この魔法少女どもはアホである。 (輪るプル)
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マミさんが、息してないよぉ……!

 鹿目まどかは魔法少女である。

 

こんなことになったのはまあ、二週間くらい前に、目の前で車にはねられてキリモミ回転して吹き飛んだ挙句に家の家庭菜園に頭から突っ込んで逆さに埋まっていた黒猫を助けたいと思ったことがきっかけだったりする。

猫なのに犬神家……ウェヒヒ、なんて一瞬笑いかけた自分の不徳への怒りも混じっているが、とりあえずまどかは目の前で知った黒猫がはねられて助けたいと思わないような薄情な少女ではなかったのである。

 

 そんなまどかにも、ついには魔法少女としてのお仕事が回ってきた。なんか頭からむっちゃむっちゃとかじられそうになっていた先輩魔法少女を、悪い魔女から保護するだけの簡単なお仕事である。

ちなみに矢を撃つのが自分の得意技らしいが、やり方がよく分からなかったので弓を投げて魔女を吹き飛ばしたのは黒歴史扱いだ。そのあとにまどギュラのビームウリアッ上で地面に叩きつけてマウントポジションでしこたま殴っていたのも黒歴史だ。もうやらない。

 

 で、今日は魔法少女として助けたメガネに三つ編みの転校生、暁美ほむらと一緒に、くだんの先輩魔法少女ことエレガントぼっち巴マミ先輩のところに押しかけようとしていたわけである。

 

「鹿目さん……やっぱりよくないよ……」

 

 今にも折れそうなほどに華奢な少女、ほむらが弱々しく声を上げた。

 

「大丈夫だよ、きっと。ほむらちゃんは心配性だね!」

 

 まどかは構わず通学かばんを振り回しながら歩く。

魔法少女になってからこっち、なんとも気分がハイなのだ。

なんというか、いままで自分のことを人間のクズ予備軍だとか粗大ゴミ系美少女だとか将来きっとニートだよねウェヒヒとか思って引っ込み思案だったのが、社会貢献してる気分になって気が大きくなっていたのだ。言わばジャイアントまどかである。言わないが。

 

「でも、いくらなんでも巴先輩の家に押し入って、注意を引きつけながらこっそり冷蔵庫の中身を全部讃岐うどんに入れ替えようだなんて、無茶すぎるよぅ……」

 

「だーいじょうぶ大丈夫! 私、これでも気づかれずに人の家で冷蔵庫開けるの得意なんだよ、ほむらちゃんが陽動しててくれれば平気だって♪」

 

 さやかちゃんの家でもよくやるし、なんてニコニコ笑いながらのたまうまどかにほむらは口を噤んだ。駄目だこいつ、早く何とかしないと。どうでもいいけど泥棒じゃなくて逆に勝手にモノを増やすってなんて呼ぶの?

鼻歌を歌いながらスクールバッグとは別に背中に唐草模様の風呂敷を背負ったまどかに、ほむらはいっそ目眩がする気分だった。

 というかいくら気弱な自分とは言え、これは全力で阻止したい。そうじゃないと陽動係がほむらになる。内なる自分が『まずは上機嫌な首筋を不意打ちでぺろぺろしなさい。そうすれば全て解決するわ』とか囁きかけるのを振り払いながら勇気を出す。

 

「でも、巴先輩の家の冷蔵庫が最初から一杯で置き場がなかったらどうするの……?」

 

「私、魔法少女なんだよ。だから平気、全部食べ尽くしてあげる」

 

 絶対やりとげるという意志を決めて前を向くまどかの横顔は、不覚にも少しかっこよかった。

いけないいけない、キュンときてる場合じゃない。反論をやめちゃいけない。内なる自分の『マドカマドカマドカマドカマドカァァァァ!』という声にも流されちゃいけない。

 

「うどんの麺だけで埋め尽くしたら困るし、悪戯じゃちょっと済まなそうだと思うよ」

 

「……そうだね、ごめん。ほむらちゃん」

 

 半ば諦めていたのに、まどかは思いの外殊勝に頷いてくれた。

やった、私にだってできることがあるんだ!

 

「今度、麺つゆもいっぱい買っていこう。そうすればマミさんも許してくれるよ♪」

 

「そうじゃなくて!?」

 

 ウェヒヒと笑う彼女は止まらない。もうやだ、巴先輩助けて。誰かこのアホを止めて。

 

『僕と契約してくれたら、簡単に鹿目まどかを止めることができるよ』

 

 魔法少女の契約をとりなすマスコットがいつの間にかほむらの肩に乗っていた。

ごめん、流石に人生を戦いに捧げるための祈りをここで使うのはちょっと……という気分ではあるが、ちょっと揺らいだ。内なるほむらの『駄目よ、そいつの思うツボよ! マドカァァァァァァァァァァァァ!』という絶叫で思い留まった感じだ。初めて役に立ったぞ謎の声。

 

 

 でも、もう覚悟するしかないのかも知れない。まどかの半歩後ろを歩いていたらいつの間にかマミの家までたどり着いていたのだ。

まどかがインターホンをピンポーン、と鳴らしていた。

 

もう駄目だ、私。鹿目さんの共犯者になって、巴先輩の家の冷蔵庫をうどんで一杯にするしかないんだ。ごめんなさい、巴先輩……。

 

 死刑……というかなんというか、よくわからない刑罰のその時をほむらは待ち受けた。

DEAD or UDONの地平線まで、罪を償うかどれくらいまどかに押し付けられるかを考えながら時を待つ。だが。

 

「♪♪♪。♪♪♪。♪♪♪♪♪♪♪。……? 出ないね、ほむらちゃん」

 

「確かに出ないけれど、鹿目さん。私、三三七拍子でインターホン押すのはやめたほうがいいと思うの」

 

 それでも、確かにおかしいことには変わりない。普通これだけやかましかったら、たとえ居留守を決め込んでいても出てきてしまうような気がする。

しかもあのまどか大好き、来ることをいつも心待ちにしているマミなのだ。外出も居留守もあり得ない。

 

「……やっぱりおかしいよ、何かあったのかも。鹿目さん、なんとかできない?」

 

「わかった。私の魔法で鍵を開けてみるね」

 

 そう言うとソウルジェムから桃色の光が溢れて、先が鋭角に曲がった針金のようなテンションレンチとわずかに角度の付いた先端を持つピックが形成された。

まどかは2本をそれぞれの手に持って、鍵穴を覗き込みながらテンションレンチでシリンダーに負荷をかけてピックで中のピンを1本ずつ押し始めた。

 普通ならばかなり繊細な作業になってしまう鍵開けだったが、魔法を使ったまどかはもはや常人ではない。指先に伝わる振動を魔力で強化した感覚器で敏感に察知してすばやくピンをいじり、見る見る間にマミの家のカギをあけてしまった。流石は魔法少女である。

 

「開いたよ、ほむらちゃん」

 

「何か間違ってる気がするけど……うん。おじゃまします」

 

 どこでそんな技覚えたのか異様に手馴れてるのはなんでなのかとか、ほむらはそういった一切を思考から排除した。だってもういいかげんツッコミ疲れたんだもん。鹿目さん、たしかに優しくていい人なんだけど、相当アタマおかしいんだもん。

 

 謎の『マドカマドカマドカァ! そこがいいんじゃない!』とかいう内なる声に蓋をしてリビングの扉をくぐる。

そこにあるのはいつも通りのマミの家だ。リビングにそことひと続きのキッチン、そして――冷蔵庫の前でうつぶせに倒れている巴マミ。

 

 

「……って、巴先輩!?」

 

 いつも通りとかすごく嘘! とっても異常事態!

家に尋ねて行ったら家主が倒れてた。暁美ほむらは、そんな異常事態が日常になるような生活はさすがにしてない健全な魔法少女予備軍だ。魔法でストロングなボディーが欲しいだけのごくごく普通の虚弱美少女(仮)だ。

 でもまどかは取り乱しもせずにマミの傍らまで行くと、首筋に触れた。

 

「どうしよう、ほむらちゃん……」

 

冷たい。人としての温もりどころか機械的な冷気すら感じるほど、マミの身体は冷たい。

 結果を確認してようやくまどかがうろたえ始めたことに、若干ほむらはほっとした。いくら頼りになる友だちだといっても、先輩がばったり倒れていても気にしない毛むくじゃらハートなまどかはちょっとイヤだ。

 

 

「マミさんが、息してないよぉ……!」

 

 

「えええええっ!?」

 

 そんな場合ですらなかった!?

 

 そういえば巴先輩は一人暮らしだったはず……これが近頃社会問題になっているという孤独死というやつなの!? ほむらは混乱した頭で新聞記事になるマミを思い浮かべた。見出しは『孤独死する魔法少女』だ。夢も希望もありゃしない。

 いやいや、きっと聞き間違いにちがいない。そういえば最近耳の調子が悪い気がしたんだ。昨日髪を洗う時にちょっと失敗して耳にお湯が入っちゃって涙目でとんとん叩いてたりしたから、耳が悪くなったんだ。

とんとんと耳の反対側を叩き、それからもう一度。

 

「えっと……よく聞こえなかったなあ。鹿目さん、もう一回言ってもらえる?」

 

「MAMIさんが息してないYO!」

 

「ラップ風に言われた!?」

 

 チェケラ! とかポーズつけられて現実を思い知らされた。ああ無情、助けてよジャン・バルジャン。無理だろーね、受け入れなきゃファンタジーな現実……。

 

 

「きゅ、きゅうきゅうしゃ……!? いえ、回復魔法を……!」

 

 ほむらの思いつくことはそう多くない。病院か回復魔法だ。病院に行けばそこそこの病気はまず確実に治る。心臓病で死にかけたって治ることもあるのだから、すぐに病院に送れば心臓を動かせるかも知れない。

あとはまどかが何度か使っていたような記憶のある『癒しの光』やら『転生の福音』やらという名前の回復魔法。特に後者はたまに死にかけるマミを何度も救ってきた信頼の魔法だ、試す価値くらいある。たぶん。

 

 おろおろしながらほむらはまどかの顔色をうかがった。さっきまで困惑してた瞳がえらく固い意志を秘めて、揺るがなくなっていた。

なんか鹿目さんかっこいい――でも、なんでだろう? すっごく嫌な予感がするわ。

『この気持ち――まさしく愛よっ!』絶対違う。黙れ脳内。

 

「マミさんは言ってた。ピンチこそチャンスに変えるべきだって」

 

 ほむらはうん、と頷いた。私は聞いてないけど、きっと二人だけのときに言っていたんだろう。

 

「だから私は、あえてマミさんをこのままに冷蔵庫をうどんで埋め尽くす」

 

「言ってる場合なの!?」

 

 言わんこっちゃない!

もうやだこんな鹿目さん!

 

「ほむらちゃんはマミさんを看ていて。私にはやらなくちゃいけないことがあるんだ」

 

「鹿目さん!? もうやめようよ……無理だよ、そんなことしている場合じゃないよ……」

 

 これが――鹿目まどかの決意だ。一度決めたらテコでも動かせない、具体的には対ワルプルギス並の決意。主人公力の無駄遣いである。

もうほむらは頭が痛い痛い。おうち帰りたい。でも帰ってもアパートに一人暮らしで寂しいのでやっぱり帰りたくない。でもまどかの相手疲れた。

 

「無理でも、私はいかなくちゃいけない。さようなら……ほむらちゃん」

 

 てえええええええええええええええい! と気勢を上げて冷蔵庫を開け、次々と内容物をぶちまける。

手作りお菓子――不要! 胃袋に収める。牛乳――不要! 喉に流し込む。ビックリマンシールのウェハース――不要! シールだけとってお菓子はタツヤのおみやげに懐に収める。めんつゆ――勘弁しておいてやろう。マミさんのソウルジェム――

 

「こんなのいらないっ!」

 

「いるでしょ!?」

 

 ぽいっと投げ捨てられたそれをほむらが滑り込みキャッチ。運動苦手なほむらからすれば人生初のファインプレーだ。

 

「うわ、冷たいよこのソウルジェム……。今の巴先輩みたい」

 

「そうね、ちょと涼しくなりすぎちゃったわね」

 

 むくり。

 

 

「って死体が起きたァ!?」

 

「落ち着いて、暁美さん。私はちゃんとここで生きているわ」

 

 ゾンビみたいな顔色で金髪ロールが立ち上がり、落ち着くようにほむらの頬に手を這わせた。顔面蒼白で身体は冷え切り、伸ばされた手はひんやりどころかガツンと冷たい。軽くホラーだ。

 マミは「暁美さんって暖かいのね……」とか言ってるが、別にんなこたぁない。むしろ体力足りてなくて代謝低めなほむらの体温は低いほうだ。

死体より暖かいことを褒められても何も嬉しくない。

 

「それにしても、かっこ悪い所を見せちゃったわね。恥ずかしいわ」

 

「いえ格好うんぬんじゃなくて、せっかく治った心臓が止まるかと思いましたよ……」

 

「死体だけに?」

 

 ドヤァ。私いまうまいこと言ったみたいな雰囲気のマミを、ほむらは殴りたくなった。でも貧弱ボディじゃどう考えても無理だった。

内なる自分が『今すぐ私に身体を譲り渡しなさい、そうすればまどかを襲ってあげるわあああああああああああ!』とか言ってた。無視しよう。

 

 この流れはあまりよくない。気まずいというか、ほむらが本気でどんな反応をしていいのかわからないので話を変えよう。

 

「それにしても、なんであんなことになっていたんですか?」

 

「ちょっと暑くなっちゃってね。知ってる? ソウルジェムに刺激を与えると結構痛いのよ」

 

 もちろん初耳だ。

 

「だから逆転の発想で涼しいかなーと思ってソウルジェム冷やしてみたの」

 

「あなたアホなんですね」

 

 頼りになる先輩はアタマおかしいひとにランクダウンした。当然の結果だ。

 

 

「でも鹿目さんにも教えてあげなきゃ。今日は鹿目さんはどうしたの?」

 

「え、鹿目さんなら……」

 

 振り向いて冷蔵庫の方を見ると、卵を殻ごと丸呑みしているまどかが腕を必死に左右に開くように振っていた。

 

ひ・き・の・ば・せ? 陽動係は任務続行?

 

 ダメだこれ、逃げらんないやとほむらは涙した。なんてろくでもない仕事なんだろう、言い訳なんて思いつかないよ……。

正しい嘘のつき方の知識は本で読んだ、『ほぼすべての真実の中に一片の嘘を仕込めばいい』だけだ。でもやるしかない、頑張れ暁美ほむら! 勇気を出そう!

 今のまどかの状態を織り込んで、なるべくそのまんまに嘘をちょっと混ぜ込む。

 

「最近うこっけいの卵を丸呑みにする趣味に目覚めて、今日は大会の日だからってお休みです……」

 

 ダメだった! なんだその大会、嘘くさいを通り越してふざけてるとしか思われないというか、現在の状態自体ふざけてる!

まどかを助けを求めて見つめるとサムズアップしてきた。これでいいから続けろというサインらしい。アホだ。

 

「そうなの、応援に行けなかったのが残念ね……」

 

 でもだまされる方はもっとアホだ! だまされる方が悪いとは詐欺師がよく言う台詞だけど、いまばかりは全力で同意したい。

 なんかもう、ほむらは頭痛を通り越して感動とか覚え始めていた。巴先輩、あなたはそもそもどこまで応援に行くんですか? そんな大会あるんですか? 応援するだけの価値はあるんですか?

 

「でも暁美さんだけでも来てくれて嬉しいわ♪ 私が焼いたケーキが冷蔵庫にあるの、今取ってくるわね」

 

「お、おおおお構いなく!」

 

 と言うか今冷蔵庫に取りに行ってしまうと、冷蔵庫の物を貪りながら必死に讃岐うどんを詰め込んでいるまどかに鉢合わせてしまう。それはまずい。

まどかに命じられた仕事とかじゃなくて、そんな恥ずかしい生物が存在するという事実を隠しておきたいという意味で絶対に会わせたくないのである。同じクラスの身内の恥は自分の恥……とまではいかないが、恥ずかしがり屋の引っ込み思案という自覚があるほむらには辛い内容だ。鹿目さんまともになってくれないかなとか、このところ夜空を見上げては星に祈っている。星は空から見下ろしてはほむらの心を折っている。悲しい。

 

「でも、せっかく尋ねてきてもらった後輩に何も出さないというのは先輩としての沽券に関わると思わないかしら? 私の顔を立てると思って、ここは黙ってご馳走されなさい」

 

 ね? とウインクして笑いかけるマミは、同性の目で見てなお魅力的だった。ここで断ることはむしろ失礼にあたる……そんな雰囲気を茶目っ気ある仕草が和らげている。

ほむらとしても是非ともご馳走になりたくなるような衝動に駆られ、台所に目配せした。

「ん?」と言わんばかりの顔でケーキを皿ごと頬張るまどかがいた。そんな選択肢は最初からなかった。

 

「だ、ダダダダイエット中なのでいいですって!」

 

「そうかしら、暁美さんはもう十分スリムだと思うわよ?」

 

 別にダイエットなんてしてないし、むしろ入院のリハビリで増やそうとしてるくらいだが、現在の冷蔵庫の惨状を見せる方がよっぽど先輩の沽券に関わる!

心は涙目で、それでもそれを表に出すまいと必死にマミを止める。双方がみんな幸せになるために。嘘で、本当は問題の先送りだけど。

 

「それにあれですよ、巴先輩。そんなに冷たくなって心臓だって止まっていたんですから、いきなり気遣うだなんて無理をさせるわけにもいきません!」

 

「あら、そう……?」

 

 あまり健康的とは言えないほむらでも心配する権利があるほどに病的というか蒼白なマミのお陰で命拾いした!

これでようやく安心して一息つけ……。

 

「じゃあ、温まるためにキッチンで紅茶を淹れてくるわね。暁美さんも一緒に飲むでしょう?」

 

「だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」

 

 立ち上がったマミに全力で飛びかかった。そのまま二人でもつれあって倒れ、居間のソファにぽふりと着地した。

どうしようどうしよう、このままじゃ冷蔵庫のある台所まで行っちゃう。鹿目さんが見られちゃうっ!

 

 落ち着きましょう暁美ほむら、こんなときに読んできた小説で使えそうなセリフくらいあるでしょう? 入院中本ばっかり読んでいた本領を見せなさい!

 

「は、肌と肌で温めあいましょう!?」

 

 眼の前のマミの目が冷たかった。助けを求めに台所に目をやった。「えー変態、ほむらちゃん退くわー」みたいな顔でまどかがせっせと冷蔵庫にモノを詰めていた。

あ、あなたのためだというのに……!? いやまあ、女同士なんて不毛だし、仕方ないといえば仕方ないよね、と自分を誤魔化した。心が痛いのはきっと気のせいだ。

 

「ごめんなさい、暁美さん。私、心に決めた人がいるの」

 

「呆気無くフラレてる!? しかも懸想相手いるんですか!? 一体誰なんですか!?」

 

 爆弾発言が来た。

これは面白いので問い詰める。時間稼ぎにもなって一石二鳥だ。

マミも顔を紅く染め、えっと、なんて恥ずかしそうに戸惑っていた。

 身を乗り出して傾聴の姿勢を見せ、まどかも興味津々に覗き込む。讃岐うどんでも詰めててよこのドアホ。

 

 

「わ、私……」

 

「はい……」

 

 

 食い入るように見つめる。初めて見る初々しい先輩の様子に、なんかほむらはドキドキしてきた。

 

 

「鹿目さんが好きなの」

 

 

 パリーン! 台所から音が聞こえた。まどかの姿が消え、窓に人が通れるサイズの穴が開いていた。覚醒したまどかはダイナミックなのである。

ほむらもちょっと退いた。なんだ、同性愛者か。不毛だ。

 

「そ、そうなんですか……」

 

「そうなの……」

 

 なんとか声を搾り出しても、会話は続かない。めっちゃ気まずい。

 

 

 

 結局その日は、終始気まずいままで一日を過ごして家に帰った。

 

まどかに振り回され、ドン退かれ、ろくでもない一日だった。今日は厄日だふて寝しよう。

そうしてほむらはすべての解決を時に委ねるのだった。

 

 

 

 

 

 

 でも、失敗したかも知れない。次の日学校に登校したら視線が痛い。

びくびくと怯えながら教室に入ると、女子の一人から声をかけられた。

 

 

「暁美さん、鹿目さんに聞いたんだけど同性愛者ってホントなの?」

 

 

 死にたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NEXT『さやかちゃんを死なせないで!』



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さやかちゃんを死なせないで!

「ヤバ、遅くなっちゃった…」

 

 美樹さやかは元気印が象徴だ。しかし、その象徴に反して音楽の趣味はなかなか悪くない顔ぶれで、クラシック――特にバイオリンをよく聞く。

それも幼馴染の腐れ縁こと上条恭介が天才バイオリニスト兼ギタリストあることの影響なのだが(腐れ縁以外では断じてない!)、けっこうな深みにどっぷり浸かり込んでしまっており、その手のレア物なCDを探すために街のメジャーな品揃えのいいCDショップから偏屈なおっさんの経営する穴場のレコード店までいいCDを探して徘徊することも少なくない。

 今日も今日とてCD探しに浸かり込み、普段ならば「さやかちゃん、もう帰ろうよぉ……、あたしはおじゃる丸を見ながら宿題したいんだよぉ……」と言って小麦粉をさやかの鞄に詰め込んでくる、親友にしてさやかのブレーキ(?)役こと鹿目まどかの存在がおらず、ついつい遅くなってしまっていた。

あと、まどかにはバッグに小麦粉を詰め込むのはやめて欲しい。袋詰めだからまだいいんだけど結構重い。

 

「そうだ、近道しよ」

 

 独り言を呟いて道を折れる。路地裏を通れば若干家に帰るのが早くなるし、これくらいならやむをえまい。

時間帯も夕方くらいで、本格的に治安が悪くなるにはもう少し時間がある。面倒な事になる前に早々に通ってしまえばいい。

 そうして裏路地を駆けていたのだが、突然道がぐにゃりと姿を変える。

路地は果てしなく続き、壁には落書き。絵の具のような臭いが鼻をつき、どこからか子どもが遊ぶような、けれど悪意のこもったような不気味な声が反響する。

 

――おかしいな、このあたりは子どもが遊ぶような場所じゃないのに。

 

 時間帯も子どもは帰り始めているような夕方で、とてもじゃないがまともな子どもがいるとは思えない。

それにさっきから止まない恐竜か何かの顎の内にいるかのような悪寒が、さやかにその異常性を教えてくれる。

 

「もう、なんだって言うのよ、誰か教えろってのよ……」

 

 その願いは簡単にかなった。複雑に入り乱れた路地の一本から妙な存在がやってきたからだ。

極彩色に塗りつぶされた、子どもが落書きで描く飛行機のようなナニカ。そいつが絵の世界を飛び出して、眼の前に悪意を込めてやってきたのだ。

 

「Boooooooooooooooooooon! Booooooooooooooooooooon!」

 

 子どもがおもちゃで遊ぶように無邪気に、しかし黒い思念を込めた嬌声にさやかの身体が硬直する。

悪意に違わずその双翼からミサイルと思しき極彩色のラクガキが発射されても、さやかは動くことすらできない。

我を取り戻した時には、既に身体を振ったり飛び込んだりしてもとてもじゃないが避けきれないような位置にミサイルがあった。

 こうなってはさやかにできることは、もうせいぜい叫ぶことくらいが限度だった。

 

 

「さやかちゃんビーム!」

 

 

ちゅどーん。

 

 叫んだ。目からなんか出た。使い魔は死んだ。スイーツ(笑)。

 

 

 

 

「え……? 美樹さんだけは比較的マトモな人だと信じてたのに……」

 

 魔法少女二人組とともに駆けつける途中だったほむらは、息切れと絶望にその場にへたり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことの始まりは数年前に遡る。マミがまだ魔法少女のまの字も知らなかったような頃の話だ。

 

 美樹さやかは小学4年生だった。その頃は毎日友だちと遊び倒して、帰ってきてむしゃむしゃとご飯をかっ食らってお風呂に入り、9時にはもう床に入る。

そんな健全な生活を続けていた。

 

 

 で、寝入ったと思ったらいつの間にかよくわからない空間にいた。

うねうねーっとしててずぎゃーんってしてて、なんとなく神殿っぽい感じだった。

 

 

「正直、すんませんでしたー!」

 

 

 そこでなんか、髪を白くしたお爺さんが土下座してた。

その身体から出るオーラは立っているだけでも気圧されそうな感じで、土下座なんてしているのがとても信じられない。

 

