転生したら始祖で第一位とかどういうことですか (Cadenza)
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番外編
トーキョーヴァンプ 1


お久しぶりです、皆さん。まず最初に言うと、タイトルでわかる通り本編ではありません。
活動報告でもいいましたが、終わりのセラフ原作や小説の方での新事実発覚によってしっちゃかめっちゃかになり、執筆できずにいました。
このままの設定で続けるか、いっそ大修正するか。迷っていましたが、決めました。
発覚した新事実を取り入れつつ、このまま続けます。

次回更新は一周年となる30日を予定しています。いつの間にかお気に入りも10000件を超え、当初の私の予想をぶっちぎりプレッシャーも大きいですが、今後ともよろしくお願いします。

今回は番外編第三弾。転生先が違っていたらver東京喰種
尚、書いたはいいものの喰種キャラが一人も出せなかったので、アカメ同様何話か続ける予定。
ではどうぞ。


あ、アークライトとキスショットの完成版ステータスができたので明日にでも投稿します。まさか6000字もいくとは。


 この世には、人の及ばぬ存在がいる。

 

 それは何か、と聞かれれば、大抵の者はこう答えるだろう。

 

 喰種(グール)、と。

 

 食性が人間のみに限定された肉食の亜人種。それが喰種。

 外見そのものはほぼ人間と言えるが、数メートルを跳躍し人体を素手で貫くなど、平均して人間の四倍から七倍の身体能力を有している。

 擦過傷などの軽傷なら一瞬、骨折でも一晩で完治し、また銃弾や刃物では傷付かないなど耐久性にも優れている。従来の火器で殺そうとするなら最低で重機関銃や対物ライフル、確実性を求めるなら戦車砲やロケットランチャーが必須だろう。

 なるほど、確かに喰種は人の及ばぬ存在と言える。しかし、それは過去のこと。

 人とは適応する生物である。何百年も前から喰種に対処する組織は存在し、専門の法を以って人々を守護してきた。

 それは喰種が世間に公表された現代でも変わらず、むしろ世界規模での公認組織となったことで力を増している。

 対喰種用のクインケと呼ばれる武器、人間側のバケモノと称される特等捜査官、並み居る喰種を蟻を潰すかの如く屠る白い死神。

 

 今となっては喰種も絶対的な脅威とは言えなくなってきていた。

 確かに恐ろしいが、対処できない訳ではない。謂わば指名手配犯のようなものだ。普通に生活していれば遭遇することなど滅多にないし、いずれ捕まるだろうと、そんな認識。

 

 責めるのは酷かもしれないが、甘いと言わざるえない。知らないから言えるのだ。喰種など闇の上っ面に過ぎないことを。

 この世には確かにいる。人がどう足掻いても及ばない、人智を超えた超常の存在が。

 

 知らない方が幸せだろう。知らないのなら、怯えることも怖れることも、絶望することもない。

 

 だが、忘れるな。心せよ。

 遭遇するのは滅多にないかもしれない。言い換えれば、”彼ら”はどこにいてもおかしくないのだから――――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 喰種は世界中に存在しており、どんな大国も例外ではない。

 最も巨大で絶大な力を持つ対喰種組織は日本の喰種対策局(CCG)であり、喰種との対立や戦闘も日本が最前線と言える。それに応じて対喰種兵器クインケの質も高いし量も多い。

 

 だが日本以外の国に於ける喰種対策が万全かと言うと、そうではない。

 確かに喰種捜査官はいるにはいるが、日本程の実力は備わっていないのだ。CCGが定めた喰種のレートと呼ばれるランクに当てはめれば、Sレートまでなら対処できるだろう。しかしそれ以上となると困難を極め、数に任せた戦法をとらざる得なくなる。それもSSレートとなれば通用しない。にも関わらずどの国でも強力な喰種は生まれてしまう。

 クインケに関しては技術提供で質の良い逸品は作れるが、それを使う捜査官の質が足りない。

 日本から捜査官を派遣してもらっているのが現状である。

 

 故に各国は日本、正確に言うならCCG、より正確に言うならCCGの元締め和修家に頭が上がらない。

 それが気に入らない者達も多くいるだろうが、だからと言ってどうしようもないのだ。下手に和修家を怒らせれば痛手を負うのは己である。

 

 

 アメリカ合衆国。この国もまた和修家に逆らえないでいる。当初こそ得意の物量で喰種に対処しようとしたが、それが通用しない喰種が現れた事で一気に瓦解した。

 赫者と呼ばれる喰種側のバケモノの出現だ。

 歩兵の弾丸など意味をなさず、遠距離からの狙撃を躱し当たっても無傷で防ぎ、他の重火器は当たりもしない。

 方法によっては倒せるだろうが、リスクに対するリターンがあまりに合わな過ぎる。

 そうしてこの国も、和修家に頼らざるを得ない状況になったのだ。

 

 某所。

 既に日は沈み、危機感が強い者は決して出歩こうとしない時間帯だ。薄暗い裏通りで人も少なく、周りを照らすのは表通りから射し込む僅かな街路灯の光のみ。

 そんな危険地帯を一人の男がフラフラと歩いていた。

 

(クソッ……)

 

 男は人間ではない。喰種である。

 危険地帯とは人間にとってであり、そして男は喰種。つまりは狩る側だ。だからこう堂々と歩ける。

 

 しかし捕食者である筈の男は危機に瀕していた。

 

(食い物……食いものくいものクイモノ……ッッッ!)

 

 腹が減った。死ぬほど腹が減った。

 

 喰種の飢餓感は人間のソレとは違って、感じる飢えは想像を絶すると言う。それこそ文字通り、死ぬほど腹が減るのだ。

 脳内を直接かき回されるような激しい頭痛が襲い、それによって判断力が低下し、正常な思考を奪っていく。

 ただひたすら食い物、クイモノと心身が求め、他は何も見えていない。

 

 本来ならばこんなに飢えることなどなかった。飢餓状態の危険性は何より己自身が承知しており、最低でも三週間に一度は食事をするようにしていた。男はここらを仕切っていた喰種の組織に所属していた為、安定して喰場にありつけた。

 

 それが崩れたのが数ヶ月前。突如として現れた男女三人組が率いる集団によって組織が壊滅し、所属していた喰種も殺されるか捕獲された。男は末端であったが故に逃れ、何とか生きている。

 

 恐ろしかった。狩る側の喰種が恐怖を抱いた。人間とも、喰種とも思えなかった。

 

 腕の一振りで男より強者の喰種が引き裂かれ、SSレートという遥か高みのボスですら一蹴される。喰種の高い身体能力もそれ以上の身体能力で圧倒され、赫子の攻撃すらも通じない。

 いったい人間共はどんなバケモノを派遣してきたんだ、と数日は悪夢にうなされた。

 故に目立つ行為を避け、食事を控え、人目につかないよう隠れてきた。

 

 だがそれも限界。もう耐えられない。誰でもいい、餌をよこせ。

 ふと、飢餓状態で更に敏感になっている聴覚へ足音が聞こえてきた。同時に芳醇で濃厚な匂いが嗅覚を刺激する。誰かが路地に入ってきたらしい。

 抑えきれない興奮を抱いたまま、最後の理性をもって息を殺し、路地の闇に隠れる。

 見れば、路地に入ってきたのは男だった。フード付きの黒いロングコートをスッポリとかぶっていて顔はわからないが、背格好から若い男だとわかる。

 

(餌……ッッッ!!)

 

 思考を染め上げたのは歓喜。

 

 喰種の(同じ)匂いはしない。つまりは人間。つまりは、餌。

 

「エサァアァァアッ!」

 

 尾てい骨の辺りから飛び出すように尾が生え、赤く鋭い槍――尾赫となる。目は充血したかのような赫眼となり、路地の闇に赤く光る。

 

 何故わざわざ危険な路地に入ってきたのか、何故この時間帯に一人で出歩いているのか、男の匂いは喰種ではないが人間でもなかったではないか。

 

 そんな疑問は食欲に支配された思考で抱ける筈もなく、欲望のまま尾赫を振り抜き――

 

「またか……」

 

 呆れたような、うんざりしたような声と共に、喰種の男の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 今の時代はとても生きにくい。それがアークライトの現代に対する印象だった。

 

 吸血鬼として転生して早二千数年。伴侶と言える女性と出会って最初の眷族にしたり、領主だった頃に補佐をしてくれたスーパーメイドから告白されて二人目の眷族にしたり、三人で気ままに世界中を旅してみたりと、昔はとても楽しかった。

 

 神秘が薄れてしまった現代は少し違う。別に今が退屈だとか生きるのに飽きたとかではないし、現代は現代で新しい物はあるのでつまらない訳でもない。

 喰種(グール)、と呼ばれる人間の亜種が原因だ。

 

 まだ裏の世界の存在だった昔とは違い、現代は喰種と人間の争いが表面化している。

 まぁそれは良い。吸血鬼で不老不死のアークライト達には正直言って関係ない話であるし、何より元同族より身内の方が大事なので、やるなら勝手にやっててくれと基本関わらないスタンスだった。

 だが、どうやら自分達吸血鬼は喰種にとって人間以上に美味しそうな匂いがするらしく、喰種が表の世界に現れた約百年前から襲撃されるようになったのだ。

 あくまで人間の亜種である喰種が、超常の存在であり完全な上位種族の吸血鬼に敵う筈もなく、その吸血鬼の中でも最上位のアークライトとその眷族ならば何千何万とこようと一蹴することは可能だ。

 

 しかし、しかしだ。考えてもみて欲しい。

 折角眷族と楽しく旅行していると言うのに、そこへお邪魔虫が入ってくるのだ。それこそ行った先々、場所によっては昼夜関係なく、悪い時には夜のそういう雰囲気になった時まで。

 

 吸血鬼にとって何が必須か、と聞かれれば、大半はその名の通りに血と答えるだろう。

 だが、本当に必須なのは、娯楽なのだ。

 退屈こそ吸血鬼の天敵。悠久の月日が与える『飽き』は、世界から未知を奪い、色を失わせる。最後に待っているのは諦め――即ち死。

 アークライトにとっての至宝とは、眷族たちと世界を周り、先々で共に過ごすこと。

 だから敢えて人間たちの方法で海を渡り陸を越え、力を抑え込む。不便ながらもその過程も楽しむ。

 

 これを邪魔されるのはアークライトといえど看過できない。なのに何度も何度も、撃退しても撃退しても、奴等は懲りずにやってくる。流石にキレた。

 最大の要因は、寛容で器も大きいキスショットや冷静沈着で正にメイドなエリアスまで不快そうにしていたことだろう。

 

 まず考えたのが喰種の言う匂いを消すこと。これは失敗だった。

 どうやら匂いというのは比喩で、本当に匂いがする訳ではないらしい。調べたところ体内の生命活動の過程で発生する魔力反応だとわかったものの、吸血鬼の生命活動とは血の循環であり、それを止めるとは死を意味する。抑えることはできるが、アークライトたちは最上位の吸血鬼である故に匂いが強く、抑えてもあまり意味がなかった。

 

 次に考えたのは阻害すること。消せないのなら見えないようにしてしまえという訳だ。だがこれも失敗。

 そもそも喰種がどうやって魔力を感知しているのか不明であるし、調べようにも実験体が必要になる。実験体については襲ってくる喰種には事欠かないので問題ないが、実際にやるとなると躊躇う。これは別に実験体となる喰種を慮っての事ではなく、単に気持ちの問題だ。三人共に根は善性寄りな上で絶対強者なので、拷問や嬲るといった無駄な行為を必要としていない。それをこれまでもこれからも変える気はなかった。

 

 本当のところ、アークライトが空想具現化か真世界を使ってしまえば全て解決なのだ。だがわざわざこれしきのことに使うべきなのかと問いかければ、三人共々首を傾げる。極端な話、強盗を捕まえるのに軍隊を持ち出すようなものなのだから。

 

 そして最後。思いついたものの、これをやるべきか些か迷った。

 この案は単純明解で、喰種から恐れられようというものだ。それこそ名を聞けば蒼褪め、出会えば恐れ慄き、絶対に手を出したくないと恐怖される程に。

 それは同時に吸血鬼のアークライトが表に出ることを意味し、誤れば今以上の厄介事を招く可能性も出てくる。人間から見れば喰種も吸血鬼も大差ない。どちらもバケモノであり、むしろ吸血鬼の方が遥かにその度合が高い。

 だが今の時代、平穏に暮らすにはある程度の厄介事も受け入れ、表の世界に溶け込むのも必要だろう。

 

 三人で相談した結果、そう決めたのだ。

 差し当たり交渉相手として選んだのは当時最大の勢力を誇っていたCCGの元締め――和修家。彼等と繋がりを作れば、必然的に各国の喰種対策組織との繋がりも持てる。

 交渉担当は万能(ゼネラル)メイドのエリアス、交渉材料として技術担当のアークライト、そして万が一の為の実力行使担当のキスショット。

 こう役割を分担し、交渉に臨んだ。

 結果的には交渉は成功した。かなり骨が折れた上、一触即発な状況になりもしたが。エリアスの交渉スキルに感謝である。全体的に優秀な者が多く、少しばかりキナ臭いものの和修家が賢明だったこともあるだろう。

 

 立ち位置は傭兵に近い。戦力的に不安な作戦や強力な喰種が出現した時、要請を受けてその地に向かう。代わりに和修家の協力者という立場を保証し、成功時の報酬として必要な情報や物資を融通する。金銭については正直あまり必要ない上、神代や領主時代の金貨などが未だダイオラマ魔法球内のレーベンスシュルト城にあるので、それを換金してもらう事にした。あまり出すと金融を崩壊させかねないので自重しているが。

 いきなり出てきた金銀財宝に当時の局長が素っ頓狂な声を挙げたのは余談である。

 

 

 これが五十年ほど前の話。和修家との協力関係はまだ続いている。

 

 時が過ぎる程に喰種は減るどころか、その勢力を人間の社会の奥深くまで伸ばしていた。

 今回もそう。アメリカの裏社会を牛耳っていた喰種のギャング。数ヶ月前に潰したのはその傘下組織で、トップはSSレート。傘下ですら多数のSもしくはSSレートの喰種を擁し、トップである親組織のボスに至っては赫者のSSSレートと凶悪極まりないものだった。

 

 まぁそれは最早過去の話。悉くが日本から派遣された捜査官とアークライトたちによって壊滅していた。最近は残党狩りがメインだ。

 アークライトにとってはSSSレートもただの喰種に変わりないので、被害が増える前に瞬殺が殆ど。倒した喰種のクインケの素材となる赫包も必要ないので全てCCGに渡している。

 その戦闘能力からCCG最強の白い死神こと有馬貴将と比較し、『黒い魔王』などと呼ばれ、喰種からはあらゆる国家のあらゆる場所に現れることから『黒鳥』と称され、恐れられていた。

 

「まったく……これで何度目だ?」

 

 五指の延長線上に伸びる断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)により、一部を残して消滅した喰種を一瞥し、アークライトは呟いた。

 

 和修家を介したアメリカ政府からの要請で喰種のギャングを潰したのはいいものの、アメリカの裏を牛耳る程の巨大な組織だったので取り逃がしはどうしても出てしまう。

 範囲を狭めつつ順調に駆逐しているようだが、それでも運良く抜け出す者がいる。

 そういった奴を仕留めるのが、アメリカでの最後の仕事だった。

 

「――エリアス、他にはまだいるか?」

 

 アークライトのすぐ側に、一人の女性が現れる。まるで空間から滲み出たかのよう突然に。

 

「いえ、半径二十キロ圏内に喰種の反応はありません」

 

 陶磁器のように滑らかで綺麗な白い肌、頸で軽く結った純白の髪。切れ目の顔立ちはとても端麗で、肌の色も相まって人形のような完成された美しさを感じさせる。

 些か無表情ではあるが、逆にそれが魅力を醸し出しており、もし笑みを向けられでもしたら大抵の男は瞬時に堕ちるだろう。

 

「はぐれの討伐はあらかた完了したかと。何より後は我々が関与する域ではありません。依頼はあくまで高レート喰種を受け持つこと。これ以上は現地の捜査官の領分です」

「なら報告を最後にして、拠点に帰る……前にキスショットと合流だな。高レートのはぐれが出たとかで、一番足が速いキスショットに行ってもらったけど」

「イヴ様なら討伐自体はすぐに終わるでしょう。経過時間的にそろそろかと思われます」

「なら、軽く歩きながら待つとするか。行こうか、エリアス」

「Yes, Your Majesty」

 

 

 そうして暫くして、建物の屋根同士を飛び越えながら人影が夜の空に舞ったかと思うと、静かに音を立てず二人の前に降り立った。

 顔を確認するとアークライトは頰を綻ばせ、エリアスは軽い礼をとる。

 

「ご苦労さん、キスショット」

「お帰りなさいませ、イヴ様」

「うむ、戻ったのじゃ。毎度思うが、エリアスよ。アークにも儂にも、もう少し砕けた口調でよいのじゃよ?」

 

 手を振ってきたアークライトには笑みを、いつもと変わらぬ丁寧口調なエリアスには苦笑いを返し、キスショットが帰還した。

 

「その様子だと、問題はなかったみたいだな」

「然り。Sレートだと騒いでおったが、例の如く刀を使うまでもなかったわ。素手一つで事足りる。その場にいた者にバケモノを見るような目を向けられたがの。まぁどうでもよいことじゃ」

「昔からわかってることだけど、やっぱりそうなるか。こっちは微塵も力を出してないし、バケモノ具合で言うなら俺の方が上だと思うけどな」

「気にする必要はないかと。周りがどう思い、どう判断しようとイヴ様はイヴ様です。何より我々は吸血鬼。喰種以上に人外の存在。いちいち気にしていてはきりがありません。それで不信感を抱き、喰種に次ぐ駆逐対象に指定するならよし。大元(和修)を潰すなりして、隠れてしまえばいいのです」

「異空間というか異世界であるレーベンスシュルトかブリュンスタッドに篭りでもしたら、向こうが探すのは不可能だからな。昔は見たいものがまだ多くあって取れる手段じゃなかったけど、今ならそれもありだな」

「うむうむ、エリアスの言う通りじゃ。と言うか、中々過激なことを言うようになったの」

 

 危険な時間帯というのに、そんなの関係ねぇとばかりに喋りながら歩くアークライト、キスショット、エリアスの吸血鬼三人。しかもその内容はかなり物騒ときてる。

 もちろん三人ともに本気ではないだろう。しかしやろうと思えばできてしまうのだから何も言えない。

 

 批判すれば個人であれ集団であれ、即座に潰されると噂される和修家ではあるが、アークライトたちと比べてしまうと何十段と落ちてしまう。

 物量で立ち向かえば圧倒的な質で摺り潰し、ならば質で挑んでも更に上回る質で圧殺される。それがアークライト、それが吸血鬼。

 たとえ和修家が敵になろうと、何の気落ちもせず今を変えないだろう。なにせ策謀や陰謀といったものを相手がかけてきた手間暇諸共粉砕してくるのだ。どれだけ策を弄しようと迫り来る巨大隕石をどうしようもできないよう、弱者故に身に付けた小細工など圧倒的絶対強者には通じない。それどころか気にもしないだろう。

 

 こういう類の対処法は一つ、決して余計な事をしないことだ。

 

「さて、アメリカでの仕事は終わったな。エリアス、和修からは何か言ってきてるか?」

「報酬は指定の場所に、次の依頼の詳細は戻り次第。常々何時も通りです。しかし、ここ最近、依頼の件数が増えてきていると感じます」

「確かにのぉ。ここ十年の間に何ヶ国飛び回ったか。随分とこき使ってくれるわい。CCGの上層が今代になってからどうもキナ臭さが増しておる。そろそろ潮時かもしれんぞ」

「イヴ様に賛同します。私的に言わせてもらいますと、協力関係を結んだばかりの五十年前なら兎も角、今の和修は我々を良いように使っている印象を受けます。あくまで我々と和修は協力関係であり立場は対等。どうやら今のトップは我々を甘く見ているようです」

 

 歯に衣着せない二人の物言いに、アークライトは苦笑を浮かべた。

 

「俺は俺から協力関係を壊す気はないよ。和修に色々の融通してもらっているのは事実だしな。まぁ本音を言うと、やらかすにしても俺たちからじゃなくあっちからやらかして貰いたいな。少なくともそれまでは今の関係を続ける。穏やかにいこう」

「いやいや、うぬも負けず過激じゃよ」

「さすがはアークライト様」

 

 やっぱり平常運転の三人。

 人間と喰種が生存をかけて争い、その裏ではドス黒い陰謀が渦巻いている現代でも、彼らは変わらない。

 

 いつの時代においても悠然と振る舞い、世の理から外れた道を歩み、運命にすら縛られず自由に生きる。

 故にその行動は予想不可能。あらゆる定めを打ち砕き、逆らえない筈の(ルール)すら踏破する。

 

 彼らが何をもたらすかは、恐らく誰にもわからない。

 しかし少なくとも、この世界は史実から外れた結末を迎えるだろう。それが良いか悪いかどちらであれ。

 

「それでアーク。どうやって帰るのじゃ? 何時も通り飛行機か? それとも大跳躍で……」

「目的地が消滅してしまいます。それにイヴ様、私にはお二人程の身体能力はありません。海面を走るくらいならできますが」

「冗談じゃ、冗談。たまに思い切り身体を動かしたいのじゃ。なぁアーク、久々にやらぬか? 朝までぶっ続けじゃ」

「言葉だけ聞けば誘われてるんだろうけど、実際はバトルなんだよなぁ……」

「うん? そっちを所望かの? 儂は構わんよ。ならエリアスも混ぜてさん――」

「言わせねぇよ!? ほんと唐突だよな毎回!」

「何を言うか。儂はただオープンなだけじゃ!」

「胸を張るな凶悪だから! 根は純情の癖に。エリアスも何か……なんで目を逸らす? なんで頰を赤らめる?」

 

 などなど。夫婦漫才みたいなやりとりを繰り広げるお二人。

 胸を張ってその見事な胸部装甲が凶悪に揺れたり、同意を得ようとエリアスに振ったが目逸らし紅潮で満更でもなさそうだったり、最強の代名詞であるアークライトが突っ込みになったりと。

 

 暫く実に仲睦まじいじゃれ合いをした後、アークライトが仕切り直す。

 

「オホン……おふざけはここまでにして。帰りは転移ゲートだ。さっさと帰ろう。今回は長期だったからな。日本食が恋しい」

「儂はミ○ドじゃな。やはりドーナツは日本に限る」

「私は海鮮ですね。テンプラやスシ、サシミは譲れません」

「ははは。ホント、楽しいよ」

 

 最愛の眷族二人を連れ、アークライトは進む。

 

「さぁ帰ろうか――日本へ」

 




アークライト
相変わらずのチート吸血鬼。セラフやアカメ、ネギま以上の世界観違いのバグ。ぶっちゃけ赫者であろうと拳一発で十分。
他の世界との一番の違いは、アヴァロンは存在していたものの十字軍の襲撃がなく滅びておらず、十数年かで次代に任せて隠居したところ。その時、一番世話になったエリアスだけに真実を話し去ろうとしたのだが、知ってましたとばかりに受け入れられたばかりか、絶対に離れませんと眷族になることを望まれた。最初は説得しようとしたものの、とんでもない気迫と本気ぶりに承諾。現在はキスショットと共に悠久を過ごす伴侶と認識している。
喰種世界のアークライトは、他世界に比べて最も他人にドライ。アヴァロンがあったセラフやアカメ、魔法世界や異能が存在し何かと巻き込まれたネギまなどと違い、喰種世界は良くも悪くも最も普通に近い。その為キスショットとエリアスだけが一緒にいられる存在なので、身内主義が強まっている。
喰種に対する対応はかなり冷たい。まぁ第一印象からしてあれなので、真戸さんみたいに喰種絶滅主義ではないが、敵としてきたら即殺は確定レベル。喰種からは『魔王』や『黒蝕』などと恐れられている。

キスショット
同じく世界観違いのバグ。隻眼だろうと梟だろうと、確実に秒も保たない。純粋な身体能力のみで十分。
他と変わらずアークライトの正妻。喰種に対する対応は冷たい。やはりアークライトとの時間を邪魔されるのは相当ご立腹らしい。しかしアークライトと同じく無闇に殺したりはせず、あくまで明確な敵に対してのみ。
エリアスを受け入れるなど寛容さは健在。ただ和修からいいように使われる気はないらしく、GOサインが出たら吶喊する所存。


エリアス
アークライトがアヴァロンから離れる時に真実を聞かされたもののが、実は薄々気づいていて今更といった心境だった。それよりも長く一緒にいた分、恋心をちゃんと認識していたので、どうやったらアークライトについていけるかの方が重要だった。結果、眷族入り。
こちらではアークライトの内面まで知っている。普通なアークライトもカリスマなアークライトもどっちも好きです、と言えるくらいアークライト至上主義。もちろんキスショットも好き。何度も夜を一緒にしているからね。
和修と交渉したり、戦術を立てたり、情報収集をしたりと大活躍。おそらく喰種世界が一番あってあるのかもしれない。





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吸血鬼ですが嫁と一緒に喫茶店をやっています。

遅れました。本編の後書き追加は後日に持ち越します。

番外編第二弾。転生先が違っていたらverネギま。
尚、その内に番外編は番外編で独立させ、一発ネタなどを載せるかもしれないのでよろしくお願いします。

ありがちだけど、出すならこの娘だよねー。


雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)

闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)

 

 迸る雷風の嵐と闇の氷雪。それらがぶつかり合い、相対する二人の中間地点でせめぎ合う。

 お互いに小手調べ程度だったのか、暫くすると掻き消えた。

 

氷神の戦鎚(マレウス・アクイローニス)!!」

 

 二人の片割れ、プラチナブロンドの長髪に碧い瞳を持つ女神にような女性――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが、相対するもう一人に向けて魔法を発動させた。

 

 魔力を糧とし、精霊によって精製されたのは、直径五十メートル以上の氷塊。上空に出現したソレは、真下にいるもう一人目掛けて落下を始める。

 

集束(コンウェルゲンティア)光の101矢(ルークム)

 

 そんな超質量の攻撃をもう一人、白みがかった金髪に朱い瞳の中性的な男性――アークライト=カイン・マクダウェルは、拳に集束させた魔法の射手(サギタ・マギカ)の砲撃で粉砕した。

 砕かれた氷の破片が周囲に飛び散る。

 

 それを見てエヴァンジェリンは、フッと笑った。

 

「かかったな」

 

 静かに腕をかざす。

 そうすれば飛び散った氷片が氷槍へと変化し、アークライトの全方位を取り囲む檻を形成した。

 

 エヴァンジェリンがその細く白い指をタクトの如く振るう。

 

千刃黒耀剣(ミッレ・グラディー・オブシディアーニー)

 

 隙間なく、まるで壁のように氷槍の弾幕が殺到する。だがその前に、アークライトも魔法を発動していた。

 

 氷槍を迎撃したのは、柄も鍔もない黒い千刃。ぶつかり合い、互いが互いを砕き、どちらとも分からない破片を撒き散らす。

 

 瞬く程の攻防だが、アークライトとエヴァンジェリンは頓着せず、すぐに次の魔法を選択する。

 

奈落の業火(インケンディウム・ゲヘナエ)

氷爆×10(ニウィス・カースス・デケム)

 

 再びぶつかり合う魔法。

 

 片や上級の複合魔法を無詠唱で放ち、片や最高難易度である同時発動を当たり前のように使いこなす。

 並の魔法使いなら卒倒する光景だ。

 それが意味するのは、アークライトとエヴァンジェリンの両者が最高クラスに精霊魔法の使い手であるということ。

 

 片手間に上級魔法を連発し、最上級魔法すらお互い苦もなく発動させる。

 まさしく頂点同士の戦いだった。

 

双腕解放(ドゥアープス・エーミッサエ)

 

 何度目かの撃ち合いの後。

 召喚した火精霊でエヴァンジェリンを足止めし、その隙にアークライトが両腕を広げた。

 

右腕固定(デクストラー・スタグナンス)轟き渡る雷の神槍(グングナール)〉」

 

 右に雷系最速の魔装兵具、

 

左腕固定(シニストラー・スタグナンス)神の雷(ディオス・アストラペー)〉」

 

 左に雷系最大威力の最上級魔法、

 

術式統合(ウニソネント)

 

 固定した二つの魔法を頭上で融合し、新たな魔法を形創る。

 

「”撃滅の轟雷槍(ブリューナク)”」

 

 そして現れたのは、全長三十メートル強の光の槍。無駄な装飾、派手さなど一切ない、ただただ純粋な雷によって構成された光槍。

 

 数百の火精霊を相手にしていたエヴァンジェリンも異常に気づいた。アークライトが掲げた光槍を見て、その表情を引き攣らせる。

 

「貴様っ、いくら修復できるからと言って限度が……ッ!」

「一面氷漬けにしたエヴァに言われたくないな」

 

 そう言ってチラリと視線を向けた先には、氷漬けの森林やら湖やらがちらほらと。

 だが同じくらい、ズタズタの遺跡やら新しい谷やら焦土やらが見えるのでどっちもどっちである。

 

 お互いに一流の魔法使いが拭けば飛んでしまう程の規格外であり、存在が災害と例えられる吸血鬼。

 そんな二人が本気でないとは言え、魔法の撃ち合いをすれば当然の光景だ。

 

「それはっ、お互い様だろうに!」

「言えてる、なっ!」

 

 光の槍を投げ放つ。

 投擲の瞬間に光がほどけ、直径数百メートルの束――ビームかレーザーにしか見えない圧倒的な光の奔流となった。

 

 殆ど壁と言っていい極太ビームが迫る中、全ての火精霊を倒して尚、エヴァは動かない。触れたモノを蒸発させる極光に中に……エヴァの姿が消えた。

 次いでその周囲にも破壊をもたらす。地面を抉り、木々を蒸発させ、大気を焼き焦がす。極光が収まった後に残ったのは、灼熱化した大地のみだった。

 

「やっぱりコレは威力が強過ぎるな。千の雷だと範囲が広過ぎるし。使い所が難しいな」

 

 そう言い、右手に《断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)》を発動させ、背後に向けて振るう。

 ガキンッ、と。何かに受け止められた。

 そこには、アークライトの手刀を同じく”断罪の剣”で受け止めた、光に呑み込まれた筈のエヴァンジェリンが。

 

「そこらの奴等は、これで終わりなのだがな。お前には通じないか」

「何百年一緒にいると思ってる。攻撃を受けたと思わせて影のゲートで回避、そして背後から……だろ? 卒業したとは言え、俺はエヴァの魔法の師匠。これでも弟子の事は知ってるつもりだ」

 

 《断罪の剣》同士で鍔迫り合いながら、二人は会話する。

 アークライトの言葉にエヴァンジェリンが獰猛な笑みを浮かべた。

 

「そうだな。なら、師を越えるのも弟子の役目だと思わないか?」

「まだまだ越させはしないよ。俺が精霊魔法で負ける訳にはいかないからな」

「頂点は常に越えられる運命にあるものだ。私がお前を越えてやる」

「言ってくれるねぇ。――――そう言えば、エヴァと全開で戦った事はあまりなかったな。師匠として、弟子の成長を確かめたいんだけど……どうする?」

「望むところだ。私の魔法とお前の魔法、どちらが上かハッキリさせようか!!」

 

 言うな否や虚空瞬動で空気を蹴り、お互いに距離をとった。

 充分な距離をとると、二人共に魔法の詠唱を始める。

 

 圧迫するような威圧感が滲み出し、空間そのものがお互いの高まる魔力によってビリビリと悲鳴を上げる。

 戦争の第一線で活躍できる一流の魔法使いでさえ形振り構わず逃げ出すレベルの魔力が、無尽蔵といっていい勢いで拮抗し合っている。

 並の魔法使いなら次元が違うあまりに何も感じられず、一定の実力者なら冷や汗を流してこれから起こる天災を幻視するだろう力の衝突。

 

 ここからは全開。加減なしの全力。そうなれば必然的に選ぶ魔法は同じ。

 名を《闇の魔法(マギア・エレベア)》。

 発動すればまともに対抗できる存在は、知る限り片手で足りてしまう無敵一歩手前の禁術。

 

 《闇の魔法(マギア・エレベア)》同士が、これからぶつかり合う。それは正しく天変地異。地獄がこの世に顕現するに等しいだろう。

 

「「契約に従い 我に従――」」

「そこまでじゃ」

 

 とは言え、それをやらせる筈がないのだが。

 

 透き通るような高貴さを感じさせる声が、丁度中間地点に隕石の如く飛来した刀と共に、二人の詠唱を遮った。暫し遅れて声の主も降り立つ。

 浮かべている表情は、まさに呆れ顔だった。

 

「熱くなり過ぎじゃ、後の事も考えんか。うぬらが《闇の魔法(マギア・エレベア)》同士でぶつかり合ったら魔法球が壊れてしまうわ」

 

 その言葉にヒートアップしていた二人が覚めていく。比例して高まっていた魔力の衝突も収まり、周囲も戦闘の激しさを象徴する傷跡だけを残し、静寂が訪れた。

 

「……ふぅ、助かったキスショット。ちょっと調子に乗り過ぎた」

「……確かにな。久々の魔法戦で熱くなってしまった」

「やるならアークの城でやっておくれ。あっちは頑丈じゃからな」

「頑丈だからって壊れない訳じゃないんだが。あと修復するの俺だからね?」

「ならば模擬戦を控えよ。何個魔法球を壊せば気がすむ」

「「それは無理」」

「おい」

 

 若干ドスの効いた声。エヴァとアークライトが視線を逸らす。

 戦いが好きという訳ではないが、一度始めると楽しむ節があるので久々の模擬戦でヒートアップしてしまったのは仕方がないのかもしれない。

 その対価はそのまま二人に返ってくるので自業自得である。後片付けという対価が。

 

「……まぁよい。それより、そろそろ開店時間じゃぞ。カリンと茶々丸は既に準備を始めておる。店長が不在というのはいかんじゃろ」

 

 おっとマズい、とアークライトが一足先に出入口に急ぐ。やれやれと肩を竦めるキスショットと、模擬戦がヒートアップした発端が自分にあると自覚するエヴァが苦笑を浮かべ、その後を追った。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ここ麻帆良学園都市は広大である。

 

 麻帆良は幼等部から大学部までのあらゆる学術機関を内包する学園都市だ。

 寮学生のための寮宿舎や通学生のための駅舎、文房具屋にスーパーマーケットなど学生に必要な一式を揃えられる店は勿論、学園都市(、、)であるので、生活に関係する店舗は一通り揃っている。それこそ娯楽施設や公共施設、果てには礼拝堂や教会までも。

 

 これらを全て総称し、麻帆良学園都市と呼ぶ。

 

 先に述べた通り、麻帆良は広大だ。年度初めは必ず迷子が続出する。

 そんな麻帆良で最も目立つのは、やはり中心地に聳え立つ正式名称《神木・蟠桃》――またの名を世界樹だろう。

 樹高二百七十メートルという、世にある樹齢千年を超える大樹が苗木に見えてしまうほどの巨木。

 

 普通に考えればそんな木などありえないのだが、麻帆良の住人は一部を除いてそれを異常と認識することは出来ない。

 

 その世界樹に比べれば目立たない、中心地から遠くもなく近くもない場所に位置するある一角。そこには一軒の喫茶店があった。

 

 見た目は西洋風でとてもシックなのだが、どこか近寄りがたい神秘的な感覚を覚える。

 入り口の上と脇の看板には『朱月』と店名が書かれており、今日のオススメメニューといったようなものはない。

 

 オープンと英語で書かれた札がある木製の押し扉がゆっくりと開かれる。カランカランとカウベルの音が鳴り、一人の少女が来店した。

 

 店内もいたってシンプル。カウンター席が五つ、四人用のテーブル席が三つに二人用が二つ。静かな心を落ち着かせる音楽が流れていた。

 しかし、少女以外のお客はいないようだ。

 常連なのか案内されるまでもなく、カウンター席の真ん中に座る。

 

「いらっしゃいませ」

 

 その直後、声がかかった。

 肩で切り揃えられた黒髪ショートに、この店の割烹着に似た制服を着た女性。初めて会った頃からの相変わらずの無表情であるが、とても整った顔をしている。

 とある理由で美少女慣れしている少女から見ても、相当高レベルだ。

 

「ああ、夏凜さん」

「どこか疲れているようね、千雨」

 

 女性の名は結城夏凜、少女の名は長谷川千雨。喫茶店『朱月』のウェイトレスと常連客である。

 

「ええ、まぁ……。ここに来てから色々と吹っ切れはしたんですけど、まだまだ慣れないというか無理だろこりゃというか……」

 

 ここ麻帆良は異常である。千雨は越してきてから今に至るまでまで、ずーっとそう認識してきた。

 世界樹とかいう東京都庁舎よりデカい巨木。街中で漫画みたいなバトルを繰り広げる学生。大企業が会社をあげて取り組むようなロボットを十人にも満たない人数で学生が作ってしまう天才集団。オリンピック顔負けの速度で爆走する同級生の女子中学生。

 これだけ異常も異常な光景がこの麻帆良では日常なのだ。どう考えても可笑しいのに、誰も彼もがそれを受け入れている。

 

 自分がいくら異常だと訴えても周りは耳を貸さず、ただ次第に孤立していくばかり。

 いつしか千雨は諦め、趣味へ逃げ道を求めた。だがそれでも異常な日常は変わらず、もしや周りではなく自分がおかしいのではとまで思い始め、徐々に追い込まれていった。

 第三者から見ればその時の千雨は、まるで自殺志望者のようだったらしい。

 中学生というまだまだ幼い域を出ない少女には、あまりに酷な状況だ。

 

 そんな時にフラッと立ち寄ったのがこの喫茶店だった。以来、週に一度は必ず来る常連となっている。

 ほとんどが愚痴を吐き出しにきているようなものだが、おかげで救われたのは事実だ。

 

 事実なのだが――

 

「でも無理。やっぱ無理っ。絶対に無理! なんだよ10歳の教師って! 飛び級って言葉使えば許される訳じゃねぇぞコラ! 労働基準法に喧嘩売ってんだろ! なのになんでウチのクラスの能天気阿呆共は普通に受け入れてんだ! キレるぞ!? スルースキルがカンストしてる私でもキレるぞゴラァ!!」

「もう十分にキレてますね」

 

 敬語が崩れ素の口調に戻り、ウガー! と髪の毛が逆立たんばかりに不満や疑問や怒りなどを吐き出した後、千雨はテーブルに突っ伏した。夏凜の冷静なツッコミも聞こえない。

 

 まるでMPが切れた魔法使いのようにダウンしている中、千雨の脇にコトッと何かが置かれた。

 突っ伏したまま顔だけ動かして見てみれば、ソーサーに乗せられたコーヒーカップがあった。昇る湯気と共に芳醇な香りが漂ってくる。

 おかげで少し回復した千雨は半身を起こし、コーヒーを置いたであろうダイニングキッチンにいる男性を見やる。

 

「マスター、これは?」

「いつもより疲れてるらしい常連さんへサービスだ」

 

 そう片目を瞑って答えるのはこの店のマスター。

 白みがかった――たとえるなら夜空に浮かぶ月のような金髪をポニーテールにし、宝石のように綺麗な朱い瞳をした、映画俳優完敗レベルの美人と評していい中世的な容姿。

 初めて来た時はあまりの美しさに言葉を失ったものだ。

 

 とは言っても、見た目に反して話してみると親しみやすく、自分の愚痴にも快く応じてくれるので馴染むのは早かったが。

 

「いいんですか? 見た感じからして、このコーヒーって結構お高い奴じゃ……」

「構わないよ。元々殆どは自家栽培。それに千雨ちゃんは毎週来てくれる常連さんだしね」

「なら……遠慮なく」

 

 マスターの好意に甘え、砂糖もミルクも入れずコーヒーを口に運ぶ。

 程よい苦味と酸味を残しながらも、決して顔を顰めるような類ではない。続く香りが味覚だけでなく嗅覚も刺激してくれる。

 

「……ふぅ、美味しい」

 

 半分ほど飲み干したところで一息つき、自然とその言葉が出てきた。

 マスターは笑みを浮かべる。

 

「落ち着いた?」

「はい、ありがとうございます。本当に美味しいですね、このコーヒー。これじゃ缶コーヒーが泥水ですよ。新作ですか?」

「その通り。最近完成した豆を特殊な方法で抽出、更に手間暇かけて濃縮させた自慢の一品だ。店に出すとしたら限定品でだな」

「…………あの、値段は?」

「う〜む、四桁いくかな」

「ちょ……っ!」

 

 思わず目を剥く千雨。下手をすれば、中学生のお小遣いが吹っ飛ぶ値段だ。

 

「心配いりませんよ。試しに飲んでもらったという側面もありますから。揶揄われただけです」

 

 夏凜のフォローに胸を撫で下ろす。見ればマスターも悪戯っぽく微笑んでいた。

 

「ちょっと焦りましたよ。そういえばイヴさんに雪姫さん、茶々丸さんはどうしたんです?」

 

 この店にはもう三人メンバーがいる。

 

 マスターの奥さんだと言う金髪金眼の超絶美人、昔の武士のような儂口調がギャップを誘うイヴ。奥さんがいる筈のマスターと雰囲気が夫婦のソレな、尊大な言葉遣いに不遜な態度だけど実は凄い純情なのではと睨んでいる金髪碧眼のこれまた超絶美人な雪姫。そして何故か雪姫に対し従者然とした態度をとる夏凜と同レベルの美人、セバスチャンの称号が取れそうなくらい従者スキルがヤバい茶々丸。

 

 全員が全員、余裕でミスコン優勝できそうなハイレベル美人である。

 

「三人は休憩中さ。俺とカリンでも十分だからね」

「えーと、それってつまり……」

 

 店内を見渡してみる。

 ガラガラだ。閑古鳥が鳴きそうなくらい。

 

「客がいなくて暇ってことですよね?」

「そうなんだよ。千雨ちゃんみたいな常連さんのおかげで黒字だけど、やっぱり新しいお客さんも欲しいのも本音なんだ。なぁ千雨ちゃん、クラスメートで引っ張ってこれる子いない?」

「げっ、それ私に言います?」

「千雨の言う通りです、アー……マスター。千雨はコミュ障なのですから、それは酷というものかと」

「あ〜、つまり千雨ちゃんぼっち?」

「ぼっちいうな!!」

 

 間違いなく暖かい日常。麻帆良に来てから味わえなかったソレ。

 何の変哲もないこの日常は、異常に溢れるこの地での、千雨にとっての確かな幸せだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 千雨が去った後の喫茶店『朱月』。

 お客もいないのでカウンター席に座っているマスター――アークライトが、カンっと靴底で床を鳴らす。

 途端、波紋が空間に広がり、この喫茶店内を外界より遮断した。

 

 そこまでして千雨といた時は穏やかだった表情が一変し、真剣味を帯びた鋭いものへと変わる。

 

「カリン、エヴァからの報告は?」

「はい。やはりかの英雄の息子が教師として麻帆良学園本校女子中等部に来ているのは間違いないようです」

「近右衛門から報らせが届いた時は耳を疑ったが、本当のようだな。しかし、あの阿呆の息子か。大方メガロの元老院の差し金だろうな」

「英雄の息子の村を襲撃し殺そうとしておいて、失敗すれば都合のいい英雄(傀儡)として利用しようとする。大戦から全く変わっていませんね。何より吸血鬼という理由だけで正当防衛しかしていない御三方に賞金をかけたばかりか、悪の代名詞のように吹聴し、自分たちこそが正義なのだと主張する。そんな愚かな国など必要でしょうか。いえ、害にしかなりません。いっそ消し飛ばしましょう。『槍』ならば別空間であろうと関係ありません。さぁ、あなたの罪を数えなさい――」

「はいはいストップ。さすがにそれはマズいから。やるとして元老院だけだから」

 

 何やら投擲の構えをとった夏凜をアークライトが鎮める。

 

「まぁともかく、暫くは様子見だな。父親と違って常識的な子らしいから、大丈夫だと思いたいが……」

「私たちを含め、この麻帆良に常識を求めるのはどうなのでしょうか」

「…………だよなぁ。取り敢えず、詳しくは全員が揃ってからだ」

 

 一度そう締め括り、三人の帰りを待つ。

 

 平穏が一番。そう感じてこの麻帆良に定住した。時折、侵入者の対処に呼ばれることはあるが、それでも今の平穏なアークライトが好きだった。

 

 だが、そんな平穏は脆くも崩れ去る。

 

『こちらエヴァンジェリン。アークライト、件の英雄の息子だが、初日に魔法を一般生徒に見られたらしいぞ』

「は……?」

『儂じゃ。付け加えて、初日の授業一発目で魔法障壁を展開したままで黒板消しを受け止めたという話じゃ』

「……」

『茶々丸です。まだ魔力の操作が未熟でくしゃみ一つで武装解除を発動させてしまうそうです。更にそれを教室で披露したと』

「うぼぁ」

 

 主に英雄の息子によって。

 

 

 

 




アークライト
相変わらずの超絶チート吸血鬼。UQで不滅と判明した造物主を普通に殺せる存在。ネギま世界ではアヴァロンが存在せず、一体の吸血鬼として暮らしているのでかなり気楽。その為、朱い月(笑)モードが常時発動ではない。でも時折唐突に発動するので黒歴史はもしかしたらセラフよりも濃いかもしれない。
当時吸血鬼に成り立てのエヴァと邂逅し、そのまま共に行動することに。エヴァの魔法の師匠。当初エヴァへの感情は娘に対するようなものだったのだが、エヴァの気持ち+キスショットの画策でヤられる。
この世界ではネギが起こす騒動に苦労させられたり、後始末に追われたりと苦労人ポジション。
でも途中でぶっ切れて裏ボスへジョブチェンジする。
メガロは問題外としているが、ヘラスとは昔の好で仲が良い。

キスショット
この世界でもアークライトの眷属。同じく造物主は楽勝。斬れば終わり。エヴァの体術の師匠。
エヴァのアークライトに対する気持ちにいち早く気づいており、色々アドバイスしてアタックさせた。元よりかなり寛容で器が大きいので、エヴァの気持ちを知っても永い時を共に過ごせる者が増えるのはいい事と思っていた。だが独占欲がない訳ではないので、あくまで一番は自分といった感じ。
懐が深く包容力があるので、エヴァにとっては母であり姉であり師であり恋敵と盛り沢山である。
ヘラスのテオドラとは仲が良い。どう見ても娘を見るような目つきだそうな。

エヴァンジェリン
原作ではかなり悲惨な過去持ちだが、早期にアークライト、キスショットと出会っているのでそうでもない。長年アークライトの血を飲んでいたのでほぼ眷属化しており、元の真祖の特性が塗り潰されている。その所為かポテンシャルが底上げしており、世界最強の二人に師事していたこともあって原作より戦闘能力200%増し。尚も成長の余地があり、アークライトという目標まであるので向上心もバリバリ。まだまだ発展途上。UQの頃には造物主を嬲り殺しにできるくらいになってる。最近では対アークライト用に二種の別属性最上級魔法を闇の魔法で取り込む技を開発中。
根は純情なのだがツンデレも持ち合わせており、素直に気持ちを伝えられなかったが、キスショットの後押しもあって吶喊。押し倒した。
大戦に色々とあり、テオドラとは親友の間柄である。
ちなみに生涯で一番嬉しかったのは、アークライトの眷属化した事による身体の成長の余地が出たこと。今やキスショットに匹敵するナイスバディである。

結城夏凛
本名イシュト・カリン・オーテ。六百年ほど前にエヴァにひょんな事から拾われた。以来、何度か別行動をとっていたものの、現在はウェイトレス。実はアークライト並に生きており、最初の頃は吸血鬼だという事もあってかなり複雑だった。しかし今は解決済み。アークライトたちとの仲も良好。
尚、何気に三人を除いての最強クラス。特に『槍』と呼ばれるアイテムを使用すれば、アークライトともまともに戦えるレベル。戦争を一撃で左右できる存在である。




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転生したら人外が蔓延る世界でした 1

長らくお待たせしました。
アンケートへの回答、ありがとうございます。
最も多かったのがキスショットとアークライトの出会い、次にネギま、更にアカメが斬る、そして東京喰種でした。
本来なら二作品だけで留めるつもりでしたが、ネタも思いついてしまい、折角なので全て書きます。
ただ二人の出会いが難航しており、恐らく最後になるかと。
順番は最初に書き終わったアカメが斬る、ネギま、東京喰種、最後に二人の出会いになるかと思います。

今回は番外編初回で、アカメが斬るです。

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アークライトはガチート、アヴァロンもチート化、帝国終了のお知らせ








 千年の歴史を誇る国家、シン帝国。

 シン帝国を築き上げた始皇帝は、帝具と呼ばれる48の超兵器を作り出した。

 その全てが伝説や神として祀られる超級危険種が素材となっており、それ一つで万軍を滅ぼす万夫不当の力を発揮するモノまである。

 

 しかし、始皇帝は国を思うあまり、帝具の素材集めに手段を選ばな過ぎた。

 素材となった超級危険種の中には、その地で神とされていたものや、存在することでバランスを保つ役割を担うものもいたのだ。

 それが結果、後の時代で帝国の敵を増やすことに繋がった。

 

 だが、そんなのは些事に過ぎない。素材集めの結果、とある国の怒りを買ってしまったことに比べれば。

 

 その国の名は《アヴァロン》。

 帝国よりも更に昔から存在する国家だ。単一種族国家である帝国とは違い、帝国が危険種と定める獣人までもが共存する多種族国家である。

 

 血液徴収アブゾデック。

 アヴァロンの怒りを買う原因となった帝具だ。口内に装着する牙型の帝具で、血を吸うことで怪我の治療や一時的なステータスアップをもたらす。

 素材となったのは吸血鬼と呼ばれる危険種。単一種が多い超級危険種では珍しい、種族の危険種だった。

 その力は凄まじいの一言だ。下位でも千の兵士を蹂躙し、当時の帝国の将軍と互角に渡り合えるほど。

 だが被害を出しつつも、帝国最高位の大将軍に帝具使いまで投入して何とか捕獲した。

 そう、捕獲だ。

 それだけの戦力を投入しながらも、傷を回復させる再生能力により仕留めることはできなかったのだ。

 

 捕獲した上で吸血鬼を研究し、牙を摘出。帝具、血液徴収アブゾデックを完成させた。

 

 だが、捕獲した吸血鬼は、とある国の軍に所属する者だった。

 それがアヴァロン。そして、アヴァロンを治めているのは、不老不死の吸血鬼。

 結果、怒りを買った。と言うかブチ切れた。

 

 そうして始まったシン帝国への侵攻。

 これがそこらの国程度なら返り討ちに出来たのだが、アヴァロンは普通ではなかった。

 

 空を覆う飛行戦艦(・・・・)の天蓋。大地を疾駆する吸血鬼部隊や種族特有の能力を活かした獣人部隊、そして帝具と同等の技術で作られた魔法道具(マジック・アイテム)で武装する人間部隊。

 更に飛行戦艦の先陣を切る百メートルオーバーの龍型超級危険種に、その頭部に乗る漆黒に身を包んだ最強の吸血鬼。

 

 そんな目を疑う軍勢が、帝都の目と鼻の先に出現した。

 

 稀代の名君として語られる始皇帝も、この時ばかりは滅びを予感したという。

 だがそこは、さすが後の世まで語り継がれる始皇帝。その光景だけで負けどころか滅びを悟り、戦闘が始まる前に始皇帝自らが交渉し、アヴァロンに謝罪。

 賠償金に不可侵条約、帝具の技術に情報、その現物を幾つか譲渡する事で戦争を回避しようとした。

 

 最強たる至高の帝具を使えば何とか出来たかもしれないが、アレは動かすのに時間がかかる。アヴァロン軍が現れたのは帝都のほぼ眼前。起動までの間に大損害を負うのは目に見えていた。

 

 始皇帝の態度と誠意を見たアヴァロン皇帝はこれを受諾。戦闘をすることなく戦争は終わった。

 

 始皇帝は同じ過ちを帝国が繰り返さぬよう、後の世にこう残す。

 

 ”彼の国に手を出すべからず。これ破ればその時、帝国の終焉を意味するだろう”

 

 だが、千年の時の流れの中でこの始皇帝の言葉は消失してしまった。残ったのは、帝具の技術と帝具そのものをアヴァロンに譲渡したということのみ。

 

 それが千年後のオネストという大臣が知った時より歴史は変わり始める。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 シン帝国帝都。

 草木も眠る深夜。空には満月が輝いている。

 

 そんな満月の夜の帝都の一角で剣戟が鳴り響いていた。

 相対するは二人。

 

 額に第三の目のようなモノ――帝具スペクテッドをつけた大柄な男。最近帝都を騒がせる殺人鬼、首斬りザンク。

 そしてもう一人。

 妖刀、即死刀などと呼ばれる帝具――村雨を振るう黒髪の少女。殺し屋集団ナイトレイドの一員、アカメ。

 

 ザンクは両袖の中から伸びる隠し剣を、アカメは帝具たる村雨を。二人が動くたび、宙には火花が咲く。

 もはや二人の剣戟は、常人には視認不可能な速度に達している。

 

 それを冷や汗を流しながら見る少年――ナイトレイド新入りのタツミは、ただただ言葉が出ないといった様子だった。

 

「は……速ぇ……」

 

 コレが、帝具使い同士の戦闘。

 

 アカメの帝具――一斬必殺村雨は、その名の通り斬られた者を呪毒で侵し死に至らせる。アカメの速度と剣術が合わさり、恐ろしい力を発揮させる。

 対するザンクの帝具――五視万能スペクテッドは、洞視、遠視、透視、未来視、幻視の〈五視〉の能力を持ち、使用者に圧倒的な情報アドバンテージを与える。これによって素の実力がアカメに劣るザンクは、戦闘を互角まで引き上げているのだ。

 

(心を覗かれて互角。ならば……)

 

 スペクテッドの心を覗く洞視により、戦闘は互角。次の動きを知られてしまうのだから厄介だ。

 なら、心を覗かれても意味をなくせばいい。故に、アカメは心を閉ざした。

 

「ほォ、無心になったのか。凄いな!」

 

 表情を消したアカメに感心するが、しかしザンクの愉快げな笑みは崩れない。

 

「だが、このスペクテッドには未来視がある!」

 

 まるで自慢するように額のスペクテッドを指差した。

 

「筋肉の機微で……お前の次の行動が視える‼︎」

 

 アカメが飛び出す。繰り出したのは振り下ろし。

 ザンクは余裕を持って両手の剣を交差させ、アカメの一撃を防いだ。

 

 完全に予測された事にアカメが動揺し、若干動きが遅くなる。その隙にザンクが左の剣をアカメの足目掛け、地面諸共破壊せんと叩きつける。

 

 バックステップで躱したが、無傷とはいかなかった。右足の太腿に傷を負う。

 アカメが攻撃を喰らった事にタツミは戦慄していた。

 

「ヤレヤレ。その刀……かすり傷も許されないなんてズルイねぇ……」

「私も動きや心を視られている。……お互い様だ」

 

 軽口を言い合うが、そろそろ決着が近いだろう。

 時間的にも騒ぎを聞きつけて警備隊が駆けつけてくる頃合いだ。

 

 それでも良く喋るザンクが何か言おうと口を開ける。そんな時だった。

 

「この深夜に騒がしいの」

 

 ――声が、聞こえてきた。

 

 アカメとザンクが一斉に声の方向を見る。

 二人からそれほど離れていない。ほんの七メートル程。そこには、露出の少ない帝国軍服を着こなし、腰に黒い刀を携えた一人の女性が立っていた。

 

「な……⁉︎ いつからそこに……!」

 

 驚いたのはタツミだ。

 アカメが来るまで先にザンクと戦い、負傷して二人の戦闘を見ていた。

 戦っていない分、周りを警戒していたし、目も離さなかった。

 なのに、気づかなかった。突然そこに現れたとしか言いようがない。

 

「お前は……イヴ⁉︎」

「ふむ、儂を知っておったか。ナイトレイドのアカメ、じゃったかの」

 

 アカメはその女性を知っていた。

 

 名をイヴと言う。大将軍ブドーと将軍エスデスと並んで帝国最強と称される、出身不明の将軍。

 主に帝都の治安維持を仕事としており、時々警備隊にも顔を出すらしい。

 見つかればたとえ大臣の庇護下であっても容赦なくしょっぴくのだから、帝都で悪事を行っている者からすれば正に天敵と言っていい存在だ。

 ナイトレイドの暗殺リストに載っていた警備隊隊長のオーガも、大分前に彼女の手によって捕まえられた。

 

 そんな彼女が何故ここに。

 

「やれやれ、書類処理は面倒じゃのぉ。漸くこうやって動けるわい」

 

 どうやら単に仕事を終わらせてここに来たようだ。

 彼女の仕事は治安維持。なら首斬りザンクを放って置く筈がないだろう。

 

「お前は……お前はなんだ⁉︎」

 

 その首斬りザンクは、驚愕と恐怖が入り混じった表情でイヴを見えいた。

 

「いったい何だお前は⁉︎ いったいお前は何を背負っている⁉︎」

 

 イヴが現れた直後、ザンクは〈洞視〉を以ってイヴの心を視ようとした。

 だが、視えない。洞視だけでなく、透視や未来視でさえ。

 帝具の能力が通じない相手など初めてだ。

 だが、ザンクに恐怖を抱かせたのはそれが理由ではない。

 

 ザンクは元首斬り役人。これまで何百人もの首を斬ってきた。だからなのか、なんとなく死を感じることができる。

 これまで斬ってきた奴らの死が、声として今も聞こえるのだ。スペクテッドを手に入れてからはより鋭くなった。

 ただの精神異常かもしれないが、感覚だけは確かだ。

 

 その感覚が告げている。イヴは普通ではないと。

 濃密など生温い、具現化しそうな程の死の気配を感じる。

 

「うぬは見えるのか。確か元首斬り役人じゃったか。長く死に触れ過ぎた弊害か」

「なんだ……何なんだお前はァアァァア‼︎」

 

 理解できない恐怖を払拭しようと、ザンクがイヴ目掛けて斬りかかる。さっきまで戦っていたアカメは、既に眼中にない。

 村雨を持つアカメより、得体の知れないイヴの方が危険だと判断したのだ。

 

「何じゃいきなり」

 

 イヴは慌てる事なく、静かにザンクの斬り込みをいつの間にか抜刀した黒刀で弾き返す。

 ザンクの腕がビリビリと震えるが、イヴは一歩も動いていなかった。

 

「首斬りザンク。裁判が無くとも極刑はまぬがれんじゃろうが、数少ない帝具の適合者をあの狸が放って置く筈もなし。余計な手を出される前に、ここで終わらせるのが最善じゃな」

 

 一瞬、チラリとアカメに視線を向ける。

 思わず構えるアカメだったが、イヴはすぐにザンクへ戻した。

 

「さっさと済ますとしよう。仕事で些か眠いのじゃ」

「クソがッ!」

 

 再びザンクが斬りかかる。タツミには捉えられない程の速度だが、それをイヴは片手に握る黒刀で、その場から一歩の動かずに全て逸らす。

 フェイントを混ぜても、まるで分かっているかのように対処する。

 技量が違い過ぎた。

 

(これが帝国最強か‼︎)

 

 心を読む洞視はおろか、筋肉の機微を見る未来視まで通じない。

 このままでは近いうちに限界がくる。

 そうなれば待っているのは――死。

 

「ぬうあああ‼︎ 死んでたまるかあああ‼︎」

 

 ザンクは一旦距離を取り、帝具を発動させた。スペクテッドの目が開き、イヴを見据える。

 そうしてイヴの動きが止まった。

 

「ど……どうしたんだ突然……」

「おいイヴ! 何故止まる!」

「無駄無駄」

 

 タツミは怪訝となり、アカメが叫ぶが、それを嘲笑うかのようにザンクが言う。

 

「幻視。その者にとって一番大切な者が目の前に浮かび上がる」

 

 その言葉でようやく理解した。死んだ筈の幼馴染を追いかけてここまで来たタツミだが、アレはスペクテッドの幻視によるモノだったのだ。

 

「効くのは一人だが、その催眠効果は絶大。そして……どんな手練れであろうと、最愛の者を手にかける事など不可能」

 

 ザンクはイヴに向かって歩いて行く。イヴは反応しない。それどころか黒刀を鞘に収めてしまった。

 

「やっぱりな。たとえ帝国最強と言えど同じ。最愛の者を斬れる筈ががない!」

 

 一気に駆け出す。時間はかけない。一撃で首を斬る。

 

「愛しき者の幻影を視ながら死ね! 帝国最強‼︎」

 

 思わずアカメが動く。しかし判断が遅かった。間に合わない。ザンクの剣がイヴに迫る。

 

 ――――刹那、風が通り抜けた。

 

「――な、に?」

 

 鮮血が宙を舞う。それは、イヴのモノではない。

 

「ば……かな……」

 

 ザンクだった。

 眼を見開き、足を止めて前を見る。

 眼前にいた筈のイヴはそこにおらず、自分が斬られていた。

 

「帝具を過信したの」

 

 イヴは、ザンクの背後にいた。黒刀がいつの間にか握られており、鋒からは血が滴っている。

 ザンクは、間違いなくイヴが斬ったのだ。

 

「何故だ……何故……」

 

 袈裟掛けに斬られ、足取りがおぼつかないザンクは、それでも倒れない。あまりにイヴの斬撃が速すぎ、致命傷でも身体が反応しきれていないのだろう。

 

「何故だ、一番愛する者が視えたはず……何故それを……」

「単純じゃよ。あやつがここにいるはずはない。何より、あの程度の一撃など、あやつなら防いだじゃろうからな」

「……ああ、そうか。これが帝国最強か……俺じゃぁ無理だな……」

 

 身体が追い付いたようだ。ザンクがグラリと傾き、地面へと倒れた。

 

「ある意味、こやつも被害者か」

 

 呟き、黒刀を鞘へ納刀する。そうして死体となったザンクの額へ手を伸ばす。

 手に取った帝具スペクテッドを暫く眺めると、「ふむ」と頷いてアカメに向かって投げた。

 

 驚くアカメだが、危なげなくキャッチする。

 

「……なんのつもりだ?」

「持って行くがよい。先にザンクを見つけたのはうぬ等じゃ。儂は横から入ったようなものじゃからの」

 

 理解できない。ナイトレイドは帝都のお尋ね者だ。そのナイトレイド一員であり、手配書まで発行されているアカメに、況してや帝具を譲るなど絶対にあり得ない。

 むしろザンクとの戦闘でダメージを負ったアカメを捕らえようとするのが自然だ。

 

「そう疑うでない。儂には必要ないし、あの狸に戦力を与えるのも癪じゃからの。何よりうぬ等の行動は、儂にも利益がある」

「帝国の現将軍を信じられるとでも?」

「儂をあのドS将軍と同視されるのは心外じゃ。ほれ、さっさと行かんと警備隊が来てしまうぞ?」

 

 イヴの言葉は事実だった。耳を澄ませば複数の足音が聞こえる。十中八九、警備隊だろう。

 悩んでいる暇はない。

 

「……わかった」

「だ、大丈夫なのかアカメ?」

「ひとまずは信用できる。今は急いでここを離脱するぞ」

 

 負傷したタツミを抱え、一瞬だけイヴを見た後、アカメは夜の闇に紛れていった。

 

 残ったイヴ――いや、アヴァロン皇帝アークライト=カイン・マクダウェルの眷属にして伴侶、キスショット=E・マクダウェルは、夜空に輝く満月を見上げ、ポツリと呟く。

 

「やはりこの国はどうしようもない。手を加えるだけ無駄のようじゃ。そろそろ終いじゃな」

 

 そしてキスショットも夜の闇に消えていった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 難攻不落、攻略不可能と言われるアヴァロン。その首都アヴァントヘイムの中心部。

 首都全体を見渡せるようにと作られた皇帝の居城、レーベンスシュルト城。

 最も高い塔に設けられた皇帝の自室に、闇に消えたキスショットが現れ、椅子に座る人物に抱きついた。

 

「あぁ〜、疲れたのじゃぁ。アーク、癒しておくれ」

「イヴ様、ご帰還早々羨ま――おほん、けしからん事をしないでください。それにチェルシー、いつまでも猫に化けてアークライト様の膝にいないで戻りなさい。羨ま――おほん、失礼でしょう」

「エリアスさん、全く誤魔化せてないからね?」

(なんとも平和だな〜)

 

 帝国では大臣や外道共とナイトレイドがせめぎ合っていると言うのに、建国1500年を迎えるアヴァロンと、そして皇帝とそのまわりの者達はどこまでも平和だった。

 

 

 




アヴァロン : とある理由により、セラフ世界よりチート化。分岐点はキスショットとの出会い。帝国のような内乱もなく、長い年月をかけてネギまのヘラス帝国かメガロみたいな状態になってる。

キスショット : 帝国に将軍として潜入中。理由は後々。仕事は治安維持。その所為でとある少女が超改変され、その少女の師匠をやっている。因みに帝具持ち。持ってる理由は手加減用。

チェルシー : 最後にチョロっと。原作での凄惨な死にキャラから一番の勝ち組へ。詳しくは後々。

アカメは後何話かつづく予定です。



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転生したら人外が蔓延る世界でした 2

予告通り転生先が違っていたらverアカメの第二弾を投稿。
どうせ番外編だから細かいこと気にせず、自重もしないで書きたいことを書くぜ!
本編最新話の追加版は明日投稿します。


 何かが違う。おかしい。違和感がある。

 

 転生した当初からその思いが抜けない。ここが紀元前であるというなら、なるほど確かに生前が現代日本生まれの己が違和感を抱くのは当然だろう。

 しかし、違うのだ。妙な引っかかりがある。生前とは、それこそ天と冥界ほどの比べ物にならない超越的な存在になった故に感じてしまう差異なのかもしれない。

 

 その違和感の正体を知ったのは、そういえば自分は何処にいるのかと、反重力の黒翼で衛星軌道まで飛んで位置を確認しようとした時だ。

 

 

 

 

「……地球は青かった」

 

 

 

 

 現実逃避気味にそう呟いたのも仕方ない。

 

 宇宙(ソラ)から見た母なる地球は、己の知る地球ではなかったのだ。

 地形が、大陸が、海が。全てが異なっていた。

 陸とは不変ではなく、時間と共に移動し、姿を変えるものである。現実にあるハワイ諸島も毎年数メートルの規模で動いている。だが、目に見えて陸が変化するのは、それこそ何千何万という膨大な年月をかけてだ。いくら転生した今が紀元前とはいえ、こんなにも違う筈がない。

 

 つまり、ここは地球ではない。いや、地球なのかもしれないが、少なくとも全く別世界の地球。その事実に彼――アークライトはかなりの衝撃を受けた。

 

「………オゥ、ジーザス」

 

 思わず吸血鬼なのに神へ祈り、暫く(三日ほど)月で引き篭もるくらいに。

 そしてようやく精神が回復した頃、アークライトは世界を巡った。ここは全くの別世界。まず何よりも識ることが最優先だ。

 

 それで目にしたのは――地上と天空を闊歩する怪物たちだった。クジラもびっくりな大きさの魚や記憶にある動物の延長線上にある程度ならまだいい。

 だが神龍みたいなドラゴンに質量や大きさを無視してあらゆるモノに変化する生物、八岐大蛇みたいな山脈クラスのバケモノやコアがある限り無限再生する犬もどきはいったいなんだ。

 

 何か? ここはモンスターをハントする世界か神を食らう世界のような完全にアカンところなのか?

 

 いやいやチート通り越してバグのお前が何言ってんだとツッコミが入りそうだが、この頃のアークライトはまだ己の力を把握仕切れておらず、自分が次元違いの超越者であることを自覚していなかったのだ。

 そんなアークライトが骨クッパみたいな図体で破壊光線を吐くような生物たちが闊歩する世界を見てしまえば、そう思うのも無理はない。

 

 

「この世界はヤバい」

 

 

 それがアークライトの出した結論。いくら能力を持っていても使いこなせなければ宝の持ち腐れであり、何よりこんなヤバい世界だ。能力が通用しない相手が出てきてもおかしくない。

 

「取り敢えず鍛えよう。徹底的に」

 

 この時からアークライトの修練の日々が始まった。

 

 そんなこんなで数百年ほど能力の掌握と修練に費やしたり、あまりに追い込み過ぎて精神的にヤバくなったり、その頃にキスショットと出会って回復したり、二人で獣人や亜人などをなんやかんや救いながら旅したり、果てにこの世界での居場所を作ろうと建国してそこでエリアスと出会ったりと、色々なことがあった。

 

 結果、誕生したのがアヴァロン。人間、獣人、亜人、ハーフ、幻獣など、様々な種族が種族を越えて共存する国家。

 アークライトの能力もフル活用して生まれたアヴァロンは、今尚その輝きを失うことなく在り続ける。建国当初より交流のあった亜人の国家ヘラス帝国や、アヴァロンとヘラスがバックにつく、真摯に学ぶ意欲があるならば死神だろうと受け容れるを理念としている学術都市国家アリアドネーも含め、決して揺らぐことのない結束を以って。

 

 だが、アヴァロン建国より1500年のこの時、とある帝国によってアヴァロンの平穏が乱されようとしていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「イヴ様も戻られたことですし、現在の進行状況の報告を始めます」

 

 エリアスの言葉を皮切りに、アヴァロン首都アヴァントヘイムの皇帝居城、レーベンスシュルト城のアークライトの自室で報告会が始まった。

 尚、さっきまで猫に化けてアークライトの膝上を独占していたチェルシーは元に戻ってソファーに腰掛けている。

 

「まず、シン帝国帝都に潜入させている部隊の報告からして、大臣のオネストがアヴァロンを標的としているのは確実です。ただ、どうやらオネストは、アヴァロンを国ではなく何かしらの組織と見ているようです」

「まぁ、あっちじゃアヴァロンの文献なんて残ってないしね。千年前の始皇帝もアヴァロンを知らなかったんだし。と言うかあの大臣なら、たとえアヴァロンが国家だと知ってても、至高の帝具があるからと気にしなさそうだけど」

「ええ、その通り。ですがチェルシー、むしろその方が好都合というものです。油断と過信ほど破滅に近いものがないと骨の髄まで思い知らせてやるだけのこと。アークライト様のアヴァロンを狙った時点で手加減容赦など必要ありません」

「おおぅ、エリアスさんがナチュラルにえげつない」

 

 表面上は冷静に見えて実は一番キレてるエリアスに、これ帝国終わったわと慄くチェルシー。

 おほんと咳払い。エリアスが続ける。

 

「シン帝国の状況ですが、イヴ様の潜入調査にチェルシーら諜報部隊からの情報を合わせ分析……するまでもなく、最悪の一言です。大臣以下一部の貴族ばかりが私腹を肥やし、下の民たちは杜撰な法令や重罪に苦しむ。周りは敵対異民族と革命軍に囲まれ、まさに風前の灯火。治安こそイヴ様が警備隊を掌握してから向上していますが、全体から見れば微々たるもの。これはイヴ様の手腕云々の話ではなく、あまりに規模が大きすぎるが故です」

「じゃろうなぁ。まさに焼け石に水。熟れて落ちる寸前じゃよ、アレは」

 

 聞けば聞く程、もう崩壊寸前のシン帝国。もう放っておいても勝手に滅ぶんじゃないかという有様だ。だからといって手を抜くつもりはない。

 

「次はシン帝国の戦力です。数多くの将軍や兵が帝国に見切りをつけ、革命軍に合流しているとはいえ、一般兵の数は未だ十万はくだらないでしょう。これはそれほど問題はありません。十分に対処可能です」

「魔導精霊艦が相手では、ただの歩兵など幾らいても数にならないからな。だがエリアス――」

「はい。そちらも調査済みです」

 

 しかし、重要なのは歩兵ではない。鎧に剣と盾で武装した兵など、アヴァロンの魔法師部隊や魔導甲冑部隊の前では、何千何万いようと敵ではない。帝国兵は地を歩くしかないが、アヴァロン兵は上空から一方的に攻撃できる。魔導精霊艦ともなれば語るまでもない。

 

 アークライトが気にしているのは、それを覆す特記戦力のことだ。

 

「帝国最強の双璧とされる将軍エスデスと大将軍ブドー。第一に上がる特記戦力はやはりこの二名でしょう。双方共に一騎当千の実力を持ち、更に率いる部隊の練度と士気は帝国一般兵と比べ物になりません」

 

 特にエスデスは、その身を帝具と融合させたことで半分人間をやめている。身体能力は人外のソレ。技量も一流。勘も鋭い。並の帝具使いなどとは比較にすらならない。革命軍も一級の帝具使いを複数あてて互角がせいぜいと判断する、まさに最大の障壁だ。

 

 エスデスにはネームバリューこそ劣るものの、大将軍ブドーも強大だ。直属の近衛兵は練度も高く、ブドーをトップとして手足のごとく自在に行動する恐るべき軍団である。

 

「――ですが、こちらもさしたる障害ではありません」

 

 そんな帝国最強を、エリアスは問題ないと断じた。革命軍か革命軍の暗殺組織であるナイトレイドが耳にすれば正気を疑う発言だ。

 しかし、エリアスの言葉は偽りも侮りもなく、ただ事実を告げていた。

 

「常勝不敗などと言われていますが、所詮は勝ちしか知らない井の中の蛙です」

 

 曰く、確かにエスデスの指揮能力は高いが、その思考は常に”狩る側”にあると言う。

 あくまで己は狩人であり、相手は狩られる獲物。故に、如何に追い詰め、如何に嬲り、如何に殺すかしか頭にない。と言うより、それしか知らない。しない、と言ってもいいかもしれない。

 生まれながらの捕食者である、というのがエスデスの全て。狩られる側、喰われる側、獲物が何を考えているかなど知ったことではない。

 これらが大前提としてエスデスの基盤となっている。

 

 だがそんな考え、本来なら通用しない。なまじ強い力を得てしまった為、その考えをこれまで通せてしまった。

 だからこそエリアスからしてみれば、とても予測しやすい。上手くその思考を刺激し、こちらの布陣に誘導してしまえば完封は可能だ。

 

「ブドーも同様です。武官は政治に口を出すべからずと、軍人の節義を守るような如何にも耳に良いことを言っていますが、裏を返せばただ古いものを墨守するだけの思考が中世的な堅物です」

 

 曰く、帝国の巷ではブドー大将軍をオネストの対抗馬と見込み、彼が動くことを熱望する声があるが、そんなものは儚い幻想である。

 なるほど、確かにその実力は強大だ。直属の近衛兵を指揮し、戦場に現れるのならそれは恐ろしいものだろう。

 だが、エリアスからしてみれば、だから?としか言いようのない。

 早い話がブドーには、政治的な能力が皆無なのだ。たとえ彼に帝国の闇を一掃できたとしても、その先を欠片も考えていないのだろう。にも関わらず今になって余計にでしゃばろうとしている。

 これならどこまでも将に特化しているエスデスの方が何倍も脅威だ。

 

 先にエリアスはエスデスをああ言ったが、それは現時点での評価であり、もし然るべき経験を積んだならばアヴァロンにとっても脅威と言える程の逸材になるだろう。

 正直な話、あの性格でなかったなら引き抜きたいくらいだ。

 

「以上が二人の戦力分析です。他に将軍は複数いますが、特記戦力と言えるのはこの二人のみです」

「革命軍が聞いたらなんて言うかなぁ。それを受け入れちゃってる私も随分染まったと思うけど」

「戦いとは数です。更に言えば質と量こそが戦争の必勝条件。単体で戦況を覆せる個は、それこそ極致というべき領域に至った存在。それ以下ではどうやっても個は個のままです」

「その極致の例が私の前に三人ほどいるんですけど」

「私など、アークライト様とイヴ様に比べればまだまだ。それに貴女もやろうと思えばできるでしょう」

「戦艦クラスの魔導精霊艦を余裕で相手できる人がなに言ってるんですか……。確かにできますけど、数秒だけですからね? しかも死ぬほど疲れるし、最初は本当に死にかけましたからね?」

 

 尚、客観的に見れば皇帝と皇妃と参謀総長に対して軽い口調のチェルシーだが、その能力と立場的に何かとアークライトらと会うことが多く、そして今は四人しかいないのも相まって誰も咎めることはない。

 

「第二は帝国が保有する帝具です。特筆するべき帝具と共に、特徴と対処法を説明します」

 

 エリアスが手元の端末を操作すると大型のモニターが投影され、そこに帝具の詳細が示されていく。情報源は八百年程前に帝国から拝借した、全ての(・・・)帝具が載る全書だ。

 

「まずは、将軍エスデスの魔神顕現デモンズエキス」

 

 無から氷を精製し、自在に操る能力。単純故に強力で応用性も高い。奥の手の記載はないものの、新たに生み出された例もあるので調査を続行。

 これといった欠点は見当たらないが、敢えて言うなら遠距離攻撃がない。アウトレンジからの艦砲射撃か魔法師の遠距離魔法で近づかせないように体力を削り、消耗させるのが最善。

 

「次は、大将軍ブドーの雷神憤怒アドラメレク」

 

 雷を操る能力。特に攻撃力が高く地形を変える程のもので、それでいて電磁シールドを張れるなど攻防一体の帝具。奥の手は蓄積された電力を強力な荷電粒子砲として放つソリッドシューター。

 弱点は身体への負担が大きく、適合者でも長時間の使用は確実に寿命を縮めること。高齢のブドーでは死を覚悟しなければ全力は出せないだろう。長期戦に持ち込むのが好ましい。

 

「そして、帝国の皇族の血を引くものだけが使用できる、最強にして至高の帝具、護国機神シコウテイザー」

 

 全高数百メートルオーバーの超級帝具。皇帝自身が乗り込み、操縦することで初めて起動する。外見は巨大なロボットで、様々な武装を持ち、いずれもアドラメレクとは比べ物にならない大火力を誇る。その巨体故に動くだけで敵軍を蹂躙する質量攻撃となり、正直、始皇帝は何を思ってこんな阿呆なモノを作ったんだとツッコミたいレベルだ。

 

「基礎能力が異常なので奥の手らしきものはありませんが、まともに相手をするのはアヴァロン軍でも厳しいものがあります。本当に何を想定したらこんな代物を作る発想に行き着くのでしょう」

「帝具の中でも抜き出てぶっ飛んどるからのぅ。一つだけ違和感がパナいわ」

「帝国中央の宮殿に埋まる形である訳だが、どうやって動かすつもりだったんだろうな。城下に出ようものなら一瞬で廃墟だぞ。固定砲台としてならわからなくもないが……」

「それなら人型にした意味ないよねー。浪漫兵器って言うの? ちょっとチェルシーさんには理解できないなー」

 

 憐れ至高の帝具。散々な評価である。

 

「他に死者行軍八房、万里飛翔マスティマ、煉獄招致ルビカンテ、魔獣変化ヘカトンケイル、修羅化身グランシャリオ、神ノ御手パーフェクターなど、未確認を含めて複数を有しています」

「帝都上空を守っている危険種を操る帝具はどうするんですか?」

「既に対策済みです。帝都上空全域を単独でカバーしているのは驚異に値しますが、それでも所詮は帝具によるもの。帝具使い一人を始末してしまえば総崩れは確実。無論、帝国もそれは承知しているでしょう。徹底した隠蔽と警備が予想され、特定するのは容易ではありません。そこは諜報部隊の仕事です」

「それってもしかして……」

「無論、貴女もですよチェルシー。貴女だってエインヘリアル諜報部隊の一員なのですから」

「ははは、ですよねー。ホント、毎度毎度難易度高いよ。……まぁ給料凄いし待遇良いし、何より側にいられるから文句ないんだけど」

 

 最後は呟くような声量で言ったのだろうが、他の三人の聴力は人外なのでバッチリ聞こえている。だが、情けで聞いていないことにした。

 

「たとえ開戦まで帝具使いが見つからなくとも、魔導精霊艦隊の対空兵装ならびに主砲による艦砲射撃と、強力な個体はS級魔法師で対処します。殆どが帝国で言う特級か一級の危険種で、超級危険種はいないようです。隠している可能性も否めないので調査は続行します」

 

 エリアスが言うS級とは、非公式に作られたアヴァロンの魔法師のランク付けだ。

 S級とは魔法師の中でもエース級の逸材で、単独で竜種を相手どれる。尚、SS級は英雄クラスの魔法師で、アヴァロンでも数えるほどしかいない。ぶっちゃけて言えばネギまのナギやネギクラスだ。ちなみにアークライトは二人しかいない頂点のSSS級である。

 

「帝国に関して口頭で報告すべきものは以上です。残りは報告書に纏め、後日にお届けします」

「ご苦労様エリアス。しかし、千年前の始皇帝の頃と比べて、随分と衰えたな。あの頃は大将軍は三人、将軍は四十八人と、アヴァロンにも劣らない人材に溢れていたのに」

「やはり始皇帝が特別だったのでしょう。この千年で始皇帝と同等、もしくは超える才を持つ皇帝は生まれていません。始皇帝を超えようと試みる皇帝はいましたが、いずれも失敗に終わっています。私見ながら、始皇帝はアークライト様に匹敵する皇帝だったかと」

「俺の方を買い被り過ぎじゃないか?」

「こんな超大国を作っておいてナニ言ってんですかアークライトさん」

「プライベートはともかく、皇帝モードの時はノリノリじゃろうて。それはもう厨二な内容を饒舌に語って――」

「それ言うのやめてぇ!?」

 

 恥ずかしい事を思い出したように顔を覆うアークライト。キスショットと同様に老若男女問わず魅了する、神秘的と言うべき美貌を持つ彼がやるにはあまりにシュールであるが、こういう親しみやすい姿を見せるのもアークライトの魅力だろう。

 

「んんッ! それは置いといて。こっちの戦力状況は?」

「旗艦グラズヘイム以下、ブリュンヒルド級、航空母艦、巡洋艦、駆逐艦。魔導精霊艦隊の編成は終了しています。ただ、グラズヘイムのグングニルの艤装が遅れています。開戦までには間に合わせます」

「物が物だから仕方ないな。急いで事故だけは起こさないでくれ」

「承知しました。――魔法師中隊、魔導甲冑大隊、混成師団。アヴァロン総軍の編成は既に完了。後は帝国帝都での準備を残すのみです」

「相変わらずアヴァロンの早さはヤバいですね。帝国は戦争の準備なんてまったくしてないのに、こっちはもう万端なんだから」

「練度は高くとも実戦経験がないのが不安ではありますが。不安要素をなくす為にも帝都での準備を急がねばなりません。必要ならオールベルグも向かわせますが、イヴ様、いかがなさいます?」

 

 エリアスの口から出たオールベルグという言葉に、他人に悪感情を抱くこと自体が珍しいキスショットの表情が崩れた。

 

「むっ、オールベルグか。儂は苦手なんじゃがの……。特にあやつが」

「え、まだアタック続けてるのメラルドさん。そこんところどう思ってるのアークライトさん的には?」

「口では嫌そうに言ってるけど、俺からするとどこか楽しんでるように見えるな。キスショットは友達少ないからな。嬉しい限りだ」

「楽しんでいるという点は否定はせんが、友達少ないは心外じゃ。というかうぬに言われとうないわ」

「て言うか、あのやりとりを楽しそうで済ますって……。やっぱ負けず劣らずぶっとんでる」

 

 アークライトが「ぼっちちゃうわ!」と叫び、キスショットが「いやぼっち言っとらんわ」と返す。チェルシーは二人のやりとりに慄く。エリアスはそんな光景を微笑ましく柔らかい笑みを浮かべている。

 

 アークライトもキスショットも、今やアヴァロンの皇帝とその王妃。そうそう休まる暇などない。チェルシーにしても一度任務に向かえば同様だ。だから、四人だけのこんな時くらいいいだろう。

 三人を諌めることなどせず、エリアスは温かく見守っていた。

 

(いくら吸血鬼で肉体的な疲労は感じず傷も治るとはいえ、精神的なものはそう回復できません。こういうのも必要でしょう。本音を言うと私も混ざりた……おっと危ない)

 

 思わず出そうになった欲を内心で抑える。万能メイドであらゆる分野を熟せるのだが、たまにとんでもないことをぽろっと漏らして周りを戦慄させることがあるのがエリアスだ。

 おかげでアークライトに想いを伝えられた実績もあるので一概に欠点とはいえないが。

 

(さて、では本土防衛に残す戦力の算出でもしましょう。とは言ってもアヴァロン(ここ)を攻めるなど、たとえ我々の存在を知っていても帝国には無理な話でしょうが)

 

 混ざりたいと思いながら結局は仕事のことを考えてしまうエリアスが、テラス越しに外を見やる。

 そこには青い大空とアヴァロンの街並みが広がっているが、エリアスの目には見えていた。アヴァロンがある世界(・・・・・・・・・・)を外界と隔てる大結界越しに見えるソレが。

 

(アヴァロンが()にあるなど、誰にも想像できませんよね)

 

 青い地球が、遥かソラの彼方にあった。

 

 

 




ちなみに今日、オーディナル・スケール観に行ってきました。いや大満足。もしや第3期!?と思える場面もあったし。ラストバトルは鳥肌立ちました。アルペジオcadenza以来です。作画頑張り過ぎだよ。できればもう一回観たいです。

それではまた明日。


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本編
転生とシソ


 そこは地獄のようだった。踏み入れば瞬く間にその生命を凍てつかせる極寒の氷結地獄。

 一面に広がるのは、凍りついた建造物や大地。まるで世界そのものが氷で出来ているようだった。

 その一角。凍りついた地上二十階建てはありそうな高層ビルが、突然爆散した。爆散したビルから二つの人影が飛び出してくる。

 

「ッ! リク・ラク ラ・ラック ライラック」

 

 先に飛び出してきた人影は、まるで月のような金髪と紅い瞳を持つ男性だった。男性が追ってくるもう一人の人影に向けて、何かを唱えながら掌を突き出す。

 

来れ(ウェニアント・スピリ)氷精(トゥース・グラキアーレス) 爆ぜよ風精(フィンデーンス・アエリアーリス)‼︎ 氷爆(ニウィス・カースス)‼︎」

 

 迫っていた人影を氷の爆発が襲う。

 

「リク・ラク ラ・ラック ライラック」

 

 更に追い討ちをかける。

 

闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)×()16(セーデキム)‼︎」

 

 放たれる十六条の闇の奔流。その威力も範囲も戦術兵器に届きうるものだ。

 爆散したビルどころか、周辺のビル群がまとめて消し飛ぶ。

 だが、未だ続く闇の奔流を一筋の斬撃が切り裂いた。

 

「ッ!」

 

 斬撃は直撃する前に不可視の障壁に阻まれたが、男性を衝撃で弾き飛ばす。

 弾かれた男性に向けて更に無数の斬撃が襲いかかった。

 

「……被害を考えろって」

「うぬに言われとうないわ」

 

 つい漏らした言葉に答えたのは、高貴さを感じされる美しい女性の声。

 男性はその声に苦笑したような雰囲気を出す。

 

「ま、ここ(・・)では関係ないか……。リク・ラク ラ・ラック ライラック」

 

 斬撃は不可視の障壁に阻まれ霧散するものの、まるで壁のように降り続ける。

 そんな豪雨の如き斬撃に頓着せず、男性は目を瞑った。

 これはただの牽制。この程度で障壁は突破出来ない。自分も向こうも承知している。

 ならば本命は別。

 そして、

 

「……そこか!」

「違う、正面じゃ」

 

 振り向いて左後方へ闇の吹雪を放つ。

 だが実際には、真正面だった。斬撃の雨から現れたのはこの世のものと思えぬ程の美しさを持った金髪金眼の女性。ただしその右手には全長二メートルはありそうな大太刀が握られ、上段から振り下ろされようとしていた。

 

 刀は斬撃の雨すらも防いだ障壁をすり抜け、直接男性に迫る。

 男性は見誤って振り向いており、このタイミングでは防ぎようがない。

 果たして刀が首元に届きそうになったとき、

 

「やっぱりこっちか」

「やはり防ぐじゃろうな」

 

 刃は、右の手刀で受け止められていた。

 よく見れば手刀の延長線上に半透明の剣状のフィールドが構成されている。

 斬り結んだ二人の間に四つの魔法陣が現れる。

 

解放(エーミッタム) 氷爆(ニウィス・カースス)×(・クァッ)4(トゥオル)

 

 相乗効果によって何倍にも威力が増加した氷の爆発が女性に炸裂する。

 これといったダメージは無いようだが、その場から離された。

 

解放(エーミッタム) 氷槍弾雨(ヤクラーティオー・グランディオス)

 

 続くは無数の氷の槍。

 壁のように隙間無く迫る弾雨を見て、女性は大太刀を水平に振った。

 発生した衝撃波で氷の槍が根こそぎ吹き飛ばされる。

 そして加速。男性に向け、空気を蹴って踏み込んだ。同じく男性も空気を蹴って加速。

 互いの大太刀と手刀がぶつかり合い、周辺のビルは倒れ、地面には亀裂が走りクレーターが出来上がる。

 

 そこからは空中に咲く火花のみが二人の攻防を物語った。

 何十度目かの攻防の後、男性が五指を開いて無造作に腕を振るう。動作に呼応して五指それぞれのフィールドが延長する。凡そ三十メートル程。

 延長したフィールドに触れた物質は、まるで水面を手で薙いだかのよう気体状に破壊された。

 

「うぬの方が被害を考えておらんだろう。周りの凍結もうぬの魔法が原因じゃろうて」

「さすがにやり過ぎたかな」

 

 他愛の無い会話をしながらも戦いの手は止まらない。

 

「リク・ラク ラ・ラック ライラック」

「む……⁉︎」

 

 何か周辺の気温が元から低かったにも関わらず、更に低下したような感覚がした。

 その感覚を危険と判断したのか女性は再び空気を蹴って懐へ踏み込む。そして徒手空拳に移行する。

 大振りとなる大太刀では間に合わないと判断したからだ。

 

「契約に従い 我に従え 冷々たる氷神よ」

「ッ⁉︎ 待たぬか馬鹿者! それは……!」

 

 紡がれた詠唱に女性が目を見開く。徒手空拳の攻めの勢いを上げるが、悉くがいなされた。四肢を駆使する殴撃蹴撃が全て逸らされる。

 

「来れ氷河の世界 凍てつく大気 全てのものよ 永劫に眠れ」

 

 苛烈な攻撃をいなしながらも詠唱は止まらない。

 女性が鋭い全力の貫手を放つ。

 これを防ぐのは不可能。触れれば全てを切り裂く防御不能の一撃だ。

 ならば回避の一手しかない。たとえどの方向に避けようと四肢による二撃目、三撃目で追い詰め、本命を出す。

 そう目論んだ。そしてその目論見は確かに的中した。

 ただ予想外だったのは。

 

 回避しながら抱きついてきた事だ。

 

「なに……ッ⁉︎」

「永久なる凍土 不浄なるこの世に 死の世界を」

 

 詠唱が終わる。同時に戦闘の終わりも意味していた。

 女性もそれを悟ったのか、何もせずに抱きしめ返す。

 

「今回はわしの負けか。アーク、ここ(・・)でそれを使うのは反則じゃ」

「たまに大技を使わないと魔力がな。【永久ノ氷結世界(ニヴルヘイム)】」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 どうも。元人間、現吸血鬼の男性Aです。

 なんておふざけは置いといて。ホントだからおふざけでもないけど。

 簡単に言うと転生しました。元人間ってのも、前世で人間だったって事ね。

 前世での死因なんて、ありがちな交通事故。でも思い出とかのエピソード記憶がない。で、目が覚めたら輪っか付けて白い服着たいかにもな神様のじいさんに、

 

「まだ寿命残っとるから転生な。行く先が世紀末っぽいから吸血鬼キャラ三人の能力を付けたる。転生先は終わりのセラフじゃ。長年一人は寂しいじゃろうから伴侶を見つけるんじゃぞ」

「いや待ってもうちょっと説明を」

 

 こんな感じで秒で転生しました。数ある転生物の二次創作でも、神様邂逅が秒で終わるのは無いんじゃないだろうか。んでもって転生したら紀元前でした。

 

 うん、意味が分からん。

 

 まぁ取り敢えず自己紹介でも。

 俺の名前はアークライト=カイン・マクダウェル。ツッコマんといて。

 両親は共にいない。死んだとかじゃなく、存在しない。

 それは俺が無から生まれた存在で、最も古い吸血鬼、始源の吸血鬼(ロード・オブ・ヴァンパイア)だからだ。

 自分で言ってて恥ずいわ。

 生まれは紀元前八十年頃で、肉体・精神年齢二千百歳くらい。現在は世紀末的な世界で元アメリカ合衆国辺りを治めている吸血鬼の王です。

 やっぱ言ってて恥ずい。

 

 簡単に言うと紀元前に最初の吸血鬼として転生しました。……簡潔過ぎたか?

