァルゼライドは内心での評価と警戒を引き上げた。

 

「でもって大杉が言うことにも同感だ。アンタ、他の連中を舐めてるよな?

 こうして見てるだけで嫌でも伝わってくるぜ。俺らなんざ眼中にもねえってな」

 

 不遜を貫く英雄を睨み据えて、鳴滝はそう告げた。

 

「軽く見てるんじゃねえよ。俺たちは柊の野郎の端でうろつく脇役じゃねえ。本命に熱を上げんのは結構だがな、見下すのも大概にしとけよ。

 俺も、俺らにも、アンタが守ろうって息巻く民草って奴にしたって、そいつら自身の重さがあるだろ。勝手にてめえで背負った気になってんな。どいつもアンタに面倒みてもらわなきゃ立ち上がれもしねえような、情けない奴ばかりじゃねえだろうが」

 

 国のため、民のため、涙を明日に変えるために。

 英雄が掲げる大義。その雄々しく輝かしい信条に、しかし個人の重みはない。

 

 鳴滝敦士には、そこがどうにも我慢ならない。

 方法の是非ではない。そこで論じられるほど、彼は己が偉いとは思っていない。

 ただ無性に腹が立つのだ。鳴滝淳士は誰よりも己を重んずる男であるから、他の誰とも知れない有象無象と自分を等しく扱われる事が、それを万人に対して行う英雄の姿が、どうしようもなく腹立たしかった。

 

「軽んじてはおらんとも。俺が守り、時に切り捨てる民草の概念。その全体多数の中にある個人としての価値、それは決して軽くはないのだと自戒している。

 人々を数のみで論ずるのは惰弱な意志だ。大を取って小を捨てる、そんな理論のみを骨子とした信条など張りぼてに過ぎん。重くのしかかるその宿業、背負えずして一体何を成せようか。

 重くあるからこそ、折れずに進まねばならない。余さず承知して、俺は征く」

 

 しかして返答する英雄もまた、それしきで揺らぐ信念など有してはいない。

 時に守るべき民に血を流させても、英雄は勝利へと邁進する。むしろ築き上げた屍の数が多ければ多いほど、その決意は重く強固となる。

 全ては勝利の果てに、流血に見合う報いを与えるために。国という全体多数の幸福を追求して、英雄の歩みは決して止まらない。

 

「そして指摘についても否定はしない。真に恐れるべきは甘粕正彦のみ。それこそが純然たる事実であり、この認識を曲げるつもりはない。

 決して侮りはしないが、所詮眷族ごときに躍起になっているようでは、盧生には到底届き得ないのも事実。認めはしよう、だがそれでも俺が勝つ。それだけの話だ。

 これに否と唱えたくば、見合うだけのものを示すがいい。生半可な覚悟であれば、この俺は小揺るぎもしないと心得ろ」

 

 その様は不遜にして不動。決して己の威風を崩さない英雄の姿には、憤りよりも先に奇妙な納得の感情があった。

 

 敵対する相手、倒すべき存在でありながら敬意を呼び起こす雄々しき在り方。

 努力、正義、勝利、と。この英雄には無数の光がある。真っ当な人間であれば必ずや感じ入るものがある煌めきに、まともであればこそ理屈抜きの感動が生まれてしまう。

 それが無意識の内に心を掴み、知らぬ間に闘志の方が萎えてしまう。その言葉、その一挙手一投足に宿る意志力と存在強度が、闘う相手の戦意そのものを折りに掛かるのだ。

 

「……へっ、そうかよ。まあ俺も口が達者な方じゃねえからな。似合わねえんだよ、そういうのは。自分でも分かってんだ」

 

 そんな心の萎縮を実感している。だからこそ、鳴滝敦士は内へと深く意識を落とす。

 口から出てくる言葉に大したものはない。例えばあの英雄の言葉に真っ向から反論してみせるような真似は出来ない。そんなのは別に相応しい奴がいるだろう。

 不器用なのだ。よく誤解もされるし、上手く意図を伝える事が出来ない。そんな自分の性質は、今まで生きてきてよく分かっている。

 

 だから、己に出来る事なんてそれこそ一つだけ。

 重く、ひたすらに重く、自分という存在を巌の拳に乗せて。

 決して疾くはない。巧くもない。されど一撃に込める重さ、自身に許された唯一の光にかけては断じて譲らないと覚悟する。

 

「だから、見せてみろっつうなら見せてやるぜ。この"俺"の重さをなぁぁッ!!」

 

 横道など見向きもしない。小細工抜きの正面突貫、隠す意図など微塵もない意気の喝破と共に、鳴滝敦士は駆け出した。

 

 迫り来る巨漢の剛拳を目に映し、英雄もまた二刀を構える。

 愚直に、一切の雑念を排して行われる突撃は、断じて侮って良いものではない。

 直撃を受けようものなら絶命は必至。防御性に際立ったものを持たない英雄なればこそ、その結末は必定であるだろう。

 だがそれでも、それのみであれば英雄にとっての脅威ではなかっただろう。クリストファー・ヴァルゼライドこそは夢界に君臨する最強の武。無謬の修練の果てに会得した技量は、もはや何人をも隔絶した高みに在る。

 無頼の男の一撃を躱し、その後に絶殺の斬撃を叩き込む。破壊に振り切った英雄の夢とはそういうもので、両者のみではその結末は避けられない。

 

 故にそれを補うべく、空間を飛び越えた四方からの十字砲火が英雄を包み込んだ。

 

「盛り上がってるなあ、男子は。四四八くんも結構だけど、色々言っても何だかんだで似てるんだよね、男の主張って」

 

 それは直接場に響かせた声ではない。

 遥かな彼方、戦場を俯瞰する狙撃地点で、龍辺歩美は誰に対してでもなく独り言ちた。

 

「単純っていうか、馬鹿っていうか。無茶する俺はかっこいいみたいな?

 後ろで見てる人たちの気持ちも考えてほしいよね。こっちはこんなに怖いんだからさ」

 

 手にして構える狙撃施条銃(スナイパーライフル)。その照準(スコープ)越しに映る世界は、無論のこと画面先のファンタジーではあり得ない。

 対峙する英雄も、それと戦う仲間たちも、どれも己自身で向き合わねばならない真実。取り返しのつかない事であるからこそ、忘れてはならない恐怖があった。

 

 かつての龍辺歩美は、それさえも分かっていなかった。

 あらゆる物事が他人事。まるでゲームをしているような感覚で、己も当事者だという実感が持てない。

 だからどんな時でも心の一部は冷静沈着。所詮、俯瞰の視点でしか物を見てはいないから、そこに恐怖の感情なんて伴うわけがない。

 我も人、彼も人。仲間たちが自らに戒める戦の真、それさえも傍から眺め見ている有り様だ。そんな事で仲間だなどと胸を張って言えるのかと、随分悩まされた事もあった。

 

 そう、それでは駄目なのだ。

 そんな様では、臆病で醜い道化の如き在り方では、本当の意味での立脚なんて出来はしない。

 物事を俯瞰する己がいる。その事実をまず受け止め、その上で恐怖の気持ちを思い知る。己の命、そして仲間の命、どれも虚構の産物などでは無いのだから。

 

 龍辺歩美が掴んだ真。我も人、彼も人。その意識から決して目を背けない、引き金の重みを確かなものだと感じて離さないように。

 

「私だって、もう後ろで見てるだけじゃない。ちゃんと、ここに居るんだから!」

 

 様式を無視して吐き出される銃弾は、距離や遮蔽物の一切を跳び越えて標的を狙い射つ。

 龍辺歩美の破段。それは空間の跳躍。たった一人の狙撃手(スナイパー)によってもたらされる弾幕の包囲網。確たる術理による銃撃の詰め将棋が、英雄へと降り注いだ。

 

 通常ならば認識さえ敵わない、空間を超越した無数の狙撃に英雄は対応する。

 それを成すのは歴戦を重ねて磨かれた直感と経験則を合一する戦闘感覚。英雄は純粋な技量によって、迫る銃弾の尽くを真っ向から切り払った。

 この時点で英雄は無傷。自身に迫る敦士へと改めて向き直り、そして退いた。

 

 不退転の英雄にとっても、その判断はおかしなものではない。

 晒された銃撃への迎撃分、英雄の態勢は十全とは言い難い。

 ならばこその判断だ。英雄は目の前の無頼漢を微塵も侮っていない。万全でないままでこの男を迎え撃つのは危ういと、その強さを認めていたから後退した。

 

 それはある種の信頼と呼べるだろう。

 己と同じく善性、正しき強さを持つからこそ、その真価を見誤らない。

 そうした意志が生み出す力、その不条理とも呼べる力を、他ならぬ英雄が知らないわけがないのだから。

 

 そして、英雄が退いたその先を読み切って、迷いなく世良水希が斬り込んだ。

 

 信頼は、英雄だけのものではない。

 むしろ仲間である彼ら自身の信頼こそが、何よりも強固であるのは自明の理。

 鳴滝淳士ならばやってくれる。必ずやそうなると信じたからこそ、この連携は成立した。

 

 水希が得物とするのは太刀。

 流れ舞うような斬撃と、付随して放たれる無数の火線。十分な密度で繰り出される太刀と創法その他を合わせた複合戦技は、完成された質と鋭さを有している。

 それでも英雄を追い詰めるには至らないが、決して通じないわけではない。事実それらは一蹴されず、鋼の英雄にこうして追い縋っているのだから。

 

 彼らの歯車は噛み合って、既に回り始めている。

 通じ合った絆の信頼と経験が、何も言わずとも各々が成すべき事を教えてくれる。

 それでも足りないものがあるとすれば、それは指揮官の存在。彼らという一群を一個の生命として機能させる頭脳の役割を担う者が欠けていた。

 

 それは本来ならば柊四四八の役割。その彼が動けない以上、代行を務める者は決まっていた。

 

「ああもう、どいつもこいつも! こっちの気も知らないで、鈍い奴ばっかりなんだから!」

 

 苛立たしげに我堂鈴子が吠える。

 その苛立ちは仲間に向けたものではない。情けなくも縮こまった、不甲斐ない己自身に向けた怒りだ。

 

 彼女、我堂鈴子は、整ったものが好きだ。

 世にある倫理道徳仕来りその他、有り体に決まりを尊ぶ気質である。

 それは法の絶対視や社会主義といった思想的な意味ではない。もっと人としての根源的な、普遍的に存在し続ける善性への敬意。

 己がその境界に立つ者だと自覚するから、線の内で正しく在る者こそを尊重し、逆に線の外へと傾倒する無法者を認めない。

 その線引きこそが彼女の夢。人間と怪物の境を間引く厳粛な線が我堂鈴子の真である。

 

 だから彼女は整然として筋が通り、尚且つに高い完成度を持つ者に弱いのだ。

 英雄は正しい。自分のように何処か人としての欠陥を抱えているのではなく、偽りない人の正しさを備えた上で、彼はああして雄々しく在る。

 それがどうしようもなく眩しくて、不覚にも圧倒されてしまっていた。まるで正しさの炎に灼かれ続けているような高潔さに、心が先に屈しかけたのだ。

 英雄が英雄たる気質。その輝かしい王道は、善を尊ぶ常人こそを魅了して膝を折らせる。

 

 そうやって自分が立ち止まっている内に、あの馬鹿どもがやってくれた。

 馬鹿、ほんとに馬鹿。特に男子。大杉もだけど、やっぱり敦士。あいつ、何それ、悩んでる私が馬鹿みたいじゃない。いや、馬鹿なのは絶対にあいつらだけど。

 おまけにコレ、柊にも知られちゃうんでしょう。もう、本当に自分が情けない。こんな姿を、これ以上あいつにだけは見せられないわよ。

 

 この人の、英雄の道が受け入れ難い事なんて、もうとっくに分かってたじゃない。

 

「……犠牲を前提に話してるんじゃないわよ」

 

 そう、英雄が掲げる道は、血の犠牲を容認して語っている。

 屍の山で築かれた道の果てでこそ栄光は掴めるのだと諦めているのだ。

 

 それが正しい道で、現実的なものだとは分かっている。

 理性では認めていた。道理は英雄のやり方にこそあると。

 だが、感情はどうしても否定を叫ぶのだ。当たり前のように屍を積み上げて、それを容認したまま突き進む英雄の姿が納得し難いと吠えている。

 

「大切だって言うんなら、犠牲なんて出してるんじゃないわよ。血反吐を吐くくらいの後悔があるはずでしょう。それを個人の情熱一つで、簡単に受け入れてるんじゃない!」

 

 彼女の胸の内には、今も拭えない悔恨がある。

 邯鄲の第七層。狂える龍に対峙する前哨戦。いずれ来たる本震に備えての、神の捧げるべき礼を理解するための試練の周回。

 そこで鈴子は仲間を犠牲にした。他ならない、彼女自身の采配によって。求められたから、自分から言い出したからと、そんなのは言い訳にすらならない。

 だって、彼女自身もそれを理解していたから。あの場を突破するにはそれしかないと分かっていて、事実それを止めようとはしなかった。

 ならばそれは彼女自身の判断と同義だろう。むしろ迷ったままで何も出来ず、仲間の方から言い出した体で乗りかかったあの時こそ、最も恥ずべき姿だと戒めている。

 あの時の後悔を忘れない。たとえ他の仲間が違うと言ってくれても、この悔いの重さこそが、何より手放してはならないものだと思えるから。

 

 だからこそ、鈴子は英雄の道に否定を叫ぶ。

 感情論だとは分かっている。犠牲はどうあっても出るものだし、激動の時代ならばそれは特に顕著だろう。

 それでも、それを容認するか否かは話が別だ。その後悔を手放さず、次こそは必ずやと意識を持たなければ、きっと犠牲には何の意味もなくなる。

 成果と犠牲。その二つを天秤にかけて、迷いもせずに一つを取る。それで栄光に繋がるからと、雄々しく熱い気概でも下す判断はどこまでも冷徹だ。

 それでは駄目だし、何より嫌だ。迷って迷って、どんなに無様でも迷い抜いて、本当に正しい道を目指そうとする意志こそが、真の光だと信じている。

 

 我堂鈴子が奉じるべき礼とは、英雄の下す冷たい線引きなどではないのだから。

 

「誰かに頼る事も分からない、たった一人の英雄なんか、認めてやるもんですか!」

 

 舞うように振るわれる薙刀の軌跡。

 それは単なる一閃の足跡にあらず、確かなカタチとなって英雄を囲い込む檻となる。

 己の中にある歪み。周囲の環境にはまったく由来しない、純粋に先天的な素養とも言うべき性。それは一歩間違えれば、容易く怪物にも堕ちるもの。

 人の生き死にに対する忌諱感の欠如。嫌悪でも高揚でもなく、ただ何も感じない。作業の如く冷静に務められる自身の性質に、鈴子は悩まされてきた。

 だからこその破段である。人と怪物、二つの境界に立つ者として、外から内には入らせないし、また内から外へも向かわせない。

 残される斬痕は敵のみならず自身にとっての檻でもある。自由には消せないし、触れれば自身も斬られる。そのようなルールを己に課すからこそ、効果もまた高まっていた。

 

 司令塔の復帰と共に、彼らはその回転率を上げていく。

 鳴滝敦士が、受け止める盾となり打ち砕く矛となる。

 如何に強大な光だとて、大杉栄光がその夢を崩す。

 射程外より龍辺歩美がカバーして、傷ついた者も真奈瀬晶が即座に癒す。

 我堂鈴子の斬檻が動きを狭めて、生じた隙を遊撃の世良水希が狙い撃つ。

 

 数多の夢を巡ってきた。挫折や敗北も幾度とあった。

 それらは決して無駄ではない。打ち勝った試練、その果てに得た未来。どれも欠け代えのない真となって、今もこの胸に宿っている。

 大正ではなく平成、あの平穏な時代で産まれ、各々の人生を全うした事で、彼らは新たな光を得た。平穏の中で得たそれは青く、純粋な軍学生であった頃より弱くなったとも言えるだろう。

 それでも彼らはそれを捨てない。自分たちが掲げるべき真とはその光だと、誇りを持ってそう言える。決して英雄の光にも劣らない素晴らしいものだと信じているから。

 

 顕したのは千の信。互いを繋いだ仁義の絆こそ、第二盧生が至った悟りである。

 

「……強いな」

 

 六人の夢との交錯の中、肌で感じる手応えに、英雄は感嘆の呟きを漏らす。

 それは素直な感想であり、偽りなき思いだ。彼ら戦真館の少年少女らにこそ、英雄は手強さを感じている。

 

 決して軽んじていたわけではない。

 しかし、しかしだ。これはあくまで前哨戦。第二盧生柊四四八に至るまでの露払いである。

 侮りはしない。だが何処かでそういう認識があった事は否めない。所詮は前座、盧生と矛を交える事になるやもと考えれば、如何程の事があろうと。

 それがどうだ。彼らはこうして己とも互角に渡り合えている。盧生の存在がなくとも、この若者たちは立派な強さを持っているではないか。

 

 神祇省でも、鋼牙でも、逆十字でも、辰宮でもない。

 彼らこそが強い。正しき力、正しき思い、そうした信念の果てに錬磨された戦真館こそが、英雄の魂は真の強者であると認めている。

 同じく善性の者として尊重せずにはいられない。彼らのような者を寿ぐ世界こそ、英雄が熱望して止まないものだから。

 

「だからこそ実に惜しい。このような運命にさえ巻き込まれなければ――――」

 

 交錯の果て、一時的な対峙の形となり、思わず言いかけた言葉を英雄は止めた。

 彼らは巻き込まれた被害者ではない。覚悟を持って戦場へと赴いた戦士である。

 かつての邯鄲、己を二十一世紀の人間だと信じ込んでいた時とは違う。確固たる信念を宿した戦士に対し、このような同情は不要であろう。

 

 戦闘の渦中、英雄は目を閉じて僅かな時を黙想する。

 それは敵ながら、称賛に値する若者たちへと向けたせめてもの誠意か。

 その短い時間の中に、深く、それこそ万感の思いを込めるように。

 抱くのは礼讃の念。本来ならば慈しむべきその光、これより己が為す所業の重みと共に、英雄はしかと自分自身に戒めた。

 

「……いいだろう」

 

 そして開かれたその眼には、荘厳にして厳然たる決意が宿っていた。

 

「お前たちを難敵だと認めよう。我が道を阻むものであると。寿ぐべき善良であると知るからこそ、俺もまた全霊を尽くすと誓う。それだけがお前たちに示せる唯一の敬意だと信じよう。

 さらばだ、強く正しい若者たちよ。俺が愛する善意たち、その業を背負って俺は征こう!」

 

 少年少女らの奮闘を英雄は認めた。

 彼らこそは正義の志士。善を担う英雄が愛すべき光であると認識する。

 ならばこそ手にする剣には覚悟を乗せる。この血を決して無駄にしてはならないと、尊ぶ重さを噛み締めながら。

 手落ちは断じて許されない。やると決めたならば雑念は刃から削ぎ落とす。彼らを真の勇者と認めるならば、手を抜く事こそ侮辱だろう。

 

 そして決断した英雄は、盧生以外に抜くつもりはなかった己の"急段(つるぎ)"を開帳した。

 

 

 *

 

 

【推奨BGM『天神の雷霆』】

 

 その変化を戦真館の誰もが感じ取っていた。

 空気が変わる。気配が変わる。存在が変わる。英雄の変革が、その爆発的な輝きの増大が、世界そのものに震えをもたらしているのだと錯覚した。

 

「巨神が担う覇者の王冠。太古の秩序が暴虐ならば、その圧制を我らは認めず是正しよう。

 勝利の光で天地を照らせ。清浄たる王位と共に、新たな希望が訪れる」

 

 それは、至高。

 それは、最強。

 それは、究極。

 それ以外に、形容すべき言葉なし。

 

「百の腕持つ万人よ、汝の鎖を解き放とう。鍛冶司る独眼よ、我が手に炎を宿すが良い。

 大地を、宇宙を、混沌を――偉大な雷火で焼き尽くさん」

 

 謳い上げるは全能の証明。

 我に敵う者なしと、傲岸不遜にただ単騎(ひとり)

 約束されし絶滅闘争(ティタノマキア)の覇者が、勝利の王道を歩むべく起き上がる。

 

「聖戦は此処に有り。さあ、人々よ。この足跡へと続くのだ。約束された繁栄を新世界にて齎そう」

 

 光が溢れる。

 男が纏った黄金が、属性は変えずにただひたすら強く大きく。

 その輝きこそ断罪の焔。世の絶望と悪を、己の敵を、余さず総て灼き尽くす破滅の光子。

 クリストファー・ヴァルゼライドの夢を象徴する黄金光が、もはや解法の透視など不要なほどの圧倒的な輝きと化して英雄の身に映っている。

 

 ここに戦真館の面々は悟る。悟らざるを得ない。

 今までの英雄は刃落ちだった。剣を鞘に収めたままの状態に過ぎなかったのだと。

 それが今、解き放たれる。まぎれもない英雄の全身全霊が、この瞬間に顕象されるのだ。

 

「急段・顕象――――天霆の轟く地平に、闇は無く(Gamma-ray Keraunos)

 

 鋼の英雄。光の断罪者。夢界に新たな伝説を築く輝きの担い手が、ここに降臨した。

 

 英雄の変革を前に、戦真館は僅かに攻め倦ねる。

 微塵も隠そうとしていない覚醒。ここまでと同じに考えるのはそれこそあり得ない。

 何が、どのように変わったのか。未だ見えないがしかし、弱くなる事はないだろう。英雄の変革、感じ取った力の増大は、決して錯覚などではないだろうから。

 

 それでも、足を止めていたのはやはり僅かだった。

 彼らは実戦を知らないヒヨコではない。幾度もの邯鄲を巡った歴戦の勇士である。

 相手の強さを警戒すればこそ、攻め手の主導権を渡すべきではない。これまでを考えても、英雄の性能は攻撃特化。そこが大きく変わるとは思えなかったから。

 

 斬り込み役は水希。

 オールラウンダーな性能を持つ水希なら、およそどんな状況にも対応できる。

 それは一種の威力偵察だ。無論、仲間たちも援護の備えは忘れない。何かが起これば即座に動き出せるよう身構えている。

 

 対し、英雄も動き出す。

 その動きは緩やかに。されど緩慢ではなく、ただ静粛に。

 刀剣が振り上げられる。それは構え、闘争へと向かう姿勢。それだけで何かを起こすわけではなく、故に止まる理由にはならずに水希は踏み込んだ。

 

「……え?」

 

 思わず漏れたのはそんな声。

 困惑、そして不明。何が起きたのか分からない。

 いや、それは正確ではない。何が起きたのかは分かっている。あまりにも明確に、だからこそ起きたそれが信じられなかったというだけである。

 

 構えは見えていた。軌跡も予測していた。

 それは素直な構えだ。基本に忠実、故に読みやすい太刀筋。

 脳裏に描いた戦闘予測(シミュレート)は完璧で、やられるつもりは毛頭ない。たとえどれほど強靭であったとしても捌いてみせる自信が水希にはあった。

 

 だというのに、この結果。水希は斬り捨てられていた。

 特殊な何かでは無い。ただ英雄の剣が迅すぎて、巧すぎて、強すぎたから反応できなかった。

 

「――水希ぃ!?」

 

 叫んだ声は誰のものか。

 関係あるまい。気持ちは全員が同じだったから。

 

 真っ先に動き出したのは淳士。

 動揺する仲間たちに渇を入れるように、あるいは純粋に倒れた水希を案じてか。

 拳を振り上げ、突貫する無頼漢。その勢い、決して先のそれに劣るものではない。

 

 だというのに、放たれた黄金の波濤に対し、今度は一瞬だとて抗えなかった。

 

「がああああああッ!!??」

 

 晶の急段は今も変わらず発動している。

 癒しの光は淳士の背中を確かに支えていた。ただそれごとに、英雄の光は捻じ伏せる。

 少女の慈悲も、漢の意地も、全てが無意味だと言わんばかりに。絶対の破壊は何者をも灰にする。

 

「りんちゃん。これって……」

 

「ええ。どう考えても嵌まっているわね」

 

 五常楽・急ノ段。

 五常・顕象の段位の四段階。盧生のみが扱える第六法・終ノ段を除けば、邯鄲における最終奥義と呼んでも差し支えない。

 この段位が他と一線を画するのは、己だけの力では成り立たないこと。無意識下での合意を果たす協力強制、それを通した相手からの力も乗せて発動する。

 相手の力を利用するという性質上、たとえ格上相手でも効果を発揮する。そして他ならぬ相手からの合意を得たその効果は、非常に高い必殺性を有しているのだ。

 

 これまでの邯鄲で戦ってきた六勢力。

 その首領格はほぼ全員が急段の域に至っていた。

 文字通り身をもって思い知らされたその威力は、今も苦い記憶として焼き付いている。

 容易く攻略できるものでは断じてない。ならばこそやるべきは、速やかに英雄の急段の効果を見極めて、その効果を躱すか利用するかだ。せめて如何なる不条理が働いているのかだけでも見抜かなければ対応さえ覚束ない。

 

「考える必要はない。これは至極単純な自己強化だ」

 

 そんな彼らの焦燥を他所に、対峙する英雄はどうということもないように己の手の内を明かしてみせた。

 

「協力強制の度合いに応じて、己の夢を強くする。俺の急段とは、それだけのものに過ぎん」

 

「ッ! だったら――」

 

 語ったそれが本当なら、決して勝機は潰えていない。

 要はキーラの夢と同じだ。総じて暴力に類する力を無尽蔵に増幅させる怪物の異能。

 単純明快、だからこその強さとも言えるが、嵌めれば勝てると断言できる能力でもない。

 

 純粋な力であるからこそ、力で対処する事が可能となる。勝算はあるのだと折れかけた戦意を克己させようとして、

 

「そうだ。これはひとたび発動すれば勝利を確定させる類の異能ではない。お前たちにも十分な勝算が残されている。だから気負いなく、惑いなく、全力で掛かってくるがいい」

 

 鋼の宣誓。英雄は不動にして揺るがず。

 そも、彼が自らの手の内を明かしてみせたのは何故か。

 急段は敵側からの合意を必要とする。ならばこそ意識の裏を取り、協力強制の条件を悟らせずに相手を誘導する事が肝要となる。

 効果、条件のいずれも、本来ならば明かすのは下策。内容が知れれば意識は条件への理解と否定を持ち、協力強制に嵌めるのは著しく困難となる。

 

 ならば何故、英雄は明かしたのか。これも悩むまでもなく明確だった。

 関係ないのだ。裏を取るだの嵌めるだの、英雄の辞書にそのような言葉はない。

 その光が照らすのは王道。裏道になど逸れない決意の鉄心こそが力となる。

 雄々しくも輝かしい信念を、隠す事なく晒している。ならばその条件も、恐らくは――

 

「我も人、彼も人なり。お前たちが掲げる戦の真とやらに、俺も倣おう。ここに有るは己とは異なる正道。その事実を厳に受け止め、それでも俺はこの剣を振り下ろそう」

 

 刀剣に黄金の光が収束する。

 目にするも絢爛にして、そして無慈悲な破壊の夢。猛威を奮う英雄の光が、少年少女たちを呑み込まんと放たれた。

 

 その光の前に飛び出すのは、大杉栄光。

 淳士という盾の存在が欠けた以上、光に対抗できるのは彼の夢しかない。

 たとえこの身が削れ落ちようが構わない。仲間がどれだけ否と叫ぼうが、それでも前に出るのが栄光という少年なのだ。大切な誰かを守るため、彼は我が身など惜しまない。

 

 儚くも尊い少年の意志が紡ぐ解の夢は、ある意味でおぞましいほど理不尽だ。

 栄光の破段。何かを失いながら何かを消し去る等価交換。この夢の凶悪性とは、成立される価値観が完全に栄光側の感性によって左右される事だ。

 端から見ればどれだけ不平等な条件でも、栄光の中で矛盾がなければ等価交換は成立する。例えば仲間を相手にしたなら、大切なその仲間を対価にして仲間を消すという出鱈目さえも通るのだ。

 そしてその威力は、栄光が対価を大切に思えば思うほどに増していく。それこそ神格たる邪龍の魔震にさえも対抗できるまでに。

 邯鄲という夢そのものを解き崩す解法使い。人の道理からも反したその力は、彼らの異端さ、不条理さの証明でもあるだろう。

 

 しかし――

 

「改めて言うが、第七層(ハツォル)での奮闘は見事だった。百鬼空亡さえも鎮めてみせたその夢は、俺には紡げないものだろう」

 

 そう、しかし、だからこそなのだ。

 

「だが同時に、己の存在を軽く扱うが故の夢でもある。ああ、仲間にも指摘されていたな」

 

 射抜いてくる眼光が意志の挫く。

 英雄の宿す意志、その狂気にも似た正義への信奉は、視線一つでも常人を圧倒する凶器となり得る。

 

「勝利は重い。重い、重いのだ。重ねれば重ねた分だけ、その重責は我が身にのし掛かり、軽々に放棄する事は許されない。

 ひとたび覇道を歩み始めたならば、もはや己だけで事は済まんのだ。この身は既に多くの血の咎を、そしてそれに代わるべき数多の希望を背負っている。

 たとえ俺自身が塵屑でも、この四肢の一本とて容易くは差し出せん」

 

 それは自負。英雄の身とは一人のものにあらず。

 その双肩に掛かった重責を、英雄は確かな重みとして受け止めている。その上で押し潰されず、鋼の雄士は使命に向けて雄々しく立つのだ。

 重ねた犠牲、この手で犯した罪の数、そして報いるべき民の命運が、道を外れる事を許さない。むしろ背負った宿業が増すほどに、英雄の決意もより強くなっていく。

 

 命を惜しむわけではない。だが軽く扱えるものでは断じてない。

 尊いものだと思えばこそ、無駄にしてはならないのだと。揺るぎない合金の如き覚悟を抱えて、殺戮の果ての栄光の道を英雄はひた走る。

 

「ならばこそ問おう、大杉栄光。本当に、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「あ……――!」

 

 膨れ上がる黄金光。先には打ち消せたそれが、今は押し止める事すら敵わない。

 栄光の破段は等価交換。その価値基準は栄光自身によって決められる。

 気圧されてしまえば、他ならぬ彼の心が劣等を認めてしまえば、等価交換は成り立たない。

 

「あ、うわああああああああああッ!!??」

 

 解き崩す夢さえも呑み込んで、黄金の芳流が大杉栄光を粉砕した。

 

「栄光ぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 仲間の消滅を目の当たりにして、真奈瀬晶は絶叫した。

 

 彼女、晶は優しい。

 粗暴に見える振るまいや言動とは対称的に、その内面には慈しみに溢れている。

 どのような人間であれ、傷つき病める姿に心を痛める。そんな者たちの助けになりたいと願うからこその癒しの夢であり、称賛されるべき彼女の性だ。

 決して欠点ではない。それは彼女にとって美徳である。仲間の散り様を前にして、平静でいられる心を彼女は持っていない。仁義の徒であればこその必然でもあるだろう。

 

 そう、悪徳ではないし、むしろ尊ばれるべきものだが、戦場ではどうしようもなく隙だった。

 

「あ――――!」

 

 その隙を英雄は見逃さない。

 信奉するべきは勝利。そこに至るまでの過程で、その心に情け容赦はあり得ない。

 少女が見せた慈愛の間隙を狙い放たれた黄金光が、晶に向けて一直線に伸びてきた。

 

 とはいえ無論、彼女とてこれまでの修羅場を伊達で潜ってきたわけではない。

 反応し、咄嗟に編まれた防御陣。得物である白い帯を螺旋状に展開し、ありったけの楯法によって強固な壁へと変える。

 それは彼女に出せる最良の防御策。練度を増した今であれば、首領格の攻撃だとて十分に防ぎ切れるものだと自認しており、

 

 英雄の光を前に、それは一瞬とて保たなかった。

 

「あ、ああああああああああ――――!!!!」

 

 其は絶対なる破壊の輝き。

 一度降り下ろされた処断の刃からは逃れられない。

 少年と同じ光に呑み込まれ、真奈瀬晶は消滅した。

 

「大杉! 晶ぁ!? このォ、くそったれぇッ!」

 

 悲痛と焦燥を滲ませて、鈴子は叫んだ。

 

 単に仲間を失った事を悲しんでの事ではない。

 打ち消し役と回復役。英雄に対抗するため、集団の要とも呼べる二人を一気に失った。この損失はあまりにも大きい。

 何より士気が不味い。気力が萎えている。自分たちは勝てないと、ここで戦意が折れてしまえば瓦解する。

 

 個人ではなく司令塔として、あくまでも冷静にそう判断した上で、鈴子は自ら英雄へと斬り結んだ。

 

 英雄が振るうのを剛の剣とすれば、鈴子のそれは柔の刃。

 力に依らず遠心力を利用した薙刀術の技巧。決して正面から受け止めず、受け流して剛剣の威力を逸らしていく。

 更に振るわれた刃の軌跡は斬檻となって残り続ける。互いを等しく傷つける刃の戒めは、しかし互いにとっての同条件だとは限らない。

 己が振るった刃の軌跡を認識し、斬檻内での戦闘を習熟している鈴子とでは、その熟練度に大きな開きがある。ならばその内での鈴子の有利は動かない。

 防御性に特出したものを持たないヴァルゼライドにとって、斬檻の脅威は決して無視できるものではない。鈴子の刃が振るわれる毎に、その動きは制限されていく。

 このように、鈴子にとって英雄との相性は悪くないのだ。むしろ純粋な戦闘スタイルの観点で言えば、鈴子の戦技は英雄に対しても優位を取れているだろう。

 

「くぅ、あぁ、ああああ!?」

 

 だがそれでも、鋼の英雄には遠く及ばない。

 極限まで磨き抜かれた剣技が、破格の意志と共に込められた夢の力が、そもそも受け流す事を許さない。

 斬檻も見破られ、粉砕されて、英雄の剛剣が真っ向から柔の刃を打ち破っていく。

 優劣は明らか。むしろ今に至るまで即殺されず、こうして善戦できている事自体が、互いにある相性差を証明していた。

 

 それも既に限界は見えている。

 人外排斥の夢も英雄には通じない。切り札は最初から封じられている。

 鈴子は敗れる。まもなく英雄の剣は彼女の身を捉えるだろう。

 

「ねえ、教えて。あなたはそれで、一体何を掴もうというの?」

 

 数秒先、己が斬り捨てられる未来を幻視しながら、鈴子は英雄に問うた。

 

「無論、未来を。無数に積み上げた勝利の果てに、俺は真なる栄光をこの手に掴む」

 

 堂々たる答えが返る。英雄は欠片ほども己の道を迷っていない。

 それこそが彼の覇道だ。如何なる犠牲を払おうとも、勝利の果ての栄光を目指し続ける。

 脇目も振らず、悔いる時間すら無駄だと切り捨てて。英雄たる男が見据えるのはいつだって未来。涙を明日に変えると誓って、鉄血の道を邁進するのだ。

 

 これもまた、英雄の覇道に築かれる屍の一つとして、黄金を纏った剣が鈴子を斬り裂いた。

 

 激痛は一瞬、介錯の慈悲が込められた刃に、鈴子の意識が刈り取られる。

 それでもその瞳には、最後の瞬間まで諦めの色はない。刃は折れ、その身が潰えようとも、彼女は一人ではない。託すべき仲間がいる。

 せめてもの布石は打った。中途で脱落するのは無念だし、本当にすまないと思う。誰より犠牲の重みを知る鈴子だから、残される方の気持ち思えば謝意を抱かずにはいられない。

 それでも信じると決めたのならば、疑い無く信じられる。司令塔として、この局面で最も有効な一手を打てる者が誰であるか、彼女は理解していたから。

 

「我、ここにあり。倶に天を戴かざる智の銃先を受けてみよ」

 

 託された者もまた、そんな己の役割を理解している。

 英雄に対する起死回生。輝ける絶対強者に対抗できる手段が、彼女にはまだ残されていた。

 

「急段・顕象――――犬坂毛野胤智(いぬさかけのたねとも)

 

 そうしてここに、龍辺歩美の急段が発動した。

 

 その急段とは、空間を跳躍する弾丸の更なる上。

 時間の跳躍。過去から未来へと到達する射撃がその効果。

 因果律さえも歪ませる夢を成立させる協力強制とは、両者が未来を望むこと。

 英雄は未来を求めた。故にその未来へと届かせる。成り立った合意によって、一度は防がれた弾丸が再び英雄を狙って飛来した。

 

 会心の一射を決めた歩美だが、その表情は重い。

 噛み締めた口元から血が零れる。狙撃のために表面こそ押し殺していたが、内心は激情に支配されていた。

 みんなやられた。やられてしまった。仲間たちが次々と斃れていくその光景を、スコープ越しに歩美はずっと見せられ続けていたのだ。

 彼女のポジションは狙撃手(スナイパー)。直接の戦場から距離を置き、仲間たちとも肩を並べる事はない。自身の役割の必要性も十分に理解している。

 だがそれでも、受ける心の痛みは変わらない。大切に思う人たちを直接守れる場所に自分はいない。仲間が斃れていくのを黙って見ているしかないという立ち位置は、彼女の心に重い痛みを与えていた。

 

 現実は重い。重いし、痛いのだ。

 眷族の不死性、盧生たる柊四四八さえいれば復活可能という事実も、言い訳にはならない。

 命とは、そんな計算のように無機質に扱っていいものではない。ましてや絆を結んだ仲間であるなら尚更だ。それを割り切るような非情さで、自分たちはここまで来たんじゃない。

 ゲームとは決定的に異なるリアルの重み。だからこそ今の彼女の夢には重さがある。恐怖も痛みも重く受け止められる今だから、そこには強い意志の力が生まれるのだ。

 

「届けぇぇ――――!!」

 

 無駄には出来ない。執念を懸けて成立させた急段の弾丸が英雄へ向かう。

 異なる時間軸より飛来する銃弾は、英雄の掲げる黄金光でも迎撃不可能。

 キーラのような超抜の再生力を持たない英雄にとって、この一射は致命打へと至り得る。

 事実上、これが歩美にとっての最後の手段だ。ここを逃せば勝機はなく、故にこその覚悟を込められて、今という時間に届いた銃弾が英雄に迫った。

 

「ああ無論、忘れてはおらんとも。龍辺歩美。鎧を持たぬ俺にとっては、お前のような者こそを最も警戒して当たらねばならんとはな」

 

 されどそれでも、英雄の不敗神話は破れない。

 時間を越えて、信念を乗せて、飛来してくるその弾丸を、あろうことか掴み取ってみせた。

 

「俺はお前たちを認めている。正しき歩みによって得た強さを、何より尊く価値あるものと。

 故に、俺は断じて侮らん。認めればこそ最大限の警戒をもって臨み、ただの一人だとて見くびらず確実に、紛れもない強敵だと覚悟して打ち砕く」

 

 英雄の心に慢心はない。

 圧倒的な実力を見せつけながらも、一瞬の油断さえなく戦い抜いている。

 戦真館。善き若人たち。彼らを認めればこそ、英雄もまた全力を尽くして臨むと決めている。

 

 急段とは、両者の協力強制によって発動する夢の力。

 相手の力までも利用している以上、それは例外なく必殺の型となる。

 それも必然、無意識とはいえ自身で同意した上で受ける効果である。ひとたび合意したならば逃れる事は不可能であり、如何なる相手でも有効な効力を発揮する。

 それでもやはり、防ぐ術が皆無であるわけではない。至難であるのは間違いないが、理屈の上では手段がある事も確かなのだ。

 

 一言に急段といっても、そこには大きく二つの種類がある。

 一つは、協力強制の条件が永続的に作用するタイプ。

 柊聖十郎などがこれに該当する。発動条件である相手からの悪感情、その感情の度合いに応じて常時効果が左右され続けるのだ。

 聖十郎を憎み、あるいは憐れむほどに、病魔の威力も深刻なものとなる。故に逆を言えば、それらの感情が薄まれば急段の威力も減衰する。

 たとえ一度は協力強制に嵌まろうとも、その後に条件から外れれば脱出は可能。無意識で合意した条件より抜け出すのは困難だが、決して不可能ではない。

 

 もう一つは、協力強制が成立した瞬間を基点として効果を発動するタイプ。

 歩美の急段はこれに当てはまる。利用する相手の力は、条件に嵌った瞬間の力となる。

 発動してしまえば止める事は不可能。たとえ条件から外れようとも威力は変わらずに発揮される。要は後出しにも強いという事だが、それ故の攻略法も存在する。

 即ち、その瞬間に成立した己と相手の二人分の力、急段の出力をも凌駕する夢の力を引き出せれば、それは破れるのだということ。

 あまりにも力技。そもそも急段には互いの力が乗って発動するのだから、求められる力は軽く見積もっても倍は必要。力量が近しい相手であれば用いる力も強くなり、そこから更に倍もの力を引き出さねばならないというのは、もはや不可能にも等しいだろう。

 

 だがそれでも、理屈としては成り立っている。

 ならば目指さない理由はない。力技大いに結構、真っ向勝負こそ英雄たる男の望むところ。

 加速し続ければいい。かつての時よりも大きく強く、未来に向かうその意志は燃焼を続けている。先の栄光こそ英雄の求めるものならば、一切曲げずに勇進の信念を貫くのみ。

 一度嵌った急段を、真っ向から力で捻じ伏せる。不可能と思えるそれを成し遂げてしまう意志力、信念の高潔さこそが英雄たる証、そして彼の夢であった。

 

 ならばその後の対処も、やはり英雄の道理に則ったもの。

 掴み取った急段の銃弾。両者の合意により成立したそれは、両者を繋ぐ(パス)とも成り得る。

 探知系を不得手とする英雄であっても、その位置を掴めるほどに。常に遠く離れた間合いから戦場を俯瞰していた狙撃手(スナイパー)も、ついにその存在を補足された。

 

 それだけであれば、まだ致命的とまではいかないだろう。

 戦闘の開始より、すでに歩美は戦域外での位置取りを終えている。

 彼女の狙撃は空間を跳び越える。射線からの位置予測は不可能であり、用意周到な彼女であれば探査から逃れるための策も備えているだろう。

 英雄の夢は攻撃特化。その選択肢はあまりにも少ない。例えば、(パス)を通じて相手をテレポートのように引きずり出すなど、そういう器用な真似は出来ないのだ。

 

 如何に最強の破壊力といえど、英雄は単騎。

 やれる事には限りがある。特化型であればこそ嵌った状況には格別に強いが、同時に適さない状況では脆弱性を露わにする。

 だからこそ仲間の存在が重要になる。たった一人では手が届かない事でも、それを補う仲間がいればきっとその手は届くのだと。

 それこそが戦真館の七名が学んできた事だ。奉じる絆、それ故に重きを置く信。戦の真は千の信に顕現する。戦真館(トゥルース)千信館(トラスト)が繋いだ仁義の真。

 

 それは清く正しく、人として真っ当な誇るべきものであるだろう。

 だが同時に、こうとも言える。真っ当であるという事は、即ち常人の発想であるのだと。

 クリストファー・ヴァルゼライド。彼は断じて真っ当な人間などではない。不撓不屈の熱量を維持したまま、まったく曲がらず前進を続けられる"異常者(えいゆう)"なのだ。

 己の才の無さ、一人である事の不利、全てを承知して彼は今ここに居る。ならば迷いはない。英雄は英雄だけのやり方で、自らの道理を切り開く。

 

 英雄の剣に黄金光が充填される。

 強く、より強く、輝きは内へ内へと溜め込まれる。

 急速に高められていく収束率。高密度のエネルギーが凝縮されていく刀剣の光は、さながら臨界寸前の炉心のようだ。

 限界か、いいやまだだと、瀬戸際にて収束された破壊力が、ついに両刀の振り抜きと共に解放された。

 

 ヴァルゼライドに探査系の素養はない。

 掴めた位置とて大まかなもので、正確な補足とは言い難い。

 故に捉えられないと、そのような道理こそ英雄は突き破る。そしてそれを成すのもまた、彼が掴んだ唯一の光であった。

 

「なぁ――――!?」

 

 その光景に、歩美は今度こそ度肝を抜かれた。

 

 それは津波だった。黄金に輝く津波だった。

 広く、高く、拡がりながら迫り来る巨大な壁。向かう先に在る者にはそのようにしか形容できない。

 英雄を中心に、扇状に放射された黄金光。光の波濤は尽きる事なく、無限の如く溢れ出て世界をも覆い尽くしていく。

 夢界の法則をも解き崩す解法の崩とも異なる。障害を、地形を、距離を、空間を、世界そのものを、一切合切諸共に巻き込んで粉砕する超規模破壊。

 進路上を破滅の地獄絵図に変えながら、天災規模の光波が龍辺歩美へと迫っていく。

 

 英雄は裏など取らない。

 取れないのではない。取らないのだと自ら誓った。

 それは単なる潔さとは別種の覚悟。己に許された唯一無二、それのみを掲げて進むと決めた。無茶を理由に立ち止まるなら、彼はここに立ってはいない。

 そうすると決めたから、それのみで事を成す。大事なのはその決意を何が何でも貫くこと。己の意志でもってあらゆる無理を覆すのだ。

 

 理屈(ロジック)も、策略(ギミック)も、戦法(マジック)さえも何もない。

 読み合いを放棄して、英雄が選ぶのは純粋なる出力勝負。敵がそこにいるのならばと、世界ごと灼き滅ぼす究極の力押しだ。

 あまりにも馬鹿げた結論だろう。力技にも程と限度があるだろうに。それでももし、現実にそれをやられてしまえば対処法など存在しない。

 防ぐ事など不可能。逃げる事さえ出来はしない。世界さえ覆って迫る光波の巨壁を躱す事がどうやって出来ようか。

 

 何一つの抵抗さえ果たせずに、龍辺歩美は光に呑まれて消滅した。

 

「おおおおおおおおてめええええええ!!!!」

 

