もしSKYRIMの世界にはくのんと紅茶が召喚されてしまったら (ヤステル)
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オープニング① ―切欠―

悩みに悩んで(一か月ほど)書いてみよう! やってみよう! ということで、やってみました。
気取っているのは序盤だけだと思うので、こいつ頭大丈夫? みたいな眼差しはやめてくださいお願いしますメンタル弱いんです。

基本全てプレイ済みなんですが、もしかしたら記憶違いもあるかも分からないので、そこは指摘してください。
今回はあまりプロットも作ってなく、無計画のまま、自由に書きます。なので、いつも以上に文法なってねーじゃねーか! 漢字分からんのか!? ストーリーがぐちゃぐちゃじゃねーか! みたいなことになったら、頑張って直しますので、お願いしますンゴ。


 *

 

 アクセス記録:一件

 

 

 最初は気まぐれだった。

 

 

 ――お帰りなさいませ、×××様

 

 

 どういう理が働いたのかは定かではないが、『それ』に繋がった。

 

 

 ――ムーンセル・オートマトンに記載されたデータを閲覧しますか?

 

 

 ムーンセル・オートマトン。一体どういうものなのだろうか。見たところ何かの観測機械のようだが……。一体何故これに繋がることが出来たのか、全く見当もつかない。

 何が書き込まれているのだろうか――星霜の書であれば嬉しいが……、と膨れ上がる好奇心に身を任せてその指示を了承してみた。

 

 

 ――かしこまりました。

 ――どのデータを閲覧しますか?

 

 

 どのデータ? 画面上には様々なデータが羅列されていた。

 様々なデータがあった。下らないものから重要なものまで。やはり、星霜の書に関してのデータは一切なかった。まあ、それは仕方がないだろう。世界が違うのだ。むしろ存在したらそれはそれで、恐ろしいことだが。

 それにしても物凄い技術だ。これは一体どういう構成で組み立てられているのだろう。あのドゥーマーでもこれほどの技術は確立していなかったはずだ。

 外部の自分がそれを見るなんて烏滸がましいだろうが、閲覧を求められてしまってはどうしようもない。

 そうだな、とデータのタイトルを眺めていると、ふと、面白そうなデータを見つけた。

『月の聖杯戦争』という項目。

 聖杯戦争か……。聖杯という言葉は聞いたことはある。確か、吸血鬼になるために必要なのが聖杯だと聞くが……恐らくブラッドストーンの聖杯ではないのだろう。

 なら、どういうものなのだろうか……興味はある。一体どんなものなのかそれを検索した。

 

 

 ――かしこまりました。

 ――月の聖杯戦争の勝者のデータを検索します。

 

 

 データが出てきた。

 ……なるほど。百二十八人の魔術師(ウィザード)なるマスターとそれらに一人ずつに使役する英霊(サーヴァント)が万能の願望器である聖杯を手に入れるために戦う……のか。

 勝者は一人のみ。そして、その戦いに勝ち抜いた一人……この岸波白野とかいう人物だ。

 どういう人物なのだろうか。こちらでは見た事も聞いたこともない名前だ。妙な響きで、変な感じになる。まあ、向こうならこれが当たり前のものなのかもしれない。

 

 

 ――閲覧データ:岸波白野

 ――このデータでよろしいですか?

 

 

 このデータの閲覧を希望した。

 

 

 ――かしこまりました。

 

 

 データを見ると愕然とした。

 魔術師としての技能は完全に平均以下の数値だった。そして、使役していたサーヴァントは、それこそ人の域を超えた存在だが、他の英霊に比べれば大したものではなかった。

 この二人が一体どうやって聖杯戦争の勝者になったのだろうか? 

 余程戦い方が上手かったのか、それとも何かしらの特権があったのだろうか……。

 面白い……実に興味深い……。

 いや、待てよ……もしかしたら、この二人なら……。

 そう思い、その二人を『ここ』に呼び寄せることが可能か探ってみた。

 

 

 ――権限外です。変更不可能。

 

 

 やはり無理か。

 

 

 ――ムーンセルの権限において、その行為は違反です。

 

 

 違反か……だが、その違反行為というのは、あくまでそちらの世界のことだろう。こちらの世界ではその法律(ルール)は一切存在しない。ルールは破るためにあるものだ。即ち、有効なのだ。

 その理を入力する。

 強引に、乱暴に。反抗するものの手足を縛っていく。

 

 

 ――警告します。その行為は……違反………です………。警告………します………。

 

 

 中々しぶとい。だが、いくら足掻いたところで、結果は分かっている。 

 無意味な警告音は徐々にその対抗策を失っていった。

 

 

 ――管………………限………………す……………。

 ――…………は…………………ふか……………で…………………戻………………す……………。

 

 

 …………………………………

 

 

 ――パスコードの解除を確認しました。

 ――閲覧データ:岸波白野 

 ――ムーンセルの権限により、データ『岸波白野』のデータを修正します。

 ――マスター:岸波白野。サーヴァント:アーチャー。この一組の参加者の権限をそちらに移行します。

 

 

 そう。

 それでいい。

 それでいいのだ。

 これは決して悪意から来るものではない。希望から来るものだ。

 我々の世界が終末を迎えようとしている今――僅かな可能性をこの者たちに賭けてみたかった。

 たとえそれが無謀だったとしても、無意味だったとしても、僅かに奇跡が起こる可能性があるのなら――それに賭けたい。

 彼らの戦う理由(いみ)正義(いぎ)に賭けてみたかった。

 だから彼女に声をかける。

 これからの始まりを――タムリエルの人々の願いを乗せて届けるのだ。

 たとえ聞こえなくても、力強く響くように声をかけるのだ。

 

 

 いや、まだだ。

 まだ、終わりではない、と、

 

 

 途方もない敵に立ち向かい、当たり前の願いを叶えた、どうしようもない半端者たちにこの拙い声を届けよう。

 




今回はストック溜めて、ちまちま投稿しようと思いますが、ストック溜めなんていちいち小さいなあ! 毎回大盤振る舞いだぜえ、イヤッホウ! なことになって溜めているストック全て投下しないように気を付けます。

平均文字数がちょっと切るところによっては、分からないので(切るタイミングが見つからないともいう)、もしかしたら調節していくかも。



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オープニング② ―自我確認―

オープニングだけは実験的にめちゃくちゃ区切っていこうかな、と。
不評ならある程度纏めちゃいます。

それにしても、なんか文章がへたくそになっているのでは? と思っているのですが、あれ? 何でなんだろうか……。


  * 

 

 ――――記憶の閲覧

 

 わたしは今までどこにいたのだろう? と、記憶を洗い出す。

 

 ――――記憶の流出

 

 わたしのキャラクター(からだ)は一体どこにあるのだろう? と、手探りで探し出す。

 

 ――――記憶の削除

 

 わたしのAI(こころ)はどこに仕舞ってしまったのだろう? と、胸に手を当てる。

 

 ――――記憶の改竄

 

 わたしのチャート(おもい)はどこに向かって行くのだろう? と、自身に問いかける。

 

 ――――記憶の混濁

 

 わたしのトーナメント(たたかい)はどのような結末を迎えたのだろう? と、誰かに問いかける。

 

 しかし、振り向けば誰もいない。

 体は鉛の如く重く、水に浮かぶように軽い。

 大海に静かに体を任せ、そしてゆっくりと溶けるように沈んでいく――。

 それはまるで水に溶ける氷のようだった。

 

 ――氷が水に溶けるように……砂糖が蜜に溶けるように……。

 

 誰かが――誰かの心の深層でそう聞いた気がする。

 少しばかり小さな怒りの炎が灯るのは、何故かは分からないが、単純な比喩が実際に体験できるとしたら――。

 今が正に、その瞬間なのだろう。

 

 わたしは水に溶けていく。

 熾天の檻に沈むわたしを、誰も見る者はいない。

 全ての戦いが終わったのだ。

 もう万能の願望器を求める理由も無くなった。

 壊されたものが元に戻っていく――。

 全てが正しい道筋になるように戻っていく――。

 全ては、確かに終わり、そして正しい始まりに向かって修正されていった。一人の自我を持った岸波白野という少女の手によって――。

 全ての願いを叶える願望器は――ムーンセル・オートマトンは地上との繋がりを断ち切る。観測機械は、夢見る機械へ戻っていった。

 それが、全てだ。

 それが、結末だ。

 

 それが………たり……の……ージだ……。

 

 ノイズ。

 

 劈くような不快な機械音。

 水泡が割れる音が大海に響く中にその音は鳴り響いた。

 

 ――……や……だ……。

 

 声が聞こえる。

 

 ――…………で……り………ない…………。

 

 誰の声なのだろう。どこにも聞いたことのない声だ。

 

 ――………………………………………………。

 

 声はやがて小さくなっていく。

 

 ――……………………………。

 

 わたしは耳を傾ける。

 

 ――………………。

 

 でも、声は聞こえない。

 

 ――…………。

 

 一体誰なのだろうか。一体どうして、わたしに声をかけるのだろうか。

 

 ――……。

 

 声は、わたしの声を聞いてくれるのに、わたしはその声が聞こえない。

 

 ――…。

 

 ああ……本当に。本当に御免ね。わたしは声に向かってそう呟いた。

 

 ――

 

 もう声は聞こえない。

 全てがまるで幻のように消えていく。苦しい戦いも、失っていく悲しみも、絶望に打ちひしがれたその心も――

 全て消えてなくなっていく。

 そう。消えてなくなっていった。全部終わったのだ。もう、声なんてどうだっていいじゃないか。

 だから称賛しよう。

 おめでとう、わたし。

 わたしが勝ったのだ。

 もうこれ以上、何も思い悩むことはない。

 だからわたしは眠ることにする。

 ――おやすみなさい。

 と、囁く声と同時に、わたしの目蓋が落ちていく。

 ――お眠りなさい。

 と、わが子に深い愛情を注ぐ母親のような声が、わたしの眠る部屋の明かりを消していく。

 わたしの世界はここでお終いだ。

 長かった道のりも、ここで終わり――わたしの人生はここで帰結(ゲームクリア)だ。

 

 ……。

 本当に?

 

 とくん、と小さく胸を打つ。

 

 本当にそうなのだろうか?

