5人のシンデレラ達の話 (krowknown)
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第一話 都市伝説

 

 

 

 

 俺は途切れる意識の中で、これまでの人生を振り返っていた。まだ28しか生きていないこの人生はこんなところで終わるのか・・・・・・

 確かな死を感じ、恐怖がこころの中を埋め尽くすが、これもまたいいんじゃないかと受け入れている自分がいた。

 

 

 

 

 寒さに体を震わせながら、昨日久しぶりに買った洋服のロングコートのポケットに、グイッと手を押し込み歩き続ける。

 時刻は深夜1時。

 なぜこの時間に出かけているのかといえば、別に自分が真正のMという訳でもなくただ単純にお腹が空いたからである。冷蔵庫にはなにも食べられるものは無く、カップラーメンのストックも昨日の時点で切れていたことを仕事から帰宅して気づいたときは、まさに絶望の二文字だった。

 俺以外誰もいない家の中を一度見渡し、また悲しくなる。

 ネガティブになりそうな自分の心に喝を入れるために、半ば飛び出して家を出ていた。

 いつからこんな自分は弱くなってしまったのだろうか・・・・・・

 これまでに何度も自分にしている問いに、これまた同じ答えが返ってくる。

――3年前に妻を交通事故で亡くした時からだ

 高校卒業と同時に籍を入れ、六個上の彼女とお互い仕事に追われながらも充実した人生を送っていた。

 正に人生の幸せの絶頂期に、何の前触れもなくそれはやってきた。

 結婚記念日の日に、彼女は前の付き合ってた時のように待ち合わせをしたいと言いだした。午前中に頼んでいたプレゼントを受け取りにいき、待ち合わせの時間に昔よく二人で語った噴水の前で待っていたが、彼女は来なかった。

 待ち望んでいた携帯の着信は、救急隊の人からだった。

 後にわかったが、居眠り運転の車が、青信号で歩道を渡っている人たちを次々に轢いていったらしい。俺の手元に帰ってきたのは、彼女・・・・・・妻の遺骨とその日俺に渡すはずだったプレゼントのネクタイだった。

 そこから、約二年間の記憶はおぼろげでしか思いだせない。

 友人や家族の助けがあり、ようやく最近仕事も手に着くようになってきた。

 妻が死んだ時から思っていたことがある。

 明日に保証なんかは無いんだ。大切なものはふと気づくと無くなっている。

 嫌な気持ちを、振り切るように段々と歩く速さが上がっていく。もうすぐコンビニというところで、角を曲がると電灯が届かない暗い路地のところに、子供が蹲っているのが分かった。

 突然のことで足を止めてしまう。

 この時間に子供が、こんな人気のない所にいることに恐怖するが、今この時だけは俺の悲しみの感情の方が心を満たしていたのだろう。

 自然と子供の方に足をのばしていた。

 あと少しで子供のところにたどり着くところで、俺は関係なさそうだが面白いことを思いだしていた。先週の事、暇な休みをぼーっとネットを見ながら過ごしていたら、オカルトサイトに目が留まった。何の気なしに除くと都市伝説の話が書いてあり、その中の一つが今の自分の状況に似ているのだ。

 

『夜に一人で出歩くべからず。運悪く気に入られれば子供が目の前に現れ、別の世界へと連れ去ってしまうだろう』

 

 どこにでもありそうな話だが、投稿日が記載されておらず、閲覧数は1と俺だけだったのでよく覚えていた。

 違う世界というワード。もしそれが本当なら連れていってほしいぐらいだ。

 家族や友人には悪いが、今こうして生きている意味が今の俺には無くなっているのだから。その自分の気持ちが本当だと証明するように、得体の知れない子供の肩を優しく叩く。

 

「どうしたんだい?」

 

 なるべく怖がられないように優しく、そんな言葉をつぶやく。

 子供はびくりともせずに顔は膝に埋めたまま、予想以上に澄んだ声で返事をしてきた。

 

「悲しいんです。私は悲しい・・・・・・運命というものが。助けてください」

 

 声からして少女だろう。

 奇怪なセリフを吐くが、その言葉に嘘は無いように思えた。少女は本当に悲しそうに呟く。

 

「何があったかはわからないけど。相談ぐらいは聞いてあげれるよ?」

「・・・・・・助けてくれますか?」

「それは、聞いてみないとわからないけど。出来る範囲なら頑張ってみるよ」

「・・・・・・助けてくれますか?」

 

 少女は同じ言葉を言うだけだった。助けてあげる。この言葉こそが今目の前にいる少女を救ってあげる言葉なのだろう。

 

「わかったよ。おじさんが助けてあげるよ」

「ほんと!よかった!」

 

 そう言って顔をあげた少女の顔は、黒い霧で覆われているみたいに見えなかった。さすがに一歩後ずさり疑問を投げかけようとした瞬間には、俺は地に伏せていた。

 

「ごめんね。これもまた運命・・・・・・どうか救ってあげてください」

 

 薄れゆく意識の中、少女が先ほどとは違う、はっきりと感情がのった声が耳に入ってきた。

 

 




どうしても、アイドルマスターシンデレラガールズの作品を作りたいと思い書いてみました。
もしご縁がありましたら、これからもよろしくお願いいたします。


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第二話 居候先は双葉家

 

 

 

―――ガタンッ!!

 

「うおっ!?」 

 

 寝ている姿勢が悪かったときなどに、血の周りが悪くなり起こり、足を側溝に踏み外したかのような感覚に陥る、自称ガックン現象。

 慌ててとび起きると、今自分がいる場所は、ショッピングモールの中に作られているフードコートの席の一角だということが分かった。内心の動揺を必死に隠し、一連の自分の行動に驚き、視線を向けてくる人々に頭を下げ席に座りなおす。

 ふと視線を落とすと、自分の席の横には大きな荷物が置いてあり、テーブルの上にはA4ほどのプリントが置かれてあった。表紙には、簡素に『ようこそ』とプリントアウトされている文字が書いてあり、この状況のヒントがなにかしらあるのかも知れないと手に取りページをめくってみる。

 

『単刀直入に言うが、ここは君のいた世界とは似て非なるもの。パラレルワールドのようなものだ。ここにいるということは君は少なからず、あの世界に不満を持ち強い言い方だが逃げ出したいと思っていたのではないかな? そして心優しき君はここに呼ばれた。君にやってもらいたいことがある。この世界にいる救われない五人のシンデレラを助けてあげてほしい。そしてこの五人を○○○○にしてほしい。この五人を○○○○にした時、二四時間以内にこの場所に行けば元の世界に、あの時のまま戻れる。いきなりの話で、混乱していると思う。しかし君ならやってくれると信じている。君が動かないという選択肢を取るのもいいが、間違いなくまだ見ぬ五人は不幸となり君はあちらの世界に戻れない。新しいその身体で、人生を過ごせばおのずと運命が君を導いてくれるはずだ。最後に私の正体を疑問に思うかもしれないが、簡単にいうならば彼女たちが生み出した思念体さ。君を送ってくるのと戻す分の力の為にもう消えゆくけどね。君の幸運を祈っているよ』

 

 大まかな内容の理解はなんとなくだができた。

 だがこれからどうすればいいのかは分からないままであった。この置かれた状況に気分の悪さと、嫌な汗をかきながらも、その用紙を見つめていると、裏面に張り付いていた二枚目があることに気づく。

 

『君の両親は海外へ仕事の都合でいってしまったよ。なので、親戚の双葉家というところにこれから厄介になることになる。そこまでの行き方は地図を用意しておいた。それと、君が万が一にも精神を壊さないように心を強くしておいた。君は一七歳だから、学業にもしっかり励むんだよ。それとプレゼントも用意しておいたので有効的に使ってくれ』

 

 その文章の下には、このショッピングモールを現在地とした簡易的な地図が描かれていた。衣食住はなんとか確保できそうなので安心した。

 それに一七歳ということは、また学生生活を少しだが送らなければいけないということだ。

 気づけば今俺が着ている服が学ランだった。

 そんなところにも気づかないほどには、動揺しているらしい。

 一気にいろいろなことが起こりすぎて、頭がパンクしそうだがその一歩手前でなんとか抑えられているおかげは、俺の心を強くしておいてくれたことだろう。この紙に書かれていることを全て信じているわけではないが、この状況遭遇している時点で、信憑性は中々にあると思う。

 未知で危機的な状況のはずなのに、頭のどこかで冷静になっている自分がいる。

 まずはここに書かれている双葉家に行くしかないか。そう結論付け、恐る恐る横にあった自分の荷物だろうバッグを背負いショッピングモールを後にする。

 財布の中にお金もしっかりあり、指定のバス乗り揺られること三〇分。ようやく書かれてあるバス停に着くことができた。

 

「双葉家ふたば・・・・・・け。あった!」

 

 表札を一軒一軒確認していると、それほど時間がかからずに双葉家を見つけることができた。ここにきてようやく緊張が出てきた。

 インターホンを押して、知らない家だったらどうすんだろ。

 絶対気まずくなるし、それに運が悪ければ俺はホームレスになってしまう。プルプルと震えている人差し指をインターホンに持っていく。『ピンポーン』と鳴ると、家の人がインターホン越しにでる。

 

「どちらさまですか?」

「すみません。朝倉優也といいます。こちらは双葉さんのお宅で間違いないでしょうか?」

 

 少し声が裏返りながらも、プリントに記載されていた、新しい自分の名前を言う。それと同時に「あらあら!優也君、待っていたのよ!」と弾んだ声が聞こえて、家の中からダダッと走る音が聞こえてくる。

 玄関が開くとそこには金髪のおっとりとした女性がいた。

 

「まあ随分とかっこよくなっちゃって! 優也君憶えてる? 優也君のオシメを初めて替えたのは私なのよぉ」

 

 そんな嬉しそうに言われても、誰しもが覚えていることはないだろう自分の赤ちゃんだったときのこと。そもそも俺にはこの世界じゃない俺の記憶しか持っていない。

 困ったような笑顔を浮かべると、その女性も質問の難易度に気が付いたのか「冗談よ、冗談!オシメを替えたのは本当だけど、覚えてるわけないものね」と、冗談でいっているのか本気で言ってるのかわからない事を言ってくる。

 それから案内されリビングに通される。

 昔ながらの家と言えば良いのか、木をふんだんに使い、部屋の中央には掘りコタツがある。ミカンが籠の中にあり、とても美味そうだ。

 

「ほら杏。起きなさいーぐーたらしてないの! 優也君が来たわよ」

「お母さんうるさい~~。杏はコタツからは絶対でないぞぉ!」

 

 テーブルに突っ伏して気持ちよさそうに寝ている女の子がいた。容姿は確認できないが、見た感じ小学生ぐらいだろうか? 女性と一緒で綺麗な金髪だ。ショッピングモールからここに来るまでにも、髪の毛の色については多少違和感を覚えたが、日本人顔なのに純粋な金髪や他の色でもこの世界ならば普通なのかもしれないと思うことにした。

 そんな親子の会話で、可愛らしい娘さんの反抗を目の前で繰り広げられ、不覚にもクスリと笑ってしまう。その笑ったことに気づいたのか「む~」とジト目で娘さんがこちらを見てくる。

 その顔はとても整っていた。これはすごいと思わず目を見開いてしまう。

 

「いま杏のこと笑ったでしょー?」

「いや、そんなことな――」

 

 見た感じからして怒っているので、笑ったことを否定しようとしたその時。顔だけこちらを向いたその少女と目を合わせた瞬間に、少女の情報らしきものが頭の中に映し出されたのだ。

 

『双葉(ふたば) 杏(あんず)14歳

 139cm 30㎏ B型

‹性格› 

 頑張り屋 あきらめ癖 めんどくさがりや 優しい 正直者

‹感情›

 興味 1 喜び 37 怒り 10 悲しみ 30 愛情 0 

‹最近の一言›

「コタツはミカンにかぎるね」』

 

 表のようなこの図を見て、思わず絶句してしまう。

 こんなこと普通ではありえないはずだ。もちろん俺がこれまで生きてきた中でも、まさしく初めての経験だった。

 いや・・・・・・まさか、あの紙の最後に書かれていたプレゼントがこれなのか? そう考えると現段階としては、なんとなくだがしっくりくる。

 注意深く見ていくと、このパラメーターはおおよそ0~100までの数値で表しているのだろう。てか、14歳なのか! それに驚いてしまう。それに最近の一言という、あまり役に立たなそうな欄。

 

「お~い聞いてるのかー。杏を無視するなー!」

 

 杏ちゃんの言葉に返事をしなかったからなのか、両手を上に掲げながら、すこし怒り気味に言ってくる。目をもう一度合わせると、怒りパラメーターが25に上がっている。

 

「ごめんな。別に無視したわけじゃないんだ。それにさっきのも別に杏ちゃんの事を笑ったわけじゃないぞ」

「うーん。まぁいっか。じゃあ杏はもう一回寝るから静かにしといてねー」

 

 納得して無そうそうな顔をしていたが、諦めたのか右手をヒラヒラとさせて、先ほど寝た時と同じような体勢に入った杏ちゃん。マイペースな子なんだなと、一人頷く。

 

「だめよぉ~杏。これから大事な話があるんだから」

 

 そう窘めるように杏の母が声をかけるが、返事もせずにその姿勢を保つ杏に肩をすくめている。こちらを向いて困ったような笑みを浮かべるが、こちらとしても今日何度目かの、苦笑いを浮かべることしかできない。

 

「まぁいいわ。今日から優也君が一緒に住むことになったから。あまり迷惑をかけちゃだめよ?」

 

 この人、娘に一切俺のことを告げていなかったのか! 一気にこの二人が親子であることに納得してしまう。俺は恐る恐る、杏ちゃんの方に視線を動かすが予想に反して動きはなかった。

 我が道を行く杏ちゃんにとって、近い歳の男と生活することも、別に取るに足らないことなのかもしれない。俺が言うのもなんだがそれでいいのだろうか。

 一周回って尊敬に近いものを杏ちゃんに感じていると、杏ちゃんの放り出されていた腕がプルプル振るえていることに気づいた。

 

「なっ、なぁんだってぇ~~! せっかく兄貴たちがいなくなって清々したと思ってたら、いったいなんでそうなるんだよぉー! 杏は反対するぞぉシュプレヒコールだぁああ」

 