 咆哮を上げて立ち上がったのは鳴滝敦士。

 彼はまだ倒れていない。彼もまた不屈の雄として、限界を超えて英雄へと挑む。

 

 とはいえ無論、その身は無傷ではあり得ない。

 英雄の黄金光をまともに浴びたのだ。放射線の毒は今も残留して蝕んでいる。

 回復役の晶がいない以上、それを癒す術はない。このまま何もしなくとも、遠くない内に崩れ落ちるだろう。

 

 それでも、今はまだ肉体は動く。発狂ものの激痛を意地で無理矢理抑え込み、がむしゃらに繰り出すその突進には並ならぬ重量が宿っている。

 たとえ再び光を受けようとも、塵と燃え尽きるその前に、必ずやこの一撃だけは届けてみせる。玉砕覚悟、散り逝く最後の意地として、執念は先程までを遥かに上回る。

 

 そのような奇跡の実現を、英雄は当然のように信じた。

 あり得ない事だと、そんな侮りや疑いは一切ない。今一度黄金光を放とうと、あの男を止められるかは危ういと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()。己に出来る事を、相手が出来ないとどうして言い切れる。認めるという事はそういう事だ。

 

 痛みでも、威力でも、捨て身の覚悟を決めたあの男は止められない。

 生半可な迎撃を行えば、最悪相討ちにまで持っていかれる。何よりあの意志を挫かなければと、英雄の戦術眼は判断を下した。

 

 だからこそ、ヴァルゼライドは自ら刀剣を手放した。

 

「な、にぃ!?」

 

 玉砕覚悟だった敦士だが、その行動には流石に動揺した。

 優位は完全に向こうにあったはずなのに、自らそれを放棄するなど正気とは思えない。

 それどころか、徒手空拳となった英雄は自ら踏み込んで、互いの掌を組み合わせる形に持ち込んでみせた。

 言うまでもなく、それは敦士にとって最も得意とする形。彼の誇る力と重さで押し潰せる体勢だ。

 純然たる力勝負であれば誰にも敗けない。例え四四八や、他の勢力の頭領たち、そして目の前の英雄が相手でも。それだけの自負が敦士にはあった。

 

 そう、自負していたその自信は、しかし目の前の現実によって打ち砕かれた。

 

「どうした? 軽いぞ」

 

 沈む、沈む、沈む。

 巨漢の身体が、確固たる重量に支えられた剛力が、英雄の腕力一つで押し潰されていく。

 頭を垂れろ。地に這うべき敗者はお前だと、言葉以上に鋭く明確に突き付けるように。

 等しかったはずの長身同士が、いつの間にか上下の差がはっきりと示されている。膝を着きかけて、身の芯を曲げられながらも耐え偲ぶ敦士が受けるのは、ただただ信じがたいという衝撃だった。

 

「オ、オオ、オオオオオオオオオオッ!?」

 

 そう、敦士のような無骨で頑強な男の意志を挫くのは、痛みでも破壊でもましてや言葉でもない。

 相手の土俵で行う、疑いの余地さえない完全な真っ向勝負。その勝負で完膚なきまでに叩きのめしてやる事こそ、何より無頼漢への打撃となる。

 元より言葉で語るのを良しとしない男である。どんな言葉の理屈よりも明確な、組んだ掌を通して伝わる英雄の力の凄まじさ。それが問答無用に敦士の意志を砕きかけていた。

 

「フゥ――ッ!」

 

 手四つに組み合った形から切り替えされ、放たれたのは英雄の拳打。

 何の小細工もない拳の一撃。故にその意志力を何よりも映し出した一打が、敦士の重量を軽々と打ち上げた。

 

「ぐあっ、はぁ、ぐ……ッ!?」

 

 心身に受ける衝撃、それでも敦士は倒れる事なく着地した身体を支える。

 それは意地。男として、仲間として、背負った重さがあるから無様は晒せない。

 それでも、今の彼が対峙するのは慈悲なき鋼の英雄である。男の様に敬意は覚えても、そこに手心を差し込む事は決してない。

 敦士が向き直った時には、英雄は既に刀剣を構えていた。収束される黄金光、如何に意地を張ろうとも、夢界最強の光はヒビ割れた信念で抗えるものでは断じてなく、

 

「オ゛、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――!!??!?」

 

 押し寄せる黄金光に呑み込まれ、鳴滝敦士もまた粉砕された。

 

 もはやこの場に君臨するのは、鋼の英雄が唯一人。

 仁義の光を掲げた戦真館の少年少女らは、英雄の威光を前に敗れ去った。

 彼らが悪であったわけではなく、また弱かったわけでも決してない。ただ、英雄は強すぎた。抜き放たれた全霊の"急段(つるぎ)"は、邯鄲を越えた先でも桁を超えていたのだ。

 

 その協力強制の条件とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人の悪意を吊り上げる逆十字とは真逆の急段。

 ヴァルゼライドに対し正感情を抱けば、彼の急段に嵌るのだ。

 その雄々しき輝きに、強き生き様に敬意や憧憬、羨望といった心を向けたなら、それは即ち認めることに他ならない。ヴァルゼライドこそ英傑、この世に二つとない破格の器であると。

 善性を持つ者であればこそ、協力強制からは逃れられない。努力、正義、勝利を志して、一点の曇りさえなく勇進する姿には、たとえ敵対しようとも心を揺さぶる情熱がある。

 反論を告げながらも心からの否定が出来なかった。義を重んじ人を愛する戦真館の面々だからこそ、その真っ当な感性には英雄に対する抑えられない敬意があった。

 

 ならば、柊聖十郎のような人を人とも思わぬ八虐無道であれば嵌らないのかと問えば、そんな事はまったく無いのだ。

 何故なら、如何に他人を道具と見做して憚らない柊聖十郎といえども、クリストファー・ヴァルゼライドという傑物を前に、有象無象と同列に見做す事は不可能だ。

 そこには必然、警戒が生まれる。どんな悪人でも、いや悪人だからこそ、無慈悲なる断罪者、悪の敵たるヴァルゼライドを無視など出来ない。

 正義への反発、英雄への怖れ、強敵への高揚と、類はあれどもそれはヴァルゼライドという個人を特別視している事に他ならない。

 特別視とは、即ち英雄視である。こいつは他とは違う、容易くはいかない心せねばと、そう感じてしまった時点で条件に嵌ってしまう。

 

 善性は思うだろう。この人ならば必ずや奇跡を起こしてくれるに違いない、と。

 悪性は思うだろう。この男ならば忌々しくも立ち上がってくるに違いない、と。

 それら向けられた祈りに対し、英雄たる彼は答えるのだ。応とも、お前たちがそう望むというのなら、俺はその通りに在り続けてみせよう、と。

 よってそこに両者の合意が成立する。英雄の再起を相手が願い、英雄もまたそれに応えるが故に成り立つ協力強制。

 不撓不屈の英雄は、如何なる絶望にも屈しない。たとえ剣折れ矢尽きようとも、鋼の意志がある限り何度だって立ち上がってみせるだろう。

 その姿を前にして心に感じ入るものがあるのなら、善性悪性を問わず、英雄を寿ぐ祈りとなる。それらの祈りを力と変えて、一身に背負いて覇道を征くのがヴァルゼライドの夢の形。

 

 人々が英雄の輝きを求める限り、クリストファー・ヴァルゼライドは無敵である。

 

 

 




 量的な意味と、盛り上がり所が結構変わるので後編は複数回に分けることにしました。

 さて、ようやく公開となりましたヴァルゼライドのオリジナル急段。
 詠唱は原作のものですが、効果の方は捏造設定です。
 それ自体は単純明快、単なるパワーアップで特殊なものは何もなし。
 王道をいく英雄にはややこしい効果なんて相応しくないと思い、こうなりました。

 協力強制は、ある意味で逆十字以上に広い範囲で掛かる感じ。
 善意、悪意に関わらず、英雄の姿に特別を感じてしまえば嵌るという。
 攻略法は憎むでも許すでもなく、ヴァルゼライドという人間を特別視しないこと。
 つまり原作のOPを見て「ああ、この人モブキャラだ」と思えるような精神性が必要。
 正直、まともにやって嵌らないのは空亡か、万仙陣の阿片おじさんくらいなもんだと思います。


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後編②

 この話は時系列的には水希ルートの第八層突入した辺りの時期。
 つまり更生前の非常にメンドくさい時期の水希さんです。

 我ながらかなり魔改造してます。あらかじめご了承ください。



 

 決着はついた。

 戦真館、第二盧生を守護する眷族たちは英雄に敗れ去った。

 これより英雄は盧生の元へ向かう。その対峙は、恐らく闘争となるだろう。善の性を持つ者同士であれど、歩む道はあまりに異なりすぎている。認めつつも相容れない、それが両者の結論となるはずだ。

 どうあれ激突は避けられない。英雄を止められる者はいない。戦真館はすでに敗れた。盧生までの道のりを阻むものは何処にもないのだ。

 

「第二の盧生。その存在は俺にとっても貴重だ。見過ごす事などあり得ない。

 甘粕正彦とは違うカタチ。史上二人目となる資格者。彼の在り方を知る事で、俺にもまた道が拓かれるのではと期待をかけているのは確かだ」

 

 だというのに、ヴァルゼライドは終わった戦場を離れようとしなかった。

 彼以外に立つ者はなく、周囲には無情の破壊跡が広がるばかり。そこにあるのはもはた終わった光景でしかあり得ない。

 英雄の光に粉砕された者たちは塵一つとて残っていない。この場の存在するヒトガタなど、それこそヴァルゼライド当人しかいないはずで――――否。

 

「だが、ある意味ではそれ以上に、俺はお前にこそ着目していた。そうだろう、俺の立場を考えるのなら、むしろ盧生よりもお前の方こそ解き明かすべきなのだから。

 盧生ではない、眷族の身でありながら、盧生よりも阿頼耶識に近付いていたという事実。邯鄲の法則さえも捻じ曲げたその力、同じ眷族として目をかけぬわけにはいくまい」

 

 正確には、一人だけ。

 殲滅の黄金光を受けずに原形を留めている者がいる。

 この場に立つのは英雄一人。未だ倒れたまま、無様な敗北者の姿を晒すばかりの、彼女。

 

「――世良水希。柊四四八よりも前に、俺はお前に会いにここへ来た」

 

 英雄の一刀に斬り捨てられた水希。彼女はまだ生きていた。

 あの時の斬撃は黄金光を纏ったものではなかった。放射能の毒は流し込まれず、あくまでも単なる斬撃として斬られたに過ぎない。

 現実ならば致命傷だったろうが、ここは夢界だ。解法などによる妨害も受けていない以上、楯法での治療は十分に可能。

 隔絶した技巧と剣速により反応さえ出来ず意識を刈り取られてしまったが、それとて死に直結するものではなくあくまで一時的なもの。時間が経てば回復するのは当然の事だった。

 

 身じろぎする水希の身体。その意識が舞い戻る。

 ゆっくりと身を起こし、周囲を見渡す。覚醒していく意識が、現状を正しく認識していった。

 

「う、あ……みんな……ッ!?」

 

 そう、起き上がった水希が見たのは、一切を灼き尽くした破滅の情景。

 そこに生命の気配はない。何より彼女自身の解法による透視がそれを伝えていた。

 戦真館は、彼女の仲間たちは敗れたのだ。真っ先に倒れた彼女の後で、眼前の英雄に斃されてしまったのだと理解した。

 

 水希を襲うのは憎しみよりも後悔、そして自責だ。

 まただ。またこうなってしまった。仲間たちの助けにもなれず、こうして無様を晒すだけ。

 思い出されてきた周回の記憶。その中にもこういう事は何度もあった。仲間たちがそれぞれの成長や克己を果たしていく中で、自分だけがそこから取り残されている。

 自分の間抜けさが、無力さが恨めしくて仕方ない。役立たずな自分が情けなくて、そんな不甲斐なさに慣れてしまっている自分がいるのが恥ずかしい。

 

 そして、今。他の仲間たちが全滅し、地獄を彩った世界の中に、唯一人。

 この現状、それは否応なしに思い起こさせる。あの敗北の刻、炎の海に包まれた地獄の光景を。

 

「俺は以前よりお前の動向に目をつけていた。この周回だけではない。前も、その前も、甘粕より一周目の顛末を聞かされて以来、ずっとだ。

 盧生ならざる者が阿頼耶へと近付く。それが真実ならば、俺にとっては天恵だ。無視できようはずもなく、それを可能とする在り方とは何なのかを知ろうとした」

 

 ヴァルゼライドが水希に向ける眼差し。それは今までとは異なっている。

 戦真館の他の面々に対して、そこには偽りない敬意があった。彼らを善性の志士として、敵ながらも心からの賛辞を送っていた。

 

 しかしてその中で、唯一人。世良水希にだけは毛色の異なる感情を向けていた。

 

「それを踏まえた上で問うのだがな。それは一体なんなのだ?」

 

 ヴァルゼライドが見せるもの、それは明確な失望。

 彼は水希を侮蔑している。その在り方を無様だと、心底から貶しているのだ。

 

「そこまでに脆弱を取り繕う意味が分からん。何故本気を出さない? どの周回、如何なる危機でも覚醒には至らない、その筋金ぶり。聞かされた理由も含めて、理解に苦しむ」

 

「な、にを……?」

 

 水希には分からない。英雄の告げる言葉が、本気で見当が付かないでいた。

 この人は何を言ってるんだろう。自分はいつだって本気だった。

 無様を晒し続けてきたのは本当で、それを情けないとは思うけど、それが世良水希の実力なのは事実と認めるしかない。

 確かに結果は伴ってない。けれど仲間に不実であった事だけはない。自分だってみんなの仲間、仁義の犬士として力を尽くそうとしてきたのは本当だった。

 

 水希はそう信じている。本気だった、あれが自分の全力だったと心の底から。

 その様を、やはりヴァルゼライドは呆れを含んだ眼差しで見下すのだ。

 

「そうまで自身に不明を言い聞かせるのか。記憶ならば戻り始めているだろうに。いや、真実に至るための切欠ならば、それこそ今までにも無数にあったか。

 そのすべてを見過ごして今に至った。誰よりも真実に近く在りながら、誰よりその気付きが遅い。ならばその当惑も必然のものだったな。

 お前にとってそれほどの咎なのか? "信明(おとうと)"に死なれた事は」

 

「あ――――!」

 

 ヴァルゼライドには容赦がない。突き付ける真実からは逃れようもなかった。

 世良水希の本性。内に秘めて決して明かしてこなかった歪みを、英雄の追及が浮き彫りにする。

 

「己は本気を出してはならない。本気を出せば、それは仲間を、男を傷つける事になるからと。

 もう一度問うが、それは一体なんなのだ? お前が本気を出せば、皆が勝手に絶望して自害するとでも? 認識の真偽がどうであれ、それは仲間を見殺してまで貫かねばならんものなのか?」

 

 ああ、そうだ。本当はもう分かっている。

 盧生である柊四四八が第八層に至った事で、記憶の回帰が始まっている。

 二十一世紀の平成ではない。本来在るべき大正時代、そこで自分がどういう道筋を辿った存在であったのか、否応なしに真実は取り戻してる。

 

 ずっと隠していた事がある。

 仲間を、そして自分自身を偽っていた。

 取り繕い、ひた隠して、自分はこの程度だと言い続けてきたのだ。

 

 ――世良水希が持つ本来の姿、本当の強さを。

 

「何かしの代償があるわけでもない。覚醒ともいえず、ただその気になれば良いだけ。知れば知るほどに緩い。傷つけるからとはいうが、それで仲間を死なせるならば本末転倒だろうに。

 かつては他の仲間が全滅する段になってようやく本領を発揮したそうだな。どう考えてもそれでは手遅れだろうに。敗北を覆せないのでは意味はあるまい。

 いや、実際にそれで覆してみせたお前には、この指摘は些か的を外しているか」

 

 邯鄲一周目。甘粕正彦との対峙、果ての敗北。

 本来ならばそこで何もかもが終わっていた。盧生である柊四四八が死亡した以上、連座して眷族らも復活せずに死亡する。

 特科生の面々だけではない、神祇省や辰宮も等しく夢に消える。彼らの試みはご破算となり、この邯鄲は幕を閉じていたはずだった。

 

 それを覆したのが世良水希である。

 当時、盧生である柊四四八よりも、阿頼耶に近しい深度の夢を持っていた水希。

 その夢によって引き起こされたのが、邯鄲の巻き直し。これ以降、邯鄲の法則はその様式を変えて、四四八たちは平成の住人となって各々の生涯を送るのだ。

 盧生ではない眷族が、この邯鄲そのものを覆した。いくつもの要因が重なった結果とはいえ、それがどれだけ凄まじい所業であるかは語るまでもないだろう。

 

 それを成し得た夢の力は、彼女の意志の奮闘によって生まれたものではない。

 単純明快、それは素養。世良水希という麒麟児の才能がその奇跡を可能とした。

 

「だがそれとて意識の上での事ではなく、半ば偶然にも等しい奇跡だ。結果として救えたものの、お前が仲間の敗北を見過ごした事は変わらない。

 あの時、お前が力を発揮していれば救える仲間があったかもしれない。結果は見えずとも、その可能性を信じて動き出すのが正しい姿勢であるのに疑いあるまい。

 だというのに、結局お前が本領を見せたのは仲間が倒れた後。何故そのような行動になるのか、やはり俺には理解できんよ」

 

 生まれながらの天稟を持つ水希だが、それは彼女にとって祝福ではない。

 むしろ呪いだ。水希にとって己の強さは、決してあってはならない凶事に他ならない。

 

「その是非を今は問うまい。糺すか諭すかの役割は俺ではないだろう。

 しかしだ、こちらもいい加減に待ってはいられん。邯鄲さえも覆す力の真髄、この眼で見極めさせてもらう。そのためにも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ああ、まったくもって理解に苦しむが、これでお前は全力が出せるのだろう?」

 

 ああそうだ。あの時だってそうだった。

 仲間たちがやられて、柊四四八がやられて、生き残ったのは水希一人。

 そして彼女の前に現れた神野(あくま)。その時になって水希はようやく本気を出した。

 仲間が斃れた時にも、柊四四八が敗れた時にも、決して見せようとしなかった本領を。むしろ彼らの眼がなくなってやり易くなったとばかりに。

 水希にとってこの才能(ちから)は忌むべきもの。とても仲間には見せられない恥ずべき姿だから、その眼がある内はどうしても本領を発揮できない。

 たとえ仲間が斃れ、己が敗れる結果になったとしても。もはや理屈ではない彼女の歪み、その深い精神の病巣は、これまでの邯鄲ではずっと見過ごされてきた。

 

 だがそれも、ここで終わる。

 英雄の、歪みのない正道からの糾弾は、水希に偽りへと逃げる事を許さない。

 

「絆を結んだ友だというなら、せめてその遺志を果たすがいい。

 それさえ出来んというのなら、お前はどうしてここに居る?」

 

「う、うわああああああああッ!!」

 

 聞きたくない言葉を塞ぐように咆哮を上げて、かつてない速度で水希は翔び出した。

 

 

 *

 

 

 男の人の強さに懸ける思いは狂気だ。

 女の身では到底理解できない域で、彼らは強いという称号を求めている。

 弱い自分を殺したいほど恥じて、憎んでいる。その唯一無二の輝きのためならば、他のどんな美点だって捨ててしまえるほどに。

 だから(じぶん)は、強い人が好きだなんて、何があっても言ってはいけなかった。それを告げる事は、つまり弱いと言っているのと同じなのだから。

 今でも絶えず悔いている。死にたいほどに、やり直せるなら命だっていらないと思うほど。

 

 それは世良水希を苛む悔恨の憶い。

 消せない過去が、今も彼女を縛っている。心に刻まれた無数の枷に囚われて、いつも自由に動けない。弱くて脆い女を取り繕って、無様な場面ばかりを晒してきた。

 その枷の一つが外れる。仲間という重荷が失せて、これで自由に羽ばたけるという一種の解放感と共に、水希は英雄との戦場を疾駆していた。

 

 交錯する剣と剣。

 水希の太刀と、英雄の刀剣。種別に違いこそあれど、同じ得物の刃が両者の間で交わされる。

 その迅さ、技巧、威力、どれもが一流を遥か彼方に置き去りとした神域の絶技。そしてそれは一方に天秤を傾けたものではなく、両者の間で拮抗の体を見せていた。

 互角、そう互角だ。鋼の英雄に、夢界最強の武の極地に、世良水希は対等に渡り合っている。

 まるで別人になったかのような変性だ。そしてそれは英雄のように覚醒を果たしたわけではない。これこそが世良水希本来の力量、麒麟児と謳われた天性に他ならない。

 

 水希のしている事は、何も特別なものではない。

 繰り出す夢の精度、好機と窮地を見抜く直感の冴え、そして純粋な体技武芸の習熟度。

 どれも戦いの基礎と呼べるもので、故にこそ極意となるもの。下手な小細工など必要とせず、ただそれのみを極限にまで鍛え抜けばそれで済む。

 戦闘直前の激情も、今や何処かに置き捨てて無念無想の境地に至っている。明鏡止水、心技体の完全な合一により為された武練の極地こそが水希の強さ。

 謀らずもそれは、英雄の強さと同質のもの。特殊性に頼らない王道の強さだった。

 

「なるほど、これは確かに凄まじい。夢といい武技といい、先までとは比べ物にならん。

 これがお前か、世良水希。稀代の天才という評価も頷ける」

 

 英雄の振るう二刀。そこに纏う黄金の爆光は今も輝き強く健在だ。

 その剣の威力は夢界において最強。何人にも防ぐ事が敵わない剛剣の究極である。

 まともに打ち合っていれば、先に得物の方が破壊されていただろう。だがそうはならない。水希の太刀は今も健在で、英雄の剣と渡り合っている。

 

 一閃ごとに用いられるのは、光を受け流す解法の透、更に武器を構築し直す創法の形。

 それらの夢を駆使して、水希は英雄の剣に対抗している。まともに受ければ一瞬で灼き滅ぼされる黄金の光を、常に紙一重の中でいなし続けている。

 更には体術に必要な戟法、循法、それら含めて驚異的な精度で切り替えて行使しているのだ。

 これまで何人も及ばなかったヴァルゼライドの剣、破壊の黄金に水希は卓越した夢と技巧だけで真っ向から打ち合える実力を発揮していた。

 

「精神面に関してもそれは単なる心持ちだけのものではあるまい。

 明鏡止水に入った心を、更に解法の夢にて情動が外に漏れぬよう覆っている。俺の急段の協力強制を、感動を封じる事で最小限に抑える腹積もりか。

 ああ確かに、己の心を隠す事において、お前の右に出るものはいないだろう」

 

 そして、世良水希の真髄とはこれだけではない。

 水希の素養で最も適正があるのは創法の界。物質的な形ではなく世界環境そのものを作り出す界の技は、他と異なりそれ単一で奥義となる。

 相手ではなく戦場自体を対象とした夢の力、英雄との戦闘の最中で水希はそれを発動させた。

 

 発生させた異常は重力。

 地に足がつかない。大地という概念を見失う、無重力とも異なる重力異常。

 あべこべになった重量の方向性(ベクトル)は、常の状態での動きを許さない。一つの重さに囚われればまた別の重さにと、もはや体勢を維持する事さえ至難の技だ。

 その中に在って、水希だけが翼を得たように縦横無尽に飛翔する。あらゆる重力場を掌握し、三次元にて展開される剣の舞。

 元より拮抗状態にあった両者の戦技。最大の地の利を得た側に趨勢が傾くのは必然であるだろう。

 

「こと資質に限るなら甘粕さえも凌駕する。その評価を耳にした時にはまさかと思ったが、これほどならばそう称されるのも過言ではあるまい」

 

 それだけでは終わらない。界の法の奥義とはこれからが真骨頂。

 地形環境の創造。世界法則の掌握。それはさながら神の御業にも等しい。

 生み出される巨大な雷霆。掌握する界の空間内を覆い尽くして囲い込む紫電の檻が出来上がる

 まるでそこは雷電渦巻く積乱雲。その空間にある事象のすべてが世良水希という神の手により支配され、たった一人の英雄に対し殺意を向けていた。

 

 これが世良水希だ。彼女の本当の強さだ。

 理屈など無い。因果の有無も関係ない。そういう星の下に産まれたからという純正の強者。

 戦真館始まって以来の才女。幽雫宗冬も、柊四四八も、彼女の才能には及ばない。その天性の輝きは何人でも代わりになれない至宝である。

 

 だからこそ、世良水希(じぶん)のような人間が、強い人が好きだなんて言ってはいけなかったのだ。

 その事を今も深く悔いている。それこそ、他の人には想像も出来ないような領域で。

 

 世良信明。水希(じぶん)の弟。

 病弱な子。己一人で立脚できない、どうしようもない弱さを持って産まれた男子。

 天性の強さを与えられた水希とは真逆な、それ故の良さをたくさん持っていたはずの大切な弟。

 

 強い人が好き。姉弟という関係さえも越えて、愛を告白してきた弟に水希はそう答えた。

 傷つくと思った。弟だからとすげなく断るのは、そんな関係を踏み越えた彼の勇気への侮辱だと。だからそれらしい理由を探して、強さを引き合いに出していた。

 なんて、愚か。世良水希(じぶん)からそう告げられる事は、彼にとってあなたは弱いからと見切られたにも等しいというのに。

 それから彼は強さを目指した。世良信明が本来持っていた良さを次々と捨て去って、世良水希(じぶん)が求めた強さという価値だけを追い求めた。

 けれど、それは自らの本質を歪ませる行為。甲は甲として、水は水として、蛇は蛇として、自然のままである事の意義、生まれ持った性や業を良しと出来ず、己という存在を捻じ曲げる所業に他ならない。

 故に、破綻は最初から目に見えていた。どれだけ強さを求めて足掻こうと、それが称賛されるべき姿勢だとしても、弱者の型に産まれ落ちた彼は強者にはなれない。

 それを止める事は出来なかった。強さの狂気へと彼の背中を押したのは水希(じぶん)なのに、どうしてそれを止める資格があるというのか。

 彼は止まらず、彼女は止められず、見えていた決定的な破綻が訪れる。己の弱さに絶望した信明(おとうと)は自刃を選び、水希(あね)には消せない後悔が残された。

 

 そのトラウマが鎖となって、今も水希を縛り付けている。

 男の強さに懸ける思いは狂気。だから彼らの前でこの強さを見せてはならない。

 戦真館の仲間たち。水希にとって誇るべき、素晴らしい友人たちだ。

 みんなを大切に思っている。それは断じて嘘じゃない。絆を結んだ相手だからこそ、あのような絶望を与えてはならないと強く思うのだ。

 みんなもまた、信明と同じ強さ以外の価値をたくさん持っている。本当に尊いその価値を知ればこそ、それらを強さの狂気で踏みにじる事はあってはならない。

 

 柊四四八。

 真面目で、頑張り屋で、かっこいい年下の男の子。

 タイプは全く違うけど、どことなく昔の信明を思い出させる。あの厳しさの裏に隠れた相手への深い思いやりが、あの子の優しさと被って映るのだ。

 

 だからこそ、彼には信明と同じになってほしくないと心から願っている。

 

 世良水希(じぶん)が強さを揮るえば、きっと彼は無理をする。柊四四八はそういう人だから、仲間の強さの下で甘んじる、そんな怠慢を許せない人だから。

 そうして無理をして、本来の自分から外れていって、やがてはその輝きさえも歪ませてしまう。

 それが世良水希(じぶん)には耐えられない。だからこの強さはあってはならない。女は女らしく、男の克己を立てるため、後ろに控えて大人しくしていよう。

 

 無意識にまで刷り込まれた認識。それは記憶を失おうとも変わらず、水希はずっと己の能力を誤認したままだった。

 そして今、己を誤魔化す必要がなくなった水希は、まるで水を得た魚の如き勢いを見せている。

 身内の眼が届かない場所でハメを外してみせるように、封じられてきた力を思うがままに、気兼ねする事のない全霊を振るっていた。

 

 雷霆が走る。矛先に在る英雄へ向けて、その威力が解放される。

 空間の全方位、世界そのものから向けられる天雷を前に、回避など不可能。

 夢界最高峰の才気が織り成す夢の妙技。神の如き創界の奥義に対抗する術など、凡人の身では編み出せようはずもない。

 

 

「――――で? まさか、これだけか?」

 

 

 されど、静粛な声が響く。見せられた天稟の業にも、動揺や感嘆は微塵もない。

 これほどの絶技、まさしく神業と称するに相応しい天災に晒されながら、英雄たる男には恐怖も諦観もなかった。

 

 空間を覆い尽くした雷霆、()()()()()()()()()()()の中より現れる英雄の姿。

 振るわれたのは剣の一閃、その剣威によって発生した空間断層により、逃れえぬ雷霆の包囲に決定的な亀裂を刻みつけたのだ。

 

 そして続く次撃は、亀裂のみでは終わらない。

 充填される光の威力、更なる破壊を込められたもう一刀の剣閃が空間そのものへと振るわれた。

 万能なる界の夢を、一点にて凌駕した純粋出力が圧倒する。創られた法則が捻じ曲がり崩れ落ちて、夢で編まれた世界が霧散していく。

 

「一つ、勘違いがあるならば正しておこう。この戦い、俺は急段など使わない」

 

 その言葉の是非は何か、それを問う前に英雄は攻め駆けてきた。

 鍔迫り合う刀剣と太刀。接触は一瞬、再び始まる剣撃の応酬。

 地形を潰され、剣戟は再び拮抗の体を見せる。粉砕する剛の剣と透過する柔の剣、両者の競り合いは膠着にまで陥るかに思われた。

 

「くぅ、はぁ、くっ……!?」

 

 されどそうはならず、拮抗状態は次第に一方への傾きを見せていく。

 透の柔剣を制する破の剛剣。それは単純な威力による圧倒に非ず。繰り出される剣閃の連撃の中には、濃密な練達の技量が含まれている。

 織り混ぜられる本命の一閃とフェイント。更には判別さえ困難な僅差でずらされる攻勢のタイミングが、受け手側のタイミングを絶妙に崩していく。

 そして無論、本命フェイントに関わらず、黄金を纏った剣はすべてが必殺級の威力を持つのだ。どれ一つとして安易な受けは出来ず、常に紙一重の緊張を強いられる。

 消耗の度合いは明らか。剣は次第に受けのみに費やされ、攻めの機を逸して防戦一方となる。

 

 現れた結果は、しかし不思議なものではない。むしろ当然とさえいえるだろう。

 水希が燻っている間にも、英雄たる男は鍛練を重ねてきた。燃える情熱を維持したまま、真っ直ぐにその道を駆け抜けてきたのだ。

 年月をかけて、ひたすらに己へと課す苦行。勝利を求める意志に研磨されたその密度は、ついには邯鄲法という大前提さえも打ち破る奇跡すら成し遂げた。

 ならばこその自明の理。如何に始点で差があろうとも、そんなものは彼にとって遥か昔に通り過ぎた地点。不撓不屈のままに進み続けた英雄との間には、既に大きな隔たりがあるのだと。

 

 努力に費やした年月が違う。

 鍛練にかける密度が違う。

 勝利という目的地を目指す意志が違いすぎる。

 たかが天才程度など歯牙にもかけぬとばかりに、英雄の剣は水希の剣を圧倒し始めていた。

 

 一合。

 黄金纏う剛剣を、流水の如き太刀筋が完璧に受け流す。

 

 二合。

 連続する二撃目の光刀を、流した太刀の動きをそのまま迎撃に繋げて捌く。

 

 三合。

 停滞する事のない剛の剣撃、流れ舞う太刀捌きもまた止まらない。

 

 四合。

 唐突に剣の性質が変化する。軽く迅く、極限まで無駄を省いた疾風の一刀が、受け太刀の流れを僅かに乱す。

 

 五合。

 次いで振り下ろされた全霊の剛剣が、乱れを大きく決定的なものにした。

 

 六合。七合。八合。九合。

 圧倒する剛の剣に、みるみる崩れていく柔の剣。

 

 十合。十一合。十二合。

 ついに受け損ねた太刀が、光に灼かれて砕け散った。

 

 十三合。十四合。

 新たに創形する暇はなく、無手で捌けたのは奇跡の領域。

 

 十五合。

 もはや如何なる才があろうとも成す術はなく。

 

 

 十六合――落ちて来た英雄の剣が水希を捉え、その身を袈裟に斬り裂いた。

 

 

 *

 

 

 ――ああ、また負けたんだ。

 

 裂かれた身体は地に倒れ、無様な有り様を曝しながら、水希は自嘲してそう思う。

 こういう己にも慣れたもの。今までの周回でも何度あった事だろう。

 まるで先までの光景の焼き直しだ。斬り捨てられた先刻と同様に、世良水希はまたも敗北を喫していた。

 

 どうして自分はこうなのだろう。

 散々に出し渋った本気を出してみても、この様だ。

 みんなは各々に試練を越えてきたというのに。格上相手というならこれまでだってそうだった。

 なのに、自分だけが上手くいかない。こんな風に情けない姿ばかりを晒す。

 

 何故、自分に何が足りないの?

 決意したつもりになっても、怒り狂ってみせても、結末はいつも同じ。

 伸ばした手は何も掴めない。光を見い出す事はなく、敗残の泥に沈むばかり。

 誓いの刻は胸にある。戦真館特科生、七名の仲間で結んだ朝日への誓い。

 仲間たちと同じ勝利を目指したはずなのに、自分だけがそこに行き着けない。

 諦観に沈みつつある心に鞭打ち、吐き出すのは何故という疑念。それを見つけられない限り、自分はいつまでも汚泥の底から抜け出せない。

 

「意志が弱い。後悔に囚われて、係うのは過去ばかり。目的を見据えて到達せんとする気概、自己を肯定して未来(まえ)を目指すという意識が決定的に欠けている」

 

 敗北者の影を踏み、見下ろしながら英雄は勝者としての言葉を告げる。

 世良水希は弱い。性質云々を別にして、意志の絶対値が低すぎる。明確なその敗因を、逃れようのない真っ向から突きつけた。

 

「俺の急段(ユメ)は、俺が認めた真の強者にのみ用いるもの。それこそ、己にも勝るであろうと予感させる相手にこそだ。甘粕然り、決して届かぬその地平にこの手を届かせるために。

 元より格下を相手に抜く事など有り得ん。強さの誇示にかまけ、ただ磐石を求めるようになれば、それは信念に惰弱を招く。高みに挑む気概を忘れんためにも、この誓いは決して破らん」

 

 雄々しきその宣誓は果たされている。先の戦闘、英雄は己の急段を開帳する事なく勝ち抜けた。

 それは先に限らない。神祇省、鋼牙、逆十字、夢界を六分する勢力との死闘を演じた際にも、英雄は一度たりとも己の急段を用いる事をしなかった。

 決して脆弱な相手ではない。一歩違えば敗北も有り得ただろう。磐石を期するのならば、それこそ初手から急段を使用して攻め立てるべきだった。

 

 それでもヴァルゼライドという男はそれをしない。

 効率、戦術の問題ではない。英雄の掲げる信念に、一切の惰性を混じえないがために。

 確実な勝利? そんなものを欲しているなら、そもそも己はこの場にいない。信じるべきはあくまでもクリストファー・ヴァルゼライドという個人の力。誰の力にも頼らず、単騎のみで事を成すと決めた時から覚悟は既に出来ている。

 

 だからこそヴァルゼライドは強い。そういう気質だからこそ、彼は英雄を名乗れるのだ。

 英雄の夢。雄々しき光への寿ぎを力と変えるその急段は、クリストファー・ヴァルゼライドがまぎれもない英雄であるからこそ、万人に通用する必殺と成り得る。

 

「戦真館に"急段(つるぎ)"を抜いたのは、彼らを真に尊ぶべき存在だと認めたからだ。

 彼らは正しい。友誼に燃え、他者を慈しみ、自負を抱いて困難に挑む気概がある。善なる魂を持った若者たち、それは俺が本来報いたいと願う光である事に疑いない。

 だからこそ容赦もなく遠慮もしない。認めるからこそ己の持てる全てを出し切り、対等な人間であるという誠意を示す。それだけが殺戮者に過ぎん我が身に出来る唯一の事だと信じている」

 

 英雄の善性は、戦真館の少年少女らを尊ぶべき存在だと認めた。

 認めればこそ、己の全霊を繰り出すと決めたのだ。まぎれもなく敬意を向けるべき者たちであればこそ、手抜かりなどあってはならない。

 彼らと戦い、打倒すると決めた以上、情けを見せる事は不純だろう。そんな事なら初めからしなければいい。決断が重いと思えばこそ、全霊をもって対峙するべきなのだ。

 

 それは英雄が示すせめてもの誠意。殺戮の覇道を歩む者として、犠牲となった轍の群れをしかと胸に刻んで忘れぬために。

 清廉にして力強い英雄の決断。己の罪から逃れようとせず、どこまでも背負うのだと決めている。

 

「比してお前はどうか? 過去に囚われ未来に向き合えず、溢れんばかりの才覚を持ちながらその心故に扱えず、いざその気になろうと出せるのは才覚ありきの力だけ。

 決まっている。怖れるに足りん。俺が急段(つるぎ)を抜くべき相手ではない」

 

 そんな中にあって、唯一人、世良水希だけが英雄の敬意から外れている。

 畏れるべき難敵でも敬うべき光でもない。その価値なしと刃落ちのままで勝ち抜けた。

 

 見れば、水希の受けた傷は深手ではあるがそれ以上ではない。

 英雄の光は決して拭えぬ死滅の焔だ。本来ならばその斬光を受けた時点で死の運命からは逃れられないはず。

 意味するところは明白。要は手加減、まだ死なれても困るからと手心を加えたが故である。それは水希を格下と見なすことで、何も間違っていないから今の結果が訪れた。

 

 立ち上がろうとすれば出来るだろう。受けた損害は十分に再起可能だ。

 それでも水希は立ち上がれない。そうしたところでこの英雄に勝てる絵図が、今の彼女にはまるで思い浮かばなかった。

 

「お前のそれは侮りだ。敵を、仲間を、対等の土俵で見ていない。己の全霊を他者の前で発揮しようしないのはそういう事だろう。

 どうせ勝てないと最初から諦めている。敵よりも仲間を見て、本領を出した己には届かないと。彼らの意志を本音では信じようとしていない。

 大切だと言いながら、それは相手を弱いと見なした保護者の姿勢だ。対等と認めるべき相手に向けるものではない」

 

 恥なき勝利の道を歩む者として、英雄の指摘は何処までも正論だ。

 水希が負った心的外傷(トラウマ)。己の強さのせいで、弟を死に追いやった後悔。

 それ故に発揮できない全力とは、何て事はない。水希が仲間たちを『信明(おとうと)』と同列に見なしている事に他ならない。

 

 きっとみんなも、信明と同じように傷つくに違いない。

 柊四四八も、他の仲間たちも、強さの渇望に狂わされ、本来の良さを歪ませてしまうと。

 仲間を大切に思う気持ちに嘘はない。しかし、その意志を信じられてはいないのだ。彼らならばそんなものにも打ち勝てると、そう思えないから水希は己の全力をひた隠す。

 

 決して悪意ではない。しかし保護とは過ぎれば侮辱にもなる。

 その認識に囚われている限り、世良水希に真の意味での克己は無いのだ。

 

「起こされた大業も、所詮はその天稟がもたらしたもの。あくまでも世良水希であるが故の御業であり、元より俺が求めるべき光ではなかったということか。

 考えれば、お前は自責が過ぎるというだけで、それで他者に悪意を向けたわけではない。ああ、弱さ自体に罪はないとも。只人のままで居たいというなら、それはそれで構わんさ。

 すまなかったな、世良水希。どうやら俺は無理強いをしていたらしい。もういいぞ」

 

「勝手な……ッ、ことを言わないで……ッ!」

 

 吐き捨てるような言葉に、水希もようやく言葉を返す。

 何処までも他の戦真館の面々と同列には語らない。絆を誓った七人の犬士、その一員たる自負に懸けても受け入れ難い言葉を否定すべく、英雄に対しての反論を口にした。

 

「他人を信じられないのはどっちだ……ッ!? 誰も彼も遠ざけて、仲間の存在を信じられない人。自分の力しか信じていないのはあなたの方でしょう!」

 

 単騎行を覚悟して、独力のみで道を拓く英雄の歩み。

 そう聞けば雄々しくて響きは良い。だが言い換えれば、自分の力しか信じられないということではないのか。

 他人を侮っているというなら、そちらこそがそうだろう。誰もを弱いと見切って考慮すらしないくせに、どの口で糾弾の言葉などを吐くというのか。

 

「他人を信じられない、か。そうだな確かに、俺は仲間を、友を信じる事が出来なかった」

 

 ある意味で的を射た水希の言葉に、ヴァルゼライドはただ神妙に頷いてみせた。

 

「あの少年、大杉栄光の指摘の通り、俺にも友と呼べる男がいた。少年期を共に過ごし、青春時代を駆けた無二の友。育んだ絆は、お前たちにもそう劣らぬものと自負している。

 同じ志を胸に抱き、同じ道で支え合うのだと誓った。(アレ)のことだ、もし事を打ち明ければ、恐らくは二つ返事で俺の助けになってくれるだろう」

 

 ただ独りの道を征く英雄だが、そんな彼にも友がいる。

 立場や形式だけの付き合いではない。彼という男を知り、苦楽を共に出来る真の友誼、それこそ戦真館とも同様な絆の価値を英雄も有していた。

 

 時にぶつかり、時に支え合い、永い時間を共有してきた。

 決して揺るがず英雄の王道を貫く在り方を知り、そんな凄まじい男だからこそ、その道の助けになりたいと願う。友から受ける思い、それを偽りと疑った事は一度もない。

 ヴァルゼライドとて、交わした友誼はまぎれもなく本心からの思いである。仮に最も信用している者は誰かと問えば、迷いなく友の名が上がるはずだ。

 

 彼もまた、世に尊ばれるべき人間の一人として。

 ヴァルゼライドは孤独なだけの人間ではない。その信念はまぎれもなく光であり、そこに魅せられ共に歩みたいと願う者が現れるのも必定であっただろう。

 

「だがやむを得ん。俺と比して、あいつは弱い。信用の有る無しに関わらず、俺の歩む道のりに付いて来れるとは思えなかった。

 だからこそ遠ざけた。知ればあいつは間違いなく、俺の後を追って来るだろう。それが分かっていたからこそ何も打ち明けず、俺の運命に近寄って来れんようにした。

 全ては友の明日を願えばこそだ。要らぬ危険でその命を危ぶむ事を、どうして許容できるという」

 

 それは水希にとっても納得できる、むしろ強く共感できる言葉だった。

 

 たとえば、病弱だった信明(おとうと)のこと。

 愛情の如何に関わらず、事実として信明は弱かった。そこにどれだけの意志があろうと、そんなものは関係なしに生物として脆弱なのだ。

 危険に関わらせるなど出来るはずがない。大切に思えばこそ、危険から遠ざけようとする。たとえそれが信明の意志を傷つけるものであったとしてもだ。

 こればかりは他の仲間たちも同様だと思う。明らかに付いて来れないと思しき者を、信じてるからと言って巻き込むのを正しいとは言えないだろう。

 結局は蚊帳の外に置くしかない。何も知らないまま、傷つく事のないのを祈って。

 

「だがな」

 

 しかし、水希の受け取った意味には一つ思い違いがある。

 危険より大切な人を遠ざけようとする。それは確かに間違いではない。だが遠ざけられた当の本人が、そのまま蚊帳の外に居続けるのを良しとするかはまったくの別問題なのだ。

 

「これはあくまでも俺個人の思い。あいつが俺の思惑と別の道を選んだとしても、それを止める権利は俺にはないのだ。

 仮に俺の想定さえも越えて、俺の前に立ちはだかったとしても、ああ構わん認めよう。友だからこそ、己とは異なる個人、決して意のままにはならん対等な相手なのだとしかと意識する。

 それが我が友の決断だというのなら、いいとも、全力をもってその意志を打ち砕こう。この道を選んだその瞬間から、覚悟は既に出来ている」

 

 友の健勝を願っている。それは断じて嘘ではない。

 だがそれ以上に、英雄は己の覇道を全力で歩んでいるのだ。その道を阻む者があるならば、たとえ何者であろうとも粉砕すると覚悟している。

 これまでに斬り伏せた数多の敵と同じように、戦真館の面々に見せた敬意と等しく、英雄は友に対しても振り下ろす剣に躊躇いなど持たないだろう。

 英雄の道とは、犠牲の上に切り拓く血と業の道。避けられない殺戮の中、それだけが唯一の誠意だと信じているから、英雄は己の剣に迷いを許さないのだ。

 

「イカれてる……その人が本当に友達だっていうなら、どうしてそんな事が出来るの?」

 

 そして水希には、そんな英雄の覚悟がまるで理解できない。

 単なる言葉だけではない。この人には口にしたなら、必ずややり遂げる決意と覚悟がある。もしその時がくれば、言葉通りにヴァルゼライドは友と呼ぶ男を斬り捨てられる。

 

 友の、戦真館の仲間たちとの過ごした日々を覚えている。

 本来の戦真館、そして夢の中での千信館。どちらでも自分という人間に手を差し伸べ、立ち上がらせてくれた素晴らしい仲間たち。世良水希にとって掛け替えのない友人たちだ。

 そんな彼らを手にかける未来なんて、考える事も出来ない。たとえ必要に迫られても、きっと自分には出来ないだろう。

 友の命さえも轍にして、突き進む鋼の意志。それを成し遂げられるほどの個人の情念なんて、水希にとってはまったく理解が及ばなかった。

 

「やっぱりあなたはおかしい。たとえどんなに正しくたって、きっと人として大切なものが壊れてる。そんな風になってまで、一体何を得られるっていうの?」

 

「決まっている。勝利を得られる。全てに報いるそれこそが、俺が切に求めて止まぬものだ。

 俺は友を信じていない。それは事実だ。あいつは弱いと、そのように断じて憚らない事を歪みというならそうなのだろう。元より己が壊れていると自覚はしている。

 だが引き換えに、俺には決意がある。如何に痛みと嘆きを背負おうとも、断じてこの脚を止めんという覚悟、その信念の骨子となる精神こそが、破綻者である俺の唯一の価値だ。

 そして信じられずとも、友に向けたこの思いは嘘ではない。己と同じく対等の意志を持つ人として、その思いから逃げずに向き合う覚悟だけは確かにあるのだ」

 

 そう、英雄の意志は強く正しい。

 たとえどれだけ常人から外れていようとも、それは間違いではないのだ。

 正義へと燃える信念、情熱、その高潔な魂の在り方を否定する事が誰に出来よう。

 

 故に、同じではないのだ。

 同じく人を信じられない性質でも、二人は決して同じものではない。

 

「一緒にするなよ、小娘。貴様のそれは、ただ己が傷つきたくないだけであろうが」

 

「あ――――!?」

 

 その言葉は、どんな一撃よりも重く鋭く、水希の胸に突き刺さった。

 

「取り繕った己だけを見せ、生来の力をひた隠しにするのは、その強さを拒絶される事を恐れてのことだろう。何より仲間たちに異端と見られる、その視線こそを恐れている。自分と彼らは同じではないと、その断絶を明確に見せられる事が嫌なのだろう。

 相手を傷つけたくないから? ああ、それも嘘ではなかろうよ。だがその感情の根本にあるのは、己が傷つく事への忌諱だろう。仲間たちを、大切に思う者らを傷つける、その行為自体がお前自身を何よりも傷つけるものであるから、そのような己で在る事が耐え難かったのではないか」

 

「そんな、事は……――――」

 

「そうだろう。己が傷つく事を恐れていないというのなら、何故お前は仲間の窮地とあっても本気を出さない? 一周目の邯鄲は、あの敗北はお前たちにとってまぎれもない絶望であったはず。なのに仲間たちが死すまで本領を出さなかったのは、彼らよりも己の心こそを守りたいという心理が働いたからではないのか。

 憎き敵に見せるのは良くて、愛すべき仲間に見せるのは嫌か。たとえその仲間たちが死しても、心の安定を保とうとするのが保身以外の何だというのか。その後に拒絶される事になろうとも、大切に思う者らを守るため、全てを曝け出して立ち向かう覚悟をどうして抱けないのか」

 

 本気を出してはいけないと思った。

 自分が力を振るえば、きっと信明(おとうと)のような事が繰り返される。

 それが男だから。男の人の強さに懸ける思いは狂気だから。女の方が強いなんて、彼らにとってはきっと死ぬほどの絶望なんだと。

 

 でも、自分が本当に守りたかったのは、そんな彼らの矜持じゃなくて。

 そんな風にさせてしまう事に耐えられない、自分自身の心――――?