 

 どくん、と心臓が脈打つ。

 

 わたしの全てがここで終わるということに対して、それは疑いようのないことだろう。

 ただ、待ってほしい、とわたしは思った。

 まだ、いない。まだ、そこにいない。

 何かが欠けてしまっている――そんな気がしてならない――いや、そんな気しかしないのだ。

 あの声が一体何だったのか、わたしには分かっていない。

 わたしに欠けているのが何なのか、わたしには分かっていない。

 そして、何より、ここで『終わり』という帰結に納得してしまった自分の存在が何故いるのか、わたしには分かっていない。

 

 ――――記憶の混乱

 

 わたしと共に戦ってくれた相棒(サーヴァント)は一体どこに行ってしまったのだろう? と、手を伸ばす。

 

 深く青いその底で、わたしは手を伸ばす。

 たとえ誰もが届かなくても、たとえ誰もが無駄だと諦めても――。

 手を伸ばせばきっと――。

 きっと応えてくれるはずだから。

 ここからだ。わたしはここからだ。この胸の高鳴りは、きっと始まりを告げている。わたしのために告げている合図なのだ。

 なら、まずは準備を整えよう。足りない欠片を手に取って、もう一度、ここから始めてみよう。

 

 *    

 

 そうだ。

 例え聞こえなかったとしても、その声は確かに届いた。

 偶然の出来事とはいえ、ここまでドラマティックになってきたのは、正に彼女の才能なのだろう。

 もう自分の役割は終わった。

 後は見守るだけだ。

 彼らが、このスカイリムを救ってくれる英雄――竜の血族(ドラゴンボーン)となるその時まで、ここで静かに見守っていよう。

 




やはり下手になってるな、これ
すみませんね


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オープニング③ ―岸波白野の本―

ベセスダ様のゲームは大好物です。
結構やりこみましたが、スカイリム以外データ消えました……orz


   *

 

 わたしがその本を見つけたのは、丁度中東を離れて、西アジアから欧州へ入ろうとしていた頃だった。

 旧ユーゴスラビアはスロベニア。かつて大きな民族紛争があり、分裂した国のうちの一つだ。

 そこには、国立の大学図書館がつい最近まで西欧財閥の管理課にあり、最近の反抗活動でようやく奪還したものだった。

 わたしも慣れないながらも、丁度そこで小競り合いをしている中東勢に加わって戦闘に参加した。不思議と戦いにおいては、特に何も動じることはなかったが――。

 

「やれやれ――。まだまだ君は甘いな。教えたことを半分も身に着けていないじゃないか。そんなんじゃ、到底オレからは解放されないぞ」

 

  ……これである。

 わたしの後ろで、スナイパーライフルを抱えながら腕を組んでいる男――□□□が皮肉交じりに言ってきた。

 わたしは、頬を膨らませ、むすっとした顔をして□□□の方へ顔を向ける。

 □□□は、わたしの顔を見て反応するように語る。

 

「文句があるような顔だな。いいか。前にも言ったが、オレは君の面倒を見るように言われている。君を一人前の魔術師にするように言われているのだから、いくら才能がなかろうと、その才能のなさは君の努力でカバーするしかない。……言っていることは分かるか?」

 

 それはもう耳にたこができるくらい聞いた。言っていることは最もだ。だが、それでもやっぱり言葉を選んでほしいと思うのはわたしの間違いだろうか?

 

「言葉を選ぶ? オレはこれでも優しく言っているつもりだぞ」

 

 □□□は、当たり前のように言うが、絶対違う、とわたしは強く否定した。

 だっていくらコールドスリープで長い間寝ていたとしても、わたしはまだ花の女子高生ですよ? ――昔の言葉に言い換えるなら、「JK」ですよ? そんなか弱い女子高生に、スパルタ方式で鍛えられてるんですよ? 昔ならこれは、体罰ですよ? これはもう許されざることではありませんか?

 わたしが、心の中で不満をぶつける。□□□は、わたしを見透かしたように溜息を吐いて言った。

 ……やめて、その憐れむような目。なんか腹が立ってくる。

 

「君はまだ分かっていないようだが、現在は大きな戦争下ではないが、それでも小競り合いとはいえ戦いが起こっているのは分かるだろう? 言うなれば、命の危険と隣り合わせの現場に君は居合わせているんだ。なのに、君は『まだ若いのだからそんなにきつく言わないでくれ』と言わんばかりの顔をしている」

 

もしかして、本当に心が聞こえているのだろうか、と疑問に思ってくる。

 はいはい。わたしはどうせたるんでますよ、と反抗した。

 

「それだ。その顔だ」

 

□□□は、わたしの反抗もろくに耳に入れてくれないようだ。

 

「それだからオレは、半年間君の面倒を見るというノルマが達成されないんだ。代金分はもう働いたというのに、それでもオレの仕事は終わっていない。分かるか? もう八か月も経ってるんだぞ? これ以上、タダ働きをされるのはいい加減迷惑になってるんだ。頼むから最低限学んで、独り立ちしてほしいものだね。オレは君の召使いでも親でもないんだぞ」

 

□□□は、そう言って、歩き出す。

 

 

 ――ふいにノイズが入る。

 

 

 確かにその通りだとも思う。半年間でわたしを一人前の魔術師にすると言って、来てくれたのだから、その期待には応えたい。

 だけど、半人前のわたしにすぐに一人前になれというのは、ほとんど無理な話ではないだろうか?

 魔力は、人並み以下のもので、今の魔術師たちには劣る――尖兵にもなりえない三等兵以下の使えない兵士。そんなわたしを半年という短い期間でどう一人前に出来るのだろうか。昔の熱血先生だってそんなことは、絶対に不可能だ。

 後はわたしの努力とガッツ次第と言ってくれたが……それでも限度はある。わたしとて、無限の体力を持っているわけじゃない。中東の暑さに耐えうる身体をまだ持ち合わせていない。欧州の寒さに耐えうる身体も持ち合わせていない。諦めの悪さや精神力の強さを持ってしても、それらをカバー出来るほど、物語の主人公じみてもいないのだ。

 

「……どうした? 早く行くぞ。占拠されていた場所を取り返したんだ。早く中を見ようじゃないか」

 

□□□はそう言ってわたしに手を差し出す。

 

「もたもたしている暇はないぞ。奪取した地点は素早く自陣になるように整える。そうすれば敵が残していってしまった情報がより多く手に入る。以前君に教えたな」

 

うん、分かっています、と言ってわたしは□□□の手を取った。

 わたしは□□□の後を追うように進んでいく。

 半人前だ、親じゃないんだぞ、とわたしに厳しく注意するのに、結局□□□はわたしを優しく労わってくれるのだ。

 分かっているのだ。これが甘えだということくらいは。

 一緒になって八か月――□□□にとっては半年間の教官と教え子という契約の間柄だろうが、わたしにはそれ以上の何かを感じていた。

 それが何なのかは分からない。

 たった八か月なのか、もう八か月なのか……。そうだ。まだ、八か月しか経っていない。

 たった八か月の間柄だというのに、どうしてこんなにも複雑な思いをしているのだろうか。八か月前に出会うまで、一度たりとて接点なんてなかったはずなのに。

 

 

 ――またノイズ。

 

 

 わたしの中にある何かが蓋をしているような感覚だ。

 何かが溢れかえりそうなそんな感覚。沸騰して吹きこぼれそうな鍋に蓋をしているようなそんな感覚だ。

 一体何なのだろう。

 胸の奥で、どうにも釈然としない、苦しい感覚だ。

 だが、その答えはまだ分からない。

 急がなくては。また□□□に怒られる。

 

 

 

 図書館内は当然だが閑散としていた。

 だが、それ以前に、ついさっきまで小競り合いをしていたとは思えないほど綺麗なものだった。

 本棚に収納されている無数の書物は無傷で、大事に仕舞われていた。

 

「中々あっぱれだな。西欧財閥もこういったことはきちんとするのは実に有難い」

 

□□□は、辺りを見回しながらそう言った。

 ていうか、敵に感心してしまっていいのだろうか? 一応敵なのでは? と、□□□に声をかけた。

 

「ん? ああ、まあそうなんだが。こういったものは大体1900年から2000年代前半の書物だからな。研究書も多数あるが、過去の記録を本にしてまとめているものも多くある。日本で言うなれば『大日本史料』がそれだな。こういった過去の遺産は出来れば無傷のまま保護しておきたいのさ。さっきのような小競り合いは、これらを消し去るには充分すぎるほど危険なものだからね」

 

へー、とわたしは感心する。

 □□□もそんなことも考えていたんだな、と言った。なんだかんだ言って結構細かい。

 

「無論だ。さっきの戦闘を見ていなかったのか? 敵を拠点から離しつつ攻略していったのは、これらを守るためだぞ」

 

あれ、そうだったっけ? と素で返す。

 そう言うと□□□は、はあ、とまたため息を吐いた。今度は、情けないと言わんばかりの顔で。

 

「君は……、まあいい。君に小言を言うのは、馬の耳に念仏を覚えさせるよりも面倒くさいことだからな。これからゆっくり覚えていくといいさ」

 

さあ、行くぞ、と□□□は近くの本棚の巡りに行った。

 わたしは、その後をつけていく。やっぱり□□□はいい人だ。皮肉は少し腹立たしいが、嫌な気分にはならなくなっていた。

 ……あれ? さっきしれっと皮肉よりも酷いこと言われなかった? わたしのこと動物以下ってさりげなく言ってなかった?

 思考を巡らせたが、気のせいだ、と思うことにした。うん。気のせいだ、間違いない。何故だか分からないけど、右手の甲を抑えて、□□□に命令したくなるという謎の衝動が抑えられないけど、何もなかったことにしよう。

 

 本棚には、わたしが読めない言語で書かれた書物しか置いてなかった。中には英語のものが混じっているが、専門的すぎて完全に理解するには至らなかった。

 頭を抱えて悩むわたしを尻目に、□□□は、ペラペラと本をめくっていく。

 流し読みをしているのか、速読なのかは分からなかったが、それでも理解せずに読んでいるとは思えなかった。真剣に目で文字を追っていた。

 表紙を見るに、英語ではない。スロベニアの言語だろうか?

 わたしは□□□に尋ねた。

 

「これか? 別に物語や小説の類ではない。セルビア語で書かれているあるジャーナリストの手記だな」

 

手記と聞いても、文字が読めないからどう反応していいか分からない。

 というより□□□は、他言語も出来るんだね。全く知らなかった。

 わたしは、何故か上から目線で皮肉るように言った。

 だが、□□□は全く動じずに答えた。

 

「別に出来るほどじゃない。この仕事柄、海外を巡ることが多いから、その国の言語を覚えることは必須事項だった。まあ、通訳がいればそんなこともないんだが、毎日聞いていれば、誰でも段々と覚えてくるようになるものだよ」

 

そんなものなのだろうか、と□□□の話を聞いて少しだけ不思議に思った。

 そりゃ、会話出来るくらいなら間違いないだろうけど……でもその生活をしていて、本を、しかも今読んでいるような手記を読めるくらいにまでに至ることが出来るのだろうか。

 ……多分どころか、普通じゃ無理だ。文法から熟語まで最低限覚えないと出来っこない。

 ……うん。多分、□□□は陰で努力するタイプなんだろう。テスト前に、俺、テスト勉強してねーよ。やべーよ。って言ってるくせに、いい点を取るタイプだ。

 ……それはそうと、その本はそんなに面白い物なのか、少しだけ興味を持った。

 

「面白いかどうかは個人の判断だが……少なくとも、興味深いとは言えるな」

 

 □□□は、そう言いながらページをめくるのを止めた。

 興味深い、か。一体どこが興味深いのか気になった。

 

「これはボスニア出身のサッカー選手の体験だ。九十年代のボスニア内戦は、旧ユーゴスラビア内戦の中でも過激だったものの一つだ。女子供問わずに虐殺していった地獄の戦いだった。それでも、地下の隠れ家で隠れながら、小さな窓から照らす日の光だけを頼りにボールを蹴っていた少年がいたという話だ」