「ちょ、ちょと……!? 顔を上げてくださいよ」

 

「いや、わしは神なのだがな? 少々キミに手違いを起こしてしまってな、本当に済まなんだ」

 

 お爺さんはそう言ってさやかに謝った。でもそんないきなり謝られても、さやかはわけがわからない。

知らないお爺さんを跪かせて喜ぶような異常性癖はさやかにないし、どうにか顔を上げさせて話を聞き出した。

 

「いやな、ちょっとした手違いでな? キミが魔法少女に変身すると、変身中だけ風見野市のサラリーマン吉野権蔵さん(39歳独身)と容姿がスイッチしてしまうようになったのじゃ」

 

「なんだ、夢か」

 

 誰だよ吉野権蔵さん。しかも魔法少女ってなんだよ。そもそもどんな手違いがあったらそんなことになるんだよ。

あまりに突っ込みどころしかない上にファンタジーな内容に、さやかは思考を停止した。だって夢でしょこんなの? ないわー、あたし、お爺さんを這いつくばらせて謝らせたい願望でもあったのかなー、ないわー。

 

「これは夢ではない。その証拠にほら、これが吉野権蔵さん(39歳独身、趣味は薪ストーブ)だ」

 

 すっと神様(仮)が手を振ると、アパートの部屋で寂しく一人でテレビを見ながらカップ日本酒を開ける中年男性の姿が見える。生え際は後退し後頭部は薄くなり、腹の肉はでっぷりと突き出し始め、脂の浮いた顔にちょこんとかけられた縁の太いメガネのフレームは塗装がはげている。

そう、この冴えない年齢以上に老けて見える中年男性こそが吉野権蔵さん(39歳独身、趣味は薪ストーブ、見合い相手現在募集中)である。

 

「なにこれ、おっさん(39歳独身、趣味は薪ストーブ、見合い相手現在募集中、タイプの人は我は強いがたまにしおらしくなる女性)じゃん」

 

「そう、おっさん(39歳独身、趣味は薪ストーブ、見合い相手現在募集中、タイプの人は我は強いがたまにしおらしくなる女性、血圧は124mmHg)だ。これがキミが魔法少女に変身した時の姿となる」

 

「うわなにそれサイテー!?」

 

 そもそも魔法少女に変身するなんてことがあるわけがないが、もし仮に変身してもその姿はファンシーなソレではなく吉野権蔵さん(39歳独身、趣味は薪ストーブ、見合い相手現在募集中、タイプの人は我は強いがたまにしおらしくなる女性、血圧は124mmHg、煙草の銘柄はいつもキャスターマイルド)である。夢も希望もないんだよ。

なんちゅー悪夢だ。起きたらまず顔を洗ってさっぱりしよう。そんなことを思いながら空を仰ぐ。真っ白だった。つまんないのでやめた。

 

「流石にこちらにも謝罪の意はある。そこで、キミに1つだけ特別な能力を与えてやろうと思うのじゃ」

 

 どうやらこういうことらしい。神様が手違いであたしの魔法少女の姿を吉野権蔵さん(39歳独身、趣味は薪ストーブ、見合い相手現在募集中、タイプの人は我は強いがたまにしおらしくなる女性、血圧は124mmHg、煙草の銘柄はいつもキャスターマイルド、でもたまに気分でアイスブラストも吸う)に変えてしまった、だからお詫びに能力を何でもひとつ与えよう。ただしデメリットはある。

なんとも都合がいい話である。流石は夢だ。

 でも能力か……何にしよ。さやかは考える。魔法少女にはなれない=敵キャラ。敵キャラ=ビーム。だってこの間日曜日の朝にやってる魔法少女モノで、敵の幹部が目からビームを撃ちながら肉弾戦で追い詰めてた。

 

「じゃあ、目からビームでよろしく」

 

「あい、わかった。これからは「さやかちゃんビーム!」と言えばビームが出るようにしておこう。――ただ、くれぐれもこの力に溺れることの無いよう気をつけるのじゃぞ……」

 

「いや、誰が溺れるか」

 

 そうそうに目からビームを発射する機会のある生活を送ってはいない。というかどんな生活だそれは。

 

「一発撃つごとに体重が1キロ増える。くれぐれも使いすぎに注意するのじゃ……」

 

「って初耳なんだけどソレ!?」

 

 都合がいい夢かと思ったらそうでもなかった!?

乙女にとっては体重1キロは死活問題である。あんまり重くてデブ子ちゃんだとナメられてグループ内での立場の下降にも繋がるし、何より無駄な肉ついてるとか絶対ヤダ!

 

 神様は「ははははははは……」と笑って去ってゆき、意識は浮上する。

気がついたらそこはベッドの上で、えらく質の悪いべたつく寝汗をかいていた。

 

「ヤな夢だったわ……」

 

 うむ。ビーム撃てるようになってるとか、一発撃つと体重が1キロ増えるとか、いったいどんな夢だ。アホか。

 

「さやかちゃんビーム! なんつってハハハ……」

 

 ちゅどん。光が目から放射されて、家の天井がブチ抜けた。

まん丸に空いた天井の穴から、ちゅんちゅんとスズメの爽やかな声が聞こえてくる。嗚呼本日は晴天なり……、などと言っている時間はない。

 

「ちょっとさやか、今すごい音したけど何かあったの?」

 

「なんでもなーい!」

 

 部屋の外から母の呼ぶ声が聞こえてきたからだ。

うん、そりゃ寝起きの娘の部屋で爆発音がしたら焦るよね! でも説明しようがないよ、だってビーム出た音ですとか言えないもん。

 

「なんでもないってことはないでしょう、入るわよさやか」

 

「あ、ちょ、お母さん待って……!」

 

 天井、青空。母、唖然。

いきなり焼け焦げて蒸発した娘の部屋の天井を見た時の親の反応としては正しいのかなんなのか。ひと通りぐりんと首を回して、目で説明を求める。

 

 そう言われても、説明のしようなんて……。

 

「ちょ、ちょっと隕石が落ちて来まして……」

 

「そんなわけあるかい」

 

 なんかもう、説明しようが無いので隕石で押し通した。

原因不明すぎてちゃんと押し通った。一件落着だった。

 

 

 

 あと、そのあと体重計に乗ったら体重が1キロ増えていたので必死に減量するためにランニングしてたら筋肉ついて体重がかえって増えた。お嫁に行けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――話を戻そう。

 

 

 

「くそ、これだけは使いたくなかったのに!」

 

 目から飛び出た粒子砲が落書きっぽいナマモノを焼き払ったのを見て、さやかは歯噛みした。これであたしの体重1キロだ、いったいどれだけ走りこまなきゃ元とれないんだろう。

死ぬよりマシだけどさよなら、あたしのオヤツ。それでもしょうがないといえばしょうがないことだ。涙を呑んで受け入れるしかあるまい。

 だが、それで終わりではなかった。うじゃらうじゃらと8匹ほど出てきたソレに、さやかは頬を引き攣らせた。

だって8キロだ。52キロ体重があったとすれば(例え話である)一気に60キロまでぐいっと体重が増えてしまう。というか既に最初に一発撃ってるから9キロだ。10の位はまず確実に1増えるだろう。

しかしそれでも死ぬよりマシだ。なるべく抵抗すべく、近くの狭い路地へとさやかは逃げ込んだ。先に進めば行き止まりになっていたが、この際それは関係ない。

 

「Booooooooooooooooooon!」

 

「さやかちゃんビーム!」

 

 狭い路地に入ろうと4匹ほど縦一列になった瞬間に、さやかはビームを発射した。光芒がまとめて落書きナマモノを飲み込み蒸発させる。

嗚呼、これでまた1キロ……さよなら、あたしの夕飯のオカズ1品。

 

「さやかちゃんビーム!」

 

 少し待ってまた並んだところで一発。4匹まとめて撃ち抜いた。さよなら、オカズというかむしろあたしの夕飯。

だが、本来であればあのよくわからないミサイルのようなもので殺されていたところなのだ、文句は言えまい。この神様からもらったビーム能力はなんだかんだ言ってバケモノを一撃で消し飛ばすことができるスグレモノだった。

 だが、それは一種の慢心だったのだろう。わずかに身を逸らし、その姿をクルマのように変えたナマモノが突っ込んでくる。

 

――危ない!

 

 そう思い、咄嗟に受け身を取ろうと身を縮めた瞬間に爆音が響き渡った。

指向性の爆風にナマモノが倒れ、地面に叩き付けられる。そして爆煙に紛れて何度かぐしゃり、ぐしゃりと打撃音が響き渡り、悲鳴とともに発光して何かが消えるような音がした。

 

「美樹さん、大丈夫でした……?」

 

 砂煙が晴れると、そこにはけほ、けほと咳を上げるこの前転校してきたばかりの病弱少女がそこにいた。

ふたつの三つ編みを作った、黒くてつやつやとした長い髪に、赤いフレームの半縁メガネ。御滝原中学の制服は土煙で少し薄汚れていて、いかにも肺に悪そうだ。

 

「……暁美、さん」

 

 ただし血の付いたゴルフクラブを持っていて、肩に体毛が白くて血の色の目をした小動物を乗せている。軽くホラーであった。

 

「僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

 しかも肩の小動物は喋る。目を細めて笑いかけることもできる。

え? なにこいつ。普通の生物じゃないよね? 怖……。

 そして、どうしても看過できない発言が一つあったので断言しておく。

 

 

「絶対ヤだ!」

 

 

 

 

「……つまり、僕と契約した魔法少女は希望を以て絶望を振りまく魔女と戦うことになるのさ」

 

 一通りお互いに落ち着いてから、地面にハンカチを敷いて座り込んでからさやかは概ね説明を受けた。

うむうむ、と内容を咀嚼する。魔女と戦う魔法少女、あたしが今戦ったのは使い魔。そして願いの代償の契約。それを総合すると――

 

「つまり暁美さんは魔法少女ってわけ?」

 

「ううん、違いますよ」

 

 違った。魔法少女が魔女と戦うんじゃなかったのか。

 

「魔法少女はその……他にいるんですけど、二人とも変身するとテンション上がっちゃって、勝手に結界の奥に突撃していくんです……」

 

「転校生、オマエ、苦労してるんだなぁ……」

 

 ぽんぽんと肩を抱く。一般人で病弱なのに結界に体験ツアーと称して連れてこられた挙句、なんかテキトーに置き去りにされる姿には哀愁が漂っていた。

しかも一度丸腰で使い魔に追いかけられて、逃げ回って死ぬかと思った瞬間に結界が解けたことがあったらしい。体力ないのにそんなことになって、完全に体が動かなくなったときは本気で走馬灯が見えたとか。

 でも生死の狭間での限界運動のおかげで想定外にリハビリが進み、なんだかんだと体育くらいならギリギリ受けられるレベルになっているのが釈然としないほむらであった。

 

「あ、でもさっきの爆発は? 魔法とか使えないんでしょ?」

 

「ああ、爆弾の作り方をググって作っちゃいました」

 

 あらやだ、この娘結構したたか。

 

「10個ちょっと作ってきたので、美樹さんもいくつか持っていていいですよ♪」

 

「……あたし、ゴルフクラブだけでいいや」

 

 ゴルフクラブ片手に爆弾取り出して微笑む謎の転校生暁美ほむら。あたしはあんな危険人物にはならない。

あんまり体力ないので助かります、なんて笑って血まみれゴルフクラブを手渡してくるほむらを見て、さやかはそう思った。だがほむらに罪はない、マッハで蹂躙して笑いながら去っていく魔法少女二人と過ごして適応すればいずれそうなる。

 で、さやかがその魔法少女と会うことも、もはや避けられない運命なのであった……。

 

 

 

 

 

 一方その頃。

マミとまどかは使い魔を蹴散らしながら快進撃を続けていた。

 飛んできたミサイルをマミが宙に投げ上げたマスケット銃を舞わせて撃ち落とし、パニエを膨らませてそこから噴出させたジェット気流を推進力にすっ飛んでいったまどかが、懐に入り込んで弓で直接ぶん殴る。ピンク色の魔力で肩にトゲ出してショルダータックルもする。あと腕の周りにピンクの非実体刃を出してすれ違いざまにラリアットする。もう既に人間のすべき戦い方でなくなっているのはご愛嬌だ。

 

「今の私を恐怖させることができる存在が居るならば、出てこれるだけ出てきなさい!」

 

 マミの正確無比な射撃が唸り、糸ノコみたいに使い魔の集団を端から削っていった。

そして周辺から現れる、接近してくる使い魔たちをリボンの螺旋が切り裂き、塵へと変えてゆく。「トッカ・スピラーレ……!」ぼそりとマミがつぶやいた。相手は死ぬっぽい。

 

「開放、全開ィィィィィィィィ!」

 

 まどかもその殲滅速度では負けていない。パニエによるブーストで接近してはビーム的魔力ラリアットを繰り出し、微妙に届かない相手に対しては光の矢で応戦する。ただし弓道とかした覚えが無いので矢は弓につがえずそのまま掴んで投げる。力任せ上等なのが彼女のスタイルだ。つーか弓の引き方とか知らないので使えない。

 だが弓が使えずともその凄まじい暴風はいとも容易く敵陣の中枢まで侵攻し、そして――

 

「行っちゃえ心の全部でェェェェェェェェェェ!!」

 

 思うままに筆を滑らせ怪物を量産する、歪な金髪の少女の口内に貫手を突っ込んだ

魔女というものはかなり頑丈にできている。しかしそれは外面だけであるという場合も多く、特に口というものが存在する場合は内部がヤワにできていることも少なくない。

 故にまどかは体内で魔力を紡ぐ。この世にあらざる幻想を形作り、無から有を生み出すのだ。

魔力を編み、質量保存の法則を無視して物質を存在させることは難しいようで単純だ。ただイメージすれば事足りる。

イメージするのは小麦粉、ぬるま湯、塩。この3種を具現化し、そして高速で攪拌し、強制的に熟成させ、もちもちになるまでこね、音速で裁断する――そう、そうして美味しい讃岐うどんを魔女の体内から生成する!

 

「うどんの食べ過ぎで腹が破裂して死ねええええええええええええええ!!!」

 

 魔女が体内から炸裂した。怒涛のごとくうどんが吹き出し、辺りの地面を製麺屋のごとき惨劇に彩ってゆくが、この場にソレに異議申し立てを行うほむらもいない。もはやそれは戦闘ではなく処刑だ。

 だが魔女もさるもの、割り裂かれた腹のまま動き出して、せめてまどかを道連れにせんと筆を振り上げた。

 

「甘いよ!」

 

 体内から爆発的に溢れ出したうどん全てに魔法をかけ、それぞれの素材に戻す。無量の小麦粉が宙を舞い散り、粉塵が魔女の結界という閉所を覆いつくした。

――視界が完全に潰れる前に、まどかはマミに目線を送る。

それだけで全てを理解したマミが、魔法を使った。

 

「着火!」

 

 魔法で木の板を発生させ、魔法の木の枝を回転させてごりごりと摩擦する。一瞬でトップスピードに加速し、しゅう、とその摩擦熱で煙を上げ始めた瞬間……。

 

 

 周囲が爆発した。

 

 

 閉所を埋め尽くした微粒子に火をつけることにより一瞬で燃え広がる現象――粉塵爆発だ。

まどかはうどんを打つことに使用した上質の小麦粉を、魔法にて再度発生させることによってその粒子を拡散した。そしてマミが火を点けることで爆発を引き起こしたのである。

 

――この一撃を狙うために最初から魔法でうどんを打ち上げた鹿目まどかの鬼謀に、マミは戦慄した。たぶんこの場にほむらがいたらくだらなさに戦慄したけど。

 

 その結界ほぼ全てを覆う爆発に、さしもの魔女も沈黙してグリーフシードを吐き出した。マミはそれを拾い上げ、スーパーで買った梅干しを入れるプラスチックの壺に突っ込んだ。サイズが丁度良く、なんとなくグリーフシードを入れた梅干しは味が良くなるからだ。

 あとグリーフシードはご飯を炊くときに炊飯器に一緒に入れるとごはんがふっくら炊けておいしくなったり、ぬか床に入れておくと漬けた野菜が変色しなかったり、冷蔵庫に入れておくと嫌なニオイがとれたりする。

すべてはマミが考案した新しいグリーフシードの活用法だ。さすがはベテラン魔法少女の知恵というやつである。人の絶望でご飯がうまい! キュゥべえすら知らなかったらしく、「わけがわからないよ」と言っていた。

 

「やりましたね、マミさん」

 

 まどかが無邪気に右手を開いて肩の上あたりまで上げた。

いわゆるハイタッチの姿勢というやつだ。

 

「ええ、よく頑張ったわね鹿目さん!」

 

 マミも応え右手を上げて、勢い良くまどかの右手にハイタッチした。

ぐさっ。

画鋲が刺さった。手のひらに貼り付いてたらしい。でもマミはベテラン魔法少女なので痛みは無視してただ勝利の喜びを噛み締めた。ついでに唇も噛み締めたがマミ強い子、泣いたりしない。

 

 

 

 

 

「ほむらちゃん、終わったよー!」

 

「けほ…おめでとう、鹿目さん。でもできれば結界内に被害者がいるときに結界全体に小麦粉撒いて粉塵爆発はしないでくれないかな」

 

「ウェヒヒ……私ったら、ハシャいじゃって♪」

 

 マミたちが合流する頃には、ほむらはアフロだった。リボンはブチ切れもっさもっさと黒髪がもさもさしてる。もっさもさ!

けほけほ咳もひどく、煤煙がいかに人間の呼吸器に悪影響を及ぼすのかがよくわかる例示になっていて憐憫を誘った。どこが最も悲しいって、マジで咳が一番深刻な被害っぽいとこだ。いつの間にかすっかり打たれ強くなったほむらである。もう貧弱なガールなんて言わせないぜ!

 

「マジ? ……魔法少女って、まさかまどかなの!?」

 

「え……、ほむらちゃん。誰このアフロ黒人」

 

 アフロ2号が驚愕した。別称美樹さやかだが、なんかもう黒い煤とアフロのせいで親友すら誰だかわかってなかった。

いくら長くまどかの友達やってるさやかと言えど、ここまでひどい扱いは初めてだ。この横暴、許してなるものだろうか!?

 

 否――断じて否! ここは全力を以って抗議活動をすべきである!

この薄情な友人に、美樹さやかを自主的に気づかせるのである!

 

 

「オォーゥ、助かりマシタ。ワタシはボブ=キタエイリですネ! ヨロシクー!」

 

「よろしくね、ボブさん!」

 

「なにやらかしてるの美樹さん!?」

 

 さやかの一発ネタの十八番、路地裏でクスリ売ってる怪しい外国人ブローカーの真似である。

ちなみにこのエセ日本語、実際に見滝原の裏路地に赴いてアンパンなるクスリを売りつけてくる相手と話して会得した純正エセ品だ。クスリ本体は見滝原七不思議に数えられている『田所さん家の花壇に時たま現れるスライム的生物』にぶっかけてみた。なんかインテリみたいな顔になって会話ができるようになったが、めんどかったので近くの家の窓に投げておいた。その後はどうなったのか知らない。純正エセってなんだろうか。

 

「ソレニシテモ、ソコの小娘サンたち、ワタシとても感動しましたネー! ヨーソロ、ありがとゴザイマシター!」

 

「うんうん、もっと褒めてくれてもいいよ!」

 

「あらやだ、とても嬉しいわ! 」

 

 しかもそのまま褒め殺し始めた。ほむらは戦慄した。なんか昔から友達だったような気がする二人の仲は、こんなに適当なギャグパートのアホな爆発でぶっ壊れるのかと。

しかもついでみたいにマミまで巻き込んでいた。孤高のエレガントを装っているが実はただぼっちなだけなんじゃないかという疑惑のあるきれいな先輩はぞんざいにデレデレしていた。さすが鹿目さんなんかにコロッといってしまうだけはある。

 さやかはというと、懐からお弁当の箸を取り出して不器用にかちゃかちゃ動かし始めたり、ワサビをムースのように食べながら涙を流したり、無意味に忍者っぽい仕草をするパフォーマンスをしてインチキ外人っぽさを引き立てていた。何がチャメシインシデントだ。魔法少女知った人間の反応として不自然この上ない。

 

「ところでさやかちゃん、今度上条くんの病室に生肉を大量に持ち込みたいと思ってるんだけど、病院にナマニクって平気かな?」

 

「いや、そんなもん持ち込まないでよ……あ。」

 

「やーい引っかかったウェヒヒヒヒw」

 

 と思ったが予定調和なのであった。余裕でバレてたことにほむらは安心した。さやかも万が一に気づかれてない可能性が除外されて超安心した。

まあ、友達がアフロになってすすまみれだったら意外とわからないものだろう、気づいただけまだマシである。たぶんきっとメイビー。

 

「半信半疑だったからカマかけたかいがあったよ!」

 

「だめだったっ!?」

 

 ほむらの絶望の叫びだった。

 

 

 

「で、さ。まどか、あんたは魔法少女なの?」

 

「うん、そうだよボブ。私は生まれ変わったジャイアントまどかなんだ」

 

 告白はあっさりだった。そうめんくらいあっさりしてた。

 

「Oh...big monster ! HAHAHAHAHA……、それはもういいよアホ!」

 

 それについてのさやかの順応性はえらく高かった。まず魔法こそ実際に見てはいないものの使い魔と戦ったし、さやかも非日常の心得が若干ある。なによりほむらが引き回されて苦労していると言っていたので、凄まじく傍迷惑なまどかが魔法少女と聞いてマリアナ海溝より深く納得した。あの娘びっくりするほどハタ迷惑だもんなァ、しょうがないよね。

そんな諦めチックな考えと共に、さやかの中でのマミの扱いも決まった。まどかの同種……と。うわ疲れる、勘弁して欲しい。

 

 そんなわけなので、結局この日さやかはあまりマミに触ろうとしなかった。賢明な判断である。

 

 

 

「巴先輩、元気出して下さい」

 

「でもでも……暁美さん……ぐすっ」

 

「ほら、ブラックサンダー食べますか?」

 

「モロゾフのプリンじゃないと食べない……」

 

「はっ倒しますよ先輩」

 

 そしてほむらの胃へのダメージ量は増加した。あはれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほむらちゃん、おはよー」

 

「おはようございます、鹿目さん。でもキュゥべえの脳天に釘を打ち込んでベルトをつけてポシェットにするのはどうかと思う」

 

 

 翌日。さやかは魔法少女と魔女の存在を知り、ほむらはマミをなだめるためには5円玉を糸で吊るしてぶらぶらさせるのがいいと知った次の日ともいう。

 

 しかし彼女たちが世界の真実を知っても日常は何事も無く続いていくのだ。いつも通りに起きたまどかはいつも通りに登校して、いつも通りにほむらやクラスメイトの仁美と合流し、いつも通りマミが背後15mくらいをストーキングしている。ただし仁美はほむらとまどかが念話してたらまたぞろ関係を疑って逃げ去って行った。いつも通りだ、たぶん……。

 ただひとついつも通りでないことといえば、さやかの姿が見えないことだろう。

 

「どうしたんだろうね、さやかちゃん……」

 

「それは……まあ、あんなことがあったら普通の娘はショックで休みたくなると思うのだけど……」

 

 あの図太そうだったさやかがそんなにヤワなわけはないと思ったが。だってまどかの友だちを長らくやって来れたなんて、並大抵の精神構造でできるワケがない。よってほむらの中ではさやか=表面上ややマトモな異常者である。だいたいあってる。

ただ、そもそも魔法も何も使わずに爆弾とゴルフクラブで魔女を爆殺撲殺しているほむら自身が異常者とか変態とかそんな感じのサムシングエルスであることには気付いていない。魔法使おうがうどんで魔女を殺してる連中やよくわからないけどビーム撃てる一般(仮)少女が隣にいるので気付かないだけである。悲しきかな。

 

 

「お、おはよー……」

 

 教室について十数分後、仁美も戻ってきて話に加わってる辺りでようやくさやかが入ってきた。

骸骨のようにこけた頬、悪鬼羅刹のように落ち窪んだ眼。今にも死にそうなそれは、ぐったりとでろでろ机にもたれ掛かって言った。

 

「み、美樹さん!? どうしたの、寝れなかったりしたの?」

 

 本当に寝込んでいた!? 思った以上に繊細ナイーブガラスハートの十代だった!? ほむらは驚愕のあまりびっくらこいてパチこいた。何が起こったのかは依然として不明ではあるものの、マジビビってるのである。

 だって割と気にしなそうだし、ビームまで出していた少女が今更何をどの口でという印象なのだが、落ち込んでいるのならばアフターケアまでするのもやぶさかではない。

というか魔法少女二人プラスワンの中では、なんかぞんざいにビルから飛び降りようとしていた女性とかのアフターケアをしてきたのは彼女なのだ。いまさらもう一人くらい増えたところでどうということがない。友人なのは若干面倒かもしれないが、だいたいおおむねそんなもんである。

 

 

「いや……ちょっとダイエットを始めて……」

 

「昨日の今日で!? 心配して損した!」

 

 

 ただのダイエット少女だった。確かにガラスの10代ではあるような気がしなくもない。

 

 

「いやねー、ちょっとゴハン抜いてみたら想像以上にキツくて……」

 

「さやかさん、干しシイタケだったらありますけど、減量に食べますか……?」

 

「いや仁美、いらなもがっ……!?」

 

 しかもお嬢様が某ボクサーの減量法(仕上げ)まで提供しようとしていて頭が痛い。

しかも答えも聞かずに必死に口の中に干しシイタケを突っ込み始めて、ほむらですら突っ込み方に窮し始めた。

 

「これでもう唾も出ませんわ!」

 

 もが……っ! さやかの声なき悲鳴が宙に掻き消える。ほむら唖然、仁美イキイキ。

というか苦しみに歪んでいるさやかの顔を見るのが好きなのは、ひょっとしてアレだろうか、ドがつく変態なのだろうか。でも不覚にもさやかはMっぽいと思ってしまう耳年増こと病室系読書少女ほむらちゃんであった。

 

「やめて仁美ちゃんっ! さやかちゃんを殺さないで!」

 

 ――そこに終止符を打ったのは女神の一撃。

さやかの口からむんずと干しシイタケを引きずり出し、必死に水分を叩き込む。

水分補給の大切さを胸に秘めた彼女は、唾も出ないほどに減量するその行為が如何に危険な行為かよく知っていたのだ。でも、だ。

 

「鹿目さん、いくらなんでも学校に干しシイタケの戻し汁だけ持ち込むのは私、どうかと思う……」

 

 内なる自分ですらドン退きなのか黙っているというこの現状がどれだけ異常なものなのか、彼女はわかっているのだろうか。ぶっちゃけ最近は寝るときいつも体の中から『マドカマドカマドカマドカァ!』と怨みにも似たおどろおどろしい声が聞こえてきて寝不足だというのに。初期なんて悪いものにでも取り憑かれたんじゃないかといつも部屋でガクガクブルブル震えていたというのに。もういい加減慣れてきて「隣の部屋の深夜のテレビの音、うるさいな」くらいにしか気にしていないけど。『マドカマドカマドカマドカマドカマドウマ』あ、復帰した。うっさいよアホ。

 

「それで、結局美樹さんはどうしていきなりそんなことにしてるんですか?」

 

 埒があかないので、一番大切なことをずばっと切り込んでみた。

昨日までむしろ元気印がキャラ付けの根幹だったような少女が、一日経ったらゾンビみたいに教室に入ってくるまでダイエットしてるという異常事態を疑問に思わないかと言えばウソになる。

 

「いやぁ、あのビームなんだけど、一つだけ代償があってね……」

 

 ごくりと唾を飲む。なにせ魔女の使い魔を一発で吹き飛ばすビームだ。ほむらだって自家製の爆弾とゴルフクラブの重みによる遠心力を利用して屠らざるをえないバケモノどもを、まとめて数体消しとばす威力を秘めたビームなのだ。悪魔と取り引きしたのか何なのか知らないけど、それなりに重いナニカが……!