 

「信じる事は痛みを伴う。信じる思いが強いほど、裏切られた際の痛みも強くなる。世良水希、要はお前の心は、その痛みに耐えられるほど強くはなかったという事だろう。

 この答えは相手を傷つけるかもしれない。この強さは相手を捻じ曲げてしまうかもしれない。そうやって相手を信じようとしないのは、反動の痛みを恐れているからだろう。そうではないかもという一抹の不安、弱さに流れて痛みを負う事を避け続けている。

 悪意があるのでも歪んでいるのでもない。お前はただ臆病なだけだ。才覚に釣り合わず、彼らと肩を並べるには意志の力がまるで足りない。これはそれだけの話に過ぎん」

 

 反論しなければならない。

 このまま黙って見過ごせば、つまりは認める事になる。

 世良水希は弱い。決定的に光が足りない。八の徳を司る犬士として相応しくないと。

 

 それは即ち、信頼を否定する事になる。

 明日を誓い合ったあの日、仲間と結んだ絆の信は偽りだと、自ら認める事に他ならない。

 神野明影。あの憎むべき悪魔に貶された時のように、確固たる反意を示さなければ。

 言葉が思い付かないのであれば、せめて剣を取れ。大切なのは意志を示すこと。まだ自分は折れてはいないのだと、証明する姿を見せなければならない。

 

 ああ、けれど――

 

「どうした? 言いたい事があるなら言うがいい。反論があれば聞こう」

 

 打破すべき悪性ではない。否定すべき悪意ではない。

 今、水希の前に立つのは、善性の王道を征く鋼の英雄。

 その言葉は正論。容赦なく無慈悲なまでに、口にするのは徹底した正道の言葉だ。

 

 言わねばならない。非の打ち所のない正論に、否定の反論を。

 示さねばならない。雄々しく揺るがぬ英雄の意志に、折れない克己の姿を。

 痛感する。それはなんという難易度なのだろう。苛烈にして巨大なその正義を前に、真っ向から立ち向かう事がどれほどの無謀であり苦行であるかを。

 これと比べれば、悪と対峙する事のなんと容易いことか。その悪質を否定し、義心を燃やして対すればいいだけだという事の、なんと気楽なことか。

 この英雄の正義を前にすれば、まず意志が折れてしまう。まともにその意志とぶつかれば、どんな大義とて芯を失い瓦解してしまうのだ。

 

 これに対抗できる意志を、世良水希は持ち合わせない。

 反論は言えず、行動は示せず、水希はただ沈黙するばかりだった。

 

「これまでだな」

 

 見切りは付いたというように、英雄が告げる。

 同時に手にある刀剣を納め、戦意の解除を示してみせた。

 

「勝負は付いた。結論も出た。用件はもはや無い。何処へなりと去るがいい」

 

 更に告げるのは、そんな言葉。

 もはや敵とさえ認識しないという英雄に、水希も流石に黙ってはいられなかった。

 

「みんなを討っておいて、そんな今さら……ッ!?」

 

「斃れた仲間を思い憤慨するか。結構だが、その奮起を抱くのならば些か遅い」

 

 それでも、やはり英雄は冷然と否定を返す。

 仲間の事で奮起する資格を、既に世良水希は有していない。それは仲間が斃れる前、彼らの目があるその前で覚悟を決めねばならなかった。

 

「俺にお前を斬り捨てる意味はない。無用の殺傷ならばするつもりはない。

 挑んでくるというなら是非はないが、せめて相応の覚悟を決めてからにしろ。紛い物の絆で得る意志などでは、相手にする価値さえもない」

 

「紛い……物……?」

 

「俺は仲間を知らん男だがな。それでも思うところはある。

 本性は見せず、本心は語らず、強さを信用せずに取り繕った姿で接し、窮地にあっても覚悟を決められず死した後でしかその本領を発揮しようとしない。己の心の弱さを守るために。

 ――訊くが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 崩れる。

 水希の内で、何かが。

 意志の骨子と呼べるようなものが折れる音を聞いた。

 

 ねえ、こんな時どうすればいいの?

 分からないよ。だって世良水希はこんなにも弱いから。

 小さくて情けない。根が臆病で簡単に折れてしまう。

 未来を諦めたくないのに、みんなに真摯でいたいのに、どうやればいいか全然分からないの。

 

 お願い、誰か教えて。

 ――晶。

 ――大杉くん。

 ――歩美。

 ――鳴滝君。

 ――鈴子。

 ――柊くん。

 誰か、誰でもいいから、私に勇気をちょうだい。誰か――――

 

 応えてくれる声は、無い。

 当たり前だ。柊くんはここにはいなくて、みんなはたった今やられてしまって。

 それを守ろうともせずに見過ごしたのは、他ならない私自身で。

 

 

 ――――喜べ水希、遠からず君のような女にも需要が生まれる世の中になる。

 

 

 何故か思い出されたのは、かつて聞かされた悪魔(しんの)の言葉。

 

 

 ――――堕落させろよ、無限に奇形児どもを生み出せばいい。

 

 

 悪魔からイヴへ、イヴからアダムへ。

 連鎖する誘惑の相関、原初に定められた仕組みの通りに。

 世良水希という女は、世の男どもを惑わすイヴと成り得る。

 

 

 ――――それに耐えられない強くて弱い男たちを、彼みたいに血の海へ沈めてくれ。

 

 

 ああ、だったら、この状況こそまさにその通りで。

 言われた言葉を否定したくて、だからそんな自分を封じたはずなのに。

 現れる結果はすべて同じ。世良水希が大切に思う人たちは血の海に沈んでいく。

 取り繕おうが、変わらない。ならばそれは、世良水希という魂そのものが、そういう性質を宿しているからではと思えてしまって。

 

 

 ――――誰にも知られなければ傷つけないとでも思っているのか?

 

 ――――本音は誰もいなければいいというのが真実なんだろ?

 

 

 違う。違う。違う。

 違うのだと否定したい。仲間がいなければいいなんて思ってない。

 けれど現実はまるで真逆、その言葉こそ真実だと認めるしかない惨状ばかり。

 信明(おとうと)を、友人たちを、好きになった人を、堕落の混沌(べんぼう)へと突き落とす誘い手。

 破滅の因果をばら撒いて、己だけは生き延びながら同じ所業を繰り返す死神なのだ。

 

「あ……、あああ……!?」

 

 世良水希は紛い物。

 八徳の犬士に相応しい器ではない。

 未来を誓った戦真館、その仲間の一員たる資格はないのだと。

 その結論を、他ならぬ水希自身が認めてしまった。

 

「ごめん……、なさい……ッ!」

 

 ごめんなさい、晶。

 ごめんなさい、大杉くん。

 ごめんなさい、歩美。

 ごめんなさい、鳴滝君。

 ごめんなさい、鈴子。

 ごめんなさい、柊くん。

 

 ――ごめんね、信明。

 

 私なんかがいたから、あなたをそんなにも傷つけた。

 きっとこれからも、私がいるせいでみんなが傷つく。

 私なんかがいたから、私さえいなければ――――

 

 こんな事には、ならなかったのに。

 

 

「――――誕生()まれてきて、ごめんなさい」

 

 

 その存在は、きっと始まりから間違いだった。

 世良水希という人間は、そもそも誕生するべきでなかったのだと。

 

 ――そうして水希は、自分自身を否定した。

 

 意識が落ちていく。

 手放した価値を、奈落の底へと沈めるように。

 深く、深く、深く。決して戻って来れないような深淵まで。

 暗い暗い闇の中へ、水希は己の意識を落としていった。

 

 

 *

 

 

「これは……?」

 

 生じた異変を、ヴァルゼライドは訝しんだ。

 

 心折れ、屈したかに思われた世良水希。

 その姿が消えていく。地より沸き出てるかに見える影に覆われて。

 それはまるで泥のように。少女の身体に纏わりついて、その本来の形を覆い隠していく。

 闇が世良水希を包んでいる。あたかも絶望に屈した少女を、悪魔がその顎門を開けて咀嚼しているように。

 思い浮かべた名は神野明影。よもやあの悪魔が何か仕掛けたかと英雄は疑念を持ちかけて、

 

 そんな英雄の視線にも、水希自身はまったく頓着していなかった。

 

 もはやその瞳に光はない。

 世良水希こそは破滅の元凶。世の雄々しさを腐らせる病原体だ。

 ならばそのような存在に何の意味がある。大切な人たちを傷つける事しか出来ないなら、こんな自分は必要ない。

 際限なく沸き上がってくる自責の念。止める者がいない現状で、それは水希という存在を奈落の底へと沈めていく。

 

 そう、この現象は悪魔でも、他の誰かの仕業でもない。

 これを成しているのは他でもない世良水希自身。彼女が自分自身を否定して、己という存在を世界から消し去ってしまおうとする所業に他ならなかった。

 それは究極の自閉のカタチ。自分という意識を外界から完全に遮断する。繋がりの一切を暗闇で覆い尽くして、見えず見られず、己という凶事を封じ込めんとするかのように。

 

 よって、その後に生まれるのは影法師。

 少女の輪郭だけを名残として、影の埋まった一体のヒトガタが出来上がる。

 爛々と輝く朱い瞳。もはやそこに仁義の輝きはない。影に埋まった身にあって唯一の異色(アカ)が、ただただ無機質な光を放っている。

 それはいつかの、柊四四八が見ていた影の姿に似ている。巻き直された邯鄲の中、あらゆる因果が不明なまま、全てを誤認しながら衝突した際に見ていた影法師に。

 だがその時とは一つ決定的な違いがある。如何に影に覆われようと、あの時の水希には感情があった。怨敵を前にしたと誤認した上での、復讐に向けた激情が。

 しかし今の水希にはそれさえない。影は何処までも影に過ぎないとばかりに、闇色に染まった姿からは意思の欠片さえも見つけ出す事が出来なかった。

 

 そうだ、もう世良水希なんて必要ない。

 仲間にもなりきれない紛い物。真なる絆を築いた戦真館に混じった不純物。

 ならばそんなものは要らないだろう。不要なものは取り払ってしまえばいい。

 

 その意志を捨てていく。

 嘆きも、後悔も、停滞も、何もかもを。

 世良水希という人格は不要と断じて、深い闇の奥底へと閉じ込める。

 

 個という意識を放棄して、ならばその果ての器に残る価値とは――――

 

 

 *

 

 

「ああああ、アアアアアアアアアアァァッッ!!??」

 

 遥かな頂き、戦場を俯瞰する高みにて、神野明影は激昂していた。

 

 常より道化としての姿勢を決して崩さなかった神野。

 その悪魔が憤怒している。誰の目にも明白なほどに、激情のままに怒り狂っているのだ。

 

「ふざけんじゃねえぞクソがァァァァァァァァッッ!!!!??

 水希(それ)は僕のモノだぁッ! 間男風情が勝手に彼女を壊してるんじゃあないぞぉッ!」

 

 起きた現象の原因は分かっている。

 誰より水希に執着し、その心を見続けてきた神野である。

 世良姉弟の絶望を贄として現界した悪魔は、当人よりも水希の心情を把握していた。

 

 世良水希という女は、自分を許せるように出来ていない。

 そもそも一人だけで立ち上がれる性質ではないのだ。他の誰かの許しがあって、彼女という人間は初めて自分を認めてやれる。

 それが無ければ、彼女は何処までも自責する。責任転嫁、開き直りの類いがどうしても出来ない。それは見方によれば美点ともなり得るだろうが、今回に限れば欠陥にしかならないものだ。

 

 英雄は、水希を追い詰めすぎたのだ。

 揺るぎない善性からくる正論で、神野への憎悪という逃げ口さえも封じてしまった。

 自責は自責に繋がり、徹底して自分を責め続ける悪循環。自分を許せない、認められない水希の心は袋小路に陥ったのである。

 その果てにあるのは、自己存在の完全否定。自分自身を捨て去る事に他ならない。

 

「これはこれは。藪をつついて、思わぬものを引き摺りだしてしまったな。クリスよ」

 

 そして怒れる悪魔とは対照的に、主たる甘粕正彦に浮かぶのは喜色の笑みだ。

 この事態が喜ばしい。思いもかけずに訪れた英雄にとっての『難関』を、夢界の覇者は心からの歓迎を表しながら見届けた。

 

「彼女はお前の天敵だぞ。その天性(つよさ)は本物だ。世の堕落の温床と成り得るのは確かなのだよ。人の夢の象徴(イコン)である神格は、どうあれ的だけは決して外さんからな。

 世良水希はクリストファー・ヴァルゼライドにとって、間違いなく過去最強の敵となるだろう」

 

 甘粕正彦は試練の魔王。その属性は審判者。

 好感を持ち、友誼を結んだ相手にこそ甘粕はより苛烈な試練を与える。

 試練があってこそ人の強さは価値を得る。それが彼の持論であり祈りそのものだから、その行いには一点の矛盾もなければブレもない。

 魔王が愛する雄々しき勇者。ならばその真価を発揮する舞台として、挑むべき試練を与えよう。他ならぬ甘粕自身が、その輝きを見たいがために。

 

「直面したこの試練を、如何に踏破してみせるのか。さあ、お前の輝きを見せてくれ」

 

 神の目に留まった英雄には、激動の生涯が待ち構えている。

 それこそ英雄が書き綴るべき英雄譚というものだから。打破すべき魔性の存在あってこその英雄だと臆面もなく豪語する。

 甘粕正彦はそこに一点の疑念も持たない。故に心からの期待の眼差しを英雄に向けていた。

 

 まったく異なるの二者の感情。高みに座る観覧者の視線の質は正反対だ。

 されどそれも関係ない。今の彼らは俯瞰する者。事態に直接関わる立場に無いし、そのような無粋は犯さない。

 如何なる結末も、あくまで当事者たちの手で織り成すべきもの。神々のご都合主義が加わった展開などに、いったいどんな輝きがあるというのか。

 

 神の如き存在たちは手を出さない。その決着は純粋に、対峙する両名の手に委ねられた。

 

 

 *

 

 

 そうして、世良水希だった存在(モノ)は立ち上がった。

 

 己が対峙する者の姿に、ヴァルゼライドは刀剣を抜き放つ。

 意図は見えない。これがどういった現象であるのか、彼にはまるで理解が及んでいない。

 それでも歓迎すべき事態でないのは感じ取る。目の前の影には敵意の欠片さえもなかったが、それともまた別の領域で警戒すべき何かであると判断した。

 

 人のカタチをした、人の持つべき輝きを覆い尽くした影の魔性。

 その存在は人ではなく、もはや魔物と呼ぶのが適切だろう。それほどに対峙するこの影法師からは人としての何かが感じられなかった。

 人から外れた魔性、人の道理とはまったく異なる法則で蠢く異形、その類いであると断定する。

 そうであるなら、この違和感も納得がいく。何の敵意さえ感じさせないのも、人らしい真っ当な精神がそもそも欠落しているのならば頷ける話だ。

 

 発動する創法の形。黒い魔物の手に太刀が握られる。

 相変わらず敵意らしいものは感じなかったが、その行為自体を敵対意思と見なして、英雄もまた両の手に携える刀剣を構えて、

 

 まったく認識さえ出来ないまま、その懐に入り込まれた。

 

「ッ!?」

 

 喉元に迫った白刃を刀剣で弾き返す。

 しかし追撃には繋がらない。白刃の勢いに押され、英雄の脚が僅かに退がる。

 防ぐだけで手一杯だった。今の一閃は、英雄をして真に脅威と映る冴えであった。

 

 その太刀筋には、意が存在しなかった。

 攻撃の際に敵へと向ける殺意。それ以外にもあらゆる行動には意図が存在する。

 人が何らかの行為に移る際、意識が発生させる気配のようなもの。そのような意志の気配を感じ取って、達人と呼ばれる者たちは相手の行動を先読みできる。

 故にその意を極限まで静める事もまた武の極意。明鏡止水、無心の境地と呼ばれる立ち振る舞いも、しかし先までの世良水希と比べれば余りに異質。

 静めているのでも隠しているのでもない。この魔物には心が存在しないのだ。極意などとプラスの言葉で表すべき状態では断じてなく、人としての一部が完全に欠落している。

 人の正道より外れた、魔性の振るう外道の太刀。故にこそその威力は英雄をもってして心胆を寒からしめるものだった。

 

 否、それだけならばまだ脅威ではなかったはず。

 異常は元より見て取れていた。その敵意の無さから太刀筋の異質にも予測はあった。

 意を伴わない魔物の太刀、それだけでは英雄たる男の武には届かない。

 そう、単純に強くなっている。世良水希であった頃と比較し、確実にその実力が上がっていた。

 

 超常的に強靭(つよ)くなったわけではない。

 人外じみて俊敏(はや)くなったわけでもない。

 ただ巧いのだ。元々の夢の性能はそのままに、それを扱い切る技量、効率が格段に向上している。

 全方面で高い素養を持ち、穴がない世良水希のポテンシャル。自身の性能をフルに使い、三種の夢を複合し切り替えて、その状況毎での回転率を飛躍的に向上させていた。

 

 ただ一つを突出させて極めた英雄とは真逆。

 あらゆる方面に適応できる万能性、故にあらゆる事態に対処が可能。

 そこにあるのは純粋な天性による強さ。世良水希という天才だけが持ち得る事を許された才能(ちから)に他ならなかった。

 

「――なんだ、この変貌は?」

 

 その才能(ちから)に晒されて、英雄が感じるのは困惑だ。

 これが他の戦真館の者であればそう感じる事はなかっただろう。正しい意志の奮起で今以上の力を発揮する、そんな覚醒であるなら英雄自身にとっても馴染み深い道理である。

 予想外に発揮された強さも敬意と共に受け止めて、惑う事なく臨めたはずだ。それこそが正しき勇者の在り方だと信じるが故に、彼自身もその信奉者であるのだから。

 

 だが、これは違う。道理が合わない。

 

「意志を奮い立たせ、覚醒を果たしたとは到底思えん。その様を見れば、むしろ貴様がしたのは正逆の方向への墜落だろう。

 貴様は何だ、世良水希。一体何を、貴様はやったというのだ」

 

 世良水希という意志が向かったのは何処までもマイナス方向。

 自責して、自閉して、自己という存在そのものを否定した。

 そこに覚醒へ繋がる要素など何もない。後ろ向きに、否定的に心を沈ませていきながら、しかし強さが向上するという異常事態。

 マイナスはマイナスに過ぎない。反省を活かし、プラスの方向へと持っていこうとする意志が無ければ成長などあり得ない。ならばこの事態は一体如何なる絡繰か。

 

 そのような英雄の疑問に反応すら見せず、影法師の魔物は再び躊躇なく斬り込んだ。

 

 繰り広げられる剣戟の応酬。

 交錯する刃と刃は、もはや他の者では認識すら不可能。

 そこは両者にのみ許された領域。英雄だから。天才だから。性質は違えども、共に強さの極限へと行き着いた二人だけの晴れ舞台である。

 

 ともすれば先までの焼き直しとも見えるその光景は、しかし決定的な違いがある。

 その差異を誰より感じているのは英雄自身。交錯の中、感じる手応えが違っている。

 まるで形状を記憶する流体だ。流水の如き剣舞は今も健在して、むしろ磨きが掛かっている。

 いや、掛かっているのではない。今この瞬間も尚、その太刀筋は磨かれ続けていた。剣戟の交錯を経る毎により疾く、鮮麗に剣舞の冴えを増し続けているのだ。

 

 ただ強くなっただけならば、英雄にはそれを打ち砕く自信があった。

 彼が重ねてきた濃密な鍛錬量ならばそれも可能だ。その強化値がそれだけのものならば、英雄の剛の剣は先のように柔の剣を圧倒し粉砕できていただろう。

 だが、影法師の魔物が振るう柔剣は今も強くなり続けているのだ。柔の太刀筋は剛剣の威力を完璧に受け流し、如何なる攻め手でも崩れずに対応していく。

 

 まるで英雄の繰り出す一挙手一投足、それら全てを見て取り吸収していっているように。

 

「まさか――!?」

 

 思い至った解答は、尚も増した太刀の鋭さによって確信に変わる。

 

 特殊な理屈などない。それは至極単純な理由である。

 世良水希という人間は孤独を愛する性質ではない。むしろ他者との語らい、触れ合いにこそ喜びを感じる性質である。

 傲慢に己の才を誇るような事はなく、誰かと共に雪駄琢磨する時間こそ有意義と思う。強い野心や目的意識なども特になく、皆の輪の中で過ごす一時を愛している。

 ならばその過剰な天才性は余分でしかない。隔絶した能力差は否応なしに他者との間に壁を作る。褒められるのを悪く感じる事はないが、異端のように見られるのを歓迎できるわけがない。

 故に必然、世良水希は遥か以前より己の性能を抑えてきた。意識無意識に関わらず、自然と身体は周囲に合わせ、輪の中で許容できる天才の枠に収まっていた。

 彼女にとって自信の才能(つよさ)は忌むべきもの。それこそ信明(おとうと)のことがある以前から、彼女は自分の天才性を決して快くは思っていなかった。

 信明(おとうと)の件が決定的な楔となったのは確かだろう。しかしそもそも彼女の性質ならば兆候はあったのだ。世良水希という臆病な意志は、肉体の才能(つよさ)にまるで噛み合っていない。

 

 クリストファー・ヴァルゼライドは、肉体の限界をその意志で超越してきた。

 だが世良水希は、常にその意志こそが肉体を縛る枷となってきたのだ。

 彼女は強さなど求めていない。過剰な才能(つよさ)は知らずの内に封ぜられてきた。

 そうして増えていく数多の枷。世良水希の意志に束縛されて、その真価は一度たりとも発揮される事なく埋もれていた。

 

 ここに今、総ての枷より解き放たれる。

 もはやその身を縛るものはない。世良水希という鞘の意志は無くなった。

 地上に落とされた神の気まぐれ、理屈のない天性という名の妖刀が、ついに抜き身の刃を晒してその真価を発揮する。

 

 そう、世良水希という個の意識が放棄され、彼女の抱える一切のしがらみから解放されれば、その器に残るのは剥き出しとなった『才能(つよさ)』のみ。

 

「ならばこれこそが、貴様の本来持つ強さだということか!?」

 

 自分自身に絶望し、全てを放棄した少女の成れの果て。

 そこに水希の意志は何処にもなく、存在するのはある一点への方向性。

 ただ眼前の英雄を殺すべしと、与えられた命令(オーダー)を遂行するために駆動する殺戮機械(キラーマシン)。光輝ける存在に牙を剥く英雄殺しの怪物だ。

 今の彼女には何の葛藤も容赦もない。よってその高性能(ハイスペック)をかつてないほど十全に活用して英雄へと斬り込んだ。

 

 交わう刀剣と太刀の応酬は、純然たる武技を尽くした戦い。

 果断なく打ち合う音だけが、その凄まじさを伝えてくれる。音速すらとうに置き去りとした互いの剣速は、それだけで天災の如き衝撃となって周囲を斬り裂いていた。

 余分な異能は何もない。あくまでも純然たる剣戟こそが彼らの戦いの主体であり、互いにその刃で相手を討ち取らんと振るっている。

 即ち、それは真っ向からの尋常なる立ち合いだ。破格の武を有する英雄に対し、英雄殺しの魔物が選んだのはそれだった。

 

 もはや創法の界は不要。

 クリストファー・ヴァルゼライドは破壊の夢を極めし者。如何に世界そのもので覆おうとも、英雄は必ずやその天地さえも斬り拓いて突破する。

 それ自体が奥義である創界は、故に他の法との連携が難しい。単一での強大さで競っては、この英雄を相手には不利となる。

 故に魔物はそれを選ぶ。純粋に武技での勝負、真っ向からの斬り合いを。蛮勇ではない、それとは真逆の機械的な判断で、英雄との正面対決を選択した。

 

 その間合いは英雄にとっても己の土俵。

 故に退く選択はなく、ヴァルゼライドもまた真っ向から応じる。

 振るわれる刀剣の冴えに曇りはない。天性はなくとも、彼には不屈の意志で積み重ねてきた努力量がある。如何に素養の初期値で敵わずとも、その実力は天才を凌駕する。

 事実、現状でも実力はヴァルゼライドが上だろう。初手の奇襲以降、攻めの流れを掴むのはやはり英雄側。魔物はそれを受け続けるばかりで、未だ攻めには転じられていない。

 しかしながら、やはり英雄自身も感じているのだ。先程のようにはいかない。魔性と化した世良水希の不吉さは容易いものではないのだと。

 

 打ち込む英雄の剣筋、それに対応する魔物の太刀筋。

 その一合毎に、対応力が増している。柔の太刀筋は磨かれて、より完璧な受けの技を実現させる。

 ただこれだけの交錯で、それは驚嘆を感じるよりもむしろ異様。どこか非現実性すら思わせるその速度は、成長と呼ぶには異質が過ぎた。

 

 形容するならば、それは更新。環境に応じ、己の性能を最適化する作業。

 魔物は成長などしていない。元々それが可能な性能を有しているから、より適切な形に己を構築し直しているに過ぎないのだ。

 それは一極に特化するヴァルゼライドには絶対に出来ない事。全方面に高い素養を持ち、あらゆる夢を活用できる世良水希の器であればこその妙技。

 更に異様と見えるのは、その速度だ。ただの一合だけでも異常な速さで適応し、次の一合においてその水準は更なる練度に達している。

 

 初見であっても対応し、数合もあればもはや磐石。

 それを可能とするのは器の持つ生来の天才性。理屈無用の純粋な才覚が、敵手の力に応じて魔物の性能を更新し続けている。

 先に通じていた一手が通じなくなる。感じていたものの正体はそれだ。その天性が生み出す異常なまでの適応力によって、同じ手段は二度と通用しない。

 さらに捷く、さらに巧く、さらに強い。適応し続ける魔物は、英雄との間にある隔たりを埋め尽くして、その強さに迫っていく。

 

 まさしく異形の業。影法師の姿の通りに相手の足跡を追い、その輝きを奪って這い寄る魔性。

 それらを真っ当な御技と呼ぶには余りにも逸脱が過ぎている。その天性が無ければ不可能な手段の数々、もはやそれは人ならざる異形と何が違おう。

 どのような強さを持とうとも、追随する影の魔物には無意味。ならば如何なる強者であっても選べる道は絶望以外になく、

 

 そして無論のこと、クリストファー・ヴァルゼライドの信念に絶望の二文字などあり得ない。

 

 彼こそは鋼の英雄。如何なる不条理にも臆する事なく、不屈の信念で前進を続ける者。

 魔物が異常ならば、英雄もまた異常である。目の当たりにする天才性にも怯まずに、むしろ意志を猛らせて己自身を高めていく。

 天性など関係ない。純粋なその意志のみで、英雄は苦境からの覚醒を成し遂げる。それもまた常人からすれば奇跡の領域。異常者(えいゆう)にだけ成し得る異形の業だ。

 

 追い縋る魔物と、突き進む英雄。

 両者の構図は、まさしく強さという速度で競うデッドヒート。

 英雄の努力(つよさ)と、魔物の才能(つよさ)。二種の異なる強さが同じ勝負の土俵に並んで繰り広げる追走劇だ。

 方向性こそ違えども、共に常人を逸脱した異常同士。ならばその趨勢とは、果たして何で決まるのか?

 

 勝利への執着か?

 目的の崇高さか?

 いいや、否。外れた者同士で目的の如何など測っても意味がない。

 意欲の差にしたところで、一方が振り切れて、もう一方は絶無であるという極端さ。

 もはや比較する事自体が間違っている。そんなところで優劣を求めても答えなど出るはずがない。

 

 だからこそ結論は、執着でも目的でもなく、単純な相性の差という事に違いなかった。

 

「これ、は……ッ!?」

 

 歯車が噛み合わない。

 刃を交える相手、共に対峙する敵手を見据えながら、何かが致命的にすれ違っている。

 同じ土俵に立つ者として、共有すべき道理とでもいうもの。それがこの場では欠けている。

 己の本領が十全に乗り切れていないと、それがヴァルゼライドの感じている手応えだった。

 

 英雄が果たすべき覚醒には、それに相応しい難敵がいる。

 覇道に立ち塞がる巨大な障害。踏破すべき難関があってこそ信念は雄々しい決意を得るのだ。

 しかしながら世良水希、影の魔物は英雄にとって眼前に立ちはだかる強敵ではない。後ろよりその背に迫る追跡者(トレイサー)である。

 実力だけで見ればあくまでも格下の位置にいる。故にただただ不気味な手応えだけを残しながら、英雄の意志は芯から乗り切れずにいるのだ。

 

 対して、今の彼女は意志なき影法師。英雄の輝きにも惑わされない魔性の類いだ。

 意志を持たない魔物に揺れる心は存在しない。如何なる状況にあっても、まさしく機械の如く正確に、己が可能な性能を発揮し続ける。

 噛み合った歯車だけが回っている。よってその更新速度は、英雄の覚醒速度を上回った。

 

 たとえ英雄の急段を用いようと、今やこの魔物相手には通用しないだろう。

 急段とは互いの無意識下での同意、成立した協力強制によって初めて効果を発揮する。

 世良水希の意識を闇に落とし、揺れる心そのものを封印した影の魔物。与えられた方向性だけに従って駆動する機械の如き有り様には、敬意も悪意も表れない。

 心を持たない者と成り立つ協力強制は無い。もはや如何なる急段であろうとも、魔物を嵌める事は出来ないのだ。

 

 それは純粋な相性の問題だ。互いの意志の優劣は関係ない。

 まさしくこの魔物こそは英雄殺し。雄々しき輝きを尊ぶ心を持たず、後背の影より英雄を闇討つ存在。

 一度は引き離された実力の格差も、やがて魔物は埋め尽くす。そして追い付かれたその時には、もはや覚醒の暇など与えはしないだろう。

 

「オオオオォォォォ――――ッ!!」

 

 気迫と共に射出される黄金光。あらゆる全てを粉砕する破壊の光波。

 これまで何人も砕いてきた光の波濤が、魔物を呑み込まんと放たれた。

 

 それでも光と対峙する魔物には、僅かな動揺も気配はない。

 水平に、身体の中心線と重なるように置かれる太刀の白刃。それはまるで、己を護る盾のように。

 回避さえも行わない。対処した事といえば、真実それだけだ。防御というにはあまりに簡潔なそれだけで、魔物は迫り来る黄金の輝きと向かい合った。

 

 そこより起きたのは、まさしく神技。

 黄金に呑まれる影法師。予期された結末と寸分違わぬ光景が現れる。

 されどその闇は払われていない。黄金の芳流の中にあっても漆黒の影は健在。

 斬り裂くような強さではない。抗うような不屈ではない。打ち消すような勇敢ではない。

 ただ透り抜けた。触れれば滅びる光に呑まれながら、小波も立てない無心でもってその威力を素通りしていったのだ。

 

 まず白刃に込められた崩の解法により、光の解れを暴き出す。

 そして生じさせた極小の間隙の中に、透の解法によって己を滑り込ませたのだ。

 同時に、それら解法を支える形で他の夢も連動して用いられている。

 崩して流す。行われたのは真実それのみ。解法の基礎とも呼べる運用法が、魔物の対処の全て。

 

 大杉栄光のように完全に打ち消しているわけではない。

 鳴滝敦士のように真っ向から耐え抜いているわけではない。

 ただ巧みに夢を回す。天才はそれだけで、仲間たちの誰もが抗えなかった光を防ぎ切った。

 

 そして魔性に向けた害意の報いは、意気を持たない返し風。

 黄金光を透過した先から即応し、連続して振るわれる斬撃。

 込められる夢は咒法の射。我堂鈴子の如く具現化した斬閃が飛ぶ。

 放たれた斬閃は二つ、四つ、八つと鏡写しのように分裂し、標的に届くその総数は有に四桁。

 それでもこれしきで倒れる英雄ではない。その身に携えた七本の刀剣より繰り出される超絶の抜刀術が、迫り来る千の斬閃を悉く打ち砕いた。

 

 そうして切り抜けたと、確信と共に意識を次手へと切り替えるその瞬間、刹那の一瞬を捉えた太刀の一閃が英雄の喉元に迫っていた。

 

「ぐぅ、ぬ……ッ!?」

 

 用いられた夢は、解法の透。戟法の迅。

 完全なる無心からの気配遮断、極限まで無駄を省いた踏み込みの神速は、死の認識さえ許さない死神の剣だ。

 反応できた事は英雄をして奇跡の領域。それでも無傷とまではいかず、捉えかけた白刃によってその首筋には浅くはない斬痕が刻まれた。

 

 先程とは異なり、今度は英雄の方が先に血を流した。

 もはや追い詰められるだけの展開はない。互いにとっての土俵での真っ向勝負であるからこそ、その差は如実に明確なものとして表れている。

 まもなく英雄の強さに魔物は追いつくだろう。不敗神話は終わりを告げて、最強の頂きより叩き落とされるのだ。

 年月で積み重ねて、意志により磨かれた『努力(つよさ)』を、理屈も無い暴力的な『才能(つよさ)』によって。

 

 

 ――――だからこそ、深淵の闇に覆われた意識の中で、世良水希は思うのだ。

 

 

 ああやはり、こんな姿をみんなには見せられない。

 こんなにも醜悪で、理不尽で、残酷な影法師の姿を、彼らにだけは見せてはならない。

 

 間違っているのは自分で、正しいのは彼ら。

 彼らの方が頑張ってる。彼らの方がきちんとものを見ている。

 分かっている。強さを得るべきなのは彼らの方。誰より水希自身がそう思っている。

 

 なのに、現れる結果はこの通り。

 何の中身もない、意志薄弱で臆病な世良水希という女。

 そんな輩が、ただそう産まれたからという天性(りゆう)だけでこうなっている。

 努力量でも意志の強さでも、どう考えてもみんなの方が上なのに。同条件どころかそれ以下で、なのにいざその気になれば容易く追い抜けてしまう。

 

 十倍の素養を持つ天才に、凡才は十倍の努力をすべきだという。

 なるほど、それは正しい。己の生まれを卑下する事なく、認めた上での雄々しき決意。その姿は強く美しく、何より万人を魅せる尊さであるだろう。

 だが、それは苦しい。正しい選択であるが故に、そこにはどうしようもなく苦痛が伴われるのだ。

 何故なら、凡才が天才に追い付くには、単なる十倍の努力では足りない。十倍の努力をし続けなければならない。

 素養の差とは速度の差。凡才が走るように、天才とて走っている。止まって待ってくれているわけではない。ならば必然、走行距離で並ぶには十倍の密度を維持し続けなければならなくなる。

 またもしも、天才が今より二倍の努力を行えば、必要な努力量は二十倍に跳ね上がる。三倍ならば三十倍、四倍ならば四十倍と、その条件は明らかに等しくはないのだ。

 

 決まっている。続くわけがない。

 同じ時間の中で、凡才はどれだけのものを犠牲にしなければならない? 天才が優々と進んでいくその隣で、それでも平気な顔をしていられるのか?

 必ずどこかで無理がくる。そして無理があるとは、即ち素としての己を歪めていること。

 歪みの報いは変質となって現れる。本来備わっていたはずの尊さが無くなり、輝きだったはずのそれは歪な別の何かへと成り果てる。

 さらに悲劇なのは、それだけの代償を支払っても天才に追い付けるわけではないという事だ。生は生のまま、強者の泉に産まれ落ちた天才は淀むことなくに強くなり、凡才では決して届かぬ彼方へと向かってしまう。

 

 それでも、柊くんなら言うと思う。

 他人(おれ)を信じろと。柊四四八の強さはそんなものに負けはしないと。

 でも、ごめんなさい。やっぱり世良水希(わたし)には信じられないよ。

 だってこんなに弱いんだもの。みんなが頑張って覚悟を決めて得ていく強さが、私にとっては取るに足らないものにしかならないんだもの。

 私だって正しいものが好き。頑張って努力する姿をかっこいいと思う。みんなと同じ意識を共有して、雄々しい意志で戦いたいと思ってる。

 それでも心の奥底では別の思いも感じている。ああ、この人たちはどうして、この程度の事にここまで一喜一憂しながら頑張っているんだろうって。 

 理解してる、外れているのは自分の方。真っ当なのはみんなの方で、自分こそが異質。それでも世良水希は世良水希にしかなれないから、その溝はどうやっても埋められない。

 

 だから、世良水希(わたし)は心から思う。

 こんな天性(つよさ)は間違っている。世良水希はその生まれから誤ちだったのだと。

 このような理不尽が罷り通り、世で幅を効かせるようになれば、雄々しさの価値など無くなってしまうだろう。

 どんな意志も努力も無駄だというのなら、雄々しい在り方なんて馬鹿馬鹿しい。男らしさは滑稽なものに変わり、性能だけで中身のない強者ばかりが持て囃される。

 それに抗おうとするも最期には膝折り意志尽きる強くて弱い男子たち。ましてやそれを恥とも思わない男とも呼べない畸形腫どもが蔓延り出す。

 もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな、なんて冗談みたいな台詞が本気で罷り通ってしまう。そんな世が良いものだなんて、世良水希には絶対に思えないから。

 

 仲間の資格なんて、きっと最初から無かったのだろう。

 だから違う自分を取り繕ってみたけれど、それも所詮は歪な有り様。

 人は己の生まれから逃れられない。天才に生まれた者は天才としての苦悩や痛みを背負いながら生きていかなくてはならない。

 そこから目を背けて、正しい意志など得られるはずがない。戦真館の中で自分だけが取り残されたのは必然であったのだ。

 自分だけが違う。世良水希だけが戦の真から外れている。八犬士に準えるなど許されない半端者であり、単なる臆病者でしかない。

 

 ――そう、だからせめて、この英雄(ひと)だけは今ここで自分が連れて逝く。

 

 この人は違う。

 前述した凡才の道理に、クリストファー・ヴァルゼライドだけは外れている。

 無理を無理と思わない。むしろそんな深度の領域でなければ呼吸もできない深海魚。

 あの甘粕と同類の異形種だ。器の変質にも揺るがない鋼の魂。百倍だろうが千倍だろうが、どれだけ無理を重ねても、その輝きは微塵たりとも損なわれはすまい。

 

 それ故に思ってしまう。柊四四八では勝てないと。

 仁義の雄、強さだけでない功徳を併せ持つ彼だからこそ、鋼の英雄には勝てないのだと。

 彼もまた信明と同じ、強さに無理を課している。本来の有り様を歪ませての奮起に過ぎない。

 それではきっと英雄には及ばない。彼ならそれでも敗けないと、信じたくても出来なかった。

 

 だからこそ、自分なのだ。この英雄を打倒できるのは、きっと世良水希こそがそうだから。

 自分にみんなの仲間を名乗る資格はない。けれどもみんなと仲間で在りたいと願う気持ちは本物だ。

 それだけは嘘にしたくない。たとえこの存在が害になってしまうとしても、みんなのために何かをしてあげたい。

 だからせめて、クリストファー・ヴァルゼライドはここで自分が除いておく。先に残るだろうみんなの障害を一つでも減らせるように。

 もうそれくらいしか役に立つ方法を思い付けないから。きっとみんなは喜ばないだろうけど、天性(つよさ)だけの自分にはこれぐらいしか出来ないから。

 

 英雄を潰す。それが自身に課した世良水希の役割。

 気持ちは何処までも後ろ向き。己を肯定した思いは何もない。

 結局は仲間の事も信じられないまま。自分を許せない臆病なその意志に強さはないだろう。

 

 だが関係ない。臆病だろうが何だろうが、それで左右される心を魔物は持っていないのだから。

 

「――ッ!?」

 

 英雄の振るう剣が砕け折れた。

 触れるだけで破滅をもたらす、黄金纏いし英雄の剣。その刀身を太刀の一閃が捉えていた。

 武器破壊。意図して狙った魔物の目的は達成される。全ての攻め手が必殺である英雄の間合いに、更に一歩を踏み込んだ影の剣。 疾く、技巧の極みを超えた一閃は、剛剣の急所さえも見抜き正確に捉えていた。

 

 ついに疾走する英雄の脚に手が掛かる。

 無双を誇った英雄の強さ。その背に足音を響かせて、隔絶していたはずの開きはもはや僅差。

 修練に次ぐ修練。鋼の意志で成し遂げられた努力の量と密度。そうして積み上げられた英雄の強さに、魔物はただこれだけの攻防で届かせてしまった。

 

 すべては才能という速度の違い。

 信念の如何など関係ない。ただそう在るという天性の差。

 無情なまでの結論は、しかしそれ故に真理でもあるのだろう。英雄に限らず、才能の壁とはあらゆる凡人たちが努力の先で突き当たるものだから。

 

 同等の努力を重ねながら、歴然と現れる性能(つよさ)の開き。

 努力は正しい。正しいが故に苦しいのだ。真にその道を志しているのなら尚の事、生じる絶望は計り知れない。

 凡才の努力など、所詮は徒労。あんまりだと言えばあんまりな、それでも否定しようのない事実。選ばれた者と選ばれなかった者、その格差は明確に存在する。

 

 それは英雄たる男でさえ同じこと。

 腰に携える計七本の刀剣。その一刀が再び砕かれる。

 己を更新する魔物は止まらない。一度可能とした技はより最適化され、二度目の絶技を危なげなく成功させた。

 

 また一歩、その背に迫る。

 一つ、また一つと努力の輝きを無為にして。

 その暴力的な才覚でもって、英雄の軌跡を轍に変えながら。

 理不尽だろう。不条理だろう。暗黒に包まれた姿と相まって、その有り様は醜悪そのもの。

 されどその天性(つよさ)は疑いの余地なく本物だ。確固たる信念など持たずとも、強者と産まれた者はただそれだけで強いのだと、事実を厳然と示すように。

 

 ある意味で、これほど残酷な結末もないだろう。

 ヴァルゼライドは破格の男。天性の無さを信念のみで覆してきた奇跡の人だ。

 その有り様はもはや常人とは隔絶しているだろう。それでも才覚のみの観点で見れば間違いなく凡才であり、同じく才無き者たちの最右翼に立つ男だ。

 そんな彼でも、真なる魔性の天才には届かなかった。それは即ち、努力は所詮無駄であること。凡才はどうやっても本物の天才には敵わないのだと結論付ける事に他ならない。

 努力は才能を凌駕できる。甘い夢だと知りながらどうしても捨てることが出来なかった夢想に決定的な終止符が打たれるのだ。抗えない結論には、何人も膝を折らざるを得ない。

 

「――否ッ!」

 

 だからこそ、クリストファー・ヴァルゼライドはそのような結論に対し不屈の意気を返すのだ。

 

「才能差だと!? 今さら俺がそんなものに怯むかぁッ!」

 

 剣が走る。

 振るわれる刃は、先までよりも遥かに強く、遥かに鋭い。

 その威力、更新された魔物の性能をもってして対応できず。

 走り抜けた黄金の剣閃が、影法師の身に爆光の斬痕を刻み付けた。

 

 努力は決して無駄ではない。

 積み重ねる研鑽は、苦行に懸ける信念は断じて無駄などではないのだと。

 その生き様、存在の全てを懸けて体現してみせるように。

 天に選ばれぬ凡才、素養の観点では常人と何も変わらない身でもって、クリストファー・ヴァルゼライドはただ意志の力でもって己を更なる高みへと押し上げた。

 

