なざなざなざりっく! (プロインパクト)
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始まりと再会

オーバーロードのif物語です。
駄文ですが、気分でどんどん上げていきますので、おつきあい宜しくお願いします。


オンラインゲーム【ユグドラシル】サービス終了当日、10分前。

ギルド【アインズ・ウール・ゴウン】の本拠地、ナザリック第十階層にある玉座の間に、二人の姿があった。

そのうちの一人。ギルド長であるモモンガは、守護者の一人であるアルベドの設定を見て、一人絶句していた。

 

「設定魔なのは知っていたけど、タブラさん設定凝りすぎだろこれ…」

 

そんな呟きが、モモンガがいる玉座の間にぽつりと広がる。傍らでモモンガに向かって微笑んでいるアルベドだが、そのキャラクター設定は膨大な量の文章で記されていた。

電化製品の取り扱い説明書のような文章量に、モモンガが飛ばし気味で設定画面をスクロールしていくと、最後の一文に目が止まった。

 

 

ちなみにビッチである

 

 

ビッチ?ピッチ?……ビッチ?

時が止まったように少しの間手が止まるモモンガだったが、製作者であるタブラの性格(性癖とも言える)を思い出して頭を抱えた。

一度やると決めたら徹底的にやり込む、そしてギャップ萌え。アルベドのキャラクター設定を見たら分かる通り、かなりの凝り性なのだ。

因みに、アルベドには他にもニグレド、ルベドという姉妹がいる設定もある。

 

「女の子なのに、流石にこれは可哀想だ……」

 

設定画面を開いたまま、う~むと唸るモモンガ。その姿はアンデッドのオーバロードの物なので、骸骨が悩む姿はかなりシュールな画になっている。

 

最後の日だし、皆も許してくれるだろ。

 

ギルドを象徴するギルド武器《スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン》を使用して、設定の改竄を行う。“ちなみにビッチである”という行を消して、モモンガは肘を付いてふと考える。

「え、うーん……、良いのかなぁ……。ま、いっか、どうせ最後だし」

決断したなら、後は実行有るのみ。と、ノリノリで残った行に文字を入力していく。

 

 

モモンガを愛している

 

 

「おぅっふ」

想像以上の気恥ずかしさに、思わず出したこともない声が吹き出した。こんな美人が俺の事を愛してくれたらなぁ……。と。

そして、そんなモモンガを見つめる目線が3つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みーちゃった、みーちゃった。せーんせーにゆーたーろ♪」

 

「?!」

 

自分が座る玉座の背から聞こえた声に、思わずモモンガは振り向く。

 

「ギリギリだけど、おひさーです!」

「るし★ふぁーさん……?」

 

アインズ・ウール・ゴウンが誇るギルド一の問題児、るし★ふぁーの姿がそこにあった。

声に合わせて敬礼した彼は、ニカッと笑って言った。

 

「今日が最終日だって言うし、来たんですよ。正直、ギルドが残っているとは知らなかったですけどね、今日までありがとうございます」

 

あぁ……、懐かしい。

目の前のるし★ふぁーに対して抱いた感想はそれだった。ギルド一の問題児として大変だった彼だが、その問題行為も今では良い思い出になっている。

モモンガが感傷に浸っていると、るし★ふぁーが言った。

「ま、僕だけでなく他の人も居るんですけどねー。ほら、あの人も」

るし★ふぁーが、モモンガの座る玉座の前に向かって指を指した。

「タブラさんもね」

 

「お久しぶりです。モモンガさん」

 

そこには、タブラ・スマラグティナの姿があった。その姿を見て更に興奮し、思わず泣きそうになるモモンガに向かって、タブラは続けた。

「いや、この場合は義息子の方が良いのかな?」

 

 

骸骨の身体なのに、全身に冷や水をぶっかけられた様な感覚がモモンガを襲った。それと同時に、スゥ、と緑の回復エフェクトの様な物が身体を包み、先ほどの緊張感が消えてしまった。

それを見て頭に『あれ、こんなエフェクトあったっけ』と疑問符を浮かべるモモンガとるし★ふぁーだったが、こちらへと近付いてくるタブラの重圧感に押し潰されそうになる。

 

「いいや、同僚に守護者を取られたのだから……寝とり?これはまさかNTR、寝とりなのか?!」

 

興奮気味に此方へと近付いてくるタブラに、モモンガは自分が行ったことの重大性を知った。そりゃそうだ、怒るさ、と超位魔法の一発でもくらう覚悟を決めたが。

 

「お待ち下さい!タブラ・スマラグティナ様、どうか御許し下さい!」

 

 

突然動き出したアルベドによって、3人の思考がストップした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり怒ってますよね?」

「大丈夫ですよ、NTR展開とか最高じゃないですか!」

「あー、この人やっぱアレだわ」

 

 

 

 

 

 

 



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女子(?)会、お茶会、撮影会

守護者の中ではコキュートスが一番好きです。


ナザリック第六階層、豊かな自然が広がっている大森林の中にある巨大樹。その中には、5つの人影が見えていた。(人影と言っても、頭に異形種の、が付くが。)

 

 

「それにしても、まさかナザリックの中でリアルに過ごす日が来るとはねぇ」

「本当ですよねー。まぁ、ご飯も美味しいし、施設も最高だし、元現実とは天と地の差ですけど」

「最初はボクもビックリしましたけど、今では結構慣れた……かな?」

 

丸形のテーブルに集まって話しているのは、ぶくぶく茶釜、餡ころもっちもち、やまいこのアインズ・ウール・ゴウン女性メンバー3人だ。他にはぶくぶく茶釜の膝に乗っけられているアウラ・ベラ・フィオーラ、やまいこの脇に控えているメイドのユリ・アルファがいる。

 

「ま、確かに最初はテンパったけどねー、ってアウラ、どうかしたの?」

ぶくぶく茶釜は膝の上でモゾモゾしているアウラに問い掛ける、アウラの服装は普段の動きやすそうな服装とは違い、ピンクを基調としたフリフリのドレスを着ていた。

 

「い、いえ、申し訳ありません。普段はこのような服は着ないため、その……、少し恥ずかしいというか、なんというか」

 

顔を赤らめながら言うアウラの言葉は、普段の彼女を知るユリからすれば「誰だコイツ」みたいな感想を抱かせた。

普段の快活なキャラは引っ込み、年頃の少女のような初々しい様子を見せている。はっきり言って破壊的な可愛さだった、一枚撮りたい。

アウラがこのような格好をしているのは、簡単に言ってしまえばぶくぶく茶釜の趣味だ。他にも部屋の隅にあるタンスの中には数種類のドレスなどが有るし、キグルミなども用意している。

かなり短めのスカートの裾をギュッと握り、ダークエルフ独特の浅黒い顔を真っ赤にして俯くアウラを見て、ぶくぶく茶釜は無い表情を愉悦に歪ませた。

 

「ふっふっふ、やはりこのぶくぶく茶釜の感性は間違っていなかったようだよ、餡ころさん」

「本当です最高です撮ります」

 

何処からともなくカメラを取り出した餡ころもっちもち、アウラは二人から漂うイヤな空気に身体を凍らせる。

「え、ちょ、ま、待ってください‼御慈悲を、御慈悲をぉぉぉ‼」

「ダーメ♪茶釜さん、エロいの行きましょう、エロいの」

「合点承知」

 

言うが早いか、ぶくぶく茶釜の身体の一部が変形し、アウラの手足を拘束する、立場的にも実力的にも格上の二人からは、今のアウラでは逃げ切れなかった。

 

でもせめて、せめてもの慈悲をもう二人残っているやまいことユリに求め、すがるように視線を向ける。

 

 

「うん。このケーキ初めて食べたけど好きな味だな」

「お口に合ったようで幸いです、お飲み物は如何しますか?」

「んーと、ロイヤルミルクティーとか有るかな?」

「畏まりました。すぐに用意致しますね。その間、此方をお食べ下さい」

「ありがとう、ユリみたいなメイドを持って幸せだよ」

「っ!……お褒めの言葉、大変嬉しく御座います」

 

こっちの事なんかガン無視でお茶してやがった二人に、アウラは「薄情者ぉ‼」と心のなかで叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……」

疲れた……、精神的にも肉体的にも。

次はこの衣装、次はこれ。そんな感じに着せ替え人形と化していたアウラは、ひとしきり撮影が終わると解放された。普段着ている服装に着替えると、部屋に備え付けられている椅子に腰掛けた。

 

「やー。お疲れ様ー」

「っぁ、申し訳ありません‼」

 

手を軽く振りながら現れた餡ころもっちもちに、アウラはすぐさま立ち上がって頭を垂れる。疑問そうにこちらを見る彼女にアウラは口早に謝罪を述べる。

 

「至高の御方を前にして不敬な態度、申し訳ありません‼」

 

普段通りの服装に身を包んだ今となっては、先ほどの様な真似は出来ない、いや、してはいけない。という気迫が、アウラから漂っている。

文句なしの姿勢で謝罪するアウラを見て、餡ころもっちもちは会長の前でだらけた社員みたいなものかなー。と他人事の様に思っていた。

いつまでも何も言わない彼女に、アウラが不安気に少し顔を上げる。そんなアウラを見て、餡ころもっちもちは笑った。

 

「あははは、大丈夫大丈夫。怒ってなんかないよ、楽にして?」

「ハッ」

「いや、普通に座ってほしいんだけど……」

 

その場で手を後ろに組んで待機をしだしたアウラに、思わず苦笑がもれる。そんなことをしていると、ぶくぶく茶釜が戻ってきた。

 

「ただいまー……、何の状況?」

「いやね、アウラがまた真面目ちゃんに戻っちゃって」

「またですか」

 

その言葉を聞いてぶくぶく茶釜は軽くため息を漏らした。そんな二人の会話を聞いて、アウラは口を開く。

 

「至高の御方であるお二人の前で、失礼な態度は取れませんので」

 

軽く頭を下げ、敬礼しているアウラ。そんな彼女に、ぶくぶく茶釜は言った。

「それは守護者としてのアウラの役割でしょ。今は、私の娘としてのアウラで居てよ」

「そーだそーだ」

ケラケラと笑って追撃する餡ころもっちもち。

 

「で、ですが、それは至高の御方への侮辱に」

「あぁーもぅー」

「ぁぅっ?!」

 

本日何度目かの拘束を受け、アウラの身体はぶくぶく茶釜へと運ばれる。膝の上にアウラを乗せたぶくぶく茶釜は、彼女の頭を優しく撫でていった。

 

「その至高の御方で、アウラの親である私が言ってるんだから良いの。もし文句を誰かから言われたらソイツ連れてきなさい、お話をするから」

「ナニをするんですかねぇ」

「ナニでしょ」

「「イェーイ」」

 

ベチン、という低めのハイタッチ音が響く。ぽかんと口を開けているアウラに、餡ころもっちもちは言った。

「そんな恐ろしいお母さん「オイ」違った、美少女なお母さんなんだから、大丈夫だよ。何かあったら、私ややまいこさんにも相談しなよ?」

「うん。気軽に頼ってくれると、ボクも嬉しいかな。ユリもだよ?」

 

「は、ハイ!」

「ありがとうございます!」

神にも等しい方々からの言葉に、二人は涙目で返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び団欒が始まった時、そういえば、とアウラが口を開く。

「先ほど、お二人はどちらに行かれてたのですか?」

「ぅん?あぁ……」

カチャリ、と二人はティーカップを置いて

「第九階層の、写真屋」

 

 

 

 

 

「ディーフェンス‼ディーフェンス‼」

「と、通して下さい‼アレだけは、アレだけは現像を阻止しなければぁぁあああ‼」

「ディーフェンス‼ディーフェンス‼」

「ちょ、お二人共、本当に御慈悲をぉぉぉ‼」

 

 

 

やいのやいのとドタバタしだした三人を見て、やまいことユリは苦笑いをしていた。

「でも、こういうのも好きだなぁ」

「……はい」

やまいこの言葉に、ユリは優しく微笑んだ。

 

 

 

後日、ナザリック内部にて、ダークエルフの少女のコスプレ画像(ギリギリ)が極秘に流通するが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ぷらねっとうぉっちんぐ

この物語で出ている至高の方々ですが、あくまで作者のイメージです。楽しめて頂けたら幸いです。


 

 

 

 

「ふぅ、こんなものかなぁ」

 

 

第六階層の大森林、木々が生い茂るその中に、マーレ・ベロ・フィオーレの姿はあった。

何処から見ても少女、という姿であったが、その実、男の子である。否、男の娘である。

 

ドルイドである彼は、その能力を使用して、森の調整を行っていた。邪魔な雑草を枯らせたり、木々に水を上げたり、様々だ。

 

「……?」

 

次はどうしようか。とマーレが考えていると、彼の索敵に引っ掛かった反応があった。大きさ的には姉が飼っている魔獣だろうか、と彼は考える。

この森には姉であるアウラ・ベラ・フィオーラの使役獣のフェンリル等が放し飼いされている。特別襲い掛かってはこないのだが、見た目はかなり怖い。

 

それだったらどうしようかなー、怖いなー。と思っていたが、目に入ったソレを見てそんな考えは全て吹き飛んだ。

 

「ぶ、ブループラネット様……っ?!」

 

姿を確認してすぐ、跪く。そんなマーレを見てブループラネットは言った。

 

「急に来て悪かったね。少し、この辺りでゆっくり出来る所はないかい?」

「は、はい。それでしたら、この先に開けた場所が有りますので、そ、そちらにご案内します」

「うん、宜しく頼むよ」

「あぁ、そこまでされなくても、命令してくだされば充分です!」

 

ペコリと軽く頭を下げたブループラネットに、マーレは慌てて上げるように促す。至高の御方である方からならば、どんな命令でも遂行するのが当たり前であり、また命令されるのは褒美と一緒だからだ。

 

「(ぜ、絶対に粗相の無いようにしなきゃ……)」

 

若干カチコチと動きがぎこちなくなっていたが、マーレは目的地へとブループラネットを案内した。

 

 

 

 

 

 

 

正直叫びだしたかった。

ブループラネットは、先頭を行くマーレに付いて行きながら、そんな衝動にウズウズしていた。

彼は自然を超が付くほど愛している男である、特に星空が好きで、素材と金を用意さえすればほぼ何でも作れるユグドラシルは、彼の趣味を更に暴走させた。

 

「(うっはーぁ……、本ッ当に最高だ)」

 

深呼吸をして感じる、マイナスイオンたっぷりの空気。森林浴という現実では一生出来なかった事を、彼は堪能しまくっていた。

 

「(そして、空を見上げれば満天の星空……、此方に来れて良かったぁ……)」

 

自身が作り上げた最高傑作とも言える、第六階層の星空、現実では汚染されきった雲で覆われていたため、見るのは生涯初めてである。

 

「はぁー……」

 

こっちに来て涙は出ない身体になっていたが、人間のままであったらマジ泣きしていただろうと感じた。

 

 

「な、何か不備が御座いましたか?」

前を歩いていたマーレが、びくびくしながら此方へと振り返る。さっきのため息が原因だろうと理解したブループラネットは笑って言った。

 

「いいや、あまりにもここの環境が良くてね、私は自然が大好きだから堪能していたんだ。勘違いをさせて済まなかったな」

「あ、いえいえ! 此方の管理をさせて頂いている身からすれば光栄です! ありがとうございます!」

 

不安気な顔から溢れんばかりの笑顔に変わったマーレ、二人はそのまま他愛ないことを言い合いながら、進んでいく。

 

 

 

 

 

 

「こ、此方で御座います。申し訳ありません、至高の御方が過ごすにはまだ不充分なのですが……」

「いいや、私にはこれで完璧さ」

 

案内されたのは、森のなかにある少し開けた場所。大きめの木々の間にハンモックが通してあり、充分過ごしやすいと言える。

 

「よ、っと」

 

空間から敷くためのマットを取り出したブループラネットは、無造作にそれを放った。後ろでマーレが何やら言っているが、この際無視しておく。

 

「(……ここに住むのも良いなぁ)」

 

ナザリックのシモベ全員が許可しないであろうことを考えながら、ブループラネットはゆっくりと目を瞑った。

人生を掛けて想像し、創造した夢が目の前に広がっている。ブループラネットからすれば、それだけで充分すぎる物だった。

 

 

 

 

 

「ブループラネット様は、本当に自然が好きなんだなぁ……」

「……ぅん?」

 

どのくらい時間がたったのか、気付けば寝ていたらしい。側でずっと控えていたらしいマーレが、ビクリと跳ね上がった。

「も、申し訳ありません‼睡眠の邪魔をしてしまいまして‼」

土下座でも始めそうなマーレに、ブループラネットは手を降る。

 

「いや、こちらこそ済まない。どれ、少し冷えただろう温かい飲み物でも出そう」

空間からポットやら何やら取り出して準備しだしたブループラネットに、マーレが慌てる。

「い、いえ‼別に問題ありませんので、そんなことしていただなくとも……っ」

「そうかい?でも、もう準備は終わったから、出来れば飲んでほしいだが……」

ホコホコと湯気が上がっているマグカップを二つ用意している。その一つをマーレの方に差しだして、ブループラネットは言った。

 

「私はね、幼い頃に見た本にあった星空に、心を奪われてしまってね。それ以来、自然や星空に対しての興味が尽きないんだ」

「ブループラネット様の幼少期ですか……気になります」

「はは、普通の子供さ」

自分達からすれば神にも等しい方の幼少期、普通じゃないだろ。と言いたくなるが、楽しげに話すブループラネットを見て、マーレはただ笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そういえば、モモンガ様が外の世界の星空も素晴らしいと称賛されていました」

まぁ、ブループラネット様の作った物とは比べ物にはなりませんが、と続けようとしたが。

「外?! た、確かに。見落としていたな……、よし、行こう」

「え。ぶ、ブループラネット様?! お待ち下さい‼」

 

単身星空を見ようと外に飛び出したブループラネットのせいで、ナザリック内が大慌てで捜索、捕獲部隊を編成(守護者主導)したのは後の話。

 

 

 

 



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ナザリック大会議~至高の方々による至高なる会議~

【ウルベルト・アレイン・オードルと、たっち・みーの仲は悪い】

それはナザリックに居る者ならば、誰でも知っている常識だった。

ギルド内にて魔法職最強であるウルベルトと、戦士職最強であるたっち、その元々の職の違いや性格の違いが衝突の原因である。

 

 

狩りにいくモンスターで対立、善行か悪行かでの対立、正義の味方を良しとするタッチとは違い、悪であることを極めたいウルベルト、互いが互いに気に入らない存在であった。

 

 

例えば、こんな具合に。

 

 

「――さて、それでは会議を始めましょうか」

 

モモンガの言葉に、円卓の間にて集まっていたプレイヤー、ペロロンチーノ、るし★ふぁー、タブラ、ぶくぶく茶釜、餡ころもっちもち、やまいこ、ブループラネット、ヘロヘロ、武人建御雷、たっち・みー、ウルベルトのユグドラシルプレイヤー11人が椅子へと座る。

 

 

 

 

「(懐かしいなぁ……)」

 

 

和気藹々と座って話している姿を見て、モモンガは目を細めた。

ギルド全盛期とまでは行かないが、それでも主要なメンバーが揃っているのだ、これ以上を望むのはワガママとも言える。

 

「(とはいえ、他のギルメンも居るかもしれないし、これから頑張らないとな)」

 

誰にも見えないテーブルの下で、モモンガはグッと拳を握った。

 

会議のお題は、【これからこの世界どう進んでいくか】という事から始まった。

 

「皆さん、何か提案はありますか? 具体的でなくとも、漠然とした夢の様な物でも良いですよ」

 

モモンガの言葉に、うーむと悩み出すギルメン、そんな中口を開いたのは何時もの問題児であった。

 

「やっぱり世界征服でしょ!」

 

「却下」

「言うと思った」

「だよねー」

 

るし★ふぁーの言葉にやっぱりか、という空気が漂う。特に女性メンバーからは否定的な意見が出ていた。

可決はされないだろうが、取り敢えず世界征服と手持ちのノートに書き記したモモンガは、視界の端で挙がっている手に気づいた。

 

「私も良いと思いますけどね、世界征服」

 

そう口に出したのは、ウルベルトだった。ウルベルトの言葉に、るし★ふぁーが歓喜の声を上げる。

 

 

「でしょでしょ? やーっぱりウルベルトさん、話が分かるぅ!」

「えぇ、ユグドラシル時代では結局試さなかったアレを試す機会になるでしょうし」

「アレとは何ですか、ウルベルトさん」

 

盛り上がっている二人に、モモンガは問う。聞かれたかった事柄なのだろう、ウルベルトは得意気に語りだした。

 

「ワールドアイテムの中に、悪魔を大量発生させる物があったでしょう? それを真似て作った物ですよ」

「あー、そういえば作りたいって言ってましたね。完成してたんですか?」

「まだ試作品段階ですけどね、試そうとは思ってたんですよ。どうですモモンガさん、3大国のいずれかで試してみませんか?召喚するのは中級がメインですから、特に危険はありません」

「んー、そうですねぇ」

 

アンデッドの身体になって、人間に対する情がかなり薄くなっているせいか、どうでもいいと考えているモモンガ、それを知ってか知らずか、己の計画を練っていくウルベルトだったが、

 

「却下です」

 

正義の味方が、黙ってはいなかった。

 

 

「……何か意見でも、たっちさん?」

「あぁ、ウルベルトさんの計画には反対です」

 

二人のそのやり取りに、その場に居た全員の意見が重なった。

またかコイツら、と。

やめてよホントに、と。

 

「大国の一つで実験する?そんなふざけた事が通るわけないだろう。そこに住む住人を虐殺するつもりですか」

「別に問題はないでしょう。人が死んだからって、貴方は悲しめますか? この世界に来てからは感じ方に違いがあるのは皆一緒です」

「だからといって、罪の無い人々を殺していい理由にはならない‼」

 

徐々に白熱してきた二人の言い合いに、皆がどうする?と言い出してきたころ、一人の手がおずおずと上がった。

 

「ど、どうされました、やまいこさん」

「ぼ、ボク、せっかくこの世界に来たんだから、冒険とかしてみたいです!」

「「「(やまいこさんナイス‼)」」」

 

普段なら空気も読まずに何言ってんだ、とツッコまれる所だろうが、今は救いの手になっていた。

 

「そうだよねー、私も色んな所行ってみたいな」

「うんうん、元の世界よりは綺麗な自然だし、ピクニックみたいなのもしたい!」

「姉ちゃん、その見た目でそれはちょっとキツイわ」

「おい、表出ろ弟」

「え、ちょ」

ガシリとペロロンチーノの腕を掴んだぶくぶく茶釜は、指輪の力を起動して転移した。

 

「ギルドチョー、茶釜さんとペロロンさんがどっか行きましたー」

「えぇ?! ちょっとぉ?! 皆好きにヤりすぎィ‼……ぉっふ」

「あ、賢者タイム」

「って、るし★ふぁーさんは?! 事の元凶は何処行った‼」

 

側に座っていたヘロヘロと共にるし★ふぁーを探していると、近くに居た建御雷が口を開いた。

 

「彼なら先ほど、こっそりと出ていきました」

「こそこそ出ていってたなぁ」

うんうん、とブループラネットが相づちを打つ。

 

 

 

口喧嘩をしているタッチとウルベルト

 

何処かに行ったぶくぶく茶釜とペロロンチーノ

 

そして逃げたるし★ふぁー

 

 

何かを我慢するように少しの間頭に手を当てていたモモンガだが、ゆっくりとヘロヘロに顔を向けた。

目が合い、数秒間言葉もなく見つめ会う二人。

その意味を理解したヘロヘロは言った。

 

「俺、今までの分まずはゆっくりしたいです」

「……そうしましょうか」

 

ナザリック第一回会議の結果は、

 

【自由】

 

こうして幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「因みに何をしてるんです?」

「今はお風呂にハマってますね~。風呂は命の洗濯とはよく言ったものですよ♪」

「風呂入れるんだ……」

 

 

 



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ナザリック大会議~守護者によるナザリックの為の会議~

たくさんのコメント、ありがとうございます‼
こういう執筆は初めての為、まだまだ拙いところしかありませんが、これからもお願いします。


第六階層、アンフイテアトルムには、守護者であるアルベド、デミウルゴス、アウラ、マーレ、コキュートス、シャルティアの他、執事頭であるセバスの総勢7名が集まっていた。

 

「それで、アタシ達はどうすれば良いの、アルベド?」

アウラの言葉に、全員の目がアルベドへと向かう。

 

「モモンガ様が言うには、ナザリックの幹部としての連携を取りやすくする為、簡単な会議をしておけとの事よ。議題については受け取ってあるわ」

 

アルベドが見せた封筒には、まだ封がされていた。全員が揃ってから開くのだろう、と察する。

アルベドが封を開くと、中には一枚の書類が入っていた。

 

「どれどれ……、ッ?!」

 

書類に目を通した瞬間、アルベドの顔が驚愕に変わった。それに反応した守護者達は、アルベドに駆け寄る。

 

「どうしたのアルベド?!」

「その書類に、何か問題でもあったのかね」

「あぁ、もう。とっとと見せなんし‼」

 

シャルティアがアルベドの手から取り上げると、全員に見やすいように広げた、そこには。

 

 

守護者各員、及び執事頭に褒美を与えるので、それぞれ話し合いまとめておくように

 

 

それを見た全員が、歓喜の声を上げた。

 

 

「それで、何か欲しいものは出来たの?」

 

全員がうーむと悩む中、じれったく感じたアウラが言う。彼女も決まってはなかったが、他の者の意見を採り入れようとしていた。

 

「マダ決マラナイナ」

「必要な物は全て頂いているからね……。特に欲しいものは無いな」

 

全員が円形になって顔を向き合わせていると、空間に歪みが生じ、二つの影が現れた。それに気付いたアウラが振り向くと、目を見開いた。

 

「ぶ、ぶくぶく茶釜様、ペロロンチーノ様‼」

「「「「ッ?!」」」」

 

「やっほー、ちょーっと隅の方借りるよ」

「ちょ、やめ、姉ちゃん、タンマタンマ、悪かったって‼」

 

連れる、というよりは引き摺るという表現が正しい光景に、守護者各員が慌てて声を掛けた。

 

「ぶくぶく茶釜様、何があったかは存じませんが、お気を確かに!」

「御姉弟デ喧嘩ナド、得ヲスルコトナドアリマセンゾ!」

「そうで御座います。どうか気を和らげ、話し合いによる解決を、どうかお願いいたします!」

 

ぶくぶく茶釜とペロロンチーノ、この二人の(一方的な)喧嘩の結末をよく知る者からすれば、優先して止めるべき案件であった。

全員の必死な引き止めに考える所があったのか、力が緩んだのを感じたペロロンチーノが言う。

 

「ほ、ほら。皆がこう言っているのだし、もう許しては貰えないだろうか、姉上」

「ふんっ‼」

「ボヘェッ?!」

「あぁっ、ペロロンチーノ様!」

 

掴んでいた腕を主軸に、そのまま地面に叩き付けられたペロロンチーノ。シャルティアが慌てて駆け寄った。

 

「それで、何の集まりなの、これは?」

「ハッ、モモンガ様より、守護者各員と執事頭で会議をせよとの事で、会議をしておりました‼」

「あー、うん。楽にしてね、これ命令」

 

自分に対して畏まる態度に、うんざりしたように言うぶくぶく茶釜。

ていうか、こっちの方が会議らしい会議してね?とは、心の中での呟きである

 

怒りが静まったのを感じて、デミウルゴスが場の空気を変えようと話しかけた。

 

「そういえば、ぶくぶく茶釜様。会議の方はよろしいのですか?」

「んー? あぁ、なーんか面倒になってさぁ。暇潰しに此方来たの」

「お、俺は暇潰しに連れられたのか?」

「そうだよ。文句ある?」

「無いです……」

 

落ち込んで暗いオーラを放つペロロンチーノ、近くではシャルティアがオロオロしながら必死に慰めていた。

 

「な、何があったのですか? 大事な会議を離れるなど……」

「るし★ふぁーさんを起爆剤に、たっちさんとウルベルトさんが喧嘩してね」

 

ぶくぶく茶釜のその言葉に、「あぁ……」と全員が声を漏らした。

たっち・みーとウルベルト、この二人が犬猿の仲なのはナザリックでは常識である。

全員が納得したのを確認して、今度はぶくぶく茶釜が質問した。

 

「それで、此方はどんな感じなの?」

「モモンガ様から、私どもの望むものを褒美として与える、と承ったのですが、どうにも決まらず……」

 

代表として答えるアルベドの声が、どんどん萎んでいく。

折角機会を作って貰ったにも関わらず、中々に決まらない自分達を不甲斐なく思っている、と表現しているその姿に、ぶくぶく茶釜はため息をついた。

 

「も、申し訳ありません‼」

「至高ノ御身ニ頂イタコノ機会ニ、何カナザリックノ為ニト思ッテノ事」

「不快に感じたのなら謝罪いたします‼」

「いや、そうじゃないけどさ……」

 

どうしたものかと、ぶくぶく茶釜が悩んでいると、不意にいつの間にか隣に居たペロロンチーノが口を開いた。

 

「お前たち個人が必要な物はないのか?」

 

ペロロンチーノのその言葉に、守護者達は顔を見合わせた後言った。

 

「私どもは、至高の方々から頂いた装備品など、有り余る物に溢れております。もうこれ以上望むものは……、今のところ御座いません」

「ご、娯楽の施設についても、全て僕たちには充分足りていますから……、ご、ごめんなさい!」

「あぁ、いや、そう畏まるな」

「そうだよ、気持ちは充分伝わったから、ありがとう」

 

え、マジで。他にどうすりゃええねん。そう二人が悩んでいると、アルベドが神妙な顔をして手を挙げる。

その真剣そのものの顔に、ペロロンチーノがハンドサインで先を促すと、アルベドは頭を垂れて言った。

 

「無礼を承知で申し上げます。“私どもの欲する物”、それは至高の方々に対するものでもよろしいでしょうか」

「……。要するに、私たちをパシりにしたいって事?」

「いえ、そうではありません。ですがこれからのナザリックの為、必要な物でございます!」

 

そう言って上げたアルベドの顔は、今まで見たことがないくらいのヒロイン(として最悪な)スマイルだった。

 

 

 

「……で、それがこれですか?」

「うん。すぐに皆で話し合って出してきた」

 

円卓の間にあるテーブル。モモンガの前には、一通の手紙が置かれていた、話の流れだとこれに守護者達の欲しいものが書かれているのだろう、と考える。

 

はよ開けろ。とワクワク感MAXでこちらを見るぶくぶく茶釜とペロロンチーノ、ヘロヘロの視線に押されるように、手紙を開封する。

 

 

そこには

 

 

至高の方々の御世継ぎ

 

 

と書かれていた。

 

 

「「「「………………。」」」」

 

無言で手紙を元に戻し、ふぅ、とため息をつく。

 

「却下で」

 

「「「そうですね」」」

 

何事もなかったかのように、声を合わせて賛同する一同。

こんな風に、次回の会議では一致団結したいなぁと思ったモモンガだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「子作りって……。付いてないんですけど」

「僕なんか全身スライムですよ……」

「………………結局、一生童て」

「それ以上は言うな」

 

「まぁ、何だ。今から呑みにでも行く?」

「「「「賛成」」」」

 

 

 



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師弟の稽古

至高の方々のキャラ像が中々に難しい……


第六階層、アンフイテアトルム。

そこは大きな闘技場であり、コロッセオのような造形をしている。

侵入者が入ってきたとき、ここで迎え撃つ役割を持っている場所でもある。

 

さて、そんな闘技場で、二つの影が戦闘をしていた。

片方は四本の手足にそれぞれ武器を持ち、隙無く構えたまま、相手の様子を伺っている。コキュートスだ。

 

「(ココマデ、差ガアルカ……)」

 

細く息を出しながら、相手、武人建御雷の様子を伺う。彼はコキュートスとは違い、二本の腕で、一本の竹刀を持っていた。

 

挟撃、剛撃、その全てを一本の竹刀で受け流していく建御雷に、コキュートスは攻めあぐねていた。

 

横から槍で斬りかかれば、懐に入り込んで胴に竹刀を叩き込まれ

 

刀で斬りかかれば、手元の柄を弾かれ攻められない

 

そして、向こうが攻めるのを待てば全くと言っていいほど攻めてこない

 

 

ジリジリと間合いを図る自分に対し、死んでいるのではないかと思うほどにピクリともしない建御雷。

しばらくどう攻めるかイメージしてみたが、どう打っても見える敗北に、コキュートスはその場に膝をついた。

 

 

「マイリマシタ……。完敗デ御座イマス」

「む……。分かった」

 

 

そう言うと、ふぅ、と大きく息を吐いた建御雷は、膝をついたままのコキュートスの近くへと腰を下ろした。

 

 

「マダマダ、精進ガ足リナイノデショウカ」

 

 

昆虫型の特徴でもあるアゴをガチガチと鳴らしながら、コキュートスは建御雷へと訊ねた。

 

ナザリックにおいて武器を使用しての武装戦で、守護者の中では自分の右に出るものは居ない、とコキュートスは自負している。

それは周囲も認めており、戦争にでもなったら主力となるのはコキュートスの部隊だろう。

 

だからこそ、そのトップとしての誇りと重圧が、コキュートスには掛かっていた。

 

 

「建御雷様ノ武器デアル【斬神刀皇】ヲ受ケ継イダモノノ、ソレデハマダ不足ナノデショウカ」

「それは……、他の武器が良かったということか?」

「イイエ‼」

 

 

建御雷を不快に思わせてしまったかと、コキュートスは大きな声で否定する。その声は少し離れた所にいたシモベが何事かと振り向くほどだった。

 

「落ち着け、コキュートス」

「……申シ訳アリマセン」

 

そのまましょんぼりと、コキュートスは肩を落としたまま無言でいた。先ほどまでの言葉も、答は特に無いのだろう。そう、建御雷は感じた。

答えの見つからない疑問。それがコキュートスの中でモヤモヤとわだかまっている物だった。

 

 

「コキュートス、一つ話を聞いてくれないか?」

「ナンナリト、御話下サイ」

 

 

コキュートスの返答に、ありがとうと言ってから、建御雷は話す。

 

「お前が俺の事をどう感じているか、それははっきり言って分からない。だが、一つだけ言えることがある」

「……ナンデショウカ」

「俺やたっちさん、弐式炎雷さん達は、別に特別だから強いという事ではない」

 

建御雷のその言葉に、コキュートスが正直に思ったのは、何言ってんだ、ということだった。

 

自分達ナザリックに属する者からすれば、創造主たる41人のプレイヤーは、神にも等しい存在だ。それが特別ではないはずがない。

それにたっち・みーにおいては【ワールドチャンピオン】の職種を所有している。それのどこが特別ではないのか。

 

コキュートスの考えていることが分かったのか、建御雷は笑って言った。

 

「強い者はな、皆大なり小なり臆病なものなんだ」

 

建御雷のその言葉を、コキュートスは一瞬理解できなかった。

 

「臆病な者は、自らの身を守るのに必死な為、周囲の事を良く観察している。一歩退いて周囲を観察すれば余裕が出来、どのような状況でも対処出来るからだ」

 

例えば、と続ける。

 

「先ほどの手合わせでもそうだ。お前の使用する武器は柄が長いものや棒状の物が多かった、それならば、斬撃のスピードが乗る前に、力の弱いところで押さえてしまえばダメージは免れるし、最小限の動きや疲労で済む」

 

そう言われて、コキュートスは先ほどの手合わせを思い出した。確かに、建御雷からの攻めは少なく、カウンターの技が多かった。

 

「まぁ、コキュートスはもう充分強いから、こんなことを言っても分からないだろう、だから」

 

一呼吸おいて、建御雷は言う。

 

「お前にとって譲れないものを守ると良い」

 

そう言って、建御雷は笑みを浮かべた。

 

 

 

「……不甲斐ナイ自分メノ為ニ、感謝ノ意ガ尽キマセン。武人建御雷様、アリガトウゴザイマス」

「なに、大事な守護者の為だ。大した事ではない」

 

 

建御雷とそう会話をしながら、コキュートスは思う。自分の譲れないものとは何かと。

ナザリック、ひいては至高の方々の為ならば死ぬのも惜しくはないが、この問題の答えはそういうことではないだろう。

 

 

「建御雷様、お疲れ様です」

「お疲れ様です、御二人で稽古ですか?」

 

声に振り向くと、アウラとマーレがこちらに近づいていた。第六階層の手入れにでも来たのだろう。

 

「……えと、どうしたのコキュートス」

「ぼ、ぼくたち、何か変ですか?」

 

じっと見ていたのを疑問に思ったのだろう、コキュートスの視線に、アウラとマーレの二人はそう訊ねた。

 

「イヤ、何デモナイ。ソレヨリ、本来ノ用事ハ良イノカ?」

「建御雷様がいらっしゃるのに、他の事に手を出すわけにはいかないでしょ、お世話してからいくわよ」

「な、何かありましたら、気軽にお申し付け下さいね、建御雷様」

「あぁ、ありがとう」

 

楽しそうに笑う二人を見て、コキュートスの中で一つの思いが出た。

ナザリックに比べれば軽いものだが、出来るならば……。

 

こうしてある今の平穏を、皆が笑って過ごせる日常を、変わらないよう守りたい。

 

そう、感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もぅ、何よコキュートス。さっきからジロジロと……、もしかしてアンタ、ロリコンだったの?」

「バカナ事ヲ言ウナ。アウラノ身体ニ興奮スル要素ハナイ」

「ちょっ……、何よその言い方は‼」

 

「え、えと、どうしましょうか。建御雷様」

「好きにさせなさい」

 

 



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へいわのひとこま

気付けば年越し間近でした。



第九階層、円卓の間(臨時会議室)には、11人からなる日本人の男女が集まっていた。

それぞれは全員が若く、二十~三十代がほとんどだろうという見た目だ。

 

 

「――さて、第二回目の会議ですが、始めに言っておくことが幾つか」

 

リーダーらしき男の言葉に、全員が声の方を向く。

 

「一つ目、喧嘩をするなとは言いません、出来るだけ冷静に、議論という形でお願いします」

「異論はありません」

「私もありません」

 

男の言葉に反応した二人が、心当たりがあるのだろう、口々に謝った。

喧嘩は何も生まない、会議では冷静に議論を交わすべきだ。

 

 

「二つ目、姉弟喧嘩はこの場で行ってください。勝手に会議室から離れないように」

「異論無し。その代わり血が飛ぶかもしれないので先に謝っときます」

「ちょっと待って、ねぇちゃん。それは姉弟喧嘩の領域を越えてる」

「許可……しましょう」

「しないで?!」

 