 

 なるほど、とわたしは頷く。

 □□□が、わたしにその手記を手渡してきた。読めはしないが、その少年が心に響く。

 劣悪な環境の中でも希望を失っていない……何だか心にくるものがあった。諦めない……何だか共感できる。

 ちなみにその先は? と質問すると、どうやらその少年は無事にプロ選手となって欧州、そしてボスニア代表の中心選手とまでになったそうだ。

 わたしは、手記を□□□に返した。□□□は再びぺージをめくりはじめた。

 何だが、わたしも何か探したい気分になった。自分のレベルで読めるものでもいいから、何か得るものが欲しい――そう思った。

 タイトルだけではなく、表紙でも気になったものを手に取っていく。

 だけど、あまりよく分からない。

 何か……英語でも何でもいいから、わたしにでも読めるものがないだろうか。

 そう言って指で本の背を指でなぞっていく。

 すると、一つだけ――。

 

 

『The Way Of Your Future』

 

 

 あなたの未来への道――そう書かれた英語の本を見つけた。

 物語のようにも、筆者の告白本にも読み取れるタイトルにわたしは何だが惹かれてしまった。

 これならわたしにでも読めそうだ……そう思って本を開いた。

 

 

 まるで純白のドレスのようにまっさらで真っ白。美しいほどに白かった。

 

 

 読むも何も、文字すら書かれていない真っ白な本だった。

 え? 何なの? もしかして、外国の文字を読むことが出来ないわたしには白紙の本を読むことをお勧めするってことなの? これって完全に馬鹿にされている? と、ふとそんな負の考えが頭を巡っていた。

 いけない。これを□□□に見られたら、何を言われるか分かったものじゃない。

 きっと、

 

 

『いいじゃないか。今の君にふさわしい本だ。これを教訓に君に何が足りないのか考えてみるといい』

 

 

 ――なんて皮肉を言ってくるに違いない!

 だったらさっさとこの本を元に戻して何食わぬ顔して戻ろう。そして、さっさと拠点を味方に任せてさっさとここから立ち去ろう。

 わたしはそう思い、本を戻そうとすると、

 

「何かいい本を見つけたのかい?」

 

 背後から□□□の声が聞こえた。

 わたしは驚いて背中を震わせた。鳥肌が服にまとわりついているのが分かる。あまりの驚嘆ぶりにわたしは、□□□に顔を向けることに恐怖と恥辱を覚えていた。

 わたしは恐る恐る振り向く。そこには、少しだけ嬉しそうな□□□がいた。

 

「どうだ? 何かいい本でも見つけたか?」

 

 □□□は聞いてくる。

 いい本? ああ、いや。特には……。

 わたしがそう答えると、不思議そうに指をさした。

 

「そうか? それにしては、左手に本を持っているが……?」

 

わたしははっと、気が付いた。あまりに唐突だった所為で、本を地面に落とした。

 落としたぞ、と□□□は本を手に取った。そして、おもむろに本を開いた。

 ああ……終わった……。□□□に馬鹿にされる。そして、わたしはもう社会で役に立てない子になるんだ……。

 わたしがそう思っていると、□□□は微笑みながら返した。

 

「君はいい本を手に取ったな。まさかこういうところでこれがあるとは思わなかったよ」

 

 返してくれた本をわたしはそのまま受け取る。あまりに予想外だった所為か、わたしの思考が追い付いていない。

 

「ん? どうした。何を驚いているんだ?」

 

 □□□が疑問に思ってわたしに聞いてきた。

 いや、あの……それを見て何にも思わなかったんですか?

 

「何をって……何をだ?」

 

 いや……だって……白紙の本ですよ? まさか何も読めないわたしが白紙の本を読んで満足するような人だとは思ってない?

 わたしがそう言うと、□□□はまたいつものように溜息をついた。

 

「君は何か勘違いをしているようだ」

 

 勘違い……? と言ってわたしは首を傾げた。

 

「これは読むための本ではなく、『創る』ための本だ。正式名称は『白い本』という」 

 

 創る……ための本? それは一体どういうものなのか?

 

「自由帳やノートといった類とは違う。自分による自分のための自分だけの本を『創る』ための本だ。そこに書き込むことは何だっていい。物語だろうが詩だろうが、メモや日記だろうが何だっていい。一番重要なのはその本を自分色に染めることが大事なんだ」

 

 自分色……わたしは、ふと過去の自分を思い返す。

 昔……とはいえ、コールドスリープで長い間眠っていたわたしには、自分の時間がまだほとんどない。そんなわたしには、あまりに不向きな本のように思える。

 だが、□□□は、そんなことはない、と言って返してくれた。

 

「過去だけが君ではないだろう? これからの未来だって。今の君を形成する上で重要な要素だ。自分色に本を染めるというのは、言わば、自分自身の人生そのものを本の形にして残すということだ」

 

 □□□は、優しくわたしに諭す。何だが妙に説得力のある言葉遣いに思わず、陶酔しそうになった。

 

「君はフィリップ・K・ディックという作家を知っているか?」

 

 唐突に□□□が聞いてきた。だが、生憎わたしは知らなかった。

 

「まあ無理もない。20世紀の有名なSF作家だ。『ブレードランナー』や『トータル・リコール』、『マイノリティ・リポート』など、名を言えば誰もが聞いたことのある有名な作品を書いた。ドラマや映画化もされた。万人には、映像作品の方が印象が強いだろう。彼が書いた作品の中に『調節班』という物語がある。映画では『アジャストメント』というタイトルで放映されてね」

 

 □□□は、流暢に話す。どうやら、思い入れがありそうな感じだ。

 □□□はあらすじを説明し始めた。

 

「調節班とは、生きている人間の人生を調節するのを仕事としている。人間一人の人生は全て一冊の本に綴られていて、それらは巨大な図書館で大勢の調節班とその最高責任者が管理している。本に綴られた人生は必ず起こるように設定されていて、それに逸脱した行為をすれば調節班が動いて、本に綴られた出来事になるように調節する――そんな話だ」

 

 それは、まるで……人間の一生は全て決まっているということを意味しているように聞こえた。

 

「そうだ。人生は――未来は決まっているのがこの物語の根底だ。運命の選択と呼ばれたものは実はなくて、どれを選択しても、本に綴られた確定された未来に続くようになっている……まさに管理された未来だ。今の西欧財閥が目指す世界のようなものだ」

 

 だが、と□□□は言う。

 

「だからこそ主人公は、その確定された未来を覆すために動いた。自分のとった選択を調節班に認めさせるために……その主人公こそが、正にオレたちだとは思わないか?」

 □□□は、わたしに優しく言った。

 物語は読んだことはないが、不思議とうん、と頷きたくなった。

 

「自分色に染めるとはそういうことだ。誰にも縛られず、決めさせることもさせずに、自分の思い通りの色を付ける。もし人生が一冊の本であったとしても、すでに出来事が決まっているのでは張り合いがない。白紙から、自分で自分の人生を紡いでいくのも悪いことではない――そう思わないかね?」

 

 そうだろう。きっとそうなのだろう。□□□の言っていることは、よく分かる。

 わたしは本を開く。白紙だが、そこからわたしの思い浮かべる世界が広がっていく――そうか。これがそうなんだ、と。

 それは神と天使に導かれた昔の人々のようではなく、神と天使に見守られ、自分自身で選択することを許してくれた世界――それこそが現在(いま)の世界なんだ。その世界のように、人は無限で偉大な存在なのかもしれない。

 この本は、わたしだ。

 そして、これからのわたしの人生だ。

 本を撫でながら、わたしはそう思った。

 

 

 その時だった。

 本から文字が浮かび上がったのは。

 

 

  Tol los viilut. Hin tey los ni oblaan.

 

 

 浮かび上がる謎の言語。英語ではない。アルファベットを使っているが、全く身に覚えがない言語だった。

  わたしはそれに飲み込まれるような衝動を覚えた。

 

 

  Daar los gein do tey ko hin laas. Vir pogaan drey hi koraav fahraal do lein? Gein? Ziin? Uv zos. Nii los ni vahzah. Hi lost wah koraav vahzen do lein. Hi peluth yun uzgrolein tey. Daar los hin malur do hin laas. Hi fen koraav ahrk fraan ko hin miin, hon hin honiir, ahrk komaan hin hah. Ahrk siiv tir hin aluntiid. Fos dreh hi laan wah dreh. Nu, vos mii bo. tey los gon. Pruzah gluus faal Hun. Zu'u hind hi pah pruzaan.

 

 

 文字が現れた瞬間――世界が物凄い速度で進んでいった。

 周囲が引っ張られて線になり、それらが吸い込まれるように流れていく。

 わたし自身は、何も動いていない。世界が――世界だけが進んでいた。

 □□□が遠ざかっていく。声をかけても、それは届かない。

 何だ、何が起こったんだ、と状況を把握しようにも世界はその理解を許してはくれなかった。

 そして、わたしはふわりと宙へ浮き……。

 大きな海の底へ沈んでいった。

 




オリジナルの解釈がある故、許していただきたいで候


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オープニング④ ―終わりの始まり―

オープニングはこれで終了です。

色々区切ってしまって申し訳なかったです。

区切りのいいところで切るっていうのがなかなか難しいですね。


 ああ、これは……。

 知っている。この感覚を……。

 いつか昔の事……わたしは、ここで何かを願った。

 とても当たり前のことを、命がけで戦い、勝ち進んで、妨害されて、四肢を失ってでも進み、諦めずに、そして勝ち取り、叶えた願い。

 わたしの中に潜んでいたノイズが鮮明になっていく。絵が見えてくる。声が聞こえてくる。

 ああ……そうだ。

 多くの物を手に入れた。多くの物を失った。そして、その果てに手に入れたもの。

 時に切なく、時に寂しく、時にうれしく、時に怒りに震えた。

 命を削り、命が削られ、命が消えた。仲間も、友人も、敵も、何もかもが。

 それは絶望とも希望とも言える――この世界にまだ残っていたかけがえのないもの――。

 わたしはその為に戦ったのだ。

 だけど、それでもまだ……それでもまだわたしは知らないのだ。

 それだけが自分の世界の全てではないことを。 

 わたしは溶けていく。

 溶けて、熾天の檻(もとのばしょ)で眠る岸波白野(わたし)の元へ行く。

 わたしは岸波白野(わたし)と混ざり合い、欠けたものを繋ぎ合わせ、そして知っていく。

 まだ、知りたい。わたしの世界の一旦を。どんな形のものであれ。分かっていないものを分かりたいのだ。

 

 

   *

 

 

 そうだ。

 分かっていないのだ。

 何も分かっていないまま、ここで終わりを迎えるなんて、そんなの無意味すぎる。

 これは帰結ではない。始まりなのだ。

 中途半端な人生は、中途半端に筆を止めた書きかけの大作に等しい。それを読まずして本当の終わりとは言えないだろう。

 世界は描ける。筆もある。あとは人だ。

 そう、わたしにはまだ、足りていないものが一つある。

 わたしの傍にいてくれた。

 わたしの事を守ってくれた。

 わたしと共に戦ってくれた。

 彼が傍にいなければ、わたしはわたしで始まることはできない。

 

 

 だから、とわたしは手を伸ばす。

 

 

 もう一度、わたしと始めよう? わたしたちの物語が終わるのは、まだまだ遠い未来のようだ。

 ムーンセルを知っただけで、これで終わりだなんてわたしは嫌だ。たとえ、わたしがこれで終わっても、そっちは違うのでしょう? だって、あなたはあなたの夢をまだ叶えきっていないのだから。

 どうせ、わたしと同じことを思っているのでしょう? だったら、また一緒に行こう、とわたしは『彼』を呼ぶ。

 

 

 ――――記憶の再構成

 

 

 わたしの体はここにある。わたしの心はここにある。わたしの想いはここから向かって行く。わたしの戦いはまたここから始まる。

 

 

 わたしは今、ここにいる――。

 

 

 では、そこにいる『彼』はどう考える?