 まさしく彼こそ英雄、万人を照らす希望の星だ。

 強すぎる光は隔たっており、常人には届かない理想だろう。

 しかし届かないからこその祈りがある。見上げるのは遥か彼方を突き進む雄々しき背中。己では出来ないと理解するからこそ、それを可能にして進む姿に憧憬の念を覚えるのだ。

 それこそが英雄を寿ぐ祈りのカタチ。人間ではない、たった一人の例外(エイユウ)を讃える英雄賛歌。

 人として強く、正しく、雄々しいその在り方。だからこそ隔絶しながらも万人が惹かれる夢となる。誰でもないクリストファー・ヴァルゼライドであったから、その夢の担い手となれるのだ。

 

 されどこの場に英雄を讃える衆目はなく、対峙するのは心なき英雄殺し。

 英雄の有り様にも魔物は動じない。機械の如く無感のまま、与えられた方向性に従って駆動する。

 

 影法師の身に刻まれた斬痕。黄金の光を残留させる痕が消え去った。

 単なる楯法による癒しではあり得ない。強固な密度を有する爆光の威力に真っ向から抗うなど、それこそ晶の急段クラスの夢でなければ不可能である。

 まず用いられたのは解法。光を受けた箇所を肉体ごと除去し、これ以上の猛毒の拡大を防ぐ。

 さらに用いたのが創法。人体も所詮は物質と割り切って、喪失した己の肉体箇所を創り直して即座に補填しているのだ。

 破壊と創造。元からある肉体を癒すのではなく、一から新しく創り出している。光に抗えないのなら端から切り取って干渉しなければ良いという異端の発想だ。

 そしてそれを可能とするのは、脅威の速度と効率で回される夢の精度。前述の二つだけではない、要所ではその他の夢も補助として連動し使い分けている。それだけの超高度な技術を、我が身そのものに破滅を受けながら即応して成し遂げているのだ。

 まさしくそれは神技すら超えた魔技。崇高さよりも異質さが際立つ魔性の技だ。

 もはや盧生であっても出来はしないだろう。単純な夢の力ではない、求められるのは何処までも術者本人のセンス。世良水希という天才であったから、それほどの魔技さえ実践できる。

 

 必殺であった光が、必殺で無くなった。

 また一つ、英雄の輝きが否定される。何の理念も意欲もなく、ただそれが出来るからという理屈だけで。

 脅威の意志力が成した奇跡さえも一つの事実(データ)と受け取って、己自身の更新(アップデート)を繰り返していく。

 

 剣戟繰り広げる英雄と魔物。二者の追走劇は最期の局面へと突入していく。

 引き離さんとする英雄と、それに追い縋る魔物。その差はもはや間近であるからこそ、意志ある英雄は自身の苦境を感じ取り更なる飛躍を成していく。

 しかしそれも、所詮は一時的な加速に過ぎない。意志ある者としての必然で、そこには揺れ幅が存在する。信念の熱量が衰えず意志によって強くなる英雄でも、強くなり続ける事は出来ないのだ。

 対し、魔物の加速度は変わらない。意志の猛威を奮わせる英雄にも己を最適化し続ける。その天性にとってはそれこそが常態であり、故に一定の加速度を保つ事が可能となる。

 ただ生のままに、強いのならその強さのまま、何一つ無理などしていない。己の本質(どろみず)を愛しもせず憎みもせずに、在るがままの性能を魔物は発揮する。

 

 三本目、四本目の刀剣が砕かれる。

 飛躍した英雄に追いつく魔物。最適化された性能は早くも英雄の技を読み切った。

 それを受けて英雄もまた飛躍。更なる高みに達した剣閃が振るわれるが、しかしそれをも見越して最適化された魔物には通用せず、柔なる剣にて受け流された。

 

 五本目、六本目の刀剣もまた、同じく砕かれる。

 魔物の更新は変わらない。無理がないが故に負荷もなく、よってその性能に劣化はあり得ない。

 比べて無理をし続けているのが英雄だ。意志という無限量の燃料を代償に、脆弱たる屑星を強者に相応しい輝星へと変性させている。

 されどやはり、それは生のままではないという意味でもある。たとえそれが、素晴らしく魅力的で輝ける変質であったとしても、人工的な清流よりは泥水のほうが力を持つように。

 やがて訪れる無理への帳尻合わせ。それは即ち崩れ落ちる敗北という結末に他ならなかった。

 

 そして遂に、残された最後の七本目、英雄の持つ全ての剣が砕かれた。

 新たな武器創形という選択肢は彼には無い。英雄の本質は創る者ではなく壊す者。瞬間に状況が入り乱れる戦場で、即座に得物を仕立て直せるほどの能力は無い。

 クリストファー・ヴァルゼライドは万能ではない。彼はその意志で不可能をも可能とするが、それもあくまで己の道に沿ったものとなる。

 英雄は決して万能にはなれない。恵まれた天性を持たない凡夫の器だからこそ、起こされる奇跡に人は魅せられる。だがそれ故に、奇跡の種類は選べないのだ。

 

 これにて魔物の勝利が確定する。

 如何に英雄といえども武器さえ持たない状態では勝ち目はない。

 結末はやはり無情。努力は才能に敵わない。きっと誰もが最後には認めざる得ない、そんな虚しい現実が告げられた。

 

「まだだ」

 

 それでも尚、誰もが膝折る現実に、雄々しく否だと答えられるからこその英雄。

 

 意志によって奮起する英雄は、その意志に左右される。

 そこには揺れ幅があり、故に必然として強さの飛躍は一定とはなり得ない。

 しかしだからこそ、振り切ったその時には信じられない奇跡を起こす。絶対の窮地に陥るに至り、英雄の意志はあらゆる予測を超越して爆発した。

 

「泣き言はいらん。この道で征くと決めた。ならば何処までも貫き通すのみ。進み続けるその先にこそ、俺にとっての"勝利"がある!」

 

 英雄に許されたのは一つの光。悪斬の正義を体現する破壊の夢。

 ならばこそ迷わない。既に先の攻防で破られた事にも臆しはせず、その夢だけを回し続ける。

 出力と収束性。それこそがヴァルゼライドの持つ強みであるから。それ以外になど脇目も触れず、ひたすらに光を集め、刀身を持たぬ剣へと収束させる。

 その様は愚かとも言えよう。あまりにも愚直が過ぎる。まるで道なき道をあえて進んでいるかのように、英雄は断固として己の道から外れない。

 

 何故なら、英雄は知っているのだ。

 恵まれぬ環境、不遇の身に産まれ落ちた彼だからこそ知っている。

 人の運命を決める神とも呼べる存在。そのようなものが実在するかは定かではない。ヴァルゼライドは祈りを支えとするほど信心深く無く、頭ごなしに否定するほど無心でもない。

 だがそんな彼でも知っている。たとえどのような神であろうとも、立ち向かう事を諦めた軟弱者が吐き出す弱音などに応えてくれる神はいないと。

 

 奇跡とは、他の何かによって偶然に起こさせるものではない。

 まさしく意志の限りを尽くして立ち向かった者だけが掴み取れるものなのだ。

 生まれの違い? 才能差? なんと女々しい泣き言だろう。そんなものを言い訳にしている時点で程度は知れる。そんな惰弱ぶりに微笑む女神などいるものか。

 向いていようがいまいが、目指すべき頂きが見えたのならば決意と覚悟を抱いて進むのみ。与えられたこの生命で、この手足で、たとえ断崖絶壁の如き悪路であろうとも怯まずに。

 それこそが真理。意志ある人間としての普遍であり共有すべき絶対認識であろう。何か他のやり方はと横道に逸れるような惰性ならば、そんなくだらぬ信念など捨てるがいい。

 

 必要なのは、しかと描いた理想を胸に抱き、そこへと向かって真っ直ぐに進める意志。男の生き様などそれで十分。故に英雄はその決意のみで、桁を飛ばした更なる大覚醒を実現させた。

 

 刀身を持たない剣に、形成される光の刀身。

 収束に次ぐ収束。英雄の夢である黄金光、限界を越えて解放された出力を、更に極限まで収束していく。

 凝縮されていく光は、まさしく恒星の中心核にも等しい密度。集合した粒子は物質化と見紛うほどの質量を伴って、その果てに形取られる光波鋭剣(ビームサーベル)

 巨大に、より高くに変じながらも密度は変わらず。天へと伸びる黄金の柱は、目を眩ませる輝きと共に見る者を圧倒させる。

 

 其は、まさしく最強の光。

 至高天の呼び名に相応しい究極の輝き。

 小賢しい理屈など不要。ただ熱く、ただ重く、ただ強い。

 それ以外に何がいる? どのような夢の法則を持ち出そうが、総てを灰燼に帰す超出力。

 英雄の掲げる光に余計な理屈はいらない。出力と収束性、与えられた己の道で、彼はあらゆる障害を踏破する奇跡を起こす。

 

 光の剣が振り下ろされる。

 輝かしい奇跡の一太刀が、魔物に向けて繰り出された。

 回避は不可能。防御は不可能。受け流すなど天地が引っ繰り返っても出来はしない。

 受け止める太刀が溶けていく。あらゆる夢の手練手管を駆使しても、一瞬を数瞬に引き伸ばすのが限度である。

 

 それはまさに意志の勝利。才覚さえも上回る信念の熱量に相違ない。

 きっとそれは皆が望んだ結末。輝ける努力の英雄が、悍ましき天性の魔物に打ち勝った。

 

 

「――――破段・顕象――――」

 

 

 そんな雄々しく成し遂げた奇跡の瞬間を、冷然と告げたその一言が無価値(ゴミクズ)に変えた。

 

「なぁ……ッ!?」

 

 英雄の心が、真なる意味での驚愕に支配される。

 訳が分からない。だってそうだろう。英雄でさえあの瞬間、己の勝利を確信したのだ。

 鋼の信念を掲げる男に慢心や油断など無縁である。ならばその確信とは真実に他ならず、目の前の影法師は灼き滅ぼされる未来しかあり得なかったはず。

 

 だというのに、影法師の姿は未だ健在。

 光を受け止めた太刀こそ喪失していたが、その身には傷一つさえ無い。

 躱したのか、防いだのか、そうだとしてどうやってあの光から逃れたのか。

 ヴァルゼライドにはそれが全く分からない。理解する事はおろか、過程の認識さえ叶わなかった。

 気が付いた時には、こうなっていたのだ。まるで世界自体が書き換えられたかの如く、そんな認識の領域外で英雄の覚醒は無為へと変えられた。

 

 世良水希の破段。

 それは『自身に関わる過去事象の一部を書き換えること』。

 悔やめる過去こそ水希の咎。あの日の選択をやり直したい、その悔恨より生じた夢。

 彼女の持つ天賦の才、その卓越した創界の法によって実現した、世界を改竄する破段である。

 

 だが無論、それは神の領域にも踏み込む御業だ。

 如何に世良水希ほどの鬼才といえども、単体で自在にとまではいかない。

 かつて彼女は邯鄲の法さえも覆したが、それは急段として様々な要因が重なった結果である。

 単一で行使する破段では自ずと限界がある。連続での使用は難しく、また書き換えられる過去領域もほんの一部。強力なのは確かだが、使い時も限定される。

 

 故に、魔物が狙うのは初めから一瞬のみ。

 窮地に立った英雄が覚醒を遂げた時、まさしく奇跡の瞬間だけを狙い打つ。

 その雄々しい意志の輝きを、信念で成し遂げた勝利の刻を、無残にも破り捨て蹂躙したのだ。

 

 影に呑まれた今の彼女は魔性なる英雄殺し。

 敬意も無ければ憧憬も抱かない。何の意志も省みず、殺意の技巧を振るう機械(マシン)である。

 覚醒の暇など与えない。不浄なる追跡者(トレイサー)に追い付かれたなら、その命脈は既に断たれている。

 

 よもやの事態に生じる動揺。意識の間隙は英雄であっても拭えない。

 故にその懐へと踏み込める。鼻先にも迫る至近の間合いに魔物は入った。

 得物は無い。もはや必要ですらない。ここまで迫れば、殺戮のための手段は無数にある。

 

 胸部へと添えるように置かれる掌。

 余分な力は要らない。踏み抜く震脚に全身の経路を連動し、ゼロ距離より放たれる掌打の衝撃。

 寸打・浸透勁。完成された技巧に解法を加えた一撃は、一切の防御を貫き通す必殺の崩拳と化す。

 

 逆流した血塊が吐き出される。

 心臓破壊。人体における最重要の内蔵器官。血流を統括する核を失って生存できる人間はいない。

 それは明確すぎる致命傷。よってここに、勝負は決せられた――

 

 

「――――まだ、だァァッ!」

 

 

 だがしかし、それでも尚、英雄たる男はその意志で不可能を踏み越える。

 ここは夢界。肉体の如何よりも精神の何たるかによって決まる世界。

 ならばこの男は動くだろう。現実ならば絶命必至の傷であろうとも。不屈の闘志と鋼の信念を持つ彼だからこそ、勝利のためにあらゆる無理を押し通す。

 理屈など無い。明らかな死に体の身体を、ヴァルゼライドは気合いと根性で甦らせた。

 

 光が集まる。

 もはやその手に剣はない。

 されど男には我が身がある。肉体こそが原初の武器。怯む理由が何処にあろう。

 黄金光を纏わせる己の掌。光によって己自身が灼かれていくが構うものか。

 

 繰り出される黄金の抜き手。

 眼前に在る影法師の魔物。その腹に抜き手が突き刺さる。

 間隙を晒したのは英雄だけではない。手立てを打つ暇はなく、破滅の爆光が魔物の身に直接流し込まれた。

 

 

 *

 

 

 身に受けた光を認識して、魔物の思考は己の崩壊を確信した。

 

 如何なる手立ても既に手遅れ。

 ここからの再起は魔性の才覚をもってしても不可能である。

 灼き尽くす爆光は全身に届いている。まもなく身体は崩れ落ち、自身という存在は滅びを迎えるだろう。

 

 そのような絶対の終わりの中から、英雄とはまったく異なる方向より魔物は再起動した。

 

 破滅に抗う意志など無く、敗北を撥ね退ける信念もない。

 ただそれが出来るから。初めからそういう性能(スペック)を有しているから。魔物にとってはそれだけの理由で十分で、定められた意義に従い動き出す。

 己の破滅は避けられない。それは事実と受け止めて、それでも英雄殺しの魔物は残された僅かな猶予を使って目の前の英雄の排除に掛かる。

 

 それが出来た何よりの要因は、一切の迷いが無かった事に他ならない。

 勝利も、生存も、未来も、何も省みていなかったから。在るべき意志の一切を放棄したが故に、光輝く英雄とは真逆の道で魔物は再起を遂げたのだ。

 

 夢によって編まれる処刑刃。

 もはや肉体は使い物にならないが、四肢など無くとも満身創痍の英雄には十分。

 その才覚をもってすれば、それこそやり様など幾らでもあるのだ。幻想の刃は今度こそ確実に英雄の首を撥ね落とすだろう。

 

 世良水希(じぶん)に出来るのはこれぐらいの事しかないから。

 ただただ天性(つよさ)のみを与えられ、中身を持たない自分には、暴力装置の役割しかない。

 ならば機械のような有り様で上等だ。元より何も信じられない意志なんて、始めから無い方が良いのだから。

 

 だから、さあ動け、世良水希(じぶん)よ。

 決して勝てない英雄を、今この場で落とすために。

 仲間になれない自分がせめて出来る事として、みんなの障害を排除する。

 求めるのは勝利じゃない。為すべきは逆襲。敗残の泥に塗れた者が、絢爛たる勝利者を冥府の底へと道連れにする墜落こそ魔物の果たすべき事だ。

 

 そんな方向性に従って、ひたすらに駆動を続ける意志なき影法師。もはや本人さえも止められないその所業を制止できる者など有り得るはずもなく――――

 

 

「――――まったく、少し目を離したかと思えば、独りで一体何処まで堕ちていくつもりだ?」

 

 

 声が、した。

 とても聞き覚えのある、大切な人の声が。

 肉声ではない。繋がった意識下で、闇の内に閉じ篭る世良水希の意識へと直接声を届けるように。

 

 それはある意味で、水希にとって何より恐れていた事態でもあった。

 

「阿頼耶を通して見せてもらったよ。お前の真実を。

 ずっと手を抜いていたんだな。仲間や俺に気遣って、決して全力を晒さなかった。

 これこそが本当のお前なんだろう。なるほど、確かにこれは凄まじい。お前が信じられなかったのも無理ないかもな」

 

 やめて違うの、どうかお願いこんな私を見ないで。

 こんなのは間違い。世良水希はちゃんと弱いから。こんな天性(つよさ)を私だなんて思わないで。

 強いのは柊くん。女の私は弱くて、男の柊くんはちゃんと強い。だからどうか、その素晴らしさを疑わないでほしい。

 間違っているのは私の方で、正しいのは柊くん。それは絶対に間違いない。こんな不条理で理不尽な才能(つよさ)が正しいものであるはずがない。

 

 ごめんなさい。

 目障りだよね、気持ち悪いよね、こんな化物じみた才能(つよさ)なんて。

 大丈夫、ちゃんと分かっているから。だからちゃんと消えるから。

 世良水希に価値なんてない。誕生自体が間違いだったって、もうちゃんと理解しているから。

 だからせめて、みんなの中の私だけは、夢で見たままでいさせてほしい。あの百年後の未来、みんなの輪の中で笑い合えてる私、あれこそが本来望んでいた姿であるから。

 

 せめてそれだけは守りたい。だからどうか、こんな魔物(わたし)を見ないでほしい。

 

「世良……」

 

 その様は、ひたすらに繰り返される自責に重ねた自責。

 他者からの言葉など聞くまでもない。悪いのは自分だと勝手に結論付けて、外からの意見を取り入れようとしない。

 袋小路に陥った悪循環だ。もはや世良水希には、己を許す事など出来はしないだろう。

 

 そんな彼女の意識に繋がる声、柊四四八の意志はそれを良しとしない。

 仲間が窮地にあったなら、手を差し伸べるのが当然。誰にも恥じ入るべきでない道理に従い、彼は自責の輪に囚われる水希へと呼びかけた。

 

「すまなかったな、世良。俺たちのせいで、随分と気を遣わせてしまったみたいだ。

 俺や、他の奴らが不甲斐なく見えたから、お前は遠慮していたんだろう。そんなお前の歪さに、俺たちは気付く事さえ出来なかった。それは紛れもなく俺たちの責任だ」

 

 咎は自分たちにもあると、四四八は告げる。

 世良水希の真実、仲間を真に信じられずにいる彼女の本性を理解して、それでも四四八は決して水希を責めなかった。

 

「俺たちを信じられないからと、お前だけを責めるのはお門違いだろ。むしろお前にそうさせた自分自身の至らなさこそ、俺は恥じるべきだと思う。

 百年後で過ごした人生だけじゃない。あの邯鄲の一周目、俺たちが本当の自分を知っていた頃にしたってそうだ。お前が思った通り、あの時の俺は単に無理をしていただけだったから。

 あるべき型に嵌っていない。たとえ邯鄲の試練がどんなものであれ、仲間の血でもって贖う道は俺の道じゃない。分かっていたはずなのに、それが大義のためならと自分に言い訳をして、そんな歪なままで行き着いたのがあの敗北だ。

 嗤われても仕方ない。あんな不純な邯鄲(ユメ)のままで、甘粕正彦に勝てるわけがなかった」

 

 邯鄲の一周目。第四層での試練にて、柊四四八らは仲間同士で殺し合った。

 それこそが四層突破の条件であったから。軍属の教育を受けた特科生として、何より大日本帝国という国風そのものが、そこから外れる事を恥だと認識させていた。

 奉じるのは戦の真、されどそこに千の信は在らず。己の在るべき道を貫けず、不純な罪過を残したままで掴める悟りなどたかが知れよう。

 そんな純度で挑んだところで、あの甘粕に勝てるはずがない。水希が抱いた所感は決して的外れなものではなかったのだ。

 

「分かるだろ、世良。お前だけが悪いなんて事はない。こういう事は全員で責を負っていくべきなんだ。それでこそ仲間ってものだろう。

 だから一人だけであんまり背負い込もうとするな。もっと俺たちを頼れよ。お前の苦悩や歪みだって、今の俺たちならちゃんと受け止めてやれるから。

 それくらいの天性(つよさ)で、俺やあいつらがお前を拒絶するなんて本気で思ってるのか?」

 

 責任があるというのなら、それは全員で共有すべきもの。

 連帯責任という言葉があるが、あれは横同士での相互監視による規律を促すためにある。四四八の語ることは、そのような軍律じみた冷徹さとは異なるものだ。

 

 共に明日を誓ったから。

 絆を結んだ友として、同じ未来を目指すと。

 組んだ円陣の宣誓を覚えている。現実でも、百年後の未来でも、彼らは夢の先を望んだのだ。

 唯一人が、ではない。皆で行き着く未来こそを。躓いた仲間を見捨てていくような、そんな無情の道を戦真館は選ばなかった。

 

「お前は強い。強くて、弱い。世良水希の心の弱さを、俺は受け入れたぞ。

 心が弱ければ仲間じゃないって、そんなことがあるものか。そこに改善すべき弱さがあるなら、手を差し出して引き上げようとするのが当然じゃないか。

 全てを独力だけで事を成せと、そんなのは俺たちの道じゃない。俺たちの誰が、これまでの邯鄲をたった独りで越えられたという。誰もが誰かに支えられて、そうやって前に進んできたのが俺たちだろう。

 仲間を頼ることは恥じゃない。恥じるべきはそこに甘え、自らの脚で立とうとする意識を忘れる怠慢だ。たとえ支えられたって、お前ならそれだけじゃないって信じている」

 

 世良水希は弱い。器の性能に合わず臆病で、その在り方に強さはないだろう。

 今まで水希は立ち上がろうとしていなかった。各々が邯鄲で強さを得ていく中で、水希一人が取り残された。英雄の指摘した事は事実だろう。

 だからこそ、四四八は水希へと手を差し出す。一人では立ち上がれないのならば、仲間がそれを支えればいい。それは間違いでも、ましてや恥に思うことでも決してないのだ。

 

 大切なのは立ち上がらせてもらった先で、己の脚で歩けるかどうか。

 水希ならそれが出来る。出来るのだと信じている。そう信じてこその仲間だろうと、そんな青臭い論理を本心から四四八は口にした。

 

「だから、まずは戻ってこい。こんな結末なんて、俺たちの誰も望んでなんかないんだから」

 

 今の水希を覆う闇とは、心が自責に囚われたが故の悪循環。

 自責に次ぐ自責、自身の誕生さえも誤りだと認識する自己否定が生んだ闇なのだ。

 

 水希にとって、仲間の存在とは即ち信明(おとうと)と同義のもの。

 すれ違う思いがひたすらに悪い方向へと進んだが故の悲劇。互いに想っていたはずの姉弟は、相手のためであったはずの行動で最悪の結末へと至ってしまった。

 今も彼女を苛んでいる心的外傷(トラウマ)。その痛みを癒さない限り、水希の闇は晴れる事はない。 

 

「抜けば玉散る氷の刃――」

 

 故に柊四四八はそれを成す。

 父である柊聖十郎と向き合い、その邪悪を憎むのではなく、与えてくれた誕生という祝福に報いたいと願う『孝』の心。

 阿頼耶の試練を越えて獲得した柊四四八の悟り。我も人、彼も人なり、故に対等。人々の繋がりに感謝して、与えてくれた幸福に報いるものを返したいと願う、仁義の精神で成す人間賛歌。

 その霊験は繋がりによって生じる悪循環を断ち切る事。『孝』の心で振るう破魔の利刀でもって、少女の魔性を祓い声も届かぬ自閉の暗雲を断ち切るのだ。

 

「破段・顕象――――犬塚信乃戌孝(いぬづかしのもりたか)

 

 闇に覆われていた意識の内より発現した清めの光が、魔物の手を止めさせた。

 

 

 *

 

 

「がぁ……ッ!? ぐ、ごぼっ、がは――――!」

 

 吐き出した己の血溜りに手をつく。

 辛くも勝利を収めたヴァルゼライド。されどその損傷具合はとても看過できないものだった。

 

 呼吸ができない。

 行き場を失った血の流れが、逆流と共に嘔吐され地に撒かれる。

 受けた傷は致命傷。潰された心臓は、たとえ再起を果たそうとも治らない。

 現実ならば即死して然るべき。夢界であっても大差はない。次の瞬間には断絶しているはずの意識を、ヴァルゼライドは意志の力だけで繋ぎ止めていた。

 

 英雄たる彼にとって、痛みとは背負うもの。

 数多の血と骸で築かれた鋼の覇道。如何なる大義があろうとも、重ねた罪の業より逃れられる道理はない。

 ならばこそ、その一身にヴァルゼライドは背負うのだ。殺戮者たる己がせめて出来る誠意として、痛みの一切から逃れる事なく背負うのだと雄々しく覚悟している。

 その意志の如何について今は問わない。ただそうした精神の性質故に、ヴァルゼライドは楯法の活に関しては著しく素養が低かった。

 

 楯法による回復も気休め程度。

 世良水希の一撃には解法も織り込まれていた。ヴァルゼライドの技量では全回復など望めない。

 致命傷は致命傷のまま。心臓を潰された死に体を気力だけで保たせている。それがヴァルゼライドの現状だった。

 

「侮った挙句が、この様か……」

 

 世良水希を侮っていた。

 取るに足らない相手だと。他の面々と比すれば敬うにも値しないと。

 せっかく生まれ持った才覚を活かさず、無様を晒し続ける弱さ。過去の後悔に囚われて前へと進めずにいる停滞ぶりに、はっきりとした失望の念を抱いていた。

 それは英雄たる男の生き様とは真逆の道であったから。勝利も強さも何もない。そんな様に見い出すべき価値などあろうものかと。

 

 その結果がこの醜態ならば、己の滑稽さを自嘲するしかない。

 猛省しよう。だがそれでも諦めるわけにはいかない。まだまだ勝利の頂きには程遠い。

 こんな場所では終われない。終わってなるものかと、意志を猛らせて絶命必至の現状より再起を目指す。

 それでも身体は動かない。当然だ、気合いだけで損壊した肉体を補えるわけがない。そんな事まで出来るなら、世のあらゆる道理など覆ってしまうだろう。

 今の彼は無様の中で足掻いているだけ。諦めない、諦めないと吠えながら、まもなく訪れる終わりから少しでも長く遠ざかろうとするのみだ。

 

 だから、再び立ち上がった世良水希の姿を目にした時、英雄の心には恐怖が生じていた。

 

 自分はここで終わるのか。

 確信にも近い予感。それは心が感じた素直な気持ち。

 英雄の心は機械ではない。恐怖とて感じれば、その先の絶望もある。

 絶望。あらゆる者の膝を折り、信念を屈させる敗北の楔。それは英雄とて例外ではあり得ない。

 もはや戦えない。勝ち目は無し。不撓不屈で進んできた英雄を、今度こそ敗残の泥に沈めるべく、生じた絶望はその闘志を折りに掛かる。

 

 そのような感情に一度は確かに支配されかけ、だからこそ英雄たる男は雄々しく立ち上がった。

 

 英雄とは、恐怖を感じない者ではない。

 恐怖を知り、それに打ち勝てる者こそが英雄である。

 如何なる絶望からも立ち上がる。決して折れない芯の強固さこそが光ある者の本質。

 感じた恐怖をむしろ起爆剤と変えて、終わりを待つだけだった肉体を動かしていた。

 

 またしても英雄の意志が道理を覆す。

 その瞳の輝きに曇りはない。諦めは今や振り切った。

 このような現状に陥りながら、それでも英雄は勝つつもりなのだ。世良水希に、その先の柊四四八に、あの甘粕正彦を相手にも。

 その手にもはや武器はなく、肉体は限界を越えて崩壊寸前。それら一切、だからどうしたと言い捨てて、当たり前のように勝利を目指す。

 

 正しさの側にいるのはクリストファー・ヴァルゼライド。

 その信条も、不屈を貫く鋼の意志も、人が魅せられ尊ぶべきとするのは英雄の方だろう。

 意志なき魔物にそれはない。天性(つよさ)だけにかまけたその姿は、在るべきでない誤りである事は誰にとっても明らかだろう。

 

「あなたが傷つくと私は泣く。あなたが私の家族だから。心の通った言ノ葉をこそ伝えたい」

 

 よってここに、両者の間による合意が成立した。

 

「急段・顕象――――犬飼現八信道(いぬかいげんぱちのぶみち)

 

 発動する急ノ段。世良水希の夢が世界に干渉を始める。

 そして発生した事象は、あらゆる意味で英雄の予測を外したものだった。

 

「なんだと……?」

 

 致死であったはずの肉体が癒えていく。

 それはまるで時間が巻き戻っていくかのように。受けた損傷が逆行して、その身を元の状態へと戻していた。

 いや、傷だけではない。砕かれた七本の刀剣までも、気付けば元の帯刀された状態として復元している。この魔物との一戦で受けたあらゆる損害、その全てが無かった事になっていく。

 

 そうして気付けば、ヴァルゼライドは戦う前の状態へと回帰していた。

 

「……どういうつもりだ? 世良水希」

 

 対峙する影法師――――否、そこにはもう闇に覆われた魔物の姿はない。

 そこに立つのは世良水希。元の姿を取り戻した少女へとヴァルゼライドは問いかける。

 

 心を封殺していた魔物には、あらゆる急段が通用しない。

 それは同時に、己の急段も使えない事を意味している。両者の意志の合意により成り立つ急段は、如何に夢の力が優れようと己一人では成立しない。

 ならばこそ発動した急段は、水希の正気を証明するものだ。自責の檻に囚われていた水希は、元の意識を取り戻して立っている。

 

「別に、それほどの意味もないですよ。あなたのためってほどでもないし、割りと勝手な償いですから」

 

 ヴァルゼライドが問うのは行動の意図。

 なるほど、正気に立ち戻ったのは分かった。だがならば何故こちらを癒す?

 敵対していた彼にとっては、敵に塩を贈る行為にしか見えない。拒絶の意を示すよりも、純粋な疑問としてその意義を問うていた。

 

 それに水希が返すのは、どこか開き直ったように答える謝罪の言葉だ。

 

「ごめんなさい。私が間違ってました。やり直させてください」

 

 急段とは、両者が特定の条件に合意する事で成立する協力強制。

 当然ながら敵対する間柄で条件を満たすのは難しい。知っていれば意識して合意しないようにする事で対処可能、故に基本として無意識の裏を取らなければ発動さえ覚束ない。

 そして水希の急段とは、他の面々と比較しても屈指の難易度である。それ故に効果も強力だが、通常ならばまず嵌められない。

 

 その条件とは『相手と自身に戻りたい時間があり、且つ、その時間が同じであること』。

 発現する効力は時間の逆行。かつて邯鄲そのものを巻き直した神にも届く夢である。

 まずもって両者に何らか因縁が無ければ成り立たず、その上で同じ後悔を思ってなければならないという限定的な対象、ケースにしか発動できない急段だ。

 実践的な運用などほぼ不可能。未来を求める英雄には、本来ならばまず通用しなかったはずだ。

 

 だが、今この状況だけは例外だった。

 水希は望んだ。醜態を晒した己をやり直したいと。

 そしてヴァルゼライドも望んだのだ。不覚を取った魔物との一戦、その前の万全の己へと立ち戻る事を。

 

 英雄にとって傷とは、覚悟を持って背負うもの。

 決して自ら求めるものではない。それでは単なる自傷だろう。

 表層の意識がどうであれ、内面の無意識では再起のための手立てを求めていたのは事実。

 世良水希との戦闘で負った予想外の損傷。ここで脚を止めるなど許されない以上、何とかせねばと考えるのは英雄とて同様である。

 

 よってここに両者の合意、協力強制が成立する。

 世界の時間が巻き戻る。この戦闘の前の時点まで。時間逆行の流れに乗って、受けたあらゆる損害が元の状態へと戻っていった。

 

「やり直させて、か。それは柊四四八の事を差し引いてもやる事なのか?」

 

 起きた事象の如何は理解できた。

 それでも疑念は解消されない。世良水希が己を癒す理由が、ヴァルゼライドにはどうしても理解し難かった。

 

 これよりヴァルゼライドが目指すのは柊四四八。

 先に宣言した通り、その対峙は闘争の形になると確信している。

 それは戦真館の面々にとって許容し難い事態だろう。英雄を取るに足らないと侮るならば、そもそもこうして戦う事はなかったのだ。

 傷を負わせられたならば僥倖であり、それを無くす事は成果を摘み取る事に他ならない。そんな行いを、むしろ晴れやかな面持ちでするのは如何なる心境なのか。

 

 そんな英雄の様子を、水希はおかしいものでも見たように笑った。

 

「だから言ったじゃないですか。あなたのためじゃないって、償いなんてついでですよ。

 ええ、本当はあなたの事なんてどうでもいいんです。みんなと同じ、柊くんを思ってやっている事だから」

 

 柊四四八を一人きりで戦わせはしない、そう願ったから戦真館は戦った。

 盧生と眷族、軍属の意義など関係ない。仲間だから、友だから、当然のようにそう動いた。

 そしてそれは、何が何でも障害を排除しようという意味でもない。つまり理屈ではないのだ。自分たちが辿ってきた道は、そんな損得勘定で語れるものではなかったから。

 

 クリストファー・ヴァルゼライドを、柊四四八ならばどうしたいと思うだろう。

 この疑う余地のない英雄を。誰もが敬意を抑えきれなかった不屈の勇者を。

 ただ斃そうとするだろうか。その有り様が異常だから、仁義の道とは相容れないものだからと、それは許せないと排斥する事を望むのか。

 

 きっとそれは違うだろう。逆襲なんて彼は望まない。今なら水希にもそれが分かるから。

 

「だってほら、これから喧嘩しようって時に、あなただけ怪我してたら、柊くんが遠慮しちゃうでしょう」

 

「な、に?」

 

 まさかそんな答えが返ってくるとは思っていなかったのか、英雄の表情に当惑が浮かぶ。

 それがどうにもおかしく見えて、思わず苦笑しかけて――水希は崩れ落ちた。

 

 おかしくはない。当然の成り行きだ。

 英雄の繰り出した決死の一撃。無事で済む道理などあり得ない。

 滅びの確信は誤りではない。逆襲を切り捨てて、末期に僅かな余地を残したがそれも限界だった。

 

 そんな最期に水希が選んだのが、英雄を癒す急段だ。

 とはいえそれも、水希自身を癒すには至らない。発動できた急段は、しかし大きな力とはなり得なかった。

 両者の力を上乗せる急段だが、水希自身はこの様である。乗った力はあまりに少なく、また求める気持ち自体も言ったようについでの意味合いが強い。

 元より大した成果が出せるとは思わない。だから逆行させる時間を英雄だけに集中させたのだ。結果、癒しの恩恵は英雄のみに与えられ、水希は滅びの結末を甘受するしかない。

 

 力を失い倒れていく水希の身体。

 水希の邯鄲はこれで終わる。その刹那に思うのは、後を託す彼に対しての懸念。

 選択に後悔はない。けれどやはり世良水希は臆病だから。どうしても心から不安が拭い去れない。

 彼を、柊四四八を信じてる。信じようとしてるのに、それが怖くなる。生来を通して刻まれた性質、相手を信じきれない臆病さは、説教一つで完全に克服できるほど簡単ではないらしい。

 

 不安と怖れ。

 その二つを抱えたまま水希は倒れる。

 もはや一片の力も残されていない。自分で自分を支える事さえ出来ない。

 今さらどうにも出来ないだろう。懸念についても諦めて目を逸らし、水希の意識は邯鄲より消えていく。

 

 

「――――悪い。待たせたな」

 

 

 そんな倒れていく水希の背を、力強い男児の手が受け止めた。

 

「お前とはもっとちゃんと話そうと思ってたんだがな、後回しにさせてもらうぞ。

 ――みんな、よくやってくれた。後は俺に任せてくれ」

 

 雄々しく頼もしい声。輝ける立ち姿は、朽ちゆく闇にも希望の光を灯す。

 彼もまた英雄と呼ぶべき漢。されど破壊の英雄とは、その性質を決定的に異にするもの。

 彼こそは仁義を為す者。人の繋がり、絆の結びを奉じる人類の代表者(ヒーロー)

 

 柊四四八。完成した第二の盧生が、遂にその姿を現した。

 

「柊、くん……」

 

 水希もまた、その姿に希望を見出だす。

 大丈夫だ。終わりなんてこない。ああそうだとも自分たちは勝つのだと。

 

 かつてはその希望を抱いた自分に悲嘆していた。

 そんな女の願いこそが、男の彼を苦しめる。ずっとそう思い込んできたから、そんな希望は抱いてはいけないのだと。

 だから敗ける。だから無理をしてる彼では決して勝てないと、信じる事を放棄した。己自身の臆病さから、勝手に彼の強さを見限ろうとしていた。

 

 世良水希は自責する。それは自身を好きではないから。

 だからこそ変わりたいと思う。仲間を信じられない今の様がいいは彼女自身だって思ってない。

 かつて評してもらった『信』の犬士。戦真館の一員に相応しい自分になりたい。

 

「ねえ、柊くんなら勝てるよね。信じてもいいんだよね?」

 

 自分は臆病だから、一歩を踏み出すための勇気をください。

 その強さを信じさせてほしい。光輝くあなたの姿を、最期にもう一度見せてください。

 

「当たり前だ。お前まだ、俺が無理をしていると思ってるのか」

 

 それは予想できた、期待した通りの雄々しい返事。

 

「一つだけ言っておくぞ、世良。そういうのは無理とは呼ばない。

 男のそれはな、誇りというんだよ。苦しかろうが辛かろうが、そいつを押し殺してでも俺たちはかっこいい自分でいたいんだ。無茶でも何でも、女の前では特にな」

 

 それはなんて青臭い答えだろう。端的に言って子供っぽい。

 そういう無理をさせて、苦しめてきたから後悔してたのに、それさえ男の人にとっては誇りだという。

 

 だったら自分は、いったいどうしたらいいというのか。

 

「だから、あんまり見せ場を奪わないでくれ。男に無理難題を吹っ掛けるのも、女の特権というやつだろう。

 大丈夫だ、俺は勝つ。俺たちがあの二十一世紀で見出だした『信頼(トラスト)』は、単なる『真実(トゥルース)』に劣るものなんかじゃないだろう」

 

 だから信じて待てと、強くてかっこいい、とっても馬鹿な男の子は言う。

 

 まるで理屈になってない。方法論ではなく精神論。

 そうしたいからそうするのだと、そんな根性論を本気になって言っている。

 有り体に言ってしまって馬鹿だろう。それで信じろと言われて、本当に信じる人がどれだけいるというのか。

 

 けれどだからこそ、そんな言葉を彼らしいとも思うのだ。

 

「うん、分かった。信じてるよ、柊くん」

 

 信頼に根拠は必要ない。

 大切なのは気持ちの如何。保証がないからこそ、信じる行為には価値がある。

 方法論など小賢しい。何より信じるに足る意気を示す事こそ柊四四八の在り方なのだ。

 

 そして、世良水希。彼女の意志は脆くて弱い。

 大切な仲間だからと信じようとしても、性質の臆病さにより揺らいでしまう。

 だが言い換えるなら、それは盲目にはならないということ。仲間だから、大切な人だからと、感情から信じようとするのではなく、よく疑ってから低く見積もった上で判断を下す。

 なまじ彼女自身の天性が凄まじいから、大概の相手はか弱く見えてしまう。その相手を大切に思えばこそ、傷つけたくないと優しい心は思うから、哀れみや遠慮が混じってしまう。自分より強い相手ではなく弱い相手を信じなければならない事は難しい。

 ならばこそ重いのだろう。不安と怖れ、拭えない心の脆さを抱えながら、それでも大切な誰かの強さに賭けて信を預ける。当人にとって、それはどれだけ重い決断と覚悟であることか。

 

 世良水希にとっての戦の真とは、仲間たちを信じる心。

 ありのままの己を見せて、それを受け止めてくれる事を信じる強さ。

 信明(おとうと)の強さを信じず、対等な相手として見なかったが故の悲劇。それを理解し、誤ちを繰り返さない意志を得ることで、彼女はようやく前へと進める。

 

 ようやく得られた己の悟りに安堵し、万感の信頼を込めた眼差しで柊四四八を見ながら、世良水希は邯鄲より退場していくのだった。

 

 

 *

 

 

 そうしてここに、両雄は対峙する。

 

 勝利を掲げる鋼の英雄。

 仁義を尊ぶ絆の益荒男。

 揃い立った二頭の雄。異なる輝きを有しながら、共に男子の価値観の極限を体現する光であるのに疑いはない。

 

「待たせたな、英雄」

 

 彼らは互いに光の属性を担う者たちだ。

 決して理解できないわけではない。確かな敬意も存在している。

 それでも道が違えたその時は、ぶつかり合うより他にはない。譲れない信念を持つからこそ、己の道に妥協はできないのだ。

 

 勝利を求める英雄ならば、そこに打倒という答えを出すのだろう。

 だが、仁義を奉じる益荒男ならばどうだろう。譲り会えないから、邪魔だからと、無情にも切り捨ててそれで良しとするだろうか。

 いいや、否だ。彼こそは盧生。人類が謳う輝きの代表者(ヒーロー)。たとえ他の誰にも出来ずとも、彼だけはそれを成し遂げなければならない。

 英雄が単騎(ひとり)を選んだように、益荒男もまた苦しく困難な選択を自ら選ぶ。たとえその方が楽だと分かっていても、()()()()()という選択肢を選ばない。

 

「喧嘩を、しに来たぞ」

 

 繋がりの価値を信じる柊四四八だからこそ、彼にとっての決着はそれ以外にない。

 排斥ではない。分かり合うために戦うのだと、雄々しく四四八は宣戦した。

 

 

 




『意志がない天才』VS『意志狂いの凡才』。

 水希闇堕ち。ヴィジュアルはオープニングの影水希。
 強さ描写とか独自のもので、更にオリジナルの破段までと結構やりたい放題してしまった。

 方々から割と辛口な評価を受ける事が多い水希ですが。
 設定面では盧生より阿頼耶に近づいていたり、素養では最強であるなど、明らかにチート級なのが示唆されているにも関わらず、肝心の本編で活躍に恵まれず、いまいち強さが表現されなかった感がある彼女。
 万仙陣ではヘル戦でかなり挽回しましたが、チートってほどかというとちょっと疑問が残る。
 加えて色々と面倒くさい性質のせいで、散々強いと勿体つけた割には大した事がないと、そんな印象を受けてるように思えます。

 なので、ああこれなら隠したくもなるわと納得するくらい、ドン引きな強さにすればいいんじゃないかというのが今回のコンセプト。
 もし途中でむしろ英雄の方を応援したくなっていたら、狙い通りです。

 ちなみに、
 覚醒した際のオリジナル技は、イメージ図ではシャイニングフィンガーソード。
 決まり手:爆熱ゴッドフィンガー、的な。
 原作だと出来ないけど、ヴィジュアル的にはやってほしかったので。
 総統閣下は体内にオリハルコン埋め込んでるそうなので、その気になれば出来るかもですが。


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後編③

 自らが至った悟りの意味を噛み締めて、俺は改めてその重みを再認識していた。

 

 まるで生まれ変わったかのような感覚。

 心に備わった一本の線。体験した無数の生涯を受け入れて、いずれの柊四四八(じぶん)も自分自身なんだと理解する。

 産まれて、託されて、育んで、伝えて――ありのままの生を尊んで歩んでいく。それが素晴らしいことなのだと素直に感じる事が出来る。

 そう、これこそが俺にとっての答えなんだ。先人に敬意を払い、後進にとっての標となりたい。言葉にすれば当たり前な、とても身近でだからこそ大切にしなければならない真理。

 言ってしまえば夢見がちな浪漫の類い、方法論としては落第だろう。ああ、それがどうした。理屈がどうこうと、出発点の段階であれこれ語って何になる。まず重要なのは踏み出す意志、そしてやり遂げる覚悟だ。

 

 今ならば確信を持って言える。この夢こそ俺が描くべき未来なんだ。

 仁義八行。人と人との繋がりに感謝して、そこに築かれる世界を愛する。あの百年後の未来を素晴らしいものにしていくためにも、混沌の夢になんて敗けるわけにはいかない

 

「その通り。君の悟りは間違っていない。我も人、彼も人、異なる者同士の関係性にこそ調和を見い出した。それもまた阿頼耶(わたし)の側面であり真理だよ」

 

 抑揚のない声が、奇妙なことに俺の内側から聞こえてくる。

 これこそが阿頼耶識。人類の普遍無意識そのものだと俺は既に理解している。

 全にして一、柊四四八であって永劫出会わぬ何処かの誰か。他人事のようにも聞こえる口調は、単一の個我を持たないが故の性質でもある。

 

「修行期間を終えて、君という盧生は完成に至った。甘粕正彦と比肩し得る土俵に、君は既に立っている。ならば次に向かうべきは本番、現実の大正時代。本来の大義に立ち返り、日本帝国を揺るがす魔人との全面対決に臨むべきなのは疑いの余地もない」

 

 そうだな。俺もそこは分かっている。

 俺たちは幸せな仮想未来を体験するために、この邯鄲に入ったんじゃない。

 初志の目的である甘粕打倒。それは今も変わらない。こうして夢を現実に持ち帰ることに成功した以上、速やかに現実へと帰還するのが当然の判断だろう。

 

「だからこそ、私はあえて君に問おう。いったいどうして、君はあの英雄(おとこ)の元へ赴こうとしているんだい?」

 

 故に、俺の内心を正確の読み取って、阿頼耶はその意図を尋ねてきた。

 

「クリストファー・ヴァルゼライドと戦うことで、君にどんなメリットがあるというんだい? 初志の目的とも関係なく、勝って得られるものもなく勝たねばならない義務もない。端的に言って無意味ではないかな?

