ホーリーメイデンズ (流離太)
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第壱夜「夕闇からの挑戦者」
―― ねぇねぇ、こんな噂を知ってる?
―― 黄昏時の公園を、ひとりで歩いてるとね?
その日の夕暮れ。一人の男子中学生が、近所の公園にあるブランコに揺られていた。
涼しげな風が頬を撫で、錆びついた滑り台やジャングルジムには深い影が落ちている。
「昔はよく、ここで遊んだっけ」
誰に言うわけでもなく、独り言が口を突いて出る。
その瞳には、遠い過去の思い出が映りこんでいた。幼い少年と幼馴染らしき少女。二つの小さな影が、砂場を走り回っている姿が。
―― ほらほら、冬くん! ノロノロしてたら置いてくぞー!
―― 待ってよ、夏っちゃ~ん
「はぁ」
溜息を漏らし、少年は立ち上がる。
今となっては、過ぎ去ってしまった過去。いつまでもここで思い出に浸っていては仕方がない。そのように思いたち、少年は歩き出そうとした。
……まさに、その時だった。
キィ、キィと、金属がこすれあうような音が、背後から聞こえた。
思わず、少年は振り返る。
揺れているのは、さっきまで少年が座っていたブランコ……の隣にある、もうひとつ。まるで、透明な誰かが漕いでいるかのように、ゆっくりゆっくりと揺れている。
―― ねぇねぇ、こんな噂を知ってる?
―― 夕暮れ時の公園を、ひとりで歩いてるとね。
夏だというのに、少年の全身を寒気が包み込む。
そうだ、思い出した。この公園にまつわる、ある「噂」を。
―― あのね、風も無いのにブランコが揺れているの。
―― 誰も漕いでないのにおかしいなぁって目をこらして見ると、乗ってるんだ。
―― 幼い、女の子の生首が。
ブランコの上に乗った、黒い鞠状の物体は、血のように赤い唇を歪め。
「お…兄…ちゃ…ん……あ…そ…ぼ…」
少年は、腰が抜けてなにも喋れない。
生首は音もなく浮かび上がり、徐々に少年へと近づいていき。
「そこまでよっ!!」
鋭い少女の声が、公園に響く。
「え?」
反射的に、声がした方に目を向ける。
そこに立っていたのは、少年と同い年くらいの少女二人。いずれも、神社で見かける巫女のような格好をしている。
「炎の巫女、ホーリーフレア! ただ今参上!」
少女の一人……ミニスカート状の赤い袴を履いた方は、確かにそう名乗った。顔は夕陽による逆光のため、よく見えない。
「痛いコスプレ女が……邪魔をするなぁぁぁ」
生首は怒りに顔を歪ませ、鮫のような歯を剥き出しにして襲い掛かる。
「こいつ、人の気にしていることをっ!! 絶対に許さないっ!!」
リンと、鈴のついたステッキを軽やかに鳴らし、紅き巫女「ホーリーフレア」は宙に躍り上がる。
生首と少女。燃え上がるような夕焼け空を背景に、空中で交差する二つの影。
「ドーマン・セーマン!! 燃え上がれ、聖焔剣!!」
フレアが呪文を唱えると、持っていたステッキは、たちまち炎の剣へと変じる。その燃え盛る刀身を、生首に向けて振り下ろす。
「くっ!!」
その素早い剣さばきに、生首は攻撃をかわすだけで精一杯になる。
その眉間に、
―― 突如突き刺さる、翡翠色の矢。
「がっ……!?」
空中戦が繰り広げられていた下方。丁度真下には、若草色の巫女服に身を包んだもう一人の少女が、弓矢を構えて屹立していた。
疾風のごとき一撃を放ったのは、風の巫女「ホーリーブロウ」。
「フレアちゃん、やりました!」
「ナイスアシストだよ、ブロウ!」
見事生首を射抜いたブロウに、フレアは笑顔とサムズアップを送る。
「さーて、トドメといきますか!! ドーマン・セーマン!!」
タクトのように剣を振るい、宙に真紅の五芒星を描くフレア。
「飲み込め、烈火陣!!」
「ぐえええええええええええ!!!」
五芒星からは炎の渦がとめどなく噴き出し、生首を包み込む。生首は、断末魔の悲鳴を残し、紅蓮の中へ消えていった。
目の前で繰り広げられた、にわかには信じがたい超常的な光景。少年は、尻を地面につけたまま、ただ呆然としていることしかできなかった。
そんな少年の前に、フレアはふわりと降り立つ。
「怪我、なかった?」
「あ、は、は、はい!!」
投げかけられた言葉に対し、慌てて返事をする少年。本来なら礼の一つでも言うべきなのだが、今の少年に、そんな心の余裕は無い。
