いろはす短編 (ちゃんぽんハット)
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やはり俺と後輩の職場ラブコメは間違っている。

初投稿です。駄文ですがお付き合いお願いします。
ゆっくりといろは短編を書けて行けたらなと思ってます。


「せーんぱーい、もう疲れましたぁー」

 

「うるせえ、あざとくサボる暇あんならとっとと手を動かせ」

 

「ぶー、わたし別にあざとくないんですけどー」

 

「なに、無自覚?余計にあざといんだけど。そんなことより早く手を動かせ。このままじゃ終わらねえぞ」

 

俺と一色は向かい合った机に座り、パソコンとにらめっこをしてる。

俺はカタカタと高速でタイピングをしていき、テキストをどんどん埋めていく。

一方一色の方は俺の返事がお気に召さなかったのか、手を止め頬を膨らませてこちらを睨んでくる。

なんだこいつかわい……じゃなくて仕事しろよ。

 

「どうして私たちだけこんなことしなくちゃいけないんですかー」

 

「んなもん若手だからに決まってんだろ。年上の方々には逆らえないのが縦社会のこの国だ」

 

「でも、平塚センセイだってわたしたちが高校生の頃たくさんお仕事回されてましたよ?」

 

いろはすそれは言っちゃいけません!

それじゃあまるで、平塚先生が若手じゃなかったみたいじゃないですか!

いや、若手、だったよね?

うん、多分。間違いない。

でもこの前先生が飲み屋で「あー、何で私にばかり仕事が回ってくるのだ……さすがにもう若手って歳じゃ……いや十分若手だよな、うん……はあ、結婚したい」とか愚痴ってたけど、これってもしかして理由は他にあるんじゃ……

おっといけねえ、こんなこと考えてたら仕事は終わらねーし先生に殺されそうだ。

あの人異様に感が鋭いからな。

 

「てかそもそもこれお前の仕事だからな。何で俺までやんなくちゃいけねーんだよ」

 

「それはー、先輩がわたしの指導係りでー、わたしのミスは先輩のミスになるからって自分で仕事引き受けてくれたからじゃないですかー。自分で言ったこと忘れちゃうとか先輩はおバカさんですね」

 

口に手を添えてプププーと小馬鹿にした笑みを浮かべる一色。

くそぉ、殴りたいこの笑顔!

……まあ一色の言ったことは最もなのだが。

何であんなカッコつけちゃったかなー俺。

べ、べつに困ってる一色を助けてポイント稼ごうとかそんなこと思ってないんだからね!

勘違いしないでよばかぁ!

 

「うっせえ、だからこうやって必死に手伝ってやってるだろうが。てかなんで俺がお前のクラスの通信簿作らなきゃ行けねえんだよ。お前のとこの授業一つも受け持ってないんだけど」

 

「だって先輩文章書くの昔から得意だったじゃないですかー。わたしは元々理系ですし、こっちの計算ある方が得意ですもん!」

 

えっへんと胸を張る一色。

そんな薄い胸を、と言いたいところだが、一色の胸は高校の頃よりいくらか成長していて正直ムラッとしてしまった。

 

「あー先輩、今イヤらしい目でわたしのこと見てましたね!先輩のえっち!変態!八幡!」

 

両手で体を抱き締めて胸を隠し、ジト目を向けてくる一色。

すごいわこの子、ムラッを一瞬でイラッに変えてしまったわ。

錬金術師か何かかしら。

錬成陣もなしに、こいつやりおるな。

てか八幡って悪口なのかよ。

 

「あーはいはいすみません。俺が悪かったからとにかく作業進めてくれ」

 

「はー、仕方がないですねぇ」

 

しぶしぶと言った様子ではあるものの、なんとか作業に戻ってくれた。

いや、実際は俺何も悪くないんだけどね?

 

それからしばらく部屋の中には二人がパソコンをカチャカチャとする音だけが響く。

時刻はまもなく22時を過ぎようかという頃。

 

公務員なのに残業とかあり得なくない?

とうとうここまで黒の波動がぁ!

まあ単に仕事が終わってない自分達が悪いだけなんですけどね。

全く、教師というのも楽な仕事ではない。

 

 

俺は今、とある中学校で国語の教師をしている。

2年目でまだ不慣れなことも多いが、なんとかやっていけているほうだ。

そつなく仕事をこなすので、他の先生達からの評判はまあ悪くない。

生徒からの評判は……この際置いておこう。

いや、人気ないとかそんなこと全然ないからね!

この前廊下を走ってる子に注意したら「ヒキガエルのやつうぜぇ」とか言われたこと全く気にしてないからね!

あだ名付けられるくらい好かれちゃってます☆

……死にたい。

 

そして一色は今年が赴任1年目の新米教師。

皆から、いろは先生、と呼ばれる超人気者。

高校の頃と違って、女子からの人気もかなり高い。

ちなみに言っとくが別に羨ましくともなんともない。

嘘じゃないからぁ!!

 

まあその分他の女の先生からはよく叱られている。

初仕事だからミスが多いというのもあるが、どことなく私念が混じっている様な気もする。

女子っていくつになってもこえー。

 

そんな後輩教師の指導係にと、高校と大学で交流のある俺が抜擢された。

めんどくさくはあるが仕方がない、これも上司からの命令だ、逆らうことはできない。

あらやだ、働き始めて二年もたってないのにすでに社畜根性染み付いてる。

なんならわたくし公務員なんですけどねー。

 

まあそんなこんなで今に至る。

一色は例によって女の先輩教師から大量の仕事を押し付けられ、それを俺が手伝っている状況だ。

指導係はつらいよ、マジで。

 

「あれ、何でこんなところに入力されちゃうんだろ?せんぱーい、ちょっとこっち来て下さい」

 

一色はパソコンを上手く操作できないのか、ちょいちょいと俺を呼ぶ。

 

「お前さっきそれが得意分野とか言ってたじゃねえかよ」

 

「それとこれとは話が違いますよーだ。パソコンはまだなれてないんですー」

 

またもぷくーと頬を膨らませると、一色はふんとそっぽを向く。

本当にあざとすぎませんかねー、この子。

うっかり好きになっちゃいそう。

万が一にもうっかりなどしないだろうけど。

 

仕方なく席を立ち、向かいの席へと行き、後ろから覗き込むようにして画面を見る。

どうやら書式設定がいつの間にか切り替わっていたらしい。

 

「ほらここ、設定変わってんぞ」

 

「ああ本当だ!なんだそのせいだったんですか。いやー

先輩ありがとうございます!」

 

「別に大したことじゃねえよ」

 

そういって自分の席へと戻ろうとすると、右腕をぐいっと掴まれた。

突然のことで「うぇっう」と変な声が漏れる。

 

「先輩なに気持ち悪い声だしてるんですか、気持ち悪い」

 

「お前が急に引っ張るからだろうが。あと、今気持ち悪いって2回言わなかった?」

 

「そんなことよりー……」

 

あれ、俺への罵倒はスルーですか?

なにこのいろはす全然あざとくない。

 

「せっかくなんで文章のチェックお願いします」

 

「はあ?やだよめんどくさい」

 

「ええー、いいじゃないですかー。すぐ終わりますから」

 

「つーかお前計算とかしてたんじゃねえのか?」

 

「それはもう終わりました。だから苦手な文章のチェックを先輩にお願いしてるんです!」

 

「はぁ。…新人つったってお前も立派な社会人なんだからそういうの自分で出来るようになれよ?」

 

「いーんです別に!これからも先輩のことどんどん利よ…頼らせてもらいますから☆」

 

「今利用するとか言おうとしなかった?ねえしたよね?」

 

てかこれからずっと職場が同じ訳でもないのに、一体どうやって俺を利よ…利用するのだろうか?

 

「もーう、つべこべ言わずにさっさと確認してください!」

 

そう言って席から立ち上がると、一色は俺の体をぐいっと押し込み無理やり自分の席に座らせる。

 

「……ったく、今回だけだぞ?」

 

「ありがとーございまーす!」

 

どうやら俺は一色に甘いらしい。

高校の頃も大学の頃も、何かある度にこうやってコキ使われてきた。

俺のお兄ちゃんスキルがオートで機能してるのも原因かもしれないが、少々甘すぎるような気がしなくもない。

まあ今さらこの習慣は変わりはしないだろう。

 

画面に目を向け、書いてある文章をスクロールして読み進めていく。

その間、何故か一色の手が俺の肩に乗せられており、少しどぎまぎしながらの作業だった。

こういうボディタッチはいまだに慣れない。

ぼっちの俺には相当に精神的疲労が来るもんだから勘弁してほしい。

そんな俺の内心を知ってか知らずか、一色は肩にかける力を少しだけ強くすると唐突に質問をしてきた。

 

「ところで先輩」

 

「なんだ?」

 

「先輩はどうしてこの仕事をしようとしたんですか?」

 

「……えらく突拍子もない質問だな」

 

「なんとなく聞きたくなっちゃて。それでどうしてなんですか?」

 

「それは……」

 

俺が教師となるきっかけ……それはやはりあの人に憧れたからだろう。

 

「……高校時代にある人に憧れてな。その人と同じ職に就きたいと思っただけだ」

 

「それって平塚先生ですか?」

 

「まあ、その、なんだ。その通りだ」

 

正直照れ臭いのでこの話はあまりしたくなかった。

だって、なんか俺に似合わないんだもん!

あの頃は専業主婦になるとか言ってたわけだし。

 

「ふーん……なんかあんまり先輩に似合いませんね」

 

ほら、一色もそう思ってるし。

くそー、妙に顔が熱い。

 

「でも、だったらなんで高校じゃなくて中学校の先生にしたんですか?」

 

それは……それは本当にマジでいいたくない。

恥ずかしすぎる。

 

「……ほら、あれだ、就職口が高校は少なかったんだよ。だからたまたま中学校教師になっただけだ。」

 

「……せんぱい、嘘ついてますね?」

 

ギクッ!?な、なんでわかるんだいろはす!?

 

「しょ、しょんなかことないにょ?」

 

「カミカミです先輩。本当のこと言わないと、夜の学校で先輩に襲われたって学校中に言いふらしますよ?」

 

なんだと!?

そんなことされたらただでさえ悪い子供たちの評判が取り返しのつかないことになる!

てか俺の人生が取り返しのつかないことになる!

 

「………………」

 

「せーんーぱーいー?」

 

「…………あーもうわかったよ。言います言わせてもらいます」

 

「ふふん、最初からそうすればいいんです」

 

得意気に鼻を鳴らして嬉しそうにする一色。

その時肩を少しだけ揉んでくれた。

ああ、超気持ちいい。

こうして肩も揉んでくれたことだし、少しだけ話してもいいだろ。

比企谷八幡安い男である。

 

「その、平塚先生は高校で俺を助けてくれただろ?奉仕部に連れていってくれて、ぼっちだった俺に……と、友達と呼べる存在を与えてくれて」

 

ああ、二十歳をいくらか過ぎても口に出して友達とか言うのは恥ずかしすぎる。

一色はどういう思いで俺の話を聞いているのだろうか。

後ろにいる彼女の表情は全くわからない。

 

くそ、こうなったらもうやけくそだ!

 

「それで俺も、平塚先生みたいに高校の時の俺みたいなやつを救いたいと思って。そんで救ってやれるなら、少しでも早いうちに……俺みたいにひどい中学生活を送るやつが少しでも減るようにと思って、高校じゃなく中学の先生にしたんだ」

 

誰にも言ったことのない、平塚先生や小町にだって言ったことのない本当の理由を一色に伝える。

俺は顔から火が出るほど恥ずかしかった。

今日は帰ったら布団でゴロゴロと悶えるの確定だな。

 

 

 

しばらく流れる沈黙。

 

 

 

あ、あのー、一色さん?

何かしらリアクションくれないと流石にきついんですけど。

 

「……だぁークソ、似合わねえよな俺なんかが。そんな大層な理由なんかで働いてるなんざあ、昔の俺が知ったら大爆笑間違いなしだ。ほら、お前も我慢しないで笑っていいんだぞ?」

 

そう言って少し前のめりになって画面を睨み付ける。

恥ずかしくて後ろを見ることができない。

かといって目の前の文章も全く頭に入ってこず、軽いパニック状態だった。

あーもうやだお家帰りたい。

 

 

 

すると、ふっと肩が軽くなった。

 

 

 

一色が手を離したのだろう。そのまま腹を抱えて大笑いするのかと身構えると、彼女は全く予想外の行動に出た。

 

 

 

少し冷たくて女の子らしいほっそりとした手が、優しく後ろから俺の頬を包み込む。

一瞬ビクッと反応して何が起こったのかわからないでいると、俺の顔がくいっと引っ張られ上を向かされた。

 

 

 

そこには一色いろはの顔があった。

 

息が触れあうのではないかと言うくらいの距離にあった。

あまりにも急な出来事に一瞬息が止まる。

俺が目を見開いて口をパクパクとさせていると、一色が上から語りかけてきた。

 

「…………先輩、今のお話に笑えるところなんか一つもありませんでしたよ?恥ずかしいところも一つもありませんでした。とっても……とっても素敵な理由です、先輩」

 

一色はとても真剣な顔で、それでいてとても優しい声で俺の瞳を真っ直ぐに見つめて言った。

彼女の表情に俺をバカにしたところはどこにもなく、それが彼女の本音なのだとすんなりと理解できた。

 

「だから先輩、もっと自分に自信を持ってください。胸を張ってその理由を言ってください。先輩は……今も昔もすっごくかっこいいんですから」

 

そう言うと、彼女は俺の顔をゆっくりと離して数歩さがった。

 

……心臓がバクバク鳴っている。

顔がやたら熱い。

一色の真っ直ぐな言葉に、俺は羞恥で顔を赤く染めた。

だがそこにあるのは恥ずかしさだけではない。

むしろそれ以上に、嬉しいという感情で胸が満たされる。

 

だめだ、恥ずかしすぎて後ろ見れねえ。

けど……こんな俺のくさい理由を素敵だと、こんな俺をかっこいいと言ってくれた彼女に、俺は面と向かって感謝を述べたいと思った。

 

俺はゆっくりと後ろに向き直して、息を大きく吸い込み感謝の言葉を伝えようとした。

 

すると、

 

「でも先輩……」

 

一色の言葉にはまだ続きがあったようだ。

俺はぐっと息を飲み込み「なんだ?」と続きを促す。

 

「今のままじゃ、目標達成できそうにありませんね」

 

 

 

……………………………………………………………………………………え?

 

「せ、先輩、生徒たちの、ほとんど全員から、き、嫌われてるのに、ふふ、助けることなんて、く、出来るんですか?」

 

見ると一色は笑いを堪えていた。

……あれ?さっきの感動ムードは?

 

とうとう耐えきれなくなったのか、一色は声をあげて笑いだす。

 

「ふ、ふふふふふふ、あは、あはははははは!あーおかしい!生徒皆から嫌われてる先輩が、み、みんなを救うだなんて、ぷふ、もうおかしすぎますよ!あははははは!」

 

それからしばらく、彼女は笑い続けた。

もうこれでもかって位に笑ってた。

 

いろはすー?

さっきと言ってることちがくない?

笑うとこなんてどこにもないんじゃないのー?

俺の聞き間違い?

 

てかいつまで笑ってんだこのやろう!

…………はあ、俺の感動を返してくれ。

 

人生でも過去最大の溜め息をつくと、やっとこさ一色は笑い止んだ。

 

「はー、おかしかった。先輩すみません笑いすぎちゃいました☆」

 

全く反省の色がないよいろはす。

もう俺の心は傷だらけだ。

 

「うっせー、ちょっとでもお前に感動した俺がバカだったよ」

 

そう言ってパソコンへと向かい直す。

 

「せんばーい、拗ねないでくださいよー。ごめんなさいってばー」

 

「拗ねてなんかない、ちょっと傷ついてるだけだ」

 

「それを拗ねてるって言うんですよ」

 

うるさいうるさい、あんたの言葉なんかもう信じてやらないんだから!ふん!

