仮面ライダー/ダークサイド (黒羆屋)
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前篇

 

 

 

 

 

 その日、龍が蠢いた。

 名をスサノヲ、又はJUDOと呼ばれる存在、それがほんの少し身じろぎをした。

 彼はその身を封じられ、しかし、その封印はあと数年を経ずして緩み始めるであろう事は間違いないほどの状態であった。

 その為か、彼の存在がほんの少し、しかし、確実に身じろぎをした。

 それは存在にとっては身じろぎ、しかし、その世界にとっては激震ともいえるものであった。

 考えてほしい。

 例えば、日本列島がむすがって数センチ動いたとしよう。

 それがどれだけの災害をもたらすのか。

 地殻のプレートは1年を掛けて数センチ動く。

 それが一瞬で行われたとしたら、その上に住んでいる者には強烈な地震として感じられるだろう。

 日本の全てで倒壊、崩落が起きる、そんな光景。

 幸いな事に、JUDOの身じろぎはその世界に影響を与えなかった。

 与えたのはその近隣に存在した並行世界。

 その並行世界のごくごく一部に、であった。

 

 少年は幼いころより進行性の不治の病に冒されていた。

 学校に通う事も出来ず、病院のボランティアによる教育を受けて。

 友達を造る事も出来ず、親とて常時一緒に居る事も出来ない。

 必然、彼の友達はテレビにパソコン、漫画や小説など、1人で楽しむことのできるものが多くなっていた。

 その中で彼が好んでいたのは勧善懲悪のヒーローものだった。

 父親の影響だろうか、彼の好みは古めかしいもの。

 こと、正義を体現し、孤独に1人戦うヒーロー達を好んだ。

 昭和の時代に人気を得た、「仮面ライダー」のシリーズを彼は愛した。

 DVDの様な映像はもちろん、漫画やソフトビニールの玩具まで、病室の壁面には彼専用の棚が据え付けられ、そこには歴代の仮面ライダー、怪人のフィギュアが飾られている状態だった。

 その日、彼は何時もの如く仮面ライダーの映像を見、そして就寝した。

 その深夜、極近隣の並行世界においてJUDOが身じろぎしたのである。

 その身じろぎはわずかとはいえ、世界の壁に穴を開けるほどのものであった。

 その穴は、周囲の情報を吸い出し、閉じていった。

 その時に、少年の存在情報、魂と言い換えても良いかもしれない、も同時にJUDOの世界へと吸い出されていった。

 ナースセンターに緊急コールが鳴り響く。

 看護師たちが駆け付けた時には、既に少年の体は生物としての温度を失っていた。

 

 

 

 少年が意識を取り戻した時、既に彼の体は彼の言う事を聞く状態ではなかった。

(え? なに? どうなってるの!?)

 彼は自分の体が勝手に動いて、枕元に合った目覚まし時計を止めるのを感じていた。

「ほわぁぁぁ…、もう朝かよ、ってやべえやべえ、バイトに遅れちまう!」

 そうして体は小汚いせんべい布団を剥がし、畳を踏みながらふすまを開け、階下に繋がる廊下を歩いて階段を降り、そのまま洗面所へと向かう。

 途中にトイレ、というか便所に寄り、和式の便座で事を済ませて洗面所で手を洗う。

 ざばざばと冷たい水を顔に手で掛け、そしてタオルで顔をぬぐった。

(…え? 誰これ!?)

 少年の目に飛び込んできたのはかなり体格のしっかりした少年と青年の中間くらいの年齢、少年にとっては若干年上であろう人物の顔だった。

 真面目な顔をすれば10人中8人は怖いというであろういわゆる強面(こわもて)の顔には、どこか愛嬌があり、怖さを軽減してくれていた。

 神は短く刈り込まれ、細身の長身にはみっしりと筋肉が寄り合わさった麻縄の如く付いていた。

「ごろー! 早いとこ行かないと、しげる君が迎えに来ちまうよおー」

「わーてるってのお袋!

 …ちょっと夢見が悪かったかな、何か調子が出ねえ」

 ごろーと呼ばれたその青年は、食卓に並んでいた白飯、大根と豆腐の味噌汁、沢庵にアジの開きを平らげ、

「お袋ぉ、たまにゃ目玉焼きにパンの朝飯にしてくれっての!!」

「何言ってんだい、そんなんじゃ足んないって言ったのはあんただろ!!」

「あ? そうだっけ?

 まあいいや、行ってきます!!」

 青年はそう言うと家を飛び出していった。

 いえの表札には「沼田」の文字。

 青年の名を「沼田五郎」と言った。

 

 

 

 他者の体に憑依した、と思われる少年は、思いのほか簡単に沼田五郎と馴染んだ。

 これは宿主である五郎の性格が大きかった。

 少年、生前の名を薫という、は元々年齢に比して社会経験がなく、若干幼く正直な性格をしていた。

 それが五郎にとって新しい弟ができたように思えたのだろうか。

 五郎は開けっぴろげの能天気、と称していい性格をしていた。

 若干斜に構える親友、城茂に対しても他の人達の様に隔意を持つでなく、全く普通に接する事が出来ており、茂にとっても五郎は他の人達との間に入って茂をフォローしてくれる得難い人物であった。

 五郎は最初こそ驚いたものの、薫を平然と受け入れた。

 他の者であれば、頭の中に他人が居るのだ、それこそ発狂してもおかしくないだろうに、五郎は平然と薫を同居人として認めていた。

 それは5人兄弟の長男であり、年下の面倒をみるのが当たり前、という五郎の家庭状況にもあったのかもしれない。

 

 五郎は早朝に新聞配達、昼は高校生、放課後は部活、夜はまたバイトと忙しく働いていた。

 さすがに5人兄弟なだけに家庭に金銭的余裕がなく、アルバイトによって彼は部活の必要経費を稼いでいた。

 彼は茂に誘われて高校のアメリカンフットボール部に所属していた。

 当時、関東においてはまだ珍しい部類であったアメリカンフットボールは五郎を虜にした。

 正直にいえば五郎はそれほど頭の良い方ではなかった。

 しかし、五郎はアメフトの戦略性にほれ込み、アメフトのルールや戦術を綿が水を吸うが如く吸収していった。

 好きこそ物の上手なれという格言の通りであろう。

 いつの間にか「目指せクリスマスボウル!」が五郎達の合言葉になるほどだった。

 アメリカンフットボールはその戦略性により一芸特化でも万能型でも活躍の場がある稀有なゲームであるが、五郎はどちらかというと万能型であった。

 特にキッカー、パンターといったボールを蹴るポジションが得意で、チームからはキッカーを中心に防御はラインバッカー、攻撃はクォーターバックまで任される事すらあった。

 これにはカラクリがあり、五郎には薫という参謀が常時おり、彼のサポートがあったから、というのもある。

 歴史はあるものの、アメリカンフットボールは当時まだまだマイナースポーツと言っていい状態だった。

 これは当時野球全盛である上に、野球に比べて装備に掛かる金額が半端でなく高かったせいもある。

 野球は競技人口も多く、バットやグローブなどもピンからキリまで。

 安いものを揃えれば良い、という事もあったろう。

 しかしマイナースポーツであるアメリカンフットボールの装備はそれ相応の店に行かないとない。

 そして安物がない。

 故に、競技人口が少なく、したがってチームの人数も少ない。

 様々なポジションを兼任できる五郎はチームにとっても有難かったのである。

 残念な事に五郎達の所属する「城南大学付属高校」は努力の甲斐なく、クリスマスボウルへの出場は叶わなかった。

 しかし、五郎、そしてそれにとりついていた形の薫は高校を卒業するまでの1年間を有意義に過ごせたと言えるだろう。

 

 とは言え、薫には漠然とした不安があった。

 この頃、五郎の周囲にときおり不審な人物達が居る事があった。

 まるで五郎達を見張るかのように物陰から見ている者達。

 五郎に伝えた時には、

「関彩学院の回しモンだろう。

 オレ達をスパイしてんだ」

 などと能天気な事を言っていた。

 

 薫には分からなかったが彼らはとある秘密組織の諜報員だった。

 その名を。

「ブラック・サタン」

 と言う。

 ブラック・サタンはとある目的のために心身頭脳共に優秀な人材を誘拐していた。

 そしてとある教育機関をその拠点としていたのである。

 城南大学。

 五郎達の居る城南大学付属高校も城南大学のグループの一部だった。

 ブラック・サタンは優秀であり、しかし特定分野においてはより優れたものが居る、そういった目立たない人材を誘拐し、己の組織に活用していた。

 この10年ほどで城南大学の学生、卒業生に年間10人ほどの行方不明者が出ているが、社会において目立つ活躍をした者たちではなかった為に今だ気付かれて居ない状態であった。

 警視庁公安部、極一部の刑事などは不信を持っているようであるが、警察、官僚機構にもブラック・サタンのシンパは居り、彼らの動きによってその情報は警察機構に漏えいしていない状態であった。

 元々ブラック・サタンとは「黄金の夜明け」などと同時期に結成されたオカルト結社であった。

 本来オカルト結社とは貴族、豪商のサロン的な意味合い程度の、いわば金持ちの道楽であった。

 しかし、ブラック・サタンは実際に魔人と呼ばれる異常能力者、魔界と呼ばれるい世界との接触に成功していた。

 そしていつの頃からか「世界を征服する」という荒唐無稽な野望に憑り付かれ、20世紀に誕生したショッカーと手を結ぶ。

 利用し、利用される関係であったようであるが、ショッカーの人員供給に協力する為に2次大戦終了後にショッカーと共同で政府、教育機関にその食指を伸ばしたようだ。

 そしてショッカー及びその光景組織であるゲルショッカー、デストロンが壊滅すると、その基盤をすべて引き継いだ。

 ブラック・サタンはそう大きな規模の組織ではない。

 にもかかわらず情報統制が行きとどいていたのはショッカーと言う暗黒組織の基盤を乗っ取ったからであると言える。

 その後もGOD、ゲドン、ガランダー帝国の日本国内での活動をサポートする形で勢力を伸ばし、彼らが仮面ライダーに倒される度にその基盤、資源を接収して肥大化していった。

 不思議な事にその基盤移譲に混乱はなく、速やかに行われていった。

 これは彼らの持つオカルト的な資源である「サタン虫」が関わっていた。

 サタン虫は人の体に寄生する事の出来る生物で、上位個体よりの命令によって人間を催眠状態にし、意のままに操ることが可能であった。

 その力により、ブラック・サタンは他の組織を自組織に組み込んでいったのである。

 そして彼らが狙っていたのが沼田五郎、そして城茂であったのである。

 

 彼らが大学生となって三年目のある日、五郎は誘拐された。

 たまたま茂が頼まれていたアルバイト、その時急用が入った為に五郎が代理として代わって入っていた。

 …それはブラック・サタンの罠であった。

 工事現場で働き、その帰りがけに五郎は睡眠薬をかがされて昏倒した。

「…おい、城茂ではないぞ…」

「…大丈夫だ、これは第二ターゲットの沼田五郎。

 こいつなら問題ないだろう…」

 そんな声を聞きながら。

 

「がああああぁぁぁぁぁあぁぁああぁっっ!!!」

 五郎の体に激痛が走る。

「電圧、これ以上上げると被研者が持ちませんが…」

「ええい! ショッカーではなぜ成功したんだ!!

 一旦実験は中止だ!」

 五郎は身体を改造され、「奇っ械人(きっかいじん)」として再生されていた。

 奇っ械人とは人間を改造し、機械を埋め込んで造られる一種のサイボーグである。

 更には動物、植物の特性を盛り込み、到底人間では不可能な身体能力、特殊能力を付加する。

 が、人体に動植物の特性を盛り込むというのではなく、人体の作りを基本に動植物の特性を武器化して、まるで機械人形のようなものへと人間を変貌させるのが、ブラック・サタンにおける改造人間・奇っ械人であった。

 五郎はその最終実験体として選ばれてしまったのである。

 ブラック・サタンでは多くの暗黒組織の人員を取り込んだ結果、改造人間、いわゆる怪人を造りだすノウハウを手に入れることができた。

 ところが、だ。

 改造人間を造る事は出来ても、その改造人間に忠誠を誓わせるノウハウを手に入れる事が出来なかった。

 いわゆる洗脳技術である。

 これはショッカーの専売特許でもあった。

 ショッカー及びその後継組織であったゲルショッカーは人員も多かったのだが、ショッカーはその洗脳技術で優秀な人材を確保し、ゲルショッカーは「ゲルパー薬」という身体強化薬役を常時飲用させることで中毒状態にし、定期的にゲルパー薬を飲まないと死ぬという身体的拘束を掛けていた。

 デストロン同じく薬品による擬似的な洗脳及び機械体にな改造による洗脳によって組織を束ねていた。

 しかし、ブラック・サタンの入手した洗脳技術はデストロンのもので、残念な事に改造手術に耐えうるレベルの者には効果が薄いことが判明している。

 故に、「洗脳を簡単に行え、且つ他組織に再洗脳されない強度の洗脳技術」がブラック・サタンの課題となっていた。

 その犠牲に五郎は選ばれてしまったのだ。

 

「うがああぁぁぁっ!」

(五郎さん! しっかりして!!)

 薫は焦りのまま五郎へ呼び掛けていた。

 洗脳の為の薬品、脳幹に埋め込まれた洗脳装置、並みの人間ならばとうの昔に精神が崩壊しているような状況で、恐るべきことに五郎はまだ自我を保っていた。

「こんな、ところ、で、くた、ばって、たまるかよおおぉっ!!」

 …そして実験が開始されて1週間の後。

 

 遂に限界が来た。

 

(五郎さん、しっかり、駄目だって!)

「か、がが、が、が、…があっ!」

(五郎さん!)

「が、わ、悪りい、な、おい。

 どう、やら、付き会わせちまう、事に、成り、そう、だ、があっ!

 おめえには、わるい、こと、しちまった、なあ…」

(そんな事無い!

 僕は、五郎さんと一緒に居られて、楽しかった!

 だから、終わりにしないでよ、ねえ!?)

「さ、すがに、限界、みてえ、だ…。

 くっそ、悔しい、なあ、おい。

 茂とよお、お前と、一緒に、ライスボウル、いきた、かった、なあぁぁ…」

(五郎さん!?

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

 嫌だああぁぁっぁっ!!)

 

 ピー…

 

「駄目です、被験者スパーク、死亡しました…」

「実験は失敗か。

 やはり、ショッカーの技術を手に入れそびれたのが居たいな…。

 仕方ない、今後洗脳に関してはオカルト班の育成するサタン虫による洗脳がブラック・サタンの洗脳方法となるだろう」

「無念です。

 あんなオカルト野郎どもに我々化学班が敗北する事になろうとは…」

 その後、ブラック・サタンの改造人間、奇っ械人に関しては、サタン虫を寄生させ、その洗脳能力によって組織を束ねていくことが決定されたのであった。

 

 

 

「五郎! なんでこんな事にぃぃッ!」

 五郎の遺体は一旦廃棄され、ブラック・サタンの息のかかった警察に寄り発見同じく息のかかった検察医によって司法解剖がされたものとされ、事故死として片づけられた。

 無論の事家族は不服を申し立てたものの、その判断が覆される事はなかった。

 その日、五郎の死体に取りすがって泣いていたのは城茂。

 本来ならば誘拐され、改造されていたのは茂であった。

 そうとは知らない茂は、

「事故なんかな訳ねえ!

 オレが真実を突きとめてやる!!」

 そう言い残すと葬式にも出ずに独自の調査を始めた。

 恐るべきはその執念。

 彼は程なくブラックサタンの正体を知り、その組織に潜り込む事に成功した。

 そして甘言を弄してオカルトの力が優勢になっていたブラックサタンの中で科学者たちに近付き、そして改造手術を受けた。

 その後、洗脳手段であるサタン虫を寄生させられる前に科学班とオカルト班との反目を利用して同じく改造手術を受けた岬ユリ子と共にブラックサタンを脱出、「仮面ライダーストロンガー」としてブラック・サタンと戦い始めた。

 

 沼田五郎の火葬の日。

 火葬場の後方から黒服の人間達の乗った、黒塗りのセダンが発進した。

「ギュルル。

 これで仕事は完了だな。

 ブラック・サタンの栄えある奇っ械人であるこの俺に『死体漁り』等をさせるとは、科学班も偉くなったものだな…」

「ヤモリ奇っ怪人様、これも任務でございます、ご容赦を」

 車の中に居るのは目立たぬ風体の青年、そして黒服の男たちであった。

 今、車のトランクには沼田五郎の死体が積んである。

 ヤモリ奇っ械人は隠密行動に長けた改造人間だ。

 彼はブラック・サタンの科学班の依頼を受け、沼田五郎の死体を回収して来たのである。

 ご丁寧に、似通った体格の死体を持ちあらかじめ火葬炉の中に潜伏し、五郎の死体が入ると同時に棺桶を破壊し、五郎と持って来た死体を入れ替え、担当の監視員には催眠術で対応した。

 その後は炉が旧式のものであったのも都合が良かったのか、あらかじめ壊しておいた壁から脱出。

 口から出す粘液で壁を修復して応急処置。

 後はブラック・サタンの後方処理班が事故に見せかけて火葬場を破壊、修理する手筈となっていた。

「こんな旧式になんの価値があるというのか…」

「そうは言われましても、ブラック・サタンの技術を流出される訳にもいきませんし…」

 五郎の体の中には火葬炉の千度の炎程度では燃え尽きないパーツも多々使われていた。

 これらは当時の科学技術では再現不可能なもので、万一にも世に出てしまうと厄介な事になるだろう。

 それを忌避してブラック・サタンの科学班は奇っ械人であるヤモリ奇っ械人に回収を依頼したのだ。

 

 それこそが、失策であるとも知らずに。

 

 

 

 何で、こんな。

 五郎さんはこんな死に方をする人じゃない。

 去年惜しくもリーグ三位でライスボールには出られなかった。

 茂さんと一緒に、今年こそはって、コンビネーション「ストロンガー」に磨きを掛けるって、頑張ってたんだ。

 それなのになんで…。

 

 薫は何日も呆然としていた。

 既に五郎は冷たい死体となって久しい。

 外からの情報も入って来る事はない。

 視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚、全ての感覚器が死に絶えているからだ。

 その彼の問いに答える者はいなかった。

 筈だった。

 

 薫の感覚に触れるものがあった。

「これは、何?