 わたしは問いかけた。

 そうでしょう? 『アーチャー』?

 

 

「聞くまでもないな。オレの体も、心も、想いも、戦いも、君と同じく、ここから始まっていく。オレは……ちゃんとここにいるぞ、マスター」

 

 

 眩い光が目蓋を透過して、わたしの目に降り注いでくる。

 手にはしっかりと握られた感触が宿っている。

 大きく――頼りがいのある手。その手は、しっかりとわたしの手を握り締めてくれている。

 ああ……これだ。これを待っていた。

 わたしが求めていたもの。わたしが待ち望んでいたもの。

 それが今、この瞬間――手に入った。

 思い出していく。わたしとアーチャーと共に戦ったあの時を。

 そして紡いでいく。これからの戦いの日々を。

 足りないものは、これで揃った。

 わたしは目を開ける。

 そこには、幾度も見慣れた光景が――呆れてはいるものの、安堵してわたしに微笑んでくれるアーチャーがいた。

 

「やれやれ。月の聖杯戦争も、月の裏側の一件も全て終わって物語は大団円かと思いきや……よもやまた始まる(リスタート)とは思わなかった」

 

 アーチャーの声がわたしに響く。

 ああ……この声だ。その姿だ。わたしと共に戦ってきたアーチャーは、今、ここに戻ってきてくれた。

 

「ん? どうしたマスター? 何だか嬉しそうな顔をしているな。これから厄介ごとが起きようとしているというのに」

 

 アーチャーは、そう問いかけた。

 ええ、本当に、と答える。自分でも分かるくらい顔がにやけついているのが分かった。

 だが、それでいいのだ。

 どんなに大きな厄介ごとだろうと、どんなに困難な道だろうと、そんなものは知ったことではない。わたしとアーチャーとならどんな障害をも越えて、歩んでいけるだろう。その歩みを止める者なんて、決していないのだから。

 アーチャーはわたしを引き上げる。目線を同じにして、遥か彼方に見える始まりを見つめた。

 

「ムーンセルがどうしてこのようなことを起こしたのか……私には分からない。だが、君の言う通りだ。私たちの歩みを止める者などいはしない。半端者が始めるには最高のスタートだ。また、ここから始めていこう、マスター」

 

 うん、とわたしは頷いた。

 そして光が差す方へ、導かれるように進んだ。

 そう。

 これが『わたしたち』が『再び』を刻むための第一歩。全てを知るために必要な一歩。

 そこに鬼が出るか蛇が出るかは分からない。

 でも進めば、自ずと道は開けてくるはずだ。今はそれを信じて、二人で、歩みを進めて行こう。

 




オープニングお疲れさまでした。

これから自由に書かせてもらいますので、どうぞよろしくお願いします。


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序章
①―状況確認―


あと4か5年くらい遅く生まれていたらなーと思ってしまいます。

あと3か4年くらい前にアイデアが浮かんでいたらなーとも思います。

……無理な話なんですけど(泣)


 Vos zey tinvaak do tey.

 ある話をしよう

 

 Til lost ont grunzah.

 かつて、名もなき囚人たちがいた

 

 Grunzah wen kiindah, vosodiik dren, pah frahzogin lost vobaar.

 素性も、罪状も、何もかもが不明で、正にその瞬間まで、処刑されようとしていた

 

 Nunon ko tol tiid, til lost prii kriinuth.

 忘れ去られてしまう名もなき囚人

 

 Ko til, dovah bo tum naal lok med sav niist lahney.

 そこに、彼を救うように天から舞い降りた謎の竜

 

 Lok lost vuldak naal dovah zaan. Lein lost mahlaan tum kotin vulom naal dovah zaan.

 天は、その竜の一声で変化した。世界は、その竜の一声で暗黒へ落とされた

 

 Tol los gon do kahriil do grunzah.

 それが名もなき囚人の英雄譚の始まりであった

 

 Med graaz nahlot, drem lost tumah.

 静寂を切り裂くように、安寧の日々は崩れ落ちた

 

 Pah lor pah los nahlii ahk spein.

 全てが後の祭りだったとは、誰もが思っただろう

 

 Osos joriin lost faas naal fahliil ahrk thaar wah lokoltei. Osos joriin lost wahl qurnen do keiz wah lokoltei ahrk komaan wah krif.

 ある者はエルフの脅威を恐れ,帝国に従い、ある者は帝国に反旗を翻し、戦う決意をする

 

 Til drey ni lost naan pruzah ahrk vokul. Til lost nunon kah tol Zu'u los zeydaan.

 善も悪もない。あるのは、自分こそが正義だと夢想する誇りある人々だけ

 

 Dovah vahlut skein nau niist kah.

 そこに竜は、傷跡を入れてくる

 

 Pah lost gral ol faal Zuwuth Dey lost fun.

 予言の通りに、全てを滅ぼして――

 

 Nuz hun lost bo.

 しかしそこに、英雄が現れる

 

 Hun wen sav naal gral.

 かつて、災厄を止めた英雄たちのように

 

 Kon ahrk hun do wrought dol wen dreh ni lost faan.

 名もなき少女と名もなき錬鉄の英雄よ

 

 Hind nust pruzah gluus fah wundaak.

 どうか彼らの旅路に幸あらんことを――

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

 

 ……………………………。

 静かだ。

 ……………………。

 とてつもなく静かだ。

 ……………。

 静かなのに、こんなにも心が落ち着いていないのは、本当に久しぶりだ。

 ………。

 こんな静寂はいつ以来だろう、と過去を探る。だが、それ以上に今は自分がおかしいか、そうでないかを確認したい。わたしはおかしくない。そうだろう?

 ……。

 うん。そうだ。そうに違いない。 

 …。

 

 

「何をぼーっとしているんだ、マスター? 食べなければ明日に響くぞ」

 

 …………………………。

 

「まあ、君の言いたいことは分かる。得体のしれない生物の肉を安心して食べることには、聊か抵抗があるかもしれない。だが、安心してくれ。毒味はしたが、これといって体に異変は起こっていない」

 

 ……………………。

 

「まあ、調味料がないのは確かに食べづらいかもしれないが、そんな贅沢は言っていられないぞ、マスター。空腹もまた戦いにはあってはならないものだ。生気を養うには、とにかく不味かろうと口にした方がいい」

 

 うん……そうだね……そうなんだけど……。

 ようやくわたしは口を開いた。

 自分でも分かる。目がうつろで、明後日の方向を見ている。目の前に置かれた葉っぱの皿とアーチャーが絶妙なミディアムレアで焼いてくれた何かの動物の肉。そして、目の前のたき火と、横には、すでに息絶えている男が二人。

 そして、黄土色の襤褸切れの布の服を着ているわたしとアーチャー。わたしにだけ厚手の何の動物のか分からない黒の毛皮のマントのようなものを羽織っている。

 アーチャーの気遣いなのだろうか。ところどころにわたしへの配慮があることが分かる。

 ……だが、それでも……この状況を見て何かおかしいところはないだろうか?

 

「マスター。確かに受け入れがたいことだとは思うが、常に始まりがいいとは限らない。我々の始まりだって能力(レベル)が最底辺から始まったのを忘れたか?」

 

アーチャーは冷静な態度でわたしをなだめている。

 いや、違うよねアーチャーとわたしは言う。今は宥める時じゃないよね。

 明らかに冷静なアーチャーの方が現実見てない気がした。わたしの方がもっと現実見ているし、冷静だ。もしかして、そういう気がするわたしがおかしいのだろうか?

 わたしはぐちぐちと続ける。

 そもそも何で、こんなことになっているのだろうか? わたしたちはどうしてここにいるのだろうか? わたしの横に見知らぬ男二人がなんで死んでいるのだろうか? 疑問は絶えない。

 見たところ、死んで間もないが、アーチャーは平然としていた。わたし自身、何故だか分からないが、死体は初めてのはずなのに冷静さを保てている。NPCがゲームオーバーで消えていくのは知っているが本当に死んでいるのは……まさか、これを殺したのって……。

 

「だから、落ち着け、マスター。私は殺していない。私が見つけた時にはすでに息絶えていたんだ」

 

 すでに息絶えていた……つまり、わたしたちがこのステージにやってきた時からすでに死亡(リタイア)していたということになる。プレイヤーなのか、もしくは本当にNPCだったのか、はたまた元からそうなるイベントだったのか……考えただけで多くの仮説が生まれる。

 どれが正解かはよく分からない。だが、明らかに今の状況が今までのものより過酷なものだと納得は出来る。

 ……よし、ここまで考えることが出来るのなら、さらに分析してみよう。

 まずは、今に至る経緯。それは先に目覚めていたアーチャーがよく知っているはずだ。

 

「ここに至った経緯か……。まあ、知りたいと思うのは当然のことだな。君が目覚めるまで一、二時間といった短い時間だが、まあ確かに色々考えるには十分すぎる情報は持っているのは確かだ」

 

 アーチャーは、肉を食べ終え、話す用意が出来ていた。いつものように前かがみになって、わたしに目を合わせた。

 一体、ここで何があったの? と、わたしは尋ねた。

 

「とは言っても、私自身、ここがどこなのかは皆目見当がつかないんだ。生前の記憶をたどってみても、ここは行ったことも見たこともない。期待に添える答えになるかどうかはわからないが、とりあえずは私が目覚めてから今までのことを説明しておこう」

 アーチャーはそう言って、説明を始めた。

 

 

「私が最初に知覚した時は、今の状況と何も変わってはいなかった。ただ、違うのは、君がまだ意識を失っているだけだった」

 

 アーチャーが立った地点――それは、ここから数百メートルと離れていない場所だった。

 

「見ての通りだ。すでに日没で完全な夜。星々の光だけが唯一の光源だ。辺りは針葉樹の林が左右に広がり、その間を通る一本の軽く舗装された道が延々と伸びているだけだった」

 

 しかも、とアーチャーは続ける。

 

「見ての通り、雪が降っている。極寒だ。このままだと一気に体温が奪われて、私よりも先にマスターが死ぬのは明白だった」

 