 転生して一週間は現実逃避してたわ。

 何故かって、じいさんが言ってた吸血鬼キャラ三人の能力がヤバ過ぎた。

 その三人とは、傷物語のキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード、型月の朱い月、魔法先生ネギま!のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 なにこのチート。勝てる奴いねぇよ。無理ゲーだよ。俺だけど。

 でも開き直って今日まで生きてます。てか二千年以上生きてるけど、精神が歳とった感覚しないんだよね。遊びたくなる時はあるし、未だに三大欲求の一つは萎えないし。

 

 それはいいとして。

 大変というか壮絶というか凄惨というか。これまでの人生……いや吸血鬼生? はヤバかった。だって紀元前ですよ? 人間も少ないよ?

 て言うか吸血鬼なだけで何もしてないのに追われるし。人間からも天使からも。

 貰った能力で負ける事はなかったけどさ。あの頃はまさしくスペックに任せたゴリ押しだった。そりゃただの人間に最強クラスの吸血鬼の能力持たせたって、まともに使えるわけがない。いきなりロケットを操縦しろと言ってるようなもんだ。

 

 今では十二分に使えていると自負出来る。さすがに二千年も使い続ければそりゃね。幸いにも得た経験を十全に活かせる肉体だったので。むしろそうせざるえない事態だったし。

 なんでドラゴンとか天使とか悪魔とか普通にいるの? 今じゃ慣れたけど当時の俺からしたらパニック状態だった。

 転生したこの世界は、終わりのセラフと言うらしい。名前なら前世で聞いた事ある。なんでも吸血鬼とか天使とか悪魔まで出てくるらしい。あと割と世紀末。

 確かに世紀末、だな。世界滅びかけてるし。ぶっちゃけ人間の自業自得なわけだけど。

 長年吸血鬼として生きたからなのか、人間に対する同族意識はない。吸血への忌避感とかないし。ホント変わったな、俺。

 

 ん? そんなのどうでもいいから、さっきの戦闘はなんなのかだって?

 魔眼の能力、幻想空間(ファンタズマゴリア)ですよ。現実で使えませんよ。使ったらアメリカが氷河期になる。

 身体のスペックや朱い月の所為で存在の格とかが高いから、魔法の威力や範囲もスゴいのよ。初めて使った時、自分で自分に引いた。

 だって初級の魔法の射手で下級とは言え天使を一撃で殺っちゃったんだから。今じゃアリストテレスとしての能力も制御出来てるから問題ないけど。やっぱ星そのものだから頭おかしいわ。俺だけど。

 

 あまりにも強過ぎるからなのか、配下の吸血鬼達からも畏れられてるっぽい。慕われてはいる……と思う…思いたい。長年仕えてくれた臣下もいるし。

 いやさ、こんなでも王ですから。民から慕われたいと思ってしまう。千年くらい前に侯爵になって土地を治めた時、国にとって民は必要且つ大切だと実感したからさ。

 他の地下都市よりはいいと思うんだけど。人間にしても吸血鬼にしても。

 経済とか衛生状態とかは大丈夫。都市全体清潔だし、住む場所もしっかりしてる。メンタルケアも配慮済み。

 でも慢心は駄目だよね。何処ぞの慢心王みたいになりたくない。

 

 

 俺がいるここも住んで長くなる。

 俺の住居であるここは、地下都市の中央に位置している。よく昔の帝国にあった、王が住む城を中心に城下を作っていくスタイルだ。

 都市全体を異常がないか見回せるし、何かあってもすぐに跳んでいけるから気に入っている。

 今は住居の中で一番高い塔。その最上階、塔の周りに全方位テラスが付いた自室にいる。因みにその全方位テラスで寛いでます。

 住居自体は俺の設計じゃないし、本当はもっと下の階でよかったんだけど、皆がここって推してくるから。実際には眺めいいし、空気が澄んでるし、快適でした。

 

「何を考えておる? また昔でも懐かしんでおったのか?」

「……キスショット」

 

 そんなこんなと回想していると、不意に座っていた椅子の後ろから抱きつかれる。

 案の定、俺の眷属こと第二位始祖キスショット=E(イヴ)・マクダウェルだった。

 

 彼女と出逢ったのは忘れもしない千百年前。ちょっと自棄になって世界を周っていた時だ。

 いや吃驚した。だって容姿が傷物語のキスショットだったからな。小国のお姫様とか魔法を掛けられたとかも同じだし。

 どういう経緯で眷属となったかは、今度にしよう。

 今思っても一目惚れだろうね、アレは。キスショットのおかげで生きて来れたと言っても過言じゃない。

 一度、アルマゲドンかよと言われる大喧嘩をしたけど。アレはアレでお互い全部吐き出せたから、今では良い思い出だ。

 

「いや、キスショットと出逢って随分と経ったと思ってた。本当にお前と会えて良かったよ」

「今更じゃな。何百年共にいると思うとる。わし等同士に言葉なんぞ最早不要。わしはうぬの眷属で、うぬはわしの主。何者にも破れぬ血のつながりじゃ」

 

 本当に良かった。

 キスショットが共にいてくれたから俺は生きている。神様のじいさんが言った伴侶を作れとは、こういう意味だったのだ。

 

 長く生きると世界が薄く見えてくる。不老不死に良くある生きる事に疲れたといった感じだ。俺もキスショットと出逢ったあの頃は、同じようになりかけていた。もし出逢っていなかったら死んでいたかもしれない。

 実際、吸血鬼の死因は自殺が大半。今はともかく昔は人が吸血鬼を倒すなんて事は殆どない。英雄と呼ばれる者が数少ない例外だ。

 千年以上を生きる吸血鬼は両手の指で足りる程。始祖と呼ばれた吸血鬼達は生きる事に耐えられず、殆どが自らその命を絶った。吸血鬼が誕生した当初から残っているのは俺だけだ。

 

 その所為もあって自棄になっていたわけだ。そんな時に出逢ったのがキスショット。あれが運命なのかね。吸血鬼の俺が運命とか皮肉だな。

 その時にキスショットは俺の直属の眷属となり、そして欠番だった第二位始祖となった。今の始祖は世襲制に近いからな。

 まあ主である俺が異常なので、その眷属であるキスショットも当然影響を受ける。

 身体能力は俺と同等で剣術はすでに神域。吸血鬼じゃなかったらどっかの師匠ランサーみたいになってただろう。俺が持ってるよりいいと思い渡した心渡りと相まって、文字通り神をも殺す腕前になっている。

 

 ぶっちゃけ近接なら俺より強い。唯一、(アリストテレス)を殺せる存在だ。

 つか、まんま物語シリーズのキスショットじゃねぇか。吸血鬼繋がりなのか?

 今になってはどうでもいいけど。

 

 と言うか、それより大事なことがある。

 

「で、キスショット。思いっきり当たってるぞ」

 

 後ろから抱きつかれてるのでとても柔らかい感触が。さっきも言ったけど、精神的には歳とった感覚ないんだってば。三大欲求の一つも萎えないんだってば。

 

「当てておるのじゃ。なんじゃ? 今から始めるかの? わしはウェルカムじゃよ?」

「お前やっぱりキャラ変わってるよな」

 

 出逢った頃はもっとクールだったのに。最初はクールじゃなくコールドだったけど。

 

「うぬと主従になったからに決まっておろう。うぬの影響じゃ」

「あ、やっぱり?」

 

 なんてやっていると、テラスに備え付けられた通信機が鳴った。

 

「私だ。何事だ?」

 

 あ、やっぱ直んないか。何故かこんな口調になるんだよね。能力元であるエヴァやキスショットも尊大な口調だったし、朱い月も王様のようだったらしいから、それに引っ張られてるのかな。

 プライベートでキスショット相手だと大丈夫なんだけど。

 

『陛下、上位始祖会のお時間が迫っております。イヴ様もおられますか?』

「ああ、共に私の部屋にいる。分かった、直ぐに行く」

 

 通信を切る。

 上位始祖会かぁ。不定期だから何かあったんだろうな。日本のクルルちゃんが色々やってるらしいけど。こっちに直接被害が来るか、余程の事じゃない限り基本不可侵だ。

 あの娘、カー坊と仲悪いからな。毎度映像越しに喧嘩するのは止めて欲しい。今回も喧嘩するようなら、さすがに迷惑だからちょっと言っとかないと。

 

「キスショット、上位始祖会だ。今回は何かがある」

「ぬ、モードが変わったの。あいわかった。行くとするかの」

 

 そういえば今回もフェリド坊は出てるのかね。立場的には第七位だから他の上位始祖から毎度お小言を頂戴してるよ。もう少し落ち着いてくれないかな。フェリド坊も千年クラスの始祖の一人なんだから。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 中央の床に大型の魔法陣とモニターが投影された薄暗い部屋。

 モニターは大型が四つ、その周りに小型が複数。魔法陣を囲むように投影されている。

 そして魔法陣の中心には銀髪をうなじで一本に結った妖艶な雰囲気を持つ男性、第七位始祖フェリド・バートリーが。やや内側に用意された椅子に肘を掛けて座る、薄いピンクの髪に小柄な体躯の少女、第三位始祖クルル・ツェペシが。外側には金髪に歳相応な青年、フェリドの従者ミカエラが居た。

 

 ここは六位以上の上位始祖のみが参加資格を持つ、上位始祖会の場だ。

 フェリドと言う例外はいるが。

 

「それでは皆さん、この映像を見てくださ〜〜い」

 

 件のフェリドが手元の端末を操作し、魔法陣中央に映像が浮かぶ。

 

 映像は一人の人間の青年。青年が突然苦しみ始めたかと思うと左眼が黒と赤に反転し、絶叫を上げる。

 そうして左肩の肩甲骨辺りから数十メートルはありそうな黒い不定形な翼のようなものが飛び出す。異形の翼を生やした青年が持った刀を振るえば、並の貴族では出せない程の黒い斬撃となる。そこで映像は途切れた。

 

 見終えた一部の始祖達がザワザワと騒ぎ出す。

 

『おい、なんだ今のは』

『あれではまるで……』

『あんなものが実用化されれば、今度こそ世界は……』

 

 騒ぐ始祖達をフェリドが手を叩いて静める。

 

「はいはーい、気持ちは分かりますがお静かにお願いします」

 

 そして、大仰に両手を開きながら言った。

 

「そうです。なんと人間共はついに禁忌の魔術、《終わりのセラフ》の兵器化に成功しつつある! これが事実なら我々にとって由々しき事態となります!」

 

 戦慄する始祖達を代弁して第四位始祖が口を開いた。

 

『だ……だが、あの研究は第三位始祖クルル・ツェペシ様が《百夜教》を壊滅させたことで止めたはずではなかったのか?』

 

 始祖達の視線が自然とクルルに集まる。

 それを受けてクルルは、当然だという風に頷く。

 

「ああ、そうだ。確かに私が止めた。百夜孤児院で研究されていた因子を持つ子供は残らず――私がこの手で殺した」

 

 フェリドの後方で控えているミカエラが人知れず息を呑む。

 

「そんな命令がクルル様に下っていたのですか。初耳です。で、被験体は全部殺した……と?」

 

 チラッとミカエラを見るフェリド。その分かってやっているような仕草がクルルに苛立ちを募らせる。

 だが表には微塵も出さず、「そうだ」と肯定した。

 

 第二位始祖が《百夜教》を除いて研究が進んでいる組織はなかったはずだと疑問を挟む。

 

「最近の人間は侮り難いですからねぇ……。確かヨーロッパの方でも同じような魔術組織があったんでしょう?」

『そこは僕が皆殺しにしたよ』

 

 それに答えたのは大型モニターの一つ。クルルと同じ第三位始祖レスト・カーだった。

 

『でももしも、日本の管理に失敗していたのなら。クルル、これは重大な責任問題……』

「黙れレスト・カー。私に喧嘩を売っているのか?」

 

 静かながらも怒りを滲ませた声色でクルルが問う。それはある意味警告だ。

 しかしレストは、「そうかもね」とどちらとも取れる返答をする。

 

『もし手に余るのなら、僕が日本の王の座を代わってあげるけど?』

「出しゃばるな、ガキが」

『ガキ? はは、二百年くらいしか変わらないじゃない。アークライト様みたいに歳が離れてるわけじゃあるまいし。何より実力なら……』

 

 更に険悪となるクルルとレスト。

 さすがにこのままでは話が進まないし、今この二人に争われても後々支障が出るので、上手くまとめようとフェリドが仲裁に入ろうとする。

 その時、

 

『鎮まれ』

 

 王の声が響いた。

 

 クルルもレストも、声を聞いた全ての者が口を閉ざす。映像越しであるし、距離も離れている。それでも抗えない力があった。

 

『クルル嬢、レスト坊。今は上位始祖会、個々の競いを持ち込む場ではない。セラフの因子は消した。そう言うのなら真実だろう。だろう? クルル嬢』

「……私は失敗などしません。全て事実です」

 

 虹色に変貌した眼光がクルルを射抜く。内心、戦々恐々としながらも頷いた。

 

『ならばよし。後は行動で示すといい。レスト坊もそれでいいな?』

『王の仰せのままに』

 

 クルルにはそれが警告に聞こえた。全て見透かされていながらも、泳がされているような感覚が。

 

「天使にしても魔術にしても、丁度よいではありませんか。あなたの意見をお聞きしたい」

 

 そんなクルルを見て笑みを浮かべながらも、フェリドが切り出した。

 

 視線の先は大型モニターの一つ。唯一二分割されたモニターに映る二人の片割れ。月のような長い金髪をポニーテールにし、つい先ほど虹のように変貌した紅い瞳を持つ中性的な容姿をした、唯一の真の王。

 

「全ての始まり。始源の吸血鬼(ロード・オブ・ヴァンパイア)。最古の吸血鬼にして神代の魔術師。吸血鬼の王、アークライト=カイン・マクダウェル様に」

 

 しばし静寂。

 誰もが王の言葉を待っている。

 

 アークライトが隣に目配せをすると、二分割されていたモニターがアークライトのみを映した。

 

『皆も知っていると思うが、《終わりのセラフ》は神代の降霊術の一種だ。しかし、今の人間が使えば天罰が始まるだろう。今の人間は、あまりに欲望に塗れ過ぎている』

 

 アークライトの声も何時にもましてトーンが低い。王もこの件を重く捉えていると始祖達に悟らせた。

 

『それを本当に兵器化したと言うならば、確かに脅威だ。だが、そのような事など私が認めない。──クルル・ツェペシ』

 

 呼ばれ、クルルが前に出る。

 

『《終わりのセラフ》を行おうとする人間の組織への対策はどうしている?』

「基本姿勢は変わりません。本隊を出して、日本帝鬼軍に所属する人間を殲滅します」

『うむ。だが兵器化した《終わりのセラフ》が出て来れば、並の吸血鬼では対峙すら不可能。如何にお前であろうとも負けは必至だ。違うか?』

「……その通りです。……まさか……ッ⁉︎」

 

 アークライトの言わんとしている事が分かってしまい、クルルは瞠目する。

 そして王は告げた。

 

『此度は私も日本に赴く』

 

 その言葉に先の資料映像以上に始祖達がざわついた。

 決定的に違うのは、渦巻く感情が戦慄ではなく歓喜という点だ。

 

『確かに第一位始祖様なら……』

『アークライト様は堕天の王を屠っている。《終わりのセラフ》相手に負けるはずはない』

『アークライト様が日本に⁉︎』

 

 次々と始祖達が賛成していく。吸血鬼達にとってアークライトは絶対の象徴だ。だから確信している。我等の王に敗北はない、と。

 

 それがたとえ《終わりのセラフ》だとしても。

 

「それは……!」

 

 だがクルルだけは別だった。アークライトに来られては、自分の願いが台無しになる可能性が高くなる。

 

『問題があるのかクルル・ツェペシ。私は無駄死を嫌う。天使を殺せるのは私かキスショットだけだ。我が都市も私が離れた程度で何か起こるほど柔ではない』

 

 しかし否定出来るだけの材料を無くしていた。

 ここで拒めば後めたい事があると他の始祖達から疑われる。

 アークライトの言葉は事実で正論だ。何よりアークライトが来るとは即ち勝利を意味する。殲滅を目的とするなら拒む理由はない。

 

「……了解しました。到着をお待ちしております」

 

 だから、頷くしか選択肢はないのだ。

 

『よし。準備が整い次第日本へ向かう』

 

 アークライトが言葉を終える。

 

 その後、一般の吸血鬼であるミカエラが居る事などで一悶着あったが、平常通りに上位始祖会は終わった。

 

 本来の運命に決定的な亀裂を入れて。

 



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臣下のエリアス

 京都地下にある吸血鬼の地下都市、サングィネム。

 サングィネムの女王、第三位始祖クルル・ツェペシが居城内の女王の間。己の目的を聞かせたミカエラに、クルルが気をつけるように言う。

 

「ミカ、今回は第一位始祖が来る。優を取り戻すにしても、第一位始祖には絶対に見つかってはいけないわ。十分に用心なさい」

「アークライト=カイン・マクダウェル、という奴か?」

 

 クルルの声には隠し切れない畏怖と畏敬が込められている。

 フェリド相手に怒りはすれど、クルルが誰かに対してこんな感情を抱いているのを見た事がなかったミカエラは疑問を覚えた。そのことに解答を示したのは他ならぬクルルだ。

 

「ミカ、私の前ならともかく他の吸血鬼や始祖、特に第一位始祖の部下達の前では絶対に様をつけなさい。その場で殺されても文句は言えないわよ。第一位始祖が構わなくても周りが許さないわ」

 

 そう言いながら腕を組むクルルは、冗談を言っているようには見えない。

 ミカエラの疑問はますます増えるばかりだ。

 始祖と言えばクルルやフェリドしか知らないミカエラにとって、第三位始祖たるクルルは最強の存在である。

 事実、日本において彼女とまともに戦える存在はいないだろう。自分では勝てないフェリドだって、実際に戦うのは避ける程だ。

 

 上位始祖会を思い出してもそう。

 第一位始祖と言われた吸血鬼は、クルルやクルルと同じ第三位始祖レスト・カーをも、クルル嬢やレスト坊などと呼んでいた。そんな呼び方に誰も、本人すらも文句を言わない。

 むしろレスト・カーは忌避感や嫌悪感など皆無で、そう呼ばれるのが普通といった印象を受けた。名を呼ばれる事が既に光栄だというように。

 日本に赴くとアークライトが言えば、クルルを露骨に睨みつけてもいた。表れていた感情は嫉妬。その事からレスト・カーは、第一位始祖を慕っていると見て取れる。

 

 第三位始祖をそんな、しかも上位始祖会で使ったのだから日常的に呼べる第一位始祖とはいったい何なのか。

 

「ミカは吸血鬼になって五年くらいしか経ってないし、サングィネムから出た事もあまりないから知らなくても当然ね。いいわ、今後の為にも第一位始祖について教えてあげる。会えば嫌にでも実感せざるえないけどね」

 

 ヤレヤレとばかりに肩をすくめるクルル。

 会えば実感する、と言うのは何となく分かった。自分がなぜ上位始祖会にいるのかと一悶着あったとき、一瞬だけ目が合ったのだ。そう、アークライトと。

 その時の感覚は忘れられない。自分すら知らない自分の奥底を覗き込まれたようなあの感覚は。

 だから興味はある。クルルが恐れる程の吸血鬼。知っていて損はないはずだ。

 

 そこからミカエラは語られた。吸血鬼の王、始源の吸血鬼(ロード・オブ・ヴァンパイア)、全ての始まりと言われる第一位始祖、アークライト=カイン・マクダウェルの伝説を。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

『報告は以上だな? ならばこれにて上位始祖会を終了する。クルル・ツェペシよ、アークライト様自らが赴くのだ。失敗は許されんぞ』

 

 モニターが暗転する。

 

 いや〜、久しぶりで緊張した。案の定、今回もクルルちゃんとレスト坊は喧嘩したね。

 あの子達、ホントに仲悪いな。売り言葉に買い言葉とはあれの事だろう。取り敢えず注意したけど。

 レスト坊は吸血鬼になったばかりの頃に少しお節介を焼いたからなのか、俺を慕ってくれている。別に俺は大したことしてないけどね。ちょっと力の使い方を教えてたり、経験を語ったりしたくらいだ。

 クルルちゃんとはあまり面識ないな。あっちは日本で、こっちはアメリカだから。レスト坊とも最近会ってないし。

 でもクルルちゃんには悪い事しちゃったな。緊張の所為か『虹』の魔眼が勝手に。驚いたよね。そりゃそうだ。虹色に輝く瞳とか怖いわ。日本で手伝うから勘弁して。

 

 それにしても《終わりのセラフ》の兵器化は驚いた。神代ならいざ知らず、あの降霊術を現代で再現させるとは。

 

 だが認めない。失敗して世界が本当に滅んだら困る。

 そもそも俺は天使が好きじゃない。

 それもこれも、あの堕天のクソ野郎の所為だ。元から吸血鬼だからってだけで襲ってきたし。もし生きてたら『月落とし(ブルート・デァ・シュヴェスタァ)』か本気の闇の魔法(マギア・エレベア)、それかフルコースで滅尽滅相してやる。

 

 まあ今は置いといて。俺には忘れられない出来事が今回の上位始祖会であった。

 

全ての始まり(アルティメット・ワン)始源の吸血鬼(ロード・オブ・ヴァンパイア)不死の魔術師(マガ・ノスフェラトゥ)伝説の吸血鬼(レジェンド・オブ・ドラキュリア)……カカカッ」

 

 そう。

 忘れ去りたい過去の産物。消し去りたい黒歴史の具現。我がトラウマ。

 って、キスショット! 笑み全開で俺の傷を抉るな‼︎ 後半に関しては言われてないし‼︎

 

「クククッ……吸血皇帝」

 

 イイイヤァアァアア⁉︎ やめて! 俺のライフはもうゼロだ!

 表情にも態度にも殆ど出ないけど、ホントはダメージ半端ないから!

 

 おのれフェリド坊め。皆の目の前で堂々と黒歴史を抉りおって。あの頃はキスショットと出逢う前で、色々と自棄になってた時期だったんだよ。

 墓に持っていきたいブラック・ヒストリーだってのに……、恨むぞフェリド坊。

 しかも俺に意見を求めるとか。喋るのそんなに得意じゃないのに。二千年も生きて未だコミュ症とか俺って……。

 おかげで声がガチガチ。キスショットに助け求めても視線で頑張れって返されたし。

 

 まぁそれは置いといて、取り敢えず日本に行く事にした。いくらクルルちゃんでも天使が相手じゃ分が悪い。

 他の始祖も賛成してくれたし。まぁ俺、存在的には神霊より上だから。天使如きに負けはしない。

 そう言えばフェリド坊の従者らしいあの金髪の子。なんか覚えがあるような雰囲気を感じた。会ったことないはずなんだけどな。

 

 

「アークライト様」

 

 そんな事を考えてモニタールームを出たところ。純白の髪を肩で切り揃えてショートにし、燕尾服に身を包んだ女性吸血鬼──エリアス・アラバスターに声を掛けられた。

 彼女は俺が侯爵として領地を持っていた頃からの付き合いだ。

 侯爵時代に領地の財政を統括していた秀才。土地の管理や財政、会計士の腕で彼女の右に出る者はいないスーパーメイドである。

 

 彼女はモニタールームから出てきた俺を見ると、サッと跪いて頭を下げた。

 

「上位始祖会で何かあったのですね。ならばこのエリアスに、何なりとお申し付けください。如何なる事も半日以内に準備を整え終えます」

 

 ホントにこの娘、予知能力か読心術でもあるんじゃないだろうか。

 これまでもそうだった。俺が何かしようとすれば、言う前に今回の様に備えてしまう。

 彼女には感謝が尽きない。経営のけの字も知らなかった俺が土地を維持出来ていたのはエリアスのおかげだ。

 

 戦闘に関して俺は最強かもしれないが、力で解決出来ない事はこの世にいくらでもある。

 例えば国の行く末がそうだ。力に物を言わせて解決しようともいずれ限界が訪れ、そして崩壊するだろう。

 侯爵の地位と土地を得て、いざ経営しようとしたまでは良かった。だが忘れてはいけない。俺が元人間の凡人だと言う事を。

 領主としての知識も経験もない俺には、どうして良いか分からなかったのだ。いやホント、何やってたんだろ俺。キスショットと言う伴侶が出来たことに浮かれていたのだろうか。

 

「エリアス、お前にはいつも苦労を掛ける」

「何を仰いますか。苦労などと思った事はありません。アークライト様が居たからこそ私は……」

 

(うーむ、どちらも間違ってはおらぬのぅ。わしは何と言ったら良いものか。邪魔せんように黙っておくかの)

 

 こう言ってくれるが、エリアスにはかなり苦労を掛けてる。

 吸血鬼だって完璧じゃない。ミスや油断もする。

 侯爵時代にミスを犯しても大して問題にならなかったのは、エリアスのフォローのおかげ。なるべく負担を減らそうとやれる限りの事をしたんだけど、あるとき俺がやってた仕事の半分くらいを自分がやるとエリアスが言ってきた。やはり杜撰だったらしい。

 

 領主としてのノウハウだって彼女から学んだ。

 領地運営も最初はエリアスに任せっきりだった。俺がやった事と言えば、空想具現化(マーブル・ファンタズム)で土地を活性化させたり、ちょっと因果を弄って運を良くしたりなど。能力頼りの謂わば反則技。

 エリアスの尽力に比べれば些細なものだ。

 如何なる状況、不測の事態が起ころうと臨機応変・冷静沈着、スピーディーかつアグレッシブに対応するスーパーメイド。何より心を忘れない秘書の鑑。それがエリアスだ。

 

 だからこそ驚いた。彼女が俺に吸血鬼にしてくれと頼んできたのは。

 

「エリアス。お前は今、満足しているか?」

 

 あの堕天のクソ野郎が教会の奴らを唆して十字軍を嗾けて来た一件の後、俺に言ってきたのだ。『私を吸血鬼に、貴方様の側に置いてください。我が永遠の王よ』と。

 

 驚いたものだ。だってエリアスは、信仰高い信徒だったのだから。彼女からすれば吸血鬼なんて神の敵、それこそあのクソ野郎やユダ並の大敵だ。

 

 つい聞いてしまったその問いに彼女は、微笑んで答えた。

 

「当然です。これまでの私の生は、充実しています」

 

 まぁそう言ってくれるならいいけど。

 未だに吸血鬼になった理由、ちゃんと教えてくれないんだよね。聞いても毎度はぐらかされるし。

 クロ坊も元々はテンプル騎士団だったから、彼女も何かあるのだろう。内に秘めておきたいなら無理に聞く必要もない。

 

「アークライト様、私にご命令を。我が命に掛け、為してみせます」

 

 おっと、そうだった。俺から日本に行くと言った以上、待たせるのは失礼。

 さっさと準備して、さっさと出発しないと。

 

「禁忌の大魔術《終わりのセラフ》を日本の組織が兵器化しつつある。日本を治めるクルル・ツェペシだけでは戦力不足と判断し、《終わりのセラフ》撃滅の為に私が行く事となった」

 

 上位始祖会でも言ったけど、俺が直接行く事については問題ない。俺が離れても《アヴァロン》に支障は出ないし、トップが不在なだけで動かなくなる様では価値がないと思ってる。

 

「エリアス・アラバスター、部隊の編成を任せる。精鋭で二個小隊。私とキスショットが指揮を執る」

「ッ! はっ、承知しました。六時間で準備を整えます」

 

 深く頭を下げて、エリアスは立ち上がる。

 エリアスはメイドとしてだけでなく、実力を見抜く目利きなどの戦闘面も一流だ。吸血鬼の実力は、主人の実力や生きた年月に比例する。

 エリアスは貴族じゃないがおそらく、本気で戦えばフェリド坊より強いだろう。メイドこそ自分の本分だと言ってるけど。

 

「それでアークライト様。武装は?」

 

 エリアスが言っているのは、吸血鬼が装備する武装の事だ。

 

 知っての通り俺は無理ゲーのラスボスみたいな性能。並の武器では力に耐えられない。一級武装でも使い捨ての消耗品になってしまう。まあこれは上位始祖全員に当て嵌まる事だけど。

 俺の基本は魔法を用いた戦闘だ。だって多彩だし、遠距離だし。

 

 空想具現化(マーブル・ファンタズム)

 無理無理。確かに利便性や応用性は超高いけど、加減が効かなくなる。普段使うのはほんの少しで、本気で行使したのはあのクソ野郎を相手にした時だけだ。

 て言うか、元より近接戦闘は得意じゃない。キスショットにも負けるし。

 

「今回は必要ない。他の者に回してくれ」

 

 キスショットは心渡りとアーティファクトがあるからいいとして、星そのもの(アルテミット・ワン)に耐えられる武器はなかった。

 いや、あるにはあるけど使いたくない。だって俺の黒歴史時代に作った代物だし。厨二心が復活してしまう。初めて使った時、死にそうになった。

 

「了解しました。では準備にかかります。アークライト様、イヴ様、失礼します」

 

 もう一度頭を下げ、背中を向けて小走りに去っていった。

 さて俺も準備をするか。念の為に戦闘人形(キリングドール)も何体か連れていこう。

 すごく、すご〜く不本意だけど、アレも準備”だけは”しておく。あくまで準備だけだ。

 

「行こうキスショット。久しぶりの天使が相手だ」

「うむ。日本の組織は前々から耳にしておる。腕がなるのぅ」

 

 こらこら壮絶な笑顔を浮かべるな。

 俺は見慣れてるからいいけど、他から見ると怖いから。

 それにしても天使、か。《セラフ》と言うくらいだから、どの天使が出てくるか。

 アレを使う覚悟だけはしておこう。使い終わった後に、また悶え死にたくないからね。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 彼女は元々、とある土地を治める貴族に仕えていたメイドだった。その貴族は民の事など微塵も考えない悪徳領主ではあったが、親類は皆死に、自力で生きる術を持たなかった彼女にはそれしか方法がなかったのだ。

 幸いにも才能に恵まれていた為、財務総括の役職に就いてそれなりの暮らしは出来ていた。

 だが就いてすぐに後悔する事になる。悪徳領主の凄まじい悪徳によって、その土地の民の生活は常にギリギリ。裕福なのは領主派の一部の貴族のみ。

 そんな状態で土地と民からの税金を維持しろと言うのだ。無理難題もいいところだ。だが彼女はそれを為した。どう考えても割りに合わなかったが為し遂げていた。

 

 しかし彼女は、あまりに美し過ぎた。女癖も悪かった領主に目をつけられぬはずがない。

 歳が16になると共に、身の危険を感じ始めた。

 会う度に向けられる欲望の目。不必要に触れられる身体。逃げたくとも逃げられない現実。

 そしてとうとう魔の手が伸びようとした時――彼が現れた。

 

 夜に浮かぶ月の如き金髪に、輝く朱い瞳。全てを魅了する中性的な容姿を持った一人の男性が国の役人と共に乗り込んで来たのだ。

 

 そこからは早かった。その日の内に領主は国にしょっ引かれ、いつの間にか彼が爵位と領主を継ぐ事になった。

 新たな領主の名は、アークライト=カイン・マクダウェル。

 

 彼女が抱いたアークライトへの第一印象は、無表情で無愛想、だった。

 常に表情が変わらず、まるで感情がないかのよう。冷静というにはあまりに静かで、正直、不気味とすら思えた。

 しかし彼女は、近いうちにその考えが間違いであると悟る。

 彼ほど王らしく、しかし最も手のかかった領主を彼女は知らない、と。

 

 アークライトは土地経営のけの字も分からなかった。

 結局、領主が変わろうと同じか。そう思った時、彼は彼女に言った。

 

『君が財務の総括か。私は何をどうすればいいか分からない。教えてくれないか』

 

 さすがの彼女も口を開いて間の抜けた声を出したものだ。

 知らないのなら何故領主を継いだのかという疑問より、教えて欲しいと頼んできた事への驚きの方が強かった。

 貴族とは総じてプライドが高い。どちらが優れているか年中競っているし、見栄の張り合いばかり。何があろうといちメイドに懇願するなどありえないのだ。

 

 彼は他の貴族とは違う。まず、そう確信した。

 教えられる全ての事を教えた。彼女が知る限り、彼ほど飲み込みが早い者はいない。

 まるで砂漠のよう。スポンジではなく砂漠。スポンジは良く吸収はするが、限界があるし握れば吐き出してしまう。

 しかし砂漠はどうだろう。その広大さで無限に吸収し、決して漏らしはしない。

 

 僅か数週間で彼は、領主としての知識を完全に物とした。

 だが彼女から見て、アークライトは領主らしくなかった。

 その時代の領主とは領民の事など気にも掛けず、欲望のままに貪り、民からの信用や信頼などとは無縁。それが普通の、少なくとも彼女が知る領主とはそういう存在だった。

 そういった点から考えればアークライトは領主らしくないだろう。

 

 民があってこそ国。民の心が国から離れれば、迎える結末は崩壊。

 

 彼は彼女にそう言った。

 その言葉を証明するように善政を敷き、側近達の目を盗んで街に行って民と交流し、そして意見を実際に聞く。

 

『民を思い、民に想われる。それこそが王』

 

 青臭い理想かもしれない。だが現実ばかりでなく、理想を見てもいいではないか。

 

 一転して豊かになり始めた民を見てアークライトは、僅かに、しかし確かに笑みを浮かべていた。

 このとき彼女は、己の抱いた印象が間違いであったと悟ったのだ。彼は無表情でも無愛想なわけでもない。ただ、感情を表に出すのが不得意な、不器用な人なのだ。

 

 そんなアークライトを神が祝福するかのように土地は潤い、財政も上手く回る。

 いつしか人々はアークライトが治める街をこう呼んだ。

 理想の都、”アヴァロン”と。

 

 王族よりも王らしいアークライト。そんな彼に仕えられる喜び。彼女は確かに幸せだった。

 

 だが幸せは、脆くも数年で終わりを迎えた。

 名君として名が知れ渡り、領民も増えた頃、突然総数十万あまりの十字の旗を掲げた大軍勢が《アヴァロン》に侵攻してきたのだ。

 

 軍の指揮官らしき騎士は、アークライトが居城の城門で集まる民を前に、

 

『化け物の分際で領主を名乗るなど不届き千万! 我等が神の敵、”吸血鬼”アークライト=カイン・マクダウェルをすぐに引き渡せ!』

 

 そう、高らかに宣告した。

 

 吸血鬼? 神の敵? あのアークライト様が?

 困惑する彼女。

 

 アークライトは説明を求める領民達へ、ただそれを肯定した。

 彼女の中で何かが崩れ去る。

 反応は様々だった。殆どの貴族は真っ先に逃げ出し、かなりの数の領民も去った。だが全てではない。

 たとえ吸血鬼であろうとアークライトを信じ、最後まで共にと残った民や貴族もいたのだ。その殆どがアークライトが来た頃より、苦楽を共に歩んできた者達だった。

 

 そんな彼等を目の当たりにして、アークライトが見せた顔を彼女は忘れない。唯一彼女だけが、伴侶たるキスショットすらも見た事がないだろう、頬を何かが滴り落ちたあの表情を。

 

 その時こそ、彼女の心が決まった瞬間だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ──ガチャ

 気配を消して控えていたエリアスは、モニタールームの扉が開く音で意識が戻された。

 

(私とした事がなんて醜態を……一瞬とは言え眠ってしまうなんて)

 

 僅かに頭を左右に振り、意識を完全に覚醒させる。

 目をモニタールームに向ければ、己が主人がイヴと共に出てきたところだった。

 そしてはたと気がつく。主人の表情が、僅かに変わっている事を。

 

 エリアスは主人の元へ急いだ。主人たるアークライトは、滅多に表情を変えない。無表情というわけではなく、感情を表に出すのが不得意なのだ。

 そんなアークライトの表情が変化している。

 上位始祖会でそれ程の事案があったに違いない。

 

「アークライト様」

 

 駆け寄って跪き、頭を垂れる。

 

「上位始祖会で何かあったのですね。ならばこのエリアスに、何なりとお申し付けください。如何なる事も半日以内に準備を整え終えます」

 

 アークライトの表情を変え、上位始祖会に出る程の事案。

 少なくとも悠長に構えられるものではないだろう。

 

 跪いたエリアスを見て、アークライトは笑みを浮かべた。

 

「エリアス、お前にはいつも苦労をかける」

(ああ…やはりお見通しなのですね)

 

 エリアスは気配を絶っていたつもりでも、きっとアークライトにはお見通しだろう。一瞬とは言え、眠ってしまった事も。

 確かに最近は疲れが溜まっているかもしれない。

 だがそんなものは吹っ飛んだ。主人のその一言で。

 自分を労ってくれている。案じてくれている。そして、自分の働きを知ってくれている。

 

 それだけで、エリアスには十分だった。

 

「何を仰りますか。苦労などと思った事はありません。アークライト様が居たからこそ私は……」

 

 もしアークライトが居なければ、自分はあの貴族の魔の手にかかり、絶望で命を絶っていただろう。

 

 彼ほど力と智に通じる王をエリアスは知らない。

 土地の経営とは本来、単独で出来る事ではない。だがアークライトはその大半を一人でこなした。自分や他は、それでも漏れてしまった部分を少し修正するだけでよかったのだ。あまりの規格外ぶりに、仕事が無くなってしまうので私がやりますと頼んだ程だ。

 アークライトが来てから土地は潤い、財政も上手く回るようになった。

 最初こそ神の祝福などと思っていたが、実際には違う。

 それすらもアークライト自らによるものだったのだ。土地という生命を操り、因果にすら干渉する。

 

 だからこそ困惑が深かった。彼が、自分の信仰していた神の敵である吸血鬼と知った時は。

 

「エリアス。お前は今、満足しているか?」

 

 唐突にアークライトがそんな事を言った。

 吸血鬼になったのを後悔していないか、と暗に聞いてきている。表情に出したつもりはなかったが、やはりアークライトにはバレバレらしい。

 

 あの時、決めたのだ。

 単身で十万もの十字軍に、その背後で糸を引いていた堕天の王に。

 残った民や臣下達の命を背負い、たった一人で挑んだあの背中を見た時。

 エリアスは、心に決めた。

 たとえ吸血鬼であろうと、一生彼の側で仕えると。

 

 だから胸を張って言える。

 

「当然です。これまでの私の生は、充実しています」

 

 今思えば、あれは告白に等しかった。

 

 ”私を吸血鬼に、貴方様の側に置いてください。我が永遠の王よ”

 

 思い出す度に顔から火が出そうになる。彼以外に聞かれていないのが救いだ。

 だがその思いに微塵の偽りも、揺らぎもない。

 自分の身体も血も、魂にいたるまで捧げると誓ったのだ。

 

「アークライト様、私にご命令を。我が命に掛け、為してみせます」

 

 だから命じて欲しい。あなたに仕える事こそが我が至福なのだから。

 

「禁忌の大魔術《終わりのセラフ》を日本の組織が兵器化しつつある。日本を治めるクルル・ツェペシだけでは戦力不足と判断し、《終わりのセラフ》撃滅の為に私が行く事となった」

(天使……ッ⁉︎)

 

 無意識に奥歯をギリッと噛み締めた。

 彼女にとって天使とは、忌々しく全滅させたいような存在である。

 アークライトが治めていた領土を失い、表の世界から姿を消すきっかけとなった存在だ。

 

「エリアス・アラバスター、部隊の編成を任せる。精鋭で二個小隊。私とキスショットが指揮を執る」

「ッ! はっ、承知しました。六時間で準備を整えます」

 

 既に頭の中でメンバーを選出しながら、エリアスは立ち上がる。

 

 アークライトがわざわざ精鋭と条件をつけ、同等のイヴと共に直接指揮を執ると言った。

 アークライトの考えを読むのは無理だが、少なくとも今回の一件、ただでは終わらないと予感しているのだろう。

 なら考えられる限りで最高の準備をする必要がある。

 

「それでアークライト様。武装は?」

 

 アークライトが吸血鬼の武装を用いること。それは加減の為でもある。

 神すらも超越する存在であるアークライトは、どれだけ加減してもその魔法一つが天災となってしまうのだ。

 だから敢えて弱い武装を使う事により、被害を抑えている。一級武装が使い捨てになってしまうが、地図を書き直すよりはマシだろう。

 逆に言えば、

 

「今回は必要ない。他の者に回してくれ」

 

 武装を用いないとは、アークライトが本気を出す可能性があるという事だ。

 

 アークライトの本気を知る者はいない。

 かつて一度だけ本気を出したと言われる堕天の王との戦いも、唐突に忽然と堕天の王とアークライトが姿を消した為に存在しない。

 

 ただ、無傷でありながら辛そうな表情を浮かべ、戻ってきたアークライト。そして携えた尋常ならざる威圧感を纏う黒い剣を見て、エリアスは思う。

 

(アークライト様は本気を出す事を避けている。もしや代償が? もしくは私と会うもっと以前に何かが? それともあの剣に?)

 

 いずれにしろ、アークライトに本気を出させる事は、二度とあってはならない。

 主人のあんな表情など、もう見たくないのだ。

 

「……了解しました。では準備にかかります。アークライト様、イヴ様、失礼します」

 

 最後にアークライトと、気を遣ってか黙っていてくれたイヴに一礼する。

 そして背を向け早足で歩き、二人が見えなくなった途端に駆けた。

 

 目指すは軍の待機場。メンバーを呼び出す為だ。

 この地下都市《アヴァロン》に住む吸血鬼、そして人間全てにアークライトは信用され、信頼され、慕われている。

 開発部も惜しみなく最新装備を用意するはずだ。

 全ては己が主人の為に、先を急ぐエリアスだった。

 

 




感想で、アークライトは始祖ではなく真祖ではないかと質問があったので答えます。
真祖とは多く、魔法や術式などで後天的に吸血鬼となった人間を指します。アークライトは正真正銘、生まれながらの吸血鬼なので始祖です。


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邂逅するニンゲン

最近、感想が荒れてるようなのでログインユーザーのみに変更します。
それと感想の返信についてですが、最初は執筆を優先していたので覗くだけにとどめておき、後で返そうと思っていました。
ですが予想外のお気に入りや感想数に仰天。感想数が五十件を超えた時点で無理だと悟り、執筆に影響が出かねないため、返信は最低限にさせていただきます。全てありがたく読んでいますし、少なくとも原作に追いつくまでエタりませからご心配なく。

なんでこんなに人気出たんでしょう。息抜きと挑戦で始めた作品なのに。まだ二話しか更新してないのに。終わりのセラフ見て、吸血鬼キャラで強い組み合わせってなんだろうという発想から生まれた作品なのに。プレッシャーで潰れちゃいますよ。
後、感想での批判ですが。何が悪いのかと書いた、ちゃんとした批判以外には反応しません。




 青空の下を一台の軍用車が走っていた。

 搭乗者は五人。百夜優一郎、君月士方、早乙女与一、柊シノア、三宮三葉。

 現在走っている、東京・名古屋間を繋ぐ東名高速道路を通って月鬼ノ組集合地《海老名サービスエリア》に向かっている途中である。

 

 青く澄み渡る空を見上げながら、優一郎は改めて鬼呪装備と契約した時に阿朱羅丸が言ってきた事を思い出していた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ユウ、気を付けなよ」

「は? なんだよ突然」

 

 いきなりの心配するような阿朱羅丸の言葉に、優一郎は聞き返した。

 

「君は一度暴走した。そしてそれは吸血鬼側、それも上位始祖にも伝わってるはずさ。君の人間でない部分が僕の思う通りなら、気を付けた方がいい」

「いやだから、何なんだよ阿朱羅丸。自分一人で喋ってないで、俺にも分かるように言ってくれ」

 

 阿朱羅丸が何か忠告しているのは分かる。だが何に対してかはっきりしない。

 優一郎の困惑は深まるばかりだ。

 

「まったく鈍いな君は〜、これぐらい察しなよ」

「いや無理言うなよ」

 

 優一郎の様子に阿朱羅丸はヤレヤレと肩をすくめて、

 

「つまり君を危険視して、今回は上位始祖が出てくるかもしれないって事さ」

「へ? いや、上位始祖って……」

「そろそろ時間だね。僕が言えるのはここまで。僕の予想通りなら、もう一つだけアドバイスだ。金髪には注意しなよ」

「いや、ちょ、ま……」

 

 そこで優一郎は目覚めた。言いたい事だけ言われ、自分の疑問には答えないままに。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「金髪、ねぇ……」

 

 オープンカーである為に直で吹き付ける風に頬をなでられ、早送りの様に過ぎ去る風景を見ながら呟く。

 それを耳聡く聞いていた後部座席のシノアが、助手席の優一郎に半身を乗り出してきた。

 

「どうしたんですか優さん?」

「ん? あ、いや、阿朱羅丸から言われた事が気になってな」

「例の鬼からの忠告、ですか?」

「ああ。金髪に気を付けろったってな……」

「金髪……ですか」

 

 シノアが腕を組んで考え出す。

 鬼呪装備に宿る鬼が契約者に直接忠告してくるなど、そうそう無いだろう。

 しかも優一郎の阿朱羅丸は黒鬼シリーズ。数ある鬼呪装備の中でも最強にして最難関。現在のところ両手で足りる数しか確認されていない。そんな鬼がわざわざ忠告するのだから余程の事だ。

 

 金髪。優一郎に宿る鬼はそう言った。

 シノアが金髪と言われて真っ先に浮かぶのは、同じ後部座席の隣に座る同い年の同じチームのメンバー。荼枳尼シリーズの天字竜を持つ三宮三葉だ。

 うーん、とシノアは考える。暫く考えて、そしてハッとした。

 

「まさか……! 優さんがみっちゃんの毒牙にかかるという忠告……ッ!?」

「なんでそうなるんだ!!」

 

 ゴルァ!とばかりに牙を剥く三葉。

 後部座席の左に座る与一は、そんないつもの遣り取りを笑いを堪えながら見ていた。

 前の優一郎と君月の二人は我関せずだ。

 

(そういや俺、家族・仲間と言いながらも、阿朱羅丸の事なんにも知らないな)

 

 今度もっとちゃんと話をしてみるか、と内心で思いながら優一郎は、再び視線を景色に向けた。

 広がる青い空。雄大な緑の自然。むしろ八年前より豊かな景色を見て、思わず呟いた。

 

「こんな天気がよくて自然が豊かだと、世界が滅亡してるなんてとても思えないな」

「あは、今更それ言います?」

 

 猛獣化した三葉を抑えたシノアが呟きに反応する。

 

「昨日も一昨日も、この八年間ずっと世界は崩壊しまくってるじゃないですか」

 

 そういやそうだな、と優一郎。

 首都圏に行けば高層ビル群は軒並み老朽化で崩れ、街は徘徊するヨハネの四騎士によって荒れ果てている。

 知る術はないが、日本以外の他の国もそうだろう。

 いや、日本はまだマシだ。日本には吸血鬼に対抗出来る鬼呪装備がある。対抗手段がない他の国はいったいどんな状況なのだろうか。

 十分に今の世界は、滅亡した世紀末だ。

 

「でもこの道あれだろ? 箱根の温泉に行くやつだろ? 違ったっけ君月」

「ん? さあ、俺は東京生まれじゃないから知らん」

「車運転するならそれくらい知ってろよー」

「じゃあお前が運転しろ」

「マジで!!いいの!?」

 

 あはは、とこれまたいつもの遣り取りを苦笑いで傍観する与一。

 その時、

 

『ッ!』

 

 五人全員がゾッとするような雰囲気を感じ、前を見た。

 一見、何も無くただ道路が続いている。ヨハネの四騎士も見当たらない。

 だが、

 

「与一さん」

「うん、分かってる。おいで、《月光韻》」

 

 与一が自身の黒鬼、弓矢の形状を持つ《月光韻》を呼び出した。

 後部座席で膝立ちになり、弦を引き絞りながら同時に照準用の魔法陣が現れる。

 グンッ、と与一の視界が一気に進んだ。左右に動かし、倍率も変更しながら探り続ける。

 そして、見つけた。

 

「ッ!」

 

 目測で約一キロ先。高速道路の案内標識塔の上。

 赤と黒を基調にしたシックなドレスを着こなす一人の女性。膝裏付近まである金髪を持ち、陶磁器のような白い肌をしている。

 その美しさは、与一も一瞬状況を忘れて見惚れてしまう程だった。

 だがすぐに意識を戻す。

 

「約一キロ先に吸血鬼! 数は一! まだ気付かれてない! どうする!?」

「ッ! やってください与一さん!」

「やれ与一! 撃ち殺せ!」

「わかった。行け月光韻!!」

 

 五条の光の矢が発射される。

 矢や弓と思って侮るなかれ。黒鬼シリーズという最強の鬼呪装備が放つ攻撃だ。

 その一撃は装甲車をも粉砕し、並の吸血鬼では一撃で屠られる。速度も常識外れだ。

 

 一キロの距離を矢は一瞬で飛び抜き、案内標識塔を破壊しながら全てが吸血鬼に命中した。

 

「全弾命中!」

「皆さん油断しないでください。君月さん、車を停めてください。もし仕留め損なっていたら、車で突っ込んでもあの時の二の舞です。全員、戦闘態勢のまま待機!」

「分かった」

 

 車が道の真ん中で停まり、与一を除いた四人が左右し布陣する。

 

「…ッ!」

 

 与一は月光韻を構えたまま、仕留めたかどうか着弾地点に目を向けた。

 舞っていた粉塵が晴れる。

 果たして敵は——無傷で現れた。

 顔がこちらに向く。視線が、合った。

 

「ッ!?敵は健在! 見つかった!」

「総員戦闘準備!」

 

 シノアの号令で全員が抜刀する。君月と優一郎が前衛。シノア、三葉、与一が後衛だ。

 この距離ならまだ時間はある、とシノアが皆に言う──

 

「皆さん鬼呪促進薬を……」

「いきなり攻撃とは随分じゃの。小僧子に娘子ども」

 

 前に、敵が十メートル程の距離に迫っていた。

 

「そんな……ッ!」

(いくらなんでも早過ぎる……ッ!?)

 

 もう鬼呪促進薬を飲む暇もない。

 今の状態で乗り切るしかないようだ。

 

「どうするシノア!? 撤退は無理だぞ!」

「……やるしかないようです。このレベル相手に心許ないですが──ッ!?」

 

 その時、シノアがある違和感を感じた。しかしすぐその正体に気付く。

 目の前の吸血鬼は、武装していない。

 一般の吸血鬼でも武装していない事なんてありえないし、何よりこのレベルが一般などまずないだろう。

 だがシノアには思い当たる節があった。

 

 吸血鬼の中でも武装をしていない吸血鬼。しないのではなく、出来ない。何故なら耐えられる装備がないから。

 たとえ装備がなくとも圧倒的な力を持つ吸血鬼。

 それは……

 

「あ、あはは……クソッ、冗談が過ぎますよ」

「おい、どうしたんだシノア」

 

 青褪めるシノアに異常を感じた三葉が、敵から視線を外さずに問う。

 対してシノアは、もはや蒼白になった表情で言った。

 

「皆さん、あの吸血鬼を見てください。武装をしてませんよね」

「ああ、確かに武器らしきものは身に付けてないな。それがどうした? 武装してないならこっちが有利だろ」

「今は優さんの呑気さが羨ましいです。いいですか皆さん。おそらくあの吸血鬼は上位始祖。つまりは六位以上の吸血鬼の始祖です」

「んなッ!?」

 

 果たして誰が漏らした驚愕か。

 少なくとも全員が例外なく絶句していた。

 

「なんでそんな奴がこんなところに!」

「ぼやいてる場合じゃないぞ! やるしかないだろ!」

 

 三葉が皆を叱咤するのを見て、シノアは考える。

 幸いにも相手は一人だ。数の有利はこちらにある。

 基本的な陣形は変わらない。始祖相手にも一対一である程度戦える優一郎、君月を前衛に。三葉と自分は二人の補助。遠距離の与一は後方支援。

 

「行きますよ皆さん。死ぬ気でやってください。場合によっては鬼呪を暴走させます」

「わかった。だけど誰も死なせねぇぞ。生きて切り抜ける」

 

 こんな状況でも優一郎のこの優しさは頼もしい。それは甘さかもしれないが、シノアにとってはただ冷徹なだけよりもずっと好ましかった。

 

「いやうぬら、少し待た……」

「行きます!」

 

 優一郎と君月が飛び出す。

 先陣を切ったのは優一郎だ。まずは敵の強さを量るつもりらしい。

 

「む、話を聞かぬ童じゃ。来れ(アデアット)

 

 対する女性吸血鬼は、懐からカードらしきものを取り出し何かを唱えた。

 瞬間、カードが発光し変化する。現れたのは、刀身がない三十センチ程の柄のみの刀だった。

 

「【斬撃皇(グラディウス)】」

 

 突然現れたそれに優一郎は一瞬迷うが、吶喊を続行した。

 阿朱羅丸を下段に構え、薙ぎ払う。

 しかしその一撃は、ギンッと甲高い音を立ててなかった筈の刀身(・・・・・・・・)で受け止められた。

 

「ほう、やるの。重く迷いのない太刀筋じゃ。しかし──」

「死ね吸血鬼!」

 

 弾かれて尚、優一郎は追撃を加える。

 真上からの振り下ろし。並の吸血鬼では、受け止めるどころか武器諸共両断せん威力だ。

 

 だが目の前の吸血鬼は並ではなかった。

 

 吸血鬼の身体が流水のように動く。迫っていた刀をスルリと躱し、そのまま円を描くようにひねりを加え、優一郎の背後へ回り込んだ。

 

「まだ青い。器用さが足りぬ」

 

 吸血鬼が刀を振るう。優一郎を腰から両断する一閃。

 

「ぐッ!」

 

 優一郎と迫る刀の間に二刀が入り込む。君月の鬼籍王だ。

 何とか防ぐ事には成功したものの、二人揃って弾き飛ばされた。

 隙が出来た二人を援護する与一の矢が飛来する。

 

 吸血鬼の一閃でそれは墜とされたが、二人が立て直すには十分。

 優一郎と君月が再アタック。

 今度は君月だ。二刀を駆使した絶え間ない連撃。

 だがそれすらも、吸血鬼は片手一本の刀で捌き切っていた。

 

「うぬには器用さがあるようじゃが、あの小僧子とは逆に一撃一撃の重さが足りん。故に──」

 

 吸血鬼が僅かに身を引く。

 急な手応えの消失に君月の連撃が空振ってしまう。

 そうして空振った君月の刀に、横薙ぎの一閃を打ち付ける。

 君月の鬼籍王が宙を舞った。

 

「なっ」

「こう容易く弾かれてしまう」

 

 刀が振り下ろされる。だがその前に君月の背後左右から斬撃が放たれた。シノアの四鎌童子と三葉の天字竜だ。

 迫る斬撃を前に吸血鬼は、刀を振り下ろしから横薙ぎに変更。

 その一閃で君月諸共、斬撃を吹き飛ばした。衝撃で粉塵が舞う。

 

「む……」

 

 粉塵を突き抜けて再び与一の矢が飛んできた。数は五。

 吸血鬼は回避を選択。

 狙われた箇所を僅かにずらし、最低限の動きで避ける。

 しかし五発目を避けたところで体勢が僅かに崩れた。

 

 小さいながらも、漸く出来たその隙に三人が同時に動く。

 

「今度こそ!」

「これで!」

「終わりです!」

 

 背後上空から優一郎、左横から鬼籍王を呼び戻した君月、右横からシノア。

 三人が同時に仕掛ける。

 普通ならこれで終わりだ。三方向からの同時攻撃に対処出来る者はそうそういない。

 

「冗談だろ……」

 

 しかし今回は例外だったらしい。

 優一郎と君月の攻撃は、刀を握る右手を頭上に掲げ、下に傾ける格好で受け止められた。その刀は、刃渡り二メートル近くまで延長(・・)していた。

 首を狙ったシノアの四鎌童子は、左手の中指と人差し指で摘んで止められている。

 

「ほれ、攻撃が失敗したのならとっとと動かぬか」

 

 摘まんだ鎌を引っ張り、刀を大振りに振るう。それによってシノアは放り投げられ、二人は弾き飛ばされた。

 

「娘子は鎌が大振りな分、攻撃のタイミングがズレておる。他より早く行動した方がよい。後は──」

「天字竜! 皆を守れ!」

 

 吸血鬼の周りを三体の鬼が取り囲む。三葉の天字竜だ。

 取り囲まれた吸血鬼は鬼を見て、

 

「複数の鬼を出し、操る能力。利便性は高そうじゃが、使用法がワンパターンじゃ」

 

 足元の地面に刀を突き立てる。次の瞬間、三体の鬼の真下から無数の刃が飛び出し、鬼をズタズタに切り裂いた。三体全部が霧散する。

 

「んな……ッ」

「使い方をもう少し学ぶがよい。考えればバリエーションは多いはずじゃ。さて次は──」

 

 吸血鬼の姿が消える。一瞬の後、そこへ与一の矢が炸裂した。

 

「どこに……ッ!」

「ふむふむ、うぬの弓の腕は中々じゃ。エリアス程ではないが、将来有望じゃの」

「うわ⁉︎」

 

 吸血鬼の姿を見失ったのも束の間。声は与一の真横からだった。

 金の瞳が与一を覗き込む。

 

「矢の弾道が素直過ぎる。それではいくら速くとも、上位の者には見切られてしまうぞ。弾道操作でも身に付けるがよい。意思は強そうじゃから問題ないじゃろ」

「あ……」

「与一から離れろ!」

 

 優一郎と君月が両側から仕掛ける。

 だが再び吸血鬼の姿が消え、二人の攻撃は空を切るに終わった。

 

「今度はどこに……」

「上です! 避け──」

「遅い」

 

 シノアが叫ぶが、遅かった。

 吸血鬼が刀を振るい、斬撃が放たれる。

 狙われたのは、君月と優一郎の間の地面。瞬間、地面は粉砕され、周囲に衝撃波が発生した。

 

 発生した衝撃波によって優一郎と君月は左右に吹き飛ばされ、与一も余波で背中から倒れ込む。

 その場にシノアと三葉しか、戦える者がいなくなってしまった。

 吸血鬼は明らかに手加減している。戦闘開始からまだ二分半。もし本気だったら、自分達はいったい何度全滅しているだろう。

 

「優さん! 君月さ──」

「意識を敵から逸らしてはいかんぞ。うぬが指揮官なら尚更じゃ」

「え……」

 

 ほんの一瞬だった。意識をダウンした三人に向けたのは。

 だがその一瞬で目の前に現れて、首筋に刃を添えられていた。

 

 死ぬ。明確な死を幻視して思わず目を瞑る。

 

「やはりまだまだ青いの。個々の力は高いが、連携が出来ておらん」

「…………え?」

「各々の短所を補い合い、長所を活かし合う。それが連携の基本にして極致。うぬらの連携は上辺だけじゃ」

「…………はい?」

「しかし、成長の余地は十分。これから経験を積んで学ぶがよい」

「……貴女は、何を言ってるんですか?」

 

 だが殺されず、血も吸われない。刃は未だ添えられたままだが、刃を引く様子もない。

 それどころか自分達の戦闘の問題点を指摘している。

 

「貴女は、吸血鬼ですよね?」

 

 だからこう聞くのも仕方がないだろう。

 

「む? 今更じゃな」

「ではなぜ私達を殺さないのですか? 私達は人間ですよ?」

「だから何だと言いたいところじゃが、先に仕掛けてきたのはうぬらじゃろうて。最近の童は血の気が多いの。わしは待てと言うたはずじゃぞ?」

「…………」

 

 言われてみればそうだったような。

 今思えば、目の前の吸血鬼はこちらを殺す気はなかったらしい。

 彼女の攻撃はどれも自分達が耐えられる程度の威力であり、絶対に避けられない攻撃はしてこなかった。

 

「ふざけんなよ! 何が待てだ! お前は吸血鬼なんだろ!」

 

 しかし納得出来ない者もいる。優一郎だ。

 優一郎は家族を吸血鬼に殺されており、吸血鬼に対して並々ならぬ憎悪を抱いている。

 吸血鬼の殲滅。それこそが優一郎の目的なのだ。

 

「随分と吸血鬼を憎んでおるようじゃの。こうも人間から憎悪を向けられるのも久しぶりじゃ」

 

 そんな優一郎を見て吸血鬼は、シノアから刀を離した。「去れ(アベアット)」と唱え刀が元のカードに戻る。

 シノアが怪訝な表情となる。

 

「何のつもりですか?」

「最初から言っておろう。わしはうぬらと事を構える気はありはせん。うぬらが攻撃してきた故に対処しただけじゃ」

「それを信じろと?」

「どちらでもよい。うぬの好きにするがいい。わしは行くぞ」

 

 吸血鬼が踵を返し、ガードレールの方へ歩き出す。

 優一郎が阿朱羅丸を構えたが、シノアが視線でそれを制した。

 勝てないのは明白であり、何時でも自分達を殺せた。

 敢えてそれをしないのは興味がないからなのか、それとも別の目的があるのか。

 

 シノアは迷った。

 このまま逃せば帝鬼軍が動いている事が暴露るかもしれない。だが自分達で挑んでも勝てる相手ではなく、全滅は必至だ。それでは無駄死にである。

 

 そんなシノアの迷いを読んだかの様に吸血鬼が言ってきた。

 

「心配せんでいい。うぬらの事を言うつもりはない。わしらの目的はうぬら人間ではない。目的は別にある。日本の吸血鬼がどうなろうと知った事ではないしの」

「それこそ信じられませんね」

「じゃろうな。予定が狂っても面倒じゃし、ならば信用できるようにわしらの情報を与えよう」

 

 歩みを止め、シノア達に振り返る。

 そして見た目通りに優雅な一礼の後、言った。

 

「わしの名はキスショット=E(イヴ)・マクダウェル。アメリカを治める第一位始祖、我が主アークライト=カイン・マクダウェルの眷属にして第二位始祖じゃ」

「第二位……ッ!」

 

 予想以上の大物だったらしい。かつて遭遇した第十三位始祖よりも圧倒的に上の存在だ。

 何より日本以外の始祖。帝鬼軍にとっては相当な情報である。

 

「これだけでも十分に貴重な情報だと思うがの」

「……分かりました」

「シノア⁉︎」

「黙っててください優さん。指揮官は私です。どちらにしろ私達に貴女をどうこうする事は出来ません」

「賢明な判断じゃ。日本の組織は狂信的と聞いていたが、そうでもないようじゃの」

 

 再び歩み出す。

 そしてガードレールの上に飛び乗ると最後に言った。

 

「さらばじゃ童共。精々精進するがよい。戦場で会わぬようにな」

 

 それだけ言って姿が消える。

 

 どっと疲れが襲ってきてシノア、三葉、与一がその場にへたり込んだ。

 シノアにいたっては息を荒げている。優一郎が駆け寄った。

 

「だ、大丈夫かシノア⁉︎」

「大丈夫なわけありませんよ。こんなところであんな大物と出会うなんて予想外もいいところです。でも、休んでいる暇はありません」

「ああ、すぐに出発するぞ。時間もないし、この事を中佐に報告しないと」

 

 シノア、続いて三葉も立ち上がった。

 更に与一も立ち上がり、自然と全員が黙ったまま車に乗る。

 君月も無言でエンジンをかけ、車を出す。

 暫く進むとシノアが切り出した。

 

「今回で私達の問題点が分かりました。私達はまだまだ連携がなっていない」

「吸血鬼に教えられたのが癪だけどな」

「あはは、確かに皮肉だね。でもあの吸血鬼、これまでの吸血鬼とは全然違ったね。強さもそうだけど、何というか……」

「俺たち人間を侮っても見下してもいなかった」

「ああ、そうだ。あいつの言葉を信じるなら、あいつは他国の吸血鬼。それがなぜ日本に……」

「私達があれやこれや考えても仕方がありません。ひとまず海老名サービスエリアに急ぎましょう。グレン中佐に指示を仰ぎますから」

「そういやさ……」

 

 優一郎が時計を取り出して時間を見る。

 

「このまま行って集合時間まで間に合うのか?」

「お…怒られるかな?」

 

 与一が不安そうに言った。シノアが答える。

 

「敵と交戦してますので大丈夫だと思いますが、五分五分ですかね。今回の場合、私達は無視すればあちらも素通りさせてくれたみたいですから」

「その辺も含めてグレン中佐次第だ」

 

 三葉が締めくくる。

 今度は君月がシノアに聞いてきた。

 

「おいシノア。そういえばなんで海老名に向かってんだ?」

「あれ、私言ってませんでしたっけ?」

「言ってない。お前は大切な事はなんにも言わないからな」

 

 君月の嫌みにシノアは笑みを返す。

 

「じゃあ今説明しますね。今回の目的は──」

 

 シノアの説明が始まる中、海老名に向けて速度を上げるのだった。

 




後書き書くの忘れてました。
今回の経緯や日本への出発前の事は次回で。


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進撃のヴァンパイア 前編

長くなりそうだったので二分割。次回がキスショット視点での優達とのバトル。
ちなみにアークライトとキスショットのfate風ステータスを考えてみたんですけど。要りますかね?
後、なるべく感想返しを頑張っていこうと思います。


 アメリカ合衆国経済都市、ニューヨーク。その地下に第一位始祖アークライト=カイン・マクダウェルが治める都市、地下都市《アヴァロン》がある。

 

「ではエリアス。私が戻るまでの間、アヴァロンの全指揮をお前に任せた。頼んだぞ」

「はっ、全身全霊でお受けします。いってらっしゃいませ、我が主人(マイ・マスター)

 

 そのアヴァロンから繋がる航空機の発着場。

 軍用機へと最後に向かうのは、ここ地下都市アヴァロンの王、アークライト=カイン・マクダウェル。

 見送るのはアークライトの腹心、エリアス・アラバスター。

 エリアスは言葉通り、僅か六時間で全ての準備を終えた。そして今まさに、部隊を乗せた軍用機(C-5M)が飛び立たんとしているところである。

 

 アークライトが乗り込む。

 それを合図に徐々に動き出し、滑走路へ入る。そして加速しながら空へと離陸していった。

 向かうは日本。あの軍用機(C-5M)は、開発部の手によって魔術と科学の混合で改修されたハイブリッド機。そう時間はかからないだろう。

 

「ご武運を」

 

 離陸を見送ったエリアスは、踵を返して空港の建物へ向かう。

 建物内にはアヴァロンへの通路がある。そこから出入りしているのだ。

 

 通路を抜けた先にあるのは、かつて理想の都と呼ばれた街。第一位始祖が治める、吸血鬼と人間が共存する都市である。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 アヴァロンは他の吸血鬼が治める地下都市と比べ、何もかもが違っていた。

 

 まずはその歴史だ。数ある吸血鬼の地下都市の中でも最古の都市。アヴァロンの原型は十三世紀頃から存在している。

 アヴァロンとは、かつてアークライトが侯爵及び領主として治めていた街を人々が呼んだ名だ。

 かつて起きた十字軍と堕天の王によるアヴァロン侵攻。それによってアークライトが侯爵として治めていたアヴァロンは事実上崩壊し、街諸共歴史から姿を消した。

 だが実際には違う。アークライトが残った民と貴族達を率い、街の一部と共に移住したのだ。

 そう、地下に。空想具現化(マーブル・ファンタズム)で空間を形成し、影の転移魔法で移動する。

 一連の作業をアークライトは一瞬で終え、アヴァロンは地下都市となった。他から見れば街一つが一夜で消失したように思えただろう。

 その後も何度か移動を繰り返し、十六世紀頃にアメリカで安住。第一位始祖が治める都市として発展していったのである。

 

 アヴァロンが他の吸血鬼の地下都市と違う点。

 最たるのは、アヴァロンでは吸血鬼と人間とが共存しているところだろう。

 他では絶対にありえない、吸血鬼と人間の共存。それがアヴァロンでは、当たり前の風景として存在している。

 その理由は、世界滅亡前までのアヴァロンの住人の大半が、アークライトを吸血鬼と知りながらも共に歩む事を是とした者達、あるいはその子孫だからだ。

 それは吸血鬼にも言える。侯爵時代のアヴァロンの民とは、何も人間だけではなかった。

 アヴァロンの話を、と言うよりアークライトの話を聞きつけて吸血鬼も集まってきていたのだ。

 多くはないが、吸血鬼の中にも人間との共存を望む者もいる。だが吸血鬼の社会から見れば圧倒的に少数派であり、十三世紀当時の情勢もあって行き場をなくしつつあった。

 

 そこへ舞い込んできたのがアークライトとアヴァロンの存在。

 

 共存派の吸血鬼にとっては、まさに光明。

 アークライト自身も共存を望んでおり、それを実現出来るだけの実力と影響力を持っていた。

 自然と共存派の吸血鬼達はアヴァロンを目指す様になる。今思えばアークライトがアヴァロンを作ったのも、それを見越してなのかもしれない。

 

 八年前に世界が滅亡した今でもその共存関係は変わっていない。

 破滅の爆心地は日本だが、ウィルスの脅威は全世界を平等に襲った。

 爆心地だった日本は、《鬼呪》と呼ばれる吸血鬼への対抗手段の応用によって被害を食い止める事が出来た。

 だがそんな手段は皆無だった諸外国。受けたダメージは甚大である。

 アメリカも例外ではない。世界トップの経済大国であったが故に魔術的な発展には乏しく、あるにはあるが全く対抗出来なかった。

 

 そんなアメリカが全滅だけは逃れたのは、単にアークライトによるものだ。正確にはアークライトの血と、アヴァロン独自に発達していた魔法技術によってだ。

 アークライトは、六体の原初の始祖の唯一の生き残りにして、最強の吸血鬼と呼ばれる埒外の存在。

 その血一滴、髪の毛一本にもとてつもない力を内包している。もしアークライトの血の結晶があれば、それは賢者の石と呼ばれるだろう。一昔前なら国同士が戦争して奪い合う程の代物だ。

 

 ともかく、アークライトの血とアヴァロンの魔法技術。この二つによって生み出された魔法薬で全滅だけはギリギリ回避した。ちなみに人間の吸血鬼化や眷属化にも血が密接に関わってくるのだが、これは後に語るとしよう。

 それでも生き残ったのが大人より子供の方が多かったのは否めない。

 ヨハネの四騎士の発生で地上は危険地帯となった為、容易に生活するのは困難となった。さすがにそのままとはいかないので、ただ、アークライトやエリアスが受け入れ体制を整えるのに苦労したと言っておく。

 最初の頃は吸血鬼という御伽の存在に戸惑いや怖れなどが見られたが、今になってはそれもない。

 見た目は普通の人間であり、アヴァロンの吸血鬼は人に近い感情を持っている。アークライトという存在や、人間と共にアヴァロンで長年共存しているのが影響しているのだろう。

 

 そうした経緯で吸血鬼と人間が共存する都市、アヴァロンは誕生したのだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 アークライトを見送ったエリアスは、東南メインストリートを歩いていた。露店の店員などが挨拶をしてくる。

 ちなみに服装はいつもの燕尾服ではなく、都市守護隊の白服と言われる制服だ。

 見れば同じ制服を着た隊員がチラホラと歩いている。その隊員がエリアスを見つけるとビシッと敬礼をして通り過ぎていった。

 他との相違点は腕の腕章。それは総隊長を表すものである。

 エリアスはメイド長でありながら、都市守護隊の総隊長も兼任しているのだ。他にも財務総括、経営担当、アークライトファンクラブ会長など。

 万能スーパーメイドの名は伊達ではない。尚、所属隊員達からは鬼教官と恐れられ慕われている。

 

 エリアスが目指している場所は、アークライトが居城《レーベンスシュルト》だ。このまま真っ直ぐ行けば着く。

 

 周りに視線を巡らせれば、様々な光景が入ってきた。

 吸血鬼の女性と人間の男性が隣り合い、仲睦まじく歩く姿。またはその逆。吸血鬼の主婦らしき女性が店主相手に値切り合戦をしている姿。ハーフの少年と人間の子供達が一緒に遊ぶ姿。同僚らしい人間と吸血鬼の二人が愚痴り合う姿。

 他の国の人間や吸血鬼が見れば目を剥くであろうこの光景も、エリアスにとっては別段珍しくない。見慣れたものだ。それこそ何百年も前から。

 

 人間と吸血鬼が入り混じり、共存する都市。ここが地下都市《アヴァロン》である。

 

 アヴァロンの構造は、レーベンスシュルト城を中心に八方向へ八本のメインストリートが伸びる形となっている。見た目的にはレトロなヨーロッパ風の雰囲気だ。

 その見た目に違わずアヴァロンの体制も中世に近い。法律のようなルールは最低限。生活も科学的なものより魔術を発展させたアイテム、もしくはハイブリッドが大半だ。

 それでも十分に便利なので皆文句はないが。むしろ今の方がいいと感じる者も多い。

 

(本当に畏れ入ります。こんな都市などアークライト様以外には思いつかないでしょう。さすがは我が王です)

 

 本人の知らぬところでエリアスの好感度and忠誠心が上がる。元々どちらも振り切っているのだが。

 

 そんな時、ふと目に入った。前方から籠を抱える少年が来るのが。急いでいるのか小走りだ。

 籠の中身は様々な果物。お遣いらしい。

 しかし、大丈夫だろうか?