 火山が一気に噴火した。

 目をぎらつかせ、親の仇でも見るように俺を見てくる杏ちゃん。シュプレヒコールの使い方としては、ちょっと間違っているとは言いだせる空気ではない。

 杏の母は「あらあら~」と、頬に手を当てて驚いているが、普通こうなることは分かるだろうとツッコんであげたい。ここで俺が何を言っても焼き石に水なのでじっと耐えよう。先ほどから中々の勢いで杏ちゃんの情報にある『怒り』ゲージが上がり続け、ようやく38で止まる。

 

「だって杏に先言ったら、こうなっちゃうじゃない。だから母さん考えて、知らせる前に来てもらうことにしちゃった♪ サプライズよ! ふふっ」

 

 屈託のない笑みでそう言い切る杏の母。それを聞いて静かになる杏ちゃんだが、この静けさは安心できないことを俺は知っている。

「ウガーーーー!!!」一瞬にしてK点を超えてきやがった。

 杏ちゃんは、先ほどの億劫さは微塵も感じられないほどに勢いよく立ち上がるが、荒い息を吐くだけでその後は何も言わない。

 

「あっあの迷惑でしたら、大丈夫ですよ」

 

 あまりの展開に、ここ以外頼るところがないというのにそんな言葉がついついでてしまう。言ってしまってから、それを相手が受け入れてしまったらと考え、ホームレスになった自分を想像してしまう。

 お先真っ暗とはこの事だ。

 しかしそんな心配をよそに、杏の母はすぐに「大丈夫よ」との言葉を俺になげかけてくれる。

 

「杏。あなたはどうせ学校にも行かずに、家の手伝いもしないで部屋にこもってるだけじゃないの。お兄ちゃんたちもやっと、就職して家を出たんだから優也君の一人や二人・・・・・・ううん百人だって住ませてあげれるわ。今回のことに関してはあなたの意見は聞かないと、母さんは決めてますからね」

「うぅ~・・・・・・ふんっ! でも杏は認めないからなぁ。今ここにいる杏を倒しても第二、第三の杏がきっとお前を夜な夜な始末するぞぉ」

 

 杏ちゃんはそう恨めしそうに言って、リビングから出ていってしまった。

 真剣な話の途中だったはずだが、なんで二人ともボケを挟んでくるんだ? 今、目の前で起こった事態は俺にとって深刻なはずだが、なぜかそれほど心配はしなかった。

 それから杏の母、陽子さんといろいろと話した。

 その会話から、俺の両親と陽子さん夫婦は大学時代の友人ということが分かった。俺を居候させてくれる辺り、結構仲が良いのだろう。

 双葉家は、父・母・長男・次男・長女の五人家族らしい。上二人は一流企業に就職したそうだ。俺は二階にある長男の部屋を使わせてくれることになった。

 だいたいの話が終わり、ほとんど後半は陽子さん夫婦の惚気話だったが・・・・・・。先ほど気になったことを聞いてみることにした。

 

「すみません。さっきの話で気になったことがあるんで聞いても良いですか? 杏ちゃんは学校に行ってないんですか?」

 

 俺の言葉を受けて、陽子さんの顔は少し曇ってしまう。

 やはり聞いては駄目だったのかも知れないと、自分勝手ながら「やっぱりいいです」と断ろうとしたが、陽子さんは静かに自分の分かっている範囲の事を語ってくれた。

 杏ちゃんは、昔は活発な子だったそうだ。

 スポーツも勉強も、友人関係も良好だったはずなのだが、スポーツではどんどん周りの子との体格差が顕著に表れて、レギュラーから外され、友人関係も中学生に上がってから、可愛い杏ちゃんはいろいろな男子に告白されたが、それを断っていたらよくある他の女子の苛めの対象になってしまったらしい。昔は髪の毛を伸ばしていたらしいのだが、苛めのなかに髪にガムを付けていた人がいたみたいで、気づくのに遅れたためバッサリと髪を切ってしまったらしい。

 そういうこともあり、杏ちゃんは最近学校に行かなくなってしまったのだ。先ほどの元気な杏ちゃんからは、想像もできない。

 その話を聞いてから、俺の心の中はモヤモヤとした感情が渦巻いていた。

 部屋に案内をされ、バッグに入っていた荷物を出して整理しているときや、お風呂に入っているときもその気持ちは消えなかった。

 髪を乾かし、パジャマに着替えたところで一階から夕食との声が聞こえ、居間へと行く。

 

「すごい豪華ですね! あっお風呂、気持ちよかったです。ありがとうございます」

 

 下に行くとテーブルの上には豪華な品が並んでいて、非常に食欲をそそる。

 台所からエプロン姿で出てきた陽子さんに、気持ちそのままの感想を言い、お風呂を先に頂いたことのお礼を言う。 

 なんと双葉家のお風呂は、ヒノキ風呂だったのだ。

 そんな風呂が一般家庭にあるのも驚いたが、これがまた格別に良かったのだ。まだ体がポカポカしていることを実感しながら、席に着く。

 

「そう言ってもらえてうれしいわ。今日は優也君が双葉家に来た日だものね。私頑張っちゃった! 杏は・・・・・・まだ来てないのね、優也君もし良かったら部屋に行って呼んできてくれないかしら?」

 

 俺が行くと逆に来てくれなくなるのではないかと、一抹の不安を抱えながらも、良くしてもらっている陽子さんの頼みを断れるわけもないので、二つ返事で了承して先ほど降りた階段をもう一度登っていく。二階に上がって、すぐにある扉にかかっている杏というプレートを確認して二回ノックをする。

 

「杏ちゃーん。夕飯だよ」

 

 部屋の中から返事は返ってこない。寝てるのかもしれないと、もう一度ノックをする。先ほどと同様に反応はなかった。

 カギはついているがかかってはいなかったので、三度ノックをしてからゆっくりとドアを開ける。

 杏ちゃんの部屋は、俺に与えられた長男の部屋よりも少し狭いが整理がしっかりしてあり何とも女の子部屋であった。その部屋の中央に、テレビ画面を対面に人形に背を預けながらゲームをする杏ちゃんを見つける。

 ヘッドホンをしているので気づかなかったのだろう。

 扉を開けて入ってきた俺を見て、ゲッっと顔があからさまに嫌そうになる。

 

「なっなんでお前が杏の部屋にいるんだ!」

 

 慌ててヘッドホンを取り、早口でそう捲くし立てる杏ちゃん。

 

『双葉(ふたば) 杏(あんず)14歳 139cm 30㎏ B型

‹性格›

 頑張り屋 あきらめ癖 めんどくさがりや 優しい 正直者

‹感情›

 興味 30 喜び 10 怒り 27 悲しみ 36 愛情 0 

‹最近の一言›

「まさかお母さんから言われて、杏のアメを取りにきたのか!?」』

 

 目が合ったことにより、今の杏ちゃんのステータスがまた頭の中に表示される。

 興味と怒りが高い。

 最近の一言を見て、先ほどの嫌そうな表情は、俺の存在に嫌悪感を示したというよりも、部屋の一角にある大量の飴玉を心配してからの感情なのだろう。

 そんな内心を悟られてるとも知らない杏ちゃんは、必死に自分の目の前に散乱している飴玉を回収している。

 

「心配しなくても飴はとらないよ? 陽子さんが夕飯だから降りてみんなでたべようってさ」

「そっそれを早くいってよぉ。ふぅー杏は飴玉があれば生きていけるから心配しないでって言っておいて」

 

 飴が大好きだと知って微笑ましいと思ったが、これは結構な重傷だったみたいだ。

 用は済んだとばかりに、ゲームへとまた集中しようとしている杏ちゃんに近づき飴玉を一つとる。

 咄嗟の俺の行動に反応できなかったのか、自分の飴玉が一つ無くなった事実にこの世の終わりを前にした人の顔になっている杏ちゃん。

 

「夕飯を食べないというなら、俺がここにある飴玉を全部食べ・・・・・・ちゃう・・・・・ぞ」

 

 杏ちゃんの視線は俺の口から離れない。

 それに悲しみが50と先ほど合っていた時よりも20上がっている。このシステムの基準は詳しくは分からないが、一気に20上がるのは結構なことではないかと、内心焦ってしまう。

 杏ちゃんの顔は飴がある俺の口の中を見つめているし、俺は先ほどの態勢から身じろぎ一つできない。いっそ先ほどのように、怒りを露わにしてくれた方がどれだけ良かっただろうか。

 この静けさに俺は耐えられそうにない。

 

「ええっと・・・・・・美味しいなこのアメ」

「・・・・・・」

「なに味が好きとかは、こだわりは無いの?」

「・・・・・・」

「後日、アメ一袋買わさせていただきます」

「——!?」

 

 前半の話のフリにはスルーしていたのに、アメを買うと言った瞬間、杏ちゃんの目に力が戻った。言葉には出さないが、「その話は本当?」と上目遣いで見つめてくる。

 こちらも、了解の意志を込めて頷き返すと、両手を自分の頬に添えて、パァと眩しいオーラを周りに発しながら幸せそうな笑みで固まっている。

 間違いなく、未来のアメ玉に思いをはせているのだろう。

 

「本当だよね? 嘘だったら杏は全精力を尽くしてお前をここから追い出すぞぉ」

 

 はっ!?と何かに気づいたかのように、こちらに視線を戻しジト目で釘を指してくるが、アメの一袋、二袋痛くもかゆくもないので、同じく大きく頷く。

 

「じゃあ指切りげんまん」

 

 杏ちゃんはそう言って、小さな右手を前に出してくる。相手が可愛い女の子という気恥ずかしさと、指切りをこの年で改めてやることに若干の抵抗はあったが、無垢な瞳でお願いされたら、どうしようもないので黙って小指を交差させる。

 

『ゆびきりげんまん、嘘ついたら針せんぼんの~ます、指きった』

 杏ちゃんにとって指切りげんまんは、絶対の効力があるのかは知らないが、やり終わった瞬間の「はい、杏の勝ち」と言ったようなドヤ顔にイラッとしてしまう。

 

 

「よし、じゃあようやくだけど夕飯食べに下に行こうか」

「夕飯はいらないって言ってるだろぉ」

「じゃあアメ玉一袋もいらないってことでいいんだね?」

「なーー!!それとこれとは・・・・・・わかったよぉ行けばいいんでしょー。おぼえてろよぉー杏を敵に回すってことは世界を敵に回すってことだからなーー」

 

 そんな中二病発言に対して「はいはい」と受け流し、杏ちゃんをやっとのことでリビングに召喚することに成功することができたのだった。

 

 

 美味しい夕食も食べ終え、そそくさと自室に引き上げる杏ちゃんを尻目に、手伝いを申し出たが、やんわりと断られてしまい、今日は陽子さんの好意に甘え、早く床につかせてもらうことにした。

 用意されていたシーツを敷き、あとはベッドに入るだけとなったが、勉強机へと向かう。

 このまま寝れるほどに、俺は楽天的ではない。

 ショッピングモールの時に読んだ紙を、一番上の引き出しから取り出す。

 この書かれている中で、一番の気になる点はシンデレラという存在だろう。シンデレラなんて言葉を今まで聞いたのはお伽噺の中でしかない。

 故に悩む。シンデレラのとしての定義がわからない。

 そしてそのシンデレラを見つけてからも、謎が多い。『シンデレラ五人を○○○○にしてほしい』という文章。前後の文章から考え付いたのは、しあわせという文字なのだが・・・・・・確証が得られないのはつらい。しかし、ここであきらめてしまうと、その5人は不幸になると同時に、前の世界へと俺は戻れないということになる。

 前の世界ではその運命に打ちのめされていた俺だが、この世界に来て思考が前よりクリアになったからか、前の自分を客観的に見ることができた。彼女の死は未だに俺の心に根強く残っているが、あれほどの悲しみを他の人にはさせたくない。前の世界は嫌いだったが、今の俺の目標はシンデレラという肩書を持った女性を救い、元の世界に帰って彼女の墓前に花を添えに行こう。

 一回踏ん切りがついてしまえば、体の内からなにか力が湧いてきてる気がする。

 運命が導くというのなら、その言葉に踊ろされてみようではないか。

 これから人生を歩んでいくうちに、困っている女性全員を助ければいいのだろう。まずはこれから通う高校にいるということだろうか? 何かに困っている女性か・・・・・・。んっ? あれ・・・・・・今日会った人で、中々の女性もとい女の子がいた気がするぞ。

 その俺の考えを知ってか知らずか、近くの部屋からゲームに苛立っているのか「なんなんだよぉー」と叫び声が聞こえる。

 双葉杏。そう、この子こそが俺が最初に救わなければならない子なのではないだろうか。

 もし違ったとしても、このまま引き籠るのは杏ちゃんの為には絶対にならないだろう。一日だけしかまだ会っていないし、最初のエンカウントは最悪だったが、少しでも関係を持った人を見捨てることは、あの手紙に書かれているとおりできない。

 まずは、仲良くなろうと心に誓うのだった。

 

 

 




まず最初の一人は、双葉杏さんです。
私のお気に入りキャラの一人ですね、はい。

もし気分が乗りましたら、感想をお待ちしております。


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第三話 買い物—前—

 

 

 双葉家にお世話になってから、1ヵ月が過ぎた。

 新しい学校生活は、意外と順調であった。一つあげるとすれば勉強についていけてないのだ。なので、この1ヵ月は、もう忘却の彼方にいってしまった記憶を呼び起こし、再勉強に時間を費やしていた。

 その結果、全部を完璧に復習は出来ていないが、各教科ごとに今やっている単元などは後ほどみんなと変わらないぐらいにはなっている。

 その勉強の対価として、未だに杏ちゃんと初日に交わした約束の、アメ玉一袋を買いに行けずにいたのだ。

 そして冬休みに入って3日目の今日、杏ちゃんの我慢という名の堤防は決壊したのだ。まだ日が昇りかけている頃に、俺の部屋のドアを勢いよく開け不機嫌さを隠す素振りもなく、片手に握っていた人形で俺の顔を思いっきり殴りつけてきた。

 

「いいかげんにしろ~~!! 杏は今、本気で怒ってるんだぞぉー」

 

 何も防寒対策をしていない部屋は、凍てつくような寒さで、寝起きで温かい布団に入っている俺からすれば凶器そのものだ。

「どうどうどう」と、片手で杏ちゃんを慰める。

 

