ワンパンマン〜オリジナルストーリー〜 (ーカオスー)
しおりを挟む

第1話

 

 冷ややかな空気が流れ、水の落ちる音さえ響く、静寂な黒い洞窟の中。

 おぞましい笑い声を上げながら、1人の怪人が自身の計画の成功に、喜びの感情を抱いていた。

 紫色のローブを身にまとい、その素顔は黒く、表情を見ることができない。あるのは不気味に光る、2つの小さな赤い光のみ。

 彼の名は幻影の王。幻と影を司る王で、魔法も扱うことができる、非常に類稀な怪人だ。その災害レベルは、推定¨竜¨。

 野球ボール程の青い宝石の付いた杖を手に持ち、それをかがけて儀式を行っていた。目の前には幼い少年が横たわっており、魔法を使用する為の材料となっている。

 

『クカカカ!長年かけて研究した魔法が完成した……! これなら、どんな相手も簡単に倒せる。メモリーズアイ!』

 

 杖を振るうと、ブラックホールのように深い闇の球体出現する。禍々しく、見ていると、嫌な予感で満たさそうな気分になる。

 そんな不吉な球体から一体の怪人が出現した。

 

 赤いマントに、豪華な装飾の施された王冠、直径3mを超える二足歩行の魚人。

 プリプリプリズナーやジェノスと戦闘を繰り広げ、かつてサイタマが一撃で葬った怪人、深海王だ。

 彼には色彩がなく、白黒テレビのような彩りになっている。生物と呼ぶには余りに生気が感じられず、目の光はない。

 操り人形のようだった。

 

『深海王、貴様に指示を与える。今から外で何人か人間を捕まえてこい!』

『ええ、分かったわ。海を束ねる私の力、信頼して待ってなさい』

 

 白黒の深海王はニヤリと三日月に口が裂ける、その不敵な笑みを浮かべながら、洞窟の外へと、ドシドシと足音を立てながら出ていった。

 その光景を見て、魔法使いは再び喜びの海に浸る。

 

『クカカカ! この世を支配してやる、この幻影の王の力で!』

 

 その不気味な笑い声は、すぐには止まらなかった。

 

 

 ☆★☆★☆★☆★

 

 ウー!ウー!

 街にサイレンが響き渡り、多くの人間が助けを求めて逃げ惑う。

 

 地獄。

 この言葉は、誰もがこの今の現状を表す為に作られたのではないかと錯覚するほど悲惨だった。

 何事も無ければお出かけ日和の青空には、戦闘機と交戦する強大な鳥や虫の怪人が飛び回り、地上にはヒーローや軍隊、警察官と戦う多種多様な怪人がいる。

 その全てに色彩はなく、白黒だが、逃げ惑う人々とっては関係ない。

 

「災害レベル神! 人類の危機的な状況です!!現在、Z市を中心に無数の怪人が出没しています! 近くの市民は直ぐにシェルターに逃げて下さい!!」

 

 数百を超える怪人達は無抵抗の人々を蹂躙し、道を真っ赤に染め上げ、人々が積み上げて作った町を破壊しつくしていた。

 1体2体出ただけでも騒ぎになるのに、ヒーロー協会はまだ正確な数すら把握できていない。個々の戦闘力もバラバラで、ビルを一撃で吹き飛ばす怪人もいる。

 事態を重く見て、初となる災害レベル神と、この惨状を位置づけた。

 

「キャッ!」

 

 1人の少女が足滑らせてしまい、その場に横転する。少女の背後からは黒い大きな影が近づいていた。

 

「い…や」

 

 白い毛並みが逆立ちしている、3〜4mはある、狼型の怪人。

 光を反射する、手から伸びる鋭利な爪からは、自分の死を連想することはそう難しくない。

 

「グルぅぅぅ!!!」

 

 狼が腕を振り上げ、少女に爪を振り下ろす。肉を引き裂く、その感触はたまらなく心地がいいのだ。

 グチャリ。

 狼が感じたのは、心地がよい感触ではなく、顔の歪むような激痛。肉が裂ける音が響き渡り、少女の血しぶきではなく、自分自信の腕が舞う光景を目の当たりした。

 

「ちょいと前を失礼」

 

 前に降り立ったのは、見た目の歳に相応しくない若々しさを持ち、町を単独で壊滅させる災害レベル鬼を撃破でき、周囲からは狂っていると認識されている、S級ヒーローの1人。

 銀髪のセットされた髪がそよ風になびき、周囲の人間はその光景に、自分の命の危機を忘れて見とれていた。

 救世主だ。

 

「グルァァァァ!!」

 

 何が起こったからは理解出来ない狼。

 だが、やることは変わらない。王の命(めい)に従い、残ったもう1本の腕で前の人間を引き裂けばいいのだ。

 そう思った狼は、再び腕を振り上げ、眼前の老人に爪の刃を向ける。けれども、余りにもその行動は愚策だということをすぐに知る。

 伸びた腕を軽く撫でられると、関節が折れて、その直後、腹部に数え切れない流水の如き複数の打撃を受ける。余りの威力に、マグナムで撃たれたかのような大穴が形成された。

 決定的な『武』の差。

 その何の工夫もない一撃は、ただの演出にしかならず、怪人はその場に倒れ伏せ、屍と化した。

 

(一体どうなっているのじゃ)

 

 腰に手を回し、今の謎の出来事について考える。

 

「「うぉーー!!シルバーファングだーー!!」」

 

 周囲人間が、降り立ったヒーローの名を呼び、地獄に降り立った希望にすがっていた。

 バングは空を見上げて、髭をなぞりながら、1人の青年を思い描いていた。

 隕石をワンパンで破壊し、本人にも説明出来ない圧倒的な力を持つ青年、サイタマ。

 シルバーファングは、この状況をジジババが予言した、『地球がヤバイ』ではないかと推測していた。

 半年以内におきると予言された大災害。すでにあの集会から、タイムリミットは近づいており、今日がその3日前だったからだ。

 

「もしそうなら、お主の力は必ず必要になりそうじゃ」

 

 自身にできるのは、この町にある道場を守ることと、周囲の人間の避難誘導。

 あの青年が味方にいる限り、この惨劇は打破することができるであろうと考えていた。覚醒したガロウすら圧倒し、命まで救ってくれた彼ならば。

 

「ウゴォォォ」

 

 背後から巨大な斧を持ったサイの怪人が出現する。バングはそれを見て、ため息混じりに自身の流派の構えをとった。

 

 ☆★☆★☆★

 

 サイタマは現在、周りの惨状を他所に、地面に手をついていた。

 

「お、俺の家がーー!!」

 

 目の前で自身の家が燃えている。ガロウ騒動がおき、家を破壊され、やっとの思いで転入先を見つけたのに、その努力すら踏みにじられた。

 炎の光が、サイタマの頭に反射し、まるで夕焼けのような光景を作り出している。

 

「先生!」

 

 後ろからジェノスの声がすると、サイタマは顔上げて目を合わせた。

 僅かながらその瞳は潤んでいる。

 

「ジェノスぅ、また俺の家が……」

「そんなことより聞いてください! 今ヒーロー協会が災害レベル神を発令しました!」

「災害レベル…神? それってやばいんだっけ?」

「人類の絶滅を危惧するくらい危ない現状です」

「へぇ、通りで怪人がやたら多いわけだ」

 

 ジェノスはサイタマが通ったであろう道を振り返る。そこには数十体を超える怪人の死体が横たわっていた。

 地面に埋まったり、上半身がなかったり、壁に突き刺さったりと、これは自身の尊敬する先生がやったのだと、考えるまでもなく確信していた。

 怪人の体格から予想して、災害レベル竜を超えていそうのものもいたが、先生の前では蟻も同然。

 先生に敗北があれば、それ即ち人類の敗北。

 

「ここまで大勢の怪人の出現は、前代未聞です。誰かに指揮されたかのように思えます」

 

 ジェノスの考えは、多くの人間が抱いていたものだ。

 

 ーーーけれども。余りに謎が多い。

 

 過去に災害レベル竜や鬼で構成された怪人協会というものはあったが、それは数十体程度。今回のそれとは比較にすらならない。

 しかも、これだけの怪人が潜伏していたとなると、必ず住んでいた痕跡や前触れ、目撃情報があるはずだ。

 ヒーロー協会は、ガロウ騒動後、怪人協会のような組織ぐるみの災害を恐れ、空き家や遺跡など、誰かが住みそうな地帯は虱潰(しらみつぶ)しで調べ尽くしていた。

 S級ヒーローであるジェノスも、搜索に協力していた為に、今回の事件については多くの疑問点を抱いている。

 

 誰かの指示であることは間違いない。だが、それは殆どに不可能に近く、手法が全く思いつかない。

 

(何か俺の知らない未知の力があるのか?)

 

 タマツキの超能力ような、科学で証明できない『何か』を持った怪人がいるのではないだろうか?

 ……ジェノスは暫く考え、サイボーグが科学以外の『何か』について考えるなど、可笑しいものだな、と鼻で自分自信を笑った。

 今は分からなくても、何れは分かる。答えの出ない自問自答より、やるべき事は沢山ある。

 

「ほへー、コイツらを操ってる親玉がいるってことか」

「あくまでも、推測ですが」

 

 サイタマは顎に手をあてて考える素振りを見せながら、パチンと指鳴らした。

 

「ってことは、家を壊したのもそいつかもしれないな。探しに行こうぜ」

「了解です、お供します」

「まぁ、とりあえずその辺にいる奴倒せば出てくるかもしれないし、とりあえずは」

 

 サイタマがグッと足腰に力を貯めて、一気に力を放出しながら走る。

 その速さ音速を軽く超え、蹴った地面に大型のクレーターができる程だ。サイタマが捉えたのは、カマキリ型の怪人。狙いを定めたサイタマは拳を固め、軽く殴った。

 たったそれだけで、5mを超える怪人の体が四方八方に爆烈し、あっけなく死に絶える。怪人が弱いのではない、サイタマが強すぎるのだ。

 

「片っ端からぶちのめすか」

 

 正義の化物が動き出した。

 

 ☆★☆★☆★

 

『クカカカ!!見つけた、アイツにするぞ』

 

 幻影の王はZ市にある電波塔のてっぺんにいた。

 彼は現在、魔法の力で、目の前に中継モニター画面のような物を幾つも出現させている。

 タマツキ、シルバーファング、タンクトップマスター……。

 S級やA級ヒーローと、自分の手駒達の戦いぶりを見て、素質のある人間を探していた。しかし、予想外のことに、全く無名のハゲ頭の青年に、幻影の王は目をつけた。

 

『素晴らしい力だ! 彼の力と私の力が合わさったら、この世に私を超える生命体がいなくなる!』

 

 自身の能力で作った怪人が、赤子以下の扱いを受けている。

 もちろん、他のヒーローも十分に素質はあるが、彼と比べればダイヤモンドと石ころの差があった。いや、比べるだけ酷とすら思える。

 格や次元の違いではない。そもそも人間かどうか怪しい無双っぷりである。

 

 バキン!