 インターネット!?」

 当時、インターネットは本当に初歩の初歩が存在したのみであった。

 その概念は一般の人間は知るはずもなく、ブラック・サタンと言う異常なほど科学の発達した集団の中でも理解しているのは科学班の者達だけ、と言う状態だ。

 とは言え、概念があるのであれば造ってしまうのがブラックサタンの様な暗黒組織だ。

 奇っ械人とブラック・サタンの支部を結ぶ一種のインターネット回線はその技術が完成していた。

 電波の代わりにオカルト技術を使用した奇怪な代物であったのだが。

 その末端が五郎には取り付けられていた。

 それを薫が操作したのであった。

 

 インターネットを使用した経験のある薫はまたたく間にシステムを理解していた。

 そして。

「なんだよこれ、ふざけんなよ!

 世界征服、だって!?

 そんな、そんなもんのために五郎さんは死ななきゃなんなかったっての!?

 そんなのない…。

 …許さない」

 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない…

「許さない、ブラック・サタン。

 全て、残さず」

 

 滅ぼしつくしてやる…。

 

 死体置き場に置かれた沼田五郎の死体がピクリと反応した。

 その内部で何かが変化している。

 五郎の内部に埋め込まれた奇っ械人としてのシステム、それが現在の状況が「損傷状態」にあるものとして、修復を行いつつあるのだ。

 しかしそれも命令を出す脳が生きていてこそ。

 なぜこのような事が起きているのか。

 

 理由は奇っ械人というシステムに会った。

 奇っ械人は一度改造手術をした人間の人格を破壊し、サタン虫を寄生させた上に新しい人格を上書きする。

 大体において凶暴で短絡的な人格が書き込まれ、それをサタン虫が制御する、という形をとる。

 そして薫と言う命令系統が存在している五郎の体、その命令に従って奇っ械人としてのパーツが体を治そうとしているのだ。

 洗脳によって破壊された五郎の体。

 憑依している薫とブラックサタンのネット網からの情報とアップデート。

 それらが重なって、五郎の()()()は復活しようとしていた。

 

 闇の中、何かが立ち上がった。

 

 

 

 ブラック・サタンの支部の1つ、沼田五郎の肉体が保管されている死体安置所(モルグ)

 定期巡回の戦闘員が2名、中をのぞいていく。

「ミュー(いつも通り、問題なし…)」

「ッミュー!(待て! 死体が1つ足りない!?)」

 彼らが前回確認した時より、死体が足りなかった。 

 しかもそれは試作型とは言え奇っ械人のものである。

 それが無くなったのだ。

 万一にも世の中に出るような事があればとても恐ろしい事になるだろう。

 誰が持ちだしたのかを調べる必要がある。

 戦闘員の1人は壁に掛かっていたインターフォンに手を伸ばし。

 ごきん。

 奇妙な音を耳にした彼は振り向いた。

 その時。

 彼は首を掴まれた。

 何が起きた、それを把握する間もなく。

 ぼきり。

 戦闘員の首はへし折られた。

 

 暫くすると、戦闘員の中から白い蜘蛛の様な生き物が這い出してきた。

 これがサタン虫。

 人に取り付き、それを支配する悪魔の虫。

 それを()は踏みつけた。

(みなごろし)だ、ブラックサタン」

 少々高音の声は、沼田五郎とは似ても似つかず。

 明らかの五郎より低い背の13歳くらいであろう少年は、そこだけあまりにも年不相応の殺気を込めた目を、壁に掛かった「ブラックサタンのエンブレム」に向けていた。

 

 少年、薫は渋内部の監視カメラの位置を確認し、その死角を付いて戦闘員たちを殺していった。

 1人殺す度に薫の心に罪悪感が湧き上がる。

 何となれば、この戦闘員たちはサタン虫に憑り付かれ、人格を破壊されてこき使われているいわば五郎の同類。

 しかし、

「これは生きているように見えるだけの死体に過ぎない。

 こいつらを処分しないと、ブラック・サタンはますます図に乗るんだから…」

 そう言いながら、薫は戦闘員たちを殺していった。

 目指すのは武器庫。

 1人でこの基地を壊滅されるにはちと手が足りないだろう。

 

 いま、薫が居るのは研究棟。

 中にはブラック・サタンの研究員たちが、外道な研究と、奇っ械人の作成に余念がないのだろう。

 そこに、

 がらがらがらっ!

「ミュー!(なんだ、何が起きた)」

「ミュー!?(ぐわっ!)」

 手押し車に乗せた大型の鉄塊が、正面にて警備をしていた戦闘員たちを押し潰した。

 いくら小柄な少年の姿をしているとはいえ、薫も既に奇っ械人だ。

 その馬力は下手な小型車よりもよほど強い。

 その鉄塊は戦闘員を巻き込み、研究棟の扉を粉砕した。

 その中には、予想通り10人ほどの科学者が何やら資料を見ながら、透明なガラス状の保護タンクに入った改造人間達を見ていた。

 扉が壊れる音で科学者たちは扉の方を振り向いた。

「な、何者だ!?

 ここをどこだと思っている!?」

 その中でも、責任者であろう人物がそう言った。

 薫はそんな事を聞く気がなかった。

 無言で台車から下ろされたもの。

 通常の者よりよほど巨大な、重機関銃。

 たっぷりと弾装の詰まった弾帯を機関銃にセットすると、

「死ね」

 薫はその殺意を機関銃の弾にのせ、研究棟の中に叩き込んだ。

 

「な、何故…」

 辛うじて息の有った研究室主任の前に、少年が立った。

 無表情の顔の中で、そこだけが感情を示している目を彼は主任に向けていた。

「や、やめろ。

 分かった、分かったから。

 何が欲しい?

 金か? 情報か? 何が望みなんだ!?」

 最後のあたりでは既に絶叫となっていた主任の言葉に、彼は。

「お前達ブラック・サタンの命」

 そう言って拳を振り上げた。

「ひいっ! …?」

 思わず首をすくめた主任、しかし、それはドガンという音に遮られた。

 主任がおそるおそる目を開けてみると、

「ギュルル。

 ブラック・サタンも甘く見られたものだ。

 この『ヤモリ奇っ械人』がその借りは返させてもらおうか」

 そこには「機械で覆われたヤモリ」としか言いようのない代物が居た。

 ブラック・サタンの造り上げた改造人間、「ヤモリ奇っ械人」である。

 歴代の仮面ライダー達が戦ってきたものよりも、より機械部分が多く、そして攻撃も多様である。

 この力なら。

「ヤ、ヤモリ奇っ械人、コイツを殺せえッ!」

 主任は必死になって叫んだ。

「分かっている。

 この程度の輩なら簡単に捻りつぶ…」

 ヤモリ奇っ械人の言葉は止められた。

 少年、薫の奇妙なポーズに。

 彼は腕を十字に胸の前で組んでいた。

 その両腕は、ぐるぐるとコイルの様なものが巻きついている。

 先ほどまでは普通の両腕であったのに。

 彼は強く腕をこすりつけるように両腕を左右に振り抜いた。

 強烈なスパークが周囲を明るく照らし出し、そして。

「な、スパーク、だと…」

 ヤモリ奇っ械人の前に居たのは小柄な少年ではなく、

「さあ、始めようかブラック・サタン。

 殺し合いの時間だ…」

 黒を基調としたボディスーツ。

 胸部から肩にかけては赤いプロテクターに覆われている。

 頭部はまるで昆虫の様なフルフェイスヘルメット。

 カブトムシの様なY字の鍬形が特徴的だ。

 エメラルドグリーンの大きく無機質な、昆虫の様な眼がヤモリ奇っ械人を見つめていた。

 目の前に居るのは、沼田五郎が改造されていた筈の奇っ械人スパークであった。

 

 

 

 ヤモリ奇っ械人にとって、目の前のスパークとか言う奇っ械人は旧式である。

 それが、だ。

「くっそお、何で、なんで壊れないんだあッ!!」

 ヤモリ奇っ械人のナパーム唾液がスパークに命中し、彼を燃え上がらせる。

 そのまま倒れ込むスパーク。

「はあ、はあ、やっとこれで、…!!」

 炎に包まれたまま、スパークが立ち上がって来た。

 スパークはその身体能力に比して戦い方がお粗末だ。

 それはそうだろう。

 スポーツマンであった五郎ならばともかく、薫はこうなる前は寝たきり少年。

 身体を動かす事にかけてはど素人と言っていい。

 その状態でなぜスパークが戦えているのか。

 それは、復活時に起動していた過剰なまでの回復能力、それがまだ起動しているからであった。

 とは言え、それもいつまでも続くものではない。

 凄まじい勢いでエネルギーが消耗していく。

 このままではエネルギーを使い潰してスパークは敗北するだろう。

 それを察知したのか、

「まともにやってはやれんな。

 ならば…」

 ヤモリ奇っ械人は壁に近付くと、

「なに!?」

 その姿を隠した。

 ヤモリ奇っ械人に装備された光学迷彩装備。

 それが彼の姿を光学的に見えなくさせていたのだ。

「どこに…、 ぐえっ!」

 スパークが周囲を探る間に、ヤモリ奇っ械人の一撃が彼を襲う。

「ぐはっ! ゲホッ!」

 下手に溜めを作り、行動を読まれる訳にもいかない。

 ナパーム唾液を使わず、ヤモリ奇っ械人はひたすらにスパークを殴りつけた。

 何度か殴りつけるとスパークの動きが目に見えて悪くなった。

「これで、止めえぇっ!」

 ヤモリ奇っ械人の強烈な尾による攻撃で、スパークは大きく弾き飛ばされ、破壊された怪人保護タンクに叩きつけられた。

「ゲホッ!」

 よろよろと立ち上がろうとするスパーク。

「ちっ、まだ死なないのか!?

 ならばこれでえッ!」

 またもや姿を消し、スパークに迫るヤモリ奇っ械人。

 スパークはそれを見ていた。

(これは勝てないかな…、しょうがないよね、喧嘩すらした事無いんだしさ)

 戦おうと思っても、実力が伴わなかった。

 それなら仕方がないだろう?

 そう思い、目を閉じようとした時だ。

 

 殺せ。

 殺せ。

 ブラックサタンを殺せ。

 決して許すな。

 慈悲はない。

 滅ぼしつくせ。

 

 タンクの中に保護され、先ほど重機関銃で殺した奇っ械人の素体達と、眼が、あった。

 そうだ、ここで負ける訳にはいかない。

 僕は、僕は。

「僕はブラック・サタンを滅ぼさなきゃならないんだ!!」

 スパークは立ち上がった。

 沼田五郎の無念。

 ここで奇っ械人の素体にされ、人格を破壊された人々の恨み。

 それをブラック・サタンに叩きつけなければ、

 死ねない。

 スパークは周囲を見回した。

 使えそうなものはない。

 周囲には漏電でもしているのか、タンクへと電力を供給していた電線がバチバチと火花を散らし…。

「! これだ!!」

 スパークはその電線を引きちぎった。

 高圧の電流がスパークの中に流れてくる。

「はっ! 今更自殺か? させねえよおっ!!」

 ヤモリ奇っ械人が最後の一撃を加えようと、光学迷彩を纏って襲い来る。

 しかし、ヤモリ奇っ械人は知らなかった。

 スパークは「電気改造人間」、仮面ライダーストロンガーのプロトタイプであった。

 つまり、

「電気は、僕の力になる!!」

 電気を吸収し、急速にそのエネルギーを回復するスパーク。

 そして。

「エレクトロ・ファイヤー!!」

 周囲の床に、その電気のエネルギーをぶちまけた。

「がああっ!?」

 広範囲に広がる電流に、回避する事も出来ずにその力を浴びてしまうヤモリ奇っ械人。

 その後ろでは研究室主任が声もなく感電死していた。

 よろよろとふらつくヤモリ奇っ械人。

 そこに、

「ぅゎああああああぁっ!」

 スパークの攻撃が直撃した。

 振り下ろすかのように相手に飛びつき、ヤモリ奇っ械人の頭を右手で掴むや、まるでワンハンドタッチダウンの様に地面に叩きつけた。

「うぎゃっ!」

 地面に叩きつけられ、ゴムボールの様にバウンドするヤモリ奇っ械人。

 その時には既にスパークは次の攻撃、止めの攻撃の準備を終わらせていた。

 ぎりり、ぎりりと体中の合成筋肉が軋みをあげ、そして繰り出された。

 ヤモリ奇っ械人がバウンドし、落ちてくるその頭。

 それを、

「…喰らえ!」

 まるでボールのように、スパークは思い切り蹴り上げた。

 ドロップキック。

 ラグビーやアメリカンフットボールで行われる、一度グラウンドに跳ねたボールを蹴り上げる技術。

 アメリカンフットボールではあまり行われない、高技術が必要な割には得点が低いそれを、キッカーを兼用する五郎は器用に行っていた。

 その五郎の器用さ、そして改造人間としてのパワーが加わったそれ。

 その威力は、地下にあった支部の天井をぶち抜き、ヤモリ奇っ械人を天高く舞い上がらせ、そして。

 

 大爆発。

 

 その威力に耐えられなかったヤモリ奇っ械人は、空中で爆散した。

 それと同時に。

 

 どおぉん!

 

 先ほど武器庫から回収し、支部の中に仕掛けておいた時限爆弾が爆発、支部を破壊し始めた。

 スパークは何か思うようにヤモリ奇っ械人が吹き飛んだ空を眺め、そして。

「覚えておけ、ブラック・サタンは必ず壊滅される。

 手段は、選ばない」

 残っていた監視カメラに指を突きつけながらそう言うと、姿をくらました。

 

 

 

 薫はバイクに乗って崩壊していく支部を背後に脱出していた。

 彼はこれより「復讐者スパーク」として手段を選ばずブラック・サタンを追い詰めていく。

 その時に、仮面ライダーストロンガーこと城茂、岬ユリ子、立花藤兵衛などと邂逅するのだが、それはまた別の機会に。

 




なんか書いてみたくなりました。
多分最終的にメリーバッドエンドかなあと。


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中篇

今回は怪人の製造についてのねつ造の記述があります。
ご注意を。


 深夜。

 団地の一角では未だに明かりが付いていた。

「あなた、そろそろ寝ませんと、明日があるのでしょう?」

「ああ、分かっている。

 これが片付いたらすぐに寝るさ。

 明後日にはお前と君子とでデパートに行く予定だしな。

 君子は屋上の遊園地に行きたがっていただろ?

 たまには家族サービスをしないとなあ」

 そんな事を言う30代の男性。

 とある製薬会社の研究室に勤めている…、と言う事になっている彼は、手元の書類に様々な数式、化学式を書き込みながら数年前に結婚した美しい妻にそう言った。

 仕事は順風満帆、と見える。

 実の所、ほぼ1年ごとに部署が入れ替わり、その為、男の仕事はうまくいっているとは言い難かった。

 薬と言うものは完成するのに非常に時間が掛かる。

 新しい薬効を持つ成分を見つけるのはそれこそ運と言っても良い。

 さらには試行錯誤を繰り返し、効果的な成分の配合を見つける。

 それを国家が承認する為の実験に数年。

 承認を得るのに数年。

 10年程度であれば普通に掛かりかねないのだ。

 こと、男の扱っている代物は今まで発見されて居なかった成分のものも多く含まれている事が多い。

 いくら時間があっても足りなかった。

 故に、社則で禁止されていても、このように家に持ち帰り、そして片付けなければならないのだ。

 

 妻が就寝し、そろそろ午前1時を回る頃。

 既にテレビの放送も終了し、男の目の前の付けっぱなしにしているテレビからは「砂の嵐」しか流れてこない。

 仕事に集中していた男。

 ふと、夜の冷たい風が入り込んでくるのに気付いた。

 目を上げると、全開になったサッシ、そして。

「!」

 全身ライダースーツに身を包んだ様な怪しい人物が立っていた。

 悲鳴を上げようとする男の頭を()()はむんずと掴み。

 ばちっ!

