作物語【物語シリーズ】 (八畳)
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こよみリセット 001

偽物語後のお話です。


「待てよー。逃げるなよー」

 

楽しかった夏休みも後半に入り、何故楽しい時間は過ぎ去るのが早いのだろうと、億劫な気分をまといつつも、好きな漫画の買い物を済ませて、早く帰って読もうと帰宅している最中の話でした。

その帰りの道中、私が言ったら嫌味に聞こえてしまうかも知れないけれど、嬉しくも小学生と鬼ごっこをしているような無垢で可愛らしい台詞を吐きながら走っている、撫子の大好きな暦お兄ちゃんの姿と出くわす事が出来たのです。

本当に、台詞は上の通り、じゃれているかの様な可愛らしい物です。

しかし、上記の台詞を一人叫び、一人ではしゃいで、何かを満面の笑みで追い掛けているかのように走っている暦お兄ちゃんは、私には些か常軌を逸した変質者にも見えました。

撫子の大好きな暦お兄ちゃんがです。

 

しかし暦お兄ちゃんは変質者等ではありません。私は確信を持って言えます。

何故なら、いつもは優しい暦お兄ちゃんが、眼が血走らせ、涎を垂らしながら、前屈みに虚空を揉みしだこうとしている様に見える、その姿に目を瞑りさえすれば、何の変質性も伺えられない、本当に可愛らしく、カッコいい撫子の知っている暦お兄ちゃんそのものだからです。

 

うん。

やはり暦お兄ちゃんカッコいいです。

 

しかし撫子はどうしたのでしょうか、魔がさしたのでしょうか、どうかしてしまったのでしょうか。そんな大好きな暦お兄ちゃんがどういう訳かどうにも心配になり、声をかけてみる事にしたのです。

狂ったように走りながら歩道橋の階段を下りてくる暦お兄ちゃんに、撫子は階段の下からちょっと離れた場所から手を振って声をかけます。

 

「こ、暦お兄ちゃーんっ!」

「うぇ? あ? せ、千石!?」

 

暦お兄ちゃんは気付いてくれたみたいです。

それは良かったです。

しかし問題は、急に声をかけられてビックリをしたのか、見られてはいけない物を見られてはいけない人に見られた時に見せそうな焦った形相を見せた暦お兄ちゃんが、駆け下りていた階段から足を踏み外して、落ちてしまった事です。

た、大変です!

 

「暦お兄ちゃん! 大丈夫!?」

 

撫子は、階段の中段辺りから下段まで落ちて、撫子の好きな昔の漫画のようにピヨピヨと雛を飛ばして気を失っている暦お兄ちゃんの元にすぐさま駆け寄って、暦お兄ちゃんの体を揺すります。

暦お兄ちゃんは吸血鬼か何かだそうで、傷はすぐにもある程度自己治療出来ていたのですが、意識は中々戻らず、撫子が救急車を呼ぼうとしたのですが、その目前に朦朧と頭を抑えながら起き上がってくれました。

 

「大丈夫だった!? 暦お兄ちゃん! ごめんなさい! 撫子のせいで……!」

「ん……。あれ? ここは何処だ……?」

 

意識は戻ったようですが、暦お兄ちゃん、どこかいつもと違うような気がしました。

 

「こ、暦お兄ちゃん、どうしたの?」

「暦……? あれ僕は何を……? えっと、君は……」

 

あれ? これってもしかしまして……。

 

「暦お兄ちゃん? まさか……」

 

そのまさかでした。

 

「僕は……誰だ…………?」



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こよみリセット 002

遅くなりましたが第二話です。


「僕は……誰だ……?」

 

暦お兄ちゃんは記憶喪失になりました。

以上です。

 

いや、そんなわけありません。

異常です。異常事態です。

 

「こ、こ、暦お兄ちゃああんっ!?」

「暦お兄ちゃん……? それって僕のこと……? 駄目だ、分からない。もしかして記憶喪失なのか? 僕は。誰なんだ? 一体、僕は。こ、怖い……!」

 

朦朧とした意識を必死に保ちつつ、頭を押えながら呟くように呪詛のような自問を繰り返す暦お兄ちゃん。

とても撫子を責めるための演技には思えません。いや、暦お兄ちゃんがそんな事をするはずが無いのですが。

しかし、となると本当に記憶喪失という事になります。

 

「な、な、撫子の事も忘れてしまったのかな……?」

「ごめん……分からない……。僕の妹なのか……?」

「あわわわわ……!」

 

