ナイトメア・オブ・ライ (兜割り)
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序章
悪夢


 

――聞こえた。

 

 

『それ』は、声を聞いた。

 

偶然だった。己に仕込まれたシステムという『個性』は己を元に製造された弟たちには備えられていないことを知り、その性能を確かめていた時、とある会話を傍受したのだ。

 

システムが傍受し拾ったのは、竜を介して伝わる人と人との会話。

 

浅く広く自身の『個性』の範囲を広げていたが一字一句、全てを拾い理解した。

『それ』はシステムが探知し続けている他の情報を拾いながらも、正確に思考することができる自分に驚きつつも要点をまとめた。

 

 

アーカディア帝国、北東の領主、アティスマータ伯が二十四日後、各地のレジスタンスを集めて蜂起。

 

近隣諸国の支援も受け、総軍七万に機竜使い(ドラグナイト)二百七機を束ね、帝都に攻め込む。

 

帝国正規軍の対策は帝都の協力者が引き受ける。

 

帝都にいる協力者は一体何者なのか。

 

声の送り主はクーデターの成功の暁には故郷の幼馴染に結婚を申し込む。

 

 

聞いた会話で重要なのは二十四日後に機竜使い二百七機がクーデター、いや『戦争』を起こす。この一点だけだった。機竜使い(ドラグナイト)二百七機、つまりは装甲機竜(ドラグライド)が二百七機。途方もない大戦力だ。

 

鋼が小刻みに震え、音が響く。

 

『それ』は脳裏でシミュレートし、描いた光景に熱を湧き上がらせていた。

『それ』は飢えていたのだ。己を更に高めるための餌食を欲していた。

 

その行為に、喜び、怒り、哀しみ、楽しみもない。ただ本能にも似た進化への執着だけがあった。ただ、何もない己にソレがあったからソレに従っているだけ。与えられた存在理由(レゾンデートル)だけが、鋼鉄の狩猟獣を衝き動かす意思。

 

暗黒の宇宙に瞬く妖星のように――黒と金の体の、赤い義眼が熱のない光を放つ。

そして、『それ』は戦争の――己の獲物たちが現れる所在を確認した。海の殺戮者たる鮫が、わずかな血臭を鋭敏に嗅ぎつける自動的生態……おぞましいばかりの貪欲さに、それは余りに酷似している。

 

拾った竜声の波長を、いつでも傍受できるよう『個性』に記録し、『それ』はいずれ起こる戦争の件を弟たち……いや、同胞たちにも伝えるために動き出した。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

世界最大の大国、アーカディア帝国。

その首都、帝都ロードガリア。

巨大な王城へと続く城下町である王都は、十七の街区にわけられ、人工密度も高い。

自給自足が可能なように、工業、農業、商業――そして軍の拠点が綿密に配置され、不思議な規則性をもって並んでいる。

数百年の歴史を持つアーカディア帝国が、その技術と財力の全てを集結させて造り上げてきた街の仕組みは最も強く、最も堅牢。

その在り方は、世界最大の国であることを寡黙に証明させていた。

そう、それ故に――

 

 

 

 

 

帝都で進行する破滅劇を、予想出来た者は誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

音があった。

 

      赤に呑まれた。

 

動きがあった。

 

      紅に呑まれた。

 

風景があった。

 

      朱に呑まれた。

 

燃えている。

 

      燃えている。

 

燃えている。

 

      燃えている

 

 

 

 

 

全ては混ざり合って――炎に呑まれた。

 

 

 

 

 

アーカディア帝国、帝都ロードガリア炎上。

後に『血濡れの革命』と名付けられるその日、視覚と聴覚、触覚を蹂躙する地獄がここにあった。

惨劇の産声は、轟音と爆炎と叫喚がもたらす三重奏。その都の中は今、余りにも明確な二色の世界に分かれていた。

 

悲鳴と沈黙。生と死。

瞬く間にまた一つの命が散り、沈黙と死を増やしていく。焼いて生まれた煙に覆われ、大地は焔と風に蹂躙される。熱い、熱いと数えきれぬほどの声色が天に向かって響く。

それに重なり呼ぶ声は、父を呼ぶもの、母を呼ぶもの、息子を呼ぶもの、娘を呼ぶもの、祖父を呼ぶもの、祖母を呼ぶものだ。

それら全てはここに揃い、しかし一切の答えは返らない。

 

破壊の権化と化した炎が、声の叫びを糧に大地を染め上げ、アカの色を噴き上げていく。

その地獄を駆ける一つの影がある。

影―――銀髪の青年は、なだれ込む人の悲鳴、肌を蝕む炎を受け止めながらも前へ前へと進んでいた。

 

 

「―――!」

 

 

叫んだ。

この惨劇に呑みこまれる人を救おうとする思いが込められた叫びだった。しかし、虚しく爆発と炎の絶叫に呑まれるだけ。

 

 

「―――!!」

 

 

再び叫ぶ。

手を口の横に当て、より大きな声で生きている者を探し続ける。しかし、それでも足らず、呑まれて消えた。

 

 

「がっ……!?」

 

 

声を張り上げることに集中のし過ぎで地面へと勢いのまま転倒する。

とっさに手を先につけたために顔は無傷だったが……。

 

 

「ぐうっ……!?」

 

 

砕けた住居からの破片、熱した地面により手は酷い有様。皮は破れ、血は滲み、熱がじわじわと染み込んでくる。

 

 

「くそ……っ!!」

 

 

少年は傷だらけの手で熱した大地を殴り付ける。涙が零れ落ち、汚れた顔を濡らしていく。少年が零す涙……痛みによるものでは決してない。

握り締めた手を見つめながら、少年の心中は己の無力さに抱いた怒りに溢れかえっていた。

周辺は治まる気配を、それどころかより激しさを増した火の粉が、肌を焼き焦がし、世界を朱に染め上げている。紅い闇を引き裂く断末魔の悲鳴。一秒ごとに濃密さを増していく死臭。この世に存在するありとあらゆる阿鼻叫喚を詰め込んだような、そこはまさに地獄の釜。赤と黒の地獄。

 

 

「ハッ――ハ――ハァッ、ハッ――――」

 

 

立ち上がり、地獄の渦中へと躍動する両足は青年の意思によって動いておらず、本能と義務によるものだった。なぜなら青年自身が、目の前の事態を誰よりも認識してはいるからだ。

そう、この地獄をもたらした原因が、そも何であるのかという認識を――。

 

 

「―――!!!」

 

 

現実に脳髄が軋み、精神は負荷で悲鳴を上げながらも生存者を探し続ける。体を蝕む炎よりも、広がり続けている地獄が青年を何よりも苦しめていた。

 

 

「―――!!!」

 

 

一秒毎に地獄を積み上げていく、悪夢そのものと呼ぶべき黒影……その正体が正しく邪悪の化身や憎むべき敵対者であったなら、葛藤に苦しむ事もなかったろう。

ほんの先刻まで生きていた人間たち。その人生と尊厳を、無慈悲に無意味に踏み潰していく悪夢は……他ならぬ、自分という存在によって誕生してしまったのだから。

牙を向き続けている悪夢、その悪夢から一人でも救うべき走るが――

 

 

「――――ッ!?」

 

 

涙で濡れていた瞳に映ったのは、瓦礫に半ば埋もれるようにして折り重なった人影だった。

二人。一人は大きく一人は小さい。女性と子供。おそらく母と子。

子供をかばうようにして抱いた女性は足を怪我しているのか、その場から動こうとしない。子供はあどけない顔を恐怖と絶望と苦痛に歪めて、口を大きく開けて泣いていた。

 

 

「――っ!」

 

 

無我夢中で二人に向かって駆けた。

後一歩、その目の前で。

轟音と衝撃が、世界を塗り潰した。

視覚と聴覚と皮膚感覚が、一体となって混濁する。

平衡感覚を強奪され、少年は地面に打ち倒されていた。

 

―――ぐちゃり

 

 

生涯で聴いた中で、最も不快な音と同時……熱く紅い飛沫が、頬にかかった。

生々しく、粘り気のあるそれが妙に現実的なのが酷く嫌だった。

それが血だと気付くには数秒の時間がかかった。しかし、少年の身には痛みはなかった。

 

 

「あ……」

 

 

自分の前に『何か』がいた。

 

 

「ああ……」

 

 

体をあらぬ方向に向けた『何か』がいた。

 

 

「あああ……」

 

 

その『何か』が何者かと気付いた時――

 

 

「ああああああああああああっ!!」

 

 

奥底に押し込めた記憶がフラッシュバックし、呼び起こされる。

かつて自分が起こしてしまった遠い日の慟哭、遠い日の後悔。

失った、あの底なしの絶望を。

 

 

「ぁ―――」

 

 

胸が締め付けられる。現実に向き合う力が抜けていく。

だらんと力が抜けた姿は糸が切れた人形だ。

痛い、苦しい、辛い。心が悲鳴を上げ、現世からの解放を願っている。現在進行形で四肢を炙る炎の痛みよりも心の痛みが激しく鮮烈だ。

もはや意識を保つことさえ限界に近い。発狂寸前の……へし折られる寸前はただただこの惨劇で死んでいく人々への謝罪で埋め尽くされた。ごめんなさい、ごめんなさいと。

後一歩、青年の心が死ぬ寸前。

 

天空には、真円を描く満月。雲一つない空に輝く月は魔的に美しく、見下ろしている大地とは正反対の世界に『それ』がいた。

月を背にして漆黒と黄金の幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)で構成された人型。人間の筋肉を模したフレームに、優美な鋼を組み合わせた外見を有する姿は、生命体と人造物の両特徴が混じり合い、独特の気配を有している。

そして、胸部装甲の内側に異様な人間がいた。

首から下に装着された黒いフルプレートの鎧、顔には紅い鳥が羽ばたくようなマークを刻んだ白いフルフェイスの仮面を身に付けている。

 

装甲機竜(ドラグライド)と思わせる姿のはずであるが、それにしても大きかった。普通のそれの二倍近い体格。頭部には獣の耳の形をしたセンサー。その巨体を浮かばせている六つの翼。

一言で言えば、異様な機竜だ。

いわゆる汎用機竜と呼ばれる三種、飛翔機竜(ワイバーン)陸戦機竜(ワイアーム)特装機竜(ドレイク)とは、全く外見が異なる。

装甲機竜(ドラグライド)の知識を持つ者が姿を見れば、汎用機竜の性能を遥かに凌ぐ希少種の装甲機竜(ドラグライド)、神装機竜と判断するが、その正体は全く違う。

異界の技術によって作られた兵器がこの世界の技術と融合して生まれた物だ。

 

考えてみれば当たり前の発想だと青年は得心した。

あれらは装甲機竜(ドラグライド)を求めている。装甲機竜がその性能を発揮するのは戦場だ。反乱という戦争の舞台に上がらないわけがない。

何故、反乱が行われるのを知り得たことにも、納得した。天に浮かぶ者――『ガウェイン』に備えられたドルイドシステムの力があれば、竜声の傍受も容易い。いや、『蜃気楼』かもしれない。

 

だが、そんなことはどうでもよかった。

元凶。

元凶がいる。

この状況を生み出した元凶がここにいる!!!

立ち上がった。

火傷が猛痛を放った。身動きすれば苦痛が呼ばれる。一歩進むたび、膝が折れそうになる。瞬きするたびに意識を闇に沈めそうになる。

だが、それでも青年は動いた

素晴らしい。憎悪こそが力。

こんなにも憎いから立てる。

こんなにも憎いから動ける。

愛情が人の心を感動させるのならば。憎悪に浸ることもまた、この上ない感情ならば。

この殺意こそが至福だっっ!!

怨敵の元へと青年は駆けていく。

その目に溢れていた涙は止まり、口は縫い付けられたように閉じられ、表情は鋼鉄へと変貌していた。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

天に浮かぶ――《ガウェイン》の紅い双眸が光を放つ。

それが合図となったのか帝都の絶叫はより激しさを増した。

すなわち、事態は一向に好転の兆しを見せず。地獄を作り出した元凶の手で、ここからさらに破滅的な絶望を演じるのだった。

まず、生まれたのは焼き尽くす暴風と熱波。積木のように粉砕される半壊した建造物群。二体の影を発生源に同心円状へ広がる衝撃。狂乱する死を引っさげて禍の到来を告げた。

 

襲い掛かる光線――射線上にあった全ての物質が、赤と黒に包まれて消滅する。

 

振り払われる双剣――音を置き去りにした刃が獲物を捌き、刺身へと変える。

 

ばらばらと、バラバラと――降り注ぐのは死体の雨。

血と内臓と肉片の混合物をまき散らしながら、悠々とそれを浴びて進撃する奇怪な影が炎に映る。

それは鋼鉄の騎士を模した二体の怪物。

ありったけの災禍を纏う怪物が、己の性能を見せつけながら姿を現した。

姿形は空中に浮かぶ、《ガウェイン》と似ていたがカラーリングは灰色で、顔面部には四つの赤い光点がはめ込まれていた。そして、個性として一体が手に双剣を持ち、もう一体は両腕に砲口が備えられていた。

そんな渦中で、男は一匹の虫だった。生物として己の上位たる存在にただ踏み潰される存在として。

 

 

「お……あぁ……ッ」

 

 

裂けるほど見開かれた眼球には、燃え盛る炎が映し出されている。それよりもなお紅く生々しい、地面と壁一面に飛び散る色彩もまた。

男――アティスマータ伯は、正気を失った人間のように、天へ向かって問い掛けた。

その姿は死に体といってよく。身に纏っていた機竜は原型を留めていないほどに破壊され、装甲の破片が脇腹に深々と突き刺さっていた。

火傷に蝕まれ続ける腕を伸ばして、震えながらただ一心に、哀切を籠めて声を絞り出す。

 

 

「何故だ……何故こんなことに。我々の行いは……この惨劇を産むためのものでしかなかったのか……!?」

 

 

この国を救おうと立ち上がったのだ。如何なる犠牲を出してでも諦めることはしないと誓って、実際そうした。

そう、したのだ。帝国に人質として連れ去られた娘のことを顧みずにこの反乱を行った。

だが目の前の現実は、まるでその考えを嘲笑うように存在していた。

 

荒れ果てた戦場に、機竜使い(ドラグナイト)たちの咆哮が木霊する。

刹那、炎を突き破るようにして出現したのは、陸戦機竜(ワイアーム)部隊。悪夢を止めるべく威信をかけてその進撃を止めようと、突き進む姿は勇猛さに満ちている。

手にした装備から怒涛の攻撃を放ち、突き進む。

そして彼らを援護すべく上空から包囲射撃を敢行する飛翔機竜(ワイバーン)部隊。操縦桿を握り締め、先制する戦友たちに続けと攻撃を放つ。

火を吹き続ける機竜息砲が、振るわれる巨大な刃が、災厄の根源へと次々と襲い掛かる。

 

しかし――いいや、当然の如く。

 

 

『――――――』

 

 

『双剣』が唸った。

鉄と鉄が軋み合うが如き不協和音は呪詛のように聞こえた。

砲撃がその身に襲い掛かろうとした瞬間、体から機械音を響かせるとすべての有利が消失した。

『双剣』の全身を覆うように現れたのは、正体不明の翡翠の壁。

着弾と同時――壁にぶつかりその威力を敵に示すことなく爆炎となる全方向の砲弾弾幕。

全弾命中。そのはずなのだった。空気の層を突き破った砲撃の衝撃は、『双剣』を倒すことはできずとも、何らかの傷を負わすことができたはずだ。

けれど結果はこの様。翡翠の障壁に囲まれた『双剣』は無傷。

自分たちの描いた未来図とは異なった結果に兵は、束の間自然と忘我に憑りつかれてしまう。

 

 

「―――」

 

 

その僅かな間が、兵の命運を決定付けた。

淡々と、感情を感じさせない動きで、『双剣』が自ら攻めへ打って出る。

 

―――そして、死んでいく。

 

先ほどまで勇猛に挑んでいた陸戦機竜(ワイアーム)が、飛翔機竜(ワイバーン)が、人が、全てが。

両手の剣を一度振り、大地を蹴りつける。動体視力を振り切るほどの高速移動を駆使しながら、巨体に似合わぬ俊敏さで陸戦機竜(ワイアーム)部隊を蹂躙していく。

剣が振るわれるたび、纏った陸戦機竜(ワイアーム)の装甲ごと兵が裁断された。一人で止まることなく、舞うように身体と剣を動かして、切り裂き続ける。血飛沫をまき散らしながら、大地の染みへと変えられていく。

 

高速機動に加えて、絶対障壁、素人が見ても理解できる隔絶した剣才。

機体の性能が違う、操者の実力が違う。視界に入ってくる現実が、存在の格を突きつけている。抗うことさえ馬鹿馬鹿しくなるほどの隔絶性。

そしてそれは、もう一体にも当て嵌まる。悪夢に並び立てるものなど自明、同等の怪物を除き決して他にはいないのだ。

 

 

「――――」

 

 

機械の唸り声を上げるのは『双砲』。漏れた唸り声が『双剣』と同じものならばその意味は明白。

両腕を上空で固まっている飛翔機竜(ワイバーン)部隊に合わせ――照準完了。

五指のない蕾の形をした腕が上下に割れる。瞬間、黒に縁どられた赤い光線が発射された。その破壊力は機竜の装備とは、一線を軽く凌駕している。

放たれた光砲は寸分違いもなく、飛翔機竜(ワイバーン)隊に直撃。

平均して一撃で三体。破壊の塊である光線は機竜が持つ障壁をまるで無いように突き破り、頑固な幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)を易々と打ち破る。莫大なエネルギーが機竜の核である幻創機核(フォースコア)に反応し、空中で散華する。

無論、機竜よりも脆弱な肉体を持つ機竜使い(ドラグナイト)にはかすっただけでも致命傷。その身に受けた者は、血も肉も骨もこの世から消滅させ、散っていく。

 

 

「あ……あ……」

 

 

その光景をアティスマータ伯は目に焼き付けていた。志を同じくした同胞たちがこの世に何も残さずに殺されていくのを。

この異形は何なのか?なぜ、どうしてこんな所業を行うのか?

目的、正体、まるで不明。前触れなく帝都に出現して、絶大な戦闘力を武器にこの地を獄炎と死で彩ったという結果だけを残していく。

 

『双砲』と『双剣』。一見してまったく同じに見える怪物は、紛れもない同種であり、ならばこそ疑問を感じられずにはいられなかった。

あのような怪物は見たことも聞いたこともない。

他国が開発した新型の自立兵器だろうか。まだ見ぬ新種の幻神獣(アビス)か。それとも何らかの理由で目覚めた遺跡からの遺産であるか?あるいは、しかし、いやそもそもと―――思ったところで事態は変わらず。

もはや反乱軍が壊滅するのも時間の問題。この歪んだ帝国を変えようと自分についてきた者たちが物言わぬ肉塊になるのを目に収めながら、慟哭する。

 

 

「……無念だ」

 

 

今にも消え入りそうな謝罪の言葉と共に、襲い掛かってくる機竜使いを全滅させた『双砲』がこちらに向いた。

 

 

「ああ…………」

 

 

もう終わりだ、逃げられない。至極自然な道理としてここで魔人に殺されるのだと理解させられた。

自分を貫く視線は、希望を消し、足掻くことを無駄だと教え、死を受け入れさせるには十分過ぎた。

次の瞬間。『双砲』の右腕で力が炸裂した。

砲撃。

来る。死ぬ。骨すら残らんと。迫りくる死の光線から目を背け、首を俯けた。

 

 

「頼む、誰でもいい――どうか、どうかっ!!」

 

 

全てをこの反乱に注ぎ込んだ結果がこの惨状、悪夢以外になんだというのだ。

このままでは、終わってしまう。費やしてきた過去、新たに創造されていく未来。その全てが破滅の現在によって消滅し、終わってしまう。

進み続けている人智を凌駕する破滅を覆すには、もはや奇跡に頼るしかない。

誰か、誰か、誰かと、自分以外の何者かに懇願する不甲斐なさに涙さえ浮かべながら、アティスマータ伯は叫んだ。

だが、『双砲』の放った力は一瞬で到達。

 

 

轟音が……響かなかった。

 

 

アティスマータ伯は目をきつく閉じていた。

しかし、体に襲い掛かるはずの痛みはない。もしや、死の痛みとは無痛なのかと思考をよぎったが、脇腹の痛みがその考えを否定してくれた。

 

 

「生きて……いる……?」

 

 

呆然と血の味が広がった口を開いて呟いた。

鼻を蹂躙する死臭、肌を焼かれる感覚が自分が未だに現世生きていることを教えてくれた。

恐る恐る前へと顔を上げると、眼前に黒色があった。

命が消えつつある視界では目の前にある黒色が人の衣服であることしか解らなかった。

自分と、悪夢との間にあった光線は綺麗に消滅しており、黒衣を着た人物が、己と悪夢の間に立ち塞がっている。

それだけだ。それだけだったのだ。

しかし、それだけでは、生身の人間が機竜を殲滅できる光砲を防いだということには、理解するのに時間がかかった。

だが現に、男は無傷でその場に立っている。

 

 

「《ガレス》、《ガへリス》。――よくもやってくれたな」

 

 

鳴り響いた声は、まさしく喜怒哀楽が抜けきった鋼鉄が奏でる響き。庇うように背を向けて立つ姿が、命に代えてもこれ以上の暴虐を許さんと雄弁に語っていた。

そこでアティスマータ伯は現実を理解した。

ここに、ようやく数々の損失、痛み、そして絶望、それらあまねく負の因子を一触で振り払う奇跡、物語には付きものの逆転劇という救いが舞い降りたということを。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

突きつけていた腕を下すと、そのまま腰にかけた機攻殻剣(ソード・デバイス)――東方の国、古都国に伝わる独自の剣、『刀』――を抜く。

続いて口から放たれる声は、機竜を呼び出すための詠唱符(パスコード)

 

 

「起動せよ、朔と望の先駆けとなる青の志士。遍く敵を、害悪を極意の一撃をもって打ち砕け《月下・先型》」

 

 

男の足元に何かが割れる甲高い音が響く。呼び出された『力』が、主の呼びかけに従い空間を砕いた音だ。

砕かれた空間から漏れだしたのは、赤という赤に染め上げられた世界とは正反対な神々しい光だった。すると、空間の向こう側から光に誘われるように『それ』が現れた。

深い、海の深淵のような青い機竜――いや、『悪夢(ナイトメア)』が大地に降臨した。

 

接続(コネクト)開始(オン)

 

続いて吐き出された声により、瞬時にその装甲は主の頭、両腕、肩、両脚を覆う。

戦場に新たな怪物が姿を現した。

優雅さには程遠く、代わりにいかにも無骨と剛健さを混ぜ合わせた威圧を感じさせる武者。頭部には光り輝く単眼。背中には折りたたまれたX字型の翼。右腕には鈍い光を放つ銃口と唸り声をあげる長刀が備えられている。

 

その姿を確認した、悪夢たちの纏う気配が別種のものへと組み変わっていく。

大地を這う芋虫が羽ばたく蝶へと変じるように、それは“存在”自体の変異を意味していた。

男が見守るその前で、悪夢の存在は……今や遊びから戦争という機能に特化した何者かへと音もなく推移を果たしていく。

その変化の始まりとまったく同時、《月下・先型》が流星の如く疾駆した。

 

 

「―――、なっ」

 

 

その爆発力、その加速、もはや汎用機竜の比ではなく、驚異的な性能を前にアティスマータ伯の反応速度をいとも容易く振り切った。

人間の知覚を遥か凌駕した領域のそれは、残像さえ残さないほど。既に捉えられている獲物が慌てて構えるものの、遅すぎる。

 

 

『――!?』

 

 

意識の変化を対価に、『双剣』――《ガへリス》は己の武器を一つ失った。

宙を舞うのは灰色の装甲。

《月下・先型》が左手に備えた刀―――《回転刃刀》。刀身から蜂の羽ばたきと似たような異音が奏でられている。高速回転を繰り返す日本刀は切れ味抜群、切っ先に触れたならば幻玉鉄鋼すらも容易く両断可能。

恐らくは《ガへリス》にとって初めての負傷だったのだろう。目に見えて挙動には、戸惑いがあった。しかし、その動きも僅か。これ以上の損失を防ぐため、《月下・先型》から脚部の車輪を起動させ距離を取る。

 

次いで動いたのは、『双砲』――《ガレス》。

《月下・先型》が行ったその攻撃を恐れてか、両手の砲撃だけでなく、脇と腿に装備された武装を解放する。

二条の砲火が轟き、赤い線状の弾幕が降り注ぐが――

 

 

「――《甲一型腕》!!」

 

 

その名称に応じるように、《月下・先型》に動きが生まれた。

左腕外装に突如空間が展開し、甲一腕型と呼ばれた武器がパーツ分解状態で姿を現す。

様々なパーツが左腕フレームにロックをかけ、包みこんでいく。変化した腕の指は三本で、それぞれ真紅の色に光っていた。

完成まで一瞬だ。

白に染まった異形の魔手を突きつける。

赤い、赤い障壁が生まれる。

光線が散る。弾幕が散る。障壁に接触した途端、莫大なエネルギーによって、形を保てることが出来なくなった数多の凶器は微塵となって砕け散る。

その光景は使用者からすれば、見慣れた光景にしか過ぎない―――だが、相手にとっては、想定外の不条理であったために、致命を晒すはめとなった。

 

硬直によって生まれた僅かな隙を逃すことなく、《月下・先型》が突撃する。

咄嗟に翡翠の障壁を展開するがもう遅い。

魔手は障壁を易々と突き破り、仮面の人間の胴体を鷲掴みした。

 

 

「弾けろ」

 

 

繰り出されるのは先ほどの技。

強烈なスパークが発生し、仮面の人間の組織を一気に破壊していった。その余波は《ガレス》にも迸り身体中から絶叫を生み出した。

スパークが終わり、全てを蹂躙された《ガレス》は、それでも崩壊しなかった。しかも、頭部にある目と思しき光点、胸に浮かぶ紋章は未だに輝き続けている。

だが、男はそれを許さなかった。

振るわれるのは、鉄拳。刀を握ったまま《月下・先型》の拳が赤い鳥が羽ばたく紋章を備えて、《ガレス》に突き刺さった。

その一撃で……ガレスは遂に沈黙した。

 

崩れ落ちる《ガレス》を構わず、次の目標へと視線を移す。

隻腕になりながらも《ガへリス》が剣を構えている。構えは、防御に向いたものでどんな攻撃にも対応できるものだ。その姿勢は《ガレス》を倒したことには、いささかも動揺をしておらず、ただ敵の迎撃に向けられている。

その布陣に青は正面から突撃した。

右腕の《回転刃刀》が回転率を上げる。握り締めた鋼の刃が甲高い声で鳴き始め、その切れ味を最高潮まで高めていく。

自壊寸前まで高められた刃は、盾として構えられた剣と前面に集中して展開された障壁を容易く断ち切り―――使い手の首を刎ねた。

続けて、赤い紋章を張り付けた拳の一撃が《ガへリス》に叩き込まれる。

これまでの戦闘が嘘のように《ガへリス》はその場に停止した。

 

 

その光景をアティスマータ伯は見ていた。

もうすでに耳は音を拾わず、肌の感覚は死んでいた。視界は機能をしていないにも等しく、今まで猛威を奮っていた悪夢が倒されたことのみ理解していた。

 

 

「……は……ははっ……ははは」

 

 

それでもアティスマータ伯の胸には歓喜の念が生まれていた。血が喉からせり上がり、笑いを赤に染める。

 

――いた。いてくれた。

――悪夢を倒せる者が。

――人々を救ってくれる者が。

 

暫くして、アティスマータ伯の生命は活動を停止した。

しかし、その口は笑みの形を作っていた。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

《ガレス》、《ガへリス》を倒した男は二体から機攻殻剣(ソード・デバイス)を引きずり出した。

主のみ失った《ガへリス》はともかく、全身を蹂躙された《ガレス》の機攻殻剣(ソード・デバイス)はその機能を未だに失っていなかった。

機攻殻剣(ソード・デバイス)に念を飛ばすと、二体はその姿を光の粒子となってその場から消える。自分たちが目覚めた場所へと帰っていったのだ。

残った機攻殻剣(ソード・デバイス)を腰に収めた時、強大なプレッシャーを感じとった。一つだけではない。自分を取り囲むようにして叩きつけている。

男は囲まれていた。

大地と天から視線を送り、囲むのは悪鬼。しかし、その様相に統一の二文字は無かった。唯一の共通点は、その全てが仮面を付けた人間と共にあると言う事だけ。

 

 

 

――白い騎士を模した悪夢。

 

――禿頭に二本の角を持った悪夢。

 

――小豆色の城塞の如き装甲を持った悪夢。

 

――黄金色で半人半馬の悪夢。

 

――地面に虫のように這う白い悪夢。

 

――東洋の面の形をした顔を持つ青の悪夢。

 

――銀色の右腕を持った真紅の悪夢。

 

――甲虫を模した一本角を持った悪夢。

 

――両肩にケープ型の装備を纏った薄紅色の悪夢。

 

その他にも、特徴的な形状をした悪夢が複数いた。

 

 

 

囲む悪夢たち全ての姿を確認した時、突如地上に『それ』が降りてきた。

降りてきたのは、大剣を背負い、その大剣に負けず劣らずの巨体を持った悪夢。悪夢の使い手は当然、仮面を付けていた。

その肩には大きな裂傷があり、火花が散っている。

傷を負った腕を伸ばして足元に転がった――斬り飛ばされた《ガへリス》の腕を掴み上げる。すると、腕の輪郭が崩れ始めた。

形を失った腕は淡い光の粒子となって、持ち上げられる手へと吸い込まれていく。それと同時、体から湧き出た光が肩の傷に覆いかぶさるように集まり、雪のように溶けて消えた。その下には傷一つない装甲が姿を現した。

傷の塞がった肩を大きく振り、聖剣の名を与えられた剣を抜く。その動きに鈍りは無く、完全に回復したことを明確に表していた。

それを合図に取り囲んでいた悪夢たちが各々の装備を構え始める。

その矛先が向けられるのは、無論、同胞二体を破壊した《月下・先型》。

 

 

言わば、絶望的な状況。

たった二体でも驚異的過ぎた悪夢と同等か、それ以上の存在が集団で取り囲んでいる。

だが、男は逃走、降伏といった後ろ向きな考えは持っていない。

不退転の意思表示として符を口にする。

 

 

「覚醒せよ、月夜に輝く青の戦士。紅蓮と白炎を超えし身となるため、月満ちる夜に蒼となれ《蒼月》」

 

 

新たに言葉は詠唱符(パスコード)。だが、それは呼び出すものではなかった。

符の一節を聴き取り、《月下・先型》が唸るような軋みをあげた。

己の主を取り込むように展開された胸部装甲に真紅の鳥の紋章が浮かび上がる。紋章から脈のように伸びた線が身体中を駆け巡っていく。

紋章をから流れ出す力が《月下・先型》の姿を変えていく。

より強く、より速く、より高くへと。

その意思を感じ取った悪夢たちは一斉に襲い掛かる。

生まれ変わった《月下・先型》――《蒼月》は、腕を広げてより鋭くなった刃とより禍々しくなった爪で迎え撃った。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

 

 

――鋼の竜が天空を舞い、激しく刃を打ち合わせる時代。

この日をもって彼らの存在が世界中に知れ渡った。

絶大な戦闘力を持った鋼の悪鬼、『悪夢(ナイトメア)』と人は呼ぶ。

 



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闇コロシアム

鋼の巨腕が交差する。

力を握り締めた拳が喰い込み、金属の軋む鈍い音がする。

鋼の竜がけたたましく唸り続けるなか、鉄塊が地に伏す重苦しい震動が走った。

今まさに、二機の装甲機竜(ドラグライド)が格闘戦の真っ最中であった。

 

相手の機竜に斬りかかり、殴り、砕き、作動不能に追い込もうとするそのありさまは、実戦そのもののように見える。だが、行われているのは実戦ではない。

これは闇闘技。機竜同士の戦いを賭けの対象とした試合なのだ。

 

装甲機竜(ドラグライド)同士の戦いを見世物にした闇のコロシアムがあるという話は、裏社会では広く知れ渡っている。客になることを許されるのは一握りの上流階級の人々。高額の賭け金が飛び交い、夜ごと装甲機竜(ドラグライド)の死闘を堪能する。

 

そんな場所に『彼』はいた。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

――そろそろ時間だな。

 

試合開始十分前を知らせる鐘の音を耳に通しながら薄暗い通路を歩く一人の男がいた。

傍目、不精髭が密生したようにしか見えない口元、手入れがされていないボサボサの髪、身なりは街を徘徊する浮浪者にも似てみすぼらしいが、テラテラと脂ぎった頬からは普段の贅沢三昧な生活ぶりが窺えた。

男の名はガイ・クランク。この闘技場で行われる賭け試合の仕切りを生業としている人物だ。

 

ガイが向かう先はとある一室。

その部屋には控室で、間もなく始まる試合を行う挑戦者……いや、流れ者がいるのだ。

部屋の扉の前に立つと付けられていた金具を外して、ガイは下卑た笑みをその脂ぎった顔に浮かべた。

 

――さてどうなっていることやら。

 

何しろ、この控室は暑いのだ。換気扇は備えられているが、本来の役目を全く果たせないほど劣化している。薄手のランニングシャツになっても暑さを凌ぐことも出来はしまい。加えて四方を囲んだ壁はギラギラとした金属質の地肌、試合で敗北し私刑(リンチ)にあった何人もの負け犬の血が付着し、剥がされた爪や引き抜かれた歯が転がっている。

 

飲食やタバコの一本でも吸うなどすればそれもさほど気をごまかしてくれるだろう。だが、重く淀んだ空気の中を漂う鼻を刺すような悪臭がそれすらも許してはくれない。どんな美味い料理や水、タバコはこの控室では悪臭が加えられて、意欲は減退する。

 

そう、控室といって聞こえはいいが、その実は試合開始を待つ流れ者の神経を逆なでするための部屋なのだ。

所詮、ガイ……いや、このコロシアムの人間にとって流れ者は敵でしかないのだ。何処ぞのしれない馬の骨が敗れる姿を見るのは最高の娯楽の一つだ。そのために控室は流れ者から冷静な判断力を奪い、自滅に追い込むよう細工されているのだ。

 

流れ者をこの控室に閉じ込めて三時間が経つ。過去の経験から試合ができるギリギリの時間。今頃は蒸し焼きとなって息も絶え絶えな状態かもしれない。その姿を脳裏に描いたガイは勢いよく扉を開いた。取っ手のついた扉が重く錆び付いた音をたてると悪臭が襲い掛かってきた。鼻腔を蹂躙され、思わず鼻を押さえる。

 

 

「アラン・スペンサー!準備は出来たか!」

 

 

悪臭で涙をにじませたガイが目にしたのは、ベンチに座る……腰に剣を備えた流れ者――アラン・スペンサーだ。

表情はフルフェイスの黒仮面に隠されており、体は装甲機竜を纏うのに適した『装衣(ドレス)』という身体にフィットする服を着ていたが、その『装衣(ドレス)』には黒い甲鉄が付けられ、時代錯誤な騎士を思わせる格好をしていた。

服の下から女性的な膨らみがないことから男だと分かるが、一見してそれ以上の情報は知ることができない。

 

 

『何のようだ』

 

 

男か女か判別できないくぐもった声が響く。その声に一辺の疲労は感じられず、それどころか悪意や善意、いや感情すらも感じさせない唯々無機質なものだった。立ち上がる姿も両脚をしっかり支えにしている。

ガイは目の前のアランが三時間、この控室に閉じ込められても何の影響もなかったことをようやく理解した。

奥歯を砕けんばかりに噛み締め、黒い仮面を射殺さんばかりに睨みつける。この黒ずくめにガイは酷い嫌悪感しか抱いていない。この控室に入れ、無様な姿で留飲を下げようとしたがそれも出来なかった。できることなら、もう視界にすら収めたくない。

このまま黙っていることはガイのプライドが許さず、意地で皮肉を加えた笑みを浮かべた。

 

 

「……はっ、臆して逃げ出したんじゃねぇかと思ってな」

『いらない心配だ。それよりも試合だ、そこをどいてもらおう』

 

 

扉に向かい歩を進めるたびにガチャッ、ガチャッと金属が触れ合う音を響かせ、ガイの正面に立ち止まった。

長身によって闇色の顔で見下される形になり、ガイは胸に抱いた言い知れぬ恐怖に衝き動かされ、思わず早口で叫んだ。

 

 

「い、いいか!?チケットは全部売り切った!当然のこったろうが、流れ者の貴様に張る奴なんて少ない……いや、皆無だ!!なにせ対戦相手はジュリアン・モートンだからな!」

 

 

一呼吸で言葉を吐き出し、大きく息を吸っては吐いてを繰り返した。仮面に見下された時から汗が止まらず、思わず服の袖で拭った。

息を整え終わり、背筋を伸ばしてアランの顔を見る。そこには変わらずの仮面の黒があった。

 

 

『……人気はあるようだな、その男』

「ああ、実力も折り紙付きだ。何せこの闘技場が出来てからずっと連勝を続けているチャンピオン。貴様が言った通り、最強の機竜使い(ドラグナイト)を見繕ってやった」

 

 

ジュリアンの実力を知っているガイはその数々の戦いを思い返して得意げに言葉を出した。

 

 

『私が勝てば大穴か』

「まぁな。だが無謀なことだ。ジュリアンと貴様とじゃ格が違う。何しろ奴はワイアームの強化型、エクス・ワイアームの使い手。稼いだ金で常に万全に整備、改造をしている。ろくに機竜の性能を発揮できない素人とは訳が違う」

 

 

熱のこもった喋りを続ける内にガイの顔が紅潮し始めるが止まることはなかった。

 

 

機攻殻剣(ソード・デバイス)は中々のもんみたいだが、お前のような顔も見せない奴が試合でやろうとすることなんて目星がついている。小細工をしようってんなら止めときな。いいか、奴は反則用の準備も整えている。俺は今まで違反の小細工をしてきたクズ、身の程を知らねぇ奴が血反吐をまき散らすのを何度も見たんだ。つまり……ジュリアン・モートンに付け入る隙はない!」

『それは面白そうだな』

 

 

声と共に腰に掛けた機攻殻剣(ソード・デバイス)に手を当て、鋼のぶつかる音を出させる。

自分の語りを受けてもその変わらぬ雰囲気にガイは渋い顔をした。

 

 

「呆れた奴だな、貴様は。まぁ俺はチケットが売れれば稼ぎになるんで、言う通りに試合を組んでやったが……」

 

 

ガイは憮然とした表情で言った。

 

 

「今日は貴様の無様に負ける姿でも、見させてもらうとするか」

 

 

ガイが言い終わるのと同時に選手入場を告げる鐘の音が響いた。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

『レディースアーンドジェントルメン!!!さぁ、前座の試合もつつがなく終わりました!!では皆さんお待ちかねのメインディッシュの登場です!!』

 

 

取り外された特装機竜(ドレイク)が装備する拡声器を使ってレフリーが叫ぶと舞台が熱気に包まれた。

大地に広がる舞台は直径二十メートルの円形の闘技場だ。

擂鉢状の観客席では百人ばかりの観衆がチケット片手に食い入るような視線を注いでいる。軍服を着た屈強な身体の持ち主、一見して貴族だとわかる煌びやかな衣服を身に纏った紳士淑女、フェンスによじ登り盛んに奇声を上げる、賭けで身を持ち崩したように見える若者。

貧富の上限にいる者たちと下限にいる者たち、全ての人種がこの闘技場に存在し、全員が渾然一体となって戦闘中毒者な悪鬼の呻きのような喚声を上げていた。

そんな劇薬のような舞台はレフリーのコールにより激しさを増す。

 

 

『南門、連勝街道を駆け抜ける我らがチャンピオン!鋼鉄の槌竜、ジュリアン・モートン!!!』

 

 

レフリーの煽りを受けて花道を進むのは鋼のような筋肉を『装衣』の下に隠した厳つい男だ。

肩に担ぐには機攻殻剣(ソード・デバイス)。鞘には色とりどりの宝石が埋め込まれており、ライトの光を浴びてその価値をより輝かせて、観客を魅了した。

地面を強く踏みつけるその力強さは溢れんばかりの自信を表す。ジュリアンの実力を知っている観客は、舞台の中心に歩を進めるその姿に興奮し、喚声をより強くしていた。

 

湧き上がる喚声にジュリアンは獰猛な獣のような笑みを振りまいた。これは客受けを良くする一つの技。彼が味わっている贅を尽くした暮らしは、下衆な上級階層の人間から出るファイトマネーで賄われている。そのため少しでも得るためにサービスは忘れない。

 

 

「――来たれ、不死なる象徴の竜。連鎖する大地の牙と化せ。《エクス・ワイアーム》」

 

 

機攻殻剣(ソード・デバイス)を抜き、柄のトリガーを押しつつ詠唱符を呟く。眼前に集束する淡い燐光が形を成し、装甲機竜(ドラグライド)が召喚される。

 

 

接続(コネクト)開始(オン)

 

 

その身に纏ったエクス・ワイアームの武装である鉄槌を振り回し、その力強さに観客がまた湧いた。

ジュリアンが中央付近に着いたことで、レフリーが対戦相手を招き入れた。

 

 

『北門、我らがチャンピオンに愚かにも挑戦した身の程知らずの大馬鹿野郎!!アラン・スペンサー!!』

 

 

挑戦者の名が叫ばれると観客が起こした反応は、先ほどまで騰がっていた歓声ではなく真逆の罵詈雑言だった。観客にとってこの試合は、アランが無様に敗れて醜態をさらすショーである、と認識しているのだった。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

――どうした、早くリングに出な。まさか今更ビビったんじゃないだろうな。

 

鉄槌を北門に突きつけ、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべたジュリアンが心中でセリフを言い終わるのと同時、北門から入場があった。しかし、現れた影は人間の大きさではなかった。

湧き上がるコロシアムの中央に突如『ソレ』は激突したのだ。壁となる風を出力で突き破り、新体操選手のように体を捻ることで簡易姿勢制御を行う。フレームに掛かる負担を和らげ、轟音をもって地面に落ちるように仁王立ちで着地。

 

 

「な、に……ぃ!?」

 

 

翡翠の双眸を持った、重厚な装甲を持ちながらも優美な姿を損なわせていない、頭部に天に反り立つ角のような青いパーツを持った青と白の騎士がジュリアンの眼前に立っていた。

 

 

『――サービスはこれで十分か?』

 

 

海の色を思わせる青と純白の鮮やかな色とは、正反対な漆黒の仮面をつけたアランが静かな声で呟いた。だが突然飛び出し、アクロバティックな動きを見せた挑戦者に会場はあっけにとられ、静まりかえっていた。

 

そんな中、驚愕から覚めたジュリアンの心中は嵐のように咆哮していた。

冗談ではないと。

機竜の闇コロシアムに関わる以上、様々な装甲機竜(ドラグライド)を見てきた。飛翔機竜(ワイバーン)陸戦機竜(ワイアーム)特装機竜(ドレイク)といった汎用機竜と呼ばれる三種。その上位種である強化型(エクス)も。

しかし、突如現れた騎士はジュリアンが今まで見てきた機竜とは一線を超える兵器だと直感で理解した。

 

――神装機竜……なのか?

 

古代兵器が収められた遺跡。その中から発掘された兵器には、汎用機竜を遥かに凌駕する性能を持つ神装機竜が存在する。

しかし、強大な力には必ずしもデメリットが存在する。

神装機竜は機竜使い(ドラグナイト)の精神力と体力を汎用機竜の倍以上に消費する。使用時の疲労で死ぬことも珍しくないため、神装機竜の所持は、各国の法律で厳しく制限されている。

だが、今目の前にその神装機竜を纏う機竜使いがいる。それはつまり、アランが非凡な才能と使いこなす実力を持っていることだ。

自然と生唾を飲み込んでいた。

 

――それにしても、こいつの姿どこかで……?

 

騎士を思わせるフォルムに記憶が刺激され、埋もれていた過去を掘り返すが、アランの声に作業は中断された。

 

 

『質問なんだが……』

「……なんだ?」

『観客席を仕切るフェンス。あれはあんなものでいいのか?』

 

 

アランが指すフェンス。コロシアムを見下ろす形に配置された観客席は目の粗い金網のフェンスでしか仕切られていなかった。

本来、装甲機竜(ドラグライド)同士の決闘はそのあまりある破壊力から周囲に甚大な被害を出してしまう。そのため機竜使い(ドラグナイト)数名による防御障壁を張ることでようやく行うことが出来るのだ。

 

アランの言っていることが最初は理解できなかったが、すぐにハッとジュリアンは失笑した。目の前の黒ずくめは、自分の心配よりも自分たちが殺し合うところを見て楽しもうとする奴らを心配するようなことをいったのだ。

 

 

「いいんだよ。日常では味わえないスリルを求めに来ている奴らには、あんなモンでかえって十分なんだ。それと、聞かされていると思っているが、この闇闘技ではルールがある。機竜息砲(キャノン)機竜息銃(ブレスガン)といった火器の使用は禁止されている。万が一ってこともねぇ。……まぁ、お前さんがルールを破ってまでするんだってなら、俺もノらせてもらうぜ」

 

 

喋るジュリアンに先ほどまで持っていた恐れは消えていた。機竜には驚いたが、目の前の奇天烈な格好をした男に闇闘技で勝利を掴み続け、チャンピオンとなった自分が敗けるはずないと自信をつけ、口の端を吊り上げた。

自分の心配よりも他者の心配をするアマちゃん。それがアランに対する印象として根付いた。

 

 

「アラン・スペンサー!この闇闘技に出場したこと後悔させてやるぜ!!」

 

 

いつの間にか観客たちの視線が熱量を持ったかのように熱くなっていた。

対峙した二機の装甲機竜に、試合開始を悟ったのだろう。

熱が高まり合ったコロシアムをサイレンの音が切り裂く。

 

 

闇闘技が開始した。

 

 

 

 



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蹂躙

――さぁ、どうでるチャンピオン。

 

 

仮面の下でアラン――ライは心中でひとりごちた。

対峙するジュリアンはむやみに突撃するということはせずに、不適な笑いを浮かべた顔をこちらに向けていた。纏うエクス・ワイアームは武装である鉄槌を、腰を捻り破壊力が最高になるように構えている。

 

その判断にライは、ジュリアンの実力を確認する。

ジュリアンは神装機竜ほどではないとしても、性能が高く負荷が大きいエクス・ワイアームを完全に使いこなしている。それも装甲を厚くし自重を高め、正面からのぶつかり合いを想定した改造だ。

 

陸戦機竜(ワイアーム)は、近接戦闘に特化した汎用装甲機竜だ。両脚より伸びた車輪による滑走(ドライブ)や、積載重量を生かした武装、装甲の厚さによる耐久力が特徴だ。操作も比較的簡単であるが、反面戦闘スタイルでやや個性が出しにくい所がある。

しかし、近接戦闘のみの闇コロシアムでは陸戦機竜(ワイアーム)は最良の機竜となる。

 

ガイから聞かされた話では、この闇コロシアムが開催された時から機竜で戦っていた男だ。機竜の戦闘経験ではこちらを軽く上回るだろう。

何より評価するのが、自分が操る《ランスロット・クラブ》の入場を見た際に浮かべた恐怖や動揺は完全に消えていることだ。

 

入場した際のアクションは、《クラブ》の性能を見せつけるためのパフォーマンス。

この闇コロシアムが開催され、連戦連勝の街道を進み続け、チャンピオンになった男。《クラブ》が装甲機竜(ドラグナイト)とは全く別の代物とまではいかないだろうが、己の機竜よりも性能が上であることには気づいたはずだ。

おまけに素顔も見せない得体の知れない男が、その得体の知れない機竜に乗って相手として戦うということは、精神面に大きなプレッシャーをかける。

 

だが、ジュリアンはそのプレッシャーを跳ね除けている。

この半年間で似たようなことをされた相手は、プレッシャーを振り払おうとして無暗やたらと攻撃を行ってきた。自分はその隙をついて、幻創機核(フォース・コア)を狙うパターンで勝利してきた。

そのパターンが通用しない相手。それだけで、ジュリアンが歴戦の戦士であることが解った。

 

 

――チャンピオンとしての矜持か、歴戦の持ち主としての余裕か。

 

 

仮面の下で、冷や汗が頬を伝う。

扱う武器の性能はこちらが格段に上だが、あちらには積み重ねてきた経験というアドバンテージがある。

おまけにこちらが持つ武器は、手加減の難しい殺傷力高めの武器で迂闊に使うことが出来ない。

仮面で視界が狭まり、身に纏う『装衣』を改造した『装甲衣(アーマー)』の重量で確実に動きが鈍る。高速戦闘を行う機竜を扱う(・・・・・)には、ライの格好は邪魔以外の何物でもないのだ。

 

顔を隠すのには、もちろん理由がある。

闇コロシアムの観客は貴族などの上級階級の人間だ。今は、機竜使いがどこもかしこも不足している。もし、顔を見られてしまったら、自分をスカウトするために権力を使って探す可能性が十分ある。いや、チャンピオンを倒した人物として報復をかけてくる可能性もある。

そんな権力者たちの魔の手に怯えながら過ごすなど御免被りたいので、顔を隠している。

 

 

――まぁ、本来の使い方(・・・・・・)を抜いても性能が高いのは認めるけど……。

 

 

仮面には変声機能のボイスチェンジャー、ガスや異臭などを防いでくれる高い防毒性、暗視ゴーグル、サーモグラフィーといった仮面のカテゴリーとしては至りつくせりな超性能だ。おまけに手動だが、下顎部分を外すことで被ったまま食事が出来る。

 

装甲衣(アーマー)』は倍力機構などを装備していないが耐熱耐寒は完備、耐G機能、耐衝撃性能に優れ、防刃性、防弾性といった装甲の名に恥じないスーツだ。

欠点を上げるならば、甲鉄のせいで重量がかかることと、厚手のため細かい作業が出来ないこと、重量故に泳ぐことが出来ないことがあるが、それを抜きにしても破格の性能を持つ。

 

仮面と『装甲衣(アーマー)』。この世界に相応しくない性能を持った道具(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

何らかの嫌がらせがあると想定していたライは、この二つのお蔭で拷問部屋のような控室で三時間も耐えることができたのだ。

 

 

――けど今の状況じゃ邪魔になるだけっ!!

 

 

内心叫んだ時、ジュリアンが動いた。

足元で、甲高い金属音が響く。腰を捻り続けた体勢でこちらに弾かれたように突っ込んでくる。滑走(ドライブ)だ。足を動かすことなく、滑走(ドライブ)の勢いだけで向かってきているのだ。

試合開始から溜めに溜めた鉄槌の一撃を振りかぶる。防ぐことはナンセンス、回避を選択。鉄槌を見切り、クラブを右に最小限流す。空振りした所に一撃を決めようとした――が。

 

 

『っ!?』

 

 

鉄槌が――伸びた。

最小限の回避では直撃コースを免れない。慌てて背後に跳ぶ。

空ぶった一撃は空気を打ち、軽い衝撃を放つ。

挑戦者が、後退する光景に観客を興奮の声を上げ、野次を飛ばした。

 

 

――どういうことだ?

 

 

完全に見切っていたはずだった。鉄槌の頭部の大きさ、柄の長さ、エクス・ワイアームのリーチで届くはずがない。

 

 

――ちょっと見てみるか。

 

 

再び、ジュリアンが突撃してくる。先ほどと同じ、滑走(ドライブ)を使用して。

振るわれる鉄槌を余裕持って……しかし、エクス・ワイアームを観察できる距離まで後退する。

疑問はすぐに解けた。ジュリアンは、エクス・ワイアームの腕部の伸縮性を改造しているのだ。通常時の長さは変わらないが、重量のある武器を振り回した時だけ、延長するようになっている。長くなった腕に振るわれる鉄槌は破壊力を上げ、そのリーチを伸ばしているのだ。

 

 

――改造をしていると聞いたが、こんな細かい所まで。

 

 

笑みが零れ、身体が熱くなる。

このジュリアン・モートンは戦士だ。彼の行いを卑怯と罵る者がいるかもしれないが、ライはそうは思わない。寧ろ、内心彼を褒めていた。

勝つために考えを巡らして、辿り着いた戦術。それを導き出した執念は敬意を称さねばならない。

 

 

――そして……。

 

 

ジュリアンの戦法も、大体だが掴めた。滑走(ドライブ)によるロケットスタートの突進で相手の虚を衝き、一撃を振るう。破壊力の高い鉄槌を前に回避をする者をじわじわとなぶり殺しにするのだ。

確かに急な高速突進を前にすれば、驚き回避を試みるのが常道だろう。咄嗟に行った回避というものは、案の定隙を見せやすい。その隙に手傷を負わせないなど考える甘いチャンピオンではないだろう

 

 

――ならそのメソッドを崩すか……。

 

 

ジュリアンが三度目の突撃を仕掛けてくる中、ライがとった行動は回避でもなければ、防御でもなかった。

《クラブ》に差し込まれた機攻殻剣(ソード・デバイス)に触れ、指示を送る。主の命令を感じ取り、両脚の横に備えられた車輪――ランドスピナーが降り、大地に触れる。幻創機核(フォース・コア)からのエネルギーを効率的に伝導させ、ランドスピナーが唸りをあげた。

地表に擦り付けられたランドスピナーは、巨大な駆動力を発生させ、エクス・ワイアームの滑走(ドライブ)に遜色ない高速走行を行った。

 

 

「なにっ!?」

 

 

ライへと突撃し続けているジュリアンが、驚愕の声を上げた。無理もない。粉砕しようとした獲物が、これまでの獲物とは違う選択で迎え撃ってきたのだ。

 

 

――さぁ、どうするチャンピオン!!

 

 

このまま滑走(ドライブ)を続ければ、激突は火を見るよりも明らか。いきなり急激な加速を以って、突っ込んでくる相手を迎撃するなど至難の技。それを己の力量と機竜の性能を信じて行うか。無理と判断して滑走(ドライブ)を中断して体勢を立て直すか。

激突までの時間はたったの……2秒。

選択する余裕など存在しない。

 

 

「くっ……くそ!!」

 

 

ジュリアンは悪態をつき、観客たちも驚く中、両者が激突する――と思われた、その刹那。《クラブ》が、その体を右側へとドリフトさせ回転する。右足を回転軸にし、急激な回転運動を可能としたのだ。

 

 

『――!』

 

 

ライは機攻殻剣(ソード・デバイス)を握り、右腕に装備された《スラッシュハーケン》をメッサーモードへと《クラブ》に指示する。そしてすれ違いざま、相手の肩部――幻創機核(フォース・コア)――に向かって閃かせる。

鋼と鋼がぶつかる激しい音が響いた。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

エクス・ワイアームが激しく揺れ、自分がダメージを負ったと気付いたジュリアンは愕然となった。愛機を見れば、肩部の装甲が破壊され、守られていたはずの幻創機核(フォース・コア)が剥き出しになっていた。

 

 

――嘘だろ!装甲を何重にも重ねていたのにっ!

 

 

幻創機核(フォース・コア)は機竜を動かすための動力源だ。機竜の動きを停止させるには、そこを破壊するのが一番手っ取り早い。もちろん闇試合も幻創機核(フォース・コア)を破壊されたらその時点で勝負がつく。

そのためにジュリアンは肩部を中心に防御を高めていた。それなのに……。

 

 

――こいつはヤバい!

 

 

アラン・スペンサー。

今まで戦ってきた機竜使い(ドラグナイト)で間違いなく最強だ。先ほどの攻勢で今更だが気付くことができた。

観客の中にはアランの戦闘を称えるものがいるが、多くの者が連戦連勝のチャンピオンに戸惑いや不安の声を上げていた。

 

 

――俺が、俺が敗けると思っているのか?……ふざけんなっ!!

 

 

軍から逃げ、泥を啜りながら惨めに生きてきた人生。

そこで運良く辿り着いた闇コロシアム。

ただ勝利を重ねるだけでいい仕事場は彼にとって楽園だったのだ。

自分の内にある、積み重ねてきた物ががらがらと揺れ始める音を確かに聞いた。

敗北。

この一言がジュリアンの胸に泥のように纏わりついてくる。

『敗北』を振り払うためジュリアンは『禁忌』を使用した。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

――手加減し過ぎたな。

 

 

ジュリアンに一撃を見舞ったライは、与えた感覚から致命傷まで届いていないことを悟った。

強化型であるエクスとは、飛翔機竜(ワイバーン)しか戦ったことがないのだ。だから、陸戦機竜(ワイアーム)の装甲を基準として大体の力を籠めて放った。結果は、幻創機核(フォース・コア)まで届かず。

 

 

――まぁ、後一撃入れれば……っ!!

 

 

瞬間、ジュリアンの機竜が閃光を発した。轟音が響き渡る。

機竜息砲(キャノン)?禁止されている重火器を使用したのだ!

右に跳んで避けたので、被弾することはなかった。機竜息砲(キャノン)の軌道の先は壁。だが、汎用機竜の装備で最も威力の高い機竜息砲(キャノン)は爆発力も高い。壁の上にある観客席の高さまで優に届く。

壁に当たる直前に観客がこちらを見ていた。何が起きているのか解っていないといった表情だ。

的を外した光弾は壁へとぶち当たり、観客を飲み込んで爆発した。観客席の一角をフェンスすらも消し飛ばし、塵埃をまき散らす。

 

 

――知ったことでは……ない。

 

 

機竜息砲(キャノン)に巻き込まれた観客たちは即死、運よく生き残った者がいても体に何等かの怪我を負っただろう。これは闇試合の宿命、客もそれを覚悟で見に来ているのだ。

 

 

――知ったことではない。知ったことではないんだ。

 

 

機竜使い数名による防御障壁を張り、銃器を使うことを許可された試合ならともかく、この闇コロシアムでは重大な違反行為だ。本来ならばここで試合中止。

だがこの試合、流れてしまっては困る。この闇試合が流れてしまっては、ジュリアンからあることを聞く機会が失われてしまう。

だが、その心配は杞憂に終わった。

 

 

()れっ、チャンピオン!!よそ者なんかぶっ殺しちまえっ!!」

 

 

声の持ち主――ガイに触発され、観客が喚声を上げている。罪深き人間をいたぶることを許されたかのような狂気を孕んでいた。

 

 

「どうだ、アラン・スペンサー。この場所にお前の味方なんかいねぇ。多くの人間に死ぬことを望まれるのはどんな気分なんだ?」

 

 

笑いながら、ジュリアンが鉄槌を捨て空いた手に持たせた機竜息銃(ブレスガン)機竜息砲(キャノン)の銃口を向けてくる。

 

 

「安心しな。すぐにあの世へは行かせねぇ。四肢を打ち砕いて、自分がどんなに惨めな人間なのか、死んでも忘れないように魂に刻み込ませてからだからな」

 

 

ジュリアンの表情は陶酔と嗜虐の混じったものだった。

その姿を見て先ほどまで浮かんだ敬意を消え去っていった。代わりに胸の奥から冷え冷えとした物がせり上がってくる。

 

 

『ジュリアン・モートン、貴様言ったな。多くの人間に死ぬことを望まれるのはどんな気分と』

「ああ、それが?」

『……足りない』

「はぁ?」

『この程度では足りないと、そう言っているんだ』

「何を……」

()は知っている、世界中の反感と憎悪をその身に背負うということを。魔王と共に全てを背負った。その僕に、これだけの憎悪で死ねだと。ハッ、ハハハ――』

 

 

 

『――笑わせるな』

 

 

 

その声に。その音に。その響きに。

ジュリアンが、ガイが、観客全てが……静まり返った。言葉と共に吐き出された重圧に押しつぶされて、口を閉ざされたのだ。

 

 

『――加減はない、全霊だ』

 

 

クラブが一歩、一歩と進んだ。

それだけでジュリアンは言い知れぬ恐怖に襲われた。巨大過ぎる存在が、自分に向かって迫ってくるそんな感覚だ。

 

 

「く、来るな……」

 

 

相手は武器を持っていない。反対にこちらは機竜息砲(キャノン)機竜息銃(ブレスガン)

傍から見れば、有利なのは自分のはずだとジュリアンは理解していた。

それなのに、それなのに突きつけている銃口の震えが止まらない!

 

 

「来るなっ!」

 

 

悲鳴のような叫び声をあげ、引き金を引く。

吐き出された大型の光弾とばら撒かれる小型の光弾。それらは真っ直ぐに進み、目標に命中――しなかった。まるで相手の体を通り抜けるようにしかジュリアンは認識できなかった。

 

騎士が駆けた。

迫りくる恐怖に臆したジュリアンは二丁の銃からがむしゃらに引き金を引いた。

しかし、全ての弾は当たることはなかった。

どんなに正確に狙いを定めていても弾は相手の体をすり抜けるだけ。まるで実体を持たない亡霊に撃っているようにしか感じなかった。

 

その光景がジュリアンの脳裏に焼き付き、とある光景に重なった。

かつて軍に所属していた頃、自分は正体不明の機竜を纏った仮面の機竜使い(ドラグナイト)に襲われた。

機竜の状態は酷く、満身創痍という状態をそのまま体現していた。もう元の形すらも分からないほどに。飢えた獣の如く襲い掛かってきたそいつは、自分の僚友たちを次々に葬っていった姿が記憶に焼き付いた。

どんなに抵抗しても、白い影だけを残して避け、殺戮を続ける姿は死神そのものだった。恐怖に押しつぶされて……自分は仲間を捨てて逃げたのだ。

ようやくジュリアンは理解した。

自分が相手にしているのは――

 

 

「しっ……白い死神っ!!」

 

 

あの死神と同種の存在だと!

弾幕を掻い潜った《クラブ》はあっという間にジュリアンの懐に入り込む。

手刀が機竜息砲(キャノン)機竜息銃(ブレスガン)を破壊する。

 

 

「ひ、ひぃっ!!」

 

 

武器を失い、ジュリアンは半狂乱になった。

そこで転がっていた鉄槌を慌てて手に取った。今まで何度も振り回していた武器がこれ程頼もしいと感じたことはなかった。

目の前にある悪夢を振り払おうように横に鉄槌を振るう。

振って、下がる。振って、下がった。振り続けて、下がり続けた。

こうして鉄槌を振れば、悪夢が近づくことがないから。

下がれば、悪夢から少しでも離れられるから。

 

だが、悲しきかな。

獣に松明を振れば近づかないのは、松明が驚異であることを理解しているからだ。振られる物が脅威たりえないと理解すれば、獣は簡単に襲い掛かるのだ。

 

 

『――煩わしい』

 

 

まるでボールをキャッチするように軽く鉄槌の頭を片手で鷲掴みされた。

 

 

「……っ!?」

 

 

受け止められた鉄槌を、必死になって引くがびくともしない。

鉄槌を鷲掴む五指が喰い込み始める。深く沈みこむにつれ、罅割れる音が悲鳴のように響いた。まるで主に助けを求めるように。

 

 

「ひっ……!」

 

 

その音を耳にした時、逃げるように後退するが、背後には壁。つまり、後がない。

機竜の背が壁にぶつかるのと鉄槌が粉々に砕け散ったのは、同時だった。

もう武器がない。そのことにジュリアンは、慟哭した。

残っているのは、機竜の四肢のみ。それでも振り払おうと試みた。

 

左腕で足掻いた。

握り潰された。

砂糖菓子のように。

 

右腕で抵抗した。

引き千切られた。

綿のように。

 

左足で逃げようとした。

踏み潰された。

虫のように。

 

右足が崩れた。

へし折られた。

小枝のように。

 

もう何も出来ない。

幻創機核(フォース・コア)を引きずり出された。

処刑するように。

 

 

 

幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)の残骸となったエクス・ワイアームと共に、ジュリアンは闘技場の中央に正面を天に向ける形で転がされた。

ガチガチと歯を鳴らし、髪を情けなく乱し、顔を体液塗れにした姿にチャンピオンの面影は欠片も存在していない。

 

 

『どうした、さっきまでの勢いはどうした』

 

 

男か女かも判別できない声が鼓膜に突き刺さる。その声に感情は無く……いや。これは感情が無いのではない。冷えているのだ。絶対零度の領域で。

 

 

『貴様には聞きたいことがある。そのためにここまで来たのだからな』

 

 

その声には、冷たさと焦がれるように熱い何かが入り混じったものだった。

ジュリアンは一縷の望みを見いだした。

 

 

「は、話せば助け――」

 

 

そこから先は続かなかった返答として、機竜の手がジュリアンを圧したのだ。

 

 

『――これは交渉ではない命令だ。別に話す気がないのならそれでもいい。その時はこちらも手段を選択するまでだ』

 

 

ジュリアンからは言葉は返ってこない。

だが、ライは構わず聞いた。

 

 

『貴様、先ほど白い死神といったな。その死神は白と金の幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)を持った『悪夢(ナイトメア)』のことだな?』

 

 

首肯。

 

 

『こことは別の闇コロシアムで聞いた。“ジュリアン・モートンという機竜使い(ドラグナイト)が『悪夢(ナイトメア)』を見た”と』

 

 

首肯。

 

 

『どこで見た!答えろ!』

「……そ、こ……」

『――何?』

 

 

抑揚がなく、か細い声でジュリアンが答えた。震える手で指し示すのはライ。ふざけているのかと苛立ち、最後の手段――声に宿る『力』――を使おうと仮面の下顎部を外そうとすると――。

 

 

『!』

 

 

そこでライは気付いた。ジュリアンが見ているものを。自分ではなく、天にある『何か』を指し示していることを。

それに気づいた瞬間、《クラブ》の操縦桿を握り締め、動いていた。

それは、幾多の戦場を駆け抜けたことで培われ、鍛え上げてきた反射神経のなせる業だった。第六感が騒ぎ立て、最善の行動をライに取らせたのだ。

 

ライが突撃する先は壁。

《クラブ》の両腕を盾にするように出し、ブレイズルミナスを展開する。突撃を受けた壁は容易く破られた。

観客席真下に潜り込んだライの行動は止まらない。

ブレイズルミナスを展開した両腕で頭を守るようにその場で待機した。まるで天井から落ちてくる物から身を護るように。

それと同時――。

 

 

コロシアム全体に赤黒い雨が降り注ぎ、大地に弾けると火と衝撃を生み出した。

 

 



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変化、激闘、そして……

今回の話はかなり雑です。
解りにくかった申し訳ございません。
これが私の限界です。




その雨は災厄そのものだった。か細い姿は、機竜の破壊力を見たことがある者なら、一水準兵器になり得ないと感じるかもしれない。

だが、その雨は対象にその身をぶつけ破裂することで、本性をさらけ出すのだ。中から現れるのは、どうやって身体に抑え込んでいたか分からないほどの火、音を超えた衝撃波だ。烈音の打撃はコロシアムの表面を包み抉り、一気に半ば近くまでに爪痕を送る。

 

鉄と岩石で構成されたコロシアムが半壊したのだ。コロシアム表面にいた観客たちがどうなったかは、想像に難くない。そこに、爆炎が襲い掛かった。炎は一瞬だが、熱波は砕かれたコロシアムを焼き上げた。衝撃波によって失われた大気が戻るや否や、持ち上がるように朱の火焔が走って残骸を焼き尽くす。

 

熱気が躍り、大地を舐めるように広がると新たな風が入って熱風へと成長する。熱風は豪風でコロシアムの破砕は風に踊り狂い、人間だったモノを焦がしながら宙へと飛ばした。

そして、再び雨が降ってきた。

足りないとばかりに降り続ける雨は、全て等しく破壊の権化だった。

雨の名は、ミサイル『オールレンジボマー』。

重火力に特化した『悪夢(ナイトメア)』の代表的な装備である。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

上には、巨人の瞳を思わせる雄大な満月、磨かれた黒色の大空。下には、人々の営みを表す小さな光、生い茂る森林の緑、広がり続ける大地の茶色。

天と地。その二つに挟まれた空間を冷たく強く、吹き荒れて止まない夜の風が夜に流れている。

風によって生み出される音の種類は多い。呼吸のように吹く音、切り裂くように薙がれる音、ぶつかりあって砕けるような音。それら全てが空気に質量を与えて、重さとなって低く轟く音となる。

 

轟々と飄々と幾重にもとれる風が紡ぎ上げていく響きに、異音が混ざった。

空気の壁を突き破り、風を打ち砕く調べ。射出音だ。

連続して放たれる音と共に、赤黒い光が放たれ続ける。

《オールレンジボマー》だ。

 

止まることがないミサイルは、吸い込まれるようにコロシアムに集中した。

鉱物を打ち砕く耳障りな音が続き、岩石を加工して作られたコロシアムを砕いて、生まれた塵埃が舞い上がった。

その光景をアティスマータ王国の人間が見れば五年前のアーカディア帝国を思い出すだろう。規模は比べものにならないが、この赤に染め上げられた世界は、同種の地獄だった。あれだけ広かったスタジアムの面影はなく、瓦礫と炎としか存在していない。

スタジアムだった物の中央を見れば、ジュリアンの存在は跡形もなくクレーターとなって消えていた。

 

兵器である光の源は、一つ。宙に浮かぶ、箱に似た影である。

《オールレンジボマー》の逆光、降り注がれる月光に照らされる姿は無骨に角ばっていた。身を装甲で作り上げた存在だった。

その大きさの感覚は、対比物のない夜空においては音によって作られる。

強固な装甲にぶつかり弾ける風の音は大きい。そして、空に浮かぶモノの体は壁となった風に幾度となく激突されようとも、揺らぐことはない。

 

要塞を思わせる姿だ。

 

装甲機竜(ドラグライド)の常識を覆すような四肢のない巨大な角ばったフォルムとオレンジを中心としたカラーリング。

 

前方に二つ、後方に三つ装備された円錐型の大型スラッシュハーケン。

 

体の真下に展開したロングレンジリニアキャノン。

 

その中央には紅い鳥が刻まれた仮面を被った者。

悪夢(ナイトメア)』であるが『KMF(ナイトメア)』ではない存在の名は――

 

 

『――サザーランド・ジークゥゥゥゥ!!』

 

 

オールレンジボマーが降り注ぐ瓦礫の山から、爆発するように飛び出してきたのは、《ランスロット・クラブ》。その背には折りたたまれていた赤い翼――フロートユニットが広がっていた。

襲い来る爆弾の雨を両腕に展開した《ブレイズルミナス》、機竜咆哮(ハウリングロア)――幻創機核(フォース・コア)のエネルギーを使用した波動障壁――で防ぎながら強引に空へと飛ぶ。己の身を衝突させるかの勢いで、攻撃を放ち続ける《サザーランド・ジーク》へと突っ込んだ。

 

《クラブ》の一直線の動きに対し、コロシアムを制圧爆撃していた《サザーランド・ジーク》が、《オールレンジボマー》のターゲットを変更し発射、《ロングレンジリニアキャノン》の連射による弾幕を張った。

前方百二十度に広がる破壊の幕は、突撃してくる《クラブ》に集中し相対速度を合わせて高速で激突する。その筈だった。

 

《クラブ》の右腕の先にある空間が歪む。空間から現れた物を躊躇することなく引き抜いた。それは、幻玉鉄鋼で作られた銃身の短いアサルトライフルだった。すかさず構え、引き金を絞ると幾つもの鋭い弾丸が吐き出された。

 

銃撃はミサイルとぶつかり合い、空間で多重に爆ぜて弾けた。連鎖的に爆発は続いて銃撃の弾丸は全て砕けた。ミサイルが爆発したことにより正面の空間が空いた。爆発の華に突撃し、迫りくるリニアキャノンを真横に駆け抜ける。

 

放たれる円錐の《スラッシュハーケン》の迎撃を紙一重で避けると、アサルトライフルの銃身が伸びた。突撃銃という姿から狙撃銃の形へと変形したのだ。

発射。先ほどの連射とは違う一発だけの発射音。しかし、重く大きな音は、強力な破壊力を秘めているものだった。

 

弾丸は不動の《サザーランド・ジーク》へと吸い込まれ、成果を発揮……しなかった。

命中するはずの弾丸は装甲に命中することもなく、突如展開された赤の障壁に止められ、弾かれていった。

 

発生した現象にクラブは戸惑う様子を見せることなく高度を下げ、《サザーランド・ジーク》の巨体に潜り込んだ。可能な限り接近をし、無防備な腹に向けて二発ほど見舞い、上昇。その間に後部と背部へも繰り返し、銃撃するが結果は全て先ほどと同じだった。

 

 

――通用しないか……!

 

 

六発の狙撃全てを防がれたことにライは舌打ちした。

防がれたタネは解っている。

 

《輻射波動障壁》。輻射波動機構と呼ばれるマイクロ波誘導加熱ハイブリッドシステムを防御手段として転用した代物だ。

ライは『あちらの世界』で輻射波動障壁を持つ機体と交戦した経験がある。可変ライフルが放った狙撃弾を防がれたことを覚えていたため驚愕はしたが、呆けることはなかった。

 

それでも『この世界』と『あちらの世界』では、自分と相手との性能が違うため、物は試しにやってみたが――

 

 

――詰んだな。

 

 

《クラブ》の装備は、両手と左右の腰に備えられた《スラッシュハーケン》。背中に付けられたMVS《メーザーバイブレーションソード》が二振り。肘の《ニードルブレイザー》が二つ。そして、今手に握る《可変式アサルトライフル》が一丁。《ブレイズルミナス》は使用できるが攻撃に使用できない。

 

《スラッシュハーケン》の威力、速度は狙撃よりも低いため障壁に容易く弾かれるのは目に見えている。MVS(メーザーバイブレーションソード)と《ニードルブレイザー》の威力ならば、障壁を切り裂き《サザーランド・ジーク》の身へと届くかもしれないが、無尽蔵に発射され続けるミサイルを掻い潜り辿り着くのは無茶な話だ。

 

つまりは《クラブ》が所有する武装で、最も火力のある一撃が簡単に防がれてしまった今、《クラブ》に《サザーランド・ジーク》を倒す手段はなくなってしまったのだ。

 

 

そう、クラブでは(・・・・・)――。

 

 

『駆逐せよ、絢爛を失いし青の騎士。その身は既に邪悪な処刑人、凶器を疼かせ闇に忍び、闇を消し去れ《ランスロット・クラブ・クリーナー》』

 

 

ライの口から紡がれるのは詠唱符(パスコード)。《クラブ》をより高い領域に生まれ変わらせる指令である。

符の一節を聴き取り、《クラブ》の体が唸るような軋みをあげ、ライの体を覆うように胸部装甲が新たに出現した。胸部に浮かび上がるのは、禍々しくも美しい真紅の鳥の紋章。

紋章から流れ出した力が身体中を駆け巡る。溢れ出る力が愛機の体を作り変えていく。純白の装甲を蝕み、漆黒が染め上げられる。一瞬の内に黒が白を食い潰していった。

 

《クラブ》が漆黒と青の騎士へと生まれ変わる中、ライは仮面に後頭部、『装甲衣(アーマー)』の腰からコードを伸ばし機攻殻剣(ソード・デバイス)の柄頭、鍔へと繋げた。その接続にクラブの翡翠の双眸が一瞬だが力強い光を発した。外から見える変化はそれだけだった。だが、ライの内には大きな変容が起きていた。

 

 

――……っ!

 

 

繋げた刹那、ライの視界が大きく広がった。広がる視界は、人間の目では決して見ることができないもの。

クラブには装甲機竜(ドラグナイト)には存在しない顔がある。備わっている両目は飾りではなく、きちんと機能をしている。ライが見ているのは、クラブが見ている世界なのだ。この仮面は、『悪夢(ナイトメア)』の知覚を主と同調させる機能を持っている。

 

身体にも大きな変化があった。

すーっと手足から力が抜け、流れ出していく。そのまま緩みに緩み切った身体が、筋肉が、骨が、神経が溶けていると錯覚させられた。それは心臓の脈動に合わせて、断続的に巻き起こる。

 

溶けた身体は、腰のコードを伝って機攻殻剣(ソード・デバイス)へ流れ出し、クラブの中へと広がっていく。骨がフレームに、筋肉はシリンダーや人工筋肉へと置き換えられ、自分が機械の血肉となる感覚が確かにあった。手足の先に温かな感触が広がっていく。そして、溶けた身体が金属の鎧を纏ったように凝固した。

 

手首を軽く振った。ライの肉体が操縦桿を動かしたのだが、ライからしたら自分の手首を振った感覚だ。神経そのものが《ランスロット・クラブ・クリーナー》に埋め込まれたと言っていい。

 

人機一体。

 

その完成形といっていい存在にライと《ランスロット・クラブ・クリーナー》はなっていた。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

敵の変化に《サザーランド・ジーク》は迅速の判断と行動により武装を向ける。

発射される《ロングレンジリニアキャノン》の連射、《オールレンジボマー》の大嵐。

 

だが、《クラブ・クリーナー》へと距離を縮めていた直後、《オールレンジボマー》が全て爆発した。放った数と同じ数の空気が破裂するような音が聞こえたことから、寸分違わずに射撃で全てを撃ち落とされたのだ。

 

《クラブ・クリーナー》との間に生まれた爆炎を切り裂いて、飛び出す物体があった。それは砲撃だった。高熱を宿した球体の一撃が嵐のような弾幕を突き破ってくる。

 

正面から迫りくる砲撃に輻射波動障壁を展開。その威力については、不確定のため出力を最大まで高める。輻射波動障壁と砲撃が衝突する。激しいスパークを起こすが、拮抗する時間は僅か。障壁を突き破り《サザーランド・ジーク》の左部装甲版を撃ち貫く。

 

内部を食い破り、背部まで貫通。左部分を吹き飛ばされながらも、《サザーランド・ジーク》は撃沈せず空中で崩れた体勢を立て直し、相手の姿を再び捕捉する。

 

月を背にして、《クラブ・クリーナー》はその場から一歩も動いていない。だが、左手には新たな姿へと進化していた可変アサルトライフル。右手は銃口から光と余熱を吐き出している機竜息銃(ブレスガン)に似た大型拳銃が握られていた。

 

《可変アサルトライフル》は、全体にフレームが増設され、より頑強さを上げていても面影を残していた。しかし、新たに握られた大型拳銃。その銃口は、拳銃というカテゴリーが持つには、化け物過ぎるぐらいに大口径。付け備えられた装甲により、鉄塊に腕を突っ込んでいるように見える。

 

左側は内部をごっそりと貫通させられたため、《オールレンジボマー》の発射は不可能。残った右側から己の装甲が自壊寸前になることも構わずミサイルとリニアキャノンを発射する。

 

 

『――《ゼルベリオス・ツヴァイ》』

 

 

その声に大型拳銃――《ゼルベリオス・アイン》が変形する。折りたたまれていた装甲が展開し、装甲機竜(ドラグライド)機竜息砲(キャノン)を思わせる姿――《ゼルベリオス・ツヴァイ》へと。

 

引き金が引かれる。

ハドロン・ブラスターと呼ばれる熱線が発射され、飛ぶ。

射線上にあったリニアキャノンを容易く破り、《サザーランド・ジーク》の右部装甲版に直撃したことで、莫大な熱量を持った一撃は右側を原型残らず破壊した。

 

身体の半分以上を消失した《サザーランド・ジーク》。それでもその体は宙へと浮かび、《クラブ・クリーナー》との交戦を望み続ける。

接触すれば瞬時に火の玉になるミサイル群。それを《クラブ・クリーナー》が躊躇うことなく駆け抜けていく。大胆さと繊細さを持ち合わせた機動は一見すれば優雅なものだが、普通なら、高Gで人間が意識を失うのは間違いない、悪くすると機体自体が分解しかねないほど無茶なものだった。

 

ミサイルを全て掻い潜ると両手に握った銃を空間へと仕舞い、新たな武器を引き抜く。手に召喚させたのは黄金の穂先を持った大型ランス――その名は、《ロンゴミニアド》。

《ロンゴミニアド》を両腕で突き出すように構えるとけたたましい、唸るような声を上げた。声が大きくなるにつれ、光の火を噴き出す。

今、《クラブ・クリーナー》は《ロンゴミニアド》という推進器と出力全開のフロートユニットによって、一発の弾丸となっていた。

 

《ロンゴミニアド》の穂先が、《サザーランド・ジーク》の操縦者の腹を穿った。

 

莫大な推力に支えられた弾丸は止まらず、地面へと圧倒する。損壊しながらも、《サザーランド・ジーク》の身体は《クラブ・クリーナー》よりも巨大、フロートユニットの推力も吹かして抵抗するが、それでも落下速度は緩むことはない。巨体が空気の壁を貫き、ソニックブームでズタズタにされる。

《サザーランド・ジーク》の巨体が逃げようと身悶えするが果たせず、

 

 

『――!!』

 

 

悲鳴のような破壊音を上げて地面へと激突した。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

そこは荒れた大地であった。

乾いた地面と荒れ荒れとした岩が無造作に存在する中、一つの異変が存在していた。ここ数週間水を浴びてない大地に広大なクレーターが生じていたのだ。

深く、発生した圧力によって、構造体を下へと圧縮したのではない。ただ強烈な勢いで巨大な何かが激突したのだ。

罅割れたクレーターの中央には、巨大な槍で獲物に一撃を与え続けている姿。

 

 

――生きているか。

 

 

ライが《ロンゴミニアド》で刺し貫く中、原型を留めていない姿で《サザーランド・ジーク》は機動し続けていた。

操縦者は腹に風穴を開けられ、要塞のような敵を圧倒させる装甲は砕け散り、巨体の中にあった《サザーランドJ》は四肢が砕け散っている。それでも無傷の胸部装甲に、爛々と輝く紋章の力が起動をさせているのだ。

 

何かが《ロンゴミニアド》に触れた。《サザーランドJ》の腕だ。

手首から先は壊れているため引き抜くことが出来ず、ただ穂先をひっかくのみに終わる。

その光景がライにとっては亡者の抵抗のように見えて仕方がなかった。

 

 

――もういいだろ。眠れ。

 

 

伸ばされたライの手から光が生まれる。

それは、《クラブ・クリーナー》と《サザーランドJ》の胸部装甲に映る紋章と同じ。しかし、その光には文字があった。

 

Deo Optimo Maximo(全知全能の神に捧ぐ)

 

光が胸部装甲に触れると紋章は瞬く間に消え、身悶え続けていた《サザーランドJ》はついに沈黙した。最早動くことのない残骸から機攻殻剣(ソード・デバイス)を引き抜く。その状態を確かめてみるが、ヒビ一つなくまったくの無傷だった。とても上空から墜落したとは思えない程に。

 

 

――いつも思うがこれだけは丈夫だな。

 

 

頑丈さに呆れながらも、機攻殻剣(ソード・デバイス)を操作する。転がる残骸が光の粒子となって分解し、消えていった。

取り残された腹に風穴を空けた仮面の人物は《ゼルベリオス・アイン》の砲撃で消滅させた。仮面も黒の鎧すら残さずに。

 

 

『さて……』

 

 

後始末を終えたことでライは一息つき――

 

 

 

 

 

 

《ゼルベリオス・アイン》の弾丸を背後の空へとぶちかました。

光弾は、空中に浮いた存在が放った一撃で相殺され、轟音と衝撃へとなり、ライを襲った。爆風に煽られながら、ライは《クラブ・クリーナー》の目でその向こうを睨みつけた。視線の先にあるのは純白の影。

 

『こそこそ隠れるな。その白の装甲は、《クラブ・クリーナー》のように隠れるためのものではないと解っているだろう』

 

ライは知っている。純白の影が何ものであるのかを。その実力を、性能を、知り過ぎる程知っている。

 

影の正体は『悪夢(ナイトメア)』だった。

 

全貌は《クラブ・クリーナー》の特徴的な角、片腕に握った青い銃砲――ヴァリアブル・アミュッション・リバルジョン・インパクト・スピリット・ファイアー、通称《V.A.R.I.S. (ヴァリス)》を除けば、生き写しといっていいほどに酷似している。全身を覆う金と白の装甲、フロートユニットで宙に浮く姿は優美で幻想的な雰囲気を表し、ライと《クラブ・クリーナー》を見下ろしている。

 

 

『――五年ぶりだな、《ランスロット》』

 

 

その言葉に《ランスロット》が突如小刻みに震え始めた。震えは次第に大きくなり、身体から悲鳴のような軋みが響く。胸部装甲の紋章も軋みが大きくなるにつれ、輝きを増していく。軋みと輝きが最高潮になった時、《ランスロット》の背部がいきなり砕けた。

 

それは滅びの兆候ではなく、進化の産声だった。

《クラブ》が《クラブ・クリーナー》へと進化したのと同質のものだと、ライは即座に理解したが時既に遅し。《ランスロット》の軋みと輝きは治まった。外見に大きな変化はない。背部の翼に新たな青色の装甲が追加されただけだ。だが、侮るなかれ。かの存在は己が内部の性能を格段に上昇させている。

 

 

エアキャヴァルリー(空の騎士)からコンクエスター(征服者)へと生まれ変わった。

 

 

右手に握り続けていた《ゼルベリオス》の銃口を突きつけたまま、空いた手で背中のMVS(メーザーバイブレーションソード)を引き抜く。だが、ただの抜剣ではなかった。

 

 

『神装――《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》』

 

 

握りに手をかけた際に呟かれた言葉に《クラブ・クリーナー》の紋章が輝く。体から陽炎のように溢れだした光がMVS(メーザーバイブレーションソード)を包む。

 

抜剣されるとMVS(メーザーバイブレーションソード)に込められた『力』と凄まじい速度の剣風とが絡み合い、巨大な衝撃波、いや斬撃波を形成する。

 

斬撃波が空中を駆け抜け、《ランスロット》目掛けて襲い掛かるが防ぐ素振りも避ける素振りもしなかった。ただ、《クラブ・クリーナー》と同じように背のを引き抜いて迎撃。

 

《ランスロット》のMVS(メーザーバイブレーションソード)にはこれまた《クラブ・クリーナー》と同じように光を纏っている。つまり《ランスロット》の神装も《クラブ・クリーナー》と同じ神装《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》を所有する。

 

 

『……!』

 

 

斬撃波と光を纏った《MVS(メーザーバイブレーションソード)》が激突した。

強大な力と力のぶつかり合いは爆発となって、圧力を全方位に広げていく。

降り注がれる圧力が《クラブ・クリーナー》の装甲を叩く中、飛ぶ。漆黒と青の装甲を輝かせながら、裂帛の気合いと共に《ランスロット》めがけて飛翔する。

限りなく近い場所で衝撃を受けながらも、傷一つない姿を現した《ランスロット》もまた宙を蹴り空を舞う。

 

二条の流星は天を駆け巡り交差しまた巡る。

ある時は勇猛に。ある時は厳かに。

剣戟が夜空を叩き、銃撃が夜空を渡る。

同じ名を持つ『悪夢(ナイトメア)』が全霊でぶつかり合う。

それは、戦闘とは思えない美しさを持った二重奏(デュエット)

 

だが、始まりがあれば終わりもある。

《クラブ・クリーナー》に《ランスロット》が破壊された。

双方の間に飛び交じった光条。お互いを必殺できる銃撃は、《ランスロット》からは一本描かれているのに対し、《クラブ・クリーナー》からは二本の銃撃が描かれていた。

 

放たれ合った光条は激突し、残った一撃が《ランスロット》の操縦者の身体を貫き、身悶えさせる。だが強引に、その身を抉られながらも《クラブ・クリーナー》の上へと回り込もうとする。

 

《クラブ・クリーナー》の両手に持った銃口は上に回った《ランスロット》を捉える。

だが、白い騎士は《V.A.R.I.S. (ヴァリス)》を仕舞い、一瞬で《MVS(メーザーバイブレーションソード)》を二刀構える。

銃撃と剣撃が交叉した。

二丁から放たれた銃撃に穿たれながらも、《ランスロット》は強引に下へと、《クラブ・クリーナー》の懐に飛び込む。

激突する。そしてそのまま、双剣を振り上げ、

 

 

『舐めるなぁぁぁぁっっ!!!』

 

 

そこまでだった。

ライの振り絞って出た叫びと共に《クラブ・クリーナー》の腰から放たれた《スラッシュハーケン》がこれまでの激闘で破損していたMVS(メーザーバイブレーションソード)に止めを指した。

 

――勝機!

 

勝利を確信し、《可変アサルトライフル》と《ゼルベリオス・アイン》を構えようとした時。

 

 

『がぁっ……!』

 

 

仮面から苦痛に満ちた声が発せられる。

《ランスロット》の腰から発射された《スラッシュハーケン》。二つの牙がライの腹と《クラブ・クリーナー》の右側を抉っていた。

 

痛みは灼熱となって闇コロシアムから続いていたライの気力を削り取ってしまった。

宙に浮く気力のなくなった者の末路は皆同じ。

ただ墜ちていくのみ。

 

《クラブ・クリーナー》は墜ちていく。ただただ、遥か眼下に見える大地へと墜ちていく。

それを見送るのは、『悪夢(ナイトメア)』――ランスロット。

己を操る操縦者は腹に風穴を空けられ、装甲を銃創や剣で破壊された姿に鮮麗された面影はない。ライと《クラブ・クリーナー》よりも激しい損傷のはずなのに胸部装甲を除けば唯一無傷なフロートユニットで宙に君臨していた。

 

《クラブ・クリーナー》が、ライがもはや上がってこないことを確認すると、

 

 

『――――!!』

 

 

空に叫ぶような軋みを響き渡らせた。軋みは胸部の紋章を輝かせ、光を溢れさせる。溢れた光が、《ランスロット》の傷ついた身に覆いかぶさっていく。光は次第に溶け出し消え去る。己の身体、操縦者の傷すらも完全に癒していた。

 

ライと《クラブ・クリーナー》に興味を亡くしたかのように背を見せ去っていく。後に残るのは日が昇り始めたことで明るくなった空と雲だけ。

 

そして、《クラブ・クリーナー》は、地面へと墜ちていく。

朦朧とした意識の中、ライは吼えた。

 

 

『まだだ……、まだだ……!』

 

 

一息。

 

 

『僕は生きている!生きている限り、負けたわけじゃない!』

 

 

その言葉は自らに言い聞かせるようにも聞こえた。だが、その言葉が起爆剤となり身体を無理矢理にも動かした。

 

 

『必ず、必ずお前たちを倒す!』

 

 

地面への激突まで間もない。その前に、《クラブ・クリーナー》に指示をし姿勢制御。落下の衝撃をフロートユニットの浮力で軽減し、軽減させる。

両脚が地面と接触すると殺しきれなかった負荷で悲鳴を上げるが、堪える。

血が流れ続ける脇腹を抑えて天へと向かってライは――

 

 

『――絶対にな!!』

 

 

誓いともいえる宣言を発した。

 

 

 

 



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日記

今回もグダグダです。
それに、設定もぶちまけているのでより読みにくさに拍車がかかっています。

こんな私の作品を読んでくれている人たちに感謝の念が絶えません。
本当にありがとうございます。



鮮やかな緑の中庭と、大きな校舎。

少し離れた場所に、女子寮と機竜演習場、第四機竜格納庫がある。

その広い学園敷地内の景色を一望できる屋上に見える人影は一つ。

腰には、三つの機攻殻剣(ソード・デバイス)。隣には大型のリュックサックを置いた、凡そ学園には相応しくない白いシャツの上に裾の長い黒衣を着こみ、同じく黒いズボンを穿いた男だった。

 

年は十代後半か二十代前半か。背は高く、すらりと伸びる体の線は細く見えるが、黒衣の下に隠れた肉体は筋肉と脂肪をバランスよくこれ以上ないくらい整え、貧弱というイメージをかき消していた。

何より目を引くのは髪と顔。髪はくすんだ銀色、色素の薄い白肌にアイスブルーの瞳などの顔に備えられたパーツの一つ一つが絶妙にはめ込まれて整った顔立ちを作り上げている。

 

そんな彼が見ているのは広がる光景ではなく、一冊の手帳。

尻をつけ、柵を背もたれにし一冊の本に筆を走らせていた。

 

 

 

 

 

 

 五日前にうけた脇腹の負傷もだいぶ癒えてきたので日記を書くことにする。ついさっき書店で購入した新品で二冊目になる。

 まめな人間に聞こえるかもしれないが、そういうわけでもない。二冊目といっても一冊目には二十回ぐらいしか書いていないし、先ほど書いた負傷による血がべったりとついた手でうっかり触れてしまい使い物にならなくしてまったからだ。そんなわけで一冊目の記録を思い出しながら、記憶と記録をまとめていく。

 

 こうやって記録を残すことは僕にとって大切なことだ。何せ記憶喪失一回、記憶改変一回、現在記憶欠落中といった類稀に見る経験をしているのだ。だから、こうして日記を書くことで自分の記憶を記録していく。そうでもしないと自分自身の記憶に自信が持てなくなりそうになる。

 

 まず最初に僕の目的について早速書くとしよう。名前などを忘れてもこの目的は絶対に成し遂げなくてはならないために。

 僕、ライの成さなければならないこと。全ての『悪夢(ナイトメア)』の機能停止、もしくは破壊。

 

 『悪夢(ナイトメア)』。

 五年前のアーカディア帝国、現アティスマータ王国で起きた『血濡れの革命』で初めて確認された正体不明の機動兵器。

 仮面をつけた者たちに操縦されるソレの性能は圧倒的で、装甲機竜(ドラグライド)の性能を軽く凌駕する。意思疎通は不可能であり、今まで何度も接触を試みた者たちがいたが、自分たちの命を見物料として払うことで、その強さを味わうことになった。

 彼らは率先として装甲機竜(ドラグライド)を襲う。破壊していった装甲機竜(ドラグライド)は『悪夢(ナイトメア)』に触れられると光の粒子なって体内に吸収される。まるで喰うように。

 

 正体は未だ謎のままであり世間では装甲機竜(ドラグライド)の上位種、『幻神獣(アビス)』と同じ存在、『遺跡(ルイン)』から目覚めた全く別の何か、機竜を開発した旧人類そのもの、旧人類を滅ぼした者など様々な説が流れている。

 

 まぁ、『悪夢(ナイトメア)』の正体を知らない者からすれば、そんな憶測が生まれても仕方がない。何せ『悪夢(ナイトメア)』はこの世界の技術では生まれるはずがない存在なのだから。

 あれは僕の世界、つまり『この世界』から言えば異世界に存在するKMF(ナイトメアフレーム)という機動兵器と装甲機竜(ドラグライド)をハイブリットさせたもの。

 装甲機竜(ドラグライド)を襲うのも、自分たちをより強化するための狩りだ。

 

 

 『悪夢(ナイトメア)』とは、KMF(ナイトメアフレーム)を模したマッスルフレーミングと後述の神装を内包する装甲機竜(ドラグナイト)

 

 

 マッスルフレーミング。

 電加合成樹脂と電動コイルの芯をサクラダイト合成繊維で覆った人工筋肉であり、アクチュエーターに使用。それ自体が発電機の役目となることもあって従来のシリンダーモーター駆動を遥かに凌ぐ高出力・高機動を実現……だったか。

 

 そのマッスルフレーミングを装甲機竜(ドラグナイト)用に改造したものを『悪夢(ナイトメア)』全機が使用している。

 マッスルフレーミングの技術そのものは、『あちらの世界』で嚮団が設計したもので、コスト面と整備面の問題で中止となっていた代物だ。計画のために《蒼月》と《ランスロット・クラブ・クリーナー》を強化するために組み込んだけど。

 性能は確かに上がって第九世代どころか第十世代に踏み込んだが、乗り手を選ぶ機体になってしまった。まぁ、それぐらいしないと第九世代の二機は相手に出来なかったわけだが。

 

 

 閑話休題。

 

 

 『悪夢(ナイトメア)』の説明ついでに僕自身のことも書いておこう。

 五年前、正確にいうと『血濡れの革命』が起こる半年前ぐらいに僕は『遺跡(ルイン)』とは違う遺跡で目覚めた。『あちらの世界』の神根島と同じ『黄昏の間』に繋がるギアスの遺跡だ。といっても、『黄昏の間』に繋がる扉はだいぶ昔に砕かれてしまったようで使い物にならなくなっていた。

 今思えば惜しかったな。あの扉が機能していれば、『黄昏の間』を通って世界中に存在する遺跡へと移動できたのに。……それにもしかしたら、『あちらの世界』に戻ることができたかもしれないし。

 

 目覚めた僕は最初棺桶のような物に入っていた。恐らく、コールドスリープのような機能を持っていたのだろう。遺跡の中にあった建造物の風化具合から数百年は軽く立っていたから。

 何故そんな場所に眠っていたのかは、分からない。『あちらの世界』から『こちらの世界』に来た経緯が思い出せないのだ。残っている記憶の最後は、世界中の憎悪を受け止めた『魔王』の胸に剣を突き立てた(・・・・・・・・・)もの。そこから先の記憶がぷっつりと途絶えている。

 

 寝床の隣には、『あちらの世界』の愛機、《月下・先行試作型》と《ランスロット・クラブ》を模した装甲機竜(ドラグライド)が待機していたのだ。まるで僕が目覚めるのを待っていたかのように。

 二機を見た時は大変だった。頭の中に聞いたことも見たこともない情報が頭痛と共にわんさかと頭の中に湧き出てきたからな!

 

 情報は全て装甲機竜(ドラグライド)の操縦方法や装備などの基本知識、いずれ『悪夢(ナイトメア)』と呼ばれる兵器たちに関するもの。まぁ、正直これは相当助かっている。装甲機竜(ドラグライド)が発見されて十余年が過ぎた今も、その具体的な原理は解明されていないため、既存の部品を取り付けるか、交換する程度の調整しかできていない。

 

 『悪夢(ナイトメア)』が大暴れしているため、機竜使い(ドラグナイト)や機竜整備士の不足に拍車がかかっている今、機竜に対する知識を持っている者はそれだけで貴重なのだ。僕に植え付けられた知識には初歩の初歩だが、機竜の整備方法があったため今も機竜使い(ドラグナイト)兼機竜整備士としてやっていけている。

 

 まぁいい。それはまぁ良しとしよう。問題として僕は、また寝ている間にナニカサレテシマッタヨウダ。これで三回目だ。最初はバトレーによる『あちらの世界』の現代に関する知識の刷り込みと薬物による肉体強化。二回目は嚮団によるギアス因子の人体実験。勝手に自分の体を弄繰り回されるんだ。たまったもんじゃない。

 

 そうやって憤る時間すら僕にはなかった。起動したばかりの『悪夢(ナイトメア)』が遺跡内で暴れ回っていたからな。スラッシュハーケンが飛んでくるわ、ハドロン砲が飛び交うし危なかった。

 

 彼らの姿を見て『この世界』が『あちらの世界』の遥か遠い未来という考えは、すぐに打ち消された。『悪夢(ナイトメア)』たちは『あちらの世界』でいう第八世代のKMF(ナイトメアフレーム)までしか存在しなかったからだ。未来ならば僕の知らない世代のKMF(ナイトメアフレーム)ぐらいあるはずだ。

 

 どうして『悪夢(ナイトメア)』たちが暴れていたのかは分からない。僕と同じ時期に起動して半年間その姿を確認されなかったことから、自分たちを目撃した者たちを一人残らず抹殺していたようだ。そのことから推測だが、自分たちに関係するものを隠滅しようとしていたのではないだろうか。

 

 そのまま咄嗟に《月下》を纏って交戦。《接続・開始(コネクト・オン)》も呼吸をするかのようにスムーズに出来、どう動けばいいかも知っていた。冷静になると『こちらの世界』で操縦したことがあるのか、または体に刷り込まれたのか考えさせられる。

 

 突然、襲い掛かってきた《月下》に『悪夢(ナイトメア)』たちは目に見えて驚いて、硬直していたな。

 不意を衝く形で『悪夢(ナイトメア)』――《パンツァー・フンメル》、《サザーランド》、《ポートマン》、《無頼》に致命傷の攻撃を与えて倒したんだが、それだけでは終わらなかった。崩壊した体から粒子の形をしたエネルギーが溢れ出すと、傷ついた『悪夢(ナイトメア)』の体を修復していった。

 

 回転刃刀で操縦者を切り刻んでも、機関砲を接射しても、輻射波動を叩き込んでも沈黙することはなかった。……輻射波動は存外効いたのか、再生するのに時間はかかっていた。サザーランド・ジーク戦からも内部まで損傷が激しすぎる場合、再生するのに時間がかかるのが解る。

 

 そんな在りえない現象は、全ての『悪夢(ナイトメア)』が内蔵するギアス伝導回路、所有する神装《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》の力だ。

 

 

 ギアス伝導回路。

 マッスルフレーミングに織り込まれたサクラダイト合成繊維によって形成されたある種の電磁呪文(サーキット)で、現宇宙誕生前から存在する万物を支配するエネルギー・法則であり、時空間のどこにでも同時に存在、干渉する『エデンバイタル』へのアクセスを行うもの。

 

 

 ……なんだか、相当オカルトな話になってきた。書いてる僕自身ですら頭が痛くなってきている。だが、事実そうなっているのだから仕方がない。仕方がないのだ!

 よくわからないがとんでもなく巨大なエネルギータンクから破壊、再生、強化、全てに活用できる万能エネルギーを引き出すという感じで理解している。

 

 万能エネルギーといってもピンとこないかもしれないため詳しく説明する。

 引き出された力は何ものにも染まってない無色の力。

 炎のように熱くもなく、氷のように冷たくもなく、光のように眩しくもない、ただの力。その力に個性という色を加えていくのが、神装《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》。

 

 僕がそのエネルギーを活用して行ったことを例として書く。

 

 『弾丸』とイメージすると指鉄砲でやると力が指先に集中し発射。

 『軽い』とイメージするとその力が流れている『悪夢(ナイトメア)』の自重を軽減する。

 『飛んでいく』とイメージすると剣風を合わせて斬撃波となる。

 『加速』とイメージすると高速移動。または、弾速の強化。連射速度の倍増。

 『認識』とイメージすると機体の知覚強化。

 『破壊力』とイメージして剣を振るうと刀身に纏って破壊力を上げる。銃砲の場合は、弾丸の威力を上げる。

 

 

 こうして並べてみると汎用性が高すぎる。

 一見、万能だが欠点もある。

 それは、操縦者の僕にとんでもないほどの負担がかかるのだ。そもそも、《蒼月》や《ランスロット・クラブ・クリーナー》は十分に速いし、威力もあるのだ。

 ここまでするのは『悪夢(ナイトメア)』との戦いで不利になった時か、本当に切羽詰まった状況のみだ。

 

 色を加えなくても、ギアス伝導回路から流れてくる力はただでさえ、神装機竜に匹敵する『悪夢(ナイトメア)』の性能を全て跳ね上がらせる。かつて発動状態の《グラスゴー》と交戦した際、発動していない《クラブ》を超える出力を持っていた。

 

 拳の一撃で二枚重ねのブレイズルミナスを突き破り、《クラブ》を大破寸前まで追い込んだのだ。本来防御用の《機竜咆哮(ハウリング・ロア)》は障壁どころか、爆撃波としかいいようのないものになっていた。

 試しに無人の装甲機竜(ドラグライド)に同じことをやってみたら、四肢は粉々に吹き飛んで機竜使い(ドラグナイト)の部分は原型を留めていたが、恐らく死ぬだろう。

 

 機動性も上昇して、第七世代と第四世代のKMF(ナイトメアフレーム)の戦闘を思い起こされたよ。咄嗟にこちらも神装を発動して逆転したけど。舐めてかかるのはダメだな、本当に。

 ルルーシュ、KMF(ナイトメアフレーム)の無頼でランスロットと追いかけっこや、戦闘などしてたけど、よく生きてたな。

 

 『悪夢(ナイトメア)』の驚異的な再生能力はエデンバイタルから引き出した力を、《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》で『常に最善の状態に維持』として使っているためだろう。

 《月下》と《クラブ》にも装備されているため強化型、《蒼月》と《ランスロット・クラブ・クリーナー》で『回復』というイメージを加えながらやってみた。

 

 ちなみに《月下》と《クラブ》では、《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》を発動することができない。まぁ、二機とも神装機竜に匹敵するスペックを持っているのだ。《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》などオーバー過ぎる。結果として出来たのだが、『悪夢(ナイトメア)』の操縦者と違い、僕自身の傷は癒えることはなかった。

 

 これは後に調べてみて、操縦者が身に纏っている鎧に秘密があった。

 僕が『悪夢(ナイトメア)』を操縦する際に着込む『装甲衣(アーマー)』は、人機一体を成すだけでなく、操縦者にかかる負荷を軽減する役割を持っている。

 《月下》と《クラブ》を操縦する際には、『装衣』で十分問題ない。しかし、《蒼月》と《ランスロット・クラブ・クリーナー》いやギアス伝導回路を発動した『悪夢(ナイトメア)』は、マシン・マキシマム――限界までポテンシャルを発揮する機能性能優先の存在へとなる。

 

 五年前の『血濡れの革命』の際、『装甲衣(アーマー)』を着ないまま《蒼月》で戦闘をしたため肋骨を折るなどの重傷を負った。今、思えばどうして同格かそれ以上の存在がいる一体多数の不利な状況で生き延びることが出来たのかわからない。頭の中はぐちゃぐちゃでがむしゃらに戦っていたからな。四機ぐらい破壊したところで退いてくれて本当に助かった。もう一度やれと言われても出来ないだろう。

 

 彼らの鎧、便宜上として『重装甲衣(ヘヴィ・アーマー)』と名付けたソレは操縦者を『悪夢(ナイトメア)』のパーツにする代物だったのだ。

 調べるために脱がせようとしたが、重量が殺人級にあり、凡そ人間の自力では脱着は不可能。《月下》を操作して試みたが、鎧そのものが体に縫いついていることがわかった。思い切って割って中身を見ようとしたが外気に触れた途端、崩れてしまった。

 

 脊髄部分に幾つかのコードを『悪夢(ナイトメア)』に接続できるようになっていたことから『あちらの世界』の神経電位接続、ジークフリートやサザーランド・ジークの操縦方法と同じと言えばいいのだろうか。操縦者は『悪夢(ナイトメア)』の完全な一部になっていることで、再生の恩恵に与れているということだ。

 

 

 閑話休題。

 

 

 不死身の『悪夢(ナイトメア)』たちを破壊する方法は一つ。『エデンバイタル』の接続を一瞬でも無効化すること。その唯一の方法が僕のもう一つのギアス。

 契約なしにギアス(能力)を行使する者の力――ワイアード(つながりし者)・ギアス。その名は『あちらの世界』のの資料で確認したことがあったが、現代のギアス因子が薄まった皇族たちでは発現は不可能と言われてきた。

 名前を付けるとしたら『ザ・ゼロ』。

 神羅万象を無に還す力。

 持続時間は約一秒。

 

 《クラブ》に伝わる僕の『ザ・ゼロ』を、《無頼》にぶつけることに成功し、ギアス伝導回路の機能を停止させた。

 だが、それで終わりというわけではない。

 ギアス伝導回路が停止しても、本来の動力となっていた幻創機核(フォース・コア)に切り替わる。確実な止めを叩き込まねばならないのだ。

 一撃を受けて《無頼》は今度こそ本当に停止したのだ。

 それを見て、『悪夢(ナイトメア)』たちはその場から逃げ出すように出ていった。逃げた『悪夢(ナイトメア)』を破壊するために僕は『この世界』に飛び出したのだ。

 

それから――

 

 

 

 

 

 

 

と筆を更に進めようとしたその時だ。屋上の扉が小さく動いた。

 

開いた隙間から顔を出すのは学園の制服姿の少女。二つのリボンでまとめられた桜色の髪が揺れる下、眠たそうな目がライに向けられた。

 

 

「どうした、フィルフィ・アイングラム。生憎と手持ちに菓子類はないぞ。それとも何か、暇なのか?」

 

 

という言葉に、彼女、フィルフィは眉をひそめながら近づいてくる。

 

 

「暇じゃないよ。それと私、そこまで食い意地はってない」

「なるほど。私が学園の皆に配ろうと時間をかけて作った菓子をつまみ食いするのは、食い意地がないといえるのか。……どう思う、フィルフィ・アイングラム?」

「……ごめんなさい。嘘つきました」

「素直でよろしい。自分の(さが)を認めるのは、大人への一歩だ。それで、どうした、暇なのか?」

「暇じゃない。それなら、ここにいるライさんだって暇みたいなもの」

「ああ、私は暇だ。暇だからその暇な時間を有効に使おうと思って日記を書いている。脇腹の肉を抉られてな。その時の血で前の物をダメにしてしまったものでな」

 

 

くっくと笑うライとは反対に、フィルフィはその顔を不安に染めた。

 

 

「……大丈夫、なの?」

「問題ない。幼少から傷の治りは人並みより上だ。それに体に細工を施されてな。おかげでより速く回復するようになった」

 

 

立ち上がり脇腹をパンパンと叩くが、フィルフィの顔色に変化はなかった。

 

 

「無理、しないで」

「む?」

「ライさんが傷ついたら学園の皆が悲しむ。特にお姉ちゃん、もっと悲しむ」

「……」

 

 

不安の表情を消さないフィルフィの頭にライは手を置いた。動かさず、軽い力で頭を圧する。手から頭に伝わる熱は身に宿る活力が健在であることを教える。

 

 

「すまない。かえって不安にさせてしまったな。大丈夫、私は生きている。不安になる必要などない」

「……うん」

「よし」

 

 

頷きと共に小さな、確かな返事にライも頷き、手を離す。

顔を上げたフィルフィの顔には、不安の色は残らず消えていた。

 

それにライは再び頷き、

 

 

「それで?暇じゃないとしたらどうしてここに?」

「あ、うん。ライさんが帰ったきたこと、お姉ちゃんが聞いてね。呼んで――」

 

 

フィルフィの珍しい長台詞は途中で止められた。

彼女の声を突如轟いた爆発音がかき消していったのだ。

 

二人の間に生まれていた穏やかな雰囲気は消し飛び、体から先ほどとは真逆の剣呑な雰囲気が生まれる。現れた異変は武術を学んだ二人の体を反射で切り替えさせたのだ。

 

ライは即座に腰の機攻殻剣(ソード・デバイス)に手を伸ばし、黒煙が巻き起こっている爆発の中心地を確認し……脱力した。

フィルフィも同じく爆心地を見て力を抜き、軽いため息を吐いていた。

 

黒煙が上がる場所、学園敷地内の端にある大きめの一戸建て。そこは、王立仕官学園(アカデミー)の機竜研究開発所、工房(アトリエ)だ。

下の広場から爆発を耳にした生徒の騒ぎが聞こえる。

 

 

『さっきの爆発音、何!?襲撃!?』

『こっちから聞こえたわ!あそこ……ってなんだ工房(アトリエ)じゃない』

『なんだ工房(アトリエ)か。全く驚かせて。今回はどんな感じだ?』

『屋根は残っているわね。異臭もしないし、窓が壊れただけのようね』

『なら今回はレベル3か。殿下は……まぁ、毎度のことだ無事だろう』

『そう言えばライ先生、帰ってきてるって話あったよね。もしかしたら、あそこに……!?』

『怪我をしてるかもしれないわ!すぐに助けないと!』

『ええ!待っててくださいライ先生!今すぐ、私たちの手厚い看護を!』

 

 

どたどたと大勢の学生が足音を鳴らして、爆心地に向かっていくのをライとフィルフィはどこか呆れた様子で見つめていた。

 

 

「あー、フィルフィ」

「うん。お姉ちゃんには遅れるって伝えとく」

「……感謝する」

 

 

そう言ってライは日記をザックに仕舞い、背中に背負って扉に向かって行った。

 

 

 




読了ありがとうございます。

次はライの『悪夢』の設定などを……。


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《悪夢》紹介

ライの《悪夢(ナイトメア)》について紹介します。

ツッコミどころ満載です。

それと今回の設定と合わせるために前回の話を少し修正しました。

5/13 《ゼルベリオス》、《ガへリス》について追記。


悪夢(ナイトメア)』紹介

 

 

《月下・先行試作型》

 

特性:『悪夢(ナイトメア)

 

機攻殻剣(ソード・デバイス):日本刀

 

詠唱符(パスコード)

「起動せよ、朔と望の先駆けとなる青の志士。遍く敵を、害悪を極意の一撃をもって打ち砕け《月下・先行試作型》」

 

 

神装:《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)

後述のギアス伝導回路に引き出された『エデンバイタル』のエネルギーは、無色の力でありそれ故に全ての力に染まることができる。《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》はその力にイメージという色を加える。色を加えられたエネルギーは様々な効果に変化をする。

ギアス伝導回路が無ければ、死に神装。

《月下・先行試作型》では封印されているため使用不可。

 

 

基本武装

 

なし

 

悪夢(ナイトメア)』は共通して装甲機竜(ドラグライド)の基本武装を持っていない。使用できることにはできるが、幻創機核(フォース・コア)のエネルギーでしか使用不可、《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》のエネルギーではフレームが耐えきれないのか崩壊してしまう。

 

 

特殊武装

 

《ギアス伝導回路》

悪夢(ナイトメア)』に共通して組み込まれている、サクラダイト合成繊維を織り込んだマッスルフレーミングによって形成されるある種の電磁呪文(サーキット)

起動させると動力は幻創機核(フォース・コア)からこちらに切り替わり、現宇宙誕生前から存在する万物を支配するエネルギー・法則であり、時空間のどこにでも同時に存在、干渉する『エデンバイタル』へのアクセスが可能となる。『エデンバイタル』の力を巡らせた『悪夢(ナイトメア)』の性能は飛躍的に高まり、燃費などの縛りがなくなる。

こちらも神装と同じく封印されており、使用不可。

 

 

《高機走駆動輪》

脚部に装備された車輪。高速かつ小回りの利く高い機動性を発揮できる。

 

 

《飛翔滑走翼》

悪夢(ナイトメア)』の飛翔機。翼はX字の外見で、旋回性能に特化している。

 

 

《チャフスモーク》

煙幕。『装甲機竜(ドラグライド)』の索敵も無効化できる。

一度使用するとインターバルが必要となる。

 

 

《回転刃刀》

刃がチェーンソウ状になっている日本刀型の機竜牙剣(ブレード)

月下、暁タイプの代名詞といっていい武装。二機に分類される『悪夢(ナイトメア)』全機が所有している。

出力を上げることで切断力が向上する。だが、通常の出力自体が幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)幻神獣(アビス)の甲殻、『悪夢(ナイトメア)』の装甲を切り刻める。

 

 

《制動刃吶喊衝角刀》  略:制動刀

峰にブースターを内蔵して、状況に応じて点火することで斬撃の威力を高める長刀型機竜牙剣(ブレード)。ブースターで移動時の加速や斬撃の軌道変更、空中での急制動、目晦ましの簡易的な火炎放射器としても利用可能。

『あちらの世界』では、《月下・先行試作型》は装備することはなかった。しかし、『悪夢(ナイトメア)』の開発者たちは制動刀を基本武装と勘違いしたのか、月下タイプ、暁タイプの『悪夢(ナイトメア)』全機が所有している。

ライもその破壊力を知っているが甲一腕型で左腕が塞がる、軽く使い慣れているといったことから回転刃刀を使用。専ら加速のブースターとしてよく利用している。

 

 

《ハンドガン》

右腕上に装着された機竜息銃(ブレスガン)。暁型と同様、銃口が二連装の物に強化されている。

悪夢(ナイトメア)』のハンドガンやアサルトライフル、ミサイルは全て、幻創機核(フォース・コア)、《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》のエネルギーで構成されている。

マニピュレーターを塞ぐことがないため、握る武器の取り回しが楽。

 

《飛燕爪牙》

ワイヤー付きのアンカー射出器、スラッシュハーケン。

左胸に1基内蔵。竜尾鋼線(ワイヤーテイル)よりも威力があり、壁に打ち込むなどして、機体を持ち上げ跳躍することが可能。機竜の障壁も易々と貫通する。

 

 

《輻射波動機構・甲一腕型》

《月下・先行試作型》の切り札。

名を呼べば、パーツが分解状で現れ、左腕を包んで完成する。

指がロボットアームを思わせる三本指で貧弱そうな外見だが、パワーは本来のマニピュレーターを上回る。輻射波動機構の予備パーツで設計された兵器であるため、『本物』には伸縮機能・連射性等、性能は劣る。それでも装甲機竜(ドラグライド)幻神獣(アビス)には一撃必殺であり、内部にもダメージが入るため《悪夢(ナイトメア)》の回復にも時間を掛けさせる。五年前の大乱戦では襲い来る《悪夢(ナイトメア)》全機に少なからず輻射波動を叩き込み、彼らの暴走を抑える時間稼ぎとなった。

我々、ロスカラプレーヤーを悩ませた燃費の問題は改善されていない。

 

 

解説

 

ライの黒の騎士団時代の愛機、KMF(ナイトメアフレーム)《月下・先行試作型》をモデルにした《悪夢(ナイトメア)》。

普段は青の塗装が施されている《月下》だが、性能は若干こちらが上。

上記の通り、武装の一つ一つが手加減できない武装ばかりなため、ライは怪物の『幻神獣(アビス)』、輻射波動が効果的な『悪夢(ナイトメア)』に対して使用している。

詠唱符(パスコード)で呼ぶ際、名前が長いため『月下・先型』と縮めている。召喚に応じてくれるギリギリのラインらしい。

 

『あちらの世界』では、戦闘隊長、作戦補佐の役割を与えられ、『双璧』と呼ばれるようになったライの最初の愛馬。

自分より格上のギルフォードを下すなど活躍を見せるが無理が祟り、藤堂救出作戦の最中に故障、データを回収されたのち、自爆。その後、量産型の月下をライ用に調整し、甲一腕型を装備した二機目を与えられ、ブラックリベリオンまで戦い続ける。騎士団員を逃がすため殿を務め、エナジー切れになるまで戦い抜いた。

ライは囚われ、残された月下は黒の騎士団のエースのKMF(ナイトメアフレーム)としてブリタニア貴族の裏オークションの競売にかけられる。そのことを生みの親が聞きつけ、テロリスト派遣組織『ピースマーク』に奪還を依頼。成功し、親の手によって新たな姿に生まれ変わる。

 

 

《ランスロット・クラブ》

 

特性:『悪夢(ナイトメア)

 

 

機攻殻剣(ソード・デバイス):西洋剣

 

 

詠唱符(パスコード)

「起動せよ、兵士より生まれ変わった青の騎士。湖の騎士の名に恥じぬため、主命を以って盾を構えろ、剣を握れ《ランスロット・クラブ》」

 

 

神装:《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)

悪夢(ナイトメア)』全共通。《ランスロット・クラブ》では封印されているため使用不可。

 

 

基本武装

 

なし

 

 

特殊武装

 

《ギアス伝導回路》

悪夢(ナイトメア)』共通の特殊武装。神装と同じく封印されており、使用不可。

 

 

《ランドスピナー》

脚部に装備された車輪。高速かつ小回りの利く高い機動性を発揮できる。

 

 

《フロートユニット》

悪夢(ナイトメア)』の飛翔機。翼は横に伸びた外見で、安定した長距離飛行に優れている。

 

 

《ブレイズルミナス》

両腕部に搭載された、常時展開している障壁よりも強固な防御障壁。

 

 

《ファクトスフィア》

両肩部に内蔵された情報収集用カメラ。

悪夢(ナイトメア)』中、最高峰の性能を所有している。

 

 

《可変アサルトライフル》

通常モードと狙撃モードが存在。上部に大口径砲を装備。

通常モードでは、単発、連射に対応。

狙撃モードに切り替えると銃身が変形し、射程距離、破壊力を大幅に強化することができるが連射は不可。使用中は常にファクトスフィアを展開して感度を上げなければならないためエナジー消費を通常15倍の欠点があったが、『悪夢(ナイトメア)』になったことで幾分か解消されている。

こちらも《月下・先行試作型》のハンドガンと同じ仕組みで弾丸が幻創機核(フォース・コア)、《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》のエネルギーで構成される。

一発の威力は機竜息銃(ブレスガン)以上、機竜息砲(キャノン)以下。高い威力で連射できるため、相手を蜂の巣にできる。威力を増した狙撃モードも推して知るべし。

 

 

MVS(メーザーバイブレーションソード)

刀身に超高周波振動をおこす、青色の鍔を持った機竜牙剣(ブレード)。切れ味は非常に高く回転刃刀と同じく幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)幻神獣(アビス)の甲殻、『悪夢(ナイトメア)』の装甲に対して絶大な威力を発揮する。

KMF(ナイトメアフレーム)MVS(メーザーバイブレーションソード)と違い、グリップの部分が伸縮可能。伸ばすことでランス型へと変化。また柄頭同士をつなげることでTMVS(ツインメーザーバイブレーションソード)として使用できる。

 

 

《ニードルブレイザー》

両肘に埋め込まれた打突武装。ブレイズルミナスを応用したもので攻撃、防御にも使用可能。

この作品の《ランスロット・クラブ》は、《ヴィンセント》のテスト機の意味合いが強いため組み込まれている。

 

 

《スラッシュハーケン》

ワイヤー付きのアンカー射出器、飛燕爪牙。

両腕、両腰に2基ずつ装備されている。竜尾鋼線(ワイヤーテイル)よりも威力があり、壁に打ち込むなどして、機体を持ち上げ跳躍することが可能。機竜の障壁も易々と貫通する。

両腕に装備したものは、展開する事でメッサーモードになり格闘戦に使用できる。

また、ハーケンブースターであり、1基ずつに搭載されたブースターで、直進だけでなく様々な軌道変更が可能。

 

 

解説

 

ライのブリタニア軍時代の愛機、KMF(ナイトメアフレーム)《ランスロット・クラブ》をモデルにした《悪夢(ナイトメア)》。

《ランスロット》よりも出力は低いが、近・中・遠といった戦闘に対応でき、どれにおいても戦場を選ばない万能の機体。

 

機体の剛性が月下よりも優れており徒手空拳で十分対応可能、MVS(メーザーバイブレーションソード)を停止させて鉄剣としても使えるなどの『手加減ができる』ため装甲機竜(ドラグライド)相手に使用している。

ライはクラブと呼んでいるが詠唱符(パスコード)では、正式名称で呼ばなければならない。

 

『あちらの世界』では、ブリタニア軍の捕虜となり、皇帝によって記憶を改変されたライの二機目の愛馬。

サザーランドをベースにランスロットの予備パーツや試作部品、ヴィンセントのテストパーツを組み込まれて作成された。

記憶を改変されたライは、この自身に最適化された機体と共に、皇帝、ギアス嚮団に『掃除人』をやらされていた。その際、『オズ』や『亡国』の事件に関わるはめに。

記憶改変から半年、嚮団より派遣された技術者たちの手によって《ランスロット・クラブ》は新たな姿となる。

 

 

《蒼月》

 

特性:『悪夢(ナイトメア)

 

機攻殻剣(ソード・デバイス):日本刀

 

詠唱符(パスコード)

「覚醒せよ、月夜に輝く青の戦士。紅蓮と白炎を超えし身となるため、月満ちる夜に蒼となれ《蒼月》」

 

神装:《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)

悪夢(ナイトメア)』共通の神装。

『蒼月』となったことで封印が解かれている。

 

基本武装

 

なし

 

 

特殊武装

《ギアス伝導回路》

悪夢(ナイトメア)』共通の特殊武装。使用可能となっている。

 

他の詳細は後ほど。

 

 

解説

 

KMF(ナイトメアフレーム)《月下・先行試作型》の改良機《蒼月》をモデルとした《悪夢(ナイトメア)》。

《月下・先行試作型》を纏ったまま、詠唱符(パスコード)を上げることで変化する。

外見と装備も変化し、ギアスの紋章を浮かべた胸部装甲が追加される。

 

ちなみに《蒼月》に変化=ギアス伝導回路起動というわけではない。

幻創機核(フォース・コア)を動力にしている場合、性能は上昇するが極端に燃費の悪い《悪夢(ナイトメア)》となるため、《月下・先行試作型》のままの方が良い。

実質、ギアス伝導回路を発動が前提の《悪夢(ナイトメア)》で燃費の心配はなくなるが、流れる力が性能を極限まで上昇させるため主に苦痛を与えてしまう。

 

 

『あちらの世界』では、回収した《月下・先行試作型》に《紅蓮可翔式》、《白炎》、《斬月》から得たデータを元に改良したもの。

カラーリングは蒼。《紅蓮可翔式》の体、《斬月》の頭部、《白炎》の顔といったイメージで。

造ってみたはいいのだが、ライが第二次トウキョウ決戦までブリタニア側に所属していたため、斑鳩のドックの中でずっと待機状態。記憶を取り戻したライによってようやく起動となるが、最初で最後の戦闘は斑鳩から脱走したことによる黒の騎士団の追手を追い払うことであった。

その後再びライがブリタニア側についたことで、マッスルフレーミングとエナジーウィングを搭載するなどの魔改造が施され、新たな名前と共に第十世代の領域へと踏み込む。

 

第十世代の姿に関しては詠唱符(パスコード)を忘れてしまっているため進化不可能。

 

 

 

《ランスロット・クラブ・クリーナー》

 

特性:『悪夢(ナイトメア)

 

機攻殻剣(ソード・デバイス):西洋剣

 

詠唱符(パスコード)

「駆逐せよ、絢爛を失いし青の騎士。その身は既に邪悪な処刑人、凶器を疼かせ闇に忍び、闇を消し去れ《ランスロット・クラブ・クリーナー》」

 

神装 《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)

悪夢(ナイトメア)』全共通。《ランスロット・クラブ・クリーナー》になったことで封印は解かれている。

 

 

基本武装

 

なし

 

 

特殊武装

 

《ギアス伝導回路》

《ランドスピナー》

《フロートユニット》

《ファクトスフィア》

《ブレイズルミナス》

MVS(メーザーバイブレーションソード)

《スラッシュハーケン》

 

上記の武装は《ランスロット・クラブ》と共通。

 

 

《可変アサルトライフル》

 

威力と連射性も上昇し、装甲が増設されたことによって耐久力が増した。

打撃武器としても使用できる。

 

《ブレイズルミナス》

新たに発生装置を備え付けられ、ルミナスコーンを形成できるようになった。

腕に円錐状に展開してドリルに、メッサーモードのスラッシュハーケンに纏わせてルミナスクローに、機体全体を覆って突撃するなど幅広く使える。

 

 

《ニードルブレイザー》

 

両肘だけでなく両膝にも内蔵。

 

 

《ゼルベリオス》

 

《ヴィンセント・グラム》のハドロンブラスターの小型化、《ランスロット》のV.A.R.I.S.(ヴァリス)の破壊力、《ランスロット・クラブ》の《可変アサルトライフル》の変形機能を混ぜ込んだ手持ち式ハドロン銃砲。

《ゼルベリオス・アイン》は弾丸状に放つハドロンショット。

《ゼルベリオス・ツヴァイ》は一点集中型のハドロン砲。

《ゼルベリオス・ドライ》はフレーム、装甲全てを展開という形に広げ、それら全てを銃身とし一発のシュタルケハドロン砲を発射する。しかし、剥き出しのフレームなどで撃つため強度は無いに等しくたった一発しか撃てない。

 

《ロンゴミニアド》

金色の穂先を持った大型ランス。

推進機構が内蔵され、その推力は『悪夢(ナイトメア)』を空に引っ張っていくほど。

 

KMF(ナイトメアフレーム)が装備する大型ランスは電磁放射機能を持っていたが、《ロンゴミニアド》には燃費が悪いという理由でオミット。別の形で破壊力を得るために突撃力強化としてオミット部分に推進機構を加えた。

 

 

 

解説

KMF(ナイトメアフレーム)《ランスロット・クラブ》に改良を施した《ランスロット・クラブ・クリーナー》をモデルにした『悪夢(ナイトメア)』。

《ランスロット・クラブ》を纏ったまま、詠唱符(パスコード)を上げることで変化する。

外見と装備も変化し、ギアスの紋章を浮かべた胸部装甲が追加される。

 

悪夢(ナイトメア)》としては大体、《蒼月》と同じ。

 

『あちらの世界』では、《ランスロット・クラブ》を嚮団より派遣された技術者たちが改良したもの。外見は白い部分は黒に染めたランスロット・クラブ。

 

第二次トウキョウ決戦までライと共にあった。

戦闘の最中にギアスキャンセラーで記憶を取り戻すが混乱が生じ、その隙に攻撃され、コックピットの脱出機能を使用。

抜け殻となった《ランスロット・クラブ・クリーナー》はライの専属の技術チームが回収、《蒼月》と同じく魔改造が施され、新たな名前と共に第十世代の領域へと踏み込む。

 

第十世代の姿に関しては詠唱符(パスコード)を忘れてしまっているため進化不可能。

 

 

 

《ガへリス》

 

本作品のオリジナルKMF(ナイトメアフレーム)

姿は両腕をきちんとしたマニピュレーターに変更し、《MVS(メーザーバイブレーションソード)》を二本装備している以外に《ガレス》との差はない。

 

悪夢(ナイトメア)』となったことで《ガレス》と共にブレイズルミナスを追加された。

 

 

 

 




後々、追記予定です。


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蒼の軌跡

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明るく冴えた空汚すような真っ黒の煙を吐き出す工房(アトリエ)にライは言葉を零しながら進んでいく。

 

「全く、自分が王女だという自覚があるのか彼女は?」

 

爆発の原因は解っている。

十中八九、機竜の動力である幻創機核(フォース・コア)の暴走だろう。武装関係も頭に浮かんだがすぐに消した。それならばあの程度の爆発ではすまないはず。そして、意図的ではないにせよ幻創機核(フォース・コア)の暴走を引き起こせる人物などこの学園では限られている。

 

技術者というのは危険性を感じることより好奇心が優るものなのかと、自分が関わってきた技術者の顔を思い浮かべている内にだいぶ工房(アトリエ)へと近づいていた。

黒煙を最も多く吐き出す入り口に、数人の女子生徒が声を上げていた。

 

「ライ先生―!無事ですか―!ついでにリーズシャルテ様もー!」

「ちょっとこれ……本当に返事がないわよ。もしかしたら――」

「それはいかんな……よし!私が入る!みんなは保健室から「行くな、行くな。突っ込んでも私はいないぞ」ひゃいっ!」

 

意を決して黒煙の中に突っ込もうとした少女に声をかけて止める。出鼻を挫かれたことで素っ頓狂な声を上げるが気にしない。背後からかけられた声の持ち主に振り向くと赤色のネクタイが見えたので、二年生が中心だと解る。

少女たちが驚きを込めて叫んだ。

 

「ライ先生!?」

「よかった、無事でしたのね!」

「てっきり爆発に巻き込まれたかと、私心配で!」

 

無事な姿を見て、キラキラと瞳を輝かせて喜びの声を上げる少女たち。もし犬だったら勢いよく振られる尻尾が見れただろう。

彼女たちの視線を遮るように自分の顔に手をあてる。

 

――やっぱり苦手だ。

 

彼女たちの視線はある意味天敵だ。疑いや害などの曇りがない視線は物理的痛みを持っていたら即死できるだろう。

善意、ただの善意。自分がどんな人間か知らないのに注がれるそれが苦しい。

軽く深呼吸して重々しく言葉を吐き出す。

 

「君たちは……何度もいっているが私は機竜整備士だ。ここの教員ではない。なのに何故、君たちは私を先生と呼ぶ」

 

不満を帯びたライの声に少女たちはえーと声を重ねる。

 

「けどライ先生~。先生のここ四年間の働きぶりを見て先生と言わないのは無理ですよ~」

 

その声にライ以外の全員がうんうんと首を縦に振る。

 

「だってライ先生のアドバイスは的確だし」

「頼り甲斐もあって面倒見もいいし」

「機竜以外にも色々なことを教えてくれるし」

「先輩たちに上級階級(ハイクラス)以上にならなかった人いないし」

「かっこよくて強いし」

「もう完璧過ぎて、これはもう先生と呼ぶしかないって感じなんです!」

 

ねーと笑顔を見合わせる少女たちにライは頭を抱えたくなった。

彼女たちの言葉に心当たりはある、ありすぎるといっていいほどに。

ライはこの学園――アティスマータ新王国が管理する機竜使い(ドラグナイト)士官候補生を育成する場――で機竜整備の仕事をしている。

 

異世界人であるライがどうしてそんな仕事につけているのか詳しく説明すると、旧帝国が敷いてきた男尊女卑の風潮と制度により、女性は装甲機竜(ドラグライド)の使用は、禁じられていた。しかし、クーデターの成功により新王国が設立したのを境に、その認識は一変。機竜制御の相性適性は、女性の方が遥かに上という事実が判明。以後、専門の育成機関を設立し、他国に負けない機竜使い(ドラグナイト)の士官を揃えるべく、その育成に力を注いでいるのだ……が、ここで問題が発生。

 

機竜に関する知識を持つ者が極端に減ってしまったのだ。

 

原因は長年、装甲機竜(ドラグライド)を独占していた旧帝国の軍人の大半がクーデターで死亡したことにより、機竜使い(ドラグナイト)と機竜整備士の数が全体的に減少してしまい人手不足が深刻化。その不足を革命に参加した使い手たちを正規軍に加えようと考えていたが、多くが『悪夢(ナイトメア)』に殺されている。

結果、革命に成功して生まれた時のアティスマータ新王国の軍事力は国家の平均的な軍事力のラインよりも下という状況に陥った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を金に換えながら、四大貴族の力を借り、機竜使い(ドラグナイト)を募集、訓練したことで革命から一年が経ってようやく国家軍事力としてのラインに辿り着くことが出来た。

 

それでもやはり多くの機竜使い(ドラグナイト)は軍から離れることは出来ず、革命から一年経って生まれたこの王立仕官学園(アカデミー)も教師として機竜使い(ドラグナイト)不足に苦しんでいた。特に機竜を整備できる機竜整備士に関しては軍の方でも急募していたため派遣されなかった。

そんな中、学園長――レリィ・アイングラムは知り合いであるライにスカウトを行った。

ライの記憶には基礎とはいえ、機竜整備や修理の情報が刷り込まれていたため十分に活躍できる。ライはとある条件を結び、機竜整備士の仕事を受け持ったのだ。

 

 

閑話休題。

 

 

機竜整備士の職を与えられたとはいえ、王立仕官学園(アカデミー)に集まるのは貴族子女ばかり。男尊女卑の影響が強く残っている彼女たちにとって『男性』のライは毒にしかならないと思い、極力接触は避け、整備の終わりに機攻殻剣(ソードデバイス)を渡す際には帽子やマスクで顔を隠すなどの徹底した日々を半年ほど続けていると転機が訪れた。

 

機竜を整備しているとその機竜使い(ドラグナイト)がどのような操作法をするか自ずと解る。格闘戦を重視したもの、射撃戦を重視したもの、機動性を重視したものなど機竜の摩耗具合から知ることができる。そんな中には、自らを危険に晒しかねない操作をする生徒がいたのだ。まるで何かに焦っているように感じさせるほどに。

 

その生徒に機攻殻剣(ソード・デバイス)を渡す際、つい聞いてみてしまったのだ。何故、無茶な操作をすると。

そう言われた少女は突然、泣きだしたのだ。どうすればいいのかと。

何でも機竜の操作を同級生と比べてしまい劣っていると感じ、その差を埋めようとして無茶な操作を行うようになったとのことだった。

 

その時、自分が考えたことを今でも覚えている。

彼女にありふれた励ましの言葉を送って帰すのが、半年間のスタイルを崩さない最善の方法だろうと。だが、言葉だけを送れば彼女は危険な操作を続けることは分かっていた。操作をし続ければいずれ蓄積された負荷で、彼女が死ぬことも。

 

もし、彼女が死んだら?

