シンフォギア短編 (たぬきんぐ)
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翼さんとクリスちゃんの日常 その2

体調が悪くなってしまったクリスを看病することになった翼。世話を焼く側になって初めて色々と気づく彼女が思うことは……


 その知らせはいつにも増して珍しいものだった。足取りが早くなるのに迷いはなく一分一秒でも時間を無駄にできない、そう感じさせるには充分な力強さを持っていた。

 

 

「雪音が風邪?」

「ええ、翼さんには黙っていてほしいとの事だったんですが……さすがに伝えないわけにはいかないと思って」

「次オフなのはいつですか緒川さん」

「一日ではないですが明日が午後から一件だけ、短いのだけですね」

 自分に内緒にしていて欲しい、というのがいまいち要領を得なかった風鳴翼だがきっと彼女は私を心配させたくなかったのだろう、さて何をお見舞いに持って行ってやろうか、とバラエティ番組の収録中でありながら気が気でなかった。

(言うにしてもせめて収録が終わったあとにするんだったな……)

 口約束を破ってしまった緒川慎次も同様に落ち着きがなく、スタッフやクルー一同がみな一斉に不思議がっていたがそんなことお構い無しと彼女らは局を後にした。

「翼さん、今から行くのじゃちょっと迷惑じゃないですか?」

「私だって流石にそこまで失礼な人間じゃないです」

「じゃあ、なんだってそんなに急いで」

「今日のうちに買えるものは買っておこうかと」

 ただの風邪なのに過保護すぎるなぁ、でかかった言葉は喉で止まり変わりに大きなため息が逃げていった。

(ま、翼さんらしいといえば翼さんらしいな)

 

 

『わりぃ先輩、明日の予定なんだがキャンセルで頼む……その風邪ひいちまってな』

「ああ昨日緒川さんから聞かされたよ、ふふっ珍しいな雪音が風邪をひくなんて」

『あの人……黙っててくれって言ったのに。まあそんな訳だごめんな先輩せっかく空けてくれたのに』

 言葉のあちこちに抑えきれない咳が散っていて、おまけにいつもでは考えられないほど弱気な声。ここまで弱っているのは初めてで電話越しに聞いているだけで翼の胸が少し締め付けられていた。

「いやそれに関しては気にするな、今はゆっくり休め。ところで今から見舞いに行こうと思うのだが構わないな?」

『お見舞いだとぉ?』

「ああ」

『いやちょっとまて、先輩にきてもらうほどでもないし伝染しまったら』

 半ば強引な確認を取ると言い切る前に閉じてしまう。

 長々と聞いていたらどうせ断られるだろうと思ったからだ。

「さて」

 昨日の夜買い込んだ物を逆の手に持ち直すと、足早に向かい始めた。

 

 

「おう、先輩。来ちゃったもんはしょうがないからな、上がってくれ」

「意外と平気そうだな安心した」

 玄関に覗かせる顔は少しだるそうではあったが、口調からは心配していたほどのものではないということがわかった。

「その……ありがとな、わざわざ来てもらって」

「なに雪音の家にくるなんていつもの事だ」

「昔はこういう時も独りだったから、なんていうかいいな誰かが側にいてくれるっていうのは」

 恥ずかしさに耐えられず天邪鬼な発言をしてしまうクリスが素直な言葉を並べてくれたのはきっと風邪で弱っているからなのだろう。そんな面を見せてくれたのがただただ嬉しく、思わず少しだけ笑みが零れた。

「ただ……」

「ただ?」

「緒川さんに内緒にしてくれって言ったのは、こうなることがなんとなく予想できたからなんだよ」

 翼が買って来たものを並べていると、クリスは手を顔に当てて呆れた声でそういった。

「まだ家に来て五分しか経ってないよな?なんだこの荒れようはっ!」

 キッチンとテーブル、床にはスポーツドリンクやタオル、いくつかの栄養食などが散乱していた。

「これは雪音が欲しいと思った時にすぐ渡せるようにだな……」

「にしたって置き方とかあんだろうがよぉ」

 軽い悪態をつきながら物を集めていくクリス、しかし完全に体調が治っているわけではなく時折ふらつくその姿は弱々しいものだった。

「まあまて、雪音はゆっくりと休んでいてくれ今から何か適当なものを作ってやるから」

「本当に大丈夫かあ?」

「案ずるな、私だって一人暮らしの身だ病人食くらい作れるさ」

 ぶつぶつ不満を言いながらも頼れる先輩が任せてくれと胸を張って言ってくれ、それにやはり立っているよりも横になっている方がまだよかったクリスにとって何か口に入れるものを作ってくれるというのはありがたい事だった。幸い横目に見ていても危なっかしい所はなく気が付けば完全に夢の中へと落ちていたのだった。

 

 

 どれくらい眠っていただろう、目が覚めるとそこに翼はいなかった。変わりに寝ている間に作ったであろう品がいくつか、お粥とスープと何かよくわからないものが並んでいた。

 ぼーっとした頭で眺めていると翼が書いたであろう一枚のメモに目が止まった。

「ったく、仕事あんのにうちきてたっていうのか……」

 クリスの家はオートロック式で、出ていくだけなら鍵は要らない。ひとしきり家事を終えて仕事に向かったのだろう。

 大きな欠伸と同時に全身を伸ばしてリラックスするが、まだ体は怠さを持っていた。丁寧に置かれた蓮華を摘む。空腹ではあるのだがどうにも食欲が無く手をつけようと思えない。理由は分かっている。

「先輩、帰っちゃったな」

 来るな来るなと口ではいいつつもやはり翼に来てもらえたのは嬉しかった。それも自分では気が付かないほどの喜びがあったのだ。だからてっきり今日一日つきっきりなのかとも思った。思ってしまった。

 風邪で気持ちが滅入ってしまっているクリスにとって今の閑散とした状況はよくないものだった。

(あたしってこんなに弱い人間だったのか)

 瞳が濡れていると分かったのは、頭痛に響くほど大きな音のインターホンが鳴った時だ。慌てて袖で顔を擦りドアを開ける。見知らぬ来訪ではなかった。

「はぁ、はぁ、すまない雪音勝手に鍵がかかるタイプとは知らなかったものでな。呼び鈴を鳴らさせてもらった」

「なっ、先輩今日は仕事で帰ったんじゃ……」

「ん?ああインタビュアーが素人だったのでな、なかなかに時間がかかってしまったようだ」

 体力には自信のある翼が肩で息をしているのを見るに物凄い速さで帰路を辿ってきたのであろう。

「戻ってくるならちゃんとそう書いておけよな……ぐすっ」

 嬉しさのあまり泣いてしまっていたクリスは玄関から戻るなりベッドに潜り込んでしまう。

「なんだ?そんなに嬉しかったか?」

「うるせ」

 これを逃す手はないと、負担にならない程度にクリスを攻める翼だったがそれも数回で口を止めることになった。

「すまん雪音口に合わなかったか?」

 食卓に一切手のつけられていない様子を見て不安が募る。

「あっ違うんだ先輩!さっきまで食欲がなくて」

 一瞬だけ、先程まで感じていた不安を思い出し複雑な顔をするが、今はもう大丈夫だった。目の前には大好きな先輩がいてくれる。

「でも今はもう大丈夫だ」

「そうか」

 翼も何か察していたのだろうか、それ以上は追求しなかった。食欲があると言いながらも布団の中に潜ってしまったクリスを見てふと、思いつく。これまでそういう経験はしたこともないしされたこともなかったのだが、今の彼女にはそうさせる物が、母性本能をくすぐられる何かがあるのだろう。これはひとつ貸しが作れるな、そんな悪魔的囁きもあった。

「なら雪音、私が食べさせてやろう」

「は?」

 思わず飛び起きるクリスだったが、お盆に食事を乗せこちらに近づいてくる様を見ていると、どうにも不思議な感じがした。

(たまにはこういうのも悪くねぇか)

 いつもなら恥ずかしくて頼めないような事でも今なら風邪を理由にしてしまえばいい。たまにはひくのもわるくねぇな、そんな事を思っていると翼がすぐ側まで来て腰掛けた。

「温め直して少し置いたが、まだ熱いだろう。冷ましてやる」

 彼女の普段ではあまり見られない世話を焼く、という姿に異常なまでの体温の上昇を感じられた。恥ずかしいとは一言で言い表せないほど色々な感情が渦巻いてたがそれを気にもせず差し出してくる。