八幡はご立腹である。

 

「もー、仕方ないですねえ。じゃーあ、帰りにラーメン奢ってあげるんでそれで許して下さい」

 

「……しゃーねえ。ラーメンに免じて許してやるよ」

 

「わーい、先輩って本当にちょろ……優しいですよね☆」

 

ちゃんと今のも聞こえてたからこのやろう。

それにしても、俺はやはりこいつに甘すぎるようだ。

もう、どうとでもなれ。

 

「そんじゃこれ確認したらさっさと帰るぞ。俺の方はもうほとんど終わってるからな」

 

「りょーかいでーす!それじゃわたしは戸締まりしてきますね!」

 

一色はビシッと敬礼をすると、職員室の戸締まりを確認し始めた。

 

俺も作業をさっさと終わらせようと思ったが、そこで一つ気になる事があった。

 

「なあ一色」

 

「なんですか先輩?」

 

「お前はどうしてこの仕事を選んだんだ?」

 

それは本当に、ただなんとなく気になったことであった。見るからにOLとか受付嬢をしてそうなこいつが、どうして教師なったのかそれは不思議なことだった。

 

「それはですねー、先輩とおんなじ理由ですよ?」

 

「俺と同じ?」

 

「はい!わたしも憧れの人が学校の先生で、その人に少しでも近づきたくてこの仕事に決めたんです」

 

ほーん、こいつも平塚先生に憧れてたのか。

まあ一色も何だかんだ先生を頼ってること多かったしな。納得がいく。

あれ?でもそれじゃあ……

 

「お前こそなんで中学校なんだ?俺みたいな理由もないだろうに。平塚先生に憧れてるなら高校いきゃよかったじゃねーか」

 

すると一色は先ほどの俺よりももっと大きな溜め息をついた。

 

「はー、まったくこれだからこの先輩は……先輩のバカ!鈍感!八幡!」

 

え、なんで俺罵倒されてんの?

なんか悪いこと言ったか?

てか八幡てやっぱり悪口なの?

 

「もういいですから!ほら、早く終わらせてラーメン屋さんに行きますよ!」

 

そう言うと俺の顔をパソコンの画面へとぐいっと押し付けた。ちょっと地味に痛い。

 

「あーもう終わったよ。特におかしなところもなかったしいいんじゃねえか?」

 

少し文章に違和感を感じるところもあったが、まあそれほど問題ではないだろう。

俺はデータ保存をクリックしてシャットダウンしようとする。

 

「…………先輩、本当によく見ましたか?」

 

じろりと睨み付けてくる一色。

なんだよ、ちゃんとやったぞ俺は?

 

「ああ、少し文章に違和感があるとこもあるが大した問題じゃない。これで大丈夫だ」

 

そう言って電源を切ろうとするが

 

「いーえ、絶対ちゃんと見てません!もっとしっかり、穴が空くぐらい見てください!」

 

そして一色は俺の頭をがっしりとつかみ逃げれないようにした。

 

なぜこいつはこんなに確認させようとするのだろうか。

おそらくは、また例の女の先輩にイビられたくないからだろう。

しかしそれにしては、先ほど見えた少し赤い顔が疑問に思える。

まあいい、もう一度確認してやろう。

そう思って再びテキストを読み直す。

 

 

 

 

「………………せんぱい、ちゃんと見ましたか?」

 

 

 

 

 

「………………ああ、ちゃんと見た。やっぱりダメなところはない。ほらさっさと帰るぞ」

 

「ああ先輩、ちょっと!……もう!」

 

俺はさっさとパソコンの電源を落とし帰り支度を始める。さあ、ラーメンが俺を待ってる。

 

戸締まりを終えて職員室の鍵も閉め、一色と二人並んで夜の校舎の中を歩いていく。

二人の距離は少しだけ、いつもより離れていた。

 

だって、あんな……あんなことされさら……

 

俺は一色との距離を少しでも広げたくて、一色を置いて一人先に進む。

 

「ちょっと先輩!なんで置いていくんですかー!」

 

またいつものごとく頬をあざとく膨らませて俺の袖をぎゅっと掴む。

 

そして横から俺の顔を見上げると、彼女は小さな声で「わぁ」と呟いた。

 

そして、少し恥ずかしそうな声で再び尋ねてきた。

 

「先輩……本当の本当にちゃんと読みましたか?」

 

「…………ああ、ちゃんと読んだって何度も言ってるだろ」

 

俺が答えると、一色は「そうですか、そうですか……」と何度も呟き、突然ニヒヒと笑うと俺の腕に飛び付いてきた。

 

「お、おい一色」

 

「せーんぱい!!早く行かないとお店閉まっちゃいますよー!!」

 

そう言って、彼女は俺の腕を強引に引きずって走り出すのだった。

 

その横顔は耳まで真っ赤だったが、とても幸せそうな顔だった。

 

そして、俺の顔も一色と同じような表情をしていたのだろう。

 

仕方ない。

これもぜんぶあいつのせいだ。

 

だって今どき、今どきそんな…………まさか文章に縦書きで

 

 

 

『せんぱいだいすきです』

 

 

 

なんて書かれているとは全く予想出来なかったのだから。

 

 

 

やはり俺と後輩の職場ラブコメは間違っている。




感想、指摘などコメントをいただけるとうれしいです。

お付き合いいただきありがとうございました。

次回がいつになるかはわかりませんが、また読んでいただけるとうれしいです。

それではこの辺で。


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なんでもする先輩となんでもしてもらう後輩

いろはす短編2作目です!

タイトルほど大したことはしません。暖かい目で見てやってください。

今回は高校2年生の八幡と生徒会長に就任してしばらくたってからのいろはの話です。


昼休み、いつものベストプレイスで購買のパンを食べていると、目の前に我が校の生徒会長こと一色いろはが姿を現した。

腕を組み仁王立ちして不適な笑みを浮かべる様は、まるで主人公を待つライバルキャラのようだった。

なに、今から決闘始まっちゃうの?

主人公はどこの誰だろうか。

……辺りを見渡すと俺以外には誰もいなかった。

 

仕方がない、やるしかないか。

のそりと立ち上がり目の前の一色を睨み付ける。

……しばしの沈黙。

お互いタイミングを計っているようだ。

そして、先に動き出したのは俺だった。

 

体をすっと右にずらしそのまま右向け右をする。

そこから全力ダッシュ!八幡は逃げるを選択した。

フッハッハー!逃げるが勝ちだよ~ん☆

 

しかしそれは、シュバッと伸びてきた一色の手が俺の襟首を掴むことによりなんなく阻止される。

彼女は一歩たりとも動いていない。

 

なん、だと?こいつ、今の動きを完全に見切っていたのか……化け物め!

 

一色は俺をぐいっと引き寄せ、勢いのまま腰に抱き着いてきた。

や、やばい、完全に動きを封じられた!一体何をされるんだ!?

……てかそんなことより近い、すっごく近いし柔らかいしいい匂いするし近いし柔らかいしいい匂いするし。

なにこれどんな状況?

 

突然の行動に頭がパニックになっている俺のことは露知らず、一色はそのまま話し掛けてきた。

 

「せーんぱい、どうして逃げようとするんですかあ?」

 

「へ!?べ、別に逃げようとなんかしてないじょ?これはあれだじょ、戦略的撤退ってやつだじょ」

 

「それを逃げてるってゆーんです。というよりなんですかその語尾普通に気持ち悪いです」

 

ゴミを見るような上目遣いに俺のライフは瞬時に0へと削られる。

それにしてもゴミを見るような上目遣いとはまた新しいですな。流行りそうですね、いや流行らんか。

つーかいいじゃねえかこの語尾、可愛いだろうが。東場強そうだし。あとタコスとか超好きそう。

 

「っておい、いつまで抱き着いてんだ。早く離れろ」

 

「えー、先輩こうして捕まえてないと逃げちゃうじゃないですかー」

 

「逃げないから、逃げないから離して下さいお願いします何でもしますからお願いします早く離して」

 

このまま抱きつかれていてはヤバい。

何がヤバいのかといいうと、それはもう色々とヤバい。

 

すると一色は、腰に回していた手をパッと外し俺から離れた。

 

ふー、なんとか最大の危機から逃れられたぜ。

あぶないあぶない、もう少しで八幡のリー棒が役満リーチをかけちゃうところだったじょ!あ、語尾が治らない。

 

ほのかに残る甘い香りと温もりにいまだドギマギしながらも、なんとか冷静さを取り戻す。

さて、こいつはどういった用件で来たのだろうか。

まさかまた生徒会の雑用ではないだろうな。

俺は役員ではないのに、全く人使いの荒い会長様だこと。

甘やかしすぎって叱られるのは私なのだけれど、ほどほどにしてくれないかしら。

え?誰にって?皆まで言わすな察しろ。

 

理由を尋ねようと振り返ると、そこにはとっても素敵な……もとい悪魔のような笑顔でこちらを見ている女の子がいた。

口が女子高生としてあっちゃいけないくらいつり上がってるだけど、大丈夫、一色さん?

 

「せーんーぱーいー、今何でもするって言いましたね?」

 

……あれ、俺そんなこと言ったっけ?そ、そんな軽々しいことを、エリートぼっちのこの僕が言うわけがないじゃないか!いやバッチリ言ってましたね、はい。

 

「むふふふふー、なんでも……先輩が、な、ん、で、も!してくれるんですかそうですかー」

 

おいちょっとその笑顔やめてくれる。

いつもと違って全然あざとくないんだけど。

それいつものお前を知ってるやつが見たらドン引きするぞ、マジで。

 

「それじゃあー先輩!とりあえず放課後になったら生徒会室に来て下さい!それでは!」

 

ビシッと敬礼をして去っていく一色。

今のはいつも通りあざとかった、ちょっと安心。

 

…………ってそうじゃねえ!

あまりにも予想外の展開に反論するのを忘れてしまった。

ちくしょー、不味いことになったぞ。

これは絶対に面倒なことだ。八幡センサーが警戒音を発している。めちゃくちゃ行きたくねー。

 

よし、逃げよう。

そう心に誓って残りのパンを食べるべく腰を下ろすと、少し遠くまで歩いていた一色がくるりとこちらを振り返った。

 

「あそうだ、もしも逃げたりしたら雪の下先輩に言いつけますからねー。ではではー」

 

そう言ってヒラヒラと手を降り再び歩き出す。

 

言うこと聞いても怒られるし聞かなくても怒られるし、なにこの無理ゲー。

 

ガクリと肩を落としていると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

あ、パン食べきれなかった……

 

 

☆☆☆

 

 

そして時は放課後へと移る。

帰りのホームルームが終わると、重たい足を引きずって生徒会室までやって来た。

ちなみに、奉仕部には今日は休むと伝えてある。

理由は適当に風邪ということにしておいた。

嘘をつくのは少々心が痛むが、本当のことを言うと戦場の槍がごとく罵声を浴びせられるのでやむを得ない。

安全第一、争いは起こらないに限る。

争いというか、一方的な蹂躙なんですけどね。

 

これから起こるであろうことにかなりの不安を抱きながらも、生徒会の扉を恐る恐る開ける。

すでに一色が、生徒会長の席に座っていた。

 

「先輩おっそーいー!」

 

「うるせえ、これでも急いだ方だ」

 

「まあいいです。ちゃんと来てくれましたから」

 

「…………あの一色さん、昼休みの発言はなかったことになったりは……」

 

「はあ?何言ってるんですかそんなわけないじゃないですかふざけてるんですか怒りますよ?」

 

「調子乗ってすみませんでした!」

 

地面に頭が付きそうなほど腰を曲げて謝罪する。

いや、今のいろはす怖すぎ。

悪魔なんてもんじゃねえ、こりゃ魔王だ。

逆らったら命は無いだろう。

 

「全く先輩はダメダメですねー。仕方ありません、ここは総武高校の生徒会長兼みんなのアイドルいろはちゃんが、先輩を調きょ……更正してあげちゃいます!」

 

恐ろしい単語が聞こえた気がしたがまあ気のせいだろう。

流石の一色も調教とか言うわけないしな、うん、気のせい気のせい。気のせいじゃねえよちゃんと聞こえたわ。

あと更正もなんか違くない?俺別にヤンキーじゃないんだけど。

 

「それでは先輩、私の肩を揉んで下さい!」

 

「……え、そんなことでいいのか?」

 

「はい!ですから早くお願いします!」

 

なんだ、なんでもとか言うからてっきりもっと凄いことをお願いされるのかと思っていたが、案外楽勝のようだ。

一色意外と優しいのね。

 

「わかった。じゃあその、揉むぞ?」

 

「はい、お願いします。」

 

そう言って一色の後ろに回り込む。

どうでもいいけど、さっきの会話だけ見ると妙にエロく感じますね。もちろん、わざとじゃないですよ?ええ。

 

そっと一色の肩に手を乗せる。

その瞬間彼女は少しだけ肩をピクリと震わせた。小動物みたいでちょっと可愛いなーとか呑気なことを考えながら、強くなり過ぎないよう加減して肩を揉む。

お、意外とこってんなこいつ。

生徒会長というのは、やはり疲労がたまるものなのだろうか。

 

「力加減どうだー?」

 

「ちょうどいいですよー、せんぱい。うぁ~、極楽極楽」

 

「そいつはよかった」

 

「せんぱい肩もみお上手ですね~。あ、そこ気持ちいいです~」

 

「昔から妹にやらされたからな」

 

「な~るほど~、それで上手いんですか。納得です」

 

心底気持ち良さそうにする一色。

体の力が段々と抜けてきている。

この一色はあれだ、小町にそっくりだ。

小町も肩もみをするといつもこのようにダルんダルんになる。

俺の肩もみはそんなに気持ちいいのだろうか?

 

「にしてもお前、結構こってるんだな」

 

「こう見えて、生徒会の仕事は大変ですからね~そりゃ肩の一つや二つくらいこりますよ~」

 

「そうか。お前も頑張ってんだな生徒会。見直したぞ」

 

「なんですか~先輩口説いてるんですか~肩もみされてリラックスしきった後輩につけこんで~さりげなくハートを射止めるつもりですか~肩もみ上手いくらいで調子に乗らないでください~口説くならもう少し肩もみしてからにしてください~ごめんなさい~」

 

力が抜けきっている一色にはいつもの勢いなど全くなく、はっきりと内容が聞こえてしまった。

もう少し肩もんだらオッケーなの?なにそれうっかり惚れちゃいそうなんだけど。

まあ今のはあんまり考えずに言ったのだろうから、気にしないことにしよう。

 

それからしばらく肩もみを続け、俺の手が疲れたので終わることにした。

 

「いやー、ありがとうございました!とっても気持ちよかったです!」

 

「なに気にするな。俺のことは今度からゴッドフィンガーハッチーとでも呼んでくれ」

 

「うわー、それはさすがに痛いです」

 

なんだよ、今のネタ伝わらなかったのか?

コレがジェネレーションギャップってやつか。

いや、伝わったらそれはそれで大問題なんですけどね。

 

「よし、んじゃー俺の役目は終わったことだし帰るわ」

 

「はい先輩!今日は本当にありがとうございました!明日からもまたお願いしますね!」

 

「…………明日からも?あーなんだ、肩もみのことか。毎日って訳にはいかないが、まあたまにならしてやるよ」

 

「肩もみもそうですけどー、他にも色々と!ですよ?」

 

「………………え?」

 

「だって先輩、なんでもするって言ったじゃないですかー」

 

「いや、だからそれはさっき肩もみをすることで終わったんじゃ……」

 

「誰が、お願いは一つだけって言ったんですか?」

 

「……なん、だと?」

 

「へへーん!という訳で、明日からまたよろしくですせーんぱい☆」

 

そう言ってバチコンと音がなりそうなほどあざとくウインクをする。

いや、え、なに?これそういうことなの?言葉のトラップ的な?騙されちゃった感じ?せこい!いろはすせこい!