人々は自業自得という形で彼女の死を終わらせるだろう。だが、自分は気付いてしまっている。誰も知らない中、彼女を救えるのは自分だけ。

 

何かしておけば死ぬことはなかったのではないか?

そうだ。自分はその何かをすることができる。

 

友人たちに追いつこうと努力する少女の死を無理解のまま自業自得の形で終わらせていいのか?

駄目だ。そんな悲しい結末は彼女が報われない。

 

彼女は死ぬことを自分が知っていればどう思うだろうか?

恨む。絶対に恨む。死後の世界で怨み殺すだろう。

 

彼女の死を忘れることができるか?

できない。ただでさえ人の死については忘れることはできないのだ。

 

ぐるぐると考えが巡る中、自分を動かす結論が浮かんだ。

 

彼女が死んだら自分は後悔するか?

する。するに決まっている。

 

ライは言葉を吐いた。慰めの言葉ではないものを。

彼女のことを想ってのではなく、自分のために。

 

 

彼女が伸びない原因を探るため機竜操作を見せてもらうとすぐにわかった。

機竜の基礎といえるものが伸ばされておらず、初めから高難易度の操作に手を出していたのだ。スタートラインは同じであったのにメキメキと実力をつけていく友人たちに取り残されないため、皆に追いつこうと必死になるあまり高等技術を覚えようとした感じか。そのことを注意して、基本操作についてレクチャーして彼女を帰らせた。

 

後日、彼女の機竜を整備すると、無茶な操作によって生まれる負荷は見つからなかった。

そのことに自分が深い安堵を覚えたことを記憶している。

 

これで万事解決と思いきや、そうならないのが世の中というもの。かつての女生徒が相談を持ち掛けてきたのだ。それも集団で。

 

この王立仕官学園(アカデミー)には、実技演習以外でも装甲機竜(ドラグライド)を扱える遊撃特殊部隊『騎士団(シヴァレス)』が存在する。

彼女はその『騎士団(シヴァレス)』に選ばれるほどに成長したのだ……ただし、予備メンバーとして。彼女が連れてきた生徒たちも予備メンバーの生徒たちだった。

 

相談の内容は『騎士団(シヴァレス)』に吹っ掛けられた試合に勝つため自分たちに稽古をつけてほしいという。

 

王立士官学園(アカデミー)は文字通り士官学校であるため、彼女たちを教える教官も当然のことながら存在する。特にここには旧帝国時代、女性の身でありながら、唯一の機竜使い(ドラグナイト)として活躍し、クーデターでは女性の味方として新王国側に参加したライグリィ・バルハートがいる。

ライも何度か顔を合わせ、性格や実力も把握している。『あちらの世界』なら騎士として名を馳せていただろうと思ったほどだ。そんな女性にとって憧れの的である教官ではなく、『男性』で表向きは機竜整備士でしかないライに稽古を頼んできたのだ。

 

ライグリィ・バルハートの性格から『騎士団(シヴァレス)』に贔屓するとは考えられなかったため、何故自分なのか聞いてみると、ライグリィは二週間の初演習に行った『騎士団(シヴァレス)』と共に王都へ行ってしまったらしい。

 

他の教官に頼もうにもさっき言った通り、男尊女卑の影響により女性の機竜使い(ドラグナイト)として活躍していたのはライグリィ一人だったため、実力的には他の教官も生徒たちと似たようなものだったのだ。

 

試合相手の『騎士団(シヴァレス)』は王都の演習でより実力をつけている。自分たちも自主訓練を行っているがそれでは差が開くばかり。教えて貰おうにも有力機竜使い(ドラグナイト)のライグリィはおらず、残った教官は頼りない。身近におり、実力のある機竜使い(ドラグナイト)と皆が考えて、かつて助言を受けた女生徒の提案で、僕にお鉢が回ってきたということだ。

 

機竜使い(ドラグナイト)ではないといって拒絶することは出来た。だが、彼女たちの助けてほしいという言葉と頭を下げる姿にその想いは揺れてしまった。

彼女たちは旧帝国が敷いた男尊女卑の被害を受け、『男性』という存在の恐ろしさを知っている。そんな彼女たちが『男性』であり、ほぼ初対面の自分に頭を下げている。それはとても勇気がいる行動だということが理解できた。

 

彼女たちの勇気を無下にすることなどできず、頼みを引き受け、『騎士団(シヴァレス)』が帰ってくるまでの二週間、彼女たちに協力。その結果、予備メンバーは見事『騎士団(シヴァレス)』との試合に勝利した。

それで一件落着……というわけにもいかなかった。

 

なんと今度は『騎士団(シヴァレス)』のメンバーが予備メンバーの成長の秘密を知って、自分の元に押しかけて来たのだ。『騎士団(シヴァレス)』に稽古をせがまれる途中、予備メンバーも現れ大騒動になった時はめまいを覚えたぐらいだ。

 

騒ぎを聞きつけた学園長のレリィとライグリィ教官のおかげで収まったが、それによって二人に僕が教官としての能力があると知られて『騎士団(シヴァレス)』の訓練相手として表に引っ張り出される結果に。

 

正直、断りたかったが真摯な瞳を向けて、教えを乞うてくる彼女たちを拒絶することが出来ないままここまでズルズルと来てしまった。これが先生と呼ばれる経緯だ。

 

「あーもう!わかった!わかった!先生と呼ぶのは今は不問にしてやるから、この場から離れろ!再び爆発するかもしれんのだぞ!」

 

その声に生徒たちは、はーいと明るく答え、去っていく。

 

「さて……」

 

女生徒たちが離れていくのを確認して、背負っていたリュックサックを下す。幾つものベルトと四桁番号並べの錠を外し、中の物を取り出す。

 

明るい外の色とは正反対の黒を中心とした配色の仮面。後頭部が開きっぱなし、下顎部分が取り外されたそれを頭に被る。外されていた下顎のパーツを取り付けると、展開していた後頭部のパーツがスライドし、内装パッドが膨張することによって頭部を万全に固定する。

 

右左上下と首を振って視界確認。次に取り出すのは、『装甲衣(アーマー)』のグローブ。仮面と同じ暗い配色に隠れているが、目を凝らせば長い間使いこんだことを教える傷と汚れ、最近染み込んだに赤い色の形跡が視認できる。ライの手より僅かに大きく、両手に楽にはまる。裾のストッパーを締めると仮面と同じく内装パッドが膨らんで手にフィットしてくれる。何度か手のひらを握って開いて状態を確認。

 

「よし……」

 

頷きを一つし、眼前に広がる黒煙に飛び込む。仮面に備えられた呼吸機能のおかげで黒煙に体を害されることもない。

探すのはこの煙の発生源。本来ならこの工房(アトリエ)に残っている少女を救うことが最優先と思えるが、ライは心配していなかった。こういうことが一月に三回ほどあるため、身を守れる装備を託しているのだ。

 

仮面のサーモグラフィー機能を使用して、発生源を特定。煙の出どころである機竜は幻創機核(フォース・コア)を内蔵する肩部を中心に火を噴き出して、炎の塊になっている。

 

直接操縦して停止させるのが無理なこともわかったので、右腕に力を籠める。手のひらを中心に力を集めるように集中。すると赤い光で構成された紋章――『ザ・ゼロ』が出来上がる。

 

『ザ・ゼロ』の力はあらゆる物を無に還す。幻創機核(フォース・コア)の停止など極めて容易だ。しかし、未熟なためか持続できる時間も少ないためすぐに幻創機核(フォース・コア)にぶつける。途中、炎にも触れたため蝋燭に息を吹きかけたように一瞬で消える。途端に輝き続けていた幻創機核(フォース・コア)はぷっつりと機能を停止した。

 

実際、便利な力だと思う。しかし、破格の能力の反面、時間は少ないし二回なら問題はないがそれ以上は自分の体力も削り、行動に支障ができてしまう。

 

『これで解決、次は……』

 

黒煙の元が消え、晴れつつある視界に再びサーモグラフィーを使用してこの騒動の犯人を捜す。発見。爆発によって気絶したのだろう床に転がってのびている。

 

その場合適切な対処があるだろうが、するつもりはない。何度注意しても、結局は今回みたいに爆発騒動を起こすのだ。

近づき、転がっている人物は仮面を被っていた。今、ライが被っている仮面よりやや小型で簡略化された仮面。ライは防御性を考慮してわりと乱暴な手つきでをつつく。

 

『起きろー』

『ん……』

 

反応ありだが、目覚めない。浅いようだ。

 

『起きろー。起きるんだー』

『う……んん……』

 

より強く叩くが、さっきと同じように反応するが、目覚めない。

 

『おーきーろー』

『う……ぐぅ……』

 

三度の呼びかけに目覚めない。

カチンときたため、グローブのストッパーを解除して外すし、現れた人差し指を寝ている仮面に立てる。

 

『連射――!!』

 

手首を細かく上下し、人差し指の上下運動で仮面を連射する。叩かれた数だけ仮面が揺れる。その光景は、仮面にバイブレーション機能があるのではないかと疑うほど。仮面と地面とがぶつかりあう音が鳴り響く。その速度は一秒間に十六連射を超過していた。

 

『あちらの世界』では友人に誘われたゲームセンターで使用し、店長に出禁を喰らわされ、ついにはトウキョウ租界中のゲームセンターにブラックリストとして乗ったほどの邪道技。『この世界』では使用する機会などないと思っていたが、まさかこんな形で活躍するとは。

 

体が温まっていき、より連打音を響かせていく連射。そしてその速度は伝説へ――

 

『ぬあぁぁぁぁ――――!?』

 

至らなかった。

勢いよく仮面が跳ね起きたため、ライの伝説は突如終わってしまった。

 

黒煙もだいぶ晴れた工房(アトリエ)の中、外された仮面の下から姿を現したのは鮮やかな金髪に、勝気な赤い瞳が印象的な少女。

彼女こそこの機竜研究開発所・工房(アトリエ)の所長にして神装機竜《ティアマト》の使い手であるアティスマータ新王国王女。

名は――

 

『リーズシャルテ・アティスマータ。ようやく起きたか』

「え……?」

 

荒い息を吐きながら、声をかけられた方向を向き、ライを認識すると――

 

「ラ、ライ!?違う!これは違うんだ!ただちょっとこの二週間、貴様がいなくなったことで、機竜に関する話ができる相手もいなくなった寂しさを埋めるついでと褒めてもらおうと思って《ロンゴミニアド》を参考にした推進機能付きドリルを装備した機竜開発を進めていたら、こんな事にー!」

『落ち着け、隠さなければならないものがダダ漏れだぞ』

 

――もう一度いうが王女である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱライ先生ってかっこいいよね~」

「うんうん。あの顔とミステリアスな雰囲気が絶妙にマッチしてたまんないよ~」

「そういえばライ先生。王立士官学園(アカデミー)を徘徊する美形の幽霊って噂になってたらしいよ」

「え?それ本当?聞いたことないけど」

「本当、本当。ここの一期卒業生のお姉ちゃんが言ってたもん」

「お前もか?私の姉も一期卒業生でな。ライ先生の教え子一号を自称するぐらいお熱なんだよ。自分から聞きに行けばいいのにわざわざ私に先生のことを聞いてくるんだ」

「へぇ~。じゃ先生がどういう訓練したか知ってる?」

「確か最初は一対一で模擬戦をするんだ。先生はワイアームの改造機を使っていたらしい」

「機竜の改造機って……ライ先生、なんで王立士官学園(アカデミー)にいるの?そんな技術を持っているなら軍から引く手数多なのに」

「確かにな。模擬戦が終わると、その一戦で全員の長所と短所を見極めて、各々の長所を伸ばす方法を教えていったらしい」

「ちょっと……それ冗談じゃないわよね?」

「本当だ。一週間、そんな訓練を行った後は、集団連携について教えて貰ったそうだ。その内容もとんでもないぞ」

「……どんな内容?」

「先生対全員だ」

「……え?」

「……は?」

「……何それ?」

「気持ちはわかる。私も最初聞いた時は同じ気持ちになった。言った通りに先生に全員が襲い掛かる。だが、ここでも先生のとんでもないっぷりが発揮されているんだ」

「……どんな感じ?」

「姉も詳しくは言わなかった。ただ、ただその時の状況をこう語っている。『私たちが行おうとしていた試合などおままごとでしかなかった』、『集団で襲い掛かられ、退路を断たれた獣は生き延びるために殺意の塊に変化する』、『殺意をうけた時、立ち止まってはいけない。飲み込むのだ。そうしなければより強い殺意に殺される』、『出せ、出してみせろ、毒の全てを』、『己より硬く、素早く、強力な存在を仕留めるには集団の連携が必須』、『互いに頼り、互いに庇い合い、互いに助け合う。一人が皆のために、皆が一人のために、だからこそ戦場で生きられる』、『這いずり回り、のた打ち回り、五臓六腑を撒き散らしても、生き抜いてみせろ』……と震えながらいってたよ」

「……」

「……」

「……」

「そんな感じな模擬戦を一週間やって、連携の大切さを知っていったらしい。けど、先生のワイアームを小破より先に追い込むことはできなかったみたい」

「……」

「ライ先生がそんな……」

「あの人のいい先生が……」

「ま、まぁ、姉はその時のお蔭で今は、同期の友人たちと王都親衛隊で活躍できているといっていたしな。……その、なんていうか結果オーライ?」

 

『ドSなライ先生……いい!!』

 

「へ……?」

 

 

これが王立士官学園(アカデミー)生徒の会話!

 

 




この作品のライは属性でいうと《秩序・悪》です。(怒らないで下さい!)
そのため、『無償の善意』でダメージを受けます。
特に、ほんの少し小首をかしげて放たれる優しい微笑と慈愛の眼差しを向ければ数秒で大破、撃沈します。
幼少のころから人に甘えることもできない環境で育ったため、年上にも弱いです。母性で包んであげれば母親のことを思い出してトラウマで自滅します。年下の女の子に頼まれれば断ることもできず、懐かれると妹のことを思い出して自滅します。

ある意味で作中最弱の人物なんです。
まぁ、悪ですから愛に敗けるのは当然ですよね。

けど敵が放つ悪意に関しては無敵になります。


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朱の戦姫

……一年前。

 

深夜を迎え、闇の底のように真っ暗な城塞都市を、ライは彷徨っていた。

 

風景の色に溶け込む闇色の仮面と『装甲衣』を纏う姿は、闇に潜む怪人と人は思うだろう。しかし、その怪人には活力や精力といった内側から溢れる要素が欠けていた。怪我を負っているのか、よろめくような足取りは酔漢に近い。ふらふらと冷たいレンガ造りの壁に手を置きながら、しかし、その足だけは歩みを止めない。

 

闇の中、ライの腰が雲から零れ出た月光を浴びて光る。光の正体は備えられた四振りの剣。二本は、ライの愛刀、愛剣である《月下》と《クラブ》の機攻殻剣(ソード・デバイス)。他の二本は、銅色の鍔を持った中華剣型機攻殻剣(ソード・デバイス)と桃色の鍔を持った西洋剣型の機攻殻剣(ソード・デバイス)。この二つは鞘に包まれておらず、刀身が剥き出しだった。

 

その四つの剣は激しい疲労を見せる主とは反対に自らの意匠を欠けさせておらず、新たに得た二本が今回のライの戦果だった。

 

 

『しんどい、まさか連戦となるなんて……。《鋼髏(ガン・ルゥ)》なんかなんだよ、アレ。弾薬がエデンバイタルから供給されて無限だからって、バカスカ撃って。倒したら突然《ランスロット・フロンティア》が飛び出してくるし、空気を読めよ。全く……ぐぉっ!?』

 

 

闇の中、仮面の横から鮮やかな火花が散った。それと共に、金属が罅割れる音、金属が擦れあうと思える怪音までが立ち昇っている。仮面に内蔵されていたサーモグラフィーが死んだ。人目に付くのを避けるために使用していたが、とうとう限界を迎えたようだ。ならば顔を覆う圧迫感から解放のため脱ごうと思ったが、仮面の暗視ゴーグル機能なしで、この闇をくぐり抜ける自信はないため、着用したままに。

 

 

『ああ、まったく……このポンコツ。いや、ポンコツなのは僕の方か。道具をこれだけの状態にしたのは使い手……僕の責任だ』

 

 

自嘲の笑み、自嘲の言葉は零し、被っている仮面を撫でる。その仕種は愛用の道具を慈しむ情が垣間見えていた。だが、撫でている途中、仮面から罅割れるような音が零れる。

 

 

『流石にあんな激戦を繰り広げると損傷も馬鹿にならないか。修復も厳しそうだし、これは替え時とするしかないか。ストックは工房(アトリエ)に置いてないから、後で遺跡に……まったく、休む間もないとはこの事だな』

 

 

罅割れた仮面を軽く小突きながらぼやく声には、嘆きよりも今この状況を愉しむような諧謔の色が濃い。むしろ端的に言って、その言葉は病んでいた。自傷行為によって自己を散発的に奮い立たせるのとまるで同じ。身を蝕む痛みは他者から与えられたものだが、皮肉にもその痛みこそが少年は現実へと繋ぎとめていた。

 

 

工房(アトリエ)まで後少し。《月下》を使えばすぐに着くけど解除した瞬間、倒れそうだな。ああ……本当にどうしてこうなった』

 

 

どうしてこうなった、その言葉が胸を抉る。

記憶の欠けた自分では、どうして、『この世界』に来たことすら分からない。

よろめきつつも盲目的に前だけを目指す。その足取りは文字通り、亡霊のようなものだった。それでもまだ死ぬわけにはいかないと己に叱咤し、体を動かす。

 

 

『はぁ……』

 

 

もう何度目かもわからないため息を零す。ため息をすると幸福が逃げるというが、マイナスの領域に突っ込んでそうな自分ならば何度もしても文句はいわれないだろう。

空を見上げれば冴え冴えと浮かぶ月が目に入る。人が作り出した眩きに侵されていないその姿は、夜の女王に相応しい美しさと煌めき、優しさがあった。

 

 

――ああ。本当に綺麗だ。

こうも美しいと大地に寝転び、夜が明けるまでずっと眺めていたい誘惑に駆られるが、堪える。頭を振り、襲ってくる睡魔を振り払う。

 

 

『あと少し……あと少し……』

 

 

住み着いている王立士官学園(アカデミー)の『工房(アトリエ)』までは確実に距離を縮めているのだ。言葉を絞り、意識を繋げさせ歩くこと、二十分。ようやく王立士官学園(アカデミー)正門までたどり着いた。

 

普段は生徒たちの騒がしいと思える明るさに包まれ学園のイメージを主張しているが、深夜に映し出される姿は城か要塞と思わせる。深夜過ぎのため、明かりをつけている場はない。一つの例外を除いて。明るさのない王立士官学園(アカデミー)に一つだけ明かりをつけている建物があった。

学園敷地内にある、大きめの一戸建て。ライが拠点としている『工房(アトリエ)』である。

 

明かりのついていることに首を傾げる。『悪夢(ナイトメア)』討伐に出撃する前に戸締りの確認はしたし、鍵は学園長のレリィに預けていた。となると――

 

 

『……盗人か』

 

 

工房(アトリエ)』には装甲機竜のパーツなど多くの貴重品が置かれている。過去にそれを狙った盗人が何人も忍び込もうとしたこともあったのを思い出す。

ライは身体に鞭を入れ、『工房(アトリエ)』まで走る。入り口まで近寄り、耳を立てて内部の状況を確認。物を探る音や話し声、足音すらも聞こえない。

 

扉のドアノブを見てみると壊されていない。軽く回してみると鍵はかかっていなかった。試しに、内側に向かって石を投げてみる。入り口近くの鉄板に当たり、軽い音を響かせるが、反応もない。恐る恐る入り口を確認すると荒らされた形跡は特に感じさせなかった。

 

どういうことだ、と頭に疑問符を浮かべながら、足を踏み入れると――

 

 

 

いた。

何かいる。

持ち込んだソファの上にある毛布。軽い山を作っていて、下に何かがいる。

 

「……」

 

《月下》の機攻殻剣(ソード・デバイス)を鞘に収めたまま、腰から音もなく静かに抜く。山の正体次第では容赦なく打ち込むつもりで。そっと、細心の注意を持って軽く毛布をめくった。

 

 

『……は?』

 

 

不審者が寝ている、そう思っていたのだ。しかし、目の前の現実はライの想像したものを軽く超えていた。まさか、背を自分に向けた王立士官学園(アカデミー)の制服を着た少女が転がっているとは!

そんな現実にライは機攻殻剣(ソード・デバイス)を構えたまま固まった。仮面の下でまじまじと少女を見ると、僅かに上下する体、規則正しいリズムで吐かれる呼吸の音からは寝ていることを教えてくれる。

 

 

『…………』

 

 

ライは目を閉じて、深呼吸。何気ない手つきで毛布をもとに戻す。

 

 

『いかん、仮面の故障がここまで深刻だとは……』

 

 

仮面を軽く叩いて状態を確認。

 

 

『まさか、体力の消耗から現実への認識能力が下がって幻覚を見始めたのか……?』

 

 

幻覚の中には人間の隠された欲求を元に構成されたものがあると聞く。ならば、自分が心の奥底で求めているのは、金髪の少女だということか。それも、学園の制服を着たというオプション付きで。そこまで女に飢えていたのか。自分がこの学園の生徒たちに欲情していたのかという可能性にライは死にたくなった。

 

 

『どうかめくった先に彼女がいませんように……』

 

 

祈りを込めて、1、2、3と掛け声一つ。再び毛布をめくると、今度は寝返りを打ち、ライに顔を向けた姿勢の彼女がいた。金髪を有した彼女の瞳は伏せられ、表情から余分な力は感じさせない。固まるライを無視して眠り続けている。

 

 

『……どうすればいい』

 

 

泥棒なら話は速かった。侵入者として叩きのめし、衛兵に突き出す簡単な対応で解決できた。しかし、目の前にいるのは制服を着た少女。どう対応すれば良いのか。

 

 

「ぅ……んん……」

 

 

少女は、明かりがまぶしいらしく、目元を軽く歪ませながら小さな声を漏らす。ライが今ぶつかっている現状など知ったことかの態度に、ため息を吐いて毛布をかけようとする。しかし、彼女が抱きしめている物に気付き表情を一瞬で厳に変えた。

 

彼女が抱きしめているもの、赤い鞘に収められた機攻殻剣(ソード・デバイス)。汎用機竜の機攻殻剣(ソード・デバイス)が持つ白の鞘ではなく朱。

 

 

『神装機竜……だと?』

 

 

今のところ王立士官学園(アカデミー)に在籍する生徒で一人しか所有していない神装機竜をなぜ持っている?

 

 

『待て……こんな子、見たことないぞ』

 

 

不本意ながらも生徒たちと装甲機竜(ドラグナイト)を用いた指導をしているため、生徒の顔は全員覚えている。寝ている彼女の顔は見たことがない。ということは制服を盗んだ侵入者かと警戒し、機攻殻剣(ソード・デバイス)を構えるが、その警戒はすぐに打ち消された。

 

制服に備えられたネクタイの色が赤なのだ。その色をかけていた三年生は、『悪夢(ナイトメア)』討伐に出かける前に卒業している。

つまり彼女は――

 

 

『新入生か……』

 

 

もうそんな時期になったのかと今更ながら気付くと衣擦れがした。

無言のままに音の元に向くと、そこには体を起こしつつある彼女がいた。

一部を黒のリボンでくくった金髪を身体にまとわりつかせながらゆっくりと眠そうに起きる。ただただ薄ぼんやりとした表情ながらも、機攻殻剣(ソード・デバイス)は片手にしっかりと握っている。

 

 

「……ん」

 

 

僅かな吐息を漏らし、表情に意思がゆっくりと宿っていく。顔が動き、赤い瞳を有した目が、まだ眠そうにライを見た。彼女の視線が仮面の下の視線と合った時、小柄な大きく震え、硬直した。

 

 

――しまった……!

ライは自分が置いている状況を改めて確認し、己を罵った。

左手には彼女にかかっていた毛布。

右手には構えられた《月下》の機攻殻剣(ソード・デバイス)

姿は闇色の仮面と、『装甲衣』。それも二つともダメージバージョン。

彼女から見て、第三者から見ても、眠っていた少女に襲い掛かろうとする怪人にしか、見えない!

 

 

(どうする……!どう言い訳する!彼女を怯えさせずにする方法は!ご教授を母上!!)

 

 

悪夢(ナイトメア)』の戦闘で疲れ果てた身体とイレギュラー過ぎる状況は、心身共に極限まで追い詰めていき、暴走する動力機関のようになった頭は文武の師である、最愛の母に思わず問い掛けてしまう暴挙にでた。

 

危機的状況を感知したことで、脳内麻薬が溢れはじめる。それによってライは時間の流れを限りなくスローに感じた中、記憶で形成された母を脳裏に描いた。

 

武の顔を持った母から返ってきたのは、鉄拳だった。

――自分で模索せよと!?そんな殺生な!!

 

文の顔を持った母から返ってきたのは、言葉だった。『話せば解る』と。

――いや、こちらのフェイズで解決するものを!相手フェイズに回ればこちらはゲームオーバーなんです!!

 

最後、親の顔を持った母から返ってきたのは、仕草だった。口元に笑みを浮かべて、握り拳に親指を立てていた。

――い、いったいどうしろと!?死ねと!死ねというのですか!?

 

思えば、妹を泣かした際に死刑宣告を言うような女性だった。頼ること自体間違いだろう。

 

縋れるものもなくなった今、頼れるのは己のみ。

自分の正体を説明するには、彼女の警戒心を解かなくてはならない。そのためには、事実を含めることが有効だと学んでいる。

警戒心を解く言葉と事実。警戒心を解く言葉と事実!警戒心を解く言葉と事実!!

 

 

『警戒しなくていい。――子供に手を出す趣味はない』

 

 

悩みに悩んだ末、零れてしまった言葉にライは目を閉じた。

――ああ、死んだな。

ライのターンは終わり、少女のターンへ。

怯えを帯びた悲鳴と共に振り抜かれた機攻殻剣(ソード・デバイス)が損傷した『装甲衣』へ吸い込まれ、肉体へダイレクトアタック。

ライは膝から崩れ落ちた。

 

 

――これがリーズシャルテ・アティスマータとライの出会いである。

 

 

 

 

 

 

 

――あの時は大変だったなぁ……。

黒煙が完全に晴れ切った工房(アトリエ)で、ライは被っている仮面を取り外した。取り掛かるのはザックから取り出した『装甲衣』の点検。リーズシャルテに見えないように行いながら、当時の出来事に感慨を耽っていた。

 

工房(アトリエ)で仮面と『装甲衣』の点検を行えば、当時のことを思い出させてくれる。

リーズシャルテの悲鳴は工房(アトリエ)から離れた学生寮まで響き、当時の『騎士団(シヴァレス)』をベットの上から跳ね上がらせた。目覚めた『騎士団(シヴァレス)』の三年生が寝間着姿のまま機攻殻剣(ソード・デバイス)を帯剣し工房(アトリエ)へと飛び込む。すると、繰り広げられていたのは、涙目のリーズシャルテが叫びながら機攻殻剣(ソード・デバイス)を地面へと崩れ落ちている黒い怪人に何度も振り下ろしている奇妙な光景だった。

 

ライの事情を知っていた一部の三年生は、しばしの硬直の後、我に返り急いでリーズシャルテの行為を止めた。それでも三発ほどライへと打ち込まれ、それが止めとなったのか仮面と『装甲衣』は完全に機能停止してしまった。

 

四年間共に『悪夢(ナイトメア)』や幻神獣(アビス)装甲機竜(ドラグナイト)の戦闘を繰り広げた仮面と『装甲衣』が、まさか少女によって止めを指される結果に終わったのは、当時としては軽いショックを受けた。

 

ライが目覚めたのは、翌朝のことでリーズシャルテに関してはレリィや三年生が誤解を解いてくれたことで一先ず騒動の終わりを見せた。

最悪の出会いであったため、リーズシャルテの敵意は凄まじいものであったが、王立士官学園(アカデミー)の機竜整備士であること、機竜に関して豊富な知識を持っていることを知って、敵意を和らげてくれた。

 

仮面のことなどは、いずれ『騎士団(シヴァレス)』に入隊すること、王女であることから、隠さずに教えた。彼女に秘められた技術者の才能を見込、『悪夢(ナイトメア)』についても触り程度に説明した。……異世界関連は抜いて。

 

 

 

そんな感じでこの一年間、友好を結んでいったのだ。

 

 

点検を終了し、腕を軽く回して凝った肩をほぐす。

仮面に問題はなし。問題は『装甲衣』の脇腹――《ランスロット》のスラッシュハーケンで抉られた箇所は大きく、身を護る物としては無理そうだった。《蒼月》と《クラブ・クリーナ》の反動は凄まじい。小さな穴でも、そこが原因で肉体を壊してしまうかもしれない。

 

――新品にするしかないか。

ライの刷り込まれた知識には、機竜整備はあるが、仮面や『装甲衣』の修理に関するものはなかった。備えられている機能については知っていたが、修理は出来ない。この五年で軽いメンテナンスは出来るようになったが、本格的な修理は無理。工房(アトリエ)に備えていた予備は切れているため、『装甲衣』が作成された場所で補充しなければならない。

 

――ついでに『彼ら』も置いてくるか。

腰に備えた抜き身の機攻殻剣(ソード・デバイス)――《サザーランド・ジーク》のものに軽く手をやる。背後へ振り向くと、肩部に穴を空け、装甲に焼かれた痕を残した機竜をバラバラにしているリーズシャルテがいた。

 

リーズシャルテの機竜関係技術について天才、いや鬼才だ。ライが教授した技術を乾いたスポンジが水を吸収するが如く、身に付けていった。一を一として学ぶのではなく、一を十へ、十を二十へと伸ばしていく閃きは恐怖を覚えたほど。

 

ライは五年間、『悪夢(ナイトメア)』の討伐と共に、刷り込まれた機竜の知識を研鑽していた。その五年の研鑽をリーズシャルテは一年で辿り着いた。いや、すでに超えている。

 

ライも機竜の改造は行う。しかし、機竜の知識は自分で得たものではなく、刷り込まれたもの。それも、アイディアは殆どが『あちらの世界』の模倣。リーズシャルテは一から学び、ライ自身も想像もつかなかった二種類の機竜の融合、機攻殻剣(ソード・デバイス)の二刀流を成功させた。

どちらが優れているなど比べるのも馬鹿らしい。

 

 

「リーズシャルテ。そっちはどうだ?」

「ちょっと待て……あー、ダメだな。完全に焼け焦げて、使い物にならなさそうだ」

「そうか。なら修理じゃなくて、使える部品を取り出して廃棄コースだな」

「う……すまない。折角くれた《ワイアーム》を……」

「気にするな。元々、戦場でバラバラになった機竜を繋ぎ合わせたゾンビ機竜だ。《ワイアーム》にしても十機残っているし問題はない」

 

 

会話を続けながら、慣れた動きでバラバラのパーツを使えるか使えないかに分け始める。ただでさえ高価な機竜が『とある事情』により価値が高騰している今、使用できるパーツを組み合わせるなどのやり繰りをしなければならない。

慣れた手つきでリーズシャルテが分別作業をし続ける中、ライが口を開いた。

 

 

「この二週間、留守にしていたが問題は特になかったか?」

「ない。セリスティアも居たし、賊や軍の嫌がらせもなかったよ」

「そうか……まぁ、嫌がらせに関しては当分ないだろう。前回ので懲りただろうし」

「……ずっと気になっていたんだが、あのボンボン軍人の馬車に嫌がらせをした犯人は誰だったんだ?」

「私……なんだ?」

 

 

口を開く際、リーズシャルテが不満をにじませた視線をぶつけていた。なぜそんな顔をと考えると原因に気付き、軽くため息を吐いた。

 

 

「別にいいだろ?私と君は機竜整備士と生徒なんだ。公私の境界をはっきりさせるために……」

「…………」

 

 

不満の色をより濃くしたリーズシャルテの眼力がぶつかってくる。

やれやれといった感じで再び、ライはため息を吐いた。

 

 

()じゃない。あれは機竜使い(ドラグナイト)不足から候補生の段階で唾をつけようとしたことにキレた前団長の仕業だ。生徒たちを配下にしようと脅迫まがいのことまで行っていたからな」

 

 

ライが改めたことにリーズシャルテが満足そうに頷いた。

 

 

「そうかそうか。あれは前団長の仕業だったのか。ならば、奴らが懐に溜め込んでた不祥事の暴露は誰がやったのかは言及しないでおこう」

「それがいい。解っていることはいちいち言わない方が得だぞ」

「前団長かぁ……。部隊全員で学園祭に来るんだろうなぁ……」

「遠い目をするな、リーズシャルテ。彼女たちも今は軍人だ。在学時代のように騒いだりはしないだろう。セリスティアをストレスで暴走させ、屋上で騒いでいる所を蹴り落されるような事件は起こさないよ、きっと」

「ああ、普通の軍人だったら私も安心できたさ。――『狂犬(ラビドリードック)』なんて無法地帯もいいような独立部隊で活躍していなければなぁ……」

 

 

どこか疲れた表情で呟くリーズシャルテにライは苦笑した。

 

――『狂犬(ラビドリードック)』。

王立士官学園(アカデミー)の『騎士団(シヴァレス)』であった二期卒業生で構成された特殊部隊である。

有力貴族の娘であり、実力を軍の上層部に知らしめていた『騎士団(シヴァレス)』団長を隊長としている。メンバーの殆どが未成年だが上級階級(ハイクラス)以上の実力者、戦力は一期卒業生で構成された王都親衛隊と同等で、他国にも名を轟かせている。

 

そう言えば聞こえはいいだろうが『狂犬(ラビドリードック)』の名前の通り、部隊員の本性はかなり凶暴。攻撃は最大の防御の言葉を人間にしたような連中が集められた部隊は、不祥事を起こして居場所を失った軍人の流刑地扱いになっているほどだ。

 

 

「規則やルールは守ってくれるんだ。無法地帯は言い過ぎだろ」

「いや、その規則とルールで自分たちがどうやって上手く暴れられるかに頭が働くのがタチが悪い。軍の上層部も一つの部隊に纏めたのは英断だと思うぞ」

「軍に配属してすぐに独立部隊を任せられ、活躍する。聞こえはいいが、自分たちの手に負えないから一つに纏めてしまおうって上の魂胆が見え見えだよな」

「王都親衛隊の第一期卒業生と比べてみろ。本当に同じ学園と教師に学んだのかと疑うほど雰囲気に差があるぞ」

「一期の子たちは貴族子女が中心だったんだ。だが、広がっていた男尊女卑の風潮のせいで貴族女子そのものが少なかった。そこで試しに、平民も混ぜてみたのが二期生だ。雰囲気が違うのは当然だろう」

「親衛隊の先輩に聞いたぞ。彼女たちが突き抜け始めたのは、貴様の指導を受けた半ばと。いったいどんな教え方をしたんだ?」

「いや……なんと言うか。やっぱり、平民の子が多かったからかな。攻撃力過多のパワフルな戦法をする子が多くて。そこを伸ばしていったら、あんな感じに」

「なんだそれは、貴様の教えは人格矯正が無自覚に入っているのか……?」

 

 

そんな長話もパーツの分別が終わったことで終了。使用可能な物は三割ほど、残りはスクラップとなった。

 

 

 

 

 

パーツを片付け、改めて対面する二人。

最初に口を開いたのは、ライだ。

 

 

「また爆発を起こして……これで何度目だと思っている。学園長に頼んで『工房(アトリエ)』に入ることを禁止するぞ」

「なっ……ちょっと待て!?そんな横暴通るか!私はより知識を深めていただけ……爆発を起こす以外は誰にも迷惑をかけていない!」

「その爆発が一番の問題だということを理解しろ。何も知らない新入生がここに近づいて吹き飛ばされたことを忘れたか?」

「あれはすまなかったと思っている!」

「そもそも知識を深めるだと?ドリルに推進機をつけることのどこに深める要素がある。そのドリルで君は墓穴しか掘っていないぞ!」

「うまいこと言ったつもりか!私はやめんぞ!推進器付きドリル、名付けてブーストドリルを開発するために!上手くいけば、ブーストドリルを背中に装着して飛んだり、拳に装着しドリルブーストナックルを、いや、頭につけるのもありか……」

「と、止まれ!吼え猛る巨人でも作るつもりか君は――!?」

「いずれ《クラブ・クリーナー》のルミナスコーンとドリル対決を申し込むぞ!」

「いやしないから!」

 

 

――これは仮面だけでは済まないかもな。

彼女の情熱を甘く見ていた。機竜に触れるのを禁止すれば、溜めに溜めた情熱が暴走して何をしでかすか分からない。

 

床に転がる仮面を見る。ライが愛用している仮面より幾分か小型。性能は同調機能がオミットされた以外は変わらない代物。ライの目覚めた遺跡で偶然発見したものだ。機竜関係になると思考がアクセル気味になる彼女のために渡した。お蔭で今回のように黒煙に包まれた状況でも安全だ。

 

かつては屋根を吹き飛ばす経験があり、過去が枷となって自重するようになったが、心なしか爆発の規模が日に日に増しているような気がする。時が過ぎて枷が緩くなったやもしれん。

そんな彼女に言うべきことは――

 

 

「わかった……」

「いいのか!よし!私の作り上げたドリルが勝つからな!」

「いや、違う!『工房(アトリエ)』禁止は下げよう。だが、一つ約束しろ」

「…………」

 

 

ライのただならぬ雰囲気にリーズシャルテが黙る。

 

 

「――無茶をするな。君が無茶をして傷つけば、悲しむ人がいることを忘れるな……いいな」

 

 

その言葉にリーズシャルテは強く頷いた。

ライのターンは、終わりリーズシャルテのターンに移る。

 

 

「さて、それじゃ言いたいことを言わせろ。――この二週間どこに行っていた!三日ほどと聞いていたのに、帰ってこなくて皆心配してたんだぞ!」

 

 

怒りと心配と安堵の感情を混ぜた目でリーズシャルテが詰め寄ってくるのをライは人差し指で止める。腕一本分の距離でリーズシャルテと目を合わせる。目の感情は、未だに収まっていない。そんな目で見られることに心苦しく思いながら。

 

 

 

「書置きは残した。問題はないだろう?」

「問題?ほぉ~問題か。……こんな書置きで安心できると思ったら大間違いだ!」

 

 

制服の上に羽織ったガウンのポケットから一枚の用紙を取り出す。

そこには――

 

 

『『悪夢(ナイトメア)』の討伐成功。途中、他の『悪夢(ナイトメア)』の目撃情報を入手したため行ってくる。倒した『悪夢(ナイトメア)』の機攻殻剣(ソード・デバイス)は置いていくので、管理をよろしく頼む。――ライ』

 

 

と書かれている。ライの残した書置きだ。

 

 

「あ、そうだ。置いていった機攻殻剣(ソード・デバイス)はどこに?」

「学園長が保管してるよ。秘密の場所に隠しているらしい。それよりもこれ!これでいいと思っているのか!」

「必要なことは書いている。問題はないじゃないか?」

「~~~っっ!」

 

 

変わらぬ姿勢の言葉に、リーズシャルテが両手で頭を抱え天を仰ぎ、唸る。胸の内に湧き上がった感情に落としどころがついたのだろうか、深々とため息を吐いた。

 

 

「まぁいい、この一年で貴様の人柄も大体解っている。今回も無事に帰ってきたんだ。それで許してやる。けどいいか――」

 

 

今度はリーズシャルテがライを指で指した。

 

 

「ライ。貴様は皆に心配をかけないように努力していることは解る。大抵の者たち……付き合いの長い学園の生徒でも上手くいくだろう。お前は優しい嘘つきだからな」

 

 

続く。

 

 

「だが、貴様の嘘はライという人物をよく知る人の心配を煽るものだということを理解してくれ。『悪夢(ナイトメア)』との戦闘。それが簡単にすむことじゃないことを知っている者からすれば、努力は空元気にしか見えない」

 

 

続く。

 

 

「だから言わせろ。――無茶はするな。貴様が無茶をして傷つけば、悲しむ人がいることを忘れるな……いいな」

 

 

紡がれた意趣返しの言葉にライは小さく震え、苦笑。

先ほどのリーズシャルテと同じく力強く頷く。

頷きを見た少女は、愛らしい表情に合う明るい笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 




狂犬部隊は国民に優しく、身内(軍人、候補生)に厳しく、敵にはもっと厳しくをモットーにした『リドールナイツ』(絶対服従なし)、『レッドショルダー』(共食いなし)、『ベーオウルブズ』(アインストなし)。

配備されている機竜はライの改造で攻撃力は馬鹿高く、幻神獣相手に活躍しています。
悩みは女所帯であるため、出会いがないこと。


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三和音

て、展開が遅すぎる……!

感想でキャラとの関わりが薄いと頂きました。
私なりに原作を読んで、キャラの性格を把握して上手に表現しようと、小説を書いていくにつれ、改めて気付きました。

――私に……文才はないと!


――つ、疲れた。

ライが《工房(アトリエ)から出たのは、リーズシャルテに注意されて一時間後だった。

そこまで伸びた原因は、『装甲衣』の損傷。脇腹の損傷した部分が血で真っ赤に染まっていることに気付かれてしまい、リーズシャルテに説教を受けてしまったのだ。

説教は端的にまとめると、やっぱり無茶をしたな、貴様というやつは!である。

 

――それにしても、無茶をするな、か。

確かに、自分は無茶をすることが多いのかもしれない、いや、多いのだろう。自分の行動で他人を不安にさせるのならば、止めておいた方が賢明だ。前回の戦いも《サザーランド・ジーク》の確保の後、《ランスロット》との連戦を行った。悪夢(ナイトメア)一体を倒すことに成功していたのだ。撤退を行い、次の機会に任せた方がよいと、皆が思うだろう。

 

――でも……。

ライが悪夢(ナイトメア)に抱く思いは複雑だ。

『この世界』にない、『あちらの世界』側から来た独りぼっちの自分に感じさせる懐かしさ。これまでの人々を犠牲にし、これからも人々を犠牲にしようとする憎悪。民を守り、敵を討つことを本懐とするKMF(ナイトメアフレーム)を侮辱するがの如く無差別に暴走を行う怒りと悲しみ。それらは、衝動となってライを闘争に駆り立ててしまう。どうしようもなく。

 

――すまない、リーズシャルテ。

やはり自分は嘘つきだ。言われた忠告を守れそうにないのだから。

自分は止めたい。悪夢(ナイトメア)がこれ以上暴れるのを。それが悪夢(ナイトメア)を追い続ける一番の理由だ。しかし、悪夢(ナイトメア)は単純な存在ではない。この五年間、戦い続けてライ自身が一番分かっている。あれらは人間の想像の領域は超えた、規格外、例外の存在だ。無茶をしなければ倒せない怪物。奴らを倒すために、自分はこれからも無茶をしていき、傷つき、そして……。

 

そこまで考えて、ライは頭を振った。

これから学園長に挨拶をしに行くのになんてことを考えている。軽く頭を振って、深みに嵌っていく思考を切り替える。強張る顔も両手で叩いて、和らげる。

 

 

「よし……」

 

 

道中、鏡で見た目を確認。

ライの服装は、学園に入ってきた際のコート姿ではない。黒い長ズボン、白いワイシャツと黒いネクタイの上にベストの姿は僅かな汚れも乱れもなく、一部の隙もなかった。脇には学園に入る前に買ったばかりの今日の新聞。腰に備えた二振りの機攻殻剣(ソード・デバイス)も服装と同じく、主の雰囲気に違和感なく溶け込み、マッチしていた。これがライの学園にいる際の格好だ。

 

久しぶりに袖を通したためどうにも肩がこるが、問題はない。この服自体は嫌いではなく、寧ろ好んでいる。ろくな服装もなかったライに学園長が渡してくれたものだ。着ていくのならば乱れのない姿で、貰った以上は着なければならないと律儀に守るのがライという人間の特徴の一つだ。

 

 

 

 

 

この王立士官学園(アカデミー)の特徴は巨大。とにかく巨大なことだ。

馬鹿みたいに広がる整型庭園、道の先に広がる大きな噴水、よくできた絨毯のように刈り込まれた緑の芝生。バランスよく配置されたベンチはどれもピカピカで、その向こうに宮殿に見間違えるほど大きな校舎がある。これら全て、アティスマータ王国の未来を支えるだろう生徒たちへのストレスを溜めさせないための配慮だ。

 

ライもこの学園は好きだ。見た目は大きく違うが、かつて仮入学していた学園と雰囲気が似ており、穏やかな気分にさせてくれる。学園での生活を誰よりも大切にしていた『魔王』もここを好んでくれるだろう。

 

広々とした道に生徒たちを発見。学園の制服とは反対の暗い服装の人物に眉を上げる表情を作るが、ライだと気付くと目を弓にして声を掛けてくる。それに軽く手を上げて、返事を行なっていく。

 

『男』であるライがこの学園で溶け込むことができるのは、四年間の実績だけでなく、このような細かい努力を怠らない成果だ。……ライ本人からしたら、この方法であっているのか、時々悩んだりもしたが。

 

――まぶしい。

裏闘技場などの無法な場をしばらく転々としていたことから、学園と生徒たちの顔が妙にまぶしく見える。周囲で賑やかに交わされる会話には、屈託というものがない。

 

――学園長のお蔭だな。

新王国に名だたるアイングラム財閥の長女であるその人物は容姿も良く、人にも優しく、家柄も完璧という一見としたお嬢様なのだが、本性は楽しいこと大好きのお祭り人間だ。

そこが似ているのだ、あの学園の生徒会長に。外見は全く似ていない。だが、お祭り好きであること、人を見る目が優秀であることはとても似ている。彼女がいてくれるから、この学園は軍士官学校でありながら穏やかでいられるのだ。

 

 

校舎に入り、廊下を歩いていると、

 

 

「あ、ラーさん!」

 

 

前方から大きな声を上げた生徒を入れて三人組が近づいてくる。

凛々しい顔つきを持った蒼い髪の三年生のシャリス・バルトシフト。

栗色の髪で明るい雰囲気を持った二年生のティルファー・リルミット。

黒髪の物静かな印象を感じさせる一年生のノクト・リーフレット。

学年はひとつずつ違うが、幼馴染の三人組。学園では三人揃ってこう呼ばれている。

 

 

三和音(トライアド)か。学園の自警団が廊下を走るな。それとティルファー・リルミット。その太陽神のような呼び方はやめろ。私は太陽よりも月が好きだ!」

 

 

そういう問題!?とツッコミながら三人はライの前で停止する。

 

 

「そんなことより、ラーさん!お願い、一緒に来て!」

「ライさん。私からもお願いします。あれは私たちの手に負えそうにありません」

「Yes.ライ先生が帰ってきたのは僥倖としかいいようがありません」

 

 

三和音(トライアド)の突然の頭を下げながら頼み込んでくる。

何事かと戸惑うがすぐに頭を切り替え、戦闘状態へ。

 

三和音(トライアド)は学園の自警団を任されていることから装甲機竜(ドラグライド)の使用許可をもらっており、生身でも高い実力を持っている。それに三人とも『騎士団(シヴァレス)』に入隊、機竜使い(ドラグナイト)としての実力も高い。

そんな彼女たちが手に負えないという存在、上位の幻神獣(アビス)か、『悪夢(ナイトメア)』、いやこの二つが現れたのならば大きな混乱が生まれているはず。腕の立つ犯罪者の機竜使い(ドラグナイト)だと考えるのが妥当だろう。

 

 

「……何だ、一体何を相手にしていた?」

 

 

ライの低い声に三和音(トライアド)は緊張を感じ、ごくりと唾を飲み込む。三人はお互い目を合わせて、意を決してその手に負えない存在を叫んだ。

 

 

『助けてください。――卒業生の遺物の撤去に!』

 

 

三人の口から綺麗に揃って出た言葉にライは

 

 

「――あ゛あ゛?」

 

 

自身ですら聞いたことのない声を喉から絞り上げた。

らしからぬ声に咳払いし、

 

 

「馬鹿馬鹿しい。撤去ぐらい自分たちでやれ」

 

 

ライは三和音(トライアド)に背を向けた。

遠ざかろうとする背中に三和音(トライアド)は必至に喰いつく。

 

 

「いや、本当にお願いします!」

「ライさんしか解決できませんよ!」

「見捨てないでください!」

 

 

腰にへばりつくことで止めようとするが、未成年の少女三人の体重では鍛え上げられた足腰を持つライの行進を遅らせることしかできない。女性が持つ特有の柔らかさを感じるが、その程度で揺らぐライではなかった。

 

三和音(トライアド)もそのことを解っている。だが、諦めることはしなかった。お願いします、助けてなどの懇願の言葉を出し続ける。ライという男が優しく、決して助けを求める者を見捨てるような人物ではないことを知っているから。

 

三和音(トライアド)の懇願がライの胸を針となって突き刺さってくる。じくじくと痛む胸に軽く手を当てた。そして、少女たちの食い下がりからしばらくして、とうとうライは折れた。

 

 

「何を撤去しろと?屋上のバンジー台か?それともオブジェか?」

「No.手形アートです。オブジェの後片付けは終了し、バンジーは壁についた赤いシミを消すだけです」

「あれか……確か二年前に私が提案したな。案はないか、と聞かれて適当に言ってしまった物が何故か採用された代物だ」

「そうです。当時、一年生だった私やセリスティアも協力しました。序盤は順調に行っていましたが、途中で三年生を中心とした『騎士団(シヴァレス)』が出撃することがあり、留守の間、居残り組の二年生たちが勝手に進めて、こう……過激な感じに」

 

 

当時の絵を思い出してシャリスが眉に皺を寄せた顔になる。ライも目にしたことがあり、言葉にすると……鉄風雷火が一番近いだろう。ちなみに勝手に進めた二年筆頭は現狂犬部隊隊長である。

 

 

「進んだ絵にキレた『騎士団(シヴァレス)』と居残り組の喧嘩が起こり、手形アートは中止になったが、諦めきれなかった三年と二年はクラスの出し物と並行して徹夜で作業し、学園祭当日に――立派な恐怖アートを誕生させたな」

 

 

徹夜の疲労と深夜のテンションアップ、迫りくる学園祭期限のプレッシャーが超反応を起こしてしまったのだろう。『あちらの世界』の学園でも似たような生徒を見たことがある。

 

 

「Yes.学園祭に参加して拝見しましたが、あの絵を忘れることは無理でしょう。……絵に込められた、表現できない感情がありありと浮かんでました」

 

 

当時を思い出して、体を軽く震わせるノクト。彼女もよくそんな怪アートを描いた生徒がいる学園に入学したものだ。

 

 

「私も見て本当に驚いたよ。泣いている子なんて、泣き止んじゃうし。大人は赤色のインクは人間の血を使用しているんじゃないかって、迫力から呟いてたよ」

 

 

ティルファーも当時の感想を話すがいつも浮かべている明るい表情に力はない。

 

 

「……というかただ手形で構成された不気味な絵だろ?大きさも二Mel(メル)程度のはずだ。機竜を使えば簡単はずだが?」

「Yes.ライ先生が不在の間にも片付けようとしたのですが、突如、撤去作業を行おうとした機竜が倒れまして」

「機竜の装甲には手の痕が浮かんでたらしいんですよー」

「そんな怪奇現象が起こって、片付けに二の足を踏んでしまいまして。ライさんに協力をしてもらいたいわけで……」

「なるほど、そういうことか……わかった。元を辿れば私の案が原因だ。引き受けるよ」

 

 

その言葉に三和音(トライアド)が顔を輝かせ、ハイタッチをする。三人の動作に乱れは見えず、実に息が合っていると見えた。

 

 

 

 

三和音(トライアド)も学園長に片付け報告を伝えるとのことで一緒に行くことになり、横に置いてライは学園長室に向かう。

手には今日、発行された新聞が広げられている。アティスマータ王国で一の所が発行したもので、正しい情報を伝えるために裏で活動を行い、アーカディア帝国時代にかけられた圧力にも屈しなかったと噂されたほど。

大手財閥に赴いた取材記事、自国の軍事力について、五年前()()()()()沿()()()()()()()()()の考察の他、幾つかのニュースが載っている中、一ページにでかでかと載っている記事が目に入り、自然と足が止まった。

突然止まったライに戸惑いながら、三和音(トライアド)も足を止める。そのままライが釘付けになっている記事を覗き込んだ。

 

 

「ヘイブルグ共和国で開催されていた非公式の闘技場が謎の崩壊……ですか?」

「あ、これ、結構騒ぎになったやつだ!新王国の貴族も何人かが、ここに行って帰ってこなかったって!」

「Yes.生徒の家族に関係者はいないと聞きました。……あの、ライ先生、これは」

 

 

ノクトの震えた声と共に、怯えをにじませた瞳を向けてくる。シャリスとティルファーも同じだ。三人ともライの事情を知っている。自分たちが見つめている相手が事件に大きく関わっていることにも気づいているのだ。

 

 

「――大丈夫だ。これを起こしたやつは倒した、だから安心しろ」

 

 

静かな、自信に満ちた言葉を吐いて、記事を叩く。彼女たちの不安を消し去るつもりで、強く。効果はあり、三人から怯えは消え、安堵の表情を浮かべる。

 

――この話題は続けるものじゃない。

新聞をたたみ脇に挟むとティルファーが沈んだ空気を吹き飛ばすように明るい声をライにかけた。

 

 

「そうだ!ラーさんと学園長との出会い、聞いてもいいですかー?」

「む、私も聞きたいな。学園長とライさんはかなり親しそうな間柄だからな」

「Yes.私も前から関心を持っていました」

 

 

三和音(トライアド)の関心にライは、ああ、と応じる。別に隠すことでもない。

話す。いろいろと歩きながら。

学園長であるレリィ・アイングラムとライの出会い、何故ライがこの学園にいるようになったことを。

 

 

「――五年ぐらい前か、私は「ちょっと待ってください」……なんだ、シャリス。いきなり話の腰を折って」

 

 

話にぶった切ったシャリスの顔は驚きに染まっていた。同じく、ティルファーとノクトもライの顔を見て似たような表情を浮かべている。

 

 

「いやいや、ライさん。今、五年っておっしゃいましたよね?」

「いったが?」

「えーと、ラーさん。今、何歳?」

「Yes.正直にお願いします。ええ、正確に」

「いきなりなんだ。歳、歳、確か……」

 

 

顎に人差し指と親指を当て、思い出す。

 

――確か、『あちらの世界』の最後の記憶だと……。

自分はかの魔王と同い年、つまりは十八歳だったはずだ。『この世界』で目覚めるまでの記憶はないため『あちらの世界』でどれ程の時を過ごし、どれ程の時を『この世界』で過ごして眠りについたのかは分からないため正確な年齢は解らない。確実に言えるのは、『この世界』で活動して五年となるため――

 

 

「二十三だ。最低でもそれくらい歳をとっている」

『嘘だっ!』

 

 

答えられた言葉に三和音(トライアド)は固まり、幼馴染三人組の息の合った否定をぶつけた。

 

 

「えっ、マジ!?二十三!」

「年上だとは解っていたが、五つも上なのか……!」

「No.驚きです。いえ、冗談かもしれませんが、しかし……」

 

 

三人が仲良くわけもわからない戦慄をしている中、ライは呆れていた。何故自分の歳にここまで大きく反応するのか。

 

 

「ちょっと待て、三和音(トライアド)。何をそこまで戸惑っている。理由はなんだ?特にシャリス、君はこの学園で二年顔を合わせているだろ。君たちは私をいったい幾つだと思っていたんだ?」

「あ、あはは~、私は二十歳だと思っていたな~。ちなみに理由は顔」

「私は……二十一ほど。理由は顔です」

「Yes.十九歳だと……やっぱり、私も顔です」

 

 

乾いた笑い、頬をかく視線を逸らす、など個性的な仕草をしながらの答え合わせだった。理由として挙げられた顔に軽く触れる。自分の容姿の変化など分かりにくいものだ。彼女たちからは、実年齢よりも若く見られている。体に投与された薬物か、『この世界』で行われた細工により、老化が遅いという考えが浮かんだ。

彼女たちにどう反応すればよいのかわからないライはため息を吐くことで一先ず収める。

 

 

「……話を戻すぞ。遺跡(拠点)を中心として、半年ほど暴れ回っている『獲物』と途中で『落とし物』を探す日々を過ごしていた。世間とは出来る限り関わらず、食糧などもサバイバルで調達していた」

「サバイバルですか?」

「今年入学したノクトは知らないけど、ラーさんは凄いよ」

「合宿の際、山道の上手な歩き方や、拠点(キャンプ)造りの工事、炊事や洗濯、高山病の対処法、その他諸々を教授してくれた」

「母に鍛えられた成果だ……。けど、そんな生活の中、不覚にも熱を出してしまった。薬を買おうとしても金はない、朦朧とした意識で私は遺跡(拠点)内にある財宝を売りにいこうとしたんだ」

『財宝っ!?』

 

 

ライの目覚めた遺跡には金、銀、宝石といった高価なもの、装甲機竜(ドラグライド)悪夢(ナイトメア)のパーツや装備、機攻殻剣(ソード・デバイス)が大量に保管されていた。その中に『あちらの世界』のブリタニア紙幣、ブリタニア語が刻まれていたインゴット、よくわからない芸術品もあった。これらの存在は、ライが『この世界』に流れてきたことを理解させる重要な存在だった。

遺跡の構造は蟻の巣に近く、ライが眠りについていた場所、悪夢(ナイトメア)が暴れていたのは出入り口からすぐのフロアである。

 

 

「適当に価値のありそうなものを持って街に向かったよ。《クラブ》を使用して」

「あの……ライさん、それって」

「ああ、体調不良の状態でただでさえ、負担のかかる《クラブ》を使用したんだ。みるみる体力が削れていき、何度墜落しようとしたか。ようやく街について薬を取り扱っている店を探そうとファクトスフィア(センサー)を起動させた」

「よく生きてましたね……」

 

 

驚愕と呆れの顔を浮かべたノクト。彼女が扱う汎用機竜《ドレイク》は探知能力を持っている。精度を上げるには、強い集中力が必要だ。それを目の前の人物は熱を出したまま、街一個の範囲で使用したのだ。死んでいてもおかしくない。

 

 

「そう言わないでくれ、あの時は本当に熱で頭がおかしくなっていたから。探索している途中、助けて、と声を拾ってな。声を辿ると機竜使い(ドラグナイト)の強盗に囚われている一家を発見、助けたというわけだ」

「じゃあ、それが……!?」

「ああ、アイングラム一家だよ」

『おお~~!』

 

 

目を輝かせ、三和音(トライアド)は感嘆の声を上げる。それも、拍手付きで。

 

 

「すごい!すごいよ、ラーさん!かっこいい!」

「病の身を押して囚われの人たちを救う。まさに英雄(ヒーロー)じゃないですか!」

「Yes.学園長にとってライ先生は恩人だったのですね。この一件から、学園長との出会いが始まった……うらやましい」

 

 

キャーキャーと口々に出す三和音(トライアド)。まだ少女と言える年齢の彼女たちにとって、ライのような美形の青年が危機から救ってくれるというシチュエーションは、まさに夢なのだろう。

しかし、三和音(トライアド)の歓声にライは首を振った。

 

 

「そんなものじゃないよ。熱で記憶が曖昧なんだが……救出する際、囚われていたアイングラム家の別荘の壁に大きな穴を複数空けてしまうわ。意識も朦朧としていたから、乱暴な闘い方になってしまい、一家を怖がらせてしまうわ。強盗を全員倒した後、限界を迎えて無様に倒れるわ。持っていた財宝から強盗の仲間だと見られて、軍に突き出されそうになるわ。……本当にスマートじゃなかったよ」

 

 

万全の体調ではないという理由があるにも関わらず、ライは自分自身を嘲笑した。

 

 

「特に……強盗たちも元々は、私が追っている『獲物』に襲われ、逃亡した軍人たち。逃げる金欲しさにアイングラム一家を襲ったらしい。――それが一番きつかった」

 

 

軍人が犯罪者に墜ちた元凶が悪夢(ナイトメア)。自分と関わりが深い存在のせいで、アイングラム一家を危機に貶めてしまった。その事実がライに暗い影を落とした。

そんなライの背中に衝撃が走った。見れば、ティルファーに背を叩かれていた。

 

 

「ラーさん、考え過ぎ。どうしてそんなネガティブ思考になっちゃうのかなぁ」

 

 

その目には、どこか呆れの色が見えていた。

 

 

「Yes.ライ先生は、深く考えなくてもよいことを深く考え過ぎる欠点があります。ティルファーのように軽い感じでよろしいかと思います」

「ちょっとノクト。それどういうことー」

 

 

ノクトの言葉にティルファーが半目で睨みつける中、シャリスが口を開く。

 

 

「まぁまぁ、二人とも。ライさんの性格は今に始まったことじゃない。この二年間でよく知っている。――自分が評価されることにものすごく慣れていないだけだ。そのせいで、一々自分にマイナス評価をつけようとする」

 

 

シャリスの言葉に二人も深く頷く。

 

 

「ライさん。確かにマイナス点は存在しますが結果を見てください、結果を。貴方は自分が病気の身であるにも関わらず、襲われていたアイングラム一家を無事に助けた。それでいいじゃないですか」

「うん、最悪の状況にならなかった。それでいいじゃないですか」

「Yes.今、ライさんは学園長とも良い関係を築けています。結果から見たら、良しと言えますからいいんですよ」

 

 

突きつけられた言葉にライは目を閉じ、少し震えた声を出した。

 

 

「……それでいいのかな?」

『それでいいんですよ!』

 

 

と息のあったトリプルプレーの声が放たれた。

 

 

「……うん、ならそうしよう。――話の続きだが、倒れた私はアイングラム家で看病された。持っていた財宝も現金に換えてもらうなどしてもらい、だいぶ助けられた。ついでに、『落とし物』について尋ね、当時のアーカディア帝国のロードガリアにそれらしき物があると教えられた。で、これからロードガリアに行くらしく、目的地まで護衛として雇われた」

「それが、今も続いて学園で働くことに?」

「いや、違う。ロードガリアで別れて、クーデターが起こった約一年後に学園長と再会、現在に至るわけだ」

「なるほど、教えていただきありがとうございます」

「ラーさんと学園長の出会いって出来過ぎた物語みたい!」

「Yes.ご都合主義ですね」

 

 

思い思いの感想を聞き、ライは照れ臭そうに頬をかいた。

 

 

「さて、三和音(トライアド)。私が君たちの質問に長々と答えたんだ。今度は、私から質問するがいいか?」

 

 

三和音(トライアド)は目を丸くした。ライが自分たちに尋ねてくるは、とても珍しいことだから。

そんな三人を置いて、歯切れの悪い口調で声が出した。

 

 

「――怒った女性を鎮めるにはどうしたらいい?」

 

 

歩を進めながら、学園長(トップ)の部屋へ到着していた。後は扉を開くだけなのだが、奥からもの凄い圧力を感じるのだ。怒っている、今、部屋の中にいる人物はとてつもなく怒っている。

三和音(トライアド)も感じたのか、扉を開こうとしない。

 

 

「あのーラーさん。何したの?」

「心当たりとして……大体、三日の外出の延長を置手紙一枚で済ませたこと。すぐに行くとフィルフィ(お使い)に頼ませて、二時間たったこと……かな?」

「それです。もう間違いなくそれですよ。ライさん」

「Yes.女性は待ち合わせにうるさいものです。特に学園長は商人。約束ごとには、うるさいはずです」

「――助けてくれる?」

『無理です』

「――デスヨネー」

 

 

と観念し、ライは扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで手形アートの件、なぜ私に任せようと考えた?発案者以外にも理由はあるのか?」

「その……ライさんは、百戦錬磨の方ですし、そういうオカルト系に強いと思いまして」

「それにラーさん。幽霊とかに詳しいでしょ?ほら、雪女とか、鬼とかの話をしてくれるから除霊方法も知ってると思って」

「Yes.さらにライ先生のお母さまは十代半ばで巨大な百足を竹槍という大自然の武装で退治したと聞きました。つまりライ先生はエクソシストの家系であり、まさに適任です」

「……ノクト、それはエクソシストではない。怪物殺しとごっちゃになっているぞ。そもそも誰から聞いたその話?」

「親衛隊の先輩方です。酔わせた際に聞かせてくれたと」

「あいつら……」

 

 

 

 




ライってお酒にあまり強くありませんよね?確か、四聖剣と飲み会した際、匂いで倒れたような感じでしたが。
それとライの容姿は殆ど変わっておりません。(つまりは皆さんのロスカラをプレイした当時のイメージと変わらず)

改めて言わせてもらいます。この作品は展開が遅いです。
物語の骨は出来上がっていますが、私の文才のなさで肉付けに時間を使ってしまいます。ルクスが登場するまで最低でも二話かかり、読者の皆様に大変待たせることを先に謝罪させてください。


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学園長

やっと学園長を登場させることができました。
私の会話能力が低いため、修正していく内に、キャラクターの口調がゲシュタルト崩壊してしまい、時間がかかってしまいました。
こんな感じで大丈夫ですかね?

では、どうぞ。



王立士官学園(アカデミー)の学園長室にライはよく来る。訪問のパターンは大体四つ。学園長の仕事の話、情報提供、もしくは話相手。最後は、保険として生徒同士の争いの物理的仲裁役。言い争いが喧嘩に発展してしまう場合が過去にあるのだ。

 

一つ目は、大抵生徒たちが大きく動く前である朝方に行われるため、目撃されることは少ない。二つ目は一般生徒には秘密にしている。三つ目はお互い空いた時間をとることが出来ない場合が多く、四つの中では一番少ない。そのため生徒たちに学園長室に向かう姿を見られるものなら、幾人かが同情の目を向けて「頑張ってください」と応援の声をかけてくる。

 

特に、二年前の三年生と二年生の争いは激しかったため、学園長室に向かうものならば、様々な生徒から応援と励ましのエールを送られ、お菓子や胃薬を渡された。さながら魔王の城に進もうとする勇者を見送るように。あのセリスティアですら、応援と高そうな茶葉を送ったほど。辿り着いた時には両腕が塞がることもあった。

 

 

――いつものこと、いつものこと……なのに!

今回は一つ目に分類され、大して時間はかからず終わるだろう、と思っていた。そう思っていたのだ。まさか最後に思わぬ難関が待っていようとは……!

扉越しから伝わる怒気は、部屋の主がとてつもなく怒っていることを教えてくれた。逃げるなどという案はなかった。主を怒らせたのは自分自身のせいだと解っていたから。

 

 

「さぁ、ライさん……!」

「ラーさん、頑張って!」

「ライ先生ならやれます!」

 

 

共に目的地に向かっていた三和音(トライアド)に盾として背中を押される。後退など許さない。自分たちはパンドラの箱を空けたくないという意思がひしひしと手のひら越しに伝わってくる。

 

――南無三!

覚悟を決め、扉を開けた先に待っていたのは一人の女性だった。

歳は二十代後半ほどの、桃色の髪を伸ばした教師といっても差し支えない風貌の女性。

名は、レリィ・アイングラム。驚くべきことかもしれないが彼女がこの学園の学園長なのだ。

 

彼女は机に肘を着き、両の手指を絡ませて顎を乗せるスタイルで待っていた。表情は満面の笑顔。弧を描く目と口が作り出す笑顔は容姿と合って、何も知らない男女を見惚れさせる魅力があった。

 

――い、いかん!

知っている、知り過ぎるほど知っている、その表情を。あの顔は、相手にどのような罰を与えようか、楽しみに考えているものだと。生前の母が同様の顔をよくしていた。

三和音(トライアド)もその危険性を感じたのか、ライを盾にしたままレリィと顔を合わせようとしない。本心は報告をすぐに終わらせ、脱兎の如く退出したいのだろう。

 

――と、とにかく何か言わなければ……!

まずは謝罪だ。待たせてしまってすまない、と口に出そうと開いたがその瞬間、レリィの五指を開いた手を突きつけられた。待て、と広げられた手から放たれる圧力は凄まじく、口を開いても声を出すことができない。

 

――こ、これは一種の呪い(ギアス)か……!?

口は開くことが出来ても、声を出すことが出来ない。つまり、ライにとって最強最悪の武器である『王の力(ギアス)』を封じられたことに他ならない。封じる女性の怒りに戦慄しながら、改めて思い知った。……自分と怒った女性はとことん相性が悪いと。

 

怒った女性は爆発寸前の弾薬庫と同じ要領取り扱わなければならない。(正しいのかは解らないが)二十三年、生きてきた中でライは学んでいる。怒り高ぶった感情は、人の意識の枷を外し、予想不可能な行動に走らせる。

例えば――

 

 

 

 

――うわーん!お母さまー!

――あらあら、どうしたの?そんな泣きそうな顔して。

――兄様が、お前には才能がないから武術なんてやめとけ、と言ってきました!それも小難しいことを幾つもつけてー!

――まぁ、事実とはいえ何て酷いことを。――死刑ね。

――い、いえ、もういっぱい腹いせしました!兄様に作ってあげたお菓子残さず食べちゃいましたから!

――あらあら、何てことを。上出来よ。散々、言われて沈むのではなくて、思い切って行動するのがいい女の第一歩よ。

――はい!お母さま!

――さて……ライ、あなたがあの子を危険な目に合わせたくないと思い、武に関わらせないのは、母には十分にわかっています。でも、それはそれ、これはこれ。妹を泣かせるなんて兄失格です。今回は久しぶり師である私が鍛錬に付き合ってあげましょう。

――あら?どうしてそんなに震えているのかしら?目に怯えの色が見えるわよ?そんな様子を見せたら――余計に力が入ってしまいます。

 

 

 

 

――む、ライか、遅かったじゃないか。

――何故私が貴様の部屋にいるのか?答えは簡単だ。あの坊やに追い出された、だ。何でも、この学園の生徒会長と部屋で学園祭の打ち合わせを行うらしくてな。そんなわけで貴様の部屋に来たというわけだ。

――繋がらない?そういうな、知らない仲ではないだろう。

――不機嫌に見える?よく聞いてくれた。あの坊や、私が気分よくピザを食べている最中に出ていけと言いおってな。くつろぎタイムを邪魔しただけでなく、チーズ君を部屋に置いたまま私を追い出したのだ。

――貴様なんと言った?チーズ君は必要ではない、だと……?いいか、ライ、よく聞け。私の好物は知っているな。それはピザだ。数えきれないほどのトッピングによってその味は千変万化。どのトッピングも決して人を飽きさせることはない。口に広がる自己主張の激しい味に揚げたての塩たっぷりのポテトと喉を焼かれると錯覚させるほど強い炭酸飲料のマッチは奇跡的バランスを構成している。それだけで完璧といっていい。だが、その完璧をより完璧に仕立て上げる存在。タバスコでもマヨネーズといった調味料や隠し味でもない。そう、それがチーズ君だ。チーズ君の抱き心地、柔らかさはピザを食すものに不思議な満足感を与えるのだ。チーズ君は足し算ではなく、掛け算の魔法をかけてくれる、ピザを食すもの必須の存在、解ったか!

――そんなわけで私はチーズ君を置いていった坊やの激しい怒りから自棄食いをしている。そろそろピザが切れる、注文を頼む。何、金は問題ないだろう……後であの男から請求しておけ。

 

 

 

 

――いい、ライ。私は貴方に怒ってる。

――一年ぶりにようやく再会できたのに、謝罪の言葉一つで出ていった貴方に。

――もう頭にき過ぎて、冷静になっているぐらいよ。

――言いたいことは山ほどあるけど、そんなのは後回し。貴方を倒してルルーシュを止めた後、貴方を思いっきり殴るわ。ただでは終わらさない。殴って殴って殴り倒して、泣かす。泣かしたまま、謝らせる。それは絶対。

――黒の騎士団の双璧相撃つ……いくわよ!

 

 

 

 

過去の記憶が走馬灯の如く駆け巡っている。そんなライをプレッシャーで封じながら、ゆらりと椅子から立ち上がるレリィ。歩を進め、その先にあるのは客人用のソファ。隅にゆったりと腰を掛け、笑顔をライに向けて己の腿をポンポンと軽く叩いた。

 

――そ、それは……!

彼女の仕草、自分に送った命令に改めて戦慄した。要求されている行為は、ライ自身に精神的苦痛を与えるものだ。それも三和音(トライアド)、いや第三者がいる場で行うなど苦痛は数倍に跳ね上がるのは、想像に難くない。

それだけは勘弁してくれて、と乾ききった口を動かす。

 

 

「それだけ…」

 

 

パンパン!

 

 

「あの……」

 

 

パンパンバン!!

 

 

「えっと……」

 

 

バンバンバンバン!!!

 

 

「はい……」

 

 

折れた。迫力が増していく笑顔と強くなる腿を叩く音に追い詰められ、折れた。

鉄塊をくくり付けたかに感じる足を動かして、レリィの元に近づいていく。気分はまさに死刑台に向かう死刑囚。黙ったままの三和音(トライアド)からもそう見えているはずだ。

そしてとうとう、頭をゆっくりと彼女の並んだ腿の上に置いた。

 

 

膝枕の完成である。

 

 

膝枕をするのは何も初めてのことではない。こちら側が何等かのミスを行うたびに、要求してくることがある。己のミスを帳消しにしてくれると考えれば、安いものだが、やはり大の男が膝枕をさせられるのは恥ずかしい。

 

顔は腹の反対方向へ。この場合だと三和音(トライアド)の物理攻撃となった視線が突き刺さるが、目を閉じることで緩和可能。逆方向の方が緩和できるのではないか、と思われるかもしれないが、両腕と胸を利用したホールドで腹に顔を押し付けられ、窒息死寸前まで追いやられた過去があるため向かない。せめてもの抵抗だ。

 

頭を置いた際、レリィの体が小さく震えた。横目で見ると、レリィが笑顔でこちらを向いている。しかし、その色はさっきまでの迫力のあるものではない。喜悦だ。喜悦に打ち震えている。

 

新王国に名だたるアイングラム財閥の長女であるこの人。容姿も良く、人にも優しく、家柄も完璧という一見して優良物件なのだが、本性は楽しいこと大好きのお祭り人間。こうやって自分を困らせて楽しんでいるに違いない。

 

――くそぅ……!!

触覚から柔らかい腿、嗅覚から女性特有の甘い匂いに脳を痺れさせながら、ライは胸の内で咆哮した。

 

 

 

 

 

どれ程の時間が経ったのだろう。一時間か、三十分か、もしかしたら十分も過ぎていないかもしれない。目を閉じ、頭を空っぽにして在る現実から目を背けていると時間の感覚は解らなくなるものだ。

 

三和音(トライアド)はもういない。レリィと学園祭の予定、卒業生たちの残していった遺物の撤去状況を報告して退室していった。退室間際に言った、感想について後程、とはどちらに向かってなのだろうか。

 

自分に対してならば、この膝枕について述べなければならない。学園長に対してならば、膝枕をされている自分がどんなものなのか包み隠さず喋るだろう。どちらも自分を羞恥で殺せる威力を持っている。地獄だ。

 

 

「さて――」

 

 

ポツリと呟かれた声に身体が大きく震える。視線が、意識が再び自分に向かれてしまった。さながら、解らない回答を教師に当てられてしまった生徒の心境か。

 

 

「ライ、私に言わなければならないことがあるんじゃないかしら?」

「え、えっと帰りが遅く――ひぃっ!?」

 

 

謝罪の言葉から突然悲鳴へと変わる。二十過ぎの男とは到底思いない、女のような悲鳴だった。痛覚から発せられたものではない。寧ろ、その逆、快感によって発せられたもの。

 

 

頭に手を乗せられた。

 

 

それだけだ。それだけで、ライは悲鳴を上げたのだ。

手から伝わる温もりと腿の柔らかい感触、女性の甘い匂いのトリプルパンチがライの神経に痺れにも似た快感が駆け抜けていく。

 

 

「違うでしょ。帰ってきてまずいうことは?」

「あ……」

 

 

やっと気づいた。

帰ってきたら、まず言うべきことは謝罪ではない。

 

 

「――無事に戻りました」

「求めていたものじゃないけど、――無事に戻ってきて何よりだわ」

 

 

 

 

 

 

 

レリィ・アイングラムの機嫌は現在、すこぶる良い。

 

何せ今、女冥利尽きる絶世の美男子を、世界最強といっても過言でもない男性を、何より自分の気を引いている男性に膝枕している。どこぞの商会の元締めが見れば、悔しさで奇声を上げているはずだ。

 

頭を撫でればより一層、楽しませてくれる。手に伝わってくる銀髪のふわふわな感触は、それだけで楽しませてくれるのだが、それに伴うライの反応が面白過ぎる。手を身体のどこかに置くだけで、びくりと震えるのだ。そこから撫で、小さく震える姿はまさに小動物だ。

 

 

「……レリィ・アイングラム。言わせてほしい。二十過ぎの男を膝枕して撫でることの一体なにが楽しい」

「貴方こそ、触れるだけで動物のように震えるのをどうにかしなさいよ。そんな可愛い反応されちゃったら止めるに止めれなくなっちゃうじゃない。――甘やかされるのに本当に慣れていないわね」

 

 

快感を押し殺した抗議が押し潰される。続けて口を開こうとするが、一撫でで簡単に封じれる。完全にレリィの手の上だ。

 

 

「……機嫌が悪かったみたいだけど、やはり待たせて悪かった?」

 

 

ライが尋ねてくる。声には不安の色が濃い。

そこまで気にすることはないのに、つくづく律儀な青年だ。

そんなだから苛めたくなってしまうのだ。

 

 

「別に~貴方が帰ってきたと聞いて、仕事を猛急ぎで終わらせてないわよ~。ノックで来たと思ったら、フィルフィで遅れると聞かされて落ち込んでなんかいないからね~。そのまま一時間以上待たされたことなんか根に持っていなうから~。あ、そう言えば口で伝えることもせず、置手紙だけで済ませたこと……」

 

 

そこまで言ってレリィは口を閉じた。

膝にいるライの体が僅かに震えている。さっきまでと同じく快感に震えているのではない、怯えているのだ。苛め過ぎたな、と自分を叱り、ライの頭を撫でる。そう何回も続けると震えは治まり、落ち着いた。

 

 

「ごめんなさい、苛め過ぎたようね。反省はしているようだし許してあげるわ」

 

 

レリィの許しに、ライは大きく安堵の息を吐いた。

そんな彼の姿は、見ていて最初は可愛らしいと思えるが、やり過ぎるとこちらが罪悪感を抱いてしまうほどになることは経験済みだ。

ちらりと目を机に置かれた新聞紙に寄せ、

 

「ライ、新聞を読んだわね?ほら、ヘイブルグの非合法闘技場」

「――!」

 

非合法闘技場。その言葉一つでライの雰囲気が切り替わる。

この四年間の付き合いでライの切り替わり方法も熟知している。

 

 

「……まさか関わっていたのか?」

「見損なわないで。私たち(アイングラム)は、そんな腐臭がする所に手を出す趣味はないから」

「そう、よかった」

「これに貴方が関わっている、というのは勘で解ったわ」

 

 

吐息。

 

 

「……その前に悪夢(ナイトメア)と交戦したっていう機竜使い(ドラグナイト)が次々に黒い怪人に悪夢(ナイトメア)について尋ねられて大騒ぎになったことも知っているわ」

「こっちからはしていない、あっちが起こしたんだ。ただ悪夢(ナイトメア)について聞いただけなのに、悲鳴を上げて機竜を展開してきたんだぞ」

「ライ、あの仮面と装甲衣を付けた姿はぶっちゃけ大人でも怖いから。……本当のところはどうだったの?」

 

 

悪夢(ナイトメア)と戦って生き延びた、そんな話はとても信じられる内容ではない。装甲機竜(ドラグライド)悪夢(ナイトメア)と戦う、いや、生き延びる。それがどれ程、実力と天運を兼ね備えなければならないのか知っているから。

ライは手を上げて軽く横に振った。

 

 

「いいや、全員、自分に箔を付けるための嘘だった」

「やっぱりね。尋ね続けて、非合法闘技場まで行ったの?」

「うん、そこで悪夢(ナイトメア)と交戦、撃墜して帰ってきたわけだ」

「そう。随分と波乱に満ちていたようだけど無事でよかったわ、本当に」

 

 

レリィの安堵の声に、ライは脇腹に軽く触れたが、それに彼女が気付くことはない。

 

 

「僕の留守中に何か変わったことはあったか?」

「うーんと、そうね。三年生が王都へ演習に向かった」

「道理で三年生の姿が見えないと思ったら、そういうことか」

「だから、生徒たちの面倒をよろしくね」

「またか……僕は結局、整備士兼モグリ教官か」

 

 

ライが言うと、レリィはやや考えてから、困ったように、

 

 

「まぁ、もういいんじゃない?教官不足も幾らか解消できた今でも、生徒たちが貴方の指導力を認めているし、先生役も定着してしまっているし、この前も貴方に作ってあげたお菓子を渡したいって子たちが部屋に押しかけてきたし……」

「……口元が若干引きつっているように見えるぞ」

 

 

うつむきで笑顔を強張らせたレリィは、あら、と肩から力を抜く。腿の上に置かせたライをポンポンと軽く叩いてみせ、

 

 

「貴方は皆に好かれているのよ。それをいい加減に認めたらどう?」

「そのたびにハラハラしているのは、どこの学園長だ?」

 

 

鋭いツッコミに一瞬怯むがこほん、と咳払いをして仕切り直す。

 

 

「けど、去年よりは楽になるはずよ。もうすぐ腕利きの機竜使い(ドラグナイト)がこの学園に来るから」

「腕利き?信頼できる人物か?生徒たちに危害を加える者ではないだろうな?」

 

 

質問攻めをしてくるライの声色は固い。

次々と出てくる言葉には生徒たちの安全と配慮が殆どだ。

 

 

「生徒たちの安全第一なんて貴方はやっぱり教師に向いているわね」

「っ!?……誰だ、卒業生を連れてくるのか」

「王都親衛隊も『狂犬(ラビドリードッグ)』部隊もこの時期、忙しいから無理ね。けど、安心しなさい。信頼できる優しい子だから。――貴方も知っている人よ」

「知っている?……解った。一先ずはそれで収めよう」

 

 

一先ずこの話題は終わらせ、次に入る。

 

 

「非合法闘技場の騒ぎでヘイブルグが慌ただしい。非合法とはいえ、自分たちの国の闘技場が突然、吹き飛んじゃったからね。対策のために軍の動きが活発化してるわ」

「また変に軍備を強化しようとしているのか、あの国は?五年前、建国したばかりの新王国に攻め込もうとして悪夢(ナイトメア)に無残な姿にされたのを忘れたのか」

「あとこれ、家から流れてきたんだけど。闘技場地下の装甲機竜(ドラグライド)が行方不明、欠片も部品も一つも残っていないって」

「あーなるほど。《ランスロット》があのタイミングで進化したのはそれが原因か」

「その騒ぎから『箱庭(ガーデン)』付近の砦に配置されてた『狂犬(ラビドリードッグ)』部隊がヘイブルグ国境付近に移ったことぐらいかしら。あ、後……」

 

 

そう呟き、レリィはライの頬を軽く突いた。

顔は苦虫を噛み潰したように見える。

 

 

「実はね……貴方が外に出ている間に縁談の話があったのよ。相手の男がそれはもう旧帝国の風潮に影響されててね」

「気分を悪くされ、破談となった、と。いつものパターンじゃないか。しかし、縁談が潰れるのもこれでいったい何件目?」

「五件かしら。別に父も本気で結婚させようとは考えていないわ。ただ私に、結婚のことを考えておけって伝えたいだけよ」

「それだけじゃないはず。アイングラム財閥の長女が縁談を行った。結果はどうあれ、その噂だけで他に刺激することができる」

「それで爆発が起きたら堪ったものではないのだけど。けどまぁ、こうして笑えるのもあと何年かしらね。いつまでも身を固めないわけにはいかないし、あまりに長く王立士官学園(アカデミー)の学園長の席に齧り付いておくのも問題なわけよ。財閥間の世間体が急激に悪化するとも限らないから」

 

 

ちらりと、空いた学園長席を見て

 

 

「私一人が我儘を言い続けて家全体にダメージが広がるのは、困るからね」

 

 

自分でも笑みが苦笑に変わるのが自覚できる。

国を動かす権力()を持つものとしては逃れられない運命だ。

 

 

「今のアイングラムは盤石だ。幻神獣(アビス)悪夢(ナイトメア)、盗賊と傭兵の機竜使い(ドラグナイト)などのイレギュラーが存在する中、最も傷ついていないのは、そちら(アイングラム)とヴァンフリーク商会だ」

うち(アイングラム)が無事なのは、殆ど貴方のお蔭なのだけどね」

 

 

ライとレリィとの契約には、護衛も含まれている。個人の護衛から輸送の護衛まで。といってもさすがに姿を見られるのはまずいとのことで、離れ、襲われたらすぐに駆けつけることができる距離で待機している形だ。

 

この契約はライにとって悪いものではない。

アイングラムが取り扱う商品には、装甲機竜(ドラグライド)のパーツもある。それを狙って悪夢(ナイトメア)が飛びついてくる。悪夢(ナイトメア)を捜しているライにとっては好都合。現に襲い掛かってきて、討伐できた例もある。

 

余談だが、ライという護衛がない財閥はヴァンフリーク商会を抜いて大なり小なり被害を受けている。酷いところは、レンガと藁で建てられた家と比べるほどの差がある。

イレギュラー、主に悪夢(ナイトメア)に襲われたため商品や宝物が消滅、配送ルートを潰される、次期当主が殺される、それに伴った後継者問題など、凄惨極まりない状況は思わず同情を覚えるほどに悲惨だ。

 

 

「私たちが物騒な世の中でこうして商売出来てるのは貴方のお蔭。――ありがとう、ライ」

「こっちにもメリットがある。礼をいうまでもないことだ。というか、悪夢(ナイトメア)が暴れている中、今も盛況なヴァンフリーク商会が怖いぞ」

「あそこのトップは……たぶん直感でやり遂げてるわ。ここ数年、会ったことはないけど、そんな説得力を持ってる女性だから」

 

 

思い浮かべた人物の性格その他諸々の記憶が脳に過ぎ去っていく。世界を裏で統べていると言っても過言ではない女傑だ。

 

そこからの話はただの世間話。

暗いものも、裏のものも、なにもない日常を感じさせる話をした。

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあ退出しましょうかね」

 

膝枕から解放され、体を伸ばすライ。その腕には、《月下》と《クラブ》の機攻殻剣(ソード・デバイス)でもない第三の機攻殻剣(ソード・デバイス)があった。鞘はないため布を幾重にも巻いて刀身を隠している。

《サザーランド・ジーク》を討伐する前に倒し、学園に預けていた悪夢(ナイトメア)――《ヴィンセント》の機攻殻剣(ソード・デバイス)だ。

 

「名残惜しいわね。もう少しゆっくりしていけばいいのに」

「何がもう少しか。約二時間、膝枕して五十回以上も人の頭を撫でてまだ足りないのか」

「貴方が悪いのよ。言ったでしょ、可愛い反応されちゃったら止めるに止めれなくなっちゃうじゃないって」

 

レリィはライが入室した時と同じように机に肘を着き、両の手指を絡ませて顎を乗せるスタイルだ。顔にも笑顔を浮かべているが迫力は無く、満足感に満ち溢れている。心なしか肌がつやつやしている。

 

「これからの予定は?」

「まずは《ヴィンセント(これ)》を工房(アトリエ)に置いて、次にライグリィ教官たちに帰還の挨拶かな。本当は今日中に《ヴィンセント(これ)》と工房(アトリエ)に置いた《サザーランド・ジーク(もう一つ)》を持って行こうと思ったけど、遅いから止めとくよ」

「それがいいわね。ハードスケジュールは身体に毒よ」

「学園長のそっちがいう台詞かねぇ」

 

背を向けて退出しようとするライ。しかし、最後に――

 

「彼女の治療方法が見つかったら、すぐに戻る。世紀の大発見をしても、自分に関する重要なものでも、そっちを優先するよ」

 

と振り向かないままレリィに向かって誓った。

 

扉は閉まり、一人残されたレリィは――ただ頭を下げることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、ライ。ようやく戻ってきたか!考えてみたんだが、両脚をドリルにしても十分にバランスがとれると……って、おい!?顔が真っ青だぞ!そんな凍えるように震えて、一体何があったんだ!?えっ、燃え尽きた、真っ白に?僕もう疲れたよ?もうゴールしてもいいよね?と、とにかく横になれ。肩ぐらいは貸してやる……うわっ!?震えの勢いがより増した!あ、しまっ……だ、大丈夫か?思わず放してしまったが?頭と地面が思いっきりぶつかったが……。お、おいライ?しっかりしろ!お前には悪夢(ナイトメア)を全て倒すという目標があるんじゃないのか!?こんな、こんな道半ばで死ぬなっ!!ライぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」

 

 




ライは頑張りました。
トラウマで精神をゴリゴリ削られながら、学園長を楽しませ、不安にさせないために頑張りました。この後、リーズシャルテにより工房のソファで横にされ、何とか持ち直すことに。
もし、そうならずリーズシャルテに膝枕をされて目覚めたら、狭心症かなんかを起こしてしばらく行動不能になります。

後、ライの母親ですが設定としてはライの文武の師です。
実力としては漆黒の連夜の主人公パーティで余裕で前衛を務められます。
皇族、それも古いため無意識にワイアード(肉体強化)に目覚めている感じです。


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期待

爆発だの、膝枕とか、気絶など騒がしく愉快な日から翌日。

昼休み中の工房(アトリエ)の裏庭に男女の返事が響く。

 

 

「それじゃ呼び出すぞ。リーズシャルテ、何かあるかもしれないから離れてくれ」

「おーう、けど工房(アトリエ)の中で呼び出さなくていいのか?」

「これから見せる悪夢(ナイトメア)は今までとは違った立ち位置だからな。これぐらい余裕のあるスペースじゃないと危うい」

 

 

装甲衣の代用に、機竜を纏うのに適した『装衣』を身に付け、ライは布で刀身を隠した一振り機攻殻剣(ソード・デバイス)を軽く振るう。愛機である《月下》と《クラブ》の機攻殻剣(ソード・デバイス)は、十分に距離を離した先に立つリーズシャルテに預けられ、腕に抱かれている。

 

橙色の柄の機攻殻剣(ソード・デバイス)をもう二、三度軽く振って調子を確かめる。

そして目を閉じ、脱力。呼吸を整え、布を勢いよく剥がし、機攻殻剣(ソード・デバイス)の鈍色の刀身を露わにする。(グリップ)にあるボタンを握りながら押して、声を上げた。

 

 

「――起動せよ、魂魄捧げ、主に仕える橙色の騎士。仕えるべき君子のため忠義の嵐を降らせ、己の忠節に殉じろ《サザーランド・J》」

 

 

悪夢(ナイトメア)機攻殻剣(ソード・デバイス)を握るとその機体の詠唱符(パスコード)が頭に浮かび上がるのだ。自分が忘れていたのを思い出したのか、何等かの意思が働いて頭に教えてくれるのか解らないほど違和感なく鮮明に。その詠唱符(パスコード)を読み上げると、すんなりライの元へと召喚される。

このことから悪夢(ナイトメア)はライを主として認識してくれている。

 

バギン、と罅割れる甲高い音が響いた。詠唱符(パスコード)を認識し、地面を砕いて生まれたかのように光が溢れ出す。光は集まり、巨体を形成していく。

姿を現したのは、薄青紫の頭部と橙色の体を持った悪夢(ナイトメア)。しかし――

 

 

「……酷いな」

 

 

召喚された《サザーランド・J》を見たリーズシャルテの率直な感想だった。世界中にその暴力的な力を振りまいている悪夢(ナイトメア)とは、到底思えないほどに見るも無残な姿だ。

 

 

《サザーランド》。

その悪夢(ナイトメア)をリーズシャルテは知っている。

 

そもそもどうして、ライが愛機でもない悪夢(ナイトメア)を動かしているかというと、リーズシャルテが倒した悪夢(ナイトメア)を見せて欲しいと頼み込んだことが始まりだ。

 

機竜研究者として装甲機竜(ドラグライド)に通ずる悪夢(ナイトメア)、その身体に組み込まれる未知の技術は、どうしても気になってしまうのだ。初対面から程なくして、悪夢(ナイトメア)の武装や技術について教えて貰った。しかし、説明よりもやはり実物を見たいと抑え込んでいた探求心が暴れ出し、ライへとアタックしたのだ。

 

アタックされたライは、当然拒否した。

倒した悪夢(ナイトメア)は、世界中で悲劇をまき散らした。それも一部の存在は、五年前の革命に乱入し、無辜の民の血を啜っている。そんな凶器を新王国の王女である彼女に見せるなど出来るわけがなかった。

 

拒否を突きつけられてもリーズシャルテは折れることはなかった。技術の簒奪といった邪な思いは抱かず、真っ直ぐな探求心をライに何度もぶつけたのだ。

 

悪意が潜む頼みであったのなら、ライは紙屑と同様の扱いで握り潰す。しかし、向かってくる相手にそんなものはない。ひたむきに思いをぶつけてきている。その純粋な姿が、かつて守り切れなかった者と重なってしまった。

 

そして、彼女ほど優秀な技術者に見せれば、未だに存在する悪夢(ナイトメア)の謎を解き明かす鍵になるかもしれないと、自分を納得できる理由を作り上げて許可を出した。

 

その見せて貰った悪夢(ナイトメア)の中に《サザーランド》が含まれていた。紫のカラーリングをした無骨さを感じさせる悪夢(ナイトメア)。同じ名を持っているのだから、カラーリングと脚部以外に差はない。

 

殆ど差が無いからこそ、《サザーランド・J》の状態の過酷さがよく解る。かつての戦闘から修復はされておらず、辛うじて原型を留めているといった所か。この状態から万全の姿に戻すことは無理だと断言できる。

 

 

接続(コネクト)開始(オン)

 

 

《サザーランド・J》の状態に構わずライは身に纏う。それだけで装甲に亀裂が入り、至る所から瀕死であることを伝える悲鳴が至る所に響いた。

 

 

「ギアス伝導回路、起動」

 

 

ライを覆う胸部装甲から紅い光が輝くと共に、《サザーランド・J》の体にスパークが弾け飛ぶ。悪夢(ナイトメア)に内蔵された電磁呪文(サーキット)が『エデンバイタル』から膨大なエネルギーを引き出し始めた。身体に駆け巡るエネルギーが破損箇所から光の花火となって噴き出す。

 

――なんかなぁ……。

そんな姿の悪夢(ナイトメア)に、リーズシャルテは胸に違和感に似たものを覚える。そんな風になるのは、機竜技術に携わっているため装甲機竜(ドラグライド)が召喚される光景は人一倍見ているからだろうか。

 

装甲機竜(ドラグライド)の召喚は、まさに降臨という表現が相応しい。詠唱符(パスコード)を認識して生まれる光は機動兵器とは不釣り合いな神々しさを感じさせる。輝かしい光が集まり、シャープで繊細なフォルムを構成する光景は、陳腐な例えかもしれないが、天使が地上に舞い降りるのを感じさせる。

 

だが、悪夢(ナイトメア)にはそれがない。そう感じさせてくれない。

甲高い音を鳴り響かせて、地上から溢れる光に神々しさはない。逆の魔的な印象を浮かばせる。地獄から呼び出された悪魔のように。特に、ギアス伝導回路を起動させた時にはその存在感が膨れ上がるのだ。

 

流れ出す規格外の力に重症を負った《サザーランド・J》の体が苦しみ大きく震えるのを感じながら、ライは神装《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》を使用する。

 

 

「――力とは治癒である」

 

 

再生、修復、治療などの回復にまつわる物を思い浮かべながら、言葉を吐く。それによってイメージをより固めていく。するとどうだろうか。末期状態であった《サザーランド・J》に光が走り、損傷していた箇所を修復していった。

 

揃った《サザーランド・J》の手指を開いて、状態を確認。

違和感のない手ごたえにライは頷いた。

 

一連の光景にリーズシャルテは息を吐いた。

いつ見てもとんでもない光景だと思う。機械が自己修復するなど。

 

機械とは自分の体を自分で癒すとは出来ない。程度の差があれど人間の回復に比べれば単純だが、傷ついた部分を他者の手を借り交換する手間をかけることでようやく治ったといえるのだ。しかし、悪夢(ナイトメア)はそんなものは必要ない。体力の消費と想像力で、小破も大破も関係なく、元通りになってしまうのだ。味方であればこれ以上なく頼もしい存在、敵であるのならば全く逆の評価を出す。

 

 

「《ジーク・ユニット》」

 

 

直後、ライの呟きに《サザーランド・J》の周囲の空間が歪む。付属武装(サイドウェポン)を転送していることがリーズシャルテには解った。

しかし、空間の歪みが異常だ。《サザーランド・J》の二回り以上の歪みが広がっている。

 

 

「おいっ!?何を出そうと――」

 

 

言い切る前に付属武装(サイドウェポン)が召喚された。

《サザーランド・J》を包むように現れた武装、大型のコンテナを思わせる存在に思わず、

 

 

「でかっ……!?」

 

 

《サザーランド・J》の武装《ジーク・ユニット》に驚愕した。

 

 

(ナイト)(ギガ)(フォートレス)、《サザーランド・ジーク》。こいつの元になった機体は操縦者と共に、それはもう頼りになる存在だったよ」

 

《サザーランド・ジーク》の機能を停止させ降りたライは、懐かしむようにして、《サザーランド・ジーク》の装甲を撫でる。

リーズシャルテは現れた巨体に圧倒されながらも、機体を回り眺めた。目には未知への好奇心と巨体が誇る威圧による畏怖を浮かべていた。

 

 

「な、ナイトギガ……?(ナイト)(メア)(フレーム)とは違うものなのか?」

「大いに違う。そもそも従来の(ナイト)(メア)(フレーム)とは異なる設計思想だからな。KMFはランドスピナーによる高速かつ小回りの利く高い機動性、人型故の如何なる戦場も選ばない優れた汎用性を中心として開発された。だが、(ナイト)(ギガ)(フォートレス)は――」

 

 

《サザーランド・J》に装備された《ジーク・ユニット》を叩く。

 

 

(ナイト)(メア)(フレーム)に求められていた性能を一切切り捨てて開発された。そのコンセプトは重装甲と重武装で固められた機体をフロートユニットで縦横無尽に移動して、制圧する単純なものだ」

「なるほど、確かにそんな開発コンセプトならばここまで大型になるのも納得がいく。だが、ここまで巨大だと要塞が浮かんでいるにしか見えないな」

「やっぱりそう思うよな」

 

 

リーズシャルテの評価にライは頷く。たった一人の異世界人として、関わりが薄いとはいえ自分の世界の技術が評価されるのは嬉しく、満足そうだった。

 

 

「実際、こいつを無傷で倒すのは運が良かったとしかいえない」

「そんなに手強いのか?ここまでデカいと火力を命中し易いと思うんだが」

「いやいや、言っただろ。フロートユニットで縦横無尽に移動するって、こんな見かけでも速いんだ。高機動しながらの集中砲火は怖いぞ。あのヘイブルグの闘技場を粉微塵にしたのもこいつで、この学園も五分足らずで焼野原に出来る、絶対に」

 

 

空中を飛び回り、ミサイルの雨霰を降らして、学園を破壊していく光景を思い浮かべ、ゾッとした。リーズシャルテも似たような想像をしたのか、体を震わせている。

 

 

「こんな奴の同類が……まだいるのか?」

「いると言えばいるが……KGFは僕が確認してる内で《サザーランド・ジーク(こいつ)》を含めて四機しかない」

「何でそんなに少ないんだ?聞いた感じでは高性能だが」

「採用するのに色々なことが重なってな……」

 

 

KGFは不遇な存在だろう。その性能の高さも知っているため猶更そう思わせる。

多大な戦果を上げ、その性能の良さを証明し続けた《ランスロット》タイプの量産型が進んでいたこと。それによりKMF用のオプション型フロートユニットの量産が加速していったこと。KGFがテロリストの戦力として運用されイメージダウンしたことなど、様々な要因が重なり合って開発競争から外れてしまった。

 

それを口に出そうとした時、

 

 

「――あら、今度のは大物だったようね」

 

 

凛とした響き。

透明感のある声が裏庭に聞こえた。

その声に振り向けば、美しい少女が立っていた。

 

「クルルシファー・エインフォルクか。ユミル教国の留学生が何をしに来た?」

「ご挨拶ね。何かが割れる音が聞こえたから来てみただけよ」

「ちょっと待て、ライっ!何を自然に話している!悪夢(ナイトメア)を集めていることが知られているんだぞ!」

「リーズシャルテ。言い忘れていたが、悪夢(ナイトメア)のことは知っているぞ。彼女は」

「な……っ!」

「いつのころだったかしら。ほら、貴女が機竜の実験で工房(アトリエ)の屋根を吹き飛ばして学園長に呼び出された時、忍び込んだのよ。その時、悪夢(ナイトメア)の試運転をしているライ先生を見つけてね。その際に教えてもらったわ」

「半年以上前ではないか――っ!?」

 

 

 

 

 

――疲れるな、やっぱり。

工房(アトリエ)の隣に設置しているコンテナの日陰に体を潜り込ませたライは、そんなことを思っていた。ただ起動を行い、神装を一回使用しただけで疲労に襲われた。今日は、自分が目覚めた遺跡へと長距離飛行に優れた《クラブ》を使用するため体力は温存しておきたい。《ヴィンセント》の紹介は後日にした方が賢明だろう。

 

地面に座り込み、視線を傾けると《サザーランド・ジーク》に二人の少女がついている。

リーズシャルテは、《サザーランド・ジーク》から機竜を纏う機竜などアイデアを見出して、忘れない内にメモを取っている。あと装備の円錐型スラッシュハーケンを念入りに調べている。あれをドリルに交換できればと思っているに違いない。

 

クルルシファーも最初はリーズシャルテと同じく触れるなどしていたが、今は《サザーランド・ジーク》を見つめているだけだ。いや、見つめたフリをしている。彼女の意識は離れているライに向けられていた。

 

――クルルシファー・エインフォルク……。

北の大国、ユミル教国の留学生、リーズシャルテと同じ士官候補生のクラスメイト。

勉学、体技、装甲機竜(ドラグライド)の扱い、全てにおいて一流の腕を持つ才女。その常人離れした美貌も含め、学園中の人間に一目置かれている。

 

そんな少女を……ライは苦手としていた。

 

一年前の入学式で、一目見かけた時から何等かの壁を作ってしまうのだ。

その時に胸に沸いた感情は何だったのだろう。ただ解るのは、彼女に自分という人間に近づいて欲しくないという願いに似た感情を抱いていることだ。

 

だが彼女はライの気持ちを知らず、意識を向けている。

 

瞳に浮かぶ感情は――期待?

期待だというのなら、何を自分に期待している?

 

悪夢(ナイトメア)、又は関する技術?

自国のユミル教国にあわよくば渡そうとしているのか?

だが、彼女に邪な色は見当たらない。

 

ならばなんだ?

何故、自分に意思を向ける?

何故、自分に近づこうとする?

何故、自分に関わろうとする?

 

――解らない。

――解らない……。

――解らない……!

 

 

■■■■■(■■■■■■)』である君たちを■■■■僕に近づかないことが幸せなのに――っっ!!

 

 

突然、現れた思考と頭痛に首を左右に強く振った。

額に手を当てると大量の汗をかいていた。

 

――何だ……?

今、自分は何かを叫んだ。一瞬の瞬きであったため、内容は思い出せない。思い出そうと記憶を探ろうとした時――

 

 

『――――――』

 

 

昼休みの終わりを知らせる予鈴が、王立士官学園(アカデミー)に鳴り響いた。

ライは《サザーランド・ジーク》を戻し、その機攻殻剣(ソード・デバイス)をコンテナに放り込む。

 

 

「今日はここまでだ。早く教室に戻ったほうがいい」

「え~まだ《ヴィンセント》を見せて貰ってないぞ」

「君の場合、次を見せたら時間を忘れて没頭してしまうだろ。それで、授業に遅れるなど笑い話にもならん」

「わがままを言わない方が賢明ね。次はライグリィ教官の授業。教官が入室する前に着席してないと雷が落ちるわよ」

「む~~」

 

 

不満そうに口を尖らせるリーズシャルテに苦笑を浮かべながら、《クラブ》を召喚し、フロートユニットを展開。閉めたコンテナを持ち上げる。

 

 

「《ヴィンセント》の紹介はまた後だ。僕はこれから出発するから、持ってきたパーツと一緒に楽しみにしておいた方がいい」

「あ、ドリル!ドリルがあったら持ってきてくれ!」

 

 

はいはい、と返事をしてライは《クラブ》のフロートユニットを吹かし、抱えたコンテナなど無いように勢いよく空へと駆け上がった。

 

 

 

 

あっという間に空へと駆けた《クラブ》。残されたリーズシャルテとクルルシファーはその空を見つめていた。

 

「速いな。ギアス伝導回路を作動させなくても、神装機竜に匹敵する性能に偽りなしだな」

「あんな大きなコンテナを抱えていったのに凄いわね。中に何か入っているの?」

「いや、殆ど空だ。あのコンテナはパーツなどを持ち運ぶためのものでな。何でも悪夢(ナイトメア)が待機している場所には、悪夢(ナイトメア)一体一体の機攻殻剣(ソード・デバイス)を鍵にしている扉があるらしくてな。その扉を開けると装甲機竜(ドラグライド)希少(レア)パーツや悪夢(ナイトメア)の武装といったものが大量にあって、それらを持っていくのに必要なんだ」

「なるほどね。けど、あんなお荷物を抱えたまま飛んでたら、機竜の探知に引っかかるんじゃないかしら?」

「猛スピードで低く、高く飛ぶの繰り返しらしい」

「納得できそうで、納得できない説明ありがとう」

 

揃って早足で教室に向かおうとした時、クルルシファーは空を見た。

 

「ライさん、貴方は私と同じ……」

 

瞳には、先ほどと変わらない感情を浮かばせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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アティスマータ新王国にある広大な森林山岳地帯の一角。

その地はアーカディア帝国が建国される過去よりも魔獣など人外の存在が住み着いているとされ、物語や恐怖話の発症の地となっていた。古くから伝われている影響か、触れ得ざる地として人々の意識に染みつき、装甲機竜(ドラグライド)を得た現在も未だに人の手が付けられていない。

自然がありのままの生命力を発揮して構成される森林は、鮮やかな緑ではなく禍々しい黒と感じさせる。さながら黒い森(シュヴァルツヴァルト)だ。

 

そんな場の森林の上空を蒼の騎士が飛んでいく。

大型コンテナを持ち運んでいる《クラブ》だ。低く、低く、持ち運んでいるコンテナが樹木の先に触れるか触れないかの高さで飛び進む。その飛行に迷いはなく、ただ目的地一点を目指して突き進んでいく。辿り着いたのは、山岳の麓。そこも樹木が生い茂り、遠目では、黒い森に浸食されているにしか見えない。

 

ライはその場にコンテナとクラブを下す。背に展開するフロートユニットを折りたたみ、下ろしたばかりのコンテナを頭上高くまで上げ、持ち運んでいく。

大型のコンテナの中身は、機攻殻剣(ソード・デバイス)が二振り、着替えや水を含んだ愛用のザック程度しか入っていないが、重量は人が持ち運べるものではない。しかし、そんなもの《クラブ》には全く苦にならない。人の手が入っていない獣道のためバランスを崩しかねないが、そこはライの操縦で未然に防ぐ。

 

大きな足音を響かせながら、確かな歩で進んでいく。

辿り着いたその先、樹海の深奥に、異物のような人跡がその存在を誇示している。

それは、山の麓をくり抜いて作られた人工の穴。コンテナを持ち上げている《クラブ》すらも簡単に入れ、口を崩れぬよう整えた洞窟は、自然で作り上げるには不可能な代物だ。

 

市街や村落といった人界から遠く離れた位置座標は、その存在を秘匿する意図は明白である。建造構造もまた、外部に漏れる音や光や熱……あらゆる情報を遮断するのに十分であると思えた。

誰にも見せない、見せたくない。俗世と隔離された秘匿の遺跡。

その在り方は、建造時の目的通りに、全てを一目に触れぬままその役目を寡黙に果たしていた。

 

洞窟を進んだ先に広がる光景に

 

 

「――ただいま」

 

 

ライは数多の感情が入り混じった目で眺め、声を出した。

そこは広大な地下空間に広がる遺跡。いや、もはや都市と呼んでも過言ではないスケールが広がっていた。

 

この遺跡を考古学者たちに見せれば何というだろうか。言葉の差異はあれど、見解は「ありえない」で一致するかもしれない。本来なら限定された空間であるはずのそこを拡大し、人間が居住することすら可能な壕を無数に築いている。

 

天井が分厚い岩盤とその上に山をそびえ立たせていることを除けば、それは紛れもない都市だ。未だにたった一人しかその存在を確認していない古の地下都市。

 

しかし、長い年月を積み重ねたその都市は、崩壊している。ここで悪夢(ナイトメア)が起動し激しい戦闘を行ったからだ。

 

遺跡の最深部。

一直線に伸びる道の両脇に巨大な石柱が整然と並んでいる。岩盤をそのままくり抜いたようにも見えるが、よく見れば違うと気付けるだろう。細かく丁寧に加工したブロックを多く積み上げることによって、柱を作り上げていた。さして必要もないそんな装飾が施されていることが、そこが特別かつ極めて重要な場所であることを教えてくれる。

 

先には傾けられた棺桶を思わせるポット、それを見守るように側に立つ青い巨人がある。あのポットこそがライの目覚めた場所であり、側に立つ巨人は悪夢(ナイトメア)――待機状態の《月下》だ。

 

更にその先には、大きな扉。表面に複雑な幾何学模様めいた絵が描かれていただろう扉。『黄昏の間』へと繋がるその扉は、破壊され、その機能を失っている。

 

ライはその最深部を、遺跡全体を見渡した。

 

――何も変わらないか。

遺跡にはかつて来た時と何も変わっていなかった。

目覚めてから半年の間、悪夢(ナイトメア)が戻ってくる可能性が考慮して、この遺跡を拠点として過ごしていた。しかし、その可能性を裏切り、悪夢(ナイトメア)はこの遺跡を襲うことも近づくことすらなかった。

彼らにとってこの遺跡には価値はないのか。五年と半年の間、ライ以外にこの遺跡に足を踏み入れた者はいないのだ。

 

しばらく遺跡内を上空で見回していると《クラブ》を操作し、目的の存在――赤いV字の角と左右に大きく広がった肩部が特徴的な金色の悪夢(ナイトメア)のそのすぐ側に降りる。

 

 

「久しぶり、《ヴィンセント》」

 

 

降り立った場には悪夢(ナイトメア)――《ヴィンセント》が待機していた。近くには、《無頼》、《無頼改》、《サザーランド》などライによって活動を停止させられた悪夢(ナイトメア)の姿もある。均等な距離で静かに並ぶ様子はまるで博物館に展示された甲冑といったところか。

 

倒された悪夢(ナイトメア)はこの遺跡に待機することになる。つまり、この遺跡は悪夢(ナイトメア)が誕生したか、配置された重要拠点であるはずなのに、未だに暴走している悪夢(ナイトメア)が襲撃してこないのは、はたまた疑問だった。

 

「考えてもしょうがないことか……」

 

待機している《ヴィンセント》の背後にある、磨かれた幻玉鋼鉄(ミスリルダイト)の扉に近づく。悪夢(ナイトメア)の待機する場所にはこのような扉がいずれもある。

 

過去に強引に開けようとしたが、見かけ以上に頑強で《月下》の輻射波動ですら、こじ開けることが出来なかった。《蒼月》や《クラブ・クリーナー》なら可能かもしれないが遺跡が崩壊する恐れがあったため、試していない。

 

そんな扉を開く方法は一つ。

抱え続けていたコンテナを下ろし、その中から一振りの機攻殻剣(ソード・デバイス)を取り出す。目の前の《ヴィンセント》のものだ。

 

扉に備えられる鍵穴、いや剣穴に《クラブ》で《ヴィンセント》の機攻殻剣(ソード・デバイス)を深く刺し込んで回す。鍵の要領なのだが、人間の力では動かすことは出来ず、機竜などの力を借りなければならない。

 

ガチリ、と確かな手ごたえを感じ、引き抜くと機攻殻剣(ソード・デバイス)の刀身が鞘に包まれていた。引き抜いたと同時、扉が重厚な音を鳴らして開いていく。

 

扉の先は通路だった。石や岩をくり抜いた雑な代物ではない。発達した科学で整えられた白亜の通路。コンテナを抱え直してそこを迷いなく進んでいく。

 

通路は、装甲機竜(ドラグライド)悪夢(ナイトメア)、《ガレス》といった大型も通ることも想定して作られているのか、コンテナを抱えた状態でも楽に通れることが可能な大きさだ。

 

進んだ先、辿り着いた工房(アトリエ)と同等の広さを誇る大部屋には、

 

 

「圧巻だな……」

 

百はある装甲機竜(ドラグライド)、見慣れた機竜の武装や希少価値のあるパーツ、金銀といった財宝、そして《ヴィンセント》の武装、パーツといったお宝に埋め尽くされていた。

 

 

 

 

 

装甲機竜(ドラグライド)には手をつけず、《ヴィンセント》のパーツ、機竜の武装と希少パーツ、仮面と装甲衣を予備も含めて何着かコンテナの中に放り込む。

 

特に《ヴィンセント》のファクトスフィアは《クラブ》の物より劣るが、元となった《ランスロット》よりも強化がされている。《サザーランド・アイ》と同様に一際優秀であることは知っているため、工房(アトリエ)で待機しているライの装甲機竜(ドラグライド)強化に多めに入れた。

 

後は、リーズシャルテのお土産用の希少パーツ……案の定ドリルだ。

毎回思うのだが、何故とても戦闘に有効とは思えない兵器と呼べるものが多々あるのか。

 

例として、六基のチェーンソーが装着された大型近接武装、ただ単にブースターを組み込んだ巨大な鉄塊、機竜の全長を超える組み立て式大型発射砲台といった規格外の武装が存在していた。

 

そんな暴力的な武装を一目見た時、心を奪われかけたが、それ以上に何かしらの危険を感じ近づくことは止めている。輻射波動を装備して何を言っていると自分でも思うが。

 

だが、こうしてパーツを自由に漁っているとどうしても悪い気を覚えてしまう。

この遺跡とは違うと思われる、十余年前に現れたという遺跡(ルイン)

 

その奥に眠る装甲機竜(ドラグライド)や財宝を得るために、国同士が熾烈な競争を繰り広げている。校外対抗戦――全竜戦を行い、遺跡(ルイン)調査権を得る仕組みだが、眠っている財宝を手に入れるのは、遺跡(ルイン)から現れる幻神獣(アビス)の妨害、遺跡(ルイン)を目指す最中に襲い掛かってくる悪夢(ナイトメア)によって相当の出血を強いられる。

 

特に悪夢(ナイトメア)は機竜では太刀打ちできないため、少なくない犠牲を出され、その日の調査は中止と疫病神扱いされて各国の頭痛の種だ。

 

そんな各国が時と犠牲を払い、遺跡(ルイン)から少しずつかき集めている世界情勢でライはこの遺跡の遺産を独占してしまっている。罪悪感を覚えないわけがない。だからといって、ここの物を簡単に譲り渡す気は毛頭ないが。

 

《サザーランド・J》の扉を開こうと姿を捜すが――

 

 

「……いない?」

 

 

遺跡中を回り、ファクトスフィアで探知をしても《サザーランド・J》の姿がどこにもないのだ。

 

まさか工房(アトリエ)からここに来るまで何物かに盗まれたと考え、慌てて機攻殻剣(ソード・デバイス)を抜き詠唱符(パスコード)を読み上げると《サザーランド・J》、いや、《ジーク・ユニット》を装備したままなので、《サザーランド・ジーク》は何事もなく召喚された。

 

戻しては召喚、戻しては召喚を何度か繰り返す。召喚される際に放たれる波動を感知しようとするが、ファクトスフィアに反応はない。つまり――

 

 

遺跡(ここ)とはまた違う……別の場所から召喚されているのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

探索に時間を掛けすぎたため、外はもう真っ暗になっている。そのことに気付くと空腹を自覚し、休息をとっていた。

 

《クラブ》から降り、コンテナに入れていたザックの中から取り出した携帯食を口に含み、水筒の水を口に含んで思うのは、

 

――どうすんだよもー。

 

待機する、《サザーランド・ジーク》についてだ。

 

『この世界』で五年と半年を過ごしているのに、未だに自分自身が存在することすら解っていない。そんな解決していない謎が多すぎる状態でのにまた新たな謎が増えてしまった。

 

食事を一先ず終えて、《サザーランド・ジーク》の装甲に手を当てる。もう片方は顎に当て、口を開いた。

 

 

「君はどこの遺跡にいるんだ?」

 

 

《サザーランド・ジーク》が本来待機している場所。悪夢(ナイトメア)である以上、高確率でこのギアスの遺跡と同質の遺跡だろう。そう言えばだが、目覚めたばかりの際、《サザーランド・ジーク》の姿はなかった。入り口の洞窟も《サザーランド・ジーク》のサイズでは通ることは不可能だ。

 

ギアスの遺跡が複数あることに疑問はない。『あちらの世界』では、自分の故郷、神根島、龍門石窟と世界中にあった。『この世界』に複数あってもおかしくはないのだ。

 

――あの扉が使えれば……。

砕けた巨大な扉を見る。

あの扉の先には『黄昏の間』が存在する。『黄昏の間』は世界中の扉と繋がっているため、遺跡から『黄昏の間』、そして別の遺跡へと移動できる。かつて神根島の遺跡から入り、神殺しの計画を失敗させた後、遠く離れた帝都ペンドラゴンまで移動したため実証はある。しかし、見た通り扉は砕けて機能停止している。つくづく惜しい。

 

実のところ、他の遺跡について調べなかったわけではない。

存在を考慮し、レリィ・アイングラムにも頼み込んで、ギアスに関連するものについて調べたのだ。しかし、結果は芳しくなかった。ありとあらゆる歴史書を読み解いても関係する何かは見つけられなかった。レリィの方でも成果はなかった。

 

――そもそもこの遺跡は何に使われていたんだ?

『あちらの世界』ではギアスの力を研究し、その先にある『何か』を追求するだけの研究組織――嚮団が存在していた。

だが、この遺跡は研究組織に使われていたとは到底思えない。

先ほどの洞窟の入り口、扉の開け方、通路の大きさから機竜や悪夢(ナイトメア)を常用していることが解る。だが、研究だけをしているなら機竜などは特に必要ないはずだ。作業に使っていたと考えれるが、宝物庫の有り余る武器について納得できない。

研究だけをしているなら、何故悪夢(ナイトメア)を開発している?

いや、ギアスの根源『エデンバイタル』接続の実験と考えることができるが、それなら悪夢(ナイトメア)という兵器で行わなくてもいいのではないか?

 

 

「待てよ、兵器……?」

 

 

兵器、戦うための道具。

兵器が必要ということは、戦っていたということ。

 

だとしたら――一体何と戦っていたのだ?

 

悪夢(ナイトメア)といった強大な兵器で何に勝とうとしていた?

 

戦うための研究組織であると同時に基地だったのではないか?

 

 

「――解らん。この遺跡については置いておこう。次は悪夢(ナイトメア)について」

 

 

《サザーランド・ジーク》から手を離し、顎に手を当てたまま再び熟考する。

 

悪夢(ナイトメア)

『あちらの世界』の兵器、(ナイト)(メア)(フレーム)(ナイト)(ギガ)(フォートレス)の技術と装甲機竜(ドラグナイト)の技術を融合した存在……多分。

 

何故、『あちらの世界』の技術がこちらに?

――解らない。というか悪夢(ナイトメア)の外見は元になった機体に似すぎている、どうやってデザインを知ったのだ?