「はい、あーん」

「あむ」

 程よい温かさに丁度いい塩加減、米も柔らかくなっていて、いい具合の出来だった。いつもなら「さすがに先輩でもお粥くらいは作れるんだな」と言っていたかもしれない。

 これを機にいつもの口悪さを直してみようかな、なんて考えているといつの間にか食べ終えていた。

「これも飲むといい、食後のデザートみたいなものだ」

 これまた温め直してきたのか、マグカップからは少しの湯気が立っている。先程見たテーブルの上に置いてあった知らない飲み物だった。

「ん、おいしい……」

 それは甘くてふわふわしたものだった。牛乳と砂糖と、あとはなんだろうか。疑問を浮かべていると翼がそれに応えてくれた。

「エッグノッグという飲み物だ、雪音は知らなかったか?」

「エッグノッグ?」

 初めて聞く単語に思わず聞き返してしまう。

「ああ、卵と牛乳でつくる品だな。簡単なものから凝ったものまで様々なものがあるんだ」

 蕩けるような味わいに翼の優しい語りがとても心地よく飲みきる頃には、起こした背もたれに寄りかかりながら寝息をたて始めていた。

 

 

 洗い物をしながら翼は考え事をしていた。今まで自分は剣として育てられ生きてきた。そんな自分がはたして大切な後輩の為にうまくやれたのだろうか。ふと眠っているクリスに目をやる。気持ちよさそうに夢を見ている姿を見ると少しは安心できた。

(緒川さんもいつもこんな気持ちなのだろうか)

 初めて誰かの為に世話を焼いたような気がした。戦いの中でアドバイスや手助けをした事が何回もあるがそれとはまた違う。むしろ戦いの中でのそういったことは必要な事で欠かすわけにはいかない。決して必要ではないが、相手の為に行動する。それに伴う努力は惜しまない。思えばそういうことをする人生ではなかった。

(奏にも緒川さんにも、いつも何かをしてもらう側だったな私は)

 自分が何かをしてやれる側に立っていたことに改めて気付いた。クリスに対して先輩風を吹かせていたもののいまいち実感が湧かなかったが、先輩という言葉が現実味を帯びてきたのが妙に嬉しく一人高揚する翼。

「ふふっこういう生き方も悪くないかもな」

 クリスの柔らかく陽だまりのような頬を、手の甲でそっと優しく触れてやると翼も横からベッドに寄りかかり意識が遠のいていた。

「ありがとう、先輩」

 クリスの声が届くことはなかったが、夕焼けに包まれた空間は居心地がとてもよかった。




この前風邪ひいた時に、あー1人なの寂しいなークリスちゃんだったらどんな感じになるのかなーって思ったのが始まりでした。まあクリスちゃんか翼さんが風邪ひいてもどっちかが必ず駆けつけるだろうな、ということで……どこまでいってもつばクリ脳な自分がそこにいただけという。先輩後輩ということでつい最近プレイしたChaos;child らぶchu☆chu!!の有村さんルートに似たような事でもやろうかと思ったんですが最後の方を似せるだけで終わっちゃいましたね、ほんとに最後の最後。カオチャとシンフォギアのクロスオーバーみたいなの、あとは似たシチュなんかを考えている最近です。


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翼さんとクリスちゃんの日常

翼さんとクリスちゃんが半同棲?生活を始めてだいぶ慣れてきた時のお話


「なぁ」

木製の椅子の上、本来のそれと少し違うであろう使い方をしている雪音クリスがなんの前触れもなくただただ唐突に問いただした。

「緒川さんと司令が戦ったらどっちが強いんだろうな」

「マリアみたいな座り方をして何を考えているかと思えば……」

とても世界中にいるファンには見せることの出来ないだらけっぷりを晒している中で風鳴翼は呆れた声を響かせる。

「確かにどうでもいいかもしれないがよく考えて想像してみてくれ、あの二人が戦う姿を」

クリスのあまりにも真剣な口調に思わず翼も真面目に捉えてしまう。

それからそういう服の脱ぎ方してるからどんどん散らかっていくんだぞ分かってるのか?という台詞は既に聞こえてはおらず頭の中での仮想空間に緒川慎次と風鳴弦十郎の二人を置いていた。脱ぎ捨てた靴下を広いながら目を閉じ集中している顔をのぞき込む。こういう変なところで真面目すぎるのがクリスを焚きつける魅力のひとつでもあるのかもしれない。そう思うと優しい笑みがこぼれずにはいられなかった。

 

 

「なるほど!」

「うおびっくりした、何だ急に」

夕食の準備に取り掛かったところでいきなり大声を上げたのは翼。

「昼間の問答だがあれは実に面白い。初めこそは暇つぶしにもならない愚問で答える義理もないかと思ったが考えれば考えるほどにどちらが強いのか答えは深く沈んでいく一方だ」

「お、おう酷い言われようだな。それで何か答えは出たのか?」

最初にこの疑問を口にしたのは立花響と暁切歌、月読調の三人だった。響は師匠の方が強いの一点張り、残り二人は緒川さんの方が……とのことだった。三人共私情にまみれた回答であったが選択肢のどちらとも親交の深い翼に聞いてみたらどういう答えが返ってくるのだろう、という所で昼間の問いに戻る。

「ああ、答えは出ない、ということがわかった」

食器を並べながら頭上にはてなマークが出ていると言わんばかりの表情、それを見て翼は続ける。

「まずあの二人が戦うという前提が難しい、仮に戦ったとしてもお互いが全力を出すという機会はそうそうないだろう、どちらかが全力であったとしてもだ」

「ほうほう」

「そこからさらに互いが素手なのかそれともなんらかの武器を所持しているか等の状況の変化でも答えが変わってくる。素手なら武闘派であり腕力に覚えのある司令が勝つだろうし、それ以外なら銃の腕や忍術に長ける緒川さんに軍配が上がるだろう」

料理を盛り付ける間も翼の言葉を一つでも流さないように聞き入れてやる。装者のなかでもやはり戦いに関して一歩も二歩も先を行く彼女、思っていたより、そして彼女のこの言葉では言い表せないほど頭の中でシュミレートしていたのであろう。

「戦況によって二人の勝敗は変わる。問いに細かい説明が一切無かったのは、こういった当たり前の事を再確認させるためのものだったのだな、いや実に面白かったぞ」

「もしかして昼間っからずっとそればっかりかんがえてたのか?」

「ん?ああそうだが?」

道理で話しかけても反応しねぇわけだ……喉でその言葉が詰まったのは翼があまりにも楽しそうに話していたから。最近はなにかと本業ばかりで戦いからは一線を引いていた彼女だったがクリスと生活するようになってからは私が雪音を守っていかねば、と意気込む始末。守るために強くなる、その事への欲求は以前よりも増しているかもしれない。

「ありがとな先輩」

「ふっ礼を言われることでもない。さて食事にしよう今日の夕食も随分とご馳走のようだ」

翼とクリス共通の居場所であり帰る場所でもあるこの空間で過ごす、そんな特別でなんでもない日常を今日も幸せに過ごしていくのだった。




仕事もだいぶ落ち着いてきてまたのんびりとつばクリでも書いていこうかなといった感じ。今回の話のネタはなのはStSの漫画にでてくる六課の中で戦ったらだれが1番強いのか、をS.O.N.G.のOTONAバージョンでやってみた感じです。
これからつばクリのイラストなんかも描けていければいいですけどねやはり文字に起こすのもすごく楽しいです。至らぬところかまだまだありますがコンスタントにつばクリ投下していけたらいいですね:)


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つばクリ短編.2

翼さんの部屋があまりにも汚いのでクリスちゃんが掃除に行くことに……


 「話には聞いていたが、こりゃ随分とひでーな」

 クリスと翼はゴミの山もとい翼の私室に立ち惚けていた。玄関の時点で嫌な予感はしていた、事前に緒川さんや内情を知る関係者達から話は聞いていた。だが自分の予想をはるかに上回る光景にクリスは開いた口が塞がらぬままになっていた。