 籠は抱きつくように持っており、少年からは足元があまり見えていない。

 このまま行けば……

 

「あっ」

 

 案の定、少年が地面に躓いた。

 持っていた籠は投げ出され、少年は地面に向かって倒れていく。

 このままでは割と大変な事になるだろう。

 

 その前にエリアスが動いた。現場に向かって軽く跳ぶ。

 まず散らばるように投げ出された果物を空中で掴み、優しく素早く籠へ戻していく。終われば籠を左手でキャッチ。

 そして着地と同時に右手を伸ばして少年の胸を支え、転倒を防いだ。

 鮮やかな動作に周りからおお〜と歓声が上がる。

 

「気をつけなさい。躓いたら危ないわ」

「あ、ありがとうございます、エリアス様」

 

 頭を下げて籠を受け取り、お礼を言って去っていった少年。

 エリアスは下に視線を落とし、トントンと軽く地面を蹴った。

 

(そろそろアヴァロン全体を整備した方がいいかもしれないわね。整備不足で被害が出てはいけないわ)

 

 歩みを再開する。

 そして今回の件について考えを巡らせた。

 

 上位始祖会で挙がった日本の組織による《終わりのセラフ》の兵器化。日本帝鬼軍と呼ばれる組織の殲滅。

 件の日本帝鬼軍をアークライトはそれほど重要視していないだろう。

 

(なら何を?)

 

 決まっている。《終わりのセラフ》だ。

 

 《終わりのセラフ》は吸血鬼からも禁忌とされており、エリアスもその詳細を知らない。

 だが思い当たる節はある。

 エリアスにとって忌まわしき存在。アークライトが地上から姿を消すきっかけとなった出来事。

 《堕天の王》と、それに唆された十字軍によるアヴァロン侵攻だ。

 もし《堕天の王》と同レベルの天使が降臨すれば手が出せない。たとえ上位始祖でもだ。

 それを兵器化したというなら、それこそアークライト以外に対処出来ないだろう。

 

(でもあくまでそれは日本。たとえ本当に兵器化に成功したとしても、ここに攻めて来るのには時間がかかる。こちらが対策と準備を整えるには十分。ならアークライト様自身が行く必要はないはず)

 

 上位始祖会でそういう話になるならともかく、今回はアークライトから言い出したこと。

 何せアークライトがアヴァロンから離れるのは稀なのだ。

 アークライトの存在は、いるだけで一つの抑止力となる。吸血鬼の貴族同士の争いが表面化しないのもアークライトの存在が大きい。

 本人は大した事ではないと謙虚に言っている。しかしエリアスはそう思わない。アークライトがいるからこそバランスが保てているのだ。

 そんなアークライトが、アヴァロンを離れて直接動く。

 

(今回がそれほどの事態ということ?)

 

 アークライトは自ら戦いを起こす好戦的な性格ではない。むしろその気質は穏和だ。民を慕い、民から慕われ、戦いを好まない王。

 1500年ほど前は違ったらしいが、少なくとも今はそうだ。

 だが臆病な平和主義というわけではない。

 彼にとって大切なのは民と身内。それに危機が迫ろうものなら、彼は天災へと変貌する。

 

 何が起こるのだろう。彼の気質が反転したとき。

 エリアスは知っている。

 残った者達も吸血鬼と同じ神の敵として殺そうとした十字軍。その十字軍が、天から墜ちてきた星によって大多数を滅却された事を。

 

 それはこの世の天変地異。アークライトの怒りは世界の怒りと言うべきほどだ。

 それを一番よく理解しているのは、他ならぬアークライト自身。

 だからアークライトは戦いを好まない。戦えば世界が終わりかねないから。戦うことが何を意味するのか誰よりも理解しているから。

 

 そんなアークライトが全力を出す可能性がある今回。それが意味するのは……

 

(つまり、日本だけではなくアヴァロンにも……もしくは世界に影響が出かねないということ?)

 

 《終わりのセラフ》とはそれほどのものなのか。

 いや、アークライトの事だ。他にも何か思惑があるのだろう。

 

(私がどうこう考えても仕方がない。この一件はアークライト様が対処する。私は私が任された事を全力ですればいい。でも…………)

 

 理解していても、つい思ってしまう。

 

(アークライト様。また貴方は一人でやるつもりなのですね)

 

 本音を言うなら自分も共に行きたかった。片時も離れたくなかった。

 

 だが不満はない。

 

 主人は任せると言った。イヴを残していく事なく、自分に任せると。

 

(《終わりのセラフ》であろうと関係ない)

 

 主人は戻るまでとも言った。なら不安などあるものか。

 心配するほうが不敬である。

 主人がそう言うのならそうなのだ。

 

(いつまでもお待ちしております。必ずお戻りになってください)

 

 主人が死ねと言うなら、この命を捧げよう。生きろと言うなら、全ての障害を撃滅し生き残ろう。

 元より救われた命。主人の為に使わずしてなんとする。

 血の一滴、髪の毛一本、魂にいたるまで……

 

(我が永遠の王よ)

 

 我が全てを、貴方に捧げよう。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……⁉︎」

「む? どうかしたのかアーク?」

「……いや、なんでもない」

 

 なんだ? 気のせいか?

 なんか病みのような気配を感じたんだけど。勘が鋭過ぎるのも困りものだ。

 

 今俺たちは日本に向かって移動中である。

 窓の外に目を向ければ空と雲とがまるで早回しのように過ぎ去っていく。

 やっぱ速いな。さすが開発部作。このサイズでこのスピードとか凄い。

 

 はてさて、アヴァロンを出発して四時間。あと二時間くらいか。

 久しぶりにアヴァロンを離れたけど、あっちは大丈夫だろうか。俺がアヴァロンから動くのは滅多にない。

 いやさ、引き篭もりじゃないよ? ただゆっくり平穏に過ごしたいだけだから。

 元より俺はインドア派。一箇所に留まりたい派である。

 戦闘だってホントはあんまりやりたくない。

 

 全力を出せないことに不満? 力を使う機会がないことにストレス?

 

 ないない。どこの獣殿だ。

 ここまで生きて肩書きとか凄くなってるけど、元々一般の凡人だから。

 使わずに済むなら使わないで一生を終えたい。キスショットとアヴァロンで平和に自堕落に過ごしたい。

 これからどんだけ生きるか知らんけど。

 俺って面倒くさがりなんだよ。ただ面倒な事を放っておくと、後で更に面倒になる事が嫌なだけで。

 だから面倒な事はさっさと片付けるに限る。

 今回、アヴァロンを離れて日本に行くのも同じ。《終わりのセラフ》とか絶対に面倒くさい事になる。ならとっとと片付ければいい。厄介事は勘弁だよ。

 本当は俺一人でも良かったんだけど、それ言ったらキスショットが拗ねるし。俺一人だとやっぱり体面的にも悪いから部隊も連れて来た。

 アヴァロンはエリアスに任せたから心配ない。俺が武力チートならエリアスは内政チートだから。

 

 ここだけの話、アヴァロンを作った理由も最初はしょうもないものだ。ただネギまのヘラス帝国とかアリアドネー風の街を再現できないかな〜、と思っただけである。ただしメガロメセンブリア、お前はダメだ。クルトさんとか割といい人だけど、上は真っ黒。あんなのモデルにしたくない。

 割と上手くいってるんじゃないかな。さすがに魔導精霊艦とか無理だけど。今度、精霊魔法を教える学校でも作ってみるか。エリアスに要相談だな。

 古龍・龍樹は……やっぱり無理か。神代の頃に一匹くらい捕まえとけば良かったな。

 ちなみに空飛ぶ箒は作れた。さすがエヴァンジェリン。ダイオラマ魔法球を作ったりしてたから、マジックアイテムを製作する方面の才能もあったのだろう。ホント助かる。

 

 ん? 待てよ。ダイオラマ魔法球に入っていた時間も含めると、俺って何歳になるんだ?

 

 ………まぁいいか。ここまで生きると歳関係ないし。吸血鬼に歳関係ないし!

 

 ……おほん。それは置いといて。

 それにしても《終わりのセラフ》か。また堕天のクソ野郎みたいなのは勘弁して欲しい。

 出てきたら、即刻『月落とし(ブルート・デァ・シェヴァスタァ)』ブッパである。……語呂悪ッ。

 

 ちょっとキスショットと相談した方がいいな。

 そう決めて、《終わりのセラフ》について話そうと念話を繋げた。

 この中で知ってるのはキスショットだけで、上位始祖のみに許されている内容だからだ。ここ個室だけど一応ね。

 

『キスショット』

『うむ? どうしたのじゃ、アーク』

『今回の《終わりのセラフ》についてなんだけど。どう思う?』

『解せん、じゃな』

『だよな〜』

 

 《終わりのセラフ》には降ろす為の依り代が必要になる。

 そしてその依り代は普通の人間では耐えられない。神秘がまだ濃かった昔でさえそうなのだから、現代なら尚更だ。

 

『依り代に最適なのは『神の子(ミカエラ)』じゃ。しかし今の世では絶対数が少なく、いても純度が低いじゃろう』

『見つけたとしても純度が低くて降ろせない。なら降ろせるようにするしかない。日本の組織が本当に成功したのなら、絶対に真っ当な手段じゃないよな』

『確実に手を加えているじゃろうな。もしくは普通の人間を無理矢理依り代にするか、じゃな』

『人体実験、か。もしかしたらあのウィルス、それに失敗した結果なのかもな』

 

 でもそうなると疑問が残るな。

 あのウィルスが失敗した結果なら、世界滅亡前から実験をしてた事になる。

 なぜわざわざそんな事を?

 

『わしはそれよりも日本の組織、《日本某》とやらが気になるの』

『《日本帝鬼軍》な』

 

 相変わらず興味のないものの名前は覚えないのね。

 

『それじゃそれ。その日本帝鬼軍は日本の吸血鬼と敵対している組織らしいの。確か《鬼呪》じゃったか? それがわしには解せん』

『あ〜、なるほど』

 

 つまりキスショットはこう言いたいわけだ。

 《鬼呪》とか鬼を宿す武器が出す、文字通り鬼の呪い。吸血鬼の再生能力を阻害する効果はあると言う。

 そしてこの《鬼呪》、送られたデータによると世界滅亡直後から日本の人間達の手にあって、抵抗してきたらしい。

 そんなものが短期間で作れるとは思えない。時間と高い技術力、更に鬼についての情報や数多の犠牲が必要だろう。

 

 だがそうなると、この《鬼呪》も世界滅亡以前から作られていた事になる。

 これに依り代の実験を合わせると──

 

『誰かが世界滅亡を予見していて、それに備えて《終わりのセラフ》の実験や《鬼呪》の開発をしていた、って事になるな』

『それだけではない。クルル・ツェペシは日本の組織を殲滅しようとしておる。じゃが、黙って殲滅されるほど日本帝鬼軍とやらは潔くないじゃろう』

 

 確かに。そんなに潔かったら、上位始祖が率いる吸血鬼にここまで抵抗してみせないだろう。

 

『アーク。此度の殲滅作戦、日本の組織が対抗出来るとしたらどんな手段がある?』

『奇襲で最大戦力である貴族をなるべく減らす、かな。《終わりのセラフ》が切り札なら、囮で一箇所に集めて一網打尽ってのもありだ。あるいは両方』

 

 基本的に下位でも貴族の能力は相当高い。いくら吸血鬼を殺せる手段を持っていても正面からぶつかるのは得策じゃない。

 なら吸血鬼特有の弱点である人間に対する驕りや侮りを突いて、奇襲によって大人数で囲んで倒す。

 これが最善だ。だけど、

 

『それって吸血鬼側の情報を詳しく知ってないと出来ないよね』

『うむ。奇襲を仕掛けてくるのならば、《鬼呪》しかり《終わりのセラフ》しかり、こちら側の情報を流しておる輩がいるのではないかの?』

『裏切り者がいるって事か……』

 

 本当にいるとしたら上層部だろう。

 一般の吸血鬼じゃ知り得ない情報まで流れてるから。

 

『吸血鬼側でも何か企んでるヤツがいるのか。ホントに世知辛いな』

『仕方なかろう。わしらはアヴァロンの暮らしに慣れておるからの』

 

 やっぱアヴァロンで平穏に暮らしていたい。でもそういうわけにもいかないんだよ、これが。

 思惑はどうあれ、世界が本当に滅んでしまったら困る。今の暮らしには満足してるし。

 

『面倒くさいけど、やるしかないな。ならまずは敵陣視察と行きますか』

 

 思い立ったが吉日とばかりに立ち上がろうとし……

 

『いや待たぬかたわけ』

『ぐふっ』

 

 たところで、キスショットから肘鉄を喰らって強制停止させられる。

 ご丁寧に周りに気付かれず無音かつ神速でだ。

 

 てか、キスショットさん? あなたのパワー、俺と同等なんですからね? やろうと思えば大陸砕けるからね?

 感情が表情に出難い身体で良かった。

 

『痛いぞキスショット』

『何が痛いぞ、じゃ。うぬが行ってどうする。動きを知られれば、裏切り者が何を仕掛けてくるか分からんじゃろうが』

 

 うぐっ、そう言われると反論出来ない。

 確かに俺って目立つし。容姿的に。勘のいい奴だとアリストテレスとしての気配が察知されてしまう。

 

『わしが行く。わしなら適任じゃ』

『え? マジで?』

 

 確かにキスショットの隠蔽スキルはすこぶる高い。

 この敵陣視察には適任だろう。

 

『だけどなキスショット。タイムリミットは二時間……いや万全を期すなら一時間だ。たったそれだけで敵陣を視察し、戻ってこれるか?』

『愚問じゃな。わしを誰だと思っておる。うぬの眷属じゃぞ? 偶にはわしに任せい』

『……分かった。なら頼む』

 

 そう言うや否や、キスショットは立ち上がる。

 だがそれを俺が止めた。

 

「ちょっとストップ」

「なんじゃ。時間は刻一刻と過ぎておるぞ」

「せめて俺の影の転移魔法で送らせろ。何もしないのはちょっと癪だ」

「素直にわしが心配だと言えばよかろうに」

 

 うるさいやい。

 転移魔法を発動させると俺の影が広がり、キスショットの足下まで飲み込む。

 そうするとキスショットの身体が影に沈み始めた。

 

「何度経験しようとこれは慣れんの」

「言うな」

 

 何も知らずにこれ使うと大抵が叫ぶ。まぁ怖いよな。初めては俺もそうだったし。

 

 そうしている内にキスショットは完全に影へ沈み込んだ。

 転移先は機外にあるほんの少しの影。

 影があるなら何処でも転移可能だ。今回は日本にいきなり送ると何があるか分からないから、機体の外にしたけど。

 乗ってる皆にも要らぬ心配かけないようにこっそりやりたいから。

 最後の確認の為にもう一度キスショットに念話を繋げた。

 

『確認だ。目的は敵陣視察。もし本当に奇襲作戦を企てているのなら、人間達は貴族が合流する前に実行したいはずだ。ならおそらく名古屋に入る前辺りにいるだろうと思う』

 

 日本の吸血鬼の本拠地は、京都地下にあるサングィネム。本隊が名古屋の貴族と合流してしまえば手が付けられない。

 ならまだ分散している名古屋の貴族を狙うだろう。

 

『もしかしたら《終わりのセラフ》の依り代も日本帝鬼軍の中にいるかもしれない。木を隠すなら森の中と言うからな』

『分かっておる。確認は以上じゃな。ならば行くぞ』

『ああ。気を付けてな』

 

 機体に張り付いていたキスショットが空に身を投げ出す。

 バサッ、と大きく空いたドレスの背中から蝙蝠のような黒い翼が飛び出した。

 翼を羽ばたかせると一気に加速し一筋の光となり、この魔術と科学のハイブリッド機であるC-M5すらも置き去りにする。

 ほんの一瞬でキスショットの姿は消えた。

 

 見送った俺は椅子に座り直す。

 

「………」

 

 さて、一時間何してよう。

 

 




エリアスさんは少し病み気味。ただし本当に死ねと言われたら、アークライトが本物かどうか疑うくらいには普通(?)
キスショット相手だと勘違い要素は皆無となります。ここんとこよろしく。


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進撃のヴァンパイア 後編

週末に間に合わなかったよ。
今回はまるっとキスショット回。ついでに少し過去にも触れる。
取り敢えずどうぞ。


 いったい何百年前だろうか。彼に血を吸われ、そして与えられて吸血鬼となったのは。正確な年数はもう思い出せない。

 それだけ悠久の時を共に過ごしてきた。

 ただ、あの瞬間だけは、はっきりと覚えている。

 

契約に従い(ト・シュンボライオン・ディア)我に従え(コネートー・モイ・ヘー) 氷の帝王(クリュスタリネー・インペラトル)

 

 脳裏に残るのは、赤。己の身体を染め上げる鮮血の赤。

 もう動かない身体。五感の幾つかも失った中、その声だけが響いていた。

 

疾く来れ(ノーリス・エピゲネー)静謐なる(テートー・ガリーニオス )

 千年(バシレイア・ト)氷原(ーン・パゲトゥ)王国(・キリオン・エトー)

 

 彼の内面を知っている自分だが、ここまで冷たく無機質な声を聞いた事はない。

 

咲き誇れ(アンティスメナ・カタ)終焉の白薔薇(ストロフィス・レウカ・ロダ)

 

 しかしそれに込められたのは、永久凍土(コキュートス)の如き静かな怒り。

 後にも先にも、ここまで感情を露わにしたのはこの時ばかりだろう。

 

固定(スタグネット)(・エト・)掌握(コンプレクシオー)

 

 半分ほどは赤に染まった視界。だが然りと覚えている。

 氷風と冷気を纏い、自分を守るように立つ彼の後姿を。

 

術式装填(ディラティオー・エフェクトゥス)(アントス・)(パゲトゥー・)(キリオーン)(・エオーン)】』

 

 自分だけを避けるように広がる氷の世界。

 皮膚を刺す冷気は彼の殺意と敵意の具現だった。それを向けるのは眼前の敵。

 彼が生涯ただ一度だけ、本気の殺意を抱いた存在。

 そして、

 

術式兵装(プロ・アルマティオーネ)氷の帝王(クリュスタリネー・インペラトル)】』

 

 この世に地獄が舞い降りた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 現在キスショットは空を翔けていた。

 日本帝鬼軍が名古屋の貴族を奇襲すると言っても、必ずどこかで一度集合しているだろう。

 敵陣視察するにはまず、集合場所を探し出さなくてはならない。

 しかしここで問題がある。キスショットは日本の地理に詳しくない。

 さすがに名古屋や京都、東京くらいなら分かるが、それ以外の土地や道は壊滅だ。

 

 ならなぜアークライトはキスショットが最適と言ったのか。

 

 それは圧倒的な速さを持っているからだ。速度に関してならアークライトをも上回る。

 本来なら広い範囲を探すのに向かないしらみ潰し。それを広範囲にわたって行えるのだ。

 故に現在。東京辺りから何度も日本を縦に往復し、名古屋に向かっている。

 こんなとんでもない方法が取れるのは、アークライトに次いで最強なキスショットぐらいだろう。迷路の道を取り敢えず全部行ってみるようなものである。

 マッハを超えるくらい容易く出来てしまうのだ。

 

(東京から名古屋、中間辺りまでは来たかの?

 見つかるのは時間の問題じゃろうな。しかし、懐かしい事を思い出したの)

 

 極超音速(ハイパーソニック)の中、魔力によって強化された視力で地上を探りながらキスショットは、加速した思考であの時を思い出していた。

 

 忘れはしない、自分が吸血鬼となったあの時を。

 

(随分と永い時を生きたものじゃ)

 

 既に千数百年。長くも短くも感じる。ここまで生きると時間の流れがあまり気にならなくなるらしい。

 千年程度でこうなのだ。自分の倍近くの時を生きたアークライトは、いったいどう感じているのだろう。

 

 長く生きれば何かが変わるのだろうか?

 

(いや、アークは何も変わっとらんじゃろうな)

 

 浮かんだそんな考えは、すぐに否定した。

 今も昔もアークライトは変わらない。少し天然で最強な一人の男。

 キスショットにとっては、ずっとそうだ。

 

(だいたい彼奴は、己を妙な所で過小に捉えすぎておる)

 

 下手に本気を出せば世界が滅びかねないその力をアークライトは、誰よりも自覚している。

 と言うより、二千年も生きているのだから自覚していない方がおかしい。

 

 だがそれ以外。例えば己がやってきた偉業や、周りからの評価を低く捉えがちなのだ。

 悪意や敵意には敏感でも、向けられる好意には鈍感。こう言うべきなのか。

 自分や周りに迫る危機や異常には、いち早く反応する。今回の《終わりのセラフ》もそうだ。なんやかんや言っても己で解決しようとしている。

 

 しかし、これが好意になると途端に鈍感と化す。

 彼が統治するアヴァロンの民からは、人間や吸血鬼と関係なく畏怖と畏敬の念を抱かれている。だからアークライトは陛下と呼ばれているのだ。だがその本人は殆ど気付いていない。

 むしろ気付いていないから、慕われるようにもっと頑張ろうなどと思う始末だ。

 もうとっくに慕われているというのに。

 

(エリアスの時は大変じゃったの〜)

 

 なにせ妹同然のエリアスから告白じみた言葉を言われたくせに、込められていた好意に気付いていなかった程だ。

 まあキスショットもその内容までは知らないのだが。エリアスは聞く度にショートしてしまう。よほど恥ずかしかったのだろう。

 少なくとも百年以上はエリアスの好意に気付いていなかった。手を出すのは余計なお節介と静観してたキスショットも、さすがに頭を抱えたものだ。

 最後はキスショットが手助けしての最終手段である。

 

(しかし、それは仕方がなかったのかもしれん。アークは生まれが生まれじゃからな……)

 

 アークライトは原初の始祖。

 生まれたのは紀元前、神代と呼ばれる時代だ。

 その頃の世とは、まさに信仰の世界。信仰こそが全てと言ってもいい。まだ神秘が世界に溢れており、神や天使などが本当に確認出来た時代なのだ。

 

 そこにアークライトは、吸血鬼として生まれた。

 

 自分にさえ多くの事を語らないが、想像くらいはつく。

 過酷の一言では済まない、壮絶な日々だったろう。

 信仰が全ての神代は、人から外れた存在にとって優しくない。

 吸血鬼と知った人々がアークライトに向ける感情はただ一つ。

 

 敵意。それのみ。

 

 昨日まで親切だった人が吸血鬼と知った途端、手の平を返したように敵意を向けてくる。たとえ誰かを助けてもそれは変わらない。

 己を討ち取ろうとする人々。そこで討ち取られれば、全ては終わりだ。

 しかしアークライトは最強の吸血鬼。神すらも超越する星の化身。

 倒せるはずがない。敵うはずがない。

 そうして続く悪循環。結果、アークライトは魔王とまで呼ばれるに至った。

 

 その経験がアークライトの奥底に未だに居座っている。

 周りは敵ばかり。晒されるのは敵意と悪意。

 それに慣れてしまったが故にアークライトは、己に向けられる好意などの正の感情に疎い。

 これでもマシになった方である。キスショットとの出逢いが彼を変えたのだ。いや、正確には戻したと言うべきだろう。

 キスショットと出逢う前は、見た目通りの性格だったのだから。

 

(その名残が周りとの妙な語弊を生んでおる。こればかりはわしでも如何にもならん)

 

 アークライトの中に残るかつての名残が周りとのズレと言うか、勘違いを生み出す。

 キスショットと出逢う前にやっていた、アークライトは黒歴史と呼び、他の吸血鬼達は伝説として語り継ぐ出来事も相まり、更に加速させてしまう。

 本人はちょっと手伝う程度の意図で言った事が、周りからは色々と歪曲やら誇張やらと装飾されて捉えられる。

 こんなのはしょっちゅうだ。

 

(わしは違いに気付いたが、他の者では難しいじゃろうな。エリアスはもう少しといった所かの)

 

 他からは始源の吸血鬼(ロード・オブ・ヴァンパイア)伝説の吸血鬼(レジェンド・オブ・ドラキュリア)などと称されるアークライトも、中身を見てみれば少し天然の入った割と普通の男でしかない。

 とは言っても、それに気付いているのはキスショットだけだが。

 エリアスはもう少し時間がかかるだろう。彼女は忠誠心というフィルターがちょっとばかり邪魔をしている。

 

 と言うよりキスショットが別格過ぎるのだ。

 吸血鬼となって数年でアークライトの本質に気付き、アークライトもキスショットの前では素を出す。

 これもアークライトの血を色濃く継いでいるからなのか。

 

(しかし、完全に普通と言うわけではないがの)

 

 先程も言った通り、アークライトは向けられる正の感情に疎い。

 だからこそ、己の大切な者に危害が加わる事を決して許さない。

 そんな事になれば本当の意味での天災へと、星の怒りとして具現する。

 アリストテレスとしての本気を出したアークライトは、キスショットでも止めるのは無理だ。

 

 アークライトの本気とは、空想具現化(マーブル・ファンタズム)、『虹』の魔眼、千年城、神代回帰、そして魔剣を以って発揮される。

 こうなってしまえばほぼ無敵。地球上のあらゆる存在が敵わないだろう。それこそ神霊ですらも。

 周りから唯一アークライトが本気を出した時と認識されている堕天の王との一件。あの程度、まだまだ序の口だ。空想具現化(マーブル・ファンタズム)、千年城、魔剣しか使っていないのだから。

 

(アークが戦いを好んでないのは事実。わしもアークが本気を出す機会など望まぬわ。――む?)

 

 そうこう懐かしんでいる内に何か妙な気配を感じた。

 速度を落とし、翼を羽ばたかせて滞空する。

 目を凝らせば道路を走る一台の車が見えた。そして確信する。

 

 見つけた、と。

 

 搭乗者は五人。金髪と紫がかった灰色の髪の少女二人に、黒髪と暗い茶髪、桃色の髪の少年三人。歳は十六程度だろう。

 金髪の少女を除いた四人の気配には、何か混ざっているような感じがする。

 特に黒髪の少年。これは、

 

(ほう、上位始祖会の映像におった奴ではないか。それに加え『神の子(ミカエラ)』か。これは確定じゃな)

 

 まず間違いなくあの五人は《終わりのセラフ》に関係しているだろう。

 幸運だ。こうも早く見つかるとは。

 

(さて、どうするべきかの……)

 

 可能性を摘むというなら、ここで殺すべきか。

 しかしあの少年が本命とは限らない。

 さすがに《終わりのセラフ》の依り代が一人だけというのはないはずだ。

 もしそうだとしても、ここで本命を殺して後先無くなった日本帝鬼軍が道連れ覚悟の玉砕に出られても困る。

 人間は追い詰められた時が一番怖いのだ。

 

 それに気になる事もある。

 アークライトは人を隠すなら人の中と言っていたが、本当にそうだろうか。

 この時代に依り代は貴重な存在。そう何人も用意できない。

 わざわざ軍の中に軍人として紛れ込ませるなどと危険を冒さず、手元に安全に隔離でもしていればいい。

 それにあの少年は一度、上位始祖会に出た映像にあった通り暴走している。

 ならば何故、あの『神の子(ミカエラ)』の少年をこう野放しの状態にしている。

 

(何か意図があるのか、はたまた本命とは別の勢力が用意したものか。どちらにしろ、確かめる必要があるの)

 

 そうと決まれば早速とばかりに、標的が向かっている方向へ加速。一瞬で二キロ程進むと道路の案内標識塔の上に降り立つ。

 そうして意図的に気配を放った。あの五人が鬼の契約者なら気付くはずだ。

 

(やはり攻撃してきたの)

 

 少し待てば五人の内の一人、暗い茶髪の少年が放った矢が向かって来た。予想通りである。

 感じる気配から本当に吸血鬼の再生能力を阻害する効果があるようだ。

 まあアークライトと同等の不死力を持つキスショットにどれほど効くかは不明だが。

 

 迫る光の矢。当たらんとした直前、キスショットの手が霞んだ。

 途端、飛来した矢が全て爆散する。叩き落としたのだ。素手で。

 それでも相当な威力があったのか、余波で立っていた案内標識塔が崩れ去る。

 しかしキスショットにはダメージはおろか、ドレスにさえ損傷は見られない。

 アークライトとキスショット。この二人の防御力というのは、それほど高くない。何故なら彼等にとって不死力=防御力。どんな傷でも一瞬で回復させる。その貴族すらも遠く及ばない強力な再生能力こそ、彼等を最強たらしめている要因の一つなのだ。

 

 ならば何故キスショットは無傷なのか。

 それは着ているドレスによるものだ。これは元々、キスショットが着ていたのをアークライトが新たに作り直して贈ったドレスである。

 しかしただのドレスを贈るはずがない。

 作り直した時に魔法を生地と共に織り込み、ドレスそのものを一つのマジックアイテムとしたのだ。

 その効果は、魔力を流し込む事で織り込んだ魔法を発動するというものだ。アークライトは主に様々な種類の魔法障壁を織り込んだ。贈られて既に数百年が経つが傷むことはなく、贈り物とあってキスショットも重宝している。

 

 今回は、魔力を長手袋に流して障壁を表面に張り、矢を叩き落としたのだ。

 

(車を止めたか。迎え討つ気じゃな。なら行くとするかの)

 

 視線を向ければ矢の射手と目が合った。射手もそれに気付いたようで、何かを叫び、他の四人が己の武器を構える。

 地面をトンッ、と軽く足裏で蹴った。そうすればキスショットは、体勢を取ろうとしていた五人の十メートル手前ほどに一瞬で移動していた。瞬動だ。

 

「いきなり攻撃とは随分じゃの。小僧子に娘子ども」

 

 我ながら白々しいという自覚はある。意図的に気配を放ったのだから、いきなりも何もない。

 

「そんな……ッ!」

 

 リーダーなのか紫髪の少女が言いかけていた指令を切り、驚きに目を見開く。

 そして目を見開くばかりか、今度は顔色が青褪めた。そう、キスショットの姿を見て。

 

 そこから会話が耳に入ってくる。本人達はそれなりに小声のつもりなのだろうが、身体の基本能力が規格外のキスショットには丸聞こえだった。

 どうやら紫髪の少女は自分の正体に気付いたらしい。とは言っても漠然とであり、ただ上位始祖とだけ分かったようだ。

 続く会話で五人の役割を大体把握する。

 紫髪の少女はリーダー。基本的に作戦は彼女が立て、指揮も兼任。武器である大鎌から、おそらくポジションは後衛で前衛のサポート。

 金髪の少女はサブリーダー。リーダーの補助及び、チームを分けた時は分隊の指揮を執る。チームの士気を上げる激励役で、立ち振る舞いから五人の中で最も戦場に慣れているのが分かる。ポジションは紫髪の少女と同様。

 暗い茶髪の少年は最後衛。武器が遠距離の弓であるため、一番後ろから前へ出ず、状況に応じて動きながら前衛を援護。

 黒髪の少年と桃髪の少年は前衛。おそらく最高戦力。基本的にこの二人が敵と直接戦闘を行い、他の三人は二人に合わせて援護をする。

 前衛二人、前衛サポートの後衛二人、後方支援の後衛一人。これが基本陣形と言った所か。

 

(バランスのとれた良いチームじゃな。しかしまだ青い。敵を前にして長く会話をするのは感心せんな)

 

 彼等の会話の間にいったい何度殺せたか。少なくとも数十度は確実に刈れる。

 吸血鬼との戦闘に慣れ過ぎているのか。それとも圧倒的格上と戦った事がないのか。

 吸血鬼というのは基本的に人間に対して侮りと驕りの塊である。その慢心故に隙があってもそこを攻めない。いつでも殺せると過信があるからだ。

 

(さて、どうするかの)

 

 内心で考えてみるが、実際にはもう決まっていた。

 まずは自分の中での確証が欲しい。本当に彼等が《終わりのセラフ》に関係しているかどうか。

 上位始祖会での映像に出た人間と、目の前の少年が同一人物である時点で明確ではあるが。

 キスショットはこの場での確証が欲しいのだ。

 

 だから戦闘だけでなく後の交渉も視野に入れ、ここで会ったのは、あくまで偶然だと装う事にした。

 

 

「いやうぬら、少し待た……」

「行きます!」

 

 少年二人が時間差で飛び出してくる。

 まずは黒髪の少年だ。

 

「む、話を聞かぬ童じゃ。来れ(アデアット)

 

 キスショットは懐からカードを取り出し、詠唱によってアーティファクトを召喚した。

 

「【斬撃皇(グラディウス)】」

 

斬撃皇(グラディウス)

 アークライトとのパクティオーによって手に入れたアーティファクトである。

 その能力は、使い方と使い手しだいで無双を体現するほどのもの。外見は刀身がない三十センチ程の柄だけの刀だ。

 

 黒髪の少年が持つ刀を下段から薙ぎ払ってくる。

 それをキスショットは斬撃皇の無かった筈の刀身を以って受け止めた。

 斬撃皇がビリビリと震える。見た目によらずかなりの威力があったのだろう。

 更に少年の刀から覚えのある気配が伝わってきた。

 

(これは……)

「ほう、やるの。重く迷いのない太刀筋じゃ。しかし――」

「死ね吸血鬼!」

 

 同時に決める。この五人を殺さない、と。

 

「まだ青い。器用さが足りぬ」

 

 そして、この先死なぬように少し手解きする事にした。

 

(あの気配を読み違えはせん。わしやアークが思っておる以上に事が絡み合っておるようじゃ)

 

 そこからは、戦力分析も含めた見極めだ。

 五人各々と相手をして弱点を指摘。わざと隙を晒して後衛からの攻撃を誘発。

 キスショットから見ても、このチームはバランスが整っている。確かに経験不足が目立つし、己の能力を最大限まで活かし切れていない。連携もまだまだ。

 だが五人の歳から考えれば十分に良いチームで、各々の将来も有望である。

 

(惜しいのぅ。エリアスが欲しがりそうな人材じゃ)

 

 最後のチェックメイトとして、指揮官らしい紫髪の少女を抑えた。

 斬撃皇の刃を首筋へ添える。

 これで他の四人は迂闊に動けない。ここからが言葉による戦闘だ。

 

「やはりまだまだ青いの。個々の能力は高いが、連携が出来ておらん」

「…………え?」

「各々の短所を補い合い、長所を活かし合う。それが連携の基本にして極致。うぬらの連携は上辺だけじゃ」

「…………はい?」

「しかし、成長の余地は十分。これから経験を積んで学ぶがよい」

「……貴女は、何を言ってるんですか?」

 

 困惑しているようだ。今この少女の頭の中では様々な考えがひしめき合っているだろう。

 それでいい。存分に考え、悩め。それだけ付け入る隙が出来ていく。

 

「貴女は、吸血鬼ですよね?」

 

 最初はそれか。まずはキスショットが吸血鬼かどうか疑ったようだ。

 アヴァロンの吸血鬼を知らない者が見れば、誰でもそう聞くだろう。

 

「む? 今更じゃな」

 

 本当に今更で、否定する必要もないので軽く頷く。

 続けて紫髪の少女が聞いてきた。

 

「ではなぜ私達を殺さないのですか? 私達は人間ですよ?」

 

 この発言から日本の吸血鬼とは、人間を如何とも思っていないのが分かる。

 連れて来た部隊の編成を吸血鬼のみにしたエリアスは、これを理解していたのだ。やはり優秀である。

 

「だから何だと言いたい所じゃが、先に仕掛けてきたのはうぬらじゃろうて。最近の童は血の気が多いの。わしは待てと言うたはずじゃぞ?」

「…………」

 

 そう言われ、確かにといった表情になる。感情が表情に出てしまうのは頂けないが、中々に聡明らしい。

 キスショットが手加減していたのは実感していたのだろう。

 

「ふざけんな! 何が待てだ! お前は吸血鬼なんだろう!」

 

 しかし、あの黒髪の少年は納得出来ないようだ。

 この少年からは、戦闘の最中も他の四人以上に憎しみの感情を感じ取れた。

 度合いからして相当な出来事があったのか。

 

「随分と吸血鬼を憎んでおるようじゃの。こうも人間から憎悪を向けられるのは久しぶりじゃ」

 

 数百年前ならともかく、アヴァロンに安住してからは覚えがない。

 キスショットもアヴァロンの民から王妃と呼ばれ、アークライト同様に慕われている。しかしキスショットの場合、慕われた要因はその内面にあるだろう。

 実際、アークライトがキスショットに一目惚れしたのもその内面なのだから。まあ彼女の昔はいずれ語るとしよう。

 

(この小僧子も中々に壮絶な過去を持っておるようじゃ。それすらも何者かの思い通りだとすると救われんの)

 

 斬撃皇を少女の首筋から離し、「去れ(アベアット)」で元のアーティファクトカードへ戻す。

 紫髪の少女が怪訝な表情となった。

 

「何のつもりですか?」

「最初から言っておろう。わしはうぬらと事を構える気はありはせん。うぬらが攻撃してきた故に対処しただけじゃ」

「それを信じろと?」

 

 普通は信じない。彼女等にとっての敵である吸血鬼の言葉なら尚更だ。

 

「どちらでもよい。うぬの好きにするがよい。わしは行くぞ」

 

 だから敢えてこう言う。

 また紫髪の少女は考えているはずだ。

 彼女等が貴族奇襲部隊なら、自分をここで逃せば奇襲作戦が暴露てしまうかもしれない。

 ならばここで仕留めるのが一番いいが、手加減されてこの完敗だ。それでは無駄死にである。

 優先すべきは、仲間か任務か。感情か理性か。その二つで板挾みになっている。

 

 そこが狙い所だ。

 

「心配せんでいい。うぬの事を言うつもりはない。わしらの目的は人間ではない。目的は別にある。日本の吸血鬼が如何なろうと知った事ではないしの」

「それこそ信じられませんね」

 

 そう言っているが、内心では揺れ動いているだろう。

 

「じゃろうな。予定が狂っても面倒じゃし、ならば信用できるようにわしらの情報を与えよう」

 

 だからこれでとどめを刺す。

 

「わしの名はキスショット=E(イヴ)・マクダウェル。アメリカを治める第一位始祖、我が主アークライト=カイン・マクダウェルの眷属にして第二位始祖じゃ」

「第二位……ッ!」

 

 驚愕の感情が伝わってくる。

 日本を治めているのが第三位始祖なのだから、更に上位の始祖がいればそれは驚くだろう。

 与える情報としては十分だ。

 

「これだけでも十分に貴重な情報だと思うがの」

「……分かりました」

「シノア⁉︎」

「黙っててください優さん。指揮官は私です。どちらにしろ私達に貴女をどうこうする事は出来ません」

「賢明な判断じゃ。日本の組織は狂信的と聞いていたが、そうでもないようじゃの」

 

 まだ十六ほどに見えるが、この少女も普通には見えない。歳不相応に何処か達観している。

 

「さらばじゃ童共。精々精進するがよい。戦場で会わぬようにな」

 

 最後にそう言い残し、キスショットは消えていった。

 確かな成果を実感して。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 現在キスショットは再び空を飛んでいた。

 出発してから凡そ五十分。タイムリミットは後十分。余裕で間に合う時間だ。

 

 飛びながらキスショットは考えていた。

 

(間違いはせん。あれはアークと似た気配じゃった)

 

 黒髪の少年の一撃を受け止めた時。少年の刀から覚えのある気配を感じた。

 個人の気配ではなく、特定の種族の気配。

 おそらくアークライトと同じ。今はたった一人しか残っていない、原初の始祖の気配。

 しかし原初の始祖は、アークライトを残して命を絶ったはず。

 

(なぜ人間に鬼として使役されておるのじゃ?)

 

 黒髪の少年だけではない。他二人の少年からも似た感じがした。紫髪の少女は何か妙だったが。

 

(わしも原初の始祖についてはあまり知らん。アークもその頃の事は語ってくれんからの)

 

 あの五人全員がどうやら特別らしい。何の目的で集められたのか。確実に偶然ではないだろう。何者かの思惑の上で動かされている。

 だから殺さなかった。あの五人は例えるなら駒。盤上で動く駒だ。ならそれを動かす者がいる。

 

(其奴が黒幕か。おそらくその黒幕が吸血鬼側の誰かと手を組んでおる)

 

 最後に自分の素性を明かしたが、それには理由があった。

 

 紫髪の少女はあの戦闘と得られた情報を報告するだろう。

 そうすれば奇襲部隊の指揮官は、別勢力の吸血鬼がいることを知る。

 アヴァロン勢力はイレギュラーだ。

 もし黒幕が吸血鬼側の誰かと画策し、《終わりのセラフ》を行おうとしているのなら、イレギュラーにどう反応するのか。

 その反応によって誰かを特定する。反応しなかったらそれまでだが、今の人間は切羽詰まっている。《終わりのセラフ》も想定外の事態だからと、延期や中止できる代物ではない。

 おそらく無理を通してでも強行するだろう。

 人間にとっては切り札。いや、勝ち札に等しいのだから。

 

(上位始祖会の様子から見て怪しいのはクルル・ツェペシか、あるいはフェリド・バートリーか)

 

 もしくは両方か。

 クルル・ツェペシの場合は明確な目的がなければ動かないタイプだ。逆に言えば、目的があれば躊躇わず動く。

 フェリド・バートリーは逆で、己の快楽を優先するタイプと見える。飄々としていて奥底では何を考えているか不明。フェリドが内通者の場合、中々に厄介だ。戦闘になれば負けないだろうが、非常に面倒くさい。

 

(どちらにしろいずれ分かることじゃ。あの五人も気になるしの)

 

 おそらく彼等が鍵となる。だから死なぬ様に手解きもしたのだ。何よりキスショットが他の吸血鬼とは違うのだと、良く分かったはずだ。

 いったい人間は何をしようとしているのか。人間は生き残る為ならどんな禁忌にも手を出す。

 それは愚かかもしれないが、同時にとても恐ろしい事だ。存続の為ならば星すらも犠牲にするだろう。

 

(やはり今回の一件、ただでは終わらんじゃろうな)

 

 そんな予感を抱きながら、速度を上げるのだった。

 

 

 




ステータスですが、欲しいとの意見が多かったので次回に載せます。
ただし宝具の詳細は載せないので、予想してみてください。
そして思った。材料集めで朱い月関連を漁ってて。ヤバい自分で選んでてマジチート過ぎる。鋼の大地基準ですので型月最強格であるORTと同等のバケモンです。
サーヴァント状態じゃなく伝承通りのギル様や生前の全盛期カルナさんでやっと食いつけるくらいのバケモンです。
どうしよ誰も勝てねえよ。まぁ最強ガチートというコンセプトで選んだんですけど。



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集結するチカラ

エタってないよ。ただテストとか課題とかいう大敵に時間を攻められていただけだよ。
感想も返せずに申し訳ありません。



「――これが顛末じゃ。アーク、面倒な事になりそうじゃぞ?」

「…………」

 

 などと軽く言ってくれるキスショット。

 そして片手で目頭を抑える金髪朱眼。つまり俺。

 いや、キスショットさん? なんでそんな事になってんの?

 ただの敵陣偵察のつもりだったのに、陰謀とか謀略とかの臭いがプンプンするんだけど。

 

「面倒事と厄介事は嫌いなんだけどな……」

「どの口が言う。うぬが動いて付いてこんかった事などありはせんじゃろうが」

 

 人を磁石みたいに言うなよ。否定も出来ないけど。

 なんで毎度こうなるんだ。受難でも背負ってるのだろうか。

 今回だって、元々はただ大変そうだから手伝う程度の気持ちで来たのに。

 

「ともかくエサは撒いた。鍵となるじゃろうあの五人には、儂の魔力を目印として付けておる。アークなら一目で分かるじゃろ?」

「用意周到だな」

「うぬの前を守るのが儂の役目。これくらいは些事じゃ」

「俺は後方だからな。前は苦手だ」

「じゃからどの口が言う」

 

 キスショットが前衛、俺は後衛。昔からそうだ。

 俺の近接能力は低い。【断罪の剣】はあるが、あれは剣術がほぼ関係ないし。特性上、普通の方法では防御不可能で、ただ振っただけでも相当な威力になる。

 魔剣もあるにはあるけど、アレの本領は剣として振るう事じゃない。何よりアレは使いたくない。何故ならハイになるから。

 

『陛下、間もなく到着します。イヴ様と共に着陸の準備を』

 

 なんてやっていると、操縦士から通信が入った。

 もうか。やっぱり速いな。

 開発部にはもうちょい予算を回してもいいかもしれない。確か今は近代化魔導兵装とか言うのを作っているらしい。いったいどんなのが出来上がるんだ。

 

 椅子から立ち上がり、部屋の扉へ向かう。後にキスショットも続く。

 

「クルルちゃんとかが出迎えに来てるみたいだ。わざわざありがたい。苦労をかける」

「…………おそらく別の意味で苦労するじゃろうな」

 

 何やらボソッとキスショットが言ったが、小さくて聞き取れなかった。

 確かキスショットが日本に行くのは数百年ぶり。以前は平安か鎌倉頃だったと記憶している。

 ちょっとフライングがあったけど、何か思う所があるのかな。

 少し気になり、聞こうと後ろを振り向く。

 

「キスショット、日本は何年――」

 

 日本は何年ぶりだ、と聞こうとした。だけど言えなかった。

 何故なら振り向いた瞬間、キスショットに抱き着かれたからだ。首に手を回され、柔らかい感触が服越しに伝わってくる。

 

「…………あの〜、キスショットさん? ナニか?」

「なに、久しく身体を動かして少し渇きがきてしまったのじゃ。これ以上言わせるのは野暮じゃぞ?」

 

 嘘だ。絶対に嘘だ。

 戦闘の内容までは知らないけど、キスショットに渇きを感じさせる程の奴なんてそうそういるわけない。

 でも密着して柔らかそうに潰れる双丘とか伝わる感触とかが、眼福と言いますか至福と言うべきか。

 

「……もうすぐ着陸だぞ?」

「一、二分はあるじゃろ。時間は十分じゃよ」

 

 言い訳らしい事を言ってみるが、更なる密着で封じられた。終いには首筋を舌で舐めてくる始末。

 てか、艶めかし過ぎるでしょ。妖女かよ。

 表面上では耐えてるけど、内心では決壊寸前。しかしキスショットは更に追い討ちをかけてきた。

 

「それとも、イヤかの?」

 

 などと上目遣いで言ってくる。容姿とかギャップとかその他諸々が相まって、凄まじい破壊力だ。

 

「……吸い過ぎるなよ」

「分かっておる」

 

 結果、見事に陥落しました。

 キスショットに対しては弱いな俺。惚れた弱みと言うやつか。

 この後は敢えて伏せさせてもらう。

 ただ、ツルツルで満足気なキスショットと若干ゲッソリした俺だったと言っておく。

 やっぱ血は吸血鬼の弱点だわ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 京都地下の地下都市サングィネムの女王、第三位始祖クルル・ツェペシは現在、旧伊丹空港へ出迎えの為に部下を率いて来ていた。

 出迎えの相手とは、あの憎っくきフェリドによって日本に来る事になってしまった、第一位始祖であり吸血鬼の王でもある、アークライト=カイン・マクダウェル。

 

 この事態はあまりに予想外だった。第一位始祖が直接来るなど誰が予想できようか。

 

(このままでは私の願いが……)

 

 神代より生きる最古の吸血鬼。彼が持つ伝説や逸話など無数にある。

 

 曰く、神代の魔法を行使する最強の魔術師。

 曰く、行使する魔法は国をも崩壊させる。

 曰く、氷河期を起こしかけた。

 曰く、天より星を落とした。

 曰く、堕天の王を無傷で屠った。

 

 などなど。

 上げればきりがない。これらの殆どが十世紀以前の事らしい。アークライトが最も頻繁に動いていた時期だ。

 アークライト自身はこの頃を『黒歴史』と呼んでいる。

 詳しく語ることは終ぞなかったが、それは『黒く血に塗られた歴史』を意味しているに違いない。

 

(くそっ、そこまでして私の権力が欲しいのか)

 

 思い浮かぶのは、常に飄々とした笑みを上っ面に張り付かせたあの顔。しかし時折、本性が表へ出てくる。

 第七位始祖、フェリド・バートリー。アークライトが日本に赴く要因を作った男。

 上位始祖会で流した映像やアークライトへ話が行くよう場を誘導したり、ミカエラをわざわざ連れて来たりと、クルルから言わせてみれば陥れようとしている魂胆が丸分かりだ。

 しかしそれすらもフェリドの策略なのだろう。

 上位始祖会の終了後、口と手を同時に出したのもマズかった。しかし沸き上がる感情を抑え切れなかったのだ。

 フェリドの言動一つ一つが神経を逆撫でする。おかげで上位始祖会の場であったモニタールームは涙目だ。だが建物ごと真っ二つにならなかっただけマシである。

 

 今になっては消す事もできない。消せば自分が疑われる。

 それを分かっていて、敢えて露骨にやっている。クルルの反応を楽しむ為に。

 

(だからと言って、第一位始祖を呼ぶなんて……)

 

 いくらなんでもマズ過ぎる。

 下手をすればクルル諸共、フェリドすらも危うい手だ。

 いくらフェリドでも第一位始祖を自由に動かし、利用できるなどと考えてはいないだろう。

 第一位始祖とはそんなに甘い存在ではない。本当にそう思っているのなら、痛過ぎるしっぺ返しを被る事になる。

 

 そんなことフェリドも分かっているはずだ。

 なら真の狙いとは何か。考えるほど見えなくなる。

 しかしクルルは知らない。フェリドについて考えることなど無駄なのだと。フェリドにとって己の快楽こそ優先すべきものだと。

 

(どうやって乗り切る?)

 

 まずアークライトとミカエラを会わせるのは最も避けたい。おそらく一目で見抜かれる。

 《終わりのセラフ》の因子を持つ子供は皆殺しにしたと公言した。

 もしミカエラを会わせてしまえば終わりだ。

 

(私は既に疑われている)

 

 クルルはアークライトの上位始祖会での言葉を思い出していた。

 

 ”後は行動で示すといい”

 

 ただ聞けば行動で証明しろと捉えられるが、違う。

 クルルの行動によって全ては決まる。行動次第で行く末が変わる。つまり全て見ていると言う事だ。

 本来なら全てを見るなど不可能である。しかしアークライトなら話は別だ。

 クルルは知っている。それを可能とする魔眼の存在を。

 上位始祖会で魔眼を見せたのもその為だろう。私は全てを見ていると。

 

(崩れていく……)

 

 計画に亀裂が入っていく音を聞いた。

 まだ来てもいないのにこれだ。始まってもいない段階で破綻しかけている。

 

 もしかしたらアークライトは、すでに全てを知っているのかもしれない。

 彼が動いたのが証拠だ。

 たとえフェリドの誘導などなくとも結果は変わらなかった。

 アークライトは基本的に自身が治めるアヴァロンから動くことはない。そうする事で抑止力となり、均衡を保っているからだ。

 だが例外はある。その例外こそが彼の逸話や伝説なのだ。

 つまりは、アークライトが動く時は逸話や伝説となる程の出来事が起こる。

 いや、そういった出来事が起こるからこそアークライトは動くのだ。

 

(何とか、何とかしないと……)

 

 だからと言って諦めるという選択肢はない。今更、後戻りなどできない。引き返せるラインは、もうとっくに過ぎている。

 ならやるしかない。

 たとえ可能性が低くてもやり遂げるしかないのだ。

 その為の今日だ。

 

(私はやる。たとえ、何があろうと)

 

 確固とした意志を胸に、クルル・ツェペシは空を見上げた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 空を翔ける巨体。黒い機体色で四基のエンジンを双翼に付けた輸送機だ。

 その巨体に釣り合う大出力の動力を持ち、しかしジェットエンジン特有の駆動音のような大きな音はない。

 確かに大きいが、それでも通常のジェットエンジンより遥かに静かである。

 黒の機体が滑走路へ入り、暫くして停止した。

 側面の扉が開き、計十名の白い軍服の様な機能性を重視した服装に身を包む吸血鬼達が出てくる。そうして今度は、機体の先端部分が丸ごと上に開き、中から武装ヘリが降ろされてきた。

 降ろされた武装ヘリは二機。一機に二人づつ乗り込んで点検を始め、残りの者達も他の兵装の準備を始めた。

 

 そして最後。

 黒いロングコートに黒い服。月のような金髪と朱い瞳をした男性と、後に続いて踵辺りまで届く金髪に金の瞳、シックなドレス姿の女性が降りてきた。

 

(……っ! 映像で見るのとでは、ここまで違うのか……)

 

 クルルは緊張しながらも、それを表へ出さずに迎える。

 

 それも仕方ない。ここまで違うとは思ってもみなかった。

 吸血鬼であるからなのであるが、人間離れした端麗さというのか。後に続く第二位始祖も美を体現したような容姿と肢体の持ち主だが、それとはまた違った美しさがある。

 気だるげに半分ほど閉じられた朱い瞳。ある種の神秘性を感じさせる整った、一見女性にも思えてしまう中性的な容姿。その顔でもし微笑まれでもしたら直ぐに堕ちてしまうだろう。

 しかしそれらを固定された様な無表情が打ち消してしまっている。

 

 彼が第一位始祖、原初の吸血鬼――アークライト=カイン・マクダウェル。

 

(やりにくいな……)

 

 何を考えてるのかが全く読めない。これならフェリドのように飄々と笑っている方がまだいい。

 

 クルルと配下の吸血鬼達はアークライトとキスショットが降り立つと、一斉に跪いた。

 アークライトは周りを一望した後、視線を出迎えのクルルへ向ける。

 

「お待ちしていました、アークライト様」

「クルル嬢。出迎えご苦労」

 

 本当はクルル嬢などと呼ばれる歳ではないのだが、アークライトにとってはそうなのだ。

 二千年もの時を生きる吸血鬼などアークライトだけ。吸血鬼の能力は生きた年数に関係してくる。ならばアークライトはどれほどなのか。もはや想像出来る範疇を超えている。

 

 それを言うなら背後に控えるキスショットもそうだ。

 同階位の始祖でも能力に差はあるが、この二人は文字通りケタが違う。

 もしクルルが不穏な雰囲気を出そうものなら反応も出来ずに切り捨てられるだろう。

 それだけの圧倒的な差。

 アヴァロンは最も吸血鬼の数が少ない都市とされる。しかし戦力が低いというわけではない。アークライトとキスショットの存在だけで最強の都市とされている。それを抜きにしても戦力は高いのだが。

 

(排除という手段は使えない。何とか理由をでっち上げて動きを遅らせるか……。くそっ、何をしている柊真昼……。このままでは手遅れになるぞ……ッ!)

 

 クルルにとってアークライトは勝ち札でも鬼札でもない。ただのゲームを根本からぶち壊す反則カードだ。

 確かに勝てるだろうが、ゲームそのものが破綻してしまうので意味がない。

 今の状況は正しくそれだった。

 

「準備は整っているのか? 見ての通り、私の部隊は万全だ」

 

 クルルが連れて来た吸血鬼達を見てアークライトが訊いてきた。

 チラリと視線を動かせば、先程まで忙しなく動いていたアヴァロンの部隊が整列していた。正にフル装備という恰好だ。いくつか見慣れない装備もある。

 クルルは答えた。

 

「いえ、まだです。しかしあと数時間で整います。終わり次第、名古屋へ向かいます」

「そうか。ならば早急に終えよ。日本帝鬼軍がいつ《終わりのセラフ》を出してくるか分からぬからな」

「はっ」

 

 跪いたまま頭を下げる。

 表面上は冷静を装っているが、クルルの内心は焦燥で占められていた。

 それを知ってか知らずか常に無表情のアークライト。クルルが様子を伺おうとしても何も読めない。何も感じない。

 第三位始祖のクルルは相当な実力者。しかしアークライトに比べれば劣ってしまう。

 きっと己の感情を完全にコントロールしているのだ。感情を表情に全く出さないというのは困難である。感情によって直ぐに手が出てしまう自分とは生きた年数が違う。

 改めて年季の差を思い知らされた。

 

(あ〜あ、あの日本がこんな姿に。元人間の元日本人としては複雑。日本食とか全滅だろうなぁ。いや、そもそも海産物が駄目な時点で日本食は大ダメージか。少し期待してたのに)

 

 まあとうの本人は呑気でくだらない事を考えていたが。

 吸血鬼の王と言われるアークライトが実は割と普通であると。

 色々と考え詰めるクルルは、一生知ることはなかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「それでお前ら、遅れた本当の理由を聞こうか」

 

 海老名サービスエリア。世界の滅亡によって廃墟と化した其処こそが、吸血鬼殲滅部隊《月鬼ノ組》の集合場所だ。

 海老名サービスエリア内。元は旅人や東名高速道路を通る者達が利用したであろうショッピングモールの一角に複数の人影があった。

 五人は、集合時間に遅れてきたシノア隊。そして残りは、100人の《月鬼ノ組》を率いる日本帝鬼軍中佐、一瀬グレン。並びにグレンが十五歳の頃よりチームを組む柊深夜、五士典人、雪見時雨、花依小百合、十条美十の五人。

 

 シノア達を呼び出したグレンの第一声がそれだった。

 

「なんだよ、気付いてたのか」

「当たり前だ。気付いてて合わせてやったんだよ」

 

 グレンの言葉に頭を掻く優一郎。

 

 結局あの吸血鬼、曰く第二位始祖との戦闘を終えた優達は、集合時間に間に合わなかった。

 敵との交戦という正当な理由はあるものの、得てしまった情報があまりに大きい。100人の隊員達の前で堂々と語るわけにもいかず、取り敢えず一芝居を打つ事にしたのだ。

 グレンも何となく様子を察し、その一芝居に乗った。

 

 まぁ芝居の筈なのにグレンも優も、内容と言葉が割とガチだったが。

 

 実際グレンは、もし遅刻の正当な理由がなかったら……例えば移動中にふざけた所為で遅れたなどの理由だったら本気でキレていただろう。

 だから芝居とはいえ、本気の言葉で言い放ったのだ。

 シノアや三葉、与一などはかなりビビっていた。伊達に新宿の英雄と呼ばれ、吸血鬼殲滅部隊を率いていないと言う事か。

 

「んで、いったい何があった? いつもヘラヘラしてるお前が真面目顏って事は、余程なんだろ?」

 

 シノアを視線で指差しながらグレンは言う。

 対してシノアは失礼とばかりに肩を竦め、

 

「私はいつも真面目ですよ」

「ウソつけ」

「ウソだな」

「ウソだろ」

「ウソだ」

「あはは〜、ちょっと……」

 

 グレン+チームメンバーからの返しにシノアが仏頂面になる。

 しかしいつまでもやってる暇はないので、気を取り直して先に進めた。

 

「私達は移動中、敵の吸血鬼と遭遇し、戦闘になりました。吸血鬼は第二位始祖、それもアメリカを治める第一位始祖の眷属であると名乗りました」

「………いきなり本題にきたな」

 

 さすがに予想外だったのか、グレンも一転して真剣な表情に変化した。

 

「で、その吸血鬼はどうした」

「取り逃がした……ではなく、私達が見逃されました。……惨敗です。手傷どころかまともに戦えも……」

「ま、さすがにお前らガキ共に上位始祖、しかも第二位を倒せってのは酷だな」

 

 人間と吸血鬼の力関係は、基本的に吸血鬼の方が圧倒的に強い。

 高位の鬼呪装備ならば一般の吸血鬼にならまず負けないが、それが貴族となると変わってくる。たとえ最高位たる黒鬼シリーズでも、吸血鬼の貴族に単独で挑むのは自殺行為なのだ。

 だからこそチームを組み、連携を以って殲滅する。

 だが優達は、まだ連携が整っていない未熟なチーム。そんなチームが、況してや第二位という最高クラスの始祖を倒すのは絶対に不可能だ。

 

 それはグレンも、何より実際に戦った優達が実感して分かっていた。

 

「なぜそいつはお前達を見逃した? 普通なら殺すか、情報を吐かせる為に連れて行く」

「自分達は人間が目的ではない、目的は別にある。そう言っていました。その言葉を信じるなら、ですが」

「なるほどな……お前は信じたのか?」

 

 グレンの問い掛けにシノアは、優達をチラッと見やり、そして答えた。

 

「信じていいと思います。あくまで私達の私見ですが」

「ほう……なぜだ?」

「まず第一に彼女が日本の吸血鬼とは、完全に別勢力だという点です。彼女は全く別系統からの指示で動いている。そして第二位始祖と名乗った彼女に指示出来るとしたら……」

「まぁ主である第一位始祖しかありえないな。しかも拠点がアメリカってんなら、何の目的もなく海を越えて日本に来るわけないだろ」

 

 シノアは頷く。

 

「第二に、私達が見逃された点です。彼女がその気なら私達は殺されていた。敢えて泳がせる事でここの場所を探る気なら、私達がここに着いた時点で全滅していたはずです。それだけの力が彼女にはありました」

 

 あれはもう強いとかの話ではない。文字通り次元が違う。計り知れないどころか、底が見えない。もはや想像の範疇外だ。

 だからこそ根拠となる。

 

「俺達を全滅させられる力を持ちながらそれをやらない。だから敢えてやらないだけの目的がある」

「はい。それに彼女は、これまでの吸血鬼とは違っていました。そうですよね、優さん?」

「お、俺⁉︎」

 

 まさかの名指しに狼狽える優。そして集まる視線。

 構わずシノアは続ける。

 

「だって一番長く彼女と打ち合ったのは優さんでしょ。ほんの二、三の言葉を交わした私ですらそう感じたんですから」

「…………」

 

 否定せず、無言を貫く。沈黙は是なりだ。

 

 分かっているからこその沈黙だ。

 かつて吸血鬼の地下都市、サングィネムで家畜として過ごしていた優だから分かる。

 あの吸血鬼は、これまで戦った吸血鬼やサングィネムの吸血鬼とは違い、人間を侮っても見下してもいなかった。

 驕りからくる手加減ではなく、気遣いからの手加減。そう感じた。

 

 だからああも、誰よりも強く、彼女へ反発した。お前は吸血鬼なんだろ、と。

 吸血鬼は人間を見下し、家畜として扱う奴らなんだろう、と。

 

「受け入れ難いのは分かりますが、今だけは感じたままを言ってください」

 

 シノアの諭すような物言いに顔を歪める優。だがすぐに一息吐き、観念したとばかりに両手を挙げた。

 

「分かった、分かったよ。俺の我儘で皆に迷惑かけるわけにはいかねぇ。話すよ」

 

 一度区切り、優は話し出す。

 

「あいつは俺達を侮っても、見下してもいなかった。あんなのは初めてだ。だろ君月」

「ああ、確かに」

 

 自分と同じように彼女と打ち合った君月にバトンを渡す。

 

「手加減はされていましたが、あれは侮りや驕りからくるものではなく、実力差からの手加減でした」

「そう言えば、なぜか分かりませんが、僕達一人一人に何かアドバイスみたいなのも言ってました」

「アドバイスだと?」

 

 与一の言葉にグレンは怪訝な表情になる。そして優達に「一応、その内容を一人ずつ言ってみろ」と言った。

 

「一撃一撃は重いけど、器用さが足りないってよ」

「俺は器用さはあっても、逆に重さが足りないと。だから簡単に武器を弾かれました」

「僕は威力やスピードだけじゃなく、弾道操作を出来るようになれ、みたいな事を……」

「私は天字竜の使い方がワンパターンでもっとバリエーションを増やせと言われました」

「私は鬼呪装備が大振りな分、優さんや君月さんとの攻撃のタイミングがズレていると。他にも私達の弱点は、連携次第でどうとでも出来るとも」

 

 聞き終わったグレンが顎に手をやって考え込む。

 

「……ふむ」

「ねぇグレン、これどうだと思う? 言ってる事は適当どころか結構的を射てるんじゃない?」

 

 考え込むグレンに銀髪の男性――柊深夜が話し掛けた。

 グレンは考え込んだ格好のまま答える。

 

「ああ。これが適当だったら他に考えようもあったんだが……」

吸血鬼(・・・)がここまでしたとなると、ね」

 

 ここにいる全ての者が抱く吸血鬼のイメージとは、あまりにかけ離れている。それこそ月とスッポン並に。

 

「ああ〜、作戦前に面倒な事を持ち込みやがって。その吸血鬼が名古屋の吸血鬼に情報を漏らして、ここに攻めてくるってんならまだ分かり易かったのによ」

「ちょっとグレン、縁起でもないこと言わないでよ。フラグでも立ったらどうするのさ」

 

 頭をガシガシと掻いて八つ当たり気味に口走るグレンに、深夜がすかさずツッコむ。

 

「冗談だよ。それにたとえ立ったとしても、そんなもんはへし折ってやればいい。先は俺達で掴み取る」

「わ〜お、相変わらず乱暴だね。僕にはそんな猪突猛進みたいな事、出来ないけど」

「お前無理矢理にでも送り返すぞ」

 

 二人以外のグレンチームは呆れ顔。もう慣れたやり取りだ。

 深夜とグレン。なんやかんや言ってもいいコンビらしい。

 

「……取り敢えず、それでだガキ共」

 

 咳払い一つで緩んでいた空気を仕切り直す。

 

「まとめると、お前らは敵に惨敗した挙句、まともに連携も出来ずにやられた。そう言うことだな」

「な……ッ⁉︎ グレン中佐! その言い方はあまりに……」

「酷くねぇよ。事実だ」

 

 シノアがあんまりなグレンの発言に詰め寄ろうとするが、続く冷徹な一言でバッサリ切り捨てられる。

 

「今回はたまたま運が良かった。もしお前らが会った吸血鬼が別だったら、今頃どうなってた?」

「それは……」

「いいかシノア。これはお前の部隊だ。お前の判断ミスでチームのメンバーが簡単に死ぬ」

「そんな事は言われなくても……」

「いや、お前は分かってないね」

 

 その一方的な決め付けにさすがのシノアも憤りを覚える。反論しようとして口を開きかけたが、次のグレンの言葉で凍りついた。

 

「お前は今まで大切な人間を作った事がない。だから誰かを失う恐怖を知らない」

 

 確実に時間が止まった。少なくともそう感じた。

 ふと思った。

 優は己の家族。君月は十三歳以下にも関わらず破滅のウイルスに感染した妹。与一は自分を庇った姉。三葉はかつて所属していた部隊の隊長。

 それぞれが失い、または失いかけた。

 なら、自分は…………

 

「だがここからは違う。一つのミスであっさり仲間が死ぬ。お前のミスで家族が死ぬんだ」

「……あ…」

 

 言い返したくとも言葉が出てこない。しかしグレンは構わず言い続ける。

 

「チームワークの訓練はしたか? 危機意識は持ってるか? 今ここに圧倒的な脅威が現れたらどうする? 切り抜けられるか? これから貴族に襲撃をかけるってのに、実感が足りないんじゃないか?」

 

 怒涛の勢いにたじろくシノア。その様子にグレンがフッと笑った。

 

「よし、試験だ。こっちは俺、十条美十、柊深夜の三人で相手してやる。お前らはまだまだ連携がなってない。お前らが会った吸血鬼に負けて実感したはずだ。弱点も知ったはずだ。だからそいつより圧倒的に弱い俺達で試してみろ」

 

 は? と言いたげな呆けた表情になるシノア。

 

「三対五。連携さえ出来れば勝てないわけじゃない。だが負けるようなら全員に罰だ。何がどうあれ遅刻したのは事実だし、罰を与えると公言しちまったしな」

 

「10秒後に戦闘開始だ」とカウントダウンを始める。慌てたのはやっと復活したシノアだ。

 

「ちょ、ほんとにやるんですか⁉︎」

 

 答えずカウントダウンをグレンは続ける。

 ワタワタとメンバーに指令を出す。

 

「み…みなさん、一度外に出て距離を取ります!

 いいですか⁉︎」

「よ…よし」

「え…え」

「ん」

 

 着いて行けないのか曖昧な返事を返した君月、与一、三葉。

 四人が外へ駆け出して行く中、優だけがグレンの側に残った。

 

「あんまりシノアいじめんなよ。結構頑張ってるぞ。シノアがあの吸血鬼を見逃したのは間違ってなかったと思うぜ」

「ま、第二位始祖を相手にして生きて帰ってこれたのは褒めてやるよ。調子に乗るから言わないけどな。それにシノアの奴にはこれくらい言わないと真剣に受け止めねぇだろ」

「素直じゃないんだなお前」

「はっ、言ってろ。ほらさっさと行け。そこまで言うなら上官シノアちゃんの為に勝ってみせろよ」

 

 その言葉に挑発的な笑みを優は浮かべる。

 

「負けて恥かいても知らねーぞ!」

「ガキに負けるかよ」

 

 グレンも不敵な笑みで返した。

 

「何やってるんですか優さん! 急いでください!」

「んじゃグレン、俺らのチームの実力を見ろ!」

 

 シノアの呼ぶ声に、最後にそう言い残して優も駆け出していった。

 

 



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開戦のノロシ

アークライトの容姿について多々質問があったので、ここで答えます。
絵心など全くない上にネットに載せられる技術もないので描けませんが。イメージ的には真祖アルクェイドです。ただし髪型がポニーテイル。アークの肉体は朱い月の影響を最も強く受けているから。そういうことにしてください。
ちなみにエリアスさんは、髪が純白の乳上で。ぶっちゃけイラストを見てイメージにぴったりだったので。



 名古屋市、名古屋テレビ塔の付近。久屋大通公園セントラルパーク内。

 そのベンチの一角に一体の吸血鬼が腰掛けていた。

 

「この季節は風が気持ちいいねぇ」

 

 吸血鬼特有の白い肌に白髪。黒のハットにステッキの様な見た目を持つ剣を提げ、血の注がれたグラスを傾ける貴族の服を着た男性。

 名古屋を治める十大貴族の一人、第十五位始祖ルカル・ウェスカーだ。

 

「そうは思わないか? エスター」

「はい。ルカル様」

 

 ルカルの問い掛けに背後で控えていた髭を生やし眼鏡をかけた老紳士——従者エスター・リーが答えた。

 

「とても気持ちのいい昼下がり。君も一緒にどうだい?」

「いえ。私はルカル様のおかげで十分に血をいただいてますので」

「そう?」

 

 その誘いにエスターはやんわりと断るが、ルカルはグラスの血を見せながら更に言う。

 

「でもこの血は、四歳の少女の血だよ?」

「では後ほどいただきます」

 

 ルカルは血の美食家である。その目利きは確かで、ルカルが勧めるなら余程なのだろう。

 エスターも諦めてその誘いに乗った。

 

「うん、飲むといいよ。とても美味しいから。——ところでエスター」

 

 一転して明らかに雰囲気が変わった己の主君を見てエスターは、静かに「はい」と答えた。

 

「君は第三位始祖クルル・ツェペシから来た書簡はもう見たかな?」

「こちらに」

 

 後ろで組む手に持っていたカバンから書類を取り出す。

 

「それ、どう思う?」

「東京にいる《日本帝鬼軍》なる人間共の組織を皆殺しにする計画……ですか?」

「そう。人間如きの為に私達が動けってさ」

 

 あくまで口調はいつも通りだが、その声色は相当な不機嫌さを内包している。

 

「それも京都から顎先だけで命令だよ。なんだその態度は」

 

 持っていたグラスを投げ捨てる。グラスは地面に当たって割れ、入っていた赤い血を撒き散らした。

 まだ暖かった血と共に、ルカルの表情も冷めていく。

 

「私がいつ、クルル・ツェペシの部下になった?」

「……我々は派閥が違います。上位始祖会からの直接命令がない限り、クルル・ツェペシ様に従う必要はないかと」

「なら今回の件には誰が従う? 名古屋周辺にいる十大貴族達の反応はどうかな?」

「まちまちです。クルル・ツェペシ子飼いの貴族は……」

「そいつらはどうでもいい」

 

 エスターの言葉を遮り、ルカルは一瞬だけ思索する。

 そして脳裏に同じ十大貴族の一人が浮かんだ。貴族の中でも階位を逸脱した実力を誇る、変わり者のあの顔が。

 その名をつい口に出した。

 

「クローリー君はどうだ?」

「第十三位始祖様は、第七位始祖フェリド・バートリー様の派閥なので。いまいち分からないところが……」

 

 ルカルはふぅむと、口に手を添えて考え込んだ。

 

「確かにフェリド君は捉えどころがないからなぁ」

 

 主のその様子にエスターが一応の補足を入れる。

 

「一応クルル・ツェペシ様も我々のご機嫌を取るおつもりのようですが」

「ご機嫌ね。どうやって?」

「関西周辺の人間を集めて、名古屋にいる貴族達に贈るそうです」

「ふん」

 

 どんなご機嫌取りかと少し期待してみたが、やはり馬鹿馬鹿しい。ルカルは不快だとばかりに一笑に付した。

 

「いらないよ。名古屋には名古屋のルールがある。京都の女王が玉座にふんぞり返ったまま、いいように命令――」

「いえ」

 

 今度はエスターがルカルの言葉を遮る。本来なら不敬に値するだろうが、紡がれた内容が内容だった。

 

「今回はクルル・ツェペシ様ご本人も名古屋に入られるそうです」

「え? そうなの?」

 

 ルカルもさすがに予想外だったのか、少しばかり素っ頓狂な声を上げた。

 立場上は日本の女王となっているクルルは、基本的に本拠地の京都地下《サングィネム》から出てこない。最近では八年前の世界滅亡の時のみである。

 だからエスターが言ったように、自ら動くというのは異例なのだ。

 

「ん〜? それはちょっとまずいな。なら従うべきか?」

「難しい問題です。我らはクルル・ツェペシ様と権力闘争をしているレスト・カー様の派閥なので……。加えて、今回の件には第一位始祖アークライト=カイン・マクダウェル様もアメリカより直接日本に赴くそうです」

「…………は?」

 

 少しどころか、今度は完全に素っ頓狂な声だった。貴族であるルカルがまさかの呆然となっている。

 

「え、いやいやエスター。それは本当か? ならそれを先に言うべきだろう」

「申し訳ありません。話によると、日本に来ることはアークライト様ご自身で決定されたそうです」

「まさかアークライト様が日本に……。ならば是非挨拶をしなければならないな。それならクルル・ツェペシにではなく、アークライト様に従うのが最善か?」

「はい。アークライト様に従うのなら制裁もありませんし、より高位の始祖に従うというクルル・ツェペシ様への理由にもなります」

 

 クルル本人が名古屋に来るのなら従わないと厄介なことになる。持つ権力も実力もルカルとはケタ違いなのだ。

 だが従えば、所属している派閥のレスト・カーから制裁の可能性がある。

 しかしアークライトに従うのなら何の問題もない。

 レスト・カーは、まだ若かった頃にアークライトから色々と世話になったと聞く。それ以来レスト・カーは、アークライトをまるで親の様に慕っているらしい。

 それならば制裁もクルルに従う必要もないだろう。

 

「しかしアークライト様が直々に来るとはね。いったい何が……」

 

 その瞬間、ルカルの顔から一切の表情がなくなる。

 手を振り上げ、エスターの襟首をガッと掴んだ。そのまま貴族の腕力を以って引き寄せる。

 自分の前へ。まるで盾のように。

 

「え?」

 

 直後。

 ルカルと事態を把握できていないエスターがいるベンチに、光の矢と白虎の弾丸が炸裂した。

 

 静かだった公園の一角に轟音と爆炎が蔓延する。

 破壊によって舞った塵の中。果たしてルカルは無傷で現れた。

 手に持っていたモノを投げ捨てる。

 ボトッと落ちるそれは、肘から先の腕。ルカルによって盾とされたエスターの変わり果てた姿だった。

 

「なんだぁこれは」

 

 しかしルカルはエスターが死んだ事になど頓着せず、腰の剣を掴む。

 

「剣よ、私の血を吸え」

 

 握った柄から数本の棘が飛び出し、ルカルの手の甲を貫いて流れた血を貪る。

 刹那、剣を抜刀し、同時に赤い斬撃が空を飛んだ。

 狙いは攻撃の方向。即ち名古屋テレビ塔だ。

 

 放たれた斬撃は、名古屋テレビ塔の最上階展望スペースから上の部分を容易く両断する。

 恐ろしい威力の斬撃だったが、しかし攻撃してきた者を仕留めることは出来なかった。

 ルカルの攻撃によって襲撃者達が動き出す。再びテレビ塔からの狙撃によってルカルの護衛の吸血鬼が蹂躙されていった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 現在サングィネムは、出撃準備の最中だった。

 本隊を指揮するクルルとしては、アークライトの到着の前に終えておきたかったのだが、予想以上に早かった。

 なにせアヴァロンの場所はアメリカニューヨークの地下。日本国内を移動するのとは距離が違う。大洋を挟んでいるのだ。

 海を越えるとなるとそれ相応の時間がかかる。だからアークライトの到着はもっと後だと思っていた。

 だがアークライトが到着しても未だ準備が終わっていないのが現状である。

 

 いくらなんでも早過ぎるとツッコミたい。そりゃ確かにアヴァロンでは独自に技術が進んでいると聞いてはいたが、まさか本来なら半日以上の時間がかかる距離を、その半分以下で着いてしまうなど予想できる筈もない。

 数ある地下都市の中でもアヴァロンは、吸血鬼の数が最も少ない。しかし独自に発達した技術に加え、アークライトの存在がアヴァロンを最大の地下都市たらしめているのだ。

 アヴァロンの部隊が乗る攻撃ヘリもよく見れば相違点がところどころある。

 

(注意すべきは第一位始祖だけではないかもしれないな)

 

 己の知識に無い未知の装備が数多く見られる

 アークライトだけではなく、率いるアヴァロン勢力も注意を払うべきだろう。

 しかし、今の問題はそれではない。

 

(まずいことになった……)

 

 件のアークライトは今、サングィネムにいない。更にその眷属たる第二位始祖も。

 もう行ってしまったのだ。一足先に名古屋へ。

 何故そうなったのかは一時間ほど前に遡る。

 準備が終わっていなかった為に一度アークライトはサングィネムへ来たが、サングィネムの様子をグルリと見渡した後、まるで独り言のように言った。

 

『無秩序』

 

 クルルには、その言葉がはっきりと聞こえた。そしてドキリとした。

 一目で見抜かれた。自分が治めている筈の日本が荒れてきている事を。

 今の日本には様々な勢力と派閥が存在する。日本帝鬼軍に加え、バラバラと言っていい貴族の吸血鬼。

 一枚岩ではないのだ。だから様々な思惑が交錯し、問題が連続して起こる。正直クルルにも把握しきれていない。

 

 それをサングィネムの状態と雰囲気だけで見抜いた。これは非常に良くない事態である。

 

(このままでは私の管理能力が疑われる)

 

 実際に《終わりのセラフ》などという特大の問題が起こっているのだ。目的の為に必要なのだが、アークライトや他の上位始祖からして見れば関係ないだろう。

 

 もし統治者としての能力が無いと判断されれば、今の地位から降ろされる。

 そうなれば目的達成から大きく離れてしまう。

 仕舞いには新たな統治者としてレスト・カー辺りでも来たらもう最悪だ。

 

(くそっ、それだけでも痛いというのに、名古屋へ先に行ってしまうとは……)

 

 京都から離れている名古屋には、自分に敵対的な貴族も多い。クルルが直接来るのならそんな態度は取らなかっただろう。

 しかしアークライトは第二位始祖と共に名古屋へ行ってしまった。

 自分に従うのを良しとしない貴族達は、挙ってアークライトに従う筈だ。特にレスト・カー派閥の奴等は。

 致命的である。表面上ですら統率出来ていないと晒しているようなものだ。

 

 それなら行かせなければいいのだが、アークライトに余計な事を吹き込んだ奴がいたのだ。

 

(おのれフェリド・バートリー……!)

 

 憎々しげにその名を内心で呼ぶ。

 もうクルルはブチ切れ寸前だ。しかしアークライトが日本にいる手前、そんな姿を見せる訳にもいかない。

 それを分かっていて露骨なフェリドにグツグツと腸が煮え繰り返る。

 

(せめて……! ミカとだけは遭遇しないでくれ……!)

 

 数百年を生きる吸血鬼。サングィネムの女王と呼ばれる彼女。

 第三位始祖クルル・ツェペシの、心からの切実な願いだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「なるほどね。クルル・ツェペシが言っていた潰すべき関東の人間の組織とは、こいつらのことか」

 

 ルカルは今、確かに負傷していた。

 襲ってきた黒い軍服のような格好の人間達にやられたのだ。

 実際につけられた傷ではない。しかし、人間の連携によって動きを封じられ、逃れる為に片腕を切り落とした。同じようなものだ。

 

「確かに危険だ」

 

 だから認めた。

 貴族である己に片腕を犠牲にさせる状況を追い込む。再生するとはいえ、傷を負わせた。

 たとえ人間だろうと、その危険性を認めざる得ない。

 

「おい、お前らが《日本帝鬼軍》か?」

 

 その問いに襲撃者の一人、君月が反応する。それを見て、三叉槍状の鬼呪装備《玄武針》を持つ鳴海真琴が一応の釘刺しをした。

 

「答えるな。襲うぞ」

「待て。既に気付かれた状態で深追いしても陣形は維持出来ない。それはもうグレン中佐との模擬戦で分かった」

 

 だから、と一度区切る。

 

陣形(こっち)の中に誘き寄せよう」

 

 今現在、シノア率いるチームと鳴海真琴軍曹のチームと共同で、第十五位始祖ルカル・ウェスカーへの奇襲作戦の真っ最中だ。

 両チーム合わせて十人。鳴海チームは長年組んでいる為、その練度は高い。シノアチームは連携はまだまだだが、各々の能力は高く、尚且つ実戦の中で学ぶ。

 いくら貴族と言えども、こっちのペースに乗せてしまえば、十分に勝機はある。

 

「おい優」

「ん?」

「俺が吸血鬼を挑発する。襲ってきたらとどめはお前がやれ」

 

 優は笑みを浮かべ、阿朱羅丸を鞘へ納めた。

 

「……よし、分かった。一撃で決める」

「だが、どうやって……」

 

 いまいち納得できていない鳴海だったが、今この時にもルカルが逃げる可能性がある。時間が惜しいとばかりに君月が前に出た。

 

「おい吸血鬼」

「うん?」

 

 反応するルカルを見て、乗ってきたと不敵に口元を歪めると、とことん挑発的な眼差しを君月は向けた。

 

「これ、なんだと思う?」

 

 そう言うと足元にある物体——先程己で切り落としたルカルの左腕に、鬼籍王を突き刺した。

 僅かにルカルの目が細まる。

 

「…………」

「お前らバケモノ共は、腕を切られても簡単にくっつくようだが……。鬼呪で呪って消滅させても、トカゲの尻尾みたいにまた生えてくるのか?」

 

 分かっている。これは挑発だ。こんな分かり易い挑発に乗るほど、冷静さを失ってはいない。

 

「…………。やめておけ人間。私を怒らせるな」

「はは、怒る? じゃあ生えてこないなぁ。腕返して欲しかったら、返してくださいって懇願しろよ」

 

 しかし限度があった。いくら分かっていても、許容範囲というものがある。

 懇願しろだと? 第十五位始祖であるこの私、ルカル・ウェスカーが? 家畜程度の人間如きに?