 ついつい忘れがちになるけどね。彼は本来、この邯鄲において部外者だ。例えるなら既に成立しているはずの物語に、まったく別の物語の登場人物を入れ込んだようなものだよ。よって必然、仮に彼がいなくなっても物語は問題なく回り続ける」

 

 ああ確かに、意義という観点で論じればそうなるだろう。

 クリストファー・ヴァルゼライド。あの男が邯鄲へと繋がった経緯は一際特異なものだ。

 ただ、甘粕から見てその性質があまりに好みと合致していたから。だからつい、邯鄲法と何の関係もなかったはずの男を、地球の裏側から強引に招き入れてしまった。

 全てはその場のノリと勢い。甘粕正彦という男の本質、その子供じみた幼稚な欲求によって、まるで関わり合いを持たなかったはずの男を邯鄲に組み込んでしまったのだ。

 

 よって本来なら、俺がこれ以上の関わりを持つ必要もない。

 このまま現実へと帰還すれば出会う事もないだろう。遠く離れた地の無関係な住人として、少なくとも今回の件で邂逅する事は二度とない。

 

「仮にもしも、ここで君が彼を無視したとしよう。そうしたなら、彼は恐らく甘粕の元へと向かうだろう。もはや猶予がないのは彼とて同じ。君が見込み違いだと分かったなら、元々の目的の一つである甘粕打倒のために動き出すだろうね。

 そういう意味でも、ここで君が彼と戦う事に意義あるとは思えない。甘粕打倒は君たちにとっても悲願だろう。並び立つ事は出来ないでも目的そのものは一致している。あえての放置も一つの選択肢として十分に有り得るものだ」

 

 そうだな、賢い選択というならその方がいいのだろう。

 道を同じくは出来ないだろう。だが利用するという形なら、ある意味で共闘も可能だ。

 甘粕打倒という初志、それを考えるならむしろ当然の選択なのは分かってる。俺のする事なんて感情論の類いで、さしたる意義はないというのが本当のところだ。

 

「さあ、答えてくれ。君はあの男、クリストファー・ヴァルゼライドと相対して何をしようというんだい?」

 

「分かってて訊いてるんだろう」

 

 こいつは阿頼耶だ。人類というものの総体そのもの、知らない誰かであって俺自身なんだ。

 問いかける体をしてても、こいつは初めから答えを分かってる。俺がその答えを持っているなら、つまりは阿頼耶にも答えが出ているって事なんだから。

 

 それでも問いかけてきたのは、決意の強度の再確認。

 言ったように俺の理屈は感情論だ。方法論としては落第だと理解している。

 だからこそ、やり遂げようとする意志を疑ってはいけないんだ。それを怯まず持ち続ける事だけが、俺に示せる唯一のものだから。

 

 人と人との繋がり、自分と異なる他者との交流。

 父母から子へ、そのまた次の世代へと、脈々と受け継がれていく数多の価値。

 そうして織り成される人の世を、俺は調和だと納得した。全は一、一は全。世界は皆によって出来ていて、端から不要とすべきものなど一つもない。

 だったら、逃げるわけにはいかないだろう。英雄もまた人ならば、その意志を認める事に否なんてない。

 この悟りを嘘にしないためにも、目を背けてはいけないんだ。それが盧生というもの、人類の普遍無意識を背負う代表者(ヒーロー)。資格さえ得ればお役御免と、そんな甘い覚悟で名乗れるものではないのだから。

 

「――ああ。それでこそ柊四四八だ。

 存分に奮えよ我らが盧生。いつもその夢を見守っている。

 ゆえに協力は惜しまない」

 

 

 *

 

 

 対峙の果て、両雄が出した最初の接触法は、互いの一撃による激突だった。

 

 今さら言葉を重ねたところで納得できる道理でも無し。

 もはや主張の善悪を問う段階ではない。揺らぐ意志など互いに持ち合わせていなかった。

 ならば後は行動で示すのみ。俗に言う拳で語れという心境、それは両雄ともに共通していた。

 

 振り下ろされた光の剛剣を、真っ向より受け止める旋棍(トンファー)

 共に譲らず、退く気は無し。その信念を表すように、初撃から全霊が込められる。

 激突より生じた衝撃に大気が揺さぶられ、夢界そのものを震撼させる雄叫びと化す。揃い立った両名こそ、人類を代表すべき雄であると満天下に告げるように。

 

 鍔迫り合って、交錯する両者の視線。

 瞳に映る意志は同じ。掲げた信念、己の真を貫くのみ。

 光を奉じる者同士、議論など交わさずとも意図が分かる。この程度は挨拶代わりでしかなく、これより夢の撃ち合いが始まるのは互いにとって共通認識でしかなかった。

 

 充填される破壊の黄金。剣閃より射出される輝きの波濤。

 未来にて毒牙を振り撒く放射性分裂光(ガンマレイ)の脅威は、無論のこと四四八も承知している。故に即座に、それに対抗するための手段を蓄積された歴史の中より生み出した。

 核融合反応より発生する超々高熱、放射能汚染をも閉じ込めて封殺する原子炉の障壁を創形。コンマ一秒も掛からない速効の創法は、しかし完璧な精度をもって黄金の破滅を防ぎ切った。

 

「なるほど、流石は盧生。その夢の力、かつてとは比較にならん」

 

 光を受け止める障壁の向こう、感心したように述べる声が聞こえてくる。

 己にとっての唯一無二が防がれたとあっても、ヴァルゼライドは怯まない。相手は盧生、これしきは十分に想定できる範囲だと、微塵も臆さず突き進む。

 よってその攻勢に停滞はあり得ない。闘志は更なる燃焼を行って、次なる一撃をより強大なものへと飛躍させる。

 

 完璧に黄金光を防ぎ切った障壁に、縦一筋の亀裂が生じる。

 剣撃一閃。黄金の残光も冷め切らぬ中を踏み込んで、振るわれた剛剣が障壁を断ち割った。

 先の一閃との差異は、単純明快な密度の違い。収束された光の威力は、先のそれをも凌駕して、四四八が築いた守護を真っ向より打ち破ったのだ。

 

 再び至近の間合いにて衝突する両者。

 単純な夢の強さで問うのなら、軍配が上がるのは四四八の方だろう。

 彼は盧生であり、この邯鄲の大元と繋がった力の根源。完成されたその器は、眷族の限界を容易く超越して余りある。

 カンスト値など無く、高められた強度は文字通りに桁が違う。総合値で見れば圧倒しており、夢の力を使う術者としての等級で問えば、柊四四八こそが数段格上で間違いない。

 

 柊四四八が会得した己の夢とは、不変であるはずの能力資質の自在な振り分け。

 秀才にとっての理想とも称される、全てが高い資質で纏まった万能性。それは反面で個性の無さとも言い換えられるが、いざとなればその万能型を特化型へと変質できる。

 その都度に望んだ己へと己自身を変えられる。真に己を厳しく磨き抜いた男であればこそ許される王道の在り方。その能力にはあらゆる意味で隙がない。

 

 更に、盧生へと至った今の四四八は、より踏み込んだ領域へと己の夢を至らせている。

 それは仲間間における能力の完全共有化。仲間たちの資質を己に写し取るのみならず、その固有の夢までも使用可能。

 絆を結んだ彼らを認め、優れたる価値を敬う悌の心。簒奪や模倣とはまったく異なるその夢は、盧生である四四八の地力と相まって十全以上の強さを発揮する。

 

 まず四四八が選んだのは、我堂鈴子の夢。

 その戦法は力で打ち合うものではなく、速さを駆使した受け流しを主軸に置くもの。

 ヴァルゼライドの剛剣に対し、最も有効なのはそれだと判断。別人へと切り替わった性能を使いこなし、四四八は剣の威力をいなしていく。

 そして鈴子の破段とは攻撃の残留。不可視のまま空間に残る攻性の檻である。防戦に徹しながら、その間にも攻めの布石は張られていく。

 無数に伏せられた打撃に包囲されて、流石のヴァルゼライドも踏み止まらざるを得ない。そうして開けた間合いの先で、四四八はまたもその夢を別人に切り替えた。

 

 次に四四八が選んだのは、龍辺歩美の夢。

 近接での打ち合いは捨てて、その能力資質は完全な遠距離特化になる。

 忘れたわけではない。ヴァルゼライドの光はただの光熱ではなく連鎖崩壊を引き起こす核の猛毒。たとえ僅かな傷でも致命に繋がる。刀剣の間合いでの戦いは危険が過ぎる。

 一瞬で周囲に創形される弾丸の群列。その数は有に万を超える。四四八自身の資質変化の夢も重ね合わせ、歩美本人でも不可能だろう芸当を実現させた。

 一斉に射出された弾丸は歩美の破段によって総てが空間を跳躍する。殺到する弾丸が打撃の包囲の隙間さえも埋め尽くし、脱出不可能の壁となってヴァルゼライドを封じ込めた。

 

 柊四四八は一人で戦っているのではない。

 確かな信頼を育んだ仲間同士であれば、力を合わせた強さが独りの場合より勝るのは必然。

 絆を結んで得られる強さこそ、巡り巡った邯鄲で四四八が得た光だ。彼には戦真館の朋友全員分の夢が付いている。

 

 だとするならば、それほどの格差を埋め尽くして、こうして互角の勝負にまで漕ぎ着けている単騎の力とは、いったいどれほどの凄まじさであろうか。

 

 銃火打撃の包囲の中で、ヴァルゼライドが選んだのは前へ踏み出すこと。

 元より無傷で切り抜けようなどとは考えない。まさしく死中に活を得る覚悟でもって、刀剣に纏わす黄金を燃え上がらせて攻めに転じる。

 殺到する銃火打撃を斬り払い、前へ前へと。血を流し身を削り、致死に繋がるものだけを的確に、その進撃速度はまったくと言っていいほど衰えない。

 刹那の戦況を察知する状況判断。紙一重の迎撃を成立させる、感覚さえ超越した経験則と勝負勘。そして何よりも、無謀とすら思える突貫へ己を踏み出させる鋼の意志。

 単なる夢の強さだけではない。現実にも則したそれらの要素、ひたすらに磨かれた信念の成果が、あらゆる不利を覆して四四八に刀剣の一閃を届かせた。

 

 受けた傷は浅い。

 されど爆光は連鎖する。身に刻まれた僅かな斬痕より滅びの焔が拡がるのだ。

 咄嗟に夢を切り替え、楯法に優れた真奈瀬晶の夢を共有させていなければ危うかった。激痛に歯を食い縛りながら、これ以上の拡大を防ぐべく活の法を施す。

 無論、回復だけに意識は割けない。光剣の攻め手は未だ緩まず、ヴァルゼライドは既に次撃を繰り出そうとしている。

 

「――大したものだな」

 

 己の窮地を自覚して、それでも四四八が漏らすのは素直な感嘆だった。

 

 優位にあったのは四四八だ。

 戦術として正しい選択をしたのも四四八だ。

 盧生としての力量、仲間の夢の共有という選択の多彩さ、全ての要素が四四八の有利を裏付けていたはずだ。

 

 そうだというのに、結果を見れば窮地に立つのは四四八の方。

 時に理を持つ選択が、愚と見える選択に敗れる事がある。勝負事には付き物なその不条理は、しかし偶然ではあり得ない。

 死地を恐れず踏み出せる勇気と覚悟。何よりその強さを支えているのは、弛まず続けた努力の量と不屈の意志。

 眼前の英雄のそれを、仲間を通して四四八もまた重い知らされている。それは疑う余地のない光の正しさであったから、四四八もまた敬意を抱かずにはいられなかった。

 

 柊四四八の掲げる仁義八行。仲間の絆を力を変えるその夢は、王道のものであるだろう。

 しかし、見方によればこうとも言える。独力で戦い抜かず、仲間の力に頼り切る在り方など女々しいと。

 男子たるならば、鍛え磨いた我の力のみを掲げ、あらゆる艱難辛苦に立ち向かうと覚悟すべき。自力では事も為せない脆弱さで、いったい何を果たせようか。

 血統、才覚、立場の有利。そうした優位の上で順当に進んだ意志よりも、不遇の中より這い上がった意志の方が強度で勝る。普遍であるその認識は、四四八にも理解できた。

 

 ならばこの結果もまた必然だろう。

 柊四四八の強度は、ヴァルゼライドに及ばない。如何に光徳に溢れた悟りでも、強さの観点では英雄の鉄心には届かないと。

 

 あるいは一周目の柊四四八であれば、この時点で心折れて、敗北を受け入れていたかもしれなかった。

 

「決まってる。俺はこれでいい」

 

 今も苦々しい敗北の周回。

 あの邯鄲に混じった不純、敗北の要因が何であるか、今ならばよく分かる。

 戦真館は、四四八は絆を否定したから。己自身で仲間を切り捨てて、絆がどうだと片腹痛い。理屈があろうが正着手だろうが、貫けなかった時点でその意志は弱味を持つ。

 甘粕正彦も、クリストファー・ヴァルゼライドも、前人未到の単騎行を成し遂げた漢たち。弱気が混じった意志などで、その熱量に対抗できるはずもない。

 

 掴んだ夢に、恥じ入る思いは何もない。

 仲間の力を頼る事は弱さではない。仲間と共に立ち向かえる、この在り方こそ誇り。

 あいつらを信じているから、自分もまた夢を託せる。彼らの光は英雄の輝きにも劣らないと、誇りに懸けても柊四四八は断言する。

 

 故に、彼の知る最も勇気ある男の夢を、四四八は迷わず選び取った。

 

 身体の動きが鈍る。それは明らかな性能低下。

 決して強くはない。この弱さこそ"あいつ"が抱えてきたものだから。

 だからこその勇気だと知っている。たとえこんなに弱くても、大切な人のためならば、あいつは龍神にだって立ち向かえる。

 自分のためには戦い切れないのが欠点だが、その気になったお前のすごさはよく見てきた。それは英雄の輝きにも決して劣らない。その事を、俺がここで証明してみせよう。

 

 迫り来るヴァルゼライドに、四四八もまた応じるように前へと踏み出す。

 あらゆる道理、正着手をも無視して、黄金の破壊を相手に真っ向勝負を選択した。

 

 爆光の一閃が落ちてくる。

 今の性能値で対応するのは至難。防御や回避を考えては対抗など覚束ない。

 だから四四八は、守りを捨てた。意識は常に前へ前へと。退がる事など考えない不退転。

 必然、爆光の一閃は四四八に届く。防ぐ事も避ける事も叶わない。直撃すれば死滅の結末が確定する光を、無防備に受け止めた。

 その後に来る未来を予感しながら、四四八に恐れはない。如何に英雄の光が恐ろしくとも、彼が信じる友の夢だからこそ怯まない。

 

 そして我が身を両断して灼き尽くすはずだった黄金光を、四四八は触れる事なく透けて通した。

 

 解法の透。自己という存在そのものを薄める夢の一種。

 超密度を持つヴァルゼライドの光に対し、それを無傷で透過する事の難易度は言うに及ばず。

 柊四四八では不可能だったろう。それを成し遂げられたのは、夢界でも抜きん出た解法の資質。彼が信じる勇気ある男、大杉栄光の夢であったからに他ならない。

 無論、それだけでは終わらない。透の解法と両立させて、旋棍に込めるのは崩の解法。

 それは大杉栄光の破段。自他相殺の破壊の夢が、英雄の殲滅光を打ち砕いて、浅くない一撃を刻み込んだ。

 

 仲間たちの強さを信じている。信じているから、その夢に己の身命も託すのだ。

 柊聖十郎の簒奪の夢とはまるで異なる。絆を紡いだ思いがあるから、夢には確かな重さが宿る。

 心からの意志を乗せた一撃、ならば砕けぬ道理は無し。自身の重さを知ればこそ、他者の重さとて背負えるのだから。

 

「そうだろう、鳴滝」

 

 だからこそ、そんな自己の重さを誰より深く重んじる男を、四四八は次なる夢に選んでいた。

 

 鳴滝敦士の破段、その効果は自身を重くすること。

 意志の限り、ありったけの思いを乗せて、みるみる増していく超重量。細身の肉体にあり得ない質量が発生し、在るだけで空間の重力さえもねじ曲げる。

 数値にして数千倍にも達しよう。自らの重さを握り込み、四四八は渾身の一撃を振り抜いた。

 

「――これしきでぇッ!!」

 

 されど、意志の重さを乗せられるのはヴァルゼライドとて同じ。

 この程度の負傷がなんだ。剣の一、二本が折れたからどうしたという。窮地にあって意志を滾らせるのは英雄の専売特許だ。

 英雄は単騎。掲げた夢も唯一つ。だからこそ、意志の熱量では何人にも負けまいとする覚悟がある。あらゆる無理を押し通した奇跡にも等しい英雄の意志が、これしきで臆する事などあり得ない。

 迫ってくる渾身の一打に対し、ヴァルゼライドも新たな刀剣を抜刀して繰り出す。そしてそれは、先を遥かに上回る必殺の斬撃となった。

 

 重圧と破壊圧。二つの力が真っ向より衝突する。

 互いに退く意志はない。押し出す力は尚も強まり、拮抗したまま両者の間で凝縮していく。

 よってそれは限界を超えて破裂した。膨れ上がった圧力の暴発に、両者が同じく弾き出される。

 その衝撃で空間には激震が走り、地表は波打ったように崩れ散ったが、やはり当然の如くそれしきの事で斃れるような二人ではない。

 

 同時に、どちらが先んじるかを競うように、両雄は立ち上がった。

 相応のダメージは互いにある。解法が込められた打撃によるヴァルゼライドの傷は深く、また相殺の夢の代償を支払った四四八も内臓の幾つかが欠けている。

 優勢の如何は判断がし難い。そしてやはり、そのような理屈が意味を為さないという事もまた事実。何故なら両者の瞳に映る闘志は未だ衰えず、己は敗けぬと意気を吐き出して、互いに譲らない信念を示しているのだから。

 

「確かに強い。眷族とは根本から夢の力が違う。

 そして夢自体の有り様もまた見事だ。仲間と定めた者との能力の共有。簒奪や、単なる模倣では顕せない力の程、しかと感じた。

 だが、それだけではあるまい。凡俗ではどうあっても届き得ない、盧生を盧生たらしめる神威の力があるはずだ」

 

 相手の力量を認めながらも、ヴァルゼライドが指摘するのはその手抜かりだ。

 柊四四八は本気を出していない。どれだけその夢が素晴らしかろうと、盧生である時点でそれ以上の力があるのは明白である。

 それでは不足だとヴァルゼライドは告げる。全身全霊、盧生の真なる本領と相対しなければ、この闘争には何の意味もないのだと。

 

「終段を使うがいい。この期に及んで隠し立ての意義もあるまい。阿頼耶を手にした者にのみ許されるという第六法、その真価のほどを見せてみろ」

 

 終ノ段。盧生だけが辿り着ける最終地点。その実態とは神格の使役である。

 古今東西、あらゆる国々で祈りと共に紡がれてきた神という概念。普遍無意識の底に眠るそれを、完成した盧生は召喚して従える事が出来るのだ。

 彼らは人類が望んだ人類以上の存在。よってその力は原則として人間の力を上回る。言うなれば常に協力強制が成立している状態で、条件など関係無しに神威を奮う事が出来る。

 眷族が盧生に対抗できない最大の理由がここにある。人の身では神威には勝てない。よってそれを己の力として扱う盧生には、同じ盧生以外に立ち向かう術がない。

 

 ならばヴァルゼライドの申し出とは、自滅以外の何物でもないだろう。

 終段を使われれば勝てない。眷族が盧生に打ち勝つ唯一の勝機とは、使われる前に打倒する事しかない。

 その勝機を自ら捨てて、あえて神威に挑もうなどと。端的に言って愚行であり、道理を弁えない者の戯れ言と取られても不思議ではあるまい。

 

 その事は無論、ヴァルゼライド自身も自覚している。

 その上で、彼はそれに挑むと口にしている。それこそが己にとっての道であると、当然だと言わんばかりの自然体で。

 あらゆる難行を踏破する。無理だと知りながらも、その道理さえも踏み越える意志力で。その果ての勝利を掴むために、流した涙を明日の笑顔に変えるために。

 鋼の英雄は、断じて己に楽な道など選ばせない。背負った罪と痛みの分、強くならなければ嘘であるから、輝ける王道を征く漢は此度でも奇跡を起こすと豪語する。

 

 そんな愚かさを貫いて、貫いて、貫いた果てが今である。

 告げる言葉には単なる戯れ言で済ませない重みが宿る。それは四四八自身にとっても、決して軽んじる事の出来ない認識であったから。

 

「断る」

 

「なに?」

 

 だからこそ、四四八はその申し出に対し、決然とした拒絶を返した。

 

「改めて言っておくぞ。俺はアンタとの決着を、ただ力で捩じ伏せるようなものには決してしない」

 

 英雄の主義がどうであれ、それに従う必要は四四八にはない。

 本領を発揮しない事を侮りと捉えるなら、確かにそうとも言えるのだろう。

 だが、どんな力にだって使い方というものがある。適さない場で大きすぎる力を用いても、それは無意味な破壊にしかならない。

 阿頼耶にも指摘されたように、そんな力でただ勝ちたいのなら、そもそも英雄と戦う事に意義などない。柊四四八の得た悟りを貫くために、そこは断じて譲れない。

 

 クリストファー・ヴァルゼライドは光の属性。英雄と呼ぶに相応しい輝ける男。

 それを認める気持ちに否はない。純然たる自己の努力量と意志力によって、数多の奇跡を成し遂げたその強さには敬意を持っている。

 あるいは終段を使う方が、英雄にとっては好都合なのかもしれない。決して抗えない神威を相手取り、それを超える覚醒を果たした時こそ、求めた勝利を得られる瞬間かもしれないから。

 

 だから駄目なのだ。柊四四八は終段を使うわけにはいかない。

 それは英雄の覚醒を恐れての事ではない。破壊ばかりを生み出すその正義に、制止の手を差し伸べるためにだ。

 善しを認め、悪しを糺す。それが柊四四八の悟りの有り様。強く曲がらず進み続ける英雄の光を認め、また同時にその危うさを糺す。

 それこそが得るべき勝利のカタチ。戦力云々の話でなく、勝利を求めて全霊を尽くすというのなら、それを曲げてしまうわけにはいかないのだ。

 

「人と人の繋がりを尊ぶこと。何も難しいことじゃない。慈しみの心を持ち、道理を重んじ、社会と善悪の意義を解すること。真心をもって他者に接し、その善意を信じて、延々と連なる歴史に敬意を払うこと。そんな当たり前の行為こそが、俺がこの邯鄲で悟った真理なんだ。

 つまりは仁義八行。そんな思想にみんなが倣えるよう、俺自身がそのための標となりたい。この背中を見て、その後を継いでいきたいと思えるような姿を示す。そうして誰かに継がれた光が、また誰かへと、その繋がりで世界を光で満たせるように。

 それはアンタだって例外じゃない。アンタの強さには敬意を払ってる。だからこそ、その歪みを糺してこの価値を伝えたいと願うんだ」

 

 打倒するのではなく説き伏せること。それこそが仁の道での勝利方法だ。

 甘いと言えばあまりに甘い。所詮は性善説に囚われた理想論でしかなく、何処までも他者を信じる事を前提とした論法は、青臭いと言い捨てても良いだろう。

 言葉だけで言われても信じる事など不可能に違いない。故に、柊四四八はそれを示す。その背中で、その在り方で、理想を現実へと押し上げると決意して。

 この戦いとて、その一環に過ぎない。ならば終段を使う選択肢など端から無い。初めから合意が成立している神威では意味がなく、英雄自身の心に納得を与えなければならないのだから。

 

「……つまりは、人間関係より生じる善意の価値を重視しろと。方法論の如何ではなく、その心掛け自体を重んじるというのが、お前の至った悟りだというのか。

 明確な提示をするわけでなく、模範とするべき姿勢を実践するのみだと。甘粕のように夢を用いて何某かを成すわけではない。ただ意志の問題であり、力の有無は重要ではないと」

 

「ああ。青い、と言うか?」

 

「いや。素晴らしい理念だ。人の在るべき姿と素直に思う」

 

 皮肉ではなく本心から、ヴァルゼライドは四四八の悟りを称賛した。

 

「単なる夢想と貶めるつもりもない。甘い覚悟で語っているのではないとは見れば分かる。それほどの高潔な意志ならば、たとえ夢など無くとも多くの事が成せるだろう。

 お前は正しい。人類全体という観点に立てば、最も穏当なのはお前なのだろう。俺や、あの甘粕などよりも、人類の代表を名乗るのに相応しい器だろうよ」

 

 甘粕正彦は言うに及ばず、ヴァルゼライドとて人類の代表などを名乗れる大人物ではない。

 英雄とは、殺戮者の代名詞だ。覇道にしか生き方を見い出せない破綻者。己の正義(わがまま)に他者を巻き込み、既存の世界の尽くを破壊してしまう。

 寛容さなど持ち合わせない。悟りを開いた覚者とは程遠い。他の何かを否定しながらでなければ道を築けない歪みを、誰より己自身で理解している。

 

「そう、自覚はあるのだ。正しさはそちらに有り、歪んでいるのは己だと、分かっていても止められん。何故ならこの世界は、そのような正しさが愕然とするほど罷り通らないよう出来ている」

 

 絞り出すように吐かれた言霊は、これまでに無い感情の熱を秘めている。

 鋼の心の奥底で、常に煮え滾っていたマグマの如き激情の渦。英雄と呼ばれる男の真意が、ついにその口から吐き出されようとしていた。

 

「善は弱い。世界は正しい者が身を削るように成り立っている。そして善なる者らが流した血と涙の裏で、ほくそ笑んでいる悪辣ども。それこそが逃れ得ない人類史の実状だ。

 歴史を見渡せば一目瞭然。たとえそのような広い視点で見ずとも、その醜さはあらゆる場所で蔓延っている。この夢界の現状一つ取ったところで、それは明らかだろう」

 

「それは……俺たちのことか?」

 

 ヴァルゼライドが見せる憤り、それが何に向けられているのかを察して、四四八は問うた。

 

「そうだ。お前たちは正しい。護国の大義に燃え、死を厭わずに邯鄲へと臨んだ姿勢、その使命感は素晴らしいものだと認めるのに否はない。

 だというのに、実際はどうだ。そのようなお前たちに対し、他の者らを何をしてみせた? 数多の難関辛苦をお前たちが味わう一方で、まともな義心がどれだけあった。

 性根から鬼畜の逆十字、狂気より産まれた鋼牙、恥もなく我執に浸る辰宮、事の大きさも顧みず盲目な無道に耽る神祇省。どいつもこいつも、見下げ果てた悪辣の奴輩どもだ。

 他ならぬお前たちが解っているだろう。大義への使命など奴らにはない。必要な試練であったなど言い訳にもならん。ただ己の俗欲ばかりに囚われた屑の群れに過ぎん。

 身を削るのは常に正しき者たちで、悪辣な者共はその成果を掠め取り私腹を満たすばかり。その相関こそが、善なる価値に泥を塗る世界の醜悪そのものだ」

 

 その心中を語っていく内、静謐さを保っていた声音も徐々に崩れ、そこに込められた感情の正体が顕わとなっていく。

 それは怒り。ただ悪を許せぬという憤怒の念。単純明快であり分かり易い、されど常人とは桁違いな熱量こそが、英雄が掲げる破壊の夢の真実だった。

 

「許せんのだよ、そんな現実が。悪党どもの台頭を蔓延させ、それを許容し続ける世の実状そのものが。度し難いと思えてならん。

 正義の味方ではない。その資格はとうに無く、目指したいとも思わん。俺がなりたいのは悪の敵。あらゆる邪悪を滅ぼす断罪の焔となりたい。

 恐らくはこれが、人の悪性を認められないこの歪みこそが、俺が盧生となれない最大の要因だとしても、悪の存在を看過することが我慢ならんのだ。

 罪には、罰を。悪には、裁きを。奪われた希望には、相応しい闇と嘆きと絶望を。それこそが俺の祈り、求めて止まぬ夢の有り様だ」

 

 蒼色の双眸に映るのは激情の炎。猛る意志に臆した気配は微塵も見られない。

 指摘を受けるまでもなく、己の歪みなど承知の上だ。たとえそのために盧生となれる資格が得られないのだとしても、鋼の決意は道を違えることを容認しない。

 それこそが彼の覇道、クリストファー・ヴァルゼライドが求めるべき誅殺の渇望であるのだから。

 

「夢の力を使って何もしないとお前は言った。ああ、その姿勢は尊いものだとも。だがそれ故に、やはりお前たちとは相容れん。

 甘粕を斃す。そう決意し、無論のことやり遂げるつもりだが、それだけでは足りんのだ。俺が真に目指すものとは、その先にある。たかが夢で終わらせるわけにはいかん。この力は現実へと持ち帰らなければならんのだ!」

 

 言葉を打ち切り、踏み込みと共に振りかざされる光の剣。

 振り下ろされる一撃に容赦はない。柊四四八こそ善性の雄、人が奉じるべき光であると認めながら、それでも滅ぼすのだと見据える眼差しは告げていた。

 

「ならばこそ、お前とも雌雄を決しなければならないのは必定。遅かれ早かれの問題ならば、ここで討ち滅ぼす事にも躊躇いはあり得ん」

 

「何故だッ!? 何故、アンタほどの男が、それほどに夢の力に固執する!? アンタは甘粕の手で邯鄲に巻き込まれた、言うなれば部外者だろう。一体何が、アンタにそこまでさせるんだ!?」

 

 熱く重い一撃を受け止めながら、四四八は吼えるように問い質す。

 眼前にて対峙する英雄、その信念の強度を思い知りながら、しかし中身が見えてこない。

 もはや狂気の領域にある意志の強さ、それほどの熱量を維持させる渇望の芯が、四四八にはどうしても理解し切れなかった。

 

「何故、だと? お前たちが生きた二十一世紀の日本とは、平穏な時代だそうだな。だから失念してしまったとでも言うか。そんなものは火を見るよりも明らかだろうに。

 知っているはずだ。これより起こる史上最大の大戦、悪鬼羅刹どもの凄絶な喰い合いを」

 

 そんな四四八に対し、ヴァルゼライドはまるで真逆の態度を示す。

 考えるまでもない。むしろ当然のことだろうと、剣に意気を込めながら問いの答えを返してきた。

 

「既に流れは生まれつつある。眷族の身ではあるが、俺もまた甘粕を通して未来を垣間見た。だからこそ辿る歴史の推移も分かっている。破壊と死を撒き散らし、人類に拭えぬ血の咎を与えた世界大戦の存在もな。

 その発端となった我が祖国。先の大戦の敗北は今も民を蝕んでいる。他国への賠償、破綻する財政、秩序は意義を失い、現実から逃避して凶行に走る畜生どもが跋扈し出す。果てに困窮した民が縋ったのは、口先ばかりが回る歪んだ独裁者だ。

 そんな一人の男に狂奔され、自国民と他民族の屍を山と築きながらの戦争の結末は、国土の悉くを蹂躙された大敗北。国は東西に分断し、屈辱と疑心暗鬼の汚泥に叩き込まれた民たちは、夫婦親子ですら裏切り傷つけ、正義道徳の価値など遠い彼方に忘れていく。

 なんだこれは、ふざけるなぁッ! こんな未来を知らされて、何もしないなどという事がどうして出来る!?」

 

 第二次世界大戦。人類史上最悪の人死を招いた空前絶後の大戦争。

 世界は二つの勢力に二分され、まさしく世界中が戦場と化した。

 そして、敗戦国は悲惨の一言。核を撃ち込まれ、首都を蹂躙され、民は焦土の中からの再起を余儀なくされたのだ。

 

 最悪の未来への萌芽は、既に芽を出しつつある。

 二十年とない未来、真実の時代に生きる彼らはその悲劇と直面する事になる。

 

「栄光も勝利も、全てが無残に砕け散った。そのような未来を、俺は断じて認めない。

 未来を覆す。他の誰にも出来んのなら、この俺が。それを為すため、夢の力を持ち帰る」

 

「母国の勝利を求めて、邯鄲を兵器にするつもりか?」

 

 戦争における自国の勝利。それはある意味で真っ当とも言えるだろう。

 誰とて戦争となれば自国の勝利を願うもの。そのために力を求める事は何ら不思議なことではない。程度の違いこそあれど、愛国者ならば誰もが同じ事を思うだろう。

 

 だが、果たしてそれだけなのだろうか。

 この英雄が持つ狂気にも似た意志の大火は、そんな真っ当な願いに終始するのか。

 

「いいや、もはやそれだけの勝利では足りん。たった一つの勝利で、この脚は止められんだろう。

 先に語った凶事とて、所詮は氷山の一角に過ぎん。如何に取り繕おうが何処も同じ、自国の優性を声高に叫びながら、裏では悪辣さが幅を効かせている。

 その歴史を知っている。知るが故に、俺はそれを看過できん」

 

 クリストファー・ヴァルゼライドは、悪を許せない。

 正義感からではない。そんな生易しいものでは、彼の激情は表せない。

 不正、欺瞞、悪徳の数々。正当な真実が通らず、闇へと葬り去られる理不尽、世に蔓延る醜さを、ヴァルゼライドは心底憎んでいる。塵も残さず滅ぼしたいと狂おしく猛っているのだ。

 

 そこに慈悲の寛容さなどあり得ない。

 もはや己でさえも止められない憤怒に駆られて、その光は総てを灼き尽くす。

 

「ならばどうすればいい。決まっている。こんな男にやれる事など初めから一つきり、勝ち続けるのみだ、永劫に、総てにだッ!

 ここでお前に勝ち、甘粕に勝ち、世界にさえも俺は勝とう。欧州列強に、赤軍に、合衆国に、敵対するあらゆるものに勝利する。あの歴史の全てを、この俺の手で覆すのだ!」

 

「なんだと!?」」

 

 両雄の応酬が加速していく。

 夢を、その信念の強度を競い合わせるように。

 互いがぶつけ合う力は、吐き出す意気に併せてその勢いを増していた。

 

「馬鹿な、そうやって戦火を拡大させれば、結果としてより多くの血が流される。そんな発想は、それこそアンタが憎む奴らと何も変わらないじゃないか!」

 

「そうだ。俺も奴らと大差はない。所詮は覇道でしか道を拓けん男、邪悪以外の何者でもあるまい。

 だからこそ、俺は勝ち続けなければならない。勝利とは重いのだから、一度その栄冠を被ったならば、もはや軽々とは捨てられん。一つの勝利の後には、また次の勝利を。勝者として、葬ってきた轍の数だけ栄光の天地へと上らなければならない義務がある。

 たとえ俺の存在が、より大きな災禍の元凶になるのだとしても、歩き始めたこの脚は決して止めん。踏み躙った祈りがあるのなら、その分だけ未来を素晴らしいものに至らせなければならんだろう。報いるべきは過去ではなく、未来にあるのだから。

 行き過ぎているのだろう。壊れているのだろう。自覚はしている。だが故に、貫く意志だけは断じて譲れん。この信念の灯が燃え続けている限り、無限の彼方まで覇道を進み続ける。それこそ俺に出来る唯一の報いであるのだから」

 

 されど、それは拮抗状態ではなく。

 譲らぬと吠えた意志に呼応するように、増大していく黄金の光。

 それは仁義の輝きさえも凌駕して、徐々に徐々にと押し込んでいく。

 

「勝利とは進み続けること」

 

 それが英雄にとっての真理。

 勝利とは重く、背負った者に敗北は許されない。

 ならばこそ、進み続けなければならないのだ。一度覇道を志したなら、退路は既にあり得ない。

 言い訳は無用。敗者の理屈など掃いて捨てろ。意志の限りに突き進み、必ずや勝利をこの手に掴むと覚悟せよ。

 

 ――その果てに、全てに報いる栄光があるのだと信じて。

 

「そうやって唯一人で行くつもりか。この邯鄲を単騎で挑んだように、誰にも頼らず己自身の力だけで。それで本当に勝てると思っているのか!?

 人類の歴史でいったいどれだけ、お前のように己の正義だけを信じて突き進んでいったことか。そして例外なく、必ず最後には酬いを受ける。知らないわけではないだろうに」

 

「無論、理解しているとも。誰もが勝利に次ぐ勝利の連鎖に押し潰されて、最後には一つの敗北に微塵と砕けて散っていった。

 だが、ならば膝を折れと? 誰にも出来たことがないから、己にもまた不可能であると。そんな言い訳を盾にして、立ち上がらないことを賢い姿だと言うのか。

 やれると思うか、ではない、必ずやり遂げるのだ。手段の是非ではない。方法論など小賢しい。重要なのは意志の有無。志した信念に殉じ、決して屈しないと覚悟することだろう」

 

 それは、いつか四四八自身が宣してみせたこと。

 その理屈は四四八もよく分かる。今も変わらずそう信じているから、鋼の英雄の意志がまぎれもない本物であると感じ取れてしまう。

 

「お前はどうだ、柊四四八。お前が語った悟り、それは清く美しく正しいが、それだけでしかない。そんなもので世界を変えられると本気で思ってるのか?

 俺に迷いはない。お前が流血を否とした道を歩むのなら、俺は是として押し進む。その不変なる星の光を裡に抱いて、一心不乱に駆け抜ける。元より男の生き様などそれのみで十分だ」

 

 どちらが正しいか、事の是非はそこにはない。

 正義はどちらにもある。人が奉じるべき光であるのに相違ない。

 ならばその優劣とは、純粋なる意志の差異、信念の強度によって決定する。

 

 黄金は何処までも光り輝く。

 他の一切を塗り潰し、己の色彩で染め上げてしまうが如く。

 あらゆる理屈を言い訳と切り捨てて、如何なる理由もその脚を止めさせる枷とは成り得ない。

 

「罪には罰を、悪には裁きを。盧生となり、魔人となりて、やがては世界さえも超越した断罪の光となる。我が名を聞いただけで、悪徳にほくそ笑む奴らの心胆までも凍り付くような、絶対普遍の死の象徴に、あまねく世を照らし暴く人身の明星(プラネテス)に成り果ててしまいたいのだッ!」

 

 紡いだ絆の夢が打ち負けていく。

 素晴らしい輝きであるのは事実、脆弱などと誰が言えよう。

 されど、英雄の光はそれさえも上回る。理想に燃える信念に殉じて、爆発的に増大する意志力だけで総てを圧倒してしまうのだ。

 決して天には上れなかった身でありながら、そんな道理さえ覆してしまう意志の強度。奇跡を成し遂げる魂は、まさしく至上の明星ともなり得る輝きだろう。

 

 仁義の光は高潔だ。万人にとっての価値であるのは疑いない。

 しかし排斥を是としないそのカタチは、覇道の気質に対して他を圧する力で劣るのだ。

 悪を糾し、力ならざる義の精神で説き伏せる事こそ柊四四八の道。だが悪ではなく、不動にして譲らない信念を持った絶対正義を相手に、果たして如何なる対処があるというのか。

 

「無理もッ! 無謀もッ! 知ったことかァッ!!

 征くと決めたから、果てなく征くのだ! この想いは、たとえ神でも止められんと思えッ!」

 

 万感の思いさえ込めた、言霊と共に放たれた一撃が、遂に四四八を圧倒して打ち払った。

 

 身体が熱い。受けた爆光は身を灼いて、憤死しかねない激痛が襲っている。

 しかしそれ以上に、四四八を打ちのめしているのは英雄の信念、思い知らされたその強度だ。

 そして悟る。悟らざるを得ない。この男は揺らがない。説き伏せるなど不可能である。クリストファー・ヴァルゼライドは決して挫けないし譲らない。

 

 鋼の英雄が掲げる道は受け入れ難い。

 その中身を目の当たりにすればこそ、認めることは出来ない。

 ならば止めるには、純粋な力で圧するより他にない。そのための終段(しゅだん)が、盧生である柊四四八には残されている。

 

 選ぶことは出来る。止める理由はない。差し迫った選択肢が、四四八の眼前に突きつけられていた。

 

 

 *

 

 

「さて、君の方針は確認させてもらったけれど、実際の勝算はどの程度を見込んでいるんだい?」

 

 こちらの真意を見抜いた上での問いの後、尚も阿頼耶は尋ねてきた。

 

「随分な言い方だな。まるで俺が勝てそうにないと言いたげじゃないか」

 

「然り。私は君で、君という人間の一側面を担うものだ。この問いもまた、君自身の懸念から現れたものなんだよ」

 

 懸念か。それは確かにそうなのだろう。

 決して楽な相手じゃない。いやそれどころか、まるで遥かな格上へと挑むような心境を、今の俺は感じていたから。

 

「ここでクリストファー・ヴァルゼライドを見過ごせば、彼は甘粕へと挑むだろう。まあ普通に考えて、盧生と眷族の関係性からして勝負自体成立するはずがないんだが、甘粕正彦はああいう男だからね。あえて同じ土俵に乗るくらいの事はするだろう。

 だがそれを差し引いても、眷族が盧生に勝てる道理はあり得ない。あらゆる観点から見ても、両者には明確な格の違いが存在している。だというのに、君の本心はこう感じている。"英雄(カレ)"ならば、あるいは、と。

 二番煎じでは先駆者には勝てないという話は先程したね。だがその理論にクリストファー・ヴァルゼライドは当て嵌らない。彼は眷族、言うまでもなく盧生になれるはずもない器だ。それなのに一切頓着せず、道が見えないままに走り続けている。その意志は些かも衰えていない。愚かだろうが、同時に甘粕でさえ成し得なかった前人未到の道でもある。

 資格を持たなかった者が、最初から天に選ばれた者を凌駕する。この手の逆転劇は君たちも大好きだろう。そんな英雄像を芯から体現できる彼は、とても強い。異常なほどに強すぎる人間だ。それこそ"我々(ニンゲン)"から外れてしまいかねないほどに」

 

 阿頼耶が言わんとしている事は分かる。

 あの男は強い。これまでの邯鄲の誰よりも、その意志の強度は桁違いだ。

 それこそ、甘粕正彦にさえ届きかねないのではと思うほどに。盧生と眷族の格差を理解していても、一抹の可能性を捨てきれない。

 彼とは歩む道が異なる事は理解している。それが決して交わらない道であると、譲れないと思うからこそ、俺はこうして赴こうとしているんだ。

 

「そんな英雄と、君はよりにもよって信念の如何で決着を付けようとしている。あえて言わせてもらえば、それは蛮行だとも言えないかな?