 男は衝撃を受け、声もなく意識を失った。

 

 翌日、男が居ない事に気が付いた妻は、行方不明届を出すと共に、警察へ通報をした。

 リビングのサッシの錠前の部分が壊されており、何者かが部屋に侵入したのがはっきりとしていたからだ。

 …にも関らず、警察は数日で捜査を打ち切る事になる。

 妻は抗議をしたものの、受け入れられる事はなかった。

 奇怪な出来事にも関らず新聞にすら載る事はなかった。

 

 更にその数日後、匿名の通報により、男の他殺死体が見つかるまでは。

 

 彼の死体は首を折られ、ゴミ捨て場に捨てられていた。

 ここまでの異様な状態ですら、マスコミが動く事はなかったのである。

 一説によるとかなり上位の所から圧力が掛かった、という噂であったが、それは定かではない。

 本来ならば、それで終わりの事件。

 しかし。

 その近辺、同じ会社に勤めていた、という30代から40代の男性が同じような死に様を見せるにつけ、マスコミも黙っている事が出来ないようになってきた。

 最初はゴシップ新聞の出どころの怪しい情報として。

 当時はまだワイドショーなどは盛んではなかったものの、新聞、雑誌を中心として特集が組まれ、閑静だった住宅街はゴシップ屋であふれる事となった。

 これに対し、警官隊が出動。

 これが騒ぎに火を付けた。

 日本の民衆は権力者の横暴に非常に敏感だ。

 そしてそれを飯のタネにする記者達も。

 行政の上部から様々な圧力が掛かっている事を嗅ぎつけ、どこからそれが掛かっているのか、誰が掛けているのかを調べ上げ、面白おかしく書き出した。

 そして。

 

 東京のとある高級住宅地。

 庶民ではとても不可能であろうと思われる敷地を持った日本家屋、その中で保守党に所属する50代の政治家、政治家としては新進気鋭と言って良い年齢だろう、は苛立ちを隠せないでいた。

「くそっ! どいつもこいつもワシを馬鹿にしおって…」

 彼は圧力団体から殺人事件の揉み消しを依頼されていた。

 相手はかなりの力を持っている。

 彼としてはいいなりになっていた方が都合が良かった。

 そしてその夜。

 政治家は自宅で就寝していた。

 周囲には腕利きの護衛官、また就寝している和室の脇にはやはり腕の立つ秘書を配置しており、何かあったとしてもすぐに対応できるはずだった。

 …音もなくふすまが開いた。

 枕元に立つ人影が1つ。

 その気配にふっと眼を覚ました政治家の目に映ったのは白い手袋をはめた手だった。

 ばちっ!

 衝撃を感じ、政治家は気を失った。

 

 彼が他殺死体で発見された事で、日本は騒然とした。

 連合赤軍が起こした数々の事件がまだその影響を残していた時代、日本国内においてもテロリズムによる事件の発生はまだまだ危惧されていた。

 そこに起きたのが新進気鋭の敏腕政治家の死。

 余りにもセンセーショナルな出来事に、その裏を取ろうとする記者達が殺到。

 更に、その事件を追っていた記者のうち何人かが緑色に染まった服毒死やバラバラ死体など、異常な死体として発見され、更に一連の事件に対する民衆の過熱ぶりはひどくなっていった。

 

 

 

「…で、研究は滞っている、と」

 目の前の、一段高くなった所の椅子に座る奇怪な人物に、科学班研究所の所長は首を竦めながら釈明した。

「は、はい。

 例の事件により、研究員が致命的に足りなくなっております。

 この手の研究は、どうしても人手が必要になります。

 最低でもあと10人はそれなりに優秀な研究員を回して頂きませんととても研究を続けることが出来ません」

 所長はそうしどろもどろに言った。

 下手な事を言えば物理的に殺される。

 相手はそう言う存在だった。

 その相手、名を「タイタン」と言う。

 首から下は黒の三つ揃いのスーツに白いスカーフと言った伊達男の服装だ。

 しかし、その頭部はのっぺりとした黒い卵型の頭に、巨大な1つ目が付いている、と言う代物。

 その体に高熱のマグマを封じ込めた魔人、それがタイタン、または1つ目タイタンである。

 彼は現状を考慮し、目の前の開発就任を処分するかどうかを冷徹に考えていた。

 本来であれば、とっとと抹殺してしまう所だ。

 しかし、現場の者達はともかく、こと科学班に関しては先の研究員殺害によって人員が枯渇していた。

 そう、最初に殺された男は、ブラック・サタンの研究員だったのである。

 さてどうするか。

 そう考えた時である。

「ミュー!(タイタン様、ゼネラルシャドウ様より通信が入っております!)」

 戦闘員の1人が聞きたくもない連絡を持って来た。

 タイタンはブラック・サタンの大幹部、実質のナンバー2だ。

 しかし、ここ数年でブラック・サタンは肥大化しすぎた。

 タイタンだけでは大幹部が足りなくなってきたのだ。

 その為、首領たるブラックサタンはタイタンの国のある魔界、この世界とは薄壁一枚隔てた、異常能力を持つ「魔人」と呼ばれる者達の住まう世界よりもう1人魔人を召喚し、大幹部の位置に付けたのだ。

 その名を「ゼネラルシャドウ」。

 元々は人間で、魔道に魅せられ堕落した魔術師である。

 にも関らず、戦いの美学がどうの、と言うのが元々魔の国の王であるタイタンには鼻もちならなかった。

 負けてしまっては何も残せない。

 それが魔界にて王を名乗る事の出来たタイタンの美学であったのだろう。

 それはともかく。

「…なんの用だシャドウ。

 こちらは今忙しいのだがな…」

 一言目から非常に尖った態度を示すタイタン。

『ふむ。

 そちらの人員が足りなくなっている、と聞いたのでな。

 こちらから回そうか、そう提案しようと思っていたのだよ。

 ワタシとしてもブラック・サタン全体の事を考えればそれが良いと思うのだがねえ…』

 などと言いつつも、タイタンに恩を売る気が満載のシャドウの台詞。

 無論、それも事実であろう、しかし。

「…今の所必要ない。

 とは言え、提言感謝する。

 いずれ必要になった時は、頼らせてもらおう」

『…そうか。

 まあ無理をしない事だ。

 貴公が下手を打てば組織が傾く。

 ワタシとて巻き込まれかねないのだ、気にしないでくれ』

 そう言うと、通信は切れた。

 タイタンはわなわなと体を震わせた。

 屈辱に、だ。

 あのような外様の雇われ幹部に嫌みを言われる筋合いはない!

 怒りのままに、タイタンは戦闘員の頭に手を掛けた。

「ミュー!(タイタンさま、何を…、ぎゃぁぁぁっ!)」

 戦闘員がジタバタとあがくも、タイタンの腕はその頭部よりは慣れない。

 タイタンは改造火の玉人間、と呼ばれる。

 魔界の王たる魔人の1人にして更にそこからブラック・サタンの科学力で強化されたその体は人間を素体にした奇っ械人など物の数ではないほどの強度を持つ。

 その強化された体内に、強烈な高温をタイタンは抱えている。

 その熱を戦闘員の中に流し込んでいるのだ。

 内臓から炎に焼かれる戦闘員。

 そしてその熱が体表まで出て来た時。

 ぼっ!

 一瞬にして戦闘員は松明の如く燃え上がった。

 その内部は既に燃え尽きている。

 戦闘員はまるで何も入っていない着ぐるみの如く床に潰れ、跡形もなく燃え尽きた。

 タイタンはその後継を呆然と見ていた研究所長を見た。

 ひどくおびえる所長を尻目にタイタンはこう言った。

「励め。

 人員は何とかしてやる。

 代わりに何としてでも成果を出すのだ」

 それは最後通達。

 正確にそれを理解した研究所長は、

「は、ははぁっ!」

 と平伏すると、その場を逃げるように去っていったのである。

 

 

 

 城茂は改造人間である。

 電気改造人間たる「仮面ライダーストロンガー」として、悪の秘密結社「ブラック・サタン」と日夜戦っていた。

 しかし、彼にはバックアップしてくれる組織はない。

 その正体を知るのも、同じく脱走改造人間である岬ユリ子と、「仮面ライダー」を影から支えてくれる立花籐兵衛位のものだ。

 ならば何故故にブラック・サタンの活動を発見できるのか。

 それは…、直感。

 恐ろしい事に、彼は「ブラック・サタンの陰謀の匂いがする」という理由だけで物事に首を突っ込み、更に恐ろしい事に本当にブラック・サタンの陰謀を突き止めてしまうのである。

 そして今、茂はブラック・サタンの陰謀を嗅ぎつけていた。

 

 茂が居るのは郊外にある製薬会社の工場だ。

 彼の感が囁いたのか、茂は工場の裏手にバイクを止めた。

「む、これは!」

 彼が目を付けたのはその道路わきに止めてある1台のバイク。

 通常の人が見ればただのネイキッドタイプのバイクにしか見えないだろう。

 しかし、バイクの扱いにも慣れ、更にはかなり細かい所まで整備できるよう籐兵衛に仕込まれていた茂には、このバイクが普通のものでないことが理解できた。

 このバイクのエンジンならば300km/hは出るだろう。

 乗る事の出来る人間ならば、だが。

「こんなものをのりこなすことが出来るのはオレ達(かいぞうにんげん)だけだ、な」

 茂は、己の直感が間違っていないのを確信した。

 

 茂が工場の内部に侵入した時、確信は深まった。

 工場の警備システムが偽装されていたのだ。

 茂は改造電気人間である。

 その気になればこれと同じトリックを弄するのは難しくない。

 問題は、

「オレと同じ改造電気人間が敵だ、って事だろうよ」

 そう言う事だ。

 ストロンガーと同タイプの奇っ械人が製造されたかもしれない、と言う事。

 己と同じスペックの敵と戦うのは、気分のいいものではないだろう。

 しかし、

「来るなら来い! 叩き潰してやる!

 性能が同じなら、後は技術とその想いだ!」

 茂は拳を固めた。

 

 工場の、最も奥まった所にある研究施設。

 そこで茂はガサガサと書類を漁る怪人と遭遇した。

 ライダースーツの様なものを纏い、ヘルメットをかぶったその姿はバイクのライダーであろうか。

 しかし、その気配、これは間違いなく。

「キサマ、ブラック・サタンの奇っ械人だな!」

 そう茂は相手に言い。

 相手が振り向いたとき、茂は、

「なっ!」

 驚いた。

 なぜなら、細部は違うものの、その造作は間違いなく、

「ストロンガー、か…」

 仮面ライダーストロンガー、城茂の変身した姿に似通っていたからである。

 その怪人は、茂を見つめると、

「仮面ライダーストロンガーか」

 そう言うなり、彼に背を向けて書類漁りを継続し始めた。

 茂はあっけにとられた。

 てっきりお互いの命を掛けたやり取りが始まるものと思っていたのだが。

「おい!」

 茂が声を掛ける。

「…少しは静かにしてくれないか。

 騒ぎで人が来るとまずいのは、アナタも一緒だろう?」

 そう言い返された。

 こいつは何を言っているのだろう。

 警戒をしながら茂がそう考えていると。

「…ああ、そう言えば。

 すっかり忘れていたな、城茂。

 自己紹介をしていなかった。

 僕の名前は奇っ械人スパーク。

 アンタのプロトタイプにしてブラック・サタンへの復讐者だよ」

 彼はそう名乗った。

 

 茂は驚いた。

 どう言う事だ?

 彼は何者だ?

 オレの勘は外れたのか?

「僕はブラックサタンに改造されて、様々な実験のモルモットにされたんだ。

 その結果として僕は死んだ、はずだった。

 多分何がしかの実験の結果だったんだろうけど、何かの拍子に僕は生き返った。

 だから、僕はブラックサタンに復讐する。

 でも、僕は君達の様に完成体じゃない。

 ただの試作機で、今使われている奇っ怪人とまともに戦えるほど強くはないんだ。

 だから、こうやって末端から攻めているのさ」

 そう言うと、彼、スパークは茂に書類の束を投げて寄こした。

 茂は改造人間だ。

 星明かりさえあれば、十分に書類程度のものを読むことが可能だ。

 読み進めていく内ちに、茂の表情が変わる。

「これは!」

「そ、ゲルパー薬の製法に関する論文だね。

 これの効果向上を、ここでは行っているって事だ」

 ゲルパー薬。

 それは嘗て暗黒組織ゲルショッカーにおいて使われていた身体強化薬である。

 通常の人間を徹底的に鍛えこんだアスリートや自衛隊員並みの身体能力にし、優秀な人間であれば確実に人間の限界を超える魔法の薬。

 そう、「魔の法」の薬である。

 元々はゲルダム団と言うアフリカの奥地で活動していた秘密結社が全世界規模であるショッカーを取り込んだ時に持って来たもので、未だ公式には発見されていない植物の成分が使われている。

 また、ゲルダム団はオカルト結社でもあり、邪神崇拝を旨としていた。

 そんな所が持って来た薬がまともな訳がなかった。

 この薬に適合すると、3時間ごとに投薬をしなければ「体が溶けて死ぬ」のである。

「ここの製薬会社はブラック・サタンにとっては比較的末端の所なんだよ。

 でもね、確かに組織にとって有用な研究はされていないものの、ブラックサタンからの技術供与で莫大な金を稼いでいる、組織にとっての稼ぎ頭の1つなんだ。

 そんな所がつぶれたらば、どうなると思う?」

 スパークの顔は仮面に隠され見えない。

 が、茂には途轍もなく意地の悪い顔をしているだろう、と想像できた。

「しかし、ここには一般の人間も働いているのだろう?

 彼らに被害が出るんじゃないのか?」

 茂はそれが気がかりだった。

「ああ、それね。

 確かに、まあそれも気になったから夜にしたんだけどね。

 それに、さ」

 茂は嫌な予感がした。

 スパークから感じる嫌な気配。

 茂の持つ超感性、とでも言うべき一種のテレパシーがスパークから強烈な悪意を感じていた。

「ブラック・サタンに加担した人は。

 全て死んじゃえばいいと思うんだよ」

 そうスパークが行った瞬間だ。

 

 轟!!

 

 工場のあちこちから爆発が起こった。

「てめえぇ!」

 茂の声に耳をかさず、スパークは彼に背を向けると研究施設のガラスを蹴破り、外へと脱出した。

 茂は後を追おうとするものの、その耳に逃げ遅れた人達の苦悶の声を聞きつけ、追うのを断念した。

 彼は逃げ遅れた人達の救出に全力を注ぐのであった。

 

 この日、1つの工場から火災が発生した。

 日はそれほど火を置く事もなく鎮火、幸いな事に化学薬品の保管棟などに火が回る事もなく、有害煙の発生なども最小限に抑えられた。

 しかし、後日警察の調査が入った所、火災の原因は軍などで使われる特殊火薬によるテロ行為と判明。

 更に、工場内に未認可の劇物などが大量に持ち込まれていたことが発覚、1ヵ月後、この工場を有する製薬会社が倒産の憂き目をみる事になる。

 これには当時この製薬会社が大きくなる為にかなりの無理をしていた事、その際の後援者であった政治家がテロ行為により暗殺されていたことが大きな原因であった。

 

 

 

 ここは東京湾洋上。

 一隻のタンカーが海上に留まっていた。

 本来ならばとうの昔に港に入り、そして荷物を置いて次の出向を待つはずだった。

 しかし、このタンカーに積まれた荷物を引き取るべき会社が、入港数日前に倒産。

 身動きが取れなくなってしまっていたのである。

「まずいな…」

 そう言ったのは船長。

 タンカーは高度に無人化され、実質船長一人でも扱える代物だ。

 無論この時代にそんな高度なオートメーションシステムがあるはずもない。

 この船の所有は様々な経路をたどらないと分からない様にはなっていたものの、最終的には海外の小さな海運会社になっていた。

 ブラック・サタンの隠れ蓑の1つである。

 そう、このタンカーはブラック・サタンの海外資材の搬入に使われていたのだ。

 しかし、荷物の搬入先であった製薬会社が倒産、と言うよりは工場で行われていた事の露見を恐れた上層部が取るものも取らず逃げ出したため、操業停止状態になった為、にこのようにただ海に浮いているしかなくなってしまったのだ。

 このまま時が過ぎると、タンカーの中身を拝見しようとする輩が出て来るやもしれない。

 それはブラック・サタンにとっては甚だ都合が悪かった。

 仕方ない、そろそろ夜陰に紛れて危険な代物だけでも運び出しておこうか。

 船長はそう考えた。

 その時だ。

「…鼠、か」

 船長はそう呟いた。

 

 海の中から、タンカーの壁をよじ登る人影があった。

「ふう、さっすがに疲れたなあ…」

 そう言うのは、薫。

 彼は東京湾の埠頭から海に飛び込み、泳いでタンカーまでやって来たのだ。

 タンカーの床にしゃがみ込み、一息つく薫。

 そこに。

「ほう、ずいぶんとかわいらしい侵入者だ。

 良かったら名前を教えてくれないかい、坊や」

 そう声が掛かる。

 薫がそちらを振り向くと、船の船長の服装をした人物が立っていた。

 ふ、と薫は息を吐いた。

 こんな所に1人で出てくるのだ。

 少なく見積もってまともじゃない。

 多分彼は…。

「名乗る必要がありますか? 『奇っ怪人』さん」

 そう告げると、彼の顔が顰められた。

「おいおい、あんな下品なものと比べないでくれたまえ。

 ワタシの名は…」

 

 ネプチューン。

 

「海の神だ」

 そう言うと男は帽子を宙に放り投げた。

 それが落ちた時。

「ネプゥ-ッ!!」

 奇っ怪人とは全く違う、光沢のある、まるでギリシャの彫刻の様な体躯がそこに現れていた。

(ネプチューン?