 「返す言葉もでない、自分でもわかっているのだがどうもすぐ散らかってしまってな」 

 「いやいやいやいや、これは散らかるとかいうレベルではないとおもうんだが!?」

 やはりこの人は一般の感性とは少し違うところがあるのかもしれない。伊達に世界の歌姫と言われている訳ではないと改めて再確認させられた。

 「いや口を動かす前にまず手だな、先輩取り合えずこれもっててくれ」

 「ああ、このゴミ袋を持っていればいいんだな。それでどう片付けていく気だ雪音」

 「決まってんだろ、こうするんだよぉ!!」

 翼にゴミ袋を開いて持たせ、クリスはそこに一先ず見ただけで要らないものとわかるような空き缶や生ゴミを、片っ端から拾っては袋に投げ入れを繰り返した。

 「おい雪音、ほんとにそんなやり方でいいのか?」

 焦る翼を尻目に勢い止まらず投げ込んでいく。

 「こういうのはなあ、勢いが大事なんだ、ぜっ!」

 実に45ℓ入る袋が三つほどパンパンに膨れ上がり部屋の隅に置かれた。

 と、同時にもはや足の踏み場もなかった一室が小奇麗になっていった。

 「ふう。ま、こんなところかな」

 大きなものが散らかっていただけで埃などの手で取りきれないものは案外少なかった、というより無しに等しい。こう言ってしまうと違和感しかない言葉だが翼は思ったよりも綺麗好きのようだ。

 「さ、あとは散らばってる服とかだな、ほらさっさと洗濯しちまおうぜ」

 あまりの手際の良さに見とれている翼の手を掴み残りを片していく。これじゃどっちが先輩なんだかわかんねーな、流石に口には出さなかったがそれはそれで少しいい気分になれていた。

 今までクリスは翼に対して何かを受け取ることしかできていないと思っていたし実際そうだった。翼自身もそう思っていたが特にそれを気に止めることも病むこともなかった。

 定期的に先輩の家を綺麗にしてやるか、クリスは今まですることのできなかった恩返しをようやく形にして表すことができ幸せを噛み締めていた。

 遅くなってわりぃ、今までありがとな先輩。

 思うだけでも恥ずかしいのにそれを言葉に、口にするなんてクリスには到底無理だった。一人羞恥に悶える姿を横で見ている翼には何が何だかわからずただただそれを見守っていた。

 

 

 

 そう長い時間はかからず、部屋は綺麗になった。

 椅子でぐったりしているクリスにコップを手渡す。中身は牛乳だ。

 「お疲れ様雪音。ゆっくり休んでくれ」

 「気が利くな先輩」

 労働の後に飲むものとしては些か合っていないような気もしたが、彼女にとってもそうでもないみたいだ。むしろ喉を気持ちよく鳴らして飲み干してくれている。

 「ついでにうちで昼食を食べてゆくか?せっかく綺麗にしてもらったのだ何か出すぞ」

 「先輩が料理するのか!?」

 思ったよりも驚きの反応を見せたクリス。普段からあまりこういうことをやるというのは口にしていなかった為の反応だろう。 

 「私とて日々の私生活を無駄にしているわけではない、炊事に勤しむ時もあるというものだ」

 したり顔で言うが翼自身そこまで上質なものを出せるとは思っていない。なのにどうして大きくでたのか、なんとか後輩に握られている主導権を取り返したかったのかもしれない。

 「ほう、御手並拝見だな」

 ふんぞり返っている、わけではなく単純に体の力を抜いて座っているだけなのだが、やはり前者のように見えてしまうのはクリスに対して引け目を感じているからなのだろう。

 そう思うと余計に力の入る翼だった。

 クリスは掃除もできないような翼が料理できるのか、翼はクリスの満足いく料理が出せるのか、というお互い不安が募る元時間を過ごしたがそれは杞憂に終わる。

 もとより掃除スキルがないだけで他の事をそつなくこなせる翼は料理できないはずがない。

 「簡単なものだがパスタを拵えてみた、口に合うといいが」

 「ミートソースか、見た感じ料理は大丈夫そうだな」

 「なかなか失礼なことを言ってくれるな、まあ何はともあれ食べてみてくれ」

 そこそこに動いた分空腹になっていたのだろう、茶化すのをやめて出された料理に手をつける。

 「ん、けっこういけるじゃねえか」

 「そうか、よかった」

 「ゴミ屋敷みたいなのが出てきたらどうしようかと思ったぜ」

 「なんだか今日は随分と口が回るようだが?」

 夢中になっているせいか既に翼の声は耳に届いていなかった。

 「うん。これうまいよ先輩、おかわりはあるのか?」

 「あぁもちろん、たくさん食べて行ってくれ」

 人の気などしれず無我夢中で食べ続けるクリスを見て翼はなんだか子犬の世話をしている気分になり口元が緩んでしまった。

 「ほら雪音、ソースが付いてるぞ」

 二皿目を軽く平らげた所であまりにも不格好なクリスに見かねてつい手が出てしまった。

 彼女のこの食事の時のマナーの悪さというのはあまり知られていないが折り紙付きだ。

 「袖にも付いてしまっているぞ」 

 「ん?おうありがとな先輩」

 なんだか目の離せない奴だな。

 翼は先程までと違いどこか恋人に対するような視線を送っていた。

 「なんだかあれだな、先輩が先輩してる」

 不意にそう言われドキッとする、少し前まで色々と考えていたのがバカみたいだ。

 「食べながらしゃべるな雪音、はしたないぞ」

 注意しているにも関わらず翼は自分が今どれだけにやけているのか心配になったが、クリスが特に変な反応を起こしていないことから平然を保てているのだろうと自己完結する。

 「そわそわしてどうした先輩」

 「いや、何でもないただ……いや、やめておこう」

 「歯切れ悪いなぁ、落ち着かないときはだな」

 そう言うと静かに立ち上がり翼に歩み寄る。

 斯く言う翼はというとクリスの言動と行動にひどく心拍数を上げていた。

 こういった感情は初めてだ、一体どうしてしまったのだろうか。

 「雪音……」

 何を望んでいるのか自分でも分からなかったが自然と名前を呼んでいた。

 「ん?ちょっと待ってろ今ホットミルクを作ってやるからよ。こういう時は甘くて熱いのがいいんだよ」

 「えっ、ああそうだな、きっとそれがいい」

 横を通り抜け淡々と調理を始めていくクリスに対し呆然と座り尽くすハメとなった翼。あっけにとられた。

 今私は何を求めていたんだろうか、何故にこうも落胆している……。

 訳の分からないまま頭の中で考えがぐるぐるとなっていた。

 気がつけば差し出せれていたマグカップを受け取る。やはり今日は雪音が一歩先を歩いているのだな。心身共に疲労してきた翼は納得のいく敗北感のようなものを味わっていた。

 ただそれは苦痛ではなく幸福に包まれた何か、奏といた時を少し思い出す雰囲気だ。

 「なあ雪音、また掃除を頼んでもいいだろうか?」

 「おいおい汚すの前提になってないかそれ」

 肘を付きながらの返事だったが翼はどこか確信していた。クリスの纏っている空気がそう思わせたのだろうか。

 「先輩からの頼みだったらいつでもすっ飛んでいくぜ」

 少しだけ顔を赤らめながら続いて

 「だから、その……また飯作ってくれよな?」

 相当気に入ったのだと一目でわかる様子だった。

 「ああ宜しく頼む」

 少し掃除をサボるか、あるいは雪音の家に作りに行ってやろうか、確かこういうのは通い妻と呼ぶのだったろうか。まあそんなことはどうでもいい、この後輩の為に何か尽くしてやろう。そう結論づけるのには充分すぎる一日の内容を翼はクリスと過ごしたのだった。

 




どうもつばクリというよりクリつばになっている気がする・・・まあいいかはやく二人共結婚してくれーo(^▽^)o


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つばクリ短編.1

翼さんとクリスちゃんの日常です!