 君月のその一言が、ルカルのプライドをズタズタにした。

 

 周りを静けさが包む。無表情となったルカルがポツリと言った。それはもう冷たい声色で。

 

「……貴様ら皆殺しにしてやる」

「あ? なんだって? 聞こえ……」

 

 わざとらしく耳元に手をやって聞こえないと仕草をする君月に、とうとうルカルが爆発した。

 ルカルの足元の地面に亀裂が入り、己を愚弄した家畜に向けて飛び出そうとする。

 

 しかし、その瞬間、全てが止まった。

 

『……ッ⁉︎』

 

 挑発していた君月も、激昂したルカルも。もしかしたら大気すらも、全ての動きが止まった。

 まるで重力が何倍にもなったかのような、全身が軋んでいるかと錯覚するほどの重圧によって。

 

「な…んだ……これは……⁉︎」

 

 膝をつきそうになる身体を鬼呪装備で支え、一体何が起こったと周りに視線を巡らす鳴海。

 少なくともルカルではない。そのルカルさえも動きを止めているのだから。

 

 ————果たしてそれは、唐突に降り立った。

 

「あ、あれは……?」

「何……?」

 

 ルカルとシノア・鳴海共同チームが対峙する、丁度中辺り。

 いつの間にか一体の吸血鬼がいた。その容姿を見て息を呑む。

 人を超越したような淡麗さだ。一見女性と思えてしまうが、身体つきからして男性らしい。

 まさに魔性だった。気が付けば魅入ってしまっている。

 

 しかしルカルは違った。

 先程の激昂はどこへやら。慌てたようにその者の名を言った。

 

「ア、アークライト様……」

 

 呼ばれた男性——アークライトは視線をルカルへ向ける。

 

「お前は?」

「名古屋十大貴族が一人、第十五位始祖ルカル・ウェスカーと申します」

 

 アークライトからの問い掛けにルカルは剣を降ろし、僅かに礼までして答えた。

 今の今まで戦っていたルカルとは思えない。アークライトと呼ばれた吸血鬼に対する、隠し切れない畏怖と畏敬が見て取れる。

 

「ならばルカル・ウェスカー」

 

 そう言うとアークライトは、ルカルの肘から切られた腕を、次に踏付けられながら刀を突き刺されている左腕を見た。

 

「手を貸すか?」

「ッ!」

 

 ルカルの眉がピクリと動く。そうして直ぐに断言した。

 

「いえ。アークライト様を煩わせる事ではありません。この程度の人間共など、私だけで十分です」

 

 その答えを受けてアークライトは、ただそうかと頷く。

 

「なら私は行こう。ここはお前に任せる」

 

 現れた時と同じようにいつの間にか姿が消えた。暫くして全身を軋ませていた重圧も消失する。

 重圧から解放されたシノア達が例外なく荒い息を吐く。まるで死ぬ気で全力疾走をしたような感覚だ。

 本当ならルカルとアークライトが会話している隙に、何か仕掛ける事でも考えるべきだったのだろうが、そんな余裕さえなかった。

 

 しかし休む暇などあるわけがない。

 挑発された時以上に殺意を内包した声が響いた。

 

「貴様ら、よくもやってくれたな」

 

 ルカルだ。

 その表情は怒りに染められ、凄まじい形相となっている。

 どうやら完全にキレているらしい。

 理由はただ一つ。

 

 アークライトの前で、無様を晒してしまったこと。

 

 人間如きに片腕を犠牲にし、それを見て手を貸すかと言われてしまった。

 つまり、家畜相手に苦戦していると思われたのだ。

 他の吸血鬼でも十分に屈辱だというのに、況してやアークライトから。

 ルカルの沸点をマッハで振り切った。

 

「……皆殺しだ。一匹残らず皆殺しにしてやる!!!! この家畜共がああああ!!!!」

 

 感情のままに、全力でルカルは駆け出していった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 名古屋市役所。

 そこは十大貴族の一人、第十三位始祖クローリー・ユースフォードの拠点である。

 市役所の前には、十数人が木製の十字架に磔にされていた。

 全員が同じ黒い軍服を着ている。月鬼ノ組の服だ。

 

 磔にされている者達は、グレンの貴族奇襲作戦によって名古屋市役所にいる三体の貴族に襲撃をかけた。

 六チーム総勢30人。しかし襲撃は失敗に終わった。

 結果10人が殺され、残り20人が人質となってしまったのだ。

 

 その市役所内。とある一室で襲撃を単独で返り討ちにしたクローリー・ユースフォードは、一人、思索に耽っていた。

 

(この人間と吸血鬼の大げさな戦争は、一体何が目的で誰が後ろで糸を引いているんだ?)

 

 クローリーは聡明である。故にこの戦争の異常性にも気付いていた。

 普通ならあり得ない勢いで強くなる人間。とうとう吸血鬼を殺す手段まで手に入れてしまった。

 人間が使ってくる《鬼呪》。一般の吸血鬼はおろか、貴族にさえ効果を発揮する。

 この鬼の呪いで切られれば、自分もただでは済まないだろう。切られれば、だが。

 

(クルル・ツェペシ? フェリド・バートリー? それとも……)

 

 吸血鬼と人間の戦争。しかしそれは上辺だ。

 もっと奥に全く別の思惑が動いている。さて、それを動かしているのは誰なのか。

 

(まさか、人間が黒幕ってことはないだろうけど)

 

 今の段階ではハッキリしない。しかし、いずれその誰かが動き出すだろう。

 

(もしかして、アークライト様が日本に来るのも、その動きを察知したからなのかな)

 

 アークライトが日本に来るというのは、フェリドからもたらされた情報だった。

 簡潔に要約すると、「アークライト様がそっちに行くからよろしく〜」である。

 

(一体何がよろしくなのさ)

 

 あのヘラヘラした顔が浮かぶ。

 己の従者であるホーン・スクルドとチェス・ベルは、フェリドが嫌いらしい。曰く何を考えてるか分からないからだとか。

 それにはクローリーも全面的に賛成だ。フェリドが何を考えてるか考えてるほど無駄な事はない。

 

(だけど、フェリド君といると退屈しないからね)

 

 アークライトが来るという情報もクローリーを楽しませる要因となっていた。

 アークライトが動くのは、イコールで何かが起こること。今回もそうだろう。

 

(本当に楽しみだな〜♪)

 

 そう思っていると、扉がコンコンとノックされた。

 外にいるのは部下の吸血鬼のみ。そして部下は全員見張りについている。

 わざわざ離れてここに来るなど何事なのか。

 訝しげになりつつ、入っていいよと声を投げた。

 

「し、失礼します。ク、クローリー様……」

 

 入って来たのは予想通り部下の一人だった。

 ただしその声は震え、ガチガチという表現がよく似合うほど緊張している。

 はて、部下は自分の前でここまで緊張するものだったろうか?

 首を傾げるクローリーだが、部下は続けた。

 

「その、クローリー様にお客様が……」

「お客? こんな時に? 一体誰だい?」

「そ、それが……」

 

 ガッチガチになりながらも部下が脇に移動する。

 そうしてその背後から現れたのは……

 

「え? アークライト様?」

 

 クローリーの目が見開かれる。ホーンとチェスは即座に跪いた。

 そう、現れたのは、アークライトだった。

 同時に理解する。フェリドのよろしくとは、こういうことだったらしい。

 クローリーも片膝をつき、頭を垂れた。

 

「久しいなクローリー・ユースフォード。会ったのは数百年振りか」

「お久しぶりです。アークライト様。クルル・ツェペシ様の本隊と共に名古屋へ来るとばかり思っていましたが」

「それについて、お前を訪ねたのだ」

 

 僕を? と顔を上げるクローリー。

 怪訝な表情となったクローリーを見て、アークライトは言った。

 

「クローリー・ユースフォード、お前に少し頼みたいことがある」

 

 



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始まりのデアイ

遅れながら業物語を買いました。いややっぱ面白い。おかげで曖昧だった番外編の内容が完成した。
原作に追いついたら番外編を書きます。アークライトとキスショットの出会い。キスショットとエリアス、女の戦い。アヴァロンでの日常。などなどを予定しています。


「これは……完全に待ち伏せされてるな」

 

 望遠鏡を通して写った光景を見て、グレンはそう呟いた。

 場所は名古屋市役所よりほど近いビルの屋上。一瀬グレンチーム六人、柊シノアチーム五人、鳴海真琴チーム五人。

 計十六人が集まっていた。

 

「さて、どうするかね」

 

 現在、名古屋市役所に襲撃をかけて捕まってしまった仲間達の救出作戦の最中である。

 

「当然、助けるだろ」

「罠だと分かってて正面から救う馬鹿いないだろ」

「あ? じゃあどうすんだよ」

 

 優が素直で直球な意見を言うが、そのあまりに真っ直ぐさを鳴海が諌める。

 最終的に決めるのは指揮官であるとして、鳴海はグレンに決定を仰いだ。

 

「どうしましょうか一瀬中佐」

「……ここから狙撃して誘き寄せよう。もしも敵の数が多ければ……人質は見捨てて逃げる」

 

 一軍を率いる指揮官としては妥当な判断である。しかし優は、ふざけるなとばかりにグレンに詰め寄ろうとした。

 それをシノアが手で制し、グレンに尋ねる。

 

「中佐、今回の任務の最重要事項は何でしょう?」

「死なずに人数を維持することだ。次に人質の解放。最後に人質の救出。死ぬくらいなら逃げる」

「つまり……逃げた先に更に他の任務があるんですか?」

 

 鳴海が口に出した予想にグレンは頷く。

 

「ああ。なるべく長期間、吸血鬼共をこの愛知に引き留め、渋谷本隊が態勢を整える時間を稼ぐのが俺達の役目だ」

 

 今回の貴族奇襲作戦。それは囮であり、本当のところただの時間稼ぎだったわけだ。

 囮作戦にしては本気で命懸けだったと、君月が溜息を吐いた。

 

「貴族殲滅作戦は終わった。何人殺せたかは分からないが。市役所にいるクローリー・ユースフォード、チェス・ベル、ホーン・スクルドの三人を除けば……目標八人中五人殺せてる計算になる。十分だ」

 

 さすがに貴族を五人も殺されては、吸血鬼達も放っては置けないだろう。

 完全に別勢力の吸血鬼がいるという不安要素はあるが。

 

「人質を救出できたら今度は、なるべく敵の目を引きながら、できるだけ長く生き残る任務を始める。だから——」

 

 その先をグレンは言わなかった。

 代わりに銃剣型の鬼呪装備《白虎丸》を手に出現させた深夜が引き継いだ。

 

「だから、ここから狙撃して派手に誘き寄せ、だけど逃げるって作戦ね。で、上手くいくなら人質も救う」

「もっと上手くいけば任務を終えた他の部隊も集まって、クローリー達も殺せるだろう」

 

 グレンが口に出した理想的な流れを、深夜は笑顔で否定する。

 

「あは、いかないよ。そんな上手くは」

「…………、ネガティヴめ」

 

 ジト目で深夜を睨んでいた。毎度お馴染みの絡みである。

 

「事実を言ってる。けどできるだけ上手くやろう」

 

 そう言うと深夜は後ろを振り向き、与一を呼んだ。

 

「名古屋市役所を狙撃するよ。手伝って」

「あ、はい!」

 

 深夜と与一。この二人は貴重な存在だ。数少ない遠距離からの攻撃ができる鬼呪装備。更に二人とも黒鬼シリーズときた。

 遠距離からの狙撃という優位性はとても高い。

 

「全員配置につけ。吸血鬼からの攻撃に備える」

「みなさんもお願いします」

 

 しかしそんな優位性があるからといって警戒を怠る楽観的な者はここにいない。狙撃が通じない相手もいるのだ。実際に優達はそれを経験している。

 各々が不測の事態に備え、直ぐに動けるように陣形を作った。

 そして与一と深夜も狙撃の構えをとる。

 

「じゃあ僕は四階あたりを撃つから。与一くんは五階で」

 

 深夜の指示に従い、照準用の魔方陣を展開させて弦を引き絞る。その動作に合わせて与一の視界も段階的にズームされていった。

 五階の窓際が映る。その窓際に、佇む一体の吸血鬼がいた。

 

「ご……五階の窓際に吸血鬼がいます! 気づかれる前に狙撃許可を!!」

 

 まさかこんなに早く見つかるのは予想外だったようで、グレンと深夜が目を見開く。しかし即座に反応した。

 

「許可する!撃って殺せ!!」

「やれ与一!!」

 

 優からも受けて、与一は実行する。

 

「はい!! 行け月光韻!!」

 

 幾条もの光の矢が鋭く空を翔ける鳥の形をとって、名古屋市役所五階の一角に炸裂した。窓はおろか、周辺の壁をもまとめて破壊する。

 普通なら絶対に避けられないタイミングだ。

 

「何この鳥?」

 

 しかし吸血鬼は――クローリー・ユースフォードは、濛々と粉塵が立ち込める瓦礫の中から無傷で現れた。与一が放った月光韻の矢を素手で掴み取って。

 掴んだ矢を投げ捨て、クローリーは矢が飛んできた方向を見る。

 

「ああ、そうか。やっと来たのか」

 

 そして、背後の従者二人に告げた。

 

「チェス、ホーン。来たみたいだよ〜」

 

 奇襲を受けたにもかかわらず、クローリーは焦りも慌ててもいない。あくまで余裕。

 狙撃をされながらも自分から行くことはせず、悠然と泰然自若に構えていた。

 そしてそのまま暫く待っていたが、一向に次は来なかった。

 

「あれぇ、攻撃第二弾が来ないね。作戦でも練ってるのかな」

「こちらから討って出ますか?」

「いや、僕達の役目はあくまで誘き出すことだからね。いつまでも来ないならそれも考えるけど、敵の数が分からないからなぁ」

 

 顎に手をやって思索する。

 人質をとり、一人だけわざと逃がしてここに来るように誘導したとは言え、実際のところ本当に来るかどうかは五分五分だった。

 なにせ三十人の部隊が壊滅したのだ。他の部隊が何人かは不明だが、これだけの数で倒せないとなると人間も躊躇ぐらいはするだろう。

 しかし人間達は来た。

 

「人間は長期的にはいつも愚かだけど、短期的にはそれほど馬鹿じゃない。最初の攻撃で敵わないと分かった相手にもう一度仕掛けてこないだろう」

「えーと、つまりはどういうことですかぁ?」

 

 チェスにはよく分からないらしい。だがもう一人、ホーンはクローリーの言いたいことを理解していた。

 

「……奴らは私達吸血鬼の貴族に勝てるだけの準備をして襲ってきている、と?」

「そういうこと。まぁまた襲撃してくるかは五分五分だったけどね。ピンポイントでここに来たアークライト様には何かしらの確信があったのかな。それともフェリド君が何か言ったのか。どっちにしろ面白い事になりそうだから、僕は構わないけど」

 

 フェリドの名が出た途端、チェスとホーンが互いに見合わせた。そして二人揃って言う。

 

「私、フェリド様はなに考えてるか分からなくて嫌いですぅ」

「珍しく意見が合ったわね。私もです」

 

 さすがのこれにはクローリーも苦笑いだ。しかしフェリドと一緒にいると面白いことが起こる。退屈をしのぐことは、吸血鬼にとって割と重要なのだ。

 

「まぁでも彼と付き合ってると退屈しないからねぇ」

 

 クローリーはそう言うが、チェスとホーンの二人はかなり不服らしい。表情に出まくりである。

 

「アークライト様からの頼みもあるし、こっちの作戦はこうだ。僕達に向かってくる奴らをここに足止めして、そして誘導する。下の方は気にしなくていい。フェリド君が情報を欲しがるだろうから、情報を持ってそうな向こうの指揮官も見つけておこう。でも捕まえるのは後でいい。まずはアークライト様がやるからね」

 

 そう言ったクローリーの声は、まるで楽しみを前にした子供のように弾んでいた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ところ変わって京都地下サングィネム。

 名古屋出陣に向けて本隊の準備が着々と進んでいる中、サングィネムの一角を第七位始祖フェリド・バートリーが歩いていた。

 足取りは悠々に、その妖艶な顔には普段と違う類の笑みを浮かべている。

 

 彼は今、非常に上機嫌だった。

 

 何故なら状況が上手く進んでいるから。

 まあ女王様の四苦八苦した様子で愉悦できたのも一つだが、大抵はそれが理由である。

 

(いやホント、アークライト様が来ただけでここまでスムーズにことが運ぶなんてね)

 

 おかげでクルルは最早限界寸前だ。その様子を見ているだけでとても愉しい。

 フェリドは己の快楽を何より優先するタイプだ。その為なら上位始祖すら利用してしまう。

 とは言っても、アークライトを利用する形となったわけだが、そう簡単にはいかないらしい。

 

(本当は僕から誘導するつもりだったんだけどな〜)

 

 結果的に同じではある。しかし思い通りには動かせなかった。

 第一位始祖の来日。確かに定めていた結果はそれだが、予定ではフェリドが上手く誘導してそうさせるはずだった。

 しかし実際は、フェリドの思惑に関係無くアークライト自身が来ると決めてしまった。

 思惑通りなのだが、何か釈然としない。

 

(やっぱりただでは利用させてくれないか)

 

 アークライトは自分の狙いに気付いている節がある。

 彼を先に名古屋に向かわせるため、少し口添えをした時だ。自分に『やりすぎるな』と言ってきた。その時は曖昧な返事と笑みで誤魔化しはしたが、少しどきりとしてしまったのは事実である。

 

(分かっている上で敢えて利用されている。彼にとっても一番手っ取り早いからか、それとも他に何かあるのか)

 

 可能性は五分五分だ。敢えて言うなら前者のが高い。

 今の日本の状況は見るに耐えないものがある。クルルという女王がいながらも内部では幾つもの派閥に分かれ、表面上の統制すら出来ていない。更に日本帝鬼軍に《終わりのセラフ》。

 アークライトもそれを見かねているのだろう。日本以外の吸血鬼が治める土地は、それなりに上手くいっているのだ。

 例を挙げるならクルルと同じ第三位始祖レスト・カーのドイツ、第二位始祖ウルド・ギールスのロシア、第一位始祖アークライト=カイン・マクダウェルのアメリカ。

 むしろ日本のようにここまでバラバラの方が珍しい。

 だから自らが来たのか。最終判断を下す為に。

 

 己の快楽が大半であるが、フェリドにも今の日本を見かねているという気持ちも無くはない。

 だから色々と暗躍している。アークライトを呼んだこと然り、人間に情報を流していること然り。

 現状を誰よりも重く見ているからこそなのだ。己の快楽が大半であるが。大事なので二回。

 

(本当に、これから起こることが楽しみだねぇ)

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「殺しに来たぞ吸血鬼」

「あ、見たことある顔だ。じゃあ君が指揮官か」

 

 先陣を切ったグレンが、与一の攻撃によってオープンテラス状態になった五階で様子を眺めていたクローリーの前へ飛び出した。

 この救出作戦には制限時間がある。シノア隊と鳴海隊が人質を解放する間、貴族を引き付けておくのがグレン達の役目だ。

 クローリーの部下と思わしき吸血鬼は、五士の鬼呪装備《覚世》の幻術によって十六人を二百人の部隊に見せかけ、何とかしている。

 

「フッ」

 

 グレンが刀を横薙ぎに振るった。クローリーは腰の剣に手をやり、抜刀術の要領でその一撃を弾き返す。

 弾かれた刀からビリビリと衝撃が手に伝わる。

 

「うへぇ…強ぇ……」

 

 冷や汗が頬を滴る。

 加減も出し惜しみもない、本気の一撃だった。それを容易く弾かれたとなると、否応にでもクローリーの実力を察せる。

 与一の狙撃を無傷でしのいだ時から分かってはいたが、実際に剣を交えると予想以上だ。

 

(こいつはケタ違いに強い)

 

 グレン隊が担当した第十九位始祖メル・ステファノとは次元が違う。

 しかし共通点があった。それは、人間を侮っていること。侮りから来る余裕によって、油断している。

 だから……

 

「だが――お前は終わりだ」

 

 クローリーの隣に深夜がいつの間にか立っていた。手に持つ白虎丸の銃口をクローリーに突き付けて。

 

「はいチェックメイト」

 

 殆ど零と言っていい距離で引き金を絞る。連続で射出される鬼呪の弾丸。

 

 勝った。素直にグレンも深夜もそう思った。

 

 しかし、深夜が引き金を引いた瞬間、クローリーの目からふざけた様子が消え、戦士としての鋭さが宿る。

 途端、クローリーと深夜の間に無数の軌跡が煌めく。その頃には宿った鋭さは霧散し、いつもの悠々とした様子に戻り、クローリーはパチンと剣を鞘へ納めていた。

 何が起こったか見えなかったが、どうやらあの距離とタイミングで放たれた音を置き去りにする白虎丸の弾丸を、全て視てから切り落としたらしい。

 

 それを理解した深夜とグレン。信じられないとばかりに目を見開く。

 予想を上回る事態に二人は隙を晒してしまう。

 クローリーが両腕を伸ばし、グレンは右脚を、深夜は右手に持つ白虎丸を掴まれた。

 

「なっ!?」

「え」

 

 驚く二人を余所に両腕を後ろに引いた。まるで二人を引き込むように。

 そうなればその腕力に二人は逆らえないわけで。とんでもない力で市役所の中に揃って投げ込まれた。

 クローリーの背後でガガッやガシャッと、何かが壊れる音が響く。

 下でクローリー配下の吸血鬼を相手にしていたグレンチームの一人、花依小百合が悲痛な声を挙げた。

 

「グレン様!?」

「く……! いま助けに……!」

 

 同じくグレンチームの一人、十条美十が思わず飛び出そうとする。しかし五士に肩を掴まれ、動きを止められた。

 

「行くな。ありゃ行ったら足手まといになる」

 

 クローリーに投げ込まれた二人は、傷を負いながらも立ち上がろうとしていた。

 随分と派手にやられはしたが、それほど大したダメージではない。

 確かに肉体的には大したことない。問題は精神的な方だった。

 

「これ…まずいでしょ。他の貴族とケタが違うんだけど。死ぬかな?」

「いや、作戦通りだ」

「うそばっかり」

「少なくとも敵の目は引いた。囮役はできてる。さぁ逃げるぞ」

 

 戦闘開始から約二分。秒殺されはしたが、十分に気を引けた。殆どの人質は解放できただろう。

 後は逃げるだけだ。しかしそう甘くないらしい。

 

「もちろん逃がさないよ」

 

 クローリーだけではなく、チェスとホーンまで二人の背後を取っていた。

 絶望的である。クローリー単体ですら太刀打ちできないというのに、従者の二人も加わってしまっては勝率どころか逃げることすら不可能だ。

 

(こりゃ、覚悟決めなきゃまずいか)

 

 最悪、鬼を暴走させることも視野に入れるグレン。視線を向ければ深夜も頷いていた。どうやら同じ考えらしい。

 死ぬのなら道連れ、という考えなのだろう。

 いくらクローリーが強くても黒鬼二体の暴走に巻き込まれればただでは済まないはずだ。

 

 正直なところ、深夜だけは逃がしたい。たとえ自分が死ぬか捕まっても深夜が残っていれば任務は続けられるし、部隊の指揮も維持できる。

 なら自分を犠牲にする前提で深夜を逃がす手立てを考えるのが最善か。

 やるべきことは決まった。後は実行に移すのみ。

 そう決めた矢先。

 目の前の敵であるクローリーは、添えていた手を剣の柄から離し、ダラリと構えを解いてしまった。

 

「……何のつもりだ? 俺達には武器すら使う必要はないってか?」

 

 返答など期待していない。せめて精神的優位だけでも保とうとした為の問いだ。

 しかし律儀にもその問いに答えてきた。

 

「違うよ。僕の役目はここまで。後は見物さ」

「……なんだと?」

「もういいですよね?」

 

 今度は答えず、クローリーは誰もいないはずの空間へ呼びかけた。グレンと深夜の、背後に向けて。

 瞬間、二人の背中にゾクッと寒気が走った。

 

「アークライト様」

 

 二人がバッと振り向く。

 そしてそこには――――

 

百の影槍(ケントゥム・ランケアエ・ウンプラエ)

 

 声が、響いた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 はい、やって参りました名古屋。数十分前までは京都に居たわけだけど。

 

 日本の吸血鬼の本拠地、地下都市サングィネム。

 少ししか中にいなかったけど……アレはないわ〜。暗いし何か湿っぽいし陰気だし息苦しいし。おいこらクルルちゃん、ちゃんと管理してんのかい。

 何よりあの街並みが頂けない。なんだアレは、バラバラ過ぎるわ。

 建物の並びは滅茶苦茶で、大半が手入れもしていないのか傷みまくり、そして特定の箇所だけやたら豪華。都市全体のバランスが釣り合ってない。

 民だけではなく、街の管理も統治者としての役目。それがサングィネムには見られない。

 即ち無秩序。少なくともアヴァロンやドイツ、ロシアの都市を知っている俺からはそう見えた。

 でも口に出してしまったのは悪かったな。聞かれてなきゃいいけど。

 

 そう言えば俺達が降り立った空港。あんまり傷んでなかったな。羨ましい。

 アメリカは魔術がとても薄く、疎かった。だからあの破滅のウィルスの影響を大きく受けてしまったのだ。だからその時の混乱の所為で地上の設備などの損傷率が酷い。ぶっちゃけ直すより新しく作った方が安上がりである。

 それに比べてヨーロッパ近くの地域は比較的に被害が小さかった。昔からあの辺りは、魔術関係が濃かったからだ。

 ウルドのロシアやレスト坊のドイツは、地上がそれほど傷ついていないし、実際に使ってもいる。

 色々と苦労した俺からしてみると、非常に羨ましい限りだ。

 

 話が逸れたな。なぜ京都の本隊に先駆けて名古屋に来たかと言うと、少しこんな事が浮かんだからだ。

 日本帝鬼軍が奇襲作戦を企てているのは、ほぼ間違いない。そして奇襲するとしたら名古屋の貴族だろう。京都の本隊と合流されたら手に負えないし、京都を直接叩くよりも近くて済む。

 そしてキスショットが遭遇した《終わりのセラフ》のキーとなる人間達。遭遇した場所からこの人間達も奇襲部隊のメンバーと考えていい。

 ここで問題となるのが、吸血鬼側の情報を流しているのは誰かということだ。疑いたくはないけど、おそらく上位始祖会に参加できたクルルちゃんかフェリド坊のどちらか。

 俺が本隊と名古屋に向かってしまえば、必然的に二人と共に行くことになる。

 

 それはまずい。大抵の場合、黒幕が現場に行く=最終局面である。

 なら俺から行くしかないじゃない。と、言うわけでゴートゥー名古屋。

 そんな感じで名古屋に来たのだ。

 最終局面に入る前にキスショットが遭遇した人間達ってのを確認しておきたい。更にキスショットによると、その人間達の鬼を封じた鬼呪装備から、俺と似たような気配を感じたらしい。

 《終わりのセラフ》もそうだが、それも気になる。

 そして現在。俺は名古屋市役所のとある一室の影の中にいる。ここ名古屋市役所は、クロ坊ことクローリー・ユースフォードの拠点だ。

 

 なんでここなのか。それは、俺が先に名古屋へ行くと知ったフェリド坊から、「名古屋市役所に行くといいです。あそこにはクローリー・ユースフォードがいます」と耳打ちされたからだ。

 

 なるほど。そう納得してしまった。

 

 フェリド坊は何時も飄々としていて真剣でないように見えるが、実際はかなり聡明だ。おそらくフェリド坊も人間達が奇襲を仕掛けてくるのをある程度予測しているのだろう。

 俺が名古屋に行く理由も何となく察してくれたのかもしれない。

 クロ坊は、その階位から逸脱した実力を持っている。いくら数十人規模の部隊が吸血鬼を殺せる装備を持って挑んでも絶対に勝てない。元からの才能に加えて数百年間の経験。全てに於いて違い過ぎる。

 そうなれば相当な戦力を向けざるを得ない。聞いた限りキスショットが遭遇した人間達は、かなり有望だったとか。なら、その相当な戦力に組み込まれる可能性は高い。

 それを予測してフェリド坊はクロ坊の場所を教えてくれたのだと思う。

 裏切り者候補の言葉を信じるのはどうかと言われそうだけど、その点は心配ない。言葉の真偽は聞いた瞬間に分かる。言葉とは言霊。紡がれる一文字一文字に意味がある。詠唱が代表格だろう。俺の特性上、そういった類にはとても敏感なのだ。少なくとも今回のフェリド坊の言葉に嘘はなかった。

 

 ただ、フェリド坊が俺に耳打ちをした後、クルルちゃんが物凄い剣幕でフェリド坊を睨んでいた。

 なんというかフェリド坊って、いじめっ子というか愉悦神父みたいなオーラを感じさせる。

 いや、やめたげてよ。クルルちゃん、見た目相応に泣いちゃうよ。

 一応やりすぎるなって注意しておいたけど、大丈夫かな。

 

 まぁそれは置いといて。

 フェリド坊の助言をありがたく頂戴し、クロ坊に頼んで誘い役をしてもらって、俺は影の中に隠れてるわけだ。

 俺単体だと向かってこない可能性があるし、俺から行くと途端に遁走されるかもしれない。

 だから不意を突く待ち伏せが一番良かった。もし名古屋市役所に来なくても、別行動中のキスショットが控えている。

 だが杞憂だったらしい。まぁ人質とってたからね。これでも紀元前生まれで一国を治める身。人質や汚い手段を罵る気はない。

 

「僕の役目はここまで。後は見物さ」

 

 おっと。そろそろか。

 影の中から視線を飛ばして見れば、黒い軍服の二人がクロ坊に部屋の中へ投げ込まれていた。

 よしよし。クロ坊ナイス。後でお礼として何か贈るよ。

 人形達も上手く出来てるな。久しぶりだったけど、腕は鈍っていないみたいだ。

 

「もういいですよね?」

 

 十分だよ。では、リク・ラク ラ・ラック ライラックと。

 

「アークライト様」

 

 影のゲートを伝い、軍服二人の背後に出る。同時に開幕の魔法を発動。

 

百の影槍(ケントゥム・ランケアエ・ウンプラエ)

 

 さて、いっちょいきますかね。

 




次回、やっとアークライトのバトル。さぁ派手に行くぜ。魔法祭りだ!
とりあえず無双なのでご了承ください。


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始祖のアークライト

いつもよりは早い。
伏線を入れてみたけど、大丈夫かな。
ちょっと本免許があるので、感想返しは少し遅くなります。


 黒い影のような、触手のような刃が、グレン達が投げ込まれた部屋から飛び出してきた。

 優達が見たことを表すとこんな感じだろう。直後に聞こえた破壊音から考えても何か想定外のことが起こったと見て間違いない。

 そして今シノア隊は、名古屋市役所の四階に来ていた。理由は言わずもがな、グレン達の救出である。

 さっきから断続的に爆音が響いており、建物が揺れたりしている。

 優は焦燥を滲ませ、慌てるように声を張り上げた。

 

「おい! 早く助けないとグレン達が……‼︎」

「馬鹿静かにしろ!」

「吸血鬼に気づかれる!」

 

 張り上げようとして、小声で君月と三葉から物理的に抑えられる。

 取り敢えずそんな三人は置いといて、与一はシノアに聞いた。

 

「シノアさん、敵の位置は──」

「黙って。もうすぐ上に来ます。しーちゃん、索敵して」

 

 四鎌童子を顕現させ、その刃を上に向ける。そうすれば靄のような索敵網が天井一面に広がった。四鎌童子の真価は広範囲攻撃に加え、攻撃範囲内の索敵にある。

 息を潜める中、皆が自然と武器に手をかけた。

 シノアがスッと手を前に突き出す。最初は意味が分からず優が首を傾げていたが、指を二本立てたことですぐに察した。

 カウントダウンだ。攻撃の瞬間の。全員が抜刀し、その瞬間を待つ。

 

 ……二、……一、……開始!

 

 途端、天井が爆裂し、グレンと深夜が落ちてきた。

 

「…………は?」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

(ふざけんなよなんだこいつはッ⁉︎)

 

 夢でも見ているのか。それがグレンの正直な気持ちだった。

 剣を振るう。虚空で弾かれる。弾丸を放つ。虚空で弾かれる。

 これの繰り返しだ。クローリーとだって戦いにはなっていた。なのに……

 

(なんなんだこいつはッ⁉︎)

 

 突然背後に現れた吸血鬼。振り返った時には既に遅く、周りの影が無数の刃となって襲ってきた。

 深夜の白虎丸で壁を破壊し、隣の部屋に移ることで何とか難を逃れたものの、状況は好転していない。むしろクローリーを相手にしていた方がまだ良かった。

 これはもう、ただの理不尽だ。

 

「このッ」

 

 虚空で刀を弾かれて姿勢が崩れてしまったグレンを補うように、深夜が白虎丸を放つ。

 狙いは敵ではなく、敵の足元の床。床が豪快に爆裂し、破片や粉塵が飛び散る。

 その隙にグレンは深夜の元まで後退してきた。

 

「ちょっとグレン、これマジでやばいよ。もう強いとかいうレベルじゃない」

「ああ、んなこと分かってる。あいつ、アークライトとか呼ばれていたな。確かその名は……」

「与一くん達が言ってたね。第一位始祖とかホント勘弁してよ」

 

 優達が遭遇したという第二位始祖。その第二位始祖が主人と呼んだ存在。

 始祖の頂点。最強の吸血鬼。第一位始祖、アークライト=カイン・マクダウェル。

 

「いくらなんでも出鱈目すぎでしょ……」

 

 深夜がそう言うのも無理はない。アークライトは、己の知識にある吸血鬼とはあまりにもかけ離れていた。

 今もそう。

 足元の床を破壊され下の階に落ちたと思えば、何でもないように浮かんで戻ってきた。

 浮かぶというより飛んでいる。さっきの影の刃といい、一体全体なにをしているのか。

 

 アークライトが人差し指を指揮者の如くこちらに向ける。その凜とした声で紡いだ。

 

連弾・(セリエス・)雷の17矢(フルグラーリス)

 

 雷によって構成された矢が殺到する。

 グレンは刀で切り払い、グレンが対処しきれない矢を深夜が撃ち落とす。

 

連弾・(セリエス・)氷の17矢(グラキアーリス)

 

 今度は鋭い氷の礫だ。

 深夜が撃ち落とそうと白虎丸を放つが、次の瞬間には目を見開くことになる。

 

「なッ⁉︎ 避けた⁉︎」

 

 礫がまるで意思でもあるかのように弾丸を回避したのだ。

 ならばと白虎丸を連射するが、それも礫は弾幕の間を縫って変わらず向かってきた。

 そして着弾。意趣返しのつもりかグレン達の足元で爆裂し、二人を後方へ吹き飛ばす。

 あまりの衝撃に口の端から血が滴り落ちていた。

 

白き雷(フルグラティオー・アルビカンス)

 

 続けて放たれる一条の白い雷光。床に倒れたグレン目掛けて空を走る。

 それを見て避けるのは無理と判断し、グレンは刀の鋒を向けた。

 

「攻撃を吸収しろ‼︎ 《真昼ノ夜》‼︎」

 

 刀から鬼呪が広がり、迫っていた雷光を取り込んだ。

 アークライトが僅かばかり目を細める。そして再び魔法を発動した。

 

雷の投擲(ヤクラーティオー・フルゴーリス)

 

 現れる二本の雷で構成された槍。全長三メートル程の槍だ。

 頬を冷や汗が流れた。

 

(こいつはヤベぇ……)

 

 見た瞬間に理解する。アレは防げない。吸収も出来ない。

 受け止めようなどすれば、刀諸共串刺しになる。

 

(どうする⁉︎)

 

 吹き飛ばされたダメージが回復しきっておらず、まともに立てそうもない。隣の深夜も同じだ。白虎丸を構えようとしてはいるが、あの槍は下手な攻撃では相殺どころか貫通してくるだろう。

 考えを巡らせるも現状打開の手は見つからない。だが現実は非情。考えつく前に、槍が射出された。

 

(……なに?)

 

 視認すら困難なその雷の槍は、しかしグレンと深夜を穿つことはなかった。

 代わりに二人の間の床に深々と突き刺さる。

 外したのか? と訝しむ二人だったが、意識を敵から外してしまったグレンがここで気づく。自分達の真下に慣れた気配があることを。

 

「まず……ッ⁉︎」

招雷(プロドゥカム)

 

 突き刺さった槍の石突きの部分から稲妻が迸る。そして次の瞬間、周りに電撃が撒き散らされた。

 

「がああああ!」

「ぐああああ!」

 

 撒き散らされた電撃は、当然の如く二人にも牙を剥いた。

 駆け巡る電流。全身くまなくに高出力のスタンガンを食らったようなものだ。

 迸った電撃による被害は二人だけではない。二本の槍を起点に床全体へ亀裂が走る。そして床が崩壊した。

 完全に動けなくなった二人は、抵抗も出来ずに落ちていく。

 まるで血液が沸騰しているような激痛が意識を朦朧とさせる中、グレンはこの攻撃が自分達に向けられたものではないことを確信していた。

 

「グレン⁉︎」

 

 下の階に落ちた途端、視線が合う。外で人質解放の任務をしていたはずの優だった。

 驚きながらも咄嗟に動き、グレンをキャッチする優。目だけを動かしてみれば深夜は君月に受け止められている。優の独断というわけではなく、チーム全員で来たらしい。

 

「グレン……! お前なんで……!」

 

 こっちのセリフだっての馬鹿優が、などと言ってやりたかった。しかしあの電撃によって口すら満足に動かせない。

 だから精一杯の意思を込めてシノアに視線を向ける。

 

「……ッ‼︎ 皆さん撤退します! 急いでください!」

 

 その意思を理解し、即座に撤退命令を下す。

 君月と優がそれぞれグレンと深夜に肩を貸し、他の三人が背後を牽制しながら後退を始める。

 徐々にではあるが、全身の痺れも回復してきた。おそらく後二分くらいで歩けるようにはなるだろう。

 尤も、二分も待ってくれそうにないが。

 

「ッ⁉︎ 来ました! 撤退戦に切り替えます!」

 

 すっかり吹き抜けとなった天井から、ゆっくりとアークライトが降下してきた。

 その姿を見て、シノア達が戦慄する。

 

「おい、あいつって……」

「間違いありませんね。ルカル・ウェスカー奇襲の際に現れた吸血鬼です」

 

 撤退するシノア達を視界に収めると、浮遊したままに追撃を始めた。

 

百の影槍(ケントゥム・ランケアエ・ウンプラエ)

 

 アークライトの影から無数の黒い触手のような刃が伸びる。初めにグレン達を襲った影の刃だ。

 見た目からしても相当な威力。しかもこの数。最大戦力である君月と優は手が塞がっており、迎撃は出来そうにない。

 だから三葉が、天字竜を振り下ろした。

 

「行け天字竜! 私達の盾になれ!」

 

 斬撃のように放たれたそれは、暫く進むと二体の鬼の形をとる。

 二体の鬼は通路を塞ぎ、シノア達を守る盾となった。

 鬼が顕現した直後、次々と殺到する影の刃。ズドドドッと、まるで機関砲連射のような音を響かせ、鬼を押し戻す。

 その光景にシノアは疑問を抱いたが、吟味する暇もなく次が来た。

 

光の一矢(ウナ・ルークス)

 

 光の矢。それが一番しっくりくる。

 放たれた光の矢は、たった一本だった。

 その一本で、優達の盾となっていた天字竜の鬼は、二体諸共消滅した。

 閉鎖空間で発生した衝撃波に押され、怪我人を運んでいたことも重なり、君月と優が体勢を崩して膝をついてしまう。

 

連弾(セリエス)雷の14矢(フルグラーリス)

 

 そこへ雷の矢。この距離では与一の迎撃は間に合わず、かと言って三葉とシノアだけでは落としきれない。

 

(まず……ッ⁉︎)

 

 そうシノアが思った時、未だまともに動けずとも、声帯くらいなら回復したグレンが声を張り上げた。

 

「おい五士‼︎ 助けに来てんだろ‼︎ どこだ‼︎」

 

 直後、窓を割ってアークライトと優達の間に躍り出る影があった。女性三人に男性一人。

 

 女性のうちの一人──十条美十がその拳を以って全ての矢を叩き落とし、

 女性のうちの一人──花依小百合が数枚の呪符を投げ付け、起きた爆発と粉塵によってアークライトの視界を遮り、

 男性──五士典人がそのパイプ型の鬼呪装備《覚世》を吹いて煙を出せば、窓や壁、床から業火が噴き出してアークライトの行く手を阻んだ。

 

 そう、グレンチームの四人であった。

 

「このバカ。何バラしてんだよ」

 

 グレンの元に寄ってきた五士が軽口を叩くが、その表情には安堵が見える。

 他の三人も皆一様に同じ表情を浮かべていた。

 

「もう少し早く来いっての。死に掛けた。取り敢えずさっさと逃げるぞ。そんなに時間は稼げ──」

「リク・ラク ラ・ラック ライラック」

 

 やっとある程度歩けるまでに回復したグレンが、一刻も早くここから撤退しようと指令を出そうとした時、幻術による業火の向こうから声が聞こえた。

 

来れ雷精 (ウェニアント・スピーリトゥス) 風の精(アエリアーリス・フルグリエンテース)

 雷を纏いて(クム・フルグラティオーニ) 吹きすさべ(フレット・テンペスタース) 南洋の嵐(アウストリーナ)

 

 深く考えたわけではない。ただ、本能が鳴らす警告に従い、グレンは叫んでいた。

 

「深夜、与一! 壁を撃ち抜け! 飛ぶぞ!」

 

 躊躇はなかった。回復した深夜と与一が銃と弓を以って壁を破壊する。

 示し合わせたわけでもないのに、全員が同時に破壊された壁から外へ身を投げた。

 そして……

 

雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)

 

 風が、吹き荒れた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「ギリセーフだな」

 

 見上げる光景にグレンがそう呟く。

 

 これを例えるなら、直線的な竜巻というのが妥当だろう。ただし通常の竜巻のように吹き飛ばされるなんてレベルではなく、通った後は一切合切削り取られている。更にその竜巻は雷まで纏っていた。

 どう考えても人に対して使う威力じゃない。城塞か戦艦でも蒸発しそうだ。

 

「グレン中佐!」

 

 そこへ異常を察知した鳴海が駆け付けてきた。市役所の四階上部を消し飛ばしたあの攻撃を見て、何かあったと判断したらしい。

 

「おう、鳴海。人質はどれくらい解放した?」

「既に全員解放しました。敵の吸血鬼は、五士大佐の幻術で引き止められています」

「よし。なら撤退だ」

「貴族はどうします?」

「諦める。あんなの相手にしてたら命が幾つあっても足りやしない。予定通りこのまま名古屋空港に──」

 

 言葉はそれ以上続かなかった。後ろを振り返り、視線を上に向ける。

 半分が消し飛んだ四階から、アークライトがその朱い瞳でこちらを見下ろしていた。

 

「ちっ、やっぱりそう簡単に逃がしてくれねぇか」

 

 アークライトが指を振るう。そうすれば幻術と戦っていた吸血鬼達が動きをピタリと止め、そして宙を飛んだ。

 

「んな……⁉︎」

「どうした五士」

「……展開してた幻術が掻き消された」

「なに?」

 

 吸血鬼達が空を飛び、アークライトの背後に整列する。途端、吸血鬼の姿が霞み始めた。

 そうして現れたのは、メイド服を着た同じ顔の女性達。しかし表情はなく、まるで人形のようだ。

 否、比喩ではない。

 その光景を見て、見物をしていたクローリーが感嘆の声を上げた。

 

「おお、凄いな」

「クローリー様、あれは?」

「アークライト様が人形師と呼ばれる由縁さ。周囲三キロの範囲内で三百体の人形を操れるらしいけど、実際に見ると本当らしいね」

「やっぱり第一位始祖様は凄いですね〜」

「協力して損はなかったみたいだ。おかげで面白いものを見れたよ。でも、本番はこれからだ」

 

 人形達が拡がったアークライトの影に沈んでいく。

 グレンは苦虫を百匹くらい噛み潰したような顔をしていた。

 どうやら完全に嵌められていたらしい。考えてみれば、自分達の戦闘も良いように誘導されていた。

 おそらくだが、戦力分析をしていたのだ。攻撃をされたらどんな対処をするか。どんな判断をするか。武器の能力は何なのか。役割は何なのか。

 

 そして終えたからこそ、場所を移した。

 最初のうちは戦力分析の為にそれなりの攻撃だったのだろうが、それを終えた今、もはや必要ない。

 アークライトの魔法は基本的に威力が高い。初級魔法でさえ、大魔法と変わらぬ効果を発揮する。アークライトの魔法を用いる戦闘は、屋内では制限されてしまうのだ。

 しかし外へ移れば、その制限は無くなる。だから雷の暴風によってグレン達を外へ誘導した。

 

「手の平の上ってか。ったく、……総員戦闘準備‼︎ 全員であいつを叩く‼︎」

 

 逃げないし、逃げられない。逃走を許してくれる程、甘い相手でもない。

 倒すしか手はないだろう。しかし、もし倒せたとしても、まだクローリー以下二人の貴族がいる。

 正直もう詰みと言っていい状況だ。だが諦めはしない。

 

 生きて帰るのではなく、勝って帰る。グレンが月鬼ノ組全員に言った言葉だ。

 まさにその通り。たとえ勝てなくても、戦闘を長引かせればそれでいい。長引いた分だけ時間が稼げる。稼いだ時間だけ、渋谷の本隊が準備を整えられる。

 生きるではなく、勝つ。それが今やるべきことだ。

 

「どうするのさグレン。この人数でも、たぶん倒せないよ」

「だが時間なら稼げる。さぁやるぞ。倒せなくても、これだけ居れば戦うくらいなら出来るさ」

 

 グレンの命令に従い、全員が抜刀した。

 解放された人数も含めて三十人強。人質になっていた隊員も、武器を取り上げられてなかった為に戦闘へ参加出来る。

 数の理はこちらにある。それを活かして戦えば可能性がないわけではないはずだ。

 そんな心理的余裕も、アークライトのたった一言で文字通り凍りついた。

 

えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリュスタレ)

 

 フワッと、優達の首筋を冷気が撫でた。

 突然の背後からの冷気に、おそるおそる振り向く。

 顔を突き刺す極低温の空気。視界を白く染める氷煙。氷像のように凍りついた仲間達。

 

「…………え?」

 

 あまりの光景に表情が固まる優。グレンにシノア、何故か残った双方のチーム、その全員が呆然となった。

 

全てのものを(オムニア・イン) 妙なる氷牢に(マグニフィケ・カルケレ) 閉じよ(グラキエーイ・インクルーディテ)こおるせかい(ムンドゥス・グラーンス)”」

 

 凍った大地から幾本もの氷柱がせり出る。凍りついた仲間達を取り込むと、その氷柱の中に閉じ込めてしまった。

 閉じ込められた皆は、いざ戦闘開始と意気込んだ表情のままだ。きっと何をされたか気づく前に凍らされたのだろう。

 そこでやっと認識が追い付いた。

 

「な……何してんだテメェエエエエ!!!!」

「ッ⁉︎ 待て優‼︎ 無闇に突っ込むな‼︎」

 

 最も感情を顕にしたのは優。湧き上がる激情のままに、アークライトへ吶喊する。

 あまりに無謀な行為にグレンが止めようとするが時既に遅し。

 大地を踏み込み、一気にアークライトへ切り掛かる。だが考え無しの特攻というわけでもない。

 

 優は、阿朱羅丸を抜き放った。

 

「開け‼︎ 阿朱羅観音‼︎」

 

 周りに十数本の刀が出現し、優へ追従する。

 これが鬼呪装備黒鬼シリーズ、阿朱羅丸の特殊能力。その一本一本が濃密な鬼呪で構成された、謂わば鬼呪が実体化した刀だ。

 まるで意思を持つように優を追い越し、自立兵器となった刀はアークライト目掛けて飛翔する。

 

 しかし案の定、グレン等の時のように飛翔した刀は、アークライトへ届く前に虚空で阻まれた。そこに見えない壁でもあるかのように。

 

「……‼︎」

 

 目を見開く優。

 修得したての特殊能力とは言え、黒鬼シリーズであるが故に強力なのには違いなかった。

 それをあっさりと、しかもただ立っているだけで防がれた。と言うか、本当に防いだのかも分からない。

 

「……来たか」

 

 そんな時、不意にアークライトが空を見上げた。そして轟音が響く。

 何事かと思い止まってを背後を見てみれば、氷の世界となった大地に白い煙が上がっている。

 どうやら何かが落ちてきたらしい。

 白い煙の中心部に人影があった。大地には蜘蛛の巣状に亀裂が入り、クレーターを作りながらも、その人影は悠々と歩み、煙の中から現れる。

 

 たなびき煌めく金の長髪、射抜く黄金の双眸。女神の如く美しき吸血鬼。

 アークライトが眷属、第二位始祖キスショット=E・マクダウェル。

 

 最強の吸血鬼二体に前後を挟まれた。

 

「……洒落にならねぇよ、コレは」

 

 本当に、洒落にならない。

 この二体の強さは優達からの話と、実際に体験してよく分かっている。文字通りの意味で前門の虎、後門の狼と言ったところか。

 冗談にしても笑えない。

 

「どうであった」

「別働隊と思わしき人間がおったが、まぁ問題なしじゃ。残りはこやつ等だけじゃの。名古屋の貴族は、そこで見物しておる者等を除いて全滅じゃ。ようやるわい」

「そうか。ならば、ここで終幕としよう」

 

 魔法の弾幕と、剣撃の嵐が襲いかかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

氷刀輪舞(エンキス・グラキアーレス・コレーア)

「ッ‼︎ 散開‼︎」

 

 氷の刃が回転しながら敵を切り裂かんとする。

 シノア達は左右に別れることで回避した。

 

こおる大地(クリュスタリザティオー・テルストリス)

 

 そして、回避先の地面から突き出た鋭い氷柱によって足を止められる。

 

氷槍弾雨(ヤクラーティオー・グランディニス)

 

 止まった途端に降り注ぐ氷の槍。一発一発は四十センチ程だが、いかんせん数が多い。

 対処の為にその場に縫い付けられてしまう。

 その間にアークライトは詠唱を終える。

 

イグドラシルの恩寵を以って(ウェニアント・ペネトラーテ・ウテンディ)来れ貫くもの(・グラーティアエ・ユグドラシル)

 

 轟雷を鳴り響かせ、出現する雷を纏う長槍。

 腕を振り絞り、投擲した。

 

轟き渡る雷の神槍(グングナール)

 

 瞬間、音が消える。

 一瞬も耐えられない絶対的な威力。地面が爆散し、悲鳴すらも上げらず全員が吹き飛ばされた。

 ゴロゴロと受け身もとれず無様に転がる。

 

「ぐ……が……」

 

 軋む身体に鞭を打って立ち上がろうとするが、思うように動かない。

 たった一撃で無視できないダメージを負った。

 

「…………」

 

 そんな優達を無表情に上空から見下ろすアークライト。

 ボロボロの優達と比べて傷はおろか、埃すら被っていない。

 圧倒的。覆しようのない、埋めようのない、あまりに開き過ぎた実力の差。

 連携どころじゃない。近付くことすら不可能だ。

 

 これが、グレン達もいたなら変わっていたかもしれない。だがグレンとそのチームはここにいない。

 開始早々に金色の斬撃と雷の矢によって、シノアチームとグレンチームは分断された。

 即ちシノアチームはアークライト、グレンチームはキスショットに。それぞれ相手することになった。なってしまった。

 キスショットとは一度戦ったことがある。惨敗したし、手加減もされていた。

 

 しかしこれは別の意味で次元が違う。キスショットは近接。つまりどれだけの差があっても武器を交えられた。

 ならアークライトはどうか。

 近寄れない。攻撃できない。そんな暇などない。まさに移動砲台。

 これは戦いではなく、ただの蹂躙だった。

 

「ぐあ……!」

 

 その現実を理解しながらも立ち上がろうとする者が。

 足に力を込め、腕で支え、身体を動かす。

 満身創痍になりながらも、衰えを知らないその眼光で百夜優一郎は、アークライトを睨み付ける。

 

「無理をするな、人の子よ。死んでしまうぞ」

「う、るせぇ……、吸血鬼に、負けて、たまるか……ッ‼︎」

 

 優を動かす原動力とは、吸血鬼に対する憎悪。そして、仲間を失いたくないという意識。

 今になっては後者の方が大きい。

 そう、ここで倒れたら仲間はどうなる。前衛が崩れてしまえば、後衛も共倒れだ。

 だから諦めない。もう二度と家族を失いたくない。失ってたまるものか。

 だから……

 

「俺は、諦めない‼︎」

 

 そんな優の強い思いに誘発されたかのように、シノアと三葉、君月に与一も立ち上がり、陣形を組んだ。

 

「そうだな。俺達は負けられない」

 

 いつも素直じゃなかった君月が、

 

「うん。僕らには帰らなきゃいけない場所がある」

 

 気弱だった与一が、

 

「どうせ負けたら終わりだ。なら、やるしかないだろう」

 

 経験者として皆を引っ張ってきた三葉が、

 

「行きましょう皆さん。私達は、勝って帰ります‼︎」

 

 慣れないリーダーでもチームを真剣に考えていたシノアが。

 冷めることのない熱を胸に、圧倒的な壁に立ち塞がりながらも、皆で帰る為に再び立ち上がった。

 

「……眩しいな」

 

 アークライトが何か言った。

 しかし、金色の光が辺りを照らし、言葉を聞き取ることはかなわなかった。

 

「な、なんだ?」

 

 目を覆いたくなるほどの光。その方向へ目を向ければ、そこには光の壁があった。

 

「……は?」

 

 高さはざっと見ても三十メートル以上。よく目を凝らせば流れがあることがわかる。光が伸びる方向への流れ。

 いや、これは壁ではない。これは、斬撃だ。何より見覚えがある。

 キスショットがグレンチームとシノアチームを分断した際に放ったあの斬撃だ。

 あまりに規模が違い過ぎるが、間違いない。

 そして、ふと思った。あの斬撃の発生地は、グレン達が戦っている場所ではなかっただろうか。

 

「グレン⁉︎」

「あちらは終わったか」

 

 思わず叫んだ優を余所に、アークライトは光の斬撃を見ながら呟いた。

 その呟きの意味を悟れぬ程、察しは悪くない。

 

「ふざけんな‼︎ 何が終わっただ‼︎ グレンは……」

「そろそろ時間だ。こちらも終わりにしよう」

 

 その瞬間、優達の肌を寒さが襲った。元よりアークライトの魔法で気温は下がっていたが、何か違う。

 身体的な寒さではなく、まるで精神が凍えているような。

 

「真に今が大切と言うなら、見事これを乗り越えてみせよ」

 

 アークライトが両腕を大きく広げる。

 

解放(エーミッタム)永久ノ氷結世界(ニヴルヘイム)】」

 

 刹那、世界が凍った。

 

 



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幸せなセカイ

遅れました。いやいや、今回が一番苦労した。次回は早いと思いますが、頑張ります。
あと、ネギまを知らない方もいるようなので、次回辺りに精霊魔法の紹介でもしたいと思います。まぁ一言だと、型月世界ならネギまの精霊魔法、おそらく即行で封印指定をくらうと思います。まぁ詳細は次回で。


 閉められたカーテンの隙間から眩しい朝日が射し込む。

 その朝日に照らされ、ベットで眠る部屋の主がモゾモゾと身動ぎした。

 何時もその時間に戦いが始まる為、自然と戦闘態勢に入っているのだ。

 そして、開戦の合図が鳴り響く。

 

 ジリリリリリリ‼︎ と。

 耳をつんざく騒音が部屋を満たし、部屋の主を強襲した。

 

「…………」

 

 無言で布団という隔壁を降ろし、守りを固める部屋の主。

 しかし守ってばかりでは戦闘に勝てない。

 なので、布団の隙間から腕を伸ばす。的確に、且つ一撃で。伸ばした腕を目覚まし()に振り下ろすと、十数年の経験による正確さを以って撃退した。

 

 役目を果たした腕がスルスルと戻っていく。此度の戦いも勝ちだ。

 勝利を収め、再び沈黙する。だがしかし、敵は単独でなかった。

 ガチャッと、部屋の扉が開く。

 

「優ちゃん、学校に遅刻するよ。早く起きて準備して」

「…………」

 

 無遠慮にノックもなしで入ってきた青年に対する文句はない。もはや慣れた、日常の一幕だ。

 だから徹底抗戦である。青年の呼び掛けに反応せず、ピクリとも動かない部屋の主である百夜優一郎。

 そんな状態に青年は目を細めると、最終兵器を発動した。

 

「……みんな、レッツゴー」

 

 開いた扉の向こう、廊下から走るような音が聞こえる。その音が部屋にまで入ってくると、

 

『優兄起きてー!』

 

 爆弾が投下された。

 

「ぐふぇッ⁉︎」

 

 布団越しではあるが、それでも強烈な衝撃が腹部を襲う。さすがにこれは堪らないと、優は悲鳴を上げて覚醒する。

 上半身だけ起こして見てば、布団の上に小学校低学年くらいの少年らが乗っていた。

 どうやら腹部にダイブされたらしい。毎朝の日課になってはいるが、慣れた優でなければ割と危険なので良い子は真似しないように。

 優は下手人である青年——百夜ミカエラにジト目を向けた。

 

「おいミカ、毎朝毎朝これはやめろって」

「じゃあ時間通りに優ちゃんが起きなよ」

 

 これも日課と化した、何時ものやりとり。

 だが、こんな普通の日常にも、得難い何かを感じていた。

 

「取り敢えずミカ、おはよう」

「うん。おはよう、優ちゃん」

 

 これが百夜優一郎の、百夜孤児院に於ける一日の始まりの一幕だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「あ〜、ねみぃ……」

「夜更かしするからだよ。まったく、優ちゃんは健康管理がなってないよ。この間だって……」

「お前は俺の母親か」

 

 学生服を着た気怠げな優と、その様子に呆れを含ませたミカが通学路を歩く。

 現在は百夜孤児院の皆が通う幼小中高一貫の超マンモス校、私立日本帝鬼学園の高等部に向かう途中である。

 歩いているのは二人のみ。百夜孤児院の全員は日本帝鬼学園所属なのだが、それぞれで登校時間が異なっているからだ。

 

 百夜優一郎。元は天音優一郎と言う。親からの虐待により、百夜孤児院に引き取られた。

 最初は誰にも心を開かなかった優だが、それは百夜孤児院の子供達と、共に歩く百夜ミカエラからの遠慮ない、純粋なアプローチによって解決した。

 聞けばミカエラも優と似たような境遇だと言う。なのに新しい家族となる優を思い、周りと打ち解けさせる為に尽力したのだから、その心はとても強いと言わざるえない。

 ミカエラがいなければ、優は孤立していただろう。

 

(ミカには感謝だな、ホントに)

 

 口では決して言わないが、感謝してもしきれない。

 ミカエラは本当にいい奴だ。学校でもかなりモテる。金髪碧眼に整った顔立ち。性格も真面目で皆を引っ張るリーダー性に加え、どこかお茶目でユーモアさを持ち合わせている。

 少しばかり過保護気味なのが玉に瑕だが。

 

「あ、やっと来た。遅いよ!」

 

 そんな時、歩く二人に声がかかった。

 編み込み一つ結びにした髪をおろした少女。優とミカエラに続く百夜孤児院最年長組、百夜茜だ。

 

「お、待たせたな茜」

「優ちゃんがいつも寝坊するから。何年経っても変わらないなぁ」

「まぁまぁミカ。しょうがないよ。優はいつまで経っても優なんだから」

「お、お前らなぁ……」

 

 二人でひそひそと語るミカエラと茜。そして丸聞こえでプルプルと拳を震わせる優。

 これも、ささやかな日常の一幕。家族との幸せな暮らし。

 

 そう、優が望んだ平和で幸福な世界(・・・・・・・・・・・・・)

 

『本当にそうなのか? 君が望んだ世界は、こんなものなのか?』

 

「ん?」

 

 不意に、どこからか何か聴こえた気がした。

 周りを見渡してみるが自分達三人以外にそれらしき人はいない。

 

「どうしたの優ちゃん?」

「……いや、なんでもない」

 

 胸に何か、しこりのような違和感を感じたが、かけられたミカエラの声によって意識が戻る。感じた違和感は消えていた。

 

「ほら二人共、急ごう! 遅刻したらグレン先生に大目玉だよ」

「うっ、それはマズイな」

 

 茜の一言で脳裏に浮上した担任の顔。

 面倒見はいいが容赦がないあの担任の事だ。遅刻なんぞしようものなら口撃の嵐が待っている。

 三人は駆け足で学校への道を進んでいった。

 

 

 

 駆け込みセーフで間に合い、下駄箱に靴を仕舞う。上履きに履き替えていると、ギリギリだった三人に声が飛んできた。

 

「お前ら、またギリギリか」

「お、おはよ三葉」

「おはよう三葉さん」

「おはようございます」

「ああ、おはよう。で、今回もどうせ優の寝坊が原因だろう。十六にもなってお前は……」

 

 頭でも抱えそうな様子の彼女、三宮三葉。優達のクラスに於ける学級委員長である。

 厳しさはあるが、根は優しい女の子だ。実は、姉が校長の右腕的存在らしい。

 

「おい、俺が原因なのは確定かよ」

「仕方ないよ優ちゃん。事実だから」

「実際にそうだしねー」

「茜とミカエラが原因のわけないからな。と言うより大抵の場合はお前だ」

「だから、揃いも揃ってお前らなぁ……」

 

 またもやプルプルする優。

 あんまりな友人達の言いようだが、それを否定するだけの材料を持っていないので反撃もできない。優の完全敗北である。

 

「ほら、バカやってないで教室に行くぞ。そろそろ予鈴が鳴る。私まで遅れてしまう」

「とか言いながら三葉、私達が来る時に毎朝迎えてくれるよね」

「まぁシノアさん曰く、みっちゃんはツンデレなんですよー、だそうだから」

「んなッ⁉︎」

 

 なんて漫才やりながら教室へ急ぐ。

 強気でしっかり者の三葉が何故か弄られ役となり、自然とこういったやりとりが完成してしまう。

 とても見慣れた、いつもの光景だ。

 

(ん? 見慣れた? いつもの? ……俺、いつもどこで見てたんだ?)

 

 朝にあの妙な声を聴いてから何かおかしい。モヤモヤした何かが胸の内を燻る。

 その違和感からなのか、周りを見渡してみた。清掃の行き届いた清潔な床に壁。楽しそうな会話が聞こえる他クラス。窓から見える渋谷の街並み。

 何の異常もない、普通の世界だ。

 

(普通? 渋谷の街ってこんなのだったか?)

 

 見慣れたはずなのに、まるで別世界を見ているような、そんな違和感。

 段々と膨れ上がる何かを残したまま、優達は教室に到着した。

 

「遅いぞお前ら。毎度毎度、本当にギリギリだな。茜やミカも、そんなバカは放って置いて来ればいいのによ」

「仕方ないですよ君月さん。茜さんとミカさんは、優さんが大好きなんですから」

「優くん、茜さん、ミカエラさん、おはよう」

 

 入った途端に飛んでくる罵倒。

 飛ばしたのは、桃色の髪に目付きの悪い眼鏡をかけた君月士方。フォローなのか良く分からない、薄紫色の髪の柊シノア。そして唯一まともな挨拶をした黒髪の早乙女与一。

 この日本帝鬼学園に入学した頃から何かと一緒にいる事が多い三人だ。

 

 ミカエラ達が挨拶を返す中、優はますます大きくなる違和感に頭を悩ませていた。

 

(なんだ、この違和感……。見慣れているはずなのに、初めて見た感じがする)

 

 慣れているのに、慣れていない。既知感(デジャヴ)ではなく、未視感(ジャメヴ)

 そんな感覚を抱えながらも、優は席に着いた。その直後、朝のSHRを告げる予鈴が鳴り、同時に教室の扉が開く。

 

「おーしお前ら、全員席に着いてるかぁ? よし着いてるな」

 

 耳にかかる長さの黒髪にスーツ姿の男性。優達のクラスの担任、一瀬グレンだ。

 

 ここ日本帝鬼学園は、理事長の柊天利が当主の柊家が代々経営している。文字通り一族運用で、勤める教員の殆どが柊家に連なる分家からの出だ。

 柊家は数千年前から日本で確固たる地位を築いてきた超名家の家系であり、財界などの様々な分野に強固な繋がりがある。

 その為なのか、柊家では昔ながらの本家と分家に於ける上下関係が存在する。

 担任の一瀬グレンは、その柊分家の一つ、一瀬家の出身。本来なら分家同士に明確な上下はないのだが、以前に何かあったらしく、一瀬家の扱いは相当に悪いらしい。

 

 これだけならまだ良かったのだが、問題はまだある。なんでもグレンは、日本帝鬼学園高等部保険医の柊真昼と恋仲だと言う。

 

 しかも保険医の真昼は、日本帝鬼学園校長の柊暮人と共に柊家次期当主候補の一人。

 柊暮人は、そこらのチンピラなど視線だけで黙らす存在感を持つバリバリ威圧オーラ全開の生粋の支配者。従者の三宮葵と共に、柊天利理事長相手に真っ向から挑む下剋上上等のお人。

 対して真昼は、全てに於いてパーフェクトの完璧超人。分家のグレンとの結婚を実現させる為に当主を狙っている。

 更に真昼の正式な婚約者の柊深夜がグレンの親友で、更に更に妹の柊シノアがグレン担当のクラス。

 生徒達からもカオス関係と言われていた。ぶっちゃけいつ修羅場が発生してもおかしくない状況である。

 

「遅刻はいないようだが……おい、そことそことそこの百夜組。お前らまたギリギリか。間に合ってるんなら別にいいけどよ、遅刻は許さねえぞ」

 

 グレンが茜、ミカエラ、優を指差して言う。

 校則が厳しい日本帝鬼学園では、遅刻でも成績に大きく響く。それは生徒だけでなく、担任の教員にもくるのだ。

 その発言、普通の教員なら生徒を思ってではなく、己が身の大切さからのことだろう。しかしグレンを知る者なら、それがどちらかは直ぐに分かる。

 

 いつもならグレンに何か言い返すかする優なのだが……。この時ばかりは、朝から燻る違和感が更に大きくなり、優はグレンに反応を返すことが出来なかった。

 

(なんだ、これも見慣れているのに、初めて見た気が……)

 

「おお優よぉ〜、担任の言葉を無視するたぁいい度胸じゃねぇか? えぇ?」

 

 俯いていた頭をガシッと掴まれる。そのまま強制的に上げさせられると、青筋を浮かせたグレンの顔が。

 優は今更に返事を返した。

 

「あ、グレン。おはよ」

「あ、グレン、じゃねぇよ。てか担任を呼び捨てにすんな。毎度毎度、何回言わせる気だ? あぁ?」

「ちょ、ま、絞まる絞まる!」

 

 横に移動して首に手を回し、ヘッドロックをきめられる。

 もう何度も見ているのか、クラスメイト等は特に何も言わない。

 そろそろヤバい域に入った頃、見計らったようにグレンが腕を離す。そして優は撃沈。

 

 ダウンした優を捨て置き、朝のSHRが始まった。一時限目は、花依小百合先生による歴史だ。

 ちなみに数学の一瀬グレン、英語の柊深夜、現代文の五士典人、歴史の花依小百合、科学の雪見時雨、体育の十条美十の六人で、冗談なのかおふざけなのかグレン隊などと呼ばれていたりする。命名者は、姉が担任の恋人の女子である。

 こうして今日も、優の学校生活が始まるのだった。

 

 

 

 時は進んで放課後。

 優とミカエラ、茜の三人は、一緒に帰路についていた。

 三人の家は百夜孤児院なので一緒になるのは必然。たとえ誰かが用事などで遅くなっても終わるまで待ち、三人一緒に帰る。

 それが三人にとって当然のことなのだ。

 

「ほら二人共、早く帰らないと。みんなが待ってるよ。それに課題も済ませなきゃ」

「征志郎先生の地理の課題、多いからね。早めに終わらせないと追いつかないよ」

「なんでこうも多いんだか」

 

 三人で喋りながら道を歩く。

 時は既に夕暮れ。オレンジ色の太陽が傾きつつある。

 百夜孤児院に帰れば、早速夕飯の手伝いだ。小学生組はもういるはずだ。中学生組は部活などでもう少し遅くなるだろう。

 

(夕焼けが綺麗だな)

 

 夕焼けの光に照らされる渋谷の街。夜も眠らない街ではあるが、こうして見ると綺麗に思える。

 だが、その綺麗さに違和感を覚えた。未だに朝から残る何かは消えていない。

 

(渋谷って、こんなのだったか?)

 

 朝にも抱いた疑問だ。

 立ち並ぶビル群。減ることのない人垣。流れる音楽。

 全てが普通の筈なのに、途轍もない違和感を感じてしまう。

 

(分かんねぇ……なんだこの感覚。なんだか、気持ち悪い)

 

 平和な世界の筈なのに。幸福な世界の筈なのに。いったい何が嫌なのだろう。

 考えても考えても分からない。それがすごく、気持ち悪かった。

 

(俺は……いったい……)

 

 片方の腕を腰にやる。何故かは分からないが、無意識に手が動いた。

 しかし、そこには何もない。あった筈の何かがなく、優の違和感は更に増していった。

 

 

 

 夜。百夜孤児院。

 優は自室のベッドに腰掛けていた。今頃、広間では夕飯の仕度をしているだろう。

 本来なら優も手伝うのだが、今日ばかりは何か調子が変なので少し休んでいる。

 

(ホントに今日は何だってんだ……)

 

 何かを考えるように眉をしかめる。

 理由は朝から感じる正体不明の違和感だ。いつもと変わりない、普通で平和な日常なのに……。自分の中で何かがそれを否定するのだ。

 

 その時、扉がコンコンとノックされた。

 

「優ちゃん、いる?」

「ああ、いるぞ」

 

 返事をすると扉を開け、ミカエラが入ってきた。

 

「夕飯が出来たよ。調子は大丈夫?」

「ああ、悪い。大丈夫だ」

「そ、じゃあ行こう。みんな待ってる」

 

 ミカエラに促されるまま、部屋の扉に向かっていく。

 不意に、何かが視界に入った。

 

「ん?」

 

 視線の先。窓際にあるデスクの脇に、一本の刀が立て掛けられていた。

 それを見た途端、優の動きが止まる。

 

「どうしたの? 優ちゃん?」

「いや、分かんねぇけど……」

 

 ふらふらと刀に向かって歩き出す。だが二歩程で阻まれた。ミカエラが優の肩を掴んだのだ。

 

「ダメだ優ちゃん。みんなが待ってるんだ。早く行かないと」

「……離せ、ミカ」

 

 ミカエラは優を両手で行かせないようにする。しかし優はそれでも止まらず、更に力を込めた。

 

「ダメだ優ちゃん! それを取っては……」

「離せ!」

 

 ミカエラを振り切り、一気に駆け出す。

 何故かは分からない。ただ、あれを取らなければ全てを失う。そう思えたのだ。

 

「ダメだ!」

 

 既にその声は聞こえない。腕を伸ばし、刀を手に取る。

 

 そして、全てを思い出した。

 

「ああ、まったく……。なにやってたんだ俺は」

 

 瞬間、空間に亀裂が入った。亀裂は徐々に世界を侵蝕し、そして偽りが崩壊する。

 現れたのは白。どこまでも白一色の空間だった。

 

 その頃には優の姿は変わっていた。平和な世界で着ていたであろう普通の服ではなく、黒を基調とした日本帝鬼軍《月鬼ノ組》の軍服に。手に持つ刀——阿朱羅丸を腰に差した。

 

「馬鹿だ馬鹿だと言われたけど、今回は本当に馬鹿だよ俺は。あんな世界を受け入れてたなんて」

 

 全てを思い出した優が、視線を自分の正面に向ける。

 そこにはミカエラを除いた百夜孤児院の茜達が、かつて京都地下都市サングィネムからの脱出の際に命を落とした家族達がいた。

 

「戻っちゃったね、優」

「うるさい。俺の中に入るな。茜の姿を真似ても俺は惑わせねぇぞ」

「取り付く島もないね。ホント、あの泣き虫だった優が、よくここまで強くなったよ」

 

 優は眉をひそめる。

 いくら目の前の茜達が偽物だと断じれても、その仕草はどうしても本物を彷彿とさせてしまう。

 そんな優を見て茜は笑みを浮かべ、そして問い掛けた。

 

「どうしてあの世界を拒んだの? あの世界は、優が思う限り一番望む平和な世界。あの世界を拒絶することは、自分の望みを否定すること。どうして拒む事ができたの?」

 

 確かに、味わった絶望や、知ってしまった世界の残酷さを考えれば、あの世界は理想的と言えるだろう。

 世界は滅亡しておらず、吸血鬼は存在しない。家族も仲間もみんないて、誰かを失うこともない。

 それはそれは幸せで、平和な、理想の世界だった。

 

「だけど、あんな世界はゴメンだ。あんな幸せ”だけ”の世界なんてな」

 

 あの世界は幸せしかない。これまで優が経験した辛い事や苦しい思いが、無かったことになった世界だ。

 家族を失った辛さ。家族を自分の所為で失った苦しみ。その思いを背負い、仲間に出会うまで吸血鬼に対する復讐心で生きてきた四年間。

 それら全てがあったからこそ、今の百夜優一郎は存在している。

 

 つまり、幸せや優しさだけを受け入れ、辛さや苦しみを拒むのは、自分の存在を否定することなのだ。

 そしてそれは、死んでしまった家族や今の仲間を否定することにもなる。

 

 だから、

 

「俺は、あんな世界は嫌だ。家族や仲間、これまでの全部を否定された世界なんて、俺は嫌なんだよ!」

 

 叫びは白い空間全体に響き渡り、空間そのものすらも鳴動させた。

 それは紛れもない本心。精神世界であるこの空間では、偽りを口にすることはできない。ここは心が実体化する空間だからだ。

 優の言葉は、文字通りの意味で心からの言葉なのだ。

 

「うん、良かった。優はやっぱり優だった」

 

 地震のように揺れる空間の一点で、茜達は安心したような笑みを浮かべた。それは、偽物が見せる笑みとはとても思えない。

 

「私達が死んだことを自分の所為だと責め続ける優を見てて、あんな絶望しかない残酷な世界で生きていくなら、たとえ偽りでも幸せで優しい世界にいて欲しいと思ってた。でも、違った。今の優には家族も仲間もいる」

「おい、待て……なに言って……」

 

 その言いように違和感を感じた優。しかし茜は続ける。

 

「優、私達は恨んでない。むしろ優とミカだけでも助かって良かったと思ってる。だからもう自分を責めなくていい。いない私達じゃなく、今の家族を思ってあげて」

「待て……待ってくれ」

 

 これが偽物? もう、そんな考えは消えていた。そう、これではまるで……

 

「優兄、元気でね」

「少しだけど、優兄と話せて良かったよ」

「これで最後だけど、大丈夫」

「もう心配いらない」

「優兄なら大丈夫だよ」

 

 茜以外の、かつて死んでしまったみんなも口々に別れのような言葉を言ってくる。忘れられない家族達が。

 

「千尋……、香太……、亜子……、文絵……、太一……」

 

 茜達が淡く輝く。見れば、白だけだった空間の上方が、暖かく、優しく光輝いていた。

 

「もう時間みたいだ。ミカのことをよろしくね。今ミカは苦しんでる。でも、優と一緒にいればきっと大丈夫。もう会えないけど、ちゃんと見守ってるから」

 

 姿が綻び始める。身体は白い粒子となる。

 次第に薄くなる茜達に優は、すがるような表情で手を伸ばした。

 

「待って、待ってくれ……!」

 

 一人、また一人と。みんなが満面の笑みを優に贈り、完全な光となって天へと昇っていく。

 最後にただ一人、茜が残った。優は涙ながらにその名を叫んだ。

 

「茜……!」

「さよならは言わないよ。大丈夫、優もミカも強いから。いつかきっと、また会おう」

 

 堪らず身を乗り出し、消えゆく茜を掴もうとする。しかし、手が届く前に茜も光となって天へと昇っていった。優の手は虚空を掴む。

 伸ばし握った拳を戻すと、まるで大切なモノのように抱き締めた。俯き、溢れ出しそうな感情を溢すまいとジッと身を固める。

 

 暫くして、優は顔を上げた。茜達が昇っていった天を見上げ、手を腰の刀へ添える。そして、その名を呼んだ。

 

「いるか、阿朱羅丸」

「いるさ、優」

 

 まるで最初からそこにいたように、優の背後に背中合わせで角を生やした少年が現れた。彼が優の中に宿る鬼、阿朱羅丸。

 

「僕は君の中にいる。だからいつでも一緒さ」

「なぁ阿朱羅丸。あの茜達は、本当に偽物だったのか?」

「さぁね。でも、吸血鬼や僕たち鬼、魔術なんて代物が存在してるんだから、霊や魂だっていてもおかしくない。僕にはそれしか言えないよ」

「そうか」

 

 実にあっけらかんとした返事だった。しかしそんな返事とは裏腹に、優の表情はとても晴れていた。

 

「そういえば阿朱羅丸。ありがとな」

「なんのことだい?」

「あの声、阿朱羅丸のだろ。あれのおかげで俺は気付けた。だから、ありがとな」

「ああ、あれね。まだ綻びがあった最初しかできなかったけどね。それに君に死んでもらったら僕も困る。それだけさ」

 

 こっちは本当にあっけらかんとしている。

 ここでは偽りを口にできない。だから本心だろう。だが、最上位の黒鬼たる阿朱羅丸がそこまでする理由は、果たしてそれだけなのか。

 それを知るのは、まだまだ先のことだ。

 

「で、ここってどうやれば出れるんだ?」

「じきに崩壊する。そうすれば出れるよ。でも優、たとえ目覚めても状況は変わってない。目覚めれば第一位始祖であるアークライトがいる」

 

 うーむ、と優が腕を組んで考え込む。

 

 阿朱羅丸の言う通り、何一つ状況は変わっていない。

 あんな世界を見た理由は、アークライトが放った魔法が原因だろう。シノア達も優と同じように、自分が最も望む世界を見せられている筈だ。

 だが不安はない。自分ですら偽りと気付けたのだから、あいつらならもっと簡単に出られるだろう。

 

 だから今は、目覚めた後の事を考えるべきだ。

 

「なぁ、あいつに勝てるか?」

 

 まずはそう訊いてみた。この際代償や負担は置いておき、アークライトに勝てるかどうか。

 その問いに阿朱羅丸は一切の間もなく、

 

「無理だね」

 

 はっきりと断言した。

 あまりの堂々さに呆ける優。

 

「……え? 無理なの?」

「うん、無理無理。僕の身体があった頃でも敵わないのに、人間に宿る事でしか力を振るえない今の状態じゃ絶対に勝てない」

「お前がそこまで言うのかよ……」

 

 元を辿れば鬼とは、長期間吸血を行わなかった吸血鬼の成れの果てである。

 中でも黒鬼と呼ばれる鬼神は、以前に始祖と呼ばれていた者だ。

 故に鬼となった今でもプライドが高い。まぁ黒鬼になった吸血鬼は、アークライト並に変わり者が多いのだが。でなければ、身体を乗っ取るという目的があるとは言え、人間に使役されることなどしないだろう。

 

 話が逸れた。つまり大事なのは、その黒鬼が絶対に勝てないなどと断言したことなのだ。

 

「……マジで勝てない?」

「マジで勝てない」

 

 とうとう唸りながら頭を抱えてしまった。

 うーんうーんと唸り、必死で頭を働かせている。そんな優を面白げに暫く眺めた後、阿朱羅丸は言った。

 

「……でも、手がない訳でもないよ」

「えっ、マジか⁉︎」

「ただし確率は低いし一発勝負。少しでもミスすれば、その時点で終わりだ」

「だけど、それしかないんだろ? なら、やるしかない」

「そう言うと思った」

 

 そこから阿朱羅丸は語った。

 おそらく唯一と言っていい策。しかし、策と言うにはあまりにハイリスク。

 そして、アークライトがアークライト故の隙。それを突ける手段を。

 

「……以上だけど、理解した? て言うか出来た?」

「おい、お前まで俺を馬鹿扱いする気か。ちゃんと頭に叩き込んだよ。心配すんなって!」

「心配じゃなくて不安なんだよ……」

「そう言えばさ、お前ってあいつの知り合いなのか? なんか随分とあいつのこと知ってるからさ」

 

 何気ない、ただふと浮かんだ疑問。

 優にそう訊かれ、阿朱羅丸はキョトンとなった後、なにやら悩み始めた。

 

「知り合い……なのかな? まぁ接点がないわけじゃないね。良くも悪くもアークライトは、吸血鬼全体に影響を与えてるから」

「ホントにそいつ、一体どんな奴なんだよ」

「教えてもいいけど、彼を知れば優の吸血鬼に対する固定観念を破壊することになる。それは、今は迷いになりかねないからやめておくよ」

「なんか変な言い様だな。だけどあいつは仲間を殺した。何を知ってもそれは変わらねぇぞ」

「あ、それね。あれ誰も死んでないから」

「へ? ——うお⁉︎」

 

 既に不安定だった空間全体が更に鳴動する。まるで噴火直前の火山のようだ。

 

「どうやらこの空間も限界みたいだ。もうじき覚めるよ」

「いやいやいや‼︎ 今サラッとかなり重要なこと言ったろ⁉︎」

「現実の方もかなり大きく動いてるみたいだ。気をつけなよ」

「無視? 無視なのか?」

「さぁ、起きなよ優。暴れてこい」

「ああもうちくしょう‼︎ こうならヤケだ‼︎ もう何があっても驚かねぇぞ‼︎」

 

 阿朱羅丸がパチンと指を鳴らす。

 同時に世界が壊れた。優の視界が白に染まり、意識が沈んでいく。

 しかし次の瞬間、急激に浮上した。再び白く染まったかと思うと、光が徐々に晴れ、視界が開ける。

 まず最初に見えたのは、宙を舞う銀氷。日光に反射してダイヤモンドダストの如く輝いていた。

 

 次は、僅かに目を見開くアークライト。その隣で感心したとばかりに笑みを浮かべるキスショット。

 そして……

 

「グレン⁉︎」

 

 拘束され、捕まっているグレンだった。

 

 

 



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拍動するウンメイ

ごめんなさいごめんなさい。早いとか言っておきながら、一週間以上かかりました。
会社の研修会舐めてました。今日で終了したので今度こそ一週間以内に。
取り敢えず本編を優先したので精霊魔法については次回に持ち越します。
本当は今回で優とアークライトの第二戦まで行くつもりだったのですが。長くなりそうなので次回に。
ではどうぞ。


「くそっ!」

 

 光の斬撃によって優達と離された。

 グレンと相対するのは金色の吸血鬼。動作一つ一つが洗練されており、一切の隙もない。ドレス姿に刀と一見すれば相容れない要素でも、目の前の彼女になると見惚れてしまう程にマッチしている。

 

「存外にやりおるの」

 

 そう言って微笑を浮かべるのは、隕石の如く空から降ってきて形勢を絶望的に悪化させた吸血鬼。

 第二位始祖、キスショット=E・マクダウェル。

 

 彼女と刀を一度交えただけでグレンは悟った。

 

(こいつ、滅茶苦茶強ぇ……!)