あまりのショックで撫子も記憶喪失になりそうです。

悲壮感と罪悪感で押し潰されそうです。

逃げ出したい、というかいっそ撫子も記憶喪失してしまいたい――

でも、そうも行きません。

とりあえず、暦お兄ちゃんに話しかけてみます。

 

「えっと、暦お兄ちゃん」

「あ……僕のこと……?」

「あ、あの、その大丈夫かな……」

 

ついそんなおよそ意味の無い質問をしてしてしまう自分の愚鈍さが嫌になります。

しかしそうは言っても、記憶喪失なんて漫画ではよくある展開ですが、現実的にはどう対応したら良いのか、勝手が分からないのです。

分不相応な身の丈に合わない物を与えられたの時のような、どうしたら良いのか分からない、次から次へと湧いて出てくる不安で気が狂いそうです。

 

「と、とりあえず、病院……。救急車、呼ぼう……」

 

撫子は携帯を取り出して救急車を呼ぼうとしましたが、途中で冷静に考え止めました。

吸血鬼の特性で傷はほぼ完治している暦お兄ちゃんですが、記憶喪失になった暦お兄ちゃんを病院に連れて行ったらどうなるか。

暦お兄ちゃんの家族にこの事実を知られる事になるのは自明で、そうなると妹である月火ちゃんにも――それは、ヤバいです。

治ればそれで大丈夫でしょうが、もしそうで無かったらただでは済まされません。

どんなキツイ折檻か、やり場のない怒りによる八つ当たりのお仕置きか、想像しただけで恐ろしいです。

だから、それは最後の手段だという事を如実に表しています。

しかしそうなると撫子がどうにかするしかありません。

 

「と、とりあえず目立つのは拙いよ。移動した方が良いかも。立てる? 暦お兄ちゃん」

「え……? ああ。うん。何か運が良かったのか、傷はあまり無いようだから……」

「そうだね。い、意識は大丈夫?」

「うん。まあ、何とか自我は保ててるかな」

 

最初こそ情緒や精神が不安定で、衝動的な自傷行為を働くかもという可能性も少なからず懸念しましたが、どうやら思ったよりは大丈夫なようです。

これで安全だというわけでは勿論ありませんが、息は撫で下ろせます。

 

「でさ、僕の名前って、暦……か? フルネームで教えて欲しいんだけれど」

 

おお。やっと円滑に話が進められる話題が出てきました。

撫子はとりあえず、幸い人はあまりいませんでしたが、それでも人目を憚るために、暦お兄ちゃんを誘って移動します。

ここから距離的には数百メートル程ありますが、暦お兄ちゃんを休ませるために、一番近場の公園に行こうと思ったのです。

その道中で、色々暦お兄ちゃんの質問に受け答えしていきました。

 

「えっと、阿良々木暦さんって言うんだよ。こざとへんに可能性の可に、良い人の良いを繰り返して、接ぎ木の木、暦は年間とかの暦だよ」

「……な、何か凄い名前だな……。そうか。それで君は? 見た感じ中学生ぐらいか?」

「私はね、千石撫子って言うんだよ。千羽鶴の千に小石の石、名前はなでしこと打つと一発変換出来る撫子だよ。中学2年生の14歳で、暦お兄ちゃんは高校3年生の18歳だったと思う」

「えっとさ、口振りから察するに、君は僕の妹とかでは無いんだよね?」

「そ、そうだね。だけど、どうして?」

「いや……高校3年の僕が、中学2年の君と、フルネームで名前を覚えてもらえる程の関係があって、しかも呼び名が他人なのにお兄ちゃん呼びという事実に、どうも自分が生きていた世界観への不理解を覚えてさ……」

 

混乱し困惑した表情を見せる暦お兄ちゃんを見て、撫子はしまったと思いました。

確かに、撫子と暦お兄ちゃんは特に結構珍しい人間関係に見えますから。

 

「あ、いや、その。ごめんなさい」

「いや、謝る必要なんて無いだろ? それより、君は一体僕とどういう関係だったんだ?」

「えっと、それは……」

「こんな物凄く可愛い女の子と僕なんかが」

「か、可愛いって……! そ、そんな事無いよ……。お世辞は止めて……!」

「いや……可愛いだろ……。美意識は記憶とは関係無いし、記憶を失くした僕から初めて出た、確実な僕の本心って自信があるよ」

 

そうやって暦お兄ちゃんにべた褒めされた事に、たじろいでしまいました。

その感情は嬉しさ半分、恥ずかしさ半分だと思いますが、でもどこか複雑な気持ちもありました。

暦お兄ちゃんは、今まで撫子の事をそこまで可愛いと言ってくれた事が無かったから、違和感のような物でしょうか。

 