 

いかん。謎がどんどん湧いてくる。謎に嵌ってしまう。

 

悪夢(ナイトメア)機攻殻剣(ソード・デバイス)を握るとその機体の詠唱符(パスコード)が頭に浮かび上がる。自分が忘れていたのを思い出したのか、何等かの意思が働いて頭に教えてくれるのか解らないほど違和感なく鮮明に。その詠唱符(パスコード)を読み上げると、すんなりライの元へと召喚される。

このことから悪夢(ナイトメア)はライを主として認識している。

 

装甲機竜(ドラグライド)は、自分を扱う機竜使い(ドラグナイト)を唯一の使用者と定める。機竜使い(ドラグナイト)を定めた装甲機竜(ドラグライド)を別の者が召喚、使用することは出来ない。それが機竜の鉄則だ。

 

悪夢(ナイトメア)装甲機竜(ドラグライド)と多くの共通点を有している。使用者を主として扱い、他者には使用不可だとしても不思議ではない。《月下》と《クラブ》の詠唱符(パスコード)をとある王子、リーズシャルテに読み上げてもらった際、姿を現すことはなかった。無論、操縦することも。なのに何故、あの重装甲衣を着た人物たちに使用されていた悪夢(ナイトメア)がライを主として認識する?

 

『ザ・ゼロ』を受けたことによる影響と考えたことがある。

『ザ・ゼロ』の効果は、神羅万象の存在を無にする恐ろしいものだ。これを装甲機竜(ドラグライド)にぶつけるとどうなるか。装甲への軽い接触で幻創機核(フォース・コア)のエネルギーが消滅し、機能停止する。

 

悪夢(ナイトメア)のエデンバイタル接続を無効化させる際、多くは力を籠めての接触、つまりは打撃を入れる感覚で行っているため、力が強く使用者の設定すら無効化しているのではないのか?しかし、悪夢(ナイトメア)はライを主と認識し、リーズシャルテたちを他者として反応を起こさない。『ザ・ゼロ』の影響説はなくなった。

 

いや、そもそも悪夢(ナイトメア)を使用する重装甲衣の人物たちは何者なのか?

 

凡そ人間では纏うことが出来ない殺人的な重量を持つ重装甲衣を着ていること。

 

重装甲衣の背中にある『あちらの世界』の技術、神経電位接続を使用していることから人体を改造をしていること。

 

重装甲衣の耐久、神経電位接続により悪夢(ナイトメア)一部(パーツ)となって、装甲衣では引き出せない性能を引き出していること。

 

無色の魔導器(ロスト・カラーズ)の力を貰って頭を砕こうが、腹に穴を空けようが回復して不死身であること。

 

悪夢(ナイトメア)で無差別に装甲機竜(ドラグライド)を襲っていること。

 

倒し、中身を外気に触れさせると灰になって崩れること。

 

これらの事実が、彼らがまともな存在ではないことを証明している。

 

そんな者たちが扱う悪夢(ナイトメア)が主として認めている自分は一体なんだ?

 

いけない。どんどん頭の中が謎で埋め尽くされていく。一度、頭の中をスッキリさせるため持ってきた日記に纏めようと《サザーランド・ジーク》に背を向けた。

 

 

 

 

 

 

さて突然だが、《サザーランド・ジーク》について話をしよう。

開発コンセプトから重装甲と重火力を備えたため、元となった(ナイト)(ギガ)(フォートレス)、《サザーランド・ジーク》の全高は25.02m、全備重量70.24t。これは(ナイト)(メア)(フレーム)、《サザーランド》の高さ約三倍、重量約九倍以上。そんなデカブツが空をスイスイ飛ぶのだ。まさに機動要塞といっていい。

 

悪夢(ナイトメア)の《サザーランド・ジーク》は『この世界』の技術によって、再現されたためスケールダウンしてしまっている。しかし、機竜と約同サイズまでスケールダウンした悪夢(ナイトメア)、《サザーランド》と比べると元と同じ高さ三倍、重量九倍以上の差がある。

 

そんな悪夢(ナイトメア)が、目覚めたばかりのライと多くの悪夢(ナイトメア)が激闘を繰り広げ、地盤がボロボロになった地面に置いておくとどうなるか。

答えは――

 

 

 

 

 

不吉な音が響く。

初めは小さく。次第に大きく。そしてついには決定的に

 

 

「――っ!?」

 

 

《サザーランド・ジーク》を中心に地面が蜘蛛の巣状に急速に罅割れていく。ライが異常に気付いた時には、足場は崩れ、空洞がぽっかりと生まれる。逃げる間もないまま、ライは奈落へと落ちて行った。

 




読者の方々に捧げる補足と微ネタバレ


補足1
悪夢(ナイトメア)についてですが、一機ずつしか存在していません。ヴィンセントのようなカラーリングが豊富な機体でも先行試作機の一体しかいません。

補足2
サザーランド・アイ、サザーランド・スナイパー、グロースター・ソードマンといった改造機も悪夢(ナイトメア)として存在する。しかし、ゲッカ・アロンソ、月下鳴砂、荒草鳴砂といった機体の悪夢(ナイトメア)は存在しない。これもちゃんとした理由があります。

補足3
改造機と原型機と別々に存在するが、《紅蓮》、《ランスロット》、《ガウェイン》、《蜃気楼》、《白炎》、《グレイル》、《ブラッドフォード》、《ゼットランド》、《アレクサンダ》はライの《クラブ》と《月下》と同じ特別性。戦闘を繰り返すことで進化をしていく。

補足4
ライの現在の撃墜率は、《ヴィンセント》、《ヴィンセント・ウォード》、《暁》、《月下》(ノーマルと藤堂機)、《ガレス》、《ガへリス》(オリ機)の第七世代と以下世代の全機、《サザーランド・ジーク》。第八世代とは交戦してはいるが、退かれたりしている。

補足5
他国
遺跡(ルイン)調査権ゲット!幻神獣(アビス)の戦闘を想定して精鋭の機竜使い(ドラグナイト)を送るぞーー!」

悪夢(ナイトメア)
「ヒャッハー!!新鮮で性能が高い装甲機竜(ドラグライド)だ!」

他国
「(゚□゚)」


新王国(学園)

ライの事情を知らない生徒
「ライ先生、遺跡(ルイン)に行ってきまーす!」

ライ
「気を付けるんだぞー。……さて、行くか」

悪夢(ナイトメア)
「ヒャッハー!!新鮮で性能が高い装甲――」

ライ
「見つけたぞ!彼女たちに近寄らせるものかー!!」

悪夢(ナイトメア)
「ぐおっ、離せっ!邪魔をするな――!!」

ライの事情を知らない生徒
「何か凄い音がしませんでした?」

ライの事情を知っている生徒
「いえ、何も聞こえません。(ライ先生頑張って下さい!)」



ライ
「他国?距離の関係と黒い怪人を指名手配帳簿に乗せ始めた国がいくつかあって、身動きが取りづらい」



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いつも通り

「――《月下》!」

 

 

浮遊感に襲われながら機攻殻剣(ソード・デバイス)を抜き払い、名を叫ぶ。

 

ビキィイッ!という割れる音と同時にライの背後が輝き、蒼い悪夢(ナイトメア)が現れる。落ちるライを救うかの如く、自分の懐に包み込む。

 

無詠唱の高速召喚に、速攻の接続。

通常ならば、ほぼ不可能な難易度の機竜操作術に機竜使い(ドラグナイト)ならば唖然とするに間違いない。そこに至るまでにどれ程の時を費やしたと推測するだろうが、ライは特別なことをしていない。

 

ただ出来てしまうのだ。

技術も鍛錬もへったくれもない、悪夢(ナイトメア)限定で出来てしまうのだ。特に《月下》と《クラブ》に関しては、ごく当たり前といった感じに。

 

 

近い――。

迫りくる地面に直感し、《月下》を中空で反転して姿勢を整える。それから数秒、《飛翔滑走翼》も展開できず、両脚が地面に触れた。

 

 

「つあ――っ!!」

 

 

(人体の限界を超えない)高所からの飛び降りる心得はあった。中空で反転などして姿勢を整える、地上に着くと意識し衝撃に備えるなど母から教えられたために。

 

しかし、突然過ぎる事態に驚愕した身体は、落下の衝撃を逃がし損ねた。幸いにも僅かな操作、人体の筋肉を模したマッスルフレーミングのお蔭か、各部に衝撃を分散させ破砕することなく切り抜けられた。

 

《クラブ》とコンテナは落ちていないことに頷き、《月下》の両脚を気にしつつ周囲を見渡すと……そこには予想外の光景が広がっていた。

 

 

「……なんだ、ここは?」

 

 

奇妙……まずそれが第一の印象だった。ドーム状に抉られた空間。しかも恐らくは完全に近い円形で、直径は悠に数kl(キル)を超えている。

砕けた天井から降りる光でライの周囲は明るい。その先は地面、壁、天井を葉脈のように光が駆け巡り仄かに照らすだけで先は見えない。

 

こんな時こそ仮面が役に立つ時なのに。

何にせよ。

 

 

「……気に入らないな」

 

 

続く第二印象はそれだった。

理屈立てて説明することは出来ないが、この場所にいるだけで胸糞が悪くなる。ここは自分を不愉快させる。

 

現れた地下の探索は後回しにする。まずは側で転がっている《サザーランド・ジーク》を地上に戻そう。《サザーランド・ジーク》の機攻殻剣(ソード・デバイス)は地上にあるため、上に行こうと《飛翔滑走翼》を展開しようとする。

 

 

次の瞬間、重い衝撃が《月下》の背中にぶち当たった。

 

 

 

 

 

 

至近距離で爆発を浴びたような衝撃が、《月下》の背中に叩き込まれた。機竜を大破させるには十分すぎる破壊力。ライは砲弾のように吹っ飛んで、壁へと突っ込む。

 

壁に激突する前に勢いと《高機走駆動輪》を利用して反転する。ただ吹き飛ばされただけでなく、自らも動いて威力を減殺したのだ。それでも衝撃は強く背中の《飛翔滑走翼》が砕けていた。

 

そんな機体の損傷よりもライの頭は、自分に攻撃をしてきた何物かで埋め尽くされていた。

 

――何だ!?敵はどうやって僕に近づいた!?

 

ライは俗にいう、気配や殺気を読み取る直感といったものを鍛えられている。といっても差は無く全身総毛立つ、嫌な予感としか感じられない。幼少の頃からの母親の鍛錬から始まり、その後の蛮族相手の戦争、KMF(ナイトメアフレーム)の戦闘で鍛えると同時に働き、ライの命を何度も救ってくれた。

 

それなのにみすみす背後を取られるなどあり得ないことなのだ。だが、今そのあり得ないことが起こってしまった。発射音や爆光はなかったため、遠距離の攻撃ではない。背後からなった金属音から重い質量をぶち込まれたことが解る。問題はどうやってライの背に打撃を入れる範囲まで近づいたかだ。

 

目を凝らし、襲撃者を見極めようしたが、突然、襲撃者――白い巨体が突撃してくる。その勢いは吹っ飛ばされて空いた距離をあっという間に詰めた。

 

駆け巡る悪寒に、反射的に《月下》を捻って回避を選択。紙一重で相手の突撃をかわす……。

 

 

「――おぅわっ!?」

 

 

だけでは足りなかった。突撃によって生まれる突風も凶器となって襲い掛かってきたのだ。軽量化を進めたとはいえ、《月下》を吹き飛ばすには十分過ぎるほどに。

 

脚部の《高機走駆動輪》を展開して体勢を立て直すのと同時、地下空間に破砕撃が轟いた。止まることなく壁に激突したのか、地下空間に破砕音が響き渡る。

 

速い。素早いとか俊敏だとかではない。ただの純粋に速いだけ、例えるならミサイルか猪。体感時間停止などではないのが幸いだ。襲撃者の能力を幾つか想定して、その最悪な部類ではないことに安堵する。襲撃者はライが気配を感じれない距離から超高速で接近し、悟られるよりもそのままを背に一撃を入れたのだ。

 

右腕に《回転刃刀》と《ハンドガン》、左腕は《甲一腕型》を展開し、正体不明の敵の影を捉えた。床に巡る光だけでは全貌は無理だ。辛うじてシルエットのみが確認できる。

 

人型だ。全長は機竜や悪夢(ナイトメア)とほぼ同じ。だが、その二つのパワードアーマーを思わせる大柄なフォルムとは違う。完全な人型だ。

 

幻神獣(アビス)か?人型の幻神獣(アビス)など確認されていない。ならば新種か、何故遺跡の地下になど考えていると先ほどの揺れが効いたのか、自分が落ちてきた天井の穴が拡大する。光の範囲が広がり、襲撃者の全体を照らした。

 

 

「……《サザーランド》?」

 

 

襲撃者の顔は《サザーランド》に酷似していた。頭部後方に伸びた二本の角らしきパーツ。頭部の大部分を占める《ファクトスフィア》。その下にあるツインアイ。だが、顔から下は《サザーランド》とは全くの別物だ。第七世代のKMF(ナイトメアフレーム)を思わせる機動性に優れた人間に近い形態。かかと部分と一体化した小型の《ランドスピナー》。特徴的なのは人間の歯を模したパーツを備えた大型の肩部、機竜の手足を爪楊枝と感じさせる装甲に包まれた太い四肢。関節部からは悪夢(ナイトメア)と同じマッスルフレーミングが覗ける。

 

だが問題は――

 

――悪夢(ナイトメア)……なんだよな?

 

だとしたら奇妙な悪夢(ナイトメア)だ。

シルエットしか確認できなかった際思ったように、ライが今まで戦ってきたタイプの悪夢(ナイトメア)装甲機竜(ドラグライド)と同じ人が纏うパワードアーマーの印象を与える機体形状をしていた。

 

だが、勝手に命名――『剛腕』は人の乗り込む部分、機攻殻剣(ソード・デバイス)すらもない。『剛腕』というKMF(ナイトメアフレーム)装甲機竜(ドラグライド)悪夢(ナイトメア)サイズにそのままダウンサイジングした外見だ。それでも悪夢(ナイトメア)と思ったのが胸部装甲に輝く『ギアス』の紋章だ。

 

 

「いきなり不意打ちを打ち込むとはいい度胸じゃないか。貴様、何故こんな場所にいる?」

 

 

そう問いながらも、ライはさして『剛腕』からの返答があることに期待してはいなかった。言葉を投げ掛けているのは、あくまで相手の能力を測るためだ。

 

打ち倒すべき存在か否か、ライはその事を考える。

『剛腕』がただの機械人形ではない事は明らかだ。胸部に爛々と輝くギアスの紋章を所有するまともな存在など見たことない。

 

だとすれば何か。

悪夢(ナイトメア)なのか。しかし悪夢(ナイトメア)にしてはKMF(ナイトメアフレーム)そのままの外見。その事が、ライに次なる行動を取る事を危ぶませていた。

 

ライは軽く頭を振り、心底辟易した表情で息を吐く。

 

また謎だ。地下に落ちる前も、遺跡や悪夢(ナイトメア)、自分を包む謎でいっぱいなのに、また新しい謎が増えた。解らないことだらけで正直頭が痛い。

 

よし、もう単純に行こう。

ガラじゃないが、頭よりも体を動かしてしまおう。

 

貴様は何者だなどとは問わない。

相手は自分に抹殺前提の奇襲を仕掛けているのだ。言葉なんかよりもこっち(武力)をぶつけるのが最善だ。正体などバラバラにしてから調べれば済む。

 

操縦桿を握り締めて《月下》に戦闘の意思を伝える。それに答えるかのように《回転刃刀》が唸り、《甲一腕型》にスパークが轟く。

 

『剛腕』もやる気は満々のようだ。両腕を握り締め今にもぶつけようと身構えている。

 

よし。じゃあ、

 

 

「――勝負しようかっ!」

 

 

 

 

ライの叫びに『剛腕』が猛る。ミサイルと錯覚させる突撃をして迫ってくる。ライは《ハンドガン》で迎撃。《暁》型の物を使用、銃口は二連装となっているため火力は上がっているはずなのだが……。

 

 

「やっぱり効かないか……!」

 

 

放たれ続ける攻撃に回避は愚か防御の姿勢すら見せない『剛腕』。吐き出される弾丸は装甲表面に張られた自動障壁に火花を散らすだけに終わっている。想定通り、『剛腕』のスペックは悪夢(ナイトメア)の水準に辿り着いている。全身を包む装甲も飾りではないだろう。そもそも《月下》を吹き飛ばせる勢いで壁に激突して、無傷で動作に異常もない時点から解りきっていたことだ。

 

悪夢(ナイトメア)の自動障壁は汎用機竜の射撃武装では破壊することが出来ないほどに強固だ。装甲に届かせるには、神装機竜並みの出力を込めた武装か同じ悪夢(ナイトメア)の装備だけだ。

 

神装機竜の領域を超えていない《月下》の《ハンドガン》では装甲まで届かない!

 

《蒼月》の武装なら通用するだろうが、今着込んでいるのは『装衣』。《蒼月》に変化することは出来るが、負荷を抑えてくれる仮面も装甲衣もないのだ。

 

ライを打ち砕こうとする突撃を()()()で回避する。紙一重では前の突撃を回避した時と同じ突風で体勢を崩れさせられる。そこで生まれた隙に一撃を貰えばお陀仏だ。

 

すれ違い様に見せた背中に《ハンドガン》を撃つ。しかし、結果は同じで虚しく火花を散らすだけ。再び、壁に激突するかと思ったが、

 

 

「なぁっ……!?」

 

 

射撃を変わらずしていたライから驚愕の声が出た。なんと急停止をして背を見せたままこちらに跳んできた。ぶつかるか推進力が切れるかしないと停止しない、と決めつけた自分の愚かしさを呪う。

 

『剛腕』は背を向けた状態で腰を捻り、《月下》の頭部を鋭い回し蹴りで刈り取ろうとする。

 

 

「こなくそぉ!」

 

 

《月下》の姿勢を低くさせ、()()()で回避する。鎌と錯覚させる回し蹴りが頭部のあった部分を通過した。空気を切り裂いて、《月下》の装甲をビリビリと震え、崩れそうになる。だが、体勢崩し防止のため、地面に《回転刃刀》を刺して固定したお蔭で隙を生むことはなかった。

 

ライが《回転刃刀》を抜いて姿勢を戻すのと、目の前に着地した『剛腕』が落下硬直から解かれたのはほぼ同時。

 

先に攻撃をしたのは――『剛腕』。

 

鋭く真っ直ぐな左拳――ボクシングのジャブに似た技で殴りかかってくる。強烈な突風を纏い放つジャブは、真っ直ぐに飛んでくるせいで動きが捉えづらく、余計に速く見える。ライは目に頼らず、流れを読んで()()()で回避する。

 

自分のジャブがかわされたことに何ら動揺も見せずに、右拳を振るってくる。ただ冷徹にライの破壊だけを狙った動きだ。繰り出されるジャブは《高機走駆動輪》で後退してかわす。

 

胴体に《ハンドガン》、繰り出された右腕に《回転刃刀》を突き出して一撃を加えておく。だが効果はあまり見られず、《ハンドガン》は障壁に弾かれ、《回転刃刀》は障壁を切り裂いたが装甲に傷をつけることは出来なかった。

 

《回転刃刀》でダメージが与えられない以上、《甲一腕型》の輻射波動に賭けるしかない。隙を見つけて撃ち込もうとするが、その隙を『剛腕』は全く見せることはない。

 

繰り出され続けるラッシュと不意に出される蹴りを紙二重で回避し、数をこなせばいつか実を結んでくれることを信じて、《ハンドガン》と《回転刃刀》を見舞い続けているのに感情の乱れが全くないのだ。

 

火星で超進化したGと未来から来た殺人サイボーグと戦っている気分だ。

 

隙を見せない以上、どうやって輻射波動を撃ち込むか。強引に隙を作ろうにも、手持ちの武器では隙を作れそうにない。ならば最後……相手の技に慣れて癖を見抜いて撃ち込む、それしかない。

 

――出来るのか?

 

一撃必殺の四肢の弾幕を避け、一瞬でも気を抜けば、簡単にあの世逝きの戦闘で?

 

これ程までに緊迫して、死に限りなく近いコロシアイで?

 

こんな二度と体験したくない戦いの中で?

 

ああ、なんてことだ。そんなこと、そんなこと――

 

 

――いつも通りではないか!

 

 

この二十三年間の戦闘に、気の抜ける戦闘などあったものか!

 

緊迫しない、安全が保障されたコロシアイなど存在しない!

 

戦いに二度は存在しない、勝つか負けるかそれだけだ!

 

そして何より――。

 

――こいつは悪夢(ナイトメア)だ。第七世代止まりの。

 

こいつよりも恐ろしい悪夢(ナイトメア)がまだいるのだ。こんな奴にビビっているわけにはいかない!

 

そこからライの綱渡りが始まった。

 

避けて、撃って、斬る。

 

その三セットを延々と繰り返す。正確無比に同じことを繰り返す。人が見れば惚れ惚れするくらいに、まったく同じことを繰り返す。

 

極度の死に対する緊張、一瞬たりとも気を抜けない緊迫感、限界まで体を駆使した運動量、恐ろしい勢いで体力が奪われていくのにもかかわらず―――だ。

 

そしてとうとう、繰り返しに終わりがきた。

 

「――ッ!!」

 

その変化に反応したのはどちらだろうか。いや、どっちも反応したのだろう。

 

《回転刃刀》に斬りかかれ続けた右腕に亀裂が入った。実を結んだ成果にライの口に笑みが浮かんだ。

 

損傷した右腕を引く『剛腕』。その仕種は何処となく、人間の痛みによる反射に似ていた。今までの拳の突きの引きとは違う、確かな隙が生まれた。《高機走駆動輪》を使用して懐に飛び込む。

 

狙うは胴体。輻射波動を叩きこもうとするが、『剛腕』は左腕をライに放とうと振り下ろそうとしていた。その『剛腕』の左肩――マッスルフレーミングが覗く僅かな隙間に《飛燕爪牙》を打ち込む。

 

繰り返し行われた戦闘の中、ライはその部分に狙いを付けたのだ。マッスルフレーミングに食い込んだ《飛燕爪牙》は『剛腕』の左腕を僅かだが停止させた。

 

蹴りを繰り出そうとするがもう遅い。十分に距離は詰めた。

 

火花を散らす《甲一腕型》とがら空きの胴体が――ぶつかった。

 

 

 

 

 

ぶつかり合った《甲一腕型》と胴体。

 

――《甲一腕型》。《月下》の切り札であり、流し込まれる輻射波動の破壊力は装甲機竜(ドラグライド)幻神獣(アビス)を一撃で破壊し、内部にも浸透するダメージは《悪夢(ナイトメア)》にも非情に有効……なのに!?

 

 

「ぐっ……おおぉぉっ!!」

 

 

ぶつかった相手の胴体に輻射波動が通らない!

 

《甲一腕型》と胴体はぶつかっているのに触れていない、奇妙な状態に陥っていた。《甲一腕型》は輻射波動のエネルギーを迸らせながら、紅い三爪は『剛腕』の胴体を掴もうと必死だった。だが、胴体部分に突如現れたエネルギーの塊に邪魔されてしまっている。

 

ぶつけあったまま、悪あがきの《ハンドガン》を撃ち込む。放たれた弾丸は虚しく()()()()()に火花を生んだだけだった。

 

――装甲の表面……?

さっきまで自動障壁が発動して弾いていたのに装甲に届いている。浮かんだ疑問に頭を働かせていると『剛腕』の胴体に現れた塊の正体に気付いた。

 

他の駆動、自身を守る自動障壁に使われているエネルギーをカットし、その分を胴体に集中させているのだ!《甲一腕型》が危険な武装だと気付き、届かせないために!

 

――くそっ……!!

 

輻射波動を撃ち込みながら、心中で叫ぶ。

勝ったと確信したのに、まさかこんな奥の手を隠していたとは!

このままではまずい、と一旦下がろうとするが――

 

 

「……ッ!」

 

 

下がれない。『剛腕』の右足が《月下》のつま先を踏み抜いてしまっている。《高機走駆動輪》を全開にしても、地面に縫いついたように固定されている。

 

ライの身動きを手中に収めた『剛腕』は両腕を高く上げる。両腕は最初は小刻みに震え、徐々に大きくなって輻射波動を超える膨大なスパークを唸らす。装甲の白い幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)が奇妙な軋みを上げる音が、『剛腕』から聞こえる。

 

 

「おい、ちょっと待て……何をするつもりだ?」

 

 

呆然とライは『剛腕』が行おうとしていることに呟いた。

それをライは知っている。知っているからこそ、認めたくないからこそ、信じたくないからこその反応だった。

 

ソレは幼い日に誓った、たった一つの望みを叶えるために己を殺した少年が、自らの剣を極限まで研ぎ澄ませた奥義だ。

 

ライは少年がどれ程の執念と願いを込めてソレを生み出したのかを間近で見たからこそ、目の前の機械人形が使用することを認めたくないし、信じたくなかった。だが、そんなライを嘲笑うかの如く、『剛腕』は完璧にソレを成し遂げていた。

 

肉体操作による全力の行動を、一点集中の精神操作で押さえるという矛盾を生じさせ、意図的な暴走による制御不可能の一撃を放つ破壊の奥義。

 

アーカディア帝国から伝わる機竜使い(ドラグナイト)の三大奥義が一つ。

 

 

「――強制超過(リコイルバースト)

 

 

万物を打ち砕く極限の両腕が振り下ろされた。

 




補足&微ネタバレ

補足1
今回、登場した悪夢(ナイトメア)はナイトメア・オブ・ナナリーに出てきたKMF(ナイトメアフレーム)を機竜サイズにただ縮めた姿です。

補足2
この悪夢(ナイトメア)は《蒼月》、《クラブ・クリーナー》なら勝てます。《月下》と《クラブ》も飛んで輻射波動かライフル(スナイパーモード)を撃ち込めば勝てます。

補足3
力が強い描写を書きましたが、こいつとパワーでタメ張れる現在起動している悪夢(ナイトメア)はワンとシックスです。

補足4
悪夢(ナイトメア)は汎用機竜の射撃では自動障壁すら破れません。しかし、神装機竜の出力で機竜息砲(キャノン)を撃ち込めば破れます。……装甲を砕けるかどうかは別ですが。

補足5
そんな防御力を持っている悪夢(ナイトメア)。第一話で第八世代最強の肩に切り傷をつけた人物がいます。革命の中、剣を持った神装機竜の使い手は……。





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絶叫

今回で序章と言える部分は終わりです。
次話から原作に突入します。

というか今回の話はカオスです!(ギャグではない)


――『強制超過(リコイルバースト)』。

 

肉体操作による全力の行動を、自らの精神操作により抑えることによって、極限の溜めを作り出す機竜使い(ドラグナイト)三大奥義の一つ。

全力の攻撃と、それを停止する命令。

本来矛盾する強力な操作を同時に行い、動力源たる幻創機核(フォース・コア)から流れるエネルギーの制動を意図的に暴走をさせ、完璧に操ることで超威力の一撃を繰り出す。だが、その操作を完璧に行わなければ、機竜に流れるエネルギーは暴走し、周囲や己の身すら死の危険に晒す、禁忌の技。

 

機竜に可能ならば悪夢(ナイトメア)も理論上は可能であることをライは理解している。あくまで理解しているだけで、試しにやってみようと思わないことはなかったが、取得していない。理由は悪夢(ナイトメア)の戦闘では行おうとする際に生じる隙が命取りになるため。

 

幻創機核(フォース・コア)から流れるエネルギーで一撃を十数倍に跳ね上げている。『エデンバイタル』の無尽蔵なエネルギーで放つ一撃は、悪夢(ナイトメア)に対して十分過ぎるほどに通用するだろう。

 

しかし放つまでの間、悪夢(ナイトメア)が待ってくれるだろうか?

高機動力、高火力を前に使用するまでに集中することが出来るか?

 

不可能だ。

 

大きな隙を見せれば悪夢(ナイトメア)は《ハドロン砲》の一発や二発を撃ってくるし、唯でさえ一撃で死ぬ緊張感で戦っている最中に放つ余裕などないのだ。

 

一応、専用の装甲機竜(ドラグライド)を所有しているが、ライとしては機竜よりも悪夢(ナイトメア)を使用するため、そこまで多くの機会もないことで取得をしなかった。

 

 

 

 

 

『剛腕』の両腕は膨大なエネルギーを纏い、巨大に見させ、周囲の空間を歪めるほどの圧力を生んでいる。

 

その光景を一目見れば老若男女誰もが理解するはずだ。繰り出される威力は一兵器が出せるものではない。最早、天災の領域に片足を突っ込んでいると。力が放たれれば、この地下空間は愚か遺跡そのものが崩壊する。それはもう間違いない。

 

凡そ一個人に放たれる規模ではないソレにライはどう対処するか。

 

《月下》で逃げる?

駄目だ。足は『剛腕』に踏み付けられて身動きが出来ない。例え逃げ切ることが出来ても、天災クラスの『強制超過(リコイルバースト)』が放たれる前に逃げ出せる距離など高が知れている。

 

妨害?

意味がない。《月下》の武装では『強制超過(リコイルバースト)』を中断できるほどの火力は見込めない。輻射波動なら可能だろうが、先ほどの集中防御で防がれる確率が高い。第一、《甲一腕型》を動かし輻射波動を流し込む間に、『強制超過(リコイルバースト)』が放たれてしまう。

 

防ぐ?

不可能。《月下》を吹き飛ばせる風圧を生む一撃ですら、防御は不可能だと認識させられたのだ。そんな一撃を『強制超過(リコイルバースト)』で打ち込もうとしている。それも両腕で。いくら防御としても使用可能な輻射波動でも、結果は火を見るよりも明らかだ。

 

駄目だ、詰んだ。完全に詰んだ。どうあがいても《月下》ではこの先の展開を生き抜くことはできない。

 

悟った時には、『剛腕』の『強制超過(リコイルバースト)』が振り下ろされた。

 

自身を打ち滅ぼすには過剰威力の奥義にライは、逃亡も妨害も防御の悪あがきすらしなかった。選んだのだ。未だに諦めていない意地で『剛腕』に迎え撃った。

 

ライの選んだ選択が――『消滅』だった。

 

そこから先のライの行動は神技といってよかった。

 

強制超過(リコイルバースト)』が《月下》に直撃する寸前に、精神操作によって待機させた。体を光の粒子と変換し消え去ることで《月下》が大破することはなくなった。だが、《月下》という邪魔物がいなくなっただけで、『強制超過(リコイルバースト)』は止まることはない。

 

今や生身のライは、両手を上げた。『剛腕』の『強制超過(リコイルバースト)』とライの両手がぶつかった。

 

ぶつかり、そこに生まれるものは――静寂。

 

破壊も、衝撃も、轟音も何も生まれなかった。あれほど膨大なエネルギーを発し、想像を絶する破壊力を秘めていた『強制超過(リコイルバースト)』が消えた。

 

『剛腕』によるライの死を表す音もなく、両腕を受け止める形で健在だった。圧倒的な破壊力の消滅とライが健在である理由は、『剛腕』の両腕とライの広げられた両掌に浮かび上がる紅い紋章だ。

 

ワイアードギアス――『ザ・ゼロ』。

 

ライが備えるありとあらゆる存在を無にする『王の力』。

これによって『強制超過(リコイルバースト)』を消滅させたのだ。

 

……すまない《月下》!

心の内で《月下》へと謝罪する。それはこの戦いを共に勝ち抜けなかったことと、『ザ・ゼロ』で防ぐという博打でしかない行動を行うこととの意味が含まれていた。

 

『剛腕』は愕然としているように窺えた。それもそうだ。文字通り必殺の奥義が何も生み出すことなく、生身の人間によってただパッと消えてしまったのだから。頭の中は、何故消えたのか理由と理屈探しでいっぱいになっていることだろう。

 

今、確実な隙が『剛腕』にある。それを逃さぬ手はない。

 

 

「――!!」

 

 

瞬間の勢いで、ライは左の拳を握り、踏み込んだ。拳の先には『ザ・ゼロ』が爛々と輝いている。

 

『ザ・ゼロ』が浮かぶ拳を目の前にぶち込んだ。

消滅の力が『剛腕』に触れると、微量のスパークと身震いを起こし……エネルギーの全てを失った『剛腕』はズゥン、と威圧感を感じさせる音を立てて崩れ落ちた。

 

勝った実感が沸かない苦い勝利―――だが倒したのだ。

 

 

「う……っ!」

 

 

そうして、気が抜けたのかライも膝をついて、倒れた。無理もない。《月下》を使用しての心身を磨り減らす戦闘と『ザ・ゼロ』を二回同時に発動させた時点でライの体力は限界を迎えていた。正直にいってそれを超えて発動した『ザ・ゼロ』は博打だったのだ。

 

――速くこの場から離れないと……っ!

 

『ザ・ゼロ』によって確かに『剛腕』は機能を停止している。しかし、ぶつけた『ザ・ゼロ』の威力はどれ程の威力があったのか解らない。そのまま永久に停止してくれるのなら助かるのだが、中途半端ならば再起動をする可能性も存在する。悪夢(ナイトメア)なら機能停止しても、破壊しないかぎり内蔵する幻創機核(フォースコア)で再起動するのは体験済みだ。

 

それに想像したくないが、この地下空間に『剛腕』と同じ機動兵器が存在することも十分にあり得る。だから、急いで上に出ようとするが立ち上がることが出来ない。それどころか意識も霞み始めていた。

 

 

「ああ……くそ……」

 

 

地面に転がる《月下》の機攻殻剣(ソード・デバイス)に手を伸ばしたところでライの意識は落ちた。

 

 

 

 

 

 

裂かれた天が閉じられ、海よりも深い静寂だけが『黄昏の間』を包んでいる。

ライの目の前で背を向けている少年がその天を見つめている。彼はついさっき、血を分けた両親を消滅させたのだ。

どれ程の時間が経過していたのだろうか。

 

不意に少年が同じ姿勢のまま、緑髪の魔女に声をかけた。

確かな繋がりを見せるやり取りを幾つか行った後、魔女の言葉に少年が我に返ったようだった。表情を引き締め、視線を魔女から自分に向けられる。

 

自分たちは世界の嘘をなくす計画を否定し、現実を、時の歩みを進めることを選んだ。それが自分たち二人の意思。

 

 

『君は見たか?この世界以外の様々な可能性を』

『ああ、見た。幾多の人々の悲しみや苦渋の過去が混在していた数えきれない世界。この世界も無限にある可能性宇宙のひとつでしかない』

 

 

そう、本当に多くの世界があった。目の前の少年と白い騎士が協力し、世界中の憎悪を受け止める世界。第二皇子の不老不死の計画を白い騎士が身を賭して防いだ世界。少年の最愛の妹が友人と手を取り合って明日の道へと進んだ世界。

 

その中にはもちろん自分が含まれている世界と存在していた。皇女の悲劇を『王の力』で防いだ世界。軍に所属し、多くの人に支えられて過去を求めるのをやめた世界。学園で優しい友人たちと笑い合った世界など。

 

 

『君はどうする?平行世界の君と同じように『魔王』として君臨するつもりか』

 

 

幾多の世界の中に、少年が行動を起こさない世界も存在していた。

天空要塞から放たれる恐怖に支配された世界。消え去った皇帝により次の皇帝選びに皇族と後ろ盾の貴族たちに帝国が分裂、崩壊する世界。超合衆国の唯一の軍、『黒の騎士団』の総司令官が病でなくなり、統制がとれなくなり超合衆国が出来上がる前に逆戻りした世界。それらすべてを内包する世界もあった。

 

悲しいことに、この世界は戦争で疲弊しながらも、憎悪を募り続けている。それをリセットするには全てを受け止める『魔王』が必要なのだ。

 

自分としては彼が行動を起こす、起こさないどちらでも構わない。

彼が行わなくても自分が行動を起こすつもりだから。

 

 

『――ライ。俺はやるぞ』

『自分がやらなければ人が多くの悲劇が起こるからか?』

『――いいや、違う。ライ。お前はいったな。黒の騎士団なんて必要ない。ギアスの力を持って、ナナリーとともに引き込もれば良かったと……そうだ。俺はそうしようと思えばできた。だがしなかった。人を殺してでも自分の世界を手に入れたかったから』

『……』

『人を騙し、人を操り、人を殺して世界を創造する。それが俺の選び取った道。俺はまだその道のまだ半ばにいる』

『……』

『自らが起こした火種に起因する混乱は世界に残っている。超大国同士の対立、巨大な争乱の中、無数の人々が死んでいる』

 

 

『――まだ、終わっていないんだ。俺の目的はまだ、果たされていない』

 

 

『それで……?』

『続ける。最小限度の殺戮で世界を統一する。この世の争いを全て治め、憎しみを俺に向けさせる』

『見るのと聞くのでは感じ方がやはり違うから言わせてもらうよ。……正気で言っているのか』

『おかしいか』

『……いや。おかしくは、ないな。おかしくはないけど、君はそれをどうしてやる。平行世界の自分が行ったから自分もやるというのか?』

『勘違いは迷惑だ、ライ』

『……?』

『俺は最初から、これまでの行動を自分の意思で行ってきた。他人の意思など含めていない。そんなもの、含める余地はない。やりたいから、やったのだ。……お前もそうだろう?王になる際、他人の意思を含めたか?』

『……!』

『そう。当然の事だ。これからもだ。俺がやりたいからやる。手にしたいから手に入れる』

『やるのか、魔王の所業を』

『無論』

『やり遂げられるのか?全てを失った君に』

『ああ。己の目的の為に、既に幾多の命を奪った。その事実に懸けて誓う』

 

 

『俺はこの世界を手に入れる。頂点に立つ。魔王として生き、魔王として滅びる』

 

 

断固の意思で宣言した魔王に自分はどう思ったか。

確か、かなわないな。僕の負けだ、だったはずだ。

 

自分はかつて蛮族との戦いでギアスの暴走で守るべきものを全て失った。愛する妹を、尊敬する母を、父から託された国民を。空っぽになった自分は、現実に耐えきることが出来ず、眠りと記憶喪失という形で逃げた。

 

しかし、目の前の魔王はどうか。

自分と同じように全てを失っても逃げる選択をしていない。何度も心が折れかけたことは知っている。それでも、必ず立ち上がり一歩を踏み締めている。

 

――凄いよ、ルルーシュ。

 

友の壮絶な覚悟に……涙が零れた。

 

 

 

 

 

 

ライは過去の夢から、覚めた。

――懐かしいな。

久しぶりに『あちらの世界』の夢を見た。遺跡を拠点にしていた目覚めたばかりの半年間はよく見ていたが、遺跡の外では『あちらの世界』の夢を見ることは殆どなかった。やはり唯一共通しているのが、ギアスの遺跡だからか。

 

滲む視界を手で擦ると濡れていた。泣いていたのだ。

――ルルーシュ……。

彼は魔王となって自分は彼の騎士となった。

そして最後。自分は彼に剣を向けた。だが、そこまでだ。そこで自分の記憶が途切れている。『この世界』に来てから必死に思い出そうとしているが、片鱗の一つもない。

 

――というか僕は確か……。

ぼやけている自分の意識をまとめ上げて、状況を思い出す。自分が安全な状況ではないことを思い出して、目を開けた。

ぼやけた視界に入る色彩は明るさだけだ。とても自分が意識を失った地下とは思えないほどに白く明るい。身体は寝ている。服装は変わらず装衣で、背には柔らかい感触がある。ベットだ。自分はベットに横になっている。

何故、どうして、誰にと考えながら視界が整い、白い天井と蛍光灯らしきものが見えた。身体を起こし、周りを見渡すと――

 

 

「おわぁっ……!?」

 

 

視界に入ったものに驚き、ベッドから転がり落ちた。

ろくに受け身を取ることができずに、床に身体をぶつける。勢いよく、跳ね起きてベットの横にいた存在から距離をとった。

 

 

「『剛腕』……!」

 

 

まさか隣に『剛腕』が控えていたのだ。何をされるか分かったものでもない。いつもは腰にある機攻殻剣(ソード・デバイス)に手を伸ばすがない。

 

抵抗のために『ザ・ゼロ』を使用しようとするが……

 

 

「……?」

 

 

『剛腕』は何もしてこない。ただじっとライを見つめている。その身に持つ性能ならライの身体を一瞬で砕けれるのに何もしてこないのだ。

 

ライは警戒心を維持したまま、そっと離れる。

『剛腕』もそれに合わせて顔を追うようにして向ける。

 

自分がいる白い部屋の奥まで離れ、『剛腕』を視覚の中心に置いて部屋を見渡した。白く、広い部屋だ。天井も不自然に高く、機竜サイズの『剛腕』が身をかがめる必要もないほどに高い。

 

備えられているのは、自分が寝ていた以外にもきちんと整列されたベット。他には机と椅子に、壁を埋める棚がある。棚の中には、ラベルが張られたビンと何等かの容器が並んでいた。

 

 

「……医務室なのか?」

 

 

その言葉に『剛腕』が反応し、ライは咄嗟に構えた。『剛腕』の反応はそこまでのものではない。ただ首を縦に振っただけだ。ライの言葉を理解して、反応したのだというのなら恐ろしい知能だ。『あちらの世界』でもそこまでの人口知能らしきものは発展していない。

 

 

「……僕の機攻殻剣(ソード・デバイス)はどこだ?」

 

 

ライは自分の言葉に反応したため、ダメ元で聞いてみた。

その言葉に『剛腕』は、同じように首を縦に振って、《ファクトスフィア》と思われる部分の四つの光点が光る。すると医務室の扉――こちらも高い天井に合わせているため大きい――が開いた。そこから姿を現したのは、

 

 

「はぁっ……!?」

 

 

『剛腕』によく似た悪夢(ナイトメア)もどきだった。

姿を現した悪夢(ナイトメア)もどきにライは驚愕の声を上げてしまった。『剛腕』が一機だけとは限らないとは思っていたが、まさかの登場に驚かずにはいられない。

 

現れた悪夢(ナイトメア)もどきは、『剛腕』と同じ『サザーランド』によく似た白い顔だった。ボディも第七世代の意匠を持つスマートなデザインだが、『剛腕』とは差異がある。

 

『剛腕』のように四肢が太くなくバランスのとれた《ランスロット》に近いボディ。腰に備えられた前部分を開いたスカートを思わせる武装だ。

 

勝手に命名『スカート付き』はその手に日本刀の、《月下》の機攻殻剣(ソード・デバイス)を握っていた。それを持ったままライへと近づき、

 

 

「え……?」

 

 

ここでまたライは驚かされた。何と『スカート付き』は頭を垂れ、片膝をついた姿で《月下》の機攻殻剣(ソード・デバイス)を両手に乗せてライに差し出したのだ。

 

恐る恐る手を伸ばして機攻殻剣(ソード・デバイス)を受け取った。軽く握って反応を確認すると特に何かされたようでもなく状態も良好に感じた。

 

『スカート付き』はライが受け取ったのを確認すると静かに下がり、『剛腕』のそばへと寄った。そのまま動くこともせず、二体同時にただじっとライを見つめている。

 

ライは渡された機攻殻剣(ソード・デバイス)と変わらずに見つめてくる二体を交互に見て口を開いた。

 

 

「お前たちは……何者なんだ?」

 

 

その疑問の声が出終わると、『スカート付き』の姿が煙のようにふっと消えた。その光景にライが驚くのも束の間、目の前に突然『スカート付き』が現れた。体勢は機攻殻剣(ソード・デバイス)を渡す時と同じ、しかし手には紙の束が置かれていた。

 

『スカート付き』の行動に戸惑いながら紙の束を受け取る。紙の表紙には古代語が大きく書かれていた。

 

 

「じ、じせい……?じせいだい、あっ違う。次世代か。次世代シリーズ開発計画書か……」

 

 

拙い古代語解読力で何とか表紙の文字を解読した。

これを持ってきたということは、彼らはこの次世代シリーズに分類されているということか。

次世代。何の次世代だ、と疑問を持ちながらその謎を解くために表紙をめくると、びっしりと書かれた古代語と『スカート付き』と思しき悪夢(ナイトメア)もどきが載っていた。離れて待機している『スカート付き』と比べてみても同じだった。

 

 

「A・ザ・スピード……?」

 

 

『スカート付き』の見取り図の上に大きく書かれた名称らしきものを読み上げると『スカート付き』が反応した。どうやらこれが名前らしい。ならば先ほどの消失は高速移動というわけか。

 

この紙の束は設計図かと目星をつけて紙を一枚、一枚めくっていく。どうやら予想は当たっていたようだ。数ページめくると今度は『剛腕』の詳細らしきものが載っていた。

 

「D・ザ・パワー」

 

読み上げてみると『剛腕』が先ほどの『スカート付き』、いや《A・ザ・スピード》と同じ反応をした。なるほど。確かに名に違わない性能だ。

詳細を深く解読することはなく、どんどんページをめくっていく。

 

 

 

――A・ザ・スピード。

 

――D・ザ・パワー。

 

――S・ジ・オド。

 

――R・ザ・ランド。

 

――M・ザ・リフレイン。

 

 

計画書に乗せられた次世代シリーズ、縮めてGXシリーズは全部で五機の詳細が載っていた。どれも独自の改造が施されており、強力な性能を持っていることが《D・ザ・パワー》との戦いで解る。

 

 

「ねぇ、君たちの他にここに仲間がいるのか?」

 

二機は頷き、肯定。

 

 

「ちょっと呼んでくれないか?」

 

 

再び、肯定。

 

しばらくすると、医務室の扉が開いた。

姿を現したのは、三機のGXシリーズ。計画書をめくり、確認していく。

右目にスコープを装着し、右腕が巨大化し肘部分に銃砲が突き出た――《白炎》の《七式統合兵装右腕部》に似た――装備をしているのが《S・ジ・オド》。

頭部後方が大型化していて、一番シンプルなデザインをしているのが、《R・ザ・ランド》。

左目をアイパッチで隠しているのが《M・ザ・リフレイン》。

 

 

「……これで全部か?」

 

 

医務室にいる全機が頷いた。

 

ライは顎に手を当てて、計画書を再びめくった。初歩的な解読しか出来ないが、じっくりと読み進めていく。

 

GXシリーズ。

マッスルフレーミングを採用した()()()。現在暴れている悪夢(ナイトメア)とはまた違う機体をベースにしているようだ。

 

ギアス伝導回路は内蔵していて、神装は所有しているが《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》ではない。自分の名称に通ずる能力だ。

そういえばと気付き、《D・ザ・パワー》の腕を見た。そこには《月下》の斬撃で傷ついた後が残っている。悪夢(ナイトメア)だったら神装ですぐに回復するはずだ。

 

知能は……統括者(ギア・リーダー)格の自動人形(オートマタ)のAIを採用?

なんだそれは。そんな存在は聞いたことないから、どれ程なのか不明だ。だが、優秀らしく経験を積めば積むほど成長していくラーニングシステムを持つらしく、『強制超過(リコイルバースト)』もそれによるものなのかもしれない。

 

最後、この五機は一つの部隊として連携する護衛機として製造されたらしい。

 

《A・ザ・スピード》と《D・ザ・パワー》が持つ名称通りの性能。目にも止まらないスピード、機竜を吹き飛ばせるパワーで前衛を務める。

後方では、特装機竜(ドレイク)に似た能力を持つ《R・ザ・ランド》が補助を行い、《S・ジ・オド》と共に探索能力を活用して狙撃する。

残った《M・ザ・リフレイン》だがこれは凄い。能力は相手に幻覚を見せるもの。詳しい理屈は解らないが、味方の姿を相手から消すという記録がある。リフレインの名前で嫌な予感はしていたが、ここまで恐ろしいものだとは。

 

最初に《D・ザ・パワー》とぶつかったのは幸いだった。相手が高速移動をする《A・ザ・スピード》や幻覚を使う《M・ザ・リフレイン》だったら、死んでいたかもしれん。

 

自分の解読能力で解ったのはここまで。残りは学園で文官の生徒たちに協力してもらうしかない。

 

――護衛か……。

 

 

「あーなんだか喉が渇いたなー」

 

 

ワザとらしく呟くと、高速移動した《A・ザ・スピード》が水の入ったコップを差し出した。それを受け取り、軽く匂いを嗅いで飲む。うん、普通の水だ。

 

GXシリーズの対応を見ると自分が彼らの護衛対象なのか?

思い切って聞いてみた。

 

 

「君たちは僕の護衛なのか?」

 

 

その言葉にGXシリーズは頷かなかった、だからといって、否定もしなかった。どこか戸惑っているように見えた。しばらくして、彼らは手を扉へと向けた。こちらへと案内してくれるのか?

 

 

「……行ってみるか」

 

 

GXシリーズの案内の元、ライは《月下》を纏って共に行った。

 

 

 

 

 

――ここは本当にあの遺跡か……?

GXシリーズに連れられて進むんで行くと、地上にあった遺跡と雲泥の差がある高度な設備で整えられていた。案の定、医務室の外の通路は巨大で、GXシリーズが三機並んでも余裕があるほどに広い。悪夢(ナイトメア)のパーツが収められている部屋と同じ感覚だ。途中で見つけた部屋には人が過ごしていた痕跡すらもない。長い年月無人なのだ。

 

この無人の地下施設で彼らが護衛対象としているものは何なのか?

まさかすでに護衛対象は亡くなっており、そのミイラをずっと守っているとか良からぬ想像をしているとGXシリーズたちが足を止めた。

 

止めた先にあるのは、金属の巨大な扉だ。両開き式のスライド扉。両脇にある機竜サイズの大きなレバーがある。そのレバーを《A・ザ・スピード》、《D・ザ・パワー》が同タイミングで下す。

 

扉がレールを走る音は轟音に等しく、戸袋に鋼鉄が激突する音は打撃音に通じる。風が来た。正面からの解放に風が吹く。

 

扉の開いた先にそれがあった。

壁から伸びるケーブルに繋がれて、直立しているのは、

 

 

「GXシリーズ……!?」

 

 

いや、よく似ているが違う。GXシリーズの純白の装甲とは反対の漆黒の装甲。人間の髪のように頭から伸びる黄色のケーブル。そして、顔面と胸部に浮かぶ赤いギアスの紋章。

 

異形だ。異形過ぎる。

KMF(ナイトメアフレーム)を元にした悪夢(ナイトメア)、独自の発展を見せているGXシリーズとは、在り方が全く違うように感じた。これは、兵器ではない。それ以上の最悪なものだと。

 

ライは一歩進んだ。

その恐ろしさが直感で理解しているのに、近寄ってしまう。全身から汗が噴き出してきた。血が音を立てて駆けまわる。

一歩一歩進むたびに、精神的にも肉体的にも圧倒的な嫌悪感が走り、手足の芯が疲れ果てたように重くなる。

 

――嫌だ……っ!

 

叫びたかった。だが、口からは言葉が出てこない。喉の奥で膨れ上がっては消滅する。やがて全身が痛み始めた。身体を真っ二つに裂かれたような痛みだった。

 

 

――壊さなければ、殺さなければ……っっ!!

 

 

理屈などはない、宿命めいた殺意が頭の奥から湧きあがってきた。《月下》の武装を召喚しようとして、操縦桿を握る手に力をこめる。しかし、ダメだ。手首から刺すような痛みが生まれ、筋肉がギシギシと軋むだけで、召喚できず、どんどん異形に近づいていく。

 

そして、とうとう異形の目の前に立つ。

罅割れる精神を無視して、《月下》の手を身体が操作する。

 

《月下》の指先が、異形の顔の紋章に触れた。

 

ライの絶叫と、異形の絶叫が響き渡ったのは同時だった。

 

 

 

 

 

ライは急いで異形から離れ、武装を全て展開した。背後で控えていたGXシリーズが側に寄った時には顔は蒼白で、激しく息を荒げていた。

 

 

「貴様っ……貴様っ!!一体()に何をしたっ!?」

 

 

今、自分は確実に何かされ、させられた。

異形に触れたとき、思念というべきものが邪気と共に流れ込んできた。その思念は明らかに狂気に犯されていて、自分の頭の中を蹂躙していった。

 

怯えた目で、異形を見つめていると異形に、異変が起こり始めた。

沈黙していたはずの頭部の《ファクトスフィア》と思われるセンサーに明かりが点り、真っ直ぐに伸ばされていた四肢が激しく震動を始めていた。それと共に、内部からは金属同士がぶつかり合って立てる甲高い音が、短いサイクルで聞こえてくる。製造工場で作動している機械の印象が浮かんだ。

 

震える体から体勢を崩さないため、瞬時に補正し、必死に体を安定させる仕草を見せたが、それも束の間。背中から張り出した部分――KMF(ナイトメアフレーム)ならコックピットーーが光りを瞬かせると、異形は限界を迎えたようにして膝を折り、地面に手をつけた。

 

――暴走か何かか?

襲い続ける酷い頭痛で頭を押さえ、とてもまともとは思えない異形の動作にライは一歩下がった。警戒からではない。目の前の異形がとてつもなくおぞましいことから来る嫌悪感とがなり立てる衝動からだった。

 

目を背けたい、こいつからすぐに離れたい、視界から消したい、消滅させたい、破壊したい、破壊したい、破壊したい、壊せ、壊せ、壊せ、破壊破壊破壊殺せ殺せ殺害殺害殺殺殺殺――!!!!

 

頭がそう叫んでいるのに、ライはいずれの行動も出来ず、黒い異形を見ていた。

 

異形の異変は地面に四肢で這うことによって終わったわけではなかった。張り出した部分の光はより一層増し、体は激しく身悶え、指で地面を引っ掻いて、傷だらけにしていく。

 

光り、身悶え、引っかく。それが何度も、何度も幾度なく繰り返される。

全身が激しく前後左右に揺れ始め、軋み始める。やがて駆動系も断末魔の悲鳴に似た唸り声をあげた。ここまで行くと暴走の範疇ではない、もはや自壊の領域だ。手が救いを求めるかのようにライへと伸ばされる。

 

 

「やめろ……っ!?」

 

 

叫ぶ衝動を抑えながら、思わず放たれた制止の声。ライ自身も何故、そんな台詞をいったのか理解出来なかった。

だが、その叫びを受けた影響か、異形の振動が止まり、耳障りな駆動音も止んだ。それにライが安堵の吐息を出す束の間、異形も吐息に似た、漏らす音がした。張り出した部分が僅かに開き、内から空気が流れ出したのだ。

 

ゆっくりと張り出した部分のハッチが開かれていく。

 

 

「――――」

 

 

ライは言葉を失った。

ハッチが開かれるにつれ、隙間から漏れ出すピンク色の肉塊のようなものを認めてしまったから。悪夢(ナイトメア)にはマッスルフレーミングといった人体を模したパーツを組み込んでいるため、有機的な印象を受ける。だが、そのパーツはあくまで無機物から開発している。操縦者を抜けば、有機物など断じて組み込まれていない。

 

とうとうハッチが完全に開いた。中にあったのは、肉塊。何本ものケーブルを接続したピンクの肉塊。約一ml(メル)ほどハッチには到底収まりきらない巨大な肉塊が露出した。繋がったケーブルによるものか、それとも肉塊そのものが生きているのか、心臓に似たリズムで脈打っている。

 

形容し難い光景にライはただ呆然とした。

 

沈黙していたかに見えた悪夢(ナイトメア)が微かな動きを見せる。

頭部に備えられていた髪に似た部分が弱弱しく持ち上げられる。先端はブロンズのナイフを思わせ、武器であることが解る。そのブロンズナイフで肉塊をそっと斬る。

ずるり、と肉塊の切り口から何かが零れた。透明でぬめぬめと光沢を放つ液体で濡れている先が五つ細い棒に分かれた肌色のもの。

 

――手だ。

 

――人間の手だ。

 

――細く、美しい女の手だ!!

 

その事実を認識して、異形が行っていたことを理解して、精神の限界を迎えたライは嘔吐した。胃の内容物をすべて床にぶちまけた。胃が空になっても、止まらず喉を焼いて胃液も吐き出した。それでも止まらず、何度も空反吐が続いた。

 

――出産。

黒い異形は出産をしていたのだ。それも今までの行為から相当な難産であることが知れる。新たな命の誕生に拍手か祝福の言葉をかけるのが礼だろう。だが、それは生物が生物を生み出す偉業から来るものだ。

 

この異形は機械でありながら、生命を誕生させた。人と人が結ばれて作り上げた歴史を冒涜し、汚し、辱めた嫌悪感が身体が震えあがる。

 

 

「うぅ……っ!」

 

 

と呻いて、《月下》の《ハンドガン》の銃口を、未だに脈動する肉塊に向けた。しかし、ダメだ遅かった。

 

裂かれた肉塊の中から器用に触覚で、全裸の女が取り出された。

うっすらと肌に赤い模様を浮かべた十代半ばの身体。四肢は生え揃って、頭部には身長よりも長い鮮やかな銀髪を持っている。だが、その髪の内側には透き通った水色の髪が混じっていた。

 

全身をべったりと血糊をこびりつかせ、ゆっくりと地面に置かれると女の素顔が明らかになった。

 

 

「……」

 

 

美しかった。閉ざされたままの両の瞼はまだ白くふやけているが、それでも女は美しかった。顔を形成するパーツの一部一部が奇跡的に整えられ、はめ込まれている。

 

それが猶更不気味だった。天才が己の理想を込めて作り上げた彫刻や絵画が生きているとしか見えない。

 

ゆっくりと女の目が、見開かれる。黒く染まった双眸に黄金の瞳が輝いている。その視線がライを射抜いた。

 

一度、目を閉じると黒と黄金の色は治まり、左右対称の灰と、ライそっくりな蒼の瞳。血糊の糸を引いて、かすかに唇が開かれる。

 

 

「――――――――――」

 

 

女の言葉に……心のどこかの最後の一線が切れた。

 

 

「■■■■■■■■■■――――――ッッッッ!!!!」

 

 

悲鳴の色を持った絶叫が喉から生まれ、女に向けて《回転刃刀》を振り下ろした。

 

 

 

 




ツッコミどころ沢山だな。というか詰め込み過ぎた。……けど、早く原作に辿り着きたかったんだもん!






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番外編 世界を壊した少年
皇帝と騎士


どうも皆さん、お久しぶりです。

夏は駄目でした。熱中症で倒れました。執筆意欲が出ませんでした。スランプに陥りました。

頭に出たネタをポチポチと溜め込んで、ようやく一話分になりました。

最弱世界ではなく、ギアス世界の話となります。

前編です。

そして最後、とんでもない爆弾を落としておきます。


 その空間は世界から隔離されているといえた。

 地下に作られた施設の、そのまた最深部に設けられた闇の施設である。

 体育館ほどの広さがあるその部屋は、外界から完全に遮断されていた。人がその空間で生活するのに必要な、清浄な空気と温度を保つため、高度な空調が施されていた。

 

 そんな外界から外された空間に人が二人。青年、いやまだ成人には届いていないと感じさせる風貌の少年二人がこの空間に対峙していた。

 

 一人はまっすぐな黒髪の少年。面立ちはどこか憂いをおびておりながらも端麗。白く豪奢な服装を纏った体はすらりと伸びて線は細くもあるが、同時にこれ以上ないというくらい整っている。

 

 もう一人は黒髪の少年とは対照的な跳ねた銀髪を持った少年だった。面立ちは黒髪の少年と負けず劣らずの整った美形。こちらも体の線は細く見えるが、黒髪の少年が持つ繊細さとは違い強靭さを感じさせる肉体を黒い学生服で包んでいた。

 

 その二人はただ黙って挟んだ机の上に置かれた物をただ睨む。

 

 黒髪の少年の濃いような淡いような、紫水晶(アメジスト)のような不思議な色をした瞳と銀髪の少年の海のように深い色を湛えた蒼玉(サファイア)を思わせる瞳が視線を注ぐのは机上に置かれた白と黒で彩られた盤――チェス盤である。

 

 ただチェスをしているだけ。たったそれだけ、それだけのことなのだが、この空間は重量すらも感じさせる痛々しいほど緊迫した沈黙に貫かれていた。強いて音が生まれるとしたら空調が空気を吐き出す音、駒が盤とぶつかり合う音だけ。

 

 もしこの空間に小さな音でも一瞬鳴らせば、二人にとってはすぐ隣で爆発音を鳴らした、この対局の邪魔をしたとしてその罪人ともいえる人物を即座に抹殺する、といったオーラと集中力を出していた。

 

 お互いに熟考どころか思考の時間などという間は存在ない。相手が駒を動かせば、早指しで駒を動かし攻防を行う。ただ黙々と、黙々と二手三手よりも先の手を読みながら駒を動かしていく。

 

 そんな濃密な対局もお互いが討ち取った駒、敵陣に深く進み込んだ持ち駒の数が増えるにつれ、この一局が終盤へと持ち運ばれていった。

 

 銀髪の少年が白く細い、しかし軟弱さを感じさせない強靭さを有した指で駒の一つ――白いナイトを手に取る。

 

 僅かに浮かせたまま横に二マス、縦に一マス進む。更に敵陣へと進み込み、ガツッとチェス盤とナイトを強くぶつかり合わせた。静寂の空間に一際響く硬質な音が奏でられる。

 

 進んだナイトの次に進む移動先、そこには王冠を被った意匠の黒い駒。つまりはキングがそこにあることを示している。黒のキングの側にあるのは、一騎だけではない、プロモーション(昇格)でクイーンと成ったポーン、更にはルークがその正面にあった。

 

 

「……チェックメイト」

 

 

 唇を真一文字に噤んでいた銀髪の少年が勝利宣言を絞り出す。しかし、それは本当に勝利宣言と人の耳に入ったらとても信じられそうにもないほど重々しかった。声色は疲労の色に染まり切り、頬と額には四筋、五筋の汗が伝う。

 

 逆に黒髪の少年はどこまでも冷静で落ち着いていた。追い詰められたことに動揺するわけでもなく、ただただ小さく微笑み深く頷き――

 

 

「ああ、俺の負けだ」

 

 

 まるで自身の敗北を、銀髪の少年の勝利を喜び、満足したかのような降参宣言(リザイン)だった。

 

 

「やれやれ、最悪でも引き分けに持ち込もうと思っていたんだが、防ぎきれなかったか。相変わらずナイトの使い方が上手いな――ライ」

 

「悪かったね。けど、クイーンを犠牲にしてキングを囮にする戦術だ。常道から外れ過ぎている、もう君には通用しないだろうな――ルルーシュ」

 

 

 黒髪の少年の名は――ルルーシュ。

 

 銀髪の少年の名は――ライ。

 

 年相応の表情を浮かべる少年二人。しかし、世界中の人々が知っている。この二人が世界に対して行ってきた悪行の数々を。

 

 片や、世界を手中に治めた暴君。

 

 片や、世界最強のKMF(ナイトメアフレーム)パイロットである騎士。

 

 『悪逆皇帝』と『狂蒼の騎士』。

 

 それが世界中の人間が認知する二人の名である。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

「しかし、全力を出せる相手とはいえ、流石に十連続の対局はきつい。体力よりも精神にくる」

 

「そう言いながら六つも勝ち星を取ってるじゃないか。お蔭で僕はこうしてコーヒーを淹れさせられてるよ。それに僕の勝ち星はほぼ後半。君の持久力が切れ始めてようやく勝ち始めた」

 

 

 悔しやを滲ませながらもライは手慣れた動作でコーヒーの用意を始める。

 ルルーシュは優雅に足を組み、この空間に備えられたキッチンでコーヒーを入れるライを見て意地の悪い笑みを浮かべている。

 

 

「まぁ、これで六十八戦中三十勝二十九敗九引き分け。後一歩のところで届かなかったな」

 

 

 既に夜深く、時計の針はあと数分もすれば次の日へとなることを示していた。

 もうすぐ一日が終わる。ライはともかく、ルルーシュは色々と忙しい身である。普段なら次の日に迫る業務に取り掛かるため早めに寝るが、今日は特別だ。

 

 だが、二人とも諸々の経験から徹夜には慣れているが思いのほかチェス勝負の疲労が体にきた。それから来る睡魔を祓うため敗者であるライはコーヒーを淹れることに。

 

 

「くっそー、神聖ブリタニア帝国第九十九代唯一皇帝、黒の騎士団CEO、超合衆国第二代最高評議会議長。文字通り世界を手に入れた悪逆皇帝が淹れるコーヒー、飲んでみたかったなぁ……」

「ふっ、俺は蛮族からまだ弱小国であったブリタニアを滅亡から守り『狂王』と謳われ、世界最強のKMF(ナイトメアフレーム)を操り、たった二機しかない第九世代KMF(ナイトメアフレーム)を下して武力の頂点に立ったナイトオブゼロ、『狂蒼の騎士』のコーヒーが飲めて感無量だが」

 

 

――『狂蒼の騎士』。

 

 その自身に付けられた字名(あざな)にライはコーヒーポッドを落としそうになった。そして、引きつった笑顔でルルーシュの方を向く。

 

 

「その『狂蒼の騎士』ってのやめてくれ。ヴァルトシュタイン卿らラウンズ部隊を殲滅した後、『我が狂蒼の騎士が騎士の頂点』って世界中に言いふらしやがって。僕は自分のこと騎士なんて高尚な者だと思っていない。ただ破壊するだけの――血に塗れた狂戦士(ベルゼルガ)でしかないんだ。そっちの方が人々の中で浸透しているよ」

 

 

一拍。

 

 

「それに表に立つよりも黒子の方が性に合っているんだ。ネットで字名(あざな)から『ルナティック・ブルーナイト』って称された際にはベットの上で頭を抱えながら転がり回ったぞ」

 

 

 そう言ってライが指さす方にはシーツや枕も無茶苦茶に散らされたベットがあった。どうやらのた打ち回ったのはルルーシュが来るついさっきのことらしい。そんなライにルルーシュはやれやれと首を振っていた。

 

 

「あっ、ルルーシュ!ちょっとテレビ点けて!三番のニュース!」

 

 

 時計の針が両方とも十二時を指したのを見たライは、慌てたように声を出した。

 ルルーシュは、その事に首を傾げながら、言われるまま机の下にあったリモコンを手に取り、テレビを点けチャンネルをニュースを映すと――。

 

 

『みなさん、こんばんわ。BNVのミレイ・アッシュフォードです。本日のニュースは――』

 

 

 太陽のように輝くブロンド。ニュースキャスターは外での仕事も多く、傷みやすい色のはずなのに豊かな髪に乱れというものは存在しない。そして、身につけているのは決して派手ではないが、体のラインがくっきりと出るスーツ。

 

 これだけなら女を売りにしている……と陰口を叩かれそうだが、そんなものは興味ない、視聴者の期待に可能な限り応えるのはテレビ屋たる気概だろう、と彼女からは抑揚をつけてニュースを語りながらも感じられた。

 

 

「会長、まだニュースキャスターになって一年も経ってないのに、新人ニュースキャスターコンテスト一位になったって。期待のホープとして評価されているみたい」

「日本に上陸した台風の実況をして飛ばされてきた看板が衝突しても続けた根性の持ち主だ、お前はそれを見て変な声を上げて飛び上がったな。……お前、まさか毎日確認しているのか?」

 

 

 呆れてようにルルーシュが視線を向ける中、ライは照れ臭そうに微笑み、

 

 

「――恩人だからね。それを抜きにしても彼女のリポートは面白いんだよ。君も彼女に感じた恩を忘れたことはないだろ?」

 

 

 ルルーシュはニュースに映る、自身の二つの意味で先輩と言える女性を見ながら、当たり前だ、と呟いた。

 

 

「俺にとって幸福だった『ランペルージ』の生活……それを与えてくれたのはアッシュフォード家と彼女だ。それだけに言葉ではどんなに尽くせない感謝がある。ああ、彼女は尊敬できる『人生の先輩』だ」

「世界征服を成し遂げた悪逆皇帝と世界最強の騎士二人の頭が上がらない生徒会長か。頂点は生徒会長、三流ライトノベルにありそうな面白可笑しい事実だ」

 

 

 くくっ、と笑いをかみ殺すような声をライは上げる。その後、テレビに映るミレイをどこか寂しさと悲しさを滲ませた目で見る。

 

 

「言葉ではどんなに尽くせない感謝って言ったけど、僕も君と同じくらいの感謝を会長には持っているよ。記憶喪失だった僕も受け入れてくれた彼女、優しく強い人。仮入学だった僕を正式に入学させようと尽力してくれた。今すぐ会いに行って感謝を言いに行きたい」

 

 

でも、

 

 

「――会長は僕のことを覚えていない。会長だけじゃない。リヴァルもニーナも、学園の皆が僕のことを忘れてしまっている。『幻の美形』は本当に幻になってしまった……」

 

 

 前皇帝でありルルーシュの父親、シャルル・ジ・ブリタニア。彼が持つ超常の力『記憶改変』のギアスが学園の生徒全員の記憶からライの存在を消し去った。

 

 覚えていない相手に言葉を伝えてもそれは、相手の心に通ることはない。記憶を取り戻させる手段はあるが、もうライはもう彼女たちがいる『平穏な日常』へは戻れないところまで来てしまっていた。

 

 だから、ライは思いを胸の内に閉じ込め続ける。せめて忘れないよう、彼女たちが向けてくれた優しさが無駄ではなかったことを示し続けるために。

 

 ルルーシュはライの声に何も言わなかった。自分が彼の立場だと慰めの言葉は、ここまで来たライの覚悟を傷つけるような物だ。だが、懐かしむ……お互いが共有する過去について花を咲かせることはいいだろうと口を開けた。

 

 

「正式入学か……初耳だな。一体いつそんな話が出たんだ?」

「僕が君に素性を明かした後だから……大体学園祭の前ぐらいだね。会長が『喜びのダンス』を踊りながら上機嫌に伝えてくれたよ」

「ああ、学園祭の途中で俺に重大発表があると言っていたか。また何やら奇天烈な企画を上げるかと思っていたが」

「過去に制服を入れ替える『男女逆転祭り』や『水着で授業』なんてあったんだっけ?なんだそれ――凄く楽しそうじゃないか」

「どこがだっ!何が悲しくて思春期の男子が女子の制服を着なければならない。女子の制服を来た俺がどんな気分だったか分かるかっ!女子だけでなく男子まで俺を熱っぽい視線で見てくるんだぞっ!」

「君は筋肉ないし、体の線が女子が羨むほどシャープだからね。学園祭前半で行われたコスプレ人気投票もウェディングドレスで男子にも関わらずナース服の会長、バニーガールのシャーリーを押さえての堂々の一位だったし。四位の特攻服を着たカレンが終わった後、ロッカー蹴って凹ませてたよ」

「全くもって不名誉だ。……そう言えばお前はチャイナ服で五位だったな。お前はああいう騒ぎはどうなんだ?楽しんでいたようには見えなかったが」

 

 

 その言葉にライは心底心外だと表情に驚きを映した。

 

 

「いやいや、楽しんでたよ!ちょっと数百年のカルチャーショックで戸惑っていただけさ。僕の時代、女性が男装を、男性が女装するのはご法度だからね。それに……」

「それに?」

「ああやって多くの同年代とはしゃぐことも初めてだったから……」

 

 

 再びライの目に懐かしさが滲みだす。

 

 いかんな、過去に浸るのはいいが浸り過ぎるのは困る。ライを過去から引きずり出すためのとっておきをルルーシュは口にした。

 

 

「そうだ、ライ。会長や俺、スザクがいなくなったアッシュフォード学園の生徒会。誰が生徒会長をやっていると思う?」

「?それはもちろんリヴァルだろ。元々、生徒会書記だったし、残ったメンバーとしては妥当であると思うが」

「ああ、そうだ。今の生徒会はリヴァルが会長となって動かしている。なら副会長は誰だと思う?」

 

 

 それは、と口に出した時ライは沈黙した。心当たりのある人物を探してるのか、顎に手を当てて考えている。そして思い至ったのか、その目はみるみるの内に見開かれていった。

 

 

「まさか……」

「思い至ったか。そうだ――」

 

 

 ライは呆然と震えを帯びた声で、ルルーシュは歓喜に満ち溢れた声で、その人物の名を呟いた。

 

 

『シャーリー・フェネット』

 

 

 ルルーシュとライ、二人にとって馴染み深い名前が出て――ライは深い安堵から腰が抜けそうになった。そして、瞳からぽろぽろと涙を流していく。哀しみではない、喜びの涙を。

 

 

「そうかぁ、良かったぁ。――無事、退()()出来たんだ」

「ああ、脇腹に受けた銃創も痕も残らずに癒えて、部活も励んでいるようだ」

 

 

 そうか、そうかとライは何度も頷いた。だが、ひとしきりに頷いた後その心中に凄まじい自己嫌悪が生まれた。

 

 

「けど……そもそも彼女が撃たれた原因は僕にあるよな」

「……」

「君の記憶回復を怪しんだギアス嚮団の宗主V.V.はサイボーグとなって『ギアスキャンセラー』を有したジェレミア卿を君の元へと送り込んだ」

「ライ……」

「僕はその当時、学園と黒の騎士団時代の記憶を封じられ、皇族時代の記憶のみを残されて嚮団の狗になっていた。母上や妹、守るべきだった民たちの眠る地を盾にされて。ジェレミア卿が不審な行動をしないかどうか、監視するそれが僕の任務だった」

「ライっ……」

「ジェレミア卿と君を駅ホームに入り込んだ時、僕も乗り込もうとした。そこをシャーリーに呼び止められた。学園での記憶がない僕を、彼女は驚いたように話かけてきた。――それがいけなかった」

 

 

 ライは俯き首を振った。しきりに振った。当時の過去を振り払うように、抗うように、懺悔するかのように。

 

 

「監視員は僕だけではなかった。いや、正確には()()監視する者がいた。そいつはシャーリーが僕の記憶を呼び覚ましかねないと判断して……彼女を撃った」

「ライ……っ!」

 

 

 沈みゆくライにルルーシュの鋭い一喝が全身を叩いた……ような気がした。

ライはルルーシュの声にびくりと体を震わし、恐る恐るルルーシュを見た。

 

 

「しっかりしろ、ライっ!シャーリーは確かに撃たれた。しかし、その弾は脇腹に当たっただけだろ!致命傷というわけではない!シャーリーを襲った監視員をお前は排除し、適切な応急処置して病院に送り届けた。そのお蔭で彼女は今も生きているんだ!」

「だけど……彼女を傷つけたのは……」

「最悪の結果ではなかっただろ!お前がいなければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「――ッ!!」

()()()()()()()()。お前ではなく、()()()が俺と計画を進めた平行世界を、『ラグナロクの接続』を崩壊させた時、俺たちは見た」

「その世界では……シャーリーは死んでいた」

「そうだ。だが、この世界では生きている。生きているんだ。最悪の結果ではない。負い目を持つなとは言わない。けれど、必要以上に悲しむな。それは今生きている彼女への冒涜だ。喜び続けるんだ」

 

 

 突きつけられた言葉にライは目を閉じ、少し震えた声を出した。

 

 

「……それでいいのかな?」

「それでいいんだ。喜ぶのなら表情は泣きっ面ではないだろ?」

 

 

 ライは小さく頷き、涙を拭ってルルーシュを見た。その表情は弱弱しいが、確かに喜びを感じさせる笑顔だった。

 

 ライのコーヒーの準備も終盤まで進むと、ふと尋ねた。

 

 

「そう言えば生徒会で思い出したけど彼女――ニーナはどうしたんだい?」

 

 

 ライの口から出た名前はシャーリーと同じくルルーシュやライと生徒会役員で顔馴染みの人物。眼鏡をかけた大人しい見た目で如何にも科学オタクと言った少女。

 

 そんな少女だが生徒会メンバーの中では世界の注目度、知名度は流石にルルーシュとライに及ばないが、テレビに映っているニュースキャスターのミレイ。

 

 黒の騎士団のエースである紅月カレン。

 

 ルルーシュの実妹であり真の第九十九代皇帝を僭称したナナリー・ヴィ・ブリタニア。

 

 その彼女を皇帝としそのナイトオブワンを僭称した枢木スザク。

 

 この四人を超えて三位といえた。

 

 二年前のブラックリベリオンの後、本国に帰国し、神聖ブリタニア帝国の技術局『インヴォーグ』に所属。そこで限定領域核兵器『フレイヤ』を開発。しかし、その『フレイヤ』が第二次トウキョウ決戦で圧倒的な破壊力を見せつけたため、世界中から開発者として狙われることに。身の危険を感じた彼女は幼馴染であるミレイに助けられて、アッシュフォード学園の地下で身を隠していたが――。

 

 

()()()()()()()だとゼロレクイエムに加わって、シュナイゼルが保有したフレイヤの対抗策として『フレイヤ・エリミネーター』とかいう反応棒を作った。そして、今の時期だと独房に入れられてるけど……」

 

 

 『この世界』ではニーナはゼロレクイエムに()()()()()()()。『あちらの世界』ではフレイヤ対策のために捜索されたのだろうが、『この世界』では捜索の必要がないため無視された。

 

 これは『フレイヤ』を無効化する術を持っていたわけではない。

 

 天空要塞ダモクレス。これが装備する《ブレイズルミナス・シールド》。KMF(ナイトメアフレーム)に装備されているものとはケタ違いの強度を誇る、絶対防壁。

 

 

 それを正面から打ち砕く術を持っていたから。いや、下手をしたら『フレイヤ』も凌駕しかねない切り札を所有していたから。

 

 

 ライの疑問にルルーシュはああ、と――

 

 

「彼女はまだ学園の地下にいるよ。恐らく、『あちらの世界』のようにけじめをつけるようなことは……もう出来ないだろう。開発することの恐怖を覚えてしまった。『あちらの世界』では『フレイヤ・エリミネーター』を作って恐怖も飲み込み、科学者の道へ改めて進んだが、『この世界』ではその機会がなくなってしまった」

 

 

 怒りも哀しみも同情もなにもない、物語の人物を語るように淡泊な声だった。

 

 そうか、とライは頷くと、胸に小さな痛みが走る。その痛みの名前を知っている。

 

 罪悪感。

 

 自分という存在で、シャーリーは救われた。しかし、ニーナは犠牲となった。

 

 これから彼女はどうなっていくのだろう。

 

 再び立ち上がり開発の道に進むのか、立ち上がることなく冷たい地下でただただ自慰行為のような研究を積み重ねるだけだろうか。

 

 だが、後者はいずれ終わりが来る。彼女が隠れているアッシュフォード学園だ。アッシュフォードは元貴族で貴族ではない。権力の持たない没落貴族が隠し続けれるわけがない。

 それに『フレイヤ』の爆心地となったトウキョウ租界とは目と鼻の先だ。きっとあの爆発によって亡くなった三千万人の遺族が嗅ぎつけることもあり得る。

 

 本当に――彼女はこれからどうなっていくのだろう?

 

 コーヒーが完成した。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

 コーヒーの入ったマグカップを二つ持ち、ライは先程まで白熱したチェスをした机へと向かった。チェス盤も駒は既にルルーシュに片付けられている。

 何も乗っていない机にライは無言でカップを一つ渡す。

 ルルーシュは座り込んだまま、カップを手に取り口に運ぶと――

 

 

「ちょっと待て、ライ。これ、本当にお前が淹れたのか?」

 

 

 黒の液体を喉へと流し込むと硝子細工のように整った表情が渋顔を作る。口元に運んでいたコーヒーを離し一瞥した後、咎めるようにライを睨む。

 

 もしこのルルーシュの視線を受けた人物が、彼の悪行を知っている者ならば恐れ、泣くよりも先に五体を地面に押し付け己の罪を謝罪するだろう。

 

――悪逆皇帝ルルーシュに睨まれた者は一族郎党全て処刑される。

 

 これは誇張でもなければ与太話でもない、実際にあった、それも既に何十も行われた事実からくるものだった。起きた事実は情報となり伝聞やネットという情報網を通り、世界中に広まった。結果、()()()なほどの速さで人々の間では、『バロールの魔眼』と言われるほど恐れられることとなった。

 

 しかし、そんな睨みにもライは謝ることも畏まれることもなく、ただ笑みを浮かべただけだ。

 

 

「何当たり前のことを言っているんだ。淹れてるの見ただろ」

「まずいな。これは、コーヒーなどではない。ただの温めた泥水だ」

 

 

 渋い顔になったルルーシュに、ライはそんな馬鹿なと自分でも一口飲んでみると、

 

 

「……うわ、本当だ。これは駄目だ、まずい」

 

 

 顔を見合わせ、二人は笑った。何の重荷も重責もない、年相応の笑顔でお互い笑いあった。

 

 

「世界を手に入れている俺にこんな泥水を飲ませるとは……お前でなければ親類縁者血縁全員処刑していたところだ」

「おお、怖い怖い。けど、僕はそんな男にインスタントのコーヒーを一杯飲ませられてご満悦だよ。――世界最強の騎士が淹れたコーヒーだ、残さず飲め。というか……僕の血縁を殺すとならば、それは君も含まれているんじゃないか?子孫よ」

「生憎と俺は例外だ。俺の身は世界を統べる秩序と法則の保護者、神聖にして不可侵の絶対領域に踏み入れている。例外といえば例外なんだよ。先祖よ」

「うっわー暴君、超暴君。傲慢中の傲慢だなー。いったい後どれくらいの血が流れるのかなー。こりゃ悪逆皇帝と呼ばれても仕方がないなー。こんな奴が末裔に生まれるのなら蛮族から守らなきゃよかったー。先祖は悲しーよ、しくしく」

 

 

 ライはルルーシュを笑みを浮かべたまま、棒読みの口調で非難する。しかし、その笑みは改めて口につけたコーヒーで消え去った。これはどんな笑い面でも泣きっ面でも一口飲めば、渋顔に早変わりするほどに不味い。

 

 

「飲めないこともない、絶妙な不味さ加減が質悪いな」

「そもそも何故こんなコーヒーがある?お前に届けられる食品にはこんな物を入れていないはずだぞ」

「ああ、コンビニの限定商品らしい。コーヒーならぬ麦琲(ムギヒー)とかいう奇をてらったような商品名だ」

「そんなコンビニ今すぐ潰れろっ!俺だったらもっとマシな物を作るぞ!」

「おお、いいな!君が店員を務めるコンビニかっ!――コンビニ店員を務めるルルーシュは近所の大手スーパー『ブリタニア』を潰すべくあの手この手で嫌がらせを行っていく!――どうだっ!」

「何がどうだ、だ!何故店舗の成長ではなく、他社を貶める方向に考える!」

「ぶっちゃけ君、育てることよりも相手に嫌がらせ――いや、弱体化させることに関しては天下一品じゃないか」

「くそっ!反論出来ん!」

 

 

 そこでふと、ルルーシュは会話にあった一言を理解して椅子を大きく鳴らして立ち上がった。

 

 

「コンビニ……だと!?お前、自分がどういう立場か解っているのか!?お前は一ヶ月前から世間一般では『死亡』したことに……っ!?」

「安心しなよ、ルルーシュ。外には出てないよ。僕は『死んだ』時からこのトウキョウ租界の地下で引きこもり生活を送っているから。僕を含めてたった三人しかしらないこの地下でね」

「なら、そのコーヒーは……」

「魔女からの差し入れだよ。一週間前にここに来て、珍しく気を効かせてくれると思ったら、こんな罠を張っていたとわね。苦みと不味さで感謝が吹き飛んだ――あっ、そうだ」

 

 

 思い出したかのように椅子から立ち上がったライは、再びキッチンへと歩を進める。

 

 ライの言葉にホッとしたルルーシュは動揺と焦りは消え去ったが、今度は頭痛に悩まされているように手を当てながら――

 

 

「――C.C.。あの魔女め」

 

 

 口調だけなら随分と忌々しいと悪感情を含ませているように察せるが、表情はしょうがないと苦笑、声色も懐かしむような、親愛を感じさせるものだった。

 

 そんなルルーシュを見てライも思わず微笑ましくなり、親愛なる魔女からの差し入れの品を冷蔵庫から取り出す。

 

 魔女の好物である――ピザだ。シーフード、ツナコーン、照り焼きチキンといった定番のトッピングが乗せられている。流石に三枚入るトースターなどないので、まずシーフードピザから入れ、タイマーをセット。

 

 

「それもあいつからの差し入れか」

「うん。正面は六段に重ねられたピザ箱を抱えて、背後はピザ屋のマスコットキャラのぬいぐるみを背負ったゴスロリ少女が入ってきた時は驚いたよ。――その後、ピザを持ってきてやった、感謝しろ、私がこんなことするなど滅多にないぞとか、色々と小言を言われたけど……」

 

 

 トースターから香ばしい香りが漂ってくると、チンと軽快な音が鳴った。解凍し終わったシーフードピザを取り出し今度はツナコーンピザを入れ、タイマーをセット。

 

 

「で入ってきて早々、服を脱いでワイシャツ一枚になって僕のベットの上でピザを食べ始めたんだよ。その後、飲み物持ってこいだとか、テレビのチャンネル変えろだと散々言って、ピザを一枚食べ終わった途端寝始めた。結果、僕はソファで寝るはめになった……」

「――分かる。ものすごく分かる」

 

 

 ルルーシュは心底ライに共感して力強く頷いた。

 あの魔女は協力者、共犯者としてはある程度期待に応えてくれている。しかし、同居人として見れば最悪の一言だ。面倒くさがりというか、物臭というか兎に角、私生活は酷いと認識している。

 

 またトースターからチンと軽快な音が鳴った。ツナコーンピザを取り出して、照り焼きチキンピザを投入。タイマーセット。

 

 

「それから……真夜中にソファで寝苦しくしていた僕を叩き起こして、『腹が減った。ピザを用意しろ。飲み物は炭酸飲料ならなんでも構わん。三分だ、いいな――?』って命令してくれたよ。その後、ピザ一枚食べてまた寝たよ。ピザ箱とか片付けずにね」

 

 

 ハハハ、と当時を思い出して乾いた笑い声を出すライにルルーシュはただただ、共感と同情の頷きをすることしか出来なかった。もし、今一度あったらライの代わりに嫌味の一つでも言ってやろう、と思ったが諦めた。ライには悪いがあの魔女には嫌味といった物は通用しない。付き合いが長い上での結論だった。

 

 三回目となるチンと軽快な音。ライは温まったピザを大皿に一枚ずつ乗せて、それらを一つのトレーに器用に乗せて机に持ってきた。

 

 

「そして早朝、またピザを用意させて食べた後、帰っていったよ。『残りのピザはお前とあの坊やで分けろ。私がこんなサービスするなど今までなかったからな』てね」

 

 

 そう言うとライに浮かんでいた微笑が途端に黒くなった。実際に黒くなったわけではない。まるで会話で出て来た魔女そっくりの意地悪を形にしたような笑みだった。

 

 まずい、いかん、と頭が警報を鳴らした時には遅かった。

 

 

「最後は『残ったピザはお前と坊やにくれてやる。頭を地面に擦り付けながら感謝するんだな。おっと、坊やはもう坊やではなかったな、私が相手をしてやったから』って。――よかったね、ルルーシュ!今すぐ赤飯用意するから待ってて!」

 

 

 喜色満面でキッチンへと走ったライが電子レンジで作れるパックの赤飯を取り出したのを見てルルーシュは――

 

 

「~~~~~っっ!!??」

 

 

 顔を紅蓮二式の装甲よりも真っ赤にして、かつてゼロの仮面を猫のアーサーに奪われた時よりも大きな奇声を上げた。

 




はいっ、せ~の、すみませんでしたっっ――――!!!!(ジャンピング土下座)

最近ボケ気味な頭がなんかインパクト欲しいと囁きまして、ルルCが鉄板だと思う私の思考回路が変な融合を果たしてこんなことに。(土下座継続中)

さて、皆さん。ルルーシュとライの口調どうでしょうか。なるべく違和感のないように書いてみたのですが。

ちなみにライの口調が明るいというか軽いのは仕様です。久しぶりに親友と話せてウキウキしてます。けど、『最弱世界』だと自分の全てを曝け出せる相手がいないため、暗くなっています。

中編に続く。


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戦友と母と妹と

お久しぶりです。

Amazonでは神装機竜最新刊が12日に発売とあるので実家近くの本屋を駆け巡ったけど見つからなかった兜割りです。

約二ヶ月ぶりの更新となりますがそこまで話は進んでおらずこの作品独自の設定を盛り込んでおります。寧ろ、本文よりも後書きの方が重要かも……。


「おーい、ルルーシュ。大丈夫ー?」

「…………」

「ああ、ごめん。悪かったって。弄り過ぎた」

「…………」

 

――これは赤飯は無しにしておくか。

 

()()()()()マグカップに新しいコーヒーを注ぎながら俯きプルプルと震えているルルーシュを心配する。

 

つい先程投下した爆弾発言にルルーシュは羞恥に顔を染め、驚愕の叫びを上げた。そして、キッチンで赤飯の冷凍パックを取り出したライの姿を見て、手元にあったコーヒーを一気に全部飲み干した後、空になったマグカップをライ目掛けて投擲したのだ。……羞恥で真っ赤になった顔で口中に広がる苦みと不味さの凄まじさを表す、壮絶に歪めた奇妙な表情をしながら。

 

しかし、運動神経はそこそこ良けれど、体力、筋力、持久力が人並み以下である彼の投擲など、かつて蛮族が放つ矢の豪雨、投擲される石の雪崩、現代ではKMF(ナイトメアフレーム)を含めた剣林弾雨を生き延びて最強の地位を得たライからすればマグカップを見ずにキャッチすることなど容易いことだった。

 

――けどC.C.は兎も角、ちゃんとやれたのか?

 

どうも目の前でまだプルプルと真っ赤に震えている皇帝少年を見て、どうも()()()()()を行う光景が想像できない。異常な才能というものは、どこかそれに応じた欠落――彼の場合は肉欲か――があるらしいと聞く。各言う自分もそれに当て嵌まるのだが、それ以上考えるのはやめた。友人の体験事情を想像するのは野暮だし、これも一種の不敬罪に当たる。そして何より、

 

 

「……ライ、貴様何か良からぬことを考えているだろ」

 

 

まだ僅かに顔を赤く染め、コーヒーの苦みから回復したルルーシュが底冷えするような声と射殺さんばかりに鋭い視線を向けてくるからだ。もし、考え続けていたならば両目からハドロン砲が出てくるかもしれない。

 

ライは努めて笑顔で、腕をひらひら振り、

 

 

「い~や、別に」

「…………」

「あっちょっと待てっ!?両目のコンタクトを取ろうとするなっ!それは流石に洒落にならないぞっ!!?」

 

 

慌てて視界を腕で塞いだ。悪ふざけが過ぎたとはいえ、『ギアス』を使用するのは反則過ぎる。あちらが反則を使うのならばこちら反則を使うとしよう。

 

ライは視界をルルーシュの顔だけ右腕で遮りながら、残った手を喉に当てる。

 

 

「そっちがその気なら、僕も使わせてもらうよ。同じ『絶対遵守』のギアスだけど、そっちは視覚、こっちは聴覚。この状況ならどちらに勝敗がつくか分かるだろ?」

 

 

暫し、緊迫した空気が張り詰めるがやがて、ルルーシュは両目にコンタクトをはめて腕を下げ、フンと鼻を鳴らした。その動きを確認したライはホッとし、腕を下げた。

 

無論、お互い本気で使うつもりなど毛頭ない。これはただの悪ふざけ。十代の少年同士が行う、ちょっとした悪ふざけのようなものだ。使ってしまったら、これまで培ってきたものが全て無になってしまう。彼らは皇帝と騎士、主従として世界に広められているが、本質は友と友。友情、似たよった過去、後悔を共有し理解、共に修羅道を突き進んだ仲。ギアス(王の力)など使ってしまえば、それらが全て無に還してしまう。そんなのは御免だった。

 

 

「……お前はどうなんだ?」

「ん?何が?」

「だから、その……『経験』という奴だ」

 

 

自身の言葉に恥ずかしさを覚えたのか、治まった顔の羞恥の色が再び顔に浮かび上がるルルーシュを見て苦笑し、

 

 

「僕も一応はあるよ」

「あるのか……!恐ろしく意外に感じるぞ……」

「と言っても性教育の実戦てな感じで相手は乳母だよ。僕の生まれた時代は、十五に成る頃に乳母を相手にするのが常識だったからね。けどそれ以外に経験はないよ。何分肉欲や異性に関してはどうしても関心が向かなくて」

「そうなのか。見た感じでは、カレンとは良い雰囲気だと思っていたんだが?」

 

 

――カレン。

 

その名前を耳にしたライの顔が苦悩に満ちて歪んだ。

 

紅月カレン。

ライと同じ日本人の母とブリタニア人の父を持つハーフの少女。ルルーシュやライと同じくアッシュフォード学園に共に通った生徒会メンバー。黒の騎士団に所属しKMF(ナイトメアフレーム)での実力は一騎当千のラウンズ級、かつて黒の騎士団ではライと二人で『双璧』と謡われた、無二の戦友……。

 

フラッシュバックするのは、二か月前に行った最終決戦。

 

ライは第十世代KMF(ナイトメアフレーム)のコックピットから、下した二機のKMF(ナイトメアフレーム)を見下ろしていた。

 

翼を捥ぎ、四肢を砕いて、首を刎ねられ、要塞に転がされたランスロット・アルビオン。

 

目立った外傷はなく、エナジー切れを起こし膝をついて停止した紅蓮聖天八極式。

 

もうこの二機に抗う力はなく、後は操縦桿のトリガーを引けば完全勝利となる。だが、ライはその二機を操縦する二人を殺す気など毛頭なかった。

 

この二人は後の――『計画』が遂行した後の時代に必要となる人材だ。()()()生かした。

 

無力化した二人をその場に置いて去ろうとした時の通信。

 

騎士だった少年からは通信越しでも響く怒り狂った叫び。あの誰にでも心優しくできる少年の、共に学園で過ごした記憶の中の彼とは思えぬ猛虎の絶叫。

 

怒りをぶつけられた。憎しみも吐かれた。必ず殺すと殺意を剣に込められ、叩きつけられた。だからこそ、彼は『敵』にこそなれど恐るるに足りなかった。そんなものは自分には無意味だ。怒り、憎しみ、殺意など人生を他者の血で染め上げ、そしてこれからも染め上げ続ける自分にとっては柳に風。だから、彼は自分には届くことなく、下された。

 

だが、カレンは違った。

 

彼女は彼と違い、怒りも憎しみも殺意もなかった。

 

ただあったのは……哀しみ。

 

彼女は自分と戦うと同時に、哀しんでいた。

 

だからこそ、ライは最も彼女に苦戦した。

 

それがライには、スザクが放ったような怒りや憎しみ、殺意よりも堪えた。藤堂も千葉も玉城も、かつて共に黒の騎士団として共に戦ったメンバー達も同じようにライに感情をぶつけて来たのに……。

 

第九世代のKMF(ナイトメアフレーム)二機を同時に相手取り、先にランスロット・アルビオンを下した。残った紅蓮聖天八極式など時間の問題かと思ったが……どうしても攻め切ることが出来なかった。

 

自分が乗り込む第十世代のスペックと技量ならば、そのまま制圧出来たはず。なのに出来なかった。結果、紅蓮のエナジー切れで勝敗はついた。

 

沈黙し、無力となった紅蓮を置いて去ろうとした時。

 

――行かないで、ライ……。

 

その通信から流れて来た、あの常に勝気に満ち溢れていた少女の声、嗚咽。

 

今でも鮮明に思い出せる。そのつどカレンと共にいた記憶が溢れ出て、記憶が脳内でリフレインする。

 

それを押し止めるためライは強く、大きく頭を左右に振った。

 

 

「……大丈夫か?」

 

 

突然の行動に案ずるような声を上げるルルーシュに、ライは頷きを返し笑って見せた。今までのものと比べれば弱弱しく、無理に作っていることはバレバレである。

 

 

「彼女は……戦友だ。僕にとって初めて背中を預けられる実力者、それ以上もそれ以下の評価もない」

「俺は戦友じゃないのか?」

KMF(ナイトメアフレーム)に搭乗するたびに壊しまくった君を戦友として信頼するには不安がある。僕にとっての戦友は共に肩を並べられる人間、だから君は戦友足り得ないよ。だから君は――僕の全てを預けることが出来る『主』だよ」

 

 

そう、紅月カレンは戦友。彼女自身の人柄も何もかもが好ましいと気に入っていた。彼女と共にいることにも心地よさを感じていた。出来得ることなら戦いたくないと思った。

 

だが、ライはそんなカレン(戦友)よりもルルーシュ()を選んだ。

 

記憶を取り戻し、黒の騎士団のメンバー達、無論カレンからも帰還を喜ばれても、彼がいない、追放されたことを知った際には全員の制止すらも振り切って脱走したのだ。

 

 

「そうか……そう言うのならそれでいい。だが、お前は皇帝になったのだろ?いくら在位が短かったとはいえ、後継者、世継ぎとして結婚など考えたこともないのか?」

 

 

ああ、とライは首を縦に振った。

 

 

「皇帝となった十七歳の当時……いいや、もう名乗れないブリタニア姓を名乗っていたころの僕にとって世界は母上と妹の三人で完成されているものだったんだ。支えてくれる友人も仕えてくれる臣下もいない、というか必要と感じていない時代だった。だからかな、妻とか恋人といった『部外者』を世界に入れることなんか考えたことなかった」

 

 

今思えば勿体ないことしたなぁ、と軽口で笑うライにルルーシュは同情した。

 

ルルーシュ自身も幼少の皇子時代の生活は幸いに満ち溢れていたとは言い難いものだった。ブリタニア皇族という権力闘争の縛られる一族であることから、さらに庶民の出である母を持ったことも相まって、他の皇后や貴族に様々な嫌がらせをされた覚えがある。それでも不幸だけではなかったと思えるのは、()()()最愛だった母マリアンヌ、妹であるナナリーに加えて異母兄弟姉妹であるシュナイゼル、クロヴィス、コーネリア、ユフィ、マリーベルといった存在がいてくれたからこそだ。

 

ライの場合は、そのコーネリア達がいない状況だったのだ。それを想像しただけでルルーシュは胸に息苦しさを感じた。家族だけでなく、他者と関わることで人の世界は広がると言っていい。そうだというのにまだ多感な幼少時代、思春期ともいえる時代にたった三人で世界を閉じてしまうのは歪んでいる。

 

 

――だからこそ聞いてみたくなった。

 

 

「なら当時の……『王』としてのお前自身(ライ)を今のお前(ライ)に聞いてみたいな」

「え……?」

 

すると、新しくコーヒーを注いだカップを持ってきたライはどこか困った表情をして、ルルーシュの元に置いた。

 

ライの皇族時代は彼にとってトラウマでしかない。そんなものは口に出すのも苦しいものだ。自身の傷口を抉り出し、曝け出させる。我ながら身勝手な頼み事かもしれないが、是非とも聞いてみたかったのだ。

 

 

「僕の皇帝時代……?なんでそんな話を」

「聞いてみたくなったのさ。そんな歪んだ『皇帝』がどうして俺を友として認めてくれたのかを。いや、どうせなら第二次トウキョウ決戦で記憶を取り戻すまでのことを聞いておきたい」

「いや、そこまで話すのか?楽しくも面白くもない、殺伐としたことしかしてないよ」

 

 

渋るライにルルーシュは力強く頼むと口を開き、

 

 

「解っているだろ。()()()()()()()()。俺とお前がこうして話すことが出来る()()()()()だ」

 

 

――最後、最後……。

 

その言葉がライの胸中に何度か響いた。そうこれが最後。

 

計画が最終段階に入った今、もう自分とルルーシュが『友人』として会うことも会話することもこれが多分最後になる。

 

計画の完遂はライがライ(自分)を捨て、『(ゼロ)』になること。そうなればライという存在はもう誰にも伝わることなく消える。残るのは、ナイトオブゼロ(最強の騎士)となって築いてきた暴虐と悪逆の数々のみ。

 

だからこそ、ルルーシュは聞きたかったのだ。自分は彼の暴虐の真実を知っている。彼は自分の『騎士』であり、『友』であり、そして自分は彼の『主』だ。彼の真実の、嘘偽りのない真実の軌跡を知りたかった。

 

自分が彼の『主』で『友』であるために。

 

その事実はライもよく理解している。理解しているからこそ、ここまで共に『主』の剣であり盾となってきたのだ。だから――

 

 

「――しょうがないな。なら話してあげるよ、ルルーシュ。けど長くなると思うから、そのテーブルのピザ一緒に処分してくれよ」

 

 

やれやれと首を振って椅子に座るライに、ルルーシュは笑みを以って頷いた。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

すでに時計の短針が一時を回った頃、ライを自分のことを話し――始めなかった。

 

まず行ったのはテーブルに置かれたピザを食べ始めることだった。流石に全て話し終えた時には、三種とも冷めきってしまう。……もし冷まして食べなかったら、これを差し入れた魔女に何かしらされるのではないかという恐怖を感じたからではない。ないったらない。

 

ルルーシュはシーフード、ライは照り焼きチキンを一切れ千切り口に入れた。間食には少々重すぎるが問題ない。ちなみに、二人は太るなどと考えたことも経験もない。お互い体質だろう。

 

ライは温めたピザを歯で噛み、伸びたチーズを唇で千切る。硬いピザの生地と暴力的といっていい、チーズの濃い味が口中に広まる。薄くスライスされたピーマンやトマトの食感を味わいながら喉へと流し込んだ。

 

――うん、久しぶりに食べるけど悪くはない。

 

正直、ピザはそこまで好きではない。美味いことは分かっている。食べれないことはないが、なんとなく苦手で手が伸ばしにくい。原因としては溶けたチーズという物に馴染みがないのだ。

 

数百年前に生まれたライにとってチーズは鈍器ともいえる硬さを誇る塊を切り分けて食すのが基本だった。後は皇子の自分を引っ張り出して、母に教えさせられ作らされた乳腐……日本の粗製チーズぐらいだった。

 

それなのにそのチーズを溶かしてパン生地に乗せる食べ方に記憶を無くした当時に、ピザの存在を知った時には軽いカルチャーショックを受けたものだ。

 

だが、今はそんなピザがただただ有難い。美味い食品という物はそれだけで会話を生んでくれる。

 

――ありがとう、C.C.。

 

心の中で差し入れてくれた魔女に感謝の言葉を告げて、一切れを平らげた。

 

 

「さて、どこから話せばいいのかな?」

「お前の話しやすいところで構わん」

 

 

考えるライにピザを一切れを食べ終えたルルーシュに、ライはうーんと唸った。そこで話の起点が見つかったのか、ハッと顔を上げた。

 

 

「よし、じゃあ僕の母から話をしよう」

「待ていっ……!」

 

 

想像の範囲外だった起点にルルーシュは思わず、皇帝ではなく殿様口調でストップをかけた。何というか、最初が母親についてとはライらしいと言えば、ライらしいが……。

 

 

「何だルルーシュ。急に話の腰を折って」

「俺はお前の母親について聞きたいんじゃない。お前について聞きたいんだ。それが明後日の方向に進めば止めもする」

「明後日じゃないよ。言ったでしょ、当時の僕の世界は母上と妹で構成されていたって。だから僕を知るには、二人について知った方がいいんだよ」

「あの『狂王』がマザコンとシスコンを拗らせて帝位を取ったか……世のブリタニア人が聞いたら、嘆くだろうか、一笑に伏すだろうか」

「君に言われたくないよっ。――マザコンシスコンテロリスト皇帝!」

 

 

お互いにマザコンとシスコンであることを罵った後、二人は項垂れしばらく顔を隠した。自覚はあるのだ。だが、それを他人に言われると内心くる。自身の業の深さに。まぁ、それで死んでいった人間からしたら堪ったものでないだろう。恐らく、『Cの世界』に溶けたら、罵詈雑言は覚悟しなければ。

 

そして、先に回復したライが咳払いをし、

 

 

「そ、そもそも君も自分の母親についてクラブハウスで長々と話したんだ。お相子というのは変だけど母上について話させてもらうよ……」

 

 

回復したルルーシュが程々にな、と口を開いたのを見てライは語り始めた。

 

 

「まず母上の出自は、君も僕の血で知ったように数百年前に当たるの日本の皇族……らしい」

「らしい?」

「教えてくれなかったんだよ。故郷について、両親――僕の祖父母に当たる人たちとか、日本にまつわること、自分のことは殆ど教えてくれなかった。海を渡ってまでブリタニアの小国に嫁いだ理由も」

 

 

ライは首を振って、

 

 

「教えてくれたのは折り紙や日本がルーツの武術くらい。一度、嫁いだ理由を聞いてみたことがあったんだけど……」

「なんて言われた?」

「『嫁いだんじゃない。ひ弱な原住民の前に慈悲深く降臨してやったのよ。――阿呆』って」

「おい……そんなことを言ったのか……?」

 

 

ライの口から放たれた言葉に顔色を失ったルルーシュに、ライは引きつった笑みでコクリと頷いた。

 

 

「まあ、この一声で解るようにとんでもない人だったよ。本当に、説明するのも難しい性格。馬鹿と天才は紙一重というか寧ろ両方くっつけてエロスとバイオレンスを加えてコンクリートミキサーで混ぜ合わせたら母上になったって感じ。世界はちゃんと地動説で私が太陽だ、右をトバしたら左もトバせを豪語してた人って言えば解るかな……?」

「説明になっていないが大体解る。つまりは自己中此処に極まれりな女性か」

「うん。それでいいよ」

 

 

友人のあんまりな感想にライは笑顔だった。

 

 

「僕の文武の師なんだけど本当に無茶苦茶でさ。自分は日がな一日ごろごろしているくせに、あれやれこれやれと僕にはやかましくて、しかも」

 

 

口を大きく開けて、

 

 

「やり方に一々文句をつけるんだが、その文句が日によって違うんだ!剣の握りはこうにしろって言うからそうしたら、次の日にはそれじゃ刺したら抜きにくいだろ、馬鹿、こうしろとか」

「……」

「打ち込みの強さを鍛えるには木刀で庭木を打てっていうからそうしてみれば、その日の夕方には、『この阿呆なんでそんな近所迷惑な事してやがる』とか抜かして肘打ち入れてきたり」

「……くくっ」

「笑い話じゃないーーっ!!たまらなかったんだよこっちは!」

「いや、すまない。中々、愉快な個性の持ち主でな」

「個性で済む話か。あれが虐めでやっているならこっちもやりようがあるのに、母上、単にその時その時の思い付きで言ってやがっただけだから」

 

 

ライは当時のことを思い出して悩ましい顔を作り、

 

 

「言い返しても、そんなの忘れたで済まされてしまう!どうしろっていうんだ!もう殴り合うしかないじゃんか。基本は僕の負けだったけど。その後は反省の儀だよ、反省の儀!」

「反省の儀?」

「ああ。屋上に縄で縛って三十分逆さに吊るすんだよ。大体それで反省するんだけど、してなかったらよく回した上で三十分吊るす」

「それは反省ではなく強制意識改革じゃないのか……」

「素直に拷問だと言えばいいんだよルルーシュ。――言ったらまた吊るされたけど」

「やられっぱなしだったのか。最強の騎士も母には勝てんか」

「いえ、そんなことはないぞっ。十五歳の頃、僕が乳母との経験一度っきりしかなかったから男色だと勘違いした母が、それを治そうと配慮して寺院に放り込もうとした際、帰ろうとしたのを蹴り飛ばして馬車に激突させたことがあるっ!」

「容赦がないな!母君に怪我など負わせることに抵抗はなかったのか?」

「これまで母の印象を聞いてそんなことを考えられるとでも?まぁ、……まぁ、母上はそのまま馬に踏まれたはずなのにどうしてかドレスが汚れただけだったけど。その後は帰ってまた反省の儀さ」

「そ、そうか。ところでどうして寺院なんだ?」

 

 

ルルーシュの問いにライはやれやれと首を振って指を二本出した。

 

 

「当時の寺院は大きく分けて二つの顔がある。一つは、若くして出家して、教養を身につけるもの。そのまま寺院の中でエリートコースを歩んでいく場合もあるけど、途中で還俗して、良家の子女として嫁ぐことが圧倒的に多かったんだ」

 

 

そこまで言って指を一本折りたたむライ。残った指を軽く揺らして、

 

 

「もう一つは、貴族の貴婦人たちが、夫と死に分かれたり、離婚したりして、この世を儚んだり、絶望して、出家したものだ。母上はこっち目的で僕を放り込もうとしたんだ」

「……まだよく解らないんだが」

「ああ、もう鈍い!つまり飢えているんだ。持て余しているんだ。将来への展望もないから恐れ知らず、男なら皇子でも簡単に手を出すぞ!」

「…………」

 

 

ルルーシュは、意味をようやく理解し次いで顔を顔を赤く染めながら絶句した。

そんなルルーシュを見て、ライは深々とため息をついた。

 

 

「これだけじゃなくてまだまだあるよ。エロスとバイオレンスが付随する日常が。けど、上げたらキリがないからここまでね」

 

 

またも深々と、疲れたといった感じにライは首を振った。しかし、その顔には暗いものはなく何処か明るく見て取れた。

そのライの表情にルルーシュは笑い、

 

 

「そうか。どうやらお前の母君は、心楽しい時を過ごしていたんだな」

「母上は、ねっ。僕はいい迷惑だよ」

「くく。その割に……お前は母親の言うことをよく聞いていたようだ」

「別に……」

「そうかな。そう聞こえたが……」

 

 

ライは目を閉じ、記憶にある限りの母の思い出を脳裏へと浮かべる。

豊かな黒髪を腰まで伸ばし、ドレスよりも軍服といったかっちりした服装が似合う体格、コロコロと笑う美貌は猫のようでその顔が涙や悲哀に染まったことは一度も見たことがない。

 

 

「もし現代であんな人が生まれていれば……総会屋でもやっていただろうね」

「総会屋……。――法の裏をかいた暴力や権威で企業を脅し、その代償に権益を得る者達のことか。嫌がらせや見えぬところの暴力、それが嫌ならば口利きやレートの良い交渉を行わせる、か」

 

 

説明ありがとう、と感謝し、

 

 

「けど、母上は馬鹿な部類に当たる人間だからね。普通の総会屋と違って、一匹狼の信念を持った総会屋。敵や悪を見ると自分勝手な正義を振りかざして突っかかっていく。脅しもなく、嫌がらせや暴力もない。不正や欺瞞を叫び、身勝手な正義の下に力を振るう。そして周囲いどんな被害を与えても気にしない。嫌われようとも、ね」

 

 

一拍。

 

 

「きっと、日本にいた頃は多くの人間に恨まれたんだろう。母上の在り方は、基本『悪』だ。それも根っからの。君のスタンスでもあった。――悪を為して巨悪を討つ。正にその言葉を体現した人物だから……容赦もしなかったはずだ」

「そうなのか?」

 

 

ライは頷き、母のことを思い出す。額に手を当て、吐息を一つつき、

 

 

「そう。僕が十になったばかりの頃、酔った母がつまらないギャグを言ったからそれを無視したら、マジ喧嘩になったことがある。僕は酔っ払った母上の急所目掛けて拳を放っても、それをぐにゃんぐにゃんな動きで避けて反撃してきた。本物じゃない、フィクションで有名な『酔拳』を無自覚ながらも体得していたんだ。結果、僕はクロスカウンターで敗北。その姿を絵師に描かして残すか普通。あんな大人げない女性は人類史上類を見ないだろうね」

「なるほどな。……お前に対する行為は置いといて、中々好感が持てる女性だ」

「え、本当に。聞かせた通りろくでもない親だよ」

「確かに聞いた感じではろくでもない親だが、話しているお前に不快感といったものはない。きっと悪人だが、お前というそこまで解ってくれている理解者を持ち、他者を巻き込むのは許さない誇り高い『悪』だったんだろうな」

 

 

ルルーシュの言葉に、ライは暫し呆気にとられた。当時の時代は、母である彼女については殆どが悪評、辛辣な言葉で溢れかえっていた。そのためにどう反応すれば良いのか分からなかった。

 

そのためライはそっぽを向き、

 

 

「――母上を褒める人なんて初めてだよ」

 

 

とだけ零した後、あ、と呟いた。

 

 

「どうした?」

「母上で思い出した。語った武勇伝の中に『神の根づく島に行ったことがある』ってのが確かあった……!」

「!?」

 

 

――『神の根づく島』。

 

ルルーシュとライはその言葉に共通に地が脳に閃光として移った。心当たりはある。あり過ぎる。二人にとって決して浅くはない強い因縁に結ばれた場所。世界中に存在する()()()遺跡の一つがある島。

 

驚愕に目を見開いたルルーシュを見ながら、ライは心なしか畏怖の色を湛えた口調で問題の武勇伝を語り出す。

 

 

「何でも、『神がいると言い伝えられていたから行ってみたけどいなかった。代わりに坊主みたいな恰好した変な集団が扉を祀っていて襲い掛かられた。不気味で直感で気に入らなかったから返り討ちに。殆どが有象無象だったが首領の男は中々手応えがあった。(タマ)は取れなかったけど(タマ)は潰してやった』って……」

「…………」

「何でもその首領は栗色のくせっ毛だったらしいよ。ねぇルルーシュ、その……枢木家の本筋は数百年前に途絶えているらしい。もしかして……」

「そこまでだ。確かに興味深い話だがその話を今この時に話すのは無粋だ」

 

 

そう言って続きを言おうとしたライの口をルルーシュが塞いだ。

ライもその自覚もあり、軽く頭を下げて次の話題に進んだ。

 

 

「で、次は妹についてなんだけど」

「お前の妹か……母君のこともあるからどんな性格か想像が出来んな」

「普通だよ、普通。毒にも薬にもならない、心優しい女の子。母上の虐待と言ってもいい指導を受けていた僕にとって妹は正にオアシス、心の清涼剤だったよ。一挙一動が愛おしくてついつい目で追ってしまってたよ。――ははっ」

 

 

ライは目を瞑り、らしくないほどに朗らかに笑っていた

その表情、古今東西の女性、男性ならば薔薇の修羅道へ堕としてしまいそうな破壊力を秘めていた。

その表情にルルーシュは、

 

 

「うわぁ……」

 

 

ただただ引いた。

現在、唯一残った友人であり騎士の、初めて見る表情に悪寒が背筋を駆け抜けたのだ。そして座っている椅子を少しライから離してストレートに思ったことをぶつけた。

 

 

「ライ。お前は今、キャラ崩壊とかそういうレベルではない気持ち悪さをだしているぞ」

 

 

ルルーシュの言葉に、ライは笑顔で白い歯を見せ、

 

 

「気持ち悪い?言ったな?言ったな?でも僕は脳内の“妹メモリー”を解凍して現状とても幸福だからそんなこと言われてもなんとも思わないんだよなあ。あーくっそ、脳内映像を他者に渡せるギアスがあればなあ、妹の可愛らしさを君に見せられるのに……」

「おいやめろ。なに人の脳内を汚染しようと企んでいる」

「汚染?なにを言っているんだ。可愛いんだぞ、愛おしいんだぞ。何ならもう一度言ってあげよう。――愛おしいんだよ」

「おいおい。今のお前は不味いぞ。俺が言うのもあれだが狂っているぞ」

「狂っている?これで狂えるもんなら喜んで狂ってやるよ。というか昔の僕にとってこれが平常だったんだよ、クレイジーシスコンエンペラー」

「いけない話だ。マイナーとはいえ歴史の偉人の恥部を生で見せられ俺はショックを受けているよ」

「はははごめんごめん。学園時代は、君のシスコンぶりに内心やれやれと呆れていたけど、いざ記憶を取り戻して自分に最愛の妹がいたとなると、その過去に十分浸ることが出来るから自分もクレイジーなシスコンだよなあ」

 

 

とルルーシュのシスコンを抉りながらも未だに笑顔を見せながら、淹れなおしたコーヒーを口に入れると――

 

 

「――――」

 

 

笑顔が一転して耐え難い苦みに包まれた表情へと変わった。何とか深みから戻ってくることが出来たが、この苦さは耐え難い。試しにミルクと砂糖とガムシロップを加えてみたが全く苦みが薄まっていない。

ライは一息吐き、

 

 

「妹はね……普通だったよ。どこにでもいる普通の女の子。陽だまりって言えばいいのかな。太陽のように眩しくも激しくも近づいた相手を焼き焦がす苛烈さもない、本当に母上の血を引いているのか疑うほどに裏表もない少女だった」

 

 

静かな口調でライは続ける。

 

 

「幸せだった。幸せで溢れていたんだ。母と妹との暮らしさえあればそれ以上に必要なものいらなかった」

 

 

けど、と呟いたライを包んでいた空気が一変していく。みるみるうちに形相も変わっていく。幸福に満ち足りた思い出に浸っていた雰囲気は跡形もなく消え、逆に細まり射殺すように鋭くなった目には鬼火が浮かぶ。

そして、

 

 

「十七になった時、『奴ら』は来た。――北から侵略してきた蛮族どもが」

 

 

ルルーシュですら背筋に冷たいものを感じさせる底冷えした声を出した。

 




ライのバージョン紹介。

・皇帝時代
マザコンとシスコンを拗らせて王様になったイカれた人。
世界は自分と母と妹で構成されていると過言でもないヤバい人。
三人の生活の為なら腹違いとはいえ実の兄二人と父親を死なす危険な人。
そんな狂人でありながら、元々ある高い能力とマザコンシスコンパワーが加わって超人を通り越した完璧超人。文句なしの最強であり最高のライ。
国を守り豊かにするためには何でもして、邪魔な存在などには容赦の欠片もない。特に国の滅亡の原因となった蛮族は現在も特に嫌っている。

正直にいうと友人にはしたくないタイプ。国の統治も父親の言葉があるが大多数が母と妹と幸福に暮らしたいそれだけでやっている。主人公補正でいい人物に見えるが幸せである母と妹との世界のためなら何でもしてしまい、壊そうとするなら竹馬の友ですらあっさり切り捨てる。

母と妹がいてこそのライなので今のライにとっては別人のようなもの。

天敵は無論、母と妹。


・黒の騎士団前期
ロスカラ本編の記憶喪失のライ。どんな感じかは是非プレイしてみて。
ちなみにこの作品のライは騎士団、ギアス、生徒会を混ぜ合わせたルートを進んでいる。具体的にいうならカレンにゲットー案内されたり、無頼に一緒に乗ったり、C.C.に黒の騎士団に入れられたり、戦闘隊長と作戦補佐を任されたり、双璧と呼ばれたり、マオに合ったり、ロロに殺されそうになったり、ミレイのお見合いを潰したりしている。

天敵はルルーシュ(ゼロ)、C.C.、カレン


・黒の騎士団後期
記憶を取り戻したライ。自分に素顔を晒してくれたゼロ――ルルーシュの信頼に報いたいという思いと自身の過去を重ねて支えていきたい心を持った正統派主人公型に。
それとカレンには異性として惹かれているが、今までマザコンとシスコンを拗らせていたため『恋』を経験したことがない。そのため自覚していなかった。もし、カレンが告白したらルルーシュルートのゼロレクイエム協力に進まず、黒の騎士団に残留していた。

天敵は前期と同じく天敵はルルーシュ(ゼロ)、C.C.、カレン


・ブリタニア帝国時代
黒の騎士団時代の記憶を封じられたライ。守るべきものはないため抜け殻のようになってしまう。妹たちの後を追うことも考えていたが、今はもうない故郷跡地を盾にされて亡くなった者たちの鎮魂のために戦う。
嚮団のパシリをして世界中を駆け巡り、さらには変な実験モルモットにされたりと大変な日々を送っていた。

もう自分の心に情熱を灯せる存在がないためある意味一番安定している。

天敵は特になし。強いていうならV.V.。


・ナイトオブゼロ時代
黒の騎士団後期タイプ+成さねばならないことによる情熱によって皇帝時代に次ぐ実力を持ったライ。

記憶を封じられていた反動でルルーシュとの忠義パワーも爆発している。ルルーシュ皇帝忠義クラブのNO.3の特攻隊長(1が会長ジェレミア、2が副会長の咲世子)。NO.3の座はC.C.に上げようとしたが気持ち悪いと拒否られた。

情熱、友情、忠義といったものであらゆる面がブーストされており素の格闘能力も操縦技術も最強。ルルーシュの邪魔するもの絶対排除するマンになっており、下手をすればナナリーすら殺していた。後、黒の騎士団メンバーは全員殺すつもりでいた。特に扇を中心とした古参メンバーは絶対に。けど、後の時代に必要とルルーシュに言われたため何とか堪えた。

天敵はルルーシュ(ゼロ)、C.C.、カレンと『黒の騎士団』時代と変わらないが特にカレンがヤバくなっている。相変わらずカレンへの『恋』を自覚しておらず無意識に攻め切れないようになって、もしカレンに戦闘中、告白でもされたら二重の意味で撃墜されていた。





ここから下は若干のネタバレがあるため注意!





・皇歴2022年
欠けた記憶の一部。


・神装機竜世界(太古)
欠けた記憶の一部。


・神装機竜世界(本編から五年前)
神装機竜世界で目覚めたばかりのライ。
ルルーシュを殺す寸前の記憶までしかなく、ギアス世界に帰る手段を探すため手がかりと思われる、機動兵器『悪夢(ナイトメア)』を追っている。

異世界である機竜世界での基本スタンスは“極力関わらない”。これは異世界人の自分が関わるのはよろしくないと考えたため。記憶が残っているために“黒の騎士団前期”とは違いそんな縛りを作ってしまった。

理由も分からない異世界転移、欠けた記憶、なぜかある『機竜世界』の知識、元にいた世界の郷愁、異物であるため自身の存在による悩み、この世界の住人と関わらないことへの孤独、悪夢との激しい戦闘を続けていることが重なり心をすり減らしている。

所有している財産や兵器また才能と経験、実力から見るなら最強格といえるのだが、これまでの中で一番弱いライ。如何に強くても突然変わる時代の荒波は心に堪える。それが世界そのものと言えば猶更。
“この世界”には厳しい母も、陽だまりのような妹も、自身を認めてくれる主君も、背中を守ってくれる戦友も、見守ってくれる魔女もいないのだから……。

後にアイングラム家やルクスとの触れ合いで若干回復するが……。


・神装機竜世界(本編から四年前)
凄まじく荒れていたライ。『悪夢(ナイトメア)』絶対破壊するマンにジョブチェンジしている。後、琴線に触れるものにはすぐに手を出してしまい、犯罪者組織にとっては災害のような存在に。

元々、一年前は『悪夢(ナイトメア)』をおびき寄せるために機竜使い(ドラグナイト)を餌にしたりしていたが、アイングラム家やルクスとの触れ合いで『異世界人も自分の世界と同じ生きている人間』と考えないようにしていたことが浮かび上がってしまったこと。
更に『“ギアス世界”の人間』、『ギアスに深い関わりがある』、『悪夢(ナイトメア)』の暴走によって多くの人間が死んでいることを改めて実感、変に責任感を負ってしまい、これまで耐えてきた箍が外れる。

実力は目覚めたばかりと比べ強くはなっているが、戦っているというよりも暴れているに近いため、本来持っている思慮深さや知略などがだだ下がりになっている。
悪夢(ナイトメア)』や幻獣神(アビス)には有利だが人間それも頭のキレる奴にはとことん不利な感じ。


・神装機竜世界(本編)
この小説本編のライ。
レリィの取り計らいによって学園の整備士として働いている。紆余曲折の末、教官もどきとなって生徒たちと交流のがセラピーとなって回復するが未だに不安定。しかし、悪夢を相手にる際は四年前の影が見え始める。

精神面も含めて実力を表すと黒の騎士団後期とほぼ同じ。

メンタルが未だに本調子でないこともあるが、自身が『超人』の部類に入り活動を続け『自分が突っ込んで全部やるのが一番簡単で安全』という脳筋よりの考えにより知力が生かされなくなってしまったため。……まぁ単純に物理で解決するってのはそれはそれで最強だから。

『コードギアス』世界に関してはぶっちゃけ今でも帰りたいと思っている。なにせ、ルルーシュに託された『ゼロ』としての役目や“宿題”もあるため、それがどうなっているのか気になって仕方がない。
けど、学園での生活が影響して情が湧いてしまい例え帰る手段が見つかっても『悪夢(ナイトメア)』を全機倒すまでは帰るつもりはなくなってしまった。

天敵は王立士官学園(アカデミー)にいる人間全て。特に恩人であるレリィとスキンシップが激しい女生徒たちには妹を重ねてしまっている。

後、皇帝時代を除いたライに言えることであるが全員共通して憎しみや怒りといった悪意には強いが、愛や信頼という善意にはとても弱い。それと真っ直ぐな精神にも弱い。主人公属性持ちの人間と戦えば勝てる見込みもあるけど先にライの心がヤバくなる。……今までやってきたことから悪人にカテゴライズされるし、悪人が愛にやられるのは世の理だしね!


