加賀さんは後進の育成に専念するようです (時環)
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第一部
一航戦を継ぐ者たち


 元正規空母・加賀の朝は早い。正確にはまだ一航戦の正規空母なのだが、いずれはこの肩書も後進の艦娘達へと譲ることになるだろう。寝坊助な新人達を叩き起こし、朝の鍛錬をしに射場に行かなければならないからだ。重い体を起こし、寝汗をじんわりとかいた体を左腕で拭って布団からのそのそと出る。立ち上がる時にバランスを崩して一度起き上がった布団の上に倒れ込んでしまう。

 まだまだ、自分も精進が足りないと思い左腕を使って何とか起き上がり、また立ち上がる。

今度は倒れないように壁に左腕をつきながら、ゆっくりと両足を踏みしめると漸く立ち上がれた。低血圧なこの体も考え物だ、これでは新人達に笑われてしまうだろう。流しへ行って備え付けた椅子に座り、顔を洗うと器用に左腕だけを使って着替える。これだけで1時間ぐらいは掛かってしまった。急いで部屋を後にしようとするも、大事なことを忘れていた。

 

 「赤城さん、いってきます」

 

 大事な日課の赤城さんへの挨拶を済ませて、加賀は射場へと向かう。此処まで時間が掛かってしまうと、新人の二人はもう先に行って鍛錬を開始しているだろう。階段や段差を注意深く昇り降りをし、空母寮から漸くその身を白日の下に晒す。真夏が過ぎ、秋が近づいているとは言えまだ日差しも強くじんわりとした空気が肌にまとわりつくような感覚を覚える。それでも古傷が疼く雨よりはマシだと加賀は気を引き締める。

 射場に辿り着くと、予想通り新人の二人は既に自主訓練を初めていた。加賀が入って来たことに気付いた翔鶴がまずは駆け寄って来る。

 

 「加賀さん、おはようございます。それよりもお体は大丈夫なんですか?」

 「大丈夫も何もいつも通りよ、心配はいらないわ。まだまだひよっ子の癖に私を気遣うなんて随分と余裕があるのね、まずは自分の身を確りと守れるようになってからそう言って欲しいものだわ」

 「す、すみません」

 「いいえ、貴女は俯瞰で物事を捉えることに長けているけれども、

  それ故に自分のことが疎かになっているわ。それさえ直せば、間違いなく一級線の戦力になれる」

 

 萎縮してしまった新人へのフォローは忘れない、飴と鞭の使い分けは提督に確りと教わっていたので早速実践してみると意外と上手くいって加賀は驚いていた。提督が的確なのか、目の前の翔鶴がチョロいのか残念ながら分からないが。

 

 「あ~ら、一航戦。今頃出て来たの?随分と余裕の登場ね」

 

 脇からやって来た、跳ねっ返りは瑞鶴。五航戦姉妹の妹の方でやたらと加賀に突っかかって来る。ただ、いつもの調子でやって来る瑞鶴とのやり取りは加賀には有り難かった。

 

 「瑞鶴、またそんな失礼なこと」

 「いいのよ、翔鶴。確かに私が自分で決めた鍛錬の時間を遅れたのは事実だわ」

 「でもそれは」

 

 言いかけて、翔鶴は俯いて黙り込む。

 

 「翔鶴姉、加賀さんの言う通りだよ。自分で決めた時間に間に合わなかったから私は言ってやっただけ。

  それで加賀さん、今日は何の鍛錬をするのよ?」

 「一通り貴女達の基本的な動作は一応は及第点を出して上げてもいいから、今日からは実戦形式の訓練を行うわ」

 「やった!やっと実戦形式なのね!」

 「ただし、まだ実戦で使うには危険過ぎるわ。せめてもっと貴女達の練度が上がってからで、今は訓練の上でしかやっては駄目よ」

 「それって今のやり方と並行して新しいやり方も訓練するってこと!?」

 「当然です、貴女達の弓の使い方は正確には私達が使っていた弓術とは違うものだもの」

 「確かに、私と瑞鶴の弓は先輩方が使っていた弓よりも短いものですしね」

 「そもそも私、弓を縦に構えて射るの苦手だったしなぁ~」

 「そんなだからこうして訓練の量を通常の倍にする必要があるのよ、文句を言わないで頂戴」

 

 これだから新人はと呆れるのも半分だが、二人が確実にやる気になってくれていることに加賀は嬉しさを感じていた。

 やがて実戦形式の訓練を行う為に鎮守府に面した近海へと連れ立つ。波止場は足場が悪く、移動に時間が少々掛かってしまったがまだ訓練を行う時間は残っている。久しぶりの海に加賀は懐かしさと寂寥を覚えていたが、今は二人の訓練をしなければならない。目つきを変えて二人を睨むと加賀は二人に弓を構えるように号令する。射場ではなく、この海風吹き荒び容赦なく波が襲う海上でこそ、空母の弓術は真価を問われる。

 慣れない長弓に手こずりながらも二人は矢を射る。矢は真っすぐに進んだかに見えたが、強風に煽られ、艦載機になる前に海面に飲み込まれてしまった。

 

 「これだから五航戦は!海上はいつもの射場とは状況が違うのよ、それを念頭に射かけなさい!」

 

 普段の戦闘から射場と海上では勝手が違うと翔鶴達にもわかっていたが、未だ不慣れな長弓を扱っていたので予想外の悪条件に戸惑いを覚えつつも、先輩空母達の技術の凄まじさを思い知らされた。

 

 (こんな場所でこんな弓を使ってたなんて、流石は先輩たちね)

 (冗談じゃないわ、やっとまともに長弓を扱えるようになったってのに、あの人とまだ全然距離が縮まってないじゃない!)

 

 弓の構えに気を取られていては波に足を掬われ、足元を気にしていては弓を十分に引くことも出来ない。想像を絶する集中力を求められた。結局のところ、今日はまともに艦載機を飛ばすことすら出来なかった。流石の二人もこれには意気消沈しながら波止場へと上がる。

 

 「これが、一航戦と二航戦のやって来た戦い……」

 「そう、そして貴女達がいずれは引き継がなくてはならない肩書よ」

 

 ややよろめきながら加賀が二人の元へとやって来る。体力を著しく消耗していた二人だったが、彼女の姿を見てすぐに姿勢を正した。

 

 「はい、今の私達では到底、受け継ぐことの出来ない重責ですね」

 「けれども、絶対に引き継いでみせる。じゃないと……じゃないと」

 

 瑞鶴は言葉に詰まり、今にも泣き出しそうな顔になっていた。

 

 「加賀さんに稽古をつけて貰っている意味がありません!!」

 

 やっとの思いで出た言葉でも、瑞鶴の心情を表すには全く足りなかった。こんな時にいつもの調子みたいにズバズバと物が言えない自分に腹が立っていた。そんな瑞鶴の頭を加賀の左手が撫でる。

 

 「時間が掛かってもいい、貴女達には見込みがあるから私が直々に稽古をつけているのだから」

 

 気付けば日が昇り切り、正午を知らせる鐘の音が波止場にも聞こえて来た。午後からは五航戦の二人は出撃が控えているので今日の稽古は本当にこれで終わりになった。二人に両脇を固めて貰いながら加賀はゆっくりと鎮守府に歩み始めた。

 

 

 

 

 一日が終わり、西日が差す頃に空母寮に加賀は帰って来た。左腕で扉を開き、右の壁にある照明のスイッチも左腕で手探りをしながら点けると、敷きっ放しになった布団は朝の状態から何も変わっていない。漸く自室に辿り着き、加賀は玄関先に座り込む。行儀が悪いと思いながらも四つん這いの恰好になって寝室まで進む。着替えを済まして顔を洗い終えた頃には西日はすっかり沈んで夜はとっぷりと深みを増していた。眠りに就く前に一日の締めくくりを忘れない。

 

 「赤城さん、おやすみなさい」

 

 加賀は返事を待たずにもそもそと布団に潜り込んで、目を閉じた。また、明日も後進の育成に努めねば。




鶴姉妹も瑞加賀もジャスティス、五省にも書かれている


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的を当てるに必要なことと

試験的に書き方変えます。


元・正規空母加賀の朝は早い、寝坊助な後輩二人を叩き起こす為に朝日が昇り切る前には布団から体を起こしている。

相変わらず重心が安定しないので最初から左腕を壁についてからゆっくりと起き上がる。

寝汗を拭い去り、衣服を悪戦苦闘しながら替え、流しの椅子に座って髪を梳く。

ふと、以前は赤城さんに髪を梳いて貰っていたことを思い出してしまう。

が、思い出に浸っている時間はない、自分が決めた鍛錬の開始時間まであと1時間しかない。このままでは遅刻してしまう。

焦ると上手くいかないのだが、正直じれったい感覚もある。

これが弓術であるならば自制心もきちんと働くのだが、生憎と最近は後進の育成ばかりで自分自身は弓術をやっていなかった。

寧ろ出来ないでいたので、自制心というものが最近欠如していると自分の中で反省し、朝の最後の日課を済ます。

 

 「それでは赤城さん、行ってきます」

 

きちんと身なりを整え、加賀は空母寮の玄関先まで行く。

そこには既に準備を終えた、五航戦の姉妹が待っていた。

 

 「お待たせしました、早速だけれども体を温めるために基礎訓練として準備体操の後にマラソンを開始します」

 

準備体操をする二人を眺めて加賀は空母寮の玄関からパイプ椅子を引きずりながら持って来る。

意外にもパイプ椅子を引きずるだけでも苦戦を強いられるも、何とか自力で所定の位置まで持ってこれた。

しかし、そうこうしてる内に準備体操は終わってしまったらしい。

 

 「それじゃあマラソンを開始します。鎮守府の外周を十周」

 「ちょっと待って下さい!加賀さんも一緒に走るんですか?」

 

 加賀が自分達の横に着いたので慌てて翔鶴が言う。

 

 「そのつもりだけれども」

 

 動じずに加賀は涼しい顔で言った。

 しかし五航戦二人は怪訝な顔をしている。

 

 「あのさ、流石に加賀さんは走らない方がいいよ

  今の体じゃあ日常生活だってままならないんだし」

 「リハビリは必要でしょう」

 「リハビリって言っても順序があるでしょ!?」

 「そ、それに加賀さんまだ準備体操だって終わってないじゃないですか」

 

 それもそうだと、加賀は思った。準備体操もせずにいきなり走っては余計に体に悪い。

 結局の所は二人のランニングフォームを眺めることにする。

 

 「翔鶴!瑞鶴!下を俯かないで、真っ直ぐ上体を起こしながら走りなさい!」

 「は、はい!」

 「わ、わかってるっての!」

 

 下を向いていては体の姿勢は悪くなる上にきちんとしたランニングフォームにもならない。

 全く、新人はランニングフォームすらまともに出来ていないのか、嘗て赤城さんと訓練をしていたことを思い出す。

 

 (思えば、私はずっとあの人を追いかけるので精一杯だった。

  周囲からどう思われているのか知らなかったが、あの人は常に私の先を行っていた)

 

 思い出に耽っていると、新人達が加賀のもとに戻って来る。

 どうやらランニングが終わったらしく、加賀も椅子から立ち上がり、波止場へと向かう。

 新人二人は艤装を装備して波止場から海面へと降り、最近ずっとやっている海上での実戦形式の訓練を行う。

 翔鶴は先日の最初にやっていた頃よりも大分型は出来ていた。基本に忠実にやろうとする彼女は努力型の秀才なのだろう。

 同じく地道な努力を裏で重ねていた加賀は、翔鶴には物事を教えるのが楽だと思っていた。

 決して口にはしないが、自分と同じ目線で戦う彼女の問題点や得意とする部分は加賀も把握がしやすかった。

 しかし、一筋縄では行かないのが妹の瑞鶴だった。

 

 「う~、流石は翔鶴姉そつなくこなしてるなぁ」

 

 彼女は中々型にはまらない、柔軟性を宿していた。正直、加賀には一番苦手な分野だった。

 柔軟性だけでなく、彼女の場合はなまじ何事をもそつなくこなす才能がある(本人は気付いていないが)。

 故に、彼女は一つのことに囚われず、執着せず、極めずにこれまでを過ごしていた。

 それは、悪く言ってしまえば何事も中途半端になってしまっているということ。

 加賀も翔鶴もそのことをわかっているが、変に煽ててしまうと良くないと思い瑞鶴には黙っていた。

 瑞鶴本人がそれに気付くまで、加賀は小姑のように細かく瑞鶴に小言を言い続けている。

 ただ、瑞鶴も言われっ放しは性に合わないようで、機会を見ては加賀に反論をしていた。

 それが傍目から見れば、二人は険悪な仲と思われているようだが、お互い後腐れをしない主義なのでそこまでではなかった。

 むしろ、加賀も瑞鶴もそういう関係性なのを楽しんでいる節すらある。

 話が脱線したが、明らかに瑞鶴は伸び悩みつつあった。

 

 (こんな時に赤城さんがいたら、どう指導したのかしら)

 

 赤城は他の追随を許さない天才だった。艦娘に、否、武人に求められる大凡の気質と才覚を備えていた。

 任務には忠実に、私情を一切挟まない。むしろ私情というものが赤城には非常に希薄だった。

 出撃や任務のないプライベートな時間ですら鍛錬に殆ど費やしていた。

 それ以外はコンディションの調整に必要な補給(食事)や休息だけ、彼女の艦娘としての人生全ては戦いに捧げられていた。

 瑞鶴と同じ天才型の赤城ならば、何かしら彼女に的確なアドバイスが出来たかもしれない。

 でも、此処には赤城さんはおらず加賀しか新人の育成をする人間がいない―――

 

 「そろそろ休憩にします、波止場へ上がってらっしゃい」

 

 一先ず、足元も覚束ない瑞鶴にこのまま訓練を続けさせては、要らぬ怪我を負わせ兼ねない。

 加賀は自分の元へ二人を手招きする。

 

 「加賀さん、どうしたの?」

 「瑞鶴、海上は射場とは環境は違うかもしれないけれども、弓を取るのに必要なことは何も変わらないわ」

 「集中するってことでしょ?それぐらい私だってわかってます!」

 「そう、集中することよ。でもそれ以上に実戦では必要なことがあるわ」

 「集中以外に必要なこと、ですか?」

 

 翔鶴は今一つ要領を得ず独り言る。

 

 「そう、それは獲物を殺す為に最も必要なもの、殺意よ」

 

 加賀の目付きが、かつて戦場で一航戦と呼ばれていた頃の物に戻る。

 その目にまっすぐ射貫かれた新人二人の体から、一斉に冷や汗が噴き出した。

 

 「私達艦娘が使うものは嘗て人間の間で培われて来た弓道とは違います。

  明確に相対した存在を射貫かなければならない弓術です。

  普段の戦闘とは違うやり方だとしても、長弓を扱うこのやり方でも殺意を込めてやりなさい。

  殺意とは、最も原始的な本能に近く、あらゆる雑念を取り除いたそれは

  通常の集中では辿り着くことが出来ない極地にあります」

 

 それは瑞鶴だけではなく、翔鶴にも足りないものだった。

 赤城との思い出に耽った際に、二人に足りないと思ったものはこれだった。

 今の二人に比べれば、赤城は獲物を前にした時は常に殺意に溢れ、声を掛けると此方にまで殺意を向けられたものだと、加賀はしみじみ思いだしていた。

 今となっては微笑ましい思い出だと言うと、新人二人にはドン引きされたが。

 

 「兎に角、貴女達二人には殺意が足りません。

  殺意のない攻撃は、例え技術や使う道具が優れたとしても獲物を殺すことはできません」

 「うぅん、殺意かぁ……確かに、今までは訓練ってことで意識してなかったなぁ」

 「私もです、実戦形式というのはそういう意味も含めてだったんですね」

 「では休憩はお終いよ、今日の午後は貴女達は演習があるのでしょう?

  それまでにはあそこのブイに括りつけられた的に確りと当ててもらいたいものね」

 

 訓練で使われるこの波止場の沖のブイには常に的が括りつけられている。

 他の艦娘の訓練にも使われているので、今日は偶々昨日使った者が片付け忘れていたのだろう。

 本来ならば、空母が訓練で使う距離の的では近すぎるぐらいだが、今の新人二人にはあの的に当てることすら難しかった。

 加賀に促され、二人は波止場から海上へ再び降りて普段戦闘で使う弓より長い和弓を構える。

 

 「あんな近くの的、いつも通りのやり方だったら楽勝なのに……」

 「瑞鶴、それじゃあ訓練している意味がないでしょう?」

 「そうだね、翔鶴姉。よっし、今日こそ加賀さんがギャフンと言わせてやるんだから!」

 

 瑞鶴の古臭い言い方に思わず翔鶴はクスクス笑い出す。

 程よく緊張感が解れて、二人は静かに弓を頭上に掲げて弦を引き絞りながら胸の高さまで下ろす。

 そして、的を倒すべき深海棲艦とイメージし、それを射貫くつもりで狙いを定める。

 不思議なことに瑞鶴は、今まで気になっていた足元の波や海面を撫でるような強風がいつもよりも気にならなくなっていた。

 むしろ、どういう風に構え、どういう風に狙いを定めれば良いのかが自然と頭の中に流れ込んでくる。

 その直感通りに矢を放つと瑞鶴の矢が初めてまともに艦載機の姿をとり、的を射貫くことが出来た。

 それは翔鶴も同じようで、隣り合った二つの的は見事に棒から落ちて海面に浮かんでいる。

 喜びのハイタッチの後に、してやったり顔で瑞鶴は加賀の方を見やると、加賀は満足そうに微笑んでいた。

 何だか気恥ずかしくなって、瑞鶴はすぐに視線を外して水平線の向こうを見ていた。

 

 

 

 本日も新人の稽古が終わり、加賀は空母寮へ真っすぐ帰る。と思いきや、工廠の明石の部屋の前に来ていた。

 扉をノックすると少し遅れてから、部屋の主からの許可の声が返ってきたので加賀は部屋へ入る。

 

 「お疲れ様、此処はいつ来ても忙しそうね」

 「お疲れ様です、加賀さん。

  ええ、先の作戦から戦力拡張に提督は躍起になってますからね

  『絶対に次の大規模作戦までには大和型を配備してみせる』と豪語してましたよ」

 

 

 無謀とも言える大型建造を回し続けて、秘書艦や大淀に大目玉を食らっているという噂は本当のようだった。

 流石の加賀も呆れたように溜息を吐くが、そんなことを聞く為に態々工廠に来た訳ではない。

 

 「本題よ、例の件はどこまで進んでるのかしら?」

 「そうですねー……、正直かなり難航してます。

  あの二人の改装には通常の改装設計図だけでは足りない部分が出てきているみたいで」

 「長弓を使った訓練は既に実戦形式まで早めているわ。

  貴女のツテで大本営に働きかけて、足りない部分を補うことは出来ないの?」

 「う~ん、そういうのは大淀の方が無理がきくと思いますよぉ」

 

 大淀が言う事を聞けばですけど、と明石は心の中で補足する。

 彼女は真面目な気質なので、特別な理由無しでは中々に融通を利かせるのは難しい。

 

 「あ、それはそうと加賀さん。その腕のことなんですけれども」

 「いいわ、未だにそちらから連絡が無いということは、まだ何でしょう?」

 「お話が早くて助かります。もう少し不便をかけますが、

  何とか日常生活に支障が出ない程度には出来るようにしますので」

 「一応、期待はしているわ」

 

 抑揚のない声で言って、加賀は明石の部屋を後にする。

 二人の稽古はこのまま続ければ後一ヵ月はあれば、実戦に投入できるまでになるだろう。

 新人二人のポテンシャルの高さに、加賀は実は驚いているがそんなことは二人にはおくびにも出さない。

 優しい教官役は自分には似合わないと加賀は思っているからだが、慢心をして欲しくないという部分が強かった。

 工廠から外に出ると、いつものように西日が水平線の彼方へ顔を隠そうとしている。

 ゆっくりと、慎重に加賀は空母寮へと歩き出した。

 

 

 

 部屋に辿り着いた頃には、夜もすっかり更け込んでいた。

 それはいつもの事なので、特に焦りもせずに加賀は一人湯あみを済まして着替えて眠る準備をする。

 一日の締めくくりを忘れずに行って。

 

 「赤城さん、今日やっとあの二人が私達と同じやり方で的に当てることが出来ましたよ。

  正直、私一人で教官役が務まるのか不安でしたが、一応形になって来て良かったです。

  それでは、おやすみなさい。良い夢を、どうか」

 

 返事も無く、加賀は布団に潜り込んで目を閉じる。

 明日も早く起きて、二人をびしばし指導しなければ。




いかがでしょう?
以前の書き方とどっちが読み易いか等、お気軽にご指摘下されば幸いです


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親心と知らずの子

ちょっと重い話が次ぐらいまで続きます


元・正規空母加賀の朝は早い。

新人二人の教官役を買って出たあの日、自分で決めた集合時間に遅れないためだ。

布団から腹筋だけで上体を起こし、左腕を壁につけて重心を意識しながらゆっくりと立ち上がる。

 

 (以前に比べて大分、起き上がるのにも慣れたわね)

 

思わず自画自賛をしてしまうぐらいには、上手くなった。

着替えにかかる時間も大分短くすることが出来、そのまま軽快な足取りで流しに行く。

顔を洗い、髪を梳かして鏡を見る。本日もばっちり身なりを整えてから時計を見やる。

約束の時間まで、かなりの余裕が出来ていた。

しかし、慢心してはいけない。今日は空母寮から比較的近い波止場ではなく、射場での稽古だった。

最近は実戦形式ばかりで、二人の弓の構えから基本の色が薄れかけていたので再び基礎の確認をしてから波止場へ移動する予定だった。

余裕があるならば、むしろ射場へ移動して新人二人に遅いぞと注意ぐらいしなければ。

 

 「いってきます。赤城さん」

 

朝の日課を済まして加賀は射場へと真っ直ぐ向かう、しかし今日はそうはならなかった。

鎮守府内に設置された放送用のスピーカーから緊急出撃を告げる警報がけたたましく鳴り響く。

警報の後に、出撃する艦娘の呼び出しがある。加賀の予想通り新人二人の名前がスピーカーから聞こえる。

どうやら、今日の稽古は中止にしなければならなそうだった。

加賀は状況把握の為に、執務室のある赤レンガの建物へと向かう。

赤レンガの建物には出撃する艦娘たちの控室があり、そこへ入ると加賀に気付いた翔鶴が椅子から立ち上がりやって来る。

 

 「加賀さん、おはようございます」

 「おはよう、翔鶴。今日は稽古は休まざるを得ないわね」

 

残念ですが、と翔鶴は頷く。やがて加賀が来ていることに気付いた瑞鶴が向こう側から挨拶にやって来る。

 

 「おっはよー、ございます。加賀さん、心配になって様子を見に来てくれたんですか~?」

 

茶化すように、含み笑いをしながら瑞鶴が訪ねる。しかし、加賀の表情は真剣だった。

無意識に加賀の左手が瑞鶴の右手の裾の端を掴む。

 

 「当然です、貴女達は私の教え子である以前に、この鎮守府の次期主力空母なのよ」

 

よく見れば、加賀の左手は微かに震えていた。

それに気付いた瑞鶴は優しく自分の左手を加賀の左手に重ねる。

加賀の左手は震えているのと反比例して、とても温かくて触れた瑞鶴の緊張を解してくれた。

 

 「だ、大丈夫よ。私は、正直実力はまだまだ加賀さん達には及ばないけど、

  幸運の空母なんて呼ばれてるし!翔鶴姉だって今までちゃんと帰って来てる!」

 

重ねた加賀の左手を優しく解いて、瑞鶴は自身の右手も重ねて両手で包み込んだ。

 

 「えーと……だから!そんな顔しないでよね!こっちまで調子が狂っちゃうでしょ!!」

 

今までこんなやりとりをしたことがない瑞鶴は自分の顔が真っ赤になるのを自覚した。

加賀の表情を覗き込むと、無表情ながらも同じく真っ赤になっており、余計に意識してしまう。

その様を見て翔鶴はクスクスと笑っていたが、いい加減に助け舟を出さないと二人とも熱暴走でも起こしかねない。

 

 「瑞鶴の言うとおりです、加賀さん。私達は先輩達の意思を継ぐ為に稽古をつけてもらいました。

  まだまだ道半ばですので、必ず帰ってきます」

 

我に返った加賀は包み込まれている左手を慌てて引っ込める。

 

 「当然です、私のこれまでの時間が無駄にならないように、絶対に帰って来なさい」

 

加賀の確りした口調に、二人も背筋を伸ばして敬礼し了解の返事をする。

やがて、出撃の時間となり二人は他の艦娘と共に、深海棲艦の跋扈する海へと向かって行った。

一人、控室に残された加賀は艦隊が出撃する様を見るかのように、窓際から外を眺めていた。

そこへ、軍服を纏った青年が控室に入ってきた。

 

 「此処にいたのか」

 「ご無沙汰しています」

 「そうだな、最近の調子はどうだ?」

 「実戦形式の長弓の扱いは既に問題ありません。後は提督が大本営と交渉して『例の物』を入手してくれれば二人とも『立派な空母』になります」

 「そういうことじゃない、体の調子はどうなんだ、と聞いてるんだ」

 

バツが悪そうに青年は軍帽を目深く被り直す。

後ろめたさ故か、加賀に座ってもらう様に椅子を窓際近くまで運ぶも、加賀の方を直視できずにいた。

 

 「ご心配なく、既に日常生活を送るのには問題ありません」

 

その言葉を聞いて、青年は安堵したようにそうか、そうかと繰り返していた。

 

 「加賀、今の鎮守府の現状をお前には知ってもらいたい」

 「私がそれを知ったところで、何の意味があるというのかしら?」

 「はっきり言って戦力が欲しい」

 「私に復帰しろ、と言いたいのでしょうか?」

 「いいや、違う。例えそう思ったとしても、俺からは口が裂けても君にはそれを言う資格がない」

 

青年のまだるっこしい言い回しに加賀は段々と苛立ちを覚えていた。

 

 「今回の作戦の後、新たに正規空母の配備が決まった」

 「新しい正規空母、ですか?」

 

それを聞いた加賀の表情が、一瞬だが明るくなった。

 

 「ああ、だが来るのは雲龍型の正規空母だ」

 

青年の言葉を再び聞いた加賀の表情が、いつもの無表情に戻る。

むしろ失望の色を隠さないので、無表情とは言い難く、もはや仏頂面だった。

 

 「同時に三隻も着任することになってな、内二隻は龍驤達のような

  呪術形式の発艦方法で、もう一隻はお前たちのような弓を扱った発艦方法だ。

  二人で手一杯かもしれないが、そのもう一隻目をお前に託したい」

 「もう一人を私に……?まだ新人教育で何の成果も出せていない私でいいのかしら?」

 「構わん、もはや弓を使った艦載機の発艦方式を持ち、教えられる立場なのはお前と鳳翔しかいない」

 

加賀が口を開きかけたので、青年は捲し立て始める。

 

 「鳳翔は人手が足りない鎮守府運営の手伝いがある、はっきり言って稽古を付ける時間もない

  何よりも、数々の戦場を潜り抜けて来たお前の技術を伝授してやって欲しい。頼む、どうか聞き入れてくれ!!」

 

青年は加賀の前に進み出て軍帽を脱ぎ、頭を下げる。

此処までされてしまうと、加賀には断ることは出来なかった。

渋々と承諾すると青年の表情は悲痛なものから明るいものに変わっていた。

 

 「ありがとう、それと言いそびれてしまったから、今ここで言わせてくれ」

 「何をですか?」

 「あの時はすまなかった。俺の判断ミスで赤城や二航戦、それにお前の右腕が……」

 

急に加賀は椅子から立ち上がる。あまりにも急だったので、重心が安定せず、右側の方へよろけてしまう。

慌てて、青年は加賀の体を支えたおかげで、転倒は防げたが加賀はすぐに青年の腕を振りほどいた。

 

 「お気になさらず、あの時は貴方の作戦には何の落ち度もありませんでした、提督」

 「しかし、責任は俺にも」

 「いいえ、あの戦場で敗北したのは私達空母の判断ミスです。こうして私が生き恥を晒しているのも全ては私達のせい」

 

加賀は()()()()()()()()()()()()()()()右襟を右肩が見えるように大胆に肌蹴させた。

その光景に、青年もとい提督は目を一瞬逸らしそうになるも、踏みとどまった。

自分の責任だと口にした手前、それを否定するような態度を取りたくなかったからだった。

 

 「加賀、生き恥などと言うな。お前は立派だ、戦友を、相棒を失って尚も気丈に振る舞い。

  自身のリハビリもそこそこに生還して間もなく、後進の育成に専念してくれている。

  それは戦力を大幅に失った我が鎮守府にとっては、大きな助けになっている」

 

肌蹴た加賀の襟を正しながら提督は宥める。すると、大声を聞いて駆け付けた金剛が控室の扉を勢いよく開けた。

 

 「て、テートクぅ、何してるデース!!?」

 「待て、金剛、誤解だ。俺はまだ何もしていない」

 「まだってどういうことデース!今日という今日は許さないからネー!!」

 

現・秘書艦である金剛は、提督とはケッコンカッコカリをする仲だった。

ただヤキモチ妬きを拗らせており、ひょっとしたことでもこうして提督に殴り掛かってくる。

加賀はしてやったり顔で提督を一瞥した後、金剛に向き合う。

 

 「私は嫌がったのだけれども、提督が無理やり襟を……」

 「何デスってー!?テートク、お話がありマース」

 「ま、待ってくれ!本当に今回は俺は何もしてな……やめて下さい、徹甲弾は洒落にならな……グワーッ!!」

 

提督の首根っこを掴み、金剛は控室を出て行った。

外から提督の悲鳴が聞こえる以外は、再び静かな場所に戻った。

これ以上、此処に長居しても仕方がないので、加賀は食堂で昼食を済ませてから射場へ向かう。




今回の話は一応次まで続きます(ただし次は何時かは未定

正直、金剛嫁提督にはオチに使って申し訳なかった


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少しずつ

とても時間が空いてしまい、申し訳ありません。
前回の続きです。


昼食を済ませた加賀は射場にやって来る。

かつては、誰か他の空母が訓練をしていたのに、今となっては時間が止まった様に静かになってしまった。

加賀は左手に和弓を握ると、かつて訓練したように真っ直ぐ前に構える。

右腕がない今、弓を前に構えると重心が崩れてしまい前のめりに倒れてしまう。

 

 (こんな初歩的なことまで、今の私には出来なくなってしまっている)

 

提督はあんなことを言ってくれたが、赤城の後を追い続けていた加賀には今の自分の状況を受け入れ難かった。

生涯の全てを戦いに捧げた赤城の姿が、加賀には非常に鮮烈で、苛烈で、単純に格好良かった。

彼女の才能に嫉妬しなかった訳ではないが、彼女の在り方を理解してからはそんな感情は消えてしまった。

ただ、彼女の隣で在りたい、何処までも着いて行きたいと思い、人並み以上に鍛錬にも打ち込んでいた。

それが今では、一人ではロクに弓も構えられない。

いつしか目標として憧れていた人は、決して会うことの出来ない遠い所へと行ってしまった。

静まり返った射場に来ると、嫌でも自分が取り残されてしまった現実を思い知らされる。

来るべきじゃなかったと加賀が後悔していると、射場の入り口から誰かが入ってきた。

 

 「え、加賀さん!?どうしたんですか!?」

 

小柄な体格の、軽空母・瑞鳳だった。彼女も弓矢を扱った艦載機の発艦方法を扱っている。

これでも彼女は新人二人よりも古参で、弓の扱いに関しては二人よりも完成されており、加賀の指導は必要ないので普段は加賀の稽古を受けていなかった。

倒れている加賀を見て、驚いた瑞鳳は駆け寄る。

 

 「何でもないわ、少しバランスを崩しただけよ」

 「ひょっとして、弓を取ったんですか?」

 「ええ、けど結果はご覧の有り様よ」

 「そうかもしれませんけど、加賀さんが弓を取ってくれて良かった」

 

瑞鳳の言葉に加賀は面食らう。

 

 「加賀さん、あれから翔鶴達の稽古でも弓を取ろうとしなかったから」

 

それに気付いた瑞鳳が遠慮がちに言った。

言われてみれば、新人二人の稽古の時も、自身では弓を取らなかった。

むしろ自ら弓を取る必要がなかったからだったが……

確かに、あれだけ鍛練していた弓をあれから今まで一度も取らなかった。

特に意識をしていた訳ではないのだが、

加賀は自分の心の中の何処かで、弓を取ることを避けていたのかもしれない。

ならば、何故今になって弓を構えに射場まで来たのか?

 

 (きっと、提督のあの話のせいね)

 

先刻の提督の戦力増強の件が原因だろう。

正直、加賀は提督のあの話が出たときに、再び出撃できる、戦場に戻れる、赤城の元に逝けると期待してしまっていたのだ。

結局は新人が増えるだけという、加賀にとっては肩透かしな内容だったが、

それでも加賀の内に眠る、激しい感情が息を吹き返したのだった。

我ながら、単純でとても愚かだとらしくない自嘲をしてしまう。

 

 (それでも私の為すべき事は変わらない

  私はあの二人を必ず一人前に、いえ

  一人前では足りないわ、一航戦を継ぐには)

 

かつて、最後の出撃時に赤城と約束したのだった。

あの二人に稽古をつけることを。

 

 (その二人を差し置いて、私が沈んでしまっては

  赤城さんに合わせる顔がないわ)

 「あのー、加賀さん?」

 

ずっと考え込んでいる加賀に瑞鳳が心配そうに声をかけてくる。

 

 「大丈夫よ、それよりも貴女は鍛練の為に来たんじゃなかったの?」

 「そうでした、もし良ければ私の弓も見てくれませんか?」

 

思いもしない申し出に加賀は面食らう。

 

 「翔鶴達ばっかり稽古をつけて貰っていて、

  ずるいと思ってたんです。

  加賀さんの弓の構え方って凄く綺麗でしたから」

 「そうかしら?赤城さんの方が……」

 「赤城さんも綺麗でしたけど、

  上手く言えないんですけど、

  加賀さんの方が自分を矢に込めてたというか……」

 

確かに、加賀の記憶でも赤城の弓は我を押し殺すようなものがあった。

戦場ではただひとつ、殺意のみを込めていたが、

普段の稽古では無機質な機械の様に恐ろしい程、正確な動きをしていた。

自分もそれに憧れて目指していたが、ついぞ会得することは出来なかった境地だった。

大なり小なり、矢を放つ際には己の感情が矢にこもってしまう。

瑞鳳は、そんな自分の弓を綺麗だと言ってくれた。

 

 「あと内緒なんですけど、瑞鶴も加賀さんが一番綺麗だと言ってましたよ」

 「そ、そう……それはどうでも良いのだけれど」

 

端から見て、そんな風に思われているとは思わなかった。

赤城の領域まではおいそれと、辿り着けるものではないので、

それはそれで自分に親しみを感じてくれているのかもしれないと、加賀は好意的に解釈した。

 

 「良いわ、そこまで言ってくれるのなら見せてもらいます」

 「はい、宜しくお願いします!」

 

その日の午後は瑞鳳の弓の稽古をずっと見続けていた。

 

 

 

夕刻、赤々とした夕日が水平の彼方へ沈み行く頃に加賀は波止場にいた。

作戦は成功を収め、誰も欠けること無く鎮守府に帰って来たとの報を受け、加賀は安堵した。

普段ならば既に寝ている時間なのだが、新人二人が気になって提督や他の艦娘と一緒に波止場で待っていた。

 

 「加賀、夜風は体に悪くないか?」

 「ご心配なく、以前は夜戦にも出ていたので慣れてます。

  提督こそお体は大丈夫かしら?」

 「良く言う。誰のせいで金剛にいらんお仕置きをされたと思ってる」

 

やがて、空は赤色から徐々に濃紺の明けの明星が煌々と輝きだす。

水平線から六つの船影が浮上する。

それを見て、漸くその場にいる皆は安堵する。

報告は無線通信で既に入っていたが、実際に目にしないと不安なのは皆同じだった。

暫くして!主力艦隊達は波止場に辿り着いた。

 

 「ご苦労だった。作戦成功は勿論吉報だが、全員が帰投出来て本当に良かった。

  明日は休暇をとり、しっかりと傷を癒してくれ」

 

全員が帰投出来たが、無傷ということではなかった。

こちらの損害は中破が2隻、大破が2隻だった。

その内、中破2隻は……

 

 「お帰りない、派手にやられたわね」

 

罰が悪そうに俯いている新人二人に加賀が言葉を投げ掛ける。

五航戦の二人は中破状態まで追い込まれ、艤装は殆ど壊れてしまっていた。

空母にとって、中破するということはそれ以降の砲撃戦では無力になってしまうということ。

それが情けないと自分を責めているのか、二人の目尻には涙が湛えられていた。

 

 「一航戦の代わりとして初めて作戦に参加して、無事に帰ってきただけでも十分だわ」

 

加賀は無意識の内に自分の失った右腕をちらと横目で見る。

帰って来ることが出来なかった戦友と、かつての自分の目標はもう帰って来ることは、決してない。

 

 「提督も常々言っていることよ、生きている内は何とでもなるわ。

  だからそんな顔しないで、貴女達の帰投を私に祝わせて欲しいわ」

 

もし、両腕があったなら二人を抱擁することも出来たかもしれない。

右腕のない自分の体を少々恨めしく思いながら、加賀は二人の頭を順番に撫でた。

二人は堪らず、人目も憚らずに泣きながら何かを言うが、嗚咽が混じって良く分からなかった。

次は絶対に役目を全うする、だから今後も稽古をつけてくれ、そんなところだろう。

加賀は二人を宥めながら、入渠ドックまで付き添って行った。

 

 

 

空母寮の自室に戻り、加賀は敷きっ放しにしてしまっていた布団に体を横たえる。

 

 「赤城さん、今日はあの二人がとうとう私達の代わりに出撃して作戦を成功させました。

  無事に帰って来てくれて、本当に嬉しかったのだけれども上手く伝わったかはわかりません」

 

そう言って加賀はカレンダーに記念と印を付ける。

最後に、赤城におやすみを言って、加賀は眠りに就いた。

自分達の後継者がいる、という安心感を胸に抱きながら。




次回予告

三つの指輪は空の下なる空母の艦娘に
七つの指輪は鉄の山の戦艦の艦娘に
九つは果敢なき巡洋艦の艦娘に
一つの指輪は深き深海の提督のため、
影横たわる深海鎮守府に
一つの指輪は、すべてを統べ
一つの指輪は、すべてを見つけ
一つの指輪は、すべてを捕らえて
くらやみのなかでつなぎとめる
影横たわる深海鎮守府に

ひょんなことから綺麗な金色の指輪を見つけたのは
空母でも戦艦でも巡洋艦ですらない駆逐艦だった
実はその指輪は深海棲艦の首魁、深海提督の力を込めた指輪で
これを葬るために駆逐艦・吹雪の苛酷な旅が始まる!

第一章・「遠征の仲間」
20016年1月15日投稿予定



すみません、ふざけすぎました
誰か艦娘とファンタジー小説のクロスオーバー書いてくれぇ


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知己の訪問

またまた投稿期間が空いてしまい申し訳ありません。
今回はギャグ寄りで書いてみました。


元・正規空母、加賀の朝は早い。いつもならそうなのだが、今日は違った。

先の大規模作戦の成功により、鎮守府の運営は戦後処理を除いてほぼ停止状態となり、

新人二人も昨日のダメージもあり、大事を取って今日は稽古も休みだった。

ただ、いつもの習慣で早い内に目が覚めてしまう。

低血圧な加賀は休みの日となると、起き上がるのに時間が掛かってしまう。

眠りと現実の狭間を行き来していると、扉を忙しなく叩く音が耳に飛び込んでくる。

一体誰だろうかと、考えながら布団からのそのそと起き上がって玄関まで進み、相手に尋ねる。

 

 「誰やと思う?ウチやで~」

 

この特徴的な関西弁で子供のような声、加賀の記憶に合致する人物は一人しかいなかった。

 

 「お久しぶりね、龍驤」

 

扉を開くと、丁度加賀の胸のした辺りまでしか背丈のない駆逐艦と見紛う艦娘がいた。

彼女の名前は龍驤、かつてはこの鎮守府に所属していたのだが、新しく出来たという鎮守府に移籍した軽空母だった。

彼女は加賀よりほんの少し早くこの鎮守府に着任しており、鎮守府の初期を知る数少ない艦娘の一人だった。

新しい鎮守府の航空戦力増強と練兵の為に、この鎮守府の空母勢の中でも古参の彼女が選ばれたのだった。

 

 「新しい鎮守府での訓練はどうかしら?」

 「ぼちぼちやで、一息ついたからちょっと顔出しに来てん

  それよか聞いたで~、あの加賀が新人の教育やってるってな」

 「そう、先の作戦では共同で出撃していたのだったわね?」

 「せやな、まだ長い弓は使えない云々言うてたけど、艦載機の扱いに関しては筋がええな」

 

かつての古参空母に褒められる点があって、本人では無いのだが加賀は少し嬉しかった。

お客が来たというのに玄関先で立ち話も、と思い加賀は龍驤を部屋へ入るように促す。

相部屋だった赤城がいなくなってから、部屋に他人を入れるのはこれが初めてだった。

 

 「それで、何か要件があったのではないの?」

 「あ~、それな……君が話したくないのならええねんけどな」

 

遠慮するように、龍驤はそわそわとしだす。

彼女がこんな反応をするのなら、話題はきっとこれだろうと加賀は推測する。

 

 「赤城さんとの最後の出撃の話、かしら?」

 

龍驤にとっても赤城は鎮守府初期から苦楽を共にした戦友だった。

その戦友が自分が余所の鎮守府に移籍した後に沈んでしまったのだから、気になって仕方ないのだろう。

 

 「ちゃうちゃう、赤城の最後の出撃なんてウチにも想像がつく。

  聞きたいのはな、新人の教育方針についてやねん」

 「は?」

 

予想外の事に加賀は思わず聞き返してしまう。

何とも拍子抜けな回答だったが、彼女も教育係りとして思うところがあるのだろう。

 

 「教育方針と言っても特にはないのだけれども。当たり前のように訓練をしているだけよ」

 「成程なぁ、注意とかするときどうしとるん?」

 「注意?そんなもの普通にその場で本人に向かって指摘しているわ」

 「うーん、そうかぁ……こっちの場合人数が多くてな、必要以上にやると見せしめみたいやって司令官に言われてしもてん」

 「見せしめも何も、その場で全員にわかるように言うことで他の子にも周知させることが出来るものよ」

 

確かに、と龍驤も頷く。

龍驤の鎮守府の提督が言うこともわからないでもないが、小さな間違いから戦場では命取りになることは多い。

 

 「そもそも、空母の教育は貴女に任されているのだから、そこまで提督のことを気にする必要はないのでは?」

 「まぁな、せやけどウチはあの鎮守府では余所から来た新参者やから、気を遣うことも多いねんで」

 「そういうものなのね、かつての赤鬼、青鬼も貴女の名前を聞いたら恐れ戦く程だったのに」

 「いや、そういうの気にしないのは君と赤城ぐらいのもんやったで……」

 

加賀には身に覚えはないが、あの赤城と連名されるぐらいなのだからそうなのかもしれない。

それは兎も角、龍驤には龍驤なりの気苦労があるということなのだろう。

長話にもなるだろう、と加賀は部屋を出て外で軽く何かをつまみながら話を聞くことにする。

 

 「それやったら鳳翔さんトコのお店がええな~、あそこはおつまみの質も量も最高やし」

 「鎮守府の運営が休みだから込み合ってるかもだけれども、いいかしら?」

 「こんな話を鳳翔さんにじっくり聞かれたくないからええよ」

 

実を言うと加賀も鳳翔のお店に行くのは久しぶりだった。

右腕を失ってからは自室と射場、波止場と食堂ぐらいにしか言っていなかったからだ。

久しぶりの、稽古以外での外出で加賀は少し楽しい気分に浸っていた。

こんな気分になったのも、知己の龍驤が訪ねてくれたからだろう。

心の中で感謝の言葉を述べて、加賀と龍驤は部屋を後にする。

 

 

 

鳳翔の居酒屋は昼間だというのに、酒飲み勢によって非常に賑やかな雰囲気となっていた。

昼間にはお酒やおつまみだけでなく、定食も出しておりそれ目当てでやってくる艦娘も多い。

お昼時を少し過ぎた時間だが、まだ定食が出ている時間帯なので酒飲み勢と昼食勢が混じって最も混み合った時間となっていた。

空いているテーブルに通されて二人は、日本酒と焼酎をそれぞれ頼んで適当なつまみを注文する。

程なくして、お通しと飲み物が出されたのでまずは今更ながら再開を祝して乾杯をして、加賀は日本酒を一口飲み下す。

 

 「そういえば、貴女お酒呑めるようになったのね」

 

加賀の記憶では、龍驤はそこまでお酒は強くなった筈だった。

すると龍驤の顔は見る見る赤くなって行く、やはりお酒には弱いらしい。

 

 「偶には呑まないとやってられんで」

 「そう言っていつも私と赤城さんに絡んで来ていたわよね」

 「君らと同期扱いされるんやから、そらぁお酒にも逃げたくなるわ」

 

赤城、加賀といえばこの鎮守府のかつての空母の二枚看板だった。

二人の実力に追い着くのに龍驤は必死だったので、訓練や出撃終わりには三人で呑みに来て龍驤はよく二人に絡んでいた。

自分は兎も角、赤城と比べられるという事の意味は十分に理解していたので、加賀は良く付き合っていた。

そんな光景を二人は思いだしていた。

 

 「大体なぁ、こっちのもあっちのも司令官は無茶ばっかりや

  こっちの司令官にはあっちの司令官の航空戦力の面倒見たってやー言われて

  あっちの司令官には空母の稽古のことを横から言われるし」

 

そうしてると、昔の様に龍驤は普段の鬱憤を垂れ流しにし始める。

大体の話しは自分が航空戦力の教官として急に異動になったことの不満、教育を一任されていながら小言を言う向こうの提督への不満だった。

 

 「教え子の方はどうなのかしら?」

 「んん?教え子?そらメッチャ可愛ぇで、教えた事は素直に聞いてくれるしな

  それに、ウチの見立てでは結構いい線行くと思うで。次世代の航空戦力として有力候補や」

 「そう、それは羨ましい限りね」

 「何や、そっちの教え子はそうでもないんか?