姉弟なのだろう、男の言葉に反応した二人は、そう会話していた。

男が女性の言葉を肯定したのは決して怖かったからではない。彼がその女性を大切な仲間だと思っているからこその肯定だ。

冷や汗が止まらないが、決してびびっているからではない

 

 

 

「三つ目、るし★ふぁーさん、喋るな」

「異議有りぃ‼」

「異議を却下します」

「「「異論無し」」」

 

当然の結果だ、とでも言いたげな空気に、るし★ふぁーと呼ばれた男はテーブルに手をついて立ち上がった。

 

「ちょっと、モモンガさん。それはあんまりでしょ!」

「本気で言ってるんですか?」

 

「へ?」

「本気で言ってるんですか?」

 

「…………」

「本気で、言ってるんですか?」

 

「まぁ、喋るなは冗談ですが……。僕たちの発言で過剰に反応する者(NPC)も居るので、ほどほどにお願いします」

 

何か思い当たる節があるのか、るし★ふぁーは静かに椅子へと座った。

モモンガと呼ばれた男が、皆が意識をこちらに向けているのを確認してから口を開こうしたその時。

 

 

「モモンガ様。お食事の用意が出来ました。」

「え、早……。し、しばし待て!」

 

豪勢な作りの扉から聞こえたのは、プレアデスの一人、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータの声だった。

他にも複数の気配がすることから、他のメイドも連れてきているのだろう。

 

 

「料理頼んだのって10分くらい前じゃなかった?」

「そうですね。会議の後に届くと思ったんだけどなぁ」

「兎に角、さっさと変化を解除しましょう」

「りょうかーい」

 

各々が、手首に装着している腕輪のような物を取り外すと、グニャリと姿が歪み、元の異形の姿へと戻った。

 

「いやー、ゴミレアがこんな所で役に立つとは、人生何があるか分からないなぁ」

「元人ですけどね、俺達」

 

そんなことを言いながら、課金アイテムであるそれを懐へとしまう。皆が落ち着いた所で、外へと声を掛けた。

 

 

「お飲み物はどうされますか、ワイン等をお持ちしましょうか?」

「いいや、水で充分だ。酒は夜に楽しむとしよう」

「かしこまりました」

 

料理が次々と運ばれる中で、プレアデスの一人、ソリュシャン・イプシロンがモモンガへと訊ねていた。

ナザリックの酒にも興味があるが、変化で人に化けた場合の飲食に問題がないか確かめるだけなので、酒は必要ない。

 

 

「……ねぇ、ユリ。この料理とかは10分くらいで出来たの?」

「料理関連に関しては料理長と副料理長がほとんどを担当しておりますので分かりませんが、料理長はやけに張りきって料理しておりました」

「そ、そうなんだ……」

「……申し訳ありません。何か不備が御座いましたか?」

「え、いやいや。大丈夫大丈夫!」

 

 

 

 

「ルプーちゃーん。果実水ちょーだい」

「かしこまりました、ぶくぶく茶釜様」

「いつも通りで良いよ。ルプーちゃんのキャラ好きな方だし」

「……そうっすか? いやー、至高の御身に愛されるだなんて罪な女っすねェッ?!」

「ルプスレギナ、無駄口叩いてないで御奉仕しなきゃ駄目でしょ?」

「い、痛いっす。ユリ姉ぇ……」

 

 

 

 

「ナーベラル、この料理はどんなものだ?」

「はっ。此方はこのスープに、ライスか今からお持ちするパン生地を浸してお召し上がりいただくよう、料理長から聞いております」

「ふむ、カレーに似た香りがするな」

「カレー……、で、ございますか?」

「あぁ、いや。美味しそうだと思ってな。楽しみだ」

「ありがとうございます。料理長にも、そのように伝えておきます」

 

 

 

各々の好みや、必要な料理の配膳を終えると、プレアデスのメンバーは円卓の間を去って行った。

ただ、閉じていく扉の端に、コキュートスの配下である昆虫型のモンスターか立っていたので、変化したあとに派手に騒ぎを起こすのは不味いだろう。

人間の姿をしていては、余計な混乱を招きそうだ。

 

 

 

「モモンガさん。冷めるのも勿体ないし、食べませんか?」

「そうですね、たっちさん。それでは皆さん、食べましょうか」

 

今回ここに並べたものは、外の世界で執事頭のセバスが仕入れてきた情報を元に作った料理だ。

 

まずはこの世界の人間が食べている物を理解することで、この周辺の主な物流や食の文化を学び、いち早く人間の生活に溶け込めるようにする。

 

それが、人間の料理を食べようとすることを否定的なアルベドやデミウルゴスを納得させた理由だった。

 

「(俺的には、ナザリックの豪勢な料理より、こんな感じの料理の方が胃にピッタリなんだよなぁ)」

 

野菜や肉がふんだんに入っているスープを一口食べる。じわりと口の中に広がる旨味を感じながら、ゆっくりと味わう。

 

ナザリック特製の料理も美味しいのだが、舌が肥えていない身からすれば、こういう庶民料理の方が美味しく感じるのだ。

 

「(さて、これが終われば次は情報収集の段取りか……)」

 

はっきり言ってこの世界は未知数だ。他のユグドラシルプレイヤーがいるかもしれないし、居たら居たで戦闘になるようなことにはしたくない。

 

 

「(まぁでも、まずはゆっくり味わうかな。こんな人数で食事するなんて、本当に久方ぶりだ)」

 

顔を上げて食卓を見渡せば、ギルドメンバーの皆が和気藹々として食事をしている。

普段は一人で味気ないご飯を食べることが多かった身からすれば、こんなに楽しい食事はそれこそ初めてかもしれない

 

 

 

これから起こる苦労や楽しみはそれこそ無限大。

 

だが、今はその事には考えず、この楽しい食事を楽しもうと考えたモモンガだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ。料理長さーん。至高の方々、料理大絶賛してましたよ」

「~~ッ‼」

「……おぉ。なんかすごいっす、作業のスピードが速くなってるっす!」

「気持ちは充分に分かるわ。……ところで、料理の時間が早かったようだけど、どうやって作ったの?」

「……。」

「へぇ、食材を食べ頃にまで一瞬で煮込める魔法の圧力鍋……。よく分からないけど、凄そうね」

「……本格的に家事スキルでも手にいれようかしら」

「ユリ姉ぇはクソ真面目っすね……」

 

 

 

 



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はじめてのおつかい

都市エ・ランテル

リ・エスティーゼ王国の国王直轄地でもあるそこは、都市としても優れており、年中冒険者や商人が行き来する町として活気に溢れている。

 

 

 

その都市の中央広場、多くの露店商が開かれている場所に、複数の男女が歩いていた。

 

 

「人が多いですねぇ、ももさん」

「そうですねぇ、ペロさん」

 

 

その中の男性二人は、他人事のように歩きながら話していた。

その表情はどこか諦めたような、まるで「どうしてこうなった」とでも言いたげな表情だ。

 

「周りの人、めちゃくちゃ注目してますよ」

「大人気じゃないですか、特に男に。手でも振ったらどうです?」

「血の雨が降りそうなんで遠慮しときます」

 

その集団が通る度に、その通りに居る者はほぼ全てといっていいほど、こちらを眺めていた。

特に男からの視線が多く、こちらをじっくりとなめ回すように見ている者が多い。

 

 

「下等な虫けら風情がジロジロと……。皆殺しにしたらどれだけスッキリするか」

「よしなさいナーベ。モモンガ様達は穏便に行動を取ると言っていたわ、私たちの勝手な行動で至高の方々に泥を塗る気?」

「……。少し落ち着いたわ、ありがと、ソリュシャン」

「お互い様よ。もし我慢できなくなったら言ってちょうだい。適当な人間を連れ帰って憂さ晴らししましょう」

「良い案ね。それで行きましょう」

 

 

視線を集めている元凶の会話を聞いて、今度こそモモンガとペロロンチーノは頭を抱えた。

視察の為に二人で行こうとしたのだが、当然の様に(有無も言わさず)着いてきた二人は、さっきから目立ちまくっていた。

顔立ちが超が付くほどの美形である二人は、メイド服という服装も相まって、かなりの視線を集めている。

 

このままでは、近いうちに何か問題が起きそうだ。

 

 

 

「二人とも、ちょーっとこっちに来なさい!」

 

 

事態を危うく感じたモモンガがついに動いた。

二人の腕を掴み、人気の無さそうな路地へと連れていく。

特に抵抗することもなくついてきた二人にモモンガは言った。

 

 

「良いか。今回私たちがここまで来た理由を知っているか?」

「来たる世界侵略の日に備えて、人間達の勢力を調べに来たと」

「違う! 誰が言った、そんなこと!」

「デミウルゴス様から、至高の方々は世界征服を計画していると聞きましたが」

「え、何それは」

 

 

そんなことは言った覚えがない。

だが、デミウルゴスがよくする何時もの深読みが出たのだと、モモンガは自分に納得させた。

 

 

 

「今回俺達がここまで来たのは、人間達の勢力を調べるためでもあるが、文化や常識を調べるためだ」

 

 

モモンガの代わりに、近くにいたペロロンチーノが答える。

この世界で生きていくためには(別に今のままでも良いが)、何時何が起こるか分からない、それに備えてこの世界の常識やルールを調べようというのが、先日の会議で決まった。

 

「人間を嫌うなとは言わんが、俺達に迷惑を掛けたくないのであれば、それに応じた態度や言葉遣いをしろ」

 

「も、申し訳ありません‼」

「出過ぎた真似を、どうか御許し下さい‼」

 

先ほどの騒ぎを思い出したのだろう、顔を青くさせた二人は、モモンガ達に向かって頭を下げた。

別にそこまで怒ってなかったモモンガは、すぐに頭を上げさせる。

 

 

「……さて、それでは書物を扱っている場所があるかな」

「文化や歴史などであれば、書物でまとめている場合が多いですからね。期待できますよ」

「えぇ、それでは行きましょうか」

 

不安しかない一行の旅は、都市の中心へと足を運んだ。

 

 

ドアを開けて入って来た集団を見たとき、その女性店員は目を見開いた。

まず視界に入ったのは二人のメイド服を着た黒髪と金髪の女性、どちらも気風が違うが、誰もが目を引く美形だった。

その後から入ってきたのは、二人の男性、服装からみて、権力はそれなりというところか、その辺にいる小金持ちくらいだろうか。

 

「いらっしゃいませ、本日はどのような物をお探しで?」

 

店員の本分を思いだし、お手本のように頭を下げる。

集団の中の一人の男性が、こちらに笑顔で近づいてきた。

 

「こちらに来れば、大抵の物は手にはいると聞いてきたのですが」

「えぇ、あまりに高価な物になると難しいですが……。例えば、どのような物を?」

「広い分布で分かる地図と、この辺りの歴史や、文化が分かる本はありますか?」

 

男の話した内容を聞いて、店員の脳裏に幾つかの物がピックアップされた。だが、数が多い。

 

「あるには有りますが、少々数が御座います。裏の倉庫で、お選びになられますか?」

「いや、それぞれ有るぶん全て下さい」

「……全て、ですか?」

「? えぇ」

 

何かおかしな事でも言ったか、と男の顔に不安が浮かぶ。店員は本の値段を思い出しながら、手元にあるそろばんを弾いた。

 

「全てですと、金貨10枚相当で御座います。」

 

金貨10枚というと、ポンと出せるような代物ではない。世帯平均年収の数年分はあるだろう。

正直、この男に出せるとは思えない。

 

「あぁ……。申し訳ない、出来れば金ではなく、物で払っても良いかな?」

「物……ですか?」

「宝石の類いなんだがな。それがダメならこの辺りの質屋を紹介してくれ」

 

そう言いながら差し出された物は、一つの金で出来た首飾りだった。

細いチェーン状に細工され、数珠繋ぎの様に色とりどりの宝石があしらわれている。

手に取ると、細い造りながらもしっかりとした重みがあり、本物の金細工だと素人目にも理解できた。

 

初めて見たその美しさに、店員は数秒我を忘れて見入っていた。

 

「……、それでは足りないか?」

 

返答が遅いことを不安に思ったのか、男が探るように聞いてきた。

慌てて体勢を直すと、首飾りを丁寧にカウンターから取り出した布の上に置き、頭を下げる。

 

「ご無礼を御許し下さい。今すぐ商品の方をお持ちいたします、数が数ですので、少々お待ちいただけますでしょうか」

「大丈夫だ。こちらもいきなりですまなかったな、焦らず、ゆっくりと用意してくれ」

「はい、失礼します」

 

そう言うと、店員は奥の方へと引っ込んで行った。店員と話していた男は、笑顔を引っ込めるとため息を一つ吐いた。

 

 

「さて、本を受け取り次第、ナザリックへと帰還するとしよう」

 

 

男のその言葉に、後ろにいた数人は頷いた。

 

こうして、異世界に転移したモモンガの初めてのおつかいは幕を閉じた。

 

「……文字が分からんですねぇ」

 

ペラペラとページを捲りながら、餡ころもっちもちは呟いた。

近くで魔道具のメガネを着用しているモモンガへと声を掛ける。

 

「魔道具の類いで理解出来るくらいですね。時間はまだまだ掛かりますが」

「仕方ありません、数が少ないですから」

「ユグドラシル時代ではゴミだと思っていたアイテムが、まさかここまで必要な物になるとは……」

 

この場で本を読んでいるのは、ブループラネット、たっち・みー、モモンガ、ウルベルト、建御雷の5人だ。

他の者は持っていなかった為、交代で読もうということで決定したのだった。

 

「しかし、ユグドラシルプレイヤーの匂いを感じる文書もありますね」

「何? どのような物です、ウルベルトさん」

「ほら、この辺りとか……」

 

普段は仲が悪いウルベルトとたっちの二人も、興味津々で本を捲っている。

そのやり取りに微笑ましく思いながらも、モモンガは次の本へと手を伸ばした。その時、

 

 

「モモンガさん、私私。通じてる? これ」

「茶釜さん? どうしました?」

 

 

脳裏に走る声に、【メッセージ】を受信したと感じて、モモンガは手を頭へと添える。

 

「単刀直入に言うとさ、やまいこさんが」

「モモンガ様ぁ‼ 大変です‼」

 

ぶくぶく茶釜の話を遮るように、円卓の間の扉が、音を立てて開かれた。

何事かと全員が目を向けると、息を切らしたメイドの一人が、モモンガへと近づいていく。

 

メイドのその緊迫した表情に、その場に居た誰もが緊張する。

嫌な予感しかしないが、なるべく冷静に、メイドの言葉を待つ。

 

「と、ッ突然の入室、申し訳、ありません」

「どうした。落ち着いて話せ」

「はい……っはぁ」

 

大きく息を吸って、メイドは一口で言った。

 

 

「やまいこ様、ぶくぶく茶釜様両名が、【ゲート】を使用し、カルネ村というところへ向かわれました」

 

ぶっつけ本番

この世界での物語は、無情にも進んでいく。

 

 

 

 



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正義の味方~カルネ村編~1

カルネ村編始まります。将軍エンリ様万歳\(^o^)/


「おぉっと、こ、こうですかね」

「あ、惜しい! でもやり方としては近いかも?」

 

 

 

第九階層にある執務室では、やまいことぶくぶく茶釜が【遠隔視の鏡】の操作に夢中になって取り組んでいた。

 

1メートル程の鏡に向かって、手を縦横にスライドしたり、ぐるぐると回したり……。一見パントマイムをしているかのようだが、本人達はいたって真面目である。

 

 

「お、ぉぉお?! で、出来ましたよ!」

「スゴいじゃんやまいこさん!」

 

 

そのまま一時間。

視点の移動、引いたり、拡大したり等のコツを掴んだ女子二人は、キャッキャとはしゃいでいた。

その姿が異形の者でなかったなら、きっと微笑ましくあっただろう。

 

 

 

「おめでとうございます。やまいこ様、ぶくぶく茶釜様」

 

 

「あ、セバス」

「やっほー」

 

 

パチパチと軽めの拍手と共に現れたのはセバスだった。後ろに紅茶のティーポットが乗ったカートがある。

作業が一段落行ったから、休憩でもどう?と言いたいのだろう。

 

 

「ロイヤルミルクティー頼めるかな?」

「私レモンティーに蜂蜜たっぷり垂らしたのお願い」

 

「かしこまりました。すぐに準備致します」

 

 

綺麗に一礼し、カチャカチャと紅茶の準備を始めたセバスを眺めていると、【遠隔視の鏡】で遊んでいたぶくぶく茶釜が声を上げた。

 

 

「どうかしたんですか?」

「いや、これ……」

 

 

ぶくぶく茶釜が指を指した方には、鎧を着た兵士が、村の中で人を追い回している光景だった。

何かの祭かと思ったが、兵士が持っているその武器と、血だらけで倒れている人を見て、その考えも吹っ飛んだ。

 

「……何でかな。普通なら気分が悪くなりそうなのに、全然なんともない」

「私もだよ。……多分、この身体になった影響じゃないかな」

「…………異形種、か」

 

そのまま眺めていると、一人の男性が、娘であろう女の子二人を庇って兵士へと組み付いた。

だが、特に時間を稼げる訳でもなく、すぐに切り殺されてしまった。

 

『――――‼』

 

「ぁ……」

 

かろうじて逃げた女の子二人も、すぐさま追い付かれる、姉であろう女の子が、必死の形相で兵士のヘルムを殴り飛ばした。

 

「あ、ヤバい。この女の子殺される」

 

隣で見ていたぶくぶく茶釜がそう声を上げた。見れば、背中から切りつけられ、今まさにとどめの一刺しが入れられる寸前だった。

 

 

 

 

「え、ちょ、やまいこさん?! 待って‼」

「やまいこ様?! なりません、お待ち下さい‼」

 

 

「【ゲート】起動」

 

 

後ろで何か言っているのが聞こえたが、やまいこにとってはそれどころではなかった。

 

空間に【ゲート】の発動に生じる歪みができ、迷うことなくその中に足を踏み入れる。

 

 

 

 

やまいこの尊敬する一人の人物の言葉が、心の中で響いていた。

 

自分の所属するギルド【アインズ・ウール・ゴウン】の創設理由の一つ。

 

“困っている人が居れば、助けるのは当たり前”

 

それを、この世界でも証明してみせる。

 

ユグドラシルプレイヤー、やまいこ

 

彼女の生涯初めての実践が、始まる。

 

 

 

はっきり言って、自分の身に何が起きているのか、私、エンリ・エモットは理解できて居なかった。

突然村に来た兵士に襲われ、母が剣で斬られるのを何も出来ず、ただ見ていることしか出来なかった。

 

「エンリ、ネムを連れて逃げろ‼」

 

父にそう怒鳴られた時、初めて身体が自由に動いた。震えている妹のネムを連れて、村の外れまで逃げだした。

 

だが、ネムはまだ幼い。ある程度は距離を稼げたが、特に意味も出せず、すぐに追い付かれた。

 

 

「ったく、手こずらせやがって、このガキ」

「さっさと殺せよ。殺害人数で負けてんぞ。俺たち」

「そうだな。っと、まずはちいせぇのから殺そうぜ、また逃げられたら厄介だ」

 

 

ちいせぇの。という声に、ネムの事だとすぐに分かった。

私の中の警鐘が鳴り響く、それを行うには、何の躊躇いもなかった。

 

 

「アアァァア‼」

 

「ぐぅっ?!」

 

 

今まで一度も出したことない声を上げて、私はネムの腕を掴んでいる兵士の頭を殴り飛ばした。

頭と言っても、防具であるヘルムを殴り飛ばしたくらいだ。それどころか、手がぐしゃぐしゃになったのが分かる。

痛みはない。それよりも頭が沸騰したようにグラグラとしており、自分がどうにかなりそうだった。

 

 

「このガキぃ‼」

 

「ははっ、だっせぇ。……さっさと行こうぜ、隊長がお呼びだ」

 

「そうだな……、死ね、ガキ」

 

 

背中を数度切りつけられ、地面へと蹴り転がされた。

兵士は剣を構えて、こちらへと向かってくる。

 

「お、おねぇちゃん……」

「大丈夫だよ、ネム。……もう一度、私がアイツらを押さえるから、その隙に逃げて」

「い、嫌だよ‼ おねぇちゃんが居ないと嫌だ‼」

 

恐怖から泣き出した妹を守るため、庇うようにして身を丸める。

すぐにでも痛みがくると思ったのに、いつまでたっても来なかった。

 

 

 

 

 

「な、何だ。ありゃあ……」

「し、知らん。……、何か来るぞ」

 

 

顔を上げると、兵士が得体の知れない物を見る目で、私の後ろを指差していた。

ゆっくりと振り返ると、何もない空間に、ぽっかりと黒い穴が開いている。

その穴の中から、人影が一つ、ゆっくりと出てきた。

 

 

 

黒い髪をした、この辺りでは見たことない風体。そして、見たこともないくらいの美人だった。

 

 

「間に合ったようだね。良かった……」

 

 

穴から出てきた彼女は、私の事を確認すると近寄ってきた。親し気な雰囲気に、何処かで出会ったかと記憶を辿る。

 

 

「もう大丈夫だよ。安心して、アナタ達のことは、私が守るから」

 

 

笑顔でそう言った女性を見て、胸の中に何かがストンと落ちて、次第に落ち着きだした自分がいた。

ズキズキと痛みだした背中の傷のせいか、自然と涙が溢れだした。慌てて手で顔を覆うが、嗚咽も出てきて、自分が今情けない顔をしているのが分かる。

 

「こんな無抵抗の子供二人に、大の大人が二人掛かりで殺そうとするなんて……」

 

女性はそう言ってゆっくりと立ち上がり、兵士の方へと向くと言った。

 

「道徳は担当外の教科なんだけど」

 

「おいで、特別授業してあげる」

 

その目は、はっきりと怒りで染まっていた。

 

 

 

 

 



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女教師怒りの鉄拳~カルネ村編~2

後書きにて、オリジナルの魔道具の設定書いておきます。


ボクは、教師という職に就いていることに充実していた。

 

確かに、授業を聞かない反抗期真っ盛りの子供や、

問題児ならぬ問題親、モンスターペアレントだっている。

 

日々ストレスとの戦いで、元々言いたいこともはっきりと言えない性格も相まって、イライラを溜め込むこともあった。

だが、それでも子供と接することは楽しかったし、やりがいもあった。

 

 

怖いもの知らずで、言いたいことをズケズケ言ったりする子供も好きだ。

 

反抗期の子供だって、大人になるための自立する用意だとも言える。

 

モンスターペアレントと呼ばれる人たちも、自分の子供なんだ、大切にするに決まってる。

 

だから、そんな子供達が大人になっていく段階を見ていける教師という仕事に、ボクは誇りを持っていた。

 

 

だからこそ、今ボクがこうして彼女達をを庇っているのも、ボクは間違っているとは少しも思っていないし、言わせない。

 

 

 

 

 

「ひ、怯むな、ぶっ殺せ!」

 

 

隣に居た相棒が、剣を振り上げて黒髪の女に突撃した。

見た目が異様だから多少怯みはしたが、所詮は女、すぐに片はつく。

 

――そう、思っていた。

 

 

 

 

ゴパッ、という音と共に、何かが俺の隣を目にも止まらぬスピードで通過した。

 

視線を送ると、遥か数十メートル先で、見覚えある鎧を着たナニカが、グシャグシャになりながらバウンドし、更に吹っ飛んでいたところだった。

 

 

 

「……ステータスが結構下がるから、割りと本気で殴ったけど……。まぁ、別に良いか」

 

拳をグーパーしながらブツブツ呟いていた女が、俺の方を見た。

 

それだけで、身体に冷や水をぶっかけられたみたいに冷え上がる、足の感覚が希薄になり、自分が今立っているかどうか、それすらも確認できないくらい震えていた。

 

 

「さて、次は君の番だね」

 

 

女が、この場の空気に合わない笑みを浮かべながら、こちらへとゆっくり近付いてくる。

 

 

 

「た、頼む……っ、見逃してくれ‼」

 

 

女は一瞬きょとんとした顔をした後、軽く笑って言った。

 

 

「君は、そう言って助けを求める人に、少しでも慈悲を与えたかな?」

「そ、そうだ。与えた、与えたとも‼」

「へぇ、ヘラヘラ笑いながら殺してたのは、慈悲を掛けた結果なんだ。ならさ……」

 

自分達の行いが知られ、兵士は後がなくなったことを理解した。

兵士の心境が分かったのか、女はにこりと微笑んで言った。

 

「“郷に入りては郷に従え”ボクの国の言葉なんだけどね、それを実行しよう」

「や、やめ――」

 

 

言葉はそこまでしか語られず、腹部に絶命の一撃を受けて、兵士の身体はゴムボールのように吹き飛んだ。

 

 

「まだまだスッキリしないけど……。まぁ、取り敢えずは良いか」

 

 

 

鉄拳制裁。

体罰教育という、PTAやら教育委員会が物申しそうな特別授業は、彼女、やまいこの鉄拳で幕を閉じた。

 

 




【変化の腕輪】
課金アイテム。異業種のみ装備可能、ステータスのみ少し下がるが、人間に変化できる。
ユグドラシル時代、異業種PKへの対抗策として出されたアイテム。特に意味が無いので、すぐにゴミレアとしてランクインされた。


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おっちょこちょい~カルネ村編~3

「あ、ぁぁあ。どうしよぅ……」

 

 

先ほどまでの剣幕はどこに行ったか、エンリとネムは目の前でオロオロとするやまいこをただ見ていた。

 

 

兵士との戦闘を終え、一段落してふと我に帰ったやまいこは、重大なミスに気付いた。

 

 

「【無限の背負い袋】持ってきてない……ッ?!」

 

 

そう、助けに来たのに丸腰だったのだ。

そして、それが無い以上【ポーション】などで傷の手当ても出来ない。

 

これ以上ない間抜けな惨状に、やまいこはただオロオロと右往左往するしかなかった。

 

 

 

 

「お嬢ちゃん、お探しの物はこれかい?」

 

いっそナザリックに二人とも連れていこう、そうしよう。と【ゲート】を起動させようとすると、横から声を掛けられた。

 

声と共にやまいこに差し出されたのは、紛れもなく彼女の【無限の背負い袋】だった。

おぉ、と歓喜するやまいこだったが、差出人の顔を見て真っ青に染まった。

 

 

「ぶっ、ぶくぶく茶釜さん……」

「言いたいこと、分かるかな?」

 

 

にこにこと笑顔で対応したのは、【変化の腕輪】で変身したぶくぶく茶釜の姿だった。

突然現れたもう一人の女性に、エンリとネムは「誰だろう」程度の認識だったが、やまいこは違った。

 

 

「あ、あのぅ。……怒ってます?」

「あぁん?!」

「ひぃぃ?!」

 

ドスの効いた声と共に、ぶくぶく茶釜の態度が一変した。両手でやまいこの顔をガシリと掴むと、そのまま頬っぺたをムニムニと力強く捏ねまくる。

 

「あの時、私は、待ってって、言ったでしょ‼」

「で、でも、それじゃ間に合わな――」

「問答無用ぉ‼」

 

ある程度捏ねると、気がすんだのかぶくぶく茶釜は手を離した。

そのままエンリへと近付くと、一本の【ポーション】を差し出す。

 

「はい。これで充分治るから、使って」

「は、はい」

 

始めてみる赤い色のポーションに、エンリは一瞬飲むのを躊躇ったが、助けてくれた恩人(の仲間)から貰ったのだ、意を決して飲んだ。

 

 

「……うん、大丈夫そうだね」

 

傷が治ったのを確認すると、やまいこはエンリとネムに微笑んだ。

一通りお礼も言って、安心したのも束の間、エンリは失礼を承知で言った。

 

 

 

「あの、村の方にも他の兵士が居ると思うんです。助けてくれませんか?」

 

「良いよ、元からそのつもりだしね。良いでしょ、茶釜さん」

「そうだね。モモンガさんにも連絡入れてるし、多分こっちの様子見てると思うよ」

 

 

 

そう言ってぶくぶく茶釜は視線を空へと送る。エンリも同じように見上げたが、特に変わったものは無かった。

 

「さて、それじゃ村の方へと案内してくれる?」

 

ぶくぶく茶釜のその言葉に、エンリは頷いた。

 

 

「……良かった。無事なようだな」

 

 

第9階層、執務室。そこには部屋の広さに比べて、かなりの人数が入っていた。

 

 

「モモンガ様、すぐにでも私ども守護者を送り込み、御二方に帰還して貰うべきでございます」

 

 

モモンガに対してそう言ったのはデミウルゴスだ。冷静なように見えるが、【遠隔視の鏡】に写る兵士へと、分かりやすい敵意を放っている。

デミウルゴスのその言葉に、同席している他の守護者も頷いた。二人を連れ戻し、代わりに自分を行かせろと、態度が語っている。

 

 

 

「先ほど、茶釜さんから連絡があった。村の方へと赴き、問題解決まで滞在するようだ」

 

「そのようなこと――」

 

「なら、お前にあの二人を止められるか?」

 

 

デミウルゴスが言う前に、椅子に座って腕組みをしているウルベルトが、そう言った。

何かを迷うような態度のデミウルゴスに、続けて言う。

 

「あの二人ならば大丈夫だ。茶釜さんは防御特化、やまいこさんは突破力も充分ある。それに、こうして観測もしている。事が動けば、お前達を送り込むとしよう」

 

 

それまで待て。とウルベルトは締めた。その言葉に守護者は納得できていないのも居るが、頭を下げ了解の意を取る。

 

 

 

「それにしても、あの兵士達の出所は何処なんですかね」

「この辺りの三大国のいずれかでしょうけど……。正直、この村を襲うメリットが無いですからね」

「ふむ。これからの出方次第ということですか」

「そうですね。……ペロロンチーノさん、タブラさん、たっちさん、ウルベルトさん。もしもの為に、戦闘準備しといて貰って良いですか?」

 

モモンガの言葉に、呼ばれた数人が頷いた。

 

 

 

呼ばれなかった者の一人、ブループラネットが手を上げた。

 

「私たちはどうすれば?」

「この村からナザリックは近いので、もしもの時のために各階層守護者と連携して、防衛レベルを最大限に上げておく段取りをしてもらえますか」

「分かりました。……ギミックはどうします?」

「それは相手の実力次第で決めましょう。先ほど程度なら、充分勝てる筈です」

 

 

分かりました。とブループラネット他、数名が声を上げた。

貧乏性が多い【アインズ・ウール・ゴウン】は、折角各階層にギミック組み込んだにも関わらず、わざわざ出向いて相手することが多い。

まぁ、資源がバカにならないという理由が主なのだが。

 

 

「……おや、村の外に怪しげな集団が」

【遠隔視の鏡】を覗いていたタブラが、一点に指差して言った。

モモンガが操作すると、鎧と法衣を合わせたかのような装備の集団が、村の様子を覗くように森に隠れていた。

 

「黒幕かな」

「うーん、兵士達の装備と全く違うけどなぁ」

「偽装の線もありますよ」

「あ、そっか。ならそうなのか?」

「俺が狙撃しましょうか?」

 

イタズラするノリで、ペロロンチーノがそう言った。

弓での攻撃を得意とする彼なら造作もないことだが、それは決断が早すぎる。

 

「待ちましょう。まだ不安要素が多いですから」

「了解でーす」

 

 

さて、次はどうでる?

 

 

仲間の安全を確実な物にするため、モモンガは【遠隔視の鏡】を操作した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ていうか、やまいこさんの人間の姿。ユリにそっくりですね」

「茶釜さんはルプスレギナかな?」

「……変化の見た目、ナザリックの者から選びましょうか」

「そうですね。少し弄れば充分使えると思います。皆美男美女だし」

 

「「「「「?!」」」」」

 

至高の方々に自分の容姿を使ってもらえる。

その情報に、ナザリックで仁義無き戦いが勃発するが、また別の話。

 

 

 

 

 

 



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ガゼフ・ストロノーフ~カルネ村編~4

話の内容がぶれぶれですが、脳内補完でお願いします。


「――先ほどの失礼な物言い、誠に申し訳ない」

王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフは、目の前の女性、やまいことぶくぶく茶釜に頭を下げた。

 

「い、いえ。仕方ないと思いますし、お互い様ですよ」

「まぁ、大きな問題にもならなかったし、特に問題ないなら終わりにしませんか?」

 

気にしてない。と言外に言っている二人に、ガゼフは更に頭を低くした。

 

 

――数時間前。

 

村に到着したやまいことぶくぶく茶釜は、エンリとネムを安全な場所へと隠し、索敵に出た。

そこで出くわしたのがガゼフの一団だ。

 

黒髪の、見たこともない風体の美女二人組。

 

襲われていた村の襲撃犯だと疑うのは仕方のないことかもしれない。

 

反対に、やまいこと茶釜の二人も、ガゼフ一団を犯人と勘違い。

 

開戦前に一言あるか、とお互いに問いただした結果、「あれ、コイツら違うんじゃね?」となった。

 

 

 

 

王国での戦士長の地位に就いているガゼフは、罪の無い女性を糾弾したと反省していた。

 

隠していたエンリとネムを、やまいこが迎えに行っている間に、カルネ村の村長、ガゼフ、ぶくぶく茶釜で簡単な会議をする。

 

「改めて、村の者を守っていただき、ありがとうございました」

「いいえ、困っている者を助けるのは、当たり前のことですから」

「……素晴らしい人格者ですね」

 

遅くなりましたが、とガゼフは言って

 

「ガゼフ・ストロノーフ、リ・エスティーゼ王国にて戦士長をしております。……失礼ですが、そちらは?」

「あ、えっと……。茶釜と呼んでください。もう一人は、やまいこです」

「茶釜さんに、やまいこさん……。この辺りの人とは思えないが、どちらから?」

 

やっぱり来た。と茶釜は心のなかで舌打ちする。

どうしようかと悩んでいると、ドアを開けて一人の兵士が飛び込んできた。

 

「戦士長、報告です‼」

「どうした、敵襲か」

「はい。村の外部にて、こちらへと向かう集団を発見したとの報告、おそらくですが法国の手先かと‼」

 

兵士の報告に、茶釜がぽつりと言った。

 

「法国?」

 

「スレイン法国という国です。やはりな……」

「戦士長……」

 

話の流れから大体読めてきた茶釜が口を開こうとしたとき、ドアが開いた。

 

 

「どうしたの?」

 

上機嫌で入ってきたやまいこは、何かを感じたのだろう、こちらを気遣うように聞いてくる。

ナイスタイミング、と茶釜はやまいこへ言った。

 

 

「ちょうど良かった。やまいこさん、今回の黒幕のお出ましだよ」

「……詳しく聞いて良いですか?」

「ガゼフさん、あなたが分かったこと、これからしようと思っていること、話して貰えますか?」

「……あぁ。お話ししましょう」

 

ガゼフは話した。おそらくであろう今回の事件の狙い。

 

自身、ガゼフ・ストロノーフの殺害。

 

一通り話したあと、ガゼフは村長へと頭を下げた。

 

「本当に申し訳ない……。せめて、すぐにでも村を出よう。外の連中も、まとめて引き受ける」

 

椅子から立ち上がり、道具を纏めるガゼフに、声を掛ける存在があった。

やまいこだ。

 

「ガゼフさん、少し良いですか?」

 

意識しているのかどうかは分からないが、軽い上目遣いでそう訊ねるやまいこにガゼフは苦笑した。

 

美人は得をするというが、本当だな

 

良いですよ、と返事をした自分に対して、輝くような笑みを浮かべたやまいこを見て、ガゼフはそう思っていた。

 

 

「お初にお目にかかる。リ・エスティーゼ王国、戦士長のガゼフ・ストロノーフで間違いないかな?」

 

夕暮れかかった時刻、村の外部の平原地帯では、二つの部隊が睨みあっていた。

 

「そうだが。そちらは?」

 

「これから死ぬお前には名乗る必要も無いのだが……。ま、良いだろう」

 

男はニヤリと笑い、その場にいる者全てに聞こえるよう大きな声で言った。

 

「私はスレイン法国、陽光聖典隊長、ニグン・グリッド・ルーインだ。ガゼフ戦士長?」

 

陽光聖典、という言葉に、ガゼフ達一団はざわついた。

スレイン法国の誇る武力の一つ。六色聖典にそれに近い存在があった。

だが、それは存在しないということに、表向きではなっている。

 

 

「お前達が、最近この近辺の村落を襲撃して回っている者達、ということで、間違いないか?」

「おや、要らぬ疑惑を持たれているようだが、何か確証が?」

 

 

あからさまな態度に、ガゼフの部下が沸き立った。すぐにでも戦闘を始めようとする部下を手で制し、ガゼフは言う。

 

「お前達が俺の抹殺を狙い、村落を襲撃していたのはもう分かっている。それを自白し、こちらに投降するのであれば粗雑には扱うまいとは思ったが……」

 

腰につけた鞘から剣を抜き放ち、ニグン、陽光聖典へと向ける。

 

「お前達のその命、ここで散ると思え」

 

「言いたいことはそれだけかな? ……やれ」

 

ニグンのその言葉が合図となった。

 

 

「進めぇ‼」

 

ガゼフの号令に、騎馬に乗った兵士達は陽光聖典へと進軍していく。

 

彼らが得意なのは白兵戦だ。魔法を使うのだとしても、接近戦にはある程度持ち込める。

 

――そうなるはずだった。

 

 

「何だ、あれ……」

 

馬の駆ける音に混じって、誰かがそう言う声が聞こえた。

 

陽光聖典がいる上空数メートル付近に、それらは居た。

 

【炎の上位天使】

 

【監視の権天使】

 

と呼ばれる。第三、第四位階魔法で召喚される天使。

 

 

天才と呼ばれる魔術師にしか呼び出せない存在を兵士が知っているはずものなく、ガゼフ部隊は次々に撃破されていった。

 

「通常の武器ではダメか、ならば!」

 

【戦気梱封】

【急所感知】

【流水加速】

 

三つの武技を発動させる。

なるべく大技、隙を作る技は使わず、一撃で倒すことを念頭におく。

 

「はぁっ‼」

一体。

 

「せぃっ‼」

もう一体。

 

「【四光連斬】、【即応反射】」

囲んできた天使を四体。

 

王国で支給されている普通の武器の切れ味の悪さに、ガゼフは舌打ちをついた。

 

「(ここで決着を付けなければ……)」

 

先ほど村でやまいこに言われたことを思いだし、ガゼフは身体に活を入れる。

 

『もし、ダメだと判断したら、私たちの魔法で乱入します』

 

 

女を戦場に立たせてたまるか。

 

 

 

 

 

「まだまだァァア‼」

 

意地と誇りとプライドを爆発させて、ガゼフは咆哮と共に大地を踏みしめた。

 

 

 



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メンバーチェンジ~カルネ村編~5

さぁ、ニグンさんの出番です。
制作者としてあまり噛ませにしたくないので、少しは頑張ると思います、少しは。


「先ほどまでの威勢はどうしたのかな、戦士長」

 