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父と兄と始まりと

「十七になった時、『奴ら』は来た。――北から侵略してきた蛮族どもが」

 

 

ルルーシュですら背筋に冷たいものを感じさせる底冷えした声を出した。

 

ライの蒼玉にも似た瞳には壮絶な鬼気が浮かびつつあった。表情も硬く、肩はわなわなと震え、手に持ったコーヒー入りのマグカップは力を込めた手で小さな罅が走り始めた。

 

 

「蛮族だ。あの蛮族どもが全て悪い!あいつらの侵攻のせいで僕の幸いは終わった!その危機に領土を半分奪われてようやく危機感を覚えた父も!闘犬、闘鶏にしか興味がない長兄も!芸術と称して女漁りに耽る次兄も!その兄二人の趣味に追従した貴族たちも!今となっては全てが腹立たしい――――ッッ!!!」

 

 

ヒートアップした過去の話は最後、天へ向かって吠えることで終わった。余程熱気が籠っていたのか、ライは肩で息をしていた。

普段は見せないライの熱気にルルーシュは、少なからず圧倒されながらも同情の意思を込めて見つめた。

 

胸を激しく上下させ荒い呼吸を整えたライはポツリと、

 

 

「一応フォローしておくと僕の父は決して愚鈍というわけでもなかったんだ。ただ争い事の才覚がなかっただけ。凡庸、平凡、中間、美点も欠点もないただの『王』だった。……才気に溢れ過ぎる母上とはとてもつり合いがとれていない人間だ。本当にどうして母上はあんな人と結婚したのだろう?」

 

 

指を当てられたライの眉間には皺が寄っていた。それは苦悩といったものではなく、何とか実の父の情報を捻り出そうと努めているように見えた。

 

 

「実際、治世の『王』としては優秀だった。蛮族侵攻まで何ら問題もなく国を維持し続けていたから。もし蛮族の襲来がなく、兄二人の浪費癖が治れば何事もなく『王』としてその生を終えていた。皇族として苦労知らずに育ったお人好しとしては中々凄いと思う」

 

 

ライの捻り出した父親の印象にルルーシュは自身の兄、今は亡きブリタニア第一皇子オデュッセウスをなんとなくイメージした。第二皇子のシュナイゼルに隠れがちだったが、あの兄も凡庸だが皇族として自国のために皇族としての義務をこなしていた。……平和な世に必要とされるのは、自分のような人間ではなくあのような気風の人間なのだろう。

 

 

「その性格がいけなかった。――優し過ぎた。父は『王』として優し過ぎたんだ。国という花をより美しくすることは出来ないが、枯らさないよう水は欠かさず与える努力と才は最低限持っていた。だが、それに蔓延る害虫を駆除する努力を怠った」

「乱世の『王』としてはとても生き抜くことは出来ない……か。――よい父だった、か?」

「だったと思うよ。少なからず愛はあったと思う……」

 

 

ルルーシュの声にライは静かに頷いた。

 

 

「そして僕は悟ったよ。――このままではいけない。だから――」

「皇帝になると決意したのか。その覚悟と決意の源泉は?」

「勿論。母上と妹との三人での幸福を守るためだ」

「くくっ、完全に私情だな。それだけのために頂点に立とうと考えるとは、全く怖い男だ」

「君も人のことは言えないよ。戦う原動力が完全に私情と私怨。更に味方を増やすために散々『正義の味方』の()()をして理想や御託という撒き餌を並び立てたじゃないか」

「全くだ。俺は偽善者で扇動者だよ。しかし、結果的に俺は皇帝となり超合衆国CEOになれたから、万々歳だよ」

 

 

お互いが私情を原動力として戦いを始めた。この二人の悪童は本質的に歪んだところを持っている。それが幼少期の体験のせいなのか、それとも、元々持っていたものなのかは分からない。だが、この二人はその歪みを以って戦ったのは事実なのだ。

 

 

「障害も多かったけどね。そもそも僕は妾腹の第三皇子。それも純潔ではなく遠い島国の皇族の血を引いたハーフ。とても帝位を継ぐのは至難だ。だから――」

「継げる状況を作り上げればいい。邪魔となるのは浪費癖のある二人の兄君か。……腹違いとはいえ実の兄――心が痛む事はなかったか?」

「なかったね」

 

 

その返事には軽く、呼吸をするように即答で返ってきた。

 

ルルーシュはその言葉に驚愕――もなく、ただやはりといった風に微笑した。

 

――やはりお前は怖い男だよ。

 

黒の騎士団に所属していた際に片腕として、皇帝の騎士としての期間を合わせれば約一年ほどだが、ライの本質をはっきりと理解できるようになった。

 

この男は自身と同じクラスの“知略”、世界最強の“武勇”、冷酷な決断を為せる“意思”を持っているが、それらの根源は人一倍深い“情”によるものだ。

 

そして、その“情”がある一点を於いてライという人間を最も動かし、酷く警戒心や敵意を強くする時がある。

 

それは自身の情が注がれた環境、人物が危機や危険に晒された時だ。

 

普段が情に深く、様々な人間に好かれるような魅力あるこの少年が危機、脅威、危険、敵といったありとあらゆるものを滅ぼさんと狂ったように全力を発揮する。それが大切であればあるほどに。

 

皇族の彼は、母と妹、その二人との生活に“愛”という情を注いでいた。

 

それが蛮族という脅威、敵に壊されようとしている。

 

ライは想像してしまったのだ。自分の愛した人が、世界が亡くなる未来を。破壊され、二度と戻ってこないと理解した時の衝撃と恐怖と悲しみは、計り知れない。

 

それをライは恐れ、狂った。自身の肉親すらも殺せるほどに狂ったのだ。

 

守るためには皇帝になるしかない。それを邪魔する存在は敵でしかない。敵ならば排除するか、殺すのみ。二人の兄の存在はその瞬間からライにとって、『無関心』な存在から『敵』になったのだ。

 

――そう言えば……まだアニエスの離宮で暮らしていた頃、読んだ本に狼について載っていたな。

 

~狼は古代の欧州の多くの部族によって、狩りや戦いの神として扱われていた。それは群の中の序列に厳しく、集団を大事にすることからである~

 

~また狼は、人が縄張りに入るといきなり襲うのではなく、縄張りの外に追い出そうとして、出るかどうかを確かめるまで着いていく。縄張りの奥に来ないと解れば帰る。来ると解れば襲うのである。事実、山で迷った子供が狼に送られて里に帰ったという記録も残されている~

 

ライはその狼によく似ている。

 

普段は情を注ぐ集団と共に在ることに幸福を感じているが、その鋭い嗅覚で集団に迫る危機を察知、磨き上げた牙で噛み殺そうとする。それによってどれ程の血で自身が汚れようとも(ライ)は気にすることはない。守るべき者を守れるのならばこの狂人はどこまでも狂うのだ。

 

――そして、俺がその守るべき者……か。

 

だが、だからといって非難するつもりもない。寧ろ、頼もしい。そんな彼だからこそここまで自分に付き合ってくれたのだ。……本当に感謝している。心からそう思える程に。

 

ライは疲れたようにため息を吐いて、

 

「兄二人の浪費癖は本当に酷くて……。長兄の住む離宮には犬小屋と鶏小屋があって、飼育されている数は千羽を超えてた。更には、長兄側の貴族がそれに追従した結果、貴族や騎士の間では多くの鶏と犬が飼育させて合わせれば万に届いた。それらの餌代も馬鹿にならないことになってたらしい」

 

 

は、とルルーシュは鼻で笑った。見事なまでの暗君振りに顔には嘲笑を、内心では冷笑を浮かべている。

 

 

「国民を税で飢えさせて、鳥を肥やすか。見事、見事な暗君だなっ!そんな奴追い落としても心は痛まないだろう!」

「ああ、次兄もそうだったよ。ついさっき話したけどついさっき話したけど寺院で好みの女を選んで連れて行っては離宮で昼も晩もお盛んだった。教育上悪いから次兄の離宮には妹を一度も連れて行ってない。……本人は悦ぶ女性たちを見てご満悦だが、女というのはしたたかな生き物だ。いずれ美貌が衰えれば、飽きて捨てられる。その前に、いろいろねだって資産を増やしていたよ」

「女に金を貢いで破滅するダメ男の典型的なパターンだな。しかし、皇族で資産が莫大、それも国民の血税であるから余計に質が悪い。――次兄も負けず劣らずの暗君か。百害あって一利なし。どうやって排除するつもりだったんだ?」

 

 

ルルーシュの問いにライは既に半分以上片付けられたピザ、シーフードと照り焼きチキンを両手で掴み、顔の前まで持っていき小さく横に振った。

 

 

「どっちも生き延びて貰っちゃ困るからね。理想が共倒れ。けど兄二人は同腹で趣味は違えど仲は良かった。その二人を共倒れにするのは難しい。けど、そんな二人が絶対に争う状況がある。何だと思う?」

 

 

皇族の実の兄弟が必ず争うきっかけ。

 

それはブリタニア皇族であるルルーシュにとっても馴染み深かった。

 

「――後継者争いか」

「――正解」

 

 

悪戯がばれた童子のようにライは笑い、手に持っていたピザを重ね合わせて噛みついた。ただでさえ濃厚なチーズが乗っているのに、それが二倍になったことで顔を少ししかめたが、何度かの咀嚼をして飲み込んだ。

 

 

「皇帝である父はまだ健在だけど、蛮族の侵攻もあって宮中は少しでも噂が立てばそれが真実だと思ってしまうほど緊張感に包まれていた。そこで僕は、兄たちの取り巻きの貴族たちを煽ったんだ」

「皇子が帝位を狙っている、と。貴族たちの抗争が大きく発展し共倒れを狙う。そして、どちらかが勝っても無傷はあり得ない。弱り切ったところをお前が討つか。中々見事な謀略だ。ん?まて。おかしいぞ。確かお前は兄を殺したのは――」

 

 

ルルーシュの疑問にゆっくりと頷き、ライは自分の喉に手を当てた。

 

 

「そう。元々は後継者争いを利用して始末しようとしていた。けど、蛮族の侵攻が予想よりもずっと速くて。兄二人を始末するよりも速く、奴らは国を滅ぼしかねなかった。どうしようかと考え込んでいた僕の前に奴は突然現れた。コードユーザーが」

 

 

ライはその当時の、自身に力を与えた存在との会話を語り始めた。その響きも、口調もまるで昨日のことのように鮮明だった。

 

 

――力が欲しいかい?

 

老成した雰囲気を持った突如現れた童子。

 

童子は単に鼓膜を震わせる声ではなく全身に、そう、仮にそういうものがあるとするならば、魂に伝わるような声で語り掛けてきた。

 

――僕が誰かなんてどうでもいい。ただ、君に力を授けにきた。

 

本来ならこの怪しげな童子を斬って捨てるなりを思考の片隅に置いておくべきだった。しかし、帝位簒奪のために焦っていたこと。何より童子の声が嘘、偽りなどなく真実に語っていたことから、考えることが出来なかった。

 

――力を授ける代わりに、僕の願いを一つだけ、叶えてもらう。

 

――契約すれば、君は人の世に生きながら、人とは違う理に生きることになる。

 

童子の声が一言を放つたびにライの心はまるで悪魔の契約のような状況に、与えられる力の魅力に浸食されていった。

 

――皇帝にも……なれるのか?

 

もちろん、その時はそうする以外に方法はなかったというのもある。

 

しかし。本当の意味で自分が『契約』を結んだのは、童子の契約、力の魅力に侵されてしまったからだ。少なくとも、童子はまるで長い年月を過ごした仙人のように自分を圧倒していた。

 

――それが望みならば。

 

そして――。

 

――力が欲しいっ……!母上や妹を、二人が平穏に暮らせる、『優しい世界』を作り上げるんだ!

 

自身は悪魔の契約書にサインをしてしまった。

 

 

「そして絶対遵守のギアスを得た僕は、後継者争いを加速させて兄二人が共倒れになるよう操り殺し、取り巻きの貴族たちも服従させて皇太子となった。後は皇帝である父を引きずり下ろすだけ」

「……父親も殺すつもりだったのか?」

 

 

ライは横に首を振った。

 

 

「流石に殺すつもりはなかったよ。一応、認めてはいるんだ。だけど、父は兄二人が死んだことが相当堪えたらしい。元々、争い事は似合わない人だ。蛮族で神経をすり減らしたところに止めの子供二人の死が重なって体調を崩し伏せるようになった。……父にとっては暗愚であれど愛しい息子だったんだろうな」

 

 

一息。

 

 

 

「父は見る見るうちに衰弱していった。そして、最後を悟ったんだろう。僕を呼び出してか細い声で――『この国を頼む』そう言って事切れたよ。結果的にとはいえ……父も僕が殺したようなものだ」

 

 

天井を見上げるライの表情はどこか心非ずといった風にルルーシュには見えた。

 

 

「後悔しているのか?」

「後悔はしてないけど、いや、あー、でもなー。ただ、ちょっと」

「?」

「君とシャルル皇帝、マリアンヌ后妃の会話で気付いたけど、僕は父と親子として接したことはなかったなあって思って」

 

 

シャルル、マリアンヌ。その名を聞いたルルーシュの表情が嫌悪に歪んだ。

 

 

「親子?俺とあの二人の仲を見て親子と感じたのか?――俺は終始、俺たち兄妹を捨てたあの男を憎み続け、自分という者以外を装飾品としか見ていない女を消したんだぞ。そのどこに親子の姿を見たんだ」

「うん。君たち親子の関係は途轍もなく歪んでいた。けど、君たちはお互いを見ていた。あの場所で互いの感情を吐き出しながらぶつかっていた。情を、憎しみという情を持って」

 

 

吐息。

 

 

「――僕は父を憎んでも、愛しても、慕ってさえもいなかったんだ。向き合う君たちを見て、今更ながら少しは話をしたほうが良かったんじゃないかと思えるようになったよ」

 

 

今更だ。自身が殺したようなものなのに、今更未練を持ち始めるなど。つくづく自分は愚かだと実感させられる。

 

 

「そしてようやく皇帝になった僕は早速蛮族対策に乗り出した。本当に、本当に大変だったよ。あいつらあれだよ。人間じゃない。人間の皮を被った蝗だよ」

「蝗?」

 

 

ルルーシュの問いにライは疲れ切った、苦々しい表情で頷いた。

 

 

「僕は奴らを人、人間だと思ったことはない。あれは(イナゴ)だ。(イナゴ)の群れだ。ただ喰らい、貪り、侵攻するだけ。餓鬼魂の集団、暴食の権化だ。奪い、殺し、攫い、犯し、そして増える害悪。滅ぼすしかない連中だ」

「聞くが……ギアスは通用しなかったのか?そのまま死を命じれば一気に殺せると思うのだが……?」

 

 

ライは首を横に振り、

 

 

「試したけど無理だったよ。奴らに『言葉』は通じない――いや、そもそも言葉なんてなかったんだと思う。本当にただ蝗のように畑や家畜を貪りに来る災害の権化だ。……おかげで僕たちは一時飢えで苦しんだよ」

「どうやって解消したんだ?」

「兄や貴族が買っていた鶏と犬を処分がてら――」

「待て。鶏は兎も角、犬もその……喰ったのか?」

「狡兎死して走狗烹らるって言葉もあるだろ。兎を捕まえる猟犬も、兎が死んでいなくなれば用無しになって、煮て食う。餌代も馬鹿にならないって言ったでしょ?なら、せめて人間様の食糧になれってんだ。――実際、煮たら結構イケたよ」

 

 

涼しい顔してよく言えるものだとルルーシュは寧ろ関心した。恐らくだが、母親の影響だろう。何でも食わされてそうだ。

 

 

「それでギアスで洗脳した馬鹿貴族を突撃させたり、その不意を僕が率いた兵で襲ったり、毒を撒いたり、火攻めや水攻め、土砂とかあらゆる策を使って後一歩のところまで追い詰めたんだ。けど――」

 

 

そこからは言わずとしても解る。教えて貰ったのだ。

 

ギアスの暴走。

 

敵を皆殺しにしろ、という最悪のタイミングでギアスが暴走し、兵士どころか国民までも殲滅戦に参加することになった。その中にはライの最愛の二人も――。

 

ライは口を開かない。ただ俯いて、沈黙するだけだ。

 

その姿にルルーシュは繋げるようにして口を開いた。

 

 

「お前は蛮族を滅ぼした――いや、文字通り女子供も含めて絶滅させたか。軍属でもない平民すらも狂ったように蛮族討滅に参加したらしいな。結果――」

「後は歴史に残る通りだよ。蛮族は滅び、争った小国も皇帝が行方不明、もしくは戦死し消え去った。多くの歴史家はその皇帝のことを情け容赦のない、守るべき国民すらも無理矢理戦争に参加させた、血と戦に狂った皇帝――《狂王》と評価した」

 

 

その真実を知っているルルーシュには、ライの気持ちが痛いなどでは生温いほど解っていた。自身も彼と望まない『命令』を放ってしまった過去があるから。

 

 

「死体の山で僕は抜け殻のように立っていた。愛した二人ももういない。そんな世界にこれからどうやって生きていくのか。ただ、ただ抜け殻になっていた僕の前に再びコードユーザーは現れた。『その時が来るまでおやすみ』。そう言って僕を無理矢理寝かせた」

 

 

話が一区切りつき、ライは冷めたコーヒーを口に含んで、喉を鳴らした。

 

 

「そして数百年後の未来、2017年にブリタニアの学者たちによって発見された僕はクロヴィス・ラ・ブリタニアが極秘に行っていた『コードR計画』の被験者にされたんだ」

 

 

――『コードR計画』。

 

その計画にルルーシュは聞き覚えがあった。確かギアス嚮団を壊滅させる際に回収した資料、そして自身の騎士がそれに大きく関わっていたはずだ。

 

 

「確か捕らえたC.C.の不死を解析、再現しようとした計画だったか。ジェレミアのサイボーグ化もその計画によって行われたものだったな」

「そ、不死を再現するために色々と人体実験をしていた。そこで薬物を使った実験で強靭な肉体を持った者がいいってことで僕が選ばれた。数百年も朽ちず眠っていた常識外、貴重なサンプル。そんな僕を腐らせないための防腐剤的な意味もあったらしい」

 

 

ライは右腕を上げ、見つめる掌に力を籠めた。五指が曲がり、ゴキリとその関節から硬質な音が響く。

 

 

「あくまでされただけで成功してるのかは分かんないだよなあ」

「効果が現れれば不老、もしくは老いにくくなっているか」

「二十になってもこのままかあ。せめて二十代からしてほしかったよ。未成年がって未成年、未成年ってうるさくて」

「お前の場合、雰囲気からしてとても十代には見えんぞ」

「本当?まあ時が経てば分かるか。黒の騎士団にまだいた時、ラクシャータ博士が言ってたね。『体が弄られた形跡がある。薬物などによって身体能力が底上げされている』って。その点と現代知識と(ナイト)(メア)(フレーム)操縦といった技術を刷り込んでくれたことだけは感謝しているよ」

「身体能力チートが更にチートになったわけか……」

 

 

心無い感謝の声を上げたライの顔には苦笑が浮かび、その顔を見たルルーシュはやれやれと呆れたようにため息をついた。

 

 

「知識の刷り込み、体の調整が終わったら仕上げに僕に洗脳を施そうと企んだらしい」

「その内容は?」

ブリタニア帝国万歳(オール・ハイル・ブリタニア)クロヴィス殿下万歳(オール・ハイル・クロヴィス)。まぁ折角高い金をつぎ込んで強化させたサンプルだからね。忠実な飼い犬にした方が安心安全だ。考え方はおかしくない」

「だろうな。俺も研究員の立場だったらそうする。お前が敵として立ち塞がるなど、考えたくもない悪夢だよ」

 

 

お互い顔を見合わせ苦笑する。

 

二人は『ラグナレクの接続』を阻止した際に、この世界とは違う次元――『平行世界』という様々な可能性で動く多くの世界を覗いている。そしてこの世界も無限にある可能性宇宙の一つでしかないことも――知った。

 

覗いた世界の一つ、ルルーシュとスザクによって『計画』が進められた世界では平行世界の観測はなかった。

 

どうして覗けたのかは――明確な理由については今でも分かっていない。だがその世界の差からいうならやはりライの存在が大きいのだろう。

 

その数ある平行世界の一つにライがコーネリアの親衛隊に所属し、ランスロット・クラブでゼロ=ルルーシュの乗る無頼をボコボコにする世界があった。その光景を見てルルーシュは引きつった笑みでライを見、ライは平謝りしたのがもう三ヶ月前の出来事だ。

 

 

「そして何事もなければ僕の洗脳処置は行われていたはずだった。けどクロヴィスが君に殺されてバトレー将軍がその責任で失脚、本国へ送還されたことで一時計画はストップ。僕の洗脳も寸前でストップしたわけ。それでもあくまでストップ、新しく総督に就任したコーネリアの調査から逃れるために残された研究員たちはナリタに設けられていた研究所へ僕を移そうとした」

「ナリタ?ナリタとはあのナリタ連山があるあの町か?そんなところに研究所があったのか?」

「あったよ。日本解放戦線の勢力圏に近ければ、監査官も足を踏み入れにくいって考えた様だ。トウキョウ租界にある本施設よりも小さいから余程のことがないと気付かないと思う。そして運び込まれる直前――」

 

 

そっと瞼を閉じたライは、自分の人生がここから始まったかのように万感の思いで声を出した。

 

 

「僕は目覚めた。そして、混乱しきった頭で逃げて、逃げて、逃げ続けてあの場所――アッシュフォード学園に逃げ込み、生徒会のみんなとそして、君に出会ったわけさ。――そこからは君も知っているとおりさ」

 

 

そう、そこから全てが始まった。短いながらもかけがえのない出来事が沢山あった。

 

――ミレイの手で生徒会に所属したこと。

 

――カレンに案内されてゲットーを案内されたこと。

 

――ルルーシュとナナリーの素性を明かしてもらったこと。

 

――C.C.に黒の騎士団へ招き入れられたこと。

 

――ギアス能力者同士としてマオと接触したこと。

 

――所属した黒の騎士団で愛機たる『月下』を与えられ、戦闘隊長と作戦補佐を任せられゼロの片腕と、カレンと共に『双璧』と呼ばれたこと。

 

――今まで自分たちに煮え湯を飲ませて来たK《ナイト》(メア)(フレーム)白兜、ランスロットのパイロットがスザクであったこと。

 

――神根島に忍び込み少年、ロロに殺されそうになったこと。

 

――遺跡で記憶を取り戻し再び眠りにつこうか生きていこうか迷ったこと。

 

――自身の素性をゼロへと包み隠さず明かし判断を委ね、信頼の証としてゼロの正体、ルルーシュであると知ったこと。

 

――学園祭で生徒会の皆とどんちゃん騒ぎをし、そして発表された『行政特区日本』の設立のこと。

 

――倒れたC.C.に駆け寄ったことで気を失い、悲劇を止められなかったこと。

 

――そして、ブラックリベリオンの敗北。

 

それらの話ににルルーシュはしみじみと頷いた。

 

まさかあの時、学園に転がり込んだ不審者が同じ学園の生徒となり、生徒会のメンバーになり、自身と妹の素性を明かせられる友人となり、創設したグループの部下になり、全幅の信頼を預けられる片腕となり、表と裏の顔を明かせられる存在にあり、最後は共に世界を破壊しその後を託せる者になるなど運命とは本当に分かったものではない。

 

ライ自身もそう思っている。

母と妹を殺し永遠に眠り続けるはずが数百年後の未来に目覚め、最終的には世界を統べた男の騎士になりその後を継ぐことになるのだから。

 

お互い運命というものを時には激しく憎悪したが、ここまで結びつけてくれたことには少なからず感謝している。

 

 

「――お前には本当に苦労をかけたな」

 

 

そう言ってルルーシュは頭を下げた。

この騎士であり友達である少年には本当に苦労をかけた。優秀なだけの男ではなく、自分の痛み、苦しみを理解してくれる信頼できる人物として頼りになりっぱなしだ。

 

それなのに――ルルーシュ自身は彼の忠節、友情に何ら報いてはいなかった。強いて言うなら今の状況まで積み重ねてきた“勝利”のみ。だが、それを得るためにライは粉骨砕身の戦いを、汚名を背負わせてしまった。

 

そんな彼に自分は頭を下げることしか出来ない。それがとても悔しく、情けなかった。

 

頭を下げる“王”の姿にライはやれやれと首を振った。口には困ったような笑みがある。

 

 

「頭を上げてくれ、ルルーシュ。僕には何ら不満はなんだ。母と妹を殺し生まれ変わってしまった僕の胸に生まれた望み。――それは()()()()()()()()。君が君であるため自分の道を歩み続けることが僕の望みだ。例えそれが地獄や冥府に辿り着こうとも全力で剣となり盾になるつもりさ。だからこそ、今もこうしているし、ブラックリベリオンでもあんなことは言わないさ」

 

 

ライの言葉に頭を上げたルルーシュの顔には驚きが浮かび、すぐに救われたような顔で微笑んだ。

そしてライが言ったブラックリベリオン時のことを思い出す。

 

 

「ナナリーが誘拐されたと伝えたらお前、『今すぐ助け出してこい。ここは任せろ』と言ったのは驚いたぞ。だがその一言が嬉しかった。――解ってくれている、と」

「ナナリーは君が君であるため、これまでの血を無駄にしないための大切な子だからね。僕も誘拐されたと聞いて、彼女の安否の心配から被弾しそうになったよ」

 

 

一息。

 

 

「けどブラックリベリオンに関しては御免。藤堂と協力して奮闘して戦線を維持しようとしたけど、士気がだだ下がりになって押されちゃった。敗北は時間の問題だから何とか団員を逃がすために殿を務めた後、無様に捕らえられて」

「シャルル・ジ・ブリタニアの前に連れて来られ、奴のギアスで記憶を書き換えられたと聞いた。……すまない」

「もう終わった話で過去のことだから謝らなくていいよ。“王”の謝罪っていうのは思った以上に臣下を不安にさせるもので、はっきり言って君らしくないよ」

 

 

さて、と一息吐いたライが改めて自身の、ルルーシュの知らない足跡について語り始めた。

 



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つながりし者

『復活のルルーシュ』企画スタート……だと……!?

えっ、マジ!?クローンや平行世界の別人とかじゃなくて『本人』が復活するの!?
この十年生存説や死亡説が議論されてきたが、まさか公式で復活させるなんて……!?

正直言うと心境は複雑だ。『反逆のルルーシュ』は、ルルーシュが死んでこそ綺麗に収まり、感動を与えてくれる作品だった。私もルルーシュの最後を初見した時は涙を零した。その最後をぶち壊すような物語にするのは勘弁して欲しい。だが、やっぱり嬉しいと思う気持ちはもちろんある。寧ろその気持ちの方が強い、強いのだ。

ようするに言いたいことは。

オール・ハイル・ルルーシュッ!

オール・ハイル・コードギアスッ!


それはそうと今回は、独自解釈の強いお話です。

それでは皆さんメリークリスマス。


「シャルル皇帝のギアスによって、僕はアッシュフォード学園に迷い込むところから先の記憶を封じられた。そして、意識を失い、ギアス嚮団で目覚めた僕は――暴れた」

「暴れた?」

「なぜ目覚めている?自分は永遠に眠るはずだったのに。なぜ生きている?もう母も妹もいないのに。それらが痛みとなって僕を暴れさせ苦しめた。亡くした家族の、過去の失敗が痛みとなっていつまでも疼いた。まるで呪いのように……」

 

 

ライは学生服の上から胸に手を当て、振り絞るようにして声を出した。記憶を取り戻した今でも、いや記憶を取り戻してからこそ過去の喪失の痛みが激しくなっている。

 

 

「そのまま暴れて研究員を何人か殺したところで、あのピーターパンと顔を合わせてねえ」

「ピーターパン?」

「君の叔父さん」

「…………」

 

 

叔父という言葉にピーターパンと呼ばれた人物を特定したルルーシュは顔をしかめた。

 

ナナリーを誘拐し、後一歩のところで成功しようとしたブラックリベリオンをひっくり返した童子の皮を被った怪物。滅ぼしたギアスの源。

 

 

「あのピーターパン――V.V.の容姿と声が特に僕と契約したコードユーザーに似ていてね。顔を合わせた瞬間に首の骨を折って殺したよ」

「だが死なない。コードユーザーは不老不死だからな」

 

 

ライはルルーシュの言葉に軽く頷き、

 

 

「実のところ言うと僕の契約者はギアスを授けた時と眠らせる時の二回しか接触してこなかったんだ。皇帝時代、コードユーザーは不老不死だって事実を知らなかったし伝えられていなかった。そもそもギアスっていう名前も現代で知ったんだ」

「碌な説明も、ギアスの危険性すらも伝えなかったのか。暴走について知っておけばお前の人生も変わったかもしれんのにな。そもそも、急に宮廷に入り込んだ奴だろ。ギアスを手に入れた後、捕らえるなりなんかできなかったのか?」

 

 

その言葉にライは再び首を横に振った。

 

 

「無理だ。僕の前に現れた時と同じく煙のように消えていったよ。……本当、どうやって消えたんだろう?ブラックリベリオンの時だってV.V.はどんな魔法を使ってアッシュフォード学園からナナリーを誘拐して神根島に行ったんだ?」

 

 

ギアスの遺跡の扉で『黄昏の間』を通って移動したのか?あれは扉をくぐり、『Cの世界』を経由することで世界中にある扉の場所へと渡れる。

 

だが、アッシュフォード学園のあるトウキョウにギアスの遺跡はない。本当にどうやって移動したのだろうか。だが、その本人は既に死んでそれを知る方法はない。……『Cの世界』で聞くには聞くことは出来るが、あんな奴と話すのは金輪際御免だ。ルルーシュにとっても、ライにとっても、印象は最悪の一言だけだ。

 

少々ずれてしまった話を戻すため、ライは軽く咳払いをした。

 

 

「殺したと思って、そのまま背を向けたのがいけなかった。起き上がった途端、手を触れられて――トラウマをほじくり返された」

「コードの利用による、他人との精神結合を行う感応現象か。奴はお前にショックイメージを送り込み無力化をした。不幸にもお前には再起不能レベルのトラウマがあるからな」

 

 

ルルーシュの言葉にライは意外といった表情を浮かべた。

 

 

「……精神感応のこと知ってたのか。C.C.から、いや彼女がその能力について教えるとは思えないけど、一体どこで?」

「詳しいことは壊滅させる際に、回収したギアス嚮団の資料で把握した。だが、C.C.が時々それをやっていたのを見たことがある。初めて見たのはナリタで俺を追ってくるスザクを無力化する時だった」

 

 

ルルーシュとしても何度か経験がある。あれはきつい。何せ視覚でも聴覚でもなく、脳内で情報が激流となって人格を押し流してくるのだから。目を逸らそうとも、逸らせない。閉じようとしても、閉じれない。耳を塞ごうとしても塞げない。そんな状態で過去のトラウマを見せられたりすれば――。

 

 

「トラウマ――母と妹の死を思い出させられて、簡単に無力化されたよ。そのまま暫く実験対象(モルモット)生活、酷い時には一週間近くスパゲッティ症候群にされたよ。そして、とある素質が今までのモルモットの中で抜きんでていたことが判明した」

 

 

ライはうんざりしたようにその素質の名を口にした。

 

 

「その名前は――『つながりし者(ワイアード)』」

 

 

つながりし者(ワイアード)』。その呟いたライの顔が、嫌悪に歪んだ。

 

 

「契約もなしにギアスを行使する者。世界の源である『集合無意識』、またの名を『Cの世界』、『根源』、『座』、『真理』、『阿頼耶』、『イデア』、『ヴァルハラ』、『フレーム』と呼ばれる『神』と繋がる者。――多次元の俺とナナリーがその能力者として目覚めていたな」

 

 

つながりし者(ワイアード)』とは、一言でいうのなら天然ギアスユーザーのことである。

 

『神』と呼ばれる存在と無意識にアクセスし、強靭な肉体を、不屈の精神を、高潔たる魂を宿した――大英雄、救世主、あるいは魔王といった存在がその三つを極めることで、その素養にあった能力(ギアス)――ワイアードギアスを行使できる。

 

壊滅させる際に回収し、封印又は消去したギアス嚮団の膨大な研究資料にも、その程度のことが残るだけでその存在に関する情報は殆ど残されていない。……かつて嚮団の嚮主であったC.C.すらも、平行世界で知るまで知らなかったのだ。

 

平行世界のルルーシュとナナリーは、諸々の出来事によって『つながりし者(ワイアード)』に、そして『ザ・ゼロ』というワイアードギアスに覚醒していた。

 

つながりし者(ワイアード)』のギアス――ワイアードギアスは、コードユーザーとの契約によるギアスが『催眠術』とするなら、正に一線を画す『超能力』。

 

それによって、『つながりし者(ワイアード)』となったルルーシュは――

 

 

「完全に『魔王』になっていたよね……。ランスロットの蹴りをくらってぴんぴんしてるし、素手で(ナイト)(メア)(フレーム)も破壊してた。あれは僕でも“ゼロ様”って呼びたくなっちゃうよ」

「やめろ。確かにあれは俺だが、あくまで平行世界の存在だ。あんな規格外と比べないでくれ」

 

 

笑うライにルルーシュは頭痛を抑えるように頭に手を当てた。

 

平行世界のルルーシュは、『つながりし者(ワイアード)』と『魔王C.C.』との契約によって、この世界のルルーシュの肉体とは正反対の筋肉モリモリのマッチョマンになっていた。

 

そんな彼が戦場で暴れ回る姿を、ルルーシュは愕然と、ライは爆笑し、C.C.も顔を背けながら肩を笑いで震わせていた。

 

 

「僕はその『つながりし者(ワイアード)』の素質を、現代ではもうないほど色濃く持っていた。極めればワイアードギアスを発動する可能性があるほどに……」

「お前は数百年前の人間――それもブリタニア皇族と日本皇族のハーフとかいうとんでも存在だ。現代では絶えている『つながりし者(ワイアード)』の因子。持っていてもおかしくはない」

 

 

ライはため息を吐き、

 

 

「ギアス嚮団の研究員は僕が『つながりし者(ワイアード)』であり、その高い素質からワイアードギアスを発現する存在になり得ることに驚喜した」

「元々、ギアス嚮団は世界中に存在するギアスの遺跡を中心にしてその先にある『ナニカ』を解き明かすために生まれた集団だ。ギアスの研究も、その『ナニカ』がギアスであると考えてのことではなく、『ナニカ』を解き明かすための鍵として行っていた。……現代に蘇った『つながりし者(ワイアード)』であるお前を新たな研究のアプローチとしたんだな」

 

 

ライはうんざりと首を振った。

 

 

「そこで研究員共はどうやってワイアードギアスを発現するまでに高めるか考えた。そして辿り着いた方法が……」

「方法が?」

 

 

問い掛けにライは深々とため息を吐いた。

 

 

「とある一定の環境に過ごさせることで、その素質を引き上げようとしたんだ。その環境っていうのがどんな場所か解る?」

「一定の環境……」

 

 

ルルーシュは形の良い顎に手を当てて考え込む。

 

眠れる才能を開花するのに相応しい環境……。少なくとも平時ではない。平時などの安定した環境で才能の開花には時間がかかる。ならばその逆。常に異常であることを求められ続ける環境。

 

――極限であることを求められる環境と言えば……。

 

 

「――戦場か」

 

 

確信を持って呟かれた言葉にライは、正解と口にした。

 

 

「『つながりし者(ワイアード)』は英雄や偉人と呼ばれるような存在が当てはまる。だから、彼らのような存在が生まれ易い――戦場に送れば目覚めると思ったんだ」

「拒否は出来なかったのか?」

「無理だ。V.V.の奴が僕の祖国……滅びもう跡形もない地を人質ならぬ跡質にしてくれた。逆らえば荒らす、死んでも荒らすと脅してくるんだ。……あの地で眠った、母や妹、国民の眠りを妨げたくないためには従う他に方法はない」

 

 

ライは当時を思い出したのか苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。

 

 

「そして僕はブリタニア軍人として、当時は激戦区と呼ばれた白ロシア戦線に投入された」

 

 

吐息。

 

 

「僕が派遣された当時はロシアの西側はブリタニアの植民地支配下にあったけど、E.U.の勢力が強かった東側は未だにロシアの支配下。純粋に戦力はブリタニア側が倍ほどあった。けれど総司令官がね……」

「確かブリタニアの総司令官は……第四皇子のブラン兄上だったな。幼い頃何度か顔を合わせたことがあるが、特権階級意識――いや皇族至上主義で庶民出身の母を持つ俺たち兄妹を蔑視していた」

 

 

司令官として問題もあった、とライは呟いた。

 

 

「良く言って勇猛果敢、悪く言って猪突猛進。……熟語で表せば聞こえはいいが、兵士たちの命を軽視しているとしか思えない突撃しか命じていなかった」

「そう言えばチェスといった遊びを馬鹿にしていたのを覚えている」

 

 

そして、ライは白ロシア戦線で経験したことを語り始めた。

 

 

――初陣はヴォルガ河渡河作戦。

 

(ナイト)(メア)(フレーム)版ノルマンディー上陸作戦と評され、史上最大規模の(ナイト)(メア)(フレーム)部隊を三方向から渡河させ、E.U.とロシア連合軍地域を一気に侵攻して突破口を開き制圧する、完全に力押しな渡河作戦。

 

ライに与えられたサザーランドは、部隊の水中戦特化のポートマン、水中戦に改装したサザーランドと違い、脱出機能をオミットした以外は通常と変わらぬ機体だった。部隊に突如組み込まれ、改装なしの機体を与えられたライを部隊員たちは嘲笑した。

 

しかし、そのお蔭でライは助かった。

改装なしであったため、浸水による機体トラブル、関節部に泥が入り込むなどトラブルが多発し、ライのサザーランドは満足に動けない状態になった。お蔭で前進突撃し無残にも迎撃される味方機に遅れ、残骸となった機体群を盾にすることで目立った損傷もなかった。

 

結果としてはブリタニア軍の勝利に終わったがそれは渡河作戦によってもたらされたものではなく、アヴァロン級航空戦艦から派生した量産型航空戦艦による空からの奇襲によってのものだった。ライを含めた(ナイト)(メア)(フレーム)部隊は囮だったのだ。

 

 

「酷い作戦だな。ただの鋼と命の消耗。お粗末に過ぎる」

「本当にね。ヴォルガ河は正に三途の川になったよ。敵軍の迎撃が激し過ぎて、思った以上に前に進めず、速過ぎる後続の投入で(ナイト)(メア)(フレーム)の渋滞が起こってた」

「“ただ勝てば良いという勝ち方は、軍率いる者に相応しからず”。ブラン兄上はそう告げられ、総司令の座も皇位継承権を剥奪され――自害した」

「百害あって一利なしだよ」

 

 

作戦終了を迎えたライは、出来得る限り生存者を――自身を嘲笑した隊員も――救助し、向こう岸まで運ぼうとしたが、仕掛けられた対(ナイト)(メア)(フレーム)地雷を救助した同隊隊長のサザーランドが踏み抜いてしまい、結果救助した隊長を含めた救助した者は全員死亡。ライもその衝撃で腕の骨に罅が入るなど重傷を負った。

 

 

――その後、傷も癒えぬうちに、最前線基地に配属される。

 

次の作戦までの束の間の休息を味わう暇もなく、謎の襲撃者――後に分かったことだが嚮団が派遣した刺客、それもギアス能力者――に何度も襲われ、更に同基地にいた懲罰大隊が嚮団とライの命を奪うことに成功すれば罪を帳消しという内容で裏取引をし、幾とどなく襲われ眠れぬ夜を過ごすことになった。

 

 

――味方からの襲撃から生き延び、与えられた作戦は敵軍の要塞攻略。

 

新たに組み込まれた分隊でブリタニア軍本隊の通過のため、防衛するロシア要塞の攻略を命じられた。何度も味方から襲われるライに隊員たちの信頼はなかった。

 

そして深夜、闇夜に紛れて要塞に奇襲をかけるも隊員の一人が敵を討ち漏らしてしまい、要塞が起動。移動していた本隊を捕捉、攻撃を開始してしまう。

 

ライは自分以外の分隊が全滅したのを機に、ギアスを使用し要塞を無効化するも本隊は少なくない被害を受け、進軍を中止することになった。

 

 

「よくギアスを使ったな。暴走の危険性やトラウマを抱えているのに……」

「使うつもりは全然なかったんだ。もう二度と使わないと決めていたんだ。僕以外味方がやられた時、詰んだと思って一思いに死のうとすら頭に浮かべていた。……けど、あの悪童。僕が死んだら死んだで故郷を荒らすとほざいていたから、死ぬに死ねなくて。それと……」

「?」

「いや、何でもない……」

 

 

――奇跡的に基地に生還したライを待っていたのは、怨嗟と監視の目だった。

 

生存率が限りなく少ない作戦で二度も生還、それも部隊が全滅したった一人生き残ったこと、無傷であること、軍内で登録されたプロフィールに改竄の経歴があったことで基地の司令、副指令からスパイ疑惑を。……元々、上層部(嚮団)から監視の命令もあり、ライの存在にあった疑問も膨らんでいたらしい。

 

基地に所属する軍人たちからは、要塞攻略に遅れ、本隊に被害を出したことで敵意を向けられた。嫌がらせもあり、サザーランドに仕込むエナジーフィラーを細工され、生身でありながら至近で爆発させられたこともある。

 

懲罰大隊の襲撃もより激しくなった。そして遂に、その部隊員を――あくまで防衛、殺害の意思はなく、相手は殆ど事故だったが――死なせてしまい反乱、軍規違反と見なされ、反逆者に仕立てられてしまった。

 

合法的な処刑をされそうになり基地中を逃げ回った。

 

司令部から派遣された軍警察、仲間を殺された軍人たち、罪帳消しのチャンスを逃したくない懲罰部隊、嚮団から派遣されたギアスユーザーである刺客、それら全てに追われた。

 

追い詰められた末に逃げ込んだのが流体サクラダイトタンク施設。

 

爆発の危険性が極めて高い流体サクラダイト。それが溜めこまれた施設に逃げ込めば追っ手も火器を使うことも出来ず、ライはそれを生き延びるための盾とした。

 

だが、基地司令はこれまでのライの異常さから確実に殺すために、タンク施設の爆破を決定した。下手をすれば基地そのものも吹き飛びかねない、狂気の沙汰だった。

 

タンク施設の爆破を最小限に留めるために徹底的に閉鎖するのを見て、司令の思惑を知ったライは、爆発物を取り付ける工作員たちにギアスをかけ、爆発から命からがら逃げ延びた。

 

その後、ブリタニア上層部(嚮団)から派遣された使者によって、ライ包囲網は停止され、ライはまた別の戦場へと連れていかれた。

 

ちなみに、その基地にいた全ての人間はライという人間をもう覚えていない。

 

全員が嚮団のギアスユーザー複数人によってライにまつわる全ての記憶を消去、または封印された。無論、データベースといった記録媒体からもライの存在は残らず消去して。

 

 

「その後は、すっかり愛機になったサザーランドに乗って転戦したよ。基地に向かう途中、輸送機が墜落したり、特殊部隊に追われたりしてもう大変だった……。極め付けは戦闘中に降ってきた、超寒気団が放つ零下二百度の下降噴流(ダウンバースト)……」

「待てっ。ダウンバーストとは何だ……!?」

「え?えーと……積雲や積乱雲が減衰期に入ると――」

「いやっ!ダウンバーストの意味を聞いているんじゃない!――お前はそれを、マイナス二百度のダウンバーストを受けたのかっ!??」

「うん。直撃した」

 

 

まるでもう夕飯は食べたというように、あっけからんとした口調にルルーシュは口をあんぐりと開けるだけだった。

 

 

「ロシア軍と相手している最中に雲が渦のような形になったんだ。元々の原因は、これまで環境を兵器で無茶苦茶にしたせいで、怒った天はそれはもう凄い迫力だった。敵味方全員が攻撃を止めてただただ見入っていたよ。僕は計器が上空の気圧の変化を感知して、慌ててコックピット内の暖房を全開にした」

「マイナス二百度のダウンバーストだぞ。(ナイト)(メア)(フレーム)の空調機能などで助かるはずがない。人間どころか機体そのものが凍り付く」

「けど何もしないよりはマシでしょ。それで、ダウンバーストの直撃を受けて、敵も味方も全員が機体ごと氷漬けに。僕も一時、凍ったけど……」

「けど……どうやって助かった?」

「なに暖房に助けられたよ。実は戦闘中被弾していてね。その箇所が動力部で、動力のエナジーフィラーが破損、暖房機能に過負荷をかけさせてコックピット内を蒸し風呂状態にさせてくれたおかげで助かったんだ」

「…………」

 

 

当時の死に瀕した時、恵まれた幸運をライは何のことなく話すが、ルルーシュはそこまでの出来事を経験しながら五体満足、名を且つ諦めることなく今も生きていることが信じられなかった。

 

 

「ライ。お前は『つながりし者(ワイアード)』ではなく、その……『不死の生命体』じゃないのか?言うならば『異能生……」

「いや、違うからね。死ぬから。普通に頭とか撃ち抜かれれば死ぬから。血もちゃんと赤いし、流し続ければ死ぬから」

 

 

手をひらひらと振り、苦笑を浮かべるライ。その様子から本当に言ったような死地をくぐり抜けたのか怪しい。いや、くぐり抜けたのは間違いないだろう。しかし、それらの死地がどれも特別にキツイと感じていないのだ。

 

彼にとっては皇族時代の蛮族との戦い、黒の騎士団の活動もどれも同じ戦場、規模の差はあれど質は同じとしか見ていない。

 

 

「そこまで戦ったんだ。結果としてお前はワイアードギアスに目覚めたのか?」

 

 

そう、研究の目的は、あくまでライを英雄が生まれるような極限戦闘地域に送り込み、ワイアードギアスに目覚めさせること。

 

ライは自身の掌を見つめ、

 

 

()()()()

 

 

ポツリと、まるで呼吸するように軽い、空虚な響きの声だった。

 

 

「そこまでして……そこまでしたのにワイアードギアスは目覚めなかったのか?」

()()()()()()

 

 

広げた掌を閉じて、また広げてを繰り返す。

そして、何も起こらない自身にため息をついた。

 

 

「ここまでしてワイアードギアスの兆候は何も見られなかった。研究員は再び激戦区に送り込もうとしたけど、V.V.が時間の無駄だとして中止、計画は凍結された」

「不可解だな。奴は嚮団のトップだろ?ならばギアスの研究にもっと積極的になってもおかしくないのに、なぜ中止する?」

「V.V.の目的はあくまで『ラグナロクの接続』だからね。行う方法も、材料も足りている。別に今更、『つながりし者(ワイアード)』なんて対して興味なかったんだろ」

「ならなぜ、お前で実験を行うことを認めた?」

「簡単だよ。――暇つぶし、さ」

 

 

ライはまだ記憶を封じられ嚮団の狗となっていた頃。

飼い主であるV.V.が、その少女のように美しく整った顔に、物憂げな笑みを浮かべて語ったことを喋った。

 

 

 

『長生きの最大の敵がなんだか知っているかい?すべてに退屈してしまうことだよ』

 

『もう、人間が思いつく限りの楽しみは知りつくしちゃった。面白いのはどれも最初のうちだけなんだ。でも――たったひとつだけ、例外がある。何だかわかるかい?』

 

『人間を壊すんだ。ただし、ほんのちょっとだけね。そうすると人間は狂っていく。その変化のバリエーションは無限だよ。これだけは見飽きることがないんだ』

 

 

 

語られたV.V.の『暇つぶし』を耳にしたルルーシュは嫌悪を露わに大きな舌打ちをし、

 

 

「――悪趣味な」

 

 

そう言って吐き捨てるだけだった。

 

 

「自分で言うのもなんだけど、いかなる理不尽、かつ、不条理な状況下でも泣き言も言わなく、諦めずに戦う僕はV.V.の『暇つぶし』にならない。そんなわけで実験は中止にされたんだ」

 

 

そして白ロシア戦線、最後の戦場はロシア最後の――そして最大の要塞攻略作戦。

 

今まで乗ってきたサザーランドにランスロット系列のパーツを組み込み、敵を退けながら要塞最深部にまで潜り込むまで成功した。だが流石に最深部ともあって、強化型のサザーランドでも撃墜されかかるが、途中参戦した『ナイトオブラウンズ』――ルキアーノ・ブラッドリー、枢木スザクの活躍で助かり、要塞攻略も成功。ロシアに止めを刺した。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

白ロシア戦線の体験が語り終えると二人の間に沈黙が落ちた。

 

ライはもう既に冷めてしまったコーヒーを含んで、渇いた口内を潤わせた。冷めてもなお、強い苦みは健在で顔を顰めた。

 

時計は既に三時は過ぎ、ピザはもう一箱分しか残っていない。

 

 

「そこまでやっておいて……得るものは無し。骨折り損のくたびれ儲けだな」

「いや、得る物はあったよ。今となってはかけがえのない物をね」

「?」

 

 

首を僅かに傾げるルルーシュに、ライは背後に手だけを後ろに向けた。

 

ライとルルーシュがいる空間は地下にある。

 

かつて第二次トウキョウ決戦、ブリタニア軍と黒の騎士団本隊、最精鋭部隊が繰り広げる戦闘の中に戦略兵器『フレイヤ』が枢木スザクの手によって放たれた。

 

発した破壊力は堅牢を誇った総督府を溶かし、死者だけで一千万人を超え、二次被害による死傷者だけでも二千五百万人を飲み込んで、巨大なクレーターを作り上げた。

 

それから数ヶ月、文字通り世界を征服したルルーシュが、日本を皇帝直轄領とした今、正に暴君として貴族から奪った財産、国民から絞り上げた税金で壊滅したトウキョウ租界を急ピッチで修復。その地下に自身専用の極秘大型シェルターを作らせた。

 

しかし、それは表向き。

 

本当の目的は世間では『死亡』しているライが、『ゼロレクイエム』の最終段階まで身を隠すために作らせたのだ。

 

そして、その大型地下シェルターにはルルーシュとライの人間二人しか存在していない。だが、人型で数えれば四つとなる。二人以外の人型は無論、人間ではない。大体、四メートルを超す人間などいるはずもない。

 

肩を合わせて揃う二体はライにとっての分身であった。その思い入れは騎手が自身の愛馬を愛すよりも深い。

 

それら二体は先程も言った通り四メートルを超す巨体、透き通るような光沢に包まれている、蒼いKMF(ナイトメアフレーム)だった。

 

そのプロポーションは、第五世代KMF(ナイトメアフレーム)が、出来損ないのブリキ人形にしか見えなくなるほど人間に近く、有機的だ。それでいて現在ブリタニア軍の主力として配備されている第七世代KMF(ナイトメアフレーム)、次世代型飛行ユニット《エナジーウィング》を搭載したことでより洗練したフォルムを持つ第九世代KMF(ナイトメアフレーム)がひ弱なマネキンに見えるほどの剛性、強靭さを誇っている。

 

戦うためにのみ鍛え上げられた戦士の、その筋肉を模した《マッスルフレーミング》を備えた全身の姿は、機体の裡に秘められた爆発的なエネルギーを示すかのように逞しく、されど決して優美を損なわせない鋭さを兼揃えた二機の蒼いKMF(ナイトメアフレーム)

 

 

 

頭部から主人の髪と同じ色を持つ、毛髪に似た装備を垂らした、異形の左腕を持った――かつては《月下・先行試作型》、《蒼月》と呼ばれた――機体。

 

名は《蒼月墮天九極型》。

 

頭部にそそり立つ蒼い角を持つ、騎士の姿をとり、左腕に大型の盾を備えた――かつては《サザーランド》、《ランスロット・クラブ》、《ランスロット・クラブ・クリーナー》と呼ばれた――機体。

 

名は《ランスロット・クラブ・ベルゼルガ》。

 

 

この二機こそが最新最強と謡われた第九世代KMF(ナイトメアフレーム)、《紅蓮聖天八極式》、《ランスロット・アルビオン》を打ち破り第十世代KMF(ナイトメアフレーム)として君臨する機体。ライを世界最強足らしめる愛機。

 

 

「最強の機体か。性能はどうなんだ?」

「性能ね」

 

 

ライがクスリと笑った。

 

 

「スピードは?」

「速いよ」

 

 

また、ライが笑った。

 

 

「出力は、どんなものだった」

「凄かったよ」

「それでは答えになっていないぞ」

「でも、そうとしか答えようがないんだ」

 

 

体ごとルルーシュに振り向いたライの顔には浮かんでいた笑みは消え、真顔で言う。

 

 

「ルルーシュ、覚えてる?君が神聖ブリタニア帝国第九十九代皇帝になってすぐ、ナイトオブラウンズ候補だった騎士二名が病院送りになったこと、ジェレミア卿が緊急メンテナンス送りになったことを」

 

 

ルルーシュは頷いた。貴族たちの反乱鎮圧に向かわせるとして、信頼できる人間――ジェレミアに頼もうとしたが、その本人が身体から煙を吹かして無理に出撃しようとしたのを覚えている。

 

コーヒーに顔を歪めながら飲むライが後ろの二機に再び視線を向ける。

 

 

「その三人には、この機体のテストをしてもらったんだよ。だけど、ラウンズ候補の二人は肋骨を数本折る結果に。ジェレミア卿は流石サイボーグ、二人よりはマシだったんだけど、なんか体内の細かい部品が負荷に耐えられなくて異常を来たしてね」

「そんな、ハードなテストだったのか」

「いや、全開加速のテストだけさ。それも全員フルスロットルにまで持っていけなかった。これだけの情報でこの二機が途方もない機体、規格外の性能を持っている証明だろ」

 

 

愛機たちを自慢するライの顔には、喜悦に溢れた笑顔があった。




・白ロシア戦線

ライ「幾夜うなされたか知れない悪夢。目の前、僅かな一跨ぎ。それが出来ない戦場の中で僕は喘ぐ。身に絡みつく過去を振り解こうとして」

研究員「ぶっ潰しても、切り刻んでも、焼くなど手段は問わない。時に利己的に、時に利他的に、取り巻く環境を変えてまで生き延びる。そう、それが『つながりし者(ワイアード)』の因子だ。証明して見せろ、己の異常さを!己の正体を!チェック!この戦争で覚醒するはずだ。――ゴキブリめ!蛆虫め!這いずり回り、のた打ち回り、五臓六腑を撒き散らしてでも覚醒してみせろ!」(ただし、ワイアードギアスに覚醒したらしたらでまた実験動物に)

ギアスがあるので難易度は若干下がるが、使うたびにライのメンタルがゴリゴリ削れていく。

大体そんな感じ。……うん、詳しくは元ネタで!


・《蒼月墮天九極型》

Q.何この名前ダサくない?
A.名づけるのに作者を最も苦しめた。一応、《紅蓮聖天八極式》の対極、凌駕するという意味を込めました。『型』は《月下・先行試作型》の名残。

改造したはいいけど、『ブリタニア側でこいつを使うのはおかしい』として、初陣を迎えることなくずっと倉庫番させられた可哀そうな奴。
改造前の《蒼月》も一度しか戦ったことがないからとことん不憫。


・《ランスロット・クラブ・ベルゼルガ》

Q.何でブリタニア製なのにドイツ語入ってんの?
A.開発班の主任がドイツ人だから。メタ的に言えば、作者が某青騎士物語好きだから。

無論、装備してる盾はパイルバンカー。“ギアス伝導回路”のエネルギーをほんのちょっと注いで一撃を放ったらダモクレスのブレイズルミナスを砕いた。

最終決戦後、ルルーシュに逆らう者たちをこいつに乗って虐殺。更にはパイルバンカーで国を文字通り割るなど暴虐の限りを尽くして、ルルーシュ権威の象徴になっている。

近い未来、KMF(ナイトメアフレーム)博物館が出来てもイメージが悪すぎて展示されない。

二機とも最強最速最高の性能を誇っているけど、負担もヤバく、身体能力に優れた『つながりし者(ワイアード)』のライだからこそ乗れる機体。

ちなみに開発班はギアス嚮団から派遣された人物たち。ブリタニア人だけでなく国際色豊か。ギアスの研究でKMF(ナイトメアフレーム)の発展の可能性を考えてるマッド共。嚮団の壊滅後もライよりも《ランスロット・クラブ》についてきたマッドな奴ら。


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“魔王”を思う涙

後々、加筆修正を行うかもしれません。
加筆しました。

これにて、やっとやっと本編へと戻れます……!


「白ロシアで共に戦い続けたサザーランド……。それを改造したのが《ランスロット・クラブ》だ。ずっと乗り、戦いと改装を続けて《ランスロット・クラブ・ベルゼルガ》となり――世界最強へと至った」

 

 

そう、最強。《紅蓮聖天八極式》、《ランスロット・アルビオン》の二体を正面から打ち破るために作られた機体。最強になるための機体。

 

 

「カレンが黒の騎士団に、スザクがシュナイゼル陣営につき、さらには、黒の騎士団に所属していたラクシャータは兎も角、ロイド・アスプルンド、セシル・クルーミーもシュナイゼル陣営に加わってしまったことで俺たちは頭を抱えたな」

「うん。第九世代一機でも、単騎で戦況を左右し兼ねないのにそれが二機も敵になった。《ランスロット・クラブ・クリーナー》と《蒼月》にエナジーウィングを取り付けるなど改造すれば一機は相手になる。だが、とても二機を倒すのは性能を持たせるには、どんなに頑張っても不可能だった」

 

 

天才KMF(ナイトメアフレーム)技術者がいればそんな機体を開発できるかもしれないが、その天才三人は敵陣に所属してしまっている。

 

一応、KMF(ナイトメアフレーム)技術者はルルーシュ陣営にいるにはいた。嚮団に所属した頃に与えられた開発班。彼らはギアスの研究よりもKMF(ナイトメアフレーム)研究を専門としたチームだった。

 

嚮団が壊滅した後も、ライに、いや正確には自分たちが作り上げた《ランスロット・クラブ》についてきてくれたのだ。

 

だが、そんな彼らもあくまで技術者としての腕は一流を超えなかった。超一流の天才である三人にはどうしても届かなかった。

 

『ゼロレクイエム』の完遂には、どうしても第九世代に乗り込む彼女らが障害となり、更には“ダモクレス”も控えていた。

 

計画の為に、勝つために、どうしても第九世代二機を打ち破れる性能の、最強の機体を開発することが計画の完遂には必要不可欠だった

 

そのためにライは――かつて手に入れた禁断の技術に手を出した。

 

その技術こそが、

 

 

「“マッスルフレーミング”と“ギアス伝導回路”。――オカルト技術だよな。一体どこで手に入れたんだ?」

「それは僕の工作員時代の説明で詳しく話すよ」

 

 

開発班が資料を元に開発させたエナジーウィングを組み込み第九世代へと至った両機。

その両機に“マッスルフレーミング”とそれによって形成される“ギアス伝導回路”を組み込み、《蒼月堕天九極型》、《ランスロット・クラブ・ベルゼルガ》と最強を体現する機体が完成した。

 

 

ライはかつて《ランスロット・クラブ・ベルゼルガ》を眺め、目を細め、ふう、と吐息を一つついた。

 

次に横に視線を《蒼月堕天九極型》に向ける。

その目は、哀しみの色が湛えてあった。

 

 

「こいつには悪いことをした。まだ《月下・先行試作型》だった頃は、戦場を唯一の愛機として駆けまわっていた。だが《蒼月》としては初陣のみしか、それも刃を振るった相手は“黒の騎士団”。不名誉を背負わせてしまった」

 

 

更には、念のためとして“マッスルフレーミング”と“ギアス伝導回路”を組み込んだが、碌に活躍はさせていない。というか、初陣も迎えておらず、一度動力に火を入れ、僅かなテストのみしかしていないのだ。

 

ライは不憫な思いをさせ続けている《蒼月堕天九極型》から視線を戻し、ルルーシュへと向き直った。

 

そして再び語り始める。新たな戦いの記録を。

 

 

「刺客としての初任務は美術品の強盗だった……」

「ほう。今までに比べれば、随分と()()()任務じゃないか。だがなぜ、美術品なんだ?」

「何でも、美術品の多くにはギアスの紋章などが描かれた作品が多少なりともある。嚮団はそう言った作品を昔から回収してきた。近々、有名な美術館のある国が戦場になるからその中の美術品を避難させるところを奪ってこいって」

「有名な美術館か……。名はなんだ。心当たりがあるかもしれん」

 

 

アッシュフォードに在学中、ルルーシュはほぼ首位を独占していた。その中には当然、美術もあり自身がモデルとして描かれたこともあるなど、知識はある。

 

だが、自信あり気なルルーシュと違い、ライはやれやれと首を振って口を開いた。

 

 

「――エルミタージュ」

「……!」

 

 

ライが告げた美術館にルルーシュは息を呑んだ。

 

エルミタージュとは、サンクトペテルブルク市街の中心にあるエルミタージュ美術館のことである。その美術館にはダ・ヴィンチ、ラファエロ、ベラスケスにルノワールといった美術の鬼才、天才が残していった作品、18世紀半ば以降にコレクションされた様々な作品が収納されている。その価値は、まさに人類の宝と呼ぶにふさわしいものといえる。

 

だが――

 

 

「白ロシア戦線に決着がついた時期のサンクトペテルブルクと言えば、E.U.の部隊が立てこもりブリタニア相手に籠城戦を展開していたはずだ……」

 

 

そもそもサンクトペテルブルクは、ヨーロッパ北部最大級の大都市。バルト海に通じるフィンランド湾に面した港を擁し、E.U.にとって通商交易上の重要拠点なのはもちろん、軍事的要衝としてその価値は計り知れない。もちろんそれは、ブリタニアにとっても同じことであった。

 

 

「そう、また最前線送り。しかも、今度はただ目の前の敵を倒す単純なものじゃなく、美術品全てを奪ってこいだったから余計に神経を削ったよ」

 

 

サンクトペテルブルクを包囲したブリタニア軍が籠城したE.U.軍と衝突するまで一週間。その前に全ての美術品を盗まなくてはならず、ライは急いで現地に向かい任務を開始した。

 

幸いにもサンクトペテルブルクの近くには『遺跡』があり、随分と道をショートカットすることが出来た。

 

ライ自身の素性の誤魔化しは嚮団がやってくれた。流石はブリタニア帝国の上層に巣食う組織。ライは特務の人間とあっさり設定、認識させてくれた。行きと搬送と帰りの安全は保障されたのだ。

 

美術品を運ぶ為に嚮団から与えられた人手と共にエルミタージュ美術館に潜り込むと先客がいた。

 

先客の正体は、裕福な芸術愛好家達が国家・民族・主義主張の壁を超えて設立した、美術品を戦火から保護するための秘密組織だった。その組織は豊富な財力に物を言わせ、戦災で焼失する恐れのある美術品を片っ端から回収・保管するのだ。

 

組織はここ数週間に渡り、間近に迫ったブリタニア軍とE.U.軍との衝突からエルミタージュの収蔵品を守るため、精力的に活動してきた。が、彼らの予想よりも速くブリタニアの総攻撃が近いことを知り、収蔵品の搬出チームを送り込んだのだ。

 

ライは搬出チームに『収蔵品を遺跡まで持っていけ』とギアスをかけることで極短時間で美術品を奪取していったのだ。

 

 

「思ったより順調じゃないか。正直なところ、美術品を奪うために激しい戦闘があると予想していたんだが」

「あーうん。順調だったよ。けど、最後の最後でね……」

 

 

洗脳した搬出チームのお蔭で工作員としての初任務は、だいぶ楽をさせてもらった。

 

そして、最後の美術品専用の耐衝撃コンテナを運び込もうとした時、『敵』が現れた。

『敵』は(ナイト)(メア)(フレーム)“グラスゴー”と“サザーランド”のたった二機だった。

 

 

「ブリタニアとE.U.両軍が動き出すのにまだ時間はあったはず。余裕ぶって作業を遅らせるなんてお前はしないはずだから――その二機は傭兵か」

「噂では、傭兵業界にも美術品専門のチームがいるそうだからね。もしもの為に雇っておいたんだろう」

 

 

搬出チームには“異常なし”と告げるよう洗脳していたが、運び出されたはずの美術品が一つも届いていないのだ。何かあったとして戦力を送り込むぐらいはするだろう。

 

「だが、たった二機か。これまで“白ロシア戦線”を含めた修羅場をくぐり抜けたお前からすれば、取るに足らない数だろう?」

「……それが思いの外、苦戦しちゃって」

 

 

ライは苦笑を浮かべて、天を仰いだ。

 

 

「白い塗装が施された“グラスゴー”がね。動きというか反応というか、少なくとも旧式なんかじゃあり得ない機動をしていた。僚機の“サザーランド”はどうやらブリタニアから奪ってきたノーマル機、その動きを比べると徹底的にチューンナップされているって解るよ。まさかランスロット系列のパーツを組み込んだ僕の“サザーランド”と互角にやり合うなんて……。あれは“グラスゴー”じゃない。“グラスゴー”の皮を被った第七世代機だよ」

 

 

おまけに先端にドリルが付いたチェーン駆動四砲身ガトリング砲なんかを装備していたから最初は弾が切れるまで逃げ続けるしかなかった。

 

 

「更にパイロットの腕もいい。“サザーランド”の方は喧嘩殺法のような癖の強い戦い方だったから、正規の訓練を受けたパイロットじゃないね。けど、死線をくぐり慣れてる者特有の気配だから、パイロット歴は長いと思うよ。問題は“グラスゴー”のパイロット。機体が超一流ならパイロットも超一流だった」

「お前が言うのなら相当だな。――どれくらいだ?」

「ナイトオブラウンズ級だね。まさかあれ程の技量の持ち主が、傭兵としていたとは」

 

 

最初はガトリングの弾幕で逃げるしかなかったが、弾薬が切れてすぐに接近戦に持ち込んだ。そのまま(メーザー)(バイブレーション)(ソード)でパイロットは脱出されたが、“サザーランド”を撃破。返す刀で“グラスゴー”のガトリングを切断。

 

そのまま“グラスゴー”を追い詰めようとしたが、パイロットの本職は接近戦。ライの“サザーランド”が繰り出す剣技を躱し続け、カウンターの高周波ナイフを突き立てようとしたのだ。

 

コクピット目掛けて迫るカウンターにライは、白ロシア戦線では味わったことのない、蛮族に胴体を抉られかけた時の恐怖を思い出す程、肝を冷やしながら後退。

 

長物である(メーザー)(バイブレーション)(ソード)を持っていては高周波ナイフを相手取るのは難しいと判断し、剣を捨て拳を選択。組み込んだ第七世代パーツによって跳ね上がった出力で高周波ナイフを拳で破損と引き換えに受け止め、握ったマニピュレーターごと砕いた。

 

お互い武装はスラッシュハーケンのみとなったが、変わらず接近戦を継続。(ナイト)(メア)(フレーム)同士でお互い片手のマニピュレーターを損失しながらも殴り合いを行った。引かず、避けずの殴り合いを。そうしなければ目の前の強敵を討つ機会を逃すと確信して。

 

お互いの機体の装甲を破損させ、機体駆動が鈍ったのを見計らい、その生まれた隙に必殺のスラッシュハーケンをお互いに撃ち込もうとした。

 

あの時ライは“殺った”と確信したのと同時に“殺られた”と理解した。それはあの“グラスゴー”のパイロットも同じはずだ。

 

お互いの命を()るスラッシュハーケンが交錯した時、近くで爆発が起きて吹き飛ばされた。

 

爆発の正体は、ブリタニア軍がサンクトペテルブルク市内に立てこもるE.U.軍の兵士を眠らせないための砲撃だった。それが偶然、たまたま、近くに撃ち込まれたのだ。

 

爆発の衝撃でお互いの機体は、何とかランドスピナーで走れる有様だった為、これ以上の戦闘は無理と判断し、撤退。勝負は打ち切りになった。

 

 

「結果から見れば、美術品は全部そっちが回収したから勝ちだが……」

「だが?」

「閉まらん最後だ。どうせなら勝って見せろ」

「うう、面目ない」

「それにしても傭兵でお前とやり合える相手など――ピースマークの“一本角”ぐらいだと思ったがな。もし生きているなら黒の騎士団にスカウトとはいかなくとも協力関係を結んでいたかもしれない」

 

 

“一本角”――“紅蓮弐式”の試作機、“紅蓮壱式”のカスタマイズ機体“白炎”のことである。流石に実物を見たことはないが、その戦闘データは“蒼月”の開発に使われており、内臓データベースに詳細が載って拝見したことがある。

 

 

「ピースマークの“一本角”……戦ったことはあるよ」

「あるのか!?」

「うん。まあ、その話は追々。取りあえず、工作員として初任務が終わった後、休む暇もなく次の任務を言い渡されたよ」

 

 

次の任務は、地理的にも近いためかE.U.でスパイとして派遣されることとなった。無論、素性はE.U.出身、それも軍人としての偽装を施して。

 

“サザーランド”は置いていった。潜入するのに、敵地であるE.U.にブリタニア軍の(ナイト)(メア)(フレーム)を待機させる馬鹿はいない。

 

先の戦闘でボロボロになったのを機会に、提供された第七世代パーツを本格的に組み込もうと、技術班が張り切っていたので任せることにした。その機体こそが《ランスロット・クラブ》である。

 

目的はあるシステムの奪取。

 

その名前は(ブレイン)(レイド)(システム)

 

開発者はソフィ・ランドル博士。

 

複数の脳をネットワーク化することによってさらに大きなシナプスネットワークを構築することで複合知性を開発する、と研究費を得るため各所に提出したレポートには書かれている。

 

脳と脳の複合、つまりは意識同士の繋がりを可能とするシステム。

 

『ラグナレクの接続』、また研究の足しになるとV.V.と嚮団員たちは判断し、ライに(ブレイン)(レイド)(システム)の奪取とソフィ・ランドル博士とそのスタッフの拉致を命令されたのだ。

 

 

「ランドル博士はヴァイスボルフ城という基地にいた。僕はその補充兵として潜り込んだけど……早々、基地は大騒ぎになってたよ」

「…………」

 

 

スパイとしての活動を語るライとは対照的にルルーシュは硬直したまま、沈黙している。

 

 

「『方舟の船団』を名乗るテロリストが北海の発電所を爆破したネットで放送してね。まあ、結局はデマだったけど。しかし、酷い悪戯だよ。たった一つの映像だけで、国一つを崩壊寸前まで追い込んだんだ。悪辣ともいっていい」

「…………」

「そもそも政治主張が滅茶苦茶だった。無政府主義なのか教会復古主義主義なのか自然回帰主義なのか終末主義なのか……ってどうしたルルーシュ?さっきから黙っているけど。――水、いる?」

 

 

沈黙を続けるルルーシュにライは気遣うように声を掛けると――

 

 

「……俺だ」

「え?」

 

 

どこか引きつった顔でか細い声を出した。

 

 

「……俺なんだ」

「えーと何が?」

「……だから、その『方舟の船団』は俺なんだ……!」

 

 

臓腑から搾り出すような言葉を耳にしたライは、ネットで流されたムービーを思い出し、

 

 

「ゑっ?え。……あっ。あ、アアアアっ――!!??」

 

 

言葉を脳に届かせるのに一秒、その意味を理解するのに三秒、そしてそこから当時のルルーシュの状況を察するのに五秒かかった。

 

全てを理解し、察したことでまず思ったことは――。

 

――ルルーシュにとって屈辱の黒歴史でしかない!!

 

ルルーシュもシャルル皇帝によって洗脳されて、あんな謀略をさせられたのだ。プライドが高く、誇りも高い彼にとって当時のことを屈辱以上の何物でもない。

 

ライはこの話は速く終わらせた方がいいと直感し、

 

 

「でっでね!ヴァイスボルフ城の司令官は、『方舟の船団』がユーロ・ブリタニアの策であることを見抜いて方舟への強襲作戦を決断!けど、作戦中、黄金の(ナイト)(メア)(フレーム)が猛スピードで強襲を仕掛けてきて防壁で覆うことで間一髪で退けた!だけど、ヴァイスボルフ城の副司令官がユーロ・ブリタニアと内通してて降伏文書の作成を司令官に要請、交渉させようとしてた!けど、交渉は強襲作戦を行ってきた特殊部隊の帰還で中断!そのまま決戦が行われたのさ!」

 

 

早口で当時の自身近くで取り巻いた状況を簡潔に説明した。

 

口角沫を飛ばすように話続けた口内はカラカラに乾き、コーヒーで潤す。

そして、一息つき、

 

 

「僕はまあ、怪しまれないよう軍人らしく動いていた。対(ナイト)(メア)(フレーム)ライフルで突撃してくる相手を狙撃。それでもしヴァイスボルフ城が落ちるようならギアスを使って目的の物全てかっぱらっていこうとしたけど、司令官は停戦交渉を申し出て、城の人間は全員外へ避難。空っぽになった司令部でデータを全部コピーして、ついでに(ブレイン)(レイド)(システム)を搭載した機体――“アレクサンダ・リベルテ”を回収して任務を終了させた」

 

 

目的であるランドル博士とスタッフの拉致は出来なかったが、貯め込んだデータとシステムそのものを手に入れたのだ。

 

その成果にV.V.たちは概ね満足してくれた。

 

 

――けど……あれは一体何だったのだろう……?

 

 

実はライはヴァイスボルフ城で荒唐無稽な現象を三つ目にしているのだ。それはV.V.やC.C.――更にはルルーシュにすら話していない。

 

 

一つ目は、激しい戦闘を行う“ヴェルキンゲトリクス”と“アレクサンダ・リベルテ”が一時、消滅したこと。

 

 

二つ目、これが特に印象に残っている。

あれは、ヴァイスボルフ城に侵入を果たそうとしていたユーロ・ブリタニア兵士を迎撃していた頃だ。

 

ライは対(ナイト)(メア)(フレーム)ライフルを使って侵入者を排除。弾のリロードを行おうとすると突如、異常な感覚に襲われたのだ。その感覚は長かったような、短かったような、兎に角、異常な感覚に包まれたことは確かだ。

 

その感覚が解かれると、何と迎撃したはずの兵士が生き返っていたのだ。慌てて、再びライフルを向けたが、感覚に襲われたためリロードに遅れてしまった。だが、ライフルの弾数は兵士たちを殺害する前と同じ数に戻っていた。そして、そのまま彼らを再び殺した。

 

何故、彼らは生き返った?何故、弾が切れたはずのライフルに弾が戻っていた?

 

まるで、()()()()()()()()()()()()()――。

 

そして、弾の切れたライフルにリロードをしている最中、背後に視線を感じた。

 

振り向いた後ろにいたのは、暗闇の中でさえ陰ることのない美しさを持った女だった。だが、その姿にライは――果てしない恐怖を覚えた。

 

細胞全てが悲鳴を上げるようにして、構わず手に持ったライフルの銃口を女に向けた。

 

どうしてかは未だに分からない。女の正体すら分からないのに。ただ一つ言えることは、あの女は人間ではない。あの女に比べれば――C.C.やV.V.の方がまだまだ全然人間だ。

 

女は、凪のように冷たく、何の感情も映していない目で自分を暫く見つめ、ふっと消えた。停戦交渉の申し出が城に響いたのはそのすぐ直後だった。

 

最後は、“アレクサンダ・レッドオーガ”が突如、天に生まれた渦に吸い込まれ姿を消した後すぐに、再び生まれた渦から数機の“グロースター・ソードマン”を引き連れて戻ってきたことだ。

 

話した方がいいのか散々迷ったが、ライは生涯胸に秘めることにした。少なくとも、深く関わらない方がいいことに決まっているために。

 

 

そして、次々と与えられた任務を語っていった。

 

 

ルルーシュに匹敵するギアスの素質を持つとしてV.V.が“飼っていた”双子のブリタニア皇子、キャスタール・ルィ・ブリタニア、パラックス・ルィ・ブリタニアが反乱を企てようとしたため、行動を起こす前に完成した《ランスロット・クラブ》に搭乗し暗殺した。

 

 

「キャスタールとパラックスを殺したのか……?というよりパラックスは生きていたのか?」

「パラックスはキャスタールに殺されたって言われてるけど、本当はその高い素質を惜しんだV.V.に保護されていたんだ。けど、皇帝になろうとして皇族全員を殺そうと企んだから、僕に始末するように命令してきた。……何か試作型っぽいゲテモノ(ナイト)(メア)(フレーム)に乗り込む前に始末したけど……もしかして仲良かった?」

「いや、寧ろ感謝してるよ。あの鬼子はナナリーをカリーヌよりも苛めていた。許すに許せない奴らだったからな」

 

 

そして、次の任務は脱走した嚮団員の排除。

 

この嚮団員はかつてライをワイアード(つながりし者)と判断し、白ロシア戦線に送り込んだ人物だった。ワイアード(つながりし者)の研究が凍結されたため、その資料を持ち去って独自に研究を進めようとしたのだ。

 

ライはその嚮団員、かつてはシュナイゼル直属のバトレー将軍の部下、大佐として特殊名誉外人部隊を率いていた男。そして――眠りについていたライを発見した人物。

 

禿頭で両目に義眼をはめた男――マッドを数ヶ月かけて探し出した。

 

探し当てた研究室に突入し、目にした研究は――狂気に染まっていた。

 

“ワイアードギアス”の発動の見込があるワイアード(つながりし者)は、既にライしか存在しない。そのため、ライを()()()()としたのだ。

 

 

「増やすとは、どういうことだ?」

「簡単だ。僕の遺伝子を使って、人造ワイアードを作り上げようとしたんだ」

 

 

ライの顔が凄まじいまでの嫌悪に歪む。

 

マッドはクロヴィスが死亡し、バトレーが本国に移送された後、独自に研究を進め、ギアスの存在に辿り着いた。その実力を見込まれ嚮団にスカウトされた経緯を持つ。

 

研究を続け、“マッスルフレーミング”と“ギアス伝導回路”を完成させるなど、有能さを見せつけたがギアスの力に憑りつかれてしまった。

 

 

「マッドの研究が進んでいたと思うとゾッとするよ」

「遺伝子によって作り出す……。クローニングによる複製か、嚮団の資料に同じようなことが過去に何度か行っていた。なるほど、もう少し遅ければ『お前自身』か『子供』が生まれていたのか」

「ルルーシュ、そんなものは僕の子供でも、まして僕自身でもない」

「研究室で培養された細胞片だとでも?」

 

 

いや、

 

 

「もっとおぞましい『何か』だ。自分の複製を勝手に作られた。誰だってクローンなんか受け入れられないよ」

「そう……か。それでそのマッド大佐は始末出来たのか?」

「…………」

「ライ?」

「いや。殺そうと研究室に乗り込んで追い詰めたが、研究室を地下に隠してたサクラダイトで自爆しようとして。慌てて自爆から逃げ出したから、最後は見ていない」

「死体は確認したか……」

「研究室丸ごと吹っ飛んだんだよ。確認のしようがない。生きていれば……」

「生きていれば?」

「必ず――殺す」

 

 

崩壊した研究所のブラックボックスを秘密裏に回収し、それを解析して“マッスルフレーミング”と“ギアス伝導回路”の技術を手に入れたのが真相だ。

 

その後の任務はハンガリーに流れ込んできた、E.U.軍残党とブリタニア軍の掃討。

 

ハンガリーにはギアス遺跡があり、その場所を知られるわけにはいかないために《ランスロット・クラブ》の新装備をテストしながら遂行していった。

 

 

「この任務が一番穏やかだったと言えるかな。ハンガリーの田舎は牛や馬が沢山いてね。任務続きの日々を癒してくれた。けど」

「やっぱり何かあるのか」

「やっぱりって何さ。略奪を働くブリタニア軍を始末していると、《蒼月》のデータベースにあった“アマネセール”と《ランスロット・クラブ》のデータベースにある“アグラウェイン”って(ナイト)(メア)(フレーム)が襲い掛かってきた。一時戦闘状態になったが、略奪から守ったハンガリー民が仲介に入ってくれたお蔭で大事にならずに済んだよ」

 

 

次の任務は龍門石窟で戦闘を行う特殊隠密部隊“プルートーン”の援護。

 

その任務に当たる際、《ランスロット・クラブ》を改装、《ランスロット・クラブ・クリーナー》へと強化させ、出撃したが……。

 

 

「その任務は失敗に終わったよ。中隊規模の“プルートーン”は全滅。グリンダ騎士団とピースマークの“一本角”によってね……」

「ようやく出てきたな。ピースマークの“一本角”」

 

 

“プルートーン”が全滅した後、グリンダ騎士団とピースマークはライに襲い掛かった。

 

ライとしては任務失敗と判断して撤退しようとしたが、グリンダ騎士団とピースマーク、彼らの連携によって逃げるに逃げられず相手になった。

 

結果、《ランスロット・クラブ・クリーナー》を大破寸前のところまで追い込まれたが、“月下紫電”、“サザーランド・アイ”をパイロットは脱出されたが大破、“ゼットランド”、“ブラッドフォード”中破、“ランスロット・グレイル”、“烈火白炎”を小破させて撤退してやった。

 

改装したばかりの《ランスロット・クラブ・クリーナー》をボロボロにして帰ってきたため開発班は悲鳴を上げ、元々機嫌が悪く、任務失敗により腹を立てたV.V.に精神感応によるトラウマほじくりの罰を与えられた。

 

 

新しい任務はトウキョウ租界に送り込まれたジェレミアの監視。

 

彼のギアスキャンセラーで記憶を取り戻さないように、離れて任務を行っていた。

 

そのジェレミアを追う途中で少女――シャーリー・フェネットに話しかけられた。極秘に付けられたライの監視員はライが記憶を取り戻すのを防ぐため、シャーリーに発砲。理由も解らず激高したライは監視員を殺害。シャーリーに応急処置を施し病院へ。

 

 

「……本当に彼女には悪いことをした」

「ライ。言ったはずだぞ。お前がいなかったら、シャーリーはロロに殺されていた。お前がいたからこそ、彼女は今も生きているんだ」

「……うん。そう。そうだね」

 

 

監視員を殺害し、監視対象だったジェレミアを見失ったライは、もはや専属の開発班になった彼らと合流、嚮団と連絡を計った。

 

丁度、その頃、ルルーシュ=ゼロによる嚮団殲滅作戦が行われているのも知らずに。

 

連絡がつくまでエリア11に待機していたライに嚮団が壊滅したこと、V.V.が死んだことを伝えたのは、シャルル皇帝だった。

 

 

「その後は、知っての通りだ」

「お前は第二次トウキョウ決戦に参加し、ジェレミアのギアスキャンセラーで記憶を取り戻すもそのショックで気絶した」

「それも『フレイヤ』が爆発した頃にね。《ランスロット・クラブ・クリーナー》から脱出しても、もう少しで巻き込まれそうになったところをカレンが助けてくれた。そして、記憶を取り戻し黒の騎士団に帰ってきた時には、君は――いなかった」

 

 

そのことに気付いたライは、カレンたちの制止を振り切り、追放されたルルーシュと合流。共に『ラグナレクの接続』を阻止。シャルル皇帝とマリアンヌを抹殺した。

 

そして、ルルーシュは第九十九代皇帝となり、ライは“ナイトオブゼロ”となり、シュナイゼルのダモクレスを制圧、超合衆国もその手に収めた。

 

ライはルルーシュに歯向かう存在を一切合切容赦なく抹殺していき、最終決戦から一ヶ月後、病によって亡くなった、と表向きにはそう発表されたのだ。

 

長い長い少年二人の会話はとうとう終わりを迎えた。

 

既に時計の短針は五時を指し、ピザは全て平らげられていた。

 

 

「ライ」

「なんだい?」

「――楽しいな」

 

 

短い呟きだった。ポツリという例えが相応しい、しかし、万感の思いが詰まった呟きだった。

 

 

「こうして何の気兼ねもなく、世界のことも考えることもなく、一個人として生きることがとても楽しい」

 

 

ふふっ、小さな笑い声を出し、

 

 

「それにその楽しさを共有できる親友にも出会えた。楽しさだけではない、喜びも怒りも苦しみも俺たち一緒に味わっていった」

 

 

だが、

 

「それももう終わりだ」

 

 

名残惜しかった。

もっと続けていたかった。

この一時を味わい尽くしたかった。

 

けれど、もう終わり。

ルルーシュとライは、ただの十代ではないのだ。世界を手に入れ、破壊尽くした意思と願いと責任がある。それらが彼らを十代の少年から『世界を動かす者』へと切り替えさて行く。

 

もう終わった。終わってしまったのだ。少年たちが他愛もなく話せる時間は。

楽しく温かい(ドリーム)から覚め、厳しく冷たい現実(リアル)へと向き合う時だ。

 

ルルーシュはふっと息を吐き、懐からマイクロチップを取り出し、ライへと渡した。

 

 

「……これは?」

「俺の、いや“ゼロ”の活動記録だ。2017年と2018年の活動内容が全てそれに詰まっている。“ゼロ”が自分の行ったことを知らなければ話にならないだろ?」

 

 

ルルーシュの言葉にライは答えない。ただ沈黙して、マイクロチップを見つめていた。

 

ルルーシュはピザの空き箱を重ね、空いた机の上のスペースに、足元に置いてあったトランクケースを乗せた。

 

 

「……」

 

 

開け口を向けられたライは、黙って留め金を外し、開けた。中に収められていた物を見て、予想していたとはいえ無意識に唾を飲み込んだ。

 

ライトの光を浴びて鈍く輝く、一個の闇色の仮面。濃い紫の衣服。漆黒のマント。

おそらくそれらの備品を見た者は、誰もが既知を感じるだろう。これらを纏った人物は常に驚きの的であった。『正義』の名のもとに、数々の奇跡を成し遂げた英雄/魔人。

 

ライがトランクを開けた時から沈黙がしばらく続いた。チェスをしていた時のような重量のある沈黙ではない、静かでどこか哀しみを覚えさせる雰囲気を持った沈黙だった。

 

ライがゆっくりとトランクに収められた仮面を取り出し撫で、仮面に移る自分の表情を見つめる。悔いと恨みの面構えだった。来るべき時が来てしまった。時間の残酷さを恨む表情。

 

やがて、ルルーシュが口を開いた。

 

 

「ライ。計画通り、お前が俺を殺せ」

 

 

その言葉にライは一瞬体をビクッと震わせ、それでも、平静の装いをした狂おしいばかりの感情を秘めた声で問い返した。

 

 

「やるのか。どうしても」

 

 

ルルーシュはああ、と頷いた。

 

 

「予定通り、世界の憎しみはいま、この俺に集まっている。フレイヤは俺とお前が秘密裏に()()()()()()()全て処理した。ダモクレスはマドリードにいるマリーベル……彼女に管理させた。俺と同じ思惑を抱いている彼女のことだ。自身の幕引きとダモクレスの処分も想定しているだろう。後は俺が消えることで、この憎しみの連鎖を断ち切るだけだ」

「…………」

「黒の騎士団には、ゼロという伝説が残っている。シュナイゼルもゼロに仕える。これで世界は軍事力ではなく、話し合いという一つのテーブルにつくことが出来る」

「それが――」

「ゼロレクイエム」

「“Cの世界”で僕らは知った。人々が明日を望んでいることを」

「ああ。――なあ、ライ。ギアスとは個人の願いがその形になって表れるものだ。だが、必ずしも個人の願いだけがその形の真実でもない。そう思わないか?」

 

 

ライは一瞬、キョトンとした顔になったが、その意味を理解してゆっくりと頷いた。

 

ルルーシュはそれに笑って言葉を続けた。

 

 

「自分の力だけでは成し遂げられないことを誰かに求める――」

「願い、だね……」

「そうだ。俺は多くの人々の、ギアスという名の願いにかかろう。世界の明日のために」

 

 

そこで、ルルーシュは己の両目にそっと手を当てた。ライも同じように己の喉に手を当てる。彼らはそこに宿る力で多くの意思を踏みにじってきた。多くの人間をもてあそんできた。

 

 

故に――

 

 

「「撃っていいのは……撃たれる覚悟のあるやつだけだ」」

 

 

二人の口から同じ言葉が地下空間に響く。

 

暫くして、満足そうに頷いたルルーシュは椅子から立ち上がった。

 

 

「……行くのかい?」

「ああ、何せ来週には愚かにも俺たちに反逆した者ども――スザク、ナナリー、シュナイゼル、黒の騎士団どもを処刑しなければならないからな。盛大なパレードにするつもりだ。“死んでいる”お前と違って忙しいんだよ、俺は」

「……警備は頑丈にした方がいい。現場担当者はジェレミア卿に。(ナイト)(メア)(フレーム)は最低でも一個中隊は用意するべきだ」

「ああ、無論そうするつもりだ。それらをくぐり抜けて俺を殺せば、そいつは奇跡の体現者。英雄、救世主と呼ばれるな」

 

 

ルルーシュはライへと右手を差し出した。

 

ライはその手を握り返して握手する。

 

 

「――ありがとう、ライ。お前がいたからこそ俺はここまで来れた」

 

 

口にしたのはライにとっての最高の賞賛。

 

ライはその賞賛を真正面から受け止め、

 

 

「ルルーシュ。感謝するのは僕の方だよ。記憶を封印されて、何度も死に瀕した時、ふっと頭に浮かんだんだ。顔も分からない誰か……僕に手を指し伸べてくれて、友達だと言ってくれた人がいたと。その人のために僕はまだ死ねないって、何度も奮い立たせてくれたんだ」

 

 

――君のお蔭で僕は生き延びることが出来たんだ。

 

 

口には出さず、伝えるようにその手を強く握った。

 

そして、握手してから二分ほどが経過し、

 

 

「ライ…放せ……」

 

 

ルルーシュが呟くように頼む。だが、それでもライはルルーシュの手を放そうとしなかった。腕力はルルーシュよりライの方が圧倒的に強い。一度は手に力を籠めて振り解こうとしたが、ライは放さなかった。

 

 

――行かないでくれ、行かないでくれ。

 

 

そう、手の感触から痛いほど気持ちが伝わってくる。

 

ライは計画に理解を示してくれている。そうでなければ八千万の人間を共に殺したりなどしない。だが、最後のルルーシュの死については――まだ拒否があるのだ。

 

故に、ルルーシュは仕方がなさそうに微笑んだ後、目を閉じた。握られる手をまた強く握り、開けられた目には覇者としての鋭い眼光が迸っていた。

 

そして、ライへと威厳を籠めた――残酷な言葉を口にした。

 

 

「……無礼だろう。我が騎士、“ナイトオブゼロ”ライよ」

 

 

途端にライの手から力が抜けた。力強く放さんと握っていたルルーシュの手は解放される。

ライの右手は胸に付け、片膝を床につけて頭を深く垂れた。形作った姿勢は全ての騎士の手本となるような一部の隙もない臣下の礼。

 

これでいい。ここから先の言葉を向き合って話すのは、ライにとって酷すぎる。

 

 

「我が騎士、ライよ」

「はっ」

 

 

腹の底から力を入れた、張りを持った声がライの喉から絞られる。

 

ルルーシュは堂々と、この最高最強の騎士が仕えるべき主君として、そして何よりこんな自分を支え続けてくれた親友のために一世一代の王の演出を振舞った。

 

臣下の礼を維持するライの肩が微かに震える。

 

――やめろ、やめてくれ。聞きたくない。

 

と、主張しているように見えた。

 

その親友の姿を目に収めたルルーシュは告げた。

 

 

「俺を――殺せ」

 

 

――消えていった命の為にも。ここまで歩んできた道のりの為にも。多くの許されない罪の為にも。それら全てがお前の手にかかっているんだ。

 

地下空間に静寂が満ちる。ルルーシュは待った。

 

そして、

 

 

「――イエス、ユア・マジェスティ」

 

 

頭を下げたままのライに背を向け、出口に向かう。出口の扉の前で一度だけ止まり、首だけ後ろを向けば、ライは未だに礼の姿勢のままだった。

 

その姿に年相応の微笑みを浮かべ、

 

 

「――さらばだ、ライ。後は託した」

 

 

数歩の足音がして、扉が開き、そして、閉まる。シュンという機械的な無機質な音。

 

それでルルーシュの気配は完全に消えた。

 

広大な地下空間に残されたのはライただ一人だけ。

 

礼は未だに解いておらず、頭を俯かせたまま。

 

その顔からはハラハラと涙が零れていた。とめどなく溢れる涙をライは拭おうともせず、ただただ零す。

 

 

――もう、彼のことで涙を流すことも許されないから。

 

 

一週間後、ライはルルーシュを“魔王”として殺す。

 

そこからはもう、彼のことを一生『悪』として扱わなければならない。彼のことを思って泣くことすらできなくなるのだ。

 

だから、せめて今だけ彼のことを思って泣き続けよう。涙腺が枯れ果てるまで。ずっと、ずっと。

 

そうして、銀髪の少年は涙を流し続けた。

 

間違っている世界を破壊し、再生しようとした偉大なる“魔王”のことを思って――。

 




・『つながりし者(ワイアード)

元ネタは『ナイトメア・オブ・ナナリー』。

契約なしにエデンバイタルにアクセスし、ギアスを行使する者。魔王の素質を持つ者。契約に縛られるギアスとは違い神にも匹敵する力を持つ。

と、元ネタの『ナイトメア・オブ・ナナリー』では設定されています。


独自解釈を加えたこの作品の『つながりし者(ワイアード)』の設定を。


集合無意識である“Cの世界”と“時空の管理者”(亡国に出て来る謎の存在、意識の集合体らしい)と呼ばれる『神』と『神』が、人間の意識の停滞を防ぐため、人間に強力なギアスの因子を埋め込んだ限りなく“自分たち”に近い存在。

意識の集合体である『神』は人間の意識がなければ存在出来ない。だが、ただ生きていればいいのではなく、感情や意思を持って生きること――つまりは人間の意識をより活性化させることで冷えて、停滞し死滅することを防げるのである。

多くの『つながりし者(ワイアード)』は戦乱が多発する世を生き抜くことで生命力を溢れさせ、『超能力』である“ワイアードギアス”に目覚めた。だが、因子が強力過ぎたために能力者の精神を食い潰し『暴走』――凶暴極まりない獣になる例が出始める。

『神』と『神』――特に“時空の管理者”は、『暴走』していく『つながりし者(ワイアード)』たちに強い危機感を持った。

全てを破壊に導きかねない、いや、自分たち『神』の領域に踏み込み、自分たちを滅ぼせる“ワイアードギアス”を持った者すら現れ始めたのだから。

結果、『つながりし者(ワイアード)』の排除の方向へ進めるが、物理的な干渉は出来ないため一部の人間、当時の権力者に接触して間接的に行わせた。

ちなみにこの一部の人間が、『亡国』のジーン・スマイラスの先祖、シン、アキト兄弟の先祖である。

まだ『暴走』していない『つながりし者(ワイアード)』たちは排除されることを恐れた。彼らは生き延びるために自身の力と素性を隠し、世界中に散らばり他民族と血を混ぜ合わせ、『つながりし者(ワイアード)』としての血を薄めていった。

それが後のブリタニア皇族や日本皇族といったギアスの因子を持つ者の原点である。

つながりし者(ワイアード)』の脅威が消えたことで、“Cの世界”と“時空の管理者”は一安心。今度は同じ轍を踏まないように催眠術レベルであるギアスを、それを発現させるための『コードユーザー』を作り出した。


――というとんでも設定にしてしまいました。


この設定上、ルルーシュやナナリー、ブリタニア皇族は全員『つながりし者(ワイアード)』の末裔です。しかし、“ワイアードギアス”を発動させるには、血も薄いこともあって気の遠くなるような修練と経験が必要です。

最も修羅場を潜っているルルーシュでも、覚醒するのに百を必要とするなら、多く見積もって五しかありません。

ライは、古代の日本皇族とブリタニア皇族との間に生まれて『つながりし者(ワイアード)』の血を濃く持っていること、母親から虐待同然の鍛錬を始めとして多くの修羅場をくぐり抜けたことから、『R2』最終話で九十後半といったところ。

因みにライの怨敵である蛮族も祖先が『つながりし者(ワイアード)』。原始人同然の生活をしたことで、先祖返りを果たしたのです。血の弊害からか“ワイアードギアス”の発動はしていませんが、“時空の管理者”が恐れた凶暴性を発揮していました。

なお、“神装機竜”の世界にも末裔はいます。


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if
IF 多頭の悪竜 上


主「エイプリルフール。今年も、型●やア●ジュが面白い嘘企画をやるのかなぁ……」
友「そっちも試しに何かやってみれば?せっかく小説投稿してるんだし。ほら、あれ。作品投稿する前に見せてくれた今のとはだいぶ違うやつ。あれ投稿して見たらどう?」
主「あぁ、あれか。書いてみたんだけど途中、ライが主人公でなくてもよくない?って思えるぐらいギアス要素薄いし、パソコンのデータが吹っ飛んだのが止めになってね」
友「あっ、そうなの。ならこっちがコピーしたやつ渡そうか?」
主「えっ、ちょっとどういうこと。コピーってなんで?」
友「あ~ほら、前に遊びに行った時、そっち寝ちゃったじゃん?パソコン起ちっぱで。そん時、ため込んでたSS拝見させてもらったのよ。そんで、面白そうな奴をUSBでコピーさせてもらったってわけ」
主「言いたいことは沢山あるけど、今すぐ返せ。そして消せ」
友「返してもいいけど、エイプリルフールに投稿してくれない?」
主「無茶いうなっ!その時の執筆分、設定と台詞ぐらいしか書いてないのは解っているでしょ?」
友「うん。だから、それを今すぐ加筆、修正してもらいたいの」
主「だから、無茶をいうな、無茶を。エイプリルフールまでもう三日もないのに」
友「惑わされるな」
主「時間がないの、時間が。バイトとか色々」
友「惑わされるな」
主「何それ?某完璧超人始祖の真似?」
友「惑わされるなと言っておるーッ!」
主「ゲーッ!解った、やってやる、やってやるよ!」

なわけでエイプリルフール作品どうぞ!



薄闇の中、濃く覆いしげる樹木に、ろくに耕されていない様子の荒れ地。森を抜ける道はおそらくは獣道以外は存在していないだろう。人の手がまったく入っていない天然の自然がそこに拡がっている―――はずだった。

今、その自然には光がともっていた。自然が作り出すにはあり得ない人工的な光がぽつぽつと存在している。

 

 

「彼らも苦労するわね。こんな辺鄙な場所をこそこそと進まなければいけないのだから」

 

 

森を見下ろすことができる崖の上に一つの集団がいた。数は約百人ほど。眼下にあるその異物が紛れ込んでいる自然を見下ろしながら、タイツのような身体にフィットする服を身につけた少女が小さくつぶやいた。

 

年齢は十代前半。背はまだ低く、身体の凹凸(おうとつ)も少ない。腰につけられた一振りの剣が少女の雰囲気にアンバランスさをだしていた。だが、宝石のように輝く青い瞳と肩口でそろえた髪が夜中でもブロンドを輝かせて、整った顔を美しくしていた。

 

 

「こういうのもなんだけど……もっと良策があったんじゃないのかしら。そこら辺はどう思う?」

「この森を突破することが出来れば帝国陣営は目と鼻の先。愚鈍極まりない帝国軍の愚図どもが彼らの襲撃を受ければ、壊滅は必至。策としては理に適っている」

 

 

声の方向に向けば、異形の鉄の塊が目に入る。人を二回りほど大きくしたような姿は人の形をした竜だ。その竜を一人の男が各部を点検していた。

 

その竜は装甲機竜(ドラグライド)陸戦機竜(ワイアーム)……と言えばいいのか。いや、元になった機竜は陸戦機竜(ワイアーム)なのだが、男が点検している機竜は最早別物といってよかった。元々、持っていた優雅さは毒毒しさを感じさせる紫の分厚い装甲をまとったボディ、短く太くさせられた脚部、頭部の赤く輝く巨大な単眼、そして何より目を引くであろう本来左腕があるはずの部分に存在する砲によりかき消されていた。

 

その名は――《ワイアーム・カノーネ》。

ベースとなった《エクス・ワイアーム》を砲撃戦に極限まで魔改造した機竜だ。

 

―――こんなゲテモノよく作ったものね……。

 

少女の問いに重々しい声でそう述べたのは、すぐそばに立っていた機竜と同じ紫の短髪を持った大柄な男だった。声だけでなく、少女と同じ身体に張り付いているようなデザインの服装で包まれているがっしりとした体といかつい顔つきを見れば誰もが男を生粋の武人と感じるはずだ。しかし、この男に与えられている役職を知れば誰もが驚くだろう。

男の言葉に少女は少々眉をよせた。

 

 

「……貴方、味方に対して酷いこというわね」

「愚図を愚図といってなにが悪い」

「いえ……もうちょっとオブラートに……」

「事実だ」

 

 

男はその言葉で会話を打ち切り、機竜の調整に戻った。少女は内心でしまったと感じた。この男は物事に集中すると途端に話しかけにくくなる。身体中から話しかけるなとオーラがあふれ出すのだ。つまり、他にも聞きたいことがあったのだがその機を逃がしてしまった。

 

少女が悩む中、その時―――

 

 

「彼らが正面からの攻撃を避けたのは簡単だ。私たちがこの地にきたからだ」

 

 

現れたのは銀の髪を持った少年。

年齢は少女と同じほど。背は高く、顔の造形は端麗で、豪奢な外套の下にある肉体は贅肉など存在せず無駄がない。それだけなら、人は少年を鍛えた美少年と評価するだろう。

 

だが、少年をその評価から一線を凌駕している物がある。

存在感。

雰囲気には余裕があり、体躯からは気品を漂わせ、人ひとりが持つ存在感の密度の桁を外れさせている。彼は紛れもなく人を魅せる王者の素質を携えていた。

 

 

「ライ殿下!」

 

 

はつらつとした声をあげて少女――リフィル・バルザックは少年に走り寄っていった。

 

ライ・アーカディア。

長い歴史を持つ帝国の王の血を引く者。本来、帝都の王宮にいるべきだろう少年は光る森に指を指した。

 

 

「どうやら私たちがこの地に来ることを知り、正面からの衝突を避けるためにこんなルートを選んだみたいだ。相手方はずいぶんと過大評価をしてくれる。嬉しいことだ」

 

 

少年の口が酷悦に満ちた三日月に歪む。

自分たちの存在に気付き、正面から戦うことを避けて奇襲をかけようとした相手。その相手に自分たちが奇襲を仕掛けようとしているのだ。戦う者としては愉快なことである。

 

 

「小僧。策は練りあがったのか?」

「もちろんだ、グレド。といってもいつも通りなんだがな」

 

 

カノーネの調整をしていた男、グレド・バックスはフンと鼻を鳴らして調整に戻った。彼の言葉遣いは一国の皇子に向けるものではない。だが、ライは訂正を要求することはなかった。

 

 

「後はイカレ女を待つだけ「来ているぞ」……えっ!?」

 

 

リフィルが驚きの声をあげると背後に独特な形状を持つ一機の装甲機竜(ドラグライド)が立っていた。

刃の如く鋭い形状と、腰回りを覆う奇妙な機械の(リング)――そして、両足から後方へと伸びた、二つの補助脚。装甲の構成自体は、汎用機竜の《ドレイク》に似ているが、そこから放たれる竜の威容は、《ワイアーム・カノーネ》を凌駕していた。

 

その機竜――神装機竜《夜刀ノ神》を操っている艶やかな黒髪の少女はライに恭しく頭を下げた。

 

 

「ご報告申し上げます、ライ皇子殿下。敵陣営の偵察、無事終了いたしました」

「ご苦労だった、切姫夜架。すぐにその情報を《ワイアーム・カノーネ》隊に。送り次第、すぐに攻撃を始める」

「承知いたしました」

 

 

一部の隙もない、完璧な主従のやり取りを見せて、夜架は《ワイアーム・カノーネ》に近づいていく。その背中にリフィルが突っかかった。

 

 

「ちょっと、切姫!いきなり後ろに立たないで、驚くじゃない!」

「あら、申し訳ございません。なにせ、とても戦地にいるとは思えない隙だらけの背中だったもので。暗殺者としての癖でつい立ってしまいました」

 

 

くすくすと花のように笑う口からは、リフィルの油断を示す発言が紡がれる。その言葉にリフィルは唸った。彼女の言っていることが事実であったから。まだ敵と交戦していないとはいえ、気を引き締めていなかった自分に咎があると――

 

 

「とても騎士あるまじき姿でしたわ。そんなもので殿下の剣と盾と誇れましょうかね?」

 

 

その言葉にリフィルは腰に備えていた機攻殻剣(ソード・デバイス)に触れて、一撃を夜架目掛けて放っていた。ただの一撃ではない。触れた瞬間に現れた半身を覆う装甲と機械の片腕が繰り出す長剣の振り下ろし。

 

無詠唱の高速機竜召喚に、部分接続から為される速攻。

常識ならば、ほぼ不可能な難易度の機竜操作術をリフィルは行っていた。それを味方に繰り出す光景に、待機していた集団が唖然とし、グレドは眼中にないとばかりに機竜の調律を続け、ライはただじっと見ていた。

 

突然の攻撃に夜架は、焦りも声も出すことなく《夜刀ノ神》を操作して、軽やかに避ける。

リフィルの振り下ろしは地面すれすれまでに届き、かわした夜架を無表情、しかし目には鬼火めいた光を灯している。

 

 

「――切姫夜架。先ほどの台詞は私に対する宣戦布告と判断したが、相違ないか?」

「ご挨拶ですわね。先に手をかけてきて、その言い草はありませんわよ」

 

 

と夜架は、《夜刀ノ神》の機竜牙剣(ブレード)を召喚して構える。その剣は主の戦意を表現するように月光で妖しく輝いた。

 

そんな相手のプレッシャーなど知ったことかと、リフィルは機竜の残りを召喚しようとする。召喚すれば、今にも噴き出しそうな爆発力を持って夜架に飛び掛かることは、この場にいる誰もが理解した。

 

一触即発の空気の中、集団は戸惑いながらも眺め、グレドは相も変わらず雑事には興味なく、ライは――

 

 

「――やめろ」

 

 

重く、力が乗せられた言葉を吐いた。それだけ、たったそれだけで一触即発の空気は、重力が倍になったかのような重苦しい空気に飲み込まれた。集団はそれだけで今までの緊張も吹き飛び、姿勢を直立にした。変わらないのは、グレドただ一人。

 

言葉が吐き出された直後、一触即発の渦中だった二人は機竜から降り、膝をついて垂れた頭を差し出した。

 

夜架は粛々と一心の乱れのない動きによる姿勢。

リフィルは焦りからの動きで、まるで叱られるのを恐れる子犬の姿。

 

対照的な二人の少女に跪かれて、ライはただ冷たい目で見ていた。

 

 

「夜架。今から戦闘を行う最中に、隊の結束を乱す発言は慎め。戦闘とは神速を持って行う物。今、こうする時間すらも時間を削り、無駄を積み重ねていることを理解しろ」

「申し訳ございません。せめてものの謝意として、この首を――」

「――言ったはずだぞ。無駄なことをさせるな。貴様の首を刎ねる労力、その後の処理、貴様の死で失われる偵察情報と貴様自身の戦力。それがこれからの戦闘にどれだけ影響するか分からないはずないだろう」

 

 

一息。

 

 

「貴様は必要な存在だ。自分の行いを悔い改めたいのならば、その行いを清算する働きを見せろ」

「――承知いたしました」

 

 

先ほどの返事とは違う。微かな熱が込められた返事をした夜架は、《夜刀ノ神》を纏い、《ワイアーム・カノーネ》に寄せる。肩口の機械からコードを伸ばして接続していく。直後、《ワイアーム・カノーネ》の頭上に光の文字列が浮かび上がる。

 

 

「どうぞ」

「…………」

 

 

夜架の言葉にグレドは無言で、差し出される情報を自身の《ワイアーム・カノーネ》と調律する作業に没頭する。

情報を渡し終えると、夜架は頷きだけをし、コードを引き抜いて、他の《ワイアーム・カノーネ》に同じ作業を行っていく。

 

その姿にライは軽く頷いて、未だに頭を垂れるリフィルへと視線を移した。

 

 

「――リフィル」

「……ッ!」

 

 

名を呼ばれただけでリフィルの身体が大きく震えた。そんな姿を無視してライは続ける。

 

 

「君は言ったな、私の騎士を目指すと。君の目指す騎士とは、激情から仲間を討つ不忠者のことなのか?」

「いっ……いいえっ!決してそのような――」

「君が私に忠誠心を抱くのは大いに結構だ。だが、自らの意思を抑えることなく行動し、主の妨げになるのは忠誠ではない。ただ自分に酔っているだけだ」

「……ッ!?」

「どうなのだ。君は真に忠誠を捧げて私の騎士になりたいのか?それとも、自身が勝手に抱いた忠誠に酔って、その姿に浸りたいのか?――答えろ」

 

 

鉄拳の如き重みを帯びた言葉にリフィルは、もう一度身体を大きく震わせた。しかし、それは恐怖ではない。彼女の中にあるスイッチが切り替わったことを示していた。

顔を上げたリフィルは、

 

 

「――私は騎士です。今はまだ未熟な身ですが、いずれは殿下の御身を守護出来る心身に必ず辿り着きます。そのためにどうか、どうか先ほどの汚名を返上する機会をお与え下さい」

 

 

浮かんでいた鬼火も怯えも消え、ただ曇りも淀みもない目をライに向けた。

視線を正面から受け止めたライは、光がぽつぽつと灯っている森に指を指した。

 

 

「――先陣だ。その返上の機会として戦場の誉れをくれてやる。しかし、下がることも退くことも許さん。ただ、猛進して敵を打ち砕くことで私に捧げる忠義とやらを証明してみせろ」

 

 

戦場の誉れである先陣。しかし、少年の言葉に含まれていたものは、生還よりもただ敵の殲滅を望んでいた。ある者ならば、その言葉に悲嘆するだろう。また、ある者ならば、その言葉に自暴自棄になるだろう。

 

命令を突きつけられたリフィルは――

 

 

「御身の名において必ずや――っ!」

 

 

自信と喜びに満ちた言葉で返礼をした。

 

 

「そうか、期待しよう。リフィル、言った通りに先陣を任せる。目移りをするな。ただ進み敵陣へと喰らいつけ。もし、それを忘れ羽虫の駆除に没頭するようなら吹き飛ばしてやる」

 

 

とライは《ワイアーム・カノーネ》の砲腕を視線で示した。

その姿に周囲の者たちが息を呑んだ。ライと使い手であるグレドの性格、カノーネの破壊力を知っている者は、その『もしも』のことを想像して顔を青ざめた。

 

 

「俺たち……生きて帰れるかな……」

「敵にやられるならともかく……味方にやられたないよな」

「しかも、とばっちりよ。死に方としては最悪の部類に入るわね」

 

 

ぼそぼそと、しかし聞こえる音で団員たちの声が響く。

 

 

「大丈夫よ。前回みたいに囮に釣れられたりなんか、もうしないから」

『……わかりました』

 

 

真剣な表情のリフィルに答えた全員の心は一つだった。

『信用はしよう。しかしもしもの時は、放置しよう』―――と。

 

 

ライは自然の中に灯る光を見下ろす。

そこに敵がいる。自分たちが滅ぼす敵がいる。

これから奇襲をかけようというのにライは、感情を露わにしなかった。恐怖もない、情けもない、喜びもない。ただ、迫りくる敵を討ち滅ぼす覚悟に染まっていた。

少年の身体から溢れ出る覚悟に、集団も、リフィルも、夜架も感化されたようにただ静かになった。これから来る主の命をただ待った。

 

そんな中、変わらず《ワイアーム・カノーネ》の調律を行っていたグレドの手が止まり、ポツリと呟いた。

 

 

「――完了だ」

 

 

その言葉にライが吼えた。

 

 

「よし!全ての準備は整った!」

 

 

肩に引っかけた外套を脱ぎ捨て、腰にかけた機攻殻剣(ソードデバイス)を鞘から抜き放つ。無数の銀線が走る剣が天へと突きつけられる。それが開幕のベルとなり、部下たちも機攻殻剣(ソードデバイス)を抜くことで応える。

 

 

「これより我ら竜人甲兵(ドラグノイド)は、共和国軍に対して奇襲を敢行する。作戦通りにリフィル率いる《ワイアーム》部隊は敵陣に突撃。空については案ずるな、全て私に任せろ!誉れの先陣をくれてやるんだ。その剣と槍で敵を粉砕しろ!」

「了解!」

 

 

少女、リフィル・バルザックが応えるとその背後に異形の影が浮かび上がる。影に無数の淡い光が集まり、機竜を実体として召喚させた。本来、機竜を召喚するには、パスコードである詠唱符が必要。しかし、リフィルは唱えずに機竜を召喚した。それだけでこの少女が超一級のドラグナイトである証明だ。

 

 

接続(コネクト)開始(オン)

 

 

機竜が開く。展開された無数のパーツがリフィルを包み、高速で連結する。人と竜が一つになった。

 

リフィルの操る機竜は《エクス・ワイアーム》のカスタム機。分厚い装甲を持つ部分は《ワイアーム・カノーネ》と共通だが、決して外見を損ねていない。鋼を機動の邪魔にならないように組み合わせた姿は、装甲機竜(ドラグライド)の登場で廃れた騎士の甲冑のそれだ。

 

右手には基本装備の機竜牙剣(ブレード)よりも長く太い長剣。左手にはその体を超える大きさのタワーシールドが装備され、騎士らしさをより強めていた。

その『騎士らしさ』からリフィルは《ワイアーム・リヒター》と名付けた。

 

 

「小娘。望み通りに遠距離火器は全て取り外した。そのエネルギーは出力に回してある。結果として、制御力が神装機竜並みとなったが猪娘にそんな心配はないだろう」

「いってくれるわね……」

 

 

グレドの声に機竜の軽い操作をしながらリフィルは答えた。操作に応えたリヒターの挙動は軽い動作でありながら、その壊れんばかりのパワーが見え隠れしている。

 

―――素晴らしい。

リヒターの性能にリフィルは笑みを零した。

この男はいかにも武人の容姿をしているが役職は装甲機竜(ドラグライド)の技術者だ。性格に難がありすぎるが、仕事は必要な分を行ってくれるためその部分だけは信頼している。

 

 

「作戦目的は殲滅!一人たりとも逃すな!戦場を切り開くのは、《ワイアーム・カノーネ》だ!グレド、夜架から送られた座標に向けて撃ち込め!」

「了解」

 

 

淡々とした声が返ってきた。と同時に、《ワイアーム・カノーネ》も動いた。改造され、砲と生まれ変わった左腕が構えられる。機竜使い(ドラグナイト)の操作により、脚部と背中に付け加えられた杭打ち機(パイル)が地面に突き刺さり、巨体を固定させる。

 

砲口から唐突に光が生まれる。

一度だけ、ライの深呼吸が聞こえた。

そして―――

 

 

「放てっ!!!」

 

 

機攻殻剣(ソードデバイス)を振りおろし叫ぶと同時に砲撃が打ち出された。

甲高い砲声が轟き、超高出力のエネルギー弾が音速を超えて遥かな標的に向かっていく。

 

次にリフィルが雄叫びを挙げながら突撃する。団員たちもそれに呼応して腹の底から声を振り絞り突撃した。

戦いが……始まった。

 

 

 

◇――――――

 

 

 

共和国軍に所属するナックにとってそれは青天の霹靂だった。

明日に繰り広げるだろう帝国軍の奇襲のために英気を養おうとしたら、突如、自身の身体が吹き飛ばされた。何が起こったのかさっぱり理解できない頭で感じたのは、轟音と閃光だった。

 

僅かに失った意識を取り戻した際に、眼前で広がる光景を見て感じたもの。それは、

 

 

――ここは地獄か?

 

 

そう思えてしまうほどの視覚と聴覚、触覚を蹂躙する地獄が目の前で繰り広げられていた。惨劇の産声は、轟音と爆炎と叫喚がもたらす三重奏。自陣の中は今、余りにも明確な生と死の二色の世界に分かれていた。

 

 

――いや、もしくは天国か?

 

 

地獄ならば、今も天から降り注ぐ光の雨などないはずだ。まして、現実ならば猶更あり得ない。この二つでない以上、天国しか残されていない。

 

光の雨の爆発がナックの至近で起きて、再びその身体を吹き飛ばした。五体がバラバラになりそうな激痛に襲われてなお、意識を失うことはなかった。

 

 

「う……お……あぁ……」

 

 

なんとか立ち上がり、腰に備えていた機攻殻剣(ソードデバイス)を引き抜く。絶え絶えの口調からこぼれ出す詠唱符(パスコード)で愛機である《ドレイク》を召喚、装着した。

 

痛みで苦しむ身体を鞭打って機竜を操作しようとした時、炎から影が飛び出した。長く、鋭い剣であるとわかったのは、自分と同じように満身創痍の仲間を機竜ごと串刺しにした後だった。

 

仲間の死を理解した時、再び炎から影が飛び出した。

壁だ。壁が動いている。

 

 

「あれは……!?いったい……!」

 

 

呟いた時にはもう遅い。

壁がすでに目の前にあった。二十ml(メル)もあった距離が一瞬にして詰められた。機竜が持つ障壁を以ってしても、壁の衝突は防ぐことができない。はねられた衝撃が動力源である幻創機核(フォースコア)に届いたのか、《ドレイク》の機能がダウンする。

 

 

「く……そっ!」

 

 

ゴミ屑のように舞い、歯噛みする中、壁の正体に気付いた。人の形をした、しかし人であろうはずがないシルエット。

 

 

「機竜……!」

 

 

ようやく壁の正体に気付くことができた。そもそもあのような壁、いや、盾を装備できるのは機竜以外に存在しない。背部にはこれでもかと言わんばかりに飛翔機が取り付けられており、瞬間移動と勘違いせんばかりの加速に納得もいった。

 

騎士の如き風貌の機竜は加速したまま、先ほど投げつけた長剣を串刺しにしていた機竜から抜き取る。止まることなく抜いたため、既に絶命した機竜使い(ドラグナイト)の胸から上を割ったがそんなことも興味無しに突き進む。

 

敵陣のど真ん中を堂々と我が物顔で進む姿は己が勝者であると宣言しているように見えた。

その姿にナックは射殺さんばかりに眼光を飛ばした。この陣にいる味方全員がそう感じとったのか、機竜を纏った機竜使い(ドラグナイト)が殺到した。それは蟻が集団で獲物にたかろうとする様子にも見えた。獲物の結末は数の暴力に屈し、身体を無残にバラバラにされる―――それが現実だ。

だが、目の前の現実は裏切った。

 

 

「はぁっ――!!」

 

 

騎士の風貌の機竜が無造作に長剣を横に薙ぐ。それだけで、軌道にあった腕や機竜牙剣(ブレード)を断ち割り、機竜に届かせ破壊する。左腕が振るわれる。装備された巨大な盾は機竜の膂力が加わり、暴力となって装甲機竜(ドラグライド)を粉砕していく。

 

その様は、まさに暴力の嵐。剣の一振り、盾の一撃ごとに竜は屑鉄となり沈黙していく。接近するなど自殺行為。距離をとった《ワイアーム》が機竜息砲(キャノン)を発射しようとした時。

 

《ワイアーム》から何かが飛び出した。槍だ。馬上槍の形をした突撃力を追求した大型のランス。背後から別の機竜が装備した槍で貫いているのだ。その数は二十数機。装甲に帝国の紋章が書かれている。敵だ。嵐から後退しようとした味方たちを槍で襲い掛かっている。

 

《ワイアーム》部隊は、突如奇襲を掛けてきた敵に翻弄されていた。

彼らの技量は決して低いというわけではない。寧ろ、こうして前線に配属されているということ事態、彼らがその場を任せるに足る実力を備えている証明になっている。

 

彼らの纏う《ワイアーム》は溢れんばかりのパワーと厚い装甲と高い機動性を備えた機竜だ。戦場の華である近接戦闘に最も適した性質を持つこの《ワイアーム》を無二の相棒として愛していた。家族の前でこの装甲機竜と共に国を守っていくと誓いもした。

だというのに、だというのに。

 

今、《ワイアーム》を駆り、顔を汗と涙でぐしゃぐしゃにしている姿を見たら家族は何と思うだろう。連携攻撃など行うヒマもない。帝国軍の機竜が放つ烈火の攻撃にただ辛うじて防御し、死への時間を延ばすだけ。

 

 

「誰か……誰か、援軍を……!」

 

 

機竜が持つ通信能力―――竜声を使い、救援を求めようにも返ってくるのは耳をつんざくノイズのみ。

 

―――《ワイバーン》部隊は何をやっているんだ!!

飛翔能力を持つ機竜(ワイバーン)が上空から援護を行ってくれればここまで苦戦することもなかった。上空を見上げると《ワイバーン》部隊は出撃しているのが確認できた。しかし、彼らの意識はこちらに向けられていない。

 

 

「!?」

 

 

突如、《ワイバーン》の一機が背中から火を噴いた。飛行用の飛翔機を潰されたのだ。翼を失った機竜が重力に引き寄せられて落ちる。《ワイバーン》の一機が助けようとその体を支える。だが、荷物を背負った《ワイバーン》の背からも火が出た。

仲間の助けは間に合わない。二機は炎の広がる大地へと墜落した。

 

彼ら《ワイバーン》部隊が上空で相手にしている存在。それは――

 

 

幻神獣(アビス)……?」

 

 

そう思えるほどに背から鬼灯(ほおずき)の如く赤い目を持つ、八つの竜頭を生やした禍々しい黒い機竜だった。

 




色々ツッコミがありますが、設定もちゃんと用意してます。

エイプリルフール中には続きを投稿する予定。

追記(4.1 14時頃)

後編についてですが、エイプリルフール中に投稿することが難しくなりました。どうも本編の方の内容が頭に出てきて、集中出来ないんです。

そのため一旦、間を開けさせていただきます。楽しみにしていた方々申し訳ございません。


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IF ロスカラ・ザ・ブラッド 上

久しぶりの投稿ですがIF物です。本編をお待ちの方には申し訳ございません。進めているのですが、どうにも時間が取れず完成にはまだ至っていません。

クロスオーバー作品はタイトルから分かる通り、『ストライク・ザ・ブラッド』です。どうぞ。


――追われている。

 

今、自分の現状はその一言で表現できるものだった。

 

何から追われているのか分からない。ただ得体の知れない不気味なものという印象で、未だ一度も接触はしていないから、特に危害を加えられたというわけでもなかった。

 

ではなぜ不気味と感じ、逃げているのかと言われれば、単に成り行きと答えるしかない。

 

とある道幅の狭いY字路で、左右どちらかを選ばなければいけなくなったから、向かって右側の道を選んだ。それだけのことだ。特にたいした理由はない。洒落た言い方をするのなら、人生の分岐点もそんなものであるように。

 

そして、その結果がこの有様だ。

 

「チッ――しつこい奴」

 

追われている。現状そういうことだ。

 

右側の道にはマンホールがあり、その上を通り過ぎた瞬間に蓋が勢いよく跳ね上がった。そこから何かがやってくる気配を感じて反射的に逃走する。どうやらとても執念深いそいつは諦めることなく追いかけてきて、今に至る。

 

それについては非常に鬱陶しくて堪らないが、不幸で最悪とまでは思っていない。全力疾走のマラソンに毒づきはするものの、今を悲観する気持ちはまったくなかった。

 

先ほど心の中で弄んだ、人生の分岐路云々という喩え……そういうものは二種に分けられると彼は常々思っていた。

 

まず一つは無意識に選ぶもの。日々の諸々に埋もれていく些細な選択が、振り返ってみれば重大な意味を持っていたと、後になって気付く類。

 

道で大金を拾う未来や、交通事故に遭う未来を、事前に予測できる奴など一・般・に・は・いない。だからそういう不測の事態は、ただの気まぐれ程度で容易にズレるし、発生しうる。

 

彼自身が右の道を選んだことで追われるのと同様に。

 

そしてもう一つは、そういった積み重ねて起こった事態に、どう対応するかということだ。

 

大金を拾った場合、事故に遭った場合、進学、就職、結婚――その他なんでもいい。

 

これが今後の人生に、深い影響を与えるものだと理解している選択。

 

まだまだ社会的には小僧と言われる年齢だが、人が生きていくうえにはそうして二種類の分岐路が存在し、それが繋がったものだということくらいは分かっている。

 

つまり、運命というものは慈悲深いということだ。

 

結果の見えない選択に翻弄される場合は確かにあるし、それは人間の器量で抗えないものだろう。だけど同時に、そうなったときは注釈つきで道を用意してくれるのだから。

 

養父から貰った恋愛シミュレーションゲーム風にすれば、

 

『あなたは今、とても大事な局面に立っています。ここで選択を間違うと大変なので、よく考えて選んでください』

 

こんな感じだろうか。

 

その先はプレイしているところを義妹に見つかり、ディスクを叩き割られて分からず仕舞いになったが。

 

まあ、例外的な極論も当然あろうが、それはこの際置いておく。とにかく重要なのは、おおかたにおいて最終的には自分の器量が頼りということだ。

 

だったらその機会に真摯でありたい。

 

無意識に適当で選んでしまった道を嘆いて、あのときああしていればよかったとか、こんなことになるなんて思わなかったとか、どうしようもない泣き言を並べても事態は好転しなし、やり直せない。やり直せないのだ、絶対に。

 

過去は変えられないのだから、未来のため――明日のために今を見る。

 

それが己の信条で、故に右の道を選んだことを悲観なんかしちゃいない。……この現状が人生云々を左右するほど重要なものかは知らないが。少なくとも今、自分の器量で結果を選べる局面なのは確かなはずだ。

 

「はっ――」

 

気合いと共に、全力で走りだしながら、同じく全力で跳躍した。

 

高さが軽く15メートル。距離は直線にして50メートル以上は跳んだだろう。街区を丸ごと一ブロック飛び越えて、アスファルトの上に着地する。

 

言うまでもなく、その行動は追跡者を撒くためなのだが、より正確な目的は少し違う。

 

試したのだ。()()()()()()()()()()()()()()

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()?