  こりゃ教官役としてはウチの方が上手くやってるってことかもな~」

 

龍驤の発言に加賀は少しムッとした表情になる。

 

 「確かに、私の教え子達はいつまで立っても基礎が確りとはしないけれどもそれぞれいいところもあるわ。

  翔鶴は努力型でかなり進歩は遅いけれども、一回の稽古で学ぶべきところは次の稽古には活かせてあるし

  瑞鶴は変なところで手を抜く癖はあるけれども、言い方を変えれば要領は悪くないから押さえるべきところはきちんと出来ているわ

  まぁ、二人とも私や赤城さんに比べればまだまだ未熟だからもっと稽古を厳しくしてあげてもいいけれども

  それをいきなりやってしまっては二人のコンディションが壊れてしまうかもしれないし、それに」

 (アカン、これ愚痴に見せかけた教え子自慢になっとる……)

 

突然、教え子のことになると饒舌になる加賀に龍驤は酔いが醒める。

自分も人の事は言えないのだが、何だかんだで教え子のことが可愛いらしい。

昔の加賀ならプライドが高かったので、教官役としての優劣のことで対抗心を燃やすところだったが、

今となっては教え子のことを悪く言われたことが腹に据え兼ねたらしい。

赤城がいなくなってしまい、悪い方向に変わっていないか心配だったが、教え子の存在が良い効果を与えたようだった。

 

 「あの、お話しが盛り上がっているところをすみません。混み合っているので相席をお願いしたいのですが」

 

急に鳳翔さんに断りを入れられたので、加賀はすぐに口を噤む。

龍驤も加賀も断る理由はないので快諾すると席に案内されたのは……

 

 「あれ?加賀さんじゃない」

 「こんにちは加賀さん、龍驤さん。相席させて頂いて恐縮です」

 

それはまさかの加賀の教え子、五航戦の二人だった。

自分が今まで話していた相手の登場に、加賀は複雑な表情を隠せずにいた。

 

 「久しぶりやねぇ、元気にしとったか~?」

 「はい、お蔭様で瑞鶴ともども息災です。龍驤さんは本日は非番なのですか?」

 「せやで、偶には古巣の様子を見に来ようと思ってな~」

 「そうなんですか、加賀さんと何を話してたの?」

 「いやな、可愛い教え「手のかかる教え子の愚痴をし合っていたところよ」

 

龍驤が含み笑いをしながら何かを言いそうになったので、すかさず加賀が被さるように言った。

 

 「手のかかるって、仕方ないじゃない。長弓と今まで使っていた弓じゃ勝手が違うもの」

 「それを言い訳にして、自分の未熟を棚に上げてもらっては困るということを話していたのよ」

 「むむ、それでも最近は大分上達したと思いますけど!?」

 「あの程度でそう思えるのならおめでたいわね」

 「く、何時までも半人前扱いして……だったら呑み比べで勝負よ!」

 「いいでしょう、肝臓まで半人前であることを教えてあげるわ」

 

いつもの加賀ならば、こんな安い挑発には乗らないのだが、既に龍驤と飲酒をしてしまっているのでその場の勢いで勝負を受ける。

龍驤は半ば呆れながら苦笑しつつ、口寂しさにお通しを一口食べて思わず独り言を言う。

 

 「本人を前にした途端にこの調子とは、余り加賀も変わっておらんのかもなぁ」

 「何を他人事のようにしているの、貴女も付き合ってもらうわよ」

 「は?これは君と瑞鶴の勝負やろ!?ウチは自分のペースでチビチビと……」

 「そもそも、貴女が此処に来たいと言ったのだから逃がしはしないわ。翔鶴もよ」

 「わ、私も付き合うんですか……」

 「しょ、翔鶴姉も?それは流石に止めた方が」

 

瑞鶴の表情が一瞬で凍り付く、しかし今の加賀にはそんな瑞鶴の変化に気付けない。

 

 「半人前の二人掛かりでなら丁度いいハンデになるでしょう?それとも他にも助っ人を付けましょうか?」

 「瑞鶴、私は構わないわ。先輩のお誘いとあれば断る理由はないわ」

 「あー、もう知らない!こうなったらマリアナに突入するつもりで呑んでやるわ!

  鳳翔さん!ピッチャー4つ下さい!!」

 「ほんまにやるんか……こりゃあ、ウチ二日酔い確定やん」

 

やがて、ピッチャーが4つ机の上に運ばれ、呑み比べ勝負が始まった。

 

 

 

夜がすっかりと更けた頃、とっくに夕ご飯の時間も過ぎ、居酒屋鳳翔にはちゃんぽん朝まで呑み勢以外には殆どお客がいなくなっていた。

その片隅に、完全に酔いつぶれた龍驤と瑞鶴、更に辛うじて意識は保っているが既にフラフラになっている加賀の姿があった。

焦点の合わない目で、彼女は向かいに座っている強敵を睨みつけるも、もはや意識が尽きかけの砂時計のように消えかけている。

 

 「すみません、おかわり下さい」

 

向かいに座っている相手の信じられない言葉に、加賀は衝撃を受ける。

 

 「ピッチャーで」

 

加賀が聞いた最後の言葉だった。恐ろしい怪物を相手にしてしまったと後悔しながら加賀も眠りの暗渠へと落ちる。

 

 「相変わらずの呑みっぷりですね、翔鶴」

 

ピッチャーと加賀の分の毛布を持って鳳翔がやって来る。

翔鶴はピッチャーを受け取りながら、隣でスヤスヤと寝息を立てている瑞鶴のずれた毛布を直した。

 

 「いえ、久しぶりに呑んだので、少しだけ飛ばし過ぎてしまいました。お恥ずかしい」

 「おーい、翔鶴ぅー。そっち全滅したんだったらいつもみたいにこっち来て一緒に呑もうよぉー!!」

 

カウンターを陣取っているちゃんぽん朝まで呑み勢の隼鷹から声を掛けられる。

しかし、酔いつぶれてしまった先輩二人と瑞鶴の介抱をしなければならないので、翔鶴はこれを丁重に断った。

 

 「加賀もそこまでお酒が強くないから、貴女が偶に此処で朝まで呑んでることを知らなかったみたいですね」

 「余り正規空母でお酒を遅くまで呑む人がいないですからね。ただ幾ら呑んでも酔えないのは少し寂しい気もします」

 「もはや翔鶴はワクですね、お代は今度来てくれた時でいいと三人に伝えてもらえますか?」

 「ごめんなさい、お言葉に甘えさせて頂きます」

 

泥酔して眠っている加賀の寝顔は無表情そのものだったが、久しぶりの知己の来訪に少しはしゃいでしまった結果がこれだった。

明日、二日酔いになって後悔するのは間違いないが、今のこの眠り込んでいる間は楽しい思い出でいっぱいだった事だろう。

鳳翔が加賀の寝顔を眺めている内に、翔鶴は既におかわりをしていたピッチャーを空にしていた。

 

 

 

翌日、加賀は気付けば自室で龍驤と川の字になって眠っており、低血圧と重度の二日酔いに襲われて丸一日ロクに活動が出来なかったのは別のお話し。

更に、龍驤は向こうの鎮守府で無断欠勤扱いとなってしまい、相当怒られたことも別のお話し。




次回予告
若き阿賀野型軽巡洋艦・酒匂は深海帝国の執拗な追跡を振り切り、偉大なる艦娘、長門の元で修行を積んでいたが、仲間の矢矧達がトラック島で危機を迎えていると妖精の力の予知を見て、トラック島に急行。そこで深海棲艦の軽巡棲鬼の待ち伏せを受ける。強大な妖精の力を引き出せる酒匂を深海提督へ引き渡す為に軽巡棲鬼の張り巡らした罠だったのだ!一対一の激闘の末、酒匂は軽巡棲鬼を小破まで追い込んだが、逆光した軽巡棲鬼に砲塔を破壊され大破状態となり絶対のピンチに!

「さぁ、酒匂。貴女は私とともに来るのよ!」
「嫌だ!誰がお前なんかと!」
「貴女の運命は私と共にあるのよ、能代からお姉ちゃんの真実を聞いていないの!?」
「全部聞いたもん、お前が私のお姉ちゃんを沈めたんだ!」
「違うわ、私が貴女のお姉ちゃんよ!!」
「嘘……、そんな、そんなことあるもんか」
「妖精の力で心を読んでみなさい、真実だとわかるでしょう!?」
「嘘だぁぁぁぁああぁああああああああああ!!ぴゃん」

次回『艦娘の帰還』

皇紀3000年1月25日 更新予定



はい、またお酒オチにしてしまい申し訳ありません。
正規空母では翔鶴姉だけが朝までお酒呑んでいたと記憶していたので、こんな結果になりました。
あんな清楚な雰囲気でお酒が滅法強いとか、酔わせてお持ち帰りしようとする男泣かせな艦娘やでぇ……


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後輩爆誕

タイトル通り葛城が登場します。
時報を聞くとわかるのですが、葛城は提督にも一定の好意を寄せていると思われる台詞があります。
しかし、この鎮守府の葛城は重度の瑞鶴フリークであることを先に断らせて頂きます。
そもそも、このシリーズは提督の艦娘への介入は極力減らしていますのでこういうキャラ付けになりました。


元・正規空母加賀の朝は早い。

大規模作戦完遂から数日が経ち、鎮守府運営も通常へと移行した。

通常に戻ったということは新人二人の稽古も再開したということだ。

今日も赤城との約束を守る為に、加賀は二人を一人前の正規空母とする為に厳しい稽古を課す。

片腕での生活にも慣れが出てきて、準備にも余裕が出来ている。

 

「いってきます、赤城さん」

 

日課の挨拶を済ませて、空母寮を後にする。

今日はいつも通り射場へと向かうのではなく、赤レンガの提督執務室へと向かうことになっていた。

以前、提督から聞かされていた新しい正規空母がこの鎮守府に配属する日だった。

通常、艦娘は着任すれば提督の執務室へと挨拶に来るのがしきたりだった。

その着任の挨拶の後に、五航戦と同じく加賀に稽古を付けてもらう予定なので、こうして加賀に迎えに行くことになっていた。

執務室にノックをしてから入室をすると、そこには執務机に頭を突っ伏している提督の姿があった。

室内の異変に加賀は一瞬、身構えるものの良く提督を観察してみれば頭にたんこぶを作って気絶してるようだ。

傍らにはいつも金剛が淹れている紅茶がまだ暖かい状態で放置してあったので、恐らく金剛も此処にいたのだろう。

そこから推測される事実とは―――

 

(また痴話喧嘩でもしてたのね)

 

呆れ果てて加賀も思わず溜息を吐く、気絶していた提督は加賀が入室して来た気配で目が覚めたらしく唸りながら気だるげに頭を上げた。

 

「加賀じゃないか、どうしたんだ?」

「今日配属される筈の新しい子を迎えに来ました」

「ああ、そういえばそうだった」

 

金剛に頭を打たれたショックなのか、提督の記憶は少々混濁しているようだった。

何処ぞの鎮守府の金剛は戦艦の砲弾を裏拳の一撃で弾いたというから、侮れない。

 

「思い出したぞ……新しい艦娘のことで戦闘時には服を脱いで戦う、会うのが楽しみだな、と俺が言ったら何故か金剛に殴られたんだ」

「毎回思うことなのだけど、よく提督は生きているわね」

 

艦娘には爆撃されたり、対空射撃をされたり、ケツバットをされたりと提督の被害には枚挙に暇がない。

それは兎も角として、提督の性格だから鼻の下を伸ばして言っていたのだろう。

ここの鎮守府の金剛はやや嫉妬深い嫌いがあるので、殴ったと思われる。

 

(それさえ無ければ頼りになる艦娘なのだけれども)

「加賀も折角来たんだ、座って待ってなさい」

 

お言葉に甘えて、執務室の後方の椅子、本来ならば秘書艦が待機している席につくことにする。

(怒った金剛は恐らく執務室を出て行ってしまったので、丁度この席が空いていた)

暫くは提督が執務しているのを眺めながら、新しい艦娘が来るのを待つこととした。

 

 

 

ところ変わって、五航戦の二人は先に射場に着いて自主練習を始めていた。

瑞鶴曰く〝加賀さんがいないところで練習して、加賀さんが知らない内に弓術を完璧に形にしてギャフンと言わせたい〟とのことだった。

ギャフンと言わせたいは兎も角、翔鶴も弓術の訓練は多いに越したことはないと同意だった。

集中力を研ぎ澄ませ、的をしっかりと見据えて弓を構える。

 

「ねぇ、翔鶴姉」

「え!?」

 

不意に声を掛けられたので素っ頓狂な声を出してしまい、集中力が途切れてしまう。

その拍子に放ってしまった矢は的に届くことはなく、横の盛られた土に空しくその鏃を突き立てた。

 

「どうしたの、瑞鶴?弓を構えている間は声を掛けちゃ駄目って言ったでしょう?」

「ごめん、それよりも何か変な視線を感じない?」

 

何処か瑞鶴が落ち着かないという様に周囲をきょろきょろと見回す。

以前は、女性ばかりということもあって鎮守府に不審者の出入りが多かったこともあったらしい。

しかし、殆どが深海棲艦と戦う実力者ばかりから何時しか不審者も怖がって近付かなくなってしまっていた。

そんな中で、不審者が鎮守府に侵入したとは考え難い。

 

「ひょっとして深海棲艦のスパイとか?」

「それも考え難いけれども……索敵機で一度探ってみましょう」

 

練習用の矢から普段、戦闘で使う索敵機の矢を弓に番えて放つ。

矢は艦載機の姿を取り、射場のぽっかり開けた空から周囲を旋回する。

すると、索敵機から報告があった。

 

「よし、見つけた!行くよ翔鶴姉!

 それにしても自分が既に補足されているのにも気付かないなんてひよっこみたいね」

「待って、瑞鶴!まずは提督に報告をしないと」

「そんなことしてたら逃げられるかもしれない!」

 

そう言うと瑞鶴は射場を飛び出し、不審者がいる場所へと駆けて行った。

 

 

 

提督の執務室、加賀がこの部屋に来てから1時間は経過していた。

余りにも遅いので、流石の加賀も痺れを切らしていた。

 

「本当に今日着任しに来るの?」

「その筈なんだがな、もう来ていても可笑しくないが何かあったのか?」

 

段々と二人は不安になりつつあった、すると窓ガラスを破って何かが執務室に入って来る。

 

「これは、瑞鶴の偵察機ね」

「俺の部屋の窓が……家具職人に頼んでまで作ってもらった窓が」

「提督、それどころではないみたいよ。不審者が鎮守府に侵入したみたいね」

 

無残にも破壊された自分のお気に入りの窓を壊されて提督は意気消沈していたが、加賀が容赦なく言う。

偵察機は加賀の手のひらに着地して妖精がぴょんぴょんと跳ねて急ぐように催促していた。

 

「不審者だと?今更こんな艦娘ばかりの場所に変態が入って来るとは思えないが」

「深海棲艦のスパイの可能性もあるわ、それに放っておいたらあの子達が独断で動いてしまうかもしれない」

「あー、そうだな。翔鶴は兎も角として瑞鶴なら先走って行動してそうだ」

 

本当に深海棲艦が潜入しているとしたら、それは鎮守府が瓦解し兼ねない危機に陥ったということ。

これは余所の鎮守府の話なのだが、フードを被ったとある深海棲艦一隻の侵入を許しただけで甚大な被害を被り、更にとある艦娘一隻が誘拐されてしまった。

後に誘拐された艦娘は無事救助されたのだが、その圧倒的な深海棲艦の強さは周知の事実となった。

本来ならその深海棲艦は南方海域の深部にしか姿を現さない個体だったらしいが、そういった異例の出来事があってからより一層提督達の恐怖を煽った。

 

(もしも、この鎮守府にあの深海棲艦が紛れていたのだとしたら、戦うことが出来ない私が居ても足手まといになるだけね)

 

だが、加賀はもう仲間を見殺しにすることは出来ない。

 

「提督」

「わかっている、止めてもお前は二人の元へ行くだろうな。金剛!」

 

いつもよりも真面目な声音になって提督は軍帽を被る。

秘書艦の名前を呼ぶと、執務室の扉が開き何時からか廊下で聞き耳を立てていた金剛が入って来た。

 

「状況はお前が盗み聞いた通りだ。すまんが加賀と一緒に現場へと急行して翔鶴と瑞鶴の安全を確保して欲しい」

「Yes,sir!私に任せるデース!」

「俺は念のために第一艦隊の面子に召集をかけて現場へと向かうよう指示を出す。

 蜜に連絡を取れ、無理と判断したなら深追いはせずに第一艦隊が到着するまで待て!」

「加賀は私の後に続いて下サーイ!私がescortしマース!」

 

金剛と加賀は執務室を後にして、異変があったという射場へと向かう。

鎮守府内には放送で異変があったことを知らせはじめ、他の艦娘達にも緊張が走る。

赤レンガから射場までは全力で走れば10分も掛からない場所にある、しかし加賀は片腕が無く全力疾走しながらバランスを取るのが難しいので少々時間が掛かってしまった。

現場に辿り着くと、そこには翔鶴と瑞鶴と、見慣れない人の形をした者が居た。

良く見れば見慣れないそれは瑞鶴の腰にしがみついている。

加賀の脳裏に、あの()()()()()()()がフラッシュバックした。

 

「瑞鶴!すぐに離れなさい!!」

「え、加賀さん!?それに金剛さんまで!?」

 

普段の落ち着いた声音とは違う、悲壮な加賀の叫びに驚いた瑞鶴と翔鶴が振り返る。

 

「お待たせしマシター!私が来たからにはもう大丈夫デース!」

「ああ、金剛さん、ちょっと待って!違うのこの子は」

Say no more(皆まで言うな)翔鶴。不審者はこの金剛がtaking(連行)しマース!」

 

翔鶴が何かを言おうとするが、金剛は聞く耳を持たずに瑞鶴と彼女にしがみ付く不審者に突撃する。

高速戦艦と言われる彼女の全力疾走はかなり素早いもので、既に彼女の意思以外ではこの場にいる誰も止めることは出来なかった。

 

「ほら、アンタもいつまでも私にしがみついてないでキチンと誤解を解くためにも自己紹介しなさい!」

「はい、瑞鶴先輩!」

 

いつの間にか瑞鶴の腹部に顔を埋めていた不審者が顔を上げて瑞鶴に返事をする。

加賀は何処かでその顔を見た、と思った瞬間に思い出した。

 

「初めまして、先輩方!私は本日付けで配属されることになりました、雲龍型正規空母三番艦の葛城です!」

「Rookie!?」

 

これには金剛も驚いたらしく、急ブレーキをかけるが時既に遅く、その場にずっこけてしまう。

確りと敬礼をした葛城を見て、加賀は以前提督に見せてもらった彼女の資料と写真を思いだして彼女が不審者ではないことを認識した。

 

「加賀さん、金剛さんごめんなさい。瑞鶴も私も早とちりをしてしまって」

「いいえ、まさか提督の挨拶よりも先に貴女達に会いに行っているなんて予想外だったわ」

「は?葛城、アンタまだ提督に挨拶も済ませてなかったの!?」

「はい、早く瑞鶴先輩に会いたくて先に射場に来ちゃいました!」

「来ちゃいましたって、なんて奔放な子なの」

 

それは瑞鶴に言われたくないことだと加賀は内心思ったが一応黙っておいた。

このままだと第一艦隊が此処にやって来るので加賀はすぐに瑞鶴に提督への連絡機を出す様に促す。

すぐに瑞鶴は矢を番えて放つと、葛城はその青みがかった黒い目を一杯に輝かせて瑞鶴を見つめていた。

 

「流石は瑞鶴先輩、綺麗な所作ですね!」

「そ、そうかな……ただ艦載機を発艦させただけなんだけど」

「とにかく葛城、貴女は執務室に行って提督に挨拶を済ませなさい。私が付き添ってあげるわ」

「私もテイトクの元に帰りたいので一緒に行きマース」

「はい、よろしくお願いします!」

 

瑞鶴以上に奔放な教え子の登場で、加賀の胃は少し痛くなりつつあった。

後で明石の処に寄って胃薬を貰おう、と加賀はぼんやりと考えながら金剛と葛城を伴って執務室へと向かう。

 

 

 

夜になり、加賀は空母寮の自室へと戻って来た。

あの後の稽古はかなり滅茶苦茶なものとなってしまった。

瑞鶴が弓を取る度に葛城は瑞鶴を見つめて、彼女が当てれば賛辞を述べるのを繰り返すので加賀はそれを窘めるのに気力が削がれてしまった。

後半は流石に葛城も控え始めたが、それでも目線は常に瑞鶴を追い駆けており、これはかなり手を焼くことになりそうだと頭を抱えさせられた。

 

「赤城さん、今度ばかりは私も自信が持てないです……おやすみなさい」

 

思わず日課の赤城への挨拶に弱音を交えてしまう。

加賀は力が抜けたように布団に崩れ落ちた。




次回予告
その時、リンガの星が一つ、瞬いて消えた。
その時、一つの時代が、終わりを告げた。
次回、リンガ艦娘伝説第82話 『提督、還らず』
リンガの歴史がまた一頁

葛城がただの瑞鶴フリークになってしまった。
今回は提督の出番多めになりましたが、次回からは艦娘同士の掛け合い中心に戻る筈です。
提督と艦娘の絡みは外伝的なもので補完出来ればなー(書くとは言っていない
ちなみに次回予告で提督に死亡フラグ立ってますが本編には全く関係ありません(何
あと深海棲艦の侵入した鎮守府が気になる方は電撃マオウで連載中のつむじ風の少女をどうぞ!(ダイマ


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姉と妹

漸く、五航戦の二人も改二直前まで持って来れました。
その前に前回は描けなかった加賀と葛城のお話しを……。



元正規空母、加賀の朝は早い。

いつものように新人達に稽古を付ける為に、一足先に射場へと向けて準備を進める。

先日、増えた新しい正規空母の葛城だが、これまた特殊な弓術を扱う艦娘だった。

矢に破魔の札を付けた独特なもので、加賀達が扱う弓と、龍驤達が扱う陰陽術を足して割ったような運用方法を取る。

これには当初、加賀も頭を悩ませたが艦載機を満足に飛ばすことも出来ないようでは意味が無いので、

葛城も翔鶴や瑞鶴と同じように、まずは弓で矢を放つ稽古を付けさせる事にした。

陰陽道の部分は、他鎮守府の龍驤に相談をしながら進めるとしても、まだその時期ではないと後回しにしている。

射場に辿り着くと、既に教え子の三人は自主練を行っており、加賀が入って来たのに気付くと練習の手を止めて寄って来た。

 

「「「おはようございます!」」」

「三人ともおはよう。では葛城は引き続き矢の構えから射るまでの一連の動作を確認します。

 翔鶴と瑞鶴は皆中を出すまで此処で稽古、それが済んだら赤レンガの執務室へと向かって頂戴」

 

何時もと違う指示に三人が意表を突かれた顔をする。

提督に口止めをされてはいないので、加賀は思い切って本当の事を言う。

 

「貴女達二人の内、どちらかが更なる改装を受けられるそうよ」

「え、更なる改装ってことは……」

「そう、大本営から正式に貴女達五航戦の改二改装の許可が下りたらしいわ」

「おめでとうございます!瑞鶴先輩、翔鶴先輩!」

 

自分の事の様に嬉しいのか、葛城は瑞鶴に抱き着いていた。

加賀がじろりと窘める様に睨むと、瑞鶴は葛城を引き剥がす。

 

「どちらか、と言いますと同時には改装は受けられないのでしょうか?」

「そうね、改装設計図は数は足りているのだけれども、貴女達の改装にはもう一つ必要なものがあるそうよ」

「必要なもの……?」

「先の大規模作戦の成功を鑑みて、大本営が試作段階の甲板を提督に渡したらしいわ。

 試作段階というだけあって希少なものらしく、二隻分は用意できなかったみたいだけれども、

 いずれはもう一つ配備される予定みたいね」

 

加賀の説明を聞くと、翔鶴はそうですかと平静を装って呟くように言った。

姉妹揃っての改装ではないことが気掛かりなのか、それは加賀にはわからない。

やがていつも通りの稽古が始まる。葛城は放っておくと瑞鶴の方ばかりを気にするのでここ数日は加賀が付きっ切りで稽古を見ていた。

最初の頃よりも大分様になっており、加賀の見立てでは弓の扱いに関しては技術はあと少しで物になるというところだった。

しかし、先にも述べた様に彼女の艦載機の発艦方法はほぼ固有の方法であるだけに、最終的には実戦での経験で形作るしかない。

今の彼女の心構えでは、戦場に出すにはまだまだ早いというのが加賀の判断だった。

五航戦は既に二人とも皆中を出したので、赤レンガの執務室に身なりを整えて出発していた。

 

「葛城、貴女の技量は申し分ありません」

「本当ですか!?」

「ただ、貴女は瑞鶴への憧れが強すぎる。戦場で今みたいに視線で瑞鶴を追っていると生きては帰れないわ」

「す、すみません、気を付けます」

「どうしてそんなに瑞鶴の事を気にするの?」

 

加賀は葛城と二人だけになったことで、疑問に思っていたことを聞くことにした。

 

「それは……昔、私があの大戦で瑞鶴先輩を見送ることしか出来なかったからです」

 

あの大戦とは、艦娘がまだ人の形になる前の本来の姿で戦っていた頃の事だった。

最期の戦いに赴く前の瑞鶴を葛城は知っていた。

 

「私が配属される鎮守府に瑞鶴先輩がいると聞いて本当に嬉しかったんです。

 今度こそは先輩と一緒に戦いたいと思っていたから

 私には直接は見せなかったんですけど、先輩本当は凄く寂しかったんだと思います。

 お姉さんを喪ってしまって、私も後から姉を喪ってしまったから良くわかるんです」

「そう、それで視線で瑞鶴の事を追いかけていたのね」

 

加賀は少し考えて、自分の事も話そうと決めた。

 

「私にも本来なら妹がいる筈だったわ。

 けれども()()()()()()()()()()()()()()()になってしまった。

 私はあの子達に居ない筈の妹を重ねて観ているのかもしれないわ。

 だから、少しは貴女の気持ちもわかるつもりではいるわ。

 けれども、今の貴女の状態では戦場に出す訳にはいかない。

 瑞鶴と一緒に戦いたいのなら、どうすればいいのかはわかるわね?」

「はい、加賀さん今まで集中出来なくてすみませんでした。先輩達の力になる為にも、私頑張ります!」

「期待しているわ、ウチの鎮守府では待望の三隻目の正規空母になるのだからね」

 

加賀の言葉に葛城は真剣な面持ちになる。

現状、この鎮守府に所属している正規空母は五航戦の二隻と、葛城しかいない。

かつて鎮守府を支えていた四隻の正規空母は、もういないのだ。

自分の置かれている状況と、掛けられている期待を改めて認識をした葛城の稽古は、今までよりも実のあるものとなった。

余り自分の身の上を話したことがない加賀だったが、今回は腹を割って話して良かったと思っていた。

 

(思っていたよりも素直な子で良かったわ)

 

先に自らのことを曝け出してくれたことで、加賀も同じく素直に気持ちを述べることが出来た。

目の前の少女の素直さと直向きさは見習うところがあると、少しだけ加賀は思った。

 

(あの二人にも、まだ話したことはなかったわね)

 

自分の居た筈の妹の話は赤城にしか話したことはなかった。

赤城もまた、姉が居た筈だったのだが加賀と同じ理由で喪ってしまっている。

そういう部分でも赤城には共感を覚えていたので、鎮守府に所属している艦娘の中で唯一、赤城には素直に気持ちを述べることが出来たのだった。

あの二人には教育者として多大な期待を掛けている、文字通りの愛弟子なだけに何処まで近い距離感を取っていいものか戸惑いを感じてもいた。

こうして葛城が着任しても、二人への想いは変わらないので、無理に関係性を変える必要もないのかもしれない。

 

(それでも、偶には手放しで褒めてあげようかしら)

 

そんなことを考えながら、加賀は葛城の稽古に集中するべく、雑念を振り払うように頭を横に振る。

余り手放しに褒めると翔鶴は兎も角として、瑞鶴が調子に乗ってしまう。

やがて、五航戦の二人が赤レンガから帰ってきた。

 

「加賀さん、ただいま戻りました」

「おかえりなさい、それで?提督は何と仰っていたの?」

「やっぱり、私と翔鶴姉のどっちかしかまずは改装出来ないって言われちゃいました」

「そう、そのどちらかというのはもう決まったのかしら?」

「はい、練度的にも私から改装するということになりました」

「私は、正直反対だったんだけどね。

 今回の改装って今までの第二改装とは違うって言われて……何だか実験台みたいで」

 

今回の改装の内容については加賀も聞かされていた。

改装後に、さらに高い練度で改装が出来、異なった形態をコンバートすることが出来るという。

前例の無い改装に、加賀もましてや提督も不安を覚えなかった訳ではなかったが、大本営の決定を覆せる訳がなかった。

実験的な意味合いも非常に強い為か、準備が出来次第に改装を実行しろというのも前例の無いことだった。

 

「瑞鶴、そんな事を言っては駄目よ。私達がやっと手に入れたチャンスだと思わないと」

 

今朝、初めて第二改装の話を聞かされた時とは裏腹に、翔鶴の表情は明るかった。

大方、瑞鶴が実験台になるのではなく、自分が最初に改装をすることになったので安心したのだろう。

 

「改装は何時行う予定なの?」

「明日には決行するそうです、ですので明日の稽古は申し訳ありませんが、顔を出すことが出来ないと思います」

 

話に聞いてはいたが、本当にすぐに改装をしてしまう様で、加賀も流石に驚きを隠せない。

 

「そう、無事に改装が終わることを期待しているわ」

「はい、私がいない間、瑞鶴をよろしくお願いしますね」

「ちょっと、翔鶴姉!私は子供じゃないんだからそんなこと言わなくてもいいってば!!」

 

子供扱いされたと気に障った瑞鶴はツインテールを揺らしながら抗議する。

 

「何を言っているの、加賀さんには稽古をつけて貰っているのだから当然のことでしょう?」

「諦めなさい、瑞鶴。姉にとって妹は幾つになっても妹なのだから」

 

加賀にまでこう言われてしまうと、瑞鶴はもはや何も言えないでいた。

例え、存在することが出来なかった妹でも、加賀には確かに妹がいて、その姿を目の前の二人に重ねている。

妹だと本人の前で直接は言わないが、この先翔鶴や瑞鶴が改装を受けて、どんな姿になっても妹のような存在であることは変わりようがない。

そう、加賀は思っていた。




ちょっと今回は短めで
次に書くお話しですがプロットではちょっと加賀さんの出番が少なめになると思います。
次は翔鶴姉の改二のお話しと瑞鶴との関係性を掘り下げたいと思います。
急ぎでの投稿なので次回予告はお休みですー。


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姉妹 ―鶴のお話・前編―

先の大規模作戦から数日が経ち、私達五航戦に更なる改装計画があるという噂が囁かれるようになった。

ある日、朝の稽古の前に加賀さんから一通り稽古が終わったら提督のいる赤レンガの執務室へ向かうように指示を受ける。

いよいよ、この日が来たのだと私は重圧に潰されてしまう思いに駆られた。

この鎮守府を襲った機動部隊壊滅の日、あの悪夢を払拭する時が来たのだ。

あの後、私達は一次改装を受けた。改装後の瑞鶴の装束を見て私は動揺を隠せなかった。

 

あれは紫の装束(死に装束)

 

これ以上、瑞鶴が私の知らない瑞鶴になってしまうことが本当に怖かった。

嘗ての大戦で私は瑞鶴よりも先に沈んでしまった。

私が沈んでからの瑞鶴の戦歴は、悲惨なものだった。

瑞鶴本人は誇りに思っている様だったが、私には聞くに堪えない事柄だった。

せめて、私がもっと上手くやっていれば……本来瑞鶴がやったことは()()()()()()()()()()()()()()()()()

これ以上、瑞鶴があんな目に遭わない様に、私は何を為すべきなのかを考えない日は無かった。

今以上の力を手に入れる為に、瑞鶴と共に加賀さんに弟子入りをして、アウトレンジ戦法を確立する為に瑞鶴程ではないが短い弓からより射程距離の長い長弓の鍛錬を行った。

それでも、先の大規模作戦では瑞鶴を庇い切れずに二人揃って中破をしてしまった。

加賀さんも提督もああ言ってくれたが、今の私達には――

いえ、私にはあの一航戦のような――赤城さんの様な苛烈さも加賀さんのような気高さも全然足りない。

それは私に確固たる力とそれに基づく信念が足りないからではないのか?

そう思い至った上での更なる改装の話、私は自分が先に改装を受けることを提督に強く進言した。

私の熱心さに今思えば、提督も瑞鶴も唖然としてしまっていたが、そんなことはその時の私には些末な事に思えた。

提督の承諾を受け、私は今、明石さんと工廠にやって来ている。

第二次改装は他の艦娘でも行われていることで、今更特に身構えるものではない。

しかしながら、今回は二つの形態を使い分けることが出来るコンバート形式という前例の無いものだった。

少なからず、私は緊張し右の頬を汗がつぅっと滴るのを自覚する。

いつも見慣れている筈の工廠は薄暗く、まるで影が私の体を絡めとろうと蠢いている様にも見えた。

 

「翔鶴さん、緊張してますか?」

 

不意に隣の明石さんから声を掛けられて私は体を一瞬だけ強張らせてしまう。

やや遅れて、私はおずおずと頷いた。

 

「きっと大丈夫です!この工作艦明石が責任を持って、翔鶴さんの改装を成功させて見せますから!」

 

屈託のない笑みで、右腕で自分の胸元を叩いて明石さんは私を勇気づけてくれる。

脇にある握りこぶしが作られた左手は少々震えている。

それを見て、目の前に居るこの艦娘も前例の無い事に畏怖の念を抱いていることに気付く。

この艦娘は私と同じだ、目の前にある重圧に潰されそうになっても必死に這いつくばって、抗っているのだ。

ならば、彼女の目の前の重圧を取り除いてあげたい、私の改装で彼女の自信に繋がるというのならば、共に満足のいく結果を残したい。

私と同じ道を歩む事になる他の艦娘達の、何よりも瑞鶴の行く道を灯してあげたい。

 

「明石さん、よろしくお願いします。私も精一杯頑張りますから」

 

明石さんの左手を自分の胸元に引き寄せ、両手で優しく包み込む。

いつか、瑞鶴が加賀さんにしてあげたことを思い出す。

 

「はい!二人でこれからの道を切り拓いていきましょう!」

 

決意を新たにし、蠢く影が横たわる工廠へ私達は入って行く。

 

 

 

私が次に目を覚ましたのは、次の日の朝のことだった。

やはり、慣れない改装だった為か通常よりもかなり時間が掛かってしまったらしい。

体が横たわっているベッドの隣には、鈍い黒色をした胸当てと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それを見て、この改装は成功したと確信して、私は安堵の息を漏らす。

ふと、反対側の窓側を見やると、其処には私が目覚めるのを待って、パイプ椅子に座ったまま眠ってしまった瑞鶴の姿があった。

いつも同じ部屋で寝ているので、彼女の寝顔は見慣れているのだが、今は無性に最愛の妹の寝顔が愛おしく思えてくる。

羽織らせる物も特に無いので、寝顔を少々堪能してから私は瑞鶴を起こす。

 

「瑞鶴、そんなところで寝ていたら風邪を引いてしまうわよ。瑞鶴?」

「ん……翔鶴姉?良かった、意識が戻ったんだね」

 

目が覚めるや否や、瑞鶴は私に抱き着いてきた。

彼女の髪の匂いが鼻孔をくすぐる。明石さんの腕前を疑う訳ではないが、漸く私は自分が無事に改装を終えられたことを一層強く感じることが出来た。

 

「ありがとう、瑞鶴。貴女に抱きしめられてやっと安心出来たわ」

 

瑞鶴に抱きしめられたのは、何時以来だったろうか。

私は、例えこの艤装(カラダ)がどうなろうとこの温もりを守ろうと()()()()()()()()()に誓った。

 

 




今回は以前予告した通り加賀さん以外の艦娘がメインになるお話しです。
現状3部構成になる予定ですが長いのとダレそうなので次は早めに投稿したいと思います。
翔鶴姉と瑞鶴と花見したい……(切実


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姉妹 ―鶴のお話・中編―

先に謝罪させて頂きますが、劇中の艦隊戦の描写はブラウザゲーム基準であり、実際の海上戦闘とはかけ離れていることを謝罪致します。


私が第二次改装から更なる改装を受けたという事は他の艦娘にもすぐに知れ渡った。

第二次改装、改二からの更なる改装はあるドイツ艦娘が行ったので全く前例のないことではなかったが、それでも珍しいことだった。

何よりも件のドイツ艦との違いは、改装した後も通常の改二の状態へと戻せるという点だった。

これによって戦況に応じて二つの形態を使い分けることが出来、戦術の幅が大きく広がるという点がこの特殊改装の利点だった。

通常の第二次改装状態ではバランスの取れた、多数の艦載機による汎用性に優れた形態、更なる改装、便宜上では改二甲状態では何と飛行甲板が装甲化された装甲空母へと艦種が変化する。

この形態では艦載機の搭載数は減少してしまうものの、防御力が向上し継戦能力に優れるだけでなく、単純に火力が増すという利点がある。

更にはカタパルト搭載や今までよりも長い弓を使うことで射程を飛躍的に伸ばすことに成功しており、アウトレンジ戦法に特化した形態と言える。

私にとって最もメリットを感じる改装はやはり後者で、射程外からの攻撃、つまり先制攻撃が決まれば此方の損害を減らせる。

もしも敵が此方の攻撃を掻い潜って来たとしても、私の防御力ならば盾になることだって出来るかもしれない。

そう、()()()()()()()()()()、瑞鶴を守ることが出来るのならば。

 

 

 

改装から数日が経ち、いよいよこの力を発揮する最初の機会が訪れる。

以前から計画されていたとある海域の最深部攻略作戦が発動させられたのだ。

大規模作戦に匹敵する海域攻略作戦には各鎮守府でも主力中の主力が投入される。

この鎮守府でも歴戦にして各分野で最も秀でた戦績を誇る艦が集められた。

正規空母からは私と瑞鶴、戦艦からは金剛さんと長門型の二人、軽空母からは瑞鳳さんが選抜される。

何れも大規模作戦時には艦隊編成に組み込まれる強者揃いだった。

正直、今までは正規空母が私達五航戦しかいなかった、という部分もあったが今回はそれを払拭する好機だ。

瑞鶴は俄然やる気を見せ、それは私も同じで体の奥底から抑えられない衝動が溢れ出し、突き動かそうとしている。

 

「翔鶴姉ったら、大丈夫?」

 

視界に不意に手が映し出されて、私は面食らう。

どうやら出撃直前、瑞鶴に何度も声を掛けられていたらしい。

 

「ええ、ごめんなさい。大丈夫よ」

「改装されてから初めての出撃だから緊張するよね、でも翔鶴姉なら大丈夫だよ!

 あれから何度も演習や鍛錬をこなしたんだから。それに私だって、瑞鳳だって一緒だしね!」

「そうね、三人で一緒に機動部隊の新しい船出に乗り出しましょう!」

 

私を心配してくれる瑞鶴の言葉が、どれだけ暖かく感じたことか。

纏った新しい艤装は装甲化された分、以前の艤装よりも重くなったが軽くなった気がした。

眼前に広がるのは、今はまだ穏やか鎮守府正面海域の見慣れた穏やかな海。

その遥か先にある攻略海域を睨んで、私達は鎮守府を出発した。

 

 

 

攻略海域までは、艦娘を載せた専用輸送船で向かう。

鎮守府正面海域にも未だに深海棲艦は棲み付き、一定期間ごとに潜水艦が跋扈している。

そんな中を攻略艦隊がそのまま出撃してしまえば、要らぬ戦闘をして消耗を強いられることになってしまう。

それを解消する為に、専用の輸送船が用意され攻略隊とは別の艦娘がそれを途中まで護衛することになっていた。

それ程までに入念にしなければ、この海域は攻略が出来ないと提督も大本営も判断したのだろう。

海域の近辺に到着し、輸送船と護衛艦隊を残して私達攻略艦隊は水面にその足を下ろした。

通常ならば青い海が、まるで血のような真っ赤な色に発光しているのが眼前に広がる。

そこにはありとあらゆる生命の気配が無く、とても静かな海となっていた。

各々の艦娘の表情に緊張の色が浮かぶ、適度な緊張ならば戦闘に支障はなく寧ろ良いものだが、過剰な緊張は判断力や身体を鈍らせる。

 

「Hey,皆さん!これから私達は深海棲艦の活動拠点にカチコミを決める訳デスが何て事はアリマセーン」

 

そんな中、旗艦の金剛さんが口を開く。声音には緊張の色は無く、努めていつもの調子で喋っていた。

 

「ただチョーット相手の玄関先に来て強引に扉を抉じ開けて、kitchenから上等な紅茶の茶葉をかっぱらうだけデース」

「いや、それではただの紅茶強盗だろう」

「ナガモンは真面目デスネー」

「そもそもそんな口上でやる気を出すのはお前ぐらいのものだ」

That's impossible.(そんな馬鹿な)そんなことありませんよネー、翔鶴」

「え!?えーと……あの、そのー……」

 

急に話題を振られて頭の中が真っ白になってしまう。

 

「わ、私は何方かというと緑茶の方が」

「まさか、お前は緑茶の茶葉の方がやる気が出るのか!?」

 

ホワイトアウト状態になった思考で必死に出したのは、我ながら呆れる様な回答だった。

長門さんも驚きの為か、若干思考が支離滅裂なものとなってしまっているようだが。

 

「そういう事じゃないんじゃないの?長門も翔鶴も、もうちょっとリラックスして」

 

素っ頓狂なやり取りに緊張がほぐれた陸奥さんが、含み笑いをしながら宥める。

会話の内容はどうあれ、皆の極度な緊張状態が緩和されたのは好ましい。

当の本人の金剛さんが本気で言っているのか、冗談で言っているのかはわからないが。

 

「楽しいお喋りは終わりみたい、偵察機より入電!三時の方角より敵影を発見!!

 重巡二隻、軽巡一隻、駆逐艦二隻の水雷戦隊と思われます!」

 

私達のやりとりをクスクスと笑っていた瑞鳳さんが叫ぶ。

三時の方角には肉眼ではまだ見えないものの、深海棲艦がやって来ている。

 

「全艦、輪形陣を維持しつつ進軍!

 空母のお三方は、第一航空隊の発艦をお願いしマース!!」

 

旗艦の金剛さんが先ほどまでの楽し気な声音から、勇ましい声音で号令する。

私と瑞鶴、瑞鳳さんは頷いて敵艦隊の方角へと弓を構える。

矢を番えて、弦をはち切れんばかりに引き絞って神経を研ぎ澄ます。

風、波、音、五感に訴えて来る情報を頭の中で整理し、計算し、最適な状況を狙って渾身の矢を放つ。

私の放った矢は、他の二人の矢よりも速く、遠くまで飛んで行きやがて複数の艦載機へと姿を変化させる。

私達空母はこの艦載機を通して、戦艦等の水上艦では知覚できない広範囲をあたかも自らの目で見るかのように知覚することが出来る。

当然、本来の目で見る部分も見えているので、私達空母へとフィードバックされる情報量は凄まじいものがある。

特に飛ばす距離が長くなればなるほど範囲は広大となるので、新しく飛距離が増した私への負担は改装前よりも大きくなっていた。

必死に頭の中をフル回転させて情報を処理する、艦載機達が敵艦隊を捕捉する。

敵の艦隊が対空兵器で此方を撃ち落としに掛かるのが()()()

私の流星改が海面スレスレまで高度を落とし、彗星一二甲が敵艦隊の上空から空爆を開始した。

駆逐艦と重巡に爆弾が命中し、断末魔とも取れない声を上げて炎上し海に呑み込まれていくように沈んでいく。

更に艦攻隊の魚雷が放たれ、敵の残りの駆逐艦の横っ腹に命中する。

サメに食い破られたように、腹を抉られた駆逐艦は燃料なのか火薬に引火したらしく、誘爆して海に沈む前に爆散した。

やがて、遅れてやって来た瑞鶴と瑞鳳さんの艦載機が(結果として)第二波となり、敢え無く敵艦隊は全滅した。

 

「敵水雷戦隊、沈黙しました。周囲に敵影を認めず。これで先に進めますね」

 

空母の第一次攻撃のみで敵艦隊を撃滅、この報告に此方側の士気は高まった。

金剛さん達からの称賛も、瑞鶴の喜び、やっと五航戦が名実共に一航戦を継ぐ高揚感よりも

私の体を支配していたのは、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

翔鶴達が艦載機を放って数分、私こと長門は艦載機を飛ばしている間、ほぼ無防備な空母の護衛として翔鶴の傍に控えていた。

他に瑞鶴は陸奥、瑞鳳は金剛に護衛として付いていて貰っている、お互い距離を取って万が一の時に備えて一気に壊滅させられないようにしている。

よって翔鶴の声は他の面子には聞こえておらず、()()()()()()()()()()()()()

艦載機を飛ばしている間、空母の意識はそちらに集中しているので、本来ならばこんなことは滅多にない。

だが、私は彼女の声を聞いてしまった。

 

―沈メ、沈メ―

 

最初は、此方の索敵を掻い潜った深海棲艦の声だと思った。

もし、そうだとしたら人語を解するのは鬼や姫級の相手となる。

冷や汗を額に一気に零しながら私は周囲を見回し、視覚だけでなく電探でも周囲を確認するがやはり敵艦は見えない。

まさかと思い、翔鶴を見やるとその口は動いていた。

 

「沈め、沈め、沈め」

 

まるで、壊れたレコーダーの様にただその単語のみを呟き続けている。

普段の、たおやかで優しく慈しみに溢れた彼女からは想像できないほどの、暗く冷たい声だった。

その様は彼女の美しい白銀の髪と相まって、まさに深海棲艦の様だったが、私が想起したのはそれだけじゃない。

私は、この状況を過去に何度か経験している、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

翔鶴の状態は、敵艦隊を撃滅するまで続いたが、艦載機から意識を離した後にはいつもの彼女に戻っていた。

私は、折を見てこの事を旗艦である金剛、陸奥にも報告しなければならない。

 

「あの時のような悲劇を繰り返さない為にも」

 

 

 

私達三人のアウトレンジ戦法は大成功を収めた。

あの水雷戦隊を撃滅してから何度か敵艦隊との交戦はあったが、その悉くが私達空母による先制攻撃に為す術なく蹂躙されていた。

翔鶴姉の新しい門出、それを華々しい戦果で彩る為に私は何時も以上に気合を入れて決戦に臨んでいる。

普段から手を抜いている訳ではないが、それでも今回の作戦には注力をせざるを得なかった。

今までひよっこ扱いされながらも地道に戦績を重ねて来た、それが漸く実を結ぼうとしている。

だって、これで本気にならなければ私達の中でのこれまでの事が、全て嘘になってしまうだろう。

海は相変わらず、今までの犠牲者の血で染め上げられた様に赤く発光しているが、私達の前途は明るいものだった。

此方の損耗は少なく、金剛と長門さんと瑞鳳が小破状態になっているぐらいで継戦は十分に可能だった。

もうすぐ、敵の主力艦隊と接敵することが予想される。私と瑞鳳は索敵機を放ち、周囲の警戒を行った。

意識を艦載機に集中していると、突然それが遮断される。

 

「八時の方向に敵艦隊と思われる襲撃あり!全艦警戒を急いで!!」

 

索敵機が敵機に撃墜された!私は弾かれるように僚艦達に向かって無線で叫ぶ。

金剛の号令がそれに応える、敵艦隊の編成は不明な為、陣形は様々な状況に対応しやすい複縦陣が選ばれる。

やがて、索敵機が撃墜された方角辺りに視認できるぐらいの距離に敵艦隊が見えた。

もはやアウトレンジ戦法は使えない、私達空母は陣形を組む際に予め発艦させていた第一次攻撃隊を敵艦隊に向けて飛ばした。

敵艦隊からも無数の小さな赤い火の玉のような物体がこちら側に放たれるのが見える。敵艦隊の艦載機だ。

少なくとも敵も空母を擁する機動部隊であることが考えられる。こうなってしまっては負けられない。

私の中で闘志が燃え上がり、身を焦がすほどの炎を体の内から放つ感覚を覚える。

 

「こんなところで負けていられない。この作戦を成功させて皆に、あの澄まし顔の鉄仮面に認めさせるんだからぁ!!」

 

私の激情に応える様に艦載機が次々と敵艦隊の防空網に突っ込んで行く。

艦戦に守られるとは言え、敵主力艦隊の防空網は苛烈で攻撃部隊の半数が海に落ちる。

それでも一部の攻撃部隊は潜り抜けて、果敢に敵艦隊に肉薄する。当然、そこから更に対空火器からの妨害があった。

敵の軽巡、異形の両腕をしたツ級と呼ばれる個体の対空火器の性能は高く、攻撃部隊の更に半数は奴の餌食となる。

 

「届けぇぇぇええええええ!!」

 

私の意識の全てを艦載機に向ける、まるで艦載機を直接操る様な感覚に陥った。

文字通り、自分の手足の様に動く攻撃部隊はツ級の対空火器の作りだす防衛圏を突き破り、ツ級に爆弾を命中させる。

ツ級は言葉にならない悲痛な叫び声を上げて水面にその姿を沈めていった。

次の瞬間には視界が暗転して、私の意識は空母瑞鶴へと戻っていた。

 

「瑞鶴!敵の砲撃の射程内に入ったわ!第二次攻撃部隊の発艦を急いで!!」

「りょ、了解!」

 

先程までの感覚に疑問を覚える暇など無く、瑞鳳の怒号が耳に飛び込んで来る。

敵の艦載機は、こちらの対空火器に阻まれて本格的な攻撃は出来なかったようだが、金剛が被弾して中破状態となった様だった。

すぐに短弓を構えて矢を番えて敵艦隊を睨む、気付けば敵艦隊の陣容がもう目視でわかる距離だった。

先ほど沈めたツ級を除き、空母ヲ級改が一隻に駆逐二級の後期型が二隻、更に戦艦棲姫が一隻だった。

敵空母の艦載機が再び此方に向かって来る、金剛、長門さん、陸奥さんの主砲が敵艦載機を睨み、その口径から榴弾が放たれ敵艦載機の編隊をズタズタに引き裂く。

先ほどは間に合わなかったが、三式弾を装填しており敵の艦載機はほぼ攻撃力を失った。

航空戦力を有する此方が有利となり、第二次攻撃部隊の準備も整った。

私と翔鶴姉、瑞鳳の艦載機は編隊を組んで敵艦隊へと突撃を開始する。

敵も榴弾等で抵抗をするが、何とかそれを掻い潜って肉薄する。

深海棲艦の瞳が艦載機を睨んでいるが、既に為す術はなかった。次々と爆弾、魚雷が投下されて方々で大きな水柱を巻き起こす。

それが収まって、海の上には静寂が戻っていた。霧散した海水が霧の様になり敵艦隊の様子は窺い知れない。

霧が晴れる頃には、深海棲艦の残骸の一部が水面に無残に晒されていた。

勝利を確信した私は、緊張状態を解いてしまう。だが、それは今思えば間違いだった。

私が翔鶴姉の所へ戦勝祝いを述べに行こうと思った時、足元の海中から大きな黒い影が突如として現れた。

人型の艤装を失った、戦艦棲姫の化け物の形をした艤装が狂った様に此方に向かって来る。

横に薙いだ巨大な腕が私を思いっきり打ちのめそうと近づいて来る。

咄嗟の事で何も出来なかった私は体を強張らせて目を瞑ってしまう。

次の瞬間には体が強い力で押し退けられる。死を覚悟したが、不思議と思ったほど衝撃は無かった。

恐る恐る目を開くと、私の眼前には装甲化された飛行甲板を盾にして怪物の一撃を防ぐ翔鶴姉の姿があった。

翔鶴型の出力は16万馬力とあの大和型を凌駕するが、それでもこの怪物の一撃を防ぐには至らず、翔鶴姉の右肩にある甲板は砕け、右腕はあらぬ方向へと曲がってしまった。

しかし、翔鶴姉はただ攻撃を食らっただけではなかった。空いた左手で持った矢で怪物の首筋を貫く。

怪物はその場の空気を揺るがすほどの雄叫びを上げて、翔鶴姉を振り解いた。

海面に叩き付けられた翔鶴姉目がけて止めを刺そうと、怪物の砲口が向けられた。

だが、その砲口が火を噴くことはなかった。

 

「これ以上好き勝手は許しマセーン!」

 

怪物の死角から金剛が飛び掛かり、脳天に向けてその拳を振り下ろす。

高速戦艦の速力と、体重を載せた強烈な一撃に怪物は身じろぎして後退した。

 

「ナガモン、ムッツー!旗艦命令で近接戦闘を許可しマース!思いっきり暴れて下サーイ!」

 

言われるや否や、長門さんと陸奥さんは海面を蹴って跳躍し、二人揃って飛び蹴りを怪物の腹部に繰り出す。

それでも怪物の体は仰け反らないが、蹴りを入れた長門さんはすかさず怪物の懐に飛び込み、ボクサーのように強烈なパンチを何度も繰り出した。

その隙に陸奥さんは背後に回り込み、反対側から怪物の背中に腰を落としてからの強烈な右ストレートを打ち込んだ。

怪物の背骨にあたる部分が軋んだ音を上げて、潰れた音がはっきりと聞こえるまでに破砕される。

次に二人はそれぞれの右足を一歩後ろに下げ、左足を軸にして怪物の首に目がけてハイキックを繰り出した。

二人の右足はギロチンの様に怪物の首を跳ね飛ばし、怪物の首から油のような、血のような体液が噴水の様に勢いよく噴き出している。

ただ、それでも怪物の動きは止まらなかった。それどころか両腕を振り回し始めるので二人は怪物から距離を取った。

 

「しつこい相手ね、私と長門の攻撃を食らってまだ動けるなんて」

「全くだな、大抵の姫クラスなら機能停止するものを、金剛お前も見てないで手伝え!」

 

金剛は了解デースと応えて、頭を失い最後の足掻きと出鱈目にその巨大な両腕を振り回す怪物に近付く。

両腕の攻撃は金剛の艤装の船体を模したシールドが、まるで意思があるかのように動いて尽く弾き、その強烈な一撃は一度も金剛に触れることはなかった。

ある程度近付いた金剛は右の手を握る。

 

「バーニング、ラァァァアアアアアブ!!」

 

その掛け声と共に右の握り拳から、何と炎が噴き出す。

余りの出来事に、私は自分の目を疑った。そんな馬鹿な、長門型二人の戦い方も戦艦としては出鱈目だが、金剛の場合はもはや人体としても出鱈目だった。

金剛の右腕が怪物の胸を貫くと、怪物は動きを止めて糸が切れた人形の様に海上に崩れ落ちた。

 

「相変わらずお前の格闘は出鱈目だな」

「これも修行の成果ネー」

「艦娘としての修行としては間違っている気がするわ」

 

長門型の二人も若干引いた反応を示すも、金剛は意に介していなかった。

余りの出来事に呆然としていた私だったが、すぐに翔鶴姉の元に駆けつける。

海面に叩きつけられた後、近くにいた瑞鳳に介抱してもらっており、彼女の肩を借りて何とか立っていられる状態だった。

 

「翔鶴姉、大丈夫!?」

「ええ、右腕以外は平気よ」

 

気絶していても不思議ではないぐらいだったが、翔鶴姉は気丈に振る舞っていた。

折角改装した飛行甲板も、見るも無残な姿になってしまっていた。

 

「それにしても、良く瑞鶴の危機に間に合ったね。私はもう駄目かと思ったんだけど」

 

ほっとしたように瑞鳳は胸を撫で下ろしていた。

だが、確かに本来なら私の危機に間に合わないぐらい陣形の距離は空いているのに、どうして翔鶴姉は間に合ったのだろうか?