 

 苦戦したクローリー・ユースフォードなどとは比べ物にならない。あらゆる意味で次元が違う。

 

 揺さぶろうとしても心に小々波すらたたない。挑発しようとしても揺らがない。付け込もうとしても隙がない。

 

(一番相手にしたくないタイプだ……)

 

 これまで戦ってきた吸血鬼は、等しく人間を見下しており、驕りと侮りの塊だった。人間如きに本気を出す事をプライドが許さず、結果的に過度の慢心に繋がる。

 故に少し挑発してやれば簡単に激昂し、我を失って致命的な隙を晒す。後は仲間と連携して追い詰めれば時間の問題だ。

 

 だが目の前の吸血鬼はどうだろう。

 

 吸血鬼特有の人間に対する驕りや侮りは存在せず、グレン達を確固たる敵と認識している。更に圧倒的と言える実力を持ちながら、己の力を過信していない。

 油断? 隙? ある訳がない。むしろあったら誘いか罠だと思うべき相手である。

 

「そら」

「ぐ……!」

 

 キスショットが斬撃皇を水平に振るう。グレンは刀で受け止めはしたが、あまりの重さに身体全体が軋む。

 片手で振るい、真昼ノ夜の能力で弱めても尋常じゃない威力だ。しかもこれで明らかに手加減しているのだから恐ろしい。

 

 元より生物としての性能(レベル)が違い過ぎる。

 たとえ黒鬼シリーズの鬼呪装備によって身体能力を上げているといってもグレンは所詮人間。

 対するキスショットは最上位クラスの始祖。更に最強の吸血鬼の眷属。加えて1000年以上に及ぶ圧倒的な戦闘経験。

 立っている領域が違うのだ。

 

「ふっ」

「ッ⁉︎」

 

 キスショットが斬撃皇の刺突の構えをとった。殆ど直感でグレンは首を逸らす。背後で爆音が響く。

 実際に見る事は叶わないが、どうやら地面が爆散したらしい。咄嗟に避けていなければ血の華が咲いていただろう。単純な唯の刺突で戦車砲を軽く凌駕する威力だ。

 

 咄嗟の回避によって姿勢が崩れたグレンにキスショットが一歩踏み込む──ことはせず、地面を蹴って後退。直後、踏み込んでいたら居たであろう場所をグレンの背後から放たれた白虎丸の弾丸が抉った。

 十メートル程の距離を後退したキスショット。そして後退したそこは、時雨が張った結界の中だった。

 鬼呪を纏う無数の苦無同士を呪力の糸で繋ぎ、それによって魔法陣を描き、構成する包囲結界。

 

 地面に突き刺さっていた苦無が一斉に抜け、時雨の操作で全方位からキスショットを襲う。

 迎撃しようと斬撃皇を構えるが、突如視界を煙で遮られた。小百合の呪符による煙幕である。無論のこと唯の煙幕である筈がない。視界だけでなく嗅覚や聴覚まで阻害する代物だ。

 成す術もなくキスショットは煙幕に包まれ、無数の苦無が貫いた。

 

「やったか?」

「ちょっとグレンそれフラグ!」

 

 仕留めた筈の時雨が目を細める。手応えがない、と。

 

「なかなかよい連携じゃが、儂を嵌めるには足りんのお」

 

 声はグレンと深夜の背後から聞こえた。二人が振り向けば、十メートル程離れた所に無傷で立つキスショットの姿が。

 グレンが内心で舌打ちする。

 

(ちっ、やっぱこれくらいじゃ無理か)

 

 ここまで差があるといっそ清々しい。

 グレンチームが倒した第十九位始祖メル・ステファノなど比較対象にすらならない。

 同じ始祖でこんなにも違うのか。そう思わずにはいられない。

 その答えは、アークライトとキスショットが規格外なだけである。

 

「さて、やるかの」

 

 キスショットが消える。悲鳴も上げられず、深夜がトラックに轢かれたかのように吹き飛んだ。

 そこでグレンは、漸く自分の首筋に迫る凶刃に気づいた。

 

「……ッ⁉︎」

 

 条件反射的に刀を割り込ませる。だが、強化された身体能力だけで受け止めるのは無理と無意識に判断し、鬼呪装備《真昼ノ夜》の能力を発動。

 二段構えで斬撃を防いだ。

 

「ほう」

 

 感嘆の声を漏らすキスショット。

 半歩下がり、グレンの脇腹に蹴りを叩き込む。面白いように空中で回転しながら飛び、何度か地面にバウンドした後、瓦礫にぶつかって止まった。

 

「グレン様‼︎」

 

 グレンの従者でもある時雨と小百合が悲鳴じみた声を上げ、主人を救わんと前に出てくる。険しい表情になった美十もだ。

 

 そしてキスショットは違和感を感じていた。

 グレンが他より手応えが薄かった。硬かった、と言うべきか。先に蹴り飛ばした深夜と段違いに。だが肉体的に硬いわけではない。

 近いのはアークライトの魔法障壁だ。しかし、強度は比べくもない。魔力による防御壁と言ったところか。

 アークライトのように緻密で強力な術式による魔法障壁ではなく、単純な魔力の壁。

 

 察するに、グレンが持つあの赤い刀の能力だろう。なにやらあれからは妙な気配がする。

 優の阿朱羅丸はアークライトに似たものだったが、これは何か決定的に違う。

 

(もしやこ奴が黒幕か?)

 

 苦無と呪符を躱しながら考える。

 アークライトとの視覚共有で見た限り、グレンは仲間を裏切るタイプとは思えない。

 これでも十世紀以上を生きた吸血鬼。洞察力は確かだ。

 

(しかし、黒幕が敢えて最前線に出てくるかのぅ?)

 

 どの戦争でもそうだが、死ぬ確率が高いのは最前線だ。

 名古屋十大貴族への奇襲作戦。少数で十体もの貴族を殺そうなど自殺行為である。

 結果的には七体の抹殺に成功しているものの、あくまで結果的にであり、被害や失敗した時のリスクなどをあまり考慮していない。

 

 なら、本当の目的は別にあると疑うのが自然だ。

 

(こやつらは捨て駒、というわけか)

 

 取り敢えず泳がせるのが良いか。しかしグレンが黒幕というのも拭いきれない。これは予感に近いものだ。今は可能性の一つとして隅に置いておくのがいいだろう。

 

 丁度その時、グレンが立ち上がった。

 

「ぐう……! あー、くそ痛ぇ」

 

 動けなくなる程ではないが、かなりのダメージを負った。

 追撃はなかった。キスショットは悠々とこちらを見ている。時雨と小百合の攻撃を物ともしていない。視線すら向けずに躱している。

 

 全く相手になっていない。真昼ノ夜の能力も全開で使用しているのに。

 いや、グレンでなければ一瞬で終わっていた。

 前にも言った通り、グレンとキスショットでは生物としての性能(レベル)が違う。

 なら何故、超不利とはいえ戦いが成立しているのか。

 

 答えはグレンの鬼呪装備、《真昼ノ夜》の特殊能力にある。

 黒鬼シリーズが一体《真昼ノ夜》の能力とは、エネルギーの吸収及び、吸収したエネルギーの利用。先の戦いでアークライトの白き雷を吸収したのがこれである。

 つまり、エネルギー吸収によってキスショットの攻撃の威力を弱め、吸収したエネルギーを身体強化に回す。これによって何とか戦えているのだ。

 

(くそっ、そろそろ身体がヤベぇな……)

 

 一見すれば相当に強力な能力だが、そんな能力には制限が付き物。真昼ノ夜も例に漏れない。

 真昼ノ夜が耐えられる限りエネルギーは蓄積できるのだが、一度に吸収できるエネルギーと利用できるエネルギーには限りがある。

 だから雷の暴風のような攻撃は吸収できない。

 もし許容範囲を越えて使用すればグレン自身が耐えられず、身体組織が崩壊してしまうだろう。

 

 そして今。

 能力の連続使用で、その崩壊に着々と近づいていた。

 

(後先考えてる場合じゃねぇな)

 

 幸いと言うべきか、手が尽きた訳ではない。

 まだ最大攻撃が残っている。真昼ノ夜の能力で、最も強力なのが吸収したエネルギーの放出だ。

 その威力は、並の吸血鬼なら塵も残さず消し飛ばし、貴族にすら有効打を与える。

 

 ただし吸収したエネルギーを放出する訳で、必然的に敵の攻撃を何度も受けなければならない。切り札である為、なるべく多くエネルギーを蓄積し、放出の威力を上げておきたいからだ。更に身体に掛かる負担も大きく、下手をすれば使用後に行動不能になる可能性も。

 

 だが、そんな悠長な事も言っていられないだろう。このままではいずれ全滅してしまう。鬼呪促進薬を二錠飲む手もあるが、効き目が出るのに時間が掛かる上に飲む暇などないだろう。

 一か八かで起死回生を狙うしかない。

 

「おいお前ら‼︎」

 

 グレンの声に皆が振り向く。それだけで長年チームを組んでいる深夜達は悟った。浮かべるその表情を見て。

 

 染み付いた動きで陣形を立て直す。グレンよりもダメージが大きかった深夜も何とか立ち上がる。

 何やら今までとは違う動きにキスショットは眉をひそめた。

 

「何をする気じゃ。死を覚悟する、と言うのはあまり勧めんがの」

「さてな。少なくともここで死ぬ気はねぇよ」

「……まぁよい。儂としてはどちらでもいいことじゃ」

 

 どうでもよさげな表情になり、斬撃皇を持つ右手をだらりと下に向ける。

 型も何もない格好だが、武を極めた者からは構えが消えるのだ。キスショットもそういった類だ。

 

「儂も少しばかり上げる。死んでくれるなよ?」

 

 そう言うな否や、キスショットは歩き出す。これといった武術の歩法というわけでなく、ただゆっくりと。

 一歩、二歩、三歩──四歩目で姿が消え。グレンの目の前に現れた。

 

「──ッ!」

 

 考えてる暇はなかった。キスショットが斬撃皇の鋒をまっすぐ突き込んできた。しかも、単発ではない。一、二、三──四段突き。

 ほぼ一瞬で四つの突きをグレンの右肩、右鎖骨、左鎖骨、左肩の横一直線に繰り出す神業。

 

 グレンはこれを倒れ込む事でかろうじて回避した。そのままバク転の要領で後退する。

 即座に姿勢を整えて反撃しようとするが、無理だった。敵は四段突きを回避された直後に再び構えのない構えを取り、迎撃態勢を整えていたからだ。

 一つ一つの動作が完成されており、身体が一切ぶれない。

 だからこそ、一瞬の間断もなく攻防を行える。すぐさま次の動作に移れる。

 一箇の剣士として、キスショットは極致というべき領域にいるのだ。

 

(それだけじゃねぇ。あの刀が厄介だ)

 

 キスショットが持つ刀。刀身は凡そ九十センチ。しかし、あの刀は最初、刀身がなかった。柄だけの状態から刀身が伸びたのだ。

 何より取り出したカードが変化したのだから、絶対に普通の刀ではない。

 予測するにあの刀は、刀身を自在に伸縮させられるのだろう。伸びる限界は分からないが、実に厄介な能力である。

 実質的に間合いが存在しないのと同じだ。刀からいきなりナイフ程度の長さに変えられたら対処できない。

 他にも光の斬撃を放ってきたりもした。あれはおそらく、吸血鬼が使う武装と似たようなものだろう。

 

 グレンは斬撃皇の能力をそう予測した。実際は当たらずも遠からずだ。

 アークライトとキスショットの契約によって出現したアーティファクト、『斬撃皇(グラディウス)』。

 その能力とは、魔力による刀身の形成と操作。つまり、使用者の思い通りに刀身を変化させ、それを操れるのだ。その形成速度や硬度は魔力次第。

 応用性は多岐に渡る。都市一つを切り裂けるまでの刀身の伸長。鞭や蛇腹剣のように柔軟性を持たせる。やろうと思えば『リアル13kmや』なども可能だ。

 更にその使用者がキスショットなのだから手に負えない。剣術の極致に至った者が使うのなら、これほど恐ろしい武器はないだろう。

 

「やはりうぬ、少しばかり違うようじゃの。本来なら避けられるものではないのじゃが」

「へっ、人間舐めんなってこった。侮ってると痛い目見るぜ」

「どの有様で減らず口を叩く。アークの魔法を受けておいて良く動けるの。この時代の人間にしてはタフじゃな」

 

 魔法。その単語にグレンは目を細めた。

 現代にもそういった類は残っている。鬼呪装備が配備されるまで主戦力だった呪符がそれだ。チームメンバーの小百合やグレンも時々使う。

 

 あれが魔法。とてもではないが信じられない。何せ呪符であんな威力は出せないのだ。

 そしてアークライトは、何故か分からないが明らかに手加減していた。使っていた魔法も本気という事はないだろう。

 手加減してあの威力なら、本気はどれほどなのか。もう想像できる範疇を超えている。

 

「あれが魔法ってか。ふざけるのも大概にして欲しいな……」

「今は存在しない神代の魔法じゃ。現代のうぬらが信じられんのも無理はなかろう」

「……聞かなきゃよかったぜ」

 

 戦闘中にも関わらず会話をするグレンとキスショット。話す暇があるのなら攻撃しろと言いたいところだが、グレン達からしてみれば無理な要求だ。

 さっきから何度も攻撃しようとしている。しかし出来ない。キスショットに隙が無さ過ぎるのだ。後手に回るしかない。下手に仕掛ければ切り捨てられるだけだ。

 少し上げると言っていたが、これで少しとは恐ろしい。正直勝てる気がしない。

 

「それで、あんたはあいつみたいに魔法は使わないのか?」

 

 だからこうやって、キスショットと唯一まともに戦えるグレンが会話を続けさせる。

 ただ黙っているよりは喋っていた方が時間を稼げるし、出方を探れる。

 幸いなのか向こうも乗ってくれた。それは余裕からなのか、それとも何か狙いがあるのか。その辺も見極めながら慎重に進めるべきだろう。

 

 まぁそんなグレンの警戒とは裏腹に、ただキスショットがお喋りなだけなのだが。

 

「生憎じゃが、儂にアークのような魔導の才は皆無での。魔力も放出でしか使えんのじゃ」

 

 しかしだからと言って、この場を長引かせる気はない。

 

 キスショットに魔法の適性がないのは事実だ。

 以前に精霊魔法を教えたアークライトに習おうとした事があったのだが、結果は散々たるもの。

 さすがに習えば誰でも使えると言われた精霊魔法なだけに、キスショットも全く使えない訳ではなかった。

 ただし使えたのは初級の魔法の射手だけ。他は全滅。その魔法の射手も加減が利かない。詳しくは語らないが、ダイオラマ魔法球が一つ駄目になったとだけ言っておこう。

 

 これでは戦いなどで活用できない。なのでキスショットはアークライトの前衛として剣士となった。

 

 そんなキスショットだが、魔力の運用も応用が利かなかった。

 本来なら身体の一部に纏わせて打撃の威力を高めたり、身体の防御力を上げたりなど、魔力にはかなりの応用性があるのだ。

 それがキスショットには、魔力を外部への放出──所謂魔力砲撃としてしか運用できない。

 元から大陸を砕ける身体能力に鬼呪すら無効化する不死力、飛び抜けた武の才能があるので問題はないのだが。

 

「じゃがの、使えるには使えるのじゃ。使わずにおるのも惜しい。何事も使いようじゃからの」

「……何を言ってやがる」

「なに、簡単なことじゃ。どのような些細なモノも、切磋すれば究極になりえる、ということじゃよ」

 

 一見すればただの単純作業も、長く続ければより早く、より効率的になるように。

 ただの日常の一幕も慣れによって一切の無駄なく行えるように。

 

 たとえ単純でも、それは一つの完成系。他者が真似できない究極。

 

「儂がそれを証明しよう。この場の終わりを以っての」

 

 光が辺りを照らした。

 

「なに……⁉︎」

 

 光源はキスショットの手。より正確に言うのなら斬撃皇。

 斬撃皇が溢れ出さんばかりの光を放ち、金色に輝いていた。まるでかの星の聖剣のように。

 

「小細工など無い唯の斬撃じゃ。威力は儂が保証しよう」

 

 輝きは強さを増していく。光そのもので構成された様な輝きを放つ斬撃皇を腰だめに構えた。

 

「加減はする。死にはせん。じゃが全力で防ぐことじゃ」

「全員逃げ──ッ‼︎」

 

 本気でマズいと感じ、グレンが叫ぼうとしたが時すでに遅し。

 

 キスショットが斬撃皇を振り下ろし。

 

 グレン達は、視界を覆う極光に呑み込まれた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「っ……ぐっ……」

「いったい……なにが……」

 

 身体中が痛みに悲鳴を上げている。意識がはっきりせず、視界はぐらぐらと揺れている。聴覚も耳鳴りでまともに機能していない。

 それでも、彼らは無事だった。

 

「無事か、みんな」

「ええ、なんとか。お前らはどうだ」

「生きてはいます」

 

 初めに立ち上がったのは深夜。ふらふらと足元がおぼつかないまま、メンバーの生存を確認した。

 五士はその問いに答え、女性陣を見る。小百合が代表して答えた。彼女も含めて時雨と美十もギリギリといった状態だ。

 ただ、一人だけ返事がない。

 

「ッ‼︎ グレン様⁉︎」

 

 小百合が悲鳴を上げる。それがグレンだけ返事をしない理由を物語っていた。

 

「……ぐッ……あッ……」

 

 グレンだけは、意識を失わず、メンバーを庇うように仁王立ちしていた。

 しかしその身体は見るからに満身創痍。いつ倒れこんでもおかしくない状態。

 普通に考えて視界を覆い尽くす光の斬撃を受けて、この程度で済む筈がない。

 なら何故無事なのか。

 

「ったく、キツいっつーの……」

 

 グレンがその身を以って護った。それしかない。よく見ればグレンを起点に破壊痕が左右に分かれている。

 起死回生の一撃の為に蓄積していた全エネルギーを使い、光の斬撃を逸らしたのだ。

 

 だが、その代償は大きかった。

 元から能力の連続使用で限界が近かったと言うのに、後先考えず全エネルギーを放出。もうグレンの身体は限界すら遥かに超えているだろう。

 

「見上げた奴じゃな。己が身を以って仲間を守るとはの」

 

 そんなグレンに称賛の声が向けられた。キスショットだ。

 カツカツとヒールを鳴らし、悪路にも関わらず悠然と歩いてくる。

 

「言ったろ、人間を舐めんなって。見たか吸血鬼」

「然り。人の身でここまで為したのは、うぬが初めてじゃ」

 

 その言葉にグレンは笑みを浮かべる。

 

 自分でも驚いた。吸血鬼相手にこんな感情を抱くとは。

 だが彼女は他の吸血鬼と違う。おそらくあの第一位始祖も。優達から話を聞き、実際に対面してみて、何となくそう思った。

 何せ彼女は、一度たりともグレン達を殺すような攻撃をしてこなかったのだから。

 

「そうかい。あんた強ぇな。もう戦いたくないわ」

 

 視界がぐらりと傾く。深夜達の声が聞こえたが、何を言っているかは分からない。

 どうやら限界らしい。少し……いや、かなり無理した。

 自分はここまでのようだ。まぁ大丈夫だろう。優達が気掛かりだが、アークライトがキスショットの主人と言うならおそらく心配ない。

 あいつらなら自力で乗り越えられる。昔のように泣虫なだけの餓鬼じゃない。今は仲間がいる。なら大丈夫だ。

 

 そうしてグレンの意識は闇に沈み、地面に倒れこんでいった。

 

 




真昼ノ夜の能力はオリジナルです。原作見ててこんなのかなー、と想像しました。かなり強力ですが制限付き。しかし真昼憑依状態になると鬼に近付くので制限が緩和されます。

キスショットの剣術 : どっかの神殺しの剣の王とか、魔王殺しの最後の王とか、眼帯大総統とか、まとめて引っ括めた感じ。それか常時ナインライブズ、もしくは常時九頭龍閃。
ただの魔力放出で騎士王以上。ガチで撃てば対国レベル。まぁアークライトと同格だから仕方ないねー(棒



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優とアークライト

前回に投稿した”優とアークライト”の改稿版です。皆さんが指摘してくださった通り、前回のはかなり無理がありました。自分も後で読んで、これはないわ〜と思いました。
主な変更点は、

アークライト視点の余計な部分の削除及び加筆
優とアークライトの戦闘シーンの大幅変更
後書きの精霊魔法解説の補足説明の追加と変更

などです。感想で指摘をしてくださった方々、ありがとうございました。
私の技量不足でご迷惑をお掛けしました。次話は明日か明後日に投稿します。



「終わったか」

「然り。中々に楽しめたわ」

 

 戻ってきたキスショットが隣に腰掛ける。

 

 いやー、戦ったの久々だったな。魔法しか使ってないけど。

 ホント精霊魔法は便利だ。加減がしやすい。精霊に頼めば細かく威力を調整してくれる。

 空想具現化とか魔剣とか魔眼とか千年城とかは加減が利かないから。手加減する時にとてもありがたい。

 

 手加減したのは理由がある。全滅させるだけなら神の雷(ディオス・アストラペー)千の雷(キーリプル・アストラペー)をぶち込むだけで済む。

 でも、キスショットが遭遇した少年達や、あの黒髪オールバック君を殺す訳にはいかなかった。

 それは何故か。これには《終わりのセラフ》が関わってくる。

 

 天使を降ろす大降霊魔術《終わりのセラフ》。これを発動させる為には依代が必要だ。

 天使を人間に降ろすなんて事はそう簡単には出来ない。依代がその力に耐えられないのだ。まぁ普通に考えたら当然だよね。

 だから依代になれる人間は絶対数が少ない。それこそ何十億に一人といった確率だろう。

 よくこの時代で発動させられたものだ。その点だけは、一介の魔法使いとして称賛したい。失敗して世界滅亡させるわ、海を全滅させるわ、面倒事と厄介事をまとめて起こしてくれたとか、いろいろと文句は言いたいが。

 力を求めて禁忌に触れ。結果、己の手で世界を滅ぼした。ホントに救いようがない。こればっかりは元人間、現吸血鬼の俺としても何も言えんわ。

 

 まぁそれは置いといて。

 俺が言いたいのは、《終わりのセラフ》の依代とはとても希少という事だ。

 そして、キスショットが遭遇したと言う少年達。キスショットから話を聞いた時点で大体の考えは出来てたけど、実際に対面して大体が確定になった。

 俺が考えていたのは、最も安全で確実な対処法は何かということ。

 

 最初に浮かんだのは、全ての依代の完全抹殺。これは却下。

 依代が消えれば、確かに《終わりのセラフ》を行うことは出来ないだろう。しかし新たな依代が生まれる不安要素を残してしまう。低いとは言え確率はあるのだ。ならば数が揃っている状態を維持させた方が対処し易い。

 

 次に浮かんだのは、《終わりのセラフ》そのものの阻止。これなら依代以前に根本からぶち壊せる。だがこれも却下。

 おそらく日本帝鬼軍にとって《終わりのセラフ》とは、最終手段に等しいだろう。でなけりゃ、こんな時間も予算も犠牲も多大に掛かり、失敗すれば世界滅亡と言うデメリットがある方法なんてとらない。

 それをぶち壊されたとなれば、自棄になって世界諸共心中、なんて事も考えられる。勿論やらせる気はないが、万が一ということも。俺は臆病なんだ。

 他にも吸血鬼側の内通者探しの為に《終わりのセラフ》自体は行わせる必要がある、なんて理由も。まぁ行った瞬間に即行で潰すけど。

 この時ばかりは俺も魔剣を使い、あらゆる犠牲を認可しよう。主に俺の羞恥心とSAN値という名の犠牲を……!

 

 …………おほん。

 それで、最後に浮かんだ案。これが安全且つ確実だ。多少のデメリットはあるが、むしろメリットだけってのもある意味不安なので、これくらいが丁度いい。

 その案とは、あの依代の少年達をこっちに引き込むこと。ぶっちゃけ敵対も排除も駄目なら味方にしてしまえという発想だ。

 

 だから殺傷を禁じ、手加減していた。

 最初に言った通り殺すだけなら俺もキスショットも一瞬で終わらせられる。

 俺は上位魔法を使えばいいだけだし、キスショットなら《極光》を水平に放てばいい。あ、ちなみに《極光》はキスショットが使った光の斬撃のことね。

 

 キスショット曰く、技と言うにはあまりに単純過ぎるからわざわざ名前をつける気が起きないらしい。だからただ単に《極光》と呼んでいる。

 単純って割りにかなり凶悪だけど。俺も喰らったことがあるが、蒸発するってあんな感覚なのね。オリジナルをぬっ殺したウルトラジジイのエーテル砲じゃあるまいし。

 いや、キスショットってアサ次郎より剣術は上だし、案外間違ってないかも。俺もキスショットも存在そのものが型月で言う魔法みたいなものだから。

 実際キスショット、俺の月落としぶった斬りそうだからな。心渡を使えばやれそうだ。

 

 話を戻そう。てか思いっきり逸れたな。

 依代の少年達をこっちに引き込む。それはいい。なら何故、関係のない黒髪オールバック君などにも手加減したのか。

 あの少年達、特に黒髪で如何にも強気といった雰囲気を出していた少年、名前を知らないから取り敢えず強気少年と呼ぼう。その強気少年は仲間を大切に思っていると見える。

 そんな子が自分の仲間を殺した相手側に来るだろうか。

 結論、絶対に来ない。それが理由。

 

 以上、こういう訳だ。他の隊員達も同じ。あっちは邪魔されるかもしれないから凍って貰った。

 

 そう言えばあの黒髪オールバック君。俺の魔法を吸収してたな。

 まさか攻撃を吸収できると言うのか。なにそれチート。まともに戦わなくて良かった。魔法主体の俺にとっては相性が悪そうだ。まぁその黒髪オールバック君、捕まってる訳だけど。クロ坊が「情報が欲しいので指揮官だけでも捕らえたい」って言ってたから。

 

 ツーマンセルを組んでた銀髪君の銃も中々。不可視かつ無音で高速とか、エリアスを彷彿させてくれる。

 最後には援護しに来たのか例の少年達や、黒髪オールバック君のチームらしき四人まで加わりやがりましたよ。十一対一ですか。絵面的にはリンチだな。貴族に挑むなら当たり前なんだろうけど。

 

 あの閉所であの数の差だと戦い難いから、雷の暴風で場をリセットさせて貰った。

 なんかいきなり噴き出してきた炎も鬱陶しかったし。すぐに消えたから幻術の類なのかね。

 あ、でも市役所の半分くらい消し飛ばしちゃったな。せっかく被害を減らす為にクロ坊の部下の吸血鬼全員を戦闘人形と入れ替えたのに。これじゃ意味がない。後で直さないと。

 

「して、アークよ。うぬの方はどうなのじゃ」

「見た通りだ」

 

 キスショットの問いに視線で正面を指す。そこには地面から天を貫く巨大な氷柱が生えていた。

 氷柱の中には、例の少年達が眠る様に閉じ込められている。まぁ俺がやった訳だが。

 

「本当に使ったのか。折り込み済みとは言うものの。些かオーバーキルではないか?」

「威力は絞った。お前も知っているだろう。永久ノ氷結世界(ニヴルヘイム)にとって単純物理威力など児戯に過ぎない」

「知っておるが、その児戯で氷河期を再来させ掛けたのは誰じゃったかの。星の守護者の名が泣いてしまうぞ」

「……私はそんな存在ではないさ」

 

 一体全体、何処のどいつがそんな名前つけやがった。こっ恥ずかしいったらありゃしない。どこぞの弓兵じゃあるまいし。マジで昔の事を掘り返すのは勘弁して欲しい。

 二つ名なんてものは、本人からして見たら黒歴史以外の何でもないんだよ。

 

 いや、確かに付けられる要因を作ったのは自分だけど。

 本当のところ、威力なんて二の次だったのに。なんでこんなに強力になったんだか。ちゃんと制御できるまで使えなかったし。

 

 ニヴルヘイムとは、紀元前のまだ神代だった頃に対天使を想定して作った魔法だ。

 簡単に言うと相手が最も望む世界を見せて、夢の中に閉じ込める。

 なんとこれ、天使には効果抜群なのだ。神に造られ、神を盲目的に狂信するのが天使。神が命じれば国一つ躊躇いなく滅ぼす。そこに自我や自意識などない。

 信念や意思がはっきりしていない存在ほど、ニヴルヘイムは効果を発揮する。

 いやだってあいつらしつこいし煩いし、俺が吸血鬼だって理由で大軍で殺しに来るし。

 しかもなまじ神話の存在だから、下級天使(アンゲロス)でもそれなりに強い。いちいち相手にしてたらキリがないのだ。

 だから纏めて一掃する為にこの魔法を作った。少しやり過ぎた感はあるが。

 

 何故そんな魔法を少年達に使ったかと言うと、彼等の精神性を調べる為だ。

 だって性格とか知っておきたいし。こっちに引き込むならそれくらいね。

 

「今あの小僧子らは、夢に囚われておるわけか。目覚めるかの」

「天使なら無理だろう。しかし人間ならば、可能性はある。人は全体的に見れば愚かだ。だが、部分的にならばまた話は変わってくる」

「それはうぬの体験からか?」

「そうかもしれないな」

「またはぐらかすか。うぬは儂と会う前の事を話さんからの」

 

 誰が自分の黒歴史を好き好んで話すかい。

 視線を逸らして今回も話す気はない俺を見てキスショットは、「カカッ」と愉快気に笑った。

 そして視線を真正面の氷柱に移す。その頃には笑みを消し、真剣な表情で氷柱を見ていた。

 

「うぬは、あやつらが目覚めると思っておるのか?」

 

 その問いに対し、敢えて俺は答えなかった。キスショットとは繋がりが深いので、言葉を交わさなくても大体は分かる。キスショットも同じだ。

 

 あの少年達なら目覚める可能性はある。元から人間には天使ほどの効果は望めないのだが、それを抜きにしてもだ。

 人間、圧倒的な力の差を見せつけられると心が折れてしまうものだ。中には堪える者もいるだろうが、それにしたって限度がある。

 だが彼らは折れなかった。第一位始祖を相手にボロボロになっても。

 あの強気少年。時々いるのだ、ああいう意思がとても強い人間が。しかもその意思の強さを周りに伝える事までしていた。

 見ているととても眩しい。長く生きるとあんな風に振る舞えなくなる。

 味方にいれば頼もしいが、敵に回すと一番厄介なタイプ。ある意味、天使より厄介だ。

 あんまり戦いが好きじゃない俺からすると御免被りたい。

 

 まぁ予定通りに進めばこっちに引き込める訳だが。

 実は《終わりのセラフ》なぞ関係なく全力の”えいえんのひょうが”とかで氷漬けにし、封印するって手もあった。

 しかし、不確定要素が多過ぎる。

 そう簡単に解かれる気はないが、もしその封印がきっかけになって、あの少年が意思の力で天使をコントロールなぞしたらヤバい。負けないけど何が起こるか分かったもんじゃない。

 それに何でも力で解決していてはいずれ限界がくる。メリットとデメリットを考えても、引き込む方がいい。

 その為の布石も打ってある。

 

「キスショット、首尾は?」

「上々じゃ。そろそろと言ったところじゃろう」

 

 もう直ぐか。

 現実の時間と精神世界の時間では、流れ方が異なっている。現実での一分が精神世界では一日、なんてのも普通だ。

 元から時間は調整してるから、あの少年達が目覚める事が出来るならそろそろだろう。

 

 そう考えた矢先。

 少年達を閉じ込める氷柱に亀裂が入った。

 

「ほう、どうやらアークの言うた通りらしいの」

「…………」

 

 え、なに。考えた矢先になるとか、フラグでも立てましたか俺。それか空想具現化で世界が俺の思念でも読み取った?

 駄目だ。パニクってる。なんか厨二的な電波まで。

 油断を突くとは恐ろしい。さすがに表情に出てしまいそうだ。

 

 なんてアホな事を考えているうちに亀裂はどんどん広がっていく。そうして限界を迎えた氷柱が白く染まったかと思うと、次の瞬間には粉々に砕け散った。

 破片が宙を舞ってダイヤモンドダストのように輝く。

 キレーだなー、なんて思いっきり場違いなことを思っている俺を尻目に、氷柱があった場所から氷煙が晴れて強気少年の姿が露わになった。

 

 おおぅ、予想はしてたけどマジで目覚めたよこの子。

 そりゃ目覚めて貰わないと計画変更しなきゃならなくなるわけだけど、製作者としては少し複雑。

 エヴァは一撃必殺で目標追尾、更には防御不能とか言うとんでもないオリジナル魔法を作ってたのに。俺ももっと精進しないとな。せめて完全オリジナル魔法を作れるくらいには。

 

 そんな風に考えているうちに強気少年が目を開けた。

 強気少年は、捕まった黒髪オールバック君の名を叫んだ後、ビシリと俺を指差し、

 

「お前の弱点、見破ったぞ!」

 

 なんて言ってきた。

 へ? なに、弱点?

 …………まさか俺の黒歴史を弄っての精神攻撃か⁉︎

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「グレン⁉︎」

 

 目に入ったのは、拘束され捕まったグレン。市役所の屋根の上に倒れている。

 ピクリとも動かない。遠目からだが息はある。気絶しているだけのようだ。

 

 その側には屋根に腰掛ける二人の吸血鬼。アークライトとキスショットだ。

 アークライトは僅かだが目を見開き、キスショットは感心した様な笑みを浮かべていた。

 

(シノア達は……)

 

 首は動かさず視線を巡らす。すぐに見つかった。

 シノア達は全員、眠るように倒れていた。更には最初に凍らされた隊員や鳴海真琴チームも氷柱から解放され、同じように倒れている。

 阿朱羅丸が言った通り、誰も死んでいなかった。

 

(なんでだよ……)

 

 疑問は尽きないが、今はそれどころではない。ここは敵の眼前だ。

 まずは隙を作る。優は腕を上げ、アークライトにビシリと人差し指を向けた。

 

「お前の弱点、見破ったぞ!」

 

 阿朱羅丸に諭されたのだ。目覚めた直後にこう言えば、さすがの彼も困惑するだろうと。

 アークライトを見れば確かに目を細めている。警戒しているのか様子見なのか。その考えは分からないが時間は稼げた。

 今のうちにシノア達だけでも起こさなくては。

 

「おい、シノア! みんなも! 早く目を覚ませ!」

 

 シノアの肩がピクリと動く。そうして徐々に目を開け、クラクラする頭を手で抑えながら立ち上がった。

 どうやら意識が朦朧としているらしい。

 

「シノア、大丈夫か」

「ゆ、優……さん?」

「ああ、俺だ。早々に悪いが、君月達を起こしてくれ。まだここは敵の目の前だ」

「……分かりました。君月さん、与一さん、みっちゃん。起きてください」

 

 まだ思うように動かない身体を鞭打って声をかける。

 その様子を見てキスショットが、屋根に突き刺していた斬撃皇に手を伸ばす。しかしアークライトが手でそれを制した。

 

「……良いのか?」

「私が行く。手は出さなくていい」

 

 そう言うや否や立ち上がり、屋根から身を投げ出す。物理法則に逆らうように落下の途中で速度が緩まり、フワリと着地した。

 再び視線を向ければ、君月に与一、三葉の三人も足元がおぼつかないものの目を覚ましていた。

 アークライトが優達に問い掛ける。

 

「よく目覚めたものだ。いや、ここはよく拒めたものだと言うべきか。何故拒んだ。お前達が見た夢はお前達にとっての最良。拒む理由はなかろう」

「確かに、そりゃあ幸せな夢だったよ。嫌になるくらいな」

 

 その問いに君月が真っ先に答えた。

 いつもならこんな事はしないだろうが、今だけは声にして言いたかったのだ。

 

「だけど、どっかの馬鹿の声が聞こえちまったからな。馬鹿が目覚めてんのに、俺らが眠ってちゃ駄目だろうよ」

「その通りです。正直、私は危なかった。優さんの声が聞こえなければ目覚められなかったかもしれません」

「それに励まされちゃったからね。これで応えなかったら恥ずかしいよ」

「まさか優が目覚めるきっかけになるとは思わなかったけどな。今回は感謝しないとな」

 

 君月に続きシノア、そして与一と三葉も答えた。

 それを聞いたアークライトはただ無表情のまま、

 

「目覚めたのなら、それも良かろう。なれば私が直接やるまでだ」

 

 おもむろに腕を上げ、優達に向けて振り下ろす。

 真上から斧を模る雷が襲ってきた。

 

雷の斧(ディオス・テュコス)

「ッ! 散開!」

 

 いきなりの攻撃。シノアの指令で左右に回避する。

 始まった対アークライト第二戦。しかし、このまま戦っても同じ道を辿るだけ。

 だが先と違う点が一つだけある。優が打開策を持って目覚めたことだ。

 

「シノア! あいつは俺がなんとかする。その間に他のみんなを起こしてくれ!」

「な、何を言っているんですか優さん‼︎ 気でも狂いましたか⁉︎ 一人でどうにかなる相手じゃ……」

「心配するな。ちゃんと策はある」

「…………本当に大丈夫なんですね?」

「ああ」

 

 優は深く頷く。シノアは仕方がないとばかりに溜息を吐いた。

 

「……分かりました。ただし、必ず帰ってきてください」

 

 その念押しに「分かってる」と返し、優はアークライトの前に出る。シノアは君月達を連れ、他の隊員の元へ向かった。

 

 単身で己に立ちはだかった優にアークライトは、変わらぬ無表情のまま。しかし訝しげな視線で優を見ていた。

 

「単身で私に挑むか。些か無謀と思うが」

「舐めるな吸血鬼。人間ってのは、覚悟を決めるとなんだってやるもんなんだよ」

 

 優が腰の阿朱羅丸を抜く。アークライトは両腕を僅かに挙げた。

 お互いの距離は空いている。これはアークライトの距離だ。

 優は攻撃する為に接近しなければならない。対してアークライトには魔法がある。

 

 戦いが始まれば一方的に攻撃されるだろう。

 待つ必要がないアークライトが魔法を放とうとする。だが、直後にその動きを止めた。

 何故なら、優が阿朱羅丸を逆手に持ち、迷う事なく己の胸に突き刺したからだ。

 胸を貫通し、背中から鋒が出る。

 

「なにを……」

 

 然しものアークライトも目を見開いた。

 それに構わず痛みに耐え、優が叫ぶ。

 

「俺の血を吸え‼︎ 阿朱羅丸‼︎」

 

 貫通した鋒を滴る血が刀身に吸われ始める。暫くして阿朱羅丸を己の胸から抜く。

 普通なら完全な致命傷だが、何故か出血はなく、それどころか傷すらも消えていた。

 

 変化は劇的だった。

 阿朱羅丸を持つ右手から鬼呪が身体中に広がり、顔には鬼呪の紋様が浮かんだ。

 明らかな異常状態となった優がアークライトを見据える。

 

「さぁ、戦いはこれからだ吸血鬼」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 地面を踏み込み、アークライトへ向けて疾走する。

 周りの景色が遅く感じる中、優は精神世界での会話を思い出していた。

 

『いいかい優。アークライトと戦っていて、自分の攻撃は全部防がれていたろう』

『ああ、そうだ。なんなんだアレは』

『アークライトは神代の魔法使いでもあるんだ。攻撃が防がれるのは魔法障壁の所為さ』

『魔法障壁?』

『そう。アークライトの周囲には、常に様々な種類の魔法障壁が全方位的に展開されている。だからどんな攻撃も通じない』

『バリアみたいなもんか。って、それ反則だろ……』

『僕も同意見だ。でも、これには抜け道がある。普通の魔法使いは障壁をそう何枚も展開する事なんて出来やしない。だから普通なら一枚の魔法障壁に色々な効果を兼用させるわけ。対物とか対魔法、対毒や対衝撃と言った風にね。でも効果を兼用させると術式が複雑になって魔力消費も多くなるし、融通も利かなくなる。だけど、障壁を複数展開できるアークライトには当てはまらない』

『確かに、そんなに作れるのにわざわざ一枚に何個も持たせる必要はないもんな』

『その通り。優にしては頭が回るね。だからアークライトの障壁には、一枚につき一つの効果しかない。対物は対物、対魔法は対魔法。効果が極端なんだ。それを複数枚展開する事で多重高密度魔法障壁となっている』

『つくづくとんでもない奴だな……』

『でもこれ、最初に言った通り抜け道があるんだ。簡単に言うと、一枚一枚には一つの効果しかないから、それ以外は通り抜ける事が出来るのさ。だからどの魔法障壁がどんな効果かを見極められれば、障壁に阻まれずに接近できる』

『おお』

『ただしこの抜け道は、崩壊した山の瓦礫が偶然に噛み合って出来る空洞のようなもの。少しのミスで終わりになる。やるなら気を引き締めろよ、優』

『分かってる。だけど阿朱羅丸。あいつに届いたとして、その後はどうするんだ?』

『心配しなくていい。そこからは僕がやる。優はただ、アークライトに辿り着くことだけを考えろ』

 

 これが、アークライトがアークライト故の弱点。いや、弱点と言うより偶然できた抜け道だ。

 その抜け道を優は、少しのミスもせずに通らなければならない。些細なミスがそのまま敗北へ繋がる。

 ミスの許されない一発勝負だ。

 

「うおおおおッ‼︎」

 

 だから成功の可能性を上げる為に血を吸わせた。

 優は最初、鬼呪促進薬を追加で二錠飲むつもりだった。だが阿朱羅丸に止められた。

 

 鬼呪促進薬とは、鬼呪の力を増幅させる薬だ。服用後10秒ほどで効果が表れ、その効能は15分間持続する。理論上、一錠で1.5倍、二錠で1.8倍の力を発揮できるが、三錠で全内臓が破裂するほどの副作用が出てくる。

 故に普通なら一錠が基本、どれだけ危機的状況でも二錠が限度。三錠など飲んだら確実に死んでしまうだろう。

 

 優は、どうせやるならと。そう覚悟して飲むつもりだった。

 

 だが阿朱羅丸曰く、あの薬は欲望を対価にして得られる筈の力を、欲望を抑えたまま扱えるようにするものらしい。

 そんな矛盾は通らない。だから鬼呪促進薬を飲んだ場合は、強烈な副作用が表れる。

 

『薬なんかに頼るな。僕に頼れ。目覚めたら僕に血を吸わせろ。血を対価にして、鬼にならない程度の力を貸してやる。だから、僕を受け入れろ』

 

 そう言われ、優は決意した。仲間を助けられるなら、自分の血くらい安い。

 

 血を吸え。力を寄越せっ。仲間を救えるだけの力を……! 阿朱羅丸‼︎

 

(いいよ、優。力はくれてやる。存分に暴れろ)

 

 踏み込みの反動で地面が砕け散る。旋風となって優は駆ける。その速度は貴族に匹敵する程。

 アークライトまでの距離は凡そ四十メートル。今の優の臀力なら一呼吸で詰められる距離だ。

 しかし優の目にはしっかりと視えていた。アークライトの周囲に展開される魔法障壁が。

 グレン達や優達の攻撃は、全てこの障壁に悉く防がれていた。

 

 確かにこんな防御網、正攻法で突破できる筈がない。

 なら邪法でやればいい。

 

(左だ優。直ぐに右。次は上に跳べ。着地したら左斜め)

 

 優の目を通して見ている阿朱羅丸からのサポート。

 阿朱羅丸が障壁の効果を見極めて道を示し、優がそれに従って障壁をすり抜ける。

 優と阿朱羅丸の距離が縮まっている今の状態だからこそ出来る方法だ。

 今この瞬間も優は三次元的に動き回り、アークライトとの距離を詰めて行く。

 

 ────突然補足だが、ここで精霊魔法に於ける魔法障壁について解説しよう。

 魔法障壁とは、術式を構築し魔力によって発動する霊的な障壁の事だ。対物、対魔法、対毒、対衝撃など。その効果は多岐に渡る。

 だが魔法障壁を常時展開する魔法使いは基本的にいない。それは魔法を常に使い続けるのと同義だからだ。

 つまり魔力の消費が半端ないのである。

 魔法障壁を常時展開できる者など、最高位クラスの中でもほんの一握りだけだ。そのほんの一握りの魔法使いでも常時展開できるのは数十枚、とある世界で真祖の吸血鬼(ハイデライト・ウォーカー)と呼ばれる最強種でも数百枚が限度だろう。

 数万ともなれば、それは人を超えた領域である。

 

 確かに、阿朱羅丸が優に語ったように、アークライトは魔法障壁によってあらゆる攻撃を悉く防ぐ。

 

 ただ、阿朱羅丸の話には、根本的な誤りがあった。

 

 アークライトの魔法障壁は、数十枚などという次元ではない。更に、常に魔法障壁を張っている訳でもない。本当にそうなら《アヴァロン》での生活に支障が出てしまう。

 アークライトの魔法障壁は切り替え式であり、展開範囲はアークライトを中心として半径七十メートル。そしてその最大展開数は、なんと数万枚。

  全力の時にのみ、半径七十メートル内全方位に数万もの多重高密度魔法障壁結界が形成される。

 

 では、今はどうだろうか。阿朱羅丸の策を優が実践できているのは、偏にアークライトの魔法障壁が全力でないからに他ならない。

 神代ならいざ知らず、現代にはアークライトの脅威になりえる存在がいないのだ。だから障壁を張りはすれど、完全には程遠い。展開範囲は半径三十メートル程、障壁の数も最低限。完全展開時の凡そ10%と言ったところだろう。

 

 つまり、アークライトと優が拮抗しているように見えるこの状況は、容易く崩れてしまう均衡に過ぎないと言うことだ。

 

(……え?)

「なッ⁉︎」

 

 優の疾走が止まった。突如現れた対物障壁に阻まれたのだ。

 

(おい阿朱羅丸! 今いきなり目の前に出てきたぞこれ!)

(あ〜、まずいな。どうやら僕は知ったかぶりだったみたいだ)

 

 阿朱羅丸の出した策はとても良かった。事実、アークライトの虚を突くことは出来たのだから。

 だが、それでも阿朱羅丸のアークライトに対する認識は、甘かったと言わざる得ない。

 最盛期を知っていても全盛期は知らなかった。

 阿朱羅丸は、アークライトの全力を測り違えていた。

 

(済まない優。これは完全に僕の落ち度だ)

(どういうことだよ⁉︎)

(なに、簡単さ。僕は、アークライトがこの程度だと勘違いしていたって事だよ)

 

 止まってしまった優が目の前の光景を見て、目を見開き絶句した。

 アークライトまでの距離は残り二十メートル。その二十メートル内が次々と展開される魔法障壁によって瞬く間に埋まっていく。

 対物、対魔法、対衝撃、対毒、耐圧、耐熱、耐寒。見える限りこれだけの障壁が重なり合って、まるで曼荼羅のように。

 

「嘘だろ……」

 

 もう物理障壁だけを避けて抜けるなんて策、通じない。通じようがない。

 そんな隙間などある筈がない。理不尽の降臨だ。

 

「ちぃ!」

 

 なのに。

 そんな理不尽を前にしても、優は退かなかった。

 優が退けば後方のシノア達が危険に晒される。なにより現状、アークライトと相対するのは優だけなのだ。

 退くという選択肢など、元から存在しない。

 

(……ああもう、まったく。しょうがないなぁ)

 

 阿朱羅丸にもそれは分かっていた。

 

 家族を守る為なら善悪がまるでない優の事だ。自分が何を言っても絶対に退かないだろう。

 なら仕方ない。死んでもらっては自分も困るし、優は気に入っている。些か消耗が大きいが、この際だ。

 面倒を見てやるとしよう。

 

「…………」

 

 アークライトが指先を向ける。優は構えた。魔法が来る。

 正直言って勝ち目はない。優の主体である近接を潰されたのだ。ならアークライトの距離で戦うしかないのだが、優に遠距離攻撃の手段はない。阿朱羅観音はあるが、発動する隙などないだろう。

 つまり詰みである。

 

 だがそんな状況で、もう指先一つで勝負を決められる筈のアークライトの眉がピクリと動く。

 何を思ったのか指先を降ろして手刀に構え、近接戦闘用魔法”断罪の剣”を発動させた。

 

 そしてアークライトは、優に向かって距離を詰めてきた。

 

「んなッ⁉︎」

 

 突然の凶行とも言えるアークライトの行動に優は目を剥いた。しかしアークライトは構わず、接近して手刀を振り下ろす。

 ”断罪の剣”が迫る。阿朱羅丸を滑り込ませる。

 

 刀と手刀が触れた瞬間、二人の意識が暗転した。

 

 

『………生きていたのか』

『久しぶりだね、アークライト』




描き切れなかった他は感想で答えます。

《精霊魔法》
 現在のところアークライトのみが使える精霊を使役する魔法。
 精霊とは、この世のあらゆるモノに宿る概念の事を指す。風、大地、水、火などの自然は勿論、電子や原子にも精霊は宿っている。精霊魔法とはつまり、限定的ながら自然現象を操る魔法系統である。故にその効果は強力であり、特に攻撃魔法は他魔法系統を圧倒している。その為、精霊魔法の使い手は魔術側の戦略兵器に相当する。
 そんな精霊魔法を使えて当然というネギま世界はかなりおかしい。
 型月基準で考えると精霊魔法は即封印指定をくらうレベル。補足すると型月世界での魔法とは、どれだけの時間や予算をつぎ込んでも人間には実現不可能の奇跡を指す。
 尚、型月世界の魔法使いの一人、ウルトラジジイことゼルレッチが星霊と言うべき朱い月をぬっ殺した張本人である。神霊クラスの人間という意味分からんじいさん。朱い月の月落としを正面から破壊した型月世界のバグ。

 概念的に考えると精霊魔法は、型月世界で魔法とされてもおかしくない。型月世界の魔術とは根本的に違うので、対魔力と呼ばれる魔術に対する無効化スキルでは防御不能。
 もう宝具と言っていいのが精霊魔法である。
 加えて、努力すれば誰にでも使える魔法なので更に厄介。もし型月世界にあったら荒れに荒れるだろう。

 幾つかの属性があり、火・風・土・水の四大属性が主。そこから風の派生、雷。土の派生、砂。水の派生、氷。これらの派生属性がある。他にも光・闇といった分類されない属性も存在する。
 アークライトの適性は、最も高いのが氷と闇。次いで風と雷。それ以外の系統にも並以上の適性を持つ。
 高等技術の無詠唱魔法と遅延呪文も習得済み。
 尚、朱い月状態のアークライトが使うと本気で洒落にならないので超要注意。何故ならアークライトは精霊というカテゴリーに於ける最上位、星そのものたる星霊である為、精霊を支配し、命じる事が出来る存在だから。
 アークライトほど精霊魔法と相性が良い者はいない。その気になれば、魔力なしでも精霊魔法を使用できる。




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交錯するウンメイ

前回の終わりが中途半端だったので、5000字ほど加筆して再投稿します。
重要の事を後書きで書いていますので、どうか読んでください。


 優の阿朱羅丸にアークライトの”断罪の剣”が触れた瞬間、二人が弾かれたように吹き飛ばされた。

 飛んできた優を事の成り行きを見守っていたシノアと君月が受け止める。

 

「優さん‼︎」

 

 シノアが呼び掛けるが返事はない。しかし息はしている。気絶しているようだ。

 腕を見てみるが浮かんだ鬼呪は消えていた。いきなり自分に刀を刺した時は悲鳴を上げそうになったが、傷もないし呼吸も正常。

 見たところは大丈夫そうだ。

 

「おいシノア、いったい何があった?」

「分かりません。優さんと第一位始祖は戦っていたようですが、私の目では何が起きたのか……」

 

 君月にもシノアにも、何があったのかを捉える事は出来なかった。

 それも仕方ない。あの刹那の攻防は人を超えた領域だったのだ。

 おそらく傍観していたクローリーでさえ辛うじてといったところだろう。

 

「おい新入り共! 何やってる! こっちは全員起こしたぞ!」

 

 そう大声で言ってきたのは鳴海真琴。まず最初にシノア達が起こしたのが彼。後は手分けで隊員達を起こして回った訳だ。

 だが、優が時間を稼いだとは言え、この短時間で全員を起こせる筈がない。なら何故か。

 

「急げ。撤退する」

 

 柊深夜他、グレンチームのメンバー五人。彼らがいたからだ。

 満身創痍になりながらもシノア達に合流したのだ。

 

「柊少将、グレン中佐は……」

 

 撤退を命令する深夜にシノアは尋ねた。

 その問いに深夜は表情を歪め、血反吐を吐くような声で答える。

 

「グレンは……見捨てる」

 

 深夜だけではない。見ればグレンチーム全員が悲痛そうに表情を歪めていた。

 時雨と小百合は涙を流し、美十は気丈にも耐えている。

 

 深夜の命令に異を唱える者はいない。いる筈がない。

 確かに、ここにいる《月鬼ノ組》全員はグレンに着いて行くと決めた者達ばかりだ。それこそグレンの為なら命を投げ出すほどに。

 だからこそ、分かる。一番辛いのは深夜達なのだと言うことを。

 

 彼らはグレンと共に戦った。しかし負け、グレンは捕らえられた。辛くないはずがない。

 だが、グレンが捕らえられた今、指揮権を持つのは少将たる深夜だ。

 指揮官が己の感情で動けば、それは部隊の全滅を意味する。まだ任務は終わっていない。

 グレンはこの任務を命懸けで遂行しようとしていた。なら、それを継いだ自分は、最後まで成し遂げなければならない。

 

「行くぞ、撤退だ」

 

 深夜の命令に従い、撤退を始める《月鬼ノ組》。

 今はただ、あの第一位始祖と貴族が追ってこないのを願うだけだ。

 

 

 一方その頃、優と同じように弾き飛ばされたアークライトは、キスショットに受け止められていた。

 

「何があった? うぬらしくもない」

「少しばかり事態が変わった」

 

 表面上の会話とは別にアイコンタクトで意思疎通を図る二人。

 そこへ自由にしていいという事で傍観を決め込んでいたクローリーが従者二人を連れ、市役所の屋根から降りて、アークライトの元に来た。

 

「アークライト様。人間共が撤退して行きますが、いかが致しますか? 必要なら私の従者二人に追わせますが……」

「いや、必要ない。些か遊びが過ぎたようだ」

 

 そう断るアークライトに異常は見られない。

 

 あの人間の少年とアークライトとの戦いは、どう見てもアークライトが圧倒していた。

 確かに、本当に人間かと疑う程の動きを少年はしていたが、それでも足りない。あの程度で上位貴族すらも遥かに凌駕するアークライトを如何にかできる筈がない。

 

 だからこそ、疑問が残る。

 何故あそこでアークライトが弾き飛ばされたのか。アークライトを弾き飛ばすなど、唯一同格とされるキスショットくらいしか不可能だろう。

 

 油断していた?

 これはない。こうやって何かを予感し、わざわざ日本に直属の眷属まで連れて来た辺り、アークライトの察知能力は並外れている。

 

 あの少年が奥の手でも隠していた?

 可能性としては無くないが、それがアークライトに通じるだろうか。

 

(う〜ん、ちょっと想像できないね〜)

 

 なら何故?

 考えられるのは、ただ一つ。アークライト自身が何かしたか。ああすること自体が思惑の内なのか、だ。

 

 これはフェリドから聞いた話ではあるが、アークライトにとって人間も吸血鬼も差異ないらしい。肝心なのは己の民であるかどうか。

 つまり、アークライトにとっての守るべきモノとは《アヴァロン》と民、そして身内と判断した者。そうでないのなら人間だろうと吸血鬼だろうと関係ない。

 

 第一位始祖として吸血鬼全体の事は考えているだろうが、やはり優先するべきはそちらだと言う。

 そこから考えると、フェリドを通じて交流のある自分も身内として認識されているのだろうか。

 退屈は嫌いだが、さすがに勝ち目のない相手を敵に回すほど、クローリーは自殺志願者じゃない。

 と言うか、アークライトとは同じ陣営にいた方が退屈しない。敵に回しては、楽しみが減ってしまう。

 

 正直、アークライトが何を考えているかなんて、あのフェリド以上に分からない。

 人間達に撤退されても追い掛ける様子がないのを見るに、何かこの戦争とは関係ない、別の目的があるのか。もしくは捕らえたあの指揮官らしき俺様君で目的は達しているか。

 

 まぁ何を考えているにしろ、アークライトがいる限り最悪の事態にはならないだろう。

 

 ただ、

 

「この後は如何致しますか?」

「本隊との合流を急ぐ。そろそろ到着する頃だ。捕虜は任せる」

「承知しました」

 

 取り敢えず今わかるのは、これからもっと面白くなるという事だ。

 

(本当に、楽しみだねぇ〜)

 

 そう、これから起こる事に思いをはせていた。

 

 しかし、クローリーは気づかなかった。

 アークライトと話すクローリーの死角で、キスショットと幻術により姿を変えた人形が入れ替わっていたのを。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 目を開く。周りは何処までも続く白一色の空間だった。

 それを認識した優は、気怠げに身体を起こす。

 

「…………」

 

 意識がはっきりしない。記憶も曖昧だ。

 頭を抑えて一番新しい記憶を探ろうとする。

 

「やぁ優。なんとか精神は起きたね」

 

 しかし、背後から掛けられた声が遮った。

 視線を向けて見れば、そこには中性的な少年が一人。阿朱羅丸だった。

 

「けっこう無茶をしたから、目覚めないんじゃないかと少し冷や冷やしたよ」

「俺はいったい……。お前と話してるって事は、俺は気絶してるのか?」

 

 阿朱羅丸は頷く。

 

「まぁ当然だね。血を対価に身体能力を上げたとは言え、人間の身体で貴族の動きをしたんだ。しかも、アークライトの魔法から醒めたばっかりで精神を消耗しているのに、それを無理してアークライトと戦った。気絶くらいするさ。本当なら死んでもおかしくなかったけど、忌々しい天使の力が君を生かしてる」

「そうなのか……よくわかんねぇけど。……待て……じゃあグレンは⁉︎ グレンやシノア達はどうなった⁉︎」

 

 気絶しているという状態から繋がる状況に優はまさかと思い、阿朱羅丸に詰め寄る。

 そんな優に阿朱羅丸は笑みを浮かべた。

 

「本当に君は、愛と欲に対して素直だね。家族を守る為なら善悪がまるでない。優のそういうところが僕は好きだけど、やっぱり君は何処か壊れてるよ」

「そんな事はいい‼︎ みんなはどうなったんだ⁉︎」

 

 阿朱羅丸の言っている事はよく理解できない。今はどうでもいい。

 優の記憶は、アークライトの手刀を受け止めたところで終わっている。記憶が断絶しているのだ。

 阿朱羅丸の言う通りなら、そこで限界が訪れ優は意識を失ったのだろう。

 

 問題は自分が気絶した後、一体何があったかだ。

 

「シノア達なら生きてはいる。アークライトとの話はついたからね。彼に君らを殺す気はなかったみたいだけど。少なくともあの場から逃げる事は出来たと思う。ただし、逃げた後の事は分からない。君の目が見たものしか僕は見てないから」

「そんな……‼︎ ならグレンはあのまま……‼︎」

「彼に関しては僕は知らない。まぁ、捕まったグレンをアークライトから救出するのは、シノア達じゃ無理だろうね」

 

 確かに、無理だろう。ならおそらく撤退。グレンを見捨てて。

 それが正しいのは理解できる。だが、理解できても納得はできない。

 なら取るべき行動は一つだ。

 

「早く目を覚まさないと。目を覚まして仲間と合流する。そしてグレンを救う」

 

 そう声にして言う優に、嘲るような笑みを阿朱羅丸は向けた。

 

「あは、どうやって? どれだけ求めても君達人間は弱い。弱い奴らで群れてどうする? また力が足りなくなるよ。分かってるくせに」

「ああ、そうだな。吸血鬼と比べれば人間は弱い」

 

 阿朱羅丸の言葉に優は反発せず、ただ認めた。

 

 そう、人間が弱い事なんて分かってる。アークライトやキスショットという、生物として圧倒的な強者によって。嫌というほどに。

 あれは、人間がどうこうできる存在ではないだろう。

 

「だから、俺達は仲間を作るんだ」

 

 だが、それがどうした。

 確かに人一人の力なんてたかが知れている。一人では何も出来ない。人とはそういう生物だ。

 だからこそ人間は群れる。仲間を求める。協力し、団結する。

 

 人間は単独で何かを成し遂げる事は出来ない。しかし、逆に集団となれば驚異的な力を発揮する。

 そうやって圧倒的強者である筈の吸血鬼や、その貴族を実際に倒したのだ。

 

「俺は負けねぇぞ阿朱羅丸。俺には仲間がいる。力に溺れたりしない」

「へぇ。確かに、人間は単独でなく集団である方が厄介なのは認めてやる。だけど、人間は群れるからこそ愚行を犯す。それだって否定できないだろう。だから君も、いずれ間違いを犯す。諦めて鬼になれよ」

 

 優の言葉に、初めて阿朱羅丸は感心したようだった。しかし、群れる故の危うさを指摘する。

 

「そうかもな。だけどな阿朱羅丸、間違いを止めるのも仲間だ。もし俺が間違ったその時は、仲間が俺を止めてくれる。もし仲間が間違ったら俺が止める。そういうもんだろ、仲間ってのは」

「…………」

 

 とうとう黙ってしまった。面白くないと言いたげな表情をしている。

 かつての優なら力強く阿朱羅丸の言葉を否定し、反発するだけの筈だった。

 それが今はどうだ。柳の如く受け流し、認めた上で否定してくる。

 

 どうやらあの夢によって、精神的成長と余裕を優に促してしまったらしい。

 鬼に対する安定性と耐性が以前にも増して強くなっている。

 なるほど、アークライトが警戒するわけだ。

 

「だけど‼︎ 俺には力が足りない! だから、これからもお前の力を借りる! だが鬼にはならない! 分かったか!」

「…………」

 

 訂正。やっぱりなんにも変わってない。ただの馬鹿だ。

 

「……優、君かなり滅茶苦茶なこと言ってるからね。僕の目的は、君の身体を乗っ取ることだからね? つまり僕からすると、鬼になってもらわないと困る訳だ。いつ君を陥れようとするか分からない。それでも、これからも力を貸せなんて言えるのか?」

「ああ」

 

 一瞬の間も無く即答する。当たり前だと言わんばかりに、

 

「だって阿朱羅丸、お前も俺の仲間だからな」

 

 何の含みもなく笑顔でそう断言してきた。

 若干……優が気づかない程度であったが、阿朱羅丸は僅かに頬を赤く染めた。

 

「……はぁ」

 

 しかしすぐに元に戻り、溜息をついた。

 何というか、毒気が抜かれた。自分だけムキになっているように思えてきたのだ。

 

「分かった。今回はもういいよ。暫くは力を貸してやる。そろそろ起きろ」

「おっ、そうか。ありがとな!」

「まったく君は……。あぁ、そうだ。なぁ優」

「ん? なんだよ」

「君は家族が大切なんだろ?」

 

 唐突なその問いに、優は訝しげになりながらも「当たり前だ」と答える。

 

「そうか。なら、そんな君に朗報だ。──今日は君が探してた家族が来てるよ」

「……え?」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 そこで優は目を覚ました。背中と後頭部に伝わる冷たい感触と肌寒い空気。目の先には所々が剥がれている天井。

 仰向けに寝ているらしい。身体を起こして、ボンヤリとする思考を働かせる。

 

「……ここは、どこだ? それにシノア達は……」

 

 辺りにある商品棚からして、どうやらここはスーパーのようだ。

 自分がここにいるならシノア達もいるはず。

 そう思って周りを見渡そうとした時、背後から荒い息遣いが聞こえてきた。

 肩越しに視線を移す。

 荒い息遣いの出処は、少し離れた商品棚の影からだった。

 

 そこには、血が滲む白いマントを着た人影が。荒い呼吸を繰り返しながら、床に座り込んで商品棚に寄りかかっている。

 服装からして吸血鬼。そう判断して阿朱羅丸に手を伸ばそうとしたが、見覚えのある金髪が目に入って動きを止めた。

 

 そして、その金髪と阿朱羅丸の言葉を思い出し、まさかと思って困惑気味にその名を口にする。

 

「ミカ?」

 

 吸血鬼の肩がピクリと跳ねる。

 

「お前ミカか⁉︎」

 

 吸血鬼が優を見る。振り向いた吸血鬼は、確かにミカエラだった。

 しかしミカエラの顔は傷や埃に汚れ、冷や汗を流し、瞳孔は限界まで開き切っていた。

 

「おいミカ⁉︎ お前いったい……‼︎」

「……血……人間……」

 

 優が更に声を掛けるが、ミカは譫言のように呟くのみ。凡そ理性というものを感じられない。

 さすがに様子がおかしいと気付く優だったが、何かする前に猛然とミカが飛びかかってきた。

 

「なっ、おい⁉︎」

「血だ‼︎ 血がいる‼︎ お前の血を飲ませろ‼︎」

 

 優の声にミカは反応しない。正気を失った様子で優に掴みかかる。

 

「おいミカ‼︎ 俺だ‼︎ 分かんねえのか⁉︎」

「抵抗するな人間‼︎」

 

 掴まれた腕を振り払おうとするも、鬼呪を発動していない今の優の力は人間相応。邪魔だとばかりに殴り飛ばされる。

 だが、ミカは動きを止め、苦しみに満ちた慟哭を上げた。

 

「がぁあああああ‼︎ 苦しい‼︎ 苦しいんだ‼︎ もう我慢できない‼︎ 血を飲ませろ‼︎」

「……そんな……‼︎」

 

 あまりの様子に優は悲痛な声を漏らす。家族が苦しむその姿を見て、

 

「お……お前、そんなに血が欲しいのか……?」

「あああああああああっ‼︎」

 

 両手で顔を覆い、叫ぶミカ。理性どころか、意識すら焼き切れてしまいそうだ。

 

「──飲めよ」

 

 叫びが、止まる。

 

「そんなに……お前が苦しいんなら……」

 

 ガッ、と優の肩を掴み、床に押し倒す。そのまま湧き上がる血への欲望に従い首筋に……

 

「……ごめんな、ミカ」

 

 今にも牙を立てようとしたところで、優の片腕が優しげにミカの首に回された。

 

「お前を一人で残して……」

「…………!」

 

 その一言で、ミカの目に正気の色が戻る。そして、自分が何をしようとしていたのか気付き、慌てて優から離れた。

 

「僕は……何を……」

「……血を飲まないと、そんなに苦しいのか?」

 

 優からの言葉。

 否定したかった。だが、今も尚、奥底から湧き上がる吸血衝動が己を苛む。

 否定できず、ミカは表情を悔しげに歪める。

 

 それが、限界を超えて無理をしているのだと優は捉えた。

 

「俺が……置いて行った所為で……」

「そ……それは違うと前に……!」

 

 言い切る前に、血を失い過ぎた事と血を飲んでいない所為で意識が朦朧とし、フラッと蹌踉めく。

 それを見て優が駆け寄ろうとしたが、他ならぬミカ自身が手で制した。

 

「離れて……優ちゃん……。君の血を……吸いたくないんだ……」

 

 かなりマズい。そろそろ本当に限界だ。

 

 優を人間から取り戻そうとした時に負った傷だが、あの人間達は撤退の途中だったようで、鬼気迫るといった様子で撤退していた。

 おかげで、一対三十強という数の差があったとは言え、鬼呪の刀で四回も刺され、ダメージを負った。

 特に最後に銀髪の奴から受けた、胸の傷が致命的だ。今でも傷自体は塞がっていない。

 

 あの場だって、優の仲間を名乗るあの四人が入って来なければ、おそらく死んでいただろう。

 このスーパーに来るにも、助けを借りて(・・・・・・)やっと辿り着いたのだから。

 

「でもお前……血がなきゃ苦しいんだろ……?」

 

 だから優の言葉も否定することはできない。

 

「…………。僕のことはいい……、それより優ちゃんに話したいことが……」

「話なんてどうでもいい‼︎」

 

 優が詰め寄り、ミカの肩を掴んできた。

 

「お前死にそうじゃねぇか‼︎ これどうしたらいい‼︎ どうやったらその傷治る⁉︎」

 

 ある意味、冷静を失っていた。やっとこうして会えた家族が、今にも死にそうなのだ。

 矢継ぎ早に優は続ける。

 

「血か⁉︎ 血を飲めば治んのか⁉︎ なら……血が足りないなら俺の血を飲めよ‼︎」

 

 バッ、と襟首を広げて首筋を晒す。

 

「ほら俺の血を‼︎」

 

 またしても正気を失いそうになった。そろそろ本当に末期らしい。

 

「や……やめてよ、優ちゃん……。我慢が……できなく……」

 

 堕ちそうな意識を意思で保ち、優にそう言うが、当の本人はその警告を聞いてくれない。

 

「頼むよミカ教えてくれ‼︎ どうやったらお前を救える⁉︎」

「優ちゃん‼︎」

「俺はどうしたらいい……? やっと会えたんだ。やっと……。なのに……またお前が死ぬのを見るなんて……俺は……」

 

 優の後悔に満ちたその姿に、ミカは何も言えなくなる。

 あの夢である程度は吹っ切れたと思っていた。

 だが、吸血鬼の都市で家族を失ったあの出来事は、優にとて一生残り続けるモノとして心に焼き付いている。それこそトラウマ、または存在意義と言っていい程に。

 

 簡単に吹っ切れるモノではなかったらしい。

 

「……優ちゃん。僕はまだ……人間の血を飲んだことがない……」

「……え」

 

 そして、優は瞠目した。

 

「一度でも飲んだらもう後戻りできないから……。永遠に成長のない……完全な吸血鬼になっちゃうから……」

 

 “優ちゃんが嫌う、醜いバケモノになっちゃうから”

 

「…………」

 

 優が真顔になる。しかし、ミカの言葉を聞いたからではないようだ。

 と言うか逆に、いいこと聞いちゃった、なんて思ってる顔だ。

 

「……待てよ。じゃあやっぱり俺の血を飲んだら、お前は死なないってことか?」

 

 擬音にすると、じーなんて風にミカを見つめる。ミカは昔よく感じた、嫌な予感がした。

 

「なあミカ、ちょっと俺のワガママ聞いてもらっていいか?」

「…………いやだ」

 

 取り敢えず拒否。

 でも嫌な予感は消えない。

 

「いーや絶対聞いてもらう‼︎」

「やだって言ってるだろう‼︎」

 

 そこからは歳相応、ある意味歳不相応な子供の喧嘩のようだった。

 

 ミカに生きる為に自分の血を吸えと言う優。優に会うまで我慢してきたのだからと断るミカ。

 いつも優は簡単に言ってくると吼えるミカ。ミカが吸血鬼になるのが嬉しいはずないと怒鳴る優。

 

 そして堂々と、ミカが死んだら「泣いちゃうんだぞ‼︎」なんて真面目に叫ぶ優。なんかすごいデジャヴってうんざりとするミカ。

 

 もう完全に二人だけで”喧嘩”をしていた。割と近くにいて、成り行きを見守る第三者の存在に気付かずに。

 

 結局、優が「俺を助けたいんなら血を吸って生きろ」という言葉でミカがハッとなった。

 

「お前が勝手に死ぬなんて、俺は絶対許さないぞ」

 

 腕を捲り上げ、手首に近い辺りをベルトに仕込まれたナイフで切り裂き、飲めとばかりに血を流した優が言う。

 

「……君はひどい奴だ」

 

 もう、それしか言えなかった。

 

「かもな。でもそのひどい奴を……お前が家族にしたんだ」

 

 かつて『僕たちは家族だ』と優に言った事を思い出した。あの時から、こんな滅茶苦茶な奴と家族になった時から、もう決まっていたのかもしれない。

 

「……最悪だ。君の所為で……僕はバケモノになる」

「はっ、バッカじゃねーの。ちょっと血を吸ったくらいでバケモノになんかなんねーよ」

 

 え? と優を見る。

 優はただ、迷いなどない真っ直ぐな瞳で、決して変わる訳のないことを言った。

 

「お前が何になっても、俺たちは家族だ」

 

 自然と、枯れたと思っていた涙が溢れ出してきた。

 

「……優ちゃん」

「うん?」

「すごく……苦しいんだ……。血が飲みたい……」

「いいよ。飲め」

 

 涙が止まらぬまま、ミカは優に抱き付いた。首筋に痛みが走る。

 優はただ、それを笑って受け入れ、ただ一言。ずっと言いたかった言葉を口にした。

 

「おかえり、ミカ」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 それから色々、話をした。

 グレンのこと。生きる理由が復讐だけになっても生きろと言われたこと。そうしてミカと会えたこと。

 また昔に戻ったようだとミカは感じた。ただ、会話の中で優が持つ危うさも垣間見てしまったが。

 

「話は終わったかの?」

 

 そんな時、優の背後から声がした。ミカでも、もちろん優本人でもない、第三者の声が。

 

 今まで全く気づかなかった事実に一気に警戒を跳ね上げ、抜刀しながら立ち上がる。

 程なくして声の主を視界に収めた。見覚えのある姿だった。

 

「落ち着かぬか。儂にうぬらを害する気はありはせんぞ」

 

 黒と赤を基調とした荘厳なドレス姿の長身白皙。それそのものが光を発しているかと錯覚する程の艶やかで豊かな金髪に、鋭い眼光をした金色の双眸。

 

 やれやれと肩をすくめる彼女は、かつて戦い惨敗した吸血鬼。

 

「今時の若い者は、血の気が多いの。もう少し落ち着きを持たぬか」

 

 第一位始祖アークライト=カイン・マクダウェルが眷属、第二位始祖キスショット=E・マクダウェルだった。

 

「なッ⁉︎ いつからそこに……⁉︎」

 

 自分の背後にいる形となったミカを庇うように阿朱羅丸を構え、キスショットと対峙する。

 

 口振りからしてかなり前からいたらしい。全く気付かなかった。

 かなりマズい状況である。チーム全員でも惨敗したのだ。優一人では、とても戦えない。

 とれる選択肢は逃げの一択だろう。だが、これも難しい。

 

 キスショットがいるのは入口付近だ。一番近いであろう脱出路は押さえられている。ここがスーパーである以上、他にも出入口はあるだろうが、生憎優はどこにあるかなど知らない。

 こんな狭い所では回避も碌に出来ないし、何より敵は圧倒的強者。一瞬の躊躇いが死に繋がる。

 

 もういっそのこと壁ぶっ壊すか、などと考え始めた優を尻目に、両手をプラプラと広げて戦う気ないと示しながらキスショットは言う。

 

「じゃから、落ち着かぬか。儂に戦う気はない」

「さっきまで戦ってた奴が言っても、信用できるか」

 

 もっともな言い分である。敵だった者が敵意はありませんと言っても、はいそうですかと信じられる訳がない。

 

 優は構えを解かない。

 警戒心バリバリの優に、はて困ったと言いたげなキスショット。

 キスショットとしては、後の事を考えるとこの場で敵対するのは避けたいのだ。二人共々気絶させる、なんて手もあるにはあるが、昔ならいざ知らずアークライトからの影響で比較的丸くなった今では、そんな粗暴で雑な手段をとる気は起きない。

 

 まずは言葉で落ち着かせるかと、キスショットが口を開きかけた時、ミカが優の肩に手をかけた。

 

「優ちゃん、取り敢えず彼女は敵じゃないと思うよ」

「ミカ⁉︎」

「僕がここに来れたのも彼女が助けてくれたからだ。殺す気なら何時でも殺せたし、捕まえる気ならこうして呑気に話す訳ない」

 

 そう、このスーパーに身を隠せたのは彼女のおかげなのだ。

 

 想定以上の深手を負い、優を背負いながら雪の中を彷徨っていた時、彼女──キスショットが現れた。

 偶然な筈もなく、まさか追手かと警戒したミカだったが、なんでもキスショット曰くアークライトからの指示らしい。

 第一位始祖が何故? そう訝しむも実力的に勝ち目はなく、見たところ敵意がない上に日本の吸血鬼よりはまだ信用できると判断し、助けを借りた。

 恐ろしい程にすんなりと吸血鬼を信用できたのは、時前にクルルから第一位始祖と《アヴァロン》の事を聞いていたからだろう。正直、半信半疑だったが。

 

 そんな訳でこのスーパーに誘導されたのだ。

 実際のところ本当に助かった。想定以上の深手で血を失い過ぎ、あのまま彷徨っていれば、いずれ正気を失って優の血を飲んでいたかもしれない。

 更に魔力の流れを安定させる、と言ってミカにキスショットが何かしてきて、そうしたら苦しい程の吸血衝動が和らいだのだから驚きだ。それがなければ、優が目覚めるまで意識を保っていられた自信がない。

 

 などなどこれらが重なり、取り敢えず彼女は敵ではないと、ミカは判断したのだ。

 

「ほれ、そこの金髪の小僧もそう言っておるじゃろ。ひとまずは刀を下ろさぬか」

「…………」

「優ちゃん」

「……分かったよ。でも、俺は信用した訳じゃねぇからな。ミカに言われたからだ」

 

 キスショットに言われるも、優は中々に構えを解かない。睨みつけるようにキスショットを見るだけだ。実力差は理解しているだけに、とんでもない度胸である。

 それでも、ミカの視線を受けて、漸く刀を下ろした。かなりしぶしぶといった様子であるが。

 

「随分と業が深いようじゃの。ともかく、ようやく話せるわい」

 

 優とミカの本質を見抜いた上での言葉なのだが、優達に最初の方は聞こえなかったようだ。

 

「そっちの小僧とは一度会っておるが、改めて名乗ろう。我が主人アークライト=カイン・マクダウェルが眷属、キスショット=E・マクダウェル。第二位始祖の座に就いておる。よしなに頼む」

 

 いつぞやと同じよう優雅に一礼し、改めてキスショットは名乗った。見た目もその身に纏う高貴さも、本物の貴族を彷彿させる。

 アークライトの眷属なので、貴族どころか王族と言っていいかもしれないが。

 

「ってか、俺は小僧じゃねぇ。百夜優一郎って名前があんだよ。子供扱いするな」

「儂から見れば充分に小僧じゃよ。口は達者じゃの」

「んだと……⁉︎」

「はいはい落ち着いてね優ちゃん。百夜ミカエラ、サングィネム都市防衛隊、第三位始祖クルル・ツェペシから血を吸われて吸血鬼になった元人間だ」

 

 優とは違い、ちゃんとするミカ。それを聞いてキスショットが興味深そうな表情を見せた。

 

「ほう、あやつの眷属か。……ふむふむ、そういうことか」

 

 優とミカを交互に見たと思えば、何やら合点がいったとばかりに頷いていた。

 二人揃って首を傾げる。

 

「おい、いったいなんだよ?」

「些細なことじゃ、気にするでない。話の続きといこうかの」

 

 キスショットの話によるとこうだ。

 

 シノアの予想通り、アークライト率いる部隊は日本の吸血鬼とは完全に別系統で動いていた。

 その目的は《終わりのセラフ》の依代となる者の確保。クルルが率いる本隊の目的は日本帝鬼軍の抹殺だが、要請されない限り介入する気はないと言う。

 

 あくまで大切なのは仲間と家族であり、帝鬼軍に一切の忠誠心など持っていない優はよく分かっていない様子だったが、ミカは違った。特に”《終わりのセラフ》の依代となる者の確保”という部分で手負いである事が嘘のように反応し、剣を抜きかけた。

 確保と言っても、殺害など危害を加える気はないとキスショットに補足説明され、取り敢えずは収めたが。

 

 だが、納得した訳ではない。

 

「何故そんな事をする。確保なんて真似をしなくても……」

「方法は幾らでもある。しかし、アークは少しでも《アヴァロン》に危険が及ぶ可能性を排除したいのじゃよ。考えた末、殺さず手元に置いておくのが一番良いと判断したまでじゃ。しかし、何故うぬがそう過剰に反応する?」

 

 ミカの肩がビクリと跳ねる。生じた焦りによって背筋を嫌な汗が流れる。

 それを表情に出したつもりはなかったが、キスショットは見逃さなかった。

 

「……優ちゃんがその依代だと、貴女の言葉から判断したからだ」

 

 ミカを金色の双眸が射抜く。

 

「……ふむ、そうか」

 

 そういうことにしておこう、とミカから視線を外す。

 ミカは内心でほっ、と息をついた。キスショットの前では下手な反応をしない方がいいようだ。

 あの金色の瞳を向けられると、自分でも気付かない奥底を覗き込まれている気分になる。

 

 敵ではないだろうが、気は抜けない相手だ。

 

「あのさ、さっきから出てくる《終わりのセラフ》ってなんだよ? 俺にも説明してくれ」

 

 そこに優が入り込んできた。

 優には二人が何を話しているかさっぱりなのだ。自分達に関係している事くらいなら分かるのだが。

 

「うぬは何も知らんようじゃの。それも仕方なしか」

 

 《終わりのセラフ》とは八年前、世界に滅亡を齎した大魔術。より正確に言うならば、人間が《終わりのセラフ》を失敗させたことで世界は滅亡した。

 当時《終わりのセラフ》を行った組織は壊滅したらしい。しかし、実験を引き継いだ別の組織がいた。

 それが今の日本帝鬼軍。

 

 《終わりのセラフ》は吸血鬼にとって世界を滅ぼす忌むべき存在であり、決して触れてはいけない禁忌だと言う。

 その《終わりのセラフ》を日本帝鬼軍が再び行おうとしている。

 前回は失敗だった故に完全には滅びなかった。だが、もしまた発動してしまえば今度こそ世界は滅亡する。

 それを阻止する為にアークライト自らが日本に来た。

 

 キスショットの説明を要約するとこうだ。ところどころ質問しながら聞いていた優だが、説明が終わると腕を組んで考え込んでいた。

 珍しい優の様子にミカが声をかける。

 

「どうしたの優ちゃん?」

「ん? ああ、いやさ。これじゃ俺ら人間が悪い側だと思ってな」

「あながち間違いでもないの。八年前の件に儂ら吸血鬼は関与しておらん。今回は吸血鬼側に内通者がいると睨んでおるがの。……ふむ、もしや八年前にも内通者がいたかもしれんの」

「うーむ」

 

 これまでの価値観が砕け散ってしまいそうだ。勿論、キスショットの話を信じればなのだが。

 

「あの世界滅亡の日まで吸血鬼は一切、表に出てこなかったじゃろ。事実、八年前の一件が起きなければ吸血鬼は表の世界に関わる気はなかったのじゃよ。今の世で儂らの存在は異端、人間の社会と交わらぬ方がよい。じゃが、世界が滅びそうになってはさすがに黙っておられん」

 

 だから上位始祖会は決定を下した。表の世界への介入を。

 実際、大人の大半が破滅のウィルスによって死に絶えたあの日、もし吸血鬼が事態を収拾しなければ、本当に世界は滅んでいただろう。

 今の世界の状況は、人間の完全な自業自得なのだ。

 

「遥か昔からそうじゃ。人は身の程を超えて力を求め過ぎる。果てなき進化への欲望は長所かもしれんが、一歩間違えれば破滅へ繋がる。儂は元人間じゃが、人を外れた身として眺めると、度し難い程に愚かに思えてしまうの」

 

 吸血鬼が人間を見下すのも納得できてしまう。これまで、そしてこれからも悠久の時を生きる身だからこその考えだろう。

 

「ちょっと待て! お前もミカと同じように人間から吸血鬼になったのか⁉︎」

 

 キスショットが何気なく口にした言葉に優が反応し、思わず待ったをかけた。

 

 元人間の吸血鬼。ミカと同じではないか。

 

「そうじゃよ。と言うか、真の意味で純血種と言える吸血鬼は、今ではアークしかおらん。なんじゃ、知らんかったのか?」

 

 優とミカは愕然とした。

 

 キスショットの言う通り、生まれながらの吸血鬼は原初の六体と言われるアークライトを含めた最初の始祖しかいない。

 今いる吸血鬼は、その最初の始祖に血を与えられた吸血鬼の遠い末裔である。そして上位始祖と呼ばれる吸血鬼は、直接的に最初の始祖の血を継ぐ貴族達だ。何処かで血族が枝分かれした為に、同じ始祖の座に複数が就いているケースもある。

 

 ただし第一位だけは原初の六体で唯一生きるアークライトのみが就く。だから直接の眷属であるキスショットは第二位なのだ。

 吸血鬼にとって血統は最重要であり、多大なる影響を与える。主人となる吸血鬼の血統によって、眷属の吸血鬼の強さも大きく変動する。

 

 例えばミカは、主人が第三位始祖のクルルであるが故に、吸血鬼に成り立てなのにも関わらず、下位の貴族クラスの実力を持っている。

 キスショットに至っては、語るに及ばずだろう。

 

「なら……なら! お前がミカと同じ元人間だってなら、吸血鬼から人間に戻る方法を知ってるん……」

「待て待て。このまま話をしてもよいが、それどころではない筈じゃ。うぬは、仲間を助けに行くのではなかったのか?」

「ッ⁉︎ そうだった急がないとマズい! ああ〜くそ! 後でちゃんと話せよ!」

「全てが終われば、いくらでも話してやるわい」

「あんたはどうすんだよ?」

「アークと合流する。うぬを誘導するのがアークからの指示じゃったからの。名古屋空港に行くがいい。そこが此度の決着の地じゃ」

「そうか。ありがと」

 

 聞き終わるや否や、入口に向かって歩き出す優。

 疑うという事を知らないような様子に、さすがのキスショットも笑みを崩す。

 

「小僧、儂の言葉をそう簡単に信じてよいのか。うぬは吸血鬼に並々ならぬ憎悪を抱いておるようじゃが、儂はその吸血鬼じゃぞ?

