ソードアート・オンライン Dragon Fang《ゲーム版》 (グレイブブレイド)
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予告

予告は1年以上前にも投稿しましたが、リメイク版の投稿に伴い、新しいバージョンを投稿しました。

※ゲーム版はリメイク版の方をベースとしています。そのため、旧版の方とは設定などが異なっています。


目を覚ますとそこは見慣れない森の中だった。辺り一面、木が押し茂っているだけで何もない。

 

メニューウウィンドウを操作してマップデータを見てみるとA()L()O()とは異なる場所だった。

 

「やっぱり来たんだSAOに……。でも、見た感じ、SAOってALOと似ているんだね」

 

辺りを見渡していると近く小川が流れていることに気が付く。そこで自分の姿を確認してみようと覗き込んでみた。そこに写っていたのは、金髪のロングヘアーをポニーテールにし、もみあげ付近の髪の毛を小さな三つ編みにした緑の瞳を持った1人の少女だった。耳は尖っていて、背中には小さいライトグリーンの翅を生やしている。

 

「ALOのあたしと同じ姿だ……」

 

服装はALOと同様に緑と白を基調としているけど、背中の開いた上着にミニスカートなどに変わっていた。

 

「翅が小さくなっているけど、SAOでも飛ぶことができるのかな……」

 

試しにいつもALOで飛翔するときみたいにジャンプしてみた。

 

ゴンッ!

 

ジャンプしてそのまま飛翔することはなく、地面に落下してコケてしまう。

 

「イタタタタ……。う~~SAOでは飛べないのかぁ……。じゃあ、この翅はただの飾りみたいなものってことなの……」

 

飛ぶことが好きなあたしにとっては、飛べないということに凄くショックだった。もしも翅のことを聞かれたら、「最初に言っておく、背中の翅はただの飾りだよ!」と何処かの皆のオカンと言われているイマジンみたいなことを言えばいいのかなとくだらないことを考えてしまう。

 

いけない、いけない。SAOにはただ遊びに来たわけじゃなかった。あたしがここにやって来たのは、この世界にいるお兄ちゃんに会うためなんだ。でも、お兄ちゃんをどうやって探せばいいんだろう。何処にいるのかもわからないし、第一この世界でのお兄ちゃんの名前すら知らない。

 

途方に暮れていると何かの気配が感じた。急いで近くにあった大きめの木の陰に身を隠した。そっと外の様子をうかがっていると片手剣や槍などの武器を持った数人の男女がやってきた。

 

「あれ?おっかしいなぁ、確かここらへんにいたと思うんだけどなぁ……」

 

「何もいないよ……」

 

「妖精がいるって見間違いだったんじゃないのか?」

 

「SAOに妖精がいるなんて聞いたことないぜ」

 

「そうかなぁ……」

 

「そろそろ街に戻ろうぜ」

 

数人の男女は元来た道を歩いて戻っていった。

 

あの人たちの話を聞く限り、SAOでは妖精は珍しいみたいだ。街に行けばお兄ちゃんの情報を少しでも得られるかもしれない。だけど、この姿で行くと絶対に騒ぎになるに違いない。

 

「っ!?」

 

するとまた何か気配を感じ取り、木の陰に身を隠した。今度は人ではなくて、1メートル近くもある3体の巨大な蜂型のモンスターだった。蜂型のモンスターは一向にこの場から去ろうとはしない。

 

早くここからいなくなってと念じる。

 

バキッ!

 

モンスターに気を取られて足元に落ちていた枝を踏んでしまう。その音にモンスターはすぐにあたしがいることに気が付き、こちらの方を見る。

 

「ヤバい!」

 

すぐに鞘から片手剣を抜き取り、戦闘態勢に入る。

 

「あたしはALOでシルフの五英傑と言われていたのよ。SAOのモンスターにも負けない!」

 

地面を蹴り、1体のモンスターを斬り付ける。HPは4割ほどしか減らなかったが、ある程度ダメージを与えられることがわかった。更に3体ものモンスターが出現した。

 

「だったら魔法で!」

 

ALOの時のように風魔法のスペルと詠唱する。しかし、何も起こらなかった。

 

「ええっ!?SAOって魔法もないの!?もしかしてSAOは剣だけで戦う仕組み!?」

 

その間にもモンスターたちはあたしを攻撃しようと迫ってきた。これはダメージを受けるだろうと思った時だった。

 

突然、1人の人物が刃に青い光りを纏った状態の片手剣を左手に持ち、モンスターたちを斬り付けていく。その連撃はかなりの早さだ。モンスターたちはすぐに全てのHPを失い、ポリゴンの欠片となって消滅する。

 

それをやったのは青いフード付きマントを羽織った1人の少年だった。少年は剣を右腰にある鞘に収めるとあたしの方を見る。

 

「大丈夫、怪我はない?」

 

少年は170cmくらいの身長でやや細め、ハネッ毛の黒髪、顔立ちはやや童顔よりだが、整っている方で間違いなくイケメンの部類に入るであろう。年齢はあたしとほとんど変わらないくらいと言ったところだ。

 

あたしはこの少年に見覚えがある。そして、ふと脳裏に5年前に知り合ったある1人の男の子と過ごした日々が蘇った。目の前にいる少年と重ねて見た瞬間、彼に間違いないと確信する。

 

お兄ちゃんに会おうとここまでやって来たが、彼ともここで再会することになるとは思ってもいなかった。会うのは3年ぶりだろうか。驚きもしたが、3年ぶりに彼とまた会えたことが凄く嬉しかった。




あえて誰の視点なのか、最後に登場した人物は誰なのか書きませんでした。わかった人は絶対多いと思いますが……。



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第1話 終わらないDeath game

かなり遅くなってしまいましたが、ゲーム版の話もやっと執筆しました。

あらすじにも書いてますが、ゲーム版はリメイク版の方をベースとしてます。

タイトルはエグゼイド風にしました。それでは、どうぞ。


 

2024年11月7日 浮遊城《アインクラッド》第75層 迷宮区 ボスの間

 

この場にいる全員が動けなくて倒れている中、2人のプレイヤーが武器を手に取り、向かい合っていた。1人は黒い片手剣と白い片手剣をそれぞれ左右の手に持った黒いロングコートを着たプレイヤー、黒の剣士《キリト》。そして、もう1人は赤と白の装備を身にまとって長剣と十字型の大型盾を持った血盟騎士団の団長《ヒースクリフ》……いや、このゲームのゲームマスター《茅場昌彦》だ。

 

「悪いが、一つだけ頼みがある」

 

「何かな?」

 

「簡単に負けるつもりはないが、もし俺が死んだらしばらくでいい。アスナが自殺出来ないように計らってほしい」

 

「よかろう」

 