 

「私、いつでも瑞鶴の危機に間に合うように気を配ってたから」

「いつでも?」

「ええ、それにこの飛行甲板も装甲化したおかげで今回も守ることが出来たわ。やっぱり装甲空母に改装してもらって良かったわ」

「それって……本当なの!?」

 

私の怒気が籠った声に翔鶴姉も瑞鳳も驚いて表情が凍り付く。

何事かと金剛や長門さん、陸奥さんも此方を見ているが、それでも私の気持ちは収まらなかった。

 

「私の為に?そりゃあ、確かにさっきは私が悪かったけれども私の為に翔鶴姉は危険かもしれない改装を受けたっていうの!?」

「そうよ、瑞鶴がもう()()()()()()()遭わなくても済むように、私が貴女を守れるように……」

「私は何時までも弱いままの私じゃない!

 今まで翔鶴姉と一緒に加賀さんの鍛錬にも耐えて強くなったのに……

 翔鶴姉は私の成長を認めてはくれないの?!」

「違うわ、瑞鶴。そういう訳じゃないの」

「違わない!私は何時までも翔鶴姉に守られるだけの空母じゃない!翔鶴姉なんてもう大ッキ」

 

次の瞬間には、私は言葉を紡げなかった。左の頬に衝撃を受けたからだ。

正確には、金剛にビンタをされたからだったのだが、何が起こったのか理解するのに時間が掛かった。

 

「それ以上は言ってはいけマセーン。折角の作戦成功なのですから、早く帰投しマース」

 

これ以上は、私は一切言葉を発しなかった。

確かに、あのまま言おうとした事を言ってしまったら、最悪の結末になったかもしれない。

だが、素直に金剛に感謝の気持ちを抱くことも出来ず、やり場のない怒りのせいで私は黙ることしか出来なかった。

ただ、五航戦が作戦を成功に導いたという輝かしい戦績が残ったが、それが今ではまるで他人事のようにどうでもいい事の様に思えた。




すみません、艦隊戦の描写を入れたらいつもの倍以上の文字数になってしまいました。
前書きに書かせて頂きましたが、現実の艦隊戦闘ではなくゲームを基準に書かせてもらってます。
え?ゲームとも一部かけ離れているだろう?
本当にすみません、流石に肉弾戦は調子に乗り過ぎてしまいましたが、今後二度と艦隊戦は書かないと思うので大目に見て頂けると幸いです。
次回から加賀さんにも出番ありますので、タイトル詐欺とは言わないで!


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姉妹 ―鶴のお話・後編その1―

次の投稿で終わると言ったな

あれは嘘だ


五航戦の二人を含む主力艦隊が敵主力艦隊の撃退に成功した。

作戦の完遂と二人の無事の知らせを聞いた加賀は、息を吐いて胸を撫で下ろす。

加賀は普段秘書艦をしている金剛が出撃しているので、代理で提督の秘書艦に着いていた。

赤レンガの執務室には、艦隊情報が早く入って来るので、提督の配慮もあったのだろう。

加賀は二人の成長も信じていたが、何よりも僚艦に長門型や金剛がいる。

あの三人が着いていれば大丈夫だと頭ではわかっていたが、それでも無事の知らせを聞いて加賀の中で緊張が解れた。

 

―流石に今回ばかりは二人を素直に褒めてあげなければね―

 

葛城との一件から加賀の中では、何をしたらあの二人を手放しで褒めようかずっと考えていた。

思い返せば何かと小言ばかりを言っていたので、相当嫌われていても可笑しくはなかった。

それでも二人は直向きなまでに自分の厳しい鍛錬にも着いてきて、それを見事に成し遂げた。

 

―本来ならばこういう役割は赤城さんにやって貰いたかったのだけれども―

 

提督の執務机の上に飾られている、かつての戦友達の写し出された写真を見て加賀はそんなことを考えていた。

あの時、赤城が無事に帰っていたのなら―――珍しく加賀はかもしれない仮定のことを考えていた。

やがて艦隊が作戦海域から凱旋する、と連絡があり漸く提督も肩の荷が降りたように背もたれに体を預ける。

 

「お疲れ様です、提督」

「ああ、加賀も慣れない秘書艦代理お疲れ様」

「いえ、私は基本的に何もしていません」

 

これは世辞ではなくほぼ事実だった。

秘書官代理と言っても大淀の補佐があり、彼女が殆どの業務を遂行していた。

 

「心配性な加賀のことだから二人の安否が気になるかと思ってな」

「私はあの子達の心配などしていません」

「そうか?敵主力艦隊撃破の報告よりも、

 二人の一応の無事を聞いたときの方が、表情が和らいでいたぞ」

 

そんな馬鹿なと言いたげに加賀は自分の口元を左手で覆う。

最早その仕草で丸わかりのようなものだった。

鎮守府に帰投するまでに時間はあるので、提督は執務室に残り後処理をそのまま行う。

加賀は提督の代わりに艦隊の出迎えを命じられ、波止場へと足を向けていた。

鎮守府近海の水平線の向こうに、主力艦隊と護衛艦隊を乗せた輸送船の姿が見える。

既に葛城が実戦形式の鍛錬を行いながら、主力艦隊の帰りを待っていた。

残心の後、加賀に気付いた葛城が足場近くへと来た。

 

「お疲れ様、実戦形式での鍛錬はどうかしら?」

「お疲れ様です。やっぱり慣れないと難しいですね!

 足場が確りしていないので、的に当てるのだけでも一苦労です!」

 

元気一杯に言われても困るのだが、と加賀は苦笑するしかなかった。

実戦形式の訓練も行うようになってから一週間は経っていた。

そろそろ足さばきや体勢の整え方も身に着けなければならない。

こればっかりは、体験して経験を積むしかないので、艦娘によって修得の速さには個人差が大きく出る。

(赤城は始めて丸一日程度で修得してしまったので、当時の嚮導役を仰天させた)

葛城の鍛錬を見ていると、輸送船が大分近くにまで来ていた。

もうすぐで会えると思うと葛城は少し緊張した面持ちで、加賀は安心しきった面持ちで出迎える。

中破した翔鶴が瑞鳳に介抱されながら船から降りる、骨折した腕は一先ず簡単に固定されていた。

 

「その右腕は……」

「私の不注意です、申し訳ありません」

 

よく見れば右腕だけではなく、装甲化された飛行甲板までもが見るも無残な状態だった。

それだけに戦闘は激しいものだったのだろうと、葛城は思わず固唾を呑み込む。

加賀はこの状況に違和感を覚えていたが、その原因はすぐにわかった。

主力艦隊の残りの瑞鶴が船から降りるや否や、不機嫌そうにそのまま空母寮へと歩き出していた。

いつもの瑞鶴ならこんな怪我を負った翔鶴を放っておいて、勝手に帰ることなどまず有り得ない。

葛城もそれに気付いた様で、不安そうに翔鶴と瑞鶴を交互に見つめている。

 

「兎に角、貴女はすぐに明石のところへ行って修復してもらいなさい。

 腕の骨折なら入渠すればすぐに治るでしょう」

「はい、金剛さんお先に入渠ドックに行かせて頂きます」

 

ドックへ行く前に艦隊旗艦である金剛に了承を取る、金剛はいつもの気さくな笑顔で了解と告げた。

翔鶴と瑞鳳、更に葛城も伴って入渠ドックへと行ったタイミングを見計らって金剛は加賀に話しかける。

 

「Youは二人の教育係りなので、今作戦の出来事を伝えておきマース」

「それならば、翔鶴について私からも報告がある。加賀には悪いが鎮守府本部で話し合おう」

「そうしてもらえると助かるわ、全く二人ともまだまだな様ね」

 

思わず悪態を吐いてしまう、人が手放しで褒めてあげようかと思った矢先のこの空気だ。

流石の加賀も自分の間の悪さに呆れつつも、そう言うしかなかった。

 

 

 

赤レンガの鎮守府の小さな会議室で金剛、長門は加賀に今作戦の出来事を話した。

作戦は大成功で終わったのだが、二人の軋轢が帰投後のあの険悪な空気の原因だとわかった。

 

「そういう事ね、二人の関係性については一先ず置いておくとして気になるのは翔鶴の方ね」

「あの時の翔鶴は正直言えばどちらが深海棲艦かわからなかったぐらいだな」

「言語をmasterした個体は幾つか居ますからネー」

「そしてお前たちも知っているだろうが、あの様な状態になった艦娘を一人だけ知っているだろう」

 

加賀達の脳裏に想起されたのは、かつて鎮守府の機動部隊の不動のエースにして一航戦を務めた艦娘。

黒く長い髪と瞳を持ち、長弓を携えて射掛ければ脅威の命中率を叩き出していた、赤城の姿だった。

 

「赤城さん」

 

反芻するように加賀は彼女の名を口にする。

彼女が沈んでから加賀の口から名前が出たのを、金剛達は初めて聞いた。

 

「赤城さんも、極度の集中状態では翔鶴と同じ状態になっていたわね」

 

先の作戦で翔鶴は開幕攻撃時にまるで呪詛の如く、『沈め』という言葉を繰り返していた。

その言葉は深海棲艦でも姫や鬼級の上位種が良く口にする言葉だった。

勿論、艦娘の中でこの言葉を使う者がいない訳ではない。

ただ空母が艦載機に意識を集中する状態、一種のトランス状態になって言葉を発することは稀だ。

遠距離からの艦載機の操作には尋常ではない集中力を要求される。

そんなほぼ無意識の状態で、その者の本質が現れる状態で深海棲艦に近い行動を取るということは

 

「もしかしたら翔鶴も()()()()に近付き過ぎているのではないのか?」

「改二改装によって何等かの変化があったかもしれませんネー」

「そういう事もあるのか?私も加賀も改二改装はしたことがないからわからないのだが」

「本来ならば私達は兵器デース、テートクがどれだけ私達を大事にしてくれてもそれは変わらないネー」

 

何でもないことのように金剛は、紅茶を飲み下しながら言う。

 

「そしてそれは深海棲艦も同じネー、If(ならば)私達とは何が違うのでしょう?

 強化されるということはそれだけ兵器の姿に近付くものだと私は考えマース

 つまり、私達が艦娘としていられる何かを代償に兵器へと近付いているかもしれせんネー」

「強くなればなるだけ、深海棲艦に近付いている、ということかしら?」

「深海棲艦に近付くというよりもborder(境界)が曖昧になってる気がしマース

 なので、ちょっとした切っ掛けさえあれば No problem デース」

「切っ掛け、というと?」

For example,(例えば)……その艦娘にとって大事にしてるものとかデース。

 ナガモンならムッツーとか」

「だ、大事って……それは妹分なのだから当然だろう」

 

思わぬ変化球に長門が少々赤くなりながら言葉を濁す。

 

「何だかrealな反応が返ってきましたネー

 Jokeは兎も角、翔鶴にとっての大事なものは明白デース」

「まぁ、とっても判りやすいわね」

「私が言うのも何だか奴は相当なアレだからな」

 

三人とも呆れるように溜息を吐く、翔鶴の大事なものは誰がどう考えても妹の瑞鶴だった。

なので、現在の瑞鶴との険悪な状態は余り好ましくはない。

赤城と同じ状態に陥っている、ということは彼女と同じ結末を辿る可能性が高い。

それを回避する為、出来れば瑞鶴との関係修復の切っ掛けを作り出せないものか。

 

「私には妹がいないから特に出来るアドバイスはないわ。貴女達はどう?」

「私は……人のことが言える立場では余りないな」

「そうですネー、初めてムッツーを実戦に連れて行った時のナガモンのReactionは凄かったデース」

「あれはもう忘れろぉ!!」

 

羞恥に顔面を歪めて長門は額を机にぶつける、その衝撃で机は真っ二つに破壊された。

机に置かれていたティーセットをすかさず金剛が持ち上げていたので、

机が壊れた程度で済んだが、また備品の修理担当もしている明石に小言を言われるだろう。

 

「そういうコントはまたの機会にして貰いたいものね」

「すまん」

「それで、金剛は思うところはないのかしら?」

「そうですネー、言いたいことは山ほどあるので入渠が終わったら、

 翔鶴に執務室に来るように言ってもらえますカー?」

 

笑顔の圧力に加賀も長門も緊張感を走らせる。

やはり金剛は少なからず翔鶴に対して、思うところが色々とあったらしい。

加賀は小さく程々にして頂戴と呟いた。

 

「それと申し訳ありませんが、加賀から瑞鶴にビンタして悪かったと伝えて欲しいデース

 暫くはまともに話も聞いてくれないと思うのでお願いしマース」

「構わないけれども、私は謝罪を伝えるだけよ。後でちゃんと自分でもフォローして頂戴」

「勿論デース!では、加賀も上手く瑞鶴を説教してあげて下サーイ」

「それはそうと、私の教え子達のせいで折角の凱旋が台無しになってしまってごめんなさいね」

「気にするな、瑞鶴の性格上いずれはああやって不満は爆発してただろうさ。

 ガス抜きという訳ではないが、アイツは鬱憤を溜め込むタイプじゃないからな」

「誰かさんと同じで、感情をstraightにぶつけてくれるのでわかりやすいデース」

 

二人が加賀をじっと見つめると、加賀は罰が悪くなって顔を逸らした。

以前に赤城にも加賀は表情に出ない割りには感情を言葉に良くしている、と言われていた。

 

「兎も角、申し訳ないけれども翔鶴のことは任せます。では私は瑞鶴の所へ行くわ」

 

足早に部屋を後にした加賀を、金剛と長門が見送る。

完全に加賀が遠のいたことを確認してから、長門が口を開く。

 

「なぁ、そんなに陸奥の初陣の時の私は酷かったのか?」

「No,妹のことを真剣に思いやるからこその行動デース

 私は茶化しはしますけれども、笑ったりはしマセーン」

「余計に性質が悪い気がするぞ、それは」

 




その2はそこまで時間かからない筈です


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姉妹 ―鶴のお話・後編その2―

鎮守府に帰投して、そのまま空母寮に帰ってしまった私はやや消沈して布団に埋もれていた。

今の私は感情に振り回されて思考もまともに働かない。

翔鶴姉に庇われたことに関して、まず湧き上がった感情が怒りであることは間違いなかった。

そこから色々な感情がない交ぜになって、私の中でドロドロとしたものになってしまった。

その結果が大好きな姉に対して、大嫌いと言ってしまう寸前まで来てしまった。

 

―普段だったら、翔鶴姉にあんなこと絶対に言わないのに―

 

今でも翔鶴姉のことが好きなことに変わりはないし、今すぐに仲直りだってしたい。

けれどもこの状況を許すことが出来ない自分がいるのも、また事実だった。

今回のことは自分の詳細不明な、感情の理由を知らなければ意味がない。

上辺だけの謝罪を述べて、以前の関係に戻るだけでは根本の解決には至らない。

いずれはまた今回の様なことを繰り返してしまうだけだろう。

 

―あーもう!自分の事なのに何でこんなにわっかり難いのよ!―

 

体を投げ出している布団の上で思わずじたばたするが、何の解決にもならない。

こんなに感情が複雑なものだと思ったのは、初めてのことだった。

今までは自分の気持ちを素直に受け止め、言葉にすることが出来たのに今はそれが出来ない。

苛立ちだけが募っていくが、布団に横たわったままでいたので昨夜のことを思い出した。

少し不安そうに翔鶴姉がしていたので、今晩は一緒の布団で寝ようと私が提案したのだった。

 

 

 

 

『やっぱり、一人用の布団で二人一緒に寝るのは少し狭いわね』

『うん。でもさ、こうしてる方がお互いの体温を感じられて、何だか安心出来ないかな?』

 

 一人用の布団で無理に二人で入っているので、体は密着した状態だ。

 私の顔のすぐ目の前には翔鶴姉の顔があった、少し困惑しつつもこの状況を嫌がってはいない。

 長く綺麗な銀髪は月の光を浴びて神々しく輝いているようだった。翔鶴姉の睫毛長いなぁ。

 

『瑞鶴、どうかしたの?』

『な、何でもないよ!明日は早いし、もう寝ちゃお!』

『そうね、おやすみなさい瑞鶴』

 

 私もおやすみを言って目を閉じる。

 しかし、目を閉じると視覚以外の感覚が鋭利になって私の理性を攻めたてる。

 体の至る所では翔鶴姉のぬくもりや感触(翔鶴姉柔らかいなぁ)、

 耳からは寝息(寝息可愛いなぁ)がより強く感じられる。

 鼻孔に至っては翔鶴姉からする甘い香りが、私の理性の箍を吹き飛ばしに来ている。

 私と同じシャンプーやらボディソープ使ってるのに、何でこんな良い匂いがするんだろう。

 堪らなくなって私は目を開ける、すると翔鶴姉の寝顔が視界を覆うように見える。

 余計に動悸が激しくなってしまった。

 こんな無防備な姿を見せるのは、私が妹だから何だろう。

 私だって翔鶴姉とじゃないと同衾なんて絶対に出来ない。

 このまま寝顔を見つめていると、何か間違いを起こしてしまいかねない。

 私の視界は彷徨って次には翔鶴姉の、煌々とした銀色の髪を捉えた。

 緑がかった黒い髪の私とは正反対な、とても綺麗な髪色、いつもこの髪を梳いている。

 思わず髪に触れると、その香りが一時的に増した。

 いつも梳いていた髪を撫でたからか、私の激しく乱れた心は落ち着きを取り戻し眠れた。

 

 

 

布団に横たわっていると、その時の香りが微かにまだ残っている。

このままじゃ駄目だ。

それはわかっているのに何を謝ればいいのか、何が不満なのかわからない。

ふと気付けば、そのまま寮に帰って来てしまったので補給すらまだしていない。

空腹なままで考え事をしていても、悪い方向にばかり思考が傾いてしまう。

 

―取りあえず、間宮へ行こう―

 

少々名残惜しいが、現実逃避の為の布団から起き上がって私は間宮へと向かう。

 

 

 

間宮には先の作戦の護衛を務めてくれた艦娘達の他に、陸奥さんの姿があった。

私に気がついた陸奥さんは気さくに手招きをした。

私もそれに応えて陸奥さんの向かいの席に座る。

 

「少しは落ち着いた?」

「はい、まだ私の中では納得出来てはいませんけれども」

「あらあら、そういう事もあるわよね」

「陸奥さんは長門さんと喧嘩はしないんですか?」

「そうねぇ喧嘩らしい喧嘩はしたことはないわね。

 寧ろ私と長門が殴り合いでもしたら鎮守府が壊滅しちゃうかも」

「それは流石に………………ごめんなさい、やっぱり喧嘩しないで下さい」

 

戦艦と戦艦の殴り合いは、戦場で何度も見たことがある光景だった。

特に長門型の二隻は先の作戦でも活躍したように

艦娘の中でも近接格闘に精通している珍しい姉妹だ。

あれを鎮守府でやられてしまっては、堪ったものではない。

また明石が過労で倒れる寸前まで忙殺されてしまう。

陸奥さんは冗談だと付け加えたけれども、長門さんと二人なら

他の艦娘の妨害が無ければ簡単にこの鎮守府を壊滅出来るだろう。

 

「でも喧嘩なんてしない方がいいですよ。

 翔鶴姉とどんな顔して会えば良いのかわからないし」

 

自分から吹っ掛けた喧嘩なので、

自分から謝るのが筋だとは私は思っていた。

しかし、何が悪いのかわからないのに

ただ言葉だけの謝辞はしたくないと陸奥に相談する。

 

「そうねぇ、少し難しく考えすぎなんじゃないの?」

「そうかもしれませんけど原因を突き止めないと

 また喧嘩になっちゃうかもしれませんし」

「そ、そう……(意外と理詰めで物事を考えてるのね)」

 

陸奥さんの冗談を聞いても曇った私の表情を見て、陸奥さんも少し考える素振りを見せる。

難しそうな顔をしていたが、急に目を見開いてあることを提案して来た。

私は陸奥さんの提案に驚いたが、その提案に乗ってみることにする。

 

 

 

空母寮の瑞鶴の自室には既に彼女の姿は無く、加賀は他に宛ても無いので射場にやって来た。

加賀の直感通り、瑞鶴は補給を済ませてから鍛錬をしていた。

瑞鶴は加賀が入って来たことにも気付かないほど集中しており、表情には()()()()()()()

放った矢は空気を裂きながら的の真ん中を射貫く、思わず加賀はその所作に見惚れてしまっていた。

 

「見事なものね」

「え、加賀さん!?何時の間に来たの!?」

「つい今しがたよ、全く気付かなかったみたいね」

「むむむ、射掛けている時はどうしても……というか加賀さん今の褒めたの?」

「何のことかしら?そんなことよりも先の作戦のことだけれども」

「翔鶴姉とのことだよね、私も加賀さんに相談したいことがあるの」

「相談?いいけれども」

 

心に決めたこととは言え、瑞鶴は深く呼吸をして絞り出す様に言葉を紡ぐ。

 

「私、五航戦を抜けます!」



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姉妹 ―鶴のお話・後編その3―

入渠ドッグに浸かっているも、私の気持ちは大破着底した様なものだった。

瑞鶴に嫌われてしまった、その事実が私の頭の中でずっと巡り続けている。

取り留めのない思考の暴走からか、

完全に折れていた右腕の骨の痛みも全く感じられない。

そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

右腕で左腕を触っても、まるで他人に触れたような奇妙な感覚になる。

ドッグに入ってから一時間ほどすると高速修復材が使われて、私はドッグから立ち上がる。

濡れた体と髪をタオルで拭い、下着を付けてドライヤーで髪を乾かす。

鏡越しに見る自分の顔は、目は赤く腫れてとても見られたものではなかった。

ふと、自分の後方に真っ白な肌と髪をした女性の影が見えた気がした。

振り返って見てもそこには誰も居ない、見間違いだと思って私は鏡に向き直す。

すると感覚の無くなっていた右手を、白い手が掴んでいるのが見えた。

本来ならば、恐れ慄くところなのだが不思議とこの白い手に嫌悪感を抱けなかった。

暫くすると霞や靄のように白い手は霧散して、右手には何時しか感覚が甦った。

何が起こっているのか分からなかった私を呼ぶ声が聞こえる。

 

「翔鶴さん、入渠が済んだら提督が執務室に来てくれとのことですよ」

「分かりました。すぐに準備をして行きますね」

 

この事は誰にも話さないでおこう、昼間から幽霊を見たと言えば訝しがられるだけだ。

 

 

 

赤レンガの執務室に着くと、まだ中破状態の秘書艦の金剛さんが居た。

見たところ、提督は執務室には居ないようで私と金剛さんの二人だけが、

陽光が窓から降り注ぎ、窓からドッグを見下ろせるこの部屋に居る。

 

「空母・翔鶴、只今修復から戻って参りました」

「お疲れ様ネー、テートクは今は大本営に報告に行っていマース」

「そうですか、なら金剛さんが私を呼んだんですね?」

Exactly(その通り),個人的にというよりも同じお姉ちゃんとしてお話がしたかったのデース」

 

金剛さんは応接用の椅子を指示して私に座るように促す。

私が席に座ると金剛さんはティーカップを私の目の前に置いてくれた。

向かい側に座った金剛さんが自分のカップに口を付けたのを確認してから、私も頂くことにする。

流石は紅茶を嗜むだけあって、いつも適当に済まして飲んでしまうインスタントよりも美味しい、

気がする。

 

「あの、美味しい紅茶をありがとうございます」

「そんなに畏まらなくても大丈夫デスヨー。tea timeはオモテナシをする為ネー」

 

良く考えれば、作戦会議などの仕事以外で金剛さんと二人きりで会話をするのは初めてだった。

いつもは秘書艦として提督の傍らや、同じ金剛型の妹達に囲まれていて常に誰かと一緒にいる。

一人きりでいる、という状況事態が珍しい艦娘だった。

 

「それで、お話というのは何でしょうか?」

「瑞鶴の事デース、翔鶴は瑞鶴のことをどう思ってマスカー?」

「勿論、大切な妹です」

How much(どのくらい)?」

「私の命を投げ出しても惜しくないぐらいにです」

 

鋭い視線を投げかけられて、私は少しだけ身動ぎをする。

金剛さんの視線は、敵意や怒りとは違う。私の本心を探ろうとする目だった。

 

「命を投げ出しても構わないという気持ちは、私にもわかりますヨ。

 ワタシだって翔鶴と同じお姉ちゃんデース、それぐらいに妹を大切に思っていマース」

 

持っていたティーセットを、椅子の前のローテーブルに置いて金剛さんは立ち上がる。

 

「ただそれを実際に行動に移すのは、はっきり言ってどうかと思いマース。

 アナタはお姉ちゃんである前に戦場に立つ艦娘デース、自分の立場を考えるべきでは?」

「私の立場……」

「翔鶴と瑞鶴はあの一航戦の二人のsuccessor(後継者)デース!

 もしも赤城と加賀が同じ立場だったら、どうしたのかは翔鶴にもわかる筈デース!」

 

赤城さんが加賀さんの危機に面したのなら、恐らく私みたいに庇うことはなかっただろう。

寧ろ襲い掛かってくる深海棲艦を素早く射貫いて、加賀さんを救うに違いない。

 

「きっと私の様には行動はしないでしょう。

 ですが、もしも深海棲艦が差し違えようと渾身の一撃を放っていたら?

 果たして私の腕前で、あの赤城さんと同じことが出来ると思えるんですか?」

「ならば言わせてもらいますが、アナタは自分自身の腕前だけでなく、

 最愛のSisterをも信じ抜くことが出来ないのデスカ?同じ戦う僚艦のことも?

 何様のつもりネー?アナタ一人で深海棲艦と戦っているつもりでいるのデスカ―?」

「そんなつもりはありません、ただ私は()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()

 あの大戦の末期で、瑞鶴は囮にさせられてしまった!

 もうそんな思いをあの子がしなくても済むように、私が守ってあげないといけないんです!

 貴女は妹さんのその後を聞いて、何とかしてあげたいと思わなかったんですか!?」

 

私が言い終わるや否や、執務室に大きな音が鳴り響いた。

提督の執務机の横に立っていた金剛さんが、右腕の拳を机に叩きつけていた。。

たった一撃で机はヒビ割れ、右手の拳の隙間からは見間違いでなければ煙や火が見える。

金剛さんの右腕が置かれた提督の執務机が炎で燻る音が聞こえた。

紫色をした瞳が、普段は人懐っこく明るい色を湛えた瞳が、鋭く私を突き刺すように睨みつけている。

 

「Shit!ワタシのSistersについて言及するなら発言に気を付けて下サーイ。

 Sistersを決して可哀想な子にはさせまセーン、もうそれぞれを独りぼっちにしない為に

 ワタシ達姉妹は強くなりました」

「それと私の瑞鶴への思いに違いだなんて……」

「違いマース、アナタは瑞鶴の幸せばかりを願っていて、自分自身をおざなりにしてマース!

 そんなお姉ちゃんの姿を見て、Sisterが傷ついているのに気付けていないのデスカー!?」

「瑞鶴が傷ついている?そんなことありません!

 あの時の私は瑞鶴が傷付く前に助けられました!」

 

私には金剛さんが言っていることが理解できない。

あの作戦の時、私はこの身を呈して瑞鶴を守り切った。

 

「確かに瑞鶴は被弾することなく作戦を完了させました、けれどもHeartはどうデス!?」

「ハート……?」

「アナタが瑞鶴に傷ついて欲しくない様に、

 瑞鶴も大好きなお姉ちゃんが傷つくのは嫌な筈デース。

 それはわかりますカー?」

 

考えてもみなかったことだった。

私が傷つくことで、瑞鶴が傷ついている?

 

「ワタシ達は艦娘デース。BodyだけでなくHeartが傷つくことがありマース」

「心が傷つく……?」

「それを自覚する艦娘が少ないのは事実デース。

 元々が軍艦だったワタシ達がどうしてHeartがあるのかはわかりませんが、

 この事には重要な意味があると思いマース」

 

金剛さんとは違い、艦娘になって日が浅い私にはわからない。

確かに、どうして私達艦娘には人と同じような感情が心があるのだろうか?

今までこんなことすらも疑問に思ったことがない、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「昔にある艦娘に言われたことがありマース。

 兵器に感情は不要なのではないか、と

 But,ワタシは真向から否定しました」

「どうしてですか?」

 

私が訝しげに尋ねると、金剛さんは先程の恐ろしい様子から一変して気恥ずかしそうに言った。

 

「だって、この感情が無ければSistersを、人を好きになることすら出来まセン。

 だからワタシは艦娘として、感情が芽生えたことがとても嬉しい。

 テイトクと、Sistersと一緒に居られることがこんなに幸せだなんて、

 Heartが無ければ知ることも出来なかったのデスから」

「そうですね、心がなければ私が瑞鶴を愛することもなかったんですね。

 それは瑞鶴も同じで、瑞鶴は私が傷つくのが嫌なんですよね。

 でも、私はどうしてもあの娘が傷つきそうになると体が勝手に動くようになってしまうんです」

「成程、ワタシもsome time ago(さっきは)自分のことを棚に上げて言いましたが、

 昔は妹達の為に無茶をしたことがありマース」

「金剛さんがですか?」

 

今でこそ鎮守府の精神的支柱の一人である金剛さんが、無謀なことをしたとは思えない。

私は思わず聞き返してしまった。

 

「Yes,この鎮守府で初めて改二改装をしたのは他ならぬワタシデース。

 その頃の改二改装技術はお世辞にも整っていたとはいえませんでしたネー。

 それでもいずれはやってくる妹達の改二改装の為にまずはワタシから志願しました。

 そして、ワタシの嫌な予感は的中したネー」

 

金剛さんも、嘗ての私と同じように同型艦の妹にもいずれは来るであろう、

改二改装のデータを取る為に先行して改装したというのだ。

 

「嫌な予感、ですか。一体何があったんです?」

 

一番気になる所は此処だった。

鎮守府の発表ではこれまでの改二改装で失敗した例が無かった。

 

「ワタシは()()()()()使()()()()()()()()()、味覚障害なのデース」

 

少し言い淀んで、金剛さんはそう言った。

私には信じられないことだった、紅茶をあんなにも愛していた金剛さんが味覚障害だなんて。

 

「異変に気付いたのは改二改装をした初出撃の後ネー

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、気晴らしにアッサムティーを飲んでみたら、

 味どころか紅茶の熱さもわかりませんでしタ。流石にあの時は少しshockでしたネー」

「白い影……」

「やはり翔鶴も見える様になったのデスネー?」

 

私は言葉にしないが、頷いた。

入渠ドッグから出て来た時に見えたアレは、私の頭が可笑しくなった訳ではなかったのか?

 

「ワタシにも良くはわかりませんが、それを見たことがある艦娘は他にも居マース。

 その殆どが高い練度の艦娘か、ワタシ達みたいに改二改装を受けた艦娘デース」

「どうして、それを他の艦娘には言わないんですか?」

「他の娘達を不安がらせない為デース、ワタシ達は原因を突き止めようとしてますが、

 成果を得るどころか、その幻覚が見えていた艦娘の一隻が沈んでしまいマシタ」

 

私は押し黙ってしまう。確かに、練度が上がるにつれ、

つまり強くなることで自分の身がどうにかなってしまうのは、怖いことだった。

今までは自覚しないようにしていたが、私は今はっきりと恐怖を覚えている。

瑞鶴のことではなく、自分のことで恐怖を覚えるのは初めてのことだった。

 

「さて、話題を戻しマース。瑞鶴が傍に居ると無意識で体が守ってしまうということですが、

 ワタシにいい考えがアリマース!!」

 

私は金剛さんのアイデアを聞いて、最初は断ろうと思った。

けれども、このままで居てはまた私は瑞鶴を無意識の内に傷つけてしまう。

それならばいっそのこと

 

「金剛さん、わかりました。

 瑞鶴と話し合ってその提案に乗ってみます」

「Yes!ワタシは同じお姉ちゃんとして、翔鶴の選択を尊重しマース」

「ただ、瑞鶴にビンタしたことだけは本人に謝ってあげて下さいね」

「そうデスネー、二人のtalkが終わってから謝りマース」

(人のことは言えませんが、やっぱり姉馬鹿デスネー)




五航戦編は次の更新で一区切りです
今更ながら補足が活動報告に載ってますので、良ければ此方も見て頂けると幸いです


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姉妹 ―鶴のお話・後編その4―

西日の差す鎮守府の射場で、瑞鶴と加賀は向かい合っていた。

瑞鶴の言われた言葉に、加賀は怪訝な表情をする。

 

「五航戦を抜ける、ですって?」

「うん。あー、でも艦隊を除隊するっていう意味じゃなくて、

 翔鶴姉とのコンビを解消したいという意味でね」

「翔鶴とのコンビを解消……」

 

加賀は少し困惑していた。最悪の展開になってしまっているのではないかと考えてしまう。

翔鶴には瑞鶴との絆が必要であると、先ほど金剛や長門と話していたところだ。

ここは瑞鶴を宥めるべきなのかどうか、慎重に考えなければいけない。

 

「だから加賀さんからも提督に口添えをしてくれないかなーと思って」

「急に言われても承諾は出来ないわ。貴女の意見を聞かせて頂戴」

 

瑞鶴は真向から否定されると思ったので、少々面食らった表情をしたがすぐに考えを述べる。

 

「今回の作戦で翔鶴姉と喧嘩してしまって、凱旋を台無しにしたのはごめんなさい。

 でも、私が翔鶴姉の行動にどういった感情を覚えたのかまだよく解ってないの。

 理由もわかってないのに口だけの謝罪を述べたって、そんなのは解決にはならないし」

 

自分の現在の状況を整理する様に、瑞鶴が訥々と考えを述べる。

加賀が一切口を挟まずに黙って聞いてくれているので、

瑞鶴は自分の意見を真剣に聞いてくれると解釈して続けた。

 

「だから、一度翔鶴姉とは距離を置こうと思ってコンビを解消して考えてみたい。

 陸奥さんにも、離れていた方が見えることもあるんじゃないかって言っていたし」

「そう、陸奥がそんなことを言っていたのね」

 

かつて長門とひと悶着のあった陸奥が言うのならば、説得力も出てくる。

確かに自分の感情に素直な瑞鶴が、その場しのぎの謝罪をしたとしてもすぐに問題が起こるだろう。

ならば瑞鶴が彼女なりに答えを導き出した上で、関係を修復した方が良いかもしれない。

しかし悪戯に時間をかけ過ぎると、瑞鶴と翔鶴の間に溝が出来てしまう危険性もある。

 

「本当にいいのね?貴女が大事にしていた五航戦を解消してしまっても」

「うん、私と翔鶴姉の絆はそんな簡単に切れないと信じてる。

 何となくだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう言った瑞鶴の表情は、西日の逆光で良く見ることが出来なかった。

加賀には西日を背に浴びる瑞鶴の姿が、血に塗れているように見える。

 

「縁起でもないことを言わないで頂戴!」

 

加賀は瑞鶴の発言に、大声を上げずにはいられなかった。

瑞鶴が面食らっているが、それでも加賀はお構いなしに捲し立てる。

 

「私はもう、置いて行かれるのは嫌よ。

 あんな思いをするのは二度と御免だわ。

 貴女がどう思っているのかは知らないけれども貴女は私の……」

 

加賀は言葉に詰まった。この先の言葉は普段は言えなかった事だったからだ。

 

「私の、何?」

 

加賀は聞き流して欲しいと願っていただけに、聞き返してくる瑞鶴に煩わしさを覚える。

言葉を濁して逃げることは許さないと、瑞鶴の瞳が真っすぐに加賀の瞳を見つめている。

 

「私の、わたしの…………妹みたいなものなのだから」

「妹?」

「そうよ、翔鶴も含めて、ね」

 

今まで素直に言えなかった事を暴露したので、加賀は自分の顔が紅潮するのを自覚した。

加賀を真っすぐに見つめていた瑞鶴の表情も、西日の影になっているが真っ赤になっている。

 

「そう、なんだ。へー……『妹』か」

「貴女にとっての姉は翔鶴でしょうけどね、私が勝手に思っているだけよ。気にしないで頂戴」

「あー、うん。不用意な発言をしたことは謝ります」

「わかってくれればいいのよ。提督への口添えの件は承諾するわ」

「勝手なことばっかりしている私の意見を聞いてくれて、ありがとう

 えと…………お姉ちゃん」

 

加賀は瑞鶴の予想だにしない発言に思わず吹き出してしまう。

 

「ちょ、何でそこで笑うのよ!?加賀さんが言い出したことでしょう!?」

「やっぱり貴女に姉扱いされるのは慣れないから、先程の発言はなかったことにして頂戴」

「く、やっぱり私のお姉ちゃんは翔鶴姉だけよ!」

「ああ、それと金剛がぶったりして悪かったと言っていたわ」

「そっか、嫌な役を押し付けて金剛にも悪いことしたかなぁ」

 

 

 

 

執務室での一件が終わり、私は空母寮の自室に戻って荷物の整理を進めていた。

敷きっぱなしの布団は少し乱れている。恐らく帰投後に瑞鶴はこの部屋に戻っていたのだろう。

私は昨晩に瑞鶴と同じ布団で一緒に眠ったことを思い出す。

改二改装を受けて初めての出撃前で、不安だった私を気遣ってくれてのことだった。

瑞鶴の匂い・感触・温もり・鼓動は今でも鮮明に思い出せる。

私をあやす様に髪を撫でてくれたことも、とても嬉しく思えた。

私の瞼を優しくノックするように朝日が部屋に差し込み、目が覚めた時には瑞鶴の寝顔が映る。

可愛い私の瑞鶴、その顔立ちも、鶯色の綺麗な髪もただ見つめるだけで私の胸の中が満たされる。

きっとこの感覚が、他の艦娘たちが言っていた『愛おしい』という感情なのだろう。

今思えば、今朝には私は自分の心の存在に気付いていた筈だった。

それと同時に瑞鶴にも心があるということにも気付けただろう。

けれども私は、金剛さんに指摘されるまで私達に心があることを自覚出来なかった。

 

―瑞鶴の気持ちを蔑ろにしていたのだから、瑞鶴が怒るのも無理ないわね―

 

茜色の空は仄かに紺色が混ざり始まり、今日という日の終わりを示していた。

乱れている布団を整えていると、扉が開く。

 

「ただいま、翔鶴姉」

「おかえりなさい、瑞鶴」

 

私は帰ってきた瑞鶴の表情を一目見て、悟った。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

瑞鶴は座布団に座り込み、私はその隣に座り込み、二人揃って薄暗くなって行く外を眺める。

 

「瑞鶴、今日提督に進言をしたの」

「うん」

「私達五航戦はコンビを解消、明日からは別の僚艦とコンビを組むことになったわ」

「うん」

「暫く一緒に出撃する日も、一緒に訓練をする日もなくなると思うわ」

「うん」

「部屋も、私は別の部屋に移ることになったから夜も別々になるわ」

「うん」

 

この辺で瑞鶴の声が震え始めている。

顔を見なくても、瑞鶴がどんな顔をしているのかはわかる。

 

「瑞鶴、大好きよ。いいえ、『愛』してるわ」

「うん、私も翔鶴姉が……翔鶴姉を『愛』してる」

「だから、きっとまた相棒として一緒に戦いましょうね」

「うん、必ず今日の事を謝るから待っていてね」

 

その日は、それぞれの布団で一夜を過ごした。

夜が明けて、新しい朝と日常が始まる。

瞼を開ければ見慣れた天井が映り、横を向けば愛しい妹の寝顔があった。

起こさないようにそっと頬に手を触れると、瑞鶴はくすぐったそうに声を出す。

布団から起き上がり、昨晩まとめた荷物を手に取る。

私は名残惜しさを覚えながら、一度も振り返らず部屋を後にした。

 

 

 

上の部屋から誰かが出ていく扉の音で、加賀は目覚める。

普段は朝に弱いのだが、五航戦の二人が気になったので眠りが浅かった。

 

―翔鶴はもう出て行くのね―

 

翔鶴が朝一番に出て行くとは、加賀は律儀なものだと思った。

翔鶴はそれぐらいの覚悟が無ければ、妹とコンビを解消する意味が無いと思っているのだろう。

加賀は瑞鶴との会話の後に提督へ進言に行った。

その際に、加賀は提督に翔鶴からも、五航戦コンビ解消の進言があったことを聞いた。

加賀には金剛の入れ知恵だろうとわかっていた。

部隊が変わることで、加賀の鍛錬の時間帯も別々になることが多くなるだろう。

二人が無事に再びコンビを結成できるように、どんな困難な作戦でも生還できるように、

これまで以上に自分の教えられることを確りと教えなければ。

眠たさと気怠さを覚えつつも、加賀は己に喝を入れる。

 

 

 

加賀さんは後進の育成に専念するようです

 

第一部 ―了―




五航戦編が一区切りなのと当初の目的通り加賀さんと五航戦の関係を描けたので第一部は了とします。
まだまだ出したい艦娘はいますので、第二部として出すか別作品として出すかはもう少し考えます。
今回のイベントで登場した春風と神風で何か書きたい。


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第二部
葛城の休日


第二部開始します


空母葛城の朝は早い。

というよりも夢を観たくないので早く目が覚めてしまう。

いつもなら直ぐに朝の鍛練の為に、直ぐに顔を洗わなければならない。

しかし、今日はその必要もなかった。今日は非番の日だった。

それでも葛城は鍛練がある時と同じ時間に起きて、準備をする。

鍛練すらも休みのこの日が葛城にとっては最も憂鬱だ。

何をすればいいのかわからないので、ただ時間を浪費してしまうだけだ。

 

(それだったら、瑞鶴先輩達と一緒にいる方が楽しいなぁ)

 

という訳で、朝の鍛練へとこっそり混じりに行くために葛城は準備を進めているのだ。

空母寮を飛び出して、射場へと行くと既に瑞鶴が射掛けを行っていた。

瑞鶴を見ていると、葛城は自然と心が落ち着く。見惚れていると、瑞鶴が葛城に気付いた。

瞳と瞳が触れ合うと、葛城の心拍数が一際大きな鐘を打つ。

 

「あれ、葛城?今日は非番じゃなかったっけ?」

「おはようございます、瑞鶴先輩!