 

『ん?』

 

 金属と金属とぶつかりあう甲高い音と共に、電波塔を支える柱の一つが歪な形となって、くの字に折れ曲がっていた。

 幻影の王の視界に写ったのは、リーゼント姿の、一つ前の世代を連想させる不良。

 彼のヒーローネームの元にもなった金属バットを片手に、人外離れした力を見せつけた彼は、幻影の王が目をつけていた素質の一つでもある。

 電波塔が崩れ、激しい土煙を巻き起こる中、金属バットはその光景をまじまじと見つめていた。

 土煙から見える人影に対して、バットを向けながら敵意をむき出しにする。

 

「怪しい野郎だ。人間じゃねぇよな? お前、あそこで何をしていた?」

『人間観察、とでも言いましょうか。アイスランス』

 

 不意打ち気味に、土煙の中から3本の氷の槍が金属バットの元へ飛来する。だが金属バットは焦る様子もなく、それを軽くバットでなぎ払って、内1本を手に持って体を回転させながら投げ飛ばした。

 その速さに土煙が吹き飛び、視界が晴れる。投げた氷の槍は幻影の王の横を通り抜け、後ろにある木々をなぎ倒しながら止まった。

 

「んだぁ? 今のは」

『クカカカ! 魔法だよ!金属バット君、早速だけど君の記憶を覗かせてもらうよ!』

 

 幻影の王は杖を大きく振り上げ、『メモリーズアイ!』と高らかに叫んだ。

 

「なにしてんだ?」

『見える…!見えるぞ! 貴様に葬られた怪人の数々が!』

 

『幻影の王』の赤い光の目が禍禍しく輝きを放つ、金属バットはその光景を奇怪な者を見るような目で見ていた。

 

「いでよ!メルザルガルド!貴様の無念をはらす時がきたのだ!」

 

 ブラックホールような黒い球体が出現し、そこからドシリと巨体が降り立つ。

 金属バットはそれを見て、目を丸くしていた。

 

「お前はあん時の」

 

 ボロス襲来時、驚異的な再生力を見せつけた、首が5つある怪人。

 シルバーファング、アトミック侍、プリプリプリズナーと共に共闘し、打ちのめしたはずの怪人が。

 忘れろ、という方が無理だ。ボロス襲撃時の被害は歴史に名を残すレベルのもので、まだ記憶に新しい。

 

「チッ、そういやここに来るまでに、何回か見た覚えのある怪人がいたっけな」

「クカカカ! これが私の能力。私は相手の記憶を読み取り、記憶内にいる怪人を具現化することができるのだ!」

 

 幻影の王はケラケラと笑いながら勝利を確信していた。

 敵の記憶を読み取り、戦闘パターンを予想、過去の記憶から最も苦戦した怪人を呼び出し、自身の魔法で援護をしながら敵を仕留める。

 必勝とも呼べる己の戦い方に、絶対的な自信を持っていた。

 

「こいつ、あの時の」

「僕達、蘇ったんだね」

「復讐、するかい?」

「復讐、いいと思うよ」

 

 不気味に自身の顔同士でやり通りをしながら、金属バットへと殺意をむき出しにするメルザルガルド。

 それを肌で感じると、金属バットは半歩だけ警戒しながら距離を置く。

 殺気だけで、本物と大差がないことは理解出来た。

 

「この町にいる怪人共はお前の仕業か」

『そうだよ。 君が私を殺すことができれば、幻は霧となって消える。クカカカ!!さて、ヒーロー君、地球の存亡をかける大舞台で、この私を倒すことができるかな?』

 

 金属はペッと唾を吐き捨て、バットを両手で握りながら構えをとった。

 

「上等だ魔法使い。お前が何を呼び出そうがサンドバッグにしてやる。その次はお前だ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話

 

 「ウオオオォ!!!」

 

 金属バットは、激しい怒号を上げながら地面に思いっきりバットを振り下ろす。

 ブン!と風を切る音と共に巨大な地響きがまきおこる。ガラス細工のように大地は避け、周囲にあるものが一瞬宙に浮いた。その音は、何かを叩いたという音より爆発音に近い。

 足場が崩れて、幻影の王は体勢を僅かに崩す、それに対してメルザルガルドには無意味だった。

 

(思ったとおりだ。あの魔法使い自体の身体能力は余り高くないようだな)

 

 傲慢さからきているのだろう。幻影の王は自身が死んだら怪人の幻は消えてなくなると、自分の弱点に迫るものをベラベラと喋っていた。

 ならば、わざわざ厄介的な敵と再び戦う必要は無い。適当に流して、本体を叩く。

 

「殺す」

 

 メルザルガルドの腕が変形し、無数の触手に変幻させる。文字通り、手数で凌駕するつもりだ。

 無数に散らばった触手はゴムのように伸縮し、身体を突き刺す為、槍のように鋭利な形になる。

 高速で飛来する触手を、金属バットはできるだけ最小限の動きで避け、かわせないものはバット打ち返し、攻撃を防いでいた。

 避けた触手が地面に突き刺さる光景は、まるで豆腐に釘を打つように滑らかで、その殺傷力の高さが伺える。

 

『ファイヤーウォール』

 

 幻影の王が杖を振るうと、それを追うように3mを超える炎の波が出現する。炎の波はメルザルガルドを飲み込み、金属バットの元へ迫っていった。

 

「舐めんなぁ!!!」

 

 バットを扇風機のようにグルグルと振り回し、最後に大きく振って風圧で炎を払う。

 視界が晴れた先では、メルザルガルドがニンマリと嫌悪感を誘う笑みを浮かべていた。

 

「甘いね」

「隙だらけ」

 

 メルザルガルドはその隙を逃さず、腕をハンマーのように変幻させ、金属バットの腹を強打する。

 

「ごふぅ!」

 

 炎の波で視野を悪くさせれた中、隙を突かれた一撃は直撃だった。

 吹き飛ばされた金属バットは、先ほど自身が折った電波塔へと背中を打ち付ける。鉄筋でできた電波塔に、人の形をした食い込みができた。

 

「なるほど、そういうことか」

 

 今の戦う方を実際に体感して、幻影の王のやり方を把握する。

 金属バットは多少頭から血を流すも、大したダメージは余り効いていない様子だった。

 

『流石にしぶといな』

「ったりめぇだ。伊達にこっちはS級名乗ってねぇんだよ」

 

 炎の波をまともに食らったメルザルガルドだが、気にすらしていないない。

 それもそのはず、メルザルガルドはアトミック侍の技をうけて、パズルのピースのような形になっても、再生し続けてみせたのだから。

 ただの炎程度は痛くも痒くもない。

 

「そろそろ本気」

「いいと思うよ」

 

 メルザルガルドの体が5体に分裂し、金属バットを取り囲むように移動する。

 それぞれがノコギリやハンマーのように腕を変幻させ、目の前の敵を殺すために、間合いを詰めていった。

 

『クカカカ!! さぁどうする! もし君がここで倒れれば、君の大切にしている妹もタダでは済まないぞ!』

「ーーーーーあぁ?」

 

 幻影の王が笑いを上げていると、いつの間にか、目の前には吹き飛ばされたメルザルガルドがいた。

 1体、2体ではない、何体かは上空に吹き飛ばされ、市民街へと墜落している。

 

『…バリアー!!』

 

 咄嗟の出来事で、コンマ数秒遅れたが、魔法による障壁を作り出し、己の身を守る。

 飛んできたメルザルガルドは幻影の王のバリアに体を打ち付けると、バウンドして、木々をなぎ倒しながら奥へと突き進んだ。

 幻影の王の視野に入ったのは、正に修羅。

 殺意と怒りの具現化。

 音速を軽く凌駕する勢いで近づいた修羅は、バットを強く握り、自身の身内に手を出さそうとした敵を打ち砕く為に、渾身の一撃を振るう。

 

 バキィ!