 君は感じているんだろう? 英雄の勝利の可能性を。だが言わせてもらえば、その時点で君は彼の夢に嵌っている。柊聖十郎の悪性とは違い、善性の祈りを力と変える英雄の夢から、柊四四八は決して逃れられない。

 むしろ盧生だから嵌るんだよ。性質はどうあれ、盧生とは人の価値を尊ぶ者だからね。よほどの例外でも無い限り、英雄を得難い光だと認めることに否など無いだろう。

 その上で終段(きりふだ)までも封印するとなったら、不利は君の方になるんじゃないかな。言っただろう、彼は強い。クリストファー・ヴァルゼライドこそ、人類最高峰の強者だと認めざるを得ない。果たして君でも勝てるかどうか、疑問なところだ」

 

 いちいち痛いところを突いてくれる。そして間違ってもいない。

 阿頼耶が語る事はそういうことだ。こいつは俺でもあるのだから、その所感は俺自身のものということになる。

 俺では英雄の夢から逃れられない。それから逃れる事は、つまり意志が成す光を認めるのを拒むことだ。そんなものは俺の悟りから大きく外れている。

 善性だからこそ認めなくてはならない。認めるからこそ夢の術中に嵌ってしまう。阿頼耶が言う通り、俺の戦い方は愚行だとも言えるのだろう。

 

「あの英雄を斃す上で、最も有効なのは有無を言わさぬことだ。君の眷族(みずき)がやっているように、道理や正義なんて無視して潰しに掛かってしまえばいい。別に意志が強ければ正しい勝者であるなどと、世界はそんな単純なモノではないだろう。

 クリストファー・ヴァルゼライドは強い人間だが、決して盧生にはなれない人間でもある。なので私としても、君がここで斃れるような展開は避けたい。

 協力すると言っただろう。"手段"はいつでも用意していると、それだけは伝えておきたかった」

 

 問答無用の手段、英雄を潰すための神格(へいき)は、この手にある。

 それを使えば勝てる。勝てる、のだと思う。断言し切れないところが、まさに英雄の夢に嵌る要因なのだろうと理解している。

 この手段に頼るのなら、そもそも戦う事自体に意味がない。それでもこうして告げるのは、戦って及ばなかった時に、それに頼る事を躊躇わせないためだろう。

 そのために終段を使うのを、阿頼耶は止めようとはしていない。それで俺の悟りが崩れる事はないのだと言外に教えている。

 

 クリストファー・ヴァルゼライドの業とは、それほどに深い。

 もはや人の枠組みからすらも外れようとしている異常な信念。行き過ぎようとする意志を止める術はないのかもしれない。

 他ならぬ阿頼耶がそれを認めている。彼を砕くためならば、手段の是非さえも問わないと。

 

 鋼の英雄は、盧生にはなれない。

 それは強さの問題じゃない。それとは別の領域で、彼は人類を背負う器と成り得ないのだ。

 その理屈も、何となくだが分かり始めている。あれほどに憧憬を集め、人という全に尽くそうとしている男が、何故人類の代表者(ヒーロー)を名乗れないのか。

 

「……ああ。だからこそ、俺は行こうとしているのかもな」

 

 きっと彼自身は、その理由を履き違えているだろうから。

 要は放っておけないって事なのかもしれない。敬意を抱くとはそういうこと。ただ奉じて済ますだけが尊敬の表し方じゃあないだろう。

 俺の悟りとは人の繋がりを信じること。俺と紡ぐ縁によって、彼という人間がより善きものに変わるよう願い、そのために動く。

 盧生だからではなく、何かの義務があるわけでもない。ただ、俺がこう在りたいだけなんだと、素直に思って動くことが出来るから。

 

「勝算なんて無いんだがな。どうやら俺は、意地でも英雄(あいつ)に道を曲げさせたいらしい。ここで俺からやり方を曲げるのが、どうあっても我慢ならないみたいだ」

 

 大体、俺の仲間たちが随分とやられたのだって知っているんだ。

 そりゃ現実に戻ればあいつらだって目覚めるだろうが、それで納得できるものじゃないだろう。

 借りは返してやらなきゃならない。そしてそれは、俺たちが信じるもので膝を折らせてやることだ。奴のやり方とは正反対の道で、真っ向から打ち勝ってやる。

 

 ああ、要するにだ、完膚なきまで叩きのめしてやりたいって思うくらい、俺だって怒っているんだよ。

 

「……やれやれ、まったく。甘粕も相当なものだったけど、君もたいがい馬鹿だよね」

 

 

 *

 

 

 崩れ折れかけた脚に力を込める。

 光は容赦なく蝕んで、受けた損傷は致命と呼んでも差し支えなかったが、それら諸々知ったことではないと、相手に倣って気合い一つで何とかしてみせる。

 

「……言いたい事は、それだけか?」

 

 対峙する英雄に隙なんて欠片もない。

 慢心もしないし、油断もない。それだけ真剣だということで、この邯鄲に臨んだ誰よりも切実な思いが表れている。

 だからこそ強い。何処までも本気の思いがあったから、この英雄はこれほどの力を獲得できたのだろう。

 その身の上は不遇だったと聞いている。きっとそのために、都合の良い夢に縋っても無意味だということを知っているんだろう。

 だから努力を重ねる。弱音も吐かず、脇目を振らずに真っ直ぐと。

 夢の力を求めていながら、その視点は現実に沿っている。現実を見据えながら、魂だけはその現実を覆そうと猛っているんだ。

 

 改めて思う、強い人だと。

 狂っているのかもしれない。異常者だとも言えるだろう。だが同時に、輝いてさえ見えるその強さには、焦がれる思いを抱かずにはいられない。

 それを否定することはしない。まぎれもない光の価値だと、まずは認めて受け入れよう。

 

「口を開けば覇道、光、断罪と。雄々しく在ればそれでいいなどと、単なる甘え。人はそれだけで生きてはいないし、それのみで生きれるほど単純じゃない」

 

 そしてその上で、俺は英雄(アンタ)の在り方を否定する。

 アンタにとって必要なのは、ただ盲目的に光を讃える事じゃない。

 誰も止められる奴がいなかった英雄の道に、俺が待ったをかけてやる。

 

「断言してやるぞ。今のままじゃあ、アンタは決して望む力を掴めない。何を悟らなけれならないのか、それを履き違えている限り、いつまでもな」

 

「……なんだと?」

 

 英雄(カレ)は言った、自分は悪を許せない。

 在るがままの人間を認める事が出来ない。その歪みこそ、己が盧生になれない要因だろうと。

 

 けどな、俺はそうとは思わないんだ。

 

 盧生なんて言っても、実状はそう大したものじゃない。こうして至った今ではよく分かる。

 盧生が複数いるように、その悟りも千差万別。俺たちが身に付けるのは、唯一無二の真理なんて大それたものじゃないんだ。

 むしろ普遍的なもので、言うなれば単純な理屈。盧生の力とは支持者の数で決まるのだから、それこそみんなが聞いても分かりやすいようなものじゃないと意味がない。

 

 そういう意味では、英雄の掲げる理なんてのは、むしろ理解されやすい部類だろう。

 罪には罰を。悪事には、相応の報いを。これは恐らく、相当数の共感を得られる概念じゃないのか。

 決して誰にも理解できないものじゃない。俺たちは覚者じゃないんだ。一方的な見方だからと、それで盧生の資格の有無に繋がるとは思えない。

 

 俺だって悪は嫌いだ。そのまま受け入れるなんて真似は出来ない。

 甘粕なんてそれこそだろう。奴は確かに悪さえも讃えられる度量の広さを持っているが、一方で人の弱さを認められない。在りのままの人間を受け入れてるとは到底言えまい。

 それに受け入れるのだって、行き過ぎれば無責任とも言い換えられる。ただそれも良しとだけ告げて、一切の改善を行おうとしないのは、単なる無関心と何が違う。

 

 盧生なんて、そう大したものじゃない。

 涅槃の境地には程遠く、むしろ極端な人間らしさを持っている。それでいて、頭の何処かのネジが外れているような人種なんだろう。

 人間らしくなければ、共感は得られない。馬鹿でなければ、心からの人間賛歌なんて歌えない。大人物なんて柄ではなく、言ってしまえば子供っぽいところがあるものなんだよ。

 

 だからきっと、アンタの考えは筋違いだ。

 信念の形が間違っているからじゃない。その進み方が問題なんだ。

 

「アンタの、英雄の信条には、他人の存在が何処にもいない」

 

 己一人で、唯一つの光になろうとする在り方。

 アンタの考え方の究極は、全てを自分だけで成し遂げられるようになること。

 他人のことを信じようとせず、必要ともしていない。敬意は抱けても、共感して手を取り合おうとはしないんだ。

 

 なあ、分かるだろう。それじゃあ届くはずがないんだよ。

 

「盧生が触れる阿頼耶とは、人類全体の繋がった意識の集合。盧生とはその支持の下、それらが織り成す力を借り受ける者を指す。そこにはまず、自分でない誰かの協力が前提にあるんだ。

 だというのに、アンタはどうだ? 誰もが強すぎる輝きに浮かされて奉じるばかり。本当の意味での理解はなく、またアンタも必要としていない。

 その力を求めながら、一方で手を取り合う事を不要という。思い違いも甚だしい。英雄として進めば進むだけ、アンタは阿頼耶から遠ざかっているんだ」

 

 あの甘粕でさえ、根底には一人一人の目覚めという祈りがある。

 この英雄には何もない。自身が強く雄々しいばかりで、他人にどうなって欲しいという思想が欠落している。

 その祈りは誰とも繋がっていない。進めば進むだけ、他人との繋がりを断っていくものだ。

 

 この男は、他人の幸福を願えても、それを形として思い浮かべる事が出来ない。

 人を、全体多数という記号でしか語れない。その欠陥こそ、クリストファー・ヴァルゼライドが盧生足り得ない何よりの要因だ。

 

英雄(アンタ)は、たとえ盧生より強くはなれても、盧生になる事は出来ないんだ!」

 

「――――ッッ!!??」

 

 無論、本当のところは分からない。

 あるいは資格の有無に関しては、純粋に先天性なのかもしれない。

 盧生であっても全てを知ってるわけじゃない。分からない事は分からないし、真理なんて口に出来る柄じゃないけど。

 

 それでも、盧生云々でなくとも、人間の道理として歪んでいるのは明らかだろう。

 人は一人で生きてはいない。生きる事は、それだけで自分以外の誰かの助けを受けること。

 たとえどんなに強くても、それを失念してはいけない。自分だけの正義で何もかも押し通すなんて、どれだけ正しくともやってはいけない事なんだ。

 

 ならばそれを挫き、糺す。より善き処へと願いを込めて、誰にも出来なかった事をやってやる。

 

「分かる気がするよ。もしも仮に、アンタにも盧生の試練があれば、それがどんなものになるのか」

 

 俺にとっての親父、柊聖十郎がそうであったように、人には誰しも、目を背けて拒絶する事でしか対処できないものがある。

 盧生の試練とは、それと向き合うこと。逃げ続けていた事柄を乗り越えて、至った悟りに芯を与える行程だ。

 そうする事で盧生として、何より人間として完成する。繋がりを否定したくてたまらなかった、あの邪悪そのものな父さえも受け入れる事で、俺は真の『孝』の心を理解できた。

 

 信念そのものは変わらない。それでも試練を経ることで、俺の悟りからは迷いが晴れた。

 あれは必要な事だったのだと理解している。そうでなければ俺の心は無自覚なまま、拭えない陰を抱えていただろう。

 乗り越えるべき難問。そんなものがこの男にもあるのなら、きっとそれは――

 

「"敗北"を受け入れろ。きっとそれが、アンタが越えるべき試練になる」

 

「――戯れ言を」

 

 返されたのは予想の通り、歯牙にもかけず切り捨てる物言いだ。

 

「前提から破綻している。如何なる試練も、越えてこそ獲得の意義がある。敗北から学べとは言うが、それも再起の意志があってこそだろう。敗けに屈してしまえば、勝利などあり得ない。受け入れるなど論外だ」

 

 勝利とは重いもの。その考えが前提にあるから、英雄は譲らない。

 勝利を重ねれば重ねるだけ、自身にのし掛かる期待と責務。それらの重みを背負えばこそ、ただの一度の敗北だって許されない。

 だって、敗北とは時として、勝利でさえも償えないものだから。勝利を重ねて得た栄光も、一つの敗北でこの手の内より零れ落ちる。

 だから敗けない。意地でも勝つ。進み続ける事だけが、英雄にとっての勝利であるから。

 

 と、そんな風にでも思っているのだろう。

 だからそんな、見当違いな答えが返ってくる。

 敗北を受け入れる。その意味がどんなものなのか、この男には分かっていない。

 

 故に、俺も覚悟を決めた。

 

「いいさ。アンタほどの頑固者に、言葉だけで伝わるとは最初から思っていない。あとはこの夢で分からせてやる」

 

 それと同時に、もう一つ。

 どうしても言っておきたい宣言を、矛を交える前に告げておく。

 

「勝利とは受け継がれること」

 

 俺が得た悟り、その道理より紡ぎ出された勝利のカタチ。

 それは英雄のとは明確に違うもの。一言に納めたこの意味を、英雄へと突き付けた。

 

「言葉の意義は、俺自身の力で証明してみせる。教えてやるさ、俺の勝利がどんなものか。

 そして、アンタにとっての敗北もな。負かしてやるよ、英雄。せいぜい心して受け止めろ」

 

 語るべきは語った。後は力でもってこの意を示すのみ。

 些か野蛮であるのは否めないが、こういうノリだって望むところだ。理屈がましく言葉を並べ立てるよりも、拳で伝えてやる方が納得しやすいというものだろう。

 

 俺自身で受け入れろと言ったんだ。アンタが兜を脱がざるを得ないような、完全な敗北ってやつで決着をつけてやる。

 

「いいだろう」

 

 猛り燃える意志の熱を感じる。

 俺の指摘にも動揺せず、それどころか戦意をより高揚させて、強大化した英雄が対峙してくる。

 信念を譲らないのは向こうも同じ。分かっていたことだが、改めてこの男の強さ、雄々しい意志力を思い知った。

 宣誓した通り、進み続ける勝利の道を貫くために、微塵に砕けるその瞬間まで、クリストファー・ヴァルゼライドは邁進を止めはしないだろう。

 

「ならばその矜持、見事俺に届かせてみせろォッ!」

 

「応ッ!!」

 

 ならばこそ、俺もまた決して敗けないと意気を吐く。

 同じ光を奉じた者同士。理解はするし敬意も払おう。

 だからこそ譲れない。共に己の正義(ひかり)を信じているから、言葉だけでは到底止まれない。

 

 ああ、所謂馬鹿というやつかもな。だったらせいぜい馬鹿らしく、小細工抜きでぶつかり合うぞ!

 

「急段・顕象――――天霆の轟く地平に、闇は無く(Gamma-ray Keraunos)

 

 爆発的に増大する夢の波動。

 強大が過ぎる輝きの熱量が、肌を通して直接伝わってくる。

 

 クリストファー・ヴァルゼライドの急段。

 それは己への賛辞、畏敬を力と変える英雄の夢。

 人々がその奇跡を、英雄の勝利を信じる限り、彼という個我はどこまでも強くなる。

 たった一人の漢を高みへと上らせる英雄賛歌。まぎれもない英雄であるヴァルゼライドだからこそ、その夢からは何人も逃れられない。

 

 無論、それは俺だって例外じゃない。

 阿頼耶が言った通り、盧生だからこそ英雄の急段(ユメ)には嵌る。嵌らざるを得ない。

 不遇から這い上がった努力も、不可能を成し遂げる意志も、どれも人が持つ素晴らしさ、奉じるべき光の要素に違いない。

 それを否定する事は出来ない。心からの敬意を感じている。そして成立した協力強制は、俺という盧生の力を踏み台にして、英雄を更なる高みへと覚醒させた。

 

 圧倒的、その一言に尽きる。

 極限にまで収束し、その上で増大を続ける光の尖塔。

 刀剣という元の形状さえも覆い尽くして掲げられる光剣は、もはや近付いただけでも灼き尽くされる熱量と化している。

 まさしく英雄を象徴する輝きそのものだ。焦がれるほどの輝きに溢れ、しかし近付けば総てを諸共に壊さずにはいられない。

 その光は孤高にしか在れない。独りきりで邁進する英雄の覇道、その強さは認めよう。だが俺も、それに膝を折るわけにはいかない。

 

「ああ。遠慮なく持っていけ。俺は初めから、アンタの夢から逃げようなんて思っていない」

 

 他者を認め、尊重すること。それは断じて誤りではない。

 柊聖十郎の時とは違う。否定してその価値を貶める事が正しいとは言えないだろう。

 だからこそ、まずは認める。認めた上で、尚且つ相手を打ち負かす。柊四四八が掲げた仁義の信条とは、糺して赦す道であるのだから。

 

「急段・顕象――――」

 

 意識の奥に繋がる人々の無意識へ向けて、俺は問い掛ける。

 皆はどうしたいのか、どう在りたいのかと。各々の心に問いを投げているのだ。

 ただ一人の英雄に任せるのではなく、危機に直面して否応なしに立ち上がるのでもない。

 誰もが本当は、正しく強い在り方に憧れているはずだから。とても難しい夢のようなものだけれど、そう在りたいと願う心は皆が等しく持っていると信じてる。

 難しくとも、それは単なる夢なんかじゃない。だからどうか、それを証明させてほしい。俺が先を歩くから、この背中に続いてくれると信じさせてくれ。

 

犬江親兵衛(いぬえしんべえ)――(まさァァし)ッ!」

 

 人々に導きを示す指標となりたい。俺が行き着いたその解答(こたえ)

 目標とすべき仁義の姿を示し、己もその背に続かんとする思いを呼び起こす。そうして目覚めた数だけ協力強制を成立させる急段。

 盧生としての俺の夢とは、人類の意識に直接呼び掛けるもの。この夢を支持してくれる者の数が多ければ多いほど、俺自身の力も膨れ上がる。

 

「それがお前の夢か。己という指標に応じた意志を力と変える。なるほど、相応しい急段だ。人の善性を奉じる夢として、お前こそ盧生と足り得る器に相違はあるまい。

 それは正しい力なのだろう。それは真っ直ぐな夢なのだろう。だが――」

 

「だが、なんだ? 叶わないと言うつもりか? 世は悪意に満ちているから、誰もやり遂げた者が無いからと。

 言葉を返すぞ。()()()()()()()()()。届かせる。いや、届くさ。そのために俺はここに立っている。

 アンタだって、本来はそういうものを求めていたはずだろう。敬意を持ちつつもそれを拒むのは、自分では出来ないものだと諦めたからだ。違うかッ!?」

 

 悪を許さず、正義を成す。

 過激とも思えるその思想も、根底にあるのは世に、人に正しく在ってほしいという祈りだ。

 その思いが強いから、現実の歪みに苦しんでいるんだろう。認めがたいと狂おしく思うから、意志は極端な強さへと走ってしまう。

 

 それが混迷の世であれば、尚の事。

 時は大正、野蛮と同義を残した上で、世界という単位を本当の意味で機能させ始めた激動の時代。文明の発展は他に類を見ず、故にこそ生じる歪みも無視は出来ない。

 多くの歪みが溢れる時代だから、それを塗り潰してしまおうとする信念も強くなる。善しにせよ悪しにせよ、それらが数多の意識改革の原動力となったのは事実だ。

 そうした意味では、クリストファー・ヴァルゼライドとは時代の寵児とも呼べるだろう。混沌を制するために時代が遣わした破壊の使徒。少なくとも、その環境に彼という英雄の誕生の一因があった事は間違いないだろう。

 

 それでも、俺は思うんだ。人の強さはそれだけじゃないって。

 英雄の光のように分かり易く、見えてなければ価値もないなんて、そんな戯言には頷かない。

 

「平穏な時代だからこそ、見つけられる光がある。戦乱の時代ならば見向きもされないような、それでも人を惹きつけて止まない仁の道義。あの百年後の未来があったから、俺はそれを知る事が出来た。ただ軍属として護国大義の使命に動いていただけじゃあ得られなかった。

 確かに、非情さが消えた分、俺は弱くなったとも言えるんだろう。それでも、俺はこれを誇りに思う。単なる未熟な青臭さとは呼ばせない。ましてそれを指して、堕落であるなどとは、誰にも言わせるものか!

 もう一度言うぞ。俺は敗けない。英雄(アンタ)に出来なかった事を、俺の手で成し遂げてみせる」

 

「……そうだな」

 

 互いの掲げる光は、既に示された。

 恐らくはこれが、最後の問答になると予感しながら、相手からの答えを聞く。

 

「俺にはどうやっても、お前のような事は出来ないのだろう。どれだけ光を奉じてみせても、結局は破壊、排除といった方向にいってしまう。

 生来、なのだろうな。そんな環境に産まれたから、悪と不合理の醜さに慣れ過ぎてしまった。もはや本能の領域で、それらを壊さなければ気が済まなくなっている。

 餓えているから求めたがる。下層から上層へ、上位に在る者を喰らい、追い落とす術に長けている。俺の本質とは、その程度の卑しいものなのだろう」

 

 己の歪みも、本質にある卑小さも、この男は承知している。

 自分という現実から逃避した軟弱者ではない。そんな輩とは覚悟の重みが違う。

 重ねた年月は難関の一言で片付くものではない。それこそ彼以外の誰にも、その辛苦に耐える事は出来なかっただろう。

 それだけの意志がある。矛盾の一切を呑みほして、その道を貫ける鋼の意志。きっとそれは、誰もが目を向け焦がれてしまう輝きだ。

 

「だからこそ、妥協だけは絶対にしない。進むと決めた、だから征く。目の前にどんな悪が、正義が立ちはだかろうとも、中途で脚を止める事だけは決してしない。敗北し砕け散る、その瞬間までは」

 

 そう、だからこそ、この英雄は譲らない。

 背負ってきたものがある。それを無為にしないため、中途で脚は決して止めない。

 その気持ちには深く共感できる。それは俺の悟りにも通じるものだから。それを感じていたから、揺らがない答えも予想していた。

 

 改めて、敬意を払おう。クリストファー・ヴァルゼライド。

 その姿勢、強さに心よりの尊敬を。示される意志の可能性に感服した。

 ならば、俺もまた譲らない。アンタを尊く敬うからこそ、今のままにはしておけない。

 アンタにも繋いでほしいんだよ。この先に、本当の意味で杯を交わせるような、俺が信じる絆の価値を、アンタにも知ってほしい。

 

 激突は避けられない。

 無論、逃げるつもりは毛頭ない。

 決して揺らがない英雄(アンタ)だから、これは必要な事だと認識してる。

 言っただろう、敗北(なっとく)させるって。言葉だけじゃない、分かり易くこの拳で教えてやるさ。

 

 互いの圧力に空間が軋む中、感じるのは静けさだ。

 極限を込めた衝突の前兆。きっと相手も同じものを感じている。

 全身全霊、持てる力の全てを次の一撃に込めた。そこが決着の時だと確信する。

 

 そうして、長く感じられた静寂の後。

 まるで示し合わせたかのように、俺たちは最後の一撃へと踏み出した。

 

 

 *

 

 

 天地が震える。

 世界が鳴動する。

 対峙する二つの夢、互いの力の高まりが、夢界すら喰い破らんばかりに猛っていた。

 

 同時に放たれた一撃は、まさしく至高の極致にある。

 超高密度に収束されながら、されど小さくはない。密度を散らしているのではなく、極限まで収束しながら尚も溢れる出力故に、輝きは巨大に膨れ上がらざるを得ないのだ。

 天にも届かんとする黄金の光は、まさしく総てを呑み込む覇道の輝き。圧倒する破壊、絶対の殲滅をもって事を成すその夢は、夢界最強の呼び名に相応しい。

 

 もう一方は対称的に、規模としては決して大きくはない。

 裸一貫、我が身こそ武器とばかりに、握り締めた旋棍(トンファー)に力を込めて、見据えるのは唯一人。

 余分な広さは必要ない。届かせるべき相手は決まっていて、それ以外を巻き込む事はしない。

 故に規模では劣るとも、力の質では断じて見劣らない。決して曲がらず正道を歩む高潔な精神、正しき仁義の信念を骨子とする輝きは、英雄の黄金光にも匹敵する強さを秘めている。

 繰り出した一打は閃光と化して、破壊の黄金を穿つべく突き刺さった。

 

 二つの光が拮抗する。

 両雄共に全霊を込めた一撃同士。

 次に繋げる意識はなく、ここで決着をつけると覚悟している。

 故に正面からの真っ向勝負。互いの力と力、単純明快な押し比べが繰り広げられる。

 この押し合いを制すれば、相手に防ぐ術はない。ここが正念場であると理解して、両雄どちらも怯む事なく前へと向けて力を振り絞っていく。

 

 退く事は出来ない。否、退くつもりなど微塵も無い。

 これは信念を懸けた激突。込めるのは単なる力ではなく、己の意志そのものだ。

 気圧されれば押し潰される。何より意志の力こそが強さを左右する世界だから、そのような惰弱さを僅かでも混じえてはならないのだ。

 慎重ささえ今は不要。必要なのは何処までも貫き通す決意のみ。共に人類の最高峰たる意志力の持ち主、英雄同士の激突はまさしく信念の戦いに違いなかった。

 

 片や、鋼鉄の精神で邁進する破壊の英雄。

 志すのは覇道。己の渇望で世界をも塗り潰さんとする征服の意志。

 その道にあるのは勝利。善も悪も、数多のものを轍と変えて、果ての栄光を求め続ける。

 幸福を願いながら死を振り撒く。そんな己の矛盾を承知しながら、迷いなど振り切って英雄は勝利を目指す。

 

 片や、千の信をもって絆を結ぶ仁義の英雄。

 志すのは指標。世の人々に在るべき姿を示し、誇りある先達として後進の導きとなる。

 それだけの力を持ちながら、己の信条だけで世界を塗り替えようとは決して思わない。人は、各々の力で正しく自立していけるのだと信じている。

 悪く言えば放任とも呼べるだろう。だが無責任に放置するだけではない。ともすれば最も難しい道を、一片の迷いも持たずに英雄は勝利を目指す。

 

 彼らは光。

 前へと向かうその意志は揺らがない。

 ならば勝敗を決めるのは意志の強度。より獰猛に勝利を渇望した者にこそ軍配は上がるだろう。

 これは闘争、凄絶なる人と人との喰い合いなのだから。より強く、敵対する者を討ち滅ぼさんとする方が勝利に近づくのは当然の帰決だろう。

 

 しかし、果たしてそれだけなのか。

 憎むべき敵ならば、倒すべき悪ならば、道理はそこにあっただろう。

 此度は違う。彼らは共に光を持つ者、相手に対して確かな敬意を抱いている。

 拮抗する両雄の天秤。力で差が生じないのならば、それを左右するのは、あるいは――

 

「「オオオオオオオオオオォォォォォォッッ!!!!」」

 

 極限の先の更なる極限、限界を越えたその先で彼らは力を振り絞る。

 

 黄金と閃光。

 不屈にして譲らない夢と夢。

 破壊の圧が、貫く思いが、前へ前へと押し合って、敗けるものかと意気を吐いている。

 永劫に終わらないとも思える拮抗。それでも、終わらないものなど無い。終幕の刻は唐突に、拮抗した状態であればこそ、ささやかな傾きでも終わりへと流れ込むだろう。

 

 光に亀裂が生じる。

 膨大なる力と力、その均衡がついに崩れる。

 生じた亀裂から貫いて、貫いて貫いて、突き抜けて――

 

 一条の閃光が、黄金の波濤を貫き穿ち、その先に在るヴァルゼライドへと突き刺さっていた。

 

「……見事。ならばこそ、俺への"勝利"を、その背に負って進むがいい。

 いつか、たった一つの敗北で微塵に砕けるその日まで。

 それこそが、勝者たる者の宿命なれば――――」

 

 己の敗北を悟り、英雄たる男は勝者へと祝福(のろい)を告げる。

 勝利は重い。人は勝利からは逃れられない。その宿業が重いほど、背負った者の重責は増し、逃れることは許されなくなる。

 それこそ勝利に憑かれた英雄の道筋であったから。故に疑問など思わず、これより更なる重責を背負うであろう男へ向けて、ヴァルゼライドは言葉は残した。

 

「まったく、アンタは。まだ分からないのか」

 

 だからこそ、そんな相手の分らず屋ぶりに、四四八は心底から呆れていた。

 ここまでくれば感心するしかない。その筋金ぶり、それ故の強さだと思えば、なるほど道理だとも納得できた。

 

「俺は、俺たちは独りじゃない。肩を並べるべき仲間があり、未来を託すべき後進がいる。そんな人々との絆を奉じる道筋こそ、俺が至った悟りだから。

 ここまでの邯鄲だって、俺一人で勝ちきれたものなど一つも無かった。甘粕然り、柊聖十郎も、神祇省も、百合香さんや空亡だって、俺一人ではどうしようもないものばかりだった。

 だがな、それこそ人としての当たり前ってやつだろう。何でもは出来ない、人はどうしようもなく弱さを抱えたものだから、だからこそ誰かに頼ってそれを補おうとする。

 ただ度を超えて抜きん出た強さだけで、ひたすらに押し進める覇道など、誰も並び立てはしないし、後を継ぐなんて不可能だろう」

 

 晶の優しさがあったから、逆十字の闇を打ち祓えた。

 歩美の視点があったから、盲打ちとの盤面でも読み勝てた。

 鈴子の性質があったから、人と獣とを間引く礼を得られた。

 栄光の誠心があったから、空亡を鎮めることができた。

 淳士の孤高があったから、百合香の孤独から逃れることができた。

 水希の弱さが無かったのなら、こうして再起の機会そのものがあり得なかった。

 

 強さばかりではない。

 時には弱さ、歪さにしかならないものが、道を切り開いた事もある。

 人の繋がりとは分からない。確実ではないからこそ、思わぬ素晴らしさも現れる。

 あるいはそれこそが、未来を繋げる事だって大いに有り得る。省みれば人の歴史だって、そうした衝突と偶然の価値によって築かれている。

 全ては可能性だ。人と人との繋がり、歪みや悪意までも含めてそこに調和を見い出した柊四四八だからこそ、勝利に憑かれる英雄の道に否と告げた。

 

「全てに勝とう、なんて思わない。時には敗けてしまう事だってあるだろう。だがそれで終わりじゃない。そこに標を残せたなら、その精神は誰かへと受け継がれて続いていく。

 ()()()()()()()()()()で、俺の道は途切れない。たとえもし、俺が中途で斃れるような事があったとしても、正しい意志はいつか必ず勝利に辿り着けると信じている。

 その連鎖、人と人とが繋いでいく仁義の継承こそ、俺が歌いたい人間賛歌だから」

 

 全てに勝利する。唯一人、雄々しき英雄の強さでもって。

 極論だが、それも真理ではあるだろう。あるいはこの英雄ならと、そんな思いが無いわけではない。

 けれど、それでは駄目なのだ。仮に常勝不敗を貫けたのだとしても、どんな人間にだって終わりはくる。そして受け継げる者のいない信念は、その時点で無為となってしまう。

 

 たとえ先駆者が斃れても、託すべき誰かがいるなら道は続く。 

 勝利とは受け継がれるものだから。繋がったその先で、真なる"勝利"へと至れたならばそれでいい。

 それは終わった先でも続いていく。普遍の概念として何処までも広まった在り方が、いつか世界を素晴らしい場所にまで導いてくれるから。

 柊四四八は信じている。自分が示す指標は、必ずや明日へと繋がっていく。夢見たあの百年後の未来へと、千の信を必ずや届かせようと誓っているのだ。

 

「それこそが仁義八行。俺が至った悟りであり、掲げるべき戦の真だ!」

 

 そしてそれこそ柊四四八の"勝利"であると、微塵の迷いも持たずに宣言した。

 

「ふ、はははは……」

 

 そんな、馬鹿げた宣言を大真面目に口にする男に、ヴァルゼライドは破顔した。

 

 なんだそれは、青臭いにも程がある。

 そんな理想論を振りかざして、お前は本気で実現できるつもりなのかと。

 そう問うたとしても、きっと答えは決まっている。それが分かってしまうから、どうにもおかしく思えるのだ。

 

 だって、クリストファー・ヴァルゼライドはどうしようもない破綻者だから。

 

 報いると誓った。涙を糧に、明日の笑顔へ変えてみせると。

 だが同時に理解していたのだ。己の道の先に、真の安寧の世界などあり得ないと。

 繁栄は出来るだろう。栄光は手にするだろう。しかしどれだけ勝利を積み上げようと、望んだ理想には決して届くことはない。

 

 あらゆる正しさが報われて、法と道徳が罷り通る、理想の世界。

 もしもそのような世界に至れたのだとしても、そこにヴァルゼライドの居場所は無い。

 鋼の意志で押し進む殺戮の絶対正義。処断、粛清といった方向性でしか善性を体現できない。

 そんな己の歪さを知っている。知りながら、しかしどうしようもないのがクリストファー・ヴァルゼライドという男だから。

 

 そんな世に至ったのなら、その時こそ己という邪悪を断罪する時だと覚悟している。

 だが、信じてもいなかったのだ。悪性を切り捨て、切り捨てて切り捨てて、削り取っていった果てには善なる世界が訪れるなどと。

 己にあるのは愛などではない。根底にあるのは怒り。悪の醜さが耐え難いという憤りに他ならない。どんな大義を掲げても、その本質からは逃れられない。

 クリストファー・ヴァルゼライドはどうしようもない塵屑だ。そんな男に理想の安寧が実現できるはずもない。それでも勝利とは進み続けるものだから、終わりがないと知りながらも歩き出したこの道を、最期の瞬間まで歩き続けるより他に処方がなかった。

 

 だというのに、この男は、己が諦めた理想に、本気で届かせるつもりだという。

 それも、まるで子供が夢見る英雄物語のような、青すぎる空想論でだ。

 本来ならば馬鹿馬鹿しいと一笑に付すところ。なのにその信念はあまりに真っ直ぐで強く尊いものだから、笑い捨てることがどうしても出来なかった。

 

 だから、勝敗を分けた要因も、やはりそこにあったのだろう。

 

 強く雄々しき鋼の英雄の有り様に、柊四四八が敬意を抱いたように。

 己が諦めたものを真っ直ぐに信じ抜く柊四四八に対し、ヴァルゼライドもまた憧憬を抱いていたのだ。

 

 急段の協力強制。

 互いの合意によって成り立つ夢は、そこに嵌った深さによって強度が変わる。

 柊四四八の抱く敬意よりも、ヴァルゼライドの憧憬の念がほんの僅かに上回ってしまった。

 どのような覚醒も意味はない。他でもないヴァルゼライド自身の同意であるのだから、抱いた憧憬がある限り、彼の敗北は必定であったのだ。

 

「ならば進め。その青く強い信念を抱いて、迷いなく、果てまでも。

 この俺を"敗北(なっとく)"させたのだから、逃げ出すことは許さない。

 絆を結んだ仲間とやらと共に、受け継がれるに足る"勝利"を目指してな」

 

 あるいはそれが、自分が夢見た理想に繋がるのならば。

 勝利を背負うのではなく、託す。考えたこともない、想像さえ出来なかった。

 それでも、こうして敗れた以上は是非もない。そこにはより尊ぶべき光があるのだと信じて、道を託すより他にはないだろう。

 

 そんな奇妙な納得と共に、己の信念が砕ける音を、どこか満足気に英雄は聞いたのだった。

 

 

 *

 

 

 目覚めた意識がまず捉えたのは、見慣れない天井だった。

 

 寝かされていたと思しき身体を起こし、意識は現状を確認していく。

 ここは邯鄲ではない。現実の、日本帝国の遥か彼方にある我が祖国。

 眷族としての繋がりは感じない。柊四四八との敗北を受け、もはや資格なしと見て舞台から退場させたのだろう。甘粕正彦の公平さは、たとえ友と期待した男であってもぶれることはない。

 

 そうだ。自分は敗れた。

 あの先の舞台に立つ資格を失ったのだと、ヴァルゼライドは理解した。

 

「クリス!? おい、クリス! 目覚めやがったのかよ、お前!」

 

「……アルか」

 

 アルバート・ロデオン。

 同期の軍人であり、友人。幼き時分より過ごしてきた無二の仲でもある。

 狼狽えた様子が伝わってくる。それはそうだろう。この身に起きた事情の一切を、アルバートには伝えていないのだから。

 

 彼だけに限らない。

 実在として知った邯鄲の法。その力の強大さは、無作為に広めるには危険すぎる。

 甘粕なら歓迎するのだろうが、ヴァルゼライドは混沌の世など望んでいない。

 何より単騎で成し遂げると決意した。己の道に親友(とも)は不要。頼るべきは独力のみと定めたのだから、半端はあり得ない。

 

 だが、それももう終わった。

 自分は敗れたのだから、もはや如何なる決意も無意味だ。

 ならば隠しても仕方ない。少なくとも目の前の友にだけは真実を打ち明けても良い。それくらいの信用はヴァルゼライドの中にもあった。

 

 そうしてヴァルゼライドは語り出す。

 人の無意識、夢を介して果ての阿頼耶を目指す邯鄲の法。その後に得られる盧生の力、夢を現実へと持ち出し、人が崇め奉る神格すらも操る存在を。

 その座へと至るため、己が挑んだ戦いの全て。果ての結末に至るまで、一切の隠し立てもせずに語り通した。

 

「――というのが、俺の身に起きたことの概要だ。信じるか?」

 

「いや、待て。待て待て。夢? 盧生? 集合無意識? なんだそりゃ、話が突拍子もなさすぎるだろ。いきなり言われて信じられる話じゃないぞ」

 

 その答えは真っ当なものだろう。

 邯鄲法も盧生のことも、言葉にすればこれほどに荒唐無稽で胡散臭いものはない。まともに信じろという方が無理な話だ。

 

「相手がお前じゃなかったら、俺だってただの妄言だと切り捨ててたろうよ。だが、他でもないクリス、お前からの話じゃあな。そんな神妙な顔したお前はよ、それこそ世の中が引っ繰り返ったってくだらない冗談なんざ言わねえだろうよ」

 

 向けられる言葉に、信頼の厚さを感じさせる。

 二人の間にある絆は本物だ。積み重ねた時間も、育んだ思い出も、そこに価値を認めているのはヴァルゼライドも同じなのだから。

 

「ああ、だから今更、証拠がどうだのと騒ぐつもりはねえ。とにかく、お前は何か大それた事をやらかそうとしていた。それだけ分かりゃいい。

 俺が訊きてえのは一つだけだよ。なあ、クリス。なんでその話に俺を噛ませなかった?」

 

 そう、絆を確かなものと信じるからこそ、その反応もまた予想がついた。

 

「巻き込まれて否応なしだったからか? いいや違うな、お前はその程度の奴じゃない。その気になれば、手段なんざどうとでもしちまえる。俺が知ってるお前は、そういう奴だ。

 仕方なしじゃない。お前は意図して俺を巻き込まなかった。俺が弱くて頼りにならんから、任せられずに一人で背負おうとしたんじゃねえのか?」

 

「その通りだ。お前の性質はよく知っている。だからこそ、力不足と判断した」

 

 アルバート・ロデオンとはそういう男だ。英雄の在り方を心からは容認しないと知っていた。

 共に肩を並べるには情が過ぎる。それは支えよりも枷となり、己の覇道を妨げると確信していた。

 ヴァルゼライドの意志はそれを断定する。故に友と呼んだ男であっても、己の戦いに巻き込むことをしなかった。

 

「ったく、はっきり言いやがって。けどなあ、だからって一人かよ。他の誰にも頼らねえで、お前だけで世界なんてもんを背負おうとしてやがったのかよ。

 舐めやがって、この背負いたがりが。誰もそんな事は頼んじゃいねえだろうが。それを勝手に使命だ宿命だのと宣いやがって。お前が背負わなけりゃならない理由なんざ一つもないんだ。

 餓鬼(ガキ)の頃から変わらねえ。自分の純粋さを貫こうと、あえて孤高の道に行く。その上で何が何でも勝ち抜けちまう。たとえどれだけ自分が傷つこうとな。

 変わらなすぎなんだよ、お前は。澄まし顔でいつもいつも、誰にもやれねえような事をやり遂げちまう。どうして一言、"行くぞ"って言ってくれねえんだ……ッ!?」

 

 クリストファー・ヴァルゼライドは変わらない。

 その信条は鋼の強さ。損得など通り越した領域で、彼は正しさに狂っている。

 それは少年の時分より何も変わっていない。巻き込まれた不良同士の抗争の際、そのどちらにも与さずに己一人だけで全員を相手取った時とまったく同じ。

 どちらにも正義がないと感じたなら、ヴァルゼライドは一人を選ぶ。どれだけ不利になろうとも、己に不純な悪性を混じえる事だけは断固として容認しないのだ。

 もはや正義感の一言で説明できる有り様ではない。どうしようもなく湧き上がる憤慨が、彼を正しい方向へと意地でも突き動かしている。

 

 故に、どれだけその絆が本物でも、頼りとする理由にはならない。

 真に揺るがぬ正道を貫くために、英雄は単騎を選んだ。その決意は変わらない。

 それが求める"勝利"に必要だから。全てに勝ち続けるために、孤高にて手にする強さこそが最善手だと信じるが故に、鋼の英雄の意志は不変である。

 

「……そうだな。挙句にこの結末とあっては、お前の言葉を否定できん」

 

 いや、正確には、不変であったというべきか。

 勝利に憑かれた、勝ち続けなければならない英雄は、敗北したのだ。

 決意も覚悟も、今となっては無用の長物。彼とは真逆の道を行く英雄に敗北を喫したことで、ヴァルゼライドはここにいるのだから。

 

「? クリス、お前……?」

 

「敗北とは絶望だ。どのような栄光も、一つの敗北に微塵と砕ける。それは時に勝利であっても取り戻せず、永劫の禍根として残り続ける。

 故に、戦いに挑む者は断固として敗北を拒む。一度その泥に塗れれば容易には拭えぬからこそ、意志だけは決して屈してはならないと」

 

 ヴァルゼライドの過去に敗北の二文字はない。

 たとえ肉体面で屈する事があろうとも、精神面では断じて屈しない。

 被った敗北の汚点は必ず拭う。異常なまでの勝ちへの執着によって、再戦での勝利を意地でも成し遂げてきた。

 それがヴァルゼライドの人生観であり、不変として揺るがなかった英雄の信念だ。勝ちに懸ける彼の情熱は幼少よりその温度を一度として減じた事はない。

 

「だが、困ったな。敗けたというのに、今の俺はそれを悪いものと思っていない。むしろ奇妙な解放感を覚えている。清々しささえ感じている始末だよ。

 これが完敗というものか。初めて知ったよ。もはや立ち上がろうとする気さえ湧いてこないというのは。それを受け入れている俺自身も含めてな」

 

 だからこそ、だ。ヴァルゼライドにはその処方が分からない。

 経験した事のない敗北(なっとく)だから、完敗なんて初めてのことだから。

 どう呑み込めばいいのか判断がつかない。彼という男の人生ではあり得ないほどに、今のヴァルゼライドからは熱が引いていた。

 

「なあ、アル。俺はどうすればいい? 俺はこれから何をするべきだと思う? 教えてくれ」

 

 その言葉を聞いた時、アルバートは心底から度肝を抜かれていた。

 邯鄲法などという眉唾な話よりも、今目の前で吐かれた台詞の方が信じられない。

 彼が知るヴァルゼライドという男は、それほどに筋金入りの英雄だった。そんな男から、あろうことか弱音が吐き出されるとは、まったく予想だにしていなかった。

 

 だが同時に、その言葉こそアルバートが待ち望んでいたものでもある。

 たった一人で背負うなど、そんな戯けた寝言を口にさせないために、アルバート・ロデオンという男はここまで来た。

 ならば今こそ、その答えを出さないでどうするのか。ようやく巡ってきた機会を前にして、戸惑うばかりで何も言えない。それで親友などと口が裂けても言えるものか。

 

「どうすればいい、か。そうだな、言いたいことは色々ありすぎて、正直何から話したもんだか見当も付かねえが……」

 

 何処の誰かかは知らない。この英雄(バカ)を止めてくれるとは大した奴だ。

 本当ならそれは自分がやってやりたかった。だからせめて、ここから先は誰にだって譲らない。

 英雄(こいつ)が分からないというもの。それを教えてやる事こそ自分の役目だと思うから。

 

「まずはこいつから、受け取りやがれぇッ! 親友ッ!」

 

 握り込み、思い切り振りかぶられた拳が、無防備な英雄の頬へと突き刺さった。

 

 呆気なく吹っ飛ぶ。

 突然のことだったためか、受身も取れない。

 まったく容赦のない拳骨の一撃が、ヴァルゼライドを無様にも転がしていた。

 

「俺を勝手に見切りやがった事への礼は、それで良しとしといてやるよ。

 で、だ。敗けてどうすりゃいいか分からねえって? あんま寝ぼけたこと言ってんじゃねえぞ」

 

 敗北とは確かに度し難い。

 折れた気力は湧いてこず、途方に暮れて何も出来ない。

 心が屈するとはそういう事だ。誰もが敗北の苦味を覚えて、拭えない疵を負っていく。

 

 そう、誰だって経験していく事なのだ。唯一人、延々と勝利の道を歩み続けた英雄だけを例外として。

 

「そりゃお前には分からないだろうがよ。勝利狂いの真面目馬鹿なお前にはな。お前の目からすりゃあ、敗けに折れて卑屈になってる奴なんざ、さぞ情けない屑に見えるんだろう。

 でもな、覚えとけ。そういう奴らのどいつもこいつも、自分の不甲斐なさに納得してると思ったら大間違いだ!」

 

 正しい事を為すのは苦しみが伴われる。

 人の犯す間違いの多くは、その弱さに流されたが故に起こるのだ。

 英雄ではない只人にとって、それは人生の中で幾度も経験する事だろう。

 

 それでも、彼らがそんな己の弱さを容認してるかと言えば、それは否だ。

 弱さは恥であり、拭えない疵であるから。消し難い咎としてその者の生涯に残り続けるのだ。

 

「本当はな、そいつらだって正しくいたいんだ。誰だって強くて格好良くいたいんだよ。お前みたいな英雄の王道を歩きたいって思ってる。

 だが、大概はそうはいかねえ。どいつも何かの苦難にぶつかって、てめえの中の弱さに敗けちまう。どう言い訳しようが、悪いのは正しく在り続ける辛さに耐えられなかったてめえ自身だ。心の底ではそいつを自覚してるから、敗けの情けなさを背負い続けなけりゃならねえ」

 

 光り輝く生き方は美しい。雄々しい英雄の姿に憧れるのは止められない。

 届かないと理解していても羨望は湧き上がる。己もまたあんな風に輝きたいと、そう思うことを否定できる者は多くはないだろう。

 

 だがやはり、その生き方は正しくて、だからこそ苦しいものだから。

 結局は誰も、そんな生き方には届かない。届かないのだと諦めて、王道から外れた妥協の道を歩んでいかなければならない。

 それは楽かもしれない。だが同時に、憧れたはずの道から遠ざかっていく惨めさを自覚させられる事でもあるのだ。

 

「けどな、それでもそいつらは生きてかなきゃならねえんだよ。そんな弱さや情けなさをしょい込みながら、それでも前に進んで行くんだ。

 何度も何度も振り返って、時々には目を逸らして逃げ出しちまう事だってある。それでもどうにか折り合いつけながら生きてんのさ。

 ああ、不甲斐ないもんだよ。みっともない自分が情けなくて仕方ない。勝利だけ見据えて進んでいく英雄サマに比べりゃ、そんな奴らは屑星に過ぎないんだろうよ。

 だがな、それが本来の人間なんだよ。永遠に勝利だけを手にする道なんてのは誰にも出来ない。クリストファー・ヴァルゼライドっていう名の"英雄(かいぶつ)"以外にはな」

 

 人生とはままならないものである。

 数多の妥協と挫折を繰り返しながら、少しずつ己の生き方を見出していくものだ。

 勝利に憑かれ、敗北を拒み、徹底して王道"だけ"を歩き続けたヴァルゼライドという人間こそが、人の在るべき道を外れた異端と言える。

 

 それは確かに強いのだろう。何せ、一点の『弱さ』さえ持たないのだから。

 ヴァルゼライドは敗北を持たない。それ故に、彼は敗北というものを"知らない"のだ。

 

「お前は敗けた。それでようやく、外れてたもんが元に戻った。これでやっと『人並』だ。

 今のお前は無様だよ。情けなくてみっともねえ、弱っちい敗者に過ぎねえ。誰もが味わってきた挫折の経験ってやつを、お前は手に入れる事が出来たんだ。

 だったら、後はどうするかなんて決まってんだろ。こんな時に強い奴が選ぶのなんて、それこそ決まりきった『王道』じゃねえか」

 

 そう、どんな敗北を抱えようとも、人は生きている限り前へと進む。

 惨めな思いに囚われようと、最後には自分の脚で立ち上がらなければならない。それが出来ない者こそ真の敗者で、立脚を果たした強き者だけが次の勝利に手が届くのだから。

 

「立てよ、クリス。俺が知ってるクリストファー・ヴァルゼライドって男は、いつまでもこうやって弱っちい姿を晒してるだけの奴じゃねえ。お前が誰よりも強い奴だってのは、他のどんな奴よりも俺がよく知ってんだよ。

 それとも、敗ける事にまるで覚えがない英雄は、一つの敗北で芯まで砕けて折れちまったのか。俺が信じて付いて行こうと思ったすげえ男は、その程度の奴に過ぎなかったってのかよ?