 

「一発撃つごとに体重が1キロ増える」

 

「地味にヘヴィな代償だった!?」

 

 だからダイエットなんてしてたのか! 納得とともに戦慄した。

使っていたらいつの間にかおデブちゃんになっちゃうなんて考えたくもない。ほむらの場合はむしろもうちょっとリハビリ上体重を重くしないといけないのだが、それでも体重を増やすことには抵抗が残るお年頃だ。最近悲しいかな魔女退治に引き回されたおかげで筋力がついて、結果的に健康になってたりもするが、どうにも認めたくない。

 

 

「そんな、じゃあそのまま使い続けてると、いつかぶくぶくに太っちゃうんですか!?」

 

「いんや、一応スリーサイズは計ってみたけど、前と変わってなかったんだけど……重さだけが……」

 

 そこはさやかは伏せたままで手をひらひら振って否定した。地味に元気なさやかを見てちょっと安心したほむらであった。

そんでも外見変わらず体重だけが増えていくというのは恐ろしい。なんともホラーちっくだ。これでも常識派を自称するほむらとしては、最近物理科学が意味があるのか疑問に思えてきた自分の感覚にさらにオプションを加えそうな現象というのはそれだけでこわい。

 

 

「あれ?」

 

 ふと気づいたように、のーみそうどん色なまどかが声を上げた。

どうでもよさそうに机の中から桜エビを取り出してむしゃむしゃ食べながら、ぽつりと呟く。

 

「別に体型が変わってないならダイエットする必要ないんじゃない? 着れないお洋服ができるわけでもないんだし……」

 

「……」

 

 さやかは突然唸り始めた。そりゃあ軽い方がいいけど、それで美容が保てなくなるかと言われるとそうでもないわけで、お腹が出たりはせず体型で問題は起こらないわけで、でもやっぱ軽い方がいいわけで、でもダイエットは辛いわけで……。

 

「まどか。」

 

「うん?」

 

 決意を固めた様子で眼に光を灯し、さやかは顔を上げた。

そして、イイ笑顔で言ったのだった。

 

 

 

 

「かき揚げ一丁」

 

「へいお待ち」

 

 

 

 

 

 

 1秒で出てきた、濃厚な干しシイタケの出汁が深みを与え空きっ腹に染み渡る旨さを醸し出しカラっとあがったかき揚げのサクっとした食感がそのコシとほのかな素材の味を惹き立てる上質な手打ちうどんを啜りながら、彼女は幸せそうな表情を浮かべたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なおこれ以来干しシイタケのうどんがクセになってしまって、実際に体型も体重も増加してしまったトロール・ザ・美樹さやかが誕生してしまったことは完全なる余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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杏子ちゃんが路地裏に突然現れるグリズリーに襲われて血まみれにっ!

「うう……近道しよう」

 

 暁美ほむらの一日は、今日も今日とて魔法少女体験ツアーという名のツッコミ業務に精を出し、微妙にゴルフクラブで使い魔を殴り殺したりしながらせき込んで死にかけて終わってしまった。

最近ではどうにも、体が弱いはずなのに全力で動きまわって雑魚の掃討をすることが増えてきたような気がする。というかボス相手に高速機動戦闘とか仕掛けるのはいいんだけど、その時の取り巻きを無視して突撃するのいい加減にやめてもらえないだろうか。

 基本、魔女の使い魔ってものは見逃したら魔女になって後で周りの人間を食うとかそんな感じだったような気がする。そんなことにさせるわけにはいかないので、なんか結局一般人であるはずのほむらがマミに魔法で強化してもらったバットで足止めをしていたりする。

巴先輩、お願いですから勝った後の余韻に浸ってないであの使い魔たちをなんとかしてください死んでしまいます。まどかもオーバーキルごっことかより先にすることあるでしょう死んでしまいます。

 

 そんなことをしていたらつい遅くなってしまい体ボロボロ心はしなしなの状態で、近道して少しでも早く帰ろうと、ゴルフクラブと爆弾あるし大丈夫だろうと思って迂闊にも裏路地へと踏み込んでしまったほむらを誰が責められるというのだろう。

――まあ、例え責められなくとも、魔女というものを見すぎて物質界の常識的な相手への警戒が緩んでしまったツケは強制的に払わされることになるのだけれど。

 

ずざ……。

 

 足がアスファルトを踏み、軋ませる音が背後から響いてくる。通行人? それとも実はすでに結界の中に引き込まれていて、使い魔か何かの足音?

なんとなーく、ほむらは嫌な予感がした。どれくらい嫌な予感かというと、まどかが楽しそうに小麦粉を持ち出しているときくらい嫌な予感。

 というかね、とほむらは思う。武器を持ったから大丈夫だとか言いながら一人で裏路地を通るなんてことしてたらね、何かよくわからないけど悪いことよ起きろって言ってるようなものだよね。私がもしゾンビもの映画の登場人物だったら、「なんだこの音は、少し見てくる。なぁにちゃんと銃も持っていく、大丈夫さ。愛してるよケニー」とか言って死んでる役だよね。

 

 うん、結論から言うと、ここはたぶん魔女の結界違いない。

別に不思議な背景の空間になったわけではないけど、きっと使い魔に襲われるにちがいない。おやくそくってやつだ。

 ある種確信的な予感を持って、ほむらは万感の思いで振り向いた。

 

 クマがいた。

 

「ってクマぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 どうしよう……ここ、町だよね? 裏路地だよね? 何で熊が出るんだろう。

しかもなんかやたら大きな熊だ。胴は土管くらいあるし、腕はほむらが腕を回してぎりぎり届くくらいにどん太い。

ぼうっと町中に熊がいる理由を考えていたほむらはハッとした。熊が目の前に立って、その丸太みたいに大きな腕を振り上げているのだ。

 

「わっ、わっ……!」

 

 転がるようにして剛腕の振り下ろしから逃れると、地面がめきめきと音を立てて砕け、暴風となってほむらの頬を叩いた。使い魔もすごいけど、やっぱり熊は怖い。

山で出会ったら死んだふりをしろというけど、実は別に死んでいても襲ってくるので正しい対応は目を合わせたままじりじり下がることらしい。実行すべく背中のゴルフバッグから対・使い魔用撲殺アイアンを抜いて、ゆったりとヘッドが地面に擦れるように下ろして構える。

 

「えいっ!」

 

 ぶおんと風音を立てて伸びる腕を外から内に払うようにアイアンで殴りつけていなしながら後ろに跳び、バッグから手製のフラググレネードを取り出してスイッチを入れて起動、その目めがけて投げつけた。

使い魔を相手にするときは大抵これでかたが付く。だけど

「グルガァァァァ!」

 

 化け物か。というか化け物よりも化け物らしくないかな!?

右目から血を滴らせながら、傷を負って逆に興奮したらしく猛突してくる熊を相手に、ほむらは顔を引き釣らせた。

なるべくなら使いたくなかった2本目のゴルフクラブ――ドライバーを取り出して、体の捻りに乗せてアイアンの反作用まで使って思いっきり横面に叩きつけて進路を逸らす。――ここまでして逸らすのが精一杯で、ほむらは車にはね飛ばされたかのように吹き飛んだ。

 壁に思いっきり叩きつけられて視界が霞む。あ、これ駄目かも。「ダメ人間な私はいっそ死んだ方がいいよね」とか最近は思わないが、これは死んだような気がする。

 あーあ、生涯の悔いかぁ……それこそ死ぬほどある。

 まずまだ恋愛とかしてない。いかつすぎる男の子もアレだし、線が細すぎる男の子だとただでさえ風が吹いたら折れそうな自分と一緒にいちゃ共倒れしそうでヤダ。

 親友とかできたことない。結構な割合で心臓病入院を繰り返していたため親しくなれなかったり、しまいにはクラスに登校すると「誰……?」とか言われたりする。

 あと、一回くらい海で泳いだりしてみたかったなあと言う微妙な願望。泳げないから自由に泳げるくらいに練習するとこまで含めてだけど、やっぱり溺れるの怖い。

 

 そして最近のことを走馬燈のように思い返す。ほむらは思わず涙が溢れそうになった。なんで私、病弱だったような気がするのに熊相手にそこそこ戦えてるの? あの頃のふつうの私はどこに行ったの? そもそもなんで私、うどん云々言い始める変な女の子と付き合ってるの? でもなんとなく離れられなくなってるの?

『マドカマドカマドカマドカァッ!!!』やかましい内なる自分に頭の中でフタをして、グリズリーを睨み据える。

 

――こんな、こんな場所で死んでたまるもんか!

 

――殺してでも、なにしてでも生き残ってやる!

 

「仕方ねーな……」

 

 決死の覚悟をしたまさにその時に、鎖に繋がれた切っ先が現れて横合いからグリズリーを吹き飛ばした。

 その元を目を動かして辿ると、鎖を伸ばしたナガモノを携え赤い戦装束を纏った魔法少女の姿があった。

たぶん、かなりキャリアを積んでるんだろうな。戦いに入っても自然体でいるその態度から、なんとなくほむらはそう感じた。

 戦うときでも態度が普段通りの連中は歴戦の魔法少女だ。

巴先輩とかいつもあんなんなのでどうにかしてほしい。鹿目さんも……あれ? あの娘は新米だった気もする。でも戦いながら魔女をうどんで爆破するのは……。

 

 

「さて、命を助けてやったんだ。礼ってものがあるんじゃないのかい?」

 

 ニヤニヤと悪ぶって笑いながら彼女が近づいてくる。

魔法少女っぽくはないけれど、助けたら礼を要求するその人間っぽい態度に、ほむらはどこか安心した。

 ちなみにほむらにとって魔法少女っぽいとはアタマおかしいの意である。サンプルがまどかとマミ。当然の帰結である。

 

「あ、ありがとうございます……、いったいなにをすれば」

 

「アタシは自分のためにしか魔法を使わねー。オマエが使い魔に食われるのを待つのもそうだけど、礼っていやぁ金ってのが世間サマの常識だろ?」

 

「53円でいいですか?」

 

「いいわけあるかッ!? スーパーで安く売ってる缶のコーラですら飲めないじゃねえか!」

 

 そういわれてもほむらは困ってしまう。

 

「じゃあリンと硫黄とかどうでしょう?」

 

「それはどんな礼だよ! リンとかあたしに園芸でもさせる気かっ!?」

 

「いえ、主に爆弾作る用途で使いますけど……」

 

「なお悪いだろうがっ!」

 

 割と今月自由にできる全財産を払って材料に変えてきたばかりのほむらでは、それ以外渡せるものがない。

うーん、困った。わがままな人だなあ……とほむらは頭をひねる。

 

「なんかあんた、すごく理不尽で失礼なこと考えてないか?」

 

「気のせいですよ」

 

 そういうことなら事前に助けたときに払う報酬を確認してから助けてほしかったと思うほむらである。いや、そんなことしてたら死んでたけども。

せめてどこかで妥協点が欲しい。お金はもう全部火薬の原料とシャーシと鉄片に変わってしまったのだ、ほかのものでないと払うに払えない。

 

「なら食い物でいいよ。ちょうど腹が減ってきたところなんだ」

 

「あ、なら私の革靴でいいですかね」

 

「食えれば何でもいいとは言ってねえぞ!?」

 

 あれもだめ、これもだめ、と。これだから魔法少女って人たちは……ほむらは悲しくなった。

言っちゃなんだけど巴先輩も鹿目さんも人格的に問題がないとは言えない。というか相当アレだ。

 

「はぁ……いったい何で払えばいいのやら、私にはもう見当もつきません。どうしましょう」

 

「あたし、そんな仕方ない奴を見るような目で見られるほどのこと要求したっけか……?」

 

 ほかに食べられそうな所持品……。うーんと唸って、一つだけ心当たりがあった。

 

「あ、ひまわりの種ならありますけど食べます?」

 

「あたしはハムスターじゃねえ!?」

 

 まあ食べるけどさ、と結局殻ごとボリボリ始めた。悪ぶって肉食っぽい雰囲気出してるけど小動物みたいでかわいい。ほむらの知る限り普通は殻を取ってから食べるんだけど、まあ本人がそれでいいならいいんじゃないかな。和むし。

 

 

 

 

「ところで――」

 

 ひとしきりポリポリを見て和んだ後、ふと呼びかけようとして気づく。名前、わからない。

 

「よろしければ、お名前を教えていただけませんか? 私は暁美といいます」

 

「おう……? あたしは佐倉杏子だ。よろしくな、暁美」

 

 嫌な自分の名前をほむらはあえて略した。

 

まどかに初対面の頃「いいじゃん、ほむらちゃん。かっこいいじゃん。なんかカスタムロボで病気の女の子をさらって違法研究したあげくに、フル違法装備のお手製自律機動ロボを子供に打ち負かされて、ほかの幹部たちが気絶してる中で一人だけ無傷なのに戦意喪失してるネクラメガネガリ男~~って感じでさっ!」と言われてトラウマを負ったからである。

 でもここまでボロクソに言われたこともなかったので逆に清々しい気分になって今まで友人をしていたが、考え直すべきだろうか。

まあ少なくともおかげさまで名前負けしてるとだけは思わなくなったけど。ネクラ研究者メガネとかぴったりだし、魔法少女になった暁にはドラゴンガンを違法改造しないといけない気さえしてきたくらいだし。まあ気の弱いほむらはたぶん、病気の女の子をさらったりしたらその時点でびくびくして気絶してしまいそうだが。そんなことをグリズリー相手に大立ち回りしたあとで思っていた。ヤクザ顔負けの肝の太さだ。アホである

 

「あの、佐倉さん。あなたも魔法少女なんでしょうか……?」

 

「見てわかんねーかよ、あんたも魔法少女なんだろ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 場が沈黙した。互いが互いに「わけがわからないよ」と思っていることだろう。

 

「あ、いや……そもそもグリズリーなんて相手できるのは、相当な武闘家か魔法少女くらいのもんだし」

 

「えと……私は普通の女の子ですけど」

 

「まず普通のヤツはグリズリーに遭遇したら戦わねーな」

 

ごもっとも。

 

「そもそもここら一帯のグリズリーは逃げる者がいたら追わないのが常識だろ、なんで自分から向かっていったんだ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 またしても認識の相違である。と言うかここら一帯ってなんだ。

 

「はぁ……あんたモグリだろ、ぜんぜんわかっちゃいねー。見滝原には来たばっかりか?」

 

「えっと……まあ、そうなります」

 

 時たま頭の中でわめきたてるもう一人のほむらが『マドカマドカマドカマドカマドカ そこ左よ マドカマドカマドカァ!』とわめき声の中に道案内を入れてくれるから迷わないですんでるけど。なかったら確実に迷ってるくらいには御滝原には疎い。

 

「御滝原の路地裏3大エンカウント注意対象と言やぁ、伝説の格闘ホストショウさん、所かまわず衝動的に飛び降りてくるOL、さまよう人喰い巨大グリズリーと相場が決まってるんだ。覚えとけよ新入り」

 

「何その怪しい生物群!?」

 

 御滝原怖い! ホストはともかく、OLさんはなんで飛び降り自殺で降ってくるのがエンカウント率高いことになってるの!? しかもあの熊人食べるんだ、なんで放置されてるの! とかいろいろあるが、そんなことより恐怖が先立つ。

 

「OLは大抵魔女の口付けのせいで自殺するんだけどな……そいつだけは飛び降りては生き残りを繰り返して味をしめちまって、今ではエクストリームスポーツの一種として飛び降りを楽しんでる」

 

「そっちじゃないよ、と思ったけど怖っ!? そのOLさん絶対に何かの病気だよ!」

 

「飛び降りという行為への恋の病ってか?」

 

 なんかうまいこと言った、みたいな顔してるけど何も上手くないどころかどこかかかっていたか疑問になるほどに意味が分からない。

 

「で、とにかくあんたは魔法少女じゃないのか?」

 

「は、はい……。一応素質はありますけど、まだけ、契約とかはしてません」

 

 改めて魔法少女の契約とか、口に出すと恥ずかしさがこみ上げてくる。なにそれ、どこのファンタジー?

 

「その割にはそのゴルフクラブ、やたら魔力を感じるんだが。しかもフィーリングどす黒め」

 

「……」

 

 心当たりなんてない。ほむらとしてはただ単に魔法少女コンビが倒し損ねた連中から身を守るために持っていただけである。

そして防衛がてら何度も倒した記憶はあるが、いちいち特別な何かがあったかと言われると……。あ。

 

「ひょっとしたら、使い魔を何度か殴り倒したのが原因かも……知れません」

 

「……お前、魔法少女じゃないんだよな?」

 

「ええ。」

 

 何を当たり前のことを。

 

「……なんか付与魔法でも受けたのか?」

 

「いえ……そういう気の利く人だったら良かったんですけどね……」

 

 正直に話した。生身の人間を呼びつつ放置する魔法少女の悪行を。

 ホント、生身で使い魔と向かい合わせないでください、巴先輩。死んでしまいます。ほむらは悲しみに暮れた。よく生きてたな、と自分で自分を賞賛したくなる。

 

「みんなでたらめな人ばっかりで……魔法少女でマトモそうな人を見たの、私初めてです」

 

「おめーも十分デタラメだけどな……」

 

 すごく理不尽な扱いを受けた気がするほむらである。

もっとも魔法なしで使い魔を殴り倒す変態への評価としては妥当であったが。

 

 

 

 

 

 

 ともあれ。

 

 現在のほむらの手持ちでは賠償とか無理なのが事実であり、そこをどうにかする手段なんてものは存在しないのは確かだ。

だが家に帰れば、一通り自前でごはんを作るだけの材料はそろっている。

 

 そこで妥協案として、ほむら住むアパートの部屋の住所だけ教えて後日、杏子に訪れてもらい、そのときにごはんをご馳走するという話になっていたのだ。

ほむらとしても命の恩人に何も返せないのは心苦しいので願ってもみない話である。

 ただ、誤算があるとすれば。

 

「どうしよう……体が動かない……」

 

 布団から立ち上がる。全身がひきつるように痛い。腕を持ち上げる。ミシミシ言う気がする。顔を洗おうとする。腕が肩より上に上がらない。

病気なんて大げさなもんじゃない、尋常ならざる筋肉痛である。最近はわりとよくあることとはいえ、体が動かなくて生きるのが辛い。

 というかアレなのだ。二刀流が特に悪いのだ。片手ずつでゴルフクラブを振るせいで腕も肉離れ気味に痛くなるし、気合いを入れて振るから腹筋も背筋も、踏ん張った足も痛い。全身油の切れたロボットみたいにギシギシいう。

 

「いっそのこと死んじゃった方がいいよね……」

 

 そんくらい痛い。というか声出すだけで腹筋が痛い胸筋が痛いあとついでにこんなに役に立たない自分で心が痛い。

洗面所に行っても痛みと可動域で髪もセットできないし顔も洗えない。気分をさっぱりさせようと歯みがきしようとしてもできない。出来の悪いフィギュアかなんかか私は。

 

「老けてくると筋肉痛がくるのが遅くなるって言うけど、そっちの方がよかったんじゃ……」

 

 愚痴もでてきてしまうものだ。

 とりあえず学校は無理だと判断して担任の和子先生に携帯から電話しておく。「カスタムロボはV2とゲームキューブ、どちらですかはい暁美さん!」とか言われたので「DSのものがいいと思います。友達いなくてもネットで対戦できますから」と答えて電話を切っておいた。電話の向こうから「どれでもよろしい!」とわめく声が聞こえたものの気にしないことにした。いいもん、どうせ私はホムラだから。

そういえば結局欠席の旨を連絡してなかったので、鹿目さんにメールしておこう。

 

 

 とりあえず文字通り箸より重いものが持てなかったので調理もできず、酸っぱさが疲れた筋肉によさそうだったので梅干しだけ食べて寝ておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐつぐつ。ぐつぐつ。とんとんとん。じゃばじゃば。じゅううう。かちっ。

 

 そんな音でほむらは目を覚ました。時計を見やると4時ほど。もう授業が終わっているくらいだ。相変わらず全身の筋肉がびきびき悲鳴を上げていた。朝から梅干しひとつしか食べていなかったために、おなかも悲鳴を上げている。どこからか漂ってくる香ばしい香りに、ほむらは涎がでそうになった。

 

「あ、起きたんだほむらちゃん。おはよう」

 

 鹿目さんがかきあげを揚げていた。香りの源、発見。

というかなぜいるのだ。

 

「お休みってことだったから、心配になってお見舞いにきちゃった」

 

 ティヒヒ、と笑うまどか。そうか……お見舞いか……。本気で動きたくないほむらには実にありがたい。

 

「さやかちゃんは別のお見舞いがあったみたい。上条くんのお見舞いを探しにCDショップ回りに行っちゃった。あ、上条くんは天才ギタリストだったんだけど、怪我で今入院してるの」

 

 ギタリストだったんだ。てっきりバイオリニストかと思ってた。

 まあそれはいい。とにかく鹿目さんがきてくれただけでもありおがたい。

ありがたいけれど、でも少なくともほむらには合い鍵とか渡した記憶はないのだが。

 

「うーん、ほむらちゃん、ちょっとこのアパート不用心だよ。セキュリティに一般的なダブルピンタンブラー錠が二つだけだなんて……、これなら私だと30秒もあれば開けられちゃう」

 

 それはあなただけだ。アホである。

それは置いておいても問題ならまだまだどっちゃりある。なぜそこでかき揚げを作っているのか、なぜうどんを一からほむらの家で打って作っているのか、そして、なにより……。

 

「グゥガ! ガルァッ! グルルルルゥ……」

 

 なぜグリズリーがくつろぎの我が家でうどんを唸りながら食べているのかだよ!?