 だから、私はたき火を作った、と簡単に言った。

 口で言うのは簡単だが、たき火を作るのにまず火を起こすところからだ。藁を敷いて房でこすり合わせて……手間暇作ったのだろう。横にその道具がしっかりと置いてあった。まあ、アーチャーほどならこれくらい容易いだろう。 

 だけど、なんでそんな手作業で? 魔術云々と火を起こす方法はあったはずなのに、と不思議に思った。

 

「火を起こして、君を火が当たらない程度の距離で寝かせた。後は、マスターが起きるのを待ちつつ、迫る脅威に対処するだけで良かった」

 

 アーチャーは答えをはぐらかした。というより、それは後で話すからまだだ、と言いたいようだった。

 話を続ける。

 だが、その時だった、とアーチャーは息を整えて言った。

 突如として悲鳴が聞こえたのだ。

 男の声――人数は二人。距離からして数百メートルは離れているだろう、とアーチャーは予測した。

 声からして、何かに襲われているようだ、と予測した。

 

「今から助けに行けば、二人が助かるかもしれない。だが、目の前で寝ている君をそのままにしておくのはまずい。今の段階では、マスターには自衛の術がない、放置しておいて、別の何かがマスターを襲う可能性も少なからずあった」

 

 そこで、アーチャーは藁をわたしに被せてその場を離れた。

 わたしに気を配りながら、アーチャーは、悲鳴のする方へ足を進めた。

 そこには、数匹の狼と奮闘していた男が二人いた。

 鉄製の剣だろうか――柄が太く、剣先も広い――見るからに古代の西洋で使われていたような剣だった。

 男たちは、一色の半袖の服に中からもう一着長袖の服を着ていた。下着はキルトのようなスカート型でその下から厚手のズボンが見えたのだという。靴は長めのブーツでいかにも防寒を意識しているかが分かった。首から背中にかけて厚手のコートと間違えるようなマントも身に着けていた。

 対するに狼は、特に特徴もなく茶色の毛並みの立派な狼だった。固有種としての狼は久しぶりだが、あの手のものは、アーチャーにも初めてだったという。

 

「結局、男たちは、そこそこの手傷を追いながらも狼を撃退していたよ。まあ、あの程度で傷を負うようでは、人間同士の戦いの時は生き残れないだろうがね。私としても、悲鳴を聞きつけてきたのに、駆け付け損だった」

 

 アーチャーはそう言ってため息を吐いた。

 こんなことを言っているが、お人好しのアーチャーだ。助けたくて仕方がなかったのだろう。全部を救いたいのだから、駆け付け損はアーチャーにとっては嬉しい結果なのだとわたしは思った。

 

「だが、問題はそこからだった」

 

 アーチャーは真剣な眼差しでそう言った。

 その後? とわたしは聞き返す。

 

「ああ。男たちが狼を追い払った後だった。突然、彼らの背後から何者かの剛腕が襲い掛かった」

 

 アーチャーはそう言う。曰く、その男は運悪く頭に剛腕を喰らって倒れた。

 

「即死だった。武器も使わずに自身の腕の一振りで大の男――しかも剣を使える者が一撃で死ぬほどの力を持っているのは、間違いなく脅威の存在だっただろう」

 

 低く、暗い声だった。

 ああ、そうか、とわたしは分かった。

 アーチャーは救えなかったのだ。

 咄嗟の事だった。あまりに突然の事だった――だが、それは、全く意味がないのだ。一人の男が死んだ。たとえ名も知らない人間だったとしても、自分自身の目の前で人が死んでしまったのは、アーチャーの目指す理想を否定するのと同じに等しいことだったのだ。

 だから、アーチャーは次の瞬間、前に出た。

 だが……、とアーチャーは気づいた。

 

 足が重い。足が思い描いているように動かなかった。

 

 本来なら、間合いを取るのに秒もかからないだろう。アーチャーが語るその距離なら、一瞬に索敵して、一瞬に敵の前に立ち、そして一瞬にして自身の間合いに入れたはずだ。

 だが、出来なかった。

 その一歩が、敵の前まで迫る一歩ではなかった。

 

「走って二十歩程度といったところか。並の人なら三倍以上はかかるだろうが、だが、確かに私の移動が極限にまで落ちていたのは確かだった」

 

 だが、体が重いだのなんだの気にしている暇はアーチャーにはなかった。

 駆けていく。必死で駆けていく。

 だが、間に合わない。

 アーチャーは、今まで一瞬で近づけていた近い距離が、まるで永遠に届かないくらい遠くに感じていた。

 離れろ! と、アーチャーは男に叫んだ。

 だが、時すでに遅く。

 男はあまりの出来事に、その場で尻餅をついていた。恐怖で体が動かなくなっていたのだろう――目の前の脅威にただ怯えることしか出来なくなっていたそうだ。

 瞬間、アーチャーは弓を投影した。

 狙いは分かっていた。暗闇で見えないが、そこに確実にいる相手――心眼を使う必要もない――その相手に目がけて放つ。

 瞬時に発言した赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)でそこにいる相手に放った。

 アーチャーの放った赤き猟犬は確かにそれに喰らいついた。

 当たった――それで終わるはずだった。

 だが、終わらなかった、とアーチャーは言った。

 

「確かに喰らわせたはずだった。だが、敵は、息絶えるどころか、獣のような叫び声を上げた」

 

 そして――。

 再びその剛腕がもう一人の男を襲った。

 服が破ける音と同時に男が悲鳴を上げた。

 引っかかれたのだろう。服に数本の爪で引っかいた傷が見えた。

 傷口から血が迸った。男は、悲鳴を上げながら、そのまま息絶えた。目と口を開け、今でも叫んでいるような顔で死んでいた。

 ちっ! と、アーチャーは舌打ちをした。

 赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)が効かない以上、手加減をする必要もないということだった。

 アーチャーは再び投影をする。

 両手には、愛用の双剣――干将莫邪。一瞬で相手に迫り、敵の攻撃を避け、そしてその双剣で滅する。今度こそ――至極簡単なことだった。

 だが、投影をした瞬間に、アーチャーはある異変に気が付いた。

 

 

「無くなりかけてたんだ……魔力の残量が」

 

 

 わたしは、それを聞いて驚いた。

 無くなりかけた……? アーチャーの魔力が、その程度で?

 アーチャーは頷く。

 頷いたところで、わたしは一向に信用できなかった。投影もそうだが、今の話を聞いた限りだと、干将莫邪と弓の投影と赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)を放っただけで、アーチャーの魔力が無くなるほどまで減るのはあり得ないことだ。一緒に戦ってきて、確かに魔力回復のコードキャストやアイテムを使ったが、それでも簡単に魔力が尽きるなんて無かった。

 わたしがそう訴えると、アーチャーはわたしを宥めた。

 

「マスター、落ち着きたまえ。君の言いたい事は最もだが、まずは全部話させてくれないか?」

 

 アーチャーは優しくわたしにお願いをした。

 少しだけ熱くなってしまっていた。わたしは冷静さを取り戻し、再びアーチャーの話を聞いた。

 

「守らなくてはならない人はどちらも死んだ。なら、あとは簡単だった。マスターを守る。それだけだった。あの敵が、マスターに危害を加えることは目に見えていた。目線は間違いなく、君の方を向いていたのだからね」

 

 アーチャーは真正面からではなく、一旦左に直角に素早く曲がり、そこで滑り込むように静止した。

 右足に力を籠める。爆発的に力を溜めて進む最初の一歩の飛距離は伸び、その跳躍を利用して双剣を振り回し、敵を切り刻む――アーチャーはそう描いていた。

 そして、描いた通りにアーチャーは動き出した。

 雄たけびと共に、アーチャーは体を捻らせながら敵に襲い掛かった。捻った遠心力と共に双剣を回し、渾身の力で敵を斬り落とす。

 斬りおとせる――はずだった。

 アーチャーはこの時、さらに違和感を覚えた。

 

 

 敵を完全に斬ることが出来なかったのだ。

 

 

 敵の耐久が異常に硬かった。いくら投影の武器とはいえ、アーチャーの双剣が化け物一匹の攻撃を弾くことは考えづらかった。防御強化の魔術の類を使っていたのか、単純に硬いだけなのかこの時はまだ分からなかった。

 敵は、アーチャーを認識すると、再びその剛腕で着地体制をとっていたアーチャーに迫った。

 体制を無理矢理直し、双剣を前で交差する。敵の切り裂く剛腕を間一髪で受け止めて防御することに成功した。

 だが、アーチャーは敵のパワーに押されてそのまま後ろへ吹っ飛んでいった。

 側転をして何とか体勢を立て直す。

 だが、敵は間髪入れずにアーチャーに攻勢をかけていった。

 この時、アーチャーは完全に敵を目視出来た。

 

 

 二メートルほどの黒い毛並みの類人猿のような化け物だった。腕と足は細長く、爪は鋭い。細い腕ながらにあの重い一撃――そして何より――。

 

 

 三つ目であった。

 

 

「三つ目の類人猿は今まで見たことがなかった。地球上に存在しない個体か未発見の新種かどっちかだと判断した」

 

 そう判断するのも束の間、化け物は、爪を振り回した。

 攻撃からして知能は低いようだが、喰らえば、かすり傷程度では済まされない。あの二人の男を簡単に殺してしまうほどの力を持つのなら、たとえ今のアーチャーであろうとタダでは済まされないだろう。

 アーチャーは敵が爪を振るった瞬間に懐に潜りこんだ。

 腹部を集中的に双剣で切り刻む。だが、やはり完全に攻撃が通らず、化け物にいくつもの切り傷を残すだけだった。

 やはり……とアーチャーは気づいた。

 

 

 力が完全に落ちてしまっている――と。

 

 

 アーチャーの力が落ちてしまっている――わたしはそれを聞いて、ある事を思い出していた。

 だが、それを確証させるのはまだ早い。アーチャーの話を聞いてから判断することにした。

 

「本来なら、あの程度の化け物なら瞬時に真っ二つに出来たが、それすらも出来ないほど力は落ちていた」

 

 しかも、とアーチャーは化け物を見て気づいた。

 力が落ちているとはいえ、曲がりなりにもアーチャーの双剣で斬り刻んだ。普通ならそれでも致命傷になるはずだ。

 だが、化け物に与えた傷はみるみるうちに傷が塞がっていったのだ。

 

「力も強い上に、再生能力が異常に速いとは恐れ入ったよ。類人猿の化け物で傷の再生が速い化け物なんて生まれて初めてだった。これはとうとう……、と疑問が溶けていったよ」

 

 しかし、疑問が解けても相手をどうにかしなければどうしようもならない。

 敵を考えろ――アーチャーは心眼で相手を計った。

 敵は類人猿――今のアーチャーからして間違いなく格上の相手だ。だが、人間や猿に近い種類の化け物だとしたら、やるべきことは一つだけしかない。

 

「幸いにも、戦っている間に魔力は回復出来た。微弱しか持っていないが、ぎりぎり足りると確信して、私は行動に移した」

 

 もう一度、喰らいつけ! と、アーチャーは叫んだ。

 弓を投影し、そして、赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)を化け物の心臓目がけて放った。

 一発目の攻撃が胸に喰らいつく。だが、それでは心臓には届かない。

 すかさず、アーチャーは二発目の赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)を放った。

 二発目の攻撃が一発目の丁度後ろ側――弓道の矢で例えるなら筈の部分に重なるように当たった。攻撃の威力がさらに上がったのだ。

 化け物はようやく事の重大さを理解したようだった。赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)を握り締めて胸から引き離そうと力を込めて抜こうとする。

 だが、その間合いに入ったアーチャーの勝利は決まっていた。

 アーチャーは赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)に集中していた化け物目がけて駆けていった。

 投影開始(トレースオン)、と一言呟き、今度は西洋のいずこかの英雄の剣だろうか――レイピアを一つ投影した。

 魔力はそれで完全に尽きた。だが、それは些細なことだった。敵は気づいていなかっただろう。何故ならば、自身がすでに敗北しているなんて、その知能が低い頭でも理解できただろうから。

 アーチャーは声を上げて、赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)を押し込むように剣を突き刺した。

 

 

 細の剣、その鋭利の刃を持って点穴を穿つ――!