「暦お兄ちゃん――」

「それで……そんな可愛い君が、僕なんかと一体何をされて知り合ったんだ? まあ僕なんかと言っても記憶前自分がどういう人間だったか、というか今自分の顔すら覚えていないんだが……そんなイケメンなのか? 僕は」

「あ……えっと……」

「ひょっとして僕は記憶を持っていた頃は年下の女の子をはべらせて、自分をお兄ちゃんと呼ばせる事を趣味にしていた下衆な変態だったとか。うわ……! 何か罪悪感で死にたくなってきた……」

「いやいやそんなんじゃ無いよ! 暦お兄ちゃんは紳士この上ないお兄ちゃんだよ!」

「じゃあ……一体僕と君はどういう関係だったんだ?」

 

暦お兄ちゃんのその質問に撫子は言葉が詰まります。

だって、撫子と暦お兄ちゃんがどういう関係だったのか、正直撫子にはいまいち掴めていないというか、分からないのですから。

 

ただの知り合い?

いや、そこまで仲が良くないとは信じたくないです。

友達の少ない撫子が自分の家にまで招いて遊んだ人なんて、片手の指で数えられる程しかいないのですから。

じゃあ友達?

休日にたまに遊ぶという面を見ればこれで正解なのかも知れませんが、でも立場上一応撫子は暦お兄ちゃんの妹である月火ちゃんとの友達なのです。

それに友達というには4歳と年齢が離れていて、ちょっとおかしい気もします。

男女で、しかも学校も違うから先輩後輩という関係でもありませんし。

なら普通に妹の友達と自称するのが無難なのでしょうか。

 

「…………」

 

でも、何だかそれは嫌でした。

 

妹の友達――。友達未満に聞こえる、一見そこまで親しくなさそうなその関係の肩書きは、小学生で初めて出会ったその時からそうで、最近再開して怪異絡みも含めて、数年とは言え通っている学校が変わるぐらいには撫子も大人になって、それで撫子の、そう、「大好きな暦お兄ちゃん」と二人きりで王様ゲームやツイスターゲームをして遊ぶぐらい仲良くなれたのに、まるでそれでも小学生の時と同じ立場なんて、昔と何も変わらない、つまり何も進展してない事を表し、認めるかのようで。

憧れの暦お兄ちゃんと両想いになろうだなんて、撫子の身の丈に合わない、おこがましい夢である事ぐらい分かっています。

でも、小学2年生からずっと、片時も忘れずに、同級生の男の子を振って、結果トラブルを起こす切っ掛けを作ってまで想ってきた暦お兄ちゃんへのこの気持ちを、自ら否定したくは無いのです。

 

撫子は――暦お兄ちゃんを想っていたい。少しでも仲良くなりたい。近付きたい。

暦お兄ちゃんの質問に対する返答への悩みと、その感情の昂ぶりが変に合わさって、撫子は記憶喪失の暦お兄ちゃんにとんでもない事を口走ってしまったのです。

 

「撫子は……暦お兄ちゃんの恋人だよ」



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こよみリセット 003

あ、あわわわわ。

撫子は馬鹿です。一時のテンションでとんでもないことを言ってしまいました。

つ、月火ちゃんに殺される――。

 

「え……僕の恋人って――」

「吸血鬼パンチ!」

「――ぐふうっ!?」

 

その瞬間暦お兄ちゃんが、金色に輝く、人ならざる存在に殴り飛ばされました。

暦お兄ちゃんは再び気絶してしまいました。

何事でしょうか。

 

「ふう……危ないところじゃった……」

 

暦お兄ちゃんの影に潜む、一筋の光明が姿を現します。

 

「え、えええ!?」

「全く、油断も隙もあったものでは無いわ。前髪娘め」

 

撫子のことを金色の瞳で睨み付けるその存在は、暦お兄ちゃんのロリ奴隷の吸血鬼、麦わら帽子を被った忍野忍さんでした。

 

「記憶は失っている我が主様に、嘘をついてその懐に潜り込もうとするとは」

「…………」

 

……撫子、怒られています。

 

「記憶は無くても、人間性は我が主様じゃ。うぬのような顔だけの人間でも既成事実があると知ったら、無理をしてでも受け入れようとするのは必定じゃろう」

「ご、ごめんなさい……」

「謝って済む話では無いわ。堂々と告白して、我が主様が自分の意思でそれを受け入れたのならともかく。その堂々をまさか堂々と嘘をつくことに使うとは」

 

きつく叱られました。

確かに撫子のやったことはどう考えても撫子が悪いです。

叱られるのは当然かも知れません。

 