 することも無いので、先輩達に会いに来ちゃいました!」

 

目の前の可愛い後輩に、瑞鶴は頬が緩むがすぐにその表情は引き締まる。

現機動部隊を指導する加賀が、射場に現れたからだ。

葛城もそれに気付いて加賀に向けて礼をする。

最初の頃はそれでも構わずに瑞鶴に抱き着いていたので、大分進歩が見られる変化だった。

 

「おはようございます、加賀さん!」

「おはよう、葛城は休みではないの?」

「する事がなくて来ちゃいました」

「遊びに来たのなら帰りなさい、瑞鶴はこれから鍛錬をするのよ」

 

加賀は無表情を崩さず、けんもほろろに言い捨てる。

 

「だ、だったら私も鍛錬を」

「それは駄目!折角の休みなんだから、きちんと休日を謳歌しないと!」

 

葛城が弓をとろうとすると瑞鶴は制止する。

納得のいかない様子の葛城に、加賀も諭すように頭を撫でながら

 

「休日に体を休めることも大事。だから今日は自分のしたいことをしてみなさい」

「うぅ、分かりました……」

「稽古が終わったらお昼一緒に食べたげるから」

「はい!葛城、お昼まで待機します!!」

 

さっきまで落胆していたのに、すぐに上機嫌になる葛城を見て、加賀は溜息を吐く。

名残惜しそうにしながら、葛城は二人を残して射場を後にする。

外からは瑞鶴の矢が的を射る音だけが聞こえた。

 

 

 

朝一番に寮を出たので昼休憩までかなりの空き時間が出来てしまった。

空き時間は自室に戻って、瑞鶴の隠し撮りの写真を眺めていた。

しかしこの時、葛城は偶には違うことをしてみたいと思った。

前に暇は時間に何をしているのかを瑞鶴に聞かれた時に、違う趣味を見つけろと怒られたからだ。

他に自分の興味のあることと言えば、実戦で使用する艦載機ぐらいのものだった。

 

(そう言えば私ってまだ実戦に出たことないから、艦載機が普段どこにあるのか知らない)

 

加賀の教育方針で、訓練が終わっていない葛城は自分用の艦載機を持てないでいた。

少し考えて艦娘の装備は工廠で作られると前に聞いたことがあるので、工廠に向かうことにする。

鎮守府内でも最高機密に位置する場所なので、かなり奥まった場所に工廠は作られている。

工廠の入り口は硬い扉で閉ざされており、IDカードを読み込む機械が備え付けられている。

 

「え、もしかしてカードがないと入ることも出来ないの?」

 

セキュリティも厳重で、秘書艦とそれに類する艦娘でなければ自由に出入り出来ない。

葛城はまだ新入りなので、工廠での開発任務にも従事したことが無くIDカードも持っていない。

途方に暮れていると後ろから聞き慣れた声を掛けられた。

 

「どうしたのですか、葛城さん。貴女が此処にいるなんて珍しいですね」

「あ、鳳翔さん。おはようございます!」

 

声の主はこの鎮守府に所属する鳳翔だった。

この鎮守府の最初期を支えた、古参の中の古参だが

現在は酒保管理や装備開発、居酒屋経営等の裏方に回っている。

あの赤城と加賀、蒼龍や飛龍に機動部隊の戦術を叩き込んだのも彼女だ。

加賀の弟子である葛城や瑞鶴達は孫弟子に当たる。

 

「休暇を頂いたので、もし良ければ艦載機を見たかったなーと思いまして」

「そういう事でしたか、でしたら少しだけ待っていてくれますか?

 工厰の中には入れてあげることは出来ませんが

 艦載機を持ってくることは出来ますので」

「良いんですか!?」

 

葛城の表情が華やぐと、鳳翔は微笑んで快諾した。

 

「ちょうど提督に開発の指令があったので、少し待っていて下さいね」

「ありがとうございます!!」

 

何度も大袈裟に頭を下げる葛城を宥めて、鳳翔は工厰内へ入る。

分厚い扉の向こうに鳳翔が消えて数分すると、鳳翔は外へと出て来た。

 

「思ったよりも早いんですね」

「殆ど妖精さんや明石さんがやってくれますからね。

 私は提督に渡されたレシピ通りのものを指示するだけですし。

 はい、こちらが零戦21型ですよ」

 

鳳翔が風呂敷から取り出したそれは、模型やラジコンサイズの零戦だった。

目を輝かせて葛城がそれを受け取ると、色んな角度を隅々まで眺める。

暫くすると零戦の姿は、呪符へと姿を変えた。

 

「葛城さんに装備されたと思って姿を変えたみたいですね。

 そう言えば、どうして純粋な呪符から弓矢を交えたスタイルに変えたのですか?」

「やっぱり呪符だけだと射程の改善が難しいと思ったんです。

 それと、憧れの瑞鶴先輩と一緒に訓練を受けられるかもしれないと思って……」

 

葛城がそう言うと、鳳翔は思わず笑ってしまった。

 

「ふふ、ごめんなさい。それで今日はどうして工廠に来ようと思ったのですか?

 いつもなら休みの日でも射場で瑞鶴さんの稽古を眺めていたと思っていましたが」

「今日はそのー……

 瑞鶴先輩と加賀さんから休みの日なのだから自分のしたいことを探せと言われました。

 ただ、私はまだ艦娘になって日が浅いし、急に人の姿になって人らしいことをするのも

 まだ慣れていないので、どうしたら良いのかちょっと途方に暮れていたんです」

 

道すがら、葛城は少し罰が悪そうに言った。

休日の過ごし方は既にこの鎮守府の他の艦娘は、みんなそれぞれの趣味を持っているのが多い。

その中でまだ人に言っても引かれない様な趣味を持っていない自分が異端だと思い込んでいた。

 

「そうですか、確かに艦娘として着任したばかりの娘たちは皆戸惑いますね」

「私以外にも皆そうだったんですか?」

 

思わぬ鳳翔の話に、葛城は興味津々で聞き返した。

葛城の聞き上手な様子に、気をよくした鳳翔は饒舌になる。

 

「ええ、昔は加賀さんも休日は何もせずに瞑想ばかりしてましたよ。

 他にも瑞鶴さんは暇だからと加賀さんにじゃれついてましたね」

「加賀さんにじゃれつく瑞鶴先輩!?」

「……語弊がありましたね、じゃれつくというよりも喧嘩を売りに行ってましたね」

「え、今はあんなに仲が良いのに、昔は悪かったんですか?」

 

艦娘になって日が浅い葛城にもわかるように伝えるために、鳳翔は少し考え込む。

感情の機微に対して鈍感な娘を何度も見て来た鳳翔だったが、こういう話は慎重になってしまう。

間違ったことを教えてしまっては、その娘の精神に悪影響を及ぼしてしまうと考えているからだ。

 

「喧嘩をすると言ってもそれが仲が悪いという訳ではないのですよ?

 寧ろ喧嘩をすることでコミュニケーションをする人もいるんです」

「喧嘩でコミュニケーション、ですか?」

「そう、昔の瑞鶴さんと加賀さんは所謂ケンカップルと呼ばれる関係です!」

「け、ケンカップル!?」

「そして今はお互いの立場の変化に戸惑いつつも、

 満更でもない交流をするオフィスラブ一歩手前な関係なのです!」

「オフィスラブぅ!?だ、だったら私と瑞鶴先輩の関係は……?」

「そうですねー、憧れの人に構って欲しい微笑ましい先輩後輩の関係ですので

 十分にワンチャンあると思いますよ」

「わ、ワンチャンってなんですか?鳳翔さんの言葉はちょっと難しいです……」

 

聞き慣れない言葉の羅列に葛城が困惑した顔をしているのに気付いて鳳翔の暴走も漸く止まる。

慎重になってこの体たらくなのだから、鳳翔の思考は相当毒されてしまっているのだろう。

 

「あぁ、ごめんなさい。

 最近始めた『ぱ~そなるこんぴゅ~た~』なる物で私も色々と知りまして」

(あ、それ聞いたことある。提督が夜な夜な潜水艦の口調真似て書き込みしてる奴だ)

「話が逸れましたが兎に角、休日に自分の時間を持つことはいいことです。

 特に貴女は()()()()()()()()()()()()()()()()()ですから、

 瑞鶴さんにべったりになる理由もよくわかります」

 

大昔の記憶、まだ葛城が人の姿を取るよりも前の軍艦だった頃の記憶。

葛城と瑞鶴が同じ場所に居たのは一週間もなかった。

それでも葛城が見た最後の瑞鶴の姿はかなり鮮明に脳裏に焼き付いていた。

艦娘となって最初に思い出した記憶でもあり、必ずこの人と共に戦場を駆け抜けたいと思った。

自分はまともに艦載機を飛ばしたことも無いけれども、あの人は私と一緒に戦ってくれるのか。

不安は尽きなかった、それも当人を目の前にして吹き飛んでしまったが。

 

「そうかもしれません、けれども功績のない私が瑞鶴先輩の隣に立つ資格があるのかどうか。

 やっぱり翔鶴さんとコンビを組んだ方が……」

「葛城さん、確かに貴女には敵を撃破した戦勲はないかもしれませんが

 それを補って余りある大事なことをしたじゃないですか。

 散り散りになった人達を祖国へ帰したというとても大事な仕事です」

「それだったら鳳翔さんだって……」

「私はそれよりも多くのパイロットを死に追いやってしまいましたから」

 

鳳翔の微笑に陰りが見えた。

他の誰にも見せないその表情は、自分と同じ生き残った空母だからこそ見せたものだろうか。

葛城にはその気持ちを完全に理解することは出来ないが、その心情に寄り添うことは出来る。

否、共に戦後を戦い抜いた葛城だからこそ、鳳翔の心の傷跡に触れることが出来た。

 

「鳳翔さん、私は上手く言えないけれども、それでも鳳翔さんは凄いです。

 私と同じ様に人を助けることが出来た艦艇に、沢山の人に携わった鳳翔さんには

 胸を張っていて欲しいんです。じゃないと私の立つ瀬も無くなっちゃう」

「ありがとうございます。他でもない葛城さんにそう言って貰えて、私も嬉しいです」

 

微笑を崩さない鳳翔の目尻に、頭上に昇る太陽の光が反射する。

自分の言葉で返って来た初めての反応で葛城は少し戸惑うが、

目を逸らさずに正面から返って来た言葉を受け止めた。

 

「あの、鳳翔さん。もし良ければまたこの鎮守府の昔話し聞かせて下さい。

 他にも艦載機のお話しとか、色々と教えてくれると嬉しいです」

「ふふ、勿論ですよ。私で良ければ話し相手になって下さいね」

「今日はこの後瑞鶴先輩とお昼を食べる約束があるんですけど、鳳翔さんはどうですか?」

「私はこの後提督に開発任務の報告をしてから居酒屋の仕込みを始めますので、

 残念ですがご一緒は出来ませんね。夕方以降に居酒屋に来て頂ければ時間は出来ますよ」

「そう言えば鳳翔さんの居酒屋にはまだ行ったことなかったです!今晩お邪魔しようかなぁ」

「来てくれたらサービスしますね、ではまた」

「はい!艦載機ありがとうございました!」

 

葛城が預かっていた艦載機を返すと呪符の姿から通常の零戦の姿へと変わる。

鳳翔はそれを風呂敷にしまって赤レンガへと向かって行ってしまう。

葛城もそろそろいい時間なので、瑞鶴達が待つであろう食堂へと向かった。

 

 

 

赤レンガの執務室で提督は鳳翔からの報告を受けていた。

 

「開発任務に関しては以上です」

「ご苦労だった、それで建造任務の方はどうかな?」

「残念ですが、今回もお目当ての艦娘の建造は出来ませんでした」

「そうか、鳳翔さんでも駄目となるとやはり最後には加賀に頼むしかないかもしれないな」

 

執務机に肘をついて頭を抱える様にして、提督は唸った。

提督にとっても、加賀にそれをやらせるのは苦渋の決断だ。

 

「提督、流石にそれは……」

「わかっている、加賀に頼むのは本当に最後の手段だ。

 それまではもう暫く鳳翔さんにも頑張って貰いたい」

「ええ、出来れば加賀さんの手を借りずとも済むようにしたいですね」

「そうだな、居酒屋の仕込みもあるだろうし、今日は下がっていいぞ」

 

鳳翔は一礼して執務室を退室する。

提督は溜息を吐いて、大本営からの指令所を手に眺める。

 

「今更こんな指令を下して、お上は何を考えているんだか」

「どうでしょうネー、やはり古い考え方の人はかつての栄光に縋り付くものかもしれまセーン」

「そうかもしれんな、結局は今更なことを皆に強いているのは俺の方だしな

 大本営に直訴をしてでも……」

「テートクー、格好付けるのもいいけれども、

 今のテートクには大本営に逆らうだけの地盤はないデース」

 

秘書艦の金剛には、提督の強がりは筒抜けだった。

男としてのプライドの大切さはわかっているが、その為に首を差し出しては元も子もない。

 

「うぐぐ、確かにそうだが」

「どんなに見っともなくてもNever give upがテートクのいい所デース

 ワタシは最期までテートクの傍を離れまセーン」

 

諭すように、それでいて唆すように金剛は優しい声音で提督の心を慰撫する。

自分の脇を固めてくれる頼もしい秘書艦だからこそ、提督も情けない姿を曝け出せた。

 

 

 

昼の食堂には、任務や鍛錬の終わった艦娘達でごった返している。

葛城、瑞鶴、加賀の三人はあれから合流して一緒に昼食を食べ終えていた。

 

「加賀さん、瑞鶴先輩、水のおかわり要りませんか?」

「それじゃあ、お願いしようかしら」

「悪いわね、よろしく」

 

葛城が三人分のコップを取りに行くのを二人は眺める。

 

「どうやら、私達以外にも話し相手がちゃんと出来たようね」

「みたいですね、葛城ったら私にべったりだから少し心配だったけどもう大丈夫みたいね」

「少し寂しいと思っているのではないの?」

「そんなことないですよ!可愛い後輩がきちんと自立出来るようにするのが先輩の役目だし」

「貴女みたいなヒヨッコでも、それがわかるようになったのなら大したものだわ」

「むぅ、またそうやって半人前扱いして!」

「最近まともな射掛けが出来るようになったからと調子に乗っているから半人前なのよ」

「上等じゃない、私が一人前だってこと見せてやるわよ!」

「おお、これがケンカップルという奴ですね!?」

 

二人がヒートアップしていると、水を持ってきた葛城が割って入る。

 

「か、葛城……?」

「その、ケンカップルというのは」

「それがお二人のコミュニケーションの取り方だと鳳翔さんから聞きました!」

 

葛城の爆弾発言に、食堂に集まった艦娘の視線が二人に集中する。

暫しの沈黙の後に加賀が咳を一つする。

 

「……やめましょう瑞鶴」

「そうですね、私も大人げなかったです」

「「だからそのケンカップルというのは撤回しなさい(して)!!」」



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陸軍の艦娘

空母、加賀の朝は早い。

本日は他鎮守府との合同演習ということで、瑞鶴と葛城が演習艦隊に抜擢されたので、

その付き添いで加賀も他所の鎮守府へと向かうことになったからだ。

外はまだ薄ら暗い状態で、部屋も明かりを点けなければ足元も覚束ない。

右腕のない加賀には体のバランスが取りにくいのもあって、ただの転倒でも怪我に繋がりやすい。

前日の夜に枕元に懐中電灯を用意していたのでそれで足元を照らし、部屋のスイッチまで移動する。

明かりを点けて一安心すると、

強烈な眠気で頭がぼうっとして瞼が下りて来るが、頭を振りかぶって眠気を飛ばす。

睡魔が襲って来ない内に洗面台で顔と歯を洗い、左腕だけで何とか髪を整えて身支度を済ます。

必要なものをまとめた鞄を持ち、これから部屋を出ていく前に日課を済ませることにする。

 

「赤城さん、行ってきます」

 

今は居ない、同居人の写真に挨拶を済ませて自室を後にする。

空母寮の玄関には既に瑞鶴と葛城が支度を済ませて、加賀を待っていた。

 

「おはようございます、加賀さん!」

「二人ともおはよう、早速だけれども集合場所へ急ぎましょう」

 

二人を伴って加賀は、演習艦隊の集合場所である鎮守府の正面門に向かう。

そこには既に艦娘と艤装を同時に輸送するための、専用の大型車両が停車していた。

海路を使う場合はいつも通り波止場から出撃をするのだが、

今回の鎮守府は内地を経由して移動するので、輸送用の大型車両を使用する。

演習艦隊で選ばれたのが航空部隊として瑞鶴と葛城、駆逐艦の朧と秋雲、

重巡洋艦の摩耶と鳥海がこの演習に同行することになった。

通常の運行バスとは違い、装甲車で戦力を安全に陸路で輸送することを目的としている。

これを管理、運行しているのは海軍ではなく陸軍所属の憲兵だった。

 

「おはようございます、海軍の皆様。本日貴艦隊の輸送を仰せつかったあきつ丸であります」

 

大仰な態度で陸軍式敬礼をする黒服の陸軍服に身を包んだ女性、

彼女の顔はその服に反して真っ白だった。まるで古い時代のような白粉を使った化粧だった。

 

「うむ、我が鎮守府の艦隊が世話になる」

 

提督はそれに対して海軍式の敬礼で堂々と応える。

 

「とんでもない、これも我々の仕事でありますからな」

「予定通り本日は私は同席出来ないが、秘書艦の一人である加賀を同席させる」

「了解であります。()()()()()追加でありますな。

 ああ、そんなに気に病む事はありません。

 其方の鎮守府の艦艇輸送の費用が余計に掛かるだけでありますからなぁ」

「それもそうだな、ではくれぐれも宜しく頼むぞ」

 

艦娘輸送用の装甲車と言われているが、内部は普通のバスのような複数の座席があった。

ただ違う所は運転席である前部と輸送艦娘と艤装が格納される後部に別れている。

ただ貴重な深海棲艦への対抗戦力ということで護送車の数はそれなりの数が用意されている。

輸送車の一団は鎮守府を出発し、演習相手の鎮守府へと移動を開始した。

車内には憲兵であるあきつ丸が加賀の隣の席に同上していた。

加賀は目を合わせない様にしていたが、声を掛けられる。

 

「いやぁ、そちらの鎮守府の提督殿はからかい甲斐がありませんな。

 もう少し愛嬌があった方が自分としては面白かったのですが」

 

興味がないという体で加賀はあきつ丸とは反対側の窓の外の景色を見ていた。

普段自分達は海ばかりを見るので、道路が続く陸地は新鮮に感じられた。

 

「ふむ、()()()()()殿()もつれない態度でありますな。

 自分とのガールズトークよりも何の変哲もない陸地の方が面白いと見える。

 貴艦らも偶には陸の上を歩いた方が良いと思いますぞ」

「私達艦娘にとって、海の方が馴染み深い筈よ

 貴女も陸の上ばかりでなくて、嫌味も何もかも捨てて一度海に帰った方が良いわ」

 

窓に反射するあきつ丸の表情が、嘲りに満ちた余裕の表情から能面の様な無表情になる。

その白粉のせいで余計に感情のない能面の様に加賀は見えた。

 

「はは、これは手厳しいでありますな。

 お恥ずかしい話ながら海での戦いよりも、陸での戦いの方が多かったものですからな。

 それ以外にもこうして遠方の鎮守府同士の輸送も行ってますから、暇がないのであります」

「それはご苦労様、こうして移動を手伝って貰えるのは素直に感謝しています」

()()()()()()()()殿()にこうして素直に感謝して頂けるとは、()()として冥利に尽きますなぁ」

「それで、私にこうして執拗に話し掛けるのはただの暇つぶしかしら?

 それともただの貴女の悪趣味に付き合せたいだけなのかしら?」

「んー、そうでありますなぁ。どれも正解なのですがもう一つ理由があります。

 貴艦の周囲で身体に障害の出ている艦艇に心当たりはありませんかな?」

 

思わぬ言葉に加賀は無言になる。

陸軍にも艦娘はいると聞いたことはあるが、一定の練度を越えて兵器に近付いた艦娘が

身体機能に何らかの障害を発症させることは、確かに統計上一定数いるという結果が出た。

しかしその結果は、海軍内での公然の秘密であって陸軍はそれを知る筈はなかった。

仮にこれを知っていたところで、この陸軍の艦娘はそれをどうするつもりなのだろうか?

疑問と疑惑から、加賀は相手の出方を窺うことしか出来なかった。

 

「まぁ、海軍が我々を侮ることはここ最近よくあることでありますから何とも思いません。

 ですが練度の高くなった艦艇によく体の障害が出て来るという話を聞きまして、

 自分はそんな艦艇の為にそういった障害を取り除く()()を扱っているのですが、

 貴艦隊もどうかと思いまして。ああ、勿論その失ってしまった右腕は如何にも出来ませんがね」

 

そう言い終わるや否や、話を後ろの席で聞いていた瑞鶴が立ち上がりあきつ丸の胸倉を掴む。

瑞鶴の表情は憤怒で歪み、自分を侮辱されたように怒髪天を衝く状態だった。

 

「アンタねぇ、何処まで私達を馬鹿にすれば気が済むのよ!!」

「止めなさい、瑞鶴。彼女に手を出してしまっては、貴女が処分されてしまうわ」

「でも加賀さん!コイツは同じ艦娘なのに、さっきから私達を()()と物扱いして!

 加賀さんのことも馬鹿に……!!」

 

瑞鶴があきつ丸を睨み付けると、彼女はまるで他人事のように平然とした表情をしていた。

ただその黒い瞳だけは真っ直ぐと瑞鶴の黄色の瞳を見つめ、殺気に似たものを感じ取れた。

その隙のないあきつ丸の様子に、ただならぬ気配を察知して瑞鶴は腕を離す。

 

「ふむ、力量差を感じる程度の練度はあるようでありますな。

 流石はあの鎮守府の秘蔵っ子と言われるだけはあります、まだまだ思慮は足りないようですが」

「こ、この陸軍のアバズレ……」

「男を知らない生娘よりかはマシであります。何なら何人か紹介しましょうか?

 その貧相な体でも好事家は一定数いるみたいですし」

 

挑発的に自分の豊かな胸部を持ち上げて、あきつ丸は挑発する。

その表情は加賀と会話している時よりも愉悦に歪んでいる。

瑞鶴の頭にまた血が上るのを察した加賀はすぐに割って入る。

 

「あきつ丸、私達は貴女の悪趣味に付き合う為にこの車輛に乗った訳ではないわ。

 それと()()()()()の件だったら結構よ。ウチの鎮守府にそんなものに手を出す娘はいないわ」

 

加賀の毅然な態度に興が削がれたのか、あきつ丸の瞳から好奇と嗜虐の色が消える。

 

「果たしてそうでしょうかな?

 いずれは誘惑に負けるのが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であります。

 まぁ、押し売りをするつもりはありませんのでガールズトークは終わりとしましょうか」

 

そう言って興味を無くしたのか、あきつ丸は車輛前部の運転席側へと移動する。

それを確認してから瑞鶴と葛城が加賀の隣の座席に座ってくる。

 

「加賀さん、大丈夫でしたか?ごめんなさい、私何も出来なくて」

「大丈夫よ、葛城。貴女は何も悪くないのだから謝る必要はないわ」

「それにしてもアイツ、今度またちょっかいかけて来たら爆撃してやる!」

「落ち着きなさい、陸軍と、いえ憲兵と事を構えるべきではないわ。

 深海棲艦との戦いをしているのであって、内ゲバをしている場合ではない筈よ。

 それにあの陸軍の艦娘は単純に練度では推し量れない実力を持っているわ。

 あと言葉遣いには気をつけなさい、駆逐艦の子達だって乗っているのだから」

 

周囲を見ると朧は最初の加賀みたいに窓の外を眺め、秋雲は興味津々で会話を聞いている様子だ。

鳥海は瑞鶴のようにいきり立っている摩耶を抑えるのに手いっぱいのようだった。

 

「えーと、ごめんなさい」

「瑞鶴が謝ることじゃねぇだろ、アタシだってあのいけ好かないクソアマぶん殴ってやりたいぜ」

「摩耶、そんなことしたら提督の立場だって悪くなるんだから落ち着いて」

「鳥海だってあのクソアマの話聞いて怒ってたじゃねぇか」

「貴女を抑えている内に静まったわよ、全く」

「でも、瑞鶴が動かなかったら朧が動いていた。多分」

「朧ってば普段は物静かなのにスイッチ入ったら怖いからね~

 (そうなったら座席的な意味で秋雲が止めないといけないのかー、無理だわー)」

「血の気の多い娘達ね……、幾ら陸軍が非友好的でも絶対に此方は手を出しては駄目よ」

 

秘書艦代行、いや提督の代理として輸送に協力してくれる陸軍に手を出させる訳にはいかない。

監督役として加賀はこの後も全員を宥めることに費やすことになった。

 

 

 

漸く輸送車が演習相手の鎮守府に到着する。

各々の艦娘は自分の艤装を車輛から降ろすして慌ただしい。

加賀は艤装や荷物のチェックをあきつ丸立ち合いの元で行っていた。

 

「ところで、貴女達は演習の間は何をしているのかしら?」

「ご心配なさらずとも我々はついでにこの鎮守府の監査もさせて頂くであります。

 暇を持て余せるほど憲兵には余裕はありませんからなぁ」

「そう。ところで誰かさんが必要に話し掛け続けてくれたおかげで、

 食べ損ねた握り飯があるのだけれども。食べる?」

「ふむ、これであの艦艇の無礼に目を瞑れということですかな?」

 

図星の加賀は少し緊張しながらも、首を縦に振る。

 

「そう捉えて貰っても構わないわ」

「そういうことでしたら、気兼ねなく頂きます。

 何の下心もない施しほど気色の悪いものはありませんから」

 

屈託のない様子で彼女は差し出された丸い握り飯を、呆気にとられる加賀から受け取り頬張る。

腹が空いていたのか、余程美味かったのかあっと言う間に平らげてしまった。

 

「うむ、美味い糧食でありますな。それでは積荷のチェックも降ろすのも終わった様なので

 我々は失礼するであります。集合時間になっても来なかったら置いていくかもしれませんので

 くれぐれもお気を付け下さい」

 

手に着いた米粒を舐め取りながら、あきつ丸は憲兵と共に赤レンガの方へと歩いて行った。

準備を終えた加賀達は演習場へと向かうと、小さな姿が仁王立ちをして彼女達を待ち構えていた。

 

「おはようさん、態々ウチらにやられに遠路遥々とお疲れさん」

「おはよう、まだそうと決まった訳ではないわ龍驤」

 

闘志を剥き出しにした、駆逐艦と見紛うばかりの小柄な体型の龍驤は不敵に笑う。




蛇足
あきつ丸の言うお薬は大きな声では言えないクスリです


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天雲との演習

海戦はもう書かないと言ったな、あれは嘘だ


加賀達とは別の鎮守府に所属する龍驤は、今か今かと加賀達を待ち構えていた。

かつての自分の古巣だが、手加減をするつもりはない。

同僚でもありライバルだった加賀とは直接の決着は付かなかったが、

彼女が教官役をやっている様に龍驤にも愛弟子は出来た。

これはどちらの愛弟子が優れているのかの代理勝負である。

龍驤の後方、波止場に座る長い銀髪を三つ編みにして黄色い瞳を持つ艦娘が海を眺めて呆けてる。

 

「雲龍、そんなところで呆けとるゆーことは、艦載機の整備は終わっとるんやろうな?」

「問題ないわ、龍驤。この子達もやる気十分よ」

 

その非常に豊かな胸の谷間に手を突っ込むと呪符を取り出し、

それを手のひらにかざすと呪符は艦載機の姿に変わり、雲龍の周囲を旋回する。

 

「ド阿呆!演習前に無駄に力を使ったらアカンって言うたやろ!

 それにウチのことは先生と呼べって言っとるやろうが!」

「はいはい、先生」

「『はい』は一回でええ!」

 

小さな体を必死に身振り手振りで怒りを表していると、龍驤の元に偵察機が戻ってくる。

どうやら、加賀達を乗せた装甲車がもうこの鎮守府に到着したようだ。

 

「貴女も無駄に力を使っているじゃない龍驤」

「せ・ん・せ・い!それにこれは無駄やないで、立派な偵察や!」

「幾ら久しぶりに同僚に会えるからと言って、張り切り過ぎ」

「くっ、そんなことないし。ウチはそんなことで張り切らんし」

「龍驤先生、ごめんなさい。雲龍姉様は少しヤキモチを妬いているだけみたいですから」

 

冷めた目で見られて龍驤が言い訳をしていると、波止場にもう一人の艦娘が立っていた。

栗色の長い髪の毛に、茶色の瞳、髪には楓と結袈裟の髪飾りが付けられている。

和装に身を包む、雲龍型二番艦の天城だった。

 

「そうですよね、雲龍姉様?」

「どうかしら、それよりも他の娘達はどうなの?」

「皆さん準備出来ているみたいです。私は雲龍姉様を呼びに来ました」

「ホラ、そういうことやからサッサと行って来い」

 

渋々と雲龍は天城を伴って、波止場から演習場所へと向かう。

それと入れ替わるようにして、加賀が演習艦隊を連れてやって来た。

龍驤は自分の口角が吊り上がるのを抑えられなかった。

 

「おはようさん、態々ウチらにやられに遠路遥々とお疲れさん」

「おはよう、まだそうと決まった訳ではないわ龍驤」

 

対して加賀は相変わらずのポーカーフェイスだった。

それでもお互いに同僚との再会は満更でもない様だった。

 

「それはどうかな?そっちの手の内は読めとるで」

「それはお互い様だわ、今日は貴女は参加しないの?」

「今回はウチの秘蔵っ子が相手や、つまりどちらの弟子が優れとるのかの勝負やな」

 

そうなると考えて、加賀は作戦を練っていた。

龍驤は艦載機を大切にする余り、決め手に欠ける部分が多々あった。

その愛弟子もその傾向が強いと踏んで、航空戦力の封鎖の為に摩耶を連れて来ていた。

 

「望むところよ、お互い最善を尽くしましょう」

 

瑞鶴達の艦隊も波止場から演習座標まで進む。

今回の艦隊演習は旗艦を先に撃破した方が勝利となるルールとなっている。

そして誰が旗艦かはお互いは知らされず、両旗艦を知るのは演習の審判をする者しか知らない。

つまり、どれだけの数の艦娘が撃沈判定を受けても旗艦さえ生き残れば勝利するが、

全戦力を一隻に向けて各個撃破をしていては、時間が掛かってしまう。

更に演習座標は一定の海域を指定しており、その範囲内であれば何処へも配置に着ける。

セオリーとしてはまずは相手の位置を特定することから始めなければならない。

演習座標には龍驤が中継用の偵察機を飛ばし、どういった状況かは偵察機に括りつけられた

小型カメラで中継がされるようになっているが、加賀や龍驤から連絡を取ることは出来ない。

映像によれば、瑞鶴達も雲龍達も座標に辿り着いたようだ。

龍驤が目配せすると、演習開始を知らせる空砲が放たれる。

まずお互いにどこの位置にいるのか索敵が開始される、やがてお互いの偵察機が放たれた。

その際、加賀はある異変に気付く。

 

 

 

偵察機を放った後、すぐに相手側の偵察機が付近を索敵しているのを瑞鶴達は視認した。

視認すると同時に、敵偵察機は転進をする。もう見つかってしまったようだ。

余りに早すぎる、直ぐに瑞鶴は葛城に対空用の直掩機の発艦を急がせる。

 

「瑞鶴先輩、幾らなんでも早すぎるんじゃないですか?

 此方はまだ相手の位置も把握出来てませんし……」

「逆よ!此方がまだ相手の位置も分かって無いのに相手はもう察知した!

 だったらすぐに第一攻撃部隊がやってくる!

 こんな無防備な姿を晒していたら七面鳥どころじゃないわ!」

 

瑞鶴の怒号に葛城も慌てて艦載機を発艦させる。

だが瑞鶴の予想に反して、中々相手の航空隊からの攻撃が来ない。

不気味なぐらいに静まり返った海上を進むと、鳥海の水上電探に反応が出た。

それとほぼ同時に摩耶の対空電探にも反応が多数出た。

 

(可笑しい、相手はこちらの位置を把握していたのに手を出して来なかった。

 それなのに今更攻撃隊を向けて来ている……やっぱり加賀さんの言った通り、

 艦載機の喪失を抑えようとして出し惜しみしている?)

 

そう瑞鶴が考えたとき、既に相手の艦載機は此方に飛んで来ていた。

その編成は、零戦62型爆戦、流星がそれぞれ二部隊ずつだった。

これならばこちらは烈風が四部隊を擁しているので制空権は取れたも同然だ。

此方の烈風隊が猛然と敵編成に挑み掛かり、獲物を追い回す猛禽類の様に敵機を屠る。

しかし数は圧倒的に相手の方が多く、摩耶の対空射撃を以てしても被害をゼロには出来なかった。

敵の攻撃隊は執拗に摩耶と鳥海を狙ったが、鳥海は秋雲が咄嗟に庇っていた。

 

 「いってぇな、ふっざけんな!」

 「ギャー!これじゃイラスト書けないぃ!」

 

摩耶は対空砲を破壊され中破、秋雲は武装の殆どを破壊され大破してしまう。

こちらも負けじと瑞鶴と葛城は攻撃隊を敵艦隊へと向けて発進させる。

瑞鶴が集中すると、艦載機へと意識が乗り替わる。敵艦隊を視認出来る距離まで艦載機が迫る。

すると、敵艦隊の上空から烈風が急降下して此方を撃墜しようと襲い掛かって来た。

攻撃隊は必死に回避運動をしてその防空網を掻い潜る、もう少しで攻撃可能な距離までだ。

しかし、艦載機に乗り移った瑞鶴の意識は暗転して、気が付けばいつもの肉体へ戻った。

何故艦載機の視点が暗転したのか、瑞鶴には理解出来なかった。

 

「瑞鶴先輩!どうしよう、攻撃隊からの連絡が取れなくなりました!」

「私の方も全然駄目、

 烈風隊は何とか突破出来たし敵艦隊からの対空砲撃の距離まではまだあった筈だし……

 兎に角!第二次攻撃隊の発艦準備を」

 

瑞鶴の指示は、急降下爆撃の音で掻き消された。

もう相手の第二次攻撃隊が此処までやって来ていた。

 

(そんな馬鹿な!幾らなんでも早すぎる!!)

「各艦、回避行動を!急いで!」

 

 

 

モニターに中継された映像を加賀と龍驤は眺めていた。

雲龍達から通常より早く繰り出される艦載機のからくりについて加賀は思い当たる節があった。

 

「艦載機熟練整備員ね」

「ご明察、あれのお陰で素早く艦載機を発艦させることができるようになってるで」

「考えたものね、搭載数で劣るのなら手数を増やすだなんて」

 

しかし、それだけではなかった。

龍驤の率いる艦隊は雲龍型二隻に航空戦艦二隻に航空巡洋艦二隻という

航空戦力に傾倒した艦隊だった。そして雲龍型以外の四隻には二式水戦が搭載されている。

先ほどの瑞鶴と葛城の攻撃隊が烈風の攻撃を掻い潜った後を二式水戦が待ち伏せしていたのだ。

烈風隊との格闘戦で消耗した攻撃隊ならば、熟練の二式水戦を使えば完封出来てしまう。

言わば龍驤の選抜した艦隊は航空主兵でありながら、アンチ航空戦力艦隊でもあった。

こうなってしまっては、瑞鶴と葛城の航空戦力は使い物にならない。

 

「最初の航空戦であえて対空力の強い摩耶や、打撃力の強い鳥海を執拗に狙ったのは

 その後の戦いを有利に進めるためだったのね。

 航空戦力を潰せば、あとは航空戦艦の火力で押し切れるという」

「その通りや!君がこっちに来ると聞いた時は必ず瑞鶴を連れて来ると思うたから

 その鶴の翼をもぎ取ったろと思うてな」

 

一番最初に雲龍の偵察機が瑞鶴達の位置を特定してもすぐに第一次攻撃隊が出て来なかったのは、

瑞鶴達の第一次攻撃隊を待ち伏せて殲滅するのが狙いだった。

龍驤の艦隊運営方法はある意味綱渡りのものだった。

お互いの鎮守府の艦隊編成が対峙するまで明かされないので、もしも水上打撃部隊相手なら

決定力の欠ける龍驤の編成では火力で押し負けてしまうだろう。

 

(此処まで航空主兵論を推し進めているなんて、流石は龍驤ね)

 

特に他所の鎮守府へと航空戦力の増強という名目で移ってから、此処までの成果を出した。

その手腕に加賀はただ驚嘆するしか出来なかった。

 

 

 

敵艦隊へと第二次攻撃隊を繰り出した雲龍と天城は自身の艦載機へと神経を集中している。

確かな手応えを感じたが、油断は出来ない。第三次攻撃隊を出そうと呪符を取り出す。

呪符が神社幟を模した飛行甲板を経由して艦載機の姿に変わる。

 

「これより第三次攻撃隊を出すわ」

「了解、第三次攻撃隊が攻撃した後に私達も突撃するわ」

 

僚艦である扶桑の通信が入り、勝利を確信していると目視できる範囲に瑞鶴達の姿が見えた。

あの状況でも瑞鶴達は諦めずに、果敢に吶喊をして来た。瑞鶴は中破、それ以外は小破の惨状だ。

 

(最後まで諦めないその心意気は称賛出来るけれども、明らかに勝てない勝負に挑むのは愚行ね)

 

手を抜くことは相手に失礼と思い、雲龍と天城は攻撃隊を艦隊に差し向ける。

しかし、その状況が雲龍と天城に慢心を生んだ。

一瞬でも雲龍達は、自分達が揺るぎない勝者であると()()()()()()()

手を抜こうが抜くまいが勝てるという考えそのものが慢心だった。

瑞鶴が手で合図を送ると、葛城の着物に隠れていた最初に発艦させたままでいた烈風隊が、

雲龍達の護衛の付いていない攻撃隊に襲い掛かる。

雲龍が後悔した頃には、既に攻撃隊はその殆どが撃墜され、瑞鶴達と同じ様に無力化された後だ。

 

「雲龍姉様!」

「まさか一瞬で足元を掬われるなんて、私達もまだまだ修行が足りないわね」

 

次の瞬間には、鳥海の模擬弾により雲龍と天城は撃沈判定を喰らった。

その知らせを聞いた他の雲龍側の艦隊に激震が走る。

先程の扶桑、その姉妹艦の山城に航空巡洋艦の最上と三隈は安全な足場を崩された気分だ。

 

「姉様、雲龍と天城が撃沈されてしまったようです」

「まさかあの状況で一矢報いて来るだなんて……発艦させた二式水戦も、もう燃料がないわね」

 

水上機の宿命として、一度発艦させてしまってはトンボ釣りをしなければ戻すことは出来ない。

つまり燃料が切れてしまったらそこからは戦力として加味できない。

雲龍側の航空戦力は、彼女達が撃沈判定を受けたことで壊滅してしまったということだ。

 

「心苦しいけれども水戦はこのまま着水させたままで、私達だけで残敵を仕留めます」

「そうだね、トンボ釣りをしている暇は流石に無いよね」

「くまりんこも心苦しいですが、致し方ありませんわね」

「そうと決まったら姉様は私が守ります!」

「では、三隈と最上を前衛、私と山城はその後ろを行き複縦陣で相手艦隊へ吶喊します」

 

雲龍達の報告では自分達を襲撃して来たのは中破した瑞鶴、小破した葛城と鳥海の三隻だった。

それが本当ならば、数の上では扶桑側の方が有利であるし、

ほぼ無力化された空母二隻は戦力としては加味出来ない。

そもそも最初から発艦させたままの烈風ならば飛行時間としても燃料はもう尽きている筈。

更に攻撃隊は二式水戦がトドメを刺したのを確認出来ているので瑞鶴と葛城に打撃力はない。

そうなればまともな戦力は鳥海のみということになる。

だが、本当にそれだけなのだろうか?何かを見落としているのではないか?

扶桑はこの状況の穴を、空を飛ぶ海鳥を見つける様に探っていた。

 

「扶桑、前方に敵艦隊を発見したよ!」

「姉様!聞きましたか、このまま吶喊して叩き潰しましょう!」

「最上と三隈は最大戦速で突撃、山城は私と強速で後を追います」

「了解しましたわ!」

 

扶桑は何かを警戒している、それを全員が理解した。

最上と三隈は瑞鶴達に吶喊し、手負いの瑞鶴をすぐに撃破した。

 

「瑞鶴先輩!よくもぉ!」

 

葛城が艦載機を飛ばそうと矢束に手を伸ばすが、もはや艦載機は残っていなかった。

結局彼女も為す術もなく、最上と三隈に撃破される。

残るは鳥海ただ一隻のみだ。

 

「もう降参した方が良いんじゃないのかい?」

「本気で言っているの?そうだとしたらこの鳥海も舐められたものですね!!」

 

最上と三隈の二隻が相手でも怯まず、鳥海は猛然と立ち向かっていく。

砲撃戦は激しさを増し、最上と三隈の連携にも綻びが生じ始める。

 

「もがみん、危ないですわ!」

「うわわ、三隈避けてー!」

 

誤まって衝突しそうになる二隻の隙を逃さない鳥海ではなかった。

鳥海の砲口が二隻を捉え、模擬弾が命中する。

その結果、砲撃を直に受けた三隈は大破し、彼女に庇われる形となった最上は小破した。

 

「最上と三隈ったら見てられないわ。姉様、掩護に向かいます!」

 

山城が最大戦速に切り替え、最上の掩護に向かったその時、後方から砲撃音が聞こえた。

振り返ると扶桑が被弾をして煙に消える姿が山城の目に飛び込んで来る。

 

「そんな、姉様!?」

 

砲撃が飛んできたと思われる方角には、無傷の朧が居た。

 

「朧を忘れたその報い、味あわせてあげる!」

 

この状況下で温存されていた朧の速力は戦艦の山城ではとても追えるものではなかった。

扶桑型よりも小回りの利く最上達は、既に鳥海相手で此方を救援する余裕もない。

朧の方はもはや燃料を使い切り、缶が焼き切れても構わないという覚悟で全速力で海原を駆ける。

駆逐艦の主砲は確かに戦艦にとっては脅威足りえないだろうが、最大の必殺技は主砲ではない。

その必殺技を朧は放とうと太ももの艤装を展開させる。酸素魚雷が山城を狙っていた。

 

(姉様、ごめんなさい。山城は此処までの様です)

 

山城が諦めた表情をし、朧が勝利を確信して口角を釣り上げる。

爆音が当たりに響き渡る。

 

 

 

大破した三隈を残し、最上は一隻で猛然と鳥海へと立ち向かっていた。

一対一での殴り合いを楽しむ様に鳥海の表情は喜色を隠せないでいる。

対して最上の表情は自分のせいで三隈を傷つけたという自責の念が浮き彫りになっている。

それと同時に、何としても目の前の強敵を打ち倒す覚悟があった。

 

「せめてお前を倒さないと、僕は!」

「私だって、このままやられたら摩耶に何て言われるかわかりません!」

 

必死の形相は演技ではなく、本気のものだったが鳥海にはこの演習での勝算がある。

二度目の雲龍達の攻撃を喰らった際、被弾したのは摩耶、瑞鶴、葛城、そして自分の四隻。

()()()()()朧は無傷のままで済んだのは不幸中の幸いだった。

被弾した後に瑞鶴の報告を聞いた鳥海は必ず敵の残りの編成は航空戦艦と航空巡洋艦で

艦載機が全滅したのは水上機による制空補助によるものだと推察した。

そうなれば雲龍達を撃破すれば後は砲撃を主体とする水上打撃部隊と化す、それも低速の戦艦を

含んだ艦隊なので、いずれはその艦隊の動きに速力差の綻びが出ると考えた。

無謀に見える突撃を繰り出せば、敵艦隊は油断をするか堅実にするかどちらにせよ、

此方に小回りの利く航空巡洋艦を差し向けるだろう。それに出遅れた戦艦を

小回りの利く朧が翻弄して酸素魚雷を用いて撃破する。

荒唐無稽な大博打に近い、作戦とも言えないような行き当たりばったりの対処法だったが、

鳥海にはこれしか手が思い浮かばなかった。

そして事は鳥海が思い描いた通りの筋書きを見せている。これが喜ばずにいられるだろうか。

 

(後は私がこの二隻を撃破出来れば、勝利の確立は高くなる!)

 

まさか駆逐艦が旗艦になるとは考えられないだろうという自信もあった。

やがて、自分と最上の砲口が互いを捉える。

 

(惜しくも私は此処までみたいですが、後は頼みましたよ、朧!)

 

ほぼ同時に放たれたお互いの砲弾が炸裂し、鳥海と最上は撃沈判定となった。

 

 

 

轟音が鳴り止み、山城が目を開けるとそこには模擬弾を喰らって中破状態となった朧がいた。

被弾した扶桑は飛行甲板でそれを防いでいたようで、小破止まりで済んでいた。

そして、魚雷を発射するために朧の動きが単調になったところを狙い砲撃していた。

 

「山城に手は出させないわ!」

「しつこい!」

 

朧は再び小回りの利く動きで二人を翻弄するが決め手に欠けている。

先ほどの攻撃で魚雷発射管が破壊されてしまい、必殺技の酸素魚雷が発射出来なくなっていた。

最後の悪足掻きとして、朧が取れる行動は一つしかない。

魚雷を至近距離で素手でぶつけるしか、戦艦の装甲を貫く術はない。

朧は太ももの艤装から左手で酸素魚雷を抜き取り、それを肩にかけて扶桑へと全速力で突撃する。

対して扶桑は、全力で追い駆けてくる朧から逃げられないのを承知で迎え撃つつもりだ。

 

「姉様!」

「山城、貴女は来ないで!!」

 

扶桑と山城の会話に、朧は不信感を覚える。

先ほどの艦隊の指揮から扶桑が旗艦と思っていたが、旗艦だとしたら余りにも自己犠牲が過ぎる。

目を見開いて朧は山城を睨み、進路を扶桑から山城へ変更しようとする。

 

(明らかに扶桑は旗艦じゃない、鳥海がそうだった様に扶桑が旗艦と見せかけていた!多分)

 

扶桑は旗艦を見破られたと判断し、強引に進路を変更した朧目がけて主砲を撃つ。

砲弾は朧の背中の煙突を破壊したが、逆にその爆風で余計に勢いがついてしまった。

そんな状態であっても、朧には撃沈判定は出ずに大破で踏み止まっている。

そして肩にかけた必殺の酸素魚雷も未だに健在。最後まで闘志を剥き出しにした朧が山城に迫る。

 

「私とて誇りある超弩級戦艦扶桑型の端くれ!やってやるわ!!」

 

山城も全力で朧に向かって挑む、そして徐に飛行甲板を彼女に向けて全力で投擲する。

朧は咄嗟に回避行動をする為に速度が低下した。その隙を扶桑も山城も見逃さなかった。

前後からほぼ同時に撃たれた朧は、今度こそ撃沈判定を受ける。熾烈な艦隊演習が終わった。

 

 

 

演習が終わり、両艦隊の回収作業も終わる頃には日も沈みかけていた。

兎に角、演習とは思えないほどお互いに本気を出した結果、自力で航行できる艦が少なすぎた。

大破していた秋雲と摩耶は無傷の朧を燃料を極力消費させないために二人掛かりで

扶桑や山城の背後まで曳航していた為に燃料は殆ど残っていなかった。

やがて両艦隊は入渠から出て来ると演習成果をお互いに報告し合う反省会を始めた。

 

「ド阿呆!最後の最後で慢心しおって!扶桑達の頑張りのおかげで何とか勝てたものやで!」

「……ごめんなさい」

「天城も慢心してしまいました、ごめんなさい先生」

 

天城は兎も角、雲龍は本気でへこんでいる様で、いつも以上に俯き勝ちになっている。

本当に落ち込んでいると、口下手なのが余計に口数が少なくなっている。

 

「まぁ……それでも勝ちやし?