夕日が沈みかけ、もう薄暗いとさえ思える時間帯、カルネ村付近の平原では、一つの戦場に決着がつこうとしていた。

 

倒れているのは皆、ガゼフが率いる兵士達のみ。ニグン率いる陽光聖典は、誰も倒れてすらいない。

 

 

「我らが使役する【炎の上位天使】と、【監視の権天使】の力はどうかね。まだ隠している力があるのなら、出しても良いぞ」

 

「……これだけは、したくなかったのだが」

 

疲労困狽のガゼフが力なく笑う。

突如変わったその態度に、ニグンは頭のネジでも外れたか、と疑問に思ったが、そうではなかった。

 

 

「女を戦場に出すなど、戦士として最低だ」

 

 

そう言葉を残して、ガゼフが突然消えた。

ガゼフだけではない、その部下達も、突然にだ。

 

 

「なっ……、何処に消えた、何をした?!」

 

 

見たこともない現象に、ニグンは思わず辺りを見渡す。

すると、ガゼフが先ほどまでいた位置に、二つの人影が現れた。

 

 

 

「初めまして、陽光聖典のみなさん。ボクはやまいこと申します」

「ども、茶釜です」

 

 

フレンドリーに、笑顔でそう挨拶したのは、どちらも絶世の美女と言えるほどの女性だった。

部下の数名が色めき立つが、ニグンは言った。

 

「それで、貴女方は、何かようですか?」

 

「あぁ、そうそう。さっきまでの戦い全部見ててさぁ、もう決着ついたでしょ、止めない?」

 

 

軽い調子で言う茶釜の言葉に、ニグン達陽光聖典は口々に言う。

 

「ふざけるな‼」

「私たちは世界の救済を願うもの、その行いに口を出す気か!」

「ガゼフが死ぬことが救済なのだ、邪魔をするな!」

 

「皆、よく言ってくれた。聞いただろう、お嬢さん、ガゼフを殺すことが我らの使命、それを邪魔しないでほしい」

 

ニグンがそう言うと、茶釜がでもさぁ、と返す。

 

「そのガゼフさん、もう居ないよね。どうするの?」

 

白々しいその言葉に、ニグンは舌打ち混じりに返した。

 

 

「知れたこと、奴等が穴蔵から出てくるまで、また村落を襲撃するだけだ。そうだなぁ……」

 

ニグンはニヤリと笑って、二人の背後を指差した。

 

「手始めにそこの村を焼いてやれば、奴もすぐにでも顔を出すだろう」

 

 

その言葉に、目の前の女性二人、特にやまいこが反応する。

 

 

「……そうやって村を襲撃することに、何の意味があるの?」

 

「意味など無い。強いて言えば、ガゼフを呼び出すための餌だ」

 

「そこに住んでる人も居るんだよ? どうして関係の無い人まで殺す必要があるの」

 

「それをすることが、世界の為、人類の平和のためだとすれば、それによって生じる損害など、仕方のないことだ」

 

それに、とニグンは続ける。

 

「お前の言っていることはただの偽善だろう。今まで肉を食ったことはあるだろ、それに対してもお前は憤るか?憤ることはあるまい。それが普通なのだから」

「それと同じだ。我らは必要だから人を殺す、それに対するお前の怒りは、ただの身勝手な我が儘というものだ」

 

 

瞬間感じる、上空からの殺意に、ニグンは全身に冷や汗をかいた。

呪いの類いかと周囲を探っていると、黙っていたやまいこが言った。

 

 

「そうだね。確かにそれは我が儘だ。でもね……」

 

その女性から沸き立つ、見えないなにかに、陽光聖典の呼び出した天使達が異常に反応する。

 

 

「我が儘だろうが身勝手だろうが、構わない。ボクは、ボクの意地を通す‼」

 

「よく言ったね、やまいこさん。次は私も混ざるから、お互いにサポートよろしく」

 

 

 

「……後で泣き言言っても遅いぞ、異端者がぁ‼」

 

 

第二ラウンド。カルネ村での戦いは、終焉へと向かう。

 



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戦いの終わり~カルネ村編~6

ニグン達陽光聖典は、殲滅戦術を得意とする一団だった。

 

隊員の使役する【炎の上位天使】と

ニグンが使役する【監視の権天使】、またニグン自体の特異な能力(タレント)によって、天使のステータスは強化される。

 

天使達一団の人海戦術と、隊員が使える魔法での後援によって、ニグン達陽光聖典は数々の勝利を手にしていた。

 

今回の任務でも、ガゼフ・ストロノーフ一団を殺害という、いつも通りに任務をこなすだけだったが――

 

 

 

 

「――これで全部?」

 

女、やまいこが上体を戻して言う、彼女が向き合っていた地面には、潰れた【炎の上位天使】が光を放ちながら霧散していくところだった。

 

「大したことないなぁ。王国最強らしいのガゼフさんが追い詰められるくらいだから、手こずるかと思ったけど」

 

「まぁ、第三位階程度の魔法だし、こんなもんじゃない?」

 

隣に来たぶくぶく茶釜がそう言うと、その言葉に陽光聖典一同が動揺する。

 

 

「第三位階……“程度”?」

 

誰が発したか、その言葉を理解し、ニグンは激昂した。

第三位階は、選ばれた人間のみが到達出来る領域の魔法。“程度”とはどういうことだ。

 

 

「第三位階程度とはどういうことだ、貴様等、その言葉を理解して言っているのか、えぇ?!」

 

分かっている。

その第三位階の天使を、コイツらは軽く倒した。

魔法も使わず、武技を使用した様子もない。己の身体能力のみで打倒したのだ。

 

 

「最高位天使を召喚する、援護しろ」

「ハッ!」

 

ニグンはそう言うと、懐から一つの水晶体を取り出した。子供の頭一つ分くらいありそうなそれを見て、茶釜が言う。

 

「あれ、【魔封じの水晶】だね。超位魔法以外を取り込める物だけど……。あの言葉を聞く限り、【熾天使】でも入れてんのかね」

 

「だとすると厄介ですね。……流石にワールドエネミークラスはないでしょうけど」

 

 

様子の変わった二人に、ニグンは勝機を見たりと笑う。

召喚準備の整った水晶を掲げ、高らかに言った。

 

「見よ、この尊き姿を。そして恐怖し、ひれ伏せ!」

 

神々しい光を放ちながら、一体の天使が出現した。

闇に包まれたはずの平原を、その神々しい光で照らす、その光の持つ清浄な気配に、陽光聖典の兵士は感嘆の声を上げる。

 

【威光の主天使】

 

それが、【魔封じの水晶】に封じられていた最高位の天使だった。

 

過去に魔神の一体を倒したとされるそれを仰ぎ見て、ニグンは言った。

 

「どうだ。この姿を見ても先ほどの余裕が言えるか? 今すぐそこに這いつくばり、命乞いをするのであれば、考えてやらんこともないぞ」

 

 

ニグンのその言葉を聞いても、やまいこと茶釜はポカンと呆けたように【威光の主天使】を見上げているだけだった。

何か言いたげな雰囲気に、ニグンは問いただす。

 

「何だね、言いたいことがあるのなら聞いてやるが?」

 

それを聞いて、一拍置いてから茶釜が言う。

 

 

「いや、“最高位”の天使? これが?」

 

マジか、お前。という顔で見ている。

隣に立つやまいこも、これはちょっと……。と言いたげだ。

 

 

「……ならば受けてみろ。魔神をも滅ぼした一撃を!【善なる極撃】!」

 

 

天から降り注ぐ聖なる光の柱が、やまいことぶくぶく茶釜に直撃する。

手応えあり、まともに直撃したとニグンは感じたがすぐにそれは幻想だったと知る。

 

 

 

 

「ちょ、熱っ」

「な、なんかピリピリくる……」

 

そんな軽い調子で【善なる極撃】から出てきた二人に、ニグン達陽光聖典は今度こそ絶句した。

 

 

「そ、そんな……。ま、まさかお前達、神の血を継ぐ“覚醒者”……っ?!」

 

 

 

 

 

「……はい。あ、そうするんですか。……ま、良いでしょ。了解でーす。はい。」

 

ぶくぶく茶釜が【メッセージ】を終えると、やまいこへと伝える。

 

「情報取りたいから、アイツらはナザリックに連れていくってさ、だから私たちはこれにて帰還だって」

「…………分かりました。」

 

不満。そう顔に出しているやまいこに、ぶくぶく茶釜は苦笑を浮かべた。

 

「カルネ村に戻って、エンリちゃん達に報告しよう?もう安全だって」

「……そうですね!」

 

機嫌が戻ったやまいこに、内心ガッツポーズしながら、二人は転移で村へと移動した。

 

 

陽光聖典をナザリックへと連行する捕縛部隊が登場したのは、すぐ後の事であった。

 

 

 

「【魔封じの水晶】が出てきたから警戒しましたけど、普通にクリアできましたね」

 

次々と捕縛される陽光聖典の姿を【遠隔視の鏡】で眺めながら、モモンガはそう呟いた。

あのニグンとかいう男の物言いには腹立ったが、無事に終わったので不問としよう。

 

 

「それにしても、気になるワードが有りましたね。神の血を継ぐ“覚醒者”……、だっけ」

「血を継ぐってことは実在の人物ということでしょうか。あの二人と同等ということは、プレイヤーの可能性もあります」

「なら、そのスレイン法国にはプレイヤーが居るんですかね?……牽制含めて攻撃でもしてみます?」

「よしましょう。下手につついて要らない問題を作る必要もありません」

 

それに……。と続け、モモンガは周囲に居る者達に視線を向ける。

 

「ここにいる全員ならば、どんな奴が攻めてきても勝てますからね。恐れることはありません」

 

その言葉に、その場に居たプレイヤーは静かに笑みを浮かべた。

 

「モモンガさん、台詞が臭い」

「えぇ?! ここは『そうだな』、とか言うところでしょ」

 

再び賑やかになる一同に、場が暖まる。

二人が帰ってきたら一言注意しないと、と思いながら、モモンガは【遠隔視の鏡】を仕舞った。

 

 

 

 



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ナザリックの忙しい一日

その日、ナザリックは喧騒に包まれていた。

普段は静寂に包まれ、廊下を歩く足音しか響くことはない廊下を、数人のメイドやシモベが走り回る。

 

 

「――急ぎなさい、資材の搬入はまだですか?!」

 

「シャルティア様からのシモベの伝令によるとまだのようです!」

 

 

いつもは冷静なデミウルゴスですら、その日は焦っていた。

そのデミウルゴスの言葉に、走り回っていたシモベの一人、サキュバスがまだ届いていないことを伝える。

 

普段であれば叱責の対象であるその態度も、今はどうでもいいとさえ思えていた。

 

「くそ、ここで何としても手柄を立てなくては……」

 

デミウルゴスのその言葉は、廊下の喧騒に消えていった。

 

 

円卓の間。普段は会議で使用するその場所は、今は男性プレイヤーしか居なかった。

 

「それで、どうします?」

 

重苦しい空気の中、取り敢えずジャブでモモンガが会話を繰り出す。

その言葉に反応するように、隣に座っていたたっち・みーが言う。

 

「ですから私たちは、自分の守護者の姿を使いますよ」

「えぇ」

 

「えー……」

 

同意するように頷いたウルベルトを見て、モモンガは分かりやすい不満を口に出した。

 

 

【変化の腕輪】の変化対象。

それが急務での議題だった。

 

ことの始まりは昨日。

 

 

 

 

 

「――やまいこ様、ぶくぶく茶釜様両名。御帰還されました」

「御無事の生還で何よりでございます」

 

守護者、シモベ、メイド……、ナザリックに存在する全てのシモベが、二人に向かって頭を垂れる。

困惑するやまいこと違い、ヒラヒラと適当に対応したぶくぶく茶釜は、モモンガの元へと来ると言った。

 

「ただいま。心配かけてすみませんでした、モモンガさん」

「あ、す、すみませんでした」

 

「いえ、二人が無事で何よりですよ」

 

本心からの言葉に、やまいことぶくぶく茶釜は胸を降ろす。

会話が終わったのを感じてか、執事のセバスと、守護者のデミウルゴスが三人に近付く。

 

「失礼を承知で申し上げます。あのような状況では、シモベの数名を引き連れて行くべきだと思われます」

「セバスに同意でこざいます。お二人は他の至高の方々と同じくナザリック、いや、この世において頂点に位置する御方。勝手な行動をされて、心配する者が居ると意識なさって下さい。」

 

デミウルゴスの言葉に反応するように、アウラ、マーレ、ユリが立ち上がり深く頭を下げた。

 

「……うん。ごめんね」

「次からは気を付けるから」

 

自分の子供ともいえる者からの心配に、二人も頭を下げた。また過剰に反応されても困るので、後で謝りに行こうとすぐに上げる。

 

 

「あ、モモンガさん。伝えることが」

「どうされました。やまいこさん」

「えーっと、近いうちに、ナザリックにお客さんが来るんですけど……」

 

 

「……え?」

 

 

 

それからのナザリックは嵐のようだった。お祭り隊長、ぶくぶく茶釜、餡ころもっちもち、るし★ふぁー、ヘロヘロを先頭に、ナザリック(特に外観)をリフォームしようぜ、となったのだ。

凝った見た目にするため、ブループラネット、タブラ、ウルベルトもそれに参戦した。

 

元々毒の沼地にあった遺跡が、だだっ広い草原に移ったので、ナザリックの外観は周囲に比べてあまり良いものではなかった。

皆が言うならせっかくだし、とモモンガもノリノリでGOサインを出した。

 

そこまでは良かった。

 

 

 

「なら、二人みたいに人間の時の姿でも決めましょうか」

 

 

誰が言ったか、その言葉から戦争が起きた。

 

 

 

「なら、私は守護者のセバスをモチーフとしましょう」

とたっち。

 

「それなら私はデミウルゴスですね」

とウルベルト。

 

「なら僕は……、あれ、もう居なくね?」

 

それからも争いは続いた。

 

「モモンガさんそのままでもカッコいいじゃないですか」

「人前に出れる姿じゃないですよね」

 

「コキュートスなんてどうです?絶対モテますよ」

「蟲にしかモテねーよ!」

 

「じゃあエクレアをお譲りしましょう」

「イワトビペンギンじゃねーか」

「おや、詳しいですね」

「誉められても全然嬉しくない!」

 

 

そんなプレイヤーをそっちのけで、シモベの間でも争いは始まっていた。

 

「ぶくぶく茶釜様はルプー、やまいこ様はユリ姉をモチーフにした。羨ましい」

「いやぁ、こんな私を至高の方々に使われるなんて至極光栄の極みっす♪」

「ぐぬぬ……、腹立つほどに羨ましいぃ……」

「私もよ、エントマ……。他に決められていないのは、餡ころもっちもち様だけね 」

「至高の方々に使われるなど、私たちにとっては何物にも代えがたい至福。……譲りんせんよ?」

「それはあの方々が決めることよ、シャルティア。まぁ、貴女が選ばれることはないでしょうけど」

 

その場にいたプレアデス、守護者数名は静かに、されど激しく闘志を燃やす。

 

私が選ばれる。

 

水面下での戦いは、噴火寸前の火山のように高まっていた。

 

 

 

「……順当に行くならば、私の姿はウルベルト様が使われるかと思われるが……、ぶくぶく茶釜様の例を見ると、思わぬ番狂わせがありそうだ」

「ソウダナ。……マァ、俺ノ姿ナド、至高ノ方々ハ使ワナイダロウガ」

「そ、それを言うなら、ぼ、僕だって無いですよ。至高の方々からすれば子供に見えるし……」

「いや、マーレ。君は私たちが見ても子供に見えるが……。とにかく。今、ナザリックの模様替えをしているのは大きなチャンスだ」

 

デミウルゴスの言葉に、コキュートス、マーレは疑問を浮かべる。

セバスは察したのか、なるほど、と口を開いた。

「つまり、この模様替えでの貢献によって、今後至高の方々が行動をされる際、共に行動、または任命されると……」

「その通りだ、セバス。まぁ、至高の方々から頼りにされると思えば、分かりやすいかな」

 

話の内容を理解したのか、おぉ、と声を上げる。それぞれの野望があるのか、特にコキュートスはトリップしていた。

 

「オォ、若様。ソンナニ慌テナクトモ、爺ハココニ居リマスゾ……」

「いや、コキュートス。それはいくらなんでも飛び越えすぎだ……」

 

とにかく。と言って、

 

「今がチャンスだ。共に、ナザリックに、ひいては至高の方々に仕える者として、お互い協力しようじゃないか」

 

デミウルゴスが差し出した手に、その場に居た男性陣は手を重ねた。

 

 

 

「おや、此処で何をされてるんです?タブラさん」

「あぁ、プラネットさん。外観をどのようにしようかと、考え中でして……」

 

第一階層、出入り口の付近で座り込んでいるタブラの近くに、ブループラネットは座った。

近くではコキュートスの配下である【八肢刀の暗殺蟲】が、姿を消して控えている。

 

二人とも【変化の腕輪】を使用していた。取り敢えずはその辺にいる人間の姿を、【遠隔視の鏡】を使用してコピーしている。

 

「それで、どうするつもりなんです?」

「んー、思いきってタイル張りにして外壁を造るか、柵を設置して庭園風にするかで迷っているんですけど」

「外壁は良いんじゃないですか? 要塞っぽく造るのもカッコいいと思いますけど」

「要塞……、良いですね。そのアイデアいただきです。」

 

目の前に広げた羊皮紙に、サラサラとタブラは書き込んでいく。

そこには全体の造りと、どこをどう造り変えるかのアイデアが記されていた。

 

「おかげで外観は決まりそうですね」

「そうですか。……他には何処をリフォームするんです?」

「第六階層に、お客さん用のホテルを建てるらしいですよ。もう、建築にまで取り掛かっているようです」

 

 

「はいはーい、そこはもう床張って行って良いよー」

 

第六階層、ジャングルの一角に、その建物は建築途中であった。

骨組みは終わっており、後は各階層の床など、内装を完成させていくところだった。

 

「お疲れさま、アウラ。調子はどう?」

「ぶくぶく茶釜様、お疲れさまです! 後は内装を仕上げていくだけですね。後1日あれば終わりそうです」

「え、早……。大丈夫だよね、欠陥住宅とかじゃないよね」

「欠陥住宅……? モモンガ様から貸していただいた【デスナイト】や、コキュートス、デミウルゴスの配下の者が手伝ってくれてるんです」

「あぁ、なるほど。皆やる気充分なんだね、ありがとう」

「至高の方々からの命令とあらば、どんなことだって致しますよ!」

 

どん、と胸を叩き、誇らしげにするアウラに、ぶくぶく茶釜は笑う。

 

この工事終わったら絶対休ませよう。絶対。

 

そう、心に誓った。

 

 

「え、えーと。こんな感じですか?」

「そうそう、そんな感じ。悪いね、マーレ」

「い、いえ。至高の方々からの命令ですから、嬉しいです!」

 

ナザリック外部、屋根部分に、三人の人影があった。

その中の一人、マーレが、隣にいるるし★ふぁーへと疑問を放つ。

 

「そ、それにしても、堀を三重に作るのは、どのような策略が?」

 

「俺の国では、昔拠点の回りに堀を掘ってたんだよ。侵入者のルートを削るのにも役立つし、仮に入られたりしても、橋を落とせば逃げられないしな」

「な、なるほど。確かに大人数でも一網打尽に出来ますね。流石は至高の方々」

 

「ま、【飛行】を使われたら意味ないけどねー」

「え、えぇー……」

 

ケラケラと笑いながら言うるし★ふぁーに、マーレは困惑する。

そんな二人に、隣にいた建御雷が訊ねた。

 

「ところでマーレ、掘はどれくらいの深さになっているんだ?」

「え、と、深さが大体10メートル、幅は5メートル程で造っています」

「そうか……、深さをもう3メートル深くしてもらえるか?」

「わ、分かりました」

 

杖を構え、マーレは魔法を起動する。

ドルイドである彼は、大地の操作に手慣れている。ゆえに、ナザリック外部での今回の作業は、彼の独壇場であった。

 

「(こ、これでアピールポイントは大分稼げたはずだよね)」

 

至高の方々直々の側近。

 

守護者各位、更には姉であるアウラを出し抜けたと、マーレは心の中でほくそ笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば建御雷さん、ここには何で?」

「満場一致で、るし★ふぁーさんの監視を頼まれました」

「そこまで信用ないの俺?!」

 

 

 



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おいでよ、ナザリック城

凄い。

エンリは語彙が少ない自分を恥じた。

 

 

「すっごーい、お城みたい‼」

 

 

隣では妹のネムが目をキラキラさせて見上げていた。

 

圧倒的な迫力を誇るその外観は、エンリが今まで見た中でも一番の迫力のものだった。

 

 

ガッシリとした構造は三階くらいまでの高さがあり、屋根には悪魔を象った石像が四体、四方に設置されている。

 

 

その周囲では、モノクロ状にタイルが張っており、入り口へと繋がる道は、煉瓦で通路が出来ていた。

 

 

その全体を囲むように、石垣のように外壁が作られており、門には蒼い炎を灯した大きな杯が、両端に備えられていた。

 

 

外に一歩出ると、その周囲を囲むように堀が三重にも掘られている。中には水が張られ、見たこともない綺麗な花が浮かんでいた。

 

 

 

「お待ちしておりました。カルネ村のエンリ・エモット様、妹のネム様で御座いますか?」

 

いつの間に居たのか、一人の女性メイドが門の付近に立っていた。

驚きを隠せず、恐る恐る、エンリは返答をする。

 

「は、はい。カルネ村から来たエンリです。こっちは、妹のネムです」

「初めまして……、やまいこさん?」

 

ネムの言葉に、エンリはマジマジと女性を見つめる。

ネムの言葉通り、服装や雰囲気は全く違うが、確かにやまいこに似ていた。

 

「……やまいこ様は私のご主人であり、このナザリック地下大墳墓における頂点の一人で御座います。私はユリ・アルファ、こちらでメイドをしている者です」

 

間違えるな。直接言われはしなかったが、目線はそう言っていた。

慌てて謝ると、ユリは優しく微笑んで門を開けた。

 

 

「それでは、中へ御入りください。やまいこ様、ぶくぶく茶釜様方が、首を長くしてお待ちしております」

 

あ、ほんとに此処であってたんだ。

開いていく門を見ながら、エンリは今更ながらそう思っていた。

 

 

 

「久しぶり、二人とも」

 

よくわからないうちに案内された場所には、やまいこと茶釜が居た。

一生を掛けてもここまで揃えきれないほどの調度品に包まれたその部屋に、エンリは一瞬入るのを躊躇った。

 

意を決して入ると、エンリの家に入りきらないくらいの広さのテーブルに、二人の他にもう一人男性が座っている。

 

「やまいこさん、茶釜さん、お久しぶりです」

「久しぶりです!」

 

今にも駆け出そうとするネムを押さえつけていると、それを見た二人が言う。

 

「元気そうで良かったよ」

「久しぶりだね、あの後は何もなかった?」

 

挨拶もほどほどに、やまいこがそう訊ねてきた。

 

あの後のカルネ村は、兵士の追撃なども考えられていたが、兵士はおろか、魔物の姿すらもなかった。

不気味な程の静寂に、何かの前触れかとも思ったが、至って平和だった。

 

 

「えぇ、何事もなく過ごせました。……えぇと、そちらの方は?」

「あぁ、こっちは、私たちのリーダーである、モモンガさん」

 

モモンガと言われた男性はこちらの事を見ると、笑顔を浮かべた。

やまいこ達と同じ黒髪で、この辺りでは見たこともない風体の美形。

同じ地方の出身なのかな、とエンリは感じていた。

 

「初めまして、ナザリック地下大墳墓の主をしています。モモンガです」

「あ、は、初めまして、カルネ村に住むエンリ・エモットと申します。この度は、お招き頂きありがとうございます」

「いやいや、我が友人であるやまいこさんと茶釜さんの友人だ。構うことはないよ、ここに居る間はゆっくりしていってくれ」

 

不思議と人を落ち着かせるその声音に、エンリは自然と聞き入れていた。

隣にいた筈のネムが、いつの間にかモモンガに近づいていたことを知るのは、すぐのことだった。

 

 

「ねぇねぇ、ここのお城、ぜーんぶモモンガさんが作ったの?」

「……、いや、私だけではない。そこに居るやまいこさんや、茶釜さん、その他居る私の友人達で作り上げた場所だ」

「へぇ~。こんなに凄い場所を作れるなんて、モモンガさんの友逹は凄い人なんだ!」

「……あぁ。やまいこさんと茶釜さんの凄さは、先日君も見ただろう?」

「うん! えっとね、凄かったんだよ、兵士の一人をね、思いっきりぶっ飛ばしてたの!」

「あはは、そうかそうか! それで、他にはあったかい?」

「うん、他にはね――」

 

 

身振り手振りで興奮した様子で話すネムの話に、モモンガは笑って聞いている。

止めたほうが良いか、と二人に視線を送ったが、二人は手を横に振った。

 

「えっと、今日は一泊してもらおうと思っているんだけど、大丈夫かな?」

「えぇ?!……だ、大丈夫なんですか?」

「うん。元々そのつもりだったんだ。もし急ぎの用があるなら、別に良いけど……」

 

エンリは正直に言って、このナザリックは自分にとって場違いな場所だと思っていた。

今いるこの部屋も、床に敷いている絨毯は靴で踏んでも良いのかと考えるほどに高級感漂っている。

回りにある展示品の様なものも、一つ壊せばどれだけの請求が来るか考えきれない。

 

自分一人ならば良いが、ネムが居たら何が起こるか、考えられる最悪な光景に、エンリは顔を青ざめた。

 

 

「ここにいる間は、さっきモモンガさんが言った通り何も気にしなくて良いよ?」

「で、ですが、ネムが迷惑をお掛けしたらと思うと……」

「あー、大丈夫だよ。別にその辺の物壊した所で、誰も怒らないし」

 

一個壊してみる?という茶釜の提案に、エンリは全力で首を横に振った。

 

 

「この日の為に、ご飯も美味しい物を用意したんだけど……。和食と洋食、どっちが良い?」

 

和食、洋食。どっちも聞きなれない単語にエンリが困惑していると、やまいこがメイドの一人を呼んだ。

二、三話すと、メニュー表の様なものを持ってきて、エンリの前に置く。

 

「本日のメニューは――」

 

挙げられた名称は、ほとんど聞いたことのない物だった。煮付け、などはスープの類いだろうかと思案する。

ただし、エンリの中で食いついたのは、デザートのメニューだった。

 

「デザートには、6種のアイスクリーム、季節のフルーツを使ったタルト、他にもマカロン等。食後のドリンクは、ホットチョコレート、コーヒー、紅茶を予定しております」

 

アイスクリームは聞いたことがあった。自分が汗水流して働いた給料を三回分以上払って食べられる甘味。

それが食べられるとなっては、エンリを止める鎖も、もはや蜘蛛の糸程度の強度しかなかった。

 

「――いただきます」

 

凄い。

改めて、自分の語彙の無さに恥じた瞬間だった。

 

 

「ぅわ~!」

 

眼前に広がる光景に、ネムは興奮しきっていた。

何もかもが見たことない物で出来ている、とネムは思っていた。

 

廊下に敷いている絨毯にせよ、壁などに掛かっている絵画や宝飾品の数々。

 

目に映るものが全て好奇心を掻き立てる物に、ネムの足は止まらなかった。

 

「ふふ、そんなに急がなくとも、まだまだ見る場所は有るぞ?」

「まだまだ有るの?」

「あぁ、ここナザリックはこの世の贅を極めたからな。まだ使うには早いが、浴場なども、後で使うが良い」

「よ、浴場ってなに?」

「む。風呂には入らないのか? ナザリックの浴場は広い。存分に楽しむが良い」

 

よく分からないが、とにかく広い風呂、とネムは理解した。この後に増えた楽しみに、ワクワクが増える。

 

「そうなんだ。楽しみ!」

「ははは。では次へと向かうとするか、次は……」

 

第六階層を飛ぶか?いや、しかし……。と悩みだしたモモンガ。

その時、通路の奥からやってきたその男に、ネムは声を上げた。

 

「は、初めまして!カルネ村から来た、ネム・エモットと言います。今日はお邪魔しております!」

「ん、あぁ、やまいこさん達のお客さんか。初めまして、私はたっち・みー。たっちと呼んでくれ」

 

良く言えました、と頭を撫でるたっちに、ネムは自然と笑顔になった。

 

「モモンガさん、ここで何を?」

「あぁ、たっちさん。このネムに、今ナザリック内部を案内していましてね、次は何処にしようかと思って」

「なら、第六階層なんてどうです?これからトレーニングがてら、軽く建御雷さんとスパーリングでもするんですが」

「なるほど……。ネム、行ってみるか?私たちの戦いが見れるかもだが」

「行く!」

 

二つ返事で即答したネムに、モモンガは満足そうに微笑んだ。

指輪を起動して一足先に行ったモモンガ達に、たっちはポツリと言う。

 

「確か、なんと言ったか……。ペロロンチーノさんが言ってたが。……そうだ」

 

ちょろイン。

 

たっちはモモンガの表情を思い出して、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前は此処で何してるんだ、アルベド」

「止めないでください、ペロロンチーノ様!今私は、恋敵になるであろう女を見てるんです!」

「恋敵って……、あれは子供だぞ」

「子供だろうが何だろうが、女は女です。……あぁ、モモンガ様。そんな女にデレデレして……、もしやそういう性癖が?あぁ、どうしましょう、いっそアイテムで若返りの薬を探すとか?!」

「コイツはあれだな、ヒドインだ」



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どきっ、女だらけのイベント回(異形種含む)

皆様のコメント、執筆の大きな励みになります。
ありがとうございます。


第九階層、ロイヤルスイート。

その中の一室では、円形の大きなテーブルに、色とりどりのスイーツがはみ出ん限りに並べられていた。

 

「それでね、モモンガさんが使う魔法、凄かったんだー♪」

「へぇー。どんなことをしていたの?」

 

口の端にクリームを付けたまま、ネムは大きく手を動かして話す。

手に持ったナプキンでそのクリームを取ったのは、優しい笑顔を浮かべたやまいこだ。

 

 

「えっとね、なんか紙みたいなのが燃えた後に、すっごく大きなワンちゃんが出てきたの!」

 

 

ネムが話した内容に、やまいこはその笑顔を引くつかせる。

隣にいた茶釜を見ると、同意するように苦笑いを浮かべていた。

 

「ねぇねぇ、ネムちゃん。そのワンちゃんの名前、モモンガさん何て言ってた?」

「えっとね……、確か、けるべら、けるべる……」

「ケルベロス?」

「あ、うん。それだよ餡ころさん!」

「そっかー、やっぱりかー」

 

【ケルベロス】

第十位階魔法に相当する召喚魔法によって出てくる、三つの頭を持つモンスターだ。

強力なモンスターで、それ一体でこの辺の国一つくらい軽く滅ぼすくらいの力がある。

 

間違っても、子供に見せるために召喚する代物ではない。

 

 

これはお仕置きやろなぁ、と小声で呟いた餡ころに、やまいこはOKサインを出した。

私も混ぜろ。という意味だろう。

 

「ほらほら、エンリちゃん。これも美味しいよ?」

「い、いただきます! ~っ、美味しい……」

「甘い物大好きなんだね。よく食べるの?」

「い、いえ。普段はこんな甘味食べれません。ほとんどが果物とかです」

「……、よし、エンリちゃん。食べよう、食料庫が空っぽになるくらい!」

「えっ」

 

スイーツ追加で!と、茶釜が近くに居たメイドへとオーダーを告げる。

畏まりましたと頭を下げたメイドは、スイーツを乗せていた大きなカートを引いて、扉から出ていった。

またあのカートいっぱいにスイーツが乗ってくるのだろうかと、エンリは困惑した。

 

 

 

 

 

「それにしても、この後どうする?」

食後の一時、これ以上入らないくらい膨れた腹を擦っていると、餡ころがそう言った。

時計を見上げると、時間的にもう少ししたら就寝の準備といったところか。

 

「あ、だったら浴場ってところに行ってみたい!」

 

手を上げてそう言ったネムに、全員の視線が集まった。

浴場と聞いて、昔聞いた王国の広い風呂というのをエンリは思い出していた。

 

「んー、良いね。なら皆で行こうか」

「さんせー。ていうか、二人は着替えあるの?」

「ナザリックに有るので良いでしょう。メイドに頼んでおきます」

 

エンリが物思いに耽っている間に、トントン拍子で話は進んでいた。

え、何事?と状況が掴めないでいると、やまいこが手を引いて言う。

 

「なら次は、ナザリック自慢の浴場【スパリゾートナザリック】に案内するね」

 

スパリゾートって何?等と思っていると、エンリの視界はブラックアウトした。

 

 

「おおぅ?何だ何だ、何処のVIPが来てんの?」

 

浴場前の暖簾が掛けられた場所、主に女性側の方に、立ち塞がるようにたっているメイド数名(プレアデス含む)にるし★ふぁーが言った。

 

「はっ、只今やまいこ様、餡ころもっちもち様、ぶくぶく茶釜様、そして下等せ――お客様二名が入浴中で御座います」

「如何なる場合であっても、絶対に男性を通すなと、仰せつかってありますぅ」

「うん。ナーベちゃん、多分あのお客さんに下等生物って言ったら嫌われると思うから気を付けてね。特にやまいこさんに」

 

瞬間、顔を青くして「あれは同等、あれは同等……」と自分に洗脳するように呟いているナーベラルを見ながら、るし★ふぁーはふと思った。

 

俺、なんか久しぶりに真面目なこと言った気がする

 

その場にいた他の者も思っていたのだが、るし★ふぁーは特に気にすることもなく、そのまま男性用の暖簾をくぐった。

 

 

「ふぅ……、気持ちいぃ……」

 

肩まで湯船に浸かって、エンリはそう口に出した。

その様子を見て、同じく湯船に浸かった茶釜が言う。

 

「今日は満喫してくれたかな」

「あ、はい。色々と、ありがとうございます」

 

素直に思ったことを、そう口にした。

ネムを探すと、まだやまいこと餡ころに身体を洗ってもらっているところだった。

楽しそうに笑うネムを見て、エンリはポツリと呟く。

 

 

「あの子、最近はめっきり笑わなかったんです」

「……あの時以来?」

 

探るように聞いた茶釜に、コクりと頷いて肯定する。

 

「お父さんとお母さんが、その、死んで。前までよく笑っていたのに、急に……」

 

聞き分けのいい、良い子になった。

近所の人はそう言うが、エンリからすればそれは異常だった。

 

「だから、今日はここにお邪魔させてもらって、本当に良かったです。久しぶりに、本心から笑うあの子を見れたから……」

 

湯に映る自分の顔が、いつの間にかクシャっと歪んでいた。流れる涙を誤魔化すように、何度も顔を洗う。

 

「偉いね、二人とも」

「茶釜さん……?」

 

そんなエンリを、優しく茶釜は抱き締めた、他の者から見えないようにすると、エンリにしか聞こえないように言う。

 

「突然二人きりになってさ、生活しなさいって、私なら絶対無理だもん。それなのに、二人とも我慢して頑張ってる。それはとても凄いことだよ」

 

偉い偉い、と背を優しく叩く茶釜に、エンリは思いきり抱きついた。

胸元に顔を押し付けて必死に声を上げないように嗚咽するエンリを、茶釜はただ優しく撫でる。

 

 

正直に言って、茶釜は当初、エンリとネムのことはどうでもよかった。

友人であるやまいこが助けたいと必死だったから力を貸しただけで、自分一人ならば見捨てる気で居た。

そして、異形種になってからそんな感性に目覚めた自分を、心底軽蔑している。

 

茶釜がこの二人に構うのも、そうした自分を変えたいと思うからでもあった。

 

 

「……これからさ、何かあったらすぐに言ってね。私だけでも行って、二人のことを絶対に守るから」

「……ぁぃ」

 

 

 

これ以上、この姉妹が理不尽に巻き込まれないように、

 

そして願うなら、次からは悲し涙でなく、嬉し涙を流していってくれますように、と。

 

 

自分の胸で泣きじゃくる少女を見ながら、茶釜はそう願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、モモンガさん。ご機嫌麗しゅう」

「餡ころさん、茶釜さん、やまいこさん。どうしました、こんな時間に」

「いえ、何処かの【オーバーロード】が、小さな子供に見せるためだけに、安全性に欠ける第十位階の召喚魔法を使ったと聞きまして」

「………………キノセイジャナイデスカ?」

「ちょっと、頭冷やそうか」

「いや、頭冷やすのに【女教師怒りの鉄拳】は必要無いやちょっと待ってマジで洒落にならな」

 

その後、メチャクチャ折檻した



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つかの間の平穏

「――重ね重ね、本当にお世話になりました」

 

明くる日の昼下がり、昼食を食べ、最後にお茶会を交えてからエンリ逹はナザリックを出た。

 

メイドを引き連れてまで送りにきたやまいことぶくぶく茶釜と餡ころに、エンリは心からの礼を言う。

 

 

「いや、大したことじゃないから、お礼なんて良いよ」

「うん。私たちこそ、わざわざこんなところにまでありがとうね。……帰り、送らなくて本当に大丈夫?」

 

 

茶釜の言葉に、エンリは苦笑いをして断った。

 

ここからカルネ村までは、歩いても充分辿り着ける。確かに時間は掛かるが、そこまで危険な道のりでもない。

 

「大丈夫ですよ。森に近付かず、草原の道を通れば安全ですから」

 

心配だ。そう顔に出しているやまいこに、エンリは笑顔で言った。

 

「そっか……。なら、途中でお腹が空いたときに、これを食べて?」

 

差し出されたバスケットを受けとる。上等なそのバスケットからは、美味しそうな匂いが漂っていた。

それと、と追加で差し出された物を、今度は隣にいたネムが受け取った。

 

「やまいこさん、これはなぁに?」

「もし、危ない時とか困った時とかに、それを吹いてごらん。助けてくれるモンスターが、すぐに来てくれるから」

 

それは、小さな角笛に紐を通しただけの物だった。飾り付けに鳥の羽のような物が付いている。

 

至れり尽くせりな対応に、エンリはもう一度頭を下げた。その下げた頭をやまいこは優しく撫でる。

 

「皆さん、今回はありがとうございました!」

「お、良く言えたね。偉いぞー、ネムちゃん」

「えへへ。モモンガさんにも、色々見せてくれてありがとうって伝えてくれる?」

「うん。良いよ、伝えておくね」

 

 

また来てねー、と手を振る三人に、エンリとネムは礼をして歩いていく。

夢のような時間だったが、例え夢でも良いとさえ感じる二日間だった。

 

 

