元RTA実況者がSAOをプレイしたら (Yuupon)
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没案(第28話〜)

 あまりにも展開が不評だったのと、最近こちらで書いてなかったことでヤバイ、エタると思い色々考え、活動報告で次回の更新の為に色々質問したのですが、結果、イルファング・ザ・コボルドロード撃破からの四話を削除し、改めて完結させる為に書くことにしました。
一応、短めに更に上の上層の攻略なども本編完結後に番外編として書こうと思いますのでしばらくお待ち下さい。
ここまでの詳しい経緯が知りたい方は活動報告にお願いします。
また、質問にお答えくださった方やわざわざメッセージを送り励ましてくださった方には本当に感謝です。この場を借りて感謝の言葉を送らせてください。『本当にありがとうございます!』


 

 

 

 茅場晶彦の提案はメリットばかりだった。

 

(……、でも。茅場はどこの動画サイトに枠を作るか、なんて言ってない以上YouTubeとかの生放送にされたら両者の意見交換が出来ない可能性はある)

 

 ハクレイは幾つか茅場の言から不確定要素に感づいた。ただ茅場がそんなセコイ真似をするだろうか、とハクレイは考える。

 口に出して聞いてみようか、とも考えたがやめた。

 問題点はそこにはないのだ。今現在ハクレイが懸念すべきは実況をやめるかどうかである。現状だけを考えればハクレイは他のプレイヤーと比べて大きなアドバンテージがある。それを全プレイヤーで均等にしてしまおう、というのはゲームの中ではある意味当然のことだった。

 

『……、』

 

 ハクレイは疲れ果てた脳を無理やり動かし、改めて気を引き締め直す。

 まずは決断をどうするかだ。それによってハクレイの未来は大きく変わることは間違いない。

 だが正直に言おう。ぶっちゃけた話、客観的視点なら間違いなく実況をやめるべきだと思っていた。これから先どうあれ、ハクレイが攻略組に参加するのは間違いない。その中でたった一人大きなアドバンテージを持ち、外部の情報を手に入れられるのは後に攻略組に亀裂が走る可能性を生み出してしまうかもしれないのだ。それだったら全プレイヤー共通の方が良い。何より身バレしなくて済むし。

 

(……何だろう。考えていることがひどく小物染みてる気がする)

 

 だがこれが正解だ。常識的に考えて己が有利になるために、一人だけアドバンテージを得るというのは間違っているだろう。何よりハクレイが口頭で真実を話そうともSAO内に混乱を巻き起こしてしまうのだから。

 だからハクレイはここで下りるべきだ。

 実況を捨てろ。周りから批判されようとそれが正しい。そう答えを出すのは簡単だった。あとは茅場晶彦に対して言うだけで良い。

 だけど、たったそれだけのことにハクレイの口は固まっていた。

 

 常識的に考えればこれが正解なのに。

 ハクレイの口は動かない。視線があらぬ方向を向き、体が震えていた。怯え、そう表現するのが正しいかもしれない。

 ハクレイはこの場で答えを出してしまうことが(こわ)かった。答えを出した結果どんな未来が訪れるのか分からなくて、恐かった。

 茅場の目に怯えた少女の姿が映っているのをハクレイは見る。

 ハクレイはそれが今の自分の姿だと気付いて驚いた。

 これが俺なのか? こんなにも無様に怯えているのが? これまで戦えたのは実況者としてのハクレイが居たからなのか?

 様々な考えが高速で脳裏を(よぎ)る。

 果たして今のハクレイはなんなのか。実況者としてなのか、ネットネームを名乗る大学生なのか。

 

 それとも、それともそれともそれともそれともそれとも。

 分からない。答えが出せない。おかしい、こんなのは俺じゃない。

 さっきまでの命がけの戦いは実況者としてのハクレイによる『演技』だったのか。

 それとも、おぞましい『犯罪』に巻き込まれながら、自身は英雄のような存在だと格好付けるために動いたような異常な『本音』なのか。

 

 どちらにしても、それはハクレイが思い描いていた『己』の姿ではない。

 ハクレイが顔をあげると茅場晶彦がそこにいた。

 その姿を見てハクレイは分からなくなってしまった。思考放棄してしまいたい、と思ってしまう。

 しかしそれも出来ない。なら決断するしかない。答えは決まっているのだ。それを言うだけでいい。

 それを言うためにゆっくりと口を動かした時、ハクレイはいつの間にか(おび)えている自分に気づいた。

 理由はあり過ぎる。

 が、強いて挙げるならきっと直ぐに決断出来ない自身の汚さ、狡猾さを認めてしまうのが恐かったのだろう。

 

「……、」

 

 逃げ道はない。進むしかない。しかし口にすれば後戻りはできない。無かったことには出来ない。相反する思いがぐちゃぐちゃにハクレイの精神をかき混ぜる。

 ハクレイにはもうどうして良いか分からなかった。

 何が正解なのか。何が正しいのか。もしかしたらこの答えは全プレイヤーにも影響を及ぼすかもしれない。そう考えると安易に結論を出すのがひどく恐かった。

 そして。

 ハクレイはどうして良いのか分からないまま、その口が開いていた。

 

『あ、えっと……、』

 

 正解なんて分からなかった。それでも何かを言わなくてはならなかった。

 

『結論……、ですが。いいですか?』

 

 口から出てきた前口上は、ひどく小さな声だった。

 ほんの数秒、茅場の声を待つ沈黙が重々しい。今考えるとさっきの声、震えていた気もしなくもない。

 茅場は落ち着いた口調で言った。

 

 

『……私の目にはどうも、結論を出す精神状況とは思えないが』

 

 

 見抜かれたような声に心臓がドキリとする。もちろん恋愛的な意味はない。何とか押さえつけようと心の中に押し込めていた『不安』の塊がまた表面に浮上した。

 何故だか強烈な緊張と不安が襲いかかってくる。何というか心臓がおかしな強さで不規則に鼓動を刻んでいた。

 茅場はふむ、と呟いて、

 

『……戦いの後に結論を強要するのは酷だったかもしれないな。君に時間を与えよう。タイムリミットはそうだな……二日後にしよう。それで構わないかね?』

『……は? え?』

 

 予想外の意見にポカンとしたハクレイに、茅場は小さく笑って、

 

『考える時間もなく結論を急いては心象が悪くなるだろう?』

 

 言うが早いが茅場晶彦は右腕を振って見たことのないウィンドウを表示させて、何やら操作していく。

 

『二日後の午後五時。君を強制転移させるようセットした。それまでに結論を出しておいてくれたまえ。また、姿を変えるためのアイテムなどもその時に渡そう。それで良いかね、ハクレイ君』

『あ、え? は……はい?』

 

 いまいち茅場の言動についていけないハクレイが混乱するまま頷くと、茅場は『ではそのようにしよう』と言ってウィンドウの操作を終了してしまう。

 ーー直後だった。

 

『一つだけ。現在一時停止している実況は結論を出す二日後まで停止状態にしておくことを先に言っておこう。また、次に会うのは二日後の午後五時だ。しっかりと覚えておいてくれたまえ』

 

 それだけ言い残して茅場は姿形を消してしまう。

 一人取り残されたハクレイはポツーン、と急に変化したギャグ空気についていけないままとりあえず呟いた。

 

『……なんでこうなったし』

 

 

 

 1

 

 

 茅場が消えたあと、ハクレイはぺたんとボス部屋に座ってとりあえず目下の目的をまとめていた。

 既に時計の針は午後七時過ぎを差しており、ステンドグラスのような壁紙が張り巡らされたボス部屋も暗くなり始めていた。

 というか二日の猶予が与えられたのは本当にありがたかったのだ。そもそも先程の自身を顧みるに、精神的に余裕がないのは明らかだった。鬱というかナーバスというか。ともかくマイナス思想に染まりかけている現状、まずはこの二日間で何をするべきか考えるのが先決だったのだ。

 で、ハクレイが出した二日間の過ごし方とは、

 

『まず結論を出すのは大前提として。まずはプレイヤー達にこの世界が本当にデスゲームである事を理解してもらわないといけない。また死者を減らすためにどうすべきなのかが問題だ。そして死者を減らすために必要なのは情報』

 

 ハクレイは真っ正面を見る。

 そこには第二層に繋がる大扉があった。その扉に手をかける。

 

『第二層を開いてから、第一層に帰る。それでいて混乱を避けるために転移門は使えない。一度第二層に行き、アイテムを使って体力を回復してから元来たダンジョンを引き返す。それから得意の検証。そして『情報をまとめた本』を無料で道具屋に置く』

 

 これが最も死者を減らせる方法だとハクレイは思った。

 一人一人技術指導すればよいのでは? と思われるかもしれないが人数が人数である。とてもやりきれるはずが無い。

 だからこその情報だった。

 例えば、どれだけ戦闘が下手でも次に敵が何をしてくるのか。どう対処すれば良いのかをすべて理解していれば少なからず死ぬ可能性はグッと減る。また本にすればいつだって読み返せるのだ。

 つまり、『情報屋』を始める事をハクレイは決意した。

 

『第一層の検証は恐らく一週間か二週間で済む。その後第二層だ。他のプレイヤーより早くすべて検証して情報として出す。数を裁くには『噂』すればいい……。ましてや今の俺は幼女だ。つまり警戒心も抱かれにくい……ッ!!』

 

 冷静さを取り戻し、的確な判断が下せるようになった代わりに言っていることは変態染みていた。

 とりあえず二日間で行うのは体力回復後、第一層に戻り検証をスタートしそれを文章でまとめる。正直ボーナスやらで金。コルは余っているので紙の購入も問題ない。

 

『とりあえずまずは第二層で体力を回復してから第一層に戻ろう。そうしながら結論を出す……覚悟を決める』

 

 そんなこんなでハクレイはタイムリミットまで出来ることから始めていくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 一日が過ぎた。二日目になった。

 最初に定めた目標は滞りなく達成していた。第一層の始まりの街にまで帰ったハクレイはまず周辺のモンスターの調査から開始し、大まかな動きを割り出しそれを紙にまとめていった。そのまま寝ずに今度はホルンカの村に向かい、周辺のモンスターの行動パターンを割り出した。そうしながらも頭は常に『結論』を考えていた。幸いにも誰も第二層が既に起動(アクティベート)されたことに気付いていないらしく、転移門を起動させようとするプレイヤーは居なかった。やがてまとめた資料を文章に書き起こした。その紙を道具屋に無料で設置した。たった二日の間にこれだけのことをやってのけたのだ。

 

 だが、一番大事なものだけは定まっていなかった。

 茅場晶彦に求められた『選択』。その答え、結論を。

 一つ彼を擁護するなら、ハクレイは本気でその事例について考えてはいたのだ。だが結論に至れなかった。

 考えれば考えるほどに分からなくなってしまうのだ。精神がまるでシロアリに蝕まれるかのように、少しずつ、確実に、人間としてのハクレイの精神を削っていった。

 そんな中でもハクレイは少しずつ、少しずつ、何とかして結論を出そうとした。

 いきなりパッと正解や解決策が浮かぶものではない。

 与えられた試練に対する『明確な答え』を求めて、一つ一つ、姿形がまるっきり違う姿で思考を重ねていく。

 それでも、

 

『……もう、四時五〇分、か。あと十分……』

 

 答えは出せてはいなかった。三日間、一睡もせず気を張った作業を続けてきたハクレイは若干朦朧(もうろう)とした意識を何とか起こしながら小さく呟く。

 

『とりあえず不明瞭な点をまとめよう……。まず茅場の提示した条件ではニコニコに枠が作成されるのか分からないのが一つ。あと外部との通信手段となり得ない可能性が一つ』

 

 まずその二つは確定だった。

 そもそも茅場が提示した条件は全プレイヤーが閲覧可能な外部通信システムである。その内容も『ゲーム内の攻略状況』と『死亡情報』だ。だがこれらは言ってしまえばプレイヤーにメリットは薄い。一言でゲーム内の攻略状況と言っても、何層まで攻略、なんて少ない情報でもゲーム内の攻略状況となり得るからだ。また死亡情報なんて生命の碑石を見ればいいだけだ。

 つまりメリットがあるのは生きている姿を確認出来る外部の人間だけになる。これはある意味茅場晶彦の犯罪の見せしめのようなものにも繋がるのではないか、とハクレイは思っていた。

 

『相互で情報交換出来るならメリットはある。でも茅場がそれを口にしていない今、かなり怪しい。俺個人でのメリットなら顔バレせず、危険を背負わなくても済むことか』

 

 ハクレイは大木の前で座り込んで背もたれ代わりにもたれた。

 ちなみに彼が現在いるのはホルンカの村付近の森の奥深く。その最奥にある巨木のエリアである。

 安全地帯であり、めったに人の来ない静かなエリアであった。日の光が届かず、淡い緑色のヒカリゴケの光でうっすらと視認できる幻想的なエリアだった。

 だが今はどうでもいい。一人になれればよかったのだ。ハクレイは疲れたようにため息を吐いてから思考に戻る。

 

『次に実況のメリット、これはアドバンテージと確かな情報交換が可能なことだ。代わりに内部や外部で危険な目にあう可能性も高く、また同時にプレイヤー達に正しい情報を伝える必要がある……最悪軟禁か、もしくは監禁か。もっと酷ければ茅場の仲間扱いされて死刑にされるか……。いずれにせよ茨の道か』

 

 そこまで考えたとき、一瞬ハクレイの視界が揺らいだ。

 時計を確認すると時刻は五時を指している。直後、ハクレイは理解した。

 

『……時間だ。直接決着付けてやるしかないな』

 

 

 そして世界からハクレイは消失した。

 

 

 1

 

 

 夕日に沈むアインクラッドが見えた。

 ハクレイは空中に浮かぶ巨大な庭園の上に立っていた。

 

『二日ぶりだねーーーーハクレイ君』

 

 背後から聞こえた声は嫌でも覚えている声だった。

 バッ!! と体ごと振り返るとそこには白衣の男の姿がある。

 彼は楽しげな笑みを浮かべていた。その彼の声がハクレイの耳元へと滑り込んでくる。

 

『ふむ、その様子だと寝ていないのかね? この二日私も少々様々な処理に手間取っていてね、やはり理想は上手くいかないものだ』

 

 飄々と言ってのけるが、それよりもハクレイは見たことのない空間に若干戸惑いを隠せなかった。

 理解が追いつかなかったのかもしれない。

 視界一杯に広がるのは美しい景色だった。地平線の果てまで雲と橙色の空が見える。夕日がアインクラッドを照らしていた。

 空中に浮いた巨大な大地が夕日に照らされ輝く光景は美しい、と表現する他ない。少なからずハクレイのボキャブラリーではそうとしか表現出来なかった。

 だがその時、ようやく現実にピントが合致する。

 慌てたように彼は意識を茅場に向けた。

 

『やはり疲れているようだな。もしやすれば敵意も向けられるかもしれないとまで思っていたのだが……』

『……アンタがデスゲームなんかにしたからだろ。じゃなきゃ検証して情報を伝えるなんて事しないで今ごろ第二層の攻略に向かってたさ』

 

 ハクレイはようやく口を開く。が、出てきたのは茅場を責めるような言葉だった。そんな言葉をぶつけても意味がないのは理解しているのに、何故か自然にその言葉が口を飛び出したのだ。

 以前、茅場を見て怯えたようにまだ恐怖心が残っていたのかもしれない。現実感の代わりに現実逃避したい気持ちがこれ以上ないほど湧いていた。

 答えを先延ばしにしたかったのかもしれない。必然的にハクレイの二言目にはこんな言葉が出てきた。

 

『……あと、ここはどこだよ。アインクラッドじゃないのか?』

『アインクラッドの外側。まぁ通常なら辿り着けない空間だよ。とはいえ最上層ではないので、景色としては第二級レベルだろう。少なからずゲームの中には変わりない……もしや()()()()()()()()()()()()?』

『…………ッ』

 

 ハクレイは言葉に詰まった。

 今、茅場とハクレイとの距離は意外なくらい近い。

 この世界に存在するプレイヤー全てを含めても最も茅場晶彦の近くにハクレイは居る。

 だけど、遠かった。

 凡人であり平凡であり一般である彼と比べるのが間違っているのかもしれない。人間性、理解、ありとあらゆるものが追いつかない。

 ハクレイにとって目の前の白衣の男に対する理解が、距離を測定出来ないくらい遠く感じていた。

 それこそ世界の果てよりも。一生かけてもハクレイは目の前の男に追い付けない、そんな確信が生まれていた。

 

『さぁ……与太話は置いておこう。早速本題に移ろうではないか、ハクレイ君』

 

 茅場晶彦の声にハクレイはドキリ、と心臓を動かした。今更ながらに焦りと後悔が湧く。

 これだ、という答えを出してこれなかった自分を恨みたい。それ以前にこんな面倒ごとをすべて放り投げて逃げてしまいたい。

 一言だ。

 人間としてのハクレイはたった一言で、自分の心の動きを見失った。

 ーー知ってるか、大魔王からは逃げられない。

 もし実況をしたままこの会談に臨んでいればこんなことを想像しただろう。だが、今のハクレイは実況者としてのハクレイではなく人間としてのハクレイだ。

 確固たる信念も、行持も、そんなものは存在しない。存在しているのはどこまでも平凡で愚鈍で無知な凡人であるハクレイだけだった。

 が、運命とは不思議なものだった。

 以前、茅場から二日の猶予が与えられたように今回もハクレイを左右する提案を彼は投げかける。

 

『君の選択を聞かせてもらう。だがその前に一つ、謝罪と尋ねておきたいことがあるのだよ』

 

 茅場は若干低い声で言う。

 謝罪? それに尋ねたいこと? となんなのか検討の付かなかったハクレイは首を横に捻った。

 

『実は、君がメリットとデメリットを秤にかけて選択をしようとしていたことを私は知っているのだよ。予想以上にプレイヤーの精神状況が危うくなったのでね……感情を制御するカーディナルの調整をしていた時に君の精神状況が危険位の上位に出ていたのを見てしまったのだ』

『……は?』

 

 それを聞いたとき、ハクレイの思考がまた動き出した。

 なんだ、それは? つまり何を考えていたのか知っていたと?

 その上で答えを聞こうなんて、そんな真似をしようというのか。

 一秒と立たずに思考が行き着いたハクレイの肩が震えた。ここにきてようやくハクレイは感情を前面に押し出していた。

 ーー怒りを、遊びに付き合わされていたのか、という怒りを。

 しかし怒鳴り散らしはしない。代わりにハクレイは敵意を向けた。そうまでして、ようやく茅場は口元を緩ませる。

 

『それをまず謝罪しておきたかった。勘違いされるかもしれないが、私は別に君を使って遊んでいたわけではない。非は間違いなく私にあるがね』

『そうか』

 

 ハクレイはおざなりな返事をする。

 が、茅場は更に続けて言った。

 

『その上で尋ねるのはマナーがなっていないのでな。答えを聞く前に趣向を凝らそう。例えば、今回の選択肢。実況をした場合、しなかった場合。両方のシミュレート結果を作ってみた。試しに今から体験してくれたまえ』

『……体験?』

()()()

 

 進展しない会話を断ち切るように茅場は言った。

 ようやく調子が出てきた、そう言いたげな楽しげな表情は無邪気に遊ぶ子供のような瞳にも見える。

 

『ふふ、そう身構えなくてもいい。今回君に見せるのは両方の最悪の未来(バッドエンド)だが、あくまでシミュレートに過ぎないのでね。君の選択の手伝いのようなものだ』

『……なに、を?』

 

 ハクレイは言っている意味が分からず眉をひそめた。

 

『一体なにを言って……?』

『今から君が体験するのは選択後のシミュレーションだ。君の選択の材料になればよいのだがね』

 

 茅場は言って右腕を振った。

 直後ウィンドウが出現する。茅場が使うウィンドウが。

 

『すまないが。君の精神が予想以上に脆い事も分かり、直ぐさま選択させるのも一抹の不安が残るのでね。どうやら実況者としての君はともかく人間としての君は少々悪意に対して弱いようだ。……この体験をした上で、選択を決めてくれたまえーーーーハクレイ君』

『…………………………、』

 

 なんだ。

 精神が脆いのは分かる。

 実況者のハクレイなら実況者としての行動を取る。人々を楽しませ、何より自分自身の正義を貫いて英雄のような行動をとり続ける。

 けれど今のハクレイは人間だ。実況者ではないただの人間。

 茅場がなにを懸念しているのか。それを想像しようとした時、ハクレイはとてつもない悪寒を感じた。

 いけない。

 それより先を考えてはいけない。

 それ以上考えれば精神が壊れてしまうような。自分が自分で無くなるような、そんな意識が体を支配していく。

 そして。

 茅場は真剣な顔つきでハクレイを見据えて言った。

 

『一つ、忠告するなら意識をしっかり持ちたまえ。自己を見失うな』

 

 それでいてハクレイを試すかのような顔で。

 期待を込めた声で。

 

『ーーーーでは、健闘を祈る』

 

 

 直後、ハクレイの認識が暗闇に途絶した。

 

 

 

 

 

 

 

『……ッ!!? ここ、は?』

 

 ハクレイはそこで目を覚ました。

 ここは第二層のボス部屋前。まだハクレイが辿りついていないものの、β版の知識で知っている場所だった。

 周りには大勢のプレイヤーの姿。人数は三、四十人は居るだろうか。何やらそれぞれ六人パーティで行動しているようで、ここに居るプレイヤー達はレイドを組んでボス戦に挑もうとしているようだった。

 どうやら自分は迷宮区の壁にもたれかかっていたらしい。

 ハクレイはゆっくりとした動作で首をひねる。

 

『ここ……なんで第二層に? それに周りのプレイヤーは……?』

 

 呟くと、一人の少年プレイヤーが目の前まで歩いてきた。

 片手剣を装備したプレイヤーである。真っ黒のコートに身を包んでいた。

 顔は男にしては女顔のような感じであり、だが整っている。

 

「ハクレイ、準備は……ってまさか寝ぼけてるのか? ボンヤリしてるけど」

 

 その少年プレイヤーはそう言って心配そうな表情でハクレイの顔を覗き込む。その時、ハクレイはふと視界の左端に映っているものに気付いた。

 

『プレイヤーネーム……Kirito。キリト?』

「おいおい、本気で寝ぼけてるんじゃないよな。今から第二層ボスなのに本当に大丈夫か?」

 

 訳が分からなかった。

 さっきまでハクレイは茅場晶彦と会話をしていたはずで、何故第二層にいるのか見当がつかない。そもそも何故目の前にβ版で何度か組んだ少年が居るのだ。しかもその姿も見たことのない姿である。キリト、というのはもっと、見た目が主人公面だったはずなのに。そこまで考えてハクレイは思い出す。

 

(いや、プレイヤーの顔は現実のものに戻されていた。つまり目の前の中学生くらいの少年がキリトの正体? あの準廃人級のヤツが? そもそも茅場が確かバッドエンドを体験させるとか言っていたような……もしかしてこれが?)

 

 ふと左端を見ると他にも何人かのプレイヤーネームが書かれていた。そのどれもがβ版で名前の知られた強プレイヤーである。

 茅場は嘘をついたのか? ふとそんなことを思う。

 これだけの戦力が揃ってのボス戦、なんて何処が最悪の未来に繋がるというのか?

 意味が分からないままとりあえず現状、レイドを組んで第二層を攻略しようとしていることだけは理解したハクレイは引きつった笑みを浮かべていた。

 

(……やっぱ茅場ってスゲェ。二日でこのシミュレート作ったと考えると尚更)

 

 もはやそんな感想しか浮かばない。

 掌にはびっしょりとした汗が浮かんでいた。どうやら見た目は相変わらずのロリフェイスらしい。

 余りのスケールの違いにハクレイは溜息を吐きたい衝動に駆られた。

 と、その時だった。

 

「皆! ボス戦に向かう前に一つだけ言っておく」

 

 ボス部屋の扉。その前から特別大きく響く声が聞こえた。

 どうやらその声は青い髪の、イケメンと表現出来る青年が上げたものらしい。周りのプレイヤー達が真剣な面持ちでそちらの方へ視線を向けていた。

 

「まず俺たちは一人、感謝しなくてはならないプレイヤーがいる。そう、大きなアドバンテージを捨ててまで俺たちプレイヤーに外部との通信手段を与える選択をしてくれたハクレイさんに!」

 

 青年が言うとキリトがポン、とハクレイの肩を叩いた。笑みを浮かべている。そのまま前に押し出されたハクレイは青髪の青年の前に立たされた。

 直後、プレイヤー達から感謝の声が響く。

「ありがとな」「最初茅場の仲間なんて言って悪かった」「俺たちが生きているってことを外の家族に見せられるから助かったぜ」

 様々だ。どれもがハクレイを褒める、感謝する内容。

 その前に立たされたハクレイはとある感情を感じていた。

 

(……なんだ、これは)

 

 気持ち悪さ。最初に最悪の未来(バッドエンド)と伝えられたからかもしれない。

 これじゃあ、まるで最高の未来(ハッピーエンド)ではないか。

 それと同時にハクレイは思う。

 

(まさか茅場は誘導しているのか? こちらの選択をしろと……まさか、あの人がこんな幼稚な真似を?)

 

 あり得ない。異常だった。

 気持ち悪い虫が体を這いずり回るかのような違和感を感じる。

 一通り拍手や歓声が上がった後、静かになったプレイヤー達の前で青髪のプレイヤーが言う。

 

「彼には感謝しかない。今回のボス戦の情報も彼が無償提供してくれた! そして実況の人打ち切り、という大きな選択をした上で攻略組にも参加してくれてるんだ。しかも第一層をも攻略してくれている。彼はこの世界の希望とも言えるだろう!」

 

 それは宣言にも近かった。

 先程まで茅場に対する疑問を抱いていたハクレイは何となく理解を始める。

 

(……もしかして、祭り上げられた世界ってことか? 全プレイヤーの期待を背負った未来って……そういうことなのか?)

 

「最後に、俺から言うことはたった一つだ」

 

 思考するハクレイをよそに青髪の青年が声を上げた。

 

 

()()()()!!」

 

 

 直後、ボス部屋の扉が開かれる。

 ーーーー二度目の戦いが始まる。

 

 

 

 

 ボス戦、と言っても何の問題も起こらなかった。

 青髪のプレイヤーが他のプレイヤー達に的確な指示を行い、ハクレイやキリトと言ったプレイヤー達が何度も敵を切り裂き、危険と呼べる危険はほぼ存在していなかった。

 敵の残り体力が赤色(レッド)に達するまでは。

 

「A隊は後退しろ! B隊、C隊突撃ッッ!! 俺も突撃する!」

 

 ハクレイとキリトは余りプレイヤーだったらしい。その為雑魚敵を倒しつつボスに攻撃する遊撃隊のような存在だったのだが、B隊、C隊の突撃命令を受けて二人はスイッチ的な意味を込めて後退したのだ。

 スイッチとは効率よく敵を攻撃する為にプレイヤー同士の位置を入れかえる技術で、攻略に必須の行動であった。

 だが、その時すぐ横のキリトが声を上げた。

 

「駄目だ! あのモーションはβ版と違う!」

 

 言われてハクレイが見ると、確かにボスが見覚えのないモーションを取っていた。

 直後だった。振り下ろされた一撃が突撃したプレイヤー達に襲いかかる。

 

 閃光と轟音が響いた。

 何も出来ないままハクレイは目の前の現実を見ていた。

 ポリゴンが生まれる。

 突撃したプレイヤーが破片に変わる。

 

 直後、場面が移り変わった。

 

 

 1

 

 

 ボスが崩れ落ちる。

 一際大きな破裂音が響いた。

 直後、ボス撃破を表すウィンドウが出現する。

 

「…………ちくしょう」

 

 誰かが呟いた。

 が、その声に誰も反応しない。

 全員、放心したような顔で地面に座り込んでいた。

 そんな中、ハクレイだけが立っていた。剣を振り抜いた体勢で、立っていた。

 

(……ボスを倒した? 意識が飛んだのか?)

 

 ハクレイが剣を収め、振り返ると数人しかプレイヤーが居なかった。皆疲れ果てたような顔で、殆どは体力も残り少ない。

 

『……な、ん……だよ、これ……?』

 

 ハクレイの声が震えていた。

 さっきまでのは現実だったのか。分からない、だがボスを倒した後に居るプレイヤーの数が明らかに少ないのは間違いなくそうなのだ。

 多くのプレイヤーが殺された。

 その現実がハクレイに真正面からぶつかる。

 

「……ぐ……くそ……!」

 

 一人のプレイヤーが呻き声を上げた。

 見覚えのないプレイヤーである。

 慌ててハクレイは駆け寄ってそのプレイヤーに声をかける。

 

『だ、大丈夫ですか? 今すぐ回復薬を……』

 

 プレイヤーの表情は疲れ切っていた。胸が荒く上下している。

 本当にギリギリまで体力を削られたらしい。

 アイテム欄から回復薬を取り出そうとハクレイがウィンドウを弄ると、

 

「……ぁ……」

 

 倒れ込んでいたプレイヤーの口が微かに動いた。

 「大丈夫、今すぐアイテムを」とハクレイが言いながら回復薬を取り出す。

 そんな事をしていたその時だった。

 もぞもぞ、と倒れていたプレイヤーが杖にして立ち上がろうとしているのか剣に手をかける。

 ハクレイはさして気にしなかった。

 それが間違いだった。

 

 

 ドスッ、という音とポリゴンの音が聞こえた。

 倒れていたプレイヤーが握った剣がハクレイの体を貫いた音だった。

 

 

『……え、あ?』

 

 何が起こったのかハクレイは理解出来なかった。

 混乱、そうかもしれない。ハクレイは混乱していた。

 倒れていた男性プレイヤーはハクレイの腹に突き刺さった剣を抜く。

 緑色のハクレイの体力ゲージが半分近く削られていた。

 

『な……んで?』

 

 疑問の声を上げたと同時、ハクレイの体がその大きな腕で持ち上げられた。

 見たこともない憎悪の顔が目の前にあった。

 見覚えのない男性プレイヤーはぐちゃぐちゃになった感情をぶちまけるように言う。

 

「何が……何が希望だよ……!」

 

 腕の力が強まる。

 その声は聞いたことのないような凄絶(せいぜつ)さを感じさせた。

 

 

「……お前が、お前が嘘情報なんて書かなかったら誰も死なずに済んだのに!!

 

 

 そのままハクレイは殴られた。

 地面にグチャ、と落ちたハクレイが顔を上げるとその男性プレイヤーは剣を振り下ろしていた。

 ハクレイには分からない。

 自分が何をしたというのか。意味が分からなかった。

 だが、一つ思い出す。確かボス戦が開始する前、青髪のプレイヤーが言っていた言葉を。

 『今回のボス戦の情報も彼が無償提供してくれた』。

 目の前のプレイヤーが言いたいのはその情報が間違っていたという事なのか。

 その時だった。

 ハクレイは別のプレイヤーに蹴飛ばされた。

 体力ゲージが削れる。イエローゾーンに突入した。

 

 

「何でお前が生き残ってディアベルさんが死んだんだよ……! それにお前は知ったんだろ! 最後の範囲攻撃! アンタはあれを全て避け切っていたじゃないか!!」

 

 

 怨嗟(えんさ)

 そこまで聞いた時、ハクレイはようやく先程の範囲攻撃と今の世界が繋がっていることに気がついた。

 そう、確かにあの時ハクレイは後退し、回避したのだ。目の前で大勢のプレイヤーが死んだ時、あの瞬間に。

 その時、ハクレイが転がった際に変なウィンドウに触れたのか、一つの動画が再生されているウィンドウが映った。

 『ボス攻略動画』そう銘打たれた動画だった。同時、関連動画が幾つも視線の先に浮かぶ。

 

 一つの動画では、ハクレイが倒れている現状を映していた。コメントが流れている。

 「殺せ」という言葉が目立っていた。だが一部「捕まえろ」とか「やっぱり茅場の仲間だった」とか「吐かせろ」というコメントも見受けられた。だがハクレイを擁護するコメントはほとんどない。

 直後、剣尖が揺らめいた

 

『ーーーーッッ!!?』

 

 真横に切り裂かれたハクレイは地面を転がる。

 どうすればいいか分からなかった。

 どうすればこの冤罪を晴らせるのか分からなかった。

 どうしてこうなったのかも分からない。

 

「お前は殺さない! 代わりにキッチリ吐いてもらう!! 茅場の仲間め、この悪魔めッ!!」

 

 剣を振るったプレイヤーが言った。

 地面に倒れ込んだハクレイはまた起き上がり顔を上げる。

 目の前には生き残ったプレイヤーの殆どがいた。

 

「お前は希望なんかじゃねぇ……絶望だ! 仲間を、仲間を返せこの裏切り者!!!!」

 

 言葉が突き刺さる。

 集まったプレイヤーに殴られた。

 

「最初からおかしかったんだ。第一層を一人で攻略したなんて、それこそ茅場の仲間じゃなきゃおかしい! それに人より多く持っている情報、最初っから俺たちはこいつに騙されていた!!」

 

 心を抉るような言葉が投げかけられる。

 気付けば、麻痺効果のある武器で切り付けられたのか動きが取れなくなっていた。

 それからも続くずぶり、と鋭い刃物が体を突き刺す感覚。

 体力ゲージが赤色に染まる。視界がぼやけていく。

 思考が霧散する。意思なんて無くなる。

 

『……何、が……俺が、悪い?』

 

 分からなかった。

 とにかく分からなかった。

 それでも一つだけハクレイは理解した。

 ーーこの世界は確かに最悪の結末(バッドエンド)だ。

 恐らくこの世界は『茅場の提案に乗った場合』のバッドエンドなのだ。

 もう、口も動かない。

 倒れたままふらふらと視線だけ交錯して情報を得ようとする。

 まだ、目の前の動画はついたままだった。

 

『……実は、彼の実況は前から見ていました』

 

 一つの動画から響いた声にハクレイの意識が反応する。

 どうやら彼は演説の台のようなものの上に立っているらしい。その周りには大勢のプレイヤー達が居た。

 

『彼が第一層を攻略した話を聞いた時は嬉しく思いました。また、実況を捨てて私達に外部との通信手段をくれた事を聞いた時は彼こそこの世界の希望になる、と確信しました』

 

 正確に何が起きているのかは分からない。

 けれど、確実に責任の一端がハクレイにあるのは分かった。

 それだけで確実にハクレイの心を削るだけの力を持っていた。

 そして。

 彼は聞いた。

 

 

『だが、それは間違いだった! やはりハクレイはプレイヤーにとっての希望ではなく、絶望を与える存在だったんだと気付きました! 彼のこれまでの行動は全て私達プレイヤーを騙すための策だったのです! 正確な情報を伝えなかった、そんな悪質極まりない方法で攻略組を壊滅させた罪は大きい!』

 

 

 直後、拍手が響いた。

 続いて喝采が巻き起こる。観衆は湧いていた。

 褒め称えるようなコメントが流れている。

 

『しかし、それでハクレイを殺しては私達は彼と同じになってしまう。だからこそ私はハクレイを捕らえる事を推奨したい! 彼を捕まえ、知り得る情報全てをプレイヤー達に平等に与える! それこそが最も良い選択であると私は思います!!』

 

 防ぎようがなかった。

 どうしようもなかった。

 これだけのことに対してハクレイは対抗手段を持ち合わせていなかった。

 その時だった。

 

 

『……これが一つ目のバッドエンド。私の提案に乗った場合の最悪の結末だよハクレイ君』

 

 

 麻痺して動けず、残り体力の少ないハクレイは声に反応してかろうじて顔を上げる。

 そこには白衣の男がいた。この世界の創造主が。

 

『茅場……晶彦……っ!?』

『実際、この程度の絶望では序の口にもならないだろう。プレイヤーの多くもβ版での戦闘を考慮して選んだものなのでね』

 

 茅場はウィンドウを操作していた。その度、目の前の動画が切り替わる。

 

『このシステム、まぁ動画投稿サイトの生放送機能をSAO内に作ったという感じか。外部からは閲覧のみ可能、といったところだが』

 

 次々に動画で映し出される画面はどれもこれもハクレイを追い詰めるようなショッキングな映像ばかりだった。

 例えばある生放送では、一般プレイヤーの声を聞いているプレイヤーがいた。

 

『……で、どうだイ? ハクレイというプレイヤーをあなたはどう思いますカ?』

『……最低です。騙されていたと考えると怒りが湧いてきます。彼女……彼はこのSAO内において最悪の存在だと思います』

 

 別の生放送では迷宮区に突入するプレイヤー達が映し出されていた。

 

『今、多くの準攻略組プレイヤーがハクレイを捕らえる為、ボス部屋を目指しています! その数は五十人。本当は数百人以上が立候補しましたが今回選抜されたメンバーが向かっております!』

 

 その映像を消した茅場は普通の口調で言った。

 

『最初のジャブのようなものだが、一応これが一つ目の最悪の未来(バッドエンド)だ。ただし君に対してのみの、だがね』

『……どうしたら、こうなるんだよ』

 

 恨みを孕んだ声でハクレイは言う。

 それはすぐ糾弾の叫びに変わった。

 

『どうしたらここまで追い詰められる! なんで平等になる選択をしてこうなるんだッ!! 普通に考えて茅場晶彦という絶対悪から彼らの怒りの矛先がよそに向けられるはずがないだろ!!』

『この世界の君は、プレイヤーの為に動いた。寝る間も惜しんで情報を集め、攻略を進め、情報を公開し、ボス戦では主軸となった。その中でたった一つ、無償公開したボス戦の情報が間違っていた。たったそれだけの未来シミュレートだよ』

 

 そして茅場はそこで一息ついて、続ける。

 

『……さて、ここまで見て君はどう思ったかね? 何故茅場晶彦がこのような体験をさせているのか』

『……、』

 

 ハクレイは返答出来なかった。

 出来るはずもない。単純に理解出来なかった。

 これだけの悪意をぶつけて何をしたいのか。悪質な嫌がらせにも思える。

 

『……分からないか。まぁいい、そのうち分かるだろう』

 

 黙り込んだハクレイに対し茅場は肩をすくめた。

 そして宣言する。

 

 

『私が何故このような手段を取ったのか。それをしっかり考えておいてくれたまえ』

 

 

 直後、時間の流れが戻り、ハクレイは身動き一つ取れないままプレイヤー達に縛り上げられた。

 

 

 



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『第一層最速攻略』
1.プロローグ


タイトルの通りです。
二次創作は久々に書いたので宜しくお願いします、


この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


 

 

 

 【SAO】第一層の最速攻略を目指す枠。

 

 その(わく)が立ったのは、世界初のVRMMOであるソードアート・オンラインが正式サービスを開始した日の事である。

 そして某ニコニコ生放送。通称、ニコ生にて一人のユーザーが上げた(わく)だった。

 

『お前ら、今日は重大なお知らせがあるぞーっ!』

 

 発端はその前日の生放送の枠での事である。

 元々動画を上げながら定期的に生放送を続けていた彼は有名実況者とまでいかなくとも、中堅と呼ばれるに等しいほどの人気は得ていた。具体数を上げると一度の生放送で数千人規模くらいか。

 その日の枠は次の実況動画に関しての雑談だったのだが、その中で彼はこう言ったのだ。

 

『次の実況のお知らせだー! 次の実況なんだけど、普段は生放送は生放送、動画は動画で生放送の内容を動画化したことなかったんだけど。今回初めての取り組みとして生放送でプレイしたゲームを動画にしようと思うんだよ』

 

 彼がそう言うと画面に、「お?」「生放送録画化キタコレ!」「ハクレイ、ホモってマジ?」などのコメントが画面を流れていく。ハクレイ、という名前は某弾幕ゲームのファンだったからのネーミングだがそれは置いておこう。

 画面を流れるコメントは一部ネタコメントがあったものの反応の良い様子を見て少しニヤつきながら配信者、『ハクレイ』はとっておきのネタを投下しにかかる。

 

『で、その配信なんだけど明日するぞー。予約はもう入れてあって、昼の一二時に開始予定です。で、実況するゲームに関して何だけど。今回はいつもと違う機種のゲーム。というか最新機を手に入れましたのでそれをやろっかなーと思ってます」

 

 その言葉に「明日の昼十二時?」「最新機ってもしかしてナーヴギア?」「SAO!? ハクレイさん手に入れたのスゲ〜!」「←ハクレイは金髪の幼女だからホモじゃないぞ」

 などのコメントが流れる。目に見えて分かるほどコメントが増えていた。それをチラリと確認してハクレイは言う。

 

『もうコメントで当ててる人もいるから言うけど、明日プレイするゲームはSAO。ソードアート・オンラインです。実はβテストの時に当たってたんだけどその時は実況機能ついてなかったから出来なくて。明日実装の方は実況可能っぽかったのでそれで遅い報告になりましたがやらせていただきます!』

 

 言い切ると同時。「おぉー!」「初期ロット一万なのにマジか!」「βからかよ運いいな」「俺抽選落ちたから絶対見るわ」「8888888(パチパチパチパチ)」「正直実況者で抽選当てた人いなかったから楽しみだぜ」「ハクレイって前似た系列のゲームでRTAしたりしてんかったっけ?」「とうとうハクレイも超人気生主になるのか……」「マジか、今からwktk(ワクテカ)だわ」という各々違うコメントが流れていく。

 コメント数も爆発的に増え、同時にコミュニティ人数が増えていくのが見えたハクレイはさらに続けて、

 

『もう一度時刻言うけど明日の十二時です。もしかしたら満員になるかもなのでミラー配信(他で行われている放送をそのまま流すこと)もしますんでそちらでお願いします。枠は出来るだけ延長していくつもりなんでお前ら頼むぞ。宣伝して券貰えたらその都度延長するから』

 

 そこで時間が来たのを確認して彼はその日の枠を締めくくる。

 

『とりあえず明日、ゲーム開始と同時にゲーム内でのプレイスタイルの説明をしようと思っていますのでよろしくです。じゃあまた明日お会いしましょう! それではご視聴ありがとうございました』

 

 言い切った後、「期待してるぞ」「俺もSAO当たったんで一緒にプレイしませんか?」「初見です」「SAO実況と聞いて」「もう宣伝されてんぞw」「お前ら落ち着け」などのコメントが流れたところで彼は放送を終了した。

 ふぅ、と小さく息を吐いてからパソコンを閉じた彼、ハクレイは立ち上がる。

 

「……あー、やべぇ。明日の放送今から緊張してきた」

 

 ボソリとそんな事を呟く。

 それからチラリとベッドの横に置いてあるVRMMO機器、ナーヴギアを見る。

 

「βの時も思ってたけど運良かったな」

 

 ソードアート・オンラインは世界初のVRMMOにしては初期ロットが少ない。たったの一万ロットである。しかも、その数はβテスターの分を含めてだ。製品版を手に入れる為には数日前から並ばねばならない、とテレビでよく聞いたのを思い出す。

 世界初にして成功確定とも呼ばれているMMOなのに何故そんなに数が少ないのかに関しては製作者の茅場晶彦の意向らしいが、ハクレイにはよく分からなかった。

 とはいえ、他のめぼしい実況者や有名実況者達もこれを手に入れられなかったようなので、これで固定ファンが増やせたら良いなぁなどと少しばかり欲っぽいことを考えてみる。

 と、そこで彼は思考を切り替える。明日の事だ。

 

(……明日、大学は休みだし、機器も繋がるの確認したしな。とにかく明日は気合い入れてぶちかますか)

 

 やはり彼も生放送主兼、実況者としては面白いものを視聴者に提供したい欲がある。元々ゲームが上手い彼はその持ち前のテクニックを武器にプレイするつもりであった。

 

(β時代の時も攻略組張ってたし、とりあえず最速での一層攻略を目指すか。それが無理でもせめて攻略組に食い込めるようにしよう。ただのプレイじゃファンは付かないしなぁ……)

 

 既に人気の実況者ならプレイしながらボヤくだけで何十万人というファンが付いてくるのだが。

 まぁ底辺の人たちよりはマシかな、と彼は曖昧に笑う。

 そして、

 

「うし、念のために最終確認しますか」

 

 実況者、ハクレイは明日の放送のための準備を進めていく。

 しかし彼はまだ知らない。

 明日の実況が阿鼻叫喚の事態になることを。

 何千人もの人間がこの世からのログアウトをすることを。

 そして、

 SAOがログアウト不能のデスゲームになり、彼の実況枠が唯一の外との通信手段となることを。

 

 

 ーーーー彼はまだ知らない。

 

 

 

 

 




次回更新は一月二日の朝六時です。


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2.キャラクターメイキング

まだRTA要素はありません。



 

 

 

 翌日。ニコニコ生放送の準備を終了させたハクレイはナーヴギアを見つめ、ふとこんなことを思っていた。

 

(……まさかVR技術が本当になるなんてな。しかも俺が学生のうちに。数年前までは不可能なんて言われてたのに)

 

 バーチャルリアリティ技術。

 

 ハードの内側に埋め込まれた無数の信号素子で発生させた多重電界でユーザーの脳を直接接続し、感覚器官を介さずに脳に直接仮想の五感情報を与えて仮想空間を生成するらしい。同時に脳から体へ出力される電気信号も回収するので、仮想空間でいくら動き回っても現実世界の体はピクリともしない。また、一定以上の痛覚もペイン・アブソーバ機能によって遮断されるとかなんとか。

 

 ただ、留意しなければならないのは全ての人間がシステムに適合できるわけではなく、脳との通信に微妙なラグが発生したり、五感の一部が正常に機能しないといった障害が発生する例が少数ながら存在し、そういった障害は「フルダイブ不適合(ノン・コンフォーミング)」、通称「FNC」と呼ばれて、最悪の場合はダイブそのものが不可能な場合も存在する点だ。

 

 こんなザックリとした事しか理解していないが、とにかくにもこんな技術を現実にしてしまった茅場晶彦という人間は余程の天才に違いない。

 装着するとしっかりとした重みを伝えてくるVR装置、ナーヴギアを被りハクレイはそう思う。

 

(と、そんな事考えてる間に時間か。そろそろ放送をスタートしようかな)

 

 ふと時間を見ると、時計の針はSAOの正式サービス開始一分前を指していた。

 本気で第一層の攻略を目指すなら、事前に今回のプレイングと企画内容をリスナーに説明するべきだろう。

 何より、ハクレイ自身が待ちきれないという理由もある。

 

(うわー、緊張してきた。とにかくしっかりと俺のことを覚えて貰わないとな。その為にキャラクター作成から見てもらうべきか)

 

 ゲーム内で声を掛けられるというのはオンラインゲームを実況しているとよくある出来事だった。

 というかどうせリスナーには本物だと見抜かれてしまうのだから最初からこれがハクレイです、と説明してしまった方が良いのかもしれない。

 

「よーっし! そうするか。じゃあ予約した時間だし始めよう!」

 

 ハクレイはナーヴギアとPCを接続した。それから別のコードを引っ張り、通常通りの繋ぎ方もする。後はログインすれば自動的にニコ生がスタートする筈だ。

 ワクワクした気持ちを抑えながらハクレイはベッドに寝転がる。ゆっくりと深呼吸して心を落ち着けて、彼は目を瞑る。

 

 

 そして『あの言葉』を口にした。

 

 

『ーーーーリンク・スタート!!』

 

 瞬間、目を閉じた筈なのに視界一杯にポリゴン世界が広がる。しかし眩しいわけではない。ゲーム特有のログインする時の画面というやつだろう。

 全身が浮き上がるような感覚を感じていたハクレイだが、やがて小さな部屋に着地する。

 現実にはありえないような部屋だった。

 小さな部屋は一面ポリゴンで出来ており、部屋の中央にはキャラクター作成の為の台が置いてある。

 迷いなくその台の前まで歩いて行ったハクレイが台を触ると、機械的なブォン、という音とともにウィンドウが表示される。

 

 それと同時、右上に目線を動かすと『REC』と赤文字でかかれていた。無事に動画化用の録画も成功したらしい。

 

「えーっと、とりあえず設定か。まずはキャラクター作成の前に実況用の機能を付けてーっと」

 

 右腕を振ると、キャラクター作成とは別のウィンドウが表示された。これはプレイヤー用のウィンドウである。そこにある項目から『ツール』という項目を選択し、『実況』という項目をタップする。

 すると左下に小さくコメントが映ると同時、『ゆっくりボイス』でのコメントの読み上げが始まった。

 

「おおおおお!!」「ハクレイいいい!!」「これがSAO!? スッゲェええ!」「お前の放送を待ってたんだよ!」などと開幕からかなりの盛り上がりだった。読み上げ機能も大忙しである。

 どうやらニコニコ生放送も無事に出来たようだ。

 ハクレイは安堵の笑顔を浮かべ、挨拶をする。

 

『こんちわーっす! どうもハクレイです。昨日の予告通りSAO。ソードアート・オンラインの実況を始めていきます。まずは早速、キャラクター作成をしていきたいと思います』

 

 ちなみに現在のハクレイの姿はデフォルトのままだ。

 キャラクター作成用のウィンドウには『あなたは男or女?』という言葉と男プレイヤーと女プレイヤーの選択画面があった。

 さて。ゲーム実況者としては、こういった場面でお約束というものがある。

 今回のお約束は、まず『女プレイヤー』を選択してみることだ。勿論、ハクレイは迷わず女プレイヤーの項目を押した。すると一瞬ポリゴンに包まれたかと思った直後、ハクレイの姿が女の子姿に変化する。

 

『わわっ!? ……まぁβ版やってる以上完全にヤらせの反応なんですけどね。はい、この通りですね。女プレイヤーを選ぶと姿形は当たり前で、声も女性の声に変化します! つまりネカマプレイもし放題なわけですねー』

 

 そこまで言ってハクレイは男キャラクターをタップする。すると、姿が男に変わった。

 「朗報ハクレイは女の子だった」という赤文字が出ている。他にも「ハクレイ、霊夢になってー!」や「これは美少女プレイ確定やな」というコメントが目立っていた。まぁそれらのコメントも男キャラをタップした瞬間に「あああ……」という悲壮なものに変わったが。

 それからハクレイの放送に気付いたのか、沢山のリスナーが訪れているのが目に入った。宣伝もされている。

 

(よし、盛り上がってる。じゃあまずはアレをやるか!)