 航空戦としてはこっちの完勝やったから、追加メニュー難易度甲で許したるわ」

 

それを聞いた天城はげんなりとした表情をしたが、

彼女とは対照的に雲龍は顔をあげて龍驤の両手を取る。ただ手を握っただけかと思ったら

嬉しさの余りに小柄な龍驤の体を大柄な自分の体で空中ブランコの様にくるくると回す。

 

「や、やめれ~~~~~~!!」

 

そんなお祭り騒ぎな龍驤側を瑞鶴は呆れながら見ていた。

 

(私達あんなのに負けたのか……でも艦載機の練度も高かったし完全に実力でも負けてたわ)

 

それよりも深刻なのは加賀の落ち込み様だった。

自分や赤城が得意としていた開幕による大打撃を完全に封鎖されてしまったのだ、無理もない。

実戦を離れてそれなりに時間が経過してしまっていたので、二式水戦の有用性や

熟練艦載機整備員の使い道を考えられなかったのはかなり拙いと痛感している。

 

「あの、本日は演習ありがとうございました。

 龍驤先生に代わって不肖ながら天城がお礼申し上げます」

「此方こそありがとうございました。

 加賀さんが茫然自失状態なので、代わりに鳥海からもお礼を述べます」

「そちらの不撓の精神は凄まじかったわ。

 特に朧は私達戦艦二隻を相手に大立ち回りをしましたし。私達も見習わないとね、山城」

「そうですね、姉様!それにしても折角の飛行甲板も紛失してしまって不幸だわ……」

「今回は一歩及ばなかったけれども、次は負けません」

 

負けず嫌いな朧はそう言って扶桑と山城と握手を交わす。扶桑は儚げに微笑んでいた。

山城はまた始末書を書かなければと恨めしいようにぶつぶつと独り言を続けている。

 

「ねぇ三隈、本当にもう何ともないかい?」

「大丈夫ですわ、もがみん。三隈はもうもがみんを置いていったりはしませんから」

 

史実の如く衝突しかけたことを最上は本当に悔いているらしく、二人の世界に没頭していた。

秋雲は静かにそんな最上と三隈の絡みを、一心不乱にスケッチブックで絵に残している

 

「にしてもアタシの防空射撃を掻い潜って来るとは、流石は龍驤が仕込んだ空母だな」

「ありがとうございます、摩耶さん。龍驤先生はああ見えて訓練はスパルタですから。

 追加メニュー難易度甲か、はぁ……」

 

加賀と同期である龍驤のシゴキだから並大抵のものではないと瑞鶴達には察せられたので、

天城の大きなため息にも納得してしまう。

憂鬱になっている天城に、葛城は恐る恐る声を掛けた。

 

「あの天城、さんですよね?雲龍型二番艦の」

「はい、天城ですよ。貴女は雲龍型三番艦の葛城よね?

 そんな他人行儀にさん付けしなくても大丈夫よ」

 

そう言われて葛城は嬉しそうに表情が華やいだ。

 

「じゃあ、天城姉って呼んでもいい?」

「勿論、姉妹艦同士ですもの。そう呼んでくれていいですよ」

「瑞鶴先輩!私、姉妹艦と再会できました!」

「うん、おめでとう葛城。本当に凄い航空攻撃だったわ、凄く勉強になりました」

 

葛城の頭を撫でつつ瑞鶴は天城に握手を求める。

自分よりも艦歴の長い瑞鶴の対応に、天城は慌てて手を自身の着物で拭って瑞鶴の手を握った。

 

「光栄です。瑞鶴さんにこうして称賛して貰えるだなんて」

「いやぁ、私もまだまだ鍛錬が足りないから」

「けれども、最後の烈風隊には完全にしてやられたわ」

 

一通り龍驤を回して満足した雲龍が何時の間にか天城の後ろから顔を覗かせていた。

その無表情な姿は加賀を彷彿とさせたので、瑞鶴には心から賛辞を述べていることに気付く。

 

「ありがとう。

 厳密には違うけどまさか水上機を使ってまで制空を取って来るとは思ってなかったわ」

「龍驤のアイデアよ。どうしても私と天城では貴女の搭載数には勝てなかったから」

「本当にそれに関しては、こういうやり方もあるんだと勉強になったわ。

 また演習やりましょう、今度は私と葛城がそっちを驚かせる番なんだからね」

「望むところよ、葛城もまた演習でこっちに来たら続きをやりましょう」

「うん、雲龍姉にも天城姉にも負けないぐらいに鍛錬を積んで、強くなってみせるから!」

 

しこたま雲龍に文字通り振り回された龍驤は加賀の隣へと歩み寄る。

 

「どや、ウチの秘策は中々のもんやったろ?」

「そうね、実戦を離れていた私よりも柔軟な発想だったわ」

 

拗ねた様な加賀の物言いに、龍驤は少しムッとした表情になる。

 

「あのなぁ、キミが実戦を退いたとしてもな、

 酷なこと言うかもしれんけれども教え子の報告や実戦に出てる子の意見もちゃんと聞くんや。

 そしたらウチと同じ土俵に立つことだって出来るやろ。何せキミはあの加賀なんやぞ?」

「ありがとう、龍驤。少し気が楽になりました。

 今日はもう帰投しなければならないけど、また休日には呑みに行きましょう」

「もう飲み比べ勝負は嫌やで……ホンマに」

 

加賀は苦笑いをする、以前龍驤と飲んだ時は翔鶴にしてやられたことを思い出した。

今頃、彼女はどこの海に出撃しているのだろうか、それが少し気になった。




もう二度と海戦は書かないよ


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無冠の初陣 前編

ちょい短いですが投下


空母加賀の朝は早い。本日も瑞鶴や葛城に弓の鍛錬をしなければならない。

先日の龍驤の教え子達の演習で、航空戦としては惨敗してしまってから

加賀は自分の戦術や戦略を練り直すこととなった。

長い間実戦から離れてしまっていたとは言え、確かに今まで過去のやり方に囚われていた。

向上心を忘れてしまっては、他人に何かを教える立場の者としては失格だ。

あの演習で誰よりも自分の至らなさを痛感したのは加賀なのかもしれない。

それ以来、加賀は敢えて避けていた現主力艦隊メンバーと交流を持つようにした。

何時もの射場での鍛錬が終われば、非番や出撃の終わった主力艦隊と会う様にしていた。

ただ世間話をしているのではなく、現在の艦隊がどんな状況なのか、

どういった戦法が使われているのか等の戦いに関するヒアリングが主だった。

相手側も自分の考え方や動き方を整理するのに丁度良いらしく、まるで相談の様になっている。

だが、加賀は射場での鍛錬にも手を抜かない。

先日の演習から更に他の鎮守府とも演習を重ねて、いつしか葛城は改装を受けていた。

しかし、当の葛城は鍛錬に身が入っていない様子だ。

 

「葛城、どうしたの?今日はやけに姿勢が乱れているわ、確りなさい!」

「ごめんなさい……」

「……少し休憩にします、瑞鶴はそのまま射掛けを続けなさい」

 

必要以上に萎縮してしまう葛城に、加賀は何かあると思い鍛錬を一旦止める。

 

「どうかしたの?何か悩みでもあるのかしら?」

「それがその、もうすぐ私の初陣があるので緊張、してしまって」

「緊張するものなのね、貴女は気が強いタイプだから平気だと思っていたわ」

「そんなことないですよ、私は過去も艦載機を使った実戦はやったことないですから

 演習でしか飛ばしたこともないですし、実戦でも上手く行くのかどうか……」

 

自分も赤城も二航戦の二人も龍驤も、初陣で緊張などしたことがなかった。

瑞鶴と翔鶴も初めての実戦の時に表面上だけかもしれないが、緊張している素振りはなかった。

今まで見たことがなかった反応なので、加賀もどう言ってやれば良いのか悩んでしまう。

 

「こればっかりは経験を積んで慣れるしかないわね」

「加賀さんは初陣の時は何とも思わなかったんですか?」

「私達艦娘の大多数は初陣はもう過去に済ませてしまっているから。

 それでも緊張する娘はいるにはいるけれども、私も赤城さんも特に何とも思わなかったわ」

「さ、流石ですね」

 

赤城との話を聞いて、余計に葛城は委縮してしまった。

下手を打ったと焦った加賀は真剣に葛城の不安を取り除くにはどうすればいいのか頭を巡らせる。

一人だけ、彼女と同じように初陣で緊張をしていた艦娘を思い出した。

 

「葛城、もし良ければ鍛錬の後に時間はあるかしら?」

「大丈夫です、今日は部屋に帰って瑞鶴先輩の写真を眺めるだけですから」

 

葛城の相変わらずな趣味にはこの際、目を瞑る。

 

「そう、この後に長門や陸奥と会うのだけれども貴女も一緒にどうかしら」

「え、長門型のお二人とですか!?初対面ですけど大丈夫かなぁ」

「別に取って食う訳でもないから平気よ、長門の趣味からは貴方は外れていると思うわ」

「え、長門さんの趣味って……」

「何でもないわ。兎に角、初対面でも大丈夫よ」

「じゃあご一緒させて下さい。この鎮守府のエースと会えるの楽しみです!」

「では鍛錬が終わったらついて来なさい、鍛錬が終わる頃には主力艦隊も帰投している筈よ」

 

それから鍛錬が終わり、夕暮れになると加賀は葛城を伴って赤レンガの一室へと向かう。

そこは会議室の様なもので、既に長門と陸奥がそこに居た。

 

「出撃お疲れ様。今日も無理を言ってごめんなさいね」

「気にするな、加賀の方からこういう席に来てくれる様になって私も嬉しいよ」

「他のメンバーは?」

「入渠などで今晩は都合が付かないらしいので、私と陸奥だけだ」

「そう、二人がいるのなら問題ないわね。それと知っているとは思うけれども葛城よ」

「は、初めまして!葛城です!鎮守府のエースのお二人に会えて光栄です!」

 

緊張でガチガチになりながらも葛城は精一杯に挨拶をする。

その初々しい様子を見て、長門と陸奥は微笑ましい気持ちになった。

以前の鳳翔と打ち解けた様に、葛城には目上の人の懐に入る能力があるようだ。

 

「初めまして。そんなに緊張しなくてもいいのに」

「そうだ、私達は同じ艦娘なのだからお前も堂々として居ればいい」

「ありがとうございます。でも今は別の理由でも緊張してまして」

「ん?別の理由とは?」

「ほら、長門。葛城はもうすぐ初陣で私達と一緒に出撃するのよ」

「ふむ、それならば緊張しても仕方ないだろうな。嘗ての陸奥もそうだった様に」

「わ、私の事はいいから!」

 

長門の思い出した様な呟きに、珍しく陸奥が狼狽える。

普段は余裕のある大人のお姉さん然とした雰囲気は何処へやらだ。

 

「いや、加賀はお前の昔話をして葛城の緊張を解そうとしているんだろう。そうだな、加賀?」

「話が早くて助かるわ。今の葛城は初陣を迎える前の陸奥と同じ状態よ」

「成る程ね、それは確かに……深刻だわ」

 

苦虫を噛み潰した様な表情で陸奥は呟く。

 

「けれども、あれは長門だって問題になったんだからね!」

「くっ、確かに未だに金剛にこの事で弄られ続けているが、私は何も恥じてはいない!」

 

顔を真っ赤にして陸奥が反論すると、長門も顔を赤らめる。

更に信じられない握力で、思わず握っていた椅子の肘掛けを握り潰した。

肘掛けは中身の綿をぶちまけられて無惨な姿となっている。

目の前で繰り広げられる、子供染みた喧嘩に葛城は絶句するしかなかった。

 

「しまった、また明石に小言を貰ってしまう」

「こ、これがウチのエースだなんて……」

「あらあら、ウチの鎮守府は変わり者が多いのよ。知らなかった?」

「そんなの初耳です……。でも悲しい事に否定出来ません」

「じきにこの姉妹漫才にも慣れるわ、それよりも葛城に何かアドバイスして頂戴」

 

長門は椅子を壊したことに消沈し、陸奥はその長門を見て笑いを堪えている。

中々話が進まないことに痺れを切らして加賀は切り出した。

その様子を見て陸奥は含み笑いをする。

 

「成る程ね、加賀達は緊張することを知らないから、アドバイスが出来なかったのね」

「人を心臓に毛が生えたみたいに言わないで頂戴」

「でも肝が据わっているのは本当よね。

 そうね、アドバイスの前に私も過去は大した戦果をあげられなかったわ。

 艦隊に付いて行っても鈍足なのを詰られたぐらいだし、失礼しちゃうわ」

 

大袈裟に溜息を吐いて陸奥は昔のことを思い出している。

この鎮守府より以前の出来事を大まかに言えば、あの爆沈する日までに目立つ活躍はなかった。

 

「そんな実績もない私が、ビッグセブンというだけでこの鎮守府の主力艦隊に選ばれたのよ。

 とんでもない重圧だったわ。

 私よりも長く着任している艦娘だっているのにそれを差し置いての抜擢だったんだもの」

 

今でもその事に多少思う所があるのか、陸奥は複雑な表情になる。

それを三人は黙ったまま、彼女の話に耳を傾けていた。

 

 

 

その日のことは今でも覚えているわ。(正直、忘れたい気持ちもあるけれども)

私の初陣が決まって、私はそれまで以上に訓練に打ち込んだのよ。

ただ、それが祟ったのか土壇場になって私の艤装に不具合が起こったわ。

()()()()()()()()()()()()()第三砲塔に問題が発生したの。

爆沈した日の詳しいことは覚えていないけれども、まるで過去を準える様でとても不安だったわ。

初陣の朝、私は朝食も摂らずに自室で閉じこもっていたの。そしたら相部屋の長門が来た。

 

「陸奥、艤装の方はどうだった?」

「……正直、かなり嫌な感じね。第三砲塔の排熱に問題があるらしいわ」

「よりにもよって其処か、普段は明るいお前の表情も曇るというものだ」

 

長門に言われてしまうぐらいに私は自分の表情が曇っていることに気付いた。

これでは、艦隊の士気に関わってしまうだろう。

 

「私は大丈夫よ、長門。だから貴女までそんな顔しないで、ね?」

「そうか、だが無理はするな?」

「わかってるわよ、それじゃ私は初陣の作戦要綱に目を通すから」

 

私が部屋に備え付けの机に向かって一人の世界に引き籠ると、長門は部屋を出て行った。

これがまさかあんな事になるとは思わなかったのだけれども……。

 

 



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無冠の初陣 後編

相変わらずペース配分が滅茶苦茶な後編


此処からは私、長門から話そう。私は自室を出る前に()()()()()()()()()()()()部屋を出た。

窓の側には、防犯の意味合いも込めて外側に鉄格子が嵌められている。

これで陸奥は力を使わない限り、出ることが出来ないだろう。

気乗りがしなければ、力を使うこともなくそのまま自室に引き籠っていればいい。

勝手な事をしたのは私なのだから、陸奥が責められる謂れはないだろう。

ならば、私は陸奥の代理として作戦に向かわなければならない。

波止場へ行くと既に他の出撃艦隊が居た。僚艦の金剛が私の姿を訝しげに見ている。

 

「長門?貴女は確か今日は出撃memberじゃない筈デース」

「ああ、陸奥が体調を崩したらしいので私が代わりに出撃する」

「what's!?そんなのテートクから聞いてないデース!?」

「急な体調不良だからな、提督には私から報告しておく」

「ひょっとして長門……」

 

金剛の訝しい目が疑いを確信した目へと変わる。

私はその目を真っすぐには見れずに明後日の方向へと目を泳がせていた。

やはり、そんなに上手いこと展開を持っていくことは出来ないようだ。

 

「何の事かわからんな、陸奥の代わりに私が出撃しても問題なかろう?」

「そんな訳アリマセーン!まずはテートクへ報告するのが先デース!」

「ま、待ってくれ!それだったら私が報告へ行ってくる」

「No!今の長門は信じられマセーン、私が行きマース!」

「二人とも、揉めている内に作戦開始時間になってしまうわ。いい加減にして頂戴」

 

白熱していた私達を尻目に、加賀は冷たく言葉を浴びせる。

赤城は最初から興味がない様に艦載機の状態をつぶさに点検している。

駆逐艦の響も興味ないらしく、興味の先は波止場の岩ガニで執拗に突っついている。

最後に電は困った表情をして私達と加賀の三方を見渡している。

 

「それもそうデース、長門はいい加減に陸奥を連れて来て下サーイ!」

「だから陸奥は体調不良だと言っているだろう、無理だ!」

「確かに陸奥は少し前から様子が可笑しかったデース。

 でも陸奥の不安の中に隠れている闘志は長門でも分かっている筈デース」

 

私は金剛にそう言われて黙ってしまった。

彼女の言うことが真実だと認めた訳ではない。

当時の私には彼女の言っていることが本当かわからなかったんだ。

陸奥の本心というのを考えておらず、

表面上の言葉と表情だけで決めつけてしまっていたと自覚してしまった。

そこで議論が止まってしまった場に加賀が割って来た。

 

「それに本当は妹と一緒に戦うことを貴女は望んでいるのではないの?」

 

この言葉に私の思考は掻き消されてしまった。

確かに、私は今度こそ陸奥とビッグセブンの名に恥じない大活躍をしたい。

お互いに生まれた理由、存在理由を全うしたいという願いが根底にあった事に気づいた。

 

「加賀の言う通りだ。

 だが私は陸奥の初陣に自分が艦隊に加えられないのを不満でこんなことをした訳ではない!

 あの時は本当に陸奥のことを考えて行動をしていたということだけは信じて欲しい」

「それは別に疑ってはいないわ。貴女が陸奥を溺愛しているのは目に見えてわかるし

 こういうのを何て言うのだったかしら……」

「鳳翔さんが言っていた言葉だとシスコンというのでは?」

 

今まで我関せずと知らぬ顔をしていた赤城が入ってきた。

こういう作戦と関係ない部分で赤城が絡んでくるのは珍しい。

私達三人はかなり怪訝な顔をして見ていたのだろう。

 

「そんなに不思議そうな顔をしないで下さい。

 作戦の士気に関わることでしたら、私でも気にはなります。

 兎に角、陸奥さんを作戦開始前までには連れて来ること。

 それまで私達は此処で出撃の準備をしています、それでいいですよね。旗艦さん?」

 

赤城は波止場の響達を振り返り確認をする。

 

「問題ないよ、まだ作戦開始まで猶予はある。私と電も待っている」

「電も了解したのです。喧嘩にならなくて良かったのです」

 

電はようやく安心したようで、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「わかった。私がやった手前スマンが金剛は提督への報告を頼めるか?

 いざとなったら提督からも陸奥に呼び掛けてもらいたい」

 

了解と金剛は頷いて赤レンガの方へと向かい、私は来た道をそのままに戦艦寮へと向かう。

 

 

 

作戦概要にも目を通し終わり、椅子に座ったまま息を吸いながら両手を頭上に上げて伸びをする。

次に深く息を吐きだして、脱力してから席を立った。

その瞬間に視界に飛び込んできたのはドアノブが力尽くで引き抜かれた扉だった。

こんな芸当をするのは、相部屋でもある長門ぐらいしかいない。

 

(何で?何でこんなことするの?)

 

私が極度に緊張していたから、私を閉じ込めて作戦に参加出来ないようにしたのだろうか?

だとしたらどうして、私の体を縛ってでもそうしなかった?

こんな扉のノブを引き抜いたぐらいで、私が本気を出せば扉なんて蹴破ることは容易だ。

この時に私の頭に一つの可能性が過る。

 

(私を試している……?私が、力を使ってでも作戦に参加するか、試しているの?)

 

私の視点からすれば、長門のこの行動は物凄く傲慢に見えていたわ。

だって、私の意見も聞かずに勝手に部屋に閉じ込めるんですもの。

そうは考えても、この時の私は何処か安心をしてしまった部分もあったの。

 

(このまま全部を長門の所為にしてしまえば、私は不安定な状態のまま戦いに出なくても済む)

 

次の作戦までには艤装の状態を万全にして、そうすれば何の心配もなく戦いに出られる。

そうだ、何も艤装に不調が出ているのに無理をして戦いに出る必要なんてない。

そんなことをして轟沈してしまえば、過去の轍を踏むことになるだろう。

 

(そんなのは絶対に嫌!けれども……)

 

本当にこのままでいいの?私のしていることはただ責任と重圧から逃れたいだけじゃないの?

何よりも長門に全部押し付けたままで、私はただ部屋に閉じ籠っているだけでいいの?

そんなのあの人に顔向け出来ない、あの人の隣に立つ資格なんてない!

だって

 

「私はあの人と同じビッグセブンなんだから!!」

 

腰を低く落とし、右腕にありったけの力を込める。

全身の気の流れを、拳に集中してそれを目の前の扉に叩き付ける。

 

「長門のバカぁあああああああああああ!!」

 

扉は私の拳を受けて真ん中から真っ二つに折れて、

廊下の壁をもぶち抜いて、私の不安もろとも戦艦寮の外の彼方へと吹っ飛んだ。

私は呼吸を整えると自分の艤装を受け取りに、部屋から一歩踏み出すとそこには長門がいた。

もう少し前に進んでいれば、先程の私の全力の殴打に巻き込まれていただろう。

 

「む、陸奥……」

「長門……」

 

私はゆっくりと長門の元へと歩み寄る、長門は部屋から出て来た私の姿を見て安堵している。

私はそんな長門の頬に手を伸ばし

 

ガッゴーン!!

 

思いっ切りその鼻っ柱に自分の額を打ち付ける!

 

「このバカおねぇ!

 勝手なことばっかりして、もう絶対に一緒に出撃なんてしてやらないんだから!」

 

私の渾身の頭突きを喰らった長門はよろめき、私は容赦なくその長身を背負い投げる。

長門はそのまま壁の方まで吹っ飛んで行ったわ。

後から聞いた明石の話しだと隣の駆逐艦の寮にまで吹っ飛んだらしいわね。

 

「これはどういうことだ……?」

「Oh……長門が綺麗に吹っ飛んで行きマーシタ」

 

私が壁に開けた穴から提督と金剛が此方を覗き込んでいた。

どうやら私を心配して金剛が提督を連れて来たみたいだったわ。

 

「何でもないわ。それよりも出撃時間まであと少しよ、金剛」

「OKデース!ではテートク、行って来マース!」

「あ、ああ……行ってらっしゃい」

 

私と金剛は波止場まで全力で走り、

何とか出撃時刻までにはギリギリで間に合わせることが出来た。

 

「みんな、ごめんね!待たせたわ!」

「了解、それじゃあ出撃しよう」

 

旗艦の響が出撃の号令をかける。

私達は一斉に海原を駆け廻り、作戦海域まで進んだ。

 

 

 

戦闘に関しては割愛するわね。大概はいつも通り、化け物揃いと言われる第一艦隊の面子だもの。

初陣の私は皆に着いて行くので精一杯だったわ。

戦闘中の私には不安でなく、ただ長門と一瞬でも弱気なことを考えた自分への怒りがあった。

私の精神に影響されていたかのように、艤装の不具合は作戦中には起こらなかったけど、

後で提督に艤装の件を報告したら物凄く怒られたわね。

もしもの事があったらどうするんだ、素直に自分に相談しなさいってね。

帰りの航路、中破した私は何とか自力航行は出来たけれども十分な速力は出せなかった。

大破は免れたけれども、中破しているのは私だけだったから少し気落ちしていたの。

 

「ところで陸奥、初陣はどうだった?」

 

帰りの航路、殆どの艦娘が被弾がある中で唯一の無傷の響が涼しそうな表情で私に問いかける。

 

「そうね、正直言うと良くわからないわ。

 私は貴女達に着いて行くことしかできなかったし」

「だったら問題ないよ。私達に着いて来れるのなら十分素質はある」

「だと良いけれどもね」

「私も過去はここぞという時の作戦に不参加だった。

 過去が誇れないなら今を誇れる様にしよう」

 

普段は口数の少ない響だったけれども、この時は親身になってくれたわね。

よっぽど私が浮かない表情をしていたせいだったのかもしれないけれども。

兎も角、私は晴れて初陣を終えて鎮守府に帰ることが出来た。

結果論としては長門の非常識な行動が、プラスになった訳ね。

 

 

 

「とまぁ、こんなところかしら?」

「凄いです、まさか出撃前の艦娘を監禁するなんて……」

「その事に関しては弁明のしようがない。私も昔は感情のままに動いてしまったんだ」

「あらあら、まるで今はそんなこと無いように聞こえたけどー?」

 

先程長門が握り潰した椅子の肘掛を指さして陸奥が笑みを含んで詰る。

これには長門も完全に沈黙してしまう。

 

「長門の行動は兎も角として、葛城。陸奥の話しを聞いて何か思ったことはないかしら?」

「そうですね……

 正直、かなり滅茶苦茶なことが起こってばかりでそっちに目が行ってしまいます。

 陸奥さんに質問ですけれども、不安を怒りに変えたから初陣は怖くなくなったのですか?」

「いいえ、そんな単純な話しではないわよ?」

「えー……?」

 

思いも寄らなかった返答に葛城は目を丸くする。

加賀もどういう事かと陸奥の言葉に静かに耳を傾けるのみだった。

 

「初陣の恐怖事態はそのままあったわ。大体恐怖なんて無くせるものじゃないし。

 大事なのはその恐怖とどう向き合うのかよ。

 あの扉を壊す前までは私は恐怖を感じること自体を拒絶していた。

 けれども気付いたのよ、一時でも恐怖を凌駕する何かがあれば乗り越えることは出来る。

 誰かが言っていたけど、勇敢な人は必要な時に一時でも勇気を出した人ということよ」

「不安や恐怖を乗り越える、ですか」

「そう、貴女にとって艦娘となって戦う一番の理由さえあれば、

 きっと難しいことじゃないと思うわ。ね?」

 

この言葉に、困惑し続けていた葛城の表情が一気に明るくなった。

 

「私は、瑞鶴先輩と一緒に戦いたい。

 一人でこの鎮守府に常設している正規空母として戦い続けている先輩を支えてあげたい」

「いいわね、私の時よりもかなり素直な気持ちだと思うわ」

「陸奥さん、長門さんお話しを聞かせてくれてありがとうございました!

 明日に備えて精神統一と体を休めて来ます!!」

「それでは私もお暇するわ。いつも疲れているところをごめんなさいね」

「いいえ、少し恥ずかしかったけれども昔話も偶にはいいものね」

 

陸奥は少しだけはにかんだ笑顔を見せた。

加賀と葛城はその表情を見て、少し満足げに部屋を後にした。

赤レンガからの帰り道、もうすっかり夕日は顔を隠して空には藍色が混じっている。

 

「まさか今では名コンビの長門型のお二人にあんな過去があったとは知りませんでした」

「二人が仲直りをするのはまた別のお話しだけれどもね。

 それまでは本当に陸奥は長門と一緒に出撃するのを拒否していたわ」

「あ、それは本当に嫌がったんですね……」

「それで葛城、少しは参考になったかしら?明日は大丈夫?」

「はい、瑞鶴先輩と漸く肩を並べられると考えるようにしたら、前向きになりました!」

「そう、だったら連れて来た甲斐もあったわね」

 

加賀は満足げに頷く。

射場で下手を打ったときはどうなるかと思ったが、これなら大丈夫だろうと安堵している。

 

 

 

翌日、葛城の初陣の日が来た。

瑞鶴も葛城も出撃となるので今朝は射場での鍛錬はないが、加賀は身を引きずって波止場へ来る。

既に瑞鶴は出撃の準備を済ませて待機していた。

 

「おはようございます加賀さん」

「おはよう瑞鶴、葛城はまだかしら?」

「うん。迎えに行こうかとも思ったんですけど、私は葛城を待つことにしました」

 

瑞鶴もまた、加賀のように葛城を信じて一人で来たようだ。

暫くすると長門型の二人もやって来る。

 

「二人ともおはよう、葛城はまだ来ていないようだな」

「おはようございます、長門さん陸奥さん。葛城なら大丈夫、絶対に来ますから」

「そうね、出撃までまだ時間はあるから気長に待ちましょう。ね、旗艦さん?」

「ああ、焦る必要もないさ。この長門がいる限り、僚艦の身の安全は保障しよう」

 

自分の豊かな胸板を右腕で大袈裟に叩いて長門が言う。

 

「それは頼もしいですね。心配性な加賀さんも安心してお留守番できますし?」

 

少し意地悪そうに瑞鶴が含み笑いをして加賀を横目で見る。

加賀は一瞬眉間に皺を寄せ、瑞鶴を睨むがすぐにいつもの無表情に戻る。

 

「貴女に言われたくはないわ。いつもなら出撃時間ギリギリまで来ない癖に、

 葛城が早く来たときの為に誰よりも早めに準備して此処で待っていたのでしょう?」

「うぐぐ……否定できない」

「ハハハ、加賀の方が一枚上手だな。

 しかし瑞鶴も先輩としてちゃんと考えて行動出来るようになったか」

「フフ、後輩が可愛いのは先輩譲りみたいね」

 

思わぬ陸奥の追撃に加賀も少し顔を赤くして俯いて黙ってしまう。

葛城が来るまで、四人は談笑しながら待っていた。

 

 

 

空母寮の自室で葛城は目が覚める。

緊張していた疲れからか、随分と深い眠りに落ちて夢を見ることもなかった。

その為、葛城には目を閉じて目を開けた瞬間に朝になったように錯覚した。

 

(全ッ然眠った気がしない……)

 

頭の回転は鈍いが、ぼさぼさの髪の毛をそのままにしておけないので洗面所に行って櫛を通す。

少し伸びすぎてしまったので、次の休暇には髪を切りたいとぼんやりと考えた。

 

(でもその前には……今日を乗り切らないと)

 

今日は自分の初陣の日、過去に何の功績もない自分がどれだけ実戦で活躍できるのか。

演習は何度かこなしたけれども、実戦と演習は違う。

自分と相手の殺意の有無はかなり違う、それは瑞鶴からも加賀からも常に教えられたことだ。

明確な殺意を向けたこともなければ、向けられたこともない。

果たして、目の前にいる者に殺意を向けられて自分はそれに気圧されずに済むのか?

 

(いけない、そんなこと考えても仕方ないのに)

 

実際にそうなるまでわからない。そんなことを考えても詮無き事だ。

不安な気持ちを無理に覆い隠そうとしても、

薄いヴェールの向こうから強く光り嫌でも存在を認識させられる様だった。

そこで葛城は昨日陸奥に言われた言葉を思い出した。

恐怖を取り除くことは出来ない、それとは別の強い気持ちを思い描くしかない。

 

(私の強い気持ち、戦う理由は……)

 

瑞鶴の力になりたい。幸いなことに今日の初陣には憧れの先輩も一緒に出撃してくれる。

提督や周囲の皆の気遣いも感じられて、葛城はこの鎮守府で艦娘をやって良かったと思える。

 

「よし、これはチャンスよ。

 瑞鶴先輩と一緒に出撃も出来るし、念願の艦載機だって自前のを持つことだって出来る!」

 

自分の両頬を叩いて喝を入れる。

その気になった今のうちに葛城は自室を出て、波止場へと向かった。

今日、葛城は一人の艦娘として未知数の世界へとはじめての一歩を踏み出した。

 

 

 

夕暮れ、長門旗艦の第一艦隊が鎮守府へと帰投して数時間が経過した。

結果としては、作戦は何とか終了。撃沈した艦娘もなく、無事に全員が帰って来れた。

ただ作戦目標である敵補給艦の撃破には至らず、成功とは言えない内容となった。

提督は責任は自分が負うと言って気にするなと言っていたが、葛城は少し落ち込んでいた。

補給を済ませて、食堂に夕飯を瑞鶴、加賀と食べに来ても一向に箸を付けようとしない。

 

「葛城、出撃した後なんだからちゃんと食べなきゃ」

「はい。ただ私がもっとちゃんとやっていれば、もしかしたらあの作戦は……」

「もう!そんなこと無いってば!

 濃霧が出てきて相手の陣形の視認も困難だったし、

 誰もきちんと敵艦の艦種識別が出来なかったから皆の責任よ!」

 

今回の作戦海域は異常気象で濃霧が発生しており、少し離れると僚艦すら識別が難しかった。

そんな状況だったので、今回の作戦失敗も運に見放されて仕方なかった部分が大きい。

 

「そうね、私も後から長門達から聞いたけれども仕方ないわ。

 誰にだって失敗はあるものよ。私や赤城さんだって常に作戦を成功させて来た訳でもないわ。

 こういう時は、次の目標を作ってそこを目指すべきよ」

「そうそう、加賀さんの言う通り!

 私なんて主力として艦隊に編成されてから、しょっちゅう失敗して来たし!

 自分で納得が出来てないのなら、次で挽回すればいいのよ!」

「そう、ですね。私次は悔いが残らないように頑張ります!

 私のことを気遣ってくれた先輩や加賀さん、皆の為にも次こそはMVP狙ってやってみます!

 ご飯食べ終わったら自主練しましょう!」

「よ、よーし!葛城がその気なら付き合おうかなー!?」

「明日も出撃なのだから素直に体を休めなさい」

 

少々呆れて加賀は言うが、教え子の初陣が兎に角無事に終わって一安心だった。

実を言うと、余りにも心配で前の晩は碌に眠ることも出来ていなかった。

初陣を乗り越えられたのなら、本来前向きな葛城の気質からもう心配はないだろう。

後は、苛烈な戦場で生き残ることが出来るように技術を叩き込むだけだ。

加賀は一つの節目を終えられたことを素直に嬉しく思い、人知れず微笑んだ。




近日中に蛇足上げるかもしれません


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鳳と鶴 前編

葛城の初陣から数日、改めて深海棲艦の通商破壊作戦が発令された。

前回での異常気象は続かず、その戦闘で作戦は見事完遂し葛城は初めての白星をあげた。

これには葛城も自信をつけることが出来たようで、

先日の落ち込んでいた姿は何処へやら前向きに鍛錬に打ち込むようになっている。

その姿に加賀も瑞鶴も安心し、いつも通りの射掛けの鍛錬を行う。

それが一段落したら湾内へ出て水上からの射掛けの鍛錬、地上よりも不安定な水上で行うので

体力の消耗は地上とは比べ物にならない。

作戦は海の真ん中で行うことが多いので、比較的静かな湾内でそれが出来なければ話にならない。

水上射掛けが終了したら体をクールダウンさせる為にも鎮守府の外周を徒歩で何週かする。

日が暮れる頃には二人はクタクタになっているが、

基本の積み重ねは大事だと常々言われているので不満はなかった。

それを一週間の内に四日行う。出撃が多ければ少なくなるが残りの日は射掛けの後は座学だった。

座学では主力艦隊からのヒアリングを元にした加賀からの航空戦力の運用方法の指導がある。

様々な条件下で機動部隊はどう動くべきなのか、

また過去の作戦からの深海棲艦の行動パターンの分析なども主目的となっていた。

特に深海棲艦は姫や鬼級の新型が増え続けているので、行動パターンの分析はかなり役に立つ。

口下手と思い込んでいる加賀に座学は少々負担に感じていたが、二人の為にも努力は怠らない。

その為にも稽古の後には毎日の様に色々な艦娘のところへ出向いては、話を聞いていた。

そして今日は金剛の所へと話を聞きに入渠ドックに来ていた。

金剛は本日の作戦で中破しており、入渠時間が長い為に加賀は態々ドックまで話を聞きに来た。

 

「加賀も頑張りマスネー。昔に比べて交友関係も増えたんじゃないデスカー?」

「これを交友関係と言って良いかはわからないけれども、人付き合いは増えたわ」

 

入渠ドックまで来てそのままは勿体ないと金剛に言われて加賀も隣のドックで入渠をする。

久しぶりにドックに入渠したが、戦闘に出ていない自分が入っていていいのか気が引けていた。

 

「ところで、翔鶴のことは何か聞いていないかしら?」

「Oh やっぱりそれを聞きマスカー。加賀になら話しても良いでショウ」

 

金剛の話では翔鶴はこの鎮守府には常駐しては居ないらしい。

今の彼女が所属している舞台は第二遊撃機動部隊というのもので、

様々な鎮守府の腕利きを集めたという選抜チームらしい。

大本営が出資をしており、作戦遂行が困難と判断しその失敗が大損失を生じるものと判断されれば

作戦遂行中の艦隊への支援艦隊として派遣される。

つまりは鎮守府主力艦艇を大本営の影響下に置くために作られた艦隊だった。

しかし、各鎮守府の選りすぐりを揃えられるので作戦への貢献度は非常に高い。

中には、手柄を横取りされるとこの遊撃部隊を嫌う提督もいる程らしい。

かつての教え子がそんなところに身を置いているのは喜ばしいが、素直に喜べない部分もある。

 

「そうなると、翔鶴がこの鎮守府に戻って来る事は……」

「Yes,恐らくはNothingデース」

 

余程の事が無い限り、大本営が一度囲った艦娘は戻って来ることはない。

また艦隊メンバーの機密保持の為にこの鎮守府でそれを知っていたのは金剛と提督だけだった。

勝手に判断をした提督を責めることは出来ない、恐らくは大本営からの圧力があったのだろう。

試製甲板をこの鎮守府に下ろしたのは、最初から大本営が囲い込むつもりだったということ。

加賀の憤りは大本営へと向けられていた。

 

「But,テートクは諦めた訳ではアリマセーン。

 どうにか翔鶴を取り戻せるようにコネを使ってtransaction(取引)をするつもりデース」

「提督に大本営へのコネがあったの?」

「大本営も一枚岩ではないということデース、親艦娘派から切り崩すと言ってマース」

 

鎮守府毎にも艦娘の扱いに差が出来ているというのは周知の事実だったので、

大本営の方でも派閥が分かれているのは不思議なことではなかった。

細かい事を言えばもっと派閥は分かれているだろうが、

その中でもシンプルで一定の地盤を持っているところを提督は狙っていた。

(元々提督も親艦娘派の主張をしているというのもあったが……)

 

「それが実を結ぶのを私も祈ります」

「テートクのAdvantageは最後まで諦めないところデース。きっとChanceは訪れマース」

「貴女も諦めないところが同じね。

 私も翔鶴と瑞鶴がまた同じ艦隊になれることを諦めた訳ではないけれども」

「だからこそ自分の出来ることを何処までも加賀はやるのデスネー。Great!」

「別に褒められることじゃないわ。

 私はただ教育者として教え子達が帰って来れるように手を尽くすだけよ」

 

そう言って加賀は入渠ドックから上がる。

期待など全くしていなかったが、やはり失った右腕は回復する兆しは無い。

ただ体中からほんのり湯気が出ているぐらいだった。

 

「今日はドックまで押しかけて御免なさいね」

「No problem!今度はお茶会でもしまショウ」

 

加賀は会釈して脱衣所へと向かって行った。

一人残された金剛はぼんやりとそれを見送る。

 

(そう言えば、同じく遊撃部隊に行ったあの娘は元気にしてますかネー)

 

 

 

幾日が過ぎ、鎮守府は一つの壁に突き当たった。

深海棲艦の海上封鎖の範囲が広がり、潤沢な資源が眠る西方海域への輸送作戦に支障をきたした。

これはこの鎮守府のみの問題ではなく、他の鎮守府及び大本営にとっても看過できない事態だ。

問題は斥候も上手く行かず、敵艦隊が泊地としている場所すらも不明だった。

潜水艦らの懸命な斥候でも中々数が絞り込めず、全部で3〜4つの場所が残っている。

この事から泊地は一つとは限らないと推測され、

一つを叩いても今までの経験から上手くは行かずにすぐに再建されてしまうだろう。

数的にも不利になりやすいこの状況下で戦力を分散することは出来ない。

提督が考えたのが各鎮守府が連携して、泊地と思われる箇所を同時に叩くというものだった。

今まで独自での判断か大本営主導で動いていただけに、鎮守府同士での連携に前例が無かった。

各鎮守府の提督はこれまではお互いをライバル視していて連携を取ることを考えもしなかった。

その為に、大本営を通さずに他の提督に話を通したとしても賛同するものは少ないだろう。

そこで提督は大本営へとこの意見を具申する。

 

(大本営にとってもこの状況は打破したい筈、

 他の代案があるなら今まで大本営が沈黙している訳がない)

 

提督の思惑通り、大本営はこの意見を採用した。

それから西方海域に向けて佐世保鎮守府へと指揮本部を設置し、

各主力艦隊を西方海域付近まで輸送船で送り出す。

敵艦隊も此方が複数艦隊で来るのは予測しているので、輸送船にダミーを混ぜて攪乱した。

これにより逆に敵も戦力を分散させなければならなくなり、主力艦隊の輸送成功率は上がった。

お陰で複数の泊地への同時の襲撃は非常に上手く事が運んだ。

しかしながら、此処で泊地の防衛が思いの外固く膠着状態になりつつあった。

 

「思ったよりも敵の守りが堅牢ですね……分散させてこうなんて」

「逆に分散させられたから此処までやれたと考えるべきでしょ。

 此処までお膳立てしてくれた提督さんの為にも頑張らないとね!」

 

思わず弱音を吐く葛城を鼓舞しようと瑞鶴は努めて明るく振る舞った。

他の僚艦にもそれが伝わり、瑞鶴達は一層奮起する。

それを嘲笑う様に深海棲艦の熾烈な攻撃は続く、この手応えは間違いなく此処が本丸だろう。

戦線が膠着している状態が続き、やがて瑞鶴と葛城の艦載機の残りが少なくなって来た。

攻撃隊に関してはほぼ壊滅でまともな打撃力はなく、

戦闘機で僚艦を敵艦載機の空爆から守れるようにするしかほぼ手が無い。

ただその僚艦達も長引いた戦闘で弾薬も燃料もかなり消耗してしまっている。

旗艦の金剛は既に撤退も視野に入れているようだが、

この作戦は同時に泊地を攻略しなければ効果は薄く判断がとても難しい。

流石の瑞鶴も諦めが頭を過ったその時だった。

 

「此方第二遊撃機動艦隊、此れより貴艦隊の援護を行う」

 

無線から落ち着いた少女の声が飛び込んできた。

まだ幼い少女の声ではあったのだが、そこには一切の感情が込められていない。

重く、冷たい声だった。

その直後、瑞鶴達の背後から無数の艦攻隊が泊地を防衛する敵艦隊に向かっていった。

 

「あれは天山に流星改ですね……

 でもあの天山の垂直尾翼に機番号が書いてあります。珍しいですね」

「あの機番号、まさか」

 

瑞鶴はあの機番号を見たことがある、自分がまだまだ未熟者だった頃に見たことがある。

その機番号は『AⅠ-311』、かつて赤城が所持していた天山一二型、通称村田隊だった。

振り返ると、赤い弓道着に長い髪が瑞鶴の記憶と符合する。

 

 



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鳳と鶴 中編:|邂逅

「翔鶴姉!」

 

その姿を見て瑞鶴は赤城の姿を想起したがいつも見慣れていた銀色の髪がそれを打ち消した。

装甲空母である翔鶴とその僚艦達がそこにいた。

 

「此れより殲滅戦に入る。

 翔鶴と大鳳は味方艦隊と連携して周辺の掃除を、それ以外の同志は私と共に泊地へ殴り込む」

「Oh!響、来てくれたんデスネー!」

「久し振り、今の私は改装を受けてВерный(ヴェールヌイ)だよ」

 

真っ白い服と艤装を纏った駆逐艦、ヴェールヌイは素っ気なく答える。

 

「繰り返すけれども私と同志三隻は今より空母が開いた敵艦隊の穴を突き抜ける。

 それ以外の艦娘は残敵の掃射を任せる」

 

冷静に、とても落ち着いた声音でヴェールヌイは自艦隊と瑞鶴達の艦隊に指示を飛ばす。

そして敵艦隊へと突っ込んでいき、自分の間合いに敵艦を捉えて的確に深海棲艦を打ち抜く。

 

「それにしても、あの白い駆逐艦がどうして私達の艦隊にまで指示を飛ばすんですか?」

 

葛城はやや不満そうに呟いた。

後から来た見知らぬ駆逐艦が行き成り指示を飛ばすから、面白くないのも無理はない。

 

「響、じゃなかったヴェールヌイはね。昔は私達の呉鎮守府に所属していたのよ」

「そうなんですか!?」

「うん、あの娘は私達の鎮守府始まって以来の最強の艦娘よ

 金剛も長門さんも砲撃戦で勝ったことがないぐらいのね」

 

葛城は信じられないと突っ込んで行ったヴェールヌイの姿を目で追った。

敵の砲撃を完全に予測したかのような動きで、砲弾が掠ることすらない。

正に当たらなければどうということはないを地で行く戦い方だった。

 

「そこのお二人とも、ヴェールヌイの指示は聞こえましたね?

 私達は露払いを行います、戦闘機でもいいので早く発艦をして下さい!」

 

ヴェールヌイ艦隊のもう一人の空母、大鳳が怒号を飛ばす。

二人は慌てて戦闘機を発艦させて翔鶴と大鳳の攻撃隊の援護に回った。

 

(反応は鈍いけれども、此方の攻撃隊の編隊に合わせられるのね。いい練度だわ。

 翔鶴さんの話通り、厳しい鍛錬は受けてはいるみたいだけれども、まだまだね)

 

大鳳は少しだけ瑞鶴と葛城を見直した、しかしまだまだ足りないと考える。

自分と肩を並べている空母、翔鶴の妹としては期待していた分よりも下回っている。

 

「大鳳、少し集中力が乱れてませんか?いつもより艦載機の動きにムラがあります」

「ごめんなさい、翔鶴さん。気を付けます」

 

ぴしゃりと翔鶴に指摘をされた大鳳は素直に謝ったと同時に流石と感心していた。

艦載機の動きを見るだけで、自分の心の揺れを見抜いた翔鶴に大鳳は心服していた。

 

 

 

やがて、泊地での戦いは第二遊撃機動部隊の介入により攻略に成功した。

やはりこの泊地が西方海域の敵の本丸だったようで、瑞鶴達は貧乏くじを引く結果となった。

 

(本来なら私達だけの力で倒せた方が提督さんの純粋な手柄になったんだろうけど)

 

恐らく、遊撃部隊は本丸が何処であるのかがわかってから動いたのだろう。

ヴェールヌイの指示なのか、大本営からのトップダウンなのかはわからない。

ただわかることは、瑞鶴達だけの力ではこの作戦は失敗しただろうということだった。

作戦が終わって全艦隊は一旦、指揮本部のある佐世保鎮守府に帰投することになった。

それは遊撃艦隊も同じだったので、瑞鶴は久し振りに翔鶴に会う機会が出来たが複雑だった。

 

(どうしよう、まだあの時の気持ちの答えを見つけていないのに会いに行ってもいいのかな)

 

会えるのは素直に嬉しいことなのだが、まだ例の件について瑞鶴は答えを見い出せていない。

そんな状態で会ったとしても、何を話せばいいのか?それ以前にどんな顔をすればいいのか?