 

 ミサイルをも耐えるバリアにヒビが入る。

 しかも、それだけでは止まらない。修羅は地面に足をつき、一回転しながらバリアをボールのように上空へ吹き飛ばした。

 

『グハァ!』

 

 衝撃だけで、骨が数本折れる。

 幻影の王は空中で立ち止まり、息を荒くしながら、魔法で傷を修復していた。

 

「図に乗るなよ! 人間風情がぁぁぁあ!」

 

 吹き飛ばされたメルザルガルドの1匹が、修羅の元へと近づく。

 腕を刃物の形へ変形させ、全力で振り下ろす。けれども、手応えが感じられず、真っ二つになったのは虚像だった。気がつけば、背後に人の気配。

 

「怒羅厳(ドラゴン)シバキ!」

 

 1発が、メルザルガルドの体を通して、地面に10m程のクレーターを作り出す。その圧倒的な破壊力を、嵐のように打ち続けた。

 

「グオオ!!」

 

 苦しそうに悶えるメルザルガルド。

 メルザルガルドの弱点は、ビー玉の形した核だ。それが砕ければ、本体は塵となって消えてしまう。

 以前戦った金属バットは、当然その事を知っている。だから、バットを体の隅々まで殴りつけた。

 金属バットは手元に核を潰した感覚がするのを感じると、攻撃を辞め、上空にいる幻影の王に目線を向ける。

 下敷きになっていたメルザルガルドは体から生気が抜け出し、スライムのようにドロドロになって消えていった。

 

「カツアゲとヒーロー狩りは絶対に許さないんだが、殺しはしない。腐った根性叩き直して、病院送りくらいには留めてやるつもりだ。 だがよ、身内に手を出す奴はヒーローだろうが、怪人だろうが、関係ねぇ。誰であろうとぶち殺すッ!!」

 

 その怒りに満ちた顔に、どっちが怪人か分からなくなりそうだった。

 幻影の王は軽く挑発の意味を込め、冷静さを欠かそうとあの発言をしていた。思惑通りに事が運んだものの、作戦は失敗だった。

 これでは敵に塩を送ったようなもの。殺る気を予想以上に上乗せしてしまった。

 

『クカカカ! 面白い! それでこそヒーロー! 壁が大きければ大きいほど、目的は達成感が大きいもの。貴様の実力を見誤ったことに謝罪を込めて、少し本気でいかせて貰おう!』

 

 幻影の王が杖を振るうと、巨大な水色の羅針盤が3つ出現する。

 ブツブツと呪文を唱え、針が1周すると、その魔法名を唱えた。

 

『いでよ! ブリザードドラゴン!』

 

 それぞれの羅針盤から3体の氷の巨竜が出現する。

 神々しく、怪人が創ったとは思えない体の創りをしている。直径10mを超える巨体、赤い宝石のような目、体から崩れ落ちる氷の破片が、太陽の光に反射してダイヤモンドのように光輝く。

 3体の氷の巨竜が、雄叫びを上げて、金属バットに身を投じて押しつぶそうとする。

 

「打ち返してやる」

 

 息をすぅと整え、バットを構える。

 高速で飛来する質量の塊を、タイミングを間違えないようにする為に、神経を集中させていた。

 ふと、足元に違和感が走る。

 

(……なんだ?)

 

 下をチラッと見ると、そこからメルザルガルドの触手が飛び出してきて、金属バットの顔を捉えた。地面を堀り進め、ここまで来ていたのだ。咄嗟の不意打ちに、再び1発貰ってしまう。

 

「チッ!」

 

 吹き飛ばながらも、転がって衝撃を逃がし、地面との摩擦で体制を持ち直す。だが、すぐそこに、氷の塊が目の前にあった。

 

 ガシャン!!

 

 巨大な質量の墜落に、大地が揺れる。氷の竜が身を投じてぶつけた一撃は、周囲を氷に変え、氷山を作り出していた。

 そして更に、そこへ続くように2体目、3体目と突撃する。土煙が舞い上がり、数十秒ほど視界が遮られてしまう。

 幻影の王は土煙の間から、出来上がった氷の山に金属バットの姿があるのを確認する。ピキピキと氷に徐々にヒビが入っていき、それを見て幻影の王は笑い声を上げた。

 

『クカカカ! まだ生きているのか、見上げた生命力だ! まぁいい。余興はこの辺りにして、例の禿頭の所へ向かうとするか』

 

 あの力が手に入れば、S級ヒーローですら敵ではない。足止めができればいいのだ。

 幻影の王は宙に浮いたまま、最高の素質の元へ移動を開始した。

 

「チッ、逃げられたか」

 

 数十秒後、氷山をぶち破って出てきた金属バットは、空を見上げながら吐き出すように言った。

 

「俺との戦いがまだ残っているぞ」

 

 金属バットが後ろを振り向くと、そこには吹き飛ばしたメルザルガルドが戻っていた。

「はぁ」とため息を交えながら、金属バットは再びバットを構え直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話

 

「焼却!」

 

 ジェノスの腕が変形し、圧倒的な破壊を創造する兵器となる。

 周囲にいた災害レベル虎程度の怪人を丸ごと焼却砲で掃討し、周囲を焼け野原へと姿を変えさせた。

 対するサイタマは、付近のいた怪人を蹂躙した後、石ころや瓦礫を拾っては、上空に飛び回る飛行型の怪人を撃ち落としていく。

 2〜3kgの物が、第3宇宙速度で高速で飛来する恐怖に怯え、怪人達も徐々に数を減らしていった。

 

「ウオオオ!!」

 

 地面から土偶型の巨大怪人が出現する。怪人はサイタマの背後をとり、不意打ち気味に手に持った直径10mの斧を振り下ろす。衝撃で大地が割れ、斧の刃がサイタマの頭蓋に直撃する。人どころかビルをも砕く勢いだった。

 けれども。

 土偶の怪人を襲ったのは、とてつもない硬い金属を叩いたような、手の痺れであった。

 バリバリと斧の刃が欠け落ちる。地下で精錬された上質の鋼でも、外傷を与えることは叶わない。

 

「普通のパンチ」

 

 サイタマが飛び上がって、怪人の腹を殴る。軽く数十tはありそうな巨大な質量を持った土偶の怪人が、音速を超えたスピードで、マンションや商店街をなぎ倒しながら吹き飛んだ。

 岩でできた体だが、サイタマにとっては発泡スチロールのようなもの。最悪殴らなくても、拳を振った拳圧だけで倒す自身すらある。

 

「つまんねぇな」

 

 サイタマがポツリと愚痴をこぼす。

 これだけの怪人がいるのだ。ガロウやボロスクラス、あわよくば、自身の渇ききった感情を潤す敵に、僅かに期待をしていた。

 しかし。

 実際は有象無象ばかりで、いつもとやっていることは大して変わらない。ベルトコンベアに流れてくる、ネジを止め続ける作業をずっとやっている気分だ。

 

「見つけたわ」

 

 ズシリと豪快な足音をたてながら近づいてくるのは、見覚えのある怪人だった。

 

「……深海王」

 

 サイタマは目を丸くし、若干驚いていた。あの時間違いなく殺したはずの怪人が、こうして目の前に現れたからだ。

 目をこすって見るが、間違いなく二つの足が地面についている。幽霊ではない。

 

「久しぶり、よくも私を殺してくれたわね。この体は仮染の偽物だけど、貴方にされたことは記憶に残っているわ……リベンジよ」

 

 深海王の体の筋肉が増幅し、体の大きさが1、5倍程度になる。

 なぜ生きているのか、というのには驚ろかせられたが、残念ながらサイタマは敵とすら認識していない。

 過去に1発の拳を受け、寧ろガッカリさせられたくらいだ。

 拳を握りしめ、深海王はサイタマへ殴りかかろうとする。サイタマは以前のように一撃で胸元を貫く構えをとったが、直後、火の波が深海王を飲み込んだ。

 

「チィ!」

 

 深海王が振り返ると同時に、ジェノスの回し蹴りが顔にグリーンヒットする。顔面に蹴られた跡がくっきりとでき、建物の壁に背中を打ち付けた。

 

「なぜあいつが、蹴った感覚は本物と同じ強度か……。先生、あいつは俺に譲ってくれませんか?」

「別にいいけど、なんでだ?」

「奴がなぜ復活したかは分かりませんが、俺は油断して1度敗北してしまいました。先生との修行の成果、いまここで証明したいのです」

 

 バコン!と建物のコンクリートが飛散する。

 

「また私の邪魔をするのね? いいわ、また壊してあげる」

 

 口が三日月に裂け、殺意と憎悪を解き放つ深海王。

 ジェノスの足からジェット機のような炎が吹き出し、超高速で移動する為の推進力を生み出していた。

 遠目で、深海王とジェノスが殴り合っているのを他所に、珍しくサイタマは考え事をしていた。

 

「俺もさっきから見覚えのある怪人何体かいるんだが、やっぱり気のせいじゃないよな?」

 

 首を傾げながらも、理解出来ないことを理解しようとしていた。

 

『クカカカ! 気のせいではない。探したぞ、私の探し求めた素質を持つ男よ』

 

 後ろから声がかかると、サイタマは振り返り、上空を見上げる。そこには幻影の王が、風にローブをたなびかせながら、宙に浮いていた。金属バットに受けた傷は、既に完治させている。

 

「お前は誰だ?」

『私は幻影の王、君の戦いぶりを見ていたよ。清々しい強さだ、全ての敵をワンパンで倒し、私の手駒達を蹂躙する姿は』

「手駒? この怪人の群れはお前の仕業なのか?」

『ああそうだ。私は相手の記憶を読み取ることができるのだよ。こんな風にね、メモリーズアイ!』

 

 幻影の王の瞳が赤く、怪しく光を放つ。

 

『クカカカ!予想以上だ!』

 

 幻影の王は感激の感情を抱いていた。

 理不尽なまでの強さ、そして強さが故に持つ悲しみ。

 この男は自身が強すぎて、日常にすら満足できていないのだ。もはや全宇宙を探し回ってもこれを超える素質は見つからないだろう。そもそもこの青年……サイタマは宇宙の覇者すら破っているのだから。

 記憶を覗き見て、預言者ジジババが残した、『地球がヤバイ!』は、間違いなく自分を指すものだと確信していた。

 金属バットにもあった記憶で、少々気にはなっていたが、地球がヤバイ!という状況、それは……。

 

 サイタマを超える怪人が現れた時、即ち、この幻影の王が持つ、能力を使った時ではないかと。

 

『サイタマ、どうやらお前は戦いで満足したことがないらしいな』

「なんで俺の名前を……それがお前に関係あるのか?」

『私ならお前を満足させることが……、いや私だからこそ、お前を超えることができる』

 