 

 内心で喜びを感じつつ、ハクレイは再度プレイヤー用のウィンドウを開き、実況ツールの項目から『アンケート』という欄をタップした。

 

『宣伝ありがとうございます! で、早速ですがここでファースト企画をしたいと思います!』

 

 言い終わると同時、画面に『プレイヤーの性別は男と女。どちらが良いですか?』というアンケートが映った。

 そう。これがハクレイの一つ目の盛り上げ企画である。

 こんなアンケート、普通に普段の生放送でやってもたいして受けないどころか下手すれば「早よやれ」と言われてしまう危険な手である。しかし世界中で注目されているソードアート・オンラインなら別だ。きっとリスナーも遊び心を持って参加してくれるに違いない。

 ハクレイはそう睨んだのだ。そしてその狙いは成功した。

 

 「女に決まってるだろJK(常考)(常識的に考えての略)」「ハクレイなら霊夢一択ですね(ニヤリ)」「ハクレイは金髪幼女!それ以外認めない!」「っw結果が予想出来すぎる」など。コメントが爆発的に増えたのだ。アンケートの集計数、リスナー数ともに爆発的に膨れ上がっていく。

 これはフィーバータイム来たな、と確信したハクレイはニヤリと心の中で微笑む。

 とはいえ、結果はおおよそ分かっていた。男としては女キャラでプレイするのは少しばかり精神的に辛いが、これも見てくれるリスナーを楽しませるため、と理由付けして抑える。

 まぁ、女キャラを演じるという遊びは前から少ししてみたい気持ちがあったので、いい機会じゃないか? とも思うが。

 

 そして二十秒後。

 アンケート結果が出た。

 

『アンケート結果。男38%、女62%』

 

 結果発表と同時「知 っ て た」という赤文字が画面に映る。他にも「ハクレイがネカマプレイか……」「霊夢しかないな(確信)」「まぁそりゃあなぁ」「初見です」「美少女が触手に……」「ハクレイは女の子だろいい加減にしろ!」「ネカマプレイwww」などと様々な反応が返ってきていた。

 ハクレイは『……うん』とわざとらしい声を上げる。

 

『本当お前ら美少女好きだな。……俺も大好きだ! じゃあ女キャラで始めていきます。で、具体的なキャラクターメイキングだけど。今回は俺の、実況者として運を持っているかどうかを試してみたいと思います』

 

 言ってハクレイはキャラクター作成用のウィンドウを下にスクロールし始める。

 髪型やほくろ。体型に胸のサイズなどと様々な項目が思わず引いてしまうレベルで用意されていたが、その一番下にそれはあった。

 

『SAO。ソードアート・オンラインには『おまかせ』という機能がありまして、これを選ぶと自動でキャラクターが作成されるんですよ。で、今回これを試して俺の実況者としての運があるか試してみようかやってみたいと思いまーす』

 

 ウィンドウの一番下に表示された『おまかせ』という文字。それが映った瞬間「おいやめろ」「待てハクレイ早まるな!」「美少女でメイキングしろよ!」「馬鹿野郎www」「これは変なフラグが立ちましたね……」とコメント欄が慌ただしくなる。

 これは悪手だったかな? と思いつつ、最初から『おまかせ』で作成する事は確定していたので迷いなくおまかせを選択する。

 直後、ポリゴンの波にハクレイは包まれた。

 

 

 先程とは違い数秒の時間を要してポリゴンの光が晴れる。

 ポリゴンの姿が晴れてハクレイの姿が明らかになった瞬間、彼は宣言する。

 

 

『……はい。じゃあこの姿で始めます!』

 

 

 瞬間。溢れるほどのコメントが押し寄せた!

 

 

 

 

 




「一言」
次回、ハクレイ君の姿が明らかにーー。
(テレビで良いところでCMに入る時の感覚)



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3.ログインから防具購入まで

この更新速度は数日しか続きません(多分)
さぁ、ハクレイの姿とはーーーー!?


 

 

 

 アインクラッド。

 正式には「浮遊城アインクラッド」というらしい。

 天才、茅場晶彦が作り出したVRMMORPG「ソードアートオンライン『SAO』」の舞台となる仮想空間である。周囲にもいくつか浮遊島が浮いており、 百層からなる巨大な鉄と岩の浮遊城で、内部の一層ごとに雪山、草原、森林などを内包している。一層ごとに「迷宮区」と呼ばれるボスのいる部屋までのダンジョンがあり、ボスを倒すと上の層の「転移門」を起動(アクティベート)することによって行き来することが出来、これをくりかえし、百層のボスを倒した時点でゲームは終了となる。

 

 ゲームの内容は簡単に説明するとこのような感じだ。

 アインクラッドの中には「NPC」(ノン・プレイヤー・キャラクター)がすんでおり、多種多様な街も存在している。さらに攻略だけのスキルだけでなく、「釣りスキル」や「鑑定スキル」または「お料理スキル」等、アインクラッド内で擬似生活も楽しめるようなスキルが多種多様にある。擬似的ではあるが「婚約」も可能。

 続けて言うが、婚約も可能。

 

 更に言うが、婚約も可能なのだ! (大事な事なので三回言いました)

 

 簡単にソードアート・オンラインの概要を思い出したハクレイは視線を前に向ける。

 

 ーー全ての準備は完了した。

 さぁ、ログインの時。

 彼は迷うことなく、仮想世界へと身を躍らせた。

 

 

 ざわめきは、SAOの舞台。アインクラッドに降り立つと直ぐに聞こえてきた。ログインが完璧に完了すると更に大きくなる。

 

『……これがSAO、ソードアート・オンライン』

 

 世界に降り立った少女は小さく呟いた。

 頭の上には『hakurei』という名前が浮かんでいる。

 サービス開始と同時にログインしたからか、辺りには人だかりが出来ていた。歓声がひっきりなしに聞こえてくる。

 ふと顔を上げると、そこにはゲームとは思えないリアルな世界が存在していた。β版よりも更に画質が向上しており、先程発した声もハッキリと耳に届く。

 これが、ソードアート・オンライン。

 天才、茅場晶彦が作り上げたVRMMO。

 ーー現行のゲーム全てと違う、リアルな世界。

 

『皆、これが。これが世界初のVRMMO。茅場晶彦が作り上げた仮想世界。ソードアート・オンラインです』

 

 β版をプレイした際にも思っていたが、数ヶ月ぶりにこの世界に戻ってきて再び思う。ハクレイは感動に震える声でリスナー達へこの世界を紹介した。

 続いて、プレイスタイルを一言で告げる。

 

『そして、今日。この世界で俺は最速での第一層攻略を目指しますッ!!』

 

 

 それが実況の始まりだった。

 

 

 1

 

 

 宣言から数十秒後。

 少女、ハクレイは西洋風の街並みが立ち並ぶ『始まりの街』を駆け抜けていた。

 客観的に容姿を説明しよう。

 一言で言えば小さな女の子、というのが正しい。見た目は一二歳程度の少女だ。清潔そうな白の上着に丈の短い春色スカートという姿がより一層少女らしさを感じさせる。

 ついで肩まである黒髪に若干膨らみかけの胸と、大分危険な香りを漂わせている。

 というか、美少女だった。

 ……中身を考えればただの変態だけれども。

 

 コメント欄も慌ただしかった。「グラフィック凄い」「ハクレイちゃんhshs(ハスハス)(匂いを嗅いでいる意味)」「羨ましいなぁ……」「ロリキャラ来た。これで勝つる!」「( ゚∀゚)o彡゜よーじょ!よーじょ!」「( ゚∀゚)o彡゜幼女!幼女!」「( ゚∀゚)o彡゜えーりん!えーりん!」「←サラッとえーりん混ぜんなw」「何かロリ霊夢みたいだな」「ここまでSAOについてのコメントが一つしかねぇw」

 意見も様々。コメントで遊ばれている感が若干ある。ここまでくるとお祭り騒ぎと言っても良いかもしれない。

 というかハクレイとしてもこの容姿は予想外だった。

 

(かなり酷い見た目になると思ってやったんだけど。予想外に良いの出来ちゃったよ。つかコメントにもあったけど某弾幕ゲームの博麗霊夢をまんま小ちゃくした感じっつーか……。いやまぁそれ関係なくても幼女が剣で敵を倒す様子なら画になるし良いのか? 良いよね?)

 

 この間数秒。とりあえず気を取り直してハクレイは走りながら説明を始める。

 

『で、ですね。とりあえず今は防具屋に向かっています。さっき最速での攻略を目指す、と言ったんですけど。βテスト時の検証では、初期装備だと第一層のボス。「イルファング・ザ・コボルド・ロード」の攻撃一発で死ぬんですよ。なので、まずは最初から持っている金を全額つぎ込んで防具一式揃えます』

 

 イルファング・ザ・コボルド・ロード。

 第一層のボスにして、今回の企画の最難関の敵である。

 とりあえず手持ちの情報としては、武器はオノとバックラー(盾)。残りHPが少なくなると武器を曲刀カテゴリのタルアールに持ち替え、攻撃パターンが変化すること。

 後、一人で検証した結果では、レベル一の初期装備だと一撃で死にかねない程度の攻撃力を持つ事。行動パターンは決まりがなく、状況に応じて複数のパターンに分かれていくことくらいか。

 後は三匹のルイン・コボルド・センチネルという取り巻きモンスターもいることだ。

 

 とはいえ、あくまでβ時の話である。正式バージョンでは変わっている可能性も否めない。

 まぁその時はその時で考えよう、とハクレイは気持ちを切り替える。そして一息に目標を告げた。

 

『防具はそれでオッケーです。剣は次の村のクエストで手に入るのがこの層で一番強い武器なのでそれを使用します。とりあえず今日の目標としては第一層の攻略を目指す予定です。β時では四時間程度でイルファング・ザ・コボルド・ロードまで辿り着けるようにルート検証したので、今回もそれぐらいの時間でボスに挑めるよう頑張ります。途中途中で解説も行っていきますのでどうかゆったりとご覧下さい』

 

 言い切って、幼女ハクレイは裏路地に体を滑り込ませた。そこから右へ左へと迷いなく進み、やがて一つの防具屋へと辿り着く。

 コメントでは「やだ、舌足らずな声可愛い」「というか声そのままでいくん?」「ハクレイー!俺だー!結婚してくれー!」「俺の股間の剣も使って下さいボロン」「←通報した」「←おまわりさんコイツラです」「それじゃあハクレイちゃんは俺がもらいますね^ ^」「←テメェもだロリコン」「有罪(ギルティ)」「な ん だ こ れ」「お前ら落ち着けw」

 とカオスな感じに流れている。それらを早口で拾っていく読み上げソフトの「ゆっくりボイス」はかなり有能だとハクレイは思った。

 そして防具屋についてからする事は簡単である。

 

「やぁ、どうやら防具屋を利用するのは『初めて』みたいだね。良かったr」

説明は要りません(・・・・・・・・)、物を見せて下さい』

 

 店に入って迷わず店主のNPCに向かって走る。するとハクレイの姿を認識したのか、髪の毛が若干後退しているNPCがハクレイに声をかけた。

 

 それからハクレイはガタリ、と身を乗り出して物を要求する。

(この場合『説明は要りません』と力を込めて言うことでチュートリアルをキャンセルした)

 ちなみに他の客はいない。ここは殆ど一般プレイヤーに知られていない知る人ぞ知る店なのだ。

 そもそもの話。裏路地の店を構えるNPCや裏路地探索などの緻密な作業を行うプレイヤーは少ない。そこから更にβテストはクジによる抽選から選ばれたプレイヤー達なのだ。余計に数は少ないだろう。

 そんな中、ガチ勢筆頭のハクレイはソードアート・オンラインを幾重にも検証した。細かいバグチェックから裏技の開発。果ては敵キャラクターの攻撃力や守備力などの情報も全て頭に入れている。

 ……まぁ、全てがβテスト時のものには変わりないが。

 ちなみに説明するとこの店は表通りより良い装備を格安で売ってくれる店だったりする。

 

「……お探しの商品h」

『防具一式。今すぐ装備していきます。足りない代金分は現在着ている防具を全て売りで』

 

 間髪入れずハクレイが言う。すると次の瞬間、ハクレイの装備が変化する。

 白の上着に春色スカートという姿から、某ドラゴンクエストのような革装備へと。色気もへったくれもない姿だが、それでも横乳が微妙に膨らんで見えるのでコメントも沸き立った。

 

「ロリパイ!」「おぱい……」「おぱい……」「黙れロリコン共(゚Д゚)」「幼女最高」「オイ店主困惑してんぞwww」「キャンセルすんなしww」「クッソワロタw」「ヤバい、一瞬エロいと思った自分がいる」「←ここまで俺の自演」「こいつ手慣れてやがるw」

 

 一部おかしなコメントも見られたが、大まかには予想通りのコメントだった。

 剣以外の初期装備を全て売払ったハクレイは心の中でにやける。それから勢いよく元来た道を戻りながら、次の目的を口にした。

 

『じゃあ次は皆待ってただろう戦闘に行きます! ボス戦前にレベルは最低五は欲しいので、次の村に向かうついでにエンカウントした敵を全部倒していきます。レベル調整ってヤツですね』

 

 先程と同じルートを真逆に突き進みながら街へと戻ったハクレイは言い切って街中へと飛び出した。

 まだ見慣れない装備をしたハクレイを見て周辺にいた一般プレイヤーが目を丸くしていたが気にしない。

 

 コミュニティ登録人数も順調、というかかつてないレベルで増えていた。コメントも「おおおおおお!!」と沸き立っている。

 

『戦闘の際にβテスト時に調べた敵の情報と行動も解説していきますので、宜しくお願いします。じゃあ行くぞお前ら! 幼女が敵をぶっ飛ばす姿をよく見とけよっ!』

 

 そして。

 街中から最短ルートで外へ通じる門を潜り抜けたと同時。

 可愛らしいロリボイスと共にハクレイは剣を構え出現(ポップ)した敵の群れ目掛けて疾走していくのだった。




「一言」
この物語は、実況者がSAOの生放送で幼女になって元RTA走者という肩書き引っさげて第一層を一日で攻略を目指すお話です(意味不明)


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4.これで敵を倒せます(白目)

ーー戦闘シーンをご覧あれ。


 

 

 

 

 新緑の大地。

 現実のような仮想世界の大地を駆け抜けていた。

 太陽の日差しを感じる。空を見れば雲がゆったりと動いていて、風も感じた。まるで現実のようなリアルな感覚を全身で感じる。

 そんな感想は置いておこう。

 やはり幼女姿でプレイしている人間は少ないのか、それとも見慣れない防具を身につけているためか。周りのプレイヤー達の興味の視線を感じていた。

 しかしRTA中に一々視線を気にする余裕はない。真剣な表情でひた走るハクレイが次の村目指して駆け抜けていると、とうとう待ち望んだ時間がやってきた。

 目の前に複数のモンスターが出現(ポップ)したのだ。

 敵の姿は青いイノシシである。

 ーー間違いない、ハクレイはゴクリと生唾を呑んで、説明を始める。

 

『お、初戦闘だぞ皆。あのモンスターは《フレンジーボア》と言いまして、ドラクエで言うところのスライムですね。突進攻撃を主な攻撃方法として使ってきまして、初期装備のまま真正面から攻撃を受けるとHPの四分の一を削られます』

 

 ハクレイが呟くとコメント欄が盛り上がった。

 「幼女VSイノシシ」「やっぱSAO凄いな。敵がリアルだわ」「スライムかよww」「つか結構牙でかいな」「ハクレイさんがんばれー」「初見です」「つか宣伝凄いなww」

 多種多様な意見だが、概ね好感触だろう。やはりSAOは凄いと思う。

 それからこちらに気付いたフレンジーボアが突撃してくる前に、ハクレイは初期装備、スモールソードを構えて飛びかかった。

 

『攻略法としては、目が弱点なので容赦なく武器を目にブッ刺してください。後は抉り取れば一撃です。気を付けなければならないのは突進だけでそれも横に回避したり、武器で受け止めたりと対応方法は色々あります』

「ピギィッ!?」

 

 言って、容赦なく剣をフレンジーボアの目に突き刺す。そのまま強引に横に一閃。それだけでフレンジーボアは断末魔の声を上げてポリゴンへと変わった。一秒とかからず終わった戦闘からか、コメント欄には赤文字でデカデカと「幼 女 最 強」と書かれている。他にも「エグいわww」「おう自重しろよ」「初戦闘が作業と化してるww」「15禁レベルな行動やめーやw」「何の実況だよこれw」「流石元RTAしてただけあるな」「幼女が無表情でモンスター惨殺したwww」などのコメントが流れていた。

 ハクレイは足を止めないままネタ口調で、

 

『多分これが一番早いと思います』

 

 言って、彼はさらなる珍行動に出る。

 

『で、今俺って普通に走ってるじゃないですか。実はこれ効率が悪くて、前転……。前方への緊急回避をしながら進んだ方が早いんですよ。なのでちょっとそちらの走り方で行きますね』

 

 直後、彼は前方に転がった。転がって起き上がり、また飛び込むように前転する。その動きは完全に『変態』そのものだった。

 「TASさんか己はww」「酔うってww」「クッソワロタwww」「自重しろwww」「幼女が前転……アリかも」「←通報しました」「もう動きがww」とコメントが慌ただしくなる。

 すると、ローリンガールさながらに転がっているハクレイの目の前に三匹のフレンジーボアが出現した。すぐに転がりながら近づいてくるハクレイに気付いた三匹のフレンジーボアは突撃を掛けてくる。

 「あ」「あっ(察し)」「ちょ……」「おいおい」「馬鹿野郎ww」と。瞬間的に何だかコメント欄が冷たくなった。

 

 しかし、ハクレイは驚きの技術を見せた。

 転がっていたハクレイは突然地面に思い切り手をつくと、空中で一回転したのだ。

 すると、丁度突撃してくるフレンジーボアの頭の上を超えるような軌道を描く。

 彼は解説口調で言った。

 

『フレンジーボアの弱点って目だけじゃないんですよ。実は、脳も弱点なんです。まぁどのモンスターにも核のようなものがあって多分それと同じものだと思います。やり方は、こんな感じ、にっ!!』

 

 同時、フレンジーボアの頭を超えるような軌道で跳んでいたハクレイは両手で持ったスモールソードを真っ直ぐにフレンジーボアの脳天に突き刺した。ピギャア! というフレンジーボアの悲鳴が響き渡る。頭から口、喉まで貫通して、剣先が飛び出た。直後フレンジーボアはポリゴンへと変化する。続いて二匹目のフレンジーボアは容赦なく目を貫き、三匹目も同様に処理したハクレイは一息ついてから、また走り出す。

 

『はい、こんな感じにすれば早く終わります。コツは剣先をしっかりと構えて突き刺すことですね。後は跳ねるタイミングを間違えると真正面からぶつかります。とりあえず画面が揺れるのでここからは走っていきますね。是非やってみて下さい』

 

「出来るか!」「俺らにやれと?ww」「グロ画像やめーやw」「無理だってw」「何だあの変態機動ww」「進撃の巨人思い出したわ」「金髪幼女ならTASさんなのになぁ……」「ヤバい、幼女がTASさん染みた動きしてるw」「ハクレイさんパネェw」「ハクレイ兄貴(ニキ)が人間卒業したw」

 やり方指南のように言ったせいか、殆どが反論コメだった。まぁハクレイ自身、このプレイの為に二週間くらいかけた気がするので、そう言われるのも仕方ないかもしれない、と思う。

 それから、もう一つ説明することを思い出したハクレイは説明を再開する。

 

『あ、そうそう。実は今使ってるスモールソードとかって耐久値があるんですよ。なのでちゃんと整備してないとあっさり壊れます。特に硬い敵とかと戦ってると耐久値が減りやすいですね』

 

 右腕を振ってウィンドウを表示させる。そこから武器を選択すると、『耐久値』という画面が映った。今の二戦で、残り耐久値が九八%になっている。

 二匹のフレンジーボアで一%ずつ耐久値を消費するようだ。

 「へぇ」「へぇーそーなのかー」「←ルーミアやめ」「耐久値あんのか」「そういやSAOってスキルあるよな?」「ソードスキルはやらないの?」

 耐久値を開きながら、出現したフレンジーボアを切り裂いているとコメントの中から『ソードスキル』について触れるコメントが現れた。

 ソードスキルとはその名の通り、武器の必殺技のようなものだ。通常より強い攻撃や、痺れなどの特殊効果を持つソードスキルがある。ただ、ソードスキルを使用すると使用後に硬直するのがネックだが。

 

『ソードスキル? あぁやりますよ。やりますけど、ちょっと待ってて下さい。次の村に着いた時に行うクエストの対象が一撃で倒せないので、そいつに対してスキルを使います』

 

 少し悩んだが、ハクレイはとりあえずやる事だけは伝えておく事にする。

 第一層の『始まりの街』周辺に現れる敵はフレンジーボアだけなので後はひたすら辻斬りしながら移動するだけの作業である。

 とりあえず、細かい企画説明やプレイスタイルについての説明。また、そのルートの説明をしていないのでその説明をその間にしてしまおうと考えているとその時ハクレイは周りの視線に気づいた。

 

『ん? なんか周りに見られてますね』

 

 走りながらあちこち見回すと、付近のプレイヤー達が何事か言いながらハクレイを指差していた。

 中にはギョッとした表情の者もいる。何かおかしな事したかなぁ? とか思いながらハクレイは新たに現れたフレンジーボアを瞬殺した。

 「やっぱ凄い見られてんな」「サービス初日だしなぁ」「幼女だからじゃね?」「prprprprpr(ペロペロペロペロ)(幼女を舐める)」「エグい殺し方するから……」「今来ました、ハクレイさんネカマプレイしてんの?」「初見です」

 というコメントが流れていく様子を見て、プレイのせいかなぁ? とぼんやりと思いながらまぁどうでもいいか、と頭を振ってその考えを消した。

 

(とりあえずプレイに集中しよう。最短ルートでいけば後一時間くらいで次の村に着くし、次はクエストだな)

 

『次の村まで後一時間くらいです。とりあえず今日のところはソロプレイで進めていくので、仲間に誘えないように設定をしてますね。というかこれ最初に説明すべきだったかな?』

 

 笑いながらフレンジーボアを切り捨てる。

 その時、ハクレイはレベルアップした。

 レベルアップと聞くと、テレレレッテッテッテーというドラクエの音が頭の中で響くのは何故だろうか。

 とりあえずウィンドウを開いて、スキルポイントについての説明を始める。

 

『おっ、レベルアップしましたね。レベルアップするとスキルポイントってのが貰えまして、それを割り振ってスキルを身につけられるんですね。スキルには沢山の種類があって、剣などの武器のスキルから索敵のスキル。また、釣りや料理スキルなんてのもあります。後はSTR()VIT(生命力)なんかのステータスもここから割り振れますね』

 

 「料理……」「料理かな?」「真面目に行くならSTR()か?」「ロリハクレイを食べたいです」「釣られクマー」「←それは別の釣りだw」「スキルかぁ」

 コメントは大まかにこんな感じだったが、ハクレイは割り振るスキルを口にする。

 

『とりあえず最初に索敵を取ります。索敵はスキルポイント一でも振っておけばとりあえずこの層で見つからない敵はいないのでそれでオッケーです。後は全部素早さ。『AGI(敏捷)』に振ります。レベル七までは全てAGIですね』

 

 言って、彼は理由を述べる。

 

『その理由としては、単純に第一層のモンスターで耐久高いのが第一層のボス。イルファング・ザ・コボルド・ロードしかいないからです。他のは弱点突くなりすれば強化なしで一撃か二撃なんですよ。勿論、第一層のあとを考えれば攻撃を強化するのもアリですが、とにかく序盤は攻撃を食らわないこと。それから手数を増やすことが重要なんですよ。細かく言えば全振りしない限り敏捷、素早さで手数増やしたパターンに攻撃力が勝てないというのがありますが。で、HPに関しては簡潔です。当たらなければどうと言うことはない!』

 

 というか、検証結果ではこれが一番効率が良かったのだ。何度もセーブデータを消しては作っての検証を重ねたが、HPを高めるより素早さを上げてプレイスキルと手数で押し切る方が早い。また、攻撃スキルなどは硬直があるのでここぞというタイミングでしか使用できないので不必要。料理や釣りなどは正直いらない。後は体力だが序盤に体力に振っても微々たる差しかないので振る意味は薄い。

 ちなみにSAOにおいて最も重要なソードスキルだが、これに関しては別枠でスキルポイントを割り振れる。今回、ハクレイが使用しているのは片手剣なので。片手剣のソードスキルの枠に全振りしていた。

 まぁソードスキルはともかくとして、通常のパラメータに関しては、素早さに振るのが最も効率が良いのだ。

 

『よーし、じゃあ一気に次の村まで突っ走って行きますよ!』

 

 とりあえずサクサクと攻略するため、テンションを上げてハクレイは突き進むのだった!




「一言」
主人公は最強ではありません。検証を繰り返したただの元RTAさんです。

ちなみに次回はSAOの主人公。
キリトさん達のターンですぜ(次回予告)


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5.掲示板回① 

 

 予告通りキリトさんのターンだ!


 

 

 

 始まりの街に視点は移る。

 街の一角での事だ。

 

「ちょっとそこの兄ちゃん! その迷いない走り、お前さんβテスターだろ!」

 

 赤色のバンダナで髪を逆立てた武者風の男がいかにも勇者風の見た目のプレイヤーに声をかけた。

 突然の声掛けに少し戸惑ったように勇者風の青年は立ち止まり、聞き返す。

 

「そうだけど、なんか用?」

「おう、もしβテスターなら序盤のレクチャーを頼みたくてな! さっきも見知らぬ装備身につけた嬢ちゃんを見つけたんだがスルーされちまってよ、へへ」

 

 頭を掻きながら武者風の男は言う。ふーん、と聞き返した後に勇者風の少年は頷いた。

 

「分かった、レクチャーするよ。それと一つ聞きたいんだけどその女の子ってどんな服装だった?」

「えーっと、全身皮装備だったな。見たのは三十分くらい前か。確か見た目が東方projectっていう同人ゲームの博麗霊夢に似てたからその東方ファンかなーって思うんだけどよ」

 

(……ハクレイ、レイム?)

 

 クラインの言葉を頭の中で反芻した勇者風の少年は、ハッと気付いたような顔つきを浮かべたあと、小さく笑う。

 

「……あぁ、成る程。ソイツは知り合いだ。ハクレイなら仕方ない。つかあの人ネカマプレイしてるのか?」

 

 彼はそのまま納得したような声を上げてから一言二言ボヤいた。

 それから話についていけてない武者風の男を見て、慌ててゴメン、と声を掛けて、

 

「あぁ、悪い。名前聞いてなかったな。俺はキリトだ。アンタは?」

「おう、俺はクラインだ! よろしくなキリト」

 

 そう言って二人は互いに握手した。

 それからクラインはキリトに尋ねる。

 

「ーーで、さっきのhakureiって嬢ちゃんなんだけど。そんなに有名なのか?」

「あぁ。β時はありとあらゆる検証を繰り返してたな。一度倒したボスを何度も倒したり、バグ検証したり。攻略組でもよく見かけたよ。多分掲示板で噂されてると思うぞ」

 

 言って、キリトは右腕を振ってウィンドウを出現させた。

 雑多にある欄から『掲示板』という部分をタップする。

 目的の一つ掲示板はすぐに見つかった。

 一つだけ、やけに盛り上がっている掲示板を。

 

 

 ーーーーーーーーーーーー

 

 

 ソードアート・オンライン 最速攻略について

 

 1 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

  ・このスレはソードアート・オンラインの最速攻略について語るスレです。

  ・その他のことはスレ違いなのでご遠慮下さい。

  ・誹謗中傷コメも無しでお願いします。

 

 2 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   最速攻略って攻略組について語るんだよな?

 

 3 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   >>2

   普通に考えたらそうだろ。ちなみに俺の知ってる人だとフレでレベル三がいるぞ。今次の村に向かってるっぽい。

 

 4 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

    やっぱβテスターだろうな。早いのは。

 

 5 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   そういや街で全身皮装備の幼女見たぞ。装備全身揃えるの早いなーって思ったけど

 

 6 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   俺β勢だけどβ時は廃人あまり居なかったわ

 

 7 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   >>5

   美少女多いけど、中身はどうせおっさんだぜ?

 

 8 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   >>7

   言うな。悲しくなるから。・゜・(ノД`)・゜・。

 

 9 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   つか皆こんなとこでのんびりしてていいの?

 

 10 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   >>9

   さっき次の村に向かおうとして死にかけたから何か情報ないか見に来たんだよ

 

 11 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   やっぱりソロはきつい?

 

 12 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   慣れてないからかもしれんがキツイ。つか敵がリアルだから怖いんだよ。

 

 13 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   諦めんなよ。とりあえず次の村向かってソロで突撃してみろって。

 

 14 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   >>13

   死ぬわw

 

 15 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   つか現行最速って誰なん?

 

 16 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   強さの総合ランキングみたいなのがあれば分かるけどなぁ。無いし分からんやろ。

 

 17 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   だろうな、まだ誰も次の村に着いてないだろうし。

 

 

 18 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   おいお前ら! 今ヤバイの見たぞ! TASさん染みた動きで幼女がフレンジーボアの群れを数秒で絶滅させた!

 

 19 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   >>18

   マジなら詳しく。マジじゃないなら幼女について詳しく。

 

 20 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   全身皮装備の幼女がフレンジーボアの脳天ブッ刺してから目を抉り取ってた。それで一撃でボアやってて……何を言ってるのか分からねえけど、とにかくあり得ない事をやってた。

 

 21 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   >>18

   プレイヤーネームは? つか幼女って信憑性薄いんだが。

 

 22 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   パーティ組んでないから分からない。見た目がロリ霊夢……東方の霊夢からだと思うけど。見た目も霊夢をロリにした感じだった。というか動きがTASさんだった。全部の敵を一撃で仕留めてたし。

 

 23 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   >>20

   一撃ってマジ? 写真とかねーの?

 

 24 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   そういやさっき、全身皮装備の幼女の話が出たよな。同一人物じゃね?

 

 25 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   あ、その人知ってるかも。

 

 26 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   >>25

   kwsk(詳しく)

 

 27 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   ニコニコで動画あげてる男性実況者。前日にSAOの最速クリア目指す生放送するって説明してたからその人かも。元RTA実況者で、βテスト時に検証してたんだって。ちなみに実況者名がハクレイだからもしかしたらって感じだけど

 

 28 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   >>27

   マジか……。今日正式サービスのゲームをRTAとか頭おかしいだろその人。

 

 29 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   他に情報ないん?

 

 30 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   映像あるで。多分この幼女やと思う。SAOのグラに感動してゲーム内を録画しながら歩いてる時見かけて、偶然撮れたから上げるわ。

   sm157A56_SAO_Net ←あり得ん動きしてる。

 

 31 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   どれどれ?

 

 32 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   幼女の映像と聞いて

 

 ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 102 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   見たわ。これ、合成じゃないよな(震え声)

 

 103 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   なぁ、SAOって無双ゲーだっけ?

 

 104 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   やっぱり幼女は最強だった

 

 105 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   >>30

   今どこ居る? 幼女追跡頼むわ

 

 106 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   ヤバイ……美幼女がフレンジーボア相手に無双してる。同じ敵を何度も切りつけてる俺らって何だろうな(遠い目)

 

 107 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   このhakureiって人が現行最強? つかどんな動きしたらこんなの出来んだよ。

 

 108 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   >>105

   任せろ、と言いたいがもう見失った。全然追いつけないからAGI(敏捷性)に全振りしてるんだと思う。

 

 109 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   テンション上がってキター!

 

 110 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   ガチRTAさんだったか。間違いなく現行最速、というか最強やろこの人。

 

 111 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   他に誰か居ないの? 張り合える人

 

 112 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   多分俺が最速最強と思ってたけど違ったから那珂ちゃんのファンやめます。

 

 113 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   >>112

   何でや那珂ちゃん関係ないやろ!

 

 114 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   張り合えそうな人か……。あの動きは難しいだろ。三半規管おかしくなるぞあんなの。

 

 115 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   (⌒,_ゝ⌒)もこうなんですわぁ。

 

 116 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   唐突なもこうやめ。

 

 117 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   ポケモン、ぷよぷよ、スプラトゥーンときてソードアート・オンライン界の王にもなるつもりかw

 

 118 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   マジレスするが、そもそもβテスターでガチ攻略しようとしてるやつ少ないし、情報が足りんな。また情報集まったら報告しよう。

 

 119 名前:代理ちゃんをprprしたいです。

   >>118

   だな。まぁ始まって一時間も経ってないし今後も楽しみだ。

 

 

 ーーーーーーーーーーーー

 

 

「やっぱ本物か。流石だな」

「いや、キリトよぉ。あの動きに何のツッコミを入れないお前も大分おかしいと思うんだけどよ」

 

 SAO内の掲示板で名前があがっている知り合いを見て、あいつだから仕方ない、の一言で済ませたキリトは驚愕するクラインをよそに、楽しげな笑みを浮かべていたのだった。

 

 

 1

 

 

 一方。

 

『クシュン! うぅ、風邪かな? あぁすいません。目的の村が見えてきましたね。あそこでクエスト受けてソードスキルを初お見えしますね』

 

 自分がSAOの掲示板で話題になっているとは梅雨知らず、ハクレイはマイペースに攻略を進めていくのだった。




 


「一言」
 これがキリトさん回です(白目)
 


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6.ホルンカの村到着からクエスト受注まで

 村に到着ゥ! 今回は若干ニコ生の説明も兼ねてます。




 


 

 

 

 村周辺まで来ると、始まりの街と打って変わってどんよりと曇り空が広がっていた。はっきりしない天気である。湿り気を含んだ空気を体全体で感じるのは、何だか嫌な予感を告げているようだ。

 ここまで何のミスもなく突き進んできたRTA幼女こと、ハクレイはようやく見えてきた村を見つけて歓喜する一方振り払いきれない不安を抱えていた。

 

『おぉ! やっと見えてきましたね。時間は……一時間くらいか。レベルは三まで上がってますので良い調子ですね。これから宣言通り、クエストを受けに行きます』

 

 勿論。その不安を表に見せはしない。実況者として身に付けたリアクションスキルを存分に生かし、ハクレイは歓声を上げる。

 SAOは現実より感情表現が豊かなので、嬉しそうな美幼女の姿が画面に映し出された。

 「天使や……」「天使」「第一印象から決めてました!」「なお、走りは止まらない模様」「RTAちゃんの笑顔可愛いw」「中身は……」「←RTAちゃんは黒髪幼女だろいい加減にしろ!」

 画面いっぱいに映し出された幼女の笑顔に対するコメントが盛り上がる。

 なんかむず痒いな、とハクレイは内心思いながら村まであと少し、とひた走った。

 

『あー、良いっすね。良い調子です。とりあえず村……ホルンカの村というのが正式名称なんですが、ホルンカ村に入ったら、一番最奥にあるデカイ屋敷にいるNPCのクエストを受けます。その報酬でもらえるアニール・ブレードを使って、ボス攻略する予定です。それから一本だけオノを購入。あとは余裕があればもう一本アニール・ブレード、無理なら売ってる剣で代用しますが、もう一本武器を補充します』

 

 言うと同時、村に飛び込む。

 と、不意にウィンドウが表示された。小さな四角いウィンドウである。

 

【ホルンカの村第一到達おめでとうございます。第一到達ボーナスとして一五〇〇〇コル(SAO内のお金)を進呈します】

 

 そのウィンドウが消えると同時、チャリンと音が鳴ってハクレイの所持金が増えた。コル、というのはSAO内のお金である。確か初期に渡されるコルが一五〇〇コル程度なので、かなりの大金だった。

 βテストでは最速攻略出来なかったので、見たことのない報酬に目を丸くする。

 

『おおお! マジか、こんなのあったんですね。いやでもこれかなり助かります。コルが足りるか微妙だったんで。というか現状最速らしいですよ皆さん!』

 

 言うと同時、コメントが溢れる。それから波のような宣伝が巻き起こった。

 「おおおお!」「最速キター!」「コル増えたな」「ミラーも埋まってて見れねぇw」「宣伝荒ぶってるww」「こうこつ(広告乙)です」「今来た、わこつ(枠とりお疲れ様」「8888888(パチパチパチパチ)

 

 そして良い流れはそこで止まらない。

 次の瞬間、画面上部にこのような文字が浮かぶ。

 【ニコ生クルーズが訪れました】

 ニコ生クルーズとは、世界の新着動画と同様のシステムである。簡単に説明すると、ニコニコ生放送内をランダムに巡回するサービスで、それを船に見立ててクルーズ。見ている視聴者を船民と呼び、気に入った動画があればそのままその動画に移ることも出来、それを『降りる』と表現している。まぁ一言で言えば、視聴者を増やすチャンスなのだ。

 現にコメント欄には、「クルーズから」「クルーズから」「モンハンか」「またモンハンか」「またモンハンか、壊れるなぁ」「モンh、SAOじゃねーか!」「クルーズキター!」「こn(こんにちはの意味)「こn」「よーじょ」「幼女!」「幼女!幼女!」と一部を除いて今までと違ったコメントが見られる。

 

『おぉ、クルーズが来た。とりあえず今、SAOの最速攻略してまして、最速で次の村に到達したところです」

 

 ハクレイは落ち着いた口調で言った。

 ここにきて急に増え始めたコメントにどう反応すべきか、と考えつつとりあえず攻略に集中する。

 ホルンカの村は、よくある田舎のような感じだった。農作業服のNPC達が畑を耕している。建物は茅葺屋根(かやぶきやね)の家や、木で出来たログハウスのような家が多く見られた。

 ハクレイはその一番奥に見える、屋敷のような風貌の家に駆けていく。

 

『あの奥に見える屋敷がそうですね。あそこでクエストを受けたら、皆さんお待ちかねソードスキルです。近々ソードスキルも検証しないとなぁ。βの時は時間が足りなくて出来なかったんですよ』

 

 硬直さえ何とか出来ればなぁ、と呟いてハクレイは屋敷の門を潜る。それから問答無用で和風な屋敷の障子を開けてズンズンと押し入っていくと、一人のNPCが座っていた。

 見た目は、若い。二十歳くらいか。細身の男性のNPCだった。

 

「……お嬢ちゃん? 何処から入ってk」

『どうしたんですか?』『どうやら困っているようですね』『何とかしますから早く要件言ってください』

 

 何処から入ってきたのかい? と尋ねようとしたNPCの会話に割り込むことでキャンセルしたハクレイは一言ずつあえて切りながら、クエスト受注のための言葉をまくしたてる。

 無表情の幼女の言葉責め。と書くと妖しい雰囲気が漂うが、実際その通りなので仕方ない。

 コメントでは「うっ、ふぅ」「もっとお願い」「表情そそる」「お兄ちゃん気持ち悪いって言ってみて?」などの言葉と同時に、赤文字でデカデカと「こ の ロ リ コ ン 共 が」と書かれているのはもはやいつも通りと笑うしかない。

 溜息吐いて、ハクレイは侮蔑の笑みを浮かべてサービスしてみる。

 

『……お兄ちゃん、気持ち悪い』

 

 ハクレイも男である。その為、同じ男性がそそる表情など分かっていた。何故なら彼もまた、様々な性癖を身につけているからだ。

 ついでに言えば今の姿は美幼女である。文句ない演技だと自分でも思う。

 一つ言えば、まくしたてられた上に『気持ち悪い』と言われてギョッとしているNPCが可哀想でならなかった。

 ちなみにNPCの青年の反応は「え、えっと……。気持ち悪い? と、話がずれました。ご、ごめんね? えっと困っているのはね」とどう対応したら良いのか弱ったような反応であり、コメント欄が「ありがとうございます!」という言葉で埋め尽くされていたことを追記しておく。

 それでも何とか気を取り直して本題に移ろうとするも、

 

「実は僕の妹が病気d」

『本題を言ってください』『あぁリトルネペントの花を取ってくれば良いのですね』『分かりました、すぐに取ってきます』『お礼はアニール・ブレードですね。ありがとうございます』『クエストを受注しますね』

「……は、はい。お、お願いする、ね(泣)」

 

 最後はもはや震え声だった。というかこのNPCの青年に恨みでもあるのか、というまくしたてようである。

 ちなみにコメントは笑いの渦に包まれていた。「先読みすんなw」「言わせてやれよww」「キャンwセルww」「鬼畜幼女やwww」「クッソワロタww」「wwww」

 コメントの渦に流れて先程のニコ生クルーズで何人降りた、などの報告が出るがもはやそんなの見てる状況じゃなかった。

 

『じゃあクエストを受注したのでリトル・ネペントというモンスターを倒しに行きます。ここからは色々なモンスターが出てくるので気をつけていかないといけませんね。途中途中で説明も入れていきますのでお願いします』

 

 どうしたら良いのか分からない表情で立ち尽くすNPCを無視してハクレイは屋敷を飛び出していく。

 剣を携え気合十分。ここからが本番だ、と自身に言い聞かせてハクレイは真剣な表情を浮かべた。

 

(フレンジーボアは動きのパターンが変わってなかったけど他のモンスターはどうか。気をつけていかないと死にかねないし、集中しないとな)

 

 とりあえず現状最速でここまで来たのだ。

 あとはこのペースで突っ走るのみだった。

 村を飛び出し、目的のリトルネペントというモンスターが生息する森の方へと駆けながら、ハクレイは宣言する。

 

『お待たせ。ここからはソード・スキルの時間です!! あり得ない動きなので酔わないようになっ!』

 

 「前転の時点であり得ねぇよw」「注意遅いわw」というコメントを視界に捉えながら、ハクレイはクエスト攻略を開始するーーーー。

 

 

 




「一言」
 主人公の性癖
 ・ロリコン←new



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7.ソードスキルは浪漫である

 宣言通りソードスキル発動です。
 やっぱり浪漫ですね……。あ、後ランキング入りしてました。ありがとうございます。

追記、リトルネペントの弱点を修正しました。


 

 

 

 曇天。

 空がどんよりとした曇りのせいか、森の中に入ると視界は一段と悪くなる。

 足場も生い茂る草木の上を踏みしめている状況なので一歩踏み出すごとにザクザクと音が鳴った。

 そんな視界不良に加え、実況本番という悪条件下にも関わらずズンズンとハクレイは森の中を駆け抜けていく。

 

『もう直ぐ、リトルネペントの巣窟です』

 

 言って、ハクレイはゆっくりと息を整える。ツン、と森の濃い香りが鼻をついた。

 邪魔な草木を(また)ぎ、道無き道を突き進みながら、確実に目的の場所へと近づいて行く幼女ハクレイはふと目に付いた「AGI(敏捷性)にスキルポイントを全振りしてたけどソードスキル使えんの?」というコメントを見て思い出したように説明する。

 

『ソードスキルですか? あぁ、初めてレベルアップした時に説明し忘れてたんですけど、SAOのスキル振りってソードスキルとパラメータとで別枠なんですよ。武器によってのソードスキルが固定で用意されていて、そっちはそっちで割り振れるのでご安心下さい』

 

 動きとは裏腹にのんびりとした口調だった。そしてハクレイは解説を開始する。

 

『で、リトルネペントについてですが。リトルネペントは、まぁいわゆる植物系モンスターです。分かりやすく言えば某ポケットモンスターのウツボットから大量に触手が生えてる感じかな? 一言で言えば、皆の大好きな触手さんです』