 

 

 突き抜ける奇怪な音が響いた。アーチャーの剣は、真っ直ぐ胸を貫く。否、アーチャーの放った赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)が突き刺した剣の貫通力と相まって、さらに貫通力を高め、化け物の心臓は消し飛ばした。

 化け物の胸は丸い風穴となっていた――胸は抉られていたのだ。

 化け物は、ゆっくりとその場に倒れた。指先が小刻みに震えていたが、それはもう抵抗する力も残されていない証拠だった。

 化け物は完全に絶命していた。

 そして最後に、化け物の毛皮と肉を剥ぎ取り、男たちの死体をきちんと弔うためにここまで運び、その前に腹ごしらえ、と思ってその化け物の肉を食べていた際にわたしが目覚めたというわけだ。

 

 

「……とまあ、こんな感じだ。大して面白くもない話だっただろう?」

 

 アーチャーは苦笑しながら言った。

 面白いもなにも、笑える話ではないのは分かった。そして、わたしの肩にかかっていたこの毛皮はその化け物のものだったんだ。

 それよりもアーチャーが苦戦するなんて、それこそ最低値(レベル1)で戦った時のような感じではないか。

 そう思った時、アーチャーは、無意識に左腕を摩っていた。

 よく見れば左腕に布が巻かれていた。夜の所為でよく分からないが、よく見れば布が黒く変色しているのが分かった。

 まさか、アーチャー……。

 わたしがそう言おうとした時、アーチャーは、お察しの通りだ、と言った。

 

「知らぬ間に、見ての通り傷を負った。かすり傷程度だが、血が止まらなくてね。無理矢理布をきつく巻いていて何とかしている。あとは凝固を待つしかない」

 

 淡々とアーチャーは語る。だが、それは並の人間なら致命傷レベルの傷ではないか! 

 

「まあ、大丈夫だよ、マスター。これくらいの傷は日常茶飯事だったし、大して驚くことじゃない」

 

 アーチャーはそう言うが、いや、驚くよ、とわたしは怒鳴るように訴えた。

 とにかく傷の手当てをしなければ――かなりの体力を減らし、傷を負ったのだから、完全回復のコードキャストを使うのが得策だろう。

 わたしはそう思い、アーチャーに向かって念じた。

 

 

 ――recover()

 

 

 わたしが完全回復を唱えた瞬間、何かがわたしの体を縛った。

 電流が走ったかのように急な静止をしてしまった。何か喉がつっかえている感覚か、何かがわたしの全てをせき止めているかのようなもどかしい感覚。

 その所為か、コードキャストが発動しない。

 わたしは掌を見つめた。

 アーチャーはわたしの姿を見て、やはりか……、とため息を吐いた。

 やはり? アーチャーはどうやら分かっているようだった。もしかして、アーチャー……これって……。

 

「お察しの通りだ、マスター。完全回復は使えない。なら、一番回復量の低い――つまり、初期のコードキャストを使ってみてくれ」

 

 アーチャーの言われた通りにする。

 

 

 ――heal(16)

 

 

 わたしが念じると、小回復のコードキャストは発動した。とりあえず、腕の傷が治癒寸前まで治り、後の傷もまあまあ良くなった。

 次の瞬間、わたしは魔力が大幅に消費したのに気が付いた。まだ小回復を一回しか使っていないのにもかかわらず、もう魔力量が半分以下になったのに気が付いた。その所為か疲労も感じられた。

 ここでようやく理解した。どうやら間違いないようだ。

 

「ああ。間違いない。残念なことだが、これが現実なんだろう。受け入れるしかない」

 

 アーチャーの魔力量と力が極限に減り、かつわたし自身の魔力量も減った――完全回復のコードキャストが使えないほどに。

 結論として、わたしとアーチャーの能力が最低値(レベル1)になってしまったということだ。

 ああ、そうか。またか……またなのか、と思いたくなった。

 最低値から始めることに関して、普通なら文句なんてない。また始めてレベルを上げればいいのだから、不満はない。不満はないのだが……。

 だが、今回は少し訳が違っていた。

 今までのレベル1に戻されたというのは、能力値やスキルが全てリセットされて本当に一からやり直しをしてきた。

 だが、今回は……明らかに矛盾があった。

 アーチャーは、初期値の状態では赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)を使うことは出来ない。それこそレベル2に上がらなければ使用することは不可能なのだ。

 そして、わたしも初期は、コードキャストは使うことが出来ない。本来なら様々な礼装に付随しているコードキャストを使い分けていた。当然、レベルが上がれば魔力量が上がってより魔力消費の多いコードキャストを使える。だが、それとは別に、初期では上位のコードキャストが付加された礼装は手に入らなかった。つまり、「recover()」のようなものは使えもしないし、存在自体も知らない。

 だが、わたしはためらいなく使おうとした。だが、使えず、礼装も準備していないのにも関わらず、初期のコードキャストが使えた。

 つまりそれは、ただ単純にレベル1にされているわけではなく、わたしたちが手に入れたスキルはそのまま残っているが、単純な能力値だけを初期に戻されたことになる。

 だから、上位のスキルやコードキャストを使おうにも、そもそも魔力量が初期値なのだから、それを超える消費量のものは結果として使えなくなるのである。

 わたしがそう考察すると、アーチャーは頷いて肯定してくれた。

 

「異論はない。恐らく、君の推測はほぼ正解だ」

 

 ほぼ……? わたしは不思議に思った。

 

「わたしたちの現在の状態については、大体は君が推測した通りで間違いないだろう。だが、先の戦いで、他にも気づいたことがあったんだ」

 

 ほうほう、とわたしは頷く。それで、一体何に気が付いたのか聞いてみた。

 

「まず、君の手の甲……令呪がないままになっている」

 

 アーチャーの言葉で一瞬だけ思考が停止した。

 手の甲を恐る恐る見てみると、傷跡も、あの三画の絶対命令権も存在しなかった。手の甲は寒さのせいで少しだけ赤くなっていて、いかにもしもやけ寸前といったところ――そんなことしかなかった。

 令呪がなければ、マスターとサーヴァントの間の契約関係はない。つまり、今のわたしとアーチャーを繋ぐものは何一つないのだ。今ここで、わたしを殺しても何も問われることはない。

 だが、アーチャーも終わりなのは同じだ。契約者からの魔力供給がなければ、サーヴァントは顕現することが出来ない。いくらアーチャーが単独行動の特性があったとしてもだ。

 ましてや、今の状態のアーチャーでは、顕現してすぐに消えるはず……。

 ……あれ?

 冷静に分析している時に、ふと思ってしまった。

 何で、まだいるの?

 わたしが、そう言うと、アーチャーは驚いた顔で言った。

 

「い……いきなり酷いことを言うな、マスター。確かに現状や私の状態は最悪だ。だが、それでも乗り越えてきただろう? 今になって私を役立たず宣言するのは、どういうことだね。まさか、マスター……君は……」

 

 アーチャーがとんでもなく焦りながらわたしに弁明を求めてきた。

 どうやらわたしの言葉を素で受け止めてしまったらしい。――役立たずがなんでいるのか――まあ、確かにそう受け止めても仕方がない。わたしの言い方が最悪だったのは認める。

 しかし、アーチャーがそんなにわたしと離れたくないなんて思ってなかったなー、とからかうように言った。

 

「からかうな、マスター。ようやく君と呼吸を合わせることが出来たんだ。今更他の人物に変えたところで、この状況を打破できると思うのかね? そもそも、今の状況をどう乗り越えていくことが重要なことで……」

 

 うんうん、と微笑みながら頷くわたし。

 言ってることが前半後半で全く違うし、説明もぐちゃぐちゃになっている。余程動揺しているのだろう――何だか始めて主導権を握れたような気がした。

 嘘だよ、御免、とわたしはアーチャーの戸惑いぶりを、もう少し見たいという名残惜しい気持ちを抑えて言った。

 アーチャーは、わたしの言葉で自分がどれだけ恥ずかしい思いをしたのかすぐに察知した。

 

「全く……君という人は……」

 

 反論はないようだ。どうやら後々またいじれるくらいには使えそうな話題なようだ。

 まあ、とにかく、どうして契約がない状態で、しかも魔力が殆どない状態なのに、未だにアーチャーはここに顕現出来ているのか聞いてみた。

 

「確かに、私も最初は不思議に感じていた。だが、ここで化け物と戦ったり、色々なことをしていたりしている内に、ある一つの結論に至った」

 

 結論? とわたしは尋ねた。

 アーチャーは頷く。

 

「腕の傷を見て、思ったよ。寒さも、温かさも、空腹も、痛みも、焦りも、まだいたいという欲求も――ムーンセルで君と一緒に戦っていた時よりもはっきりと自分の中にあるのが分かったんだ」

 

 アーチャーはそう説明した。まるで、以前よりも人間らしく振舞えることが出来たという風に聞こえた。つまり、それはどういうこと意味しているのだろうか?