 なんだろう、なんか見たことがあるような…)

 薫が五郎に憑依して5年以上。

 前世の記憶は薄らいでいた。

 しかし、若干なりとも残っていた記憶が違和感を感じさせた。

 

 ネプチューンと言う怪人がブラック・サタンの下で働いているのにはカラクリがあった。

 嘗て存在していたGODと言う組織。

 これは日本と言う国を邪魔なものとして排除しようとした国々が共同出資し、(のろい)という名前の科学者に造らせた暗黒組織であった。

 GODには「神話怪人」という怪人を造りだすシステムがあった。

 今となってははっきりしないのだが、どうやら世界の各地に存在した呪術師の悪魔召喚を機械的に行う事のできるシステムであったようだ。

 呼び出した悪魔を素体となる改造人間に封じる事で普通の人間を超えた超改造人間とでも言うべきものを使役していたようなのだ。

 それがはっきりしたのが召喚元である魔界に、「ネプチューン」を名乗る魔人が存在した事。

 ネプチューンはタイタンと顔見知りであり、タイタンの用意した素体に召喚され現世に降臨した。

 素体が奇っ怪人として調整されていたのは言うまでもない。

 GODの怪人作成能力は高く、いわゆる「再生怪人」が出てくるのもこれを流用したせいである。

 とは言え素体との相性というものがあり、一般的に「再生怪人」が弱いのはこの相性の調整が難しい為であるとブラック・サタンでは結論付けている。

 とは言え、タイタンの用意した素体はネプチューンのために調整されたもの。

 ネプチューンは十全に近い形で薫と対面していた。

 

 薫は腕を十字に胸の前で組んだ。

 その両腕は、変身起動用のコイルが巻きついている。

 そして。

「変・身」

 彼は強く腕をこすりつけるように両腕を左右に振り抜いた。

 強烈なスパークが周囲を明るく照らし出し、そして。

 黒を基調としたボディスーツに赤いプロテクター。

 昆虫の様なフルフェイスヘルメットの、

復讐者(アヴェンジャー)スパーク!」

 がそこには居た。

 

 戦いが始まった。

「そらそら! どうしたスパークとやら!」

 ネプチューンはその手に持った三叉の槍(トライデント)で突いてくる。

 GODで神話怪人として戦った経験のみならず、魔界で幾多の強豪と戦ってきた経験はここでも有利に働いていた。

 しかし、何とか両手の甲でその槍を弾くスパーク。

 槍が当たる度、そこからバチバチと火花が散る。

「ネプゥーッ、ほほう、何やら細工をしているか!

 なかなか面白い事をするものだ!」

「そりゃどうも!」

 余裕を見せるネプチューンに比べ、スパークには余裕がない。

 スパークの防御能力は腕に蓄えた電気。

 これを操作する事によって高い防御力を生み出しているのだ。

 とは言え、これは丁度グローブ部分にのみ何とか張れるものである。

 故に、体に攻撃が当たると当然のことながらダメージを受ける。

「せいっ!」

 ネプチューンの振り回した槍の切っ先を回避するものの、直後に繰り出された石突きを喰らい、吹っ飛ばされるスパーク。

「ネプゥー。

 ふむ、この程度、かね?

 少々期待外れだ…、 !!」

 ネプチューンがそう言った時だ。

 ぐらりと船が傾いた。

「なんだ!?

 何が起こった!?」

 その言葉に合わせ、ふらりと立ち上がったのはスパーク。

 ネプチューンは悟った。

 こいつが何かしたのだと。

「キサマ! 一体何をした!?」

 スパークはその言葉に肩を竦めた。

「そんなややこしい事はしてませんよ?

 ただね、僕はブラック・サタンを逃げ出す時にバイクを1つかっぱらってきたんですよ」

「それが何を…、キサマ、まさか!」

 その通り。

 スパークは仮面の下でにやりと(わら)った。

 暗黒組織の作る乗り物、そしてその敵対者たる仮面ライダーの乗り物は、様々な特殊能力が付加されている事も多い。

 そう、かつてネプチューンが戦ったXライダー、奴の愛機であるクルーザーXには、水陸両用の移動能力とジャンプ能力、そして。

「自動操縦モードって奴ですねえ。

 いま、僕の『ビートラー』がこの船の船底に体当たりかましてんですよ。

 いつまで持つと思います? この船」

 この船を沈められては任務が果たせず、タイタンにも面目が立たない。

 そう考えたネプチューンは慌てて海に飛び込もうと船のへりを飛び越え、そして。

 

 ごっ!

 

 水中より飛び出してきたバイク、「ビートラー」に弾き飛ばされた。

「ぐはあっ!」

 ビートラーに圧し掛かられ、空中で身動きが取れなくなったままネプチューンは落ちてくる。

 それを見逃すスパークではなかった。

「ぬああああぁぁぁあっ!!」

 ぎりぎりと体に力を溜め、そして。

「せやあっ!!」

 ネプチューンの胴めがけて必殺のドロップキックを放った。

 ビートラーと右の足に挟まれたネプチューンの胴体。

 それはめりめりと音を立て一瞬拮抗した後、

 

 ずばん!

 

 丁度腹部のあたりで、ずっぱりと切断された。

 これで勝った!

 そう思ったスパークだが。

(なんだろう、何か忘れている…)

 思い出せない。

 その時だ。

 仕留めたはずのネプチューンと目があった。

(まだ生きて!?

 そうか! こいつ確か!!)

 スパークが両腕を振り上げたのと、ネプチューンの首が取れ、スパークへと迫って来るのは同時だった。

「死ねい! スパークとやら!! 我と共に!!」

「やかましいわ!」

 振り下ろした腕がネプチューンの頭部を掴み、

「タッチ、ダウンだ!!」

 全身のばねを活かしてタンカーの甲板に叩きつけた!

 甲板を簡単に突きぬけ、頭部は船の中に転げ落ちていく。

 ネプチューンの頭部には仮面ライダーすら爆殺出来るだけの合成火薬が仕込まれていた。

 船の中に転がり込んだ頭部が、

 どおん!

 と吹き飛ぶと共に、周囲に警報が鳴り響く。

「まずいな…、とにかく情報を手に入れておかないと」

 スパークはそう言い、操舵室を調査する為に立ち去って行った。

 

 

 

 東京湾にて未明に起きたタンカー事故。

 マスコミはこれを「第二の第十雄洋丸事件」として騒ぎたてた。

 昨年に起きたタンカー事故、その教訓として羽田基地にて教育・研修を受けていた特殊救難隊が急きょ出動する事になり、間一髪、見事事故の拡大を防いで見せた。

 海上保安庁は面目を保ったのだが、ここからは裏の話。

 タンカーに使われていた技術は到底当時の水準からはかけ離れていた。

 この技術の吸収が国家、そして企業の最優先事項となったのだが、この技術を取り込もうとする度にその者達は何者かの襲撃を受ける事になる。

 そして、同時に奇妙な風体の人物に助けられる事になるのだが、助けられた者達は口々にこう言っていた。

「仮面ライダーに助けられた」と。

 仮面ライダーストロンガーの伝説は、都市伝説からまことしやかに格上げされていったのである。

 

 

 

「ふざけるなあっ!」

 タイタンは拳を振り下ろした。

 大幹部の証である椅子、その肘掛け部分が破壊された。

 研究員の不足から資金源の倒産、物資の紛失、どれもこれも単体では致命傷には程遠い。

 しかし、全てが重なると、確実に世界征服の足取りは重くなっていた。

 タイタンすら首領であるブラックサタンからお叱りを受ける始末。

「おのれぇ、おのれぇ! 許さんぞ仮面ライダーストロンガー!!」

 タイタンには参謀が居ない。

 彼は優秀であるが故に、全てを自分で管理していた。

 そして彼は無能な部下には途轍もなく冷徹な対応、つまりは死を以って当たった。

 故に。

 タイタンに入る情報は、よほどのことがない限り、耳触りの良いものばかりになっていたのである。

 その為に今タイタンの手駒を減らしているのがストロンガーとスパークという2人であることが情報として入ってきていなかったのである。

 現場においてもストロンガーとスパークはそのパーツが似ている為に混同されやすいというのも混乱に拍車を掛けていた。

 そしてそのタイタンの狂乱を冷めた目で見ているものが1人。

 タイタンとは真逆の白いフェンシングスーツのような戦闘服に身を包み、皮膚が失われて筋肉がむき出しになったような顔を透明なクリスタルで出来たフェンシングのマスクの様なヘルメットで覆っている。

 ゼネラル・シャドウだ。

「ふむ、満ち足りているが故の苦悩、と言ったところか。

 無様な」

 シャドウはブラックサタンから大幹部として招聘されたとはいえ、肥大しすぎた組織の穴を埋めるために雇われた外様である。

 そうであるが故に、部下を使い潰す余裕はなく、その結果部下から正確な情報が上がって来ていた。

 今の所、ストロンガー達と直接戦わなくてすんでいるから、と言うのもあるだろう。

 シャドウは敵となっている改造人間がストロンガーとタックル、そしてスパークと言う2組居ることを把握していた。

 その戦い方も対照的だ。

 恐ろしくピンポイントにやって来てはブラック・サタンの計画を潰していくストロンガー。

 予知能力でも持っているのではと思ってしまうほどだ。

 そして、何処から仕入れているのかブラック・サタンの情報を入手し、それを元にして計画的に末端を砕いていくスパーク。

 なかなかに興味深い存在だ。

「ふむ、一度接触してみるか、ね」

 シャドウは不敵に微笑んだ。



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後篇

すいません、完結しませんでした。
完結編で終了させます。
バトルシーンまで行けなかったよ…。

今回はいろいろねつ造が入ってます。
お気を付けください。


「電・キック!」

 仮面ライダーストロンガーの必殺の蹴り、電キックが叩き込まれ、奇っ怪人カメレオーンが天高く吹き飛ばされる。

 そして爆発!

 ストロンガーは今日も日本の平和を守った。

「…お見事。

 羨ましいねえ、あの力は…」

 そう愚痴の様に呟くのは近くに居た中年の女性だ。

 ちょっと派手目のファッションが特徴のこれと言って特徴のないおばちゃんである。

 彼女はその場を離れると木々の間を通り抜けていく。

 そして、現れたのは。

「さて、こっちはこっちで動こうかな…」

 復讐者スパークを名乗る少年、薫であった。

 

 薫がこうもこそこそと動くのには理由がある。

 単純な話、弱いのだ。

 奇っ怪人の何体かと戦った事もある。

 サソリ奇っ怪人には危うく腕のハサミで首を切り落とされそうになったし、奇っ怪人ゴロンガメには攻撃自体が通用しなかった。

 その為、薫は自分の戦い方を模索するとともに、出来るだけ戦いを避け、ブラック・サタンに嫌がらせの様な経済的ダメージを与えることを前提に動いていた。

 とは言え、ブラックサタンの支部を幾つも崩壊させ、城茂に接触する度にブラック・サタンの拠点のヒントを告げてストロンガーを誘導している薫は、ブラック・サタンから見れば途轍もなく厄介な相手だろう。

 ストロンガーと違い、己の弱さを知っている薫は逃げることに躊躇がない。

 だからこそ、この数ヶ月を何とか生き延びてきたのだが。

「待ちなよ、そこの坊や」

 呼び止められた薫は振り向いた。

「おねーさん、なんの用?」

 純真無垢を装ってそう尋ねる薫。

 少々けばけばしい化粧をした女性、意外な事にそれが良く似合っていた、は薫の顔を覗き込み、

「ふぅん、シャドウ様はこんなのに興味があるんだねえ…」

 そう呟いた。

 しゃどうさま?

 薫は一瞬誰の事かと考えて、その人物に思い当った。

 ゼネラルシャドウ。

 ブラック・サタンの雇われ大幹部である存在だ。

 薫は表情に動揺が出るのを必死にこらえて女に言った。

「で、そのシャドウ様がどうかしたの、おねーさん」

「なに、ちょいとそこにいらしてるんでね、アンタとお話がしたいんだと、さ」

 女はいとも簡単に恐ろしい事を言い放った。

 ブラック・サタンの大幹部。

 これは通常の組織ならば、指揮能力の高い通常の人間が来る所だが、暗黒組織に関しては、上層部になればなるほど強いのが困りものだ。

 とは言え、薫はこの女性に並々ならぬものを感じていた。

 この女は確実に自分より強い。

 …ならば、付いていくしかあるまい。

 薫は肩を竦め、了承の意を伝えた。

 

 この当時、繁華街から一本入ると、意外なほど人の気配がない所が存在する。

 ビルとビルの谷間にある空き地、そこに、異様な人物が立っていた。

 全身を白い、まるでフェンシングでもするかのようなボディスーツ。

 その下にあるのは明らかに鍛えられた武人の肉体だ。

 肩からマントを掛け、腰にはレイピアだろうか、細身の長剣が吊られていた。

 そしてその頭部。

 何らかの拷問にあったのか、それとも体内からの力に耐えきれなかったのか。

 どうやら筋肉がむき出しになった顔、それを透明なフードで保護しているのか。

 フードの下から薫を見ている目。

 まるで獲物を値踏みする猛禽のそれである。

 その怪人が、薫に対して名乗った。

「ワタシの名はゼネラルシャドウ。

 お初にお目に掛かる、奇っ怪人スパーク」

 シャドウは慇懃無礼に一礼した。

 

「奇っ怪人スパークです。

 ブラック・サタンの大幹部に先に名乗りを受けるとは光栄ですよ、ミスタ・ゼネラルシャドウ」

 薫も出来るだけ隙を見せないように名乗りを返したつもりだ。

 現在の状況は薫にとって詰んでいると言って良い。

 シャドウの実力なら薫を逃がすことはあり得ないし、その傍らに立つ女も薫以上の実力者だ。

 とは言え、彼らがただ呼び出して世間話、ないしは薫の抹殺と言うのであればわざわざこんな手の込んだ、しかも行き当たりばったりの呼び出しは掛けないだろう。

 そもそも、スパークはストロンガーに劣る。

 それは向こうも分かっている事だろうから。

 …ここで薫は1つ思い違いをしていた。

 ゼネラルシャドウはともかく、ブラック・サタンという組織はスパークを把握していないのである。

 歴代の暗黒組織を吸収し、急速に肥大化した組織は命令系統がしっかりしておらず、その為大首領から大幹部であるタイタンへの情報の流れがスムーズにいっていなかった。

 それを正すためにシャドウは雇われたはずなのだが、大首領はタイタンを優遇し、シャドウに権限を回してくれない。

 トップダウン方式の中小企業が急激に大企業に発展したようなもので、未だトップのワンマン方式が是正されていないが故の弊害であった。

 

「で、僕になんの用でしょうか?