 幻影の王がブツブツと呪文を口にしながら、数十秒後、杖を地面に突き刺す。

 今までは杖を振るうだけで、怪人を創り出すことができたが、今回は力が強すぎる為、錬成に時間がかかってしまう。

 黒い、闇より深い2つの漆黒の球体から現れたのは、サイタマが存在していなければ、人類を駆逐していたであろう、最凶の怪人。

 トゲトゲしい黒の色の髪に、デザインのいい、真ん中にルビーのような宝石を埋め込んだ白色の鎧。下は動きやすそうな武道着で、顔の半分はあるであろう特徴的な一つ目。

 圧倒的な生命力と、破壊を得意とする、全宇宙の覇者、ボロス。

 鬼のような逞しい角に、忍者を彷彿とさせる、身軽そうな一色のシルエット姿。

 凄まじい成長スピードに、全ての武術を会得し、S級ヒーローが束になっても勝てなかった、人間怪人ガロウ。

 ガロウは存命はしているが、『幻影の王』の能力は生死の有無を関係なく、記憶の中の怪人を呼び寄せる。

 ガロウはサイタマにボコられ、第2形態へと変貌する前の、1番闘志に満ちた状態のものを採用している。感情も操作されており、以前のように¨手加減¨もしない。

 二つの幻は、色彩がない白黒だが、放つ威圧は正に本物。幻影の王は生気も付与し、他の有象無象とは違って闘志も十分以上に伺える。

 

『クカカカ!我が下僕よ、勝てとは言わない。3分間、あの男を引きつけろ!』

 

 本物なら反逆し、幻影の王に歯向かっただろうが、幻は創造主の命令に基本的には忠実だ。

 ボロスに至っては寧ろ、再びこの地に降り立ったことに喜びと感謝を抱いていた。

 

「2度目の再会だな、サイタマ」

 

 ニヤリと闘志に満ちた笑みを浮かべ、生への刺激を与えてくれた強敵に挨拶をする。

 

「なぜ復活したかは分からないが、不思議とやる事は分かる。正直言って俺様1人では無理だ。テメェをぶちのめす為には……ボロス、力を貸せ」

「言われなくても分かってる。不思議と今はお前の思想、戦闘経験が流れてくる」

「俺様を創り出した幻影の王って奴に利用されるのは癪に触るが、あの男を倒すためには仕方ねぇか」

 

 ボロスとガロウはまるで心通じ合う親友のように会話をする。

 

(クカカカ! サイタマの記憶を見て、別々に動くようなら勝ち目はないと分かってる!)

 

 だからこそ、幻影の王は、過去最凶と最狂の怪人同士の意識と記憶を統合したのだ。

 以心伝心、というのを文字通りに発現させたのである。

 

「お、なんだ、2人がかりで来るのか? 俺は全然構わないぞ」

 

 新しい玩具を手に入れた子供のような、無邪気な笑みを浮かべながらサイタマは軽く挑発を入れる。

 

「そうか」

 

 声ともにガロウの姿が消え、刹那に満たない間の後に、バシーン!と殴られた音が響いて、サイタマが吹き飛ぶ。

 余裕で止められた一撃だが、あえてサイタマはそれを見逃した。

 本当に本物と同程度の力かを見極め為に。

 サイタマはクルッと宙で一回転し、再び地面に足を突き立てながらブレーキをかける。

 

「本気でかかってこいよ」

 

 サイタマの声ともに、周りを巻き込んだ最強と最凶と最狂の試合のゴングがなった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話

 

 バキバキ!

 ボロスの鎧が砕け、その体内にある莫大なエネルギーを外へと放出する。

 ただそれだけで、周りに強風の風が吹き、常人なら恐怖で動けなくなるような闘志を放たれた。

 全宇宙の覇者という二つ名に相応しい、と誰もが思うであろう。

ただ1人を除いて。

 

「いくぞぉぉぉ!!!」

 

 咆哮と共に地面を蹴り、サイタマへと殴りかかる。その強烈な連打は、2つしかない拳を数多にも見えさせる。しかし、最強という文字を擬人化したヒーローは、バックステップをしながらそれを片手で防いでいた。

 拳と拳が重なりあうだけで、耳を塞ぎたくなるような炸裂音と、周囲を吹き飛ばす衝撃波が広がる。

 圧倒的な力の差。

 それでもボロスは僅かな勝機に全力を注いでいた。なぜなら、今は自分と同格レベルの仲間がいるのだから。

 ガロウは驚異的なスピードで消え、近くにあった電柱の傍に立ち、それを引き抜きないて、やり投げのように投影する。その意思を読んだボロスは、サイタマの胸ぐらを掴んで、飛んできた電柱に投げつけた。

 二つの物体がぶつかり、電柱が粉々になる。

 土煙の中から出てきたのは、全く応えていない様子のサイタマだった。けれども、2人は余裕の笑みを浮かべている。

 今は、どの程度の連携が取れるか実験していただけなのだから。元より、この程度のダメージを食らうレベルなら、以前の戦いで敗北などしていない。

 

「こりゃ面白くなりそうだ」

 

 サイタマも少しばかり笑みを浮かべ、期待していた。

 

 正義と悪。

 怪人とヒーロー。

 立場は逆だが、激しい戦闘を心から楽しむ、戦闘狂の集まりだ。

 

 

 遠目でその光景を見ていた幻影の王は、ある準備に取り掛かっていた。

 

(クカカカ! 光が強ければ、それだけ影も濃くなるーーー。私は幻と影を司る王。その影なる力を存分に見せつけてやる!)

 

 そう意気込み、着々と呪文の演唱を進めていた。

 

 

「フゥーーーーー」

 

 体の酸素を抜き、ドクドクと心臓を脈打つ音が響く。

 ガロウは数多な武術を組み合わせた特殊な呼吸法し、全力を出せる準備をしていた。

 沢山の死地を潜り抜け、天才と呼ばれた凄まじい武才と、強い信念が生み出したそれは、もう人と呼ぶには余りに異常。

 

「メテオリックバースト!!」

 

 ボロスも後に続くように、全力を出す準備をする。

 先ほどとは比にならない凄まじいエネルギーが一体に飛散し、電撃のような超高温度の熱は、コンクリートや地盤を溶かし尽くす。

 

「ウォォォォ!!!」

 

 先手を取ったのはボロスだった。莫大なエネルギーを推進力とパワーに変えた絶大な一撃を、サイタマの顔面にぶつける。

 サイタマの背後の建物が一瞬光に飲まれたかと思うと、景色が一変、灼熱と化す。

 たった一撃の余波だけで、Z市の5分1が消え去った。幸いにも、ゴーストタウンと呼ばれるほど人が少なく、怪人の発生源でもあるここには、ジェノス以外は誰もいない。既に避難は済ませている。

 もし、一般人がいたなら、言うまでもなく、戦いに巻き込まれて死んでいただろう。

 ボロスは吹き飛ばしたサイタマに駆け寄り、まるで光の様な、視覚できないスピードで四方八方から蹴りや殴りなど徹底的にダメージを与える。

 サイタマのマントを掴み、ハンマーなげのように雑に振り回してガロウの元へ投げ飛ばした。

 

「神殺・奈落落とし」

 

 神という不確かな在処すらも破壊する、究極の武。

 ガロウは体をクルッと一回転させ、円描きながら、サイタマの腹に遠心力を込めた蹴りを放つ。サイタマの体がくの字に折れ曲がり、そのままサイタマは重力に引き寄せられるように地盤に激突した。

 その衝撃で約1kmのクレーターを作り出す。

 しかも、これで終わりではない。ほんの数秒の間に、ボロスは何処から待って来たのだろうか、50階近い高層ビルを引き抜いて走ってきた。それをクレーターの真ん中に投影。規格外のスピードにソニックブームが発生し、先端部分が赤い熱を帯びる。

 サイタマにビルが突き刺さると、再びビルにガロウの無数の拳激が炸裂。ビル全体が埋まるほど、杭を打つように地面を掘り進めた。

 ボロスはその間に体内のエネルギーを凝縮。凄まじい熱量を持ったエネルギーの塊をレーザに変えてサイタマに放つ。

 ビル全体が溶解し、ドロドロになった鉄筋やコンクリートが穴に流れ込んだ。

 

 息の合った2人の連携プレイ。

 息を一息つくと、ゴゴゴゴゴ!と大地が唸りをあげた。

 震度5クラスの揺れが襲うと、次第に大地が裂け始め、割れ目から人影が飛び出す。

 

「お、出れた」

 

 余裕の表情に加え、挙句の果てには長靴に入っていた土をポンポンと取り出す始末。

 この男にとって、俺達はその程度の存在なのか? と、歯をくいしめてしまう。

 仮にも、ボロスとガロウは最強を名乗っていた。ガロウはS級と対峙し、ボロスは宇宙規模で戦闘経験を詰んだ。

 積み重なった自信というジェンガを、このサイタマはあざ笑うかのようにことごとく粉砕する。

 サイタマは軽くスクワットや背伸びなどをして、体の筋肉をほぐし、準備運動をしていた。

 

「よし」

 

 呑気な掛け声と同時に、サイタマは地面を蹴る。走る時に地面を蹴るというのは誰もがやることだが、この超人がそれをやると、それだけで破壊を生む。

 幾つも小型クレーターが発生し、残像すら残るスピードでガロウとボロスの元へ距離を詰める。

 

「両手・連携普通のパンチ」

 

 一瞬真っ赤な壁が現れたと錯覚してしまうが、それはサイタマの付けたグローブの色だということに、いち早くガロウは気づいた。

 余りの拳の早さに、数百近い攻撃を同時にやったと思ってしまう。

 ガロウはボロスを庇うように前に出て、流派の構えをとった。

 

「流水岩砕拳」

 

 以前は拳と拳の打ち合いで勝利を勝ち取ろうとして、痛い目を見た。幸いにも、今回は盾に徹したとしても、もう1人の矛がいる限りはダメージは与えられる。

 慎重に慎重に、数多にある打撃を、順番を間違えることなく、針の穴に糸を通すような繊細な力を操り、隙が出来やすい方向に、水のように拳を流す。

 

「お」

 