「キリト君、ダメだよ!そんなの、そんなのってないよ!!」

 

涙交じりのアスナさんの絶叫が響く。しかし、キリさんは振り返ることはなかった。

 

茅場はメニューウインドウを操作し、自身の不死属性を解除する。そしてキリさんが床を蹴り、攻撃を仕掛けたことで戦いは始まった。

 

2週間前にやった時の戦いよりも激しい。この戦いはあのときと違って殺し合いだ。キリさんはソードスキルを使わずに剣を振るう。だが、茅場は涼しい顔をして盾でキリさんの攻撃を全て防ぎ、右手に持つ長剣で反撃してくる。

 

「くそっ……!」

 

目の前に転がっている愛剣の《ドラグエッジ》に手を伸ばそうとするが、麻痺状態のせいで思うように体が動かない。

 

今戦っている敵はモンスターのようにソードスキルを使えば倒せる敵ではない。ソードスキルは茅場がデザインしたものだ。当然、奴はそれを全て見切っている。システムに頼らず、自分の力だけで奴を倒すしかない。

 

キリさんは攻撃を与えられない焦りや4千人近くの人間を直接ではないが間接的に殺したことへの怒りのあまり、二刀流のソードスキルを発動させてしまう。連撃は《スターバースト・ストリーム》をも超える27連撃。だが、茅場はそれを見切って全て盾で防ぎ、右手に持つ長剣を構えようとする。

 

「キリさんっ!!」

 

俺の叫びが響く中、長剣がキリさんに迫る。

 

「っ!?」

 

その時、この空間にノイズが走り、一瞬だけ時が止まった。ノイズはすぐになくなり、キリさんと茅場は後方に跳び下がった。

 

キリさんはこのチャンスを逃してたまるかと、剣を構えて茅場に迫った。

 

対する茅場は先ほど見せていた余裕をなくし、防戦一方となる。キリさんの攻撃が当たった剣や盾には一瞬だけノイズが走り、それは茅場自身にも表れた。

 

それでもキリさんは攻撃を止めようとはせず、左右の剣で強烈な一撃を叩き込み、茅場の体勢を崩した。そこに、キリさんは雄叫びをあげ、左手に持つダークリパルサーで突きを放つ。そして、ダークリパルサーが茅場の胸に突き刺さった。

 

すると、キリさんと茅場の間にまたしても先ほどと同様のノイズが走り、この場一体に広がって辺りは光に包まれた。

 

目を開けた時には茅場の姿はなかった。同時に俺をはじめとする倒れていたプレイヤーたちの麻痺状態が解けた。

 

立ち尽くすキリさんに、アスナさんが後ろから抱き着く。

 

「キリト君っ!」

 

「アスナ……」

 

「バカバカバカッ!本当によかった……キリト君……キリト君……」

 

「ごめんアスナ……。でも生きてるよ俺……」

 

「よかった……キリト君。生きてる……本当によかった……」

 

キリさんは呆然とし、アスナさんは泣きながらキリさんの無事だったことに喜んでいた。

 

「茅場……ヒースクリフは?」

 

「あなたが倒したんですよ、キリさん」

 

「おいおいおいっ!やったじゃねーかキリの字っ!!」

 

俺がそう答えた直後、クラインさんがやってきてキリさんの背中を叩く。

 

「奴がどうなったのかはわからない。だけど、お前は奴を……このゲームのラスボスを倒した」

 

「そうだ。お前は勝ったんだぜ」

 

更にカイトさんとザックさんもやってきてキリさんに声をかける。

 

「カイト、ザック。そうか、俺があいつを……」

 

この場にいた全員の麻痺状態は解け、あちこちで歓喜が上がる。

 

「キリト君、よかった……」

 

「アスナ」

 

キリさんとアスナさんは俺たちがいることを忘れ、見つめ合って2人だけの世界に入り込んでしまう。これには俺も呆れてしまい、2人を連れ戻そうとする。

 

「あの~、俺たちがいるのを忘れて、2人だけの世界に入るのは止めてくれませんか?」

 

俺の一言に、2人はやっと気が付いてアスナさんは頬を少し赤く染める。

 

「羨ましいなぁ、キリトの野郎は。見てろよ、オレだってリアルに戻ったら彼女を作って幸せになってやるからな~」

 

クラインさんはキリさんのことを羨ましそうにして見て、そんなことを言う。

 

「どうだか……」

 

「カイト、どういう意味だっ!」

 

カイトさんに突っかかるクラインさん。そこへザックさんがやって来て「まあまあ」とクラインさんを宥める。

 

辺りはすっかり緊張感がなくなる中、俺はあることに気が付いてキリさんに言った。

 

「キリさん、俺たちはいつになったらログアウトされるんですか?」

 

この場は一気に再び緊迫とした空気に包まれる。

 

キリさんがラスボスである茅場明彦を倒してからすでに数分は経っている。しかし、誰もログアウトできていない。試しにメニューウインドウを開いてみるも、ログアウトボタンは何処にも見当たらない。

 

「ヒースクリフ……茅場晶彦は自分を倒せばゲームはクリアされて全プレイヤーが自分を倒せば解放されると間違いなく宣言した。茅場が嘘を言っている様子もなかった」

 

「だったらどうして……」

 

「もしかして、まだ戦いは終わってないの……?」

 

キリさん、ザックさん、アスナさんの順に言う。周りにいるプレイヤーたちからも不安な声が上がっていく。そんな中、エギルさんが走って俺たちの方へやって来た。

 

「おい!先に進む扉が開いたぞ!」

 

先に進む扉……第76層への入り口だ。つまり、俺たちの戦いはまだ終わってないってことか。

 

「キリさん、どうします?」

 

「このゲームは今も動き続けているのは間違いない。ゲームが終わらない以上、今は先に進むしかなさそうだ。行こう、76層へ」

 

キリさんはこの場にいた全員に言う。そして、俺たちは第76層へ続く階段を登って行った。

 

階段を上がると、俺たちは第76層の草原のフィールドへ足を踏みこんだ。しかし、何の変哲もないところで、プレイヤーたちがログアウトされる気配も全くなかった。

 

「ここが76層か……。75層の階段を上がったら、ログアウトできるかも……なんてちょっと期待してたんだけどな……」

 

そう呟いたクラインさんをはじめ、ここにいたプレイヤーの多くは落胆していた。ログアウトができないで、さっきまでの戦いの後だとこうなっても仕方がないだろう。

 

「……ん?何だこれ?」

 

俺の隣にいたザックさんが眉をひそめて声をあげた。

 

「どうしたんですか、ザックさん」

 

「メニューの中にログアウトボタンが出てきているかもしれないって思って、メニューウインドウを開いてみたんだけど、オレのアイテムの名前が文字化けしてるんだよ」

 