 僕は大したことをしている訳ではないはずですけどね」

 薫は謙遜抜きでそう言った。

 スパークが倒した奇っ怪人はたった2体。

 ストロンガーは10体に及ぶ。

 奇っ怪人の改造適合者はかなり少なく、また個体個体によって調整を変えなければならない為に工業製品的量産が出来ない。

 正にハンドメイドなのだ。

 ただし、それだけあって戦闘能力は抜群だ。

 試作型で戦闘能力の低いスパークですら、現代のアメリカ軍の大隊と戦って無傷とは言えないにしても勝利することが可能だ。

 完成体の奇っ怪人なら大隊どころか軍団と戦えるだろう。

 戦車にすれば100台どころではない戦力と互角の個体を既に10体破壊している仮面ライダーストロンガー。

 その脅威がどれだけのものか、推して知るべしだ。

 自分にかまけている場合じゃないだろう、そう薫は思うのだが。

「いや、ただ純粋に君に会ってみたかっただけだ。

 スパーク君」

 シャドウはその本心をなかなか見せない。

「そんなに暇じゃないでしょうに。

 ブラック・サタンの内情はある程度知ってますからね、肥大化しすぎてがたがたじゃないですか。

 それの立て直しをするためにアナタが入ったんでしょうに」

 そう、薫の戦いは急速に肥大し、あちこちに出来た組織の穴を付く事でブラック・サタンを崩壊させようとしている。

 そしてその行為はゼネラルシャドウにとっても邪魔なものなはずなのだが。

「ふっ、そうだな、君のおかげで組織に大きな亀裂が入っている。

 とはいえ、な。

 その工作員としての能力、それをワタシは買っているのだよ。

 その情報を扱いきる分析能力、そしてその擬態能力」

 シャドウは薫に鋭い目を向けた。

 そう、試作型奇っ怪人スパークに与えられていた特殊能力、それは擬態能力。

 最も、これは奇っ怪人の姿から人間の姿に変身する能力の実験用として組み込まれたもので、スパークは沼田五郎の姿の他に男女4パターンに変身できるのだ。

 これを使って今までブラック・サタンや官憲の目をすり抜けてきたのである。

 それもお見通し、と言うより、性能諸元を見たのだろう。

「つまり、僕を部下として引き入れたい、と?」

「その通り」

「断る」

 そう言った瞬間だ。

 薫の首に蛇が巻きついた。

 シャドウの傍らにいた女、彼女の左腕が蛇となり、長く伸びて薫の首に絡みついたのだ。

「貴様ぁ! ゼネラルシャドウ様に対して…」「よせ、蛇女」

 怒りを見せる女、蛇女をシャドウは抑えた。

 そして動揺する振りすらしない薫に対して「何故?」聞いた。

 彼の答えは簡潔。

「アナタがブラック・サタンの一員だから、ですよ」

 何を当然のことを、と言う顔をする薫。

 今の薫にとって、ブラック・サタンは殲滅すべき怨敵。

 それに関わるものも全て殲滅する対象である。

 ブラック・サタンに便宜を図る政治家、そこから金を受け取る企業、知らずに奇っ怪人のパーツを造る場末の工場まで、薫は敵であると認識していた。

 その彼が何故故にブラック・サタンの大幹部に使えなければならないのか。

 これがもう少し扱いやすい、力だけの脳みそお花畑の様な脳筋ならば、取り入って利用しようとも思う。

 しかしこいつは無理だ、薫はそう判断していた。

 明らかにこいつは英傑だ。

 己の信念に従って愚かな行動をとる事はあっても、こちらの良い様に使える手駒には絶対にならない。

 むしろこちらが取り込まれる危険性がある、そう考えた。

 故に、薫としては断る1択しか残っていないのだ。

 ゼネラルシャドウは肩を竦めると、

「ならば仕方ないな、諦めよう」

 そう言った。

 意外なほどにあっけなく。

 薫は拍子抜けした顔をした。

 それはそうだろう。

 これだけの男が出てきて、これで終わりとはだれも思うまい。

 とは言え、これは様子見と考えるべきか、さもなければ、己の野心のために薫を利用する気なのか。

 …それでも構うまい。

 今の薫にとっての至上は「ブラック・サタンの殲滅」であり、その目的に利用できるものは何でも使うつもりであった。

 故に、ゼネラルシャドウが内部で陰謀をたくらむのなら、それは好都合である。

 問題はどうやってこちらの動きを呼んでいるか、だが。

「…1つ聞いて良いですか?」

「何かね?」

「僕の居場所をどうやって知ったんですか?」

 シャドウは肩を竦め、胸元からトランプを出した。

「これだが」

「え?」

 占い?

 本気?

 そう思った瞬間、凄まじい殺気が蛇女から放たれ、薫は慌てて視線を逸らした。

 とは言え、何とも厄介な。

 理論も情報も全てすっ飛ばして結論に至るという事か。

 どんな偽造も無駄と言う事。

 薫は溜息をついた。

 占いという手段で自分を捕捉出来るなら、本来ブラック・サタンに忠誠を誓うべきゼネラルシャドウならば薫を排除に動くはず。

 それをしないというのであれば、シャドウには別目的があるのだろう。

 …そう言う事か。

 薫はシャドウの目的に気がついた。

 シャドウは薫を潜在的な味方として見ているのだと。

 シャドウはブラック・サタンの内部で何らかの工作をしており、ゼネラルシャドウの陣営にダメージを与えず、タイタンの側にダメージを与えることを薫に期待しているのだと。

 ならばこちらもそれに乗り、少しでもブラック・サタンにダメージを入れさせてもらうとしよう。

 薫は肩を竦め、立ち去ろうとした。

 その時。

 ひゅっ!

 薫は咄嗟に手でそれを受け止めた。

 人差し指と中指で受け止めたそれ。

 トランプ、その。

「スペードの6、ですか…」

 それを投げ捨て、薫は去っていった。

 

 ゼネラルシャドウは満足気であった。

「よろしいのですか、シャドウ様?

 あ奴は後々シャドウ様の覇道の邪魔となりませんでしょうか…」

 心配げにシャドウに話しかける蛇女。

 シャドウは彼女を安心させるように声を掛けた。

「問題ない。

 先のトランプ。

 その占いの意味は『苦難の末目的が達せられる』だ。

 ならば、ブラック・サタンの破滅は決まったようなもの。

 …蛇女、魔界にて行動の準備を。

 この地上はブラックサタンごときにくれてやるのは惜しい。

 我ら『デルザー』こそが、覇者となるにふさわしい事を教えてやらねばな」

 彼の言葉を聞き、感動に打ち震える蛇女。

「おお、おお! やっと、やっと立つのですね、ゼネラルシャドウ!

 ブラック・サタンを取り込み、あの愚かな血統主義者どもをその支配下におく時が!

 シャドウ様、ワタシはアナタ様に生涯の忠誠を誓います!

 ぜひとも、アナタ様の覇道にご一緒させてくださいませ!!」

 蛇女の言葉を聞きつつ、ゼネラルシャドウはこれより「デルザー軍団」の一員として、ブラック・サタンの力をじわじわと掌握していく事になるのである。

 

「しかし、何とも哀れな存在よ。

 己が最も憎むものが、己自身と知った時、あれはどうなってしまうのだろうなあ」

「シャドウ様、どうかなされましたか?」

「なんでもない、行くぞ、蛇女」

 

 

 

 あれから更に数ヶ月。

 薫の戦いはまだ終わってはいなかった。

 ブラック・サタンのコンピューターからの情報で百目となったタイタンがストロンガーに倒された事は知っていた。

 薫はブラック・サタンの息の掛かった企業やブラック・サタンの資材を乗せたタンカー、資材を溜めこんでいる秘密基地への破壊工作、ブラック・サタンに便宜を図る官僚・政治家の暗殺にその護衛についていた旧暗黒組織の生き残りの怪人達との戦いに明け暮れていた。

 ブラック・サタンは今や張り子の虎となっていた。

 一見組織としては十分な体勢を持っている。

 しかし、良く良く調査してみれば、今まで主流派であった旧タイタン派閥は薫のテロ工作でガタガタになっていた。

 残りは外様であるはずのゼネラルシャドウの息の掛かった所ばかり。

 わざわざ狙ってやっている訳ではないものの、タイタンの派閥は組織拡大に有効な企業や人脈が揃っていた為、標的としては優先順位が高かったのだ。

 まあ、組織の中核に居るタイタンがそういった所を独占し、外様であるシャドウに割を食わせていた、と言うのも事実だ。

 その結果、薫の標的になり、その派閥の資産をぼろぼろに食い破られてしまったのは仕方のない事だろう。

 今頃は次代の大幹部である「デッドライオン」が就任している頃だろうが、何時までふんぞり返っていられるだろうか。

 薫は秋の雨に打たれながら黒い笑みを浮かべていた。

 …しかし、自分はいったい何者なのか。

 スパークとしての自分には自己修復能力を司る装置が取り付けられている。

 これは自己の保守点検機能と同時に自己検査機能も付いているのだが。

 問題は。

「大脳の一部が損傷したまま戻らない事なんだよね」

 人格を司る前頭葉の部分が死滅している。

 これは元々の体の持ち主である「沼田五郎」と言う人格の死でもあった。

 いくら機能を働かせてもこの部分の再生は出来なかった。

 ならば。

「僕と言う人格はどこにあるのか」

 という疑問が湧き上がってくるのである。

 人の人格は脳にある、はずだ。

 しかし、この世界には「オカルト」が存在する。

 ブラック・サタンの使うサタン虫などはその典型だろう。

 人間に寄生し、乗り移って自在に操るなど。

 そう考えると自分もオカルトの産物なのだろうか。

 そう考えて、薫は肩をすくめた。

「幽霊なんて、オカルトそのものじゃん。

 考えても無駄かなあ」

 毎回同じ結論に達する薫であった。

 …あえて考えないようにしている節もあるのだが。

 

「ちょっと君、ずぶ濡れじゃないの!?」

「…え?」

 考えに没頭していた薫はその声に反応しきれなかった。

 目の前には涼やかな瞳、ふわりとした髪型の女性が薫を覗き込んでいた。

 薫はここ数カ月で鍛えられたポーカーフェースで驚きを抑えながら、無邪気を装い答えた。

「おねーさんどうかしたの?

 僕はねえ、いま、雨に打たれてみたかったんだ。

 ほら、『雨に打たれて 消えるなら~』って歌あるじゃない?」

 丁度その頃、そういった歌がはやっていたのは事実。

 それをネタに何とかごまかそうと思ったものの。

「それ、子どもの聞く歌じゃないわよ…」

 呆れられてしまった。

 そして、

「ほら、そのまんまじゃ風邪をひくわ。

 近くにワタシの知り合いが居るから、タオルを貸してもらいましょう?

 ついて来て」

 と、ほぼ無理やりに引っ張っていかれる。

 何と答えたものだか。

 薫は彼女、岬ユリ子の顔を見ながら思案するのであった。

 

 引っ張っていかれたのは近くの空き地。

 そこにジープが止まっていた。

 ジープの傍にはタ―プと呼ばれるテントの一種で屋根を作り、その下ではテーブルの上で湯が湧かされていた。

 このジープの持ち主は野外活動などが得意なのだろう。

 薫も野外で暮らすことが多く、と言うかこの数カ月は野外で暮らしていたのだが、それは改造人間としての丈夫さを活かしてのものであり、とても人がましい生活とは言えなかった。。

 中古であろうジープの中はそれなり清潔に整えられており、この中で生活しても何とかなりそうな感じを受けた。

 背後に入っているのは工具箱だろうか。

 普通の工具に混じって、バイクをいじる時に使うものが見える。

 …そうか、この持ち主が。

「どうかしたかい、ユリ子ちゃん」

「ちょっとね、濡れ猫を拾っちゃったのよ、籐兵衛のおじさん」

 立花籐兵衛。

 仮面ライダー達の精神的主柱の1人、か。

 確かにこの人の笑みはどこか孤独な人間の心を溶かす。

 …それが時に、その者の苦痛となる事があるとしても、だ。

 

 薫は汗をかく事がない。

 正確には、汗をかく事は可能だが、かく必要がないのだ。

 彼の人としての代謝は全て体内の自己修復装置が管理している。

 必要な栄養素を装置が提示し、それを薫が食べる事で必要なものを取り込むことが出来ている。

 ついでに言うなれば、薫の、と言うか奇っ怪人スパークの人間部分はとても少ない。

 実験体として造られた彼は、段階的に生体部分を削られ、更には一度死亡した事によりその大半を合成タンパクに交換されていた。

 元から持っている生体部分は脳と神経の一部、脳幹の一部のみなのである。

 後は人工的に合成されたタンパクや金属パーツであり、それらは時々クズ鉄として捨てられているものを食する事で十二分に維持出来ている。

 どうしても足りない希少物質とて、ブラック・サタンの提携企業を襲撃した際などに補給してしまう為、困った事はない。

 困るのは衣食住のうち、衣、つまりは着る物である。

 この時代、まだまだ飽食の時代とは言えず、使える物は使い切る時代である。

 それなりに着る事の出来る服が捨てられているのは都市部である。

 ところがそういったものを回収する為には余りみっともない服装をしていると周囲から警察を呼ばれてしまう。

 きれいな服を拾う為には小奇麗な格好をしなければならない。

 そういった二律背反に薫は常に悩まされていた。

 そうであるが故、薫にとって、入浴や水浴びなどは不要、せいぜいが体表の汚れを拭うくらいで十分なのであるが。

「ほら、さっさと着替える!

 風邪引いちゃうでしょ!!」

 何故、自分はユリ子にかいがいしく世話をされているのであろうか。

 濡れた服を引っぺがされ、がしがしとタオルで体を拭かれた。

 今、薫の格好は男物のシャツ(何故かSのマークの入ったものばかりがあった)を羽織ってその上から籐兵衛のものらしいジャンパーを肩から掛け、籐兵衛の淹れた珈琲をちびちびと飲んでいる。

「…美味しい」

 苦みと酸味のバランスが丁度良く、素直においしいと言える味だ。

「そうかそうか! これでも暫く前は珈琲店をやってたんだ!

 君にも分かるかあ…」

 籐兵衛は素直にうれしそうな顔をする。

 そうすると、年月を重ねてきた皺のある男の顔の中に、嘗ての少年がふっと登って来る。

 そうか、この人の魅力はこう言う所なんだな、と、薫は素直に感心した。

 このあけっぴろげな魅力が孤独な戦士達の心を癒すのだろう。

 しかし。

(そこに安寧する訳には、いかないんだよ…)

 薫にとってはそれは害毒に等しい。

 本来、薫は善良な、そして無知な少年だ。

 それが憎しみを抱えたままひたすら生きるのは辛いものだ。

 その為、薫は復讐に生きると決めた、いや決められた日から人がましい生活を止めていた。

 この暖かさが今の薫を壊す。

 彼は礼を言ってここを去るべきだと判断した。

 雨が上がり、濡れた服も乾いた。

「どうもすいません、お世話になっちゃって。

 それじゃあ僕はこれにて失礼させて…」

「待てよ、おい」

 彼らの前から消えようと思っていた薫。

 それを呼びとめたのは。

「茂…」

 城茂、仮面ライダーストロンガーだった。

 

「…これで会うのは2度目ですか…」

 内心の動揺を隠して、薫は目の前の男にそう言った。

 仮面ライダーストロンガー。

 それは最強の仮面ライダー。

 戦闘能力は言うまでもない。

 後発であるはずの奇っ怪人達を捻り潰していくその強さは、改造人間と言うだけでなく、明らかに素体である城茂の強さが基礎になっていた。

 そして調査能力も頭抜けている。

 直感の凄まじさ、と言おうか。

 超能力じみた直観力でブラック・サタンを追い詰めていた。

 行く先々でブラック・サタンの奇っ怪人と遭遇、そして撃破。

 おかげで薫は奇っ怪人ではなく、大体はその旧式である怪人達を相手取るだけで何とかなっていた。

 最も、奇っ怪人ほどではなくとも怪人達は十分に強く、自己修復装置がなければ薫はとうの昔にスクラップだったであろう。

 ついでに言えば、暗黒組織間での技術提携などはなく、怪人達のメンテナンスが出来るのは各組織を吸収合併していたブラック・サタンのみであった。

 しかし、ブラック・サタンは怪人達のメンテナンスを十分にする事無く、使い潰していった。

 ゼネラルシャドウへの風当たりと言い、このあたり、組織の長であるブラックサタン大首領の狭量さがにじみ出ていると言えよう。

 そのような整備不十分な状態であったが故に、薫、奇っ怪人スパークは生き延びることが出来たのである。

 ここでストロンガーと戦う事になれば、まず勝てまい。

 正直に言えば、スパークは不完全な改造人間であるタックルよりも一段弱いのだ。

 戦えば勝つことが出来ようが、それは「沼田五郎」の身体能力と経験ががあってこそだ。

 元々、薫は戦いに向いていない。

 ここ数カ月で途轍もない戦闘の経験を積んだとはいえ、それはタックルも同じ。

 薫はストロンガー、そしてタックルを同時に敵に回す可能性を考え、内心怖気を振るった。

 だからと言って顔に出す事はない。

 腹芸だけが上手になっていく自分に嫌悪を感じつつ、薫は茂、そしてユリ子と籐兵衛に向かい合った。

 

「1つ聞きたい事がある。

 お前は『五郎』なのか?」

 茂は先の戦いで沼田五郎が試作品改造人間として散々実験された上に殺された事を知っていた。

 その時のコードネームが「スパーク」であった。

 それと同じ名前を持つ存在。

 もしかして、と思っても仕方がないだろう。

 それに対して、薫は、

「ああ、初代の事ですか」

 嘘をつく事にした。

「初代、だと?」

「この体はリサイクル品なんですよ。

 アナタの言う『沼田五郎』は初代スパークですよ。

 彼が死んでしまったので、彼からパーツを引っぺがしてそれを埋め込まれたのが僕って事です。

 元々その沼田さん、でしたっけ、彼に最適化されていた部品だったんでね、僕の性能は間違いなく奇っ怪人最低でしょう。

 まあ、その不具合のおかげで洗脳操作が上手く行かなくて逃げ出すことが出来たんですけどね」

 そう言って、平然とした顔で薫は肩をすくめた。

 沼田五郎。 

 その名前を聞くだけで、未だにその心の傷は激痛を発するほどなのに。

「…てめぇ」

 茂が睨みつけて来る。

 まあそうだろう、親友の死を冒涜されているように感じているのだろうから。

「おっと、僕にあたっても仕方ないでしょう?