 「なーなー先輩」

 「ん?どうした雪音」

 ソファでもたれかかっている、というより寝そべっているふしだらな格好の雪音を見つめて返事をした。

 普段の学校生活やS.O.N.G.での立ち振る舞いからは想像もできない姿だ。自分に心を許しているからなのか、それとも家では誰に対してもこうなのか、問いただしたことはなかったが翼はこのなにげない時間が好きだったりする。

 「これあとちょっとだけど食べるか?」

 届くはずもない距離で差し出されるビニールの包に入った菓子。

 少し強引にお互いが手を伸ばせば届きそうではあるが、それをする意味もなく単純に意思表示が形になったものなのだろう。翼はそんなクリスの子供っぽいというか何も考えていなさそうな行動や言動に愛おしさを感じて、思わず笑みが溢れてしまった。

 「そうだな、頂くとしよう」

 静かに椅子から立ち上がりクリスのいるソファまで寄っていく。手だけこちらに向け体と顔は正面の大きなテレビモニターに夢中だ。

 ん、と声にならない声で相槌を打ったクリスが状態を起こすがすでに翼が背もたれに反対側から寄りかかっているとは知る由もない。

 翼の返事に対し反応するまで若干のタイムラグがあったから当然といえば当然、衝突は免れない。

 「のわぁっ」

 鼻息のかかる距離まで顔を近づけてから始めてそこまで接近していたことに気付く。羞恥よりも驚きの色が多かったクリスに対して少しだけ口を尖らせる。当の本人はそんな些細なことが気にならないくらい動転していた。

 「まったく、少しぼーっとしすぎたぞ雪音?」

 含みのある言い方だが、クリスは気づかない。

 「あ、あぁすまねえ、画面の先輩がすげえ格好良かったからさ、つい」

 はめ込み式の大きなモニターには翼のライブ映像が流れていた。それに見とれていたのだろう。

 「またこのライブ……よくもまあ飽きずに。好きなんだなこれが」

 「あぁ、なんといっても格好良さがピカイチだ。なあなあ先輩そのうちあたしもライブに呼んでくれよな」

 冗談混じりにせがんでくるのもいつものことだ。クリス自身舞台に立ちたいとは思っていないし、翼も呼ぶ気はない。まあゼロと言ってしまえばそれはそれでお互い嘘になるが。ようは二人で何かがしたいということなのだろう、翼はあまり深く考えずにそう結論づけた。

 「今度二人でカラオケにでもいくか」

 少し昔、年下の二人に連れられて行ったあのデートは今でもはっきりと覚えている。あのおかげて翼は大きく成長できたといっても過言ではない。現に人に対する接し方が柔らかくなったと多くの人に言われている。

 今後クリスにもきっとなにか新しい、大きな道が見えて選択を強いられるだろう。そんな時にほんの少しでもいい、何かキッカケのようなものを彼女に与えられたらな、翼はそう思う。

 「先輩からデートの誘いか、珍しいな」

 面白半分に笑い返すクリス。遊ぶ事をこうもデートと呼ぶのだろうか、翼は疑問に思いつつ本当のデートだったらどんなに良かったことだろうか、と喉まで上がってきた言葉をぐっと堪える。

 この想いが届かなくてもいい先輩として彼女の前に立ち続けられればそれでいい。

 「ああ、今の内からライブの練習だ。キツいぞ雪音に付いてこられるかな」

 「へへっ先輩こそ追い抜かされないように気をつけな」

 この気持ちに気づかれずに誰かと結ばれる時が来たのならきっとそれはクリスに追い抜かされるということなのだろう。考えてもあまり楽しくないことだ、翼は考えるのをやめクリスの頭をそっと優しくなぞった。甘くしょっぱい菓子を自分では気づかぬまま噛み締めながら。




少し連投していけたらいいなあ・・・なかなか忙しさから抜け出せない
つばクリ流行れ!つばクリ成分が欲しいんだ!!


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BAYONET CHARGEの答え合わせ

BAYONET CHARGEに込められたお互いの歌詞に対する思い
ツヴァイウィングの片翼として今を生きる翼とそれをさせたいと思う後輩
二人は様々な事を考えながらある休日を過ごしていく


 

 一人暮らしには少し広めに感じられるリビングでのんびりとした時間を過ごすクリスと翼の二人。

 「先輩!このままじゃ子犬が死んじまうよ!!」

 ドラマのワンシーン、主人公が拾い育てていたが飼いきれなくなった子犬を置いていこうとするとこでクリスは思わず口にした。

 もともと素直で優しい性格の彼女であるが、ドラマに感化されたというよりもその場の空気を濁したかったから発したものであった。

 「うむ、だがハッピーエンドが謳い文句なのだ、すぐに引き返すか、別の飼い主が現わたりするのであろう」

 会話こそしているもののどこか上の空というか重い雰囲気の翼。

 今日クリスの自宅に来てからというもののずっとこのままで招いたクリス自身も悩んでいた。

 オフだと知らされた時に遊びに行ってもいいだろうかと言ったのは翼。

 先日も行われていたライブで疲れているのか、それともなにか事件にでも巻き込まれてしまったのか、普段の大人らしさと鋭さを兼ね備えた彼女からは想像できない姿にクリスの心配は絶えなかった。

 様子を見てるあいだに少しだけ時間が経った。

 壁に設置されている大きいモニターに流れているのは世界の歌姫と称される風鳴翼が、まさにその歌声とパフォーマンスを披露している番組。

 映像に流れている主役本人がそれを遮った。

 「なあ雪音よ」

 「ん?なんだ先輩」

 「暁と月読を救い、始めてイグナイトモジュールを起動した時の事だが」

 「ああ、急ごしらえ…ではないにしろぶっつけ本番だったあの時か。まだ半年も経っていないのに懐かしく感じるな」

 忘れもしない、先の事件。未だに時々思い出してむしゃくしゃするときがある。

 「でも急にどうしたんだ先輩」 

 父親との蟠りはなくなったようだが、事情を深く知らなかったクリスはまだ翼の家庭に対する不安は抜けきっていない。できるこたなら自身の先輩の為に、悩みを聞いてあげられないかと思っていたところだ。

 「雪音の歌った、詞の部分だがあれは前に私が用いた風林火山からとったものだろう?あれは四つすべてが揃って戦いの基本となるのだ。」

 「はあ……」

 クリスは困惑した、翼の言ってることはわかるのだが、いかんせん何を伝えたいのかがわからなかったからだ。

 「つまり先輩は何が言いたいんだ?」

 「なぜ雪音が三つ目四つ目を省いたのか、気になって夜も眠れんのだ」

 「は?はあっ?」

 先程からやけに真剣な顔つきをしていたからどんな悩みを打ち明けるのかと身構えていたのだが、予想外な上にまったくもってどうでもいいことを言われたクリスは、今まで出したこともない素っ頓狂な声を上げていた。

 「先輩まさかそんなことでさっきから暗い顔をしてたなんて言わないよな?」

 身日々のアーティスト活動で苦労しているであろう翼を労ってやろうと気を使って接していたが反応もそこそこ、どうしていいかわからなかった。

 「そのまさかだが、どうした雪音?そんな呆れた顔をして」

 「どうしたもこうしたも、今日一日アタシがどれだけ……っ。はぁ、まいいさっきの質問の答えだが、そうだな強いて言うならメンドくさかった、だな」

 「なにっ!?そんな理由で大切な基礎を省いたというのか!!いやしかしシンフォギアを纏っている時の歌というのは本人の心象を描いているのだからそれもまた雪音らしいといえば雪音らしいな」

 クリスにとっては戦いの作法など基本気にしない、どうやら翼にとってはそこそこ大事なことであったらしい。

 ひとりでクリスの考察を進めている翼を眺めていると自然に笑みがこぼれていた。

 「なんだ、元気そうじゃねえか」

 「ん?何か言ったか?」

 「いんや何も言ってねえよ」

 翼の様子がおかしいから気が気でなかったクリスはようやく安堵し落ち着けた。 

 翼に言われてクリスもふと気になったところを聞いてみる。

 「なあ先輩、あたしからも質問なんだが」

 「なんだ?」

 「剣舞う懺悔の時間と歌っていたが、何か懺悔するようなことなんかあったのか?」

 翼は気苦労こそ絶えないが彼女自身が何か罪を犯してしまうような人ではないとクリスは知っている。そうなると彼女の胸の内にないはずであろう懺悔という言葉に引っかかったのだ。

 「私の家族に対して、色々思うところがあるが少しそれは弱いな。」

 クリスも家族絡みのことだろうとおもっていたがどうやらそれは違ったらしい。

 「うん考えてみれば簡単な話であったな。あの時二人を助けたいと思ったのは当たり前だが、それ以上に雪音と共に戦場に立つということに興奮を覚え、必然雪音の歌を想像するわけだ」

 「なるほど……」

 クリスもあの時助けたいという気持ちに加え、翼と共に戦える事が誇らしくあり嬉しくもあった。自身の尊敬する先輩が自分と同じような事を考えていたのが妙に親近感が湧き照れくさくなった。

 「しかし今思い返してもあの時の高揚感は凄まじいものがあった、雪音もよくあそこまで私に合わせてくれたものだ。我ながら誇らしい後輩を持てて嬉しいよ」

 ここ最近自分が先輩として上に立つような環境だった為か翼の包み込むような言動に心を打たれた。

 「お、おう!先輩の考えることなんてお見通しだったからな」

 いつも以上に照れ隠しが見え見えなクリスを見てなんだか無邪気な子供を相手しているかのような錯覚に翼は陥った。

 「でも本当のこというとあたし自身なんであんなに先輩に合わせられたのか不思議に感じてたんだ。てっきり先輩がそういうふうに立ち回ってくれてるのかと思っていたが」

 「思っている以上に私達は相性が良いのかも」

 「相性かあ、なあじゃあさ。あの時他に誰のことを想って歌っていたのか同時に言ってみないか?」

 「雪音にしては珍しい提案だな」

 普段なら、ましてや二人きりの時にこういう遊び的な事はあまりしないクリスだったが気分が舞い上がっていたのと、翼の言った相性が良い、というのを確かめそれを確固たるものとして自分の中に残したかったのだろう。