 

ムフフーと笑う一色とは対照的に、俺はげんなりとして肩を大きく落とした。

クソ、もう二度となんでもするなんて言わない!絶対言わないんだから!

 

「先輩ってばもー、そんな嫌そうな顔しないでくださいよー…………その…………たまにはわたしが…………先輩になんでもしてあげてもいいんですよ?……」

 

少し頬を赤らめながら上目遣いでそう言ってくる一色。え、それは、その、そういうこと?

 

「……マジで?」

 

「……はい。別に先輩が必要ないって言うならしなくてもいいですけ」

 

「よろしくお願いします!」

 

「即答ですか!?」

 

もう先輩の変態!助平!そう言って顔を真っ赤にして罵ってくる一色。

うるせえ、自分が言ってきたんだろうが!

俺は何にも悪くない!

 

とりあえず明日の放課後も生徒会室に来る約束をして、俺は部屋を後にする。

中から「ああー!わたしなんであんな恥ずかしいことをぉぉ!!」と悶える声が聞こえた気がしたが多分気のせいだろう。そうに違いない。

 

 

 

まったく、めんどくさいことになっちまった。今後は自分の発言にもっと責任を持つように気を付けねば。

 

 

 

 

 

 

それにしても……まあ……たまにはこういうのも、案外悪くないのかもしれない。




いかがだったでしょうか。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

この続きなんかもいつか描きたいと思います。

それでは今日はこの辺で。お付き合いありがとうございました。


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いろはす虫歯になるの巻 前編

今回初めて雪ノ下と由比ヶ浜を出してみました。

会話が盛り上がって書いててとてもたのしいです!

それではどうぞ!


「しつれーしまーす!」

 

ある日の放課後、奉仕部の扉がガラリと開けられ一色がパタパタとやって来た。

 

「やっはろーいろはちゃん!」

 

「こんにちは一色さん」

 

「……よう」

 

「やっはろーです結衣先輩、雪ノ下先輩!ついでに先輩も!」

 

いつも通りの挨拶を交わすと、勝手知ったる体で教室の後方から椅子を引っ張り出し、ごく当たり前のように俺の隣に座る。

 

「……だからなんで俺の隣に来るんだよ」

 

「えー、そんなのー、先輩がお二人に変なことをしないか見張るために決まってるじゃないですかー」

 

「あら一色さん頼もしいのね。でもそんなことしなくても大丈夫よ?いざというときはボタン三つ押せば済むことなのだから」

 

「なにさらっと警察呼ぼうとしてんの?そんなことするわけねえだろ。……おい由比ヶ浜ボタンを三つ押そうとするな。ついでにそれは時報の番号だ」

 

ふぇ?と言って画面を確認する由比ヶ浜。

いや、なんで怪訝そうな顔してんだよ。

あほの子過ぎるだろ。

 

「もー先輩ったら、こんな可愛い子が隣に座ってくれるなんて今後一生訪れないんですから、素直に喜べばいいのにー」

 

きゃるん☆とあざとくウインクをする一色。

ざ~んねんでした~!お金払えばいくらでも女の子隣に座ってくれますう~!……今のは絶対声に出してはいけない、うん。そもそもそういうお店に行く気は全くないけどな。

 

溜め息を一つ吐き、何を言っても仕方がないと諦めて読書へと戻る。

 

最近の奉仕部はいつもこんな感じだ。

一色の遊びに来る頻度もほぼ毎日と言っていいくらいに増え、すっかりここにいるのが当然のようになってきつつある。

てかお前生徒会の方は大丈夫なの?

ちゃんと仕事してんだろうな?

 

「一色さん、紅茶はいるかしら?」

 

「あ、いただきます!」

 

「いろはちゃん今日はね、美味しいクッキーもあるんだよ!」

 

「ほんとですかー!嬉しいですー!……ちなみに結衣先輩が作ったのじゃないですよね?」

 

「違うけど、なんで?」

 

「いえいえー、なんとなく聞いてみただけですー!」

 

「ふーんそっか。あのねあのね、今日のクッキーはー、ゆきのんの手作りクッキーなんだよー!」

 

「わーい!雪ノ下先輩のなら美味しいこと間違いなしですね!」

 

「……別に大したものではないわ。あまり期待しないでちょうだい」

 

「あ~雪ノ下先輩ってば照れてるんですか?」

 

「照れてるゆきのんもかわいいー!」

 

「…ちょっと由比ヶ浜さん抱き着かないでくれるかしら。紅茶が入れずらいのだけれど」

 

きゃっきゃうふふと目の前で繰り広げられるゆるゆりに、八幡の心はぴょんぴょんした。

仲良きことは美しきことかな。

まあ、一色がさりげなく自分の安全を確保してる抜け目のなさには感心したけどな。

てか由比ヶ浜も少しは気付けよ。

それからゆきのん、お顔真っ赤だけど大丈夫なのん?

あ、目が合ったのん。ものっすごく睨まれたのん。やだ怖いのん。

 

「それじゃあこのクッキー、いただいてもいいですか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

そう言って差し出された包みの中からひょいとつまみ上げると、いただきますと言ってパクりとクッキーを食べる。

 

「もぐもぐもぐ……うーん!おいひいです!」

 

「食べながら喋らないの。でもよかったわ、気に入ってもらえたみたいで」

 

「とっても気に入っちゃいました!これなら何枚だって食べられちゃいます!」

 

再び包みに手を伸ばして次のクッキーをつまみ上げる。

由比ヶ浜も「ほんと止まんなくなっちゃうよねー」とか言いながら一緒にクッキーを食べていた。

あれ、お前さっき一袋食べてなかった?

 

まあ雪ノ下の作ってきたクッキーは本当に美味いから、その気持ちはよくわかる。

え、俺もクッキー貰ったのかって?

バカお前そこんとこはイマジネーションだよ。

 

なおもポリポリとクッキーを食べ続ける一色と由比ヶ浜。

二人の食べ方は小動物のようでとても可愛らしいなあ。

そんな呑気なことを考えていると……

 

「いやーもうほんとおいしいでげぐぅぉっ!!」

 

突然、一色が変な声をあげた。

 

……今の声、一色が出したのか?

聞いたことない声だったぞ。

 

不思議に思ったのはどうやら俺だけではないらしく、雪ノ下が尋ねた。

 

「一色さん…今の声は……」

 

「へっ!?い、いやーなんでもないですよ!何か聞こえましたか!?」

 

「いえその、とても言いづらいのだけれど……」

 

「カエルみたいな声だった!」

 

おいそこのあほの子!なんでそんな直接的な表現使っちゃうの!?悪魔なのか?悪魔なんだなこのメロン悪魔!

 

「あぐぅ……カエル、ですか……」

 

ほーらー、一色さんあからさまにへこんじゃってるじゃねえか。

わかる、わかるぞ一色!辛いよな、カエルみたいな声だなんて言われるの。俺も経験あるからよくわかる。

俺の場合は存在そのものがカエルらしいんだけどな。

 

「おい一色、お前どうかしたのか?」

 

「……いえ、あの……別に大したことでは……」

 

「一色さん、何か悩みがあるのかしら?よかったら聞かせてくれない?きっと力になれるわ」

 

「なんてったって私たちは奉仕部だからね!」

 

回りからの心配に耐えきれなくなったのか、一色はゆっくりと口を開いた。

 

「…………実はわたし、その、む……ぁなんです」

 

「え?何だって?」

 

「……しば」

 

「柴犬?」

 

「だから!む、し、ば、なんですぅーーひぎぃっ!?」

 

「「「………………え?」」」

 

どうやら一色は虫歯になったみたいだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「なんだただの虫歯かよ」

 

「あー、先輩虫歯のことバカにしてますね!虫歯ってすっっっごく痛いんですよ!」

 

「いやそれは知ってるけども」

 

ぷんぷんと頬を膨らませ…………ることなく、一色は俺を睨み付けてくる。

虫歯のせいで頬を膨らませることが出来ないようだ。

おかげであざとさ半減である。(当社比)

ついでに声も心なしか抑えめだ。

さっき叫んだ時に痛かったのだろう。

 

「とりあえず、さっさと歯医者に行って治してこい」

 

「ええ、それが一番いい方法だわ」

 

「今からでも行った方がいいよ!」

 

しかし一色は俺達の提案に首を縦に降らず、黙って俯いている。

 

おや、これはもしかして……

 

「まさかお前、歯医者怖いのか?」

 

ピクリと一色の体が反応する。

ゆっくりと顔をあげると、若干瞳を潤ませて下から俺を睨んできた。

 

「……だって、歯医者さんって、痛いじゃないですか」

 

「そりゃまあ仕方ねえだろ。歯を削るわけだしな」

 

「せ、先輩!そんな怖いこと言わないでくだひきゅ!?」

 

またもや声が歯に響いたらしい。

ちなみに、もう先程のようなひどい声をあげてはいない。

むしろちょっと可愛いまである。

さっすがあざとさに定評のある一色さん、無意識に襲いかかる痛みまでもあざとさに変換できるなんてさすがっす!

 

「こればかりはどうしようもないわ。少し我慢して、早めに治療するべきよ」

 

「だとよ」

 

「うぅぅ、いやですぅ、行きたくないですぅぅ」

 

駄々っ子のようにイヤイヤと首をふる一色。

このままでは泣き出すのではというくらい、目に涙を溜めている。

どんだけ歯医者いやなんだよ。

 

「うーん……じゃあさ、私達で何か虫歯を治す方法を考えようよ!」

 

「本当ですか結衣先輩!」

 

「まっかせてー!奉仕部に不可能はないんだから!」

 

えっへんと胸を張って得意気に宣言する由比ヶ浜。

お前そんな無責任なこと言って、どうなってもしらねえぞ。

あとその無責任な胸も早く引っ込めて下さい目のやり場に困りまする。

 

「そう言うからには、何か考えがあるのかしら由比ヶ浜さん?」

 

「ふふーん、実はね、紅茶が虫歯には効果的ってこの前雑誌でみたんだあ!」

 

由比ヶ浜が言ったのは、意外と一般的なものだった。

確かにそれは俺も聞いたことがある。

 

ただ、それは予防にいいとかではなかっただろうか?

そもそも効いたとして即効性があるのか?

 

しかし歯医者には何としても行きたくない一色は、由比ヶ浜の言葉に目をキラキラと輝かせて食いついてきた。

 

「やりましょう、今すぐやりましょう!紅茶を茶々っと飲んじゃいましょう!」

 

あれ?今のダジャレ?それ言い出すとかいろはすどんだけ焦ってんだよ。必死すぎだろ。

雪ノ下もあまり納得はいっていないようだったが、とりあえず由比ヶ浜の案に乗ることにした。

そこでふと、あることに気がつく。

 

「そういえば、まだ一色に紅茶出してなかったな」

 

「ごめんなさい、すっかり忘れていたわ。今新しいのを用意するから」

 

そう言ってお湯を沸かしにと立ち上がろうとする雪ノ下。

しかしそれを、一色は左手で制した。

 

「いーえ、雪ノ下先輩それには及びません。私の紅茶はここにちゃんとありますから」

 

見ると右手にはすでに紅茶の入ったカップが握られている。……てかそれ俺のじゃねえか。

 

「なに人の取ってんだよ」

 

「先輩!今は一刻をあらそふぃ!?……一刻を争うんです。この際先輩のだろうと我慢して飲みますよ」

 

再び歯が痛かったのだろう、声のトーンを下げて冷静にそう告げる一色。

 

「一色さん、別に比企谷君のを飲む必要はないのよ?新しいのはすぐに出来るのだから。それに今度は虫歯菌ではなく、比企谷菌があなたを苦しめるわよ?」

 

「そーだよいろはちゃん!比企谷菌は虫歯よりずっとずーっと辛いんだよ?」

 

「おいそれどういうことだ。え、比企谷菌って虫歯より強いの。ヤバすぎだろそれ」

 

「先輩方、お気持ちは嬉しいですが私にはこうするしかないんです。大丈夫、比企谷菌にも打ち勝ってみせます!」

 

「そろそろ俺泣いちゃうぞ」

 

謎のシリアス?展開に完全置いてけぼりな俺。 本当、皆揃って俺のトラウマえぐるのやめてくんない?

 

一色は一度カップに目を落とし、コクりと喉を小さく鳴らす。

俺の紅茶はそんなに覚悟がいるのか。

なんかごめんね。

 

意を決してぐいっと一気に紅茶を飲み干す。

 

そこで俺は一つ重要なことを思い出した。

あ、これアカンやつや。

 

「○△☆□※★◆▽○※★□○△◇!!!」

 

声にならない悲鳴が部室にこだまする。

そして一色は、力尽きた様にガクリと机に倒れこんだ。

 

 

 

「…………そういえば比企谷君、あなたお砂糖はいくつ入れたのかしら?」

 

「……そんな入れてないぞ。今日はたったの……八個しかいれてない」

 

「い、いろはちゃあーーーんんん!!!」

 

 

 

 

 

………………はっちゃん、やっちゃったあ☆

 

 




後編もできるだけ早くあげたいと思います!

後編は虫歯のいろはすにあんなことやこんなことを……
するかもですししないかもです。

ところで紅茶は本当に虫歯に効くのでしょうか?
それと声って虫歯にひびくんですかね?

私は虫歯になったことがないものでわかりません!

それでは今日はこの辺で。


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いろはす虫歯になるの巻 後編

後編です!
予想以上に長くなりましたが楽しく可愛いいろはすを書けたと思います。

それではお楽しみ下さい。

全然関係ないけどゆきのんお誕生日おめでとう!


砂糖八つの入った紅茶を飲んだあと、一色はしばらく白眼を剥いて気絶していた。

全く、人の言うことを聞かないからこんな目に遭うのだ。

まあ砂糖のことは何も言わなかったけども。

 

雪ノ下がこめかみに手を当て嘆息し、由比ヶ浜は一色の側でおろおろとしていた。俺はとりあえず読書を再開する。

端からみたら結構カオスな状況だなこれ。

 

すると何を思ったのか、由比ヶ浜が小声で

「……ショック療法……」と呟き、一色の痛めている左頬を人差し指でズビシッと突き刺した。

 

「ふぐぅん!?………………いっひゃぁぁぁぁぁぁいいい!?!?」

 

突然襲ってきた痛みにカッと目を見開き、意識がはっきりしたことで更に押し寄せる激痛の波に悲鳴をあげる一色。

 

………………え?何してんのガハマさん?

 

「おお!!ショック療法大成功!」

 

俺に向けてブイッとピースをする由比ヶ浜。

いや何が大成功なの?なんでそんな得意気なの?

 

由比ヶ浜はやはりメロン悪魔であった。

 

雪ノ下が更にこめかみを強く押さえる。

このままではこいつのこめかみがいくらあっても足りない。

ここは一つ俺のこめかみを……アイアンクローされそうなんで止めておこう。

 

「ひっぐ、ううぅ、な、なにひゅるんでふぁゆひふぇんふぁい、うぅ、ぐすっ」

 

とうとう一色は泣き出してしまった。

 

「え!?私何か悪いことした?」

 

心底ビックリした様に答え、眉根を寄せてムムムと唸る。

マジかよこいつどんだけアホなの?