 罠とまず疑うのが普通ではないか?」

 

 言っている事に嘘はない。念話でアークライトが伝えてきた確かな情報だ。

 だが、それを素直に信じる優が何かいただけない。あまりに考えなしではないか。

 

「確かに、あんたは吸血鬼だ」

 

 それに優は立ち止まり、真っ直ぐな表情で答える。

 

「だけど、あんたはミカを助けてくれた。そっちの考えなんて俺は分かんねぇけど、ミカを助けてくれた。信じる理由はそれで充分だ」

「…………うぬ、馬鹿と言われぬか」

「誰が馬鹿だゴラァ‼︎」

「冗談じゃ。そら、さっさと行くがよい」

 

 キスショットに促され、再び優は歩き出す。慌ててミカがその後を追うが、スーパーを出る前に振り向き、一礼をして出て行った。

 

 キスショットだけが残る。

 

(あの小僧、何処か危ういの)

 

 聖人と言えば聞こえはいいが、現代に聖人がいれば、それは何処か壊れている人種だろう。

 あれは放っておくのは危険な類だ。

 

「確保という手段は、やはり最善だったの」

 

 ポツリと呟いた。

 

 そしてキスショットも外に出る。優とミカの姿は既に消えていた。空港までの移動手段でも探しにいったのだろう。

 

「儂も行くか」

 

 アークライトは、《アヴァロン》部隊とクルル率いる本隊と共に移動中だ。

 こっそり戻るとしよう。縮地を使えば容易い事だ。

 

 そう決めると、その場からキスショットが消えていった。

 

 斯くして舞台は整った。これより最終幕の始まりである。

 




さて、重要な事ですが。
今話で原作10巻までの内容が殆ど終わりました。しかし、これ以降は11巻なので詳しく本編が書けません。なので、11巻発売の5月2日以降まで本編更新を停止します。アニメと漫画ではところどころ違いますし、今作は漫画を主体としていますので。
そこでアンケート。原作に追いついたの予定だった番外編を更新するか否か。匿名投稿を解除するので活動報告でお願いします。




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開幕のプロローグ

やっと更新じゃクソッタレ‼︎

前回からほぼ一ヶ月。申し訳ございません。遅くなるかもしれませんが、エタる事はないので、どうぞよろしくお願いします。
尚、今回は番外編ではなく本編です。漸く11巻。ここからヒートアップしていきたいです。
因みに番外編も書いていますので、その内に本編と同時に更新すると思います。いつになるかは未定ですが……

ではどうぞ。



 いや、ビビったわ。何あの子、対物障壁だけ避けて接近してきやがったよ。すり抜けるって分かってても障壁に突っ込むかね普通。

 すぐに他の障壁も発動させたから問題なかったけどさ。

 

 いったい何をあの強気少年に吹き込みやがったアシュラの奴。

 まぁそれは置いといて、まさか生きてるとは思ってなかった。人間に精神体として宿っている状態を生きてると判断していいのか微妙だけど。

 双子の姉であるクルルちゃんは大人しい性格なのに、あいつときたら。悪戯小僧とでも言えばいいのか。俺の黒歴史を実際に見て知っている数少ない奴だからな。気が気でない。

 

 あの強気少年を引き込むにしても、やっぱ警戒はしないとな。強気少年が俺の弱点だとか言ってきた時は、中にアシュラがいるのも相まって、どんだけビクビクしてたことか。アシュラ経由で黒歴史を弄られるかも。

 そうなったら表面上の威厳まで無くなってしまう。

 弄ってくるのはキスショットだけで充分だってーの。

 

 しかし、アシュラから俺に頼みなんて驚いたな。

 何も告げずにいつの間にか消えてて、そしたら人間の中にいて。それだけでも驚いたのに。

 クルルちゃんも水臭い。頼ってくれれば探すの手伝うのに。何も言ってこないからな。

 今度アシュラに説教だな。姉を心配させる、これ絶対駄目、である。

 

 それはそうと、アシュラの頼みってのは、要約するとあの強気少年の保護だった。

 

 うーん、言われなくてもこっちに引き込むつもりだったし、その為に色々と準備してるし。正直、今更感があるな。取り敢えず頷いておいた。

 アシュラとの話が終わった後、現実世界に戻った時に後ろに飛んで逃げる隙を作ったんだけど、大丈夫かね。

 キスショットに頼んだから問題ないとは思うけど。

 

 かく言う俺は、今も名古屋市役所である。クロ坊に言った通り、クルルちゃん率いる本隊との合流の為だ。勿論、アヴァロンから連れてきた部隊も一緒である。

 とうとう来ちゃったか。さて、どうしようか。人間達が《終わりのセラフ》を何処で発動させるのか、まだ分かってないんだよな。

 まぁその辺はキスショットにも頼んであるし、じきに分かるだろう。

 あのオールバック君を捕まえたのも、情報収集の為でもあるし。

 

 現在、クルルちゃんの部下が尋問中の筈だが――――

 

「この家畜がぁあぁぁあッ‼︎」

 

 あ、オールバック君がサッカーボールみたいに蹴られた。

 そしてそのままシュゥゥゥト! 超エキサイティィィン! ……なんてやってる場合じゃない。

 

 てか何やったんだ、オールバック君よ。クルルちゃんの部下、激おこじゃないか。

 今もゲシゲシと足蹴を……おい待て待て。

 

「貴様、何をしている」

「――ッ! ア……アークライト様……」

「情報の為に私とキスショットがその人間を捕らえたのだ。殺しては捕らえた意味がないだろう。何より見え透いた挑発で我を忘れるな。相手の流れに巻き込まれるな。己の品位を下げるだけだ」

「……申し訳ありません」

 

 うむ、素直でよろしい。

 だいたい、痛みで話させた情報なんて信用性に欠ける。小部隊で貴族に奇襲仕掛けてくる、なんてとんでもない精神を持つ輩なら尚更だ。

 確実な情報は、喋らせるんじゃなくて、喋ってもらうのがいい。

 

「下がれ。私がやる」

 

 ここは俺がやるべきだな。他に任せても同じ結果になりそうだし。

 

「今度はアンタか。さっきの吸血鬼はすぐキレたけどよ……アンタはどうなんだろうな?」

「貴様ッ、アークライト様に無礼な口を……!」

「落ち着け、ただの挑発だ」

 

 まだ挑発する元気があるのか。本気じゃないとは言え、キスショットの極光を受け止めたのに。

 いや、さすがに直後はヤバそうだったから、簡単な治療はしたんだけどさ。

 でも、必要ないから治癒魔法は殆ど使えない俺なので、本当に簡単にだ。

 ぶっちゃけその場凌ぎにしかならないはず。それでこの元気って……

 

「お前は本当に人間か?」

 

 疑っちゃうよねー。気合と根性でどうにかなる、とか?

 どこぞの第七位や千の刃じゃあるまいし。

 あの二人、一応人間なんだよな。やっぱ人間って怖いわ。

 

「何を言ってやがる……」

 

 あら、やっぱり唐突だったかな。困惑してるよ。

 

 あ、そう言えば情報源が欲しいって言ってたクロ坊はどうしてるだろう。

 ……あ、いた。フェリド坊も一緒か。仲良いなあの二人。いや、腐れ縁の方が正しいか。あんまり貴族同士って仲良くないんだけど。

 

 特にフェリド坊は色々となぁ〜。なんか愉悦オーラ出してるし。たまに俺の黒歴史を持ち出してくるから油断ならない。今も笑顔で手を振ってきてる。

 そんなフェリド坊と付き合えるクロ坊も割と大概だな。主に振り回される側として。

 

「黙ってないで何とか言えよ……!」

 

 おっと、余所見し過ぎた。今は情報。キスショットにも伝えないといけないからな。

 それじゃ尋問――

 

「待て! 話すから待ってくれ!」

 

 開始……って、あれ?

 どうしたのよ、いきなり。まだ何もしてないんだけど。

 

 まぁ、何でか分からんけど、話すのなら尋問は終わりだな。

 

「日本帝鬼軍は新宿で……」

 

 そう言いかけた途端、オールバック君の刀が勝手に鞘から抜け、襲いかかってきた。

 

「……気持ち悪い目で俺を見るなよヴァンパイア。殺すぞ」

 

 …………えっ、誰アンタ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 名古屋市役所。

 そこは既に、第三位始祖クルル・ツェペシ率いる吸血鬼本隊の一時的な停留所となっていた。

 

 吸血鬼がひしめく中、手錠をかけられ拘束された人間が一人。仲間を守った末に捕まったグレンである。

 そんなグレンを冷めた目で見下ろすのは、サングィネムの女王クルル・ツェペシ。

 アークライト達が捕らえたと言うので興味はあるようだが、そこまで重要視している訳ではないようだ。

 これは強い人間軽視によるものなので、仕方がないと言えば仕方がない。

 

 クルルの背後に控えていた貴族の一人が前に出てきた。グレンの元まで歩むと前髪を鷲掴みにし、グッと顔を上げさせる。

 

「怯え震えろ人間。分を弁えず貴族に手を出して、ただで済むと思ったか?」

 

 グレンの返答は吐唾だった。

 貴族は一瞬、恐ろしい程に沈黙した後、一気に激情した。

 

「この家畜がぁあぁぁあッ‼︎」

 

 ボールのようにグレンを蹴り飛ばす。

 我を忘れているのか、手加減なしの一撃だった。数メートルを飛ばされたグレンは、血を吐きながら咳き込む。

 

「が……あ……」

「殺す‼︎ 殺してやる‼︎」

 

 だが、そんな様子に頓着することなく、抵抗できないグレンを貴族は蹴り続ける。

 

(……はぁ、くそ。痛ぇし疲れんな……)

 

 しかし、蹴られる痛みを、まるで他人事のようにグレンは感じていた。

 現在進行形で蹴られているが、そんなに問題ではない。確かに痛いが、キスショットから喰らった蹴りと比べれば普通に耐えられる。

 むしろグレンの思考は別の事に向いていた。

 

 元々の作戦は、奇襲で戦力を減らし、そうして躍起になった敵を罠が張り巡らされた新宿へ誘導すること。

 つまりグレンは、吸血鬼を新宿へ向かうように仕向ければいい訳だ。

 そこから考えれば、今の状況は願ったり叶ったり。後もう少し殴られて、そうして漏らした情報に信憑性を持たせれば完璧である。

 

(もう少し無抵抗に殴られとくか……)

 

 しかし、痛みは唐突に終わりを迎えた。

 

「貴様、何をしている」

 

 グレンを蹴っていた貴族の背後から、感情が乗っていない無機質な、されど威圧感を含む声が響いた。

 貴族はビクリと肩を震わせ、恐る恐る振り返る。そこには漆黒に身を包んだ金髪朱眼の吸血鬼が。

 

「ア……アークライト様……」

 

 貴族を止めたのはアークライトだった。まさかの登場にグレンも目を見開く。

 

 アークライトは貴族を下がらせると、自身がグレンの前に出てきた。

 

「今度はアンタか。さっきの吸血鬼はすぐキレたけどよ……アンタはどうなんだろうな?」

 

 近付いてきたアークライトに軽口を叩く。

 アークライトが他の吸血鬼と違うのはもう分かっている。この挑発も通じないだろう。

 案の定キレたのはさっきの貴族であり、アークライトはそれを制するのみ。

 

 これまでの手段が効果を発揮しない以上、下手な事は言えなくなった。

 

「お前は本当に人間か?」

 

 アークライトが突然、そんな事を言ってきた。

 

「何を言ってやがる……」

 

 ”本当に人間か?”

 当たり前だ、そう返すのが普通だろう。それ以外の答えなどない。

 だが、グレンは答えられなかった。

 

 アークライトは第一位始祖。これまで戦ってきた吸血鬼とは、何もかも次元が違う。吸血鬼の強さは生きた年数に比例するが、少なくともアークライトは数百年どころでない筈だ。

 

 見てて感じたが、アークライトは相当無口らしい。戦いの中でも最低限しか喋らなかった。大分お喋りだったクローリーとはエラい違いだ。

 そんなアークライトが意味のない言葉を口にするだろうか。

 

 故に、グレンは答えられない。

 

「…………」

 

 アークライトは黙ったまま、その無機質な瞳でジッとグレンを見る。

 思わずゾクリと背筋が冷たくなった。確かにグレンを見ている筈なのに、実際には全く別の所――本人すら知り得ない奥底を覗いているかのような遠い目。

 最早慣れてしまった侮りや蔑みの目でも、かと言って好意的な目でもない、まるで超越した存在だけが向ける超然的なモノ。

 

 そんな得体の知れない、理解ができない目でグレンを視ている。

 侮蔑なら兎も角、こんなのは初めてだ。初めてだからこそ、理解できない気持ち悪さを感じてしまう。

 

(なんだこいつは……! いったい何処を……ナニを視ている……!)

「黙ってないで何とか言えよ……!」

 

 その目に耐え切れず、思わず声を荒げる。そうすればアークライトから、さっきまでの超然さが嘘のように霧散した。

 

 だが代わりに、視線がグレンに固定される。気味悪さはないが、今度は分かり易い脅威が感じられた。

 

(ヤバい……!)

「待て! 話すから待ってくれ!」

 

 漏らす予定の情報なのだから無理して長引かせる必要はないし、ここでナニかされて罠だと暴露れてしまっては元も子もない。

 

「に……日本帝鬼軍は新宿で……」

 

 だが、その情報を言い終える前に、グレンの意識は途切れた。

 

 腰の《真昼ノ夜》が震え、ひとりでに抜刀される。そうして《真昼ノ夜》は、アークライトに斬りかかっていった。

 

「……気持ち悪い目で俺を見るなよヴァンパイア。殺すぞ」

「……誰だ貴様は」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……ふむ」

 

 グレンが殴られ蹴られている光景を、クローリーはいつもの余裕そうな表情で眺めていた。

 

「やー、クローリー君」

 

 そこへ声がかけられる。

 

「お久しぶり」

 

 振り向けば予想通り。飄々とした笑顔で手を振るフェリドが。

 フェリドの登場にクローリーは、若干嫌そうな顔となる。

 

「うわ。やっぱり来た」

「失礼だな〜。うわって何よ」

「だって今回は面白い事ばっかり起きるから……アークライト様の件しかりね。どうせ君が色々と手を回したんだろ?」

 

 視線をフェリドから外し、チラッとグレンの方を見て言う。殴る蹴るをしていた吸血鬼を下がらせ、アークライトがグレンの前に立っていた。

 

「人間に情報を漏らしているのも君なんだろうけど……」

「心外な。僕は仲間を裏切るような奴が一番嫌いだって君は知ってるでしょ?」

「君の言葉は信用できないからね、昔から。……話を戻すけど、程々にしなよ。アークライト様にでも知られたら、いくら君でもマズいだろ?」

「おや、嬉しいねぇ。心配してくれるのかい」

「君に巻き込まれるのが嫌なだけだよ」

「あは、でも心配いらない」

 

 ヘラヘラとした笑みのまま、フェリドは続ける。

 

「確かにアークライト様を敵に回しでもしたら僕でも危ない。彼と戦いが成り立つのは、眷属である第二位始祖イヴ様だけだ。彼に比べたら他の上位始祖なんて可愛いものだろうね。でも――」

 

 一度区切り、表情から普段の笑みを消して言った。

 

「彼は、吸血鬼という種族にそう思い入れがある訳じゃないのさ。あくまでアークライト様はアヴァロンの王。彼が守護するのはアヴァロン。結局のところ要点はそれだけだ」

 

 下手をすれば上位始祖会から裁きを受けかねないフェリドの物言いだが、クローリーはそれを黙って聞いていた。

 良く考えれば思い当たる点が幾つかあるからだ。

 

「だから、余程重大な事でもない限りアークライト様は動かないと思うよ。例えば、《終わりのセラフ》に加担している、とかね。それに僕の方はアークライト様にとっても都合がいいみたいだから、きっと大丈夫さ。証拠に――」

 

 そう言ってフェリドはアークライトの方に視線を向ける。釣られてクローリーも顔を向ければ、アークライトがこちらを見ていた。

 

 まさか丸聞こえ? と若干冷たくなるクローリーだが、そんなの知らぬとばかりにフェリドは笑顔で手を振る。

 特に何もせず、アークライトは視線を戻した。

 

「ほらね? もし僕がアウトならこんな話をしている時点で僕達は終わりだ。でも、こうして生きている。立派な証拠だろう?」

「君ね、盛大に僕を巻き込んでるよね? 今一番、君との縁を切りたくなったんだけど」

「あは、大丈夫だよ。生きてるなら別にいいだろう?」

 

 快楽主義というか刹那主義というか。こんな時にも変わらないフェリドに溜息さえ出てくる。

 

「相変わらず君、危ない橋を渡るのが好きだね。まぁいいけどさ……でも気になるのは――」

 

 鋭さを目に宿し、冷たい表情でフェリドを見据えた。

 

「君が僕の居場所も人間に売ったことだ。これはどう説明する? 僕は君の派閥だと思っていたんだけど……」

「でも、楽しかったんだろう?」

 

 なんとも軽い調子で軽く答えるフェリド。きょとんと呆気に取られたような表情となり、そうして顎に指を当てて考え込むクローリー。

 

「まぁ……うん。おもしろかったかな」

 

 それなりの相手(グレン)と戦え、アークライトやキスショットの戦闘も見れた。少なくともここ数百年で一番楽しかったのは事実だ。

 しかも本当に楽しいのはこれからと来た。

 

「感謝してよね〜。退屈な君の人生に彩りが出たこと」

 

 吸血鬼にとっての最大の天敵は、太陽でも鬼呪でもない。悠久の時が与える退屈である。

 それを紛らわせる為に吸血鬼は娯楽を求める。

 血と並ぶ吸血鬼の重要事項だ。

 

「で、派閥内の君が襲われれば僕に疑いの目は向かない、と」

「やっぱり君が黒幕じゃないか」

 

 あはは、とフェリドは笑いながら続ける。

 

「まぁ半分はね。でもなんと、今回の事件は、性格の悪い本物の黒幕が別にいるんだ」

「ほう、誰?」

 

 フェリドの視線が移動する。その先には――アークライトに尋問されるグレンの姿が。

 そのままグレンを指差し、

 

「彼だよ」

 

 実に愉快そうに言った。

 

 予想外過ぎる人物にクローリーの目が見開かれる。

 

「彼、ってあの俺様君? イヴ様の斬撃から死ぬ気で仲間を庇った彼が? とてもそんな風には……」

「それは二つある人格の一つの方。僕が言ってるのはもう一つの方さ」

「人格が二つ?」

「そう。彼はもう”生成り”なんだよね〜」

「”生成り”? って何?」

「完全な鬼になる直前の事だよ。だから彼は、一日の時間を二つの人格が行ったり来たりしてる」

 

 丁度その時、アークライトの雰囲気に耐えかねたグレンが誘導の為の情報を口にしようとしていた。

 

「一つは、部下や仲間を救いたい理想主義者」

 

 グレンが口を開き、情報を言おうとする。だがその前に腰の《真昼ノ夜》が震える。

 

「もう一つは、死んだ元恋人の怨霊に取り憑かれ、鬼に成り果てた完璧主義者」

 

 その瞬間、グレンの気配が一変した。人間味を感じさせない、どこか吸血鬼に近いモノへ。

 

「さて、アークライト様相手にどうするのか。さぁ、モンスターがくるぞ♪」

 

 《真昼ノ夜》がひとりでに抜刀され、眼前のアークライトに斬りかかっていった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ひとりでに抜刀された《真昼ノ夜》が迫る。しかし、アークライトが腕を上げれば、その直前で何かにぶつかったように弾かれた。

 

「……気持ち悪い目で俺を見るなよヴァンパイア。殺すぞ」

「……誰だ貴様は」

 

 アークライトが目を細め、鋭さが宿る。

 

「陛下‼︎」

 

 突然の事態に真っ先に動こうとしたのは、アヴァロンの吸血鬼だった。

 敬愛する総隊長が仕え、長年アヴァロンを護ってきたのがアークライト。

 そんな彼が斬りかかられるなんて事態となれば、何よりも優先して動くのが当然である。

 

 一斉に武装を抜き、不届き者を排除せんと踏み込もうとする。しかし、それは他ならぬアークライトによって制された。

 

「よい。お前達は手を出すな」

 

 プライドや意地など、そういったモノではなく、別のところからきた言葉なのだろう。

 

 今回の派遣部隊は、エリアスが選抜した精鋭中の精鋭。一人一人が下位とはいえ、貴族に匹敵する実力を持っている。

 だが、アークライトに斬りかかったグレンは明らかにおかしい。雰囲気も人間とは思えない程に異常だ。

 いくら貴族に匹敵する実力でも、その再生能力は通常の域を出ない。鬼呪を喰らえば死ぬ確率が高く、万が一という場合も考えられる。

 

 それなら、キスショットと共に再生能力がケタ外れに高いアークライトが対処するのが良い。こんなところで被害を出す必要もない。

 

 それらを一瞬で判断し、アークライトは部隊員達を制したのだ。

 

「死ね」

 

 グレンが刀を振るう。首、心臓など、吸血鬼にとっても重要と言える部位を的確に狙って。

 

 しかし、アークライトには掠りもしない。全てを見切り、僅かに身体を動かす事で回避する。

 だが反撃に移ろうとはしなかった。

 

「……ちっ」

 

 限界を超えた速度の剣閃だと言うのに、余裕で回避されている現状から、グレンは一旦距離を取ろうとする。

 だが、唐突にその場から弾き飛ばされた。回避はおろか、感知すら出来なかったグレンは一度バウンドした後、更に地面に叩きつけられる。

 

 そして降り立つ吸血鬼の女王。クルル・ツェペシだった。

 クルルがグレンを殴り飛ばしたのだ。

 

「図に乗るな人間。その程度の動きで何ができる」

 

 クルルが割り込んだのには理由があった。

 それはアークライトがグレンの連撃を避けている最中、チラリと視線を向けてきた事にある。

 向けられ、すぐにその意図を理解した。

 

 つまるところ、責任を果たせと言うことである。

 

 確かにアークライトは吸血鬼最上位の第一位始祖だが、この場での指揮権を持つのはあくまでクルル。

 その指揮官がこの程度の些事を収められないようでは、日本のトップなど名乗れない。と言うか、下手をすれば女王としての能力さえ疑われる。

 それがアークライトの意図だったのだ。それを察して本来なら真っ先に動くべきキスショットも傍観していたのだろう。

 

 あの一瞬でそこまで考えていたのなら、やはり恐ろしい限りだ。

 

「人間、お前の目的はなんだ」

 

 しかし、このままなら事を終えられそうである。後は人間から情報を引き出せれば、指揮官としての示しもつく。アークライトも納得する筈だ。

 

「……名古屋空港で《終わりのセラフ》の人体実験をする。手伝え吸血鬼」

 

 そんなクルルの余裕は、グレンのその言葉で吹き飛んだ。

 

「――ッ! お前、柊真昼からの使者か?」

 

 周りに注意を配りながら小声で問う。幸いな事に周りの吸血鬼とは、それなりの距離が空いている。

 

「答えろ人間。お前は柊真昼からの使者か?」

 

 確認の為にもう一度、同じ問いを繰り返す。

 

「……真昼はもう死んだ。俺は助けられなかった」

「……ならお前は誰だ?」

 

 グレンはただ乾いた笑みを返した。その反応にクルルは表情を険しくする。

 

 目の前の人間が本当に柊真昼の使者なのならそれはいい。問題はこのタイミングで、と言う事だ。

 ここにはアークライトがいる。アークライトにとって天使は、地上からアヴァロン諸共姿を消す要因となった忌むべきモノ。天使にとってもアークライトは、数多くの同族を屠り、喰らい、殺してきた大敵。

 絶対に会わせてはいけない、お互いに最悪の組み合わせだ。

 

 だが、何年も前から進めてきた計画。今更止める事など出来ないし、その気もない。相当に危ない橋を渡っている自覚はあるが、目的の為には避けて通れない道なのだ。

 

 だから細心の注意を払ってここまで来たと言うのに、あの憎たらしい第七位の所為で狂いつつある。

 極めつけには、アークライトが同伴しているこのタイミングでと来た。

 

 正直、心労が重なり過ぎて精神的にマズい。自分はただ、戻りたい(・・・・)だけだと言うのに。

 

「契約と違う。私は世界崩壊前、柊真昼と取引した。だが、お前が柊真昼でないのなら手は組めな――」

「なら殺せよ」

 

 周囲を伺いながら話すクルルの言葉をグレンは遮った。その表情は、勝ち誇ったような笑みだった。

 

「でもお前には出来ない。どうせ後戻りできないところまで吸血鬼を裏切ってるんだろう?」

 

 クルルが無言となる。

 

「今日、お前も《終わりのセラフ》の実験を成功させる必要が……」

 

 言葉が止まる。痛いところを突かれたのか、クルルが蹴ったのだ。

 しかし、血を吐きながらもグレンの笑みは崩れない。むしろ増してさえいる。

 

「ははは、それでいい! さぁ演技を続けろよ‼︎ クルル・ツェペシ‼︎」

 

 そんなグレンに一瞬視線を向けた後、クルルは配下の吸血鬼に宣言した。

 

「……今、人間が吐いた‼︎ 貴族を殺した人間共は、名古屋空港へ再集結している‼︎ 全軍移動するぞ‼︎」

『はっ!』

 

 女王の命令を受け、吸血鬼達は続々と輸送機に乗り込み始めた。

 

「陛下、我々はどう致しますか?」

 

 クルル配下の吸血鬼が移動の準備をする中、アヴァロン部隊の隊長がそれを眺めるアークライトに指示を求めた。

 

「キスショットを回収した後、名古屋空港へ向かう。儀式の発動場所が一つであるなら、分散するのは得策ではない。準備を急げ」

「了解しました」

 

 一度跪き、隊長は部下達の元に走っていった。

 

 その背中を見送るアークライトは、傾き始めた太陽を見上げる。

 

「これからが始まりだ」

 

 呟きは、輸送機のモーター音に消えていった。

 

 

 




次回からアークライト始動!
魔眼に魔剣に空想具現化と、世界観違いのチート振りを発揮じゃぁ‼︎


以下アークライトの強さ基準

通常(アリストテレスとしての能力封印。基礎能力と精霊魔法)→十分な魔力供給を受けたサーヴァント状態のギルガメッシュとカルナ、ネギま世界の真祖の吸血鬼や龍樹と同格

第一段階(基礎能力と闇の魔法使用)→サーヴァントでは勝率皆無、魔法世界における造物主と同格

第二段階(魔眼と空想具現化、固有結界使用)→生前の全盛期ギルガメッシュやエルキドゥ、神霊クラスと同格

最終段階(アリストテレスの能力完全開放。神代回帰に固有結界全開)→星の最強種。各神話の主神クラスでさえ勝率皆無、同じ領域にいる水星の蜘蛛やアリストテレスが唯一同格


こんな感じに滅茶苦茶なので注意してください。






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降臨するキョクテン

ホントは十二時に投稿したかったのですが……。
ようやくアークライトの本領発揮です。


 ――――そこは、阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 

 どす黒い鎖に身体を貫かれ、まるで生贄のように空中へ吊られる。数十人規模がどう見ても助からない量の血を流し、地面を赤く染める。

 

 しかし、この惨劇を作り出したのは敵――吸血鬼ではない。

 血の匂いが充満する中で王の如き態度で立つ男が一人。名を柊暮人。日本帝鬼軍に属する中将である。

 暮人こそがコレを引き起こした張本人。

 

 だが、鎖に貫かれた者達も同じ帝鬼軍――味方同士なのだ。

 

「……また、人体実験……!」

 

 そんな中、シノアが憤怒の形相を浮かべながら呟く。

 暮人は言っていた。実験を始めろ、と。

 

 思い浮かぶのはただ一つ。自分だけでなく、チームメイトの君月や与一、ここには居ない優もそのモルモットとされていた、人を人とも思わない外道の所業。

 

 暮人がここ名古屋空港に来た時点から嫌な予感はしていた。

 命からがら吸血鬼の襲撃を凌ぎ、名古屋空港に着いたはいいものの。

 本来なら脱出用の輸送機がある筈が影すらなく、そうしてグレンがいない今、指揮官となっている深夜を問い質してみれば、この作戦の発案者は暮人だと言う。

 柊暮人と言えば、目的の為なら仲間すら冷酷に切り捨て、まるで使い捨ての駒のように扱う人物だと聞く。

 そこから一悶着あり、最後にはやけくそ気味に深夜が任務放棄を宣言し、グレン救出となったまでは良かった。

 

 そこへ現れたのが大部隊を率いた暮人。最終防衛として新宿にいる筈が、最前線の名古屋へ現れた。

 暮人は、任務達成ご苦労やら、後は引き継ぐやら、楽にしていろやら、暮人らしからぬ甘い言葉で《月鬼ノ組》生存メンバーの警戒心を解き――――そして始まってしまったのがこの惨劇。

 

 今もまた一人、合同で任務を行っていた鳴海真琴チームのメンバー、岩咲秀作が真琴に逃げろ! と叫びながら鎖に心臓を貫かれた。

 

「秀……作……?」

 

 真琴はそれを見て、ただ茫然とする。次の瞬間には理解し、歯を食い縛り、沸き上がる激情に支配され、全ての元凶目掛けて駆け出した。即ち、暮人の元へ。

 

「騒ぐな。人類進歩の為の名誉ある死だ。この実験で多くの民が救われる――」

 

 迫る真琴の激情に暮人は小々波すら立てず。ただ冷酷な笑みのまま、己の目的を貫き通す。

 

「これは正義だ」

 

 真上から鎖が降り注ぐ。我を忘れている真琴は周囲が見えておらず、気づいていない。

 今まさに貫かんとした瞬間、鎖は君月と三葉によって弾かれた。

 

 ハッとした真琴に君月が叱咤を飛ばす。

 

「馬鹿が‼︎ 諦めんな‼︎」

 

 更にそこへ与一の矢が飛んできた。暮人は刀を抜いて叩き落とすも、衝撃で後退させられる。

 

 それを見て三葉とシノアが大声で叫んだ。

 

「逃げるぞ‼︎」

「鬼呪促進薬を服用‼︎ 撤退します‼︎」

 

 この場から逃げようとするシノア達に暮人は、シノアだけに言葉を向けた。

 

「抵抗するなシノア。しなきゃお前は生かしてやる。一応柊家だからな」

「逃げますよ‼︎」

 

 考えるまでもなく、シノアの答えは否。元より柊家からは半ば放置されている身であるし、何よりもあそこは嫌いだ。

 今更戻ったところで碌な目に合わないのは明白である。

 

 拒絶を示したシノアに対し、暮人は躊躇いどころか興味すら微塵も見せず即座に返した。

 

「なら死ね」

 

 唐突に現れた鎖がシノアに向かう。その速度は予想外であり、加えて意識外からだったので、シノアはおろか君月達も反応できていない。

 

 だが、鎖がシノアを貫く事はなかった。一閃された刀に跳ね飛ばされたからだ。

 シノアを救った人物は、

 

「シノア‼︎」

「ゆ、優さん⁉︎」

 

 ミカに連れられ離脱した筈の優だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「生け贄の人間と、鬼と、始祖の血を吸え……」

 

 

 ――――《終わりのセラフ》

 

 

 今ここに儀式が始まった。

 入り乱れる人間と吸血鬼。その両方の血を糧とし、地上へ天使が降臨する。

 

「《醜い人間どもよ》《滅亡しろ》」

 

 空はまるで夕焼けの如く鮮やかで、それでいて犯し難く。その空に浮かぶのは、二対四枚の純白の翼を広げる、残酷なまでに美しい天使。

 

 だがその天使は君月の妹、未来に間違いなかった。

 

「拘束‼︎」

 

 暮人の従者にして三葉の姉、三宮葵が指令を出す。

 

 天使(未来)の真下にあったバンが内側から弾け、中から鎖が飛び出した。

 鎖は天に向かって伸びると天使(未来)を貫き、そこを起点として浮かんだ魔法陣によって動きを封じた。

 貫かれた天使(未来)から絶叫が迸る。

 

「……て――」

 

 そんな光景を見せられ、一気に感情が振り切れたのが一人。

 言うまでもなく、未来の兄である君月だ。

 

「てめえら俺の妹に何してんだああああ‼︎」

 

 ズンッという衝撃と、胸に広がる熱さ。君月が視線を下せば、目に入ったのは自分の胸から鋒をのぞかせる赤い刀。

 

「ガキが動くな。天使をコントロールする為の血がまだ足りてない」

 

 そう冷たく言い放ったのはグレンだった。浮かべる表情は熱がないように冷ややかで、とてもあのグレンとは思えない。

 

「何してんだお前はぁああ‼︎」

 

 君月を刺したグレン目掛けて駆け出したのは優だ。一足で距離を詰め、阿朱羅丸を突き出す。

 グレンは横目で見るだけで何もしない。

 

 そして優の一撃は――グレンの眼前で止まっていた。眼と鼻の先にある鋒は、カタカタと小刻みに震えている。

 

「なんだ、何故止める。殺せよ甘ちゃんが」

「……う、嘘だろ……こんなの嘘だと言ってくれグレン」

 

 そう言う優は、声も身体も震えていた。

 

 何故こうなったのか。

 シノアを助け、ミカを説得してこの場を皆で逃げようとした所までは良かった。そこで現れたのが無数の吸血鬼。名古屋の生き残りではなく、京都サングィネムの本隊。

 そうして始まった帝鬼軍と吸血鬼による大混戦。

 今や両方が敵であるシノア隊は瞬く間に囲まれたが、深夜やグレン隊の援護で助かった。

 

 そして戦場を駆け抜ける最中、優は会ってしまった。戦場に佇む、捕まった筈のグレンに。

 

「お前は仲間を裏切ったりしないよな⁉︎ 何か理由があるんだろ⁉︎ 何とか言ってくれよグレン‼︎」

 

 だが、感動の再会とはいかなかった。

 

 グレンは出会い頭に刀を一閃してきたのだ。それこそ、まだ人間を信じ切れておらず、警戒していたミカが防いでいなければ、確実に致命傷であろう一撃を。

 

「俺たちは……俺たちは……‼︎ ――家族じゃなかったのかよ⁉︎」

 

 もう優の頭はぐちゃぐちゃだった。一体何が何だか分からない。

 何故あのグレンがこんな事をするのか。たとえ実際に目にしても、未だに信じられない。

 

 涙ながらにグレンへ詰め寄った。

 

「…………」

 

 そして胸倉を掴まれたグレンも、優と同じように涙を流していた。

 

「逃……げろ……優……」

「グレン‼︎」

 

 喜色を浮かべる優。

 だがグレンは、言葉とは裏腹に刀を振り下ろしていた。優の肩から深々と切り裂く。

 

「ゆ……優ちゃん‼︎」

「優さん‼︎」

「優‼︎」

 

 ミカやシノア、今まで戦っていたシノア隊全員が駆け寄る。

 

「くそ……傷が深い。すぐにここから離脱しよう‼︎」

「優さん‼︎ 君月さんを連れて逃げますよ‼︎」

 

 何とか血を止めようと応急処置を施す端で、優を切り裂いたグレンは立ち竦んでいた。

 

「……起きるな。まだ起きるなグレン……。いま起きたら取り返しがつかないぐらい傷付くぞ」

 

 グレンの顔に鬼呪の紋様が広がる。

 

「は、はは、よし、全員生け贄だ」

 

 再び始まった惨劇。第五ラッパを吹いた天使からは滅びの悪魔アバドンが顕現し、アバドンより生まれた黒いヨハネが人間吸血鬼問わず喰らっていく。

 

(俺は……)

 

 自分は何もできない。あまりに無力。これでは家族を殺されたあの時から何も変わっていないではないか。

 

 ならば求めよう、家族を助けられる力を。

 

 ならば受け入れよう、たとえそれが己を犠牲にするモノであろうと。

 

 阿朱羅丸のチカラでは駄目だろう。とても足りない。なら方法はただ一つ。

 

 故に優は手を伸ばす。己の中にある禁忌の力に。

 それを使ってしまえば、優の人間性は消し飛ぶだろう。そのまま飲み込まれる可能性もある。よしんば目覚めたとしても、その時、優の身体はどうなっていることか。

 

(別にいい。家族が守れるなら)

 

 精神世界の中で優は、無造作に転がる黄金のラッパに手を伸ばす。

 

(本当にいいのかい? 言っとくけど、その選択は最悪だ)

 

 唐突に声が響いた。優の手が止まる。

 

(君の思った通り、僕にはアレを止めるだけの力はない。でも、それを選べば君の人間性は消し飛ぶ)

 

 声の主は阿朱羅丸だ。こうして精神世界に優が来れば、阿朱羅丸がいるのは当然だろう。

 

(悪いな阿朱羅丸。お前を裏切るような事を選んじまって。だけど、今だけは力がいる)

 

 優の言葉に阿朱羅丸は肩を竦め、溜息を吐いた。

 

(まったく君は……確かにその欲張りな所は好きだけどさ)

 

 優は手を伸ばす。

 

(でも、前に言ったよね。話はつけたって)

 

 もう声は聞こえない。既に精神が乖離し始めているからなのか。

 

 そうして優はラッパを手に取り、吹いた。

 

 

 

 

 

 

『――じゃあアーク、後は頼んだよ』

『ああ。まぁ、任せておけ』

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「うぁああああああああ‼︎」

 

 優の叫びと共に、巨大な火柱が天を貫いた。

 

 その衝撃で近くにいたミカは吹き飛ばされ、クルルに受け止められる。

 

「まずいな……」

 

 クルルすらも一筋の冷や汗を流していた。焦燥が浮き彫りになった表情でミカがクルルを呼ぶ。

 

「クルル‼︎ 優ちゃんを助けたい‼︎ 僕は……どうすればいい⁉︎」

 

 人間も吸血鬼も、皆一様な火柱を見上げ、戦いが止まっていた。

 そしてそれは、この惨状を引き起こした暮人も同様だった。

 

「なんだ……あれは」

 

 こんなものは知らない。計画に入っていない。

 そんな疑問が入り混じった声に、背後の研究員が答えた。

 

「み……未知の《終わりのセラフ》反応です‼︎ 火柱の下で《終わりのセラフ》が発動しようとしています‼︎」

 

 暮人の目が険しく細まる。

 

「どういうことだ?」

「わかりません‼︎ 我々とは別の何者かが実験をしているか……もしくは単純発動です‼︎ ですが放置すれば……‼︎」

 

 傍目からでも分かる程、研究員の言葉は焦りに満ちていた。

 第五ラッパの天使は現在制御できているが、複数の《終わりのセラフ》をどうにかするのは不可能なのだ。

 そんな事など想定していない。だから焦っている。

 

「また世界が終わる……か?」

 

 暮人の言葉が研究員全員を代弁していた。

 

「神の罰ね。だがもし敵が神だとしても……」

 

 だが、暮人が崩れる事はない。

 神であろうと阻むのなら排除する、そんな不遜な考えの元に命じた。

 

「人類は前へと進む‼︎ 葵‼︎ あの《終わりのセラフ》を潰せ‼︎」

「はっ! 全軍、火柱へ攻撃っ! 滅びの悪魔も火柱へ‼︎」

 

 天使(未来)がピクリと動き、それに応じてアバドンは、鋭い牙を覗かせる口を開ける。

 そうして一瞬だけ溜めると、まるでヘドロのようなドス黒い奔流を吐き出した。

 本来ならば人間を罰し、世界へ終焉を齎す役目を負う悪魔アバドン。その力はまさに超常であり、人間はおろか、吸血鬼すらも届かない別次元の領域。

 アバドンより放たれた、貴族をも複数纏めて消し飛ばす黒の奔流は、紅色の空を切り裂きながら一直線に火柱へと向かう。

 

 ――――しかし、直撃する寸前で火柱は消失し、同時に黒い奔流すらも掻き消されてしまった。

 

 それを目撃した暮人の背に冷たい汗が伝う。

 

 消えた火柱の中から現れたのは、姿形なら優なのだろう。黒い不定形の靄のような二対の翼を背負い、白と黒が反転した目と、アバドン以上の存在感を除けば。

 

「……終わりだ、全部」

 

 声色は罪人を裁く執行者の如く、纏う空気は超常のソレ。塩の王の名を冠する、第二ラッパの《終わりのセラフ》。

 裁定を言い渡すかのように、スッと腕を持ち上げ――

 

「禁忌を犯した人間共は、みなみなみな……塩の柱と――」

「『墜ちろ』」

 

 そうして天使は、地へ墜ちた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……何だ、いったい何が起こった⁉︎」

 

 アバドンの一撃を容易く消してしまう程の天使が、急に空から墜ちた事に理解が追いつかない中、暮人はソレを聞いていた。

 戦場に響く、凛と透き通る声を。

 声が聞こえた途端、天使は地に墜ちたのだ。

 

 あまりに異常な事態に、その声の主を探そうと暮人は目を凝らし――ソレを見つけた。

 

 見て――背筋に悪寒が走った。

 

「……な……に……!」

 

 周りを見れば他の者達も同じ。見える限りで平然としているのは、吸血鬼と《終わりのセラフ》の天使だけだった。

 そしてその天使――塩の王は、己を地へ墜とした下手人を睨みつける。

 

「……誰だ貴様は」

 

 いったい何時からそこにいたのか。塩の王からさほど離れていない距離に、ソレはいた。

 

 超常の存在たる天使が塵芥へ堕ち、あらゆる全てを圧倒する神威。普段の無表情は鳴りを潜め、薄くも確かに微笑んでいるソレは、眼前の天使の睨みなど意に介してもいなかった。

 

「誰だ、か。呼ばれた名は多くあるが、今はこう名乗ろう。私は『朱い月』、アークライト=カイン・マクダウェル」

「吸血鬼か。邪魔をするならば、貴様から死ね」

 

 名乗られても反応せず、塩の王は形成した剣を振りかぶる。手加減無し、アバドンすら切り裂くその斬撃は、しかしアークライトが軽く睨むだけで剣諸共砕け散った。

 

「お前はもういい。用済みの役者には退場願おう」

 

 アークライトが消える。現れたのは塩の王の背後。振り向く暇など与えず、口を開き、その牙を首筋へと突き立てた。

 

「が……」

 

 何かしら抵抗しようとしたのだろうか。呻き声を上げるも、一瞬で意識は沈み、塩の王は零落した。

 黒い翼も反転した瞳も消失し、優の身体は地面にゆっくりと横たわる。

 

「お前! 優ちゃんを‼︎」

「ッ⁉︎ よせミカ‼︎」

 

 衝撃で弾き飛ばされ見ているしか出来ていなかったミカが、アークライトに噛み付かれた優を目撃して、激昂しながら剣を抜いた。

 あまりに無謀な行為にクルルが止めようとするが、ミカには聞こえていない。

 

 一気に駆け出し、剣に血を吸わせ、アークライトに切り掛かった。

 

「『止まれ』」

 

 その一言と共に、ミカの剣速が急激に遅くなる。残像すら残らない程の速度は目に見えて停滞し、遂にはピタリと停止してしまった。

 

「身体が……!」

 

 それどころか、ミカ自身までも。

 

「お前は……確か上位始祖会にいたか。そこの少年と何か関係があるのか?」

 

 不可視の拘束によって身動き一つ取れないミカに、アークライトが歩み寄ってくる。クルルがミカを庇うように前へ出た。

 

「申し訳ありません、アークライト様。無礼への処罰は、主人である私が下します。ですから、どうかこの場では……」

 

 跪き、首を垂れるクルルの内心は、焦りに焦っていた。

 

 優を害された事でミカがあんな行動にでるのは予想外だった。アークライトと戦闘にならない為に、アークライトがアークライトたる所以を話しておいたと言うのに。

 ミカの優に対する気持ちの大きさを見誤っていたという事か。

 

 これはマズい。非常にマズい。

 なにせアークライトにとって、ミカを殺すなど小指一つ動かさずに事足りる。そして、所詮一兵の吸血鬼に過ぎないミカを殺しても、それが例え上位始祖であっても、アークライトに何の咎めなどない。ある筈がない。

 

 それだけ最強の吸血鬼、第一位始祖の権力は強大なのだ。もし、彼が本腰を入れて派閥を作りでもしたら、いったいどれだけの始祖がその元へ集うことか。

 

 何にしろ、どうにかしてここを切り抜けなければならない。

 

「善い、許そう。私は遅れてここに来た。そのような者が何かを言う資格などない」

「はっ!」

 

 そうして下されたのは、お咎めなしだった。

 クルルは深々と頭を下げる。

 アークライトは気分一つで殺すような暴君でも、無礼の一つや二つで気分を損ねる小物でもない。

 わかってはいるのだが、実際にこんな事態になると、やはり緊張してしまう。

 

「うわっ……はぁはぁ」

 

 ミカを縛っていた不可視の拘束が解かれた。荒い息を吐きながらも、アークライトをキッと睨みつける。

 

「お前、よくも優ちゃんを……!」

「……何か勘違いをしているようだな。少年の血は吸っていないぞ」

「何……?」

 

 ミカは優を見る。正確には、その首筋を。

 牙に噛み付かれた傷は確かにあるが、血は一滴も出ていなかった。

 

「これは……」

「私が吸ったのは、少年の中にいた天使だ。魂にいたるまで融合している故、完全にとはいかなかったが。この少年が《終わりのセラフ》の依代ならば、少なくとも暴走の危険性はほぼ無くなっただろう。だが、あちらにも《終わりのセラフ》がいるのならば――」

「撃てぇ‼︎」

 

 そこに、再びアバドンの一撃が放たれた。

 

「『阻め』」

 

 ただ一言。魔術で例えるなら、一工定(シングルアクション)以下で、アークライト周辺の空間がずれる(・・・)

 生じたのは空間の位相をずらすことによる絶対防壁。

 黒い奔流は、不可視の防壁を揺らすことすらできずに霧散した。

 

「依代が複数いると考えるのが妥当だろう。クルル嬢」

「はい」

「全軍を退がらせろ。あの悪魔は私が始末する。味方が前にいては巻き込んでしまう」

 

 無茶、とは思わない。たとえ悪魔や天使でも、アークライトをどうにか出来よう筈がない。

 元よりアークライト以外がアレを相手にするなど不可能。

 

 ならば、ここは従うしかない。折角の機会を逃すのは惜しいが、優を確保さえすれば今回は十分だ。

 

「……はい。ミカ、優を担げ。退がるぞ」

「…………わかった」

 

 クルルとミカ、持たれた優が後方にいくのを見届け、アークライトはアバドンの方へ歩き始めた。

 

「ッ! 葵! あの吸血鬼を殺せ!」

 

 この状況下で悠然と歩むアークライトに危機感を覚えた暮人が命令を出す。

 それに従い暮人側の帝鬼軍、黒いヨハネがアークライトに向かって進軍する。

 

 足の速さの差で先に着いたのは黒いヨハネだった。各々の攻撃手段を以ってアークライトを襲う。

 だが、

 

「『歪め』」

 

 また、一言。

 歩みを止めないその一言で、迫っていた黒いヨハネは拉げ、捻れ、原形もわからない程に潰れた。

 帝鬼軍の進軍が止まる。

 

「天使……今は悪魔アバドンか。何にせよ、貴様らとこうして会うのは何世紀以来か」

 

 帝鬼軍など眼中にないとばかりに、アークライトはアバドンを視る。

 無論、語りかけてもアバドンが答えることはない。

 

「ふむ、己の意思すらないか。かつてあれだけ神を語っておいて、人間に操られるだけの存在に成り下がるとは、なんと無様だ」

 

 そんな嘲りにすらアバドンも、天使も答えない。

 

「いや、今の(・・)私では気づかぬか。あの神代より時は過ぎた。互いに昔のようにはいかぬな。ならば――」

 

 歩みを止めた。

 

「この時は私も昔に戻ろう。都合よく、貴様の結界で外界と隔てられている。これならば『城』を使わずとも良いな。さて――」

 

 スッ、と片腕を天に掲げる。

 

「時よ、回帰せよ。神代の世をここに」

 

 アークライトの言葉に呼応し、結界内の空間が入れ替わり始める。

 

 遡っているのだ。かつて、アークライトがおもうがままに力を振るえた時代。

 あらゆる超常が法則やルール、定義や概念などに押し込まれた地の理(現代)ではなく、神秘が全てと世を支配していた天の理(神代)

 

 紀元前、神話の時代がここに顕現する。

 

「”プロビデンス”」

 

 朱いルビーのような瞳が、様々な色が入り混じる万華鏡の如き『虹』へ変化する。

 

「”真世界(リアル・オブ・ザ・ワールド)”」

 

 すぐ横の空間が歪み、その中から剣柄が覗く。アークライトはそれを掴み、歪みから引き抜いた。

 現れたソレは、刃渡り一メートル程の黒いロングソードだった。

 

 見た目に反して尋常ならざる圧迫感を放つ剣の鋒をアバドンに向け、この世全てを見下すかのように傲岸で不遜な、それでいて全てを慈しむ聖人のような魅了の笑みで、アークライトは超然と言い放つ。

 

「舞台は整えた。さぁ、来るがいい。天使も、悪魔も、人も、吸血鬼も、私は悉くを歓迎しよう」

 

 進む道に敵はなく、天を歩み地を統べる。

 始まりの吸血鬼。星の最強種。天体の化身たるアリストテレス。

 月の王が、ここに降臨した。

 

 

 




ラスボス降☆臨

次回からガチート振りを発揮。なるべく早く投稿したい。


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遥かなるテン

アカン。アークライトがガチート過ぎて戦闘が盛り上がらない。蜘蛛だとか幻想種だとかがいればもっと書けるのに。
すみません、今回文字数少な目です。あまりにチート過ぎってのも困りものです。ワンパンマンとか尊敬します。
そのうちアークライトとキスショットの大喧嘩(アルマゲドン)とか書きますので、世界観違いの超バトルはお待ちください。

原作でもアバドンって割とあっさりやられたから別に問題ない、のかな?




「グ……ッ!」

 

 血を吐き出し、暮人は膝を着いて蹲っていた。だがこれはまだマシな方で。

 暮人以外の帝鬼軍全軍は地面へと倒れ伏しており、圧倒的強者である筈の吸血鬼すらも息苦しそうにしている。

 

(なんだ……これは……⁉︎)

 

 息をする度に全身が軋み、まるで身体が崩壊していく様な痛みが襲ってくる。

 外傷や毒の類いではない。

 この場に満ちる空気そのものが身体を蝕んでいるのだ。

 

 これこそが神秘。西暦以前、天の理が世を支配していた紀元前の世界。その神代を満たしていた空気である。

 現代とは比較にならない、桁違いな濃度の魔力(マナ)やエーテルが含まれる大気。

 それは現代に生きる人間にとって、劇薬どころではない毒となる。

 人間はおろか、黒鬼シリーズの契約者であろうと身体が耐え切れず、内側から破裂して死にいたるだろう。

 

 ならば何故、血を吐き地に這う程度で済んでいるのか。

 

 アークライトが加減しているからである。

 なにせ本気の神代回帰をしてしまえば、始祖以外の人間・吸血鬼は確実に死ぬ。そうなっては本末転倒だ。

 

 故に必要最低限。

 

 何より、堕天の王や神の如き者ならともかく、神霊ですらない、たかだか熾天使クラスならばこれで十分なのだ。

 

「さぁ、どうだ。思い出したか天使よ。私は覚えているぞ。どれほどお前達を屠ったか、今や数え切れぬな」

 

 この神代の空気の中でも、変わらずアークライトは言葉を続ける。しかし、その有り様は一変していた。

 

 一本に結んでいた金の長髪は解け、風もないのにユラユラと空中にたなびき、瞳はルビーの様な朱から常に変化する虹となり、手には見るだけで魂が圧壊されそうになる黒剣を携えている。

 

 そして全身から滲み出る圧倒的な神威。視界に入れれば浮かんでくる死のイメージ。

 もはや馬鹿らしくなる程に圧倒的で、絶対的な、覆しようのない生命としてのレベルの差。

 

 それを目撃した人間は瞬きすら怖れ、吸血鬼は自然と跪く。

 

「――■■」

 

 その時、何かが聞こえた。何を言っているかは分からない。けれどもガラスを引っ掻いたような不快感を覚える音。身体が聞く事を拒絶する声。

 そう、声、だ。

 

「――■■■■」

 

 声は次第に強くなっていく。発生源はアバドンだった。

 アバドンが身を震わせ、ギチギチと軋む様な音を響かせる。まるで限界が近いかのようだ。

 いや、ようだ、ではない。限界が近いのだ。

 

 ――――帝鬼軍が施した、拘束術式の。

 

「――■■、……■■■、……■■■■■■――――‼︎」

 

 そうして訪れた。アバドンを拘束し、制御していた楔は崩れ、溢れ出した超常を抑え切れずに消滅する。

 普通に考えればわかる事だ。

 曲がりなりにも人が届かない神話の領域にいる超常の存在。いくら生贄を対価にしたからといって、人間の力でそう長く抑えておける筈がない。

 そこにトドメとなったのがアークライト。天敵といえる存在が現れたことで、アバドンと天使を強烈に刺激してしまったのだ。

 

「そうだ、それでいい。さぁ来るがいい。お前達の大敵はここにいる」

 

 浮かべる笑みを更に深くし、かかってこいとばかりに言う。しかし、浮かべていた笑みをフッと消すと、何かを考え込むような仕草をした。

 

「――――ふむ、だが……」

 

 そしてアークライトは、その虹色の双眸で辺りを睥睨する。

 

「些か動ける者が多いな」

 

 呟くや否や、黒剣を持たない左の掌を天へ掲げ、

 

天降(あまくだ)れ――――」

 

 美しい声でソレを呼び、

 

 

 

「――――『月落とし(ブルート・デァ・シェヴァスタァ)』」

 

 

 

 月が、墜ちてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 遥かなるテン

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、ちょ、冗談ですよね⁉︎」

 

 ここまで手が出せなかったシノア達が、顔面蒼白で空を見上げる。

 

 夜になれば空に浮かぶ美しい月。

 

 それが今ここに出現していた。それこそ視界一面に。と言うより、見える範囲の殆どの空を月が遮ってしまっている。

 いや、現実逃避的なまどろっこしい言い回しはやめよう。

 

 天からこの名古屋空港目掛けて、月が墜ちてきていた。

 

「おいおいおいおい、マジで洒落にならねぇぞ……!」

「こ、こんなの逃げられるわけ……」

「くそっ、さすがにこれは……!」

 

 君月、与一、三葉の3人もシノア同様に絶句している。

 

 優が再び暴走し、そこにあの第一位始祖が現れ、なにやらいきなり身体が痛みに襲われたと思えばこれだ。

 

 文字通り、月が墜ちてきている。

 

 逃げ場などある筈もなく、それどころか規模と速度から考えて、日本そのものが消滅するかもしれない。

 あまりの巨大さに距離感が狂い、正確なところまではわからないが、衝突までおそらく十分もないだろう。

 

 まさしく天変地異。どれだけ足掻こうとどうしようもない事態。月そのものを墜とすなど、誰が想像できようか。

 

 この場にいる全ての人間が茫然と空を見上げ、迫り来る月の落下に目を見開いていた。

 敵である吸血鬼がいると言うのに、誰一人として動かない。否、動けない。あの支配者然としていた暮人や、鬼に取り憑かれたグレンですらもだ。

 

 それも仕方がない。信じられる筈がない。この天災を引き起こしたのは、たった一体の吸血鬼なのだから。

 

「これを使うのは三度目か。――――さて、人よ。天より来たるは鏡像の月。何を魅せてくれるのだ?」

 

 墜ちる月を呼び寄せた吸血鬼――重力を無視したかのように空中へフワリと浮遊したアークライトの声が帝鬼軍の人間達の耳に入る。

 その一言一言が紡がれる度に重圧がのしかかり、まるで魂が削られていくような感覚を覚える。

 

「さぁ、どうする。古来より化物は人に討ちとられるのが常。ならばこれも乗り越えてみせよ。少なくとも、元は人間の我が眷属はこれを斬ってみせたぞ」

 

 誰もが皆一様に、無理だと諦めた。

 

 月というこれだけの巨大質量を相手にどうしろと言うのか。

 

 迎撃、即死。

 回避、無理。

 破壊、論外。

 

 考えるまでもなく答えが出た。何をしようが無駄に終わる。そもそも身体を蝕むこの場の大気で満足に動くことも出来ない。

 皆が視線を地に伏せ、諦めを選択しようとした。

 

 

 ――――猛然と駆け出した、二人を除いて。

 

 

「轟け! 雷鳴鬼‼︎」

「斬り裂け! 真昼ノ夜‼︎」

 

 金色の雷撃と紅色の斬撃が迸る。

 暮人とグレンだった。

 この神代の空気の中でも比較的マシに動ける二人が攻撃に出たのだ。

 

「ほう、この神代の中でそうも動けるか。よい、来るがいい。私を殺せば止まるやも知れんぞ」

 

 アークライトが睨むだけで雷撃と斬撃は霧散する。

 

 そんなのは元から承知の上。地を踏みしめ距離を詰め、左右からアークライトを両断せんと刀を振るう。

 

「天使であれ人間であれ、私は差別せん。来るならば相手をしよう。だが――」

「そう容易くキングを取れると思わぬことじゃ」

 

 数メートルまで迫っていたグレンと暮人の眼前に、突如聞こえてきた美しい声と共に長大な刀が割り込んできた。鬼の力で強化され、帝鬼軍でも最強クラスであろう二人が呆気なく弾き飛ばされる。

 咄嗟に防御したものの、それを越えて伝わってきた威力にビリビリと腕が軋む。

 

 弾かれながらも体勢を立て直し、衝撃を殺して着地すると即座に構える。

 グレンと暮人が険しい視線で睨む先には、金髪金眼の美しい吸血鬼――キスショットが降り立っていた。

 

「来たか我が眷属よ。そこの二人は任せた。私はあの悪魔を滅する」

「任されたのじゃ。……しかし、ひさびさに黒歴史モードじゃのぅ……後が楽しみじゃ」

 

 何やら最後にポツリと漏らしニヤリと嗤ったキスショットだが、アークライトには聞こえていない。既に標的をアバドンへ切り替えているからだ。

 

 アバドンを振り向き、キスショットに背を向ける。途端、黒いヨハネが無数に襲いかかってきた。

 

「『墜ちろ』」

 

 それに対してアークライトは、ただ言葉を紡ぐのみ。

 

 迫って来ていた黒いヨハネが地面と区別がつかない程に圧潰された。

 

 他の黒いヨハネも過程は違えど、迎える結末は同じだった。

 

「『歪め』」

 

 防御が意味をなさない空間歪曲の渦で拉ぎ、捻られる。

 

「『轟け』」

 

 空間を鳴動させる衝撃波に大地諸共粉砕される。

 

「『滾れ』」

 

 割れた地面の裂け目から噴き出した灼熱の業火に焼かれる。

 

「『迸れ』」

 

 天から降り注いだ暮人の雷撃を遥かに超える雷光によって消滅する。

 

「『墜ちろ』」

 

 一度目は天にあるべき天使を沈め、二度目は黒いヨハネを圧潰させた局所的超重力が三度発生する。

 ただしその範囲は一度目、二度目とは比べ物にならない。半径数百メートルに渡って天からの鉄槌が下り、残っていた黒いヨハネを全滅させた。

 

 ここまでアークライトは一歩も動いていない。一切の動作なく、それどころか視線すら揺らさずに黒いヨハネを殲滅した。

 この黒いヨハネはアバドンより生まれた滅びの尖兵である。人間はおろか、並の吸血鬼すら圧倒する力を持っている。

 

 それが、全滅。おそらく三桁はいたであろうヨハネをたった一体の吸血鬼が、言葉を紡いだだけで。

 

 その力、名を『空想具現化(マーブル・ファンタズム)』。

 自己の意思を世界へ直結させ、望む確率を意図的に取捨選択し、世界を思い描く通りの環境へ変貌させる。

 始まりの吸血鬼であると同時に、天体という最大単位の生命体の具現であるアークライトのみが持ち得る能力である。

 あくまで自然現象のみを変貌させるので、自然から独立した存在には干渉できないという制約があるが、言ってしまえばそれだけ。利便性や応用性はすこぶる高い。

 この能力を知る比較的アークライトと歳が近いとある上位始祖曰く、世界を相手にするようなもの、だとか。

 

 アークライトの伝説・逸話(黒歴史)も、この能力によるものが大きい。

 

 しかし、自然を意のままに変貌させるだけならまだいい。十分に反則と言えるが、まだ予測や対処も可能だ。

 

 だが、これに魔眼が加わると変わってくる。

 

真理の瞳(プロビデンス)』。

 過去、未来、現在。この世の全てを見通し、理解するという魔眼のカテゴリーにおいて最上位の全能の瞳。

 

 アークライトの瞳に宿るこの魔眼を併用する事で、『空想具現化(マーブル・ファンタズム)』は世界の理にすら干渉するものへと昇華されるのだ。

 

 そうなれば最早無敵一歩手前。権能とまではいかなくとも、神霊以下の天使や悪魔を圧倒するなど造作もない。

 

「温いな。雑多をいくら生み出そうと所詮は雑兵。私を動かすには程遠い」

 

 アークライトが虹色の双眸をアバドンへ向ける。

 

「『弾けろ』」

 

 途端、アバドン周辺の空間が震えたかと思えば、知覚する間も無く一気に爆裂した。

 

「■■■■■――――⁉︎」

 

 新たに生み出そうとしていた黒いヨハネ諸共を全方位からの空間爆砕が襲う。流石にこれは堪えたのか、アバドンが苦しみの絶叫を上げる。

 

「■■■■――――‼︎」

 

 仕返しとばかりにその巨大な両手を前へ突き出すと、黒い靄のような瘴気が放たれた。

 その瘴気に触れたモノは数百年の時が経ったかのように朽ち果て、塵へと還っていく。

 

 滅びの軌跡を残しながら迫る黒い瘴気に、アークライトはただ黒剣を振るった。

 無造作に、霞む程の速度もなく、型など全くなっていない。本当にただ振るっただけ。

 

 だが、そのどうでも良さ気な動作に反し、起きた現象は目を疑うものだった。

 

 まず黒い瘴気は、初めからなかったかのように消滅した。何の予兆や前兆もなく、唐突に忽然と。

 

「頃合い、か」

 

 続けて黒剣を再び軽く振るう。それで、月が光の粒子となって解けた。

 

「――――は?」

 

 その唖然とした声を漏らしたのは誰か。今の今まで天から墜ちてきていた月が、抗いようのない絶望をもたらした月が、光の粒子となって空を満たしたのだ。

 

「『光よ』、『集え』、『重なれ』」

 

 空一面を金色に染めていた黄金の粒子が一点へ集束する。光に光が幾重にも重なり、アークライトの意思に呼応して形を成していく。

 

 形成されたのは、アバドンの全長をも優に超える光の槍だった。

 

「光栄に思うがいい。魔剣を使うのは、我が眷属を除いてお前で二度目だ」

 

空想具現化(マーブル・ファンタズム)』は結局のところ、あくまで自然現象を意のままに変貌させる力。

 プロビデンスによって時間や空間、因果も自然の一種と解釈を拡大させようとも、その原則から逸脱することはできない。

 

 ならば、この光の槍はどうだろう。

 

 肌に突き刺さる波動。空間を軋ませる神威。悪を許さぬとばかりに溢れ出す神聖なる輝き。

 光に嫌われ、神の敵となった吸血鬼は、思わず後退りしそうになる衝動に駆られ。脆弱な人間は、この神聖なる光の前ではどれだけ己は矮小なのかを思い知らされたような感覚を味わされる。

 滅びの悪魔であるアバドンですら、まるで恐れ慄くように身を震わせ、動きを止めていた。

 

 あらゆる悪を悉く滅殺し、この世の罪に等しく裁きを下す天罰の一撃。その性質は《終わりのセラフ》に近いものだろう。

 

 そんな権能の領域といっていい天罰の光槍。これが自然現象などと言えるだろうか。

空想具現化(マーブル・ファンタズム)』ではない。ならば何か。

 

「――――『真世界(リアル・オブ・ザ・ワールド)』、今ここにその威光を示せ」

 

 真世界とは、何もなかった世界のことを指す。あらゆる生命が存在しなかった頃の原初の地球でもなく、原初の混沌でもない。文字通り何もなかった世界。

 謂わばまっさらな白紙、もしくは生まれたばかりの無垢な赤子のような状態だ。

 ここから星が生まれ、生命が芽生え、人が出で、神が想像される。

 まっさら故にいかようにも変化する。故に真世界。

 

 ――アークライトが携える黒剣、『真世界(リアル・オブ・ザ・ワールド)』。

 真世界の名を冠するこの魔剣の能力は単純明解。

 

 魔剣の所持者を中心とした範囲内に真世界を展開する。

 

 ただそれだけ。

 それだけなのだが、意味を理解すれば戦慄するだろう。

 真世界とはまっさらな何もない状態。そこからいかようにも変化する。

 つまり、どう変化するかは手の加え方次第(・・・・・・・・・・・・・・・)

 言い換えるなら、その真世界の範囲内で所持者は、全てを知り全て能う事ができる。

 

 この言い方をアークライトは嫌うだろうが、謂わば全知全能の神となるのだ。

 いや、神霊すら超えるかもしれない。やろうと思えば、あらゆる神格が持つ権能を自在に再現することすら可能なのだから。

 

 アークライトは天罰の光槍が形成されたとみると、未だ神聖なる光で動けないアバドンを見据えた。

 

「終わりだ滅びの悪魔。人に天罰を下す神の意思だか知らぬが、私はこの世界が気に入っている」

 

 ――――故にお前は邪魔だ。疾く光となれ。

 

 そう言外に告げ、アークライトは真世界を頭上に掲げる。

 

 光が集まる。

 地上を照らさんとする黄金は槍へ収束し、その輝きをより一層大きくした。

 

 

 誰もが圧倒されていた。

 吸血鬼は、これこそが第一位始祖、吸血鬼の王なのだと畏怖と畏敬を。

 人間は、切り札であった天使を歯牙にもかけない怪物に恐怖と絶望を。

 

 

 様々な感情を背に、天体の化身たる吸血鬼の王はその名を紡ぐ。

 今や神霊すら超越し、言葉一つ一つがチカラを持つに至ったアークライトの声は、この戦場にいる全ての者へ届いた。

 

 

 

「――――神明裁断(Y・H・V・H)

 

 

 

 悪を滅殺する天罰の光槍は空を切り裂き落ちていく。

 

 絶対なる裁きから逃れる手段などない。

 

 光の槍は空間を貫き、

 蔓延する欲望を貫き、

 そして、アバドンを貫く。

 

 血に染まり、欲望に塗れた醜い戦いは、ここに終わりを告げた。

 

 

 

 

 




はい、私が考察した『虹』の魔眼と魔剣の能力はこれです。自分でやっといて何だけど、あんた問題児か神座にでも行きなさいよ。

でもまだ本気じゃない模様。本気だったらキスショット以外と戦闘が成立しません。だって同格以下からの干渉を完全無効化だから。だから破壊と再生の鏃だろうが乖離剣だろうが効きません。元を辿れば全て星から生まれたものなので。

次回はキスショットvs暮人&グレン、そしてアークライト視点を予定。気長に待っててください。

ちなみに最後の神明裁断、唯一神を冠していながらその場の思いつきだったりします。


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始まりのオワリ

漸く投稿。お待たせしました。
本日、傷物語熱血編を観てきました。作画も良かったし、面白いっちゃあ面白いんですが、あの三人とのくだりがかなーり削られていたのが残念。あと、PG12だったけど、あれは納得。まさか何の規制もなく、そのままとは。
一番思ったのが、田舎町の癖にどんだけカオスなんだよ、でした。田舎町に九車線道路とか意味わからん。




「……まぁ、この程度、じゃろうな」

 

 斬撃皇を地面に突き刺し、その傍らに立つキスショットは、目の前の光景を端的にそう表した。

 

 ほど近い地面に二人の人間が倒れている。言うまでもなく、唯一動ける者としてアークライトに斬りかかっていき、突然現れたキスショットに離されてしまった暮人とグレンの両名だ。

 その身体は見るからにボロボロで満身創痍。二人の鬼呪装備である《雷鳴鬼》と《真昼ノ夜》は無造作に地面へ転がっている。

 

 二人共々、他の帝鬼軍がこの神代の空気の中で倒れ伏している中、鈍っているとは言え動ける強者であり、あれだけの存在感と威圧感を放つアークライトを目にしても戦意を失わない強靭な精神力の持ち主だ。

 しかし、月の落下を止めるにはアークライトをどうにかするしかないと見切りをつけたのはいいものの、そこに横合いから乱入してきたのがキスショットである。

 

 なんにせよ吸血鬼を全滅させなければ人類に未来はない、と意気込み二人で挑んだのは良かったのだが……

 

「ぐ……っ」

「クソ……ッ!」

 

 結果、二分もかからずに地面へ這う事となった。

 

 人間には劇薬である神代の空気が蔓延している上に、相手は千年クラスの始祖でありアークライトの眷属。

 生物としての性能、戦闘経験に加えて、挑発や揺さぶりが効かない冷静さ。あらゆる意味で格が違う。

 例え二人が万全の状態であったとしても、元より勝ち目など皆無だったろう。

 

「まだ動けるか。殺す気はないとはいえ、それなりに力は込めたのじゃが」

 

 そう言うキスショットは余裕も余裕。既に眼中になしと言わんばかりに、倒れ伏した二人を見下ろしている。

 

 事実、戦いにすらなっていなかった。

 光速にすら迫る歩法の極致――縮地に翻弄され、一太刀で複数の斬撃が襲ってくる剣戟が身体を切り裂き、超絶的な技量に圧倒される。

 帝鬼軍最強クラスの二人がなすすべもなく一方的にやられる光景は、もういっそ清々しいまでに馬鹿げていた。

 

 だが、とうの二人からすればたまったものではない。

 

「貴様……! 何故殺さない!?」

「喧しい。敗者に口なしじゃ。生殺与奪権は儂にある。うぬらはそこで邪魔をせず、ただ黙って見ていればよい」

「……くそっ」

 

 今や地に這う敗者となった暮人が血を吐くかのよう憎々しげに睨むが、キスショットの返しに言葉が出なくなる。

 

 キスショットは勝者で、暮人とグレンは敗者。強い者が弱い者を好きにできるのは当然の権利であり、暮人もそれを肯定して強者の立場に座り続けてきた。

 

 敗者(弱者)の暮人に何かを言う権利などない。

 

 勝者(強者)こそがこの世の全てなのだから。

 

「しかし、呆気ないのぉ。《終わりのセラフ》まで使用しておいて、これしきとは。その程度で天使を御せると思っておったなら、笑いが込み上げてくるわい」

 

 嘲りを含み一笑に付す。暮人はギリッ! と奥歯を噛み締めた。

 

「貴様に何が……」

「分からぬし、分かりたくもないわ。全てを賭けて戦った同族を生贄にしてまで力を求めるか、うぬら人間は」

「…………」

 

 暮人は答えない。答える必要などないからなのか、それとも何も言えないのか。

 

「全のために一を切り捨てる。まぁそれも良かろう」

 

 暮人を端的に表した言葉がそれだ。

 

 目的のためならば手段を選ばない。目的達成のためならば犠牲も厭わない。

 それはこれまで暮人がやってきたことであり、これからも変わらない。

 

「しかし、救ったモノを切り捨てたモノが上回った時、ソレは破綻する。うぬの行動を纏めれば、力で縛り、不要と決めつけ切り捨て、周囲を顧みず進む、じゃな。さて、そんな輩に誰が付いてくるのか、見ものじゃのう」

 

 確かに暮人は、支配者の器なのだろう。しかしそれは慕われる名君ではなく、怖れられる暴君の類いだ。

 歴史上、暴君の治世が長く続いた例はない。恨みを買って暗殺されるか、民の反乱で処刑台に送られるか、それとも因果応報といえる結末を迎えるか。

 少なくとも碌な終わり方はしない。

 

「……犠牲なくして得られるモノなどない」

「阿呆が。誰が決めたそのようなこと。何故くだらぬルールに従う必要がある。覆せばよかろう」

 

 キスショットは知っている。

 暮人など及びもつかない絶対的な力と地位を持っていながら、決して驕ることなく侮りもしない我が主人。

 アヴァロンを治める第一位始祖にして吸血鬼の王、アークライト=カイン・マクダウェルを。

 典型的な暴君が暮人だとするなら、アークライトは名君の見本だろう。

 

 彼は犠牲を是としなかった。根が普通であるが故に、何かを切り捨てるのを良しとしなかった。

 キスショットがアークライトに血を吸われ、与えられて吸血鬼となったあの時も。

 青臭い甘ったれた理想と言われれば反論できない。だが、現実だけを見つめて合理的に動くなど何がいいのか。

 

 故に、今のアークライトがいるのだ。

 

「ふざけるなっ。それはお前たちだから言えることだろうが……!」

 

 しかし、暮人から言わせてみれば、それは強者の理論。

 現実を退け、理想を貫き通せるのは力があってこそ。

 結局のところ力が全てであると。

 

 暮人の言わんとしている事を察したキスショットは、しかし反応するのではなく、きょとんとした表情を浮かべた。そして、クククッと愉快気に笑う。

 

「ほうほう、なるほど。儂の言っている事は強者だからこそ、と。ふむふむ……つまりそれは――」

 

 美しく、優しく、そして凄絶な笑みを暮人に向け、一切の悪感情を含まずに言う。

 

 

「――うぬは、強者ではない。そう言う訳じゃな」

 

 

 それは、強烈な皮肉だった。強者が全てとしてきた暮人が、思わず息を呑む程に。

 

「自覚なし、か。己が己を理解していないというのはありがちじゃな。

 ――確かに、うぬの言っていることは否定せんよ。力があってこそ、それは事実じゃからな。しかし、力とは所詮、力に過ぎん。どう使うかは使う者次第。要は使いようじゃな。

 その点、我が主は上手くやっておるよ。力は使うものと割り切ってな。力に執着するうぬとは比べ物にならんの。

 ……まぁ、聞こえておらんようじゃが」

 

 キスショットが視線を向けるも暮人は茫然としており、言葉など耳に入っていないようだった。

 それほどの衝撃があったのだろうか。今まで強者を全としてきた暮人が、気づかぬ内に己が弱者であると奥底では思っていたことに。

 

「……ふむ、この程度で揺らぐなら、その程度ということじゃな。さて――」

 

 そんな暮人から興味をなくしたように外れた視線は、今まで一言も喋らず、反応もしないまま沈黙を貫いていたグレンへ移る。

 

「うぬは、どうなのじゃ?」

「…………」

 

 やはり無言。視線すら合わせそうとせず、俯いたまま地に伏している。

 

「だんまりか。名古屋市役所の時に比べ、随分な変わりようじゃな。強さは増しているが、感情が薄い。加えて性格も反転しておる。原因はその刀か」

 

 転がっていた《真昼ノ夜》を一瞥し、手に取って見る。途端、掴んだ柄から黒い瘴気のような鬼呪が広がり、キスショットを蝕もうと迸る。

 

「ふむ……こざかしいわ」

 

 しかし、金色の光が一瞬キスショットから放たれたかと思うと、邪気そのものと言える程に禍々しい鬼呪は、風に煙が散らされるかの如く、か弱い線香のように掻き消された。

 

 鬼呪を散らされた《真昼ノ夜》は、焦るようにガタガタと刀身を震わせる。だが、柄を掴んだキスショットの手はビクともしない。

 それは、鼠の精一杯の抵抗を百獣の王が視線一つで制しているかのようだった。

 

「これが鬼を封じた鬼呪装備とやらか。中々の技術力じゃ。それが人間の手によるものならば、と言う前提が付くがの」

 

 ポイッと《真昼ノ夜》を放り投げる。最上位たる黒鬼シリーズの一角に、かなりぞんざいな扱いだ。

 それしきの興味しかない、とも言えるが。

 

「うぬらもよくやる。世界を滅ぼしかけた挙句、懲りもせずに天使……果てには滅びの悪魔すら利用しようとする。人が力を求めるのは必然であるが、それにしても限度があるじゃろう。儂もアークも、滅亡前の世界を気に入っていたと言うに。誰かは知らぬが、余計な事をしなければ世界は滅びず、本来なら裏の存在である吸血鬼が表に出る事態にもならなかった。つまり、因果応報、じゃな。そして何より――」

 

 その時、黄金の輝きが空港全体を照らした。

 

「アークを敵に回そうなどと、よく思ったものじゃ」

 

 空に浮かぶは天罰の光槍。肌を突き刺す波動に、空間を軋ませる神威。

 それはまさしく奇跡の降臨。権能の顕現に他ならない。

 

 悪を悉く滅殺する神聖なる輝きに黒鬼という鬼の中でも特にタチが悪い存在を宿している者は、獣が火を恐れるように本能的で根源的な恐怖に襲われ、身を竦ませる。

 

 これは暮人やグレンも例外ではない。

 全身を総毛立たせ、無意識に身体を震えさせていた。

 

「なんだ、あれは……」

 

 暮人が唖然と呟く。その表情には、隠し切れない恐れの色が滲み出ている。

 唯我独尊を常とし、全てを見下すかの如く振る舞っていた暮人が。柊こそ全て、現柊家当主柊天利すらも時代遅れと断ずる、あの暮人が。

 

 こればかりは軽んじることなどできない。氷柱を突っ込まれたような悪寒を感じながらも、決して目を離すことができない。

 そう強制的に思い知らされ、それでも唯一の抵抗とばかりに言葉を絞り出していた。

 

「アークライトじゃ」

 

 答えたのは、キスショットだった。

 

「この世に並ぶモノなき頂点。あらゆる全ての上に立つ絶対強者。うぬらが吸血鬼の殲滅を目指すというのならば、決して避けられぬ最大の大敵。吸血鬼の王、アークライト=カイン・マクダウェルじゃ」

 

 そう語るキスショットの表情は、これまでにない程の喜悦と歓喜に満ちていた。

 人間はおろか、滅びの悪魔や吸血鬼すら動きを止める中、まるで語り部のように続ける。

 

「神代より続く生きた神話。一度は世界より姿を消そうとも、天地を統べる朱い月は此処にいる。今こそ再臨の時来たれり。再びその伝説を儂は紡ごう」

 

 空港を照らしていた黄金の光は《槍》へ収束し、その輝きはより一層強くなる。

 

 黒剣を掲げるアークライトは、光槍の輝きを後光として背負い天へ浮かぶ。

 その様は、まさしく神話の具現。神の時代が終わりを迎えて2000年、此処に伝説の再誕を告げる。

 

 

「さぁ、控えよ、畏れよ、刮目せよ世界。――――星の王の凱旋じゃ」

 

 

 アークライトが黒剣を振り下ろす。それに呼応し、天罰の光槍が空を切り裂き、アバドンを穿つ。

 貫かれたアバドンは苦悶の絶叫を上げると、その身が光に満たされ、光の粒子となって黄昏の天へと昇っていった。

 

 それを見届けたキスショットは踵を返し、地面に突き刺していた斬撃皇を引き抜く。そして背を向けたまま、最後とばかりに暮人とグレンに言う。

 

「儂らの目的は達した。これで終いじゃ。切り札をなくしたばかりか、無駄に戦力を消耗させ、士気も最低。……あぁ、うぬらのどちらが通じているか知らぬが、儂ら側の内通者はすぐに処断するので、あてにせぬことじゃ。最悪といえる状態じゃが、まだ諦めぬと言うのなら、まぁ頑張ることじゃな。また会わぬことを祈るわい」

 

 そう言い残し、ふざけた様子で手を振りながら去って行った。

 

 残ったのは暮人とグレン。既に神代から現代へ戻っているにもかかわらず、二人はキスショットを追うことができなかった。

 元より満足に動けるほど回復しておらず、加えて精神的なダメージが酷いからだろう。

 

 これまで積み上げてきた準備を無にされ、切り札だった天使も、今後の計画も完膚なきまでに粉砕された。

 それも全く想定外の余所者によって。

 

 欲望が渦巻く醜い戦いは終わった。アークライトというイレギュラーにより、本来とは全く異なる結末で。

 しかしこれは始まりに過ぎない。物語は次なる舞台へ移る。

 はてさて、一体誰が紡ぎ手になるのだろう。

 

 並ぶ者なき力を持つ普通の感性をした吸血鬼の王とその伴侶か、物語を裏から操り表では搔き回す妖艶なる吸血鬼か。それとも矛盾を思い知らされた張りぼての支配者と大罪を背負う鬼に取り憑かれた人間か、もしくは運命に翻弄される六人の少年少女たちか。

 

 ひとまず今宵はここまで。欲望塗れる幻想は、ここに終わりを告げた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 俺は今、危機に瀕している。突破は困難。かと言って回避も無理。

 このままではマズい。いくら俺でも死ぬかもしれない。

 不老不死に不朽不滅が付くレベルな不死身でも、治せないダメージだってあるのだ。

 

「いやぁ、久しぶりにノリノリじゃったのぉ。天降れ、じゃったか?