 僕だって好きでこんな体になった訳じゃないんですから」

 そう、薫はあの時のまま、五郎と一緒に、アメリカンフットボールをしたり、幼い兄弟達と遊んだり、気になる女の子の攻略法を考えている方が良かった。

 ライスボウル、行きたかったなあ、そう考えてしまうのだ。

「それに、良いんですかね、僕をどうにかするって事は、相対的にブラック・サタンの力が増す、って事でもあるんですがねえ」

 皮肉気にそう(わら)ってみせる。

 ここは(わら)うシーンだろう。

 僕はあくまで復讐者、(ストロンガー)の様な本当の正義の味方とは違う。

 力の差は歴然としている。

 そして、何と言っても。

 彼は自分の様に薄汚れてはいない。

 薫は感じていたのであろうか。

 自分、と言う存在を。

 

 茂、そしてユリ子と籐兵衛は薫に対して、自分達と一緒に戦おう、と誘ってくれていた。

 それに対し、薫は。

「お断りします。

 僕にはメリットがない」

 すげなくあしらっていた。

「なぜだ!

 お前は『自分が強くない』と言ってただろうが!

 戦うならば数が多い方がいいんじゃねえのか?」

 そう言い募る茂に対し、

「理由はいくつかありますがね。

 一番大きいのは『敵』の認識の違いですよ」

 そう、薫にとってはブラック・サタンに友好的に関わる全てが敵であった。

 そうと知らずにブラック・サタンに加担している者も彼にとっては憎悪の対象である。

 それを殲滅するのが薫の戦い方。

 そして、今ブラック・サタンの中に居るゼネラルシャドウなどは内部でクーデターを画策している関係上、薫にとっては敵対する必要を感じていない。

 このあたりストロンガーの戦い方とは全く方向性が違う。

 ストロンガーに味方するのであれば確実にゼネラルシャドウを敵に回すだろう。

 それは御免蒙りたいのである。

 このままブラックサタン大首領の寝首を掻いてくれるならよし、出来ないのであればストロンガーを送り込むか、さもなくば。

(僕自身で殺したい…)

 それが本音。

 薫はひたすらに己の憎しみを掻き立て、ブラック・サタンへの憎悪を醸造していた。

 そのためにも、彼らの様な傷を癒す存在とは一緒に戦えない。

 でなければ戦えなくなってしまう。

 それは、今の薫にとっては死も同然だからだ。

「僕とあなた方では道が違うんですよ。

 …失礼します。

 必要とあればお手伝いはしますけどね、多分いらないでしょ」

 皮肉げに嗤って、薫はその場を後にした。

 

「あの野郎…!」

 忌々しげに薫の去った後を睨みつける茂。

 彼にとっては五郎の残したものを使い、ひたすらに周囲を巻き添えにしているようにしか見えなかった。

 実際、それは正しいのであるが。

 犯罪を犯した企業にそれと知らず所属している事は悪か。

 政治の世界では事を成すためには綺麗事だけでは何もできないであろう。

 それらを己の判断のみで断罪、私刑する事は正しいのか。

 少なくとも、籐兵衛の様な「まともな大人」と生きていく事の出来ている茂やユリ子には正しいとは思えなかった。

 そして、死んでしまった五郎もそう言うだろう。

 しかし。

「あの目…」

 籐兵衛がぽつりと呟いた。

「? どうかしたのかい、おやっさん」

 茂が尋ねる。

「あの瞳、あれに映った光にさ、見覚えがあったんだよ…」

 独り言のように呟く籐兵衛に、疑問の瞳を向ける茂とユリ子。

 籐兵衛はふっと思考の海から帰り、

「ああ、さっきの少年な、あんな風に言ってはいたが、もしかしたら違うかも知れん、と思ってなあ」

「え? どう言う事、おじさん?」

「…前に、あんな目をした奴に会った事があったんだよ」

 それは籐兵衛にとって大事な出会い。

 丁度知り合いに頼まれて1年だけスポーツ用品店を経営していた時のことだ。

 その時代にはレーシングクラブと掛け持ちで珈琲店を経営していた籐兵衛だが、使っていた珈琲豆は当時珍しいニカラグア産であった。

 ところがそのニカラグアで大規模な地震が起き、仕入れていた豆が手に入らなくなりつつあった。

 困った籐兵衛はいったん店を畳む事とし、改めて珈琲店を経営する為に親戚が休んでいる間の1年間だけという契約で雇われ店長をしていた。

 その時に会った青年の事だ。

 飢えた猫科の獣のような目をした青年。

 復讐のために生きていた男だ。

 彼の名を「風見志郎」と言う。

 仮面ライダーV3である。

 彼は両親と妹を暗黒組織「デストロン」に殺され、瀕死の重傷を負った彼の命を改造手術で救った仮面ライダー1号、2号をデストロンの怪人カメバズーカによって失っていた。

 仮面ライダー1号、2号は後に死んでいなかったことが判明したものの、当時の志郎は復讐のために全てを犠牲にするつもりで生きていた。

 その時の志郎の目、それが先の少年の目に重なるのだ。

「彼はまだワシらに話していない事があるんだろう。

 あの子は多分、とても大事なものをブラック・サタンに奪われた。

 茂、多分だけどな、ユリ子が居なかったら、ああなっていたのはお前かもしれん…」

 籐兵衛はそう言うと、また己の考えに沈んでいった。




立花さんが使っていた豆がニカラグア産というのはねつ造です。
当時はニカラグア産の豆はヨーロッパメインで輸出されており、日本に入ってきていたかどうかは不明です。


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完結篇

これで完結です。


 その日、復讐者を名乗る奇っ怪人スパークこと薫は途轍もない強敵と対峙する羽目になっていた。

 彼は、ブラック・サタンの秘密基地の1つを襲撃していた。

 中には科学者達と戦闘員達。

 コンピューターより引き出した情報より、そこに奇っ怪人はいないと分かっていた為、薫は迷わず襲撃ポイントに選んだ。

 戦闘員と科学者はブラック・サタンの持つ資源の中でもなかなか増やす事に出来ないものだ。

 故に、それを狙えばブラック・サタンの弱体化を促進できるというものだ。

 さらに言えば、その基地は旧タイタン派閥の所有であり、ゼネラルシャドウに睨まれる心配をせずに破壊できるという点も襲撃を選んだポイントであった。

 襲撃そのものは成功した。

 基地の中に居た戦闘員、科学者を皆殺しにし、そして奇っ怪人の素体となっていた者達を殺した。

 この行為は薫にとって既に流れ作業となっている、つもりだった、彼にとっては。

 本質的に薫と言う少年はおとなしい、優しい少年だった。

 それが殺人に手を染めているのは、復讐の為。

 そして復讐の為と言うお題目で行われる殺人行為は、少年にとって途轍もないストレスであった。

 それを気付かぬふりをして彼は淡々と復讐を続けていく。

 その時であった。

 ()()に出会ってしまったのは。

 

 その相手とは。

「くたばりな! 出来損ないぃッ!

 電っ・パンチぃっ!!」

 仮面ライダーストロンガー。

 その()()()が薫の傍を掠める。

 奇っ怪人スパークは改造電気人間、そのプロトタイプでもある。

 その為、拳から漏れる電気によってダメージを受ける事はない。

 しかし、物理的威力は軽減なぞ出来ない。

 喰らえば致命的な損傷を受けることは間違いない。

「動くんじゃねえよクズがぁッ!」

 その声に、スパークの動きが鈍る。

 怯えているのか、自分は?

 そう思う間もなく、黒いストロンガーのサイドキックがスパークの腹に突き刺さる。

「げほっ!」

 既にスパークの腹部に消化器官は存在しない。

 その為、胃液などを吐き出す事はなかったものの、そのダメージに変わりなく、スパークは大きく弾き飛ばされて地面に激突、二転三転してようやく止まった。

(なんだ? 何でこんなに体が動かない!?)

 スパークはここしばらくないほどに動揺していた。

 あの偽ストロンガー、漆黒のストロンガー、ダークストロンガーとでも言うべき存在は、スパークに奇妙なプレッシャーを掛けてくる。

 その言葉はまるでスパークを支配するように動きを鈍らせていた。

「なんだよ、避けるんじゃねえよクズぅ、お前はオレの攻撃でとっととくたばってりゃいいんだよおォっ!

 そうだろうがよォ、『沼田五郎』よぉっ!」

 …こいつは今、何と呼んだ!?

 スパークは動揺した。

 こいつはどうやら「沼田五郎」を知っている。

「城茂と一緒に地獄に叩き落としてやるぜぇ、消し飛べやぁ! 電・キック!」

 ストロンガーのパワーでの必殺の飛び蹴り。

 何とか直撃は避けたものの、スパークは大きく吹き飛び、何度も地面を転がりながら崖に激突、そのまま瓦礫に埋もれていった。

 

「ははっ、圧倒的じゃねえのよ俺ぁよお!」

 ダークストロンガーはそう(うそぶ)いた。

 つい先日、ブラックサタン大首領とタイタンに見出され、改造手術を受けた彼は、己の力に酔っていた。

 彼は子どもの頃から天才であるともてはやされてきた。

 生家はそれなりに余裕のある家庭。

 学業は特に勉強を強いられる事もなく常に成績は1番。

 運動に関しても大概のものは負けた事がない。

 質の良い筋肉と高い動体視力、そして素早い判断能力があいまって、特に鍛錬する事無くどんなスポーツでも活躍が出来た。

 高校、大学と様々な部活の助っ人をしてはそこから金を巻き上げ、歓楽街で豪遊する生活。

 そんな時、アメリカンフットボール部の助っ人を頼まれた。

 それはそれなりに歯ごたえのある試合だった。

 アメリカンフットボールは1人で活躍と言う訳にもいかない。

 危うく自分のミスで得点を許す所であった。

 何とかカバーして、ボールを持った相手を潰す事に成功したものの、あれは彼にとって屈辱でもあった。

 その時の屈辱で、彼は体育部活の助っ人を止めた。

 その時の相手が投手であるクォーターバックを兼任していた沼田五郎、そしてその投げた球を受けて走るランニングバックであった城茂であった。

 次に同じシチュエーションになった時、勝てるのかどうか分からない。

 それ故に、彼はスポーツに関わることを止めてしまった。

 そのまま茂達に勝つために、アメリカンフットボールを続けるという発想が彼にはなかったのだ。

 しかし、それが彼のトラウマになった。

 次第に彼は荒れ、傷害事件を起こして収監される事になる。

 その時に声を掛けてきたのがブラック・サタンのエージェントだ。

 最初は鼻にも掛けけなかった彼であるが、大幹部であるタイタンが出てきた時点で考えを変える事になる。

 タイタンの持つ力、それに魅了された彼は、奇っ怪人の上位バージョンである改造人間になることを了承するのだった。

 その改造手術の最中、タイタンはストロンガーに倒されてしまうが、彼には気にならなかった。

 タイタンよりも更に強い力を自分が手に入れたのだから。

 この力を以ってもっと上にのし上がってやろう。

 驚いた事に、彼に寄生したサタン虫の上位変異虫を彼は逆に支配し、取り込んでいた。

 サタン虫の悪意が彼の悪意と融合し、最悪の人格を造り上げたのである。

 彼、ダークストロンガーは、げらげらと笑いながら、その場を去っていった。

 

 

 

 叩きのめされたスパークは、大量の土石の中に埋もれていた。

 先のダークストロンガーの一撃、それはスパークに致命傷を与えるには十分なものだった。

 そして、致命傷ではあるが完全に機能停止をしている訳ではないこの状態。

 スパークの中に埋め込まれた自己修復装置が過剰機能し、その体を修復し始めた。

 

 

 

 待遇の不満から、新大幹部であるデッドライオンと衝突、ブラック・サタンを飛び出した、と言う事になっているゼネラルシャドウは、部下、と言うか上司部下どころの関係ではない相手、蛇女と会っていた。

「うむ、それでは魔界の勢力の取りまとめはうまくいっているのだな」

 シャドウの問いに、蛇女は微笑みながら、

「ええ、魔人達はとっても乗り気よ、愚かな事にね。

 アナタ様に出来る事なら自分達はもっと容易く出来る、そう思っているみたい。

 こちらでは何と言ったかしら、確か…」

「それは『脳筋』というのか」

「ええ、それですわ。

 力ばかり余った駄々っ子共ですもの」

 蛇女は嫌悪を声に滲ませながらそう言う。

「しかし、彼らの力は絶大だ。

 同時に契約を絶対のものとする生粋の魔人共だ。

 ()()条件ならば奴らを労せずして配下に加えることが出来よう」

 シャドウは、「魔の国」に住まう魔人達を己の陣営に取り込むためにブラック・サタンを利用する事にした。

 まず、ブラックサタン大首領の招へいに応じてブラック・サタン内部に入り込む。

 そして組織を自分の陣営に少しづつ取り込んでいったのである。

 本来、魔人は契約を絶対とし、その契約に反しない限りで契約者を破たんさせようとするものだ。

 しかし、ゼネラルシャドウは魔道に堕ちた元人間。

 生粋の魔人よりも契約の束縛が緩かった。

 その為、ブラック・サタンを裏切るのも難しくはなかったのである。

 その際、奇っ怪人スパークの行動は結果的にシャドウの利益となった。

 主流派であったタイタンの派閥は外見のみが立派な張り子の虎になり果て、それを引きついだデッドライオンが後々どんな顔をするのか、楽しみなような気もしていたのだが。

 ゼネラルシャドウはブラック・サタンに見切りを付けた。

 もう良いだろう。

「地上は我らが貰いうける。

 各軍団長に連絡を。

『デルザー』軍団の始動だ!」

「はっ!」

 いかにもうれしそうに、蛇女は返答を返し、そして消えうせた。

 

 自らも動こうとし、ゼネラルシャドウはふとスパークの事が気になった。

 手元にトランプを取り出し、1枚引く。

「これは…、スペードの8。

 孤立、孤独。

 いや…、ゼロからの再出発、か?」

 シャドウはトランプを消すと、その場から立ち去った。

 

 

 

 スパークは思い出した。

 思い出してしまった。

 自己修復装置の過剰機能、それは沼田五郎の損傷した脳、損傷し、不可逆の変性をした脳のタンパクを再生可能な合成タンパクに作り替え、そしてそこに書き込まれた情報を一応なりとはいえ復元した。

 故に、薫は思い出してしまった。

 己と言う存在がなんなのか。

 そして五郎の中に何故自分が居たのかを。

 そして絶望し、発狂した。

 

 

 

 タイタンを倒し、デッドライオンから奇妙なペンダントを強奪した城茂達。

 その秘密を探る彼らに「そのペンダントはな、ブラック・サタンのなぞを解くカギだ…」とゼネラルシャドウは告げた。

 半信半疑のまま、ブラック・サタンの本拠地と思しきデッドライオンのアジトに侵入した。

 侵入してみると、

「なんだこりゃ?」

「ひどい…」

「なんだ、めちゃくちゃじゃないか…」

 アジトは暴風雨の通り過ぎた後の様に滅茶苦茶になっていた。

 通路の壁は大きく抉られ、破壊された戦闘員がそこかしこに転がっていた。

「おい、誰もいないな…」

 籐兵衛がそう茂に言う。

「全滅しちゃたのかしら?」

 小首を傾げながらユリ子が呟いた。

「奥に行ってみよう」

 茂はそう言った。

 茂の勘、既に超能力の域に達している彼の勘が、この奥に何かあると告げていた。

 

 デッドライオンのアジト、それは奇っ怪人の改造プラントでもあった。

 ここでは日夜、奇っ怪人の創造、改修、修復が行われていた。

 かつては。

 今、茂達が居るのはその試作型奇っ怪人や、ストロンガーに破れて破壊され、回収された後にパーツをはぎ取られて廃棄された奇っ怪人の廃棄場所、奇っ怪人の墓場とでも言うべき場所だった。

「かつては、みんな強い奴らだったのに…」

 そう言いながらポンと足元にあったパーツを蹴飛ばす籐兵衛。

「んん? な!? こいつは…」

 その時、籐兵衛の目に奇妙な奇っ怪人のパーツが映った。

 白い手袋に黒いライダースーツ。

 二の腕からその手袋に賭けて赤いラインが入っている。

「これは…、ストロンガー!?」

 籐兵衛が驚いていると、茂が戻って来た。

「どうしたんだよおやじさん。

 何か見つけ…、なに!?」

 茂が驚いた。 

 彼らが見つけたもの。

 それは、奇っ怪人スパーク。

 ぼろぼろになったスパークがそこに捨てられていた。

「…まさか、あんなに用心深い奴がこんなに」

 そう茂が言った時だ。

「!? おやじさん、ユリ子!」

「分かってる!!」

 茂は籐兵衛を庇い、地面に伏せた。

 その瞬間。

 

 ごっ!