 「うーんそうだな、よし準備できたぞ」

 「それじゃあいくぜ、せーのっ」

 「立花」

 「バカ」

 一瞬の静寂のあと小さな笑いが部屋を包む。クリスは翼と同じ事を考えていたのが嬉しく、しかし翼はまた別のことで笑っていた。

 「む、何がおかしいんだよ」

 「いやなに、雪音の立花に対する呼び方がだな……。はあ、だがやはり考えていることは一緒だったようだな」

 「丁度改修が始まっていたとはいえあいつもあたしたちと一緒でギアを壊された身だ。おまけにちょっと前までは纏えないっつって落ち込んでたみたいだし、なんとか元気になって欲しい、そう思ってあの時は戦っていたな」

 「だがあのあとすぐにイグナイトシステムを先陣切って発動させる様はその心配をかき消す様であったな」

 「はは、抜剣の衝撃であいつを見てる余裕なんかなかったって。てか先輩はあの衝撃に対して結構慣れている感じだったよな?一回目の抜剣でもあたしを救い上げてくれたし」

 いまでもクリスは忘れない。ギアの暴走を引き出し制御する工程に生まれる自身への精神的なバックファイヤを。あの時先輩に手を引かれなかったらあのまま暗い悪夢に取り残され続けていたのだろうか、それとも自力で脱出していたのだろうか、と考えれば考えるほどゾッとするシステムであると再確認をする。

 「普段から我が身を剣と鍛えていたからな、あのくらいなんてことはないさ」

 の割には随分とキツそうだったじゃねえか、とは口が裂けても言えない。そっくりそのまま返されればぐうの音もでないから。

 「いまでこそ平気でいられるけどあのバカは今まで、制御装置なしであんなのを扱っていたんだよな……すごいというかなんというか」

 はじめて出会ってからある程度経って共闘したときもっと自分は苦しんでいる彼女に手を差し伸べられたのではないか、クリスは響にたいして後悔の念が増えつつあった。

 「自分が立花の支えになるにはどうしたらいいか考えているんじゃないか?」

 「な、なんでわかったんだよ!?いやそんなこと思っちゃいねえって」

 「案ずることはないぞ雪音、もう十分支えになっている」

 「そう、かな?」

 「そうだとも。それよりあれか、フィーネと戦っている時になにかしてやれることはなかったなどと考えてはいるまいな?」

 「げっ」

 なんでわかるんだよ、と言わんばかりの反応を見せる。

 「まったくお前というやつは本当に優しすぎるというか真面目すぎるぞ、お人好しにも程がある」

 「そうかあ?でもあいつに始めて手を差し出された時に拒絶しないで受け入れていれば少しは楽に気負わずやらせてやれたんじゃないかって考えるとどうしてもなあ」

 「大体よく考えてみろ当時の雪音の境遇を。とても他人に構ってやれるほどの状況ではなかったはず、それに私から言わせてもらえばあの時から既に今の優しさが滲み出ていたようにも思うが」 

 たまにみせる翼のいたずらめいた笑顔がクリスは苦手だった。だが彼女の言うことには確かに一理あるなと納得した。

 「やっぱり先輩はあたしの誇れる先輩だな、くよくよ悩んでたのが一気に解決したぜ」

 満面の笑みで返すクリス。その表情の裏にはまだ不安が残されている。響に対しては整理がついた、だが目の前にいる人、翼のことで頭がいっぱいいっぱいになっている。私はこの人に対してなにかできているのだろうか。 いまこうして笑って会話できているのが奇跡なくらい、初めての出会いは酷かった。決して掘り返すことはないが記憶からなくなることもないであろう。

 フロンティア事変でも、翼は裏切られたのにクリスを信じていた。あの時に手の繋ぎ方を教わっていなかったら、今の翼を含める人間関係は築けていなかっただろうと、クリスは彼女から叱責を受けたファミレスのことを思い出した。

 「そうだこんど奏者のみんなで飯でも食い行こうぜ、あたしがおごってやる」

 「いいアイデアだ私も半分だしてやろう」

 「お?本当っすか、さすが先輩だぜ」

 喜びを示したのか、四足チェアの背もたれに体の正面を向け軽くカタカタ前後を上下させる。

 「ああ、私も日頃の感謝をみなに伝えたかったところだ。そうだあとこれも言っておかねばな」

 ひと呼吸翼が置き、クリスは首をかしげる。 「私も雪音にはたくさん支えられているし、そんな雪音が大好きだ。いつも楽しい時間をありがとう」

 「はあっ!?」

 今日何度目かわからない驚きの声、いやクリス自身翼といるときはいつも驚かせれることの連続であるとわかってはいる。

 「お前面と向かってそんなっ、言うことかあ!!」

 「面と向かっているからこそ言わねばならないのだ、まあそういう反応を見るのがまた楽しくもあるのだがな」 

 赤面を少しでも見られないように顔を逸らすが、心内はとても冷静だった。

 (先輩が悩み事で困っているかと思ったらじつはあたしが困ってて、しかもそれが先輩によって助けられるなんて)

 「あ、あたしもっ先輩のこと……嫌いじゃないからよ」

 台詞の最後の方は聞き取れないほどの小さな声量。これが羞恥に耐えながらの最大であろう。

 「ふふっありがとう、だがな雪音こういう時はマイナスイメージの言葉よりもプラスのほうが相手に喜ばれるのだぞ?」

 「う、うるせえ!!相手に伝わってりゃそれで十分なんだよっ」

 芸能活動や奏者としての活動があり、なかなかこういった意地悪のできる気心の知れた相手が居なかった為か翼にとってこの時間が新鮮でありとても心地良いものだった。

 じっと視線を向け、催促する。

 「うっ、そんなこっち見んなよ……。あたしも先輩が好きだから、その安心してくれよな」

 なんとも歯切れの悪い言い方だったが、翼は十二分に満足していた。

 恥ずかしさで顔を埋めているクリスの頭をそっと撫でる。

 「感謝しているよ雪音、それじゃそろそろ私は帰るとしよう」

 「えっ」

 思わず翼は少し笑みがこぼれてしまった。

 クリスのあげた顔が、まさに今にも捨てられそうな子犬のそれだったからだ。

 「案ずるな、また仕事がオフの時に来てやるさ。いくら世界で歌うといっても帰ってこないわけではないからな」

 クリスは翼のステージに対する思いを知っている。行ってしまうのは確かに寂しいがそれを言い始めるとキリがないのをよくわかっている。

 「まあ確かに。うんそうだよな先輩がやっと掴んだ道、離れていてもずっと応援しててるぞ!!」

 ああ、と相槌をうち帰り支度を始めながら翼は考える。

 初めての出会いからは考えられない関係になったクリスとこうして笑っていられるのは、やはり響のおかげだと、もちろん現S.O.N.G.の人達による力もあるが彼女の存在が大きいのは間違いない。みんなには感謝しても感謝しきれないのだな、と改めて認識した。

 「じゃあな先輩、今度どっかのライブに駆けつけてってやるよ」

 「雪音が来てくれるなら心強いな、ふむ飛び入りのゲスト参加というのも悪くないな」 

 「おいおい変なこと考えてんじゃねえぞ?」

 「ふふっ冗談だ」

 「あんたが言うと冗談に聞こえねえんだよ……」

 クリスとステージに立つというのもなかなか悪くないなと翼は決して表には出さぬように思う。

 「今日は楽しい時間を過ごせたよありがとう。また遊びにくるよ」

 「おう先輩も気をつけて帰れよ」

 迎えの車を待たせているからあまり長く別れを引き伸ばさないよう簡単にあいさつを済ませる二人、だが名残惜しさや寂しさなどは一切ない。

 帰りの中、ガラス越しの夜空を見上げ感傷に浸る。海外のステージを回ることはとても嬉しいし楽しく誇らしさもある、だが一日で帰ってくるということはなく必然的に長期的な滞在が必要になってくる。やはり大切な友人たちに会えなくなるというのは少し物寂しい。だが孤独ではない。