悪気がないとはいえ、さすがにこれはひどい。

 

「おーい、一色。大丈夫か?」

 

本を置き、涙を流している彼女を労って優しく頭を撫でてあげる。

 

「何どさくさに紛れてセクハラをしてるのかしらロリ谷君?通報してほしいの?」

 

「セクハラしてないしロリコンでもねえ。これはあれだ、お兄ちゃんスキルが働いてしまっただけだ。」

 

お兄ちゃんスキルはフルオートなので仕方がない。

ほら見ろ、一色も心なしか落ち着いてきて……

 

「何勝手に後輩の頭撫でてるんですか先輩そうやってわたしの弱味に漬け込んで心をゆるゆるにする狙いですか犯罪臭がしますしそういうズルいのはあんまり好きじゃないので正々堂々正面から来て下さいごめんなさい。あ、頭はもう少し撫でて下さいお願いします」

 

……めちゃくちゃ罵倒されて振られた。

歯が痛くてもいつものそれはできるのね。

そして頭を撫でるのは続行らしい。

なにこの子ワガママすぎ。

 

「そもそも、先輩が悪いんです。あんなお砂糖いっぱいの紅茶を飲ませるなんて。先輩の鬼!悪魔!年下好き!」

 

「や、どう考えても自業自得だろ」

 

それから鬼で悪魔なのはそこのメロンさんだからな。

あと年下好きは関係無くない?

 

それから一色が落ち着くまで頭を撫で、雪ノ下には罵倒をされ続け、由比ヶ浜には三つのボタンを押された。

いやだからそれ時報だって。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「紅茶がダメだとすると、どうしよっか?」

 

「あれを紅茶と言えるかは甚だ疑問だけれど……そうね、やはり歯医者に行ってちゃんと治療してもらうしかないのじゃないかしら」

 

「ええーそんなぁ……」

 

「諦めろ一色、虫歯は俺たちじゃどうにもならん」

 

「うううぅ……」

 

痛いのは嫌かもしれないが、このまま放置しておく訳にもいかない。

それにここであれこれやっても悪化するだけの気がする。主に由比ヶ浜のせいで。

 

「それじゃあ比企谷君、一色さんの送迎をお願いね」

 

「ちゃんと連れていってあげるんだよ?」

 

「………………は?」

 

二人は俺にそう告げると、いそいそと帰り支度を始めた。

 

「おいちょっと待て、どういうことだ?」

 

「この状態の一色さんを一人で行かせるわけにはいかないでしょう?」

 

「いや、だったらお前か由比ヶ浜が連れて行けば……」

 

「私はこれから優美子たちと約束があるし、ゆきのんはお家の用事があるんだって。だからごめんねヒッキー!」

 

それじゃあ後は任せたよーと言って去っていく由比ヶ浜と雪ノ下。

……え、ちょっと無責任すぎない?

お前ら薄情すぎるだろ。

 

二人だけが取り残された部室。

しばしの沈黙が流れる。

すると一色がゆっくりと口を開いた。

 

「……先輩……連れてってくれますか?」

 

不安でいっぱいなのだろう。

袖をぎゅっと握り、涙目で見つめてくる。

 

「……はぁ、仕方ねえ。」

 

頭をガシガシとかいて渋々承諾する。

俺達が行けって言ったわけだしな。

このまま見捨てるのは奉仕部の仁義に反する。

 

ほら行くぞと一声かけ、俺と一色は歯医者へと向かうのだった。

 

 

☆☆☆

 

 

時は移って歯医者さん。

一色は受付を済ませると俺の隣に腰かける。

予約はしていなかったが、すぐに治療をしてくれるとのことだ。

二度手間にならずにすんだので非常にありがたい。

 

二人並んでソファーに座り、自分たちの番が来るのを静かに待つ。

すると突然、何かに引っ張られた感じがした。

見ると、一色が俺の袖をきゅっと掴んでいる。

彼女の体は小刻みにプルプルと震えていた。

 

「お前始まる前からそんなにビビって大丈夫かよ?」

 

「だ、大丈夫じゃないからこんなんになってるんじゃないですか。馬鹿なんですか先輩」

 

こんなになっても俺を罵る力だけはあるみたいだ。

まあこの待ってる時が一番怖いのは理解できる。

ジェットコースターとかに並んでる時と同じ感じ。

だからって俺の袖掴んじゃうとか……

さすがにあざといですね一色さん。

 

ふと奥から、キィィィン、と患者の歯を削る音が聞こえてきた。

 

「ヒィッ!?」と小さな悲鳴を上げて俺の腕に抱き着いて来る一色。

柔らかい。なんかすごく柔らかい感触が右腕に……

ダメだ、気にしたら負けだ。

ここは冷静に心を落ち着けねば。

 

そう思った直後、更に奥から一際大きな音で、

キィィィィィィィン、と甲高い音が聞こえてきた。

 

「ウンヒャァ!?」と言って今度は完全に抱き着いて来た。

だあぁぁぁぁぁ!!やーわーらーかーいぃぃぃ!!

クソ!このままでは理性が!

さすがに理性の化け物と言われた俺でもここまで引っ付かれるとぉ……!

 

一人ヤイヤイと葛藤を繰り広げていた俺であったが、隣からすすり泣く声が聞こえてきて我に帰った。

 

「うぅ、ひっく……ぐすん……もういやです……おうちかえりたいですぅ、えぐっ……」

 

ポロポロと涙を流し嗚咽混じりに呟く一色。

こいつは本当の本当に歯医者が嫌なようだ。

初めは馬鹿にしていたが、ここまで嫌がる姿を見るとさすがに可哀想になってくる。

 

「あー、そのなんだ、一色。今日はやめとくか?」

 

無理矢理やっても彼女が傷付くだけだと思い、治療は今度にするかと提案してみる。

しかし彼女は、首を縦には振らなかった。

 

「……ぐすっ、どうせ、きょ、今日止めても、またいつか来ないとじゃない、ですかぁ……ひっく、なら今日ここで、頑張って、早くおわらせまず。」

 

目をぐしぐしとこすり、涙を拭きながら一色はそう告げる。

こいつ、なかなか根性あるじゃねえか。

ちょっと見直したぜ。

 

一生懸命に頑張ろうとする年下の姿を見たからだろうか。

俺の手は、自然と彼女の頭を撫でていた。

 

「うぅ、先輩またそうやって、どさくさに紛れて頭ナデナデする……先輩の変態……」

 

「変態じゃねえ。嫌ならお好きに振り払ってくれ」

 

一色はブスッとした顔をしながらも、手を振り払おうとはしない。

俺は一色が泣き止むまで優しく頭を撫で続けた。

 

 

 

しばらくして、受付から名前が呼ばれる。

とうとう一色の番だ。

先程やっと落ち着きを取り戻したのだが、今から行われる治療のことを想像したのか、再び体が強ばってしまった。

 

「お前、行けそうか?」

 

一色は数秒の間、俯いたままぎゅっと目を閉じる。

そしてゆっくりと目を開くと、意を決したようにコクりと頷いた。

 

「大丈夫です先輩。わたし、頑張ります!」

 

はっきりとした口調でそう宣言する。

「よし、なら行ってこい」と、軽く一色の背中を押してやろうとしたのだが、俺のその手は彼女にぐいっと捕まれた。

 

……え?何で俺の手掴んでんの?

 

すると一色は下から俺を見つめ、少し頬を赤くしながら語りかけてきた。

 

「……わたし、今から痛い治療を頑張るので……その間、その…………手、握っててくれませんか?」

 

…………ふぁ?

突然のお願いにすっとんきょうな声をあげてしまう。

え、なにその羞恥プレイ、本気なの?

言った本人も相当恥ずかしかったらしく、耳まで真っ赤に染まっていた。

 

「や、やっぱりいいです!ごめんなさい先輩……今のは忘れて下さい……」

 

そう言ってシュンとしてしまう一色。

 

……はぁったく、そんな不安そうなところを見せられて嫌って言えるかよ。

俺は恥ずかしさで悶えそうになるところをぐっと堪え、すっと彼女の手を握る。

ヒンヤリとしていてとても小さい手を、少しでも不安が和らぐようにそっと包み込む。

 

「ほら、早く行くぞ。あっちの人が待ってる」

 

そう言って彼女の手を引き治療室へと連れていく。

予想外の行動に心底驚いた顔をした一色であったが、とても小さな声で「……ありがとうございます」と言うと、黙って俺に引っ張られていった。

 

治療室の中へ入ると、歯科医師の方々から生暖かい目でみられた。

くっ、なに勝手に見てんだ!見世物じゃねえんだぞ!

 

恥ずかしさのあまり逃げ出そうかと思ったが、俺の手をぎゅっと握り、歯を削られる痛みと恐怖に懸命に立ち向かっている一色を見てその考えはすぐに捨てた。

そうこうしているうちに、治療はあっという間に終わった。

 

よく頑張ったな、一色。

余談だが、治療されているときの彼女の姿は、その……こう、かなり来るものがあった。

そこは想像にお任せしまする。

 

 

☆☆☆

 

 

 

無事治療を終わらせた帰り道、俺と一色は二人並んで歩く。

彼女の顔は先程とはうって変わって晴れ晴れとしていた。

 

「いやー!なんとかおわりましたぁ!」

 

「お疲れさん」

 

「はい!……先輩もその、ありがとうございました……」

 

「……いや、別に大したことしてねえよ」

 

「「……………………」」

 

お互い先程のことを思い出して、恥ずかしさのために会話が止まる。

改めて思うとかなり大胆なことをやったものだ。

今日は帰ったらお布団ゴロゴロ悶え八万分コースかな。

 

気まずい空気を振り払うように、俺は疑問に思っていたことを尋ねてみる。

 

「つーかお前さ」

 

「はい?」

 

「何で虫歯なのに雪ノ下のクッキー食べたの?」

 

「いやー、なんといいますかー。前々から薄々虫歯なんじゃないかなーとか思ってたんですけど……認めたくなくて現実逃避してました!…………えへ☆」

 

えへ☆じゃねえよ馬鹿じゃねえのこいつ。

まあ今回は早めに治療したからいいものの、今後もこの調子だといつか大変なことになるかもしれない。

 

「はぁ……今度からはもっと早く歯医者にいくんだぞ」

 

「うぅ、仕方ないです。次からはそうするかもです」

 

「かもなのかよ」

 

「だってー……あ!その時は、また先輩が手を握っててくれますか?」

 

「……お前わざわざ掘り返すなよ」

 

「ああ、先輩なに意識してるんですかー?正直かなりキモいですよー?」

 

「……うぜえ」

 

先程までのしおらしい一色からは一変して、いつも通りのこいつに戻ってしまった。

くそ、こんなんなら一生虫歯だったらいいのに。

 

「……まぁ、その……先輩が繋ぎたいっていうなら……虫歯の時じゃなくても、繋いであげないこともないですよ?」

 

「え?なんだって?」

 

ボソボソと放たれた一色の言葉はよく聞き取れなかった。

決して俺が難聴系主人公というわけではない。

断じて違う。

 

「もー!別になんでもないです先輩の馬鹿!」

 

一色は頬をぷくーと膨らませるとそっぽを向いてしまった。

 

先輩に馬鹿とはなんだ馬鹿とは。

少しは礼儀をわきまえんしゃい!

 

そんなやり取りをしていると、少し先に自販機が見えた。

 

「悪い一色、ちょっと飲み物買ってもいいか?」

 

「いいですよー」

 

そう言って小銭を入れ、Maxコーヒーのぼたんをポチッと押す。

出てきたマッ缶のプルタブを引っ張り、濃厚な香りを楽しみつつぐいっと飲む。

 

一色はそんな俺を、うえーとした顔で見ていた。

 

「なんだよその顔」

 

「いえ、よくそんな甘いのを飲めるなーと思って」

 

「この甘さがいいんだろうが」

 

「ええー、わたしにはよく分かりません」

 

この絶妙な甘さが分からんとは。

お前もまだまだお子様だな。

そんなことを考えていると、今度は恨めしそうな顔をして俺を見つめてきた。

 

「てゆーか先輩、いっつもそんなお砂糖ばっかりの物飲んでて、よく虫歯になりませんね?」

 

「ふん。俺にとっては、マッ缶は水みたいなもんだからな。当然だ」

 

「むー、なんかムカつきます!」

 

そう言うと、一色は俺の頬を人差し指でツンツンつついてきた。

 

「……なにやってんだ」

 

「こうしてたら虫歯になるかなーって思って!」

 

えいえい、となおも続ける一色。

 

「いや、そんなんでなるわけないだろ。馬鹿なの?」

 

軽くその手を払いのけ、マッ缶に口をつける。

全く、マッ缶のスペシャリストのこの俺が虫歯になるわけがないだろ。

 

しかし、それは突然やってきた。

 

「ごく、ごく、ごく……ごぐごぉっ!?」

 

右の奥歯に激痛が走る。

…………あれ?これってもしかして……

 

一色を見ると、一瞬驚いていたがすぐにニヤァと不気味な笑みを浮かべた。

 

い、いろはす?ちが、違うんだよ今のは……

 

「…………なんか今カエルの鳴き声が聞こえたな?」

 

「先輩それはさすがに無理があります」

 

いろはすは騙されなかった。

ちくしょー!まさかこの俺が虫歯になるとは……

マッ缶スペシャリストの名が聞いて呆れるぜ。

 

「ふっふっふー、先輩もしかして虫歯ですか~?」

 

「ニヤニヤすんじゃね腹立つ。ああ、そうみたいだな」

 

「あらあらー、これはすぐにでも治療しないと行けませんねー」

 

「ああ、明日の放課後行ってくるよ」

 

面倒だが早いに越したことはない。さっさと行って治すことにしよう。

 

しかし一色は予想外のことを言ってきた。

 

「いーえ先輩!今すぐ行きますよ!」

 

「……え、今?」

 

「そうです今です!早くしないと大変なことになっちゃいます!」

 

そう言って俺の腕を引いてくる。

 

「いや、一日くらい大丈夫だ……」

 

「あー、もしかして先輩こわいんですかぁー?」

 

挑発的な笑みを浮かべる一色。

なにこの子すごくウザいんですけど。

アザはすからウザはすにジョブチェンジかしら?

 

すると突然、一色は俺の腕から手を離し、代わりに空いている手にゆっくりと指を絡ませてきた。

え、ちょっとなにしてんの一色さん?

 

俺の混乱は他所に、一色は優しく俺に語りかけた。

 

 

「大丈夫ですよ先輩、わたしがこうしてずーと手を握っててあげますから!」

 

 

そう言って笑う彼女の笑顔は、今日見たたくさんの表情の中でも、とびきり魅力的だった。

 

……はあ、やれやれ。さっさと行って治して来ますか。

 

そして俺と一色は来た道を再び歩き出す。

まだ歯医者ではないのに、その手は繋がれたまま。

沈んでいく夕日が、繋がれた二つの影を地面に映す。

 

 

 

たまには虫歯も悪くない。

そんなことを考える不思議な一日だった。

 

 

 

余談であるが、歯医者はもう閉まっていた。

…………ちゃんちゃん☆

 

 

 




最後までご覧頂きありがとうございました。

それから少し遅ればせながら、お気に入りや評価を付けて下さった方々ありがとうございます!
おかげさまでやる気が溢れて仕方ありません。
この気持ちを少しでも文章に載せられたらと思います。

今後ともお付き合いお願いいたします。

それでは今日はこの辺で。


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一色はまがりなりにもマネージャーである。 前編

今回は少し短め!

いろはすがちゃんとマネージャーなんだということを示すための物語。

それではどうぞ!