「陽も暮れてきたし、さっさと家に帰った方がいいよ。またアヤカシが出てきても、助けられるかどうかわかんないんだから」
フレアはぶっきらぼうにそれだけ言うと、くるりと背を向ける。そのままブロウを連れ、夕闇の中へ溶けるように消えていった。
あとには、口をぽかーんと開けた少年が取り残されているだけ。
翌日の朝。
少年は洗面所で眼鏡を拭きながら、昨日のことを考えていた。
「なんだったんだろう……昨日のあれ」
夢? いや、それにしてはあまりにも鮮明だ。
夕陽、ブランコ、生首……そして、ホーリーフレアを名乗る巫女服の少女。
「冬雪ぃ!! 早くしないと、学校遅刻するわよ!!」
階下から聞こえる、母親の怒鳴り声。
ちらりと時計を見れば、もう八時を回っている。
「っと、出かけなきゃ! いってきまーす!」
少年は慌ててかばんをつかみ、急いで家を飛び出した。
学生服に身を包んだ少年は、朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、通学路を歩いていた。
彼の名は「碓氷冬雪(うすい・ふゆき)」。北海道旭川市にある花田中学校に通う二年生だ。
最近の悩みは、少し影が薄いことと、小柄な体系の上女顔のために私服だと女の子に間違われること。
そして、もう一つ。
「おっはよ! ふっゆきぃ!」
誰かが朗らかな声を張り上げ、冬雪の背中を勢いよく叩く。
「おわっ!?」
前のめりになった冬雪が振り向くと、そこにはセーラー服に身を包んだ、ポニーテールの少女がいた。健康そうな小麦色の肌が、その少女に活発な印象を与える。
冬雪の同級生で幼馴染の「坂田夏月(さかた・なつき)」だ。ご覧の通り男勝りな性格で、昔はいじめられていた冬雪を守ってくれたりもしていた。
「どうしたの、ぼーっとして? なんか悩み事でもあんの?」
「いや、その……」
冬雪は、早速昨日のことを話そうとする。
しかし口を開きかけたその時、夏月は道の向こう側にいる人影に向かって、手を振りながら走っていった。夏月と同じセーラー服を着た、三つ編みの少女。
「春花! おっはよー!」
「おはようございます、夏月ちゃん、冬雪君」
二人の同級生で、委員長の「渡辺春花(わたなべ・はるか)」だ。柔和な笑顔を浮かべ、ひらひらと手を振っている。
「そういえば駅前の喫茶店『ブルーコスモス』に新メニューが登場したそうですよ。それを記念して、今ならスィーツ全品半額とか」
「マジで!? 学校帰り、絶対行こうねっ!!」
「あ、あの……」
冬雪は先程の話の続きをしようとするが、夏月と春花は目の前の話題に夢中で、聞く耳を持ってくれない。
そう、もう一つの悩みとは、最近夏月と疎遠になってきたことだった。昔は冬雪とよく遊んでくれた夏月だが、中学に入ってからは女友達の春花とばかりつるむようになってしまった。その話題も、冬雪がついていけないような、女の子女の子したものばかり。
おしとやかな春花の影響か、ようやく夏月も女性としての自覚を持ち始めたのかもしれない。それはそれでいいことなのかもしれないが、冬雪としては少し寂しい。
「いっそのこと、僕も女の子だったら……」
昔のように、夏月と仲良しのままでいられたのかもしれない。
そんな呟きも、今の夏月の耳には届いていないようだった。
「みなさん、知っていますか!! マッドガッサーの噂を!!」
教室に入ると、やかましく声を張り上げている眼鏡の少年がいた。長身で、筋肉質な体は、スポーツマンであることをわからせるに十分。
バスケ部で、クラスの副委員長を務める「桃ノ木三四郎(もものきさんしろう)」だ。スポーツ、勉強、共に上位の成績に食い込む実力者であるが、大の都市伝説マニア。新しいネタを、仕入れてはこうやってクラス中に喋りまくるのが玉に瑕だ。
「マッドガッサーの姿は全身毛むくじゃらで、いつも大きな袋を持ち歩いているといいます!! そして、その袋の中のガスを人間に吹きつけるんですよ!! そのガスをかけられた人は」
「はいはい、今日の講釈はここまで~!」
夏月は三四郎の前を横切り、その話を中断させる。
クラスの誰もが、ホッとした色を顔に浮かべる。
「ちょっとなにするんですか!! 今いいところなのに!!」
三四郎は憤慨し、夏月に食って掛かる。