 

背後を仰ぎ見たそのときに、影のような塊が跳躍したのを確認した。それは自分が跳んだコースをそのままなぞり、こちらへ着地するべく落下してくる。

 

「くそっ……」

 

やはり、という思いはあったものの、予想が当たったからといって愉快な気分には必ずしもならないものだ。舌打ちと共に前を向き、再度の逃走を開始する。

 

背後に響いた着地の音と、続いてアスファルトを駆ける音が耳に届いた。あちらも再び、自分を追いかける行動に移ったらしい。

 

まったくよく飽きもせず、男の尻なんぞ追えるものだ。よっぽど偏執的な性なんだろう。

 

先の一瞬、初めて見咎めた相手の姿は完全な影法師で、未だに性別どころか人間なのかさえ分かっていない。近くでしっかり見れば正体を割れるかもしれないが、その必要性はないと感じる。

 

なぜなら、影という印象を持ったときに直感したのだ。あれは自分の真似をしている。行動をそのままトレースしている存在だから、ぴったりついてきて離れない。

 

だったら、奴を撒くための手段は一つだ。

 

あれが真似できないことをやればいい。

 

自分だけしか持てない個性を使う。

 

走りながらイメージを固める。今度は単に身体能力で振り切ろうとか、手軽い方法で不精はしない。より奇抜で、より独創的で、他人では絶対できない力というものを見せてやる。

 

「――さあ、真似できるものなら真似てみろ」

 

前のめりになって、力強く一歩踏み込む。低く鋭く真っ直ぐ跳ねるようにして突き進む。これまで幾度となく繰り広げた逃走劇の経験から奴も自分とほぼ同等の走力を有している。だが、上にではなく前に跳ぶことで、一時的にとはいえ、影法師を引き離した。

 

そして、伸ばした左手が地面へと触れる。

 

地面が燃えた……という表現ではとても足りない爆発したかのような大炎上が湧き上がった。発生源たる左手が当てられた地面から巨大な火柱が間欠泉のように噴き上がっている。燃え上がる火柱が壁となって追跡者の行く手を阻むように展開し、即席の遮断壁を形成する。

 

この芸は追跡者に対して初めて見せた。ゆえに妨害として非常に有効だろうと考える。

 

ライが離れたことで火柱が小さくなり、壁の高さは5メートル。幅は1メートルといったところまで小さくなる。先ほどのように飛び越えることは容易な障害物であるものの。こいつはおそらくそうしない。いいや、きっと出来ないはずだ。

 

真似をする影法師なら、自身と同じ手段を用いない限り突破は不可能。

 

そう分析する。だから――

 

「撒いた……か」

 

しばらく走って、追跡がないことを確認する。

 

どうにか目的を達成したことを確認すると、減速して立ち止まり、やれやれと息を吐いた。

 

()()()続いてのゲームはまたこちらの勝ちというわけだ。

 

まあ、明日もどうだか分からないが。

 

「一体、いつになったら終わるのか……」

 

振り返って、ついさっき自分が創った防壁に目を向ける。今頃あの向こうでは、おそらく影法師が真似をしようと四苦八苦しているのだろう。

 

筋力で壁にトンネルでも作るか。それとも迂回するコースを探り当てるか、どちらにせよ奴がそれに成功したら、追いかけっこが再会する。

 

そして、同じ手は二度と効かない。

 

身体能力で巻いたこれまでの手が今夜は通用しなかったように、左手の力で撒いた今夜の手はどれほど持つか……。

 

ではさて、一体どうするか。

 

応用の効く能力のため多くの手を残しているが、この調子でいったら手札切れを起こしてしまう。根負けするようで癪だが、まだ余裕のあるうちに根本的な方針を見直したほうがいいかもしれない。

 

「もう逃げるのではなく、迎撃するか……?」

 

そんな思案は、しかし答えを出せない中途半端なところで遮られた。

 

「おーい、ライ君――」

 

自分を呼ぶ声と共に、周囲の情景が霞み始める。それが、今夜の夢はここで終わりだということを告げていた。

 

そう、これは夢。

 

幼い頃から時々だったが、約()()()前から見続け、体感している、日常とは異なるもう一つの世界だった。

 

 

■■

 

 

「――ライ君。時間だよ、おーい」

 

そして夢から出た少年――蒼月(あおつき)(ライ)は現実へと戻った。二つの世界を跨ぐとき、意識的にはまったく変わっていないから、目が覚めるという表現は正しくない。

 

ある意味、常に起きていたのだ。睡眠中に、自分は眠って夢を見ていると理解できている異常、精神は覚醒状態を維持しているということだ。ゆえに、当たり前だが現実のライは夢のように破天荒な真似ができない――というわけではない。

 

「うん、ライ君やっと起きた!もうさっきからずっと呼んでたのに、よっぽどいい夢でも見てたの?どんな夢?もしかして私が出てたりしてた?そうだったら、それはそれで嬉しいかな。まあ、とにかくおはよう!」

 

「……ああ、おはよう」

 

繰り出されるマシンガントークに圧倒されながらも、寝入る直前とまったく同じ、机に頬杖をついた姿勢のまま、起き抜け特有のかすれ声で横から覗き込むように見つめる少女へと返した。今が朝じゃないことくらいは確かめるまでもなく分かっていたが、それでも目覚めのおはようは基本だし大事なはずだ。

 

「凪沙、僕はどれぐらい寝てた?」

 

大きな瞳が印象的で、表情豊かな彼女の名前は暁凪沙。

 

ライの義妹である。

 

「九十分。そういうリミットだったでしょ。別に時計は誤魔化したりはしてないし、不正もしてないか確認してたし」

 

「そうか。ごめん、監視役任せちゃって」

 

「いいよ、いいよ。やっぱり本土でのバイトは大変だったんだね。それに私的にはライ君の寝顔なんて珍しいものも見れたし、十分役得だったよ。写真もとってあるよ!見る?見たいよね!?自分の寝顔なんて見れるものじゃないし」

 

手に持ったスマホを操作して、その画面に撮ったライの写真を見せ付けてくる。

 

そこには頬杖をついた姿勢で眠る自身の顔が写っている。顔に余計な力は籠ってなく、穏やかそのものだ。夢の内容が内容だけに、顔を歪ませるなど唸るなどして皆に心配をかけてしまったのではないか考えていたが、写真と凪沙の反応から杞憂で終わった。

 

とりあえず凪沙の手からスマホを素早く奪い、慣れた操作でライは自分の寝顔が写った写真を削除する。なぜか様々なアングルで撮られおり、二十枚近く保存されていたがそれらも削除。用の済んだスマホを凪沙に渡すとあーっと悲鳴が聞こえたが無視した。

 

「燃えた……燃えた……。真っ白に……燃え尽きたぜ……」

 

弱弱しいうめきが聞こえ、その発生源に顔を向ける。

 

ライの正面、リビングのテーブルにぐったりと突っ伏す少年がいる。

 

ライの雪原を思わせる銀色の髪とは違い、色素が薄く狼の体毛のような灰色の髪の少年。

 

彼の名前は暁古城。

 

苗字から分かる通り凪沙の家族であり、彼女の実兄。

 

年齢は同じだが、誕生日からライにとって義兄である。

 

「お疲れ様、古城。一応、聞いておくけど不正はしていないね?」

 

「してねぇよ!凪沙の監視もあったし、してもどうせバレるだろうし。お前らそうなったらうるさいだろ。流石にな、俺もいい加減学習してっぞ、ほら」

 

と、疲弊した顔を上げた義兄の暁古城は、ライの鼻先にプリントを突きつけた。

 

「おまえが作ったテスト、一応終わったから採点頼む」

 

「……分かった、けどちょっと待って。一息くらい入れさせて」

 

言って、ライは首を軽く回して、眉間を揉んだ。いくら最近の自分の眠りが少々特殊で、頭が寝ぼけることはないといっても、身体の方はまったく別だ。生理現象として当たり前にある倦怠感までは拭えない。

 

「それで、その様子からすると少しは自信があるみたいだね?」

 

プリントを受け取り、内容に目を走らす傍らで、机の上のマグカップのコーヒーをすする。冷めてしまったと思っていたが、どうやら凪沙が淹れなおしてくれたようだ。ブラックコーヒーの温かさと苦みが口に広がり、胃に落ちると身体が現実へと適応してくる。

 

「……」

 

「どうだ。俺も今回ばかりは自信があるぞ。お前の授業効果が発揮されているだろ?」

 

「あー、うん。まあ、うん」

 

目を閉じ、天井を仰いで、引きつりそうになる口角を何とか堪える。

 

「もう一度訊くけど……本当に自信があるのかい?」

 

「おう」

 

「頑張ったのも間違いないんだね?」

 

「もちろん。なんだよ、はっきり言えよ」

 

「そうかーなるほどーこれでー自信がーあるのかー。うん……」

 

何と言えばいいのか迷ってしまう。ライの反応に、先ほどまで表情に自信のあった古城の顔色が変わって不安の色が表れている。兄二人の反応が気になったのか、ライの横にいた凪沙がプリントを覗き込み、うわぁと声を上げた。それによって更に不安の色が濃くなる古城。

 

ライはため息をついて、古城へ嘆かわしい現実を突きつけた。

 

「古城、解答欄が途中からズレてるよ。――見直ししなかったの?」

 

「は?……はああああァァァァ!?」

 

半分以上の解答がチェック印で埋まったプリントを驚愕のまま固まった古城へ渡すと、打ちひしがれたように項垂れた。余程自信があったのだろう、突きつけられた現実は彼の精神を凄まじいダメージを与えていた。

 

だが、そんな姿にやれやれと首を振りながらもライは追い打ちをかける。

 

血の繋がりはなくとも、幼少の時から一緒に過ごしてきた家族。だが、テスト勉強を手伝ってくれと頼んできた時点で、今の自分たちは義兄と義弟ではなく、生徒と教師の関係だ。ならばそこは、厳しく一線を引かなければならない。

 

「見直しは最低限しよう。自信を持って頑張ったっていうなら、せめて自分の頑張った成果を見直して完璧に仕上げよう。話はまず、それからだよ」

 

「うっ……け、けどな!ズレてたとはいえ、答えは合ってるだろ!?」

 

「うん。それはね……」

 

ライは目蓋に焼き付いた散々たる結果をリフレインして、無慈悲に告げる。

 

「三分の一くらい……間違ってたよ」

 

「なん……だと……!?」

 

「残念。それが現実だよ。――やり直し」

 

「勘弁してくれぇ」

 

古城は呻いて頭を抱えて崩れ落ちたが、生憎とライ自身も悶絶したい。

 

諸事情……というには自業自得か、彼の体質故に仕方がないと言えなくもないが、補修と追試が明日に迫る彼をバイトとそこで起こった大騒動で疲れ切った身体に鞭打って教え続けて、そろそろ理解しただろうと仕上げのテストをやらせてみたらこの体たらくを曝している。ライのプライドを粉砕する趣味を持っているのだろうか。

 

「さっき要点を教えたよ。僕のノートを見ていいから、自分で考えながらやってみるんだ。この程度の問題は、それで充分解けるはずだ」

 

「た、助かる……!これで明日の追試はなんとかなりそうだ……!」

 

古城は差し出されたノートを王から下賜された臣下の如く、感極まった様子で両手で受け取ろうとした。だが、古城の希望はあっさりと横からかっさらわれた。犯人は凪沙だ。

 

「駄目だよ、ライ君!古城君を甘やかしたら!昔からライ君は最後の最後で、古城君に甘いけど、私の目の黒い内は古城君はスパルタルートを貫徹してもらいます!」

 

「なっ、凪沙頼む勘弁してくれ!俺の明日からの追試科目知ってるだろ!?体育のハーフマラソンと九科目だぞ!合格するにはその聖典が必要なんだ!もし一つでも落としたら――」

 

「留年は覚悟するんだね、古城君。もし、そうなったら来年は私と同級生だよ」

 

「……勘弁してくれ」

 

「だったら死ぬ気で勉強するんだね。限界絞る。寝ない、喋らない、手を動かす。ガッツだよ、ガッァ――ツッ!!」

 

そう言って奪ったノートと、ライの別科目ノートを古城へと渡さないよう確保しながらガッツポーズ姿勢の凪沙と机に再び突っ伏す古城。兄妹の立場が見事に逆転している。そんな二人の姿が兎に角、微笑ましくてライは思わず笑ってしまう。もう何度も見たことがある光景だが、この微笑ましい光景はライの胸をいつも温かくしてくれる。

 

「古城。頑張ったって結果が出るとは限らないけど、少なくとも結果を出した人は頑張っているよ。僕もフォローは出来る限りしてあげるから、頑張ろう」

 

「ら、ライ……」

 

「けど最後は自分の器量だからね、古城」

 

「あーもう、分かったよこの鬼軍曹共。やってやるよ、やればいいんだろっ」

 

やけっぱち気味にそう叫んで、再び机と向き合った。

 

「そうだ。それでいいんだよ」

 

聖典代わりの教科書とプリントに何度も視線を向ける古城。

 

なんだかんだで最終的には、どうにか乗り切るのがいつもの義兄だ。教えておいて、ギリギリの綱渡りというのは業腹だが、落とすか落とさないという話でならあまり心配していない。解答ズレも集中していれば普段なら絶対ないはずだ。

 

だから、ライは古城の集中力を乱した原因へと首を向けた。

 

『WRYYYYYYY!貧弱貧弱ゥ!』

 

「おっし、必殺ケージ溜まったぁ!くらえっ、旦那ぁ!」

 

「残念。ほいっと」

 

「え、あ、ちょっと待て。ロリ化した!?挑発コマンドで避けられるのかよ!?」

 

『パーフェクトだ、ウォルター』

 

「13mm炸裂徹鋼弾。弾殻、純銀製マケドニウム加工弾殻。装薬、マーベルス化学薬筒NNA9。弾頭、水銀弾頭、法儀式済の百万発のコスモガンを喰らいなさい!」

 

「うぅ、おおおぉぉ!やめろやめろやめろ!マジかよ、フルボッコじゃねぇか――旦那、中の人は親友の神父だろ。少しは手加減しろ!」

 

「上級者向けの第一部使用を使ったのがそっちの敗因よ。ランダム選択じゃなく、初心者向けの第三部仕様を使えばよかったのよ」

 

『私はヘルメスの鳥――』

 

「だああああっ、超必殺技やっぱそれかよ!うわ、河で画面埋まった!?回避できねぇっ!!」

 

「はい、K.O.。――ま、厳然な実力差とはこういうものよ」

 

「ざっけんなぁっ!」

 

「それはこっちの台詞だ!」

 

古城がテスト勉強でひーひー言っている間、格ゲーしているヘッドフォンを首にかけた少年と髪を金に染めた華やかな少女を怒鳴りつけ、おもむろにコンセントを抜いてやった。

 

「あーっ」

 

「ちょっと、ライ!アンタ何すんのよっ!」

 

「君たちこそ何をやっているんだ。矢瀬、浅葱」

 

ライは仁王立ちして、高校のクラスメイトである少年――矢瀬基樹と少女――藍羽浅葱を冷たく見下ろす。

 

「楽しいかい?すぐそばでテスト勉強している友人のすぐそばで格ゲーをするのがそんなに楽しいのかい。いいよ、だったら今すぐ表に出て。リアルファイトならいくらでも付き合ってあげるよ、うん?」

 

「……あのさ、ライ。それはそうとさ。俺のゲーム機、あまり乱暴に扱わないでほしいんだが」

 

「古城君は勉強に集中!このペースだと、明日のテスト範囲のカバー間に合わないよ」

 

「……チックショー」

 

割って入った古城は凪沙によって黙らせられ、なにやらピーチク吼えている二人に目を向ける。

 

だが、

 

「もう、何すんのよライ。もう少しで隠しコスチューム、ワラキア公バージョンが入手できたのに!」

 

「自分だって寝てたくせに、なぁ?」

 

「ねえ」

 

「そうか。どうやら二人は、改めて立場を分からせないといけないようだね」

 

微塵も反省の色も見えないあたり、ある種の大物感さえ漂っている。いや、この二人の性格からきっと将来大物になるのだろう。だが、場の空気を読むことと戒めも必要なはずだ。

 

ライの両指に力が籠り、指の関節が鳴る。それを聞いてようやく二人は危機感を感じたのだろう。お互いが顔を青くして後退りする。

 

「言っておくけど、今日の星占いによると僕はやや短気でラッキーワードは“キレる”“いきり立つ”“男女平等”だそうだ」

 

「お、おい。ちょっと待て、ライ!?調子に乗った、悪い、スマン!」

 

「それ、(スメラギ)社の雑誌のインチキ星占いでしょ――!?」

 

二人の謝罪と悲鳴を無視して、ライの両腕が伸びる。

 

右腕は浅葱、左腕は矢瀬でロックオン。立ち上がり逃げ出そうとする二人のこめかみを親指と中指の指先だけでガッチリ固定。そのまま握力をほんの少し加えて絞め上げると二人が苦悶の声を上げる。だが、まだ終わらない。指をそのままに腕を上げ、二人を持ち上げる。

 

指二本で吊り上げられた二人の苦悶の声が徐々に大きくなり、十秒後には絞殺される鶏の断末魔めいた声を上げ始め、その光景に古城と凪沙は引きつった笑みで見ていた。

 

 

 

 

『――コンビニに行って来る』

 

浅葱と矢瀬を絞め上げ終え解放したライは、そう言って出かけて行った。

 

白目を剥いて失神した矢瀬と鈍痛に床に転がり悶える浅葱を無視して古城の勉強を見たが、とても今日中には明日の分の追試をカバーできないため、古城と家庭教師のライは徹夜ルートへと突入することになった。そのため古城の夜食とついでに凪沙に頼まれた限定アイス購入のためコンビニへと向かった。

 

「いった~。あいつ、本当に容赦がないわね。痕が残ったらどうすんのよ」

 

ようやく痛みが引いたのか浅葱がこめかみを揉みながら起き上がる。

 

床に転がる矢瀬は浅葱よりも強力だったのか、彼自身の耐久力が低いのか未だに白目を剥いてピクピクと痙攣していた。

 

古城は因果応報だと思いながら、勉強を一区切りつけてペンを机に放り投げる。

 

凪沙が見たら再び勉強に集中と言いそうだが、彼女は今リビングにいない。ライが出かけて間も無く、部活の友人からメールが届きその打ち合わせのため部屋へと向かっていった。

 

「大丈夫だろ。ライがマジ切れして本気で掴み掛かったらどうなるか知ってんだろ?あいつは力加減っていうのを人一倍気にしてんだ。なら、痕なんて残すはずねえよ」

 

「そりゃ、分かってるけど……」

 

浅葱は念のため化粧ポーチから取り出したコンパクトミラーでこみかみを確認している。そして、何度か両こめかみを見た後、

 

「……まあ、とりあえずは無事で、何事もなさそうでなによりだわ」

 

そう言って、安堵のため息を苦笑交じりに吐いた。

 

何事もない。

 

古城はその一言に頷いた。

 

「ああ。夕飯が終わった頃に帰ってきたんだが、その間特に変わった様子も見られなかったよ。――ありがとな、心配して今日来てくれて」

 

古城が自分のことのように、柔らかく嬉しそうな表情で浅葱に感謝すると、彼女は頬を朱に染めてそっぽを向いた。

 

「む、無理もないでしょ。バイト先の大阪であんな大事件があれば……」

 

テレビのリモコンを手にした浅葱が、黒だけの画面をニュース番組に切り替える。すると、丁度その事件に関する内容が放送されていた。

 

金髪で若い外国人女性ニュースキャスターから今日本中で話題となっている事件の映像へと映り変わる。

 

時は三日前、場所は大阪。

 

映り出されたその映像は一言で言えば『紅』だった。

 

画面越しでありながら、視覚を蹂躙する『紅』の地獄――紅蓮地獄が広がっていた。

 

かつては江戸時代には天下の台所と呼ばれ、現代の日本でも東京に並ぶ大都市である大阪が燃えているのだ。

 

夜間帯であるためかディープな放送がされており、正に地獄さながらの光景に浅葱は沈黙し、古城は凪沙がここにいないことに安堵していた。

 

映像が切り替わり、様々なカメラで撮られた炎の地獄が映し出される中、画面が激しく揺れたと同時に、天地が横向きになった。

 

カメラが倒れたのだ。

 

瓦礫の街を映していた画面が、まず、手を映した。手の肌は黒い鉄でできている。大阪の警察機構に配備された録画機能持ちの機械人形(オートマタ)だ。

 

画面の下、地面に伏して置かれたまま動かない、機械人形(オートマタ)の手を紅の炎が飲み込む。飲み込まれたソレは鋼鉄でありながら鮮やかに燃え上がり、熔ける間もなく、跡も灰を残すこともなく消えてしまった。

 

そして、カメラの前を巨大な人型状の影が通過した。進行方向状に在る大型トラックを優に超す巨体を持った影だった。身長は五メートルを超えている。

 

雄叫びがテレビから響く。

 

人の絶叫を超えた、命を激痛によって削り取られた際に上げるような吠え声だ。

 

カメラの前を通過して、大型トラックに自身から突進して触れた途端、炎で文字通り消滅させた、巨人――紅の夜叉が吠えたのだ。

 

そこで再び映像が切り替わり、ニュースキャスターや評論家たちの姿が映し出された。

 

彼らの解説や討論をBGMに古城は重くため息をついた。

 

「大戦の際、空襲で投下されたが不発で埋まったままの術式焼夷弾が工事によって起爆暴走。長い年月をかけて、住民の不安や恐怖を取り込んでいたため妖物化した。……本当のところはどうなんだろうな?」

 

「私も軽く調べてみたけど一番有力なのはそれね。当時、大阪の退魔組織が半壊してまで結界張って術式を停止させたから今でも不発弾が大量に出てくるらしいわよ。他には局地地震で地下深くに封印されたこの……紅夜叉?が目覚めたってのもあるわ」

 

「徳川に滅ぼされた豊臣政権の怨霊の塊とか十二年前に起きた『神器動乱』で行方不明になった神器の一つって話もあるぜ」

 

「お、矢瀬。復活したか」

 

古城たちの話に割って入ってきたのは復活を果たした矢瀬だ。

 

「あんた白目剥いて気絶してたわよ。もう少し眠っててくれればその顔、写真に撮って付き合ってるっていう先輩に見せてあげるつもりだったのに」

 

「おい馬鹿やめろ。絶対にすんなよ。そんな間抜け面見られちまった日には、俺これからどんな顔して先輩に会えばいいんだよ」

 

矢瀬は真っ赤になったこめかみを揉み、リビングの床に寝っ転がりながら、ニュースへと顔を向けた。

 

大阪城公園から突如出現した紅夜叉はその場を炎によって灰も残さず消滅させた後、大阪駅を壊滅させ、新大阪駅まで暴走した。無論、進行ルート上にある物全てを灰燼にして。

 

そして最後は、

 

「新大阪駅に待機した攻魔師……それもかの鬼鎮めの渡辺家の末裔様を筆頭に、追い詰められたところを退魔の道具を敷き詰めた新幹線の体当たりを受けて消滅か。ま、テレビで大阪駅が炎上消滅したって聞いた日にはゾッとしたぜ。あいつ、ここの駅近くのホテルに泊まる予定って話だったじゃないか」

 

「バイトのイベント成功の打ち上げで京セラドームにまだいたらしい。参加せずにホテルに行ってたら巻き込まれてたってよ」

 

古城は思い出す。テレビのニュースで上空から夜の大阪が鮮やかに炎上している光景を見た時には血の気が引き、最悪の状況を考えてしまい背筋も凍った。

 

凪沙に至っては普段の明るい雰囲気が一変し、兄である古城自身も見たことがないほど顔を真っ青にして電話でライの安否を確認した。震える手で何度も操作を誤り、体を祈るように折って返事が来るのを待った。痛いほどの緊張感に包まれる中、発信が三十を超えた頃にようやくライが電話に出てその声を聞いた際には、安堵のあまり気が抜けて倒れ込んでしまった。

 

紅夜叉が巻き起こす火災に巻き込まれることはなかった。それは非常に喜ばしいことだった。打ち上げの後、被災者たちへのボランティアを行っていたというが……。

 

「問題は……ライが被災地にいたことだよな」

 

「……」

 

「……」

 

古城の呟きに矢瀬と浅葱は無言だ。

 

ライはある特有の体質から、事故現場など人が亡くなった地に非常に敏感である。だが、ライは近くにいてしまった。被災地という途轍もない人が亡くなり、未練を残してしまった地に。

 

家に帰ってきたライは、バイトに行く前と変わった様子は見られなかった。友人である浅葱たちや家族である古城たちでも変わってないと思った。しかし、それでも不安と心配はある。

 

――あいつは俺たちにでも平気で嘘をつくからな。

 

幼少の頃からライは嘘をよくついた。

 

古城たちを貶める為の嘘ではない。

 

自分たち家族を心配させないよう、ライ自身は傷ついていながら、それを隠すように嘘をつくのだ。

 

大丈夫と。何ともないと。問題ないと。

 

「……優しい嘘つき、ねぇ」

 

凪沙がライのことそう称したことが古城には印象に強く残っている。なるほど、言い得て妙だと思った。

 

昔っから、胸の内を明かすようなことはせず、最初は何を考えているか分からない奴だった。だが、時間が経つにつれて古城自身もライがどんな奴かは大体分かってきた。けど、まだ大体だ。

 

家族でも隠し事はするだろうが、ライはそれが多いと思う。きっとそれで悩むこともあるはずだ。その時、自分や家族、友人を頼ってほしい。

 

古城はライが出て行った玄関を見つめた。

 

本当に何事もないというなら、すぐに帰ってきてほしいと心からそう思った。




後半に続きます。明日には投稿できると思います。


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IF ロスカラ・ザ・ブラッド 下

絃神島。

 

太平上のど真ん中、東京の南方330キロ付近の海上に建造された総面積およそ180平方キロメートルの人工島。総人口数は約56万人。カーボンファイバーと樹脂と金属と魔術で造られた超大型浮体式構造物ギガフロートであり、東西南北に配置された4基の超大型浮体式構造物と、それらを連結するキーストーンゲートによって構成されている。

 

暖流の影響を受けた気候は穏やかで、真冬でも平均気温は二十度を超える、熱帯に位置する常夏の島である。だが、この島の主要産業は観光ではない。それどころか島の出入りには厳重な審査があり、ただの観光客が訪れることはあり得ない。

 

絃神島のその主な産業は製薬、精密機械、ハイテク素材産業。それらに関する日本を代表する大企業、あるいは有名大学の研究機関が、この島にひしめき合う学究都市なのだ。

 

また絃神島にはもう一つの名前がある。

 

魔族特区。

 

獣人、精霊、半妖半魔、人工生命体、吸血鬼――自然破壊の影響や人類との闘争の結果で数を減らし、絶滅に瀕した魔族が公に住まうことが許可され、人類と同じ市民権も与えられる保護区であり、その代わりにその生体の研究に協力することで科学や産業分野の発展に貢献している。

 

魔術と科学が入り混じる地であり、魔族と人間を共存させる壮大な実験の檻でもある。

 

それが、この絃神島である。

 

 

住宅が多く集まる絃神島南地区のアイランド・サウスは今、深夜の静けさに満ちていた。

 

多くの魔族が夜を好んでいると言えど、街灯の光を残して短い眠りにつく時間だ。

 

だが、そんな平静たる時間を妨げるように、灰色の建物の周囲から音が生まれた。

 

音は三つ。

 

一つは並木の葉を揺らす風の音。もう一つは甲高い金属音。そして最後は歌。

 

一つ目はこの常夏の人工島故の穏やかな温風であり、二つ目は戦闘の経過を告げている剣戟音であり、三つ目はスマホの着信メロディによるものだ。

 

その着メロが切れ、スマホへ向けて少年の声が響く。

 

「あ、古城。ごめんね、遅くなって。いや、凪沙に頼まれた限定アイス。あれ『ゼンブイレヴン』限定でさ。五店舗くらい回ってみたんだけどどこも売り切れだったんだ。それでようやく買えたんだけど、そこで将棋仲間の小出さんと会っちゃって。いやいや、老人狩りされて返り討ちにした方じゃないよ。商工会の小出さん」

 

響く声は、普段の彼と変わらず冷静で穏やかであり、風と剣戟の音は特殊な改造をされたスマホによって相手側に届くことなない。

 

「やっぱり大阪の火事のことを気にしててね。心配してくれたのもあったけど、大阪のタイトル戦がどうなるかって嘆いていたよ。それで今、浅葱と矢瀬の分どうしようかなって思って……え?もう帰った?じゃあ、お土産は……あ、渡してくれたんだ、なら買う必要はないね」

 

声と音の響きは疾風と共に家群の間を駆け抜けていく。

 

「うん。それじゃ帰るよ――すぐにね」

 

少年は喋り終えるとスマホをズボンのポケットに入れると、人工島の機能的な街並みを縫うように、更に疾走する。その彼に幾つかの影が振り抜いた獲物に月光を映して躍りかかり、覆い尽すように重なる。そして、響く多重奏の剣属音。しかし、それらの刃はすぐにガラスが砕けるかのような金属の断末魔を響かせた後、影たちは吹き飛び倒れる。

 

一瞬で迎撃した少年は倒れることなく走り続ける。

 

己の速度を緩めることなく、通りを抜け、並木の間を抜い、建物の間を突っ切っていく。そこで五回の接触があり、五つの金属破壊音を響かせ、五つの影を倒した時、目標の場所までたどり着いた。

 

ゴールである、アイランド・サウスこと、住宅が多く集まる絃神島南地区の自宅マンション前に辿り着くまで、ものの十分も掛からなかった。距離にして約4キロを、十分以内に完全走破――しかも驚愕を通り越して不気味なことに、汗をかくことも息を一つも乱していない。オリンピックの金メダルもその手に掴める事実だった。

 

少年はマンション前の街灯の下で足を止める。

 

その姿は、青いパーカーに身を包んでおり、備え付けられたフードを深々と被っている。また左手には青色のエコバックが吊り下げられており、購入品が入っているのが見て取れる。

 

少年はエコバックの中身を覗き込み、疾走中細心の注意を払っていたアイスなどが無事なことを確認し、安堵して頷く。

 

そして、自分がどうして先ほどのような状況になったのか振り返った。

 

 

「参ったな。たかが夜食の買い物で30分も費やしてしまった」

 

目当ての商品を詰めたお気に入りの蒼色エコバックを片手にコンビニから出たライは腕時計に刻まれた現時刻を見て溜息をついた。表情には自身の不運への呆れと精神的な疲労の色が浮かんでいる。既に真夜中に近いというのに、むしむしとした熱が漂っている。今日の夕方までバイトのため本土にいたライにとってこの蒸し暑さには愚痴すら出そうであった。

 

ライと暁家が住むマンションから近所のコンビニ『ゼンブイレヴン』は片道約五分ほどの距離である。だが、ライは財布にコンビニ『マドリード24』の割引券と福引券の有効期限が間もないことを思いだしたのだ。

 

『ゼンブイレヴン』より少し離れているが、折角なのでそちらに行ってみたのだが、凪沙に頼まれていた限定アイスが『ゼンブイレヴン』限定品だったのだ。先に福引券を使おうとしたが、列ができており、並んで待った末の景品がガム一つ。そして、近所の店舗にUターンしてみればタッチの差で売り切れ。焦って急ぎ別店舗に行ってもそこも売り切れ。また別店舗に行けばそこも売り切れ。そんなことが後二回も続いたのだ。

 

もう夜も濃く、高校生であるライが夜遅くに外へ出ているのは不味い。もし、生徒指導の見回りをしているだろうカリスマ担任教師にでも見つかったら面倒なことになる。一応、学校内では優等生として認識されているのだ。折角、頑張って築いた評価を傷つけないためにも代わりのアイスを買ってすぐ帰るのが賢明だと誰もが思うだろう。

 

しかし、ライは妥協しなかった。

 

それは何故か?

 

――凪沙に頼まれたからにはね。

 

ライは古城のように凪沙に対して凄まじいまでのシスコンを拗らせている。それは彼女を溺愛している養父に匹敵するほどだ。しかし、溺愛しているとはいえ甘やかしてはいない。自身で出来ることはやらせると締めるところは締めている。だが、なんやかんやで心配性のあまり手を貸してしまうことがある。

 

その愛する義妹にアイスを頼まれておきながら、買えず別のアイスを渡す?彼女の落ち込む顔を想像してみろ愚昧が。全くふざけるな。ありえないだろ。

 

目的の物も購入したし後は急いで帰るだけ。コンビニの買い物で30分も経っている。凪沙も古城も心配しているだろうし、急いで帰らなければ。

 

その時、コンビニの入り口で浴衣を着た、若い男女の二人連れとすれ違った。

 

お互い親しく呼び合い、少女が少年を兄と呼んでいることから兄妹なのだろう。ライより少しだけ年下な二人組は中学生の雰囲気をそのままに、少年少女特有のはつらつとした雰囲気があった。

 

そんな二人を見て、ライは立ち止まって軽い眩暈のような感覚を覚えた。

 

眩暈は赤黒いある衝動を噴き上がらせライの頭と胸を苛んだ。

 

衝動の名前は――『暴力』。

 

あの仲睦まじい兄妹を殴るなり蹴飛ばすなり、暴力で蹂躙したくなる衝動に駆られた。

 

立ち止まったライは、その衝動を抑えるように歯を噛み締める。

 

突然の衝動の理由は分かっている。

 

すれ違った二人の手首。そこには金属製の腕輪が嵌められていた。生体センサや魔力感知装置、発信機などを内蔵した魔族登録証。それを持っている二人は普通の人間ではない。魔族特区の特別登録市民。すなわち人外。――魔族(フリークス)だ。

 

恐らくは獣人種、L種完全体(ライカンスロープ)なのだろう。何せ、ライの脳裏には強靭な生命力を持つ獣人に対して暴力どころか、数多の殺害方法まで浮かび上がってしまっているのだから。

 

脳に投影される技法が神経を通って、体の末端まで染み渡る。後は、ライの心次第で兄妹を激痛を持って絶命させられる。だが、そのあらゆる手法で行われる殺害技法を首を大きく振って消した。

 

――ここは『魔族特区』だ。魔族がいるのは当たり前だろ……。

 

そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

吸血鬼、獣人、精霊、半妖半魔、人工生命体、それらを一括りに纏めた存在である魔族。

 

人として特殊な、天然の異能を先天的に得た過適応能力者(ハイパーアダプター)という超能力者。

 

更に普通の人間にも大なり小なりあるが魔力と霊力という物を宿している。

 

当たり前のことなのだ。常識なのだ。人々が現実として普通に受け止め、それらの事実と存在を当たり前のように認知している。

 

だというのに、

 

――()()()()()()

 

この世界にとって魔族などといった存在がライにとっては戸惑いしか覚えないのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()。そう言った超常の存在を見るたび、ライは馴染むことが出来ず、どうしても戸惑いと違和感を覚えてしまうのだ。

 

それが影響しているのか、魔族や異能者たちに対して暴力的な、滅ぼしたいという衝動に襲われてしまう。

 

戸惑いと違和感を消すことは出来ないが、衝動は抑えることができる。

 

ライを受け入れた暁家には異能を有した者がいる。

 

養母である深森は医療系の接触感応能力を有す過適応能力者(ハイパーアダプター)。義妹の凪沙は母親の能力と父方の祖母が巫女であるため、その両方の素養を併せ持つ希少な混成能力者。そして義兄の古城に至っては――

 

「――――」

 

胸に宿った暴力衝動を吐き出すように深呼吸する。

 

ずっと堪えてきた。ずっと耐えてきた。ずっと我慢してきた。

 

してはいけないと。家族を傷つけるなど、壊すなどそんなことはしてはいけない。そう、湧き上がる衝動を圧殺するように言い聞かせてきた。

 

衝動よりも自分を受け入れてくれた家族を傷つける方が比べ物にならないほど恐ろしい。想像するだけでまるでトラウマのように、ライの心と体を締め付ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そんな大切に思っている家族を心配させるなど以ての外だと、急いで帰ろうとしたその時、音が聞こえた。

 

「…………」

 

キィンと軽い金属が落ちたような音だ。

 

その音を耳にして走ろうとしたライの動きが止まる。

 

軽く首を振って視線を向けた先、そこに影の集団が突如現れていた。

 

黒い軽装甲の鎧を纏った集団。『魔族特区』である絃神島でも奇異の視線は免れない格好をした者達がライへと視線を向けていた。

 

一対十数の視線がぶつかる仲、ライの背後のコンビニの扉が開く。先ほどライとすれ違った兄妹が商品を詰めたレジ袋を持って出てきた。二人は帰り道上にある集団をまるで見ていないかのように進み、そしてそのまま彼らを通過していった。

 

先ほど響いた音の正体――異相転換の結界の効果によるものだ。今、ライと集団は展開された結界により専門家でもない限り認識することも接触することも出来なくなっている。今いる住宅街のような場所ではうってつけのものだろう。

 

ライは集団の首元、装甲に彫られた印。鳥が羽ばたくような紋章を見て疲れたように溜息を吐く。

 

集団の正体を知り、どうすればいいのか、そんなものは理解している。

 

ライは足を上げ、靴底を外す。中から取り出したのは薄く、短い短刀だった。改造した靴底に仕込めるギリギリの厚さと長さを持つ、ライお手製の短刀だ。食事用のナイフにも見えるその短刀を集団に突きつける。その頼りない姿であろうとも、刃が月光に照らさせ己が凶器であると自己主張をしている。

 

装甲を纏う集団に刃が届くのか。そんな不安などライの胸の内に存在しない。確かにこの短刀は脆い。剣の心得ある者でも集団の装甲に振るえば容易く砕け散る。だが、ライにとっては十分過ぎる。この少年の手にかかれば如何なる刃でも神剣に匹敵する神器へ生まれ変わるのだ。

 

短刀の切っ先を突きつけられた集団が動く。身を低く構え、突撃姿勢を取る。

 

ライは変わらず不動のまま短刀を突きつけた姿勢だ。

 

そして、高温多湿である絃神島特有の温かい風が吹いたその時、ライも集団も一斉戦闘を開始した。

 

 

振り返りを終えるとライは右手に握った短刀……だったものを見る。

 

薄かった刃は砕け散り、あるのはもう柄だけ。ライの予想よりも集団の実力が高く、酷使という酷使の扱いを受けた短刀の柄を感謝するように撫でて靴底に仕舞う。

 

そして、ポケットから再びスマホを取り出して電話をする。

 

『はい。牙上院(がうえいん)です。どうされましたか――ライ様』

 

1コールの内に返ってきたのは人間の肉声ではなく、機械によって組み上げられたマシンボイスだった。

 

それにライは特に反応を示すことなく、先の古城との電話とは打って変わって苛立たし気に口を開いた。

 

「”様”はいらない。ハッキングした監視カメラで一部始終覗いていただろう。説明しなくても分かるだろうけど、買い物終わりにG狂団に襲われた。大阪での騒動でどの派閥も行動を自粛するかと思ったらこの様だ。何故、伝えなかった?」

 

『はっはっはっ、ライ様も無茶を仰る。今、私も含めて我が社は大阪の再建に売り込むためてんやわんやの大忙しでして、かの狂団の動向を今掴むなどとてもとても』

 

「ほざくな。こと情報戦において貴様に勝てる奴などこの世にいないだろう。”蜃気楼”、”真母衣波(まほろば)壱式”と”弐式”、”月虹影”のサポートがあれば奴らの行動など僕が絃神島に着く前に察知できたはずだ。――黙っていたな」

 

ライの苛立ちが怒りへと昇華し、声色が氷のように冷たくなったが相手の反応に反省の色はなかった。

 

『ふふ、確かに黙っていました。けれど、私も彼らが動いたのを知ったのは先程……貴方が外に出た時です。どうやら絃神島に潜んでいた連中の一部が独断で動いたようでして。恐らく、大阪での騒動で疲弊したところを狙ったのでしょうね。少人数でしたし貴方なら問題ないだろうと思いまして放置しました』

 

耳元から伝わる電子音声でも分かる面白がっている様子にスマホを持つ手に力が籠る。気付いたら、それをすぐに伝えるのが筋だろう。思わず感情を態度で示そうになったが自制する。きっと、今もこいつは監視カメラでライの様子を見ているはずだ。

 

だが、そんなライの胸の内を理解しているように牙上院は言う。

 

『まあ、いいじゃないですか。奴らは”契約(ギアス)”によって一般市民に手を出せない。貴方の家族や友人が襲われる心配はありませんよ』

 

「僕は平穏を望んでいるんだ。戦いなんてある非日常なんて御免だよ」

 

『でも、貴方の運命がそれを許すことはありませんよ。G狂団にとって貴方は何としても手に入れたいお宝なんですから。――瑠奈(るな)様も望んでいます』

 

瑠奈――その名を耳にしてライの表情が歪む。この電話相手なら抑えることができた感情が一気に噴き出してきたのだ。牙上院の親玉でもあり、ライを非日常に巻き込んだ一端ともいえる存在だ。

 

「……奴は今どうしている?一緒に帰った際、去り際の笑みに嫌な予感がしたんだが」

 

『帰ってくるなり早々、お部屋に籠って何やらしてます。ディーゼルハンマーを打ち込むような音が今も聞こえています。あ、そういえば夏休み明けの学校、夏休みボケで気が重くなっている生徒たち全員に活を入れると言ってましたね……』

 

「待て。彩海学園は二学期制だ。始業式とか特別な行事は特にないぞ」

 

『集めるんでしょう。どんな手段をとるか想像もしたくありませんが』

 

「……夏休み前の集会で体育館の壇上が花火で吹き飛んだが」

 

『二度ネタは性格上しないでしょうね。――あ、今メールが来ました。バケットホイールエクスカベーターの資料が欲しいとありますね』

 

「…………」

 

ライは頭痛を抑えるように手を頭に置き、大きなため息をついた。彼女を話題としたほんの数秒の会話でどんと疲れた。先ほどまで絃神島を走り回った時よりの数倍の疲労を感じた。

 

「資料は送るな。今度は教壇だけじゃなく校舎まで崩壊しそうだ」

 

『ならどうします?知っての通り、あの方は止まりませんよ』

 

「……僕が行く。明日の早朝、そっちに向かうからそれまで抑えろ」

 

義兄のテスト勉強もあるから、取れる睡眠時間はよくて三時間ほどだろうなと現実逃避気味に考える。

 

『あっ、それならまたバイトを頼みたいんですがいいですか。報酬は弾みますよ』

 

「……内容次第だ」

 

『メア・フレームを使ってのコンテナ運びです。こちらで雇っている占星術師や魔女、風水師たちが揃って近い内、この島が大変なことになると占いまして――稼ぎ時と判断しました。そのため大阪のことも含めての準備で忙しくて猫の手も借りたいぐらいなんです』

 

「……商魂たくましいな」

 

自分たちの危機すらも視野に入れながらも、そう判断した姿勢にやれやれと呆れながらライは首を振った。

 

そこでふと何か思い出したように、エコバックに手を入れ、商品を取り出した。

 

手に握られていたのは細身のガムの包み。皇社製のマークが入ったガムだ。表面には蔑むような冷たい視線で見下す青いタヌキのようなキャラクターが描かれている。商品名は冷徹(ドライ)もんガムとある。

 

「……牙上院。尋ねるが答えてほしい。――こんなガムを企画して通した皇社(君たち)のセンスはどうなっているんだ」

 

『食品系については私、さわり程度しか触れてませんからね。まあ、社員たちのセンスについては真っ直ぐに伸びてるんじゃないでしょうか?』

 

「真っ直ぐって言っても、それ絶対に左上とかドリル状になっていないか?」

 

そう言いながら、ライはガムの包みの封を切って、板ガムを一枚取り出す。ガムを包む紙に文字が書かれており、

 

――のび夫君。君は僕が力を貸すに値しない人間だと、自らその材料を提供していたんだよ――

 

「……これ本当に子供向け商品なのかい?」

 

『子供より大人の購入者が多いですね。ガムの包み紙に冷徹(ドライ)もんの名言が乗っていて、それが人気の一つとのことです。アンケートによると……”子供の夢を叩き壊すド正論が身に沁みます””甘ったれた息子に言ってやって現実を叩きつけてやりました”他には……』

 

「もういい。というかこういうキャラクター物は版権とかのチェックが厳しいんじゃないか?」

 

『厳しかったようです。版権元から、目つきが甘い。ドライアイスで出来た剃刀のように、と……』

 

そこで、ライはスマホの通話を切った。

 

スマホをポケットに入れながら溜息をついて、嫌なことを忘れるようにガムを噛む。

 

「ウニ味か。何故これをガムにしたんだ……」

 

もっと別の味があっただろうと思いながら噛むたびに口内に広がるウニ味を味わいながら、ゆっくりとあたりを見回す。いつの間にか、ライは囲まれていた。

 

 

マンションを背にするライを中心とする外灯の明かり、その周囲に、幾つかの影が立っている。それらはライよりも一回り巨大な姿を誇っていた。

 

数は五人。捻じれた牛角のような装飾をつけた、砲弾をそのまま加工したような分厚い兜。素顔を隠し両目部分に備わる十字型のスリッドから覗く不気味な赤いカメラレンズ、最早常人に扱えるようなものではない巨大なパワードスーツを身に纏い全身を黒一色に染めた現代の鎧姿を形どっていた。

 

ライはその光景に焦りも戸惑いもなく、現れた鎧騎士たちに目を細めた。

 

噛んでいたガムを包み紙に包み、マンション前のゴミ箱へと放った。

 

「術式付与された装甲服、ノーマルフレームの上に更に着込むメガフレーム"グロースター”か。より多く術式を付与できるが消費魔力は大きい。仲間が返り討ちにされてノーマルフレーム"グラスゴー”では歯が立たんと虎の子を引っ張り出してきたな」

 

視線はそのままに噛んでいたガムを包み紙に包み、マンション前のゴミ箱へと放った。

 

「独断行動と聞いたがどこの所属だ。第二席の『マンフレディ』か?第四席の『エルンスト』か?第八席の『ヴィクトリア』か?もしくは第十二席の『クルシェフスキー』か?」

 

問いに、無言で鎧姿達が身構える。その手には各々武器を手にして。

 

だが、ライは地面にエコバックを置き、

 

「無言か。その態度は頂けないな。君達の目的からしたら僕の機嫌を損ねるのは不味いんじゃないか?答え次第では加減をしよう。いいか、もう一度聞いてやる。どこの所属だ。まさか……第五席の『シュタットフェルト』か?」

 

再びの問いに返されるのは、またも無言。

 

その反応にライはため息をつき、

 

「正直、もう帰って欲しいんだ。()()()()()()()。僕が大阪の騒動に巻き込まれて疲れてることは。それを狙ったのだろうが、大勢で仕掛けてきて、たった一人相手にして残ったのはこれだけ。――吸血鬼の眷獣を相手にできるメガフレームを使っても結果は同じだ」

 

と、次の瞬間、すぐにそれが発生した。

 

火。

 

炎。

 

焔。

 

それら全てに似ていて、それら全てとは"格”が違う真紅の火焔。

 

紅蓮地獄もかくやの大火がライの左腕から迸り、轟と啼く。人の絶叫を固めた、激痛そのものような炎音。

 

生き物のように炎は彼の腕に纏わり、その先に宿る。

 

ライの指を包み、五本から三本へと変わる。

 

彼はそれを眼前に持ち上げ、動いた。

 

その動きに襲撃者たちは瞬きもせず凝視する。取り付けたゴーグルで見てに備わる『ファクトスフィア』を全開にしてライの行動を分析、予測、すぐにでも対応できるように、そして攻勢に移れるように獲物を握る力を強めた。しかし、彼の行動は拍子抜けするかのように無造作だった。

 

ただ一歩。ただ右脚を一歩前に出し、地面を踏み込む。それだけだった。

 

そして、ライが踏み込んだ足に力を入れ、疾走した。

 

その動きは速かった。ライの出せる全速力のスピードだった。

 

リニアカタパルトで発射されたかのようなスピードで疾走するライの行く先は右手側の襲撃者だ。

 

向かって来るライに襲撃者の一人は驚愕こそあれど戸惑いはない。装備された分析機能によってその動きを予測、知覚しており、ライの行動に反応、対応することができた。

 

距離が詰められる前に、重火器が内蔵された盾としても使用できる重機、あるいは鉄塊めいた両腕でガード体勢に。更に魔術術式も展開。効果は己の自重を増大させるもの。この術式によって攻撃力はもとより防御力も増大できる。――この術式と装備が合わせて大型ミサイルクラスレベルの攻撃力を持つ眷獣の直撃を無傷で防いだ実績もこの襲撃者は有していた。

 

そして、疾走したライがその両腕に真正面から激突した。炎で形作られた三本爪を開いての掌底。ぶつかり炎の花が大きく咲いた。それだけをもって、鎧姿の両腕が文字通り()()()

 

『!!』

 

己の誇りとも称せる武装が一瞬で消滅したことに兜の下の瞳が信じられないように見開かれ、口は呆然と開かれる。

 

そんな相手に構う事なく、ライはがら空きの身体に蹴りを放つ。頑丈な装甲が金属音を響かせ砕け散り、そのまま生身の腹部に直撃。兜の下に空気を吐き出す音と嘔吐の音が聞こえ、仰向けに倒れる。

 

だが、ライは相手を見ない。踵を返して残りの四人を視界に収め、

 

「ほら、見ただろ?一番防御力が高そうな奴でさえコレだ。機動力が高い"ウォード”なら回避するなり、なんとかなったのだろうけど、重装甲の"グロースター”じゃただの的だ。――僕に盾も鎧も通用しない」

 

だから、さっさと退けと暗にライは伝えるが、

 

『――――』

 

彼らに思いは通じず、各々が不退転の姿勢で武器を構える。

 

「――そうか」

 

ライ自身、言って退くような奴らではないと分かっていた。

 

だが、圧倒的な力の差を見せ付けることで一縷の望みをかけたのだが、無情にもそれが叶うことはなかった。

 

左腕を包む業火を引っ込める。

 

これから行う技は極度の集中力がいる。炎を纏った状態ではコントロールが難しい。別にこの技を使う必要性はない。先ほど倒したように炎は愚か徒手空拳でこと足りる相手だ。なのに、この技を使う理由は一つ。徹底的に潰すためだ。

 

これまで相手にしてきた集団全員はまだ生きている。死なないよう加減してきた。だが、生きている以上きっとまた自分に襲い掛かってくるはずだ。予想ではなく確信。ライという存在を手に入れるため、彼らは何度でもこうして襲い掛かってくる。

 

ならば奴らの襲い掛かってくる気力が失せるほどの大威力を喰らわせるまでだ。

 

ライはゆっくりと右手を上げ、五指を開いた掌を空へ向ける。そして、広げられた五指が曲がる。ナニカに突き立てるように、ナニカを掴むかのように。

 

その行動を黙って見ている鎧たちではない。何かしらのアクションをされる前に、ライを行動不能にしようと襲い掛かった。脚部と背部に仕込んだ術式が発動し、鈍重そうな鎧を纏っているにも関わらず、彼らはロケットで発射されたかのようなスピードで突撃する。四人とも、両手に握りしめた武器を振り上げ――

 

「――墜ちろ」

 

彼らが突撃を開始したその時、ライは右手を振り下ろした瞬間だった。

 

天上から生まれた光が枝分かれして一気に落ちてきた。

 

 

突撃してきた四人がライが落とした光――稲妻に打ちのめされたことで結界が解除された。

 

身体から焦げた臭いを漂わせる鎧姿たちを見て、ライはふうと息を吐いた。

 

稲妻を落とすこと事態はそれほど難しいことではない。ライ自身の異能は、例え晴天であろうとも落雷をひき起こすことはできる。問題は目標へ落とすことと威力の調整だ。

 

それらに手を抜いてしまえばどうなるか……最悪、アイランド・サウスが消滅する。

 

異相転換の結界により、現実世界に影響はないが、それでも限界というものはある。結界の容量を超える破壊現象が起こればどうなるか。単純に零れた破壊が現実世界を浸食する。

 

そんな最悪の状況が起きなかったことに安堵し、倒れた鎧姿たちを放置して進む。

 

エコバックを拾い、帰宅しようとした時、ふと思い出したかのように監視カメラに視線を向け、

 

「――後片付けは任せる」

 

そう言って何事もなく帰宅した。

 




ロスカラ・ザ・ブラッド、どうでしたか。
ギアス要素を加えたため所々、見たモノ聞いたことがありますね。ちなみにライが出した炎以外の能力はオリジナルです。元ネタはあるのですがね。
この二話はプロローグのようなものでして、筆がのって幾つか話が出来たか、読者の皆様に需要があれば、いずれ独立して載せる予定です。

次こそは本編を投稿したいと思います。


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第一章
過去編 -復活ー


どうも皆さん。お久しぶりです。
春休みが終わってからリアルが忙しくなりましてね……。中々、執筆する時間が取れなかったんです。これからの更新もかなりの不定期になってしまいます。楽しみにしている方々申し訳ございません。


では、今回の話について説明を。
今回の話は、タイトルの通り過去編です。他の執筆具合は、本編は6割、番外編は4割といったところで……。

時系列としてはライがギアスの遺跡で目覚めて数か月後の話で、レリィたちアイングラムに出会うほんのちょっと前です。

この話が後々、レリィたちやルクスに出会うきっかけとなっています。



色があった。

青の色だ。深く濃い青の色が、上方に大きく広がっている。そして対する下方には同等の濃さを持つ緑と薄く鮮やかな緑の色が広がっている。

天の青は雲一つない空、地の緑は木々が生い茂る森と太陽に輝く草原だ。

 

そんな青の中を、空の中央を行くものがあった。

それは竜と人を合わせた存在、装甲機竜(ドラグライド)に酷似していた。

だが陽光を反射する幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)で構成された身体は、竜を打ち倒す英雄が持つヒロイックと禍々しく輝く赤い紋章を胸に刻む姿。およそ似て非なる存在だと勘の鋭い者はそれだけで気付くだろう。

 

人よりも巨大な姿。空よりも濃い蒼いと穢れを集めた漆黒で塗られた存在は、身を作り上げる幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)から全体的に見れば優雅な騎士だ。

 

角を持ち、鋭い双眸を持った蒼黒の騎士。四肢は長く、背部にはそれぞれ対の翼である《フロートユニット》が横に張り出して、翼の先から翡翠の光が伸び、加速のための陽炎がより強く吐き出される。

 

加速に押され、騎士は往く。

騎士の中心部には人がいた。鎧を兜を身に着こなしているのではなく、騎士のぼっかりと空いた部分に人が入り込んでいた。

 

黒い仮面、黒い鎧に身を包む――ライは風の壁にぶつかるのを感じながらも、騎士の操縦桿を強く握った。

 

主の意思を感じた騎士、《クラブ・クリーナー》は主を守るための障壁を強固にし、更なる加速を試みる。

 

耳に届く多くの音は、より強くなった空の風を切る大音。その音に重なるように響くのは、機体の金属的な軋みや、加速噴出の轟音だ。

飛ぶ。飛ぶ。飛ぶ。

 

 

『っ……!』

 

 

加速のGは《クラブ・クリーナー》が抑えてくれるが、操作と出力上昇の負担が身体の苦となって蝕むがしかし、ライは動くことをやめない。

 

再び、《クラブ・クリーナー》に命令を下す。

《クラブ・クリーナー》の両肩部が開く。そこに埋まっていた《ファクトスフィア》が露出する。さながら眼球にも見えるそれの中心が光り、球体に光の波が走る。

光の波が走るたびに騎士の翡翠色の双眸が光り、同調した主の仮面も光が走る。

 

仮面と装甲衣が持つ能力が、接続された《クラブ・クリーナー》が感知する全てをライに流し込まれてくる。

前方、《クラブ・クリーナー》が捉える存在をライは視認することに成功した。

自分たちより先を劣らぬ速度で駆けていく鋼の巨体。

 

引き離そうと振り向くことなく、背を見せ続ける存在。六つの羽の《フロートユニット》を背負い、《クラブ・クリーナー》よりも一回り巨大な黒と黄金の騎士の名は――

 

 

『ガウェイン――ッッ!!』

 

 

追いかける獲物の名を叫び、武装《ゼルベリオス》を召喚する。

手持ちハドロン銃砲である《ゼルベリオス》は地獄の番犬(ケルベロス)のドイツ語訳。その名の通り、三つの(銃身)を持っている。

 

ハドロンショットを連射可能な機竜息銃(ブレスガン)に似た《ゼルベリオス・アイン()》から変形し、貫通力と長距離射撃に長けた機竜息砲(キャノン)に似た《ゼルベリオス・ツヴァイ()》へと姿を変える。

 

《ゼルベリオス・ツヴァイ》から放たれる一点集中のハドロンブラスターを直撃すれば《ガウェイン》の大破は確実。それも今見せているがら空きの背中に当たれば、その確率は膨れ上がる。

 

加速を続行しながらも両手で《ゼルベリオス・ツヴァイ》を構えるが、

 

 

『……くそっ!』

 

 

撃てない。引き金を引けない。狙いを定めることが出来ない。

 

 

《クラブ・クリーナー》が《ガウェイン》を《ガウェイン》として認識出来ていないから。

 

 

仮面と装甲衣のお蔭でライは人間では到底認識できない世界を認識できる。その世界は、《クラブ・クリーナー》が認識している世界だ。

 

精密機器の集合体が、己の性能をフルに活用して感知する世界は人間よりも広く、深く、鮮明としている。その世界を共有できるお蔭でライ自身、これまでの戦闘で大いに助けられてきた。

 

先ほども離れた距離にいる《ガウェイン》を確認することが出来た。しかし、それはライの認識。《クラブ・クリーナー》には、離れて飛んでいる《ガウェイン》を《ガウェイン》と認識出来ていない。

 

人間であるライが認識できて、機械である《クラブ・クリーナー》が認識出来ないその謎は、

 

 

――迷彩(ステルス)妨害(ジャミング)……《ドルイド》か。

 

 

《ガウェイン》とその同機を発展・改良した《蜃気楼》に搭載された電子解析コンピュータシステム《ドルイド》。それが《クラブ・クリーナー》の目と耳、レーダーすらも欺いている電子戦装備。

 

(ナイト)(メア)(フレーム)であった《ガウェイン》はかつて《ドルイドシステム》、更に《ハドロン砲》の集束制御のために加えられたゲフィオンディスターバーの技術によってブリタニア軍のレーダー網を掻い潜り、占拠されたフクオカ基地に単独侵攻の実績がある。

 

今、追っている《ガウェイン》も似たようなことが出来てもおかしくはない。

 

そもそも《ガウェイン》を発見したのは、空を飛行しているのを偶然ライが発見したことによるものだ。《ファクトスフィア》のレーダーに映らずに。

 

展開していた《ファクトスフィア》にも感知されずにくぐり抜ける迷彩(ステルス)妨害(ジャミング)性能。もし、ここで逃してしまえば、探し出すのは骨だ。

 

ここで今、仕留めておきたい。しかし――

 

 

『オ、オオォォ――――ッッ!!』

 

 

徐々に、徐々に《ガウェイン》との距離は縮まっている。だがそれは、なおも続けている加速によってのもの。長時間の加速がライの疲労となって蓄積している。

 

このまま続けていけば、いずれは《ガウェイン》に追いつけるだろう。しかし、その時のライの疲労は如何ほどに。これは追いかけっこではない。戦闘だ。

 

《ガウェイン》と戦うには体力も整備も万全でなければならない。自分が破壊すべき対象はそれ程に強大なのだ。

 

消耗した状態で戦えば自分は間違いなく苦戦、最悪死ぬ。自分の死、それは奴らを破壊することができる者がいなくなること。この世界に自分より優れた技術を持つ人物や兵器があったとしても絶対に彼らを滅ぼすことはできない。

 

それだけは絶対避けなければならない。

 

 

諦めるしかないのか、と思った時、

 

 

『っ!?』

 

 

先を進んでいく《ガウェイン》が加速を止めた。ただし、停止することはなく、振り向きの勢いを持って薙ぐ右足をこちらに放って――。

 

 

『感謝する――!』

 

 

切り上げてくれた追いかけっこ、ようやく始まってくれた戦闘に感謝の声を出しつつ、ライが向かってくる右足に出すのは、右膝。

 

《クラブ・クリーナー》となって追加された両膝の《ニードルブレイザー》。

 

打ち砕かんと迫る右足と返り討たんとする右膝がぶつかった。

 

打ち砕かれたのは――右足。

 

ブレイズルミナスを応用したエネルギー場を展開して打ち抜く《ニードルブレイザー》と薄く障壁が張られた勢いだけの回し蹴りでは勝負は見えていた。

 

脛部分を貫通されても《ガウェイン》は、動揺することも後退することなく次の行動に移る。

 

自身に突きつけられた《ゼルベリオス》。《クラブ・クリーナー》が右腕一本で構えられるその銃口から一撃を吐き出そうとすでに赤い輝きが零れていた。

 

発射。しかし、《ガウェイン》は沈黙せず。

 

臆することなく銃口を右掌で塞いで、強引に射線を被弾コースよりずらしたのだ。阻止をしたわけではないため、右手が手首よりも先を吹き飛ばすことになったが、相変わらず後退の気配無し。

 

《ゼルベリオス》発射の直後、《ガウェイン》の左指の《スラッシュハーケン》が空気を切り裂いて発射する。

 

《ガウェイン》の《ゼルベリオス》の対応に僅かに硬直したが、《クラブ・クリーナー》のブレイズルミナスを展開して防御しようとするライ。しかし、

 

 

『ぐぅ……っ!?』

 

 

自慢の防御力を有する盾が貫かれて、仮面の下で苦悶の表情を浮かべた。

 

《スラッシュハーケン》はブレイズルミナスを発生させる左腕すらも貫通。振り払う時間も与えずに、高速で巻き戻される《スラッシュハーケン》。

 

《ガウェイン》と《クラブ・クリーナー》、使い手である白い仮面と黒い仮面の距離が瞬間的にほぼ零となる。

 

先ほどまで行っていた追走劇とは全く真逆の状況。一秒にも満たない接触を打ち破ったのは――《ガウェイン》。

 

人間であるが故に持つ驚愕による意識の硬直に縛られるライ。そんな彼を侮蔑するように、次の行動を起こしていた。両肩を上下に割って、現れるのは二つの巨大な目を思わせる巨大な砲口。

 

この武装も《ハドロン砲》。

今にも、吐き出さんと先ほどの《ゼルベリオス》と同じように紅いスパークを生むが比べてみると様子に差があった。砲口に集まるエネルギーが、爆発しかねんばかりに火花を散らして不安定だ。

 

暴走か、と警戒するライ。しかし、不安定でありながら膨れ上がるという矛盾は続けられ、巨大化するエネルギーに《ガウェイン》の行動を察した時のライの行動は迅速を優った。

 

《ガウェイン》の両肩で溜め込まれたエネルギーが解放された。

それは紛れもない《ハドロン砲》だった。ただし、《ゼルベリオス》が放ったような直線に飛んでいくものではない。膨れ上がったエネルギーは風船のように弾け、短いけれど広範囲を烈火の勢いで打ち叩いた。

 

本来、集束して放つ《ハドロン砲》を《ガウェイン》は敢えて行わなかった。火力を高めるためにエネルギーを蓄え、限界点ギリギリのところで破裂させることによっての高火力拡散ハドロン砲。拡散しているため距離の離れた相手には期待できないが、そこは《スラッシュハーケン》で引き寄せることで解決する。

 

《スラッシュハーケン》を打ち込んだまま放たれた拡散ハドロン砲は、刺さったままの指を巻き込んでライと《クラブ・クリーナー》を赤で包み込んだ。

 

圧倒的ながらも短い砲撃を終えた《ガウェイン》の体に光が走る。胸の紋章が輝いて、生まれた光が破損した両腕と打ち抜かれた右足を時を巻き戻すように修復される。

 

 

――神装《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》。

 

 

内蔵される《ギアス伝導回路》がアクセスする『エデンバイタル』。

そこから流れる無限のエネルギーを再生に活用することで、朽ちることも破壊されることもない敵対する者にとって悪夢としかいいようがない神装。

 

全快となった《ガウェイン》は、その場を動くことはなかった。

 

なぜならまだ相手は生きているのだから。

 

拡散ハドロン砲で生まれた白煙が晴れた先、逃げ場のない至近距離で包まれたにも関わらず《クラブ・クリーナー》は健在だった。

 

《ブレイズルミナス》を全身を包むルミナスコーンとして使用することで、被弾を防いだのだ。しかし、高い防御力を持つ《ブレイズルミナス》でも拡散ハドロン砲は破ってのけただろう。それほどの威力を持っていたのに、防御できたのは《ガウェイン》と同様の神装《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》で出力を上昇させたのが理由だ。

 

まだ一分も経っていない状況で行われた戦闘。

これだけで終わらせるほどお互いの胸に満足はない。

この戦いの終了は、どちらかが鉄屑になるまで。

 

悪夢(ナイトメア)の戦闘は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

《クラブ・クリーナー》の右に《ゼルベリオス・アイン》、左に《可変アサルトライフル》を構えさせたライはハドロンショットと連射される銃撃を浴びせかけた。

 

自身目掛けて飛んでくる弾丸に《ガウェイン》は、回避運動を行うが、それらは装甲に張られる障壁を掠めていった。これまで《ドルイドシステム》の力で、射撃補正といったものを無力化していたが、とうとうそれも効果を失ってきたのだ

 

別に《ドルイドシステム》の能力が停止したわけではない。現に今もなお、《クラブ・クリーナー》の電子兵装を誤魔化し続けているが、ライという百戦錬磨の戦士は、これまでの戦闘から直感という確かにあるもので射撃を修正しているのだ。

 

 

――大体コツは掴んだな。

 

 

一瞬でフロートユニットで加速させると、ライは《ガウェイン》の予測進行方向の上位に飛翔し、宙返りで方向転換、上方の死角で《可変アサルトライフル》をスナイパーモードに変えて、狙撃する位置を取った。

 

《ゼルベリオス・ツヴァイ》よりも破壊力は劣るが弾速は優る銃撃が火を噴く。移動予測地点へ動いてくれた《ガウェイン》の猫耳に似た頭部のセンサーを綺麗に吹き飛ばす。

 

 

『ああ、くそっ……!』

 

 

頭部をまるまる吹き飛ばせれば、体勢を崩せた。その隙に、『ザ・ゼロ』を叩き込む予定だったのに――!

 

一隅のチャンスを逃した隙を見逃す《ガウェイン》ではない。頭部センサーを回復させて、フロートユニットをで急上昇を仕掛けて、《ハドロン砲》を充電させながらライの背後に回り込む。

 

 

『――ッ!?』

 

 

背後を振り向きながら距離を少しでも取ろうとするライの目に発射間際の《ハドロン砲》が映り込む。《ハドロン砲》はまたも異常なエネルギーの溜めを行っている。直線状でも拡散でもない、球体状に溜め込まれるエネルギーが葡萄のような集合体になっていた。

 

そして《ハドロン砲》が発射された。拡散ハドロン砲と同じく直線ではなく、飛び散るように出たエネルギーには烈火の勢いはない。だが――

 

 

『《ハドロン砲》でオールレンジボマーを再現かっ!』

 

 

集束されなかった《ハドロン砲》は(ナイト)(メア)(フレーム)の装備、ミサイル『オールレンジボマー』そっくりの形で弾幕を形成して迫ってくる。幸いにも弾速はそんなになく、ライはそれを連射型に戻した《可変アサルトライフル》と《ゼルベリオス・アイン》で全て迎撃した。

 

すでに交戦から十分が経過している。行われる激闘は空中にただ留まることなく激しく動いているが、状況はライの優位に傾いていた。

 

それは使用している悪夢(ナイトメア)の性能差のお蔭だ。

 

元となった(ナイト)(メア)(フレーム)の《ガウェイン》は、どの世代にも属さない機体として扱われていたが、その性能は第七世代に匹敵するものだ。

 

装甲機竜(ドラグライド)の技術、マッスルフレーミングを用いた悪夢(ナイトメア)となったことで、不得意だった格闘戦、機動戦でも活躍することが可能となった。

 

調整することで変幻自在な砲撃が可能な《ハドロン砲》。

電子戦で圧倒的な優位に立つことができる《ドルイドシステム》。

機竜の半分以上の巨体と比例する出力が繰り出す徒手空拳。

 

しかし、これらの性能で《クラブ・クリーナー》を相手にするのは不足だった。

(ナイト)(メア)(フレーム)《クラブ・クリーナー》は第八世代機。再現された性能と豊富な武装、そして何より数々の修羅場を潜ってきたライという使い手が存在すること。

 

 

『おおおおおぉぉぉぉ――――ッッッッ!!!』

 

 

ライは自分の体力が尽きる前に怒涛の攻撃を《ガウェイン》にぶつけていく。

 

 

――《(メーザー)(バイブレーション)(ソード)》。

――《ゼルベリオス》。

――《可変アサルトライフル》。

――《スラッシュハーケン》。

――《ニードルブレイザー》。

――《ロンゴミニアド》。

 

 

《ガウェイン》も負けじと《ハドロン砲》を《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》で強化して発射、拡散砲撃、追尾砲撃するなどしてくるがいかんせん必殺といえる武装が少ない。

 

受けたダメージは《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》で回復するが、回復してすぐに被弾していくため焼け石に水だった。

 

そしてついに――

 

 

『貰ったぁっ!!』

 

 

発射しようとしていた肩部の《ハドロン砲》にスナイパーモードに変形した《可変アサルトライフル》の弾丸を撃ち込む。相手の砲口が砲撃を発射する直前に弾丸を撃つ神技。狙撃用に一発の速度と威力が高い弾丸は吸い込まれるように直撃した。

 

発射しようとして蓄えられていたエネルギーが与えられた銃撃に暴走し、《ガウェイン》の左肩部を吹き飛ばす。仮面の使い手と《ガウェイン》の顔すらも焼き尽くして、体勢を大きく崩すこととなった。

 

この戦いに終止符を打ち込むためにその隙を逃すことは決してしない。

 

《可変アサルトライフル》をしまい、抜いていた《(メーザー)(バイブレーション)(ソード)》を腰だめに構えて、突っ込んでいく。

 

拒絶の意思表現として、後退しながら右肩の《ハドロン砲》を発射。連射が出来るハドロンショットの弾幕を形成するが、それら全てをライは巧みな操作でくぐり抜けていく。

 

止まらない仇敵に《ハドロン砲》での迎撃を諦め、激突の瞬間に《ガウェイン》は拳を引きながら力を溜め、ライにカウンターを叩き込もうとする。

 

乾坤一擲、突撃してくる相手にタイミングを合わせての反撃。確実に倒すために、《ギアス伝導回路》をフルに、神装すらも使用して拳一つに『エデンバイタル』のエネルギーを集中させる。

 

 

――――――――!!

 

 

稲妻の轟音を思わせる拳打が放たれた。空気の層をぶち抜いた一撃は、必殺のものへと昇華されて、自身へと迫りくる存在を打ち砕いた。しかし、それは目標ではなかった。

 

《ガウェイン》が打ち砕いた物。《クラブ・クリーナー》の武装、《ロンゴミニアド》だった。

 

《ロンゴミニアド》は推進機構を内蔵したランス。カウンターの態勢をとった《ガウェイン》目掛けて、推進力全開で投擲したのだ。その突撃力は装甲を間違いなく貫通する威力を秘めていた。

 

そのために《ガウェイン》はこれが囮であることを承知した上でカウンターを打ち込んでしまった。

 

穂先が砕け散った《ロンゴミニアド》は破片を空中で四散させるが、ひったくる勢いで回収される。

 

無論、その者は《クラブ・クリーナー》を纏ったライ。

 

とうとう《ガウェイン》の懐に入り込んだ。片手に《(メーザー)(バイブレーション)(ソード)》、もう片方に半分程となった柄しか残っていない《ロンゴミニアド》を握っている。

 

横に《(メーザー)(バイブレーション)(ソード)》を大きく振りかぶり横一文字に薙ごうとする。

 

狙うは《ガウェイン》の胴体。

 

黙って斬られようとする《ガウェイン》ではなく、残った右腕を盾にして構える。切断力が高い《(メーザー)(バイブレーション)(ソード)》でも、片手で繰り出され、腕一本を盾にすれば減速し、威力も弱まる。その生まれた隙に回復か、後退を――

 

 

『《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》』

 

 

呟いた言葉とほぼ同時、構えられた腕すらも切り裂いて、《ガウェイン》が分かたれた。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

――うまくいったな。

 

 

神装《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》を使用することで《(メーザー)(バイブレーション)(ソード)》の切れ味を上昇させることに成功した。強化された一斬は凄まじく、本当に自分は《ガウェイン》を切ったのかと心配になっているほどだ。

 

だが、まだ気を緩んではいけない。

 

《ガウェイン》共々奴らは不死身だ。倒すには、『ザ・ゼロ』をぶつけて『エデンバイタル』との接続を無効化しなければならない。例え、下半身が無くなろうが、使い手の頭が吹き飛ぼうが決して死ぬことはない。そのために追撃を――

 

 

『なに……?』

 

 

《ガウェイン》が落ちている。

フロートユニットを使用して降下しているのではない。それすらも停止させて、重力に引かれて落下している。

 

余りにも損傷を受けたために、機能停止かと思ったが胸部の装甲に浮かぶギアスの紋章は未だなお輝いている。それなのになぜ、神装で再生することなく、落下しているのだ?

 

疑問を浮かべながら神装で《ロンゴミニアド》を修復させて、墜落していく《ガウェイン》を追いかけた。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

上空から静かに降下した地点は、沿岸だった。交戦した時には、緑と土の大地しか広がっていなかったが、戦っている内にだいぶ移動してしまったようだ。

 

(メーザー)(バイブレーション)(ソード)》と《ロンゴミニアド》は収納し、《ゼルベリオス・ツヴァイ》を油断なく両手で構える。

 

太陽からの光を受けて空よりも深い青色を輝かせる大海原。

同じく太陽の光で砂の一つ一つが宝石と見間違えんばかりの砂浜。

 

これだけなら他愛もない自然の風景と思えるだろうが、異物といえるものが存在していた。

 

――何だ……これ?

 

小さな島と見紛うほどの巨大な岩。周囲の岩場と一体化するように、その姿を大海から覗かせている。その巨岩に下半身と左肩から下が吹き飛んだ《ガウェイン》が斬り飛ばされ先を失った右腕を巨岩に突っ込んでいた。

 

油断なく《ガウェイン》の挙動を観察しながら、《クラブ・クリーナー》のセンサーを利用して、《ガウェイン》を拡大。よく見れば、がら空きの背中は墜落の衝撃か六つのフロートユニットの翼が粉々に砕け散っていた。翼の損傷により飛行出来なくなった体を右腕を杭にすることで支えたといった状況か。

 

しかし、

 

――まだ再生していない?

 

大破以上ともいえる損傷を受けているのに未だに《ガウェイン》は自身を回復させていない。その気になれば巨岩に墜落する前に完全再生することも十分に可能なはずだった。

 

――何を企んでいる……?

 

《ガウェイン》が何等かを企んでいることは、傷ついた身を再生を行っていないことから疑う余地もない。これまでの同類との戦闘で、彼らは戦闘続行に支障が生まれるほどのダメージを受けた場合、すぐに神装で再生を開始する。

 

だが、当の《ガウェイン》は再生どころか行動の素振りさせ見せず、ただ巨岩に先の無くなった片手で落下しないように支えているだけに見えるが――その胸部装甲に浮かぶギアスの紋章からは、猛り狂うエネルギーの渦動が、周囲の空間を歪めるほどに滔々と溢れ出ている。

 

――まさか自爆か?

 

一ヶ月ほど前に撃墜した《ガニメデ》という機体が似たような行動をしていた。

元となった(ナイト)(メア)(フレーム)は第三世代に分類され、戦闘が可能な機体としての原点ともいえた。だが、機竜の技術で再現された際には武装は《アサルトライフル》だけとお粗末、いやそれ以下の具合だった。

 

《蒼月》で戦った際、同等の技術で再現されたが元となった機体の性能差から簡単にねじ伏せることが出来た。しかし、最後の最後、『ザ・ゼロ』をぶつけようとした時、手痛い反撃を受けた。

 

《ガニメデ》は神装で引き出した『エデンバイタル』のエネルギーを自身を包む障壁に限界を超えるほどに注いで暴走、爆発させたのだ。その破壊力は《蒼月》の盾として展開した左腕すらも吹き飛ばす破壊力だった。

 

すぐさま神装で回復して倒したが、その一件はライにとって苦い過去となっている。今の《ガウェイン》も自爆しようとした《ガニメデ》と同じように、ギアスの紋章を輝かせている。

 

過去の経験が降下しているライを少し後退し、《ガウェイン》とほぼ同じ高さまで来て――

 

 

『――――ッッ!?』

 

 

巨岩の正面を伺うことで、声にならない驚愕が口から飛び出た。

 

巨岩には顔があった。

風と潮と風化の自然が作り上げた崩れた顔ではない。まるで深海に潜む海魔を思わせる醜悪な顔があった――!

 

過去の経験に囚われ過ぎた。何故、攻撃しなかったと自分を罵りながら、展開した《ゼルベリオス》の引き金を引こうとした時には――手遅れだった。

 

突っ込まれている腕周辺の岩肌が、罅割れ崩れ出す。その下にあったのは黒い軟体の肌と日の光に照り輝く粘液だった。それらは一斉に騒ぎ出し、やおら夥しい数の触手を一斉に突き出して――あろうことか、腕を突っ込む《ガウェイン》の姿を飲み込んでいくではないか。

 

触手の束に総身を巻き取られていく《ガウェイン》自身は、抵抗する素振りも見せずに触手の束に取り込まれた。

 

 

『なっ……お、おい!?』

 

 

まさかの《ガウェイン》の末路に慄然となるライの眼前で、崩れた岩肌から覗く軟体の何かが、激しく蠢く。まさかこの沿岸一帯を征服する巨岩の中に、そのサイズに見合う軟体の何かがいるというだけで想像するだに恐ろしい。

 

 

「グ、ォオォオオオオォォオオォオオォォォォォオオオオオオン!」

 

 

天災の凶兆を思わせる、聞いたことのない異音が辺りに響く。ライの直感に警報が最大となって鳴り響いたと同時に、凄まじい地鳴りとともに、沿岸一帯がガタガタと揺れ始める!

 

 

『一体なんだ――?』

 

 

とポツリと漏らした、その刹那。地面から、柱のような数十本の触手が、一斉に這い出てくる。

 

 

『うお……ッ!?』

 

 

襲い掛かってくる触手を咄嗟に回避し、改めて巨岩を見る。

 

自身を覆う岩肌を邪魔だと、下の何かが大きく震えている。その振動で岩肌が大きく割れ始めとうとう――

 

 

「グオオオオォォォォォオオオオオオオォオオォオオオ!」

 

 

吐き気を催すほどに穢らわしい粘液に濡れて光る、深海の覇者たる鯨や大王烏賊でさえ、これほどの巨体は誇りはすまい、この世ならざる領域の海を支配する邪神を思わせる姿。まさに『海魔』と呼ぶに相応しい水棲巨獣。

 

その冒涜的な姿に、ライの欠けた記憶が知識を呼び起こし、その名を呟いた。

 

 

終焉神獣(ラグナレク)――ポセイドン』

 

 

海神の名を冠する――終焉を体現せし神の獣が、今ここに蘇った。

 




はい、そんなわけで後編に続きます。割ととんでもないことになってしまいました。

解説と補足として《ガウェイン》は、搭載されているシステムのお蔭でロックオンはされず、レーダーにも映らないドレイク泣かせとなっています。
更には、ハドロン砲も調整することで様々な形態で発射できます。

後、《ガニメデ》の自爆については超時空要塞の全方位バリアの暴走をイメージしてください。……柿崎ぃぃぃぃ――――っっ!!(無言の十字)

ポセイドンは、《ガウェイン》に流し込まれた『エデンバイタル』のエネルギーで活性化、復活といった感じです。


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過去編 -復活2-

過去編の続きです。

ポセイドンの描写が難しい……!だってこいつ原作でも神装機竜一機に吹き飛ばされて瀕死になるし、例の種子を植え付けられて凶暴化するだけだったからな……。特有の能力って高速回復だけだっけ?まだ二体しか登場してないけど、「あやつは『終焉神獣(ラグナレク)』の中で最弱」と言われかねないぞ。
あっでも火力を持たない《ファフニール》や徒手空拳で戦う《テュポーン》は不利だよな。やっぱり強いんだよなポセイドン。もうちょっとうまい具合に活躍できないかな……。

と考えながら書いた話です。どうぞ!




 

――『終焉神獣(ラグナレク)』ポセイドン。

 

古代遺跡『遺跡(ルイン)』一つに対し一匹のみ存在するという、通常の幻神獣(アビス)とは巨大さも強さも次元が違う伝説級の怪物であり、街や村、更には小国すらも容易く滅ぼすことが出来る、超常の力を秘めた七匹の幻神獣(アビス)

 

そんな情報が視認した瞬間、ライの頭に()()湧き出た。

 

ポセイドン。『終焉神獣(ラグナレク)』といった姿や言葉を見たことも聞いたこともないのに、復活した姿を見てそれがどのような存在か頭に浮かび上がってきたのだ。

 

その中央にある巨大な頭と、突き出た紫の眼球、海岸一帯を占拠してしまうほどの巨体を見て、

 

 

『馬鹿デカい烏賊(イカ)だな……』

 

 

と若干現実逃避気味に呟いた。

 

『あちらの世界』の友人が読ませてくれたコミックにとても良く似た深海に潜む邪神がいた。その姿を見た主人公や召喚した悪役は、正気を表す数値を減らして混乱、発狂などしてバッドエンドを迎えていた。

 

そういえば母が烏賊を食しているのを宮廷の者たちが見て恐れ戦いていたのを思い出した。母に勧められて、

 

 

『ライ、私の故郷では食用としていたものよ。貴方も食べてみなさい』

『あの母上……。これ魚なんですか?鱗がないんですけど』

『はぁ全く、貴方はいつから物を見た目で判断するような子になったの。ほら、食べてみなさいな。確かに見た目はアレだけど』

『自覚しているなら出さないで下さい。僕はこんな異形の……魚?は食べませんからね』

『ああそんなっ!愛しい息子のためにお抱えの商人を脅迫、頼み込んで届けてもらった母の愛が無下にされるなんてっ……!私の教育が悪かったのかしらっ!?』

『母上、母上、誤魔化せてません。部屋に来る途中に、商人の方々が僕の顔を見るなり、怯えた顔を真顔にして逃げるように帰っていきましたが母上が原因でしたか。それと母上の教育は、世間一般から言って子育てに分類されません。思い返せば、ソルジャー育成法です』

『口煩い子ね。貴方が食べないならあの子に食べさせますか。適当な嘘をつけばコロッと信じてくれそうだし』

『っ!?く、う……うおおおぉぉぉぉぉっっ!!』

『よしよし、いい子ね。あ、言い忘れていたけど口に入れてるの――烏賊(イカ)って言うのだけれど寄生虫がびっしりいるから気を付けてね』

『っっ!!??』

『大丈夫、大丈夫。――よく噛めば死ぬから、私はそうしたわ』

 

 

食べた時の程よい弾力は嫌いにはなれなかったが、次の日は腹痛と高熱で二、三日苦しむことになったのは、今ではいい思い出だ。といっても目の前のコレを食すつもりはないが……。

 

 

――ああもうっ、しっかりしろ!逃避しても、目の前の現実は変わらないっ……!

 

 

頭を軽く振って現実に引き戻させる。ポセイドンは眠りから覚めた際の倦怠を伺えさせないほど活発に暴れている。

 

身体を大きく震わせて張り付く岩を砕き、砂場の地面を太い緑色の触手が、数えるのも馬鹿らしいほどの数を生やして地面を突き破る。海岸に陣取るポセイドンは、己の力を誇示するが如く、触手で大地を掘り起こし、周囲の全てを手当たり次第に粉砕して、その勢いを増していく。

 

そんな凶暴性を見てもライは警戒することすれ、圧倒されることはなかった。

 

 

――かの『天空要塞』よりは小さいし、《ガウェイン》たちよりかは単純だろ。

 

 

ポセイドンは巨大だ。体格の大きさは、相対する者の心理を圧迫してくる。樹木しかり、海原しかり、建築物しかり巨大であるということは相手の小ささを認識させ、『臆』を心に植え付ける。

 

しかし、ポセイドンはライが相手した存在で最も巨大な相手ではない。最大の敵は、その名の通りの天空要塞。吐き出されるのは、一発で広範囲を原子に消滅させる最強の攻撃力()

 

更にここ数ヶ月、ライが追い続けてきたのは不死身の騎士たち。無限の力に支えられ猛威を振るう物どもに比べれば、単純に死んでくれるだけで十分に気が楽になった。

 

 

『貴様如きに立ち止まっている暇などない。――邪魔だ。煩わしいぞ』

 

 

自身へと向けられる声にポセイドンが反応した……ような気だした。

 

烏賊や蛸など頭足類特有のギョロッとした眼球が空中の《クラブ・クリーナー》とライを捉えた。

 

 

「グオオオオォォォォォ!!」

 

 

深海に潜む生物が空を自由に飛ぶ生物を羨み、引きずり込もうとするが如くポセイドンの数十の触手がライに迫ってくる。

 

襲い来る触手にライは下がることなく、正面からのを変形させた《ゼルベリオス・アイン》で打ち潰す。正確無比に連続発射されたハドロンショットは、触手の先から喰い進んで、焼き尽くした。

 

焼かれた怨みを込めたと思わせる程に残った触手が勢いを増して、更には動かさなかった触手を繰り出し迫り続けている。

 

迫り来る触手の第一陣。

これにライは、《クラブ・クリーナー》の背部に装着された《(メーザー)(バイブレーション)(ソード)》を引き抜く。鞘から抜かれた刀身は、手から注がれるエネルギーで高周波振動を発動して真っ赤に染まる。

 

《クラブ・クリーナー》の知覚と同期しているライには、触手の軌道がはっきりと読むことができ、確実な軌跡で切り裂いていく。

 

第一陣の迎撃が終わっても、休む暇を与えずに向かってくる触手の第二陣。

 

それら全てを《ゼルベリオス・アイン》の速連射で潰し、《(メーザー)(バイブレーション)(ソード)》を頭上に放る。

 

その空いた片手で、背中にあるもう一振りの《(メーザー)(バイブレーション)(ソード)》を抜剣。

 

それが高周波振動を行うと同時、放られた《(メーザー)(バイブレーション)(ソード)》との柄尻が繋り、《(ツイン)(メーザー)(バイブレーション)(ソード)》が完成する。

 

迎撃に怒ったのか、より一層勢いと数を増やして放たれる触手は、《ゼルベリオス・アイン》一丁ではさばききれないものとなっていた。それにとうとうライは回避行動を行うことになった。

 

フロートユニットを吹かして自分目掛けて飛び交う無数の触手を回避する。人の反射神経だけでは全てを回避するには困難だが、ライは《クラブ・クリーナー》の知覚に接続している。みすみす捕まるようなことにはない。

 

それでも避け切れないものは、

 

 

『《神虎(シェンフー)》の真似事じゃないが――ッ』

 

 

(ツイン)(メーザー)(バイブレーション)(ソード)》片手に、ガンスピンならぬソードスピンと呼べる曲芸で切り裂いていく。

更に――

 

 

『ふっ――!』

 

 

回転する剣の壁を避け回り込む触手には、両足の《ブレイズルミナス》を刃として脚撃を繰り出す。刈り取るの字が如く、風を切って唸り声を上げる脚撃は、《クラブ・クリーナー》の胴体よりも太い触手を撃退する。

 

しかし、先を失った触手は瞬時に生え、諦めるような姿勢は見せない。巻き取って、握り潰そうとしているのだろうが高周波振動の出力、《ブレイズルミナス》の出力を上昇させていく。触れられても、動かせばバターのように切り裂けた。

 

 

――しかしこの数は面倒だ。

 

 

傍から見れば、騎士と怪物の戦いには絶望的な趨勢は歴然だった。絶え間なく攻め立ててくるポセイドンの触手を迎撃しても、切り裂かれた触手は切断面を一瞬だけ見せて再生してしまう。

 

まるで泥沼に縦穴を穿とうとしているようなもの。《クラブ・クリーナー》のもたらす攻撃では、再生のペースに追いつかない。

 

 

――《蒼月》ならなんとかなったか――?

 

 

ライの愛機を再現した機動兵器。その機攻殻剣(ソード・デバイス)は、《クラブ・クリーナー》の予備スペースに差し込まれている。

 

《蒼月》には、対象の一部に接触してエネルギーを流し込む輻射波動機構の装備がある。破壊力は、改修前の《月下・先型》の輻射波動よりも強力。それでポセイドンの触手の一本にでも打ち込めば、神装の強化もあって、膨大な輻射波動がこの馬鹿デカい図体に駆け巡り弾き飛ばすことが可能だ。

 

一撃。たった一撃で倒せる。しかし、

 

 

――そんな乗り換える余裕は流石にない……。

 

 

一旦下がって《蒼月》を召喚しようにも、ポセイドンが標的とする相手はライ一人だけ。そのため目視できる範囲でも既に数百本を超えている触手が一斉に迫ってきていた。迎撃と回避を繰り返すが四方八方からの追い詰めてくる触手は、その二つ以外の動作を許してはくれないほどに、勢いを増してきた。

 

格上殺し(ジャイアントキリング)は、《蒼月》の専売特許。

 

《クラブ・クリーナー》の専売特許とは、所有する多彩な武装によってあらゆる状況で戦えることができること。

 

この触手の大群も武装と《クラブ・クリーナー》自身の性能のお蔭で対処できるのだ。しかし、防衛までが《クラブ・クリーナー》の限界。手数では《蒼月》に勝るが、攻撃による爆発力には劣る。

 

このままだらだらと持久戦に持ち込まれてしまえば、連戦の続いているライには限りなく不利。戦闘を行いながら、この状況を打破することにライは頭の回転速度を上げた。

 

ポセイドンは終焉神獣(ラグナレク)と呼ばれる強力な個体。しかし、幻神獣(アビス)という種からは外れていない。だとしたら心臓部ともいえる(コア)が必ず存在するはずだ。

 

今のところ、《ゼルベリオス・アイン》の射撃で核の位置は大体補足した。後は、どうやってその核を破壊するか――。

 

方法は二つ。

 

一つ、再生も間に合わないほどの連撃を重ねて高速の削り取り、(コア)を破壊する。

 

二つ、再生など知ったことかと(コア)すら巻き込んで跡形もなく大火力で消し飛ばす。

 

案としては、『ザ・ゼロ』をぶつけるという手もあった。

全てを無に還す力の『ザ・ゼロ』は、人間などの生物に軽く触れさせれば、意識というエネルギーを失って気を失う。

 

しかし、ポセイドンの巨体に『ザ・ゼロ』が通用するのか?

真っ当な生物とは思えない幻神獣(アビス)にどのような効果が生まれるのか?

そして何より、今現在、休みなく戦闘で疲弊しきった身体では『ザ・ゼロ』は一回しか発動できないほどに消耗している。

 

ポセイドンを『ザ・ゼロ』で停止させることが出来ても、体内に取り込まれている《ガウェイン》にも効果はあるのか?あれば御の字だが、もし効果がなければ破壊することが不可能となるなどの不安要素が多すぎた。

 

結局は先に挙げた二つに絞られる。

 

(コア)に辿り着くまで高速連撃を永久に放つなどたった数ヶ月で目覚めて操縦技術が未熟のライには不可能だ。

 

ならば残されたのは――

 

 

『さっさと《ガウェイン》を吐き出してもらうぞ。貴様には興味が無いんだ』

 

 

《ゼルベリオス・ツヴァイ》に変形させ、取り込まれている《ガウェイン》も破壊するつもりで撃つ。吐き出された一点集中のハドロン砲は、なるべく重ねるように射線上に捉えた触手も貫通、減速することなくポセイドンの頭部に三発、両目に一発ずつ、口に二発直撃した。

 

ポセイドンを貫通することはなかったが、命中した箇所はその熱量で焼き払い、眼球は破裂し、口は焼けただれる成果を上げた。

 

 

「グゴゴオオオオォォォォォ!!」

 

 

苦痛に塗れた絶叫を上げるポセイドン。しかし、ライの手は休まることはなかった。

 

顔を潰されながらもライと《クラブ・クリーナー》を握り潰そうと迫る触手。それらを《(ツイン)(メーザー)(バイブレーション)(ソード)》片手に《ブレイズルミナス》を展開する両脚を忙しなく動かして、舞踊のように空を翔ける。

 

 

『――《ゼルベリオス》。それはギリシア神話に登場する犬の怪物、ケルベロスのドイツ語のスペルを無理矢理アルファベット読みしたものだ』

 

 

ポセイドンに語り掛けるように静かに呟くライ。

《クラブ・クリーナー》が握る《ゼルベリオス・ツヴァイ》の節々にスパークが走って、銃口から砲撃の残滓を零しつつも、その姿を変えていく。

 

 

『ケルベロスは冥府の入り口を守護する番犬であり、冥府の神ハデスの忠実なる僕。冥界にやって来た亡者の場合にはそのまま冥界へ通すが、冥界から逃げ出そうとする亡者は捕らえられ貪り食らう。外見的特徴として竜の尾と蛇のたてがみを持つが、最たるものとして三つの首を持つ姿で描かれる』

 

 

それと同時、現在のライの疲労とは反対に、胸部装甲の紋章は、しかし真っ赤に輝き、フレアすらも起こし始める。

 

 

『この《ゼルベリオス》もそう。三つの銃砲()となっている。連射可能のハドロンショットを放つ《ゼルベリオス・アイン()》。貫通力と長距離射撃に長けた《ゼルベリオス・ツヴァイ()》。そして最後、《ゼルベリオス・ドライ()》は――』

 

 

《ゼルベリオス・ツヴァイ》は銃身を包む装甲を展開。そのフレームを伸ばして広げた姿を構築する。さながら、口を大きく開け、その牙を獲物に向けた狼の頭蓋骨にも見える全貌。

 

相手に畏怖を与える長巨砲の姿でありながら、とても砲撃が出来るとは思えない脆さ剥き出しの銃。それが――《ゼルベリオス・ドライ()》。

 

 

『《ゼルベリオス》そのものはただでさえ変形機能を取り込んで、フレームも装甲も阻害とならないようにギリギリまで考えて設計している。要は整備士泣かせの武器だ。この《ゼルベリオス・ドライ》は、装甲とフレームを限界にまで広げてそれら全てで一つのハドロン砲を発射する。――その破壊力はカールレオン級すらも撃沈させた』

 

 

しかし、それだけではポセイドンを倒す火力には不安がある。破壊力を上乗せするために、

 

 

『《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》』

 

 

神装の使用によって、胸部の紋章の光が強くなる。破壊に通ずるイメージを脳裏に描いていき、破壊の色に染まるエデンバイタルの力を《ゼルベリオス・ドライ》に注ぎ込むことに集中する。

 

溜めこまれる破壊力は、とても踏ん張りの利かない空中では撃てないほどに。

 

機竜咆哮(ハウリングロア)》で襲ってくる触手を弾き飛ばし、生まれた隙をくぐり抜けて大地に激突するかのように着地。急激に体重が増えたような力みで両脚を埋めていく。片手で握る《ゼルベリオス・ドライ》の長砲は赤と黒の光を溜め込んでいる。強く、強く、より強く――。

 

 

『――ポセイドン。貴様の名はケルベロスの主人、ハデスの兄と同じ名前だ。『ケルベロス(番犬)』が『ポセイドン(海神)』を喰らう――』

 

 

(ツイン)(メーザー)(バイブレーション)(ソード)》を地面に突き刺して、両の手で抱えるように《ゼルベリオス・ドライ》を構える。

 

その照準の先は無論、ポセイドン。

 

 

「グゴゴオオオオォォォォォ!!」

 

 

ポセイドンも黙って発射を許すような真似はしなかった。耳障りは叫び声を上げて、海から大地へ、数百の触手が飛び出していく。

 

迎えるようにライは仮面の下で微笑み――

 

 

『これは中々面白い巡り合わせと思わないか?』

 

 

神ですら死からは逃れることは出来ないと宣言するように語り掛けた。

 

 

――――――!!!

 

 

ポセイドンの絶叫に負けず劣らずの砲音とともに《ゼルベリオス・ドライ》が射撃された。それに伴い、轟音が大地を跳ね上げ、背後の地面を巻き上がらせ、膨れ上がったような印象を見せる。

 

《クラブ・クリーナー》の背後の大地が砲撃反動で砕け散ったのだ。

 

その威力を持って、たった一発限りのシュタルケハドロン砲は景色を包むように広がり、収束した。大地から海を食い破る熱線の砲撃として。

 

その威力の代償に、赤と黒の光を撃ちだした装甲とフレームは負荷に耐えることができず、打ち砕けていった。

 

膨大な破壊力を誇る砲撃に迫り来る触手は全て抗うすべなく飲み込まれる。巨体であるポセイドンに直進する砲撃から免れる機敏さなど存在せずに、

 

 

「ギアアア――――」

 

 

羽虫の断末魔のように短い悲鳴だけを残し、口半分から上を飲み込まれて跡形もなく消滅いく姿に――

 

 

上出来(ヘルリッヒ)――!』

 

 

確かな手ごたえで叫んだ。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

『ふぅ――』

 

 

巨体の半分を消し飛ばされたポセイドンは傷も再生することなく沈黙している。あれほど猛威を奮っていた触手も全て辺りに投げ出されて、ぴくりとも動いていない。

 

その姿にライは、一時の安堵を詰め込んだ吐息を仮面の下で漏らした。

 

連戦、《ゼルベリオス・ドライ》の反動、神装の使用で疲労はあるが動けないというほどではない。この分ならば、『ザ・ゼロ』の使用と破壊するための一撃を繰り出せそうだ。

 

構えられていた《ゼルベリオス・ドライ》を下げる。功労者である番犬は銃把と銃床を残し、それ以外は砕け散ったスクラップ同然に成り下がっている。

 

 

――相変わらず凄まじい……。

 

 

巨体の半分を消し飛ばされたポセイドンと背後の砕け散った大地を見て、ライは神装の強化があったとがいえ、《ゼルベリオス・ドライ》の破壊力――《モルドレッド》の四連ハドロン砲と威力だけなら同等という意味に改めて戦いていた。

 

『こちらの世界』での使用はこれが初、『あちらの世界』では片手で数える程度しか使用したことがない。

 

ライが(ナイト)(メア)(フレーム)――《クラブ・クリーナー》に搭乗していた際の任務は汚れ仕事が基本だった。表沙汰にしない、静かに敢行される作業に《ゼルベリオス・ドライ》の出番がなかったこと。

 

反動による機体の負荷、燃費の悪さ、一回使用すれば《ゼルベリオス》そのものが破壊されるなどデメリットが多すぎるために活躍に恵まれることがなかった。しかし――

 

 

『《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》』

 

 

神装を発動させると砕け散った《ゼルベリオス》が《ゼルベリオス・ドライ》の姿で瞬時に回復した。試しに、《ゼルベリオス・アイン》と《ゼルベリオス・ツヴァイ》に変形させ、一発ずつポセイドンの亡骸へと発射。

 

変形もスムーズに行われ、暴発や照準ミスもなくハドロンショットとハドロンブラスターは命中した。

 

 

――便利過ぎる神装だ……。

 

 

神装の活用で殆どの問題が解消されてしまった。

 

そもそも携帯でき、それも取り回しが効く装備で四連ハドロン砲が発射できるのだ。それだけで、周りからは贅沢と言われても文句は言えないだろう。

 

 

『さて、残りも吹き飛ばすか――』

 

 

悠長に時間をかけている場合ではない。

 

今はまだ問題ないが、ポセイドンの復活に気付いた者は少なからずいるだろう。もし、軍の人間がこの場に来て、自身の姿を見られるといった面倒は避けたい。ことによっては口封じも辞さなくなる。

 

余計な手間がかかったが、今回の目的は《ガウェイン》の破壊。

 

迅速で事を進めようと、《ガウェイン》諸共取り込んだポセイドンの死骸を吹き飛ばそうと《ゼルベリオス・ドライ》に変形させようとした。

 

その時――

 

グシャアアッ!

 

ポセイドンの死骸から何かが生え出た。いや、疑問に持つ余地すらない。黄金と漆黒の装甲、操縦者の体を余さず粘液で濡らしている――《ガウェイン》だった。

 

取り込まれている最中に回復したのか失った片腕は元の形に戻っていた。この分なら下半身も生えているだろうが、上半身のみを外界に出しただけで確認することができない。

 

《ガウェイン》は動かない。ようやく解放されたのだ。フロートユニットを動かすなりなんなりして脱出すればいいのに下半身を埋めたままだ。

 

意味、理由は分からない。だが、《ガウェイン》から滲み出る周囲の景色すらも歪ませる膨大なエネルギーの波動に、ライの背筋に怖気が走る。

一見静かな態勢は、ただ引き出している力を溜め込んでいるだけだと悟ったから。あれは予兆、想像もつかない最悪の具現を行おうとしている。

今この瞬間にも、何が起こるか分からない。そして、起こってからでは全てが遅い。ただその一点だけは理解できたからこそ……。

 

 

――仕留めるっ!!このままでは()()()っ!

 

 

頭が結論を出した時には、体が迷わず《ゼルベリオス・ツヴァイ》の引き金に指を欠けていた。姿を現した以上、大火力は必要ない。

 

攻防が発生する前の先制により、戦闘そのものの因果を摘み取る。先手必勝、これまで積んできた戦闘哲学に従っての決断でもあった。事実、今の《ガウェイン》はこれ以上なく隙だらけだ。好機として狙い撃たぬべき理由はない。

 

《ゼルベリオス・ツヴァイ》がハドロンブラスターをその銃口から発射して、《ガウェイン》を貫かんばかりに迫っていく。

 

ハドロンブラスターが《ガウェイン》を貫通……しなかった。

 

 

『なに……っ!?』

 

 

思い描いていた未来と現実が食い違ったことにライは驚きの声を上げた。

 

《ガウェイン》は防御や回避、肩部のハドロン砲で迎撃といった素振りすら見せていない。ただ突如、ハドロンブラスターが直撃する寸前の間に何かが現れたのだ。

 

赤く透き通った六角形の障壁。それが幾つも現れ、密集することで壁となり《ガウェイン》の身を護ったのだ。

 

現れた赤い障壁の正体をライは良く知っていた。

 

 

『絶対守護領域……っ!?それは《蜃気楼》しか出来ないはずっ!《ドルイド》を積んでいるとはいえどうやって――?』

 

 

絶対守護領域は、(ナイト)(メア)(フレーム)――《蜃気楼》が所有する武装。それを発生させる機能の要は、《ガウェイン》にも搭載されているシステム《ドルイド》。しかし、《ガウェイン》では機体スペックが足りなく、万全の性能を発揮するにしても『彼』の操作が……。

 

そこまで考えたライの頭に稲妻のような衝撃が頭に駆け巡った。

 

自分はどこかで奴らはただ暴れるだけの獣だと思い込んでいたのではないか?

 

奴らもまた人間と同じく危機的状況に陥れば、自身の能力をフルに活用して新しい技術を開拓するのではないか?

 

そんな十分にあり得る説をライは見逃していた。いや、目を背けていたのが正しいのだろう。

 

ただでさえ既存の装甲機竜(ドラグライド)を圧倒的に凌駕し、不死身の怪物である彼らが『成長』するなど想像したくもなかったのだ。

 

目の前で起きた現実は、ライに恐怖となって襲い掛かってきた。

 

心中に湧き出た恐怖を消し去ろうとする一心で《ゼルベリオス・ドライ》を展開した時には――すでに手遅れだった。

 

今まで沈黙を保っていた《ガウェイン》が動き出す。

 

下半身を埋めたまま両手をポセイドンの死骸へと突き刺し、

 

 

『――ッ!』

 

 

抉り抜いたのは人頭ほどの肉塊。《ガウェイン》の両手に包まれるソレは、外気に晒されて不気味な輝きを映している。

 

 

――あれは……ポセイドンの(コア)か!?

 

 

あれだけ小さいなものが、ポセイドンの巨体を動かしていたことにも驚いたが、それよりも驚愕したのが吹き飛ばしたはずの(コア)が何故あるのか。

 

位置を確認し、そこを中心にして《ゼルベリオス・ドライ》を撃った。まず間違いなく吹き飛ばしたはず。どうしてそんなところに移動しているのだ?

 

だが、考えてみれば簡単なことだ。

 

内部に取り込まれていた《ガウェイン》が動かしたのだ。破壊を防ぐために、元の位置からずらした。その意味からポセイドンに囚われていたのではない。寄生虫のように住み着いていたのだ。

 

 

ィイィィイイイイイイ!

 

 

突如、不協和音が鳴り響く。発生源たる《ガウェイン》はどうやって音を出しているかは分からないが間違いなくこの耳障りな音を出していた。

 

同時に、カッ!とポセイドンの(コア)と《ガウェイン》の紋章が輝き始める。白、いや無色の光が両手から零れ沿岸一帯を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

この直後、リドネス海沿岸後方に広がる森林地帯に赤と黒の巨大な柱が突き刺さった。

 

威力は人間の想像できるスケールを遥かに超えており、《クラブ・クリーナー》は一瞬で砕かれた。

 

赤黒の一柱は森林地区の木々を根こそぎ灰も残さず消滅させ、断音と共に地殻を穿ち抜く。

 

初めは、何も起きなかった。ただ軽い震動と、静寂が存在しただけだった。

 

 

「■■■■■■■■■■――――――――――!!!!!!」

 

 

刹那の後、大地が悲鳴を叫び上げた。

 

柱の着弾地点から半径六百ml(メル)。そこに、天災の断末魔を思わせる激音が走ったのだ。大地が下から上へと膨れ上がり、地表にあった全てが震動で爆ぜた。大気は震えて叫び、空中に雷光現象を誕生させる。

 

そして、震動と雷光が最高潮(ピーク)に達した時――。

 

半径六百ml(メル)の大地が、消失した。撃ち込まれた柱が進むのを止めたため、そのエネルギーが地中深くで光の大爆発となった結果として。

 

何もかもが光に飲み込まれ、震動に散る音は、神鳴る響きに等しい。

 

神が起こしたと錯覚する現象を上空から見下ろすモノがいた。

 

そのモノの足は深海に潜む烏賊の如く触手を生やすが、その数は数百を軽く凌駕する。

 

巨大な触手の足に支えられるその形は、人の形をしていた。大数の触手に支えられる人型の上半身も触手と同じく粘液に濡れた緑の肉塊で形成されている。さらには、その巨体を中に浮かせる六つの翼。

 

――ポセイドンの下半身に肉で作られた(ナイト)(メア)(フレーム)《ガウェイン》の上半身が生えていた。

 

 




後編に続くといったな……あれは嘘だ。
次回こそ後編に続きます。

最後の奴はポセイドンを強力にしようと考えたら頭にパッと出て、次の瞬間『P○P○W○』のウミギシくんに変換された私は古いのだろうか。





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過去編 ―復活3―

どうも皆さん一月振りです。

ここまで時間がかかってしまったのは、実はネタを溜め込んでいたノートを紛失したためで……。多分、大掃除をしたとき一緒に捨ててしまったんだと思うんだよなぁ。というかそうじゃないと、私の黒歴史ノートが明るみに、やばい!

今回で、過去編を終えてようやく本編に戻ります。





 

 

――何が……起こった……?

 

 

目覚め、霞み呆ける視界と思考でライは己の現状を自身に問うた。

 

どうやら寝ていた……いや気絶してしまったらしい。鉛の鎧を着込んだような疲労が抜けきっていないから時間は大して経っていないようだ。

 

いやそもそもどうして気絶などしていたのだ?

 

その理由を探るため記憶を掘り起こそうとするが、纏わりつく疲労と未だに呆ける頭が阻害する。しゃっきとしようと顔を叩こうとして、

 

 

――腕が……ないっ!?!?

 

 

繋がっているはずの両手からの反応はなく、それどころか両脚の感覚もなかった。四肢の欠損からの恐怖に背筋が凍り頭が急激に覚醒した。

 

ライの四肢は――あった。

 

装甲衣に包まれた四肢、両手は《クラブ・クリーナー》の操縦桿を強く握り締め、両脚も《クラブ・クリーナー》の脚部装甲に包まれて無事だった。しかし、無傷のライとは反対に愛機である《クラブ・クリーナー》の状態は凄惨を極めていた。

 

確認したところ両手は肩すら一緒に吹き飛び、両足もライの脚を包んでいる箇所ギリギリ下まで消失。背中から地面に激突したためフロートユニットも大破。過剰損害により《クラブ・クリーナー》はまさしく瀕死の有様だった。頭部にそそり立つ蒼角も砕け散っていたのが存外ショックだ。

 

四肢が損失したと錯覚したのは、仮面と装甲衣が《クラブ・クリーナー》との接続を続けていたから。《クラブ・クリーナー》の損傷を自身の損傷と勘違いしたためライは無傷なままである。

 

そこでようやくライは自身がどうしてこのような状態になったのかを思い出した。

 

空を見上げれば邪神と表現されて相違ない巨体が轟臨している。

 

ポセイドンの死骸から這い出た《ガウェイン》。奴が突如行った不可解なポセイドンの(コア)と紋章――十中八九神装の使用によって――の輝きは圧倒的であり、その光量に反射的に目を閉じてしまうほどだった。仮面のお蔭である程度遮断してくれたが、それでも目を潰されんと思わんばかりの光の大瀑布だった。

 

その光が溢れると共に上半分が消滅し一度は完全に沈黙したポセイドン、正確には残された下半身が大きく震動した。だらりと地面に垂れた触手が、活力を取り戻し大きくうねりを上げる。そして、無くなった上半身も再生し始め、未だに輝く(コア)を包む《ガウェイン》が肉に飲み込んだ。

 

《ガウェイン》によって(コア)の破壊を免れ、消滅した上半身は《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》の効果で超高速回復を行い再生を始める。

 

ポセイドンの復活。しかし――目の前で行われたのはそんな生温いものではなかった。再生したポセイドンが形取った姿を見て背筋を駆け巡った怖気、心中の恐怖すらも忘れて魅入ってしまっていた。それほどまでにとんでもないことだったから。

 

数百を超える巨大な触手の足に支えられるその形は、かつての烏賊を思わせる形ではなかった。新たに作り上げられた上半身は人型。ポセイドンの肉で構成された《ガウェイン》の上半身。

 

名付けるならば――《ガウェイン・ポセイドン》。

 

新たなる姿での復活に魅入ってしまったライの隙に《ガウェイン・ポセイドン》がとった行動も常識の範疇を超えていた。

 

下半身に存在する夥しい数の触手全てが地面を叩くことで駆使された大ジャンプ。

 

島一個に匹敵する巨体が空中に浮く光景は非現実的過ぎたのだ。

 

そこで《ガウェイン・ポセイドン》が行おうとしていたことに直感で気付いたライは即座にその場から離れた。念には念を入れてルミナスコーンで《クラブ・クリーナー》の全身を防御させて。

 

次の瞬間、背後で起こった閃光。

 

《ガウェイン・ポセイドン》がそっくりそのまま再現した肩部のハドロン砲が一門発射された結果がこの様。

 

直撃を免れたというのに襲い掛かってきたハドロン砲の衝撃だけで、ルミナスコーンは硝子が砕け散る光景を思わせるようにあっさりと崩壊。発生部である四肢も限界を超えたために同じ道を辿ることとなった。

 

達磨となった《クラブ・クリーナー》は防ぎきれなかった衝撃をその身に受け、紙屑のように空を舞い、地面へと激突して今に至るのだ。

 

 

 

―◆◆◆◆◆―

 

 

 

《ガウェイン》は新たに構築された自身を模した上半身と膨大な数の触手を生やす下半身との丁度間といえる部分に存在していた。三百六十度全方位、ただただ嫌悪感を湧き立たせる緑の肉に包まれるのは人間の精神なら発狂の道を進ませるが、兵器である己にはそんな感覚とは無縁だった。

 

『彼の者』が何処にいるのかは未だに特定出来ていない。

 

己の個性として内蔵されたドルイドシステム。その性能を発揮すれば、幻創機核(フォース・コア)を内蔵する機竜、万物の根源に繋がる同胞の探知も容易く、先ほどの砲撃で騒ぎ立てている小動物の数すら把握可能。時間をかけ、捉え損なうことなど自身の性能に賭けてあり得ない。

 

しかしそのあり得ないことが起こってしまっている。原因は判明している。今、自身に両手に押さえられている肉塊。ポセイドンの(コア)が強く激しく脈打って、抵抗していた。

 

取り込まれている最中にドルイドシステムが解析したことだが幻神獣(アビス)は特定の音に従う習性を備えている。ドルイドシステムならばその音の解析、再現が可能。ポセイドンなどの終焉神獣(ラグナレク)には専用のものが必要なようだが、余裕はない。ポセイドンと『彼の者』との戦力から倒されるのは時間の問題、ただ強力な音で代用する他ない。

 

ドルイドシステムを駆使し、ポセイドンの(コア)捜索と幻神獣(アビス)の支配下に置く音、更にその強力な音を解析が終わった時、ポセイドンの上半身が吹き飛んだ。

 

『彼の者』が自身を探り当てる前に急いで行動を起こした。

 

神装を使用し(コア)に力を注ぐことで瀕死の状態だったポセイドンを復活させて、解析した強力な音を響かせポセイドンをコントロールする。しかし、その計画も完全には成功しなかった。

 

本来なら完全に支配下にすることでポセイドンの巨体を下半身も含めて自身の姿に再現しようとするはずだったが、音色が専用のものでなかったこと、それによるポセイドンの反発と生命力を侮っていたために上半身のみの再現となった。

 

不完全ながらも再現された自身の姿に『彼の者』が硬直する隙も逃さず、触手による跳躍、再現されたハドロン砲を放とうとした。だが、ここでもポセイドンの抵抗によりハドロン砲は一門しか撃てず、出力も三割程度。

 

神装で引き出した膨大なエネルギーをポセイドンの肉体で再現された砲口から撃ったため吹き飛んだがポセイドン自前の再生力で修復させる。

 

今、《ガウェイン》は神装をポセイドンの体に流し込むこととドルイドシステムの演算処理に回している。

 

ポセイドンの抵抗は未だに激しく、完璧に指揮下に置くには時間がかかる。

 

『彼の者』はまだ生きている。先ほどの砲撃で直撃は免れたようだが衝撃から逃れられず、完全な防御態勢をとっても四肢が砕かれた。それだけ、あくまでそれだけ。自分たちのような存在に常識は当てはまらない。確実に破壊し機能停止を確認しなければ。

 

探査能力を上げるためにポセイドンの肉体で再現されたフロートユニット――正確には形だけ再現し端から神装のエネルギーを噴射して浮いている――のエネルギーをドルイドシステムに回す。

 

浮力を失った巨体は当然の如く地上に落下する。しかし、島一つに例えられる巨体が落ちるのは、それだけで空気を揺るがし、大地に足をつけた時にはそれだけで地震と錯覚させる地響きを奏でた。

 

何処にいる。

 

きっとこの広がる森林の中。そこで息をつき、立て直しを図っているだろう。しかし、神装の使用をしたならば、それが終わりの合図だ。エネルギー検知ならば補足は簡単、現在の探知よりも断然容易だ。

 

だがしかし、《ガウェイン》に探し出すまで手を抜くという慢心も容赦もなかった。

 

未だに抵抗される中、コントロール下にある触手の十数本を上げさせ、神装のエネルギーを注ぐ。すると触手の先端が上下に割れ、その奥には光が収束し始める。赤と黒も混ぜ合わせた禍々しいエネルギーを。

 

エネルギーを溜め込んだ触手全てが狙う先は、緑が広がる大地。上空から見つめても生い茂った木々の葉で地面すら見えないほどに濃い。草木は力強く生え、それに負けず劣らず獣や虫が生きているのだろう。

 

そんな現実すら浮かぶ余地なく、触手からのハドロンブラスター、ハドロンショットが絨毯爆撃を開始した。

 

 

 

―◆◆◆◆◆―

 

 

 

空からの攻撃にライは“出鱈目”としか感想を思い浮かべられなかった。

 

大地に一直線に突き刺さり途切れることなく触手の動きに合わせて削っていく赤黒の光柱となったハドロンブラスター。機関銃の勢いで撃ち出され休むことなく緑の地を虫食いにしていくハドロンショット。

 

常人にならいずれ降り注ぐかもしれない絨毯爆撃の恐怖から居ても立っても居られなくなり、急いでその場から逃げ出すだろう。しかしそれが相手の狙いであり、ある一つの確信をライは得ていた。

 

――まだ僕の居場所を把握していないようだ。

 

攻撃は全て身を潜める場とは外れて自然破壊を進めているだけ。奴らに嬲るといった無駄な行動を起こさない。そんなことはただ時間とエネルギーの無駄でしかない。しかし、

 

――時間の問題、だな。

 

触手から撃たれるハドロンブラスターとハドロンショットは、確実に隠れ蓑となっている森を削っている。もって五分…いや三分か。

 

特にハドロンショットがヤバい。大きさが優に《クラブ・クリーナー》を飲み込めるサイズなのだ。そんなものが連射して放たれているため、一時間もしない内に森そのものが消滅する。

 

ハドロンブラスターも無視できない。音からして着弾もだが、通過の衝撃波でさえ吹き飛ばされてしまう。

 

厄介だな、とライは呟き、砕かれた愛機の状態を見た。徐々に距離を狭め近づいてくる着弾音と衝撃を感じながら、

 

 

『全く、……この世界に来て早数ヶ月。改めて戦いというのはしんどいだけっていうのが解るよ』

 

 

戦いは疲れる。特に戦闘とならば猶更だ。

 

なのに自分の人生は血と鋼、戦争の色が多くを締めている。

 

戦いというしんどい物をどうして自分は選んだ?

 

戦闘で疲弊し、弱まる闘志を蘇らすためにライは自身の過去――戦いに赴いた理由を探る。

 

最初に戦う決意をしたのは、母と妹と共に暮らせる世界を創ろうとした時だった。恐らくあれが自身にとっての最高潮ともいえる時期だった。

 

あの時は――何でも出来た。

 

腹違いとはいえ実の兄二人を殺した時に浮かぶべき感情、そんなものはなかった。ただ道中に転がる邪魔な石ころを払った時と似たような感じだった気がする。

 

皇帝である父の死には最後に投げかけられた言葉から……”もっと話をしておくべきだったか?"と浮かんだがあくまでそれだけだった。

 

皇帝になった自分はそれからは戦いの連続だったがそこには確かな充実があった。政治も軍事も積極的に学び、国民を脅かす蛮族との戦争を行えたのは、守るべき幸いがあったからだ。結局は運命によって崩壊することとなったが。

 

次に戦う決意をしたのが記憶を取り戻すため。失った記憶を取り戻すまで死ぬことは出来ないと胸に抱き戦った。

 

三度目は記憶を取り戻し、唯一自分だけに素顔を曝け出してくれた友人を支えたいために戦った。

 

四度目は記憶を封印された時。囚われ、皇帝時代以外の記憶を封印された。幸いの根源であった母も妹も父から託された守るべき国、国民も失った自分が戦いを決意したのは、それら全ての鎮魂を護るため。

 

五度目は封印を解かれ奪われた記憶を取り戻した時。全てを失ってなお、戦い続けるといった親友を今度こそ支え抜くため。

 

そこから先は――解らない。

 

先に記憶があるのだ。だが、映像は暗幕がかけられたように真っ黒で覗くことができなく、目覚めて数ヶ月の間に行われた戦いの記憶へと繋がってしまう。

 

 

『なぁ、君たちはどうして生まれた?どうして(ナイト)(メア)(フレーム)の技術を持っている?僕も含めて君たちは……どうしてこの世界にいるんだ?』

 

 

木々の隙間から《ガウェイン・ポセイドン》の姿を伺う。しかし、小さな問い掛けは無論届くことなく、ライの居場所を炙り出すための猛威が振るわれるだけだった。

 

 

『結局は戦い続けなければならないか……』

 

 

あれほどの存在が解き放たれればそれこそ人間世界が滅びかねない。それに奴らの同類はまだいる。特に《紅蓮二式》と《ランスロット》が進化し、かの形態になればそれこそ手に負えなくなる。

 

そうだ。戦わなければ、戦わなければならない。

 

 

『こうピンとこない理由で戦うのもそろそろ限界に近いな』

 

 

乾ききった笑みを浮かべ、ライは《クラブ・クリーナー》から降りる。

 

仮面と装甲衣の接続も途切れたため、体が硬直するがそれも僅かなこと。すぐに感覚は回復し、自身の体が身体として整えられる。

 

《クラブ・クリーナー》に差し込まれた刀型の機攻殻剣(ソード・デバイス)を引き抜いた。

 

 

『起動せよ、朔と望の先駆けとなる青の志士。遍く敵を、害悪を極意の一撃をもって打ち砕け《月下・先型》』

 

 

紡がれる詠唱符(パスコード)にライのもう一機の愛機が空間を超えて呼び出される。更に――

 

 

『覚醒せよ、月夜に輝く青の戦士。紅蓮と白炎を超えし身となるため、月満ちる夜に蒼となれ《蒼月》』

 

 

続いて重ねられた詠唱符(パスコード)が《月下・先型》が生まれ変わった《蒼月》へ乗り込む。

 

 

接続(コネクト)開始(オン)。――さぁ、邪神殺しを始めよう』

 

 

 

―◆◆◆◆◆―

 

 

 

《ガウェイン》は爆撃の行く先でエネルギーの反応を検知した。

 

平行使用を行っているため精度を下がっているが、その状態でも掴み取れる大きなエネルギー。そして視線を走らせた《ガウェイン》は、一つの異常を見た。足場の森、その一部からエネルギー、いや『エデンバイタル』の力が急激に増大している。

 

それも二つ。どちらも《クラブ・クリーナー》のものではない。ということは待機させ、《蒼月》に乗り込んだということか。

 

一つは人型で胸部を中心として体に循環している。これは《蒼月》だと分かる。

 

二つ目は人型の左腕。まるで弾ける火花を思わせるほど激しいエネルギーが溜め込まれ、

 

 

『唸れ――滅爪砲撃左腕部ッッ!!!』

 

 

『彼の者』の雄叫びを捉えた瞬間。眼下、森から紅蓮が襲い掛かってきた。

 

 

 

―◆◆◆◆◆―

 

 

 

抉り穿たれた森が、これまで受けてきた痛みの絶叫を上げたと思わせるほどの放射音が生まれた。下から空へ叫び上げる悲鳴が突きあがった。

 

それと同時に噴き上げられる木屑、岩石、砂煙が()()()()砕け散る。悲鳴は止まらず大地を破壊し、震動しながら膨らみ、そのたびに物質が砂煙が弾け飛ぶ。

 

そして森から飛び出たのは、手。

 

赤いスパークで構成される肉とそこから透けて見える無色の骨で形取られる手。

 

島一個分の巨体を誇る《ガウェイン・ポセイドン》を握り潰せる手。

 

鋭利な三本の指だけを持った巨大な魔手だ。

 

 

 

―◆◆◆◆◆―

 

 

 

迫り来る魔手を《ガウェイン》はドルイドシステムで解析した。ポセイドンと融合した身と同等の規模の手を避けることは既に間に合わない。そのためどう防御するのか対策を立てようとする。

 

魔手の骨は『エデンバイタル』の力で構成されたものと解析した。これを芯とすることでこの巨大な魔手を作り上げている。だが、これに関しては特に問題ない。

 

問題は芯を覆うスパークの皮。これは自分やポセイドンといった幻獣神(アビス)、いや生命にとって必殺の威力を持っている。直撃どころかかすっただけでも致命傷となる猛毒の類。

 

そのことを理解し、避ける時間もない《ガウェイン》がとった行動は最適解だった。

 

 

――――――ッッッ!!!!

 

 

広げられる魔手が正面に立ち塞がる存在とぶつかり、激しいスパークとより大きくなる激音が空中で広がる。しかし、《ガウェイン・ポセイドン》の巨体は健在だった。ぶつかった存在は今、コントロール下にある触手全て。それも例外なく赤い障壁、《絶対守護領域》を纏っていた。

 

神装で性能を上昇させたドルイドシステムが持てる全てを触手のコントロール、肩部の

ハドロン砲の発射準備、《絶対守護領域》の発動に注ぎ込む――!

 

迫り来る魔手を《絶対守護領域》を纏わせた触手をぶつけて時間を稼ぎ、チャージされたハドロン砲で打ち破る。それが《ガウェイン》のとった打開策。

 

しかし、百に達した触手につい先ほど展開できるようになった《絶対守護領域》を纏わせるだけでも至難というのに、それを維持して強力な一撃を防ぐというのは自壊しかねんばかりの負荷が襲い掛かってくる。

 

再現していた音が鳴り止んだためにポセイドンの抵抗が一段と激しくなった。全身を包む肉は我が身を圧殺しようとし、両手で抑えた(コア)も激しく胎動する。だが、内側で行われる()()()ことよりも迫ってくる一撃の方が脅威度が高い。

 

互いの攻防が続く中、魔手に変化が現れ始める。《ガウェイン・ポセイドン》の抵抗に参ったのではなく、寧ろ逆に威力を上げてきた。より強大に、より激しくなった魔手がその三爪を閉じ、握る形を作っていく。抵抗する触手が全て捕らわれ、内側が鋭い刃となった三爪に喰われた。

 

僅かな拮抗の後、とうとう刃を当てられた《絶対守護領域》に罅が入る。徐々に大きくなり、喰い込まされて……砕け散った。

 

《絶対守護領域》を失った触手数数本に赤いスパーク――輻射波動が流れ込む。強烈な電磁パルスが触手の体液を瞬時に沸騰させた。先端から煮えたぎるのが始まり、内側から炸裂しようと膨張する。

 

それとほぼ同時に肩部のハドロン砲の準備が整う。今回も完全とは言えずこの短時間、神装でエネルギーを回してようやく四割ほどチャージが完了。

 

放つのは右の一門。されど威力は大地に半径六百ml(メル)の大穴を作った砲撃よりは威力は上。輻射波動が触手を通して全身を侵す前に――あの恐ろしい魔手を打ち砕く!

 

ハドロン砲――発射!!

 

肉の砲身を吹き飛ばし、莫大な熱量を持った熱線が放たれた。

 

砲撃は、大気を先端だけで押し割って破裂させた。そして生まれた真空を突き抜け、破壊的エネルギーで成形された一撃が、触手に時間稼ぎされる魔手を穿ちに行く。

 

対する魔手は触手を解放した。握りから三爪を曲げ、喰らいつく獲物を待ち構える。

 

一拍、功労者である触手全てを巻き込んで砲撃が魔手に突き刺さった。

 

ハドロン砲()輻射波動()。かの世界で兵器の代表ともいえる存在が火花を散らしぶつかり合う。それだけで周辺の物体が蹂躙、吹き飛ばされた。

 

この勝負、勝者は――《ガウェイン・ポセイドン(ハドロン砲)》。

 

広範囲を包む魔手。一点に集中された砲撃。一直線に放たれた攻撃は、広げられた魔手を貫通する威力を十二分に秘めていた。

 

爪を一つ砕かれ大穴を空けた魔手。形を崩された物を修復することなど出来ず、悲鳴に似た音と探知障害を起こすほど放電現象を起こした後に消滅する。

 

《ガウェイン》は勝負に勝った。しかし、あくまで必殺技の威力勝負に勝っただけ。この壮絶な闘いで追い詰められたのは寧ろ自分だった。なにせ今、触手が全て輻射波動に侵されたため体に流れ込もうとしているから――!

 

輻射波動に侵された触手をハドロン砲で巻き込ませる形で消滅させた。だが、自身を脅かせる毒は予想以上の速さで蝕んでなおも残留している。

 

迫る毒に《ガウェイン》は触手のコントロール分のエネルギーを付け根部分に溜め込んだ。付け根がエネルギーによって光り、瘤のような形となって膨らむ。そしてついに輻射波動が触手を侵し、付け根とエネルギーに触れた。

 

瞬間、《ガウェイン・ポセイドン》を支える触手の脚が火花を生んで爆発した。しかし、足だけ。上半身は無事だ。

 

輻射波動対策成功せり。

 

本来なら輻射波動を受けた触手を切り離すのが得策だったが、百を超える触手全てを切り離すのは時間が足りない。そこで付け根にあらかじめ爆発のエネルギーを溜め込むことで、輻射波動と反応させて爆発させた。

 

大きな代償を払うことになったが、高速再生を行えばいつでも修復可能。『彼の者』も先ほどの大技で余程の負担を背負ったはず。更に激痛によって(ポセイドン)が苦痛からか抵抗が弱まった。この隙に完全にコントロール下に置ける。

 

この勝負、次の一手で決めようと準備していた左肩のハドロン砲を構える。魔手に対抗する際にチャージし続けていた百パーセントのハドロン砲。

 

『彼の者』には、万物を消滅する力を持っているが問題ない。例え、このハドロン砲が消滅されても、魔手と消滅によって限界を向かえるはず。意識を失えば止めを指すことも出来る。

 

これより魔手が生まれた場所――『彼の者』がいる場にハドロン砲を撃ち込もうとした突如、凄まじい勢いで何かが木々をなぎ倒して突き進む。

 

砲弾のように一直線に己の横を通り過ぎるモノは――。

 

 

 

木々の隙間から蒼く輝き、深海のように深さを湛えた幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)

 

 

頭部から風に揺れて東方の戦武将を思わせる銀髪状の装備――《衝撃拡散自在繊維》。

 

 

左腕を不安感を掻き立ててやまぬような、暗色の腕と一条一条が処刑刀のように長く鋭い禍々しい形状(フォルム)を描く血濡れ色の三本爪――《滅爪砲撃左腕部》。

 

 

 

これら三つの所有した外見から、つい先ほどまでしのぎを削っていた同胞であり、『彼の者』の愛機――《蒼月》であることを十分過ぎるほど認識できた。

 

まだここまで高速で機動することができたのかと驚愕するのと同時、『彼の者』が行おうとしていることもまた予想した。

 

このまま突き進んで回り込み、自身の背後から魔手を撃ち込もうとしている――!

 

これまでの戦闘で疲労は極限を迎えていると考えていたが、木々を突き進む勢いからまだ余力を残していると判断を改める。

 

そうはさせるか、と上半身を動かしてハドロン砲の照準を突き進む《蒼月》に合わせる。

 

直撃などせずとも、地面への着弾による衝撃で粉砕できるが《ガウェイン》は、『彼の者』の無効化の脅威を常に頭の隅に置いていた。そのために確実に当てることに固執したため――嵌められた。

 

 

木々を突き進む《蒼月》に『彼の者』は搭乗してない!

 

 

フロートユニットも高機走駆動輪も、それどころか起動すらもしていない!

 

 

ただ投げられ、凄まじい勢いで突き進んでいるだけだ!

 

 

 

そして――ようやく晴れた電磁妨害。

 

魔手が放たれた地に同胞の――《クラブ・クリーナー》の反応が復活していた。

 

それに気づいた時には、そこから極超音速で淡く輝くプラズマが迫ってきた。

 

 

 

―◆◆◆◆◆―

 

 

 

時は少し遡る。

 

 

――すまない、《蒼月》……っ!

 

 

ライは乗り換えた《クラブ・クリーナー》で投げ飛ばした《蒼月》に心からの謝罪をした。勝つためとはいえ、愛機である存在を囮として投げるのは心に痛みが走る。

 

だが、感傷に浸る暇はない。

 

《ガウェイン・ポセイドン》はライの予想通り、囮の《蒼月》に向けてハドロン砲の照準合わせのため上半身の向きを変えてくれた。輻射波動で作り上げた魔手の電磁妨害が消える前に準備を進める。

 

作戦はこうだった。

 

ライは《ガウェイン・ポセイドン》がハドロン砲を再現したことから、自身も神装《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》で似たようなことが出来るのではないかと考え、イメージと集中力を凝らして魔手を作り上げた。

 

生物、機械にとって一撃必殺となる輻射波動の塊をぶつければ倒せる。そのことからとびっきりの奴を放つ。それがどれだけの負荷となるかは想像できていたがしかし、この《ガウェイン・ポセイドン》は倒さなければならない一心で作り上げたのだ。

 

魔手で倒せれば御の字だが、もし倒せなかった場合を考えて二つ目のプランを立てていた。

 

それが《蒼月》を囮に使った騙し討ち。

 

《ガウェイン・ポセイドン》は超高速回復と《絶対守護領域》の二つで生半可な攻撃では防がれ、例え打ち破られても再生してしまう。

 

《クラブ・クリーナー》は武装は豊富だがそれらを超える破壊力はない。神装を使用すれば打ち破ることは出来なくないがこれまでの消耗から不可能。自身を倒せるのは《蒼月》のみと判断するだろう《ガウェイン》の隙を突かせてもらった。

 

 

――ここからは時間の勝負だ。

 

 

ライは急ぎ、《クラブ・クリーナー》に砕け散った左腕に換装された《()()()()()を動かした。

 

ライは自身が目覚め、扱うことになる《蒼月》、《クラブ・クリーナー》について徹底的に調べ、気付いた。この兵器たちもKMF(ナイトメアフレーム)と同じように腕部の換装が可能だということに。

 

神装で再生させることも可能だが、電磁妨害があるとはいえ、大きなエネルギーの反応を出さないために使用しなかった。そのため換装された左腕以外は消失したまま。

 

《ガウェイン》にはあくまで――

 

《クラブ・クリーナー》は四肢を砕かれ大破した。自分を倒せる武器も神装の脅威もないため、《蒼月》だけに警戒しておけばよい。反応がないことから待機状態にされたに違いない。

 

――と思わせなければならなかった。

 

《クラブ・クリーナー》の換装された《蒼月》の左腕が掴んだものは、大きな兵装をくっつけた右腕だった。

 

この右腕は《蒼月》の特殊武装内にあった――《七式統合兵装右腕部》。

 

 

――なんであるんだろうな?