「……そうですか。もう帰ったんですね」

 

茶釜の報告に、モモンガはそう言った。

少しだけ寂しそうなその横顔に、茶釜はニヤニヤとしながら言う。

 

「あれれ~、もしかして寂しいんですか?」

「なっ、ち、違いますよ!ただ、他にも見せてやろうと思っていただけで 」

「言い訳が苦しいですよ、モモンガさん。まぁ、また来てくれるって言ってくれましたから、その時で良いでしょ」

「……違いますよ。ただ、」

 

モモンガは報告書を机に置き、茶釜へと向き合う。どこかむず痒いその感覚に言葉が詰まりそうになるが、一口で言った。

 

「ナザリックをあそこまで褒められるとは思ってみませんでしたからつい色々と見せたくなって……」

 

あー、もう。と一人悶えるモモンガ、その様子を見て、茶釜は言った。

 

「ほんとにちょろいなー……」

「へ、なんですか?」

「なーにもないですよー」

「あ、そうやってまた隠そうとしてるでしょ。ダメですよ、情報の共有は最優先でしなきゃいけないことなんですから」

「キャー、“いけないこと”だなんて、一体ナニをするつもりなの、モモンガさん!」

「ちょ、待って、変なこと言いながら逃げるんじゃない!」

 

 

執務室から聞こえる、ドタバタと走り回る音を聞いて、外に居たメイド数名はいつものことか、と苦笑いをした。

 

 

「はぅぁー……、ぁぁぁ、極楽だぁ……」

 

同時刻、第九階層にある大浴場【スパリゾートナザリック】には、一人の男の姿があった。

湯船に浸かる男の顔には、至福の表情が浮かんでいる。

ふぅ、と一息吐いていると、後ろからくる人影があった。

 

「ん、あぁ、タブラさんですか」

「おや、ヘロヘロさん。人間の姿で入っているとは」

 

タブラはそう言ってヘロヘロの近くへと湯船に浸かった。

ふぅ、と一息吐くのを待って、ヘロヘロは言う。

 

「今回のリフォームはお疲れさまでした」

「あぁ、いえいえ。こちらとしても、自由にさせてもらえて逆に礼を言いたいくらいですから」

「そうですか。……ところで、タブラさんは顔のデータ、誰をモチーフにしたんですか?」

「私ですか? 私はその辺に居そうな、平均的な顔にしましたが」

「あ、そうなんですか。僕は、前に見たカルネ村の人間をモチーフに、デミウルゴスに調整して貰いました」

 

そう言ったヘロヘロの顔を、タブラはじっと見つめる。確かに美形ではあるが、どこか、こう、

 

「(なんか、顔が死んでる……)」

 

悲壮感というか、全体的に死にかけな表情だったのだ。

 

そういやこの人、伝説の超社畜戦士だったなぁと、タブラは心の中でしみじみ思う。

 

「あれ、なんか変ですか? デミウルゴスが、長い時間真剣に考えて調整してくれたんですけど」

 

少しだけ不安そうに、自分の顔を手でペタペタと包むヘロヘロに、タブラは手を横に振って誤魔化した。

 

「(どんなにしても表情が死ぬんだから、デミウルゴスは相当焦ったろうな……)」

 

御愁傷様、とデミウルゴスの顔を思い出しながら祈っていると、ヘロヘロが伸びをして言った。

 

「そういえば、そろそろ本格的に動くらしいですね」

「ほぅ。メンバーは誰々ですか?」

「今のところの立候補は、ウルベルトさん、たっちさん、餡ころさん、モモンガさんですね」

「結構居ますねぇ。守護者がまた喧しくなりそうだ」

「ははは。まぁ、気持ちは分からんでもないですが……。タブラさんはどうするんです?」

 

湯を両手ですくい、顔を洗う。じんわりと暖めてくれる湯に頬を弛ませて、タブラは言った。

 

「私は色々としたいことがありますからねぇ。しばらくはナザリックでお留守番です。ヘロヘロさんは?」

「僕はまだ休みたいです。申し訳ないとは思うんですけどね……」

「いや、休めるときには休んだほうが良いですよ」

 

特に貴方は、とタブラは口には出さず言った。

言ったことは本心だ。別に冒険がどうでも良いとは思わないが、かといってやりたいことを我慢するつもりもない。

 

「まぁ、オンオフを大事に、やるべきことをやりましょう」

「そうですねぇ」

「では、お先に」

「あ、乙です」

 

風呂から上がり、さっさと身支度を整えると、タブラは指輪を起動する。

目指すは、ニューロニスト・ペインキルが居る拷問部屋。

 

「さーて、質問には回数制限がある、それを踏まえた上での情報収集……か。俺の種族って記憶の吸出しも可能なのかね」

 

【ブレインイーター】である自身の種族を思い出しながら、お仕事お仕事、と呟いてタブラは転移していった。

 

 

 



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異形種クエスト~冒険者編~1

冒険者編、始まります。
二話で書き上げたので、長文が多く見辛いかと思います。
その辺の改善点など、コメントしてくださったらありがたいので、どんどん御願いします。


リ・エスティーゼ王国、エ・ランテル。

 

町の中にある宿屋に、4人の人影が入っていった。

冒険者関連に活気があるエ・ランテルでは、冒険者向けの宿屋が数多くある。

だが、どれも一律という訳でもなく、最高級の待遇を施す宿屋もあれば、共同部屋でしか使えない貧相な宿屋もある。

その4人、【漆黒の剣】というチーム名で行動している彼等は、そんな宿屋の食事場で人を探していた。

 

 

「おーい、ペテルさん!」

「あ、そこに居ましたか。すみません、遅くなりました。」

 

【漆黒の剣】のリーダーであるペテル・モークは、声を掛けた者に頭を下げた。

目的の人物が座っている場所に行くと、他のテーブルからイスを調達して座る。

彼のチームメイトである、ルクルット・ボルブ、ニニャ、ダイン・ウッドワンダーも後に続いた。

 

 

「ごめんね~、ウールちゃん。待たせちゃったかな?」

「いいえ、待っていませんよ。私たちも先ほど着いたばかりですから」

「本当? でもゴメンね、お詫びに今度、美味しい飯屋にでも一緒に行かない?ご馳走するからさぁ」

「そうやって、何人の女の子に手を出したんです?」

「えぇっ。そんなことないよ、俺が手を出したいのはウールちゃんだげぶぉッ?!」

「うちの仲間が、失礼しました」

 

口説き文句を言うルクルットに、ペテルが肘鉄を落とす。もはや日常となりかけているそれに、一同は楽しそうに笑った。

 

 

「さて、それではそろそろ出ましょうか」

 

相手のチームリーダー、たっちが、イスから立ち上がって言った。

剣士である彼が荷物を整頓している姿に、同じ剣士であるペテルは、素直に思ったことを言った。

 

「たっちさん、その剣ってどこの刀匠の作品なんですか? 見たこともない剣ですけど」

「へ? あぁ、これは一族に伝わる魔剣でしてね、特殊な能力はありませんが、よく切れるんです」

「へぇー。あ、失礼しました」

「いえいえ」

 

会話もそこそこに、荷物の移動を始める。ペテル逹は外にある馬車に先に置いているが、たっち逹のチームは用意だけ済ましているようだ。

 

「チビッ子共。荷物貸せ、積んでやっから」

「誰がチビッ子ですか、僕の名前はモモです。この軽薄野郎」

「そだよー、私もアンっていう立派な名前があるんだから。このチャラ男」

「よーし、年上を敬う心構えから教えてやる、表に出ろ」

「ルクルット、またペテルの肘鉄を食らいたいんですか?」

 

双子だろうか、よく顔付きが似ている10歳程の二人の子供の荷物を、ルクルットがひょいと担いで運んでいた。

その後ろではダインが、今回の依頼についてたっちと話している。

 

「それでは、ンフィーレア・バレアレさんのところまで行きましょうか」

「心配ご無用。既に呼んで、外の荷馬車に待機して貰っているのである」

「あ、そうでしたか。すみません」

「こちらも、今回はそなた達の依頼に付いて行かせてもらうのだから、当然のこと。気にしないでほしいのである」

 

柔和な笑みを浮かべるダインに、たっちは軽く頭を下げた。その隣を、ルクルットに荷物を運んでもらったウールが近付く。

 

「でも、この人数では荷馬車一台は厳しいですよね。簡単な荷馬車を借りてから合流するので、【漆黒の剣】の皆さんは先に行って貰えますか?」

 

ウールの言葉に、ペテル逹は分かりましたと頷く。合流地点を決めてから、二手に別れて行動した。

 

 

 

 

「――さて、第一段階クリアーですね。モモンガさん?」

 

【漆黒の剣】を見送りながら、ウールは隣に立つ子供のモモに問う。

モモ――、モモンガは、浮かべていた笑顔を無機質な物にしながら言った。

 

「えぇ、取り敢えずは。薬師であるンフィーレアを上手く誘えましたからねぇ。……ていうか、僕まで子供の姿になる必要なかったんじゃ?」

「えー。モモンガさん、結構はまり役でしたけど?可愛いじゃないですか、モモちゃん♪」

「見た目のモチーフはアウラとマーレですけどね」

 

アン――餡ころが、マーレの顔で天真爛漫な笑みを浮かべて向き直る。その二人のやり取りに、ウール――ウルベルトがため息混じりに口を出した。

 

「まだお二人は良いでしょう。私なんて女性ですよ、女性。大体この中なら餡ころさんが性別的にも適任でしょうに」

「えぇー。アン、小さいから分かんなーい」

「くっ……。あの時じゃんけんに負けなければ、こんなことには」

 

 

暗い顔をしてそうぼやくウルベルトに、たっちは御愁傷様と合掌した。

 

 

ナザリックでのこと。

 

 

「断固反対で御座います!」

「そうです! いくら至高の方々のご命令といえども、それだけは譲ることは出来ません!」

「ナザリックの外に出るのであれば、シモベを側につけて出ることは、我々との約束でありましょう!」

 

顔を真っ赤にして口々にそう言う守護者やプレアデスの面々に、モモンガはやっぱりか、と頭を抱えた。

 

冒険者としての活動。

 

それが、次の行動予定として組み込まれていた。

冒険者として行動し、プレイヤーの発見を第一、次にはこの世界の特産品である【武技】、【タレント】の中でも優秀な者、唯一無二な能力を持つ者とのコネクション作りが目的であった。

 

メンバーは、たっち、ウルベルト、餡ころ、モモンガという、万が一プレイヤーとかち合っても冷静に対処出来る人間を厳選した。

 

その段階でデミウルゴスら守護者に勘付かれ、観念して白状した結果、こうして怒られている状況に至る。

 

「(デミー、“正直に言ってくだされば怒りませんよ”とか言ってたのに、嘘つき)」

「(そんなの、嘘つきの常套手段でしょ。学生の時先生から教わりませんでしたか?)」

 

「聞いておられるのですか?」

 

「「聞いてます」」

 

そこまで話した時点で、たっちが口を開いた。

 

「だがな、私たちは危険な所へと進むかもしれん。そこにお前たちを連れていって、万が一があればどうするんだ」

「その時は、私たちが盾となりましょう。至高の方々を御守りするのが、我らシモベの役目であります」

 

 

「それをするくらいなら、私は死んだ方がマシだ」

 

 

突然発せられたたっちのはっきりとした言葉に、守護者一同が言葉を失う。

守護者の言い分に思うところがあるのか、ウルベルトも口を挟んだ。

 

 

「何度も言うが、お前たちは私たち41人のかけがえのない宝だ。どんな宝物だろうが、お前たちの前では霞むくらい、大切に思っている。……それを、死ぬのが本望だと軽々しく言うんじゃない!」

 

 

ウルベルトの一喝に、一同はビクリと震え上がる。真っ青な顔をして、今にも泣きだしそうな数名の表情を見てモモンガは考える。

 

確かにその通りだけど、コイツらの言いたいことも分かるんだよなぁ。

 

たっちも、ウルベルトもそれを分かってはいるがそれでも譲らない両者に、隣にいる餡ころがポツリと呟く。

 

「親の心、子知らず。子の心、親知らず」

 

その言葉に、モモンガは苦笑いをする。確かにその通りだと。

 

彼等が落ち込んでいる姿を見たくないモモンガは、必死に頭を回していった。

 

 

「だが、私達がお前達の気持ちを上手く汲めず、勝手な行動を起こそうとしたのは事実。今回は双方の納得の行く提案をして、それで手打ちとしないか?」

 

「……ふむ。賛成です」

 

「……寛大な御心、狭小な我らシモベの不敬をお許し下さり、更には我らの言葉を受け入れて下さるその懐の深さ、深く感謝致します」

 

 

その結果。

 

至高の方々だけで行くのは(不本意ですが)了解した。

 

ただし。日々の連絡、位置情報のマーカー、ステルス機能のあるシモベ数体の(影ながらの)護衛、

 

どれか一つでも問題が発生した場合、すぐさま滞在先である王国を襲撃する

 

 

一見やり過ぎだと思う対処に、最初は反対の意見が出たが、ならば守護者を数名同行させろと言い出したため、渋々了承した。

 

 

 

「さて……。それでは次は、キャラクターメイクと行きましょうか」

「ですね」

 

ウキウキと上機嫌なモモンガと餡ころの言葉に、たっちとウルベルトの二人が怪訝な顔をする。

このままでも良いだろうという二人に、モモンガは説明した。

 

「冒険者のチームでは、基本は4~5人程度で1チームというのが普通のようです。その中でも、男女比は男オンリー、女オンリー、男女同比のどれかがほとんどなんです」

「むさい男が多いより、美人が数人居た方が良いでしょ?事実、【蒼の薔薇】っていうチームは、美人が多いって有名らしいですし」

「というわけで……、女体化する人をじゃんけんで決めましょう!」

「「はぁっ?!」」

 

驚きの声を上げる二人を尻目に、モモンガはじゃんけんの準備をする。

出さなきゃ負けよ、と餡ころが強引に仕切り始め、ええいままよと突き出した。

 

 

「本当に、一生の恥ですよ」

 

ゴロゴロと荷馬車の車輪が転がる音を聞きながら、モモンガはウルベルトの腰に手をポンポンと置いた。

 

場所は国外、依頼内容は、“ンフィーレア・バレアレを、薬草採取の間護衛せよ”との事だった。

王国内でも有名人であるンフィーレア・バレアレは、優秀な薬師である他に、【どんな魔法アイテムでも使用できる】という、凄まじいタレントを持っている。

 

そんな有名人からのご指名で破格の依頼は、この世界の金銭が欲しいのと、コネクション作りをしたいナザリック勢からすればまたとないチャンスであった。

 

 

「まぁまぁ、公平なじゃんけんでの結果ですから」

「それに、モテるから良いじゃないですかー、ププッ」

「貴女分かっててやってますよねぇ……ッ」

 

 

そんな風にやり取りしていると、前方にいる【漆黒の剣】、ルクルットの声が聞こえた。

 

「敵襲! 敵はオーガ、ゴブリン数体!」

「またか」

 

王国の外に出てからというもの、森のなかでもないのによくモンスターに出くわすことが多かった。

それも、比較的強力といわれているオーガもよく出現している。

 

面倒くさ、と思いながらも行くと、もう戦闘は終わったも当然だった。

前方でンフィーリアの護衛についているたっちが、ほぼ一人で圧倒しているのだ。

最初は驚愕したが、もはや見慣れたその光景に、【漆黒の剣】のメンバーも苦笑いをするだけだ。

 

「たっちさん、少しは僕らにも通してくれて良いんですよ?怪我したら困るでしょう」

「いえ、これも修行の一環ですからね。では、申し訳ないが後は頼めますか?」

「任しといてくれよ。入れ物貰えるかい?」

 

ルクルットが差し出した手に、たっちは皮袋を手渡した。それを手にしたルクルットが、小振りなナイフを片手に、倒したモンスターへと近付く。

 

 

ふんふんと鼻唄混じりに勲章(モンスターの耳など)をスパスパ切っていくルクルットに、モモが話し掛けた。

 

「それにしても、手際良いですねぇ。経験ですか?」

「まぁな。モモとアンも覚えといた方が何かと良いぞ。モンスターの中には、素材が高く売れる物があるしな」

「へぇ、例えば?」

「もう少しで冬季が来るからな、そうなりゃ獣系の毛皮は高値で売れる。この辺なら【ウルフ】や【ベア】がそれだ」

 

魔獣なら値段は更にドン、だ。

とルクルットは言った。

 

「(なるほど、需要と供給が重要なのは、どの世界でもやはり変わらないみたいだな)」

 

ユグドラシル金貨は腐るほどあるが、この世界の金貨は無一文に等しいナザリック勢として、こういった冒険者の話は勉強になる点が多い。

 

【漆黒の剣】の彼らと出会った経緯も、依頼内容と依頼金が釣り合っているか分からないときに、親切に教えてくれたのが始まりだったのだ。

 

 

 

「さて、ではそろそろ行こうか」

 

たっちの言葉に、剥ぎ取った素材を入れた袋を荷馬車へと放り込む。

これより他に薬草を入れるから、荷馬車を二台用意しておいて良かったと感じた。

 

「そろそろ、少し休憩しませんか? この辺りに、僕の知り合いが居る村があるんです」

 

ンフィーレアのその提案に、全員が顔を縦に振った。道のりは長いし、確かに一度長めの休憩をとった方が良いだろう。

 

「そうですね。ではその村にお邪魔させてもらいましょうか。因みに、村の名前はなんて?」

 

「あぁ、カルネ村といいます」

 

頑強そうな塀に囲まれたその村は、以前聞いたことのある村だった。

 

 

「……問題はないようね」

 

【遠隔視の鏡】でモモンガ一行の姿を見ていたアルベドは、側に居たデミウルゴスへと、確認の言葉を放つ。

 

「えぇ。【メッセージ】での定時連絡にも矛盾はありません。上空での警護に当たっているアウラのシモベも、問題はないと」

 

「そう……、なら安心だわ」

 

ふぅ。と今日何度目か分からないため息を吐くアルベドに、デミウルゴスは訊ねた。

 

「アルベド、君は少し気を張り詰めすぎではないかね。上空、地下、地上……、これ以上ないくらいの警備を敷いたんだ、少しは余裕を持ってだね」

 

「あぁ、いえ、違うわデミウルゴス。……私は、嬉しいの」

 

「……嬉しい?」

 

アルベドは乱れた髪を整えて、また【遠隔視の鏡】へと視線を向ける。

 

「貴方も分かるでしょう。最近のモモンガ様は、本当によく笑うようになった。至高の方々の帰還によって、日々の生活を、本当に楽しそうに」

 

「……えぇ、それには同意です」

 

デミウルゴスは、思い出すように目を細めた。他の至高の方々が居ないナザリックで、毎日のように一人で出掛けては、また一人で帰ってくるモモンガを思い出して。

つまらなそうに過ごしているその姿に、当時は胸が痛む思いだった。

 

 

「正直に言って、私はあの御方の事を愛しているわ。そう創られたとか関係なく、このナザリックを守って下さったあの御方を。死の絶対的な権限をお持ちでありながら、私たちに惜しみない愛情を注いで下さるあの御方を」

 

アルベドの言葉に、デミウルゴスは心から同意した。

先日受けたウルベルトからの一喝は、本当に我らの事を思って下さることだからと、深い反省と共に理解した。

 

だが、だからこそ我らは命を賭けて至高の方々を守り、ナザリックの繁栄に尽くす。

それこそ、シモベである我らが抱く絶対的な忠誠。

 

 

「愛しいあの御方は、もし他の至高の方々が傷つけられでもしたら、酷く悲しみ、激しく怒り、そして……消沈するでしょう。だから、ここまで気を配るの」

 

「なるほど、それは当然のことだね。……失礼、タブラ様から御呼びを受けた、失礼するよ」

 

「えぇ、タブラ様によろしく伝えといて貰える?」

 

「分かったよ。では」

 

 

デミウルゴスが扉から出ていくのを見送って、アルベドはポツリと呟く。

 

「モモンガ様、貴方は、本当にままならない……。だからこそ、私が、この手で……」

 

【遠隔視の鏡】へと差し出した指で、モモンガの顔を優しくなぞる。

じっくりと、じっくりと、優しく……。

 

 

 

 

「いやぁ、まさかたっちさんがネムと顔見知りだったなんて」

 

「あ、あぁ。以前、会ってね、はは」

 

ヤバイ。その一言が4人の中を駆け巡った。

エンリとネムがナザリックに以前来たとき、ネムがたっちに出会っていたのだ。

 

 

「あ、たっちさんだ!」

 

 

ネムに会ったときの、たっちさんのやべぇ、やっちまった顔は、今でも忘れられない。

 

 

「(大体、カルネ村に来ること自体が想定外だよ。しまったな、ナザリックのことがバレたら、芋づる式に……)」

「(今更記憶改竄はマズイでしょうしね……)」

 

もしバレたら、その時は……。と考えていたとき、ンフィーレアが頭を下げた。

 

「カルネ村を救っていただいた方に、僕からもお礼を言いたいんですが、伝えて貰えますか?」

 

「……えぇ、伝えておきましょう」

 

「ありがとうございます!」

 

そう言って、荷馬車の方へとンフィーレアは歩いていった。

たっちがこちらを向いて一言。

 

「世間って、狭いもんですね」

 

そうですね。と声には出さず、全員が頷いた。

 

 

〰〰〰

 

 

「ここに、森の賢王が?」

 

トブの大森林。カルネ村から近い場所にあるそこは、森の賢王と呼ばれる伝説の魔獣がいることで有名だった。

だが、テリトリーに入りさえしなければ比較的温厚な性格らしく、その魔獣によっての被害はそこまでないらしい。

カルネ村がモンスターによる被害が少ないのも、森の賢王の縄張りに近いからというのもあるそうだ。

 

「そうみたいですね。……すみません、僕の我が儘で、迷惑を掛けてしまって」

「いいえ、ンフィーレアさんの作る【ポーション】のおかげで、助かる冒険者も居るんですから、その手伝いが出来るのは光栄なことですよ」

 

ウールがニコリと微笑んでいう。

その姿に暫し見惚れ、そしてぶんぶんと頭を振った。

 

 

「……何か来る。真っ直ぐこっちに向かってるぞ!」

 

ルクルットの言葉に、全員に緊張が走った。

すぐに動いたのはたっち。剣を抜くと、前線に立ち塞がる。

 

「すぐに行ってください。私たちはここで、森の賢王を足止めしますから」

「森の外で待っていて下さいね。アン、モモ、サポートを頼むよ」

「はーい」

「分かりました」

 

 

手慣れた様子で配置に付き、いつでも戦闘を始められる4人に、ンフィーレアは叫んだ。

 

「で、ですが、森の賢王はなるべく殺さないでください!居なくなれば、村への被害が――」

 

「分かってますよ。安心して」

 

こちらに振り向かず言ったたっちの言葉に、ンフィーレアはお願いしますと走り出す。

 

森の賢王が森の外に連れ出されたのは、それからすぐのことだった。

 

 

 

 

「ハロー、カジッちゃん?」

 

【ズーラーノーン】の基地の一つに、その人影はあった。

女、クレマンティーヌは、基地の奥へと軽快な足取りで進んでいく。

手には細身のアクセサリーが握られており、自慢気に握り締めていた。

 

「クレマンティーヌか。何のようだ」

「やだなぁ、そんなに怖い顔しちゃやーよ。……少し、提案があってさぁ」

 

男、カジット・デイル・バダンデールは、クレマンティーヌを面倒くさげに見る。

性格破綻者として名があるクレマンティーヌを、あまりよく思っていないのだ。

 

「近いうち、この国ででかいことするんでしょ?それに混ぜて欲しいなーってね」

「……貴様、よもやワシの計画を邪魔するつもりじゃなかろうな」

「いやいや、逆に応援するつもりで来たんだよ、これを持ってね」

 

手にしていたアクセサリーを、カジットの目の前に差し出す。それを見たカジットの表情が驚きに変わった。

 

「それは、スレイン法国の最秘宝の一つ、【叡者の額冠】じゃないか!どうしたんだ」

「まぁ、奪い取ってきたんだけど……。そんなことはどーでもいーやぁ」

 

ズイ、と身をカジットの方へ寄せ、楽しげに声を上げる。

 

ニタリと、狂ったような笑みを浮かべてカジットへと訊ねた。

 

「これと“適合者”があれば、発動できるんだよねぇ。【死者の軍勢】」




因みに
ウール→ナーベラル
モモ→アウラ
アン→マーレ
のモチーフとなっております。
たっち・みーはセバスを若くした感じ


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クエストの報酬~冒険者編~2

今回で冒険者終了。



「いやぁ、某、殿達に仕えることが出来て光栄で御座るよ」

 

人より二回りはデカいジャンガリアンハムスター、元【森の賢王】が、髭をひくつかせながらそう言った。

現在二つの荷馬車を、エ・ランテルへ向けて引かせているが、行きより早く帰れそうだとたっちは喜ぶ。

 

 

「すまないな、ハムスケ。エ・ランテルへと帰ったら充分休憩をしてくれ」

「この程度朝飯前で御座るよ。それより、次の分かれ道はどっちで御座るか?」

「あぁ、右の方へ行ってくれ」

 

 

ガラガラと音を立てながら、荷馬車が移動する。

荷馬車で座っていたモモが、【メッセージ】で話した。

 

「(森の賢王というからどんなのと思いきや、まさかハムスターとは)」

「(まぁ、可愛いから良いんじゃないですか? モフモフしてて気持ちいいし)」

「(いや、そこは選考基準じゃないですけど……)」

 

上機嫌でいるアンは、現在ハムスケの背中側をモフモフと楽しんでいた。

嫌がるかと思ったが、尻尾がフリフリとリズミカルに動いており、特に問題はなさそうだ。

 

 

「(まぁ、賢王とかいうわりには頭良さそうじゃないですけどね)」

「(ルプスレギナと同レベルじゃないことを祈るのみです)」

 

と、ルプスレギナが聞いたらショックを受けることを話していると、荷馬車が止まった。

見ると、エ・ランテルの門付近に到着していた。

 

 

「流石は【森の賢王】、あっという間に着きましたね……」

「これだけの荷物がありながらあの速度だったのである。普通の馬ならまだ着かないのである」

 

 

【漆黒の剣】の二人が、そんなことを言いながら荷馬車を降りる。

ンフィーレアが乗っている荷馬車へと移動すると、こちらに向いていった。

 

 

「それでは、僕達はこれから積み荷を下ろしてきますので、先にギルドの方で魔獣の登録をどうぞ」

 

 

簡単に言うと、そんだけ凄い魔獣を使役してるんだから、凱旋がてら自慢してこい。という意味である。

 

 

【漆黒の剣】と二手に別れた後で、ある問題が発生した。それは――

 

 

「凱旋って言うなら、誰かがハムスケ背中に乗るんですかね」

 

 

というモモの一言だった。

 

 

「たっちさん、リーダーとしてバシッと決めちゃって下さい」

「いえいえ、ウールさんのような美女が乗った方が、絵になるというものでしょう」

「モモ君、ハムスケに乗りたいって?仕方ないなぁ」

「やめて?!抱えて乗せようとしないで!俺子供じゃないから!オッサンがメリーゴーランド乗るだけだから!」

 

「と、殿達。某には乗りたくないで御座るか……」

 

ギャーギャーワイワイと騒いでいると、ある異変に気付いた。

 

一人足りない。

 

「やぁろぅ(アン)……、逃げやがったな……」

 

テヘペロ♪ としているであろう彼女の顔が、三人の脳裏に浮かんでいた。

 

〰〰〰

 

「わざわざありがとうございます。積み荷を下ろし終わったら、果実水でもどうぞ」

 

ンフィーレアの言葉に、【漆黒の剣】一同から喜びの声が上がる。

 

「本当?やったぜ」

 

追加でもう一人だが。

 

「って、アンちゃん?! どうしたの、迷子にでもなった?」

「違うよー。アン、ンフィーレアさんのお手伝いしてあげようと思って、着いてきたの」

 

えへへ、と笑う彼女に、仕方ないなぁと一同は苦笑いをする。

また後で合流するし、その時にでも引き渡せば良いだろうと納得した。

 

「なら、この薬草を持っていってくれるか?ンフィーレアさんについて行ってくれ」

「はーい」

 

ルクルットから手渡された、薬草をいれた小さな壺を持って、隣にきたニニャと共に運んでいく。

カンテラでこちらを照らすンフィーレアが、すぐに目に入った。

 

が。

 

「だ、誰ですか、あなた」

 

「誰って、お姉さんを待たせといて言うことがそれだけ?キミ、そんなんじゃ女の子にモテないよ」

 

奥へと続く扉から現れたソレは、今のンフィーレアの家には明らかな異物だった。

 

 

「どうした?!」

「ンフィーレアさん、下がって!」

「距離を取るのである!」

 

 

空気の異変を感じ取ったのか、ペテル、ルクルット、ダインが武器を構えて女性とンフィーレアの間に割り込む。

その様子を見て、女性は楽しそうに身を震わせた。

 

「んっふふ、楽しくなってきた。……アタシの名前はクレマンティーヌ、よろしくねぇ」

 

そう名乗ると同時に、腰に付けたスティレットを抜く、その動作に【漆黒の剣】に緊張が走った。

 

「ニニャ、ガキ共連れて逃げろや!こっちは俺達が時間稼ぐからよ!」

「そうです!そして、冒険者組合にいるたっちさん達を呼んできて下さい!」

 

己の武器を構え、簡単なフォーメーションを組む三人。ンフィーレアとニニャの二人が恐怖と混乱で動けないでいると、入り口のドアが開いた。

 

「クレマンティーヌ、いつまで時間を掛けるんだ。さっさとせぬか」

 

ローブを纏った魔術師風の男が、そのドアから顔を覗かせる。

挟み撃ちの形にされた【漆黒の剣】に、クレマンティーヌが言った。

 

 

「大人しくそこのンフィーレア君を渡してくれれば、楽に殺してあげ――」

 

最後まで語られず、クレマンティーヌは体を即座にしゃがみこませる、その場所を凄まじい速度で拳が通過した。

小柄なアンが、その見た目とは大いに違う身体能力でクレマンティーヌに肉薄していた。

 

「皆さん、ここでは分が悪い、逃げましょう。【集団全能力強化】」

「てめぇ魔術師か!【能力向上】」

 

アンが唱えた魔法を見て、クレマンティーヌはすぐさま武技を発動させる。

【集団全能力強化】によって能力が上がった【漆黒の剣】は、逃げ道確保の為カジットを排除せんと肉薄した。

 

 

「くっ……、クレマンティーヌ、この際ここで儀式をしてしまえ!」

 

「チッ……、どけよクソガキぃ!」

 

スティレットを構えたクレマンティーヌが、アンへと素早く接近する。

スティレットの一撃が来ると、カウンターで拳を叩き込む算段をしていたアンは、目を見開いた。

 

「(あれ、狙いは私じゃない……?)っ、ンフィーレア君!」

 

「【能力超向上】、もらったぁ!」

 

気付いたのが遅かった。スティレットをこちらへ目眩ましに突き出したクレマンティーヌは、そのままンフィーレアの元へと接近していた。

 

【能力超向上】によって速度も尋常じゃなく上がったクレマンティーヌに、近くにいたニニャも反応出来ていなかった。

 

 

ズブリ、とクレマンティーヌの指先が、ンフィーレアの両目にめり込む。

 

薬師店から聞こえる少年の悲痛な叫び声は、外にいる誰の耳にも届かなかった。

 

〰〰〰

 

「はぁ~……、やっと終わった」

 

ギルドの組合から出てきたたっちの一言目はそれだった。

ハムスケに写真代をけちった為、似顔絵を書くために時間が掛かったのだ。

 

「では、ンフィーレアのところへ行きましょうか」

「えぇ、今餡ころさんに連絡を――っと、ナイスタイミング…………えぇっ?!」

 

突然驚きの声を上げたモモに、ウールが問う。

 

「どうしました?」

 

「餡ころさんから……、ンフィーレアが誘拐されたと」

 

 

「ごめんなさい。油断してました」

 

宿屋に戻ってすぐ、餡ころは三人に頭を下げた。

普段の元気も鳴りを潜め、落ち込んだ様子でシュンとしている。

 

聞けば、クレマンティーヌという女にンフィーレアが抵抗力を奪われた後、【叡者の額冠】というユグドラシルでは存在しない魔法アイテムを使用され、そのまま逃げられたらしい。

 

「いえ、他の者も庇いながらということで、死んだものも居なかったし良かったじゃないですか」

 

「そうですよ。とりあえず、【漆黒の剣】の皆さんにリィジー・バレアレに連絡してもらってますし、こっちも出来ることをしましょう」

 

ウルベルトとたっちの二人が餡ころを慰めている間に、モモンガは捜索の準備をしていた。

この町の地図を宿屋のカウンターで借り、それをテーブルに広げる。

 

「餡ころさん、ンフィーレアに、【マーキング】はしてますよね」

「えぇ、急だったので簡単な物ですが……、反応ありますか?」

「これからしますので分かりませんが……、【マーキング】してるならそれの跡が残るはずです」

 

モモンガが魔法を行使し、次々に羊皮紙を消化していく。

ンフィーレアに付けた【マーキング】は、町の隅にある墓地を表示していた。

 

「さて、それでは顔合わせと行きましょうか」

 

〰〰〰

 

「おぉ、お前さん達が【漆黒の剣】が言っておった者達か!」

 

突然聞こえたその声に、たっち達四人は振り返る。

そこには、一人の老婆、リィジー・バレアレの姿があった。

 

「何でも、腕が立つ者達というではないか。頼む、今はこれだけしか出せないが、孫のンフィーレアを助け出してはくれないか」

 

懐から布袋を取り出すと、それをウールへと差し出した。

金額にして、金貨百枚。ぽんと出せる値段ではないが、それだけリィジーの覚悟が見れた。

ならば、今が好都合だな。と近くにいたモモが口を挟む。

 

「我々は、そんなものより他の物を必要としているんだ、リィジー・バレアレ」

「な、なんじゃ。……お主、本当に子供か?」

 

その身体から突如醸す雰囲気に、リィジーはたじろぐ。だが、モモの目から発する只者ではない気配に、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「何を、欲しいのじゃ?」

「俺達が望むものは、お前とお前の孫、ンフィーレアのこれからの人生、その全てだ」

「こ、殺すのか?」

「バカいえ、ならわざわざ助ける必要もないだろ。お前達の持つ、【ポーション】製作のスキルを、俺達の為に行使しろ。その為の施設も、金も、望むもの全てを用意してやる」

 

モモが懐から取り出した【ポーション】を、リィジーへと手渡す。それを見たリィジーは、驚きで目を見開いた。

以前、ンフィーレアを誘い出すために使ったユグドラシル産の赤い【ポーション】だ、これを適当な冒険者に鑑定に行かせたところ、簡単にンフィーレア達は食いついた。

 

「こ、これは……。まさか、お前達が所有していた物だったとは」

「あぁ、そして、これからはお前達が作っていく【ポーション】だ。……どうする、この手を取るか、振り払うか?」

 

ゆっくりと差し出されたモモの手を、リィジーは少しだけ見つめた後、力強く握った。

 

「孫を、頼む」

 

「契約成立だな。……安心しろ、我らは約束を違えない」

 

「……そういえば、名は?主らのチーム名はなんという」

 

足早に去る中で、モモがこちらを振り向いた。

ニヤリと、全てを嘲笑うように笑う。

 

「我らの名は、【アインズ・ウール・ゴウン】。いずれこの世の全てを馳せる名だ、覚えておけ」

 

【アインズ・ウール・ゴウン】

 

かつてユグドラシルにおいて悪名を轟かせたギルド名が、形を変えて再臨する。

 

 

 

「冒険者はまだ来ないのか?!」

 

墓地の監視にあたっている兵士の一人が、そう怒鳴った。

普段はアンデッドの出現がほとんどない墓地だが、今夜は違った。

 

「■■■■■■――!!」

「ひぃッ?!」

 

眼下から人垣のような物を形成するアンデッドの群れに、同僚の一人が悲鳴を上げる。

その中でも一際大きなアンデッドが、舌の様なものを伸ばして絡み付いてきた。

 

「い、イヤだぁ!死にたくない、死にたくないぃ!」

 

バタバタと暴れる兵士、側に居た兵士が何も出来ずガタガタ震えていたとき、一本の剣が到来した。

ヒュッと音を立てたソレは、その巨体なアンデッドへと突き刺さる。

 

「ふむ、【集合する死体の巨人】か、中々に面倒なのがいるな」

「数だけワラワラと居るようなものだけですけどね。どうします、範囲魔法で吹き飛ばしますか?」

「それだと目立ちすぎでしょう。ある程度数を減らしながら、中央突破で敵を引き付けますよ」

「了解です。なら、先行はたっちさん、お願いできますか?」

「任されました」

 

突然現れたその四人組は、そう言うと監視台へと上がってきた。

その中の一人、たっちと呼ばれた男が、兵士へと告げる。

 

「これからこの中に入って、この騒動の首謀者を捕らえます。その後で、他の冒険者に入るよう指示して貰えますか?」

「え、は、入る?!この中に?!危険だぞ!」

「先程の光景を見たでしょう。大丈夫ですから」

「しかし、カッパークラスの冒険者が……」

 

兵士のその言葉に、たっちの隣にいた女性が口を挟む。

 

「悪いが、私たちはこれでもアダマンタイトクラスはあると自負している。それに、危険だからと尻込みするのは冒険者じゃないだろう?」

 

「そういうことです。じゃあ、行きますよ!」

 

たっちの号令に、四人組はそれぞれアンデッドの群れに飛び込んだ。

中には子供の姿もあった。凄惨な光景になるのでは、と兵士は目をつぶったが、聞こえてきたのは地響きにも似た衝撃音。

 

どんな魔法、武技を使ったのかと想像させるその光景は、大量のアンデッドが着地地点を中心にバラバラに吹き飛んでいるというものだった。

――見間違いでなければ、それはただ地面を思い切り殴り付けたような、そんな雰囲気を放っていた。

 

「さーて、数も多いし、一気にやりますよ!【死者の軍勢】なら、そのうち上位アンデッドも来ますからね!」

「私はそれはそれで面白いと思いますが……、ま、良いでしょう」

 

そんな会話を聞いて、兵士の膝はガクガクと震え、そして崩れるように膝をついた。

 

俺は今、神話の誕生を垣間見ているのか?