なんかわざわざ窮屈そうに体を縮めながら爪でひっかけて器用にうどんをすすっているグリズリー。世界中どこに行けば見られるのかさっぱりわからない光景である。香川とかか。すごくうどん県民に失礼なことを考えたほむらであった。

 

 え? なんなの? なんなのこの光景? 怖いよというか超怖いよ!

筋肉痛がひどすぎて寝てたらいつの間にか隣でグリズリーがうどん食べてるとかどんなだ。よく食べられないで生きていられたねとほむらは自分の運のよさを天の神様に感謝した。白いドレスを着て弓を持った長髪のまどかが微笑んでるような気がした。

ちがう邪魔だよあなたじゃない。『マドカマドカマドカマドカ』うるさいだまれ。脳内で闇人格を縛ってさるぐつわを噛ませるイメージを持ったら黙った。縛ったのはほむらなのになんか鹿目さんを想像して悶えてた。お前はそれでいいのか。

 

 

 

 

「ほむらちゃんの分ももうすぐできるから、待っててね」

 これだけ無茶な部屋の使い方をしているのに、カラッと揚がったかき揚げをキッチンペーパーに広げて油を落としながらうどんをゆでる彼女の姿は堂には入っていて、もはや何がこの世で正しいのか分からない。

 それでもこのかぐわしき香りを立てるほかほかのうどんを食せるというのなら少しはいいか、とも思った。

だってそうでしょう? ぶっちゃけご飯を作ったり外食したりするどころか、硬いものを顎が受け付けないし消化の悪いものは胃が受け付けないような状態だ。そこでやわらかくて消化に良い、しかも無闇に作りまくるだけあって味の保証もしてよいうどんを用意してくれるというのだ。渡りに船である。

 

「はい、どうぞ」

 

 ちゃぶ台にとん、とどんぶりが置かれた。丁寧に煮干しと干し椎茸でとられただし醤油の香りにほのかに混じる刻みネギのアクセントが食欲をそそる。

そしてからっと揚がった揚げ物の香ばしさがまた、その味への期待をイヤでも促進させてくれる。

 

「いただきます」「はい、どうぞ召し上がれ」

 

 ウェヒヒという笑みに促されて、箸を持ってずずず、とまずつゆをすする。香りとうまみがしっかり自己主張しながらも決して強くない優しい味だ。そしてかき揚げもさくっとやる。エビのぷりぷりとした身に、その脂と旨みでともすればこってりしすぎてしまうところを、大葉という涼風がそれを押し流してくれて、減退した気力に食事の活力を教えてくれる。

 

「だが、違ゲェな……。鹿目まどか、これはアンタの全力じゃないはずだろ?」

 

 隣に座った杏子が出された二杯目に口をつけ、不満げに鼻を鳴らした。

 

「ダシと調和するためにはあと塩分がひとつまみ足りていない。それに何だ? この腑抜けた麺は。シコシコとしたコシが足りてねえだけじゃあないな。何故、なにゆえにここで妥協しやがった!」

 

「それはいいんだけどいつの間にしかもどこから湧いてきたの佐倉さん」

 

 まどかに追求する杏子の顔は厳しい。

ちなみに杏子に突っ込むほむらの言葉は冷たい。

 

 本当にどこからいつから現れていたのか謎だった。

しかもまどかは柔らかい笑みでその言葉を受け入れたまま動かない辺り、なんかもう既に知り合いらしい。

 

「あの約束を果たしてもらいに来たんだが……暁美、どういうことだオイ! こいつは冒涜的だぞ!」

 

 杏子は胸ぐらを掴みあげた。グリズリーの。

ねえ、佐倉さん。どうしてあなたはそっちに行ったの? 私じゃなくて鹿目さんでもなくてグリズリーに掴みかかったの? 今死ぬほど痛かったから助かったけど。

 

「アンタもアンタだ、グリズリー! アンタは見滝原の裏路地に名高い美食家、人を食うとき肉を食うのは女と子供、成人男性は煮込んでダシにしてシチューを作って食う、まず真っ先にフィレを狙いにいくっていうグルメグリズリーじゃねえか! そのアンタがうまそうにこんな冒涜的なうどんを食っててそれで恥ずかしくないのか! 誇りを捨てたっていうのかよ!?」

 

 トリコに出てきそうな名前だね、とほむらは思った。グルメ細胞の移植を受けていないほむらで相手になるくらいだから捕獲レベルはあんまり高くなさそうだけど。

あと確かに肉は柔らかそうだけど、人間の倫理観的に考えて女子供しか狙わない野獣を褒めるのってどうなの? とほむらは疑問に感じた。

 

「グルルゥ……」

 

 むくり、とグリズリーは立ち上がった。そう、さっきの問への返答だ。そうに違いない。

そのグリズリーはがしり、と杏子の肩を掴み……。

 

 

「ああっ! 杏子ちゃんが路地裏に突然現れるグリズリーに襲われて血まみれにっ!」

 

 

――ガジガジと頭を噛んでいらっしゃる!?

 ほむらは頭を抱えたくなった。よく考えたら、というか常識的に考えたら野生のクマなんぞに知性を認めて温和な行動を求めたほうが間違いなのだ!

 

 まどかはその凶行に反応し、即座に麺棒を持ってグリズリーに攻撃を加えようと立ち上がる!

でもね、鹿目さん。なんで魔法の弓じゃなくてうどん用の麺棒を先に構えたの? 魔法少女になるのが先じゃないの? あと私が危険な時もそれくらい即応してくれない?

 

「近寄るんじゃねえ! これはあたしとグルメグリズリーの間の話だ、誰にも邪魔はさせねー!」

 

ガジガジ、と噛まれながら杏子は怒気を放った。

え、なに? 怖い。なんでこの娘、助けを拒んでるの?

 

「――クッ、やっぱりか……思念波が流れ込んできやがる……! ハン、それでいいのか、あんたは」

 

 そのまま齧られてる杏子が奥歯を噛み締め、何かを呟き始めた。

一般人のほむらには理解できない世界の話であるとしか言いようがない。

 

一体何が起きてるのか把握することすらめんどくさいので、しばらくほむらは眺めていた。

血がだくだく杏子から流れ落ちてるので、さっきからフローリングに血痕が広がりまくっている。これこびりついてとれなかったら、大家さんにどれだけ怒られるんだろうな……。ほむらは現実逃避気味にそう思った。く、だの、ふざけんな、だのと何事かグリズリーと話している女の子を見ていれば、世間一般の女子中学生はたぶん同じ事を思うんじゃないかな。

 

 そんな中、おもむろにまどかが立ち上がった。

 

 何をするのかと思って興味の向くまま見ていると、ごそごそと懐からポータブルのスピーカーと入力端子を取り出した。。

 

「杏子ちゃんには、ナイショだよ……っ!」まどかが端子を杏子の耳に突っ込んだ。

 ナイショもなにも、そもそも耳の異物感でばれるでしょ鹿目さん!? ほむらはそう思った。口には出さなかったけど。

しかも耳に端子を入れたままスピーカーの電池を入れ替えて、がちゃがちゃなにかしらやっている。

 いやこればれるとかばれないとかそういう次元ですらないよね。ほむらは頭を今度こそ抱えようとして、腕の筋肉を動かした時の激痛で倒れた。倒れた時の激痛で転げた。転げた時の激痛で転げまわった。転げまわった激痛で悶絶した。悶絶した時の激痛で……とにかく痛かった。

 

 ひと通りまどかがスピーカーをいじったあたりで、声が聞こえてきた。

 

『そなたは確かに誇り高い。食に対する妥協の無さは尊敬に値するといっていいだろう……』

 

 渋いバリトンだった。スピーカーの端子は、佐倉杏子の耳の中。

 

「マンガか何か!?」

 

 ほむらは思わず痛みすら忘れて絶叫した。現代機器にあんまり詳しくないほむらですら

 

 

『だが敢えて……敢えて言わせてもらう。言いたいことは其れだけか、と?』

 

 

 ごう、と周囲をプレッシャーが支配したかのような錯覚を覚えた。ぴくり、とほむらの痛みが痛みを呼ぶ悶絶スパイラルも終了する。

ありがとう、プレッシャー。ほむらは状況を理解できなかったが素直に感謝しかできなかった。なんか声出てるけど気にしちゃ駄目だ。

 

「ふざけんな! わかっているはずだ……こいつのうどんのベストがこの地点にはないことを! 望んでも得られねえ、そんな神の領域のうどんを作りながら、なぜここで手を抜いた! あんただって悔しくねえのか、同じ料理人として!」

 

 杏子が気勢を上げる。そもそもグリズリーは人じゃない上に人喰い料理をなぜそんなに認めてるのかさっぱりだ。

――はあ、やっぱり魔法少女は魔法少女だったか……。ほむらはため息をついた。

 残念といえば残念だったが、魔法少女=社会不適合者と言う公式がほむらの中では既に成立済みだ。周りにいたのが今横で微笑みながらスピーカーに魔法をかけてるこの友達とその先輩なのだから仕方あるまい。

 

『そなたは、本当に、それだけしか言うことがないのか……?』

 

 哀れみすら感じさせる声音で、耳に心地良いバリトンが問いかけた。

なんか既に場面はクライマックスらしい。

 

『そなたはまず、どうしても食を語る上で忘れているものがあるのだ――』

 

「なんだと! あたしがそんな……」

 

 ところで佐倉さん、そんなに頭カジカジ噛まれて気にならないんだろうか。やっぱり魔法少女だから痛くないんだろうか。

 

『――食べる者の、心だよ』

 

「なん……だと……?」

 

 あらジャンプのマンガっぽい。ほむらはもう傍観者気分だった。

 

『食とは何が為に在る? 生き残るためか?――そうだろう。だが、それならば食材があって、火を通して殺菌すれば事足りる。なればそこに食の本質はない。なればこそ本質は――食べる側の人間、その心だ』

 

 とつとつと語られる内容に、杏子はなんか打ちのめされていた。ほむらはこのかき揚げおダシにひたして食べるとおいしいなあと思っていた。

 

『そなたは忘れていた。ここにいて、このうどんが振舞われるべき少女のことを。そなたは忘れていた――その少女が弱り切り、病床にあったということを――!』

 

「な……なんだと!?」

 

 杏子はのけぞった。ほむらはつるつると麺をすすりながらやわらかくておいしいなあと思っていた。

 

『病床にあるがゆえ優しい味を出すための塩分控えめダシ濃いめ、弱った顎でも食べやすいようにあえて柔らかく煮込んだ麺、食欲が湧かずに栄養が足りていないが故に滋養のある海老と風邪からの回復力を高めるビタミンAを豊富に含んだ大葉のかき揚げ……、全ては、食べる者のためのまごころだ』

 

「か……は……っ!」

 

 なぜか杏子がダメージを受けていた。佐倉さんホントバトル漫画のキャラクターみたいだなーとほむらは他人ごとだった。

しかも私、風邪じゃなくて二刀流でやらかした筋肉痛なんだけど、と汁をすすって香りを楽しむ。

 

『そなた……否、佐倉杏子よ。そなたは優しい娘だ。常にその食を待つ者を意識する、ただそれだけで出来るはずだ……。新しい時代の、新しい時代のための、本質に迫った、人を笑顔に導くための料理を!』

 

「……大丈夫なのかな、あたし。もう一度みんなの笑顔を求めてもいいのかな……」

 

 グリズリーは涙をにじませる杏子の背を、やさしく、その逞しいというかぶっとい腕でぽんぽんと叩いてみせた。

でもグリズリーさん、あなたが噛んでるせいで佐倉さんの頭から流れた血が涙と混ざって血の涙になってるんだけど。

 

 

『さあ、涙を拭え! 笑顔を求めよ、そして食の地平線へ!』

 

「おう、師匠!」

 

 

 だん、とちゃぶ台を踏みつけて杏子は立ち上がった。そしてそのままグリズリーと共に走り出す。

人の笑顔が溢れる、希望の未来に向かって……!

 

 

 

「ところで、この血まみれのフローリング、どうしよう……」

 

「ほむらちゃん、とりあえずもう一杯食べとく?」

 

「いらない」

 

 

 

 

 

 その後、血痕が続いていた家ということで警察に事情聴取を受けた。

 

疲れた体に鞭打って掃除はしたけれど、ルミノール反応とか調べられなくて良かったなあと、ほむらは心から思ったのであった。

 

 

 

 

 

 

NEXT『わたしの、最高の友達』



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わたしの、最高の友達

 暁美ほむらは魔法少女でない。

願い事と引き換えに魔法少女にしてくれる怪生物であるところのキュウべえと契約してないし、もちろん不思議パワーも何もない。ただの貧弱な少女にすぎない。

 最近では飛んだり跳ねたり(と言うか死ぬ気で逃げたり)することで少し体力がついてきた感があるが、基本的にはヤワなパンピーのまんまである。でも、だというのに……

 

「絶対に繋いだ手を離さない、なぜなら人のぬくもりが心地良いから♪(意訳)」

 

 まどかが歌いながら突っ込んで、魔法的ビームの腕で八極拳っぽい動きをしながら使い魔を蹂躙し魔女の下へと進み、

 

「無限の魔弾よ……私に道を開いて! バレットゥラマギカ・エドゥ・インフィニータ!」

 

 マミが無駄に優雅にリズムをつけて舞い踊りながら、無数の銃弾を放ってまどかが進む道を作る。

だが、これは敵を殲滅するためのコンビネーションではない。

 

「こ、来ないで……っ! 鹿目さんは右側から行ったほうが使い魔が薄いから、そっちから行って早く魔女をなんとかして! 巴先輩はそんなに集中して撃たないでもっと広範囲に撒いてくれないとこっちに端っこの方の使い魔が来ちゃう……!」

 

 銃弾の雨でまどかの道を切り開くだけ切り開いてこぼれ落ちてきた使い魔を、ひーんと泣きそうになりながら改造した釘打ち機で撃ちぬいて掃討するのは一般人であるはずのほむらの役目である。

 つまるところこのフォーメーション、ビームラリアットで白兵戦を仕掛けたり弓とか使えないからと投げ矢で牽制を仕掛けたりと白兵~中距離を特手とするまどかを楔とし、主に中距離以上での攻撃力を発揮するがオールラウンダーでもあるマミが魔女へ楔を送り込む支援射撃と中衛を担当、冷静で視野が広く取れる(恐怖のせいで怯えてるだけなのだが)ほむらが司令塔となり残った相手の掃除も引き受けるというそこそこ完成された形である。

問題があるとすれば、それはあからさまに脆いヤツが一人いることであろう。殴られれば死ぬさ、にんげんだもの。みつを。

 

「来ないでって言ってるじゃないですかっ!」

 

 ごしゃ、と汚い音を立ててゴルフクラブが、タイヤみたいな使い魔の側面にめり込んだ。

ドライバーがジャストミートである。怯んだところにどすどすと釘が刺さり、しまいには近距離で爆発したフラググレネードの鉄片を受けて消滅した。

前線ではまどかが魔女に肉薄していた。歌は佳境に入り、全身全霊の思いを届けようみたいなことを歌いながらステゴロでぶん殴って黒い装甲の塊みたいな魔女をぶちのめす。

マミはくるくると舞いながらマスケット銃を次々と生み出し、ほむらの指示により優雅にまどかの近くの使い魔を撃ちぬいていた。

 

「とどめっ!」

 

 キャストオフされた装甲が銃弾のように飛んでくるのを、すべて見てから避けながら肉薄して放ったビーム的魔法ラリアットで魔女はあえなく撃沈、グリーフシードを残して消滅した。

 

 ぜえ、はあ、ぜえ、はあ。ほむらは息を荒げてへたり込んだ。

しんどいのはいつものことである。一般人がムリしないで使い魔と戦えるわけがないのだから当然といえば当然だが、今日はまた一段と……。

 

「き、きもちわるい……!」

 

「え、ええっ!? いつもヤバイヤバイって言っててもなんだかんだ言って平気なはずの生き汚さではドクターワイリー級のほむらちゃんが本当に死にそうな顔色してる……っ!?」

 

「シグマウィルスばらまくよ、鹿目さん……うぅ……」

 

 鹿目さん、そんな風に私のこと思ってたのね……! ほむらは吐きそうになりながらも絶望した。どおりで扱いがろくでもないはずだ。しまいには3形態くらいあるドクロ型マシンに乗ってテロするぞ、なんて考えるだけの余裕もないくらい気持ち悪いが、シグマウィルスだけはばら撒きたい気分なのだった。まさに今ほむらの中ではパンデミック状態だからだ、うっぷ。実に器用な娘である。

 

「暁美さん、しっかりして! えっと、どうしようどうしよう……。こんな時はまず気道の確保だから寝かせた状態で頭を上にして……」

 

 マミがぐいっと、ほむらを寝かせて顎をカチ上げた。やめて巴先輩気道の確保とかじゃなくてそれ以前に気持ち悪くてまず苦しい。

そんな心の訴えすら顔色蒼白のほむらからは出てこない。

 

「マミさん、いいから早く家まで運びましょう!」

 

「ここからだと……えっとえっと、一体どこに運べばいいのかしら!?」

 

「ここからだとさやかちゃんの家が一番近いです!」

 

 だめだ、巴先輩使えない……。しかもさり気なく魔法少女じゃない美樹さんの家が候補に入ってる! 顔色グリーンなほむらはひとりごちた。

ちなみにほむらは未だに見滝原の土地勘が微妙で気づいてないが、実は病院はもっと近い。緊急事態に強いように見えて、実はさやかの家に運びたいだけのまどかなのだった。余裕があったら気づけただろうが、流石に病人にそれほどのツッコミを求めるのは酷というものだろう。

 

 とはいえ後々になって思えば、どうせ病院に行ってもどうにもならなかったため、実はそれが一番正しかったわけだが。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「ちわーっす、三河屋だよーさやかちゃん!」

 

「ウチ配達とか頼んでないから! しかも今時そんな店見ないわ!」

 

――今だとむしろパルシステムとか配達全盛なんじゃないかな。

 

 ガン、ガンと正面口を殴りながら叫ぶまどかに、即座に窓を開けてさやかがツッコんだ。さやかの母は慣れた娘の友人(たまに家族のうどん鍋中に乱入してきて勝手に鍋奉行を始める)の声に、またかと呆れて編み物に戻っていた。

ほむらはこんな時でもさやかに心のなかにツッコミを欠かしていない。まるで芸人の鑑だ。顔色を緑色にしながらも突っ込む執念に感動するとかそういうの通り越してやっぱりアホである。

 

 まどかがほむらの顔を起こしてインターフォンに映し、「ほむらちゃんが戦隊物だったらグリーンになりそうな顔してるよ!」などと寝言をほざくと、さやかは大急ぎで階段を転がり落ちてドアを開け放った。

 

「何、ほむらがなんかえらいことになってるじゃん!? 早く入って寝かせてあげて!」

 

 人命優先というか、知らない仲じゃないというか、とにかく友達の酷い体調を見て動かないような薄情な女がいたならそいつは美樹さやかではない。共にアホのまどかに振り回されるソウルメイトを助けるのは急務だ。

おろおろしながらもお湯を沸かして白湯を3リットルほど作ったり、部屋のエアコンを30度に設定した上で石油ストーブとハロゲンヒーターと電気ヒーターを持ち込んで全力で稼働させてブレーカー落としたり、役に立ってるけど微妙に立ってない世話ばかり始めた。

 

 

「はい、みなさんが静かになるまで30分かかりました」

 

「なん……で……小学生……風に……言う……の……うっぷ」

 

 結局そこそこの準備が整うのに30分ほどの時間を要したという旨を、端的にまどかが表現した。

それに意地でもツッコミを欠かさない根性の少女ほむらを舐めてもらっては困る。何せ病室で延々と激しい運動を禁じられて鬱々としていた経験持ちだ、忍耐強くなろうものである。その忍耐強さを他のことに使えれば良かったのにね。誰もが思っても言わないことだ。

 

「それで暁美さん、大丈夫? 何か欲しいものはあるかしら」

 

「いえ……すごく吐き気があるだけですので……うっぷ。大丈夫です……。あと欲しいものは平穏です……」

 

「落ち着いてほむら、まどかの友だちになった時点で諦めるしかないと気づこう!」

 

 枕元に洗面器を置いた体調不良者に容赦なく鞭打つあたりさやかも鬼である。

淡い期待を抱いている方が身体に障る気がしたから粉砕したという事情もあるが今ので一気にその顔色を緑色にした。

 

「うっぷ……!?」

 

「ほむら、無理しないでそこの洗面器に出して平気だよ! ほら、背中も叩いておくし、お湯も用意してあるから!」

 

 さやかが優しくほむらの背を叩きながら上体を支えて洗面器へ導く。洗面器の底に書いてある「殺人事件」という達筆のプリントが若干気になるが、ほむらは黙殺し、ちょっとヒロインとして大丈夫なのかと心配されるようなソレをぶちまけようと口を開いた。

 

「ま……まどかぁ、こんな時は上下逆さまにして口に掃除機を入れるのがいいんだっけ!?」

 

「美樹さんそれはモチが喉に詰まった時の対応だからもう黙ってておう"えぇぇ……」

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「だいぶ……楽になりました……」

 

 ほむらはちょっとアレを出したことで、頭痛も気持ち悪さも平衡感覚が崩れるような感触もまとめて消え去って、嘘のように楽になっていた。

ヒロイン的に大切なモノを失った気がしなくもないが、最近はゲロインなんていう単語も存在するはずなので平気なはずだ。問題なんてどこにもない。

というかただの体調不良でごく普通に起こるそれであるからして、仕方ないものである。長い間闘病を続けるとなかなか強かになってくるもので、ほむらの心にそれを恥じる気持ちなど欠片もなかった。

 

「うわー緑色してるねー……」

「ホントだ、ひでえ……人間の吐く色してないわこりゃ……」

「私、小さい頃にまだ生きてたお父さんに連れて行って貰うファミレスで、今飲むとおいしくもないっていうのに、メロンソーダを飲むのが好きでね……ふふっ、小さい頃から紅茶を嗜んでいたわけじゃあなかったのよ」

 

「だからって言って人の体から出たものをそんなにまじまじ観察しないで!?」

 

 デリカシーなんて言葉を魔法少女組に期待した訳じゃなかったけど、いくらなんでもそりゃあないってもんである。

ほむらが吐き出した身体に悪そうな緑色をしたゲル状の物体を観察するくらいなら、頼むから文字通り物理的に水に流して欲しい。

 

「いやでも、これは流石にどんだけ体調悪かったのか気になるレベルで……」

「そんなに客観的な汚物評価されても困るよっ!?」

 

 ほむらが涙目で懇願(しばき倒すとも言う)して、どうにかお手洗いへ移動する流れに持ち込むことが出来た。

 ……できたはずだったのだが。

 

 

『その必要はないわ』

 

 

 むくり。

 

 

 突如として、ほむらが吐き出した緑色のゲルが立ち上がった。

 

『どうもこの姿では初めましてのようね……。私の名前は暁美ほむら、気軽にゲルほむと呼んでちょうだい』

 

 全員の思考が空白に染まった。

ほむらは少し考えた後で、ひとつの結論を出した。それは。

 

「とりあえずお手洗いに流してから考えよっかな……」

 

『それには及ばないわ』立ち上がった手頃なぬいぐるみ大の緑ゲルに背後に回られて、計画はご破算となった。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 このゲルの話をまとめるとこうなる。

ゲルほむは未来の世界から来たほむらで、これから1週間ほどで現れる最強の魔女『ワルプルギスの夜』を倒し、親友であるまどかを救うために何度もループしているとのことであった。

で、なんか知らないがループを繰り返す内に魂かどっかの情報が劣化して、こんなゲル状の姿になってしまったらしい。

 

「あー、あたしあんまり頭良くないからさ……。よくわからなかったけど、結局どういうこと」

 

「セワシくんの先祖をしずかちゃんにしようと過去にやってきたはいいけど失敗して結局ジャイ子とくっついちゃって、延々としずちゃんとのび太をくっつけるためにタイムマシンで戻り続けてる内に壊れちゃったドラえもんかな」

 

 まどかがざっくりまとめるとこうなるらしい。

さやかとゲルほむは結論をめぐって『どこまであなたは愚かなの!』「なにおぉーう、醤油かけてやる!」『やめなさい美樹さやか! ゼリーマンはキッコーマン醤油に含まれる塩分とアミノ酸のバランスで崩壊しやすいのよ!』「なんかごめん……正々堂々うりゃああああ!」とゲルVS生身で殴り合いのケンカをしていた。こっちはほむら的には安心してみていられる。だって殴っても殴られてもスライムだからケガしないし。あと食べ物は粗末にしないように。

なんかマミは何故か後ろの方で「苦労したのね……!」と涙していた。いい話なんだろうか、ほむら的には疑問である。だって一つ大きな危惧があるからだ。

 

「でも未来の私」『ゲルほむでいいわ』……本人的にはちょっとその呼び方気に入ってるらしい。

 

「どうして鹿目さんなの? さっきのお話の限りだと、巴先輩も一緒に命を落としてるんだよね?」

 

「もーほむらちゃんったら……わたしがほむらちゃんの一番の理解者で親友だからに決まってるじゃない」「寝言は寝ながら言ってね鹿目さん」

 

 一瞬で切り返したほむらに逆にまどかから好意的な視線が寄せられた。ひょっとしてツッコミ待ちだったのだろうか。

なんというか、確かにこれはこれで悪友っぽくていい。こんな関係はこんな関係でいいような、そんな気分になってきた。一番の親友だなんて認める気はないけど、確かにいい友だちだなーと思わなくもない。

 ちょっと疲れる相手だけれど、わるい娘じゃないし……。二人とも知らずと微笑んでいた。

 

――ぺにょん!