 

 

本来は《白炎》の武装であるコレを何故《蒼月》が所有しているのかは分からない。《蒼月》は確かに《白炎》と似て、現にそのデータを参考として開発されているから、似たような機体として武装を入れたのだろうか?

 

砕け散った右腕部位の基部を外して《七式統合兵装右腕部》を装着。

 

仮面と装甲衣の接続は時間がないためしておらず、どんな感覚かは分からないが浮かび上がったデータによれば問題はないそうだ。

 

テストする時間も惜しい。あの邪神を倒すために装備を最初の始動操作しかしたことがない武装を展開する。

 

 

『《七式統合兵装右腕部》展開。――《七式超電磁砲》』

 

 

別段口に出さずともよいが口に出しておく。

 

右腕の兵装が展開し、前方にコンテナが召喚される。《七式超電磁砲》を放つには、電磁誘導システムのアッセンブリーが必要となる。KMF(ナイトメアフレーム)の《白炎》はそのアッセンブリーとしてこの可変ケース型のオプションコンテナを扱っていたが、悪夢(ナイトメア)は召喚されるようだ。

 

コンテナが開き、超電磁砲のアッセンブリーに変形させる。尾部のコネクタが《七式統合兵装右腕部》に接続され、パワーを供給する。両脚は依然として砕けているため丁度よさそうな大木を背にして長距離狙撃姿勢の構えをとり、砲身を支えるバイポットを堅固な地面に押し当てた。

 

知識の中に名称だけしか知らない《七式超電磁砲》の発射準備が、この装備を使ったことは一度もないというのに、まるで長年愛用してきた銃の整備のようにスムーズに進んでいく。それを行うと同時、ライに異変が起こった。

 

 

――頭の中が熱い……っ!

 

 

頭に燃える、嬲られる熱を感じた。熱は頭だけに留まらず、体全体に広がっていきライの意識、失われた記憶をちらつかせた。

 

 

――そうだ。僕はこの武器を使ったことがある。KMF(ナイトメアフレーム)ではない、《蒼月》で……!

 

 

自分は、《蒼月》でこの《七式超電磁砲》を扱った。そして、射線の先にいる存在を狙い撃とうとしたのだ。その存在の影と《ガウェイン・ポセイドン》の姿が全く似ていないというのに被った。それは、二体の脅威が桁違いという共通点のために。

 

共に《クラブ・クリーナー》のファクトスフィアで補足した照準データに従い、《七式超電磁砲》を制御する。狙うは、エネルギーが溜め込まれる左肩(ハドロン砲)

 

視界に陽炎のように浮かぶ影を振り払って甲高い砲音が鳴り響く。

 

電磁砲が発射されるとその行く末を見届けぬまま、次の操作へ。

 

《七式統合兵装右腕部》を急いでパージし、眼前で転がる武装を掴み、空いた右腕部に換装していく。

 

新たに換装された腕はまたも異形の形をしていた。殺戮者めいた威圧を感じさせる銀の爪――こちらも《蒼月》の武装ではなく、《紅蓮可翔式》が備える武装――《徹甲砲撃右腕部》。

 

《クラブ・クリーナー》と《徹甲砲撃右腕部》が接続をし終えた時、ガラスが崩壊するような甲高い崩壊音が耳に届いた。

 

発生源は上空。見ればこちらに上半身を未だに《蒼月》に向け、首だけをこちらに向けた《ガウェイン・ポセイドン》がいる。注目するべきは、ライが狙いをつけた左肩の前に《絶対守護領域》の砕けた破片が散り、《七式超電磁砲》も淡い雷光を残して散る姿だった。

 

 

――よし!

 

 

《ガウェイン》が()()()()()()()()()()、《絶対守護領域》を発動してくれたことに心中で喜ぶ。

 

これまでの戦いでライの体力は限界に近い。実のところ次に放つ《徹甲砲撃右腕部》の輻射波動砲弾が正真正銘最後の一発となる。

 

だが、輻射波動砲弾を届かせるには《絶対守護領域》が邪魔となる。それを破壊するために《ブレイズ・ルミナス》といったエネルギー装甲を貫通できる威力を持ちうる《七式超電磁砲》を使用したのだ。

 

だが、それは《ガウェイン》が《絶対守護領域》を使用してくれなければ成功しない作戦だったがその問題も大丈夫。ライは、絶対に使うとある種の信頼に近い形で信じていたから。

 

今、《ガウェイン・ポセイドン》の身を護るべき存在は何一つない。

 

構えられた《徹甲砲撃右腕部》が狙いをつけるのは、《七式超電磁砲》と同じエネルギーを溜め込んだ左肩(ハドロン砲)

 

あの溜め込まれたエネルギーと輻射波動が反応しあえば、《ガウェイン・ポセイドン》はどうなるか――。

 

 

『弾けろ、《ガウェイン・ポセイドン》――ッッッ!!!』

 

 

この戦いに終止符を撃つ輻射波動砲弾が発射された。

 

ライの無意識の内に零れた、かつて背中を預けて戦い、最後に袂を別った少女の叫びと共に。

 

 

 

―◆◆◆◆◆―

 

 

 

ライの作戦は上手くいき成功した。

 

《ガウェイン・ポセイドン》は、発射された輻射波動砲弾をその巨体のため避けること、《絶対守護領域》で防ぐことも出来ず左肩(ハドロン砲)に直撃された。

 

輻射波動は瞬く間に左肩(ハドロン砲)のエネルギーと反応し、全身を駆け巡ることなった。それは無論、体内で動力兼操作をしていた《ガウェイン》にも襲い掛かり、神装のため自壊することも出来ない生き地獄を味わうことになった。

 

最後は、臨界点を突破して《ガウェイン・ポセイドン》が自爆するだけ――とライは考えていたが、最後の最後でとんでもない誤算が待っていた。

 

それは《ガウェイン・ポセイドン》の蓄えられていたエネルギーの量。

 

《ガウェイン》は《ガウェイン・ポセイドン》として巨体を維持するために神装で引き出したエネルギーを全身に流しており、更には左肩のハドロン砲も半径六百ml(メル)の大穴を空けた三割、魔手を粉砕した四割を超える全力全開の――百パーセント出力のエネルギーを溜め込んでいたのだ。

 

そんな膨大という言葉では収まらないエネルギータンクといえるものに電磁パルスによる沸騰を行えばどうなるか、その結果は――。

 

 

 

―◆◆◆◆◆―

 

 

 

そして、《ガウェイン・ポセイドン》という名の爆弾は爆発した。

 

爆発には、明るい大火焔と大気の消滅運動が付随することとなった。その大きさは直径約十kl(キル)に及ぶもので、巨大な火の柱はアーカディア帝国、ヘイブルグ共和国、ブラックンド王国といった大国、北のユミル教国などの果ての国からも確認された。

 

爆心地の中央部であるリドネス海峡付近の森で生じた爆発消滅は、大きな被害を受けながらも残っていた木々を残らず吹き飛ばした。次の瞬間には、大規模に消失した空気の欠損に大気が流れ込んでぶつかり合い、圧縮されながら溜め込まれた空気は三秒で破裂した。

 

そして爆風の高度は地上数kl(キル)にまで及び、その地の残骸が付近十数kl(キル)前後まで飛散した。だが、爆発の大気運動によって生じた局地的な雨雲と雨によって、爆発の粉塵は広範囲に広がる前に押しとどめられ、代わりに狭い範囲へ汚れを含んだ大雨が降ることとなった。

 

 

 

 

―◆◆◆◆◆―

 

 

 

『――反応ありませんね。ここ三日、爆心地を中心に特装型(ドレイク)三十機の探知をフル活動して、これだと本当になにもないのではありませんか、隊長殿?』

 

『俺もそう思うが、皇帝陛下直々の命令を承って調査をし、何もありませんでしたとか報告してみろ。俺たち全員、首を刎ね飛ばされるぞ』

 

『ははは、まさかそんな……嘘じゃ、ないんですね』

 

『残念ながら本当だ。今の帝国は酷いぞ、知らなかったのか……とそうか。お前は確か』

 

『はい……。ここ数年間、石化した終焉神獣(ラグナレク)の監視に派遣されていたため本国の現状を知りません』

 

『……すまなかった。だが、ある意味運がいいのかもしれないな。きっと、現状を知れば後悔することになる。良いニュースと言えば、第七皇子様が帝国史上最年少で機竜使い(ドラグナイト)の免許を取ったことくらいかな』

 

『他には――?』

 

『――それしかないさ。もうそんなニュースしかないぐらい帝国はヤバいってことさ』

 

『そうですか……。探り当てなければ地獄、探り当てても地獄と……』

 

『どういうことだ?』

 

『いえ、その……。わ、私は怖いんです……』

 

『怖い?』

 

『は、はい。こんな破壊現象を起こせる存在がいるのが、怖くて堪らないんです。遠くからしか見ていませんが、復活した終焉神獣(ラグナレク)と変化した終焉神獣(ラグナレク)特装型(ドレイク)を見ました』

 

『……』

 

『あんな人智を超える化け物がこの世に存在し、もしかしたら今この足元に潜んでいるのではないか?自分たちが発見したものが世界を滅ぼしてしまうものではないか?そんな考えが浮かんでしまいます……!』

 

『お、おい……』

 

『それにっ、それにっ!この惨状にいたのは終焉神獣(ラグナレク)だけではないんです!機竜です!終焉神獣(ラグナレク)を単騎で追い詰め、圧倒した『蒼い』機竜が……!!』

 

『落ち着けっっ!!!』

 

『っ!……す、すみません。取り乱しました……』

 

『いや、気持ちはわからんでもない。お前は休め。もうすぐヘイブルグの奴らと調査の交代だ。飯食って寝れば気持ちが治まるさ』

 

『……ありがとうございます。では、お先に』

 

『……、フゥ――ッ。過ぎた力ってやつか。俺もそんなものに触れるのは御免被りたい。もし見つけてやったら皇帝に差し出して破滅させてやるか――どうした?』

 

『隊長、報告です。爆心地から十五kl(キル)離れた地点に妙なものが』

 

『妙なもの……なんだそれは?』

 

『――機竜です。蒼い、銀髪を生やした機竜です』

 

 

 

―◆◆◆◆◆―

 

 

 

そこまで聞き、『彼』は盗み聞きを止めた。

 

この三日、暗い深海の底を探し回り目当ての存在を見つけることが出来たから。

 

光すらも遮断し、異形の魚が回遊する人の手が入っていないありのままの地。そんな底の底に『ソレ』がいた。

 

一言で言えば岩と言ってもおかしくない物体。しかし、近づいてみればそれがただの岩ではないことが解る。

 

『ソレ』は金属の人型だった。内側から膨れ上がった様子から古代の人を模した石造似た形となる、金と黒の金属で固められた人型。

 

物言わぬ存在に見えるがそれは違う。目の前の人型はまだ生きている。何故なら、胸に輝く赤い紋章が何よりの証拠。今は、『彼の者』によって受けた力が残り続けているため身動きが出来ないだけだ

 

自身の『兄』ともいえるその者に『彼』は手を当てる。それと同時、自身の胸の紋章と『兄』の紋章が輝き始め、治まった時には『兄』は元の姿に完全に回復した。

 

『兄』が自身より小柄な『弟』へ手を差し伸べる。

 

その手には胎動うる肉塊が。しかし、それの動きは穏やか。かつて見たような抵抗は見せずただ静かに脈打つだけ。

 

『兄』の意図を察した『弟』が肉塊へ自身の指を刺し込む。

 

先ほども盗聴を可能とした、『兄』と同じ内蔵された『個性』を使用して肉塊の中にある物を慎重に取り出していく。

 

そして、抜かれた『弟』の指には人頭ほどの水晶体(クリスタル)がくっついていた。七色に淡く輝く幻想的な物体が海水によってより幻想的価値を高める。

 

水晶体(クリスタル)を抜かれた肉塊は、大きな穴を空けられて砕け散ると思いきや、『兄』が両手に包み込み胸の紋章を輝かせる。内部にあった水晶体(クリスタル)と同等の物を作りだし、穴を修復され、砕け散らずに済んだ。

 

肉塊は再び強く穏やかな胎動を始める。

 

深い、深い深海で行われたとある『兄弟』の所業。

 

これが未来でどのような異変を起こすのかはまだ誰にも分らない。

 




まず一言――やり過ぎちゃった!

ライは生きてますよ。過去編ですからね。しかし、愛機の一機を回収できずまた吹き飛ばされました。

蒼月については……まだ詳しい描写が載せられません。というか扱いが酷いな。使用者に囮として投げ飛ばされ、回収できずに帝国に発見される。……活躍!活躍の場は用意してありますからっ!ってそれ書いたノート紛失してるチックショー!

『兄弟』については似たようなものですよね?この二機はデザイン的にも好きでスパロボでも大活躍してくれました。それとドルイドシステムですが、最弱世界の技術が合わさったためチート使用になっています。

ポセイドン「まだだっ、まだ終わっていなぁぁぁぁいっ!」

それとライにちらついた影、それがラスボスになります。
ヒントを下記に残しておくため、知りたくない人は気を付けて。








ヒント:『馬』+『鷲』=?



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没落皇子

 

夜空をステージ、満月と大地に広がる炎をライトに巨人が踊っていた。

 

巨人は騎士だった。

 

背に十字架を背負い、黒と灰の幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)の騎士。

騎士の操り手は、爛々と赤く輝く紋章を浮かべた装甲に覆われる仮面と鎧を纏った怪人。

 

騎士は、宙であるその場から移ることなく、身体を回し両手を軽く動かし踊り続ける。だが、勘違いしてはいけない。この空中(ステージ)で踊っているのは騎士だけではないのだ。

 

その証拠に休みなく動き続ける手。そこに張られる透明な翡翠の障壁は動いた直後に、鋭い風切り音と重々しい撃音、鮮やかな火花を散らしている。

 

ダンスのパートナーを務めている者は、騎士よりも半分ほど小さい漆黒の装甲機竜(暴竜)。いや、その表現は正しくはない。暴竜のサイズは同類の竜たちと比べれば、大型に部類する。常識に言って騎士が巨大過ぎるのだ。

 

暴竜は縦横無尽に駆け巡り、騎士の巨体目掛けて手に握った大剣を振るう。その力は文字通りの破格。さらには、繰り出される剣技は曇りの一点もない。性能、才能、努力、経験で鍛え上げられた一閃は、千二百の竜を打ち砕いてきた。

 

しかしそれは、あくまで竜に対するもの。

騎士は竜ではない。

騎士にとって竜を打ち砕けるその一閃は難なく弾けるものでしかない。

 

暴竜が高速で動いて隙を見極め、大剣を振るう。

それを騎士が避けることなく、その場で予知したかの如く翡翠の障壁で防ぐ。

お返しにと大気を破壊的圧力に変える剛腕を打ち出す。

大気の圧力から逃げ出し、再び隙を見極め剣を振るう。

 

そんな騎士と暴竜の戦闘(ダンス)はお互いが出会った時から行われていた。暴竜が千二百の竜を打ち倒したところに、殴り込んできた騎士。そしてほぼ同時に生まれた地上の破滅劇。

 

暴竜はそれを止めるために翔けようとしたが、その行く手を騎士に遮られる。そこから発展したこの舞踏を先ほどからずっと繰り返していたが、とうとう変化が訪れた。

 

変化を起こしたのは暴竜だった。

 

元々、この戦闘は並び立てれるものではない。暴竜に溜まり続けた疲労、いやそんなものがなくても結果は遅かれ早かれ決まっていたものだったから。

 

暴竜を動かす精神と体力は生物の範疇に限らず有限。動き、一撃を繰り出すたびに削られていく。しかし、騎士にはそんな枷は存在しない。その身に流れるのは神羅万象を構成する文字通りの無限の力。その恩恵が途絶えない限り、騎士に消耗を望むのは不可能なことだった。

 

暴竜の黒い身体がガタガタと苦悶の色を帯びて小刻みに震えだす。たったそれだけの動きが、今まで出来上がっていた均衡を崩すには十分過ぎた。

 

暴竜の異常を見逃す騎士ではない。異常にほんの僅かに生まれた高速移動が途切れた。そこから相手の移動する位置を割り出し、周囲の大気も武器にして暴竜が現れるポイント目掛けて拳を打ち込む。

 

騎士の狙い通りに打ち込んだポイントに暴竜がいた。拳からややずれているため、直撃は望めないが、生まれる圧力からは逃れられない。例え逃げたとしてももう間に合わない。襲い来る圧力に打たれ、体勢を崩した所に最後となる一撃を叩き込む。それが騎士の勝利の計略。しかし、暴竜の想定外の動きにその計略は崩れ去った。

 

 

「――――ッ!!」

 

 

暴竜が裂帛の、それも子供の声を吐き出して突っ込んできた。悪あがきだと、大気の圧力で吹き飛ばされるのだオチと判断したが違った。

 

暴竜は吹き飛ばされていなかった。大気の圧力を防御か無効化した?いや、確かに大気の圧力を受けている。しかしながらも怯むことなく、騎士に剣を腰だめに構えて向かっていく。

 

それは暴竜が突撃した位置が大気に打たれて攻撃体勢を崩してしまう紙一重の位置と攻撃が出せず体勢を崩さないための紙二重の位置の間、大気の圧力を受けながら攻撃できる場所であったから。

 

これまで繰り返されてきた戦闘で見極めて、辿り着いた戦術。無論、そんな無茶をした暴竜の身体には軋む音と罅割れる音が鳴り響いている。だが、それほどの捨て身を行わなければならない相手だと理解していた。

 

これを狙っていたのか、と騎士が気付いた時には暴竜の大剣が肩に横一文字に打ち込まれた。

 

 

 

もう一度言おう。

騎士は竜ではない。

 

暴竜の一撃を難なく対応する反射性能、さらにはたやすく弾く防御装備、触れれば竜を紙細工の如く引き千切る剛力。これらの事実から――

 

暴竜の大剣は身体に纏う自動障壁を破った。騎士の装甲を割った。その下にあるフレーム半ばまで切り裂いた。フレームに包まれる(合成樹脂と電動ジェルの芯)で止まった。

 

――騎士そのものの耐久性も竜の基準ではない。

 

暴竜はほんの、ほんの僅かな時間、呆然とした。

肉を切らせて骨を断つ現実に裏切られたこと。

剣から伝われるこれまで断ち切ったものとは違う超硬質な感触のこと。

そして漸く、騎士が竜とは根本から違う異質な存在であることに気付いたこと。

 

それらが重なって生まれた隙、自身の負傷など興味ないとばかりの騎士の行動が重なって暴竜の終焉が確定した。

肩に剣を喰い込ませながら、喰い込んでない側の五指が噴進弾の勢いで発射する。ワイヤーで繋がれた指は暴竜の両脚に全弾貫通し、動きを捉えた。

 

両脚を打ち抜かれたと気付いた時にはもう遅い。

剣を喰い込ませながら腕を力の溢れんばかりに振り上げる。そんな動作をしたため、肩の傷がより抉られ、大剣が勢いで抜け出る。

 

だが、相変わらず騎士はそんなことに関心は持たない。あるのは、目の前の暴竜()を打ち砕き、その身に食らうことのみ。

 

そのための最後の一手。

暴竜に逃げる術は無く、護る術も無意味。そもそも全てが間に合わない。後は振り上げられたこの手を振り下ろすだけ。だが――

 

 

「――――――」

 

 

騎士は暴竜を解放した。

腕を下ろし、腕を振り払うことで両脚に刺さった五指を抜く。

 

暴竜にはもう興味がないとばかりに燃え盛る地上の街を見渡す。そして、その視線が一ヶ所に固定されるとその先に向かおうとした。

 

その背に向かって暴竜が剣を突きつけ突撃する。行かせるものかと、ここで倒すと身に迫る気迫を持って騎士と戦うとした。

 

しかし、そんな暴竜に騎士が行った洗礼は今まで以上に苛烈だった。背負った十字架を片手で掴む。そこから無駄のない流れるような動作から引き抜かれたのは紫の刀身を持つ大剣。その大きさは、騎士と同等で、これを剣とするなら暴竜の大剣はダガーといえる程にサイズの差がある。

 

その大剣でも暴竜との縮まりつつある間合いには開きがある。しかし、騎士はそんなこと関係ないとばかりに片手で薙ぎ払った。案の定、騎士の大剣は暴竜に届くことはなかったが、その行動に生まれる現象があった。

 

壁だ。音速超過の衝撃波で構成された巨大な壁だ。

圧縮された空気圧が城壁と感じさせる圧力で空を走る。

 

騎士目掛けて翔けていた暴竜は相対速度で正面から激突した。黒い装甲の破片が舞い、吹き飛ばされていく。それが決定打となって、今まで辛うじて繋がっていた戦意の糸がプツリと切れる。吹き飛ばされた身が向かう場所は、巨大な建造物――アーカディア帝国の王城。

 

体勢を整える間もなく、背面からぶつかる。痛みと疲労で閉じていく意識の中で暴竜が見たのは、自分の姿を確認することなく、また流れる動作で大剣を背の鞘に収めて地上に降りる騎士の背と、それに並び立つ幾つもの異形の騎士の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「酷い夢を見た……」

 

首輪をつけた銀髪の少年――ルクス・アーカディアは目覚めた。

 

夢の内容は五年前の、自らが策謀した計画を血と炎の色に一層染め上げられた忌むべき過去。今でもその日のことは、胸中に刻まれた騎士――悪夢(ナイトメア)の恐ろしさと共に記憶として鮮明に蘇る。

 

そんな記憶が夢の中まで浸食し始めてきた。最悪な部類の目覚めだ。未だに頭の中に強く残っている夢の残滓のせいか、少し現実感がない。

 

頭を振って残滓を振り払い、寝ぼけた視点の焦点を結ぶ。

 

 

「こんな場所で寝ていたら悪い夢の一つぐらい見るよな」

 

 

ルクスが寝ていた場所は、民宿でもホテルでも馬小屋でもない。周囲にベットとトイレ一つしかなく、石壁と鉄格子で囲われた薄暗い地下室――独房だ。

 

 

「はぁ、……やっちゃった」

 

 

ルクス・アーカディアは『咎人』だ。

 

永きにわたって国民に圧政を敷き、アティスマータ伯率いる反乱軍のクーデターによって滅ぼされたアーカディア旧帝国。ルクスは苗字の通り、その皇族の生き残りである。

 

本来なら危険分子として最悪、排除される立場の人間だが、そこをアティスマータ王国の恩赦により条件付きで釈放された。条件とは、『あらゆる国民の雑用を引き受ける』こと。その契約を交わして首輪を付けたのが、つい五年前の話だ。

 

しかしアーカディア旧帝国の皇子というレッテルが影響し、最初の頃は国民から不審に思われ受け入れられず、新王国から与えられた仕事を淡々とこなしていた。だが、今ではその頑張りが認められて、好意的な評価と一ヶ月のスケジュールが埋まるほどの人気が生まれている。

 

その期待を裏切らないよう真面目に雑用をした五年間の生活。それがどうして独房入りという陥ったのかは、一言でいうなら猫のせいだ。

 

一昨日、運悪く寝床のなかったルクスを快く泊めてくれた酒屋の娘。その女の子と再会した時、彼女の手荷物だったポシェットが、近くにいた猫にいきなりひったくられたのだ。

 

国民に対しての奉仕と協力の義務であり目的と、自分がお世話になった人物のため、早朝から昼までの労働で疲労が溜まっていた身体に鞭を打って、泥棒猫を追いかけた。

 

日が落ちかけるまでの一時間、必死の追いかけっこの末。ついに猫からポシェットを取り戻した。純粋に誰かの助けになれた喜び、安堵と達成感に浸るのも束の間。足場にしていた屋根がルクスの体重を受けて突如、崩壊したのだ。

 

落下して現状を把握しかけた時、天井の破片がすぐ近くにいた、小柄な少女の上に落ちようとしたため、反射的に飛んで、助けた。

 

ここまでならドタバタの末の美談になるだろうが、問題はここから先だった。

 

ルクスが落下した場所。それが浴場であった。浴場ならば大抵の者は身を清めるために服を脱いでいる。助けた少女もその例に漏れず一糸纏っていなかった。それにルクスの少女を助けた体勢も最悪と断言できる。よりにもよって少女に覆いかぶさる形になってしまっていた。

 

そして止めの一撃として、混乱した頭でルクスが選んだ言葉が――

 

 

『……えっと、その可愛いですよ。全体的に子供……いえ、まだ幼い感じなのに、胸は結構あって――エロいです』

 

 

続けて、

 

 

『それと警戒しなくても大丈夫です。――こんな形で手を出す趣味もありません』

 

 

火に油を注ぐどころか、活火山に爆弾を放り込む発言だった。

ルクス自身ですら死んだと実感し、教えてくれた酒場の店主と友人を罵った。

 

結果、現れた反応は押し倒した少女の怒声と周囲にいた同じく入浴中の少女たちの悲鳴。謝ろうにも、取り戻したポシェットから下着が零れてしまい、少女たちはヒートアップ。

 

その迫力に弁明する余裕もなく逃げてしまったが、その後のことは本当に生きた心地がしなかった。追いかけてきた少女たちと自分が行ったのは、逃走劇など生易しいものではない――狩猟だ。

 

自分は獲物で少女たちは狩人。大きな声を出して獲物(自分)を追い立てるグループと静かに待機して襲い掛かってくるグループのとても素人には見えない連携に、何度追い詰められたことか。更に質が悪いのは、最初はあえて逃げられやすいように穴を空けておいて、より奥へと進ませて消耗を狙ってきたこと。どんどん建物の奥に追い詰められていると知った時には、戦慄したものだ。

 

それでも生き残れたのは少なからず通った修羅場と、狩猟の最中に乱入してきた三機の装甲機竜(ドラグライド)のお蔭である。

 

 

『変質者の者に告げる!君は、現在進行形で破滅的状況に追い込まれている!この学園の初代団長から始まった悲劇を起こさないためにも、神妙に()()()のお縄につくんだ!』

『もし、他の子に取り押さえられたらとんでもないことになるよ~!君は今彼女たちの術中に嵌っていて、染み込まされている一対多数の心得から袋叩きにされる未来しかないの~!』

『Yes.過去の覗きや痴漢の方々は、それはもう無残な状態にされたようです。現在は培った覗き、痴漢技術(スキル)を活用して犯罪防止に役立てて立派に貢献しています。……この場所のことを思いだそうとすると痙攣や奇声を上げるようになりましたが』

 

 

三人の機竜使い(ドラグナイト)の説得か脅迫か分からない――冷静に考えれば説得だったのだろう、多分――言葉を自分は信じることが出来なかった。状況からして、三人に投降して追い詰めてくる少女たちに差し出されることや、装甲機竜(ドラグライド)を使用してより過酷な行いをさせられる可能性があったため無視してしまった。

 

結果、装甲機竜(ドラグライド)三機も加わった大逃走となったが、運良く機竜が壊してしまった壁から抜け出すことが出来た。

 

かすり傷一つもなく無事に外に出られたことを奇跡に思いながら、止まらない汗だくの身体で正門までようやくたどり着けた。だが、そこに待ち伏せがされていた。

 

美しい水色の髪を持った妖精のような少女。

 

童顔であることをからかわれ、プライドを刺激されたことから強行突破を企んでしまった。白兵戦の訓練を積んでいたため自信はあったのだ。フェイントを仕込んだ勝負に、少女を抜き去ったと確信した。

 

その直後、正門の外が映っていた視界が、夜空に切り替わった。かつて自分が教えを請うた人物に何度もされた、足が宙ぶらりんになる感覚と背を伝う浮遊感に懐かしさを覚え、自分が宙を飛んでいると理解した時には、背から地面に思いっきりぶつかった。

 

 

『……相手の勢いを利用するのは解ってたけど、そこまで飛ぶなんて。ごめんなさい、見様見真似で試した技で加減がわからなかったの。許してね』

 

 

少女の驚きと反省の声が届くが、背から伝わる衝撃で暗転し始めた意識に応える力はなかった。

 

 

『――大丈夫。手荒なことはしないわ。私と三和音(トライアド)が生徒たちを説得するから、安心して気を失いなさい』

 

 

その声を最後に意識が途絶え、この地下牢でさっき目覚めたのだ。そこまで思い出して、身体中を確認する。ナニカをされた形跡や痕跡もなかったことから、一先ずは大丈夫だろうと安堵した。

 

 

「まいったなぁ。今日も仕事の予約が入ってたのに……」

 

 

空気が冷たく、陽光は白さを感じさせる眩しさから、朝食頃だと予想できる。このままでは、仕事に間に合うなど不可能なのは目に見えている。一度約束した仕事をすっぽかすと、罰として借金が増えるがそれ以上に気にしていることが。

 

 

「『人の信頼を裏切ることは容易い。だが得るのは難しく、積み重ねていかなければならない』」

 

 

受け売りの言葉だが、実に的を得た言葉だ。『咎人』となってからは猶更そう思う。だから、仕事に遅れることは人の信頼を裏切ることだ。旧帝国の皇子の自分は五年間をかけて、国民の信頼を得られた。遅れた程度で壊れるぐらいなら無いような物かもしれないが、ルクス自身はその信頼に応えたいのだ。

 

 

「まずは正直に説明しないと……」

 

 

ポシェットを奪った猫を追いかけていたら、足場にしていた屋根が壊れたんです。そしたら下に浴場があって、落ちてくる破片から女の子を助けようと押し倒しました。

 

 

「ダメだ……。とても通用する内容じゃない」

 

 

自分が聴取する立場だったら言い訳にしか聞こえない。しかし、ここはもう正直に話すしかないと覚悟を決め、伝えやすいように胸の内で練習し始めると――

 

 

「……足音?」

 

 

ガチャッ、ガチャッと金属が鳴る音と一緒に足音が聞こえた。それも段々と近づいてきて大きくなっている。

 

聴取の時間かと、説明練習が出来なかったことを惜しみながら、深呼吸をする。

金属の音は、逃走中に現れた装甲機竜(ドラグライド)から機攻殻剣(ソード・デバイス)が揺れる音と判断できる。覗きと間違わられているのだ、護身のためだろうか。何故、希少な機攻殻剣(ソード・デバイス)を持っているかは、幾つか推測を立てたがその域は出ないので考えないことにする。

 

気配も感じられるほど近くなった。鉄格子の外に現れるだろう相手に悪い印象を与えないためにも、努めて笑顔で挨拶した。

 

 

「おはようご……っ!?ざ……い、ました?」

 

 

元気よく放った挨拶は奇妙な言語になった。別に舌を噛んだわけでも、元気が空回りして声が引っくり返ったわけでもない。挨拶の途中、鉄格子の外から現れた人物があまりにも強烈過ぎたことによる驚愕のせいだ。

 

現れた人物は闇だった。人型の姿をした闇。

 

頭部全体を包む濡れた光沢を持つ、視界を通すスリットすらない闇色ののっぺらぼうヘルメット。

ヘルメットと同じ闇色で関節部を阻害しない設計で、満遍なく幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)と思わしき装甲を備え付けた重量感たっぷりの服。

 

 

「――――――――」

 

 

そんな目の前に現れた怪人にルクスは、あんぐりと口を空けて呆然とした。予想を飛び越える現実に思考が一時停止したのだ。

 

だらしない顔のルクスに怪人は何も喋らない。顔の向きからして、ルクスの顔を見つめているように窺える。ようやく呆然から回復したルクスは、怪人の頭頂からつま先まで何度も見渡して

 

――これ、絶対いけないパターンだ!!

 

と内心で叫んだ。本音は声に出して叫びたかったが、それで相手の気を悪くしたら命の危険性が増すと判断して我慢した。

 

寂れた地下室の独房。

覗き疑惑の人物。

そこに現れた闇の怪人。

 

この3セットは嫌がおうにも最悪な想像を掻き立ててくる。その膨れ上がった想像が導き出した怪人の正体は――

 

――間違いない、拷問官だ!

 

自分を追いかけてきた少女たちの手並みから、ロクな場所ではないと僅かながら考えていたが、まさか本当にそうだとは。例えそうでなくとも、こんな子供が見たら泣くようなデザインを着ている者がいるのだ。少なからず全うな場所ではない。

 

確認したところ、怪人の手には何も握られていない。足音と共に鳴ったのは、備えられた装甲が擦れる音。だが、そんなことよりも拷問官が何も持っていないことを知ってしまった。

 

――ぼ、暴力か!?白状しない限り、指を折ったりするのか!?

 

ルクスが恐怖に襲われ独房の壁まで下がると、怪人は鉄格子を掴む。触れた鉄格子が軽く揺ゆれ、ガシャンと何度も軽く木霊した。そこから怪人の動きは激しくなり、もう両手で鉄格子を激しく揺らした。

 

ガッシャン、ガッシャンと激しい音鳴らす怪人の姿は、独房の外にいるのにこれから行われる自分の死刑に激しく抵抗する囚人に見えた。

 

ぶっちゃっけ、下手なホラーよりも怖い。

 

鍵をかけた扉のドアノブが反対側からガチャガチャ動くのは、入ってこれないことが解っていながらも恐怖を感じてしまう。それなのに、目の前で怪人が鉄格子を壊さんばかりに揺らしているのだ、恐怖も比ではない。

 

鳴り響く鉄格子の音が止まり、怪人は揺らすのを止めた。しかし、それで終わりというわけではなかった。

 

 

「え、えぇ……!?」

 

 

なんと怪人は両手で掴み続けていた鉄格子を広げ始めた。人間の手で包める太さの鉄の棒を力だけで飴のように広げている。馬鹿力という他になかった。

 

歪められた鉄格子は頭一個分ほど広がってしまう。怪人はそこへ頭を潜らせるが、肩がぶつかって先へ身体を潜らせることまでは無理だった。それでも進もうとした。だが、結果は肩の装甲と歪んだ鉄格子のぶつかる音だけ。

 

怪人は諦めたようで潜っていた頭を抜き出す。それにルクスがホッとするのも束の間、今度は怪人は足を鉄格子目掛けて蹴りを放った。装甲に覆われたつま先が鉄格子に目掛けてぶつかった。耳に短い鉄の悲鳴が届くと、鉄格子はつま先に食い破られていた。くの字に曲がったのではない、折れたのだ。

 

その結果をしゃがんで怪人は確かめるが、ただ鉄格子が一本折れただけで、人がくぐり抜けれるスペースにはまだ足りない。怪人はそれを見ると地下室から何も言わずに去っていった。

 

取り残されたルクスは、

 

 

「何だったんだ、一体……」

 

 

と呟くことしか出来なかった。十分にも満たない邂逅は、ルクスに鉛のような肉体的、精神的疲労しか与えなかった。もし、これが夜中に行われていたら一生もののトラウマになっていたかもしれない。

 

恐る恐る鉄格子に触れる。左右に歪まされた、折れたそこは冷え冷えと厚い感触、力を入れてみてもびくともしない、偽物ではない本物の鉄だ。これをこんな状態にするなど人類では不可能だ。

 

あの怪人は何者だ?どうして牢の鍵を開けなかった?まさか忘れただけ?もしくは、自分に恐怖を与えて本音を引き出そうとしたのか、歪んだ鉄格子に触れながらと考え始めると、

 

 

「はわぁ――ッ!?」

 

 

突如ルクスの背後、天窓が備えられた壁が激音を立てて崩壊した。

外を隔てる壁がなくなった独房に朝の陽光が降り注ぐ。その陽光を背に受けて現れたのは――

 

 

「もう勘弁して下さい――!!」

 

 

泣きそうになりながら現れた怪人、それも赤いV字の角を頭部に持った黄金色の

装甲機竜(ドラグライド)を纏った姿にルクスは叫んだ。

 

昨日、追いかけてきた三人組が使用した汎用機竜とは違う独特な形状。その鋼の巨体が醸し出している風格は、より上位の存在であることが理解出来る。

 

生身の人間に対して使う物ではないと思った時には、怪人は機竜の装甲で覆われた腕を大きく振りかぶって、掴みかかってきた。

 

 

「うわああぁあっ!?」

 

 

咄嗟に横転したことで間一髪回避できたが、そこにあった鉄格子が吹き飛ぶ結果になった。そのまま転がるように外へと逃げようとしたが――

 

 

「――――え?」

 

 

ルクスは疑問詞とともに、握られていた。あっという間も無く、逃げようとしていた身体が鋼鉄の指にくるまれて、拘束された。

 

自身の機竜性能の知識を裏切るかの如く発揮された運動性能に驚く間もなく、一瞬で持ち上げられる。ルクスを掴んだ腕は、怪人の仮面に顔が映るほどの距離で停止する。そこで怪人の手がルクスに伸ばされる。

 

 

「……ッ!」

 

 

これから行われるだろう暴力に思わず目を閉じると、感じたのは痛みではなかった。髪を摘ままれる感触だった。恐る恐る目を開けるとやはり、怪人がルクスの銀髪を調べるようにいじっていた。

 

怪人の謎の行動にルクスは戸惑い、されるがまま髪をいじられる。特殊な繊維と装甲で包まれた手のひら。その手つきは手荒ではなく、先ほど鉄格子を歪めた剛腕とは信じられなかった。

 

 

「あの……なにをしてるんですか?」

 

 

思い切って訪ねてみると、怪人は髪から手を離して、仮面の下顎部に触れた。そこの留め金らしきものを外すと下顎が外れ、仮面を脱いだ。

 

 

「……ッ!?」

 

 

仮面の下から現れた素顔を目にした瞬間、ルクスの心臓がドクンと跳ねた。

現れた顔は少女の形をしていた。それだけなら、ルクスも怪力を発揮した事実で驚きはするが、驚愕とまではいかないはずだ。

 

驚愕の原因は少女の髪と目だ。

腰まで伸びる鮮やかな銀髪――自分や妹が持つ、旧帝国の皇族に受け継がれる髪の色とその中に混じる一房の水色。そして、目は左右の色が違う灰と蒼のオッドアイ。だが、蒼の瞳が異様だった。そこに浮かぶのは、瞳と同じ青色の紋章らしきもの。そう、五年前現れた悪夢(ナイトメア)が胸部に持っていた鳥の羽ばたきに似た――

 

そこまで考えていると、

 

 

「何をやっているんだ君はあぁぁああ――っ!!」

 

 

聞き覚えのある声が放つ怒声に意識が向いた。怒声の出どころは機竜の後方、そこから走ってくる人影がある。

 

その人物は少女と同じ装甲の付いた服に身を包んだ銀髪の青年。

ルクスが青年の顔を見た時には、もう機竜の背後近くまで接近した。そして、機竜の背中目掛けて拳を放つ。……気のせいか光っているように見えた。

 

拳がぶつかると機竜がガクリと膝から崩れ落ちて、頭から地面へと崩れ落ちた。その反動で拘束されたルクスも解放されることになった。

 

地面に着地して銀髪の少女を下敷きにした機竜、それを倒した青年を見た。

 

ルクスは青年を知っている。

五年前、自分の訓練に付き合ってくれた友人。

彼の名は――

 

 

「ライ……さん?」

「ああ、そうだよ。久しぶりだな、ルクス」

 

 

と短い、返事をすると、倒れていた機竜がゆっくりと浮かんだ。起きたのではない、浮かんだのだ。

 

機竜は持ち上げられていた。持ち上げるのは下敷きになった銀髪の少女。人間が一人で持ち上げるのは不可能な重量なのに、少女は潰れることなくその両手で持ち上げている。

 

その少女の目……オッドアイであったはずの両目が黒く染まって黄金の瞳を映していることにルクスは息を呑んだ。

 

 

「――《ヴィンセント》を待機状態にすればいいだろ」

「――ッ!」

 

ライの呆れたように呟いた言葉に少女はハッとして、片手で機竜を支えたまま差し込まれた機攻殻剣(ソード・デバイス)に触れて待機状態にした。そして、弾けるような笑顔を浮かべて、ライの元へと近づいた。

 

 

「――ッ!――ッ!」

「あーハイハイ。三人とも同じ銀髪だね。だからって、《ヴィンセント》を引っ張り出すようなことはするな」

 

 

指で自身とルクス、ライの髪を指す少女にライは軽い相槌を打って、頭を軽く小突いた。

 

 

「すまない、ルクス。この子はつい二日前に生まれたばかりなんだ。けど、変な知識だけは豊富にあるもんだから、突拍子もないことをしてしまう。僕が変わりに頭を下げるから許してやってくれないか?」

 

 

と頭を下げるライ。少女も真似て頭を下げる動作をする。

二人の行動にルクスは慌てた。

 

 

「い、いえいえ!幸い怪我もありませんから、謝らなくても結構ですよ!」

「……そうか。ありがとう。ほら、許してくれたぞ。君もちゃんと反省しろ」

「――?」

 

 

ライの言葉に不思議そうに首を傾げる少女。

ルクスは先ほどからずっと疑問に思っていたこと、ライが口にしたことを口にした。

 

 

「ライさん。その子は何者ですか?それに生まれたという意味は?何よりその子、ライさんに――」

 

 

似ている、と口に出そうとするとライに止められた。

 

 

「解ってる。この子については詳しく説明するから、まずは学園長室に行こう」

「……学園長室?」

「なんだ。本当に何もしらないんだな。――ここは王立士官学園(アカデミー)。今回、君が働きに来る予定の場所さ」

「え……、ええぇぇぇぇっ!?」

 

 

胸に今日何度も生まれた驚愕が、叫びとなってルクスの口から出て行った。

 

 




かの悪夢(ナイトメア)は現在起動している悪夢(ナイトメア)で最強、最高スペックを持っています。
悪夢(ナイトメア)は機竜より性能が上ですが、機竜使い(ドラグナイト)の腕次第で戦うことが出来るんですよね~。(最低でも七竜騎聖の腕前、技よりも破壊力重視、倒せるわけではない)


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皇子の憧れ

――時は独房へぶち込まれたルクスが目覚めるまで少々遡る。

 

まだ早朝といえる時間帯、工房(アトリエ)の後方へと空から大型コンテナを運び込む()()悪夢(ナイトメア)の姿があった。

 

中に収められているモノに傷をつけないよう慎重に地面へと近づけて下ろしていくと、ずっしりとした低重音が鳴る。それだけでコンテナの中に、結構な重量が入り込んでいることが容易に想像できた。

 

 

「んっ。んん~~~!!」

 

 

コンテナを運び終えたライは、その身を仮面と装甲衣で包み、纏っていた《クラブ》から掛けていたリュックサックを下ろし待機状態にさせる。重い鎧を脱ぎ捨てたような開放感に思いっきり身体を伸ばす。

 

被っている仮面を外して、リュックサックの中に入れれるだけ入れた古文書を痛まないように注意して入れる。外気に顔を触れさせると向こうに感じるのは、いつもと変わらない朝の訪れ。二日。たった二日というのに三か月近く離れていたような気がする。そんなに学園が酷く懐かしく感じるのは、間にあった出来事が濃すぎたからに違いない。

 

曇りも殆どない空から差し込む日の光。太陽の上昇を喜ぶがの如く囀る鳥たち。できることなら工房(アトリエ)の中に備えたソファでもいいからなだれ込んで、ダラダラと微睡んでいたいというほどに心地よさがある。

 

しかしそんな願望は、背後にいる人物のせいであえなく消え去っている。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

陰鬱とした気持ちで振り向けば、その人物は存在していた。

晴れ渡った外とは正反対のライと全く同じのっぺらぼうな仮面と装甲衣を着込んだ人物。理由は解明されていないが、ライと重装甲衣の怪人しか使用することが出来ない悪夢(ナイトメア)――《ヴィンセント》を使用して、大荷物が入ったコンテナを遺跡から一緒に運んだのだ。

 

それも終わり《ヴィンセント》を待機状態にした怪人は、自分の周りに広がる景色を幼子のように楽しんでふらふらしている。

 

……その一々動作をする姿が視界に入り込むたびに、堪えようのない悪寒が身体の深いところを伝っていく。

 

疲れ切った頭でも否応無しに理解させられるレベルの、本能的不快感。天真爛漫、落ち着きのないありとあらゆる物に興味津々な態度が、その印象に一層の拍車をかけてくる。耐えられない。気持ちが悪い。やめろ、やめろ、何もするな。

 

この怪人は案の定、遺跡で拾ってしまった厄介者。

身長を優に超える水色が一房混じった銀髪は、とりあえずとして腰までの長さまで切った。散髪の経験も道具もなかったため、機攻殻剣(ソード・デバイス)で見てくれは良いように努力した。まぁ、彼女自身の素材もいいことから似合うのだろうけど。

 

身に付ける服装もなかったことから全裸よりはマシとして、仮面と装甲衣に着替えさせた。はっきり言って、不気味な怪人スタイルの奴が子供みたいな動作をしてもより一層不気味となって気持ち悪いだけ。

 

すなわち自分は、彼女の存在が許容も認めることもできない。

消えてしまえと、思っているのに――くそぅ。

 

 

「……勝手にうろつくな。そんな姿をこの学園の生徒に目撃されれば、僕仕込みの尋問術で酷い目に――いや、その場合危険なのは生徒たちの方か」

 

 

目の前の少女は普通ではない。もし、手荒な扱いをすれば痛い目に合うのは、散髪を行おうとした際に経験済みだった。苛立ちに口調に棘が入り、吐き捨てるように告げながらその手首を掴み引っ張る。

 

記憶から消したい少女が仮面越しにライを見つめてくる。

 

 

「――?」

 

 

まるで、立ち上がることで自由を手に入れた幼児。冗談にしても笑えない。

彼女は、そういうモノではない。

異形、規格外――人間らしい姿を見せるな。僕は恐怖を覚えているんだ。

だからいっそ、あの場で殺すべきだったのに――

 

 

「なんで、僕は……」

 

 

頭を叩き斬る直前で手を止めてしまったのだろうか。それをやってはならないと、心がどこかで泣き叫んでいた。その半端さが許せない。ライという人間は、何故そんなところで根性無しなのだろう。

 

そもそも彼女は、悪夢(ナイトメア)と思しき機動兵器から誕生したという以前に本能的な部分から受け付けられる感じがしない。GXシリーズという規格外である悪夢(ナイトメア)の護衛対象である事実が、今も背中を寒くする。

 

つまりは、かつてあの遺跡を拠点としていた連中にとってそれだけの価値があるということなのだろう。もしくは封印されていた可能性を否定できず、しかし目覚めさせてしまった手前、下手な扱いをするわけにはいかない。

 

目撃者など誰もいないことは解っている。だが、彼女の目覚めに何か壮絶にとんでもないことをしでかしてしまった感が否めない。

 

早急になんとかしなければまずく、そしてこういう問題は信頼して相談できるレリィと話し合わなければ。恩人である彼女をより巻き込んでしまうと理解しているが、全てがもうどうだっていい、彼女と居るとそんな気分にさせられてしまう。

 

 

「おい、君――」

 

 

不意に、一瞬妙な鼓動の高まりを感じてこめかみに皺を寄せた。手首を掴む手に彼女の手が重ねられる。抵抗の意思は感じられない。ただ、自分に触れられていることが嬉しいように、その手を軽く揉む。

 

どう表せばいいのかは分からないが、何だろうか……悪夢(ナイトメア)から誕生した彼女を見かけてからずっと感じる、この違和感は。

 

焦燥、というのが強いて言えば一番近いのだろう。まるで袋小路に追い詰められ、刃物を持った追っ手ににじり寄られている時のような感覚。彼女から一歩でも離れたくて仕方がない。

 

それが身体の奥から湧き上がってくるのだから、今も排除したくて殺意が湧いてくる。恐怖しながら排除したい、消えてくれと思っているとーー

 

 

ゴーン。

 

ゴーン。

 

ゴーン。

 

 

学園に備えられる鐘が鳴り響いた。

 

まずい。この鐘が鳴ったということは、生徒たちが活動し始める頃合いだ。今の自分たちの格好を見られるのは好ましくない。一部の生徒たちは知っているが、その数は知らない生徒たちと比べると圧倒的に少ないのだ。

 

工房(アトリエ)に着替えはあるにはあるのだが、あくまでライの物、男用だけだ。女性用の下着など男のライが持っているはずもないし、例え彼女に着替えさせて、生徒たちに見つかりでもすれば――

 

 

『趣味か!?男性機竜整備士、朝の学園で少女を下着無し、ブカブカの服に着せさせ連れまわす!!』

 

 

といった学園記事が掲載され、これまで築いてきた信用を崩してしまう結果になりかねない。ただでさえ、男性嫌いの噂が流れている少女が《騎士団(シヴァレス)》団長になって肩身が狭くなっているのに!

 

 

「『人の信頼を裏切ることは容易い。だが得るのは難しく、積み重ねていかなければならない』」

 

 

母からの受け売りの言葉を思い出す。実に的を得た言葉だと感じる。この言葉を自分はとある少年へと語った。そんな自分がそのミスを犯すのは格好がつかない。

 

とりあえずここは急いで学園長であるレリィに相談しなければ……。

この少女は確実に自分だけの手には余るモノだと、学園長室に向かおうとリュックサックを肩にかけた時、思い出したように空いた手でコンテナを大きな音が鳴るように叩いた。

 

 

「おい、いいか。頼むから大人しくしていてくれよ。()()()()()()を連れてくるために、パーツや仮面、装甲衣も僕たちが着ているもの以外全て諦めて置いてきたんだ。僕の指示があるまでにこのコンテナから出ないでくれ」

 

 

コンテナの中身に向けて放たれる忠告に――

 

 

――コン。

 

――キン。

 

――カン。

 

――ガン。

 

――ゴギィンッ!!

 

 

中から帰ってくる軽い打音が四つほど一定の距離を空けて響いた最後、強烈な快音が出た。出どころからは、折り曲げられた巨大な指の第二関節らしきものがコンテナの壁を突き破って露出していた。

 

ノックか、力の出し過ぎだと、ライが突き出た指を見て呆れていると、指は慌てたように急いで引っ込むが、内側から破裂した形の穴がコンテナに残ることになった。

 

 

「――頼むから、大人しくしていてくれ」

 

 

再びの、念を強めた忠告を言い残して、少女を連れたライは学園長室に向かった。

 

 

 

 

 

鐘が鳴ったからといって、やはり女性の朝の準備は時間がかかるのか、学園長室まで生徒や教員と出会うことは幸いなことになかった。途中、引っ張った少女が学園の敷地に釘付けになり、反対方向へと向かうなどあったが、そこらへんはもう加減を加えて強引に引っ張った。

 

そして、学園長室の扉を前にしてようやくライは一息つけた。内心、もし出会ってしまったらどう言い訳すればいいのか不安だったが杞憂に終わった。

 

入室しようとした時、ふと思い、

 

 

――臭ってないよな……?

 

 

と少女を引っ張っていた手を離して嗅ぐ。実のところ、学園を出発した前日から丸二日身体を洗っていない。《D・ザ・パワー》との戦闘で相当な汗をかいたはずだ。やはり、女性に会う以上はそういうことを気にしないと思いつつ、ノックを軽くした。

 

 

「どうぞー」

 

 

この部屋の主の声を確認して、ライはドアを開けた。

現れたライに学園長席に座って、何等かの書類を見分していたレリィ・アイングラムは、よっぽどのことがない限り入室しない格好をしていたことに驚きながらも、迎えてくれた。

 

 

「お帰りなさい、ライ。遅かったけど、何かあったの……?」

「うん、ただいま。ちょっと僕だけでは手に負えない厄介な代物が」

 

 

迎えの言葉と前回のように咎めではない、ライを心配する声に胸をチクリと刺されながら背後にいるだろう少女を振り抜くことなく、指を指した。

 

その怪人姿の少女にレリィは――

 

 

「――厄介なモノ?どこにあるの?」

 

 

怪訝な顔をしながらの言葉にえ、と反応し背後を振り向く。

 

いない。

扉の前まで引っ張っていたはずの怪人の姿がない。離した途端、煙のように音もたてず、どっかへ行ってしまった。

 

 

「あの……っ!!」

 

 

女と、苛立ちのまま思わず暴言を吐き出しそうになる。途中、手を叩きつけるようにして無理矢理抑えなければ、レリィの前でも構わず出してしまっただろう。そんな姿を見られるのは嫌だった。

 

 

「ちょっと待てくれっ!すぐに見つけて連れてくるから――!」

 

 

と、肩にかけたリュックサックをソファに放り投げて、困惑したままのレリィを置いて駆けだした。

 

 

――そんなわけで来た道を辿る途中に、壁が崩壊する轟音が響いたのでまさかと思い現場に向かったところで繋がる。

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

(すごい)

 

 

この地――アーカディア帝国、帝都のコロシアムで今行われるのは装甲機竜(ドラグライド)を用いた公式模擬戦(トーナメント)、その決勝戦。

 

百を超える出場者から勝ち残った二強の試合を、十二歳のルクスはコロシアムで一番高く、見晴らしの良い席――皇族席でただ一点に見つめていた。

 

ルクスだけではない。

 

コロシアムの観客席を、立錐の余地なく恐ろしいほどの人の波が詰め込まれている。詰めかけた数千人の観客が、繰り広げられる戦闘の凄まじさをわかるものわからぬものも、軍人も民間人も区別なく、二人の戦い――否、ただひとりの男の武の舞台に心を奪われていた。

 

演じるのは、黒とそれに近い蒼色に包まれる《ワイアーム》に乗り込む黒髪の男。

 

濃い黒髪と戦場で負ったという傷を隠す口から下までを覆う布で暗い印象を感じるが、その評価は獲物に襲い掛かる鷹のように鋭い目と彼が行う機竜の操作を見れば吹き飛ぶはず。現にここにいる者の全てが最初に抱いた暗い印象を、彼の戦いぶりから吹き飛んでいるのだから。

 

対戦相手――いや、対戦というのもおこがましい。もはや児戯の如く、男に遊ばれる相手は公爵家の一人息子。

この公式模擬戦(トーナメント)の優勝賞品をモノにするため大金を支払って手に入れた神装機竜を纏っているが倒されるのも時間の問題だ。

性能だけに頼った技術も含まれていない力だけの攻撃を仕掛けるが、楽々と回避される。次に繰り出された《ワイアーム》の攻撃がカウンターとして重厚な装甲を削られていく。

 

 

(すごい。それでいて――怖い)

 

 

ルクスは思わず、生唾を飲み込んだ。

汎用機竜で神装機竜を追い詰めていくこと、ではない。

 

恐ろしいのは、自身にのしかかる不利すらも押しのけて貪欲に勝利を追求していく機竜使い(ドラグナイト)の精神だ。

 

言うまでもなく、汎用機竜である《ワイアーム》と神装機竜とでは、性能に隔絶とした差が存在する。陸戦型の神装機竜ならば高い格闘性能からくる拳の一撃でも汎用機竜を大破させることすらできる。更には機動性も耐久力も上という事実は、対峙する相手に諦めといった感情を抱かせる。

 

その筈というのに《ワイアーム》は戦い続け、神装機竜を追い詰めている。接近戦を挑み放たれる攻撃を紙一重で躱していくその胆力、隙を逃さず喰らいつくその執念。さらにはこれまでの試合による戦闘が祟ったのか決勝戦に入場した時には、節々から火花と煙を噴き出し、装甲には少なくない罅が入っているという事実が余計に拍車をかけていた。

 

そんな事実すら興味なしとばかりに行われる機動さたるやどうだろう。足の運びは相手する陸戦型の神装機竜よりも俊敏、いざ相手が苦し紛れに迫って来ればバッタの如く鋭く跳んで回避してのけた。

 

大振りの攻撃を振るったことで生まれた隙を当たり前だと言わんばかりに《ワイアーム》は見逃さない。

 

右手で構えるのはL字状の盾。ナックルガードとなり、先にある棘を持った一撃でこれまで何人もの機竜使い(ドラグナイト)を打ち倒してきた攻防一体の武器。

 

盾で包まれた拳を引くと同時に左手が掴むのは刀身が円柱状の奇妙な剣。

 

試合相手が戦斧(ハルバート)を迫る《ワイアーム》目掛けて打ち下ろす。襲い掛かってくる恐怖と焦りからか腰の入っていない、腕の力だけで繰り出す情けない一撃。

 

その一撃に《ワイアーム》が迎え撃つ。引き絞られた剛弓から放たれた矢のように、両足で踏み締められた盾を纏った右ストレート。

 

分厚い幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)を幾重にも重ねただろう盾に戦斧(ハルバート)の刃は柄ごと砕け散る。しかし、それと同時に《ワイアーム》の左肘から大きな火花が異音と共に噴き出した。

 

ルクスはその損傷に思わず身を前へ傾けた。観客席の多くも同じように、食い入るような視線で見つめる。

 

降り注がれる視線とその中に潜む期待に応えるように《ワイアーム》が左腕を大きく振るう。

 

肩から指の先まで力が通った腕に振るわれる武器の一撃は、血の滲む修練を積んだルクスだからこそ解る磨き上げられた宝石、滝に打たれて丸みを帯びた石、積み込まれた岩の山と思わせるほど時間と才能、努力で作り上げられたものであった。

 

吸い込まれるように高速で放たれる円柱の刀身が神装機竜の肩、幻創機核(フォース・コア)を内蔵する両肩を関節から瞬時に――切り裂いた。

 

刃のない刀身が切断というあり得ない現象を起こしたことに、観客席もルクスも含めて少なくないどよめきが現れる。しかし、これまでの男が見せてきた高い技量を持ってすれば、そんなことすら可能だという納得さえもあった。

 

動力部を失った神装機竜の末路は沈黙するのみ。例え、機竜使い(ドラグナイト)の意思がどうこうあろうと覆すことは不可能だった。

 

公爵家の機竜使いは操縦桿を乱暴に動かしながら機竜を罵倒するが無駄な労力である。乗り込む神装機竜の両膝が糸を切られた操り人形のように落とし、前のめりに倒れていく。視界に迫るのはコロシアムの地面ではなく、先に出された《ワイアーム》の――右つま先。

 

その意味たるやをルクスや観客、公爵家の息子が理解した時には激突した。

 

爪先の装甲と機竜使い(ドラグナイト)の頭部に備えた神装機竜の装甲がぶつかる甲高い金属音が鳴り響く。怪我はないだろうが、その衝撃で気を失ったのか公爵家の息子は叫ぶことも動くこともなくなった。

 

結果、出来上がったのは神装機竜(公爵家の息子)汎用機竜(無名の男)の靴を舐める光景。

 

決してあり得ることない現実に、そしてそれを成し遂げた人物に、すべての観客が飲み込まれた。

 

コロシアムでたったひとり立ち尽くす、盾と剣を頭上高く振り上げた男が、チャンピオンとなった男が、吼える。

 

そこで起こったことは、万雷の拍手、拍手、歓声、歓声…………歓声!

 

それらを捧げる平民、貴族、軍人たちに、含まれる感情は様々だがどれも同等で美しい。

 

ルクスも無意識のうちに小さいながらも拍手をすると――

 

 

(満足か皇子様)

 

 

声が、《ワイアーム》に乗り込む『彼』の声がした。『彼』の声を間近で聞いたこともないのに、それが『彼』の声かもわからないというのに、そう感じられる声がルクスの耳に響いた。

 

実際には、声を掛けられたわけでもない。『彼』は今、湧き上がる観客の拍手と声援を受け止めるチャンピオンとして受け止めている。視線ひとつ、意識ひとつがルクスに向いたわけではない。そんなことをしたら、この会場全員のチャンピオンがルクスだけのチャンピオンとなって台無しにある。

 

行動を起こす者が見せたモノに魅了された者だけがわかる瞬時の『意識』が飛んできたのだ。きっと『彼』は今、この場にいる観客全てにその『意識』を飛ばし、応えて言っている。それだけで、小さなルクスの全身は稲妻に打たれたかのように震えた。

 

これがカリスマかと感じた時――

 

 

(君のことは『彼女たち』から聞いていた。こんな俗事はしない人間と。だから言わせてもらおう――お望み通りに来てやったぞ)

 

 

再びルクスの体が大きく震えた。

気付かれていた。この公式模擬戦(トーナメント)が開催された、その理由を。

 

ルクスは帝国の王子でありながら十二という帝国史上最年少で、機竜使い(ドラグナイト)の免許をとるなど非凡な才能を持っていた。だが、そんな栄誉を授かるのが目的ではなく、とある事情で機竜使い(ドラグナイト)としての研鑽に余念がなかった。

 

そんな中、世界全土を震撼させる大事件が起こった。

 

かつて旧帝国が遺跡(ルイン)をこじ開け、世界に解き放った終焉神獣(ラグナレク)。各国との協力の末に、ようやく眠りについていたそれが突如、姿を消したのだ。

 

いや、姿を消したというのは間違いだ。

終焉神獣(ラグナレク)は討伐されたのだ。

 

近隣にいた警備隊の報告によると、石化していた終焉神獣(ラグナレク)は突然、目覚めたらしい。それもただの復活ではない。

 

復活した終焉神獣(ラグナレク)の活動を特装機竜(ドレイク)で見ていた者が言うには、体の半分を吹き飛ばされても蘇り人の上半身を生やして空を飛んだ、赤黒い光線を放って大地に巨大な穴を作った、触手の一本一本から赤黒い光線を発射するなどこの世のモノとは思いたくないほど強力でおぞましい存在に生まれ変わったという。

 

そんな終焉神獣(ラグナレク)が相手するのは、たった一機の空を飛ぶ機竜。

その機竜の正体は解らない。見た者も何分離れた場所で見たため、蒼い機竜としかわからなかったと。

 

そして最後は、赤い光線に撃たれた終焉神獣(ラグナレク)特装機竜(ドレイク)の感知機能が振りきれるほどのエネルギーの塊となり、巨大な火の玉となって消滅した。大地に今も癒えない傷跡を残して。爆発は、遠く離れていた帝都ロードガリアからも見え、ルクスの目に今も焼き付いている。

 

原因を調べるために派遣された調査団が消滅した辺りを捜索したところ、刀型の機攻殻剣(ソード・デバイス)を差し込まれた損傷の激しい蒼い機竜が見つかっただけだった。あれほど規格外の戦いを行い、爆発から逃げられるはずがない。機竜使い(ドラグナイト)は機竜を残して死んだと判断された。

 

回収され皇帝に献上されたその機攻殻剣(ソード・デバイス)は親しかった兄に口添えしてもらい、ルクスの手に渡ることになった。

 

あわよくば自身の力としたかったが、機攻殻剣(ソード・デバイス)は反応することはなかった。そのことからこの機攻殻剣(ソード・デバイス)の持ち主はまだ生きていると判断したルクスは、その人物にどうしても会ってみたくなった。

 

たった一人で強力になった終焉神獣(ラグナレク)と対峙できる人物に、当時力を欲していたルクスはどうしても教えを乞いたかったのだ。

 

その人物を探し出すために兄の協力を借りて開催したのが、機攻殻剣(ソード・デバイス)を優勝賞品にしたこの公式模擬戦(トーナメント)。例え、優勝者が使い手ではなくとも帝国全土に大々的に広めて行う公式模擬戦(トーナメント)の優勝者は相応の実力者であるため、その人物に教えを乞うつもりだった。

 

しかし、いざ始まると参加者が自分の力を誇示する舞台とする貴族、未熟な技量でありながら強権で力をつけた軍人、神装機竜という圧倒的な力を欲する傭兵。自身の暗い欲望を満たしたいだけの者たち、帝国の現状を表すような参加者たちがほぼ埋め尽くしていた。

 

参加名簿だけでも分かる悪人の坩堝という状況に『彼』は参加してくれた。そして、魅せたことで今ここに帝国に存在する人々の不安、鬱憤といったものを喜びや感動といったもので溢れ返した。平民も、軍人も、貴族も隔たりもなく。

 

選手と観客が一体になる高揚感に包まれたまま――

 

 

(僕も……僕もああなりたい!『彼』のように人の心に応えられるように――!)

 

 

ルクスが生まれて初めて抱いた、『尊敬』という感情だった。

 

そして、行われた優勝賞品である機攻殻剣(ソード・デバイス)の授賞式の後、彼を招き入れたルクスは装甲機竜(ドラグライド)の指導を頼みこみ――。

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

(ぶん投げられたんだよなぁ……)

 

 

五年振りともなる再会に伴い、ルクスは初めてライと出会った時のことを思い出していた。

 

初めて出会い、師事を頼み込むと無言でぶん投げられた。最初は何をされたのか解らず、背中を地面にぶつけた。妾腹の第七皇子とはいえ、そんな無礼を働けば衛兵が飛びついてくるが、ルクスの私室で二人っきりの状況で行われたことで騒ぎにはならなかった。……彼のことを多少なりとも知った今なら衛兵たちに見られていてもやっていただろう。

 

そのまま去っていこうとする彼を痛む背中も無視して食い下がり、またぶん投げられた。それを何度も繰り返して、背中の感覚がマヒし意識も疲れ果てたところで彼が折れた。

 

理由は……解らない。ただ、承諾してくれた安堵で気を失う前に見たライの様々な感情が入り乱れた表情だけを覚えている。

 

そこからの三週間はルクスにとって、母を事故で失ってから初めて感じた幸せだった。ライとルクス、妹と共通の知り合いでありライの雇い主というレリィとフィルフィを合わせた五人で過ごした生活は本当に楽しかった。

 

ライの師事――といっても、教えてもらうことはなくルクス自身の持ち味を磨く模擬戦を繰り返し続けた。

 

途中、ライが黒のウィッグを被って本来の銀髪を隠していたこと。偽名で参加し、ライが本名であること。優勝した際の機竜が《ワイアーム》の皮を被った格闘戦に特化した改造機竜で、制御力が機竜使い(ドラグナイト)を殺しかねないほど高かったことなど驚愕するべきこともあったが、それすらも嬉しく感じていた。

 

それらはライが自分から話してくれたことで、初めて尊敬の念を抱いた人物が本当のことを曝け出した、その信頼を確かに感じたのだ。

 

そんな輝かしい三週間は――ルクスとライの喧嘩からライの突然の失踪で幕を閉じたのだった。

 

 

(ライさん……)

 

 

彼は今、この学園長室にはいない。彼の面影を持つ少女もだ。

 

朝っぱらからのごたごたから幾分か過ぎ、ルクスが一晩明かした独房の崩壊を聞きつけてやってきた三人組の少女たちに状況の説明と頭を下げて何かを頼み込み、ルクスと少女を引っ張りこの部屋に放り込んだ後、在室していたレリィにも着替えてくるの一言だけ残してどこかへ行ってしまった。

 

そんな経緯からルクスは、ライが来るまで部屋の主である旧アーカディア帝国の元皇族である自身の、数少ない顔見知りなレリィ・アイングラムと対談していた。

 

 

「それじゃ、――ルクス君?よく眠れたかしら」

「ええ、まぁ……寝心地云々はともかくぐっすりとは眠れました」

 

 

気絶は睡眠に入るのだろうかと思いながら、ルクスは自身が座るソファと机を挟んだソファに座る女性の言葉に頷いた。

 

そこからルクスは依頼主であるレリィと早速仕事と昨日の弁明について話そうとしたのだが、彼女が学園長席からソファに座ったため、知り合いとして久しぶりに会話することを求めてきたのでそうすることに。

 

そして、正面から対談するレリィは見惚れるような笑顔で一枚の用紙を広げていた。

 

 

「とりあえず、昨夜、壊した天井と追いかけっこで大穴空けた壁の修繕費よ」

「え、ええぇぇぇ……!!」

 

 

突きつけられた請求書にルクスは驚愕と悲鳴が入り混じった声を上げた。

知り合いの、それも五年振りともなる会話がまず請求について始まったことと用紙の中央に大きく書かれる後ろに零が五つある数字を見て、頭を金槌で殴られたようなショックを受ける。

 

商人ならば、流石と賞賛されるのだろうが――

 

 

「ここのところ物騒な世の中でしょ。ぶっちゃけ、自分のミスを認めないで『物騒な世の中』のせいと言い訳して踏み倒すとか、そういう剛の者が最近多いのよ。ルクス君には悪いけど、請求できるものは請求させてもらうわ」

「そ、そんな……」

「それとさっき崩壊音、まだ牢から出す許可も出てないルクス君がここにいることから牢を壊した請求も後でするから」

「ひぃっ……!」

 

 

新王国から元皇族であった罪を許され仮釈放されているが、同時に交わした契約で、国家予算の五分の一に相当する額の借金を負っているルクスにとって目の前の数字は致命的過ぎる。

 

そもそも天井のは事故だし、壁は突然現れた三人組が乗り込む装甲機竜(ドラグライド)が壊したもの、牢に関してはあのライに似た少女が起こしたもので――。

 

それらの原因について話そうとしたが、ルクスの頭は積み重ねられた借金、それも知り合いから突きつけられたショックでぐるぐると混乱し、目の前は真っ黒になろうとした時、

 

 

「なーんて冗談よ、冗談。こんな鬼の所業を友人にするわけないじゃない」

 

 

と小さく噴き出す音の後、レリィの言葉で暗闇が消え去った。

 

 

(よ、よかった~~)

 

 

心臓に悪すぎる冗談に胸に手を置いて大きな息を吐く。胸から離した掌を見るとじっとりと冷や汗をかいていた。すると、鼻腔をくすぐる香りと水が注がれる音を聞き、正面を改めて向くと――

 

 

「はい、どうぞルクス君。昨日から何もお腹に入れてないでしょ?」

 

 

差し出されたのは、机に置かれていたティーセットで入れられた紅茶だった。細かい装飾が刻まれた見るからに高級品のカップに注がれた透明な液体から出る爽やかな香りが、ルクスの胃を刺激した。

 

正直、昨日の騒動から一口も水を飲んでいないため喉がカラカラだった。先ほどのドッキリのせいで、肌着が重く感じるほどかいた冷や汗も重なり身体中が水分を求めている。

 

いただきます、とレリィに感謝しながら注いでくれた紅茶を口に含む。

 

 

(あ、美味しい)

 

 

紅茶を入れてくれたレリィには申し訳ないが、彼女の入れ方はルクスが見たプロを百点とするなら三十点程度。それだというのにこの五年間の雑用で得たルクスのゴールデンルールで入れてきた紅茶の中でも上位に食い込む味だった。

流石、世界屈指の大商家であるアイングラムの長女、いい茶葉を備えていると感心し――

 

 

(これ、いくらぐらいするんだろう……?)

 

 

物の値段について考えてしまうのは、雑用生活が心身に染みついたためだろうか?

 

とりあえずはこの紅茶を楽しんでおこう。香りも味も少しずつ味わい、この茶葉の高額な値段とその価値を想像する。自身の一月の給料に匹敵する値段と考えながら飲むと満腹感とは全く違う『何か』が腹を満たしてくれた。それと同時に、胸に虚しさを覚えたが……。

 

 

「ルクス君、美味しそうに飲むわね~。私の入れた紅茶そんなに美味しかった?」

「はい。美味しいです。とっても、とっても……」

「最後の方が消え入りそうな声になってるけど?満足してくれるなら良かったわ。武道をやって六十年の老人が人の心を満たすために魂込めた拳を五百も打ち込んだ茶葉、『老人拳茶』を美味しいなんて」

 

 

言葉とともにルクスは盛大に咽た。頭に筋肉隆々の老人が汗まみれで茶葉に拳を打ち込む想像から満たされていた何もかもが吹き飛んでいった。口に含んでいたら、勢いで前方のレリィに吹きかけていただろう。それほどに取り乱している。

 

 

「――嘘だけどね」

「嘘ですかっ!?嘘なんですねっ!??嘘だと言ってください!!?」

 

 

紅茶が殆どなくなったカップがソーサーの上に大きな音を立てて置かれると同時に、ルクスがソファにから腰を浮かして懇願するかのような声を出した。

 

 

「大丈夫、半分は嘘よ。その紅茶の茶葉は家が贔屓にしているちゃんとしたところの物よ」

「そ、そうですか……。うん、そうですよね。そんなふざけた茶葉あるわけ――」

「残念ながら存在するのよ。本当に残念なことに。さっきの請求書はそこのものよ」

「…………」

 

 

知りたくも聞きたくもない情報の存在にルクスはただ黙った。正直どうリアクションをしたらよいのか解らないために。

 

そんなルクスにレリィはくすくすと小さく笑った。

 

 

「あら、ごめんなさい。こうして話すとつい懐かしくなってね……五年前を思い出してたわ」

「いえ、僕も時たま……あの時のことを思い出しますし」

「たったの三週間だったけど本当に楽しかったわね。ライと貴方が初めて出会ってから確か……喧嘩別れするまで」

「え、何でレリィさんがそれを……?」

「もちろんライよ……。あの時、私たちにも声をかけず突然消えたことを聞き出す際にね。普段は絶対言わないからお酒の力を借りて聞き出しちゃった。けど、喧嘩の理由までは教えてくれなかったわ」

「そう、ですか……」

 

 

喧嘩の理由、それはルクスの何気ない一言だった。

 

その一言だけをライは絶対に許さなかったのだ。その理由をルクスは問い詰めたが、ライはただ、駄目だの一点張り。それがあの輝かしい世界を終わらせた。

 

その言葉は――。

 

とほぼ同時に扉がノックされた。

 

三度鳴る音にルクスが姿勢を正すと、レリィのどうぞ、と言葉が出た。

 

失礼します、と頭を下げて入室するのは、黒い長ズボン、白いワイシャツと黒いネクタイの上にベストの姿のライ。その後ろにネクタイのない制服に身を包んだ、手首を掴まれ、真似て頭を下げるライに酷似した水色を一房混ぜた銀髪の少女だった。

 

 

 

 




解説

ライの収穫……謎の少女、欠けた記憶の断片、遺跡地下で手に入れた古文書何冊か、仮面×2、装甲衣×2、少女を連れていくと森を突き破りながら追ってきた奴ら×5

ライの《ワイアーム》……解説は次回に載せます。設定も名前も大体決まっています。

ライのパフォーマンス……『王』だった経験と行われていた武道大会で慣れっこ。結構ノリノリでやる(ルルーシュと同じようにポーズ、マントをバサッは余裕)

公爵息子…………ええ、彼です。乗っている神装機竜はアレではありません。今回のは大会に優勝するために高い金で買った別の神装機竜です。プライドをズタズタにされた後に敗北の原因を機竜のせいにしてスクラップにしました。

ぶんなげる……ライにしては乱暴じゃない?と思うかもしれませんが、理由は次回に載せます。




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着替え

投稿が遅れました!申し訳ございません!

今回もかなりの難産でして、ルクスとの話まで持って来られませんでした。


再会したルクスを学園長室に放り込んだライは、現在工房(アトリエ)内に少女と二人っきりでいた。

 

本当はすぐにでもレリィにこの少女について相談したかったが、話せば長くなるのは確実で二人が着こんでいる装甲衣を生徒に見られるのは好ましくなく、予定を変更して一旦工房(アトリエ)に戻っている。

 

独房の崩壊を聞きつけて来た三和音(トライアド)にある程度話をつけてもらい、独房の崩壊が襲撃といった事件ではないこと、頼み事が出来たことも幸いだった。

 

工房(アトリエ)の主であるリーズシャルテはいない。初めて出会った時のように、よく自室に戻らずここで寝泊まりしているが、今日は幸いなことにいないようだ。

 

こちらにとってもその方が都合がよい。何せ今ライがしていることは、

 

 

「よし、そのまま大人しくしていろ。彼女たちが頼んだ物を持ってきてくれればすぐに解いてやるから」

「~~~~っ!」

 

 

顔を嫌そうに歪める少女を無視して、中身がない形だけの宥めの言葉を吐きながらその両手首にジャラジャラと鎖を巻きつけて拘束する。

 

存在そのものが得体のしれないとはいえ、外見は少女である存在を鎖で縛り上げているのだ。もし、第三者が見れば非難をライにぶつけるはずだろう。

 

しかし、そんなことなど気にするつもりもなく少女の拘束を続け、終える。それについ先程彼女が起こした独房崩壊を踏まえて、機竜の武装やパーツが収められている工房(アトリエ)で自由にさせるのは危険と考えての配慮だ。しかし――

 

 

「――ッッ!!」

 

 

両腕の自由を奪う鎖を煩わしいと感じた少女は何度か腕を動かした末に、両目を黒と金に染めた瞬間、人骨ほどの太さから考えられる鎖の強度などなかったように引きちぎった。

 

バラバラになり床に落ちる鎖を見てライは嘆息する。

 

 

「せめて一分くらいは我慢してくれ。今時の幼児でもそれぐらいの聞き分けはあるぞ」

 

 

しかし、その言葉は虚しく少女には届くことはない。自由を取り戻した少女は、鎖の無くなった両腕をぶんぶん振り回して工房(アトリエ)を彷徨い始める。

 

ああ、もういい。このまま放しておこう。何をやっても徒労にしかならない。注意するのは彼女が機竜などに触れ始めたらでいいだろう。もの凄く疲れているし。しかし――

 

ライは足元に転がる千切られた鎖の破片を摘まむ。力を入れてみてもびくともしないし、歪むこともない。機竜整備のために使用する頑丈な鎖のはずなのに、それを彼女はあっさりと壊して見せた。

 

 

「おい」

 

 

フラフラと徘徊する少女へ向けて一声放つ。その声を耳に入れてこちらを振り向いた少女の瞳は、灰と蒼の非対称に戻っている。

 

 

「君は一体なんなんだ?」

 

 

ただただ純粋な謎で形作られた疑問を口に出す。しかし、少女は投げかけられた疑問を疑問と認識しておらず、それに含まれた気持ちも理解も感じることもなくライを数秒見つめた後、再びフラフラと徘徊行動に戻る。

 

予想通りの反応にライは一息吐いて、着込んでいる装甲衣の右グローブを外す。中から現れた手、正確には手首には万力で圧迫されたような大きな痣が出来上がっていた。その痣をそっと撫でるとピリッとした痛みが走る。

 

この痣は彼女によってつけられたもの。流石に全裸のままはまずいとして装甲衣を身に付けさせようと伸びていた髪を切ろうとした際に、嫌だったのか瞳を金色にした抵抗により片腕を掴まれ握り潰されかけた。もし、側に控えていた《M・ザ・リフレイン》が神装――幻術を使用して彼女を眠らせなければ手首から先は無くなっていたはずだ。

 

 

幻神獣(アビス)……なのか?)

 

 

黒く染まった双眸に黄金の瞳、それによって現れる人外の怪力。

 

身近に一人、これらと全く同じ力を持った人間を知っている。だが、その人物は正確に言えば幻神獣(アビス)ではなく、幻神獣(アビス)の力を持った人間だ。

 

この少女に至ってはそのどちらかすらも分からない。

 

 

(使うか――?)

 

 

ライは喉に手を当て、封印してきた力の使用について考える。『この世界』では一度も使わず、眠りにつかせてきた絶対遵守の『ギアス』。これを使えば、彼女を支配し情報を引き出せるかもしれないが――無意味だとすぐに結論した。

 

赤ん坊に命令を下しすようなもので、ライの命令を理解していなければ『ギアス』の効果はない。

 

 

(また別に彼女の今後については――?)

 

 

もし彼女が幻神獣(アビス)の力を持った人間ならば一先ず生かしておく。そうすればライが探し求めている情報の一つ、幻神獣(アビス)化の治療法の手がかりがつかめるかもしれない。

 

だが、もし彼女が未だに確認されていない人間型の幻神獣(アビス)であるのならば、その時は――。

 

 

「ラーさん!頼まれた通り持ってきましたよー!」

 

 

少女のもしもの対応について考えていた最中、工房(アトリエ)の入り口から明るい声が響いた。入り口には、手に紙袋を持った三和音(トライアド)が来てくれていた。

 

どうやら頼んだ物を持ってきてくれたようだ。文句も言わず持ってきてくれたことに感謝の念を抱きながらも、時間も押しているので若干小走りで向かう。

 

 

「わざわざすまない。それで、生徒たちは独房の崩壊音で騒ぎになったりしていなかったか?」

「No.大きな混乱は見られず皆さん、普段通りに食堂で朝食をとっていました。リーズシャルテさんの爆発騒動で慣れていますからね。またやったのかと勘違いしていたのでしょう」

「そう勘違いしてすぐに、食堂にやって来たリーズシャルテ姫殿下の姿を見て、『じゃあさっきのはっ!?』と大騒ぎになる寸前だったけど私たちが問題無しと伝えたら取りあえず落ち着いてくれました」

「慣れって怖いな……。このままだと本当に襲撃があっても反応が薄いのは洒落にならない。いや、パニックになるよりはマシ……なのか。それで頼んでいた物は?」

「Yes.ここに」

「ちゃんと持ってきましたよ」

 

 

そう言ってティルファーとノクトが手に持っていた紙袋から取り出したのは、この学園の制服だった。シミや皺といったものはないので洗濯などはされたのだろうが、若干の埃を被っている。

 

 

「これが去年の学園祭で催された一般客への試着用の制服です。倉庫に押し込められていた物を言われた通りたくさん持ってきました。ついでにネクタイ三種類、ニーソとハイソックスも完備です」

「制服だけでよかったのに――でもありがとう。この前、手形アートを片付ける際に見かけたからあるはずだと思ってたんだ」

「けどラーさん。どうしてわざわざ試着用のなんかを?頼んでくれれば新品のを持ってきたのに?」

「新品なんて勿体ない、試着の物で十分だよ」

 

 

二人に持って来させた制服は、無論ライ自身が着るものではなく、少女のためのものだ。何度もいうが装甲衣でこの学園内を連れ回すのは非常に良くない。そのために二人にこの学園の制服を持ってきて貰った。

 

ティルファーの言う通り、頼めば新品を持ってきてくれるだろうが――あんな奴に人間の服を着させるなんて上等過ぎる。それにもしかしたらすぐに『処分』することになるかもしれない。

 

時間が経ってなお大きくなり続ける忌避や嫌悪が彼女に対する扱いを悪くしていっている。たった一人の少女にこうも心を荒らされる感覚、そんな自分の弱さに心中で舌打ちした。

 

胸に燻る感情を表情に出さずに押し込んでる最中、シャリスが抱えていた紙袋を渡してくれた。恐らく中身は――。

 

 

「それでライさん、これが下着です」

「下着?なんでそんなものが倉庫にあるの?」

「去年の学園祭、その準備の忘れ物だよ。ほら、手形アートといった催し物はインクとかで服が汚れるだろ。その確率が高いから、それのために、予備の下着を買っておいたけど――」

「前にも言ったが、手形アートは中止となった出し物だ。学園祭まで完成させるのに一々汚れとかを気にするのも惜しいから、狂犬部隊(彼女ら)は全裸でやっていた。そんなわけで結局いらなくて、そのまま買ったことも忘れて放置された……のだと思う」

 

 

妥当な可能性を語ると、なるほどと首を動かして納得してくれた。誇りある王立士官学園の生徒としてどうかと思うが、ツッコミは入れない。入れても疲れるだけだと、この場の四人は共有していた。

 

服を着る以上下着は必要となる。別に彼女のことを思ってのことではない。制服だけ着替えさせて、ノーパン少女を連れ回すなんて噂が立ってしまったらライのここでの信頼はガタ落ちとなり、下手したら追い出される。そんな未来はごめんだ。

 

 

「けどライ先生がいきなり、制服と下着を持ってきてくれと頼んだ時は本当に驚いたきましたよ」

「そうそう。それも悪夢(ナイトメア)絡みで浮かべる真剣な表情で言ってきたし、何かあるんじゃないかって身構えて損しちゃった」

「Yes.私はこれまでのストレスがピークに達した結果、新たな道に進んだと思いました」

 

 

思い思いに言う三和音(トライアド)にライは苦笑を浮かべて、シャリスに渡された下着の入った紙袋に手を突っ込み、取り出すと――

 

 

『…………』

 

 

四人が取り出された下着を見て固まった。心なしか空気すらも固まったように感じる。

 

それは確かに下着、パンツだ。包みから開けられていない。左右には解けた紐を備えているから、それを結んで穿く紐パンだと解る。それだけだったら四人とも空気と一緒に固まったりはしない。

 

男性であるライからしても、幼少時代は下着にはゴムといった便利なものがなかったため、基本は結ぶなりして穿いていたから、紐パンにはこれといって驚きはない。

 

問題はその生地だ。色は白といった清潔感を感じさせる色ではなく真紅。目に見えて解るほどに局部を隠せる布の面積が小さい。止めがスケスケであることだ。余りにもスケスケで袋から取り出して掲げると布越しにシャリスの顔がはっきりと見えた。

 

一体どうやって編み込んだのか。恐らくは腕利きの職人が血も滲むような努力と技術によっての編み込んだのだろうが、どうしてそれらをもっと別のことに使えないのか。まぁ人それぞれ趣味がある。一々他人の自分が言うことではない。武道を六十年嗜んだ老人が拳を打ち込んだ茶葉すら売っている世なのだ。深く考えないことにしよう。

 

これらの持ち主であろう狂犬部隊(彼女ら)には、とりあえず今度模擬戦を申し込まれたら《ケイオス爆雷》を大量に放り投げて、そこに小型化され携帯武器となった《超電磁式榴散弾重砲》を撃ち込んでやる、絶対に。

 

問題の赤紐パンを紙袋の奥底に突っ込み、封印。変わりに無難な白――と言っても恐ろしいほどにフリフリの装飾がついたショーツを取り出す。

 

 

「よし、それじゃ行くか」

 

 

右手に白のショーツ、左手には無造作に紙袋から取り出した、これまた先ほどの紐パンに負けず劣らず下着の定義として議論が必要な派手な未使用ブラジャーを持って少女の元へ――。

 

 

「ちょ、ちょっと待って下さい、ライさん!?それで、そんなものでいいんですかっ!?」

 

 

ようやく硬直から回復したシャリスが慌ててライの肩を鷲掴んでくる。首だけを動かしてその顔を見れば、視線が僕の顔と下着、少女と忙しなく動いている。下着に視線が移るたび僅かに頬が紅潮するのが、普段のシャリスとは違って新鮮に感じた。

 

 

「なんだ。僕はこれから腕一本持っていかれるかもしれない着替えを行おうとして内心ハラハラしてるんだ。正直、溜まりに溜まった疲労からかなり余裕がないぞ」

「こっちは尊敬に値する方が過激な下着を着させようとする暴挙にハラハラしています!」

 

 

シャリスの言葉にティルファーとノクトがうんうんと首を縦に振っている。自分たちが着るわけでもないんだ。別にいいだろ?

 

 

「君は、君はこんな下着でいいのか!?未使用とはいえ、一発でも見られれば即アウトな代物なんだぞ!」

 

 

シャリスの忠告も虚しく相変わらず少女は、自分に向けられた言葉とその意味を理解しておらず、首を軽く傾げて、再び徘徊する。今だけその単純さが助かる。

 

 

「別に構うな、気にするな。第一、彼女はこの学園の生徒ではないんだ。正直、今学園長室で学園長と客を待たせているから、これ以上待たせるのも悪いし、もうこれでいいだろ?」

「いいえ、駄目です!いくらこの学園の生徒でなくとも、風紀を守る者としてそんなハレンチな下着を許すことは出来ません!」

「じゃあどうする。僕に制服だけを来た少女を連れ回せというのか、そっちの方が問題があるように感じるが?」

「えと、えと……保健室!確か保健室に変えの下着がいくつかあったはずです!今すぐ取ってきます!」

「あ、ちょっと――!」

 

 

そう言ってシャリスはライの声が届く間もなく、ティルファーとノクトを置いて猛急ぎで工房(アトリエ)の外へと出て行った。

 

 

「どうしたんだ、シャリスは?正義感が強いのはいつものことだが、今日は何やらより熱が入っているけど」

「Yes.実は昨日の夜、ちょっと騒ぎがありまして。私たちもその騒ぎを止めようとしましたが、余計に騒ぎを大きくしてしまい、先ほどまで反省文を書いていたんです」

「へぇ君たちが反省文を書くなんて珍しいな。特にシャリス」

「うん。確かシャリス初めて反省文書かされたから、変に責任を感じて熱くなっちゃったんだと思う」

 

 

なるほどと頷く。シャリスは、新王国軍の副司令官を務める偉大な父親の背を見て育った少女だ。育んできた強い正義感と責任感を後悔の思いが刺激し彼女をより動かしている――な感じか。

 

 

「ところでラーさん。――なんか雰囲気変わってません?」

「雰囲気?それはあれだ。疲れがたまっているからだろう。今日だって碌に寝てないし、腹にも入れていない。おまけに嘔吐するは、頭の中をかき回されるような頭痛に襲われるはで倒れようになったからな」

「No.違います、ライさん。普段の貴方は疲れていることがあってもそこまで変化はありません。しかし、今の貴方は、その……ピリピリした近寄りがたい気配をだしています」

「それは、本当か――?」

 

 

普段は明るくムードメーカーであるティルファー、そしてノクトの二人が不安と心配の色を混ぜた目で小さく頷く。

 

ライは軽く目を閉じ、自身が変わった原因について見やる。

 

その原因たる少女は、ライの苦悩など知ったことか能天気に機竜のスクラップの山に手を突っ込んで、光物といったものを探して遊んでいる。

 

それが無償に――腹が立つ。

 

ティルファー、ノクトもライの今まで見せたことがない鋭い視線の先にある少女へと視線を向けるが、あくまでそれだけで彼女についての疑問などは口にしない。

 

独房の崩壊に駆けつけた際に、シャリスを含めて二人は彼女の存在について認知している。しかし、彼女については頭を深く下げたライの――

 

 

『だだ何も聞かず、ただ黙っていてくれ』

 

 

――の言葉に込められた重量すら感じさせる強い思いをくみ取って、聞かないことにしている。

 

だが、この少女の正体については、ライと深い関わりがあるのだろうとなんとなく二人いや、この場にいないシャリスも察している。服装が装甲衣であるからじゃない、両目の色が違うことでもない。水色を一房混ぜた銀髪を持っているからでもない。

 

似ているのだ。

 

少女の顔とライの顔。

 

感じさせられるのだ

 

少女の内側から溢れる魅力とライの内側から溢れる魅力。

 

同等なのだ。

 

少女の存在感とライの存在感。

 

だから、もし尋ねることが許されるのならば聞いてみたい。

 

 

『その子は貴方の家族なのではないか?』と。

 

 

少女二人が胸に疑問を抱いていることなど露知らず、ライは少女へと舌打ちして手にとっていた下着を紙袋の中に押し込み、再び少女の方へと振り向く。すると、徘徊を続けていた少女が立ち止まっていた。

 

見れば、工房(アトリエ)の隅にある山に気が向いているようだ。山といっても自然が作り上げたものではなく、せいぜい二mel(メル)程度のものに布を被せた小さな山だ。

 

 

「あっ!おい――」

 

 

ライが制止の声を最後まで上げるよりも速く、少女が山に被せられた布を取り払う。

 

そして姿を現したのは、機竜だった。

 

外見は全身に纏う幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)の装甲を蒼と黒色に塗った《ワイアーム》に見えるが、過酷な戦闘を繰り広げたと容易に想像させる損傷と剥き出しになった地金の鋼色、身体中から噴き出した機械油によって大きく精彩を欠く。

 

特に酷いのが巨体を支える両脚であり膝から下が砕け散っている。地面にへたり込む姿はさながら糸を切られた操り人形、遠くから見れば不細工なオブジェにしか見えなかった。

 

この機竜(スクラップ)の名前は――

 

 

「《ワイアーム・ライ》。――一年前にやったセリスティア先輩との対抗試合から変わってないね。ラーさん、まだ修理してなかったんだ」

「こいつはもうダメだと言っただろ。元々、崩壊寸前だったものを唾を付けた程度の応急修理だけで戦わせた。そこに出力全開の機動と微量とはいえ『雷閃』を受けて、内側はもう焼き切れている。修理するなら新しいのを作った方が早いし、解体するのも面倒くさいからこのままにしているよ」

「初めて作って乗った機竜っていうから思い入れが強いと思ったけど?」

「生憎と機竜に注ぐ思い入れがあるのなら、こいつらに注がせてもらうよ」

 

 

そう言って腰にある《月下・先型》と《ランスロット・クラブ》の機攻殻剣(ソード・デバイス)を軽く撫でる。『あちらの世界』と自身のかつての愛機たちの名と面影を残すこの二機はライの愛馬。間違っても目移りするつもりなどない。

 

姿を現した機竜から過去を話題とする二人に置いてきぼりのノクトが声を上げた。

 

 

「すみません。二人とも、何やら昔話で盛り上がっているようですが、私を置いていかないでください。ライ先生、あの機竜は貴方のものなんですか?」

 

 

そういえば、ノクトを含めた現一年生には()()()()と違い見せる必要も機会もなかったため、知らなくて当然だった。

 

 

「そうだ。僕が設計して一時期乗り込んだ機竜だ。名前は僕が《ワイアーム》呼ばわりしていたのをリーズシャルテが紛らわしいって、(ライ)の《ワイアーム》という意味で《ワイアーム・ライ》だ」

「《ワイアーム・ライ》……。先ほどセリスティア先輩との対抗試合と聞きました。今年の春に行った試合が始めてではなかったのですか?」

 

 

ノクトの疑問にライは《ワイアーム・ライ》に視線を注ぎながら苦笑する。春に行ったセリスティアとの()()()の試合はライにとって後悔の一つだ。その過去を思い出し、重くなった口を開く。

 

 

「あぁ……うん。そのほんの少し前、卒業間近の騎士団(シヴァレス)団長がセリスティア・ラルグリスと真剣勝負をして、負けてね。その際、私より僕の方が強いって台詞を吐いて……」

「ああ、なんかもう解りました。その話がどんどん大きくなってセリスティア先輩と試合をすることに……あれ?ライ先生はその頃も指導を先輩方にしていたんですよね?それならセリスティア先輩とも何度か試合をしていてもおかしくありませんか?」

「いや、正直に言うと僕は、現三年生とはそこまで指導で関わったことがないんだ。セリスティアたちへの指導は、指導能力を育てるとして当時の三年生といった上級生に任せていたから」

 

 

今まで教えられてきた側が今度は教える側になったから試行錯誤の連続でよく相談の声をかけられた。その経験もあってか王都親衛隊となった一期卒業生たちは、ただ戦うだけの猪武者ではなく、他の軍人を教導できる実力を得ている。

 

その当時のことを思い出していると、待ち望んでいた声が聞こえた。

 

 

「すみません、ライさん!保健室から下着を持ってきました!」

 

 

どれだけ急いで来たのか容易に解るほど息も絶え絶えなシャリスが入り口から飛び込むように入ってくる。その手には四つ目になる紙袋が抱えられている。

 

「急いで来てくれたのは本当に助かるけど……無理はしなくていいのに」

「い、いえっ、こ、これは……私がやりたいと思ってやったことですからっ!」

 

 

滝のような汗と荒い息を吐きながら紙袋を渡してくれるシャリス。その肩を軽く叩いて労り、座らせる。そして、紙袋の中から取り出したのは――。

 

 

「おお、凄い!前例が前例だったから凄いまともに見える!」

 

 

取り出した上下の下着は飾りっ気がなく、いかにも安物に見える白い下着だが、スケスケやフリルなどよりも随分とまともに見えた。

 

早速着替えさせようとした時――!

 

 

「ゥゥゥゥゥゥ――――」

 

 

少女が獣のような低い唸り声を上げてこちらを、正確にはライが両手に持つ白の下着を睨んでいる。それも両目を黒く染めて、瞳を黄金色に変えて。更にはその両手には巨大な鉄塊が構えられている。

 

よく見ればそれは数日前、リーズシャルテが実験の失敗で、幻創機核(フォースコア)から火を噴き出し、解体された《ワイアーム》の片腕だ。

 

 

「あ、あのーラーさん。なんかあの子凄い警戒心剥き出しにしてるんですけど?」

「多分、下着を自分を拘束するモノと認識しているらしい。ついさっき鎖で拘束しても嫌がって破壊したし、今身に纏っている装甲衣も最初は凄い嫌がってたからな」

 

 

《M・ザ・リフレイン》の幻覚によって眠っている最中に着替えさせたのだが、目覚めた時に反応はすごかった。着せられた装甲衣が不快だったのか、幻神獣(アビス)化して暴れ回ったのだから。その後は疲れてきって眠り、慣れてくれたのか落ち着いてくれた。

 

だが、今度はそうもいかない。《M・ザ・リフレイン》はコンテナで待機中、さらには装甲衣を脱がさないといけないし、その後下着を付けさせ、制服に着替えさせないと。

 

 

(あれっ?これめちゃくちゃ難易度高いぞ!?)

 

 

《月下・先型》や《クラブ》を使って着替えさせる――いや、駄目だ。もし、使ってしまえば、彼女は腰にある機攻殻剣(ソード・デバイス)で《ヴィンセント》を召喚しかねない。

 

遺跡を出る際、彼女はライの《クラブ》の召喚を見様見真似、それも無詠唱で召喚している。もし、召喚されてしまえば更に手が付けられなくなる。

 

《ザ・ゼロ》も今の疲れ切った身体ではとても無理だ。くそっ、彼女の《ヴィンセント》を停止させるのに使ったのがこんなところで響いてくるとは!

 

《月下・先型》や《クラブ》が使えればだいぶ楽になる。そうするためにまずは、彼女から《ヴィンセント》の機攻殻剣(ソード・デバイス)を奪う。それが最優先事項だ。

 

 

「シャリス」

「は、はいっ!」

「《月下》や《クラブ》の機攻殻剣(ソード・デバイス)を預かっていてくれ。取っ組み合いをするにおいて、この二本は邪魔だ」

「わ、解りました」

「彼女の腰にある機攻殻剣(ソード・デバイス)が離れたらすぐに、放り投げてくれ。どちらでもいいが、細かい作業は《月下・先型》の方がしやすいから、そっちを頼む」

「ライ先生、一体何を?」

 

 

説明する時間はない。

 

少女の視線は下着と制服に移っている。どうやらライよりも制服などを敵として集中して認識している。囮として十分に使えそうだ。

 

両手に下着と制服を携えたライが腰を僅かに落とす。

 

身構えたことに少女がより低い唸り声を上げる

 

 

 

 

 

そして――

 

 

「いっくぞおおおおおおおおおお!!!」

 

 

「――――ッッ!!」

 

 

『ライさん/ラーさん/ライ先生……!!』

 

 

強大な怪物に立ち向かう勇者の如く、覚悟を決めた顔つきで少女へと突撃するライ。しかし、その両手に持つのは剣でもなければ盾ではない、女性物の下着と女子学生制服を構えて。

 

そんな変質者(勇者)目掛けて少女は黄金の瞳で睨みつけ、構えていた機竜の腕部で迎撃する。

 

二人が繰り広げる、内容はくだらないが人間が持つ勇気と技量、怪物が持つ単純と暴力が合わさったことで繰り広げられる戦いに三和音(トライアド)は驚愕やら感動を織り交ぜた表情で見守ることしかできなかった。

 

そして五分後、何とか少女から《ヴィンセント》の機攻殻剣(ソード・デバイス)を離すことに成功したが、達成感を得たことが隙となり、不意に放たれた少女のボディブローが腹に突き刺さる。腹部を貫いたと錯覚する衝撃が走ったが装甲衣の破損と引き換えに意識を繋ぎとめる。

 

渡された《月下》を展開して纏い器用に操作し、それから十分かけて三和音(トライアド)から下着、制服の着替え方のアドバイスをもらいながら、『お着換え』という激しくも虚しい戦闘は終わりを告げた。

 

しかし、ライはせっかく持ち込んできた装甲衣の破損に激しく落ち込み、これまでの疲労が祟って倒れそうになり、三和音(トライアド)はその姿を見て、ライへのより一層の敬意と深い労りの気持ちを覚えることとなった。

 




機竜紹介

《ワイアーム・ライ》

かつての激戦で手放してしまった《蒼月》を優勝賞品とした公式模擬戦(トーナメント)に参加する際、ライが使用した黒と濃い蒼の装甲を持つ装甲機竜(ドラグライド)

名前を付けたのはリーズシャルテ。『ライのワイアーム』という意味だったが、ライは『嘘ワイアーム』との意味合いで呼ぶことにした。それまでは普通にワイアーム呼ばわり。

元となった機竜は、ライが暇つぶしに回収したスクラップパーツで組み上げた《ワイアーム》であり、『詠唱符(パスコード)』を認証してくれる頭部と動力部の幻創機核(フォース・コア)、装甲はそのままに内部に悪夢のパーツを追加した、まさに『機竜と悪夢の融合』した機竜。
《ランスロット》系列の蹴りや跳躍といった人間らしい動きが出来るとして《ヴィンセント・ウォード》の脚部シリンダー、反応速度が高く接近戦に優れる《月下》の腕部を組み合わせたことで驚異的な格闘戦が可能。


と、言えば聞こえはいいが無茶苦茶な機竜。


本来は外見を黒と濃い蒼で塗装した《ワイアーム》の装甲で被せ、上半身《月下》、下半身《ヴィンセント・ウォード》で済ませるはずだったのだが、実際作ってみると到底誤魔化すのが無理であったためしぶしぶ機竜に悪夢パーツを追加する形となる。

だが、汎用機竜のフレームと悪夢二体のパーツが干渉し、高出力を実現することに成功したがその引き換えに途轍もない負荷と負担をもたらすことに。

装甲とフレームも機竜の物のため、長時間の戦闘もすれば悪夢のパーツの出力で強い負担がかかってしまうので継戦能力が限りなく低い。強すぎる筋肉の動作が薄い皮、骨に激痛を与えているといった感じに。

更に突貫工事であったこと、基本的な機竜整備知識しかないためにきちんとした設計も出来ず、バランスとしては戦闘が出来るギリギリの水準。そんなわけで全力戦闘なんか一度しか限界、二度目はもう知らない。おまけに負荷のためか装備の召喚ができないので、両手で持てる数しか装備できない。

運良くて機竜の崩壊、悪くて機竜使い(ドラグナイト)も巻き込んでの出力上昇の暴走による大爆発といった《バハムート》も真っ青な酷い機竜。

対戦相手の殆どが阿呆であったこと、《ワイアーム・ライ》の性能、ライが機竜相手の戦闘について貪欲に学んでいったことでダメージを受けることはなかったが、決勝戦の際には負担により装甲は所々罅割れ関節部には火花が散ると一撃を喰らえば崩壊しかねない有様だった。

そもそもどうしてこんな機竜になってしまったのかというと、時間の無さとライの機竜との戦闘不足が原因。目覚めてから戦闘は悪夢(ナイトメア)幻神獣(アビス)しか相手にしておらず、悪夢(ナイトメア)しか乗ったことがないので機竜、神装機竜がどれほどの性能か分からなかったために、出来るだけ強く速攻で終わらせるという考えで設計された。

公式模擬戦(トーナメント)優勝後は遺跡内で損傷したまま放置される。学園に雇われた際に暇つぶしに応急修理されるがそのまま工房(アトリエ)で埃をかぶり続けた。その後に当時二年生だった神装機竜の機竜使い(ドラグナイト)と模擬戦を行う際に使用。

変則的な戦いで後一歩まで追い詰めるも、限界を迎えて両脚が粉砕。さらに装甲版の隙間や駆動系の各部から油を噴き出すなど凄絶な状態から降参。その後は修理されないまま放置されている。

この機竜についてリーズシャルテは、『鑑賞用の機竜じゃないのかっ!?』と驚愕しており、公式模擬戦(トーナメント)で使用し優勝したことを話すと『一生分の運を使い切った』と言われることとなった。

武装については遺跡を漁っている途中で見つけた刃を持たない刀身の剣とナックルガードを備えた盾(モデルはザ〇シ〇ルド)。どちらも頑丈で使い勝手がいいと理由で使用したが、実は剣に関しては希少武装。

名前は『透光棒剣(インビシブル・ブレード)』。
エネルギーを注ぐと刀身を不可視のエネルギーが包み、汎用機竜のエネルギー程度を纏った武装ならあっさり切れる強力な切断力を生み出す。長さの調整も可能で最大五mel(メル)まで伸びる。軽い力で振って触れれば斬れるのが最大の長所。この性能にライが気が付いたのは決勝の途中だった。
刀身自体も頑丈で何度も機竜の装甲にぶつけても歪みもへこみもなく、幻神獣(アビス)ディアボロスの甲殻も打ち砕けるらしい。
欠点は不可視のエネルギーの威力が強すぎ手加減が出来ないこと。また、使用と持続には莫大なエネルギーが必要となるが暴走特級で速攻向けの《ワイアーム・ライ》とは相性がよかった。
ぶっちゃけ透明なラ〇ト・セ〇バー。機竜息砲(キャノン)機竜息銃(ブレスガン)といったエネルギー射撃も跳ね返せるぞ!ルクスのような見切りに優れた機竜使い(ドラグナイト)が使用すればジェ〇イのような戦いが出来る。

ストックが豊富なため狂犬部隊隊長に卒業祝いとして二振り譲られおり二刀流で大活躍している。刀身のエネルギーが見えないため共に前衛を務める隊員たちは斬られるんじゃないかと内心ハラハラしている。



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五年の歳月

本編よ!私は帰ってきた!と言ってもあんまり進んでいない!なんてことだっ!
そんなわけで明日も最新話を頑張って投稿します!……時間通りには難しそうだけど!


『初めまして。アーカディア帝国第七皇子、ルクス・アーカディアです』

 

――手を差し伸べ、笑顔を浮かべる少年がいる。

 

悪逆非道、民草を踏み潰す圧政者。帝都の民ならば口を揃えて言う恥知らずの皇族。それが耳にしたアーカディア皇族の評判だ。

 

彼がそうだった。

そうであれば良かった。

そうであれば良かったのに。

 

帝都の民から聞いていった評判と違い、目の前の少年には噂通りの雰囲気や気配は微塵もなかった。

 

手を伸ばし、緊張を隠しきれていない顔には、微笑が浮かんでいる。自分の姿を映す瞳。何も知らず、ただ見せた武闘に魅入られ、曇りなき憧憬を抱いていることが解る。

 

彼が憧憬する人物が、如何なる悪行を行ったのか、如何なる悲劇に見舞われたのか、如何なる存在なのかを知ろうとも知らずに。

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

既に五年も前になる。

 

力を持つ者たちが止まることを知らずに狂った歯車を回し続ける崩壊寸前の国。

誰も止めようとせず、誰も正そうとしない、権能を持つ血筋の人間はおろか、重臣や領主すらも汚職、格差、重税、弾圧、あらゆる腐敗に塗れ切った超大国――アーカディア帝国。

 

遺跡より目覚めて約一月。後に悪夢(ナイトメア)と呼ばれる機動兵器を追い、各地で勃発していた戦場を転々していく際、帝都ロードガリアを一度覗き見た。

 

ただ一目、そして国から漂う空気を肌に感じただけで全身の血の気が引いていったのを覚えている。アーカディア帝国の現状とそう遠くない将来を悟ってしまったから。いや、悟らされてしまったからだ。

 

――この国はもうじき終わる、と。

 

国民から覗き見られる暗く強張った表情や荒涼とした雰囲気から誰でもそんな未来を想像させられるはず。しかし、ライはアーカディア帝国の滅びは既に秒読みだと断言できた。権力者は腐敗と怠惰に沈んで、領民のことなど顧みず、気ままに暮らし、反発する領民を恐怖で押さえているという現状は頭で容易に想像できた。更には、そっくりだったからだ。

 

自分が率い攻め滅ぼした蛮族の集落、悪逆皇帝唯一の騎士として最強の機体を用いて蹂躙し崩壊させた国、そして――自分が誤り無様に滅んだ祖国。それらが放っていた崩壊の気配を感じ取ったことが最もな理由である。何度も経験することもない国の滅亡について異世界でも目の当たりにしてしまうとは、かえって運命的なものを感じて引きつった笑みを浮かべたものだ。

 

それと同時、ライの封じて来た『王』が痺れるような戦慄と歓喜を体内で駆け巡らせた。

 

――悪夢(ナイトメア)を追うには絶好の生贄である、と。

 

ライは悪夢(ナイトメア)を追っている。

 

『あちらの世界』の機動兵器であるKMF(ナイトメアフレーム)を模した外見を持ち、『この世界』の機動兵器の装甲機竜(ドラグライド)との二つ異世界技術でその体を成す、超常の力で猛威を振るう鋼の悪鬼たち。

 

恐らく『あちらの世界』の人間は、『この世界』では自分たった一人しかいない。記憶が欠けているため、どうして自分が『この世界』にいるのか分からない。たった一人で平行世界へ飛ばされた“異邦人”の現状は――孤独だ。

 

数百年の眠りにつき目覚めた際は、記憶を喪失しており孤独とはそんなに感じていなかった。しかし、『この世界』での目覚めたは中途半端な記憶のせいで強く感じてしまっている。

 

そんな孤独に震える心に『あちらの世界』の懐かしさを抱かせる悪夢(ナイトメア)

 

自身がどうして『この世界』に来てしまった謎を解く、更には『帰還』する手段を探ると同時に、手がかりになる可能性、孤独を埋めるため、ライは悪夢(ナイトメア)を追っているのだ。

 

――悪夢(ナイトメア)装甲機竜(ドラグライド)を獲物としている。

 

帝国に来る道中、幾つか試した実験からそれは確実。

 

これまで装甲機竜(ドラグライド)が活躍する場――戦場で悪夢(ナイトメア)はその姿を多く現している。つまりは、多くの装甲機竜(ドラグライド)を餌として出せば簡単に釣れるのではないか?

 

その餌場としてこの帝国は使えると思ったのだ。

 

この国はもうすぐ崩壊する。十中八九、有力貴族が内乱を起こす。帝国はそれに軍を動かし装甲機竜(ドラグライド)の力で押さえるだろうが、数は劣るが戦力を比べれば貴族の方が上。指揮官の采配次第で、勝利することは出来る。貴族側の勝利に呼応し、帝国に不満を持つ他の貴族の決起によって戦力図は変わるはずだ。

 

帝国側が数に頼り、押し潰して解決しても、そう長くは続かない。その貴族の反逆が小火となって貴族たちに少なくない影響を与える。小火は、それが何故起こったのか考え、直さない限りくすぶり続ける。アーカディア帝国にそれを考える人間がいるとは思えない。そもそもいたら、反乱など起きないはずだ。

 

国に忠節を誓うはずの貴族たちが反乱分子候補になる。その小火はくすぶり続けた後、新たなる(圧政)を加えられ、やがて一つとなり国を焼き尽くす大火事になる。

 

貴族同士の連合によるクーデターによる新王国の建立。それに失敗しても、アーカディア帝国に攻められ軍事力増強に励んでいる、ヘイブルグ共和国が漁夫の利で進行を始めるか。どちらにせよ想像に難くない。

 

どっちにしろアーカディア帝国は混沌とした地獄の釜の中身となる。

 

そこまでシミュレートしたライは、勿体ない、と思ってしまった。

 

貴族による反乱、革命戦争は必ず起こる。

 

その際、帝国側でなく貴族側に協力する。自分には、悪夢(ナイトメア)を倒すことで解放できる部屋で発見した、数百を超える装甲機竜(ドラグライド)がある。それを貴族側に提供し、大規模な戦争を起こさせる。その中で数多く戦う装甲機竜(ドラグライド)を察知し、殴り込んでくる悪夢(ナイトメア)を誘き寄せ、倒すのだ。それを継続させていく。全ての悪夢(ナイトメア)を倒すまで終わらない戦争。決着などつけさせない。

 

帝国が不利になれば帝国にも装甲機竜(ドラグライド)と武装を提供させる。帝国で最も力を持つ貴族たち――四大貴族、他国のヘイブルグを煽り、介入させ三つ巴にすることも考慮済みだった。

 

自分にならできる。これまでの人生で培ってきた腕と弁舌、切り札の絶対遵守の“ギアス”がある。内乱を影で操作することは十分に可能だ。

 

だがこの方法は、『この世界』の“命”を圧倒的なまで軽視しなければならない。文字通り、人間を駒として扱い、贄にしていく。最悪、アーカディア帝国は消滅し、貴族も死に絶え革命は起きず共倒れ。……その行いに、自分は強い嫌悪と抵抗を覚えてしまった。

 

 

――今更なにを言っている。『あちらの世界』で散々、人の命を、意思を踏みにじっておいて、よくそんな口が開けたものだ。

 

 

心の片隅で合理を追求し、あらゆるものを利用していった“王”としての自分が、その甘さを嘲笑し、罵る。

 

 

――利用すればいいのだ。『この世界』の人間は、所詮は異世界人。『あちらの世界』の“彼”に託された人々ではない。ゲームや漫画、フィクションの存在、利用する駒と割り切ればいいのだ。……かつて『王』として、“母上”と“妹”以外に無関心だったお前はどこにいった?

 

 

――悪夢(ナイトメア)も手強いぞ。帝国や貴族を利用せずに地道に探すなどしてみろ?世界中で活動し、災禍を振りまく。なら、いっそ利用して最短で処理していくのが遥かに効率的だ。

 

 

――そもそも“彼”との誓いはどうなる?お前は“彼”によって『英雄』の仮面を託された。そのお前がいない『あちらの世界』がどうなっているか……。こんな異世界で時間をかけるわけにはいかない。どんな犠牲を払っても最短ルートを選択するべきなのだ。

 

 

“王”としての自分が最善を勧め続ける。

 

 

――“彼”と結んだ誓いを優先するならばその方法が一番だ。平行世界故に、時間の流れがどうなっているか分からないが、すぐにでも戻らなければならない。

 

 

最善の手段。

 

そう、理解していたのに――自分はその手段を取らなかった。

 

放棄してしまった。理解しながらも、頭の片隅に残り続ける、自身は『この世界』の“異邦人(イレギュラー)”である、という思考ががなり立ててしまったために。

 

 

――ああ、なんて愚か。なんて無様。己が腕一つで解決していく。単純にして、最も過酷な選択をしたな。“世界”と“異世界”の割り切りも出来ない。“私”に比べて“お前”は――優しくなり過ぎた。

 

 

ライは亡霊の声から逃げるように、アーカディア帝国から離れた。貴族側に恩を売り、悪夢(ナイトメア)討伐の協力を約束させるメリットなどを頭から投げ捨てて――たった一人の戦いを続けた。

 

目覚めてから数ヶ月が過ぎた頃、悪夢(ナイトメア)討伐の日々に転換期が訪れた。

 

偶然にも発見した悪夢《ナイトメア》――《ガウェイン》。

 

終焉神獣(ラグナレク)“ポセイドン”を復活させ、融合するなど予想外のことを引き起こした末に、最後は地図を書き換えたほどの自爆で終わった激闘。

 

勝敗は引き分け……いや、勝ち逃げされた。

 

爆発に巻き込まれたライは、《ランスロット・クラブ・クリーナー》のお蔭で()()()()()()()()()()()()()()()()。自力で生に帰還したが、その隙を不死身である《ガウェイン》なら彷徨っている間にいつでも狙えたはず。しかも、囮として使った《蒼月》も行方不明という結果。

 

これを勝利どころか、引き分けと称せるだろうか。いや、ない。

 

そして、行方不明となった《蒼月》を捜索する途中に熱を出し、薬を購入しようとした際、帝国の脱走兵に捕らえられていたアイングラム一家を救助。……強盗と間違えられて独房にぶち込まれるなど誤解もあったが解決させ、《蒼月》らしきものの情報を頂いき、どうしてか共に帝都ロードガリアに行くこととなった。

 

一目見た際、二度と潜らないと思っていた正門を潜った先に探し求めていた物はあった。しかし、それは帝都で開催される公式模擬戦(トーナメント)の優勝賞品として。

 

その主催者はアーカディア帝国第七皇子、ルクス・アーカディア。

 

最悪だと胸の中で絶叫した。

 

よりにもよって崩壊一歩手前の帝国の皇族に回収されていたなんて、と。

 

共にいたアイングラム一家が主催者の皇子と顔馴染みであったため、印象について尋ねると、

 

 

――アーカディア皇族とは思えない程穏やか。優しく、お人好しな少年。

 

 

ここまでは良かった。例外の存在がいてもおかしくない。そんな気性で皇族として生まれた苦労と不運に少なからずの同情はした。問題は彼に身に起こった出来事、境遇についてだった。そのことを耳に入れた直後、聞かなければと激しく後悔した。

 

 

――父親である皇帝や兄からはいてもいないような扱いをされ、母を事故で失い、病弱な妹がいる。

 

 

その情報を耳に入れただけで眩暈に似た感覚に襲われたことを覚えている。似たような境遇をどこかで聞いたことがあったから。ルクス・アーカディアとは関わらない方がこれからの身のためと直感が叫んだ。

 

だが、《蒼月》は何としても取り返さなければならない。

 

本当なら王城を襲撃するなりして強引に奪還する案も考えていたが、いくら国家の寿命が風前の灯火だとしても、テロリストとして名を残すことになれば身動きはし辛くなる。

 

そのため公式模擬戦(トーナメント)に偽名を名乗り変装を徹底的に施してエントリーした後、遺跡に戻り、改造機竜を用意して参加し、優勝を果たした。……なるべく目立たないよう振舞おうとしたが、改造機竜の調子、祖国で武闘大会に参加した時のノリを思い出してしまい、結果派手になってしまったが。

 

後は主催者から《蒼月》を受け取るだけだった。受け取ってすぐにでも帝都から離れようとした。それなのに、なぜか主催者に部屋へと招き入れられることとなった。

 

そして、とうとう彼と面と向かって話す状況へ追い詰められた。

 

ああ、正直に言おう。

 

 

――ライは、ルクス・アーカディアと再会などしたくなかった。そもそも出会いたくなどなかった。

 

 

かつてレリィから腕利きの機竜使い(ドラグナイト)、それも自分の知己である人物を学園に来させるという話は聞いていた。もしやとは思っていた。けれどそうあって欲しくないと切に願い、選択肢から外した。

 

今でも思ってしまう。彼に出会わなければ良かった、と。

 

そう思わせる理由はたった一つ。

 

似ていたのだ。

 

初めて出会った時、彼の憧憬に満ち溢れた瞳。その奥に隠れていた光。

 

あの光をライはよく知っている。かつては自分もその光を宿し、そんな自分よりも激しく輝く光を覗いたことが過去にあるから。

 

ルクスが宿していた光。あれは戦う決意。間違った世界を破壊するという世界に対する反逆の光。それを十二歳の少年が宿していた。

 

その光を見た刹那、すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られていた。その光を宿した者の辿る道についてライは世界で誰よりも知っている。

 

反逆の意思を抱いて世界を相手にした者は、必ず運命に代償を支払わされる。

 

ライは母と妹を。

 

“魔王”はこれまで繋いできた友情と絆と自身の名を。

 

運命による残酷な裏切りは反逆者に容赦なく襲い掛かってくる。

 

『魔王』は裏切られ激しい喪失をうけたが立ち上がった。しかし、ライは立ち上がれなかった。運命に裏切られた喪失の痛みは、記憶喪失と眠りの逃避へ進めさせた。その時点で『王』のライは死んでしまった。

 

ルクス・アーカディアは近いうちに必ず運命に裏切られ、喪失の痛みを味わう。そんな人間をもう見たくなかった。だから、拒絶した。装甲機竜(ドラグライド)の指導を頼み込む、彼の手首を掴みぶん投げた。不敬罪など知ったことかと、無言で拒絶の意思を表した。

 

そのまま去ろうとしたが、彼は食い下がり、ライはまた投げた。何度も何度も彼を地面へと叩きつけ、とうとうライは折れた。……もうやめてくれ、と心が彼より先に折れてしまった故に。

 

だが、彼は決してルクスに心を開いたわけではなかった。

 

理由は彼が自分に抱いている感情。眩いものを見つめるような視線、憧憬の感情。

 

『かつて』の自分と同じ、反逆の意思を抱いた少年が自分に憧れている。

 

それがとても煩わしく、そんな巡り合わせを用意した運命に改めて激しい憎悪を抱いた。一体どれだけ自身に面倒事を持って来れば気が済むのだと。だから、ライはルクスが望んだ稽古や模擬戦を了承した。その嫌悪と怒りを含めて、汚らわしい現実を教えるため。機竜ではなく、《月下》で模擬戦の相手を務め、突きつけようとした。

 

お前の憧れている人間は所詮こんなものだ、と。

 

ライという逃亡者は憧憬を捧げる価値など一切ない、と。

 

彼の機竜を破壊したことも、重症とはいわないが怪我をさせたことも、一度や二度ではない。王族に対する無礼として、死罪になる可能性もあったが知ったことではない。彼の自分に抱く幻想を打ち砕くことをただただ願っていた。

 

けれど、機竜を調達し怪我を治療すると平然とやってきた。やがて無手で相手をしていた《月下》は、『銃』を扱うようになり、『刃』を使うようになり、最後には『爪』を使うようになっていた。それでも彼は再び現れた。

 

何故だ?

 

自分はこの少年に憧れられるのを恐れ、拒絶の意を込めた攻撃を放っているのに、何故、この少年は自分に関わろうとするのか。

 

口には出さず、胸の内で抱き続けた疑問の答えは――。

 

 

“皇子で、それも妾腹の僕に含みもなく相手をしてくれるのが嬉しいんです”

 

“貴方との戦いは自分が目を向けていなかったものに目を向ける切っ掛けになります”

 

“貴方との付き合いが楽しいから”

 

“僕は――貴方のようになりたい。僕の憧れ……英雄(ヒーロー)なんです”

 

 

ああ、確かに。あの当時、僕は君に突きつけるためだけに君を深く見て突きつけようとしていた。あの時だけは、異世界人といった苦悩も忘れられるほどに。

 

それに認めたくはなかったが楽しかったのも事実だ。レリィやフィルフィ、君と妹との付き合いは久しぶりに寂しさ、孤独というものを一時忘れさせてくれた。

 

だが、ルクスの放った最後の言葉だけは駄目だった。自分に憧れること。それを認めることが出来なかった。ライの否定にルクスも引き下がることはしなかった。そのまま喧嘩に発展し、ライは姿を消した。

 

――そして一月後、ライは帝都へと戻った。

 

悪夢(ナイトメア)によって燃え盛る帝都。蹂躙される帝国民、革命軍の光景に駆けつけて。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

そして今、王立士官学園(アカデミー)の学園長室の中に、四人の男女がいる。

 

遺跡から長距離を《ランスロット・クラブ》で飛び、“ザ・ゼロ”を一度使用した上、プロテクターとして上質である“装甲衣”を破損させたボディブローを受け胸に拳大の痣が出来た身体を深々と腰をソファに埋めさせるライが。

 

それに対して、細いテーブルを挟んで、ライが部屋に入室してから姿勢を正し続けながら。緊張した表情の中に僅かに喜びをにじませるルクスがソファに座っている。

 

そんな二人の様子を我関せずとライの隣に腰掛け、机の上に出された菓子を夢中になって頬張るライ似の少女。

 

目の前に広がる光景を懐かしみ、また少女に好奇心と興味の視線を注ぐこの部屋の主たるレリィ・アイングラム。

 

物音は先程から二つだけ。校舎の外で崩壊した独房の瓦礫処理に励む生徒たちの声と菓子を味わうことなく咀嚼する少女の口音。

 

それらを打ち消すように、ライがやれやれと肩をすくめて、

 

 

「……参ったな。改めて五年振りの再会だというのに、言葉が見つからない。君に少し位変わりようがあれば良かったんだがな」

 

 

ルクスはその言葉に照れの色を浮かべ、微笑んだ。

 

自身が主催した五年前の公式模擬戦(トーナメント)。そこで優勝した彼に抱いた憧憬は今も尚色褪せていない。これまでの『咎人』として行ってきた善行で少しは彼のように“人の思いを受けれる人間”になれたのかと思いながら。

 

 

「ライさんこそ、変わりないようでホッとしました。――五年の月日は、人を変えるほどではありませんでしたね」

 

 

ライはゆっくりと首を縦に振り、

 

 

「ああ、そうだな。本当に君は変わってないよ。――背とかね」

 

 

ルクスの中で生まれた和やかな空気がたった一言でぶち壊された。思わず上半身がつんのめってしまいそうになるほどタイミング、タメからして見事な上げて落とすであった。

 

ルクスはガバッと顔を上げ、

 

 

「ライさん、背ですか!?五年振りの再会で僕を見て変わってないと思ったのが内面じゃなくて背ですか!?」

「うん。だって五年だぞ。成長期だぞ。童顔のままだぞ。僕の母方の国の平均身長以下なんだぞ君は。まずは、基本的な“大きくなったな”から行こうと思ったのに、五年前とほとんど変わってないから困ったんだぞ」

 

 

う、とルクスは言葉に詰まる。

 

確かに自分は……同年代と比較して背が低いのだろう。だが、だがしかし――。

 

 

「伸びましたよ!数字は避けますが伸びました!この伸びた数字をないものなんて、ライさんでも許しませんっ。ちゃんとライさんに言われた通り、牛乳飲んだり、ぶら下がり運動をしたりして努力したんです」

「へえ、したんだ。ところで早寝、早起きは?」

「うっ」

 

 

追求に言葉を詰まらすルクスをライは逃さない。

 

 

「早寝、早起きはどうした?」

「……仕事の都合でそこまでは」

 

 

ばつの悪そうな顔のルクスにライはため息を吐き、

 

 

「ダメだな、ルクス。“寝る子は育つ”その言葉の通り、徹底すればまだ伸びたかもしれないのに……。――まあ、僕はそれらを試して身長伸ばしたことはないけど」

「――え?」

「僕が伝えたのは一般的な背の伸ばし方だ。僕の背は何にもせず、ここまで伸びただよ」

「…………」

 

 

あんまりな発言に大きく肩を落として項垂れる。

 

そんなルクスにライはやれやれと首をまた振り、

 

 

「ルクス」

 

 

名を呼ばれ、項垂れていた顔を上げるルクスの目にはライの優し気な顔が映った。小さく口角を上げる微笑、緩やかに細められる目は、老若男女誰でも警戒を解きほぐす魅力があった。特に女性に関しては、鋼鉄のハートでも容易く矢で貫く破壊力を誇っている。

 

五年前には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「君と同じ年齢の頃、僕の身長は百七十八cl(セル)だ」

「ぐふっ……!」

「現在は多分二十三だが、百八十三cl(セル)だ。――羨ましいだろ」

「かはっ……!!」

 

 

唯の止めと追い打ちでしかなかった。

 

どこまでも不平等な現実に崩れ落ちそうになるが、そこは堪える。そんな隙を見せてしまえば再び追い打ちをかけてくる可能性が十分にあったから。

 

 

「レリィさんといい、貴方といい……どうして僕をそんなにいじるんですかあ?」

 

 

落ち込みながら呟かれる言葉にライは、

 

――それは貴様が変わったからだよ。ルクス・アーカディア。

 

ライは嘘をついた。ルクスを見て、“変わってない”と。だが彼は大いに変わっていた。

 

五年前の彼には人ならざる支配者、倫理と感情を排す超越者の風格があった。ライと“魔王”も同じ風格を宿した。その風格は人を遠ざける。他者を圧倒する王気(オーラ)というべきものを感じ恐怖させ、持ち主を孤独へと導く。

 

その風格が消え去り、変わりにルクスの中に新たに宿っていた光があった。

 

光の名前は――『絶望』。

 

彼も自身と似た運命という絶対の現実に襲われ、反逆の結末を味わったのだろう。

 

――だが。

 

目の前のルクスを見つめる。

 

生きている。これまでの地位を奪われたが、『絶望』の光を宿しているが、彼は生きている。死んではいないのだ。『王』であった自分のように逃げてもいない。受け止め、“魔王”と同じようにその両脚で立ち上がって生きている。

 

参った。彼と再会などしたくなかったのに。そもそも出会うこと事態が間違いだったと思っているのに。どうしてか、彼の活き活きとした姿を見るだけで、喜びとも期待ともつかない感情に不思議と胸が打ち震えるのだ。

 

かの“魔王”とルクスが似ているからか?