 なあおい、答えてみろよ、親友ッ!?」

 

「――愚問だ」

 

 積年の思いが篭った親友の叱咤を受けて、ヴァルゼライドは言葉よりもその態度で応じていた。

 彼は英雄。雄々しき王道を歩む者。たとえ勝利の純正を穢されようと、揺るぎない信念は弱さに流される事などあり得ない。

 立ち上がったその姿は、常の荘厳さを取り戻している。揺蕩っていたその瞳にも、既に不撓不屈の意志を再燃焼させていた。

 

「俺がやるべき事は決まっている。祖国に繁栄を、涙を明日の希望へと変えるのだ。

 確かに盧生には届かなかったが、それは脚を止める理由にはならん。一つの道が途絶えたのなら、また別の道筋を歩み出すまでだ。

 あの邯鄲で垣間見た、先に待ち受ける未来を覚えている。あんなものを断じて認めるわけにはいかん。断固阻止すると誓った意志に迷いなどあるものか」

 

「……ああ、それでこそお前だよ、クリス」

 

 そんな男であるからこそ、その背に付き従いたくなる。

 その有り様は歪んでいるのだろう。彼の道は多くの血で染まっている。覇道の過程で轍とされた者たちは、怨嗟と共に逆襲を叫ぶに違いない。

 それでもやはり、クリストファー・ヴァルゼライドは光なのだ。彼が示す英雄としての王道には、誰もが焦がれる想いを抱いてしまう。

 

 歪であっても、狂っていても、それが人の夢見る理想の体現であるのは変わらない。

 不屈の意志と奇跡の強さを持った鋼の英雄。そんな友の凄まじさを最も間近で見てきたからこそ、アルバート・ロデオンはその隣に並び立てる道を選ぶのだ。

 

「だが、そうは言っても問題は山積みだ。重くのし掛ってる他国への賠償、頻発する武装蜂起に犯罪増加、情勢は日に日に悪くなっていく一方だ。俺たちの国が破滅に向かおうとしてんのは、餓鬼の目にだって明らかだろうぜ」

 

「そうだ。この国は破滅に向かっている。狂い始めた歯車は既に致命的なところまできているだろう。夢という超常の奇跡なくして、それを戻すことは容易ではあるまい。

 それでも足掻いてみせよう。未来を諦めてなるものか。どの道、進み続ける事しか知らん男だ。この身がある限り、如何なる凶事とも戦い抜こう」

 

「おう。なぁに、心配はいらねえ。なんたってこっちにはお前がいるんだ。お前と俺が組んでやれば、どんな事だって越えられる。そうだろう?」

 

 かつてならば、そんな親友の申し出にも頷く事はなかっただろう。

 英雄は孤高。正義の純粋さを保つため、他力を断った単騎の力に固執した。

 しかし、その道は既に敗れている。柊四四八が示した絆の仁義によって。如何に信念が不屈の強度を保とうとも、在り方への執着は解かれている。

 

 そのため、なのだろうか。本人にとっても思いも寄らぬ返答が、自然と口から出ていた。

 

「そうだな。頼りにしている」

 

 独力(ひとり)こそ良いと思っていた。

 組織に純粋は望めない。真に理想へ達するには、独りでなければならないと。

 そう信じて突き進んだ果てに相対したのは、絆の光を掲げし勇者。己が不要と切り捨てたものを骨子とする意志に、自分は敗れたのだ。

 

 もしも本当に、そんなものが未来を築けるのなら。

 そんな少年少女の青臭さが世界を救うなど、夢のような話を実現できるというのなら。

 

 賭けてみるのも良いと、そう思えていた。

 

「……いや、なんつーかよ。お前とは餓鬼の頃からの長い付き合いだが……」

 

 そんなヴァルゼライドの答えに対し、アルバートは戸惑った様子を見せる。

 喜んでよいのか、ただ驚くべきなのか、それさえ判然とし辛い様子で、しかし素直な感想を口にした。

 

「初めて見たぜ。お前がそんな風に笑うところなんてな」

 

 これより先、彼らもまた彼らの道を行くのだろう。

 夢の力など無い、あくまで現実の人間として。奇跡を持ち帰る事は叶わなかった。

 けれど、何も得られなかったわけではない。英雄の王道しか知らなかった男は、確かな価値ある悟りを手にして、現実へと帰還したのだ。

 

 故事における盧生、彼もまた夢を通して人生の何たるかの悟りを得た。

 決して英雄や魔王になったわけではない。そんな目に見えた力など無くとも、悟りを得た盧生の胸には確かな光が輝いていたのだ。

 

 なればこそ、彼らもまた人として。

 如何に強くとも現実の内にある意志でもって、目指すべき理想を目指す。

 確実とは言えないだろう。道半ばで力尽きる事もあり得る。だが、希望も確かにそこにはある。

 

 ――勝利を求めて。全てに報いる未来のために、英雄たちはひた走るのだ。

 

 

 




 ヴァルゼライド更生ルート。
 この後、第二次大戦を止めるために総統閣下も尽力してくれたりします。

 そして、シルヴァリオ原作よりもう一人のゲストキャラ。
 アルバート・ロデオン。ヴァルゼライドの友人ですが、残念ながらそのポジションなりの働きは出来なかった。
 なので、せっかくだし原作でやれなかった役割をやらせてみました。
 手を差し伸べてくれる友人って、敗けた時にこそありがたいもんだと思います。

 他にも、ネタは色々と思い浮かんでいたりしてます。
 クリームヒルトの眷族化して万仙陣にも出てきたり。
 同盟国のよしみで出会うアオイ・漣・アマツさんとの馴れ初めだったり。
 原作ではやれそうになかった事を色々出来そうな終わり方となっているつもりです。

 話としてはこれで一応完結です。
 こちらのルートでの決着がトゥルーエンドとなっています。
 甘粕戦はIFルートで、もし四四八の方へ行かなかったらという分岐です。

 ぶっちゃけ、あんま碌なことにならなそうなので。


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番外編 VS甘粕正彦

 

 思えばこの結末は、始まりの刻から決まっていたものなのだろう。

 

 あまりに稚拙な衝動から引き合わされた邂逅。

 本来ならば何の縁もない地球の裏側、そんな地の果てまで手を伸ばして、幾億もの中からたった一つの意志だけを引き摺り出した。

 それがあまりに光輝いていたから。億数もの人の海で尚、異彩を放つ破格の信念。

 その強さが、雄々しさが、魔王の好みにあまりにも適合していたから、あり得ないはずの邂逅は実現した。

 

 英雄と魔王。

 共に人間を逸脱した異常者同士。

 ならばこそ、生じる結果も明白だ。条理を超えた彼らだから、方向性も突き抜けすぎて譲らない。

 

 夢界に君臨する最強の二角、甘粕正彦とクリストファー・ヴァルゼライドが闘志をみなぎらせて対峙していた。

 

「よくぞ来た。待ち遠しかったぞ、この瞬間が」

 

 迎えた英雄に対し表すのは、惜しみの無い称賛だ。

 世界に災禍をもたらす魔王として、あるいは試練を課す主神の如く、甘粕正彦は己に挑んでくる者を歓迎している。

 

「どれだけ夢見た事だろうな。お前を見出だした時より、こうなる事は分かっていたのだから。お前の勇気を受け止めてやれる、全霊を懸けた対峙の刻を俺は常に熱望していたぞ。

 改めて、聞こうか。在るべき答えは見つかったのかね?」

 

「いいや。未だ我が身は盧生に至らず、悟りの何たるかさえ見つけられてはいない」

 

 クリストファー・ヴァルゼライドは盧生ではない。

 その身は未だ眷族である。真に盧生である甘粕には到底及ばない。

 それはヴァルゼライド自身とて理解していたこと。しかしここに、その道理を放り出してヴァルゼライドは甘粕の前に現れていた。

 

「思えば、それさえも言い訳だった。元より俺のやり方とは決意で挑んで凌駕するのみ。踏破するべき難関を乗り越えてこそ、高みに至る目覚めがある。

 そして俺が踏破しなければならん最難関は、考えるまでもなく決まっているのだから」

 

 甘粕正彦こそ邯鄲の頂点。最初の盧生にして最強の魔王である。

 その意志の強さには敬意を表する。だが混沌をもたらす彼の存在は断じて許容できない。

 英雄が望むのは民草の安寧と繁栄。それを脅かす悪ならば、如何に強大だとて挑む事に躊躇いはない。

 

「貴様の悟りが試練だというのなら、俺にもその審判を下すがいい。俺は必ずやそれを凌駕して、貴様の高みへと上ってみせよう」

 

 雄々しい宣戦を聞き入れて、甘粕の胸に沸き上がるのは抑えきれない歓喜の念だ。

 

 彼らの関係は盧生と眷族。

 力を与える者と受け取る者であり、故に即座に力を返還させる事も可能だ。

 常識的に考えれば、それでは勝負の土俵自体が成り立たない。力の強度に意味はなく、生殺与奪権を握られてるにも等しい状態で、反逆など正気の沙汰ではないだろう。

 

 だが、常識ではあり得ない事でさえ、甘粕正彦に躊躇はない。

 何故なら、そんなものはつまらないから。これほどの勇者を前にして、試練に手を抜くなどあってはならない。

 彼の得た悟りとは『試練』。打破すべき災厄があってこそ、人の魂とは輝きを放つ。安寧の堕落に染まっていこうとする人々を救う唯一の手段だと信じて疑わない。

 ならばこの挑戦、逃げるわけにはいかない。災禍をもたらす魔王として、己の前に立った英雄には、その強さに相応しい試練を与えねばならないだろう。

 

「その意気や、実に良し。磨き上げた夢の力、存分に振るうがいい。お前が魅せる意志の輝きを、砕いてしまうほどに愛させてくれ」

 

 彼らという存在は、そのどちらもが光である。

 灼熱に燃え盛る、触れることの叶わない太陽の如く、触れ得ざる輝きの焔。

 万人を照らし出す光ではない。その道は何処までも雄々しく厳しく、常人はただ見上げることしか出来ない絶対強者の在り方だ。

 

 対峙するのは、まともに向かい合えるのは、お互いの存在のみ。

 初撃を繰り出すのはほぼ同時に、ただ全霊の力を込めて、英雄と魔王は激突した。

 

 

 *

 

 

 互いの刃を交わらせて、凄絶なる剣戟の応酬が繰り広げられる。

 

 指し示したように、自然と近接の間合いへと踏み込んだ両者。

 抜刀し、目の前の相手に向けて微塵も容赦なく刀剣を振るう。

 ただの剣戟といえども、侮るなかれ。ここに対峙するのは夢界の頂点。音速を遥か彼方に置き去りとした剣閃は大気さえも粉砕し、生じる威力の衝突は天変地異の如き破壊を呼んでいる。

 

 そして、彼らの強さは同じ領域には留まらない。

 一方の剣が押し込めば、もう一方も更なる力で押し返す。一方の技が冴え渡るなら、もう一方も応じて己の技を改善させる。

 互いが互いを高め合う。負けじと意気を吐き出す毎に、破格の意志力は際限なく飛躍を果たす。

 故に二人の剣の威力は加速度的に上がり続ける。周囲の環境の一切を蹂躙しながら、その応酬は停滞など知らずに勢いを増していった。

 

「見事。やはりお前は素晴らしい。よくぞここまで高めてくれた。

 お前のような輝きで世界を満たす事こそ我が『楽園(ぱらいぞ)』。こうして目の当たりにして確信できた。俺の至った悟りに間違いはないと!」

 

「笑止。こんな壊れた男を例にあげ、真理などと片腹痛い」

 

 甘粕の賛辞に対し、ヴァルゼライドが返すのは明確な拒絶の意思。

 如何にその強さに敬意を持とうとも、世に混沌をもたらす魔王など、英雄にとって断罪すべき悪に過ぎない。

 称賛など不要。成すべき打倒のため、闘志だけを極限まで燃え上がらせる。

 

「所詮、俺などは破綻者だ。人から外れた者と自覚している。貴様、いつまで俺如きに期待をかけるつもりだ?」

 

「無論、お前が英雄で在り続ける限りだよ。クリス、不遇の身の上から成り上がり、届かぬ天にまで手を伸ばす漢。まさしく俺が愛する人の勇気の象徴ではないか。

 人には無限の可能性がある。諦めなければ夢は必ず叶うのだ。どんな人間でも成せば成ると信じている」

 

 過剰が過ぎる人への期待。それこそ甘粕正彦が歌う人間讃歌だ。

 甘粕は偽りなく人類を愛している。だがその愛の表し方が問題なのだ。

 溢れんばかりの愛の熱情は歯止めが利かない。たとえ世界を滅ぼしても、喉が枯れ果てるまで勇気の讃歌を歌い続ける。

 

「お前の求めにも応じたい。高みを目指して、あえて試練に挑んだその覚悟、応えてやらずにいられようか。

 だからなあ、どうか壊れてくれるなよ。始めてしまえば俺自身でも止められん。やり過ぎたなどと、あの時と同じ後悔をさせないでくれ」

 

 それは捉えようによっては傲慢とも聞こえる。対峙する相手に向けて倒れるなとは、力に傲った発言とも受け取れるだろう。

 だが違うのだ。この男は本当にやり過ぎる。何もかもをご破算にして、勢い任せで滅茶苦茶にしてしまいかねない危うさを持っているのだ。

 全ては己が愛する勇気の輝きを見たいがために。試練に対して雄々しく立ち上がる勇者を求めて、破滅的な災禍を躊躇いもせずに顕現させる。

 

 更なる威力でもって振り下ろされる黒色の軍刀。

 繰り広げた剣戟の中でも一際鋭い一閃に、ヴァルゼライドも僅かに押し負け退がる。

 そのまま攻めきる事は出来ずとも、間合いからの離脱の隙としてはそれで十分。解法で空間の繋がりを解き解し、間の距離をゼロとした空間転移。

 地の英雄を見下ろして、遥かな上空へと出現した魔王は、その絶大なる夢の力を解放させた。

 

 掲げられる両の腕。伸ばした先の天の果てに、描いた夢が形を成していく。

 彼が最も適性を持つ創法の形、そこに併せる咒法の射。重ね合わせた二つの夢は、まさしく常軌を逸した規模まで膨れ上がっている。

 衛星軌道上にて展開される魔王の軍勢。神の杖と名を与えられたそれらは、既存の常識では計り知ることの出来ない兵器だった。

 

「神鳴る裁きよ、降れい(イカズチ)ィ――ロッズ・フロム・ゴオオオォォッド!」

 

 遥かな天空の宙より射出される衛星砲。

 これぞ最強、究極にして絶対の兵器なり。

 かつてその一撃により、柊四四八は敗れたのだ。未完であったとはいえ、夢の奥義を極めていた盧生の器を、文字通りに一蹴して粉砕したのである。

 

 そして甘粕正彦、あろうことかそんな代物を、数にして数十万にも及ぶ規模で一気に創り出していた。

 過剰威力、オーバーキル、そんな意識は魔王の心に一片もない。もはや馬鹿げているとしか言い様がない規格外の数量すら当然のものと思っている。

 甘粕正彦は人を信じているから。これほどの破滅でも乗り越えてくれると信頼して願っている。

 常識ではどんなに無理だと思えても、そんなもので審判の盧生は止められない。愛が深まれば深まるほど、振り上げる拳にも力を込めるのだ。

 

 圧倒的が過ぎる物量と火力。

 まさしく空前絶後としか呼び様がない鉄槌の群を前にしても、しかし魔王が愛する英雄は挫けない。

 黄金の輝きを纏っていく両の刀剣。英雄の夢が、対峙する難関に応じて光を得るのだ。

 遥かな天の先、己へと向けられる神の杖を見据えて、その心が放つのは勝利への気迫のみ。

 膝折る気持ちなど微塵も持たない。魔王の暴威がどれだけ強大であろうと、必ずや勝利を掴むと覚悟していた。

 

 雨粒の如く飛来する超音速の質量群。

 一撃でも大地を穿つ威力が数十万と降り注ぐ光景は、世界を破滅させる隕石群を思わせる。

 人の身に防ぐことは不可能。仮に一発二発を凌いだとしても、これはまさしく桁が違う。あり得ない超兵器の大豪雨に晒されて、塵の一つでも残れば称賛に値しよう。

 

 そのような数十万の絶望に対し、挑む英雄にあるのは携えた計七本の刀剣のみ。

 元より彼はそういうものだ。天性という要素に恵まれない身の上は、多様な選択肢を英雄の道に許さなかった。

 英雄が手にするのは唯一つの夢。どのような災禍に直面しようと、掴み取った唯一無二なる光であらゆる無理を押し通すのだ。

 

 振るわれる剣閃、射出される黄金の破壊光。

 対抗する術などそれのみだ。飛来する神の杖を真っ向から迎撃するだけ。

 夢界最強を誇るヴァルゼライドの黄金光。収束したその威力ならば、未来の超兵器を撃ち落とすことも不可能ではないだろう。

 音速の十倍近い速度で落ちる質量であろうとも、人生さえ跨いだ修練によって磨き上げられたヴァルゼライドの技量ならば対応できる。

 それでもせいぜい三つか四つ、限界を越えても十に届くか、あるいは覚醒を成し遂げて百を過ぎて撃墜することも可能かもしれない。

 だがそこまでだ。此度はいくらなんでも数が違いすぎる。降り注ぐ数十万規模の絨毯爆撃を全て撃ち落とすなど不可能で、唯一つでも落ちれば英雄を滅ぼすのに十分過ぎる。

 

 それでも尚、絶無の可能性に光明を見出してこそ英雄である。

 天より飛来する流星の杖。規格外の天災を相手に、刀剣如きで何が出来るかと思うところだが、英雄の振るう双剣技は僅かも怯まずに速度と威力を増していく。

 速く、ただ疾く。より大きく高密度に強大化されていく黄金の光波。進化、覚醒は光の勇者の十八番であるが、此度のそれは常に比べても尋常でなさすぎる。

 同時に落ちてくる万単位の超音速の質量にも追い付き、放たれる光は一閃だけで十や二十という数を呑み込み粉砕している。

 小細工無用、正々堂々真っ向から、その手に携えた黄金の剣のみで、ヴァルゼライドは落とし、落とし、落として、その超絶規模の衛星弾幕を落とし尽くした。

 

「見事、ああ見事だ! よくぞ凌いだ、いやこれしきでは膝を折らせる事すら敵わなかったか。流石だ、英雄。お前が打ち勝つ様を、俺は心から信じていたぞ!」

 

 己の攻撃を潰されたにも関わらず、甘粕正彦が謳い上げるのは称賛ばかり。

 それも当然。彼は審判の魔王である。もたらす災禍は試練であり、遍く子羊らを立ち上がらせる愛の鞭に他ならない。

 覚醒し、与えた試練を打ち砕いた英雄の姿は、まさしく魔王が求めてやまなかったもの。その感情こそがこの結果をもたらしたと知りながら、まるで頓着せずに勇者への賛歌を歌っていた。

 

 そう、甘粕は打ち勝ってくれる事を願っていたのだ。過剰が過ぎる災禍を降らせながら、相手の生存と奮起を求めるという矛盾した心象。

 そして英雄が持つ夢とは、己に向けられる期待、畏敬といった寿ぎを力に変えるもの。奇跡の勝利を望まれれば望まれるほど、英雄は実現のために強くなる。

 よってその結果も明白だ。甘粕正彦は英雄の夢に嵌り過ぎている。どれだけ絶大な夢の力を振るおうとも、同時にそれを打破するための力を与えているに等しいのだ。

 その相関を当然ながら甘粕も理解している。その上で、彼はまるで構おうとしていない。戦術云々の話ではなく、単純にそちらの方が気分に適しているために。

 

 苛烈な期待と感情任せな試練の釣瓶打ち。理性が蒸発したような所業の根底にあるのは、己の心に忠実な子供の如き素直さだ。

 たとえそれが敵に優位を与えるとしても、性に合っているのならそれでいい。裡より生じる魂の躍動を、あるがままに解放させたいと猛っている。

 幼稚であり向こう見ず、損得勘定など端から考慮せず、ノリと勢いのままに何処までも突き抜けてしまう。夢に嵌っていようがお構いなしに、甘粕正彦は生の感情だけを表している。

 

「だが困ったな。こんなにも素晴らしい英雄(おまえ)であるというのに、俺としたことが、相応しい試練が思いつかん。

 なあ、俺はどうすればいいと思う? 素晴らしいお前の輝きを引き出すため、俺はどんな試練を与えればいいのだろう?」

 

 よって投げかける言葉にしても、まるで慮外の代物となる。

 今まさに敵対している間柄で、そんなものは戯れ言としか受け取れないだろう。

 しかし甘粕正彦は本気なのだ。正真正銘、心の底から、己はどうすればいいかと問いかけている。矛盾など微塵も感じさせない澄んだ思いで。

 

 まるで理屈が通じない。それこそが馬鹿たる者の恐ろしさ。

 如何なる枷にも縛られない自由な心。故にその意志は天井知らずに燃え上がって止まらない。

 これほどに奔放で、傍迷惑で、強大な自我は存在すまい。何かを貫き成し遂げる強さにおいて、どんな正義も悪党も、馬鹿には到底敵わないのだから。

 

「知れたこと。むしろそのような気遣いこそ度し難い。手心を加えぬと口にしながら、こんな片手落ちの手段こそ侮辱だと知るがいい」

 

 よってそんな馬鹿に対抗できるのは、同じく途方もない馬鹿さを持った者以外にあり得ない。

 

終段(かみ)を使え。有象無象では届かない、盧生のみが至れる境地。その領域を目指す俺にとって、それを乗り越えねば何にもならん。

 勝利を望むなら見せてやろう。奇跡を求めるなら示してやろう。貴様の意図など関係ない。どんな災禍を持ち出してこようが、決まっている。"勝つ"のは俺だッ!」

 

 放言された言葉は、やはり負けず劣らずの馬鹿げた代物。

 戦いのセオリーなど、彼らの間では何の価値もない。ただ意志の赴くままに進むのみ。

 クリストファー・ヴァルゼライドは勝利に憑かれた異常者(えいゆう)だ。求める"勝利"に辿り着けるというのなら、どんな難関辛苦とて望むところ。

 

 魔王が試練を与える者だというのなら、勇者とはそれを踏破する者を指す。その矮小な人の身さえ巨大に見せる覇気を乗せて、地に在る英雄は輝ける勇者の姿勢を示していた。

 

「……ああ。まったくお前という男は、どこまで俺を滾らせれば気が済むのだァッ!!」

 

 だからこそ、高みに君臨する魔王もまた、燃え盛る業火の如くその覇気を迸らせるのだ。

 

 なんと素晴らしい勇気だろう。なんと雄々しい信念だろう。

 告げられた指摘には、まったく返す言葉もない。確かに俺の選択は侮辱だった。

 どんなに夢の力を高めようと、その上に在る手段がある以上、手抜き以外の何物でもない。

 真にこの英雄を信じるのなら、最初からそちらを使っていれば良かったのだ。それを勝手に遠慮して、勝てないと見限るなど愚弄でしかないだろう。

 

「そうとも、お前の言う通りだ、クリス。俺とお前は対峙する敵同士。慢心も遠慮もいらん。ただ全霊の力を賭して、意志の限りにぶつかり合えば良い。それで倒れたならそれまでの話だと、そんな単純なことで良かったのだな。

 全てを覚悟して挑んだお前に、まったくとんだ侮辱だった。眷族の身では神格(ついだん)に太刀打ち出来ない? 知らんな忘れた、どうか奇跡を、輝ける意志の可能性を見せてくれ。

 俺はいつだって、ただそれだけを求めて、走り続けているのだからァッ!!」

 

 際限なく増大していく意志の波動。

 整然とした審判者の公平性を持ち、同時に裁きの破滅をもたらす容赦の無さ。

 並の者ならば、目にしただけで砕け散っているだろう。これよりその裡より喚び出すモノ、本物の神威の行使者として、甘粕正彦は奮える魂を止められない。

 

 もはや余計な気遣いは要らない。

 真の意味での全身全霊、盧生にのみ許された絶対の暴威を解放する。

 人であれば抗うことは不可能。他ならぬ人類自身が、決して届かぬ絶対存在として設定したが故に、神の権能はあらゆる条件を素通りして発揮される。

 

「集え魔性、海原に住まう巨人の軍よ。深淵より来りて、人界を犯す災厄とならん!」

 

 第一盧生、甘粕正彦。掲げる夢の属性は『審判』。

 古今東西、裁きの概念とは上位者によって下されるもの。

 故に彼が使役する神格も、その属性を持っている。最高神、破壊神といった人類種に試練を与える高位の神々と高い親和性を有している。

 怪物、魔神の類いさえ、愛故に遣わす使者となる。甘粕正彦こそ魔王、群れなす魔性の軍勢を従える王者であるのだ。

 

「終段・顕象――――海原に住まう者(フォーモリア)血塗れの三日月(クロウ・クルワッハ)!!」

 

 ここに人界の常識を侵略して、あらゆる善性を陵辱する魔界の穴が開かれた。

 

 現れ出でる怪物たち。どれも人間の価値観からはかけ離れた醜悪さ。

 それも必然。彼らは人より異形と見做されて、光より放逐されたもの。

 彼らはそのような存在であるが故に、おぞましき悪性でもって強大な力を行使する。

 

 召喚されたフォモールの軍勢は、まさしく世界を犯す災厄そのもの。

 だがそれさえも尖兵に過ぎないのだ。深淵より出でる魔性の真価とは、それら雑多な怪物らの更なる奥底より現れる。

 深淵より来たる暗黒竜。一説には太陽の神性を持つとも言われるが、現した血塗れの三日月(クロウ・クルワッハ)の姿に、そのような光の属性は見受けられない。

 ここに在るは悪性の側面としての神格だ。世界を滅ぼす邪神の軍団、そう定義された終段(かみがみ)は、己の存在意義に従って侵攻を開始した。

 

 遍く人々の信仰によって彩られた災厄の絵図。

 その神威より人が逃れる手段はない。他ならぬ人類(じぶん)たちが合意して成り立つ神話なのだから。か弱き人の子は膝折り絶望するのが定めである。

 人間と怪物の相関とはそういうものだ。邪悪なる怪物に、餌食とされる無力な人々。普遍的に根ざしている印象は、具現化した真実となって襲いかかる。

 

 心胆が震える。生命の本能が理性に死を訴えかける。

 真なる魔性とはこういうものだ。向かい合った醜悪さは、ただそれだけで拭えない恐怖と死の諦観を植え付ける。

 未来など見えず、心を染め上げる絶望の色。逃れる術はなく、先にあるものは抗いようのない己自身の死、死、死――!

 恐怖は枷、諦観は泥、あらゆる負の感情がその闘志を萎えさせて、戦いへの気迫を損耗させてしまう。どのような戦士とて、そこに高揚を見出すことは不可能だろう。

 

 ならば人とは絶望に屈するだけのものなのか? いいや、否。

 人は、無残にも喰われるばかりではない。恐るべき怪物にだって抗える。

 たとえ力弱く、撫でれば砕けてしまう脆さであろうと、勇気という名の剣を手にして立ち上がることが出来る。

 それは恐怖に打ち勝つだけではない。時に、怪物そのものを討ち果たす奇跡とて成し遂げられる。そんな奇跡に手が届く人間のことを、人々は英雄と呼び讃えるのだ。

 

 縛る怖れを振り払い、絶望を踏み越えて、黄金纏いし光の剣を携えた英雄が征く。

 鋼の英雄の意志は不撓不屈。どんな魔性が立ちはだかろうと、屈することはあり得ない。

 むしろ断罪すべき悪を前に、その信念はいつも以上に燃焼し、滅却の光は出力を増していく。

 無茶と呼ばれるが止まらない。気合いと根性で成し遂げる覚醒の連続。そんな光景に感動する魔王からの協力強制も加わって、その快進撃はもはや魔性の軍勢とて阻めない。

 

 迫るフォモールの大群に、ヴァルゼライドはたった一人で立ち向かう。

 万軍さえも凌駕する個。所詮は有限のものであると、その身一つで斬り伏せようとする気概に迷いはない。

 幾度となく繰り返した覚醒と、甘粕より受け取る力も合わさり、その強さはもはや半神の領域にさえ踏み込んでいるだろう。

 異常極まる光景は、しかし英雄が放つ光によって塗り潰される。その雄々しさが、荘厳にして高潔な輝きが、人外じみた異端ささえ忘れさせて、彼を至高の光へと押し上げている。

 彼こそ英雄、喝采を上げるべき人類の至宝。遥かな天に君臨するその星に、見上げる人々は憧憬を抱くだろう。

 もはや如何なる魔性も恐れるに足らず。鋼の英雄は決して敗けない。必ずや人々に勝利をもたらしてくれるのだと確信する。

 

 その証拠に見るがいい。遂に魔の首魁たる暗黒竜も、英雄の手で討伐された。

 大いなる竜の息吹さえもはね返し、破壊の正義を謳う黄金光。その光だけを武器に、巨大なる竜へと挑む様は、まさしく英雄の呼び名に相応しい。

 それは正しく神話時代の再現だ。その獰猛なる牙も、強靭なる爪も恐れず、小さき身を振り絞って剣を掲げる。果てに掴み取る勝利の奇跡は、英雄にだけ許された祝福だ。

 怪物は英雄によって斃される。ならばこの結果も必然、クリストファー・ヴァルゼライドは真に英雄足り得る益荒男である。起こされる奇跡とて、彼という本物の手によれば予定調和にも等しい。

 

 大丈夫だ、英雄(カレ)は勝つ。

 どれだけ怪物が恐ろしくとも、やがて勝利に至るのが必然だ。

 そんな光の思いを証明するように、ヴァルゼライドは魔性の撃破を続けていった。

 

「其は死に等しきもの。強撃の長、刺し射抜く者、悪しき眼を持つ暴虐なり」

 

 しかしだ、人の子よ。どうか忘れてはならない。

 怪物とは壮大さの象徴。その本質とは理不尽の権化である。

 都合の良い勝利の余地など無い。絶対たる絶望もまた存在するのだと理解せよ。

 

「遍く命に死の終末を――魔眼の王(バロール)ゥッ!」

 

 不遜なる小さき者よ、いざ絶望を知るがいい。

 終わりの神格、真なる魔性の主。生命ならば抗えない死の化身。

 

 その眼光は総てを殺す。開かれた瞼の奥、魔神の死の瞳が英雄を捉えていた。

 

 

 *

 

 

 そして、英雄と呼ばれた男は思い知る。

 己の宣言の愚かしさ、盧生と眷族という覆せない格差、終段(かみ)という絶対の何たるかを。

 

「ガ、ア、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!??」 

 

 身体が失せる、感覚が途絶える、魂が燃え尽きていく。

 それはあらゆる生命を無価値とするもの。先までの魔性など比べようもない死の密度。

 あの瞳を目にした瞬間、勇気も信念も、正の尊厳は何もかも無意味になったのだと理解した。

 

 消え失せるのみだ、何もかも。

 どんな信条も意味をなくす。如何に名を馳せる勇者であろうと、終わりは平等に訪れる。

 それこそが死というもの。武勇の価値など塵に変えて、何人も逃れることは叶わない。

 

 たとえそれが、クリストファー・ヴァルゼライドであろうとも。

 どれだけ勝利を息巻こうとも関係なく、終焉とは残酷に、理不尽に訪れるものだ。

 むしろ彼のような男こそ死に近い。その輝きに目を奪われようと、無理に無理を重ねてきたのが彼という英雄の道だから。

 無茶の代償は存在する。それは苦痛であり、寿命であり、どうあれ確実に命を削るものだ。

 勝利の覇道を進み続けようと、いつか必ず限界は訪れる。どれだけ意志が否を叫び、奇跡と共に敗北を覆そうとも、死という終わりは存在するのだ。

 

 魔眼の王(バロール)の死の魔眼。それは命の終焉を具現させる。

 その視線に晒されれば死に絶える。有形無形の区別なく、存在としての終わりを叩きつけられるのだ。

 故に防ぐことは不可能。瞼を開かせればそこで終わり。有史以来、不変の信仰たる死への祈りは、たとえ神であっても逃れられないのだから。

 

 それを防ぐ術とは、神話をなぞること。

 彼ら神格は普遍無意識より現れ出でる。神話とは祈りの有り様を記したもの。だからこそ神は己の神話から逃れられない。

 魔神の敗北は記されている。光神ルーの槍に貫かれて、魔神は反転させた魔眼でもって己の血族を皆殺しにしてしまった。

 ならばその神話をなぞれば良い。かつて魔神を滅ぼした槍と同じものを用意出来れば、魔神の軍勢は成す術なく二度目の敗北を喫するだろう。

 

 しかし無論のこと、それは用意出来ればの話だ。

 単騎たる英雄に、光しか持たぬ男に、そんな用意に当てなどない。

 結末は覆せない。英雄も遍く人の一人として、普遍にして不変の死により散り果てるのみだ。

 

「お、れ、はァ……ッ!?」

 

 もはや肉体の何もかもが死に絶えている。

 それでも残った命の灯火は、意気を絞りだそうと足掻いているが、それも無駄でしかない。

 身体は無い。光は無い。勝利に繋がる要素の全てが消え失せた。

 無駄な足掻きを続けたところで、勝利の目処など何も無いのだ。ならばこれは敗北を認められない意地の類いであり、いずれ尽きる往生際の悪さである。

 何処にも向かっていないのだから、それも当然だろう。何処にも進まないその足掻きは、たとえ長く続こうとも成せる意義は一つもない。

 結局は同じこと。何にも繋がらない所業であり、ただ苦痛の生を長引かせるばかり。その無意味さを思い知れば、誰であれ膝を折るのが必然だろう。

 

「――まだ、まだ、だァッ!! 俺はまだァ、終わっていない!!」

 

 ならばこそ、この男の足掻き様はどういうことなのか。

 重ねて言うが、その足掻きに意味はない。勝利に繋がるものはなく、無為に苦痛を長引かせるだけである。

 ヴァルゼライド自身も気付いているはずだ。どれだけ意志の不屈を叫ぼうとも、もはやどうすることも出来ないことは。

 確定した死に抗う苦痛は想像を絶するだろう。並ならば即座に生を手放しているところ、それでも足掻きを止めない執念とは何だというのか。

 

 改めて思い返せばいい。クリストファー・ヴァルゼライドという男の原点を。

 不遇の出生。劣悪な環境。恵まれない才覚。英雄の始点とは、常に持たざる所から始まっている。

 それら全てを、常軌を逸した意志力で覆してきた。目に焼き付けてきた悪辣、不条理、正しい事が罷り通らない醜さへの怒りを源泉として。

 ならばそれは、勝算があっての事だったのか。未来には勝利の絵図が見えていたからこそ立ち上がったのか。

 否、である。彼の始まりは最底辺、勝算などという贅沢とは無縁の身の上だ。

 ただ生き残るだけならば、他に楽な道が幾らでもあっただろう。それをあえて、最も困難な道を選び、その上で勝ち上がってきた。勝算など見えずとも、内より沸き上がる激情に従って駆け抜けてきたのだ。

 未来を求めたわけではない。正義を成せると信じたわけではない。ただそうせずにはいられないから、彼という意志は不屈の燃焼を続けている。

 

 それは今も何一つとして変わらない。

 苦痛も、無意味も、取るに足らない。真に耐え難いのは、そんなものに屈してしまう己自身だ。

 死とは命の終わり。そこに例外はなく、自身も同様だというのは百も承知。

 いずれ終わりは来るのだろう。しかしそれは今では無い。たとえ一秒先の未来だとて、猶予が存在するのなら抗うことを止めはしない。

 まだ成していない事がある。報いていない過去がある。背負った祈りがあるのなら、この脚は軽々と膝折ることは許されない。

 そう己に言い聞かせて、断固として止まる事を許容しない。あらゆるものが死に絶える魔神の眼光に晒されながら、その執念だけは手放さずに足掻いている。

 

 その様は勇敢というよりも、むしろ狂って見えるだろう。

 まるで停止する機能がそもそも備わってないかのように、性質の善悪よりもクリストファー・ヴァルゼライドは人として壊れている。

 徹底して己に不純を混じらせない。その醜さは耐え難いものだから、どんな苦行と引き換えにしてでも潔癖な己を保ち続ける。

 無茶でも無為でも、それは彼にとって止まる理由とはならないのだ。故にその執念も途切れることなく、抗う意気と共に踏み留まっている。

 

 そう、不撓不屈の意志を貫く鋼の英雄。その在り方は狂っている。

 芯より狂っているから、決して道を逸れない。一つの意志のみを完徹するから、常人には想像もつかない密度で執念を燃やし続ける。

 だからこそ、その手は奇跡へと届くのだろう。僅かな光明さえ届かない闇の中でも、命の限り諦めない信念は必ずや光を掴むのだ。

 

 狂っていても、壊れていても、彼が光を奉じた英雄であるのは間違いない。

 その姿は人を魅せる。愚かであろうと雄々しい様は、事の無意味さなど関係なしに、見る者に抗い難い熱の衝動を与えるのだ。

 望む望まざるとに関わらず、他者を魅了し狂奔させる才能。覇道の資質とも呼ぶべきそれは、英雄であればこその輝きであった。

 

「よくぞ耐える。仮にも神威を相手にしながら。その意志の不屈、感嘆の吐息しか出てこんよ」

 

 そしてそのような輝きを最も愛するのが、甘粕正彦という男である。

 死の魔眼に耐えられる要因は、気合いと根性だけではない。

 こうなった今でも、甘粕は疑わず信じているのだ。英雄の再起、起こされるであろう奇跡の到来を。

 無論、それは英雄の夢に嵌まる好感情。協力強制はより強くなり、今も力を与えている。

 己で試練を課しながら、乗り越えられる事を望む魔王の気性。甘粕正彦こそが、光輝く英雄を奉じる最大の典型だ。

 誰よりも深く嵌まった急段が、盧生の力と相まって莫大な恩恵となっている。それがヴァルゼライドを死に絶える寸前の所で留めていた。

 

「だが足りん。それだけでは勝ちの目はないぞ」

 

 しかし期待をかける一方で、俯瞰する冷静な視点では勝算の無さも見て取っていた。

 

 どれだけ深く嵌まろうが、単に急段の力だけでは不足である。

 終段(かみ)はそれほど甘くない。百鬼空亡を思い出してみるがいい。

 龍神に忠の心を示した大杉栄光のように、人が神を退けるためには理屈をなぞる必要がある。単に力を上げていくだけでは絶対に敵わない。

 

 甘粕の判断から見ても、ヴァルゼライドの勝機は皆無である。

 仮にここから逆転があるとすれば、それは甘粕にとっても未知の手段となる。

 甘粕はそれこそを期待している。夢界を制した絶対者でありながら、その予測さえも覆す人の意志の可能性を。

 

 魔王は無為を嗤わない。

 魅せる足掻きには敬意を表する。だからこそ未知の輝きを信じるのだ。

 

 遥かな天の頂きより見下ろして、まだかまだかと期待の念を向け続けていた。

 

 

 *

 

 

 そして、当然の結末が訪れた。

 

「か、は……――――!」

 

 ついに訪れた限界点。

 抗い続けた英雄の執念も底をついた。

 

 その意志が崩れていく。

 如何なる時も不撓不屈、決して折れなかった信念が潰えていく。

 それも必定。神威とは人々によって約束された絶対なのだから。

 死ぬと決められたなら死ぬが定め。それが合意であり、神格たる存在の何たるか。人の身で覆すことは許されない。

 

 どれだけ足掻こうと、不屈の正義を貫こうと、やはり無駄なこと。

 奇跡は起こらず。当たり前の結末として、クリストファー・ヴァルゼライドは敗北した。

 

 

「――――立て、立つのだ英雄よッ! お前は、ここで斃れるべきではない……!」

 

 

 声が、聞こえた。

 今まさに潰えんとする意識の中で、誰かの呼びかけを確かに耳にする。

 

「このようなところで終わってどうする? お前こそ紛れもなく史上最強の人類意志。天稟無き身から天の頂きにまで届かせる、遍く者らが焦がれる至宝であろうが」

 

 それは、聞き覚えのないような、よく知るものであるような。

 どちらなのか判然としない。しかしこの胸に熱い何かを感じさせる、声。

 

「その気概、その情熱、自らの愚を恥じながら尚進まんとする覚悟――諦める事を知らん熱き眼差しが、"我ら"の胸を強く疼かせて止まぬのだ。

 そんな男の結末が、こんな当たり前であってよいはずがない。"我ら"が求める、お前が紡ぐべき英雄譚は、もっと遥かな先を求めているのだ!」

 

 そうして理解する。声の主、己の裡より熱き思いを向けてくる意思の正体を。

 それは本来、決して聞くことが叶わなかったはずのもの。資格無き身では心を交わすことが出来ない、求め続けた総体の意思。

 

 あり得ない事態、その因果は存在する。

 まずは英雄の夢による強化。盧生である甘粕正彦を対象に嵌った協力強制。

 かつてない深度で成り立った合意により、夢の力の強まりは過去にも類を見ない規模となっている。

 それこそ盧生すらも凌駕しかねない勢いで。眷族という枠組みの中で見れば、ヴァルゼライドは今、最も大元の根源へと近い場所に立っている。

 そして盧生である甘粕はその大元と繋がっている。甘粕との間で成り立った相関が、夢の高まりと合わせて、ヴァルゼライドを大元の意思へと繋げることを可能とした。

 

 ヴァルゼライドが聞いているのは、阿頼耶の声。

 盧生にのみしか聞き届ける事の叶わない、人類の普遍無意識が発する意思だった。

 

「故に立て、クリストファー・ヴァルゼライド! 我らが英雄、我らと同一にして異なる、唯一つの珠玉たる光よ!