 

 などとまどかと見つめ合っていると、頬を張られた。ゲルで。痛くないっていうかむしろひんやりして気持ちいい。

 

『まどかを侮辱するんじゃないわよこのドグサレアマ、尻から拳銃突っ込んで豚の丸焼きみたいに体幹貫通するわよ』

 

 右手の中指を上に立てたゲルほむがやたらと強硬に主張していた。

 

『まどかがいかに魅力的な女の子なのかあなたにはわからないの? 雪のように白いすべすべでもっちりとした肌に、いるだけで華やいだ空間を演出する美しい桃色がかった髪、幼さを残したあどけなさがありながらも強い芯を感じさせる愛らしさと凛々しさというきわめて両立を困難とする美点の両方を内包した奇跡的バランスで 成立した面立ち、例え鼻が曲がっていたとしてもその気配だけで数キロメートル先から感知できそうなほどに芳しく人間という存在の根底を惹きつけずにはいられない甘い匂い、どこをとっても完璧な神の愛子ッ! この娘の前ではおおよそすべての女という存在――いいえ、女と呼ぶことすら恐れ多いわ、家畜ね。メスどもは霞むどころか存在を認めることすら憚られるわ! 遠くにいれば一目見たくなってキョロキョロ、近くにいれば匂いを嗅ぎたくなってクンカクンカ、クンカクンカしてればそのまま肌に舌を這わせてペロペリしたくなり、そしてそのパンツを脱がしてかぶってすべてを征服し征服された気分になりたくなる! 嗚呼、嗚呼――麗しのまどかっ! マドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカァァァァァァァァァァァッッッッ!』

 

 陶酔ってレベルじゃなかった。

 

「やっぱりこれがあの声の原因だったのね……」

「どうしようほむらちゃん、割と今本気で気持ち悪いんだけど」

「うわ、あのまどかに気持ち悪がらせるとかスゲエわこりゃあ……」

「連れて行かれてしまったようね……深淵の闇の向こう側へ」

 

 ほむらは頭を痛め、珍しくまどかすら背筋を震わせる。無理だ無理、生理的に無理でした。

ちなみにこの件に関するダメージが最も少ないのはほむらだ。朝起きてから寝る時までぶつ切れに聞こえ続けてたのでおおむね慣れてる。

 

「ねえほむらちゃん……わたし、どうしてこんなのと友だちやってたの?」

 

 特に深刻なのは直接狙われたまどかだった。魔法少女が一般人の後ろに隠れたりしないで欲しいが、今回ばかりは仕方ないかなとも思わないでもない。

何せストーカーに狙われたようなものだ。隠れてやられないだけまだマシかも知れないが、目の前に見える脅威として出現されたらそれはそれで恐怖を募らせる。

 目がうつろになって怯えたまどかを見ていると、どこか苛立ちが募る。別にいじいじしたまどかが嫌いとかではない。というかほむら自身も他人のことを言えたような性格をしていない。

 

「あの、ゲルほむさん。そういうのやめていただけませんか? 鹿目さんに迷惑です」

 

 けれど、友人が怯えているというのなら毅然とした対応でかばうことができるくらいの度胸はある。

いっつもいっつも魔女戦に巻き込んで死にかけさせる主要因だが、これで病気と見れば看病しに来てくれたりするし、あんまり周りが見えてなくてほむらを殺しかけてるが街のみんなが殺されないようにと魔女と戦ったりしてくれているのだ。

――相手が自分自身だ、というのもほむらの中でなくはなかった。一応曲がりなりにも未来の自分がこんな受け入れがたい姿になっていることに対する嫌悪だとか憤りもあった。

 

『うるさいわね。あなたのようなネクラメガネが一体何様のつもりかしら?』

 

「それ、自分で言ってて虚しくならないの……?」

 

 怒気を発散させるゲルほむ相手のこの切り返しは、別に挑発でもなんでもなくてただのツッコミだったりする。

もっとも未来の自分に対して自分で突っ込んでいるあたりほむらも大差ないのであるが。

 

『いいわ……そこまで言うのならば、いいでしょう。決闘よ!』

 

「け……決闘……?」

 

 ずびしぃ、ぷるるん。突きつけた指先が震える。人間的な意味じゃなくてゲルの振動という意味で。締まらないなあ、ほむらはその古風な申し出にいまいち煮えきれないでいた。

いや、だって決闘だよ? 決闘。しかもぷるぷるだよ? ぷるぷる。どーやって緊張感持てばいいんだろ。

 

『条件は簡単よ。私とあなたで一対一のガチバトル、私が勝ったらあなたは金輪際まどかに近づかないで。あなたが勝ったら、私は大人しくあなたの体に戻ってあげるわ』

 

「望むとこ……ってやっぱり私の中にいたの!? しかも口の中から入るとかお断りだよ!」

 

 反射的に買おうとした喧嘩を踏みとどまった。

メリットがないというか生理的に無理だよ! 気持ち悪いからやめて!

 

『逃げるっていうの、臆病メガネ』

 

「いや、別に逃げて解決するなら願ってもないんだけど……」

 

 どうやらゲルでメガネがついてないのをいいことに徹底的にメガネ扱いするらしかった。このストーカー、そもそも光学依存の視覚を持つのかすら謎である。

でもどうにもこのおぞましき変態は根が深そうである。なら、いっそのことこの提案に乗って勝負を受けてしまった方がいいのではなかろうか。

 

「うん、わかった。私は……その決闘を受けます! 私が勝っても別に私の体に戻らなくていいから、今後一切鹿目さんに近づかないことを要求するよ」

 

『いいでしょう。では今日の十時、河原まで来なさい。種目はバーリートゥード――何でもありよ、いいわね』

 

 ほむらの膝上くらいまでしかない全身で、緑色のゼリーの髪を翻し、ゲルほむは颯爽とその場を去っていった。

どうやらケンカどころじゃない、戦争になってしまったようだ。常識的に考えれば平均的なぬいぐるみサイズのゲルスライムに何ができるのかという話だったが、ほむらの心に油断はない。あれにずっと体の内側から囁かれ続けたほむらには、あのストーカーの執念深さとタチの悪さはよく知っている。何がペロペロだ、気持ち悪い。

 ほむらはもう腹を決めた。ガラでもないけれど、絶対にあのストーカーと戦って追い払うのだ。基本的に臆病なはずなのに、自分自身でも不思議なことながら不思議と立ち向かってやるという気概が湧いてきたのだ。

 

「ほむらちゃん……」

 

 まどかは感激の表情でほむらを見つめた。

 

「さすがは魔法を使わず身近な道具だけで使い魔を片っ端からなぎ倒す人間最終戦闘兵器キラーマシーンほむらちゃん! いよっ! わたしの、最高の友達!」

 

「なんか素直に喜べない!?」

 

 一度まどかの中での自分のイメージを見てみたい、ついでに修正しておきたいと考えるほむらであった。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 中小の工場がごうんごうんと鈍い音を未だ立て続ける、真っ赤に染まる夕暮れの河原――そこは今、一触即発の緊張に包まれていた。

 

『逃げずに来たようね、それだけは褒めてあげるわ――それだけだけれど、ね』

 

 風の中でゲルほむが無表情に言葉のジャブ。

 

「私が逃げてもストーキングみたいなのをやめてくれるんだったら、普通に逃げても良かったんだけど……」

 

『ストーキングではないわ、ただの愛情の発露よ』

 

「いや、相手の気持ちも考えないで欲望ぶつけるのはかなりアウトではないかと」

 

 ギャラリーのさやかがアウトではないかと、あたりでうんうん頷いた。マミは「だってだって、寂しいとついそうなっちゃうじゃない……赤ちゃんだって寂しいとしっかり成長できないのよ」などとうずくまっていじけていた。

彼女も同系統の危険人物っぽいので、一緒に遠ざけといたほうがいいんじゃなかろうかとほむらはちょっと迷った。

 

『愚かね……私は愚か者と話し合う言葉を持たない。早々にやらせてもらうわ』

 

 目映い光とともにゲルほむの姿が変わる。その身長サイズの、灰色をしたセーラー服のようなデザインの魔法少女装束。

――そう、未来からやってきたということは、相手は当然のように魔法少女なのだ。予想はしていたがほむらは顔を強ばらせた。

 

『今の私の体では銃や何かは使えないけれど、この程度はできるわ』

 

 ほむらが背筋の寒気に従ってゴルフバッグからドライバーを抜刀、左側に振り払うと、ガアンと盛大な金属音を立ててドラム缶が地に落ちた。

――危ない。何がしか魔法を使ったのか、瞬きする間もなくほむらの左手側にドラム缶が、それなりの速度エネルギーを持って飛んできた。

これだけの速度と質量だと、もしもほむらが遠心力をフルに使って叩き落としていなければ骨折していただろう。自分が相手をしているのがRPGのスライムではなく、魔法少女というバケモノ連中のうちの一人だと実感して背筋が凍える。

 

「ねえまどか、今ほむらのヤツ、平然とドラム缶叩き落としたよね!? アイツ本当に人間!?」

 

「ほむらちゃんなら別に普通だよ?」

「いつも自信無さげにしてるけれど、あの娘はあれでも私たち3人の中で一番逃げが上手いのよ?」

 既に魔法少女ツアーの二人からは人間扱いされていない。

 

 だが魔法をアリにした魔法少女は怖い、一般人である私との戦力差は絶大だ……とほむらは思考を続ける。

あのスライムボディだ、きっとゴルフクラブで殴ったくらいでは死にはしないだろう。だからあえて、全力で殴った場合の相手の安否は忘れることにする。

 手汗で滑るかもしれないグリップを握り直……『どこを見ているの?』っ!?

 

 突如として背後から聞こえてきた声に悪寒。とっさに倒れるようにして地に伏せて転がると、ゲルほむが手元で操る鋭いナイフをロープに結びつけた死の振り子が、ほむらのいた場所を通り過ぎるところだった。

 

『あら残念、銃だったらもう死んでいるわね。この小さくてとてもじゃないけれど銃を使えないゲルボディに感謝することね』

 

――嗚呼、まったくもって感謝するほかない。

銃弾とはやっかいなもので、撃たれてから避けても当たってしまうのだ。相手の目と手の動きさえ見えればきっと避けられるのだろうけれど、それが見えない超スピードで発射されては成す術なく射殺されるしかなかったところだ。

転移か召喚か超スピードかわからないが、改めてほむらは本当に勝てるのかどうか不安になってきた。

 

「なんでほむらのヤツ、普通に魔法少女と戦えてんの……?」

 

 さやか的には自称一般人のほむらに声を大にして言ってやりたい。オマエは絶対に一般人ではないと。

そもそも一般人は銃弾を避けるとか考えたりしない。そこに気づかないで普通に前線に立ってるあたり、ほむらにも魔法少女の才能があるといういう意味がよくわかろうものだ。

 

『あれはどうやら、彼女と情報の劣化した未来の彼女の間に魂情報のパスが繋がっていることが原因のようだよ。もっともそれはごく細いものだから、彼女の受け取る情報はごく限定されているだろう。それをここまで生かしているというのは、宇宙的に見ても実に希少な例だ』

 

「あ、このところ全然見なかったけどキュウべえ来たんだ……」

 

『毎度毎度イマイチ煮え切らない暁美ほむらだったけど今回ばかりは感情の動き次第で契約してもらえるかも知れなかったからね』

 

 いつのまにかまどかの肩の上にマスコットっぽいケモノが乗って、突然出てくる致死トラップのようなものをひたすら避けるほむらを観察していた。

相変わらず人間味というか、生物味の薄いよくわからない生物だ。さやかはコイツのことを妖精のようなものだと思っている。少なくとも人間の思う生物ってやつ以外の何か。

 

『キミの方はどうなんだい? 僕なら君たちの願い事を、なんでも一つ叶えてあげられるよ。自分のために使うもよし、他人のために使うもよし、なんだってできる』

 

「そういえば、上条くんが事故でギター弾けなくなったってさやかちゃん言ってたよね。その件は?」

 

「あー、恭介ね……」

 

 またもや突然現れた千本ナイフをゴルフクラブを回転させて弾きながら突っ込んで、弾幕そのものを吹き飛ばしながら抜け出すほむらを肴にさやかはまったりしていた。

 

「この前腐ってたからさー、『あんたはギターが弾きたいのかロックがしたいのか、どっちなの?』って聞いてやったんだよー。そしたら恭介のヤツ、なんかもうエライ吹っ切れちゃって……『そうだ反骨だ!』なんて言って、その場でガラス製のCDの叩き割って腕を壊すパフォーマンスの練習なんて始めちゃって」

 

「あー、ギタリストじゃなくてロッカーが根本だったんだ……」

 

 もう日が沈みかけている。退院してからさほど経っておらず、リハビリが不足気味のほむらは時間が伸びれば伸びるほど不利だ。

焦って硫酸が一部制服にかかり、いつの間にか服装が肩出し背中開きのちょっと過激な制服に変わっている。

 まどかは何を思ったのか、木板を用意してノコギリをギコギコやりはじめた。

 

「最近じゃ歯ギターとか片手で持って観客攻撃とか秒間10回ファック発言とか、病室で練習しはじめちゃって……看護師さんにいつもカンカンに怒られちゃってたよもー」

 

「さやかちゃん、それロックじゃなくてパンクだと思う」

 

『美樹さやか、キミは随分と嬉しそうだね。僕には同族が社会に害をなし始めたようにしか聞こえないんだけど……』

 

 まどかが柱とする角材に木板を釘で打ち付ける音が響く中、ほむらが包丁から身をかがめて逃れていた。

 

 

 だが、ここまで長期戦になるといい加減にほむらにもこの能力の本質が見えてきている。

高速移動にしては速度エネルギーの乗らない攻撃、召喚にしては留まっていられないかのようにあまりにも動き過ぎるゲルほむ本人、転移にしてはあまりに高すぎる汎用性。

 そして、時を遡るという願いが引き起こす魔法の力……。

 

――次で、決めるッ!

 

 一度魔法を使ったらクールタイムを必要としている様子である。いっその事、その間に拘束さえしてしまえばほむらの勝ちだ。

あのゲルほむの魔法、攻撃性能はまるで無いのだ。時間停止中のほむらを直接殺しに来ないところから考えても、時間停止中は周囲の時も止まるとかで多分干渉ができなくなる。

 

――そこっ!

 

 一瞬動きが鈍ったと思ったその瞬間、ほむらは動き出した。周りを火の点いたロケット花火が包囲して襲ってくるが、なんとでもなる!

右に少しずれながら跳躍することで、すべてのロケット花火を置き去りにほむらは接近する。

 

『そんなっ!? 私の弾幕を!』

 

「そこが隙ですよ……っ!」

 

 そのままその脇に潜り込み、がしりと掴み上げた。

水気のあるものだし軽いというほど軽くはないが重いというほどのものでもないゲルほむのボディは、いとも簡単に持ち上げられた。

 

「これで私の勝ちです!」

 

『……なるほど。私はこの状態からでは時を止められない。事前に仕掛けたトラップは撃ち尽くした。普通に考えて、私の負けといったところね』

 

 やた、これで勝った! これでまどかを変態の魔の手から遠ざけることが――長い戦いの終わり、それこそがほむらの見せた最大級の隙だった。

 

『油断したわね、バカめが!』

 

「え……っ!?」

 

にょろりと蛇のようにしなった身体がそのまま、ほむらの口の中へと飛び込んだ。

 

『私はもはや人間でも魔法少女でもなく、ゲル状の謎生命体! 悪かったわねえ、過去の私……その身体、内側から乗っ取らせてもらう!』

 

 そう、そもそも『体の中に戻る』という初期の勝利報酬はほむらを乗っ取るための布石に過ぎなかったのだ!

すごく身体に悪そうな結果にほむらはもはや顔を青くすることしかできないであろう。

 

――けれど!

 

 

「悪いけど、想定通りです……!」

 

 ほむらは懐から一本のボトルを取り出した。

そう、体の中=胃に潜まれることを考慮に入れて、今この時まで懐に入れたままにしておいた切り札……それこそが!

 

「ゲル生命体はキッコーマン醤油に弱い…そうだったよね、ゲルほむッ!」

 

『な……そんなバカな!? できるはずがない、そんなことをすればまず塩分過多で倒れる……確実に病院行きよッ!』

 

 往生際悪く動揺するゲルほむに、ほむらは花咲くように微笑んだ。

噴き出る汗にほつれた髪が顔に張り付き、赤いハーフリムの眼鏡をずり落としかけている、みっともない姿ながらに、凄絶な迫力を滲ませて微笑んだ。

「別に戻るだけだよ。知ってるでしょう?」――と。

 

それは覚悟を決めた芯の太さと可憐さの入り混じった、ゲルほむの愛した笑みと同質で――

 

 

『……見事だったわ、暁美ほむら』

 

 そうか、自分は負けたのだと納得し、終わったことを偲びながらゲルほむは促した。

 

 

 

『そう……ね。あなたは立派な、美少女だったわ……』

 

 そんな暁美ほむらを評した言葉を胸に、ぐびり。お刺身に便利なキッコーマンのこいくち醤油を、ほむらは一息で飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暁美ほむらは、今回の勝者だ。

味が濃くて死にそうというか喉が渇いたというか、ぶっちゃけ気持ち悪いなあ……そんな体調を押し通してでも、報告したい仲間が今はいる。

そんな今回のお姫様の前まで、ほむらは駆けつけた。

 

 

「らっしゃいらっしゃい!」

 

 駆けつけるとなぜかそこはうどんの屋台だった。

 

 

「あ、お疲れ様、ほむらちゃん。ギャラリーで賑わい始めてたから、もうちょっとやっててくれればもっと屋台の売上伸びてたのに」

 

「売上じゃなくて麺伸びればいいよこのおたんこなすーーーっ!!」

 

 

 

 

 ほむらは泣きながら夜の河原をかけ出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに今回の戦いでほむらはひとつ得たものがあったりしたのだが、それはまた別の話……。

 

 

 

 

 

NEXT『暴風圏』




※まめちしき
上条恭介はループごとに音楽の才能を違った形で発揮するらしいことが、10話のオクタヴィア結界を分析するとわかるそうです。


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暴風圏

 青空に渡されたロープの上を駆け抜けてながらほむらは思う。私ってひょっとして、もう魔法少女と呼んでもいいんじゃないかなって。

灰色を基調としたセーラー服のような魔法少女の戦闘衣装の左腕には砂時計を象徴する小型のバックラー。その影に隠れるようにして、左手には魔法少女の魔力の源、ソウルジェムがはめ込まれている。

 

――かちり。何かを切り替えるような音がして、ほむら以外の動きが完全に停止した。時間停止だ。

 

 停止した時間の中でどこかの大作少年マンガの第三部みたいに動いて無数の使い魔どもに改造釘打ち機の弾が一発ずつ当たるように調整しながらだと、余計に実感する。というかこれで魔法少女じゃないとは言い難いだろう。あるいは吸血鬼か何かかも知れないが、少なくとも誤解だとは言い切れない。

戦闘力も魔法の力ももはや新人魔法少女を軽くヒネる程度にはある。まだ戦いに慣れてない魔法少女さやかくらいだったらサーベルをゴルフクラブでいなして懐から釘打ち機でゼロ距離射撃、怯んだところでドライバーで空中に打ち上げて手製のグレネード弾を着地地点に放り投げ、落ちてきたタイミングジャストでさらにもうひとつ同時に投げて上下をグレネード起爆することで即座にボロボロにするくらいはやってのけるだろう。どうせ回復されるので勝利はできないだろうけど、全治三ヶ月ってくらいには痛めつけられる。

 ちなみに現在立てた勝ち筋、時間停止の魔法なんて使ってない。もはや魔法なんてなくても十分一般人じゃないことに、未だに彼女は気づかない。アホである。

 

 ひと通りの使い魔を掃討し、腕だか足だかよくわからないものが何本も生えた女子高生みたいな魔女も、涙を目に浮かべたまんまで吐き出される机や椅子の礫をガシガシ蹴って三角跳びしてスカートの中に爆弾を放り込み内側から爆殺する。グリーフシードが落ちてきたので回収した。

 

「ふう、なんとか持ち場だけは倒せた……」

 

 弾んだ息をなんとか整えながら左手に収まったソウルジェムを見やると、"深緑"のそれが少し黒ずんでいた。とはいえ使い魔の掃討くらいにしか魔法を使ってないのでそんなに濁っているわけでもないが。

 

――そう、この深緑のジェムは、ほむらのものではない。

 

 数日前に醤油を飲んで倒したゲルほむが、一般人であるほむらの身体に残していったものである。

この『確かに自分のだけど別に自分のじゃないソウルジェム』のおかげでほむらは魔法を使えるが、別に契約したわけではないので魔法少女ではないというややこしい事態になっているのだ。

身体強化のかかりが悪くほぼ使えないが、魔法少女衣装を着たときの防御能力とゲルほむも使っていた時間停止の魔法だけはしっかり使えるようになっているので、人間以上魔法少女未満ライクなビミョーな状態になっている。元々人間の動きじゃなかったのでようやく肩書きが追いついた感あるわよねーとかさやかに言われて1時間くらい寝込んだ。1時間後に起きて思った。目からビーム撃てるあんたに言われたくない。

 

 はぁー、と最後にひとつ大きく息をついて整えると、魔法少女装備を解除して、決闘でボロボロになったので買い直した見滝原中学校の制服に戻ってマミの家に歩きはじめた。

いくら魔法を使えるようになったとはいえ、普通の中学生女子に一人で歩いて魔女退治は負担が大きい。

 ふと、ほむらはこんな事態になっている原因を思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、最強と呼ばれている魔女がこの街にやってくるってゲルほむが言っていたんですけど……」

 

『ワルプルギスの夜のことかな? それは確率的に考えられない話ではないね』

 

 マミの部屋の中、白い小動物がくねくねと身体をくねらせながらテーブルの上でかわいらしくゲップした。

 

「うざい★」

 

 まどかがキュウべえの口にお湯を注ぎ込んだ。

ふやけて全体的にたれてたれキュウべえになった。

鹿目さんは相変わらず脊髄反射で生きてる上にろくな事をしないなあ。そう思ったけど気にしないことにした。あとよくわからん妖精ちっくな生物はどういう生態してるのかわからないのでお湯でゆるんでも気にしちゃいけない。

 

「まさか……史上最強の魔女として名高い魔法少女界で恐れられる悪夢――ワルプルギスの夜が来るっていうの?」

 

 マミがカタカタと恐怖に震える演技をしながら呟いた。あなた震えるフリってけっこう楽しんでますね。

ほむらは最近気づいたが、案外そんなマミが嫌いじゃなかったりする。だってアホで扱いづらいけどまどかほどありとあらゆる方面に被害を拡散させたりしないし。

どう見ても消去法的ネガティブさを持った好悪である。ひどい話だ。

 

「なんでも、この街に現れて災害みたいな被害を与えて去ってゆくらしいです」

 

 だから対策を立てよう、とほむらは提起した。

 いつもそいつの来襲でまどかが死ぬためにゲルほむはゲルになるまでループしたりしていたのだが、まあこの世界のまどかは殺しても死にそうにないので説明は割愛した。

 魔法だとかなんだとかは極力関わり合いになりたくないほむらでもあるが、周りの人々が死んでしまったり、少しは愛着の出てきたボロアパートや見滝原中学校を瓦礫にされたりといったことは避けたかった。自分の命と引き替えとは言わないけれど。

暁美ほむらは別に命を捨ててまで何かを守るというほどに聖人ではないが、自分が好きなものを片っ端から壊されることを許容出来るほど仙人でもないのだ。

 

「いいかしら? ワルプルギスの夜というのはね……」

 

 指を一本立てて得意げに説明を始めるマミ。

 曰く、結界を張って隠れる必要すらないため現実世界に物理的な破壊をばらまく魔女。

曰く、魔法少女単身ではまず勝ち目がない天災。

 会ったら運が悪かったと思って諦めて逃げろ、どうせ通過するだけだからしばらくしたら竜巻のように去ってゆく。

 どっからどこまでがマミの誇張なのかはわからないが、とにかくすごくやばい魔女らしいことだけはわかった。もっと情報の信頼性の高い人から説明もらえたらよかったのになーとほむらは思ったが、よく考えたら他の魔法少女はまどかと杏子しか知らないのだ、どうしようもない。強いて言うなら杏子が一番マシかも知れないが、最近の噂では路地裏3大危険生物から格闘ホストショウさんが外れて料理が美味すぎて死ぬ殺人料理家が混じってるところからあんまり安心できない。というか何やってんですか佐倉さん。中華一番かなんかの住人ですか。あれ魔女なんじゃないかな、魔法少女じゃなくて。魔法少女と魔女の違いがいまいちわからなくなるほむらであった。

 

『それなら、逆に君たちにとっては朗報になるかもしれないよ。ワルプルギスの夜の出現前にはその場所の魔女の出現率が増えるからね』

 

 キュウべえはしっぽをふりふりそう言った。

4人の魔法少女を一つの街で抱えると、グリーフシードを落とす魔女の数が足りなくなる。それを補充することができるならばワルプルギスの夜襲来もデメリットばかりではないと続けるが、こいつどさくさに紛れてほむらも普通に魔法少女の数に入れていた。

 

 しかし、だ。

魔女の数が増えるということは、その分魔女に食われる人間も増えると言うことではないのか?