 (雪音とステージに立つのは我ながら面白い案だな、あとで緒川さんに伝えてみようか)

 いつの間にか翼の中でクリスは今まで以上に愛おしく大切な存在になっていた。

 ネフシュタンを纏ったクリスとの出会いから、フロンティア事変での悶着、魔法少女事変での共闘、色々な苦難を多く共にしてきた。

 これからもずっと彼女と様々な道を歩んでいくのだろう。

 「奏、あなたの描いてた私になれているかわからないけど、一生懸命頑張って羽ばたいているよ」

 自分の中大きな大きな彼女に語りかけ、優しく目を閉じた。




絶ステいきたかった・・・いけないかわりにつばクリ成分を補充がてら仕事があるのに深夜テンションで楽しくなって書いてしまったひとつ。つばクリ尊い


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調のバレンタインバースデー

調は誕生日と共に近づくバレンタインをマリア、切歌と過ごせるのを楽しみにしていた。だが突然切歌から好きな人にチョコを渡したいと聞かされる。そこから調は何かわからない負の感情に取り巻かれるようになっていく……


 街の装飾やテレビの報道で嫌というほど目にするお菓子会社の政策、バレンタイン。

 朝からニュース番組ではそれの特集がひっきりなしだ。季節に合うプレゼントの選び方だとか贈り物の渡し方はサプライズがいいだとか、どのチャンネルを変えても似たりよったり。だが調は少し楽しみでもあった。始めて何の柵もなしで迎えるこのイベント。思えばいつでも暗く切羽詰ったような気がしていて楽しいイメージがなかった。色々な人達に助けられ支えてくれている今、お返しするには絶好の機会だ。

 大好きなマリアや切歌に対し日頃の感謝を再度伝えるためにも。

 

 

 

 「どうしたデスか調、そんな鼻歌交じりに」

 学院からの帰り道、珍しく気持ちの昂ぶりを表に出している調に対して切歌はそれを知る由もなく尋ねた。

「なんでもないよ、ほら切ちゃん帰ろう」

 切歌の手を引き帰路を急ぐ。まだ肌を刺すような空気が流れている。雪も降りこそはしていないが少なくない量が路面の横に積もっている。歩くのに支障はないのだが、そこからくる冷たさというのはまだまだ厳しいもの。

 今頃、家ではマリアが一緒にチョコを作るために待ってくれているだろう。

 切ちゃんはどんな反応を示してくれるかなと、調は楽しげに道を後にするのだった。

 

 

 

 「バレンタインチョコの作り方を教えて欲しい?」

 材料を買いにスーパーへ寄った時のこと。

 調は驚いた、いつもは食べる専門に回っていた切歌が突然作る側になるとういうのだ。一体どういう風の吹き回しだと投げ返してみると意外な返事が返ってきた。

 「なんで作りたいかっていうとデスねー…その、好きな人にチョコを渡したいんデス!!」

 少し、どころではない。かなりの羞恥を持って発言したのだろう、頬がりんごのように赤くなっている。

 「好きな人って?」

 「そ、それは言えないデスっ!乙女のヒミツってやつデース」

 「そ、そうなんだ。今日マリアと一緒に作るから切ちゃんも一緒に作ろっか」

 かなり動揺したが表には出さないよう努める。てっきり調はいつものように自分に向けられた好意だと思ったが、どうやら第三者に向けられたものらしい。

 いつかはできるとわかってはいたが、いざ彼女に恋人かもしくはそれに等しい仲の人ができると、とてもめでたいことあるはずなのに心がきゅっと締め付けられるような、なぜか悲しい気持ちに浸ってしまう。

 一体誰が切ちゃんの気を引くことに成功したのだろうか、相手は一体どんな人なのか、調はいつの間にかそんなことばかりを考え、気が気でない状態になっていた。

 「本当デスか!?調ありがとうデース!!」

 いつも通りのコミュニケーション、軽めのハグ。調はこれがすごく好きだ。心が暖かくなる。だが今はどこか穴のあいたような感じが拭えないでいた。

 どこからともなく流れてくる夕暮れ時を知らせる曲も、いつもより哀愁漂っているのが調の憂鬱さに拍車をかけていった。

 

 

 「調、マリア助かったデース!!」

 「珍しいわね切歌がチョコ作りなんて、F.I.S.にいたときは率先して食べる側だったのに」 

 マリアは相変わらず家事全般を効率よくてきぱきこなす。調いつもはそれに見とれていた。

 「マリアはそのチョコ誰に上げるの?」

 調理後の片付けを嫌う者はこの中にいない、マリアと調は片付け含め好きで料理をしている(調はマリアの手伝いがほとんどであるが)し、切歌も作り終えたあとの手伝いを好んでやっている。

 「S.O.N.G.のみんなによ、あそこの人たちにはお世話になりっぱなしだからこういう時にちょっとでも返してあげないとね」

 「違うこっち」

 調はひとつだけちょこんと小さい、けれどしっかりと包装された小包を指差した。

 「こっ、これは翼にあげるのよ、彼女チョコ渡す当日いないみたいだから、ひとつだけ別にしてあるの」

 「ふうん」

 どうしてマリアが少し慌てたのかをなんとなくだが察した二人は、それ以上聞くことはなかった。

 「切ちゃんはそのチョコ誰に…って秘密なんだっけ」

 「そうデース、いくら調とはいえこれはヒミツなのデス」

 切歌はどこか得意げにふんぞり返っていたが頬についたチョコを調が拭ってあげるとえへへと情けない笑いを見せた。

 

 

 

 「切歌のチョコを渡す相手を調べて欲しいだと?」

 切歌の隠し事に対し、いてもたってもいられなかった調はクリスに相談を持ち込んでいた。確かめたところでどうというわけではないがどうしても知りたかった。

 こういう時頼るのは先輩と相場が決まっている。

 「うん、贈る相手をなかなか私に教えてくれなくって」

 「あいつが調に教えないって相当のことだな、確かに気になる」

 調はクリスのことをとても信頼しているし、とても頼りがいのある人だと思っている。

 今回の件に関しても自分に対し協力的だと確信していた。

 「だから今はまだ警戒されてないクリス先輩に」

 「だが協力はできないな」

 「えっ」

 遮るような返答に調は驚いた。

 「これが局の任務に関わることだったら調べても良かったが、流石に切歌が隠したがっているプライベートを無理やり探るのは好かねえ」

 自分の助けになると信じて疑わなかった相手に裏切られた時の衝撃というのは凄まじい。 だがそれよりも大切な人たちからこうも連続でいい返事を貰えなかったことに一つの思いが芽生え始めた。

「確かに・・・」

 自分は周りを愛し、そしてそれ以上に、過度に愛されたいと思っているのではないかと。

 当然切歌にしろ目の前のクリスにしろ愛されているという自覚は調自身持っているし、実際に間違いではない。だが自分は自分の気づかぬ間にそれ以上を求めてしまっていたのではないか、そしてそれが得られないから今こうして不満感を感じているのではないか。

 「というわけでこの話はここでおしまいだ。あたしは用事があるからもう行くぜ。お前もあんまりあいつのこと余計に詮索してやるなよ」

 「うん、話を聞いてくれててありがとう」

 にかっっと気持ちのいい笑顔を見せて去っていくクリス。

 不思議と、モヤモヤしていたものがなくなった訳でないが薄れていった、どうして自分の中に嫌な感情が生まれてきたのかを少し理解できたからか。

 調はその日から少しだけ周りとの距離、というものを考えるようになっていった。

 

 

 

 「ううぅ寒いデース、どうして今日は手袋を付けてこなかったんデスかあたしのばかばかばか~」

 学院からの帰り道、調と切歌はいつもとかわらぬ帰路についていた。

 「切ちゃん、手貸して」

 「おぉ~調の手すごく暖かいデス!どうして夏はあんなにひんやりしてるのに冬はこんなにあったかいんデスか?」

「さあどうしてだろうね、ほら早く帰ろう?今日はお鍋なんだから」

 「そうでした!今日は鍋パデース!早く帰るデス調!」

 「パーティーってそんな規模でもないよ」

 調の言葉を話半分に切歌は調の差し出した手を引いてそそくさと歩いて行く。

 ついこの前切歌を始め周りとの距離感を考えると決めたのに調は以前と変わらず、いやそれ以上に接していた。

 今日は十四日バレンタイン、お菓子会社の政策で作られた偽物の記念日。調はとうとう切歌に自分の考え、想いは打ち明けずに彼女の動向を観察することにしたのだった。

 だがもう夕方、晩の材料を買いに近所のスーパーに来ている。

 (今日渡すとは限らないもんね…それとももう学院の友達にあげちゃったのかな。なんだかこれじゃ切ちゃんのストーカーしてるみたい)