「杏は馬じゃないぞぉー。い・い・か・らアメ買ってきてよ!」

 

 約束を疎かにしてしまった俺自身にも非はあるが、この時間帯にアメ一つを買いに外に出るような自殺行為を、俺はできそうにない。しかしそんなことを言ったところで、今の杏ちゃんには通じないだろう。

 

「わかったから、今日の昼にスーパーで買ってくるから! 2袋! 2袋で手をうってくれ」

「むむっ・・・・・・3袋! それなら手をうってあげてもいいよ」

 

 こいつ、ここぞとばかりにたかる気だな。ゲームをして一夜漬けしていたのかクマが目立つその顔は、最近よく俺にするようになった、ドヤ顔をしている。

 

「はやく頷かないと・・・・・・この布団、剥がすぞぉ」

 

 杏ちゃんの思い通りになるのは、癪だが・・・・・・本当に癪なのだが今布団を剥がされたら、俺は死んでしまう。無理やり悔し涙を飲み込み、指を4本立て杏ちゃんの顔の前に持っていく。

 

「4袋買うから、杏ちゃんも俺と一緒に買い物に付き合ってもらう。拒否権は無い」

「なんで、杏が買い物に付き合わなきゃいけないんだよー。嫌だぞぉ横暴だ!」

「俺一人が寒い思いをするのはおかしい。もし頷かないなら、アメの話も無しってことで」

「くっ、くそぉ~嵌めたな。・・・・・・わかった。杏もついてくよ」

 

 苦し紛れに出した提案だが、心底悔しそうな表情をしながら了承してくれた。

 一昨日ぐらいに、杏ちゃんのゲームに偶々付き合わされた時に、1ヵ月前は大量にあったアメ玉が残り少なかったことを思いだした。

 何というアメへの執念だろうか。

 試合に勝って勝負に負けたとはこのことか、杏ちゃんはトボトボと部屋から出ていった。その背中に11時に出発するぞと言っておいたが、それに返事をする余力はもうなかったようだ。

 偶然が重なり、杏ちゃんを外に連れ出せることになった事実に若干の達成感を感じながら、俺は二度寝をすることにした。

 

 改めて10時にセットされたアラームで起き、ゆっくりと出かける準備を済ませておく。10時50分には、もう準備は完了しているが、あの朝の襲撃以来、杏ちゃんの姿を俺は拝んでいない。

 先ほどから10分おきに、杏ちゃんに準備しているかを扉越しに聞いているが、「してるよ~」と呑気な声しか返ってきていない。

 起きてはいるので、そこは杏ちゃんを信じて自分の準備に徹していたが、約束の時間の5分前にしても未だ部屋から出てこないので、これから強制突入だ。

 扉の前に行くと、先ほどは聞こえてこなかったピコピコとゲームの音が部屋の外まで聞こえていた。

 落ち着け。怒りに身を任せてはいけない。深呼吸だ深呼吸。

 家政婦さながらの軽やかなノックをすると、部屋の中があわただしくなる。ドタドタと音がして、静かになる。

 

「入るぞー」

 

 俺の許可を求める声にも返事は無いので、今の状況においては開けていいと自分で判断した。

 ゆっくりとドアノブを回し、扉を開くと先ほどまで間延びした返事をしていた本人は、ベッドの中にいて寝たふりをしていた。

 よほど慌てたのか、ゲームの電源はつきっぱなしでコントローラーは無造作に放り出されている。

 

「杏は体調が悪いから、アメよろしくねー」

 

 こちらを見て、本当に体調が悪そうな表情をして申し訳なさそうに言ってくる。

 

『双葉(ふたば) 杏(あんず)15歳 

 139cm 30㎏ B型

‹性格› 

 頑張り屋 あきらめ癖 めんどくさがりや 優しい 正直者

‹精神›

 興味 10 喜び 14 怒り 6 悲しみ 30 愛情 0  

最近の一言

「杏の演技に騙されてしまえー」』

 

 ここで最近の一言が役に立つのか。パラメーターでは元気はよく分からないが、一言には性根の腐ったセリフが書かれている。

 まあこれを見ずとも、先ほどまでゲームをするほどには元気なのだが。

 

「そういう嘘は通じないぞ。それに杏ちゃんが来ないと、アメは買わない約束だしな」

「本当に杏は体調が悪いんだぞ~~!」

「あーあ。5袋買ってあげようと思ってたのにな」

 

 5袋という言葉を聞いて杏の表情にピシッとヒビが入る。あと少しか? てかやっぱり動く原動力はアメなんだな。

 

「おっと、ゲームの電源がついてるぞ? 消しとこうかな」

「触っちゃだめだよ!」

 

 思いのほか早く釣ることができた。この反応からして、途中で切るとセーブが飛んでしまうのかな? 思わぬ武器を拾い、内心ほくそ笑む。

 ベッドの上で上半身だけ起こした杏ちゃんじゃ、ビクビクした顔をしながら俺とゲーム機を交互に見やる。俺が本気で電源を落とそうとしているのか、腹の内を探っているのだろう。

 今この時点でイニシアチブは俺のもとなった。

 

「杏ちゃん、このゲーム機を助けたいなら俺の質問に答えるんだ。体調が悪いって言うのは本当?」

「くそぉ~なんて卑怯な・・・・・・ぅ・・・・・・そぉ」

「なんだって?」

「・・・・・・うそです」

 

 ようやく認めたか。このめんどくさがり屋の女王をやっとのことで倒すことができた。その流れのまま、確約を得て5分で準備を済ませてくれるらしい。

 そんなに時間もかからないみたいなので、部屋の前で待っていると「・・・・・・準備できたよ」と元気のない声が聞こえる。外に出るのが心底嫌みたいだ。

 部屋のドアが開き、出てきた杏ちゃんは化粧っ気はもちろんなく、ただ防寒を追求したかのようなその格好は、俺でも14歳の年頃の女の子がしていい格好ではないということは分かる。

 

「じゃあいこっか」

「・・・・・・うん」

 

 服の事をツッコんでしまったら、さすがにもう外出をしてくれなくなると思いスルーをすることにした。陽子さんに出かけることを告げて、家を出る。

 今日は歩いて10分ほどにある、ショッピングセンターに行くことにした。

 着くまでは「もう疲れたー」「さむいよーしんじゃうー」と後ろからの愚痴が終わることは無かったが、それもショッピングセンター内にある、アメが豊富なコーナーに着くまでだった。

 あんまり自分でアメを買いに来ることはなかったのか、買う品物を決めている杏ちゃんの目はキラキラしている。

 杏ちゃんはあれにしようか、これにしようかと忙しなく売り場を動いている。選ぶのに時間がかかると予想して、店の目の前にあるベンチに腰を下ろし携帯をいじる。

 10分ほどして買うものが決まったらしく、杏ちゃんが俺を呼びに来たが、なんか態度がしおらしい。嫌な予感を持ちつつも着いていくと、お城のケースの中にカラフルなアメが入っている商品があった。

 無言でそれを指さすということは、これに決めたのだろう。

 我が道を行く杏ちゃんでも、こういうケースに惹かれてしまうものなのかと、微笑ましく思っていると下についてある値札に目がいく。

 えっ・・・・・・13000円? おいおいおーい。待ってくれ。

 さっきまでの杏ちゃんのしおらしい態度は、この値段が原因か。いくら俺でもさすがにこの値段のを買ってとは確かに言いづらい。

 アメも高級そうだし、城の装飾も素晴らしい、中身もたくさんはいっているし、クリスマス仕様だ。だけど! 13000円はないだろ。

 心配そうに見つめる杏ちゃんを横目に、裏ポケット取り出した財布を開く。15000円はある。買えなくはない・・・・・・だがしかし、それでいいのか俺よ。

 

「やっぱりいいよ。冗談だよ冗談。杏は食いしん坊だからあっちのいっぱい入ってるやつの方が欲しいな」

 

 案外人の感情を機敏に察することができる杏ちゃんだ。俺の反応を見て察したのだろう。どこか達観したかのような、諦めの早いその態度に、若干悲しくなってしまう。

 

『双葉(ふたば) 杏(あんず)14歳

 139cm 30㎏ B型

‹性格› 

 頑張り屋 あきらめ癖 めんどくさがりや 優しい 正直者

‹感情›

 興味 6 喜び 5 怒り 0 悲しみ 40 愛情 0 

‹最近の一言›

「どうせ無理なんだから、諦めよう・・・・・・」』

 

 その一言に内心、苛立ってしまう。

 なんですぐ諦めようとするのだろうか。欲しいなら欲しいともっと言えばいいのに。下手な嘘ついて杏ちゃん自身の本心を隠すのなんて見たくはない。

 

「あのさ杏ちゃん! もっとさ、我がままになっていいんだぞ?」

「——えっ?」

 

 ポロッと口から出た言葉だった。

 杏ちゃんは今の言葉に驚いているのか、聞き取れなかったのかは判断できないが、こちらを振り向いたまま表情を固めている。

 

「そのすぐに諦める癖やめようぜ。自分の欲しいものがあったらわがまま言ってでも、何でも手に入れちゃえよ! そのためなら俺はこんなお城の一つや二つ買ってやるって」

 

 まだ出会って1ヵ月の奴が何を知ったようなことを言っているんだろうか。そんな考えが頭の中を過ぎってしまう。

 何も杏ちゃんの過去を知らない俺が、前の世界で生きるしかばねとなっていたこの俺が、なにを偉そうに説教しているのだろうか。

 唖然としている杏ちゃんの瞳を俺は見ることができなかった。

 今彼女がどう思っているのかを、自分の好奇心だけで見てはいけない気がしたから。

 俺は杏ちゃんの頭を右手で軽く撫で、「ここでちょっと待ってろ」といってから城のケースをを両手で持ちあげレジに向かった。

 まさかこの高い城を買うお客さんがいるとは思っていなかったのか、店員さんもびっくりした顔を一瞬する。そこはプロなのか、すぐに笑顔で接客をしてくれる。無料でクリスマスラッピングをしてくれるというので、それも頼むことにした。

 包装された商品を見て、俺自身もクリスマス気分に浸ってしまい、なんだかテンションが上がる。

 先ほど別れたところにいると、杏ちゃんは大人しく待っていてくれた。

 

「少し重いから、家まで俺が持っとくよ」

 

 そう言って歩き出そうとするが、俺の服の袖が掴まれる。買ったばかりの品を危うく落としそうになり、冷や汗をかいたがなんとか無事だった。

 この場で俺の袖を掴んのだ犯人は見ないでも分かる。

「どうしたの?」

「杏が持つよ・・・・・・それ」

「でも想像以上に、重いよ?」

「・・・・・・これも杏のわがままだよ」

 

 このやり取りの中でそのセリフはいろんな意味で反則だった。今までにない杏ちゃんの態度に、不覚にもドキッとしてしまったことは墓場まで持っていこう。

 杏ちゃんは渡したプレゼントを、大事そうに抱えながらヨロヨロと歩き出した。その後ろを、いつでも支えられるように俺も帰路を行くのだった。

 

 家までもう半分というところで、通りのコンビニから声をかけられる。もちろん俺にではなく杏ちゃんにだ。その声を聞いて杏ちゃんは、肩をビクッと跳ねあがらせていた。

 陽子さんの話を思い出し、嫌な予感がしてくる。

 

「双葉さんこんにちわー! 最近学校に来ないと思ったら男の人と付き合ってたんだー。さすがモテる子は違うね」

「いいなー学校ズル休みして、遊んで暮らしてて。これから私、塾だから変わってほしいぐらいー」

 

 最初から容赦なしだな。隣に男がいるというのに関係なしとばかりに、回りくどく攻めてくる。言い返してやれ杏ちゃん。

 心の中で迎撃許可を出すが、当の本人は家での勢いはなく、ただ頬を引き攣らせて乾いた笑みを浮かべるばかりである。

 

「てか、プレゼント買ってもらってるの? マジで何様? うけるんですけど」

「顔だけ良ければそんなことまでしてもらえて、良い身分だよねー。てか私服ダサくね。何その組み合わせ」

 

 こいつらは態度からして、いじめをした主犯格なんだろう。

 あまりの言葉の攻撃に、俺は怒鳴ろうとするが寸でのところでそれを飲み込む。顔は同じ方向を向いているので後ろにいる俺は見えないが、体が震えている。その震えは間違いなく寒さからではないだろう。

 ここでこの礼儀知らずの、女の子たちに怒っても良いが優先順位を間違えてはいけない。

 

「それぐらいでやめてくれないか?」

 

 いきなり杏ちゃんと女の子二人の間に、割って入った俺にあからさまに機嫌を悪くした声で「あんた誰だよ?」と言ってくる。

 明確な敵意を向けられて、少しひるむが勇気を振り絞ってもう一歩前に出る。

 

「俺は杏ちゃんの友達だ。友達の悪口を黙って聞いてられるほど、俺はできた人間じゃないんでね」

「あんたもどうせ、この女に騙されてんだよ。私の学校ではビッチで有名だよその子!」

「そんなの嘘に決まってるだろ? もうちょっとマシな嘘をつけよ」

「本当だって。なんなら学校に来てみればいいんだよ。みんな知ってるんだからさ」

 

 大声でそう言っているが、そもそもの論点が違う。

 俺にとってはそんな噂はどうでもいいのだ。俺はただ後ろで震えている女の子を守りたいだけだ。

 

「あのな、もしお前の学校の先生も含めた全員が、杏ちゃんの事をビッチだとか悪い噂をしててもな、俺にとっては杏ちゃん一人の声の重みとは比べものにならないんだよ。だからさ――とっとと失せろよ」

「はっ? 意味わかんないし。勝手にすれば」

「いこー何かしらけたわ」

 

 最後まで癪に障るセリフを吐きながら、帰っていった。

 残された俺たち二人は何とも言えない空気になってしまう。

 

「失礼な奴らだな・・・・・・帰るか、杏ちゃん」

 

 二人が消えて言った方向を見ながら、そう呟き、家に向かってまた二人で歩き出した。杏ちゃんの外出は、最後の最後で、最悪なものとなってしまった。

 今は、外に安易に連れ出してしまった、自分を叱ってやりたかった。そんな自己嫌悪に陥っている俺は気づきもしなかった。新しく杏ちゃんのステータスの欄に、称号が付けられていることを・・・・・・。