 サイタマも思わず感銘を上げる。

 幻影の王が記憶の中から取り出した怪人といっていたが、本物よりも張り合いがあったからだ。

 ¨手加減¨をさせなくした、と言っていたが、正しくガロウは全力であった。

 しかも、1発の拳を受け流す度に、力が強くなっているのが分かる。武術の天才が、格上のものと戦う為に進化しているのだ。

 

 ガロウはサイタマの拳を見切り、しゃがんで足払いをする。宙に浮く形で体勢を崩したサイタマに、ボロスのエネルギーを集中させた回し蹴りがヒットする。

 町のあらゆる建物を貫通していくが、サイタマは空中で体勢を立て直し、とあるマンションを足場にして跳躍。その衝撃で建物が消し飛んでしまったが、気にするものはいない。

 再び2人の前に降り立つサイタマ。

 

「やるじゃん」

 

 無気力なその目に、僅かな灯火が付いたのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話

 

 

 サイタマはだらんと体の力を抜くと、手の指を地面につける。

 何気ない行動。

 だが、周りの空気がズシリと重くなるのをボロスとガロウは感じた。

 

「不味い……!?」

 

 ガロウの記憶にはまだ新しい、人外が見せた本気。

 真っ黒な壁が現れたかと思うと、天地がひっくり返った。

 比喩ではなく、文字通りに。

 

 ーマジシリーズー

 

「まじちゃぶ台返し」

 

 底が見えないほど大地が抉りだされ、宙に浮遊する2人の化物と1人の最強。

 ボロスは初見で驚いた様子を見せるが、ガロウの記憶の中に同じ技を使われたことがあるのを思い出すと、すぐに冷静さを取り戻した。

 ガロウとボロスは作戦を意思疎通でやり通りをし、すぐさま実行に移す。

 2人は近くにあった瓦礫を足場にして、サイタマの視野から逃れるように超高速移動を開始した。3次元的な動きで翻弄し、その速さは、照らし合わせた鏡に光を投影したかのようだった。壁も天井も、大地のように扱う。

 サイタマの前にボロスが降り立ち、その背後にはガロウが降り立つ。

 

「神殺瞬拳!!!」

「砕けちろぉぉぉ!!!」

 

 ガロウの急所を狙った巧みな武術と、ボロスの絶対的な破壊力が同時に襲いかかる。

 いくらサイタマといえど、2人がかりなら打ち倒す自信があった。

 けれども。その自信さえも拳で打ち砕かれる。

 

「いいね。俺もちょっと本気出してやる」

 

 サイタマは2人を相手できるように半身振り返り、1人を片手で相手するような形になった。

 

 ーマジシリーズー

 

「マジ連続・普通のパンチ」

 

 サイタマは威力は抑えつつ、スピードは本気を出していた。

 普通の連続パンチの何倍の手数だろうか、10倍、100倍、1000倍、それすらも把握できない。

 数えるだけ愚かな、数の暴力。

 

「ぐぁぁ!」

 

 先に吹き飛ばされたのはボロスだった。圧倒的な手数の差に押され、長所でもある破壊力でも負ける。

 サイタマの拳に触れると体の1部が吹き飛び、1発2発と続くように攻撃を受けて、体が四方八方に爆散する。口から血を吐き出し、激痛に耐えながらも、再生力にエネルギーを注ぎ込み、なんとか立て直す。

 それを追うようにガロウも吹き飛ばされた。宙に浮いていた岩盤を幾つか貫通していき、なんとか宙で体勢を立て直しながら、吹き飛ばされたエネルギーを利用して跳躍を開始した。

 

 ーーーーーーーーーーーー

 

 

「なんとか勝ったな」

 

 ジェノスは右腕が無くなり、体のあらゆるところから電流が漏れ出す程の損失を代償に、なんとか深海王に勝つことが出来た。

 遠目では、サイタマとガロウと、謎の光の怪人が戦っているのが分かる。

 

 

 ーーーーーー恐らく、先生が戦っている怪人は、S級A級が束になっても勝てないだろう。

 それを2体、しかも圧倒的な力で押し返していた。

 自身の最大級の火力超えるレベルを、謎の光の怪人は、拳圧だけで生み出している。余りのエネルギーに物質が個体を保てないほどだ。

 ガロウも引けを取らず、コンマ数秒すら知覚できる自身の目から、姿を消し、あろう事か、先生と殴りあっていたのだ。

 激しい炸裂音が、何度も何度も響き渡る。その度に大地が砕け、空の雲が裂ける。

 以前手合わせを願った時、手を抜かないで欲しいといったが、その言動を思わず恥じてしまう。

 こう言ってはなんだが、蟻を殺すのに、本気になる人間いるのだろうか? いる訳がない。

 自身が先生に手を抜くなと言ったのは、正しく蟻に対して全力を出せと言っているようなもの。考えるだけで、苦笑いしてしまう。

 あの時は、自身の実力を履き違えて、手加減されるのはプライドが許さなかったのだ。

 恐らく、先生と俺の戦いは、物凄くつまらないものだっただろう。だが、先生は嫌な顔をせず、最後には片鱗であったが本気を見せてくれた。

 それと同時に、先生との出会いに感謝していた。

 先生と不意に目が合う。気がつけば、Z市が崩壊していたが、不思議と俺の周りだけは無事だった。

 どうやら俺のことを気にかけながら戦っていたらしい。珍しく先生の目に光が宿ったのだ。せめて邪魔しないようにと、俺は避難することにした。

 ーーーーーー本当に、いい師に出会えたと思う。

 

 

 ーーーーーーーーーーーー

 

 ガロウとボロスは満身創痍な状態で立ち尽くしていた。

 幻影の王が指示を出した3分は既に過ぎたが、この2人はサイタマの打倒を目標にしている。幻影の王も止める様子はなく、面白そうにジッと見ているだけ。

 

「クソッ……が! 」

 

 ガロウは腹を抑えながら、呻くように愚痴をこぼす。

 舞い上がった大地は地上に落ち、地盤はめちゃくちゃになっていた。

 

「まだ、まだ俺様には力が足りないのか!? テメェを超えることは、絶対悪を成し遂げることは不可能なのか!?」

 

 ガロウは生まれて初めて弱音を吐いた。

 偽物とはいえ、本物の記憶と意思を引き継いでいる。

 力も、スピードも、耐久力も、全てが足りない。武術こそ勝っているもの、他の全てに差がつきすぎている。

 戦いながらも自信の成長を感じるが、あと何歩歩めば奴を超えることができるのだれうか?

 深い闇の中、ゴールすら見えないままずっと走っているような錯覚に陥る。

 

「だからこそーーー倒しがいある」

 

 ボロスは地面に手をつき、更なる進化を遂げようとしていた。

 それを見て、ガロウは驚愕の表情を浮かべる。

 

 ーーーーーードクンドクン。

 

 ボロスは自身と同じ、武術による呼吸法をしていたのだ。

 生半可の付け焼き刃だが、これをヒントに、体のエネルギーの巡回スピードを倍以上に高める。

 かつて、地球を消し去るほどのエネルギーをサイタマにぶつけたが、今度は違う。全てのエネルギーを身体能力に変えていたのだ。

 ボロスの体から、5感を塗り潰すような金色の光が閃光する。

 

「ファイナルメテオリックバースト」

 

 光の閃光がボロスの体内に再び戻り、前回の数倍以上のエネルギーを利用可能にしていた。

 

「そうか!」

 

 ガロウは逆に、ボロスの生命力と、エネルギーの利用法を参考にして、自身の傷を治癒していく。

 血流の動き、心臓の動き、ありとあらゆる動きを限界以上に引き出す。

 それで体が耐えきれず、切り傷があちこちで発生し、そこから血が噴水のように吹き出す。それでも止まらず、傷を強制的に治癒していき、無理にでも体が耐えられるようにする。

 エネルギーを体の外に放ち、推進力に利用する準備をする。そのエネルギーはボロスとは対極に黒く、滲んでいた。まるで闇のように。

 ガロウも、以前の数倍以上の動き可能にしていた。

 

「!!」

 

 サイタマが驚きの表情を浮かべる。

 光と闇。

 光の物体が近づいたかと思うと、拳を腹に打ち込んでいたのである。

 背後にある地盤が光に飲まれると、今度は灼熱のように燃えるわけではなく、消滅した。

 吹き飛ばされた先には闇が待ち構えており、回し蹴りもらう。再び吹き飛ばされた先には光が待ち受けており、顔面を殴られて、再び吹き飛ばされる。

 

 光、闇、光、闇、光、闇、光、闇、光、闇、光、闇、光、闇、光、闇、光、闇。

 

 卓球でボールを打ち合うように、ただひたすら、ガロウとボロスはサイタマに攻撃を仕掛け続けた。

 遠目から見れば、流星が踊っているように鮮やかであった。光と闇が、花火のように閃光を散らす。

 ボロスが大地を蹴り、ガロウが天から降り注ぐ。

 2人は、中心にいたサイタマに全てを込めた一撃を叩き込む為に、タイミングを合わせて蹴りを放つ。

 上下から、光と闇がぶつかり合う。視野できる余波が広がり、それだけでZ市が吹き飛び、その回りの市にも絶大な被害をもたらした。

 

 ー崩星神殺拳ー

 

 破壊と破壊のぶつかり合い。

 万物を破壊する、圧倒的なエネルギー。

 決まった……と思ったが、あろうことにもサイタマは、右手でボロスを、左手でガロウを受け止めていたのだ。

 

「「ウォォォォ!!!」」

 

 これを逃せば勝機はない。

 そう意気込み、なんとか押し込もうとする。

 

「……スゲェよ、お前ら」

 

 サイタマは心のそこから歓喜の声をこぼす。

 その後、ガロウとボロスは何がおきたか理解出来なかった。

 だが、強烈な痛みを腹部に受けたのだけは分かる。

 

 ーマジシリーズー

 

「両手・マジ殴り」

 