人の被害が増えるということは、即ち……

 

「はいはいはーい! わたし、そういう人達が死んじゃったりするのを許しておいちゃいけないと思うんだー!」

 

 この無軌道ボランティア型被害拡大少女こと鹿目まどかの犠牲者も増えると言うことではないのか?

ほむらのこめかみから汗が流れる。やばい。何がどうやばいかはわからないが、とにかく危険だ。

どーせまた、テンションついでに戦闘中にほむらに被害が飛んでくるに決まってるのだ。

よく矢を手で無理やり投げたものの流れ弾とかが飛んできたり、ビーム的魔法ショルダーでふきとばされた魔女の残骸や瓦礫が飛んできたりする。いつぞやは結界全体を範囲にした粉塵爆発に巻き込まれたし、まずもっていいことはない。助けてください。

 

 ならいっそ、戦闘中は分かれるのはどうだろう。ほむらはふと思う。事実、現状のスリーマンセル(ほむら自身も戦力に数えている。悲しいことに)は魔女との戦いにおいて過剰戦力である。

短期決戦でケリをつけるには悪くない選択肢のように見えるが、今回は相手の根城に強襲をかけるというよりも潜んだ相手を掃討する形になる。一回の戦闘の負担軽減よりも広範囲を調査できる方が都合がいいだろう。

 

「じゃ、じゃあ、効率的に広範囲の魔女を倒すため、手分けをするのはどうでしょう? 私はここで情報をまとめて支援を……」

 

「いいね! ほむらちゃんもついに独り立ちかぁ! ほむらちゃんってけっこう強いしねぇ」

 

 え、ちょっと!

 

「そうね、一人での戦いは寂しいけれど、一度経験するのも悪くないわよ?」

 

 待って、待って。

 

『そうだね、スタンドプレーが増える危険性はあるけど、ベテランのマミはともかく新人のまどかとほむらは独力で戦う経験を積んで魔法少女としての力を磨くのは悪くない選択だよ』

 

(なんか契約してないのに魔法少女扱いされてるっ!?)

 

 特にキュウべえは契約を司ってるらしいんだし、自分が誰と契約したかくらい覚えておいてよと言いたい。

だがほむらのできることはもうここに来ると何もない。あれよあれよと話は進んでいき……。

 

「じゃあ暁美さん、2丁目の方はお願いね?」

「わたしはあっちだから、どっちのほうがいっぱいグリーフシードを持って来られるか競争しよう、ほむらちゃん!」

 

 

 その結果、一人で魔女を爆殺するような事態になっているわけである。

なんかもう、どこか別の町とか行きたくなってきた。

それで春の海を眺めながらテトラポッドに座って波に素足をさらしながらばちゃばちゃやったりするの。海で泳いだことはないけど、きっと気持ちいいだろうなあ。

ほむらはのどかな光景を思い浮かべて現実逃避してるが、テトラポッド周辺は海流が乱れていて引き込まれて溺れ死ぬ事故が多いので言うほどのどかではない。気をつけよう。

 

 ため息を吐きつつ、今度は影絵みたいな魔女の槍衾を体捌きでかわしながら根本に近づく。

 あ、怖い。たまに飛んでくる完全直撃コースの影の槍を左腕のバックラーで受け流し、その本体のすぐ脇まで歩み寄り、右手に持った改造釘打ち機でゼロ距離から釘を発射して魔女を穴あきチーズにし、攻撃とか来たら痛いのでゴルフクラブで根本から影腕を叩き折る。

その過程で後ろから襲ってくる槍を軽く体を捻って避け、そのまま叩いて軌道を修正し魔女自体に直接当てる。魔女自身の槍で空いた穴に手製のフラググレネードを詰め、至近距離から伸びる影の槍に足をかけて乗って、はるか遠くへ逃げて……。

 

 爆殺。

 

 ああ、怖かった。ほむらは今日いくつ目かのグリーフシードを手にして安堵した。暁美ほむら、まっことやりたい放題な少女である。

 だいたい最近わかってきたのであるが、この手の魔女は暗いのを好む。くらーい雰囲気の廃墟だとか、暴力沙汰がよく起こる場所だとか、ほんの少し脳をよぎっただけの自殺願望だとか。魔女の口づけというものはよくない思考をとてつもなく増幅したりはするが、何も問題ないところから悪いものを引き出すのは難しいのだ。

 だから、実は魔女がいた場所を探ってみると意外と良からぬ事件が起きていたりする。例えるなら、そう。

 

 

「さやかさん……わたくし、明日の夕方に上条さんに告白します」

「……へぇ、本気なの? 仁美」

 

 恋の鞘当てとか修羅場とか、そんな感じのものとか。

珍しく普通の公園で魔女が出てるなーと思ったらこんなありさまである。

 確か中学では親友同士だとかいう話だったが、実は横恋慕でドロドロのメロドラマだったと!

 ほわぁ……、とほむらは呆気にとられた。少女漫画でもハーレクインでも文学でも、三角関係こそ愛憎劇の華である。そのまま破れて腐り落ちる果実ほど麗し……ってよくない!?

 いけないいけないと首を振るが、ほむらとて年頃の少女だ。こんな面白いこと……。いや、興味深いことを見ないでいろという方が無理ってものだ。他人の色恋は蜜の味なのである。それに友だち同士で三角関係だなんて、本当に小説みたい! ドロドロになって殺し合っちゃったりしたらそりゃあイヤだけど、物語でしか見られないような何かが目の前にあったらついついワクワクしてしまう。しょうがないよね。

 

「ええ、ですから、私はさやかさんに猶予を……」

「決闘だ」

 

 ……。はい?

 ほむらは本日二回目の思考停止を経験した。いきなり何言っちゃってんの美樹さん。

 

「恭介をかけて決闘だ、仁美ッ!」

 

「は、はいぃぃぃっ!?」

 

 仁美は魔法少女の素質がない一般人である。まどか慣れしていたほむらなどは、あーそう決闘ねわかったわかった、くらいに流せるが、お嬢様で常識がない部分があるとはいえあんまりケンカとかの蛮行を見ない類の人間である。そんなはいはい流せるわけがない。というかほむらはつい数日前にまどかをかけて決闘したばかりだったのでかなり非常識な部類にはいる。

 

「どっちが恭介に相応しいか、戦って決着をつけようって言ってるんだよ!」

 

 グループ『マギア・カルテット』がかつて誇っていたギターの『殺戮堕天使』上条恭介がその作詞作曲演奏を行った楽曲『本当の自分をレイプしろ』曰く、『愛があるなら奪い取れ! 手に入れたのなら噛み砕け! まさにこの世はファッキン天国ファックファック!』。さやかは好きな人に殉じているだけだ。全体的に恭助が悪い。

 そのさやかを正面から見返し、仁美はいっそ好戦的にすら見える穏やかな笑みを浮かべた。

 

「本気、なのですね……」

「応とも――ッ!」

 

 憎悪と友愛の入り交じった空気がギロギロ張りつめる。ほむらの胃はキリキリ悲鳴を上げる。なにこれ、美樹さんたち魔女の結界よりも暴力的なんだけど。

 

「ルールはどうしますの?」

「バーリィ・トゥード――何でもあり、でどう?」

 

 仁美が無言で表情を微笑みに固定しながら、近くに落ちてた鉄パイプを拾い上げた。さやかは鞄からシャープペンシルを出して折り砕くパフォーマンスをしながら金属バットを拾い上げた。

ああ、もったいない、そのドクターグリップ一本分のお金があれば爆弾の材料用の肥料をワンサイズ上買えるのに。ほむらは所帯じみているようでそうでもない感想を持った。

 

「これで、わたくしたちの上条くんへの愛を競うんですの?」

 

「何言ってるの仁美、そんなもの、わかるワケないじゃん」

 

 ぶおんぶおん、といくつか素振りして。

 

「どっちの想いが強いかじゃない――」

 

 ぐっとグリップを握りしめ。

 

「どっちがの想いが正しいかでもない――」

 

 身を屈め、クラウチングスタート――最大の速度でロケットスタートを切り、相手に飛び込む体勢に入る。

迎え討つ仁美の体勢は柔、半身になって鉄パイプを両手で構える平均的な型。

 

「どちらが勝者でどちらが敗者なのか――ただ……それだけの決着を――ッ!!」

 

 あ、こいつら駄目だ。ほむらは直感して回れ右した。

べつに恋の奪い合いとかはしょうがないよねーと思わないでもないけど、なんというか、こいつらロックに生きすぎてる。だいたい上条くんのせいだよねー、はた迷惑っ!

 ちなみに前口上は全部さやかが言っていた。たぶん一番上条恭介の影響を受けているのがさやかだ。アホである。いや、パンクである。

 

 鉄パイプと金属バットが激突して甲高い音を上げるのを見ないふりして明後日の方向へ歩きだしたほむらであったが、その歩みもすぐに止まる。

なにせ、

 

「マミ……あたしはあんたの所に戻る気はないよ」

「どうして! ワルプルギスの近づいた私たちは今、団結しなければ生き残れないのよ!? 相棒として戦わなくていい、私たちは只、利害がために結びついて魔女を殺す一つの――そう、機関として動かなくちゃ……」

「うるっせえ! あたしはもう、どうしようもないほどあんたと道を別っちまったんだ!」

 

そっちでも変な修羅場が起こってたから。前門の魔法少女抗争、後門のパンク抗争、まさにここは暴風圏である。ああ、佐倉さん……なんで麺棒咥えてるの? 前のお菓子くわえてた佐倉さんの方が素敵だよ、だってアホっぽくなさそうだし。

ちなみに後ろでグリズリーが腕組みしながらもぐもぐ何か食べてる。「たす…けて…」誰かの腕が見えてる気がするけどきっと気のせいよ、暁美ほむら。……確かに魔法少女とはもはや相入れない存在だなあと思わなくもなかったりもした。

 

「そう…だったら力づくでも仲間になってもらわないと、ね……」

 

それ仲間っていうんですかね、巴先輩。ほむらはマスケットを呼び出した自分の先輩を見つつ思う。ちなみに杏子は脱穀用の杵を構えていた。槍はどこへ行ったのだろう、アホである。

そして風が吹いて、路地裏にOLが飛び降りてきたのを合図に戦闘が始まった。ぐしゃりと叩きつけられる肉の音と同時に、弾丸が立てる擦過音と杵が立てる風切り音が周囲に響き始めた。あとついでに水道管が壊れる音とかも響き始めた。

むしろ水道管は積極的に壊されたくらいだ。辺りに張り巡らされた大切な生活インフラをここぞとばかりに破壊して、空中に水滴をばらまいてゆく。ねえ、巴先輩、佐倉さん、親を水道管にでも殺されたの?

 

「ふふふ……こうして戦っていると思い出すわね。交通事故で破壊された水道管の水をかぶったせいで出血が止まらなくて、死が早まった父さんのことを……」

 

すみませんでした巴先輩!

 

「だからもう、だれも死なせたくないの! 正義だ何だ言いながら戦っている私が滑稽なことは分かってる……でも、それでも死なせたくない!」

「それでもこの力はーー魔法少女の力は不幸しか生まねー! 魔法を使ってする人助けだなんて、結局のところ歪みを孕んだ自己満足にしかなんねーのさ!」

 

宙を踊るように舞う二人が、杵とマスケット銃を甲高い音を立てて交わし火花を散らす。空間という空間を削り取るようにして戦う二人を見ながらほむらは思った。ーーこの人たち、メイスでも使えばいいのに、と。特にマミはマスケット銃をずっと撃たずに鈍器としているあたりに業の深さを感じなくもない。

 

「自己満足でもいい、偽善者と誹られても構わないーーならば、嗚呼。私は、偽善者として偽善を為すだけなのだからーーッ!」

 

巴先輩、それは口に出すよりも地の文として使うべきでは。

 

「どうしてわからねえ! 魔法に頼らず、自分の善意だけで守り、助けられる人間がいるってことにどうして気づかねーんだ!」

 

「けれど、私にはこの方法しかないーー歪んでいよう、壊れて、捻れていよう。ーーされどこの身は魔法少女。魔法を使いーー魔法に遣われる、愚かな木偶人形よ。そのまま歪な救いを押し付け続ける……私はそんな、単なる救済装置であるのだから!」

 

「だからそんなままである限り、あんたとは絶対に組むことはできねーんだよ! 魔法以外にだって救いはあるんだ、大昔、人類が生まれる以前から、人はそんな救いに身を委ねて生きてきたんだからよっ!」

 

たぶん、その救いを「食」と呼ぶんだろうな。ほむらは他人事にそう思いながら携帯電話取り出した。スマートフォンは入院中に課金で怒られて親に止められたのでガラケーだった。

 

「ーー嗚呼、それでもッ!」

 

打つナンバーは119番。飛び降りたOLさんがなんか骨とか折れてそうだったからである。「こちら海上保安本部」違った。なんか118番押してたらしい。地味に急いでると押し間違えたりするのでみんなは気をつけよう。

 

「憧れたーーそうなりたいと願った、其れが故にーーッ」

 

もうやだ。無料だよ。

 

元通りちゃんと119番連絡し直したほむらは、壁蹴りして建物の上を通って逃走した。もうこんな街やだよ……、いっそワルプルギスの夜さんに壊してもらった方がすっきりしないかな、切実に。ほむらはそれだけ思って街へ飛び出し、その日は機械的に何も考えず魔女を狩ることに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。

 

「新たなる『盟約者』を紹介するわね」

殺戮料理人杏子、特攻バットさやか、それから支配者仁美がパーティーに加わってた。

 

あ、これで魔法少女と一般人が1:1だ。

傷だらけのさやかと仁美を視界にいれたほむらはぼけーっと、既にこれが魔法少女同盟でないということに思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

NEXT『響き渡る歌声』



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最終話『叛逆の物語』

長らくお待たせしました。
突然想定外の展開になりすぎて筆が滞っていましたが、開き直ってそのまま続けさせていただきます。


スーパーセル。高速の回転を伴った上昇気流を断続的に抱える雷雲群――ひらたく言うと竜巻もどきだ。街が一気に滅ぶというレベルの大災害であると認識しておけばひとまず問題はなかろう。

そいつが観測されたとのことで、企業も学校も公的機関も、この街の営みは全て機能を止めた。

市の人間には避難勧告が出され、それぞれ最寄りの避難所に集められてすし詰め状態だ。

 

そんな中で隅で体育座りしながら、不安よりも困惑を表に出した少女が一人。

 

「おかしい、なんか珍しく巻き込まれてなくて落ち着かない……」

 

暁美ほむら、もはや厄介ごとから遠くにいるだけで違和感を覚えるようになった悲しき13歳の春であった。

 

 

 

 

最終話『叛逆の物語』

 

 

 

 

 

《ついにラスボス戦よ、暁美さん》

「巴先輩……、唐突ですけれど、すごくゲーム感覚ですね」

 

家で毎度のごとく悲鳴をあげて筋肉痛になった体をストレッチしていたときに突然飛んできたテレパシーが始まりだった。大きく開脚して前屈前屈。左手で右足の爪先をタッチ、右手で左爪先をタッチ、ブリッジして逆方向にも体を伸ばし、手足の関節に繋がるあらゆる筋肉を揉みほぐしながら念話を受ける。柔軟をしっかりしないと筋肉がえらいことになるので、絶対に欠かすことはできない。ああ、私って貧弱で病弱……とほむらは思っていたりするが、そもそもこれは筋肉が限界を訴えるその先に意図して踏み込むことのできるほむらの頭がいっちゃってるだけだったりする。無論、彼女は気づかない。アホである。

なんというか緊張感のない話であるが、ほむらにもたらされたワルプルギスの夜襲来の第一報はそんな無自覚な鍛錬が始まりだった。

 

《ワルプルギスの夜がやってきた……故に、今宵は破滅の夜なのよ暁美さん》

 

「別にかまいませんけれど、相手のデータとかあるんですか? わかってることってとにかくでかいってことと、伝説がうんぬんですよね」

「それは違うわ」

 

マミの語るところによれば、魔女たちが夜な夜な開く逆十字を描くミサにて逆さ吊りにした生贄を火炙りにしその逆転された怨嗟を纏めた概念存在を軸として生成された悪意と悪意恐怖と恐怖呪いと呪いを歪に押し固めた人類文明に対する反存在で最早マイナスを反転させプラスの性質を得たことにより結界に縛られず常人にすら災厄と呼ばれ忌み嫌われる天敵かつて魔法少女の連合部隊であるマギウスクルセイダーズと†終焉†が束になってかかったことがあったが全員消息不明になったほどの能力を持つ世界の黄昏刻を告げる魔女であるという。

 

「つまりひらたく言うと、常に逆さに立ってるけど正位置になると凄まじい被害の出る、結界なしで現実に実体化する、魔法少女が複数人いてもかなわないほど強い魔女ってことですね」

 

「そうとも言うわね」

 

暁美ほむら、恐るべき翻訳の技前であった。むしろこれくらいなら翻訳できる程度にはほむらもスキモノだったのかも知れない。一時期は暇な入院時間にあかせて小説とか書いたもんだ、基本主人公が満足しながら死ぬものしか書かなかったけれど。その辺りは入院したまま希望もなく親も来ず見舞いに来てくれる友達もいなかったが故の悲観主義だ、大目に見ていただきたい。今では並大抵のことでは死ななそうな鋼だか柳だかよくわからないボディだがとりあえず魔法少女ではない頑丈少女ほむらは思った。

 

「それで、暁美さんも戦いにきてほしいの」「無理です」

 

当然の返答だ。無理に決まってる。

 

「このままじゃ、街そのものが消えてしまってもおかしくはないのよ。中学校だけじゃない、ありとあらゆる施設は竜巻に蹂躙され、その寿命を一瞬にして燃やし尽くすでしょう。――勿論、人間もね」

 

ああ、どうせ行くことになるんだろうなー。死ぬんじゃないかなー、死んじゃうんじゃないかなー。ほむらは既に半ば現実逃避状態にあった。

それでもほむらは必死に抵抗した。人間サイズで人間と同じ戦闘力しか持たず普通の女子中学生クラスの攻撃力しか持たないほむらにはワルプルギスを倒す術がないだとか、時間停止は隙を突くのが基本になるから要塞みたいな相手には回避ぐらいにしか使えないだとか、貧弱な防御性能を回避で補っているから面制圧に弱いだとか、とにかく考え得る全ての手段を使って説き伏せにかかった。

その結果抵抗の末あえなく……

 

「わかったわ、今回の戦いでは暁美さんは相性が悪すぎるということね。避難所の警戒だけお願いするわ」

 

「………へ?」

 

暁美ほむら13歳、苦節の末、遂に戦線離脱。

ワルプルギスには魔法少女脳筋連合で挑むこととなったのである。

 

 

 

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避難所の中で、たまたま会った友人がいたら、他愛もない話をするのがスジというものだ。

黙っていてやることは特にないし、ふさぎ込んでいても気が滅入る。特に周りが不安を抱えて空気が淀んだ今こそ、空気を読まずに話すべきなのだ。

 

「というわけで、今回は私も留守番なんですよ~」

 

へぇ……と、ニコニコしながら事の次第を説明するほむらに相槌を打ちつつ、ブルーシートが敷かれたアリーナの床に座り込んでさやかは思う。

彼女の中の認識はこうだ。マミが突然竜巻はレイドボスなレベルででかい魔女だとか言い始めた。まどかも「私、世界を救っちゃうぜ!」とか言い始めて竜巻に突っ込んで行った。ほむらはそれを間に受けながら口八丁で逃げてきた。こいつら思春期の病かなんかなの?