 

確かに境遇が似ていると言えば似ているが、所々に差はある。まさか“魔王”恋しさに無意識にルクスを重ね合わせているのか?

 

そんなわけない。ルクスは“魔王”の代用品ではない。第一、ルクスがかの“魔王”の代用品?ルクス如きの器で足りるわけがない。彼が頂点、ナンバーワン。ライは生涯、彼の主として誇り続けるのだ。

 

――会いたくなかった。けど、会えて良かった、というのか?

 

結局はその一言だ。

 

再び、ルクスに視線を送ると目があった。

 

ぶつかる視線にルクスは若干硬直するが、すぐに微笑んだ。年相応の、かつて『王』だったライには浮かべることが出来なかった、少年の笑み。

 

その笑みを見て、またライの胸が打ち震えるのだ。

 

――ああ、なんか考えるのが馬鹿らしくなってきた。

 

喧嘩別れの理由となった彼の“憧れ”を許すつもりは未だにないが、これからは共に学園で同じ時間を過ごしていく仲になるのだ。笑い合い、ぶつかり合っていこう。そうすれば、新たに見えてくるものがあるかもしれない。

 

そうしていこう、とライは納得させるように心中に言いつけた。

 




解説

新王国ルート……アティスマータ伯に機竜を提供して革命に協力するルート。悪夢(ナイトメア)もライがいることを知るので、“血染めの革命”にはならず、寧ろライが強力するのでスムーズに進み原作よりも被害は少なくなる予定。だが、新王国建立後もライが新王国の戦力として数えられてしまい、自由に動くことが出来なくなる。そのため悪夢(ナイトメア)が新王国を避けて他国で機竜を喰い続けて進化してしまい、後に総攻撃され、新王国が崩壊する。

帝国ルート……そんなものはない。修復不可能な泥船に乗るなどしません。

暗躍ルート……貴族と帝国の影で暗躍するルート。どちらの勢力にも機竜や武装を提供し、悪夢(ナイトメア)を狩っていくと、当時の帝国で暗躍していた■■■が接触して、記憶を取り戻す。原作が崩壊し、ライのカルマ値がどんどん上がっていきます。


Q.わかりやすく言うとライはルクスをどう思っている?また逆にルクスはライをどう思っている。
A.ライ:同族嫌悪を抱かせ不愉快だが、なぜか気になり魅せられ目が離せない少年。
 ルクス:腐臭漂う帝国、その元凶である人間の中にいた自分にとって初めて“憧憬”を抱けた人。

Q.ルクスはライの弟子なの?
A.いいえ。弟子ではありません。よく言って訓練相手のようなものです。ですが、ルクスは技量面、精神面でライを追い詰められる特攻持ちになっています。
本文中に書いたようにライはルクスに全力、半殺し狙いで相手をしました。ルクスはその戦闘でボコられながら研究していくことで、ライの技を見切れるように。ついには《月下》を纏ったライを追い詰めるほどになりました。

Q.ライの身長伸ばし方法は?
A.ライ「大自然の中で一人のびのびと過ごすことだ。また熊、猪、蛇、兎、魚、鳥、食べれる物は生で喰うこと。勿論、喰っちゃ寝のぐうたら生活はいけない。母上もそれを考慮し、僕の気を引きしめるために鉈を二刀振り回して鬼ごっこをしてくれたよ。特に火とか使おうとするとどこからともなく現れてくるのには驚いたよ」


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悩ましい過去

皆さん、本当にお久しぶりです。
楽しみにして下さった読者の方々、お持たせしてしまって誠に申し訳ございません。
今年は色々と忙しく、それが祟ったのか体を壊してしまいました。
見舞いに来てくれた友人から「そんな状態じゃ、『最弱』の新刊読めないだろうけどさ。相変わらず面白いから早く体直して二次書いてくれ。楽しみにしてるんだから」という励ましも切っ掛けの一つとなりなんとか回復できました。
けれど、PCに触れるのも久しぶりで「自分はどんな風に書いていたっけ?」と積んでいた最新刊の情報とが重なってスランプに陥り、何とかまとめたのがこの話です。所々、粗を感じる部分はあるでしょうが楽しんでいただければ幸いです。

では、どうぞ。


パンパン、と学園長室に手拍子が響く。音を生んだのは、レリィ・アイングラムだ。

 

彼女は一度、ルクスとライを交互に見て――

 

 

「はいっ。五年振りの再会に浸るのはいいけど、私を置いてきぼりにしないで」

「なら迷わず参加すればいいじゃないか。けど、ルクスを弄るのは程々に。僕と二人で弄ったら最悪泣くぞ」

「いっ……!?」

 

 

過去に口勝負で連戦連勝を収めているライ、天性のお祭り女であるレリィからの集中弄り砲火……!その意味に戦慄するルクスだが、レリィはライへとにんまりとした笑みを向け、

 

 

「あら?私がルクス君ばかりを狙うと思ったら大間違いよ。……自分に被害が来ないと思っている人を背中から脅かした時の反応を見るの好きなのよね~」

「…………」

 

 

変わらず笑みを浮かべたまま、机に肘をつき組んだ手に顎を乗せた姿は、獲物の首に牙を突き立てようとする雌豹の姿を錯覚させた。

 

ライはそんな彼女の姿勢に目を閉じ、自身の腕を深く組む。……どこからでもかかってこいと。そうヒシヒシと伝わってくる体勢だった。

 

 

――な、なんだかこの二人、歴戦の好敵手な空気が……!

 

 

お互い解り合っているが、油断も隙も見せつけない空気を形成する二人にルクスは戦慄するが、直後レリィがふうと息を吐くとライも体から力を抜いた。

 

 

「私も本当は昔話に花を咲かせたいけど、ルクス君にはお仕事の話があるのよね」

「あ……」

 

 

レリィの“仕事”でルクスはようやく思い出した。自分が頼まれていた依頼のことを。ライとの再会で浮かれてしまい、自分が『咎人』として依頼を受けなければならないという立場まで忘れたことを恥じた。

 

そのためルクスは慌てて、

 

 

「あ、あのそれじゃ早速……」

「仕事に取り組もうとする姿勢はいいけれど、そんなに慌てなくていいわ。第一……」

 

 

立ち上がるルクスをレリィが微笑でやんわりと抑える。

 

 

「昨夜の事件がまだ解決出来てないから。貴方まだ覗きの容疑者なのよ?」

「あ、ああ!!」

 

 

そうだった。またもてっきり忘れていた。自分が昨夜、覗き又は下着泥棒の容疑をかけられ学園中を生徒たちによってかけ回された。極め付けに機竜三機によって追われたことを。

 

 

「覗きって……。どうして独房なんかにいたのか疑問に思っていたが、まさか性犯罪に手を出すとは。君のことは少なからず人畜無害の真面目な少年だと思っていたのに……。健全な男子として異性に興味を持つのは解るが犯罪に走るは駄目だろ」

「違うんです!ライさん!事故、事故なんです!」

 

 

ライの悲しげな表情に浮かぶ軽蔑の視線がルクスに突き刺さる。

 

尊敬している人物に軽蔑されるのは流石に堪える。当時の状況をありのままに伝えようとしたが、

 

 

「まあ、ルクス君が有罪か無罪か。また後で決めましょう」

「後にしないでください!今、無実を晴らしたいんですっ!」

「はいはい。貴方に押し倒された生徒が来たらね」

「押し倒したって、覗きだけじゃ飽き足らず手まで出したのか……。激しく幻滅したぞルクス、一年前なら即有罪で生徒たちによって女性恐怖症にされていたところだが……現生徒たちも中々厳しいぞ」

「違うんです――っ!!」

 

 

ルクスの無実を訴える声が虚しく響いた後、レリィがコホンと咳払いをした。

 

 

「それじゃあルクス君の裁判が始まる前に、一つ疑問を片付けさせて」

 

 

そう言ってレリィが視線を向けたのは、

 

 

「――?」

 

 

これまでの会話に一言も発せず、ただひたすらに机の上の菓子を、さらに机の下に配置されていた菓子の補充すらもたった今喰い尽した――ライに酷似した少女。

 

レリィはスッと目を細め、

 

 

「ライ。――その子は何者?」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

遂に来たか、とライは胸中で独り言ちる。

 

横に座る少女へと首を向け、視線を注ぐ。三人の視線を注ぐ中、少女はその意味も解っていないようでただコテンと首を傾げるのみだった。

 

人形のように整った美形が繰り出す幼く愛らしい動作。ルクスやレリィにはその見えるだろうが、ライには堪えようのない悪寒を身体の深いところに伝えていく。

 

今でも彼女に否応無しに理解させられるレベルの本能的不快感がある。

 

ふと少女がライへと振り向いた。少女とライの視線がぶつかり合う。

 

自身に似通った顔が、自身そっくりの白銀の髪が、白銀に一房混ざる水色の髪が、灰と蒼の左右対称に輝く瞳が――おぞましくて仕方がない。

 

 

「――ッ!」

 

 

湧き上がった忌避感にライは力強く視線を逸し、重苦しい口を開いた。

 

 

「この子について……この子の正体は何だと思う?」

 

 

まさかの疑問にルクスとレリィは揃って、え、と呟いた。

 

 

「ごめん。僕自身、この子についてさっぱりなんだ」

「さっぱりって……貴方の親戚、――『妹』とかじゃないの?」

 

 

――『妹』。

 

その言葉に左胸の奥で、何かが動いたような感触が生まれる。苦痛だ。それも、鉄条網で喰い込むほどに縛られたような、万力で握り潰されるような、軋みの苦痛。呼吸が止まる。背や脚にじっとりとした脂汗が噴き出てくる。

 

 

「……ッ」

 

 

このままいけば顔は蒼白になるだろう。しかし、そこで歯を噛み合わせ、さり気ないように胸に右の手を左胸に当てる。レリィやルクスに自身のそんな姿を見せない為に。苦痛を胸に当てた手で無理矢理押し込むようにして堪える。額に浮かび上がった汗も胸に置いた手を鼻から上にずらし顔を隠すついでに拭った。

 

止まっていた呼吸を再開させ、

 

 

「――違うよ。第一言っただろ。僕は天涯孤独の身。妹は……いないよ」

 

 

ぶっきらぼうな、けれど小さな、本当に小さな震えを帯びた声で、彼女が自身の妹ではないと否定した。心の軋む音がまた聞こえる。嘘とはいえ『あの子』の存在を偽ったことに心が削れていく。踏ん張りが功を奏したのか、体調の不良を隠すことが出来、レリィは一応の納得をしてくれた。

 

 

「どうして彼女が僕に似ているのかはさっぱりだ。少なくとも僕の身内にこんな子はいない。けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。限りなく正解に近い、この子の正体を」

 

 

やれやれと首を振ったライのその顔には疲れと嫌悪が浮かび上がっている。

 

不可思議な言いように顔に疑問符を浮かべるルクスに顔を向け、

 

 

「とりあえずルクス」

「は、はい」

「万が一、億が一の可能性にかけて、一応聞いてみるが……君の親類、アーカディア皇族にこの子はいたか?誘拐されたとか、神隠しにあったとかそう言う噂。行方不明になった話も思い出してみてくれ」

 

 

懇願するように、願うように質問を投げかけるライ。自身の頭に浮かび上がる、彼女の正体を否定するために縋っているのが誰の目からも伝わってくる。

 

しかし、

 

 

「いいえ。アーカディア皇族に、僕の姉妹にも彼女のような子に見覚えはありません。誘拐といった話も当時には聞いたこともありませんし、そもそもアーカディア皇族は――僕と妹、行方不明の長兄以外死亡が確認されています」

 

 

答えは即座の断定。

 

確かに彼女の水色が一房混じる銀髪と左の瞳の色は、ルクスたちアーカディア皇族のものと酷似している。

 

ルクスは幼い頃の宮廷生活でアーカディア一族全員の顔を見た覚えがある。だが、この特徴的な髪も瞳も一度目にしたら忘れないほど印象的である少女の顔に覚えは全くない。

 

誘拐の話も男尊女卑の風潮を持つ皇族でも、皇女が行方不明になれば一応の捜索はするが、そんな騒動はルクスの聞いた話にはなかった。

 

そもそも五年前のクーデター、“血染めの革命”でアーカディア一族はルクスと妹を除いて死に、他に生きている皇族はいないはずだ。新王国のラフィ女王の話では、城内にいた皇族はもちろん、関わっていた要人のほとんどが暗殺されている。唯一、長兄の消息は不明だが、他に皇族が生きているとは到底思えないのだ。

 

 

「……そうか」

 

 

ライは、一縷の望みが絶たれた、諦めの表情で目を閉じ、天井を仰いで呟くだけだった。予想出来た答えだった。もしかしたら、という僅かな可能性に縋ったがやはり予想通りに外れた。

 

 

――誘拐され、あのグロテスクな悪夢(ナイトメア)に閉じ込められていた。精神はそれによる幼児退行。そんな馬鹿馬鹿しい線は消えたな。

 

 

「とりあえずこの少女について言えることだけ、話そう」

「あ、あの……重要な話なら僕は席を外しましょうか?」

「いや、ここまで聞いたんだ。ぜひ、聞いて欲しい。君になら安心して話せる」

 

 

――違う。この少女のことを知るのが自分一人など荷が重すぎるのだ。秘密を共有する存在が、共犯者として巻き込みたいのだ。

 

 

限りなく薄い、荒唐無稽な可能性に縋ったが駄目だった。認めたくないが、もう受け止めるしかない。この少女の正体について。

 

 

「どこから話していいのやら。僕もこの子が“どうして”誕生したのかはまだ分からない。けど“どうやって”作られたのかは大体察しているんだ。取りあえず分かっていることから話すよ」

 

 

――コレはやばい。危険だ。解ってしまうんだ。荷が重い。

 

――僕は君たちを巻き込もうとしている。二人とも、すまない。

 

 

胸中で二人に謝ったライは重々しい口を開き語り始めた――。

 

 

「――学園長!あの下着泥棒な痴れ者をぶち込んでいた牢屋が破壊された!腹に爆発物を埋め込んでいたのか、特殊な機竜操作を持っているのか解らんがとにかく脱走されたぞ!このまま野放しには出来ないため機竜を使用する許可を――って貴様ぁっ!!」

 

 

――がドアを突き破りかねない勢いで入室してきた王女様によって、出鼻を挫かれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……。つまり、貴方はポシェットを奪った猫を追いかけていたら、足場にしていた屋根が壊れて下の浴場に落ちた。そして、落ちてくる破片から彼女――リーズシャルテさんを助けようと押し倒して、思わず逃げてしまったと。そんなところかしら、ルクス・アーカディア君」

「はい。大体そんな感じです」

 

 

朝っぱらからのごたごたから幾分か過ぎた頃。

ライに連れて来られたルクスは、昨夜の騒ぎに至った経緯を学園長、旧アーカディア帝国の元皇族である自身の、数少ない顔見知りなレリィ・アイングラムに説明していた。

 

 

「おい、そんな建前なんか必要ない。本当は覗きをしたくてたまらなかった。それが本音だろ。正直に吐いてしまえっ」

 

 

ルクスの隣に立ってすっぱりと嘘だと決めるのは、昨晩にルクスが浴場に落ちた際、勢いで組み伏せてしまった、件の少女――

 

 

「まぁまぁ、リーズシャルテさん。この国の王女ともあろう方が吐くなんて言葉を使うのはどうかと思うわよ」

「ふんっ」

 

 

――うう、やっぱり信用されてない……。

 

 

リーズシャルテ・アティスマータ。新王国の王女である彼女が持つ、真紅の瞳によく合う燃えるような敵意にルクスはへこんだ。

 

猛犬のように敵意剥き出しの彼女をライとレリィがなだめることで、一旦引いてくれたようだが、彼女の凄まじい怒気を含めた自己紹介を受けることになった。正直、その時に覚えた驚愕と同時に発生した背筋を伝う冷や汗の感覚が離れない。

 

まさかよりにもよって、押し倒し、彼女曰く『素晴らしい口説き文句』を放ってしまったのが、五年前に帝国を滅ぼした新王国の姫とは運命の神をたまらず呪ったものだ。

 

 

「なぁ、ライもそう思うだろ?そんなふざけた嘘が通用するかっ」

「あーいや、僕の友人に隠しておきたい大事な物を猫に掻っ攫われた経験をした奴がいて、嘘だとは強く否定できないな。それと彼の性格から、頭ごなしに嘘と決めつけられない」

 

 

リーズシャルテの言葉にライは苦笑して答える。

その隣には満腹になったのか、ソファーに備えてあったクッションを枕にして眠りこける少女がいる。

 

この少女の存在にリーズシャルテも驚愕していたが、ライの“後で話す”で一先ず置いとかせた。

 

 

「なんだ、ライ。貴様この没落覗き魔皇子と知り合いなのか?」

「あーうん。といっても腐れ縁ってやつかな」

「腐れ縁……。具体的には?」

「『落とし物』――《蒼月》の機攻殻剣(ソード・デバイス)を勝手に大会の優勝賞品にされて、素性をばらされたくなければ鍛錬に付き合えと脅迫された関係」

「ちょっ……!?」

 

 

何気ない返事にルクスは驚愕の声を上げてしまった。脅迫という盛り付けを加えられた事実は、この状況にとって劇薬でしかない。

現にリーズシャルテの視線がより厳しくなって睨まれている。

レリィはあらあらと微笑む。

 

 

「懐かしいわねぇ。私たちが機竜使い(ドラグナイト)の強盗団に襲われていたのを救ってくれたライを護衛として雇った頃ね。それで帝都に行った際、ルクス君主催の装甲機竜(ドラグライド)トーナメントの優勝賞品に落としたっていう機攻殻剣(ソード・デバイス)と《蒼月》がでかでかと飾られていたのよ。――それを見た時のライの表情は忘れられないわ」

「笑いごとじゃないぞ。目立ちたくなかったのに表舞台に立たされる気持ちになってみろ。――しかも、ルクスっ!」

「は、はいっ!」

 

 

悩ましい過去を思い出している顔に表情を歪めているライがルクスを指さす。

 

 

「なんだあの――『復活した終焉神獣(ラグナレク)『ポセイドン』を命をかけて滅ぼした名も無き勇者の神装機竜』っていうふざけた宣伝はっ!!それを聴かされ、民衆は噂を変な解釈して広めるわ、神装機竜の魅力で出場者が増えるわで……僕は大いに頭を抱えたぞっ!」

「す、すみません!すみません!」

「目立つのが嫌だったから、アーカディア皇族が持つっていう目立つ銀髪を隠して黒色のウィッグを被って偽名で参加しなければならなかった……。同じ理由で《クラブ》も使いたくなかったから、《ワイアーム》の外見だけをしたガチガチにチューニングと改造、最早別物としか言えない機竜で優勝したんだよ。いや本当に――大変だった」

「私もフィルフィと一緒にVIP席で観戦してたけど、試合のたびに本当にハラハラさせられぱっなしだったわ。多分、観客席にいた誰もが当時の手に汗握った試合と言えば貴方の試合を上げるわよ」

 

 

そう、行われたトーナメントでのライの試合にはルクスも目を奪われた。力を欲し、血反吐を吐きながら鍛錬を続けてきたことで作り上げた自分の技術(テクニック)とはまた違う洗礼された技術(テクニック)

 

それらの難易度は高いが決して出来ないものではない。幾つかはルクスも自分の癖が混じるが再現できる。しかし、試合の最中に彼が行った行為に自分には到底できないことがあった。

 

それは――。

 

 

「ファンサービスの出し際も完璧だったしね。――父が驚いていたわ。素人が出来るパフォーマンスではない。人の見慣れられ過ぎている。この観客席の人間よりも多くの人間の視線を受け止めたことがあるって――どう、ライ?」

 

 

勝利を積み重ねたことで集まる注目にライは最高の形で応えてみせていた。特に決勝戦の際は、ボロボロの汎用機竜で神装機竜を使用した公爵家の一人息子を地に這いつくばらせたことで、観客のカタルシスは限界を超えて万来の拍手が鳴り響いた。

 

あの時だけ、圧政に苦しむ民衆に多くの笑顔が浮かんでいた。苦痛と恐怖を忘れ、歓喜に浸る人が持つ明るさ。そんな心を動かす才能にルクスは尊敬の念と……ほんの少しの嫉妬を抱いた。

 

 

「無我夢中だっただけだよ。あの時は初めて乗る機竜、しかも設計直後のろくに起動テストもしていない改造機竜だったから試合の緊張感といつ不備が出るか分からない不安とかで勝った時には自棄になってたから出来たんだよ」

「ふーん。そういうならそれで納得してあげる。でも~迫り来る銃撃を亡霊のように回避する不気味な戦い方、公式記録ではそのトーナメント一回しか記録に残らず、行方すらも掴めなかったことから――」

 

 

そこまで言ったレリィは目を細め口角を上げた。でた、とルクスも良く知っている人をおちょくる顔だ。それが向けられているライは、思い出したくないと顔を両手で塞いだ。

 

 

「『蒼黒の幽鬼』なんて異名が付いちゃったのよねー、ジュリアス・キングスレイ」

「う、うああああ~~~~っ」

 

 

自身の恥ずべき過去を口に出され、両手を顔で塞いだまま身悶えるライ。

目立ちたくなかったはずなのに、妙な異名がついてしまったのだ。頭を抱えるはずだろう。

 

 

「なにっ!?ライがあの『蒼黒の幽鬼』だったのか!」

「ってリーズシャルテ気付いてなかったのか!僕はてっきり『ワイアーム・ライ』でもう気付いているものかと……」

「あ、ああっ!言われてみれば……っ!?」

 

 

今更気付いたリーズシャルテとそのそんな彼女に驚愕するライ。

 

目の前に広がる光景だけでライのこの学園でも立場についてはたまた疑問に感じた。

 

レリィとライが知り合いであることはルクス自身も知っている。しかし、それだけでこの学園に『男』であるライが要られる理由には足りない。現に今も、王女であるリーズシャルテと親しいようだし、閉じ込められていた牢獄の崩壊の件も聞きつけてやってきた三人組の生徒に後片付けを頼んでいた。それだけでこの学園の生徒と親交を持っていることが見て取れた。

 

 

「あのー聞き忘れてたんですが、ライさんはどうしてこの学園に?生徒たちや王女殿下と親し気ですし、もしかしてここの教員を?」

 

 

その疑問に答えたのは、ライではなくレリィだった。

彼女はチラッとライを一瞥した後、

 

 

「ええ、ライは王立士官学園(アカデミー)の教員よ。ここが設立しての四年間、機竜整備士として士官候補生の教官をしてもらっているわ。“王都親衛隊”も“狂犬部隊”もライの教え子なの」

「ほっ、本当ですか!?」

「違う違う違う。嘘を教えないでくれ。僕は教員になった覚えはないぞ」

 

 

ライが機竜戦闘だけでなく機竜整備にも精通していることは驚いたが、何よりルクスを驚愕させたのは、“王都親衛隊”と“狂犬部隊”の教官を務めたという事実だ。

 

この二つの部隊は新王国の機竜使い(ドラグナイト)のみならず、他国までその名が轟く、新王国の未来の双璧とも言えるビッグネームだった。

 

“王都親衛隊”は不死身の鉄鬼、悪夢(ナイトメア)に四度も襲われながら誰一人欠けることなく生還したこと。他国同士で行われる一騎打ちの交流模擬戦ではブラックンド王国直属の騎士団、それもそこの団長と副団長以外では全てに勝利を収めるなどとんでもない成績を上げている。

 

“狂犬部隊”は設立してまだ二ヶ月ほどだが先輩たちで構成される“王都親衛隊”に負けず劣らず……いや、こちらは悪評が立っている分、“王都親衛隊”よりは名が馳せている。

 

真偽の分からない噂が多々あるが、間違いないのはルクス自身も目にした、団長を務めるルティア・フェラーのエピソードだ。

 

“王都親衛隊”は貴族子女で構成されているが、“狂犬部隊”の女性は平民も混ぜて構成されていた。それをまだ男尊女卑の思想を抱き、機竜は高貴なる貴族が操るものと考えていた貴族子息が馬鹿にする発言を吐いたのだ。

 

それに怒りを覚えた団長に任命されたばかりのルティア・フェラーは謝罪を求め、口論の末に決闘騒ぎにまで発展。

 

決闘場所は王都の闘技場で行われ、掃除の雑用で偶然その場にいたルクスも興味本位でつい野次馬の中に加わってしまった。

 

相手である貴族子息は上位汎用機竜を使用、対するルティア・フェラーは汎用機竜で決闘を始めた。結果はルティア・フェラーの完勝。武器も使用せず徒手空拳、出力差など恐れもせず取り付き、放ったのは関節技(サブミッション)。相手の四肢を折り砕き、無傷で相手を完封してのけたのだ。

 

それだけなら若く才能溢れる女性機竜使い(ドラグナイト)としてと謳われるだけだが、問題はその後だ。

 

結果に納得いかなかった貴族子息の取り巻きたちが逆上し、自分たちも機竜を使用して彼女を袋叩きにしようとしたのだ。だが、彼女は決闘を見守っていた隊員たちが加勢しようとするのも制止して襲ってきた取り巻きたちも全員相手にした。

 

迫る相手に憶することも慌てることもなく、ルティア・フェラーは自身の機竜の手に取り出した武装を装着させた。五年前に機竜について貪欲に学んだルクスはその武装について知っていた。

 

武装の名前は『電光烈拳(スパークナックル)』。

 

機竜の犯罪鎮圧用に使われたとされる稀少武装である。撃ち込んだ相手に電撃を流し込むことで機竜の機器をマヒさせ、機竜使い(ドラグナイト)を殺さずに機能だけを停止させる武装。しかし、電撃の破壊力は機竜が発動させる障壁もやぶることが出来ないほど低く、相手に押し付けなければならない為、相手の不意をつくだのをして、動力源である幻創機核(フォースコア)に直接打ち込まない限り機竜同士の戦闘でまともに使えるものではない。

 

そんな産廃な武装をルティア・フェラーは正確に、寸分の狂いもなく相手の幻創機核(フォースコア)に叩き付けた。接近戦では機竜牙剣(ブレード)を振り上げたところを雀蜂のような速いカウンターの一撃で停止させ、距離をとった相手が放つ砲撃をゆらゆらと幽霊のような、すり抜ける機動で接近し鎮圧させた。

 

そんな鮮烈なエピソードから彼女がどれほどの実力を有するか、その彼女たちと同格である部隊員の力量が広まり“狂犬部隊”の名は発足して僅かな内に名を轟かせたのである。

 

――ああ、そうか。

 

彼女の機竜の動きを見た際、ルクスは強い既知感を覚えている。彼女の機竜操作にどこかライの面影を感じていたのだ。まさかとは思っていたが、彼女がライの教え子なら似るのは納得の道理だろう。

 

――羨ましいな……。

 

ルクスもライに機竜の訓練をしてもらったことがある。三週間、その毎日欠かさず模擬戦をした。しかし、一度も技術については教わったことはない。いや、そもそも訓練といえるものではなかった。

 

最初の模擬戦の際にライは、

 

『君は既に自分の戦法……言うなればルクス・アーカディア流というものを構築し練り上げている。ここで私が口を出してもその戦法の発展を阻害するだけだ』

 

『だから、私は君に指導も助言も一切行わない。ただ、潰す。君がぶつけてくる技術全てを迎え撃って潰していく。その粉々になった技術をなぜ破れたという疑問と共に集め、答を持って再構築し磨き上げろ。何処までも鋭く、深く、頑強にな』

 

その言葉の通り、ライはルクスの戦い方に一切口を出すことはなかった。

 

そんな自分と違い“狂犬部隊”……いやここの生徒たちは少なからずライに師事され、自分より長い月日を共に過ごしているのだ。そんな彼女たちに嫉妬している自分に気付き、小さく苦笑を浮かべてしまった。

 

――五年ぶりに再会したけど、相変わらず謎な人だ。

 

そして、ルクスはそんなライよりもある意味でもっと謎に満ち溢れている人物へ視線を移す。

 

ライの隣で穏やかに寝息をたてる銀髪の少女。一房の水色を抜けば、自分たちアーカディア帝国の皇族が所有する鮮やかな銀髪。左右対称の鋼色と蒼色の瞳。肉体にそぐわない幼稚な精神。そして、ライに似た顔立ち。

 

とてもじゃないが、彼女がまっとうな人間には見えなかった。

 

――ライさんは生まれたばかりと言っていたけど……。

 

彼女についてルクスも聞きたいことが出来たが、ライ自身が後程伝えると言ったのだ。ならばそれを信じて待つことにした……。

 

 




最新話、いかがでしたか?
全然進んでいませんが、きりのいいところなのでここまで。
今年中にはもう一話投稿したいなぁ……。
以下、解説です。

・王都親衛隊、悪夢とのとある攻防内容 ※あくまでイメージです
 ~交戦から三分~
 一般兵「こんなの機竜じゃない、ただの不滅の悪夢(ナイトメア)だよ!!」
 親衛隊「だったらやればいいでしょ!!」
 ~交戦から五分~
 一般兵「駄目だ……!機竜息砲(キャノン)機竜牙剣(ブレード)を受けても再生してしまう……!」
 親衛隊「壊れるんだったら殺せるはずよ!!」
 ~交戦から十分~
 一般兵撤退、親衛隊殿中
 親衛隊「来なさい!どうした!やってみろ!殺せ!どうした、来い!私たちはここだ!さぁ、殺してみろ!殺せ、殺してみろぉぉぉぉ!!」
 狂王「――待たせたな」
 親衛隊「よし、撤退!!」

 因みに彼女たちが戦った悪夢は順に蟷螂、白昆虫、赤鬼昆虫、白兜虫。
 全機、ライが登場した途端、逃げ出すため仕留められていない。

・『電光烈拳(スパークナックル)
 大雑把に解説すると機竜用のスタンガン。悪夢には勿論通用しない。
 ライのお土産であるこの武装にルティア・フェラーはロマンを感じ、ライの繰り出す体術を生身と機竜で受け続けながら自分の物としていった。二年生の頃には現在のフィルフィとテュポーンと同等の実力に至ったが、新入生の公爵令嬢が持つ神装機竜の武装がこれの完全上位互換であったため、かなりへこんだらしい。その後、被るのはいやと使用を控えていた。

・『蒼黒の幽鬼』
 たった一度の公式模擬戦(トーナメント)にしか記録されていない謎の機竜使い(笑)。
 名前はジュリアス・キングスレイと参加名簿に記録されているが、調査したところそんな人間など痕跡の一つもなく、偽名だと判断されている。
 異名は蒼と黒のカラーリングに染めた機竜を使用し、亡霊のような敵の攻撃をすり抜ける機竜操作で近づいてくることが由来となっている。
 本来はそんな機竜使いは、日々更新されていく記録の中で埋もれていくはずの存在だったが、ある日、自身が『蒼黒の幽鬼』と名乗る機竜使いが優勝賞品であった『蒼月』を模した機竜で公式模擬戦に姿を現した。だが、次の日にその機竜使いはコロシアムの入り口に全裸で吊るされボロ雑巾のような状態で見つかり、『私は嘘をつきました』と書かれた板を首から下げていた。機竜は更に酷く、一見機竜とは見えないほどの修復不可能なレベルでスクラップにされていた。
 それから似たようなことが数度あり、吊るされた機竜使いは蒼色を見ると敗北のトラウマが蘇っているという。
 その容赦のなさから影の実力者として機竜使いの間では有名になっている。

どこぞの狂王『名前や功績とか興味も未練も全くないけどさ。やっぱり自分の愛機を外見だけ不細工に再現して好き勝手に扱われるのは腹が立つんだよな~』


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悪夢の災禍

新年、あけましておめでとうございます。
12日ほど遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。



装甲機竜(ドラグライド)に携わる、機竜使い(ドラグナイト)士官候補生の学園、ですか……?拷問、尋問官育成施設ではないんですね……?」

「……ルクス君。貴方はこの学園のどこを見てそんな発想に至ったのかしら?」

 

 

ルクスの問いにレリィ学園長の笑顔が若干引きつっていた。

一先ずルクスは自分の弁明を済ませた後、予定していた仕事先であるこの学園そのものの説明を、学園長であるレリィ・アイングラムから受けていた。

 

 

「いえ、その……昨夜の追いかけてきた生徒たちの剣幕と連携がとても候補生のモノとは思えなくて……」

「運が良かったな、没落皇子。この学園の生徒たち、特に武官志望はライ仕込みの集団戦法の基礎がみっちりと叩き込まれている。そして捕まっていたら、二代目騎士団(シヴァレス)団長だったルティアから始まり受け継がれる尋問法に絞られているところだったぞ」

「学園長室から聞いてたけど相変わらずすごかったわ。犯人を追い詰めるために声を張り上げる生徒と追い詰める生徒たちの連携……。ねぇ、やっぱり教育方法見直したらいいのかしら?」

「いや、彼女たちが目指すのは軍人だ。文官の生徒はともかく、武官の生徒には自身一人と他者との連携を速いうちに覚えさせたほうがいい」

 

 

この学園は機竜使い(ドラグナイト)士官候補生を育てる場。士官は文政を担当する文官もいるが軍事を担当する武官ももちろん存在する。武官を目指す者たちは戦場での活躍のため人並み以上の訓練をして、ただの暴漢程度なら対処可能だ。それにここには装甲機竜(ドラグライド)も存在するため、万一の対策も整えている。

 

だが、この学園に入り込んだ犯罪者にとって最も恐ろしいものは、生徒たちの容赦の無さにある。

 

ここの生徒たちには、ライ仕込みの集団戦法の基礎がみっちりと叩き込まれている。ひとえにそれは、装甲機竜(ドラグライド)よりも強大な幻神獣(アビス)対策のため。

 

幻神獣(アビス)は強い。出現率こそ低いものだが、基本的に機竜使い(ドラグナイト)の数倍の戦闘力を持っている。個々で当たるなど一騎当千の力を持った神装機竜か相当の技量を所有していなければならない。

 

 

「ルティアが覗きを行おうとした男に対する制裁は凄かった……」

 

 

ライはしみじみと、

 

 

「覗き魔の股間を箒で、こう、何度も何度も……」

「因果応報天罰覿面、悪事には相応の報いを。大丈夫、正義は我々に。――去年の女子寮標語だ」

 

 

誇るように、脅すように目が笑っていない笑みを向けてくるリーズシャルテに、無意識にルクスの股間が縮み上がった。

 

 

「だが、リーズシャルテ。ルクスは基本、人畜無害の真面目過ぎる少年だ。覗きをする度胸などないし、性欲を拗らせて本能に従うなど到底思えない」

「ライさん、フォローしてくれてるようですが、その言い方だと僕が男子として軟弱者のように聞こえるんですが……」

 

 

すると、リーズシャルテが頷き、ライに小さな手招きをした。

ライが耳を寄せると、リーズシャルテが何かを囁く。

うんうん、とライが何度か頷き、そしてルクスを見ると、

 

 

「――それはいけないな、ルクス。有罪(ギルティ)

「あっさり寝返らないでくださいよっ!」

 

 

若干の軽蔑を混ぜ込んだ視線を送り込まれたルクスはたまらずにつっこんだ。

 

 

「そ、それでなんで僕に依頼を申し込んできたんですか?」

 

 

何故、『男』である自分が女性生徒しかいないこの学園にいるのは場違い過ぎると感じていた。困惑した表情で聞くと――、

 

 

「そうね、ルクス君」

「は、はい」

 

 

レリィのいつになく真剣な表情を向けられて背筋を立たす。

 

 

装甲機竜(ドラグライド)が、遺跡(ルイン)から発見されて十余年。私たち女性は、旧帝国が敷いてきた男尊女卑の風潮と制度により、その使用は、ほとんど禁じられてきたわ。でも――」

 

 

レリィが言葉を区切ったところで、ルクスの隣に立っていたリーズシャルテが、ふっと口を開く。

 

 

「五年前のクーデターで新王国が設立したのを境に、その認識は一変。操縦に使う運動適性はともかく、機体制御自体の相性適性は、女の方が遥かに上というデータが報告された。以後、専門の育成機関を設立し、他国に負けない機竜使い(ドラグナイト)の士官を揃えるべく、その育成に力を注いでいる――だが」

 

 

補足を言い終えたリーズシャルテが視線を背後のライへ移し、釣られてルクスも振り向いた。

 

視線を感じたライはやれやれと首を振り――

 

 

「言わんぞ」

「いや、そこは繋げるところだろっ!?」

「僕の口から説明しなくてもいいだろ」

 

 

ツーンとリーズシャルテから視線を外すライ。

そんな彼の態度にレリィが珍しく申し訳なさそうな顔をして、

 

 

「私も貴方に語ってほしいわ。誰よりも知っていて、誰よりも怒っていて、誰よりも求めて、誰よりも悲しんでいる貴方に」

「…………」

 

 

レリィの懇願にライはしばしの無言の後、観念したかのように溜息を吐いた。

 

 

「五年の時が経ってもこの国の軍事力、装甲機竜(ドラグライド)機竜使い(ドラグナイト)の数と質は微々たる成長しかしていない。その理由が――解るな、ルクス?」

 

 

ルクスはその時、自身を見つめるライの碧眼にギラギラとした光が生まれたのを確かに見た。光は炎のように猛っていて、稲妻のように激しく、剣のように鋭い。敵意や殺意など他人を害する意思を極限まで固めたソレに、対象が自分でないにも関わらず無意識に生唾を飲み込んだ。

 

 

「――悪夢(ナイトメア)ですか」

 

 

口にした言葉に過去の敗北が鈍い痛みとなって胸に走る。あの正体不明の機動兵器たちにはルクス自身も因縁があり、決して忘れることのできない存在へとなっている。

 

ルクスの答えに満足したのか、瞳に映る光はそのままにライの口角が僅かに、本当に僅かに上がった。ライ自身も気づかない無意識の笑みに気づくものはこの場には誰もいない。

 

 

「ルクスはどこまで知っている?世界に姿を現してからこの五年間、全く正体が解明されておらず幻獣神(アビス)と同じ人類の天敵と評され、それ以上の脅威として認識されている奴らのことを」

「……悪夢(ナイトメア)に関する情報は少なくて、そこから発展した確証のない荒唐無稽な噂話ぐらいしか知りません。けれど、その多くには神装機竜すらも圧倒できる性能を持つこと。破壊しても瞬時に再生してしまう……不死身であること。機竜を積極的に狙い、その残骸を身体に取り込むこと――」

 

 

そこでライたちに見えるように指を動かし、

 

 

「こう……赤い、鳥が羽ばたくような紋章が胸の装甲に輝いている。その四つをよく耳にしました」

 

 

そこまで言ってルクスはちらりと、ライの横で眠りこける少女へと視線を移す。

自分を独房から引っ張り出した、金色の機竜を操縦していた彼女。仮面を外した際に現れた瞳には、色が赤と青の違いはあるが間違いなく悪夢が持つ紋章が浮かんでいたのだ。彼女は悪夢(ナイトメア)と少なからず関係している、それは間違いないはずだ。

 

相変わらず謎に包まれた少女のことは置いといて、記憶の奥から悪夢(ナイトメア)が猛威を振るい、この世界に刻み込んできた流血の軌跡を頭から引っ張り出して語っていく。

 

アティスマータ王国から遠く離れた辺境の小国を蹂躙し、たった一機で国民を絶滅させた。そのまま隣国まで休む間もなく進撃して人口を三分の二まで鏖殺した『黄金の蛮王』。

 

古代遺跡である『方舟(アーク)』をたった一撃で撃沈し、海の藻屑とした『赤紫の巨砲城』。

 

新王国に圧力を加えるために軍事演習を行ったヘイブルグ共和国軍に襲い掛かり壊滅寸前まで追い込み、機竜使い(ドラグナイト)ごと機竜を頭部に備えた一本角で破壊する姿から『吸血鬼』の異名を名付けられた機体。懲りもせず二度目に行われた軍事演習を襲撃した『白い死神』の存在。

 

古都国の象徴と広く伝えられた霊峰『富士』を文字通り縦に真っ二つにした『聖剣の剛騎士』。

 

ヴァンハイム公国の領土にある第二遺跡(ルイン)迷宮(ダンジョン)』と一体化した都市、遺跡都市(ルインスギア)へ突如墜落し、幻獣神(アビス)が発生する三階層まで暴れきった後、空へと飛び去った悪夢(ナイトメア)。……この機体については頭部に生える二本角が金か赤で意見が割れているらしい。

 

耳にした噂話を並べ挙げる内に、ルクスは自分の背筋が冷たくなってくるのを感じた。

一機動兵器が行うにはあまりに過剰表現過ぎて人が聞けば一笑に伏す内容であるのにも関わらず、それが本当のことだと頭の中で理解してしまっている。

 

思い出すのは大剣を背負う悪夢(ナイトメア)。山を真っ二つにしたという噂の悪夢(ナイトメア)は……奴のことなのだろう。もし他にそんなことが出来る機体がいるのならば想像も拒否したくなる現実だ。

 

あの悪夢(ナイトメア)との戦闘。相手側からしたら本気(大剣)も出さず遊ばれただけだろうが、その一戦で実力差を見せ付けられたことで、悪夢(ナイトメア)の脅威は身に染みていた。

 

 

そして――

 

 

「最も有名なのは……五年前のアティスマータ伯が起こした革命に突如として襲来し、旧帝都の一角を丸ごと焼き払い、軍人民間問わず十四万六千人という多すぎる死者が出た『血染めの革命』。彼らが公の場で初めて姿を現した始まりの災禍です」

 

 

『血染めの革命』。

 

その言葉が出ただけで、部屋の空気が重くなるのを実感できた。

話を聞いていたライは目を小さく伏せ、自身の後ろのレリィからも似つかわしくない暗い雰囲気が伝わってくる。

 

この二人は、まだ『血染めの革命』が起こる前の帝都の姿を知っている。そして、焼き払われた帝都の姿も見たことがあるのを態度と雰囲気で察することが出来る。

 

アーカディア帝国の首都である帝都故に、その腐敗も大きかった。どうせならいっそ、悲劇を終わらせるなら消えてなくなればいいと思った国民は少なくないはずだ。けれど、それでも懸命に生きていた人たちはいたのだ。その人と人が寄り添って築いていた営みは確かに存在していたのだ。それが――たった一夜で僅かな瓦礫だけを残して消えてなくなったのだ。

 

崩壊した一角に足を運んだルクスの目の前に広がる景色。いっそ清々しいと思えるほどになにもない大地。それまであったものが、消えるはずのないと思っていたものが一瞬で無くなってしまえば感情はついていけず、ただ呆然となることしか出来ない。そして、ゆっくりと呆然から回復した自分の胸に浮かんだ言葉。それは――

 

 

――夢なら、覚めて欲しかった……。

 

 

本当に悪い夢でも見せられた感覚だった。

だが、『血染めの革命』で最も傷ついたのは自分ではない。

この部屋に肉親を奪われた人物が自分の隣に立っている。

 

彼女、リーズシャルテはその悲劇でクーデターの首謀者であるアティスマータ伯を失っている。その事実は彼女の胸にどれほどの嘆きを生んだことか。想像するだけでルクス自身の胸も痛んだが。

 

 

――え?

 

 

視線だけをリーズシャルテに向けたルクスは戸惑った。

隣の彼女は顔を僅かに曇らせ、俯いている。その表情に肉親を失ったという悲哀の色はあるにはあるが薄く感じる。その他の感情が混ざり合って複雑な色を形成していた。

 

そのことに疑問を抱きながら、他にも『赤マント』、『白マスク』、『紅夜叉』と異名を付けられた悪夢(ナイトメア)のことも口にした。……最後の『紅夜叉』の話が出た際、ライの膝の上に置いた手に力が入ったがそれに気づく人間はまたもいなかった。

 

そして知っている限りのことを話尽くしたルクスは、胸に溜まった恐怖を吐き出すように深呼吸をした後、ライは満足したかのような頷きを一つした。

 

 

「そこまで解っているのなら十分過ぎる。よく集めたな。……君も少なからず執心してるというわけか」

「『も』……?ということはライさんも?」

「うーん、まあね。対抗策とか一応、研究してるんだよ。探れば探るほど思い知らされるよ。――奴らの存在そのものが間違っている。この世界にあってはならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

悪夢(ナイトメア)の存在が罪だと言い切るライの顔は笑っていた。しかし、その笑みは冗談を言っているようなものではない。自分自身をなじる、自虐的な痛々しい笑みだ。

 

 

「これまで戦争の主力だった、剣、銃、大砲、馬などの存在を無に還した装甲機竜(ドラグライド)という超兵器すらあっさりと凌駕する正体不明の機動兵器が暴れ回っている」

 

 

一息。

 

 

「この国の人間にとって五年前の災禍はトラウマとなって刻まれた。機竜使い(ドラグナイト)を募集しようにも、悪夢(ナイトメア)は機竜を優先的に狙う。機竜使い(ドラグナイト)になるなんて、自分から奴らの餌に成りに行くって考える人間は多い」

 

 

再び、一息。

 

 

「それでも機竜使い(ドラグナイト)になろうとする奴はいる。だが、一人前にしようにも大規模な訓練や演習は出来ない。ヘイブルクでの蹂躙が語るように、機竜が集まって訓練なんかすれば、それを察知して襲い掛かってくる。そのために小規模、短時間の訓練しか行えず軍事力の成長も牛歩のように遅い」

 

 

やれやれと首を横に振るうライ。

 

 

「そういうわけで機竜に関する人手が悲しいほどまでに足りない」

「だからこそ、王都のコロシアムで月に一度行われる装甲機竜(ドラグライド)を用いた公式模擬戦(トーナメント)。そこで最多の出場回数を誇り、『無敗の最弱』と呼ばれる貴方のような超一流の機竜使い(ドラグナイト)が必要なのよ、ルクス君」

 

 

()()()()()尊称なのか蔑称なのか分からないな、と言うライを背にし、レリィの声に身体ごと振り向くとその顔は年上らしい、悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。

 

 

「この学園でも屈指の使い手であるリーズシャルテさんにも劣らない実力でしょう?けして場違いな仕事ではないと思うけれど?」

「……ほう」

 

 

レリィの言葉が癇に障ったのか、リーズシャルテがピクッと肩を震わせた。

隣の彼女の言動と仕草を見逃さなかったルクスは嫌な予感が走った。

 

 

「ライもどう?ルクス君と過去に幾度となく模擬戦を行った貴方から見ての実力は?」

「ノーコメントだ。だが、ルクスをここで雇うというなら賛成だ。この前みたいに僕が出かけた時に安心して仕事を任せられる」

「……っ!おい、お前がいない間の整備は大半は私がしていたんだぞ!私だけでは不足というのか!?」

「君は目を離した途端、勝手に機竜を改造するだろ。具体的にはドリルとか、ドリルとか、ドリルとか。それを止められるストッパーとしてルクスは丁度いいと思っただけだ」

「うっ……」

 

 

自覚はあるのか言葉にリーズシャルテは怯み、

 

 

「そういえば一昨日、ライに目に者見せてやるって息巻いて……背中にブーストドリルだったかしら?それと両手両足をドリルに換装した機竜を開発して起動した直後、全部が接合部から煙を噴き上げ、ロケットドリルになって工房(アトリエ)の外に飛んでいったのよね。ノクトさんが特装型機竜(ドレイク)のレーダーで探したけど、六つの内まだ二つが行方不明らしいわよ」

「……」

「……」

 

 

レリィから追い打ちの報告を耳にしたライは冷ややかな視線を向け、その視線の直撃を受ける知的探求心旺盛な王女様は完全に押し黙ってしまった。

 

反省の色は浮かべている彼女にライは疲れたようにため息をつき、レリィが話を戻す。

 

 

「機竜使いの歴史はそもそも浅く、長年装甲機竜(ドラグライド)を独占していた旧帝国の使い手、王国で次期戦力として期待されていた革命軍の使い手は『血染めの革命』で大半が死んでしまった。ライのお蔭で軍からの機竜整備も機竜使い(ドラグナイト)を招くことはなかったのだけどね」

「……ならライさんだけで十分なんじゃ」

「学園開設から一年と二年目はまだ余裕があったよ。すったもんだで教官もどきにされても『旅行』に行ってもまだ余裕はあった。けど、三年目は候補生の数が増えて、『旅行』の疲れもあってな――」

「まさか過労で倒れたんですか?」

「いえ、ライのブレーキが壊れて仕事中毒(ワーカホリック)化したのよ。働いていないと落ち着かなくないぐらいに。本人は酔わせて眠らす前に、『もっとキツイ仕事量をやっていた友人がいるから大丈夫だ。彼、僕の半分以下の体力の癖にその仕事を全うしたんだ。負けられないよ』とかよくわからない頑張りを見せてね。ライが過労死したら世界が滅びかねないから、雇い主命令で強制的に休ませたわ」

 

 

私も含めて皆がライに甘えていたのよ、とレリィの顔には強い反省が浮かんでいた。

 

 

「現在は卒業生とリーズシャルテの協力もあってだいぶ楽になったが、忙しいことに変わりはない。君は整備の方はほとんどできなかったと記憶しているが、そんな君でさえ貴重で確保しておきたい人材なんだ」

「整備に関しては、これから覚えればいいわ。使い手として予備知識があるだけでも本当に貴重なのよ」

 

 

レリィは取り出した依頼書を机の上に乗せた。

 

場所は学園の敷地内にある、新王国第四機竜格納庫。

そこがルクスの働き口だ。

 

 

「汚れるし、重労働だし、怪我の危険性も勿論あるわ。女の子にそんな仕事はさせられないでしょう。貴方も男冥利に尽きると思わない?」

「…………」

 

 

からかうような声で微笑むレリィにルクスは、相変わらず強引だと苦笑いを浮かべる。

 

しかし、そのあっけからんとした性格と手際の良さ、そして悪気のなさは五年前から何も変わっていない。ライと同じように変わっていないことがどうしても安心感を抱かせてくれた。

 

 

機竜使い(ドラグナイト)としてのお仕事は、まだ考えてるから、それもいずれ――ね」

 

 

そうして、ようやく話がまとまりかけた時、

 

 

「学園長。少しいいか?」

 

 

復活したリーズシャルテが割り込んだ。

 

 




相変わらず、展開と更新が牛歩以下の作品ですが、それでも待って読んでくれる読者の皆様には感謝の念が絶えません。本当にありがとうございます。


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名前

テンポ……テンポ……遅い……遅い……。
皆様、申し訳ございません。ただ、ただこのような作品にお付き合いいただき本当にありがとうございます。


「ルクス君も散々ね。生徒たちに追いかけ回され独房に入れられた後、決闘なんてするはめになるなんて」

「僕たちも彼と付き合いはあるが、今回の騒ぎ……覗き、痴漢、下着泥棒を行わないと断言はこれっぽちもできないからな」

 

 

ライとレリィ、まだ眠りこける少女の三人きりの学園長室。

今までこの部屋にいたルクスとリーズシャルテはいない。

ルクスは隣の応接室へ、リーズシャルテは更衣室へと向かった。

 

割り込んだリーズシャルテが口にしたのは、端的に言うと『変態で犯罪者容疑が晴れていない『男』をこの学園で働かせるのは大いに不満』であった。

 

ライやレリィもルクスと付き合いがあるためよくは知っているが、今回の騒ぎを偶然起こしたとは全くもって断言することはできない。だが、実際ルクスが故意に及んだかどうか言われると誰にも証明することも出来ない。

 

この件はルクスの依頼者であるレリィが学園長発言で強行、覗きの被害者であるリーズシャルテはライが宥めれば、この騒動は治まることが出来る。しかし、シコリは必ず残ってしまう。

 

そんなものが残ったまま、ルクスを雇い続ければ女生徒たちが彼になにをするかは想像に難くない。ライも可能な限りフォローするつもりだが、それでも限界がある。三年の、それもごく一部の生徒を除いて、この学園の生徒がそんなことを行うとは到底思えないが……。

 

 

――そう言えば、『彼』も……。

 

 

ルクスの学園での“もしかしたら”に、栗色の髪の『彼』が脳裏で重なる。

 

自国を侵略された『彼』は、どういう流れか侵略した国の人種しかいない学園に転入してきた。たった一人の被支配者。そこで彼を待ち受けていたのは、陰湿な差別。生徒会に入ってからはいくらか緩和したが、それでも差別はあった……。

 

 

――何を思い出している……『彼』は、敵だ。

 

 

自分にとって敵となった、いや敵でしかないと切り捨て記憶の奥へと封殺する。

 

ライの抱いた懸念はレリィも抱いていたのか、本件の被害者であるリーズシャルテにルクスの処分を任せた。

 

彼女が下した裁量、ルクスにとってたった一度の名誉挽回の機会は――

 

 

装甲機竜(ドラグライド)を使った、短時間一騎打ちの模擬戦……短時間ってところがミソよね。リーズシャルテさん、《ティアマト》を使うつもりよ。……模擬戦に釣られて悪夢(ナイトメア)来たりしないわよね」

「勿論、その時は僕が出るよ。けど、不思議なことに城塞都市(ここ)に暮らして四年間一度も襲ってきたことがないんだよな……」

「神装機竜は悪夢(ナイトメア)にとって御馳走なんでしょ?汎用機竜、強化型機竜合わせて八十機と神装機竜……えーとなんだったかしらあの面白い名前の」

「《ムチャリンダ》」

「そうそうその《ムチャリンダ》を餌に使ったら迷う事なくそっちに飛びついたって」

「五回行ってどれも結果は同じだから、その認識で間違いない。神装機竜が四機もあるここを襲わないことは有難いことだが、ほとほと不思議だ」

 

 

『血染めの革命』からほんの少ししか経っていない後に行った五回の()()

 

最初の獲物は《グロースター・ソードマン》だった。神装機竜を圧倒するといえど、ライの操作するのは《蒼月》。KMFの性能が比例する悪夢(ナイトメア)なことから、『第五世代』と『第八世代』の性能差であっさり輻射波動を撃ち込み、行動不能にし《ザ・ゼロ》で停止させた。

 

二回目は《アフラマズダ》が来たがライが姿を現した途端、弾幕を張って逃走を図った。両腕の三連ガトリング砲が放つ弾幕は凄まじく、《蒼月》から《クラブ・クリーナー》に乗り換え全身に《ルミナスコーン》を張って特攻。右肩から下を落とせたがそこまでで逃走を許してしまった。

 

三回目は《トリスタン・ディバイダー》。

第八世代、《蒼月》と《クラブ・クリーナー》と同格の悪夢(ナイトメア)

主武装の《MVS》二本はあの《ギャラハット》の《エクスカリバー》を加工したもので、《蜃気楼》の《絶対守護領域》を初見とはいえ打ち破ることができる破壊力を持つ。接近戦主体の《蒼月》で戦った際には、まともに防ぐことが許さない攻防を行うことになった。

交戦から十数分経ち、《MVS》の一振りを犠牲に《滅爪砲撃左腕部》を断ち切られたのは、流石のライも肝が冷えた。その直後、腕を切り落とし残りの《MVS》を落とさせたが、回復する隙がないことから『変形』して逃走した。

 

……余談だが元となったKMFに変形機能が備わっていた悪夢(ナイトメア)も『変形』をする。

 

――《トリスタン》。

――《トリスタン・ディバイダー》。

――《ブラッドフォード》。

――《サマセット》。

――《蜃気楼》。

 

この四機には『フォートレス()モード』。

 

《アレクサンダ》と改良型は『インセクトモード』。

 

《ウェルキンゲトリクス》は人馬形態に『変形』する姿をこの目で見ている。

 

機体が変形するのはいいが、気になっていたのは操縦者の体勢だった。

基本は操縦者の脚に纏う装甲が消え、変形に巻き込まないようにはしているようだ。

 

《トリスタン》と《トリスタン・ディバイダー》と《ブラッドフォード》、《サマセット》の際は、手に握った操縦桿は耳元まで動き、操縦者は身体を伸ばした状態になる。

 

《アレクサンダ》とその改良機も同じだが、《トリスタン》たちと違い空中ではなく、地面を走るため操縦者と地面の距離がスレスレなのだ。傍から見れば操縦者は削れているのではないかと思う程にスレスレだった。

 

《ウェルキンゲトリクス》は人馬形態になると……正座させられる。

最大の特徴のである半人半馬の異形ケンタウロスを模した姿の四足歩行形態で馬のように駆け回るのを活かすには安定した姿勢が必要ということか?

 

変形機能を持つとして《蜃気楼》が存在するが……『フォートレス()モード』になった姿は見たことなく、人型のみだ。正直あの《蜃気楼》が人型から変形すれば操縦者はどのような体勢になるのだろうか。正直、気にはなっている。

 

四回目は《エストレイヤ》。

『マドリードの星』というエリア24、かつてスペインと呼ばれた国の反ブリタニア勢力が使用していKMFだ。サザーランドをコピーし、小規模な改装を施しただけの機体で基本性能は変わらない。

『マドリードの星』はマリーベル・メル・ブリタニアの指揮の下に壊滅しており、KMFのエストレイヤも当然歴史から消え去った。ライ自身、一時期エリア24に潜入した際に残骸の姿で確認したが、本来はコアなKMFオタクぐらいしか知らないはずの機体なのだ。

そんなエストレイヤが悪夢(ナイトメア)として再現されていることに不思議に思いながら、然したる苦戦もなく停止できた。

 

五回目に現れたのは――《ベディヴィア》。

製造元が壊滅したとはいえ現存が確認されたエストレイヤと違い、このベディヴィアは設計図のみで完成することはなかったKMFだ。

本来は、ナイトオブラウンズの第五席に就任が決まった騎士の専用機だったが、その騎士は機体が完成する前にチューンアップしたヴィンセントでナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタインと共に先代皇帝を暗殺した『魔王』を討とうと出撃、ライによって倒された。

主も失い、開発チームもライの開発チームに吸収された末にベディヴィアは完成することは遂になかった。

 

試作機が数機作られただけの《ガへリス》しかり、こんなKMFすら悪夢(ナイトメア)となっている。――悪夢(ナイトメア)を開発した者は一体何者なのだ?

 

ラウンズ機として開発されたベディヴィアは第八世代相当の性能を有していた。

一進一退の攻防の中、《ケイ》、《月下紫電》に奇襲されて負傷。神装機竜《ムチャリンダ》は死守したが、置いていった機竜を全て平らげられたのは苦い記憶だ。

 

閑話休題。

 

 

「教育体制を少し見直す必要があるかしら?一応真面目な学校なのよねぇ、ここ」

「無理無理。この学園のドンが天性のお祭り気質だから、どうあったって影響は受けるものだよ。今頃、授業すっぽかして演習場に向かっているはずだ」

 

 

苦笑を浮かべたライは窓の外を見る。

外からは校舎から出ていく女生徒たちの楽しそうな声が多く上がっている。彼女達の向かう先は学園敷地内にある、装甲機竜(ドラグライド)の演習場。

 

ルクスとリーズシャルテの私闘というべき決闘は、学園長室のドア越しに聞き耳を立てていた大勢の生徒たちによってすでに学園中に広まっているはず。ライ自身は、リーズシャルテが乱入した時、既に隠れていた生徒たちの気配を感じていたが、気にせず無視していた。注意しても無駄、とここで数年勤めて学んだことだ。

ここの生徒たちは、娯楽に触れる機会の少ない寮生活をしていることでイベントに飢えており、更にレリィの影響が拍車をかけている。

 

――けど、それぐらいならまだいいか……。

 

自身の恩人である『生徒会長』は、名門校の学生寮はむしろ非行や逸脱の温床であり、良家の子息子女に良からぬことを教える温床になると知悉していた。だから、非行などに走る心の飢え、渇きを潤すために大きなイベントを行う、と笑顔で言っていた。……半分、いや九割は自身が楽しむためだと『生徒会』の皆が気付いていたが。

 

『生徒会長』に似ているレリィもそのことが分かっているのか……いや、こっちも九割方自分も楽しみたいのだろうが、学園全体でイベントを行う。そのお蔭か、この学園もそういったことは少なく効果はあるようだ。……自分を景品としたイベントだけは勘弁願いたいものだが。

 

前回のイベント――『クラス対抗着ぐるみトーナメント』。

 

アイングラム財閥をスポンサーとする劇団から譲ってもらったお古の着ぐるみを来た生徒たちがプロレスもどきの取っ組み合いを行う様は大変盛り上がった。

リーズシャルテが愛らしい着ぐるみの両手をドリルの形に改造してティルファーに着せて参加させたり、奮戦したノクトが着ぐるみの中で脱水症状寸前になったり、セリスティアが一回戦目で相手の着ぐるみの愛くるしさから膝をついて震える声でギブアップするなど波乱に満ちたイベントだった。

 

無論、ライもレリィに強制参加させられた。

数ある優勝賞品の一つが自分のかなり際どい……R-17指定レベルの隠し写生ブロマイド集という卒業生たちが作った負の遺産なこともあった為、それを処分するのも目的で。

ライには生徒たちが選び終わった後、はっきり言えば残り物の着ぐるみしかなかった。

 

プラカードで会話しそうな中身がおっさんだという宇宙人。

 

ヘルメットや防弾チョッキを着込んだ格好をした犬だかネズミだかわからないナニカ。

 

それのパチモン臭い、元軍人で遊園地で働くげっ歯類に似たお菓子の精霊。

 

神を喰う凄腕の戦士という設定を持つ継ぎ接ぎのウサギ。

 

背中に『七ッ夜』の文字が書かれたパンダ。

 

可愛らしいといえば可愛らしいがどれもこれもが、とても女生徒が着ようとは思えないほどインパクトが強すぎる。いや、それよりも着たら着たらで精神が乗っ取られそうな強烈過ぎる外見から避けたのではなかろうか。

 

その残った着ぐるみの内の一つ……どれを着たかは割愛するが、手首と足首に重りと水分補給はコップ三杯とハンデを背負わされながらもライは決勝まで登り詰めて優勝、ブロマイド集の焼却に成功した。……実はそれがコピーで原本はレリィが私室の金庫の中に厳重にしまっていることをライは無論しらない。

 

そんなイベントからもう一月。

そろそろ彼女たちも刺激に飢え始める頃合いだ。

 

百年以上も圧政を敷き、男尊女卑の風潮と制度を押し付けていた旧帝国。

その生き残りである没落王子と新王国の姫が決闘を行う。

男女と国。二つの因縁を孕んだ決闘という一大イベントに食いつかないはずがない。

 

――しかし、何故彼女はルクスに決闘なんかを?

 

リーズシャルテは好戦的なところはあるが、肩書だけで他者を排斥するような狭量ではないことをライは熟知している。彼女がルクスに決闘を突きつけた際の表情を思い返すとそこから読み取れたのは押し倒されて裸体を見られた羞恥と敵意、なにより焦り。

 

――ルクスに見られては知られてはならないものでもあったのか?

 

そこまで考えたが、趣味が悪いとどのみち決闘は止まらないと軽く頭を振って切り上げる。そしてとうとうレリィがこれまで置きっぱなしの謎について聞いてきた。

 

 

「それじゃ、ライ。だいぶ間が空いてしまったけど、改めて――その子は何者なの?」

「……」

 

 

ライは肺の中の空気を全て吐き出したかのような重いため息を吐く。そして観念したかのようにこの少女と出会う経緯までを話し始めた。

 

 

ライが目覚めた遺跡に未知の空間があったこと。

 

機竜とも悪夢とも違う人型超兵器『GXシリーズ』に襲われたこと。

 

その『GXシリーズ』と和解の末、彼らの主であるという黒い人型兵器の元に案内されたこと。

 

その黒い人型兵器と隣でこんこんと眠りこけている少女が……()()()いたこと。

 

少女の容姿が生徒たちと同年代だが、その内面が幼児のように幼いこと。

 

ライしか操縦できない悪夢(ナイトメア)を操り、その精神にも関わらず操縦技術を有していたこと。

 

そして――機竜を粉砕できる怪力を発揮する。

 

その際には双眸が黒く染まり、瞳が黄金へと変わることを。

 

彼女が自分に似ていることについては……あえて言わなかった。

彼女と自分の関連性。心の奥底に押し込めた一目で察してしまったソレを口で話してしまうと、自分の中のナニカが音を立てて崩れ落ちると本能が告げていた。

 

 

「――おかげで、こうなった」

「…………」

 

 

説明を終えたライは、途中から増していった疲労感、自分と少女に少なくとも関わりのある呪われた力(ギアス)の一片を伝えてしまった罪悪感から逃れるように大きなため息を吐いた。

 

説明を受けたレリィは無言でこんこんと眠りこけている少女へ顔を向けている。普段の彼女からは想像もつかない真剣な、たった一つの希望を逃さないような狂気的な視線をぶつけている。そして、ゴクリと唾を飲み込み、震えた声を出す。最早爆発寸前といった期待を抑えながら。

 

 

「――――本当に、その子が……?」

「本当だよ。僕の腕を握り潰そうとしたり、爆弾のような一撃を胸に入れたり、機竜の腕を片手で軽々と振り回した。感情が高ぶるとなるようだが、『彼女』と同じように目が変化した」

 

 

喜べよ、とライが苦笑を浮かべて、

 

 

「この子は、装甲機竜(ドラグライド)遺跡(ルイン)を作り上げた古代人の生き残り……かもしれない」

 

 

だが、

 

 

「僕たちにとって重要なのは――人の形をしながら幻神獣(アビス)の力を持っていることだ」

「――――」

 

 

ライの言葉にレリィは感極まったかのように口を両手で抑え、大きく震えた。

幻神獣(アビス)の力を持った人間という存在からの恐怖ではなく、念願が叶った、ようやく一縷の希望を掴み取ったことによる歓喜の震えだった。

 

反対にライは素直に喜べなかった。ため息を共に漏らしつつ、ライは未だに疲労の色が濃い雰囲気で天井を仰ぐ。

 

――釣った魚があまりに大きすぎる。

 

普段通りのお宝、あわよくば求めているある症状の治療法が得られればいいと思っていたのに、こんなモノが世間に公表されるなどしたら何処も彼処も静観を決め込むなどあり得ない。確実に動く。そしてそんな劇薬じみたお宝なんてライも彼女も求めていない。

 

つまりは持て余し。大き過ぎる成果はある意味手ぶらよりも扱いに困る。しかし、ここまで来ると致し方なし。

 

――正直、関わりたくない。

 

コレはやばい。危険だ。解ってしまうんだ――僕には荷が重い。

彼女の『誕生』からこれまでで知った特異性、あれらは思い返しても異常だ。こんな爆弾を抱える自信は情けないことに自分にはない。ただでさえ悪夢(ナイトメア)の相手をしているというのに、ならば封印と言うには時既に遅し。どうにもならない。

 

 

「そっ、それでこの子についてもっとくっ、詳しく何かわからないの……!!」

「……分かっているのは先程言ったことまでだ。地下空間で古文書を何冊か見つけたが、風化が激しい。文官の生徒たちに協力を頼めば時間を短縮できるだろうけど、こんな厄ネタに生徒を巻き込めない」

「つまり貴方だけで解読を行う。……時間がかかりそうね」

 

 

一刻でも早く少女が幻神獣(アビス)の力を持つ秘密について解明したいのだろう。レリィは酷く焦れた様子だ。

 

 

「……酷なことだけど期待はしないほうがいい」

「え……?」

「こいつと『彼女』……二人の幻神獣(アビス)の力の入手経緯は全く違う。『彼女』は聞いた話から仮死状態から何等か処置によって後天的に幻神獣(アビス)の力を得てしまったようだが、こいつは先天的に幻神獣(アビス)の力を発揮できるようデザインされている。……幻神獣化の治療法を得る確率は限りなく低い」

「――それでもよ」

 

 

レリィの顔が険しくなる。獲物を狩る狩人とはまた違うが、懐に入れた金品は絶対に手放さないと窺わせる骨太な商人の顔になった。ようやく手に入れた手がかりを手放すものかと雰囲気のみで語っている。

 

 

「……ならばこいつの扱いは?」

「勿論、この学園で保護するわ。ふらふらと歩き回られて貴族や軍に見つかったら困るわね。いい落としどころだと思うわよ。監視は貴方に任せる。もし、彼女が幻獣神化して暴れるようなら、貴方の悪夢(ナイトメア)か《ザ・ゼロ》なら無傷で抑えられるでしょ?」

「……」

 

 

この学園で保護、そして監視は自分。

その言葉にぎり、と噛み締めた歯が鳴った。非情に腹が立つものの最適な配置にぐうの音も出ない。実際、確かにそうだから。

 

それに、仮にこの子と離れたところで今更安心できない、そう……解ってしまっている。

 

ライという人間は――この少女を嫌悪しているが、目を離すことに関して、より大きな恐怖を抱いている。歩く爆弾を放置している気分になり、知らぬ場所で何かとんでもないことを起こされるという……説明できない不安があった。

傍に置くのは絶対嫌で――なのに動向を把握しなければ、恐ろしくて眠れない。本当に、最低最悪のジレンマだ。

 

 

「無視なんて論外なことも、放り出すのも悪手でしょうしね。新王国の法律では、幻神獣(アビス)は処分の対象。もし、貴族や軍に彼女の正体についてバレようものなら……私たちは揃ってしょっ引かれ、王都で事情聴取という尋問フルコースってところかしら?貴方ならそういう歓迎の内容について詳しいはずでしょう?」

 

 

無言で返事を伝えて、顎に手を当てて黙考する。やはり差し当たっての問題は彼女の処遇に尽きるらしい。

 

彼女の覚醒の場にいたのはライと護衛といえる物言わぬ無人超兵器五機。『GXシリーズ』の存在自体も外でバレたら一発でアウトだが、彼女の護衛らしいのでライから言い聞かせれば、彼女が不幸にならないように自粛してくれるはずだ。

 

ルクスや三和音(トライアド)には彼女の正体の片鱗を見られてしまったが、こちらも内密にしてくれるように頼めば黙っていてくれるはずだ。足もつくことなく、彼女の存在を外部に伝える者など有りはしない。

 

一先ず、ライが入手した古文書を解読しながら、彼女を監視する。

 

彼女から情報を聞き出せればよいのだが、その幼い精神性から古代文明にどれくらい絡んでいるのかなど、こちらからそのヒントを探ろうとするのは相当骨が折れる作業だろう。

 

なのでまずは時間稼ぎに終始すべしと。ライとレリィの認識に一応の結論は出た。

 

 

「それで――この子の名前はどうするの?」

「……は?」

 

 

思わぬ問い掛けにライはポカンと口を開けた。

 

 

「だから、名前よ。名前がないと呼ぶのに不便でしょ」

 

 

笑顔で言うレリィの言葉に首をしばし傾げるが、理解が出来ないという風に首を横に振った。

 

 

「そんなもの必要ないだろう、こんな爆弾みたいな奴に。“アレ”とか“ソレ”とかで十分……」

「ライ」

 

 

口に出している途中、自身の名を呼ばれてライは口を閉じた。

レリィの顔は非難と少しばかりの悲しさを浮かべている。

この学園のトップ、学び舎の母である理事長、生徒たち全員を預かる教育者として少女を物のように扱うライを責めている。そして、悲しみの理由は

 

――僕は貴女が思っているような人間じゃないんだよ。

 

レリィはライの素性を『この世界』で一番よく知っている人物だ。だが、全てを教えているわけではない。あくまで悪夢と深い因縁がある、『ワイアードギアス』という超能力を使える、普通は遺跡(ルイン)にあるはずの古代の代物を大量に有しているぐらいの、本当にささやかなことしか伝えていない。ライが異世界の人間であることはまだ誰にも口にしていないのだ。

 

それでも初めて『この世界』で交友を結んできた存在、この学園や財閥関係で四年間協力してきたのだ。そこまで見知ったライが女の子をぞんざいに扱うことを悲しんでいる。

 

そんなレリィの表情をしばらく見つめ、ライは降参したかのように溜息をついた。

 

 

「そうだ!貴方が名付け親になってあげなさい」

 

 

名案が思い付いたように手をポンと叩くレリィの言葉に一瞬、理解できなかった。

 

 

「名付け親……?僕が、こいつの?」

 

 

思いも寄らぬレリィの決定に、ライは戸惑いを隠せなかった。

 

名前を付ける馴染みなどない。

愛機である《蒼月》や《ランスロット・クラブ・クリーナー》の命名は設計したラクシャータ博士や開発スタッフといった生みの親の特権で付けられたものだ。二機の後継機も自分に――正確にはKMFに――付いてきた技術屋たちが命名している。

だからといって気に入っていないわけがない。もう愛機たちの名前は定着しているし、それ以外の名前に変える気などさらさらない。もし、変更しろと言われても――かの『魔王』の命令でも余程の名前でない限り――断固として拒否、反対するつもりでいる。

 

ライは顎に手を当てポツリと

 

 

「じゃあ……“It”でいいか」

「ライ」

「駄目か」

「駄目よ。その名前にどんな意味があるかは知らないけどね。折角名前を付けるのだから、パッと思いついたような名前は駄目」

「…………」

 

 

ライは眉間に深い皺を寄せてうーん、うーんと考え込む。

そんな姿にレリィは苦笑して助け船を出した。

 

「そんなに難しく考えなくてもいいのよ。なら、貴方の名前の由来を参考にしたりすればいいじゃない」

「僕の名前か……」

 

 

小声で、ニ、三度、声に成らぬ声で何かを呟いたライは、自分の横で未だに寝ている少女の頭をつついた。

 

 

「……」

 

 

頭部への刺激に少女は起き上がり、まだ睡魔の抜けきっていない目元を腕で拭う。それで本格的に目覚めたのかパチリと左右非対称の色の瞳に鮮明さを戻らせて、ライへと向けた。

 

ライは彼女の側頭部に両手を当てガッチリと固定する。

 

 

「……」

「……」

 

 

無言で見つめ合う銀髪の青年と少女。

 

 

「レリィ、僕と彼女は似ているか?」

「似てるわ。この学園の生徒全員に聞いても親類だと疑わないでしょうね」

「……そうか。やっぱり似ているのか……」

 

 

二人の姿を眺めるレリィは本当に似ているとまた同じように感想を抱いた。そんなことを思うレリィとは違い、ライの胸中は再び荒れ狂っていた。

 

少女の頭を固定する手に思わず力が籠る。このまま《ザ・ゼロ》で文字通り消滅させることが出来たらどれだけ安堵することか。

 

彼女の表情を見るだけで鼓動が大きく跳ねる。不快感と同時に、ライの心へと一つの漣が波紋をそっと広げている。背筋を伝うどうしようもない寒気。彼女から消えない、生理的な域での不快感が濃くなっていく。それは例えるならば、なんの前触れもなく幼子の死骸を見せつけられたかのような気持ち悪さに他ならず……。

 

わざわざかくしておくほどでもない殺意、嫌気を彼女一人目掛けて照射する。他の誰も気づかない剣呑な本心をぶつけられても少女はじっと自分を見つめ返してくるのみ。浴びせられる剥き出しの殺意に対し、どこ吹く風。

 

 

「お前は僕の■……なんだろうな」

「え?」

 

 

レリィはライの口にした言葉に小さく驚いた。

何せその言葉は今まで聞いたこともない異国の言葉だったからだ。

 

それも当然。ライが口にした言葉は異国どころか異世界の言葉。

日本語。『この世界』においてライ一人しか話すことが出来ない言語。ライにとって、忘れないように発音練習をするが、他人に聞かれるのは初めてのことだった。

 

わざわざ日本語で話し始めた理由は、これから話す内容はレリィに聞かれると些か面倒で厄介なことになる。その対策だ。

 

ライの日本語に疑問を浮かべるレリィをよそにライは少女へ語り続ける。

 

 

「僕の名前は父が付けた。父の家系の男児はラ行で統一するのがならわしで、それで『ライ』と名付けられた。由来については聞いたことがない、兄二人は『嘘つき(liar)』から来ていると嘲笑混じりに言っていたが、今となっては闇の中だ」

 

 

今、思えば中々的を射ていると自嘲してしまう。その通りに嘘が上手くなり、極めつけは世界中に嘘をついて騙した。しかも、懲りずにまだ嘘をつき続けているのだから。

 

 

「そこで名前の由来に疑問を持っていた僕に母上が言ってくれたよ。『ライ』とは、母上の故郷では『(イカヅチ)』と書くと」

 

 

母は雷見るたびに思っていたらしい、

 

 

「『勿体ない。暗闇すら切り裂ける凄まじい熱と光、音を持っているがただ荒れ狂うだけで何一つ他を益するものはない、ただ力を消費しているだけ。だけど、そんな雷のような人物が側にいてくれればとても心強い話だ。――私は貴方にその名の通りの男になってほしいわね』と語ってくれた。その母の言葉で僕は自身の名前の由来を定めた」

 

 

母には申し訳ないが残念なことに、その名の通りには行かず、『ライ』はただ人に恐怖を与える災害の如く『あちらの世界』で轟いてしまった。

 

 

「僕は伴侶を得たとしても■を作ることはない、そう思っていた。僕にとって家族は美しく強く聡明であった母上、誰よりも弱くそれ故に優しく愛おしかった妹。その二人で十分だった、僕を含めて三人だけの世界でよかったんだ」

 

「三人だけの世界を壊そうとするなら、僕は守るために例え肉親でも排除する。だから僕は兄二人とその妻である義姉たち、そして父を殺した」

 

「その後は、自身の力の暴走で自国を潰し、大切だった守りたかったものすら壊してしまった」

 

「そこから逃げるように長い眠りにつき、世界平和の地盤を作る……『ゼロレクイエム』のために『魔王』の騎士になった。そして――八千万人を殺した」

 

「僕の父方の末裔でもある『魔王』は腹違いとはいえ実の兄を、初恋の妹を、両親を殺し、僕と共に八千万人殺しの片棒を背負った。彼の実妹も大量破壊兵器を撃ちまくった。母方の末裔の『白い騎士』は父を殺し、呪いのせいとはいえ引鉄一つで三千五百万人を吹き飛ばした」

 

「――狂ってる。呪われているよ。僕の流れる血は。だから、僕は自分の血を引く■を作らないとどこかで決めていた」

 

「だが、君がいる。いてしまう。生まれてしまった。人殺しの(カルマ)を■である君は血と共に継いでいる。断言してあげるよ。いずれ君は――人を殺す」

 

 

生まれながらにして人殺しになる――『悪』であることが決められている少女。

 

だが、『魔王』がかつて言った言葉を口にする。

 

 

「――『悪をなして巨悪を討つ』。生まれの全てを背負って、別の『悪』の血を啜って生きていくなら何も言わない。それしか生きていけないからな。有効活用だ」

 

「だが……君が無差別に善良な人々に手をかけるようなら、落とし前として僕が君を殺す」

 

 

親殺し、兄殺し、■殺し。……ああ、全く積み重なる業に反吐が出そうになる。

だが、だが、だがもしかしたら、本当にもしかしたら――。

 

 

「君は、ただの人並み、凡人、普通で終われるかもしれない。大したことなど出来はしない。好きに生き、無様に何処かで野垂れ死ねる。それが僕のような狂人(悪人)ではない――」

 

 

――目的のためなら肉親に手を掛ける、人を殺せる自分たちとは違う。

 

 

「ありふれた、只人(善人)の生き様というものだ。可能性(自由)と共に這いつくばれ。それが僕にも『魔王』にも『騎士』にも出来なかった偉業()だ」

 

 

それが途轍もなく難しい人生だとは分かっている。

この少女が進む道は想像を絶するほど孤独で険しいものだ。

 

呪われた血を引き、歪な方法で生まれた。いくら周りに友人がいようとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()。同胞のいない世界でただ一人しかいない孤独な種。人間のふりをして生きていかなければならない少女。

 

それでも、『人』で『有』って生きていけ。

 

――だから、この子の名前は……。

 

 

有人(アルト)……アルト・ランペルージ。それが君の名だ」

 

 

日本語を止め、ただ静かな、けれど刻み付けるように宣言する。

 

姓はサービスだ。波乱の人生を歩んだ『魔王』とその妹が名乗っていた偽名。あの二人にとってこの姓を名乗っていた時が最も平穏で幸福に過ごせていた。だから、この少女の酸鼻極まる生に少しでも幸いが得れるように使わせてもらった。

 

――人として有り、幸福を手に入れて見せろ。

 

そして、ライは少女――アルトの頭を固定していた手を放す。

解放されて首をカクリと下げ俯くアルトに背を向けて、レリィへと体を振り向く。

 

 

「……アルト・ランペルージ。それがこの子の名前なのね?」

「ああ、僕からは遠く離れた者になってほしいと。これから先、彼女がどう育っていくのかわからない。だが、少なくとも僕のようにはなってほしくないと願いを込めた」

「じゃあ、貴方のようになったらどうするつもり?」

「何も言う事はない。業という物に嫌悪しながら、普通にただ一人の人間として扱うだけだ。だが――」

「だが?」

「もし、超えてはいけない一線を超えたら、その時は必ず殺す」

 

 

そう告げるライにレリィは何か言い掛けたが、ライは視線だけで制止した。その点だけは譲ることが出来ないと伝えている。

レリィはアルトの存在を惜しみながら渋々頷いた。そこでふと、備え付けた時計を見るとルクスとリーズシャルテの決闘まで後十分ほどだった。

 

 

「もうそろそろルクス君たちの決闘が始まるわね。私たちも行きましょうか。アルトちゃんは……」

「地下牢に放り込んでおく。生徒たちに見つかって噂されるのはまずい。《ザ・ゼロ》を使って気絶させれば暴れる心配もない」

「……そうするしかないわね。それで、貴方から見てルクス君とリーズシャルテさん、どっちが勝つと思う?」

 

 

ライのアルトの扱いに何か言いたそうなレリィだったが、仕方がないと納得し、これから始まる決闘について聞いた。

 

ライは五年前にルクスと模擬戦を何度も行い、リーズシャルテともこの学園で神装機竜を使用した模擬戦を行っている。そんな彼から決闘の勝敗について是非聞いてみたかったのだ。

 

だが、ライは億劫そうに……

 

 

「最初から決まって――」

 

 

 

 

「ルクス・アーカディアの機竜、《ワイバーン》は装甲強化のパーツをくっつけ、防御力重視のチューニングがされています。機動性が長所の《ワイバーン》に装甲を厚くして重量を上げる、機竜使いにも無駄に負担がかかるアンバランスな機竜ですが、それをルクス・アーカディアは巧みに操り、王都の公式模擬戦(トーナメント)で一度も大破させたことがありません。五年前よりも見切りに磨きがかかっているのがわかります。リーズシャルテ・アティスマータが彼を『敗北』させるのは至難、いえ無理です。ですが、彼の戦闘スタイルは攻めに出ず守りに徹し、対戦相手のスタミナ切れに持ち込むものですので彼に『勝利』はなくしかし『敗北』もない『引き分け』しかありません。――『無敗の最弱』とはよく言ったものです。対するリーズシャルテ・アティスマータはやはり彼に勝利するのは極めて難しい。開発した《キメラティック・ワイバーン》で勝負するなら結果は『引き分け』。つまり彼女の敗北です。陸戦型と飛翔型の機竜の長所を持ち、汎用機竜の五割増しの出力を持っているとはいえ磨き上げた見切りを持つルクス・アーカディアを倒す決定打がありません。操作難度が神装機竜並みですので負担も大きいのでスタミナ切れを起こし終了です。神装機竜《ティアマト》なら試合開始直後、余裕のあるうちに神装《天声(スプレッシャー)》で動きを封じ、そこを機竜息砲(キャノン)で撃つのが最善手なのですが――」

 

 

 

「――――」

「え――?」

 

 

瞬間、ライは臓腑の奥、神経すらも凍り付き、レリィは疑問の声を上げた。

ライの言葉に被り、これから起きる模擬戦の二人の解説を行ったのは、鈴を転がすようなよく澄んだ声だった。それもルクスとリーズシャルテの機竜や戦闘スタイル、神装など特定の人物しか知らない情報までつけて。

 

ライもレリィも声の発生源に注視する。

入室した者もおらず、変わらず三人しかいない学園長室。

レリィでもライでもないならば、声の持ち主は一人しかいない。

 

これまで俯いていた少女、アルト・ランペルージ。

その左右非対称の瞳にこれまであった幼さ、無垢といった雰囲気はなくなり、確固たる自我、知性を宿していた。その視線はライに向けられ彼の碧眼とぶつかる。

 

そしてこれ以上とないほど少女的に微笑み、

 

 

「改めまして、アルト・ランペルージです。――よろしくお願いします。()()()()

 

 

再びその声を耳にし、凍り付いたライの何かが壊れた。

 

 

 

――だって――。

 

  ――その声は――。

 

    ――かつて自分を――。

 

――“兄様”と――。

 

   ――呼んだ声だったから――――。

 




ようやく!ようやく、謎の少女に名前が付けられました!長かった!
くどすぎるぐらい、ライに似ていることを書きましたから皆さんには分かっていることでしょうが、アルトとライは裸蛇と液体蛇、固体蛇。目つきの悪い闇墜ち光の超人と目つきが悪すぎて主人公には見えない光の超人と同じ間柄です。
ライも一目見た時から直感で気付いていましたが、心の奥底で封じていました。

アルトの存在はライのメンタルをゴリゴリ削ります。下手をすれば行く末は、失明赤ピラニアライダーと天然痘の擬人化ライダーと同じ末路を迎えます。
因みにライの妹の転生体ではないのであしからず。……というかギアス世界の設定で転生とかありえるのか?

後、補足として最弱世界では日本語もブリタニア語も存在しません。『最弱世界』語で統一されており、遺跡で目覚めたライは何故か会話に関しては問題なく、読み書きはチンプンカンプンな状態だったのです。


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最弱の妹

今回はキリのいい所で切ったため短いです。
またタイトルから分かる通り、原作読者にはヒロインよりも人気なあのキャラクターがようやく登場します。


ルクスはリーズシャルテとの決闘を前に来客用の応接室に寄っていた。

そこで待っていたのは、二人の女生徒だ。

 

その女生徒の一人にルクスは――

 

()()()。人質として監視される身というのも、すっごく大変なんですよ?この『咎人』の首輪のせいで、いつも他人からは奇異の目で見られますし。それでも円滑な人間関係が維持できているのは、ひとえに私の人柄、努力の賜だと思いますよ。あ、それとですね、私だって借金返済にはかなり貢献してるんですからね?『遺跡(ルイン)』で発掘された古文書の解読や、装甲機竜(ドラグライド)指南書(マニュアル)の更新とか、学園で勉強しながら深夜にまで及ぶ内職でいくら稼いでいるか具体的に言いますとですね――」

 

 

絶賛口喧嘩に負けていた。

 

 

「わ、わかったよ。僕が悪かったてば……」

 

 

白旗を上げるルクスにまた勝ってしまいましたね、と子供っぽい笑みを浮かべる銀髪の少女。

名前をアイリ・アーカディア。その名の通り、旧帝国の皇族、ルクスの実妹である。

 

その彼女が座るソファーの後ろに昨晩の浴場乱入事件で機竜を使用し、追ってきた三人組の一人、ノクト・リーフレットが従者のように佇み、仲が良いのですねと苦笑していた。

 

文官になる為に士官学園に入学したと連絡を受けて以来、雑用仕事で忙しく顔を合わせていなかった実妹。妹が再会して早々口にしたのは、昨日自分が起こしてしまった騒動に対する呆れだった。決闘相手のリーズシャルテの情報を僅かに貰い、そこから地味にショックを受ける酷い言い草から口喧嘩に発展したのが冒頭の経緯だ。

 

ルクスとしては妹とここ数年の口喧嘩で百二戦中、百二戦敗と惨敗しているが不思議と悔しさはなく、変わりに安堵の想いがあった。五年前は病弱で、母親と自分にべったりだった妹が元気でやっているか心配だったが、友人を作り、元気にしていることが何よりも嬉しかった。

 

 

「……なにニヤニヤしてるんですか兄さん」

「えっ、いや、別にね……」

「……変な兄さん」

 

 

思わず顔に出てしまったのか、ジト目で睨むアイリに苦笑で誤魔化す。

そこでふと思い出す。

アイリの前に、実に五年振りに再会した青年のことを。

 

 

「そうだ。アイリ、この学園にライさんが雇われてるってもしかして知ってた?」

 

 

知ってるなら手紙であれ何であれ教えて欲しかったと心の隅で思いながら聞いた途端、アイリの表情が曇り、顔を隠すように俯いた。

 

 

「……知りません。あんな人なんか……」

「アイリ……?」

 

 

あからさまに不機嫌だと伝わる声が響く。さっきまでルクスを攻める際には呆れの色こそあったが怒りの感情はなかった。しかし、今度は反対。静かな憤りを纏った声が出た。

 

その怒りにルクスは心当たりがある。

 

 

「アイリ……まだ根に持ってるの?」

「…………」

 

 

尋ねても返ってくるのは無言の沈黙。しかし、膝の上の両手でスカートを強く握り締めるその姿に内心どんな感情が渦巻いているか容易に察せる。

 

妹のその姿にただただやるせない気持ちになる。

 

五年前、皇族であるルクスとアイリは帝都ロードガリアの宮廷で暮らしていた。

 

元々、病弱だった妹は母を馬車の事故で亡くしたことが切っ掛けで、症状が悪化。更に当時の帝国に蔓延していた、男尊女卑の風潮。末妹で皇族としての価値も低いことによる宮廷内の人間の態度も積み重なり、まだ年端のいかない妹を追い詰めていった。

 

そんな妹を救うことを目的の一つとし、ルクスは装甲機竜(ドラグライド)の技量を、力を求めた。

そんな時、装甲機竜(ドラグライド)の指導を求めたルクスは彼を――ライを宮廷へと招いた。

 

苛烈などとは生温いライとの一日の模擬戦で得たものは特級(エクス)階層の機竜使い(ドラグナイト)百人と行ってもまるで足りないものだった。そして、終わりを迎えると決まってルクスは気を失った。それでも、目覚めた後は必ずベッドで寝たきりの妹に会いにいった。模擬戦で出来た痣や傷を見られて却って心配されてしまい、アイリがライをルクスを虐める酷い人と勘違いするなどあったが……。

 

そして、ライを招いて四日頃だっただろうか。

模擬戦を終え、気絶から覚醒しアイリの見舞いに行くとナニカに一生懸命に取り組み、ベッドの上が色鮮やかになっていた。

 

妹が取り組んでいたのは色紙で出来た鳥……聞けば『鶴』という聞いたこともない鳥の折り紙だった。

 

何度も作り失敗したのか、ベッド上には『鶴』まで至らなかった色紙が溢れかえっている。そして妹がルクスの前でようやく完成させた、羽や頭が歪んだ『鶴』。膝の上に見本のように置いてある完璧な『鶴』があった。

 

『鶴』や折り紙などルクスも知らず、亡くなった母も知らなかったはずだ。

誰に教わったか思い切って聞いてみると、アイリの口から予想もつかなかった人物の名前が出た際には思わず硬直したものだ。

 

そして、次の日からライは模擬戦の時間を一時間縮めた。時間が短くなったからといって楽になったわけではなく、これまでの模擬戦と質は変わらず、増した激しさにルクスは何度死を覚悟したことか。終わり、休んだ後に空いた時間はアイリの見舞いに費やした。その日の妹のベッドには『桜』、『犬』、『猫』といった様々な折り紙で溢れていた。

 

その次の日の模擬戦ではルクス自身も慣れたのか、疲れ果てることはあれど気絶することはなくなり、休息を行った後、変わらずアイリの見舞いに足を運んだ。そこで妹に折り紙を教えるライの姿があったのはやはりとは思っていたものの、一瞬思考が停止するほど驚いたのは、今でも鮮明に思い出せる。

 

二人がどういう経緯があったのか聞いてみたが、アイリもライも答えてくれることはなかった。ただ、一度ライに妹のことを聞くと“強く、勇気のある少女”と答えてくれたことがある。

 

病弱の妹をどうしてそのように評したのか。

あの青年は妹にどんなものを見たのか。

聞いても……きっと答えてはくれないだろう。

 

その日からルクスとアイリの日常は一変した。ライの雇い主であるアイングラム家のレリィと妹のフィルフィが遊びにきたことで、自分たち兄妹が得られない年相応の楽しい日々に変わった。

 

ライは、自分は不要といった風に宮廷に与えられた部屋に籠ろうとしたが、女性陣三人に引っ張り出される形で外に出た。女性に弱い……とは違う。レリィの場合は性格の相性で、アイリとフィルフィは幼さゆえに跳ね除けないのだろう。だが、僅かに見せた苦しそうな表情はなんだったのだろうか。

 

息苦しい宮廷にいるとは思えないほどの幸いがあった。

母を事故で失ってもう見ることはないと思っていたアイリの笑顔もそこにあった。

 

母と共にあっての形とは違えど、もう見ることはないと思っていた幸福な夢。

しかし、その夢は自分とライの喧嘩に基づく、ライの失踪にあっさりと覚めてしまった。

 

雇い主のアイングラム一家には退職届とも言える手紙と護衛代として受け取っていた金を残して、自分と妹には……何も残さなかった。

 

言葉も筆も残さず去ったことにルクス自身もショックを受けたが、アイリのショックは自身の比ではなく心身を打ちのめした。滂沱の涙を流しながら、ベッドに飾ってあった折り紙全てを、ライが去ったという報告を聞く直前に完成させた『龍』の折り紙も破り捨てたほどに。

 

アイリが兄である自分以外それも男性に接触するのはいい薬だと思っていた。しかし、あまりにその薬は効き過ぎた。母を失い、頼れる大人もなく、恐怖の対象である男性でありながら親しくなったライは妹にとって却って毒になってしまったのだ。

 

それほどまでに妹にとってライの存在は大きくなっていた。

その日以来、アイリが折り紙を折る姿を見たことはない。

 

兄妹の間に沈黙が生まれると、ノクトが口を開く。

 

 

「Yes.ライ先生とアイリは五年前に面識があるのは、女子寮で同居人(ルームメイト)になった初日から知りましたが、これまで顔を合わせることはあれど、会話をする光景は見たことがありません」

「え、それって……」

「Yes.ぶっちゃけライ先生は、アイリを避けています。アイリが意を決して声を掛けても無視するほどに」

「アイリ……」

「…………」

 

 

声を掛けてもアイリは変わらず無言で、すっと立ち上がる。

その様子にルクスはライとの五年分の溝は埋まっていないことを理解した。

 

アイリは立ち上がり、スカートに出来てしまった皺をはたいて、

 

 

「……もうそろそろ時間です。兄さん、案内します」

「案内って?」

「機竜格納庫です。模擬戦前の機体チェックは、学園内で必須事項ですから。一応そこまでは、案内します。ついでに、リーズシャルテ様の対策も教えますよ」

 

 

俯き、感情を押し殺した声で告げて、アイリは応接室を先に出る。

その背中が年相応よりも小さく見えたのは気のせいでもないはずだ。

ルクスは胸にあるやりきれない思いを息と共に零しつつ、その後を追った。

 

三人で廊下へ出ると、ふと応接室の隣の学園長室へ顔を向けた。

ライはまだいるのだろうか。もしいるなら思い切って一緒に行くかと声を掛けてみるか……そう思った次の瞬間だった。

 

学園長室の扉を大の字に突き破って、学園指定の制服を着た少女が飛び込んできた。

 

破砕の音と、飛び散る金具と扉の木材。

 

 

「――!!」

 

 

ルクスたち三人は驚愕から腰を引くように慌てて立ち止まった。

 

飛び込んできた少女は、右手に掴む棒状のソレを放すことなく、縦に空中三回転して爪先が床へと当たり、水切り石のように軽く跳ね上がる。そして、再び勢いを強化された回転を纏い、突然のように壁へと衝突した。顔、胸、腕、腹、腰、足。身体の正面全てを激突させて。

 

残ったのは、砕け散った扉と、体の正面を壁へ激突させ、奇怪な装飾品となった学園制服の少女と場を支配する沈黙。

 

ややあってから、壁に貼り付けられた少女が、右手にあった棒状の――刀型の機攻殻剣(ソードデバイス)は手放すことなく、ずずっと滑り剥がれていく。その動きにつれ、少女の顔部分が張り付いていた壁にはべっとりと二条の真っ赤な血がへばり付いていった。

 

 

――ああ、鼻血か……。

 

 

扉を砕く勢いで壁にぶつかれば鼻は砕けるよなあ。寧ろ、顔が潰れてもおかしくないのに頑丈な子だなあ、と目の前で起きる光景をいきなり過ぎて働いていない頭で受け止めていた。

 

そして、鼻が砕けた……どころか体正面全て打撲させただろう少女が、壁に鼻血をへばり続けた末、廊下でうつ伏せとなる。どくどくと鼻血が広がり少女の銀髪が真っ赤に染まる。何もかもがいきなり過ぎて三人の頭はまだ働いていない。

 

 

「兄さん!――どうにかしてください!」

 

 

アイリ同様に事態に硬直していたルクスは、え?と思った。

眼前には、うつ伏せになった少女がいる。

鼻血池に顔面を突っ伏してピクリともしない少女が。

 

 

「……あ、アイリ。“これ”をどうにか……?」

「……Yes.少なくとも私には荷が重く対処できません。ここは年上のルクスさんに任せるのが最善かと」

「ええっ……!?」

 

 

まさかの丸投げをしてきた妹とその学友である年下の少女たちに異を唱えようとするルクスだが――

 

 

「ッッ……!?」

 

 

しかし二人からは、戸惑いと、年上の自分ならば色々と、特に目の前の有様を解消してくれる筈だという期待の視線が突き刺さってくる。

 

ルクスの背中に粘り付くような、それこそ床に赤いことを除けば、小さい水溜まりとなった鼻血以上に粘り気のある汗を掻いたのを実感した。

 

皇族生活と五年間の『咎人』生活はもとより、そこで培った専門技術でも、回転して扉をぶち破ってきて血の池に沈む少女の処理法を習った記憶はない。

 

痛々しい沈黙と強くなっていく視線の威力に、背のあたりに浮く汗の量を増やしながら、

 

 

――アイリ、これまでに無いレベルの期待と信頼を向けてくれるのは嬉しいけど、流石にこれはっ!!?

 

 

妹とその友人がこんなにも頼ってくれているのだ。その信頼に応えてはやりたい。だが、出来るならもっと違う形でそれに応えてやりたかった。だが、悔いても事態は一向に解決しない。兄として年上としての自負などこんな状況で使うべきものじゃないものをフル動員していく。

 

覚悟を決めたルクスは腰を引き気味にしつつも、倒れている少女に近づいた。

 

鮮やかだった銀髪を鮮血に濡らす少女に――動きはない。

 

 

――とりあえず……。

 

 

生きているのかどうか確かめようと近づき、血の池に足を触れさせないよう恐る恐る腰を落とし、深呼吸をし、声をかける。

 

 

「あ、あのー……」

 

 

へんじがないただのしかばねのようだ。

 

 

――いやいやいや!そう断定するのはまだ早いだろう……!

 

 

首を横に振って頭の中に浮かび上がったメッセージを追い払う。

 

 

――とっ、とりあえず脈を……!

 

 

自分でも気づかず、内心で今すぐ逃げたいと思いながら、脈の確認を行おうとした――その時!

 

 

「はぁっっ――――!!」

 

 

最早出血と全身打撲のショックで生命活動は停止したとルクス、アイリ、ノクトが認識していた少女が――うつ伏せの状態から裂帛の声を発し、勢いよく飛び上がった。

 

 

「ほああああぁぁぁぁ――――っっ!!?」

 

 

死んだと思っていた少女が目の前で、息を吹き返したどころか、突然飛び上がった。そんな理解不能な現実に腰を落としていたルクスは普段の彼らしくもない素っ頓狂な叫びを出して反射で跳び下がる。後先考えもしなかったので着地のことは考えていなかったが、待機していたアイリとノクトに受け止められた。

 

血濡れの少女が飛び上がり、ルクスが跳び下がる。

その瞬間。少女がぶち抜いてきた学園長室から黒い影が飛び出した。

飛び上がった少女めがけて真っ直ぐに宙を奔るのは、鋭い突起のついた鉤爪。

その鉤爪の名称にルクスは心当たりがある。

 

 

――《スラッシュハーケン》……!?

 

 

襲い掛かるハーケンに少女は手放すことのなかった機攻殻剣(ソード・デバイス)を空中で抜刀。光の反射で青味がかかる、銀線の走る刀身が空中で払われハーケンを弾き飛ばす。

 

血溜まりの上に危なげもなく着地する少女。銀髪と顔は血で濡れて、殺人鬼に襲われた犠牲者のような風貌になっているが、構わず血を零す鼻を軽く抑えすぐに拭う。その後、血糊で濡れた手で前髪を掻き上げた。

 

 

「え、えっ……!?」

「彼女は……!?」

「――!」

 

 

突然、現れた少女のことを含めて戸惑うしかないアイリとは違い、ルクスとノクトは少女にまた別の驚愕を覚えていた。

彼女がライと共にいた少女だというのは解る。血に濡れているが蒼色の一房が混じった銀髪、左右非対称の瞳という特徴過ぎる特徴が本人だと主張している。しかし、彼女にあった幼さと無垢さという雰囲気が完全に消滅しており、一瞬別人かと思ってしまった。

 

そんな彼女は抜き身の機攻殻剣(ソード・デバイス)を構える。

軌道を変えられたハーケンはわずかに空中を泳ぎ、直後、すぐに巻き戻される。そして、巻き戻された先、学園長室から矢のように突っ込んでくるのは蒼い巨体、《ランスロット・クラブ》――。

 

 

「ライさん――っ!?」

 

 

驚愕の声を出すルクスを気にも留めず、ライは《スラッシュハーケン》をメッサーモードに展開。刃を伸ばした左腕を少女目掛けて打ち込まんとする。

 

青年の突然の凶行にルクスたちはただ呆然とする――

 

 

「――《月下・先型》!」

 

 

間も無くまたも驚愕すべき事態が起こった。

 

抜き身の刀型の機攻殻剣(ソードデバイス)を構えた少女が叫ぶ。

 

その呼び声に、持ち主であるライの呼び声でもないにも関わらず、青年が愛機と呼んだ機体が応える。

 

機竜の光の粒子が集まり姿を現す召喚とは異なり、背後の空間を割り砕いたかのような音と同時に少女の背後に《月下・先型》が現れる。

 

無詠唱の高速召喚どころの話ではない。装甲機竜(ドラグライド)機竜使い(ドラグナイト)が一度登録されれば、その使い手が死ぬか登録を解除しない限り他人が召喚することは不可能なはず。

 

《月下・先型》はライが愛機と呼んだ機体。

それを手放すなどあり得ない話だ。

なのに、血に濡れた少女はその鉄則を覆した。

 

その事実に歴戦の機竜使い(ドラグナイト)であるルクスはライの凶行に匹敵する衝撃を、ノクトは《月下・先型》の正体を知る故にルクスよりも強い衝撃と少女へ僅かな恐怖を抱いた。

 

素早く《月下・先型》の左腕だけを纏った少女の目が黒く染まり、瞳が黄金色へと変貌する。

 

 

「――――っ!!」

 

 

少女の口から野獣と錯覚させる裂帛の声が、体中の熱を吐き出すような、咆哮が吐き出される。それと共に大音が生じる。位置は床。原因は無論、少女だ。

 

踏み出された右足。その震脚たる一歩が人間を遥かに超えた膂力によって、見守っていたルクスたちがお互いの身を寄せ合うほどの地響きを生じさせた。

 

左腕で渾身の一撃を入れるには、右足の踏み込みは必要不可欠。

子供でも本能的に理解している攻撃行動。

 

準備は整い、間に合った。

 

目と鼻の先まで迫った蒼い騎士が、加速の勢いを味方につけ、少女の一歩手前で右足を踏み込む。先ほどの少女の震脚には劣るのは、一撃の重さよりも速さを優先してのもの。無駄のないコンパクトな動きで刃を纏った左拳を振り下ろす。

 

対して、蒼い武者の左腕のみを纏った少女が、左拳を振り上げる。――目の前の脅威を跳ね除けようとする、抵抗の意思と体現するかのように。

 

『騎士』と『武者』。

蒼い機体が、主を共にし『あちらの世界』でも『こちらの世界』でも一度もぶつかり合うことのなかった両機が、今ここで一撃を交わした。

 

激突、激音が響き、廊下が震動した。

 

 




アイリとの出会いは幕間として後ほど公開します。
因みに彼女はルクスや原作ヒロインたち以上のライ特攻スキル持ちです。

ライとアルトはお互い『親子』の一文字で言い表せないほど複雑な感情を持っています。そのため殺伐としています。どれくらい殺伐かというと原作一巻につき一バイオレンスが入るほどに……。


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『父』と『娘』

エイプリルフール作……投稿できなかった。
楽しみにしていた皆様申し訳ございません。

4月1日とは言わずネタが思い浮かべばいずれ投稿します。



――時は少し遡る。

 

 

「改めまして、アルト・ランペルージです。――よろしくお願いします。『()()()()』」

 

レリィは少女、アルト・ランペルージと名付けられた彼女が初めて言葉を口にした瞬間、その言葉が脳に届く前に、黒い影と銀閃がアルトへ躍りかかったのを目にした。

 

黒い影はアルトの隣に座っていた『お父さん』と呼ばれたレリィ自身が渡した黒服を着た青年で、銀閃は彼の腰に携えられた二振りの内、《月下・先型》の機攻殻刀(ソードデバイス)の刀身が走ったことによるものだ。そして、アルトの言葉を理解した時には、彼女は座っていたソファに押し倒されていた。『お父さん』と呼んだ青年――ライによって。

 

ライの左手で側頭部を押さえられ、柔らかいソファの座面に頬を強く押し付けられている。首元には曇り一つもない機攻殻刀(ソードデバイス)の刀身が強く当てられていた。後は刃を引けばその首から鮮血を噴き出して絶命する。いくら幻神獣(アビス)の力を有しているとしても、急所を裂かれれば彼女は死ぬだろう。

 

それなのにアルトは、命の危機を伝える喉元の冷たさなど気にも留めず嘆息する。

 

「……私の産声ともいえる一声を聞いてコレですか。まぁ、これまで赤ん坊同然の精神をしていた人間が突然流暢に喋れば警戒するのも当然ですけど。幻神獣(アビス)の力を持っていれば猶更に。でもここまでしますかね、『お父さん』」

「…………」

 

『娘』の言葉に『父』は無言。けれど、頭を押さえる左手の五指は喰い込ませるかのように爪を立て、機攻殻刀(ソードデバイス)を握った腕は喉を切り裂くことを勧めるように軽く揺れる。

 

――お父さん……?

 

レリィはアルトの口にした発言を胸の内に呟く。

 

耳にした際は、思わず頭が真っ白になるほどの衝撃発現だったが、すぐに落ち着いた。

アルトの外見はどこからどう見ても十代半ば。この学園の生徒たちと同年代の少女にしか見えない。同じくライも五年前から今とそう変わらない外見で出会い、三和音(トライアド)の話から歳は23だと口にしたそうだ。間違っても『親子』ではないはず。兄妹の方がよほど信じられる。

 

改めてライとアルトの『親子』?の顔を交互にまじまじと見つめる。

 

何度見比べてもやはり二人は酷似している。男女の差、アルトの左の灰色の瞳と銀髪に一房混ざる水色の髪を除けば、誰もが二人を見れば親類、兄妹の間柄だと疑わないはずだ。

 

レリィの視線に気づいたのか、押さえられたアルトはこちらを向く顔に親愛に満ちた笑みを浮かべる。ソファーに押し付けられている故にとても小さいものだが会釈もして。

 

思わずこちらも小さな会釈をした後、ライの横顔を見つめる。

 

この王立士官学園(アカデミー)が開校して間もない頃、基本学園の工房(アトリエ)に籠りっきりで早朝に学園長室でレリィに挨拶する、悪夢(ナイトメア)関連の情報を受け取りにいく程度しか行き来しなかったライは特に文官候補生たちから、『幻の美形』と噂された。その顔は、確かに十人中十人が美形と答えるほどに端正だ。これまで国有数の財閥の長女ゆえ、多くの美男子や美女を見ているレリィ自身すらも近くまで迫られれば、胸の鼓動が高鳴るほどに。

 

これまで四年ほど近くで接してきたが、体から零れる老成した雰囲気に気付かねばまだ二十代を超えていない信じてしまいそうな顔。それがまるで死人のように蒼白だ。まるで亡霊でも見てしまったかのように、額は冷や汗でぐっしょりと濡れている。

 

アルトはそんなライの様子を横目で見て、呆れたようにため息をついている。

 

レリィはとりあえず凶行に走ろうとしている青年を止めようと声をかける。

 

「ライ。一先ず彼女を解放してあげて。そんな恰好じゃ落ち着いて話もできないわ」

「…………」

「あーレリィさん。『お父さん』のこれは警戒心や恐怖心がマックスになって発動した癖のようなものでして。先程もいったように、幻神獣(アビス)の力を持った得体のしれない小娘が急に知性を発揮すれば警戒するのも当然なはずです」

 

だから私はこのままでも構いませんよ、と微笑する彼女。

 

「えーと、それじゃアルト……さんでいいのかしら」

「はい。なんでしょうか」

 

名を呼ばれたアルトは、嬉しそうに微笑む。片側の頬がソファーで潰れているがそれでも綺麗だと思わせる笑みだ。大財閥の娘として人を見る目を磨いたレリィからしても、その顔に邪心は窺えない。

 

「貴女にはいろいろと聞きたいことがあるのだけれど、まず最初に――ライが『お父さん』ってどういうことかしら?」

「最初の質問がそれですか……?」

 

質問の内容が意外だったのかきょとんと、

 

「てっきり幻獣神(アビス)化の治療法について聞いてくると思ってましたが」

「っ!?知ってるの!?いえ、どうしてそれを……!?」

 

自分とライが密かに探し求めているモノを知っている彼女に驚愕する。

ライへ視線をぶつけるが、彼はこちらを見ずに首を小さく首を振るのみだった。

 

「まぁ、その質問の答えについては後ほど。今、ここで言ってしまえば私の価値が下がって首チョンパされかねません。それで質問の答えですが、言った通り私はライの娘だからですよ。娘が父親に当たる男性を『お父さん』と呼んで不都合が?」

「いえ、でも、似てるけど年齢と外見……がね」

「確かに私たち二人の外見から親子とは思えないでしょうが、残念なことに親子なんですよ。証拠は色々とありますが今はこの容姿と悪夢(ナイトメア)を操縦することできるの二つです。それで納得は……できませんよね」

 

二つ目が弱すぎる、と彼女は困ったように苦笑する。

 

「では逆に聞きますが、レリィさんは私はライの何だと思いますか?」

「ライの妹……よね?」

 

改めて二人の間柄であろう予想を口にする。

ルクスが部屋にいた際にも否定されたが、どうしても兄妹の間柄にしか二人は見えないのだ。

レリィの発言にライはびくりと電流が走ったように一瞬だけ震える。

アルトは――

 

「ふっ、ふふふ。ふふふふふふふふ」

 

笑っている。

腹を抱え、肩を大きく震わせて笑っている。

そして、自分を押し倒すライへ視線だけ向けて、嗤った。

 

「聞きましたか『お父さん』。妹ですって。私は構いませんよ、『お父さん』の妹というポジション。そうすれば『叔母様』を失って出来た孔を少しでも埋められますね。偶然声も一緒ですし、これで(スメラギ)の娘や車いすの皇女といった代用品に姿を重ねなくなるんじゃないですか?ああ、そういえば新しい代用品としてアイリ・アーカディアにも重ね――ッ!?」

 

嘲笑と共に噴き出された言葉はそこで止まった。いや、止められた。喉に当てられた刃が首を圧し切らんばかりに圧迫したのだ。

 

それと同時、ライの雰囲気が一変した。

蒼白だった顔から色が削ぎ落された。冷血、冷徹、冷酷といった氷の表現を凝縮したかのように無表情の形を形成。それに伴い部屋の気温が急激に低下する。世に、これほど怖気を感じさせる表情などないと感じさせる顔だった。そして、体から噴き出す膨大な殺気。自身へと向けられていないのにも関わらず、レリィの口内を瞬時に乾かし、脳裏に走馬灯が走るほどに濃くおぞましい。

 

そんな殺気を至近距離で照射されても、次の瞬間に首を断たれても不思議ではないのにアルトの顔から笑みは消えていない。いや、寧ろあれは……。

 

「『お父さん』、ナイス殺気です!」

 

喜んでいる。

幼子が長期の出張から帰ってきた父親に遊ぼうと声を掛けられたように、自身が望んでいたものを得たかのようにその顔は喜びに満ちていた。

 

「『叔母様』……。えと、つまりライの妹のことよね?いるの?」

「いましたよ。虫も殺せないような優しくて、弱い――誰もが守らなければと感じさせる人であり、そのことを自覚して感謝の心を片時も忘れたことがない人でしたね。『お父さん』」

「…………」

 

ライに妹がいた。自身のことを滅多に語ることがない青年の過去の一部。それを知ったレリィはどこか納得した心境だった。幼かったフィルフィやアイリに付き合わされ、遊ぶ姿はどこか慣れた様子であり、妹がいたというなら得心がつく。だが、ライは自身を天涯孤独の身と語り、アルトは“失った”“代用品”と言った。ならばライの妹が今どうなっているかは想像に難くない。

 

「察しの通り、『叔母様』は亡くなっています。ついでに『御爺様』と『大御母様』、『クソ伯父』二人も亡くなっていて、伝えた通り天涯孤独の身です」

「『大御母様』……?」

「あの方を“婆”呼ばわりなどしたら、()()()()にどんなことをされるか分かったものじゃありません。『お父さん』の想像を遥かに超越した人で、頭に描いた地獄が天国かと思えるほどの鍛錬をしてきましたから」

 

そう語るアルトの顔はどこか誇らしげだ。

 

ライの家族構成、いやアルトの家族構成を知るが、その中に肝心な人物が抜けていた。

 

「貴女はライの娘と言ったわね。なら貴女の『母親』――ライの『妻』はどうなの?」

「んー『母親』については私も『お父さん』も全く知りません。第一、私はその腹から生まれたわけではないですから」

「え……?」

「私はつい二日前に悪夢(ナイトメア)から出産されたんです」

「!!?」

 

少し考える素振りを見せた後、アルトは自身の出生を口にした。

レリィはその意味を最初は理解し切れず、目を見開いて慌ててライを見た。

そんなレリィの姿にアルトは苦笑し、

 

「あ、フォローしておきますけど悪夢(ナイトメア)が実の母親というわけではありません。人間を作るには()()の存在は必要不可欠です。けれど、出来上がった卵子()人間()の腹という不安定な場所で育てるのは失敗する可能性があります。故に、管理でき、母体による悪影響、不確定要素を与えない機械――専用の悪夢(ナイトメア)に収めて育み、護らせる。そんな極めて安定した環境で第三者たちの手を加えられデザインされ、誕生したのが私……大体はそんなところでしょう」

 

あっけからんと自分の出生についてアルトは説明するが、その内容はレリィ自身の想像を遥かに超えるものだった。母親と機械による出産の諸々の話は置いといて、まだ人の形すらとっていない命を弄ぶ、倫理感を感じさせない行いがただただおぞましい。そして彼女がどうやって、いつどうやって幻神獣(アビス)の力を手に入れたのかも察してしまった。

 

レリィは絶句し、腹の奥からせり上がる不快感を押さえるように口に手を当てる。だが更に追い打ちをかけるように

 

「それと“種”と言いましたけど、私は子種ではなく毛か体細胞当たりを奪って創られたんでしょうね。『お父さん』がそんなものに進んで関わるはずもなく、恋愛には奥手でかなり鈍感。女性と情を交えるのは()()()以外に想像できませんから」

 

そう言って彼女は手を上げる。

その動きにライの両手に力が籠るが、気にせず銀髪の髪に混ざる水色の髪を撫で、灰色の瞳を持つ左眼を瞼の上から指で軽く叩く。

 

「これらが調整を行った者たちによるものか、『母親』のものかは分かりませんがきっとこんなものに関わっていますから、『母親』は碌な人間ではない可能性は十分あるでしょうね」

 

自分が父親に望まれず、出会ったことのない母を外道と語り、歪んだ命だと説明するアルト・ランペルージという少女。

 

その表情に悲嘆などといった感情は浮かんでいない。これまで幼子のような精神だったはずなのに、何故これほど達観した精神になってしまったのだろうか。

 

出生などを含めて得体の知れなさに少なからずレリィは恐怖を感じた。

 

隠しきれていない怯えた目で見てくるレリィにアルトは、しょうがないといった風に吐息して自分を未だに押さえる『父親』を見る。

 

相変わらず顔色は氷のソレだ。特に眼光などは、目の前の命を刈り取ると見る者に死を幻想させるほどに鋭い。しかし、そんなものなどどこ吹く風と言わんばかりにアルトは笑った。その色は、レリィに向けたようなものではなく、どこか挑発めいた不敵な笑みだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

ライの胸の内は一言でいうと荒れ狂っていた。

狂おしいほど懐かしさ、後悔、恐怖、警戒。様々な感情がたったの一声で間欠泉のように噴き出し混ざり合って、嵐や津波のように荒れ狂っている。

 

その原因は隣にいた“怪物”だ。

“怪物”の一声が記憶の奥底に蓋をしていた過去を一瞬の内にフラッシュバックさせた。そして、目に浮かぶ過去を振り払うかのように“怪物”を押さえ込み、その声を黙らそうと……息の根を止めようと反射的に動いていた。

 

抵抗される間もなく押さえ込んだ“怪物”が次の一声を出す前に潰す。

後は腕を引くだけでその口を永久に黙らせることができる。

加減についても問題はない。首を裂くことも、喉を潰して声帯のみを破壊する技量に狂いはない。それなのに、なのに、なのに――!

 

――またか……っ!!!

 

次の行動ができない。ただ、腕を引いて切り裂くか、圧して喉を潰せばいいだけなのに。どうしても、その動作ができない。

 

“怪物”が生まれた時と同じだ。誕生直後、その姿を見た瞬間にライは《月下・先型》でその頭を叩き割り殺そうとした。だが、できなかった。やってはならないと如何に押し殺そうとも溢れてしまう半端な思いが止めてしまう。

 

そして、“怪物”の第二声を許してしまった。聞き間違うはずのない声が耳へ届くたびに心が削れていく。同時に害するだけの気力も奪っていく。崩れ落ちそうになる体を“怪物”への警戒心だけでなんとか支えながら、“怪物”とレリィの応答を聞いていく。

 

いくつかの応答が進んだ後、レリィが改めて“怪物”がライの妹ではないかと尋ねてきた。その質問に“怪物”が視線だけを向け嗤い言葉を噴き出す。

 

“怪物”が嘲笑と共に言い放つ内容にライの胸に二つの雷が轟いた。

 

雷の名は怒りと憎悪。

 

赤と黒の雷は心を打って炎を生み出し、腑抜けた体に活を入れる。

 

その二つがライの骨となって“怪物”を黙らせた。

 

自分の踏み込んではならない領域に土足で脚を突っ込んだ餓鬼に怒りと憎悪のまま仕留めようとするが、やはり体は先へと進まない。ただ、溢れる殺気をぶつかるも“怪物”は恐れ口を噤むかと思いきや寧ろ、笑顔を浮かべている。

 

“怪物”は首を圧迫されながらも口を閉じず、ライしか知らない過去を勝手に話し続けた。そして、とうとう自分の出生について語り、レリィを絶句させる。

 

そこでライは目の前の“怪物”の頭にあるものを理解すると、“怪物”が挑発めいた不敵な笑みを浮かべる。

 

「『お父さん』。どこかで聞いたことがありませんかね。似たような話を。そう、あの計画から産まれたものは、子供でも、まして自分自身でもないと『魔王』の方に言いましたね。研究室で培養された細胞片より、もっとおぞましい『何か』とも」

「貴様……」

 

思い出すのは、“怪物”の代理母ともいえる黒の悪夢(ナイトメア)

あれにライは触れてこの“怪物”が出産された。

 

その悪夢(ナイトメア)に触れた際、思念というべきものが邪気と共に流れ込んできた。そのは明らかに狂気に犯されていて、自分の頭の中を蹂躙していった。それらの正体は少なくとも“怪物”のものではない。“怪物”の母に当たる女性のものか、それとも“怪物”を設計した者たちのものかは分からない。

 

だが、流れ込んでくる思念とは別に、頭の中全てを覗き込まれる不快感があった。自分のこれまでの全てを見られ、それらを探り回られる感触が背筋を駆け巡っていた。

 

あの感覚が正しければこの“怪物”は――。

 

「貴様――どこまで知っている?」

「『お父さん』の知っていることは知っていて、知らないことは知らないと言った具合ですかね」

 

 

 

自分(父親)全て(過去)をコピーしている。

 

 

 

その事実に総毛立つ。

 

この“怪物”はライの過去、つまりは記憶、技術、経験を持っている。

口を開けばどんな爆弾発言が出てきてもおかしくない。異世界のことや悪夢(ナイトメア)、死んだ人間の行く末“Cの世界”や集合無意識など世界の裏側についても知っているのだ。ライの中で“怪物”の危険性が振り切れるまで上昇する。

 

「貴様、貴様――!」

「ああ、ごめんなさい。自分についてレリィさんや生徒たちから聞かれてもはぐらかしてきた『お父さん』の努力を水の泡にしてしまいました。けど、今更ですよね。もう少なからず『お父さん』はここの生徒たちを中心に影響を与えているんです。家族のことを教えても問題はありませんよ」

 

やれやれといった風に嘆息する“怪物”。

 

「第一、別に教えても構わないでしょ?だってお父さん、悪夢(ナイトメア)を全て停止させたら――」

 

手を伸ばし、ライの首に触れる。

 

「『この世界』で一度も使用していないその『声』を使って、これまで出会った人たちから自分に関する全てを――」

 

限界だった。

自分が秘めていたことを暴露しようとする“怪物”に怒りと憎悪が極限に達した。

超えてはいけない一線、それを超えれば殺すと決めていた。しかし、この“怪物”はその誓いを放り投げるほどにおぞましい存在だった。一刻も早く始末しようにも、理由も解らずそれが行えない。

 

――ならば徹底的に叩き潰すッ!!

 

先程喉を圧迫したように傷つける、痛めつけることには問題がなかった。これまで培った経験から死なせず痛めつける技術は豊富にある。

 

暴れ出す感情と衝動のまま暴力を振るおうとした時、

 

「――ふふっ」

 

潰される、その意思に気付いているはずだが、“怪物”は寧ろ心地よいとばかりに笑みを絶やすことはない。

 

すると“怪物”の手が突如、光を放った。

 

ライは発光の原因を目で追うよりも、体に走る感覚がその光の正体を理解してしまう。まさかありえないと光の正体を否定の言葉で埋め尽くす。だが、この『怪物』が自分の娘だというなら……!

 

光の正体を否定するべく、首を押し潰すよりも、発光場所へ視線を下げる。

 

アルトの左手の甲に浮かび上がるのは、禍々しくも美しい真紅の鳥の紋章。

 

――ワイアードギアス……!!

 

発生場所と自身が発動するよりも小さいなど差はあるが確かにワイアードギアスが発現していた。

 

『あちらの世界』では古びた文献に、『神』と呼ばれる存在と無意識にアクセスし、強靭な肉体を、不屈の精神を、高潔たる魂を宿した――大英雄、救世主、あるいは魔王といった存在がその三つを極めることで、その素養にあった能力(ギアス)を発現すると書かれていた……なのに!?

 

生まれたばかりの彼女が、いくら自分の記憶をコピーしているとはいえ、こうも存在感を持って発現できる事実に驚愕する束の間、一瞬の発光の後、『怪物』の鮮やかな銀髪が艶やかな黒髪に変化していた。

 

「どうですか?上手くできていますか、――『()()』」

 

いきなり聞いた過去の呼称。

目に飛び込む強い面影を映す黒髪の容姿。

怒りと憎悪、殺意と警戒心で溢れかえっていた胸に、『怪物』の声で口にする呼称と黒髪の容姿は突き刺さっていた。

 

「――――ァ」

 

記憶のフラッシュバックに、ライの胸が反射的な悲鳴を上げた。

思わず手から機攻殻刀(ソードデバイス)を零してしまいそうになる痛みに、『怪物』が追い打ちの言葉を言う。それも彼女が使っていたブリタニア語で。

 

「思い返せば私と『お父さん』の態勢よく似てますよね。壊してしまった『叔母様』を止める時の態勢に。『叔母様』の首には、剣ではなく両手でしたが」

 

告げられる言葉が過去を呼ぶ。

一瞬だが、妹の最後がフラッシュバックした。

 

――駄目だ!

 

否定の意思を叫ぶが、記憶は容易く凌駕する。

心の奥底に刻んでいた、絶対に守ると誓った最愛の存在。彼女への言及に、胸が絞られるような痛みを寄越してくる。それは激痛という形を取っていて、

 

「――――が」

 

肺が潰されたような声が、喉から漏れた。

激痛は身体中に走り、『怪物』の頭に置いた手も首に当てた機攻殻刀(ソードデバイス)も力を喪失させた。膝も笑い、崩れ落ちそうになるのをやっとで抑えてる状態にまで追い詰められた

 

「痛いですよね。守ると誓った存在を壊してしまい、その命を奪ってしまった過去。それは一生消えないトラウマです」

 

震えるライを一瞥した後、『怪物』が瞳を閉じて呟く。

 

「『お父さん』の記憶だけでなく、その時に抱いた感情も持っている身として、私も思い返すだけで胸が張り裂けそうになります。私の胸に生まれる苦しみもきっと『お父さん』が感じているものと一緒なのでしょう。ですが――」

 

最早、置かれているだけの手を首を勢いよく振って振り払い、ライの顔を見る。それと同時に手の甲のワイアードギアスが治まり、黒髪が銀髪に戻る。目もオッドアイへと戻るがすぐに黒の目、金の瞳へと変貌。……幻獣神(アビス)化だ。

 

「所詮は、親の過去です」

 

その一言と共に、腹部の衝撃からライの体は上空へ跳ね上がった。

 

跳ね上がった原因は解る。組み敷かれた『怪物』の手……いや、脚によってだ。スカートを穿いているにも関わらず、ソファにそそり立つように伸ばされた片足。それがばね仕掛けのように跳ね上がり自身の腹部を強打。結果、ライは三メートルほどの高さまで打ち上がった。

 

「ライっ!?」

 

ライはレリィの悲鳴を耳にしながら上空へ打ち上げられた痛みと浮遊感、そして既知感を味わっていた。腹部を強打され上空へ何度も跳ね飛ばされる経験が蘇る。

 

――母上……!