 ガロウは空の彼方へ、ボロスは大地に叩きつけられる。

 腹にボックりと穴が開けられ、もう立ち上がることは出来なかった。

 大地にはサイタマの巨大な拳の跡がきっちりと残り、空では雲が裂け、幾つもの人工衛星を破壊していた。

 ガロウが薄く目を開けると、そこには青い地球が写っていた。ボロスがサイタマを吹き飛ばしたように、サイタマがガロウを月まで吹き飛ばしたのである。

 

「クソが……。だが、案外悪くねぇな」

 

 ふと自分の手をガロウは見る。古いスポンジのようにガサガサで、その隙間からも地球を覗くことができた。

 全てを注ぎ込んだ完全なる敗北。

 

「それでこそ……俺の認めた男だ」

 

 ボロスも同じように己の手を見ていた。その手もガロウと同じように、激戦だったことを言葉使わずして示している。

 

「「お前(テメー)は強すぎる」」

 

 格の差。

 2人は2度目の敗北を味わったが、そこに悔しさ憎しみなどの概念は無かった。

 寧ろ。最強を相手に、ここまで攻めることができたのは、胸に誇っていいものだと考えていた。

 

 

 

『クカカカ!!良くやりました!!』

 

 勝利の余韻に浸る暇を与えず、サイタマを覆うように、黒い手が無数に襲いかかる。

 宙に浮いている為行動が制限されてしまう中、吹き飛ばそうと影を殴るが、手応えがなく、虚無を貫くだけだった。

 黒い手がサイタマを飲み込むと、幻影の王の元へ、再び黒い手がまい戻る。

 

「あれ? なんともない?」

 

 何事か、と思ったが、外傷も痛みもない。

 

『シャドウイーター。今、私は貴様の影を喰ったのだ』

 

 サイタマが地面に目をやると、自信の影が無くなっていた。

「うわわ」と呑気な声を出し、自身の周りを必死に探すが、影は見つからない。

 

『光が強くなれば、影も同じだけ濃くなる。いま、私は貴様と同程度の力を得た』

 

 幻影の王が激しい呻き声を上げながら、自信の無限に増えていく力に耐えようとしていた。

 紫色の光を周囲に撒き散らす。

 

『ぐぉぉぉぉ!!!これほどまでに素晴らしいとは……。力が、力が溢れ出るぞぉぉぉ!!ククク、クカカカ! 最後の仕上げだ。全ての幻よ、我が体の一部となれ!!!』

 

 幻影の王が声を上げると、あらゆる市に降り立った怪人たちが、黒い霧となって消えていく。サイタマが倒した怪人の死体や、ボロスやガロウも霧となった。

 そして全ての霧が、幻影の王の体内に集中する。

 一瞬、周りが闇に飲まれたかと思うと、そこにはローブを身にまとった怪人ではなく、全く異なる姿をした怪人がいた。

 ボロスの一つ目に、ガロウの角。

 ローブはマントような形になり、豪華な装飾が施された鎧を身にまとっていた。

 

『やはり、怪人の中でも特段強かったこの2人の影響を受けたのか』

 

 サイタマは目を見開く。

 目の前の怪人には、自分と互角か、それ以上の戦闘力を感じた。

 

『今の俺様には、貴様の力、ボロスの生命力、ガロウの武術、そして、俺様の魔法による力がある』

 

 下品な口調もからも変貌し、どこか威圧的な、万人を従えさせるようなカリスマがあった。

 

『サイタマ、どうだ? この俺様に従うのなら、世界の半分をくれてやるぞ?』

 

 サイタマは無言で押し黙り、暫くするとハッハッハ!と笑い声を上げた。

 

「ヒーローが逃げたら誰が戦うんだよ」

『だろうな。そう言うと思っていた。では、場所を変えようか』

 

 幻影の王が右手を振り上げ、指をパチンと鳴らす。

 それだけで、世界が一瞬光に包まれ、再び元いた場所に戻った。

 

「なにをしたんだ?」

『ここは幻影の世界、俺様はパラレルワールドと呼んでいる。俺とお前が戦かえば、地球はタダでは済まない。故に、世界を変えさせて貰った。ここには俺様とお前が以外に人はいないし、ここで建物を壊しても、元の世界には何も影響もない』

 

  折角世界を支配しても、そこに何も無ければ意味がない。

 幻影の王は手招きをしながら、挑発するように「来い」と告げた。

 サイタマは、目の前に敵には全力をぶつけられるような気がしていた。

 遠慮はいらない。

 いつぶりのことだろうか。

 

 サイタマの目には、失われた闘士が完全に戻っていた。

 




文才がほしい。
感想貰えると、めっちゃやる気出ますよね。
予定では後3〜5話くらいで終わります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話

 

 

 サイタマは大地を強く踏み込み、手始めにマグニチュード10を超える大地震を起こす。

 そのまま地面を蹴り、サイタマは幻影の王に拳を向けた。

 

「連続普通のパンチ」

 

 刹那。

 数百を超える、烈火の如く殴打が襲いかかる。1発1発がミサイルより破壊能力がある、自称普通の威力が牙を剥く。

 幻影の王はニヤリと笑みをうかべながら1歩足を踏み出し、ガロウの見せた流派の構えをとった。水のように攻撃を流し、 掌にエルルギーを圧縮させ、 隙の出来たサイタマの腹を強烈に殴る。

 視野できる衝撃波ができ、一瞬閃光が閃くと、レーザーと共に弾丸のようにサイタマは吹き飛ぶ。

 

『ガーハッハッ!!負ける気がしないな。いでよ、ファントムヒューマン』

 

 幻影の王が地面を叩き、魔法を発動させる。紫色の巨大な羅針盤が出現し、そこから探偵アニメの犯人役のような、真っ黒な人間が数え切れないほど出現した。

 影人は、各々がピストルや剣、ライフルやチェーンソーなど多種多様な獲物を持っている。その全てがサイタマに矛先向けた。

 単体で、災害レベル竜を軽く超える。

 

 ビルに突っ込んだサイタマはゆっくりと、頭をポリポリと掻きながら地面に足をつけた。

 

「どうやらマジみたいらしいな」

 

 自分の腹を撫でる。

 僅かなながらズキズキと痛み、ダメージを与えられていた。

 視線を前に向けると、影人が剣を振り下ろしていた。軽くそれを避け、回し蹴りを当てると、影人は空高く舞い上がり霧となって消えていく。

 飛来する弾丸を避け、チェーンソーを噛み砕き、ロケットランチャーをデコピンで弾き返す。

 大勢で歯向かうも、拳圧で蹴散らされていく。

 

「すげぇ数。チマチマ相手にしたらキリがないな」

 

 サイタマは低く腰を落とし、クラウンングスタートの構えをとる。

 

 ーマジシリーズー

 

「マジ走り」

 

 文明を破壊し、地形を変動させながら、光の如くスピードで突き進む。

 サイタマは3kmほど吹き飛ばされていたが、幻影の王の前に、瞬きすら許さない速さで迫った。

 道中にいた影人は、チャーハンを作る際フライパンを振るうように舞い上がっていた。

 

「マジ連続・普通のパンチ」

『神殺瞬拳』

 

 重なる言葉と重なる拳。

 けれども、それは余りにサイタマに不利であった。

 サイタマがガロウを相手に有利に運べたのは、サイタマが攻撃力、防御力、スピード等全てを何倍も上回っていたからだ。だが、いま拳を重ねている相手は、自身の長所を吸収した敵で、その話は通じない。

 基礎ステータスが同じであるために、勝敗は巧さに別れる。

 サイタマは少しずつ押され始めていることに驚き、後方に飛んで距離をとった。

 いつぶりだろうか、サイタマが怪人を相手に退いたのは。

 

 

 そこからは一進一退の攻防を繰り広げた。

 

 

 全ての生物を超越した最強の奏でる、常人が聞けば死へと巻き込むレクイエム。

 市を超え、県を超え、国を超え、大陸を超え。

 踏み込んだ大地は砕け、拳圧は人類が育んだ文明を蹂躙し、大海も灼熱に変える。

 軍隊でも、怪人でも、ヒーローでも。頂点を決める戦いに割って入れば、ゴミのように死に絶えてしまう。

 そんな圧倒的な戦いだった。

 地球を1周して、元の位置に戻ると、サイタマの外傷は目に見えて増えていた。頭からは血を流し、服装もボロボロになっていた。

 それに対して幻影の王は無傷……ではなかった。数発ほど攻撃を貰い、鎧に損失を負っていた。

 

(おかしい……確かに俺様は奴の力を吸収した上に、ボロスやガロウの力まで奪った)

 

 なら、勝負は一方的なものになるはずだ。吸収した力の差を考えて、1発たりとも拳を受けない自信があった。

 手を抜いたわけでも、油断していたわけでもない。

 完封できるだけの実力差があるはずなのに。

 

「やはり、戦いってのはこうでなくちゃな」

 

 何気ないサイタマの一言。

 

『まさか……』

 

 額に嫌な汗を流す。

 普通、絶対的な力を得たら、それと同時に安心を得るはずだ。

 それなのに。

 

 

 なぜ、いま不安を感じたのだろうか。

 

 

『遊んでいる暇はないな』

 

 力を開放させる。

 周囲に紫色の閃光が閃き、大地を揺るがせ、雷が鳴り響き、竜巻が巻き起こる。余波だけで、人より勝ると呼ばれた自然界のパワーバランスが崩壊する。

 

『演舞』

 

 幻影の王は高速で歩より、サイタマの胸元を右手で殴る。サイタマはそれを両手でカードするが、その部位に熱が襲った。

 

『火』

 

 殴った同時に、大爆発が巻き起こる。核爆弾並のエネルギーの発火、火柱が天空を貫く。それをまともに浴びたサイタマは宙を舞っていた。

 

『氷』

 

 状況の天変地異。

 全てが炎に包みこまれたと思うと、幻影の王が振り下ろした手を合図に、サイタマを中心とした1000mの氷山が出来上がる。

 絶対零度。生き物が許されない過酷な環境。

 

『雷』

 