 「こんなもんデスかね」

 一人考えにふけっていると切歌がとても三人で食べ切るには難しい料の具材をカゴに入れていた。

 「切ちゃん、これ多くない?」

 「デェス!これでいいデース食べ盛りの私達にはこれくらいが丁度いいデース」

 明らかになにか隠しごとをしているのは明白。こういう時でも切歌は素直なので苦労しない。

 「切ちゃんまた私に何か隠しごと?」

 少し頬を膨らませ決して真に怒っているのではないと主張する。

 「ええと、あのですねははは」

 調は切歌の扱いには慣れている。そしてその逆もまた然り。切歌も頑固な調はよく知っている。

 「黙っててごめんなさい…デス。実は今日響さんとかクリス先輩がうちに来るんデス」

 「それでさっき…もう言ってくれれば良かったのに」

 切歌がパーティと言っていたことに納得する。

 「まあそうしょげるな、みんなで調の誕生パーティーを開こうって言いだしたのは切歌なんだぜ」

 突然後ろからクリス先輩の声、と同時に抱きつかれた。声の主ではない、クリスに同伴していた響だ。

 「クリス先輩に響さん」

 「よっ二人共、スーパー入るところ見かけたからついてきちまった」

 「アハハごめん調ちゃん、なんだか隠しごとしてるみたいになっちゃって。もう切歌ちゃんってばもうちょっとうまく隠さなきゃ」

 「えへへ、失敗デース」

 「もう切ちゃんってば……、普通に言ってくれてたほうが嬉しかったよ?」

 ふいっと調は顔を背けかごを持ってレジに向かう。切歌とクリス、響の三人は調の顔が緩んでいたのを見逃さなかったのか調の後ろで笑顔を見せ合っていた。

 

 

 

 

 

 日も沈みきってしばらくが経った。

 いつもはマリア、切歌、調の三人しかいない家にS.O.N.Gの面々が集まっている。

 少し呼びすぎなのでは、と思いつつも調は今までにない満足感というか幸福感を味わっていた。こんな風に大勢に祝われたことなどなかったからだ。

 「さて我々はそろそろお暇させてもうとしよう。改めて調君、誕生日おめでとう。ひとつ年を重ねたとは言えそれはあくまでデータ上の数字でしかない。成長しているとは言え君はまだまだ子供だ存分に我々大人を頼ってくれたまえ」

 今日はありがとうございました、と酔いつつも自我を保った弦十郎に続き朔也が重ね、参加していたみなが帰った。部屋にはいつもの三人が残り少し早めの誕生日パーティーが終わりを告げた。

 「ふう、こんな騒がしい夜は久しぶり」

 マリアは色々仕切っていたのもあってか、かなり疲れを見せている。

 「でもとっても楽しかったデース!」

 「うん、こんな風に祝えてもらったのは初めてだったからすごく嬉しい」

 「よかったデスね調」

 そうだ相手の事をすべて知り尽くさなくてもこんなに素敵な思いができるんだ、調は妙に納得できる答えにたどり着いた。たとえそれがその場だけのものだったとしても。

 だが彼女はもう彼女自身の考えが気にならなくなっていた。解消し難い目に見えぬもやは晴れたように感じる。

 「さて二人共、残りの片付けを」

 急にマリアの携帯がメロディを奏でた。誰かからの着信のようだ。

 「翼からだわ、一体何のようかしらこんな時間に」

 「どうしたんデスかね」

 「事件とかじゃなさそうだけど」

 声のトーンから大事ではなさそうだが二人にはどういう要件なのか検討がつかなかった。

 「次の仕事に向かう途中この辺りを通るみたい。電話変わるわね」

 まだ日付が変わるまでには少しあるがそこまでスケジュールが詰まっていることに驚きを隠せない二人、手渡された携帯から聴きなれた声が聞こえる。

 「おぉ月読か、目出度い日に直接顔を合わせることができなくてすまなかったな。まだ誕生日ではないがみなが今日祝ったのだから私もそれに肖ろうと思う。おめでとう」

 「ありがとう、翼さんもお仕事頑張って」

 「頑張るデース!」

 律儀というか真面目というか、調は翼のそんなところが好きだった。

 「そうデス!、アリア、翼さんがこの辺りまで来てるんだったらチョコを渡してくるといいデス」

 唐突に切歌が提案を持ち出す。ここぞというばかりに調も乗っかる。

 「せっかくのバレンタインデーなんだしいいんじゃないかな。片付けは私達だけでやっておくから」

 二人共マリアが、今日来れないから翼の分だけチョコを分けていたのではない事に気づいている。愛情なのか友情なのかはたまた別のものか、そこまでは分からないが。

 「そ、そうね。確かに一年に一度の日、大事にしなくちゃね。ありがとう切歌、調。少し出てくるわ」

 「いってらっしゃい」

 「いってらっしゃいデス」

 しばしの間沈黙が訪れる。気まずいものでは決してない。

 「そういえば切ちゃんこの前はごめんね」

 「何がデスか?」

 「切ちゃんは私の為にサプライズとして隠してくれていたのに怒っちゃったから」

 「何言ってるデスか調、本気で怒ってなかったくせに。それよりもこっちがごめんなさいデスよ。最初から伝えておけばよかったデス」

 でも楽しかったよありがとう、デス!と食器を拭きながら二人してスキンシップを取る。

 幸せとしか呼べない空気に二人共満足していた。

 そこで調は思った。今なら切歌が大事に大事に作ったチョコを誰に渡したのか教えてくれるのではないか、と。それに今ならどんな答えでも受け止めて受け入れられる気がした。もし言いたくないというのであればそれでもいいだろう。

 「ねえ切ちゃん」

 「なんデスか?」

 「切ちゃんが作ってたチョコの事だけど」

 「デッ、デデデデェース!そうだ調、マリアが作ったチョコデスけどあれは」

 「切ちゃんってば、言いたくないなら別にそれはそれで構わないよ」

 まさかここまで反応すると思っていなかった調はクスリと笑いを堪えずにはいられなかった。なぜこうも目の前の彼女が愛おしく感じるのだろうか。調のこの高揚感はさらにいい方向へ進むことになる。

 「ええとデスね、ちょっと待ってて欲しいデス」

 あらかた片付け終えた後、そそくさと切歌は自室に戻っていった。と思えばすぐ戻ってきて何やら後ろ手に隠し持っている。

 「調!ちょっと早いけどお誕生日おめでとう!大好きな調の為に丹精込めて作ったチョコデス」

 「切ちゃんこれ……」

 「ああもうさっさと受け取るデスよ!いつも支えてくれてありがとう……デス」

 最後の方はゴニョゴニョと何を言っているのかわからない上に、半ば強引にその手にある物押し付けてくる切歌。対し調は呆れ返っていた。

 もちろん自分自身に対してだ。一体ここ最近何を考え込んでしまっていたのだろうと。

 「はははおかしいデスね、フロンティア事変で調と戦ったときはもっとこうスッと言えたのに。とにかくこれもサプライズデス!テレビで最後の最後まで隠していたほうが喜びが倍増するって言ってたデス。でもまあそれも調に隠さない方が良かったと言われ言い出しづらくなっちゃったデスが、ってどうしたんデスか調!」

 「ううんなんでもないよ切ちゃん。ありがとう…大好き」

 気がつくと調は切歌の胸に顔を埋めていた。流した涙を見られないようにするためにはこうするしかないと思ったから。 

 自分はこんなにも愛されているのに、どうして余計なことを考えてしまったのだろうか、切ちゃんが誰を好きになっても自分への愛情は変わることはないだろうにどうしてそれがわからなかったんだろうか、調は解決したと思い込んでいただけのことにようやく決着を付けられた。彼女はバレンタインがこんなにも素晴らしい日だと生まれて始めて知り同時に誕生日が近かったことにも感謝した。

 「人生で一番の誕生日だ」




バレンタイン当日に投稿できなかったのが残念ですがまあ二月中に書ききれてよかったかな??なんというかきりしらお互いの愛を確認したかった、いやできてよかった!感無量です・・・次はGX後のエルフナインでも書きたいところ