 発動させるに、わざわざ口にする必要はなかった筈じゃがのぅ」

 

 ……具体的には精神的ダメージぃ!

 

「滾れ、とか、迸れ、やら、轟け、とも言っておったの。単語なところが増し増しで、こう香ばしく」

 

 あべしっ。

 

「歪め、やら、墜ちろ、などもあったの。確か空想具現化(マーブル・ファンタズム)も思うだけでよい筈じゃが」

 

 ひでぶっ。

 

「最後は、神明裁断じゃったか? 読みは聖四文字か。まぁ悪くはないし、皮肉も効いておるが……その場の思いつきにネーミングが必要か? 技に名が必須というわけでもあるまいに。ましてやもう使うことがないのなら、尚更……のぅ?」

 

 うわらばっ。

 

「わかっておる、わかっておるよ。少しばかり興が乗った、なんじゃろ? だがのぅ、お互い十世紀以上も生きておるし、そろそろ落ち着かんと……な?」

 

 …………もう、堪忍してつかぁさい。

 

「かかっ、儂はただ事実を言っておるだけじゃよ?」

 

 どこぞの愉悦神父みたいな笑顔でいけしゃあしゃあと!

 

 誤解がないように言っておきますけど、わざわざ口にしてたのには理由がありますからねー。

 

 空想具現化(マーブル・ファンタズム)は思い描いた通りに自然を変貌させる力。

 応用性も利便性もすこぶる高いんだけど、あまりに良すぎて、イメージが漠然としてしまうことがある。

 だから言霊を用いることで変貌させる事象を固定し、より単純で強力に出力させる。

 

 一番近いのはアウレオルスせんせーかね。でもあの人と同じように、自分に不利な事まで出力しかねないから、空想具現化(マーブル・ファンタズム)使用中は常に強気でいるようにしている。

 

 決してそっちのがカッコいいからではない、決っして! 大事なことだから二回!

 

「別に儂は咎めておらんよ。うぬにも若い頃があったわけじゃしな。時々再発しても、それも楽しめばよい。………まぁ、儂もいじれるから楽しいのじゃが」

 

 おい、聞こえとるわ、バッチリと。絶対に後半が本音だろ。って言うか隠す気ないな。

 ボソッと言った風に聞こえるけど、声量殆ど変わってないし。って言うか、念話に声量関係ないし。

 

 やっぱ真世界はアカン。なんでか分からないけど、アレを使うと何故かハイテンションになる。

 しかもそれを自覚してるのに、自然と受け入れてしまうのが厄介だ。

 おかげで使い終わる度に悶えるハメに……。800年振りに使ったけど、全く改善してない。

 むしろ悪化してる気が……!

 

「いや、うぬが童心(厨二魂)を捨てておらんからじゃろう。そう言うでない。うぬをいじれる機会など、あまりないのじゃ。普段は儂が受けじゃし。主に夜」

 

 はいアウトー! 念話だからってナニ言ってんのこの娘!? しかも唐突すぎぃ!

 

「念話だからこそ、じゃ。周りに誰かがいる状況でのうぬとの会話は、念話が基本じゃからな。カリスマモードのうぬでは、会話が固くて嫌じゃ」

 

 モード言うな。やってる自分が一番恥ずいんだから。

 こればっかりはどうにもならんのよ。アヴァロンに帰ったら埋め合わせするから堪忍して。

 

「うむ、なら楽しみにしておこう。会って数年は念話など出来んかったから、常に固い会話じゃったな」

 

 あ〜、それが原因でキレたんだっけな、キスショット。で、最終的に喧嘩に突入、と。

 

「あの頃の儂も色々と堅苦しかったからのぉ。お互い譲らずで大喧嘩じゃ」

 

 今になって考えると、相当ヤバかったよな。最初から千年城展開したあの時の自分を褒めてやりたい。

 

「現実でやっておったら……良くて大陸消滅か海が蒸発。最悪は……」

 

 まぁ、星が死んでるな。

 

「と言うか消し飛んどるじゃろ。特に最後の一撃は」

 

 互いに出せる全力全開。もう二度と使わんぞ。おかげで城は全壊だ。直すのにどんだけ苦労したか……。

 まぁ、そのおかげで分かり合えたから結果的には万々歳だけど。被害に目を瞑れば。

 

「儂もアークも、会った当初から何かを感じておったのじゃ。ならば、気持ちをぶつけ、そして理解し合えるのは必然じゃろう。何より、儂がうぬに血を吸われ、与えられ、吸血鬼となったあの瞬間、互いに告白したようなもんじゃろ」

 

 ”私を貴方に差し上げます。私が貴方を助けます”、だったか。よく吸血鬼に対して言えたな。

 

「いやいや、うぬも負けとらんよ。”その身を捧げると言うのなら、私と共に生きろ。私が生きるならお前も生き、お前が生きるなら私も生きよう。そして、終わりがあるなら共に迎えろ”、じゃろ。よく人間に対して言えたの」

 

 キスショットの口から聞いて思うけど、相当に強引でぶっ飛んでると思う。

 他にもっとなかったのかよ、あの時の俺よ……。

 

「儂にとってこれ以上などないわい。儂はうぬが生きることを望んでおった。うぬが生きるには儂の血を吸うしかない。しかし、うぬは儂が生きねば己も生きるつもりはないと言った。ならば共に生きるしかあるまい。うぬの意思が十分に伝わったプロポーズじゃよ」

 

 正面から言われると凄く恥ずかしいんですが。

 

「表の表情は全く変わっておらんがの」

 

 それに関しては本当にすみません。キスショット以外の前では、無表情鉄仮面がデフォなんです。

 

「わかっておる。まぁ、アヴァロンに帰ったら、じゃな?」

 

 りょーかい。それじゃあ、さっさと終わらせてさっさと帰還しましょう。

 長くエリアスに任せるのも悪いし。

 

 キスショット、あの黒髪オールバック君はどうだった?

 

「鬼に呑まれている、には少し違和感があった。もう一人の方は気にせんでよい。注意するなら黒髪一人――確かグレンと呼ばれておったの」

 

 グレン君ね。見たところ仲間思いの良さげな上司、って感じだったけど、なるほど鬼か。

 キスショットとある程度戦える力となると、中にいる鬼ってもしかして俺と同類だったりする?

 アシュラみたいに。

 

「確か儂と会う前に消えたクルル・ツェペシの兄じゃな。いや、同じようで違う。血族、もしくは眷属か。その類いじゃろう」

 

 ん〜、でもクルルちゃんに眷属なんていたっけかな。

 

「それは後々にわかることじゃ。と言うより、儂らが念話している間に随分と進んでいるようじゃよ。ほれ」

 

 念話に向けていた意識を現実に戻して、キスショットがクイッと指した方を見る。

 

「今ここで! クルル・ツェペシによる重大な裏切り行為が発覚した!! 《終わりのセラフ》研究への関与だ!! 吸血鬼にとって禁忌とされ、アークライト様が直接赴く程に危険な《天使(セラフ)》へ関わろうとするなど、たとえ上位始祖であっても許されざる大罪である!! よって、この場にいる全ての吸血鬼は、第一位始祖アークライト=カイン・マクダウェル様の御許へ集え!! これ以上、汚れた研究を許すな!!」

 

 気絶したクルルちゃんを掲げ、何やら宣言するフェリド坊。そして上がる大歓声。

 

 取り敢えずフェリド坊、説明よろ。

 

 

 

 

 




漸く原作で言うところの第一部が終わりそうです。11巻分が終わったら暫く本編はお休みとします。おそらく番外編になるかと。
原作の方でもいろいろと新事実が明らかになってきていますが、この作品はこの作品で突っ走るので、余程の事がない限りこのままで行きます。
元々、どの吸血鬼キャラの組み合わせが最強か、と言うのがきっかけなので。

それでは次回。


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それぞれのエピローグ

はい前回の投稿から一ヶ月越え。マジですみません。明日の同じ時間に番外編を投稿するので許してください。

それと修正点。
キスショットのアーティファクト《斬撃皇(カエデンス・レージーナ)》を《斬撃皇(グラディウス)》へ変更します。絶対こっちの方がいいだろと最近気づきました。


「クルル……アレは、吸血鬼なのか……?」

 

 アバドンを滅殺したアークライトからそれほど遠くない位置に、二人の吸血鬼がいた。

 第三位始祖クルル・ツェペシと、クルルの眷属ミカエラ。ミカエラの背には気絶した優が担がれている。

 

 二人は、吸血鬼としては誰よりも一番近くでアークライトの戦いを目撃していた。

 今や薄れてしまった神秘の証明。奇跡の具現。神話の再臨。いくら言葉を尽くそうと、正確に表現できるものが見つからない。

 見えざる超重力の鉄槌。防御不可の空間歪曲。回避不可の衝撃波による空間制圧攻撃。圧倒的熱量の灼熱地獄。神の怒りを体現したような極大の雷撃。

 どれもこれもが貴族すらも耐えられないであろう超絶的な威力。それを何でもないかのように、ただ言葉一つで引き起こす。

 

 上位始祖であるクルルも、目を見開き茫然とする他なかった。ましてや神話の時代の欠片も知らないミカエラなど、アークライトが本当に吸血鬼なのか疑ってすらいた。

 

「…………」

 

 クルルはミカエラの問いに答えられない。

 アークライトは最初の吸血鬼ではあるのだが、その力は吸血鬼の領域を銀河鉄道レベルでぶっちぎっている。

 もしあそこにクルルがいれば、おそらくものの数秒で死んでいるだろう。

 

(……どうする?)

 

 クルルは自問する。

 

 天使は滅殺され、世界滅亡の芽は摘まれた。

 アークライトの戦闘はまさに神話の如きだったが、その傷跡は驚く程に少ない。地面が灼熱化し、空間は歪み、重力は乱れ、大気は未だ神秘の残滓が漂っている。だが、一定距離からまるで境界か結界でもあるかのように無事なのだ。

 それはあくまで、アークライトの標的が《終わりのセラフ》そのものだからだろう。

 アバドン直下にいた天使の依代や、帝鬼軍の人間らも全く影響を受けていない。とは言え、精神的ダメージは凄まじいらしく、大気が戻った今になっても忘我混沌としている。

 

 吸血鬼側も似たような状況であるが、理由が正反対なので問題はないだろう。

 

 今、考えるべきなのはこれからのこと。

 幸いなことに最重要目的である優はこちらの手にある。ならばこのままミカと優の三人で逃げるか。

 いやしかし、優の身柄はアークライトから預けられたもの。何も言わずに行方をくらますのはマズい。

 クルルは目的の為なら何でもやるつもりだが、アークライトを敵に回すつもりはないのだ。さすがにそれは無謀すぎる。

 

(……どうする?)

 

 再び自問するが、答えは中々みつからない。そもそも計画から大幅にずれているのだ。

 前々から準備を進めてきたものの、ここまで狂ってしまうとどれが最善でどれが最悪なのかすらわからなくなってくる。

 

「……ミカ、優の様子はどうだ?」

「え? ああ、まだ気絶してるけど、異常は見えない。あの黒髪にやられた傷も何故か治っている」

 

 ミカの返答に、クルルは考える。

 

 アークライトがいる以上、この場からの逃走はできない。何より全てを放って逃げるには不確定要素が多過ぎる。特にフェリド・バートリーだ。たとえ逃げ出せたとしても、フェリドが持っている情報を上位始祖会にでも報告し、討伐隊でも差し向けられれば逃げ切る自信はない。ドイツのいけ好かない第三位など、嬉々として追跡してくる様子が目に浮かぶ。

 

 ならば戻るしかないのだが、そうなると優の身柄が危うくなる。天使(セラフ)の依代であるなら、危険を摘むという意味でも優は殺されるだろう。

 そんなことをすればミカが確実に敵となるし、クルル自身もみすみす優を殺される訳にはいかない。

 第三位としての権力を行使してでも、優の安全を確保する必要が出てくる。

 

 選択肢は二つ。現状に加え、後のことも考慮し、取るべき選択は――

 

(このまま戻るのが妥当か……)

 

 方針が決まれば行動は早い方がいい。背を向けていたミカを仰ぐ。

 

「ミカ! 一度後方に退がるぞ! 後はそれからだ!」

「わかっ……」

 

 そうして振り向いたミカが見た光景は――クルルに振り下ろされるクローリーの剣閃だった。

 瞬間、空へまるで噴水のように黒みがかった血の華が咲く。そしてボトッと、剣を持ったままの腕が落ちる。

 血はクルルではなく、クローリーのものだった。

 

「……クローリー・ユースフォード。お前は動きが遅い」

 

 悠々としたクルルが、何の感慨もなくそう告げる。

 

 クルルにとってクローリーなど何ら警戒する存在ではないのだ。事実、既に間近に迫っていたクローリーの剣よりも、素のクルルの方が遥かに速かった。

 一級武装によって身体能力を何倍にも増加されたクローリーの全力よりも、である。

 

 それを遅いと言ってのけるのは、まさに絶対強者の証。第三位という、日本においては並ぶものなき上位始祖。

 身を以て実感したクローリーは、肩から両断された傷口を押さえながら冷や汗を流していた。

 

 しかし、悲しいかな。圧倒的だからこその弊害。強者だからこそ、こういう時に油断してしまう。油断や慢心は、王者すら身を滅ぼすのだ。

 

「ふふ、本命はこっちさ女王様」

 

 愉快気なその声は、クルルの耳元から聞こえた。そしてその声の主は、クルルが最も警戒していた筈の者。

 

「綺麗な首がお留守だよ」

 

 フェリド・バートリーが、クルルの首筋へ牙を突き立てた。

 

「あ……」

 

 吸血鬼にとっての弱点。始祖ですら例外ではない。

 

 まるで魂が抜けていくような感覚。抵抗しようとするも、もう遅かった。

 

「く……。ま……待てフェリド・バートリー……取引しよう……」

 

 己の生命がカウントダウンの如く減っていくのを自覚しながらも、クルルは声を絞り出す。

 

「お前の目的を教え……」

 

 見方によっては見苦しい女王の抵抗に、フェリドはただただ笑っていた。

 

 フェリドがこんな言葉に耳を貸すなどとクルルは思っていない。目的は別にある。

 今にも飛びそうな意識を必死に保ち、フェリドに斬りかかろうとしていたミカを視線で制しながら、声を出さずに口だけを動かして己が意思を伝える。

 

 即ち、行け、と。

 

 その命にミカは躊躇うも、自分がフェリドに勝てる筈もない。結局は力の足りない自分に対して顔を険しくしながら、主人に恭順し優を抱えてその場を全力で離れていった。

 

 去ったミカを見届けたところで、遂にクルルの意識が限界を迎えた。死ぬ一歩手前、瀕死の状態になったところでフェリドが吸血をやめる。

 

「ぷはぁ……あぶな〜い。これ以上吸ったら死んじゃうね♪」

 

 そこへ傷の出血を押さえたクローリーがやって来た。

 

「わ……すごいフェリド君。ほんとに女王に勝ってる」

「もっと褒めていいよん」

 

 日本最強の第三位始祖を不意打ちとは言え無力化したと言うのに、相も変わらずマイペースなフェリドの様子にクローリーは肩を竦めて見せる。

 そして、何も聞かず付き合わされた身なので、直球で聞いてみた。

 

「ねぇ、そろそろ僕も君の目的を聞いてみたいんだけど」

 

 クローリーの問いにフェリドはニヤリと口角を上げ、まるで何でもないかのように両手を広げて言う。

 

「ただの暇潰しかな」

 

 仕草そのものはまさに言葉通りだが、この吸血鬼の外と中が一致した事などクローリーは知らない。

 明らかに本心ではない答えに、もういいやと諦めに似た心境で倒れ伏すクルルを見やる。

 

「でもいいのこれ? どうみても処罰されるよ? ここにはアークライト様までいるんだし」

「その時は共犯って事で、君の名を上げるから運命共同体だよ」

「おい」

「アハ、冗談さ。まぁその辺は頑張らないとね」

 

 それよりも、と言葉を区切り、ある方向を見るように視線で促す。そこには、まさに絶望と言った状態の人間達がいた。

 

「彼らは禁忌に触れて《終わりのセラフ》を二匹も成功させた。アークライト様の手で二匹とも葬られたけど、人間たちがまだ天使の実験体を隠していないとも限らない。更に上位始祖が《終わりのセラフ》に関与し、その手によって二匹のうちの一匹が逃げ果せた」

 

 実に晴れ晴れとした笑みを貼り付け、フェリドは続ける。

 

「これでもう吸血鬼も安眠できなくなる。きっと世界中の上位始祖たちが日本に集まるよ」

 

 そうのたまうフェリドをクローリーは、様々な感情が入り混じった何とも言えない表情で見ていた。

 

 一見すれば楽しそうに語るフェリドだが、果たして中身はどうなのか。

 もう付き合って八百年ほどになるが、それだけの時間が経とうとフェリドの本質が何なのかは未だわからない。

 

 普段は飄々とおちゃらけた様子でふざけているとしか思えないが、時折見せる恐ろしい程の残酷さと冷酷さ、そしてただ適当にやっているように見えるのに最終的にはフェリドの思い通りに運んでしまう得体の知れない計算高さが、表面上の印象を否定する。

 

 今もそうだ。

 アークライトの力は正に神話の領域だった。それを目撃した人間は絶望を、吸血鬼は畏怖と畏敬を更に強めた。

 実際クローリーも、フェリドに声をかけられるまで唖然としていたのだから。他の吸血鬼も同じだろう。

 

 にもかかわらず、フェリドは誰よりも迅速に行動した。

 そんなこと、最初から想定でもしていない限り無理ではないだろうか。

 この吸血鬼の目的とは、一体何なのか。

 

(まぁ僕が考えてもしょうがないか。フェリド君に直接聞いても、どうせはぐらかされるだけだろうし)

 

 フェリドに気づかれないよう静かに溜息を吐いた。

 

 本当に彼と付き合うのは疲れる。だが、それに見合うだけの面白い事が起きるから離れる気にもなれない。

 言い換えればそれだけの苦労をかけられる訳だが。

 

「吸血鬼の諸君!!」

 

 そんなクローリーを尻目に、フェリドは高らかと声を張り上げる。未だ畏れ慄いていた吸血鬼たちが、一斉にフェリドへ注目する。

 

「今ここで! クルル・ツェペシによる重大な裏切り行為が発覚した!! 《終わりのセラフ》研究への関与だ!! 吸血鬼にとって禁忌とされ、アークライト様が直接赴く程に危険な《天使(セラフ)》へ関わろうとするなど、たとえ上位始祖であっても許されざる大罪である!! よって、この場にいる全ての吸血鬼は、第一位始祖アークライト=カイン・マクダウェル様の御許へ集え!! これ以上、汚れた研究を許すな!!」

 

 うわー、とクローリーが呆れ顔になって引く。

 なにせ承諾もなしにアークライトの名を使っているのだ。下手をしたらその場で断罪である。

 どうせ仕込み済みなのだろうが、上位始祖相手でも物怖じしないフェリドの図太さというか突拍子なさというか、その他色々には呆れざるえない。

 

「――フェリド・バートリー」

 

 そこへ声が響く。上がっていた吸血鬼たちの歓声が水を打ったように静まり返った。

 総じてプライドが高い筈の吸血鬼が姿勢を正し、声の主へ視線を向ける。皆一様にその目には、畏怖と畏敬の念が宿っている。

 

 声に含まれているのは、今のこの場と同じ静けさだった。

 

 声の主――アークライトがフェリドの前へ歩いてくる。解けた白みを帯びる金の長髪は元のポニーテールに結び直され、虹色に輝いていた瞳も鮮やかな朱色に戻っていた。

 先程までの圧迫されるような威圧感は嘘のように霧散しており、あの神話の如き戦いの残滓はまるで感じられない。

 

 しかし、この場にいる全ての吸血鬼は今も脳裏に焼きついている。

 あれこそが始祖、あれこそが第一位、あれこそがアークライトなのだと。

 

「これはこれはアークライト様。此度の天使(セラフ)の討伐、お見事でした」

 

 サッと、フェリドが片膝をついて跪く。だが、直後にアークライトに「よい」と制され、再び立ち上がった。

 

「それで、フェリド・バートリー。この騒ぎの説明はしてくれるのだろうな?」

「はい、無論です。ですがそれは、サングィネムへの帰還後、もしくは帰還の道中でも遅くはありません。今は何より、この場を終結させるのが先決かと」

 

 そこでサッと右の掌を胸に当て、僅かに礼を取る。

 

「――アークライト様、どうか我々にご指示を」

 

 唯一人の例外もなく、全ての吸血鬼が王の言葉を待っていた。それがどんなものであれ、必ず遵守すると雰囲気が語っている。

 

「……滅びの悪魔を消滅させはしたが、まだ幾分かの天使(セラフ)の力は依代に残っているだろう。今の依代を殺すのは容易い。だが、依代を殺せば『器の枠』を空けてしまう。後どれほどの依代を人間が保有しているか定かではないが、多くの貴族と兵を失った今、そのようなリスクは犯せない。ならば弱体化させた上での維持が望ましい」

「それはつまり……」

「撤退だ。各員の現状を確認し次第、ヘリに搭乗。空港外縁で待機を命じた我がアヴァロンの部隊と合流の後、サングィネムへ帰還する」

「承知いたしました」

 

 アークライトの命令を受けるな否や、フェリドは一礼を返し、それを吸血鬼たちに伝える。

 

「アークライト様の命令が下った! 現状を確認し次第、ヘリに搭乗! サングィネムへ帰還する! 総員準備にかかれ!」

 

 吸血鬼たちが早急に動き出す。

 

 アークライトの判断は正しい。名古屋の十大貴族はクローリーを除いて死亡。サングィネムの本隊も大半の兵を天使(セラフ)の生贄とされた。《終わりのセラフ》はアークライトによって止められたものの、全滅といっていい被害だ。

 

 フェリドがチラリと横目でアークライトを見る。普段通りの無表情ながらも、どこか物憂げな雰囲気が感じられた。

 

「どうなさいました?」

「……見たところ、生き残ったのは全体の半分程度。私がいてこの被害か」

 

 フェリドは驚いた。普通の吸血鬼は被害など気にしない。例外はいるが、気にしているのはそれに伴う責任の有無。アークライトのように被害そのものを気にかけるなど、普通はしない。なにせ、そう感じる為の感情自体が薄いのだから。

 高いのは総じてプライドばかりだ。

 

「アークライト様の責任ではありません。敢えて言うなら、《終わりのセラフ》に加担し、名古屋空港(ここ)が儀式場であると知りながら本隊を導いたクルル・ツェペシの責任です。何よりアークライト様は《終わりのセラフ》討伐こそが日本に赴いた目的。我々日本の吸血鬼とは根底から違うのですから、責任などある筈がございません」

 

これは本当だ。色々打算や計算は入っているものの、言葉に嘘はない。

 

 意外かもしれないが、誰の味方にもつかないフェリドはアークライトのことを好ましいと思っている。

 原初の六体と呼ばれる始まりの吸血鬼は、今やアークライトだけ。皆己の血統を残し、やり遂げたかのように死んでいったと言う。アークライトを含め、そこには眷属に対する愛や想いがあったのだろう。

 些細なことで子を捨てるどこかの親と違って。

 

 故に好ましい。己の血統がいるにもかかわらず、今も第一位始祖となって生き続け、吸血鬼の象徴として存在するアークライトを。

 本人にその気はないのかもしれないが、少なくとも周りはそう感じている。

 本当にどこかの無責任な親とは大違いだ。

 

 だから、この程度で負い目を感じてもらっては困るのだ。

 

「……そうか。せめて私の部隊がここに入れればよかったのだが。我々が空港外縁に来た頃には、既に外界と隔絶されていた。私とキスショットは力尽くで突破できたが」

「そうでしたか。しかし、アークライト様が滅びの悪魔を相手にしたことにより、こちらの被害が抑えられたのも事実。気負う必要はありません。……さぁ、そろそろ我々も行きましょう。人間共も行動を再開したようですが、どうやらこちらに意識を向ける余裕はないようです」

 

 多くの復活した帝鬼軍の兵士がある方向へ走って行くのが見える。フェリドの記憶が正しければ、ミカエラが逃げた方向だった筈だ。

 

「今なら撤退は容易いか。急ぐぞ。クルル・ツェペシの件については、サングィネムで緊急の上位始祖会を開きそこで説明して貰う」

「仰せのままに」

 

 アークライトは何も反応しなかった。

 他の吸血鬼は離れていて分からなかっただろうが、フェリドは遠目でも見ていた。アークライトがもう一体の《終わりのセラフ》を無効化した後に、その依代である優をクルルとミカエラに預けたのを。

 

 追われているのは十中八九ミカエラだろうに、アークライトは何もしないのだろうか。

 そう思いふと目に入る。アークライトの側からキスショットが消えていた。

 

 一足先に輸送機に乗ったのか、撤退の指揮を執っているのか。それとも……。

 

(まぁ、取り敢えずは予定通りかな。さて、まだまだこれからだね)

 

 フェリドも輸送機へ向かう。こうして吸血鬼側は終結した。

 

 残りは帝鬼軍、シノア隊、そしてミカエラ。その頃ミカエラたちは……。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「はぁっ……はぁっ」

 

 ミカエラは走っていた。優を背負い、気絶する彼に負担がかからない程度の速度で。

 だがもう、そうも言っていられない。

 

「止まれ吸血鬼! 百夜優一郎を渡せ!!」

 

 背後から帝鬼軍が迫っている。それもかなりの数。この数を相手に優を守りながら戦うのは非常に困難だ。

 囲まれれば終わり。いくらミカエラが強くとも多勢に無勢。迷えば己は死に、優は奪われる。

 

(ダメだそれだけは……! 帝鬼軍にだけは、絶対に優ちゃんを渡せない!)

 

 もう余裕はない。クルルも捕まった。立ち止まることなどできない。

 

(……ごめん優ちゃん)

 

 優への負担も覚悟で、全力の速度を出そうと足に力を込める。そしていざ駆け出さんとした瞬間、落雷の如き轟音と共にミカエラの眼前を稲妻が切り裂いた。

 

「ッ!?」

 

 思わず足を止めてしまう。そこへ重々しい声がかかる。

 

「どこへ行くつもりだ、吸血鬼」

 

 一人の男がミカエラに立ち塞がる。雷を纏う刀を手にした日本帝鬼軍中将、柊暮人だった。

 暮人は《雷鳴鬼》を突きつけ、ミカエラを鋭い目が射抜く。

 

「貴様一匹で逃げ切れるとでも思ったか? 百夜優一郎を渡せ。そいつは帝鬼軍のモノだ。大人しく渡せば貴様の命は見逃してやる」

「ふざけるな! 誰がお前たちに――」

「なら死ね」

 

 ミカエラの返答を最後まで聞くことなく、暮人は刀を振り下ろした。

 吸血鬼に成り立てながらも高いポテンシャルを持つミカエラからしても、速いと言えるソレ。

 

 初撃は躱したものの、続く二撃、三撃と上がっていく剣速に後退を余儀なくされる。

 万全の状態ならば十分に対処可能なのだが、今は消耗している上に優を背負っている。剣すら抜けずに回避しかできず、更に周りを帝鬼軍に囲まれつつあった。

 

 これはミカエラの判断ミスだろう。足を止めるべきではなかった。ダメージを覚悟してでも走り抜けるべきだったのだ。

 

 そんな動揺が、ミカエラの体勢を崩した。

 

「しまっ……」

「終わりだ」

 

 暮人が一息で懐に入り込んでくる。握る《雷鳴鬼》には濃密な鬼呪が込められており、それはそのまま暮人の殺意を表していた。

 

 しかし、凶刃がミカエラに届くことはなかった。

 

 周りを囲む帝鬼軍の合間を縫うように飛来した光の矢が、暮人を弾き飛ばしたからだ。

 更に他の帝鬼軍の人間にも、同じように次々と光の矢が着弾する。どうやら死んではいないらしく、動けなくなる程度に吹っ飛んでいく。

 

「これは……」

 

 見覚えがある。

 確か優の家族だと言い、月鬼ノ組から自分を逃した人間の一人が……。

 

「大丈夫ですか? ミカエラさん」

 

 声が横を走り抜け、ミカエラの前に一人の人影が躍り出た。

 薄い紫の髪を持ち、手に大鎌型の鬼呪装備《四鎌童子》を携える少女。

 シノア隊隊長の柊シノアだった。

 

「お前かシノア。帝鬼軍――ひいては柊を裏切ったばかりか、今度は人類を裏切る気か?」

「何が裏切るですか……! 先に裏切ったのはそちらでしょうに。一体どれだけ命を切り捨てれば……」

「人類を救う為に必要な犠牲だ」

「どの口が……!」

 

 変わらぬ暮人の物言いに奥歯を噛み締める。

 

 だが、何故だろうか。今の暮人には、普段の絶対的な自信があまり感じられないのは。むしろ焦っているようにさえ見える。

 

 やはりあの第一位始祖が原因か。初めて見た瞬間から格の違いを感じていたが、まさかあれほどの化け物とは。

 切り札だったであろう天使を容易く屠り、帝鬼軍に絶望を与えた吸血鬼。

 何とか忘我自失から復活した後、他の吸血鬼を無視してでも暮人自らが優を回収しにきたのは、何としても戦力として確保したいからだろう。

 故に焦っているのか。理由は他にもありそうだが。

 

 とは言え、状況は変わらない。見たところあの第二位始祖との戦いで負傷しているようだが、だからと言って暮人にシノアが勝てる可能性は低い。

 与一は後衛、三葉はその護衛。君月は傷が深く、真琴は君月を背負っている。

 実質的に戦えるのはシノアだけだ。

 

(何とかしてこの場を切り抜けないと……最悪ミカエラさんと優さんだけでも)

 

 考えがあった訳ではない。だが、今にも殺されそうだったミカエラを見て、居ても立っても居られなかったのだ。

 

「逃げられると思うなよ。柊に逆らう者は帝鬼軍にいらん。だが、改めて服従を誓うなら考えんこともないぞ。服従か死か、今すぐ選べ」

 

 上から目線の選択肢になっていない命令に、シノアは気丈にキッと睨み返す。

 

 もうこれ以上、誰かが死ぬなど真っ平ごめん。例え服従を選ぼうとも、待っているのは結果的に死。

 鬼を暴走させ、この身の全てを以って挑めば時間稼ぎくらいにはなるかもしれない。

 

 《四鎌童子》を握る手に力を込め――

 

(ごめんなさい優さん。もう会えないかも……)

「幼い童が無理をするでない」

 

 シノアの視界を、黄金が遮った。

 

「な……っ! 貴様は――」

斬撃皇(グラディウス)――一ノ太刀 新月」

 

 神速の斬撃が音すら切り裂く。暮人の姿が消え、遥か遠くで土煙が上がった。

 

「ふむ、間に合ったか」

「あ、貴女は……」

 

 夕焼けの光を反射して煌めく金髪に金色の瞳。加えて帝鬼軍最強の暮人を一蹴する力。

 こう間近で会うのは二度目か。彼女は――

 

「第二位始祖……キスショット=E・マクダウェル」

 

 何故第二位始祖が、と疑問が浮かび上がる。

 

「何故、といった顔をしておるな。なに、変わったことではない。ただ我が主人の目的の為じゃ」

「……貴女には大きな借りができました」

「そうじゃな。まぁ気にせんでよい。ほれ、さっさと逃げぬか。邪魔者は殺さぬ程度に蹴散らしておく」

 

 キスショットがシノアの横を通り、更なる帝鬼軍が迫る後方へ歩いて行く。

 思わずシノアが振り返った。すれ違う際に、彼女は確かにこう言ったのだ。

 

また(、、)の』と。

 

「…………」

 

 言葉の意味を問おうにも既に遅い。だがシノアには確信があった。言葉通り、彼女とは再び会うことになる。

 それがどう働くかはわからないが、確実に転換期となるだろう。

 

 暫くしてキスショットの背中を見つめていたシノアへ三葉たちが合流する。

 

「シノア……」

「ええ、みっちゃん」

 

 シノアと三葉が頷き合う。意思は決まっていた。

 

「我々シノア隊は、今から日本帝鬼軍を離脱します!!」

 

 全員が頷く。

 シノアがミカエラに目をやった。

 

「ミカエラさん、貴方も」

「なんで僕が君たちと……」

 

 後方で轟音が鳴る。見れば帝鬼軍がキスショットの剣圧で吹き飛ぶ光景があった。そして、キスショットはこちらを目を向け笑みを贈ると、何時ぞやと同じく一瞬で消えた。

 手助けはここまでということか。

 

「早く逃げないと暮人兄さんが起きてくるかもしれません! だから早く!」

「……ちっ、わかった。だが君たちを信用した訳じゃない。二度も助けられた借りだ」

 

 そうしてミカエラも暫定で加わった。決意を示すようにシノアが言う。

 

「行きましょう!! 私たちは絶対に生き残ります!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから一ヶ月後。シノアたちはアヴァロンにいた。

 




最後は急いで仕上げたから少し大雑把に……。
それと今月のジャンプSQで斎藤さんの本名が出てきましたね。早く書きたい。
今回は時間がなかったので省きましたが、明日の23時に後書きを追加します。主にこの作品での吸血鬼の事や用語解説などです。興味のある方はどうぞ。

それではまた次回。なるべく早く投稿したいなぁ。


吸血鬼
元はアークライトを始めとした六体の無から生まれた吸血鬼が起源。そこから各々が血統を残し、更にその血統からと数を増やしていった。真の意味で純血種と言えるのは原初の六体のみ。しかし五百年も生きれば元人間だなんて事は関係なくなる。
人間から比べれば圧倒的に数が少なく、世代を重ねる毎に能力も劣化してきている。だが、不死ではなくとも不老なので基本的に減る事が少ない。
始まりが六体であることから、第一位から第六位までを上位始祖と呼ぶ。
吸血鬼には感情がないと思われているが、正確に言うと間違いであり、世代を重ねる度に能力の劣化と比例して感情が薄くなっている為である。親世代である第一位始祖のアークライトや、子世代の第二位以下の上位始祖らの感情は人間とほほ変わらない。しかし永い時を生きた弊害なのか、価値観の変化や元人間でありながらも人間を家畜と見做すなどが見られる。
とは言え、アークライトを筆頭に人間と共存を望む吸血鬼もいる。だがやはり少数派であり、アークライトやアヴァロンの存在、ウルド・ギールスなどと言った超級の貴族によって立場を維持しているのが現状である。
尚、吸血鬼の特性として語られているその殆どが人間の想像であり、当たっているのは日光に弱いくらいなもの。それでも上位始祖ともなれば日光もさしたる障害にはならない。

神の子(ミカエラ)
作中で度々出てくる用語。これは数千万人に一人という確率で誕生する神の祝福を受けた人間を指す。最も近いのはとあるの聖人だが、あのような人外と言う訳ではない。
人並み外れた才能に加え、恵まれた肉体。更に一番の特徴がとても死に難い点である。これは治癒能力が優れていると言う訳ではなく、たとえどんな重症を負おうと、どんな絶望的な状況に陥ろうと、何かしらの要因で生き残ってしまうという意味。
本来なら愛されている存在なのだが、どんな状況でも生き残ってしまうが故に、皮肉にも強烈なトラウマを負ってしまう事が多い。
加えて、天使を降ろす器としての素質もずば抜けている。しかし純度が存在し、時代が進み神秘が薄まるにつれて低下してきている。現代では二〜三人見つかれば奇跡的というレベル。
現在でこの素質を有しているのは、優一郎、ミカエラ、クローリー、キスショットの四人。最も高くキリストに匹敵すると言っていいのがキスショットで、次いでミカエラ。この二人が異常に高く、他は平均的。





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ステータス

いやはや、前回投稿から一気に30以上お気に入りが減りました。まぁ二ヶ月以上も放ったらかしだったので何も言えんのですが。

そういえば、fgoがとうとう終わりましたね。まだ次があるんだろうけど。
さすがきのこ。この一言に尽きる。その調子で月姫リメイクとか2とか頑張って欲しいです。

それで、今回は完成版ステータスです。スキル整理や宝具の修正が主です。


 真名 : アークライト=カイン・マクダウェル

 クラス : アリストテレス

 属性 : 秩序・中庸

 イメージカラー : 朱・黒

 身分・階級/所属 : 上位貴族・第一位始祖 アヴァロンの王

 年齢 : 凡そ2100歳

 興味がある事 : アヴァロンの状況/民の暮らし/キスショット

 好きなもの : キスショット/自堕落

 好みの異性 : キスショット

 

 

 〈クラス保有スキル〉

 ・アリストテレス(EX)

 

 〈固有スキル〉

 ・始源の吸血鬼(EX)

 ・吸血(EX)

 ・カリスマ(強制)(A)

 ・空想具現化(EX)

 ・神代回帰(EX)

 ・真理の瞳(EX)

 ・精霊魔法(A+++)

 

 

【解説】

 

 ・アリストテレス : EX

 星という最大単位の生命体。神霊をも凌ぐ、星そのものの総称。

 同格以外からのあらゆる干渉を無効化する。これを突破するには星を物理的に削るような攻撃をするしかない。しかし、たとえ人の形をとっていようと星であることに変わりはなく、単純な耐久力で殺しきるのは困難である。

 

 ・始源の吸血鬼(ロード・オブ・ヴァンパイア) : EX

 吸血鬼という系統の最上位種の証。人間から転生した吸血鬼とは違う、わずか六体のみの生まれながらの吸血鬼。

 圧倒的な身体能力に《鬼呪》すらも無効化する程の不死力。吸血鬼として最強の能力を持つ。

 

 ・カリスマ(強制) : A

 本来のカリスマとは異なるスキル。朱い月としての側面が、朱い月に相応しい言動と態度を強制させる。しかし本人の意思に干渉する事はない。なお、ある一定の条件を満たした者に対してのみ、このスキルは消失する。ただしその条件を満たした者は、スキルが消失する前より慕っている事が多い。

 

 ・空想具現化(マーブル・ファンタズム) : EX

 自己の意思を世界に直結させ、世界を思い描く通りに変貌させる。精霊の規模によって具現させるレベルが異なり、アリストテレスであるアークライトの場合、星の自転すら止め得るものになる。魔眼との併用で世界の根源に干渉可能となる。

 

 ・神代回帰 : EX

 神代回帰とは魔法以前の神秘の力を再現出来る指標。質は神秘の純度、量は出力、編成は属する領域ないし種類を表す。EXともなれば最早、ヒトの範疇には無い何か。

 質:A+++ 量:EX 編成:西暦以前までの、擬神化される自然現象。

 

 ・真理の瞳(プロビデンス) : EX

 朱い月であるアークライトしか持ち得ない最上位『虹』ランクの魔眼。過去、未来、現在、この世の全てを見通し、理解する全能の瞳。この魔眼そのものが『根源』、あるいはアカシック・レコードと言っていいものであり、更に”空想具現化(マーブル・ファンタズム)”と併用する事で因果律や時間にすら干渉する。

 なお、魔眼プロビデンスの存在を知るのは、上位始祖の中でもほんの一部である。

 

 ・精霊魔法 : A+++

 この世の精霊を使役する、アークライトのみが使える魔法。その威力や範囲などは使用者の魔力や技量に依存し、アークライトの場合は戦略級以上となる。Bランクで世間一般的に一人前とされ、Aランクは戦争の第一線で活躍可能。++ともなればもはや英雄や伝説と呼ばれる領域であり、天性の才能で魔法を使いこなしている。+++は魔法を己に取り込む禁術、闇の魔法(マギア・エレベア)を習得した証。

 

 ・吸血 : EX

 吸血行為。血を吸う事によって己のエネルギーとして吸収し、回復する。吸われた相手は全能力がダウン。食事としての吸血と眷属とする際の吸血は異なる。

 

 

 〈宝具〉

 

月落とし(ブルート・デァ・シェヴァスタァ)

 ランク : EX

 種別 : 対軍〜対星

 レンジ : 測定不能

 最大捕捉 : 測定不能

 鏡像化した月を出現させ、落下させるという究極の質量攻撃。サイズの加減が可能。それでも最低で半径数百メートルは消し飛ぶ。本気でやると地球がヤバい。

 鏡像化された月は具現化した神秘のようなものであり、質量的にも破壊はアークライトと同格以下の存在には非常に困難。型月でいうならAUOの全力乖離剣かゼルレッチのエーテル砲でなんとか、といったところ。

 かつてキスショットとの喧嘩で使用し、物理的にも概念的にもぶった斬られた。

 

『千年城ブリュンスタッド』

 ランク : EX

 種別 : 固有結界

 果てしなく続く月の大地と白亜の巨城《千年城ブリュンスタッド》が聳え立つ異空間。ORTの水晶渓谷のように周囲を己の領域へ塗り替えることはできないが、その代わり展開すれば問答無用で相手を引きずり込み、加えて何の制限もなく本気でアークライトは戦うことができる。

 固有結界内は地球と根本から異なる月世界である。地球の存在がここに踏み入るのは即ち生身で宇宙や別惑星に行くのと同義であり、並の者では適応できずに一瞬で死に至る。現在のところアークライトとキスショットの二人のみが気軽に行き来できる。

 ちなみに昔、二人の大喧嘩によって崩壊一歩手前状態になり、修復には相当な年月がかかったらしい。

 

真世界(リアル・オブ・ザ・ワールド)

 ランク : -

 種別 : 対界魔剣

 レンジ : -

 最大捕捉 : -

 真世界とは、何もなかった世界。神話に語られる地獄のような原初の地球でもなく、原初の混沌でもない。定義も概念も、法則も定則も、神も人も、文字通り何も存在しなかった真っさらな世界を指す。謂わば初期状態のプログラムのようなもの。

 その名を冠するこの魔剣は、所有者を中心として一定範囲に真世界を展開することができる。そして展開された真世界は、所有者の思うままに書き換えられる。それは全知全能の神となるに等しい。この世に並ぶものなき最強の魔剣である。

 因みに魔剣と銘打ってはいるが、真世界(リアル・オブ・ザ・ワールド)に決まった形状というのはない。アークライトのイメージで剣の形をとっているだけで、本来なら形状は自由自在。それこそ腕輪や指輪などのアクセサリー、髪留めや衣服でも能力は全く変わらない。

 この魔剣を持った時こそがアークライトの完全体であり、天地を統べ、神霊すらも凌駕した最強の存在となる。

 

 使用したのは過去三度のみ。うち全力使用は大喧嘩の時だけ。国家消滅級の威力がポンポン飛び交い、大陸分断クラスの斬撃が乱発し、最終的には惑星崩壊レベルの究極同士がぶつかり合ったという。

 

 

 〈概要〉

 

 転生したら始祖で第一位とかどういうことですか(誰か略称考えとくれ)の主人公、超絶ガチート吸血鬼ことアークライト。チート通り越してバグレベルの吸血鬼三人の能力と共に転生した元人間。

 こんなの使いこなせるか! と、素人にいきなりロケット操縦しろと言っているような状態で紀元前に最初の吸血鬼として転生する。襲いかかる天使共を人間に荷電粒子砲ブッパするような過剰威力のゴリ押しで蹴散らし、バトルバトルバトル偶に修練そしてバトルと殺伐な日常で自然と能力を掌握しつつ、その過程で黒歴史を量産しながら生き抜いていたら何時の間にか第一位始祖で吸血鬼の王になっていた。

 

 一人称は基本的に「私」だが、キスショットと二人きりの時のみ「俺」になる。

 性格は典型的な日本人気質。つまり身内には優しく、他人にはあまり関心なし、そして怒らせるとヤバい。アークライトの中での最優先は己の眷族二人で、次いでアヴァロンや関わりのある者たち。精神的に元人間ではあるものの、転生初期の殺伐とした日常や、吸血鬼であるという理由だけで殺しにくる輩共などもあり、人間に対する同族意識は既に皆無。とは言っても他の貴族のように見下している訳ではなく、割と好意的である。

 

 戦闘能力は語るまでもなく世界最強。眷族であり唯一同格のキスショット以外では、まともに戦闘すら成り立たない程にぶっちぎり。

 同じ始祖である吸血鬼を突き離し、超常の存在たる天使を塵芥のように刈り取り、果てには神霊すらも超越する絶対強者。

 本来の星そのもの(アルテミット・ワン)状態ならば、同格以下からのあらゆる干渉・攻撃を完全に無効化、更には意識どころか視線を向けただけで並の者を肉塊に変え、魔法一つで国を消し去りかねないという訳の分からないレベルなのだが、流石にそれでは生活もままならないので普段は極限まで抑え込んでいる。

 それでも大抵の相手を圧倒する程度は造作ない。

 

 王としての能力は高く、アヴァロンの民からは人間吸血鬼問わず陛下と慕われている。それはエリアスの教えを受け、その教えを十全に活かせるスペックを持っていたという側面もあるが、最たるはアークライトが行っていることは当たり前という点。

 民から直接話を聞く、例え一兵卒であろうと意味があるのなら言葉に耳を貸す、己だけでなく配下からの意見も取り入れるなど、上に立つ者ならば当たり前の事を当たり前にやっている。アークライトからすれば、ただそれだけの認識。

 それは本来ならばとても難しい。だがアークライトにはやってのけるだけの力と、やって当たり前と考えられるある意味普通の感性があった。

 故に理想の都とまで呼ばれたアヴァロンの王として、今もアヴァロンを護っている。

 

 外面はカリスマ溢れる吸血鬼の王なのだが、ご存知の通り内面は中々軽く割と普通である。それが周りとの差異を生み出し、結果的に勘違いなどを引き起こす。彼の内面を知っているのはキスショットのみで、万能(ゼネラル)メイドことエリアスももう少しと言ったところ。

 キスショットとは数百年経った今でも相思相愛。エリアスからは新婚の熟年夫婦と例えられている。

 

 

 

 真名 : キスショット=E(イヴ)・マクダウェル

 クラス : ファニーヴァンプ

 属性 : 秩序・悪

 イメージカラー : 夜に輝く金

 身分・階級/所属 : 上位貴族・第二位始祖 始祖の眷属

 年齢 : 凡そ1100歳

 興味があること : アークライトに関すること/エリアス

 好きなもの : アークライト/エリアス/うたた寝

 

 〈クラス保有スキル〉

 ・吸血(EX)

 

 〈固有スキル〉

 ・始祖の眷属(EX)

 ・黄金律(心体)(A)

 ・金色の姫君(A)

 ・剣神(EX)

 ・戦人(EX)

 ・魔力放出(A)

 ・縮地(A)

 

 

【解説】

 

 ・吸血 : EX

 吸血行為。血を吸う事によって己のエネルギーとして吸収し、回復する。吸われた相手は全能力がダウン。

 本来なら人間のみを対象としているが、キスショットは特別であり、人間以外からも可能である。本人次第で存在そのものを吸い尽くす事も。尚、生涯只一人と決めた相手からの吸血によって、全能力を一時的に大幅アップさせる。

 

 ・始祖の眷属 : EX

 主人である吸血鬼が始祖だと表すスキル。EXは主人が始祖の中でも最上位であり、その影響を強く受けている。派生に始祖の血統がある。

 

 ・黄金律(心体) : A

 女神の如き完璧な肉体と、聖女の如き清純な心を併せ持つ。

 彼女の場合、生まれながらに有していたスキル。しかし現在はアークライトと長く過ごし、吸血鬼化したこともあって若干ハッチャケている。それでも本質は変わらず、アヴァロンでは母もしくは姉のように思われており、人間吸血鬼問わずに慕われている。

 

 ・金色の姫君 : A

 彼女の生き様と精神性に加え、かつてかけられた祝福が融合し、スキルと化したもの。あらゆる精神干渉を無効化し、どのような状況でも決して揺るがない強靭な精神を併せ持つ。

 このスキルは彼女の内側を透過させる効果も持ち、人々は外面ではなく内面をダイレクトに見るとことなる。普段は意図的に抑えており、魅了程度に収まっている。

 

 ・剣神 : EX

 剣技を極めに極めて、神すらも超えた窮極。純粋な技術でありながら宝具すら超越し、星をも屠り得る剣の一。究極の才、天性の心体、極限の修練を以って漸く至れる極致。言葉では説明できない、常人には理解不可能の領域であり、それは魔法や奇跡と呼べる代物である。

 

 ・戦人 : EX

 彼女の戦闘技量がスキルと化したもの。

 これまで剣技を極める過程で習得してきた技術――気配遮断、圏境、直感、心眼などあらゆる全てを含んだ統一スキル。

 

 ・魔力放出 : A

 本来ならば武器もしくは己の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出するスキルなのだが、あいにく彼女は砲撃という形でしか使用できない。

 本来ならばスキルとして現れることはないが、彼女の場合、割り切った上でそれを極めた。結果、単純な魔力砲撃で国ないし大陸すら両断しかねないものとなった。

 放出時は金色に輝く光の奔流としてあらゆる物質を消滅させる。

 

 ・縮地 : A

 瞬時に相手との間合いを詰める技術。多くの武芸者、武道が追い求める歩法の極み。最上級のAランクともなればもはや次元跳躍の領域であり、技術を超えた仙術の範疇である。

 キスショットの縮地の純粋な速度は光速に迫り、地球上における距離の概念はあってないようなもの。更に、魔力を空間に加えて限定的な足場とすることで、平面ではなく立体的な縮地を行うことができる。

 

 

 〈宝具〉

斬撃皇(グラディウス)

 ランク : E〜A+++

 種別 : 対人〜対星

 アークライトとの契約によって発現したアーティファクト。彼女がアークライトの眷族となって数年後、大喧嘩を経て契約を結んだ折に現れた。

 形状は柄だけの刀であり、魔力によって刀身を形成するというシンプルな能力。だがそれだけという筈がない。重量、形成の速度、刀身の全長、果てには刀身の形状まで所有者の思いのまま自由自在に変化させることができる。応用の仕方次第では、そのシンプルな能力に反して反則クラスの性能を発揮する。

 分かり易く例えるなら、「斬艦剣!」やら「13キロや」やら「飛ぶ斬撃を見たことがあるか」やらができる。

 加えて使うのが剣技の極致に達したキスショットなので、考えるだけで恐ろしい事この上ない。

 

『心渡』

 ランク : -

 種別 : 対神秘

 全長二メートルはあろうかという大太刀。アークライトが自分が持っているよりいいと、キスショットに譲った。普段は己の影に納刀している。

 その切れ味たるや想像を絶するものでこの世の万象を斬ることができるが、あまりの切れ味にたとえ斬ってもすぐに物資同士がくっついてしまう。故に相手と斬り結ぶのには向かない。しかし心渡の真骨頂は物理的な切れ味ではなく、神秘を切り裂く特性にある。

 この心渡は霊的存在に対して必殺といっていい謂わば『神秘殺し』の特性を持っており、あらゆる神秘の天敵といえる。ソレがたとえ神霊であろうと擦り傷すら致命的となり、傷から徐々に侵蝕し、力は漏れ、果てに消滅する。

 この世の超常、あらゆる神秘を悉く斬り伏せ、振るう者によっては星すら断つ妖刀である。

 

純血覚醒(アウラザル・ブラッドロード)

 ランク : EX

 種別 : 対人

 恐らくアークライトにしか使うことがないであろうキスショットの切り札。かつての大喧嘩時に発現。使うとアークライトすら冷や汗をかく程の効果を発揮する。それ以外は詳細不明。

 

『終ノ太刀・無月』

 ランク: EX

 種別 : 対神魔剣

 レンジ : -

 最大捕捉 : -

 心渡と上記の純血覚醒をもちいて放つキスショットの決め札。五種ある剣技のうち、その極致と強力さに宝具扱いとなった最終番。かつてアークライトとの大喧嘩時に一度だけ使用。それ以外は詳細不明。

 

 




後書き追加。
キスショットの最後の宝具二つは大喧嘩で出す予定です。転生先が違っていたらは一通り書いたので、次はアークライトとキスショットの出会い、そして二人の大喧嘩と続きます。


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次なるハジマリ

あぶねぇあぶねぇ。危うく31日になるところだった。二カ月以上振りの本編です。お待たせしました。

では、どうぞ。



 ロシア、モスクワ。ボリショイ劇場。

 

 舞台では劇が演じられていた。白いドレスの女性たちが優雅に踊り、舞台の中心にいる男性が見事な歌声を披露する。

 しかし役者たちは皆一様に、隠し切れない恐れの表情を見せている。

 ただ一人の観客の様子をチラチラと伺いながら、些細なミスも決して犯さないように、それこそ命懸けな面持ちで。

 

 世界滅亡以前ならば二千人以上の観客が観劇できたであろう席には、今やただ一人。本来なら皇族や王族、VIPの中のVIPであるロイヤル専用の一際豪華で舞台を一望できる席に座っていた。

 

 褐色の肌に銀髪、そして吸血鬼特有の血のように紅い瞳。軽く片肘をつきながら観劇する彼の名は、ウルド・ギールス。第二位たる吸血鬼の上位始祖である。

 

「ま〜た観劇ですか?」

 

 ウルドの背後から声がかかる。

 

「家畜どもが歌うのを見て何が面白いのでしょう? 歌が上手い人間は血も美味しいとか?」

「……何の用だ、レスト・カー?」

 

 左右で赤紫と白銀に別れた髪を持ち、シルクハットの様な帽子をかぶった見た目は十二〜三歳程度の少年。しかしその実、第三位始祖の吸血鬼という人外。実年齢も見た目通りである筈もない。

 アークライトを含める始まりの吸血鬼から直接的に血を与えられ転生した、ウルドと同じく子世代もしくは第二世代と呼ばれる、全体で数パーセントしか存在しない吸血鬼である。

 

「お前の統治領はドイツだ。持ち場に戻れ」

「僕はアークライト様より統治のノウハウを教わりました。ドイツに僕の仕事はありません」

 

 そう誇るレストの表情は嬉しげだった。

 

 吸血鬼は人間から転生した者が大半だ。そして吸血鬼の外見年齢は基本的に吸血鬼になった時から固定される。老いることも、変化することもない。

 レストも例外ではなく、そしてその外見年齢は十二、三歳。即ち吸血鬼になった頃は、見た目相応の年齢だったということになる。

 今で言えば小学の高学年か、中学生程度。加えてレストが吸血鬼になったのはもう十世紀以上前。その頃に教育を施してくれる機関などない。

 更にレストを吸血鬼にした始まりの第三位は、吸血鬼にしてそのままさようならしたのである。後で聞くと己の眷族ならば問題ないと思っていたらしいが、せめて吸血鬼の仕組みくらい教えろよと言いたくなった。

 

 吸血鬼に成り立てで右も左も、力の使い方も分からなかったレスト。そんな彼が出会ったのがアークライトだった。アークライトにはとても世話になった。吸血鬼の仕組み、力の制御法に応用、いずれ上位始祖として領地を治める為のノウハウ。

 共に過ごしたのは数年だが、レストがアークライトを慕うには十分な時間。今もそれは変わらない。

 

 尚、話を聞いたアークライトによって親である始まりの第三位は即死しない程度で殴られたらしい。ざまみろ、と少し思った。

 

「ですがクルル・ツェペシが治める日本は違う。何か異変が起きたようです」

 

 だからこそ、アークライトが直接動く事態になった今回の一件は、非常に気にくわない。

 

「ギールス様はまだ聞き及びではありませんか?」

「……?」

 

 ギールスは僅かに首を傾げる。そこで、観劇席の扉が勢いよく開かれた。

 

「ギールス様!!」

 

 入って来たのは配下の吸血鬼の一人だった。その顔には焦燥が浮かんでいる。

 

「日本で……人間どもが再び、《終わりのセラフ》実験を行いました!!」

 

 かくして語られた内容は、二人をしても予想外のものだった。

 

「……《終わりのセラフ》? 日本にはアークライトが向かった筈だ。みすみす何故……」

「あくまで日本はクルル・ツェペシの管轄です。指揮を執っていたのもクルル・ツェペシ。彼女には荷が重かったのでしょう。やはりクルル・ツェペシの管理能力には問題が……」

「鎮まれレスト・カー。それで?」

 

 横から口を挟んできたレストを遮り、配下へ続きを促す。

 

「それが……緊急に上位始祖会を開きたいと、日本から通信が来ています。第一位始祖様も出席するそうです」

「上位始祖会……」

 

 その報告にウルドは訝しげに目を細め、レストは嘲るように軽く笑った。

 

「はは、何それ。失敗した言い訳でもするつもりか。アークライト様の前で何を言うのか楽しみだな」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 空は世界が滅亡しているなどとは感じさせない程に晴れ渡っており、周りを見れば人間の子供らが走り回っている。おおよそその表情から悲壮感や絶望などといった類は感じられない。

 民は国を表すというが、これを見ればそれだけこの地を治めるウルドの統治が上手くいっているということだろう。

 

 ウルド・ギールスとレスト・カー。二人の上位始祖は、上位始祖会の場がある聖ワシリィ大聖堂へ向かっていた。

 

「人間が楽しそうだ。文化レベルも丁度いい。ギールス様は正しい吸血鬼の見本のような街をお創りになる」

 

 人間たちの様子を眺めたレストが呟く。紛れもない賞賛なのだろうが、ウルドの反応は冷淡だった。

 

「それは嫌みか?」

「いえいえ、そんな。あいにく僕は、アークライト様やギールス様のように人間を好意的に見ることができません。僕ではこのような――アークライト様のアヴァロンのような街は創れない」

 

 手を振りウルドの皮肉を否定しながらも、レストは語る。

 

 レスト・カーはまさに吸血鬼だ。傲慢でプライドが高く、人間を見下す。

 そう、レストは共存派の筆頭であるアークライトと過ごしたことがあるにも関わらず、人間は管理すべきだという考えだった。とは言っても、その統治が人間を家畜のように扱うものかというと、そうではない。

 

 秩序と明確な治政を保って、安泰した支配を敷く。人間を見下しながらも、レストの統治は善性なのだ。

 だが、根本的なものは歪んでいるので、真の共存を実現しているアヴァロンには程遠い。それでもアークライトは、それもまたよしと認めてくれている故、レストは決して暴君になることはないだろう。

 

「私など所詮、猿真似に過ぎん。お前も十分に理解できている筈だ」

「ええ、まぁ。確かに人間は吸血鬼の支配を受け入れている。だがそれは恐怖によるもの。もし人間が抗う力を手に入れれば、必ず抵抗するでしょう。支配を嫌う生き物ですからね、人間は。例外はアークライト様のアヴァロンくらいなものでしょう。様々な意味で異端ですから」

「今の世界は瀕死だ。いつ息絶えてもおかしくはない」

「だからこそ、欲望が異常と言ってもいいほど強い人間ではなく、我々が何とかしなければならない」

 

 憮然とした面持ちでウルドが続ける。

 

「世界の存続こそが、アークライトの意志だ。人であれ吸血鬼であれ、どちらも滅びてはならない。この非常時に争っている場合ではないのだ」

「それをどれだけの始祖が理解しているか疑問ですが」

「…………」

 

 ウルドの表情が不機嫌で不満そうなものに変わる。

 

 そもそも理解が広まっていないのは、アークライトがあまりアヴァロン以外と関わろうとしないからだ。抑止力でもあるあいつがそう簡単に動けないのは理解している。だが数百年も引き篭もりはないだろう。

 ここ数十年会っていない友に文句を言ってやりたくなった。

 

 そうしているうちに聖ワシリィ大聖堂内部の通信室へ到着する。既に複数の投影モニターが展開されており、どうやらウルド達が最後のようだった。

 ただ、平時の上位始祖会に比べ、人数がだいぶ少ない。

 

「集まったのはこれだけか?」

「なにぶん、急な呼び出しでしたので……」

 

 配下が申し訳なさそうに恐縮し、慌てながら続ける。

 

「京都サングィネムへ通信を繋ぎますか?」

「ああ、繋げ」

 

 中央のメインモニターに光が灯り――複数の魔法陣によって拘束されたクルル・ツェペシが映し出された。始祖たちがざわめき、場に困惑が満ちていく。

 

 そこで、画面の端からヒョイッとフェリドが現れた。呑気に手を振り、顔にはいつもの飄々とした笑みを張り付かせて。

 

「あれぇ〜、これもう繋がってる?」

「……フェリド・バートリー」

 

 目を細めこちらを見据えるウルドを見つけると、フェリドは恭しく胸に手を当てる。

 

「これはこれは、ウルド・ギールス第二位始祖様」

 

 続けて会釈のように僅かに頭を下げ、礼をとった。

 

「それに上位始祖のみなさま。この度は急にお呼び立てしてしまい申し訳ありません」

 

 始祖の一人、顔の上半分を隠す仮面をつけた第四位始祖の女吸血鬼が真っ先に口を開く。

 

「なんと……! では上位始祖ではないお前が我々を呼びつけたのか?」

「はい。緊急事態でしたので……」

 

 フェリドは冷静に申し訳なそうに言うが、第四位始祖には関係ない。

 

 元々吸血鬼はプライドが高く、そして現状よりプライドを優先することが多い。己の醜態を晒すのは、吸血鬼にとって死にも等しい。第四位もその例にもれない。

 ましてや今回は、己より遥か下の、しかも上位始祖ですらない第七位に呼びつけられたというのだ。

 全くもってたえがたく、看過できない屈辱である。

 

「ふざけるな! たかだか七位のお前が……!!」

「黙れよ、ニュクス・パルテ」

 

 冷たく有無を言わせないような、鋭い声が第四位の言葉を遮る。

 

「クルル・ツェペシがあの状態なら、日本で指揮権を持つ次に地位が高いのはフェリド・バートリーだ。状況を見てものを言え」

「く……」

 

 より高位の始祖に諌められ、第四位は何も言えなくなる。ただ、感情を優先し、己の品格を下げてしまったことに唇を噛み締めるのだった。

 

 対してレスト・カーは、感情に振り回されず状況を把握した上で判断した。その姿勢はまさに統治者の器。

 この場の流れもレストに傾いたらしく、フェリドに続きを促す。

 

「それで? いったい何があった? そしてアークライト様はその場にいるのか?」

「私はここだ」

 

 沈黙していた大型モニターの一つが起動し、椅子に腰かけたアークライトが映し出される。背後にはキスショットが控えていた。場所はサングィネムでもなく、かと言ってアヴァロンでもない。

 

 一斉に始祖たちが姿勢を正し、フェリドとレストは一礼、ウルドだけはジッとアークライトを見据えていた。

 

「遅れてすまない。移動中故、そちらと通信を繋げるのに手間取った」

「移動中? アークライト様はいったいどちらへ?」

「アヴァロンへの帰路へついている。日本での後始末がひと段落したのでな」

「後始末、ですか?」

 

 首を傾げるレスト。呈された疑問には、変わってフェリドが答えた。

 

「我々日本の吸血鬼は、人間どもが発動させた《終わりのセラフ》によって甚大な被害を出してしまいました。アークライト様により天使は駆逐されたものの、戦力の凡そ半分以上を喪失。貴族も私以下三名を残し全滅。加えて女王の失脚によるトップの不在。我々は混乱を極めました。更に著しく弱体化したとは言え、《終わりのセラフ》を手にした日本帝鬼軍の動きも活発に……」

「待て。天使はアークライトが駆逐したのではないのか?」

「完全にではない。弱体化させた上でまだ生かしている」

 

 《終わりのセラフ》を手にしたという部分で思わずウルドがフェリドを遮った。それに答えたのは他ならぬアークライト本人。

 ウルドが険しい表情となり、瞳には鋭さが宿る。

 

「何故だ。天使を残しておくなど害にしかならないだろう。いつ大洪水に等しい天罰が下り、本当に世界が滅亡してもおかしくない。そうなれば人間も吸血鬼も終わりだ」

「ああ、わかっている。だがウルド、降ろされた天使を完全に滅ぼすには、依代を殺すしか方法がない。しかし依代を殺せば、『器の枠』を空けてしまう。感じた限りだが、どうやら第七までの『器』は全て満たされているらしい」

「なんだと……? それはつまり、人間どもが全ての黙示録の天使を揃えている、と?」

「ああ、その可能性が高い。空席がある状態でならまだいいが、全てが埋まっている段階で『器の枠』を空けるのは得策ではない」

「だから弱体化か?」

 

 ああ、とアークライトが頷く。ウルドは目を瞑り、重々しい雰囲気で腕を組んでいた。

 

 二人だけで話が進んでしまい、何やらそこだけ重い空気の中、それを払拭するようにフェリドが出てくる。

 

「あ〜、えっと、続けますね? 先程もいった通り、我々日本の吸血鬼は混乱を極めました。ですが、そこで立ち上がったのがアークライト様です。各地に残存する吸血鬼を全てここサングィネムに集結させ、アヴァロンの兵の力も借り、現在は大阪へ撤退を進めています。その準備などに追われ、こうして説明の機会を設けるのに一月もかかってしまいました」

 

 そこまで言って、フェリドの背筋に悪寒が走った。思わず冷や汗が噴き出してしまう程の威圧感が襲ってくる。

 レスト・カーが、射殺さんばかりの絶対零度な視線でフェリドを睨んでいた。

 距離があるにも関わらず、下位の吸血鬼や人間ならばそれだけで死にかねないプレッシャーだ。

 

「貴様……フェリド・バートリー。それはつまり、お前達の不手際の後始末をアークライト様にやらせた、ということか」

 

 残った貴族であるクローリーが、フェリドだけでなく自分もレストの激情の範囲内に含まれてると頰を引き攣らせ、クローリーの従者二人は顔を恐怖で蒼白にさせる。

 

 こうなる事は予想できたろうにと、フェリドをチラ見するものの、フェリドは冷や汗をかきながらもその笑みを消してはいなかった。

 

「はい。不甲斐ない限りですが、その通りです。私にトップの器はありません。その為、此度の無様を晒し、本来なら関係ないアークライト様にまでご迷惑をかけてしまいました。どのような沙汰も、甘んじて受け止めます」

「…………」

 

 一切の偽りや言い訳をせず、吸血鬼なら最も忌避する筈の己の醜態と無様さを隠さず晒し、その上で責任は自分にあるという。

 一部の始祖は、無様ではあるが誇りあるその姿勢に感心の声を漏らした。レストも冷たい視線で睨んではいるが、ある程度怒りを収めたらしい。

 

 ただ、普段のフェリドを知っているクローリーは「うわぁ……」とドン引きな表情で後退り、従者組は気持ち悪そうに思わず両腕を擦っていた。

 反応からして三人の中でのフェリドの評価が伺える。

 

 フェリドの処遇を求め、自然とアークライトに視線が集中する。

 

「……フェリド・バートリー。女王が失脚した今、日本で最も地位が高いのは確かにお前だ。だが、あの場でプライドを優先せず、私に指揮権を一時的にとはいえ渡したのは最善と言える」

「いいのですか? アークライト様」

「よい。先を見据えた結果なのだろう。何より、今重要なのはこれからのこと。誰の責任かなどと言っている場合ではない」

 

 恭しくフェリドは礼をする。ただし、モニターには映らないようニヤリと口角を上げながら。

 

「では、本題に入ろう」

 

 アークライトの言葉を皮切りに、上位始祖会は佳境に入った。

 

 そこからフェリドによって語られるクルル・ツェペシの《終わりのセラフ》関与。更に戦力減少による防衛の問題から拠点を大阪へ移すこと。依代を未だ保有し、再び《終わりのセラフ》を行う可能性のある日本帝鬼軍の殲滅。そして、始祖の日本集結。

 

「ウルド、日本での始祖の指揮はお前に任せる。レストはその補佐に回れ。私はアヴァロンで待機し、有事の際は転移で向かう」

「引き受けよう」

「仰せのままに」

 

 アークライトがアヴァロンを長期離れるのはマズい。今回は例外中の例外だったのだ。

 アヴァロンでの待機が妥当だろう。

 

 そうして上位始祖会が終盤に迫った時、ウルドがアークライトに尋ねた。

 

「アークライト、人間が降ろした天使はなんだ? それによって対処法が変わる」

「人間が降ろしたのは第五天使と滅びの悪魔アバドン、前回の上位始祖会の映像が第二天使塩の王だ」

「悪魔まで呼び出したのか……できるなら実際に確認したかったが」

 

 一瞬だけアークライトの眉がピクリと動く。

 

「残念ながら映像の類は……」

「あ、ご心配いりません。アークライト様が《終わりのセラフ》と相対した時点で後々の材料になると思い、こんなこともあろうかと記録しておりました」

 

 フェリドの言葉に、アークライトが若干前のめりになった。

 

「映像に収めていますので、確認の為にも流しましょうか?」

「ああ、流せ」

(よしっ)

 

 中央に新たな大型モニターが展開され、フェリドが端末を操作すると、映像が流れ始める。

 

 映ったアークライトと滅びの悪魔アバドンの神代の戦いに、皆が魅入っていた。レストなど実際にアークライトの雄姿を刮目できると、内心でガッツポーズをする。キャラはどこいった。

 

 アークライトだけは興味がないのか、はたまた見る必要もないのか無言で目を瞑っていた。

 

「…………」

(む、いかん。気絶寸前じゃ)

 

 そんなこんなで、上位始祖会は進んでいくのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 終わった。色々終わった。

 

 日本での些事を片付け、現在はアヴァロンへ帰還中。正直一月近くもかかると思ってなかった。エリアスに任せっきりだから急いで帰らないと。

 

 その前に、日本を出る時にフェリド坊から上位始祖会を開くことは聞いていたので、通信を繋ぐのに手間取りながらも、遅れて参加。

 それにしても久しぶりにウルドと喋ったな。お互いに統治者なので、レスト坊と同じく気軽に会えない。昔が懐かしい。

 少ない友人の一人だからね。ぼっちじゃないよ?

 リア充で友人もいるからぼっちじゃないよ?

 

 まぁそれは良いとして。上位始祖会もマジな内容で、言う事もそんなにない。

 

 問題は――――

 

 

「……大丈夫か? アーク。揶揄いなしにマジで」

「………」

 

 

 だぁいぃじょおぉぶじゃないよオォオ!!!

 

 ぬわぁぁ……死にたい。穴があったら入りたい。ブリュンスタッドに十年くらい引き篭もりたい。

 

 こうなってる原因はあいつだ。なぁフェリド坊。なに君、俺に恨みでもあるの?

 前回といい今回といい、人の黒歴史を晒してくれちゃって……。公開処刑か!?

 

 ダメだこいつ。真面目に特級警戒対象認定。SAN値が直葬してしまう。

 久しぶりに厨二病が再発してハッチャケて、日本の吸血鬼に目撃されて、何時もの如くキスショットにいじられて。まぁこれはしょうがない。

 

 だ・け・ど、なんで上位始祖会で晒されなきゃあかんのじゃい!!

 

 おかげで気絶するかと思った。キスショットの指弾がなかったら、マジで意識飛んでた。

 フェリド坊、自分にはトップの器はないと言ってたけど、そりゃそうだ。トップじゃなくて裏方。裏で暗躍して表を掻き回し、意のままに操る黒幕タイプだ、アレは。本当に要注意だ。

 

 ああもう、この話終わり! これ以上は心臓に悪い!

 

「かかっ、もしやかつてのうぬと儂の喧嘩に匹敵するダメージを負ったのではないか?」

 

 だから終わりだっての! マジでこれ以上は堪忍して!

 

「わかったわかった。念話で泣きそうな声を出すでない」

 

 はぁ……疲れたわ。精神的に。

 

 取り敢えず大体は予定通り。後はあの子たちか。

 

「エリアスに任せたのじゃな」

 

 交渉ごとになりそうだったからね。そっち方面はエリアスの方が向いてる。コミュ障の俺が行ったら拗れそうだ。

 

「儂とうぬでは剣を交えた分、警戒されるかもしれんしの。初対面というハンデはあるものの、エリアスなら上手くやるじゃろう。アークのいう通り、そっち方面は儂らを遥かに上回るからの」

 

 そうそう。頼んだよ、エリアス。

 

 




今回の話、寝落ちした所為で急いで書いた部分があるので、後々追加修正するかもしれません。
現在お正月休みなので、もしかしたらもう一話近いうちに投稿できるかも。
次回は優たちとエリアスのお話。お楽しみに。


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彼らとカノジョ

追加版投稿です。シノアたちとエリアスの交渉シーン追加で大体5000字プラス。予想以上に長くなった。
あと、感想でエリアスの容姿についてあったので改めて。髪が純白の乳上、もしくは乳王様です。イメージとしては人間だった頃が乳王様で、吸血鬼になった今が乳上ですね。


 日本某所。海岸沿いにある名もない村。村とは言っても世界滅亡を経て無人となった集落に生き残った人々が住み着いているだけだ。

 

 そんな小さな村に彼等はいた。

 

 あの名古屋空港で行われた禁忌の術式《終わりのセラフ》から辛くも逃れたシノア隊と鳴海真琴、そしてミカエラの七人。今や脱走兵となった彼等は日本帝鬼軍から見つからないようにこの村に身を隠し、食料と寝場所を提供してもらう代わりに、時折襲撃してくるヨハネの四騎士の対処をしている。

 生き残った人々にヨハネの四騎士に対抗することなどできる筈もなく、これまで仲間が殺されるのを黙って見ているしかなかったところにシノア達が来たのだ。何もできなかった人々からすれば食料など安いもの。死を怖れ安心して眠ることすらままならなかったのだから。

 

 こうした理由からシノアたちと村の人々の関係は極めて良好だ。

 

 

「空が青いな……」

 

 世界が滅亡しても変わりなく広がる大空を何処となく茫然と見上げ、建物の外壁に背を預けた優一郎が呟く。

 

「な〜に黄昏てるんですか優さん」

「……シノアか」

 

 そんな優を見つけたシノアが声をかけてきた。

 

「いや、俺たちこれからどうするんだろうなって考えてた」

 

 あの名古屋空港での一件から既に一ヶ月。こうして隠れ、帝鬼軍から逃れているものの、この状況が長く続くとは思えない。帝鬼軍だって無能ではないのだ。いずれここも見つかると考えた方がいいだろう。

 

「いつまでもここに留まるのはマズいですよね。ですが動けば帝鬼軍に察知される可能性大ですし、もっと問題なのは……」

 

 更に問題なのは吸血鬼なのだ。

 ミカによると人間が《終わりのセラフ》を行ってしまった以上、確実に上位始祖会が動くと言う。そうなればかつて戦ったアークライトと同じ上位始祖が日本に集結し、本腰を入れて日本帝鬼軍の殲滅が開始される。優の事も上位始祖会に報告されているのは確実で、ほぼ間違いなく狙われる。下手をしたら単体で帝鬼軍を殲滅可能な上位始祖から、複数同時に、である。

 

 いくら強気が常な優でも、そんなバケモノを相手にするのは避けたい。勝率など皆無だ。

 

「帝鬼軍もダメ、吸血鬼もダメ。ほんとどうすりゃいいんだ」

「逃げ続ける……という訳にもいきませんよね。君月さんの妹さんも取り返さないといけませんし」

「グレンの奴もだ。あいつには聞かなきゃならないことが山ほどある」

 

 道は険しく、備えも乏しい。しかし止まるという選択肢はない。

 

 優に背を向け、果てしない青空を見上げ、肩越しにシノアは言う。

 

「これからを決める為にもまずは話し合いです。来てください優さん。みんなで今後についての会議です」

「ああ、わかった」

 

 二人で広場に向かう。到着すると既にシノア、優以下の全員が集まっていた。

 

「遅いぞお前ら」

 

 そう言ってきたのは帝鬼軍の軍服を着崩した鳴海真琴。今のように辛辣で厳しいことを口にするが、その奥には仲間を失いたくないという想いが隠れている。

 これ以上犠牲を出さないがため現実的に物事を考え、結局は彼も仲間思いな何かと頼りになる最年長だ。それでも成人を迎えてはいないのだが。

 

「すみません。――さて皆さん、もう何回目か分かりませんが、これからのことを話し合いましょう」

「もう何度話しただろうな。それで結局、結論は出ていない」

「まぁまぁ鳴海さん。議論を重ねればいずれいい案が思いつくかもしれません。――ではみっちゃん」

「うん?」

「話し合う前に前提条件をお願いします」

 

 なんであたしが……とぼやき渋々だが、正確に今の状況を提示していく。

 

「あ〜、そうだな。ええと――」

 

 一つ。日本帝鬼軍は優や与一、君月の妹の未来を使って、《終わりのセラフ》なる怪しい実験をしていた。

 

 二つ。帝鬼軍の元締めである柊家は目的と大義の為なら、平気で仲間や同じ人間を殺す。優たちが実験対象である以上、近づくのも捕まるのも論外。

 

 三つ。だがこのまま逃げ続けるのも難しい。帝鬼軍は脱走者である自分たちを、特に優を血眼になって探している。ここもいずれ見つかる。自分たちがここにいる限り、村人たちも巻き込まれるだろう。

 

 そこまで聞いて君月が優に流し目を送る。

 

「じゃあ出て行こう。村の人達を巻き込めない」

「だが何処へ逃げる? 日本にいる限り追手は来る。海外にでも出るか?

 だが人間に海は渡れないぞ」

 

 具体的な部分がない優に鳴海が物申し、真っ先に思いついた案を言うものの、それは鳴海本人に否定された。

 

 この村は海岸線に近い所にあるので、開けた場所にいけば海が見える。いま優たちがいるここもそうだ。

 鳴海の言葉に自然と皆が海を見るも、そこには世界滅亡前と一変した姿があった。

 

「世界滅亡と同時に毒に染まり、おまけにヨハネの四騎士を超えるバケモノが闊歩してる」

 

 ふと視線を向ければ何処までも続く蒼く美しい水平線が見えただろう海は、今になっては見る影もない。

 

 赤、赤、赤。元の色から反転したように、蒼い海は真っ赤に染まっていた。まるで血の池地獄。この世が世界滅亡後の世紀末と言うなら、ある意味これ程如実に表した光景はない。

 

「……海が血みたいだ……。僕……世界崩壊してから海みたことなかったんだけど、こんなに変わっちゃったんだね……」

 

 そう呟いた与一からはどことなく寂しさが感じられた。

 都会の老朽化したビル群はまだよかった。だがこうも世界が変わってしまったのをまざまざと見せられると、何か思うことがあるのかもしれない。

 

「海外には出られない。逃げ場なく、追手は際限なくやってくる。数回なら対処できるが……」

 

 懐から錠薬が入ったケースを取り出し、鳴海は続ける。

 

「それも鬼呪促進薬があるうちだけだ」

 

 薬が切れてしまえば戦えない。ヨハネの四騎士は少数なら何とかなるが、もし一騎当千の吸血鬼や数と連携の帝鬼軍が相手では瞬殺も有り得る。

 薬によって鬼の力を多く引き出している分、薬がなくなってしまえば戦力が大幅に低下する。鬼の力を追求せず、力の引き出し方を内ではなく外に求めてしまった弊害だろう。

 

「帝鬼軍は優を狙っている。絶対に諦めはしない。それに私たちは脱走兵だ。捕まれば良くて二度と日の光は拝めず、悪ければ処刑だ。戦力が少ない帝鬼軍がむざむざ黒鬼という手駒を捨てるとは思えないが、それにしたって五体満足ではいられない。更にここには吸血鬼もいる」

 

 チラリとミカエラを見る。

 

「帝鬼軍が吸血鬼を生かしておく筈がない。お前だけなら逃げるくらいはできるだろうが……」

「…………」

 

 言うまでもない、と鳴海を睨むミカエラ。

 

「と、まぁこんな状態だ。少なくとも投降という選択肢はない。ここまでは前と同じ結論だ。で――」

 

 結局、そこに行き着く。これまで何度か議論を重ねているが、その度にここで行き詰まってしまうのだ。

 だから今回は別の要素を取り入れる。

 

「おい吸血鬼」

 

 人とは違う、吸血鬼側の存在だったミカエラだ。

 

「君には何か案はないのか?」

「…………あるにはある」

 

 一度優と視線を合わせ、暫く何かを考えるように逡巡した後、ミカエラは口を開いた。

 

「……《終わりのセラフ》の実験をしている吸血鬼がいた。僕を飼っていた女王だ。彼女はたぶん……信用できる」

 

 もしくは、と言葉を区切り、

 

「アークライト=カイン・マクダウェル」

 

 その名に全員がビクリと肩を跳ねさせた。

 

「確かその吸血鬼は……」

「ああ。始祖の頂点、最強の吸血鬼、吸血鬼の王。第一位始祖だ」

「な……! あのバケモノのことか!?」

 

 そう声を荒げる鳴海。

 何度か接触し、優にいたっては直接戦いもしたシノアたちと違い、鳴海はアークライトが何者なのかを知らなかった。

 第一位始祖という最強の始祖が日本に来ていたなど、驚いて当然だろう。空港での神話とも言っていい戦いを見ていれば尚更だ。

 

「これは女王から聞いた話だけど、第一位始祖が統治するアメリカの地下都市では、吸血鬼と人間が共存しているらしい」

 

 己の耳を疑った。

 共存? 吸血鬼と人間が?