それを聞いた俺は急いでメニューウインドウを開いてアイテムストレージを見た。そこには文字化けした物が表示されていた。

 

「うわっ!俺のもアイテム名が文字化けしてる……」

 

「おい、おかしいのはアイテムだけじゃない。スキルリストも見ろ」

 

今度はカイトさんが声をあげ、続くようにクラインさんも声を上げた。

 

「なんだこりゃ!オレ様が必死こいて鍛え上げたスキルデータがああああ!」

 

俺もスキルリストを確認してみると、《体術》や《投剣》をはじめ、いくつかのスキルがロストしていた。でも、レベルの方は無事だった。

 

他のプレイヤーもアイテム名が文字化けしてる、スキルがロストしていると混乱している。すると、エギルさんが慌てた様子で大きな声をあげた。

 

「おい、こっちでも問題発生だ!転移結晶で下の層に転移できなくなっている!」

 

「おいおい、まだ続くのか。このわけのわからない現象がよ……」

 

「くそ!どうなっているんだ!」

 

ザックさんは困惑し、クラインさんは苛立って右の拳で近くにある木を叩きつける。

 

「転移結晶が使えないなら、歩いて下の層に戻ればいいんじゃないのか?」

 

「いや、それもダメらしい。そもそも今の話は、下のボス部屋の入り口が閉まったままだった事を不安に感じて転移結晶を使った奴からの話なんだ」

 

カイトさんの問いにエギルさんが答える。下の層に戻れないってことは、俺たちにはもう先に進むしか手段はないってことか。だけど、アイテムの文字化け、スキルデータのロスト、下層への転移不可という状況の中で俺たちは第100層までたどり着くことはできるのか。

 

かつてない事態に絶望的な未来しかなかった。

 

「……みんな!!聞いてくれ!」

 

こんな中、叫んだのはキリさんだった。

 

「このまま待っててもどうやら無駄みたいだ。だったら、これ以上致命的な不具合が出る前に先に進むべきだと俺は思う」

 

「確かにな。俺も同感だ」

 

真っ先にそう言ったのはカイトさんだった。

 

「俺たちはSAOをクリアするのを目指している攻略組だ。俺たちがこんな弱気でいたら、残されたプレイヤーはどうするつもりだ。攻略組はこんなものなのか?」

 

カイトさんの言葉を聞き、アスナさんとザックさんが反応する。

 

「うん。わたしたちがこんなことになっていたら、いけないよね」

 

「オレたちがこんなところで諦めていたら、オレたちを支えてくれているプレイヤーや死んでいったプレイヤーの気持ちを無駄にしてしまうからな」

 

2人に続くように俺も皆に言った。

 

「俺たちはまだ戦える。だったら、こんな絶望的な運命は俺たちが変えましょう!」

 

俺やキリさんたちの言葉を聞いた他のプレイヤーたちが徐々に活気を取り戻してゆく。

 

「皆さん、クリアを目指しましょう!!」

 

最後にアスナさんが言った言葉で完全に活気を取り戻し、この場にいた全員が声をあげた。

 

「お~~~~~し!一致団結した所で、さっそく76層の街を目指して出発するか!」

 

「なんでクラインが仕切るんだよ」

 

「まあまあ、今回だけはいいじゃないか。さっさと行こうぜ」

 

完全に気合が入ってこの場を仕切ろうとするクラインさん。そんな彼にカイトさんが冷静に突っ込みを入れ、ザックさんはカイトさんを宥める。そして、クラインさんを筆頭に俺たちは第76層の街を目指して歩き出した。

 

俺たちの不安が消えたわけじゃない。それでも、僅かな希望を目指して前へ歩こうとする。このゲームのエンディングを迎えるために。




次回の更新はいつになるかわかりませんが、これからもよろしくお願いします。


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第2話 《76層以上の大事件》

2019年が始まってもう2週間が過ぎましたが、明けましておめでとうございます。

今年最初の投稿になります。


中世ヨーロッパ風の造りをしている第76層主街区《アークソフィア》。俺たちがこの街にやってきて3日が経過しようとしていた。

 

ラスボスである茅場晶彦を倒してもログアウトされる気配はなく、更には一部のスキルやアイテムを消失、76層以上に来たプレイヤーは75層以下の層に戻れなくなるなどの深刻なシステムエラーが発生した《76層以上の大事件》。

 

初めは混乱していた俺たちだったが、ようやく落ち着きを取り戻して昨日から攻略を再開した。今ここにいるプレイヤーたちは攻略組のトッププレイヤーばかりということもあって、攻略は予想以上にスムーズに進んでいた。

 

しかし、第75層のフロアボス戦で10人以上の攻略組プレイヤーを亡くし、ヒースクリフ団長の失踪、《76層以上の大事件》でのスキルやアイテムの消失により、攻略組は大きなダメージを受けたのだった。今のところは順調だが、この状態のままでは第75層のフロアボス戦並……それ以上の被害を伴うことだって考えられる。あまり油断できない状態だと言ってもいい。

 

俺は今日もキリさんとカイトさんとザックさんとアスナさんの5人で第76層の迷宮区の攻略を行い、アークソフィアへと戻ってきた。そして、街の中にある1軒の宿屋へと向かう。

 

ここはエギルさんが営む宿屋。他にもカフェテラスと食堂も付いており、俺たちの拠点にもなっている。

 

早速俺たちは扉を開けて店内に入る。時間はまだ午後の4時半頃だということもあって、俺たち以外に客はいなかった。けれども、もう少しすれば大勢のプレイヤーがやってきて店内は賑やかになる。

 

「お前ら今日は随分と早かったな」

 

俺たちが店内に入って数秒後にエギルさんが厨房の方からやって来た。

 

「あ、エギルさん。ただいま。今日はいつもより朝早くに行ったから、その分早く戻ってきたんですよ」

 

「そうだったのか。まだ飯の準備はできてないから、それまで空いているところに座ってくつろいでいてくれ」

 

「はい」

 

適当にその辺にあった1つのテーブルに腰を下ろす。水を飲んで一息ついたところで俺はあることに気が付いた。

 

「あれ?ところでクラインさんは?」

 

「さっきまでここにいたはずなんだけどな。その内戻ってくるだろ」

 

エギルさんはそう言って、店の厨房へと戻っていく。

 

そんな時だった。

 

急に店内が暗転。続けざまに入り口のドアが開かれ、店内にいた全員が入り口に注目する。

 

そしてBGMが流れ始めると同時にクラインさんが入ってきた。だが、俺たちの目に信じられない光景が入ってきた。

 

「待たせたね」

 

初めに言うが、今のクラインさんの恰好はいつもみたいに侍みたいなものではない。

 