 

 言うと、「触手プレイ」「待ってた」「これを待ってたんだよ!」「触手プレイキタコレ!」「分かってるよな?」「服だけ溶かす溶液……」「←媚薬効果もありだろ?」「こ の 変 態 共 が」「←男は皆変態なんだ」とダーティなコメントが増えた。一応、SAOの対象年齢って一三からなのにこの敵はネタとしてどうなのだろう、とハクレイはちょっと真剣に考えてみる。

 

(……βテスト時に女キャラで検証した時、確か溶液で服の耐久値を削り切られた時だけ完全にアウトな感じになったもんなぁ)

 

 というかそんな実験をしている時点で馬鹿丸出しというか、性に対して貪欲なのだがそれは置いておこう。

 正直思い出したくない検証だが、現在の姿も相まって何故か頭をよぎる。まぁよほどのミスをしなければそのような事には陥らないだろうが。

 そんな事を考えながら突き進んでいると、ハクレイは森の奥に存在する広場に辿り着いた。森の一角に不自然な感じに作られている広場は、いかにもモンスターが出現する場所ですよーと配慮されているようにも思える。

 広場にはウツボット、というよりウツボカズラのような細長い姿のモンスターがポツポツと出現していた。

 ……ウツボカズラという割には頭があり、そこから芽が出ているのだが、無数の触手で体を支えている姿はどこからどう見ても十八禁の本に出てきそうなモンスターだった。

 というか本当にどこからどう見ても十八禁です。

 本当にありがとうございます。

 ハクレイは心の中でそんな事を言い放つ。

 さて、ここまで見ればもう分かるだろう。

 ーーーーそう、あれがハクレイの目的であるリトルネペントだ。

 

『はい、あの触手モンスターがリトルネペントです。今回のクエスト内容は、あのリトルネペントの頭に生えている芽の部分ですね。偶に、その芽の部分に花を咲かせているリトルネペントが居るので、その花を引きちぎって持ち帰るのが主な内容になります。では早速戦っていきましょう。ソードスキル使うからよく見てろよ!』

 

 言い放ち、ハクレイは剣を構えて突撃する。

 「幼女VS触手」「18禁展開はよ」「期待」「幼女が触手に襲われると聞いて」「キモいなあのモンスター」「ハクレイさん頑張れー」「ハクレイ兄貴(ニキ)ならイケる」

 意見も様々だが、とりあえず勘違いしないでほしい。この放送は幼女が触手に襲われる18禁放送ではなく、SAOの最速攻略を目指す放送である。

 耳に入ってきたゆっくりボイスに心の中でツッコミながら、ハクレイは対リトルネペントの解説を開始する。

 

『フレンジーボアは自分か付近の仲間が攻撃されるまで敵対行動を見せませんでしたが、それとは違ってリトルネペントはアクティブモンスターなので近付くと臨戦態勢に入ります。その為、一番効率が良いのは正面から弱点を切り裂く事だと俺は思ってます』

 

 同時、ハクレイが真っ直ぐ三匹のリトルネペントに突っ込んでいくと三匹とも臨戦態勢に入る。

 そこでハクレイは剣を横に傾けて解説する。

 

『リトルネペントの弱点はウツボ部分と茎の接合部です。接合部の長さは三センチから五センチで若干個体差があります。代わりに、リトルネペントの身長の個体差は無いのでこのように寸分違わず真っ直ぐ横薙ぎして刈り取ればーーーーッッ!!』

 

 言って剣を真横に傾けたハクレイはソードスキル発動のためのモーションに入る。

 これはソードスキル発動の為に必要な動作だ。ソードスキルによってモーションは異なるが、今回使うソードスキルの場合は『剣を横に傾ける』ことが発動の条件だった。

 しかしリトルネペントもただ攻撃されるのを傍観しているわけがない。三匹とも反撃のため、粘液に濡れた触手を腕のように伸ばしてハクレイを捕らえようとする。

 だが、リトルネペントの攻撃が届くよりハクレイの動きの方が早かった。

 

『お待たせしました。これがソードスキルです。《ホリゾンタル》!!』

 

 叫んで、ハクレイは光のエフェクトを撒き散らしながら横に傾けた剣を水平に薙ぎ払った。

 ソードスキル、《ホリゾンタル》。その効果は敵を水平に斬りつける単発スキルである。例えいくら剣振りの軸がブレたとしても、このスキルを使えば間違いなく水平に切ることが可能なのだ。

 ただ、一つ問題があるとすれば、三センチから五センチの高さしかないリトルネペントの茎の接合部を、たった一発で正確に、そして複数のリトルネペントの動きを読み切って、同時に切り裂けるだけの角度と位置調整を行う必要がある事ぐらいである。

 しかし、世界初のVRMMOであるSAOのソードスキルに感動したのか、技術の話はなしにしてもコメントは歓喜の波(一部は嘆きだが)に包まれた。

 

「おおおおお!!」「かっけぇぇぇ!!」「やはり幼女は最強だった」「sugeeee(スゲーーー)」「パねぇw」「触手頑張れよ!」「18禁展開……」「←通報しました」「←有罪(ギルティ)」「←おまわりさんこいつらです」「←仲良いなお前らw」「ハクレイに惚れた」「ハクレイは俺が貰っていきますね^ ^」「←テメェもだロリコン」

 皆、初めて見たソードスキルに興奮したようだった。一部、真性のロリコンもいたようだがまぁネタとして美味しいので個人的にはアリだとハクレイは思う。

 ーーとはいえ、その視線が自分に向けられているのは若干恐怖も覚えるが。

 

(まぁ面白いコメント投下してくれるのは助かるし。同じ穴の(むじな)だし……言っても俺は巨乳のお姉さんも好きだけど)

 

『はい、このようにして狩ります。ポイントは相手の触手を恐れないで確実に当てることです。と言うのは、ソードスキルには使用後に硬直時間がありまして、もし外したら触手で一斉に攻撃されてしまうという、はい。完全にアウトな感じになってしまうので気をつけないとなりませんね。リスク高いですが、とりあえず俺が検証した感じだと、低レベルでリトルネペントを一撃で倒す技がこれしか無かったのですみません』

 

 ボヤきながら、ハクレイは同じ動きを繰り返してリトルネペント狩りを始めていく。その目は真剣そのものだ。

 というか、失敗したら放送事故確定なのだから集中せざるを得ないとハクレイは思う。

 それでも「ハクレイさん、失敗も見せてよ」「期待」「ハクレイなら……」というコメントが目立つので、

 

『いやいや、失敗したら放送事故確定だぞ。後リトルネペントの触手も検証したんですけど、防具の耐久力が減っていくのでガチでアウトになります。つか一応RTA……というか最速攻略を目指してますから』

 

 後半は乾いた笑いだったが、とりあえずやるつもりはないと断言する。するとコメントが落胆の色に染まった。

 目的の花付きリトルネペントが出るまで狩り続けていくつもりのハクレイは作業のごとく斬り刻みながら、オーバーアクションでこう呟く。

 

『今更だけど、何この放送。ロリコン多くない? いや、俺も好きだけど。大好きですけど』

 

 「いつもだろ」「今更だなオイ」「ロリコンが何か言ってるぞ」「ハクレイ兄貴(ニキ)の放送だからだろ」「皆、性癖をさらけ出してるんだよ」

 ボヤくと同時、こんなコメントがすぐさま返って来るあたり本当に慣れているな、とハクレイは思った。

 終いには、「当 た り 前」という赤文字すら上がる始末である。

 

『はは、まぁ今は幼女だしな。ロリコンも増えるか。あ、今は花付きのリトルネペントが出るまで狩り続けてます。多分しばらく狩ってればそのうち出現すると思うんでそれまでお待ち下さい。あっ、そうだ。今は暇なのでソードスキルを使った遊びをレクチャーしましょうか」

 

 言って、ソードスキルを使わずにハクレイはリトルネペントのウツボと茎の接合部を正確に切り裂いた。

 それからクルリとターンして、ハクレイは迫る二匹のリトルネペントを視界に捉える。索敵のスキルを取っているので敵の位置が把握出来ているのだ。

 ハクレイはニヤリと笑い、悪戯でもするかのようにクックッと笑う。

 

『さっきやったソードスキル。《ホリゾンタル》なんですけど、光のエフェクトが出てたじゃないですか。あれを上手く使うとこんな事も出来るんですよ』

 

 射程範囲まで走り込んだハクレイは剣を横に傾けた。

 しかし剣は上手で構えず、逆手に構え、腰を低く捻る独特の構えをしている。

 そのポーズは、恐らく二〇歳後半なら見ただけでパッと思い浮かぶ人も多いかも知れない。

 楽しげな笑みを浮かべて、ハクレイは技名を思い切り叫んだ。

 

 

『ーーーーアバンストラッシュ!!』

 

 

 直後、光を放つ絶技の剣がリトルネペントをポリゴンへと変えた。

 「や り や が っ た」というデカデカとした赤文字を筆頭に、「ダイの大冒険!」「やったわそれ!」「傘でやった!」「若い人知らないだろw」「おおおお!」「ヤバい、懐かしいw」「ギガスラッシュで良くね?」「←馬鹿!アバンストラッシュだから良いんだろ」「その発想は無かった」と恐らく二十代後半から四十代の男性(と思わしき)コメントが盛り上がる。

 まぁ勝手な偏見に過ぎないが。

 今風に言えば『ギガスラッシュ』といえば伝わるだろうか。ドラゴンクエストの特技である。

 

『このように。似た構えであればちょっと変えてもソードスキルは発動するので、皆さんが子供の頃傘とかでやったあの技も出来るかもしれませんよ』

 

 と締めくくって、また虐殺という名の作業へとハクレイは舞い戻っていく。

 さぁ、後は花が出るまでひたすら狩りタイム&レベリングの時間だーーーー。




 スキルの割り振りの説明を最初のレベルアップの回に軽く追加しました。
 それからアバンストラッシュ。
 ……ハーメルンでダイの大冒険を知ったのですが、やっぱりかっこいいですね。

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8.TASに無くてRTAにある出来事

 全世界のロリコン紳士諸君。
 ーー待たせたな!

 


 

 

 

 リトルネペントを一匹切り捨て、反転し向かってきたリトルネペントを切り裂く。

 狙いはウツボ部分と茎の接合部。僅か数センチの弱点を的確に切り抜くーーというのは神業の連続だった。

 だがハクレイの顔色は悪い。向かってくる敵を横に切り裂きながら若干焦りの声でボヤいた。

 

『……中々出ませんね。花付きのリトルネペント。もうそろそろ三〇分くらい経ってるけど』

 

 そう、目的のリトルネペントが出現しないのだ。

 ここで時間を食われてしまうとタイムが気になるところだった。そもそもホルンカの村に着くまでに他のプレイヤーの姿を何人か見ている。そう言ったプレイヤーの中には元βテスターも居るだろうし、攻略組もいるだろう。場合によってはもう追い抜かれてしまっている可能性もある。

 コメントも「グダッてきたな」「ヤバくね?」「もう幼女だけで良い」「触手を切り捨てる幼女を眺める生放送……アリだな」「つか流石に飽きてくるな」と段々盛り上がりが無くなっていた。

 

(ヤバイな、早く花付きのリトルネペントが出てくれ……!)

 

 変化が欲しい。

 焦りを隠せなくなってきたハクレイの動きも若干鈍り始めていた。というか手だけで操作するゲームならいざ知らず、三〇分もリスク高い戦闘をし続けているのだ。肉体的には問題なくとも精神的には段々と疲れを感じ始めていた。

 それから二〇分。

 ハクレイは初めてリトルネペントの弱点を切り損ねるミスを見せた。

 

『ッ!!?』

 

 横薙ぎした剣先が接合部の上を薙ぎはらう。

 当然、一撃で倒しきれる筈もなくリトルネペントの反撃がハクレイを襲った。

 触手をツルのように伸ばし、ムチのように振るう一撃。

 

『うわっ!! と、危な……』

 

 しかしそれを剣で弾いたハクレイは今度こそリトルネペントの弱点を切り裂いた。咄嗟の反応である。次の瞬間、ピギィ! というリトルネペントの悲鳴が炸裂し、ポリゴンに変わる。

 コメント欄も「あ」「あ」「おや……?」「触手プレイ……」「←諦めろよw」「集中切れてきたな」とガヤガヤし始める。

 

(危ないな、と、集中しないと)

 

 剣を握る手に力を込める。剣先をしっかりと意識しなおして、改めてハクレイはリトルネペントの群れに突っ込んでいく。

 一度ダメージを受けそうになったからか、次からはまた安定した剣技を見せていた。

 そして更に三〇分。長い停滞を迎えていたSAO実況だが、ようやく。

 ーーーー待望の瞬間が訪れる。

 

『……ん?』

 

 それは、次々現れるリトルネペントを一閃し、一息ついた時だった。ハクレイは少し遠目に見慣れないリトルネペントを発見する。

 ジッと目を凝らして、確認をした。

 リトルネペントの頭の上には、花ーーーー、

 

『おおお! やっと出現(ポップ)しました。後はあいつを仕留めたらクエストに必要なアイテムが手に入ります。花付きのリトルネペントは通常種より強いので、あの花付きリトルネペントがソードスキルを使わないと一撃で倒せない初めての敵ですね』

 

 見つけた事でパァ、と幼女の歓喜の笑顔が浮かぶ。SAOの感情表現は若干過剰な部分がある為、これ以上無い満面の笑みを浮かべていた。

 先程までの焦りや疲れに満ちた顔とは雲泥の差である。美幼女の笑顔と、ようやく見つかった対象モンスターにコメントも盛り上がる。

 「おおおおお!」「8888888(パチパチパチパチ)」「キター♪───O(≧∇≦)O────♪」「やれー!」「結婚しよ」「←俺の嫁だ」「←俺の嫁だ!」「←私の許嫁です」「←僕の奥さんだよ」「←……俺の嫁」「←マイ↓ワイフ↑!」「←おそ松さんかお前らは」「生放送だよね? これ」「モンスターに触れたコメントが少ねぇww」

 ……相変わらず訓練されたコメントだった。

 

『よーっし! じゃあ後はあいつをソードスキルで仕留めてクエスト報告、それでクリアです。後はボス攻略のためのアイテムを購入し、準備を整えてから迷宮へと突入します!』

 

 気分が高揚していたハクレイは高らかに言う。それから目的の花付きリトルネペントの元まで走っていった。

 

(周りのモンスターは五体(、、)か。索敵には後方の敵は無し(、、)。ソードスキルで一掃だな)

 

 索敵範囲には敵影は前方のみ。数は四体(、、)

 先程やったようにソードスキル《ホリゾンタル》でトドメをさせばそれでこの長い停滞は終了だ。

 綺麗に一発で終わらせるぞ、とハクレイは剣を構える。

 ーーーー射程範囲へは直ぐに辿り着いた。

 

『皆見えるかな? あの花付きのリトルネペントが目的のモンスターです。周りに敵は五体(、、)なので、さっきみたいにホリゾンタルで一掃します』

 

 アレ、と言って花付きのリトルネペントを指差す。目視では花付き含めて五体のモンスターが居た。こちらが身を縮こませて移動している為か、まだ見つかっていないようで、五匹のリトルネペントはウロウロとフィールドをうろついている。

 位置関係としては背の高い草を挟んだ向こう側にそのリトルネペントの群れは居た。

 

『行くぞー、奇襲で一気に仕留めます』

 

 そして。

 次の瞬間、ハクレイは剣を横に構えてリトルネペントの群れへと飛びかかった。光のエフェクトが剣から漏れ出した瞬間、『やった』とハクレイは確信する。

 ーー確信した、その時だった。

 『ハクレイの耳にこんなコメントが聞こえた』のは。

 

「後ろ!」「あ」「後ろにおるで!」

 

 

『ーーーーーーッ!!?』

 

 直後だった。

 ソードスキルを放つ瞬間、ハクレイは何かの衝撃を後方から感じた。よろめき、位置調整した剣先がブレ、的外れな方向にソードスキルが発動される。

 地面へと。

 放たれたソードスキルは当たり前だが敵に当たることはない。

 

『ーーーー何、がッ!?』

 

 振り向いて確認しようとしたが、体が動かない。

 ーーソードスキル使用後の硬直。

 混乱するハクレイが前を向くと、リトルネペントの群れの触手がすぐ目の前まで迫っていた。

 そして。

 振るわれた避ける事の出来ない攻撃(触手ムチ)を正面から受けてハクレイは地面に押し倒される。

 その時ようやくハクレイは気付いた。

 見えたのだ。

 ハクレイの背後にいた敵が。

 

(ーーーー二匹目の花付きリトルネペント!? いやでも索敵スキルは取っただろ? 何で…………まさか、正式バージョンで仕様変更されたってのか!?)

 

 花付きリトルネペント。

 β版では通常のリトルネペントより全体的なパラメータが高いだけ、という印象だったが。

 正式版になって索敵するために必要な索敵値が変わったのか。よく見ると体も一回り大きくなっている。もしかしたら索敵値が一以上の数値に変更された可能性は十分にある。

 

(スタン判定? 麻痺攻撃なんて無かったのに、やっぱり仕様変更か! くそ、今のレベルは四だよな。リトルネペントなら例え攻撃が直撃しても六発まで耐え切れるはず……!?)

 

 直ぐさま起き上がろうとしたが、動けない。慌ててステータスを確認すると麻痺判定がされていた。

 β版では無かった麻痺攻撃。残り解除時間から体力と敵の数を考える。前方にいたのは五体。後ろから攻撃してきたのを足してーー、

 その時だった。

 前方を向くと五体のリトルネペントがゴバァ、と口を大きく開けているのにハクレイは気付く。最早耳に入ってはいないが、コメント欄では「あ」「ああ」「死んだな」「待ってた」「キタコレ!」「←グロいだろ。やめーや」「18禁放送はここですか?」「触手プレイキター!」「幼女!」と色々な反応を見せていた。

 直後。

 五体のリトルネペントの口から何かが吐き出された(、、、、、、、、、)

 

『ーーーーひぁっ!?』

 

 ネチョリとした液体が麻痺して動けないハクレイの上に浴びせかけられる。思わず変な声を上げてしまった。

 急いで自身のステータスを見るに、浴びせかけられたのはHPと防具の耐久力を下げる溶解液のようだった。ジリジリとHPが減ると同時、同じように防具の耐久力が減っていくのが目視出来る。

 が、それよりも感じるのはとてつもない嫌悪感だった。

 ゾワリ、と舌で体を撫でられるような感覚がある。何というか、気持ち悪い。β版だとただ水のような何かを掛けられた感覚しかしなかったのに、嫌な方向に進化していた。

 妙なリアリティ。

 ハクレイの目線の先では、後ろから攻撃したらしい花付きのリトルネペントを含めて六体のリトルネペントが触手をこちらへと伸ばす姿が映し出される。

 

『……いぃっ!? ちょっと待て! これ以上はマズイ!』

 

 全力の叫びだった。というか最初に受けた攻撃でHPを三分の一削られている。その上に五体の溶解液を掛けられたせいで体力はもはや半分だ。防具の耐久力も少しずつ減っている。

 しかしそれは問題ではない。死ぬのは別にいいのだ。いや、厳密には良くないが最速攻略失敗というだけで済む。

 ーー問題なのは。

 

(ヤバイ、18禁展開になる! それだけは防がないとヤバイ! 具体的に言えば怒られる! 色々な方面から!!)

 

 一瞬で自己保身の思考へと持って行ったハクレイは恐怖の表情を浮かべる。

(その表情のせいで、画面は触手に襲われて恐怖の表情を浮かべる幼女の画という完全なアウトな状況だった)

 「うっ、ふぅ」というコメントが多く流れるが気にしている余裕はハクレイには無い。

 ヤバイヤバイヤバイーーーー!

 頭の中にあるのはただそれだけだった。

 その時だった。

 ようやく弾けるようにハクレイの硬直が解けた。

 

『お、おおおおおおッッ!!』

 

 直後、ハクレイは剣を握る手に力を込め、六体のリトルネペント目掛けて全力の《ホリゾンタル》をお見舞いする。

 

『18禁放送になんかさせるかーッ! まずはそのふざけた幻想をぶち殺すっっ!!』

「「「「「「ピギャァ!?」」」」」」

 

 その剣捌きは的確に六体のリトルネペントの弱点を切り裂いた。というかβ版含めても最も上手くいった剣技だとハクレイは後に語る。

 全身溶解液塗れという酷い姿ながらともかくにも全てのリトルネペントを狩ったハクレイは倒したリトルネペントのポリゴンを指差して叫ぶ。

 

『ふぁっく! やったぞお前らーッ!!』

 

 「ありがとうございます!」「おおおお!!」「触手プレイ!」「流石期待を裏切らない!」「後少しだったのに……!」「エロい」「エロい」「幼女おおおお!」「よっしゃー!」「液体塗れの姿……うっ、ふぅ」「←抜くな」「そげぶw」「上条さんw」「禁書w」「拳じゃねぇww」「汚い言葉なのに幼女だから聞きたい謎」「つか今の何気に神業なのに誰も反応してねぇww」「幼女放送」

 

 意見は様々だが、とにもかくにもクエストに必要なアイテムを二つ確保したハクレイはやりきった気持ちで一杯だった。

 しかし、反省点を思い浮かべて直ぐに表情をシリアスに変える。

 

『……にしても。油断してましたね。まさか花付きのリトルネペントを索敵する為の索敵値が変更されてたかー。そういや思い返せば索敵で四体しかいなかった気がする』

 

 呟いて、用が済んだハクレイは再びホルンカの村へ帰るため走り出した。

 溶解液に持続性は薄いのか、三十秒ほどで嫌な感覚は消え失せる。とりあえず一言言うなら大分ロスをしてしまっていた。

 

『とりあえず村に帰ったら体力減ったのでポーション買います。それから防具を新調。後はクエスト報告とフロアボス攻略の準備ですね。今の時間は……一五時二〇分ですか』

 

 開始から防具までに一五分。移動に一時間三〇分。村クエ受けるまでに一五分で二時間。

 リトルネペントだけで約一時間三〇分も時間を使っていた。その代わり武器二つ揃えるだけのアイテムは入ったので良しとすべきなのか。

 

(……とりあえず、索敵スキルを信じすぎてたな。ちゃんと自分でも確認しないと。さっきのがフロアボス戦だったら死んでたぞ?)

 

『とりあえず、β版と正式版で色々と変わっているのが分かったので収穫です。危機感が足りませんでしたね。反省しないとな』

 

 現在、SAO開始から三時間三〇分。

 クエストに必要なアイテムを手に入れたハクレイはホルンカの村への帰還を目指すーーーー。




「一言」
RTAだとこんな事故もあります。
今回の場合精神的に疲れてて、索敵と目視で数が違うのに気付けなかった感じですね。


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9.ホルンカの村への帰り道

 


 風邪を引きました。風邪を引くのは二年振りです。
 早く治さないと。

 あ、それから今回は皆さんも知ってるあのキャラクターが登場するぞ!


 

 

 

 歩こう、歩こう。歩くの〜大好き♪

 リトルネペントから目的の物を手に入れたハクレイはご機嫌なのか、鼻歌交じりにホルンカの村への帰路についていた。

 効率的に、そして速く。何より全速力で。

 鼻歌とは打って変わってその動きは変態じみていた。

 端的に言おう。

 

『ふふふふふふっふっふー♪』

 

「ちょ、待」「orrrrr(オロロロロ)(嘔吐)」

 そう、上記のコメントでお気づきだろう。

 ハクレイは遅れを取り戻すべく、さながらローリンガールの如く前転していた。非常にアクロバティックな動きであり、大怪我するんじゃないかとヒヤヒヤするような転がり方である。

 コメントでは、「酔うわw」「やめい!」「いつもの」「またかw」「動きがww」「歩こうじゃねーよw」「歩いてない件w」「そもそも走ってすらねーよw」「変態機動やめww」

 と、鼻歌にツッコミを入れる声や動きに関する声が多かった。

 

『ふっふっふーん、ん? 前方に敵の反応あり、か。攻撃態勢に移行するぞー』

 

 尚も上機嫌なままのハクレイだったが。

 その時、索敵に敵の反応があったのか意識を切り替えてそんな事を呟く。回転を止める事なく言った彼は、おもむろに剣を取り出すとそれを手に持ったまま転がり始めた。

 やがて、前方に敵の姿が映る。

 ウルフの群れだ。数は二匹。

 ウルフは、リトルネペントと同じように近寄るだけで敵対反応を見せるモンスターで、第一層のモンスターでは一番素早さがある敵である。一度噛み付いたら離れない強靭な(あご)がとても危険な魔物で、下手を打てば死んでしまう事もある。だが、逆に言えばそれさえ気をつければ問題無い敵だった。

 転がりながらハクレイは言う。

 

『ウルフの弱点は喉の奥です。なので喉の奥に剣をぶっ刺します。やり方はこうやっ、てッッ!!』

「キャオン!?」

 

 転がりながらウルフ達の直前まで近付いたハクレイは素早さを落とす事なく、そのまま綺麗にウルフの喉を剣で貫いた。続いて二匹目も同じように仕留める。

 これも神業だが、コメント欄はもう「いつもの」と言わんばかりの感じだった。

「もはや止まりさえしない」「ポケモンの転がる思い出した」「鬼畜ゥ!」「わんわんお……」「わんわんおU・x・U」「←……可愛いじゃねぇか」「犬……首輪」「幼女に鎖……ハッ」「←天才か」「←お前ら絶対馬鹿だよw」「こ の ロ リ コ ン 共 め」

 

 ……何度見ても酷いコメント欄である。というか今更ながらに思うのだが、何でもかんでも幼女に結び付けられると怖いな、と幼女ハクレイは思う。いやまぁネタだろうけれども。

 

(鎖か。奴隷系幼女……二次ならアリだな)

 

 まぁ、結局のところ同じ穴の(むじな)だった。

 心の中で小さくニヤつくと、ハクレイは動きを続行する。前転、手を付いて加速し一回転、くるりくるりと横回転。見てて飽きない動きだが、明らかに人間業では無い。というかあんなもん現実でやれば三半規管がどうにかなってしまうだろう。ハクレイは自分自身の動きをそう客観的に判断した。

 と、その時不意にハクレイの体に妙な感覚が(まと)い始める。

 

『あれ? なんか段々気持ち悪くなって……。それに目が回って』

 

 手を付いて飛び起きて走り出すと、少し足元がフラフラした。何だろうか。グルグルと回った後に世界が回って見えるような、そんな感覚。

 おかしいな、対処したはずなのに。そんな疑問を抱いてステータスを開けると、その原因が判明した。

 

『……パラメータ、酔い? こんなのも追加されてたの? もしかしてβ時に俺が練習してたから?』

 

 見た事の無いパラメータ。残り時間が三〇秒、となっていて視界が歪んで見える。

 混乱という表示の方が合っているのかもしれないが、走っているのすらキツイほど喉元まで酸っぱい何かがこみ上げてきた。

 

『〜〜〜〜〜〜ッッ!?』

 

 慌てて口元を押さえる。すぐ喉元までせり上がってきた吐き気でジワリと涙が出てきた。そのままポロポロと涙が零れていく。

 「どしたん?」「酔った?」「その顔可愛い」「萌えた」「抜いた」「←サイテー」「←紳士の風上にもおけん」「ヤメロォ(建前)ナイスゥ(本音)」「どうした?」とコメントが流れていくが答えている余裕は無い。

 お の れ 茅 場 晶 彦と。ふつふつと湧き上がる怒りと、どうしようも無い吐き気に苛まれてハクレイは完全に立ち止まった。そのまま座り込んで必死に嘔吐しないよう堪える。

 

(うえぇ……気持ち悪い。何だよこれ、恨むぞ茅場! あぁぁ涙が止まらねぇ。というか酔いなんてステータス付けんじゃねぇよバーロー!)

 

 ピンチである。先程の触手プレイ(もどき)もピンチだったが、こっちもこっちでピンチだった。

 嘔吐放送なんて笑えない。というか生放送でそんな事をしてしまった暁には完全にアウトである。

 故に顔をぐしゃぐしゃにして涙を零していたとしても、嘔吐だけはしてはならないのだ!

 

『ぁぁぅう! 〜〜〜〜ッ!』

 

 地獄のような三十秒。だが、意地でハクレイは吐くことなくこの危機を乗り越えた。

 

(……やったよ。俺頑張ったよ。もうゴールで良いよね?)

 

『……ッ、はぁはぁ。けほっ、けほっ……』

 

 解放された瞬間、思わず咳き込む。口からは荒い息が飛び出し、心臓がバクバクと音を立てていた。顔が紅潮する。へたり込みたい気分になったが、無理やり立ち上がり、走り出した。

 「えろい」「完全に事後」「ありがとうございます!」「流石期待を裏切らない」「なんか危うくなってきたな」「茅場グッジョブ」「俺、ロリコンだったのか」「抜いた」「←去れ、マーラよ!」「最速攻略がヤバイぞ」「頑張れー」「泣き目からの赤顔とか俺の好みじゃないですか」「初対面から決めてました」

 まさかの予想だにしない前転への対応にコメントも盛り上がる。「流石茅場晶彦! 抜かり無いぜ」というコメントもあれば単純に「萌えた」というコメント。または、「タイム大丈夫?」という最速攻略を心配するコメントも見られる。最速攻略の為に一番早いと思った技をやったのだが、まさかのタイムロスだった事にハクレイは内心で地団駄を踏みたい気持ちになった。

 

『くそ、茅場め。しねばい……何でも無いや』

 

 思わず毒づきそうになって止める。というかこちらは実況プレイさせてもらっている側なのだ。迂闊な発言をしてしまったことに反省する。

 だが、怒りがあるのは本当だった。先程のリトルネペントといい今回の前転といい上手いこと最速攻略の技を防がれてしまっている。

 ーー何か、悔しい。

 

『あぁもう、グダグダですいません。でもこっから見返してやりますよ!』

 

 それでも。

 グッと拳を握ってハクレイは気持ちを切り替えた。

 「頑張れー」と画面の向こう側の人達も応援してくれているのだ。こんなところで不貞腐れていてはいられない。

 

 そして暫く元来た道を帰っていた時だった。

 

『……ん? あれはプレイヤーかな』

 

 今度は前方にプレイヤーを発見したのだ。

 どうやら六人でパーティを組んでいるらしく、モンスターと戦闘中の様子だった。剣や槍と各々好きな武器を装備している。

 とりあえず他のプレイヤーには基本関わらないスタンスなので横をすり抜けていこうか、などと考えていると彼らの様子がおかしな事に気付いた。

 その時、ハクレイの耳に叫び声が届く。

 

「キバオウさん、後ろに下がって、スイッチするぞ……って危ない!」

「ディアベルさんが仲間を庇って吹き飛んだ!?」

「ディアベルはーん!!」

 

 どうやら苦戦しているらしい。ウルフに向かって剣を振りかざしたディアベルと呼ばれた聖騎士のような見た目の男がすぐ横の味方を庇いフレンジーボアの突撃をまともに受け、ゴロゴロと地面に転がっていく。

 キバオウ、と呼ばれた男が叫んでリカバリーに入るが手数が足りていない。周りの四人もそれぞれ別の敵を相手にしているようだった。というかその四人が概ね足を引っ張っているように思える。直ぐさま起き上がったディアベルという男が攻撃に参加してようやく戦況は五分五分だった。

 

(……初心者プレイヤーかな? 助けるべきか?)

 

 一瞬、思考してハクレイは助ける事にする。

 というか通り道なのだ。これまで散々タイムロスをしているのでこれ以上時間は掛けたくなかった。

 とりあえずソードスキルで一掃する事にする。

 

『すみません、通ります』『ドロップアイテムなどはそちらに譲渡しますので』『横から来てゴメンなさい』

 

 六人に声掛けて、ハクレイはソードスキルを発動する。突然現れたプレイヤーに驚いた様子を見せる六人だったが、謝罪を口にしてハクレイはモンスターを蹴散らしにかかる。

 

『ーーアバンストラッシュ!!』

 

 後ろ手に剣を構え、腰を低くして捻りながら放たれたソードスキル《ホリゾンタル》で見事に敵を吹き飛ばしたハクレイは一瞬の硬直時間後、空いたモンスターの隙間を潜り抜けて村へと駆け抜けていく。

 残っているモンスターもいるが、かなりダメージを与えたので六人でも対処出来るだろう。後ろから「待ってくれ」という声も聞こえてきたが、『すみません』と言ってハクレイは村へと走り続けた。

 

(うわー、思いっきりマナー違反な真似しちまったよ。やっぱ横に避けていくべきだったかな?)

 

 後悔してももう遅い。とにかく今は遅れを取り戻そう、と自分に言い聞かせてハクレイはひた走る。

 そして数分後、ようやくハクレイはホルンカの村へと帰還したーーーー。

 

 

 

 1

 

 

 

「……なんやねん、今の」

 

 あの後、なんだかんだでモンスターを倒した六人だったが、もう背中が小さくしか見えない女の子プレイヤーを見ながらキバオウという男が呟いた。

 助かった、という思いが半分。誰だ? という思いが半分。なんと反応すれば良いやら分からない。

 

「キバオウさん、とりあえず一旦休憩を取ろう。ここまで皆疲れてるだろうし。俺もなんだかんだで一撃もらってしまった」

「あぁ……分かったでディアベルはん」

 

 後ろから声を掛けられて振り返ると、腰を押さえて苦笑いを浮かべるディアベルの姿があった。言われてキバオウは他の仲間達の方へと歩いていく。

 仲間達はそれぞれウィンドウを開いて回復したり、掲示板を開いていたりと様々な行動をしていた。

 

「本当にすみませんディアベルさん」

「初めてのプレイだから仕方ないよ。これから上手くなろうぜ」

 

 庇われた仲間からの謝罪をディアベルは受けとる。あくまで爽やかな笑顔だった。それからディアベルはそのままの表情で仲間に声を掛ける。

 

「じゃあ暫く皆休んでてくれ。俺が辺りを見回りしてくるよ」

 

 そう言って彼は少女が走っていった方向へと歩いて行く。

 そして。

 ーー仲間からある程度の距離を取った彼は、少女が消えていった方向を見据え、小声で呟いた。

 

「……プレイヤーネームHakurei。確かあの人ーーいや、人がどうとか気にしている場合じゃないか」

 

 その声は誰も届かずに虚空へと消えていく。

 やがて、彼はフッと笑って仲間達の元へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「一言」
アスナ(SAOのヒロイン)が息をしていない件について。
はい、今回は閑話です。ネタも抑えめにしました。
あ、ちなみに次回はキリトさん回です。



 主人公の性癖
・ロリコン
・巨乳お姉さん
・触手プレイ(される側)×
・鎖を付けられた幼女、奴隷少女←New


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10.掲示板回②

 


 予告通りキリトさんの出番です。
 流石主人公の貫禄ですね(白目)


 

 

 

 再び視点は始まりの街へ移る。

 

「ーー良い天気だな」

 

 空を見て思わず呟く。天気は晴れだった。

 快晴では日差しが強すぎるので、カラッとした天気というのは悪くない。白く薄い雲が空に浮かんでおり、ポカポカとした陽気だった。

 その始まりの街周辺の道を歩くプレイヤーが二人。一人は今日初めてSAOの世界に足を踏み入れた、武者風の男。『クライン』。もう一人は、いかにも勇者風の見た目の少年、アバター名は『キリト』となっている。キリトは、クラインにこの世界についてのレクチャーをしていた。

 

「それで、街付近で危険な魔物に遭遇する確率は低いんだ。よくRPGで街の周辺に雑魚モンスターばかりが出るだろ? あれと同じでさ」

「ほぉー、成る程なぁ! で、そろそろ戦闘か?」

「あぁ、まずは戦い方を見せるからそれを参考にしてくれ」

 

 そう言ってキリトは片手剣の初期装備。スモールソードを出現させると柄を握り構える。スモールソードというだけあって刃はあまり長くない。手で持つ部分も含めて精々六〇センチもあれば良いところではないだろうか。剣を持つ姿は中々どうして、堂に入っていた。

 キリトは正面を指差して、

 

「クライン、あそこのフレンジーボアが見えるか。あの青いイノシシ」

「あぁ、見えるぜ」

 

 クラインが頷いたのを確認して、彼は言った。

 

「あいつを狩るぞ。で、やる前に一つ聞きたいんだけどさ。クラインは戦闘スタイルをどんな感じにしたいんだ? 効率よく狩りたいならそれを教えるし、普通に戦いたいならそっちでも良いけど」

 

 尋ねられてクラインはうーん、と唸ってから、

 

「そうだなぁ。出来れば侍みたいに戦いたいけどよ、とりあえず両方見せてくれ」

「分かった。じゃあまず普通の狩り方を教えるぞ」

 

 頷いたキリトは剣を構えて突撃する。とはいえ特筆して説明することはない。フレンジーボアの危険な攻撃が突進であること。しかしそれは剣で受け止めるなり横に避ける形で回避できる事。後は切ればよい、とても簡単で基本的な説明だ。

 おおよそ想像出来る内容だったからか、クラインも成る程な、と簡単に口にしている。

 

「じゃあ次に効率的なやり方な。まず、フレンジーボアには一つ大きな弱点があるんだ」

「あぁ、さっき掲示板の動画で見たな。確か目を抉り取るんだっけ?」

「そうだ。まぁあそこまで行くと最終形態と言ってもいい効率狩りだから今は良いとして。今回教えるのはその一歩手前だな」

 

 まともなプレイヤーなら効率的とはいえあんな真似しないしな、というのはキリトの談。それにクラインは激しく同意する。

 同意ーーーー、

 

「まぁ俺も出来るけど」

「いやキリトよぉ、それ言っちゃ駄目だろ」

 

 サラリと述べたキリトにクラインは思わずツッコミを入れてしまうのだった。

 それからしばらくして、ようやくキリトがもう一つのやり方、というのを説明し始める。

 

「じゃあもう一個のについて説明するよ。まず、クラインに聞きたいんだけどどんなプレイヤーもそうだが、囲まれると状況が一気に危険になるってのは分かるよな?」

 

 近くに落ちていた小石を拾い上げ、何度か軽く上に放り投げてはそれを掴む、という行動を繰り返しながらキリトは言う。

 

「あぁ、だから常に周囲に警戒するし、囲まれないように動く必要があるんだろ」

「その通り。じゃあ、あんな風に群れで動いている場合はどうすると思う?」

 

 あんな風に、と指さされた先には複数のフレンジーボアの姿があった。

 

「どうするったってよぉ……。そんなの一匹ずつ狩っていくか、それか味方を増やすんじゃないか?」

「その方法もあるけど、今回は多対一だからハズレだ。正解は、こうだ!」

 

 言ってキリトは手に持っていた小石をフレンジーボアに投げつけた。当たるとフレンジーボアが少し揺れ、こちらの方へと『群れごと』駆けてくる。見た目以上に素早く見えた。クラインが「ウワーッ!?」と情けない悲鳴を上げる。

 その時キリトがフレンジーボアが向かってくる方向から少し斜めに動いて手に持った剣を突き刺す構えを見せた。フレンジーボアが近づくと、ぐるりと一周するようにフレンジーボアの足を切り裂く。突撃していたフレンジーボアの群れは足元を崩され、地面へと転がっていった。

 それからバタバタと足を動かして起き上がろうとするフレンジーボアの目を、躊躇なくキリトは剣で突き刺していく。とても鮮やかな手際だった。

 

「ほら、こんな感じ。やってみろ」

「いや、キリトよぉ……。笑顔でやってる事があの幼女よりエグいぞオメェ」

 

 あと出来るか! とクラインは叫んで、はたと思い出したように呟く。

 

「そういや、あの女の子今どこまで進んでるんだろうな」

「順調に行ってればそろそろホルンカの村を抜けてフィールドボス辺りだと思うぞ。確か、付き合わされた時はそれくらいだった」

 

 そこまで言ってキリトは何かに気付いたように黙り込んだ。顔が蒼ざめている。

 

「……どうしたんだ、キリト」

 

 どうもおかしな様子が気になったクラインが神妙な顔つきで尋ねると、キリトは汚物を見るような目でクラインを見つめて、言う。

 

「ーーお前、ロリコンだったのか?」

 

 あまりにも真剣な声色だった。

 だが同時にあまりにもしょうもないセリフだった。思いもよらぬ言葉にクラインは憤慨する。

 

「な、なーっ!? 何を言いやがる! いやまぁ確かに可愛いとは思ったけどよ……」

「ギルティ! 絶対にお前にだけは『スグ』に会わせねぇ!」

「スグって誰だよ! というか俺はロリコンじゃねぇ! いやキリトよぉ、お前の中の俺は一体どんなキャラなんだ」

 

 ギャーギャーとフィールドで騒ぐ馬鹿二人。当然、索敵など頭から抜け落ちている。

 そこに、一匹のフレンジーボアが背後から近づいて来た。地面で鼻をヒクヒクさせながら草を食べている様子はなんかシュールだ。

 そしてーー。

 二人が言い合いながら半歩足をずらした時、どちらの足かは分からないが、地面に落ちていた小石を蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされた小石はコロコロと転がって、そのフレンジーボアへとぶつかる。

 ーーーーもう、展開なんて読み切っていた。

 

 

「良いか! うちのスグに手を出しうぐわぁぁッッ!!」

「だからやらねぇって! それからぬわあぁぁッッ!!」

 

 

 二人は仲良くフレンジーボアに吹き飛ばされ、転がっていくのだった。

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 ソードアート・オンライン 最速攻略についてPart7

 

 1 名前:名無しのプレイヤー

  ・このスレはソードアート・オンラインの最速攻略について語るスレです。

  ・その他のことはスレ違いなのでご遠慮下さい。

  ・誹謗中傷コメも無しでお願いします。

 

 

 2 名前:名無しのプレイヤー

  >>1

   スレ立て乙

 

 3 名前:名無しのプレイヤー

  おい

  もうホルンカの村に人が居るぞ

 

 4 名前:名無しのプレイヤー

  早くね?

  お前らどんだけ最速狙ってんの?

 

 5 名前:名無しのプレイヤー

  ホルンカの村最速到着って思ったら二番目って言われた。誰や、一番目

 

 6 名前:名無しのプレイヤー

  やっぱこれだけ話題のゲームだと最速が誰か気になるよな

 

 7 名前:名無しのプレイヤー

  >>5

  周りに誰か居なかったの?

 

 8 名前:名無しのプレイヤー

  >>7

  居なかった。だから最速だと思ってたんだけど。あ、ちなみにコルは一万貰えました。

 

 9 名前:名無しのプレイヤー

  村到着ゥ! 見た感じ村に着いたのって一〇人そこらくらいか?

 

 10 名前:名無しのプレイヤー

  >>8

  一万ってスゲェな。だとすると一位はどんだけ貰ったんだ……

 

 11 名前:名無しのプレイヤー

  確かβ版では、すべてのクエストに一位ボーナスあった気がするぞ。後フィールドボスもボーナスがあった

 

 12 名前:名無しのプレイヤー

  なぁ、俺の知り合いがフィールドボスに挑んで死んだ後復活してこないんだけど誰か理由知ってる?

 

 13 名前:名無しのプレイヤー

  そのまま落ちたんじゃね?

  敵リアルだし怖くなった可能性も微レ存

 

 14 名前:名無しのプレイヤー

  それよりログアウトボタンが無い件

 

 15 名前:名無しのプレイヤー

  >>13、14

  バグだろ。今確認したけど俺のフレンドも死んだまま表示になってるし。

 

 16 名前:名無しのプレイヤー

  こんだけ話題になってるゲームが初日からログアウトボタンと復活のバグとか最悪やな。運営オワタ。

 

 17 名前:名無しのプレイヤー

  まぁそれは置いとこうぜ。つかホルンカの街にソロプレイヤーっている?

 

 18 名前:名無しのプレイヤー

  >>17

  見た感じ居ないと思う。

 

 19 名前:名無しのプレイヤー

  >>18

  いや、居るから。二番目に着いた俺もソロだから。まぁ戦闘は全て避けてきたけど

 

 20 名前:名無しのプレイヤー

  まぁどっちみちアニールブレードのクエに入ると鬼畜難易度だからな。ソロはキツイだろ。

 

 21 名前:名無しのプレイヤー

  てか攻略スレッド見ても殆ど情報が無いんだが

 

 22 名前:名無しのプレイヤー

  ログアウトボタンがバグってるからな。外のサイトは見れないから仕方ないだろ

 

 23 名前:名無しのプレイヤー

  ここの人は結構ホルンカの村に着いてるみたいだけど、実際皆はどんな感じでプレイしてんの?

 

 24 名前:名無しのプレイヤー

  >>23

  六人パーティ組んでホルンカの村周辺の狩場で金貯めて装備整えてるトコ。

 

 25 名前:名無しのプレイヤー

  >>23

  鍛冶屋目指してるんだけどまだ殆ど素材なくて困ってる。

 

 26 名前:名無しのプレイヤー

  >>23

  四人パーティで森の中入ってウルフとかビーとかと戦ってた

 

 27 名前:名無しのプレイヤー

  >>26

  戦ってた?

 

 28 名前:名無しのプレイヤー

  >>27

  麻痺攻撃食らって俺以外全滅したわ。ついでに仲間が帰ってこないんだけど(憤慨)

 

 29 名前:名無しのプレイヤー

  >>28

  俺も同じだわ。友達とやってたけど死んでから帰って来ねぇw

  難易度高すぎワロタw

 

 30 名前:名無しのプレイヤー

  やっぱり森の中はレベ上がってからの方が良いかなぁ?

 

 31 名前:名無しのプレイヤー

  >>30

  でも急がないと最速特典貰えないジレンマ

 

 32 名前:名無しのプレイヤー

  >>24みたいに装備整えてからの方が吉。迂闊に森に入ると死にかねない。つかβテスト時に麻痺攻撃無かったしな。

 

 33 名前:名無しのプレイヤー

  そんなに急いでるならこんな所で油を売るなよw

 

 34 名前:名無しのプレイヤー

  おいお前ら。今、ホルンカの村に幼女が駆け込んできたんだけど知りたい?

 

 35 名前:名無しのプレイヤー

  >>34

  kwsk(詳しく)

 

 36 名前:名無しのプレイヤー

  >>34

  詳しく聞かせたまえ

 

 37 名前:名無しのプレイヤー

  >>34

  早くしろ! 遅くなっても知らんぞ!!