いくら魔法少女でも、流石に竜巻を殺しに行くのは意味がわからないというのがさやかの想像力の限界であった。

そしてそれを誰かに説明する気にもなれない。例えば心配している家族……。

 

「まどかー……お前今日、毛深いな」「ウホウホ」

「びえーん!まろか、まろかいない!」「ウッホウッホ」

「はいはいタツヤー、パパですよー。これがまどかでちゅよー」「ウッホホウッホ」

「やぁー! それジャイアントゴリラ!まろかじゃないー!」「ウホッ!」

 

「ってなんで避難所にジャイアントゴリラがいるんですかまどかのお母さん!?」

 

首から『鹿目まどか』というプラカードを下げ、肩にキュゥべえを乗せ、トレードマークの赤いリボンを二つつけたゴリラが鹿目家に混じって座っていた。しかもきちんと弟の頭を撫でてバナナを差し出してる。泣いている鹿目タツヤの前で困ったように頭をかいている優しそうな目をしたメスだ。

 

「やぁ、さやかちゃんじゃないか。お友達と一緒にまどかに会いに来てくれたのかい?」

「確かに最初はそう考えてましたけどそのゴリラ見て気分が変わりましたよ!」

 

さやかは絶叫した。誰が友人に会いに来たら家族とゴリラがいると思うだろうか。

 

「失礼だな、まどかは確かにちょっと体はゴツいかも知れないが、女の子にゴリラはひどい。それはイジメの始まりだぞさやかちゃん」

「それ以前にあんたの娘じゃなくて完全無欠にゴリラだよ!?」

 

さやかの言葉に厳しい目を向ける詢子。しかし、「ウーホ……」ゴリラまどかは詢子をたしなめるように前に出て、さやかに優しい目を向ける。

 

「ゴリラさんが言ってます。ちょっと事情を説明したいからロビーに行きましょうって」

 

万能翻訳機ほむらだった。まどかは詢子にウホウホと何事か言うと立ち上がり、さやかとほむらに合流する。詢子はぐずるタツヤを抱いてあやしていた。

 

「ウホ」「行きましょうか」

 

さやかはもう観念した。どっか行きましょうって。

 

 

 

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「なるほど……、家族を心配させたくないってまどかの気遣いを聞いて動物園から来てくれたってことね……」

 

ほむらがそう翻訳してくれた。自分の子供は生まれてすぐ取り上げられたからこそ、他の家族を守りたい。

母親としての務めを果たせなかったからこそ、他の母親を心配から遠ざけ、娘の帰ってくる場所を瓦礫などから守る。そう誓って、まどかの無茶な頼まれごとを聞いたのだ。

端的に言うと、

 

「すごくいいヤツじゃん……」

 

ということである。

こんなにいいヤツだったら、種族間の垣根などあってないようなものだ。

さやかはからりと笑って、手を差し出した。

 

「なんか、さっきはゴリラとか言ってごめんね。あたしは美樹さやか、あんたのちゃんとした名前を教えてよ。友達になろう」

「ウホッ」「アンジィだよ、よろしくねさやか、と言ってます。私の名前は暁美ほむらです、よろしくね」

 

がしりと掴んだアンジィの手はとても大きく、力強かった。マウンテンゴリラらしい、大きな手だった。それは彼女の心の広さにも似ていて、なんだかさやかもあったかい気持ちになってくる。

今度平和な時に屋台でも一緒に行ってバナナクレープ食おうぜ、と約束を取り付けつつ、さやかたちは心配をかけすぎないように体育館の中へと戻るのであった。

 

 

 

============================================

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、こちらは魔法少女組。暴風はためく高層ビルの上で、彼女たちは来るべき大型魔女を睨みつける。

 

「ついに来たわね、ワルプルギス……」

「へっ、こんな分の悪い敵に立ち向かうたぁ、あたしもヤキが回ったもんだ」

「ウェヒヒ、そんなこと言って守りたい相手ができちゃったくせに!」

 

「そうですわね、これがイマドキ話題のツンデレというものですわ!」

「キミたち中学生だろ? そんな娘たちにばかり任せてはいられないって」

「さすがショウさん、男ッス」「グルルゥ……」「死にたいのです……」

 

メンバーはマスケット銃を地面に無数に突き立てたマミ、出刃包丁を逆手に構えた杏子、麺を宙に踊らせ芸術的な奇跡を描くまどか。

5機のトランシーバーを腰に据え付け風にはためくスカートを押さえる御滝原中学校指定制服の仁美、スーツを着崩し避雷針の上に驚異的なバランス力で立つホストのショウさん、その太鼓持ちの後輩、ぐしぐしと鹿の生肉を喰らうグリズリー、フェンスから身を乗り出し今にも飛び降りようとしているOL。杏子はふと、誰だこいつらと思ったが黙殺した。グリズリーを連れてきたのも杏子だからあんまり人のこと言えないのだ。

そんな豪華メンバーがにわかに緊張感を高める。先触れである使い魔が姿を現したからだ。

全ての色を混沌と混ぜ合わせたような少女の似姿、極彩色をした不気味な象、奇妙にファンシーで不気味さしか醸し出さないショッキングピンクをしたプードル犬、そんな連中が列を為してぞろぞろと街をまだらに染める。

 

「ふんッ!」「攻撃司令、E-2ですわ!」「バーボン入るッス!」「死にたい……」

 

ショウさんがビルから飛び降り拳を地面に打ち付けると、地割れとなって使い魔の一群を飲み込んだ。行軍が遅れたところに仁美がトランシーバーに何事か命令すると、背後から無数の迫撃砲が雨あられと降り注ぎ、先発の群れを消し飛ばした。

砲弾の雲霞を抜けた幸運な敵は、後輩ホストが手に持ったバーボンの瓶で殴り倒していく。そしてOLが飛び降り己の血液で地面に赤い花を咲かせた。お前ら何者だ。真剣に杏子は思う。

 

「ザコどもは任せておけッ!」「大ボスへの直通通路の一つぐらい作り上げられないで何が志筑家でしょう!」「応ともッス!」「グルルガァ!」「死にたいわ……」

 

促す声援に魔法少女三人は飛び出した。グリズリーの腕力で投げられる巨大な瓦礫に飛び乗り最短距離で一直線、ワルプルギス目掛けて突き進む。そして再び登ってきたOLが瓦礫から飛び降り放物線を描く。特に最後のお前何なんだ、という言葉はシリアスな空気の中で口に出せず杏子の喉奥に消えてった。

OLの描くアーチと対象的に曲がらず進む魔法少女たちは最強の協力技の準備を行う。

 

「――ハァァァッ!!」

 

マミがまず咆哮を上げた。グリズリーが投げた巨大な瓦礫の側面に3人が手をつないでも囲めないほどに太い砲身を持った大砲を創り上げる。黄金の細緻な意匠が施された白い筒が、また別の筒に覆われている。おそらくはポンプアクションで2発まで装弾できるようになっているのだろう。

 

「行かせてもらうよ!」

 

杏子は槍を打ち上げる。身の丈を遥かに越える、物理法則で存在を否定されるはずの緋色の大槍だ。

魔法というものがなければ決して存在を許されないであろうそれを、彼女はその身で保持している。

 

「てええええええい!」「へ?」

 

まどかは杏子を持ち上げ、マミが作った大砲に叩き込んだ。ぱかりと横から広げ、予備弾倉に自分も潜り込む。

慌てて杏子が前を向くと、ワルプルギスの魔女ーー歯車つき逆噴射ジャイアントが目の前に大写しになっていた。

 

「友情の必滅奥義ーー」「へ? ……へっ?」

 

三人の魔法少女の力が結集した大技が、遂にその全貌を現す!

1に大砲、2に砲弾、3・4に突撃5に二の矢でお送りする最大級の魔法とは……。

 

「バレットゥラ・ティロ・インフィニーテ・ファンタズマッ!(人間大砲)」

「チクショーあとで覚えてろこんのクソ女ーッ!?」

 

まず巨大な槍を撃ち出した。無論槍の根元に紅の魔法少女付きだ。途中に浮かぶビルや炎の壁を全てブチ破り、佐倉杏子は紅蓮の弓矢となって空を駆ける。万難を排しその首を狩りにゆくその姿はさながら獲物を屠る猟兵だ。でも杏子的には鉄砲玉だ。大砲の弾ならそりゃそうだ、後で覚えてろよ巴マミ。

 

「そして二の矢、鹿目まどかいっきまーす!」

 

魔女のスカートに突き刺さった大槍、もとい一の矢、別名佐倉杏子めがけて桃色の砲弾が飛び出した。輝く魔力光を腕と肩と膝に纏い、パニエからバーニアを吹かして更に加速する姿の勇猛さはゴート族を討伐するタイタス・アンドロニカスのごとし。まどかがタイタスのごとし。あたし、何でそんな比喩思いついたんだろうか……杏子は少し頭痛がした。

 

「■■■■■■ーッ!!!」

「テメェは黙っていやがれ!」

 

使い魔が再び生み出され、この世にあり得ざる極彩色の焔が吹き上がる。しかし杏子はそれがまどかに叩きつけられる前にワルプルギスの首目掛けて槍を生成、即座に突き込んだ。衝撃に魔女は嗤う。甲高い、耳に残る声を上げながら少しだけ炎の角度が逸れて、まどかのスカートのフリルを舐めるようにして宙を焦がした。

童女のような笑い声を上げ、魔法少女を模した使い魔たちが立ち塞がる。それもマミがつるべ打ちにした弾丸で次々撃ち抜き、掃討した。

 

「これでトドメっ!」

「■■■ッ!?」

 

まどかが全出力を推進力に回し、右の拳を固めて、大槍の尻に最大の打撃を叩き込んだ。魔力で形成され、既に装甲の半ばまで突き刺さっていた大槍はその衝撃で外殻を完全に貫通、内部まで達し確実にその身を抉り取る。

 

――でも、そこまでだ。

 

ヤバイ。杏子が根拠のない本能に従い、まどかを連れて離脱する。……その刹那、空気が爆発した。

ワルプルギスの体から圧縮された大気が弾け、暴風の結界となって世界を浚う。

 

「■■■■■■■■ーッ!」

「うおわぁぁぁーっ!?」

 

ごとり。

魔女が傾ぐ。杏子は吹き飛びながら体制を整え、鉄塔の側面へ着地した。

ドレスじみた巨体に穴を開けたものの、それは魔法少女の有利を意味しない。

獣と女の情念は、手負いなほど牙を鋭くする。いわんや、それが魔女なら……?

 

「こりゃ困ったな……まるで近づけねえ」

「マズいっすよ……被害は拡大の一途ッス!」

「なあおっさんたち、なんでさらっと前線混じってんのか聞いちゃダメか……?」

 

まさに暴風は結界と化した。ショウさんと後輩は体勢を低くし、風圧を逃がしながら、頭を天へと向けた魔女を見据えた。杏子はやや低姿勢でツッコミした。無視された。

 

――ワルプルギスの夜の真価は、その倒立した頭を上に向けた時に発揮される。

文明を巻き上げ全てを滅ぼす、世界を滅する暴風が辺りを削り飛ばし、OLが空へと吹き飛び地に落ちてまたアスファルトの道路を紅く染めた。

杏子はいい加減こいつ一般人なのに頑丈すぎねえか?と気味悪く思った。でもほむらみたいな例もあるからそんなもんかなと納得した。人間ってすごい。

 

が、今や暴風の壁は圧倒的だった。

 

暴風のあまり弾道がブレ、意味をなさなくなった志筑家の支援砲撃。

白兵距離まで近づけなくなったホスト二人。

鹿肉がないから仕方なく地面に飛び散ったOLの血を舐めて腹を満たすグリズリー。

何度も吹き飛ばされ、地に堕ちるOL。

 

魔法少女たちは、窮地に陥っていた。

 

……杏子は、こいつら別に魔法少女関係ねえ一般人だったことを思い出した。アホである。

 

 

 

 

 

 

===============================

 

 

 

 

 

 

ドゴン!

ほむらたちは、避難所のアリーナの中でけたたましい音を聞いた。

例えるなら、そう……

 

「何だぁ……?この竜巻に巻き込まれたOLが高所から落ちてきて鉄板の屋根をブチ破って落ちてきたかのような音は」

「鹿目さんのお母さん、何でそんな意味不明な条件パッとのたまってるんですか!?」

 

「ほむら、大変だ! 竜巻に巻き込まれたOLが高所から落ちてきて鉄板の屋根をブチ破って倒れてる!」

「美樹さん、何故なんでそんな意味不明なことが起きたらまず私に報告みたいな扱いしてるんです!?」

 

ふと顔を上げ、何かに感づいたように呟く鹿目詢子。お手洗いから帰ってきてエントランスの血だまりを見せるさやか。

破れたアリーナ外側の屋根。強風と豪雨が吹き込み、荒れていく空間。

そして「死にたい……」と言いながら血まみれで這ってくるOL。

 

ほむらは思う。あー、さてとは鹿目さんか巴先輩の仕業かな……と。

いくらギャグ補正の権化のような存在である魔法少女と愉快な仲間たちといえど、避難所に被害を出すのは止めていただきたい。ちょっと迷惑すぎる。

というかこんな血まみれだとべたついて掃除が大変だし、屋根はちゃんと補修しなきゃだし、こういう系統の被害の出し方は本当に困るのだ。

とりあえず、吹きっ晒しになっちゃうと困るので、ほむらはひとまず超強力な補修テープ――爆発物作る時によく使うからたまたま持っているダクトテープを取りに戻ろうとした。

 

「うう、トイレトイレ……ヒィッ!」

 

たまたま、その主婦は通りがかっただけだった。

そうしたら、見てしまったのだ。外からの暴風が吹き込み、血まみれで人が這い回り、廊下のタイルが紅く染まる光景を。

それは、ほむらみたいなアタマおかしい類ではない、見滝原の住人を恐怖させるに相応しい光景だった。

ぎょっと腰を抜かし、ドタドタと夫に走り寄った女性は、ヒステリックにまくし立てた。

 

「もう竜巻と同じ市なんかに居られないわ! 車を出して、アナタの実家に避難するのよ!」

 

なんて死亡フラグ。ほむらは思った。こいつ、死にたいのかと。

それがパニックに火をつける。次々とパニックは伝染し、アリーナを混乱の坩堝に叩き込んだ。

 

「ここはワシに任せて先に避難せい!」

「俺、田舎に幼馴染がいてさ。この災害が終わったら結婚するんだ……」

「まさかこれは……いや、まだそうと決まったわけじゃない。悪戯に疑心を煽るべきでは……」

「まったく、あと1週間で定年だってのに人使いが荒いもんだ」

「ひどい嵐だ、少し田んぼの様子を見てくる」「何を馬鹿なことを、怪物なんている訳ないだろう」

「こっちの方が近道だぜ!」「何だ猫か、びっくりさせやがって」「寒っ!窓開いてんじゃん」

「嫌な事件だったね」「もう何も怖くない」「私って、ホント馬鹿」

 

実はあなたたちみんな余裕あるよね? ほむらは思った。あんまり心配いらないんじゃないかと。

と言うかお前ら揃いも揃って死ぬ気か。あと最後巴先輩と美樹さんの声聞こえた気がするんだけど気のせい?

だが混乱は加速する。風が次々とエントランスのガラスが割れ、雑多なものが飛び込んでくる。吹き飛ばされた看板、停車していた自転車、志筑仁美、外れた屋根瓦、自殺志願者のOL(本日2回目)、壊れた交通標識、ホストのショウさん、物干し竿、後輩ホスト、飛び降り志願者のOL(本日3回目)、グルメグリズリー、物干し竿(妖刀)、工事現場から飛んだ鉄骨、かつて現代の佐々木小次郎と呼ばれた田代本部長(麻雀イカサマ5段、得意技は燕返し)。

竜巻に飲まれた災厄たちに恐れをなし、皆が対面のアリーナ出口に殺到する。

 

さらに悪いことに、飛ばされてきた仁美、ショウさん、ホスト後輩、グルメグリズリー、OL(また吹き飛ばされに外に出て行った)は、揃って絶望的な戦況を語った。

仁美いわく、「敵はミサイルすら当てられない暴風の化身と化しましたわ」と。

ホストいわく、「ありゃあ人間の戦うもんじゃないよ、完全に災害だ」と。

グリズリーは「グルルゥ……」と情けない鳴き声を上げ、また飛んできたOLは「死にたい」と絶望を語り、田代本部長は「人生は麻雀と一緒よ。何時だって卑怯な手を使おうと、勝った奴が金も地位も総取りするもんさ」と人生哲学を語った。誰だお前、とほむらは思った。仁美以外基本知らない人だが、最後の田代本部長は特に正体不明だった。アホである。

 

「聞いてのとおり、状況は最悪だ」

 

いつの間にか、ダクトテープで屋根や窓の穴を塞ぐほむらの目の前に一匹の白い小動物がいた。

魔法の使者にして契約の獣、キュゥべえだ。

彼は、逃げ惑いパニックに陥る民衆と、外で思うがままに暴虐の嵐を吹き荒れさせる魔女を指し、続けた。

 

「だけどキミたち2人には、それを覆す権利がある」

 

キュゥべえは淡々と語る。

目の前で狂乱し、押し出され、大量の死亡フラグを立て、死の道へ進まんとする見滝原の住民たち。

その身に封じ込めた真の力を振るい、文明を滅ぼす災厄の化身と化した舞台装置の魔女。

そのどちらもが絶望的な状況だ。絶望故に、戦う力を持ったほむらとさやかは覆さなけれならない。

故に――

 

「僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

彼女たちは、人柱の契約を――――

 

――契約を――

 

 

 

 

 

「うるっっっっっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッッッ!!!!!!!!!!!」

 

 

闇を切り裂くデスヴォイス。

あらゆる人々の脳髄を打ちのめし、正気に返らせる、絶望よりもなお暴力的な、魔王の声。

この声は――ッ!

 

「――恭介ッ!?」

 

「うるっっっっっせえんだよ塵芥どもがァッ!」

 

上条恭介。

非凡な音楽の才能を持ち、あらゆる平行世界で天才的な音楽性の片鱗を見せる麒麟児。

 

ある世界ではバイオリン。

ある世界では演歌。

そしてこの世界ではギター。

 

――そして、ジャンルは……!

 

「恭介、お前のギターだ! やっちまえ、俺は別にどっちでもいいんじゃないかと思うけど!」

 

見滝原中学の旧級友にして親友である中沢から、彼の唯一無二の相棒が投げられた。

ギンギンにエッジの効いた音を出す、恭介以外にはマトモに扱えないチューンのされたエレキギター。

そいつを受け取った、右手の不自由な恭介は、そいつを左手で受け取り――。

 

「オラァ!」「グワーッ!」

 

手近な青年に叩きつけて、更に床に叩きつけてブチ折りながら叫ぶ。

 

「テメェら、全然ロックじゃねえ! 俺の歌を聞きやがれ!」

 

しょうがねーな、と苦笑した中沢が彼のためにベースを奏で始める。

後輩ホストが、壁と鉄骨を即席のドラムにして折れたバールでリズムを刻む。

ブチギレたリズムとイカれたメロディーに、脳髄を蹴り飛ばす破砕的なヴォーカルが、ヒステリックな熱狂を統制された暴力へ作り変えてゆく。

 

――そう、今宵は復活の刻。

 

かつて見滝原の闇を統べた伝説のカリスマロックバンド、「ゼッケンドルフ」の2回目の聖誕祭だ――ッ!

 

 

「これが人間の希望……困ったな、分析不能だ。わけがわからないよ」

 

 

 

================================

 

 

 

一つの絶望が終わる中、1人の母親が娘を咎める。

 

「どこに行こうってんだ、おい」

 

鹿目詢子。かつては少しばかりヤンチャした女傑だが、今は二児の母にしてキャリアウーマン。

彼女は何ら特別な所はない、一般人だ。しかし、少しばかり別れの気配には敏感だった。

 

「ウホ……」

「友達が危ない? 消防署に任せろ、素人が動くな」

 

娘と思い込んでいるゴリラが、命を捨てる覚悟をしていることは見ればわかった。かつてカチコミの際に、何度も見た目だ。

だから、かつて娘に向き合ってきた時以上に真剣な、戦士へ送る眼差しで娘と思っているゴリラに向き合った。

 

「ウッホ……!」

「テメェ1人のための命じゃねえんだ! 勝手をやらかして、悲しむのは周りなんだよ……!」

 

だが、目の前にいるのは、かつて母の陰で怯えていた小さな女の子ではない。

1人の子供を産んで、生き別れた母ゴリラだ。

 

「ウホホッ!」

「なら、あたしも連れてけ」

 

だが、悲しいかな、どこまでも彼女は一般人だ。

母ではあっても、ゴリラではない。この戦いについてきて、何かができる存在ではない。

だから、アンジィは首を横に振った。そして、勝利を誓った。

 

「……どうやら大人の嘘に踊らされてるわけじゃねえみたいだな」

「ウホ。」

 

親指を立て、彼女は去っていく。

いま、危険にさらされている、詢子の娘を守るために去っていく。

 

 

 

「アンジィ、準備は終わったみたいだね」

セーターを脱ぎ、腰で袖を縛って動きやすくした、見滝原で生まれた少女がいた。

 

「私なんかに何ができるかわからないけれど、力になりにいきましょう」

手製のグレネードを詰め込んだリュックサックを担ぎ、眼鏡を拭き直した転校生の少女がいた。

 

「ウホウッホ」

野生の筋肉を滾らせ、拳を固めるジャングル生まれのメスがいた。

 

ここにいるのは、3人の女。

魔法少女ではないし、生まれも種族も違うけれど、戦う力を持った女たち。

 

戦い、絶望を覆し、ハッピーエンドを勝ち取る為に、彼女たちは往く。

 

――さあ、世界を救おうか……!

 

 

===============================

 

 

非常に悔しいことだが、魔法少女たちは窮地に陥っていた。

 

雨あられと砲撃を降らせ、使い魔の軍勢の展開を阻害していた仁美。

敵軍を誘導して、後ろへ通さなかったホスト2人。

状況によって立ち位置を変え、使い魔の掃討とワルプルギスの夜への牽制を行っていたグリズリー。

彼らは魔法が使えず、攻撃が通らないなりにワルプルギスの夜との戦線を支えていた。

 

しかし、ギャラクティカ★小麦粉カノン~キミとボクのキラメキは無限大∞夏の想い出は讃岐うどん編~が暴風で弾かれ誤爆し、仁美が戦線離脱したのがキッカケだった。

使い魔の数を減らしていた仁美の離脱によりまず、ホストが沈む。そして連鎖的にグリズリーが沈み、自殺志願OLが竜巻に巻き上げられた。

ここで庇いながら戦うほどの余裕もなかったため、全員マミの人間大砲で避難所に撃ち込んでおいた。

 

それからだ。

杏子は巨大な槍で装束の裾を地面に深く縫い止め、もう一本生み出した槍を振るい、使い魔や瓦礫を薙ぎ払い歯噛みした。

マミやまどかのカバーに追われ、とてもじゃないがもはやワルプルギスとの戦いに参戦できる状態ではなかった。

 

マミはソウルジェムを振り回し、本体にかかる遠心力で自分にかかる重力を強化することで無理やり地に身を繋ぎ止め、暴風の中重い弾丸をワルプルギスへ撃ち込んだ。通っているはずだが、火力不足で侵攻を止められない。

まどかは成層圏まで跳び上がり、竜巻の中心狙って蹴り下ろすことで攻撃を仕掛けられないか数度試したが、途中で極彩色の炎に阻まれ軌道を逸らし、竜巻に飲まれ直して跳ね上げられていた。

 

これは負け戦だ。デュエリストではないリアリストの杏子には、流れの悪さが分かりきっている。

だがヤキが回ったのか、どうにも逃げて独り生き残る気にもなれなかった。

 

――なんだかんだ言って、あたしもあのカッコつけの先生役のせいか、正義の魔法少女のなりそこないだったってことか。

 

ワルプルギスの行き先には避難所がある。

避難所には、別に人生に絶望したわけでもないただの人たちが大勢いる。

そしてそれを分かって、退こうともせず愚直に戦う仲間がいる。あと避難所の屋上から飛び降りてるOLがいる。

 

それでどうして、放って逃げられようか。

 

腹を据えて槍を振るい、振るい、使い魔と瓦礫を砕き飛ばし。

そしてとうとう、無理のツケを払う時がきた、

 

「ッベ、間に合わ――」「佐倉さん逃げ――」

 

ワルプルギスの念力で根こそぎ持ち上げられた高層建築が、槍を振るった後の意識の隙間に杏子へ迫る。

振り切った後の槍では逸らしも砕けもせず、槍に縫い止められた体では回避もできず。

悲鳴を上げるマミ、巨大建造物相手に杏子は――

 

「体重忘れてさやかちゃんビィィィィィィィィィィム!!!!!!!!!!」

 

光線が奔る。

建造物は砕け散り、虚空へ消えた。

 

「ウホォッ!」

ゴリラが吼える。使い魔という使い魔が振るわれた鉄骨で消し飛ぶ。

 

「行きますっ!」

 

三つ編みメガネの少女が疾駆する。

無論身軽な少女では無理があり、上昇気流に巻き上がる。

しかし、重力が反転するくらいなら、ほむらには魔女の結界で覚えがあった。

巻き上がることに抵抗せず踏み込み、巻き上げられた瓦礫を足場に蹴り飛ばし、風で歪む軌道を見極め次の瓦礫へ飛び石のように移り、宙を舞って中心へ飛び無風の中心に爆弾を落としていく。

 

「巴先輩、砲口26度下、右手に9度回頭!」「了解よ!」

 

ほむらは更に、風に乗って外周に向かって吹き飛びながら改造釘打ち機を取り出し、弾道のズレを見極めながら弾をバラ撒き、使い魔を掃討していく。

同時に指示を受けたマミがティロフィナーレの砲口をズラし発射、ワルプルギスの頭部に砲弾をクリーンヒットさせる。けたたましい声をあげて魔女がマミへ炎を差し向けるが、そこはほむらが爆破した民家が巻き上がって盾となり防ぎ止めた。さらに時間差でさやかのビームが突き刺さり、魔女のボディが爆炎を上げた。

 

「くッ、やっぱり一般人の私の武器じゃ火力が低すぎて役に立たない! 美樹さんや巴先輩以上の火力を出す方法はないの……?」

「いやアンタすげえよ頭おかしいって」

 

ここにきて魔法使わないでこの戦果を叩き出す自称一般人に杏子が思わず突っ込んだ。だって明らかに魔法少女より場慣れしてるから。

この後に及んで一般人を名乗る根性、いっそ讃えたくなるほどであった。杏子セレクション受賞したら廃教会の瓦礫を進呈してやろう。

 

 

「顔面の方が注意は引けるみたい……美樹さんは顔面を狙って照射を継続! アンジィは美樹さんを守って!」

「こりゃぁ体重気にしてる場合じゃないね……くそう乙女の敵めぇ……わかった。ビィィィィィィィム!!」

「ウホッホ!」

 