ひも付きの麦わら帽子を被り、『威風堂々』とプリントされた白いTシャツを着て、その上によく分からないキラキラがジャラジャラしたデニムのベストを羽織って、下はベストと揃いのハーフパンツをはいている。それと左側の頬には水色の絆創膏が貼っている。一言で表すと物凄くダサい格好だ。

 

ある意味危険な予感がし、俺たちは壁際にある1つのテーブル席の方へと一気に退避した。

 

クラインさんはそんなことに気が付くことなく、いつの間にか入り口から店内にかけて敷かれたレッドカーペットの上を陽気にスキップして店内に入ってくる。奥までやって来ると、満面の笑顔でポーズをとってTシャツロゴの『威風堂々』の文字を見せびらかす。

 

「私服、初めて見ましたけど……」

 

「想像の斜め上を行く破壊力だ」

 

「もはや、どっからツッコんでいいか分かんねえ」

 

俺、キリさん、ザックさんが引き気味にコメントする。アスナさんはビクビクしながらクラインさんに近づき、インタビューしようとしていた。

 

「その服、どこで買われたんでしょうか?」

 

「全てオーダーメイドだ。羨ましいのか?」

 

自信満々にそう答えるクラインさん。それはある意味怖すぎるもので、アスナさんはドン引きして俺たちの方へと急いで退避してきた。

 

「やっべ。本人、気づいてねえパターンだよ」

 

「ここは傷つかないようにオブラートに包んで……」

 

ザックさんに続いて俺が言いかけている中、黙っていたカイトさんが声をあげる。

 

「ダサっ!!」

 

「か、カイトっ!?」

 

クラインさんを除くこの場にいた全員が思っていたことをカイトさんがストレートに言い放つ。俺たちはビクっとし、キリさんはカイトさんの名を言った。

 

「ダサすぎる!」

 

するとここでBGMはピタリと止んだ。

 

「これ放送事故レベルだろ。よく、こんなダッサい服着てみんなの前に出てこられるよな」

 

カイトさんは続けざまにクラインさんに言葉の暴力を浴びせながら、クラインさんにゆっくりと近づく。この光景を見ていた俺たちは、クラインさんが暴れだしたり、ハートブレイクしてショックを受けると言った最悪の結末を覚悟していた。しかし……。

 

「ダサい?誰が?誰?オレ?」

 

「ああ」

 

「フッ、見る目ねえな」

 

俺たちの予想に反して、クラインさんは動じる様子を見せることはなかった。そして、カイトさんの頭に自分が被っていた帽子を乗せ、俺たちの方にゆっくりと歩いて来る。

 

「動じてねええええ!」

 

そう叫びながら今いるところから逃げるキリさん。同時にザックさんとアスナさんも逃げるが、俺は逃げるタイミングを逃して取り残されてしまう。この間にもクラインさんが俺の目の前にやって来た。

 

「リュウ、どうして皆してオレを避けようとするんだ?」

 

「え、えっと……。さ、流石にちょっと……ダ……じゃなくて、個性的すぎる格好かなって……。その格好のままじゃ普通に会話できる自信ないんで……一旦休憩!」

 

どう回答したらいいのか分からず、自分でもよくわからないことを言ってしまう。

 

 

 

 

 

先ほどのクラインさんのダサい私服のせいで起こった騒ぎは落ち着き、俺たちは席に腰掛けて談笑しながらくつろいでいた。ちなみに、クラインさんはいつものようにサムライ風の衣装へと戻り、酒を飲んでいる。クラインさん曰く、これは食前酒らしい。

 

そんな中、白いワンピースを纏った長い黒髪の少女がやって来た。

 

「パパ、ママ。おかえりなさい」

 

「ただいま、ユイ」

 

「ただいま、ユイちゃん」

 

ユイという名の少女はキリさんとアスナさんのところに駆け寄ってくる。アスナさんは抱き付いてきたユイちゃんの頭を優しく撫でる。

 

この子はキリさんとアスナさんの娘のユイちゃん。キリさんとアスナさんが第22層の森で出会った子で、2人のことをパパ、ママと呼んで慕っており、2人もユイちゃんのことを実の娘のように可愛がっていた。年齢相応に可愛らしいユイちゃんだが、その正体はプレイヤーの精神的ケアを行う役割を持つAI、《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》のMHCP試作一号というものらしい。一度、カーディナルによって削除されそうになったが、キリさんが間一髪のところでユイちゃんを助けて消えずに済んだ。今は《76層以上の大事件》の影響で、無事に復活できたという。

 

ユイちゃんの正体を知っているのはキリさんの身近にいるプレイヤー……俺たちだけで、他のプレイヤーには保護者とはぐれた年少プレイヤーでキリさんとアスナさんが面倒を見ているということにしている。まあ、俺たちもたちもユイちゃんと初めて出会った時は、かなり驚いたほどだったからな。

 

その後、ユイちゃんも加わって夕食を取り、今日は朝早くから攻略に出て疲れていたため、それぞれ自分の部屋に戻って休むことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、オレとカイトはエギルに買い出しを頼まれてアークソフィアにある市場へと来た。市場には食材から武器まで様々なものが売られており、中には怪しい骨董品を売っているNPCまでもいた。

 

メモに記載されているものを着々と買い集め、全てあることを確認してエギルの店に戻ることにした。帰り道、オレたちはあることに気が付いた。

 

「なあ、カイト。オレたちが76層を解放してから、街にいるプレイヤーの数がどんどん増えていないか?」

 

「ああ、そうだな。街開きに来ているプレイヤーだろう。だが、この様子だと76層に来ると下の層に戻れなくなることを知らないみたいだな」

 

「確かにな。アスナが下の層にいる血盟騎士団に連絡を取って何とかしてくれてはいるみたいだけど、大勢のプレイヤーに伝わるのに時間がかかるらしいぜ」

 

カイトとそんなことを話し合っている中、突然後ろの方から声をかけられた。

 

「あ、ザック!カイト!」

 

聞き覚えのある声だ。振り向くと、見覚えのある1人の少女がこちらに向かって走ってくる。

 

赤いパフスリーブの上着とフレアスカートに白いエプロン、胸元には赤いリボンというようにウェイトレスに近い服装だ。そして、髪型はベビーピンクのふわふわしたショートヘア。彼女は第47層の《リンダース》で《リズベット武具店》を営んでいるリズベットだ。

 

「リズ、どうしてここに来たんだ?」

 

「ボス攻略に向かったアンタたち攻略組が何日経っても戻ってこないんだから、店を休んでまで来てあげたんじゃないの。そんな言い方はないでしょ」

 

「悪い悪い」

 

「でもザック、アンタが無事で本当によかったわ。もちろんカイトも。アスナたちはどうなの?」

 

「アイツらも無事だから大丈夫だ」

 

「よかったぁ……」

 