 

夢ともいえるその光景に、兵士はぼんやりとそう考えていた。

 

 

「――誰だ、お前達は」

 

墓地のなかにある奉納殿付近に、カジットの姿はあった。周囲には同じようなローブを纏った者が数名存在し、カジットを守るように立っている。

 

「【アインズ・ウール・ゴウン】だよ。カジットさん?」

 

現れた四人組の一人の子供、アンがカジットを睨み付ける。

アンを見たカジットが何か言う前に、奉納殿から躍り出た者がいた。

 

「見付けたぞぉ、クソガキ。さっきはよくも邪魔してくれやがってよぉ」

 

怒り狂っているソレは、クレマンティーヌだった。身に付けているローブを取り払うと、その下の装備が露になる。

身に付けているビキニアーマーには、冒険者の代表的な持ち物であるプレートが、狩猟品として無数に貼り付けられていた。

 

「このクレマンティーヌ様に恥かかせやがって、てめぇをなぶり殺した後に、そのプレートもコレクションにしてやるよ!」

 

「そう……。なら、ウールさん、モモ。そっちのカジットは任せるよ。たっちさんと私で、クレマンティーヌを担当するから」

 

そう言うと、スタスタと別の開けた場所へと歩いていく。それにたっちとクレマンティーヌが続いた。

 

「チッ……、クレマンティーヌの奴め、計画を失敗する気か」

「安心しろ。俺達が来た以上、お前達の計画など水の泡だ」

「ほざけ!貴様等、奴を殺――」

 

カジットが周りの部下に発破をかける前に、目の前を稲光が覆った。慌てて防御魔法で防御するも、多少の火傷を負う。

 

「――おや、死ななかったようですね。意外としぶとい」

「いや、ウールさん目的分かってますよね?!消し炭にしたらダメですよ?!」

 

こちらを睨み付けるカジットを無視して、言い合いを始める二人に、カジットの中で何かがキレた。

懐から取り出した【死の宝珠】を掲げ、魔法を発動する。

 

「馬鹿が。出でよ、【骨の竜】!」

 

大量の人骨で形成されたソレが二体、地中と上空から現れた。

そのモンスターの名前に、二人が表情を変える。

 

「【骨の竜】、か。また面倒臭いモンスターを……」

「二体居ますし、一人一体ずつって事で」

「いや……、どうでしょう。タイムアタック方式でしませんか?」

「……フレンドリーファイアーは解禁されてますから、範囲魔法は止めてくださいよ?」

「…………、運が良ければ、当たりませんよ」

「おいコラ」

 

並みの冒険者であれば、いや、アダマンタイトクラスの冒険者であっても逃げ出す者がいる【骨の竜】を前にして、軽口を叩く二人に、カジットは怒鳴った。

そうでもしないと、自分の今までの努力を馬鹿にされているような、そんな気分になったからだ。

 

「貴様等、【骨の竜】を前にその態度、ふざけているのか!」

「ふざけてなんていないさ、歴然とした力の差を理解できないのか?カジットとやら」

「なんだと……ッ?!やれ、【骨の竜】!」

 

二体の【骨の竜】を、モモとかいう子供へと殺到させる。

数秒後には、地面のクレーターに、潰れて煎餅のようになっているか、ミンチになっているかのどっちかだ。

 

が、【骨の竜】は、そもそも近付くことさえ出来なかった。

四肢を分断され、叫ぶ間もなく一瞬でバラバラにされた二体の【骨の竜】に、カジットはしばらく何が起こっているのか理解できなかった。

 

「え。え、……え?」

「なんだ。理解できないのか?」

 

モモが、その顔を愉悦に歪ませて言う。

 

「まずは第十位階魔法【時間停止】で時を止めた後、同じく第十位階魔法【現断】を【魔法遅延化】で複数発動させただけだが……。聞いているのか?」

「……何か、聞いてないですね。ていうかモモさん、【時間停止】使うとか卑怯でしょ!」

「範囲魔法で開幕ぶっぱしようとしたあなたが言うな!」

 

 

ギャーギャーとカジットをそっちのけで騒ぐ彼等に、最早カジットは何も言えなかった。

それだけ次元の違う出来事に、脳が処理できていないのだ。

 

カジットが意識をはっきりと取り戻したのは、己の持つ【死の宝珠】を奪われたと気付いてだった。

 

「なっ、か、返せ!」

「ダメだ。これは【死の軍勢】に使う魔法アイテムだろう、没収だ」

「お前は取り合えず、向こうの相手をしてやれ」

 

ウールに首もとをガシリと掴まれ、思い切り投げ飛ばされた。

数秒空を舞った後、地面へと叩き付けられる。

 

ふらつく頭を抑えて立ち上がると、目の前に無数のアンデッドが近付いていた。

苦痛と生者への憎しみや恨みを露にするソレらを見て、カジットは後退りする。

声にならない悲鳴を上げるも、その肩を別の何かに掴まれた。怯えながらも振り向くと、そこには別のアンデッド。

 

「い、嫌だ。ワシはまだ死ねん!まだやらねばならぬことがあるのだ!」

 

魔法を使用し、付近にいたアンデッドを吹き飛ばす。最早コントロール出来なくなったアンデッドの軍勢は、カジットの事を敵としか認識していなかった。

 

「やめろっ、来るな、来るなっ!」

 

カジットの脳裏に、不意に思い浮かぶ。自らの目的、あの日救えたはずの母親を、生き返らせるという目的。

死の間際に見る走馬灯だと認識して、カジットは必死に頭を振った。

 

生きたいなら立て、コイツらの足は遅くない、走りながら魔法を使用し、門から脱出する。

 

カジットの願いとは裏腹に、足は全く立とうとする気配すらしなかった。役割を忘れたように、プルプルと震えるだけである。

 

「あ、あ……ぁ。お、おか――」

 

カジットが最後に見た景色は、愛しい母親――ではなく。

 

こちらに嬉々としてかぶりついてくるアンデッドの姿だった。

 

 

「んー、あの武技っての、結構厄介だなぁ」

「なら交代しませんか?私も興味があるんですよ、彼女程の実力者、そう居ないでしょうし」

「えぇー。たっちさん結構大暴れしてるのに……。ま、良いですけど」

 

ぶつくさ言いながらその場を退いたアンに、たっちが苦笑いしながら登場する。

その様子に、クレマンティーヌは舌打ちして言った。

 

「おいおい、余裕ならそのまま戦いなよ、何強者ぶって勝手に退場してんだ、クソガキ」

 

「クソガキクソガキってうるさいなぁ。それしか言えないの?それとも弱い者虐めしか出来ない奴の頭は、皺一つ無い単細胞なのかな」

 

「――んだと、オイ。もっかい言ってみろよ」

 

「だってそうじゃん。アンタの狩猟品、カッパーのプレートがほとんどじゃないの?そんなの弱い奴虐めて、自分強ぇって言ってるその辺の雑魚と一緒って言ってんのよ、クレマンティーヌちゃん?」

 

「ぶっ殺す」

 

「さっきからそう言ってるけど、まだピンピンしてますよー♪口だけの強者(笑)なのかな」

 

「(女性って怖い)」

 

アンの挑発に、クレマンティーヌの顔に青筋が浮かんだ。さっきまでの余裕ぶった雰囲気は無くなり、殺気を振り撒いている。

 

「上等だぁ……。何処の馬の骨だか知らねぇが、元漆黒聖典であるこのクレマンティーヌ様に喧嘩売ったんだ、生きて帰れると思うなよぉ!」

 

漆黒聖典。

 

その言葉に、たっちとアンが急変した。さっきまでの余裕な雰囲気は、真面目な表情へと変化する。

 

「漆黒聖典。スレイン法国の最重要案件でしたっけ」

「えぇ。“プレイヤー”の情報にいち早くたどり着く為の最重要案件です」

 

淡々と話す目の前の二人に、クレマンティーヌは本能的に危険を感じ取った。

今までのどんな修羅場よりもヤバイ、このままじゃ死ぬ、と感じ取る。

幸いに、【能力超向上】を使用中であったため、二人が話している間に背を向けて走り出した。

 

が。

 

空間に突如現れた黒い穴、その穴からぬっと出てきた手に、クレマンティーヌは捕獲される。

 

「ご苦労。急に済まないな、シャルティア」

 

「お疲れ。ナイスタイミング」

 

シャルティアと呼ばれたその女子は、その綺麗な銀髪をなびかせて礼をした。

 

「いえ、至高の方々の命令とあらば、どんな時であろうとも遂行するのが我らの役目でありんすから。……それで、この女はどうするでありんすか?」

 

「ニューロニストの所へと連れていけ。その女から取れる情報は、我々ナザリックにおいて最重要案件だ。くれぐれも殺すなと伝えろ」

 

「畏まりました。それでは連れていきますので、お先に失礼するでありんす」

 

シャルティアはそう言うと、クレマンティーヌを引きずって連れていく。クレマンティーヌはバタバタと暴れ、シャルティアを殴ったり、蹴り飛ばしたりしていた。

別にそれでよろけたりすることはないのだが、自分の宝物と言ってもいい服を汚されて、シャルティアに青筋が浮かぶ。

 

「たっち・みー様、この女の四肢を引きちぎっても?」

「引きちぎるのはダメだ。【血の狂乱】で暴走するだろ、お前。へし折るくらいにしておけ」

「……分かりました」

 

言葉と同時に、メギョッとくぐもった異音が、クレマンティーヌの体内からした。

口をシャルティアによって鷲掴みにされたため、叫び声が出ないクレマンティーヌの目元に、痛みで涙が浮かぶ。

 

「さて、行くでありんすよ」

 

片手で軽々と運ばれる自分を見て、クレマンティーヌは今度こそ気を失った。

 

 

「……、何者だ。お前」

 

ウールが奉納殿へと向かった後、モモへと声を掛ける存在があった。

手元にある【死の宝珠】だ。

 

「私の手先となれ。世界に死を振り撒け、世界に破滅をもたらせ、世界に絶望を――」

 

「やかましい」

 

【絶望のオーラ】を無意識に発動したモモに、【死の宝珠】はその洗脳を止めた。

この存在には自分の支配が効かないと認識すると共に、この存在は自分より遥かに格上の存在と知ったからだ。

 

「……先ほどの無礼をお許し下さい。死の王よ」

「なんだ、急に大人しくなったな」

「貴方様と私の格差を、今更ながら知ったからであります。私の持つ破滅の力、どうかお役に立てますでしょうか」

「不要だ。お前の力なんぞ要らん」

 

即答したモモに、【死の宝珠】はあまりの展開に唖然とする。

今まで自分を手にいれた者は、嬉々としてその力を振り回す者が多かったからだ。

 

「俺はな、今のこの生活に満足してるんだ、これ以上ないくらいな。だから、別に世界征服なんて馬鹿げたことは考えちゃいない」

 

まぁ、俺一人だけならどうなるか分からんが。とモモは呟いて、

 

「別にお前が何をしようが知ったこっちゃないが、お前が破滅し、絶望させようとした中には、俺の仲間の大切な物があったんだ」

 

そう言って、モモは目を閉じる。

脳裏に、まだ未熟だが成長の余地がある冒険者の姿が浮かんだ。

 

「俺は仲間を傷付けるものを絶対に許さない。それが神だろうと何だろうと、文句があるなら殺してみせよう」

 

両手で挟むように持った【死の宝珠】に、ゆっくりと力を入れていく。

その子供の手とは思えないほどの力に、【死の宝珠】から悲鳴が上がった。

 

「お、お待ちください、死の王よ!ならば、貴方様の望むようにさせてもらいます、だからどうか、お慈悲を……!」

「……。そうか、なら」

 

ガシャンと、ガラス製の物が壊れる音が響いた。パラパラとモモの手から、【死の宝珠】であった物が破片となってこぼれ落ちる。

 

「悪いが、俺のために死んでくれ。これが仲間達にとっても安心出来る選択だろうからな。……済まないな、俺は非常に我が儘なんだ」

 

地面に転がった破片を蹴り払うと、ウールが向かった奉納殿へと歩いていった。

 

 

 

「おぉ、それがミスリルのプレート……」

 

「へへーん、すごいでしょー♪」

 

後日、【漆黒の剣】と合流したたっち達は、新たに手にしたクラス、ミスリルプレートを、【漆黒の剣】へ報告していた。

宿屋の食事場で料理を運ばれるのを待つ間、アンが自慢気にプレートを見せびらかす。

 

「へっ、たっちさんが目茶苦茶頑張ったって落ちじゃないだろうなぁ」

「なんだと、このチャラ男ぉ!」

「はっはっは、ほらほら。料理が来たよ、食べようじゃないか」

 

湯気を立てながら運ばれるそれに、各々の口元が弛む。今日は【アインズ・ウール・ゴウン】の昇級を祝って、そして。

 

「それでは、バレアレ一家の新たな門出に、乾杯!」

 

「「「カンパーイ!」」」

 

――ナザリックに従事することになったバレアレ一家の、歓迎会も含めてである。

 

 

「はぁ、それにしても。僕らも早く、たっちさん達みたいに強くなりたいなぁ」

「心配しなくても、ペテルさん達は良いバランスのパーティーですよ。各々のスキルアップを目指して頑張れば、いずれはアダマンタイトも夢じゃないです」

「たっちさん……。俺達、絶対追い付きますからね、見ててくださいよ!」

「えぇ、待ってます」

 

 

 

「ねぇ、ウールちゃん、いやウールさん。これからはどうするつもりなんだい?」

「どうする、とは?」

「いや、アダマンタイト目指すんなら、色んな国を転々とすると思ってさ。その時に、少し頼みたいことがあるんだ」

「ちょ、ちょっとルクルット?!」

「ど、どうしました?ニニャさん」

突然慌て出したニニャに、ウールが困惑していると、ルクルットが言った。

「コイツ、貴族に拐われた姉貴がいるらしいんだけどさ、もし出先で暇な時があったら、探して欲しいんだ」

「……それくらいなら良いですよ。その方の名前は?」

「あ、えっと、ツアレニーニャ・ベイロンです。……無事でいてくれたら良いんですけど」

「分かりました。これからいく先々で、それとなく探ってみますよ」

「はい。……迷惑をおかけして、すみません」

 

 

「ほらほら、ンフィーレア君。もっと食べないと。そんな細い身体じゃあ、女の子は振り向かないぞ」

「えぇっ、ど、どうすれば」

「もっと男らしくシャキッとしないと。後は筋トレ!目指せパーフェクトボデー!」

「いや、そこまでいったら気持ち悪い」

 

昨夜あった出来事を振り払うかのように、彼等は盛り上がる。

 

旨い飯、旨い酒、楽しい仲間、それがあれば何処でも楽しめるのは、冒険者にとってはどの世界でも同じことらしい。

 

少なくとも、今騒ぎながら食事をしている彼等は、今ある幸せを噛み締めるように楽しんでいた。

 

 

 

 

 

一方、数時間野外にほったらかしにされたハムスケが拗ねたりするが、それはまた別の話。

 




次回からは新展開を予定しております。
基本虐殺はせず、勧善懲悪をモットーに健全なナザリックを目指しているので、そんな駄文をよろしくお願いいたします。


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NBC(ナザリック・べいすぼうる・クラシック)

ふと思い付いたネタです。



第六階層、アンフイテアトルム。

ナザリックのメンバーからはコロッセオと呼ばれている場所で、二つの部隊が睨み合っていた。

 

「――まさか、こんな形で君と争うことになろうとはね、コキュートス」

「フン。日々何ガ起コルカハ、本当ニ分カラナイモノダ」

 

何時もとは違い、青を基調とした、動きやすい服装をしたデミウルゴス。

それに相対するように、胸元に赤いリボンのような物を付けたコキュートス。

 

お互いの距離はおよそ10メートル弱、一枚の歪な五角形のタイルの横に立つコキュートスは、その大顎をガチガチと鳴らした。

 

周囲の観覧席に座る者達の中には、ナザリック地下大墳墓の守護者である彼等が忠義を尽くす、“至高の方々”と呼ばれる面々の姿もある。

普段であれば叱責し、このような争いを止める役割を持つ彼等でも、今は固唾を飲んで見守っていた。

 

 

「……行きますよ?」

 

「コイ……ッ!」

 

デミウルゴスの言葉に、向かい合うコキュートスと、デミウルゴスの背後でバラバラに配置されている、彼のシモベである悪魔達が身構えた。

 

デミウルゴスは両手を頭上で組み、手に握りしめたそれを、片足を上げ遠心力を利用して投げた。

ゴゥッ、と空を裂く音を立てて到来したそれに、コキュートスは手にした棒状の武器で立ち向かう。

 

歪な五角形のタイルの上を通過するそのタイミングで、思い切り振り切った。

 

 

「いやぁ、良い勝負でしたねぇ」

 

観覧席でポップコーンを頬張りながら、隣に座るヘロヘロがそう言った。

モモンガは高級そうなグラスに入ったビールを煽って、コロッセオを眺めて言う。

 

「えぇ、パワーで押すコキュートスに、テクニックのデミウルゴス。結果は惜しかったですけど、良い勝負でした」

 

コロッセオの中では、コキュートスが意気揚々と、会場内に引かれたラインの上を走っている。等間隔で引かれたそれは、三つのポイントを経由して、始めにいた位置へと帰る仕組みになっていた。

 

 

【べいすぼうる】

 

至高の方々から教授された、戦略、実技、仲間内の協力を必要とする戦略ゲーム。

それが、今ナザリックで一番ホットなイベントだった。

 

 

事の始まりは、少し前に遡る。

 

 

〰〰〰

 

「そろそろ、守護者のスキルアップをするべきだと思うんです」

 

何度目かの会議でそう繰り出したのは、ウルベルトだった。

 

彼が言うには、普段の人間に対する言動や、自身のシモベに対する態度が、あまりに酷いときがある。との事だった。

 

「確かに、思い当たる節が多々ありますね」

 

特に酷いのがシャルティア、デミウルゴスの両名だ。

デミウルゴスは直接的な物言いはないが、出来の悪い仕事をする者には体罰のようなものを与えていると、報告が上がった。

シャルティアに至ってはシモベを殺害する、邪魔な位置に居ると蹴り飛ばす、投げ飛ばすといった、傍若無人な扱いをしているらしい。

 

「やっぱりカルマ値が極悪寄りだと、そういった行動に出るんですかね……」

「実際カルマ値が善寄りなのが多いプレアデスは、数名を除き人間に対しても温厚なのが多いですからね。……、でも、それだと我々も危ないのでは?」

 

思い出すように言ったウルベルトに、モモンガは右腕にはめた【変化の腕輪】を見せて言った。

 

「えぇ、それでこの【変化の腕輪】を使って実験していたんです。人間に化けている状態だと、異形種でいる時よりマシかなと。そして、それは正解でした」

 

実際に冒険者として行動している自らを省みて、ウルベルトはなるほどと納得した。

 

異形種であればカルマ値が極悪寄りなナザリックプレイヤー陣は、異形の姿のままだと精神的に危ないのでは。というのが、モモンガが始めに危惧した事案だった。

 

人間が殺害された映像を見ても不快に思うことはなく、逆に見せ物のように思った自分が居たからだ。

 

 

「ですが、守護者や他のシモベに至っては腕輪の使用をさせる訳にはいきませんからね。……そこで、提案があるのですが」

 

魔法で作り出した黒板のような物に、カリカリとチョークで書き込んでいく。

そこには、“チームワークが必要不可欠なゲームを流行らせよう”と記されていた。

 

モモンガが書いた提案に、他のプレイヤーからも喜びの声が上がる。

確かにチームワークが必要なものであれば、自身のシモベに対しても友好的に接しなければならないからだ。

頭の良いデミウルゴスならばそういった結論にたどり着くだろうが、シャルティアは恐怖政治を行うのでは、という疑問はこの際退けておく。

 

数々の提案の後に出来上がったのがこの、【べいすぼうる】だった。

【ベースボール】ではなく【べいすぼうる】なのは、細かいルール

が違うためである。

 

 

『おぉーっとぉ、投手デミウルゴス、マウンドに膝から崩れ落ちたぁ!』

 

『コキュートスが軽々と高得点のボードに叩き込みましたからね。これは痛い得点でしょう』

 

実況である餡ころとプラネットが、コロッセオにその音声を響かせる。

 

『それにしても、この野球盤を元にしたルールは面白いですね。力のそこまで無い者でも、逆転の余地があるのは嬉しい采配だ』

 

球場となっている場所には、バッターボックスから真向かい側の観覧席の壁に、それぞれ得点が書かれていた。

その真上の得点ボードと呼ばれる所にも、同様に得点が書かれている。

 

『まぁ、アウラやマーレといった子供でも楽しめるように作りましたからね。他にもレベルの差で力関係がモロに出ちゃうし』

 

ポリポリとポップコーンをかじる餡ころに、プラネットから苦笑の声が上がった。

 

 

さて、選手として出場する以外にも、【べいすぼうる】にはシモベから望まれる役割がある、それは――

 

「おーい、ナーちゃん。ホットドッグおくれっす」

「はいどうぞ、ルプー。……貴女、狼なのに食べても大丈夫なの?」

「へ、何がっすか?美味しいっすけど」

「……何でもないわ」

 

プレアデスであるナーベラル、シズ、エントマ、ソリュシャンが今回の役割である“売り子”だ。

 

至高の方々と合法的、かつ親密的にお近づきになれ、尚且つご奉仕が出来るとナザリックにいるシモベが、虎視眈々と狙っている役割でもある。

 

そんな大人気の役割を勝ち取った彼女達はまさに、“今日の主役”の中の一つだった。

 

「エントマ。酒以外の飲み物と、簡単に食べられる物はあるか?」

「はい。それでしたら、ホットドッグかサンドイッチは如何で御座いましょう、ペロロンチーノ様。お飲み物はアイスコーヒーになさいますか?」

「お、それは旨そうだ。是非ともくれ。シャルティアはどうする?」

「それでしたら、アイスコーヒーを頂けますか?空腹はそれほど感じていませんでありんすから」

「分かった。エントマ、アイスコーヒーも追加で頼む」

「分かりました」

 

 

 

「ユリ。お腹減ったし、何かこう、お腹に溜まるようなものってある?」

「……それでしたら、アウラ様がよく食されるハンバーガーが御座います。付け合わせに、ポテトやナゲットと共にどうでしょうか?」

「お、良いねぇ。やまいこさん、アウラ、マーレ。それで良い?」

「はい。サイドメニューは皆で摘まみましょうか」

「はい!是非ともそれで大丈夫です」

「ぼ、僕もそれで大丈夫です。お姉ちゃん、途端に元気になったね……」

 

ユリが食事の配膳が終わると、茶釜がユリの腰に手を回す。

 

「ぶくぶく茶釜様、“売り子へのおさわりは禁止”との事でしたが?」

「うへへ、固いこと言うなよお姉ちゃん、少しは楽しもうぜ?」

「茶釜さん?うちの娘に手を出したら“指導対象”ですよ?」

「冗談だって、やまいこ先生~」

 

 

 

「建御雷さま。何か御入り用の物は御座いますか?」

「ん。そうだな、済まないがゴミを持っていって貰えるか。忙しいなら、ゴミ箱の位置を教えてくれ」

「とんでも御座いません。席にお座りのまま、私共に命令して下されば良いのです。……それでは、ゴミを頂けますか?」

「あ、あぁ。ありがとう、ソリュシャン」

「いえ。光栄で御座います♪」

 

「シズちゃん。俺のゴミも持っていって貰えるかな?」

「了解しました」

「サンキュー、本当に助かるよ。いつもありがとうな」

「いえ、るし★ふぁー様方、至高の方々に仕えるのは当然で御座います」

「あー、うん。ありがとう」

 

 

 

それぞれの試合間の休憩も終わり、日程は次の試合へとシフトする。

実況席でスケジュールを見た餡ころは、思わずゲッと声を上げた。

コイツら試合やって大丈夫なの?と言いたげな表情だ。

 

『そ、それでは、本日の最終試合、両チームの登場っ!』

 

コロッセオに備えられたゲートから出てきた人物を見て、会場に戦慄が走った。

 

『あ、赤コーナー。シャルティアチーム。青コーナー、アルベドチーム。両チームリーダー、試合前の挨拶を御願いします』

 

不自然な程の笑みを浮かべている両者に、会場のざわめきが大きくなる。

 

マイクを受け取ったアルベドとシャルティアが宣誓の挨拶を始めた。

 

 

『宣誓、我ら選手一同は』

『スポーツマンシップに則り、正々堂々と勝負することを誓います』

『……よろしくね、シャルティア。なにぶん経験が少ないものだから、手元が狂ってしまうかもしれないけれど、許してね』

『それはこちらも同じこと、仕方のないことありんすからね。……投げたボールが顔にぶつかってしまうこともありんしょう』

 

今回の(言葉の殴り合いの)先制は、シャルティアだった。

 

『あら、怖いわぁ。胸にそんな詰め物しているから、手元が狂ってしまうのよ。外す時間をあげる』

 

『“おばさん”だって、【べいすぼうる】の経験より女としての経験が少ないでありんすよねぇ?……いや、ゼロだったか、ププ』

 

『それは貴女もでしょう、シャルティアぁ……』

 

両者の言い合いに、どちらもブチりと音を立ててキレた。

が、“正々堂々戦おう”、というスポーツマンシップを思いだし、すぐに怒気を押さえる。

 

花が咲いたような笑顔を二人とも浮かべて、最後の挨拶をした。

 

『デッドボールを意味通りにしてやんよ』

『そのまま打ち返してその面潰してやんよ』

 

両者の試合開始は、最悪なものになって始まった。

 

 

さて、この【べいすぼうる】は、従来の野球とは違い、三回裏までしかない。

その代わり、カウントのボールが無く、ストライクとアウトまでしか無いのだ。

また、ゲームの特性から“デッドボールでの出塁”は無く、“デッドボールした場合は一点加点”というルールになっている。

また、バッターは各チームリーダーとしている。全員で行っては回らないからだ。

 

『さぁ、シャルティア。アルベドの投球を返せるか、運命の一投目』

 

アルベドがマウンドの上でゆっくりと構える。デミウルゴスと同様、遠心力を利用した投法に、シャルティアは豪速球を警戒する。

 

だが、放たれた球は、そんなシャルティアの思惑とは違いゆっくりとした物だった。

 

「く……っ、小癪な真似をぉ!」

 

“スイングは一球につき一回まで”

ルールを思いだし、体勢を大きく崩しながらバットを振る。

カコン、と小気味良い音を立てて飛んだボールは、ヒョロヒョロとアルベドの手の中に収まった。

 

「あらあら、どうしたのシャルティア。私に気を使ってくれたのかしら?貴女の様な小娘でも打てるよう、ゆっくりと投げたのに」

 

ニタリと底意地悪そうな笑みを浮かべて、アルベドはシャルティアへと言った。

その言葉に言い返せないのか、シャルティアは顔を真っ赤にしてフルフルと震える。

 

「つ、次は見てろでありんす。得点ボードにたたき込んであげんしょう」

「あらぁ、怖い怖い。なら次もゆっくりと投げようかしら」

 

再びバッターボックスへと立ち、構えるシャルティア。アルベドはニヤリと笑うと、投球フォームへと移行する。

 

「(キタ!)」

 

狙い通りの球筋に、シャルティアは真芯で捉えた。爽快な音と共に、球は上空へと舞い上がる。

 

『おっと、シャルティア打ったぁ!これはホームラ――なんとぉ?!』

 

得点ボードへと向かう球に、白い大きな物が飛び掛かり、それを阻止した。

速度を失ったボールは、そのまま下にいたアルベドの部下がキャッチする。

 

マウンドに降り立ったそれを見て、シャルティアが怒鳴る。

 

「あ、アルベドぉ!【双角獣】を出すのは卑怯だぞ!」

 

そこに居たのは、アルベドの持つ騎乗モンスター召喚スキルによって出てくる【双角獣】だった。

 

あまりの展開に、シャルティアが普段の口調を忘れて問い詰める。

対するアルベドはしれっと言った。

 

「あら、アウラやマーレでも、守護獣を呼び出しているでしょ?私だって呼ぶのは良いじゃない」

 

屁理屈を、とシャルティアは思うが、実際ルール違反のジャッジが下ることはない。

実際、実況も違うことを話している。

 

『あの【双角獣】、なんかやつれてません?』

『あー、確か【双角獣】に乗れるのは条件がありますからね。アルベドはまだ達成してないんでしょう』

『……あぁ、なるほど。これはモモンガさん、責任重大です』

 

俺にその話題を振るな!と観覧席から激が飛んだが、二人はお構い無く実況の続きを行う。

 

『さて、ツーアウトとなり交代ですね。一回裏、始まります』

 

〰〰〰

 

「(シャルティアに球に変化を付ける技術はない、とすると)」

 

バッターボックスでアルベドはバットを構える。

 

「(豪速球での直球勝負一択のみ!)」

 

狙い通り、先ほどデミウルゴスが放ったものより数段上の豪速球が、アルベドへと迫る。

 

勝利は貰ったと、球を真芯で捉え吹き飛ばすアルベド。だが、次の瞬間目にはいったそれに目を見開いた。

 

「え、【エインヘリヤル】ぅ?!」

 

白い、シャルティアに瓜二つなそれは、シャルティアの持つスキルの一つ、【エインヘリヤル】だった。

本来攻撃にしか使えないそれを何に、と思った瞬間、【エインヘリヤル】が打球へと突撃した。

ゴスッと鈍い音を立ててぶつかった打球は、そのままポトリと下にいたシャルティアへ落ちた。

 

「スキルの使用はOKでありんしたよねぇ。なら、こういう使い方も良いでありんしょう?」

 

アルベドはジャッジの行方を知るため実況席へと視線を向ける。

実況席に座る餡ころとプラネットの二人は、冷たい目をして言った。

 

『あの二人、プライドとかは無いのでしょうか』

『見てくださいよアレ、ペロロンチーノさんとタブラさん、互いに頭下げてますよ』

『恥ずかしいでしょうねぇ。重役の地位にいる娘が、こんな恥体をさらせば……それだけ“賞品”が欲しいんでしょうか』

 

賞品。その言葉に、シャルティアとアルベドの二人の中で何かが燃え上がった。

 

“至高の方々一人にお願いが出来る”

 

それが優勝した暁に、勝者へと贈られる賞品だった。

 

 

それを得る為ならば、自分のプライドなどくそくらえだ。

 

 

二人の中で全く同じ感情が芽生えた時、マウンドに降り立った一人の人影があった。

 

執事であるセバスだ。

 

「【べいすぼうる】最高審判団、最高責任者であるたっち・みー様より、お二人に特別ジャッジが降りました」

 

要するに、“アンタ等の行動が酷すぎて審判から話があるから、ちょっと注目してくれる?”という訳である。

 

まさか、という青い顔をして、たっちがいるお立ち台へと顔を向ける二人。そこには審判であるたっちが、あるものを持って立っていた。

 

「あ、あぁ……」

「れ、レッドカード……ッ?!」

 

レッドカード。

スポーツ界において、強制退場を意味する最強のジャッジ。

 

シャルティアVSアルベド

 

二人の女の意地を掛けた、プライドをかなぐり捨てた戦いは、たった一枚のカードで幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殿ぉ、某も【べいすぼうる】をしてみたいで御座るよ」

「あれ、お前チームメイト居ないだろ、集めたのか?」

「はいで御座る。某の同僚の【デスナイト】殿他、恐怖公殿からお借りした同ほ――」

「レッドカードッ!理由は独断!」

「そんなぁ、紳士的で良い方ばかりなのに」

「絵面がダメなんだよ、女性陣から殺されるぞ」

「残念で御座る。折角お願いしたいことがあったので御座るが……」

「……そういえば、ナザリックに来たお祝いをしてなかったな。何か欲しいものがあるのなら、申してみろ」

「本当で御座るか?!なら某、同族のオスを紹介してほしいで御座――」

「レッドカード。退場」

「そんなっ?!」

 

 

 



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“黄金の大墳墓”1

都市伝説とか、結構好きです。


冒険者の中で都市伝説のように広まっている、ある“噂”がある。

 

 

「“ナザリック地下大墳墓”?」

 

切り分けた丁度良い焼き加減の肉を、口の中に放り込んでガガーランは訪ねた。

 

「そうなの。まぁ、噂程度の物なんだけど。知ってる?」

「……あー、聞いたことはあるな。確か、“黄金の大墳墓”だっけか?」

 

ガガーランの言葉に、正面にいたラキュースが顔を綻ばせる。

隣に座っていたイビルアイが、嫌なものを見たかのように顔をしかめるのを見て、ガガーランは理解した。

 

やべぇ、地雷を踏んだ。と。

 

 

「む。先に食べてる」

「仕方ない。私達はじゃんけんで負けた」

 

そんな時、自分達のテーブルにやってきたのは、それぞれ赤と青を基調とした装備を着けたものがトレードマークのティナとティアだった。

彼女達はギルドの方で、何か良い依頼がないか探しに行っていたのだ。

 

 

双子である二人は同じようにヘソを曲げて、ぶつくさと呟く。

 

 

「それにしても、私達のは無い」

「ひどい扱い。これは争いの種」

 

 

「お前らの分もあるよ」

 

テーブルに備え付けられたベルを鳴らすと、従業員の一人がステーキを乗せた盆を二人前、持ってきた。

 

冷めては美味しくなくなるため、二人が来るまで保存してもらっていたのだ。

 

「流石筋肉、ムキムキは伊達じゃない」

「私は筋肉のことを信じていた」

 

「よーし、お前らの分は俺が喰ってやる」

 

ガガーランがそう言うと、二人は奪い取るかのように盆を受け取り、さっさと食べだした。

 

「――ねぇったら。ガガーラン、聞いてるの?」

「おーおー、聞いてるよ。それで、どうすんだ?」

 

 

そういえばラキュースの話がまだだったと、視線をラキュースに戻す。

彼女は不満そうにしていたが、ガガーランが謝るとすぐに機嫌を直した。

 

「だから、その“黄金の大墳墓”に行ってみようって」

「私は反対だ。そんな美味しい話、普通に考えて罠だろう」

「そう?でも本当だったらどうするの、冒険の宝物はいつでも不確かな物じゃない」

「そうは言うがな……」

 

どうやらイビルアイは反対らしい。

どうするか、と考えていると、ティアとティナの二人が口を開いた。

 

「“黄金の大墳墓”って何?」

「金銀財宝ざっくざく?」

 

「おぅ、実はな――」

 

 

 

 

“黄金の大墳墓”

 

とある草原にある大墳墓には、金銀財宝が見渡す限りに存在するらしい。

だが、それに至るまでには無理難題の数々があり、未だ到達出来たものは数名しかいないという。

 

 

 

「――というわけだ。どうだ?」

 

説明も終わり、二人の様子を見ると、目がキラキラと輝いていた。

どうやら、行く気満々らしい。

その事に気付いたのか、反対していたイビルアイも渋々といった様子で頷いた。

 

“都市伝説の検証”

 

彼女達アダマンタイト級冒険者、【蒼の薔薇】の今回の依頼は、それに決まった。

 

「何か、引っ掛かるんだがな……」

 

ぽつりとそう言うイビルアイの言葉は、周囲の喧騒に溶けていった。

 

 

「“黄金の大墳墓”……?」

 

「知らないかい? ここに来たら教えてくれる人が居るって話なんだが」

 

王国より少し離れた場所、そこにある村落は、カルネ村という場所だった。

頑丈そうな外壁と【ゴブリン】の集団を見たとき、数瞬場所を間違えたかと思ったが、間違ってはいなかった。

 

【ゴブリン】と戦闘を開始するか否かというところで、ガガーランが今話しているエンリという少女が待ったを掛けたのだ。

 

「この村からそう離れていないらしいんだが……」

「……あぁ、なるほど。ナザリックのことかな?」

「聞いた言葉が出たな、知ってるのかい?」

 

エンリは少し考えて、口を開いた。

 

「えぇ、ここカルネ村と交友関係を結んでいるところです。確か、大墳墓という名前もあったかと」

「なるほど。……良ければ、道案内をしてくれないかい?道中の護衛なら任せてくれ」

「良いですよ。もう一人、あそこにいる妹のネムも一緒に良いですか?」

「おう。もちろんだ」

 

エンリの視線の先を見ると、ネムと呼ばれた少女はラキュースら四人と遊んでいた。

話がまとまったガガーランに気付いたのか、ラキュースがネムを抱き上げてこちらにくる。

 

「可愛らしい妹さんね!」

「ありがとうございます。ネムも、お礼を言ったの?」

「ありがとう、ラキュースさん!」

 

ネムの言葉に、ラキュースが弾けるような笑顔になった。

イビルアイによく構ってやるとは思ったが、やっぱり子供が好きなのだろうか。

 

 

 

「やばい、ロリに目覚めそう」

「私は既に目覚めてる、ティナはショタだけにして」

 

「お前達、仮に目覚めたとしたらすぐにいってくれ。全力で距離を開ける。物理的にも心の距離も」

 

「「BBAには興味ない」」

 

「よく言った。武器を構えろ」

 

馬鹿なやり取りをしてるのが数人いるが、放っておこう。

 

〰〰〰

 

「ここですね」

 

「……大、墳、墓?」

 

そこを見て最初に思った感想がそれだった。

どう見ても、城か何かにしか見えない。

墳墓という名前は、一体どこからきたのだろうか。

 

「そこの門が入口です。……誰か居ますね」

「ありゃぁ……、なんだっけ、忘れた」

「知ってる。“フォーサイト”、“天武”」

「ワーカー稼業では、それなりに有名」

 

そう話していると、こちらに気付いたのか、二つのチームの代表らしい二人がこちらへと来る。

エンリとネムを他に任せ、ラキュースとガガーランは数歩前に出た。

 

 

「よぉ、【蒼の薔薇】さん。アンタ等も黄金目当てかい?」

「えぇ。冒険者として、財宝を探すのは当然のことでしょう?」

「はっ、そんなことしなくたって稼いでんだろ?まだ金が欲しいのかよ」

「あら、【フォーサイト】だって最近は名が売れてるじゃない。相当稼いでるんじゃないの?」

「俺らの稼ぎなんか、お前等からすれば小遣いみたいなもんだよ」

 

茶化すように言う【フォーサイト】リーダー、ヘッケランに、ラキュースは軽くおどけてみせた。

 

「初めまして、【蒼の薔薇】のラキュースさんですよね。お噂はかねがね聞いております」

「あら、【天武】のエルヤーさんだって、噂は色々聞いておりますわ」

「おやおや、僕のような者の情報も知っているとは、流石はアダマンタイト級ですね」

「情報が武器となるのは、冒険者なら常識でしょう。天才と称されるエルヤーさんだって、それは知ってますでしょう?」

 

紳士的に、好青年をイメージさせるエルヤーだったが、ラキュースの中では一番警戒してる男だった。

ワーカーという荒くれ者稼業の世界において、“非道”というジャンルなら彼ほどの人間はいない。

ガガーランも勘づいたのか、ピリッとした空気を漂わせていた。

 

 

「――皆さま、先程から門前でお話し中ですが、何か御用で御座いますか?」

 