「スカートと大歯車の間の空間が一番敵の足が鈍るみたい! 巴先輩は下に18度右に30度の補正を入れて、見滝原セントラルビルまで来たら射撃をお願いしますっ!」

「了解よ、優雅に決めてあげようじゃない!」

 

「佐倉さんは大きい瓦礫を砕いて! 巴先輩に行きそうなものを優先的に、目立たない程度に! 手が空くようなら私と使い魔の掃討お願いします」

「了解! あたしを顎で使おうなんて出世したじゃねーかほむら!」

 

魔法少女バカ2人の尻拭いと、入院中ネットゲームで廃人ギルドマスターしてた経験で鍛えた魔法少女指揮能力が光る。

自分は使い魔をあの手この手で打ち払いつつ、さやかがワルプルギスからのヘイトを集め、ゴリラがさやかを守り、杏子が傷致命傷のリスクを減らすように動き、マミが有効打を放つ。目に見えて、ワルプルギスの侵攻は遅くなった。

 

魔法少女とレーザー発射機とゴリラとよくわからない一般人が実力以上の力を発揮して、たった4人と一匹で竜巻の足を鈍らせる。

というか時間停止魔法とか本当に手数が足りない時しか使わずゴルフクラブや釘打ち機で使い魔をぶっ飛ばすほむらは本邦最大のバグキャラだと杏子は再認識した。

 

 

だがしかし、状況はそう好転しているわけではない。

確かにほむらは強い。さやかのビームは風の影響を受けず相性がいい。アンジィは体毛が水を吸って重量を増すこともあり、吹き飛ばされずに前線に踏みとどまりやすい。

 

それでも、特撮映画の怪獣じみた巨大な魔女を敵に回せば、所詮は戦術上の有利。

戦略という、戦術の一つ上の次元で形成される大いなる流れを覆すには至らない。

現に、侵攻速度を鈍らせることはできても、その尖峰は逸らせていない。依然として避難所のアリーナを向いたままだ。そしてこちらは魔力を回復するグリーフシードの数が底をついてきた。

 

戦略上の勝利を欠いた戦場で、このままでは少女たちのグリーフシードが尽きるのが先か、見滝原市の住人が大量虐殺されるのが先か、もはや状況は末期だ。

 

「もうわかっているんだろう? ワルプルギスの夜には絶対に叶わないって」

 

白き使者が、暴風の影響も受けずに道の真ん中に現れる。

 

「どんなに力を尽くしても、君たちのチカラじゃ抗うことなんてできないよ」

 

だから迫った、契約を。

だから誘った、覆す権利を持つ2人の少女を。

 

だから笑った、暁美ほむらは。

 

「キュゥべえさん、あなたはわかっていないんですね」

 

ほむらは気付いていた。戦場にアホが1人足りないことに。

ほむらは知っていた。アホが1人、ずっと野放しになっていたことを。

ほむらは覚えていた。アホが1人、逃げ出すことができるほど利口な頭の構造をしていないと。

ほむらは体験していた。アホを放っておくと、全く思いもつかない事を始めると。

 

もう既に、いつだって常識を、ロクでもない形で覆すアホウ少女は動いている。

大雑把にしかモノを考えないあのハタ迷惑少女は、勝てなかった時点でロクでもない大規模破壊手段を引っさげて戻ってくる。

 

 

――空が陰る。夜と見まごう暗さとなり、一つだけ桜色に輝く星が生まれる。

 

光を遮り、ピンクの燐光を撒き散らし、彼女は天に立つ。

 

「ちこくちこくー! お待たせほむらちゃん、みんな」

 

ピンクのドレスにふわふわパニエ。

桜色の光輪を発生させ、高速飛行に耐える高出力。

自信ありげなくせにどこか抜けてふんわりした面立ち。

 

「まったくもう……」「遅えぞ」

「まどからしくもない!」「いや、完全に私の知ってる鹿目さんですけどね。とりあえず巴先輩は下がって顔面狙いのヘイト取りに切り替えでお願いします」

 

今ここに、成層圏を突破し宇宙にまで飛び出してきたとびっきりのアホ、鹿目まどかが帰還した。

 

「それじゃ、ただいまついでに1発お見舞いしちゃうよ~!」

 

戦略を覆す大質量武器――弾丸の形に整形された、街を暗く隠すほど巨大な隕石を伴って。

 

 

 

 

 

――さて、ここで星座の話をしよう。

 

 

乙女座は、そも麦の穂を持つ豊穣の女神デーメーテールの似姿だ。この星々は、いわば小麦。

くじら座は、エチオピアの海岸にポセイドンによって送りつけられた海の化け物だ。巨大な化け物は海を泳ぎ、たっぷりと水を飲み込んだ。この星々は海水を含む、つまり塩と水。

 

まどかは転移し、現地へ赴き、これらの星々を砕いて混ぜ合わせ、適切な弾丸に成形した。

小麦に塩を加え、水で練り、切り裂き形を整えた。そして大気圏に加熱され、アツアツの内に魔女へ届く。

 

 

それを人は何と呼ぶか。

嗚呼、私は知っている。このアホが執着したものを。

筋肉痛で寝込んだ時に食べた、病床での救いの味を。

 

そうだ、アホだ。ほむらは思う。

実にくだらないが、これは、まごうことなき――。

 

 

「一丁お待ちィ! これは――銀河系のチカラを込めたうどんだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

うどんと言う名の弾丸状メテオが、ワルプルギスの夜に叩きつけられた。

赤熱する大質量が空気抵抗の壁をぶち抜いた宇宙速度を以って、さやかとマミに気を取られたワルプルギスを上から叩き潰す。

重力に引かれて落下したギャラクシーうどんがワルプルギスを地に伏せ、その象徴的な高笑いの仮面とスカートの裾が割れ砕け、内部の巨大な歯車群が歪んで軋みを上げている様が露出。

これはもう、完膚なきまでに、形勢逆転という奴だった。

 

……今まで魔法少女その他たちは、一時的に弱点を突いて戦闘の流れを有利に進めることができていた。

だが、それは相手に致命傷を与える手段を持たないまま続けるジリ貧の戦闘だった。侵攻を遅延するだけのゲリラ戦に過ぎなかった。

だけれど、今は違う。

鹿目さんは控えめに言って頭おかしい。彼女が安直に、とんでもなくでかい武器を持ってきてしまったせいで勝負はひっくり返った。

今まで投げナイフだけでジエンモーランを狩っていたところに、THEのついた武器と狩技引っさげて5人目が来たようなもんである。

 

その状況に、感情を理解できない宇宙人はわなないた。

 

「何故なんだい? 確実に絶望的な状態だったはずだ。それを一顧だにせず乗り越える、その精神――それは一体何なんだって言うんだい……!」

 

ほむらは、クスリと笑った。

 

「キュゥべえさん、あなたは何も知らないんですね」

 

今まで、見滝原での生活を思い出す。そこにいたのは、いつだってそれだった。

ほむらは遠い目で語る。

 

「これこそが人間の理不尽の極み。

希望よりも尖り、絶望よりもどうしようもないもの……」

 

キュゥべえが息を飲む。

それは、自分たち群体生物インキュベーターには絶対に理解できないもの。その心の名は――

 

「うどんだああああ「アホよ」あああああああああああ!!!!!!!」

 

背後でまどかが咆哮した。

鹿目さん、人が話している時に叫び出すのは止めて欲しいなとほむらは思う。

 

「うどんと言う感情……」

「違いますよッ!?」

 

案の定変な勘違いが産まれちゃってる!?

突然無意味に叫び出す鹿目さんアレだが、キュゥべえもかなりアレなのではなかろうか。

と言うか希望とか絶望とか、魔法の使者のはずなのにいってることが悪役臭い。

 

「うどん……小麦粉を練って作った、ある程度幅のある麺。またはそれを使った料理のこと。日本全国で米の代用食、古くはご馳走として食べられてきた麺料理……そのはずだ。だというのにそれが希望よりも、絶望よりも勝る……だって……!」

 

あ、この生物ダメだ。

ほむらは訂正を諦めた。ダメな時の魔法少女勢と同じ気配してるから、言うだけ無駄だね。うん。

余波で飛んできた電信柱を体を捌いて避けながら、ほむらはため息ついた。

 

 

しかし、キュゥべえは思考回路を混乱から立ち直させた。

 

「……だけど、どうやら君たちのうどんでも、ワルプルギスの夜は倒せなかったみたいだ」

 

魔女の目が不気味に紅く光る。

 

「■■■■■■■■ーッ!」

ケタケタと狂笑を上げて、魔女は再起を始める。

魔女は頭を天に向けて、再び文明崩壊の竜巻を巻き起こす。

 

先ほど、全盛ほどの勢いはない。

世界まるごと飲み込むような、底知れぬ猛威は感じられない。

しかし、確かに魔法少女ごときには抗えぬ真の破壊の体現者が、再び立つ。

 

――僕と契約して、魔法少女になってよ。

 

目の前にあるのは絶望だ。

願えば駆逐できる、そういった絶望だ。

 

解決は簡単だ。ほむらが一言、さやかが一言。

契約を口にして願えばいい。ワルプルギスの夜を消して、と。

だけどほむらは願い下げだ。

あんな、魔法少女なんてアホの象徴みたいな人種と一緒にされたくないし、そんなものになりたくないし、苦手な戦いになんて赴きたくない。

そんなものはやたらめったら戦いたがる、脳みそ筋肉なアホに任せておけばいいのだ。

 

願う必要なんてない。だって――

 

「まだ足りないんだ。なら――替え玉だね」

 

まどかが2つ目のギャラクシーうどんを投下する。

多分、一般的に隕石と呼ばれるものがもう1発。

大気を赤熱させ、希望でも絶望でもない、まどかのアホの象徴が、星となって閃き尾を引く。

 

「そんなバカなことがあるもんか!」

 

キュゥべえが狂乱する。

 

「替え玉――それはラーメン店、特に博多ラーメンに普及したシステム。伸びやすく、茹で時間が短い細かんすい麺という土台があって生まれたラーメンのためのシステム。大盛りで麺が伸びてしまっては後半においしくいただけないが故の救済装置……

! それを太麺で大盛りしても問題なく、その上茹でるのに時間がかかってしまううどんで替え玉をするだって……?」

 

あ、これ一瞬立ち直ったけどダメなやつだ。

ほむらは落ちてきた交通標識に落書きを始めた。

 

「そんなものは、不合理だ――人類史に対する叛逆だ――ッ!」

 

今まで割とこの子無表情で無感動だった気がするんだけど、今日は妙に動揺した声聞くなー。

ほむらは交通標識に落書きはまずいような気がしてを止めた。

 

「牧のうどん」

 

まどかが腕を振り上げる。天が炎の赤に染まる。

 

「博多肉肉うどん」

 

ゆっくりと腕を振り下ろす。

 

「替え玉を出すうどん屋は、あるよ。」

 

赤き岩塊が、その質量と速度を破壊力へと変えて、舞台装置の魔女へ突き刺さる。

頭表面を砕くにとどまらず、首を折り取り、吹き飛ばし、その狂いきった悲痛な笑いを止めた。

 

「不合理だって、大盛りで食べればよくたって。お客さんにお腹いっぱい食べて欲しい、茹でたてを食べて欲しい。途中でもっと食べたいと思った時に、お客さんに満足をあげたい。そう願う職人はいるんだ」

 

替え玉もう一丁。

かろうじて浮遊している魔女目掛けて、三度うどんは突き落ちる。

 

「だから私はいつでも、お腹いっぱいみんなにうどんを食べてもらうために、替え玉を用意してきた」

 

3杯目の替え玉は、結界を作り隠れようとした魔女の芯を捉え、突き抜ける。

破壊の暴風は魔女の歯車だらけの内部構造をバラバラにして、四方八方へ吹き飛ばす。

ほむらはせっかく描き完成しかけていた秋田県ゆるキャラナマハゲくんBLACK RXが彼方へ飛んでいくのを見て、足の指で地面に掴まって余波の暴風を耐え切った。

 

 

「おあがり、ワルプルギスの夜さん。満足できたかな?」

 

 

ワルプルギスの夜は、もう笑い声を上げない。

そのための口がない。

 

だけれど、折れて飛んで行った頭の見せる笑いは――

 

 

 

――ありがとう。

 

 

 

少し、優しい色が宿って見えた気がした。

 

 




まどマギに登場する全名前あり男キャラ集合回です。
(中沢、ホストのショウさん、ホスト後輩、上条恭介、まどかパパ、タツヤ)
できれば工場で塩素系と酸素系の漂白剤混ぜて自殺しようとしてるおっさんとかも出したかったのですが、アニメでもゲームでもマミさんの前で自殺しようとするOLにキャラで負けていたので未登場です。

今回は名前のあるオリキャラが3名登場しています。

・グルメグリズリー
「杏子ちゃんが路地裏に突然現れるグリズリーに襲われて血まみれにっ!」というタイトル名を思いついたから出しました。詳細不明。

・アンジィ
鹿目さん家に突然ジャイアントゴリラがいてタツヤ泣いてたらさやかがツッコミ安そうだなと思いついたので湧いて出ました。
プロットにいないキャラです。誰だテメエ。

・田代本部長
竜巻で洗濯物竿が飛んでくる描写を入れたらいつの間にか出てました。彼の近くでは未だに全自動麻雀卓はあまり流行らない様子です。
プロットにいないキャラです。誰だテメエ。



最後、エピローグに続きます。


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エピローグ『この魔法少女どもはアホである』

ワルプルギスの夜は終わった。

魔法少女史上初の快挙とも言えるかの舞台装置の魔女の撃破は、きっと世界の魔法少女たちへゆっくりと広まっていくことだろう。

正直何故広まるのかさっぱり謎だ。基本的に群れないぼっちとアタマおかしいヤツしかいない(ほむら当社比)魔法少女の間に、面識もないのに話が広がるの謎すぎる。

でもマミは間違いなくワルプルギスの情報を持っていた。何故だ。

 

ほむらは考えるのをやめた。アホの思考のトレースは不毛である。

 

 

結局世間的にこの事件は、局地的に発生した大竜巻の中心に、偶然にも小規模隕石が落ちたことで、お互いのエネルギーを相殺して消え去った珍事ということになった。

ワルプルギスの被害、魔法少女による二次災害、志筑家がアパッチから落とした爆撃の被害、ホストのショウさんが砕いた地面の被害、OLの血糊で汚れた壁、グルメグリズリーが食べた魚屋の魚切包丁、ほむらが爆弾のため失敬したホームセンターの肥料、田代本部長が負けかけた南場三局。すべては竜巻と隕石の被害ということになった。田代本部長首の皮一枚繋がりやがった、だから誰ですかあなた。

 

みんなは、魔法少女たちの死闘を知らない。

大人たちは――飛び降りOLとショウさんとホスト後輩は知ってた。

クラスの友達は――仁美知ってた。

あれ? 結構魔法少女の活躍メジャーなのでは? ……と思ったが、隣近所はす向かい全員知らなかった。大丈夫、まだ魔法少女は社会から隠れてる。ほむらは気を取り直した。

 

 

だからきっと、社会の大勢の人たちは、この戦いを忘れていくのだろう。

 

 

勝者たちがそれぞれ代償を払い、傷を負い――1人、帰れなくなった犠牲者を出した戦いを。

 

 

 

 

===============================

 

 

 

 

暁美ほむら。

戦いの中でリミッターを外し過ぎたため、極度の筋肉痛と肉離れのため1週間絶対安静。

セキュリティはしっかりしてるが居住環境はあんまりよろしくない安アパートはなんとか被害から逃れていたため、部屋で寝たきり状態。

ママいなかったので、ミルキィを食べて静養しておいた。ママ味って言うけど、この人たちにとってママって何なんだろうか。食べるのかな。

 

 

 

美樹さやか。

中学生の乙女、体重70kg、まだ成長期。

これで100キロとか言われたらまだギャグかよと諦めもつくが、1発1kg体重が増えるさやかちゃんビームを連射したわりには、割とリアルにイヤな数字に落ち着いた。

体格は割といい方とはいえ女子中学生の背の高さ。それで体重だけが増えていたため竜巻に飛ばされずに済んでいたフシもあるので、一概に害悪とは言えない。が、こんな体じゃ愛してなんて言えない、抱きしめてなんて言えないと一念発起。

普通のダイエットでは単純質量の増えた彼女には向かないということで、ヨガを鍛えて常に微妙に浮遊することで体重を軽減する計画を立てている。アホである。

ちなみに7ヶ月後に成功し、手足が伸びるようになり、火も吹けるようになった。ヨガってすごい。テレポートはまだ修行が足りないとのこと。

 

 

 

 

 

巴マミ。

家が高層マンションだったため、ワルプルギスの被害を受けて家なき子に。

一応保険は降りているので、今はさやかの家にご厄介になっているがその内適当に住処を見つけるだろう。

ところで劇的ビフォーアフターにリフォーム希望を送っている中学生がいるらしい。

元は家族3人で暮らしていたが今は半ば廃屋! 匠は一体この家にどんな遊び心を加えるのでしょうかというテーマが通りかけているとのこと。きっとそのオリジナリティ溢れる家に、依頼人は大満足であることだろう。

巴マミ、厨二病の終わりが住み辛い家の始まりである。

 

 

 

 

佐倉杏子。

想い出の廃教会が灰! 新しい夢にFly high! 料理のために渡るぜSky! グリズリー連れてlet's try! サツに追われて闇世界! 身を寄せるぜイオニア海!

要約すると、想い出の教会が壊れたのを機に心機一転、料理を極める夢を追うために本場イタリアへ飛ぶ。

しかし空港でグリズリーが飛行機に乗れないことを初めて知り、一時期警察にまで追われるに至ったがそこは蛇の道は蛇。何とか密入国を繰り返し、シチリアまでたどり着くのだった。

しかし、そこで身を寄せたのはシチリアマフィアだったのが運命の分かれ目。ドン・キョーコの率いるサクラ・ファミリーはジャポネーゼマフィアとして周辺を傘下に収め、杏子はしばらくうまい料理よりも敵対する組を料理するばかり。紅い大熊が目印の極道、料理を研究できるようになったのは5年後のことであった。

 

 

 

そして ――鹿目まどか。

彼女は、2度と戻ってこなかった。

死んだわけじゃない。傷を負ったわけじゃない。

 

ただ、彼女は運が悪かった。

 

 

――己の魔法の暴走で、世界はまどかを失った。

 

 

 

 

 

 

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「よーっすほむら、お昼だーっ!」

「もう、美樹さん……そんなに急がなくてもお昼ご飯は逃げませんよ」

 

どこか欠けた日常を彼女たちは明るく過ごす。

傍で困ったように笑う仁美にはわからないだろう、歪みを抱えながら彼女は生きる。

 

「いやいや、ほむらは何もわかってない! ご飯は逃げるんだぞー」

「足が速いとかいうオチは却下しますよ」

 

ほむらが触るもの皆傷つけた。

 

「……違うよ! えっと、ほら、うどんとか伸びたら美味しくないじゃん! うどんと言えばまどかも何とか言って――」

 

さやかは不自然に言葉を切った。ほむらは沈黙した。

それは、禁句だ。さやかとほむらの間だけ、学校では呼んではいけない名だ。

その2人の沈黙に、仁美は訝しげに尋ねた。

 

「一体何を言っておりますの?」

 

嗚呼、そうだ。

仁美は戦っていたが、魔法の才能はない。故に、この歪みに気付くことができない。

彼女が【円環の理】の主となったことが、知覚できないのだ。

 

「いや……何でもないよ」

 

さやかは、誤魔化すのが下手だ。

真っ直ぐで不器用な性根の彼女は、根本的に隠すことに向いていない。

 

 

 

「まどかさんといえば――バナナでしょう?」

 

「ウホッホ」

 

 

ほむらは天を仰いだ。

 

まどかはあの日、ジャイアントゴリラを鹿目まどかであると認識させる魔法を使った。ここまでは間違いない。

……あの娘、アホだアホだと思ってたけど、自分の魔法解く方法何一つ考えてなかった!

しかも周りのみんな、気づけ! 学校にゴリラがいて違和感ないの!? 突然身長2m超になって体重180キロになって「あらー、鹿目さんは成長期なのねーふふっ」じゃないよ養護教諭! 人間を何だと思ってるの!?

 

「あ、アンジ……じゃなかった、まどかはバナナだよね、あは、あはは……」

 

だめだこの大根役者。ほむらは指でこめかみを揉んだ。

というか周りが全員、ジャイアントゴリラのアンジィのことをまどかと呼ぶし、普通に鹿目家に帰るのもアンジィなのだ。

 

「ほむらさんはお弁当を持ってきていらっしゃらないようですし、今日も円環の理でしょうか?」

 

見滝原中学校食堂であったフードコートは、竜巻の被害から復旧していない。

だから、臨時での例外措置として、学校のはす向かいに数軒ある食事処は使ってもいいとお達しが出たのだ。

 

 

 

「へいらっしゃい! ほむらちゃん、さやかちゃん、仁美ちゃん、アンジィ!」

 

うどん屋【円環の理】の主人、エンーカン=クォートワリ。日系アメリカ人で、日本へはニンジャの修行に来た。

好きなものはウドンで、かつてサヌキ忍軍の首領と拳で語り合ったことがある。現在は鹿目家にホームステイ中。

 

そういう設定にして、勉強とか一切をアンジィに任せて好き勝手うどんを茹でるまどかがいた。アホである。

 

「いつものだと、ほむらちゃんは春菊天、さやかちゃんはしいたけ天、仁美ちゃんは……今日はお弁当かあ。まあ、広げていってよ。アンジィはバナナクレープだね!」

 

まどかはテキトーに、「鹿目まどかは故郷にいる友人のアンジィに似てるから」という理由をでっち上げて普通にアンジィ呼ばわりしている。

誰のせいでアンジィをアンジィと呼びづらくなってると……ほむらはそのはた迷惑さにわなないた。

 

 

と、いつもなら肉厚で旨味のぎゅっと詰まったしいたけの天ぷらに食いつくはずのさやかが止めた。

 

「せっかくだし、あたしもバナナクレープにするよ」

 

ちらっと目配せしてくるさやかに、気づいた。

あの戦いの日に、そんな約束をした。せっかくだし、ここで果たして一緒に食べるのも悪くない。

 

まったく。

 

「私も――バナナクレープを1つ――!」

 

 

どうにもこうにも、慣れやしない。

もともと平穏に、健康に生きられたらそれでよかったほむらの人生を、彼女らは笑顔で搔き回す。

 

 

鹿目さんにせよ、佐倉さんにせよ、巴先輩にせよ。

 

 

 

 

 

――この魔法少女どもはアホである。

 

 

 

 

 

 

 

「へいうどんお待ちー!」

「バナナクレープ頼んだのに!?」

 




3年越しくらいに完結です。
応援してくださった皆様、ありがとうございました!
一番好きなキャラはメガネほむらです。それ故、自分のいつものボーボボの文脈で書いてしまいました。
でも一般人宣言心続けるほむらちゃんはそれはそれでぽんこつ可愛いのでアリだと思って続けていました。後悔はありません。


@@@今作のキャラをこうした理由まとめ@@@
・まどか
書き始めた時たまたま近くにうどん玉があったから。

・さやか
「さやかちゃんビーム!」って言うと最高にホントバカで楽しそうだったから。

・ほむら
PSP版でめがほむが可愛かったから。主人公は強いほうがいいよねみたいな理由でワンパンマンの影響受けて、最強になりました。

・マミさん
特に普通の壊れから外してないと思います。

・ゲルほむ
普通の変態ほむらさん。シュタインズゲートの影響でループしすぎてゲルになった。あと憑依先のほむらが最強存在すぎて憑依失敗しました。

・上条くん
ループによって音楽の才能違うと聞いて楽しくなりました。

・飛び降りるOL
ゲームアニメ両方出てきて「死にたい……」って言ってるのが面白かったです。


@@@当初の最終話想定@@@
避難所と戦場両方に絶望がある→ほむら、契約で避難所の絶望を解決→ほむら、ゲルほむと自分のソウルジェムでツインドライブしてまどかに魔力供給→まどかアローでワルプルギス撃破!ハッピーエンド!あとほむらも契約したからアホの仲間入りね!

ここからまず、ジャイアントゴリラが避難所にいたあたりから歯車が狂い出し、全ての話が崩壊しました。
その後上条くんがロック始めたあたりでもう逃れられず、奇跡も使わずワルプルギスを倒し切りました。
これまた定めだと思って受け入れます。書いていて楽しかったです。


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