 ここで終わることなど許さない。それは我らの、煌く価値を求める者らの総意であると知れ!」

 

 されど、同じ阿頼耶でありながら、その声は盧生たちが聞くものとは趣きが異なっている。

 それは全にして一の意思。人類という多種多様な有り様の総体であるから、感情の波の搖れ幅は平均化され小さくなるのが通常だった。

 掲げた悟りの支持者が多くいるなら、その逆もまた然り。柊四四八も、甘粕正彦も、絶対無二の真理など掲げてはいないのだから。肯定と否定が混じった意思は、どこか俯瞰した立ち位置から己の盧生と向き合っていた。

 

 だが、ヴァルゼライドが受ける阿頼耶の意思には、盧生の阿頼耶には無い感情の熱があった。

 求めるのは純粋に、ヴァルゼライドの勝利のみ。勝てよ英雄、どうか奇跡を起こしてくれと、総体の意思としては考えられない真っ直ぐさだ。

 それも不思議な事ではない。英雄の夢とは己を奉じる祈りを力と変えるもの。唯一つの光を高みへと至らせる英雄賛歌である。

 元より盧生の資格を持たない身の上。こうして成し遂げた接続も、盧生のそれと比べて非常に特殊なものとなっていた。

 

 即ち、ヴァルゼライドが受けたものは己に対する賛歌の意思。

 その意思だけを拾い上げた。むしろ熱く激しく昂ったそれらの意思であったからこそ、盧生ならざる身で受け取れたとも言える。

 驚嘆すべきはその規模だ。唯一人の男を奉じる意思、それが一つの阿頼耶として見られるまでの広がりを見せている。

 

 きっと、誰もこんな結末は望んでいない。

 こんなにも輝かしい英雄が、ここで無為に終わってしまう結末など。

 誰もが奇跡を、物語にあるような逆転劇を望んでいる。彼は正義を担う英雄であるのだから、それに相応しい舞台へと上がらなければならないのだと。

 英雄を奉じるという普遍的な価値観。小賢しい知略でも、誰かに縋った女々しい思いでもない、ただ真っ直ぐに王道を進み続ける勇者の在り方。

 たとえ本当の意味での理解はなく、熱に浮かされているような感情なのだとしても、格好良い英雄(ヒーロー)を奉じたいと願う気持ちに嘘偽りなど無いのだから。

 

「――ならば」

 

 己を認めてくれる意思に応えて、鋼の英雄は再起する。

 同時に、阿頼耶に通じたことで見い出した唯一つの光明を、躊躇いもせず決断した。

 

「是非もない。手段は一つだ。()()()()()()

 俺を終段(かみ)へと押し上げろ。勝利を求めるというのなら、これしかない!」

 

 如何に阿頼耶の声を聞けても、ヴァルゼライドは盧生ではない。

 彼に終段を使うことは出来ない。邯鄲という世界の法則は、ここでも英雄に不遇を与えている。

 

 しかし、たった一つ、例外的な抜け道が存在する。

 ヴァルゼライドからでは届かない。ならば阿頼耶の側から繋がれば良い。

 これが他の阿頼耶ならば頷くことはないだろう。阿頼耶とは人類の総体としての意識を統合した機関、その立ち位置は究極の中立だ。

 たとえ盧生が相手であっても、心の底から味方になることはない。あくまで一つの真理の代表者として、傍観者の立場から支援するまでである。

 だがここに在る阿頼耶は例外中の例外。唯一人の英雄を奉じるという祈りの形だ。全体から見ればあくまでも一部分、だからこそ惜しみない恩恵を授けようとするだろう。

 

「いや、しかし、それをすればお前という存在は……」

 

 故に、逡巡するのは別の問題からだった。

 

 阿頼耶が直接、術者を神格へと繋げる。言葉にすれば簡単だ。

 だが実際は容易なものではない。そもそも通常の運用法にしたところで、神格の召喚使役とは多大な負担を強いるものなのだ。

 何せ神威である。その権能たるや、この世の如何なるものさえ覆して余りあるだろう。そんなものを一人の人間が自由に使って、何もないという事はあり得ない。

 通常ならば己と親和性の高い神格を見繕っても、せいぜいが数柱。少なくとも連続で使用するとなれば、その辺りが限界となるだろう。

 まして己と親和性の低い、まったく真逆の属性を持った神格を無理に召喚しようとすれば、その負荷のほどは計り知れない。良くて廃人か、普通に考えれば絶命必至といった話である。

 

 それを、盧生でもない者が、阿頼耶の後押しとはいえ強引に至ろうなど。

 前例など一つもない。そもそも盧生からして甘粕正彦が最初の一人なのだから、このような無茶の結果など阿頼耶でさえまったく予測がつかない。

 一体どうなってしまうのか。分からないが、しかし無事で済まない事だけは確かだろう。恐らくは先に上げた例以上に、その難易度は想像を絶するに違いない。

 神のみぞ知る、どころか神ですら分からない。有り体に言って正気の沙汰ではなく、召喚に成功したとしても、その後に健在とは限らない。提示する手段としては無謀が過ぎる。

 

「抜かせ。俺を侮るなよ。お前たちが奉じる英雄(オトコ)とはそれしきのものか?」

 

 そんな躊躇いを、英雄を認められた男は一言で切って捨てる。

 俺の阿頼耶でありながらそんな事も分からんのかと、矜持と共に言い放った。

 

「俺は勝つ。必ず勝つ。たとえ身体を失い、魂まで砕け散ろうと、この意志だけは繋いでみせる。

 どんな神にも喰われはしない。光ある未来をこの手に掴むため、永劫駆け抜けるのみだ!」

 

「――ああ」

 

 轟いた宣言に、奉じる意思たちは身震いするような感覚を味わう。

 そうだ。それでこそだ。そんな"英雄(オトコ)"であるからこそ、どうしようもなく惹かれるのだ。

 その在り方は愚かなのだろう。人として破綻しているに違いない。それでも一途に王道を貫き通す雄々しさには、熱き血潮の滾りを感じずにはいられないのだから。

 

 故に、気遣いなど元より不要。

 追い詰められたこの現状、悩みの余地など最初から無かった。

 その信念の強度を信じて、真っ向より押し通すのみ。それこそが英雄たる男が征くべき王道なれば。

 

「ならばここに謳うがいい。お前が求める神格(ユメ)とは何か、阿頼耶(われら)に対し告げてみろ。

 至るべきお前の悟り、人類(ヒト)に報いる光とは如何なるものか、ここで高らかに宣してみせろ!」

 

「俺は……、俺が求める悟り、勝利の形とは――」

 

 英雄の道は独り。そこに後進となって続く者はない。

 断罪の正義をもたらす光。それは穢れなき純粋さで、故に孤高でしか在れないもの。

 人々に謳うべき人間賛歌など持ち合わせない。所詮、己だけしか信じられない男。盧生足り得ない凡愚の器に過ぎない。

 

 しかし、だからこそ、貫く思いの強さでは何人にも譲らない。

 未来に求める理想がある。穢れた悪辣さが駆逐された、真に美しいと思える世界。

 そのためならばどんな苦行とて躊躇うまい。如何なる咎をも背負い、他者の希望を轍と変えてでも、目指した理想のためにひた走る。

 

 それこそが己に出来る唯一の報い。世の人々に贈れるたった一つの答えであるのだから。

 

「――"創世"。あらゆる悪法が照らし出され、善なる価値が築かれた新たな地平。それを目指すべき正しさであると信じ、故にこそ突き進む!」

 

 届き得ない夢想だと知っている。

 血と屍の山に築かれた道の果て、そこに本当の理想は有り得まい。

 己が歪んでいると自覚はある。独りきりで謳った理想など、悪党どもが語る欲望(エゴ)と大差ない。純なる正義だなどとは口が裂けても言えはしない。

 

 しかしそれでも、脚を止める理由にはならない。

 理想と欲望に大差が無いというのなら、それで良い。

 重要なのは正しいと信じた大義を掲げ、一心不乱に駆け抜けること。

 一念を押し通す信念の純潔。どのような道理があろうとも、己にとってそれだけは曲げてはならない真理であるとここに悟った。

 

「如何に否定され、己の矛盾を突きつけられようとも構わん。決めたからこそ、果てなく征くのだ。他の理由など必要ない。進み続ける事こそが、俺にとっての"勝利"なのだから!」

 

「ならば善し! 心に定めた生き様があるならば、只管に駆け抜けるのみ。

 いざ、到達すべき彼方の光を目指して――」

 

 さあ、英雄譚を書き綴ろう。  

 新天地を目指す光の物語を、輝ける意志を胸に抱いて。

 

 

「「――――すべては、"勝利"をこの手に掴むためッ!!」」

 

 

 重なり合った光と光。

 類を見ない善性(プラス)同士の掛け合わせが、ここに前人未到の新生を顕現させた。

 

「おお、輝かしきかな天孫よ。葦原の中国を治めるがため、高天原より邇邇藝命を眼下の星へ遣わせたまえ。

 日向の高千穂、久士布流多気へと五伴緒を従えて。禍津に穢れし我らが大地を、どうか光で照らしたまえと恐み恐み申すのだ」

 

 それは、天津の果てから響き渡る光を讃えて祝う詠唱(こえ)

 極限まで凝縮された歓喜、喝采、正の賛歌。

 爽快に地を太陽の輝きが、一つの未来だけを見据えて輝く決意を撒き散らす。

 

「鏡と剣と勾玉は、三徳示す三種宝物。とりわけ猛き叢雲よ、いざや此の頸刎ねるがよい――天之尾羽張がした如く。

 我は炎産霊、身を捧げ、天津の血筋を満たそうぞ。国津神より受け継いで焔の系譜が栄華を齎す」

 

 あり得なかった終段は、通じ合った光の結びによって実現する。

 苦痛、代償、勝算の有無――全て女々しき言い訳と断じて、当然のように常識を塗り替える。

 存在するあらゆる法則を、()()()()()()()()()()という、あまりにも馬鹿らしい理由で超越するのだ。

 

「天駆けよ、光の翼――炎熱の象徴とは不死なれば。

 絢爛たる輝きにて照らし導き慈しもう。

 遍く闇を、偉大な雷火で焼き尽くせ」

 

 人に説くべき悟りは持たず。この身は覇道の邁進を続けるのみ。

 ならば拓かれた先でこそ、光となるべき成果の報いがあるだろう。

 破壊の果てに創造される栄光の天地。英雄たる者が至るべき"勝利"とはそれなのだと確信する。

 

「ならばこそ、来たれ迦具土神。新生の時は訪れた。

 煌く誇りよ、天へ轟け。尊き銀河を目指すのだ」

 

 即ち、迦具土神(カグツチ)。天地に法則を齎せし創世の神格。

 邯鄲の舞台たる日本帝国、古の大和の地の記憶より招来した焔の神が、英雄の元へと降り立つ。

 

 されど、英雄の身は既に死に体。

 魔神の視線は彼の生命を蹂躙し、もはや余力は微塵もない。

 繋ぎ留めるのは意志のみで、神格の使役などやはり不可能。至った奇跡もそこまでであり、勝利には届かない。

 

「――これが、我らの英雄譚」

 

 故に、英雄は更なる前代未聞の常識破りを敢行する。

 

 残された魂の火と、喚び出された神の火とで、新たな炎を新生させる。

 理論理屈など知ったことではない。ただ貫く意志(おのれ)と、奉じる(ユメ)があるのなら、出来ぬことなど何も無い。

 信じ抜いた執念の熱量が、融け合い消えるのみだった魂を、新たに誕生した恒星の如く燃え上がらせた。

 

 それはもはや、神威召喚の第六法にあらず。

 正しく言霊を表すならば神卸し。神威を身の内に宿し、己の存在自体を変貌させる。

 盧生ならざる身が成し遂げた異質の終段。ならばそれは、召喚された神格の名すら、呼び称するものとして適切ではなく、

 

「終段・顕象――――大和創世 日はまた昇る 希望の光は不滅なり(Shining Sphere Riser)

 

 その名は、星を掲げる者(スフィアライザー)

 照星の如き灼熱をその背に負い、威風堂々たる現人神がここに降り立った。

 

 

 *

 

 

 磨き抜かれた長身の痩躯、たなびかせる漆黒の長髪。

 姿格好はもはや別人。成し遂げられた覚醒、神格概念との完全融合は、存在自体を別物に変貌させている。

 面貌に浮かぶ快活な笑みは、ヴァルゼライドだった頃には見られなかったもの。さながら絶対の王者が如く、傲慢なまでに己の正道を踏みしめる陽の属性。

 されど無論、英雄の意志は失われていない。神星の存在にも屈さず、内界にて劣らぬ覇気を今も絶えず吐き出す続けている。

 その熱情を噛み締めるたび、心に湧き上がるのは歓喜と高揚。尚も英雄の伝説は続投していくのだと、それを思うだけで権能たる炎は際限のない高まりを見せるのだ。

 

 故に、己が為すべき事にも迷いはない。

 敵対する魔王に、その前に立ちはだかる魔神に対し、神星は改めて闘志を向けた。

 

 交錯する光の視線と死の視線。

 神星より迸る焔の陽光が、魔神の持つ直死の眼光に拮抗している。

 瞼に移せば死を確定させる魔眼の視界さえ覆い尽くして、己へと届く前に相殺しているのだ。

 それはまさに正と負のぶつかり合い。生命の創造を司る灯火と、死の奈落へと誘う暗黒とで織り成される喰い合いだった。

 

 互角に見える勝負だが、相性の差で問えば分は魔神にこそあるだろう。

 魔神の視線は光さえも殺す。死の魔眼に対抗するために、神星は矢継ぎ早に焔を創造し続けなければならない。

 対し、魔眼は視界に映しただけでその効果を確定させるのだ。ただ目を見開いていれば鏖殺していける現状、どちらの消耗が激しいかは比べようもない。

 考えるまでもない。両者の相関を見れば結果は明らか。やがて燃え尽きた神星は魔神の前に屈するだろうと、それが当然の帰結であったはずだ。

 

 されど、そのような常識を打ち破ってこその英雄の道。

 相性の相関も、神話に当て嵌めた攻略も、どれも総じてつまらない。

 何故なら、それらは所詮既存の手段に過ぎないからだ。弱者が強者に対抗するため、過去に倣って手段を模索しているに他ならない。

 光は常に未来を照らすためにある。過去に振り返った既存の法ではなく、真っ向より前を見据えた正面突破こそ万人を頷かせる栄光足り得る。

 

 さあ、真の王道を知るがいい。

 光さえも殺される? ならば殺し切れぬ熱量を叩き込むまで。

 正道の強者にのみ許された王者の技。増大していく神威を取り込んだ極大の焔が炸裂した。

 

創生(フュージョン)――純粋水爆星辰光(ハイドロリアクター)!」

 

 それは天体の生命を生み出す法則。

 人が未だその手に負えぬもの。無限規模のエネルギーさえ創造する核融合。

 創世の神格として揮われる権能は、常道の法則など塗り潰して清潔なる業火を顕現させる。

 

 解き放たれた大熱量は圧倒的なまでに巨大。

 魔神の視界を呑み込んで、魔性の軍勢総てを覆い尽くして余りある。

 王道を目指して膨れ上がった炎の波濤。その火炎流に押し潰されて、魔神とその眷族たちは塵の一片さえ残らずに焼失した。

 

「ふっ、ふふふふはははは、はっはっはっは、アハハハハハハハハハハッ!!!!

 フッハッハッハッハ、ハハハハ、アハハハハハハ、あーっはっはっはっは!!!!

 クハッ、カッハハハハハハハハ、わぁはははははははは、ハッハッハッハァ――――!!」

 

 快笑。豪笑。大爆笑。

 もはや笑うしかない。期待した通り、否、期待の遥か上だ。

 己が召喚した魔神を潰されながら、甘粕正彦にあるのは歓喜と激賛。対峙する英雄を寿ぐ賛美の念しか無かった。

 

 繋がりが断たれた事に気付いている。

 盧生と眷族、力を与える者と与えられる者、その関係を証明する接合(ライン)が途絶えていると。

 即ち、英雄は今や完全に独立した存在になったのだ。宣言の通り、あらゆる道理を踏み越えて邯鄲の夢の力を自らの手に掴み取った。

 

 その存在は、普遍の阿頼耶を背負う盧生ではないのだろう。

 身に卸せた神格も一柱のみ。強引に押し上げられた存在は、他にも様々な制約が掛かるだろう。

 しかし、強い。少なくともその強さにおいて、英雄はもはや魔王に一歩も譲らない。打倒の宣誓を果たすべく、両者は既に同じ地平に立っている。

 

 その事実が、甘粕には嬉しくてたまらない。

 己が与える試練によって、遍く人々が立ち上がる事を願う。

 それこそが盧生として彼が得た悟り。試練という名の人間賛歌に偽りはなく、素晴らしい輝きを見せた英雄には心からの賛辞を贈るのだ。

 

「ああ、ならば、俺も負けてはいられんよなぁ?」

 

 そして、だからこそ、甘粕正彦という男はその魂を滾らせる。

 殊勝に敗北を認める様子など微塵もない。それどころか今までより遥かに強大な夢の波動を迸らせて、愛にも似た戦意の熱を向けていた

 

「そうだ。お前は素晴らしい。だからこそ、その強さに相応しい舞台が要る。さもなくば輝きは意義を失い、惰性の軟弱へと陥ってしまう。

 これほどに身を削り、魂を振り絞って相対するのが、ただ物珍しい力を持っただけの軟弱者では甲斐があるまい。勇者の覚醒一つで折れてしまう小人如きのために、それでは犠牲にしてきたものと釣り合いが取れんだろう。

 俺にそんな"悲劇"は見過ごせん。勇者たちの思うがまま、輝きの真価を存分に発揮するための敵対者が必要だ。そのためにも、俺は"魔王"になりたいのだと声を大に謳い上げよう」

 

 甘粕正彦は人間を愛している。愛するが故に、力を込めて殴るのだ。

 そうしなければ惰性に堕ちると知っている。人は堕落の悪性を宿した者だから、どんな熱さも喉元を通り過ぎれば忘れ去ってしまうのだ。

 それは極論ながら、しかし真理でもあるだろう。少なくとも完全否定は難しく、故に甘粕は迷わない。そこに彼の愛する輝きがあると信じるから、苛烈なまでの試練を課す。その果てに人々が輝きと共に立ち上がってほしいのだと、心の底から祈っている。

 

 それこそが魔王の夢。災禍の中に人の真価を見出す裁定者の在り方。

 与えた脅威に立ち向かおうとする意志があるのなら、それは魔王の思想に同意する祈りに他ならない。

 覚醒を果たした英雄の有り様は、まさしく魔王が夢見た人の型に嵌っている。よってそんな敬愛すべき英雄のために、強大無比なる難敵として魔王も己の力を増大させる。

 

「人間讃歌を歌わせてくれよ、喉が枯れ果てるまで。お前の勇気の輝きを、壊れるほどに愛させてくれ。

 英雄なのだろう? 人々の幸福な明日を願っているのだろう? ならば当然、魔王(オレ)と戦う覚悟もあるのだろうが」

 

「無論。その度し難さ、なればこその強大さ、元より委細承知済み。闘争の覚悟など、初見の時より出来ている。

 誰にものを言っている。未来に光をもたらすため、決まっている。"勝つ"のは(オレ)だ!」

 

 光の英雄と光の魔王。共に光を奉じた者同士。

 愛し、認め、立ち上がろうとする意志でもって、彼らは強くなる。

 互いに相手への惜しみ無い賛辞を贈り、そんな正の感情でもって力へと変えるのだ。

 

 常識も限界も、そんなものが何だと超越してしまう破格の魂。

 どちらも相手の強さを知っている。故に、全霊の力を絞り出すのに迷いは無かった。

 

「地の化身。四神の長よ。御身、穢れなき玉でもって、その神威を示さん――参れ、黄龍!!」

 

 現状にて存在する最強の札。

 夢界を震撼させた大地の龍神を、甘粕は惜しむ事なく投入した。

 

 神格の名を、黄龍。

 金色に輝く長大な龍の総体。人の視界でその全容は計り知れず、頭頂までの長さだけでも成層圏に達し、とぐろを巻けば地表の果てまでも覆い尽くす。

 神々しき姿は紛れもない古代の守護龍。皇帝権威の象徴とされ、王都を守護する神獣として人々より敬いの信仰を受けた最高神格が降臨した。

 

 そこに百鬼空亡と呼ばれた邪龍の面影は何処にもない。

 忘れられ、地の底へと追いやられた怒れる荒御魂の側面、人々に災禍の試練をもたらすため、関東大震災を引き起こす最適解として喚ばれた廃神の属性が外されていた。

 反転し、元の清らかな龍神に戻っている。本来の神格へと還した以上、如何に召喚者といえど容易くは戻せない。

 それはつまり、苦労して見繕ったはずの兵器を放り捨て、兼ねてよりの計画を白紙に戻すということ。積み上げてきた成果を引っ繰り返す暴挙に他ならなかった。

 

 そのような代償を求める判断さえも、まるで頓着せずに実行へ移せる。

 それも深謀な損得計算など混じえず、その場のノリと勢いで盛大にやらかしてしまうのだ。

 これほどの強壮な神星に対し、女々しく狂った邪龍では相応しくない。正攻法、真っ向勝負、余計な穢れなど持たない黄金龍こそ相応しいと、そう思ったからその通りに事を為した。

 

 そして、穢れを祓った龍神は、それ故に十全の神威を発揮する。

 星の血流ともいうべき地脈、その具現化と呼べる龍の咆哮は、地球という大地が上げる雄叫びに等しい。

 粉砕、灰燼、発せられた震動波はあらゆるものを消滅させる。指向性という概念を持たず、龍神(しんげん)より全方位に伝わっていく超震動からは逃れる術など有りはしない。

 

 かつては鱗のさざめきだけで、相対したあらゆる者が打ち砕かれた。

 人では決して及ばない、神という存在の何たるか。その暴虐なる強さは否応なく、厳然たる事実を人々に突きつけた。

 それは英雄でさえ例外では無かっただろう。如何にその雄々しい様で人々を魅せようと、そんなもの大自然からすれば何の価値もない。

 百鬼空亡こそ英雄にとっての鬼門。人の身である限り、不屈の信念も無意味となる最悪であった。

 

 されどここに在る神星は、もはや人の領分に留まる存在ではない。

 ここから先は同格による純粋な力の勝負。即ちそれは英雄の土俵に他ならなかった。

 

集圧(ベクター)――流星群爆縮燃焼(レーザーインプロージョン)!」

 

 発揮されるのは拡散性と干渉性。

 空間を埋め尽くすように増殖して拡がっていく無数の劫火。

 それはさながら天空に浮かぶ星々の如く。しかしその一つ一つに込められた熱量は、星空のような美しさからは想像もつかない凶悪性を有していた。

 

 正面より迫り来る壁ではなく、球状に包み込むように押し寄せる熱波の濁流。

 逃れられる間隙など絶無。全方位に展開された灼熱の弾幕群は、龍神の総体を完全に包囲した。

 中心に在る獲物に向けて、一斉に牙を剥く膨大な火球群。夥しい数で行われる燃焼反応が大気さえも変動させて、龍をその空間ごと押し潰しに掛かっている。

 

 それはまさしく焦熱地獄。人であれば生存の望みなど有り得まい。

 されど大地の化身たる龍にとって、それは存在を揺るがす脅威とも成り得ない。逃げる事など考慮するにも値しない、その身を震わすだけでも対処として十分すぎる。

 殺到する灼熱を、圧迫する空間を、あらゆるものを震わせて破壊する震動波。拡散する波動は接触と同時に連鎖して、殺到する一切に等しい崩壊をもたらした。

 千や万では到底及ばず、億や兆でも鱗一枚さえ剥がせない。伝わり拡がる震動の性質上、どれだけの数を揃えようとも意味は薄い。最善手と呼べないのは確かである。

 

 それを承知で、しかし尚も神星はその手を緩めない。

 横道には逸れない。真っ向からの正面突破。王道の覚悟こそ勝利に至る道と信じるが故に。

 膨れ上がっていく火種の数。砕かれていく量をも超えて、加速していく増殖速度は留まる事を知らない。

 その総数はやがて阿僧祇を突破して、那由他をも超え、不可思議の領域へ突入していた。

 

 どれだけ数を揃えようと、伝導する龍神の震動は全てを砕くだろう。

 しかし、此度のこれはあまりに数が膨大すぎる。それは本来あった理屈の相性すら覆して、龍神の震動と拮抗してみせた。

 圧していく熱と震。人の認識など遥かに超えた神の総体による激突は、あたかも世界そのものがぶつかり合う光景を思わせる。

 始めは龍神の方へと傾いていた天秤は、徐々に釣り合いを逆転させていく。更に更にと膨れ上がっていく劫火の総数が、龍神の総体を圧倒しつつあった。

 

 地脈の化身、星の神威たる龍神は、ただそのように在るもの。

 そこに善悪の意識は介在しない。天使や悪魔のような属性があるわけではなく、大地はただ大地として信仰するべき存在なのだ。

 その神威は強大であれ、決して変動するものではない。自己を高め、強くなるという概念は、向上心という欲望を持つ人間だけの特権なのだ。

 

「地の底へと還るがいい。もはや人の世は、お前を必要とはしていない!」

 

 強くなり続ける神星の圧が、龍神を押し込んで元在る場所へと還していく。

 黄龍とは地球自然を具現化した神格。敵といえども完全に殺してしまうわけにはいかない。そんな真似をすれば、この地球そのものが死に絶えてしまう。

 点ではなく面での勝負に持ち込んだのもこのためだ。指向性の一撃ではそのまま命まで貫いてしまう恐れがある。数で押した手段だからこそ、殺し切らずに制圧するという選択が取れたのだ。

 

 そこには忠の心など微塵も無い。

 大地への敬意を忘れ、鷲掴んで無理矢理に頭を垂れさせるが如き横暴である。

 それこそが覇道の本質。声高に大義を謳おうが、他の価値を侵害しその尊厳を踏み躙る所業だと、誰よりも英雄自身が知っている。

 それは紛れもない邪悪の一端。故に英雄は決して己自身を賛美しない。こんな男は許されざる罪人だと、弾劾の気持ちは変わらずに有り続ける。

 

 その潔さもまた、英雄の美徳であり強さ。

 自戒を強く思えばこそ、背負った覚悟もまた強くなる。

 そうして磨かれる芯の強さ。不可能を踏破する意志の骨子はそこにある。

 故に、英雄の脚は止まらない。迷いに引き摺られる事はなく、未来へ向かうためならば神であろうと怯まない。

 

 かつては夢界最強に君臨した龍神も、神星と化した英雄は上回った。

 もはや阻めるものは無い。母なる星をも乗り越えて、輝ける魂は更なる高みへと昇っていく。

 

 故に、輝きを愛する魔王もまた、相応しい試練のために更なる天頂へと至るのだ。

 

「大いなる暗黒よ。いずれ来たる終焉の刻にて、破壊と創造による救済をもたらせ」

 

 魂の猛りが止められない。見せられる奮起に思うのは感激ばかり。

 英雄が気合いと根性で無理を突き破るのなら、魔王はノリと勢いで無茶をやらかす。

 誰より己の心に素直な男だから、自罰はあっても迷いは持たない。性質は違えども、意志の限り進み続けるという方向性は両者共に同じであった。

 

「唵・摩訶迦羅耶娑婆訶――大黒天摩訶迦羅(マハーカーラ)ァッ!!」

 

 破壊の龍の次は、最上位の破壊神。

 愛する輝きを見るために、魔王は極大の破滅を喚び込んだ。

 

 曰く、恐怖すべき者(バイラヴァ)

 終末に来たる者。世を新たに築き直すべく、創造のための破壊を為す。

 ある宗教観における頂点の一柱。世界を破壊するという役割を負った神格である。

 

 だが、それは本来なら喚び出してはならない神格だ。

 何故なら前提として、その神話には『世界の破壊』という設定がある。

 神格の召喚自体が滅亡に繋がっている。その神は終焉に現れるものであり、故に降臨させる事は世界が終わるという筋道に同意するに等しい。

 人類自身が定義した(ユメ)を、人は決して覆せない。自らが生み出した破滅のスイッチを押し込むようなものだ。

 

 それを承知しながら、しかし甘粕正彦は躊躇わない。

 下手をすれば自身まで滅びる結果になりかねなくても構わない。

 あるのは輝きへと向けた愛と信頼。この試練にも立ち向かい、乗り越えてくれると信じている。

 ならばこその全力である。これほどの漢、本気の限りを尽くして向き合わねば無礼であるし、また手抜かりなど許される実力ではもはや無い。

 破壊神はこれまでの甘粕の終段において最強のもの。龍神さえも超えた英雄にはこれこそが相応しいと思うから、どれだけ馬鹿な選択肢でも実行に移してしまう。

 

 破壊神が動き出す。

 構えるのは三叉に分かれた矛先。そこに破壊の神威が集約されていく。

 それこそは三又戟(トリシューラ)。金と銀と鉄、三つの悪魔の都市を焼き払ったとされる神の武具。

 大いなる暗黒たる恐怖の姿は、目に映しただけで存在までもが砕かれよう。破壊を為す者として招来された神格には、新生の際に見せるという慈悲の側面は僅かも見受けられない。

 抗う事など不可能。それは約束された絶対の破滅である。天地さえ打ち砕く神威の投擲が、神星へと向けて放たれた。

 

「ぬ、ぐぅ……オォォ――――!」

 

 再び、戦況は一方への傾きを見せ始める。

 神星への開闢以来、甘粕が揮う神威に対し互角以上に立ち回ってきた英雄が、今度は明確に劣勢へと追い込まれていた。

 

 理由は単純。摩訶迦羅の破壊に、迦具土神の創世は及ばない。

 異なる神話体系の神格同士を一概に比較は出来ないが、ここでは両者の位置付けに着目する。

 始祖の神と、その子息。力関係は明確で、下克上の伝承も持たない。まして迦具土神にはその親に殺されるという記述まである。親神に及ばないのは明白だろう。

 摩訶迦羅は最高神。その上は存在しない。破壊の役割を受け持つ一側面であり、その純粋性は弱点の無い強さを表している。

 甘粕の審判との親和性も強く、英雄の結び付きにも決して劣らない。その神格に綻びは無く、見出だせる隙など何処にも無かった。

 その結論は、勝算の絶無。神は(ユメ)であるが故に、その神話(せってい)から逃れられない。両者の神格としての差は明らかで、成す術なく打ち砕かれるのが定めである。

 

「――まだ、まだァァッ!」

 

 されど、それは神星が単なる迦具土神であった場合の話だ。

 ここに在るは人と神の融合体。その信念と情熱で未到の夢に挑む新しい神話である。

 既存の理屈になど囚われない。己の神格が足らぬというのなら、そのような己自身の限界こそ乗り越えるのみ。

 

創生(フュージョン)収縮(フュージョン)融合(フュージョン)装填(フュージョン)――――」

 

 出力上昇、出力上昇、出力上昇――大熱暴走(オーバーヒート)

 その数値の上昇速度は紛れもない暴走状態。無理を押し通す重ね掛けは、神星の身にも許容できない多大な過負荷をかけている。

 果てに訪れる限界、神格という器の自壊は目に見えていたが、そのような条理を不条理で覆すのが英雄である。

 自滅の定めを打ち破り、破格の意志で成し遂げる限界突破。ここに神格の定義は覆され、これまでを遥かに超えた規格外の大熱量が創造される。

 

「灰燼滅却――極・超新星(ハイパーノヴァ)ッ!」

 

 胎動する星産みの焔によって創り出されたのは、まさしく擬似的な恒星そのもの。

 それだけでは終わらない。創造されたその後でも、注ぎ込まれ続ける生命の灯火。与えられる過剰な熱量に、恒星の核融合反応が暴走を開始する。

 如何に生命を回復させる活力とて、過ぎて与えれば崩壊を招く。供給過多な正の方向への活性化によって、恒星の生命は急速に終わりへと近づいていた。

 暴走した反応は瞬く間に臨界を突破。ここに恒星の終末は決定づけられ、引き起こされるのは溜め込まれた熱量の解放による星の散華。

 

 即ち、その現象の名を超新星爆発。

 世界の終わりと星の終わり。二つの終焉の超エネルギーが、真っ向から激突した。

 

 

 *

 

 

 それは予測されていなかった現象だった。

 

 一つきりでも世界を滅ぼす事が可能な超絶のエネルギー。

 そんなものが、二つ。局所の内でぶつかり合うなど、前例があるはずも無かった。

 果てに何が起こるかも予測不可能。超常の力で引き起こされた法則は、もはや通常の観点からの計算を不可能なものとしている。

 たとえそれが、阿頼耶(かみ)であっても。英雄と魔王の戦いは、既に阿頼耶にすら測り切れない領域にまで至ろうとしていた。

 

 よって、それは真実、両者にとって慮外の事であったのだ。

 

 あえて形容するのなら、『孔』だろうか。

 空間に走った亀裂。二人の超常存在の激突により、世界そのものに生じた陥穽。

 激突の中心である英雄と魔王は、成す術なくそこに落ちた。

 

 落ちた先にあったのは、果たして何と形容するべきか。

 世界から外れた場所。謂わば特異点とも呼ぶべき、既存法則から解放された例外中の例外。

 落ちるという表現も適切ではないのかもしれない。条理を超えて覚醒していく両存在。ならば昇華と呼ぶべきなのか。もはや盧生といった定義さえ超えて、二人の意識は遥かな高みへと昇ろうとしているのかもしれず――

 

 そして対峙する二人にとって、そのような事はどうでもよかった。

 

 重要なのは、ここが元居た世界から遠い次元を隔てた場所であること。

 両者共、実感として理解していた。これより先、更なる力を尽くして戦っていけば、それはやがて世界の許容限界さえも超えてしまうと。

 如何に現実でない夢界といえども、そこは人々の普遍無意識と繋がった場所だ。もしそれを定義された概念ごと吹き飛ばしてしまえばどうなるのか。

 悪くすれば全人類が死に絶えるか、更に言えば常軌を逸した夢の波動が現実にまで溢れ出て、あらゆる生命を滅却する破壊をもたらすかもしれない。

 

 二人は共に馬鹿と呼ばれる類いの人間だが、世界の滅びを喜ぶ者ではない。

 むしろ心から救いたいと願っている。やり方こそ違えど、救済の気持ちに偽りはない。そこにある愛は紛れもない本物なのだ。

 救済のための戦いで救うべき存在を滅ぼすなど本末転倒。何かしらの根拠も無しに、そのような暴挙に出るほど考え無しではない。

 

 つまり、これでとうとう最後の枷が外れたのだ。

 もはや躊躇う理由は何処にもない。正真正銘、全身全霊の力と意志の限りを尽くしてぶつかり合う事が許される。

 始まった光の意志の大放流。際限が無い気力の高まりは、二人を未知の頂きへと押し上げていく。

 

 互いが、倒さねばならない相手だと知るが故に。

 互いが、死力を尽くすべき強敵だと識るが故に。

 譲らぬのはどちらも同じ。日和った選択などあり得ない。凄絶な激突の果ての決着以外、自分たちは選べないのだと承知していた。

 

666の獣(アンチキリスト)地を揺らす狼(フェンリル)煙吐く黒曜石(テスカトリポカ)怪物の王(テュポーン)!」

 

 矢継ぎ早、果断なく行われる神威召喚(ダウンロード)

 これまでも最高格の神威を召喚し、もはや限界も近いはずの身でありながら、甘粕正彦の終段に衰えた様子は微塵も見えない。

 それどころか力の波動は尚も増すばかり。愛すべき英雄に応えるため、無理という名の言い訳を打ち捨てて、甘粕は規格外の神威召喚を断行した。

 

 顕れる神格は、どれも最高神に比肩するか、あるいは凌駕するものばかりだ。

 盧生という超常の存在に照らし合わせても、それは異常というより他に無い。

 本来ならば一柱のみの制御でも至難の技だろう。それを連続で召喚し、且つ同時に制御しようなど、その所行もまた正気の沙汰ではない。

 それを実行し、成し遂げてしまうのが甘粕正彦という男。始まりにして最強の盧生。夢界という荒唐無稽の領域を開拓し、遂にその深淵へと至った勇者である。

 ならばこそ、その全身全霊とは既存の神話では表せない、過去の何時にも味わった者の無い大災厄の試練に違いなかった。

 

 世界中、数多と語られた終末論。

 その中でも、恐らくは代表格と呼べるもの。聖典の最期に記された終焉の預言。

 世の悪性を誅し、善き者たちを楽土へと誘う最期の審判。神の愛よりもたらされる塵殺の裁きである。

 大神を呑み、光を落とし、雷霆を降した。主神の滅びに伴う世界の終焉。終わりの伝説を持った数多の魔神たちの混沌によって引き起こされるのは、聖典にすら記されていない"黙示録"であった。

 

「終末を告げろ――最終審判(アポカリプス)ゥゥッ!!」

 

 複数の神格、各々の神話の終末論を合一させて出来上がった極大の混沌。

 相乗的に膨れ上がったその威力は、もはや一つの世界のみならず、その境界さえも越えて焼却させる終焉だった。

 

 無論、それに応じる神星の手段も尋常ではあり得ない。

 限界の先での限界突破。超新星さえも創造した神星の権能は、ここにきて更なる領域へと至っていた。

 

 膨張し、収縮し、繰り返される創造と破壊の連鎖。

 中点へ向けて圧縮されていく、高密度にして大出力の核融合エネルギー。

 それは超新星さえも上回る。限界の言葉さえ置き去りとした、突き抜けたプラスが三次元に亀裂を刻み虚無へと反転する。

 

 即ち、その現象の名をブラックホール。

 ある上限を超えた先、高密度と大質量の崩壊に伴い生じる重力渦。

 極限の創造の果てに現れたのは、万象総てを呑み込む暗黒天体。有形無形を問わず、星を呑んでも止まらない宇宙現象である。

 たった一つの道を貫き、貫いて貫き通した先で手にした滅びの力。星という生命の極致に在る無明の闇が、差し迫る混沌さえも呑み込まんと放たれた。

 

「虚空の彼方に落ちるがいい。崩界(コラプサー)――事象暗黒境界面(イベントホライズン)ッ!!」

 

 ぶつかり合う混沌と暗黒。二つの異形の法則が、互いを侵食しながら膨れ上がっていく。

 共に正の力を極めた果てに掴んだ負の力。もはや力の是非など関係なく、ひたすらに勝ちへと向かう意志だけが両者の間で交錯していた。

 

 これぞ全身全霊。無限大の意志で織り成す全力全開。

 既存の法則をも塗り替えて、彼方の地平へと向かった意志力の大暴走。

 果てに至った頂きこそが両者の立つ場所。夢界という意志の世界が生み出した破格の申し子たちだ。

 

 もはや賽は投げられた。

 共に死力を尽くした一撃を放ち合い、後に待つのは決着の瞬間のみ。

 考慮の余地は無いだろう。これ以上はあり得ない。彼らこそ最強、至ったその場所こそ強さという概念の最極点。ならばこそ後は、唯一の頂点を決める結論を待つばかり――

 

 

「―――― ま だ だ ァ ァ ッ!!!!」

 

 

 されど、そこでやり過ぎてこそ、甘粕正彦。

 

 クリストファー・ヴァルゼライド。

 なんと素晴らしい男だろう。

 お前こそ我が理想、斯く在れかしと夢見る人の姿そのものではないか。

 確信するぞ。今、この時こそ、俺が求めてきた"楽園(ぱらいぞ)"なのだと。

 我が試練にて立ち上がり、磨かれ輝いたその意志を受け止められる事の、なんたる幸福か。

 故に、譲らんぞ見るがいい。これしきでは終わらせん。歓喜に奮える我が魂の本領を教えてやる。

 

 道理を越えて神を卸し、完全なる一体化を実現させた英雄。

 まさしく存在そのものが奇跡と呼べる。神格の条理でさえ語ることは出来ないだろう。

 よって理解していた。もはや一柱同士の激突で神星には及ばないと。

 神格を召喚し、使役してこその盧生の技。数多の選択肢こそ武器であり、故にこその敗因である。

 英雄の光とは、己にとっての唯一無二。唯一つのそれを極限まで鍛え上げたもの。

 英雄自身でもある神星の焔は、それとまったく同じなのだ。己に許された無二の輝きであればこそ、一つを貫き通す力では決して負けない。

 何を持ち出そうとも無駄なこと。たとえ格上でも英雄は必ずや凌駕する。もはや理屈すら不要で、英雄(アレ)はそういうものなのだから。

 

 だからこその、複数神格の連続召喚と同時使役。

 数多ある手数こそが己の武器。ならばそれを使った規格外を実現させる。

 では、それは三、四柱にて為すべきか? それとも十を越えてもあり得るのか? ああ、せせこましいな、小賢しい。そんな女々しい理屈に用はない。

 

 理想の人だと見定めた英雄。出し惜しみは一切ない。お前の勇気に応えるために、持ち選る総てを出し尽くして応じると誓おうぞ。

 

「お前の勇気を見せてみろォ――――神々の黄昏(ラグナロォォォク)ッッッ!!!!」

 

 先の黙示録すら呼び水の贄と変えて、発動される大戦争。

 猛る魔王の意志によって狂わされた、原典神話の繋がりも無視して喚ばれた()()()()()()()に導かれ、森羅万象の一切を無に還す黄昏が流出した。

 

 まさしくそれは一人の人間が神話さえも超えた瞬間だ。

 盧生だからと、そんな理屈は通じない。甘粕正彦だから、そうとしか言えないものだ。

 人類全体の意思を合わせても尚勝る、たった一個の規格外。もはや代表者の名は相応しくなく、人という種からも外れた異端、脅威となった外敵と呼ぶべきだろう。

 人も神も、魔王を止められる者は無い。拡がっていく黄昏を目の当たりとすれば、そこに抱くのは終焉への諦観より他にあり得るはずもなく――

 

 

「―――― ま だ だ ァ ァ ッ!!!!」

 

 

 されど、それを乗り越えてこそ、クリストファー・ヴァルゼライド。

 

 甘粕正彦。

 なんと凄まじい男だろう。

 その強さに敬服する。先も知れぬ未知の内より踏み出して、ただ独りの邯鄲制覇を成し遂げた人物。

 理念の度し難さを置いても、貴様という開拓者の存在なくば、今日の全てはあり得なかったのだと認める事に否はない。

 確信したぞ。貴様こそ、我が生涯における最大の宿敵、総てを懸けて臨むべき"聖戦"であると。

 我が戦いは続いていく。勝利とは進み続けるものだから、この生命がある限り終わりはない。

 ならばこれも、所詮は紡がれていく闘争の一つに過ぎない。勝利したなら、また次の勝利を。その宿業より逃れられる類いのものではないだろう。

 しかし、断言しよう。後にも先にもこれ以上は無い。甘粕正彦こそが最難関。未来に如何なる敵が現れたとしても、光の魔王を超える難敵はあり得まい。

 故に、敗けはせんぞ己は勝つ。これしきで挫けるものか。勝利を叫ぶ我が魂の本領を教えてやる。

 

 複数神格の連続召喚と同時使役。

 盧生という枠組みにおいてすら規格外。甘粕だからこそ成し遂げられた奇跡だろう。

 とうに理解している。どれだけ意志を燃やそうと、己に同じ真似は出来ないと。

 極論であり賛同は出来ず、しかしそれ故の普遍性を持ち完全否定が難しい試練の悟り。

 度し難くとも、一定の理解は示さざるを得ない。遍く人々に自立の奮起を促そうとする偽りなき信条は、なるほど盧生を名乗るに足る器なのだろう。

 善き処と己で定め、決意と覚悟で覇道を進み続ける。言ってしまえば独善であり、極論、求められているかどうかさえ問題ではない。

 他者に委ねるなど言語道断、あるのは独りで駆け抜ける異端の意志。盧生になれなかった事にも得心がいく。普遍の人類意識を背負うなど、何者も信じられない英雄に出来るはずもなかった。

 

 そうだ、自覚している。理解して、それで止められるほど簡単な性分ではないと。

 この道を進む以外に人生の処方を知らない。だからこそ不屈の意志をもって貫くのだ。

 それが正しいものだと信じている。物事の強弱や善悪に左右されず、不変の鋼と化して揺るがない。そんな決意に殉じる生き方こそを己のものとし、疑った事は一度も無い。

 破綻しながらも雄々しい英雄の生き様。それを光だと感じ入る思いは、ここにこうして確かにあるのだから。

 

 通常ならば一柱でも困難な神格を、数千もの数を同時に使役する。

 なるほど、大したものだと畏れ入る。盧生の枠さえ超えるその強さ、敬服の念は確かにある。

 だが挫けん。屈するものかよ見るがいい。元より己に出来る事など決まっている。

 己に許された光。ただ一柱の神火だけが我が力。ならばそれを貫き通すのみ。

 

 貴様が数千柱の神威でもって対するのなら、我が一柱の力を数千倍に高めれば済む話よ。

 

「唯一無二なる光を見よ。縮退星・創造(ディジェネレイトスター)――大解放(バースト)ォォッ!!!!」

 

 先の暗黒天球を核として、上昇と縮退の果てに創造される星の爆弾。

 重力崩壊を起こしながら数十光年の彼方まで塵殺する核融合の大暴走。神星の焔が到達した究極進化の輝光が放たれた。

 

 極限の先の極限さえも超えた力の行使。

 奇跡に掛かった代償は、当然ながら存在している。

 甘粕も、ヴァルゼライドも、無理に次いだ無理により心身はとうに燃え尽きている。己に有るあらゆるものを犠牲にして、彼らの飛躍は成り立っていた。

 身を削り骨を砕き、その魂までもが朽ちていく感覚。引き裂かれるような痛みがあり、心という際限なく湧き出るはずのそれまでも枯れ果てていく実感がある。

 それは死をも上回る苦痛。手放して楽になりたいと、そう思う事は真っ当な反応でしかないだろう。

 力を絞り尽くした後には、自滅という当然の結果が待つばかり。終わりを代価にしてでも無茶を通すのは、ある意味で勇者だけの特権だった。

 

 しかし、彼らは並の勇者程度では留まらない。

 感情の赴くままに無茶をやらかす光の魔王と、信念の不屈に懸けて無理を貫く鋼の英雄。

 どちらも同じ、燃え上がる意志のままに何処までも突き進んでしまえる怪物なのだ。

 終わる事が必然であり真っ当と思える事態でも、ただ諦めないと意気を吐き出す事で己の結末までも覆してしまう。

 前へ前へ、進むためにも終われない。不屈の意志に妥協はなく、故に微塵も迷わない。

 心が燃え尽きかけたのならば再び燃やせ。手段が無いのならば自ら作れ。朽ちた心身を再構築しながら、あらゆる苦悶や絶望も振り切って、可能性という未知へと向けて進んでいく。

 

 自滅必至の自爆技? 気休めは止めるがいい。

 そんなもの、死地での閃きと覚醒によって生存し、必殺の奥義に変えてしまうくらい、この男たちにとっては意外でも何でもない。

 光の属性を持った勇者たち、彼らはそういう存在なのだ。窮地も難敵も起爆剤として、望んだ地平へとなにがなんでも駆け上っていく。

 真なる決意の前には世の道理など紙屑同然、蹴散らして捩じ伏せ突破できると知っている。諦めなければ夢は必ず叶うと信じているのだ。

 

 光と光。奇跡をも起こせる破格の輝き同士。

 難関が高ければ高いほど、彼らはその上限を超えていく。

 相手の強さに応じて強くなる気質。互いが同じ気質の時、それは相乗するように高め合う。

 止められる者はいない。彼らは強く、正しい姿なのだから。勝つべくして勝つべき正義に相応しい意志であるから。

 まるで二つの光に織り成される二重螺旋。認め合い、敬意を持ちつつ、それでも衰えない闘志は、あらゆる感情を糧にしながら、誰にも届かない領域まで天元突破を果たしていく。

 

 その進化に限界が訪れるのは何時か、それは本人たちにも分からない事だった。

 

「「いくぞおおおおおおぉぉぉぉッッ!!!!」」

 

 昂る闘志に、猛り狂う魂に任せて、何処までも快活に放たれる漢たちの大喝破。

 不撓不屈の意志力と、譲らない勝利への思いを込めて、魔王と英雄はその力をぶつけていった。

 

 




 盧生になれた理由:人気投票ぶっちぎり1位の貫禄。

 まあ、正確には盧生ではなく、盧生に匹敵する別の何かって感じですが。
 四四八が言ったように、盧生より強くはなれても盧生になれないって設定は崩さないつもりだったのでこんな形になりました。
 阿頼耶の役でカグツチ登場。あくまで口調だけですけどね。

 甘粕戦は、まあ皆さんの予測の通りに覚醒合戦。
 最後の激突は夢界でも現実でもなく、神座世界みたいな特異点で。でないと世界がどう考えても吹き飛んでしまいますし。
 ぶっちゃげそのためだけに出した設定なので、あまり詳しくは考えてません。馬鹿の勝負は大雑把でお願いします。
 ちょっと甘粕用の新技なども考えたりして、神野が出なかったのは時系列的に反転させると色々アレだし、いまいち場面が思いつかなかったので。

 最終的にどちらが勝つか、それはお好みでいいような気がします(笑)

 この話にて『ヴァルゼライドの邯鄲英雄譚』は完結となります。
 評価、感想をくださった皆様は、本当にありがとうございました。
 クロスオーバー作品なので、色々と賛否両論もあるかと思われますが、両作品が大好きだったからこそ書き始めたものだという事はご理解ください。
 もしもこのSSで、原作の魅力に少しでも+αが加えられたなら、二次創作として幸いな限りです。


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