佐世保に帰投して休息に宛がわれた部屋で瑞鶴は頭を抱えていた。

 

「瑞鶴先輩、翔鶴さんに会いに行きましょう!」

「葛城、でも私はまだ……」

「差し出がましいとはわかっています。

 でも、今会わないと次は何時になるかわからないじゃないですか。

 瑞鶴先輩には後悔なんてして欲しくないんです!」

「うん、そうだね。挨拶だけでもして来ようかな」

「はい!そうと決まったら善は急げです!早速行きましょう!」

 

葛城に手を引かれるような形で瑞鶴は遊撃艦隊の控えている部屋に向かう。

其処には翔鶴の姿はなかった。

 

「あの、この艦隊に所属している翔鶴さんはどこに居ますか?」

 

物怖じせず、葛城の堂々とした問いかけに部屋にいる艦娘が一斉に振り返る。

修羅場を潜ってきた艦娘達ばかりなので、その眼光は一瞬鋭く見えた。

 

「貴女達は……呉の艦隊の空母二隻ですね。翔鶴さんに用ですか?」

 

問いかけに答えたのは大鳳だった。

スレンダーな体型に整った涼し気な顔立ち、それでも目には抜け目ない光が宿っている。

何をしに来たのかと、露骨に二人に疑いの眼差しを向けて来た。

 

「えっと、翔鶴は私の姉妹艦でこの艦隊に所属していたと思うんです。

 というか翔鶴姉を見間違える筈がないし。今何処に行ってるの?」

「翔鶴さんならヴェールヌイと大本営からの司令官代理と一緒に会議に行ってますよ?」

 

取り付く島もない様子で大鳳は言い捨て、瑞鶴の気のせいか少し不機嫌そうな顔になった。

確かに、事後の取り決めをする会議はこの鎮守府で行われており、

そこへ行ったばかりならかなり時間がかかるだろう。

 

「そ、そっか。なら戻って来たら話があるって伝えて貰えないかな?」

「お断りします。会議が終わったら私達はすぐに横須賀へ帰投するように命じられています」

「そんな!翔鶴さんの妹の瑞鶴先輩に会う時間ぐらい作れないの!?」

「無理です、私達は大本営直属の艦隊ですので長く横須賀を開ける訳にはいきません!」

 

本人の瑞鶴を蚊帳の外に、葛城と大鳳はお互いを睨み合っている。

この様子に他の遊撃隊の艦娘も流石にどうしたものかと困惑した様子を見せた。

 

「まぁまぁ大鳳ちゃん、

 そんなお堅いこと言わずにちょっとぐらい会わせてあげてもいいじゃない」

 

柔和な雰囲気で大鳳を宥める艦娘がいた。

黒くサラサラなロングヘア―にスタイルの良さを強調するような腹部を大胆に露出した服装。

青くキラキラとした光と笑みを称えた瞳を持つ彼女は阿賀野だった。

 

「阿賀野さん、またそうやって時間にルーズな事を言っているとヴェールヌイに怒られますよ」

「でもでも、姉妹が再会出来る場面だったらヴェルちゃんもそんなに目くじら立てないと思うよ」

「またそうやって勝手なあだ名で呼んだら、

 今度はどんな鬼畜な訓練を課されるかわかりませんよ」

「どうかしらね~、大鳳ちゃんも今の発言は危ないかも……あっ帰ってきた!」

 

阿賀野の発言に瑞鶴と葛城は振り返る。

そこには見知らぬ男、かなりくたびれた中背中肉の中年は大本営から派遣された司令官代理と

その両脇を固めるようにヴェールヌイと翔鶴がいた。

 

「何だね君達は」

「えっと、私はそちらの翔鶴の姉妹艦の瑞鶴です。こっちは葛城です。

 久し振りに再会出来たから姉妹艦に挨拶をしようと思って……思いまして!此処に来ました」

 

普段、提督相手にも敬語を余り使わないので瑞鶴はしどろもどろに答えた。

葛城や阿賀野は失言が飛び出さないかハラハラして瑞鶴を見守っている。

翔鶴は特に口を挟む様素は見せず、落ち着かない様に両手をもじもじさせている。

 

「そうか、だがまたの機会にしなさい。これから私達は横須賀へと帰らなければならない」

「え、でも……」

「待って下さい」

 

冷たく重い声がその場の空気を凍り付かせる。

意外にも待ったをかけたのは司令官代理の脇を固めるヴェールヌイだった。

 

「このまま直接横須賀へと帰投せず、呉で補給を受けて行った方がいいと思います」

「何?そんな必要性なんて「勘違いしないで下さい」

 

司令官代理の反論を聞く気はないとヴェールヌイは発言を制した。

 

「私はお願いをしているのではありません。この意味がわかりますか?司令官代理殿」

 

敬語口調だがそこには相手を敬う気持ちなど全くない。

冷たく重い声と同じか、それ以上に冷たい視線を司令官代理に投げつける。

これにはただの代理を務める、デスクワーク派な中年には逆らうことが出来なかった。

 

「チッ、良いだろう。だがただ補給を受けるだけでは駄目だ!呉鎮守府の監査も行う!」

「そんな、監査を行う部署でもないのに急な抜き打ちの監査だなんて横暴過ぎよ!」

「やましいことをしていなければ問題ない筈だ!何か心当たりでもあるのかね?」

「そんな訳ないわ…じゃなくてそんな訳ないじゃないですか!」

「ならば監査は行う!言っておくが提督に知らせるのは無しだ!通信は傍受する!」

 

そこまでやるのかと瑞鶴は更に食って掛かろうとするが、翔鶴と目が合った。

これ以上、この男に突っかかるのはやめなさいと瑞鶴は翔鶴に言われた気がした。

 

「了解……しました。提督には知らせません」

「フン、だったら呉まで出向いてやる。これで満足かな、旗艦殿?」

「ありがとうございます。()()()()()()()()に感謝します」

 

全くそんなことを思って居ない様な、さらりとした口調でヴェールヌイが述べる。

どうやら口先での勝負でもヴェールヌイの方が上手らしい。

 

「そういうことだから、二人は今日はもう帰ってくれないかな」

「わかったわ、響。ありがとうね」

「礼には及ばないよ。じゃあね」

 

素っ気無い態度は相変わらずで、響達は部屋へと入っていった。

 

 

 

瑞鶴達は事の顛末を旗艦である金剛に報告した。

勝手な行動をしたことを咎められると思った瑞鶴と葛城は身構える。

 

「All right!

 取りあえず提督には作戦報告は済ませたので、改めて通信する必要はありませんネー」

「あの、瑞鶴先輩は悪くないんです!私が無理矢理に引っ張っていった形なので……」

「ラギーは気にしなくても問題Nothing!

 ワタシでも同じことをしたと思いマース」

 

俯きがちな葛城の頭を撫でて金剛は朗らかに言い放つ。

 

「でも、何でヴェールヌイは呉に寄ろうって提案してくれたんだろう?

 私と翔鶴姉の為だけに名目上の上司に逆らってまで提案するとは思えないんだけど」

「ワタシに心当たりがありマース。結局は瑞鶴と同じ気持ちということでしょうネー」

 

金剛の発言に瑞鶴はそういうことかと小さく呟いて頷いた。

状況が飲み込めない葛城は首を傾げている。

 

「テートクの事デスから今更抜き打ち監査が来ても特にNo problemネー

 寧ろテートクの秘蔵の卑猥なcollectionが見つからないかワタシは期待してマース」

 

先程までの朗らかな様子から一変して、戦場に臨んでいる様に鋭い殺気が金剛から出ていた。

瑞鶴は心の中で、厄介なことになってしまった不憫な提督に深く謝罪した。



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鳳と鶴 後編:|サイカイ

相変わらず後編のペース配分が可笑しい


佐世保鎮守府での激闘が終わり、瑞鶴達は呉鎮守府へと帰投した。

いつもと違うのは、何故か第二遊撃機動部隊を連れていることだった。

波止場に辿り着き、瑞鶴達は上陸する。

そこには加賀が立っていた。

 

「お帰りなさい、作戦成功おめでとう」

「thank's!ワタシはテートクに作戦の報告を改めてして来マース!」

「私も行くぞ、態々横須賀へ向かわずに来てやったんだ。挨拶ぐらいさせてやる」

 

金剛と遊撃隊の司令官はそのまま赤レンガの執務室に行ってしまった。

取り残された艦娘達はどうするか手持ち無沙汰になっている。

 

「聞いた通り司令官は行ってしまったので、第二遊撃はこのまま自由時間にするよ。

 ただし、羽目を外し過ぎて司令官に逆に監査されるような間抜けなことにならない様に」

「は~い、それじゃあ阿賀野は間宮さんに行って来ま~す!皆もせっかくだから行こう!」

 

ヴェールヌイの発言に阿賀野は他の僚艦を巻き込んで提案する。

 

「翔鶴さんとヴェールヌイちゃんは久しぶりの鎮守府なんだから、ゆっくりしててね!」

「だ、だったら私も翔鶴さんと……」

 

大鳳は抵抗しようとするが、阿賀野にがっちりと腕を組まれて身動きが出来ない状態になった。

そのまま阿賀野に引き摺られて間宮のある方へと連行されてしまう。

 

「じゃあ、私はこのまま別行動を取るから。翔鶴も偶には羽根を伸ばすといいよ」

 

それだけ言ってヴェールヌイは間宮とは反対の方角、駆逐艦の寮へと向かって行った。

その場に取り残された加賀達は暫し無言のまま、どうしたものかと考えていた。

 

「長旅で疲れているでしょうし、私達も空母寮へ行きましょうか。

 談話室なら時間帯的に普通に空いていると思うわ」

 

加賀の提案に乗り、瑞鶴と葛城そして翔鶴は空母寮へと向かった。

談話室には瑞鳳が一人でお茶を飲みながらテレビをぼうっと観ているだけで他に誰もいなかった。

翔鶴の姿に気づくと瑞鳳は久しぶりと手を振る。翔鶴も少々ぎこちなくそれに応えていた。

談話室の確りとした作りの机に並べられた椅子に座り、どちらからともなく話し出すのを待った。

しかし、中々言葉を切り出すことが出来ない。

 

(何で誰も喋らないんだろう……)

 

遠目から見ている瑞鳳はそんなことを考えたが、

動向を気にしつつも自分が出張る場面でもないだろうとテレビに視線を戻す。

 

「第二遊撃隊はどうかしら、翔鶴」

 

そんな中、意を決して沈黙を打ち破ったのは加賀だった。

年長者としてこの空気を変えたいのもあったが、純粋に遊撃隊への興味もあった。

 

「そうですね、私には荷が重いと感じますけれども

 新しい相方兼教え子が出来たので色々な経験が出来てますね」

「それってあの大鳳って娘ですか?」

「ええ、大鳳は私とは違う産まれながらの装甲空母で、

 遊撃隊に来る前までは大本営の施設に他の艦娘とは隔離されて居たらしいわ」

 

確かに、あの大鳳という艦娘は少し人見知りをしている子供の様な雰囲気が感じられた。

 

「私に少しべったりで気にはなっているんですが……何処まで突き放して良いのか分からず」

「そうね、翔鶴は瑞鶴を余り突き放さなかったから加減が分からないと思うわ」

 

たった一度突き放した結果が、

別々の部隊どころか別々の管轄になってしまったけれどもと加賀は言葉を呑み込んだ。

 

「私は加賀さんの様に優秀な指導者にはなれませんね」

「でも翔鶴さんと大鳳の艦載機運用法は凄かったですよ!

 加賀さんの教えを確りと踏襲していて、それを大鳳にも落とし込めていたと思いますし」

「ありがとう、葛城。

 加賀さんから教わった事はとっても大切なことだったからそれを教えられるのは光栄だわ」

「褒めても何も出ません」

 

加賀は素っ気無く切り返すも照れ隠しが十分に出来ずに普段の無表情から少し柔和になっていた。

暫し和やかな雰囲気になっているも、肝心の瑞鶴はずっと黙り込んでいた。

 

(本当にどうしよう、折角翔鶴姉と再会出来たのに何を話していいのかわかんない)

 

佐世保でも悩んでいたことだが、いざ目の前に翔鶴がいると思うと緊張してしまう。

以前の仲違いの原因がまだわからず、謝ることが出来ないのに普通に会話をしてもいいのか、

それは約束を破ってしまうことで翔鶴に失望されてしまうのではないかと疑心暗鬼になっていた。

 

「どうしたの、瑞鶴?さっきからとても大人しいけれども、何か悩みがあるの?」

 

そんな瑞鶴の心情を知らずなのか察したからなのか、翔鶴は昔の様に微笑んで話し掛けて来る。

その慈愛に満ちた翔鶴の表情に若干見惚れながらも瑞鶴は何でもないと慌てて俯いてしまう。

 

(翔鶴姉のことで悩んでるなんて言える訳ないし……

 あぁもう!やっぱり翔鶴姉をどう思ってるのか、わかんなくなって来る!)

 

瑞鶴が悶々としている内に話題は翔鶴の持つ天山に変わっていた。

 

「あの機番号が付いた天山の動きは凄かったですね!翔鶴さんのとっておきですか?」

「今は私のとっておきよ。昔は私の尊敬する人に配備されていた形見の様なものだけれども」

 

翔鶴は少し加賀に複雑な表情を向けた。

彼女の持つ天山はかつてこの鎮守府に所属していた赤城が所持していた村田隊と呼ばれるもの。

沈み行く前に、加賀に託された形見と言える代物だったからだ。

 

「貴女が扱っているのなら赤城さんも本望の筈よ。

 私にはもう使うことが出来ないし、性能を十二分に引き出せる貴女にならと私も譲ったのよ」

「ありがとうございます。赤城さんと加賀さんに託されたこの天山に恥じないように戦います。

 ところで、久し振りに射場に行って私の射掛を見て貰いたいんですけど、いいでしょうか?」

「そう、折角だからゆっくりすればいいのに、自ら叱咤されに行くなんて殊勝な態度ね」

「瑞鶴先輩も行きますよね?」

「わ、私は……ごめん!疲れているから、間宮に行ってくるね!」

 

呆気にとられる三人を置いて、瑞鶴は空母寮を飛び出した。

葛城は瑞鶴を追い駆けようとしたが、加賀は首を横に振って止めた。

此処からは瑞鶴と翔鶴の判断に任せるべきだと。

 

「加賀さんすみません、折角のお気遣いなのに私と瑞鶴がギクシャクしているばかりに」

「気遣いなどしていないわ。それよりも射場へと向かいましょう。

 貴女がどれだけ腕を上げたのか、見てあげるわ。葛城も勉強になるでしょうから来なさい」

 

そして三人も揃って射場へと向かい始める。

 

 

 

空母寮を飛び出した瑞鶴は波止場へと来ていた。

間宮に行けば遊撃隊と鉢合わせになるだろうと、人気のない場所へと来たが先客がいた。

翔鶴の相方である大鳳だった。

阿賀野に間宮に連れて行かれた後に抜け出して波止場から海を眺めている。

波止場に瑞鶴が来たのに気付いた彼女は流し目で瑞鶴を見て海に視線を戻す。

暫し沈黙が流れたが、素っ気なく大鳳から口を開いた。

 

「どうして貴女が此処にいるのですか?翔鶴さんと一緒では?」

「あー、その色々とあって……」

「勝手ですね、自分から会いに来ておいていざとなったら放っておくだなんて」

 

大鳳の棘のある言い方に、瑞鶴は少々頭にきた。

普段ならば聞き流すところだが、今の瑞鶴には余裕がない。

 

「む、確かに自分勝手だとは思っているけれども、部外者のアンタに言われたくないわよ」

「部外者とは心外ですね、()()()()()()()()()()()()()()()()

 ただの姉妹艦で、翔鶴さんを拒絶した貴女よりもよっぽど近いしい間柄だと思います」

「わ、私は翔鶴姉を拒絶した訳じゃない!」

「貴女にそのつもりが無かったとしても、翔鶴さんは違う。

 傷ついたのが貴女だけだと思ったのなら、大間違いですよ」

 

大鳳の言った言葉が瑞鶴の胸を抉った。

確かに、あの時の瑞鶴は自分のことしか考えることが出来ていなかった。

何も言い返すことが出来ない瑞鶴はただ大鳳を睨むことしか出来なかった。

 

「もしも、貴女が私よりも翔鶴さんの近くにいたいと思うのだったら、

 そんなちっぽけなプライドなんて捨ててちゃんと翔鶴さんと会話しなさい」

「え、何でそんなことわかるの?」

 

自分の行動と心情を見透かされて瑞鶴は驚きを隠せないで大鳳を睨んだ。

大鳳は呆れた様子だが険しい表情に変わり、少し大げさに溜息を吐く。

 

「貴女の話をどれだけ翔鶴さんから聞かされていると思っているの?

 そのせいで貴女が素直になれないでいることぐらい容易に予想が着きます」

「翔鶴姉が私のことを……?」

「任務中と訓練の時は厳しいけれども、それ以外はとても気さくで優しいんです。

 その中でほぼ毎日と言って良いほど、貴女の話しをされるんだからこっちは複雑ですよ」

「そ、そうだったんだ。翔鶴姉がそんなに私の話しを……」

 

その事実を聞いて瑞鶴は険しい表情が綻んだ。

それを見て大鳳の表情は対照的にますます険しくなる。

 

「本当に、どうして貴女みたいなのが翔鶴さんの妹なのかしら」

「でも、何で?私が気に入らないんだったら放っておけばいいのに」

「それは決定的な勘違いです。貴女の為なんかじゃなくて翔鶴さんの為です。

 決して表にはしてませんでしたが、

 佐世保で貴女と出会って一言も交わせなかったのは、とても辛かったみたいですから」

 

こればっかりは瑞鶴も何も言い返せなかった。

翔鶴は先程は微笑んでくれていたが、本当は私の対応にとても傷付いていたのだろう。

悔しいが大鳳の方が翔鶴のことをわかっていると認めざるを得ない。

 

「だから、翔鶴さんの為にもちゃんと話をして下さい」

「うん。その、ありがとうね」

「何でそこで礼を言うんですか。貴女の為じゃないと何度言ったら……」

「私のことじゃなかったとしても、翔鶴姉をそこまで想ってくれてありがとうね!」

 

そう言って瑞鶴は波止場を後にして射場へと向かった。

走り去る瑞鶴を見送って大鳳は海を眺める。

かつて右も左もわからなかった自分に、空母としての戦い方を教えてくれた翔鶴には

いつまでも自分の憧れた存在であって欲しいと願う大鳳だった。

そして優しさも、厳しさも兼ね備えた彼女に少しでも自分が近づけただろうかと自問自答する。

 

 

 

射場では翔鶴が射掛けを加賀と葛城の前で行っていた。

その所作は以前よりも洗練されており、加賀は何処となく赤城を思い起こしていた。

ただ思い起こすことはあっても、まだ赤城の領域には届いてはいない。

 

「どうでしょうか」

「そうね、昔に比べて形になっては来ていると思うわ。

 後は貴女は赤城さんのやり方を踏襲していることも」

「やっぱり、わかりましたか」

「ええ、貴女が天山を受け取った時から赤城さんに憧れていることはわかっていたわ。

 射掛けの形としてはほぼ赤城さんのやり方を再現出来ているとは思うわ」

「形は、ですか」

「ええ、残念ながら赤城さんに比べて貴女の射掛けは形に拘り過ぎている。

 同じ射掛けをしようとする貴女の意志を矢に込め過ぎているわ」

「意志を矢にですか」

「ええ、その意志を込めるぐらいなら殺気を込めた方がまだ健全的だわ」

 

殺気を込めるのは健全なのだろうか、と葛城は言葉を飲み込んだ。

 

「赤城さんの射掛けは無我の境地、そこに到達出来た艦娘は私を含めて誰もいないわ。

 そして戦場ではそれが嘘の様に敵への殺意に変わるわ。

 つまり殺意以外の不純物が一切混じらないのが、戦場での赤城さんの強さに繋がったと思うわ」

「成程、ただその境地に辿り着くには並の艦娘では容易ではありませんね」

「そうね、通常の弓道ならば途方もない程の鍛錬が必要になると思うわ。

 それを人の形に顕現して日の浅い私達に到達出来るのは後何年いえ、何十年必要なのかしら」

 

まだまだ未熟だと自覚のある葛城には雲の上の出来事のように感じた。

そうしていたら気が抜けていたのか、加賀からジロリと睨まれる。

 

「葛城、赤城さんと同じぐらいまでとまでは言わないけれども貴女にとっても大事な話よ。

 まだ実戦経験が少ないとは言え、気の緩みは自分の身を滅ぼすわ。

 いえ、下手をすれば僚艦を危険に晒してしまうから、確りとしなさい」

「ご、ごめんなさい……」

「流石ですね、加賀さん。私はまだそこまで大鳳に言う勇気がありません……」

「伊達に少し長く貴女達の指導をやっていないわ」

 

珍しく加賀が胸を張る。

今までに指導者仲間が自分と同期の龍驤しかいなかったので、

素直に自分を頼ってくれる後輩が出来たのは嬉しいらしい。

一方、射場の出入り口には瑞鶴が潜伏していた。

翔鶴と向き合うと決意したものの、どう切り出したものか悩んでいた。

こんなに翔鶴への想いで悩むことになるとは、かつてなら考えられないことだった。

 

(うーん、心ってこんなに複雑なものなんだ……)

 

今までは自分の気持ちというものがよくわかっているつもりだった。

けれども翔鶴に庇われたことと、自らを犠牲にするつもりで改装を受けたと知った後、

翔鶴への自分の想いが一体何なのかがどうしてもわからない。

まず怒りから来てそれが消えずに悲しみが混じった状態となった。

人間の姿になって、何かを思うようになって幾つかの感情に触れたが

今まで自分は単純なものしか感じなかったと痛感させられる。

此処で無理に答えを導き出そうとしても、ただ時間が無為に過ぎ去るだけなので意を決する。

上辺だけの謝罪がしたくないのなら出来ることは一つだけ。

射場の中にいる三人へと瑞鶴は歩み寄った。

 

「あの、翔鶴姉!」

「瑞鶴、来てくれたのね」

 

射掛けの時の真剣な表情とは違い、いつでも翔鶴は瑞鶴に柔和に微笑みかける。

その変わらない翔鶴の態度に瑞鶴はとても安心感を覚えた。

 

「えと、約束!覚えてる?」

「ええ、勿論覚えているわ」

「その事なんだけど……私はまだ自分の気持ちに答えを見つけられてない。

 だからまだ謝ることは出来ないんだ。翔鶴姉に嘘を吐きたくないから」

 

だからこの約束を、次の再会への約束へと変えたい。

大切な人が、苛烈な戦いの中でも生きる理由になる為にも。

 

「大丈夫よ、瑞鶴。

 私も瑞鶴の答えを聞くまで、絶対に沈んだりしないから」

 

そっか、翔鶴姉には全部お見通しなのか。

少し会わない間に、とても成長をしたんだ。

 

「うん!新しい約束、だね!」

 

 

 

此処は駆逐艦寮のある一室、普段は二人で一部屋を割り振られるが此処にいるのは常に一人。

少々大き目の備え付けになったベッドには一人の駆逐艦が常に床に臥してる。

その両足には既に感覚はなく、自力の歩行は出来ないからだった。

いつも一人、窓からの景色を眺めたり、本を読んで部屋の主は一人きりで過ごしている。

だが今日は違った、客人がその部屋を訪ねていたからだ。

客人の姿は美しい銀色の長髪に、氷の様な薄い水色の瞳、

氷の様な冷たく無感情な声も今は慈しむような憐れむような感情で一杯になる。

まるで氷が溶けてその中から真心が出て来たかの様に。

 

「電、ただいま」

「響ちゃん……?響ちゃんなのです?」

 

部屋の主、電は最初は本に夢中でヴェールヌイが部屋に入ってきたことに気づいていなかった。

気配を消して敵に居場所を察知されないようにすることが多いのでこれは彼女の癖だった。

 

「響だよ。ただいま、電」

「響ちゃん会いに来てくれて嬉しいのです。

 電からも会いに行けたら良かったのですが……」

 

自分の動かなくなった両足を見て、電は悔しさを滲ませながら言う。

響は首を横に振った。

 

「無理はしなくて良いよ。電はもう十分に頑張ったんだから、今は休んで体を治さないと」

 

その表情は穏やかで、戦場での無機質なヴェールヌイの面影は全くなかった。

妹の前でだけ彼女はヴェールヌイではなく、まだあどけなさの残る響に戻っている。

 

 

 

更に場面が変わり、ここは工廠の中でも特に機密性の高いドック。

薄暗い工廠の中でも、特に暗い秘密の多い場所だった。

そこに提督と第二遊撃隊の司令官代理の姿があった。

 

「やはり本命は此方でしたか」

 

此処へ来る前に秘蔵のコレクションを発見され、金剛に全力で殴られた提督が言う。

その顔は辛うじて原型を留めているが、下手をすれば骨格が変わっているだろう。

 

「う、うむ……お前は休まなくて大丈夫か?」

「平気です、こんなのは慣れっ子ですから」

「そ、そうか……それはそうと進捗はどうだ?」

 

これが日常茶飯事だと言われて、司令官代理は若干引く。

 

「ええ、大本営からの指示からそれなりに時間は経ちましたが、

 今少しという処です。ですがそのあと一手がまだ足りない」

「意外だな、君はこの指示に乗り気ではないと思っていた」

「馬鹿馬鹿しいとは思っていますが、一縷の望みにかけているんです」

 

提督はかつての償いがしたかった。

その結果がこの鎮守府にいる艦娘全員に軽蔑されたとしても。

その時、ドック内にいる何かの右手が微かに動いたが誰も気づいていなかった。




今回もその内に蛇足を上げるかもしれないです


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繋ぎとめるもの

投稿が遅れて申し訳ない


翔鶴ら第二遊撃隊が呉鎮守府から出発した後、大規模な作戦展開もなくいつもの日常が戻る。

朝早くから加賀は体をのっそりと起こし、まだ目が覚めきっていない両頬を叩こうとする。

ふと、右腕がないことを思い出して顔の横まで上げた左手をキュッと握りしめる。

我ながらまだまだ寝ぼけていることを自覚した加賀は、そのまま洗面所へと足取りを運ぶ。

片腕だけで器用に顔を洗い、身なりを整えて出かける準備を済ませた。

いつもならばこの段階で射場へと向かうのだが、本日は工廠の方に用事があった。

久し振りに工廠の方まで来ると、その重苦しい雰囲気に圧倒されそうになる。

ゲートを潜って中に入れば、ほぼ密閉された空間に息が詰まりそうな感覚を覚えた。

その雰囲気に似つかわしくない朗らかな声が加賀の耳に飛び込んでくる。

 

「どうもー、お待ちしてましたよ加賀さん」

「おはよう、明石。頼んでいたものが出来たと聞いたのだけれども」

「おはようございます!正確には頼まれていたのが形になったのでテストをしようと思いまして」

 

明石の作業台の上には真っ黒な人の腕が置かれていた。

肘まであるそれは、加賀の為に今まで作成が進められていた艦娘用の義手だった。

 

「こんなに時間が掛かってしまって、更にテストまで突き合わせて申し訳ないですが」

「問題ないわ、この工廠は本来なら軍備を整えるためのものであって、

 リハビリ用の器具を作る場所ではないし」

「うぅ……本当にすみません。

 大規模作戦が何度かあると工廠は装備開発とかで忙しいだけでなく火の車なんですよぅ」

 

呉の工廠は特に兵器開発が盛んな土地柄でもあるので資源は慢性的に枯渇しているのが常だった。

それが義手の開発への大幅な遅れへと繋がった結果だろう。

加賀も加賀で瑞鶴達の鍛錬や主力艦隊へのヒアリング、時には秘書艦代理と多忙でもあった。

いい加減に休暇を取れと提督に言われて漸く、工廠へと向かう時間も出来たぐらいだ。

 

「気にしないで頂戴、私の義手は元々二の次でという話だったのだから」

「でも時間を頂いた分、いいものが出来たと自負してます」

 

いわゆる只の見せかけではなく関節をある程度、動かすことが出来る様になっている。

これには妖精さんの補助を受けて行うことが出来るので、実質艦娘だけに適合する代物だ。

 

「ただ試運転がまだなので、まだまだデータが足りない状態でして」

「というと?」

「残念ながら、この義手で出撃することはまだ出来ないですね。

 日常生活でも問題なく出来るかもわかりませんから、それだけは守って下さいね」

「そう。出撃出来ないのは心苦しいけれども良いでしょう」

 

加賀は自分が出撃出来なくとも、瑞鶴や葛城が居れば問題はないと信じていた。

まだまだ改善の余地はあるが、十分に主力として胸を張っても問題はない。

出撃できない悔しさよりも、教え子の成長を確信出来て一時でも嬉しく思える。

 

「それでは義手の試験運用及び取り付ける為の改装をしますけれどもご注意を、

 これは妖精さんを介して神経を繋ぐようなものなので、少し痺れを感じると思います」

「ええ、覚悟しているわ」

 

人間で言うところの外科手術を行わなければならないので、二人は診療台へと向かう。

艦娘に対して外科手術を施すということは前代未聞だった。

改二改装とは訳が違う、艤装ではなく艦娘の体そのものに改装を施すからだ。

またしても明石は経験の無い案件だったが、加賀の為にも失敗は許されない。

加賀も恐怖心が無いと言えば嘘になるが、これに成功すれば戦列に復帰出来る可能性も出て来る。

艦娘として現世に顕現したのならば、やはり戦うことこそが己の使命というのは代わりなかった。

教え子達がいるので、復帰の時期に焦りはないが加賀はある思いから戦場に帰りたかった。

上半身の衣服を脱ぎ棄て、診察台へと体を横たえると左腕に麻酔の点滴を打たれる。

麻酔が全身に回った時には、加賀の意識な深海の様な暗闇に沈んで行った。

 

 

 

本日は稽古がないので、瑞鶴は暇を持て余していた。

出撃もないので実質休暇の様な状態になっていたので演習場に来ていた。

演習場とは鎮守府の湾内にあり、瑞鶴たちがいつも水上訓練をする場所と近かった。

主に此方では砲撃、陣形を組んでの航行訓練を行うので広く取られている。

そこで暇そうな瑞鶴を見つけた駆逐艦初月から声を掛けられた。

 

「瑞鶴、暇してるんだったら艦載機を飛ばしてくれないか?

 陸からだと此処まで来るのに待たされるんだ」

「えー……、まぁ良いけれどもね。

 その代わり、私の艦載機のペイント弾が被弾したら間宮羊羹奢って貰おうかなー」

「良いだろう、その代わり僕に一発も当てられなかったら僕の頼み事を聞いて貰うぞ」

 

陸から出撃すればいいとも考えたが、日々の練習が大事と瑞鶴も発艦の練習と思い承諾する。

瑞鶴と初月は十分に距離を取り、お互いが向き合って暫し睨み合う。

演習とは言え、瑞鶴は手を抜くつもりは全くなく、実戦で挑むように殺気を矢に込めた。

ペイント弾とは言え当たりどころが悪ければ怪我をしてしまうかもしれない。

だが手加減をしたところで、その演習内容が実戦で役に立つとは瑞鶴には思えない。

どうせやるのならばなるべく実戦に近い形式がお互いの為になると、加賀のようなことを考えた。

その瑞鶴の気持ちが伝わったのか、初月は凄味のある笑みを浮かべて迎撃体制に入る。

初月の電探に感が入り、彼女の脳裏に自分を中心とした上空の艦載機の位置が送られる。

彼女の両脇に誇らしげに屹立している長10cm砲が斉射を始める。

その弾道は艦載機の動きを読み切っており、次々と瑞鶴の艦載機に撃墜判定が出る。

全滅を免れたが艦載機は初月に満足に近づくことが出来ず、

初月の体にペイントが付着することはなかったので、この演習は初月の勝利となった。

新鋭の防空駆逐艦の前に、瑞鶴は文字通り一矢報いることが出来なかった。

 

「やるじゃない、流石は防空駆逐艦ね」

「姉さんの方が凄かったぞ、ところで約束は覚えているかい?」

「頼み事だっけ、いいわよ。約束だし何でも言ってみなさいよ」

 

初月は少々大人びた口調をしているが、駆逐艦なのでおやつでも奢れば良いだろうと

この時の瑞鶴は高を括っていた。後にこの余計な一言を後悔する羽目になる。

 

「よし、それじゃあ」

 

初月は少しだけ戸惑う素振りを見せて、意を決して言った。

 

「僕とデートして欲しいんだ」

「……は?」

 

 

 

見知らぬ天井の下、とある一室に備えられたベッドの上で加賀は目が覚める。

その右肩には艦娘の艤装の様に鉄で覆われた肘上まである腕が取り付けられていた。

酷く冷たいそれは凡そ生身の肉体である艦娘であっても違和感がある。

明石の施術は成功したのだろうか、とぼんやりと考えていると部屋に明石が入って来る。

 

「おはようございます、加賀さん。右肩に違和感は……ありますよね」

「そうね、やはり鉄の部分は冷たいわ」

 

上体を起こすとやはり右側に重心が寄っていて、

片腕での生活に慣れつつあった加賀はバランスを取るのが難しい。

 

「違和感以外に体の不調を感じるところはありますか?」

「正直、フラフラするのが重心が安定しないのか違うのかわからないわね」

「そうですか、本日はもう実験を中止するか

 少し様子を見てから義手の接続をしてみましょうか?」

「様子見でお願いするわ。片腕での生活に慣れたせいかもしれないし」

 

やや不機嫌そうに言い放った加賀だったが、すぐに目を見開く。

 

「その……嫌味で言っているのではないわよ?」

 

加賀の細かな気遣いを感じた明石は苦笑して了解と言って部屋を後にする。

残された加賀はベッドに座り直して新しい右腕を擦る。

艤装を触ったような感触が自分の肌に直に繋げられている状況に予想以上の異質さを感じる。

今までで艦娘に外科手術を施して体の一部を機械化したという前例はない。

その事実だけでも異質だったが、自身の肉体の感覚にも異質さを痛烈に刻み込んでくる。

自分は今、常道から外れた行為、存在となってしまったという事実を

 

(今更悔恨の念を抱くなんてね、やっぱり心というのは理解するのが難しいわ)

 

以前に明石に迷いなく腕の作成を強請ったというのに、いざ右腕の状態を見ると動揺してしまう。

先駆者のない道を歩くことが加賀にとっては初めての出来事だからだ。

艦載機による戦闘方法の確立も、鳳翔という先駆者が居たから先頭を歩いていた訳ではない。

自分はその鳳翔から続く轍を歩いて進んでいただけに過ぎなかったのだ。

ただ今の自分は前例もない、自分以外に誰も隣を歩く者のいない道の一歩を踏み出した。

その事実にも眩暈を覚える。

これからの戦いに自分が付いていけるのかも不安はあったが、

それでも加賀は戦場に、海に帰りたかった(・・・・・・・・)

 

 

 

空母寮の自室に戻っていた瑞鶴は何も見ていない様に呆けていた。

初月との約束が未だに頭の中に残っている。

 

「どうして私とデートなんてしたいの?ふざけてるの?」

「ふざけてなんていないよ、僕はただ君とデートがしたいだけなんだが……駄目か?」

 

真剣な初月の眼差しに瑞鶴は何も言えず、ただ頷くことしか出来なかった。

それを確認した初月は満足げに頷いて休みの日程を確認し合ってそのまま演習場で別れた。

瑞鶴はそのまま空母寮に帰って来て今に至る。

相手が真剣であることはわかっているが、どうして相手が自分なのかがわからなかった。

素直に初月の言葉を受け止めるのならば、初月は瑞鶴のことが好きということになる。

翔鶴以外に此処まで露骨に好意をぶつけられたのは初めてだった。

(瑞鶴は葛城からのあれはただの先輩への憧れとしか思っていない)

 

「うぅ……これ当日まで初月とどう接していいのかわかんないんだけどぉ」

 

今まで全く意識していなかっただけに、初月のデートの誘いは瑞鶴を混乱させた。

そもそも女性同士……という建前も瑞鶴は考えたが、自分も翔鶴に対する想いは大概だと気付く。

一先ず、女性同士という建前を放置して初月のことを考える。

見た目も駆逐艦に似つかわしくない長身で、その鋭い眼差しは格好良くさえ見える。

普段の言動もとても大人びていて、駆逐艦とは思えない魅力を彼女は持っていた。

 

(待って!一瞬でもちょっとカッコイイかもって……私は馬鹿か!?)

 

相手は大人びているとは言え駆逐艦、艦歴においても艦娘としての顕現した時間も此方のが長い。

つまりは人間で言うところのそれなりの年の差を抱えた間柄ということになる。

手を出してしまっては、普通に自分の世間体が悪い。

 

(いやいや、相手は真剣に聞いてきてるのよ?

 世間体ばかり気にして断るのは不誠実じゃない)

 

悩み続けていつぞやの如く思考がループを初めてしまう。

一しきり思考がランニングを終えた後に

 

(どっちにしろ、賭けに負けたんだから私にデートの拒否権はないわよね)

 

こうなればもうデートの日に考えるしかない。

瑞鶴は問題の先延ばしにしかならないが、初月の話しも聞いてから判断することにした。

 

 

 

その後暫くして加賀の眩暈が止まってから義手の接続が始まった。

神経を接続する際に体に電流が迸るような感覚から加賀は顔を顰める。

 

「これで理論上は義手を動かせるようになりましたが……どうでしょうか?」

 

明石にそう言われて、加賀は腕があった時のように腕を動かすイメージを脳裏に浮かべる。

具体的には肘を曲げ切るつもりであったが、実際は右肩のみが少し動いたぐらいだった。

しかし、何度かそれを繰り返すと漸く肘が少しだけ動いた。

まるでギプスか何かで固定でもされているかのように、腕は自由には動かない。

 

「神経が繋がっているのは間違いないわ」

「そうですね。後はリハビリを繰り返して、動けるようにする必要がありますねー」

「そんなに上手いこと行くものではないわね」

 

無理に腕を動かそうとした反動からか、思い通りに行かない苛立ちからか

加賀の表情は少々歪んでいた。

 

「艦娘でも腕や足を再生させたら少しリハビリが必要な状態になりますから」

 

戦闘で四肢を失うこともままあることなので、それは加賀にもわかってはいた。

再生した体が馴染むまでに掛かる時間は個人によって異なる。

故に加賀のこの義手が馴染むまでにどれだけの時間が掛かるのかは誰にもわからない。

 

「右腕なんですけれども、

 何度も神経接続を繰り返すのと負担になるでしょうからこのままにしましょう」

 

確かに、あれを何度も繰り返すのは気が重かったので加賀はこのままでいるのを承諾する。

自室でもリハビリは出来るので、その方が早く腕を動かせるようになるかもしれない。

ちなみに指の方はほぼ動かせることが出来ず、まだ日常生活で活用出来るレベルではなかった。

瑞鶴達には義手を付けるということは知らせているので、そこまで突っ込まれないだろう。

まずは重心の違いに慣れる為にも杖を借りて加賀は工廠から自室へと帰路に就く。

 

 

 

 

 

自分がいた工廠内で、極秘事項が進められていることを加賀はまだ気付いてはいない。




今回は特に蛇足はないです


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Look at me

加賀が右腕に義手を付けてから数日、ぎこちないながらも何とか掌の開閉が出来るようになった。

ただ開閉が出来るだけで、まだ物を持つことが出来るほど握力は無いものの

最初の全く動かせなかった頃より大分進歩したと言える。

しかし加賀にはそれよりも気になることがあった。

数日前から瑞鶴の様子が可笑しい。

鍛錬に身が入っていないという訳ではないが、休憩時間等は上の空状態だった。

これにいち早く気付いたのは葛城だった。

 

「きっと瑞鶴先輩に好きな人が出来たんですよ!」

「好きな人……?」

「そうです!瑞鶴先輩のあの上の空な顔は今までよく見た表情をしてます。

 主に瑞鶴先輩に見惚れているであろう私の表情と全く同じなんです!」

「そんなことを堂々と言われても返答に困るわ……」

 

言われてみれば確かに葛城と似たような表情をしている様にも見える。

更に陸奥から聞いた話だと、先日化粧のやり方を教えてくれと言われたらしい。

まさか提督に心を奪われたのか、瑞鶴に限ってそんなことはないだろうと加賀は考えている。

他人の色恋沙汰を詮索するのは無粋と知りながらも、そこは加賀も気にはなっていた。

ただこんなことを無神経に聞いてしまっても良いものだろうか?

下手をすれば上司から告白を強要させてしまったことになるのではと思うと聞くに聞けない。

ただ今は鍛錬や作戦に支障が出てはいないみたいなので、これが酷くなったら聞くこととしよう。

それよりも自分は自分のすべきことをしなければ、と加賀は空き時間も使ってリハビリに励む。

物が持てる様になるまでは、まだまだ時間が掛かりそうだった。

 

 

 

幾日が過ぎ、瑞鶴は約束の日の朝を迎える。

はっきり言えばこれが瑞鶴の艦娘としての人生?初めてのデートだ。

正直人間の男女がデートをするというのは雑誌か何かで読んだことがある。

大体が映画館やら美術館やらへ行くということぐらいは瑞鶴でもわかる。

提督には外出届を二人とも出しているので、鎮守府を出て人がいる街に出て行くのは問題ない。

ただ艦娘であることがバレなければ(・・・・・・・・・・・・・・)大事になることもないだろう。

変装までは必要ないが、念のために髪型や帽子などで誤魔化しをしておく。

いつもは鶯色の長髪を結んでいる瑞鶴だが、今日はそのままにしてキャスケットを被る。

胴着も外出用のパーカージャケットにホットパンツに変更する。

普段は化粧もロクにやったことはないのだが、変装の為にもやってみることにする。

この為に数日前に陸奥に化粧のやり方を習っておいたのが功を奏した。

拙いものの陸奥の教え方が良かったので、何とか見れるようにはなったと瑞鶴は思った。

 

「よし、これで準備はOKっと……何気に艦娘になってデートなんて初めてよね」

 

姉である翔鶴とも二人で買い物へ行ったこともなかった。

そもそも街へと出て行くのも今回が初めてだ。

それまでは鎮守府内で間宮に行ったり、居酒屋鳳翔に入り浸ったりしていただけである。

そもそも姉との二人でのお出かけがデートと呼べるのかが疑問だが。

 

「いや、でも女の子同士なんだからこれもデートじゃないでしょ。

 だから緊張なんてする必要もないし……」

 

しかし、そういう方向に思考を傾けるとそれだけで沼に沈むように意識をしてしまう。

初心な生娘の様に瑞鶴の鼓動はデートという事実だけで淡い期待感と根拠のない胸騒ぎがする。

兎に角、このまま自室で悶々としていても埒が明かないので瑞鶴は空母寮を後にする。

鎮守府と街は距離があり、一般人が何かの拍子に迷い込まない為とも言われている。

だが理由は他にもあった、艦娘と一般人を隔離するという目的でもあった。

その為に街へと出掛けるには車を使うのが手っ取り早い。

鎮守府の正面ゲート近くには送迎用の一般車が常駐しており、

外出届がある日には決められた時間を行き来する。

一般車に偽装はされているが、万が一の有事の為に強化ガラスなどの防衛装備は備わっている。

既に駐車場には初月の姿があった。早く来ていると思っていなかったので瑞鶴は動揺する。

 

「やぁ、瑞鶴。約束の時間よりも早いな」

 

瑞鶴はそうだったかなぁと誤魔化して視線を逸らす。

横目で見ると初月は露出の少ない、普段のボーイッシュなイメージ通りの男装の様な恰好だ。

自分と釣り合うように服を選んだのだろうかと、瑞鶴は少しだけ自惚れる。

 

「それにしても、いつもの胴着姿もいいけれども可愛いな。化粧までして来てくれるなんて」

「こ、これは変装用で仕方なくしてるのよ!あんたこそいつもの髪型よりも大人しめじゃない」

 

初月のいつも逆立っている横髪は下ろされており、

後ろ髪もまとめていないので綺麗に切り揃えられた肩の上までのセミロングになっている。

 

「まぁね、僕も簡単な変装という奴さ」

 

そう言って初月はジャケットの内ポケットから伊達眼鏡を取りだし、それを掛ける。

 

「こうしてみると大人しめな少年っぽく見えるだろ?」

「自分で言うか……」

 

取り敢えず、二人は送迎用の車に乗って鎮守府から移動する。

その道中で何度か人間の姿を確認することが出来る。

鎮守府に居るだけだと普段見かける人間は提督ぐらいしか居ないので、

外出をすると何を守っているのかを実感する艦娘はとても多い。

瑞鶴もその例に漏れずに、自分の使命を誇りに思える。

車で一時間程走ったところで瑞鶴と初月は降ろされる。

そこは駅前となっており、多くの人間が行き来して鎮守府とは違いとても賑やかだ。

鎮守府にはそれなりの数の艦娘が所属しているが、賑やかという訳ではない。

それ以前にこれだけの数の人間を見るのは瑞鶴は初めての事だったので圧倒される。

 

(鎮守府に居る時よりも、何だか肩身が狭い気がするなぁ)

 

鎮守府ならほぼ艦娘しかいないので、同族意識からか余り疎外感を感じたことはない。

提督のことも、人間ではあるのだが普段の言動から艦娘に対して

とても理解をしてくれているので、艦娘と近い同族意識もあって人間として意識はしなかった。

だが、此処には知らない人間がとても多くて今まで箱庭で育ってきたという実感が沸く。

 

「瑞鶴、緊張してるのか?」

「ううん、大丈夫だから。ところで今日は何処へ行くの?」

「今日は映画を観ようと思っていたんだ。よくあるヒューマンドラマなんだけれども」

 

ちなみに、鎮守府で要望を出せば娯楽として映画を記録した媒体を入手することは出来る。

それなのに態々街まで出向いているのだから、

いよいよ初月はデートという体で来たかったということが瑞鶴にもはっきりと伝わった。

 

「ヒューマンドラマが観たいという娘も余りいないから、中々鎮守府では観れないんだ」

「あー、確かに私達ってそういうのは興味ない娘の方が多いかなぁ」

「此処まで付き合わせて今更だけれども、大丈夫か?

 もしも他に行きたい場所があったら遠慮なく言ってくれてもいいぞ」

「ううん、映画自体が初めてだし何よりも映画館で観ること自体も面白そうだしね」

 

前に誰かが映画館で見る方が鎮守府の多目的室で観るよりも臨場感や迫力があると聞いていた。

街に来ること自体も瑞鶴は初めてのことだったので、初月の要望を断る要素は全く無かった。

 

「ありがとう。早速だけどもうすぐ開演だからチケットを買って入場しよう」

 

余程楽しみだったのか、普段のクールな雰囲気から年相応の無邪気さを初月は見せる。

そんなギャップに瑞鶴は少しだけ胸が締め付けられるような感覚を覚える。

平日の昼間なので人は少なく、すんなりとチケットと飲み物を購入して座席へと着く。

ほぼ四角形に囲われた空間に、普段は大海原を行くからか閉塞感を覚える。

無意識の内に握り拳を作っていた掌に初月の黒手袋越しの掌が重ねられた。

 

「わかるよ、少し緊張して息苦しいんだろ?僕が着いてる」

「う、うん……」

 

何だか本当の恋人のようなやり取りをして、瑞鶴は顔が真っ赤になるのを感じる。

余りの恥ずかしさに初月の顔を直視出来なかったが、気のせいか耳が赤くなっている様に見える。

間もなく証明が落とされて劇場は夜の様に暗くなり、銀幕に物語が映し出される。

 

 

 

映画鑑賞が終わり、手頃な喫茶店で瑞鶴と初月は休憩をしていた。

アクション映画などや戦争映画などを見たことはあったが、

ヒューマンドラマを観るのは瑞鶴は初めてだった。

それだけに疑問点がとても多く、自分の中では処理しきれない部分もあって少々モヤモヤする。

それを飲み下そうとわざわざ苦手なブラックコーヒーを頼んだが、やはり収まらない。

 

「ねぇ、初月はどうしてさっきの映画を観ようと思ったの?

 映画の内容とアンタのチョイスに不満があった訳じゃないのよ?

 正直言うと初めてあのジャンルの映画を観たから良く分からない点が多くて」

 

初月は涼しい顔でブラックコーヒーを飲んでいたが、少しだけ躊躇う表情をする。

 

「そうだね、僕も瑞鶴と同じさ。わからないからヒューマンドラマを観ているんだ」

「え?どういう意味?」

前の僕の最期(・・・・・・)は知っての通り、大立ち回りを演じてボロボロになって沈んだ。

 その最期が強烈で鮮烈で苛烈だっただけに、僕の記憶に焼き付いて離れない」

 

そう語る初月の表情は悲しげで、恐ろしげ等の色々な感情が顔に出ていた。

普段は加賀ほどでは無いにせよ、表情に出さないだけに瑞鶴は新鮮さよりも違和感を覚える。

 

「別にその事を悔いても、呪ってもないんだ。過去の体験に引っ張られる娘なんて一杯いるしね。

 僕がああいう映画を観て知りたいのは人の心や感情そのものなんだ」

「人の心や感情?」

「そうさ、何故僕に乗っていた彼等は勝ち目もなく、助かる見込みもないあの戦いに身を投じた?

 状況を考えればああするのが最善だったのか?一体何を、考えて思って知ったのか?

 僕はそれが知りたかったんだ。自分に彼等と同じことが出来る心があるのかどうかが」

 

初月は映画を通して、人の感情や心を探りたかったらしい。

それならば街に出て人間と触れ合えば手っ取り早いのだが、それは許されない。

艦娘は極力人と深く交流をすることが許されていない。

人間が艦娘をどう思って居るのかは千差万別、決して良い感情を抱く人間だけではない。

その為に、気晴らしの休暇等を除いて人間と私的なコンタクトを取ることは許されなかった。

だから回りくどいが映画を通じて、人の感情や心を学んでいるという。

 

「そう、だから他の娘達が好む様なアクション物よりもヒューマンドラマなのね。

 じゃあちょっと聞いてみたいんだけれども、どうして主人公はヒロインから身を引いたの?

 本当はお互いが好き同士なのに憎まれ口を叩き合って別れちゃったじゃない?」

「そこは難しいところだけれども、お互いに一緒にいることよりも最善の道を選んだんだろう」

「えー?好き同士だったら一緒にいるのが一番の幸せなんじゃないの?」

「ふむ、それをまさか瑞鶴が言うとは思わなかったよ。

 瑞鶴だって翔鶴と距離を取ることを選んだじゃないか」

「それは……私と一緒だと翔鶴姉が何時かふらっと居なくなってしまいそうだったし」

「状況は違うけれども、あの映画の二人も同じ心境だったんだよ。

 お互いを想って身を引くというのも人間の感情や心には正解の場合があるみたいだ」

 

そう言われてしまっては、瑞鶴も言い返す事が出来なくなってしまう。

確かに状況は違うけれどもまるで自分と翔鶴と同じ選択をしたということになる。

ただそれは一時的なもので、いずれはまたコンビを組みたいという前提はあったが……

 

「成程ね、流石にああいう映画を何度か観ていただけあるわね」

「それ程でもないよ。けれども今の僕だったら彼等と同じことをする決意は出来た」

「そうなの?」

「僕は自分の命を捨てても守りたいと思う物が出来たからね」

「え、それって何?」

「それは……

 

 

 君だよ、瑞鶴」

 

 

 

真剣な眼差しで、瑞鶴を見据えたその言葉は彼女から思考を奪い取る。

これはデートだと初月が言っていたことを瑞鶴は漸く思い出した。

全く心の準備をしていなかったので、どういう返事をするのか考えてもいなかった。

ただ、これだけは言える

 

「私はそんなことを言われても嬉しくない。

 例え好きな人の為だからって、自分を蔑ろにするのは悪いことだと思う。

 私のせいで相手が傷つくなんてこと考えたくない」

「そうだね、それは瑞鶴の考え。答えなんだろう。

 けれども僕の考えだってある、もしもそういう状況になったのだとしたら

 僕は喜んでこの身を捧げてもいい。君に振り向いて貰えなかったとしてもそれで構わない」

 

奉仕と言うには余りにもエゴに塗れていると初月は自覚している。

 

「でも……」

「これは僕自身が導き出した、僕の答えだ。

 例え好きな相手がその考えは間違っていると指摘されても、主張を翻すつもりはない。

 僕だって瑞鶴のさっき言った考えを否定するつもりも肯定するつもりもないからね。

 ただ瑞鶴には見て……いや知って欲しかった。

 僕や翔鶴みたいな考え方をする人だっていることを」

 

翔鶴があの時自分を庇ったのは、信頼されていなかったという訳ではない?