 

記憶のフラッシュバックと共に、またも己の過去を抉るように掘り起こした『怪物』に腹部の痛みすら忘れ、憤怒のまま奥歯を噛み砕きそうになる。

 

重力に従い落下を始める中、それより前に『怪物』はソファーから転がり落ち、片膝立ちとなる。そして、落ちて来るライへ腕を大きく広げる。

 

その格好で過去の続きが浮かぶが時すでに遅し。

 

受け止める姿勢に似た格好の『怪物』の手がライの剣帯、肩へと触れた瞬間、

 

「はぁぁぁぁ――――っっ!!!」

 

幻獣神(アビス)化を継続しながら、剣帯と肩の服を握り締めて身体を思いっきり捻る。腰の入った投げは勢いをつけてライを背後のテーブルへ背中から――叩き付けた。

 

生まれるのはテーブルが激突により木片へと粉砕される音とテーブルの上に置いてあったティーカップや皿がライの背中の下敷きになって割れる音。

 

ライとその師である母が放つよりも勢いがあり、強く、早く、――雑な投げが見事に決まった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

アルトは大の字に寝転ぶライに視線を寄越さず、自分の右手の平をじっと見つめた。

 

――やっぱり記憶通りにいきませんね。

 

ライを投げ飛ばす際、焼き付いた記憶にある『大御母様』の姿とライが投げる際の感覚。それらに合わせるように投げてみたが自分でもわかるぐらいに雑だった。二人が投げるなら、自分が行ったのは力任せに引っ張ったようなものだ。もし『大御母様』に見られれば折檻ものだ。

 

だが、それも仕方がない。自分は二人ではないし、いくら『父親』であるライの記憶を持っていたとしても“男”と“女”。鍛えた者と鍛えていない者。様々な差があり、いきなり『父親』の動きを再現できるのは都合が良すぎる。

 

そして、見つめていた手をくるりと回し手の甲を見やる。

 

つい先程そこにはワイアードギアスの発動を示す紋章が表れていた。

 

元々、“出産”された際には備わっていることに気付いていた。どんな能力かは名付けられた時に理解し、窮地から脱する為に早速使ってみた。使用する際はライが《ザ・ゼロ》を使用する感覚と同じで出したのだが……。

 

――なにか……欠けているような……?

 

発動したワイアードギアス……アルトの姿を変化させる力には大きな違和感があった。力としての存在感は伝わるが《ザ・ゼロ》のようにあらゆるものを無に還すと肌に感じる迫力と比べれば遥かに小さい。……まるで獅子の子供のような印象を感じる。

 

そのことに疑問を浮かべていると空中で美しい鉄弧の反りが見えた。浮かんでいるのは、回転しながら落ちて来る一本の機攻殻刀(ソード・デバイス)と鞘だ。

 

機攻殻刀(ソード・デバイス)は先程までライの手に握られていたが、投げ飛ばされた衝撃で手から零したようだ。鞘も腰の剣帯に収まっていたが先ほど投げた際に千切れ、飛んでしまったらしい。

 

――危ないですね、床に跳ねてレリィさんに当たるかもしれません。

 

床に転がるライに突き刺さるのは構わない。記憶上、悪運は強い。頭や心臓に刺さることはないだろうし、それ以外の場所に刺さってもすぐ回復するから問題はない。寧ろ刺さったら刺さったらで、それはきっと『大御母様』からの天罰のはずだ。投げ飛ばされた程度で武器を手放すとは何事か、と。

 

だが、『親子』の突然の行動に唖然としているレリィ・アイングラムが傷つくのはまずい。凄くまずい。もし傷ついたりでもしたら自分はきっと……ショックを受ける。最悪、泣くかもしれない。

 

どうやらこの肉体は幻獣神(アビス)化しなくとも、常人離れしたスペックのようだ。動体視力が非常に優れている。機攻殻刀(ソード・デバイス)と鞘の回転を捉えきっている。更にライの記憶から刃物の取り扱いや危険なものに対する恐怖心はない。

 

そう思い、つい手を伸ばした頭上。広げた右手に刀の柄がすっぽりと嵌るように落ちた。そして掌に武器特有の冷たさ、重さ、存在感。それらが一気に右手に来て、

 

――起動せよ、朔と望の先駆けとなる青の志士。遍く敵を、害悪を極意の一撃をもって打ち砕け《月下・先行試作型》――

 

――覚醒せよ、月夜に輝く青の戦士。紅蓮と白炎を超えし身となるため、月満ちる夜に蒼となれ《蒼月》――

 

頭の中に詠唱符(パスコード)が流れ込んできた。

 

まだ名付けられておらず精神が幼子同然だった際に操縦した《ヴィンセント》の機攻殻剣(ソード・デバイス)と同じように召喚に必要な詠唱符(パスコード)を伝えてくれる。『父親』の記憶から《月下・先行試作型》の詠唱符(パスコード)は知っていたが、こうして教えてくれるのならば使い手の一人として認めてくれているということか。

 

――嬉しいような、残念なような……。

 

《月下・先行試作型》、縮めて《月下・先型》を使用できるということは発展改良型の《蒼月》はもとより、その先にあるだろう最強の悪夢(ナイトメア)の一機たる《蒼月墮天九極型》を扱える可能性があるということだ。もし扱えるのであれば自分は最強の個としてあらゆる脅威を跳ね除けられ、力による平穏を掴みとれる。

 

だが、裏切られたという感情もある。

《月下・先型》は『父親』の愛機、専用機だったのだ。

それが主以外の手に収まった瞬間に詠唱符(パスコード)を伝えるのは、記憶を持っている身として少なからずショックを受けた。そして、改めて自分が『娘』だという印象を押し付けられた。

 

「と」

 

自分の腰の高さまで落ちていた鞘を機攻殻刀(ソード・デバイス)で軽く上へ弾く。

再び空中へ上がり、回転が強くなるがそれすらアルトは捉えきる。頭上、回転する鞘目掛けて機攻殻刀(ソード・デバイス)を突き上げる。すると、するりと刀身は鞘に収まる。回転中空納刀という曲芸だ。『大御母様』が見本を見せ、それの練習するライを見て真似した『叔母様』が剣を放り投げたところで、慌てて庇いながら鞘に受け止めたのがライにとって初の成功だった。

 

「――さて」

 

かちりと鞘と刀にロックがかかるのを確認し、軽く振るようにして降ろす。

コピーした記憶の中には握ったことはあるが、初めて触れる機攻殻刀(ソード・デバイス)の感触は酷く馴染み、重さすらもが安心させてくれる。しかし、そんな余韻に浸る時間は残念ながらない。

 

アルトの正面。たった今、大の字にさせた『父親』が音もなく起き上がっていた。

 

――期待はしていませんでしたが、殺す気で放ったのに……。

 

首をだらりと俯かせ、両手は力を抜いて下ろしている。だが、体から迸る殺気と怒気は衰えるどころか更に増している。俯いたまま吐息をして、ライは底冷えするような平坦な日本語で告げる。

 

「……これまでの言動からしてあれか?貴様は死にたがりなのか?」

 

死にたがり。その言葉を耳にしてアルトはプッと噴き出した。

 

「やめてくださいよ。そんな死にたがりなんて。私はあの“裏切りの騎士”のように罰を求めていません。――私が望むもののためにしただけです」

「…………」

「『お父さん』。貴方は今、幾つかの問題に直面していますよね。悪夢(ナイトメア)や私のこと、コンテナにいるGXシリーズのこと。ですがいずれ、という前置きをしてでも必ず解決させるでしょう」

「…………」

「けれども貴方はとある二件の問題を現状維持の形で終わらすつもりですね」

「…………」

「そうルクス・アーカディアとアイリ・アーカディアとどう向き合っていくのかの問題を」

 

告げた言葉に、ライは変わらず俯いて無言。しかし、二人の名前が出た時に体が小さく震えたのを見逃さなかった。その震えこそが雄弁な答えだ。

だから一息。こう言った。

 

「二人の問題を現状維持を打ち砕くために、私の問題……これからの接し方はここで解決させましょう。コンテナにいるGXシリーズの問題も私の護衛ですから預かります。その分、その時間をあの二人に使ってあげて下さい」

「……どうするつもりだ?」

 

アルトは軽く深呼吸をして、肩を回す。そして軽くジャンプして足から床を踏み、それから前後にステップを開始する。初めはゆっくりと、しかし高速に。目は真っ直ぐにライに向ける。

 

「ここまでしたんです。『お父さん』の刃は抜かれています。その刃を以って私は『お父さん』と向き合いたいのです」

「それが貴様の望むものか」

「はい。私が望む繋がりと見たい夢のために――」

 

一息。

 

「――いきます!」

 

返答と共に浮かべた微笑が消えるより早く。アルトの輪郭が残像と化した。

 

無論、比喩だ。しかし、レリィのような戦闘の素人ならばその動きを捕捉しえない高速による疾走――その発動である。のみならず、その疾走には明確な指向性が付与されていた。

 

目標は前方のライの懐。それは即ち、速度を速度を突撃の威力へと変換され、目標を打ち砕く砲弾と化す――。

 

「ごふッ――――」

 

――には、至らず。

 

アルトが身に纏った加速は、そのまま要撃(カウンター)の威力と変じて彼女自身の肉体を直撃した。鳩尾から背骨へと突き抜けるのは、文字通り鉄の硬さと威力を持った掌底。無詠唱高速部分召喚した《ランスロット・クラブ》によるものだ。

 

両脚から重力の感覚が消失する。一瞬後に背中を襲ったものは、理事長室の木製の扉の感触であった。哀れ大の字のアルトの激突を受け止めた扉は、金具と木材を飛び散らし破砕の音を鳴らして完全大破した。

 




アルトのスペック現状まとめ
・親譲りの美形
悪夢(ナイトメア)の操縦が可能
幻神獣(アビス)化が可能
幻神獣(アビス)の力を持つ故の回復力、打たれ強さ
・ワイアードギアス発動可能。現在level1(燃費はいい)。能力は容姿変化。オルフェウスのような周囲の人物の脳に自分を他人と誤認させるものではなく、自分の髪や肌、瞳の色を変化させる程度の能力。MAXはlevel3の予定。
・ライの記憶、技術、経験、感情を持つ(完全なイレギュラー)

まだ開示されてないスペックあり。

ギアス本編であった親子喧嘩!
ルルーシュの反逆ってナナリーと穏やかに暮らせる世界を作ることと、シャルルに対する怒り、つまり酷い言い方すれば親子喧嘩なんですよね。それが世界規模まで膨れ上がらせるなんてルルーシュとんでもねぇわ。ライの場合は憎む方が親の方だけど。

ライの目的は悪夢(ナイトメア)を停止させ、ギアス世界に帰還することです。本当はゼロレクイエム後のゼロとしての役割をルルーシュに託されたため悪夢(ナイトメア)を無視してギアス遺跡を探した方がいいのですが、レリィやルクスに出会ってしまい情というバグが発生して悪夢(ナイトメア)を倒すと目的が増えてしまいました。そして、悪夢(ナイトメア)を倒した後は――ロスカラのギアスルートの最後と言えば解るでしょう。
そんなライの考えを知っているアルトは……。

次回は一週間以内に投稿します。


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蒼の衝突

急いで書いたため少し雑かもしれません。


――ああ、しまった。()()()()()……。

 

 

アルトは床にうつ伏せに倒れ込んでいた。

 

放すことのなかった機攻殻刀(ソード・デバイス)の感触と要撃(カウンター)の直撃を受けた胃の腑に力を入れ、そこにあるものが空洞ではない事に一抹の安堵を覚える。それ程の威力であり衝撃であったのだ。掛け値なしで、火砲の直撃に値した。そして、砕けた鼻骨の痛みと流れ出る鼻血の熱い流血、ひんやりと冷たい床を肌に感じながら、自分の犯した失態を冷静に分析していた。

 

初撃として高速で接近しタックルをかまし、ライの態勢が崩れたところをすかさず幻獣神化で組み着こうとしたが相手は既に読んでいた。結果、腹部に要撃(カウンター)の直撃を受け、扉を粉砕し回転、壁へ全身を衝突させるなど無様な姿を曝してしまった。

 

――考えてみれば当然ですよね。私の技術は『お父さん』の技術なんですから。

 

アルトはライの技術をコピーし継承しているが、それを再現してもライ自身ではない為諸々の要因が存在し、完璧に使えるわけではない。アルト自身の手でそれらの技術を昇華しない限り、劣化複製(デッドコピー)の枠を超えられないのだ。

 

アルトが自分の全てをコピーしているとはいえ、それらを十全に使いこなせるとはライも思っていないはずだ。使用してもズレが生じ、劣化複製(デッドコピー)の技が出来るのみ。そこから如何なる技を出すのか、アルトの手の内を読むの至極簡単なのだろう。

 

ならばどうやって『父親』と戦うか思考を巡らすと、

 

 

「あ、あのー……」

 

 

ふと、優し気な気遣うような少年の声が聞こえた。

 

――ルクス・アーカディア……?

 

声の持ち主を脳裏に浮かべた途端、記憶と感情がフラッシュバックする。アルトのものではないライの記憶と感情が胸の内に湧き出てくる。

 

――ああ、ダメ……。()()()()()()()()……。

 

ライがルクスに抱く感情は兎も角、記憶からルクスがどんな人間かが解る。早朝、牢屋に閉じ込められていた彼を見たときと同じように、心の中で彼がとても好感が持てる人物であることが分かってしまう。

 

――『お父さん』の記憶っていう色眼鏡なしで見たかったですね……。

 

とりあえず心配をかけてくれる彼に手を上げ、大丈夫であることを伝えようとする刹那、心胆を凍てつかせ氷壊させる気配が迫ってくるのを感じた。

 

 

「はぁっっ――――!!」

 

 

反射即応で体を跳ね上げる。近くまで寄っていたルクスが素っ頓狂な声を上げていたが、命の危機でそれどころではないアルトには気にする余地はなかった。

 

学園長室から自身目掛けて真っ直ぐに宙を奔る黒い影……鋭い突起のついた鉤爪、《スラッシュハーケン》。

 

襲い掛かるハーケンを手放すことのなかった機攻殻刀(ソード・デバイス)を空中で抜刀し、弾き飛ばす。……反射とライからの経験でやってみたが何とか成功した。

 

血溜まりの上に危なげもなく着地すると、構わず血を零す鼻を軽く抑える。幻獣神(アビス)の力を持つ故か既に小さな鈍痛があるのみで、もうほとんど治っている。溜まった鼻血を噴きすぐに拭う。血で額に張り付く髪が鬱陶しく血糊で濡れた手で前髪を掻き上げる。

 

正面、《クラブ》を完全に纏ったライがいる。

 

抜き身の機攻殻刀(ソード・デバイス)を構える。構えは自らを鼓舞する為に、両脚は大地を踏み締め迎え撃つ為に。清々しいほど愚直な不退転の覚悟。

 

軌道を変えられたハーケンはわずかに空中を泳ぎ、すぐに巻き戻される。その直後、《クラブ》が弓のように体を撓め、高出力のランドスピナーで矢のように撃ち出される。向かう先がアルト以外にあろうはずがない。

 

これを迎え撃つ。逃亡など以ての外。

いかなる未来もその先にしか存在はしない。

 

ライは《スラッシュハーケン》をメッサーモードに展開。

アルトは脳に受け継いだライの記憶を掘り返す。ライの技量と《クラブ》の出力が合わさったその一撃はディアボロスの(コア)を抉り抜く威力を発揮する。

 

とてもではないが、幻獣神(アビス)の力を持ってしても受け止めることは不可能。そうと分かればアルトの行動は速かった。

 

正直、出来るかどうかは不安はあるが《ヴィンセント》の実例がある。心の隅に生まれた恐怖と不発による一抹の不安を吹き飛ばすように、構えた機攻殻剣(ソード・デバイス)を握り締め、叫ぶ。

 

 

「――《月下・先型》!」

 

 

詠唱符(パスコード)なしの高速召喚と速攻を為すための部分接続。

 

通常ならば、ほぼ不可能な難易度の操作術。生まれてからまだ数日。たった数分程度でしか目覚めていない自我。父親から一方的に受け継いだ経験と記憶、技の技量に実力が伴っていない卵の殻を被った少女。

 

ありとあらゆる要素から万人がアルトの試みを一笑に伏すだろうが、現実が違った。

 

背後の空間を割り砕いたかのような音と同時に少女の背後に《月下・先型》が現れる――それは愛馬が主の子を守るために駆けつける光景に似た瞬間だった。

 

蒼い武者の召喚成功に思わず空いた手で握り拳を作ってしまう。しかし、それで満足してはならない。まだ命の危機から一歩も逃げ出していないのだ。

 

全身接続するよりも先に《ランスロット・クラブ》の左腕は自分に届く。そのために部分接続、《月下・先型》の左腕だけを纏う。そして呼び覚ます。自身に眠る獣の力を――。

 

 

「…………ッ!!」

 

 

アルトの目が黒く染まり、瞳が黄金色へと変貌する。

 

――幻獣神化。

 

まだ名付けられていない頃の自分は何度か行った際。感情の高ぶり、不快感への拒絶といった本能で使用してきた。その後の体の疲労からすぐに解除していたが、確固たる意志を持った今なら平常時との差がはっきりとわかる。

 

幻獣神化のスイッチを入れた途端、全身の血が燃えたぎるマグマに変わったかのように駆け巡る。その熱はあっという間に脳を茹で上がらせ、思考能力を一気に蒸発させてくる。更に厄介なのは、また同時に湧き上がるどす黒い感情。

 

それは、目の前に迫る青年を狩られる前に狩り、完膚なきまでに叩き潰して切り刻むこと。この学園の生徒たちを虐殺しその快感を教え込まそうと茹で上がった脳へ刷り込んでくる。それこそ正に幻獣神(アビス)が怪物たる――破壊殺戮衝動。

 

湧き上がる衝動が破壊と殺戮を行わせようと囁いてくる。

そこから生まれ、得られる赤黒い悦びに身を委ねようと本能が逸らせる。

しかし――

 

 

「――――っ!!」

 

 

アルトの口から少女のものとも思えぬ裂帛の声が、体中の熱を吐き出すような、衝動を吹き飛ばす抗いの咆哮が吐き出される。

 

踏み出された右足。その震脚たる一歩が幻獣神(アビス)化で備わった膂力によって、見守っていたルクスたちがお互いの身を寄せ合うほどの地響きを生じさせた。

 

左腕で渾身の一撃を入れるには、右足の踏み込みは必要不可欠。

子供でも本能的に理解している攻撃行動。

 

準備は整い、間に合った。

 

『騎士』と『武者』。

蒼い機体が、主を共にし『あちらの世界』でも『こちらの世界』でも一度もぶつかり合うことのなかった両機が、今ここで一撃を交わした。

 

激突、激音が響き、廊下が震動した。

 

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

《クラブ》の左腕から伸びる刃に対して、《月下・先型》の貫手が真っ直ぐにぶつかった。刃と拳。振り下げと振り上げ。結果は無論――。

 

 

「…………」

「よしっ!」

 

 

ぶつかり合いの結果にライは無言。アルトは笑みを浮かべた。

一撃の重なり合いは、《クラブ》のメッサーモードの《スラッシュハーケン》が《月下・先型》の貫手を砕いて手首まで割り、喰い込んだ形に終わった。しかし、結果としてライの一撃は失敗に終わり、ほんの僅かな膠着状態が生まれる。その隙をアルトは逃さない。

 

 

接続(コネクト)開始(オン)!」

 

 

すかさずアルトは残りの《月下・先型》を纏う。

 

ライはそうはさせるかと言わんばかりに《クラブ》の空いた右腕の《スラッシュハーケン》をメッサーモードに展開。速攻でアルトの胴体を真横に割らんとする。しかし、振るわれた手刀は纏った《月下・先型》の右腕をぶつけられ停止される。ならばと右脚の直蹴りを放とうとするも、同じように相手の右脚で繰り出す前に阻止された。

 

両人とも上がった右脚が地面に着くと、《月下・先型》に喰い込む左腕を勢いよく捻じる。嵌っていた《月下・先型》の左手を砕くとすかさず攻撃。《クラブ》の四肢が間合いに捉えているアルトに殺到する。

 

畢竟、剣林弾雨の勢いで打撃が唸る。一打一発が重火器にも匹敵するそれを、身に受けるアルトいや《月下・先型》に一切の構えはなかった。自然体という無防備のまま、その猛威に身を投じたようにしか見えはしない。

 

だが。

 

 

「あれは――」

 

 

そこで突然行われた蒼の機体同士の戦闘から距離をとったルクスは、その光景に呆然としながら異常に気付いた。

 

逸らされている。流されている。打撃の芯を捉えさせていない。

 

蒼い騎士の猛撃に《月下・先型》の装甲が削れているが、確かに少女は直撃を許さず回避し続けていた。更にアルトの両腕、操縦桿を握る手が尋常ではない速さで動いている。攻撃を繰り出すライの操作に匹敵……いや、やや劣る速さで《月下・先型》に回避運動を行わせている。

 

《月下・先型》の回避動作、彼女の操作技術。

その二つが生み出す機動にアルトにルクスは強い既知感を覚え、その正体に気付いた。

 

 

「あの動き……ライ先生の……」

 

 

ルクス同様気付いたのか、隣でアイリを守るように前に出たノクトが目を見開いていた。

 

そう、彼女の操作は今襲い掛かっているライの操作のソレなのだ。

多い時は1秒間で12回もコマンド入力して生まれる《月下・先型》、《クラブ》の機動は攻撃を放った相手に亡霊だと錯覚させるほどのモーションとなる。……必殺、必中と思っていた一撃がすり抜けたように避けられ、接近される恐怖と焦燥。それらはライと戦ったことがある人物なら味わったことがあるはずだ。

 

ルクスとノクトが相対した時に見せたライのソレと比べれば、操作速度と同じように僅かに遅いが既知感を感じさせるには十分に完成されていた。

 

激流に外縁を削られようと、決して朽ちず有り続ける木の葉のように。ライの猛爆に対抗せず紙一重で回避し続けるアルト。

 

脳裏に刻み込まれた『父親(ライ)』の経験、技術を有しているとはいえ、アルトは所詮、ライの劣化複製(デッドコピー)でしかない。

 

それなのに戦えるのは、初の実戦であるにも関わらずライの技術を既知感を感じさせるほどに再現できる恐るべき才覚の持ち主であることと、ほぼ同格の性能である悪夢(ナイトメア)、それも《紅蓮弐式》にも勝る瞬発力を持つ《月下・先型》を使用しているからこそ成し得る芸当ではあるが。

 

そして、攻撃の全てを把握しきった瞬間――遂に反撃に出た。

優れた見切りを持ち、ライの戦闘方法を熟知しているルクスよりも早く。

 

そうライがアルトの技を読めるように、アルトもライを知る故に技を読み切ることが出来るのだ。

 

身を沈め、高機走駆動輪で廊下を滑走。横へ潜り抜けざま肘を《クラブ》の脇腹、あわよくばライへと突き込む。しかし、それを呼んでいたかのように《クラブ》の腕から翡翠色の障壁――《ブレイズルミナス》が発生する。

 

直撃は防がれたが高出力の《月下・先型》の渾身の一撃は《ブレイズルミナス》ありとはいえ《クラブ》の態勢を崩すには十分の威力があった。そこに追撃の蹴りを撃ち込む。

 

 

「ッぐ――――」

 

 

《クラブ》が衝撃を逸らす為、自ら大きく理事長室から離れるように横へ身を投じる。威力は軽減したとは言え蹴り飛ばされた屈辱に、ライが遠ざかる空中で身悶えした。

 

 

()()()――ッッ!!」

 

 

知らずの内に変化した呼称を叫び、突進するアルトの非対称の双眸はライを真っ直ぐに射抜き、再び叫ぶ。

 

 

「――《甲一型腕》!!」

『――ッッ!!?』

 

 

その武装を耳にしたルクスとノクトは声にならない驚愕を上げ、すぐさまアイリを抱えて逃げる。理事長室にいるレリィも例外ではなく、ないよりはマシだと机の下に隠れる。

 

未だに砕け散った左腕外装に突如空間が展開し、甲一腕型と呼ばれた武器がパーツ分解状態で姿を現す。様々なパーツが左腕フレームにロックをかけ、包みこんでいく。変化した腕の指は三本で、それぞれ真紅の色に光っていた。完成まで一瞬だ。

 

これこそが生物、機竜、悪夢(ナイトメア)、ありとあらゆる存在にとって必殺の威力を持つ――輻射波動を放つ魔手。その恐ろしさ、輻射波動の余波すら浴びたモノの末路を見たことがある故に、ルクスとノクトは急いで逃げたのだ。

 

異形の魔手を突きつける。

 

赤黒い電光が迸る。

 

一撃必殺。それ以外の何物でもない攻撃をアルト・ランペルージはライへと放っていく。

 

迫りくる輻射波動にライは、

 

 

「それかァッ!!」

「これだァッ!!」

 

 

憤怒の叫びと共に迎え撃ったものは、左肘。

 

《クラブ》の両肘に内蔵される《ブレイズルミナス》の斥力を攻撃へと使用した特殊武装――《ニードルブレイザー》。

 

これもまた一撃必殺の武装である。その破壊力は陸戦型神装機竜を装甲、障壁を合わせても貫通させ、機竜使い(ドラグナイト)を絶命させる。

 

《クラブ》と《月下・先型》の一撃必殺同士が、ぶつかり合う。エネルギーの力場同士のぶつかり合いに悲鳴のようなスパーク音が響き渡る。

 

 

「――――く」

「ぐうッ――――」

 

 

お互い進まず退かずの元で、装甲が割れ、パーツが潰れ、フレームが歪む。二人の視界に各々の機体の状態を知らせる表示枠が浮かび上がる。機体が伝えるのは、ぶつかり合う左腕の過負荷(ダメージ)

しかし、二人はそんなもの見ずとも彼我の機体が破壊される感覚を、スローモーションのように己が神経へと焼きつけながら……互いの必殺は相殺され、その左腕が火花を飛び散った。

 

 

「…………」

「チィ――ッ」

 

 

お互い左腕の肘から下を失いながらも、共に継戦の様を演じる両者。

ダメージに関してはほぼ互角。だがライだけが先行攻撃を繰り出せてみせたのは、戦士(ソルジャー)として勝る証明であった。

 

 

「く――――」

 

 

すぐさま猛禽の如く正面から襲い来る跳び蹴り。足を使っての回避――無理、足らない、間に合わない。故に、右腕に障壁を纏わせて受けた。衝撃が五体を攪拌する。全体重を落下する鉄槌と変えて、重量加速をも味方に付けた重爆攻撃――にしては軽すぎる手応えに、アルトは一瞬の戦慄を覚えた。

 

 

「――捕らえた」

 

 

しかし既に遅く、直撃と同時に《クラブ》の肉体が変移する。リボンが解けるさまのように、蒼の騎士が流れるように絡み付いてくる。

 

それの正体に脳内の知識がその意図を報告した。

 

『あちらの世界』でロシアという国がまだソ連と呼ばれていた時代。その国が国力を挙げて、中央アジアの諸民族に伝わる技を統合させた徒手格闘技『サンボ』……よりも人体破壊に特化したライの母、つまりアルトにとって()()に当たる女性が考案、開発。息子へ受けさせながら伝授した()()()

 

魔術のように絡み取られ、重心を崩され引き倒される。跳び蹴りは、この接触(コンタクト)の為の撒き餌に過ぎなかった。

 

 

「ぐァ……!」

 

 

鉄枷で固められたかのように動けぬ《月下・先型》の人体を極めて模したマッスル・フレーミングの右アキレス腱に当たる部位に、凄まじい異音が爆発した。関節技で腱を断裂させられたのだ。次いで餌食と狙われるは右肘関節。

 

 

「なめないでくださいっ、出力(パワー)なら!」

 

 

捕らえられた状態のまま、《月下・先型》が唸りを上げる。絡み付く蒼騎士で強引に振り払おうと悪夢(ナイトメア)の出力を全開にまで上げたのだ。

 

廊下に悪夢(ナイトメア)同士の装甲がぶつかる音が響く中、蒼の二機は均衡を保つ。だが――

 

 

「…………」

「くっ……あぁ……!」

 

 

その均衡も僅か二十秒で崩れ去った。

ライは無表情であり、徐々に徐々に締め上げる。

アルトは拘束されながらも、歯を食いしばり抵抗する。

 

本来ならアルトがなめるなと言ったように、出力(パワー)なら《月下・先型》が優る。

 

ならば何故、振り払えないのか。

 

それは《ランスロット・クラブ(ブリタニア製のKMF)》、《月下・先行試作型(インド・日本製のKMF)》の設計思想の違いによるものだ。

 

まずインド・日本製のKMFは原点ともいえる“紅蓮弐式”から分かるように外見的な特徴として、人型から離れたスタイリングと動きを優先させた装甲にある。

元々、“紅蓮弐式”や“月下”はテロリスト組織『黒の騎士団』で運用される為、隠密裏に運ぶ必要性があった。そのため車両に積載しての移動など、機体がコンパクトに収納されるような構造で開発された。結果、防御性能が低下したが軽量化により機動性を重視するようになったため、最小限の装甲に覆われたよりコンパクトな印象になった。装甲が最小限になったが、防御能力の低さは軽快な運動性でカバーする。

こうした機体設計は、機能をギリギリまで切り詰めることで洗練されており、刀一本で攻撃も防御も兼ねる“侍”的な思想もあり日本人にはすこぶる良い印象を持たれていた。

 

ブリタニア製のKMFの根底には、騎士にとっての甲冑という意味合いが強い。“サザーランド”や“ランスロット”などの機体は、頭部に双眼があるなど、人間の意匠が残っているという特徴もあり、イメージとして騎士の姿が根底にある。前線に立って指揮する騎士がその身を守るために着る鎧=KMFであることから、まずは防御性能が重視されている。各装備も防御性能を補うという形で、外部に取り付けられており、その外観はまさしく重厚な鎧騎士のようである。

“守護”という姿勢を体現したブリタニア製のKMFの全身を覆うように配置された装甲は、まさに鎧そのもの。運動性、機動性についてはインド・日本製のKMFには劣るが剛性と防御に優れている。

 

 

――つまり、出力(パワー)が《月下・先行試作型(インド・日本製のKMF)》が上でも、取っ組み合いは《ランスロット・クラブ(ブリタニア製のKMF)》の領分……!

 

 

幾ら、機竜の技術、マッスルフレーミングによって設計されて剛性が上がっても、それは相手も同じこと。差に変わりはない。

 

殴られ蹴られるのとは次元を異にする暴力が襲う。そして、肉体を解体されるという恐怖。脱出の為に振るう渾身の力は、砂地に浸み込む水の如く吸収されていく。アルトの五体は蜘蛛の巣に囚われていた。

 

――このままじゃまずい!

 

脱出不可能の破壊劇を、しかしその実行者は左腕が破損しているにも関わらず器用に拘束。昂揚も達成感もなく粛々と遂行していく。

解体される機体と焦燥がアルトを苛むが、五体はぴくりとも動かせない。

 

受け継いだライの記憶にこの拘束から逃れる手段はある。

しかし、それは両脚かもしくは両腕が健在であればの話だ。

左腕は肘から先が吹き飛び、右脚は自由に動かせなくされた。

 

これは鉄の檻にして枷。脱する事も解く事も能わない。

 

故に、アルトは躊躇いもなくそのカードを切った。

 

 

悪夢解放(ブレイクパージ)!」

 

 

機攻殻刀(ソード・デバイス)を握り軽く念じると、基礎技術の形態を起動させる。

 

機竜では機竜解放(ブレイクパージ)と表記するこの操作は、自らの装甲の一部を解除し、自己の負担を減らすための基本技術である。

 

主の指示を受けた《月下・先型》は、《高機走駆動輪》といった脚部の装甲以外の蒼の装甲を射出した。

 

 

「がああああ……ッ!!」

 

 

結果、技を極めてたライは装甲の散弾を至近距離で被弾、吹き飛ばされる。

 

その好機をアルトは見逃さない。

 

無事な《月下・先型》の左足を出力全開にする。

踵の《高機走駆動輪》が唸らせ、片足だけで器用に突進するアルトの双眸は、着地したばかりの『父親』を再び射抜く。

 

装甲を外しての軽量化により、通常時よりも加速を得た《月下・先型》は軽く跳ぶ。左足を矛先にライへと迫る。

 

飛び蹴りの姿勢にライは右腕の《ブレイズルミナス》を展開し防ごうとする。いくら加速を身につけたとして蹴りなどの体術の威力には重量が必要。軽量の《月下・先型》が、更に装甲を棄てた姿で飛び蹴りを放っても、それは速く鋭いだろうが総合的な破壊力は十分に防御できるものだ。

 

槍のような脚撃が《ブレイズルミナス》に正面からぶつかる。その一撃は《クラブ》を僅かに後退させたが、姿勢を崩すことも盾を破壊することはなかった。

 

《ブレイズルミナス》の斥力で弾かれる《月下・先型》の姿を見てその中心。操縦者であるアルト目掛けて止めの腰部の《スラッシュハーケン》二基を撃ち込もうとした際、信じられない光景が映っていた。

 

 

「ああああ――――ッッッ!!!!」

 

 

叫びと共にアルトが《月下・先型》を()()()()()

 

 

「なに――ッ!?」

 

 

アルトの思いもよらない行動にライは瞠目する。

 

《月下・先型》の操縦部を思いっきり蹴り、弾かれるようにして空中から突っ込んでくるアルトの目は幻獣神化の色に変貌している。

 

この五年間、機竜使い(ドラグナイト)たちを相手にしてきた中で、初めて見る無謀と言っていい動きにライは驚愕し、どう対応するか思考を巡らした故に一瞬の隙が生まれてしまう。

 

その隙はアルトがライの懐に入り込むには十分なものだった。

 

《クラブ》の右腕で払いのけるのも間に合わず、生身の拳が振るわれる。《クラブ》の障壁を易々と貫き、ライの顔面目掛けて迫る。

 

それをライは反射即応で頭を下げて回避する。後頭部――その直上の空間を通過する一撃は、間違いなくライの頭を砕く威力を秘めていた。

 

拳は《クラブ》の頭の下、人間で言えば喉の部分に突き刺さる。そして、目標から外れた拳を素早く引き抜く。手には幾多のケーブルが掴まれていた。

 

それらのケーブルがどういったものかは分からないが、《クラブ》にとって重要だったらしくライの目の前に映った表示枠には、出力が急激に下がったことを伝えてくる。

 

 

「ちっ――!」

 

 

してやられた、と自分への苛立ちを込めて舌打ちすると共に、機攻殻剣(ソード・デバイス)を握り《クラブ》を解除、保管してあるギアスの遺跡へと戻す。そのまま握り込んだ機攻殻剣(ソード・デバイス)を抜剣。

 

アルトは、自分が引きちぎったケーブルがどんなものか分からなかったようで、ライが《クラブ》を戻すことに驚愕していた。その様子に躊躇うことなく機攻殻剣(ソード・デバイス)を叩き込む。

 

そのがら空きの胴に横薙ぎの剣閃が確かな手応えと共に、刃がアルトの身体に喰い込む。

 

 

「あ――――」

 

 

アルトに刃が入った瞬間、呟きが零れた。

 

それは誰のものであったかは分からない。

 

離れた場所で戦いを見ていたルクスたちか、理事長室の壊れた扉から伺うレリィのものだったのか。

 

まず違うと言えるのは、

 

 

「怪物が……っ!」

 

 

呪うように叫ぶ、『娘』である少女に機攻殻剣(ソード・デバイス)を喰い込ませる『父』――ライ。

 

 

「捕まえました」

 

 

『父』の刃を受けながら、他者を圧倒させる凄みのある笑みを浮かべる『娘』――アルト。

 

アルトは、機攻殻剣(ソード・デバイス)を脇腹で受け止めてしまっている。無傷ではない。ライに伝わる肉を切り裂く感触と白い王立士官学園(アカデミー)の制服が脇腹から赤く染まっていることから、斬られたことは間違いない。しかし、自分が斬られている状況の中でアルトは笑っている。その目には幻獣神化を伝える色には染まっていない。正気で、普通の状態で受け止め笑っているのだ。

 

アルトの笑みにライは背筋に凄まじい寒気を感じ、機攻殻剣(ソード・デバイス)を引き戻そうとする。だが、アルトは刃を脇腹の肉とそのまま手で押さえつけられ、決して抜かせようとしない。並みの人間なら、いくら押さえたところで刃を引けば、その肉を切り裂くだろう。しかし、アルトは常態の体でありながら肉体と手で微動だにさせない。

 

ライは抜けないなら更に刃を進めようと考えたが、感触からしてこれ以上は出来ないと判断。幻獣神化という強化があるアルトの間合いから一刻も離れることを優先し、機攻殻剣(ソード・デバイス)を手放そうとする。――しかし、

 

 

「逃がしませんよ」

 

 

ライが手放すよりも早く、アルトは機攻殻剣(ソード・デバイス)を押さえる手を滑らすようにしてライの手首を掴む。ライの手首が自身と半分同じ血で汚れる。

 

その濡れた感触に生理的な嫌悪が湧き上がり、すぐさま払おうとすると、アルトが自由な手をゆらりと上げる。そのすぐ手が輝きを放った。

 

ワイアードギアス、そう思ったが違う。

 

紋章が発生したのは、手の甲ではなく、手の平だ。

 

そして、その紋章にライはアルトに対してもう何度目かになる驚愕を得る。

 

浮かび上がる紋章、そこには文字があった。

 

Deo Optimo Maximo(全知全能の神に捧ぐ)

 

その文字が浮かび上がるワイアードギアスは――!

 

 

「《ザ・ゼロ》だと――!?」

「ええ、そうです。父さんのワイアードギアス。森羅万象全てのものを(ゼロ)に返す、悪夢(ナイトメア)の神装《無色の魔導器(ロスト・カラーズ)》を無効化できる唯一の力」

「なぜ!!?貴様は既にもう一つ持っている……!?」

「解りませんよ。『あちらの世界』では覚醒せず、『こちらの世界』で目覚めたときには覚醒していた父さんと同じように起きたら持っていたんですから」

 

 

アルトは離れようとするライを抑えながら、自身が発動させた《ザ・ゼロ》を見る。

 

アルトの姿を変えるワイアードギアスは子供のような大きな違和感があった。しかし、この手に浮かぶ《ザ・ゼロ》は、間違いなくライの《ザ・ゼロ》と遜色ない効果を発揮するはずだ。

 

その力をアルトは躊躇いもなくライに振るった。

 

迫りくる《ザ・ゼロ》にライは自由な方の手を上げ、間に挟む。

 

手には振るわれたアルトの《ザ・ゼロ》と同じ力、元祖《ザ・ゼロ》が浮かび上がっている。

 

《ザ・ゼロ》同士がぶつかる。

 

無に還す力のぶつかり合いは、甲高い金属音のような音と一瞬の閃光を放ち、打ち消し合う。

 

そして、力の担い手の『親子』は――

 

 

「が……」

「あ……」

 

 

肺から漏れるような声を出して、膝から崩れ落ちる。お互いが全ての体力を振り絞ってしまったかのように息も絶え絶えで、滝のような汗を噴き出す。

 

アルトも力を入れた脇腹を緩め機攻殻剣(ソード・デバイス)を零し、掴んでいた手をたまらず放してしまった。

 

 

「嘘でしょ……たった一回で……体力全部が持って……かれた」

 

 

荒い呼吸でアルトは《ザ・ゼロ》の燃費の悪さを改めて理解した。

 

ライは通常時なら一日二発は持つ。今日はアルトが牢屋にいたルクスを引っ張り出そうとして《ヴィンセント》を使用した際に、それを停止させるために既に一回使っている。そしてアルトの《ザ・ゼロ》を防ぐために発動させた。

 

だが、アルトはたったの一回でまだ余裕もあった体力を全て消費してしまった。自分のワイアードギアスがどれほど燃費がいいか実感した。

 

アルトは呼吸を整えよう胸に手を置こうとした時、その首が鷲掴みされた。

 

相手は無論、ライだ。

 

アルトと同様、その表情には疲労の一色だ。しかし、目に浮かぶ殺意と怒気の気配は理事長室の頃から些かの陰りもない。それらを原動力にして、膝をつき上半身だけを起こした体勢で首を片手で締めあげている。

 

首に伝わる圧迫の感覚。それが死となるのを防ぐ、いや自分がやられる前にやると気力を以って両手でライの首を締めあげる。最早、幻獣神化する体力もないが、ライの記憶から効果的な首の締め上げ方を実施する。

 

 

「ぉぉぉぉ…………」

「ぁぁぁぁ…………」

 

 

『父』が『娘』の、『娘』が『父』の命を搾りつくすようなか細い声が漏れる。しかし、二人は止まらない。首に伝わる苦痛を取り除くよりも、相手の落とすことを優先としている。

 

そして、『親子』が相手を落とす後一歩と思ったその時、

 

 

「――いい加減にしなさいッッ!!」

 

 

そんな声と共に、ガツンと何かがライの頭に振り下ろされた。

 

 

「え」

 

 

緩んだ首の締め付けとガクリと崩れ落ちるライに呆然とするアルトは、その人物を見た。

 

 

「レリィ……さん……?」

「貴女も――!!」

 

 

アルトの頭部に涙目のレリィが手に持った分厚い辞書のような本の一撃が強打する。

 

その一撃でこれまで張り詰めていた緊張の糸が切れたアルトは、自分でも驚くぐらいあっさりと崩れ落ちた。

 

自身の意識が小さくなるアルトが最後に思ったことは――

 

――レリィさん……。泣かせてしまいました……。

 

『父』が恩人と思っている女性を泣かせてしまったことに、胸にずきりとした痛みを覚えながらアルトは意識を失った。

 

 




アルトのスペック現状まとめ
・親譲りの美形
悪夢(ナイトメア)の操縦が可能
幻神獣(アビス)化が可能
幻神獣(アビス)の力を持つ故の回復力、打たれ強さ
・ワイアードギアス発動可能。現在level1(燃費はいい)。能力は容姿変化。オルフェウスのような周囲の人物の脳に自分を他人と誤認させるものではなく、自分の髪や肌、瞳の色を変化させる程度の能力。MAXはlevel3の予定。
・ライの記憶、技術、経験、感情を持つ(完全なイレギュラー)
・上記の感情や記憶からルクスたち、ライが好きな人たちは皆好き。ただし、一人の例外は除く。アルトの感情から増える可能性あり
・《ザ・ゼロ》を一回だけ使用可能。(完全なイレギュラー)

まだ開示されてないスペックあり。

ライの体力消耗まとめ

1.ギアスの遺跡からアルトを発見。嘔吐からそれまで水しか口にしていない。
2.全裸のアルトに装甲衣を着せようとして、腕を握り潰されかかる。
3.アルトを連れて行こうとするとGXシリーズまでついてきたストレス。
4.そいつらをコンテナに入れて警備隊に見つからないよう半日かけて《クラブ》を使用しての長距離移動。
5.学園長室まで行くもアルトが離れてしまったため、学園中を走り回る
6.アルトの《ヴィンセント》を使用しての牢屋破壊のストレス、及び停止させるための《ザ・ゼロ》の使用。
7.アルトを装甲衣から制服に着替えさせようと反抗させて、ボディブローをくらう。
8.アルトをレリィやリーズシャルテに『妹』呼ばわりされる
9.アルトの名前付けによる覚醒および『声』のトラウマ
10.アルトのトラウマほじくり返し、腹への蹴り、机に叩きつけられる。
11.今回の話の戦闘。結果、気絶

凄いなほとんどアルトが原因じゃないか。

ライ「なんか殺せない。傷つけることには問題ないから、とりあえず5/6殺しで」
アルト「こんなところで死ぬはずがないから、全力で殺しにいきました」

いずれ伝えようとしましたが、ライの《ザ・ゼロ》の覚醒は最弱世界に来るきっかけの事件。コードギアス世界でこの話のラスボスと戦う中、目覚めました。


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過去編ー五年前ー

えーと、皆様お久しぶりです。
またも遅れて申し訳ございませんでした。

とりあえず生存報告も兼ねての投稿です。
本編を楽しみにしている人には申し訳ございませんが今回は幕間で、本当は第一巻後に投稿したかったんですけどこのままだとまた一年間エタると思い、ここで投稿しました。

では、どうぞ。


その声を捉えたのは、ただの偶然だった。

 

『助けて』

 

街中の音を捉える中、熱で呆けた頭に、その言葉が大きく響いた。

風が吹けば聞き逃してしまいそうな、か細く恐怖に震えた小さな女性の声だ。

 

場所は街外れにぽつんと建つ、広大な屋敷。

そこを機竜を纏った暴漢たちに占拠されているのをたまたま捉えただけの話だった。

こんな事件は、この時代、世界の何処かでいつも起きているだろう。

 

自分は『この世界』の人間ではない。

異世界の人間である自分が、『この世界』に干渉するのはどのような現象を、どんな因果を生むのか想像もつかない。それを危惧して目覚めてからの数ヶ月、孤独と共に彷徨い、探し、戦い続けた。

 

こうして自分が街に近づいたのはただ高熱を出し、薬を求めてのことだけという例外でしかない。

これまでのスタンスを貫き、その声を無視しようとした。しかし、

 

 

『――我々は戦いを否定しない。しかし、強い者が弱い者を一方的に殺すことは断じて許さない!撃っていいのは、撃たれる覚悟のあるやつだけだ。我々は力ある者が力なき者を襲うとき、再び現れるだろう。たとえ、その敵がどれだけ大きな力を持っているとしても!』

 

 

記憶の奥から熱で浮き出すように響いたのは、ライも所属していたあるグループの、そのリーダーが示した主義主張の一フレーズだった。

 

耳心地はいいが、本質は人気取りのきれいごとだ。

 

それはリーダーも肯定しており、とんだ詐欺師と自分が言ったら、偽善者で扇動者だよと悪辣に笑っていたものだ。

 

――だけど……。

 

強者が弱者を虐げる。そんな権利などない現実に怒りを抱いていたことを知っている。そして、自分も虐げられた者の地(シンジュクゲットー)を見て同じ怒りを抱いた。だから――。

 

 

「駆逐せよ、絢爛を失いし青の騎士」

 

 

熱した吐息と共に口から出るのは詠唱符(パスコード)

 

胸の内に生まれた、頭の熱とは別種の熱に促されるまま纏っている愛機、それに差し込まれた機攻殻剣(ソード・デバイス)を握り込む。

 

これはもしかしたら余計なお世話なのかもしれない、それでも見過ごすことは自分には到底無理だった。

 

 

「その身は既に邪悪な処刑人、凶器を疼かせ闇に忍び、闇を消し去れ」

 

 

胸の熱がぐつぐつと煮え滾るのが聞こえてくる。怒りという名の熱がマグマのようにこみ上げている。普段ならコントロールしてくれる頭が、高熱でストッパーの役目を果たさない。ならばどうなるか。理不尽な暴力を許さないという生の感情を剥き出しにして動く悪夢(ナイトメア)が生まれるだけだった。

 

 

「《ランスロット・クラブ・クリーナー》」

 

 

詠唱の終わりと同時に姿を変えて蒼黒となった騎士の動力(心臓)が切り替わる。脈動するのは次元を越えてエネルギーを供給する超機関。神装機竜など比べ物にならない出力が唸りをあげて機体中を駆け巡る。

 

神装を発動し、完全なステルス性で身を包み空を翔る。それだけでただでさえ、高熱でやられていた頭と体は更に重くなる。それでも理不尽に対する怒りと、間に合えと逸る気持ちは揺るいでなどいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

レリィ・アイングラムは膝をつき、妹、フィルフィを抱きしめていた。

妹も同じようにこちらを抱きしめ返しており、お互いを離すものかと力強く身に付けた服を握り締めている。傍からすれば、姉妹の微笑ましい姿に映る。しかし、抱きしめる相手に声を掛けることすらも、微笑むことも容易ではない状況に彼女たちは陥っていた。

 

時折、背後からウィーン、ウィーンと、床を踏みしめて動く音が聞こえる。音が鳴るだけで、フィルフィの体が大きく震える。今年で十二になる妹の体は二十になった自分の体に包まれ、状況を確認することができない。そのため、音が鳴るだけで恐怖に襲われている。自分もあの音が恐ろしくてたまらない。

 

妹の震える体をより強く抱きしめながら、恐る恐る背後を見る。

父や使用人、この別荘にいた者たち全員が集められ、床に座らされていた。本来なら、あり得ない光景だろう。そんな光景が繰り広げられているのは、父の享楽でもなんでもない。今、この別荘で最大の力を持った人物によってだ。

 

自分たち集団を囲む者、装甲機竜(ドラグライド)という最強の武力を持った機竜使い(ドラグナイト)がこのパーティーの主催者だ。

 

本当に突然の出来事だった。

 

帝都ロードガリアで商談を行う予定の父の補佐として付き添い、この街の別荘で休んでいるところを彼らは突如襲ってきたのだ。

 

最初は傭兵崩れの盗賊かと思ったが違う。機竜の装甲に刻まれた紋章や身に纏っている装衣から正規の帝国軍人だと分かった。

 

腐敗の進んでいる帝国。その影響は帝国軍内部にも深く浸透しており、本来は民を守るべき彼らが圧政者そのものになっている事実はレリィにとっても解っていた。いくら大きな商談とはいえ、最初は帝都に向かうのを父へ反対したほどに。そんな彼らが自分たちにあるはずもない難癖で襲い掛かってきたと思っていたが――。

 

――あの余裕のない感じはなに?

 

今この場を支配しているは間違いなく彼らだ。支配できるということは十分な力を持っていること。装甲機竜という超兵器を持っている彼らは普通なら優越感といった余裕を持っているものだ。しかし、別荘から金品をかき集めている彼らにはその余裕というものが全く感じられない。

 

彼らの顔にあるのは焦燥と恐怖。

 

軍の金を使い込み、それを自分たちから奪ったもので補填しようとしているのか?

 

だが、それにしても彼らの雰囲気は尋常じゃない。軍内の罰を恐れているだけなら、あそこまで余裕をなくすはずがない。

 

強盗の一人が唯一の《強化型》――《エクス・ワイアーム》に乗ったリーダー格と思われる男に顔を真っ青にしながら話しかけた。会話が続くたび、リーダー格の男に滝のような汗が流れ、震え始める。ダミ声で聞き取りにくいが辛うじて『全滅』『敵前逃亡』『国外へ』『奴らから逃げる』『とにかく遠くへ』という言葉をレリィは耳に拾った。

 

――逃げる?一体何に……?

 

強化型(エクス)を扱う地位にありながら軍を抜け、豪商から金品を奪うというリスクを背負い、国外という遠く逃げ出そうとするほどの……恐怖に彼らは出会ったということか。幻獣神(アビス)か、と思ったその時、苦悶と悲鳴が生まれた。

 

苦悶は父のもので、悲鳴はメイドたちのものだ。

 

先程の会話で焦燥と恐怖が最高潮に達したリーダー格が更に金を要求して、全て出したと言った父の言葉を嘘と決めつけ激昂、機攻殻剣(ソードデバイス)で殴ったのだ。

 

 

「父さん!」

 

 

思わず叫びに、凶行を働いた男と目があってしまった。

その顔は未だに恐怖に彩られながらも、口はにやり笑っていた。

 

いけない。そう思った時には、レリィと抱きしめたままのフィルフィの体が宙に放り出された。身動き一つとる前に男が纏った機竜の手で自分たちを集団から引きずりだしたと理解したのは、背中を床に打ちつけた後だった。

 

背中に広がる鈍い痛みに耐えながら、妹を抱きしめたまま起き上がると……

 

 

「あ……」

 

 

目の前の光景に背筋が凍りついた。

 

その目に、先程リーダーに駆け寄った機竜使い(ドラグナイト)の姿が映った。機竜の手に無機質な光沢を放つ武器を持っている。それも威力の弱い機竜息銃(ブレスガン)ではなく、人間に使用するには過剰威力(オーバーキル)機竜息砲(キャノン)だった。

 

自分たちは見せしめだ。父から更に金を巻き上げる為に自分たちを此処で殺そうとしている。

 

帝国では男尊女卑の思想が根深い。自分たち女は人質にすらならない、見せしめの贄だと機竜使い(ドラグナイト)の目がありありと語っている。更に男に並ぶように機竜使い(ドラグナイト)二人が機竜に機竜息砲(キャノン)を持たせ、砲口をこちらへ向けた。その顔には新しく嗜虐的な色が生まれていた。

 

父や使用人たちが床に頭をこすり付け、止めるように懇願する。しかし、男たちはもう遅いとばかりに機竜息砲(キャノン)のチャージを始める。

 

そんな物を撃てば騒ぎが伝わることを彼らは理解しているのだろうか。いや、そもそも恐怖と焦りで追い詰められた彼にそこまでの思慮を期待できるはずがない。

 

 

「――――」

 

 

叫び出したかった。泣き出したかった。抵抗さえできずに殺されるとわかった時は、そうなるものだと思っていた。それでも、分厚い壁で塞き止められたように、涙すら流れない。絶望。そのたった一つの言葉が、体全体を縛ってしまった。

体は自由の身でありながら、心が恐怖で縛り上げられてしまった。

 

カチャリと金属的な音が聞こえた。眼前の機竜使い(ドラグナイト)たちが機竜に差し込まれた機攻殻剣(ソード・デバイス)に触れたのだ。

脅しではない、本気だ。あんなもの(キャノン)で撃ち抜かれたら、自分の身は跡形もなく消え去るだろう。

レリィの胸で恐怖が跳ね上がる。だが、

 

――フィルフィだけは……!

 

フィルフィの体をより強く抱きしめる。

 

妹を守る。

 

絶望的な状況でも家族として、姉として愛しい者を守ろうとする気持ちが身体を動かした。

 

 

「やれ」

 

 

リーダーの男が命じる声がする。

 

 

「……助けて」

 

 

――お願い。

 

 

「……助けて」

 

 

――この子を、妹を。

 

 

「……助けて」

 

 

――フィルフィを。

 

 

「……助けて」

 

 

装甲機竜が機竜息砲(キャノン)のトリガーを引こうとした、その時――別荘の壁が爆発した。轟音は鼓膜を叩き、破砕された壁だったものが粒となってレリィの柔らかな頬を打った。爆風が髪と衣服を揺すり、体を吹き飛ばそうとする。

 

レリィはそれでも振り向くことをしなかった。例え、暴発か脅しだとしても、この絶望的な状況が覆るわけではないのだ。だが、続く砲撃はなかった。あるのは装甲機竜(ドラグライド)の機動音と機竜使い(ドラグナイト)たちの驚愕と戸惑いの叫び。

 

恐る恐る背後を見ると、レリィは目を見開いた。

 

機竜使い(ドラグナイト)たちは、警戒の色を浮かべた顔で、さっきまでレリィに構えていた武器をまだ爆煙の残る壁の方向に向けていた。暴発や脅しなどではない。自分たち(アイングラム)機竜使い(ドラグナイト)たちも知らないイレギュラーが壁を破壊したのだ。

 

機竜使い(ドラグナイト)たちがイレギュラーに対し、即攻撃可能な姿勢を保っていると、その反対側の壁面が、突如崩れ落ちた。分厚い壁の破片を踏み砕きながら、巨大な人影が出現する。

 

 

「神装……機竜?」

 

 

漆黒と蒼の鎧騎士を思わせる、美しい機竜だった。汎用機竜のような量産品ではない。そんな代物には存在しない、品と質を極めた芸術品であると同時に大自然のように脆弱な人間を圧倒する存在感が溢れ出ていた。

 

その蒼の機竜を操作している機竜使い(ドラグナイト)

顔立ちは解らない。黒い衣服で全身を包み、備えられたフードを深々と被っている。

辛うじて覗いている口元からは荒い息が漏れている。体力の消耗による息切れ……だけではないだろう。それだけならば、呼吸のたびに命が抜けていっている印象を抱かないはずだ。

 

機竜の左腕には、機竜と同等の長大な銃器が握られている。銃の体といえる部分は機竜息砲(キャノン)機竜息銃(ブレスガン)の中間といったサイズだが、銃身の部分が異常に伸びており、その銃口から余熱を吐き出している。

それでレリィは悟った。最初の壁の爆発は機竜使い(ドラグナイト)たちの注意を引くために、あの銃器の放った一撃で生まれた囮であったことを。

 

汎用機竜とは違う、その姿から神装機竜だとは思われるが、レリィにとって、その機竜が何なのか――強盗の敵か味方すらも未だによくわからなかった。いや、敵だ。自分たちの邪魔をした以上、強盗たちにとってイレギュラーは全て敵なのだ。

 

そんな不意をつかれた機竜使い(ドラグナイト)たちのは、慌てて振り返る。そして騎士の姿を目撃した際の姿は一言でパニックに陥っていた。

 

自分たちを消し飛ばそうとした三人もリーダーも、僅かに浮かんでいた優越もあっという間に恐怖に染め上げられ、悲鳴のような声を上げる。

 

 

「何故、気付かなかった!!《ドレイク》乗りは寝てたのか!?」

「ここに来てから欠かさずやってたよ!!けど、全く反応がなかった!幻創機核(フォースコア)の反応どころか、飛翔機の音も波なんにも!?」

「レーダーの範囲外から瞬間移動したとしかいいようがねぇ!!」

 

「おい……あの胸の紋章……!?」

「《案山子》と同じ……姿は《外套付き》そっくりだ!!」

「俺たちを追ってきたんだ!!」

 

 

レリィを狙っていた機竜使い(ドラグナイト)三人が恐怖に震えたまま一斉に攻撃を開始する。機竜息砲(キャノン)は準備中なのか、片方の腕で機竜息銃(ブレスガン)を連射していく。だが、機竜息銃(ブレスガン)の弾は、蒼の機竜が発生させる障壁、それも機竜使い(ドラグナイト)を防御する自動障壁に火花を散らす、ただ、それだけだった。

 

そんな攻撃など通用するものか、避ける価値もない、と言っているように見えた。現に蒼の機竜の装甲に届いていない。

 

信じられない光景だった。機竜の装備の中で火力が低い機竜息銃(ブレスガン)とはいえ、三倍の数を正面から、自動障壁だけで防ぐ機竜など見たこともない。少なくとも、強盗たちが使用している汎用機竜では不可能だ。

 

機竜息銃(ブレスガン)の弾幕が降り注ぐ中、とうとう機竜息砲(キャノン)の発射準備が整った。家屋一軒をゆうに吹き飛ばせる威力を持った主砲が、それも三つ。

無理だ、と思った。いかに頑強な障壁を持っているとはいえ、機竜息砲(キャノン)を三つも正面から受けるなど正気の沙汰ではない。

 

だが、蒼の機竜は動かない。ただ木偶のように立ち、放たれ続ける機竜息銃(ブレスガン)を弾いているだけ。

 

 

「撃てぇっ!!」

 

 

蒼の機竜目掛けて三つの機竜息砲(キャノン)が発射される。うねりを帯びた高熱の光芒が、目標に進んでいく。

 

蒼の機竜は……動いた。けれどそれは、回避行動ではない。相変わらず棒立ちのまま、武器を持っていない右腕を前に突き出すだけだった。

 

 

「……っ!?」

 

 

直撃、爆発した。

機竜一機を破壊するには十分過ぎる破壊力。爆煙と熱い大気の壁が生まれ、さっきより強くレリィの身を叩く。

 

爆心地から白い煙が広がり、突然消えた。晴れた原因は蒼の機竜だ。盾として構えた腕を力強く振り、煙を晴らしたのだ。先ほどの三撃は、機竜息銃(ブレスガン)と同じく蒼の機竜に傷をつけることはなかった。

 

 

「ひぃっ……!?」

 

 

恐れを帯びた声と共に、機竜使い(ドラグナイト)たちが機竜息銃(ブレスガン)を撃ちまくる。障壁を削りきると考えているのか。しかし、とうとう蒼の機竜が動き出した。

 

何もなかったように、蒼の機竜が機竜使い(ドラグナイト)たちに歩み寄る。いや、その表現は正しいのか解らない。脚部についた車輪が床に触れ、回ったと思ったら既に相手の懐に入ってのけたのだから。

 

蒼の機竜が、その手に握った長大な銃器を振り上げると、その刹那、振り上げられた腕が、風を切って唸りを上げた。耳をつんざく轟音と共に、機竜息銃(ブレスガン)の音が止んだ。機竜使い(ドラグナイト)たちはなぎ倒されていた。三人は衝突で気を失い、鈍器となった銃器によって纏っている装甲機竜(ドラグライド)は機能を停止していた。

 

 

「――!!」

 

 

父たちの側にいたリーダー格の機竜使い(ドラグナイト)が悲鳴にしか聞こえない叫びを上げて、蒼の機竜に機竜牙剣(ブレード)を頭上高く、振り上げながら突撃していく。攻めるのは、右側。部下たちの倒される姿を見たためか、銃器を持っていない右側から襲い掛かる。蒼の機竜は気付いていないのか、敵を見ようともしない。

 

しかし、レリィはこれから繰り広げられる光景から、その戦法は間違いだと思い知らされた。陸戦型(ワイアーム)特有の、更には強化型(エクス)から発揮される出力によって振り下ろされる機竜牙剣(ブレード)は、いとも簡単に防がれた。障壁ではない、手だ。無手の右手に受け止められていた。キャッチボールをしているかのようにゆっくりとした動きで、機竜牙剣(ブレード)を掴んでいる。

 

 

「……!……っ!」

 

 

蒼の機竜との力の差か、強盗は機竜牙剣(ブレード)を押すことも、引くこともできない。そして――

 

 

「……!!?」

 

 

機竜牙剣(ブレード)が砕けた。まるでゼリーのように硬度などないが如く、易々と砕け散った。驚愕の後、呆然としたリーダーを置いて、蒼の機竜は《エクス・ワイアーム》の肩に右手を軽く乗せる。

 

次の瞬間、《エクス・ワイアーム》が沈んだ。一見、足元の床が抜けたか、そこだけ重力が強くなったかに見えたが違う。

 

蒼の機竜に圧されているのだ。手を置いて圧を加えた。それだけだ。片腕の力だけで、置かれた肩が歪み、装甲の厚い両脚が折れ砕け、沈んだのだ。

 

節々から悲鳴を上げる機竜が抵抗を試みる。圧している右腕から離れようとするがびくともしない。力技では無理と、機竜息銃(ブレスガン)を抜き、至近距離で連射する。

殆ど距離もない状態での威力ならと思ったのだろうが、結果を先ほども変わらず。弾を障壁で弾き、火花で彩られながら蒼の機竜は圧することをやめようとしない。

 

リーダー格の機竜使い(ドラグナイト)は泣いていた。顔を涙で濡らして、叫んでいた。その声と抵抗も虚しく、刻一刻とスクラップに近づいている機竜の断末魔は、被害者であるレリィの胸すらも抉っていく。

 

リーダーの危機に見ていられなくなったのか、強盗の一人が雄叫びを上げながら、機竜牙剣(ブレード)を片手に機竜息銃(ブレスガン)を乱射して突撃する。

 

そこでようやく蒼の機竜は、圧することをやめた。しかし、それは相手を解放、変更したわけではない。肩に置かれた手は、指を立て喰い込んでいた。

 

蒼の機竜が回った。その地点を軸に、独楽のように回った。それも超高速で。そんな加速の勢いを行えば、肩を鷲掴みされていた装甲機竜(ドラグライド)はどうなるか。答えは大型の(ハンマー)。仲間を救おうとした機竜使い(ドラグナイト)はその(ドラグナイト)に獲物として歓迎された。

 

大質量と大質量、幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)の激突が大音量を響かせ、元々大破寸前であった(ドラグライド)と駆けつけた装甲機竜(ドラグライド)を砕け散らせる。

 

蒼の機竜の勢いは止まらない。足を踏み込み、方向を定める。ぶつかり合い、異形の鉄塊となった装甲機竜(ドラグライド)から手を解放する。自由となった鉄塊は地面に落ちることなく、飛んでいく。

 

その射線上には、強盗最後の装甲機竜(ドラグライド)機竜使い(ドラグナイト)の顔は、とても現実を見ているように見えなかった。質の悪い()()を見せつけられた顔だった。

 

呆然としたまま向かってきた装甲機竜(ドラグライド)二機分の鉄塊と衝突。それだけで止まることなく、装甲機竜(ドラグライド)三機分となった鉄塊は、壁を破り、機竜の部品をまき散らしながら、外へと消えていく。

 

そして、残るは静寂のみ。

 

静まり返った場、アイングラムを襲っていた強盗はもういない。薙ぎ払われた三人は、未だに気絶しており、リーダー格の男は部下二人と共に、鉄塊となって外にぶん投げられた。喜んでよい状況なのだろう。少なくとも、自分たちに殺意を持っていた者たちはいなくなったのだから。

 

しかし、一部始終を見た誰もが固まっていた。父も使用人たちもフィルフィも、この場にいる誰もかれもがその場から動けずにいた。全員が、その場を作り上げた蒼の機竜を、技など小手先のものを使用せず、原始の力だけで相手をねじ伏せた蒼の機竜に魅入っていた。

 

レリィ自身も例外なく魅入っていた。どう表現すればよいのだろう。華麗な踊りや精工な作り物といった人間の範疇ではない、怒涛の大瀑布を起こす滝といった圧倒的な存在を目の当たりにした感動が生まれていた。

 

 

「――凄い」

 

 

無意識に零れた感嘆の声。そのポツリとした声に、蒼の機竜がぐるりと体をこちらに向けた。機竜使い(ドラグナイト)の視線が突き刺さるのを感じた。そのままゆっくりとした歩調で歩み寄ってくる。

 

逃げろ、とようやく我に返った父や使用人の声が聞こえた。今更ながら、蒼の機竜が味方であるかは、解っていないのだ。父たちの声が響く中、黒い巨大な影にレリィと腕の中のフィルフィは呑みこまれた。

 

今度こそ――レリィは覚悟を決めた。

 

だが、機竜使い(ドラグナイト)に敵意はないようだ。歩み寄る姿は、威嚇するようなものではない。レリィの眼前で機竜の膝を折り、姿勢を低くして、視線を揃えると機竜使い(ドラグナイト)の口が開いた。

 

 

「呼……んだか?」

「え……?」

 

 

声は男のものだったが、力はなくか細い、酷く弱弱しい。しかし、不思議と耳心地が良い穏やかな声だ。そんな声の持ち主が先ほどの原始そのままを現した戦い方をした人物には到底思えなかった。

レリィの戸惑いに気付かないのか、口を動かし続ける。

 

 

「助け……てって、言った……な?」

「あ――――」

 

 

その言葉にレリィの目が大きく見開かれた。言った。自分は確かに、救いの言葉を吐いた。だが、それは本当に小さな、風が吹けば消えてしまうような物で、もしかしたら抱いていたフィルフィにも聞こえないようなものだ。

 

そんな声を目の前の彼は耳にし、聞き逃さず助けてくれた。

 

そう頭で理解した瞬間に、頬に熱いものが伝って来た。それも一回だけではない。何度も何度も伝ってくる。涙だ。今まで流したことがないほど、大きな涙が止まらない。今まで恐怖で塞き止められていた涙が彼の言葉で安心と共に溢れ出す。

 

涙を零しながらフィルフィを抱きしめたまま頭を下げる。

 

――ありがとう、ありがとう。

 

本来なら言葉に出して言うべきなのだろう。しかし、駄目だ。自分たちが救われたという安心感と胸に湧き上がる感謝の思いがごちゃ混ぜとなって口を開けない。

 

すると下げられた頭に小さな何かが乗せられた。小さく、温かいそれは頭をそっと撫でてくれた。

 

 

「お姉ちゃん。もう、大丈夫だよ。――ありがとう」

 

 

頭を撫でてくれるフィルフィの言葉でまた涙が溢れてきた。そうだ。自分だけではない、最愛の妹も無事だったことに、喜びと安堵、再びの感謝の気持ちが湧き上がったから。

 

頭を下げ続けているため妹の顔が見えないため、最後のありがとうは自分か彼かどちらに向けられたものか分からない。ただ、それにレリィは何度も頷いた。

すると――

 

 

「――お姉ちゃん?」

 

 

彼の言葉、驚愕を含めた声に涙を流したまま顔を上げた。

目の前の彼は相変わらず荒い息を吐いている。しかし、口は丸く空き、レリィとフィルフィを弱弱しい首の動きで見比べていた。

そして、

 

 

「妹を……守った……のか?身を挺して……」

 

 

一息。

 

 

「貴女は……強くて、凄いよ。僕よ……り……も……」

 

 

か細い声が振り絞ると彼の首が糸が切れた人形のようにがくりと落ちる。

 

握っていた操縦桿も離し、主の意識喪失を感知した蒼騎士が光の粒となって消える。

 

支えとなっていた機竜を失った彼は崩れ、倒れ始める。

 

いけない。

 

レリィはこれまでずっと抱きしめていたフィルフィを解放して立ち上がる。そして、手を広げて彼を――抱きしめた。

 

細い外見からは窺えない、鍛えられた男性の体重がずっしりとぶつかった。

 

んっ、と一歩下がってしまうが、確かにレリィは倒れた彼を支えた。その胸に顔を埋めるようにして抱きしめる。そして、服越しにもわかる逞しいその背中を優しくゆっくりと叩く。

 

病死した母から教わったこと。

酷く疲れた男性に対しての最上位の感謝。

 

足からも力が抜けた彼から、レリィの耳元へ、呼吸に似た音が聞こえる。

 

 

「――――」

 

 

それは呼吸ではなかった。

人の名だ。不思議な響きを持った女性の名だ。

 

その名を呟く彼の声が悔恨に満ちたようにレリィには聞こえた。

 



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夢の味

皆さん、よいお年を。


夢には味というものがあることを、アルトは父の記憶から教わっている。

 

幸福な夢は、例えようがないほどの美味で、五感の一つでも触れれば永遠に味わっていたいほどの多幸感を与えてくれる。しかし、所詮は夢で味わうことが出来ても腹を満たすことはない。だから、人はそれを永遠に味わうために努力すると親子共に自然と理解したものだ。

 

アルトはこれまで二度の眠りで幸福な夢を味わっている。

 

自分が誕生して暫くした後に見た夢は、『大御母様』と『叔母様』がいて今はもう跡形もない離宮で手を振って自分を……いや、父を呼ぶ光景だ。

 

学園長室に連れて来られ菓子を食べつくし眠った時には、あの居心地の良かった学園で黒髪の少年、金髪の会長、赤毛の戦友など生徒会と呼ばれるメンバーたちが父を誘って学園行事を行う光景。

 

夢の中にアルトはいない。呼ばれてもいない。存在していない。しかし、それらの夢が幸福と感じられるのは父の記憶を持っている故か?……それでも構わない。夢は見るだけタダだ。誰もが夢を見る機会は平等にある。自分がいない夢に幸福を感じられているのは確かなのだ。

 

反対の悪夢というものは最悪な味。血のように生臭く、焼け焦げた肉のような味。食感はこの世の全ての不快と思わせるものを煮詰めたようなものだ。悪夢を見ていると、そんなものが口や鼻孔、全身から絶えず身体の中に染み込んでくる。

 

アルトは初めて見る悪夢によってその味を噛み締めていた。

 

悪夢によって映し出された場所は、脱衣所も兼ねたシャワールームだ。

 

その場所をアルトは知っている。それ故にこの悪夢が作り出す過去、その結末を理解した故に歯と歯が軋み合う。

 

悪夢の中に一人の青年の姿が現れる。

 

ライだ。

 

彼はちょうどシャワーからあがったばかりで、火照った体に下着のみの格好で、濡れた銀髪を荒い手つきで拭いていた。一通り、作業を終わらせると、役目を終えたタオルをそのまま首に巻く。

 

洗面台の前に立ち、鏡の向こうに立つ彼の表情は正しく鉄面皮。これまで最強の騎士として八千万人を虐殺した悪鬼の顔とはまた違う、あらゆる感情を封殺して主の命令を遂行する完璧な執行者となっていた。

 

シャワールームに備えられたテレビから報道ニュースが流れる。

 

 

『――こちらスペイン上空です。この光景をご覧下さい。何物かがスペインを統治するマリーベル皇女殿下率いる大グリンダ騎士団と交戦状態に入っております。狙いはダモクレス要塞の破壊なのでしょうか――』

 

 

テレビの画面には全長3kmを超える要塞のダモクレスにカールレオン級浮遊航空艦――グリンダ騎士団旗艦のグランベリーが突き刺さり、その周囲の夜空にKMFの戦闘によって小さな光球が爆ぜていた。

 

 

「あちらも始まったか……」

 

 

その一言だけでライはテレビのチャンネルを変える。

 

あちらのことは全てマリーベルにルルーシュが任せている。ならばライがすることはない。だが、マリーベルはルルーシュに似ている。だからきっとあちらの戦いの結末は泣く者が生まれるだけだろう。

 

 

『――間も無く神聖ブリタニア帝国第九十九代唯一皇帝陛下にして黒の騎士団CEO、超合衆国第二代最高評議会議長であらせられるルルーシュ・ヴィ・ブリタニア様による、愚かにもルルーシュ様に反逆した者達の公開処刑が行われます――』

 

 

運命の時間。

 

奇跡の体現者である黒い怪人の復活。千人の中の千人が、万人の中の万人が憎悪する『魔王』を討って『英雄』が誕生する――ゼロレクイエム。

 

その締めくくりまでとうとう一時間を切った。『英雄』となる彼からはその役割を為す冷徹さが満ちている。

 

そんなライの姿を見て、アルトの歯が砕けんばかりに軋み合う。

 

――なんで、なんでそんな顔が出来るんですか……!!

 

吼えた。激怒に染まった真っ赤な叫びだ。アルトにとって生まれて初めて抱いた身を焦がさんばかりの咆哮だった。この時のライの心境を記憶を有するアルトは痛いほど解る、解ってしまう。

 

――殺したくないはずでしょ……!?

 

『魔王』――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを殺す。彼と父の関係は共犯者、主従、パートナー、友達。それらの表現を一つに纏め、筆舌にし難いほど強く固く結びついている。そんな『魔王』を、情の怪物といえる父が出来るはずがない。

 

――『大御母様』と『叔母様』のこともあったのに……!!

 

大切な二人を壊したあの悲劇、そこで受けた心の喪失は父にとって一生消えることのないトラウマとなっている。それに匹敵する傷をこれから作ろうとしている……。

 

――やらなきゃいいんですよ……。

 

――友達なんでしょ?大切なんでしょ?もう失いたくないんでしょ?

 

――苦しみたくないなら殺さなければいいんです。

 

父の心境を知る身として思わざるを得ない。だが、もう手遅れだ。人を、国を、世界を徹底的に破壊し尽してここまで来てしまった。もう後戻りできる道などとうにない。そんなことは解っている。解っているのだ。

 

――あの時、はっきりと嫌だと言っておけば……。

 

先帝シャルルが行おうとした『ラグナレクの接続』。それを阻止した黄昏の間でゼロレクイエムを行うと誓ったルルーシュに父は騎士として誘われ……無二を言わずその手をとった。

 

友がまだ戦うと言っている。ならば自分だけ戦わないわけにはいかないだろう。こんな自分を、彼にとって友と言ってくれるならなおさらに。

 

――その先に幸福がないというのに。

 

二人は『ラグナレクの接続』の崩壊の際、こことは違う次元、『平行世界(パラレルワールド)』を目にしている。

 

ライが存在せず、ルルーシュが枢木スザクと共にゼロレクイエムを行う世界。

 

ルルーシュの妹、ナナリーがギアスの力を有して友達である一人の少女と共に歩んでいく世界。

 

シャルルがシュナイゼルに暗殺され、不老不死を得ようとする彼をルルーシュとスザクが止めようとした世界。

 

他にも自分たちの世界とは近いが、限りなく違いが存在する世界を見た。……無論、ゼロレクイエムが失敗する世界、ルルーシュが死んだ後再び戦争が行われる世界も。

 

そうならないよう平行世界で崩壊の火種となった者たちを徹底的に潰した。利用価値のある者はコントロール下に置いた。あの扇要を総理大臣の要職につけたのも国民の不満が高まったとき、処罰して不満を収める。そのために用意された贄だ。

 

ルルーシュが死んでもライの手腕なら少なくとも五十年は世界平和を続けられる。

 

完璧だ。完璧に整えられた世界平和への道だ。

 

しかし、

 

――そこに父さんの幸福はない。

 

黄昏の間でゼロレクイエムを行う決意をした時点で、もうあの学園には戻ることはできない。あの優しい友人たちとは、ライとして会うことは出来なくなってしまった。

 

夢の中の父が動く。

 

携帯型電子端末を手に取り、かつてルルーシュから渡されたマイクロチップを挿入。液晶画面を触れ、チップの中身を開封する。

 

そこには皇歴2017年から2018年の“ゼロ”の活動内容。更には作戦を行った場所、使用した物資、時間、人員などが綿密に記録されている。これから“ゼロ”を演じていく上で自身の所業を知っていなければ当然ならない。

それだけでなく、

 

――なんて恐ろしい人……いえ、まさしく『魔王』。

 

ライの記憶を持っているが故に、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの才能は知っているがここまでいくと本当に人間を超越した存在ではないのかとアルトは戦慄した。

 

ゼロの活動記録の他にあったのは、二十年後までの世界動向のシミュレーション記録だった。何百、何千通りも優に超える観測記録はこの記録通りに行動すれば誰でも世界のリーダーとして振舞うことが可能なほどに完璧だった。

 

何故、彼がこんな“攻略データ”をライに託したのか。

 

友の才覚に不安を感じたのか、それともただのお節介か……。

 

ライは画面に表示された観測記録を無視して画面を下へスクロールする。高速で流れていく画面が止まり、一番最後のデータに辿り着く。

 

それは写真ファイルだった。そのアイコンにタッチしようとした指を一瞬止めるが、意を決したように力強くアイコンに触れ画面一杯に写真が映し出される。

 

――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアッッッ!!!

 

その写真を見て、アルトはライへの怒りなど凌駕する怒りとあらん限りの憎悪を込めて『魔王』の名を叫んだ。

 

写っているのはアッシュフォード学園の生徒会メンバーたちだ。

 

ルルーシュやカレン、スザク、ナナリー、ミレイ、リヴァル、シャーリー、ニーナ……そしてライ。恐らくメンバー全員が揃って写るのはこの一枚だけだ。

 

シャルル皇帝の記憶操作のギアスや機密情報局によって、2017年の記録は全て改竄、または破棄されてしまっている。なのに何故こんな物をあの魔王は持っていたのか。機密情報局を無力化した際に得たのか……いや、そんなことは今はどうでもいい。こんな、こんな黄金のような思い出を今、ライに見せたら……。

 

――駄目っ……!

 

制止の声を叫んでも意味はない。

 

ライは、写真を画面から消すと、端末からマイクロチップを抜き取り、口に入れた。右の奥歯に挟み、力を込めて、一瞬で噛み砕いた。歯が痛みそうなものの、ライはマイクロチップ一つを完全に砕き、呑むところまでを完遂させた。

 

――ああ、ああああ…………。

 

アルトの口から悲嘆が零れるように漏れる。

 

捨ててしまった。夢も幸福も思い出も全て捨て去ってしまったことが理解できてしまった。

 

ライを英雄(ゼロ)にするための最後の仕上げのためにあの男は写真をチップに入れていたのだ。父が確認することすらも予測して。

 

『俺を――殺せ』

 

彼からの勅命がライの脳内でリフレインする。

友を、ルルーシュを殺す。躊躇いはこの地下で別れた際に零した涙と共に消え去った。

血と肉と何かで出来ていた心が、打ち上げられ、鍛え上げられ。漆黒の鋼へと変容していく。

 

固く。硬く。堅く。

 

強く。靭く。剛く。

 

揺れ動かない、鉄の塊。

 

『魔王』を討ち取る『英雄』――ゼロがここに完成した。

 

全身を漆黒の衣装で身を包み、漆黒の仮面と外套で更に包み込む。

 

地上へと向かう足取りに迷いは……なかった。

 

「駄目です!行かないで!」

 

アルトは思わず叫び、遠ざかる父親に手を伸ばす。

 

その手が不意に温かい感触を握り、はっとしてアルトは目覚めた。

 

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

 

 

右手に掴む温かく柔らかい感触にアルトは飛び起きていた。

 

荒い息のまま右手を見れば、自分の手は、白く細い女の手を握っていた。

 

「…………」

 

視線を動かして女性の顔を見る。

桃色の髪を持った妙齢の女性、レリィ・アイングラムだ。

 

彼女は床に両膝をついて、心配そうな顔をアルトに向けていた。

 

「大丈夫?酷く、うなされていたわよ」

「……すみません」

 

そう言おうとして、アルトは声が出ないことに気付いた。喉が渇き切っている。最後に水を飲んだのは、確か自分が目覚めた遺跡から出発した時だ。そしてまだ自我が幼子状態でクッキーなどお菓子をたらふく食べて、今現在シャツが重く感じるほどの汗をかくことになった親子闘争を行った。渇き切っても不思議ではない。

 

「……あ、まずはお水ね」

 

アルトはコクコクと頷く。

レリィは、アルトの手からするりと離れると立ち上がった。行く手を見れば、廊下とアルトがいる部屋を仕切る黒い鉄格子があった。開き切った扉のすぐそばの床にサンドイッチやスープといった食事を載せたトレイがある。

 

そこでアルトは自分がどこにいるのか把握した。

 

ここは学園の敷地内にある地下牢だ。

 

今朝、自分がルクスを発見し、その壁を破壊した場所。その証拠にアルトがいる牢屋の反対側には、自身が両手で曲げた鉄格子があり、自身が《ヴィンセント》で破壊した壁の外から夜の帳が丸見えだ。

 

半日眠ってしまったか、と血が乾いたことで固まった髪を弄る。

借りた制服も汗で重くぐしゃぐしゃで今すぐにも風呂に飛び込みたい気分だ。

 

レリィは持ってきたトレイの上の水差しから、グラスに水を注ぎ、どうぞと差し出す。

 

アルトの渇いた喉がグラスの中身に思わず鳴る。それを受け取り、行儀が悪いと思いながらも一気に飲み干す。喉がゴクリ、ゴクリと耳に気持ち良く鳴る。キンキンに冷えた水は本当にありがたかった。思わず涙が出そうなほどに。犯罪的に美味しく、体へと染み込んできた。

 

「ま、行儀の悪い」

 

グラスを空にしたところで、レリィが苦笑する。

分かっていたことだが、改めて言われると恥ずかしい。すると、レリィが手を出したので空のグラスを渡すと何も言わず再び水を注いでくれた。

再び一気に飲み干すと、アルトは深く息を吐いた。そこでまたも行儀の悪さに口を覆うとレリィは気持ちのいい飲みっぷりね、と笑顔で空のグラスを受け取った。

 

冷水のお蔭か、ようやく身体が覚めた気がする。そして、今、自分がどうなっているのか確認するため、立ち上がって体を軽く動かしていく。

 

自分が気を失うまでの記憶もあるし、ライの記憶もある。ワイアードギアスの存在と発動、幻獣神化にも問題はない。《ザ・ゼロ》も消えずにあるが、紋章を浮かべる程度で無効化できるほどには回復していないのが感覚でわかる。

 

そこで凝った首を解そうと軽く回したところ、硬質の冷たい感触があった。それに触れると首に金属で出来た首輪が掛かっている。

 

「あ、それにあまり触れない方がいいわよ。『縛輪』って言うらしいわ」

「ああ~~、まぁ当然の処置ですよね」

 

自分の都合で父親に喧嘩を売って悪夢(ナイトメア)同士の戦闘を行ったのだ。お互い強化させてないとはいえ、下手をしたら校舎の一部が吹き飛んでいた。こうして手足を縛りもせず、レリィと面会できている処遇が不思議でしょうがない。

 

アルトは『縛輪』を撫でた。

 

この『縛輪』は父が眠っていたギアス遺跡から発掘した代物だ。無理に外そうとしたり、ポインターを四つセットして、恐らくこの牢屋の四隅に、その四方の範囲から出ようとすれば強力な電熱が流れる仕組みだ。

 

命令に逆らった相手を、電熱で死に至らしめる『楔』という物もあるらしいが古文書で確認しただけで父も実物を目にしたことはない。

 

――となると、父さんは私より先に目が覚めたということですね。きっとまだ気絶している私を身動きできないようにしようとしましたが、レリィさんに止められてこの『縛輪』と地下牢で妥協したという所でしょうか……。

 

そんなことを顎に手を当てながら考えていると、

 

「本当にライの娘なのね……」

「え……?」

 

レリィの顔を見ると懐かしむようで、過去の光景を自分に重ねていることが一目でわかった。

 

「ライから聞いたわ。貴女、ライの記憶を持っているのよね」

「ええ、はい。……信じるんですか?娘の話や記憶を持っているなんて話……」

「信じるわよ。貴女は私とライが幻獣神(アビス)化の治療法を探しているなんて秘密を知っているからね。ライがそのことを口外するなんてあり得ないわ」

「……もしかしたらってことは考えないのですか?」

「ええ」

 

レリィは笑顔で即答した。

それだけ彼女は父のことを信頼しているのが伝わってきた。

 

「初めて会った時から、帝都から突然去ったこと以外、彼は私の信頼に応えてくれて、それを裏切ったことはないわ」

 

そもそもライの記憶から分かっているでしょう、とレリィの信頼に満ちた笑顔に父の記憶がフラッシュバックする。レリィからの依頼や頼み事を成した後の感謝された時の光景を思い出すとアルトの胸に不思議な熱が湧き上がる。熱は炎のように猛るものではなく、日向のような心地よさ温かさだ。

 

――愛や恋……ではないですね。

 

アルトは熱が灯る胸に思わず手を当てながらも、身に宿る熱を分析していた。これは自分のものではなく、父の記憶に引っ張られた結果だと。

 

父にとって情は切っても切り離せないものだ。それこそ、あの情深き父に情を封殺させた、情のままに世界を変えようとしたあの魔王と同等に。

 

そんな父は愛と恋を経験したことがある。

 

愛は家族に。恋はあの戦友の少女に。

 

その記憶の中の二つと今宿る熱を比べるが両方とも当てはまらない。

 

レリィ・アイングラムは()()()()()()()()()()()()()()()

 

ならば、この熱は――

 

「……ああ、なるほど」

 

父の記憶を漁ればすぐに解った。

 

レリィ・アイングラムには笑顔がよく似合う。哀しみや悲嘆といった表情は似合わない。

 

そう父は思っているのだ。だからこそ、彼女の笑顔にこんなにも熱を――安心感と満足感を覚えるのだ。……あの生徒会長のように。

 

――けど、無茶をしてレリィさんを心配させてしまいますから、本当に父さんは不器用ですよね。

 

これまで父が無茶をしてレリィを何度も心配させて、怒られて最悪泣かれたことも思い出したアルトは胸の熱を吐き出すように一息つく。

 

「覚えているかしら。私とライが初めて言葉を交わしたのが――」

「――牢屋でしたね。レリィさんたちを襲った軍人崩れの盗賊をボコボコにしましたが、熱で倒れて所持していた宝石で泥棒と勘違いされてぶち込まれました」

「すぐに誤解は解けたわ。宝石は私たちのじゃないって目録で確認したし、全てに施された加工技術、素手じゃ到底無理だと私の目からも鑑定できたわ」

 

レリィはそう言った後、頭を下げた。

 

「あの時はごめんなさい。父も盗賊に襲われた直後だったから……」

「いいんですよ。レリィさんとフィルフィさんは命の恩人として最初から信じてくれたじゃないですか。それに高熱の父さんに医者を派遣してくれました。もしそのまま熱が悪化して死んでいたら、私も目覚めてませんし、悪夢(ナイトメア)によって世界はもっとひどい状況になっていました」

 

――ただの過労とストレスでしたし、父さんが『あちらの世界』のことを放置したまま死ぬなんて到底思えませんけど……。

 

「こっそりと牢屋に眠る彼を覗いた時があるのだけど、うなされてたわ。とっても苦しそうに。その姿とさっきまでうなされてた貴女……本当にそっくりだったわよ」

「……まさかそれで私が娘だと?」

「それとこれまでの仕草ね。水を飲む姿勢や顎に手を当てる姿とか、ほんの短い間だけど貴女からライの面影がはっきりと伝わってくるのよ。そっくりな容姿に加えて些細な動作からライの面影が重なっちゃえばライの子供って納得するしかないわよ」

「そう言うものですか……」

 

アルトは別に父の動きを意識して出していない。ただ、記憶と感覚に引っ張られて無意識に動いてしまっているだけだ。

 

先の父との悪夢(ナイトメア)戦でもそうだが、アルトの動きはライの記憶に引っ張られたものだ。ライの戦い方のセンスとアルトのセンスには当たり前だがズレがある。日常動作なら問題ないが、戦闘ではそのズレは致命的だ。ルクスのような観察眼の高い者ならそこを突いてくる。

 

()()()()()()にも劣化ライ卒業の矯正と鍛錬が必要だ。

 

そんなことを考えているとアルトの腹からグウゥ~とアルトの腹が鳴った。

 

腹の中、空腹のイメージが急速に現れた。情けない、と片腹を押さえるも、先程飲んだ冷水のせいでよりイメージが強烈となってアルトの腹を攻め立てる。

 

再び腹の虫が鳴る。それもより大きな音で。

 

情けなさに加えて羞恥から顔を俯けると、レリィが微笑を浮かべて牢屋の外に置いてあった料理が置いてあるトレイをアルトの方へと優しく差し出す。

 

なんの変哲もない、トマトサンドやハムサンドなどのサンドイッチとジャガイモと人参、玉ねぎが浮かんだスープといった夕食というよりは夜食に近いメニューが並べられていた。

 

「これぐらいで足りるかしらね……」

 

レリィが申し訳なさそうに言うも束の間に、アルトは手を合わせて料理へと飛び掛かった。水を飲んだ際に行儀の悪さについて脳裏に浮かべたが、今のアルトにそんなものは吹き飛んでしまっていた。ただ、空腹に押されるまま派手な音を立てて料理を胃へと放り込んでいく。

 

「どう?味の方は?」

 

アルトは口にサンドイッチを頬張りながらコクコクと頷く。

 

素朴だがどこか懐かしさを感じさせる味だ。

 

「そのサンドイッチ、作ったのライなのよ」

 

思わず喉を通っていたサンドイッチを噴き出しそうになった。

流石にリバースは不味いと思い、水で胃袋へ流し込む。

何とか落ち着き、クスクスと笑顔を浮かべるレリィを睨む。

 

「……また父さんに夜食を作らせましたね、レリィさん」

「学園長室前であんな騒ぎを起こしたんだから、減給と壁や床の修理ついでにね。味はそこそこだけど、頑張って料理しているライの姿がとっても可愛くて」

 

笑顔にほんの少し嗜虐的な色を見せるレリィに、料理を作らされるライの苦労を記憶で理解してしまうアルトはため息をついた。

 

「……あんまりハードルの高いメニューは勘弁してあげて下さい。父さん、料理は出来るといえば出来ますけどレパートリーも少ないですし、雑系で大量生産型が基本ですから」

「けど、無理と言わず必死に作ろうとするのがいいのよ」

 

レリィはふぅ、と満足気な吐息を漏らした。

きっと彼女の脳裏には料理本片手に内心ひーひー言いながら若干ハードル高めの料理を作らされているライの姿が浮かんでいるはずだ。そして、そんな難題をこれからも続けるつもりと理解できた。

 

「ライってお任せで頼むとサンドイッチを作ってくるけど得意料理なの?」

「得意といえば得意ですけど好物とかではないですね。……適してるからです」

「適してる?」

「片手でペンや本、手綱、そして剣を握ったまま食べられるからです」

「合理的ねぇ……」

「あっ、ならこのサンドイッチ、レリィさんの……?」

 

気付けばトレイの上のスープは飲み干され、サンドイッチはもう一口くらいの大きさくらいしか残っていない。

 

「いいの、いいの。そもそも貴女の為に用意したものだから」

「え?」

「貴女に持っていくって正直に言ったらライは作りそうもなかったし、だから私の夜食ってことで作らせたわ」

 

だから気にしないで、と言うレリィにアルトは頭を下げた。

 

そして、もう一口サイズとなったサンドイッチを口に放り込む。

 

ライが、父親が作ったという事実を加えた料理は先程抱いた懐かしさから変わって、一言で言い表せない不思議な味になっていた。

 

「ごちそうさまでした」

 

そのまま味の正体も解らぬまま完食し、手を合わせる。

 

正直、満腹にはまど遠いが自分の今の状況でそれを口にするには厚かまし過ぎる。

 

レリィはトレイを牢屋の外に片付けると、椅子を持ってきてアルトを見下ろすように座った。

 

「さて、お腹も膨れたようだし――そろそろ質問に入ってもいいかしら」

 

レリィからこれまでの柔らかい雰囲気が消え去った。

その表情と視線は断りを許さぬ迫力と如何なる嘘も見逃さない鋭さを以ってアルトを射抜く。

王国有数の大財閥の長女、商人特有の人の腹の底を覗こうとする顔つきだ。

 

アルトはライの記憶を持っている故にレリィの変貌に驚愕はない。寧ろ、見下ろすレリィに対し、制服の皺を手で直し、正座の姿勢を正して顔を上げて向き合う。

父は彼女には笑みが似合うと思っていたが、この表情も嫌いではなかった。

 

――父さん、できる人間嫌いじゃないですしね。

 

「構いませんよ。ならば、父さんも呼んだ方がいいんじゃないでしょうか?今日は色々あったのでもう休んでいると思いますが、レリィさんが後で伝えるにしても、そっちの方が手間がかかりますよ」

「ライを呼んだら貴女が挑発をする可能性があるわ。ライ自身も今は挑発されて抑えられる自信がないって」

「挑発……ええ、しますね。『縛輪』で黙らせられようが私は父さんを煽ります。そうなったら私を嫌悪する父さんと争いになって、学園長室の二の舞で話が進みませんね」

 

アルトはその光景を脳裏に浮かべてくすくすと笑う。

 

「それじゃ最初の質問をするわ」

 

一息。

 

「貴女はどうしてライをそう挑発するの?――憎んでも、嫌っているわけでもないのに」

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

レリィはアルトが何故そうライを挑発しようとするのか尋ねた。

 

本来なら他に優先すべき質問があるのだろうが、どうしてもそっちの疑問が気になってしまったのだ。それに彼女は学園長室で言っていたではないか。

 

ライの知っていることは知っていて、知らないことは知らないと言った具合、と。

 

一先ずはその言葉を信じるとして、最初に出会った際の精神幼児状態についてもアルトより数時間前に目覚めたライからほとんど考察に近い説明を受けている。

 

ライの記憶をコピーする前に下地となる人格が用意されていたのだろう、と。

 

その用意された人格があの無垢な幼児のような性格、と。

 

その人格とライの記憶が名を付けたことで何等かの反応を起こし、『アルト・ランペルージ』として覚醒した、と。

 

そう説明するライの顔は苦虫を数百匹噛み潰した表情を浮かべていた。アルトを含めて、そう考察できる過去の情報に本当に忌々しさと嫌悪がありありと見えていた。

 

だから、レリィは目の前の少女、アルト・ランペルージについて学園長室での突然の覚醒からこの牢屋での僅かな会話で感じた違和感を口にした。

 

――この子はライをなぜそう挑発するのか?

 

この少女とライの話題をさりげなくしてみたが、彼女からはライへの怒りや憎しみ、侮蔑といった負の感情というものは見当たらない。商人と学園長という人の内面をよく見てきた自分には解る。

 

ならば何故彼女はライに挑発するような真似をする?

 

レリィの質問にアルトは目を点にしたが、すぐに困ったような苦笑を浮かべた。

 

「……怒っても憎んでもいないってどうしてそんなこと言えるんです?私は父さんの記憶を持っているんですよ。レリィさんも知らない、これまで行った悪鬼の所業についても知っています。そんな父さんを侮蔑して神経を逆なでしてもおかしくないでしょう?」

「――いいえ、貴女はライを憎んでも侮蔑もしてないわ。それとは別の何かを抱いているのを感じるわ。ほんの短い間だけど、それだけは解るのよ」

「……なぜそう言えるんです?」

「ライに似ているからよ」

 

レリィはアルトを見て思う。

 

――この子は本当にライに似ているわ……。

 

外見だけではなく内面すらもと確信している。

 

だから、あの激情家のライの分身のような存在が、もし憎悪などを抱いていれば、朝の戦いはあんなもので済むはずがなく、こうして穏やかに大人しくしているはずがない。

 

そう言うと、アルトは再び困ったような苦笑を浮かべた。

 

「……参りましたね。どうも娘の私もレリィさんを相手にするのは不利なようです」

 

アルトは観念したように一息入れてポツリと呟く。

 

「私は、父さんに恨まれたいんです」

 




《アルトの夢・要約》
「なんで敢えて不幸な道選んでるですか父さん!人一倍皆といるのが好きなくせに!それを解っててあの体力無し皇帝!あっ、父さん!ちょっと、こっち向いて、行っちゃダメっ!ねぇ、ちょっとぉっ!」


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仮入学

復活のルルーシュ……一言で言うと最高でした。


ルクス・アーカディアは現在、非常に泣きたかった。

それはもう今すぐ部屋の隅で膝を抱えてさめざめと泣きたいほどだった。

 

ルクスがいる場所、王立士官学園の校舎二階の二年生の一教室。そこは貴族子女のお嬢様たちだけの華やかな空間でありながら、お通夜もさながらの重苦しい空気が包まれていた。

 

――帰りたい……!

 

キリキリと痛みだした胃を抱えながらルクスは心中で叫ぶ。

 

本来、機竜整備の依頼を受けただけのルクスが今、学園の制服を着て教室にいるのか。

それは先日の騒動が切っ掛けだ。

 

新王国の姫、リーズシャルテ・アティスマータとの装甲機竜(ドラグライド)を用いた決闘。

 

その前に自身の機竜チェックの為、妹のアイリとその友人ノクトと機竜格納庫に向かう際に、学園長室の扉を破壊して、ライと彼に似た少女が廊下で《ランスロット・クラブ》と《月下・先型》を纏い、文字通り殺し合いのような激しい戦いを間近で見ることになった。

 

その後、不意打ち、消耗、生身だったとはいえ両者を辞書で殴り倒すレリィという凄まじい光景を目撃したが、場を収めた彼女が預かるといった為、一先ずそのことは後に聞くことにして決闘に集中した。

 

学園敷地内にある演習場で、大勢の学園関係者に見られながら始まった試合。それは、王都のコロシアムで多くの模擬戦を繰り広げたルクスにとっても経験したこともないほど激しいものだった。

 

リーズシャルテの纏う機竜、その名も神装機竜《ティアマト》。

 

無二の才能と弛まぬ努力を持った者しか扱えぬ機竜を超える機竜。

 

決闘前に妹のアイリから詳細を知らされていた専用の特殊武装である《空挺要塞(レギオン)》を使用した悪魔じみた戦術。

七つの砲口を持つ超火力の巨大砲撃兵器《七つの竜頭(セブンスヘッズ)》から放たれる必殺の一撃。

その圧倒的性能を自身の物にし、淀みのない動作で繰り出す彼女の技量。

 

いくら部品と武装を防御特化に改造したとはいえ、ルクスの使う汎用機竜の《ワイバーン》では気を抜けば一撃で撃墜されてしまうであろう相手だった。

 

圧倒的過ぎる戦力差、間違いなくこれまで戦ってきた相手の中で強者ともいえる彼女にルクスは――だからこそ、勝機を感じ取った。

 

《ワイバーン》の基本武装の全てを巧みに使い分け、彼女の攻撃を防ぐ。

攻撃の余波によって装甲も、徐々に剥がれ、展開している障壁の出力もあと僅かまで減らされたが、それでも致命傷を受けることなく五分凌いだ。

 

そのまま時間を稼いで、リーズシャルテを体力切れに追い込もうとしたが、彼女は切り札である重力制御の神装《天声(スプレッシャー)》を使用し、ルクスを一気に窮地へと追い込んだ。しかし、ただでさえ負担の大きい神装機竜の性能を全開(フル)に発揮した為、暴走一歩手前まで消耗してしまったのだ。

 

暴走を止めるため、決着を急ぎ、推力出力を最大にして斬りかかるルクス。

七つの竜頭(セブンスヘッズ)》以外の武装の制御を切断し、渾身の主砲を放とうとするリーズシャルテ。

 

二人の戦いが最高潮に達した。その瞬間――。

 

本来なら決して起こるはずのない異変が起きた。

 

演習場の高い空から、人ならざる闖入者が突っ込んできた。

 

闖入者の名は幻獣神(アビス)

 

十余年前、機竜が発見された遺跡(ルイン)から時折現れるようになった、尋常ならざる強さと不可解な生態、特殊能力を持った怪物。

 

幻獣神(アビス)――ガーゴイルの出現に対し、ルクスはリーズシャルテと共闘。

 

ガーゴイルを追い詰める中、《ワイバーン》は大破しルクス自身も負傷したが、リーズシャルテがルクスの戦術通りに協力し、《七つの竜頭(セブンスヘッズ)》によってガーゴイルは粉砕された。

 

短時間で撃破したことで決闘を観戦していた生徒たちに危害はなく、疲労と決闘による体力の消耗、そして安堵からルクスは意識を手放した。

 

そして、治療を受け学園の医務室で目覚めたルクスに待っていたのは、

 

――整備士見習いの雑用は解約されて、学園の士官候補生の生徒として入学って……大丈夫なんですか、色々と!

 

目覚めたルクスにそのことと、風呂場の騒動について許してもらい、()()()()()()()()()()リーズシャルテいや、愛称で呼んで欲しいとまで自分を気に入ったらしいリーシャの強引さと、『将来の共学化を検討しての試験入学』として仮入学ながら許可を出した学園長のレリィの自由さははっきりいってどうかと思っている。

 

新王国の姫と雇い主の手配を無下にできるはずもなく、ルクスはお嬢様学園に入学することとなった。だが、ルクスが泣きたくなったのはそれが理由ではない。それだけならば胃の痛みだけで済んだだろう。

 

ルクスはチラリと自身の横、肝を凍死させかねない悪寒と教室を重苦しい雰囲気へと変えた原因へ視線を向ける。

 

教壇の前に立つルクスから離れ、教室の扉の前で直立する人物。

 

ルクスや女生徒が着る制服とは違う、黒い長ズボンと白いワイシャツと黒いネクタイの上にベストの姿、腰帯に二振りの機攻殻剣(ソードデバイス)を携えた銀髪の青年。

 

――ライさん……。お願いですから、その怒気を引っ込めて下さい!!

 

表情はポーカーフェイスを作っているが、その身体からは隠しきれない苛立ちと煮えたぎるような怒気を噴き出し、噴火寸前の火山のような存在になっているライへルクスは心中半泣きで吠えた。

 

怒っている彼のせいで女生徒たちは、ライが入室した途端、それまであった明るく緩い雰囲気は潜み、全く乱れのない姿勢で席につき、ただ黙って彼を見ないようにしている。

 

同じクラスだったリーシャは昨日の疲れの為か、眠そうに船を漕いでいたが、ライの怒気を肌で感じ取った瞬間、覚醒し他の生徒たちと同じように背筋を伸ばしている。ふと、視線が合い、助け船を求めたがすぐに背けられた。

 

その態度でルクスは、彼女も他の女生徒もライを怒らせたらヤバイと、刺激せずに嵐が過ぎ去るのを待つしかないことを経験していることが察せた。

 

「――というわけで、彼が今日からこの学園に通うことになった、ルクス・アーカディアだ」

 

担当クラスの女教官、ライグリィ・バルハートの紹介が進むが、ルクスは彼女が自分をなんと紹介したか耳に入らなかった。ただただ、ユミル教国の敬虔な信徒のようにライの怒りが静まるのを神に心の中で祈ってた。

 

ライグリィは、旧帝国時代に女性の身でありながら、唯一の機竜使い(ドラグナイト)として活躍し、クーデターでは女性の味方として新王国側についた女傑だ。

 

そんな彼女も側から見れば、ライの怒気に冷や汗を流している。ちらちらとライを覗き、紹介が終わった途端、緊張し切った様子で深呼吸していた。……因みに最前列の席と二列目の席に座る女生徒は半泣きだ。ライから一番近い席の生徒に至っては目の前まで13階段を上り処刑刀(ギロチン)を目の前にした受刑者のような、一種の悟った表情だ。

 

「そして――」

 

ルクスの紹介を終えたライグリィが、ルクスの隣に立つ人物へと視線を向ける。

 

その途端、ライの視線が鋭くなる。その人物を射殺さんばかりに睨み、手が機攻殻剣(ソードデバイス)の柄へと添えられる。……その人物とライの間に立つルクスにはたまったものではないが。

 

その人物、学園の制服を着こなした少女。彼女こそがこの教室の雰囲気を一変させた原因の原因。ライの怒りの矛先。

 

腰まで伸びる炎の滝を思わせる鮮やかな長髪。

 

瞳は対照的なアイスブルーの神秘的な瞳。

 

学園の制服を着こなし、ネクタイは三学年に分けられる青赤緑とは違う白のネクタイを結んでいる。そして、首にはルクスの首にかかる『咎人の首輪』に似た蒼色の首輪がはめられていた。

 

そして、まだ少女らしさを残しながらも凛とした色を見せる端麗な顔立ちには、喜びと期待が入り混じった笑みを浮かべている。……憤怒をぶつけてくるライによく似た顔に。

 

ライグリィの唾を飲み込む音が聞こえ、

 

「彼女も、今日からこの学園に通うことになった、アルト・ランペルージだ。皆、慣れないことも多々あるだろうが、よろしく頼む」

「アルト・ランペルージです。()()仮入学の身ですが、よろしくお願いします。それと今、教室の雰囲気を悪くしている人の()()です」

 

明るく弾むような口調で言う彼女の顔は見惚れるような綺麗な笑顔だった。

 

しかし、残念なことに場の空気が最悪過ぎて生徒たちからは拍手も声の一つもなかった。

 

アルトはその光景にふぅと小さく息を吐くと、ちょっと失礼しますと言い、ライの前まで歩く。

 

彼女が移動したことで怒気の射線上から逃れたルクスはようやく深く息を吐けた。

 

お互い手の届く範囲まで距離を詰めた二人。

 

ライの発散していた怒気が近づいた彼女に集中し、そろそろ怒気ビームを発射できるのではないかと思う程鋭い視線を身長の都合から見下ろしながらぶつけている。対象的にアルトはそんなビームすら弾き返しそうな無敵のアルカイックスマイルで見上げている。

 

緊迫した空間が形成される中、アルトが指を二本立てた左手を上げると、今度は親指を立てた右手で教室の扉を指し示す。

 

ライはアルトへ視線を向けたまま無言で扉を開ける。

 

そのままライとアルトは教室から退室していく。ようやく、怒りに支配された空間から解放され、女生徒たちは各々脱力し、大きなため息をつく。最前列にいた少女たちは糸が切れた人形のように各々机に突っ伏した。

 

ルクスも含めて生徒たちが安堵と状況を静観する中……廊下からはドスドス、ガッガッと鈍い音が響いてくる。ルクスは、背筋に冷たいモノを感じた。聞こえる音から察するに……。

 

「お待たせしました」

 

アルトと、彼女を睨んだままだが発散していた怒気が多少引っ込んだライが帰還したのは、二分後のことだった。

 

一件何事もなかったような様子の二人だが、間近にいて観察眼の優れているルクスには違いが分かってしまった。

 

ライは右手の甲が赤くなり、指が力無く垂れ下がっている。

 

アルトは、制服は小さいが先程までなかった皺が出来、少し汚れている。履いてる靴の爪先には大きな傷が作られ、何より彼女の頭、頭頂部分から若干血の臭いが……。

 

その二人の変化にルクスほどではないが気付いたライグリィが問う。

 

「……なにをしていたんだお前たちは?」

「いやぁ、あんなおっかないオーラを出す従兄にいい加減にしてくださいっと平和的に話し合いをしただけですよ。そうですよね、()()?」

「……ああ、話し合いだ。ただの、話し合いだ。私たちにとって普通の、対話だ。心配するな。何もないからな。殴る蹴るなんて、ないからな。ないんだ。私は、従妹と、話をしただけだ。暴力なんて、存在しない。誰にも見られていないし、聞かれてもいない。……だから、なにもない」

 

ライが教室に現れての最初の第一声は、酷く平坦で、それだけに感情を押し殺していることが解るものだった。

 

「な、なんかあいつ、精神的に危うい気が……」

「気にしないであげて下さい。……不安定なんて今更ですよ」

 

ライは顔をぴしゃりと叩いて、顔を覆ったまま大きく息を吸って吐く。

そして、生徒たちに視線を向ける。その顔は酷く陰鬱気味だ。

 

「体験入学を行う二人は兎も角、アイングラム学園長に機竜整備士として雇われているだけの私が教室にいることの説明をさせてもらう。一言で言えば――監視だ」

 

監視……その一言で生徒たちの視線が一斉にルクスへと集中した。

 

当然だ。

 

長年、男装女卑の風潮を敷いてきた旧帝国の王子なのだから、五年前に体制が変わったとはいえ、生徒たちにとっては、未だ警戒の対象だ。

 

訓練を積んだ士官候補生が複数いる教室で何かしようものなら、袋叩きにされるのがオチだが念には念をということか。

 

生徒たちからそんな納得の気配が満ちる中、

 

「言っておくが私が監視するのは、ルクス・アーカディアではない」

『えっ……!?』

「私が監視するのはこいつだ」

 

そう言って監視対象――アルトを指し示す。

 

「私の父方の叔父が王国の山奥で片眉剃って乳房を切り落とすアマゾネス集団に拉致され、なんやかんやで婿入りしてそのまま帰ってこなくてな。この娘がその叔父の子なんだが、彼女の両親が病死する前に叔父が男尊女卑の風潮も終わり、流石に外の世界を知らず人生を蛮族ライフで終わらすのは忍びないと思って、学生生活だけでもとな」

 

無表情、平坦な声で従妹らしいアルトの紹介を行うライ。しかし、その内容はあまりにも嘘くさくてそのまま受け止めるには到底し難いものだった。

 

「故郷近くの学校に通わせても基本服を着るなどの文化も彼女にとってはカルチャーショックらしく発狂、蛮族パワーを発揮してしまい学校崩壊から転校を繰り返した末に、実力的に抑えられる私が監視役という条件でここに体験入学と相成った」

 

ライの紹介が終わった時には生徒たちには困惑しかなかった。

 

普段のライを知っている生徒たちは、彼がこんな下手な嘘をつくような人物だと思っていない。ルクスも含めて教室の全員が戸惑うことしかできなかった。

 

生徒たちはひそひそと声を交わす。

 

「……嘘よね。ライ先生の親族なのは疑いようもないけど、蛮族の部分は流石に嘘でしょ」

「……どうみても蛮族って雰囲気ないしね彼女」

「……そんな雑な嘘をついて誤魔化したい何かがあるのでしょうか?」

「……いや、世界は広い。『狂犬部隊』の先輩たちに誘われての山岳訓練中、全員でちょっと遭難して全裸で顔と股間に天狗面をつけてる集団と鉢合わせしたことがある」

「……あー天狗奇祭事件かー。ルティア先輩が”天狗の面でテングメンか。よく出来てるな”って言ったら襲いかかってきて、先輩たちが股間の天狗の鼻を蹴って砕いて全滅させた……」

「……いるところにはいると考えた方がいいの、それ?」

「……そういえばルクス君を入れてた牢の壁が壊されたり、学園長室前が立ち入り禁止になってたわよね。もしかしたら本当に……」

 

女生徒たちのひそひそ話は膨らみに膨らんだ結果。アルトは、このクラスの生徒たちには『ライの親族だけど何かしらやべー謎を持ってる少女』という枠に収まった。最悪の第一印象といっていい。

 

そんなレッテルを張られたアルトは、笑顔のまま、握った右手の親指を立てて下に向けていた。

 

「……あれ、どういう意味ですか?」

「――私の足を見ろ、だ。足癖の悪さを自慢したいのだろう」

 

言い終えるや否や、ライの脛目掛けて蹴りが放たれる。

刈り取るようなローキックは、ルクス以外反応することが出来ないほど速かった。しかし、

 

「――ん」

「……ちっ」

 

まるで解っていたかのようにライはアルトの一撃を防御した。アルトの方を向きもせず、ただ片足を軽く上げて靴底で受け止める。

あっさりと対処し姿勢も崩さないライに、アルトも解っていたようで苛立ちのままに舌打ちを残した。

 

「――とこんな感じで手が出やすい奴だから皆もあまり刺激しないように」

 

その後、アルトとライが教室の外で鈍い音を生む話し合いを再び行ったのは言うまでもない。

 

 

 

――◆◆◆◆◆――

 

 

 

「……なんでお前がここにいる」

 

午前中の授業も終わり、昼休み時間。

 

教室から廊下へ出て、無人の屋上まで移動したライは早朝からずっと感じている不快感と苛立ちを悪化させながらもう何度目かになる愚痴を口にした。

 

「だから、ただ頼んでみただけですよ。昨日の夜、起きてから面会に来てくれたレリィさんに学園生活をしてみたいってね。朝、説明聞きましたよねお父さん?」

 

苛立ちの元凶……赤毛から銀髪に戻した怪物は、呆れたような仕種でクスクスと笑った。

 

――どうしてこうなった……。

 

思い出すのは早朝のことだ。

 

肉体的にも精神的にもまだ回復していない状態ながら起床し、レリィのいる学園長室へと向かった。目的は勿論、独房に放り込んだ怪物についてだ。

 

『縛輪』のセンサーが反応しなかったことから、夜は大人しくしていたようだが、こんなライにとってフレイヤ弾頭並みの爆弾をそのまま放置するわけにはいかなかった。

 

早足で向かい、昨日の戦闘で傷つき、破壊されたままの学園長室の扉を通った先に待っていたのは――

 

「――それで買い物を頼まれた父さんは、ピコピコハンマーを工業取扱店で挙句には武器ショップまで探しに行くなど天然を炸裂させながら、最後の品のトイレ洗剤を買う為に店に行きました。そして清掃用品の棚、目的の置くだけタイプ見ると……」

「見ると?」

「“コーンポタージュ”“ビーフシチュー”“クラムチャウダー”“牛乳”の4種類しかなかったんです!」

「なんなのその変なチョイス!?というかえっ?それ本当に洗剤!?」

「洗剤なんです!信じられないことに!流せば水がその色に染まって便器内を洗浄してくれるそうなんです!あ、因みに無臭と書いてありました」

「当然よ!色だけでもとんでもないのに、臭いまであったら知らない人はパニックになるわ」

「門限の時間も迫り別の店舗へ向かう時間もありません。この三つの内どれかを選ぶしかなく、さすがの父さんも絵的に“ビーフシチュー”は外しました。迫る門限の時間の中、父さんが購入したのは――」

「――何をしている貴様っ!!」

 

レリィと問題の怪物がライの過去で仲良く談笑する姿が目に飛び込み、一瞬の思考停止の後で、《クラブ》の機攻殻剣(ソードデバイス)で斬りかかった。それを怪物は飛び下がって躱し、そのまま追撃を行おうとしたところをレリィに止められた。

 

彼女に宥められながら、なんとか機攻殻剣(ソードデバイス)を鞘に収めると、怪物の服装に気付いた。

 

身に纏っているのは、昨日の戦闘で血に汚れた制服ではなく、皺一つもない新品の制服に着替えていた。更に制服のネクタイ、それが白色であり、その色の意味が脳裏に浮かんで思わず用意させたのであろうレリィを見た。

 

その時の自分の表情はどんなものであったのか。驚愕など感情が混ざり込んではっきりとは分からず、ただ目で問うた。

 

正気か、と。

 

その視線を浴びながらレリィは微笑みながら頷き、

 

「今日から彼女はここに編入してもらうことになったわ。体験入学という形だけどね」

 

予想していたとはいえ、最悪の想像が口にされてライの頭は一瞬で真っ白になった。そして、漂白された脳内に最初に浮かんだのは『体験入学』という馴染みのある単語から来る既知感で――

 

「体験入学……懐かしい響きですね、お父さん」

「……黙れ。どういうことですか、レリィ・アイングラム学園長」

 

努めて冷静に再起動を果たした頭でレリィに問う。その声色は、学園長というこの学園の生徒全員の身柄を預かる者へ問い掛けるものだった。

 

「どういうことと言っても、そのままの意味よ。昨日の夜、彼女と面会して話し合って、アルトさんがこの学園で学びたいって言うから編入させるだけ。……ほら、正式な手続きも」

 

ライの前に、数々の各種書類をばさりと並べるレリィ。

それに目を通すと、形式は完璧だが、その肝心の内容は、一目で解る偽造だらけの出鱈目だ。特に戸籍上では、『アルト・ランペルージ』がライの娘と書いてあり、衝動的に破り捨てた。

 

「ああっ、レリィさんが徹夜で用意してくれた書類が!?」

「黙れっ!なんだこの嘘八百の書類は!?どこからどう見ても偽造だ!役所に問い合わせれば一発だぞ!?こんな偽造書類通るわけがない!?審査委員会にバレたらどうする!?貴女もこんな書類にサインをするなぁ――!!」

 

あまりにも出鱈目な書類とストレスに、冷静さをかなぐり捨てて感情の赴くまま口調すら崩壊して、至極真っ当な真理を声を荒げて言うライ。

 

「お父さん、諦めてください。この五年間、レリィさんがやると言ったことを曲げたことはありませんし、それを止めれたこともないんですから」

 

怪物はそこで口元を嘲笑へと変え、

 

「本当に生徒会長さんみたいな人は天敵ですね」

「黙れぇ……!」

 

ブリタニア語で嘲る怪物にこちらもブリタニア語で返す。

 

「昨日の面会、いえこの場合は面接で彼女の人柄は理解したつもりよ。自分でも分かっていない謎を抱えているけど、それを除けばいい子よ。学園に通いたいって気持ちも純粋に願ってのことだし」

「…………」

 

ライはレリィの話を聞いて苦虫を噛み潰したような表情を作った。

 

怪物の言った通り、こうなった彼女を止められた経験はなく、その強情さについてもよく理解していた。ライがいくら怪物の危険性について説いても、曲げることはしないだろう。

 

だが、

 

――人柄?そんなもので彼女が編入の許可を出すはずがない。

 

レリィの人を見る目は確かで、この学園に通いたいという意思があるのは本当のことなのだろう。それも邪な意思もなく純粋に。だが、入学許可を出すナニカを彼女は怪物から聞かされたに違いない。

 

――一体どんな情報を吐いて誑し込んだ?

 

自分の記憶を所有しているこの怪物は、学園長室の談話からまずきっと自分がレリィに伝えていない、つまり教える気もない過去について話したのだろう。彼女の琴線に触れる何か……。

 

――まさか!!

 

考えている内にある最悪の手段が脳裏をよぎった。

 

この怪物は自身の記憶を、ワイアードギアスを有している。ならば、ライをかつて破滅させた”呪われた王の力”もコピーしていることは十分過ぎるほどあり得る。それを使い、レリィの意思を歪めてるのでは――。

 

「貴様……」

 

ライは怪物に振り返り、いつでも《クラブ》を召喚できるように機攻殻剣(ソードデバイス)に力を込めた。もし、当たっていたならば自分は感情のままに怪物を蹂躙する。問答無用。殺せずとも、死よりも辛い痛めつけ方は数えるほどある。

 

ライが喉を指で指すと、怪物はそれで意図を察したのか、スッと瞳を細くした。

 

これまであったライへの嘲りの気配が霧散する。代わりに噴き出るのは怒り。自身のプライドを汚されたかのようにライへ憎しみに似た怒りをぶつける。

 

「使ってませんよ。そもそも私にソレはありません。もし、あったとしても使うことは一生ありません。――私、ソレ、大っ嫌いなんですよ」

 

ブリタニア語で呟かれる生の感情が乗せられた言葉だった。

 

しばらく睨みあい、ライはレリィへと顔を戻した。

 

怪物の言葉に嘘はない。あれは、本当に絶対遵守の力を嫌悪、拒絶している。それだけは理解できた。……なぜ、その力を嫌悪するのかまでは看破できなかったが。

 

「ライ、貴方の懸念も分かるわ。だから対策として暫くの間、貴方がアルトさんの側にいて監視するってのはどうかしら。ないとは思うけど、彼女がもし生徒たちに危害を加えるようなら入学は取り消し――」

「もういい。解った。それでいい」

 

眉根を寄せたまま疲れ切った表情で溜息をつく。

 

正直、言いたいことは沢山あり過ぎるほどにあり、勝手に話を進めるなと大声で叫びたかった。だが、もう後の祭り。話が進んでしまった以上、どうすることもできない。

 

「ただし、僕との関係は従妹ということにしてくれ。親子なんてお互いの外見から無理がある」

「従妹、ね。それなら違和感も少ないわね。――よかったわね、アルトさん。これで貴女は仮入学といえどここの生徒よ」

 

レリィは破かれるのは想定していたのだろう、用意していた予備の書類に『従妹』と書き込む。そして、仕上がった入学書類をアルトに渡した。

 

「――これが」

 

アルトは受け取った書類を食い入るように覗き込む。視線を走らせると、身体が小さく震え、表情は感極まったように喜びをありありと浮かべていた。

 

それは、ライが初めて見る怪物の年相応の感動した姿だった。

 

しかしそれすらも、

 

――何もするな。絶対動くな。口を閉じろ。顔を見せるな。嫌なんだ。

 

不快感と苛立ちを助長させるだけだった。

 

「えらく嫌われたものですね。けど、それに分かっていますよね。仮に私と離れたところで今更安心できないということを。ふふ」

 

書類から目を離し、再びライへ見下すように微笑む怪物。

 

ぎり、と噛み締めた歯が鳴った。非常に腹が立つものの正しい指摘にぐうの音も出ない。実際、確かにそうだから。この怪物を激しく嫌悪している。しかし、目を離すことに関して、もっと恐怖を感じている。

 

文字通りライにとって歩く爆弾であり、放置していいれば知らぬ場所で何かとんでもないことを起こされるという不安があった。傍に置くのは絶対嫌で――なのに動向を把握しなくば、恐ろしくてたまらない。本当に、最悪のジレンマだ。

 

「でも実際、この足で貴族様や軍部に駆けこまれても困りますよね。迂闊なことをしないよう、『縛輪』をつけたままです。起動させるスイッチもお父さんに渡します。良い落としどころだと思いますよ。――私が持っているお父さんの記憶、それを吹聴したら困るのはお父さんですよね?」

「それでも……」

 

だから葛藤しているんだ。噛み締めた歯が苛立ちに鳴る。余裕ぶった態度に腹立つ。声帯を潰し、その顔を潰して皮を全部剥いでやれば、どれだけスッキリするだろうか……。

 

怪物はもはや話はお終いといった雰囲気だ。まるでライを理解しているような態度も、その微笑む様する憎悪が募る。そして深く、恐怖が疼いて止まらない。

どうすればいいのか、まったく何も分からなくて……。

 

「……金はどうするつもりだ。言っておくが、僕は出さないぞ。遺跡の財宝や機竜を自分の財産なんて通用しないからな。」

「あ、大丈夫。彼女の生活費、及びそれに準ずる費用――すべて私が支払うわ」

 

そう言って、レリィは懐から一枚の小切手を取り出す。

 

「一先ず、これくらいかしら?」

「ちょっと待て」

 

提示された小切手の額を見た途端、ライは制止の声を上げた。

思わず目を見張るそれには……後に聞けばルクスの一年分の生活費とほぼ同額の金額が書き込まれていた。面倒料も込みということなんだろうが、それにしたってあり得ない。

 

「駄目だ。駄目だ。駄目だ。そっちが払うなら、僕が払う。こんな奴に一銭も出す必要はない」

「お父さん、蓄えていますからね。レリィさんから貰ってる護衛や整備士、教官とかの給料ほとんど使っていませんから。ケチるところはケチります」

「……使う時には使っている、倹約家といえ。金を湯水のように使うやつに碌な末路は待っていない」

「浪費家のクソ伯父二人を見て、ああなりたくないと思ったのが人格形成の一つですからね」

 

最後はブリタニア語で話した怪物を無視して、頭の中で貯金額を浮かべる。

 

レリィに雇われて四年間で貯めた額ならば、この怪物の入学費及び生活費諸々は四分の一ほど消し飛ぶが賄える。一先ずは貸す形で払うが、生徒たちの打ち上げやパーティ、奢りなどに使っていた金をこの怪物に使うことには苛立ちしか覚えない。

 

「……変装はしろ。その髪と瞳は目立ち過ぎる」

「銀髪でアーカディア皇族と勘違いされたら面倒よね。ライもそれの対策で外ではウィッグ被ってるし……」

「あ、それなら大丈夫です」

 

そう言って怪物は、そっと目を閉じた。すると。手の甲に小さな光が浮かぶと、その瞳と長髪が一変し、瞳は黄色、髪が桃色となった。それは、レリィと同じ色だった。

 

「私のワイアードギアスは変化みたいなんですよ。試してみたんですけど、髪や瞳、肌の色を変えられます」

 

怪物は瞳と髪の色を様々な色へと変色させながら、その髪を撫でる。触れても解けるようなものではないらしい。

 

「消耗は大丈夫なの?ライの『ザ・ゼロ』は一日に二発だけらしいけど」

「ほとんど大丈夫ですね。能力の維持も集中力が切れない限りいけます、『ザ・ゼロ』のような接触の必要がないので発動後の光も抑えられます」

 

七変化を起こした怪物の髪と瞳の変化が止まる。

その色で通していくのだろう選んだ配色は――

 

「あら、素敵じゃない」

「……」

 

瞳の色はライと同じアイスブルー。元々、片方が同じだったためもう片方が染まっただけだ。

 

髪は赤毛であり、その色がライの記憶を苛む。

 

――行かないで、ライ……。

 

お互いが背中を預け合い、最後は袂を別った初恋の少女。

 

彼女の言葉が脳内にリフレインし、ライは無意識で《月下・先型》を呼び出そうとした。自分の過去を踏み荒らす怪物に堪忍袋の緒が切れかかる。怒りが心と頭を冷やし、レリィどころから怪物すら気付かないスムーズさで機攻殻剣(ソードデバイス)に触れる。後は呼びかけるのみ――

 

「瞳の色はライと同じだけど、どうして赤毛にしたの?」

「この色は――私が尊敬して目標とする女性の色だからです」

 

その言葉にライの手が止まった。

 

「その人って『大御母様』のことかしら?」

「いや、あの人は……ちょっと、雲の上の人ですので……30~40年鍛錬を続けてようやく爪先に届くかどうか、みたいな人なんで……ねぇ」

 

怪物は顔を青くして歯切れの悪そうに呟いた後、咳払いして赤毛を撫でる。

 

「その人は義理と人情に厚い性格の女性でした。戦士としてもとても優れていまして、最強最悪の騎士である人物を最も追い詰めました。信じて裏切られ、迷いながらも先に進める本当に強い人です」

 

どこか遠くを見る目ながら、語る言葉は熱かった。

 

あの強く、真っ直ぐな少女に偽りのない憧憬を抱いている。その事実が、不思議とライの胸にするりと入った。それが……ライ自身信じられないことに嬉しくて、いつもまにか機攻殻剣(ソードデバイス)から手を放していた。

 

そして、ライが不本意ながら書類に保護者としてサインをし、怪物の入学手続きは終了した。

 

――不味いな……。

 

授業を受けていた怪物の態度は模範生の一言だった。

 

黒板に書かれた内容を真剣な表情でノートに書き写し、教師が解説する際には真っ直ぐ視線を向けて聞き入り、再びノートへ纏める。問題の解答を求められれば、はきはきとした口調で満点の答えを口にする。積極的に挙手して、学び取ろうとする態度や授業が終わった後、教師に疑問と質問を聞きに行く姿勢は、生徒や教師からだいぶ好印象を受けていた。

 

それだけでなく、授業に取り組む彼女には喜びの色がはっきりと見えていた。学ぶことの喜び、楽しさといった気配がはっきりと窺えたのだ。

 

だが、ライにとってそんな姿が不気味に見えて仕方がない。怪物に対する本能的な不快感。それが、怪物が生徒として過ごす姿を監視していただけで倍以上に膨れ上がっている。

 

――一体どうなるんだ?

 

ただでさえ自分というイレギュラーを抱えているのに、更にこの怪物という爆弾と護衛兵器を加えたこの学園の未来と悪感情に苛まれる自分自身にライは不安しか覚えられなかった。

 




もしライがルクスたちの試合を見ていたら、ガーゴイルは瞬殺されています。輻射波動でぶくぶくドカーンですよ。


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