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聖夜の切なさ

キャロルとの戦い魔法少女事変が終わり、元の生活に戻っていくS.O.N.Gの面々。
世界を股に掛けるアーティスト生活に返り咲いていった風鳴翼と、彼女に会えなくて徐々に寂しさを募らせていく雪音クリス。
そして時はクリスマスの季節へと流れてゆく。少し前まではずっと一緒だったのに、急にセンパイと離れ離れになってしまったクリスちゃんはどんな気持ちを抱えているのだろう・・・そんな事を思いつき文字を並べてみました。短いですが、どうかお付き合いください。


クリスマスがどんなものなのかは知っていた。

 しばらく前、ネフシュタンを纏い孤独と共に自分の信じた、しかし間違っていたモノ達を撃とうとしていた時に遠くから眺めていたからだ。

 ただその境遇のおかげ、と言ってしまうのはおかしいかもしれないけど、世の人が寂しいなどと言っている最中、その行事に対する羨ましい感情や劣等感などを特に抱くことがない。

 一人で過ごすには少し広く感じられる部屋、テーブルの上にはひと切れのショートケーキが入った洒落た小箱。

 「ま、あたしにゃ縁のないモノだがせっかくだし雰囲気ぐらいは味わっとかねえとな」

 誰に発するわけでもない言葉を口にする。

 寂しい、という気持ちはないと思う。ついさっきまでいつものメンバー全員、とはいかないが自分をあったかい場所に引き戻してくれた人達。みんなとクリスマスパーティーという名の食事会をしてきたばかりだ。

いつも元気で一言目にはごはん、二言目にもごはんしか言わないアイツ。そんな眩しくて危なっかしいアイツをいつもそばで支え続けているアタシの恩人。命を取り合うような出会いから始まった優しくて強いセンパイ。自分と同じように間違った道を信じて進んでしまいながらもしっかりと自分を正せた後輩達。その後輩を自分が苦しみながらも見守っている彼女。アタシの進む道が間違っていると体を張って知らせてくれたおっさん。まだまだ数え切れないほどの人が救ってくれてそばにいてくれる。

 決して淋しくはない。はずなのになぜだろう、窓の外に広がる暗い街で美しく輝くイルミネーションを眺めていると少し胸が締め付けられる。

 ネフシュタンを纏っていたときはこんな気持ち微塵も抱かなかったのに。

 「ハハッあまったるい生活に毒されすぎたかな、またおっさんのとこで修行でもさせてもらうか」

 なんとか自分をごまかそうとする独り言、ここまでくると確信が持てる。

 「柄にもなく寂しがっているのかアタシは」

 口にするとさらに気持ちが沈んでいくような、体がずぅっと重くなっていくのを感じる。

 原因はまあわかっている。

 「せっかくS.O.N.Gのみんなでパーティしようって決めたのに、なんで来なかったんだよセンパイ・・・」

 キャロルとの戦いが終わり、みなが元の平穏な生活に戻っていったように風鳴翼、彼女もまた世界を股に掛けるアーティストに戻っていった。季節がクリスマスということもあり、メディアがいま売れている彼女をこの時期にほったらかすわけもなく、オフの時間がまったくないという事態。

 いやそれだけみなに求められているということなのだからいいことなのだ。無理やり自分にそう言い聞かせ、センパイと会えなかった事をいつまでも引きずるのはやめにする。

 ケーキを小皿の上へ盛り付け、椅子に思いっきりもたれかかる。

 ふぅとため息をつき、このまま寝てしまおうか、なんて思った矢先、眠気を吹き飛ばすような大きめのチャイムが鳴り響いた。

 「誰だぁ、こんな時間に」

 日付はまだしばらく変わらない。が、もう夜遅い時間はた迷惑なヤツがいるもんだ、と全くアテのない客人を迎えに玄関を開ける。

 

 

 

 「すまないな雪音、こんな夜遅くに」

 思わぬ訪問者だった。

 「セ、センパイっ!?」

 そんないま彼女は日本にはいないはず、開いた口がしばらくそのままになり雪音クリスの中では今起きていることが信じられなかった。

 「急ですまないが上がってもいいだろうか?」

 数秒ほど間を作ってしまうものの、情けない姿を周りに見せたくない性分の彼女、すぐに平静を取り繕う。

 「あ、ああ!勿論だ、入ってくれ」

 そこでようやく風鳴翼本人が目の前にいるのだと自覚し、それと同時に手荷物に気づく。

 「センパイ荷物持とうか?」

 「いや、大丈夫だ。というよりこれは雪音へのお土産、いやクリスマスプレゼントだからな」

 ワンクッション会話を挟んだおかげでだんだんと冷静になってきた雪音クリスは少し声を荒げて疑問をぶつけた。

 「そうだ、それよりどうしてここに?日本にはいないんじゃなかったのか?」

 「ああ、さっきまでは日本にいなかった、仕事が終わったあとに急いで帰ってきたのだ緒川さんに少しばかり無理を言ってな」

 そうなのか、と嬉しいような悲しいようなちいさな納得。会えた嬉しさとパーティに間に合わなかった悲しさの混ざったもの。会えない時間が長かっただけに、風鳴翼が今日のパーティに参加できなかったのが雪音クリスにはとても大きなショックを与えていたのだ。

 「まあゆっくりしていってくれよセンパイ」

 彼女が連日忙しいというのは知っている。すぐにこの家を去っていってしまうのも、だが今は少しでも一緒にいたい。そんな感情から、考えるより先に言葉が出てしまっていた。

 「そうさせてもらう、他のみんなにはもう挨拶を済ませてきたし、もう寄るところもないからな」

 その言葉を聞いて、少しムッとしてしまう。アタシのところは最後かよ、なんて柄にもないセリフが喉から出てしまうのをギリギリ理性が食い止める。おかしいなんでこんな心がぐちゃぐちゃになっているのだろうか、と雪音クリスはいままで抱いたことのない感情を胸に秘め始めていた。

「そうだ、正月とかはどうなんだ?一緒に初詣にいこうぜセンパイ」

 どす黒いものは決して表には出さずに、でもどこかひきつっていたかもしれない。そんな空気を察したのかはわからないが、風鳴翼は苦渋をかんだように落ち着きを保ったまま、

 「すまないな、そこも予定が決まってしまっているんだ」

 笑ってはいるがどこか切なそうに呟いた。

 「そうか、それなら・・・しかたねえよな」

 もはや最後の方は聞き取れないくらいの小さな声。

 少しだけ沈黙が続く、この人相手に気まずいと思ったのはいつぶりだろうか。

 会ってしまった所為で今まで溜め込んでいたものが爆発したのかもしれない、心が沈みきり、なかなか口が開かない。

 (なにかしゃべらないと、そうだセンパイのもってきたお土産の話でもするか、メールや電話で聞けなかったライブの話でもいい)

 彼女をつなぎ止めておかないとまたすぐどこか遠くへ去っていってしまいそうなそよ風のような想いが体を駆け抜けていく。

 重たい口を開こうとしたその時だ、

 「ふむ、そんなに寂しがっているとは知らなかったな、来年からは()()の為にもう少し日本での仕事を多めにしてもらうか」

 「なっ、アタシは別に寂しくなんか・・・まあ他のみんなの為にそうするのもいいんじゃねえか?」

 少しだけ意地の悪い笑みを浮かべながらそう言われ、雪音クリスは真っ赤になった顔を見せまいとそっぽを向いた。

 完全に拭いきれたわけではないが気持ちが落ち着いてきたのか、抑揚のついた声ではぐらかす。だが自分の願望を隠しきれていなかったのを風鳴翼は見逃さなかった。

 「ひゃっ、おいっ、いきなりなにすんだ!」

 横目を見ていた雪音クリスの首を両の腕で優しく包み込んだ。

 「雪音の顔を見て気がついたよ。こんなにも求められて、寂しい思いをさせてしまっていたなんて。すまなかったな」

 後ろからトクントクンと微かに伝わってくる。

 「おまっ、こういうことは家でっ!」

 言いながらここは自分の家だと気がついた。

 突然のことで頭が真っ白になっていたのだろう。羞恥心を最大限全面に出しつつも、これが心から自分の求めていたものだったと気づき雪音クリスは今起きていることを受け入れた。

 「わっ、わかりゃいいんだよ・・・」

 決して気温は暖かくない真冬の晩、冷たい街を優しく暖かく彩るイルミネーションのように、気持ちはとても幸せな色に包まれていった。




ハーメルン初投稿です、忙しいこの時期につばクリ妄想してたらいてもたってもいられなくなり、思い立って書き綴ってしまった・・・少し遅れてのクリスマスですがメリークリスちゃん!!誕生日おめでとう!!


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