オレやカイト、アスナたちの無事だということがわかったリズは安心したかのような表情をする。でも、今のリズは何処かいつもより元気がなさそうにしていた。

 

「どうかしたのか?」

 

「実はこの前起きた例の事件のせいで、いくつかの上級鍛冶スキルやメイスの戦闘スキルが消滅したのよ……」

 

「マジかよ……。それは気の毒だな……」

 

「そうなのよ。入ってた注文は全部キャンセルしなくちゃいけなくなって店は赤字よ。1日でも早く、鍛冶スキルを鍛え直すべきなのかもしれないけど、すぐにスキル上げに集中できるほど平常心じゃいられなくてね。情報収集も兼ねてアンタたちが無事か確かめに来たの。でも、元気そうでよかった。アスナたちにも一度会いに行くから、そろそろ行くね」

 

「ちょっと待てリズ」

 

この場を立ち去ろうとしたリズを呼び止める。

 

「どうしたのよ?」

 

話を聞く限り、リズは()()()()を知らないみたいだ。ここで言うべきか悩んだが、言わなかったら後でリズに文句を言われそうな気がしたため、ここで話すことにした。

 

「リズ、落ち着いて聞いてくれ。……実は、お前はもう75層以下の層に戻れないんだよ」

 

「………は?」

 

オレの言葉にリズはぽかんとした表情をする。それでもオレは話を続ける。

 

「実は76層に一度来ると、75層以下に戻れなくなるみたいなんだよ」

 

「現に俺たちも下の層に戻れなくて困っているんだ」

 

更にカイトも加わって説明するが、リズはまだそのことが信じられないような反応をする。

 

「えっ?って事は……あたし、自分の店に戻れないの?ま、まさかぁ~。そんな事ある訳ないじゃない。ザックはともかくカイトまで冗談がうまいんだから」

 

「誰がそんなこと冗談で言う?俺たちが言ったことは本当の話だ」

 

呆れながらも冷静にそう宣言するカイト。

 

「そ、そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない!」

 

「おい、リズ!」

 

そのことを素直に受け止められなかったリズは、転移門広場へ向かって走り出し、オレたちもその後を急いで追う。

 

「転移、リンダース!」

 

リズは、転移門広場に着くとすぐに転移門を使ってリンダースに戻ろうとする。すると、叫んだ直後に青い光に包まれるが、転移されることもなくこの場にいたままだった。

 

「な、何だ、驚かさないでよ。ちゃんとゲートは動くじゃない……って、あれ?ここは……?」

 

「だから言っただろ。下の層に戻れないんだって」

 

「そ、そんな……。あたしの《リズベット武具店》がぁ……」

 

やっと下の層に戻れないことを知ったリズは、ショックを受けて泣き出した。

 

鍛冶スキルとメイススキルの消失に、挙句の果てに下の層に戻れなくなって自分の店を失うことになってしまったとは。まさに泣きっ面に蜂とはこういうことなんだな。今のリズを見ているとなんだか可哀想になってきたな。

 

オレはなんとかリズを慰めようと声をかけた。

 

「なあ、リズ。戻れないのは辛いだろうけど、この層にもきっといいところはあると思うぞ」

 

「……何よ、いいところって」

 

「例えば……上層なだけあって下にはないレアな金属もたくさんあるだろうしな。それに鍛冶に関係するクエストだって発生するかもしれないじゃないか」

 

「確かに最前線だもんね……。ドロップアイテムも採取アイテムも下層とは段違い……か。うん、それはそれで中々よさそうね。ここなら攻略組が沢山いるし、新しくお店を開き直せば、上手く商売もできるはずよね」

 

オレの言葉を聞いてリズは元気になった。さっきまであんなに落ち込んでいたけど、とりあえずリズが元気になってくれてよかった。

 

「オレにできることがあったら、協力するぜ」

 

「いいの?」

 

「もちろんだ。リズはオレの専属スミスなんだろ。お前が店を再開してくれないと誰にメンテを任せればいいんだよ?」

 

「ザック」

 

リズにはいつも槍のメンテナンスとかで世話になっているんだ。協力くらいしてやらないとな。それに、これはオレがやりたくてやることだ。

 

「そうとなれば、さっそく《リズベット武具店》2号店となる場所を探しに行くわ。ザックも付いてきて!」

 

「エギルに頼まれたものは俺が持っていくから、お前はリズに付いて行ってやれ」

 

「悪いな、カイト。リズ待てよ!」

 

カイトに荷物を預けて、先に行ってしまったリズを追いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?あそこにいるのって……」

 

街の中を歩いていると、行く先に見覚えのある2人の人物がいた。1人は小柄で中性的な顔立ちで錫杖を背負った少年、もう1人は赤をベースとした服を身に纏って水色の小さなドラゴンを乗せた小柄な少女だ。

 

2人に近づいて声をかけてみた。

 

「あれ?もしかしてオトヤとシリカか?」

 

すると、かけられた2人は俺の方を振り向いた。

 

「「え?リュウ(さん)っ!?」」

 

俺が思っていた通り、この2人はオトヤとシリカだった。

 

「どうして2人がこんな最前線に来たんだ?」

 

「噂で聞いたんだ。なんか最前線で何か事件が起きたらしいって。最前線にはリュウたちもいるから、心配になってここまで来たんだよ」

 

「でも、お元気そうで安心しました」

 

「そうだったのか。わざわざここまで来てくれてありがとな、2人とも。おっとピナもだったな」

 

「きゅる」

 

2人にお礼を言いながら、ピナの頭を優しく撫でる。ピナは嬉しそうにして鳴いた。

 

「それで、最前線での事件って何があったの? 特におかしなことなんて見えないけど……」

 

もしかしてオトヤもシリカもここで何が起こっているのか知らずに来ちゃったのか。俺は2人が驚くのも承知の上で話すことにした。

 

「実はこの76層は、一度上がってくると二度と下に戻れなくなっているんだ」

 

「「え……ええっ!?」」

 

思っていた通り、オトヤとシリカは驚きの声をあげた。

 

「最前線で起きた事件……《76層以上の大事件》っていうのは、そのことなんだよ。オトヤたちみたいに事件の詳細が知らなくて76層に来てしまったプレイヤーも結構いるみたいなんだ。何せ、俺たちも75層以下に戻れなくなっているからな……」

 

「そ、そんな……。リュウとかなんとかなるけど、僕もシリカも今のレベルじゃこの階層のモンスターなんて全然歯が……」

 

「ど、どうしよう……」

 

当然ながら中層プレイヤーであるオトヤとシリカは困った表情をする。確かに攻略組である俺だったら何とかなるが、今の2人のレベルだと76層のモンスターの相手をするのはかなり難しいだろう。でも、2人は中層クラスでハイレベルプレイヤーだから、俺とか付いて行って安全なフィールドでレベル上げをすればとりあえず何とかなるかもしれない。