 

 38 名前:名無しのプレイヤー

  幼女に食いつき良すぎワロタwww

 

 39 名前:名無しのプレイヤー

  ここは変態の巣窟だったのか(愕然)

 

 40 名前:名無しのプレイヤー

  詳しくって言われても今全身皮装備の幼女がホルンカの村に駆け込んできただけ。迷わずアニールブレードのクエスト受けれる屋敷に走って行ったから恐らくβテスターと思われ

 

 41 名前:名無しのプレイヤー

  Part1でもあったけどまた謎の幼女か。でも今駆け込んできたなら最速じゃないだろうな。

 

 42 名前:名無しのプレイヤー

  >>41

  34だけど、多分同一人物だと思う。根拠はプレイヤーネーム

 

 43 名前:名無しのプレイヤー

  >>42

  今どんな感じなの? 追跡よろ

 

 44 名前:名無しのプレイヤー

  >>43

  了解だ大佐。そう言うと思って今、追跡している。

 

 45 名前:名無しのプレイヤー

  おい、スレ内に犯罪者が生まれたぞ……おい。

 

 46 名前:名無しのプレイヤー

  そんな事より聞いてくれ。

  あ、ありのまま今起こった事を話すぜ!

  『俺達はモンスターに苦戦してたんだが、その時に森の方から出てきた幼女が《アバンストラッシュ》を放ちそのまま走り去って行った』

  な、なにを言ってるが分からねーと思うが(ry

 これが五分前の話。六人パーティだし、仲間も間違いないって証言出来るぞ

 

 47 名前:名無しのプレイヤー

  >>46

  マジ? アバンストラッシュってドラクエの技じゃ無かったっけ?

 

 48 名前:名無しのプレイヤー

  >>47

  マジだよ。というか凄い手慣れた動きでソードスキル使っててさ……多分仲間が言うには《ホリゾンタル》ってスキルを上手く構えてやったんだろって言ってんだけど

 

 49 名前:名無しのプレイヤー

  >>48

  ちょっと待て。それがガチならちょっと構えが違っててもソードスキルが発動するってことになるけど。あれ、子供の頃夢見たあの技……夢がひろがりんぐ

 

 50 名前:名無しのプレイヤー

  >>49

  その前に、森に入ってたってのがガチなら既にアニールブレードのクエストを受注してアイテムを手に入れてきた、なんて……いや、まさかな

 

 51 名前:名無しのプレイヤー

  >>50

  それは無いだろ。その幼女って確かソロだろ?

 

 52 名前:名無しのプレイヤー

  おいお前ら! とんでもない事に気付いたぞ!

 

 53 名前:名無しのプレイヤー

  >>52

  どうした?

 

 54 名前:名無しのプレイヤー

  ウィンドウを開くと、設定ボタンがあるだろ。そこに『倫理コード』というボタンがあるんだが、その中に『装備の部分破壊』機能ってのがあるんだ。最初はOFFになってるんだけど、それを押したら装備が敵の攻撃で破れたんだ。それだけじゃない、プレイヤーの手でも破ける。これってつまり、女の子の服も破れるって事じゃないか?

 

 55 名前:名無しのプレイヤー

  >>54

  天才

  

 56 名前:名無しのプレイヤー

  >>53

  服が破れるかどうかは自分で決められるらしいぞ。ただし、服を全部脱いでトランクスとシャツ一枚になる必要があるけど

 

 57 名前:名無しのプレイヤー

  ……知らなかったわ

 

 58 名前:名無しのプレイヤー

  やっぱ神ゲー確定やな。バグ起きてるけど

 

 59 名前:名無しのプレイヤー

  あれ、でも何で>>54はそれに気付いたんだ? 

 

 60 名前:名無しのプレイヤー

  >>59

  それな。しかも破いたと言ってるし

 

 61 名前:名無しのプレイヤー

  よし、そろそろゲームに戻ろう

 

 62 名前:名無しのプレイヤー

  リア充死すべし慈悲はない。

 

 63 名前:名無しのプレイヤー

  >>62

  お前、リア充になったら死んでしまうん?

 

 

 ーーーーーーーーーーーー

 

 

「クライン、馬鹿な事言ってゴメン」

「いや、俺の方こそ悪かったな。キリトよ」

 

 草原に寝転んで何気なしに掲示板を眺めながら、二人は静かに和解を果たしたのだった。

 

 

 




 

「一言」
ここまでキリトさんとかを放置して話を進めていくSAOの作品はこれだけなんじゃないだろうか。
あ、後寝たら風邪は治りました。まだ喉は痛いけど。インフルエンザとかじゃなくて良かったです。

そして……これがSAOデスゲーム宣言前の犠牲者達のお話です。


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11.旅立ちとハプニング

 


 RTAって集中切れるとミスしやすいよね(よく偶にある)


 


 

 

 

 紆余曲折(うよきょくせつ)あったが、どうにかハクレイは無事にホルンカの村へと帰ってきた。既に村には数人のプレイヤー達の姿があり、何人かは入れ違いに村を出て行ったので恐らくアニールブレードのクエストを受けに行ったのだろう。やけに周りからの視線を感じるのは、恐らくハクレイが幼女姿だからに違いない。

 とりあえず村内に入ったハクレイは口を開く。

 

『ホルンカの村に到着しましたね。途中でお見苦しい姿を見せてすいません、こっからはちゃんと攻略やっていきます』

 

 その返答代わりのコメントでは「むしろもう一度やって」「全裸待機」「←風邪引くぞ」「←優しいじゃねーか」「ハクレイー! 俺だー! 結婚してくれー!」「←は?」「←は?」「お前ら落ち着け」

 と、若干荒れ気味だった。まぁネタの範囲内だし問題無いだろう、とハクレイはそう解釈して、真っ直ぐと屋敷へと駆けて行く。そしてクエストを受注したNPCに声をかけた。

 

『アイテムを手に入れてきました』『どうぞお納め下さい』『早く妹さんのご病気が治ると良いですね』『ではお礼を下さい』

 

 ハクレイのいきなりの言葉の羅列に、NPCの青年は目を丸くしていた。しかし、それでもアイテムを押し付けるように差し出されているからか、彼は受け取りながらこちらを見て、

 

「ありがとうございます。これで妹m」

『お礼を』『下さい!』

「……アニールブレードです、どうぞ」

 

 何か言おうとしたNPCの言葉をまるで子供のようにピョンピョン飛び跳ねながら区切ったハクレイは何とも言えない表情のNPCからアイテムを受け取る。すると、それと同時に『クエストクリア』というウィンドウが開いた。

 

 『クエストクリアおめでとうございます。最速ボーナスとして三〇〇〇コルを進呈します』

 

 そのウィンドウを消して、ハクレイは『クエスト再受注』というコマンドを押して、NPCの青年にニッコリ笑顔で言う。

 

『妹さんを救う手段があります』『だから』『僕と契約して』『依頼主になってよ♪』

「……お嬢ちゃん、えっと」

 

 そして戸惑うNPCに二つ目のアイテムを押し付けたハクレイはホクホク顏で二本目のアニールブレードを手に入れたのだった!

 ちなみに再受注ではボーナスは無いようで、何も手に入らなかったことを追記しておく。

 

『はい、というわけでまだ現状最速です! いやー良かった良かった。娘さんも助かって万々歳ですね』

 

 言いながらハクレイは既に走り出していた。その背後には泣きながら塩を撒くNPCの姿が映っていたのだがそれにツッコミを入れることは無い。

 「外道幼女」「お前絶対触手の件で怒ってるだろw」「←酔いの件もあるぞ」「NPC泣かすなww」「塩振ってるんだけどwww」「つかまだ最速か」「NPCwww」「NPCに恨みでもあんのかww」

 満面の笑みでアニールブレードを手に入れた幼女は内心で最高の気分だった。

 

『よく考えたら、アニールブレード二本手に入る時間としては全然悪くないタイムなんですよ! 後は宣言通り斧を買って……うーん、今回はお金があるので二本買っておきましょう。後はそろそろ空腹ゲージがヤバイので食料を買って、それから体力回復のポーションを……』

 

 やる事が多いなぁ、と呟いて一先ずハクレイは武器屋へと駆け込んだ。中には上半身裸のガタイの良い筋肉ゴリマッチョ男がいる。どうやら彼が店主らしい。

 壁には槍やら斧やら。様々な武器が吊り下げられていた。

 

「いらっしゃいお嬢ちゃん」

 

 筋肉ゴリマッチョの男がズズイ! と近付きながら声をかけてきた。中々迫力がある。

 

『斧を二つ。一番重いヤツをお願いします』

「斧かい、お嬢ちゃんじゃ少し重いと思うが」

 

 ハクレイの注文にNPCのゴリマッチョ男が難色を示す。これは、装備出来るものの武器として使いこなせないという意味を持つセリフだった。

 ようは、一度振ったあとにもう一度振るために時間がかかるのだ。NPCのセリフによってそういった現在のパラメータからの武器の適性も分かるのである。

 とりあえず一つ、ハクレイは尋ねた。

 

『構いません。持てますよね?』

「あぁ、持つだけならいけるぜ。ただ俊敏に振り回すにゃあ筋力が足らねぇな」

『持てるなら大丈夫です、頂きます』

 

 確認を取ったハクレイは斧を購入した。ハクレイの現在の身長を優に超すサイズの斧である。それが二本。

 現実なら持つことすら不可能なはずだがSAOの筋力の初期値がそれを可能にしていた。

 

『あ、それから片手剣の予備も買いましょうか。一応念のために。主人、一番良い片手剣を』

「あいよ、ロングソードだな。装備するかい?」

『いえ、しません』

 

 言って、ハクレイは手渡されたロングソードを目一杯背伸びして受け取った。

 筋肉ゴリマッチョの身長が二メートル近くあるので、受け取るだけで一苦労である。んんー! と、つま先立ちになって剣を受け取る姿は萌えを感じさせた。

 まぁ、本人は至って真剣なのだが。

 

『はい、これで武器は終了です。次は食料ですね。ちなみにここでは防具を購入しません。迷宮区手前で良い装備を売っている行商人がいるのでそこで購入します。なので、次は道具屋ですね。ポーションを買い込みます』

 

 言いながらハクレイは武器屋を飛び出した。

 ーーーーその時、

 

『うわっ!!』

「むぅ……ッ!?」

 

 不意に武器屋を横切ろうとしたプレイヤーにハクレイは衝突した。

 若干大柄の、大人のプレイヤーの横腹に思い切りぶつかったのだが、体格の差からかハクレイは跳ね飛ばされ地面に転がる。

 そして運の悪いことに。ぶつかられたプレイヤーもバランスを崩し、転けた。

 ーー先に倒れたハクレイの上に覆いかぶさるように。

 完全無欠な幼女の上に、いかにもタンクを任せられるような大柄の男が。

 

(〜〜〜〜〜〜ッ!? 重い重い重い重い重い重いッ!?)

 

 本人は重さによってそんな状況では無いが、コメント欄は盛り上がっていた。

 「ハクレイー!」「おい退けおっさん!」「俺がのりゅぅぅううう!!」「←消えろ変態」「幼女が潰されたああああ!」「あああああ!」と元気一杯のコメント欄である。

 

 

「む、すまない。直ぐにどこう」

 

 幸いにも、相手プレイヤーは直ぐに下敷きとなったハクレイの姿に気付いてくれたらしく、言葉の通り直ぐに退いてくれた。

 ぅぇ、と潰れた蛙のような声を上げたハクレイは自分の身に巻き起こる不幸の連鎖にもう内心泣きたい気持ちで一杯だった。

 

(やばい。なんか今日、某幻想殺しさんくらい不幸だ。つか泣きたい。もうわんわん泣いてやろうか)

 

「ふむ、大丈夫か? 走る時は十分周りに注意したまえ、……ハクレイ君」

『す、すいません。大丈夫です。急いでてぶつかって、ごめんなさい! ……失礼します!』

 

 それでもめげてられない。この攻略が終わるまでは。

 そんな実況者としての使命感がハクレイの体を突き動かす。何とか起き上がり、ぶつかってしまった相手プレイヤーに謝罪したハクレイはまた走り出した。

 今度はマップを開き、周りのプレイヤーの位置を把握しながら集中する。

 ーーそう、集中だ。集中が足りていない。

 

『あー……やばい。色々あって集中足りてないですね。何か集中するとかここから頑張るとか言うと全部フラグになって返ってきてるような気がする。あ、とりあえず今は道具屋に向かってます』

 

 言って数十秒。村自体あまり大きい規模ではないので、比較的直ぐに道具屋へと到着する。

 そこでポーションを一〇個ほど仕入れたハクレイは残額を確認した。

 

(本当はポーション三個しか買えないはずだったけど、やっぱり臨時収入が大きいな。とりあえず残額が五七八〇コルか。こんだけあれば防具一式は揃う……。斧が結構な額したけど、まぁ足りなきゃ今着てる防具を売れば良いし)

 

『では、今から食べ物を買います。実はSAOって、空腹ゲージもありまして、ずっと食べずにいると動きが鈍くなったり集中出来なくなったり、果ては行動不能になったりもするので気を配る必要があります。まぁ行動不能は一週間ぐらい何も食べない必要がありましたけど。似た感じのパラメータでは、ずっと眠らずにいたら突然意識が落ちる、なんてこともありましたね』

 

 ちなみに経験談だ。

 こんな検証をしている時点で馬鹿である。だが、検証による裏付けというものは非常に重要なのだ。やっている事が馬鹿でも馬鹿にしてはならない。

 そもそも、その検証をしている最中はフラフラになって何か食べ物はないか、と食べ物しか頭の中で考えられなくなり、最終的には自分が何を考えているのかすら忘れてしまう極限状態に陥るのだ。一度、そうして倒れて介抱された経験があるハクレイはその恐ろしさを身を以て知っていた。

 

(多分集中が切れてるのって原因これだよな)

 

 ついでに、なんだかんだで三時間以上常に全力ダッシュという体に対しての鬼畜所業を行っている。カロリーなんてとうに使い果たしているだろう。

 端的に言えば腹が減っていた。

 

『とりあえず黒パン買います。三個ほど。この幼女姿なら三個もあれば満腹になります。いやまぁ見た目関係ないんですけど』

 

 言って、そのまま道具屋で黒パン(パサパサでめちゃくちゃ嚙み切りにくい)を購入したハクレイは両手であーむ! とかぶり付きながら次の準備を進める。

 

『とりあえずこれで村での作業は終了です。後は若干体力が減ってますけど、迷宮区に体力回復ポイントがあるのでそこで回復します。ちなみに次の目的地が《トールバーナ》という街で、その街に着く前にフィールドボスと一戦しますね。そのボスがドロップするアイテムが今回の攻略では重要なので確実に入手します。後そのアイテムがあれば、迷宮区を塞ぐボスを無視できるので絶対必要不可欠です』

 

 重要アイテム。

 物凄く気になる言葉にコメント欄がざわめく。

 「レアドロップ?」「装備かな」「指輪……俺と結婚」「←巨乳ならなぁ……」「でもハクレイの搾乳なら見たいかも」「←ドゴォ」「←ドゴォ」「何でやネタ違いやろw」「装備……下着、ハッ」「ここの住民は何でもかんでもエロに思考が向くのか(驚愕)」「←お前もその住民やで」「ザワ……ザワ……」「お前ら装備の話しろよw」「コメントの一貫性無さすぎワロタww」

 コメント……正直、変態放送で悲しい。というか変態しかいないのか! とツッコミを入れたい衝動に駆られるハクレイだった。ただ、一つだけ惜しいところを突いているが。

 

(まぁ指輪アイテムなのは間違って無いけど。全体的にコメント酷すぎない?)

 

 それをするにはログアウトする必要があるので今は出来ないけれど。

 ちなみにそのアイテムを手に入れるのには面倒な条件があった。恐らくβ組でも殆ど知られていないとハクレイは思う。

 まぁ、とりあえず。

 

『じゃあ、村を出発しましょうか! いざ、《トールバーナ》へ!!』

 

 黒パンを頬張りながら、ハクレイは高らかに宣言するのだった!




 
「一言」
なんか、最近RTAちゃんの可愛さを書くことにベクトルが向いていることに書き終わってから気付きました。
とりあえず次回からは真面目なRTAに戻ります。
それから主人公の性癖が増えないんだけど(憤慨)

ちなみに下敷きにされるって体勢によっては(ry


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12.フィールドボス戦

 
 
もうこれSAOの皮かぶった別ゲーな気がする(小並感)
(ちなみに現在までに有り得ない機能沢山ありますけどキチンと説明付けするので今後の展開をお待ち下さい)

では、幼女VSフィールドボスのガチンコバトルをどうぞ(白目)

 


 

 

 

 トールバーナへ向かう道は今までの森道とは違い、ある程度整備された道が続いていた。ホルンカの村から少し行った先に川があり、そこに掛かった石橋を駆け抜け、地面を踏みしめ、ハクレイは足を進めていく。

 時間にして二〇分ほど。何も起こらないまま順調に突き進んできたハクレイは視界に二つ目の川を捉え、ようやく口を開いた。

 

『はい、あの川見えますか? さっきの川と違ってかなりデカイ川なんですが、あそこに掛かっている大きな石橋のど真ん中に目的のフィールドボスが居ます』

 

 まだ遠目なので橋の上にモンスターが居るのかすら分からないが、とりあえずβテスト時の情報をボヤいた。

 それからハクレイは軽く装備を見直す。現在の装備はアニールブレード一本だ。あとは全て装備袋に仕舞われている。防具が、若干耐久力の減った皮装備というのが気になるがそれ以外は問題無い姿だった。

 コメントも「初めてのボス戦か」「ワクワクするな」「ソロでボスとかパネェな」「初見です」「もうちょい露出ある装備にしろよ」「←脱げと?」「全裸待機してます!」「ミスすんなよ」と、一部を除いてハクレイを応援するコメントが目立っている。いや、服装とかいい加減ネタ引っ張りすぎだし諦めろよ、と内心思いつつハクレイは笑顔で剣を握り締めた。

 

『今回狩るフィールドボスの名前は「ルイン・コボルド・ナイト」です。第一層のボスの名前が「イルファング・ザ・コボルド・ロード」なので、コボルド族のナイトなのかな、と個人的に思ってますね』

 

 騎士(ナイト)。そのドロップアイテムが『コボルドの指輪』というアイテムで迷宮区を塞ぐボスに見せると、戦うことなく道を通してくれるお得アイテムなのだ。迷宮区を塞ぐボスは物凄いタフネス系のボスなので、時間短縮の為には必須の指輪であった。

 そして効果はそれだけではなく、『コボルド族に与えるダメージが二〇%上昇する』なんて第一層攻略に打ってつけの効果も備えているのだ。これを取り逃がす選択肢は無いとハクレイは思う。

 

(スキル振りでSTR()に振らない理由はやっぱこれだよな。まぁAGI(敏捷性)上げて手数でボコった方が早いし)

 

『ただ、騎士というだけあって相手もかなりの手練れです。下手したらやられるかもしれませんし、何より倒す為に条件を整えないといけないんですよ。ようは、戦う為にフラグを踏んでかないと戦ってくれません』

 

 そしてそのフラグの一つがアニールブレードのクエストだった。

 いよいよ川が目前に迫り、石橋を渡るだけになったハクレイは橋手前で立ち止まり、歩き出す。

 それからゆったりとした口調で呟いた。

 

『そのフラグの一つがアニールブレードのクエスト。そしてもう一つーーーー』

 

 そのまま歩んでいくと、橋の先に一匹の剣を携えたコボルドの姿があった。その大きさは一.七メートル程だ。通常のコボルドよりも遥かに大きく、鍛えられた筋肉がチラリと覗く胸元から分かる。鉄の甲冑に身を包んだその姿は正しく騎士そのものだった。

 「凄い剣気だ……」「これは、嵐が起こる」「ザワ……ザワ……」「ガチになった……」「イライラタイム」「←TASじゃねぇからこれww」「←RTAでもイライラタイムだぞ」「あぁ、これイベントシーンか」

 向かい合う両者の様子にコメントにも緊張感が生まれる。

 一歩一歩、緊張感のある歩みでハクレイが近付いていく。同じようにルイン・コボルド・ナイトも歩み寄る。

 両者の手には剣。

 にじり寄るように一歩、また一歩と近付く両者はやがて。橋の真ん中で立ち止まった。

 距離はおよそ五メートル。そこまで来て、ハクレイはようやく口を開いた。

 

『ーーーーもう一つの条件。それは、一対一で戦うこと』

 

 直後、ハクレイとルイン・コボルド・ナイトが同時に剣先を相手に向けた。

 それから、数秒。息もつかせぬ雰囲気を漂わせた両者の真ん中に、ヒラリヒラリと桜の花が舞い降りる。

 そしてその桜の花が地面に落ちた時、両者は同時に動いた。ハクレイがかつてない真剣な表情で言う。

 

『攻略法を説明します! まず決闘開始と同時、ルイン・コボルド・ナイトは突撃を仕掛けてきます。その後はこちらの動きによって変わりますが、今回はそれを『右に避けて』顔面を貫きます! 突き攻撃はまずレベル一〇は無いと一撃死するので絶対に避けて下さい!』

 

 言葉の通り、地面を凄まじい勢いで地面を踏みしめたルイン・コボルド・ナイトが手に持った剣で突撃染みた突きを放つ。

 ハクレイとの距離は五メートル。

 しかし、それをルイン・コボルドナイトはたったの一歩で攻撃範囲内へと変えた。

 その必殺の突きを右に回避したハクレイは身長の関係からか思い切りジャンプしてから、逆手に持ったアニールブレードを振り下ろすように突き刺す。

 その際にポイントとなるのは、一度目の突きを避けた後に左腋(ひだりわき)で剣を挟んで直ぐさま二撃目を放てないようにする事だ。身長の都合で地面に足を付けられなかったものの、強引に剣を(わき)に挟んだハクレイは宙に浮きながらの攻撃に成功する。

 

「ギャァッ!? ギィ……!」

 

 顔を貫かれたルイン・コボルド・ナイトは二歩後ろに下がり、顔を押さえて立ち止まる。

 そこをハクレイは何度も切り始めた。

 

『すると、このように相手の視界を奪えます。とはいえ効果は五秒程度なのでその間に攻撃を与えられるだけ与えます。さらに甲冑は攻撃を通さないため、甲冑の隙間を狙うか、剥き出しの顔を狙う必要があります』

 

 今回の場合は剥き出しになった顔ではなく、甲冑と甲冑の隙間を何度も斬りつけていた。小手と胴の隙間や、上の鎧と下の鎧の隙間。即ち腹の辺りを薙ぎ払い、最後に顔面を再び貫いた。

 「攻撃スピードはえぇ」「ポリゴン飛び散ってんな」「HPゲージはまだ緑か」「←もう少しで半分くらい、イエローだな」「凄い!」「幼女が容赦なさ過ぎて草」「大の大人サイズのモンスターが手も足も出てねぇww」「最初から思ってたけどエグいわwww」

 安定した攻めを見せるハクレイにコメントもかなり安定している。

 

(よし、良い調子。もしかしてルイン・コボルド・ナイトはβ時から変わってないのか? いや、決め付けるのは早いか)

 

 今のところ攻撃ミスもなく、順調に体力を減らしている事にハクレイは安堵する。

 ルイン・コボルド・ナイトのHPはもう半分ほどまで削れていた。緑ゲージから黄色ゲージへと、体力ゲージの色が変わる。元々、ルイン・コボルド・ナイトの強みは攻撃を通さない甲冑で、実際の中身は少し強いだけのルイン・コボルド・センチネルなので、それを完全に無視して攻撃を続ける事の出来れば大したことの無いボスだった。危険があるとすれば、一撃死しかねない突き攻撃のみである。

 そして体力ゲージが黄色に変わるそのタイミングを見計らってハクレイは説明した。

 

『ルイン・コボルド・ナイトは体力ゲージが黄色まで削れると、剣を捨てて槍を取り出します。その後前方に一突きしてからは、完全にランダムな動きになるのでこちらの技術で対処します。とはいってもその前に決着を付けますけどねッッ!!』

 

 言った時、目の前ではルイン・コボルド・ナイトが剣を捨てて槍を取り出していた。勿論、この間を待ってやる筈もなく、ハクレイはルイン・コボルドナイトを滅多切りにする。

 そしてルイン・コボルド・ナイトが完全に槍を取り戻したタイミングで、

 

「ギッ……ッッ!!」

『このタイミングで後ろに仰け反ります!!』

 

 叫んだ直後、さながら『マトリックス』のごとく後ろに仰け反ったハクレイの直ぐ鼻先をヒュン!! と音を立てて槍が突き抜けていった。ギリギリのタイミングである。

 「おおおお!」「危ねぇ!」「ああああ!」「ジャストタイミング」「心臓ドキドキするわw」「やべえええ!!」「マトリックスかよww」と、コメント欄も盛り上がる。その間、ハクレイはウィンドウを開き、何やら操作した。

 その時間は一秒か、二秒か。とても短い時間で操作が完了したのか、ハクレイはウィンドウを出現させたまま槍の棒の部分を掴んで、槍の上へと飛び乗った。そこから更に跳躍する。

 空中。

 跳ね上がった空でハクレイは先程開き、操作したまま放置していたウィンドウのボタンを押した。

 

『武器変更・ハンドアックス』

 

 同時、ハクレイが握る剣が斧へと変わる。

 空中に跳び上がっていたハクレイはハンドアックスを両手で握り、ニヤリと笑い、

 

『後はハンドアックスを振り下ろせばぁあああああッッ!!』

 

 槍を回避され、跳び上がったハクレイを見つめて棒立ちするルイン・コボルド・ナイトの脳天目掛けて思い切り斧を振り下ろすーーーー!

 直後、斧が顔面にめり込むと同時、ルイン・コボルド・ナイトの顔が縦に千切れていった。

 そして、HPゲージが勢いよくイエローからレッドゾーンを飛び越え、全損する。

 それからルイン・コボルド・ナイトがポリゴンの波へ変わり、カランと音を立ててハンドアックスが地面に落ちた時、ようやくコメントがハクレイの耳に届いてきた。

 「おおおおおお!!」「888888888(パチパチパチパチパチパチ)」「すっげえええええ!!」「やりやがった!!」「幼女強い!」「幼女はやっぱり強かった!」「おおおおお!!」「ハクレイ兄貴流石やで!」「ハクレイー!」「ファンになりました」「これは惚れた」

 いずれのコメントも沸き立ち、興奮している様子だった。勿論ハクレイもその例外ではない。しかし余韻に浸る事なく、ハクレイはハンドアックスを回収すると再び走り出す。

 そうして初めて、ハクレイは喜びの声を上げた。

 

『やったぞお前ら! 修正されてなくて良かったです。ここをノーミスでいけたのは大きいですね。練習で結構、槍の上に乗るとこでミスしてたので』

 

 β時は飛び乗った時にバランスを崩し転倒、そこを滅多刺しにされた経験がある。思い出しただけでトラウマが蘇るが、ここを無事に突破出来たのは良かった。

 そんな感じで戦闘の感想を言っていると目の前にウィンドウが表示される。

 

『初のフィールドボス攻略おめでとうございます。今回、貴女が最速でのルイン・コボルド・ナイト撃破となりますので、最速ボーナスとして五〇〇〇〇コルを贈呈します。なお、貴女の名前を全プレイヤーに公開する事も出来ますがどうしますか? 公開ネームは別に作る事も可能です。一日以内に返事が無い場合、非公開とさせて頂きます』

 

『あれ、何だこれ。最速ボーナスはともかくとして全プレイヤーに公開なんて知らないんだけど』

 

 困惑するハクレイだが、コメントでは「やれよ」「最速キター!」「これガチでいけるぞ!」「おー!」「おおおお!!」「スゲー!!」とかなりの盛り上がりようである。

 

(うーん……これは)

 

 一方でハクレイの心境は複雑だった。

 実況者としては名前を連ねてみたい気持ちがあるが、流石に実況を見てくれているリスナーはともかくSAO内に自分の名前が広がるのは何か嫌だった。

 だが、『公開ネームを別に作れる』という部分を見てハクレイは名案を思い付く。

 

『公開ネームをハクレイではなく、RTAさんでやれば』

 

 言って、公開ネームを作成してハクレイが返信すると、直ぐさま返信が返ってきた。

 

『かしこまりました。それではプレイヤーネーム『RTA』で公開させて頂きます』

 

 そのままで良いので放置してハクレイは次の目的地へのルートを考える。

 そして真っ直ぐと記憶通りの道を走って行ったところで、メッセージが届いた。

 なんだなんだ、とハクレイがメッセージを確認すると、そこにはこう書かれている。

 

 

【※重要 全プレイヤーの皆様へ】

 

『この度はソードアート・オンラインをご利用頂き誠にありがとうございます。

 今回、初めてのフィールドボス討伐者が現れましたのでご報告させて頂きます。

 公開ネーム【RTA】さんが『ルイン・コボルド・ナイト』を討伐しました。

 最速ボーナスとして五〇〇〇〇コルを進呈されます。

 

 尚、最速ボーナスはクエスト、フィールドボス、フロアボスを対象としております。

 死亡ボーナスなどはありませんので留意下さい。

 またそれぞれのボーナスに関しまして、クエストは上位三名。フィールドボス、フロアボスはトドメを刺したプレイヤー、一名とさせて頂きます。

 また、討伐、クリアが早いほど報酬が高く、フロアボスに関しては特別な装備を獲得出来ます。フィールドボスをパーティで討伐した場合、コルのみ人数で割って分配となります。

 フィールドボスは一つの層に複数いる場合がありますのでご注意下さい。

 以上で説明を終わります。

 分からないことがありましたらメニューにある『質問』へとお願い致します。

 

 

『……マジか。全プレイヤーに公開ってこれか』

 

 

 わざわざ全プレイヤーにメッセージを配布するというのは予想外だった。掲示板か何かで公開される程度だと思っていたのだが、存外大きく広められてしまっている。

 「これでトッププレイヤーだな」「現状最速最強か」「良いね」「つかこのシステムで良いのか? 強者がどんどん強くなるけど」「←分からんけど、面白ければよくね?」「←いや、問題だろ。コルも多いし」「まぁ本来パーティ組んでやるゲームだしなぁ」と、何だかコメントも意外そうな様子だった。

 というかその疑問はある。

 

(現状、俺がコルを総取りしてるよな。初心者プレイヤーに恨まれそうなんだけど。RTAとか何だよふざけんなって怒鳴られそうなんですけど。つかβの時、デスペナルティあんま大きくなかったのに、これはシステム的に良いのか?)

 

 完全に強者至上主義だった。

 何かやるせない気持ちがある。

 

『……まぁ過ぎた事は仕方ない。幸いにもプレイヤーネームで公開はしてないから、バレなきゃ問題無いだろ。じゃあこのままトールバーナ向かいますねー』

 

 何だかフィールドボスを討伐した時の熱い気持ちが削がれてしまったハクレイは、それでも前へ前へと進んで行くのだった。

 




 


「一言」
今まででもそうだけど今回で完全にやっちまった感があります。
そろそろ『本編の終了』も見え始めてきたのでこのまま頑張ります。

 主人公の性癖
・ロリコン
・巨乳お姉さん
・触手プレイ(される側)×
・鎖を付けられた少女、奴隷少女
・ドS……?(疑惑)←New


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13.思惑とSAOの実態

 

 やっぱり学校が始まると書く時間が減りますね。
 それから今回は閑話です。(文字数少なくてゴメンね!)


 

 

 

 ーーまさか、こんな事が起こるとはな。

 

 一面、パソコンのモニターが敷き詰められた部屋に一つだけある椅子に座った男はそんな事を考える。

 彼が見つめるモニターの先には、小さな少女が映し出されていた。黒髪に全身を皮装備に包んだ小さな少女。見た目は一〇程で幼い印象を思わせる姿形に、片手直剣を装備している姿というのは些か違和感を感じる。

 

 モニターに映し出される映像の先では、その少女が右手で剣を構えていた。力みの抜けた立ち姿だが、鋭い剣先は僅かにも揺れず、相対するルイン・コボルド・ナイトの視線を吸い込もうとするかのように冷たく(きら)めいている。

 

 二人。正しくは一匹と一人が向かい合っているのは、若干苔むした石橋の上だ。橋の周りは一面草原が広がっており、少し先には森も見える。

 周囲は静まり返っていて、プレイヤーや他のモンスターの気配はない。浮遊城の外周部から明るい光が両者を照らし、時計の針がそろそろ四時を刻もうかと動く。

 

「………………、」

 

 男は椅子に深く座りなおした。

 目線はモニターに。それでいて少し考える。

 プレイヤー達はまだ知らない。SAO、ソードアート・オンラインが仮想体(アバター)の死が現実の死に直結するデスゲームだなんて誰が気付くだろう。

 だからこそこんなものが見れたのだ。まだデスゲームだと気付いていないからこそ。それでも予想を超える速さで突き進む少女に男は内心、少し喜びを感じていた。

 あくまでゲームとして真剣に、そして遊び心を持ってこの世界に挑み続ける姿は製作者として心から嬉しい、と。

 だが、それでも。

 

 ーーもう正式サービスは始まっている。

 

 現在使用されている実況システム及び、掲示板機能。またプレイヤー名公開などのシステムはチュートリアル開始と同時にその役目を終え、消える。それは確定事項だ。

 元々、掲示板以外の機能は残していても使用されない筈だった。このゲームのチュートリアル開始は午後五時過ぎ。実況システム自体余り大きくは広めておらず、公式ホームページの隅っこに書いた程度であり、またプレイヤー名公開のシステムに関してはこの短時間でフィールドボスを倒してしまうプレイヤーが現れる可能性は低いと思っていたのだ。

 

 ーーだが、その予想は良い意味で裏切られた。

 

 《プレイヤーネーム・Hakurei》一見すると少女のようなアバターを使用している彼の姿を男は見ていた。

 βテスター時からSAOに現れ、攻略組に参加。何度もデータを作成、削除しながら検証を繰り返し、正式サービス開始と同時に『ソードアート・オンラインの最速攻略宣言』をしてみせたプレイヤーである。

 公開ネームに届く可能性、β版を考えても片手の指で事足りるプレイヤーの中に一人に彼の名前はあった。

 彼を含む数人のプレイヤーならもしやとは思っていた。

 

 ーーだが彼は予測を遥かに上回る行動をしてみせた。

 

 その事がゲーム製作者としての男の心にかつてない高揚感を与える。ゲームシステムに関する膨大なデータを手元に持ち、数多くの『死にポイント』に最低限しか触れずにここまで駆け抜けてきた姿はまさに賞賛するしかない。

 それだけではない……リアルなモンスターに明確な死というイメージをもたらすグラフィックを持つSAO内で一切の恐怖を持たず、飄々とした態度を貫き、笑うこと、楽しむことを忘れず、時には愉快なヘマやドジを繰り返しながらあっさりとここまで辿り着いた彼は、真剣にSAOをプレイしてくれる最高のプレイヤーとも言うべきかもしれない。

 

 ーーそれでも、この世界はゲームであって遊びではない。

 

 モニターには、ルイン・コボルド・ナイトを撃破した彼の姿が映っていた。

 走りながらウィンドウを開いて公開ネームに戸惑う姿。それを終わらせ更に突き進んでいく彼は正に最高のゲーマーだ。

 だが、それは。

 この世界において間違った存在に他ならない。

 しかしそれでも構わなかった。プレイヤーの考え方などそれぞれであり、強制することに意味が無いことを男は知っていたからだ。

 だからこそこう思う。

 

 

『ーーーー見せてくれたまえ。君の想いを、プレイを』

 

 

 健闘を祈る、と呟いて男はモニターから目線を離した。

 

 

 

 

 1

 

 

 

 

 ルイン・コボルド・ナイトとの戦闘から五分後。

 さっきまで決闘の場だった石橋は既に見えなくなり、全く代わり映えもなく走り続けていたハクレイはようやくストレージに収納されているドロップした装備を確認していた。

 初期装備であるスモールソード(耐久値が残り僅か)に、無傷のロングソード。ほぼ傷なしのアニールブレードが一本と無傷のアニールブレード。

 後はハンドアックスが二本。それから皮防具。装備ストレージをスクロールして下へ下へと下ろしていった所で、ようやく目的の装備品を発見する。

 

 

『あっ、ありましたよ。これが目的のーー』

 

 

 あった! という子供らしい明るい声を上げたハクレイだが、それも一瞬。装備品を見た瞬間、彼(彼女?)は怪訝そうな顔つきを浮かべた。

 「ん?」「ん?」「どうした?」「もう四時間か」「全裸待機してるけど寒いわ」「←同じく、風邪引きそう」「←お前ら服着ろ」「←お巡りさんこいつらです」「←警察へ、どうぞ」「疲れてきたな」と四時間経っても相変わらずのコメント欄に凄いな、と思いつつハクレイは疑問を口にする。

 

『あれ、指輪じゃなくて腕輪になってる。装備名《コボルドの腕輪》、効果はコボルド族に与えるダメージが二〇%上昇。あぁ、なんだ。指輪から腕輪になっただけなら問題無いですね。装備して損は無いですし、装備しましょうか』

 

 言って、ハクレイが装備ボタンを押すと両腕に腕輪がガチリと嵌った。見た目は奴隷が付けるような鎖の腕輪である。そこから二センチほど、千切れたチェーンがぶら下がっているあたり、『今固定されてた手錠を引きちぎってきました〜』と言わんばかりの感じだった。

 ヒンヤリとした鉄の感覚を感じる。フィット感も悪くは無い。だが、ハクレイは両腕に嵌っている『千切れた手 錠』のような腕輪? を見て白けたような目を向けた。

 

 その様子はさながら侮蔑するようであり、また汚物を見るような目である。

 そして彼は呟いた。

 

『……えぇっと。これ、茅場晶彦の趣味? まさか違うよね? 第一層だよ? 第一層からこんなコアな見た目の腕輪なの? β版は普通の指輪だったじゃん! なぁお前らどう思う!?』

 

 途中で考えるのを放棄してハクレイは丸投げした。

 リスナー達からは「似合ってるよマイハニー」「拘束されてみて」「奴隷少女も良いよね」「目の光無くしてみて」「←無理だろww何させる気だwww」「幼女に手錠……」「茅場GJ(グッジョブ)!」「マギのモルジアナかな?」「←それは思った」「鎖かぁ。鎖……四肢に」「変態しかいねぇww」「ハクレイの実況だしこんなもんよ」と様々な(主に性癖方面に特化した)コメントが送られてきている。

 使えねぇ! と叫びたい衝動に駆られるハクレイだが、グッと堪えて考えを切り替える。

 

『ま、まぁそれは置いておこうか。このまま行けば後一〇分もすれば《トールバーナ》に着く予定です。やっぱ結構遠いね。まぁそれ言ったら始まりの街からホルンカの村までは一時間近くかかったけど、それでも今みたいに三〇分走り続けるってのも相当だぞ?』

 

 まぁこのリアルな世界でそんな事を言うのは贅沢な話なのだろうが、それでもβ版では何度も見た光景なのだ。というか今までサラリと全力疾走で、と言っているが実はSAOにはモンスターハンターのようなスタミナゲージは無い為、こういう意味での体力は気にしなくても良かったりする。ただ、その分空腹になるのが早くなるが。

 そんなこんなで雑談を交えながら話すこと、一〇分。

 ようやくハクレイは目的地であるトールバーナを視界に入れる。

 

『お、向こうに見える街が見えますか! そうです、あれがトールバーナですよ!!』

 

 指差した先には西洋風の街が映し出されていた。

 ファンタジー世界を思わせる街に、ハクレイの気持ちも高まる。

 

『あそこに着いたら最終準備を進めていきます。それから迷宮区突入です!』

 

 声高く張り上げたハクレイは、気分良く草原地帯を駆け抜けていくのだった。

 




「一言」
謎の男、一体誰なんだ……?(無能)


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14.衣装チェンジ

 

 感想、評価ありがとうございます。
 そう言えば今更ですけど、この作品って正しくはRTAじゃないんですよね。
 だから『最速攻略』という言い方をしたりタイトルを元RTA実況者、にしているわけですが。
(前書きや後書きで普通にRTAって言ってるあたり何処か抜けてる作者ですけれど)

 


 

 

 

 時間が四時二十分を回った頃、ようやくハクレイは目的地であった街、《トールバーナ》へと到着した。

 ホルンカの村よろしく、『最速到達おめでとうございます』の文字と一五〇〇〇コルが追加で支給された事を先に言っておく。

 アインクラッド第一層の第二主街区である《トールバーナ》は、フロア南部に位置している。迷宮区に最も近い街であり、フロアボス討伐の最前線となる街だった。その様相はもっぱら西洋風の石造りの街というイメージで、始まりの街と似た雰囲気を思わせる。少し年月が経っているようで、所々古びた印象があった。

 

 しかし街自体は随分と綺麗であり、NPC達が毎日掃除しているのか埃っぽいという感じではない。人の数もそこそこ多く、活気の良さがうかがえた。

 

『ここが今回の最後の街です。やっぱりSAOの街って凄いよなぁ。グラフィック、というかほぼ現実に見えますし』

 

 走りながらあちこち見回したハクレイはふとそんな感想をハクレイは呟く。

 コメントでは「到着ゥ!」「やっぱ始まりの街と似てんな」「ここまで長かったな」「やっと第一層攻略が見えてきたか」と若干疲れたような印象が見受けられるものが多い。

 まぁなんだかんだで四時間くらい経ったし、と思うハクレイ自身、かなり疲れを感じてきている。ここまでノンストップできた事もその要因の一つだが、それ以上にソロプレイが厳しいのだ。

 一応弱点なんかの情報はあるが、所々変更されているモンスターも多々見受けられた。そんなモンスターは無視したり強引に倒したりで何とか誤魔化し、やり過ごしここまで来ているのだがいかんせん精神的な疲れがヤバイ。

 

(まぁ最速で第一層を攻略する、と言った上に今日一日でなんて条件を自分で付けた以上やるしかないけど)

 

『さて。ここまで来たら残り僅か、ではないか。とりあえずここから先は迷宮区へ突入するのみですね。で、今回この街でやる事なのですが特にないです。素通りして、迷宮区に繋がる森の方へと走ります。そこに行商人が居るので、そこで防具を購入する予定です』

 

 とりあえず気を取り直してハクレイは説明する。というか本当にやる事がないのだ。正直ここまでの過程で必要なアイテムは大方手に入れてしまったし、残りの防具も購入場所は決めている。コルが余っているので何かアイテムを買おうと思えば買えるだろうが……。

 

『正直必要なアイテムが無いですね。まぁ転移結晶があれば良いんだけど確かあれは第一層に無かったし』

 

 よって買い物予定もなし。そもそもトールバーナ自体、β版では迷宮区手前の最前線の基地程度の感覚で使用していたし、食事などの娯楽施設を使った覚えくらいしか無い。一応売られているアイテムも確認したが効果が余り変わらない以上買っても無駄になるだけだった。

 

『一応、支援(バフ)付きの食事を出してくれる店もありますが、効果が微々たるものなので今回はパスします。まぁ最速攻略出来る層にも限界があるので、そのうちやります。というかその頃には最速実況から攻略実況になってるんだろうなぁ』

 

 ボヤきながらも足は止めない。

 「どこまで最速でやんの?」「つかレイド組んでやるVRMMOなのにソロでボス倒せんの?」「その企画も楽しみだな」「ソロでボスは思った。削りきれんの?」「←フィールドボスは直ぐ終わったぞ」「←あれは中身ただの雑魚やろ。危険なのは一撃死しかね無い突き攻撃だけやで」「突き攻撃(意味深」「あのさぁ……」「中身考えたらあのさぁ……としか言えんな」「どこを突くんですかねぇ」

 コメントも階層ボスを削り切れるかの心配が出た以外は大方いつも通りだった。

 段々飽きが出てきたな、と思いつつちょっと気分を変えようか、とハクレイはこんな質問を出してみる。

 

『一個皆に聞きたいんだけどさ、皆どんな感じで見てんの? この生放送』

 

 するとすぐに答えが返ってきた。

 「全裸」「全裸待機」「酒呑みながら」「←酒に同じく」「昼間から酒か……」「お菓子食いながら」「お菓子に同意」「全裸待機のやつちょっと待てや」

 全裸待機はともかく、他は普通の回答だった。ふーん、と呟いてハクレイはトールバーナを駆け抜ける。

 そうして数分間でハクレイはトールバーナを抜けた。

 

『何だろう。最後の街なのにこの通り道感』

 

 言葉にするとちょっと悲しかった。

 トールバーナを抜けると、視界に広がるのは森である。迷宮区へはこの森のゾーンを通り抜ける必要があった。

 その途中で行商人のNPCが居たと記憶している。

 

『もうこの辺りはアレだよね。ただの作業』

 

 メタいことを言い、妙な物悲しさに包まれた。

 なんか気が緩み始めてるなー、とか思いつつハクレイは足を進めていく。

 

 

 

 それから五分。

 道は完全に覚えているため、間違えることなくハクレイはちょっとした広場までたどり着いた。

 そして、そこには数人のNPCの姿がある。

 

『あっ、居ましたね。あそこのNPCから防具を購入していよいよ迷宮区に突入します。こっからが本番だからな! むしろ今までが前座なので、ここからは死との隣り合わせです。レベルも低いので』

 

 ちなみに現在のレベルは五。当初、ハクレイが提示したボス攻略の為の最低レベルだった。

 この場合、レベル五も上がったというべきか。それともレベル五しか上がらなかったというべきか。ごく普通のレベル上げゲームなら四時間やってれば二十レベル辺りまでいっていてもおかしくは無いのだが、そこはやはり現実世界と時間がクロスしているSAO。レベルもかなり上がりにくい仕様のようだ。

 とはいえ初日でレベル五というのはかなり破格のレベルなのでは無いかと思う。ついでに何だかんだここまで最速できているのも条件としては悪く無い。

 

『ポジティブにいこう。まず迷宮区ではモンスターのレベルが一回り上がるので気をつけていきます。具体的に言えば雑魚モンスターに殺されかねないのでかなり危険です。今から買う防具を着て、四発耐えれるかどうかかな。ボスなら一発が限界ですけど』

 

 その言葉に対し、コメントの反応は「そうなのか」「結構危ない橋渡らないと勝てないのか」「いけるか?」「ギリギリだな」「一発しか耐えられない……避けゲーかな?」「ポーションが重要になってくるな」「AGI(敏捷性)上げたのに納得だわ」という感じだった。

 それからハクレイはNPCの元へと駆け寄る。

 

『すみません。防具一式下さい。一番身軽なやつを』

「やぁいらっしゃい。旅人の服シリーズだね。今直ぐ装備する?」

 

 ハクレイが声をかけると、白髪にメガネをかけた商売人を思わせるNPCが反応する。スムーズに返してくれたNPCの言葉に頷き、購入するとハクレイの体を一瞬光が包み、服装が変化した。

 

『うわ、スースーする』

 

 上は水色を基調とした服に青いマント。下は青いミニスカートという立ち姿。上着は若干サイズが大きく設定されているのかいわゆる萌え袖のような感じになっており、見た目がロリなハクレイにはよく似合っている。下のミニスカートも若干大きいので普通サイズのスカートと同じような感じになっているが、動きやすそうな感じだった。

 まぁそれ以前にスカートに慣れていないので違和感があるのだが、

 

『もうスカートにはどうでも良いや。ゲームだし。じゃあ先に行きましょうか。それからその間にこの服装を見て何を思ったか正直に言ってみろお前ら。ついでだし片っ端からツッコミ入れてやるよ』

 

 そう言ってハクレイは迷宮区への森道を突き進んでいくのだった。

 




 

「一言」
もう性癖を無理に増やさなくても良いと思うんだ(真理)
さて、今回は衣装チェンジです。トールバーナなんて無かったんや……。


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15.掲示板回③

 

 ギリギリ今日が終わる前に書きあがりました。
 もはや出番すらないキリトさんに合掌。

 


 

 

 ハクレイがトールバーナを抜け、防具を購入していた頃。

 掲示板ではとあるスレッドが再び盛り上がりを見せていた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーー

 

 

 ソードアート・オンライン 最速攻略についてPart18

 

 1 名前:名無しのプレイヤー

  ・このスレはソードアート・オンラインの最速攻略について語るスレです。

  ・その他のことはスレ違いなのでご遠慮下さい。

  ・誹謗中傷コメも無しでお願いします。

 

 

 2 名前:名無しのプレイヤー

  >>1

   スレ立て乙

 

 3 名前:名無しのプレイヤー

   おい、フィールドボスが討伐されたぞ

 

 4 名前:名無しのプレイヤー

   ルイン・コボルド・ナイトだよね

   確か突き攻撃で俺らをワンパンKILL(キル)出来るモンスター

 

 5 名前:名無しのプレイヤー

   賞金コル凄くね?