 

 衝撃と共に周囲が吹き飛んだ。

 洞窟状だった基地が、その上部が綺麗に吹き飛び、陽の光に晒されている。

「馬鹿者どもォォォッ!

 誰がそこまでやれと命令したかあっ!!

 貴重な実験基地があっ!」

 そう崖の上で喚いているのは、ブラック・サタンの今唯一の大幹部であるデッドライオンである。

 茂がデッドライオンに気を取られた瞬間だ。

 ひゅん!

 何かが茂に向かって突進してきた。

 咄嗟に回避した茂。

 今、茂はライダー形態になっていない。

 直撃していれば大きなダメージを負っただろう。

 しかし。

 ぶちっ!

 茂の胸元にぶら下がっていたペンダントが引きちぎられた。

「ああっ! 貴様ぁっ! なんてことをォォォッ!?」

 デッドライオンがヒステリックに喚く。

「うるせえなあ、ボス。

 アンタの失策を今取り返してやったんだろうが。

 これっくらいじゃ大首領は怒りゃしねえよお。

 むしろ取られっぱなしの方が怒ると思うけどよお、どうなのよその辺り」

 どう聞いても上司に対する部下の態度ではない、その舐めた口調のそれ。

 その姿は。

「ストロンガー…」

 そう、黒いストロンガー、ダークストロンガーであった。

「そうか、やっぱりな、そうなると思ったんだ…」

 茂はそう言う。

 当然と言えば当然だろう。

 設計図さえあれば微調整は必要としても似通った改造人間は作れる筈。

 ならば、茂と同スペックの改造人間、奇っ怪人を造ろうとするのもおかしくはなかろう。

 元々デッドライオンは奇っ怪人の製造責任者でもあった。

 それ故にブラックサタン大首領からも特別に信頼されていたのである。

 盟友であったタイタンから強敵仮面ライダーストロンガーを倒す事の出来る奇っ怪人を、と頼まれ、ならば同性能の同タイプをぶつけよう、と生み出したのは良かったのだが、その頃にはタイタンは破壊されてしまっていた。

 外様であるゼネラルシャドウは役に立たない。

 ならば、とストロンガー抹殺のために用意したのがこのダークストロンガー、そして。

「がっがっがっ、こいつだけだはないぞぅ!

 貴様を倒すために、最高の奴らを用意したからなあ!」

 デッドライオンのその言葉と同時に。

「なんだと!」

「そんな…」

「ライダー、だと…」

 そこには漆黒のボディを持った黒い仮面ライダーが、更に6体。

 これがデッドライオンが旧暗黒組織のデータを吸収して作り上げた、「ダークライダー軍団」であった。

 

 仮面ライダーストロンガー&タックルとダークライダー達との戦いが始まっていた。

「ぬうん!」

 ダークライダー1号の神速の蹴りからソニックブームが巻き起こり、

「おおぉ!」

 2号の手からエネルギー弾が打ち出される。

「ごおぉ!」

 V3が飛び蹴りを放ち、

「じゃあっ!」

 ライダーマンの右腕が蛇に変化し襲いかかる。

「せいっせいっ!!」

 Xライダーのライドルが唸りを上げ、

「けけけけぇっ!」

 アマゾンが噛み砕こうとその(あぎと)を開ける。

 ダークストロンガーは高みの見物だ。

 弱った所を一気に押し潰そうというのだろう。

 さすがに各暗黒組織が収集したデータを使っただけあり、ダークライダー達は手強かった。

 1体1体の強さは論じる必要もないだろうが、特に1号2号の連携が厄介だ。

「このぉっ! くっ、タックル!?」

「きゃあっ!」

 戦闘能力に1段劣るタックルをうまく誘導し、ストロンガーにタックルをガードさせる形でその戦闘能力を削いでいく。

「くっそう、このままじゃ…」

 籐兵衛の目から見れば、ダークライダー達の戦闘能力は嘗ての仮面ライダー達の実力からすると1段落ちる。

 製造されてから日がないのだろう、動きが若干ぎくしゃくしているようにも見える。

 とは言え、その強さは折り紙つきだ。

 割って入れるほど籐兵衛は強くはない。

 籐兵衛とて格闘技の経験があり、常人よりも1段強い戦闘員クラスのものであれば、五分とはいかないものの戦う事は可能だ。

 しかし、この戦いに割って入ったとしたら、一撃で死ぬのは目に見えていた。

 どうしたものだろうか、そう思案した籐兵衛の視界に、白い手袋が見えた。

 

「おい、おい! 死んでるのか!?」

 籐兵衛はその手の持ち主、スパークに向けて話しかけた。

 スパークは腹部から下がズタズタに破壊され、上半身も左手が完全にもげていた。

 頭部はフルフェイスタイプのヘルメットが破壊され、薫少年の顔がむき出しになっていた。

 この時籐兵衛が少し落ち着いていたら、顔と体のバランスがおかしい事に気がついたであろう。

 今のスパークは修復装置が働いておらず、体が大きく損傷して変身機能にも異常をきたしていたのである。

 と、スパーク、いや、薫が薄く眼を開けた。

「なん、で、しょ、うかね?

 僕、はすで、に、スクラップ、なんで、す、が、ね」

 籐兵衛は声は掛けたものの、本当に生きているとは思わず、ギョッとした目で薫を見ていた。

「なんで、す、か?

 そっち、か、ら声、を、かけて、おい、て」

「あ、ああ済まん。

 本当に返事があるとは思わなくてな。

 しかし、生きているなら良かった。

 お前さん、何とか動けんか?」

 籐兵衛は自分でも無茶を言っていると思いながらも、聞かざるを得なかった。

「む、り」

 即答された。

「…だろうなあ。

 くうっ、ワシに戦う力があれば…」

 心底無念そうにそう言う籐兵衛。

「無駄、な事は、考え、る、だけ無駄です。

 やめておけ、ば、良いのに」

 そうまるであざ笑うかのように言う薫。

 籐兵衛はその言葉にカチンとくる。

「…お前さんだって復讐に血道を注いどったんだろうが。

 人が必死に考えとるのに」

「…それ自体、が、無駄、だったん、です、よ」

 薫はそう言う。

 籐兵衛は気付いた。

 彼が(わら)っているのは籐兵衛ではなく、薫自身である事を。

「…何があった?」

 籐兵衛はストロンガー達の戦いを気にしながらも、薫に尋ねた。

 

 薫は気が付いてしまった。

 いや、もしかしたら既に気付いていたのかもしれない。

 その事実に目を背けたままで。

 沼田五郎の修復された記憶。

 それを薫は見てしまった。

 五郎自身が忘れていた、いや、薫が()()()()()()()記憶。

 五郎が高校生の時分、彼は既に一度ブラックサタンの工作員に襲撃を受けていた。

 当時はまだショッカーが存在し、ブラックサタンは一介のオカルト結社として、ショッカーの戦闘員確保に協力していた。

 その際使われていたのがサタン虫。

 当時、まだサタン虫は繁殖方法や能力の強化が行われておらず、ブラックサタン大首領の持つアルファ型から派生したベータ型、特に繁殖能力も能力も優れたものでないそれを憑り付かせる事で人間を操り、ショッカーに引き渡していた。

 なお、現在ブラック・サタンで多く飼育されているサタン虫はデルタ型、型番にして4番目である。

 サタン虫のオリジナルであるアルファ、その2世代目で能力の低いベータ、繁殖力に優れるが制御が難しく廃棄されたガンマ(通称ガンマー虫)、性能の安定しているデルタ、そしてオリジナルのアルファ以外のサタン虫に対して上位種として支配能力のあるイプシロン型である。

 そして薫は思い出してしまった。

 未だに沼田五郎の中にはサタン虫が寄生している、と言う事を。

 五郎の脳幹及び神経に繊維状にほどけてて寄生しているサタン虫。

 それが。

「僕自身、なんですよ」

 そう、かつて別世界で生きていた少年、薫。

 彼の存在情報、魂と言い換えても良い、は不幸にもこの世界に存在する超存在「JUDO」の空間を歪めるほどの身じろぎに巻き込まれ、この世界へと引きずり込まれた。

 その際、JUDOに近しい存在の中へと彼の情報は刷り込まれてしまった。

 それがJUDOの持つ傀儡の1つ、ブラックサタン大首領たる巨大サタン虫・サタン虫アルファ型の生み出したサタン虫ベータ型の中だったのである。

 それを知った時、薫は愕然とした。

 五郎が目を付けられたのは自分の所為であったと言う事だ。

 そして、鏖殺しようとしていたブラック・サタンによりにもよって自分が所属していたという事に絶望した。

 復讐すべき存在の一部であった事に、薫は嫌悪、そして発狂した。

 ただひたすらにブラック・サタンの基地へと突進し、その中に居たのもへ暴力をぶつけ、そして、圧倒的な強さを持つダークライダー達に粉砕された。

 薫はひたすら空しかった。

 同時に安堵もしていたのだ。

 このまま死んでしまえば全て終わる、と。

 そう、気がつけば籐兵衛に語っていた。

 

 籐兵衛は怒っていた。

 誰に?

 目の前に居る、薫と名乗る少年に、だ。

 何に?

 その境遇を嘆く姿に、だ。

「馬鹿野郎!

 だからってなあ…」

 死んで終わりにされては、浮かばれない奴もいるんだ。

 本郷猛はどうか、一文字隼人はどうか。

 彼ら、仮面ライダー1号と2号の体はショッカーという暗黒組織の造りだしたものだ。

 薫と同じく、望まない体にその意識を入れられた哀れな改造人間。

 だからと言って、あいつらがその境遇を嘆いているだけかと言えば違うと言い切れる。

 彼らは彼らで望んだ訳ではない、しかし、同時に彼らは戦う事を選択したのだ。

 そして、今ここに居る者ならば岬ユリ子、改造電波人間タックルもそうだ。

 状茂、仮面ライダーストロンガーはそれこそ望んでその体を得た。

 目的のために手段として改造人間となった。

 ユリ子は違う。

 戦うのならばストロンガーに任せ、自分は日本のどこかでひっそりと暮らしたとしても、籐兵衛も茂もむしろ諸手を挙げて賛成するだろう。

 ユリ子は完成する前にブラック・サタンを脱走したが故に、その戦闘能力はストロンガーや他の奇っ怪人に比べて低い。

 それでもユリ子は茂の隣で戦う事を選んだのだ。

 今、薫が使用としている事は選択の放棄だ。

 全てが面倒になって投げだしただけだ。

 …投げ出したくなるのは分かる。

 しかし、それでは。

「君自身が、浮かばれないじゃないか…」

 籐兵衛は叱責を薫にぶつけながら泣いていた。

 彼が悪い訳じゃない。

 悪いのはブラック・サタンの方であろうに。

 なぜ「戦いを放棄する」という選択をしてくれないのか。

 ここでただ投げだすのであれば、誰も救われない。

「君は、救われて、良いんだっ!」

 籐兵衛はそう言って、泣いた。

 

 薫は不思議に思っていた。

 なぜこの人は泣くのか。

 薫は己の始めた事、それは周囲が不幸になる様な事、を投げ出した。

 それなのに何故、この人は僕の為に泣くのか。

 …そうか、この人は「立花籐兵衛」だった。

 仮面ライダーに寄り添い、その心を救う人だった。

 孤独な戦いをするヒーロー、仮面ライダー。

 その強さは皆の知る通り。

 しかし、その孤独な心はいつも傷付き、膿を持ってじくじくと痛みを持っていた筈。

 それを癒し、また立ち上がることが出来たのは、この人が居たからだったのか。

 薫は、その狂い、壊れた心がほんの少しだけ癒されるのを感じた。

 それならば。

「…ありがとう」

「ん?」

 ならば、その感謝をほんの少し、ここで返しておいても良いだろう。

 薫、いや、スパークは、ここで動く事にした。

 

 仮面ライダーストロンガーは限界に達しつつあった。

 タックルを庇いつつ、6人のダークライダー達の攻撃を凌いでいたのだ。

 未だに有効打を受けてはいない。

 しかし、戦いの疲労、エネルギーの消耗は如何ともしがたい。

 さらに。

「よぉーし、そろそろオレも参加すっかあ!」

 ダークストロンガーがそう言い、

「止めはオレが刺す! 喰らえやぁ! 電・キックゥッ!」

 ストロンガーに向けて必殺の飛び蹴りを打ち出した。

 避ける事は可能だ。

 しかし、そうするとタックルへの被害を避ける事は出来ない。

 受け止めるしかない。

 ストロンガーはその胸の胸部装甲・カブテクターを張り、ダークストロンガーの必殺の飛び蹴りを受け止めようとしたその時。

 ヴォン!!

 横から突進してくるものがあった。

 ネイキッドタイプのオートバイ。

「あれは!」

 ストロンガーには見覚えがあった。

 あれは確か、スパークの使うオートバイ。

 そのオートバイ・ビートラーはダークライダー達の不意を突き、ダークライダー1号を跳ね飛ばす。

 丁度ストロンガーとダークストロンガーとの間に。

 ごっ!

 ストロンガーのものよりも強烈な電光を発するその足の直撃をダークライダー1号は受けてしまった。

 その一瞬、一瞬で十分だった。

 ストロンガーはタックルを抱え、ダークライダー達の包囲網を抜けだす事が出来た。

 そしてダークストロンガーの電キックが直撃した1号は。

 どぉん!

 その威力に耐えきれず、爆散した。

「くっそ、馬鹿野郎! 出てくんじゃねえよ!」

 ダークストロンガーは罵声を飛ばしながらストロンガーを追った。

 

「よし、何とか、なったか」

 薫は息も絶え絶えにそう言った。

「今のは君が?」

 そう言う籐兵衛に、

「次は、僕が動けるようになんないとな…。

 すいませんが、立花さん、そこいらの奇っ怪人の胴体、集めてくれません?」

 彼はそう籐兵衛に頼んだ。

 籐兵衛は眉を顰めたが、何か意味があるのだろうと、その指示に従う事にしたのである。

 

 

 

 戦いは互角に戻っていた。

 本来ならばエネルギーが十分のダークストロンガーと、そろそろエネルギーを使い果たすストロンガーでは勝負にならない筈であった。

 しかし、ダークストロンガーは強すぎた。

 周囲へのダメージを無視してストロンガーを攻撃する為、巻き添えを食わないように他のダークライダーが手を出し辛くなってしまっていたのだ。

 それに加え、ダークストロンガーの攻撃は電気を伴うものを多用していた。

 つまりは、それがストロンガーにとっては少量であるとは言えエネルギーの消費を押さえてくれていたのだ。

 加えて、最近ロールアウトしたダークストロンガーと、10体以上の奇っ怪人、そしてタイタンと言う強敵を屠って来た経験のあるストロンガー。

 どちらが強いかは明白だろう。

 とは言え、さすがにストロンガーも限界が迫っていた。

 だからと言って負ける気はない。

 城茂は仮面ライダーストロンガーなのだから。

 

 ヴォン!

 

 また、バイクの排気音がした。

「はっ、同じ手を食うかよおっ!」

 さすがに同じ手をダークストロンガーは喰わなかった。

 突進してくるビートラーを拳で殴りつけ、ストロンガーにぶつける。

「なに!」

 ビートラーはは激しく漏電し、周囲にバチバチと火花を散らしていた。

 …ダークストロンガーは同じ手は喰わなかった。

「ありがとうよ黒いの!

 てめえがバイクをぶつけてくれたお陰で、コイツからエネルギーを補充できたぜ!!」

 そう、ビートラーはダークライダーを攻撃するのが目的ではなかった。

 ビートラーに搭載されている大容量の蓄電池、そこからストロンガーに電気を供給するのが目的だったのだ。

「だあっ、何をしているダークストロンガー!!

 それでもブラック・サタンの精鋭かあっ!」

 そう怒りをぶつけるデッドライオン。

 その背後にすっと立つ人影があった。

「はいはい、ちょっと失礼」

 そうふざけたものの言い方をする人物。

「な!?」

 薫、いや復讐者スパークは、デッドライオンの持っていたペンダント、組織の最高機密が隠されている「サタンのペンダント」をひょいと取り上げた。

 彼は散在する奇っ怪人の胴体の、動力部から残っているエネルギーを吸い出し、そのパーツを喰らい、自己修復装置の過剰機能よってその体を再生していた。

「貴様!? それを返せ!!」

 逃げ回るのは一級品を自任するスパークだ、動揺しているデッドライオンからも辛うじて逃げ出している。

「ええい、貴様ら! ストロンガーなどどうでも良い!!