ある日の放課後。

奉仕部の部室には俺と雪ノ下と由比ヶ浜の部員三人、それから一色がいた。

いつもと変わらない平穏な時間を、各々自由に過ごす。

由比ヶ浜と一色はお茶を飲みながらガールズトーク。

雪ノ下は読書をしながら時折二人の会話にまざる。

俺はぼっち。……いやぼっちてなんだよ。

普通に読書してるよ、一人で。

あなんだ、要するにぼっちか。

 

美少女三人がワイワイとする傍ら目の腐った少年一人が読書をしている様は、端から見れば異様な、もしかすると憐れみさえ覚えるような光景かもしれない。

しかしそれは、俺にはとても心地よいものだった。

紆余曲折しながらも全員で守ってきたこの空間は、少し前までの苦しくなるようなものとは違う、暖かくずっといたいと思える場所になっていた。

 

まあ話すと長くなるので、その話はまたの機会に。

ただここで俺が言いたいのは、今の俺達があるのは一色の力によるところが大きいということだ。

彼女がいなければ今の俺達はない。

全く、こいつには感謝してもしきれんな。

 

だからだろう、こうして一色がいるのを自然と受け入れているのは。

部室の椅子も、机の上のマグカップも、喋り声も、温もりも、これまで三つだったものが四つに増えた。

けれどそこに違和感はなく、それを当然のように感じている俺達がいる。

 

と、ここまでだらだらと喋ってきたが……

まあ、なんだ。何が言いたいかっていうとだな……

 

 

 

「お前マネージャ業はどうしてんの?」

 

「………………ふぇ?」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「いや、お前ここんとこずっとうちにいるけどマネージャーの方は大丈夫なのかと思ってな。あと生徒会も」

 

「…………あー、サッカー部ですかー……」

 

「確かに言われてみればそうね。奉仕部に来るのは全然構わないのだけれど、本業の方を疎かにするのは感心しないわ」

 

「いやー、別にサボってるわけでは……生徒会はこの時期特にすることもないので大丈夫です」

 

「んじゃサッカー部は?」

 

「サッカー部は、その……なんといいますか。あまり行きたくないといいますか……」

 

「サッカー部で何かやなことでもあったの?」

 

「いえそうではなくて。ただそのー……外ってちょっと寒いなー、的な?」

 

え、なにこの子。

もしかしてそんな理由で部活サボってんの?

うわー、ちょっと引くわー。

 

「あー、先輩今ちょっと引きましたね!先輩のくせに生意気です! 」

 

ふんっとそっぽを向く一色。

何で俺がキレられてんの?

俺なんも悪くなくない?

 

「いつも人から引かれている比企谷君が今度は引く側になるなんて、不思議なこともあるのね」

 

ふふっと、可笑しそうに笑う雪ノ下。

いやだから何で俺が罵倒されてんの?

 

「引かれてるヒッキーが引いてる……ゆきのん、ダジャレ?」

 

ガハマさん、そこは触れちゃいけません。

俺もちょっと思ってたけどな。

 

自分でも少し思うところがあったのか、雪ノ下は軽く咳払いをして恥ずかしさを誤魔化す。

 

「それにしても一色さん、やはり部に所属しているからには出来る限り活動に参加するべきよ。ここにいる引き籠り谷君でさえ、こうして毎日参加しているのだから」

 

「お前は俺を罵倒し続けねえと生きてけないの?あと俺の場合は半ば強制だからな?」

 

「うぅ、そうなんですけどー……だって、こっちの方が楽しいんですもん。気を遣う必要もないですし」

 

拗ねたようにそう呟く一色。

こいつ、よくもそんな恥ずかしいことをさらりと。

恥ずかしさから逃げるように顔をそらすと、同じく顔を紅くした雪ノ下と目が合った。

ま、そうなるよな普通。

 

そんな中、由比ヶ浜だけは心底嬉しそうな顔をして一色に抱き着いた。

 

「いーろっはちゃあーん!」

 

「きゃっ!もー、結衣先輩ってばー」

 

「えへへ、だって嬉しいんだもん!」

 

目の前で繰り広げられるゆるゆり。

美少女が抱き合う光景……ふむ、悪くない。

 

まあこいつには生徒会という大義名分も有るわけだから、部活に行かなくても怒られる訳ではない。

そこでふと、どうでもいいことを思い付く。

 

「しかし、あれだな」

 

「なんですか?」

 

「お前がマネージャーとか、ちょっと想像できんな」

 

「むむむ?それはどーゆーことですか?」

 

「いやーなんかな。こうしてうちでダラダラしてるお前を見てると、どうもマネージャーをやってるところが想像できん」

 

「ほほーう……それは先輩、つまりわたしに喧嘩を売ってるということですね?」

 

「…………は?何でそうなんの?人の話聞いてた?」

 

「いーでしょう先輩!先輩がそんなことを仰るなら、わたしにだって考えがあります!」

 

ガタッと椅子を鳴らし勢いよく立ち上がると、一色はビシッと俺を指差してきた。

 

「わたしがどれだけマネージャーにふさわしいか、わたしのマネージャー力がどれだけすごいか、先輩にとくと教えてあげちゃいます!」

 

程なくして、一色のマネージャー力お披露目会が催されるのであった。

 

……どうしてこうなった。。。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「というわけで先輩!とりあえず校庭を一周全力で走って来て下さい!」

 

「いや何がというわけでだよ。脈絡なさすぎだろ」

 

「はぁ、これだから先輩は」

 

やれやれと肩をすくめる一色。

なんだこいつムカつくぞ?おん?

 

「あの一色さん、私たちまで着替える必要はあったのかしら?」

 

俺達は今、一色の指示により全員ジャージに着替え校庭に来ている。

何でも今から自慢のマネージャー力、略してマネ力を見せつけるとのこと。

やだ、すごくめんどくさそうなんですけど。

 

「はい!雪ノ下先輩と結衣先輩には悪いですけど、二人にも先輩にマネージャーとして振る舞ってもらいます!そしていかにわたしのマネ力がすごいか、そこのお馬鹿な先輩に見せつけてやるのです!」

 

そう言ってぐっと拳を握り目をメラメラと燃やす。

今からスポ根でも始まるのかしらん?

 

「なるほど……つまり貴女は、私達を当て馬にするつもり、というわけなの?」

 

見ると雪ノ下の目がギラリと光っている。

あ、これはもしや……

 

「いいでしょう。ならばどちらのマネ力が上なのか勝負しましょう。貴女には悪いけれど、私勝負事で負けるつもりはないから」

 

「ええー、たとえ雪ノ下先輩でもー、マネ力で私に勝てるとは思えませんけどねー?」

 

バチバチと火花を散らしてにらみ合う二人。

あれ?これそういう話でした?

なんかどんどん面倒な方に話が進んでいってるような……

 

「うーん……なんかよくわかんないけど、とりあえずヒッキーをお世話すればいいんだね?あたしがんばる!」

 

にこぱっと花が咲いたように笑う由比ヶ浜。

ああ、こいつの純粋さが目に染みる。

なんならユイユイが天使に見えるまである。

 

「それでは改めて説明しますけど、今から先輩には校庭を一周走ってきてもらいます。そのあとわたしたちが一人ずつ順番に疲れた先輩にマネージャーとして振る舞って、誰のマネが一番良かったか決め手もらいます」

 

「なるほどー。タオルとかスポドリとか渡すやつだね!」

 

「まあそんなところです!」

 

「わかったわ。では早速始めましょう」

 

「というわけで、先輩お願いしまーす☆」

 

……話がどんどん進んでいってて正直ついていけてないんだが。

まあようは走ればいいというわけか。

なにこれ普通にしんどい。

 

「ほーら先輩!さっさと走る!今の先輩は運動部ですよー!」

 

「え、なにその設定。死ぬほどやなんだけど」

 

「つべこべ言わずに早く行きなさい」

 

「頑張ってーヒッキー!」

 

……はあ、仕方がない。

三人に見送られノロノロと走り出す。

周りの運動部連中から怪訝な目を向けられるが、それはこの際気にしない。

たまには運動しないとだしな。

 

そして少しずつペースを上げて行き、なんとか一周を走り終える。

運動不足のためにもう若干息が切れている。

はあ、本当これしんどいな。

 

しかし八幡はこのときまだ知らなかった。

これから繰り広げられるマネバトルが、さらに彼を苦しめることを……

 

次回!いろはすVSゆきのんVSユイユイのマネバトル三つ巴が勃発!

八幡の運命やいかに!!!

 

 




後編も出来る限り早く上げようと思いますが、もしかしたら少し期間があくかもです。その時はすみません!

そして前回に引き続きお礼を。
お気に入りや評価を付けて下さった方々、本当にありがとうございます!
私は小説を書くのも投稿するのも初めてなもので、こうして反応をいただけるととてもうれしいです!
今後ともお付き合いお願いいたします。

それでは今日はこの辺で。


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一色はまがりなりにもマネージャーである。 中編

後編と言ったな、あれはうそだ。
はいすみません、予想以上に長くなりそうで。
気長にお付き合い願います。
そして今回はいろはの出番が少ないです。
それではどうぞ。


一周500メートルほどの校庭を走り終えた俺は、荒い呼吸を整えながらゆっくりと一色達の居るところへと向かう。

 

さて、今からマネバトルが始まるわけだが……

 

三人のところまで辿り着くと、一色と由比ヶ浜がスススッと後ろに下がり雪ノ下が一歩前へ出る。

どうやらトップバッターはこいつのようだ。

 

勝負と言われたら黙って要られない飢えた狼である彼女が、一体どのようなマネージャーぶりを発揮するのだろうか。

非常に興味深い。

 

「お疲れ様比企谷君」

 

「おう」

 

「これで汗を拭くといいわ」

 

そう言ってタオルを差し出してくる雪ノ下。

ふむ、案外普通だ。

序盤はまあ様子見といったところだろうか。

 

「おお、すまん」

 

礼を言いつつタオルを受けとる。

どこのタオルなのかは不明だが、とても柔らかくいい匂いがした。

うわぁー、お日様の香りがするー。

こんな素敵なタオルには、八幡八万点あげちゃう☆

…………久々に走ったからだろう。

だいぶ疲れているようだ。

 

すると雪ノ下も俺の疲労を感じとったのか、ニコリと微笑んで労いの言葉をかけてくれる。

 

「この程度で音をあげるだなんて、引き籠り谷君の体力はミジンコ並なのね?」

 

前言撤回。

どこにも労いはなかった。

あるのは人を小馬鹿にした態度だけである。

 

「うるせえ、走るなんて滅多にしないから仕方ないだろ。あとミジンコは余計だ」

 

「そうね、貴方の雀の涙ほどしかない体力と同じだなんてミジンコさんに失礼よね。ごめんなさいミジ谷君」

 

おいそれどういうことだ。

てか全然ミジンコさんに謝れてないぞ。

なんなら俺とミジンコさん合体しちゃってるし。

 

「お前だって人のこと言えた口かよ」

 

「私はいいのよ。今の私はマネージャーなのだから」

 

「ならもう少しマネージャーらしく選手を応援してくれ。今のままじゃどっちかっつうと、OGみたいだぞ」

 

それも嫌みばっか言うやつ。

俺達のころはこうだったとか自慢げに話して。

あれ本当にやんなっちゃうよな。

まあ運動部にいたことないんで分からないんですけどね。

 

「それもそうね。では比企谷君、そこのマットに横になってちょうだい」

 

「…………え?」

 

「聞こえなかったかしら?マットに横になってと言ったのだけれど」

 

「いやそれは聞こえたが……」

 

見ると、すぐそこの木の下に一枚のマットが敷いてある。

……これはまさか……

 

「……一応聞いておくが、何をするつもりだ?」

 

「見て分かるでしょう?マッサージよ」

 

そんなこともわからないのと言いたげな顔を向ける雪ノ下。

マジかー、マジかよー、いきなりマッサージとかハードル高すぎんだろ。

彼女の勝ちたいという気持ちがひしひしと伝わってくる。

こやつ、本気でござるな!

 

「いつまでそこに突っ立っているのかしら?早く寝てちょうだい」

 

「ひゃ、ひゃい!今行きまひゅ!」

 

緊張のあまりカミカミになってしまった。

しかしそれも仕方がない。

今から学校でもトップクラスの美少女である雪ノ下にマッサージをされるのだ。しかも外で。

緊張するなという方が無理な話である。

 

体がガチガチなりながら、ゆっくりとマットの上にうつ伏せになる。

それを見て雪ノ下も俺の横に膝立ちで座る。

 

「それでは始めるわね?」

 

「お、お願いしまする」

 

問いかけに応答をすると、程なくして背中に心地よい重さが伝わってきた。

ぐーっと手の平を押し付けて、背中全体をほぐすようにマッサージがされていく。

ふぁ~、気持ちいいんじゃ~。

程よい力加減に体から力が抜ける。

疲労の塊を的確に揉みほぐしていく手つきは、まさにプロのそれのように感じた。

 

「どうかしら比企谷、痛くない?」

 

「あぁー、大丈夫だ。めちゃくちゃ気持ちいい」

 

「そう、それはよかったわ」

 

「お前マッサージ上手いんだな。経験でもあるのか?」

 

「昔姉さんに嫌というほどさせられたわ。思い出すだけで腹立たしいけれど」

 

「あー、なんとなく想像つくわ」

 

「でも今こうしてあなたに喜んで貰えてるのなら、あの日々は無駄ではなかったのね」

 

そう言って優しく微笑む雪ノ下。

ふん、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。

赤くなった頬を見られないように顔をマットに押し付ける。

あんなストレートな言葉、さすがに恥ずかしいですしおすし。

 

まあだいぶマネージャーらしさも感じられるようになってきたし、これは雪ノ下の勝ちで決まりだろうか。

 

心も体もリラックスして呑気にそんな事を考えていると、背中から手がゆっくりと離れた。

おや、もう終わりか。

少し名残惜しいが疲れはだいぶとれた。

お礼を言おうと開きかけた俺の口は、しかし雪ノ下の言葉によって塞がれた。

 

「それでは比企谷君、次はその……足をマッサージしていくわね?」

 

「…………へ?」

 

一瞬訪れる気まずい沈黙。

 

今、なんとおっしゃったのかな?

足……をマッサージ……揉むだと?

いや、それはさすがにその……

 

「雪ノ下、そこまでやる必要はないんじゃないか?もう十分疲れもとれたし」

 

「ダメよ。やるからには完璧にしたいの。それにあなたは走ってきたのだから一番疲れているのは足に決まっているじゃない。その足の疲れを癒さずして終わりにだなんて私にはできないわ」

 

少し早口に捲し立てるように話す雪ノ下。

 

「お前の言うことは最もなんだが、その……さすがに恥ずかしいというか……」

 

「あら、運動部員の体をマネージャーがマッサージして何か変なことがあるのかしら?それとも比企谷君はこの程度の事で興奮してしまうおサルさんなの?」

 

ぐっ!そ、そんなんことは決してない。

ないのだが……

 

「つべこべ言ってないでさっさと済ませるわよ」

 

そう言って体をぐいっと下に押し付けられる。

あなた、どこからそんな力が。

 

俺はたいした抵抗をすることもできず動きを封じられてしまった。

コクりと小さく息を飲む音が聞こえる。

意を決した雪ノ下がゆっくりと手を伸ばしてきた。

すらりとした五本の指が、俺の足……もとい太股の裏を揉みしだこうとしたその時……

 

「ピッピッピー!雪ノ下先輩そこまでです!!」

 

サッと後ろから現れた一色がナイスなタイミングで止めに入る。

 

突然現れた一色に邪魔されて不満を露にする雪ノ下。

 

「一色さん?私のマッサージはまだ終わっていないのだけれど?」

 

「残念ですが雪ノ下先輩、時間切れです!あと、あまりに過度なボディタッチはルール違反です!」

 

ポケットからイエローカードを取り出してビシッと前に突き出す一色。

それどこから持ってきたんだよ。

 

「ゆきのん!あんまりその、そういうのはよくないと思うな!」

 

そして少し顔を赤らめながらメッとしかる由比ヶ浜。

おやおや純情ですなーガハマさんは。

まあ俺もついさっきまでドキドキしっぱなしだっけど。

 

雪ノ下も二人からNGをもらい、渋々だが引き下がっていった。

 

危ない危ない。

もう少しでちょっとエッチな展開になるところだった。

え?太股触るくらいで何がエッチだって?