 雲から雷鳴が轟く。

 正しく、神の怒りを具現化したような破壊の鉄槌。氷を砕き、身動きの取れないサイタマを襲った。

 空中で多大なダメージを受けたサイタマはピクリとも動かず、重力に引き寄せられていく。

 

『ファイナルメテオリックバースト!!!』

 

 幻が編み出した技を、我が者ように扱う。

 ガロウの呼吸法、ボロスのエネルギー活用。 それに加え、身体能力の向上させる魔法を付与する。本物と大差ないほど完璧に使えこなせる幻影の王だからこそ、絶大なダメージを与えることができる。

 足し算ではなく、かけ算で威力は上昇していく。

 

『ウォォォォ!!!』

 

 無抵抗のサイタマに、四方八方から蹴りや打撃を急所に狙ってダメージを与え続け、その度に血噴が舞い上がらせる。

 サイタマを1度上から叩きつけ、地面に落ちていく中を、先回りして高く蹴り上がる。

 爆風が巻き起こり、ロケットのように打ち上げられた。

 

『消し去ってやる! 幻影武装、ロンギヌス槍!』

 

 手元に、神話を元にした、紅の螺旋の形を描いた1本の槍が出現する。

 神殺しの槍と呼ばれた、聖なる武器。

 それを掴むと、吹き飛ばしたサイタマの元へ投影する。ボロスのエネルギーを付与し、スピードは正に光の如く。

 槍はサイタマに突き刺さると、そのまま直進しながら月を破壊し、それでもスピードは止まることはなく……。

 

「ん?」

 

 吹き飛ばされた先からは、地球が米粒ほどの大きさまで小さく見えるほど、かなり遠い位置にいた。

 突き刺ささった槍を引き抜く。神を殺す槍を持ってしても、僅かに穴を開ける程度だった。

 サイタマは立ち上がり、地球を目指して跳躍する。

 降り立った小惑星が、足場にしただけで半壊した。

 

『やったか……?』

 

 そんな思想も、爆撃のような着地音と共に消し飛ぶ。

 無傷ではないが、致命傷にまでは到達していない。

 未だにピンピンしており、戦闘続行、と瞳が訴えている。

 

『……なぜだ』

 

 全力を尽くした。

 

『なぜだ』

 

 俺様の方が強いはず。

 

『なぜだ』

 

 震えが止まらない。

 

『なぜだ』

 

 頭に敗北の文字がよぎる。

 

「どうした、戦いはもう終わりか? ならこっちから行くぞ」

 

 サイタマが駆け寄り、拳を振り下ろす。それを軽く受け流して、再び宇宙空間まで蹴りあげた。

 素人丸出しの、大したことのない一撃。何度こようと、全てカウンターで返せるはず。

 幻影の王とサイタマは、名も無き惑星に降り立ち、再び拳を交える。

 

『神殺・雷神拳』

 

 幻影の王は自身に雷をまとい、イナズマのようにステップを踏んでサイタマに襲いかかる。

 サイタマはそれを迎撃しようと殴りかがるが、手応えはなく、ガロウの特殊な技法で生み出した虚像を貫いただけだった。

 刹那。背後から数十発に及ぶ攻撃を雨のように浴びて、痺れながらも吹き飛ぶ。

 

『幻影武装・エクスカリバー』

 

 幻影の王の手元に、再び神話を元にした剣が現れる。

 剣を握りしめ、ガロウの記憶を掘り起こしながら、サイタマの横を斬撃を加えて通り過ぎる。

 視界に無数の糸のような切れ目が走る。

 

『アトミック斬』

 

 コンマ数秒後、切れ目にほぼ同時に斬撃のダメージが走る。

 怪人を細切れにする、驚異のスピードの剣激。

 サイタマは苦痛に顔を歪めながら、体中から血を吹き出して地面に顔をつける。

 

『やっと終わったか、手間をかけさせやがる』

 

 手元にある聖剣が、霧となって消えていく。

 ……ピクリ。

 サイタマの指先が動き、再び立ち上がる。

 

『まだ分からないのか? 馬鹿でも理解できるはずだ。貴様の力を吸収した時点で、俺様に敗北はない』

 

 幻影の王の問を無視して、無言のまま拳を握りしめる。

 

 ーマジシリーズー

 

「マジモード」

 

 サイタマが全力を出す。

 

(速い!)

 

 警戒していたのに、一瞬で懐まで潜りこまれる。

 幻影の王の体全体に、星を砕く威力を持った連続攻撃が幾つも突き刺さる。

 

『ぐはぁ!!!』

 

 サイタマが吹き飛ばした先は地球。

 幻影の王が突っ込んだ衝撃で、地図を1から作り直す必要が出るほどの地殻変動が巻き起こる。

 サイタマは後を追い、そこから烈火の如く追撃を与える。

 

「マジ連続・マジ殴り」

 

 全てをワンパンで葬りさる、暴力の嵐。

 球体状の地球が歪な形となっていき、原型を保てなく、ついには無残に崩壊してしまう。

 

『舐めるなぁぁぁぁぉ!!!!』

 

 余波だけで惑星砕く一撃を、武術の力を借りてなんと凌ぐ。

 次第に足場が無くなり、遂には星そのものが消えていった。

 

(コイツ……1発1発の威力がどんどん強くなっていきやがる!)

 

 何とか隙を狙い突いて、サイタマの腹を殴り飛ばし、今度は全エネルギーを込めた、絶大な一撃を放つ。

 幻影の王の拳に、光と闇がまとわりつく。

 

『神殺・崩星突き』

 

 耳元で爆弾が爆発したような音ともに、ビックバンような衝撃波が広がり。

 その余波だけで、周囲の惑星を粉々に砕いていく。

 サイタマは宇宙空間の中を高速で突き進んでいき、数え切れない星を貫き、推し量れない距離を移動する。

 

「ぐっ!」

 

 吐血。

 口の中に鉄の味が広がり、体の骨がバキバキと折れた音がする。

 だが、何故だろうか。

 不思議と痛みより、懐かしいという感情の方が強い。

 

 サイタマはそのまま目を閉じて、意識を闇の中へと落とした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話

 

 サイタマは暗い空間の中にいた。

 上下左右、立っているのか座っているのかも分からなくなりそうなほどの暗闇。

 唯一、テレビ画面のようなものがポツリと浮かび上がっている。

 そこに写し出されていたのは、髪が宿っていた時期の、まだサイタマが今ほど強くなかった頃のものだ。

 

 怪人のボコボコにされ、病院に行った数は100を超えてから数えてはない。

 松葉杖をつくような怪我を負っても、トレーニングはかかさずやっていた。

 ランニング10km、腕立て伏せ、スクワット、上体起こしをそれぞれ100回。

 トレーニング中や怪人と戦っている時、度々この世界にやって来ることがあった。

 

「懐かしいなぁ。いつぶりかな、この感覚は」

 

 走馬灯。

 サイタマ本人は気づいていないが、かなり差し迫った状況をなっている。

 1歩間違えば、あの世に行くであろう寸前。

 暫くすると、白い光が差し込んで来る、暗闇に染まった空間にガラスを割ったようなヒビが駆け巡り、それが砕けると同時に目を覚ました。

 

 そして、ーーー最強は更なる壁を超えた。

 

 

 サイタマは文明の息吹く惑星ど真ん中で倒れ伏せていた。

 周りは独特のデザインのビルや空飛ぶ車など、近未来を彷彿とさせる。ここが幻影の世界で無ければ、ボロスの宇宙船の中にいた宇宙人がひしめき合っていただろう。

 

『ゲート』

 

 どこからともなく威圧的な声が聞こえると、空間がブラックホールのように歪み、そこから幻影の王が降り立ってきた。

 

『念の為に首は切り落とすか』

 

 そう呟くと、幻影の王は手元に斧を作り出す。

 重量感の溢れる、光を反射するような鋭い刃をサイタマの首に振り下ろした。

 だが、響いた音は肉の裂ける音ではなく、金属が握力で砕かれる音だった。

 

『ーーーなっ!?』

 

 驚きで顔を歪める。サイタマはゆっくりと立ち上がり、動揺する幻影の王の腹部を拳で強打した。

 風船が破裂するように肉と骨が吹き飛び、鮮血が散る。周囲を建物を破壊しながら弾丸のように幻影の王は吹き飛んだ。

 

『クソがッ!図に乗るなよ!』

 

 すぐさまエネルギーを集中させ、傷を修復させる。

 記憶を掘り起こし、次の一手を打つ。

 

『十影葬×流影脚』

 

 音速のソニックがサイタマに見せた10に分裂する残像と、閃光のフラッシュが見せた残像が繋がって見える特殊な歩行を組み合わせた、気が狂いそうなほどの影を生み出す。

 10の残像は蛇のように動き回り、サイタマの周りを動いて撹乱を狙っていた。

 

『ガーハッハッ! お前にこれが捉えられるか!』

 

 サイタマは無言で立ち止まり、1つ残像だけを目で追い続けた。

 狙いを定めると、直接は殴らず、拳を振るった拳圧だけで本物を吹き飛ばす。

 

『馬鹿なッ!』

 

 なんとか踏みとどまるも、予想外の出来事に幻影の王は理解できないでいた。

 ならば。

 幻影の王は地面を強く踏み込み、サイタマの前に降り立つ。

 

『神殺瞬拳』

 

 瞬きを許さぬ、全てを超越した超連打。

 小細工なしの全力。

 サイタマはそれを見ると、両手の拳を強く握り、それに対応する。数秒間炸裂音が響き渡り、異次元の攻防が行われた。

 

『グッ』

 

 競り勝ったのサイタマだった。1度拳を受けてしまうと、そこから瞬く間に数百を超える連撃をモロに浴びてしまう。

 幻影の王は四方八方に爆裂し、血しぶきを巻き上げなら原型を無くす勢いでダメージを受けた。

 すぐさまエネルギーを注ぎこみ、再び再生する。

 

「もう、お前じゃ俺に勝てない」

 