しかし、夏月も負けてはいない。
「うるさいっての!! この爽やかな空気を、あんたの馬鹿でかい騒音に汚されるのが耐えられないの!!」
「なんですってえ!!」
その様子を、春花は笑いながら見ていた。
「あの二人、相変わらず仲がいいですね」
「そ、そうかなぁ?」
冬雪は思わず苦笑した。
そして、時間は流れて放課後。
「えー!? 春花ぁ、今日は一緒に帰れないのー!?」
「ごめんなさい、急にクラス代表の集会が開かれることになって」
すまなそうに詫びる春花に対し、夏月は頬を膨らませる。
「ま、仕方ないや! 今日は二人で帰ろ、冬雪!」
夏月はスカートを翻し、春花にくるり背を向ける。
「あ!? ま、待ってよ夏月―!?」
冬雪は、慌ててその後を追った。
通学路は夕陽の柔らかな光を受け、橙一色に染まっている。今にも崩れそうな木造のボロアパートも、畑も電信柱も、すっかり黄昏ていた。
冬雪は、前をスタスタ歩く夏月の後ろを、まるで鳥の雛のようについていく。
「なんか久しぶりだね! 冬雪とこうして帰るの!」
「う、うん」
自分から話しかけるなら、今が絶好の機会。そう、長い間待っていたはずのチャンスじゃないか。
だが、いざその時が訪れてみると、冬雪は何を話していいかわからない。言葉が、咽のところでひっかかる。
そうこうしているうちに、時間は一分一秒と消失していく。家との距離も、徐々に縮まってしまう。
「あ、あのさ」
ようやく意を決して、冬雪は言葉を発する。
まさにその時。
……一陣の風が吹き、街路樹をざわざわと揺らす。
次の瞬間。
「……え?」
木の上から黒い何かが飛び出してきた。
それは、黒いコートを着た小柄な男。いや、よく見ると、人間ではない。
コートから突き出た腕や顔は、熊のような毛に覆われているではないか。目は夕闇の中で爛々と輝き、耳まで裂けた口にはズラリと牙が並んでいた。
そしてなにより、その手には、大きな頭陀袋が握られている。
「なつっ!?」
叫ぼうとした途端、白いガスが勢いよく袋から飛び出す。そのまま白煙のようなガスに、すっぽりと包まれていく冬雪。だんだん体が熱くなっていき、意識が遠くなっていく。次第に意識を手放していった。
「冬雪ぃっ!!」
夏月の声を最後に、冬雪の意識は深淵へと墜ちていった。
「よいしょ!」
三四郎は山のような書類を担任の机の上に置いた。
「すみません、私の分まで運んでいただいて」
「いえいえ! これも男の仕事です!」
礼を言う春花に対し、三四郎は腰に手を当てて高笑いする。
「……そういえば、朝のお話の続きですけど」
「え、なにを唐突に話を戻してるんですか?」
「マッドガッサーのガスを浴びた人間の末路は諸説あるんですよ」
「その話、長くなりそうですか?」
「ああ、すぐ済みますから大丈夫です。一般的なお話だと、死ぬとか気が狂うとか、植物人間になるとかなんですよ。けれど、この辺りで流行っているマッドガッサーの噂というのがですね……」
どれくらい時間が経っただろう。
冬雪は、うっすらと目を開ける。
なにか長いものが首や肩にまとわりつく。それを無意識に引っ張ろうとすると、頭皮に痛みが走った。
その刺激により、完全に目が覚めてしまう。
「な、なにこれ!?」
驚いて上げた声は、透き通るように高い。いつもの声も一般の中学生男子にしては高いが、今のはそれ以上だ。そう、まるで少女のような。
冬雪は、自分の体の各部を学ランの上から手探りで確かめた。
背中まである長い髪。
胸のわずかなふくらみ。
そして、その他諸々。
「お、女の子になってる……」
わなわなと、細い指先が震える。昨日公園であった出来事も相当ぶっ飛んでいるが、今日はそれ以上だ。
ふと、事態を把握したところで、冬雪は気づく。
「そうだ、夏月は?」
その時、目の前になにかが重い衝撃とともに落下してきた。
それは。
「ほ、ホーリーフレア!!」
そう、昨日出会った、紅い巫女服の少女。
少女は顔を激痛に歪めながら、両手に力を込めて立ち上がる。その体は小刻みに痙攣し、ブーツ包まれた細い足は所々緋に染まっていた。
「あは、起きたんだね」
フレアは振り返ると、口の端に血のにじんだ顔で微笑みかける。
「待っててね、すぐ元に戻れるから! あんたは、あたしが守ってあげる!」
紅のステッキを振るい、フレアは怪人に立ち向かっていった。