 ペンダントを、ペンダントを取り戻せ!!」

 そう言うデッドライオン。

 一方ダークストロンガーは、

「ざっけんな!? 城茂を殺す方が先だっての!!」

 そう言う。

 命令系統上位の2人から事なる命令を受け、ダークライダー達は混乱し、動きが止まってしまった。

 これにはカラクリがある。

 デッドライオンは当然のことながら大幹部としてブラックサタン大首領に次ぐ指揮系統の2番目になる。

 なればなぜ、現場指揮官とは言え指揮系統が下位のダークストロンガーの命令が大幹部と等しいのか。

 それはダークストロンガーに寄生したサタン虫にある。

 彼に憑り付いているのはサタン虫のイプシロン型になるのである。

 イプシロン型はサタン虫の上位個体としてアルファであるブラックサタン大首領より下位のサタン虫への命令権を獲得している。

 しかし同時に、寄生先への支配能力はデルタ型に劣る。

 そしてダークストロンガーはイプシロン型の支配をその欲望で跳ねのけ、逆に支配してのけたのである。

 これがベータ型サタン虫を寄生させているスパークが彼を苦手としている由縁であった。

 

 ダークライダーの動きが止まった一瞬。

 ストロンガーはスパークの手が細かく動くのを見た。

 仮面ライダーストロンガーの視界は270度。

 他の者の視界に映らず、ストロンガーのみに見える角度で送られている。

 あれはアメリカンフットボールをやっていた頃、親友の沼田五郎と決めていたハンドシグナル。

 崖の先、基地の中、2回、そして、「STRONGER」。

 なぜあいつがそれを知っている!?

 しかし、それを考えている暇はなかった。

「ストロンガー!

 基地の奥に大首領が居る!

 ヤツを倒せばサタン虫に憑り付かれている奇っ怪人は唯の抜け殻になる!

 アンタならヤツを仕留められるはずだ!」

 スパークがそう言い放った。

 ギョッとするデッドライオン。

 彼ですら大首領の居場所は知らなかった。

 何故そんな事がスパークに分かるのか。

 答えは「薫がベータ型サタン虫である」からだ。

 全てにおいて現行のサタン虫に劣るとされる最初期型のベータ型。

 しかし、「アルファ型から生まれた」と言う意味では最もアルファ型に近いサタン虫でもあるのだ。

 それがどう言う事か。

 薫は秘密基地に近付くに従って、ブラックサタン大首領の支配力を感じている。

 つまりは近くに敵の首領が居ることを体感できる、と言う訳だ。

 そして今スパークの手の中には「サタンのペンダント」がある。

 これをストロンガーに渡せば大首領を殺すことが可能かもしれない。

 暗黒組織の常として、ブラックサタン大首領は大概の奇っ怪人より強力だろう。

 ならば、自分より強いはずの仮面ライダーストロンガーをぶつけるほうが確実に大首領を殺せるはずだ。

 スパークはそう考えた。

 そして。

「レディー セット! ハット! ハット!」

 2回目にハットと言った時、ストロンガーは全力で走り始めた。

 脱兎の如く、基地に向かって走るストロンガー。

 それを追いかけるダークストロンガー。

 そして、

「うーりゃあぁぁぁっ!」

 スパークが投擲した「サタンのペンダント」がレーザー光線の様な一直線の軌道でダークストロンガーの頭上を掠めて飛んでいく。

「なに!?」

 いくら270度の視角を持っていたとしても、背後からの投擲にダークストロンガーは対応できなかった。

 しかし、

「うおおおぉぉっ、『STRONGER』ぁぁぁっ!」

 後方から飛んでくるペンダントを全く振り向く事無く後ろ手でダイビングキャッチ、そしてそのままスピードを落とすことなくトップスピードのまま秘密基地の中に走り込んでいった。

「この馬鹿ものがあっ!

 貴様はそこの出来そこないを破壊しろ!!

 今度こそ完膚なきまでにだ!!」

 デッドライオンは焦りを感じさせる顔を見せダークストロンガーを叱責すると、仮面ライダーストロンガーを追って基地の中に入っていった。

 

 ダークストロンガーは怒りに身を震わせていた。

 完全に叩き壊し、すり潰してやらねば気が済まない。

「てめえらは手を出すな。

 オレが完全に消しさってやる…」

 ダークストロンガーはスパークに襲いかかった。

 

「うぉらあっ!」

 ダークストロンガーの繰りだす拳をその腕のグローブで丁寧にはじいていく。

 ついでにストロンガー型の改造人間にある腕のコイルを摩擦させ、エネルギーをじわじわと回復しておく。

 ダークストロンガーから感じる圧力は相変わらずだ。

 しかし、

「くっそ、なんで倒れねえんだ!!」

 先に戦った時には、スパークは言ってしまえばサタン虫の本能で戦っていたと良い。

 そしてその本能はイプシロン型の寄生したダークストロンガーからの命令を実行しようとする。

 今のスパークは「人の意志」で戦っている。

 意志は本能を凌駕していた。

 故に、ダークストロンガーからのプレッシャーはあるとしても、それがスパークの意志を捻じ伏せるほどではなかった。

 それに、スパークはストロンガーほどではないにしても。過酷な戦いを経験していた。

 その経験が、元々喧嘩すらした事がなかった薫を戦士・復讐者スパークに仕立て上げていた。

 そして、ダークストロンガーは元々が経験なぞ必要としない天才。

 しかし、そもそも改造手術で身体能力が大きく向上している、つまりはまだまだ体に慣れていない。

 さらに言えば、これが3度目の戦いで、スパークはダークストロンガーの能力を大体見切っていた。

 それがこの戦いの均衡を創り出していた。

 苛立ったダークストロンガーが大振りをしたその瞬間、スパークの拳がダークストロンガーの顔面を捉えた。

 3度目の戦いで初めての事である。

「!! っざけやがって、この屑があっ!

 もう良い! てめえら! こいつをぶっ壊せ!!」

 とうとうダークストロンガーの堪忍袋の緒が切れたようだ。

 プライドも何もなく、残りのダークライダーに命令を出す。

 その命令に従い、

 ダークライダー2号がその拳を振り上げ、

 V3が蹴りを放ち、

 ライダーマンが右手の蛇を伸ばし、

 Xライダーがライドルを突き込み、

 アマゾンが腕についた鰭状のアームカッターで切りこんでいく。

 それを、

「させる訳には、いかない!!」

 喰い止めたのは、タックルだった。

 彼女は「電波投げ」の要領で衝撃波を放ち、それを衝撃の壁としてダークライダー達の攻撃を抑え込んだのである。

 無論、完全体でない彼女にとって、この衝撃の壁は張り続けることが難しい、しかし。

「タックル!? 何故!?」

「何故、ですって!?

 ワタシはタックル、ストロンガーの相棒なの。

 だから、ね」

 タックルは笑みすら浮かべて、

「そんな事、ワタシが知るかあっ!」

 衝撃波を拡大、ダークライダー達を弾き飛ばした。

 しかし、

「んなら死にやがれ! 電・キックぅっ!」

 その一瞬のタイミングを突き、ダークストロンガーが必殺の電キックを放った。

 このままではタックルが死ぬ。

 そう考えた時、スパークは彼女の前に出た。

 無論、このままではタックルごとスパークはダークストロンガーに蹴り殺されるだろう。

 ならば。

 蹴り足から突っ込んでくるダークストロンガー。

 その足からは、ストロンガーを上回る電気が周囲に飛び散っている。

 …それはダークストロンガーの電キックがストロンガーのそれを上回っている証、ではない。

 力が集中できず、本来威力にのるべき力が拡散しているのだ。

 そして、

「それは僕の力になるんですよ、ねっ!」

 その電気を取り込み、スパークは力を溜める。

 そして蹴りが体に当たる衝撃(インパクト)の直前。

 一歩踏み出したスパークは体全体で肩から肘を跳ねあげた。

 相撲で言う所のかち上げ、アメリカンフットボールで言う所のリップテクニックだ。

 スパークが一歩前に出た事で打点をずらされ、そして蹴り足をかち上げられたダークストロンガー。

 彼はスパークの腕から肩をすべるように跳ねあげられ、そして空中で完全にひっくり返った。

 今スパークの目の前にあるのはダークストロンガーの後頭部。

 スパークはオフェンス時に行う体当たり、サックプレイの要領で思いきり肩口からダークストロンガーへぶちかました。

 高さ的にはタックル、と言うよりは首タックル、アメリカンフットボールにおいては近年反則となったクローズライン、もしくは有名プロレスラーのつかうウエスタンラリアットの様な形で、ダークストロンガーの後頭部をぶち抜いた。

 ダークストロンガーは空中で更に弾き飛ばされ、宙を高々と待った後に地面に落ちてきた。

「ふううぅぅぅっ!!」

 ぎりり、ぎりりと全身の筋肉を収縮させるスパーク、そして。

 頭から落ちて来たダークストロンガー、その頭部を。

「ぅおおおおっ!!」

 スパークにとって唯一とも言える必殺技。

 それがアメリカンフットボールの蹴り、ドロップキック。

 それをダークストロンガーの頭めがけ、全力で叩き込んだ。

 

 ダークストロンガーは混乱していた。

 何が起きているのか?

 目の前に居たのは唯の屑だったはずだ。

 それが、視界から消えたと思ったら、後頭部にとてつもない衝撃。

 宙を飛ぶ感覚。

 そして。

(オレはどうなっちまったんだ?

 確か、屑どもと戦って…。

 ああ、そうだ、オレはアイツら、城茂と沼田五郎を倒さなきゃいけねえんだった。

 そうだ、あの攻撃、『STRONGER』っつったっけ?

 あれをやっつけないといけねえんじゃねえか!?

 そうだ、オレは…)

 その瞬間、ダークストロンガーの頭に途轍もない衝撃が走った。

 頭部を覆うヘルメットがひしゃげ、頭が砕け、首が捻じ曲がる。

(そういや、オレはなんで強くなりたかったんだっけ?

 そうだ、あの時、アイツらの魅せたプレイが…)

 そして、それがダークストロンガーの最後の記憶だった。

 

 空中で爆散したダークストロンガー。

 しかし、他のダークライダー達に動揺はない。

「しょせんあの程度の奴よ」

「生きる資格もない」

「せめて1人は道連れにすれば組織の役に立ったモノを」

「後はこの蹴りの錆にしてくれよう」

「ケケケェッ、蹴り砕く!」

 一斉にスパークとタックルめがけ襲いかかって来る。

 既にスパークもタックルもエネルギーは底をついている。

 だからと言ってここで引く訳にもいかない。

 タックルは身構えようとして。

「え!?」

 スパークに突き飛ばされた。

 

 

 

 ねえ、さすがに限界だねえ。

 ま、しょうがねえんじゃねえの。

 せめてタックルさんは助けないとね。

 くっそ、茂め、マブい姉ちゃんひっかけやがって、許せん。

 マブいって…、まあ良いんだけどね。

 …悪いなあ、薫、巻き添えにしちまって。

 何言ってんのさ、それは僕の台詞でしょ。

 別に気にしてねえよ、…まあ彼女が出来なかったのは残念だけどな。

 男同士の死出の道連れじゃねえ…。

 華がねえなあ、まあ、女の子連れじゃ気の毒だしな。

 んじゃいきましょうか。

 おう。

 

 

 

 奇っ怪人スパークはストロンガーのプロトタイプであり、同時期の奇っ怪人のテストベッドでもあった。

 故に、だ。

「自己修復回路、逆回転!!」

 本来は己の体を修復する機能を持つ装置を逆に使うとどうなるか。

 スパークの体が光り始めた。

 彼の体を構成しているパーツが、エネルギーに変換されているのだ。

「な!? やめるんだ!

 そんなことしたら死ぬぞ!」

「やめて!

 無茶よ!?」

 しかしその光はさらに強くなる。

 そして、ダークライダー達の必殺の「オールダークライダーキック」がスパークに直撃した瞬間。

「喰らえ!『ウルトラサイクロン』っ!!」

 ウルトラサイクロン。

 体内の電気エネルギーを振動波に変えて敵を超振動で内部から破壊しつくす必殺の攻撃法だ。

 相手に接触していれば良く、今の様に防御を捨てて一撃必殺の攻撃をしてくる相手には回避の方法がない、文字通りの必殺技。

 しかしそれは同時に自分自身の体を超振動させているのに等しい。

 よほどボディが丈夫でなければ耐える事は出来ない、そんな攻撃だ。

 無論、試作品のボディであるスパークに耐えられるはずもない。

 ああ、体が砕けていく。

 やっとこれで、

 …眠れる。

 腕が砕け、胸部の「カブテクター」が粉々になり、フルフェイスのヘルメットが粉砕された。

 スパーク、いや薫はふっと後ろを振り向いた。

 タックルと立花籐兵衛が悲壮な顔でこちらを見ていた。

 薫は微笑むと、

 さ・よ・な・ら。

 そう唇を動かした。

 薫は光に包まれ、そして、その光の中に消えていった。

 ダークライダー全員を道連れにして。

 

 

 

 ストロンガー、城茂が巨大なサタン虫であるブラックサタン大首領を倒し、戻って来た時には全てが終わっていた。

 奇っ怪人スパークがそこにいたという証は、頭部の鍬形状のパーツの一部と、スーツの断片、そしていくつかの内部装置のみだった。

「…結局、あいつが五郎だったかどうかは分からずじまい、か」

 茂はそう言った。

 籐兵衛は茂達に薫の事は話していなかった。

 これは己の心の中に秘すべき事だ、籐兵衛はそう思っていた。

 今、茂達は海の見える丘でスパークの遺品を地面に埋め、そこに杭で十字架を作り、即席の墓を作っていた。

 そこに刻まれた文字は「名もなき戦士ここに眠る」。

 数奇な運命に翻弄された戦士になりたくなかった少年と、その友人の青年の物語が、ここで終わった。

 茂達は暫し手を合わせていたが、その場を立ち去った。

 生きている者達はこの先にも人生がある。

 それを生きねばならないのだから。

 

 そして戦いは終わっていない。

「クーデターは見事に成功した。

 ブラック・サタンの乗っ取りは終わった。

 これからいよいよ、我らがこの地球を支配するのだ。

 ふっふっふっふ…、はぁっはっはっはっはぁぁぁぁっ!!」

 闇の中で高笑いをする男。

 名をゼネラルシャドウと言う。

 彼の背後から足音が聞こえる。

 強敵たちの足音が。

 

 仮面ライダーストロンガーの戦いは、続く。

 

 仮面ライダー/ダークサイド 完




 ちなみにここからはIfネタです。
 書きません。









Ifルート


 もしかしたら。その1

 デルザー軍団のドクターケイトの毒液を浴び、その毒が体に回ってしまった岬ユリ子。
 その事を城茂に黙っていてほしい、そう懇願された立花籐兵衛。
 彼は苦悩し、そして。
「…そうだ。
 ユリちゃん! もしかしたら何とかなるかもしれないぞ!!」
「おじさん、それどういう意味?」
 籐兵衛は茂、そしてユリ子を連れてジープで走りだした。

 不審に思う2人を連れてきたのは海の見える丘の上。
 そこには木製の十字架が未だきれいなまま残っていた。
「おやじさん、どうしてこんな所に?」
 その茂の声に答える事無く、籐兵衛はその墓を持って来たスコップで掘り返し始めた。
「おじさん!?」
 籐兵衛はすぐに掘るのを止めた。
 目当てのものがすぐに出てきたからだ。
「…これさ」
 掘り出したのは、奇っ怪人スパークの内部装置。
「これはあいつの自己修復装置だ。
 こいつはほとんどスクラップだったあいつの体を再生しちまうくらいの力がある。
 これを使えば…」
 目を輝かせて言う籐兵衛に、ユリ子も希望を取り戻す。
「…なあ、一体何の話なんだ?」
 状況が読めずに目を白黒させる茂を尻目に。



 もしかしたら。その2

 仮面ライダーストロンガーが立ち去った後、クーデターを成功させ、ゼネラルシャドウが本拠地を占領した。
 そして。
「シャドウ様、どうかなされましたか?」
 蛇女がそう尋ねる。
「…これだ」
 シャドウが足元を示す。
「これは…、サタン虫の死骸ですわね。
 これが何か?」
「これか。
 これはな、奇っ怪人スパークの、本体よ」
 シャドウの言葉に、蛇女の表情が変わる。
「これが、あの子供の正体ですか。
 …なんとも哀れですね」
「お前がそう言うとはな。
 …それも面白い、か」
 そう言うと、ゼネラルシャドウはそのサタン虫の死骸を丁寧にハンカチに包み、持ち上げた。
「それをどうなさるおつもりで?」
「さてな。
 加工して使い魔にするもよし、何かの召喚に使えるかもしれんし、な」
 そう言って、シャドウはその死骸を持ちかえった。

 彼は結局、仮面ライダーストロンガーに破れるまでそれを使う事はなかった。
 しかし。
 時は流れ、真の神たるJUDOの目覚めの直前。
 ゼネラルシャドウは冥府より呼び戻されていた。
 JUDOの圧倒的な力によって。
 静岡は富士の樹海に設置されたピラミッド内。
 その中では再生怪人のプラントが雷の電気エネルギーを吸収する事で起動していた。
 その最下層。
 ドロドロとした腐臭を放つものが詰まった区画。
 本来実験体であったり、失敗作として廃棄された奇っ怪人達がその中で呻いていた。
 そのような者達までJUDOは再生していた。
 その中で蠢く1体。
 それにゼネラルシャドウは何かを投げつけた。
 蜘蛛の様なそれは、カサカサと動くとその奇っ怪人もどきに取り付き、その体の中に潜り込んでいった。


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