 

「なあ、2人とも。よかったら、俺と一緒にいるのはどうだ?俺の他にもキリさんたちだっているし、住む場所もエギルさんのところに行けばあるからな」

 

「いいの?」

 

「でも、そうなるとリュウさんたちに迷惑がかかるんじゃ……」

 

「それなら大丈夫だよ。2人がここに来てしまったのには、メッセージで2人に連絡して伝えておかなかった俺にも責任があるからな。他の皆も2人のことを歓迎してくれるよ」

 

「「リュウ(さん)」」

 

先ほどまで暗い表情だったオトヤトシリカだったが、徐々に表情が明るくなっていく。

 

「ありがとう、リュウ。でも、お世話になるだけじゃ申し訳ないから、僕たちも何かリュウたちの力になるよ。リュウ、前に言っていたよね。『プレイヤーは助け合い』だって」

 

「ご迷惑おかけしちゃうかもですけど、精一杯頑張りますから!」

 

前にカッコつけてそんなこと言ってしまったよな。まさかちゃんと覚えていたとはな……。目を閉じて軽く笑い、2人を見た。

 

「ああ、分かったよ。こちらこそよろしくな」

 

そして、俺はオトヤとシリカの2人と握手をした。

 

ちょうどその時、ザックさんからメッセージが届いた。早速見てみると、リズさんもここに来てしまったとのことだ。

 

オトヤとシリカ、それにリズさんまで最前線に来ることになったとはな。今でも賑やかなのに、更に賑やかになりそうだ。

 

そして、仲間も更に増えることになり、その中に思いがけない人物もいるということを知るのは、もう少し先の話だ。

 




今回はリュウ君たちが76層に来てから、数日たった頃の話として書かせていただきました。

ユイちゃんが復活し、リズとオトヤとシリカが最前線に来るとという、オトヤが加わってリズとシリカの心情が変化したこと以外はゲーム本編とあまり変わらない話となってしまいました。

しかし、それだけでは何か物足りないと思い、オリジナルとして最初にあのシーンを入れてみました。気づいた方も多いと思いますが、ビルド40話で幻さんがダサい私服を戦兎たちの前で披露するところを元にしました。このシーンは凄く面白かったので、何かの機会でずっとやりたいなと思ってました(笑)。

次の投稿はいつになるかわかりませんが、ついにこのバージョンでも彼女が登場する予定です。次回もよろしくお願いします。


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第3話 森の妖精

久しぶりのゲーム版の投稿になります。

今回のタイトルを見ればすぐにわかるかもしれませんが、ついにゲーム版に彼女が登場します。



俺たちが第76層主街区《アークソフィア》に来てから、今日でちょうど10日目となった。

 

この間に、オトヤとシリカとリズさんを含めて多くの中層プレイヤーが76層にやって来て戻れなくなる問題が起こっていた。まだ76層に来ていない《月夜の黒猫団》のサチさんに連絡したところ、今では下の層にいるプレイヤーたちにこの事態が伝わったようで、前ほど76層に行こうとするプレイヤーはいなくなったいう。

 

迷宮区の攻略の方は順調に進んでおり、この調子でいくと数日ほどでフロアボスの部屋までたどり着くだろう。

 

しかし、この層の攻略の鍵となりそうなクエストは未だに発見されておらず、あまり油断はできない状況には変わりはない。

 

この不安定な状況の中で一刻も早く攻略を行うべきだが、体調管理をすることも大事なこと。そのため、キリさんとアスナさんの2人と一緒に昼過ぎに攻略を終え、いつもより早めにアークソフィアへと戻ってきた。

 

「一時はどうなるかなって思いましたけど、攻略は今のところ順調ですね」

 

「75層のボス戦に参加したプレイヤー以外の攻略組も、戻れないのを覚悟のうえで下の層から来ているからな」

 

「まだ油断はできない状況だけど、慎重にいけばこの層もクリアできそうだよ」

 

2人と攻略のことを話し合いながら、街の中にあるエギルさんが経営する宿屋に戻っている。その途中、クラインさんが行き先にいて、彼は俺たちに気が付くとこちらにやって来た。

 

「なあ、お前ら聞いたか?この76層、面白そうな噂が流れているみたいなんだぜ」

 

「面白そうな噂って何ですか?」

 

俺がそう聞くとクラインさんは教えてくれた。

 

「76層の東には森があるのは知っているだろ。実はな、そこには妖精がいるっていうんだよ」

 

「森に妖精?何かのNPCですか?」

 

すぐに話の内容が気になって、俺たちは喰いついた。

 

「ああ。といっても別にモンスターやただの異種族NPCじゃない。その場所にたった1人しかいない、会えただけでもラッキーっつうレアなやつさ。何人か目撃した奴がいるんだが、これまで出てきたどんなNPCにも似てないらしい。となると、これはなんか特別なイベントに違いない……。ってことで街中、話題騒然っていうわけよ」

 

「なるほどな。まだ誰もイベントの起動条件を満たしてない……っていうわけか」

 

キリさんがゲーマーらしいコメントをする。

 

ただの異種族NPCじゃないとなると、どんなクエスト何だろう。

 

前にキリさんから聞いた、第3層から始まる長期クエストみたいなものなのか。俺はあの頃、最前線から離れていたから知らなかったけど、キリさんはアスナさんと共にキズメルという黒エルフの女騎士に出会ったらしい。今回出てくる妖精もキズメルの時と同じ感じなのかもしれない。

 

そうなると、この層の攻略の助けになるキークエストだっていう可能性だって十分あり得る。だとしたら答えはもう出ている。

 

「あの、キリさん、アスナさん。俺たち、今日の攻略は終わりましたし、行ってみませんか?」

 

「ああ、構わないぜ。何か特別なイベントが起きるかもしれないしな」

 

「うん。それに妖精なんて素敵だしね」

 

俺の誘いに2人はOKを出し、3人で妖精がいるという東の森に向かうことにした。

 

 

 

 

そして、俺たちは10分ほどで森の入り口前へと辿り着いた。

 

「ここですか。妖精が目撃されたっていう森は」

 

「うん。クラインさんの話によると、会えるだけでもかなりいいらしいよ」

 

「35層の《迷いの森》とか45層の《巨大樹の森》ほど広いわけじゃないけど、探すのは骨が折れそうだな」

 

妖精を目撃したというプレイヤーはほとんどいない。俺たちだって最悪の場合、妖精を見つけられずに終わる可能性だって十分にある。

 

「じゃあ、俺は左側のルートから探します」

 

「わかった」

 

「何かあったらすぐに連絡して」

 

俺たちは手分けして妖精を探すことにした。

 

 

 

 

 