突然の話し声に、ラキュースは心臓が止まるかと思った。

振り向くと、メイド服を着た女性が数名立っている。

皆が皆それぞれ美形であり、よく美人だと言われるラキュースだが、彼女達には敵わないと素直に思った。

 

「――おぅ、お姉ちゃん。ここがナザリックって場所かい?」

 

ヘッケランが、単刀直入にそう言った。

すると、メイドは思わず魅入るほどの綺麗なお辞儀をして言う。

 

「お客様でしたか。――いらっしゃいませ、本日は【アミューズメントパーク・ナザリック】にようこそいらっしゃいました」

 

メイドの声に合わせて、重厚な門扉が、音を立てて開いていく。

門の上に据えられた杯に、蒼い炎が音を立てて灯った。

 

「それでは皆さま。中へとお入り下さいませ」

 

〰〰〰

 

「え、えと、シクススさん。私たちも入って大丈夫でしょうか」

「エンリ様!ネム様まで……。申し訳ありません。現在やまいこ様方は外出中でして、お会いできないのですが」

「あ、そうですか。なら、また今度――」

 

日を改めて来ます。と言おうとしたところで、ネムが口を開いた。

 

「シクススさん、アミューズメントパークってなぁに?」

「はい。るし★ふぁー様が考案された、各種ゲームを行ってゲームクリアを目指すシステムの事です」

「わー、面白そう!」

「冒険者用に作ったものなので、お二人に出来るかどうかは……」

 

そこまで言ったところで、シクススが頭に手を当てた。そして、何も無い場所へペコペコしたかと思うと、こちらへと向いた。

 

「モモンガ様から、お二人を入れるよう承りました。こちらへどうぞ」

 

もしかして何処からか見てるのか、と上空を見渡したが、白い雲以外何もなかった。

 

 

「……、何処だ。ここ」

 

扉に入ると、薄暗い見知らぬ場所へと来ていた。周囲を見ると、【蒼の薔薇】以外誰もいない。

 

「多分、転移トラップ」

「警戒して」

 

ティアとティナが即座に武器を構えるのを見て、三人にも緊張が走った。

周囲を見ると、闇に目がなれて来たのか、自分達がどんな場所に居るのか理解できる。

 

「なんだここは、王宮の通路か……?」

 

不思議そうにイビルアイが呟いたとき、一気に照明が点いた。

急だったため目の前が眩むが、すぐに回復したラキュースが声を上げる。

 

「見て、何か天井から出てる」

 

指差した場所には、一枚の石板が出ていた。数秒して、大きな音楽と共に文字が表示される。

 

『【アミューズメントパーク・ナザリック】へようこそ!今日は、楽しくて仕方がないくらい楽しんでいってね!』

 

ピッ、ピッという音と共に、石板の文字が変化していく。

 

『まずは、ルール説明だYO★これを見逃すと、大変なことになっちゃうから、ちゃあんと見ててね!』

 

『ルールは簡単。これからここの通路をひたすら走ってもらいます。時間は無制限!お邪魔キャラが出てくるから、早く逃げないと大変だZO★』

 

「「「………………」」」

 

途中途中で出てくる馬鹿にしたような表示にイラッとしながらも、一同は石板に目を通す。

 

『そして、これが重要!このナザリックの中にあるものは、許可が下りた物以外は壊したり、殺さないでね!もしルール違反が起きた場合は、処理班が出動します』

 

『さぁ。それでは、宝物目指してレッツGO!』

 

 

その瞬間。

 

四人の後ろの方から、カサカサと音を立てて出てきたモノがいた。

 

「――ッ?!」

「なっ……?!」

「うげぇ?!」

「ひぃぃ?!」

「ぅお?!」

 

普段アダマンタイト級冒険者として数々の強敵と戦い、まさに怖いもの知らずの彼女達だったが、ソイツは対象外だった。

 

黒光りする体、生理的に無理な足音、――そしてその巨体。

 

「デカすぎでしょ、あのゴキブリぃ?!」

「人よりデカイ!蕁麻疹でそう!」

 

ラキュース達はそう叫んで、一気に走り出した。

 

それに続く三人だったが、イビルアイが動かない。それどころか、魔法でも使うつもりか、何か口に手を当て集中している。

 

ガガーランは急いでイビルアイへと駆け寄った。

 

「よせ、イビルアイ、何するつもりだ!」

「私には蟲関係に絶大な効果を持つ魔法がある、それを――」

「バカ野郎、石板に書いてあったことを忘れたか!」

 

“処理班”

 

その言葉が、イビルアイの中で警鐘を鳴らした。

 

「俺たちを知らない間に転移トラップにはめれる連中だ。もしそれが本当なら、本気でヤバイぞ!」

「……くっ!」

 

踏ん切りがついたのか、イビルアイも猛ダッシュで走り出す。

先に行った三人に追い付いたのは、すぐの事だった。

 

 

『問題。これから出す魔法アイテムを使用しなさい』

 

「えぇーと、これはこうで」

「早く、鬼リーダー!」

「ヤバイ、絶体絶命!」

 

先程と同じような石板に記された内容をこなしている。見れば、町中で高価な値段で売ってある魔法アイテムだった。

 

「貸せ、私がやる!」

 

知っているのか、イビルアイが奪い取るとすぐさま起動させた。

それに反応し、石板からチャイムがなると、塞がれていた通路の壁が開く。

 

「ありがとうイビルアイ、今あなたは最高に輝いてるわ!」

 

「イビルアイ、マジパネェ」

「天使、天使!」

 

「そうかい、さっさと行くぞ!」

 

カサカサと嫌な気配を感じ、次の壁を目指して走る。百メートル程先の方に、同じように壁が出来ていた。

 

『問題、これから出てくる藁束を、武技を使用して破壊せよ』

 

足元のブロックが数枚外れ、藁束が出てきた。

これは自分の役目だと、ガガーランが前に出る。

 

「行くぜぇ!武技【剛撃】!」

 

ガガーランの持つウォーピックが振り回され、けたたましい音を立てて藁束が破壊された。

 

すると石板に『特別ボーナス!』と表示され、通路脇の壁から数個のコップがせりでてきた。

手に取るとひんやりと丁度良く冷えており、立ち上る香りは柑橘類のものだった。

 

「……これ、飲んで良いのか?」

 

警戒心からくるそれに、ガガーランは周囲に訪ねた。

 

 

「うまい。もう一杯」

「要らないなら貰う」

 

「早いな?!もうちょっと警戒しろよ……、うまっ!」

 

ふぅー、と全員が飲み干し、元の位置へと戻す。

このゲームのやり方を理解した全員が顔を見合わせた。

 

「取り敢えず、アイツから逃げながら問題をこなしていくという訳ね」

「そうだろうな……、だが、これは明らかに何者かの策略だ。用心はしておこう」

「そうだな。……さて、行くか!」

 

懐に仕舞っている【ポーション】の本数を確認して、【蒼の薔薇】は走り出した。

 

 

「ここはなんだ。……闘技場か?」

 

【フォーサイト】リーダー、ヘッケランは、周囲を見て呟いた。

暗い通路が続いた先に、外への明かりが見える。ここからでも聞こえる喧騒に、眉をひそめた。

 

「多分、何かある。警戒しろ」

 

ヘッケランの言葉に同じ【フォーサイト】の面々、ロバーデイク、アルシェ、イミーナがコクりと頷いた。

ゆっくりと進んでいくと、その闘技場の全貌が明らかになった。

 

目の前に広がる地面には、四点のポイントを結ぶ大きな四角形の線。

その奥の観覧席だと思われる壁には、数字が書かれていた。

そして、自分達を待ち構えるように立っている数名の人間。

 

ヘッケラン達全員が入ると、会場に歓声が沸いた。

 

『さあ、始まりました!【ナザリック・べいすぼうる・クラシック】。今回の相手出場選手は、外部から来た冒険者四名!』

 

声と共に、ヘッケラン達全員を包むようなライトが、ドラムロールと共に照らされた。

 

『対するナザリックからは、我等が至高の方々、建御雷様、ペロロンチーノ様、タブラ様、ヘロヘロ様です!実況放送はこの私、アウラと、抉れ胸に定評のあるシャルティアでお送りします!』

 

誰が抉れ胸だゴラァ!と、聞こえてくるが、ヘッケラン達は目の前の人間に釘付けになっていた。

正直に思ったのは、次元が違う、と感じたことだ。

転移トラップにせよ、この状況にせよ、圧倒的な力と能力を持つ者にしかできない技だ。

 

 

「ゲームをする前に、お前達の願いを聞こう」

 

ペロロンチーノと呼ばれた男が、ヘッケランに向かってそう言った。

言わないと始まらないと感じ、正直に言う。

 

「俺達は、このナザリックにあるという財宝を狙いに来ました」

「なるほど、金か……。さて、挑戦者。この【べいすぼうる】で俺達に勝てれば、それは叶う、約束しよう」

「……負けた、場合は?」

「おいおい、始まる前から負ける心配か?つまらないな……。別に殺したりはしない、それは約束しよう、それ以上はダメだ」

 

死にはしないが、とんでもない目に遭うということだろうか。

 

では始めよう、とペロロンチーノが言うと、会場からファンファーレが鳴り響いた。

 

奥の巨大な掲示板のような物に、“一回表”と表示される。

訳が分からないでいると、ピッチャーのヘロヘロが言った。

 

「これから私がそこに座っている者にこのボールを投げる。これを君達は打ち返し、あの奥にある数字が書かれたボードへと叩き込んでくれ」

「ま、待ってくれ。こっちには女性も居るんだ、ハンデをくれないか?」

「バットは魔力、または武技系統の力を込めればその分強く振れるが……、仕方ないな。おい、アウラ、向こうに点数を50点追加してくれ」

 

ヘロヘロのその言葉に、会場に拍手喝采が起こった。

 

『おぉっとぉ!ここでナザリックチーム、ハンデを与えたぁ!至高の方々、余裕がありすぎだぁ!』

『歴然とした力の差でありんすね、これでも足りないでありんせんか?』

『なるほど、それもそうか。早く勝負が着いたら、面白くないもんね』

『そうでありんす。……まぁ、弱いのが頑張ったところで、結果は見えてるでありんすけど』

 

その実況を聞きながら、ヘッケランはバッターボックスと呼ばれたところへ入る。

ヘロヘロがマウンドで構えると、大振りで腕を振った。

 

「ストラーイク!」

 

「へ?」

 

後ろに座っていた者が着用しているグローブに音が鳴ると同時に、審判が声を上げた。

間抜けな声を上げて見ると、先程までピッチャーが持っていたボールがグローブに収まっている。

 

「どうした、もうゲームは始まっているぞ」

「……ぐぅっ!」

 

掲示板のカウントが一つ点灯したのを見て、後猶予が二つしかないと分かる。

 

「(良く見ろ、ボールに思いきり当てれば飛ぶ筈だ!)」

 

ヘロヘロが投球フォームに入る。

タイミングを合わせ、思いきり振った――が、当たらない。

 

ツーストライッ!と審判から声が上がり、ヘッケランは焦る。

結局打てることは出来ず、続くイミーナもアウトとなった。

 

 

 

 

「(……そうよ。こっちは50点もハンデがある。ギリギリを投げて、飛ばされないようにすれば……)」

 

一回裏、ピッチャーはアルシェだ。

魔力を込めれば威力が上がると聞いて、アルシェ自身が立候補した。

優秀な魔術師であるアルシェの提案に、他の【フォーサイト】メンバーも快く頷いたのだ。

 

投球フォームを構え、捕手へと思いきり投げ付ける。魔力を込めれば威力が上がるというのは本当のことで、その球速は中々のものだった。

例え化物染みた力を持っていようと、向こうの攻めを抑えれば勝てる筈だ。

 

「(よし、行け――)」

 

カァン、と。

木製の何かを打ち付ける音がすると同時に、掲示板の得点ボードへとボールが叩き付けられた。

外野にいたイミーナが、何が起こったか分からない様子で目を見開いている。

 

「あ、5点かぁ。もう少し左だったな」

「チャンスですね、僕が一歩リードさせてもらいますよ!」

 

和気藹々とやり取りをしている彼らを見て、アルシェの中で何かが砕けそうになる。

 

ダメだ、話にならない。

 

この先の展開を考えた上で、かなりの魔力を込めたボールを軽々と打ち返されたのだ、もう他に武器はない。

踏ん張って落ち込みたくなるのを我慢するが、次の一言でそれも終わった。

 

「さーて、さっきの球じゃ遅すぎるな。もう少し早く投げてくれ」

 

こちらを気遣うように言われた要求に、今度こそアルシェの中で何かが砕けた。

 

 

 



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“黄金の大墳墓”2

「い、いつまで、続くんだ、これ……」

 

「かれこれ何時間……」

「流石に辛い……」

 

「そろそろ終わりだと思うんだけどね……」

 

肩で息をしながら会話する【蒼の薔薇】一行は、余裕が出来たため休憩していた。

因みにお邪魔キャラであるゴキブリは、彼女らの数百メートル後ろでカサカサ言っている。

 

 

「だが、おかしいぞ。この建物」

 

「なにがだよ、イビルアイ」

 

回りの通路の壁をペタペタと触っているイビルアイが、不意にそんなことを言い出した。

 

「いや、直線に真っ直ぐ過ぎないかと思ってな。一度も曲がったりしてないだろう?」

 

「……確かにそうね。下手すれば十キロは走ってるわ、私達」

 

別に傲慢などで出てきた数値ではなく、普段の戦闘時で比較してみても、今回動いている時間の方が遥かに大きい。

ラキュースの言った十キロも、あながち嘘ではない。

 

 

『さぁ、ゴールはもうすぐだ!休憩もほどほどにしないと、お邪魔キャラに追いつかれちゃうZE★』

 

 

相変わらずイライラさせる石板に、叩き割りたい衝動を抑えつつ、【蒼の薔薇】は道のりを急いだ。

 

 

「――ちょこまかと鬱陶しいですねぇ」

 

エルヤー率いる“天武”は、とある空間に来ていた。

エルヤーの手には彼の愛刀――ではなく、ピンクの弓に先端にハートが付いた矢が握られていた。

 

『射落とせ、ハートのキューピッド!』

 

そう書かれた看板の向こうには、お菓子で出来た町のなかに裸の子供が数人、走り回っている。

彼がプレイヤーと同じ世界の人間ならば、それが某三分クッキングのマスコットキャラクターだと気付けたのだが、仕方がない。

 

『キューピッドの矢を、制限時間内にNPC全員に当てればゲームクリア♪ゲーム内のNPCには、矢でのみ接触は可能です。ルールが破られた場合、“処理班”が動きます』

 

そういうルールで始まったゲームだが、未だ一匹も当てれていなかった。

ちょこまかと動き回る上、捕まえて押さえつけるということも出来ないため、中々に難しいのだ。

 

その上――

 

「ふっ!」

『おーにさんこーちらー♪』

「……」

 

「はっ!」

『てーのなーるほーうへー♪』

「……」

 

狙いが外れる度に繰り返されるこの煽りに、エルヤーのストレスは最高潮に達していた。

入り口を振り返ると、サポートとして連れてきた奴隷のエルフが、こちらを暇そうに眺めている。

 

『プレイヤーは一人まで』

 

というルールがあるため、こちらへの干渉は期待出来ない。

 

 

舌打ち混じりにNPCを睨むと、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。

 

「制限時間も残り少ない、急がないとならないな」

 

そう、エルヤーが呟いて歩き出そうとしたとき、彼の視界がぶれた。

顔に何かぶつかって起きたソレに、エルヤーは青筋を浮かべる。

触ってみると、お菓子の家の一部であるクリームパイが、エルヤーの顔にべっとりと付いていた。

 

微かに聞こえる笑い声に視線を向けると、奴隷のエルフがこちらを見て笑っている。

 

自分が惨めな存在になっているこの状況に、エルヤーの中で溜まっていたストレスが爆発した。

 

「こ、の糞がぁ!」

 

『ギュッ?!』

 

側でこちらを挑発していた天使の首もとを掴み上げ、ギリギリと締め上げる。

苦しそうに息を漏らすソレを見ながら、エルヤーは愉悦に顔を歪めた。

 

「そうだ、僕が、強いんだ!」

 

地面に投げ捨てると、天使はピクリとも動かなくなった。

シンと静かになった空間の中、エルヤーは背後のエルフに振り返る。

 

後で皆殺しだ。

 

怒りの形相で振り返ると、そこには異変があった。

 

「な、なんだ、お前たち」

 

 

「初めまして、私の名前はエクレア・エクレール・エイクレアーと申す者。ルール違反を確認した、これより処罰を行いましょう」

 

「「「イィー!」」」

 

 

黒いネクタイを締めた、ずんぐりむっくりな体型の鳥と、数人の黒いタイツをベースとした服装をしている者がこちらへと向かってくる。

 

本能的に危険を感じたエルヤーが刀を抜こうとするが、刀へと掛けた手が動かない。

刀を抜くという動き自体を知らないように、プルプルと震えているだけだった。

 

「な、なんでだ……ッ?!」

 

「……あぁ。至高の方々による“罰則”が働いているだけですので、ご安心下さい。やれ、お前たち」

 

「「「イィー!」」」

 

抵抗するための力を奪われたエルヤーが捕まるのは、そう時間の掛かることではなかった。

エクレアが手に持った物を見て、エルヤーが声を震わせて訊ねる。

 

グジュグジュと蠢く、幾重にも蛆を押し固めたような拳大の肉団子を。

 

 

「そ、そそそそれはぁ?」

 

「至高の方々のお一人、偉大なる“大錬金術師”であるタブラ・スマラグティナ様がお作りになられた。“カフカ”です」

 

「か、カフカ?」

 

「えぇ。なんでも、この蟲達が宿主を乗っ取り、その宿主を本体として、おぞましい蟲へと変身するらしいのです。どうなるか私は分かりませんので、それを目に出来る今日は、良い機会ですね」

 

言うが早いか、直ぐ様配下の黒タイツが、エルヤーの装備品を全て外しに掛かる。

ピクリとも身動きできなくなったエルヤーは、なす術なく裸にされた。

 

では、というエクレアの言葉に、エルヤーは歯を食い縛る。それを抵抗と感じたのか、エクレアは朗らかに言った。

 

 

「大丈夫ですよ。コレは、――臍から体内に侵入しますから」

 

 

ピトリと腹に触れた瞬間、波を立てて蛆団子、“カフカ”はエルヤーの臍の中へと這いずった。

 

「あ、ぁああ。ぃぎぃあ?!」

 

例えようのない生理的な嫌悪感と激痛に、エルヤーは地面にのたうち回った。

身体中をナニかが這い回っている。身体の皮膚が抉れるくらい、身体中をボリボリとかきむしるが、痒みは一向に落ち着かなかった。

 

「やダ、くわれる、オレがクワレ――」

 

最後に頭頂部へと登ってきたソレを感じたとき、エルヤーは糸が切れたように動かなくなった。

 

 

 

 

 

後は時間経過を見守れ。と部下に指示を出した後、エクレアは部下の一人に抱き抱えられて移動する。

入口にいたエルフ達に気付くと、そこまで移動させて口を開いた。

 

「お嬢さん方。ゲームに参加なさいますか?」

 

ゲームに参加するのなら、それは立派なお客さまだと思い訊ねた。

だがエルフ達は顔面蒼白な様子で首を降る。

少し考えて、ならば、とエクレアは口を開いた。

 

「サレンダーされて、ナザリックを出るか、……いっそのことナザリックで働きますか?そのつもりなら、私から至高の方々にお話いたします」

 

エルフ達は顔を見合わせる。ここから出たところで、またすぐに奴隷に戻るだけだ、ならば――。

 

コクり、と肯定の意思を出したエルフ達に、エクレアはにこりと微笑んだ。

そして、通信用に渡された羊皮紙を起動させ、創造主である餡ころへと繋げる。

 

『やっほー、エクレアお疲れ様。どうしたの?』

 

「我が創造主たる餡ころもっちもち様。少々お話が御座います、お時間宜しいですか?」

 

『うん、いいよー』

 

来たるナザリック転覆に向けて、部下を増やすのも悪くない。

 

一生叶わないその企みに、エクレアはその顔を歪ませた。

 

 

『ゲームセットォォォ!』

 

闘技場に響いた音声の中、ヘッケラン率いる【フォーサイト】一行は膝を付いた。全員、やっと解放されたという表情で、涙を流す者も居る。

 

掲示板に目を向けると、50-666という点数が表示されていた。

相手チームの面々は、その点数を見てはしゃいでいる。

 

「見てくださいよー。ぴったり止めましたよ、見ました?俺のバッティングスキル」

「点数的には僕の勝ちですけどね」

「……だが、張り合いがありませんでしたね。これならプレアデスの連中とやった方が楽しそうだ」

 

そんな言葉にも、もう何も思わない。勝とうと狙うこと、勝てるかもという思いが、そもそも間違っていたのだから。

 

何も考えれなくなっていた【フォーサイト】に、実況の声が響いた。

 

『負けた冒険者チームには、罰ゲームとして、地下労働施設で約一月、働いて貰います』

『【精神支配】で強制的に動かすので、疲れることはありんせん。働いた分の報酬も、至高の方々からのお慈悲で出すため、張り切って労働に励むように』

 

せーの、という小さな声のあと

 

『『冒険者、ボッシュート!』』

 

ガバン!と、ヘッケラン達の居る地面に、穴が空いた。

何が起こっているか分からないまま、穴に落ちていく自分達を省みて、一つだけ思う。

 

来るんじゃなかった。

 

目元に、あらゆる感情が入り交じった涙を浮かべながら、ヘッケラン達【フォーサイト】は落ちていった。

 

 

「最終問題だ!」

 

イビルアイの言葉に、疲弊しきっていた【蒼の薔薇】の面々に光が差す。天井から下がっている石板には、確かに『最終問題』と記されていた。

 

問題、と表示され、【蒼の薔薇】に緊張が走る。

最終問題だから、相当な難問が来るのでは、という不安からだ。

お邪魔キャラ(ゴキブリ)との距離はそうない、時間を掛けすぎれば手遅れになってしまう。

ゴクリと喉を鳴らす一同に、石板はピッと機械音を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

『今、何問目?』

 

 

「「「知るか!」」」

 

全員の心が重なった。

 

ブー、と律儀に不正解の音が鳴り響き、全員は頭を抱える。

冷静になれ、今何問目だ。と必死に記憶を辿った。

 

「100!」 『ブー』

「意外性で1問目!」 『ブー』

「間をとって50か!」 『ブー』

 

皆が口々に答えるなか、ラキュースは自分でも初めてと思えるほど集中していた。

 

「(思い出せ、思い出せ……。――ッ!)」

 

青天の霹靂。と言うのが正しいか、まさにラキュースへと答えが舞い降りた。

 

「問題は等間隔で設置されていた、今まで走った大体の距離と、時間を計算すれば……」

 

ブツブツと呟いて、必死に計算をする。

 

ラキュースのその整った顔に、手応えありと笑みを浮かべる。それを見た皆がラキュースの答えをを待った。

 

 

 

 

 

 

「79!」 『ブー』

 

 

「「「引っ込んでろ」」」

 

 

一同から気合いと殺意の入った罵倒をくらい、ラキュースはその場に膝を付いた。

よよよと泣くラキュースを横目に、今まで考え事をしていたイビルアイが口を開く。

 

「もしかして、“最終問題”か?」

 

『ピローン♪』

 

石板に表示された正解という文字と、あっさり正解したイビルアイに一同は唖然とする。

その中でも一番ショックを受けたラキュースが、イビルアイへと訊ねた。

 

「イビルアイ、何で……?」

 

「ん?さっきお前が出した答えが不正解だったからな。数字が違うとは思えなかったから、もしかして、と思っただけだ」

 

それに、今まで問題の数は書かれてなかったしな。とイビルアイは締め切った。

 

 

「……まぁ、何はともあれ」

「問題クリア!」

「金銀財宝ざっくざく!」

 

「……ったく、あいつらは」

 

やっほー!と喜び回る三人に、イビルアイは苦笑した。だが、自分の隣でメソメソとしているラキュースに言う。

 

「何を泣いてるんだ、お前は」

 

「泣いてないし、イビルアイに答えられて悔しくなんかないし」

 

「子供かお前は……。ったく、聞け、ラキュース」

 

イビルアイは膝を曲げると、ラキュースに目線を合わせていった。

 

「リーダーであるお前が、あの正確な数値を出してくれていなかったら、私はクリア出来ていなかったんだ」

 

だから、お前のおかげだよ。とイビルアイは笑っていった。

 

「……イビルアイー!」

「なっ、何をする、お前はぁ?!」

「貴女のそういうツンデレなところも好きよ、結婚しましょう!」

「いきなり何言ってるんだ!」

 

という所で、突然視界が闇に包まれた。

 

「ッ!何事だ、皆無事なの――」

 

その理不尽なまでの出来事に、誰もが有効な抵抗も出来ず、ただただ、意識を闇に落としていった。

 

 

 

「――こんなものですかね」

「えぇ、データとしては充分な物でしょう」

 

薄暗い部屋のなか、魔法アイテムのモニター(タブラ自家製)を眺めているモモンガが呟いた。

隣にいたタブラが、書類のようなものを紐で纏めて 、机の上に放る。

そこには各冒険者のデータが、細かく書かれていた。

 

「それにしても、彼女たちこれで何回目でしたっけ?」

「5回目ですね。……ウチに関する記憶を、全部取り除いては?」

「あー、それをするとですね、ナザリックの事を聞いて細かい記憶がフィードバックするんですよ。最悪廃人コースなんで、したくないです」

 

両手を上げるモモンガに、タブラは笑った。まぁ、別に良いかと会話を切り、あるモニターへ目を向ける。

 

「ほぅ、あの子達、結構やりますね」

「ん? ……あぁ、お客さまですから」

 

はぐらかすように話を背けるモモンガを見て、タブラは数瞬の後理解した。

 

 

要するに、普通に遊んで貰っているだけか

 

 

「良かったですねぇ、凄く楽しんでもらえて」

「ちょ、何ですか、その生暖かい笑顔は!」

 

モニターに映る、アトラクションを楽しむエンリとネムを見ながら、タブラは別のモニターへと切り替えた。

 

 

「それにしても、“都市伝説”としてナザリックの事を流すとは、モモンガさんも思いきったなぁ」

 

「あぁ、【アミューズメントパーク・ナザリック】だっけ?」

 

「違いますよ。都市伝説の方は、“黄金の大墳墓”の筈です」

 

やまいこの言葉に、茶釜と餡ころは思い出したように頷いた。

三人は今別件で出ており、バハルス帝国の中を探索していたのだ。

 

「どう、良さそうな場所ある?」

 

茶釜の言葉に、他の二人はうーんと唸った。

その別件の用事では、“そこそこの広さを持った、隣り合う住宅”が条件だった。

 

時間は経てど中々見つからず、不動産を探そう、となったところで、餡ころに【メッセージ】が入った。

 

「あ、エクレアからだ」

 

「あれ、ボクもだ」

 

そう言って話始めた時、丁度やまいこにも【メッセージ】が入る。

表情から察するに、相手はユリのようだ。

 

「あ、もしもし?うん、どしたの」

 

二人の通信が終わるまで適当に見て回るか、と茶釜が腰を上げた時、やまいこが声を上げた。

 

「えぇっ、あの子達が来てる?!」

 

「(アカン)」

 

それを聞いて、茶釜の中で警鐘が鳴った。

 

多分エンリとネムの事だろう。普段ならあの二人が来るのは大歓迎だが、今はタイミングがちと悪い。

 

確かモモンガさん居たし、対処は任せよう。と思ったところで、通信を終えたやまいこが茶釜へと向き合った。

 

「……」

「……」

 

見つめ合うこと数秒、特に恋愛に発展しなかった代わりに、やまいこが茶釜と餡ころの腕をガシリと掴む。

 

まさか、と思ったのもつかの間、やまいこの指輪の力で、三人の姿が掻き消えた。

 

 

――それが、数分前の出来事。

 

 

「あのね、床がすっごくふわふわで、追いかけるのが大変だったの!」

「そうなんだ。それでもクリア出来たなんて偉いねぇ」

「えへへ~♪」

 

「ネム、本当に凄かったんですよ。ほとんどネムの弾で倒しちゃって、私は全然……」

「まぁ、運動神経の良さで決まるゲームだからね。そんなことより、楽しかった?」

「はい、それは勿論!」

「そう、なら良かったよ」

 

 

スイーツを囲みながらのその光景を、モモンガは遠目に見て目を細めた。

そんな様子を見た餡ころが、モモンガへと近付く。

 

 

「さっき、デミー(デミウルゴス)から聞いた話何ですけどー」

「はい?」

「あの子達のゲームの担当をしてたデミーのシモベが、“あの子達にかすり傷でも付けたらぶち殺すぞ”って、誰かさんに脅しを受けたらしくて」

「…………」

「しかも【絶望のオーラ】垂れ流しで言われたらしく、そのシモベ、今トラウマで寝込んでるらしいですよ」

「……後で見舞いと謝罪に行きます」

 

数名のシモベにトラウマが刻まれたが、今日も概ね通常営業のナザリックだった。

 

 

「……ぅん?」

 

ラキュースは、いつもと違う起床に眉をひそめた。

疲れが取れた感じはなく、身体中がギシギシと軋む感覚に包まれている。

 

「痛つつ……、何だぁ?」

 

近くで寝ていたガガーランが、そんな風に起き上がった。そちらも身体が痛むのか、何だか動きがぎこちない。

 

「ガガーランもなの?私も何だか痛くて……」

「何か、ずっと走り回ってた感じだな。特に足回りがやべぇ……」

 

二人でそう言い合っていると、部屋のドアがガチャリと開いた。そちらに目を向けると、イビルアイとティアとティナが、ぎこちない動きで入ってきた。

 

「り、リーダー、今日はお休み」

「動きたくない。身体中がギシギシ」

 

「私は別に出ても良いが……、お前たちも不調な様だし、今日は休息に当てるか」

 

イビルアイの言葉に、全員が同意の意を示した。

休息と決まり、ティアとティナが部屋のソファーへと飛び込む。一瞬でゴロゴロしだした二人を苦笑いして眺めていると、ガガーランが声を上げた。

 

「ラキュース、その枕元にあるものは何だ?」

 

「……何かしら、これ」

 

「そんな物、リーダー持ってた?」

 

ラキュースが持ち上げたそれは、ズシリと重い皮袋だった。全員の視線が集まる中、ラキュースはそれを開ける。

 

「……え?」

 

袋の中には、多種多様な金銀財宝がギッチリと詰め込まれていた。金の延べ棒から、見たこともないネックレスなども入っている。

 

「ラキュース、まさか、お前……」

「第一に犯行を疑うなんて、仲間へする仕打ち?!」

「でも、証拠はバッチリ」

「してないから!昨日は遅くまで一緒に居たでしょ?!」

「その後で、こう、さくっと?」

「出来るかぁ!」

 

冗談と分かっていても、疑われるのは辛い。

 

嘘泣きをするラキュースに謝りつつ、でもよぉ、とガガーランは言った。

 

「コレ、どうすっかなぁ」

「良いじゃない、貰っちゃえば」

「……ま、いっか」

 

面倒くさいし、と話を打ち切ったガガーランに、ラキュースがそういえば、と声を上げた。

 

「ねぇ、金銀財宝で有名な噂があるの。“黄金の大墳墓”って言うんだけど――」

 

彼女達の無限ループが解ける日は、一体何時なのだろうか。

 

その後、何度もナザリックに来る【蒼の薔薇】にプレイヤー陣は頭を悩ませるが、また別のお話。

 

 

ナザリック地下大墳墓、玉座の間。

そこにはその場を埋め尽くさんばかりの、異形の者が集結していた。

皆、片膝をついてうつむき、石像の如くピクリとも動かない。自分達に命令する者が来るまでこうすることは、至極当然のことだからだ。

 

「――皆の者、顔を上げよ」

 

自分達の絶対的な支配者の言葉に、スッ、と全員の頭が上がる。

そして、その言葉を発した者の姿に驚愕した。

 

「今回集まってもらったのは他でもない。これからの、ナザリックの運営に関わることだ」

 

支配者の一人、モモンガの言葉に、異形の者達に歓喜ともいえる電流が走った。

遂に、我らの力を振るうときが来たか、とその身を奮わせる者も居る。

 

「皆、心して聞け。我らは――この世界を牛耳る頂点へと君臨する」

 

瞬間、爆発的な歓喜の波が荒れ狂った。皆声には出さないが、表情には期待で溢れている。

 

そんな中、一つだけ上がる手があった。

 

「何だ、デミウルゴス」

 

「はっ。僭越ながら、侵略の際の指揮や戦略は、私共にお任せいただけませんでしょうか」

 

そのこと言葉とは裏腹に、既にどういう風に動くべきかのシミュレーションは出来ている。

それがどのようなものか大体察知したセバスが表情を少しだけ歪ませるが、デミウルゴスは無視した。

 

だが。

 

「――お前達は勘違いしているな」

 

モモンガのその言葉に、シモベ達一同は唖然とした。

勘違い、と言われた言葉の意味を、よく理解できない。

その表情の意味を理解したモモンガが、口を開いた。

 

「我らが人間に扮し、冒険者として行動しているのは知っているな。その際に、この世界の常識、いわゆるルールだな。それを学んだ」

 

「はっ、それは存じ上げております」

 

「うむ。その際にな、思ったんだよ。――なぜ、最強である我らが、人間ごときに尻尾を振らねばならないのか、とな」

 

「――なるほど」

 

「流石はデミウルゴス。計画の内容を理解したか。――つまりだ」

 

モモンガが指を鳴らす、すると、他のプレイヤー陣も突然現れた。それと同時に、玉座の間に飾られているそれぞれの旗に炎が灯り、一気に燃え上がった。

そのことにどよめきが上がるなか、モモンガは一本の旗を掲げる。

その旗は、ギルド【アインズ・ウール・ゴウン】のものだった。

 

 

「【アインズ・ウール・ゴウン】の名において、これからの我々の進路を発表する」

 

 

モモンガの言葉に、一同は押し黙り、言葉を待つ。

 

「人間共の生活において、我々が頂点だと認識させよ。居住、食事、身なり振る舞い、その全てにおいて、我々より上を蹴落とせ。そして、人間共が我々を崇め、奉る存在とせよ!」

 

バサリとはためくギルド旗が、その場にいたシモベ達の目に映る。全ての者が目を奪われたその時に、モモンガは言った。

 

 

「我々【アインズ・ウール・ゴウン】は、この世界を掌握する」

 

 

さぁ、進軍だ。

 

玉座の間が崩れん限りに轟く歓声の中、モモンガはその異形の姿で微笑んだ。




こういう支配の形もありなのかなぁと決めました。
次回は古田さん一行の登場を予定しております。
新たなナザリックの同行をお待ちください。


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侵略の一手~1

久し振りの更新です


「――ここが、その【アインズ・ウール・ゴウン】の本拠地か?」

「えぇ。報告ですと、その通りで御座います」

 

バハルス帝国、帝都アーウィンタール。

皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、その建物を見上げていた。

 

周囲の物とは特に変わらないその外観は、新しく塗装をし直したのか、綺麗な色使いをされている。

入り口の脇には小さな旗が立てられており、見たこともない紋章があしらわれていた。

 

「ふむ。今回ここに来ることは?」

「既に伝えております。時間も問題ありません」

 

傍らに居る秘書のロウネ・ヴァミリオンが、持っている書物を確認して言う。

 

四騎士の一人、“雷光”バジウッド・ペシュメルと、“激風”ニンブル・アーク・デイル・アノックが、口々に言った。

 

「んにしても、“ふぁみれす”だっけかぁ?レストランを開いてるんだってな」

「隣の建物では保育所を開いてるらしいですね。街中で噂ですよ、高い金を払わなくても勉強させて貰えるって」

 

 

そんな二人の言葉を聞きながら、ジルクニフは建物の扉に手を掛けた。

カラン、とベルの音が鳴ると、一人のメイドが恭しく頭を下げる。

その所作とメイドの美貌に、ジルクニフ以外の男連中は目を奪われた。

 

「いらっしゃいませ。【ふぁみりーれすとらん・マッシュヘッド】へようこそ。何名様で御座いますか?」

 

「……、ぁあ。すまない、連れが先に来ているはずだ」

「さようで御座いますか。お連れ様のお名前を伺っても?」

「ミラノだ」

「……。畏まりました。それでは、此方へとお越しください」

 

メイドに促されるがままに、ジルクニフ一行は入って左手の階段を上がる。

奥のドアにはめられたガラスの先をチラリと見ると、家族連れの子供が、サンドイッチを笑顔で頬張っていた。

 

「“ふぁみれす”とは、家族連れが気軽に楽しめるレストランと聞いたが、どうやらそのようだ」

「お褒め頂きありがとうございます。私共の主たる方々が考案されたシステムで御座います」

「安価で食えるって聞いたけど、そうなの?」

「えぇ。お客さま方からは、称賛のお言葉をよく掛けていただきます。私共も、安価で美味しく食べていただけたら幸いです」

「なるほど。……失礼、貴女のお名前を聞いても?」

「はい。リュミエールと申します」

 

その様なやり取りをしている間に、一つの部屋に着いた。部屋の扉を叩き、リュミエールが声をあげる。

 

「モモ様。皇帝御一行様がお着きになられました」

「えぇ。入ってもらいなさい」

「畏まりました。……それでは、どうぞ」

 

促されて入った部屋を見て、ジルクニフは目を見開いた。

 

極上の装飾品があるという訳ではない。

 

身の危険を感じるような凶暴な獣や、化け物が居たわけでもない

 

「どうも、私は【アインズ・ウール・ゴウン】の一人、モモと申します。今日はよろしくお願いします」

 

そこに居た者、モモという、どう見ても子供でしかない者が異質とも言える雰囲気を放っていたからだ。

友好的な笑みを浮かべてはいるが、皮一枚剥げば化け物だった、そうともいえるその異質さに、ジルクニフは僅かに躊躇した。

 

「今日はお招き頂き、実に感謝する。モモ殿」

「いえいえ、せっかく来てくれたのにこんな部屋で申し訳ない。せめて、もてなしは上等な物にさせて貰おう。――アルベド、頼む」

「えぇ、分かりました。旦那様」

 

アルベドと呼ばれた妖艶な女性が、お辞儀をして隣の部屋へと入っていった。

その女性を見つめていた数人の足を踏みつけ、ジルクニフは口を開こうとするが、それより先にモモが言った。

 

「それでは席にお座り下さい。お互い時間はそれほど無いでしょうが、良い時間を過ごしましょう」

 

コイツをガキだと思って対応したらダメだ。

 

作り笑顔を浮かべながら、ジルクニフはそう思っていた。

 

 

「それにしても、たっち殿が茶釜殿とお知り合いだったとは」

 