 

『双葉(ふたば) 杏(あんず)14歳 new! ‹一人目のシンデレラ›

 139cm 30㎏ B型

‹性格› 

 頑張り屋 あきらめ癖 めんどくさがりや 優しい 正直者

‹感情›

 興味 20 喜び 40 怒り 5 悲しみ 25 愛情 15 

‹最近の一言›

「・・・・・・ありがと」』

 

 

 

 




こんばんは。
お気に入りにしてくださった皆様ありがとうございます。
また、足をお運び頂いた方もありがとうございます。

最近は冷え込みますので、厚着で寝ましょうか!
感想などお待ちしております。krowknownでした。


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第四話 買い物―後―

 

 

 

 

 あれから俺たち二人の間に会話はなく、足早に家へと帰っていった。杏ちゃんは「ただいま」の挨拶もそこそこに今日買ってきた品物をしっかりと抱え、駆け足で二階の自室に行ってしまった。

 それから昼食の時も、顔を見せることはなく、夕食の今になっても自室から出てくることはなかった。

 一応は今日おきた大まかな内容は陽子さんにも、話は通してある。

 

「降りてくる気配ないわね」

「やっぱり・・・・・・俺、呼んできますよ」

「・・・・・・今は杏一人に、しておきましょうか。きっと乗り越えられるわ」

 

 いつも以上に心配の色を見せている陽子さんだが、その言葉からは強さを感じる。

 

「信じてるんですね、杏ちゃんのこと」

「ふふっ、当たり前でしょ。だって私の自慢の娘なんですから!」

 

 この人は――陽子さんへの印象は、付き合っていけば付き合っていくほどに変わっていった。

最初は、楽観的な人で、子供の問題も最低限は力を貸すが、あとは自分で何とかしなさいというスタイルだと思っていたが、陽子さんは自分なりに杏ちゃんと向き合い、悩み、信じているのだ。

 それを杏ちゃん本人も、母親が自分のことを思っていると分かっているからこそ、会った当初から疑問に思っていたが‹感情›のステータスの悲しみが常時30なのだろう。

 杏ちゃん自身、今の自分の状況に負い目を感じているのだ。

 それから暗くなってしまった俺の雰囲気を察してか、いつもの陽子さん夫婦の惚気話を聞くことになる。単身赴任で夫がいない中でも、この惚気っぷりだ。帰ってきたらどうなってしまうのだろうか。

 甘ったるいBGMを耳にしながら、今日も美味しいご飯を食べ終える。皿洗いは居候させてもらった次の日から、俺が無理に頼み込みやらせてもらうことになった。

 さすがに何もせずに、住まわせてもらうのは申し訳ない。

 

「皿洗い終わりましたよ。他にしておくことありますか?」

「さっすが優也君、手際が良いのね~。もうやることは無いからアイス持ってきて、一緒に食べましょ」

 

 洗い物が少ないおかげで10分もしないうちに、終わらせることができた。掛けてあるタオルで手を拭き、陽子さんのお願い通りに冷凍庫からカップアイスを二つ取り出し、同じ数だけスプーンを持ち居間へと向かう。

 甘いもの好きなのは親子そろって変わらないらしい。

 アイスを食べながらぼんやりとテレビを見る、この時間が俺は割と好きだった。ゆっくりとした空間を堪能していると、ふと視線を感じて横を向く。

 陽子さんがテーブルに肩肘をつき、頬をに手を添えながらこちらを見て微笑んでいる。

 

「どうしたんですか? なんか嬉しいことでもあったんですか?」

「ううん。そういうわけじゃないの」

 

 そう陽子さんは答え、ふふっと母性溢れる笑みを浮かべたままテレビに向き直る。

 この人の思考はよく考えてもしょうがないので、あまり深く考えないようにした。しかし、杏ちゃんも大人になったら陽子さんのようになるのかな。顔立ちがそっくりだからな。

 でも杏ちゃんが家事をセッセとやる姿が想像に難しいのだが。

 

「優也君はカッコいいわね」

 

 視線をテレビから外さないまま、先ほどの笑みの答えなのか、陽子さんは一言そう呟く。

 

「そんなことないですよ。俺がカッコよかったら、大体の人がカッコよくなっちゃいますよ」

「そんなことないわよ。かっこいいよ。杏は多分、私よりもこれから優也君の事を頼ると思うから。だから――家の娘をよろしくね」

 

 一体何を思ってその結論に至ったのかは分からないが、初めて陽子さんの真面目な顔を見た。その言葉は、想像以上に重い言葉だ。

 一瞬何を言われたか分からず、二、三回、頭の中で繰り返してようやく正確に理解ができた。

 

「別にね、そんな真面目に受け取らなくていいのよ。杏はああ見えて頑張り屋だし、やろうと思えば大抵のことは一人で出来ちゃう。だけど、一番傷つきやすくて寂しがりなの。たまにでいいから一緒に遊ぶだけでいいのよ・・・・・・そういう簡単なことでいいの」

 

 娘の幸せを切に願う、母親の言葉がそこにはあった。微笑みながら、ゆっくりとそう語る陽子さんを見て、自然と言葉が出る。

 

「・・・・・・俺なんかで大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫よ、心配しないで。優也君は、杏の為に怒ってくれたのでしょう。それだけでも、女の子は嬉しいものなのよ。——っと、もうこんな時間なのね! 夜更かしは美容の天敵だから、私はもう寝るわね」

 

 口元を手で隠し、小さく欠伸をして陽子さんは立ち上げる。

 居間のドアに手をかけたところで、陽子さんはこちらを振り向き人差し指を顔の横に持ってきて、笑顔で一言「優也君も、もう私の息子でもあるんだから、困ったことがあったら相談するのよ?」と、言い残し居間から出ていった。

 俺はアイスの最後の一口を、食べ勢いよく立ち上がる。今何をすべきかは分かった。

 ごみを片付け、杏ちゃんの部屋へと向かう。

 

「杏ちゃーん入っていいか?」

「・・・・・・んー」

 

 もしかしたら寝てるかもしれないと思ったが、その心配は気鬱となった。歓迎はされていないが、なんとか許可の返事をもらったので、ドアを開ける。

 部屋の中には、いつも通りのポジションに寝そべって、ゲームをしている杏ちゃんがいた。

 その横顔は、やはりいつもとは違い、どことなく元気がなさそうに見える。

 

「一緒にゲームしてもいいか?」

「・・・・・・足引っ張らないなら・・・いいよ・・」

 

 杏ちゃんの隣に勉強机から椅子をを持ってきて座る。

 一か月の間に何回かはこうしてゲームをやったことはあるが、贔屓目無しで杏ちゃんはゲームが上手い。いつも「回復がおそい」や「援護しっかりしてよぉ」などの小言を俺は言われるのだ。

 そこから少しの間、ゲームに集中する。

 そのおかげか今日の俺は、あまりミスをしなかった。その代わりに杏ちゃんが普段はしないようなポカをしてしまう。

 

「・・・・・・優也はさー」

 

 不意に名前を呼ばれて、驚き半分で杏ちゃんの方を向く。

 俺のファーストネームを口にすることがあまりなく、普段なら「ねー」や、「あのさ」としか呼ばない杏ちゃんが名前を口にしたのだ。

 しかし杏ちゃんは、すぐに続きを言わずにゲームの方から目を離さないでいた。

 これと似た流れを俺は先ほど体験して、知っていた。

 先ほどの陽子さんが大切な話をするときと同じだ。こう言うところも親子で似ているんだなと、内心微笑む。

 俺から続きの言葉を催促することはせずに、またゲームへと意識を戻すことにした。まだ言いたいことを自分の中でも整理出来てないんだろう。

 ゆっくりと待つことが今の俺にできることだ。

 

「優也は努力とか好き?」

 

 努力か・・・・・・。この話の正解は見えないが、それなら俺の本心を言うしかない。努力という言葉自体だったら、俺も少し考えたことがある。

 何かに打ち込んだことのある人なら、一度でも耳にしたり、その本質を考えたことがあると思う。

 

「俺は努力をすることは嫌いじゃないよ・・・・・・。努力をする人をすごいと思ってたから、俺も頑張ろうとしてた時期があったな」

「・・・・・・そっか。杏はさ、何をするにしても才能はあると思うんだよね。だってさ・・・・・・どんなに努力をしたって、その才能がある人は本当に軽く・・・・・・他の人達を超えていっちゃうんだ」

 

 その言葉は、悲しみに溢れていた。

 決して成功できなかった人の僻みや、嫉みだけで終わらせてはいけない話でもある。俺も過去にそういう経験があるからだ。

 どんなに他の人より、練習しても決して追いつけなかった。時間だけかけて。質が伴っていないと思い色々と勉強もした、だけど前の自分よりは伸びても届かない。そんな絶望を俺は体験した。

 

「何でもそうだよ。杏はこんな体だから、同級生の来てるような服は似合わないし、いつも子供洋服のエリアで選ぶし、スポーツも好きだったものは全部つまんなくなった。これでも小学校まではすごかったんだよ。恋愛だってそうだよ。まだよくても、こんなに小さいと彼女の対象としては普通見てくれないでしょ・・・・・・一緒に歩いても妹か娘に見えちゃうし・・・・・・」

 

 本人にしか分からない心の闇。

 陽子さんからも聞いてはいたが、それを杏ちゃんから話してくれるのはやはり大きな差がある。この言葉は、何も努力を――頑張ったことのない人からは出てこない言葉だろう。

 

「だからざ・・・・・・杏はもうね、ぐすっ・・・・・・そういう無駄なことはやめにじだんだ・・・・・・」

 

 杏ちゃん未だに視線をゲームに向けたままだが、そのコントローラーを持つ手は力なく下がって、瞳からは悔し涙や悲しみ、後悔などからか、今まで溜め込んだ分をはき出すかのように、涙がポロポロと落ちていく。

 

「だっでさ、期待なんかしないで諦めちゃえば・・・・・・悲しくなんてならないでしょ」

 

 そこから杏ちゃんは、もう言葉を継がずにただ涙を流していた。

 きっと杏ちゃんの性格上、誰にも言えなかったのだろう。

 一人で背負って、頑張って、折れてしまった。誰にも悩みはあるが、その悩みを全ての人が超えられるとは限らない。

 俺は上手い言葉をかけることができずに、必死に自分自身と――運命と向き合った少女の頭を優しく撫でてあげることしかできなかった。

 

 

 

 杏ちゃんの心の声を聞いた日。

 その日から約二週間が過ぎたある日のこと。翌日に新学期を控え、学校の準備をしているところに、俺の部屋のドアをノックする音で、手を一旦止めて返事をする。

 

「あれ、杏ちゃん。どうしたの?」

 

 ドアが開かれ部屋の中に入ってきたのは、杏ちゃんだった。

 俺が杏ちゃんの部屋に行き、ゲームをすることは多々あれど、杏ちゃんがこのゲームをしていそうな時間に俺の部屋を訪ねてくるのは珍しかった。

 一直線に勉強机に向かっている俺の横に来て、握ってある右手を突き出す。

 反射的に、杏ちゃんの伸ばした右手の下に手のひらを上にして持っていくと、握っていた右手の中からアメが一つ落ちてきた。

 アメを俺にくれたことは分かったが、肝心の杏ちゃんの行動の意図が読めない。

 

「えっと、ありがと?」

「前のお礼。明日から杏も学校に行くことにしたから。・・・・・・もう一度だけ頑張ってみる」

 

 その一言で合点がいく。

 このアメは、あの日のお礼の意味を込めたささやかなプレゼントなのだろう。学校に行くと宣言した杏ちゃんからは、不屈の意志が感じられる。

 あの日の事を思いだすと、本音を言ったらあの子たちのいる学校には正直行かせたくない。でも、その本人が行くと、頑張ると決意した今、俺に止める権利などあるはずもなかった。

 

「そっか・・・・・・俺も応援してる。頑張れ」

「——うん!」

 

 一抹の不安を抱えながらも、応援することを伝えると杏ちゃんは嬉しそうに頷いた。こんな良い子をまた悲しみに染まらせては駄目だ。

 次、心が折れたららきっと杏ちゃんは、立ち直れないだろう。きっと杏ちゃんは望んでいないと思うが、俺もこのとき誓った。

 

 俺が杏ちゃんの一番の理解者になり、全力でこの笑顔を守ることを。

 

 





 新年あけましておめでとうございます。
 お気に入りに登録や、評価をしてくださった皆様、足をお運びになられた方、ありがとうございます。

 あともう少し杏編が続きます。
 これからもよろしくお願いします。

 感想などお待ちしております。krowknownでした。


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第五話 学校

 君は平気じゃないのに『平気だ』という

 

 君は泣いているのに『泣いていない』という

 

 頑張りすぎた君は。一人で抱え込み過ぎた君は・・・・・・今日もまたーー笑顔を見せる

 

 

 

 

 短い冬休みが終わった。

 それから、宣言通りに杏ちゃんは学校にまた通い始めた。

 一日、また一日と登校日を重ねていくが、徐々に杏ちゃんの顔に疲れが見え隠れするが、杏ちゃん本人は、隠し通していると思っているのだろう。

 前よりも少し明るくなった態度で陽子さんや俺に接してくれる。

 できる限りは、杏ちゃんの意思を尊重して俺は何もしないし、学校のことも俺からは話さないと今のところは決めている。

 その分、一緒にゲームをしたりして、安心して心休める場所だけは確保するようにしている。

 目を見てしまうと無理をしていることが分かってしまうので、最近はあまり人の気持ちを覗くのはよくないという思いもあり、視線を合わさないようにしていたが、その能力の発動条件として気づけたことがある。何かを通して覗くと発動しないのだ。