バッカお前、だったらちょっとイマジネーション足りてねえよよく考えてみなさい!

主に童貞の気持ちを!

 

 

 

何だかんだとあったがこれで雪ノ下のマネ力披露は終わりのようだ。

 

さて、次は誰が出てくるか……

 

「じゃあ次は私だね!」

 

手を真っ直ぐと挙げ前に進み出る由比ヶ浜。

次はこいつか……

三人の中では一番包容力がありそうだが、果たして何をしてくるか。

 

「由比ヶ浜さん頑張って」

 

「結衣先輩ファイトです!」

 

励ましの言葉が二人から投げ掛けられる。

勝負事とはいえやはり仲のいい女子三人組。

こういうところは見てて素直に好感が持てる。

何故か後ろの二人が少し悪い顔をしている気がしなくもないが、まあ気のせいだろう。

 

「それじゃあヒッキー、悪いんだけどもう一周走ってきてくれない?」

 

「は?嫌だけど、普通にめんどい」

 

「そこをなんとか!お願い!そうしてくれた方が効果てきめんだから!」

 

由比ヶ浜は手を合わせて頭下げる。

 

はあ、仕方がない。

何が効果てきめんなのかは知らんが、頭を下げらたのに断るのは悪い気がする。

それにさっきのマッサージで疲れもだいぶとれたしな。

あと一周くらいどうってことないだろう。

 

「ったくしゃあね。ちょっと待ってろ」

 

「ありがとうヒッキー!」

 

ぱあっと太陽のような笑顔を向けてお礼を言う彼女に見送られながら、俺は校庭を再び走り出した。

 




あと2、3話続きそうです。

更新は出来るだけ早くしようと思いますが、諸事情によりゆっくりになるかもです。

繰り返しになりますが、気長にお付き合い願います。

それでは今日はこの辺で。


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一色はまがりなりにもマネージャーである。 後編

長くなりそうと言ったのですが、すっきり収まり中編が一つですみました!
中編その1は、ただの中編に変えておきますのでご了承下さい!

今回はいろはすはたっぷり!
それではどうぞ。


結論から言おう。

 

由比ヶ浜はマネージャーに向いてない。

というより、あいつにマネージャーをさせてはいけない。

下手すると死人が出てしまう。

被害者がそう言ってるのだから間違いない。

 

え?わけが分からないって?

おいおい君、それでも俺ガイルのファンなのかい?

仕方がない、ならヒントを出そう。

 

ヒントその1

スポーツドリンク

 

さあ~みんな分かったかな~?

ええ!?わからない!?

なら更にヒント。

 

ヒントその2

メイドイン由比ヶ浜

 

もうお分かりかな~?

分からないなら更にヒントを……

あ、もういらない。十分わかったと。

 

ええそうです。

皆さんご察しの通り、私比企谷八幡は由比ヶ浜結衣にスポーツドリンク(ユイユイの手作り☆)という名の毒を飲まされ死にかけました。

簡単に経緯を説明すると以下のようになる。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

「ヒッキーお疲れ様!はいこれスポドリ!飲んで!」

 

「おお、サンキュ。」

 

ごっ……バタン。

 

「ひ、ヒッキー!?」

 

説明終了。

 

いやー、一時はどうなることかと……え?

説明不足だと?

そう言われても本当にこんだけの事しかなかったからな。

言われた通りに一周走ってきて、疲れたところに毒を盛られた。

一口飲む前にはもう倒れたから余程強力な毒だったのだろう。

確かにこれは疲れてる方が効果てきめんですわ。

 

……一応彼女のフォローをしておくと、もちろん毒など盛るつもりはなく、ただ単に走り疲れて水分を欲しているであろう俺のためにと思ってやった事だ。

ちょっと味があれなだけであってその気遣いは素直に嬉しい。

出来ることなら既製品を渡すという気遣いまでして欲しかったが、それは贅沢というものだ。

ん?贅沢かこれ?

 

まあなにはともあれ、俺がぶっ倒れたことにより由比ヶ浜のターンは強制終了。

彼女は今雪ノ下に説教をされている。

 

「貴女って人は、どうすればあんなものが作れるのかしら」

 

「ひ、ひどいよゆきのん!」

 

「酷いのはあなたよ由比ヶ浜さん。ただでさえ日頃から不幸な目に遭ってるのに、今回のような事があっては彼の身が持たないわ」

 

「うぅ、そこまで言わなくても……あれ?ゆきのん何か笑ってない?」

 

「……何を言っているのかしら?この状況で、ぷっ……私が笑う筈がないじゃない」

 

「いや今絶対笑ったでしょ!」

 

「いえ……ぷっ……そんなことはないわ、気のせいよ。強いて言うなら、あまりにも予想通りに事が運びすぎて少し頬が緩んでしまっただけよ……ぷっ」

 

「それを笑ってるって言うんじゃん!てかゆきのんぷっぷぷっぷうるさすぎ!」

 

ぷっぷぷっぷする雪ノ下にぷんぷん怒る由比ヶ浜。

なにこれ。

ぷのゲシュタルト崩壊が起きてるんどすけど。

てか雪ノ下さん今予想通りとおっしゃったのかな?

なるほど、それであのとき一色と二人揃って悪い顔してたのか。

お主らも悪よのう。グワッハッハッ!

被害者は俺だがな。

 

「あ、先輩お目覚めですか?」

 

ふと、声を掛けられる。

見ると一色が上から覗き込むようにして俺の顔色をうかがっていた。

 

「ああ。一応さっきから目は覚めてはいたんだがな」

 

由比ヶ浜との一連を思い出すために思考の海へとダイブしてたから意識がどっかにいっていた。

断じて読者に説明などしていたわけではない。

本当でござるよ?

 

すると一色は「フーン」と言って目を細める。

ん?なんだ?

俺なんか不味いこと言ったか?

 

彼女は怪しげな笑みを浮かべ言葉を続ける。

 

「なるほどー。ということは先輩は、わざわざ寝たフリをして可愛い後輩の膝枕を堪能していたというわけですね?」

 

「まあそういことにな…………膝枕?」

 

「はい、膝枕です」

 

「…………誰の?」

 

「わたしのです」

 

「…………俺が?」

 

「先輩がです」

 

「…………マジで?」

 

「マジです」

 

「…………おやすみなさい」

 

「逃げないで下さい」

 

両手でぎゅっとほっぺたを挟まれる。

ちょっといろはす気安く触らないで心臓発作起こしちゃうから。

 

よくよく意識してみると、後頭部に柔らかくて温かな何かを感じる。

そして一色の顔が近い。

おお!これが夢にまで見た膝枕!

とても幸せな気持ちが!

それにこの角度から見る一色もまた新鮮でかわ……

いやそうじゃなくてだな。

 

「なんで俺膝枕されてんの?」

 

「そんなの、結衣先輩のスポーツドリンク飲んで倒れた先輩を、可愛くて優しいマネージャーの一色いろはちゃんが介抱してあげたからに決まってるじゃないですかー☆」

 

キャハッとあざとくウインクをする一色。

なるほど。それは仕方がない。

だがわざわざ膝枕などせんでも……

とにかく、このままでは心臓が持たないので早く起き上がろう。

 

「そいつは悪いことをした。今すぐどくか……」

 

「ダメですよ先輩!まだ顔色悪いですもん!」

 

「いやもう大丈夫だ。ありがとっガハッ!!」

 

突如脇腹に襲いかかる強烈な痛み。

い、一体何が……

 

「ほら先輩!起き上がれないくらいまだ体調悪いじゃないですか!もうしばらくここで寝てて下さい!」

 

「え……いやなんで……」

 

見ると拳を固めてニコりと微笑む一色の姿があった。

え、いやその手、もしかして今の痛みは……

 

「あのー、一色さん?今俺のこと殴らなかっ……」

 

「せーんぱい☆余計なこと言ってるとまた殴り……倒れちゃいますよ?」

 

「あ、はい」

 

そうだよね、また倒れて迷惑かけるのもあれだしここは大人しくしてよう。

しょうがない。うん。

決して殴られたくないとかそんなんじゃないから!うん!

 

再び意識してしまう後頭部の感触を出来るだけ頭の隅に追いやり、冷静を装って膝枕をされる。

ふん!この程度、理性の化け物と言われた俺にかかれば楽勝よ!

 

「あそうだ先輩!」

 

「にゃんにゃ?」

 

「…………」

 

「……すまん」

 

「……いえ、お気になさらず」

 

あーん!何が理性の化け物だよー!

メチャクチャ意識してんじゃん!

もう八幡のバカバカバカ!

 

「気を取り直して……あのですね先輩!」

 

「なんだ?」

 

よし、今度は上手く言えた。

 

「もう時間が勿体ないのでー、このままわたしのマネ力披露してもいいですか?」

 

そう言って横に置いてある鞄をゴソゴソとし始める。

 

「ああ、あれまだ続いてたのね」

 

「当然じゃないですかー。先輩をギャフンと言わせるまでちゃんとやりますからね?」

 

「ギャフン」

 

「先輩もう一回殴られたいんですか?」

 

「ごめんなさい許して下さいごめんなさい」

 

「全く、分かればいいんですよ分かれば」

 

軽い冗談のつもりだったが脅されてしまった。

てか殴るって言っちゃってるし。

 

「じゃーん!」

 

そう言って俺の頭上に箱のような物が掲げられる。

これは……タッパーか?

それも何やら黄金色の液体で満たされている。

んでもって底に輪切りにされた黄色の物体が沈んでいる。

おお、もしやこいつは……

 

「レモンのハチミツ漬けか」

 

「その通りです!実は今日、何だか無性にこれが食べたくなったので朝パパっと作ってたんです!」

 

ふふーんと言って自慢げに胸を張る一色。

なんというご都合主義。

しかしあれだな。膝枕をされているときに胸を張られると、こんなに素晴らしい景色が広がっているのか。

いやはや眼幸、眼幸。

 

「なんか目付きが嫌らしくないですかー先輩?」

 

「気のせいだ。ただ小さな幸せを噛み締めていただけだ」

 

「何わけの分からないこと言ってるんですか。正直気持ち悪いです」

 

あれれー?

幸せを感じるだけでキモがられるとか酷すぎじゃありませんこと?

 

「まあいいです。ではでは先輩!」

 

「ん?」

 

「はい、あーん!」

 

「…………は?」

 

「ああーん!」

 

「…………何やってるの一色さん?」

 

「何ってあーんに決まってるじゃないですか。ほーら、あーん!」

 

「いや、やらねえよ」

 

「もう先輩!これもマネージャーの仕事のうちなんですよ?」

 

「無理だから。そんなマネージャー流石にいるわけないから」

 

「ちっ……」

 

おい、今舌打ちが聞こえたぞ。

 

「なんでもいいです!とにかくあーんしないとこのレモンのハチミツ漬けはあげませんからね?」

 

「手を使った場合は?」

 

「先輩の目にこのレモンを絞ります」

 

なにそれ恐ろしすぎ。

どうやら今日のいろはすはマッドサイエンティストのようだ。

 

「ほら先輩!」

 

そう言ってなおもあーんをしようとする一色。

 

ふん、そんなこっぱずかしい事するくらいな別に食べんでもいい。

そう言おうとしたのだが……

 

頭上でキラキラと、まるで宝石のように輝くレモンは、今の俺には砂漠における水のように見えた。

それもそのはず。

俺が先ほど口にしたのは、由比ヶ浜特製の毒……もといスポーツドリンクである。

それも飲み込む前に倒れたから、実質走ってから何も水分をとっていないに等しい。

そんな中、ハチミツがたっぷりとかかりミズミズしい輝きを放っている、見ているだけで唾液が溢れてくるこのレモンは、ことさら今の俺には魅力的に見えた。

 

しばし考え込む。

喉の渇きを我慢して羞恥から逃れるか。

それとも恥を忍んで己の欲望を解消するか。

 

二つを天秤に掛けた結果……

 

 

 

「せーんーぱーいー!あーん!」

 

「…………あ、あーん」

 

八幡は頬を染めながら口を小さく開いた。

 

しょ、しょうがないだろ!

あんな旨そうなもん目の前にぶら下げられたら!

それに膝枕されてる時点で羞恥心とかもうどうでもいい気がしてきたしな。

俺は何も悪くない。

悪いのは全部政治のせいだ。

 

心の中でいくつもの言い訳を並べ立て、一色のあーんを受け入れようとする。

ゆっくりとしたスピードで彼女の手が近づいてくる。

 

残り30センチ……20……10……8……10

おい今なんでちょっと戻した。

見ると一色はいたずらっ子のような笑みを浮かべている。

 

それから俺の顔の前を、レモンが行ったり来たりを何度も繰り返す。

近づいては遠ざかり、遠ざかっては近づき。

こ、このやろう、俺で遊んでやがるな……

 

あと少しで口の中へ、というタイミングで一色が手を引っ込める。

その間ずっと口を開けて待っている俺の姿は、さぞ滑稽であったろう。

 

はやく、早くしてえ!

そんな焦らしちゃらめー!

 

俺はもう我慢の限界だった。

 

再び一色の手が口元に近づいてきた瞬間、首を伸ばして自分からレモンを迎えにいく。

 

しかし、それが間違いであった。

 

俺が顔を近づけるのと一色がレモンを近づけるタイミングが見事に重なってしまい……

 

 

「はむ!」

 

「きゃっ!」

 

 

一色の指ごと食べてしまった。

 

 

「「………………」」

 

 

あまりの出来事に、そのままの態勢で固まってしまう二人。

やっとの事で指が口から引き抜かれたのは、重力によって俺の頭がゆっくりと落下してからであった。

 

俺に食べられ、少しテカテカしている自分の指を凝視する一色。

あの、そんなに見られると、その……って違う!

 

そこでやっと思考が戻ってくる。

 

お、俺はなんてことをしちまったんだぁ!!!

偶然とはいえ後輩の指をくわえてしまうとはあ!

やばいことになっちまったぞ!

と、とにかく謝らなければ!

早くしないと嵐がごとく罵声を浴びせられてしまう!

 

テンパっているせいで、自分が膝枕をされたままだということを気にもとめず、そのままの態勢で謝る八幡。

 

「い、一色!今のは、その、わざとじゃないんだ!本当に偶然で、たまたまなんだ!だからな、一旦落ち着つこう!くれぐれも悲鳴なんか挙げるんじゃあないぞ?俺の社会的地位がこの世からログアウトしちまうからな!あと罵倒も控えていただけるとなおよし!」

 

精一杯の謝罪を早口で行う。

いや、これのどこが謝罪だろうか?

完全に保身に走ってるあたり、もう自分でも情けなくなってくるな。

 

とその時、俺は少し違和感を感じた。

 

いつもならここで一色から怒濤の罵声を浴びて最後には振られるという、一種のテンプレートが控えているはずなのだが……

 

改めて彼女の顔を見てみる。

すると彼女は、未だに俺にくわえられた指を見ながら、頬を染め、瞳を潤ませ、口をあわあわとしていた。

 

あ、あれ?一色?

なにその、少女漫画の乙女みたいな反応は?

お、お兄さんちょっとこまっちゃうぞーん?