王都、エ・ランテル。

その中にある【ふぁみりーれすとらん・マッシュヘッド】では、もう一つの対談が行われていた。

 

「昔馴染みなんですよ、たっちさんとは。でもまさか、ガゼフさんとこんな再会をするとは思いませんでした」

「それはこちらもですよ、茶釜殿。……そういえば、やまいこ殿は居られないのか?」

「えぇ、彼女はバハルス帝国の支部に担当して貰っているので」

「なるほど……。それは残念です、改めてお礼をと思ったのですが」

「気持ちだけで充分ですから。――料理が来たようですね」

 

茶釜の言葉に、一同はドアへと視線を向ける。そこには、カートに料理を乗せた女性が立っていた。

 

「今日はウチの料理を味わって貰おうと思いまして。……王族の方が普段食べている物には数段劣りますが、召し上がって下さい」

 

たっちの提案に、その場に居た者が一人の老人、ランポッサⅢ世を見る。

だが、本人は至って乗り気の様で、料理が運ばれるのを楽しみに待っていた。

 

「いえ、突然来たにも関わらずこのようにしてもらってすまない」

「こちらこそ、至らぬことが多いでしょうが……。では、どうぞ」

 

配膳が終わったのを確認して、ランポッサ一同は食事に手を伸ばす。一口食べて、皆が目を見開いた。

 

「うまっ!」

「これは旨い!初めて食ったぞこんな物!」

「凄いな……、王国中で人気になるのも分かる」

 

評価はどれも良いものばかりで、それを聞いたたっちの顔も綻んだ。

夢中でがっついたのを恥ずかしく思ったのか、ランポッサがフォークを一先ず置く。

 

「こほん……。それでだな、たっち殿。このように素晴らしい料理を、国民に安価で振る舞っていただけるのはありがたい、が――」

 

ランポッサの言葉に反応するように、二人の男、冒険者組合代表のプルトン、魔術師組合代表のテオが立ち上がり、懐から書面を出した。

 

「貴方達【アインズ・ウール・ゴウン】が販売している、この紫色の【ポーション】だがな。これを、組合に登録してはくれないだろうか」

 

「そして、このレストランもだ。これだけの料理を安価で出すのは、他の料理店から客が来ないと苦情が出ているんだ。……分かってくれ」

 

要するに、組合で決めた配分金額を渡すから、貴方達の作る【ポーション】と、料理のレシピなどを全て渡せ。という物だった。

 

その暴力ともいえる命令に、何も知らなかったガゼフが唖然とする。

 

「お、お待ちください。日々研鑽し、己の実力を身に付けた果ての結果ではありませんか。これでは彼らがあんまりだ」

 

「だが彼らが作り上げたこれらの功績のおかげで、我々の被害が甚大すぎるのだぞ!」

「【ポーション】だってそうだ!従来の物より高性能になった上で安価。そして薬師であるンフィーレア殿もそちらに従事されている。これが文句も言えずにいられるか!」

 

その言葉を聞いて、ガゼフの動きが止まった。確かにそうなのだ。

 

彼ら【アインズ・ウール・ゴウン】は、最近急にその頭角を現した。

アダマンタイト級は軽く見積もってもあるその実力に、他の冒険者そっちのけで指名されまくっている。

その他の冒険者も、その実力差からなにも言えない、というのが現状だった。

 

「――そちらの言い分は分かりました」

 

他人事の様な顔をして、たっちはそう言った。その異様な程の余裕に、その場に居た者はそれぞれの対応を取った。

 

 

力に訴えでた時用に剣に手を取り

 

逃げれるように体勢を整え

 

守護する者を庇えるように身構える

 

 

「――私たちは、この地から出ることにしましょう」

 

だが、たっちが言ったのは全く違うことだった。

あまりに予想違いに、皆しばらく口が開かなかった。

たっちの隣に居た茶釜が、同意したように頷く。

 

「そだね。なら、何時出る?」

「今夜辺りに店を畳むとしましょうか。思い立ったが吉日と言いますし」

「なら、皆に連絡しておくね」

 

そこまで行って、ようやくプルトンが口を開いた。

 

「ま、待ってください。今夜出る?」

「えぇ。他の地で店を開きます。あぁ、それと――」

 

たっちは馴れた手付きでそれを外す。

冒険者の身分証とも言える、プレートを。

 

アダマンタイト以上の価値があるそれを、プルトンに手渡した。

 

「今までお疲れ様でした。これからは、フリーで活動しますので」

「な、何故だ?!なにもそこまでしなくとも」

「そちらの不出来な内情のおかげで、私達のことを滅茶苦茶にされては困るんですよ」

「~ッ!」

 

アダマンタイト級冒険者という、国を離れては惜しまれる存在が、国を離れていこうとする。

淡々と出る計画を練るたっちに声を掛けたのは、一人の老人だった。

 

「――少し、お待ちいただけませんか、たっち殿」

「……どうされましたか。ランポッサⅢ世様」

 

柔和な、見るものを落ち着かせる表情でランポッサは言う。

 

「先ほどは申し訳ありません。この【ふぁみりーれすとらん】を気に入って、楽しみにしている国民は、いまや数多くあります。それに、貴方達の様な実力者をみすみす手放すのも、国民の安全を考える私共としましてもあってはならないことでしょう」

 

そこまで言って、ランポッサⅢ世はたっちへと頭を下げた。

一国の長が、ただの冒険者に頭を下げたのだ。

 

「もう一度、考え直しては貰えないだろうか。こちらの者達への非難なら、私が全て受けましょう。ですから、何卒」

「たっち殿、茶釜殿、私からもお願いする。どうか気を直して、もう一度考えて頂きたい……ッ!」

 

ランポッサ以上に、それこそ地面に付くぐらい、ガゼフは頭を下げた。

その二人の対応を見て、プルトンとテオの二人も言う。

 

「申し訳ない。もう一度、落ち着いて話させて貰えないだろうか」

「此方ばかりで、そちらの事も考えてはいなかった。申し訳ない」

 

「……分かりました」

 

プルトンからプレートを返してもらい、また首にかけ直す。

 

「それでは、お話しましょうか」

 

完全に主導権を握られた現状に、プルトンとテオは項垂れた。

 

 

一方、バハルス帝国では。

 

 

 

 

 

「た、頼む。貴女様方の魔法を伝授下さいませんか?!」

 

「ギャアアアァ?!何だこの爺?!痴漢!変態!」

「ウールさん逃げて!頑張って!」

「貴方安全な位置に逃げすぎでしょこの裏切りも――何処触ってんだぁ!」

 

怒声と共に、ウールのフックが老人、フールーダ・パラダインの鳩尾へと突き刺さる。

ふぎょッ!と潰れた声を上げて、フールーダは仰向けに気絶して倒れた。

 

「取り押さえろ!……申し訳ない、普段はこの様な事はないのだが」

 

突然起こしたフールーダの奇行に、流石のジルクニフも動揺する。

取引先の、しかも年頃の女性に対して起こした不祥事だ。機嫌を損ねられても当然の事態である。

 

 

――数分前

 

 

「此方は、【アインズ・ウール・ゴウン】の一人、ウールです」

「どうも、遅れて申し訳ありません。ジルクニフ殿下」

 

「いや、畏まらなくても良いよ。ジルクニフと気軽に呼んでくれ。ウールさん」

 

にこりと微笑むウールに、ジルクニフも笑顔で応対した。

心の中では、化け物が二匹目か、と毒吐きながら。

 

「それに、申し訳ないがこちらも一人遅れているんだ。それが――」

 

ジルクニフの言葉の途中で、扉からノックの音がした。モモが入室を促すと、先ほどのリュミエールがお辞儀をして言う。

 

「失礼します。ジルクニフ陛下、フールーダ・パラダイン様がご到着されました」

 

「グッドタイミング。……我が帝国の誇る最強の魔法使い、フールーダ・パラダインだ」

 

メイドの脇から現れたその老人、フールーダは、部屋に入ると中を見渡した。

 

自らの主であるジルクニフが訪問したところを、ジロリと、それこそ観察するようにゆっくり。

そして、モモとウールをチラリと見たとき。

 

「うぉわぁッ?!」

 

ジルクニフでさえ聞いたことのない声を上げて、床に尻餅を着いた。

その事に、その場に居た一同が唖然とする。

 

その冷凍された空間の中、フールーダは鼻息を荒くして床を這い、ウールへとすり寄った。

 

 

――そして、今に至る。

 

「最悪だ……だから女性は嫌だったんだ……」

 

そうブツブツと呟いているウールを、大丈夫かとジルクニフは心配する。

正面に座るモモが大丈夫だとハンドサインをした所で、話始めた。

 

「先ほどは申し訳なかった、お二人共。フールーダはあの通り拘束してあるので安心してくれ」

 

「えぇ。まあ、過ぎたことは気にしないでいい。……それで、話とは?」

 

モモのその言葉に、ジルクニフは心のなかで待ってましたとばかりにガッツポーズする。

 

突然雰囲気を変えたジルクニフにモモが警戒するのが分かるが、それを無視して言った。

 

「貴方達【アインズ・ウール・ゴウン】を、我が帝国の戦力として迎えたい」

「……ほぅ?」

 

目を細めて訝しげに見るモモに、ジルクニフは秘書から受け取った書類を見せて言う。

モモが書類に目を走らせている途中だが、口を開いた。

 

「我がバハルス帝国が、隣の王国と争っているのは知っているかな。その戦争の戦力として、貴方達を迎えたいのだ。報酬は望むだけ出そう」

 

ジルクニフの言葉を聞き、書類をウンウンと頷きながら読んだモモは、ゆっくりとテーブルに書類を投げて言う。

 

「断る」

「……報酬は金だけではない。異性も、望むなら土地もやろう。それでも足りないか?」

「足りないなぁ。……そうだな、ならば――」

 

子供の放つ雰囲気ではないソレに、ジルクニフとその一同は背筋に冷や汗が伝った。

 

コイツの機嫌を損ねれば、死ぬ。

 

今までウサギだと思って接していたのが、獅子の類いだと発覚したときのように。

 

 

「――ならば、この国を貰おうか」

 

 

だから、モモのその言葉は、ジルクニフからすれば予想以上の事だった。

 

軽く放られたその言葉に、一同は何も言えない。

数瞬の後、現状を理解したバジウッドとニンブルは即座に剣を抜いた。

 

「陛下、お逃げ下さい!」

「早く逃げろ!」

 

「ま、待て、二人とも!」

 

モモがジルクニフを殺すのでは、と思ったのだろう、誤解した二人が剣を構えるのを、モモはただ見ていた。その隣に居たウールもだ。

 

「はっ、余裕だなぁおい。アダマンタイト級ってだけでそこまでつええのか、あ?」

「バジウッド、挑発もそこまでにして。……モモ殿、先ほどの言葉の意味を教えてもらっても?」

「意味って……、そのままだが?」

 

何言ってんの?と言いたげなモモの言葉に、二人は動いた。

爆発的な加速の後、ニンブルはモモに、バジウッドはウールへと肉薄する。

腰だめに構えた剣を、自身が持つ最大の威力で首もとへと振り抜いた。

 

 

「――ジルクニフ。話を続けても?」

 

「え、ぁ?」

「嘘だろ……?!」

 

モモとウール、両名の首もとに剣が添えられていた。

 

いや、――皮一枚すらも傷つけれず、首の筋肉だけで受け止めたというのが正解だが。

 

「さて、何やら誤解されているようだが、別にこの国を乗っ取ろうとか考えている訳ではない」

 

そう言ったウールへと、視線が集まる。腰を戻したジルクニフを見て、モモは満足そうに笑っていった。

 

「協力関係を築こうじゃないか、皇帝殿。我ら【アインズ・ウール・ゴウン】と、バハルス帝国で」

「協力関係……?」

「あぁ。我らの活動の全面的な肯定と理解、それだけで良いよ。……金も土地も、奪おうとすればいつでも出来るからなぁ」

 

 

おい、アルベド。という言葉に、隣の部屋から先ほどの女性が現れる。

その手にあった書類を受けとると、ペンを手渡された。

 

「そこにサインをしてくれ。……何、後から契約を変えるなど、狡い手は使わんよ。安心してくれ」

 

ジルクニフは言われるがまま、書類にペンを走らせる。書類に目を通しても、何ら変なことは書いていない。

 

 

畜生が

 

 

自らの名が自分の手でサインされていくのを他人事の様に見ながら、ジルクニフは思う。

 

 

悪魔との契約をしてるみたいだ

 

 

 

「これからよろしく頼むよ、ジルクニフ?」

 

サインの様子を、薄く笑いながら見ている二人にジルクニフはそう思っていた。

 

 

 



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侵略の一手~2

改めて見てたら誤字が多すぎ、申し訳ないです。


 

「ふっ、はぁっ!」

「踏み込みが甘いッ!」

 

カァン、と木製の刀が、音を立てて空へと打ち上がった。

続けて二人のうち一人の男が、ぜぇぜぇと肩で息をしている。

 

「……お見事、ですね」

「ガゼフさんこそ、王国最強と言われることだけはある」

「……謙遜を」

 

 

完敗。

 

たっちVSガゼフの試合は、その一言で終わるものだった。

息も絶え絶えのガゼフに対して、たっちは全く乱れていない。

 

かつて他のアダマンタイト級の者と手合わせをしたこともあったが、その者とは全く比べ物にはならない実力差があった。

 

「自分の実力には自身があったが……、それは慢心だったようだ」

「いや、その辺の奴等よりは格上だ。誇っても良いと思われるが?」

「ははは、そうですな」

 

普段なら嫌みに感じる言葉だが、不思議とスッキリとした気分だった。

完敗という、あまりにもハッキリとした勝敗に、ガゼフは清々しい気分さえあったのだ。

 

 

邪な心を持つ者ではなく、本当に良かった。

 

 

笑顔で手を差しのべるたっちを見上げて、ガゼフは心からそう思った。

 

 

「うっはぁ、やっぱウンメ~ッ!」

「全く、宿に着くまで待ちなさいと言っているのに」

「そんなん待てるわけないだろ?こんなにうめぇ食い物」

「ペテルにド突かれても知りませんよ」

 

 

すっかり暗くなったエ・ランテルの中を、【漆黒の剣】のルクルットとニニャは歩いていた。

 

良い匂いのする紙袋から、串状の物に鶏の切り肉を油で揚げたものを刺している物を、ルクルットは笑顔で頬張っている。

【からあげぼう】という、【アインズ・ウール・ゴウン】が作り出した手軽に食べられる商品だ。

 

屋台で発売され、その美味しさと安さに大人気となっている。

他にも【ふらんくふると】という、揚げたパン生地に肉を閉じ込めた物や、【じぇらーと】という甘い氷菓子の甘味も大人気だ。

 

「ほんっと、すげぇよなぁ。あの人たち」

「ですね。……私たちの師事もしてくれるし、本当にお世話になってます」

 

ニニャはそう言って、首もとのプレートへと手をやる。

そこにはミスリルのプレートが掛けられていた。

 

彼ら【漆黒の剣】は、今やミスリル級の冒険者となり、オリハルコンにも手が届くかという程の実力になっている。

 

モモンガ達プレイヤー陣それぞれの熱心なワンツーマンのレッスンによって、一人一人がパワーアップしていた。

成長を遂げた【漆黒の剣】の実力は王国にも認められており、一種の特別扱いも受けている。

 

だが、良いことばかりということでもなく。

 

「ルクルットさーん♪今日は寄ってかないのぉ?」

「うげっ……、ご、ごめんね。明日の依頼の下準備があってさぁ」

「ざーんねん。じゃあ来週にでも来る?」

「い、いやぁ……。機会があったら行くよ、絶対」

 

ダラダラと冷や汗を流しながら歩くルクルットを見て、ニニャは意地悪な笑みを浮かべて言う。

 

「あれぇ?てっきり行くかと思ったのに、女の子の居るお店」

「ぐぬぬ、分かって言ってんだろニニャ。俺はもうしばらく良いよ……」

 

落胆した顔をするルクルットを見て、ニニャは苦笑いを浮かべた。

 

有名となった【漆黒の剣】は、以前では考えられないくらいの報酬も受け取っていた。

女好きなルクルットは、その金で遊び回っていたのだが、その有名税なのか、持ち前のルックスか、とにかくモテた。

そのまま調子に乗っていたとき、女性間で問題が起こり、手痛いしっぺ返しを受けたらしい。

 

 

ブツブツと何か呟いているルクルットを横目に、ニニャは何気なく視線を動かした。

 

 

夜空に広がる満天の星空を見て、

 

向かい側から来る仲の良い親子連れを微笑ましく見て、

 

路地裏にあるごみ袋を見て、

 

 

ニニャの時間が止まった。

 

 

ごみ袋から見えるその手に、ニニャは思わず立ち止まる。

そんな様子に、ルクルットが訊ねた。

 

「どしたんだ、ニニャ。……おいおい」

 

見ているものが分かったのか、ニニャにはあまり見せないよう、ルクルットは庇う。

だが、そんな彼を無視して、ニニャはごみ袋へと近付いた。

 

「この手の傷……。あはは、嘘だよね……?」

 

早打つ心臓を無視して、ごみ袋へと手をかける。

勘違いならどうでも良い。穴でも掘って、簡単に供養してやるだけだ。

 

 

だが――

 

 

「……ねぇさん」

「お、おいニニャ。……冗談だろ?」

 

ルクルットの言葉を否定するように、細い路地裏にニニャの慟哭が響いた。

 

ツアレニーニャ・ベイロン

 

原型が分からないほどの打撲傷で彩られた者の名前は、ニニャが探し求めていた者だった。

 

 

「……どうですか、ペス」

 

「見た目は重症ですが、大丈夫です。わん。傷の手当ては全て終わりました。わん。すぐにでも動けるでしょう。わん。……本人に意思があれば、ですが。わん。」

 

変わった話し方をしている犬面人、ペストーニャの言葉に、ウールはそうかと返した。

 

とっくに閉店した【ふぁみれす】の一室で、彼女、ツアレは横たわっている。

何を見ているのかわからない虚ろな目で、ただじっと、天井を見つめていた。

 

「――ウルベルト様。……彼女の容態は?」

「この姿の時はウールと呼べ、セバス。……精神的にはボロボロだ、どうしようもない」

「…………」

「そんな顔をするな。私たちにも出来ないことはある」

「いえ、そのような意味ではなく。……ただ、外に居る方のことで」

 

セバスの言葉に、ウールは更に頭を悩ませた。折角再会した姉、ツアレが、廃人同様の姿で捨てられていたのだ。

ここにツアレを連れてきたニニャの顔は、何時もの彼女から大きくかけ離れていた。

 

『お願いします、姉を、姉を助けてください。どんなことでもしますから、助けてください!』

 

涙を流しながら、狂ったように言う彼女に、対応したセバスは面食らった。

その事もあり、ニニャへの報告を渋っているのだ。

今はルクルットが側で付いているが、次期にそれも意味をなくすだろう。

 

その時、急に金切り声が響いた。

視線を向けると、ベッドに居るツアレがこちらを見て怯えている。

 

正確には、この中で唯一の男性であるセバスを見て。

 

 

「落ち着いて。大丈夫です、ここには貴女に危害を加える者は居ませんよ」

 

バタバタと暴れる彼女を優しく抑え、ウールは優しく背中を擦る。

 

自分の状況が分かったのか、今度は嗚咽と共に何かを叫びだした。

涙声で何を言っているのか分からないが、おそらくは恨み言のようだった。

 

「大丈夫です。大丈夫ですから」

 

落ち着いた彼女の腹が空腹を訴えるまで、ウールはツアレの側に居た。

 

 

「……何者だ」

 

【ふぁみれす】の一階にある従業員専用食堂で、酒の瓶を持ったままたっちはそう声をあげた。

共に酒を飲んでいたガゼフは、急に雰囲気を変えたたっちに同調するように目を向ける。

 

そこには、二人の男が立っていた。

 

「ここに女が来たろ。返してくれよ」

「……大人しく返せば、殺さないぞ 」

 

そこに居たのは、“六腕”メンバーである、サキュロント、ペシュリアンだった。

全身鎧のペシュリアンに並々ならぬ気配を感じ、ガゼフが言う。

 

 

「女なぞ知らん。店はもう閉めてあるし、帰ってくれ」

 

「そうはいかん。ここに入るのを見たのだ。返してもらうぞ……殺してでもな」

 

 

言うと同時に、男の腕がグニャリと歪んだ。

その現象に、何が起きているのかとガゼフが警戒する。店の壁にかけてある鑑賞用の剣に手をかけると、そのまま抜いた。

 

「最近話題の【アインズ・ウール・ゴウン】のたっちと、王国最強と言われるガゼフか。さぁて、何処まで行けるかな」

「相手は強い、連携が大事だぞ」

 

 

「たっち殿、酔いが来ている身ですまないが共闘を頼めるか?」

「もちろん。……弱き者を助けるのは、男の役目ですから」

 

 

「……失礼、どなたかな?」

 

「デイバーノックだ。……女が居るはずだが?」

「わざわざ名乗らなくて良いわよ。だって――」

 

もう一人、異形の者の隣へと現れた女の周囲に、フワリと数本の剣が舞う。

 

「ここに居る全員、ぶっ殺すんだからさぁ」

 

女、エドストレームは獰猛に笑った。

その女の笑みを見て、セバスは別にどうということもなく。自身の前に拳を構える。

 

自らの、自分の役目を果たすために。

 

「私、栄光あるナザリックにて執事頭の地位に就いているセバスと申します。……屋敷の掃除を任されている身、仕事を始めさせて頂きます」

 

許可された場合以外で、絶対に人を殺めるな。

 

創造主であるたっちの言葉を思い出しながら、セバスは自嘲気味に微笑んだ。

 

 

「何余裕こいて笑ってんのよ、このジジイッ!」

 

 

同時刻、同じ建物内にて戦闘は開始された。

 

 

【アインズ・ウール・ゴウン】の抹殺。

 

それが六腕に任された仕事だった。

ゴミとして捨てた女、ツアレの家族が、オリハルコンに迫る程のミスリル級冒険者だったこと。

そしてその師として、【アインズ・ウール・ゴウン】がついていること。

 

市場を荒らされ、いくつかの収入源が無くなった裏の貴族達からすれば、思ってもいない好機だった。

“八本指”警備部門である“六腕”は、今夜【アインズ・ウール・ゴウン】を壊滅させ、市場はかつての通りに戻る。その筈だった。

 

 

 

「……いきなり何だ、お前は」

 

“六腕”にて最強と言われるゼロは、目の前の出来事に唖然とした。

自身の持つ最強の技、スペルタトゥーを全て使用した【猛撃一襲打】を、平然とした顔で受けているのだ。

本来であれば死んでもおかしくない一撃を、かわす事もせず受けた目の前の子供に、ゼロは驚愕する。

 

「な、何だ、何者だ、お前はぁ?!」

 

「いや、此方のセリフだよ……。モモだ」

 

心底面倒臭そうに言うモモを見て、ゼロは計画を練り直す。

一旦逃げて、体勢を整える、こんな化け物に勝てるはずがない。

 

逃げようと身体を翻したとき、屋敷の窓を突き破った物があった。

目の前に転がったへしゃげた鎧の者と、顔中ボコボコにされたローブの男を見て、ゼロは声をあげる。

 

「サキュロント、ペシュリアン?!」

 

「お、コイツらの仲間か。丁度良かった。うちの調度品の修理費を払って貰うぞ」

 

そんな間の抜けた事を言いながら、割れた硝子を踏んで男が現れた。

確かたっちとか言う男だ。

気軽そうに出てくるたっちに、割れた硝子をうんざりとした顔で見ているモモが言う。

 

「えー……、もうちょっと穏便に済ませましょうよ。何で窓を割るかな」

「ちょっと呑んでましてね。酔っててそこまで頭が回らなかったです」

「あぁ、ガゼフと呑んでたんですっけ。……ていうか、コイツら何なんです?」

「あー、話せば長くなるんですけどね……」

 

たっちが話そうと口を開いた時、モモがストップを掛けた。疑問符を浮かべたたっちにモモが言う。

 

「その前に、コイツら捕縛しちゃいましょう。……場合によれば、ナザリック送りで」

 

「――モモンガ様。それでしたら此方の方もお願いします」

 

声と同時に、幾つかの人影が降ってきた。一人の老人が引き摺っている者は皆ぐったりとしており、見るからに気を失っているのが分かる。

 

「デイバーノック、エドストレーム……」

 

「何だ、他にも居たのか。ご苦労、セバス。……後、この姿の時はモモンガではなくモモと呼べ」

「はっ、畏まりました。モモ様」

「いや、様も要らないんだが……」

 

困惑するゼロを無視してやり取りする彼らに、ゼロは今しかないと背を向けて走り出した。

 

が。

 

「何処にいく?」

 

「ぅ……ぁ?!」

 

突然。

まさに突然目の前に現れたモモに、ゼロは呻き声を上げることしか出来なかった。

その様子を見たモモは、ニコリと年相応の笑顔を浮かべて言う。

 

「安心してくれ。……貴様らの目的などを洗いざらい吸い出した後に、お前達の処遇を決めてやる」

 

見た目と釣り合わないその言葉に、ゼロはなす術なく蹂躙された。

 

 

「始めまして、ヒルマオバちゃん♪」

 

急に開かれた定例会に来た麻薬取引部門のヒルマは、その異様な光景に言葉が出なかった。

 

役員達が座るテーブルの上に、一人の少女が天真爛漫な笑顔で立っているのだ。

自分以外に揃っている“八本指”全部隊の役員メンバーは、虚ろな目をして虚空を見つめていた。

 

その場所の空気と、少女が放つ雰囲気の場違いさに、ヒルマは数瞬頭が回らなかった。

 

「え、えっと、お嬢ちゃん?そこで何をしているの?」

「何って、悪者退治に来たんだよ、オバちゃん」

 

ヒルマの後ろで、扉が音を立てて閉まった。

振り返ると、一人の男が何やら工具の様なものを持って立っている。

簡単に言うと、15センチ程の細長い針状の物を。

 

「な、何よ、何のつもりよ、アンタら!」

「【アインズ・ウール・ゴウン】だよ。……用件は、言わなくても分かるよね?」

 

少女、アンの言葉に、ヒルマは言葉が出なかった。抹殺対象がのうのうと、しかもこの場を制圧した状態で待っていたのだ、馬鹿でもどうなるか分かる。

 

「ま、待ってちょうだい!お金ならあげるわ。必要な物でも何だって買ってあげるから、命だけは……ッ!」

 

「別に殺さないよ?」

 

あっけらかんに言われた言葉に、何を言っているのか分からなかった。

だが、続く言葉で事態は変わる。

 

「今から、貴方達の事はぜーんぶ話してもらうから、ぜーんぶね。……タブラさん、お願い」

「えぇ。……離れていても良いですよ?」

「うっ……、ならゴメン。やっぱりアレは苦手」

 

消えるように突如居なくなった少女の代わりに、タブラと呼ばれた男が言う。

 

「はい。と、いうわけで……。簡単に言うと、この器具を直接脳にぶっ刺して、記憶を話してもらいます」

 

こんな風に。と笑顔で言うと、目の前に居た役員、コッコドールの頭に針を突き刺した。

ビクリと数度跳ね、またダラリと項垂れる。

クチュクチュと音を立てる度に、指先がピクピクと痙攣していた。

 

「い、嫌。嫌よ、絶対イヤ!」

 

「……恨むなら、俺達に喧嘩を売った自分を恨め。なに、先程も言った通り、殺しはしないさ。……ただ、人ではなくなるがな」

 

抵抗虚しく、ヒルマの頭部へと針が突き刺される。

頭に何かがチクリと当たり、それがズブズブと入ってきたところで、ヒルマの意識は無くなった。

 

リ・エスティーゼ王国の裏を牛耳る、“八本指”。

その裏舞台の役者が降板されたのは、【アインズ・ウール・ゴウン】襲撃から僅か一日のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モモンガさん、最近魔王の風格半端ないですね」

「あ、タブラさん、分かります?いやぁ、図書館にある漫画とかみて勉強したんですよ」

「僕も勉強中でしてね。……一緒に研究しませんか?」

「……良いですね。なら始めはどうしましょうか」

「やっぱり、身体に装飾を――」

 

後日。

右腕に謎の刻印を刻み包帯を巻いて、時折何かに耐えるように右腕を抑えているモモンガを見て、守護者達が高位の呪いを受けたかと大騒ぎするが別のお話。




こんな漆黒の剣も良いかなぁ。
次回はネタを挟んで、スレイン法国行きます。



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愛しい貴方に、この愛を

コメント読ませていただいております。
誤字や誤情報、誠に申し訳ないです……。

一応ネタ回ですが、この小説ではの進行ですのであしからず


「最近、アルベドが変なんですよ」

 

何回目かもう数えてすらいない会議の休憩中、近くに居たタブラがそう言った。

正直嫌な予感しかしないので相手したくなかったのだが、同じく暇していたヘロヘロが、何気なく返事する。

 

「変って、どう変なんです?」

「『私に調理スキルを授けて下さい』って、懇願してくるんです。……血走った眼で」

 

 

逃がしてくれ、ダッシュでここから逃げ出させてくれ。

 

 

この後の展開が容易に想像できたモモンガは、神にも祈る気持ちでそう願った。

タブラの言葉を聞いたのか、近くに居た他のプレイヤー陣がニヤニヤしながら近付く。

 

「何々?アルベドちゃん花嫁修業最終段階?」

「家事のスキルは調理以外完璧でしたからねぇ。……話によると、もう子供の服まで揃えているとか」

「モモンガさん、式は洋式?和式?」

「勘弁してくださいよ……」

 

頭を抱えて言うモモンガに、皆が苦笑いをする。その中で、タブラが真面目な顔して言った。

 

「アルベド、無理ですか?」

 

「え、あぁ、いや。そうじゃなくて……」

 

タブラの真剣な顔に、モモンガは頭の中で言葉を考える。自分なりの本音を混ぜて、タブラへと口を開いた。

 

「今、この世界の攻略をしているじゃないですか。だから、こう、僕なりのケジメがついてからじゃないと、それには応えられないんです」

 

中途半端には、したくないんで。

 

 

そう締めたモモンガの言葉に、タブラは笑みを浮かべる。

 

自分のNPCが、モモンガの重荷でないと知って、そして――

 

 

『男を落とすにはまず胃袋からという格言が、至高の方々の書物にありました。ですから私、愛するモモンガ様のために手料理をお作りしたいと思うんです!ですからタブラ様、私とモモンガ様、そしてこれからのナザリックの未来の為だと思って、私の未だ知らないモモンガ様のことを事細かに、まずはモモンガ様の好物から――』

 

――彼女の重すぎる愛情は、もう取り返しのつかないところまで来てると言い出せなくて。

 

「(合掌)」

 

「え、何ですタブラさん、怖いですよ?!このタイミングでするような事じゃないですよ?!」

 

これからのモモンガのいく末を、少しでもよくなりますようにとタブラは願った。

 

 

そんな事があった数日後。

 

 

「あ、アルベド。何だ、これは」

 

「私の作ったシチューで御座います。モモンガ様」

 

「……すまん。もう一回言ってくれ、疲れて聞き逃したようだ」

 

「“私の作った”シチューで御座います。モモンガ様♪」

 

目の前でグツグツと煮えたぎっている赤黒いそれに、モモンガは戦慄した。

この世界にきて未だここまでしたことのない恐怖に、身体がカタカタと震える。

 

「あら、モモンガ様。そんなに震えて……、お腹が空いてらしてるのなら、おかわりもありますし、他の料理もありますのでご安心下さいね」

 

「あああぁ、はっはっは、楽しみだぞ、アルベド」

 

「……ッ!ありがとうございます!」

 

「(誰か!ヘルプ!エマージェンシーなうッ!)」

 

テンパりまくって訳のわからない言葉を【メッセージ】を起動してプレイヤー陣へと送りまくる。

ほとんどのプレイヤー陣が応答してくれ、モモンガは現状を伝えた。

 

「(た、助けてください。殺されます)」

『ど、どうしたんです。モモンガさん』

「(だ、誰でもいいですから。今すぐ円卓の間にっ、アルベドに殺されますっ)」

『……あぁ』

 

その言葉の後に、ブツリと全員から【メッセージ】が切られた。

その事に唖然とするモモンガに、アルベドがそういえば、と口を開く。

 

「他の至高の方々にもご馳走しようとしたのですが、モモンガ様と二人きりにさせてあげると断られてしまいました。後程、お礼にいくとお伝えしてもらってよろしいですか?」

 

「そ、そうだな。……伝えておこう」

 

裏切られた。とモモンガは退路を塞がれたことを理解した。

そして、ゆっくりとテーブルの上のものに目を向ける。見るだけで恐怖を与えるそれは、少なくとも料理とは言えない。

 

 

「アルベド。これは何のシチューなんだ?」

「はい。今朝がた手に入れた牛をふんだんに使ったビーフシチューで御座います。……色合いに問題がありましたので、隠し味などで上手く誤魔化せたかと思いますが」

 

何分初めてですから、と頬をそめて呟いた。

その言葉に冷や汗が止まらないモモンガは、そのビーフシチューに目をやる。

 

とれたての新鮮な牛をふんだんに使った、(不自然な程に)赤黒いビーフシチュー。その謎の赤黒さは、多分――

 

「なるほどな。……ところでアルベド、お前に牛を捌けたとはな。血抜きは出来たのか?」

「血抜きとは何でございましょう?」

「ファッ?!」

「皮を剥いで汚物抜きをした後、そのまま鍋でじっくりと煮込みました」

「(アカン)」

 

この微かに香る生臭さと、不自然な赤黒さの理由が分かったモモンガは、更に顔を青ざめる。

 

せめて味はと思い、それとなく確かめることにした。

 

「はっはっは、見事だな。……ところで、味見はしたのか?私は味が濃いものが苦手でな」

「私はしておりませんが、味見役を頼んだシャルティアとアウラは、そのあまりの美味しさに悶絶しておりました」

「(絶対違うッ!)」

「それに、味をマイルドにするために、様々な上等な調味料をお入れしています」

 

スプーンを握りしめたまま、モモンガはゴクリと唾を飲み込む。

これがるし★ふぁー辺りが作ったものならば、捨てるのに躊躇いはないが、こちらをキラキラとした目で見つめてくるアルベドには難しい。

 

「(それに……、俺のせいだしな)」

 

覚悟を決めて、スプーンをビーフシチューへと突っ込む。

ドロリと滴るスープを決死の覚悟で口に放り込むと、モモンガの脳裏に情景が走った。

 

 

初めてギルドを作った時、

 

ギルメンとイベントをクリアするために奮闘したとき、

 

ナザリックの警護の為にNPCを作った時、

 

「(あぁ、懐かしい……)」

 

そして、此方に手を差し伸べてくるギルメンの手を取――

 

「(ったらダメだろッ!)」

 

危ない、走馬灯だった。

 

危うく昇天されかけた頭を振り、不安そうにこちらを見るアルベドへと視線を向ける。

あまりやりたくない手だが、手料理で殺されるなんてギャグはしたくない。

 

「すまんな、アルベド。少し疲れたようだ、今日はこのまま眠る」

「そ、そうですか。……それで、お味はどうでしたか?」

「……お前が私の為に作ってくれた料理だ。不味い筈がなかろう」

「~ッ!」

 

感極まった様に震えるアルベドに、モモンガはいそいそと部屋を後にする。

部屋を出た後、何か雄叫びの様なものが聞こえた気がするが、気のせいだろう。

 

 

「お目覚めですか?モモンガ様♪」

 

目の前に居るアルベドを無視して、モモンガはゆっくりと起き上がる。

自室の中の、自分のベッドだ。

 

もう一度アルベドの方を見ると、彼女も毛布から抜け出していた。

 

――但し、全裸で、だが。

 

 

「何やってんのぉ?!」

 

思わず変に跳ね上がった声を抑えながら、アルベドを睨む。だが、当のアルベドはきょとんとした顔で言った。

 

「愛するモモンガ様の為に、私で癒すことが出来ればと思いまして」

「いやいや、癒すの意味が生々しいだろ!こんなの誰かに見られたら――」

 

ガチャリと。

 

音を立てて開いた扉の先には、掃除のために入ってきたルプスレギナが居た。

一瞬何が起きているのか理解出来ず、次の瞬間理解できたルプスレギナは、コホン、と一言。

 

 

「昨晩はお楽しみでしたね」

 

 

パタンと扉を閉めて行った。

 

『ちょっとルプー、モモンガ様のお部屋の掃除は終わったの?』

『聞いてくださいっすナーちゃん。モモンガ様のお世継ぎが出来るっすよ!』

『え。ど、どういうこと?!』

『さっき、裸のアルベド様とモモンガ様が――』

 

「待てやコラ駄犬がぁッ!」

 

扉を蹴り開き、通路に躍り出たモモンガに、通路に居た二人が驚く。

ルプスレギナをこっぴどく叱って、ナーベラルに口封じをしているモモンガの様子を見て――

 

 

アルベドは舌打ちをした。

 

 

「やっぱダメね。……どうしようかしら」

 

チロリ、とサキュバスに相応しいその様子は、獲物を狙う肉食獣の目になっていた。

 

 

「最近、アルベドがヤバイです」

 

会議の休憩中に漏れ出すようなモモンガの声に、ヘロヘロが反応する。

 

「変って、どう変なんです?」

「貞操の危機をヒシヒシと感じます」

 

その言葉に、近くにいたペロロンチーノとるし★ふぁーが言う。

 

「リア充が」

「爆発しろ」

 

「アンタらなぁッ!」

 

人の気も知らないで!

うるさいハゲ!

はっ、ハゲちゃうわッ!

童貞!万年嫉妬マスク!

お前もだろうが!