 それは、窓越しだったり、もちろんテレビ越しだったり。そして眼鏡越しでも発動をしないことが分かったのだ。

 だから最近は度が入っていないレンズ付きのだて眼鏡を、もっぱらかけている。

 ステータスが見える人・見えない人と、未だに謎があるこの能力だが、気長に付き合っていくしかないのだろう。

 椅子の背にもたれ、天井を見上げる。

 思考を止め、頭を一度リセットしようと目を閉じて長い深呼吸をする。

 ゆっくりと目を開き、横の壁に掛けてある時計と、杏ちゃんの呼ぶ声が聞こえたのは同時だった。

 今日は勉強をするからと、先に一人でゲームやっておいてもらったのだ。

 その杏ちゃんの声に「今行くぞー」と、返事をして部屋の電気を消す。

 部屋に入ると、少し遅れてしまったためご機嫌斜めなのか、唇を尖らせた杏ちゃんがいた。

 しかしゲームで俺に勝つ回数が増えていくにつれて自然と機嫌はは戻っていった。

 これがわざと俺が負けているなら、扱いが分かってきたなどと言えるわけだが、本気でやっても勝てることはまずないので厳しい世界である。

 一時間やったところで、杏ちゃんの限界がきたのかコテンと首が俺の方に倒れてきた。

 最初こそは、このシチュエーションに幾分か緊張していたが、今はもう手なれたものだ。

 

「ほら、こんな所で寝たら風邪ひくぞ。ゲームは片付けとくから布団に入りな」

「うぅ~ん・・・・・・むりだよぉ。杏のHPはもうないから運んでー」

 

 首を横にイヤイヤと振りながら、コアラのようにしがみついてくる。

 俺は保母さんじゃないんだけどなと思いながらも、その軽い体を持ち上げ捲った布団の間にゆっくりおろし布団をかぶせる。

 最近、杏ちゃんの就寝は早い。

 その時間も段々とだが早くなっている。夜更かしをしないのは良いことなのだが、少し寂しさを感じてしまうのは許してほしい。

 満足そうな顔をしている杏ちゃんの頭を軽く撫でて、よいしょと立ち上がる。部屋を出ようとした時にそれは目に入る。

 小さなゴミ箱に、乱暴に突っ込まれている紙の束。

 勝手に漁るのはどうかと思ったが自然と手が伸びてしまう。その紙は学校でやった小テストだった。

 さすが杏ちゃんである。点数はどれも満点だった。

 学校に行かなかった時期があるのにこの点数を取れるのは、すごいことだ。

 手に取った用紙を一通り見て、まだゴミ箱に入っている残りの用紙も手に取る。そのすべてに人を馬鹿にしたような、傷つける言葉が書き殴られている。

 苛めというのは無縁な人には、本当に無縁なことだろう。

 俺の周りが特殊で、ある意味恵まれていたためなのか、苛めの渦の中に立たされたこともなければ、その方法も興味がないし、好き好んでそういう事があるのかを聞きまわることなども、もちろんしたことがない。

 だけどこんなにも・・・・・・。

 こんなにも知り合いが、中傷されるのが頭にくるものだとは思わなかった。

 楽観的過ぎたのだ。

 張本人が頑張るから口を出さないのは、本当にその人の為なのだろうか? 俺は杏ちゃんを信じていると言いながら、本当は自分が可愛いだけじゃないのか?

 このままじゃ駄目だ。だけどどうしたらいい。気持ちだけが前に前に出てくるが、具体的な方法は思い浮かばない。

 当事者の杏ちゃんと同級生や、最低でも一緒の学校なら対処のしようがあるが、今の俺は唯の高校生であり、お互いの学校も家から正反対の位置にある。

 用紙を見た態勢のまま、かれこれ10分ほどかたまっていただろうか。杏ちゃんの「眩しいぞぉー」という声でようやく我に返り、そそくさと自室へと戻った。

 寝る前にあんなものを見つけてしまっては、寝付けるわけがなかった。

 そこから眠りにつくまでの長い時間ずっと、俺が頭を悩まし続けたのはいうまでもない。

 翌日の朝。

 昨日の睡眠時間が足りないせいか布団から出るのにも苦労する。ぼーっとしながらも洗面台に行き、刺すような痛みを感じさせる水を、両手ですくい顔を洗う。

 無理やり覚まさせた頭は、以外にもいつもよりはっきりしている。

 

「おはようございます」

「おはよー。今日はいつもより起きるのが遅かったのねぇ」

 

 杏ちゃんの事で悩んでたとは、いろんな意味で言えるわけもなく、頭を軽く掻きながら苦笑いを返すしかない。

 あまり時間に余裕もないので、テーブルに用意されていたマーガリンと蜂蜜がつけられている食パンを手に取る。

 バス停に行く道ながら食べてしまおう。

 

「じゃあ陽子さん。今日もいつも通りの時間に帰ると思います」

 

 そう告げて、玄関で靴を履いている時に先ほど居間で別れた陽子さんが玄関にやってきた。

 いつもは「いってらっしゃい」で挨拶を済ますのだが、送りに来てくれたのだろうか。それとも何か言い忘れたことでもあるのだろうか? 

 

「どうしたんですか?」

「えーっとねぇ、多分なんだけど。今日は優也君の学校は創立記念日でお休みじゃないかしら?」

 

 俺の疑問に、陽子さんは右手人差し指を頬に当てて困り顔でそう言ってきた。その一言で俺も忘れていたことに気づいた。

 一週間前に学校で配られたプリントに、確かに書かれていたはずだった。

 慌てて自室に戻り、引き出しにまとめて入れられている問題のプリントで確認する。

 確かに今日の日付が、休みと書かれていた。

 

「ありがとうございます。陽子さん。誰もいない学校に行くところでしたよ」

「間違ってなくてよかったわぁ」

 

 下にもどり陽子さんにお礼を言う。

 安堵の息を漏らすと同時に、笑顔を向けて返事をしてくれる。そこからは時間に縛られることなく残りの朝食を頂くことにした。

 そして朝食を取り終るのと同時に、杏ちゃんが制服に着替えを済ませ居間へとやってくる。

 おはようと挨拶をするが、目を閉じたまま頷くだけだ。そこまで朝が弱いのに、よく一人で起きられるようになったものだ。

 杏ちゃんの中学校では、みんな部活に入らなければならないらしい。

 例にもれず杏ちゃんも文化部に所属しているはずだが、朝練は無いらしく比較的に遅く、いつも家を出てるみたいだ。

 注意深く見ても、そこまで無理をしている様子は見受けない。逆に俺の方が挙動不審で怪しまれないだろうかと、そっちの方が心配である。

 

「きょ、今日は雨らしいな。傘をしっかりもってくんだぞ」

「んー」

「冷えるから、手袋とマフラーもな。あと、ホッカイロも忘れちゃだめだぞ」

「んー」

「それとな「うるさいー」・・・・・・おう」

 

 危ない危ない。言ったそばからテンパってしまっていた。

 落ち着け、いつも通りだいつも通り。

 朝食を食べ終え、歯を磨きに行った杏ちゃんを見送って一度、冷静になる。もう昨日の内に準備は済ませていたのか、コタツの横にスクールバッグと手提げ袋が置いてあった。

 懐かしさを感じて、視線を向けていると手提げ袋の中が見える。

 中には上履きが入っていた。

 今日が月曜日ならまだ分からんでもないが、昨日学校から上履きを持って帰ってくるのはなぜだ? 掃除や実習の時にでも汚れてしまったのだろうか。

 疑問が浮かんだが、時間が差し迫っているのか、後半にかけて忙しそうに動く杏ちゃんに聞けるタイミングもなく、出発の時間になってしまう。

 

「・・・・・・いってきまーす」

「おう、いってこい!」

「いってらっしゃい」

 

 居間にヒョコっと顔を出し、真顔ながらも少し照れている杏ちゃんの挨拶に、無駄に元気な返事をして見送った。

 それから少しの時間、コタツに入り陽子さんと一緒にお茶をすすりながらテレビをぼーっと眺めていた。

 

「あっ、そういえば杏ちゃんのことなんですけど」

 

 別に本人に聞かなくても陽子さんなら知っているのではないかと思い、さっきの上履きの事を聞いてみることにした。

 

「上履きを家に持って帰ってましたけど、結構キレイ好きなんですね。俺なんか・・・・・・っていうよりは、男子は家に持って帰るのが面倒で、すぐに使い潰しちゃうんですよね」

「杏も昔はそうだったのよぉ。あんまり持って帰ってくる事は無かったんだけどねー。でも、また学校に行ってくれるようになってから、毎日持って帰ってきてるわよ」

 

 自分で言っておきながら不思議そうな顔をして、教えてくれる陽子さん。

 途中から陽子さん自身も、毎日上履きを持ち帰ってることに疑問を覚えたのだろう。ここまでいけば自ずと答えは絞られてくる。

 一つ目の予想としては、杏ちゃんが本当にキレイ好きに目覚めたのか。

 二つ目は、上履きにされる悪戯を防ぐためだ。

 どう考えても二つ目が、正解なのだろう。もしこの考えが見当はずれだったら結果オーライでいいが、昨日の答案用紙からしても、普通にありえる。

 どうしようか・・・・・・いってしまおうか? ――陽子さんに昨日俺が見た答案用紙の事を。——今の杏ちゃんの現状を。

 そんな考えが頭を過ぎるが、本人は言いたくないから黙っていたのだ。

 それを俺から伝えてしまうのは、よろしくないだろう。

 でも放っておいていい問題でもないので、今日の夜に杏ちゃんにまず俺から話してみよう。

 テレビの方に向き直ると、ちょうど教育現場においての『いじめ』が特集をされていた。杏ちゃんの事もあり、陽子さんとその話題のニュースを見るのは、多少抵抗があったが、俺にとっては願ってもないタイムリーな話なので大人しく視聴する。

 その特集の大まかな内容は、いじめの現状と、対処の難しさ、いじめの度合いによってどういう機関に相談するかなどだ。

 その番組を見ていく中で、俺の中ではある思いが浮かんでいた。

 偶然杏ちゃんの答案用紙を見た昨日。

 忘れていたとはいえ、その次の日がこれまた偶然に学校の休みで、テレビを見ていたらいじめの特集だ。これが俺をこの世界に連れてきた送り主の言っていた、『運命』という因果なのだろうか。

 何ともタイミングが良すぎるものだが、個人的には助かっているので何とも言えない。

 

「陽子さん、杏ちゃんの学校の電話番号知っていますか?」

 

 まずは能動的になるべきだ。俺は今日の予定を決めた。




雪は勘弁です。今日はまだ投稿するつもりです(*´▽`*)


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第六話 先生

 テレビで特集されていた通りなら、担任に話を通した方が早いだろう。学校側に協力してもらえれば動きやすくなる。

 杏ちゃんの兄という肩書で、昼休みの時間に会う約束をなんとか取り付けた。

 もし俺一人だと会話の席を設けることが無理そうだったら、陽子さんに事の次第を話して、一緒に行こうと考えていたがそれは気鬱に終わった。

 十二時半からの約束なので、その一時間前には家を出る。

 もし学校まで辿り着けなかったらお笑いものだ。詳しいことを聞かずに、学校の大まかな位置を教えてくれた陽子さんには本当に頭が上がらない。

 天気予報の通り、雨雲がどんどんと空を覆っていく。

 約束の20分前には、学校に無事到着をしていた。給食の時間だろうか、生徒の元気な声が聞こえてくる。電話で伝えられた職員玄関の方に向かう。

 途中、すれ違う生徒もいたが皆一様に元気な挨拶をしてくれる。約束の時間が後少しとなったところで、こちらに駆け寄ってくる、スーツ姿の青年がいた。

 

「どうもこんにちは! 杏さんのお兄さんですよね?」

「はい。この度は忙しい時間を割いて頂きありがとうございます」

「あっ、これはどうもご丁寧にありがとうございます。杏さんの担任をさせていただかせています、担任の森と申します。ささ、立ち話もあれですので部屋を用意させてもらってますのでそちらへ行きましょう」

 

 杏ちゃんの現状からして、もっと職務怠慢な教師が出てくると思ったら、なんともまあ元気の良い好青年が出てきた。

 前の世界では俺の方が森先生の初々しさを見れば年上だと思うが、この世界では森先生の方が年上であり、杏ちゃんもお世話になっているので丁寧にあいさつをする。

 来校者用のネームプレートを付けて、空き教室に通される。

 

「それで、お話と言うのはなんでしょうか?」

 

 向かい合った机に座り、森先生は自身の前で両手を組ませながらそう切り出してきた。

 

「最近、うちの杏が元気がなくてですね。そしたら部屋でこんなものを見つけたんですよ」

 

 俺は相手の出方を見るなどを、全部すっとばして例の答案用紙を机の上に広げる。

 森先生は、初めは何だか分からそうに確認していたが、次第に現状を――俺が何を話に来たのかを理解したのか、驚きの表情を浮かべている。

 もし今の表情が演技なら、この人は俳優になった方が良いだろう。

 この人は、いじめを認知していないのか? 