 シノアたちにとって吸血鬼とは頂点捕食者。紛うことなき上位存在であり、それ故に人間を見下し、家畜として扱う。いつ気紛れで殺されるかもわからない。吸血鬼に囚われた人間を解放するという目的もあって戦ってきたのだ。

 

 なのに共存とはなんだ。もしそれが本当なら、これまで吸血鬼と戦ってきた意味とは……。

 

「……とても信じられないな。私は帝鬼軍で吸血鬼は不倶戴天の敵だと教わってきた。吸血鬼の殲滅なくして人類の未来はない、とな。お前のソレは、我々の常識を根底から覆すものだ」

「……俺も鳴海と同意見だ。正直、言葉だけじゃ到底信じられない」

 

 鳴海、君月と否定の意思が続く。ミカエラはそれに憤ることも皮肉を返すこともせず、まるで予想通りと言わんばかりの苦笑を浮かべていた。

 

 二人の意見は尤もだ。ミカエラの言葉はこれまで信じて進んできた道を最初まで引き返すのに等しい。

 事実、他の皆も戸惑いや困惑を浮かべていたり、複雑な表情で黙り込む、腕を組んで考え込むなどして、一様に受け入れ難いようだった。

 

 ただ一人、顎に手をやり静かに思索するシノアを除いて。

 

「…………」

「ん? おい、シノア。どうしたんだ?」

「……みっちゃん。私はミカエラさんの話を信じるに値するものだと思います」

 

 ミカエラも含め、全員がシノアを注視した。

 

「な……ッ! 本気かシノア!? いくらなんでも荒唐無稽すぎる――――」

「そうでもないと説明できない事が多すぎるんですよ。みっちゃんだって心当たりはあるでしょう?」

 

 まくし立てていた三葉がうっ、と言葉を詰まらせる。

 

 優たちも思うところがあるようで、やはり反論できないでいた。鳴海だけは何が何だかわからず、首を傾げているが。

 

「彼らは日本の吸血鬼ではありません。種族が同じだからといって同一に捉えてしまうのは視野を狭めてしまいます。確かに戦いはしましたが、私たちは生きています。第一位始祖である点や空港の一件も含めて考えれば――わかりますよね?」

 

 そう、アークライト然りキスショット然り。彼らは並ぶもの無き絶対強者。その気になれば自分たちなど、認識する暇もなく刹那のうちに殺せるだろう。

 

 そんな存在と何度も相対している。それも死なずに。多少の負傷はしていても、致命傷はない。

 

「それは私たちを舐めていたから……」

「だからと言ってそう何度もですか? 何より彼らに侮りなんて無いのはみっちゃんだって実感しているでしょう」

「ぐぬぬ……」

 

 尚も三葉は反論するもシノアの正論にぐうの音も出なくなる。

 

「それに、彼らは私たちや優さん、ミカエラさんを助けてくれました」

 

 彼らは彼らなりに目的はあるのだろう。だが、助けられた事実はなくならない。

 もし殺す気があるなら今ごろ命はないし、策に嵌るにしてもあまりに回りくどい。そもそもそんな面倒な手段をとらなくても正面からやれば済む話。絶対強者であるアークライトとキスショットが小細工を弄する必要などないのだ。

 

 極めつけは名古屋市役所でのアレ。自分が最も望んだ理想の世界にして、過去の後悔を強く刺激し、己の心を試す夢。誰も自分が見た夢の内容を語ろうとしないし、互いに聞くこともない。

 シノア隊のメンバーは過去への後悔と葛藤を何かしら抱えていた。優は家族、君月は妹、与一は姉、三葉は仲間、シノアは己。奥底に刻み込まれた自身を構成する根本。後悔、自責、自己嫌悪、空虚、それら全てを以って今の自分がいる。身を削る程のトラウマでありながら、決して忘れ去ることのできない(カルマ)

 

 だが、ソレが無意識にすら影響を及ぼし、結果、いらぬ結果を生み出してしまうことがある。事実、優は独断専行上等の問題児で、君月は優秀であるも協調性がなく孤立し、与一は自己主張ができない引っ込み思案のパシリ扱い。シノアは感情が薄く今にも消えてしまいそうな儚い雰囲気を纏い、三葉は頑固で融通の利かない堅物だった。シノア隊となったことで緩和してはいるものの、時々ソレは姿を現している。

 

 トラウマとは、単に乗り越えればいいものではない。行動に影響する程のトラウマなど、早々に克服できるものか。

 

 何に対しても越えられないのは別段怖くはない。最も恐ろしいのは、退くことなのだ。

 

 立ち止まってもいい。怯えてもよい。挫けても構わない。だが、逃げることだけは――退くことだけは、絶対にしてはならない。

 

 ――――そして彼らは、誰一人として”理想(幸せ)”に逃げることはしなかった。

 

 乗り越えた訳ではないのだろう。納得した訳ではないのだろう。忘れた訳ではないのだろう。それでも、確かに前へ進んでいた。

 

「ここまで助けられておきながら、吸血鬼だからという理由で疑うのは色々どうかと。少なくとも一考する価値はあると私は思います」

 

 優とミカエラがそれを言われると弱いのか顔を見合わせている。直接な形で救われ、そして話もしたのが二人なのだ。その時に感じた印象からして、これまで感情がないと決めつけていた吸血鬼とはとても思えない。正直なところ、実は人間なのではと感じてしまう程に。

 

 と、ここで蚊帳の外だった鳴海が待ったをかけた。

 

「おい。私を除け者にして話を進めないでくれないか?

 いったい何のことなのか説明してくれ」

 

 あっ、忘れてた、と言わんばかりの表情となるシノア隊メンバー+ミカエラ。さすがにカチンときた鳴海だが、「自分は年上だ、余裕を持て」と己に言い聞かせるように呟き、怒りを抑えていた。

 

 代表してシノアが掻い摘んでこれまでのことを伝える。聞き終わった鳴海は腕を組んだ。

 

「なるほど。吸血鬼がそこまでしたとなると、確かに一考の余地はあるな。だが、それには問題がある。その第一位始祖はアメリカの吸血鬼なんだろう? なら今も日本にいるとは限らない。そもそも接触するにしてもどうやるつもりだ?」

「それについては問題ないと思う」

 

 鳴海が出した尤もな懸念を、真っ先に否定したのはミカエラだった。

 

「……問題ないとは?」

「僕らが助けられた時、彼女は《終わりのセラフ》の依代の確保が目的の一つだと言っていた。そしてその依代だと思われる優ちゃんはここにいる。ならいずれ、あっちから接触してくる筈だ」

「え? なんですかそれ聞いてないですよ」

「は? え、優ちゃん、言ってなかったの?」

「…………」

 

 初耳だったのかシノアが面食らい、ミカエラが優を見るが、その優は気まずそうに視線を逸らした。

 

「優ちゃん……まさか」

「……悪い、言うの忘れてた」

 

 基本的に優以外にはあまり心を開いていないミカエラが他のメンバーと自分から会話することは殆どない。話しかければちゃんと返すし、真面目に考えもするが、吸血鬼である疎外感からか自ら距離を置いている。

 

 ならばスーパーでのキスショットとの一件に関しては、優が皆に話しておくべきだったのだろう。

 しかし連続で起きた衝撃的な出来事や、帝鬼軍からの逃走、食料と水の確保などに奔走しきりで完全に頭からすっぽ抜けていたようだ。

 

 何が悪かったかと言えば、色々だ。忘れてた優もそうだが、この後に及んで未だ皆と距離を置くミカエラも悪い。それにタイミングもだ。

 

 だから優を責めることはせず、取り敢えず感じる筈のない疲れを感じて溜息を吐いた。

 

「兎に角、接触してくるのは時間の問題、と言うことだ」

「……ふむ、そうなると本当に信用できるかが要点だな。だが、確かにそれが現状で最も安全かもしれない。私はこの吸血鬼の意見に賛同する。君らはどうだ?」

「俺も賛成だ。今の俺たちには何の備えもない。十分に備えるには組織に頼らないと無理だが、帝鬼軍は絶対に信用できない。ああは言ったが、選択の余地はないだろうな。少なくとも今は、人間より吸血鬼の方がマシだ」

「……ま、それしかないか。いつまでもこうしてる訳にはいかないからな」

「日本帝鬼軍よりヤバい組織なんてそうありませんからね〜。その点、皮肉ですけど吸血鬼の方が信用できます」

 

 次々とミカエラの意見に賛同していく。否定していた鳴海に君月、慎重だった三葉、シノアに至ってはミカエラを援護し、唯一何も言わなかった与一はただ笑顔を見せてくる。

 予想外だったのか、最後には自分の意見が通ってしまったミカエラは、呆気にとられぽかーんとしていた。ちなみに優は、「どうだ俺の仲間は!」と言わんばかりのドヤ顔を披露していた。

 

 この日ようやく、停滞していた結論が出たのだ。

 

「では、結論は出ましたか」

 

 だから、なのだろう。完全に気が抜けていた。

 

「日本帝鬼軍を抜けたあなたたち(・・・・・)の次の目標は、我々アヴァロンの吸血鬼(・・・・・・・・・・・)と接触する。と言うことでよろしいですね?」

「お〜――――え?」

 

 拳を突き上げようとした優の声と動作が止まる。今のは誰だ、と。思わず反応してしまったがこの場にいる誰の声でもなく、こんな丁寧口調の者もいない。

 

 全員がバッ、と謎の声の方を向く。

 

 

「ようやく気付いてくれましたね。初めまして皆様。エリアス・アラバスターと申します。第一位始祖アークライト=カイン・マクダウェル様の使いとしてやってきました」

 

 

 実に懇切丁寧で穏やかな声色で、メイド服姿の吸血鬼がそう告げた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「初めまして皆様。エリアス・アラバスターと申します。アークライト=カイン・マクダウェル様の使いとして参りました」

 

 そう言う以上、彼女も吸血鬼なのだろう。吸血鬼特有の白い肌に紅い目。ただ、白いといっても生気の感じられない蒼白さはなく、磨き上げられた陶磁器のように滑らかで綺麗な肌だ。瞳も血のように真っ赤ではなく、宝石のルビーのごとく美しい。どこかあの第一位始祖を彷彿させる。

 

 だが、これまで会った吸血鬼とは悉く180度反転したような懇切丁寧さと、メイド服という場違いにも程がある服装が優たちの思考を遅らせる。端的に言えば唖然としていた。

 最も早く再起動を果たしたシノアが辛うじて声を絞り出す。

 

「き、吸血鬼……?」

「はい。アークライト様付きの筆頭メイド長、エリアス・アラバスター。正真正銘、吸血鬼です」

 

 ふわりと微笑んでみせる。与一、君月、優の三人組が思わず頰を赤らめた。唯一鳴海だけは警戒心の方が強いのか変わらなかった。若干引き締めた表情が崩れそうになっていたが。

 吸血鬼は容姿の優れた者が多いが、エリアスは別格だ。かつて世にいた女優らは揃って敗北を認めてしまうだろう。

 

 すらりとした女性としては高めの身体は見事に均衡が保たれ、まさに黄金比。特に胸部装甲など、女性組で特に発育がいい三葉が即白旗を上げる程のものだ。そんな肢体を清楚なメイド服が包んでいる。かつてあったメイド喫茶のなんちゃってではなく、マジなメイド服だ。

 

「……元日本帝鬼軍軍曹、シノア隊隊長の柊シノアです」

「ええ、話はずっと聞いていたので名前は把握しています」

「ずっと、と言うとどの辺りから……」

「三宮三葉が前提条件を話し始めた辺りから。いえ、正確に言いますとあなたたちがこの集落に辿り着く前から見ていました」

 

 シノアたちは絶句した。つまるところ監視されていた訳だ。この場に都合良く現れたのはタイミングを見計らっていたということか。

 ここにはかつてグレンを一時圧倒したミカエラもいるというのに、違和感すら感じさせないとは、それだけでエリアスが圧倒的強者であるのがわかる。

 

「時々あなたたちが気付かない程度に露払いもしていたのですよ」

「露払い?」

「アークライト様は天使の天敵にして大敵。例外的にヨハネの四騎士から積極的に狙われます。その血を引くイヴ様も私も同様。気配は隠してはいましたが、完全にとはいきません。なので私に引き寄せられてきたヨハネは、あなたたちが感づく前に始末していました」

「あの第一位始祖の眷属!? それはつまり貴女も貴族であると……」

「いえ。確かにアークライト様の眷属ではありますが、貴族ではありません。なにせ空きがなかったので。そこの百夜ミカエラと同じですね」

「…………」

 

 逃げる選択肢はなくなった。アークライトの眷属というならば、少なくとも自分たちでは絶対に勝てない。彼女がその気になれば刹那の間に殺される。

 

「そんなに警戒しないでください。我々と接触すると決めたのはあなたたちでしょう。私に害意はありません。穏便にと言われていますので」

「……あまりに突然だったので」

「それは申し訳ありません。何事にもタイミングが重要ですね」

 

 シノアは確信した。この吸血鬼はとんだ食わせ者だと。

 やはり彼女はあえてこのタイミングに現れたのだ。なにせ自分たちは何の準備もしていない。交渉材料も、打ち合わせも、方法も。出掛かりを完全に潰されている。

 更に、それをわざわざシノアに悟らせるように言葉にした。つまり遠回しに交渉をしようと持ちかけているのだ。もしくは彼女なりに試しているのかもしれない。この状況でどれだけ利を引き出せるか、彼女たちが本当にアヴァロンへ招くだけの価値があるのか。

 

 これらをシノアは瞬時に判断した。伊達に魑魅魍魎が闊歩する柊家を出ていない。交渉のノウハウくらいはわかっている。

 恐らくここから先はシノアの手にかかっている。他の皆にこんな食わせ者の相手は無理だろう。感情が薄い自分だからこそ、ここはやるしかないのだ。

 

「ここからは私に任せてください。彼女との交渉は私がやります」

「大丈夫なのかシノア?」

「……正直、自信はありません。でも、やるしかありません」

「……わかった。ここはシノアに任せる。皆もそれでいいな?」

 

 三葉の問い掛けに無言の肯定が返された。シノアは「ありがとう」と言って、エリアスの近くまで歩いていく。

 

「そんなに近づいてよろしいのですか?」

「穏便に、と言われているのでしょう?」

「……ええ。なるほど。歳に似合わぬ胆力、なかなか見どころがあります。それでは、交渉を始めましょう」

 

 吸血鬼と人間、交渉という名の戦いが始まった。

 

 まずエリアスは、アヴァロンへ来るにしても何の保障もないのは不安と不和の元にしかならないから、幾つか条件をつけていいと提案してきた。

 なんとも破格な待遇に見えるが、実際は違う。シノアとエリアスでは立場が違いすぎる。シノアは挑む側で、エリアスは挑まれる側なのだ。相手は高みから椅子に座り見下ろしているのに対し、こちらは策を弄し同じ土俵に下ろさなければならない。

 つまるところあまりに不利なシノアに譲歩しているのだ。強者(オトナ)弱者(コドモ)にハンデを与えるように。ここまで来てみろと。

 

 完全に舐められているが、そうでもしないとそもそも勝負にならない。遠慮なく頂くことにした。

 

 シノアが提示した条件は三つ。

 

 一つ、アヴァロンに行くにあたって行動の自由を縛らないこと

 二つ、強要をしないこと

 三つ、自分たちの衣・食・住の保障

 

 出された条件を聞いてエリアスは「ふむ」と考え込む。

 

「随分と控え目ですね。もっと有利な条件をつけることも可能でしょう。本当に最低限です」

「そこまで贅沢は言いませんし、身の程知らずでもありません。譲歩して貰った恩を考慮しているつもりです」

「正直に言いますね。交渉という面では失格ですよ」

「ええ、その通りです。でも、偽りと欲で塗り固めるよりはマシです」

 

 エリアスは内心で笑んだ。愚かさを嘲笑っているのではない。その愚直ながらも真摯で真っ直ぐな心根を賞賛しているのだ。

 

 交渉としては失格だろう。それでも人としては合格だ。こんな世の中になっても変わらない人の皮を被った魑魅魍魎よりずっといい。

 

 過去の経験からエリアスは、そんな輩を酷く嫌悪している。善人ぶった面で嘘を真実だと息のように吐き、私欲を肥やすことしか頭にない本当の意味で人の道を外れたクズ共。例えるなら日本帝鬼軍を牛耳る柊家。エリアス的に遭遇すれば即殺確定だ。

 

 その点、このシノアという少女はなんと真っ直ぐなことか。名前からして件の柊家の出なのだろうが、よく歪まず育ったものだ。過去はどうかわからないが、重要なのは今。

 もうこの時点でエリアスはシノアを認めていた。彼女を信頼して任せた彼女の仲間も同様だ。

 

「提示された条件の半分は呑みましょう」

「半分とは?」

「三つの条件それぞれに訂正を加えます」

 

 まず一つ目。行動の自由を認める代わりに、こちらの指示もある程度は聞いてもらう。

 次に二つ目。強要はしない。ただし協力はしてもらう。

 最後に三つ目。保障はする。ただし働け。

 

「は、働く?」

「都市の修復の手伝い、定期的にやってくるヨハネの討伐参加、地上探索への協力、などなどです。この国に働かざる者食うべからずという諺があるように、相応の対価は支払ってもらいます」

「えっと、まぁ、別に構いませんけど。今までも似たようなことはやって来ましたし……」

 

 まさかの展開に困惑気味のシノア。誰も吸血鬼から働けなどと言われるなど予想できないだろう。

 

「これで良いなら、必要な情報の提供も条件に追加しましょう」

「え!? いいのですか? そちら側のデメリットになりかねませんが……」

「ふふ、本当に素直ですね。元々、情報の提供というのはイヴ様が百夜優一郎に約束したこと。これを反故にしてはイヴ様、ひいてはアークライト様の沽券に関わります。なによりメリットだけというのも怪しくなってしまいますからね」

 

 つまり、お互いに適度なメリットとデメリットがあった方が信用できるのだ。

 

 シノアたちは衣食住と安全、情報などを得る代わりに、常に複数の最上位クラスの吸血鬼に見張られるというデメリットを。

 アヴァロン側はアークライトの思惑通りに複数の《終わりのセラフ》の依代を手元に置ける代わりに、同時に未だ暴走の危険性が少なからずある優を抱え込むというデメリットを。

 

 互いに下手な手段は取れない状態になる。ただ一方的なメリットがあるより、こういった関係の方が意外と安定するのだ。

 

「なるほど。確かにそれはそれでありかもしれませんね。では、これで……?」

「ええ、契約成立です。アークライト=カイン・マクダウェル様の第二眷属、エリアス・アラバスターの名を以って契約の遵守を誓います」

 

 ここに契約は成った。エリアスがアークライトの名を出してまで誓った以上、これを破ることはない。

 

 その宣誓が本心だと悟ったシノアは、安心したのかその場にへたり込んでしまった。慌てて優たちが駆け寄ってくる。

 

「おい、大丈夫かシノア」

「き、急に力が抜けてしまいまして……。ちょっと暫く立てそうにないです」

 

 よほど緊張していたのだろう。完全に腰が抜けてしまっている。

 その様子を見かねてエリアスが歩み寄り、手を差し伸べた。シノアは暫く迷い、手を取って立ち上がる。

 

「すみません。ありがとうございます」

「いえ、謝るのはこちらです。試すような真似をして申し訳ありません」

 

 謝罪の末、頭を下げるエリアス。シノアがわたわたと慌てる。

 

「ちょ、頭を下げなくていいですから! と言うか、人間に謝るなんて本当に貴女は吸血鬼ですか!?」

「アークライト様とアヴァロンの為なので後悔はありませんが、あなたたちを追い詰めたのは事実。今後の為にも謝罪は当然。なにより、たとえ人を外れ吸血鬼になろうと、心まで忘れたつもりは微塵もありません」

「うっ……」

 

 最後のその言葉が、意図なくミカエラに突き刺さった。表情を歪めたのは一瞬で近くいた優と感覚が鋭いエリアスしか気づかなかったが、優は悲しくも決意を固めた目をするだけで何も言わず、エリアスはあえて黙っていた。

 

「でも、良かったのですか?

 穏便にと貴女の主人から言われたのでは」

「ご心配には及びません。沙汰があるなら甘んじて受けるのみ。それに、盲信と忠信は違いますから」

 

 尤も、アークライトなら何のお咎めもないだろう。斬りかかってきたミカエラまで善いの一言で許すくらいなのだから。

 

「では早速、準備を急いでください。それでは皆様――」

 

 姿勢を正し、赤い海をバックにエリアスが、見惚れる笑みで言う。

 

「あなたがたを、アヴァロンへご招待いたします」

 

 確実に、世界は変わろうとしていた。

 

 

 




尚、エリアスが条件に追加したことが似通っているのはちゃんと意味があります。
恐らく次回から暫くは幕間、アヴァロンでの日常編です。原作での第二部に入るのはもう少しあとかと。アークライトとキスショットの出会いや大喧嘩も書いていきたいと思います。


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彼方のアヴァロン

前回投稿時に番外編よりまず本編をひと段落させて欲しいと感想であったので、番外編と同時進行でいきたいと思います。
今話より原作第二部前、優たちが日本に戻るまでの閑話に入りますが、他にも帝鬼軍の様子やウルドやレストなどの吸血鬼側など、5000字前後の短めで書いていきます。

尚、今回は優たちのアヴァロン入りですが、細かいとこまでやると時間と字数がえげつないことになりそうなので、かなり簡略してます。そこら辺は後々区切りながら書いていくのでお待ちを。

番外編も続けていくのでよろしくお願いします。



 空には淡くも暖かな光。ここは地下都市の筈だが、聞くところによると都市全体を照らす程の光量を放出する魔法道具(アーティファクト)だと言う。

 

 記憶にあるかつて囚われていたサングィネムに比べれば幾分か小さく感じるが、実際の印象は全くの正反対。ひときわ高い塔が象徴的なレーベンスシュルト城と城を中心に八方向へ伸びる大通りを基点とし、ある程度高さの揃えられた建物が軒を連ねてアヴァロンという都市を形成している。

 サングィネムは人間と吸血鬼が完全に区別されていた。吸血鬼は豪華絢爛な屋敷に住み、人間の子供たちは廃墟よりはマシな小さい小屋に肩を寄せ合って隠れるような状態で生きていた。そう、最低限に生きていける、まるで家畜のように。いつ気まぐれで殺されるかもわからず、血の代わりに生かされ、管理される家畜。

 

 だが、サングィネムと同じ吸血鬼の地下都市の筈なのに、このアヴァロンは違った。

 眼下を見やれば綺麗に整えられ、生活環境が整えられた街並み。大通りは人が行き交い、聞こえてくる喧騒がそのまま活気を表していた。生活基準は世界滅亡前とは比ぶべくもないが、人々の顔からは不便さや不安といった負の感情は見られない。むしろ日本帝鬼軍の本拠地である渋谷に住まう人々よりも、ずっと生気に満ち溢れている。

 

 これだけ見るなら驚きつつも笑みを浮かべて、世界が滅亡しても変わることのない人の強さに励まされることだろう。しかし、その中に敵であり復讐の相手でもある吸血鬼が混じっている光景がストップをかける。

 しかも記憶にあるような感情が薄く人間を劣等種やら家畜やらと見下していたものではなく、傲慢さなど欠片も感じさせない顔で人間の輪に入り、更に種族の違いなど関係ねぇとばかりにお互いに笑い合い、トドメには人間たちもそれが普通なのだと受け入れているのだ。

 

 今までやってきたのはなんだったのか。これまでを全否定されたような気分になり、溜め息を吐いて視線を目の前に戻した。そして手を規則的に力を入れ過ぎないよう繰り返し振り下ろしていく。

 

 隣でサポートをしているチームリーダーに動きを止めずに一言。

 

「……なぁシノア。俺たち、なにやってるんだろうな」

「なにって……優さん――――」

 

 エリアスとの交渉より早くも二週間。シノア隊+鳴海真琴はアヴァロンへ。最初こそ驚愕のハメ技コンボでHPがレッドゾーンに突入したが、暫く過ごしてみればもう慣れてしまった。そう、今の状況にさえも。

 

「傷んだ屋根の修理ですけど?」

「いやそうだけどさぁ!!」

 

 現在、優とシノアはお仕事中だった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 あの交渉の後、シノア達はすぐに準備に取り掛かった。日本から出る以上、お世話になった集落の人々を残していく事になるのがかなり未練となったが、そこは抜け目のないエリアス。後数時間もすればここに帝鬼軍の捜索隊が来るよう仕向けたらしい。帝鬼軍は生き残った人間の受け入れもしている為、優たちがいた形跡を残さなければ順当に保護してもらえるだろう。

 尚、それを知ったシノアは落ち込んだ。何故なら交渉など最初からエリアスの勝ちが確定していたのだから。帝鬼軍が来ることを交渉に持ち出されていたらもう詰みだった。交渉とは準備段階で勝敗が決するもので、その点まさにエリアスは用意周到だ。シノアは自分のスキルなどエリアスと比べれば月とスッポンだと遠い目で悟った。

 

 集落の人々が大丈夫なら、もはや後顧の憂いなし。荷物――と言っても鬼呪装備とポケットに入る程度のものしかないが――を纏め、いざアヴァロンへ。

 どうやってアメリカまで行くのかと疑問に思ったのも束の間、エリアスの影が大きく広がり、全員を呑み込む。エリアスがアークライトより教えを受けた精霊魔法、影の転移ゲートによってほんの数秒でアヴァロンへついた。

 

 そこからはもう悟りを開いてしまうと言わんばかりに、優たちのSAN値を削る驚愕の連続だ。

 

 まずアヴァロンとは昔アークライトが領主をしていた頃に呼ばれていた名であり、現在のアヴァロンはアークライトが吸血鬼だと知って尚ついてきた人間と、人間との共存を望む異端の吸血鬼が集まって誕生した地下都市だと言う。

 そんな馬鹿なと最初は一蹴した優たちだが、実際にアヴァロンを数刻ほど見て回れば信じるしかなくなった。なにせそこには人間と吸血鬼が、人間よりも人間らしく生活していたのだから。

 加えてアヴァロンは世界滅亡時、どの地下都市より早く人の保護に動いていた。黙示録のウィルスは全世界同時多発的に発生した上、突然のこと故にウィルスを死滅させるワクチンを何百万分の一まで薄めたアークライトの血から精製するのに時間がかかり、更に絶対的な人手不足が重なったこともあって多くは救えなかった。効率的に量産できるものでもない為、ワクチンが供給できた範囲はせいぜいアメリカ合衆国程度。それこそアークライトにキスショット、エリアスが出張っても間に合った数は合衆国全体のほんの数パーセントだろう。だが、何も出来なかった人間や、あまつさえ世界滅亡の原因を作った柊家より遥かに立派だ。

 生き残った人たちは、アヴァロンの真上にある街を整備し、物理的・魔術的な防御を施して暮らしていると言う。

 

 アヴァロンに着いて数時間しか経っていないのに、逃亡生活を続けていたこの一ヶ月より多大な疲れを感じた。これまでの常識を根底から覆す驚愕の連続に、身体的ではなく精神的に参ってしまったのだろう。

 このままアークライトと謁見するには些か問題ありと判断したエリアスは、逃亡生活でまともに着替えや身体を洗うこともままならなかったのか臭いが酷いことも加わり、明日まで休むようにと伝え、(優たちにとって)激動の一日は終わりを迎えた。

 

 そこからアークライトとのやりとりがあったり、アヴァロンでの規則をエリアスから教えられたり、アヴァロンにいる間暮らす家を案内されたりと、トントン拍子にことが進んでいった。

 

 そして現在。アヴァロン北東部にある建物の上で、優とシノアは傷んだ屋根の修理をしていた。

 

「ほらほら優さん。口ではなく手を動かしてください」

「いやさぁお前、なんでそんなに平然としてんだよ。なんかおかしいだろ、今の状況」

「手を、動かしてください」

「……わかったよ」

 

 シノアから目が笑っていない笑みを向けられ、作業を再開する。それを見て優の問いにシノアが答えた。

 

「確かに優さんの気持ちもわかりますが、ここに来ることを選んだのは私たちです。それにこれは条件の一つですからね。……まさか本当に言葉通りだとは思いませんでしたけど」

 

 シノアとしては仕事をしろというのは比喩表現で、もっと何か別のことを想像していたのだ。だが蓋を開けてみればそのままの意味だった。

 アヴァロンに来てから都市の修繕などを主にやっている。何度かヨハネの撃退や地上の捜索など危険が伴うものもあったが、優たちシノア隊だけでなくアヴァロンの部隊も含まれているのでそうそう事は起こらない。

 帝鬼軍で吸血鬼と戦っていた時や、一ヶ月の逃亡生活と比べれば、なんと楽なことか。

 

 だが、そんなこれまで縁のなかった平穏な暮らしに、どこかむず痒いものを優は感じていた。

 

「本当に俺たちがやってきたことは何だったんだって気持ちになるよ。ここを見てると」

「来たばかりの頃は突っかかってましたよね、あのアークライトさん相手に。……見てるこっちは冷や汗どころか生きた心地がしないのでマジでやめてくださいよ」

 

 ミカエラからアヴァロンが人間と吸血鬼が共存している都市だと聞いたとしても、アークライトとキスショットが他の吸血鬼と違うと感じても、やはり優にとっては受け入れ難いものだったのだろう。

 

 だが、たとえそうでも第一位始祖に食ってかかるのはやめて欲しかった。見ているこっちは気が気でない。アークライトはその程度で気分を損ねたりしないとエリアスに言われても、相手が次元違いの超越者なのを考えると肝が冷える。一番怖かったのは優の物言いに満面の笑みを浮かべていたエリアスだったが。

 尚、その後に優たちの世話役として紹介された人物に、これまでで最大の衝撃を受けることになるのだが、それはまた別の話だ。

 

「俺が自分勝手なこと言ってたのは認めるけどよ、あいつもあいつだろ。無表情で淡々として。こっちに関心がないみたいで、サングィネムの吸血鬼どもを思い出してイラつくんだよ」

「その辺は慣れてください。エリアスさんが言ってたでしょう。アークライトさんは感情を表に殆ど出せないと」

「人見知りかってのあいつは」

 

 実はこのやり取り、アークライトにばっちり聞こえており、「これは仕様でコミュ障なんだから仕方ないだろぉ!」と内心で叫んでダメージを受けてたりしたが、キスショット以外にそれを悟れる者はいないので、シノアと優が知る由もない。

 

「取り敢えずそれは置いといて。まずここの修理を終わらせましょう。また君月さんや鳴海さんから毒舌が飛んできますよ」

「へいへい」

 

 トンカントンカンと、作業の音が響く。

 そうして修理が八割ほどまで進んだところで、再び優が何気なく口を開いた。

 

「なぁ……俺たち、このままでいいのか?」

 

 思わずシノアの手が止まる。

 

「このまま、とは?」

「今はこうして暮らせているけどよ、ずっとは無理だ。すぐにとは言わねぇけど、日本に戻らないと。君月の妹や柊家、それにグレンだって……」

 

 優の脳裏に涙を流したグレンが浮かぶ。あの涙が偽物だとは思えなかった。もしミカエラから聞いたように、鬼に取り憑かれてああなっているなら、絶対に放っておけない。

 君月の妹の未来も、自分のように何かの実験体にされているなら同じだ。仲間の家族なら優にとってもまた家族と呼べるのだから。

 

「ここに来て色々知って、頭が滅茶苦茶になるくらい驚いて、人間と吸血鬼が仲良くて、今までの俺がわかんなくなって、ホント意味わかんねぇよ。だけど、これは忘れちゃダメだ。俺たちにはやらなきゃいけないことがある」

「…………」

 

 やらなければならないこと。その言葉にシノアは思わず押し黙ってしまう。

 

 シノアはリーダーだ。忘れていた訳ではない。それでも今だけは、と甘えた考えがあったのかもしれない。これまで頑張ってきて、これだけ傷ついたのだから、今くらいなら、と。そんな言い訳で正当化し、自己の甘えを許していた。

 そんな余裕が自分たちにあるのか。人間は弱く脆い、一人では何もできない生き物だ。だからこそ知恵と知識を身につけ、何度も挫折と失敗を繰り返し、集まり群れて力を合わせ、そうして漸く偉業を成すことができるのだ。

 

 今この瞬間も、目的の為にやるべきことと、やれることがある。為すべきことを成してこそ、初めて大事を遂げられのだから。

 

「……優さんの言う通りですね」

「シノア……」

「私は、どこか甘えていました。私たちにはやらなければならないことがあります。まったく、優さんに言われて思い出すなんてダメですね」

「おいこら」

「褒めてるんですよ。事実、優さんに言われなければ、このままここの平和に浸かり続けていたかもしれませんからね」

 

 感じたことのなかった平穏は、常に滅亡と死が隣り合わせだったシノアたちにとってそれだけ甘美だった。優のおかげで早い段階で気付けたのは幸いだ。

 

 帝鬼軍は名古屋での一件で受けた被害やら次元違いの力を振るったアークライトへの対策やらで、そうそう復活できないだろう。《終わりのセラフ》でかなりの数がやられた吸血鬼も同上で、一体一体が強力でも絶対数が少ない吸血鬼では、失った戦力を立て直すのには時間がかかる筈だ。

 あの一件から一ヶ月以上経っているが、まだ猶予はある。だが多いとも言えない。残り少ないであろう期間で、何をやれるかが重要だ。

 

「だから、ありがとうございます。優さん」

「お、おう。ま、このくらいなんてことないぜ」

「では差し当たってですが――」

「やっぱ連携だろ。これからはミカと鳴海も加わる訳だしな。後は鬼との会話か? 俺もなんだかんだで阿朱羅丸と最近話せてないし「優さん」……」

「仕事、しましょうか」

「……だよな」

 

 今やるべきことはそれだろうと、二人は一刻も早く終わらせる為に作業へ戻るのだった。

 

 

 

 そして二日後。シノア隊並びにミカエラと鳴海は、廃墟にてエリアスと対峙していた。

 

 

 




次は二人のデアイ中編を投稿予定。


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二人のデアイ 上

みなさんお久しぶり。さて、今回は前々から予告していたアークライトとキスショットの出会いです。本当は一話で終わらすつもりだったのですが、予想以上に長くなり、上中下の三話構成となりました。もう内容自体は考えてあるので残り二話も近いうちに更新します。

尚、時系列は本編終了後です。


 なに、俺とキスショットの出会い?

 なんでそんな事を……是非聞きたい?

 う〜ん、どうしたもんか。いや、黒歴史ってわけじゃないし、むしろ一番大切な過去なんだけどさ。だって、恥ずいじゃん? 自分の恋路を他人に語るとか。

 

 キスショットだってそう――何故かイイ笑顔を向けてらっしゃる。

 儂は構わぬ? むしろ俺の口から聞きたい? さいですか。

 

 隠すような事でもないし、まぁいいか。

 そうだなぁ……だいたい1100年前。九世紀の中頃あたりだったな。

 

 俺の最盛期の最期の世紀だって?

 取り敢えずお口チャック。話し終える前に俺のライフが終わるから。

 

 この時で俺の歳は凡そ1200歳。

 吸血鬼って基本的に不老長寿だけど、俺に関しては本当に不老不死らしいよ。更に不朽不滅も付くみたい。物理的に完全消滅しても復活するかも。

 試す気ないけど。

 

 うん? いや、不老不死なんてそんな良いものじゃないよ。

 何があっても死なない――死ねないんだ。

 二百年程度ならまだいいだろうけどさ。十世紀だ。

 不老不死にありがちな、生きることに意味が持てなくなる。飽きてくるんだろうね。

 こればっかりは経験者じゃないと分からないな。

 

 話を戻すと、基本的に吸血鬼は不老長寿。生物として性能も高いから、外的要因で死ぬこともない。

 だから吸血鬼の死因は、自殺が大半。永く生きることで感じてしまう飽きには、始祖でも抗えないってことだ。

 これは俺も例外じゃなかった。

 

 不死の吸血鬼が自殺できるのかって?

 正確には不死じゃない。だって死ぬ方法があるのに、それを不死と呼んでいいのか微妙だろう?

 吸血鬼が自殺する方法とは、血を吸わないことだ。

 血を絶つことで肉体を維持できなくなるってのもあるけど、吸血鬼にとっての吸血は己の存在の証明なんだ。

 吸血鬼が血を絶つということは、己の存在を否定することに他ならない。

 長く血を絶てば、存在を保てなくなり、最後には崩壊する。

 

 そう、その通り。そうして鬼という存在が生まれる。

 

 あいつら――俺以外の最初の始祖が血族を残して逝っていく中で十一世紀も生きた俺も、そろそろ限界だった。

 そうして選んだ方法が、血を絶っての自殺。なにしろ馬鹿げた程の不死身だからな。それしか思い浮かばなかった。

 

 そんな時だった。俺がキスショットと出会ったのは。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 いつからだろうか。世界が薄く見えてきたのは。

 生きて生きて、また生きて。そして生きている事に意味を見出せなくなった。

 退屈を紛らわせようと色々やってみたが、長くは続かず。

 

 始まりの吸血鬼――アークライト=カイン・マクダウェルとして生まれて千年程。

 他の始祖が血族を残し、最後には血を絶って死を選んで逝く中、眷属も作らずに生きていた。だが、それも限界。

 

 そろそろ死のう。そう思い、血を絶った。しかし存在が存在故に、直ぐに渇きで死ぬこともない。

 

 ならば。

 最後にもう一度、世界を周ろうと放浪していた。血を絶って今日で凡そ十年と言ったところか。もっと経っているかもしれない。さすがに身体の働きが鈍く感じる。

 

 最期を迎えるなら北欧辺りがいいと思い、存在を隠蔽して人間の都市をぶらぶらと歩く。

 そんな時、妙な話を耳にした。童話なのか噂話なのか。しかし、詳しく聞こうとはしなかった。

 どうせいずれ死ぬ。今さら興味は湧かない。

 

 そうしてまたぶらぶらとしていた時だった。鼻孔を久しい匂いがくすぐってきたのは。

 

「……血の匂い」

 

 それも人間一人分なんてレベルではない。何千何万。大規模な戦争でも起こらない限りここまで濃くはならないだろう。

 だが、この辺で戦争の気配など感じない。

 

「…………」

 

 さすがにここまで濃いと何があったのか気になる。少し足を向けてみるのもいいだろう。

 そう思って血の匂いがする方向に行ってみれば――そこは血の海だった。

 

 赤赤赤赤、血血血血。そして死体死体死体、死体。どこに目を向けても例外なくそれが映る。

 周囲には、血を吸う鬼と言われる吸血鬼ですらも噎せてしまいそうな程に蔓延する血の匂い。

 長く生きているが、ここまでの絶景など見たことがない。文字通り、想像を絶する光景だ。

 魔法で浮遊しなければ移動もできない――足の踏み場もない有様だった。

 

「……なんだこれは」

 

 あまりに予想外。目を疑うような光景。

 しかし最も驚いたのは、これだけの惨状でありながら、この場が全く淀んでいない事だ。

 通常、戦争やこの場のように大勢の人間が死ねば、その場には負の思念が溜まる。

 特に戦争の激戦地跡など、下手に人間が踏み込めば憑き殺されるだろう。

 だがここは違う。負の思念が全くない。

 

 ひしめく死体の一人に近づき、死に際に浮かべたであろう表情を覗き込む。

 笑顔だった。歓喜だった。

 まるで、自ら進んで命を捧げたかのように。他も見てみるが、皆一様に笑顔。喜びのまま死んでいったようだ。

 

 若干高度を上げ、視界を広げて見る。やはり赤と血と死体。

 ここはそれなりに大きな国だったと記憶しているが、どうやら今や、国民全員がこの光景と化してしまったらしい。

 よくよく見ると、死体で道が出来ている。より正確に言うならば、一方向に向かって死体の数が増えていっている。

 

「…………」

 

 本当ならここで去るべきだろう。その先に待っているのは、確実に超級の厄介事に決まっている。

 だが、今の自分は血を絶ち、長くない時間で死に至る身。なら最期くらい、自分から厄介事に向かうのも一興か。自暴自棄とも言えるが。

 

 死体の数と共により濃くなっていく血の匂い。より濃くなっていく方に向かう。

 本当に国民全員が死んでいるようだ。国一つの民が全て死ぬというのも珍しい。例え、敗戦国に対してだろうとここまでしない。

 

 そうして暫く行ってみれば、死体に埋もれた小屋があった。

 いや、これを小屋と表していいものか。奴隷部屋の方がまだ立派かもしれない。

 しかし小屋である。中に人の気配があり、何やら料理をしている――生活をしているのだから小屋と言える。

 

 しかし、周りがこんな惨状にもかかわらず、普通に料理ができるとは。狂人の類だろうか。

 状況から考えれば、小屋の中にいる人物がこの惨状の関係者、もしくは原因だろう。

 

 念の為、魔法を発動できるようにしておきながら着地し、そっと扉を開ける。

 吸血鬼は招待されなければ室内に這入れないなんて言われているが、あくまでそれは、そう伝えられているだけであり、アークライトには何の影響もない。

 そもそもこんなボロい――と言うか脆い小屋に這入るのに招待が必要かと言われれば、些か疑問である。

 

 気配があるとは言え、本当に人がいるのだろうかと思ってしまう程だが、這入ってすぐにそれは払拭された。

 探すまでもない。

 土間で。火のついた竃で、ことこと鍋を煮ていた。質素な洋服にエプロンをつけて、自ら料理する彼女。なんと女性だった。その姿は一見普通。

 しかし彼女からは、隠しきれない程の何かが出ていた。最強の吸血鬼であり唯一の王、そう呼ばれるアークライトに勝るとも劣らない何かが。

 

「あら。どちら様でしょうか?」

 

 ノックもせずにいきなり見知らぬ男が入ってきたと言うのに、彼女は何気なく尋ねる。

 

 だが、アークライトは答えない。アークライトは、その無表情を崩して惚けていた。

 彼女の人並み外れた美貌と――何故か透けて見える心の清らかさに。

 

「……私は、アークライト。アークライト=カイン・マクダウェル。吸血鬼だ」

 

 未だ惚けながらも答える。魅了されたのかもしれない。本来、魅了は吸血鬼のスキルだと言うのに、その吸血鬼が魅了されるとは。

 

「マクダウェル様ですか。わたくしはアセロラ。人間です」

 

 対して彼女は、スカートの端をつまんで、上品にお辞儀しながらそう返す。

 

 これが、のちにお互いを永遠の伴侶とし、悠久の時を共に生きる人間と吸血鬼の、初めての出会いだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 話を聞いて見ると彼女――アセロラ姫は、なんでも魔法にかかっており、それを解く為に旅を続けていると言う。

 その魔法が周りの惨状の原因らしい。しかし、魔法はあくまで間接的な原因であり、直接的な原因はその魔法によって可視化されたアセロラ姫の内面の美しさだ。

 魔性すらも超える、ある意味で神性と言ってもいい心の美しさ。それを目にした者は、その美しさに報いる為に己が大切なモノを捧げる。

 

 こう聞けばおとぎ話にあるような悲劇なのだが、魔法をかけたのは悪い魔女でも魔物でもない。

 外見でしか判断されない、誰もが上部しか見てくれないことを憂いていたアセロラ姫を見て感激した魔法使いのおばあさんが、アセロラ姫を想ってかけたのだ。

 

 そうしてかけられた内面を可視化する魔法。齎された結果は――強靭な精神を持つアセロラ姫にすら絶望を与えた。

 

 初めに、これまで外見でしか判断できなかった事を恥じた父親は、城のテラスから身を投げた。

 次に、娘がこれほどまでに育ってくれた事に満足した母親は、朝食を作り終えると笑顔で息を引き取った。

 更に、やはりアセロラ姫を外見でしか表現できなかった音楽家や詩人、芸術家は己の最も大切なモノを捧げた。命より大切なモノがない者は命を。自分の命、親兄弟の命、子供の命、孫の命を捧げた。

 そして、アセロラ姫の故国は、一夜にして滅んだ。

 

 だが最後に奇跡が起こった。最初に心が可視化されたアセロラ姫を目にし、一番大切なモノ――即ち知識が詰まった頭を捧げた魔法使いのおばあさん。魔法を解いて貰おうと再び訪ねたアセロラ姫がこぼした涙が、首だけとなった筈のおばあさんをほんの少しだけ、生き返らせたのだ。

 

『旅に出なさい。魔性をも超えるお前の心の美しさの為に死んでしまう者を、いつかは助けられるかもしれない。その時まで、お前は人々から離れ続けなさい。誰とも寄り添わず、一人で生きなさい』

 

 そうしてアセロラ姫は、その誰かを探す為に果てのない旅を続ける。

 

 なんて事をアセロラ姫の口から語られた。

 

「……なんと言うか、なんとも言えぬ話だ」

「その通りです。お父様もお母様も、国の皆様が死んでしまったのは、全てわたくしの所為。わたくしに同情される資格などないのです」

 

 ――お前が望んだ事ではないだろう。

 

 そう言いそうになったが、本気で責任を感じているアセロラ姫を見て、やめた。

 文字通りの亡国の姫と言ったところか。冗談にしては笑えない――まったくもって救いのない話だ。

 

「――いや待て。何故お前は、私と話せている」

 

 ここまでアセロラ姫は普通にアークライトと会話していた。

 しかし両者には、決定的な違いがある。アセロラ姫は人間で、アークライトは吸血鬼。

 

 人の血を吸う化物――吸血鬼を相手に、何故こうも何ともないように話せるのか。

 

「私は吸血鬼だ」

「そのようですね。実在していたとは思いませんでした」

「人の血を吸う化物だ」

「では、血を求めてここに来たのですか? それなら申し訳ございません、応えてあげられなくて」

「…………」

「何か?」

「いや……」

「お腹が空いていらっしゃるようでしたら、ご一緒にいかがですか? ちょうど、ポトフが出来上がるところです」

 

 言って、アセロラ姫は鍋を両手に持ち、竃から取り外して小屋の奥に向かおうとする。

 

「吸血鬼は人間の食事で栄養を得ることはできない。私なら味わうことはできるが、それは嗜好品としてだ。――なにより私は、もう生きる為に血を吸う気はない。ここに来たのも血を求めてではなく、何があるのかと興味によるものだ」

 

 鍋を置いたアセロラ姫が首を傾げる。

 

「血を吸わない? 吸血鬼が血を絶って大丈夫なのですか?  それではいずれ……」

「ああ。いずれ死ぬだろうな」

 

 ――構わない。それが目的なのだから

 

 吸血鬼が減るのだ。理解できないモノを忌避する人からすれば、それが神の敵と言われる吸血鬼なのも相まって、諸手を挙げて喜ぶことだろう。しかもその吸血鬼が世界を滅ぼせる程の、神をも超える人類の手には余る存在ならば尚更。

 

「いけないことですよ、自殺は」

 

 だと言うのに、死ぬつもりだと聞いたアセロラ姫は、その端麗な顔を顰めて事もあろうに引き止めてきた。

 

「なぜ止める。人間からすれば喜ばしいことだろう」

「貴方だって生きている一つの生命でしょう。命を捨てて喜ぶなんて、言ってはいけません」

「理解できんな。人間が吸血鬼の命を惜しむなど前代未聞だ。何より私の生き死にをお前にどうこう言われる筋合いはない」

「だからこそです。自分の命は自分で決めるしかありません。だからこそ、簡単に命を捨てるなんて選んではいけません」

「簡単にだと――」

 

 たかだか生まれて三十年も経っていない小娘に、十世紀以上を生きた果てに選んだ終わりを、簡単にと断じられ、アークライトの感情を写さない筈の瞳の奥に激情の焔を宿らせた。

 

 

「それは、私が吸血鬼であることを理解した上で、なお簡単にと断じるか?」

 

 

 偽りを許さないと、冷たく鋭い声色だった。同時に凄絶な威圧が空間を満たした。

 アークライトからしてみれば感情が昂り、少し表に出てしまっただけなのだろう。だが、いかに何十年と血を絶ち、弱っていようと彼は最強の始祖にしてアリストテレス。星そのものであるアークライトの少しは、万人には大海もしくは大空に等しい。

 

 半径数キロ内にいた空飛ぶモノは翼が千切れんばかりの羽ばたきで逃げ出し、地を歩くモノは脇目も振らず遁走した。そして、不幸にもその範囲にいた人間は、まるで蛇に睨まれた蛙のように身を硬直させた。動けば死ぬ、身動ぎ一つしてはならない、ただじっと過ぎ去るのを待つ、と。

 

 余波だけでこれだ。そもそもアークライトが個人に敵意を向けようものなら、向けられた者は肉塊に変わる。

 ならば、直接向けられた訳でなくとも最も近くにいたアセロラ姫はどうだろう。

 

「はい」

 

 即答だった。一切の躊躇いや淀みなどなく、真っ直ぐに目を合わせて。

 

「貴方は私などが想像できないほど生きているのでしょう。それに相応する経験をしてきたのでしょう。――――それでも、です。簡単に命を捨ててはいけません」

 

 天が墜ちてきたような威圧を受けながらも一歩も退かず、アセロラ姫はそう言ってのけた。常人なら返答以前に気絶している。凄まじい程に強靭で強硬な精神力だ。

 

 アセロラ姫の硬く揺るぎない意思を受け、アークライトはその朱い瞳でジッと視線を合わせる。偽りを見抜き、奥底まで見通すように。

 そうして暫くして、空間を満たす威圧がフッと消失した。見れば、アークライトは口角を僅かに上げ、自嘲するような笑みを浮かべていた。

 

「そこまで断言されてしまうと、むしろ気持ちがいい。本当にらしくないな、この私が」

 

 先程までは、己の終わりを決め、死を選択したからなのか諦観的な雰囲気だったアークライト。だが今は、自嘲すると共にどこかスッキリした様子になっている。

 

 アセロラ姫の脇を通り越して奥に向かいながら、小屋全体に魔力を流して壊れないよう強化を施した後、肩越しに振り返る。そして何も映さなかった貌をほんの少し崩して、アセロラ姫に言った。

 

「ポトフ、いただこう」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「……中々の味だな。周りの凄惨さが玉に瑕だが」

「ありがとうございます」

 

 アセロラ姫とアークライト。人間と吸血鬼。二人は椅子に座り、向かい合ってアセロラ姫手製のポトフを食べていた。

 

「私、料理はそれほど得意ではないので。お口に合うかどうかわかりませんが」

「あまり己を卑下するな。これでも趣味嗜好として世界中の食を口にしてきた。私から言わせても美味だ。その食すらも何十年と絶っていた身ではあるが」

 

 アークライトは数少ない例外として、血以外にも人の食べ物を味わうことができる。ただ栄養は取り込めないので、言った通り趣味嗜好としてだ。

 そんな料理すら味を忘れるほど、長い間口にしていない。もともと必要なものではない上、死を選択した今、食べる意味を見出せなかったのだ。

 

 なのに、何故だろうか。最高とは言えないこのポトフが、とても美味しく――そして暖かく感じた。

 誰かと言葉を交わしながら共に食べる。当たり前である筈のソレは、アークライトが記憶を遡る限り既に那由多の果て。転生して吸血鬼となってから、下手をすれば初めてかもしれない。

 

「それにしても、貴方は私といても何ともないのですね」

「む? ああ、なるほど。確かに私にもお前の内面が透過して見える。だが私は吸血鬼、その中でも始祖と呼ばれる希少種だ。本来ならお前に向く悪意や敵意はそのまま己に返ってくるのだろうが、私には殆ど効果がない。良くて薄れる程度だ。恐らく一定以上の神秘には半減ないし無効化されるだろう。このまま旅を続けるというのなら、頭の片隅にでも置いておくといい」

「……そうなのですか。なにぶん、魔法は知っていても貴方のような存在と会うのは初めてでしたので。ご忠告、感謝します」

 

 本来なら恐れ忌避されるべき吸血鬼からの言葉を、たとえ事実であろうと受け入れるアセロラ姫に、アークライトはよく分からない妙な気持ちになった。

 

「本当にお前は変わっている。私が吸血鬼と知って尚、そう平然と接する人間は初めてだ。弱り衰えた身とはいえ、人程度の命を刈り取るのは容易いのだぞ?」

「そう言う貴方こそ自分を卑下しているのはないですか? 先程からまるで、恐れられるのが当然、怯えられるのが当たり前と、まるで諦めているような印象を受けます」

 

 時が停止したように空気が凍り、アークライトが無表情に戻る。

 

「……諦めているも何も、それが普通だろう。吸血鬼だ。神の敵だ。人間はそう言って私を殺そうと襲い、私はその悉くを葬ってきた。今更それは変えられない。諦めではなく、ただの事実だ」

「事実を事実としか受け止めないことを諦めと言うのです。諦めてしまえば、停滞してしまえば、待っているのは無意味な終焉。何の意味も持たない終わりほど、悲しく虚しく寂しいものはありません」

 

 だから旅を続ける。アセロラ姫の魔性を超える心の美しさで死んでいった人たちに意味を与える為に。そして、そんな誰かをいつか助けられる為に。

 

「……だから進むと? その過程で生まれた無数の屍、滅ぼした国、捧げられた命を背に、お前は進み続けると?」

「はい」

「茨の道――否、地獄といってもいい道だと理解していてもか?」

「はい」

 

 アセロラ姫の間髪入れない真っ直ぐな答えに、アークライトは目を瞑り無言となる。

 

 その心は強く美しく、穢れのないものだ。ここまでの強靭さはそうそうないだろう。だがそれはあまりに美し過ぎる。綺麗過ぎる水には魚が住めないように、度を越えたものは毒となるのだ。

 

 だが、それはアークライトも同じこと。ある意味同類と言える二人。故に分かる。お互いに受け入れられずとも、理解はできる。

 ただ違うのは、アセロラ姫はそれを認めた上で進み、アークライトは諦め停滞したこと。

 

 人間でありながら、自分以上の苦悩と絶望を味わいながらも、自分とは違う道を歩んだアセロラ姫。アークライトにとってその姿は、閉ざしていた心を刺激するのには十分なものだった。

 

 ――――――閉じられていた瞼が開かれる。

 

「アセロラ姫。停滞の果ては意味のない空虚な終焉だと、お前は言ったな。それに偽りはないな?」

「はい。だから私は旅を続けるのです」

「そうか。――ならば、私から提案だ」

「提案……ですか?」

「そうだ。私が選んだ終わりが無意味だと言うなら、お前が私に意味のある終焉を見せてみろ。少なくともそれを見届けるまで、私は生き続けよう」

「それは……ですが……」

 

 困惑したように表情となるアセロラ姫。答えを早まるな、とアセロラ姫を押し留め、アークライトは続ける。

 

「無論、これはお前にも益があるものだ、アセロラ姫。お前がこのまま放浪の旅を続けても、お前が助けられる誰かが見つかる保証はない。ここから次の国に行こうと、またその心の美しさの犠牲を増やすだけだ。お前はお前で配慮はしているのだろうが、やはり限界がある」

 

 その結果がこれだ、と周りに視線を巡らす。初めてアセロラ姫の仮面が崩れた。

 悲壮、後悔、苦悩、怒りなど、様々な感情が綯い交ぜになった見るも痛ましい表情をアセロラ姫は浮かべる。

 

 たとえ強靭な精神を持ち、いくら気持ちを奥底にしまい込み無感情を装おうと、これまで死んでいった者たちの命はアセロラ姫に強く重くのしかかっている。

 こう正面からそれを言われれば、いくらアセロラ姫でも抑えきれなかったらしい。

 

 アセロラ姫の悲痛な表情に何かが沸き上がってきたが、この千年で固められた無表情の鉄仮面で抑え込んで続ける。

 

「故に提案なのだ。私に対してお前の強力な防御壁は十分な効果を発揮しない。そして私の居城にお前以外の人間が来ることはない。つまり、私と共にいる限りこれ以外の犠牲は増えない。お前は何の気兼ねもなく、お前の言う意味のある終焉を探すことができる」

 

 アークライトの言う居城とは、ダイオラマ魔法球内にあるレーベンスシュルト城のことだ。

 正確に言うとレーベンスシュルトにはメイドが一人いるのだが、そもそも人間でないし、アークライトと主従契約関係にあって主人の意に反して死を選ぶことはできないので数に入っていない。

 

「更に私はお前の手助けも可能だ」

「手助け?」

「ああ、そうだ。これでも私は魔術師――お前に魔法をかけた老婆と同じ魔法使いだ。それも西暦以前の神代から生きる最高クラスのな。その魔法を解く方法にもいくらか心当たりがある」

「…………」

 

 つまり、と。

 暫く考えた末、アセロラ姫はアークライトを真っ直ぐ見据える。

 先程までの悲痛さは完全になりを潜め、その視線は強く鋭い。

 悲劇のお姫様として世間では噂されているアセロラ姫だが、おおよそ悲劇と形容すべき弱々しさは見当たらなかった。

 

「最適の環境と協力を得て、貴方は少なくとも私がいる限り生き続ける。代わりに私は、貴方に意味のある終焉を見せる。そういうことですね?」

「その通りだ。お互いに利害が一致している。そして万が一にも、お前が道を踏み外したなら、私が幕を引こう」

 

 その可能性は本当に万が一――否、億が一かもしれない。だがもし道を外れ、己で死ぬことできず、死を撒き散らしながら彷徨うのは、アセロラ姫も本意ではない筈だ。

 ならばその時は幕を引こう。他の誰でもない。アセロラ姫の心を知りながら、理解している故にそれを望まないアークライトが。恐らくそれは、己の最後となるだろうから。

 

「……それしか道はないようですね。どうぞよろしくお願いします、アークライト様」

 

 アセロラは嘆息と共に言い、右手を差し出してきた。アークライトは困惑したがそれは一瞬で、同じく右手で握り返す。

 

「こちらこそ。よろしく頼むよ、アセロラ姫」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 と、まぁ、導入はこんな感じだな。言っただろ、出会いはそんなに穏やかじゃなかったって。

 

 え? キスショットの口調が今と違う?

 まぁ今の古風なのはそういう時代に日本にいって言葉を覚えたからなんだけど。まぁ歳も歳だし違和感は――ホワァッ!?

 

 危な! おいこらキスショット! なに三段突きかましてんだよ!? しかも心渡で!

 

 歳のことは言うな? 回避くらい余裕だろうって?

 いやいやお互いに十世紀以上生きてるんだから――アッハイ、スミマセン。もう言いません。だから九頭龍閃はやめて。教えた俺が後悔するくらいヤバイから。

 

 

 ……さて、気を取り直して。じゃあ次はレーベンスシュルトの場面からだな。長くなりそうだから飲み物でも……あ、サンキューエリアス――って、エリアス? なぜここに?

 

 え、キスショットに呼ばれた? おま、いつの間に……まぁエリアスだけ仲間外れはいかんよな。ならついでにお茶菓子も頼むよ。続きはそれからだ。

 

 ははは、結局四人全員揃っちゃったな。じゃあレーベンスシュルトのところからいこうか。

 

 

 




まぁ命が紙より軽く、宗教の全盛期に吸血鬼として生まれたらそりゃ心も閉ざしたくなるよね。最初こそ力を試したくてテンションが高かったアークライトだけど、吸血鬼という理由で敵視されまくって命まで狙われる環境にいれば、元現代の日本人にはかなりこたえるだろう、と。しかも扱えきれてなくても強いことに変わりはなく、襲われて死にたくなくて返り討ちにして恨みを買ってと、悪循環が続く。更にたとえ正当防衛でも、能力の加減が効かずに殺してしまったことの罪悪感も加わる。
ぶっちゃけキスショットと同レベルにヘビィです。

後、キスショットは最初から金眼設定なので悪しからず。業物語読んでキスショットは元はオッドアイと知り、マジかよとなりましたよ私。忍物語が発売される前に何としても書き終えねば。


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二人のデアイ 中

お久しぶりです。遅れた理由や今後のことは活動報告で。それではアークライトとキスショットの出会い中編をどうぞ。


 話しが纏まったなら早速と、アークライトはアセロラ姫をレーベンスシュルト城へ招待した。

 レーベンスシュルト城はダイオラマ魔法球内にあり、別名”別荘”と呼んでいる。アセロラ姫が呆気にとられる程の大きさと威容、絢爛さを併せ持つアークライト自慢の超級魔法道具だ。

 

 感情に蓋をしているアセロラ姫のこういう反応を見れたのは、結果的に彼女に言い負かされてしまった身としては、してやったりという気持ちになった。

 だがアセロラ姫は単純に驚いた訳ではなかったようで、

 

「こ、この様なお城に貴方は一人で住んでらっしゃるのですか……?」

 

 どうやら過剰に見栄を張っている、もしくは寂しい吸血鬼だと思われたらしい。これを見て思うことがそれか、と多少落ち込んだ。

 

「いや、メイドが一人いる。無論、人間ではない。吸血鬼でもないがな」

「人間でも吸血鬼でもない? ならその方は……」

「会えばわかる」

 

 そう言ってアークライトは城に向けて歩みを進めた。アセロラ姫も続く。

 

 足元に魔法陣が現れたかと思えば一瞬で景色が変わり、この空間にいたのだ。アセロラ姫が珍しそうに周りを見渡す。

 さっきまでいたのは巨大な柱の上だった。いま歩いているのは巨柱から伸びる空中回廊であり、その先にある豪華絢爛な白亜の城――レーベンスシュルト城へ続いている。

 周りはまさに別世界だ。見たこともないほど大きな滝と鮮やかに空へかかる虹、広い海と緑に溢れる木々に囲まれた雄大な景色。まるで一枚の絵画の如き美しさで、その中心でさらなる存在感を放っているのがレーベンスシュルト城だ。これまで見てきた王様が住むどんな城より立派で、比べることがおこがましい程の威容を携えそびえ立っている。

 

「お帰りなさいませ。マスター」

 

 正面から聞こえてきた第三者の声にハッと正面に目を戻す。どうやら夢中で周りの景色を見ている内に城へついていたらしい。

 城の玄関には、背後に無数のメイドを従えた女性が待っていた。これを見る限りレーベンスシュルト城の使用人たちなのだろうが、そんな考えはアセロラ姫の頭から既に吹っ飛んでいた。

 

「お、同じ顔……?」

 

 そう、声を発した女性以外の、後ろに控えるメイドたちの顔が皆同じなのだ。

 アセロラ姫やアークライトのように超級クラスとまではいかないが、世に出れば男共が放っておかないであろうレベルで整っている。だが、共通して瞳に光がなく感情にも色がない。アークライトやアセロラ姫のように、閉ざした訳でもなくしまい込んだ訳でもなく、元から存在しないかのようだ。

 

 唯一の例外が先頭に立つ短めの銀髪に蒼い瞳の女性。彼女も無表情ではあるが、少なくとも感情は感じられた。

 

「あ、あの、この方たちはいったい……」

「さすがのお前でも驚くか。ウル」

「はい。初めましてアセロラ様。詳細はマスターより念話にて聞き及んでおります」

 

 アークライトに名を呼ばれた先頭に立つ女性――ウルが一礼して自己紹介を始める。

 

「私はウル。正式名称は魔力駆動式自動人形・五型最終番、ウルティムム・アウローラと申します。以後、お見知り置きを」

 

 アークライトには『人形師』という異名の一つがある。

 十指から伸びる魔力の糸によって同時に数百体の人形を操り、たった一人で何百もの群となることがその由来だ。

 アークライトが作った人形は魔力糸を用いての遠隔操作が基本だが、数体ほど例外がいる。それがウルを始めとする個別の自我と自立駆動能力を持たせたアウローラシリーズだ。

 ウルことウルティムムは、最後に作られたアウローラシリーズにしてこれまでの全てを注ぎ込んだ最高傑作である。

 

「私以下四体姉がおりますが、現在は留守にしています。今回は私が代表してお迎えしました。紹介は後ほど」

「ご丁寧にどうも。私はアセロラです。よろしくお願いします」

「……なるほど。マスターの言う通り、なかなか変わってらっしゃるようで」

 

 ウルティムムもアークライト同様、自分が人外であることをあっさり受け入れたアセロラ姫に驚いたらしい。異端滅ぶべしがまかり通る宗教全盛期のこの時代、人外だというのは狙われるに十分すぎる理由だ。

 普通の人間ならまず確実に忌避されるし、神秘に通じる者なら捕まえるかするだろう。

 

 アセロラ姫のように受け入れた挙句、挨拶を返すなど稀有どころではない。

 

「それでは立ち話もなんですし、中へどうぞ」

 

 メイド達を率いて絢爛な城門へ向かうウルティムム。その途中、何かを思い出したかのように立ち止まり、アセロラ姫を振り返る。

 

「どうしましたか?」

「いえ、客人が訪れるのは久しぶりでしたので、つい忘れてしまいました」

 

 アセロラ姫に向き直り、姿勢を正す。

 

 それはここに客人を招いた時、絶対に欠かせなかった通例。おおよそ数百年振りではあるが、だからこそ万感を込めよう。

 スカートに端を掴み、片足を上げて軽く膝を曲げる。洗練された優雅なカーテシーを決め、改めて言った。

 

 

「ようこそ、ダイオラマ魔法球レーベンスシュルト城へ」

 

 

 尚、アセロラ姫の後ろのアークライトが「それ俺のセリフ……」と呟いていたが、アセロラ姫は見上げた城の威容に圧倒され聞こえず、ウルティムムは驚きながらも笑みを浮かべていたりした。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 アークライトが背を向け、「後はウルに任せる」と言って去って行く。取り敢えず今日は休み、詳しい話は明日とのことだ。

 

 レーベンスシュルト城に入って最初にアセロラ姫が連れられたのは、これから暫く暮らすことになる部屋だった。この時代では考えられない程に快適でもう王宮だろと言わんばかりの豪華さに遠慮したのだが、レーベンスシュルト城の客室はこれが標準らしく、それなら受け入れるしかない。

 食事の用意やベッドメイキング、洗濯や掃除などはメイド達がやってくれるらしい。

 

「自分の面倒くらい自分で見られます」

 

 やはりと言うべきか、アセロラ姫はそれを遠慮した。だが、ウルティムムから「久しぶりのお客様なので、どうかメイドの仕事をさせて欲しい」と、無表情ながらもかなりの迫力で懇願されたので、そう言うのならと承諾した。

 

「それにしても、本当に素晴らしいお城ですね。ですが、アークライト様とウルティムム様のお二人が住むには広過ぎるのでは?」

「ウルで結構です。アセロラ様のお言葉の通りなのですが、まぁそれは、なんと言いますか……名残、なのでしょうね」

「名残……ですか?」

「はい。このレーベンスシュルト城はアークライト様が創造したものではありますが、何も最初から一人だった訳ではありません」

 

 ウルは語る。始祖、真祖ならびに神祖と称される始まりの吸血鬼は、アークライトを含め六体いた。これらは第一位から第六位まで格付けされており、まとめて上位始祖と呼ばれ、その末裔は今尚大きな影響力を持っている。

 何故第六位までが上位始祖なのかと言うと、それはそれぞれの起源が関係している。例えばアークライトは星によって生み出された星の代行者が吸血鬼の姿をとった存在で、他には超常存在からの零落、原初の人間の末裔、精神生命体が姿形を得たもの、怨念もしくは信仰による自然発生など。聖職者や普通の人間が聞いたなら白目を剥いて発狂するであろう面子だ。

 これらが吸血鬼の起源とされるもので、その起源の数が六種故に第六位以上が上位始祖なのだ。格付けに関しては存在の強さや霊的階級などが関係し、上位だからと言って必ずしも歳上とは限らない。

 

「かつてはアークライト様を始めとする上位始祖の方々がここに住んでいました。吸血鬼という存在故に人の世には受け容れられず、かと言ってそうそう動き回る訳にもいかない。だからこそアークライト様は彼等にも居場所をと、このレーベンスシュルト城を作ったのです」

 

 とは言うものの、共に住んでいたのはそう長い期間ではない。

 確かにアークライトが作ったレーベンスシュルト城は居心地よいものだったが、彼等は皆誇りある最古の始祖だ。与えられる立場に甘んじるつもりはなく、時間差はあったものの目的や居場所を見つけ、それぞれが旅立っていった。寂しさを感じながらもアークライトもそれを見送った。ウルとしては最初からそれが目的だったのではという気がしてならない。

 その当時の名残がレーベンスシュルト城なのだ。

 

「立派なお方だった(・・)のですね、アークライト様は」

「……やはり、貴方もそう感じますか」

 

 アセロラ姫のイントネーションにウルが顔を俯かせる。

 

「はい。確かにアークライト様はその当時、まさに王だったのでしょう。しかし今はまるで脱け殻のよう。いえ……あれは、虚ろと表現すべきでしょうか」

「……本当に変わっておられる。そこまでズバズバと言う人はそういません。ましてやアークライト様も私も人外だというのに」

 

 この時代は人外の存在に優しくない。宗教が全てであり、それを外れたモノは悉く異端。何より人にとって理解できないのはそのまま恐怖へ直結する。

 そんな存在の筆頭を前に、こうも本心をそのまま表してくるアセロラこそがある意味外れた存在なのではと思えてならない。

 

「アークライト様は変わられてしまいました。かつて吸血鬼の王と呼ばれた頃の御姿はありません。今は死に場所を求め世を彷徨うまるで幽鬼のようです」

 

 アークライトの本質は吸血鬼でありながら善に寄っている。

 人から吸血することはなくそもそも必要もないし、殺しに悦を見出す異常者でも誰かの運命を弄ぶ破綻者でもない。他の吸血鬼のように人間を家畜として見ていないし、むしろできるなら共存を望む稀有な存在だ。

 

「だからこそ、アークライト様は耐えられなかった。永遠に続く時間が及ぼす孤独感と、吸血鬼であるが故に光の世界から拒絶されることに」

 

 人が求める不老不死は決して神の祝福ではない。むしろ呪いだ。

 姿が変わらぬ不老は周囲との差異となり疎まれ、死という終着点を奪う不死は世界を色褪せ絶望を齎し虚無を生む。

 実際に吸血鬼の死因の殆どが終わることのない時間の牢獄に絶望した自殺だ。これは諦めとも言える。

 

 アークライトも例に漏れず、今がその状態だ。

 

「アークライト様は最も不老不死に近い。故に自殺すらできない。だから血を絶つ他ありません。それまでの過程は私達にとって地獄のようでした」

 

 闇の魔法と呼ばれる禁呪をわざと暴発させ、身体を木っ端微塵にする。あらゆる神秘を切り裂く妖刀で心臓を突き刺す。アークライト以外の何者も立ち入ることのできない千年城で己に向けて月を落とす。気と魔力を体内で暴走させて爆裂させる。

 おおよそ思いつく限りの手段を試したが、終ぞアークライトに死は訪れなかった。たとえ五体がバラバラになろうと次の瞬間には、傷を負ったことが無かったかのように元に戻る。まるで世界そのものがアークライトの死を否定するかの如く、事象が拒絶される。

 

 アークライトによって生み出され、アークライトに自我を与えられ、アークライトを(マスター)と慕うアウローラ姉妹。彼女たちからすればそんな姿は目を覆いたくなる光景だった。

 だが止めることはしない。それは他ならぬアークライト自身が望んでいること。生み出された存在(オートマタ)である我らがマスターの意思に逆らうなどあってはならないと。

 

「……本当にそれでよかったのですか?」

「良いも悪いもありません。いくら自我を持っていても、結局のところ私達は造られた存在。マスターが望むなら我らも然り。アークライト様が死を選ぶなら、私達もお供する所存です」

 

 アークライトは己が死んだなら外の世界へ行けと言う。

 そこで仕えるべき新たな主人を見つけろと。お前達はお前達の意思で新たに生きていけと。

 冗談じゃない。後にも先にも我らが仕えるのはアークライトただ一人。己の意思で決めろと言うなら、初めから決まっている。

 

 ――――最後までマスターと共に

 

 アークライトが死ぬのならこのダイオラマ魔法球レーベンスシュルト城と、朽ちるかこの世の終わりが来るまで眠りにつくことを選ぶ。それが彼女達の総意だった。

 

「――いいえ、違いますね」

 

 そんなアウローラ姉妹の決意を、アセロラ姫は否定する。

 

「……違うとは、どういう意味ですか?」

「言葉通りです。貴女の望みは他にあります」

「何を根拠にそんな戯言を――」

「では何故、アークライト様の話をする度に泣きそうな顔をするのです」

「――ッ」

 

 アセロラ姫はかつて誰もが己の外面だけを見てくれないことに悩み、それを解決しようとして魔法使いのおばあさんに頼り、そして最後には両親含む国民全員の死という最悪の事態を招いてしまった。

 魔法に頼るというある種の最終手段を選ぶまでに、何とかしようと色々とやってきたつもりだった。しかし当時のアセロラ姫は箱入り王女様。その身で試すには限りがあり、何より生半可なことはアセロラ姫の美しさで掻き消されてしまう。

 だからこそなのか。アセロラ姫は感情を読むのに長けている。相手が己に向ける感情を知れば、どこを直し何が悪いのか分かるのではないかと。

 

 ウルの表情が悲しげに歪む。

 

「……ええ、その通りです。認めましょう。ここで誤魔化しても貴女には通じない」

 

 何より、己を偽るペルソナをつけ続けるのにはもう疲れた。

 姉妹全員それが感情ではなく、主人に従うオートマタとしての義務心からくるものだと承知していながら、誰も指摘することはなかった。もしそれをすれば一気に決壊してしまうと。感情を抑えられないと。

 アークライトの決心を揺らがせてしまうのを怖れ、一歩踏み込むのをずっと避けていた。

 

 それもここまで。姉妹の誰かではなく、他人であるはずのアセロラ姫によって暴かれてしまったのだから。

 

「どうぞ、自分の言葉にして吐き出してください。楽になります」

「……良いわけありません。死んで欲しくない。あの方は愛を知らない。私達ですらマスターから教えられて感じているのに、アークライト様はそれを向けられたことがない。何故、吸血鬼であるだけで全てから拒絶されなければならないのですッ。神の名の下にならどのような行為も正当化する人間や、理由もなく命じられるまま矛を向ける天使のほうがよっぽど異常でしょう! 私は私が憎い! 義務心などともっともな理由で踏み込むのを怖れて、主が虚無に沈んでいくのを見ているだけだった私達が――! 何より……――――ッ!」

 

 ――アークライト様が絶望のまま死に逝こうとするのが耐えられない

 

 溢れる激情のまま身を掻き抱き、狂ったように露吐するウルに会った時の冷静沈着な面影はもうない。何十年も己の本心に蓋をしていた反動か、今のウルはウル自身でも感情のコントロールが出来ないのだろう。

 澄んだ蒼い瞳からは涙が零れ落ち、とうとう力なく膝を折ってしまった。

 

「…………」

「私達にアークライト様を変えることはできない。いくら死んで欲しくないと願っても、いざそれを伝えようとすればどうしても主への義務心が邪魔をしてしまう。もうどうすればいいのか私達にはわかりません」

 

 それは感情云々ではなく、どうしようもないオートマタのサガ。

 いっそ感情なんてものがなければ悩み踠き苦しむ必要などなかったのに、感情があったからこうして主を慕い想うことができる。

 とめどなく湧き上がる綯い交ぜになった感情の奔流にウルの魔術回路がきしみ始め、とうとう自己防御機能の強制停止が働きそうになった時、アセロラ姫がウルを抱きしめた。

 

「……あ」

「申し訳ありません。そんなにも抱え込んでいたにもかかわらず、安易に吐き出せなどと、無責任なことを言いました。それでもどうか落ち着いてください」

 

 そうして暫く無言の時間が流れ、冷静さを取り戻したウルがおずおずとアセロラ姫から離れる。無表情故にわかり難いが、少々頰を赤らめていた。

 

「ありがとうございます。私の方が年上だというのに、情けない様を見せてしまいました」

「元を辿れば私が原因。それに誰しも悲しい時は冷静でいられないもの。私と違って貴女はいたって普通です」

「……お強いのですね、アセロラ様は」

 

 ウルの言葉には様々な意味が含まれていた。

 確かにアセロラ姫は強い。それは人外にすら影響する防壁でも、他者を魅了してしまう魔性の清純さでもない。

 驚くべきはその精神性だ。数多の捧げられた生命を背負いながらも決して折れることなく、元の心を保ったまま旅を続ける精神の強靭さは、最早人の領域にとどまらない。吸血鬼の王すら圧倒したそれは、おそらく人が理解することはできないだろう。

 だが、だからこそ。そんなアセロラ姫だからこそ、アークライトを――と。アセロラ姫しかいないと、ウルは思う。

 

(彼女しかいない。私達では無理でも、アセロラ様なら)

 

 即座にラインを通して繋がった姉妹達に報せる。加速された思考の中、五体のアウローラ同士で意見が交わされ、程なく結論が出る。結果、全員一致。

 代表となったウルティムム・アウローラがアセロラ姫に向き直り、その陰ることのない輝きを宿した金色の瞳を真っ直ぐ見つめた後、深々と頭を下げ、アウローラ姉妹全員の意思を伝えた。

 

「アセロラ様。どうか私達の願いを聞いてもらえないでしょうか」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「…………」

 

 ウルが去った豪華絢爛な客室。ベットの上に座り、アセロラ姫は思索にふける。

 

(救って欲しい、ですか……)

 

 伝えられたアウローラ姉妹の願い。それは自分達の無力さを嘆きながらも、全てを賭したものだった。

 

 不老不死という時間の牢獄に蝕まれ、アークライトの心は闇に沈み固く閉ざされている。永遠に続くであろう色褪せた無価値な日々を終わらせるため、血を絶つことを決めたのだ。その奥底は深く、誰にも開くことはできない。

 そんな時だ。一千年の時の果てに出会ったアセロラ姫が僅かな亀裂を入れたのは。何者にも影響されなかったアークライトの心に。そこにアウローラ姉妹は賭けた。

 アセロラ姫によって暴かれてしまった今、アウローラ姉妹は己を偽るのをやめるだろう。アークライトに心からの言葉を告げるのだろう。

 それでは駄目なのだ。確かにウル達の本心を知ったアークライトは自殺を思いとどまるかもしれない。根は善に寄っているアークライトが娘達が悲しむのを良しとしない。

 だが、それはただ先延ばしにしただけだ。いずれまた限界が来るのは目に見えている。

 

 だからこそ、アセロラ姫に託した。身勝手な願いかもしれないが、アークライトを救って欲しいと。

 

(私に、できるのでしょうか……)

 

 己の為に死んでしまうものをいつか助けられるかもしれないと。そんな誰かを探す旅に出た。だけど生命を捧げられるばかりだった己が本当に誰かを救うことなどできるのか。その疑問がいつも心のどこかにあった。

 

(アークライト様は私に意味のある終わりを見せてみろと仰っていました)

 

 ならば意味のある終わりとはなにか。考えるまでもなく助けられる誰かを見つけることだ。

 

(その助けられる誰かというのはアークライト様のこと?)

 

 筋は通っている。だが本当に意味のある終わりを見せるのがアークライトを救うことになるのだろうか。それはただ無価値な死から意味のある死へ過程が変わるだけではないだろうか。結果は変わらず死だ。

 アセロラ姫は自殺を諦めや逃避と考えているので、それが救いなどと認める訳にはいかない。

 

(ならアークライト様にとっての救いとはなんでしょう)

 

 アセロラ姫の聡明な頭で考えを巡らせてみるが、結局答えは出なかった。

 そもそも知り合ってまだ一日も経っていない。人によって多様に変化する曖昧な救いなど分かるはずもない。

 

(まずはアークライト様と交流を深めるのが先決ですね)

 

 託された以上、それを無碍にはできない。何より"頼まれる"ということ自体がアセロラ姫は初めてだ。これまで与えられ、捧げられるばかりだった自分が何かを頼まれる。そんな未知の体験にアセロラ姫は自身が思っている以上に張り切っていた。

 誰かの為に何かをする。自身で決めて自身で背負ってきたこれまでとは違うアセロラ姫にもよく分からないナニカを胸に抱き、久しぶりの柔らかなベッドの感触に包まれて眠りに落ちていくのだった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 と、これで中辺りまで話したかな。この辺はキスショットから聞いたところだからね。

 

 え? キスショットの性格が違いすぎる?

 いや今でもこんなもんだよ。のじゃ口調に隠れてるだけで。確かに少しはっちゃけたかもしれないけど、今も昔もキスショットはアセロラ姫の頃のままさ。

 

 なにキスショット、アセロラ姫呼ばわりはするな?

 まぁお前はこの呼び方はあんまり好きじゃなかったな。儂の名は俺がつけたキスショットだけだって? 嬉しいこと言ってくれる。けど忘れたとか言っときながら、あの頃のことは全て覚えてるんだろうな。

 

 いやいやなんでもない。

 まぁともかく、あの時はお互いに色々末期だったからね。

 次はここからどうやって吸血鬼になったか話そうか。確かにあのまま何事もなければキスショットは吸血鬼にならなかっただろうし、もしかしたら俺もここにいないかもしれない。

 だけどそうはいかなかった。なにせ俺もキスショットも超級の特異点だ。良い悪いに関わらず、様々なモノや出来事を呼び寄せる。

 

 いや、これは言い訳だな。

 あれは間違いなく俺のミスだった。少し考えればわかることなのに俺は見逃した。今でも我ながら間の抜けたことだと思うよ。

 

 一言で言うなら。美し姫の噂とあの惨状に惹かれたのは俺だけじゃなかったってことさ。

 

 

 




さらっと新キャラが出てるけど過去編だから別にいいよね。
ちなみに元ネタは言うまでもなくアーウェルンクスシリーズ。強さは上位始祖並。姉妹が揃うと三位以上の最上位にも食いつけます。


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