 

彼女の予想外の反応に困惑と妙な恥ずかしさを感じる。

 

と、ようやく一色が動き出した。

その動きはとてもゆっくりで、時が止まっているかのような錯覚すらも感じた。

 

目の前にいたのは、普段の元気ハツラツとした姿とは全く異なる、どこか守ってあげたくなるような弱々しい少女。

 

 

彼女の視線と俺の視線が交錯する。

 

訪れる静寂。

 

──そしておもむろに、一色が口を開いた。

 

「……せんぱい……もうひとつ食べませんか?」

 

「…………え?」

 

そう言ってタッパーから、新たなレモンを取り出す。

レモンは相も変わらず、ハチミツによってキラキラと輝いていた。

しかし今度はそれだけではない。

レモンを持つ彼女の指までもがたっぷりとハチミツを絡めとり、魅惑的な輝きを発していた。

まるで食べてくれと言わんばかりに。

 

「……せんぱい……あーん……」

 

徐々に近づいてくる彼女の手。

先ほどよりもゆっくりとしたスピード。

けれどそれは、前のように止まるとは思えなかった。

 

「ちょ、一色……」

 

軽い抵抗を見せてはいるものの、その口はしっかりと開けられ彼女を受け入れようとしている。

 

あと30センチ……20……10……5…1……

 

とその時─

 

「何をしているのかしら貴女たち?」

 

突如掛けられる氷のように冷やかな声。

 

一瞬で氷漬けにされたように固まる俺と一色。

 

見るとそこには、氷の女王こと雪ノ下雪乃が仁王立ちしていた。

 

 

 

あ、これあかんやつや。

 

 

「二人ともそこに正座しなさい」

 

「いやちょっと待ってくれ雪ノ下これは……」

 

「正座」

 

「あ、はい」

 

抵抗もむなしく俺達は一時間程説教をされるのであった。

何故かその間、一色は一言も言葉を発しなかった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「結局勝負着かなかったねー」

 

「少なくとも貴女が一位ということはないから安心して由比ヶ浜さん」

 

「うう、今日のゆきのん何かこわいよぉ」

 

ふぇーんと言って雪ノ下に抱きつく由比ヶ浜。

恐いのに抱きつくとかなにそれ恐い。

 

あれから結局マネバトルはお開きとなり、俺達は部室へと戻ってきていた。

あの後の事を語ると長くなるので、そこは省かせてもらう。

というより思い出したくない。

軽くちびっちゃいそうだから。

 

「まあまあ、マネバトルはまた次回という事で!」

 

そう言って二人の輪に加わる一色。

一色はとりあえず、説教の後いつも通りに戻った。

あのままの彼女だったら俺の身が持たなかったので一先ず安心である。

 

「え、てかまたやんのかよ?」

 

「当たり前じゃないですか先輩!」

 

「決着を着けないまま終わるだなんて、この私が許すと思って?」

 

「今度は美味しいスポドリ作るからね!」

 

どうやら三人ともやる気満々のようである。

由比ヶ浜だけにはやる気を出してほしくないことこの上ないが。

 

「えー……はあしゃあねえ、付き合ってやるよ」

 

「何で上から目線なのからしらモルモット谷君?」

 

「先輩の癖に生意気です恥を知って下さい」

 

「ヒッキーのヤレヤレ系主人公!」

 

あれ?なんで俺罵倒されてるのん?

てかガハマさんのが地味に一番傷つくんだけど。

 

とまあ、そこでマネバトルの話題は終わり、各々また自由に過ごし始める。

 

ふと、一色が俺に話しかけてきた。

 

「そうだ先輩!」

 

「なんだ?」

 

「今度一緒にランニングしませんか?」

 

「はあ?やだよめんどくさい」

 

「ええーいいじゃないですかー。先輩体力全然ないし、次の時までに体力付けときましょ!」

 

そう言って俺の腕をぐいぐい引っ張ってくる。

やめろよ!服がのびちゃうだろ!

 

頑として首を縦に降らない俺。

すると一色がすっと俺の耳元に口を寄せ、ポソリと呟いた。

 

 

 

「……一緒にランニングしてくれたら……マネージャーの私がまた、レモンのハチミツ漬け、作ってきますよ?」

 

 

「………………行きます」

 

「ぷっ!……っふふふふ、もう、先輩の変態」

 

そういい残して離れていく一色。

その後は何事もなかったかのように雪ノ下たちと楽しげにおしゃべりをする。

 

俺は一人本を開き読書を始める。

しかし、内容は全く頭に入ってこなかった。

ただ次の休日のことだけが頭を埋め尽くしていた。

 

 

まあ、最近運動不足だからな。しゃあない。

それにマネージャーが走ろうと言っているのだ。

ならば部員は素直に従うことにしよう。

一色はまがりなりにもマネージャーであるのだから。

 

そう自分に言い聞かせて、今度こそ本の世界へと没頭する。

 

何気なく舐めた唇はとても甘くて酸っぱい、ハチミツとレモンの味がした。

 

 

 




前中後とお読みいた抱きありがとうございます!

また次回のお話も読んでいただけるとうれしいです!

そして私事ながら、お気に入りが100突破!UAが10000突破しました!ありがとうございます!大変嬉しく思っております!

今後も細ぼそとですがお付き合い願います。

それでは今日はこの辺で。


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ヤンキー少女いろはちゃん!

お久しぶりです!

すみません、不定期で。

元々書くのが遅いのですが、もうひとつ書いてる方に集中してまし……

今後も不定期ですが、気が向いた時にふらっと読んで言って下さい。

今回は全く別世界のいろはすと八幡です!

それではどうぞ。


「てめーちょっと待ちやがれ」

 

「…………」

 

「おい無視すんなよ!」

 

「…………」

 

「おいそこの腐り目野郎!」

 

「……あ、俺ですか?」

 

「そうだよてめーだよ、ああん?」

 

午後の授業が終わり音速で教室を後にした俺は、愛する妹の待つマイホームへと帰るべく、自転車置き場へとやって来ていた。

すると突然ヤンキー少女に絡まれてしまったのだ。

やだなにこれ超めんどくさそう。

 

がに股でこちらへと歩いてくる少女は、膝下まで長く伸ばしたスカートのポケットに手を突っ込みながら、ガム風船をぷくーと膨らましている。

 

一見こてこての昭和ヤンキーかと思ったのだが、顔はとても整っており化粧は大してしておらず、髪も地毛らしき亜麻色のさらさらとした毛で、容姿だけならどちらかというと優等生のようにも見えた。

なんなら生徒会長とかしていそうである。

 

恐る恐る彼女に話しかけてみる。

 

「あのー」

 

「ああん?」

 

「何かようですか?」

 

「用があるから呼んだにきまってるだろ?頭おかしいのか?ああん?」

 

「あははー、ですよねー」

 

敬語で答えて柄にもなく愛想笑いもしてしまう。

だって何かこの子すごく怖いんだもーん!

ガン飛ばしてくんのが怖いとかじゃなくて、下手なこと言ったら何しでかすかわからない怖さ。

俺のぼっちセンサーがビンビンに反応してる。

ものすごく帰りたい。

 

「それでーあのー、ご用件とは?」

 

「ああそうそう、あんたさ、金持ってる?」

 

あちゃーカツ上げかー。

何この子すごい典型的なヤンキーじゃないの。

 

まあだがこれは好都合。

学校帰りに友達と遊ぶことのない俺は、普段から昼飯代くらいしか持ち合わせていないのだ!

しかもそれは今日の昼に使いきっている。

無いものを渡すことはできない。

どうだ参ったか!!

……別に悲しくなんかないぞ?

 

「悪いけどお金持ってないんですよね」

 

「嘘つくんじゃねえぞ、ごらぁ?」

 

「いや本当にまじで。勘弁して下さい」

 

「ほーん。じゃあちょっとジャンプして見ろよ」

 

わーおなんとこれまた古典的な。

今時飛んでみろとか言うヤンキーいんのかよ。

 

軽く笑いそうになるのを堪えながらも、指示された通りに数回ジャンプをする。

しかし当然小銭の鳴る音はしなかった。

 

「ほら、ね?」

 

「っち。しょうもねーやつ」

 

わざとらしく舌打ちをし、俺を小馬鹿にしてくるヤンキー少女。

おお?今のは少しイラッとしましたぞ?んん?

 

しかし面倒なことはできるだけ避けたいので、怒りをなんとか飲み込む。

さあ、早く帰りましょったら帰りましょ!

 

「それじゃあ俺はこれで……」

 

「あんた昼飯は?」

 

「…………は?」

 

「昼飯はどうしてんのかって聞いてるんだよ!」

 

「……購買でパン買ってますけど?」

 

「金持ってないくせに?」

 

「いや、パン買う金だけ持ってきてます」

 

「何個?」

 

「……へ?」

 

「何個買ってんのかって聞いてんの!」

 

「……一個だけど」

 

「いっこぉ!?育ち盛りの男子高校生が昼飯にパン一個とか信じらんねえ!」

 

「……少食なんで」

 

「少食でもあんまし少なすぎんだろ。てか栄養偏っちゃうし」

 

「はあ、まあ」

 

「……ったくしゃあねえな。明日からあたしが作ってやるよ」

 

「………………ふぁ?」

 

「んじゃ明日の昼休みに屋上で、しくよろー」

 

そう言って去って行くヤンキー少女。

 

 

 

 

…………いやちょっと待て。

え、なにこれ、どゆこと?

話が急展開すぎて全く着いていけないんだけど。

カツ上げかと思ったら弁当の約束?

ちょっと初体験過ぎて理解しかねますね。

誰かー説明してー…………

 

かくして、比企谷八幡はヤンキー少女に弁当を作って貰えることになった。

 

うっそなにこれ訳ワカメ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

次の日の昼休み。

俺は約束通り屋上にやって来ていた。

ぶっちしたら何をされるか分からなかったから仕方なくである。

別に期待してたからとかでは断じてない。

ほ、本当だからね?

 

扉を開けて外に出ると、屋上のど真ん中で素振りをしている人がいた。

ちなみに竹刀でである。

ちなみにちなみにその人物は昨日のヤンキー少女でである。

 

…………どういう状況?

お弁当食べに来たら竹刀で素振りって……これ殺られちゃうのかしらん?

 

呆然と立ち尽くしている俺に気付いたのか、ヤンキー少女は素振りを止めてこちらに歩いてきた。

 

「よう、よく来たな」

 

「はあ、どうも」

 

「にしても遅かったじゃねえか。待ちくたびれたぞ」

 

「いや、まあ、ちょっとあれがあれで」

 

「なんだよあれがあれって?」

 

「いや、まあ、すみません」

 

「何で謝んだよ……まあいいや、早く飯にしようぜ」

 

「あのー……一つ聞いてもいいですか?」

 

「あんだよ?」

 

「そのー……どうして竹刀持ってるのかなーって」

 

「ああこれか。あんたが来るまで暇だったからさ、ちょいと鍛練をね」

 

「たんれん?」

 

「そそ。んなことより、さっさと昼飯食おうぜ」

 

「あ、はい」

 

そんな会話をした俺たちは昼ご飯を食べるべく、適当な場所に座るのだった。

 

てか鍛練って……

なにあの子、何かと闘ってるわけ?

ヤンキー少女は実はプリティーでキュアキュアな皆のヒーローなのか?

なにそれ凄いギャップ萌えなんだけど。

毎週日曜朝八時半からテレビの前に正座しなくっちゃ!

絶対違うがな。

 

「ほら、あんたの弁当」

 

「あ、ども」

 

手渡されたのは大きめの二段弁当で、手にずしりとした重さが伝わった。

 

うわー、これかなりの量あるぞ。

食いきれるかな……

いや、貰っておいて文句は言えん。

とりあえず開けてみよう。

 

まずは恐る恐る上の段の蓋を開けてみる。

するとそこには卵焼きやウインナーをはじめとした、弁当の定番オカズが綺麗に盛り付けられていた。

種類も豊富でどれも旨そうである。

 

「おお、すげえなこれ」

 

「ふふーん、そうだろそうだろ♪」

 

得意気に小鼻を含ませるヤンキー少女。

素直に誉められたのが嬉しかったのか、少し頬が赤かった。

 

意外にこういう反応は年相応で可愛いなと思いながら、今度は下の段の蓋を開けてみた。

 

「おお!これまた綺麗だな」

 

中に入っていたのは、お握りだった。

それはただの塩お握りではなく、ワカメや梅やおかかが混ぜ込まれていてとても鮮やかだった。

とても目の前の、見るからにガサツそうなヤンキー少女が作ったとは思えない弁当だった。

 

「お、おい!早く食えよ!」

 

あまりの見事さに見とれていると、恥ずかしかったのか急かされた。

さっきからこいつ、反応が可愛いな。

 

まあ俺も腹が減ったので、箸を持っていただきますと言って食べ始める。

 

まずは俺の好物の唐揚げから。

 

モグモグ……

 

「んんんんん!!!」

 

「ど、どうした!?何かマズッたか!?」

 

「うまい!」

 

「…………へ?」

 

「この唐揚げメチャメチャうめえ!!今まで食ったやつの中で一番うまい!!」

 

あまりのうまさに、らしくない大きなリアクションをとる。

いや本当にうますぎる。

見た目だけじゃなく味も最高だ。

日頃パンばっか食ってるから、昼にこんなうまいもんが食えるなんて感動的すぎる!

 

ちらっとヤンキー少女を見ると、ポカーンと口を開けて間抜けな顔をしていたが、すぐにハッとして顔を真っ赤にした。

 

「ああ、あ、あ、当たり前だろ!あたしが作ったんだから!てゆーか、うまいならあんな変なリアクションすんなっつーの!!」

 

グーで肩を殴ってくる。

って痛ああ!!!!

こいつマジで殴ってきやがった。

予想よりずっと力強いぞ。

さすがにプリキュアなだけのことはあるな。

え、違いましたっけ?

 

肩の痛みはひとまず無視して、俺は残りの弁当にがっついた。

ウインナーもお握りもハンバーグもサラダも、どれもかれもがメチャメチャ美味しかった。

 

そしてあっというに間にたいらげる。

ぷはあー、食った食った。

初めは食えないとか思ったが、こんだけうまけりゃいくらでも食えるな。

八幡大満足なりよ!

 

「あんたすっごい食べっぷりだったな」

 

「いやー、本当に美味しかったです。ごちそうさまでした」

 

「そ、そうか、うまかったか……///」

 

顔をニヘラっとして嬉しそうにするヤンキー少女。

てかこいつ、本当に可愛いな。

ギャップ萌えってやつか。

ヤンキーのくせに料理上手で笑うと可愛くてプリキュアとか、確かにすごいギャップだ。

 

ふとそこで気になっていたことを思い出す。

 

「あのー……」

 

「なんだ?」

 

「俺は、お返しに何をすればいいんですかね?」

 

そうなのだ。

昨日突然言われて完全に忘れていたのだが、弁当のお返しを何も聞いていなかったのだ。

当然ただ飯という訳がない。

金だろうか?それともサンドバッグかしら?

まあ靴なめるくらいならすぐにでもやれるぞ?

 

しかし、彼女は不思議そうな顔をしていた。

 

「おかえし?」

 

「ええ、お返しです」

 

「うーん…………何も考えてなかったな」

 

「……………………へ?」

 

腕を組んでうんうん唸っている。

こいつ、もしかして何も考えてなかったのか?

本当に俺のことを心配してなのか?

だったらいいやつすぎるだろ。

 

まさかとは思ったがどうやらそれは本当だったみたいだ。

 

「別に欲しいもんねーし、何もいらねえわ」

 

「いや、そういうわけには」

 

「でもなー、本当に何もねえし」

 

「じゃあお金払いましょうか?」

 

「いいよそんなの、自分のやつのついでだし」

 

「でも……」

 

「あーもうしつけいな!!あんまし言ってると殴るぞ!」

 

そう言って殴ってくるヤンキー少女。

ってもう殴ってるじゃないのあなた。

しかもまたまた超痛いし。

 

今度は耐えきれず痛みに悶える。

 

すると唐突に、あっという声が聞こえた。

 

「じゃ、じゃあさ……その…………敬語、やめてくんね?」

 

「…………へ?そ、そんなんでいいんですか?」

 

「うん……てかそもそもあんたのが年上だし……」

 

「…………は?もしかして、1年生?」

 

「はあ?気づいてなかったのかよ。リボンの色見りゃわかんだろ」

 

軽くイラついたように自分のリボンを指差しながら言ってくる。

本当だ。

確かによくよく見てみると、それは1年生のものだった。

 

「てことはなんだ?俺はずっと年下に敬語使ってたのか?てかお前は敬語使わねえのかよ?」

 

「あたしはいーんだよ。つーか何でおめえみたいなのに敬語使う必要があんだよ?ああん?」

 

おお?ちょっとイラッときましたぞ?