   高すぎでしょ

 

 6 名前:名無しのプレイヤー

   死んだ連中帰ってこない上、ログアウト出来ないバグ発生してる癖にプレイヤーネーム公開だけはやるってマジでクソ運営だな

 

 7 名前:名無しのプレイヤー

   >>クソ運営

   それ同意だわ。それでいてアナウンスも無いもんな。蘇生の間が働かないのも問題だけどそれ以上に早くログアウトボタンの不具合に触れろよ

 

 8 名前:名無しのプレイヤー

   運営話は他所でやれ。運営を叩くスレがあっただろ。

 

 9 名前:名無しのプレイヤー

   つか今回のフィールドボス倒したのソロだよな

   パーティなら全員のキャラネーム公開されるだろうし

 

 10 名前:名無しのプレイヤー

   >>ボス倒したのソロだよな

   本当なら凄いよな。ソロでボス撃破とか憧れるわ

 

 11 名前:名無しのプレイヤー

   しかも名前が『RTA』で公開だろ。あの橋渡ってもアニールブレードかそれに準ずる武器ねーとかなりキツイだろうし、ガチでRTAさんかもな

 

 12 名前:名無しのプレイヤー

   今日サービス開始のVRMMOをRTAって頭おかしいけどな。つか仮にβ版で検証してたとしても正式版はかなり細かい仕様が変わってるし、RTAというよりかはただの『最速攻略』だろ

 

 13 名前:名無しのプレイヤー

   >>12

   最速攻略でええやん。何が問題やねん。まぁ何処の誰かは知らんが羨ましいな。五〇〇〇〇コルなんてこんな序盤で中々手に入る額やないで

 

 14 名前:名無しのプレイヤー

   >>13

   それプラス《トールバーナ》の第一到達ボーナスで最低一万以上もらえるわけだからかなり有利だなソイツ。あれ、今更だが何だこのクソ仕様

 

 15 名前:名無しのプレイヤー

   やっぱトッププレイヤーばかりが儲かるシステムなのな。エロ関連のシステムが充実してるから見直したけど、ログアウトボタンといい蘇生の間といいやっぱ茅場はクソだわ

 

 16 名前:名無しのプレイヤー

   その後、>>15の姿を見た者は居ない

 

 17 名前:名無しのプレイヤー

   >>16

   勝手に殺すなしwww

 

 18 名前:名無しのプレイヤー

   というかお前ら。ログアウト不能に死んだ奴が復活してこないってこれさ…………デスゲームじゃね?

 

 19 名前:名無しのプレイヤー

   >>18

   流石にあり得ないだろ。バグだって

 

 20 名前:名無しのプレイヤー

   >>19

   もしデスゲームだったらどうする?

 

 21 名前:名無しのプレイヤー

   デスゲームってww

   茅場が急に魔王っぽい衣装着て、我が魔王カヤバーンだ、とでも言うのかよww

 

 22 名前:名無しのプレイヤー

   前に見たVRMMOものの設定だと、現実の顔をバラされるところからデスゲームがスタートしてたな。俺が美少女に囲まれながら茅場を討つ物語が始まるのか(歓喜)

 

 23 名前:名無しのプレイヤー

   待てよ。デスゲームになれば勉強とか気にせずにゲームやりまくれるんだろ?

   それってつまり……

 

 24 名前:名無しのプレイヤー

   >>23

   やったねたえちゃん!

   ゲームが出来るよ!

 

 25 名前:名無しのプレイヤー

   >>24

   おいやめろ

 

 26 名前:名無しのプレイヤー

   >>24

   おいやめろ

 

 27 名前:名無しのプレイヤー

   >>24

   おいやめろ

 

 28 名前:名無しのプレイヤー

   つか、現時点でのトッププレイヤーって誰だろう

 

 29 名前:名無しのプレイヤー

   >>28

   RTAソロプレイヤーは確定だな

 

 30 名前:名無しのプレイヤー

   >>28

   RTAソロプレイヤーと、アニールブレードのクエに挑んでる奴らはトッププレイヤーじゃね?

 

 31 名前:名無しのプレイヤー

   >>28

   β版での感じでは、SAOを徹底的に検証してた検証の人が強かったな。後は攻略組にいたラストアタックボーナスを取りまくってたプレイヤーもクソ強かった覚えがある

 

 32 名前:名無しのプレイヤー

   >>28

   というかまだトッププレイヤーを決めるのは早過ぎだろ

 

 33 名前:名無しのプレイヤー

   >>32

   同感

   もうちょっと進んでからだよな

   まだ第一層も攻略されてないし

 

 34 名前:名無しのプレイヤー

   つかトッププレイヤーって戦闘ばかりじゃないぞ

   商業プレイヤーはどうなんだ?

 

 35 名前:名無しのプレイヤー

   >>34

   道端で雑貨屋、というか露天商してるけどまだまだだな。フレとも協力してるけど余り良い商材はない

 

 36 名前:名無しのプレイヤー

   とりあえず色々なトップ集団が出てくるし、ジャンル分けする必要があるな

 

 37 名前:名無しのプレイヤー

   >>36

   ジャンルは攻略プレイヤー、鍛冶プレイヤー、商業プレイヤーくらいか?

 

 38 名前:名無しのプレイヤー

   >>37

   情報屋プレイヤーも追加しといて。それで今んとこの全部だと思う

 

 39 名前:名無しのプレイヤー

   >>38

   了解。じゃあ現在のジャンル分けは。

   ・攻略プレイヤー

   ・鍛冶プレイヤー

   ・商業プレイヤー

   ・情報プレイヤー

   こんなもんかね? どう思うお前ら

 

 40 名前:名無しのプレイヤー

   >>39

   今のところはこれで良いだろ

   これからまた新要素増えるかもだけど

 

 41 名前:名無しのプレイヤー

   そのうちプロゲーマーとかも出てくるんだろうな

 

 42 名前:名無しのプレイヤー

   >>41

   プロゲーマーがやるか? 金入らないぞ

 

 43 名前:名無しのプレイヤー

   >>42

   同意だわ。動画にして投稿するにしてもSAOに関しては金が絡む設定は出来ないし

 

 44 名前:名無しのプレイヤー

   >>43

   そもそもSAO民に実況者自体少ないけどな。知ってる人は一人しかいないし。まぁVRMMOだし金にならんし、下手なプレイは出来ないしで敬遠されたんだろうけど

 

 45 名前:名無しのプレイヤー

   >>44

   そういやその人は今ニコ生してるんだっけ? VRMMOを生放送でプレイとかよくやるよな

 

 46 名前:名無しのプレイヤー

   お前ら、トールバーナ着いたけど何か質問ある?

 

 47 名前:名無しのプレイヤー

   >>46

   !?

   早くね?

 

 48 名前:名無しのプレイヤー

   >>47

   ルイン・コボルド・ナイトが倒されたと聞いて速攻でトールバーナに向かったからな。ちなみに街は二番目だった。ホルンカの時もだったが誰だ一番

 

 49 名前:名無しのプレイヤー

   >>48

   ホルンカ二位のお前か。また全逃げ?

 

 50 名前:名無しのプレイヤー

   >>49

   当たり前だロ。おっと口調が出てしまったすまん。

   まぁ情報屋やろうと思ってるから最速のボーナス値とかも知りたいんだよ。察してくれ

 

 51 名前:名無しのプレイヤー

   >>50

   AGI(敏捷性)に全振りしてそうだなお前

 

 52 名前:名無しのプレイヤー

   >>50

   RTAプレイヤーは見つかったん?

 

 53 名前:名無しのプレイヤー

   >>52

   いいや、まだ。多分向こうはAGI全振りだと思う。ここまで追いつけないとかなり精神的に辛いヨ、おっとまた口調が出てしまった。

 

 54 名前:名無しのプレイヤー

   情報屋か、β版の時は検証の人と鼠のアルゴがよくネタにされてたなぁ。どっちがSAOの情報持ってるかで

 

 55 名前:名無しのプレイヤー

   >>54

   情報といっても毛色が違うし

   ……決着付かなかったなぁ。

 

 56 名前:名無しのプレイヤー

   俺氏、商業プレイヤー。最前線のアイテムを得るためフィールドに出るも、死にかけて断念。

   やっぱ怖いな、敵

 

 57 名前:名無しのプレイヤー

   >>56

   そりゃあな。でもそれがVRMMOってやつだろ

 

 58 名前:名無しのプレイヤー

   なぁ皆。いま思いついたんだけど決闘システムで大会開けないかな?

 

 59 名前:名無しのプレイヤー

   >>58

   誰が一番強いかを決める大会的な?

 

 60 名前:名無しのプレイヤー

   >>59

   そう

   結構人集まると思うんだよね

 

 61 名前:名無しのプレイヤー

   >>60

   そのうち運営が開くだろ

   『プレイヤー最強決定戦』みたいな感じでさ

 

 62 名前:名無しのプレイヤー

   >>60

   お前にそこまで人望あんの?

 

 63 名前:名無しのプレイヤー

   >>62

   ……出すぎた事を口にしたこと謝罪します

 

 64 名前:名無しのプレイヤー

   >>63

   あっ(察し)

 

 65 名前:名無しのプレイヤー

   >>63

   ……悲しいなぁ

 

 66 名前:名無しのプレイヤー

   俺、頑張って最強目指すよ。女の子にちやほやされるために

 

 67 名前:名無しのプレイヤー

   >>66

   俺もだ

   ハーレム王を目指して頑張る

 

 68 名前:名無しのプレイヤー

   >>66、67

   腕を磨くのは良いが自分のコミュ力を思い出してみろ

 

 69 名前:名無しのプレイヤー

   >>68

   俺、やっぱり夢を諦めるよ(泣き声)

 

 70 名前:名無しのプレイヤー

   このスレで初めて泣いた

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーー

 

 

 こうして掲示板は変わらずに盛り上がっていた。

 プレイヤー達は冒険へと繰り出し、会話を弾ませSAOを精一杯楽しまんとする。

 様々な思惑が交差する世界と知らぬまま。

 彼らはこの世界の中を、生きているーーーー。

 




 


「一言」
遊ぶ時間が足りない、書く時間も足りない。
早く春休みにならないかなぁ(宿題の山に絶望するんだろうけれど)


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16.迷宮区到達

 


 今回、過去最高に文字数が少ないです。
 それからやっとここまで辿り着きました。


 


 

 

 

 迷宮区に繋がる森は余り深くはない。

 あくまで本番は迷宮区であり、森はその手前のエリア。即ちオプションに過ぎないからだ。

 むしろ広さで言うならホルンカの村周辺の方がよっぽど広大な森が広がっている。その代わり、迷宮区周辺の森には一つ、普通の森とは明確な違いが存在していた。

 

『うーん……やっぱり抜け口が変わってる。β版でもそうだったんですが、森自体が若干プレイヤーを迷わすような地形になってるんですよ。流石にここら辺は変えてくるか』

 

 そう、複雑な道だ。

 木々と木々と間を突っ切ってしまってもいいが、偶に麻痺技を持つ『ビー』なんかのモンスターの巣にぶつかってしまった暁にはどんな悲惨な未来が待っているか分からない。一度、針で滅多刺しにされた事のあるハクレイはそれを余り得策だとは思えなかった。

 よく、迷路なんかで常に壁に手をついていけばゴールに着く、と言われているがそれも遠回りである。

 なら、どうするか。

 

『迷宮区はエリアの南側にありますので、切り株を探しましょう。木の年輪を見て方向を掴みます』

 

 「現実的な案だなw」「リアルかよww」「木の年輪で方角分かるの?」「←切り株って丸い円みたいな模様があるだろ。植物は南向きの部分が一番よく育つから、幅がでかい方角が南になる」「←説明乙」「茅場ってそこまで考えて作ってんの?ならSAO凄いな」

 何でもない事のように言ったが、コメントでは驚いた様子が見られた。説明する手間が省けて、ハクレイはありがとうございます、と呟く。

 

『その通りです。詳しく言えば、植物は光の当たる方向に成長していくので、年輪の幅に差が出来てしまうんですね。それで日の光がよく当たる南側は年輪の幅が大きくて、日の当たらない北側は年輪の幅が小さいというわけなのです!』

 

 なのです! と小さくもう一度言ってハクレイは切り株をジロリと見る。年輪の幅が大きいのは……、

 

『あっちですね。じゃあそっちに突っ切ります。ビーが出てきたら全力で逃げます。以前、滅多刺しにされたのですが、あのような思いはしたくないなぁ』

 

 それでも最速を狙う以上仕方がない。

 ハクレイは道なき道へと足を向け直し、全力で駆け出した。邪魔な枝を切り払い、地面に埋まった岩を乗り越え、草木を跨ぎ、進んでいく。

 一歩一歩と足を踏み出すたびスカートがひらりひらりと舞い、背中のマントがはためいていた。

 見えそうで見えない。そんなジレンマに襲われたのか、コメント欄が盛り上がる。

 

 「見え……」「見え……見え……」「見えろおおお」「後少しなのに……!」「パンツ……」「←黙れ変態共ヽ(´o`」「(*^o^*)これは流行る」「←その顔文字は流行らないし流行らせない」「女の子のスカートの中には夢が詰まってるよね」「←分かる」「←分かる」「俺らにラッキースケベを頼む!」「見え……」「萌えた」「抜いた」「←ふぁっく」

 やっぱり変態放送のレッテルは外せないらしい。

 まぁネカマをしているのが悪いんだろうけれども。

 

(それでもちょっとは自重してほしいよな)

 

 どうせ言ったところで適当に流されてしまうのだろうが。

 

『とりあえず迷宮区発見するまでこの調子で行くからなー。後スカートの中が見たいならそのうち出ると思うんで自分で買ってやってみてください』

 

 最初に一八禁放送と銘打っているなら問題は無いが、流石に普通のゲーム実況でエロネタを出すのは不味い。

 偶然ならまだしも自発的にやったのならそれはただの放送事故だ。リスナーを失いかねない危険な行動だとハクレイは思う。

 まぁリトルネペントによる触手プレイ(?)もどきのせいでかなり危ういけれど。

 

(それでも……せめて自分からは変な行動起こさないぞ!)

 

 絶対に! と決意してハクレイはひた走るのだった。

 

 

 

 

 

 それから数分もしない頃。

 急に木々の数が減り出した。一面木だらけの空間から、森の外れに抜けたかのように木々の数が減ったのだ。

 そうして気がつけばハクレイは森を抜けていた。

 

『森抜けた! 後は迷宮区……! あ、あれですね!』

 

 勢いよく森を抜けたハクレイは視線の先に遺跡のような見た目の建造物を発見する。

 見た目は、古い遺跡だった。若干苔むしたイメージのある遺跡。

 間違いない。これは、

 

『迷宮区発見しました! これから突入します!!』

 

 「おおおお!」「抜けたー!」「もうボスかー!!」「お疲れー!」「迷宮区キター!!「おおおおお!!」「キター♪───O(≧∇≦)O────♪」「おめええええ!」「ボスだああああ!」

 視界に広がる建造物を見てコメントが沸き立った。

 おおおおおお!! と雄叫びを上げるコメントを心地良い気分で聞きながらハクレイはその足を迷宮区への入り口へと向ける。

 ーーそう、迷宮区である。

 ようやく第一層のボスがいる場所に辿り着いたのだ。

 

『後は迷宮区攻略して、ボスぶちのめせば目標だった第一層の『最速攻略』達成です! ソロで挑むのでかなり厳しい展開になりますが応援頼むぞお前ら! じゃあ行くぞ』

 

 言って、迷宮区の入り口に辿り着いたハクレイはそっと迷宮区の扉に手をかけた。

 そしてーー告げる。

 

『迷宮区、突入ッッ!!』

 

 おおおおおお!! というコメントをBGMに、ハクレイは迷宮区へと飛び込んで行くのだった。




 


「一言」
森の突破が予想外に短くなりました。
ちなみに切り株のやつですが、日本だと山などの斜面に立っている木だと見分け辛いそうです。
山登りとかで迷った時は、コンパスや地図で確認して下さいね。


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17.外の世界の異変

 


 内容はタイトルの通りです。
 大分簡略化してますがご了承下さい。

 


 

 

 

 ハクレイが迷宮区へ突入した丁度その頃。

 外の世界では騒ぎが巻き起こっていた。

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーー

 

 

 ふと、テレビでも見るかという気分。

 本当に何気ない、日常の中の一コマを切り取ったような時間のはずだった。

 それなのに、これは何なのだろうか。

 

『えー、速報です。今日発売され、サービスが開始致しました世界初のVRMMO、通称ソードアート・オンラインにて死傷者が出ました。詳しい事は分かっておりませんが、頭に装着するナーヴギアを外部から外した時に、ジュウ! という音とともに頭が焼き切れたとの事でーー』

 

 SAO参加者から死者が出た。

 そのニュース速報が流されたのは午後四時。

 ソードアート・オンラインが始まってから四時間が経過した時のことだった。

 

「何、これ」

 

 何やら画面ではニュースキャスターがただならぬ様子で原稿を読み上げており、画面の端ではスタッフが慌てたように行き来する姿が映ってしまっている。

 どうやら新たな情報を持ってきたらしい。

 

『ーー今、情報が入ってきました。現時点での死者は最低でも一六〇名。他にも多く見込まれるとのこと。また、製作者である茅場晶彦さんの行方も分からなくなっているとの事で、現在警察が行方を捜索中とのことです』

 

 そこまで言ってニュースキャスターは紙を置いた。

 他のチャンネルにも付け替えてみるが、テレビ東京を除いた全てのチャンネルで全く同じニュースが放送されている。

 

「何、これ……」

 

 震えた声で呟いた言葉は虚空に消えていく。

 

 

 

 1

 

 

 オタクニュースアプリを開く少年がいた。

 開いた理由は特にない。

 今季のアニメは何が有力候補かな、その程度のものだ。

 いわば毎日の日課というやつである。

 しかし、そのトップニュースに浮かんでいた文字は。

 

「今日サービス開始! 世界初のVRMMOソードアート・オンラインで事故発生。多数の死者が出る?」

 

 記事をスクロールすると、ソードアート・オンラインをプレイした人達が大量に謎の死を遂げているという記事が載っていた。

 その後ランキングを開いてみるも、ランキング上位は全てそれ関連の記事で埋まっている。

 

「……またvipperの仕業か? ガセネタだろこんなもん」

 

 他の記事の大半も「ソードアート・オンライン、デスゲームか?」「SAOで死者が出た件www」「ナーヴギアを取ったら死ぬ!?SAOのニュースまとめ」といった内容で、とてもではないが現実味がない。

 だが、あまりにも量が多すぎた。

 

「……え? ガチネタなのこれ」

 

 そうして思い出されるのはSAOを購入したと言っていた友人の姿。

 呟いた声は消えていく。

 

 

 2

 

 

 また別の場所に移り変わる。

 

『ソードアート・オンラインにて死者がーーーー』

 

 つきっぱなしになったテレビの声なんてもう聞こえなかった。

 

「……ぁ」

 

 カラン、と音を立てて何かが落ちた。地面に落ちた丸い何かはコロコロと地面を転がって、壁に当たる。

 動きが止まったことでようやく。

 転がったものが何なのかを理解する。

 

「あ、あぁぁぁ……」

 

 地面に転がっていたのはナーヴギアだった。

 ナーヴギアを手から取り落とした人物は、地面にへたり込む。そして視線をゆっくりとベッドの方へと向けた。

 その時、焦げたような臭いが鼻をつく。

 香ばしい香りだった。何が焼けたのかを知らなければ、美味しそうな香りだね、とでも言ってしまいそうな。

 

「……嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!」

 

 耐え切れなくなって半狂乱になりながらも、ベッドの上に寝ている人物の元へ近付く。

 寝ている人物はピクリとも動かない。

 

「なぁ、嘘だろ! 死んだなんて嘘だろ! ドッキリなんだろ! 何とか言えよ!」

 

 その時だった。

 叫び声を上げた人物の耳に、テレビからこんな声が届いたのはーーーー。

 

『ナーヴギアを外さないで下さい! 何らかの不具合かは分かりませんが脳が焼け切れて死に至ります』

 

「ーーーーーーあ、」

 

 口から漏れ出た声はもう、聞こえない。

 友人の心臓の鼓動ももう、聞こえない。

 

 聞こえたのは、お前が殺した、という自分自身に対する声だけだった。

 

 

 

 3

 

 また別の場所では。

 とあるスレッドが盛り上がっていた。

 

 

 ソードアート・オンラインで死者が出た件

 

 

 1 名前:名無しのvipper

   内容はタイトルの通り

   情報交換の場として使ってくれ

 

 2 名前:名無しのvipper

   >>1

   スレ立て乙

   サンクス

 

 3 名前:名無しのvipper

   今死者一六〇人。あ、また増えた一八〇人

 

 4 名前:名無しのvipper

   お前らがあんなに欲しがってたゲームだぞ

 

 5 名前:名無しのvipper

   死亡理由が原因不明か……

   まさかデスゲームとか?

   ナーヴギア外したらアウトって言われてるし

 

 6 名前:名無しのvipper

   もうこれでソードアート・オンラインは終わりだな

   死者とかゲーム史上類を見ない最悪の展開だろ

 

 7 名前:名無しのvipper

   誰か助けてくれ!

   高校生の息子がSAOをプレイしてて寝てるんだがどうすればいい

   情報求む!

 

 8 名前:名無しのvipper

   >>7

   とりあえずナーヴギアは触るな

   どうして死んでるのか分からない以上、手の打ちようがない

   外部から外しても死ぬケースあるっぽいし何もしないのが一番だと思う

 

 9 名前:名無しのvipper

   >>7

   正直情報が足りないから、一つしかアドバイス言えんがナーヴギアに触れんな

 

 10 名前:名無しのvipper

   >>8、9

   ありがとう

   とりあえずニュースを全部見たがテレ東以外SAOの事放送してるけど同じ内容しかやってなくて不安なんだ

   何とかしてゲーム内に干渉できないかな?

 

 11 名前:名無しのvipper

   茅場が行方不明な時点でもうね

   今警察が探してるって言ってたし、レクトとかの会社も動き始めてる

   なんか茅場が行方不明な時点でキナ臭いな

 

 12 名前:名無しのvipper

   超速報!

   SAOを実況プレイしてる奴がニコ生にいるらしいぞ!!

   ゲーム内の様子が分かるかもしれん

 

 13 名前:名無しのvipper

   >>12

   それマジか?

   妹が心配だし乗り込んでくるわ

 

 14 名前:名無しのvipper

   >>12に追記

   実況プレイしてる人の名前は『ハクレイ』

   タイトルが『SAOを最速攻略する』だからコメントを真実だと思わせない限り難しいかもしれんな

   ただ、そろそろdwango(ドワンゴ)(ニコニコ動画の運営)が動くだろうし

   他に実況してる話は聞かないから唯一の情報手段だと思われる

   本放送はもう埋まってるからミラーに行くべき

 

 15 名前:名無しのvipper

   >>12、14

   情報提供サンクス!

   早速向かってみる!

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 数々のメディアによる放送。

 飛び交う情報。

 しかし真実味を帯びない数々の内容から、段々と一つの方向へと人々は集約していくーーーー。

 

 

 

 4

 

 

 また、別の場所では泣いている少女がいた。

 

「ねぇ、目を覚まして。覚ましてよ……」

 

 ベッドに横たわる兄のすぐ横に立っていた少女は涙交じりに呟く。

 頭に装着された新品のナーヴギアのすぐ横には、『桐ヶ谷和人様へ』と書かれたメッセージカードと、ソードアート・オンラインのソフトパッケージが置いてあった。

 

「……ナーヴギアは取っちゃ駄目、原因不明の死者……どうすれば良いの?」

 

 ポロポロと涙が零れる。

 落ちた雫が寝ている兄の頬に落ちた。

 胸が上下に動いているのを見ると、まだ心臓は動いている。

 ーーまだ生きている。

 それでも不安だった。

 ニュースを見ても未だ死亡理由は原因不明。死因も詳しくは分かっていない。

 安全に起こす方法も分からないとなれば、不安が起こるのも仕方のない話だ。

 

「…………ッ」

 

 唇を噛み締める。

 恐怖から体を守るかのように両腕を組んだ。

 

(……何も出来ないのがこんなに辛いなんて)

 

 下手に手を出せば兄は死んでしまうかもしれない。

 そんなのは嫌だった。未だに気持ちはゴチャゴチャしていて、納得も理解も把握もしていないけれど、それでも一つだけ確かに言えるのは、死んでほしくないという気持ちだった。

 

「お願い、神様……」

 

 どうか、無事にお兄ちゃんを返して下さい。

 ーーーー桐ヶ谷直葉に出来たのはそう、祈ることだけだった。

 

 

 

 

 5

 

 

 

 ーー着々と現実では死者が現れ始めていた。

 

『えー、また情報が入ってきました! 現在この放送を見てナーヴギアを外そうとされている方はおやめ下さい。外部から外した場合も死亡したケースが存在する模様です。身近にソードアート・オンラインをプレイされている方が居ましたら、ナーヴギアに絶対に触らないで下さい』

 

 テレビのニュース速報やパソコン、携帯、ラジオ。

 ありとあらゆるメディアがSAOから出た死者についてのニュースを取り上げ始めていた。

 やっている事は殆ど同じことだ。

 原因不明の死者。

 脳が焼けている、しかし詳細不明の死因。

 ナーヴギアを外すと死亡する。

 それに加えて専門家(?)達による憶測の情報。

 

 真実が分からない。

 何が真実なのか分からない。

 そこに追い討ちをかける製作者、茅場晶彦の失踪。

 

 正しい情報を得るためにはソードアート・オンライン内にログインでもするか、中の人の話を聞く必要がある。

 しかしソードアート・オンライン内のプレイヤー達は誰一人としてログアウトしてこないし、初期ロットが限られているSAOにログインなんて出来るわけもない。

 その事が更に事態を悪化させ、不可解かつ不可思議なものにしていた。

 

 焦る。

 無事に帰りを待つ人々は焦っていた。

 それでも決定的な真実は出てこない。

 何一つ分からない、理解不能。

 

 そんな暗雲が立ち込め、膠着した状況を打開するニュースが流れたのはその直ぐ後の事だった。

 

 

『ソードアート・オンラインを実況プレイしている人物が存在している』

 

 

 その情報は瞬く間に世間へと広がり、ニコニコ動画へのアクセスが加速的に膨れ上がった。

 それこそサーバーダウンしかねない異常事態が起こる。

 そして。

 ハクレイを取り巻く物語は複雑化していくーー。

 

 

 

 




 


「一言」
大体これくらいが作者の妄想の限界ですね。
さぁ、外の世界も動き出してここから面白くなってきました(書き手的に)


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18.轟く悲鳴は喜か哀か

 

 色々考えてこうなりました(白目)

 


 

 

 視点はソードアート・オンライン内に戻る。

 

 

 「情報をください!」「ゲーム内はどうなってる?」「子供がログアウトして来ないので安否確認をお願いします!」「荒らし?」「←馬鹿か、ニュース見てこい」「ボス攻略はよ」「実況者さん、現実でSAOがヤバイ事になってる」

 

 

『……あれ、何かコメ欄が慌ただしくなってきましたね』

 

 現実でSAOによる死者が出た事など露知らず、ひたすらに攻略を続け遂には迷宮区に辿り着いた頃、ようやくハクレイの元にも異常が生じ始めていた。

 最初の頃はまだポツポツといった感じで目に留めるような事ではなかったのだが、段々とコメント欄が荒れ始めていたのだ。

 何なんだろう、と思いつつ、ハクレイは視線を目の前に集中する。

 

「汝、ルイン・コボルド・ナイトを倒した人間か」

『はい、倒しましたよ♪』

 

 目の前にいるのは筋肉ゴリマッチョのコボルドであった。フィールドボスであり、本来は迷宮区突入の際に倒しておかなければ先に進めない敵である。

 だが事前にルイン・コボルド・ナイトを倒し、ドロップ品を持っていればそれを見せるだけで通過出来るのだ。タフなボスな分、攻略には時間がかかるのでかなりの時間短縮になる場所であった。

 完全無欠な幼女こと、ハクレイはニッコリ笑顔で頷く。ジャラ、と腕に嵌っている腕輪が音を立てた。

 

「……我には貴様を倒せぬ。通るがよい」

『ありがとうございます……じゃあ行きましょうか。ここからが迷宮区本番です』

 

 言ってコメントに視線をやると、やはり変わったコメントが多く見られた。「始まりの街に戻って」なんてコメントや「実況やめて情報下さい」なんてコメントを見るとやっぱり荒らしかなぁ、と内心思ったが考え直す。

 それよりも……、

 

(まぁ良いか、というか今パッと見たらコミュニティ参加者の増え方がおかしいんだけど。なに、一分に三〇人? いや、もっと増えてる。数字の増加に表示が追いついてないのか……? 絶対おかしいよねこれ。完全におかしいよね!?)

 

 異常過ぎる増え幅に怖さを感じていた。

 何なのだろうか。まさか日本は幼女愛国だったとでも言うのか。それとも何処かのスレッドで話のネタにされたのか、それともニュースアプリか。何だか分からないが怖い。

 場合によっちゃ今登録してる人全員ロリコンの可能性もあるよな……と考えて頭を横に振る。

 その際に少し黒髪が振り乱されて目にかかったので振り払ってハクレイは走り出した。

 そして一つ尋ねてみる。

 

『えっと……何だろう。急にコメントがあれな感じになってるけど誰か理由知ってる?』

 

 すると、「さっきから言ってるけどSAOがヤバイ」「現実で死者が出た」「←どうせネタだろ」「ハクレイ気にすんなよ」「荒らしだろJK(常識的に考えて)」「←ガチだから」「お前ら喧嘩すんなし」「←ふざけてる場合じゃないんだよ!」「←ニュース見ろ」「SAOで死者が出てる。ログインしてる友達が心配だから安否確認お願いします」というコメントが見られた。

 ……うーん、と呟いてハクレイは出現(ポップ)したセンチネルを切り捨てる。

 

『SAOが現実で何か事故を起こした? いやまさかないでしょ。世界初のVRMMOで起こる事故でニュースになるものって言えば……そうだな。ログアウト障害くらいしか思い浮かばないけど。後、死者は流石になぁ……。とりあえず後で掲示板覗いときますので、ボス攻略まではこのままやらせてもらって良いですか?』

 

 少し悩んだが、結論はこんなところだった。

 急にコメントやコミュニティ参加者。また視聴人数があり得ない数字を叩き出しながら増えているのでvipperの仕業かもしれない。

 よく、「〇〇の人気投票であのキャラ一位にして〇〇を泣かせようぜwww」なんてスレッドも立ち上がる位だし、「SAOで最速目指してるやつに嘘教えて止めさせて泣かせようぜwww」みたいなスレッドが立っていてもおかしくはないのだから。

 

(とりあえず荒れるのは嫌だし一時的にコメント読み上げ機能切る? ひっきりなしに読み上げられてうるさいし。その方が皆楽しんで見れるよなぁ)

 

『とりあえずボス攻略までが予定なのでそれまでちょっと音声だけ切ります。流石にこれ以上は色々と攻略に支障をきたすかもしれませんので』

 

 言って、ハクレイはウィンドウを開いて『実況』の『ツール』の中の音声読み上げ機能のオフ、を入力する。

 すると相変わらずコメントだけは画面に浮かんでいたものの、音声による読み上げが無くなった。

 急に静かになった事で、ハクレイは小さく息を吐いた。

 

(参ったな、何でだ。まさか急に荒れるなんて予想外だぞ。しかも今も「コメントの通りにして!」だとか書いてあるし……。ここまで来て止めたらリスナーが居なくなる可能性あるし嫌だなぁ)

 

 そんなことを考えつつも手足の動きは止めない。

 今度は飛びかかってきたウルフの群れに対し剣で横薙ぎをする。ゴグシャア!! という大変鈍い音と共にウルフ達の体が宙を舞い、壁に叩きつけられた。キャイン! という悲鳴がフロアに響く。

 

『つか迷宮区は薄暗いですね。怖いなぁ』

 

 そんな事をほざいているが現実的に見れば襲いくるモンスターを蹂躙している幼女の図、というのも中々怖いと思う。

 というか蹂躙だった。迷宮区に足を踏み入れてから一度もダメージを受けていないどころか、ほぼ全ての敵を一撃で仕留めている。

 視界の端で「SAOの事件が」「今来たけど何だこれ!怖っ」「安否確認を頼む!」というコメントが映った。

 

『安否確認……というか第一層攻略したら始まりの街に戻って確認しますから待ってて下さい。というか仮にデスしても始まりの街に戻りますし』

 

 というかここまで来て帰る選択肢はあり得なかった。

 ここまで来て戻ったら何のための『最速攻略』なのだろうか。

 まぁ一番の理由は広告費が今まで見たことのない金額を積み上げられているのを目撃してギョッとしたからだが。

 しかも急に。

 額も数万どころではない。数十万と注ぎ込まれていた。

 

(何だろう。怖い。ちょっとガチで怖い。ボスよりも怖いわ。何でこんなに人増えてんの? 広告費も多すぎて怖いしコミュニティ参加人数も増えまくってるしコメントはさっきよりもカオスだし。とりあえずそこまで金つぎ込まれている以上この攻略だけは何としてもやらないと)

 

 普通、生放送に何十万の広告費を出すだろうか。

 いや、ない。絶対にあり得ない。

 ーーそれほどまで攻略を期待されているならその期待には応えなくてはならないというものだろう。

 それでも、

 

(つったって額がおかしいよね? 怖いよ! どんだけ幼女好きなの!? つか中の人は幼女じゃないけどこう言いたい! ふえぇ……怖いよぉ!)

 

 本当、広告費感謝です。絶対にクリアして見せますので見てて下さいー……と『ハクレイ』は震え声で告げてから記憶している最短ルートでボス部屋へと向かいながら敵を確実に蹴散らしていく。

 コメント欄では「違うそうじゃない」「攻略止めろ!」「気にすんな、やれ」と、何故か意味不明なコメントが見えたが、あり得ない額の広告費をもらって妙なテンションに入っていたハクレイには気づけなかった。

 

「グルル……キャイン!?」

「ピギャァ……ギャギャッ!?」

『ゴメン死んで! 俺この攻略だけはガチでクリアしないといけないの!!』

 

 階段を下り、更に深みへと突き進んでいくハクレイは道すがら。現れたセンチネルとウルフを切り裂いてポリゴンへと変える。声はもはや悲鳴染みていた。

 続いて現れたビーの群れを潜るように回避し、落ちていた石などを拾い上げ、適当な場所に放り投げて音を立てることで敵の注意を逸らしてトップスピードを維持したまま走る。

 途中数回ほど回転して避けたり、飛びかかってくるウルフの背を足場にして飛び越えるという芸当を見せたりと、変態軌道に磨きがかかっていた。

 というか神プレイだった。一度も止まることなくハクレイは暗がりを突き進む。

 

 順調、そして速い。これ以上ない安定したプレイ。

 全力で集中しているためか、先程とは一線を画した動きだった。

 だが。

 その時ハクレイは更に恐ろしいものを目にする。

 

『合計広告費が十二万『合計広告費が二六万『合計広告費が三四万『合計広告費が四三万円になりました…………』

 

(きゃぁあ! また増えたぁ! 怖いって! 何この増え方怖いって! 後から何か『ヤの付く』自由業の方とかが家に来そうで怖いから! 何これ泣きたい!)

 

 しかし報告はそれで終わらない。

 広告費と並行するように『コミュニティレベルが七六に『コミュニティレベルが九〇に『コミュニティレベルが百八に『コミュニティレベルが一二四に『コミュニティレベルが一三五に…………』という某ドラゴンクエストのメタルキングでも狩りまくっているのかという無茶苦茶なレベルアップ報告。

 もうここまで来るとどう反応していいやら分からない。

 

 そして、報告はまだ終わらない。

『コミュニティの人数が二万人を『コミュニティ人数が三万人を『コミュニティ人数が四万人を突破しました』とこちらも明らかに異常なレベルで増幅していたのだ。

 

(いやぁぁ!! 怖いって! 明らかに増え過ぎだから! 増え方が不自然過ぎて怖いから! 何か陰謀めいたものを感じるんだけど!? もしかして大物実況者さんに外で宣戦布告でもされたの!? それか俺の生放送がテレビのニュースに載ったとか!?)

 

『ううぅぅぅ……胃が痛いよぉ……ガチで』

 

 怖かった。

 こんなのあんまりだった。

 ちょっとでも有名になれたらな、なんて軽い気持ちだったのにコメント欄が急に荒れ始めたかと思ったらインフレでも起こったのかと疑いたくなる程のコミュニティ参加人数とコミュニティレベルの上昇。

 何か命でも狙われそうな気分だ。ログアウトして日常に戻ったら何か恐ろしい目に遭わされそうで怖い。

 嬉しいはずなのに望んでた展開をはるかに超える上昇幅なのに素直に喜べなかった。

 内心泣きじゃくりながら目の前に現れたモンスターを切り裂く。

 

「ピギャァ! ギャギャッ!?」

『うるさい今それどころじゃない!』

 

 助けてほしい。恐ろしい増え方を視聴者の期待、と感じていたハクレイはかつてないほどのプレッシャーを一身に感じていた。

 ここまでされた以上リスナーを裏切ることは出来ない。ましてや下手な真似なんて出来るわけがない!

 必死に足を動かしながら、思いっきり力を込めて邪魔な敵を貫く。

 

『ふおおおおおおおおお!!』

 

 もう内心おかしかった。

 おかしな道を見出した変態の目覚めみたいな叫び声と共に、ズバッと敵を吹き飛ばしたハクレイはとりあえず集中した。

 どのルートが効率的か。どの動きをすればよいか。どう倒せばロスが無いか。どう動けばダメージを受けないか。

 その表情は若干目の焦点が定まっておらず、はたから見れば狂人の顔(それでも萌える)で、それでいて泣きそうな様子を見せていた。

 そこに飛んで火に入る夏の虫、もとい。

 モンスター六匹の群れ。

 ギャアギャアとやかましいモンスターを針の穴を通すような技術で的確に弱点を突き、道を切り開いて出来た隙間に体を滑り込ませる。

 そして視界に入った階段を駆け登り、ハクレイはそこで自身が更にレベルアップしていた事に気付いた。

 ふふふふ、とおかしな笑い声を上げてハクレイはAGI(敏捷性)にスキルポイントを全振りする。

 そして何か吹っ切れた表情でハクレイは叫んだ。

 

『ふふふはは!! もう分かった。やるよ、ここまで来たらトコトンやってやるよ! ソロでボス攻略を成し遂げてやるから見てろよお前らーッ!!』

 

 その目にはもう最速攻略以外の事柄は入らない。「違う、そうじゃない」というコメントはハクレイの視界に入ることなく、流れていくーーーー。

 

 

 

 

 




 

「一言」
正直、何時間もプレイして気分がゲーム色に染まっている時にこんな事になったら多分こうなると思う(予想)


以下、説明(知ってたら読み飛ばしても結構です)
《ニコニコミュニティについて》

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―――ニコニコニュースより引用


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19.ボス部屋到達

 

 やっとここまで辿りついたぜ(小並感)

 


 

 

 

 ソードアート・オンライン。SAOの第一層の南部に位置する苔むした迷宮区の一通路にて。『Hakurei』というネーミングの霊夢似の幼女が走っていた。

 ただ、普通の走り方ではない。

 

『ーーヴェァアアアア!!』

 

 ハクレイは。

 某『ご注文はうさぎですか』に出てくる少女の叫び声のような悲鳴を上げながら、涙目で敵を切り裂きながら走っていたのだった!

 ちなみにその原因は視界の端に未だ映っている『頭のおかしい勢いで増えていく広告費』やらの情報が原因なのだが、精神的な疲れや長時間のプレイによる気分の高揚からハクレイはネタ的な反応しか出来なかったのである。というかかなりガチの反応だったりもするが。

 さて、そんな半ば狂人じみた行動を取るハクレイだったが、突然頭をふるふると振って告げた。

 

『……あーもう気にしない。とりあえず集中する! ここで死んだら全部水の泡だから。つかサラッとここまで来てるけど迷宮区の敵の攻撃四発しか耐えられないしぃぃ!』

「キャイン!?」

 

 叫んでハクレイは目の前に出現したウルフを切り裂く。

 ……いや、分かってはいる。本人も分かってはいるのだ。

 こんなの明らかにおかしい事なんてどう考えたって明白である。だが、いかんせんその異常事態に対応出来るだけの脳内リソースが足りなかった。元々この実況は何としてでも成功させよう! と誓っていたハクレイは基本的にはクリア上等。今まではその上でコメントなどに対する反応やプレイングにまで気を遣っていられたのだが、ここまで様々な意見が飛び交う野戦地帯となってしまえばそれも不可能だった。

 

 今のハクレイの精神的様相は端的に言うと、『面白い発言なんか二の次で良いからとにかく攻略』である。

 

 少しでも死ぬ可能性を減らすために神経をすり減らし、ところによっては『あれ……? β版と違う動きしてるなら逃げた方がよくね? 敢えてだよ、敢えて! ほっ、ほら、速さを優先するためにですね!』だの『階段? そんなの数段飛ばし上等ですよ! バランス崩して後ろに落ちなければほら、ノーダメージ!』だの、最速攻略というよりは悪ふざけのような(本人は至って真面目に)奮闘(ふんとう)努力に邁進し始めていたのだ。

 が、流石にそれを通し続けるには無理があった。

 足の動きは段々鈍くなり、思考も停止し始め、半ば狂戦士の如く突き抜けながらそれでもハクレイは走り続けていたが、敵に対する反応も鈍くなり始めていたのだ。

 それから二十分の時間が経過した頃、ハクレイがふと気付いたその時。

 ハッ、とハクレイは我に返った。

 

「グルゥゥ!!」

 

 ーーーーそして。

 直ぐ横に脅威が迫っていたことにようやく気づく。

 飛びかかってきたウルフの牙を回避すべく、ハクレイは背中までかかる黒髪を振り乱し全力で体を捻った。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおお!!?』

 

 バランスを崩して体を地面に倒したハクレイの直ぐ真上をウルフの体が通過していった。慌てて弾かれたように起き上がると、ウルフも反転してハクレイに狙いをつける。

 どうもしばらく現実から目を背けていたらしい、ハクレイは先程までの己の状態を理解し、まずは力強くアニールブレードを握り直した。

 (うな)りを上げる右の前脚を横に回避して、口を開いて牙を見せるウルフの喉の中に思い切り剣を突き刺す。

 同時、音にならない悲鳴を上げたウルフがポリゴンへと姿を変えた。

 ぜえぜえはあはあ荒い息を吐いていたハクレイだったが、やがて気を取り直して場所の把握にかかる。幸いにも知っている場所であり、目的地であるボス部屋に近付いていた事からどうやら意識が無い間も全力で突き進んできたらしい。

 ようやく位置を特定出来たハクレイは目的地へと脚を向け直す。

 

『……すいません、今やっと正気を取り戻しました。ちょっと錯乱状態になってたみたいですね。えぇっと今度こそ大丈夫です。ちゃんと現実に焦点合わせました』

 

 そんな事を呟いて体力ゲージを見つめる。一ドットも減っていない満タン状態である。一応、この先に回復ポイントは存在するが使う必要は無さそうだった。ちゃんと意識も取り戻したしこれでひとまず安心だろう。大丈夫、もう思考放棄なんてするつもりはない。……そんな事を考えつつ先程までの自身の行動にハクレイは戦慄していた。

 

(……にしても危なかったな。思考が変な方向に行ってた。危うく殺された挙句臓物をぶちまけられるグロ放送になるところだったぞ……!)

 

 もしそうなっていたら、と考えて全身から嫌な汗が出るハクレイだったが、ここで冷静になる。そう、なんだかんだあったが一応無事なのだ。ノーダメージで切り抜けた上にかなり良いタイムである。つまり、ある意味で言えば成功ではないか。とりあえず結果オーライとしてここからは気をつけて行けばいい、そうだあっはっはー!!

 そのはずだったが、

 

(あれ……ボス部屋の場所。ここまでβ版通り走ってきたけど同じ場所にあるのか?)

 

 もはや今更な話だが。

 ハクレイの頭にじんわりと疑問が、次いで恐怖が滲み出てきた。

 とりあえずその嫌な予感を解決する方法はないため、思考から振り払って何気なしにコメントを見てみる。

 「ハクレイ大丈夫かよ」「変な事言ってないで情報確認を」「危ないプレイだったな」「←意味深だな」「←おまわりさん(ry」「そんな事よりSAOで死者が」「そんな事よりおうどん食べたい」と、先程より比較的抑えめだが、それでもコメント数は多かった。

 ……さて、こっちもこっちで疑問はある。SAOで死者が云々、と言われている時点で実はかなり嫌な予感もしている。だが、それを信じたくない気持ちも分かってほしい。というかここで認めたらもう完全にコメントの言っている事が本当になりそうで怖いのだ。その辺りの微妙な心理はどうなのだろう、とハクレイは思う。

 

(……というか大丈夫だよな!? SAOで死者がとか言われて心配なんだけどまさかデスしたら現実の死に繋がるとかそんなベタな展開は無いよな!? SAOは実はログアウト不能のデスゲームでしたーとか入った時点でお前らの死は確定してます、なんて言ったら茅場をぶちのめす! 具体的にはバグ技開発してこのゲームめちゃくちゃにしてやる!)