 アーチャーは、掌を見つめながら答えた。

 

 

「本当に生きているんだよ……。いや……生き返ったと言うべきか」

 

 

 はい? とわたしは首を傾げた。

 生きている、ということはつまり……どういうこと? わたしはまだ理解出来なかった。

 

「ああ……そうだな……。君にとっての生きていると私に――いや、英霊にとっての生きているとでは意味や理解も違うからな」

 

 英霊にとっての「生きている」――つまり現世に顕現していることを言っているのだろう。だが、それが違うとなると……。

 え、まさかアーチャー……。ひょっとして……。

 わたしがある一つの仮説にたどり着いた時に、アーチャーは察したように頷いた。

 

 

「ああ。恐らく……いや確実に受肉している」

 

 

 ああ……そうか。

 本当の意味でアーチャーは生きていることになったのか。英霊ではなく、人間としてそこに立っている――。

 だからわたしとの繋がりが無くなっても、ずっと留まれるのだ。生きているのなら契約もへったくれも必要ない。全てに説明がつく。

 しかし、本当に受肉しているのだろうか。わたしたちは月の世界――所謂電脳世界にいたのだから、本当の肉体は月にはなかった。その戦いが終わって、今度はここに連れてこられた。

 そう考えると、アーチャーはいつ受肉をしたのだろうか。そして、わたしの本物の肉体はどうやってここに送られてわたしの精神との繋がりを戻したのだろうか。一向に謎である。

 

「それについてはまた考えるとしよう。それよりも、今は今後のことについて考えるべきだ」

 

 アーチャーの言葉で、我に返ったように冷静さを取り戻す。

 そうだ。

 今考えなければならないことは、そこではない。

 有難う、アーチャー。わたしは冷静さを取り戻した。

 わたしには、どうしても聞かなければならないことがあるのだ。

 わたしは真剣な眼差しでアーチャーを見据えた。

 

「何だね、マスター。ああ、そうか。能力が初期値になった所為でこれから生き抜けるか心配なんだな。まあ、そうだろうな。本来の私なら、あのような敵など一閃できるが、今回はそれすら出来なかった。全く、情けない話だよ。君と一緒に強くなっていったというのに、このザマだ。君もさぞ落胆しているだろうが、安心して欲しい。必ずまた取り戻して見せるさ」

 

 アーチャーはぺらぺらとわたしの心境を予測して言っているようだが、そんなのどうでもいい。

 わたしがそう言うと、どうでも……!? と驚愕して言葉を詰まらせた。

 

「どうでもよくないだろう、マスター。力が落ちたのには理由がある。この先生き残っていくには力は絶対必要だし、何より君を守れない」

 

 そうなんだけどさ……、とわたしは口ごもる。

 そうじゃないんだ、アーチャー。わたしが本当に知らなくてはならないことは、わたしにとってもっと大事なことなんだ、と説明した。

 

「大事な事……? それは一体何だね?」

 

 どうやらアーチャーは気づいていないようだ。

 どうやらわたしに言わせたいらしい。こんなにも恥ずかしいのに――最悪のケースまでをも想定してしまっているのに――それでもわたしに直接言わせたいらしい。

 辱めを受ける奴隷のような気持ちだ……。だが、聞かないとわたしの気持ちは晴れない。

 言うぞ!

 

 

 ……アーチャー。どうしてわたしたちの月海原の制服と赤原礼装(元の服)がないのだろうか?

 

 

「……」

 

 考えてみれば、今わたしたちが着ているこの襤褸布の服はどこからこしらえたものだろうか謎だった。

 この毛皮は化け物から剥ぎ取ったのは分かる。だが、元から着ている服は一体どこからやってきたのかまだ聞いていないのだ。

 よく見ると、横で死んでいる男たちの服が所々綺麗に切り取られているのが見えているのだが……。

 ひょっとしてこれって……。

 わたしが尋ねると、アーチャーは大したことのないように答えた。

 

 

「無論、君のその服や私の服は全て即席で私が作ったものだ。死んでしまったそこの男たちから服を拝借するのはあまりに気が退けたが、生きるためには致し方ないと思って、今回はやむなくそうした次第だ」

 

 

 ……え? 即席で作った? アーチャーはそう言ったのか?

 聞き間違いじゃないよね? とわたしは尋ねた。というより聞き間違いであってほしかった。

 ああ、そうだ。きっと聞き間違いだ。だって、普通はスタートと同時に装備なしでスタートするが、大抵は普通の服か襤褸の服を着て始まるのが普通だ。きっとそうだ。アーチャーは鈍感だが、間違いはきちんと正す男だ。以前だってわたしのスリーサイズを勝手に把握しているという最大のミスを犯したにも関わらず、またミスをするなんてあり得ない。そう。あり得ないのだ。そうだよね? アーチャーの説明が足りないだけで、わたしはしっかり解釈出来ているよね? そうだよね? 絶対そうに決まっている。お願いだから、そうだと言ってよ、アーチャーあああああああ!

 だが、アーチャーはまるでわたしが、変なことを言っているかのように呆れ顔で答えた。

 

 

「何を勘違いしているか分からないが、私たちは何も着ていない中で目が覚めたんだ。凍死は避けたい。だから、勝手ながらそこの男たちの服を借りて即席で服を作ったんだ。ここで死ぬわけにはいかないからな」

 

 

 刹那。

 わたしの頭のヒューズはいずこかに飛んでいった。

 視界ははっきりしている。こんなにはっきりと世界が見えたのは初めてだった。

 ああ……世界は何て……美しいのだろう……。何とも希望に満ちた……。

 こんなに世界は美しいのに、どうしてわたしはいつも何一つ守れないのだろう。かたやわたしの……女の子(わたし)のプライドすら守れないなんて……。わたしは、一体どうすればいいのだろうか?

 ふと、死んだ男たちの腰元の剣が見えた。

 そこから先は本当に簡単だった。

 わたしの思考は、余計なものを全て捨て去ることに成功していた。全てのルートでどれが外れで正解か、一瞬で見つけることが出来た。

 ああ……そうだ。

 これが正解……いや、どれをとっても、どんなに良心が邪魔をしていたとしても、これが間違った(正しい)答えなんだ、と思考は導き出した。

 わたしはすかさず、男の剣を抜き取って、そのままアーチャーに振り下ろした。

 

「おい! マスター! 一体何をするんだ!」

 

 寸でのところでアーチャーは一瞬で立ち上がって後退した。ちっ、仕留め損ねた。

 

「待て、マスター。落ち着きたまえ。一体何があったのかは知らないが、まずはこれからどうするか話し合うのが先決だろう?」

 

 うるさい! それよりもアーチャーを殺すことが先決なんだ!

 

「だから、どうしてだ! お、おい! やめろ、マスター! 早まるな!」

 

 うるさいうるさい! もう生きていけない! もう全て終わったんだ! 女の子の裸をアーチャーに見られた! もうこの世にいられない!

 だから、アーチャーを殺してわたしも死ぬーーーーー!

 

「だから、待てマスター! 剣を降ろせ! 何をそんなに怒っているのだ!?」

 

 ええい、うるさい! この超絶鈍感変態男! いっぺん死んで! お願い、死んで! アーチャー!

 わたしとアーチャーのくだらない茶番劇は、この後数十分に渡って繰り広げられた。

 

 

 アーチャーがこの世界に(死んで、アーチャー)召喚された時にはすでに(死んで、アーチャー)服を着ていなかった(死んで、アーチャー)そして、それと同時にわたしも(死んで、アーチャー)服を着ていなかった(死んで、アーチャー)即ちお互い素っ裸の状態(死んで、アーチャー)で始まったというわけだ(死んで、アーチャー)

 

 

「何やら言動と思考が違う気がするのは気のせいだろうか? 些か不安を覚えるのだが……」

 

 え? そんなことないよ? と、わたしは答えた。

 

「本当か? 気づいていないようだが、君は物凄い形相をして私を睨んでいるんだぞ」

 

 へーそうなんだ。じゃあ、きっと気のせいだよ、うん。

 

「そうか……気のせいならいいのだが……」

 

 そうだよ、気のせいだよ(死んで、アーチャー)

 

「やっぱり気のせいではないではないか! 思考が口に出ているぞ!」

 

 あっ、とわたしは口を手で押さえた。

 

「全く……。今回の君はいつにも増して活発的というか、毒舌というか……少しばかり冷静さを欠いていると思うのだが……」

 

 アーチャーは不思議そうに言う。

 へー。冷静さね。冷静さを欠いていると言いますか……。

 普通服って常備しているものだよね? 何で、乞食以下で始めないといけないの? どんなに貧しくてスタートしても襤褸布の服くらいはまとっているよ? え? 苦行なの? 苦行林で覚りを開くための修行なの? 馬鹿なの? 死ぬの? というか、さっきの戦闘シーンでのアーチャーは全部裸だったんだよ? おかしいでしょ。わたしだけじゃなくアーチャーを知っている人間なら、みんな赤い外套や戦闘服を纏って格好よく戦っているのを想像したんだよ? それがまさかの全裸での戦闘だったなんて、普通あり得ないんだけど。助けるどころか、男たちが全裸で双剣持ってやってくる変態男を見たら、むしろアーチャーが敵に見えるよ? 死んだ化け物も気の毒だっただろうに。こんな全裸男に殺されるなんて、きっと来世はトラウマだろうな。全裸だから何? 赤原猟犬・耐久低下(フルンディング)を使って格好良く仕留めたつもりだけど、何なの? むしろ下半身がフルンディングって言いたいのか、こんちくしょう。

 

「マスター。一体本当にどうしたんだ? 君らしくもない。外見は君でも中身はまるで別人のようだ。深呼吸して落ち着きたまえ」

 

 これが落ち着いていられるか! と、わたしは怒声を上げた。アーチャーは、突然の尾声で少し退いた。

 わたし裸見られたんだよ? プライドへし折られたんだよ? 以前もそうだったけど、本当にデリカシーないよね? ねえ、アーチャー。何か言うことないの?

 

「いや、それについては何度も謝ったではないか。確かにデリカシーに欠けていたとは思うが、しかし、仕方がなかったのも理解してくれ。あのままでは凍死してしまうのは間違いなかったのだから……」

 

 アーチャーは慌てながら弁解する。まあ、それについては仕方がないのは分かる。でも、目をつぶるなりなんなりと方法はあっただろうに。

 

「それに関してはまあ、正論だな。あの時はそこまで頭が回っていなかった」

 

 アーチャーはわたしの反論に肯定する。状況が状況なだけに、アーチャーはまだ最善の道を選択したと言ってもいいのかもしれない。

 だが、それでも腑に落ちない。

 アーチャーが言っている雰囲気を聞いていると、大して動揺もしていないようだ。いや、もしかしたらもう動揺をし終えたか、アーチャーの鉄の心で動揺を抑えているのか。

 わたしは、そんな期待(?)を無意識のうちに考えていた。

 

「君は実に魅力的な女性だ。前にも言ったが、君が私のマスターであってくれて本当に幸運だと思うし、感謝もしている。確かに御婦人の裸を見れば、大抵は慌てるだろうが、仕事柄そういうことには慣れていてね」

 

 なるほどね、とわたしは頷く。

 確かに納得できる答えだ――普通なら。

 アーチャーは以前言っていたのだ。仕事上、そんな関係になったことは今までなかった――と。そのはずなのに、さっきアーチャーはそういうことに慣れていると、言った。

 何だか矛盾しているなあ。何で違うのかなあ。理解に苦しむなあ。

 わたしは、また無意識のうちにアーチャーに殺意を向けていた。

 

「いや……それは……言葉のあやというものであってだな……」

 

 仕事のためにインスタントな恋人関係はあっても甘い関係とかは無かったと言ったよね。え? あれ、実は嘘なの? 無いとか言って、本当は蜜月な何かがあったの? 何なの? 本当に何なの? 生前本当は何かあったわけ? わたし以外の女で何かあったわけ? それって二股している男の心理となんら変わりないと思うんだけど、どうなの?