妖精を探し続けること1時間近くが経過。途中で何回もモンスターに遭遇し、その度に戦闘を繰り広げていた。しかし、妖精の姿だけは全く見かけない。念のためにキリさんとアスナさんにも連絡して確かめてみたが、2人も同じ結果だった。

 

メニューウィンドウを操作して、一旦この森のマップを開いた。俺たちがまだ探し終えていないのは、森の最深部にあるエリアだけだ。ちょうどその辺りで、2人と合流できるため、とりあえず森の最深部を目指すことにした。

 

更に森の中を進み続け、ついに森の最深部までやって来た。

 

ここでも見つからなかったら、キリさんたちと合流して一旦街にでも戻ろうか。そんなことを考えていた時、数十メートル先に人影らしいものが見えた。何なのかと思い、目を凝らした。索敵スキルによる補正が適用され、視線を集中している部分が徐々に鮮明に見えていく。

 

そこにいたのは、緑と白をベースとしたジャケットに、少し短めのスカートという恰好をした、金色の長い髪をポニーテールにしている少女だった。そして、背中から小さい半透明の緑色の翅を生やし、耳はエルフのように尖っていた。

 

「あれってもしかして……」

 

クラインさんから聞いた妖精だと確信した時だった。

 

妖精かと思われる少女の右手には片手剣が握られており、3体の巨大な蜂型のモンスターたちと戦闘になっていたことが判明する。

 

「あのモンスターたちに襲われているのか?」

 

これはヤバいと思い、急いで妖精がいる方へと走った。

 

妖精にモンスターたちの攻撃が迫ろうとし、俺はすぐに右腰にある鞘から左手で《ドラグエッジ》を抜き取る。そして、片手剣スキル《ノヴァ・アセンション》を発動。

 

青白い光を纏った刃による10連撃の斬撃が、蜂たちのHPを奪っていく。全てのHPを失った蜂たちは、ポリゴンの欠片となって消滅した。

 

《ドラグエッジ》を右腰にある鞘に収め、妖精の方を見る。

 

「大丈夫かっ!?」

 

この時、初めて妖精を初めて正面から見た。

 

妖精はというと、緑色の瞳を持ち、もみあげ付近の髪の毛を小さな三つ編みにしており、顔も整っている方だ。ストレートに言えば可愛かった。そして胸の方は中々の大きさのものだった。

 

俺は、この妖精がNPCだということを忘れて見とれてしまう。SAOで絶大な人気を誇るアスナさんを見た時は、特にこんなことはなかったのに……。

 

一方で妖精は驚いていたが、数秒後に何かに気が付いてハッとなって声を発した。

 

「も、もしかして()()()()……?」

 

「へ?」

 

突然、妖精が俺のことを『リュウ君』と呼んできて、驚いてフリーズしてしまう。NPCであるはずの彼女が、初めから愛称で呼ぶことなんて今まで聞いたことがない。一体どういうことだ。

 

困惑している中、妖精の少女は俺に駆け寄り、嬉しそうにして俺の右手を両手で掴んだ。

 

「やっぱりリュウ君だよね!久しぶりに会うけど、一段とカッコよくなったね。まあ、リュウ君って元からイケメンだったから当たり前だと思うけど……」

 

妖精の少女は、久しぶりに会う知り合いに会った時のように楽しそうに話す。しかし、俺自身は状況が付いていけず、困惑するしかなかった。

 

これってクエストが始まったのか。だとしたら何か妙だ。

 

この妖精の少女はNPCなのに、どうして俺のことを『リュウ君』って呼ぶんだ。今まで受けたクエストの中で彼女と出会って親しくなり、そう呼んでいるのか。でも、今まで妖精と知り合うことになるようなクエストなんてなかったし、彼女とは今ここで初めて会うから、その考えはまずない。

 

それに何だか、この妖精の少女はNPCというよりも、何だかプレイヤーと話している感じだ。まあ、ユイちゃんみたいに高性能のAIだとも考えられるが。

 

試しに彼女に話しかけてみようか。

 

「あの……俺、君と何処かで会ったことあったかな……?妖精の女の子と会った記憶がないんだけど……」

 

「あ、そっか。この姿じゃ、わからなかったね。あたしだよ、あたし!直葉!桐ヶ谷直葉っ!」

 

「きりがや、すぐは……?」

 

その名前を聞いて、俺は耳を疑った。

 

――どうして彼女の口からその名前が出てくるんだ……?

 

俺はその名前に心当たりがあった。その名前の主も俺のことを『リュウ君』って呼んでいたし、まさか……。

 

「桐ヶ谷直葉って、もしかして君……スグなのか……?」

 

「そう!桐ヶ谷直葉。3年ぶりだね、リュウ君」

 

妖精の少女は、笑顔でそう言ってくる。でも、俺はどうしても彼女がスグだと信じられなかった。

 

「えっと、本当にスグでいいんだよな?なんかこの3年間で随分と見た目も変わっちゃっているけど……」

 

俺の中で記憶に残っているスグの姿は、黒髪のポブカットに勝ち気な瞳をしているも可愛らしい小柄な少女だ。まあ、姿はだいぶ異なるけど、この妖精の少女もよく見てみたら、スグの面影が少しあるような気がするような。

 

「実は、この姿は今遊んでいる《ALO》……《アルヴヘイム・オンライン》っていうVRMMOで使っているアバターのものなの」

 

「ALO?あれだけの事件になったはずなのに、ナーヴギアってまだ発売されてるのか?」

 

「ううん。ナーヴギアは事件の直後に回収されたの。でも、他のメーカーが《アミュスフィア》っていう後継機を発売して……」

 

「ナーヴギアは回収か。まあ、無理もないか……」

 

でも、アミュスフィアを使ってALOで遊んでいたスグがSAOに迷い込むことなんてあるのか。

 

気になって、アミュスフィアやALOのことを聞いてみた。

 

アミュスフィアは、ナーヴギアの後継機で、SAO事件を踏まえてセキュリティシステムおよびセーフティ機構が強化されているものだ。ナーヴギアみたいに脳を電磁パルスで焼き切るような機能はなく、形状もヘルメット型からバイザー型のものへと変化しているという。

 

そして、スグが遊んでいたというALO。正式名称はアルヴヘイム・オンライン。妖精の国を舞台とし、プレイヤーは9つの種族から1つを選択。それにはSAOにはない魔法や飛翔システムが存在し、人気のゲームとなっているらしい。

 

ある程度話を聞いてみたが、どうしてスグがSAOに来てしまったのかは結局わからなかった。こういうのはキリさんの方が詳しいから、彼に聞けば何かわかるかもしれない。

 

「とりあえず、仲間と合流して一旦街に戻ろうか。詳しい話はそこでちゃんと聞くからさ」

 