 

 タッタッタッタッ! と迷宮区で反響する足音の踏み込み方が若干強くなる。

 (ほお)からは冷や汗が流れていた。というかこんな事を考えれば考えるほど嫌な予感が加速している気もする。だが、例えばの話。実際に外の世界で死者が出ていたらと考えるとこのおかしな広告費の増大に説明がつくのだ。

 

(……とりあえず怖いしそのことを考えるのはやめよう、まずは当初の目的通り進めよう)

 

 何か怖くなったハクレイはそこで結論を出す。

 それから第一層に戻るなり考えても遅くないと思ったのだ。

 こうなったらやるしかない。やってやる! とハクレイは心を落ち着けてそう思う。

 

『さて、そろそろ目的地が近づいて来ました。β版だとあと五分もすれば回復ポイントがありまして、その先にボス部屋が存在していた筈です』

 

 言って、五分。

 何事もなく薄暗い迷宮区内を駆け抜けたハクレイはβ版と同じ場所に存在していた『回復ポイント』に到達する。

 

(……よし、β版のままだ。よかった、一時はどうなることかと思ったよ)

 

 そのまま回復ポイントの横をすり抜けて行こうとしたハクレイだが、考え直して回復ポイントを使用することにした。

 全回復した、というウィンドウが開くと同時、現在時刻が表示される。

 

『四時五六分。ギリギリ五時前にボス部屋に着きそうですね』

 

 当初の宣言だと四時間半くらいで攻略が終わる予定だったのでかなりタイムロスをしてしまっていた。

 だが、残すはボス戦ただ一つ。回復をし、数秒間精神を休めたハクレイはボス部屋目掛けて駆けていく。

 そしてゲーム開始から四時間五八分ーーーー。

 角を曲がり、走ってきたハクレイの視界に巨大な扉が映った。禍々しい紋章の描かれた、巨大な扉。

 その目の前で立ち止まったハクレイは歓声を上げる。

 

 

『お、おぉお! ボス部屋に到着しましたぁ!!』

 

 

 「おおおおお!」「駄目ええええ!」「帰れええええ!」「ハクレイさんやめて!」「行けえええええ!!」「死=現実での死亡かもしれないからやめて!」「危険な真似はやめてくれ!」

 順風満帆とはいかなかったけれど。

 押し寄せるコメントに見送られながら、ハクレイはようやくボス部屋へと到達したーーーー。

 

 

 

 




 


「一言」
ここまで長かったなぁ……。
ようやく第一層も終わりが見えてきましたよ。

追記
一日、投稿が空きそうです。
次話は恐らく二日後の一月二〇日の夜になると思います。


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20.ボス戦開始

 

 感想、評価ありがとうございます。
 この小説が推薦されていたようですね。本当に感謝です。

 


 

 

 

 ーーボス部屋に辿り着いた。

 所要時間は四時間五八分。ギリギリ五時間を切ったタイムというのはかなり遅いタイムである。

 

『…………、よし』

 

 ハクレイはごくりと唾を呑み込んだ。

 そしてゆっくりとボスが存在する部屋の扉に手を掛け、開く。

 ギギギギギ……という古い、鉄錆(てつさ)びた扉の音が耳に届いた。

 やがて扉がガタン! と完全に開ききった時。

 ーー中から異様な雰囲気が漏れ出す。

 

『ここからは集中するのでコメント見てる余裕がありません。全力でイルファング・ザ・コボルド・ロードを倒します』

 

 扉の先に見えるフロアを見据えながらハクレイはそう呟いた。既にその視線はコメント欄に向けられていない。そして、ハクレイはフロアへと体を滑り込ませた。

 

『ボスが動き出すのはエリアの半分ほどまでプレイヤーが到達してからになります。とりあえずここで装備を『アニールブレード』から『ハンドアックス』に変更しますね。イルファング・ザ・コボルド・ロードが登場すると同時、ルイン・コボルド・センチネルという雑魚敵が三匹お供として現れますので、最初にそいつらを撃破します』

 

 言って、ハクレイは言葉の通り装備を変更した。ハクレイの身長の七割はありそうな長さの『アニールブレード』をしまい、今度は体全体のサイズよりも大きな『ハンドアックス』を持ち上げる。

 とはいえ筋力値が満足に足りていないからか、自由に振り回すことは不可能な武器だ。持つことは可能だがやはり重い、とハクレイは思う。

 そして装備を揃えたハクレイは前方に視線を向けた。

 

 薄っすらと見える王座。

 その上に座るコボルド族の王の姿。

 

(……ようやく来たぞ。焦るなよ、確実に、確実にだから)

 

 部屋にいるプレイヤーはハクレイ一人。その一人が黙り込むと部屋からは完全に音が消え失せる。

 静寂とも言うべきか。

 いや違う。たった一つだけ鳴り響く低音だけが耳の奥に残っている。これは……心臓の音。ハクレイの胸の中で、仮想の心臓が盛んに送り出す血液の音。それとも、現実の体の心臓の鼓動が届いてきているのか。数秒、緊張を解く意味も込めてじっと聞いていると、鼓動はゆっくりゆっくりとペースを落とし、限界まで張り詰めていた精神も少しずつ解け始める。

 

 そしてふっと心が軽くなったと同時、意識が揺らいだ。両手で持つハンドアックスを取り落としそうになって、慌てて掴み直す。

 それからフゥ、と小さく息を吐いてエリアの中央へと、ハクレイは歩き出した。

 

 ーー信じられるのは己の技術だけ。

 ーー大丈夫、きっと上手くいく。

 

 心の中で呟いた。これはルーティンのようなものだ。ボス戦前はいつも数秒間こうして心を落ち着けていた。

 ああ……これでもう大丈夫。何も怖い事はない。

 そう認識してハクレイの周りを包む雰囲気が一変した。

 張り詰めたような緊張から、ピンと張った弦のような。ニュアンスは違うが『鋭さ』というべき雰囲気が生まれていた。

 

『ーーーーいきます』

 

 呟いてハクレイが一歩目を踏み出す。

 その瞬間、何かが弾けた!

 フィールドを覆っていた得体の知れない雰囲気が消え去り、代わりに恐ろしいまでの重圧が生まれる。

 バラバラバラバラー! と何かが切り替わるように視界が広がると同時、王座に座っていたモンスターの姿がハッキリと視認できるようになる。

 

『イルファング・ザ・コボルド・ロード!』

 

 ハクレイはボス名を叫んだ。

 同時、姿を確認する。まず目に入るのはその大きさだ。通常のコボルドの三倍から五倍はあるだろうか。ハクレイより何倍も大きな図体に、巨大な斧と(バックラー)が目立つ。

 ハクレイの声に反応するかのように、王座から立ち上がったイルファング・ザ・コボルド・ロードは咆哮を上げた。

 

「グルァァアアアアアアアッッ!!」

 

 同時、イルファング・ザ・コボルド・ロードの背後から取り巻きである三匹のルイン・コボルド・センチネルが飛び出してくる。

 三匹の取り巻き達はそれぞれ斧を片手にハクレイ目掛けて突撃してきていた。それを視界に捉えたハクレイは早口で言う。

 

『攻略法を説明します! まず、最初に飛びかかってくる三匹は同時に相手するとキツイので、一撃で一掃します。相手の行動パターンとしては、最初にプレイヤーに近付いてから斧を振るというのが多いので、こうします!』

 

 言ってハクレイは両手で『ハンドアックス』をギュッと掴んで、グルグルと回転し始める。その姿はさながらハンマー投げの選手のようだ。

 一周するごとにブルン! ブルン! と音を立てる斧を自身ごと回転しながら、ハクレイは狙いを定めて近付いてきたルイン・コボルド・センチネル目掛けて横薙ぎする。

 

「ピギ、ィッ!?」「ギャァッ!?」「ピ、ピッカギャァ!」

 

 見事、命中させることに成功した。

 ハクレイが振るった斧の刃が的確にルイン・コボルド・センチネル達の腹を切り裂く。真っ二つに切れた胴体から粒子の波が漏れ出し、やがてポリゴンへと変わった。

 

『よし! 次の行動を説明します! 次は、ボスのイルファング・ザ・コボルド・ロードがジャンプして俺が今いる場所に飛び込んできます! ジャンプ力がかなり高くて数メートル飛び上がりますので、そこにこの斧をぶん投げて撃ち墜とします!!」

 

 一見、無茶苦茶な事を言っているので簡単に説明しよう。ようは、ジャンプして空から飛んでくる敵に斧をぶん投げて命中させ、撃ち落そうという話だ。

 正直、馬鹿みたいな方法だが空中で当てるメリットは大きい。ぶん投げた斧がクリティカルヒットしたダメージに加え、空中で行動をキャンセルされたことにより落下ダメージも与える事ができるのだ。

 そもそもの話、このゲームのボス戦とは四〇人強のレイドで行うものである。断じてソロで挑むものではない。こういった搦め手が結構重要なのだった。

 そしてハクレイの言った通りイルファング・ザ・コボルド・ロードが飛び上がる。

 その瞬間、ハクレイは目視で狙いを付けた。

 

『ーーーーそこだぁっ!!』

 

 グルグルとぶん回して速度を貯めていた斧をそのままの勢いでぶん投げる。放り投げられた斧は回転しながら物凄い速度で飛んでいき、イルファング・ザ・コボルド・ロードに命中した。

 

「グルッ!?」

『っしゃあ! ブチ当てたら装備を変更します。アニールブレードに変更し、滅多斬りです! それから相手が体勢を立て直したら引いて、放り投げた斧を装備欄で装備し直すことで回収します』

 

 空中で斧が真正面から突き刺さったイルファング・ザ・コボルド・ロードが墜落する。

 ズシーン! という音を立ててイルファング・ザ・コボルド・ロードが地面に叩きつけられると同時、四本あるHPゲージのうちの、一本の三分の一程が削れた。

 

『立ち上がるまで斬ります! その間、また取り巻きが湧く恐れがあるので一応辺りに注意するのがポイントです。体術スキルが取れればそのうち『幻想小足』の真似事も出来るんですけどね』

 

 斬斬斬斬!! と物凄い速度で振るわれる剣で更にHPを削り取る。だが、今度は殆ど削れない。恐らく、『速度貯めた斧の一撃>アニールブレードの連撃』の図式が成り立っているのだろう。まぁ単純に考えても前者の方が威力が高いのだし当たり前ともいうべきか。

 その時、イルファング・ザ・コボルド・ロードが立ち上がった。素早く後ろに飛び退ったハクレイはメニューを開き、装備品欄からハンドアックスを装備し直して回収する。また、直ぐにアニールブレードを装備し直して、ハクレイは相手の動きを観察した。

 

(……今の所、順調。正直、ボスに関してだけは最初の動きを除けば殆ど法則性が分かってないからな。その時その時で対応するしかない。とはいえ、パターン数が多いだけだから大体には対応出来る筈ーーーー)

 

「グルァァ!!」

 

 その時、イルファング・ザ・コボルド・ロードから縦に放たれた斧の一撃を横に転がるようにして回避する。

 そして素早く立ち上がり、全振りしたAGI(敏捷性)を生かして背後へと回ったハクレイは背中を滅多斬りにした。

 しかしダメージとしては全く大きくない為か大したことのない様子でイルファング・ザ・コボルド・ロードが振り返って二撃目の斧を振るった。今度は横薙ぎである。

 

『この攻撃は剣を棒高跳びの棒のように使って上に避けます。その後、逆手に持った剣を喉に突き刺すーーッ!』

「グルギャァ!?」

 

 宣言通り、剣を逆手に持ち替えてからハクレイは思い切り剣先を地面に押しやって体ごと浮き上がる。現実でやれば間違いなく剣は折れ、両腕を骨折する無茶苦茶な動きだが、仮想世界内なので問題なく行えた。

 斧の横薙ぎを上に回避したハクレイはそのまま思い切りアニールブレードをイルファング・ザ・コボルド・ロードの喉元に突き刺す。

 

『喉に突き刺さった剣を取る為に装備品欄から再度装備し直します。ちなみに剣を二本揃えた理由ですが、先程のような無茶苦茶な使い方した場合、耐久値が著しく減少するので予備として持っておく必要があったからです!』

 

 地面に足をつけたハクレイはイルファング・ザ・コボルド・ロードの喉に突き刺さっていた剣を装備し直し、ここでソードスキルを発動させる。

 

『ここでソードスキルを発動します! 喉につき刺せば三秒ほど相手が止まるので、そのタイミングを狙って下さい。行くぞ、ソードスキル、レイジスパイク!!』

 

 レイジスパイク。片手剣のスキルである。技自体は前方に突進して突きを繰り出すだけの技であり威力もそこまで高くはないが、代わりに硬直が極端に少ないスキルだ。その為、とりあえず放ってみるソードスキルとしては最も使用頻度が高いと言ってもいい。

 また、このスキルは次のソードスキルに繋げやすいスキルでもあるのだ。

 ーーだが、

 

「グルォォオオオ!!」

 

 その時、イルファング・ザ・コボルド・ロードが反転した。巨体に似合わず簡単にくるりと回転したイルファング・ザ・コボルド・ロードはそのままの勢いで斧を横薙ぎする。

 一瞬、ギョッとしたハクレイだが直ぐさまに地面に倒れ込んでそれを回避した。

 そしてただ回避するだけではない。

 

『ソードスキル! スラント!』

 

 倒れながらの体勢で無理やり放つ。スラントとは、片手剣のスキルで端的に言えば斜めに斬りつけるだけのスキルだ。今回の場合、斧の刃が頭を通り過ぎたその瞬間ソードスキルを発動させた為、倒れていった筈の体勢から無理やり元の体勢へとスキルの補助によって戻されてからの攻撃となる。

 神プレイだった。

 だが、今のはかなり危なかったのかスラントが命中してからもハクレイの表情は固い。

 

『直ぐに下がります! やっぱり見たことない動きもありますね。いまの回避できたのかなり奇跡です』

 

 宣言してハクレイは剣を構えたまま後ろに飛び退った。その際に追撃の斧が放たれるが何とか剣で弾いて受け流す。

 ビリビリ、と衝撃が剣を伝って腕に伝わってきた。

 

(……流石フロアボスは違うな。レベルが違う、弾くのでも結構大変だ)

 

 それから何とか距離を取ったハクレイは改めて現在までを確認する。

 現在のイルファング・ザ・コボルド・ロードの残り体力は四本ある体力ゲージのうちの一本目の残り二割を切ったところだった。正直まだまだという印象である。

 もう戦闘開始から数分は経過しているが、倒すまでは時間がかかりそうだった。集中切らなさないようにしないとな、とハクレイは剣を強く握りなおした。

 

『続いていきますよ! 絶対に倒してやる!』

 

 そして叫んで突撃していったその時だった。

 ーーーー見知らぬ音が聞こえてきたのは。

 

『……え?』

 

 それと同時、目の前で妙な事が起こる。

 先ほどまで敵意むき出して斧をぶん回していたイルファング・ザ・コボルド・ロードがガッチリ固まったのだ。

 更に、異変は続く。

 

『……これは?』

 

 聞こえてきた音がようやく明確に聞こえるようになった。ボーン、ボーン、ボーンという鐘の音。

 そして目の前には急に固まって動かなくなったイルファング・ザ・コボルド・ロードの姿。

 困惑したような表情であちこち見回したハクレイだが、ようやくその鉦の音が『運営による強制転移』の際に起こる音だということに気付いた。

 

『……これ、確かβ版で聞いたことある。強制転移だよな……。あれ、でも』

 

 ふと疑問が浮かんだが、それは後回しにした。

 ハッ、と意識をイルファング・ザ・コボルド・ロードに向け直す。

 

『固まってる今ってチャンスじゃーーーー!』

 

 そして迷わずアニールブレードを携えて切り掛かる。

 縦横斜め、やりたい放題に切りつけた。

 だが……、

 

『……体力減らないんだけど。何だこれ、つかこの音って強制転移される時の音だよね!? 強制転移されないんだけど!? 何これ、どうなってんの!?』

 

 ガッチリ固まったイルファング・ザ・コボルド・ロードの体力が減ることはない。

 更に強制転移する時になる鐘の音が聞こえているが強制転移もされない。まぁ強制転移に関してはされたら困るのだが、それはともかく。

 

『ーー何がどうなってるんだ?』

 

 第一層迷宮区の最奥で。ごく当たり前の疑問を口にしたハクレイは呆然とした顔つきでアニールブレードを握ったまま立ち尽くしていたのだったーーーー。

 

 

 

 

 




 

「一言」
さて、何が起こっているのだろうか(次回へのフリ)

追記という名の業務連絡。
明日まで仕上げなければならない提出物があるので今日は書けません。
次の投稿は恐らく一月二二日の夜になると思います。


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21.チュートリアル

 

 

 

 何が起こっている?

 ーーそれだけがハクレイの心を占めていた。

 

『何、が? 何でボスが固まって? それにさっき聞こえた強制転移は……』

 

 意味不明、理解不能。

 さっきまで敵意剥き出しで襲い掛かってきていた第一層のボス。イルファング・ザ・コボルド・ロードをツンツン、とアニールブレードの先でつついてみるも反応はない。

 バグ? フリーズ? エラー?

 幾つかの可能性を考えてみるがどれもピンとこない。そもそもソードアート・オンラインには『カーディナル』と呼ばれるバグを瞬時に発見、修正する機能が備わっているのだ。バグもエラーもありえない。また、フリーズも考えにくかった。

 

(……だってこの世界にイン出来るのはたった一万人。そんな人数で落ちるほど脆弱なシステムなわけがない! そんなの旧世代の型落ち品だってこなせるレベルだろ)

 

 と、なれば何の可能性が残されているのか。

 とりあえず、ハクレイは口を開く。

 

『……あの、固まったんですけど生放送ちゃんと映ってます?』

 

 確認したのは自身の実況だった。というのも、正直な話ソードアート・オンライン側に不具合があったとは思われにくいのだ。

 となれば実況機能がエラーを起こしたか、または録画に失敗したのかそんなところだろう、と当たりを付けたのである。

 しかし、コメント欄を見ると「違う」「なんかテレビで茅場が映ってる」「チュートリアルとか言ってる」「ボス戦やめろ」「今知った。SAOの死者ガチだったわ」「茅場がプレイヤー集めて演説してる」「←に追記、どうやらテレビ局にハッキング仕掛けてSAO内を映してると思われる。全部のテレビ局が同じことしてる」

 と意味不明な羅列が多かった。というか返信されてくるという事は実況機能には問題無いのだろう。

 ……問題、

 

『ちょっと待って? SAO内に死者? さっきも聞いたけど本当にガチネタなの?』

 

 問題大有りだった。

 主に内容が! 先程は荒らしかと思って聞き流したが、流石にこうまで言われて無視出来なくなったハクレイは思わず聞き返す。

 「本当の話」「で、今広場っぽいとこに大勢のプレイヤーが集められてる」「今回の死者騒動の説明か?」「……つかNGコメント多過ぎだろ。半分以上投稿した側から消されてるぞ」「←あの腰の重い運営が動き始めたんじゃないか?」と直ぐには理解出来ない返答が返ってきた。

 

(……ガチネタ? 実感ないんだけどなぁ。というかコメントがイマイチ釈然としない)

 

 首を捻る。だがこんなことを考えている時も視線をイルファング・ザ・コボルド・ロードから外さないあたり急に動き出さないかの心配もしているのだろう。

 というかいきなり死者と言われても分かるわけがない。現にここまで何一つのバグもなくハクレイはプレイを進めてきたのだから。

 それはともかく、ハクレイは先程のコメントの一つを抜き取って呟く。

 

『広場……って始まりの街の広場か? そこで何が起こってんだよ』

 

 呟きだされた声はボス部屋の中で消えていくーーーー。

 

 

 

 1

 

 

 

 時間は少し巻き戻る。

 始まりの街周辺での事だ。

 

 

「ーーしっかし、何度見ても信じられねぇよな。ここがゲームの世界なんてよ……作ったヤツは天才だぜ」

「あぁ、俺もそう思うよクライン」

 

 時刻も夕方に差し掛かった頃。一通りのレクチャーを済ませたキリトはクラインとそのような会話をしていた。

 見渡す限り広がる草原。座り込むと草木の一本一本まで作り込まれているのがよく分かる。空には夕陽が浮かんでいる。そこから発せられる虹彩も本物のそれだ。

 圧倒的なまでのリアル感。

 これが仮想現実。これが茅場晶彦の作った世界。

 凄いな、と思いながらキリトはそこで思考を切り替えてクラインに今後の動向を尋ねてみる。

 

「クライン、どうする? まだ狩りを続けるか?」

「あったりめぇよ! ……って言いてぇところだがよ」

 

 元気良く返事して、それからクラインが残念そうな顔を浮かべた。

 

「ピザを注文してんだ。その指定時間がそろそろでよ」

「そっか。じゃあ一回落ちるか?」

 

 了解、と言ってからクラインはキリトに頼むような雰囲気で付け足す。

 

「あ、それでよ。俺その後、他のゲームで知り合った奴らと落ち合う約束してるんだ。どうだ? あいつらともフレンド登録してやってくれねーか?」

「あぁ、分かった。構わないよ」

「そう言ってくれると思ったぜ! あとそいつらにもレクチャー頼む。皆、今日が初めてでな」

 

 にっこり笑ってサムズアップするクラインの様子に思わずキリトの顔からも笑みが漏れる。

 と、その時キリトが思い出したように言う。

 

「あ、それはさておきそろそろログアウトした方が良いんじゃないか?」

「おぉ、そうだった。早くしねぇとピザが冷めちまう」

 

 言って、クラインが右手を振ってウィンドウを表示させる。それからログアウトボタンを押そうと画面を下にスクロールして、

 

「あれっ?」

 

 間抜けな声を上げた。

 どうした、とキリトが尋ねると「い、いや、何でもない」とクラインが言ってもう一度ウィンドウの中を探し始める。

 もたついた様子でいつまでもウィンドウを触り続けるクラインを見て、キリトは再度尋ねた。

 

「どうした?」

「いや、ログアウトボタンが見つからなくてよ……」

 

 その一言にキリトは訝しげな表情を浮かべた。それから自分のウィンドウを開いて確認してみる。

 右手を振ってウィンドウを表示。そこから一番下にスクロールした所に、

 

「……本当だ。確かにない」

 

 バグか? という考えが浮かぶ。

 それから二人して顔を見合わせて、何だろうな? とか呟きあった。

 ーーーーその時だった。

 

「ん、鐘の音……?」

 

 リンゴーン、と響いた鐘の音。

 何だ、と二人が音の聞こえてきた始まりの街の方を向く。

 途端、二人の体が鮮やかなブルーの粒子に包まれた。

 

(これっ、強制転移ーーーー!?)

 

 本当に何だ? と思いながらキリト達は始まりの街の広場へと転移する。

 

 

 2

 

 

(……というのが少し前の話)

 

 キリトは辺りを見渡しながら考える。

 キリト達が転移させられた広場には既に何千人というプレイヤー達が集められていた。既に強制転移から数分が経過し、未だGM(ゲームマスター)の存在などは見受けられない。

 掲示板の知識から『ログアウトボタンの消失』と『デスしたプレイヤーが復活しない』ことに気付いているプレイヤーが多かった事もあり、既にブチ切れているプレイヤーも存在するようだ。

 ざわざわという喧騒の中に混じって怒号も聞こえる。

 

「……キリト、これって何なんだ?」

 

 ふと、隣にいたクラインがキリトの方を向いて尋ねてきた。キリトはゆっくりと首を左右に振って呟く。

 

「分からない。だけど、強制転移されたって事はログアウトボタンの不具合に対する謝罪か何かじゃないか……?」

 

 言って、キリトは妙な不安に襲われた。何だろうか、胸騒ぎがするのだ。拭っても拭いきれないドロドロとした感覚。

 そしてそれは起こったのだ。

 

「あっ、皆空を見ろ!!」

 

 喧騒の中から誰かが叫んだ声が耳に届いた。

 やっと運営の登場か、と。一斉にプレイヤー達が上空を見上げる。だが、そこに映る光景は予想とかけ離れた映像だった。

 

「……なんだよ、あれ」

 

 その言葉を呟いたのは誰だったか。

 分からない、分からないがそれよりもプレイヤー達は皆その光景に戦慄していた。

 まず、見えたのはドロドロとした赤い液体。

 正直に言って悪趣味としか思えない彩色だった。

 そんな液体が広場の空から流れ出し、やがて一つの形をかたどっていく。

 ーーーー人の姿へと。

 大きさは二〇メートル程だろうか。赤ローブ姿の巨人が広場の中央に現れる。フードの中から覗く顔は真っ黒に塗りつぶされていた。

 キリトはその姿に見覚えがあった。

 

(……GM。それも茅場晶彦)

 

 GM(ゲームマスター)。それもただのGMではない。

 仮想現実という幻想に等しいソレを現実に仕立て上げて見せた天才が使うキャラクター。

 現れた赤ローブの巨人はあくまでゆったりとした動作で口上を述べる。

 

『プレイヤー諸君、私の世界へようこそーーーー』 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 長くなるので簡単にまとめよう。

 茅場晶彦が述べたのは以下の事である。

 

 自分はこの世界を唯一自由に出来るゲームマスターであり、一万人のプレイヤー達をこの世界に閉じ込めたと。

 この世界での死は現実の死と直結しており、この世界でHPがゼロになったプレイヤーは現実世界で本人が被るナーヴギアから高出力の電磁波が照射され、脳が蒸し焼きになり死に至る。また、外部から外した場合も同様の効果が発動し、既に二〇〇名弱のプレイヤーがそれによって死に至っていると。

 それだけではない。

 茅場はプレイヤー達の仮面を剥がし、現実世界の顔と同じにする事で死に繋がる部分の裏付けを行ったのだ。

 素顔を晒された桐ヶ谷和人(きりがやかずと)、キリトも思わずクラインのキャラクターと現実との顔のギャップに驚かされた。また、ネカマプレイヤー達が主に酷い黒歴史を背負わされた事も追記しよう。

 

 そして、文字通りのデスゲームと化したこの世界から脱出する方法はただ一つ。アインクラッド最上層である第百層にある『紅玉の間』に辿り着き、そこでラスボスを撃破する事だ。しかもただの一度も死ぬ事なくという制約付きで。

 どんな無茶ぶりだ。そんなのどう考えたってそうに決まっていた。

 

「……ふざけてる」

 

 全てはその一言で集約される。

 茅場晶彦の考え方。それに加えて信じられない話の数々に、外部で繰り返し放送されているというSAOのニュース。

 茅場は外部からの助けは無いと言い切った。

 実際、茅場はナーヴギアの基礎設計からアインクラッドの構築までの全てをほぼ独力で成し遂げている。今世紀最大の頭脳とも言われ、名実ともにその名を不動にするはずだった。

 だが、それは違ったのだ。今では一万人のプレイヤー達を監禁した今世紀最大の犯罪者というのが正しい。

 どう考えたって、茅場晶彦という人間は狂っていた。

 

 

『さて、ここにソードアート・オンラインのチュートリアルを終了する』

 

 

 プレイヤー達を見下ろす高さから茅場は言った。そして彼は続けて言う。

 

『また、これをSAOの正式サービスの開始宣言(、、、、)としてこの場を閉めさせてもらおう』

 

 本当にふざけていた。

 未だ納得も理解も肯定も判定も反応も判断も出来ていないプレイヤー達に対しこの男は言うだけ言ってこれで用は済んだとばかりにこの場を閉めようというのだ。

 しかし、それを止める手段は無い。

 最後に、

 

『ーーーー健闘を祈る』

 

 と言い残して茅場の姿は消え失せた。

 消え失せた瞬間、赤染まった空の色が見慣れた夕焼けに戻る。日の暮れかかる寸前の空だった。

 

 

 

 3

 

 

 視点は迷宮区へと戻る。

 

『……うーん、もう五分くらい経ちますよね』

 

 幼女、ハクレイは未だに動かないイルファング・ザ・コボルド・ロードに疑問を覚えていた。

 というか余りにおかしいのだ。あれからコメントなどの情報を聞くには、どうやらソードアート・オンラインはログアウト不可能だとか(実際不可能だった)、ゲーム内の死=現実の死に繋がる(こちらは不明)らしい。

 とはいえそれを実際に聞いていないハクレイにとって真実味は薄く、またゲーム内の死が現実に繋がるという話も信じがたい事だったのである。

 また、とりあえずこれまでの時間にした事と言えば、またボスを切り刻んでみたりコメントを見て反応したりとその程度だ。全くもって意味不明、というのが正しい認識かもしれない。

 

 ーーーーと、その時だった。

 

『ん?』

 

 ふと、何かが駆け抜けていった感覚。

 妙な感覚と同時、ハクレイの目の前に見知らぬウィンドウが表示された。

 そこには『バージョンアップが完了しました』という文字が書かれている。

 

『……バージョンアップ?』

 

 そしてそう小さく呟いた直後だった。

 何か。そう、得体の知れない何かが突き抜けていったのはーーーー!





「一言」
ギリギリで書き上がりました。
(……転移の下りは完全にいらなかった気もします。それはともかくそのうち加筆修正入れるかもです)


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22.ボス戦開始(二回目) 修正版

 

22話の修正版です。
何故修正に至ったかの経緯は活動報告をご覧下さい。
また、どの程度の変更があったか。同時に修正前のものも掲載しますので、見たい方はどうぞそちらに。
見比べてもらえると違いが分かりやすいかもしれません。
(消す前のデータを敢えて掲載する事で、これを教訓に今後気を付けて参りたいと思います)


 

 

 

 コード2391738(、、、、、、、、)を実行……正常に起動しました。コード3761865(、、、、、、、)を執行……問題無し。バグ、修正コード実行……総数319件のバグ、不具合を修正しました。ソードアート・オンライン正式verを上書きします……成功。

 ーーSystemAllGreen(システムオールグリーン)

 ーーーーソードアート・オンライン正式verを施行します。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 世界の全ては色彩を変えた。

 アインクラッドの全ての壁、床、天井から何から全て。駆け抜けていった何かが丸ごと塗り替えていった。

 ハクレイはあまりの光景に戦慄していた。

 間近に迫るコボルド・ロードの直接的な危機よりも、サイケデリックに変貌した世界そのものに意識をシャットダウンされそうになっていた。

 これは、なんだ?

 思わず浮かんだ疑問は、目の前に映るウィンドウによってこれ以上無い明確な答えとして存在していた。

 『バージョンアップが完了しました』

 そう表示されたウィンドウが何よりも明確に、残酷に答えとして突き出されている。

 そのウィンドウの意味するところが数秒のタイムラグを経て意識に浸透した瞬間、ハクレイは全身の血の気が引くのを感じた。

 思考が空白に染まる。

 冷静な判断も何も、それをするために必要な力そのものが弾け、霧散(むさん)する。

 

 もしも、もしもコメントにあったゲーム内の死が現実との死と直結するとしたら? 仮にそうでないにしても今ので仕様が丸ごと変更されていたら? そうだとしたらβ版に知識を蓄え、ようやくここまで辿り着いた努力はなんだったんだ。いやそれは問題にならない。問題は自分はどうするべきなんだ? 真実を確かめる為にまたあの長い道のりを経て始まりの街へ帰れば良いのか。それ以前に真実だと仮定して既に何人の死者が出ているんだ? この世界からの脱出方法は?

 と心の中で忙しく思考を回転させるが余りに同じコメントが多いことを考えると現実的には恐らく真実なのだろうと解釈する以外にあり得ない。

 

 それでも実感の持てないハクレイは真実だと仮定して(、、、、)考え直す。

 仮にそうだとしたら相手はこの世界の製作者である茅場晶彦という事になる。だがその相手はただ自儘(じまま)に己の力を振るい、理由も原因もなくプレイヤー達を殺すことだって可能なはずだ。実況のコメントによって外部から仮に情報支援を受けれたとしても管理者権限を使われては太刀打ちなど出来ない。

 どうすればいい。

 自分はどう行動すればいい。

 全方位から襲いかかる不可視の恐怖に対して、未だ真実でもないあやふやで、それでも可能性のある最強の敵意に対してどんな対応をすれば正解なんだ?

 そう思っていた時だった。

 

 

「グルァァアアア……」

 

 

 耳に届いたのは低く唸る声だった。それがイルファング・ザ・コボルド・ロードのものだと気付いた途端、ハクレイの思考が消散する。

 ……今はそんな事を考えている場合じゃない。コメントを見てどう考えたってこの世界での死が現実の死に繋がるのは明白だろうが。

 嫌々その事実を認めたハクレイは剣を構えた。もうそれ以上の思考なんて出来なかった。

 これ以上考えたら間違いなく自分は混乱する。もしかしたら錯乱するかもしれない。そう考えるハクレイの頭からは逃げる選択肢が抜け落ちていた。

 ハクレイが出した結論はこうだ。

 ーー今自分はボス部屋にいて、ボスを倒すだけの知識と技術を持っているわけだ。さっき、たった一人で互角以上の戦いを見せたように。

 ーーならボスを倒そう。考えるのはそれからだ。

 きっとその答えはとても単純で、それでいてとても馬鹿らしい答えだったのだろう。けれど、その時のハクレイはこの答えで完結してしまっていた。

 

 それ以上の考えは無駄だと放棄したのだ。

 覚悟を決めたハクレイは真剣な面持ちでイルファング・ザ・コボルド・ロードを観察する。コボルド・ロードはゆっくりとした動作で斧を持ち上げていた。やがて斧と盾を装備して咆哮(ほうこう)する。

 

 

「グルァァアアアッッ!!」

 

 

(来る……!)

 

 イルファング・ザ・コボルド・ロードの雄叫びに誘われて、またわらわらと三匹のルイン・コボルド・センチネル達が現れる。自身の体より大きな化け物が四匹。

 先程のように本当は斧で倒したいところだが、仕様変更の不安があったため装備変更はせずにハクレイは真っ直ぐ三匹のセンチネルを見据えた。

 

「ギャァ! ギャァ!」

 

 煩く吠えるセンチネル達の動き方は既に頭の中の知識にないものだった。その動き方を観察し、今までのゲームデータとの照合を行う。

 とはいえ、そう悠長(ゆうちょう)にしている時間は無かった。

 直後、アニールブレードを構えたハクレイの元に真っ先に一匹のセンチネルが飛びかかる。

 その動きは先程と異なり、真っ直ぐに突撃してくるわけではなくより現実感ある動きだった。

 ーーだが、対応出来ないレベルではない。

 

『ーーそこだっ!!』

 

 横移動して斧を振るってきたセンチネルの顔面を貫く。顔から剣先が突き出し、ポリゴンの粒子が舞った。そのまま思い切り剣を引き抜くと、顔からポリゴンの波が溢れ、やがて絶命する。

 

『次は……!?』

「ピギャァ!」「ピギャギャ!」

 

 素早く体勢を整えたハクレイが向き直ると、寸前まで二匹のセンチネルが近寄って来ていた。また、その後ろにはイルファング・ザ・コボルド・ロードの姿もある。

 コンマ数秒の差で命中しただろう二匹のセンチネルの攻撃を回避すべく、ハクレイは咄嗟に剣を横薙ぎしてダメージを与えた。

 

『……倒しきれてないか!』

 

 ただ当然ながら咄嗟の判断だった為、ダメージを与えるだけに留まったらしい。HPの三分の二ほど削られた二匹のセンチネルを確認したハクレイは二、三歩後ずさって反撃の斧の一撃を右へ左へ剣を傾け、受け流すように(さば)く。

 その後、一匹に狙いを付けて突きを放った。

 

『ーーシッ!!』

「ギャァァ!!」

 

 その一撃は的確に一匹のセンチネルを貫いた。間違いなくHPを削り切った、と確信したハクレイが素早く両手(、、)で剣を引き抜こうとしたところで気付く。

 

(横から残ったセンチネルが……!)

 

 残っていたもう一匹のセンチネルが反撃をしてきたのだ。

 振るわれた斧の一撃が視界に映る。

 残念ながら人体というものは両腕の動きが止まるとバランス感覚が死ぬものだ。ありがちな実験として、両手を後ろに縛ったまま五〇メートルをまっすぐ走っただけで体幹を維持出来なくなる。まして、全力で剣を振り抜いた後ならどうなるか。このゲームにあるリアル性を考慮し、ハクレイは瞬時にその攻撃が回避不可能のものであると悟った。

 ならどうするか。

 せめてダメージを減らす為に体を縮こめるしかない。

 直後、派手な切り裂き音が炸裂した。

 

『ーーぅぁっ!!』

 

 横薙ぎされた斧が横っ腹にもろに命中する。体の小ささもあってか、バットで打たれたボールのようにハクレイの体は吹き飛び、地面を二、三度跳ねて転がっていった。

 数メートル転がったところでようやく止まったハクレイは体勢を整え直し、立ち上がる事に成功する。

 

『ゲホッ……ゲホッ……』

 

 だがそのまま動きを続けようとしたところで思わずむせた。痛みはないが衝撃はあるのだ。体力ゲージを見ると、残りHPの五分の一程を削られている。

 この状態でイルファング・ザ・コボルド・ロードの一撃をくらえばHPが全損する可能性が高い。

 その時だった。

 追撃をかけようと突撃してくるセンチネルが視界に映る。

 

(まずはあいつを倒すーーーー!?)

 

 そう判断したハクレイがアニールブレードを握ろうと右手に力を込めたところで違和感を感じた。

 右手が空を掴んだのだ。

 開いて閉じてをした後、慌てて視線をあちこちに向ける。だが、剣は見受けられない。

 

『アニールブレード……? どっかいっちまったのか!』

「ギャァ!!」

 

 最後の一匹であるセンチネルの攻撃を転がって避ける。

 仕方なしに新しいアニールブレードを装備しようと装備欄を開こうとしたところで、ハクレイは操作する手を止めた。

 

「グルァァアア!!」

『お前もか! 中身はともかく見た目幼女相手に鬼畜なモンスターだなぁっ!!』

 

 最も危険視している第一層のボス。イルファング・ザ・コボルド・ロードが間近に迫っていたのだ。流石に死の危険がある状態でのボス含めた二体以上の敵との交戦はハクレイとしても御免被りたいところだった。

 慌てて後ろに飛び退って、距離をとる。

 だが、二匹は執拗にハクレイに狙いを付けて追いかけて来ていた。

 

(とりあえずセンチネルを先に仕留めるべきだな)

 

 そう心の中で毒吐きながらハクレイは中断していた装備欄の操作を行い、新たなアニールブレードを取り出した。

 新品のアニールブレードだ。そして反転するように振り返ったハクレイはセンチネル目掛けて剣を振るう。

 ーーだが、

 

「グルゥ!」

『コボルドロード!?』

 

 その剣はコボルド・ロードに弾かれた。

 STR()の値の差か、真正面から剣を弾かれたハクレイはふらふらとよろめく。そしてバランスを崩しそうになったハクレイは体勢を整えるため、剣を地面について踏み止まった。

 しかし、その時センチネルの追撃が振るわれる。

 

 

『ーーーーッ!?』

 

 

 衝撃で肺から全身の空気が吐き出された。

 だが、それでも剣だけは手放す事なく転がっていく。中身はともかく見た目が小さい女の子なので、斧で腹を打たれてゴロゴロと転がっていく姿は悲惨なものだった。

 

『ゲホッ! ゴホッ……ゴホッ!』

 

 そして。

 何とか起き上がろうとするが、むせて動けないハクレイの元にさらなる追撃を掛けん、とセンチネルが迫る。そしてハクレイ目掛けて斧が振るわれた。

 

(避けーーーー!)

 

 その直前。センチネルの動きが視界に映ったハクレイは必至の形相で横に転がり回避する。

 そして振り下ろしたセンチネルの隙をハクレイは見逃さない。

 

 

『今ーーーーッ!』

 

 

 上体だけを起こした不安定な体勢で。

 それでもハクレイは正確に渾身の突きを放つ。

 突き出された神速の一閃は確かにセンチネルの喉元を貫いた。だが、それだけで終わらない。

 

『ぐ……つらぬけぇ!』

「ギ……ゲグ」

 

 息が苦しいまま舌足らずになってしまった声を上げながらハクレイは更に貫く力を込める。

 上体を起こした姿で突き刺した剣は、ゆっくりとセンチネルの喉を貫いた。剣先がセンチネルの体内から飛び出す。

 やがてセンチネルはポリゴンへと姿を変えた。

 

『……ハァッ、ハァッ……これで残りはコボルド・ロードだけか』

 

 今度こそ倒しきったハクレイは息を整えながら立ち上がる。それと同時、アイテム欄を開いて回復ポーションを取り出すと一気にあおった。

 削られていたHPがジワジワと回復し始める。これで数秒もすれば完全回復するはずだ。

 

「グルルゥ……!」

 

(……イルファング・ザ・コボルド・ロード)

 

 それからHPゲージが完全回復したのを確認し、素早く剣を構え直したハクレイの元にようやくイルファング・ザ・コボルド・ロードが近付いてきた。

 そして振るわれた斧の一撃を、今度は確実に受け流す(、、、、)。そうしながらハクレイは止めていた思考を再び開始させた。

 

(真正面からぶつけ合ったら勝ち目はない。基本敵の攻撃は受け流す。落ち着け、落ち着けよ。対処出来ないわけじゃない!)