「あんたは、あたしが守ってあげる……」
そう。それは幼い頃から、冬雪が何度も聞いてきた言葉。
昨日はわからなかった少女の正体を、冬雪は確信する。
「そうだったのか」
夏月は、何も変わっていなかったんだ。昔と同じ、世話焼きの好きな幼馴染。
困った時にはいつでも、彼女はいつでも自分の味方をしてくれた。
「彼女を助けたいかい?」
不意に、冬雪の耳に声が飛び込んだ。透き通るような、少年の声が。
冬雪は、辺りを見回す。
「ここだよ。君の足元を見てごらん」
素っ気ない声に従い、その方向を見た。
そこには、黄緑色で縦横に線の入った円盤状の物体があった。
「……メロンパン?」
「違うっての。これだから色気より食い気のお子様は」
物体は文句を言いながら、にゅっと手足を生やす。
それは、ぬいぐるみのような亀だった。
「しゃ、しゃべったー!?」
非常識な事態を前に、冬雪は大きく飛びのいた。
そんな冬雪の態度などお構いなく、亀は淡々と自己紹介する。
「初めまして、碓氷冬雪。ボクの名前は玄武。北を守護する聖獣さ」
「せ、せいじゅう……?」
「まぁ、ボクのことはどうでもいい。そんなことより、彼女を助けたいんだろう?」
「あっ、う、うん!」
冬雪は慌ててうなずく。
すると、玄武はにこりともせずに。
「じゃあ、話は簡単だ。」
リン、と。鈴のように軽やかな音が鳴り、冬樹の手中に光が宿る。
それは、紙垂のついた、一本のステッキだった。神秘的な輝きを宿した蒼いステッキは、冬雪の手に早くも馴染んでいた。
「これは?」
「神具『オーヌサ・ステッキ』さ。想いをこめて祈れば、君の望む力が手に入るだろう」
目の前のステッキと玄武を見比べ、冬雪はごくりと喉を鳴らす
正直、あの怪物がなんなのかとか、夏月があんな姿でなぜ戦っているのかとか、疑問は山ほどある。第一、こんな正体のわからない亀の言うことに従っていいものかという懸念もあった。しかし。
「今は……信じるしか、選択肢はないよね」
冬雪は言われるがまま、精神を集中させる。不思議と、あれほど取り乱していたはずなのに、今はとても気持ちが落ち着いていた。
「そうだ、守られてばかりじゃ駄目だ。今度は、僕が夏月を守るんだ」
決意を固めた冬雪の心に反応したのか、ステッキから青白い光が溢れ出す。光の奔流は、瞬く間に冬雪を包み込んだ。
「くぅ!!」
夏月は、マッドガッサーの頭陀袋によって、思い切り殴りつけられた。重い鉄の塊のような袋が脇腹に激突した瞬間、鈍い衝撃が走る。
敵は中々の強さだった。パワーがある上、小回りのきいた俊敏な動き。補助系の術を使うブロウがいないことは、つくづく痛手である。
その上、相手の動きを自動追尾する「オラクル・バイザー」も、最初の攻撃で故障してしまった。
「くっそ、運が悪いな……」
舌打ちする夏月と、対峙するマッドガッサー。形勢は、誰が見ても明らかである
まさに、その時。
風が、両者の間を吹き抜ける。
「冷たっ!?」
それは、夏の吹雪だった。凍てつく寒風と共に、少女は夏月の眼前に姿を現す。
「だ、誰!?」
それは、夏月とよく似た格好をした巫女であった。
浅葱色の上衣に、ミニスカート状の蒼い袴。
背中ほどあるロングヘアーの頂には、水色のリボン。
白い手袋をはめた手には、群青色のオーヌサ・ステッキが握られている。
「よくぞ聞いてくれたね」
少女の肩に乗っている亀のような聖獣「玄武」は、得意げに答える。
「彼女こそ、『ホーリーアクア』さ。水の巫女にして、君達ホーリーメイデンズの新たな」
説明の途中で、少女「ホーリーアクア」は玄武をグギュウと握り潰す。
「……痛いじゃないか」
「このひらひらの格好……聞いてないんだけど? なんだよ、ホーリーアクアって?」
すまし顔の玄武に対し、アクアはぷるぷると瞳孔を開いて怒り震える。
「坂田夏月を守る力が欲しかったんだろう? 望み通り、君は力を得た」
「普通ここはヒーローに覚醒する場面じゃない!? なんでヒロインになってるわけ!?」
「いいじゃないか。心はヒーロー、体はヒロイン。まさに、今のマーケティングを反映したスタイルと言えるね」
「わけがわからないよ!!」
戦闘中にも関わらず、アクアと玄武はぎゃあぎゃあ言い争いを始める。
緊張感の無さに、夏月は思わず呆れてしまう。
そんな時。
―― シャアアアアッ!!