瑞鶴の体中に電流が走った、だとするのならばあの行為の本当の意味は……

俯いてしまった瑞鶴を見て初月は少しだけ険しい顔をする。

 

「すまない、瑞鶴を責めている訳じゃないんだ。色々な考え方があるというだけの事さ。

 そろそろ門限が近い、迎えが来る場所まで移動しよう」

 

その後、再び駅前まで二人は戻って来たときと同じ車両に乗って鎮守府へと帰還する。

帰還した頃には夕日は沈みかけており、薄暗くなってしまっていた。

 

「今日は付き合ってくれてありがとう。それじゃあまた」

「初月!」

 

そのままこの場を後にしようとした初月は振り返る。

 

「アンタの考え方を私は否定出来ない。

 だったらアンタが身を犠牲にする必要がないぐらいに私が強くなってやるわ!

 守られっぱなしなんて、冗談じゃないもの!」

「そうか、それでこそ瑞鶴だな」

 

こんな自分でも瑞鶴はそれを受け入れようとしてくれている、そのことが初月には嬉しい。

結局、初月への告白への直接的な返事ではないがそれでも彼女は満足だ。

今度こそ振り返らずに初月は駆逐艦寮へと帰って行った。

 

(誰かが傷つくのが嫌だったら、私自身が強くならなきゃいけない。

 初月のお陰でその決心が着いたし、翔鶴姉の行為の理由もわかった)

 

決意を新たに瑞鶴も空母寮へと帰るとその途中で同じく帰路についていた加賀と遭遇する。

 

「あら、貴女……」

「加賀さん、ただいま」

 

瑞鶴は朗らかに加賀にただいまを言うが、彼女は怪訝そうな顔をして瑞鶴をまじまじと眺める。

一体どうしたのだろうかと瑞鶴が考えていると

 

「民間人……ではないわよね?それとも新しく配属された艦娘?

 提督からそんな話は聞いていないし……」

「え、ちょっと!私だってば!瑞鶴!」

「……」

 

それでも怪訝な顔をしているので、脱帽していつもの様にツインテールを両手で作る。

すると加賀は表情はそのままに驚いた様に目を見開かせてポツリと言う。

 

「馬子にも衣装ね」

「失礼な!私だってちゃんとおめかしすればこうなるんだから!

 そんなことよりも、明日からまたみっちりと指導をお願いするわ!」

「そう、漸く迷いは吹っ切れたみたいね」

 

自分が動く前に乗り越えてくれたことを加賀は安堵しつつ、また成長してくれたのを実感する。

 




その内にまた補足上げます


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旗艦として 前編

久々の投稿申し訳ありません


正規空母加賀の朝は早い、今日も今日とて後輩達の教育に余念がないからだ。

義手を取り付けてから朝の準備が短縮できるようになり、以前の様に早い段階から射場に行ける。

 

「赤城さん、行って来ます」

 

朝の日課を済ませてから空母寮を出て行く。

片腕を失ってからこんなに早く出かけるのは初めてだった。

漸く、誰もいない朝一番の静かな射場へと戻って来ることが出来た。

変わらない射場の雰囲気に懐かしさを覚えつつも決定的に変わってしまった部分を実感してしまう。

以前とは違う部分、それは今の自分には弓を取ることが出来ないことだった。

右腕は漸く物を持つことは出来る様になったが、弓を引くことは到底出来ない。

そこに至るまでにはどう考えてもまだ時間が掛かってしまう。

静かな射場で特に出来ることもないので、リハビリとして練習用の道具で弓を引く練習をする。

パチンコの様な形状をした物にゴムを取り付けたものだが、それすらも引くのが大変だ。

左腕は確りと握ることは出来るが、肝心の右腕の力が不十分なので思った以上にゴムが伸びない。

この訓練も昔に鳳翔さんから弓道を習った際に最初にやらされたもので、とても懐かしく思える。

今更これを使って練習することになるとは思ってもみなかった。

 

(赤城さんと出会ったばかりの私が見たら卒倒しそうね)

 

あの頃の加賀は今ほど余裕は無く、周囲への応対も刺々しいものだった。

自分の実力を過信して誰よりも優秀であると自負をしていたからだ。

それがこの鎮守府にやってきて、自分より遥かに優秀な艦娘と出会ってしまったのだ。

今でこそ小さな自尊心に固執していた自分を恥ずかしく思うが、当時はそう考えられなかった。

加賀が思い出に耽りながらゴム弓を引いていると、射場の扉が開く音がする。

すぐにゴム弓をしまって加賀は瞑想をするように正座して入場した相手を出迎える。

 

「加賀さん、おはようございます」

 

やや眠気を伴いながらも挨拶は朗らかに瑞鶴は行う。

加賀もおはようと短く挨拶を返すと、瑞鶴はまじまじと辺りを見回した。

 

「ひょっとして朝来てからずっと瞑想してたんですか?」

「……」

 

思わず視線が先程しまったゴム弓へと向いてしまう。

瑞鶴はそれに気づいたのか気づいていないのか、さっさと準備運動に入る。

一先ず、右腕のリハビリとして握力を鍛える為に掌の開閉を繰り返す。

ただ何も持たずにやるのではなく、少々重めの物を使うことにする。

数日前に明石から廃材の鉄の棒を見繕って貰ったので、それを使うことにする。

掌を上に向けて親指以外の指にその鉄棒を乗せて掌の開閉をすれば、握力を鍛えられる。

普通にやる分には既に何の問題もない状態だが、鉄の棒を指に引っ掛けるとかなりやり辛い。

思った様に指が動かないが義手なので前腕にかかる負担は感じられない。

今更ながらリハビリをやる度に不思議なものだと感じる。

物を持つという感覚は辛うじてあるものの、痛覚といった感覚は一切感じられない。

まるで力のかけ方を手探りしているようなものだ。

そうこうしている内に葛城もやって来て、稽古をする時間になる。

 

 

 

 

今日は午前は弓での訓練を行い、午後には沖で防空艦隊との合同練習を行うことになっている。

昼食を手早く済ませて、すぐに加賀達は波止場まで移動する。

そこには既に防空艦隊が辿り着いており、沖までの輸送船も停泊していた。

 

「やぁ、瑞鶴」

「お、おはよう初月」

 

瑞鶴はあの出来事以来で初めて初月と訓練を一緒に行うので、少しギクシャクしていた。

当の初月の方はそれを知ってか知らずかいつものクールな態度を崩さない。

この二人の空気にいち早く気付いたのは葛城だった。

 

(まさか瑞鶴先輩の想い人ってあの駆逐艦……!?)

 

自分の憧れの先輩の想い人(と葛城が勘違いしてるだけだが)が駆逐艦であることに葛城は戸惑う。

だが、逆に初風のスタイルを見て葛城は思い始めた。

 

(あ、でも胸はそこまで大きくなくても良いのなら私にもチャンスはあるかも?)

 

変なところで前向きになって葛城はやる気を奮い立たせる。

そして葛城以外にも瑞鶴と初月のやり取りに注目している艦娘は他にも居た。

青い長髪をツインテールにして、その鋭い瞳は油断なく二人の表情や仕草を観察していた。

 

(あの娘がこの鎮守府の一航戦が後継者の一人に選んだっていう瑞鶴ね)

 

鎮守府の過去を知るこの艦娘は五十鈴、一航戦とも同じ艦隊で死線を潜り抜けた猛者でもある。

そんな彼女から見れば、瑞鶴は些か落ち着きが足りない様に見えてまだまだ未熟な印象を覚えた。

あの加賀が目をかけているというのでどんな艦娘だろうと身構えていたが、自分の敵ではない。

 

「それでは本日はお互いの能力を発揮できるように頑張りましょう!」

 

防空艦隊の旗艦、榛名が瑞鶴に挨拶に来る。榛名もまた呉鎮守府の古参の一人である。

本来なら瑞鶴の方が挨拶に行かなければいけない場面だったので、瑞鶴は少々焦る。

 

「宜しくお願いします!」

「緊張しなくても大丈夫ですよ。お互いにベストを尽くしましょう!」

 

だが瑞鶴が緊張をしているのは他にも理由があった。本日の空母機動部隊は彼女が旗艦だ。

更に彼女が率いる空母機動部隊は葛城、瑞鳳だけではなく今回はあの鳳翔も含まれていた。

呉鎮守府において最初の空母である鳳翔が演習とは言え、艤装を付けて出撃するのは非常に稀だ。

これには加賀の意向もあって、鳳翔には出撃をして貰ったらしい。

 

『今後は瑞鶴が中心となってこの鎮守府の航空戦力を纏めるのだから、

 自分よりも年季が上の艦娘でも指示を出すこともあるわ。だから鳳翔さんで慣れなさい』

 

ということだった。鳳翔も快諾してくれたのだが、それでもとてつもないプレッシャーを感じる。

何せ瑞鶴には師匠の師匠のような存在なので、自分がヘマをすれば加賀が怒られることになる。

それに普段はそこまで意識はしていなかったが瑞鳳も自分よりも先輩になるので、

瑞鶴は鎮守府で数少ない空母としての重圧を、はっきりと意識して感じていた。

 

「瑞鶴さん、大丈夫ですか?」

「ひゃい!大丈夫です!」

 

その緊張の原因である鳳翔から声を掛けられたので、瑞鶴は思わず素っ頓狂な声を出す。

 

「緊張感を持つことは良いことですが、緊張をし過ぎるのは身が強張ってしまいますよ。

 そうだ、ちょっと反対を向いて屈んで貰えますか?」

 

何故背中を見せて屈む必要があるのかと不思議に思った瑞鶴の肩を鳳翔の手が掴む。

強すぎず、弱すぎず絶妙な加減で鳳翔は瑞鶴の肩を揉んだ。

一瞬だけ強張った全身が思わずほぐれる様な感覚だ。

 

「偶に提督にやってあげているんですけどどうでした?」

「すっごい気持ち良かったです」

 

そう言われた鳳翔は屈託のない笑顔で満足げに頷いた。

可愛い人だなぁと瑞鶴は和んで、ガチガチに緊張していたのが少しだけ解れた気がした。

 

「瑞鶴いいなぁ、鳳翔さんのマッサージって本当に気持ちいいんだよね」

「終わったら瑞鳳さんにもして上げますね。久し振りに一緒に出撃するのですし」

「鳳翔さんと一緒なのって何時以来でしたっけ、もう一年ぶりぐらい?」

「そうですね、瑞鶴さんと翔鶴さんが出撃するようになってから、私は裏方が多くなりましたし」

「懐かしいですねー、二人とも空母として立派に成長してくれて良かったぁ」

「まぁ、昔の私は本当に口先だけの空母だったし……加賀さんのお陰かな」

 

昔の自分を思い浮かべながら瑞鶴は罰が悪そうに言う。

その辺りも成長を感じられて鳳翔と瑞鳳は満足げに頷く。

 

「実際その通りですね。翔鶴さんと瑞鶴さんの育成をしながら出撃もこなすのは多分無理でした。

 加賀さんが帰って来てくれたお陰でこの鎮守府の航空戦力は立て直せたも同然です」

「あの、そろそろ時間なのだけれども私語をしていてもいいのかしら?」

 

注意をしようと近づいたら自分の話題になっていたので、複雑な表情をしながら加賀が言う。

既に防空艦隊は移動用の輸送船に乗り込んでいた。

 

「うわ、しまった!皆早く準備して乗り込もう!」

「全く、旗艦は貴女なのだから確りとして頂戴。私語を注意することも出来ないのかしら」

 

ぐうの音も出ない正論に瑞鶴も言い返すことが出来ずに準備を進める。

気持ちの切り替えが大事なので落ち込むことはなかったが、反省はしておく。

演習艦隊全員を載せた輸送船は出港し、加賀はそれを一人で波止場で見送った。

 

 

 

沖に着いた瑞鶴率いる空母機動部隊と、榛名率いる防空艦隊はそれぞれの配置へ移動する。

今回の演習はお互いを攻撃し合うものではなく、航空打撃と防空射撃の訓練を主軸にしている。

空母機動部隊は目標の的を全て当てれば勝利、防空艦隊は一つでも的を守れれば勝利となる。

つまりこの演習は瑞鶴たちのやり方によって色々な展開を作り出せるということだ。

 

「という訳でどうやって攻めるの、瑞鶴?」

「うーん、やり方としては幾つかあるかな?」

「はい!やっぱり空母機動部隊は先手必勝!

 私としては最初から全戦力で叩き潰すべきだと思います!」

「それじゃ一回防がれたら一巻の終わりじゃない。

 ここはセオリー通り攻撃部隊を幾つかに分けて繰り返し攻撃を続けるべきよ」

 

葛城は一度に全戦力を投入した短期決戦、瑞鳳は戦力を分けての持久戦を意見具申する。

だがどの作戦も決定打に欠けている。相手は初月、五十鈴、荒潮、榛名を擁する防空艦隊だ。

正面からぶつかって行っては勝利条件を満たすことは難しいだろう。

 

「瑞鶴さん、どうしますか?どちらかの提案を(・・・・・・・・)採用しますか?」

 

鳳翔の台詞から瑞鶴は気付く。

 

「いいえ、どっちの案も採用します」

「どっちの案も?」

「どういう意味ですか、先輩?」

「つまり全戦力を三隊に分散して、多方面からの同時攻撃を仕掛けるってことよ」

「乱戦ってこと?でもかなりシビアなタイミングが必要になるよ?」

「大丈夫よ、瑞鳳。今日の私達には協力な助っ人がいるわ」

 

この鎮守府最古参の空母にして未だに最強との噂もある鳳翔が此処にいた。

彼女の率いる航空隊は文字通りの百戦錬磨、厳しい作戦でも難なく成功させてきた。

 

「鳳翔さん、力を貸して下さい」

「私ですか?」

「仲間の力も使って作戦を成功させるのも旗艦の役割ですよね?」

「成程、ですが私に頼りきりにならずに自分達でも全力を出して下さいね」

 

鳳翔は普段の居酒屋では見せないような、凄みのある笑みを浮かべて念を押す。

その様子に瑞鶴は少々気圧されそうになるが、勿論と力強く返事をする。

返事に納得した鳳翔は早速艦載機の発艦を準備する。

 

「よし!瑞鳳、葛城も発艦をお願い!突撃タイミングは鳳翔さんの合図に合わせて!」

 

四隻が一斉に艦載機を発艦させて三つ編隊へと作り変える。

部隊はそれぞれ三方面へと展開して標的へと向かって行った。

 

 

 

結果として瑞鶴達の空母機動部隊は六つある標的の内の五つに打撃を与えることが出来た。

機動部隊の敗北となってしまったが、防空側が若干有利な条件だったので仕方ない部分もあった。

鳳翔の艦載機の練度はやはり非常に高く、標的に有効打を与えたのは殆ど鳳翔の艦載機だった。

瑞鶴たちの航空隊でもまとまった動きが出来るように

航空隊の指揮も非常に適格にこなしており、瑞鶴はその様子を具に観察した。

演習も終わって防空艦隊と合流を果たす。

 

「お疲れ様でした。そちらの攻撃が余りに適格でしたので肝を冷やしましたね」

 

瑞鶴が健闘を称えに行くと、逆に榛名から健闘を称えられる。

 

「鳳翔さんのお陰ですよ、やっぱり最古参空母の称号は伊達じゃないですね」

 

その鳳翔の艦載機に付いて行けるだけでも凄いと榛名は苦笑しながら言う。

確かに、加賀に鍛えられる前だったら付いて行くことすらも難しかっただろう。

そろそろ輸送船で帰ろうとした時、不意に海面から爆発が起こった。

 



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旗艦として 後編

お久しぶりです。残念ながら私は生きています。


余りの轟音に瑞鶴は鼓膜が破れそうになったが、幸い自身に怪我はない。

だが先ほどまで会話をしていた榛名は直撃してしまったようで右舷側の艤装が大破していた。

 

「榛名!大丈夫!?」

「大丈夫です、まだ航行は出来ます……。ただ主砲がもう……」

 

何事かと周囲を確認するが、周囲には水面以外に何も見えない。

砲撃の発射音も、艦載機によるエンジン音も何も聞こえない事から潜水艦による雷撃と断定する。

 

(現在の編成で対潜水艦への有効な打撃を与えられるのは初月と五十鈴だけ。

 けれども対空装備に特化していて、潜水艦への備えはほぼないか)

 

そもそも、鎮守府の近海で潜水艦の跳梁を許しているというこの事態が異常事態だ。

無線で対潜警備艦隊と鎮守府への連絡を取り、退避をするのが最善の手と瑞鶴と榛名は確信する。

すぐに僚艦達にも潜水艦隊への警戒を瑞鶴は厳命する。

しかし問題は大破してしまった榛名だ。

高速戦艦とは言え、大破してしまってはその高速性は著しく損なってしまう。

榛名を護衛しながら、何とか敵潜水艦から逃れなければならない。

 

(どうしよう、敵の編成もわからないし潜水艦相手の艦隊運用なんてやったこともないし……)

 

大破をしている榛名に旗艦を続ける余裕はない。

自分が何とかしなければと思うと、瑞鶴は体の震えが震え出す。

 

「瑞鶴さん、一人で悩む必要はありません。私達が付いています」

 

一人で悩んでいると、鳳翔が諭すように言う。

 

「ですが、決断をしなければなりません。

 大破してしまった榛名さんを輸送船に乗せ、その護衛は必要です。

 問題はその護衛にどれだけの艦艇を付けるかなのですが……」

 

確かにその通りだ。

ここで潜水艦に攻撃する術を持たない自分や葛城が残り続けていても何の役にも立たない。

だがそれにも護衛を付けなければならない。

敵の潜水艦がどれだけの規模なのかもわからず、既に逃げ場など無いのかもしれない。

潜水艦の悪質さを瑞鶴は痛いほど認識させられる。

 

「瑞鶴、何を迷っている?」

 

瑞鶴が思い悩んでいると、初月は覚悟をした表情で言う。

 

「僕を囮として使うんだ。

 そうすれば皆は助かる可能性も出て来るだろう?

 瑞鶴達は呉鎮守府における貴重な航空戦力、榛名と五十鈴は主力艦艇だろ?

 だったら駆逐艦である僕が捨て石になるのが最も損失が少なくなる」

「ふざけるんじゃないわよ!!」

 

瑞鶴も理屈ではわかっていた。

だがそんなことを容認することは出来ない。

 

「そんな命令下せる訳ないでしょ!?仲間を見捨てるなんてこと、私には絶対に出来ない!」

 

何よりもそんなことをしては、加賀に軽蔑をされるかもしれない。

それでも全てを守るには、自分の余りの力の無さに情けなくなってくる。

 

「それでも、旗艦はお前なんだ!この先にどっちかを選び取る必要が出て来る。

 寧ろ選択肢すらない状況に追い込まれることもある。

 その時に命令を下さないといけないのが旗艦なんだ!」

「そうかもしれないけれど……」

 

本当にこれしか方法がないのか?

何とか全員が助かる可能性は無いのか、そんな都合の良いことばかりを考えてしまう。

すると今度は五十鈴が険しい表情で口を開いた。

 

「五十鈴も残るわ!潜水艦との戦いなら初月よりも五十鈴の方が長いわ!」

「駄目だ。五十鈴はその経験を活かして瑞鶴達の護衛に回るんだ!」

「嫌よ!またアンタだけを危険な場所に行かせるなんて五十鈴には出来ない!

 沈むつもりだったら五十鈴も一緒に沈むわ!!」

「これは昔の戦いとは違うんだ!そんなこと気にするな!」

「アンタこそ昔の戦いのことを引きずってるじゃない!」

「二人ともいい加減にしなさい!」

 

言い争う五十鈴と初月は思わず冷や汗を垂らす。

それだけの凄まじい怒気と怒号が、あの鳳翔から発せられていたのだ。

普段の居酒屋で楽し気に料理をしている姿からは想像も出来ない。

あの一航戦を鍛えた歴戦の猛者の姿がそこにあった。

傍観することしかできなかった他の艦娘たちも冷や汗を流していた。

 

「命令を下すのは旗艦です、旗艦の判断を仰ぎましょう」

「私は……」

 

瑞鶴が悩みに沈みそうになると、瑞鳳が意見具申をする。

 

「私と鳳翔さんの軽空母なら潜水艦を何とか足止めできるかもしれません」

 

鳳翔さんが久し振りに戦闘モードになっているので、普段の砕けた口調から瑞鳳は思わず敬語だ。

 

「有効な攻撃とまでは行かないかもだけれども、やってみる価値はあると思います。

 だから初月・鳳翔・瑞鳳で敵潜水艦を牽制しつつ

 残りの艦艇は鎮守府まで退却することを意見具申します」

「でも、それだと僕だけでなく二人にまで危険が」

「大丈夫。これでも私と鳳翔さんは今まで呉鎮守府の航空戦力を支えたのよ?

 正規空母にも出来ないことが出来るってことを見せてあげる!」

 

どうやら鳳翔さんが本気を出したことで、瑞鳳もまた滾るものがあったらしい。

その目にはやる気と決して捨て鉢になっている訳ではない意思が表れていた。

 

「鳳翔さんもそれでいいですよね?」

「勿論です。久し振りに瑞鳳さんの本気を見せて貰いますね」

 

二人から今まで異常のやる気を感じ、瑞鶴は戦慄する。

どうやら先の演習でも鳳翔と瑞鳳は本気を出してはいなかった様だったのだ。

 

「では鳳翔さん、瑞鳳、初月は敵潜水艦の足止めをお願いします。

 私と残りの艦娘は榛名を乗せた輸送船を護衛しつつ退避するわ」

 

瑞鶴は旗艦である自分だけが何も出来ずに退避することしか出来ないことを歯痒く思う。

 

「瑞鶴、榛名の護衛も大事な任務なんだから手を抜かないでね!」

「ありがとう、瑞鳳。では武運を祈ります!」

 

配置につく前に五十鈴は初月の元へと向かう。

 

「初月、今度こそ帰って来なかったら許さないから!」

「沈んでも許されないのは怖いな、やれるだけのことはやるさ」

「絶対よ!その憎らしい顔、もう一度この五十鈴に見せに来なさい!」

 

まるで今にも初月を張り倒しそうな勢いで五十鈴は捲し立てて瑞鶴達の元へと戻る。

初月はその後ろ姿を見て

 

(そんなに僕のことが嫌いなのか……、でも僕の事を心配してくれるなんて五十鈴はいい奴だな)

 

等とぼんやりと考えながら、五十鈴達を見送った。

此処からは、気の抜けない状態となる。

 

「それでは初月さんはソナーで潜水艦の動きを見張って下さい。

 私と瑞鳳さんはいつでも発艦準備が出来るように艦攻、艦爆部隊を準備します」

「艦攻と艦爆……?」

「事は速さを問われるわ。だからソナーに感があればすぐに私達に知らせてね」

 

そう言うと瑞鳳と鳳翔はいつでも発艦準備が出来るように神経を研ぎ澄ませる。

初月もそれに倣って予備で積んでいたソナーに感がないか必死に耳を澄ませる。

僅かな痕跡も逃すまいと、自分だけではなく鳳翔と瑞鳳の命運も自分の耳に掛かっていると

初月は文字通り耳をそば立てた。すると自分たちの後方に多数と思われる潜水艦の感がある。

 

「初月五時の方向より潜水艦の感あり!!」

 

いつの間にか背後を取られたことに驚きつつも、すぐに声を張り上げて鳳翔と瑞鳳に知らせる。

すると目にも止まらぬ速さで鳳翔は弓を取り雷装した艦載機を繰り出していた。

続いて瑞鳳も艦載機を繰り出したがその兵装は爆装したものだ。

鳳翔の艦載機がまず魚雷を水面に向けて降下したが、通常よりも早く魚雷は爆発する。

大きな爆音を発し、水柱が海面を突き出して空へ伸びる。

すると海面から敵の潜水艦が顔を出していた。

そこを獲物を見つけた猛禽類の様に爆装した艦載機が直上から太陽を背に急降下爆撃を敢行する。

 

「そうか、魚雷の爆発で敵もソナーを一時的に使えなくなったから浮上して此方を確認したんだ。

 そこを後続の瑞鳳の艦爆で追撃しているのか」

 

理屈では簡単に出来ることと思えるだろう、

しかし鳳翔程の熟練度で素早く艦載機を繰り出せなければ後手に回るのがこの戦術の弱点だ。

また幾ら熟練の鳳翔であっても、これだけの速さを維持するのは骨が折れるだろう。

更に今回は演習ということで、模擬用の威力の抑えられた爆弾しか鳳翔も瑞鳳も持っていない。

爆雷も予備だけでなくきちんと装備していれば、もっと有効な策が取れたと初月は痛感する。

 

「初月さん、余計なことを考えている暇はありません。すぐに移動をしますよ」

「わ、わかった。けれどもわざわざ敵に居場所を教えるようなものじゃないのか?」

「その通りです。私達の役割は悪まで瑞鶴さん達を逃がすことです。

 引ける注意は此方に引いて瑞鶴さん達の生還と鎮守府の対潜艦隊との合流に努めるべきです」

 

それもそうかと納得して初月は鳳翔と共にその場を移動する。

移動を始めると瑞鳳は偵察機を鎮守府の方角へと放つ。

無線での通信は敵の潜水艦に傍受されてしまう可能性があるからだ。

 

 

 

一方で瑞鶴達と大破した榛名を乗せた輸送船は、

途中で何度か潜水艦に襲われたものの無事に鎮守府まで辿り着けた。

波止場には直々に提督が出迎えてくれた。旗艦として瑞鶴は今回の報告を執務室でする。

 

「そうか、今は鳳翔と瑞鳳が初月に着いてくれていたのか」

「はい、それでも演習用の模擬装備ばかりですのでかなり状況は逼迫している筈です。

 だから提督さん!」

「わかっている、先程瑞鳳の偵察機が鎮守府に戻って来た。

 今は少しずつ鎮守府の近海を西進しつつ散発的な攻撃をする潜水艦の対処をしている様だ」

 

机上に置かれた鎮守府近海の地図を用いて説明をする。

 

「そこで対潜警戒をさせていた艦隊に鳳翔達がいるであろう座標を送り合流させる。

 通信は傍受される恐れがあるから、お前の偵察機でそれを知らせて欲しい」

 

瑞鶴は了解と言って執務室を後にする、廊下には加賀が待っていた。

 

「瑞鶴」

「わかってます、これも大事な任務でしょ。ちゃんと遂行するわ」

 

足早に瑞鶴はその場を去る。

今加賀と会ってしまうと、旗艦瑞鶴として居られなくなる気がするからだった。

波止場に辿り着き、対潜警戒艦隊がいると思われる方角に偵察機を弓に番えて発艦させる。

せめて、自分が出来ることを精一杯にやらなければ旗艦として申し訳が立たない。

自身の祈りが届くことを願って、瑞鶴は自分の偵察機を見送る。

 

 

 

あれから三時間ほどが経過した。

鳳翔の集中力は驚異的で的確に敵潜水艦を炙り出すことが出来ている。

これに負けじと瑞鳳もそれに合わせて爆撃を行っているが、鳳翔曰く少しずつ遅れているらしい。

弾薬の方もあと少しで尽きそうな状況となり、余り楽観することは出来なかった。

 

「瑞鳳さん、休んでいる暇はありませんよ。攻撃隊の準備を」

「……はい!」

 

やはり集中力が切れかかっているのか、瑞鳳は少々息が上がっている。

それでもかなり手早く攻撃隊の準備を済ませ、弓に番えて臨戦態勢に戻る。

この根気の強さはずっと鳳翔と呉鎮守府を支えていたから培われたものだろう。

短い時間だがこの三時間で鳳翔がどれだけスパルタかは初月も身に染みていた。

悲観的になっていると、そんな暇があったら対潜警戒を厳とせよと叱られもした。

やがてソナーに新しく敵潜水艦の反応が現れる、それと同時に初月は声を張り上げた。

 

「ソナーに感あり!十二時の方向!!」

 

自分達の正面に潜水艦の反応があった。

はじかれる様に初月は声を張り上げて鳳翔たちに報告する。

既に鳳翔は艦載機を繰り出して魚雷を投下する。

しかし魚雷は爆発しなかった。不発弾だったようだ。

 

「不味い!!」

 

方角は分かっているので、初月は牽制として爆雷を投射する。

鳳翔は発艦させた艦載機を急いで回収するが、鳳翔の近くで炸裂音がした。

爆雷の気泡で隠れていたが、潜水艦の魚雷が鳳翔の足元まで忍び寄っていたのだ。

 

「しまった、鳳翔さん!!」

 

巨大な水柱が立った後に、鳳翔は艤装を中破させながらも何とか立っていた。

思わず瑞鳳が駆けようとすると、鳳翔はそれを制止する。

 

「今動いてしまっては敵に位置を知られてしまいます。

 初月さんの爆雷のお蔭で敵は此方の位置が把握出来なくなりました。

 これは敵と私達との根比べです」

 

鳳翔は毅然とそう言うと、瑞鳳は何も言えずにその場に固まってしまう。

どうやら鳳翔の言う通り、敵潜水艦は爆雷で一時的にソナーが使えない様だ。

このまま此方が動かず、何も音を出さなければ相手は最終的には浮上して目視するしかない。

念のため、初月はソナーを確認したがやはり敵も動く気はない様だ。

暫く、波の立てる音以外に何も全員の耳には届かなかった。

この海原で漂流しているような気分にさせられる。

波間を眺めていると段々とスローモーションになる錯覚に陥る。

時間の流れがとてもゆっくりな、それでも気が抜けない張りつめた状況だ。

何時でも敵潜水艦を攻撃できる様に瑞鳳と鳳翔は弓を構えたままで待機している。

鳳翔は根比べと言っていたが、二人への負担は尋常ではないので楽観視は出来ない。

初月は無理を通して自分だけでも残れば良かったと後悔していた。

その時だった、波間に黒い影が顔を出したのは――

 

「発艦!!」

 

瑞鳳が先に気付き、艦載機を番えて射る。

鳳翔が後に続いて発艦させるが、それでも間に合わない。

波間の影は口元を狂喜に歪ませて、海中へと消えて行った。

既に移動を開始して二人の爆撃を回避してしまっただろう。

初月が絶望と後悔、憤怒に顔を歪ませると水上電探に感があることに気付かなかった。

 

「敵潜水艦を発見、爆雷を投射します!!」

 

少女の声が三人に届いたと同時に爆雷がピンポイントで投下される。

水中で爆雷が爆発すると気泡が大量に海面へと沸き上がる。

 

「お待たせしました!朝潮、ただいま助太刀に参りました!!」

「皆さんお疲れ様です。後は私達にお任せ下さい!」

 

改二改装された朝潮と吹雪、由良、鬼怒の対潜水警戒艦隊が絶体絶命のピンチに間に合った。

流石の対潜水艦に特化した装備編成の為に、三人があれだけ苦労した潜水艦も駆逐され行く。

緊張の糸が切れた初月は、その場に力なくへたり込んでしまう。

 

「初月さん、大丈夫ですか?」

 

中破した鳳翔が初月の元へとやって来る。

戦場での鬼気迫る雰囲気ではなく、いつもの居酒屋で見せる柔らかい表情だった。

 

「ああ、ごめん。安心したら力が抜けて……」

「諦めずに頑張って良かったでしょう?」

「そうだな、僕はどうしても心が弱いみたいだ」

 

自分の両頬を叩いて初月は喝を入れて立ち上がる。

既に周辺の潜水艦は朝潮達が始末を終えた様だった。

 

「良かったね、三人で帰れて」

「ええ、流石に肌を見せるのは恥ずかしいので早く入渠させて欲しいですね」

「うん、帰ろう。僕たちの鎮守府に」

 

 

 

それから程なくして、呉鎮守府には初月達三人が無事に帰投した。

鳳翔はすぐに入渠させられ、残りの無傷は二人は提督へと報告をする。

 

「そうか、敵の潜水艦は一部隊だけではなかったか」

「はい、明らかに此方の行く先々で遭遇したので複数の艦隊が領海に侵入していたみたい」

 

それはそれでかなり困ったことになる。

此方の警戒網の裏を突いて幾つもの潜水艦が跋扈することを許してしまっているということだ。

対空演習を自分達の侵入に気付いて今回は攻撃をしてきたことも考えられる。

そうなると何時から侵入していたのかが分からない。

 

「対潜警戒を更に厳とするか、二人ともご苦労。ゆっくり休んでくれ」

 

二人が出て行った後に執務室に大淀が入って来る。

 

「提督、ご指示のあった暗号の件ですがやはり解読された可能性もありますね」

「確か暗号変更の指示があったのが三か月前の時だったか?」

「そうですね。大本営からの直接の指示だったかと」

「そうか……暗号を変更した矢先にこの事件とは」

 

苛立ちを隠せずに提督は舌打ちをする。

提督の発言を受けて、大淀は険しい表情をする。

 

「大本営に密通者がいると?」

「おいおい、滅多な事を言うものじゃないぞ大淀。お前の首が飛んでしまうぞ」

「提督も同じことを考えていらっしゃる癖に」

「仮にそうだとしてもこの事は他言無用だ。

 これより鎮守府内での通信暗号は別のパターンを使う。

 それでどれだけ効果があるかは知らんがな」

「鎮守府外への連絡はこのまま変更は無しということですね?」

「勝手に暗号を変更したら変に勘繰られるだろうからな。

 逆にこの程度のハッタリに引っ掛かってくれるほど単純な相手なら良いのだが」

 

嫌な予感を抱えて提督は思わず溜息を吐く。

密かに提督は他の鎮守府への連絡を画策する。

 

 

 

鳳翔達が何とか帰って来たと聞いて加賀は安堵した。

航空戦力を失うのは鎮守府としても大打撃な上に個人的にも鳳翔や瑞鳳を失いたくなかった。

それに何よりも、瑞鶴が責任を感じるような事態にならずに済んで良かったとも思っている。

加賀はもう聞いているかもしれないが、瑞鶴にこの事を教える為に彼女を探していた。

そして、予想は的中しており彼女は射場で訓練に打ち込んでいる。

 

「瑞鶴、鳳翔さん達が無事に帰還したわ」

 

聞いているのかいないのか、瑞鶴は射掛けを続けている。

その態度に少しだけ加賀は苛立ちを覚えたが、構わずに続けた。

 

「貴女は自分の無力さに怒りを覚えているでしょうが、それが旗艦というものです。

 艦隊の司令塔としての役割は時として非情な選択もしないといけないわ」

「そんなの今回のことで身に染みたわ。それでも私はもっと強くなりたい」

「その志しは立派なものよ。けれども過剰な力への過信は危うさと隣り合わせと知りなさい」

「何でよ。加賀さんは最初からあれだけの強さがあるけど、私は弱いままじゃない!

 翔鶴姉の様に改二になれれば、翔鶴姉に置いて行かれることも無かったのに!」

 

そこまで言って、瑞鶴はとんでもない失言をしてしまったと自覚する。

加賀は相変わらず無表情なままでいたが、無意識に自身の義手を擦っていた。

 

「私は自分の弱さを自覚しているわ。

 私の隣に居たあの人は私よりも遥かに先を進んでいた。

 そして、今も私はこうして取り残されている状態よ」

「……ごめんなさい。加賀さんに当たるなんてどうかしてるわ」

「旗艦とはどういうものか貴女はちゃんと理解をしたと思えば我慢します。

 一緒だった榛名や葛城だけじゃない、鳳翔さん達を助ける切っ掛けも貴女が作ったのよ」

 

あの後、瑞鶴の艦載機は朝潮達を早い段階で見つけて連絡を取ることが出来た。

それがあの危機的状況から鳳翔達が生還するまでに繋げることが出来たのである。

本人にイマイチ実感がない様だが、加賀はその事を誇らしく思う。

 

「あ、ありがとう……慰めてくれて」

「初めての旗艦で戸惑うのもわかるわ。経験を積んでよりよい艦隊運用が出来る様になりなさい」

 

これは自分にも言い聞かせている部分が加賀にはあった。

早く右腕の義手の精度を上げて、前線に復帰したいという気持ちが段々と強くなっていた。

その事を今回の事件で加賀は自覚してしまったのだ。



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邂逅の時は来たり

ひとまずこれで一区切りとなります。


正規空母加賀の朝は早い。

まだまだ未熟な後輩達の育成と、自身の義手を用いたリハビリで忙しいからだ。

日常生活で使う分には、義手の扱いには慣れてきた方だ。

右腕が無かった頃に比べて、朝の支度もかなり早くに終わる様になった。

義手を付けたことで、以前と体のバランスがまた変わってしまったので

当初はややよろめきながら移動していたが、それももう無くなった。

手早く着替えも済ませて、写真立てに向かう。

 

「赤城さん、今日も行ってきます」

 

朝の日課を終えて、加賀は自室を出て行く。

射場へと到着すると、左手で弓を持ち右手を弦に伸ばす。

そのまま胸の筋肉を意識して、右手の義手に力を込めて弦を引く。

まだ完全に引き絞る事は出来ないが、

右手に力を込められかった当初よりも大分進歩したと実感する。

弦を離せばそれが風を切る心地好い音が静寂の中に鳴り響く。

加賀は瑞鶴達が来るまでこれをずっと繰り返す。

 

(この弦が完全に引き絞れる様になれば、やっと弓を取る事が出来る)

 

右腕を失ってから加賀は自分の存在理由に苦悩していた。

瑞鶴や葛城と居るとそうでもなかったが、

二人が出撃するとやはり艦娘なのに出撃が出来ない事が歯痒い。

もしも、二人がそのまま海へ帰ってしまったら……

そんな縁起でも無いことを考えてしまう。

それはきっと、また自分だけが取り残される恐怖だろう。

何とも無いように取り繕うが、無意識の内にそう感じて意識的にそれを否定している。

 

(もし、仮にこの腕がまともに動ける様になったとして

 私は以前の様に弓を取る事が出来るのかしら……?)

 

こんな雑念だらけな状態では矢を射てたとしても、まともに当てられる気がしない。

 

(やはり艦娘としての私はもうあの時に死んだのかもしれない)

 

嘗ての栄光にすがる様な状態だが、赤城と共に海を征く加賀は強かった。

弱いままでは赤城の隣に立つ資格などない。

強くなる為ならどんな過酷な修練でも耐えて来た。

それだけの情熱と渇望が、果たして今の自分にあるのか?

思わず加賀はそう自分自身に問いかけた。

 

(この鎮守府の皆と一緒に戦いたい気持ちに偽りは無い。

 けれども私の隣にあの人が居ない……)

 

ただそれだけの違い、けれども加賀にとってはとても大きな違い。

義手が無かった頃は我武者羅に早く戦場に帰りたいと渇望していたが、

そこに手が届きかけると躊躇してしまう。

これではただの口先だけの状態だと自己嫌悪に陥る。

集中力の切れた状態からか、引き絞っていた弦が不意に指から離れてしまう。

弦の空を切る音も、過去に比べてかなり濁った音を立てる。

すると射場の入り口から物音がするのが聞こえる。どうやら瑞鶴か葛城が来たらしい。

二人にはこの事は悟られまいと加賀はいつもの様に、寧ろいつも以上に無表情に徹する。

 

 

 

―此処は私が最初に目に映した場所―

 

―空は無く、海も無く、気が付けば私は其処にいた―

 

―自分の形を認識するように、私は両の手で頬をなぞる―

 

―私という形がどういったモノなのかが分からないので、それで確認するしか無いからだ―

 

―顔だけは分からないが、凡そ私の形は両手に両足のあるものであることがわかる―

 

―特にする事も無く、どれほどの時間が経っただろうか―

 

「おはようございます。具合はどうですか?」

 

―声を掛けられた事に当初気付かず、私は戸惑った顔をしたのでしょう。その女性は苦笑した―

 

「えーと、私は明石です。何処か体調が悪い部分はありませんか?」

 

―明石と名乗った女性は、私の体を気遣ってくれる。そう言えば私の名前は何だったかと尋ねる―

 

「ふむ、此処まで自我が形成されたのなら平気そうですね。貴女の名前は―――」

 

 

 

午前の鍛錬が終わり、瑞鶴と葛城は今回は遠洋航海に出ることになる。

つまり、今から丸一日彼女達が鎮守府を留守にすることになり、加賀は暇が出来てしまった。

余り一人でいる時間が長いと今朝の様に思考が後ろ向きになってしまい勝ちなので、

その分を鍛錬に回して雑念を追い払おうとする。

けれどもどれだけ自分の肉体に鞭を打っても、取り残される恐怖を振り払うことが出来ない。

どうにも鍛錬をしても気分が晴れないので、鳳翔さんのお店へ行くことにする。

店は閑散としており物音と言えば鳳翔さんが、夜に向けて仕込みをしている音だけだった。

先日の怪我も入渠で修復された鳳翔は忙しなく動いていたが、加賀の姿を見ると手を止める。

 

「あら、いらっしゃい。昼間から来るなんて珍しいですね」

「こんにちは、一杯貰いたいのですけれど」

「ふふ、ありがとうございます。

 それでは一杯目はお注ぎしましょうかね」

 

有無を言わせずにそう言うと鳳翔は奥へと入り、

カウンターに座った加賀にお猪口と徳利を持って来る。

 

「自分でやりますから」

「普段のお勤めがありますから、

 最初くらいはお酌をしますよ」

 

嘗て鳳翔の教え子だった加賀は恐縮してお猪口を持つ。

昔から鳳翔には頭が上がらないので、彼女の言う事には逆らえない。

お猪口にお酒を注がれた加賀は返礼代わりにそれを一気に飲み下す。

 

「普段は少しずつ呑むのにどうかしましたか?」

 

口調や物腰は丁寧ながら、鳳翔から探る様に聞かれると加賀は身構える。

彼女に下手な嘘は通用しないと諦めて、加賀は今の自分の悩みを吐露する。

 

「お恥ずかしい話ですが、

 最近また私だけが取り残されてしまうのではと悩んでいます」

 

加賀は子供が叱られながら話す様に、おどおどしながら言う。

 

「今の私はとても中途半端な状態です。

 片腕が無い訳ではない、さりとて戦える状態でもない。

 私が弓を取るのに焦心苦慮している間にも

 あの子達は前を進み、何時か私の声は届かなくなるのではないかと」

 

鳳翔が相手なので加賀は素直に自分の心情を吐露することが出来た。

加賀は誰かに話せた事で気持ちが落ち着けるかとも思ったが、余りそうでもない。

自分の悩みが具体的になったことで余計にそれを意識する。

 

「置いていかれる事の辛さは私にも解っているつもりです。

 昔はいつも見送る事しか出来ませんでしたから」

 

鳳翔の艦暦を思い出し、加賀は心の中で下手を打ったと後悔する。

人も艦も時代もこの人はその目で見て、その目で見送って来たのだ。

加賀はまさに昔の鳳翔と同じ苦しみに対面していた。

 

「見送る事しか出来ないと思って居ましたが

 それは違っていたんです。

 全てが終わって新しい時代になる時に

 私は取り残された人達を迎えに行く事が出来ました」

 

少し俯いていた鳳翔の表情が、とても明るい物になる。

虚勢などでは無く、心の底から胸を張っていることが伝わる。

 

「だから、最後まで諦めなければ道は開けます。

 ひょっとしたら今までとは全く違う道になるかもしれません。

 それでも貴女が生きる限り、行きたい場所があれば道は続いているものです。

 ましてや今の私達は艦娘という存在、戦うことだけが存在意義では無いと私は思います」

 

戦場で生きることしか出来なかった加賀には、鳳翔の言っている事を理解するのは難しい。

だが目の前の鳳翔を見ていると、その未知の世界でも怖くはない。

不思議と加賀はそう思う。

 

「それでも戦列に復帰しようとしている加賀さんを私は応援しますよ。

 応援と言ってもこうして話を聞くぐらいの事しか出来ませんが」

「ありがとうございます。それでも十分嬉しいです」

 

この鎮守府で素直に自分の弱さを出せるのが立場上、鳳翔さんしかいないので加賀には有難い。

その後もついつい話し込んでしまい、気が付けば夕暮れとなる。

加賀は今日は何時ぞやの飲み比べ勝負の時とは違い、ちゃんと自室に戻って一日を終える。

 

 

 

翌日、加賀は提督に執務室へと来るようにと呼び出しを受けた。

特に何か失態を犯した訳でもなく、瑞鶴と葛城は遠洋航海中なので二人の事ではないだろう。

心当たりの無い加賀は言い知れぬ不安を覚える。

赤レンガの建物内にある執務室では提督が執務机に座って、秘書艦の金剛がその傍に控えている。

 

「航空母艦加賀、只今参りました」

「ご苦労、早速なんだが今日はお前に伝えなければならないことがある」

 

いつもの様な抜き身な態度ではない提督の口調に、加賀は緊張感を覚える。

提督の表情は引き締まっており、珍しく真面目な話であることを予感する。

 

「それは何でしょうか?」

「うむ、本来ならお前には真っ先に伝えなければならなかった事だったんだが……

 一度会ってもらった方が話は早いだろう。もうすぐ此処へと来る筈だ」

 

提督がそう言うと、確かに扉からノックの音が会話の間に入って来る。

提督から入室の許可を貰うと扉が開かれた。

そこに立っていたのは、加賀にとってずっと忘れずに居た人だった。

決して見間違えることはない、それが例え同名の別人であったとしても。

まるでこの場所だけが、加賀の右腕を除いて過去へと巻き戻された様な錯覚に陥る。

そう、そこに立っていたのは……

 

「航空母艦赤城です。どうぞよろしくお願いしますね」




第二部はこれにて終了です。


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第三部
会遇の時は来たり


此処からちょっと過去編


此処は呉にある鎮守府の赤レンガの廊下、そこに黒く長い髪をした柔和そうな女性が歩いている。

だがその歩みは柔和な表情から反してしっかりと前を見据えた堂々とした足取りだ。

そんな彼女は本日この鎮守府に初めて配属された、艦娘の赤城である。

着任初日の今、彼女はこの鎮守府を直接任されている提督へと挨拶に来ているところだ。

 

(提督に挨拶を済ませたら私はこの鎮守府の一員になれる。深海棲艦との戦いが始まる)

 

そんな事を考えていると赤城は体の内から力が湧いてくる様な気さえしてくる。

ふと、目の前から同じく提督の執務室へと向かっている艦娘がいることに気付く。

黒い髪をサイドテールでまとめ、その涼しい目元から感情を読み取ることは出来ない。

赤いミニ袴を着た赤城とは対照的な青いミニ袴を来たその女性も赤城の存在に気付いたようだ。

 

「赤城です。よろしくお願いします」

 

物腰柔らかく赤城は挨拶をすると、女性は加賀です。宜しくとだけややぶっきらぼうに言った。

そんな彼女の態度に赤城は腹を立てる事もなく、執務室の扉をノックする。

中からやや高めの男の声が入って来るように促してから二人は扉を開けて入室する。

小奇麗な部屋の中でひと際存在感を放つどっしりとした机とそこには白い軍服の青年が居た。

青年の隣には秘書艦である小柄で幼い印象のある艦娘、電が控えている。

 

「航空母艦・赤城、本日付けで着任致しました」

「同じく航空母艦・加賀、本日付けで着任しました」

「ああ宜しく頼むよ。俺は呉を預かっている『提督』だ」

 