 

ギャーギャーワイワイと騒ぐ三人に、またかと他の人間は笑う。

一頻り取っ組み合いで暴れた後に、モモンガが言った。

 

「いや、本当に……。この間なんかベッドに潜り込んで来たし、最近はじっと見つめてくることが多いし」

 

ため息混じりにそう言うモモンガに、哀れみの視線が向かった。

確かにアルベドの行動は最近特に酷く、仕事に支障はないが、特に気味が悪いことが多いのだ。

 

「何だか、ストーカーみたいですね」

「止めてくださいよ、やまいこさん。……でも、マジでそれかな」

「女の子がされるなら分かるけど、男性がされるのは初めて聞くなぁ」

「……茶釜さん、人気声優でしたよね。やっぱりそういうの居たんですか?」

「んー、まぁ、それな――」

「居るわけないじゃないですかぁ、コレですよ?コレ」

「モモンガさん、会議の続きは次回でよろしくです」

「ちょっ、待っ、首がしまってッ?!」

 

止める間も無く転移していった姉弟に、すっかり馴れたメンバーは特に気にもとめなかった。

 

きっと今頃、野球場で千本ノック(身体)を受けている頃だろう。

 

 

 

「そんなことより……。タブラさん、どうにかなりませんか?」

「無理ですねぇ。……ビッチ設定を多少弄っただけでああなるとは、私も予想外でしたけど」

「そうですか」

 

創造主の言葉なら、と思ったが、そうでもないらしい。

なら、やはり。

 

「本気で話し合うしかないか」

 

ポツリと呟いたその言葉に、近くにいたヘロヘロとタブラが肩に手をおいた。

 

 

「お呼びですか、モモンガ様」

「あぁ、こっちに座れ、アルベド」

「畏まりました」

 

ナザリック外部。

寛ぎのスペースとして、夜空を眺める展望台のような施設が設置されたところに、モモンガはアルベドを招いた。

アルベドは笑顔を浮かべると、モモンガのすぐ隣へと腰を降ろす。

 

「最近、他の守護者の働きはどうだ」

「特に問題はないかと。今現在、次の侵略場所のスレイン法国へのメンバーを選抜しています」

「そうか……」

 

そう言って、モモンガは夜空を眺めた。キラキラと宝石をバラまいた様な星空は、気を落ち着かせるには充分だった。

 

そんなモモンガを不安に思ったのか、アルベドが見つめている。

視線をアルベドへと合わせると、モモンガは口を開いた。

 

「アルベド。……お前の本音を聞きたい」

「本音、で御座いますか?」

「あぁ。……ここだけの話だ、言いたいことを言うが良い」

 

モモンガの言葉に、話を理解したアルベドは俯く。

少し時間をおいて、ポツリと言った。

 

「私は、モモンガ様の事を愛しております」

「それは、私がお前に施した洗脳のせいだとしてもか?」

「はい。……私が好いているのは、今のモモンガ様ですから」

「……今の俺?」

 

アルベドの言葉に、モモンガが聞き直す。その意味を知って、アルベドは笑った。

 

「至高の方々がお戻りになられ、モモンガ様の調子が良くなったと感じます。――お一人でナザリックの管理をしていたあの頃とは、全然」

「そうか。……あの時の私は、変だったか?」

「……はい。日々をつまらなそうに過ごされて居られましたから。他の守護者の者も、同じように感じておりました」

「……そうか」

 

今明かされた真実に、モモンガは苦笑いを浮かべる。

確かに、あの時と今とでは、生活の質が全くといって違うのだ。

 

「ですが」

 

そう言って詰まるアルベドに、モモンガはひたすら待つ。自らの言葉を待っていると理解したアルベドは、意を決して言った。

 

「ですが。……私の中のナニかが、そんな現状に不満があるのです」

 

一度言い出したら止まらないのか、アルベドは続ける。

 

「モモンガ様を独占したい。貴方様が笑顔を向けるのを、私だけにしてほしい。そう願う自分に、……正直、そうあってほしい自分と、それを嫌悪する自分が居ます」

「それを毎日毎日、日々モモンガ様を見るたびに思っておりました。モモンガ様を見ておりますと、もうどうしようもないくらいの衝動にかられるのです」

 

いつしか、アルベドの頬には涙が伝っていた。

アルベドはモモンガの手をとると、自らの首もとへと当てて言う。

 

「このような不出来な守護者、栄光あるナザリックで存在することは許されないでしょう。モモンガ様の前で、存在することも……。ですから」

 

ニコリと、涙ぐんだ目で笑顔を浮かべて、アルベドは言う。

 

「愛するモモンガ様に、終わらせて頂きたく存じます。……貴方様の手で、私の最後を――」

「アルベド」

 

アルベドの手を振り払うと、モモンガはそのまま抱き締めた。

あまり強く抱かないよう、力加減はしっかりとして、声をかける。

 

「私がお前の事を疎ましく思うことなんてことは絶対にない。なぜなら、私は将来お前の事を、……妻として迎えたいんだ」

「……へ?」

 

さらっと言われた言葉に、アルベドは何の事か分からなかった。

目を白黒とさせているアルベドに、モモンガは続ける。

 

「本当は今言うつもりはなかったがな……。だからアルベド、私の手で掛かって死にたいなど言うな。お前には、私と添い遂げる役目があるのだから」

「……はい」

「……了承、してくれるか?」

「はぃ……」

 

嗚咽混じりに言うアルベドの背中を、モモンガは優しく撫でる。

アルベドが泣き止むまで、モモンガはアルベドを抱き締めていた。

 

 

「まだ戻らないのか?」

「はい。流石にこの顔では恥ずかしいので、少し夜風に当たります。先にお戻りください」

「分かった。……ではな、アルベド」

 

そう言って背中を向けると、モモンガは指輪の力を起動して転移した。

それを見届けたアルベドは、ふぅ、とため息をついて言う。

 

「――作戦成功、ね」

 

くふふと至福の表情を浮かべると、自分の身体を抱いてクネクネと動く。

そこには先程までのしおらしい女性の姿はなく、いつものアルベドが居た。

 

「“俺と死ぬまで添い遂げてくれ”、“俺の妻になれ”、だなんて、……言われずとも添い遂げますし妻にもなりますわよぅ、モモンガ様ぁ」

 

だらしない笑顔を自重することもなく、アルベドフィルター全開で妄想を爆発させる。

一頻り楽しんだ後、中空に愛しい姿を思い浮かべ、ニヤリと顔を歪ませた。

 

「月が綺麗ですね、モモンガ様♪」

 

くふふふふ、と笑い声が響き渡るナザリックの上空には、世界を隅々まで照らすような大きな満月が上っていた。

 

 

 

 

 

 

 



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誤算~スレイン法国編~1

夢を見た。

 

広い大地、幾万にも居る兵士を尽く蹂躙し、魂を啜る化け物を。

 

 

夢を見た。

 

期待に応えようと、なれもしない理想像へとすがり少しずつ摩耗していく化け物を。

 

 

夢を見た。

 

いつしか廃れ、誰も居なくなった廃墟に独りぼっちで佇む、化け物を。

 

 

夢を見た。

 

自分の事が分からなくなった、化け物になった自分を。

 

 

 

「――っぁ」

 

ビクリと跳ねるように目が覚めたモモンガは、ベッドでむくりと起き上がる。

着ていた寝間着は汗でぐっしょりと濡れており、身体中嫌な汗でベタついていた。

 

「またか……」

 

最近見ることが多くなった、悪夢と言ってもいいか躊躇う夢に、モモンガは頭を抱える。

ふぅ、と息を整え、喉を潤そうと水の入ったピッチャーへと手を伸ばしたとき、部屋のドアが叩かれた。

 

「アルベドです。スレイン法国へと出立する準備が整いました」

「分かった。すぐに行くと伝えろ」

「畏まりました」

 

ドアの前からアルベドが去ったのを確認して、モモンガは自室の姿見を見た。

人間の姿に化けた自分が居たが、真っ青な顔をしてこちらを見ている。

自分の顔にぺたぺたと指を這わせて、モモンガは呟く。

 

「あの夢の奴、俺だったよなぁ……」

 

ポツリと呟いたその言葉は、部屋の静寂に消えていった。

 

 

「おはよう御座います、モモンガ様」

「あぁ、おはよう」

 

書類の束を持ったデミウルゴスが、モモンガへと頭を下げた。

それを簡単に流しながら、今回同伴するギルメンの所へと行く。

 

今回スレイン法国へと行くのは、プレイヤーからはモモンガ、たっち、ペロロンチーノ、茶釜、やまいこだ。

もしもの事があるから、ナザリックの警備にほとんど残ってもらっている。

守護者からはアウラ、マーレ、アルベドの三人を選抜した。

 

アウラは召喚獣で牽制、マーレは撤退時の撹乱、アルベドはその防御面からの選択だ。

スレイン法国は亜人や異形の者を受け付けないため中には入れないが、外からの応援なら出来る。

戦闘時には【転移】等で外に出る算段だ。

 

今回はあくまでも交渉がメインであり、戦闘をする気は更々ないが。

 

 

「モモンガさん、これを」

 

タブラから差し出された拳大の水晶を受けとる。中にはキラキラと淡い光を放つものが入っていた。

モモンガはそれを懐へとしまうと、その場に居た者に向き合う。

 

「それでは、これよりスレイン法国へと行きます。……プレイヤーとの遭遇率が高い国ですので、充分用心してください」

 

それと、と守護者へと向いて、

 

「お前たちは問題発生時、直ちにナザリックへと逃げろ。これは絶対だ」

「ど、どうしてでしょうか?」

「もしプレイヤーと戦闘になった場合、お前達が居ては全力を出せない。私たちの身を案ずるならば、ナザリックに戻り報告を優先しろ」

 

モモンガの言葉に、守護者達は渋々といった様子で頷いた。

 

それに満足して、自分の持ち物に不足がないかを確かめたのち、【ゲート】を開く。

 

「では、行こう」

 

展開の段取りを頭のなかで組み立てながら、モモンガは足を踏み入れた。

 

 

「……どちら様かな?」

 

「失礼するぞ、最高神官長?」

 

突如現れたモモンガ達に対して、スレイン法国最高神官長は、大して驚きもしなかった。

その事に訝しげに思いつつ、モモンガは言う。

 

「我等はナザリックから来たものだが。そちらの者達が、私たちの大切な物に手を出してな……。【解放】」

 

懐から取り出した水晶を掲げると、光と共に砕け散った。

そこから出てきたのは、元“陽光聖典”隊長、ニグンと、元“漆黒聖典”であるクレマンティーヌだった。

二人とも意識はなく、ぐったりと床に倒れている。

 

「捕まえてこちらで情報を収集した結果、スレイン法国からの刺客だということになってな。……異論はあるか?」

 

要するに、

 

おどれの国の者がうちのシマで大暴れしやがった。この落とし前どうつけるねん

 

ということだ。

 

大義名分を元に、交渉を強引ながら締結させる。

それが、プレイヤーが居た場合でも問題なく進むであろう今回の作戦だった。

 

モモンガの言葉に、神官長の顔に皺が入る。

自分の立場を分かってくれたかとモモンガは思ったが、全く違った。

 

「そうか。……あなた方は“ぷれいやー”ですね?」

「……何のことだ?」

「私どもが崇拝する方々と、同じ気配を感じました。そして、常軌を逸するその力」

 

その老人が、ゆっくりと椅子から立ち上がる。戦闘を警戒したたっちが、腰の剣へと手を伸ばす。

一気に剣呑な雰囲気になった場で、声を上げたのはモモンガだった。

 

「幾つか聞きたいことがある」

「何でございましょうか」

「……“ワールドアイテム”と呼ばれる物を、そのプレイヤーたちから受け取ったか?」

「それかどうかは分かりませんが、秘宝と呼ばれる物は数々ありますよ」

「……それを見せて貰うことは?」

 

モモンガの言葉に、プレイヤー陣から僅かに困惑の空気が流れる。

 

モモンガが警戒しているのは、ワールドアイテム、またはそれに準ずる物を使用されることだった。

キャラクターが死ぬことで発動する“呪い”の様な効果を持つものもあるので、下手に動くことが出来ないのだ。

 

「(あの余裕からして……、おそらくワールドアイテムはあるはず)」

 

死の類いならば、【死の超越者】であるモモンガは対抗出来るが、他のプレイヤーは厳しい。

見せてもらえれば一発で看破できる自信はある。だからこその提案だ。

でも、素直に見せてもらえるとは思っていない。この後の展開を考えながら、緊張する頭を必死に回した。

 

 

「良いですよ」

 

 

だが、神官長から出た言葉は、予想外の言葉だった。

一瞬思考が止まるモモンガに、神官長は言う。

 

「私どもが崇拝する方々から施された物ですが……、あなた方が人間であるならば、問題はないでしょう」

 

フワリと。

 

神官長を中心にナニかが吹いたのに気づいたとき、既に遅かった。

 

 

 

「この部屋がワールドアイテムか?!」

 

 

 

モモンガが驚愕すると同時に、部屋の四方がグニャリと歪み、鏡へと変貌する。

鏡合わせとなった空間で、即座に動いたのは三人だった。

 

「撤退を!」

 

モモンガが【ゲート】を開き、たっちとペロロンチーノが動けずにいる他の二人を【ゲート】へと放り込む。

 

だが、一歩遅かった。

 

「くそ、間に合わな――」

 

モモンガ、たっち、ペロロンチーノは輝かしい光に包まれた。

 

 

【偽りと真実の合わせ鏡】

 

ワールドアイテムの中の、消費することを前提とした物(カロリックストーン等)、を複数組み合わせて合成できる、罠型のアイテムの一つ。

異形種に大変有効であり、その効果に運営へと異形種プレイヤーからクレームが殺到したトラップアイテム。

 

その効果は、罠へと踏み込んだ異形種プレイヤーと同等の能力を持ったダミーを作り出すという悪質な物。

プレイヤーをコピー出来るという触れ込みで、一時はユグドラシル内で高騰した罠だった。

 

 

 

 

「糞が、完全に予想外だ……」

 

目の前で佇むそれらに、モモンガは悪態をつく。

側に居るたっちも、既に剣を抜いて警戒している。

 

 

「おや……。異形の者でしたか。……それでは殲滅しなければなりませんね」

 

神官長がボールでも放るように手を振ると、モモンガ、たっち、ペロロンチーノの姿を模したそれらが此方へと肉薄した。

 

「一旦撤退を!私が凌ぎます!」

「はい!」

 

剣を打ち合う甲高い音の中、モモンガは【ゲート】を起動した。

その中へと飛び込むと、先に飛ばしていた茶釜達が居る。

 

「モモンガさん!」

「すみません、とちりました。戦闘の準備を!」

 

モモンガの言葉に、二人は身構えた。

見ると、別の【ゲート】が開き、そこからもう一人のモモンガ達が現れる。

 

「くそったれの“合わせ鏡”か!奴等を分断します、皆、準備を!」

 

モモンガの言葉を理解できたのか、即座に動き、それぞれの分担を決めていく。

それを最後まで待たず、モモンガは魔法を発動した。

 

「【嘆きの妖精の絶叫】!」

 

耳をつんざく妖精の絶叫に、誰もが耳を防いだ。

その魔法の使用により、モモンガを除く全員の動きが止まる。

 

その隙に、もう一人のモモンガへと接近した。

 

たっちも、もう一人のたっち・みーへと肉薄する。

 

 

「私と来てもらうぞ。【上位転移】」

 

「お前はあっちだ」

 

 

モモンガは転移で、

 

たっちは凄まじい速度で肉薄すると、勢いそのままで横腹を思いきり蹴り飛ばした。

 

ゴムボールのように吹き飛んだそれを、たっちは追って走っていった。

 

 

「姉ちゃん、やまいこさん、俺の対処法分かる?」

 

「取り合えずは距離を放さず、物が多い場所、でしょ」

「インファイトで叩き込むよ、援護お願いします」

 

その場に残ったのは、ペロロンチーノ、茶釜、やまいこだった。

後援にペロロンチーノ、防御に茶釜、接近にやまいこと、バランスよく配分していく。

茶釜が【メッセージ】を終えると同時に、敵を睨む。

 

こちらを見ているもう一人のペロロンチーノは、簡単に言えば真っ黒だった。

異形の姿のペロロンチーノを、黒を中心とした配色になっている。

 

「あれ、アンタの真っ黒な心のうちってことかな」

「多分それ。前に一回食らったことあるけど、すげぇめんどくさいから気をつけて」

「普段と同じように戦ったらダメってことですよね……。では、行きますよ!」

 

言うが早いか、やまいこが【女教師怒りの鉄拳】を構えてニセモノへと肉薄する。

ニセモノの身体より大きなそれが直撃する寸前で、それは姿を消した。

 

「ぇ、あれ?」

「やまいこさん、離れて!」

 

ペロロンチーノの言葉にその場から後退すると、火を纏った矢が次々と大地に突き刺さる。

バックステップで避けるも、矢の誘導が早すぎて間に合わない。

 

 

「【飛行物遮断】。大丈夫?」

「ありがとうございます。茶釜さん」

 

茶釜のフォローで当たることはなかった。少し時間をおいて、ニセモノが大地に降り立つ。

【転移】で上空へと退避していたのだと、やまいこは理解した。

 

《おい、俺》

 

ニセモノが突然発した言葉に、三人は唖然とした。まさか話すとは思っていなかったのだ。

 

「な、何だよ。もう一人の俺」

《お前、今のままで良いのか?》

 

ニセモノが話す内容に、三人は疑問符を浮かべる。

 

「何、アンタ何か悩みごとでもあんの?」

「ボクで良ければ相談に乗るけど……」

「いや、心当たりがないって」

 

ヒソヒソと話していると、ニセモノが声を荒げた。

 

《ふざけんな!こんな現実になって、テメェは最初に思ったことがあっただろうが!何でそれを実行しない!》

 

「え、何かあったの?」

「言ってみ。出来ることなら応援するから」

 

「…………いやいや、あれは違うだろ、うん」

 

冷や汗をダラダラと流しながら、ペロロンチーノは否定する。

何かあると感じた茶釜が、ニセモノにいった。

 

「何を思ったのよ、言ってみなさい!」

 

《……ふん。俺の姉貴でありながら理解できないとはな……。なら教えてやろう》

「ちょ、待――」

 

 

ペロロンチーノの制止を無視して、ニセモノは声高に言いはなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《なぜ、シャルティアやアウラを襲わないんだ!》

 

「「…………」」

 

 

《お前が夢にも見たロリが目の前に居るんだぞ!それに命令には絶対服従だ、何でもヤりたい放題だろうが!》

 

「「…………」」

 

 

《最近増えた、あの村娘の妹、あの子なんてストライクゾーンだろ、何で欲望を満たさない!》

 

「「…………」」

 

 

ニセモノの言葉に、茶釜とやまいこがゆっくりとペロロンチーノに振り返る。

その目を見て、ペロロンチーノは戦慄した。

 

まるで、道端に落ちているゴミを見るような目

 

ペロロンチーノへと向けられた二人の目は、そんな目をしていた。

 

「アンタさ」

「弟君」

 

「な、何でしょうか?」

 

淡々と冷たい声で言う二人に、ペロロンチーノは震え声で応対する。

 

「後で、話があるから」

「話し合いをしようか、色々と」

 

「いや、あれはもう一人の俺が言った言葉であって俺の意見じゃな――」

 

ペロロンチーノの必死の弁明を遮るように飛来した矢を、三人は避けた。

 

茶釜がスキルを使用しつつ防御する脇で、ペロロンチーノが言った。

 

「と、とにかく、俺の懐に潜り込んでインファイトに持ち込むしかない。やまいこさん、行けますか?」

「分かった。接近戦なら任せて」

 

矢の隙間を掻い潜って、やまいこはニセモノへと肉薄した。やまいこの攻撃に、またも【転移】で避ける。

 

「【上位標的】、【広範囲放射】、おらぁッ!」

 

《ッ?!》

 

ペロロンチーノが放った火の矢が、扇状に広がり【転移】で逃げたペロロンチーノへと殺到した。

すぐさま【転移】で逃げたペロロンチーノに、矢は追尾する。

 

《っち》

 

幾らか着弾し、地面へと降り立つ。そして、またも自分へと殺到する同じ火矢に、ニセモノは防御する。

 

《(ダメージが少ない……、何を考えてい――)》

 

突然視界を覆い尽くすピンク色に、ニセモノは唖然とした。

それが何か理解し回避しようとするも、既に遅い。

 

《ッガアァァァア?!》

 

【女教師怒りの鉄拳】が直撃し、ニセモノは切りもみ回転して吹き飛んだ。

着地した場所で、ズシリと何かが覆い被さり、指先一つもまともに動かせない。

 

「【魔法最強化・強制的な重圧】」

 

視界の端で、茶釜がこちらへと手を向けていた。捕縛の魔法を使われ、ニセモノは動けない。

 

《糞が……、自分勝手に好き放題しろよ。姉貴に押さえつけられて、それでも男かお前、あぁ?!》

 

ペロロンチーノを睨み付け、ニセモノは怒声を上げる。

そんなニセモノにため息をついて、呆れたようにペロロンチーノは言った。

 

「あのなぁ、確かにそう思ったことがあるけどよ。俺は二次のエロゲーだからこそ萌えるんだよ。それに、自分の事を真っ直ぐ慕ってくれるガキ共に、んなことするわけねぇだろ」

 

しゃがみこんで、ニセモノと視線を合わせる。

ニセモノは信じられない、と言いたげにペロロンチーノを見つめていた。

 

「後、姉貴の言うことを聞くのは弟の宿命みたいなもんだ、諦めろ」

 

ペロロンチーノがそう言うと、ニセモノは歯を食い縛り、やがて諦めたように力を抜いた。

 

だが、そんなニセモノに待ったを掛けたのは、保護者二人。

 

「いい感じの所申し訳ないんだけどさ、さっきの事で話があんの」

「まさか、このままはいさよならで終わるとは思ってないよね?」

 

ニコニコと笑顔で言う二人だが、背後では阿修羅が降臨している。

 

 

この後、教育(という名の処刑)がニセモノが消滅するまで行われたが、ここで終わることにしよう。




※【偽りと真実の合わせ鏡】は、プレイヤーに危害を加えるのではなく、その鏡自体が変化するという設定です。
ワールドアイテムを持っていても判定に差はなく全てコピーします。


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決意~スレイン法国編~2

色々と混乱させてしまい申し訳ありません。
【偽りと真実の合わせ鏡】は、NAR●TOに出てくる真実の滝をモチーフにしたものです。

そのキャラの装備、ステータス等、【無限の背負い袋】以外の物全てをコピーします。戦闘が終わり次第、消滅するコピーですが。

分かりにくくて申し訳ありません。

※誤解されている方が居ますが、“ワールドアイテムを使用して作ったアイテム”であり、これはただの踏み込み式の罠です。
ワールドアイテムを使用して作ったアイテムが、ワールドアイテムとなるのであれば、作者の勘違いです。申し訳ありません。


《この辺で良いのか?》

 

蹴り飛ばされたたっち・みーのニセモノが放ったのは、そんな言葉だった。

やはり、大したダメージにはなってないとたっちは確信する。

 

 

「あぁ、お前とは私じゃないと渡り合えないだろうからな」

 

《ふん、大した自信だ。……まぁ、私もお前には話があったんだ》

 

 

言葉と同時に、ニセモノの剣がたっち目掛けて振られた。

防御をし、合わせて剣を振り上げるがヒラリとかわされる。

 

 

「私には、お前と話すことなど何もないよ。さっさと倒して、仲間と合流するだけさ」

 

《お前には倒せないよ、大切なものを忘れたお前にはな》

 

 

たっちとニセモノの姿がブレ、幾度もなく激突する。

時折抉れ立つ地面や、中空に舞う火花が戦いの苛烈さを示していた。

 

 

「自分と戦うというのはっ、難しいものだなぁッ!」

 

《ならさっさと力を抜けっ、すぐさま斬り殺してやるッ!》

 

「それはごめんだぁッ!」

 

 

ギャリギャリと音を立てながら、剣で押し合う。

やはり同じ人物の戦いは、力勝負では拮抗していた。

 

 

《【次元断切】!》

 

「【次元断層】」

 

 

食らえば絶命必須のスキルを、絶対防御のスキルで迎え撃つ。

空間を切り裂く斬撃が、たっちの周囲を抉り取る。

 

お互いにスキルの無駄撃ちは得策でないと考え、剣戟で勝負を決めた。

 

首、腕、脚、頭……。お互いに斬り合い、守り合い、一向に勝負がつく気配のない打ち合いに、ニセモノが声を上げた。

 

 

《糞が……、私にはこうしている余裕はないのに》

 

「何だ、何かするべきことでもあるのか?」

 

《当たり前だ。のうのうと過ごしているお前と一緒にするな》

 

「……何だと?」

 

 

ニセモノの物言いに、たっちは苛立つ。

それを分かったのか、ニセモノは捲し立てた。

 

 

《違うか?やるべきことをせず、日々をのうのうと過ごすお前とは、私は違う!》

 

「なら何だ、お前は何をしろというんだ!」

 

 

たっちは声を荒げ、ニセモノへと言った。

そのたっちの態度に、ニセモノは失望したという風に言う。

 

 

《お前、妻と子供に会いたくないのか?》

 

 

ニセモノの言葉に、たっちは何も言わなかった。時が止まったかのようなたっちに、ニセモノは更に言う。

 

 

《お前は、この世界に来て妻と子供の事を思わなかったのか?!俺はさっさと戻りたい、戻って、あの二人を思いきり抱き締めたい!》

 

 

怒鳴るように言うニセモノは、地団駄を踏んで憤慨した。

たっちの脳裏に、愛している妻と、まだ幼い愛娘の姿が浮かぶ。

 

 

 

小さな頃から知り合って、重ねた年月を経て結婚した妻。

 

そんな妻との間に出来た、親バカと言われても良いくらいに愛している娘。

 

警察官という、危険な事も多い自分の仕事を、毎日心配しながらも支えてくれた家族。

 

そして、それを突然切り離された現在。

 

 

《何も思わないのか!若い女と幼い子供だけで、過ごしていけるほど平和ではないだろう!》

《変な病気にはなってないか、私が居なくて寂しい思いをさせてはいないか、何不自由ない生活は出来ているか!》

《それらを一つ一つ考えるだけで、私はこんなにも心配なんだ!狂ってるのかと思うほど、私は不安になる!》

 

 

自らの頭をギチギチと音がなるほどに抱え、ニセモノは慟哭する。

目はギラギラと輝き、興奮した口元からはヨダレがダラダラと垂れている。

 

 

「……そうか、お前は心配なんだな」

 

《……あ?》

 

 

だが、そんなニセモノに対したっちが放ったのは、たった一言だけだった。

その他人事のような態度に、ニセモノはギロリと睨む。

 

 

「俺もお前のように、この世界に来て初めての頃はそのように思ったよ」

 

 

微笑んで言うたっちは、ニセモノからすれば火に油を注ぐ存在だった。

 

 

《なら何でだ!ナザリックなんか、ギルドなんか放って探しに行けよ、帰る方法を!この世界にある儀式とか、それらしいものもたくさんあったはずだ。どれだけの人間を犠牲にしてでも、元の世界に――》

 

「それも思ったさ、だがな……」

 

《何を笑って……》

 

 

くっくっく、と笑い声を堪えるたっちに、ニセモノは言う。

 

同時に思う、コイツはダメだ。俺が代わりに探しだして、元の世界に帰――

 

 

「ウルベルトに相談したら、こう言われたんだ。『貴方、それでも正義の味方ですか?』とな」

 

 

たっちから言われた言葉に、ニセモノは何も言えなかった。

 

 

「『正義の味方が人の犠牲を強要、更には助力するなんて、それはただの殺人鬼だ』ってな」

 

《そ、そんなもの……》

 

「確かにそうだ。私はユグドラシルで正義の味方として活動していた。弱気を助け、悪をくじく、そんな存在でな」

 

たじろぐニセモノに、たっちは更に言った。

 

「だから、私は最後まで正義の味方になるよ。だから……最初は、お前という敵を倒すとしよう」

 

《黙れ偽善者が、やれるもんならやってみろ!》

 

最強同士の戦いは、クライマックスへと突入する。

 

 

「【魔法最強化・現断】!」

 

《【魔法最強化・骸骨壁】!》

 

モモンガから放たれた【現断】が、モモンガのニセモノへと迫る。だが、【骸骨壁】によって守られ、【骸骨壁】はガラガラと音をたてて崩れた。

 

 

「ちっ、自分の対策なんか考えたことないっての。【魔法最強化・無闇】!」

 

《ぐぅッ!【魔法最強化・重力渦】!》

 

 

お互いに攻撃魔法を打ち合い、相討ちとなる。

このままでは埒が明かないと考え、モモンガは改めてニセモノを観察した。

 

 

「(相手は俺だ。となればライフもMPも一緒……)ならば」

 

《くぅっ、貴様、まさか?!》

 

 

モモンガの周囲に展開された立体的に構築される魔法陣を見て、ニセモノの顔色が変わる。

やはりバレたかと、モモンガは懐から【砂時計】を取り出しながら理解した。

 

 

「超位魔法【失墜する天空】!」

 

 

取り出した【砂時計】を握りつぶす。超位魔法の長い発動時間を短縮するソレは、すぐさま効果を発揮した。

こちらに向かって何か魔法を発動させようとしたニセモノが、圧倒的な熱量を誇る【失墜する天空】に巻き込まれて吹き飛ぶ。

 

モモンガは補助魔法を幾つか発動させながら、つぶさに観察する。

焼け焦げ真っ黒になった大地に、ニセモノがフラフラと立ち上がった。

 

 

《く、くそぉっ》

 

「幾ら俺と同じ力を持っていようと、身に付けている装備以外のアイテムまではコピーされないからな。となれば、超位魔法の類いは発動できない」

 

 

図星なのか、ニセモノはピクリと反応した。ユグドラシルにおいて発動までの時間がネックな超位魔法は、タイマンで発動することはほとんどない。

あるとしても、先程のモモンガのように課金アイテム込みでの発動が原則だ。

 

 

《……お前は、何故群れるんだ?》

 

「は?」

 

 

何言ってんだコイツ。と思っていると、ニセモノが此方へと怒鳴る。

 

 

《アイツ等は、俺達を捨ててリアルに戻ったんだぞ?!アイツ等からすれば、ギルドなんてただのゴミだったんだ、分かってんのか?!》

 

「……あぁ、分かってるよ」

 

《なら何で、そんな奴等と群れて行動してんだ。お前一人で、ナザリックの守護者達を利用して世界征服でも何でもすりゃ良いじゃないか!》

 

 

ニセモノは言う。

 

何故、居なかった奴等が今さらノコノコと友達面して混ざってくるのか。

責任は俺に押し付けて、自分達は好き勝手楽しむ奴等の為に、施しなぞ必要ないと。

 

 

《お前はいいように利用されてるだけだぞ?!》

 

「……それが、お前の本心なのか?」

 

《……何が言いたい》

 

「いや、だとすれば……。お前と俺は別人だと思ってな」

 

 

モモンガの言葉に、ニセモノは訝しげに目を細める。

 

 

《そんな訳があるか、俺はお前のコピーだ。そして、これからお前を殺して成り代わる》

 

「ただの見た目が似てる他人だよ。少なくとも、俺はギルドの人間をそんな卑下したことはないしな」

 

 

それに、とモモンガは続ける。

 

 

「もし、あの人たちが居なかったら、俺は取り返しのつかないことをしていた気がする。……俺が、俺でなくなりそうなことをな」

 

 

モモンガの脳裏に、夢でみた大虐殺の絵が浮かんだ。あんなこと、普段なら考えることはない。

 

多分、忠誠心の厚すぎる守護者達の良い支配者になれるように、あの夢の自分は努力したのだろう。

人間に化けようともせず、異形の者のままで、最後の最後まで。

 

そして最後の結末として、廃墟となったナザリックにただ独り、玉座に座る自分。

元の自分の名前も、顔も、それすらも忘れてしまうほどに、摩耗して、壊れた自分。

 

 

「俺は、今の生活が一番最高だ。気心知れた仲間と共に、次に起こすイベントを考える。今は各国の支配を考えているが、次にしたいこともあるしな」

 

《何でお前は、そこまでして……》

 

「結局の所、俺は寂しがり屋なんだよ。アルベドに聞いたろ、俺一人でのナザリックの過ごし方は」

 

 

苦笑いをして、モモンガはニセモノへと言う。

寂しがり屋だから、仲間が居てくれる事が嬉しいと、安心させてくれると。

 

ニセモノからすれば、それは否定すべき事だった。

それを認めれば自分ではなくなる。自分は一人で生きるべきだ。

 

 

《うるさい、黙れ黙れ、黙れぇぇぇえッ!》

 

「この世界に来てから、新しい戦い方も出来るんだ、見てろよ。【ゲヘナ】発動!」

 

モモンガが懐から取り出したソレを発動すると、光が走った。

広範囲に魔法が展開され、モモンガとニセモノを取り囲むように大量の悪魔が召喚される。

次々と湧いて出る万を越える悪魔の軍勢に、ニセモノは言う。

 

 

《この程度の雑魚で、倒せるとでも?何を考えているんだ》

 

「まぁ、そう焦るな。次の一手でお前は詰む」

 

 

モモンガの手に再び握られた【砂時計】を見て、ニセモノは顔に皺を寄せる。次第にそれが驚愕に変わったのを見て、モモンガはニヤリと笑った。

同時に魔法陣が展開され、モモンガは高らかに言う。

 

「同士討ちが解禁された今だから出来る戦術だよ!超位魔法【黒き豊穣への貢】!」

 

黒い旋風が場を駆け巡り、悪魔の軍勢は糸が切れたかのように倒れた。

その後から降ってきた黒いスライム状のソレが、ドロドロと姿を変える。

 

総数3体。

レベル90を誇るその異形のモンスターは、名を【黒い仔山羊】という。

 

「よっし、さぁ行け、お前たち!」

 

「「「メェエエエエエエエ!」」」

 

見た目とは裏腹に可愛らしい声を上げながら、【黒い仔山羊】はニセモノへと接近する。

ニセモノは直ぐ様距離を取ると、背後に時計を出現させた。

 

 

《【あらゆる生ある者の目指すところは死である】発動!【嘆きの妖精の絶叫】!》

 

モモンガの鉄板ともいっていい魔法コンボを発動させたニセモノは、直ぐ様モモンガとの距離を詰める。

魔法の範囲内にモモンガを入れ、確実に仕留めるために。

 

 

「“戦いは熱くなったら負け”。……ぷにっと萌えさんから教わらなかったか?」

 

 

身体を切り裂く【現断】の斬撃を受けて、ニセモノは地面に倒れる。背後の時計も掻き消えたのを見て、自らの敗北を理解した。

 

 

《課金アイテム使い放題とか卑怯だろ……》

 

「はは、確かにな。条件が対等なら、俺が負けてたかもしれない。……それに、お前もその胸のワールドアイテムを使わなかったじゃないか」

 

《ふん。……“モモンガ”は相手への攻略を完璧に立て、圧倒する。そんなプレイスタイルのプレイヤーだ。……それに、お前が使わないのに俺が使えるか》

 

「格好いいこと言ってるけど、それで負けてちゃ意味ないな」

 

《うっさい》

 

 

楽しそうに笑うモモンガを見て、ニセモノはただ無気力に項垂れた。

何か、諦めたような、そんな雰囲気の彼に向かって、モモンガは言う。

 

 

「……俺はやっぱり、皆で居るのが楽しいんだ。馬鹿やったり、真面目に冒険したり、色々とな。だから……」

 

《もういいよ。お前の言いたいことは分かったから……》

 

 

サラサラと次第に崩れていくニセモノは、最後にモモンガへと向き合うと言った。

 

 

《頑張れよ。俺によく似た、誰かさん》

 

 

そんな言葉を残して、ニセモノは消滅した。パラパラと舞う残りカスを暫し眺めて、モモンガは歩き出す。

 

「さて、……仲間のもとに戻るとしよう」

 

 

地面が抉れる。

 

《くっ》

 

目の前で幕のように広がる地面に、ニセモノは忌々しげに見た。

たっちがどう出てくるか分からない以上、下手に動けば斬られる。

 

《次元断層》

 

仕方なしに打たされた防御スキルは、たっちの剣を阻んだ。

パラパラと砂が落ち、お互いの姿が見えたとき、たっちが笑った。

 

 

「どうした。まさか今のでスキルを使いきったか?」

 

《ほざけ……ッ!》

 

 

高速で肉薄し、たっちにスキルを撃たせる隙を作らせない。

迎え撃ち、撃ち流し、切り落とす、幾度となく繰り返した攻防は、たっちが優位だった。

 

 

《何で、何でなんだ。お前は帰りたくないのか?》

 

「帰りたいよ。けど、お前のやり方じゃダメだ。」

 

 

それに、とたっちは言う。

 

 

「お前のやり方で帰ったとして、私はあの二人に胸を張ってただいまと言えない」

 

《……ッ!》

 

「それに、俺の実家が面倒みてくれてるだろうし、妻はしっかりとしてるし。……あれ、俺って要らない存在?いやいや、そうじゃないよな、うん」

 

 

一人で考えているたっちへと、ニセモノは怒鳴る。

気楽に考えている自分に、事の重大さを分かっていない自分に。

 

 

《それはただのお前の望みだろ、現実を見ろよ!》

 

「見てるよ。……だからこそ、私はこの世界で胸はって正義を貫き通し、家族にただいまと言う。それだけだ。それに……」

 

 

唖然とするニセモノへと、たっちは剣を降り下ろした。反応が遅れたニセモノは、腕を切り落とされ剣を落とす。

 

 

「ヒーローは、仲間が居てこそ成り立つものだろ?」

 

《く、糞がぁ!》

 

 

【次元断切】

たっちの必殺技といってもいいスキルが、ニセモノを容易く切り裂く。

ばたりと地面に倒れたニセモノは、暫したっちを見つめると、呆れたように笑って言った。

 

 

《その正義感が何処まで続くかは知らんが……、絶対戻れよ》

 

「あぁ。絶対、家には帰るよ。……あの二人に、土産話をたくさん持ってな」

 

 

たっちの言葉に、ニセモノは笑って消えた。

 

 

 

「降伏しましょう」

 

 

スレイン法国へと戻ったとき、“漆黒聖典”や他の武装隊と睨み合って居るとき、最高神官長はそう言った。

騒然とするスレイン法国の面々に、神官長は言う。

 

 

「彼らはかの神々と同等の、いやそれ以上の力を持つ存在。……戦った所で、無惨に殺されるだけです。だから……」

 

 

モモンガ達の前へと進み出て、神官長はゆっくりと膝を着いた。

首を差し出す形で言う。

 

 

「これまでの非礼、私の首で終わりにして頂けませんでしょうか」

 

「神官長?!」

 

 

その提案に、周りから待ったの声が掛かる。神官長はそれを制止して、モモンガの言葉を待った。

任せる。というギルメンの視線を受け、モモンガは神官長へと口を開く。

 

 

「我らは無意味な殺しをしない。……我らに全面的に降伏し、協力するというならば、受け入れよう」

 

「……あなた方は、何をなさるつもりで?」

 

「ん?あぁ……」

 

 

此方を見つめる、スレイン法国の面々の視線を受けて、モモンガは笑って言った。

 

 

「冒険したいのさ、まだ見ぬ、この意味不明な世界をな」

 

 

新しい玩具を買って貰った子供のように、モモンガは笑う。

別の世界の自分とは違う。俺は、鈴木悟として“モモンガ”をプレイするのだと。

信頼出来る仲間と共に、この世界を全て攻略してみせると。

そう決意し、ただ笑った。

 

 

こうして、スレイン法国への侵略は終わった。

後日、話を聞いた守護者達が怒り狂うのを宥めるはめになったのは、別の話。

 

 




今回でスレイン法国編は終了となります。


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