忘れるなとばかりに、マッドガッサーがアクアに襲い掛かる。
「わぁ!?」
慌ててアクアは、爪での一撃をステッキで受け止める。
そのままマッドガッサーは、畳み掛けるように連続攻撃を繰り出す。
歯を食いしばり、アクアは防戦一方になる。
「なにやってんの!? 術を使いなさいよ!!」
「そ、そんなこと言ったって……」
夏月の言葉に、アクアは戸惑いを浮かべる。
「まぁ、仕方ないよ。水の巫女がどういうものかも知らずに、坂田夏月を守りたいという感情を優先させて考えも無しに飛び出したからね。考えも無しに」
「二回も『考えも無しに』を言わなくていいから!!」
ツッコミを入れながら、アクアはステッキを横薙ぎに振るう。
しかし、マッドガッサーは、ひらりそれを回避する。
「たぁっ! とぉっ!」
アクアは、尚もステッキで殴りかかる。
しかし、軽業師のように俊敏なマッドガッサーの敵ではない。
「ああもうっ!! あんな単調な攻撃が当たるわけないでしょ!!」
夏月は、段々とイライラしてきた。
ドンくさくて、要領が悪い。昔から手のかかる誰かさんによく似ている。
「……あれ?」
そう、よく似ているのだ。
眼鏡をかければ丁度、夏月がよく見知った少年の顔に。
「まさか……」
夏月がアクアの正体に気付きかけたその時、蒼いオーヌサ・ステッキが宙を舞う。
「あ!?」
マッドガッサーの袋によってステッキをはじき飛ばされたアクアは、顔いっぱいに驚きを表す。
武器を失った少女に対し、マッドガッサーはゆっくり、ゆっくりと近づいていく。余裕げに、口元を綻ばせながら。
……余裕?
そうだ。やつは今、隙だらけじゃないか。
その事実に気づいた夏月は、自身のオーヌサ・ステッキを構え。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!! 燃え上がれ、聖焔剣!!」
宙へ飛び上がる。そのまま、炎を纏った剣へと変化したステッキを、マッドガッサーの脳天へ向けて。
―― 垂直に振り下ろす。
「グゲッ!?」
「アヤカシよ!! 無へと帰れ!!」
両断されたマッドガッサーは、そのまま煙となって掻き消えてしまう。
強敵の消滅を確認し、夏月はホッと一息吐く。
「さっきはありがとう、助かったよ。……ところで、あんたってさ」
夏月は口の端の血をぬぐい、振り向く。
問いたださなければならない。アクアの正体が、本当によく見知った彼なのか。
けれども。
「もしかし……て?」
けれども、そこにはもう誰もいない。
夕焼け空を、数羽のカラスが通り過ぎていった。
「あー、疲れたぁ……」
変身を解いた冬雪は、家に帰るとまっすぐ自分の部屋の布団に倒れこんだ。
「お疲れ様。あんまり役に立たなかったけど」
「うるさいよ……」
今の冬雪には、玄武の嫌味に対し、まともに言い返す余力も残っていなかった。そのまま柔らかい枕に頭を預け、泥のように眠ってしまう。
そんな冬雪を棚の上から見下ろし、玄武は独り言を呟く。
「おやすみ、碓氷冬雪。これから始まる日々に備えて、今はゆっくり休むがいいさ」
そう。これは、はじまりに過ぎない。
かくして冬雪は、闇を祓う巫女「ホーリーメイデンズ」として最初の戦いを、終えたのであった。
初めまして、流離太(さすらいた)という者です。
この作品は11年前に制作された作品をリメイクしたものとなります。
思い入れのある作品のため、少しでも多くのみなさんに読んでいただけたらと思って投稿した次第です。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
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