「ご、ごめんなさい……」

「……相も変わらず馬鹿の一つ覚えにごめんなさいごめんなさいと……。まあ良い。二度とこんなことはせんと誓うのならな」

「はい……。それで……暦お兄ちゃんなんですけど――」

「うむ、確かにこれは良くない状況と言えるな……」

「ですよね……」

「このままでは、しばらくドーナツにありつけないではないか!」

「そっち!?」

「そっちって、そっちじゃないもう一方は何だと言うのじゃ。儂にドーナツを提供できない我が主様なぞ、中身の無い缶ジュース。もっと言えばただの変態色魔ではないか」

「…………」

 

酷く主人を軽んじる奴隷さんでした。

 

「……ドーナツ2,3個ぐらいなら撫子が奢って上げられますけど……」

「本当か!? ならば先程の暴挙は許そう! 思ったより気の利く小娘ではないか! 評価を改める!」

「そ、それは良かった。ありがとう」

 

数百円で機嫌を取り戻せる吸血鬼もいたものです。

 

「さて、ひとまず当面の問題であるドーナツを解決できた所で話を戻すが、我が主様のことじゃが、とりあえず儂はしばらく身を潜めていた方が良いかも知れぬな」

「はい。今の暦お兄ちゃんは、体は吸血鬼でも心は人間ですからね」

「まあ妙に尖った歯と、妙に高い治癒能力に目を瞑れば人間とは大差無いから、非現実的な事実さえ直面しなければ気付かぬであろうな。実際にあの妹御は吸血鬼の比ではない治癒能力を持っているが、本人は人間と思い込んで問題なく生活しておる訳だし」

 

撫子にはよく分からない話を引き合いに忍さんが話していますが、とにかく明かす意味も無いし、精神が安定とは保障できない暦お兄ちゃんをいらない混乱から防ぐために、彼が吸血鬼であることは伏せていくということになりました。

 

「さて、儂が隠れる以上、我が主様のことはうぬが見守っていくしかないができるか? ヤバくなったら儂が出てきて殴殺して防ぐが、くれぐれももう妙なことはするではないぞ?」

「は、はい」

「とりあえず病院には行くな。まずは我が主様の自宅にでも送ってやるがよい。こうなった責任の一端はうぬにもあるわけだしな。儂から言わせれば我が主様のほぼ自業自得じゃが――む、後は任せたぞ」

 

忍さんはその言葉だけを残し、影へと隠れていきました。

道端で今まで気絶していた暦お兄ちゃんが起きたのです。

 

「う……ううん……」

「だ、大丈夫……? 暦お兄ちゃん」

 

撫子は駆け寄ります。

先程のこと、上手く亡失してくれてたら良いのですが。

 

「ああ……君が僕の彼女だと告白されたと思ったら、目の眩むような金髪で肌が透けるように白い、8歳ぐらいの女の子に殴り飛ばされた気がしたが、気のせいだろうか」

「うん。全部気のせいだよ。急に暦お兄ちゃんが立ち眩みして倒れて撫子心配だった」

「……そうか。気のせいか」

 

 暦お兄ちゃんは納得してくれたみたいです。

 

「それで、君って結局僕とどんな関係だったんだっけ?」

「……暦お兄ちゃんの妹さんの友達だよ。その縁で暦お兄ちゃんともよく遊ぶようになったし、仲良くなったの」

 

暦お兄ちゃんの影をチラッと見て、そう言いました。

 

「そうだったのか。というか僕って妹いたんだな」

「うん、2人いるよ。上から火憐さんと月火ちゃんて言うの」

「2人もいたのか。もしかして僕って恵まれた奴なのかも知れないな」

 

暦お兄ちゃんは「ハハ……」と笑って指先で軽く頬を掻いて言いました。

 

「でもとりあえず、今はひとまず記憶喪失てことは妹さん達には伏せた方が良いかも知れないかも」

「そうだな。余計な心配かけたく無いしな。あまり長引くようでも無ければそっちの方が良いかもな。この先病院に行くこととかを考えると親には伝えるべきだとは思うが」

「びょ、病院は必要無いんじゃないかな。それより一旦家に戻って確認してから、暦お兄ちゃんのお友達に会って記憶を少しずつ取り戻していくのが良いと思う」

「……うん、それが良いな。ありがとうな。助かるよ」

 

暦お兄ちゃんにお礼をされる喜びを噛みしめつつ、撫子は暦お兄ちゃんを誘って暦お兄ちゃんの家へと向かい始めました




9ヶ月ぶりの投稿……。
スローペースでもどうにか完結を目指していきます。


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