 でも、杏ちゃんが不登校になっていた時に学校からの連絡は無かったはずだ。だから知っていて、見逃しているものだと思っていたんだけどな。

 

「森先生は、知らなかったんですか?」

「えっとですね、私自身恥ずかしながら、非常勤講師でしてこの学期から担任を受け持つことになったんですよ。前任の先生が急遽、病状が悪化してしまったらしくて」

 

 そういうことか。

 前任の先生は間違いなく杏ちゃんのクラス内のいじめを知っていたはずだ。でも、これは逆に好機と考えていいだろう。

 間違いなく前任の人よりも、今の先生の方が空回りしないか心配になるが力になってくれそうである。

 クラスの子供たちと、頑張って仲良くなろうとしていた時期に、このような話題を持ってきてしまって申し訳ないが、俺としては杏ちゃんが何事もなく学校生活を過ごせるほうが大事である。

 そこから、教頭先生も同席してもらいこれからの対処を話し合った。

 一つ目として、いじめアンケートを実地すること。

 そこで判明しなくても、こういうアンケートをすれば一人ぐらいは匿名故に小さなことでも記入してくれるそうだ。

 もしそこで、何も掴めなかったとしても杏ちゃんのクラスだけ、出来るだけ二人体制で見るとの事。

 下足ロッカーも、杏ちゃんが必要とすれば職員玄関のほうに用意してくれるそうだ。

 あとは、この話し合いの事を杏ちゃん本人には伝えずに、他の生徒にもいじめがあったなど大々的に伝えないで、まずは経過を見るということを約束してもらった。

 他の人へのいじめもあると思うが、このタイミングで動けば今杏ちゃんをいじめている人たちは、杏ちゃんが密告したとでも思ってもっと酷くなるかもしれないからだ。

 弱気すぎるかもしれないが、このぐらい慎重でいいと思う。下手に刺激して、その矛先が杏ちゃんに向くのは本意ではない。

 証拠を持ってきたのが良かったのか、学校側も積極的に行動してくれるそうなので助かった。

 俺は森先生と、教頭先生にお礼を言って帰路についた。

 

 

 結果的に上手くいったのだろう。

 杏ちゃんの学校へと足を運び、先生に対策の話をしてから今日で一週間が経つわけだが、段々と杏ちゃんから無理のない笑顔を見ることが増えた。

 一度電話で、学校の方にも確認をしたところアンケート用紙に杏ちゃんのいじめに関することも書かれていたそうだ。

 そうやって仲裁に入ることができなくても、報告してくれる良心があることにホッとする。

 杏ちゃんは、性格が悪いわけでもないので、この調子なら友達も新しくできるだろう。

 事態が順調に進んでいるので、自然と顔がほころんでしまう。

 高校からの帰り道。

 一人でニヤニヤ歩いてる俺は、周りから距離を取られているがそんなことが気にならないほどに気分が良い。

 

「ただいまー」

 

 最初は気恥ずかしかったが、今では慣れた挨拶をして家へと入る。奥の方から「おかりなさい」と陽子さんの声が返ってくる。

 靴を脱いでいると、玄関のドアがまた開く。この時間なら杏ちゃんの帰宅だろう。

 

「おかえ――」

 

 後ろを振り返り、言葉をかけようとしたが俺の言葉は途中で止まってしまった。

 杏ちゃんの制服には泥がついており、髪はボサボサ、口は切ったのか少し血が出ている。

 驚きと心配。遅れて怒りが湧き出てくる。

 

「・・・・・・何があった?」

 

 先ほどとは違い、ゆっくりと静かに聞いた。

 玄関に俺がいることは杏ちゃんも予想外だったのか、一瞬目を丸くしていたが、次第に悪戯がばれた子供の様にバツの悪そうな顔をして「えへへ~」と頭を掻く。

 

「ちょっと転んだだけだよ?」

「そんなわけないだろ。ちょっと転んだだけじゃ雪が積もってるのにそこまで泥はつかないし、髪が乱れるわけもない」

「本当だよー! 杏が足を滑らせて転んだだけだって」

 

 頑なに転んだと主張するが、その必死さが嘘だと語っているようなものだ。

 申し訳ないが、俺はだて眼鏡を外し杏ちゃんの瞳を見る。

 

『双葉(ふたば) 杏(あんず)14歳 ‹一人目のシンデレラ›

 139cm 30㎏ B型

‹性格› 

 頑張り屋 あきらめ癖 めんどくさがりや 優しい 正直者

‹感情›

 興味 10 喜び 20 怒り 15 悲しみ 45 愛情 15

‹最近の一言›

「そんなこと言ったって、クラスの子たちにやられたなんて言えないよ。もっと心配かけちゃうからさ」』

 

 卑怯な技だが、非常に使える能力だ。

 やはりクラスの奴らにやられたのか・・・・・・。学校じゃ手出しができなくなり、帰りに待ち伏せでもしたのだろう。

 

「・・・・・・そっか。杏ちゃんはドジだなぁ! じゃあもしもう一回転んじゃった時は俺に隠さないですぐに言うんだぞ」

 

 今すぐにその現場に行って、やった張本人たちを殴ってやりたい。

 だけど、その行為は杏ちゃんの為と言いながらも、自分の怒りを相手にぶつけたいがための気持ちだ。まず今は杏ちゃんに休息を与えなくちゃだめだ。

 本当に彼女の事を思っているなら。

 

「・・・・・・うん。そうだよ、杏はドジだからねぇー」

 

 その笑顔をさせたくなかった。

 だけど起きてしまったことは、もう後戻りできない。

 

「じゃあお風呂入ってきちゃいな。その姿じゃ陽子さんも驚いちゃうからな」

「うん」

 

 杏ちゃんが浴室に行ったことを確認してから、俺は自室に急いでいき電話をする。

 電話相手は森先生だ。

 運良く電話に出た森先生に、今日の事を報告する。

 申し訳ないが次あった場合は、脅しではなく警察などに被害届を出す旨も伝える。校外を狙われたので、森先生としても難しい所なので、謝る声に俺も申し訳なくなってくる。

 もし俺が黙ってみていたら、こんな実力行使もなかったのかもしれないのだから。

 森先生は今いる先生達にも伝え、明日の朝の会議で取り上げてもらうことになった。そして最後に俺は一つのお願いをして、森先生との電話を終えた。

 少し長く電話をしすぎたので、居間へ行くと風呂から出て寛いでいる杏ちゃんがいた。その姿に安心していると、俺の視線に気づいたのか杏ちゃんは顔あげこちらをジト目で見てくる。

 

「なんだよぉ~最後のミカンはあげないぞー」

 

 杏ちゃんの言う通りコタツの上にはミカンの残骸があり、今大事そうに両手に包まれているミカンが最後の一個のようだ。

 その仕草を、狙っていやっているのかは分からないが無性にツボに入ってしまう。

 突然笑いだす俺に、杏ちゃんは意味が解らずにキョトンとした顔をしていた。

 夕食の時間も近いので、シャワーだけでも浴びようかと俺は居間を後にする。洗面台に杏ちゃんの泥で汚れた制服が置いてあった。後で洗うつもりなのかも知れないが、ここに置いていたら普通に陽子さんに見つかってしまうだろう。

 風呂に入る前に、制服だけ手洗いしておくことにした。早くしないと明日までに乾かないしな。

 生地を傷めないように優しさ10割で洗っていると、横に杏ちゃんが並んでくる。

 

「来たなら、あとは杏ちゃんに任せるな」

「杏は冷たい水を触ると死んじゃう病なんだ」

「転んだ本人が洗わないでどうする」

「な、なんだよぉー。けち! 可愛い中学生の制服を洗わせてあげてるんだから、逆に杏に感謝してほしいぐらいだぞぉ」

 

 自分でも洗っている途中に、変態だと罵られるんじゃないかと危惧していたが、杏ちゃんは一切そういうことに関しては気にしない性格らしい。

 そういう押し問答をしながらも、俺は最後まで洗い続け、杏ちゃんは洗い終わるまで横で話し相手になってくれた。

 やっぱりこの笑顔のままいてほしいと思うのは、俺の我が儘なのだろうか。

 そんなことはないはずだ。俺も頑張るしかない。

 今日起きた出来事は、俺の感情抜きで陽子さんにも伝えた方が良いと頭では理解しているが、結局は言えなかった。

 次の日のことだ。

 俺は自分の高校に行き、詳しいことは言わなかったが仲良くなった友達に誘われていた部活動を辞めた。そして、土日は普通に遊べるが、学校終わりもこれからは遊べないことを伝える。

 理由があることを竦み取ってくれたのか、友人たちは快く頷いてくれた。自分ながら言い友人を持ったものだ。

 俺は、高校が終わるとすぐに目的の場所へと向かう。

 杏ちゃんの通っている中学校だ。

 昨日電話で森先生に確認してもらい、今日の昼頃了承の返事をもらった。少し急がないと下校時刻に間に合わないが、その辺は根性で走り、間に合わせるしかない。校門のところで帰りの指導をしている先生たちに挨拶をして、待たせてもらう。

 中学生達の好奇の視線に耐えるのは、つらかったが少しして目的の人物が歩いてくる。下を向きながら歩いているせいか、校門のところで立っている俺に気づく様子はない。

 

「杏ちゃん」

 

 通り過ぎる背に声をかける。

 急に聞こえた自分を呼ぶ声に、辺りを見渡す杏ちゃん。そして後ろにいた俺を見て一瞬訳が分からない顔をする。

 

「・・・・・・なんでいるの?」

 

 その言葉は今の杏ちゃんの心の声だろう。

 

「なんでいるかって? ・・・・・・そりゃあ、俺は杏ちゃんのお兄ちゃんみたいなものだからな。またうっかり杏ちゃんが転ばないように見守るためだよ。もう制服洗うのはコリゴリだからさ」

 

 やけに芝居がかかった言い方は勘弁してほしい。俺の返しに杏ちゃんも予想外だったのか笑ってしまう。 

 別にあの杏ちゃんと話しながら、洗いものをしていた時間は素直に楽しかった。

 

「じゃあ帰ろっか杏ちゃん」

 

 そう言って杏ちゃんに、手を差し出す。

 

「なにこの手?」

「いや、手を繋いだ方が良いかなってさ」

「・・・・・・もう杏、中学生だよ? わかってる?」

「俺は高校生だぞ!」

 

 ちょっと遊び過ぎたのか、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら「変態」「シスコン」「ロリコン」と、小さな声で呟きながら先に行ってしまう。

 普段の調子の杏ちゃんに、安心しその後を俺は追いかけた。

 

 その日から俺は、高校を卒業するまでの一年と少しの間、ずっと杏ちゃんを迎えに来て一緒に帰った。

 学校では先生たちもそれまで以上に本気で動き、杏ちゃんに対するいじめは鳴りを潜め、3年に上がってからはクラス替えにより親しい友人もできたそうだ。

 

 

 

 

 




スリップには気をつけましょう。次回、新しいシンデレラ出ます。


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第七話 君の名は

 高校卒業と同時に俺は双葉家から出た。

 もちろん、別に嫌になったからとかではなく仕事場がそこから遠いからだ。

 大学には行かずに働くことを選択した俺は、就職活動をしていたが簡単には見つからず焦りが出てきたころ、陽子さんが昔の伝手で紹介してくれたのだ。

 場所が場所だけに多少悩んだが、結局はそこで働かせてもらうことにした。

 今住んでいる場所は宮城県だ。

 その県庁所在地でもある仙台市に俺は今、アパートを借りて一人暮らしをしている。

 家を出るときに、杏ちゃんには学校でのお礼を言われた。俺も杏ちゃんの事を言えないぐらいには、隠すのが下手らしかった。

 杏ちゃんは道内で、い1・2を争う頭の良い学校に進むことになった。

 めんどくさいけど将来の自分を楽させるためにと頑張っていた。受験勉強は俺も手伝い、毎日一緒に遅くまで勉強をしたのは今となっては良い思い出だ。

 この仙台に移住してから、今年で3年となるが、長期休みには必ずといっていいほど杏ちゃんが遊びに来る。なので、この小さなアパートの一室の角にはアメが大量に保管されていたりもする。

 よくあのめんどくさがり屋の杏ちゃんが、毎回宮城までこれるのか不思議だ。

 スーツへと着替える中、テレビに映っているアイドルを見る。

 765プロという会社のアイドルが、最近目覚ましい活躍をしている。アイドルなだけあって、やはり個性的で可愛らしい。一般の人とはやっぱり一線を駕すだろう。しかし、このようなアイドルをテレビで見るたびに思うことがある。

 うちの杏ちゃんだって、負けていないんじゃないかと。

 一回、俺と杏、陽子さんの三人でテレビを見ている時にアイドル特集があり、杏ちゃんにその言葉を投げかけたことがあった。褒められ慣れていないのか、俺と陽子さんでずっと言っていたら、顔を真っ赤にして部屋へと籠ってしまったことがあった。

 あのビジュアルなら、なんだっけな・・・・・・そう! S級アイドルになれると思うんだけどな。

 仕度を終え、火元の確認をして、家を出る。

 今は5月の半ばで比較的に過ごしやすい。陽気な日差しを浴びながら仕事場へと俺は向かう。

 

 今日も今日とてみっちり絞られた。

 昼休みの休憩。

 昼食をいつも通り1コイン以内に収めて、近くの公園のベンチで時間までゆっくりする。ここは指定の位置でなら煙草を吸ってもよい公園だ。

 20歳になり、頻度は軽いが煙草を吸い始めた俺としてはありがたい。

 朗らかな日差しを浴びて、午前中のストレスを発散する。ここ最近になって、直属の上司である佐久間さんの機嫌が悪い。

 佐久間さんは俺が入社した頃からお世話になっており、普段は寡黙だが仕事一筋で面倒見のよい先輩だ。だけどここ数か月、あの人の怒鳴る姿をよく見る。

 前はしなかったミスも、ちょろちょろやってしまい、ウチの部署は空気が重くなってきている。

 貴重な休み時間に、自分からネガティブな思考に陥ってしまっている。あー杏ちゃんと話がしたいなぁ。あのマイペースさを俺にも少し分けてほしい。

 少しの間、ぼけぇ~っと空を眺めているとポケットに入っている携帯から音が鳴る。

 昼休み終了の20分前だ。

 今日はなんだかもう一本吸いたい気分だ。幸い早めにアラームを設定しているので、あと一本吸ったら会社へと戻ろう。

 そこから吸い始めて少し経った時に、横から声をかけられる。

 

「あの、さっき水道で顔を洗われてましたよね? 眼鏡置きっぱなしでしたよ」

 

 その言葉を受け、手を顔に持っていき確認すると言う通り眼鏡をかけていなかった。親切に教えてくれた人に向き直り、お礼を言おうとするが、横に立っていたその人の顔を見て口にくわえていた煙草を落としてしまう。

 

「・・・・・・結衣?」

 

 今、目の前にいる彼女は俺が前の世界で愛し、事故で死んでしまった女性と同じ顔をしていた。自然と口から前の彼女の言葉が出てしまう。

 あの時の、絶望や悲しみが一気にフラッシュバックする。昔は負の感情だけしか思いだすことはできなかった。だが、今の俺はあの幸せだった時も同時に思いだせる。

 決して無駄な出会いじゃなく、あの時間は確かに意味のあるものだったのだ。

 

「私はまゆですよ♪お兄さん」

「ああ。そうだよね・・・・・・ごめんな、あまりにも君が昔の友人と似てたからさ。もう大丈夫だよ」

「まゆはあなたが大丈夫そうには見えないです。大丈夫ならなんで泣いてるんですか?」

 

 眼鏡の時と同じで、彼女に言われてから自分が泣いていることに気づく。

 自分で過去の事だと折り合いをつけられたと思っていた。だけど、目の前にその彼女と瓜二つの顔の少女が現れただけで、この様である。

 俺は弱いな。

 

「泣かないでください。今はまゆが慰めてあげますよ」

 