 

「いや……だから……そういうことじゃなくてだな……。あくまで魔力を供給するためには仕方がなかったというか……そうしなければならなかったという事情があってだな……」

 アーチャーは誤解を解くために弁解するが、わたしの思考はもうそんなことはどうでもよかった。

 わたしの思考は、さらにクリアになっていた。

 

 ――確信犯。

 ――やっぱり女の敵。 

 ――結論。死刑確定。

 

 わたしは、またアーチャーから没収された剣を、隙を見て抜こうとした。

 

「またか。やめたまえ、マスター!」

 

 ええい! 死ね、アーチャー! やっぱりわたしが殺らないと、わたしに未来はやってこないんだ!

 

「だから、やめたまえ! 悪かった。私が悪かったから、剣を引っこ抜くのはやめろ!」

 

 

 

 ―――

 

 

 

「では、私たちが置かれた身について簡潔にまとめていこう」

 

 アーチャーは、やれやれと言った表情で言った。

 まず、全く身に覚えのない場所に身一つ持たずに召喚された。この時、アーチャーは受肉していて英霊としてではなく、人間として召喚されていたことになる。

 つまり、わたしが死んでもアーチャーは消えない。つまるところ、わたしがいなくてもアーチャー一人で生きていける。

 さらにわたしは、令呪を失っていて、アーチャーとの繋がりは完全に途絶えている上代だ。だから、今のわたしにはアーチャーを使役する力は残っていない。

 だが、アーチャーは、

 

「それは些細なことだ。何も繋がりがなくても、私は、君のサーヴァントであることに変わりはない。それに、君を死なせることも絶対ない。サーヴァントとして君を守ることを約束しよう」

 

 と、言ってくれた。

 アーチャーはアーチャーの意思でわたしを守る剣となり盾となることを誓ってくれた。

 さて、一番の問題は、わたしたちの能力値が最低に戻されたことだ。スキルはそのまま保有しているが、能力値が最低では上級の魔術やコードキャストは扱えない。再び敵を倒してレベルを上げていかなければならないのだが……。

 問題はわたしだ。アーチャーとの繋がりがない今、アーチャーと共に戦闘を行っても、経験値が入ってくるのは、戦闘に参加したアーチャーのみになってしまう。

 アーチャーがぎりぎりまで削ってわたしが止めを刺す、という方法も考えたが、あまりに回りくどいし、そんな猶予もないだろう。

 なら、コードキャストを重点的に使って敵を倒していこうと考えたが、わたしが持っているものは殆どが回復や状態異常解除のものばかりで、攻撃出来るものはごくわずかだ。しかも威力も小さい。

 やはり、自分の能力を取り戻すにはアーチャーのように戦う訓練も必要なのではないか、と思えるようになってきた。

 アーチャーもそれには賛成した。

 

「それはいい事だと思う。これは聖杯戦争とは訳が違う。本当の意味でサバイバルだから、君自身にも自衛の力を養うことは大切なことだ。君を守るとは言ったが、完璧に守れるかは保障出来ない。戦闘訓練なら私がレクチャーしてやることも出来るしな」

 

 なら、有り難い、とわたしは言った。

 だが、アーチャーはまだ何か言いたいことがあるらしい。

 

「ただ、戦闘でしか経験値を得ることが出来ないという考えは、捨てたほうがいい」

 

 アーチャーの言葉に、わたしは目を丸くした。

 それはつまりどういうことなのだろう。

 

「この能力の封印……恐らく戦闘以外でも経験値が得られるようになっている」

 

 アーチャーは端的に説明したが、わたしにはまだその意図がつかめていなかった。

 戦闘以外でも経験値を得られるというと……。

 

「言葉の通りだ。さっき君は、回復のコードキャストを使っただろう?」

 

 ええ、使いましたよ、とわたしは答える。

 

「その時、肉体的に疲労を感じたことはなかったかい? 以前戦闘を行った時のような疲労感は」

 

 わたしはさっきのことを思い出す。

 小回復のコードキャストを使って、魔力消費が少ない割には、ごっそり持っていかれたような感覚と……戦闘で感じた時の疲労感は確かにあった。あれは、魔力量が最低値になったから感じるものなのだろう、と勝手に思ってしまっていた。

 アーチャーは、頷いた。

 

「それも正解だ。前者の――魔力量が少ない中で消費量の多い魔術を使えば、当然その減り方を実感する。だが、後者――その疲労感は間違いなく戦闘が終わった後で、経験値を得た時に感じていたものだ」

 

 つまりだ、とアーチャーは結論付ける。わたしもその先の展開は読めた。

 

「魔術を使い続けても経験値は得られる。即ち、戦闘以外でも経験値は得られ、レベルは上がるということだ」

 

 その仮説が正しいのなら、わたしにも出来ることが多くある。

 以前のように、わたしがアーチャーにコードキャストを使って補助する役割をしていても、経験値が得られるのなら希望が見える。

 

「最も、戦闘における経験値が一番高いのは仕方ないが、こういうのは数をこなせば釣り合うものだ。従来の戦い方を継続しても構わないし、先ほど言ったように、訓練して、自分自身で戦闘に参加出来るようになれば、コードキャストでの経験値と戦闘での経験値がどちらも手に入る」

 

 なるほど、とアーチャーの説明を聞いて納得する。

 確かに自分で戦える力があれば、その分封印された能力を早く取り戻せることになる。

 わたしは、自分が何で戦うのか、勝手に想像した。

 はっきり言って、武器なんて持ったことがないから、何が自分に合うのか分からない。

 アーチャーと同じく、剣を使った近接戦闘か、もしくは弓矢や銃を使った遠距離からの補助を含めた戦闘か……挙げたらきりがない。

 どれがわたしに似合うだろうか……そんなことを考えていた。

 アーチャーは、勝手に妄想しているわたしには目もくれずに、言った。

 

「だが、それ以外でも経験値は手に入ることが分かった」

 

 え? とアーチャーの声を聞いて我に返る。何を言ったのか聞こえていなかったが、アーチャーはやれやれ、と言いながら再度説明してくれた。

 

「実を言うとね。どうやら我々にかけられた封印というのは、思いの外緩いものだと分かった」

 

 封印が緩い? それはつまりどういうこと?

 わたしが聞くと、アーチャーは片手を差し出して答えた。

 

「ここにたき火をつけるために、私は火を起こした。さらには君や私の服を簡易的ではあるが作った。するとどうだろう。それでも経験値が貯まったのを感じたんだ」

 

 はい? とわたしは首を傾げた。

 火を起こした、服を作った。それでどうして経験値が得られるのだろうか。

 

「恐らく理由は簡単だ。そうすることによって、私たちは凍死から免れて生きながらえた。つまりは生きるための経験値を得たという扱いなのだろう」

 

 アーチャーは、そう予測した。

 つまり、わたしたち自身が「何か」をすると、経験値を得られる、ということなのだろうか?

 アーチャーは頷く。

 

「私はそう見ている」

 

 なるほど、とわたしは頷いた。

 

「もっと簡単に言うなら、私たちが『成長した、成長できた』ということに繋がる行動をすることでも経験値は得られるんだ」

 

 もし、アーチャーの言っていることが本当なら、緩いなんてものじゃない。

 普通に日常生活をしていれば、それだけで経験値は貯まっていくのだ。

 掃除、洗濯、炊飯などの家事。

 スポーツ、趣味などの娯楽。

 戦闘、魔術などの訓練。

 全てが個々を成長させる要素が詰まっている。経験値が金だと考えれば、働いて稼ぐとかそんなことしなくても、今まで通り生活していれば金が湧いて出てくるような、夢のようなものだ。

 え、何それ? そんな簡単なことでいいのだろうか? と、耳を疑いたくなるくらいの衝撃だ。はっきり言って、聖杯戦争や月からの脱出よりもイージーモード過ぎるのだが、良いのだろうか?

 だが、アーチャーは油断しない方がいい、と忠告した。

 

「うまい話には必ず裏があるものだ。簡単にレベルが上がりやすいということは、敵のレベルが初期から高いのか、それとも敵のレベルは、我々のレベルに準拠しているのかもしれない。そういう場合、今の状態はかなり不利だ。すぐに強い敵と当たれば、敗北は目に見えているだろうし、初期状態での戦闘が一番難しい」

 

 だから、とアーチャーは言った。

 

「そのためには、色々不足しているものを集めなければならない」

 

 今不足しているもの……わたしはいろいろ考えた。

 とにかく、情報が欲しい。ここがどこなのか、どういうところなのか、最低限知らなくてはならない情報は手に入れておきたい。

 わたしがそう言うと、アーチャーは肯定した。

 

「私も同意見だ。情報もそうだが、生活するための家や物資も欲しい。これらを集めるために、共通している必要なことは一つしかない」

 

 何だと、思う? とアーチャーはわたしに尋ねてきた。

 共通しているもの――アーチャーはわたしを試しているのだろう。

 だが、その答えはすぐに分かった。

 

 

 人に会うこと――それだけだ。

 

 

 アーチャーは頷いた。

 

「正解だ、マスター。まずは人だ。見知らぬ世界とはいえ、道路が舗装されているということは、文明がある――つまり人がいる証拠だ。どこかに必ず村があるはずだ。そこで色々情報を聞き出そう」

 

 アーチャーの提案に、わたしは頷いた。

 

「そうと決まれば、まずは明るくなるのを待とう。色々あっただろうから、疲れているだろう。まずは寝て、体力を取り戻そう」

 

 うん、とわたしは答えて横になる。

 だが、アーチャーには寝る気配がなかった。

 寝ないの? と聞くと、アーチャーは優しく答えた。

 

「君は気にせず寝るといい。わたしは、そこの亡くなった男たちを葬って、君を守りつつ、危険が無くなったら、軽く寝ることにするよ。また化け物が襲ってこないとも限らないからね」

 

 まるで、娘を優しく諭す父親のような情景だった。アーチャーのニヒルな言葉は心底聞き飽きていたが、そういう優しい言葉をかけてくれると、何だか安心する。

 じゃあ、お言葉に甘えて――と、わたしは目を閉じる。

 たき火の温かさと、アーチャーが作ってくれた化け物の毛皮を使った毛布。少し獣臭いが、これはこれで、と妥協出来た。

 目蓋が閉じていく。

 火が、アーチャーが、色が揺らめいていく。まるで、世界への入り口に入ったかのような不思議な感覚が、わたしを眠りに誘っていく。

 お休み、とわたしは呟く。

 ああ、お休み、とアーチャーは答えてくれた。

 寝よう。明日はきっと何かいいことが起こりそうな気がする――そんなことを思いながら目を閉じた。

 

 

   *

 

 

 剣戟と男たちの怒声。

 遠くで戦闘が行われているようだ。

 煙の臭いと、僅かに鼻を通り抜ける血の臭い。

 まるで死と隣り合わせ――そんな絶体絶命な状況に陥っているような危機だった。

 だが、わたしは目を覚まさない。

 誰かが、わたしを守っているような温かさを感じていたからだ。

 そう――ここからが、わたしたちの本当の始まり――。

 物語は、まだ始まってもいなかったのだ。




ドラゴン語は文法苦手なので間違っているかもしれないので、ご了承ください。


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