 

 コボルド・ロードの攻撃を上手く受け流したハクレイは反撃に移る。斧での攻撃がしにくいよう、極限まで近くまで寄ってからの行動であった。

 

『ソードスキル、ホリゾンタル!』

 

 そしてソードスキルを発動させる。

 使用したのはホリゾンタルである。リトルネペント狩りの時に使用したスキルだった。その効果は真横に横薙ぎする、だ。激しくエフェクトを散らしながらハクレイは渾身の力でイルファング・ザ・コボルド・ロードを切り裂く。

 コボルド・ロードの体から小さくポリゴンが舞った。

 続いてハクレイは全振りしたAGI(敏捷性)を活かしてコボルド・ロードの背後へと駆ける。そして二撃、三撃と反撃を開始した。

 

(……少し危なかったな。でもとりあえず戦況は立て直した。一先ずはダメージを与える事に集中して、相手の体力ゲージを削りきるたびに一度下がるチキン戦法でいこう)

 

 もう最速攻略とか考えている場合ではなかった。

 というか完全に先程までしなかった動きをしている時点で攻略も何も無いだろう。そもそも最速というにしてもβ版でのデータしか頭には無いし、当然ながらプレイヤーネームで公開したRTAなんてわけでもない。

 ただの死闘、というか命がけの戦闘だった。

 

『敏捷性は勝ってる。敵の動きを予測しろ……違いを探れ。ここで負けてたまるかよ』

 

 その為に勝ち筋を探れ、拳を握れ。

 ハクレイはそう自身に言い聞かせる。

 イルファング・ザ・コボルド・ロードの新たに追加された動きを含め観察しながら戦闘を開始する。

 結局、結論なんて正義も理由もなかった。

 

『勝負しろよイルファング・ザ・コボルド・ロード。全部暴いてやる』

 

 あったのはゲームプレイヤーとしての勝利へと渇望と、ここで引くのは嫌だ、という子供染みた答えだけだった。

 そして直後に。

 再びの激突が始まる。

 

 

 

 






 


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23.その時現実は

 


現実パート二回目です。
俺の妄想力だとこれが限界だったよ……(oh)

追記
修正を入れました。
詳しくは活動報告にて


 

 

 

 視点は再び現実へと移り変わる。

 茅場晶彦によるSAOデスゲーム宣言を受けて、最も深刻に頭を抱えた面々がいた。

 東京都、国会議事堂。

 日本を代表する指導者達だ。

 内閣総理大臣の男は(うめ)くように言った。

 

「……まずいな」

 

 彼らの下には、今回の件に関するスペシャリスト達やSAOを開発した会社である『アーガス』などへの捜査を開始した警察機構、また今回問題となっている『実況者による生放送』などから逐一情報が集まっていた。ある意味、直接『SAO』の世界に飛び込んでプレイしているプレイヤー達よりもよほど正確かつ膨大なデータを保有している。

 異例の初動の速さだった。だが、今回の事件は過去の事件を振り返っても同じにして良い案件ではない。既に集まっている面々のいずれも暗い面持ちを浮かべていた。

 

「総理。既に国会議事堂前へ詰め掛けている国民の対応について」

「総理。SAOを開発した大元のアーガス社ですが、SAOのデータを取り出そうとしたところ殆どのデータが消えたとの報告がありました。恐らく茅場がコンピュータウイルスを仕込んでいたものと思われます。また、警察機構やアーガスのウイルス対策ソフトも効果を為さなかったらしく」

「総理、米大統領より本案件についての会談要請が来ています」

 

 報告も最早、雪崩のように入り込んできていた。そのいずれも見逃せない大事ばかりである。これまで日本を指揮し、政治を動かしてきた面々たる彼らも頭を抱えるというものだった。

 

「総理!」

「後にまとめて指揮する。また、先程述べたように後一時間以内に議員達に集まるよう知らせてくれ。緊急国会を行う。また、終了次第記者会見を行おう! その後ニューヨークの国際本部ビルに向かう。SAO事件に巻き込まれた疑いのある外国の国民を含め、世界各国の首脳陣達に説明を行う」

 

 矢継ぎ早に報告をしてくる人々を言葉で制した総理は、溜息を吐いた。そして言う。

 

「とりあえずまとめよう、現在の状況は正直後手後手に回っている。アーガスのデータは迂闊にも無くなり、外からSAOに介入することも不可能。ゲーム内の情報といえば実況者の生放送だけ、しかし精神状況は非常に危うい。八方塞がりだが何か意見は?」

 

 尋ねると、一人の男性官僚が律儀に手を挙げて発言した。

 

「現在、その生放送にニコニコ動画の運営をしているDwango(ドワンゴ)が情報的介入を試みているようです。ですが、アクセス数からサーバーが落ちかけているとの事で、何とか落とさないだけで手一杯だとか……」

「アクセス規制をするのは不味い……が、止むを得ないな。だがその様子だと暫くは動けない、か」

 

 総理は頭を抱えて、

 

「ソードアート・オンラインの事件。正確な数は未確認だが今回の件は少なくとも八〇〇〇人以上は人質。また、茅場の姿は蒸発して行方不明。恐らく大多数が日本人だが一部外国人も存在する筈だ。まず何故、茅場晶彦はこんな事件を起こした? ……そこには『複雑』な理由があった訳なのか?」

「……その真偽は問題ではないでしょう」

 

 頭を抱えた総理の言に口を挟んだのは一人の女性官僚だった。日本においての事件、事故に対する対応のスペシャリストの女性である。

 うんざりしたように彼女は言った。

 

「問題は理由ではなく、現実に茅場は一万人のSAOプレイヤー達を文字通りゲームの中に閉じ込めてしまった点です。まず今回の件を早期解決は不可能とみて良いでしょう。世間の狂乱を食い止めるには、現実問題として元凶を発見するかSAOの世界からプレイヤー達を救い出すしかない。そしてプレイヤー達を救い出すのがほぼ不可能である今、取れる手段は茅場を発見、拘束し、この状況を解除させるしかありません」

「……他国への説明などを考えて、まずは犯人の確保をという事か? だがそれは一万人の命を脅すぞ。余りにも早計であり、危険ではないのか?」

「綺麗ごとは結構ですが、今回は事情が違います。良いですか? 問題なのは茅場晶彦という人間一人に日本政府が何も出来ず指をくわえて見ているという状況ではありません。勿論それも問題にはなりますが今回はスケールが違う。何せ一万人です。我々がこうしている間にも一万人の命はたった一人の男に握られている。こんなスケールでの個人犯罪が起こせるようになってしまえばそれこそ人類社会が茅場晶彦の恐怖で沸騰しかねない!」

 

 アメリカの同時多発テロやIS国に匹敵する重大案件である、と彼女は言う。

 その理由は間違いなく『茅場晶彦』という一人の人間。即ち単独犯がここまでの事件を起こしたことがそうなのだろう。

 それでいて現在の状況といえば劣勢も劣勢。ゲーム内の状況などそれこそ実況者による生放送なんてふざけたソースのものしかない。しかもその映像も正直あまり役にたたない。明らかに一般プレイヤーとは違うイカれたプレイヤーだった。予測が付かない存在なのでても出しにくい上、協力要請を受諾するかも曖昧である。

 と、その時一人の男性官僚が手を挙げた。

 

「総理。現在ある程度の数のナーヴギアを回収に成功しています。これを使って自衛隊かそれに準ずる者を送り込み、生放送の方と同じように放送してはいかがでしょうか」

「……確かにこの場で一番効果的な策だが、ここまでやってのける茅場がそれを読んでいないと思うか?」

「……いえ、ですがやるべきです!」

「そりゃあやるでしょうね。やらなきゃならない立場に我々は居る」

 

 当たり前の事だ、と他の官僚にバッサリ切り捨てられ、男性官僚は項垂れる。

 その後別の官僚達が手を挙げて何か何かと発言していく姿を横目で眺めながら総理はこう思う。

 

(……いっそ、国会前に判断してしまうべきか? これだけの規模だ。『国家非常事態宣言』を出したところで責められる訳がない。一番は実況プレイヤーと協力する事だが、あの動きを見る限り街から出るなと言って聞くか微妙だな。そもそも現実の状況を一人だけ伝えられるなんて存在だと吹聴すれば命の危機もあるし)

 

 総理はまた、重たい息を吐いた。

 そして国を治める者として、あるいはもっと大きなものを守る者として。

 改めて、口を開く。

 

「……だとすると、やはり通常運転しかないか。日本中、いや世界をかき分けて『茅場晶彦』を見つけ出し、このふざけたゲームを終わらせる。これ以上の社会不安を抑えるには、これしか無いらしい」

 

 

 

 

 一方、SAOの開発元である『アーガス社』は混乱に包まれていた。

 

「社長をだせぇえええ!!」「茅場晶彦を匿ってるんだろおお!!」「説明しろ!!」「返せ、友達の命を返せぇえええ!!」

 

『ご覧下さい。現在アーガス社の前では、多くの人々が詰め掛け暴動が起こっています! 今ーーーザザ! あぁ! 危ない! 物を取り出して警備員に向かって投げています! 警察も対応しているようですが対応し切れていないようでーー!』

 

 アーガス社の前には多くの人々が詰め掛けていた。数にして数千。下手すれば万を超えるだろう。人々は罵声を吐きながら暴れ回っていた。

 既に多くの報道陣も詰め掛けており、目の前でリポートするリポート以外の人々もポツポツと映っている。

 押し寄せる人の波は留まるところを知らず、ここは別の国なんじゃないか? と思えるほどの光景だった。

 

『えー、ここアーガス社が今回問題となっているSAO事件のゲーム、ソードアート・オンラインを作成したゲーム会社であり!』

 

 人混みに押されたりして苦しそうな表情でリポーターは半ば叫び声のようなボイスで言う。

 

『非常にですね! まるで日本ではないと思えるような光景が繰り広げられてーー!』

 

 その時、リポーターは人混みの下敷きとなって姿が見えなくなる。

 

 ーーその様子を見つめながら一人のアーガス社員は疲れたように息を吐いた。

 

「……はぁ。これでこの会社終わりだな。次の就職どうしようか……つったってアーガス社員なんて言ったら絶対雇ってもらえないし」

「おいお前! 黄昏てる暇はないぞ! 今から記者会見を行うのに何を悠長にしている!」

「……さーせん」

 

 その社員は適当な返事を返した。

 今自分はとんでもない事に巻き込まれている。それは理解出来ているのだが、どうすれば良いのか分からない。今ならジャンケンをしても相手が何を出しているか答える事が出来なくなっているに違いない。

 現実逃避する事は出来ても現実にピントを合わせたくないのだ。本来はここで働くべきなのだが、どっちみち終わりだと思うと働く気すら失せる。

 

「……はぁ、帰りてぇ」

 

 気が付いた時にはそんな言葉を口にしていた。

 体が熱を感じない。

 ひどい貧血の時のように、意識が体の内側にぎゅっと縮まって、眼前にあるもの全てがどうでもよいもののように思えてしまう。

 

「……ほんと」

 

 その社員は小さく呟いた。

 

「ーー何やってくれたんだよ、茅場さん」

 

 元茅場晶彦の部下だった男はこれだから現実はクソゲーなんだ、と呟いて開き直ったように会社を後にする。

 

 

 

 1

 

 

 おおよそ、予想通りだった。

 日本政府もゲームを開発した会社も。民衆や各国の動きでさえも。

 まるで変わらない。シミュレートそのもののように動き続けるこの世界はまるでNPCの動きでも見ているかのようだ。

 

『……そう言った意味で言えば君はどうやら期待外れだったようだな』

 

 男は、モニターに映る画面を見て呟く。

 その画面にはたった一人で巨大なモンスターと戦闘を続ける少女の姿が映っていた。

 思考停止、理解を放棄。そのようでは例えここを切り抜けたところでいずれ全損するだろう。チュートリアルに呼び出さなかった『少数のプレイヤー達の処理』を行いながら男は思う。

 そこで男は思考を切り替えた。

 

(……予想ではこの後国家非常事態宣言を発令。彼らが私を見つける頃……恐らく数年後だろうが、saoが完全クリアされるかプレイヤーが全滅するか。そのタイミングを過ぎたところで自殺し死亡した《、、、、、、、》私を発見する。少なからずゲーム中は見つからないだろう。その間にデスゲーム解除を諦めるはずだ。その代わりにハクレイとの接触を試みる。アーガスのデータは殆どを削除し永久に復活することなく、バージョンアップによって攻略情報も当てにならない為、あくまで情報交換に留まる……回収したナーヴギアを使うにも、もうゲーム内で生放送は開始不可能。また掲示板機能も消滅している。外部からの刺客も刺客たり得ない)

 

 結局、クリアされない限りはSAOの世界は消えない。

 誰にだって手は出せない。

 これで完成したのだ。

 

 ーー求めていたものが。

 

 思考を打ち切った男は小さく呟く。

 

『……どちらにせよチュートリアルは終わった』

 

 現実に対しても、ゲーム内に対しても。

 もう。

 男の目は、ハクレイを見てはいないーーーー。

 

 

 

 

 

 




「一言」
原作はどこへいったのか……


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24.足掻いて、足掻いて

もう何も言うまい……。


 


 

 

 

 ポリゴンが舞っていた。

 第一層迷宮区の最上階。その内部にあるボス部屋に立つ人間はたった一人(、、、、、)。プレイヤーネーム『Hakurei(ハクレイ)』はアニールブレードを構えながら現実的にはあり得ない動き方を繰り返していた。

 

『……、…………っ』

 

 口から漏れる声はない。

 時折漏れる疲れたような息切れ、喘ぎ。それから呼吸音以外発さなくなったのはもうかなり前の時間帯だ。

 いや、既に彼の中では時間という概念すら捉えられなくなっていた。

 

(縦振りを横に回避。その後横薙ぎを剣で受け流し背後へ。三回切ったら後転。その後《レイジスパイク》(前方に突撃するソードスキル)発動)

 

 思考が加速する。

 短く息を吐く。

 そして考えた通りに彼は剣を構え、動いた。

 

「グルァァ!!」

 

 イルファング・ザ・コボルド・ロードが吠え、縦に斧を振るう。その残り体力ゲージは四本あったうちの二本が破壊され、三本目も僅かといったところだった。

 その縦撃をハクレイは横に回避する。直後、コボルド・ロードは縦に振るわれた斧を強引に横薙ぎへと移行させた。

 ブォン!! という鈍い風切り音を立てて斧の刃がハクレイの首を刈り取らん、と迫る。

 

(これを剣で弾いて隙間を作り、そこに体を滑り込ませる)

 

 横薙ぎされた斧を受け流す構え。

 剣を斜めにして斧の刃で剣を研ぐかのように綺麗に受け流した。その際に人間が一人入るか、という小さな隙間が生まれる。そこに素早く体を滑り込ませたハクレイはコボルド・ロードの体に沿うようにぐるりと回り、背後へと抜けた!

 

(……もらった)

 

 背後に回ったハクレイは一発、二発と連撃を重ねていく。そして三発目の斬り払いと同時、背後に倒れこむ。

 直後だった。

 地面に倒れこんだハクレイの真上を体ごと回転して放たれた必殺のぶん回しが通り過ぎたのは。

 さらにハクレイの方を向いたコボルド・ロードは止まらない。続いて縦に斧を振るう!

 ーーだが、その一撃も当たらない。

 

(……後転で回避。ガラ空きの体にレイジスパイクを叩き込む)

 

 振り下ろした斧の一撃を後転する事で範囲外へと逃れたのだ。

 そして一回転後転したハクレイは立ち上がり、ソードスキルを発動させる。

 

『……レイジスパイク』

 

 剣を前に突き出す。そして激しいエフェクトを散らしながらハクレイは突撃した。

 

「グルルッ!?」

 

 ズバッ!! と無防備な体勢のコボルド・ロードに剣先が突き刺さる。そこでHPゲージが僅かに削れた。そして、コボルド・ロードの三本目の体力ゲージが赤色(レッドゾーン)に突入したのを確認したハクレイはようやくニヤリ、と口角を吊りあげる。

 

『……やっと分かってきた。モンスターの行動予測が」

 

 呟いてハクレイは一旦ボスから距離をとる。

 ようやく頭が動き始めていた。現実としてのではなく、ゲームを長時間真剣プレイしている時の。ゲーマーとしての集中力、技術が最も高くなる瞬間。

 ここに至るまで、戦闘開始からどれくらいの間戦っているのかは分からない。体感的には数時間は戦っている気がする。

 

 意味不明、理解不能な事実を突きつけられて混乱、ゲームに集中するため現実という点から朦朧(もうろう)としていた頭が覚醒したかのようだった。目の前のボスの動きしか見えなかった今までと違い、今はボスを含めたエリア全てが見える。

 次は、次は、次は。魂に刻まれたゲーマーとして、廃人としての経験が敵の次の行動。即ちボスのパラメータを考慮した、ハクレイを殺す為の最適解を導き出し、それに対する対策を生み出す。

 それでもミスはあり、十個あったポーションも既に残り二個にまで減少していた。

 が、それでもここまできた。残りはほぼHPゲージ一本。ここまでボスの戦闘スタイルが変わる事が無かったことから、恐らくβ版と同じく四本目まで削られた段階で何か武器変更などがあるのだろう、とハクレイは予想していた。

 それから少し余裕の出来たハクレイはチラリとコメントを見てみる。

「あああああ!」「ノゲノラかよ」「帰還してくれえええ!」

 そんなコメントが流れていくが突然コメントの波が消えて代わりにこんな文字が画面に浮かび上がった。

 『一部、コメント規制を致します。またアクセス数増加によるサーバー落ちが心配される為、この生放送を除き一時的に生放送機能を使用不能にーーーー』

 「運営が動いた」というコメントが流れていくのを最後にハクレイは目線を戻した。

 

「ガァァァ!!」

 

 目の前ではイルファング・ザ・コボルド・ロードが雄叫びを上げ、武器である斧を持ち上げていた。そのまま凄まじい音を立ててハクレイ目掛けて駆けてくる。

 

(……予測、多分連続攻撃。斧を振り回す)

 

 その動きから次の動きを予測したハクレイはどう避けるべきか思考する。

 大前提として、ハクレイはパラメータを超える動きは出来ない。そもそもパラメータを超えるのは誰にだって不可能である。

 だがそれを技術でパラメータを超えた動きをしていると錯覚させる事ならできた。

 とはいえ当然ながら与えるダメージ量はパラメータを超えられない。だがその動きは間違いなく、レベルを遥かに上回るプレイングと言えた。それでも培ってきたゲーム技術が並大抵のものではないからだろう。

 だがそれでも、第一層の敵からかなり苦戦させられていた。一度は数に押し負けダメージを受けているし、正式バージョンでは初見だからこそミスも多い。

 それでも。

 

『……やっぱり、止まって見える』

 

 長時間プレイしているゲーマー。またはスポーツ選手が陥る症状、『ゾーン』。

 トラックなどに轢かれそうになった時などに見るという、物事がスローモーションになって見える現象である。

 そのままピタリと視線を固定させて、ハクレイは前へと踏み込んだ。

 

「ーーーーッ!」

「グァァッ!?」

 

 グレイズ。

 斧の刃が掠るようなギリギリをすり抜けたハクレイは流れるような動きでその手に持つアニールブレードを思い切り突き刺した。

 深く突き刺さった根元からポリゴンが零れる。それと同時に僅かまで減少していた三本目のゲージ更に僅かにまで減っていく。

 残り数ドット。

 後、一撃か二撃か。それだけで三本目のHPゲージを破壊出来る。確信したハクレイは更に追撃を掛けた。

 

『ーーハァッ!!』

 

 久しぶりに声を出して剣を振るう。縦、斜め、横と段々軌道を下げながら切り払うとコボルド・ロードも反応出来ないようで、斧で防がれることも無い。

 そして三発放ったところでイルファング・ザ・コボルド・ロードの三本目のゲージが削れ切って、破壊された!

 パリィィィン、という音が耳に入ってくる。

 それと同時、四匹の『ルイン・コボルド・センチネル』が出現した。

 

『……今までゲージ破壊ごとに三匹ずつ出てきたけど、最後は四匹か』

 

 疲れた声でハクレイは言う。

 どれだけ時間が経っているのだろうか。

 それも分からないまま戦い続けているのだ。しかも一人きりである。仲間も居ない状況で、どれだけの集中力をして生き延びているのか。

 

(目下の問題はセンチネル。数はやっぱキツイ。残り回復薬

(ポーション)も二個しか無いし、ここは何としても無傷で切り抜けたい!)

 

 だが問題は四匹という点だ。三匹だって正直同時に相手するのは手数的にも不可能に近い。更にボスであるコボルド・ロードにも集中しなくてはならない。

 そこに無傷なんて条件を加えてしまったらどれだけ難易度が跳ね上がるか。

 考えろ。考えろ考えろ考えろ考えろーーーー!

 

(まともに向かったって無傷で切り抜けるのはどだい無理な話だ。純粋な力とか以前に、数の差が。せめて二匹なら別だけど……少なくとも片手剣じゃどうにもならない)

 

 ゲーマーとしての経験が直ぐさまその解を導き出した。というかそんな未来は明らか目に見えている。

 だから。

 ギャアギャア騒ぎながら迫り来る四つの影が同時に迫ってきた瞬間、ハクレイに出来る事はたった一つしかなかった。

 四匹のセンチネル。

 狙うべきは多対一の崩壊。

 視線を向けて、かなり危険だと分かりつつハクレイは急ぎ装備欄を弄り、直後前へと踏み込んで先手を放つ。

 手には大きな斧を持って。

 ……とはいえ、以前のように上手くいく可能性は薄い。三匹に当てることさえ難しいのに四匹となればほぼ確実に体力を削り切れずに撃ち漏らすだろう。最悪全てのセンチネルにダメージを与えるだけに留まるかもしれない。

 では何を狙っていたのか。

 答えは簡単だ。

 

「ーーーーラァッ!!』

 

 その瞬間。

 ハクレイはセンチネル達の持つ盾目掛けて己の体の勢いを付けて、力の限り斧を振るった。

 

 

「ギィッ!?」

 

 狙いを付けられて放たれた一撃。それは確かにセンチネルの盾に命中した。

 同時、弾き飛ばされた四匹のセンチネルが斧の勢いに負けて、転がっていく(、、、、、、)

 その映像に目に入り込んできた瞬間、ハクレイは思わずガッツポーズしたい気分になった。

 

(よし! 分断成功! ようは同時に相手するのがキツイだけだからな。どうにか一匹ずつ対処出来ればこっちのモンーーッ!?)

 

 と、そんなハクレイに向かって今度はコボルド・ロードの斧攻撃が迫る。

 

「な、ん……っ!?」

 

 何とか斧を盾のように構えることで防ぐことに成功した。かなり危険な事態を目の当たりにし、ハクレイは集中し直す。

 気を散らしている余裕は無いのだ。

 

(……危ない。やっぱ使い慣れてない斧じゃキツいか)

 

 油断を切り捨てて、キチンと四匹のセンチネルを仕留めていく。

 前後左右、様々な方向から迫る攻撃を紙一重でやり過ごし、一匹一匹と確実に。

 それから最後のセンチネルの攻撃を回避し、反撃するようにトドメを刺したハクレイは再びコボルド・ロードに向き直った。

 

『……仕切り直し。行こうか』

 

 残りHPゲージは一本。

 こちら側の回復アイテムは残り二つ。

 ーーーー決着は遠くない。




 


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25.ブースト

 

……バトルが激しくなってきたぜ(小並感)
それから誤字報告機能が凄い便利ですね。ご報告下さった方ありがとうございます。
 


 

 

 

 ーー状況を整理しよう。

 まずここは第一層の南に位置する迷宮区。その最上階にあるボス部屋だ。

 ハクレイが相対する敵の名は『イルファング・ザ・コボルド・ロード』。コボルド族の王であり、その大きさは二、三メートルは下らない。

 雑魚モンスターとは一線を画した有能なAIを搭載しておりその動きも雑魚のそれとは雲泥の差がある。そして通常一本しか持たない体力ゲージを四本持っており、しかもそれら一つ一つのHPの桁が明らかに多い。本来レイドを組んで四〇人程の人数で倒すボスだからかは分からないが、ソロプレイヤーにとってはかなり悪意ある設定をされている。

 また、体力ゲージ破壊ごとに三匹のルイン・コボルド・センチネルという取り巻きが出現する設定。これだけでもかなりキツイが最後のゲージまで削ると、更に一匹増えて『四匹のセンチネル』が『定期的に』登場するようになるのだ。

 他にもスタン効果のある範囲攻撃などの理不尽要素も満載。もうやめて! ○○のHPはもう……などとネタを口にしたい程のふざけた性能である。

 ボッチプレイヤーのことを何一つ考えていない、と思われる設定だった。

 で、ここで一つの疑問が浮上する。

 

 じゃあなんでソロで挑んでる筈のハクレイはまだ生き残っているのか。

 

 その答えは限りなく簡単だった。

 

 

『……ゲーム廃人舐めんな』

 

 直後。

 再び一対一の状況となった両者が激突する。

 

 

 1

 

 

 戦況は優勢だった。

 ここに至るまでの過程で研ぎ澄まされた集中力。半分、未来予知化したゲーマーの勘。全てのものがスローモーションに映って見える『ゾーン』。

 これだけの要素が揃っているのだ。そこに現在進行形で増えていくコボルド・ロードの行動パターン知識にβ版の知識が追加したら不利になるわけがない。

 元々プロゲーマー並みにゲームは上手いと自負しているのだ。いくら『ゲーム内の死=現実での死』だとか言われて、実感が追い付かない妙な精神状態だとしてもその技術には嘘偽りない。

 いや、逆に実感が追い付かないからこそ集中出来ているのかもしれない。非現実的な事実を突きつけられてなお、『人は自分の目で見たものしか信じない』という有名な言葉があるように、現実を考える論理的な思考が粉々に破壊されたからゲームに対して集中出来ているのだ。

 

「……そこ!」

 

 フロアを走りながらハクレイは隙を(うかが)ってはアニールブレードでコボルド・ロードを切り裂いていく。

 しかしダメージは殆ど発生しない。HPゲージもドット一ミリ減っているか、という感じである。ここまでも同じようにひたすら攻撃して本当に徐々に。じわりじわりと減らしてようやくHPゲージを破壊してきていた。

 

『まだ仕様は変わってないのかな?』

 

 呟いて敵の攻撃を回避する。あっさりと避けているように見えるが、そのゲームプレイングは素直に賞賛されるものだろう。

 なにせプレイヤー側の攻撃は殆ど効かない癖にボスの攻撃は一撃でHPのほぼ全てを持っていかれてしまう凶悪性能なのだ。ライトプレイヤーにまともにプレイさせる気がないとも言える。

 それに対してソロで生き残っているのは素直に賞賛されるべき事実だった。

 

「グルルッ……フンッ!」

 

 素早さを生かして己の攻撃を回避するハクレイにイラついたのかコボルド・ロードが苛立たしげに斧を振り回す。それから一気に空へと跳ね上がった。

 膝を小さく折り曲げて、地面を思い切り踏みしめて飛び上がったコボルド・ロードは最初の登場時並みの高さにまで跳ね上がる。

 

(……スタン効果のある攻撃か)

 

 このスキルはβ版で苦戦させられた技だった。

 コボルド・ロードが跳ね上がり思い切り斧を地面に叩きつける。範囲攻撃の為、攻略組の多くの人間は避けられずまともに食らっていたのを覚えていた。

 しかもスタン効果も付与されている。レベルを上げていたβ版でもHPが五割ほど削られていたので、今まともに受ければ八割は削られるに違いない。

 ーーだが、ハクレイは無言のまま装備欄から斧を取り出して回転をしながら勢いをつけ始める。

 最初の時と同じように斧で空中にいるコボルド・ロードを撃ち落そうとしているのだ。

 

(……ようは外さなきゃいい)

 

 それは、自分の技術を信じているからこそ出来る事だった。

 絶対に、万に一つも、億が一もなく。

 Hakurei(ハクレイ)というプレイヤーは放り投げた斧を外さないと確信している。

 その表情には緊張も焦りもない。極限まで研ぎ澄まされた集中の顔。博麗霊夢をまんま小さくした、と初期のコメントで言われていた容姿も相まって、その姿はこの場に映えていた。

 そして勢いが溜まりハクレイが空を見上げると、コボルド・ロードはハクレイの持つ斧より数倍大きいそれを振り下ろそうと落下に入る姿が映る。

 

『……行く』

 

 それに応じるようにハクレイは軽く斧を握った。そして思い切り手の中の弾幕(オノ)をぶん投げる。

 

『貫、けぇッ!!』

 

 放り投げられた斧がぐるぐると回転しながら一直線にコボルド・ロードの元へと飛んでいく。

 真っ直ぐ、真っ直ぐと。しかし確認している余裕はない。急いでハクレイは距離を取る為にさながらモンスターハンターの緊急回避のようにズザッーっ! と後方に飛び退る。

 直後ゴッギィィォィン!! という轟音が炸裂した。

 当たった……! まだ目視はしていないがそう確信したハクレイは反転して落下地点へと向かいつつ、装備欄から剣を取り出そうとして、止まる。

 

『……ぁれ?』

 

 気付いたのだ。

 キラキラとした、何か妙なものが降り注いできている事に。

 何だ、これは。降り注いできた何かを集中して、理解する。

 

(ポリゴン? まさかコボルド・ロードを……いや違う! 倒したわけじゃない!!)

 

 理解したと同時だった。

 ハクレイの目の前に何かが落下し、ポリゴンに変わる。

 一瞬だけ落ちたものが。

 『斧』が目に映る。その斧からはポリゴン。即ち耐久ゲージを完全に破壊された事を意味する破壊の音が響いていた。

 だがそうしている場合ではない。

 見せつけられ、理解した事実に驚愕しながらハクレイは慌てて逃げ出す。

 斧をぶち当てて撃ち落とせばチャンスが生まれる。全神経を集中してやればまず外れない。

 そう考えていた。

 だがその予測は前提条件から間違っていたのだ。

 

(……嘘、だろ……っ!? AIが学習しやがったってのか……っ!!)

 

 (きょ)を突かれた。

 つまり、コボルド・ロードは一度斧で撃ち落とされた時に学んだのだ。

 『斧が当たれば撃ち落とされる。なら空中で弾けばいい』のだと。

 回避は間に合わない。とっさに逃げ出したが、待っていたのは背後からの極大の衝撃(しょうげき)だ。センチネルに弾き飛ばされた時なんて比ではない。攻撃の中心から外れたにも関わらず、体は宙で勢い良くスピンさせられる。

 

『ァッ……グッ!!?』

 

 やがて回転しながら地面に墜落したハクレイは壁に叩きつけられて止まった。衝撃で苦しみながら、とにかく立ち上がり第二、第三の攻撃を避ける為とにかくハクレイは走る。

 様々な方角から、断続的に必殺の一撃が襲いかかってくる。

 

(読み違えた……っ!)

 

 くらくらと意識が揺れた。

 単に衝撃によるものではない。

 

(そりゃそうだよな。ボスに大ダメージを与えられる攻撃を何度も通用させるシステムなんてそのままにするわけがなかった! しかも斧を一本壊されちまった……。予備を買ってなかったらヤバかったぞ)

 

 考えている余裕はない。

 攻撃を右へ左へと避けながら残り体力を確認するとイエローゾーンに突入していた。

 舌打ちして残り二つとなった回復薬(ポーション)のうちの一本を一気飲みする。

 

『ーーゲホッ……ハァ、ハァ』

 

 慌てて飲んだからか若干むせた。

 いや、先程の衝撃のダメージが残っていたのかもしれない。何度も咳き込むが上手く息を吸い込めない。

 そんな事をしていると、コボルド・ロードが再び迫ってくる。先程のスタン攻撃は斧を弾いたことで失敗判定にされ、通常の叩きつけ攻撃に留まったようだが今度は狙いをつけてハクレイ目掛けてその殺人の斧を振り下ろす。

 

『ーーゲホッ……ッ!!』

 

 咳き込み、むせたせいで若干涙が零れた。それでも何とか装備欄からアニールブレードを取り出す。

 どのように攻撃してくるかは明白だった。

 零れる涙を拭う余裕もなく、ハクレイが体に残ったダメージから震える手で剣を握りしめた直後、真正面からイルファング・ザ・コボルド・ロードが飛びかかってきた。

 

『……ソードスキル《レイジスパイク》』

 

 獣のサイズと筋力の強さは単純に比例しない。今更だが、ハクレイの数倍の巨体だ。噛みつかれずとものしかかれただけで圧死しかねない。だがこの世界はゲームだ。

 一見無茶に思えるアクロバティックな動きや人間の限界を超えた力だって出す事が出来る。

 ーーなら、

 

(突撃する事に特化してるこのスキルなら例え真正面から打ち合っても打ち負けないッ!)

 

 とはいえ本当に真正面からぶつかり合えばかなり微妙なところがある。

 だからこそ狙いはまずレイジスパイクを命中させる事だった。というか反撃をしなくてはジリ貧になるのは此方側である。

 

(大丈夫、このスキルを外しても回避方法はある)

 

 それでいて一番安全な手段は何なのか。

 重要なのはレイジスパイクが『突撃』に特化したスキルだということだ。

 このスキルが解除される条件は『敵に攻撃が命中する』か『一定距離突撃したら』である。

 つまり、外してもそのまま横を駆け抜けてしまう事が可能なのだ。それでいてこのスキルによる硬直時間はほぼないに等しい。

 この場においての選択肢として最も良い手だった。

 

『行く……!』

 

 通常よりも速い速度で駆け出す。既にソードスキルのモーションには入っていた。

 

「グルルァ……!」

 

 対してコボルド・ロードは迎え撃つように斧を構え直す。そしてハクレイ目掛けて袈裟斬りした。

 その刃は正確にハクレイの速度に合わせ、放たれる。突撃している以上、この技の回避性能は低い。そして突撃なので弾く為に剣を動かす事も出来ない。

 出来るのは足先の技術のみである。

 

『……チャンス』

 

 ブォン! と音を立てて迫る斧に対してハクレイがしたことは単純だった。

 まずハクレイは強く地面を蹴った。両足が地面から離れ、空中に体が浮かび上がる。

 だがそれに意味はない。斧の刃は相変わらず真っ直ぐハクレイを向いているのだ。回避出来ていない以上意味が無い。

 だが、それがハクレイの狙いだった。

 

『らぁっ!!』

 

 掛け声一発。ハクレイは思い切り空中で体を捻る。

 直後、ハクレイの体は空中でくるりくるりと回りだした(、、、、、)。例えるならスケートだろうか。くるりくるりと回るハクレイだが、相変わらず剣先は真っ直ぐ向いたままである。

 だが回転していることで動かせなかった、方向を変えられなかった剣先の『向き』が変わっていた。

 今回の場合はコボルド・ロードが放つ斧の方向に対して受け流すように。

 

(攻撃を利用する! 斧の攻撃を空中で受けて速度をブースト。そしてレイジスパイクをコボルド・ロードにぶっ放す!)

 

 心の中での宣言通りまずハクレイは空中で、斧を受け止めることに成功する。

 目に見えて視界が加速していた。

 剣からエフェクトが溢れ出し、背後に流れていく。その姿は姿は正に『空を飛んでいる』かのようだった。ハクレイ、の名前がしっくりくる映像である。

 そして加速したレイジスパイクがコボルド・ロードを貫いた。

 

『お返し……ッ!!』

「グルァァァッ!?」

 

 深く突き刺さった部位から普通よりも多いポリゴンが溢れる。体力を見ると三ドット程削れていた。

 だがそこで止まらない。ハクレイは猛烈なまでの反撃を開始する。

 滅多斬り。一見すると出鱈目に見えて、計算しつくされた斬り方。

 斬斬斬斬斬斬斬斬斬ーーーー!!

 コボルド・ロードの反撃を許す事なく的確に切る。腕を切り脇腹を切り足を切り。背後に回り正面に回り、目まぐるしく動いていく。

 その動きは止まるところを見せず、コボルド・ロードの体からは絶えずポリゴンが飛び散っていた。

 残りゲージは半分へ。

 怒涛の攻めは正に修羅の如く。

 

 Hakurei(ハクレイ)はチャンスを見逃さないーーーー。




 

追記
次回更新についてのお知らせを活動報告にて掲載しました。
ちょっと遅れますが気長にお待ち下さい。


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26.決着

 

長いと言われたので一話で書き切りました。
……大賞用のオリジナルストーリー書くので次回は少し遅れるかもです。


 

 

 

 

 生放送。

 そこに映るのは画面一杯に広がる粒子の波に囲まれたハクレイの姿だった。コメントには「状況が分からない」関連の言葉が多く流れていたが正にその通りだったのだろう。

 事実。ハクレイの視界も凄まじい粒子に襲われ、砂嵐に巻き込まれたように不明瞭だった。某ポケモンのポリゴン回の時のように、目がチカチカしている錯覚さえする。

 だがその時、ハクレイは粒子など見ていなかった。

 視線は手元に。具体的に言えばマップを見ている。そこにはイルファング・ザ・コボルド・ロードの向きと位置。また自身の座標のデータが映っていた。

 

 そう、ハクレイは視界を切り捨て、予想だけでコボルド・ロードを切り続けていたのだ。

 

『……タフ、過ぎ』

 

 が、それももう十数分。イルファング・ザ・コボルド・ロードの体力が残り一本、その半分になってまだそれだけの時間を要してもハクレイはコボルド・ロードを倒しきれずにいた。

 感覚的にはもう終わっていてもおかしくない。というか終わっていなければおかしい気もする。しかし現実には戦闘は中々終わらなかった。

 

(……やっぱりレベル不足? それともアニールプレードを強化してないから? それかバージョンアップの影響?)

 

 分からない。もしかしたら単にハクレイの時間感覚がおかしくなっているだけなのかもしれない。

 一度目を瞑り、開いたハクレイはマップに映るコボルド・ロードがこちらを向いているのを確認し、真横に転がった。直後、すぐ頭の上を斧が粒子ごと薙ぎはらっていく。出来た隙間から、コボルド・ロードの顔が覗いた。

 見つけた、と言いたげな怪物面である。

 

『っ!!』

 

 直後、乱暴に斧が振るわれる。ソードスキルではない。一回、二回、三回と連続で繰り出される攻撃にハクレイは防戦一方になる。振り下ろされた斧を避け、薙ぎ払われた一撃を受け流し、撹乱するように動き回りながら何とか突破口を探そうとあちこち見回した。

 

(……つかリアル過ぎないか!? 粒子で見えないと俺の姿を見失うような挙動も見せるし、つっても距離が近いからすぐバレるけどさ)

 

 そんな事を考えていた時だった。

 

「オーン! ォォォォーッ!」

 

 コボルド・ロードが立ち止まり咆哮を上げる。すると、何処からか四匹のセンチネルが姿を現した。

 

『またか、よッ!』

 

 叫んでハクレイはコボルド・ロードから距離をとる。その際に見えたHPゲージは赤色(レッドゾーン)一歩手前まで削れていた。あと一歩、ここさえ耐え凌げば殆ど勝ちは確定と言ってもいい。

 現れたセンチネル達はハクレイ目掛けて一直線に突撃を仕掛けてきていた。とりあえずハクレイは先程と同じように斧で対応してやろう、と装備欄を弄ろうとするが、

 

「グルォっ!!」

『ーーっ!!』

 

 ーーそうはさせてくれないらしい。

 振り下ろされた斧に行動が制限される。何とか無傷で防いだが、その間にセンチネル達が攻撃射程範囲にまで迫ってきていた。

 

『くそっ!』

 

 とっさにハクレイは剣を振るい、二匹のセンチネルを吹き飛ばすことに成功する。

 直後にコボルド・ロードの追撃がハクレイを襲った。巨体に似合わぬ爆発的な速さで斧を振り回しながら勢いよく迫ってくる。体捌きで回避しようと逃げ場を探るが、それよりも先に二匹のセンチネルがハクレイ目掛けて斧を突き出していた。

 体捌きで回避し切れない。確信したハクレイはまずセンチネルをどうにかするために身をひねるように剣を振りかざす。一匹目を貫き、直さま反転して二匹目を狙い貫く。そのハクレイの(わき)にブッ刺すように、コボルド・ロードが別角度から懐に潜り込んできた。その手に握る斧でハクレイの体を真横に切り裂こうとしてくる。

 それを何とか回避しようと足を動かすが、かろうじてバランスを崩して背面から倒れていくのがやっとだった。コボルド・ロードの巨大な斧は幼女、ハクレイが身に纏う動きやすそうな旅人の服の上着の布を切り裂いていく。起伏のあまりない体型のお陰か、かろうじて肌にまでは達していなかった。

 

(……巨乳にしてたら悲惨な事になってた。真剣な時に考えることじゃないけどその絵面を想像したら怖い!)

 

 ハクレイの胸元あたりから粒子が漏れる。装備品の耐久ゲージが減ったのだろう。現実なら上着は地面に落ち、バラバラとボロ切れに分解され風に流されていくところだった。

 

「……グルル」

 

 真っ赤に染まる凶悪な瞳が、至近でハクレイという標的を捉え直す。

 ハクレイの方も何とか一撃目は凌いだ。もう体も自由を取り戻している。

 

「ガァァアッッ!!」

 

 コボルド・ロードの叫び。と同時吹き飛んだセンチネル達が起き上がり二度目の攻勢を仕掛けてくる。前後左右、五方面からの攻撃は流石に防ぎきれないと踏んだハクレイは脱出の為、一点に視線を向け直す。

 狙いはセンチネルへ。

 

『ソードスキル。レイジスパイク!』

 

 迸る光のエフェクトを纏い、ハクレイは突撃をかける。ゴッキィ!! とアニールブレードとセンチネルが正面衝突を起こし、骨を砕く音が耳に届く。

 

(……いける)

 

 まずは一匹目を倒した。

 あと三匹のセンチネルを倒してボスを倒す。それだけでいい。

 そして改めて、強く。剣を握りなおす。

 

(まずはセンチネル。ボスの攻撃に気をつけながら数を減らせば、多面同時攻撃の脅威にさらされることもなくなる。相手は俺より『遅い』んだ。後はタルワールに気をつけながらごり押しでいける! コボルド・ロードは倒せない相手じゃない!!)

 

 直後だった。

 

『……ピ、ギャァ』

 

 がくんっ!! とハクレイの膝が力を失ったように折れたのは。

 

 

 

 1

 

 

 

 ーー俺、なんで倒れてるんだ?

 

 ちゃんと足の感覚はある。元々持っていたはずの力がいきなり抜けるなんてあり得ない。また真上から強烈な力が加わったわけでもない。

 その時、ハクレイの足元からポリゴンの音が聞こえた。パリィィンとガラスのような何かが割れる音に混じって小さく聞こえたピギャァ……というモンスターの鳴き声で彼は気付く。

 レイジスパイクで吹き飛ばしたセンチネルが死に体のままハクレイの足を掴んだのだ。

 そして断末魔の声。小さく聞こえた声は後は任せた、という風にも聞こえた。

 

『……なん、だ。それ。現実みたいだな、おい……っ』

「グルァアアアアッ!!」

 

 背後から叫び声が聞こえた。ドスン、ドスンというリアルな振動を体全体で感じる。とにかく早く起き上がろう、ハクレイが勢いよく立ち上がろうと腕と足に力を入れ込めた。

 しかしーーーー。

 

「ピギャァっ!」「ギャァ!」「ピッギァ!」

 

 がくんっ!! と。

 立ち上がろうとしたハクレイの足が押さえ付けられる。声からして恐らく三匹のセンチネルがのしかかってきているのだろう。

 どれだけ力を込めても振り払えない。ただでさえ慌てていたのに予想外のハプニングが続き、焦りが増す。

 

『っ……重い……離れっ、ろっ!!』

 

 剣で背中に馬乗りになっているセンチネルを突き刺す。が、寝転んだ体勢では倒すに十分な威力が発揮出来なかった。それでも二度、三度と突き刺して二匹をポリゴンに変える。

 

「ギャ……ギャギャァッ!」

 

 しかし最後の一匹が中々倒れない。思い通りにいかないことが、どこまでももどかしい。

 それでも何とか三匹目をポリゴンに変え、背後を振り返ったハクレイは見た。

 ーー迫る斧を。その先にある怒りのコボルド・ロードの顔を。

 直後ミシリ、とハクレイの体が軋んだ音を立てた。ボールのように吹き飛ばされたハクレイは二回、三回と地面でバウンドして転がる。

 そのまま壁に叩きつけられたハクレイは地面に倒れたまま数秒動けなかった。

 

「グルルルルッ……」

 

 コボルド・ロードの低い唸り声が迫る。

 ハクレイは眩暈がした。

 固いフロアの床に片膝をついた状態から、再び立ち上がることが苦しい。ギリギリと力を込めている筈なのに、何故か全身がふらふらとして焦点が定まらない。

 そして相手は容赦しない。

 ちらりと確認して、残り半分を切りかけていたハクレイの体力ゲージを破壊するためにどこまでも執拗に追ってくる。

 

「グァァっ!!」

『ぅ、くっ……』

 

 真横へ振り回すように、イルファング・ザ・コボルド・ロードの斧が勢い良くフルスイングされた。顔の骨を砕いて真っ二つにするような、一撃。もうあれこれ気をくばる余裕はなかった。せめて威力を抑える為に、とハクレイは剣を使って反撃を繰り出す。

 鈍い音とポリゴンの音が二重になってエリアに響き渡った。そしてハクレイの小さな体が宙を舞い、フロアの上へと叩きつけられていく。

 コボルド・ロードのHPゲージとハクレイのHPゲージが同時に赤色(レッドゾーン)に達した。

 

(……これ。現実みたいだ。さっきまでの動きと違う。AIが学んでるんだ。俺を殺すためにどうすべきか。その為には命すら厭わない! まるで、まるで特攻兵じゃねーか!)

 

 地面に叩きつけられたハクレイはよろよろと立ち上がりながら思う。その理由は先程のセンチネル達の動きだ。さっきまでならまず、押さえつける真似なんかしなかった筈なのだ。その前に斧を振り下ろし、ハクレイの体力を削ろうとする。そうでなくてはならない。

 なのに、あの時センチネル達は死を覚悟でハクレイを押さえ付けた。

 

(本当に生きてるみたいな動き……。あんなのゲームの知識だけじゃ読み切れない、読み切れるわけがない!)

 

 考えれば考えるほど絶望感が増す。

 だがだからって諦める理由にはならない。

 ハクレイは立ち上がる。

 

(……やっと、分かってきた。コメントでこの世界は現実と同じように命が一つしかない、なんて言われて。実感出来て無かったけど、ここまでのリアリティある世界を再現されたら嫌でも呑み込まされる)

 

 アイテム欄から最後の一本となった回復薬(ポーション)をひと息にあおった。

HPがじわりじわりと回復していく。恐らくこれが最後になるだろう、何故かそんな気がしていた。

 その手には剣を携え、ハクレイは毅然とした態度で敵を見据える。

 

『……これが最後の一騎打ちだ。もう読みなんて意味がない。こっから先は俺かお前か。強いものがこの決闘を制する……』

 

 小さく呟いた言葉はコボルド・ロードに届いたのか分からない。しかし、コボルド・ロードは斧と盾を放り投げ、新たな武器を手に取った。

 ーーその手にはタルワールではなく『刀』を。

 

『最後の最後でタルワールじゃなく刀、か。まぁいい。そろそろ決めようか。第一層で(つまず)くわけにはいかないし』

 

 両者は得物を構える。

 ハクレイは片手剣を。

 コボルド・ロードは刀を。

 両者はお互いを見合い、そして同時に動き出すーーー!

 

 先に技を放ったのはコボルド・ロードだった。

 

「グァァァァアアっっ!!」

 

 『ソードスキル。辻風』という無機質な機械音が耳に届く。辻風とは、ようはレイジスパイクと同じようなものだ。真正面からの突撃スキルである。だが、一つ違いがあるとすれば刀のサイズが馬鹿でかい事だろう。AGI(敏捷性)全振りのハクレイではとても真正面から打ちあう事は不可能だった。

 そして光のエフェクトを撒き散らす刀が水平に飛ぶ。

 数メートルに届く刀身は溢れんばかりの力の奔流を起こし、空気を切り裂く大音響を響かせる。

 それは猛威と呼ぶに相応しい一撃だった。

 対して、ハクレイが取った手段は単純だった。

 水平に突き出された刀に対して全力疾走する。そして刀が突き刺さる直前で勢い良く飛び上がった。

 

『おおおおおおァァァァああああああ!!』

 

 当然それだけでは串刺しになる。だからこそハクレイは剣で刀を切りつけ、その勢いも足して刀の上に飛び乗った。金属音が響く。

 そのまま一歩でコボルド・ロードの顔面へと到達する。

 一閃。

 振り抜かれた剣がコボルド・ロードの顔面を貫いた。体力ゲージが小さく削れていく。ハクレイは貫いた刃に更に力を込め、グリグリと顔面の中をグチャグチャにかき混ぜた。

 絶叫と共に巨体が暴れた。

 

『っっ!』

 

 ハクレイは振り落とされ、地面をゴロゴロと転がって起き上がる。悠長に休憩している時間はない。早くトドメを刺すのだ。死に物狂いでコボルド・ロード目掛けて走るハクレイだったが、コボルド・ロードは急に刀を構え直した。

 

「グルル……ガァっ!!」

『ッ!?』

 

 直後、コボルド・ロードが跳ね上がる。空中へと跳ね上がったコボルド・ロードは落下しながら刀を振り下ろした。

 『ソードスキル。旋車』という無機質な声が響く。旋車とは刀の重範囲攻撃である。ジャンプしながら上段撃ち下ろしがこの技の特徴だった。

 

(範囲攻撃!? ここで使用するのか……ッ!!)

 

 どう足掻いても避けれない。何せ範囲が範囲だ。なら防ぐ以外に他はない。しかし防ぐにしても正面衝突では勝ち目はない。

 

『ソードスキルーーーー!』

 

 力を込めてタイミングを合わせて打つためハクレイはアニールブレードを後ろ手に構えた。

 空からは落下してきたコボルド・ロードがその刀の一撃を振り下ろさんと迫る。

 そして両者の視線が激突した。

 

『旋車』

『ホリゾンタルーーーーッッ!!』

 

 甲高い音が炸裂した。

 両者の攻撃がぶつかり合った音である。ハクレイの受け流しが成功した。コボルド・ロードの攻撃は防がれ、空中で無防備な姿を晒している。

 

(もらったーーーー!)