 俺の座っている横に腰かけ、ポケットからハンカチを取り出し涙を拭ってくれる。

 先ほど合ったばかりの見知らぬ人に、ここまでしてくれるなんてこの女の子は出来た子だな。女の子にお礼を言いながら、落ちた煙草を拾い灰皿に捨てる。

 

「ありがとね。大人なのに慰めてもらっちゃってなんか恥ずかしいな。でも、おかげで色々と吹っ切れた気がするよ」

「ならよかったです♪」

 

 そう言ってニッコリと笑う彼女に一瞬ドキッとしてしまう。

≪ポン≫

『佐久間(さくま) まゆ 16歳‹二人目のシンデレラ›

 153cm 40㎏ B型

‹性格› 

 優しい 温厚 負けず嫌い 

‹感情›

 興味 65 喜び 40 怒り 0 悲しみ 0 愛情 20 

‹最近の一言›

「まゆは運命を信じます」』

 

 機械的な音と同時に、脳内に目の前にいるまゆちゃんのステータスが表示される。

 注目する点が多すぎて、一瞬思考停止してしまうが、まず興味65という数値は結構高い。50越えをあまり見ないので、いまのまゆちゃんの多分俺に対する興味はすごいのだろう。

 それに、杏ちゃんの時は後々気づいたが、最初は無かったシンデレラという称号が新しく付けられていたが、今回は最初から判明してしまった。

 それに愛情が20もあるというのがおかしい。

 愛情の基準が杏ちゃんしか分からないが、それだって双葉家を出る2年間とそれからを積み重ねてようやく35と家族愛? が増えていったというのにいきなり20である。

 頭がパンクしそうだが、突然黙った俺にまゆちゃんが心配そうな顔を向けてくるので、タイムリミットまで残り五分しかないが、少し探ってみよう。

 

「まゆちゃんは、今日学校は休みなの?」

「・・・・・・・? どうして、まゆの名前を知ってるんですか?」

「いや、自分で自分の事をまゆって呼んでるからそうかと思ったんだけど、違ったかな? だとしたらごめんね」

「あっ、そうですねぇ。まゆ自分で言ってました。佐久間まゆって言います。まゆって呼んでください」

 

 しっかりした子だと思っていたが、意外と天然系なのだろうか。佐久間さんと呼ぶと、会社の上司が出てきてしまうので、名前で呼んでしまったが本人は気にしてなさそうだった。

 

「それで、学校の事でしたよね。今日はまゆの学校は振り替え休日で休みなんです。だから気分転換に外で編み物をしてたらあなたに気づいて」

「そっか。でも助かったよ。危うく眼鏡を忘れるところだったよ。まあ伊達だからそこまで困んないんだけどね」

 

 伊達の眼鏡ということには気づかなかったのか、まゆちゃんは少し驚き、俺の言い方に笑ってくれた。

 

「じゃあ俺はもう行くよ。昼休み終わっちゃうからさ」

「あっあの! もし良かったら名前教えてくれませんか?」

「そうだね、俺だけ言ってなかったね。俺の名前は朝倉優也だよ」

「・・・・・・優也さん・・・うふ♪ まゆの事はそのまま、まゆって呼び捨てで良いですよ」

 

 頬に手を当てて微笑むその姿は、16歳の女の子とは思えないほど妖艶に映った。

 

「じゃあまゆ?」

「はい。まゆですよぉ」

「今日はありがとね! それじゃあまた会えたら」

 

 最後にお礼だけを言って、立ち去る。

 まゆがうしろで何かを言っていたが、今日の残業がかかっている俺は全力疾走ゆえに聞き取ることは叶わずに会社へと向かった。

 たまたま出会った縁だが、なぜか約束をせずとも、まゆとなら俺は結構すぐに出会える気がしていた。

 午後の仕事は、昼休みに間に合う間に合わない以前の問題でハードなものだった。

 部署のみんなと助け合いながらも、終わったのは午後21時をまわった頃。明日が休みということもあり、みんなで「朝まで呑むぞぉ」と思いを一つにして退社する。

 上司の佐久間さんは、予想通り誘ってもまだ仕事があるということで来なかった。今日のノルマは終わっているはずなので、明日の調整などをするのだろう。その真面目さは前と変わっていなかった。

 

 

「しかし佐久間部長も、本当に変わっちゃいましたよねぇ。なんか嫁さんに逃げられたとか噂が出てますけどどうなんですかねー。って聞いてますか朝倉先輩?」

 

 後輩の吉田が俺に向けて話しかけてくるが、俺は別の事に意識をもってかれていた。

 

「本当にごめんな。用事ができちゃったから、今日はお前らだけで呑んでくれ!」

 

 後輩の吉田や、同期の奴らもガヤガヤ言っていたがそれをスルーして駆け出す。

 まだここは会社のすぐ近くの通りだ。

 そして俺が昼休みに休憩する公園もここにある。何の気なしにその公園を見てみれば、公園の電灯に照らされベンチに座っているまゆがいたのだ。

 服装が昼と変わっていないから、もしかしてずっとここにいたのだろうか? 16歳の女の子が、5月とはいえ21時に公園で一人でいるのは、さすがに危険だ。

 あちらも遠目から俺の事を、見つけていたのか近づくにつれて笑みを浮かばせる。

 

「こんな夜遅くに一人で公園にいたら危ないぞ?」

「だって優也さんが、最後まゆの言葉を聞いてなかったから、もう会えないと思っちゃったんです。なので、ここでお仕事が終わるまで待っていたら、気づいてくれると思ってずっとまゆはここにいました」

 

 昼からずっとここにいたことを、本当に苦と思っていないのだろう。笑顔でそう言い切るまゆは、嘘を言っているようには見えなかった。

 

「いや、ごめんな。昼の時は会社に遅れそうで焦ってたから・・・・・・。もし良かったらなんて最後に言ってたのかもう一度言ってくれるかな?」

「それは秘密です♪ 今こうしてまゆは優也さんと話せているので、お願いは叶っちゃいましたよ。うふふ♪」

「ど、どうしてまゆは、そこまで今日会った俺の事を気にかけるんだ? どっかで前に会ったことあったっけ?」

 

 まゆの雰囲気に圧されて、俺の調子がくるってしまう。

 初対面での俺でも分かる好意を向けられてしまったら、さすがの俺も怪しんでしまう。それがたとえ前の彼女と似ていたとしても。

 もしかしたら、俺の存在がこの世界に生まれる前に会っているのかもしれない。芽生えた疑問を投げかけるが、当のまゆは頬に手を当て笑みを浮かべるだけだ。

 

「優也さんは、運命って信じますか? まゆは今日運命があるって確信しました。普段なら男の人には自分から関わらないんですが、今日だけはなぜか自分から動いてしまったんです。そしたら、あなたと出会いました」

「うっ運命か・・・・・・」

「そうです。運命ですよぉ・・・・・・でも、一目惚れでもありますよ」

 

 最近の子はこんなにも恋愛に積極的なのだろうか。

 一目惚れというものを、そもそも知らないので何とも言えないが昼に見たステータスが間違ってるとも考えにくい。

 本当にまゆは、俺に恋心を抱いてしまっているのだ。

 自分の事ながらひどく落ち着いている。

 俺に惚れた相手が、学生の女の子だからなのか、死別した彼女と瓜二つの顔を持っているからなのかは分からないが。

 

「君みたいな可愛い子に、そんなこと言われると俺としても照れちゃうけど、まずは家に帰ろう。親御さんもきっとまゆを心配してるよ」

「心配ですか・・・・・・きっとしてもらえないですよ」

 

 一瞬、表情に影が落ちるがすぐに戻る。

 家庭環境に何か問題があるようだが、そこまで俺は介入できないので深く聞くことはしない。

 

「じゃあ行きましょう?」

「——えっ? どこに行くんだ」

 

 唐突にまゆは俺の袖口を掴み、歩き出そうとする。

 目的地も分からずに連れていこうとする彼女に尋ねるが、まゆはその顔をキョトンとさせさもその質問の意図が分からないといった表情をして答える。

 

「家に帰るんですよ? 優也さんが送ってってくれるんですよね」

「いや・・・・・・でも、さっきは帰りたくない感じだと思ったんだけど」

「じゃあ、まゆをあなたの家に泊めてくれるんですか? まゆは優也さんを困らせたくないから帰るんですよ」

 

 そう言うと、年相応な笑みを浮かべて歩き出す。

 まゆと会ってからまだ一日も経っていない関係だが、最近会っていない杏ちゃんと似た、どこか放っておけない雰囲気を持っている。

 彼女をスルーできる精神力が俺にもあればいいのだが、もちろんそんなことは出来るわけもなく、少し前で振り向き、待っている彼女の方へと歩き出すのだった。

 

 今日出会った不思議な女の子、佐久間まゆ。

 杏ちゃんとは違ったベクトルの『シンデレラ』は、いったい俺をどんな運命に導いてくれるのだろうか? 

 

 

 

 

 




今日は、これで最後の投稿です。
ご意見、ご感想頂けましたら幸いです。

良い夢を(´_ゝ`)


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第八話 帰り道

 

 

 

 学校が休みで、気分転換にあの公園に来ていたと言ってたが、歩いて20分ようやくまゆの家に到着したらしい。

 なんで今日に限って遠い公園を選んだのかと聞いたら、「たまたまですよ? だから今日あなたと出会えたのは運命だったんです」と真顔で言われる。

 決して長い時間ではなかったが、まゆは編み物や料理が得意なことや最近の学校であったことなどを聞き、俺のことも前まで北海道に住んでいたことを話したりした。

 まゆが指をさす向こうには、お世辞にも綺麗とは言えない築数十年は経ったアパートがあった。

 俺の勝手なイメージで、まゆはどこかの家の箱入り娘だと思っていたので、家を見て表情には無論ださないが少し驚いてしまった。

 

「今日は送っていただいてありがとうございました」

 

 外に設置されている二階へ上がる階段の前につくと、こちらを向きお辞儀をするまゆ。

 呑み会に行けなかったのは少々残念だが、十分に有意義な時間を過ごさせてもらったので俺からもお礼を述べる。

 

「こっちこそありがとね。まゆみたいな可愛いこと話せておじさんも感無量だよ。機会があったら手料理の方も食べれるように、いつでもお腹空かせとくよ」

「うふふ♪ 褒めても何も出ませんよぉ。じゃあ今度の土日のどちらか会いませんか? 頑張って美味しい料理作りますよ」

 

 まゆが可愛いというのは本当だが、お料理のことは流れで出しただけなのだが予想以上に食いついてくる。

 俺から振った話題なので断る言葉も見つからず、一応手帳を確認させてもらうが、どちらもフリーだ。

 空いているが、やはりまだ学生の彼女と休日に二人で会うのは世間体的にもよろしくないので、仕事があることにして断ろうと顔をあげるとまゆが目の前からいなくなっていた。

 一瞬頭の上に?(はてな)が浮かぶ。

 

「今度の土日空いてますね」

 

 右の耳元にまゆの息がかかる。

 年甲斐もなく「うおっ!?」と声を出し一歩下がり身を引いてしまう。

 俺が手帳で予定を確認している時に、彼女も横に移動して手帳を覗いていたのだ。

 別にそこまで集中していたわけではないので、彼女が動けば気づくと思うのだが気づけなかった。

 もしかしてまゆは忍者の生まれ変わりではないのかと、馬鹿みたいな疑問が湧くがすぐに頭の外へと追いやる。

 

「いやさ、空いてるっちゃあいて「空いてるんですよね?」・・・・・・はい」

 

 半ば強制的に俺を頷かせるまゆ。この時俺は、将来嫁の尻に敷かされるタイプだなと悟ったのだ。

 

「じゃあ日曜日に会いましょうか優也さん」

「わかった、日曜日ね。まゆはどこか行きたいところとかあるのかな?」

「特にありませよ。二人で過ごせるだけで、まゆは十分ですから」

 

 この子はごく自然と、男の子のハートをくすぐるセリフを吐いてくる。

 油断するとそれはもうあっさりと墜ちてしまいそうだ。

 彼女にはそういう力があると思う。

 

「じゃあ、詳しい時間はあとで連絡してくれたら合わせるからさ。まゆは携帯持ってる?」

「持ってないんですよね。でも、優也さんのだけでも教えてほしいです。ダメですか?」

 

 少し気の利かない質問をしてしまった。

 高校にあがり携帯を買ってもらった杏がいたので、杏が持っているなら女子高生はみんな携帯を持っているものだと思っていた。

 自分の番号を、教えるのに心配はないかと言われれば少しはあるが、目のあえにいる彼女がどうかするとは思えないので、手帳の一ページに携帯番号を記入して切り取って渡す。

 まゆは、「ありがとうございます」とお礼を言って、その書かれた数字を心に刻むかのように熱心に眺める。

 そして満足したのか、その紙を四つ折りにして胸の前で、両手で大事そうに包み込み再度俺にお礼を言う。

 携帯番号一つでここまで喜んでくれるとは思わなかった。

 

「基本は出れるようにするから、もし用事が入っちゃったりしたら連絡してね」

「わかりました。あ、あの・・・・・・用事がなくても・・・・・・電話してもいいですか?」

「もちろん。でも、ほどほどにだよ」

「はい! ・・・・・・うふふ♪」

 

 「じゃあもう遅い時間だから」と最後に言って、まゆと別れる。

 まゆは俺が角を曲がるまでずっと小さく手を振ってくれていた。

 

 まゆと別れて帰路についている俺は、まだ呑み会やっているのかな? やら、帰ったらまず風呂に入ってからDVDでも見ようかと考えながら歩いていた。

 同じ社会で今日も一日揉まれた人々とすれ違っていると、ポケットに入っている携帯が震える。

 さすがに今から急な案件で仕事に駆り出されることだけは、ご遠慮願いたい。少し緊張しながら着信相手を見ると『双葉杏』と表示されていた。

 

『もしもし』

『おっ、でた。元気ー?』

『元気って言うより、3日前も電話してきただろ』

『えへへ、そうだったね』

 

 この少し間延びしたような杏ちゃんの声が俺は好きだった。

 なぜか聞いていると、気持ちが楽になる。

 前回電話してから日にちはあまり経っていないが、俺自身なんだかんだ言ってこうやって元気にしていることを確認できるのはありがたかった。まぁ大抵は俺が電話するまでもなく、今日のように突然杏ちゃんが連絡を来るのだが。