これは日本の縦社会というものを教えてあげるべきですかな?

 

年下だとわかった途端に余裕が出てくる俺ってなんて素敵!!

まあ弁当を貰った訳だし勘弁してやろう。

 

「まあそれはわかった、言う通りにする。だけど本当にそんなのでいいのか?金はないが出来るだけのことはするぞ?」

 

等価交換はいいが施しは受けない。

それが俺の信条だ。

これで何も言って来なかったら、無理にでも靴をなめよう。

べ、別にやりたくてやるわけじゃないんだからね!

 

俺がいつでも靴をなめられるように準備していると、彼女は顔を赤くして小さな声で何かを呟いた。

 

「そんじゃよ…………な……え……」

 

「え、なんだって?」

 

「…………なま…ぇ」

 

「え、なんだって?」

 

「だ、か、ら!!名前を呼べっつったの!!」

 

「は、はひ!?」

 

耳元で怒鳴られてビビりまくる。

そ、そんな急に怒鳴らないで!

赤ちゃんが起きちゃうじゃないの!

てか……

 

「名前、呼べばいいのか?」

 

「…………うん……///」

 

「本当にそんなのでいいんだな?」

 

「いいって言ってだろ!早くしろよ!」

 

「わ、わかったよ」

 

何で突然そんな事を言い出すのかは分からなかったが、名前を呼ぶだけなら楽勝だ。

サクッと終わらせよう。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………お、おい、早くしろよ」

 

「……いや、その、なんだ……」

 

「な、なんだよ……もしかして、て、照れてんのか?男のくせにだらしねーな!」

 

「……えと、そうじゃなくてだな……」

 

「じゃあなんだよ!あんまし焦らすなよな!」

 

「…………俺、お前の名前知らないや」

 

「……………………は?」

 

「いや、昨日会ったばっかだし……名乗られた記憶もないし……」

 

「……………………ッッッ///」

 

ボンっと、ヤンキー少女の顔が爆発する。

顔がリンゴのように真っ赤になった。

 

「……えと、なんか、すまん……」

 

「………………いろは」

 

「え、なんだって?」

 

「一色いろは!あたしの名前!!」

 

「は、はひ!?」

 

だから急に怒鳴らないでって!

赤ちゃんが……いやそれはもういいか。

なるほど、一色いろはね了解した。

 

「それじゃ……呼ぶぞ?」

 

「…………うん///」

 

「…………一色」

 

「…………………………は?」

 

「え、一色って呼んだけど……聞こえなかったか?」

 

名前を呼べと言われたから呼んだのだが……はて、何かおかしかっただろうか?

 

彼女を見ると、今までに見たことがないくらいにポカーンとしていた。

それはもう、今なら口のなかにリンゴ丸々1個入りそうなくらい。

 

次第に俯いて、体をぷるぷると震わせるヤンキー少女。

 

「お、おい、大丈夫か?どこか痛いのか?」

 

「…………こ……じん……う」

 

「え、なんだって?」

 

「……この……けい……う」

 

「え、なんだって?」

 

「この!難聴系主人公がぁぁぁぁ!!!」

 

渾身のストレートが鳩尾にクリーンヒットする。

ぐおほぉぉぉぉ!?!?

なん、て、いりょく、だ……

あやばい、食べたもの全部吐きそう。

 

痛みと吐き気に襲われて、のたうち回る俺。

 

その力……君なら、世界を救えるよ。

君こそ真のプリキュアだ。

ちなみに俺は難聴系主人公ではけしてない。

そんなの小鷹さんとかに任せとけ。

 

「もういいです!あたし帰ります!」

 

勢いよく立ち上がると、弁当箱を持ってすたすたと歩き出してしまう。

 

「ちょ、おおい!待てって!」

 

「ふん!」

 

「おい一色!一色って!……ああ、もう!おい、いろは!!」

 

「……!!……なん、ですか、先輩?……///」

 

「いろはお前……」

 

「…………///」

 

「竹刀忘れてるぞ!」

 

「……………………ふぇ?」

 

「し、な、い!忘れてるぞ!」

 

女子の忘れ物に気付いてあげる俺マジ紳士!

これであいつも機嫌を治して……

 

「先輩のヴァァァァァカァォァァァ!!」

 

……くれなかった。

さっきよりだいぶキレてらっしゃる!

てかさっきからなんかキャラ変わってない?

ヤンキーどこいった?

 

「何なんですか、この先輩!!さんざん人の心もて遊んで!!」

 

「いや別にもて遊んでなんか……」

 

「うるさいです言い訳しないでくださいてか呼吸しないでください比企谷菌が感染しちゃいますお願いですから黙ってそのまま一ミリも動かないで下さい」

 

「お、おーい、いろは?なんかキャラ変わってるぞ?てか何で俺の名前知ってるの?」

 

「やめて下さい気軽に名前で呼ばないで下さい寒気がしますあやっぱり止めないで下さい何だかんだ嬉しいのでだからっていい気にならないで下さいまだ彼氏とかはちょっと早いんでそこは少しずつでお願いしますごめんなさい」

 

「…………」

 

「という訳で私はこれで失礼します」

 

「あ、おいって!」

 

「しつこいですね、なんですか?」

 

「竹刀忘れてるって……」

 

「明日のお昼にここに持って来て下さい。では」

 

今度こそ完全にいなくなってしまうヤンキー少女、もとい一色いろは。

いや、もう最後とかヤンキーの欠片もなかったんだけど。

…………なにこれどういうこと?

 

昨日といい今日といい、完全においてけぼりになってしまった。

まあとりあえず、明日の昼もここに来ればいいみたいだ。

ったくめんどくせえ。

けどまあ、自分で蒔いた種だししゃあねえか。

…………明日も弁当作ってくるかな?

 

よっこらしょっと痛む腹を押さえながら立ち上がる。

そして、鍛練に使っているという割りには新品の竹刀を手に、俺も屋上を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が屋上を出ていく少し前、階段を降りながら「……まあ何はともあれ、これで先輩に近づけた…………明日のお弁当もがんばろ…………///」と呟く一色いろはがいたのだった。

 

彼女が本当にヤンキーだったのか、はたまた演技だったのか、そもそもなんのためにあんなことをしたのか、それは分からない。

 

ただまあ、この世界の一色いろはは、少しだけ不器用だったらしい。

 

 

 




最後までお読みいただきありがとうございました。

やっぱりいろはは本当に可愛くて、書いてて楽しいです。

今後も息抜き感覚で書いていきますが、お付き合い願います。

それでは今日はこの辺で。


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先輩と後輩のバレンタインデーkiss

ついにこの日か、忌々しきバレンタインデーめ!
という訳でバレンタインデー短編です!
はあ……いろはすからチョコレート欲しいな。
とまあ私の欲望はさておき、今回はほとんどが会話だけになります。べ、別に時間がなかったとかそういう訳じゃないんだからね!……すみません。

甘さ控えめギャグ成分過多な気がしますがじっくり味わって下さい!それではどうぞ!


みーなさーん!お疲れ様です!

皆のアイドルこと八幡だよ~きゃは☆

皆は今日がなんの日か知ってる~?

子日(ねのひ)じゃないよ!

2月の14日!

わっかるかな~?

そう!かの有名な美術家、岡倉天心の誕生日だね!

道理で町中が色とりどりのペンキを流し込んだかのように、キラキラデコデコしてるわけだ!

町そのものがキャンパスみたいなもんだね!

日本国民全員で岡倉さんの生誕日を祝う!

さすが日本人!歴史をよく重んじるすばらしい国だ!

あれれ~、でもおっかしいぞお?

町中からあまーい香りがするー!!

この匂いは………………ああ!わかった!

チョコレートだ!

うんうん間違いないチョコレートだ☆

何でチョコレートの匂いがするんだろ?

岡倉さんがチョコレート好きだったのかな?

あれれ~、さらにおっかしいぞお?

チョコの他にも甘い香りがするー!!

これはなんだろー…………

わかった!リア充だ!リア充の香りだ!

間違いない!だって今にも吐きそうだもん!

なんならチョコっとすでに吐いてるよ☆

チョコレートだけにね!!

八幡上手いこと言っちゃったきゃは☆

この二つの甘ったるい匂いから連想されるもの…………

そうか!今日はバレンタインデー(笑)か!

なるほどどおりd「先輩これいつまでつづくんですか?」

 

「…………お前人の思考の中に勝手に割り込んでくるなよ、チョコっと驚いたじゃねえか、チョコレー……」

 

「あそういうのいいんでやめてください」

 

「…………」

 

「どんだけ喋ってるんですか先輩、長すぎますよ」

 

「お前が止めなきゃ後一時間は続いてたな。てかナチュラルに人の思考読むなよ」

 

「全部声に出てましたよ。正直かなり気持ち悪かったです」

 

「……なんかすまん」

 

「まあ、先輩が気持ち悪いのはいつものことですから、気にしないで下さい☆」

 

「そんな満面の笑みで言われても嬉しくねえぞ、むしろ虚しい」

 

「すみません私嘘吐けないんですよ~」

 

「ねえそれいう必要ある?人を落として落とすとか、どこの雪女さんだよ」

 

「今の雪ノ下先輩に言っておきますね」

 

「止めてください地球の内核まで落とされるてか埋められそうなんで止めてください」

 

「先輩必死すぎです、逆に気持ち悪いです」

 

「逆になっても気持ち悪いとか何それ気持ち悪い」

 

「本当ですよ、謝って下さい。もしくは私に愛を囁いてください」

 

「ごめんなさい!」

 

「なんで即座に土下座するんですか!?ちょっとは考えて下さいよ!」

 

「うるせえ、どうせ録音して、明日の昼休みに校内放送で流すんだろ?残念だったな!それは小6の時に経験済みだ!」

 

「理由が悲しすぎますよ先輩……てか私そんなことしません!」

 

「ふん、どうだか」

 

「わざわざ皆に聞かせません、一人で楽しみます!」

 

「…………お前もしか……」

 

「あもちろん先輩の恥ずかしい姿を思い出しながら爆笑するっていうことですよまさか勘違いしましたかごめんなさい別に先輩は私だけのものとかそういうことではないのでいい気にならないでさっさと耳元で愛を呟いてくださいごめんなさい」

 

「早口すぎて何言ってるかわかんねえよ……」

 

「まあそれは置いといて」

 

「本当自分勝手だなお前」

 

「素の私を見せるの、先輩だけなんですからね?」

 

「はいはい、あざといろはす、あざといろはす」

 

「ぶー……」

 

「……そんで、今日は何の用事だ?」

 

「ほえ?」

 

「お前はどこのカードキャプターだよ。何俺レリーズされちゃうの?封印解き放たれちゃうの?」

 

「ワケわかんないので、とりあえず先輩の存在をデリートしますね」

 

「いろはすこわい、あとこわい」

 

「そんなことより、さっきの質問何だったんですか?」

 

「ああそうだった。何で今日ここに俺は呼ばれたんだ?」

 

「先輩……今日この日に放課後に呼び出されて二人っきりで、まさかわかんないんですか?」

 

「……いや、まあ、何となく想像はつくけどよ……」

 

「だったらわざわざ聞かないで下さい。まったくもう、これだから先輩はリテラシーがないんですよ」

 

「デリカシーな?覚えたての言葉は簡単に使わない方がいいぞ?アホっぽいぞ?」

 

「ああ、そんなこと言ってるとせっかくのこれあげませんよ?」

 

「…………悪かったよ、今のは冗談だ」

 

「ふふーん、わかればいいんです!」

 

「……それで、その……くれるんだろ?それ」

 

「あれあれ、我慢できませんか?我慢できないくらい欲しいんですかこれ?」

 

「う、うぜぇ……いや、くれるなら、もらわないことも、ないかな、と」

 

「ふふふ、先輩も素直じゃないですね♪」

 

「……うっせぇ」

 

「怒らないで下さいよ。はい、どーぞ」

 

「ん……その、ありがとな」

 

「いえいえ、当然のことをしたまでですから」

 

「おう……なあ、今開けてもいいか?」

 

「どうぞどうぞ、それは先輩のですから」

 

「じゃ、じゃあ、開けるぞ?…………にしても、こんなに綺麗に包装する必要なかっただろ?」

 

「そ、れ、はー、私の気持ちなので素直に喜んどいて下さい☆」

 

「……おう…………お、開いた」

 

「きゃーはずかしいーいろは恥ずかしくてお顔がリンゴになっちゃうー♪」

 

「…………」

 

「あーもう恥ずかしすぎてお嫁に行けませんよー、責任とって下さいね先輩♪」

 

「…………なあ」

 

「むむむ?どうかしたんですか?」

 

「…………これってさ」

 

「はいはい?」

 

「…………本だよな?」

 

「本ですね」

 

「…………しかも見覚えがあるんだが」

 

「そりゃ先輩が私に貸した本ですもん、当たり前じゃないですか☆」

 

「……………………」

 

「あれあれ?もしかして先輩、何か他のものだと思ったんですか?もしかしてもしかして、チョコレートだとか思ったんですか?期待しちゃったんですか?残念でしたーただの本でーすきゃは☆」

 

「……………………」

 

「ぷぷぷぷー、バレンタインだからってチョコレート貰えるなんてそんな甘い話あるわけないじゃないですか!チョコは甘くても現実はそんなに甘くないのです!」

 

「…………帰る」

 

「あちょちょちょちょっと先輩待って下さい、冗談です冗談ですから!」

 

「うるせえ俺は別に期待なんかしてない、だからさっさと帰って布団にくるまって悶え死ぬ」

 

「それ完全に期待を裏切られた人の反応じゃないですか!ってそうじゃなくて先輩ちょっと落ち着いて下さいって!」

 

「落ち着いてる、超落ち着いてるから俺。むしろ落ち着きすぎて落ち込んでるまである」

 

「やっぱりダメじゃないですか!?いいから、ちょ、っと、待って、下さいよ……!」

 

「いいから腕を離せ、俺は帰るんだ」

 

「い、や、で、す、ふぬぬぬぬ、かえ、しま、せん……!!」

 

「ちょっ!力強い!おい、そんなに引っ張ったらっておおおおお!!」

 

「きゃっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

「「んむむむ…………!?…………ぷはっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「…………あの、いや、これは、その……」

 

「……………………」

 

「えっと、その、あの……」

 

「………………先輩」

 

「ちょ、ちょっと待て、な?これは事故だ!決してわざとやったとかでは……」

 

「私、チョコレート作って来たんで……食べて下さい」

 

「………………は?……い、今、ここでか?」

 

「そうです」

 

「べ、別に構わんが……何で今……」

 

「はい、これ」

 

「お、おう……そんじゃ、いただきます……」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「……お味はどうですか?」

 

「…………うまい……けど……」

 

「けど?」

 

「……あんまり、甘く、ないな」

 

「先輩のために結構甘くしたつもりですけど?」

 

「いやその、なんつーか……さっきの方が、もっと甘かった、的な?」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「いや、あのその、なんだ、すまん今のは忘れてくれ!」

 

「…………先輩」

 

「は、はい?」

 

「…………ホワイトデーのお返し……」

 

「お、おう?」

 

 

 

 

 

 

「…………とびっきり甘いやつ、期待してますからね?」

 

 

 

「…………ぜ、善処します……」

 

 

 




これまで形式が違いましたが楽しんでいただけたら幸いです。

皆さんに素敵なバレンタイン(笑)が訪れることを祈って締めの言葉とさせていただきます。

それでは今日はこの辺で。


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