鎮守府の執務室でこの恰好をしているので、誰の目にも提督であることはわかっている。

けれども初対面での挨拶のマナーとして提督も一応名乗るのを信条としていた。

ただ個人名を伝えることは提督には出来ない。

この世界の提督になる者達はその特異な境遇から『個人』を捧げて職務に就くことなるからだ。

『提督』の本来の『個人』は大本営のみが知っており、

職務を全うした時に返還(・・・・・・・・・・・)されることになっている。

 

「それでは早速だが二人には本日から鳳翔付きで訓練を受けて貰う。今日からコンビ結成だ。

 何分この呉鎮守府はまだ戦力を揃える段階でな、勝手ながら二人には期待をしているぞ」

「はい、ご期待に沿える様に精進致します!」

 

赤城と加賀は再び敬礼をして執務室を出る。

すると鎮守府の廊下には何時の間にか鳳翔が待機しており、微笑みながら二人を出迎えた。

 

「おはようございます、軽空母鳳翔です。今日から貴女達の教官役を務めることになりました」

「宜しくお願いします。空母赤城です」

「空母加賀です。宜しくお願いします」

「では早速ですが波止場へと向かいましょうか。二人とも艦載機の発艦方式は弓と聞いています。

 弓術に慣れるのも大事ですが、まずは波の上でもまともに動けるかテストをしますね」

 

一瞬だが赤城と加賀は鳳翔の微笑みに凄味が増した様に感じた。

背筋は凍り付き、目の前にいるこの艦娘が只者ではないことを直感で悟る。

二人のこの直感は正しかった事を身をもって知ることになる。

波止場に辿り着き、脚部の艤装を着けて二人は水面の上に立つ。

加賀は少々ふらつく程度だったが、赤城は殆どふらつくことは無かった。

その様子を見た加賀の表情は険しくなり、意地でも転倒をしないように体を強張らせる。

 

「あら、赤城さんは確りと立つことが出来ているんですね。

 加賀さんは少し力が入り過ぎです。それでは海上移動も上手く出来ませんよ」

 

まだまだ重心が安定しない加賀はどうしても体に必要以上に力が入ってしまう。

艦娘は海上移動をして敵の攻撃を避けることも重要だが、これでは上手くいかない。

 

「ですが赤城さんもただ立っているだけでは意味がありません。

 二人とも私に着いてきて下さい。今から海上での回避の訓練を始めます」

「回避の訓練……?もう回避の訓練をするというの?」

「はい、貴女達は提督からの期待だけではなくこの鎮守府全体の期待が掛けられてます。

 申し訳ないのですがそれだけの時間も足りないので、少々スパルタで行かせて貰います」

 

そう言うと鳳翔は弓矢を取り、二人を波止場付近から湾内の沖へと誘う。

沖へ着いた途端に鳳翔は二人へと弓矢を向ける。

 

(本気で回避訓練を始める気ですね……)

(今の私に何処まで出来るのか、それ以前にこの人は何処まで出来るのか)

 

加賀は自身の訓練よりも隣に立つ同僚のことが気になっていた。

自分の嘗ての戦歴から実力にはある程度の自負があったが、赤城はそれを余裕で凌いでいる。

その赤城へと向けられている自身の感情が分からずに戸惑っている。

鳳翔の弓から矢が放たれる、矢は橙色の翼を持った艦載機へと姿を変え、

猛禽類の様に二人に勇猛果敢に挑んで来る。実弾を使っていないが、当たれば痛いでは済まない。

これには流石の赤城もなす術なく、加賀と同じく何度も被弾した。

結局二人は気を失う寸前まで訓練を続ける。

 

「まさか初日で此処まで食い下がるとは思っていませんでした。今日はもうお終いです」

「いえ…………まだ……やれるわ……」

 

もはや膝が踊りっ放しの加賀はそれでも食い下がろうとしている。

 

「いいえ、今日はもう終わりです。艦娘とは言え、海上で気絶するのは危険です。

 赤城さん、加賀さんと入渠ドックまで付き添ってそのまま入渠して今日は切り上げて下さい。

 私はまだ仕事がありますので今日は波止場までになりますね」

「はい、ありがとうございました」

 

呼吸を整えて、毅然と赤城は返事をするが赤城もまた意識を失う寸前まで来ていた。

だが加賀ほど消耗はしていないので、彼女の元へと行き手を差し出す。

 

「大丈夫よ……先に行っていて頂戴」

「そう、ですか。何かあったらすぐに呼んで下さいね」

 

そう言うと赤城は加賀から離れはしたが、すぐにフォローに回れるようにピッタリと後を付ける。

その事に気付けないほど加賀の視野は狭くは無く、どうしようもなく赤城の行動が面白くない。

だが自分の至らなさの結果だということも分かっており、この苛立ちをぶつける相手がいない。

この身を焼く様な感情をこの頃の加賀は知らなかった。

 

 

 

ドックに着くや否や加賀は全身の力が抜けたのかその場に崩れ落ちる。

赤城は少々迷ったが、先程の加賀の言葉を思い出して様子を見るだけに留める。

暫くしても加賀が立ちあがる様子がないので、赤城は彼女の了承を得ずに彼女を抱える。

 

「な、何を……!?」

「鳳翔さんに付き添う様に言われましたので、勝手ながら入渠のお手伝いをしますね」

「私は一人でも平気です!」

「わかってますよ。でも私達は同僚なのですし助け合うのは大切なことだと思います」

 

赤城は抱えた加賀の衣服を脱がせ、自身も脱いだ上で入渠ドックに入る。

加賀は抵抗の意志を見せたが、体に力が入らないので赤城のされるがままだ。

不思議なもので、ドックに入ると徐々に体に活力が戻ることを二人は感じる。

ある程度の気力が戻った加賀はキッと赤城を睨みつける。

 

「その、上手くは言えないのだけれども私は貴女が………………苦手です」

 

精一杯言葉を選んだ末に加賀はそう言い捨てる。

 

「でしょうね、それは何となくわかっていました。

 けれども私は貴女のことを他人の様に思えないので…………恐らく好きなんだと思います」

「そういう貴女の屈託のないところも私は苦手です」

「ふふ、すっかり元気になって来たみたいで安心しました。明日も頑張りましょうね」

 

これだけ苦手であることを告げても何とも思っていないように振る舞う赤城に

加賀は怒りを通り越して半ば呆れていた。

本当にこの同僚をコンビを組んで上手くやっていけるのか不安になる初日だった。

 

 

 

「それで私の部屋にどうして貴女がいるのですか?」

「鳳翔さんからの提案です。コンビを組むからには寝食をなるべく共にした方が良いと」

「私は了承していません。あと勝手に布団を隣に敷かないで下さい」

「でもここ以外ですと玄関先ぐらいしかありませんよ」

「…………勝手にして下さい」

 

苦々しげに加賀は吐き捨てて拗ねるように布団に潜り込む。

 

「おやすみなさい、加賀さん」

「…………おやすみなさい、赤城さん」

 

電気が消え、暫くして隣で何食わぬ顔をして眠り込む赤城の寝息だけが耳に聞こえる。

ほんの一瞬なのだが、赤城に名前を呼ばれた事は悪くないと思い眠りに落ちた。




いつもの如く少し後に補足を活動報告に投稿します


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大蛇対龍

※注意

今更ながら第三部は過去のお話しになるので後半になるにつれて鬱な展開になります。


赤城と加賀がコンビを組んで同棲を初めてから幾日が過ぎた。

その間も加賀は鳳翔の鬼のような訓練をこなし、血の滲む様な努力を重ねる。

だが赤城は常に加賀の一歩先を行っていた。

自分の前を平然と進み続ける赤城に、加賀はこれまた面白くないという顔をせずにはいられない。

同じ正規空母だというのに、搭載数では此方が上回っているのに彼女は常に先を行く。

それがまるで自分を挑発しているのではないかと錯覚までしてしまう程だ。

この頃の加賀には既に赤城への対抗心が完全に芽生えていた。

本日もまた鳳翔からの鬼の扱きが始まる前の事だった。

 

「さて、お二人には新しい仲間を紹介しますね。今日から配属された軽空母龍驤さんです。」

 

二人の目の前には鳳翔さんとどう見ても駆逐艦にしか見えない幼い艦娘が立っていた。

その小さな体と同じぐらいに目を引くのが彼女が持つ、大きな巻物の様な艤装だった。

 

「軽空母龍驤や!独特のシルエットやけれども艦載機を繰り出すちゃんとした空母やで!」

「可愛らしい空母ですね」

 

そう言うと赤城は龍驤が反応をする前に頭を帽子越しに撫で始める。

余りにも自然と子供扱いをするので、鳳翔は少しだけ吹き出していた。

 

「こ、コラァ!ウチはちゃんとした空母や!駆逐艦を撫でるみたいに子供扱いすなー!!」

「ごめんなさい、ちょうど手が届く位置に頭が来ていたものですから」

「う、ウチがチビやと言いたいんか!?上等や、売られた喧嘩は買ったる!勝負やデカ女!」

 

ちなみに赤城の身長は女性にしては大きすぎるということは決してない。

 

「私闘は禁止されています。鳳翔さん止めて下さい」

「そうですねぇ、私闘じゃなくすれば問題は無いという事ですよね」

「え?」

「お二人とも血の気が多いことは結構ですけれども、少々お待ち下さいね。

 提督にお二人の演習の許可を貰いに行って来ますので、それまでに初めてしまった場合は

 二度と艦載機に手を触れられないと思っていて下さいね」

 

鳳翔は冗談ではなく本気で言っているようで、

赤城と加賀は勿論の事だが今日知り合った龍驤も背筋が凍り付く。

 

「これで良いのかしら……」

 

こんな私闘が認められるのであれば、加賀は一度赤城と白黒を付けたいと考えていた。

赤城の才能は自分よりも上であることは不本意ながら認めざるを得ない。

だが実際に戦えば負けることはないという自負はあった。

だから、願わくば龍驤との演習の後に加賀は鳳翔に頼み込もうと画策する。

やがて鳳翔が戻って来て、二人の私闘もとい演習の許可が出たことを告げる。

 

「普通の訓練も大事ですがお互いの腕を確かめ合うのも大事なことですからね。

 それにその方が面白そうですし……コホン、それでは沖へと出ましょうか」

 

最後に余計な一言を聞いた気がしたが三人は沖へと繰り出す。

鳳翔が提督から許可を取ったついでに演習用の弾薬を補給し、

赤城と龍驤は一定の距離を取って向き合う。

波の音と海鳥達の鳴き声だけが酷く耳に残るほど静かな時間が一瞬だけ流れた。

だがそれは幻の様に掻き消される。

目にも止まらぬ速さで赤城は弓を構え、矢を番えて放つ。

閃光の如く龍驤は巻物型の艤装、飛行甲板を展開して式神を繰り出す。

お互いの矢と式神が無数の艦載機の姿を変えて、激突する。

先程までの静けさからお互いの艦載機のエンジン音や機銃の音、爆弾の音が周囲を塗り替えた。

その光景を加賀は目で追うのでやっとだった。

 

(こんな人に私は勝とうと思っていたの……!?)

 

目にも止まらない速さで攻撃を繰り出し、的確に相手の急所を狙い打つ。

まるで人間らしさとは無縁の精密機械の様な、一糸乱れぬ所作に加賀はただ戦慄した。

自分と同じ艦娘だというのに、まるで赤城のあの戦い方は純粋な兵器そのものだ。

あそこまでの境地に至るにはどれだけの修練を重ねなければならないのか想像も出来ない。

最初こそ互角の戦いをしていた龍驤だったが、徐々に赤城の艦載機に押され始めている。

 

「何ちゅう奴や……何度も打ち合うてるのに全く疲れた素振りも見せへん」

 

龍驤の艦載機が何機か赤城に肉薄するも、それでも赤城は集中力を途切れさせずに

まるで予測していたかの様に直掩機を使って艦載機をすぐに追い払ってしまう。

普通ならば自分が被弾をしないようにそちらへと多少なりとも注意を向けるのだが、

赤城はただ攻めることだけに集中をしている様にしか龍驤には見えなかった。

ふと赤城の背後に大蛇の如き気迫と鋭い殺意のような覇気を龍驤は感じ取る。

やがて龍驤の動きに疲れが見え始めて、段々と龍驤の攻撃機はその数を減らして行く。

赤城の攻撃機が龍驤の周囲を取り囲み始めると、鳳翔から止めの一言が掛かる。

 

「怪我をして入渠することになったらこの後の訓練が出来ませんし、此処までですね」

「……完敗や。君の実力は嫌というほどわかったで」

「龍驤さんも中々のものでしたよ。攻撃機を撃墜されない様に良く編隊がされていました」

「よう言うわ。最後の方なんてその編隊も殆どズタズタにされてしもうたしな」

「お二人とも戦い方に関して言えばまだまだな所もありますね。

 まずは龍驤さん、艦載機を大切にすることは結構ですが決定打に欠けているのは否めません。

 次に赤城さん、攻めの一辺倒で余り自分自身の周囲への注意力がなっていませんでしたよ」

 

鳳翔が赤城の裾を指差すと、龍驤の艦載機の攻撃で一部が焦げていた。

 

「今回は演習ということでこの程度で済みましたが、

 これが実戦でしたらその右腕は吹き飛んでますよ?」

「はい、まだまだ至らない部分があって申し訳ありません」

「直掩機を使っての防御はしていましたが、

 被弾を防げないのでしたらしてないも同然でしたね」

 

鳳翔は笑顔でズバズバと駄目出しをして来るので、普通に怒られるよりも堪える場合がある。

それでも平然とその駄目出しを受け入れられるのは赤城ぐらいのものだった。

 

「さて、ウォーミングアップも終わりましたので

 今から回避訓練と艦載機による迎撃訓練を行います。

 三人居ますし此方は少し本気を出して空襲しますので気張って下さいね」

(今までのあれでも本気では無かったのね……)

 

何度も気絶寸前まで続けたあの鬼の様な訓練よりも激しいと言うのだから加賀は気が滅入る。

 

「勿論、貴方達は僚艦なのですからお互いに助け合っても良いですからね」

 

加賀達には艦載機がある。

それで協力をして鳳翔からの猛攻を防ぎつつ、反撃もしなければならない。

今まで加賀と赤城の二人では一度も鳳翔に攻撃を当てる事は出来なかった。

だが今回は新人とは言え、龍驤が入って三人となるので好機と言える。

筈だった。

 

(今まで連携らしい連携が出来たことがなかったわね……)

 

赤城の艦載機の運用に加賀が追い付いて行けていない部分があり、連携が成功したことはない。

それに今回は初対面の龍驤もいる。連携が成功するとは到底思えなかった。

加賀がそうこう考えている内に赤城は先手必勝と鳳翔に艦載機を放つ。

鳳翔もまた目にも止まらぬ早さでいつの間にか艦載機を展開して、赤城のそれを迎え撃った。

赤城の艦載機だけでは鳳翔に届かない事はここ数日の間に分かったことだ。

それでも赤城はただ攻撃に集中している。

まるで自分の背中を守れとでも言われているようで、加賀は面白くなかった。

加賀も負けまいと艦載機を繰り出し、龍驤もそれに倣って発艦させる。

三人の航空隊は連携を取ることもせず、各々のやり方で鳳翔へと襲い掛かる。

奇しくも三方向からの同時攻撃が成立したのだが、鳳翔は敢えて攻撃隊を一方向に集中させる。

そこは赤城の航空隊が進軍してくる方向で、鳳翔の攻撃隊と艦戦隊はそこを突破した。

鳳翔の艦載機はまっすぐに赤城へと向かい、彼女への爆撃を開始する。

加賀は少々迷ったが自分の直掩隊を赤城の救援に充てることを決意、

それは龍驤も同じで鳳翔の艦載機を徐々に包囲する形になった。

その動きを見て鳳翔の艦載機は攻撃の手を緩めてすぐに離脱を開始する。

 

「流石は鳳翔さん、引き際を弁えとるけどちょっち遅かったなぁ!!」

 

龍驤の言う通り、鳳翔の艦載機は加賀隊、龍驤隊と赤城隊の三方向からの包囲で混戦になる。

一方の鳳翔本人に向かっていた艦載機は鳳翔の直掩隊との戦闘を開始していた。

鳳翔の直掩隊の練度は非常に高く、三人掛かりの数の優勢によってやっと対抗出来るレベルだ。

何時の間にか、三人の中でぎこちないながらも連携をすることが出来るようになっていた。

赤城に対抗心を燃やしている加賀だけでは不可能だっただろうが、

龍驤という緩衝材が変化を齎したのだろう。

その様子に鳳翔は毅然とした真剣な表情を一瞬だけ綻ばせる。

だが素直に華を持たせる気など毛頭なく、すぐに何時のも訓練時に見せる厳しい表情に戻る。

鳳翔の直掩隊の予期せぬ奮闘ぶりに徐々に三人の意識はそちらに向いていた。

その隙を逃すほど鳳翔は甘くは無かった。

 

「……ッ!!赤城さん!直上!!」

 

何時の間にか包囲を突破していた鳳翔の爆撃隊が赤城の遥か上空から襲い掛かる。

それに気づいた加賀は、自分でも不可解ながらも赤城の元へと駆け出し、彼女を突き飛ばした。

自分のすぐ傍に黒い塊が降りて来た瞬間がスローモーションの様に見え、爆ぜて意識が遠のく。

暗転した視界の外から、赤城の声が聞こえた気がしたが何を言っているのか加賀には分からない。

 

 

 

次に加賀の目が覚めたのは入渠ドックの中の事だった。

隣を見ると、自分と同じくドック入りをしている赤城の姿がそこにあった。

自分が此処にいる経緯を思い出し、結局捨て身の行動を取っても赤城を守れなかったと落胆する。

 

(どうして赤城さんがドック入りしたことに落胆しなければならないの……?)

 

 

などと自分の気持ちに戸惑っていると、赤城と目が合う。

 

「おはようございます。加賀さん」

「おはよう……ございます」

 

暫く沈黙が入渠ドック内に流れる。あの後の訓練はどうなってしまったのか?

加賀はそれが気になるのだが、赤城を庇ったあの瞬間を思い出して声を掛けづらい。

俯いて、水面に移る自分の顔と睨めっこをしていると赤城から口を開く。

 

「あの後なんですがごめんなさい。結局鳳翔さんには勝てませんでした」

「そう……それは残念だわ」

 

また重苦しい沈黙が二人の間に横たわる。

今度も口を開いたのは赤城の方だった。

 

「ごめんなさい。私の為に加賀さんが負傷をしてしまうだなんて」

「それは……」

「加賀さんは以前に言っていました。私の事が苦手だと、それなのに……」

「勘違いしないで頂戴。個人の好き嫌いは兎も角として私と貴女は同僚なのよ。

 以前の貴女は同僚なのだから助け合うのが良いと言った筈よ」

 

加賀にそう言われた赤城は、少々驚いた様子を見せて嘗て自分がそう言った事を思い出した。

それから少しだけ微笑んだ様に加賀には見えた。

 

「そうでしたね、では訂正します。加賀さんありがとう」

「次は鳳翔さんに一矢報いれる様に精進しましょう」

「ええ、勿論龍驤さんとも一緒に」

 

と、自分のもう一方の隣のドックで隠れるようにして入渠していた龍驤にも声を掛ける。

 

「しゃーないな、正直鳳翔さんには一人で戦いに行って勝てるビジョンが全く見えへんし」

「その……改めて宜しく、龍驤」

 

加賀が遠慮がちにそう言うと今度は赤城だけでなく龍驤まで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。

 

「なんや、自分そんな顔も出来るんやねぇ」

「え?」

「何でもあれへん、これからよろしゅうな。加賀」

 

 

 

入渠が終わり、龍驤の提案で三人で呑みに行くことになった。

この頃の呉鎮守府にはまだ鳳翔さんの居酒屋は無く、間宮の食堂があるのみだった。

間宮の食堂は料理は確かに美味しいのだが、そこまでお酒の種類は置いてはおらず

お酒を嗜んでいる艦娘に不満が無いと言えば嘘になる。

幸い、加賀も赤城もお酒を呑むのは初めてのことなのでその辺は何の関係もなかった。

 

「という訳で!三人の親睦を深めにかんぱーい!」

「かんぱーい」

「乾杯……」

 

それぞれが運ばれて来たジョッキに口を付ける。

初めて酒を呑んだ加賀と赤城はその喉が焼ける様な独特な感覚に少々驚く。

だが少しして体の芯から温まり、心地よい浮遊感に開放的な気分にさせられる。

 

「これがお酒というものなんですね、初めて呑みましたが美味しいです」

「貴女は口に入れた物は片っ端から美味しいと言うわね……」

「仕方ありませんよ、まだまだ私の知らない美味しい物が沢山あるんですから」

「まぁ、私達はまだ艦娘になって日が浅いですしね。

 ところで龍驤、さっきからずっと黙っているけれどもどうかしたの?」

 

龍驤を見ると、既にジョッキの半分以上を呑み下している。

そのペースの早さに加賀は驚いたが、龍驤の様子は明らかに可笑しかった。

 

「んあ?ちゃんと聞ぃとるで~……」

「龍驤、貴女顔が真っ赤よ?風邪でも引いたの?」

「風邪ぇ?そうかもしれんなー、何だか体の芯から熱ぅなんてしもたわ」

「それならすぐに寮に戻った方が」

「アホォ!まだ親睦会は始まったばっかやで?ウチの事はええからもっと呑まんかい!」

 

龍驤は明らかに酔っ払っていた。

だが飲酒が初めての二人にはこの龍驤の変貌ぶりの意味が分からずに戸惑う。

兎に角、龍驤の言うことに逆らうと面倒そうなので二人もぐいぐいとビールを呑み始める。

 

「何だか……凄く眠くなってしまいました」

「奇遇ですね、私も段々と意識が……」

 

赤城も加賀も既に真っ赤になって先程の浮遊感は心地よいものを通り越し、

まるで海の上にいるように体が揺れる錯覚を起こす。

ふと、加賀が龍驤の方を見やると既に彼女は酔い潰れて眠ってしまっていた。

 

「赤城さん……帰りましょう」

「そうですね、お会計を済ませて来ますから龍驤さんはお願いします」

 

小柄な龍驤を背負った加賀と赤城はその晩は大人しく空母寮へと戻る。

 

「龍驤、貴女の部屋よ。鍵を出しなさい」

「んー……ウチの酒が飲めんのかー……」

「赤城さん、鍵を探してくれると助かるのだけれど」

 

もはや龍驤は完全に酔い潰れてしまい頼りにならない。

赤城は龍驤の懐から鍵を見つけ出して彼女の部屋の扉を開ける。

幸いなことに布団は敷きっぱなしだったので龍驤を布団に寝かして静かに部屋を立ち去った。

二人が自室に戻る頃には、折角入渠して取れた疲労感がすっかりと体に戻ってしまっていた。

どちらからともなく、布団の用意をして眠りに就こうと潜り込む。

 

「おやすみなさい、加賀さん」

「……おやすみなさい、赤城さん」

 

酒を呑んだからか、眠りに落ちるのはとてもスムーズだった。

目を閉じれば、波間に浮かぶ船の如き感覚が蘇り何処か懐かしさを感じつつ微睡の深くに落ちる。



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一航戦結成

更新の間が空いてしまって本当に申し訳ない


翌日、龍驤を交えての猛特訓が開始され段々と三人は息の合った連携を取れる様になった。

だが鳳翔もそれに合わせて少しずつ本気を出す様になり、中々彼女から一本を取る事が出来なかった。

何度か惜しい所まではいった時もあったが、常に鳳翔が上を行ってしまう。

そんな三人に、とうとう初出撃の機会が訪れる。

作戦内容の説明が提督から直々に三人と鳳翔に説明された。

 

「本日より貴艦らを正式に第一航空戦隊、通称『一航戦』に任命する」

「一航戦……」

 

嘗ての大戦で勇名を馳せた航空戦隊、それを拝命した加賀は身が引き締まる。

提督もまた自分の鎮守府で航空戦力が整った事に思う所がある様子だ。

 

「作戦内容としては沖ノ島海域にいる敵航空戦力の無力化を狙いたい。

 そこを叩けば敵の通商作戦にも大きな打撃を与える事が出来るだろう」

 

沖ノ島海域のある南西諸島海域は物資が豊富な海域だ。

元々は人類の生命線とも言える場所だったが現在では深海棲艦が跋扈する海域となっている。

敵も物資が豊富であることを知っているらしく、輸送を行っているらしい。

その輸送部隊が何処へ物資を運んでいるのかは潜水艦隊が目下捜索中との事だ。

初めての出撃という事で加賀は緊張を感じる。

これまでの訓練は過酷なものだったが、鳳翔という絶対的な監督のいる訓練だ。

この作戦は実戦であり、絶対的な庇護者もいない自分の身は自分で守る死の世界との境目。

あの大戦では足を引っ張る事もあったが、今度こそは最後まで戦い抜く覚悟を決める。

ふと、自分の隣にいる赤城の様子が気になって加賀は彼女を見つめる。

赤城は平然としておりその表情からは普段と特に変わりのない様子にしか見えない。

緊張感が無い、というよりも普段から彼女はこうした自然体でありながら自然体ではなかった。

それはまだ短い付き合いながらも常に行動を共にして来た加賀には分かりきっていた事だった。

 

「加賀さん、緊張していますか?」

「ええ、貴女は普段通りみたいですけどね」

「そんな事はありませんよ。これでもいつもよりちょっと緊張はしています。

 食欲も今ならご飯五杯までしか喉を通ら無さそうです」

 

ちなみにいつもの赤城ならばご飯は八杯までは食べられる。丼で。

 

「初陣でそれなら十分なのではなくて?」

 

少々お気楽な相方の態度に加賀は少しだけ頭を痛める。

だが、このやりとりで緊張が解れたのを考えると、態とそう言ったのではないかとさえ思えた。

龍驤も同じ気持ちだったらしく、強張った表情から少々柔和な表情に変わっている。

 

「兎に角、ウチらの初陣が決まったわけや!キミらも気合入れてやるんやで!」

「そうですね、初陣なのですから提督や鳳翔さんの期待に応えないといけませんね」

 

実際、加賀ら三人に対する提督と鳳翔のいや鎮守府全体の期待はとても大きい。

これまでの恩義に報いる為にも、作戦を大成功に導くことが加賀らの使命となった。

 

「気合を入れてくれた様で何より。作戦は三日後、それまでに体調をベストな状態に整えておけ

 『貴艦』らの奮闘に心より期待する」

 

提督は大仰な執務机から立ち上がり、三人に向けて敬礼をする。

三人もまた敬礼を返して、執務室を後にした。

 

「しっかし、体調をベストになるまで整えるっちゅーと何をしたらええんやろね」

「私は美味しいご飯があればそれだけでベストなのですが……」

「そんなん君くらいのもんやで。加賀はどうなん?」

「私は……間宮さんのアイスクリームがあれば」

 

加賀はやや躊躇って、恥ずかしがるように声を絞り出す。

 

「ああ、そういやキミ甘いもん大好きやったね……

 ほんなら今日は間宮さんのとこで出撃前の景気づけに食べに行こか」

「龍驤さんの奢りですか!?」

「何でや!確かにウチが誘ったけれども君の胃袋を一杯に出来る持ち合わせなんてないで!!」

「残念だわ、好きなだけ間宮さんのアイスクリームが食べれると思ったのに」

「加賀まで悪ノリしおって……」

 

初陣前の緊張感が良い具合に解れた三人はその後、いつもの様に訓練を行いその日を迎える。

初めての戦場は南西諸島、沖ノ島海域。敵機動部隊と輸送部隊が跋扈する海域だ。

僚艦には響、暁、金剛の三人が空母三人組の護衛として編入されている。

三人ともこの鎮守府の初期からいる古参中の古参で特に響は旗艦経験が何度もある歴戦の猛者だ。

また機動部隊までの露払いとして秘書艦である電率いる水雷戦隊が先行して海域を進んでいる。

 

「もうすぐ別動隊の電達から連絡がある筈なんだけれども」

 

やや不安そうに暁が呟く。

前衛艦隊のお陰で此方への攻撃は非常に少なく、行く先々には深海棲艦の残骸が漂流している。

 

「信じて待とう。電と雷なら何も問題は無いよ」

 

姉の暁とは対照的に旗艦の響は冷静に航路を進む。

暁も響がそう言うなら、と今は納得して前に進む事を選んだ。

やがて、深海棲艦の残骸が一層多く漂う場所までやって来ると響の無線に反応があった。

 

「響ちゃん、此方第一水雷戦隊なのです」

「此方第一航空艦隊だよ。首尾は?」

「敵の主力艦隊を捕捉したのです。

 電達もこのまま加勢に入りたいところなのですが、中破艦が続出ですので帰投します。

 後の事は響ちゃん達に任せるのです」

「了解した、私に言われるまでも無いとは思うけど帰路の警戒を厳とせよ」

 

了解、と電の返答を聞いてから響は加賀達にも状況の説明をする。

この先にこの作戦の成否を別ける敵主力機動部隊がいる。

加賀は初めての実戦を前に体に寒気を覚えた。

小刻みに腕の先が震える。

寒さは感じない、これはどういった震えなのかこの時の加賀には分からなかった。

 

「では第一航空艦隊、突撃」

 

静かに響が言い放つと艦隊は速度を上げて海上を進む。

十分に加速した後から加賀達は艦載機を発艦させる。

 

 

 

 

(訓練通りにやれば大丈夫……)

 

実弾を搭載した艦載機の矢は、訓練で使うものよりも酷く重く感じた。

矢は一直線に青空を切り裂いて飛び、渡り鳥の様な姿になって

雄々しく空を飛んで行く。

初めて、艦載機を飛ばした時の事を想起した。

練習用の矢ではなく、本物の艦載機を飛ばしたあの時は

ただただ嬉しさと達成感がこの胸に沸き上がった。

だが今は本物の戦場、そこで初めて艦載機を飛ばしたこの瞬間から

私は遠い記憶の世界からこの戦場へと舞い戻って来たのだと実感する。

そこからの記憶は曖昧だった。

初めての実戦は訓練とは別物で、状況に翻弄されながらも自分の役目を務めるので精一杯だった。

 

「加賀ぁ!もうちょい自分の方を守らせんと被弾するで!!」

「くっ……わかっているわ」

 

だが既に敵の艦載機に囲まれた状態だった。

響も暁も上空の艦載機の撃墜に専念しているが、どうしても敵の数が多い。

 

「Oh……多勢に無勢デース」

 

金剛は敵の戦艦とタイマンでの撃ち合いに縺れ込まれて、此方への掩護は期待出来そうもない。

このままでは此方の艦載機は徐々に磨り潰されてしまい、制空権を維持出来なくなる。

その時だった

 

「沈メ……」

 

鋭く、凍てつく殺意と共に発せられたのは呪詛の様な言葉。

その声の主は相対する者ではなく、私の隣に立つ同胞の言葉だった。

思わず弓を向けそうになったが、声のした方を見るとまるで能面の様に無表情の赤城さんが居た。

能面の様とはまさに言葉通りで、敵意や殺意を巧妙に隠すが如くその表情には何も浮かばない。

それが、私には心底恐ろしかった。

この人には憎悪も赫怒も無く、ただただ純粋に殺意のみを敵に叩き付けている。

感情というものが、無いのではないか、と。

通常ならば敵というものへの憎悪や怒りが最初の原動力となるだろう。

だが赤城さんにはそれがない、提督が、大本営が敵だと言えば赤城さんにとっての敵となる。

そこには赤城さんの個人的な意思も感情も関係ない、正しく彼女は純粋な『兵器』なのだ。

通常ならば感情を持つ『人間』に近いとされる艦娘でありながら、

彼女は感情を全く出さず『兵器』にとても近い存在だと改めて認識した。

 

 

 

私が戦場で初めて恐怖を感じたのは敵からの攻撃ではなく、相棒のその在り方だった。

 

 

 

第一航空艦隊は赤城や響、金剛の活躍により敵機動部隊を見事撃破することに一応成功した。

敵の空母を大破まで追い込めたとは言え、取り逃がしてしまったのは痛手だが

南西諸島海域の敵の輸送ルートはこれで潰えたも同然だった。

これには提督も大変喜んだ様で、

豊富な資源を採取できる南西諸島の輸送ルートの構築に喜々として取り組んでいる。

戦勝ムードで沸く鎮守府の食堂では、作戦に参加した艦娘達で宴会が行われていた。

殆どの艦娘が明るく飲み食いをしている中で加賀は浮かない表情をしている。

 

「加賀、どうしたん?初陣で作戦成功させたんやで?もっと楽しまなアカンで」

 

とすっかり出来上がっている龍驤が絡んでくる。

 

「龍驤、貴女から見て赤城さんはどう映ったのかしら?」

「赤城か……そらあの状態の赤城には薄ら寒さを覚えたで」

 

酔いが覚めたかの様に、龍驤も神妙な面持ちになる。

 

「なら私は貴女の目にはどう映ったのかしら?」

「加賀、加賀は…………」

 

考え込む様に、それでも適切な言葉が思い浮かばない様子で龍驤は押し黙る。

 

「龍驤、私は今日初陣を終えてやっと人間の言う『感情』という物を理解出来たわ」

 

その胸にあるしこりの様な物、それは赤城への恐怖や嫉妬であると

はっきりと加賀はその時に認識した。

この黒い心の渦こそが、自分を『人間』に近い艦娘たらしめている事にも。

周囲の祝いの喧騒もその渦に呑み込まれていく様に、加賀の耳には入らなかった。

 

 

 

宴会も終わり、加賀と赤城は寮の自室へと戻る。

赤城は宴会でもいつもと変わらずに大いに食べて飲んで、満喫していた。

対照的に加賀は戦勝ムードに置いて行かれた状態で楽しんだとは言えない。

寝る支度を整えていると、赤城がずっと自分の様子を見ていることに加賀は気付く。

 

「どうかしたの?」

「いいえ、加賀さんが心なしか塞ぎ込んでいる様に見えましたので」

「……そうね、正直言うと私は貴女を妬ましく思っているわ」

「…………」

「私と貴女は同じ日に着任した。それなのに貴女はいつも私の先を飛び越えてしまう。

 本当に妬ましい。けれどもそれは間違いなのもわかっています。

 貴女を妬むよりもまずは自分の技量を磨かなければ」

「私は加賀さんは間違っていないと思います」

「え?」

 

思いがけない言葉に加賀はきょとんとする。

 

「私が加賀さんの立場でしたら、私も加賀さんの事を意識してしまうと思います。

 一人だけで鍛錬をしていてもそれはただの自己満足、

 自分の隣に立つ人が居てこそ強くなった事を実感出来るんです。

 だから隣の人が気になってしまうのは加賀さんだけじゃないんですよ」

 

と最後に少々悪戯っぽく赤城は微笑んだ。

やはりこの人には敵わない、こんな黒い感情までもこうして受け入れた上で

完膚なきまでに叩き伏せてしまうのだから。

照れ臭いのか、赤城は布団に頭まで潜り込んでいつもの挨拶を交わす。

 

「おやすみなさい、加賀さん」

「おやすみなさい、赤城さん」

 

この黒い心のしこりはまだ消えないが、それでも前向きになろうと決意して加賀も就寝する。

自分の隣に立つ人がいる事の幸せを噛み締めながら。




とりあえず言い訳は活動報告にて


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不透明な瞳

初陣が終わってからすぐの事だった。

前回の作戦の成功からか、呉鎮守府は新たに正規空母二隻が編入されることとなった。

つまり加賀と赤城にとって後輩と呼べる存在が出来るという事だった。

呉鎮守府においてはまだ新参だった加賀と赤城だが自分たちの直接の後輩が出来るというのは

実感の沸かない、とても不思議な出来事の様に思えた。

 

「まだまだ自分の腕前に納得が出来ていないのだけれども」

「そういうものです。私だってまだまだ自分の腕前に納得はしていませんから」

 

自分達よりも遥かに格上の鳳翔にそんな事を言われてしまっては加賀も何も言えない。

 

「加賀さん達を教えることで私も成長をしていると実感しています。

 なので後輩が出来るという事は新たに成長できるチャンスであると前向きに捉えて下さいね」

「成程、確かに人に何かを教えるっちゅーのは自分の中で整理出来る事でもあるからなぁ」

 

うんうんと龍驤は一人納得している。

そういうものなのかと加賀は訝しんでいるが、赤城は鳳翔がそう言うならと納得していた。

それは兎も角、加賀は鳳翔に相談したいことを思い出す。

 

「ところで鳳翔さん、稽古が終わったらお話があるのですが」

「わかりました。ただ今日の稽古も厳しいのでお話が出来る気力があったら聞いてあげますね」

 

笑顔でさらっと怖い事を言われて加賀は冷や汗をかく。

これは稽古中は稽古に集中しないと、どんな扱きを受けるかわかったものではない。

当然の如く鳳翔の稽古は厳しく、また失神寸前まで海上を東奔西走する事となった。

 

 

 

「それで、改まってお話というのは何でしょうか?」

「はい……それは……ですね」

 

ゆっくりと呼吸を整えながら加賀は言葉を喉から絞り出す。

覚悟していたが、先ほどの稽古では中々集中が出来ずに鳳翔に思いっ切り扱かれてしまった。

稽古の後で空母寮にある鳳翔の自室に加賀はやって来ていた。

鳳翔の自室は綺麗に整理と掃除が行き届いており、寛ぐよりも身が引き締まる雰囲気だ。

二人分のお茶を淹れた鳳翔が机を挟んで加賀の対面に座ると、加賀は口火を切る。

 

「鳳翔さんは、私達艦娘に『感情』があることはご存知ですよね?」

 

一つ大きな呼吸をして加賀は漸く落ち着いきを取り戻す。

鳳翔は加賀の言葉に、少し真剣な表情をした。

 

「ええ、それが私達艦娘が艦娘たる所以であると一般的には言われています。

 加賀さんもとうとう『感情』というものを認識することが出来たんですね」

「はい。ですが私の感じたモノは赤城さんへの恐怖と嫉妬でした」

「ふむ……」

 

柔和な普段の鳳翔の表情はなく、やや心配そうに加賀を見つめ返していた。

 

「私はそこまで『感情』について詳しくはないのですが、

 一般的には悪徳とされる『感情』の一つであることはわかります。

 こんな私が本当に赤城さんの隣に立って戦うことが出来るのかが不安なんです」

「加賀さんは赤城さんを邪魔者であると考えているのですか?」

「え?」

「貴女が赤城さんを妬むその気持ちは、

 いっそのこと赤城さんさえ居なければと考えているのかと」

 

加賀はそんな事を考えた事もなかった。

確かに赤城という規格外の存在に頭を悩ませる事は多々あった。

だが、最初から赤城さえ居なければという考えに至ったことは一度もない。

 

「いいえ、そんな風に考えたこともありませんでした」

「それなら貴女が言う程、その感情は悪徳とは言えないと思いますよ」

「そうでしょうか……」

「あと加賀さんの言う通り、感情には美徳だけではなく悪徳も含まれています。

 けれどもそれもまた捉え方次第です。物事は多角的に見ることで違う意味合いになるもの。

 だからこそ私達艦娘は人間の様に複雑で『兵器』とは違う存在だと定義出来ます」

 

成程と加賀も相槌を打つ。

確かに兵器であるのならば、こんな事で悩むことはまず無いだろう。

 

「ですから余りそこまで気にする必要はないと思います。

 私から言わせれば加賀さんのその気持ちは、健全な範疇にありますよ」

「不躾かもしれませんけれども、鳳翔さんも感情について悩んだ事はありますか」

「そうですね、昔の話しですけれども横須賀に居た頃には結構悩んだりもしましたね」

 

鳳翔が実は呉所属ではなく、横須賀の所属であることは加賀も聞いたことがある。

そんな感情に振り回されていた頃の鳳翔を、加賀は想像することが出来なかった。

 

「いつかは自分の感情をコントロールする事が出来るようになります。

 それまでは上手にそれと付き合う事が大切なんですよ」

「わかりました。お話しを聞いて頂いてありがとうございます」

「鍛錬の後で良ければ、また悩みがあったら打ち明けて下さいね」

 

少々引き攣った顔で加賀は返事をすると鳳翔の自室を後にした。

鳳翔にはそこまで気に病む事は無いと言われたが、それでも加賀はそれを意識してしまう。

まだ加賀はそこまで自身の気持ちの整理が上手く出来なかった。

表面上は上手く取り繕う事が出来ても、心の奥底ではどうしても赤城を意識する。

どうしようもない気持ちをぶつけることも出来ずに悶々とする日々だった。

そんなある日、新しい正規空母が着任すると提督から聞かされる。

とうとう自分達に後輩が出来ると龍驤は喜んでいたが、まだまだ一人前と呼べるかも分からない

自分達に後輩が出来てしまっても大丈夫なのだろうか、という不安が加賀の頭を過る。

龍驤が遠征に行っている間、加賀と赤城が射場で射掛けの稽古をしていると

鳳翔と見知らぬとても丈の短い袴に似たスカートを付けた艦娘がやって来た。

 

「お二人とも、此方が本日付けで配属された新しい正規空母の二人です」

 

鳳翔に促されて、碧色の服を来た艦娘から自己紹介をする。

 

「初めまして蒼龍です」

「同じく飛龍!本日付で着任しました!」

 

溌剌とした名乗りを上げたのは橙色の服を来た艦娘だ。

二人は鳳翔の話しによると第二航空艦隊を結成する為に着任したという。

 

「同じ艦隊で戦うことは余りないかもしれないですが、稽古は一緒に受けて貰いますね」

「わかりました!早速何からするんですか!?」

「まずはそうですね、射掛けの練習をして貰いましょうか」

「はい、宜しくお願いします」

 

鳳翔さんは新人二人の教育に付き添う事になり、少しだけ加賀は二人へ同情する。

あの鳳翔が新人だからと鍛錬の手を抜くとは到底思えないからだ。

実際、二人の射掛けはまだまだ荒削りで鳳翔はその様子を事細かに観察をしている。

一通り射掛けが終わってから駄目出しをするのだろう、と加賀は当たりを付ける。

人の事を気にしてばかりいてはいけないと加賀は目の前の事に集中する。

その目線の先には的があるが、まだ皆中を出していない。

どうしても隣に立つ赤城の事が気になってしまっていた。

当の赤城はいつも通り皆中を何度も叩き出しており、その精密な機械の様な所作に迷いはない。

雑念を振り払う様に頭を振り、再び集中して矢を番える。

頭の中から赤城の事を放り出し、ただ無心になろうと努めるが却ってそれが意識させてしまう。

結局のところ、加賀が本日皆中を出せたのは1回だけだった。

いつもの調子ならば難しくないが、あの初陣が過ぎてからどうも調子が悪い。

 

 

 

加賀が悶々としながらも半月が過ぎた頃、二航戦の二人の初陣がやって来た。

飛龍も蒼龍も緊張した面持ちだがまっすぐ前だけを見ていた。

やがて敵艦隊と接敵、僚艦との連携で追い詰め徐々に敵は後退を始めるところだった。

夜戦に入る前に殲滅する段階へと移行、分かりやすい戦果として二人に追撃の命令が出た。

二人の艦載機が猛禽の如く、敵の戦艦級へと襲い掛かる。

敵戦艦は既に対空装備すらも損傷しており、成す統べなく逃げ惑うだけだった。

この状況に思う所があるかもしれない、だがこれは命を懸けた戦いだ。

敵は倒せる内に倒すのが戦いの習いだろう。ましてや相手は意志の疎通も叶わない深海棲艦だ。

ならばこうする事は仕方の無い事だと、飛龍は自らに言い聞かせていた。

だが自分の隣に立つ相棒はそうではなかった。

この事態を心の底から愉しんでいる。いや、体中を駆け巡る衝動に身悶えているのだ。

 

「ねぇ、飛龍」

 

ほんのりと上気した、恍惚な表情で蠱惑的に蒼龍は相棒の名を呼ぶ。

 

「やっぱり敵を殺すのって愉しいよね」

 

他の僚艦はその蒼龍の言葉に凍り付いていた。

普通の人間らしい感覚を持つ者ならば、彼女のこの言動に恐怖を感じるのだろう。

だが飛龍は違っていた。

 

― 綺麗 ―

 

爆炎と水飛沫を背景に、恍惚の表情を浮かべる相棒の姿に心底見惚れていたのだ。

彼女のその表情が、この世界にこの姿で顕現してからまだ日が浅いが

それでも今後これ以上に美しい物に出会う事はないだろうと断言できる、その笑顔が

飛龍にとって最も尊く、最も蔑むものだったのだ

 

二人の初陣に加賀は我が事のように緊張を覚えている。

自分達の後輩がどれだけの活躍をするのか、今回の戦いで心が折れてしまわないかが心配だった。

そんな加賀の心配を余所に赤城はいつも通り、無機質な程に正確な技量で深海棲艦を次々と屠る。

ふと加賀は赤城は敵を倒すことに達成感や喜びが無いのか気になった。

 

「赤城さんは、敵を倒した時に何も感じないの?」

「何も、というと?情けとか容赦でしょうか?」

「貴女にそんな感情があるのだとしたら少し驚きだわ」

「酷いですね、私だって人並みの情けぐらいはありますよ。私を何だと思っているんですか」

 

と心外そうにやや唇を尖らせている。先程までの凛々しい姿は何処へやらだ。

 

「失礼、喜びや達成感は無いのかと気になったのよ」

 

連絡機からの蒼龍と飛龍の様子を聞いて、加賀なりに思う所があったからこその問いかけだった。

あの二人がそういう意味でモチベーションを維持するのだとしたら、

赤城はどうやっているのだろうか?

 

「そうですね、多分嬉しいんだとは思います。

 けれども私達が深海棲艦を殺すことは当たり前の事です。

 当たり前の事をやっているだけで、これに対して特別な感情は何一つもないのですよ。

 例えるのなら今日の夕方に楽しい晩御飯を終えた後にお風呂に入る、これと同じです」

「当たり前の事、ね」

「ええ、私達は幾ら人間と同じ肉体を得たとしても、その本質は兵器ですからね。

 確かに人間らしく振る舞う事は大事かもしれないですが、

 私はそれで自分の本質から目を背けることはしません。

 この身が朽ち果てるか相手が絶滅するまで深海棲艦を殺します」

 

これはこれで、恐ろしい事をさらっと赤城は言っているのかもしれない。

だが加賀は赤城が言っている事は正しいと感じている。

自分もまた兵器であって、ただの人間とは違うのだという意識が何処かで揺らいでいた。

それに気づかせてくれたので、この問いかけに意味はあったのだ。

 

「なら、貴女が出来るだけ長く多くの深海棲艦を狩れるように私も微力ながら力添えします」

「わかりました。虎に翼とはこの事ですね」

 

ふと、自然と目が合ってお互いに笑っている事に気付く。

こんな風に会話をしたのは初めてかもしれない。

改めて二人は一航戦としての絆を深め、それ以来加賀の戦績も好調になった。

 

 

 

そこから更に2か月が過ぎた頃、再び航空戦力に新たな正規空母が追加されることが決まった。

あの海戦の後、自分達の一航戦を引き継いだという二隻の正規空母との事だ。

あの大戦で劣勢の中で必死に戦い抜いた二隻、彼女達と会う事を加賀は複雑に思っていた。

夜、自室で寝る支度をしている最中にふとあの海戦で自分達が生きていればという考えが過る。

 

「加賀さん、どうしました?」

「いえ、明日配属になる新人の事を考えていました」

「私達の後を継いでくれた子達ですよね。私は楽しみです」

「そうですか、私は何だか複雑です」

「ふむ、どうしてですか?」

「一航戦は私達の称号であり誇りでもあるわ。

 私達が生きている間にそれを譲るつもりは毛頭ない」

「ふむふむ、それは私も同感ですね。

 もしも新しい子たちがそれを望むのなら、実力で奪い取って来て欲しいものですね」

「赤城さんはそれが楽しみなんですか……」

 

はい、と屈託のない笑顔で赤城は返事をする。

それぐらいの気骨がある方が頼もしいと考えているのだろう。

 

「兎に角、私はまだ一航戦を譲るつもりはありません。赤城さんもそのつもりでお願いします」

「わかりました。それではおやすみなさい、加賀さん」

「おやすみなさい、赤城さん」

 

室内灯を消し、夜の帳が降りた部屋で二人は瞳を閉じる。

その瞼の下に映し出されたのは、栄華を誇った一航戦の記憶と後悔に塗れたあの海戦だった。




凄い更新間隔が空いて申し訳ない。
去年から週末も平日もTRPG三昧で書く時間が中々取れませんでした(震え声


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