 それから、今日起きた出来事などを楽しそうに話してくれた。

 高校ではゲーム同好会に入って、そこでエースとして活躍している話や、その頭のキレと知識量からクイズ同好会にも勧誘されているらしい。

 家に到着したところで、ようやく杏ちゃんの話が終わる。

 そこからは、これまたいつも通りの仕事は最近どうなのか、私生活はしっかりしているのかと質問してくる。でも仕事は別として、私生活では杏ちゃんのようなだらけた生活は送っていないので大きなお世話である。

 

『まぁ仕事はぼちぼちかな。今日もまたしぼられたんだけどね。あっでも、今日はなんかすごいことがあったんだよ』

『もっと落ち着いて話してよー。聞くのだって疲れるんだからねー』

 

 そっちから聞いてきたくせに、少し勢いづくとすぐこの塩対応だ。まぁなんだかんだ言って聞いてくれるんだが。

 

『なんか可愛い女の子に惚れられたみたいなんだ』

『・・・・・・』

『あれ? 杏ちゃん、もしもーし!』

 

 今日、報告すべき話題のナンバー1はやはりまゆとの出会いだろう。

 どこの下手なドラマですか? と言いたくなるような出会いをした一日だ。笑いのネタにするわけじゃないが、近しい人と話すにはもってこいの話だろう。

 なにせ杏ちゃんは、自分の事を棚にポイポイ上げ、俺の事をチェリーボーイと鼻で笑っていたのだから。

 前の世界では卒業していたが、この世界ではまだなので、チェリーボーイか否かの話の時に正直に答えてしまったのが運の尽きだ。

 その日から杏ちゃんがたまに、俺にくれる飴がすべてさくらんぼ飴になったのだ。

 簡単に言ってしまえば、少し俺は己惚れているのだ。

 しかし、電話は切れていないと思うのだが、肝心の杏ちゃんからの返事がない。

 

『・・・・・・おっと、杏としたことが油断してた。これは警察に連絡するしかないね。杏は悲しいよ、カッコよくて優しいお兄ちゃんが牢屋に入っちゃうなんて・・・・・・シクシク』

『いや、ちょい! せいせい。早まっちゃダメだって。大丈夫。やましいことは一切ないからさ』

『ダウトだね。今度そっちに行ったら全部吐いてもらうからね。あとアメもしっかり準備しておいてね!』

 

 そのセリフと同時にブチッと通話が切れる。

 杏ちゃんも追求したい気持ちはあったのだろうが、電話越しじゃ埒が明かないと思い、今日のところは引いてくれたのだろう。

 予想以上に、効果のあったまゆと会った話に、内心ほくそ笑む。北海道にいる彼女はたいそう悔しがっているだろう。仲の良い兄妹のような関係の俺達は、こんな地味な所でも戦いをしているのだ。

 その渦中のまゆと、日曜日に出かけるんだよなと思いながらその日は結局、静かに寝たのだった。

 

 

 

 

 土曜日の昼下がり、一人の少女はとある一室へと足を運ぶ。

 

「お母さん。まゆに好きな人ができました」

「とても優しい人なんですよ。一目惚れだったんです」

 

 彼女はとても幸せそうに、まるでその事が今目の前で起こっているのではないかというほど詳細に、あのひと時を語っていく。

 

「きっと赤い糸で結ばれてたんですよね」

「まゆもウエディングドレスを着てみたいです。・・・・・・でもまゆは悪い子だから、あの人に――優也さんに好きになってもらえるか不安です」

「今度お母さんに紹介しますね?」

 

 彼女の独白は今日も続けられる。

 たとえ答えてもらえなくても、返事がなくても。

 

 

 




こんにちは。
今日は短いのを二話、投稿します!


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第九話 現実

 

 まゆと会ってから約一か月が経ち、六月になる。

 毎週の日曜日はまゆと会うのが日課と言ってもいいほどに、俺たちは会っていた。

 今日もその日曜日だ。

 いつものようにどこへ行くでもなく気ままに散歩をしたり、編み物を教えてもらったり過ごすのかなと思いながら集合場所に着く。いつもならここから俺が十分ほど待ち、約束の時間の10分前にまゆが来て二人で過ごすパターンなのだが今日は違った。

 

 そこにはすでに俺を待つまゆの姿があった。

 まだ集合時刻の二十分前だというのに--。少し申し訳ない気持ちになりながらも手をあげ声をかける。

 

「今日はいつもより早いね? 少し待たせちゃったかな」

「まゆも今来たところですよ♪」

 

 こちらに気付いた時よりもよりいっそうの笑顔を浮かべ返事を返してくれる。

 昨日夕飯で何を作ったか、季節外れだがマフラーを完成させたこと。いつものように話していくまゆ。その姿に、なぜか若干の違和感を感じるもどこがおかしいと聞かれれば悩んでしまうものだった。なので、今は会話に集中しようと意識を戻す。

 二時間ほどだろうか、散歩がてらにウィンドウショッピングなどもしつつ楽しんでいた。

 休憩もかねてオープンテラスのあるカフェに入ってからのこと、対面に座るまゆが神妙な面持ちでこちらを見据え黙り込んでしまった。

 その雰囲気からこちらも空気を読み無言になる。しかし、まゆは一向に切り出そうとはせずにただ時間が過ぎていく。これでは埒が明かないので俺から尋ねることにする。

 

「どうしたの? 体調悪くなっちゃった?」

「いえ、違うんです」

 

 その短い問答で会話は途切れてしまう。

 どうしたものかと、思考していると今度はまゆの方から口を開く。

 

「あの・・・・・・この後って空いてますか?」

「この後? 空いてるよ。明日も仕事があるからあまり遅いとダメだけどね」

「もっ、もしよければなんですけど……このあと少しまゆに付き合ってほしいんです」

 

 ある程度の心の準備をしていたが、その内容は蓋を開けてみれば、そこまで改まって言うことではないものだった。どうやらまゆは二人で行きたい場所があるらしい。

 普段、場所事態にこだわらないまゆからしてみれば、珍しいことなのでその目的地が個人的に気になり、それとなく聞くが上手くはぐらかされてしまう。

 

「ちょうどあそこから、バスに乗っていけばすぐなので行っても良いですか? 場所はまだ秘密でお願いします」

「じゃあ移動しようか。着いた時の楽しみに取っておくよ」

 

 目的地は少しの間のお楽しみということだ。

 カフェを出てバス停に行き、5分ほど待つと目的のバスが来る。そこから10分ほどゆられ、まゆの「次でおりますよ」という声に従い降りる準備をする。

 

『次は―○○病院前。○○病院前』

 

 俺達が下車した場所は○○病院のロータリーだった。

 あんまり意図が掴めずにいたが、先を行くまゆに置いてかれないように後に続いて歩いていくことにする。

 別にまゆの体調も悪そうではなかったし、俺も元気が取り柄なだけあって絶好調だ。

 じゃあ、残るはまゆの親戚がいるのだろうか?

 受付でササッと手続きを終えたまゆを見ていると、戸惑っている俺に気づいたのだろう申し訳なさそうな顔をして近づいてくる。

 

「黙っていてごめんなさい。でも優也さんにどうしても会ってほしい人がいるんです・・・・・・お願いします」

「別に怒ってないから大丈夫だよ。それより会わせたい人っていうのは?」

「——まゆのお母さんです」

 

 まゆと会うようになってから、一切家族の話題は出なかったし、俺の方からも極力出さないようにしていた。まゆのお父さんは働いていると聞いていたが、お母さんの方は入院していたようだ。

 いきなりまゆの母親と会うことになって緊張しているが、ここまでついてきて「無理です。さよなら」なんてことはできるわけもない。

 俺とお母さんを会わせる何かしらの、意味がまゆなりにあるのだろう。

 俺の返答を待つまゆの瞳は揺れている。

 次に俺が口を開くその時を俺と同じぐらい、いやそれ以上に緊張して待っているのが伝わっってくる。

 

「そっか。でも俺こんな普通の格好だけど大丈夫かな?」

 

 おどけてみせる俺の言葉から、了承したと伝わったのだろう。

 安堵の面持ちで「大丈夫ですよ♪ そのままでも十分カッコいいです」と返事をくれる。そしてまゆのお母さんが入院している部屋へと案内される。

 一旦ドアの前で最終確認を行う。

 軽く身だしなみを整え、「あ~あ~」と喉の調子も確認しておく。

 

「よし。大丈夫だ……たぶん……」

「じゃあ開けますね」

 

 日差しが窓から差し込み、暖かな雰囲気の病室にベッドが4つあった。その奥にある窓側のベッドへとまゆは進んでいく。

 お母さんに話を通しておいてくれたわけではないのか、俺に会わせたいといっていたまゆの母は眠っていた。というよりも、ベッドの横に大きな機械が置いてあり、人工呼吸器だろうか? それが取り付けられている。

 手術後だとしたら、俺みたいな部外者がいきなり立ち入ってしまっては申し訳ない。

 今日はいったん帰ろうかとまゆに告げようとしたが、二人の声がタイミングよく重なり、まゆが先に話しだす。

 

「そんなに緊張しないでください。もうお母さんには優也さんが来ることを伝えてありましたから」

「でも、人工呼吸器まであるし、術後とかじゃないのか? 俺なんかいたらまゆのお母さんもびっくりしちゃうだろ」

 

 まゆは先ほどからお母さんの頭を撫で続けている。

 

「違うんです。お母さんはずっと眠っているんですよ。もうすぐ十年になります」

 

 まるで金づちで頭を殴りつけたかのような衝撃がはしる。まゆが話した内容を正確に認識するまでに少し時間がかかった。

 今の言葉が本当なら、まゆのお母さんは植物状態ということだろう。

 それも十年となれば、すごい年月ではないか。

 返す言葉が見つからずに、俺は口を閉ざしてしまう。

 

「私が小学生に上がってすぐでした。お父さんは仕事が忙しくていつも家にいませんでした。母はとても優しく、まゆを育ててくれてました。小さい頃の記憶もちゃんとまゆはあるんですよ?」

 

 確かに小学校低学年の記憶というものはあまり記憶に残っていないが、全部忘れている訳でもない。

まゆにとってはなおさら忘れられないものだろう。

 

「お母さんがこんな体になってしまったのも、まゆの所為なんです。まゆは生まれつき体が周りほど強くなかったので、すぐに体調を崩して寝込んでいました。そしてその日も、熱が出て看病されている時、一つお母さんに我が儘を言ってしまったんです」

 

 まゆは淡々と語っていく。

 その日、いつもご褒美に買ってもらえるシュークリームをどうしても食べたかったまゆは、お母さんに買ってきてと頼んだのだ。

 お願いを聞いたお母さんは「分かった。じゃあ、まゆが早く治るように今日は3個買ってきてあげるね」と言って、優しくまゆの頭を撫で買い物に出かけた。

 まゆの住んでいる地域では、その年初めての雪が昨日からしづしづ降り始めていたそうだ。そしてその買い物の帰り道、スリップをしてしまった車に轢かれて、今に至るわけだ。

 小さい子は我が儘を――お願いを言うものなので、どうしようもない。

 きっかけは些細だったが、その日から佐久間家の壮絶な人生が始まったのだ。

 

「おかしいですよね。まゆはその日から泣けなくなっちゃったんです。今も・・・・・・うんん、違います。いつも本当は泣いてるんです。だけど――笑って、いつも笑顔でいれば目を覚ましてくれるんじゃないかって!」

 

 これが佐久間まゆの『心の闇』

 今まで誰にも言えずに抱え込んでいたもの。

 今まで歳不相応な落ち着いた物腰で、いつも笑顔を浮かべていた少女の本当の顔。その感情を曝け出した顔が、前の彼女と重なってしまった。ダメだ。そんな悲しみに染まった顔は君には似合わない。

 そう思うと自然と体は動き俺は回り込んで、まゆを後ろから優しく包み込む。

 

「そっか。頑張ってたんだね。でも、これからは俺の前だけでも本当のまゆを見せてほしい。俺は全部受け止めるからさ」

「——っ!?・・・はい・・・・・・はい! ありがとうございます」

 

 目では見ることはできないが、今だけは彼女の涙が止まっていてほしい。

 自分勝手で都合の良い解釈なのかもしれないが、俺の腕の中で微笑んでいる彼女の悲しみを、すこし分かち合った気がした。

 勢いでしてしまったその態勢を戻そうとするが、まゆからのストップがかかり少しの間そのままで過ごす。

 そこから改めて、まゆが俺の事をお母さんに紹介して今までの事を楽しそうに語っていく。

 時折俺も会話に入るが、まゆの話は終わることを知らずに、面会の時間終了の少し前まで話し通しでいた。

 

「じゃあ、まゆ達は帰りますね。またねお母さん」

「今日はありがとうございました。また娘さんと一緒にお邪魔させていただきます」

 

 最後にお別れを言って病室を出る。

 時間もいい頃なので、夕飯でも食べていこうかと申し出たが、まゆはこのまま家に帰るらしい。

 お父さんが今日は家で待っているそうだ。そこに水を差すほど俺も野暮じゃないので、素直に帰ることにした。

 家に帰ってからなんだか実感が湧いてきた。

 正直に言うと、心の中に戸惑いのような感情も少なからずあるのが本音だ。一人になると弱い自分が出てきてしまう。

 PCの前に座り、起動させる。

 調べることは植物状態についてだ。具体的に何を知りたいというのは、俺自身わからないので幅広く見ていく。

 そこには家族の体験談や、奇跡的に回復したが過ぎ去った年月に直面し不安の中で手を取り合っていく話、膨大な医療費についてが載っていた。

 まゆがどうしてあのアパートに住んでいるのか、携帯を持っていないのかが分かった気がする。今でも家族三人で必死に戦っているのだ。

 静かに俺はPCの電源を落とす。

 携帯が揺れ、着信を知らせてくれる。

 着信相手は杏ちゃんだ。一度手に取り応答しようとするがやめる。杏ちゃんには申し訳ないが今は誰かと話す気分ではなかった。

 数コールした後に鳴り止んだ。

 俺はベッドにダイブし、電気がついたままだったが眠りについた。

 

 




これからもよろしくお願いいたします( *´艸`)


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