「うん」

 

出発する前にキリさんとアスナさんに、最深部のエリアで妖精を見つけたことをメッセージを送った。すると、すぐに連絡が来て2人ともすぐそこまで来ているから、待ってて欲しいと書いてあった。

 

「今、俺の仲間が来るから待ってて」

 

「うん。ねえ、リュウ君の仲間ってどういう人なの?」

 

「街にいる仲間にも言えることだけど、いい人で頼りになるっていうのは保障するよ」

 

「リュウ君がそう言うなら、本当に頼りになる人たちなんだね」

 

「ああ」

 

スグと立ち話をしていると、聞き覚えのある声が何処からか聞こえていた。

 

「おーい!リュウっ!」

 

その声に気が付いて振り向くと、キリさんとアスナさんがこちらに走ってやって来ていた。

 

「キリさん、アスナさん!」

 

すると、スグはこちらにやって来るキリさんの方を見て、俺の時と同様に驚いた表情をする。そして……。

 

「お兄ちゃん……?」

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

これには『お兄ちゃん』と呼ばれたキリさんだけでなく、俺やアスナさんも驚く。そんな俺たちとは別に、スグはキリさんに駆け寄り、彼の手を掴んできた。

 

「やっと会えたね、お兄ちゃん!」

 

俺とキリさんとアスナさんの3人は、いきなり過ぎる話に付いていけず、フリーズしてしまう。

 

「え?何?クエストが始まったの?」

 

「た、多分そうだろう。これはそういうイベントクエストNPCなんだよ。突然現れた妖精が兄として慕ってくるとかなんとか……。ありそうな話だろ?」

 

目の前にいる妖精の少女が、NPCだと思い込んでいるキリさんとアスナさんは困惑するしかなかった。かという俺も、スグがキリさんのことを『お兄ちゃん』と呼んでいたことに驚きを隠せずにいた。

 

「ち、違うよっ。あたしだよ、お兄ちゃんっ!」

 

「NPCとは思えないくらいの熱演ね……」

 

「ああ。でも、俺は君のお兄さんじゃないんだ。だいたい、現実の俺の妹はな……」

 

何を言い出すのかと俺は息を呑んだ。

 

「こんなに胸が大きくない」

 

一気にシリアスな空気をぶち壊してしまうほど、デリカシーのない発現をストレートに言い放つキリさん。俺は思わずよろけそうになってしまう。その直後だった。

 

ガンッ!!

 

「グホッ!!」

 

頬を赤くして怒ったスグは右手で拳を作り、キリさんの顔面に目にも止まらないスピードで強烈なパンチを叩き込む。何故かゲームのように殴った部分に『HIT!』という文字までも表示される始末だ。

 

強烈なパンチを喰らったキリさんは地面に転がり、この光景を見ていた俺とアスナさんは口を開けて唖然とする。

 

「あ、あたしだって成長期なんだから、2年も経てば色々変わるよっ!って言うか、久々の会話がセクハラ!?それに、これはアバターなんだから現実のサイズとは関係ないの!」

 

怒りが収まらないスグは、更にボカボカとキリさんと叩く。

 

「助けてぇぇぇぇっ!!」

 

これはキリさんの自業自得だ。だけど、流石にこのままにしておくわけにもいかず、アスナさんと一緒に仲裁に入ることにした。

 

「ストップ、ストップ!!」

 

「落ち着いて!!」

 

俺とアスナさんが仲裁に入る。

 

今思い出したが、確かスグにはお兄さんがいて、キリさんにも妹がいたはずだ。さっきスグがキリさんのことを『お兄ちゃん』って呼んでいたってことはもしかして……。

 

「ねえ、スグ。キリさんにも本当の名前を教えたら信じて貰えるんじゃないかな?」

 

俺の言葉を聞いて、スグの怒りはやっと収まった

 

「そうか。あたしだよ、あたし!直葉!桐ヶ谷直葉っ!」

 

「きりがや、すぐは……?」

 

アスナさんは聞き覚えのない名前に首を傾げる。すると、キリさんの口が開いた。

 

「俺のリアルの名字は『桐ヶ谷』。それで桐ヶ谷直葉は……俺の妹の名前だ」

 

やっぱり俺が思った通り、キリさんとスグは兄妹だったか。

 

「本当に……本当にお前、直葉なのか?」

 

「そう!桐ヶ谷直葉。やっと信じてくれた?」

 

「い、いや……。にわかには、信じられないな……」

 

キリさんは中々、目の前にいる妖精が自分の妹だと信じようとはしなかった。まあ、長年一緒に暮らしていた妹と姿が全く異なるから、無理もないと思うが……。

 

「もう!なんで、そんなに疑り深いかな」

 

中々信じて貰えないことにスグはムッとする。

 

何だかスグが可愛そうになってきて、何とかキリさんに気づいて貰おうと彼に話しかける。

 

「キリさん、本当に心当たりはないんですか?彼女の言っていること、信憑性が高く感じますし」

 

「いやでも、俺の記憶だと妹の胸は金床みたいにまっ平みたいなものなん……」

 

キリさんが全て言い終える前に、俺とキリさんの間を何かがビュン!と音を立てて通り過ぎていく。直後、後ろの方にあった木にダン!と勢いよく突き刺さった。

 

何なのか見るとそれはノコギリだった。これを見た瞬間、俺とキリさんは凍り付く。直後、

ノコギリが飛んできた方からは殺気が伝わり、背中に冷や汗をどっぷりかく。俺とキリさんは恐る恐る振り返ると、そこにはドス黒いオーラを放っている満面の笑みを浮かべるスグがいた。

 

「刻むよ?」

 

スグは何処かのネットアイドルのように、笑みを崩さず首を傾げる。

 

「「す、すいません……」」

 

恐怖の余り、全ての元凶とも言えるキリさんだけでなく、俺までも思わず謝ってしまう。

 

アスナさんは苦笑いを浮かべて黙ってこの光景を見ていた。




ついにゲーム版でもリーファが登場してリュウ君と対面しました。すでに気が付いている方もいるとは思いますが、ゲーム版の予告の話は2人が出会う場面のリーファ視点となっており、今回の話につながるという形になります。

リュウ君との再会はまともだったのに、キリトとの再会はほとんどギャグ満載に。まあ、100%キリトが原因ですけど(笑)。そして、本編(リメイク版)ではリーファの鉄板ネタとなっている美空の「刻むよ」をゲーム版でも披露するという。元々やる予定はなかったけど、結構好評でしたのでゲーム版でもやろうと思い、やりました(笑)。今回はビルド第3話のものを元にしました(笑)。巻き込まれたリュウ君はドンマイ(笑)

本当はもう少し先までやるつもりでしたが、予想以上に文字数が多くなったため、今回はここまでにしました。


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