 サイタマはいつになく真面目な顔でそう告げた。

 

『ふざけたことを言うな! 俺様は全ての怪人の頂点に立つ存在だぞ!』

 

 幻影の王自身も薄々気付いていたが、それを認めたら本当の意味で負けてしまう。

 何故だろうか。力を手に入れても、勝つビジョンが浮かばない。

 

『幻影武装・魔剣グラム』

 

 石や鉄を容易く切り裂くと言われた、神話を元にした武器を取り出す。

 

『アトミック斬!』

 

 再び連撃を入れる、視界にいくつもの線が……切り刻まれることはなく、サイタマの手刀で魔剣グラムは容易く砕かれた。

 まるで玩具のように。

 

『何故だ……』

 

『ぐはぁ』と口から吐血をする。いつの間にか腹部には穴が出来ていた。

 いつ殴られたのか、それすらも理解出来ない。

 先程の優勢は幻影なのか? と疑ってしまう程、いつの間にか埋めようのない格の差が広がっていた。

 

「俺は努力して強くなった。それに対してお前は人から盗んだ力を利用している。それが俺に勝てない理由だ」

『そんなことがある理由ねぇだろ! この俺様が……』

「お前は俺の記憶を覗いたんだろ? 何も分からなかったのか?」

 

 幻影の王は暫く押し黙り、サイタマの記憶を掘り返していった。それだけでなく、今まで出会った全ての人々の記憶を。

 そして、ある一つの共通点を見つけた。

 

「人ってのは、死ぬ気で頑張れば強くなれる。魔法だがなんだが知らないが、そんなもので遊んでる内は俺に勝つことはできない」

 

 ランニング10km、腹筋100回、上体起こし100回、スクワット100回。一般的なトレーニングだと皆は言うが、サイタマにとっては熾烈を極めた。

 筋肉の繊維が千切れても、意識が飛んでも、それを辞めることは無く。怪人との戦いで¨死にかけた¨日もあったが、その日もかかさずトレーニングを続けた。

 

 例えば、S級ヒーローであるタツマキは、研究所で怪人に襲われたことをキッカケに覚醒した。

 例えば、ガロウもヒーローや怪人に幾度となく死闘を繰り広げ、死の淵に何度も迫った事で覚醒した。

 

 トップクラスの彼らでさえ、数える程しか体感したことない死の淵を、サイタマは数百回以上は経験した。

 それはサイタマが最初は弱く、怪人に対して何度もやられていたから、普通のトレーニングさえ過酷に感じたからこそ、いまがあるのである。

 そしてサイタマは先程、再び死の淵を経験し、また1歩最強に歩み寄った。

 何度も何度も経験した為に体のリミッターは外れ、僅かな経験でも多大な成長力を発揮するようになっている。

 それ故に、サイタマは地球での幻影の王の戦いから既に成長を初めていたのだ。

 幻影の王は、力は吸収したが、それは過去のサイタマである。今目の前に立つそれは、とっくの昔に過去の強さを乗り越えていた。

 

「最後くらい、他人の力は借りずに、全力で俺にぶつかってこい」

 

 サイタマは笑いながらそう言った。

 それを聞いた幻影の王は少しの間顔を伏せると、手元に杖を作り出し、上空へと飛んだ。

 

『ならば見せてやる!俺様の全力を!』

 

 ブツブツと長い呪文の詠唱を読み上げていく。空には赤、緑、水色、黄色、紫色、と合計5つの羅針盤が出現する。その大きさは惑星すら上回る、超特大魔法陣だ。

 

『プラネットイーター』

 

 炎、風、氷、光、闇、5つの属性を持った5体のドラゴンが出現する。

 その大きさは、瞳だけで星を超える程の巨体、サイタマは空を見上げながら体全体すら見えない規格外ぶりに、素直に「すげぇ」と声を漏らしていた。

 

『飲み尽くせ』

 

 全てのドラゴンが、星を砕くために大口を開けた。サイタマはそれに対して跳躍を開始する。

 右腕をグルグルと回し、その拳を天に放った。

 

「HEROパンチ!!」

 

 サイタマの振るった、万物を、常識を、概念を貫く渾身の一撃。

 拳圧が全てのドラゴンを粉みじんに粉砕し、それをまともに浴びた幻影の王は少しずつ消滅していき、周囲にある惑星も余波で塵となっていく。

 

『幻影は尽きない、いつか再び俺様は蘇ってみせる。その時は、必ず貴様をーーー』

 

 余りの威力に、幻影の世界にヒビが入る。サイタマが見た暗闇と同じく、空間がガラスように砕けちっていき、そこから光が差し込んできた。

 2人の最強の戦いは、サイタマの勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 





初めて執筆したのですが、いやはや難しいこと難しいこと。
ワンパンマンって基本殴り合いだから私の力量不足でどうしても描写が単調になってしまう。他の作家さんの凄さを痛感しますね。
何か参考になる書籍とかないですかね?|´-`)チラッ
次の後日談で一応終わりですが、次に新しい物を書く時とは本をもっと読み込んでから挑戦してみます。
感想や評価を下さった方、お気に入り登録してくれた方には感謝感激です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話

 

 サイタマはとある病人のベット上で、負傷した傷を治癒していた。アクビをしながら、退屈そうに外ではしゃぎ回る子ども達を眺めている。

 コンコン、というノックと共に、ジェノスが室内へと入ってきた。

 

「先生、遅くなってすいません。少し体の修理に手こずってしまいました」

「いいっていいって。別に気にすんな」

 

 ジェノスはお見舞いようのフルーツバスケットを机の上の置き、そこからリンゴを取り出して器用に皮むきを始めた。

 

「先生をそこまで追い詰める怪人がいたとは……。もし先生がいなかったら人類は絶滅していたかもしれませんね。あ、遅れながらS級にランクアップ、おめでとうございます」

「順位はお前より下だけどな」

 

 サイタマは多くの幻を打ち倒したとのと、アマイマスクの強い推薦をキッカケにS級ヒーローになっていた。

 ガロウ騒動時の出来事から、アマイマスクはサイタマがA級の椅子に居座っていることを気にかけていた為、これを機に彼が相応しいと思う席を用意したのである。

 幻影の王との戦いは違い世界でおきていたので、周囲に知る人物がいない為に手柄にはならなかったが、本人はいつも通り全く気にしていない様子だった。

 

 ブーブー!

 ジェノスの電話が鳴り響く音が、静かな病室に響き渡る。

 

「……はい。いま一緒にいます……了解です」

「病院なんだから電源くらい切っとけよ」

 

 ピッと通話ボタンを切り、ポケットに携帯電話を戻す。

 

「ヒーロー協会からの緊急の収集命令です。先生はお怪我をされているようなので、出席は……」

「そうか」

 

 サイタマはジェノスの言葉を遮り、自身の包帯を外し始めた。

 全治数ヶ月と診断された傷が、僅か3日で跡形もなく治癒していた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「流石はS級ヒーロー、1人も欠けることなく再び集まってくれたことに、感謝するぞ」

「世辞はいいからとっとと始めやがれ、こちとら妹の看病を途中で抜け出してるんだぞコラ」

 

 ヒーロー協会の重鎮、シッチの言葉を金属バットはイライラした様子で一蹴する。

 出席状況は以前のようにブラストとボフォイ博士が欠席していて、新たに加わったサイタマが正式に居座っていた。

 プリプリプリズナーやタンクトップマスターなどは包帯に身を纏った状態で出席していたが、それとは逆にタツマキやシルバーファングは無傷だった。順位ごとに負傷の度合いも差がついている。

 

「怪人の同時多発的な出没に消滅、先の事件は謎が多かったが、とりあえず解決したと考えていいだろう。しかし、どうやら我々に安息する時間はないようだ……」

 

 シッチは躊躇いながらも、懐から1枚の紙を震えるように取り出した。

 モニターにその手紙が拡大された巨像が映し出される。

 

「「「地球がマジでヤバイ!?」」」

「これはシババワ様の妹、ジババ様が予言されたものだ!ジババ様は半年先の予言した同時に、恐怖でガムを喉に詰まらせて死んでしまった!」

 

 会場全体にどよめきが走る。

 

「おいアンタ。あの婆さんに妹いるって知ってたか?」

 

 サイタマは小声でプリプリプリズナーに問いかける。

 

「ええ、予言の頻度はシババワに遠く及ばないけど、成功率は同じく100%らしい」

「そして、過去最大の被害の出た今回より、ヤバイ『何か』が地球を襲おうとしている! 」

 

 サイタマはニヤリと浮かべながら呟いた。

 

「……来てよかった」

 

 ーーーーーーーーーーーー

 

 ギシシシ。

 沢山のチューブに繋がれた人形の機械が、緑色の液体の詰まったポットのような入れ物の中に浮いていた。それをキーボードを叩きながらボフォイは調節していく。

 

「先の事件で大方戦闘データはとれた」

 

 いまの彼の持つ兵器は、軍隊と言っても過言ではないほど、最新鋭かつ大量に抱えていた。

 

「もうヒーローなどという立場に頼るのも、あと少し、といったところか」

 

 意味深な言葉を呟き、再び作業へとボフォイは戻った。

 

 




一応完結です。何か続きそうなオーラは出していますが、今の所は五分五分です。
サイタマの敵ってモブ以外はテーマがあるんですよね。ボロスの生命力、ガロウの武術、タツマキの超能力、なので今回は『魔法』をテーマに怪人を描きました。
後書きを書きながら、『科学』っていうテーマもありかなとは思ったんですが、内容がまだ固まっていません。
ネタバレすると、察していると思いますが続きを書くとしたらボフォイ博士は敵となります。
というか、S級9位の機動騎士の「メタルナイトはお前の敵だ」ってジェノスに向けた発言から推察するに、彼の街を襲った暴走サイボーグってボフォイだと思うんですよね。
視聴者を騙す為のトラップかも知れませんが。
とりあえず、今まで御付き合い頂きありがとうございました。気が向いたら続きを書きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。