 

 ハクレイは確信した。間違いない。後は連続で攻撃するだけでこの戦いは終わる。たったそれだけで良い。

 その時。

 ハクレイは一つだけ忘れていた。

 戦闘が長引いていた事も手伝っていたのだろう。

 だが、既にハクレイは剣を振るっていた。長時間使用し、何度も切りつけ、『耐久値』の切れた剣を。

 

 結果なんて火を見るよりも明らかだった。

 

『……えっ?』

 

 ーーーーパキィン、と。音を立てて振るわれた剣は霧散する。

 

 

 

 この時、両者はそっくり立場を入れ替えていた。

 方や空中で身動きの取れなかった狩られる側から、武器を持たない者を狩る側へと。

 方や絶対的有利の狩る側から、狩られる側へと。

 当然直さまリカバリーなんて出来るはずがない。

 ドスン!! と振動を立てて地面に降り立ったコボルド・ロードは迷いなくソードスキルを地面へと叩きつけた。

 勢いでハクレイの体が浮かび上がる。地面から数メートル上空へと浮かび上がっていく。

 

(ーーーーあ)

 

 残すは敵の最後の一撃のみ。

 ハクレイの脳裏にはある情景が浮かんでいた。

 彼自身が明確に『死亡』した時の。

 イルファング・ザ・コボルド・ロードの刀に体を貫かれ、ポリゴンに変わる己自身の姿を。

 このまま殺されて終わり。

 結局勝てなかった。

 ハクレイは敗北したのだーーーー。それを正確に彼は予期した。現実を正しく認識した。

 だから。

 とっさに、ハクレイは動き出していた。

 

『間に合ーーーーッ!!』

 

 直後にコボルド・ロードが地面を蹴り上げて刀を振りかざす。

 その刀からは閃光のようなエフェクトと『ソードスキル。浮舟』という無機質な音が聞こえた。

 光で視界が見えなくなる。

 凄まじい閃光が迸り、やがて絶叫が響いた。

 そして。

 そして、

 何かが地面に叩きつけられた音とポリゴンの音が響き渡った。

 

 

 

 2

 

 

 その様子を見ていた人間は沢山存在していた。

 

 例えば、外の世界から生放送を通じて見ていた人間は「あっ」という気の抜けた声を漏らした。

 例えば、外の世界で彼のファンだった視聴者は「ああああ!」という絶望のコメントを残していた。

 例えば、国会議事堂にいた総理はその様子を見て「……ッ!」という様々な思いの込めた声を発した。

 

 ソードアート・オンラインの中。

 一面をモニターで囲まれた部屋の中に存在していた人物もまた、幾つも映っている映像の一つに映したままにしていた『その映像』を見ていた。

 どんな状況かも全て知っていた。

 その上で彼はフッ、と小さく笑みを零した。

 

「……前言撤回しよう。やはりキミは期待以上のものを見せてくれた」

 

 片手で顔の半分を覆いながら、彼はモニターに映る『ポリゴン』をじっと見つめる。

 そして小さく呟いた。

 

「さて、そろそろ私の出番らしい」

 

 男。

 茅場晶彦(かやばあきひこ)は準備を進めていく。

 ……そして画面を見つめていた茅場は最後に。

 ーーーーこう締めくくった。

 

 「……さぁ、この世界の最後のチュートリアルを始めようか」

 

 

 

 3

 

 

 地面に落ちた何かがハクレイだと気付くのに動画視聴者は数秒と時間を要さなかった。

 パキィィィンーーーー、と。

 割れたポリゴンの余韻が響き渡る。

 コメント規制がされている為、画面には映らないが「ああああ!」「ハクレイいいい!」「嘘だ……嘘だろ!」「きゃぁぁぁ!!」と絶望感あるコメントで動画は埋め尽くされていた。

 

「グルァァァアアアアッッ!!」

 

 故に、イルファング・ザ・コボルド・ロードの勝利の雄叫びも人々の耳には届かない。

 絶望。

 それだけが支配していた。これが現代においてどれだけの損失を招くのか。いやそれはこの場では問題ではない。

 問題なのは、一人の人間の死を見せ付けられてしまった。

 本当に一人の人間が死んだ。その瞬間を大勢の人々が目撃してしまったことだろう。

 

「ガァァァアアアアアアッッ!!」

 

 コボルド・ロードが再度雄叫びを上げる。

 刀を振り上げ、全身で喜びを表現しているようだった。

 ハクレイが落ちた場所から発生するポリゴンは未だ終わりを見せない。

 逆にその現象が余計に人々に対して明確な死を植え付けていた。

 ーーーーその時だった。

 

『ソードスキル。ソニックリープ』

 

 不意に無機質なシステム音が響いた。

 直後、生み出されていた粒子の中から何かが勢いよく飛び出すーーーー!!

 突き抜ける何かは物凄い速さでイルファング・ザ・コボルド・ロードに迫る。眼前には驚愕に顔を染めるコボルド・ロードの顔があった。

 

『悪いが、俺の勝ちだ』

 

 響くソプラノボイス。小さな体に、黒髪の少女。

 凛とした面持ちを浮かべているのその姿は。

 プレイヤーネームHakurei(ハクレイ)、その人であった。

 

 

 

 

 

 最後の一撃が放たれた。

 正確には、当たれば最後の一撃だ。まず真正面から当たれば死ぬ、とハクレイは振り下ろされたソードスキル。浮舟を見て確信していた。

 しかも空中に浮かび上がっている状況では対処方法なんて一つしかない。

 

(最後のハンドアックス! あれを何とか出して盾に使えばーーーッ!!)

 

 時間との勝負だった。

 装備欄を開いてハンドアックスを選択して装備する。事実その作業が間に合うかは微妙なところだったし、死ぬ可能性だって十分にあった。けれどハクレイは間に合ったのだ。

 ギリギリのタイミングだった。あと数コンマ遅ければ斧を突き抜けてコボルド・ロードの攻撃が貫通していたかもしれない。

 ハンドアックスで攻撃を受け止めた瞬間は思わず恐怖で絶叫した。ハンドアックスに掛けられた一撃の強さはこれまでの攻撃とは比が違っていたのだ。

 それでもハクレイは生き残った。

 地面に叩きつけられ、最後のハンドアックスの耐久値を〇にされて破壊されても。首の皮一枚での生還に成功していたのだ。

 しかし依然として危険には変わりない。それにこのままトドメを刺すにしても不安が残る。

 その為、ハクレイは一つの策を講じていた。

 まずは武器の装備。二本のアニールブレードのうちの最後の一本を装備し、そのあとこの戦いでレベルアップした分の『スキルポイント』をすべて割り振ったのだ。

 使えなかったソードスキル、更にAGI(敏捷性)の強化。

 これで勝てなければハクレイの負けだった。

 完膚なきまでの敗北と言ってもいい。

 

 

『おおおおおおおあああああああッッ!!』

 

 

 ハクレイはエフェクトを撒き散らしながら上方へジャンプしながら突撃する『ソニックリープ』を放った。リアル過ぎるシステムゆえの弊害か、『ポリゴンの波』によってハクレイの姿を見失っていたコボルド・ロードは完全に不意を打たれた形となっていたのだろう。

 ハクレイは懐へ飛び込む。

 更に彼は一瞬の硬直時間を経て、次の技へ繋げた。

 構えを示し、剣を振り下ろす。

 全身に、最後の力を込める。

 

『ソードスキル。バーチカル・アーク!!!!』

 

 振るわれた片手剣縦二連撃のスキルがコボルド・ロードをV字に切り裂いた。

 ハクレイもHPゲージは既に赤色(レッドゾーン)へ突入している。ボロボロの状態で、それでも切り裂き切った。

 HPゲージが削れ、イルファング・ザ・コボルド・ロードの体が光に染まる。

 

「グルル……ガァァァァァァッ!!」

 

 続いて呻き声をあげて背後に大きく身体を仰け反らせていく。体からは光が溢れ出していた。

 そして体からピシリ、という音が響いた。

 大きな音だった。

 直後その巨体は丸ごと粒子へと変わる。薄氷が割れていくような音を耳にしながら、やがてイルファング・ザ・コボルド・ロードはその存在は無に帰した。

 切り裂いたままの体勢で地面に着地したハクレイは様々な感情が混ざったような顔で。様々な感情が混ざったような声でこう言った。

 

『ーーーー俺の勝ちだ!!』

 

 直後、光が生まれた。

 コボルド・ロードの死によって生まれた光の粒子である。同時、ハクレイの目の前に『Congratulations(コングラッチュレーション)』のウィンドウが浮かび上がったのだったーーーー。

 






「一言」
最速攻略成功(やったぜ)


 


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27.決断

 あまりにも展開が不評だったのと、最近こちらで書いてなかったことでヤバイ、エタると思い色々考え、活動報告で次回の更新の為に色々質問したのですが、結果、イルファング・ザ・コボルドロード撃破からの四話を削除し、改めて完結させる為に書くことにしました。
一応、短めに更に上の上層の攻略なども本編完結後に番外編として書こうと思いますのでしばらくお待ち下さい。
詳しい経緯が知りたい方は活動報告にお願いします。
また、質問にお答えくださった方やわざわざメッセージを送り励ましてくださった方には本当に感謝です。この場を借りて感謝の言葉を送らせてください。『本当にありがとうございます!』


 

 

 

 光があった。

 光の粒子であった。

 ハクレイが構えている剣を振り抜いたと同時、イルファング・ザ・コボルド・ロードの存在が消失した。あれだけ苦しめられた巨体がポリゴンへと姿形を変えたのだ。それを見て、ハクレイは確かな手応えを感じていた。ポリゴンはやがて更に細かく、粒子となって空間に流れていく。

 第一層フロアボス。

 イルファング・ザ・コボルド・ロード撃破。

 

 『Congratulations(コングラッチュレーション)』と目の前に表示されたウィンドウには確かにハクレイがコボルド・ロードを撃破した事を示していた。

 勝った。その事実が頭に入ってきた瞬間ハクレイは叫ぶ。

 

『ーーーー俺の勝ちだ!!』

 

 こみ上げる喜びのような熱い気持ちを全身で感じていた。

 パリィィン、と響いたポリゴンの破壊音が心地よい。

 やがて、彼は倒れこんだ。

 何か。彼の中の何かが限界に達したのだ。ギリギリの戦闘による緊張の糸が切れたのか、それは分からないがともかくHakurei(ハクレイ)というプレイヤーの精神を繋ぐ細い線が切れ、彼は地面に大の字になって倒れこむ。

 天井を見上げた彼は何かやり切った表情でコメント欄に視線を向けた。

 

『……はは、運営が動いてる。コメント規制されてんじゃねーか』

 

 言って彼は戦闘中にもふと同じ光景を見たことを思い出した。

 思考能力が著しく低くなっている。精神を消耗しきったのかな? とか考えつつ彼は上体を起こした。

 それから己のHPゲージを視界に捉えた彼は力無く笑う。

 

『回復薬、ハンドアックス、アニールブレード。偶々多めに持っていってなきゃ死んでたな……。いや、撤退してたか……どちらにせよここまで削られるとかゲーマーとしての自信無くなるぜ……』

 

 HPゲージは赤色(レッド)に突入していた。それも軽い一撃で死んでしまう程の損傷率である。レベルアップでHPが増えても増えた分のHPが残り体力に上乗せされていないあたり鬼畜ゲーを思わせた。

 だけど、ハクレイは今生きている。その意味を彼ははっきりと認識していた。

 口では自信が無くなるなんて言ってても、今だけは心の中を満足感が占めている。

 

『……アニールブレードの耐久値もほぼ限界か。まぁもってくれた事に感謝しないとな』

 

 何気なしにアニールブレードの耐久値を眺めると、耐久値がほぼ無いに等しい数値にまで減少していた。死闘、そうだ。文字通りの死闘だった。だからこそ心からハクレイは感謝の気持ちを抱く。

 あれだけの地獄を潜り抜ける中で、それは十分過ぎるほど理解していた。

 

『……ひとまずは宣言通り最速攻略出来た。なんて、運営が動いているあたり本当にデスゲームになったこの世界で言う言葉じゃないか』

 

 本当は心の底で分かっていた。

 ボス戦突入前に、コメントであれほど指摘された上に広告費を出されたのだ。いくら鈍感だとしても何かおかしいとは思っていた。だけど、ハクレイはそれを信じたくなかったから信じなかったのだ。

 だからハクレイがボス戦に挑んだのはただのわがままなのだろう。

 死んでいたかもしれない、あり得たかも未来を乗り越えて今生きているのは運の要素も大きいに違いない。現実の人々からすれば避けて欲しい道だったはずだ。

 だけど。

 それでも。

 

『それでも、逃げなくてよかった。そんな気がする』

 

 それがハクレイの嘘偽りのない本音だった。

 それは結果論なのかも知れない。戦った結果、死ななかった。だからボスを倒す決断をしたのは最もいい選択だった。負けた可能性を考えれば途方もない馬鹿の所業なのかも知れない。

 だがハクレイはそれで良いと思った。

 苦しくたって、死ぬ可能性があったって、それでも外に帰るためには前に進むしかないのだから。

 あそこで逃げたとしても、どうせ実況者としての認知度が戦うことを放棄させてはくれない。β版で見せたプレイヤースキルをこの世界にいるβテスター達が忘れているわけがないのだ。

 だったら、最初から戦うべきだ。抗うべきだ。

 そう、これはこの世界の創造者たる茅場晶彦に対する挑戦なのだ。

 しかもこれは反撃の狼煙(のろし)に過ぎない。何よりハクレイ自身が逃げたくない、とそう明確に思っていた。

 その時だった。

 

 

『ーー第一層攻略おめでとう。ハクレイ君』

 

 

 何処かで聞いたことのある声が、いきなり割り込んできた。

 ギョッとしたハクレイが弾かれるように立ち上がってそちらに視線を動かす。

 その人物はいつの間にかそこに出現していた。

 白衣を着た男。

 だが、確かにそれは……、

 

『茅場、晶彦……っ!? アンタ、どうして……っっ!!』

『私はこのゲームの開発者だ。何処に現れようと何もおかしいことは無いだろう』

 

 白衣の男は飄々(ひょうひょう)と言った。

 ハクレイには意味が分からない。先程までコボルド・ロードを倒した余韻に浸り、それからこのゲームに挑む覚悟をしたところなのにいきなりの黒幕登場は予想していなかった。

 

『さて、ボス戦を終えて疲れたところ申し訳ないが少しの時間外部との接続を切らせてもらった。また、先に忠告するが私に対する攻撃行為は一切効かないのでそのつもりでいてくれたまえ』

 

 いきなり説明が始まっても頭が追いつかない。

 とりあえず言われるままにコメント欄を見つめるが『接続できません』という文字が浮かんでいた。

 茅場晶彦は冷静沈着とした様子で両手を白衣のポケットに突っ込んで、

 

『さて改めて言おうか。ハクレイ君、第一層攻略達成おめでとう。私がこの世界の創造者の茅場晶彦(かやばあきひこ)だ』

 

 その男は見覚えのある姿形と声をしていた。

 特にゲーマーのハクレイは知っていた。何度も何度も、見返したからだ。SAO。つまりソードアート・オンライン開発者のインタビュー映像で。PVで。幾度となくこの姿を、声を、見聞きしてきた。

 ーーーー間違いない。

 目の前の男は先程まで口にした名前に間違いない。白衣の男自身もそう言った事で確信がいった。

 ハクレイは今、茅場晶彦(かやばあきひこ)と相対しているのだ。

 

『イルファング・ザ・コボルド・ロードを倒したあの動きは本当に素晴らしいプレイだった。と、まぁ褒め言葉はここまでにしておこう。早速本題に移りたいのだがいいだろうか?』

 

 精悍な声が耳に届く。

 ハクレイは硬直したまま動けなかった。ただでさえ精神が疲弊しているところにまさかのラスボス登場なんで対応出来るわけがなかったのだ。とにかく言っている意味を自分なりに理解しようと思うのだが、まずなんで目の前に黒幕がいるのか分からない。というか実際デスゲームなのかも不明瞭なので対応に困っていた。

 なので、彼はとりあえず疑問を述べてみる。

 

『本題の前にひとつ。なんでここに居る……んですか?』

『それを含めて話そう。まず現段階で君に危害を加えるつもりはないので楽にしてもらっても構わない』

 

 バッサリと疑問を切られてしまった事にハクレイは何か不条理を感じた。幼女姿を存分に活かしたジト目で茅場晶彦を見つめるが、彼は毅然とした態度を崩さない。

 そして彼は言った。

 

『まずはチュートリアル宣言をしよう。まず、君は鐘の音を覚えているだろうか。恐らく戦闘中にボスが凍結したと思うのだが……。じつはあのタイミングで大多数のプレイヤーにはチュートリアルを行った、と言っても理解しにくいだろうからまずはそれについての説明を始めていこう。とはいえ簡潔にまとめていくがね』

 

 意味不明だった。

 というかボス戦中に響いた鐘の音が強制転移を意味するものだとは知っていたがチュートリアルとは何なのか。確かコメントでそんな内容のものが存在していたが、

 

(……コボルド・ロードがフリーズしてる時にプレイヤー達を招集していたってのか?)

 

『ふむ、その様子だと心当たりがあるようだな。では簡単に現状について説明をしよう。まず一つ、ログアウトが不能でありこの世界の死が現実の死と繋がること。その際に外部からナーヴギアが外された場合も死亡すること。二つ、この世界から解放されるためには全百層からなる浮遊城アインクラッドを攻略すること。三つ、大多数のプレイヤーはその外見を剥がされ、現実の容姿に変わっていること。四つ、掲示板やネーム公開機能、町到達ボーナスなどの一部ボーナスに加えて新規実況の廃止をした。現状はこんなところだ』

『……………………、』

 

 デタラメだった。

 まずゲームの死が現実の死に繋がるのはいい。いや、良くはないけれど理解は出来る。ナーヴギアを外から外された場合も同様だ。全百層を攻略することに関してもオタク知識的なところで考えればまだ吞み込めなくもない。四つ目もとりあえず置いておこう。

 だが、大多数のプレイヤーが現実の容姿に変わっている部分だけは見過ごせなかった。とはいえ相手が茅場晶彦だとそれは深く追求出来ない。その設定下でやれ、と茅場が言ってしまえばはいそうですかと受け入れるしかない。

 そもそもハクレイは知っているのだ。

 もしも政府がこの事件に対応出来るのなら既にハッキングなりしてSAOは崩壊しているはずである。それが成されず、ニコニコ運営が動いてコメント規制までしているということはすなわち『そういうこと』なのだ。もしかしたら違うかもしれないけど、可能性がある以上ハクレイは最悪のパターンを仮定する。

 それに世間の茅場に対する評価だって忘れていない。『今世紀の頭脳』なんて呼ばれる彼ならやれる、とそんな気がした。

 一万人近いプレイヤー達の命を握ることくらい平然とやってのける、そんな気が。

 

(……というか大多数? つまり少数派が存在するってことなのか? 他にも俺みたいなプレイヤーが……。ともかく容姿も含めて疑問が残るが)

 

 茅場が次々と説明をしていると、ハクレイは幾つかの疑問を抱いていた。

 

『待ってくれ。なんであんたはこんなことを? それに容姿が現実のものになったってどういうことなんだ……?』

『理由を語ったところで意味はない。容姿に関しては理解を早めるためだよ。キャラクターの姿よりも現実と同じ姿になった方がより、この世界が現実だと思い知らされるだろう?』

 

 ハクレイの質問に答えた茅場は片手を出し、空中で振った。

 途端、映像が流れているウィンドウが表示される。

 その映像には開始直後のアインクラッドとは圧倒的に違う部分が存在していた。

 開始直後。殆どのプレイヤーが整った外見の姿をしていた。それなのに今映る映像にはそんなプレイヤーが『殆ど居ない』。

 それは一つの大きな意味を示していた。

 

(……じゃあつまり、俺も元の姿に?)

 

『一般プレイヤーをまとめて広場に集めた理由はその方がチュートリアルと呼ぶべき演出が出来たからだ。一気に周り全てが変貌した方がより心を揺さぶられるものだろう。では何故君、ハクレイ君を含めた少数プレイヤーはその場に呼び出されなかったのか』

 

 茅場は続けて言う。

 確かにそれも疑問だった。ハクレイは小さく頷く。

 

『あの時、集められなかったプレイヤーには一つの共通点が存在していた。私はゲームの公平性を踏まえた上で、『現実と連動してチュートリアル映像を流していた』あの時間帯、私は君を含めた一部の少数プレイヤーを招集することを意図的に避けたその理由が分かるかね?』

『……確か、コメントにあった。広場に集められてチュートリアルが始まった、とか。と言っても俺がボス戦をしていたから、みたいな理由じゃないだろ? チュートリアルなんて一大イベントなら全てのプレイヤーを集めたいはずだ……』

 

 チュートリアルはテレビを通じて流されていた。

 その中で意図的に顔バレを避けられたプレイヤー達。そこにある共通点とは何だろうか。考えてみるが答えが出ない。

 やがて茅場はその答えを口にした。

『答えは現実の容姿をメディア露出した場合、外部からナーヴギアを外される可能性、またプレイ続行が厳しくなるプレイヤー、だ。君の場合はプレイ続行が困難になるのだよ。なにせ政府機構も関わってくるのだからな。反政府組織、逆恨み。考えれば幾らでも出てくる』

『政府機構って……まさか外との繋がりを俺が持ってるから?』

『その通り。そういったプレイ続行が困難になる一部プレイヤーはこのように個別に呼び出し対処しているのだよ。それも君が最後だがね』

 

 そこまで言った茅場はさて、と呟いた。

 その瞬間。空気が変わる。

 これまでの真剣な空気から、張り詰めた真剣な空気へと。変貌した雰囲気にハクレイはゴクリと喉を鳴らした。

 茅場は言った。

 

『そういった少数プレイヤーには一つ選択肢を与えている。今回も例に漏れず君にも幾つかの選択肢を与えよう』

 

 それは人間味のない声だった。

 底冷えするような声色にハクレイはびくり、と体を震わせる。

 

『まず実況機能について。今、実況機能は私が一時停止させている。つまり今の私と君の会話も外の人間には聞こえていないのだが、その上で選択して欲しい。ハクレイ君、君は()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 1

 

 

 実況をやめる?

 何を馬鹿な。ハクレイが最初に抱いたのはそんな安易な思いだった。というか常識的に考えてもあり得ないだろう。

 しかし茅場は言う。

 

『ここで君が実況を止めたとしよう。だが、君は非難される事はない。何故ならば実況を一時停止させているのは茅場晶彦であるからだ。君の意思ではない。すなわち、()()()()()()()()()()()()。世間はそう思うだろう』

 

 この言葉ではまだ心は揺るがなかった。

 例えそう思われたとしても現実と繋がる情報網をどうして捨てるのだ。そんなの馬鹿を飛び越えた能無しの所業だろう、とハクレイは思う。

 が、茅場の甘言は続いた。

 

『今の状況は重圧ではないか? このまま実況を続けたところでハクレイ君、君は行動を縛られるだろう。間違いなく君の本領であるゲームプレイは出来ないに違いない。何より先程言ったように公平性に欠けるのだよ』

 

 ーー確かに重圧ではないと言えば嘘になる。

 常に見られているのだ。二四時間三百六五日。また、実況機能を持つという事は一般プレイヤー達に情報の共有を行う義務がある。……それを先程まで放っぽり出していた奴のどの口が、と思われるかもしれないが茅場晶彦の登場で逆にハクレイはようやく現実的思考を取り戻していた。だが、プレイヤーの中にはハクレイの存在を疎む者もいるだろう。信じない者だっている。PK(プレイヤーキル)などの犯罪を犯すようなプレイヤーに命をつけ狙われる事にもなるかもしれない。

 また、圏外。安全地帯から外に出ることも許されなくなる可能性もある。最悪は常に数人から数十人による監視。ほぼ軟禁か監禁に近い未来があると考えると確かに恐ろしい思いはある。

 だが、それだけだ。それよりも変えられないものはある。

 だからこそハクレイは実況機能を捨てる気はない。

 ……だから次の一言はハクレイにとって強烈だった。

 

 

『……とはいえ実況機能を搭載した私に非があるのは間違いない。その為、君が実況を止めたのならSAOの死亡者などの情報を発信する生命の碑石。また攻略状況などの情報を流す特別枠を新たに立てよう。またそれはゲーム内外から視聴可能にする。つまり君は縛られることなく一般プレイヤーとしてプレイに励むことが出来る』

 

 

 それは。それはどうしようもなく効果的な案だった。

 ーーハクレイが何もしなくても良い。

 何もしなくても情報の共有が出来る。何もしなくてもゲーム内外で確かな情報交換が出来る。

 それはあまりにも魅力的で、あまりにも危険な誘いだった。

 茅場はハッキリとした口調で言う。

 

『それにだ。君のその姿。現実の容姿とかけ離れたものだろう。VRMMOにおいて長時間、大きくかけ離れた体躯でプレイするのは危険だと言われているのは君も知っているはずだ。これを受ければ外部からの干渉も気にせず安全も確保出来る。公平性も保たれてこれ以上ない案だと思われるが』

『……ッ』

 

 確かにその通りだった。

 というかこんなのズルい。そんな案を出されたらまるで意味がないのだ。ハクレイが一人で実況機能を抱え込む理由が。

 公平性。

 茅場はそう言っている。ここで実況を止めても非難されない。重圧もない。情報も全プレイヤーで出来る。

 完璧だった。

 ハクレイが一人で地道に活動するなんて真似をしなくても一発で終わる。

 だが、と同時にハクレイの頭の中に疑問が浮かんでいた。

 

(……なんで、なんで茅場晶彦は俺たちに有利な案を出したんだ。どう考えたってこんな展開を茅場が望んでないことなんて分かるのに)

 

『さぁ、選択したまえーーーー権利は君にある』

 

 茅場晶彦が重ねて言う。

 どうするべきなのか。

 ハクレイは決断を迫られた。

 それから暫しの沈黙。長い時間を経て、考え込んだ彼はゆっくりと口を動かす。

 

『俺、はーーーーーー』

 

 

 そして。

 答えを出したハクレイの姿は虚空に消えた。

 

 

 



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28.元RTA実況者がSAOをプレイしたら

一応完結です。
かなり時系列が飛びますが、これが一番まとめやすかったので。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
(気が向いたら番外編やりますけど。ギャグ重視で……うん)



 

 

 SAO。

 正式名称はソードアート・オンライン。

 世界初のVRMMOとして世界から注目を集めたが、サービス開始から一転。恐怖のデスゲームとして注目を集めることとなる。

 製作者、茅場晶彦は世界最高の頭脳とも呼ばれる科学者(サイエンティスト)だったが、その事件をキッカケに世紀の狂科学者(マッドサイエンティスト)と呼ばれていた。

 

 さて、彼が行った犯罪の特徴とはなんなのか。

 まず彼が行ったのは彼が作った鋼鉄の城「アインクラッド」に一万人ものプレイヤーを閉じ込めることだった。

 メディア露出が少ない彼が珍しく、サービス開始前に『これはゲームであっても遊びではない』という言葉をマスコミに残しているが、まさしくその通りの行動だろう。

 

 この事件においての凶悪性は以下の二点だ。

 ・一万人のプレイヤーをゲーム内に幽閉した。

 ・ゲーム内での死が現実の死と繋がるようにした。

 

 一般的なMMOゲームとは何度も死んでクリアを目指すものが多い。β版のSAOもそれは変わらなかった。

 そして中のプレイヤーと情報交換が出来ない以上、中のプレイヤーの中にはこのような考えを持つものも存在する。

 

 ーーーーこの世界で死ねば現実に戻れるのではないか。

 

 しかし、その最悪な未来は『とあるプレイヤー』の行動により回避される。

 さて、そろそろその『とあるプレイヤー』を含めこのソードアート・オンラインというゲームについてまとめていこう。

 本作では、時系列順に物語を進めていくことにする。

 

 始まりはデスゲーム宣言。ソードアート・オンラインのサービスが開始した日だ。

 本来、「ゲーム内での死が現実に繋がる」なんて宣言された初日にこのような事が起こるのは酷く物語染みた話ではあるが、真実だと前述しておこう。

 

 この日、全百層あるうちの第一層目が『たった一人のプレイヤー』によって攻略される。

 そして、同時にそのプレイヤーは後に現実と仮想世界との唯一の繋がりを持つ人物として非常に重宝されることになるのだが、それは今は置いておく。

 ともかく、デスゲーム初日にも関わらず彼はβ版では四〇数人で挑んでなお攻略はギリギリだった第一層のボスに打ち勝ってしまったわけだ。

 

 プレイヤーネーム『ハクレイ』。

 

 このゲームを語る上で外せないキーパーソンとなるプレイヤーである。

 

 さて、まず彼について簡単にまとめよう。

 元々彼は『ニコニコ動画』と呼ばれる動画投稿サイトで一定の人気を誇る実況者、と呼ばれる存在だった。

 実況者とはゲームをしながら話す動画を投稿する人物を主に指す。彼の場合は動画投稿と同時に生放送でのゲームプレイも行っていた。

 事件前の彼は多々あるゲームジャンルの中でも『RTA』。リアルタイムアタックと呼ばれるゲームプレイ(人力で最速でのゲーム攻略)を中心にプレイしており、そのゲームの腕はプロゲーマー並みに高かったらしい。

 今回、SAOを語る上で彼が外せない、という理由に移るがその理由は彼がSAOを『生放送配信しながらプレイしていた』からだ。

 ニコニコ動画のサービスとは動画内に『コメントを打てる』というのが人気の要因である。つまり外部からゲーム内にコメントを通して情報を送れるのだ。

 さらに、彼はソードアート・オンラインの『第一層最速攻略』をゲームプレイ前に宣言しており、宣言通り成し遂げたプレイヤーである。

 

 つまり、彼は外部と唯一通信する手段を持ち、かつ彼は人並み外れたプレイヤースキルの持ち主なのである。

 

 さて。

 彼は第一層攻略を皮切りに、彼は外部との通信を積極的に取り始めた。

 まず始めたのは朝七時と夜一二時に行なう生命の碑石確認、通称現在生きているプレイヤーの確認である。

 生命の碑石とは全プレイヤーの名前が刻まれた石なのだが、その名前は今生きているプレイヤーを表している。死んだプレイヤーの名前には横線がされ、生死が分かるのだ。

 

 それを固定時間で確認すると同時、彼は最前線の情報を集めてはそれを無償でプレイヤー達に配布する情報屋兼、攻略プレイヤーとしての活動を中心に日々を過ごすようになる。

 持ち前のゲームスキルを活かし、敵mob(敵のモンスター)の行動パターンや、良いアイテムの手に入るクエストの紹介。また、初心者プレイヤー達へのゲーム内での立ち回りのレクチャーや、それと同時に最前線の攻略を自主的に行なうという過酷な日々。

 それを『当たり前』と言って戦い続けた姿は賞賛されるものがある。

 

 そして一ヶ月。

 武器を消えたように見せかける詐欺にも使える小技など、様々な仕様を細かく割り出し、ついで第二層のボスとの交戦を行い大まかな行動パターンを調べた彼はそれをまた、無償で情報提供を行なった。

 この頃はようやくプレイヤー達が現実を受け入れたといった時期でもあるため、彼が提供した第一、第二層の情報はそんな彼らの助けにもなった。

 

 そして第二層攻略。

 今度は四〇人のレイドを組んでの戦いであった。

 だが敵の行動パターンは割り出していた上に、『体術スキル』の情報公開を行ったことで前線プレイヤー達の多くはそれを所得。

 ボス戦開始と同時に全員が斧を石でも投げるかのようにぶん投げ続け、後ろに仰け反らせ近づけさせない戦術で敵ボスは押し潰される。

 また、二体目や周りのお供mobも登場するも、同じく装備欄から落ちた斧を回収しては投げ続けるえげつない戦法で撃破した。

 この作戦は『ハクレイ』が提案したものであり、敵ボスが跳ねた時に当てて墜落させれば大ダメージを与えられるとのこと。

 

 その後はそういった小技を駆使し、半年ほど時間が過ぎていく。

 国が出した当初の推定死者数は三割。三〇〇〇人を超える程度の数値だったが、約一二〇〇人に抑えることに成功する。

 ギルドと呼ばれる集まりも作られ、鍛冶プレイヤーなど様々なプレイヤー達が盛り立て、攻略の希望が見えていた時期にまで話は飛ぶ。

 その頃には第二四層までの攻略を完了したのだが、ここで初めて攻略組と呼ばれる最前線プレイヤー達に危機が生じることになる。

 

 さて。先程この時期にはギルドと呼ばれる派閥が作られていたと説明したが、この時最も大きいギルドと呼ばれていたギルドが暴走したのだ。

 名は、『アインクラッド解放軍』。通称、軍と呼ばれるギルドでその名の通り仮想世界からのプレイヤー達の解放を目的としたギルドである。そのリーダー、ディアベル氏と副リーダー達の不在の時であった。

 一部プレイヤーがこれまでの順調過ぎる戦いから油断と慢心を起こし、軍のみでの単独攻略を図ったのだ。

 

 軍単独の第二十五層攻略。

 その結果は凄惨たるものだった。

 偵察隊一〇名が死亡、攻略部隊は一三名の死者を出した。なお、この層は事前に外部の、アーガス社の社員から『クォーターポイントとなる第二五、五〇、七五、一〇〇層は特に強いボスがいる』という情報を『ハクレイ』がプレイヤー達に伝えての暴走である。非難されたのは言うまでもない。

 

 この第二十五層に関しては第二次征伐においてそうそうたるメンバーを招集した。

 軍リーダー、ディアベル氏を含む上層陣に加え、β版最強と謳われたキリト氏、第一層の単独攻略を果たしたハクレイ氏も加わった面子。当時のSAO最強の布陣で挑んだ第二征伐は危ない場面もあったが結果的に一人の死者もなく撃破に成功する。

 ただし、ここまで最も攻略に関わってきたアインクラッド解放軍は一時前線から離脱し、この後のボス戦参加は数名のみにとどまった。

 

 

 またこの事件は現実にも大きな影響を及ぼした。

 これまで、ゲーム内プレイヤーの『ハクレイ』氏との情報提携を結び順調に死者を減らしつつの攻略に成功した日本政府の対応は褒められていたが、この事件を皮切りにSAO対策部の大臣が失脚。人員入れ替えとなる。

 また、SAO内には数名。外国人プレイヤーも存在していたため、該当した国からこの事件は大きく非難を浴びた。

 

 

 だがその後も攻略スピードは途絶えることなく、層は攻略され。ソードアート・オンライン開始から一年が経つ頃には半分の五〇層が突破される。

 この時期は『神聖剣』などの所得条件不明の超高性能スキルを持ったプレイヤーが現れたと同時、ハクレイが唯一外と繋がりを持つ話が受け入れられ、顔バレしたくない人々がこぞって顔を隠すフード型の装備を買い、装備したためフードが流行り始めた時期である。

 

 この頃には水の上を駆ける『水走り(ウォーターラン)』や壁を駆ける『壁走り(ウォールラン)』などが当たり前のように使われるようになり、特に後者の壁走りを利用したボス攻略が盛んだった。

 やり方は、まず前衛のタンクが敵を一箇所に押しとどめ、残りの全員が壁を走り空中落下しながらボスめがけてソードスキルを放つ。

 

 それをタンク除いた三〇人で行なうといえばその恐ろしさは分かるだろう。まるで特攻兵のように爆弾(スキル)抱えたプレイヤーが降ってくるのだ。

 また、この頃には攻略ギルドと呼ばれるギルドも安定しており、血盟騎士団や聖龍連合。また攻略組に復帰したアインクラッド解放軍や風林火山など多数のギルドが攻略に参戦している。

 

 順調。

 そんな言葉しか出ないその時期だった。

 唯一外部との通信が可能である『ハクレイ』が倒れたのは。

 

 その原因は不明。恐らくは精神疾患からと言われている。

 前述したが、ハクレイ氏は攻略と同時に情報屋として。また外部との通信役として日々を過ごしていた。

 それに加え、もう一つ彼には大きな問題を抱えていたのだ。

 まず、彼という単語を使っている時点でお分かりだろうが、『ハクレイ』氏は男性である。だが、彼の容姿はゲーム内において小さな少女という現実とは似ても似つかぬ姿をしていたのだ。

 その原因は茅場晶彦の口からマスコミに対し、『一部プレイヤーは顔バレした場合プレイ続行が厳しくなるため配慮している』という文が送りつけられていたが、彼もまたそういった一人だったのである。

 

 また、常に外部との通信が繋がっているというのも問題だった。

 彼の意思で画面を暗転させることは可能だったが、生放送であった以上音を消すことが出来なかったのだ。

 正しくは、ゲーム外では出来るのだがゲーム内で調整出来なかったというべきか。その為、風呂などの際も音だけは垂れ流しという精神的苦痛を日々味わい続けていたのも大きいのかもしれない。

 ゲーム内で寝ている彼はよくうなされていたのはそれの前兆だったのだろう。

 第五七層攻略に出発して間もない時間、急に彼は倒れた。

 そして目覚めた彼は記憶を失っていたのだ。

 小さな女の子、見た目そのままの口調に見た目そのままの精神。

 そんな状態では攻略には連れて行けないので、しばらくの間、護衛の意味も込めて彼女は攻略組プレイヤーが保護することになる。また、護衛にはβ版からの知り合いだというキリト氏。当時、攻略の鬼と呼ばれていたアスナ氏がこれまでの恩を返す、と発言し攻略の手を止め護衛にあたっている。

 

 だが、数日後事態は急変する。

 精神的疾患を抱えた彼女はそれでも生命の碑石の確認など外部との通信だけは拙いながら行っていたが、その最中に当時、殺人ギルドと名高い『笑う棺桶(ラフィンコフィン)』というギルドメンバーに誘拐されてしまったのだ。

 映像が残されているが、今その映像を見てもゾワリと背筋を凍らせるものがある。

 中身はどうあれ幼い少女が暴言を吐かれながら暴行を受ける、という映像は気分が悪い。麻痺状態で身動きは取れず、時期も悪かった。

 だが、殺される寸前に『ハクレイ』氏は正気を取り戻し、そのギルドメンバーから麻痺属性のある短剣を奪い取り、麻痺させることに成功。その後、ハクレイ氏を見張っていた数名の犯罪プレイヤー全員を麻痺させ、黒鉄宮(SAOにおいての牢屋)へと送る。

 その中にはラフコフ幹部の者も含まれており、これにより攻略組とラフコフが全面的に敵対することになった。

 

 続いて同、第五十七層でもう一つの事件が起こった。

 通称、圏内事件(けんないじけん)と呼ばれている。圏内とは敵mobが入ってこない安全地帯を指し、その中ではいかなる手段を用いてもプレイヤーを殺せない範囲を指す。いわば安全地帯だ。

 そこでプレイヤーが殺された、というのがこの事件である。

 

 だが、この事件は一日も掛からず解決することになる。

 帰還したハクレイ氏が日課だった生命の碑石確認中に、被害者名が普通に載っているという事が判明したのだ。

 この情報が伝わり事件はスピード解決する。だが、この裏にも先程名前の上がったラフコフが関わっており、よりプレイヤー達の溝を深くした。

 

 だがそれ以後、しばらく動きはなく攻略だけが進んでいく。

 変わったことといえばここまで自由時間というものを作らず、常に他人の為や攻略、またはレクチャーに時間を割き続けてきたハクレイ氏がキチンと休息と息抜きを取るようになったくらいであり、まともにどこかに食事に行くことすらしていなかった為、おっかなびっくりとしながら店員に話しかけていた姿は逆に見ている側に切なさを感じさせたのは有名な話だろう。

 これまで彼一人に頼りきりだった、とプレイヤー達もしばらく彼を攻略から離れるように言いこの時期はボス戦に参加していない。

 ただ、何か申し訳ないと思ったのかその代わり細かいマッピングなどの作業には余念なく行っていたように思える。

 

 そして第七四層。

 再び問題が起こる。またもアインクラッド解放軍が先走ったのだ。

 第二十五層にて、一部プレイヤーが先走った事でその後厳しい統制と他のギルドとの協力に力を注いだディアベル氏だが、アインクラッド解放軍は単純に数が多かったこともあり統制しきれず一部のプレイヤーが再び暴走。

 同じく不満を持ったプレイヤー二〇数人を集めボス戦に挑むがまたも壊滅の憂き目をみる。

 だが、偶々同じエリアにいた数名の攻略組プレイヤーが救助に向かい、キリト氏の『二刀流』という『神聖剣』などと同じ特殊スキルでボス撃破に成功する。

 

 そして第七十五層。クォーターポイントということで満を持してハクレイ氏が攻略組に復活し、また神聖剣持ちにして血盟騎士団団長のヒースクリフ。二刀流持ちのキリト氏。アインクラッド解放軍団長のディアベル氏、攻略の鬼のアスナ氏、その他精鋭を率いた陣営で挑む。

 が、初撃で五名が死亡。

 その後ハクレイ氏が武器を持たず体術だけで使える、という剣技連携(スキルコネクト)と呼ばれるシステム外スキルを使い、両足で敵をスタンさせ続けつつ踏み続ける、連続小足というオリジナルスキルでボスの体力を削り、スタンし切れない攻撃をヒースクリフが受け止め、キリト氏がトドメを刺すという形でボス戦が終結する。

 

 だが。

 ボス戦終了直後、ハクレイ氏とキリト氏が同時にヒースクリフに襲いかかった。

 ハクレイ氏は先程の小足、キリト氏は二刀流スキルを用いて襲いかかったのだが、その理由は驚愕するべき理由だった。

 『ヒースクリフは茅場晶彦である』

 二人が出した結論にヒースクリフは事実だとあっさり認める。同時、キリト氏を除く全員が麻痺状態にされ、身うごき不能に。

 真実に辿り着いたハクレイ氏が何故麻痺にされたのかは不明だが、何らかの理由があったのだと推測される。

 

 その後、アスナ氏が麻痺から逃れキリト氏の盾となり、キリト氏とヒースクリフ。茅場晶彦が相打ちという形で戦いは決着する。

 直後、ゲームクリアの音が鳴り響いた。

 一年と半年。SAOのクリアである。総死者数は一八六七人。

 間違いなく言えるのは、ハクレイ氏とキリト氏の二人はSAOにとっての英雄と呼ぶにふさわしい存在だろう。また攻略組の勇士達も忘れてはならない。彼らの力があってこそ、このゲームクリアが成されたのだからーーーー。

 

 

 

 

 

「……随分とかっこよく描かれてるねぇ。『ハクレイ』ちゃん?」

『……一度精神的に死にかけたからって弄らないでください。つかその時の映像見たけど何あれ、恥ずかしくて死にそうなんでちゃん付けはやめて下さい、菊岡さん』

 

 現実世界。ファミレスにて。

 SAO内で『ハクレイ』と名乗っていたプレイヤーは菊岡誠二郎という人物に呼び出され、顔を合わせていた。

 菊岡誠二郎。(きくおかせいじろう)

 SAO事件において被害者の病院受け入れ先を整えた中心人物である。多くのプレイヤーに事情聴取を行うなど表でのSAO事件解決の一面を担った人物で、彼がよく通信した相手だった。

 ニコニコと外聞向けの笑顔で茶化す菊岡に少年は疲れたように呟く。

 だが菊岡はすぐ「じゃあ本題に移りたいけどいいかな?」と言って真剣な顔つきになると少年も顔色を変えた。

 

「SAO。ソードアート・オンラインを救った英雄二人に頼みたいことがあるんだ」

 

 声色も真剣だったので彼は話を聞く体勢を整える。

 

「一年と半年。思えば長かったけどソードアート・オンラインはクリアされたよね。他ならぬ君達や攻略組の力もあって」

『えぇ。確かにクリアはしましたね……』

 

 彼は同意するように頷いた。

 菊岡は述べる。

 

「クリアはされた。だけど、全てのプレイヤーが目覚めたわけではないのはキミも周知の事実だろう」

『……!』

 

 その言葉に彼が反応する。

 そこでだ、と菊岡は二枚の紙を彼に渡した。

 

「そこで、SAOクリアの立役者とも言えるキミのプレイヤースキルを見込んで依頼したい」

 

 紙に視線をはしらせる少年に対し菊岡は説明を始める。

 

「ALO。通称『アルヴヘイム・オンライン』にて目覚めなかったプレイヤーの一人。アスナさんらしき姿が目撃された」

『……アスナ、が?』

「あぁ、これだ」

 

 少年の問いかけに答え、菊岡は一枚の写真を見せる。大分ピントがボヤけてはいたが、確かにアスナらしき姿がそこには映されていた。

 菊岡は説明を続ける。

 

「彼女のいた場所は世界樹と呼ばれる場所でね。未だどのプレイヤーもクリアした事のない超高難度エリアだ。本当なら彼女とゲーム内で結婚したキリト君に頼むつもりだったが、どうやら調べたところ彼はもう既にアルヴヘイム・オンラインに居るらしくてね」

 

 だからキミにお鉢が回ってきたわけさ、と言う菊岡に成る程、と彼は呟く。

 それから私を含めたメンバーで世界樹に挑んだけどコテンパンにされてね、と溜息を吐きながら呟いた菊岡はそこでだ、と少年の顔をジッと見た。

 

 

「キミに世界樹の攻略をお願いしたい。無論、世界樹以外の超高難度エリアでSAOプレイヤーが存在しないか探してもらうでも構わない。どうかな? ……受けてもらえると嬉しいけど」

 

 

 菊岡は少しバツが悪そうに言う。

 だが、彼は即答した。

 

 

「ーーーー受けます」

 

 

 一言だった。

 SAOであれだけの現実を乗り越えて、これ以上酷使するのが(はばか)られる程傷付けてしまったプレイヤーはあっさりと頷いた。

 ずっと彼と通信してきた菊岡は知っている。

 今、目の前にいる少年はゲーム内の姿とは似ても似つかぬけれど、顔と名前が一致しないけれど。

 それでも彼はやっぱりそうなのだと。

 

「そうかい、あっ、そう言えばさっき見せた本。まだタイトルが決まってないって話じゃないか。結局どうするんだい?」

 

 茶化した口調の菊岡に対し、あぁアレですかと雑に呟いて『ハクレイ』は答える。

 

『元RTA実況者がSAOをプレイしたら』

 

 端的に答えて彼は続けた。

 

『偉人の伝記じゃあるまいし。それで充分です。それより話を逸らさないで下さいよ』

「はは、こりゃ悪かった」

 

 この少年は。

 やっぱりハクレイというプレイヤーなのだと。

 菊岡は笑っていた。

 楽しげに笑う彼を見て、つられたのかハクレイも笑う。

 

『じゃあ、早速プレイしたいんでソフトもらえます? どうせ持ってきてるんでしょ?』

「あぁ、勿論だ。流石分かってるね、ほらコレだ」

 

 ひとしきり笑ってからハクレイが催促すると、菊岡はソフトを渡した。アルヴヘイムオンライン、通称ALOのソフトパッケージを。

 

「次はアレかな? 『元RTA実況者がALOをプレイしたら』ってとこかい?」

『いや……あの本出したのも毎日のように家に電話がくるから鬱陶しくてですし。つか出しませんよそんなの!」

 

 叫んで、ハクレイはソフトを片手に『じゃあ早速病院でやりますから』と言って杖を突きながら立ち上がった。

 そしてハクレイと呼ばれた少年はこう続ける。

 

『……実は、SAO完全クリアって生きてるプレイヤー全員の現実での覚醒だって思ってましたから』

 

 告げて、彼は呼んでおいた菊岡に背を向ける。

 ハクレイの戦いはまだ終わらない。

 SAOを己の手でクリア出来なかったことから目を背けているわけではない。

 本当の意味で。

 SAOクリア(生存者全員現実で覚醒)するまで彼の戦いは終わらない。

 一度精神が壊されかけ、それでも立ち直った彼は一人静かに思う。

 

(それが、茅場との交渉で実況を続けることにした俺の誓いだから)

 

 いざ、アルヴヘイムオンラインへと。

 SAOの第一層で抱いた思いを胸に、彼はソフトを握り締めた。



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