ヒーロー世界の原典候補者 (黒猫一匹)
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プロローグ

 

 

「――どうやら目が覚めた様だのう」

「……は?」

 

 見渡す限り真っ白な空間。上下左右前後、どこを見渡しても白一色しかない空間の中、不意に掛けられた老人の声に俺は意識を完全に覚醒させる。

 声の方に視線を向けると、そこには白い髭を蓄えた老人が一人いた。

 

「……誰だアンタ?」

 

 見知らぬ老人に俺は警戒した声音で訊ねる。

 

「儂はお主達人間が言う所の神という存在じゃ」

「……神?」

「そうじゃ。そして此処は転生するものが訪れる世界の狭間に存在する転生の間じゃ」

「転生……それに神……という事は、まさか俺は死んだのか?」

「うむ、その通りじゃ」

 

 そこまで神と名乗った老人と会話をしていた時、俺は思い出す。

 

 俺の名前は坂井幸太郎(さかいこうたろう)。今年の3月に卒業を控える専門学生。主に漫画や小説・ライトノベルなどを中心に学んでいる。小説の書き方やネームの書き方、イラストやPCの操作など、多種多様な勉強をしていた。最近ではスランプに陥ってきた為か、うまく調子が出ずに只々PCと睨めっこをして何も出来ずに終わる事も多々ある。校舎が閉まるギリギリの時間まで学校に居座り続ける日も珍しくなかった。

 

 そしてその日も時間ギリギリまで学校に居座り、その帰り道に書店に立ち寄り、新刊のライトノベルを一冊購入して電車に乗車し帰宅する。

 

 帰宅までの暇潰しに、先程購入したブックカバーの付いたライトノベルを広げ、読み始める。

 その本は「問題児たちが異世界から来るそうですよ?」というタイトルでジャンルは異世界ファンタジーものだ。

 第1章も読み終わり、続いて第2章に突入しようとしたその時にそれは起こった。

 

 突然、電車が急ブレーキを掛けたかと思うと、何の前触れもなく目の前が真っ白に染まり、俺の意識はすぐさま途切れたのだ。

 

 

「なるほど……思い出した。しかし、どうして転生する事に?」

「それはじゃな。お主も薄々勘付いておると思うが、あの電車事故は儂の部下のミスでな。そのお詫びという事じゃ」

「……やっぱりか」

 

 いきなり目の前が真っ白になって意識が途切れたから、ただの交通事故ではないと思ってはいたが、まさかネットの二次創作の様な展開が現実にあるとは……。しかも俺がその経験をする事になるとはな。

 本当に人生というのは何が起こるか分からないものだ。

 

「それじゃあ、お主には転生をしてもらう訳じゃが……まずはこのサイコロを振ってくれるかの?」

「サイコロを? それはまた何故?」

「それはお主に与える特典の個数を決める為じゃ。お主がこれから転生する世界は『ワンパンマン』と呼ばれる漫画の世界でな。人間を脅かす怪人達が普通に存在する危険な世界じゃから、何の力も持たない人間ではこの先苦労するじゃろうし、下手すればその怪人に殺される可能性もある。そうならない為に自分の身は自分で守れる様にという事じゃ」

「なるほど、そう言う事か」

 

 特典が貰えるのは素直にありがいたいな。確かにあの世界は主人公のサイタマが敵をワンパンで終わらしたり、サイタマのマイペース過ぎる性格から若干コミカルな感じの漫画になっているが、その世界に住む一般人達にとってみれば笑えない現実だからな。

 と、そんな事を考えながら俺は手渡されたサイコロを振ると、サイコロはコロコロと白い空間の中を転がっていく。なるべく大きな数字がいいが、こればかりは流石に運頼み神頼みだ。……神様目の前にいるけど。

そしてサイコロは徐々にその動きを止める。

 出た目の数は『2』

 

「賽の目は『2』か。余り運がいいとは言えんのう」

「……まぁ、『1』よりはまだマシだとポジティブに考えるさ」

「そうか。それで、特典は何にする?」

「そうだな……、それなら俺が死ぬ前に読んでいた『問題児たちが異世界から来るそうですよ?』の主人公、逆廻十六夜の恩恵(ギフト)が欲しいんだが大丈夫か?」

正体不明(コード・アンノウン)に獅子座の太陽主権か。かなりチートじゃが、あの世界の主人公がすでにそれに近いチートな存在じゃし、まぁ問題なかろう」

 

 よし、これで例えボロスや覚醒ガロウ級の怪人でも対処可能の筈だ。というよりも十六夜ならサイタマとも普通に戦えそうだし、身体のスペック的には余裕があるか?

 

「して二つ目の特典は決まったか? もうすでに一つ目だけでも十分なほどのチートだが」

 

 うん、俺もそう思う。これで怪人達に何の抵抗も出来ずに理不尽に殺されるという最悪の展開は消えた筈だから確かにもう十分か。

 

「二つ目だけど、特典というよりちょっとしたお願いがあるんだが」

「ん? なんじゃ?」

「いや、両親や生前に仲良かった友達達に『先に死んでごめん、今までありがとう』と謝罪とお礼の言葉を一言でもいいから伝えられたらと」

「……なるほどのう。二つ目の特典を消費すればその願いは叶える事は出来るが、ホントに良いのか?」

「ああ」

「そうか。よし分かった。ならそこへ転移し、伝え終わったらお主の転生を行う。そういう流れでよいか?」

「ああ、ありがとう。それで十分だ」

 

 俺が頷くと、爺さんと俺の周囲が青白い光に覆われ、視界が閃光に染まった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 俺はその後、両親や友達に謝罪とお礼の言葉を無事に伝える事ができ、転生の間へと戻ってきた。

 

「――それでは、まずはお主に正体不明(コード・アンノウン)と獅子座の太陽主権の恩恵(ギフト)を与えるとしよう」

 

 すると、途端に俺の身体が発光し始める。そしてすぐにその光は収まる。だが、身体にこれといった変化はない。本当にこれで恩恵は宿ったのか?

 その疑問が顔に出ていたのか爺さんがどこからか小石を取り出し、それを俺の方へと放り投げる。その小石をキャッチすると爺さんは口を開く。

 

「取り敢えず、あっちの方に向かってその石を投げてみい」

「分かった」

 

 あっちの方に、と俺から見て左側の白い空間に向かって指を差す爺さんの指示に従い、俺は小石を投げる。

 すると、とんでもない速度で小石は吹き飛んでいった。まさに一瞬の出来事だった。

 

「うむ、第三宇宙速度くらいは普通に出ておるのう」

 

 爺さんが小石が飛んで行った方向を眺めながら、その様な事を呟く。どうやらちゃんと恩恵は俺の身体に宿っている様だ。その事に安心していると、

 

「あてっ! 何だ!?」

 

 背後から突然、ドォンッ!という、音が響いた。そして後頭部に衝撃を受ける。

 何かが俺の後頭部にぶつかった様だ。しかし、音の割には頭に受けた衝撃は意外にも少なかった為、大した痛みはない。俺は背後を確認しようとした時、カツンと何かが地面に落ちた音を拾う。

 音源に視線を向けると、そこには先程俺が投げた小石があった。

 

「身体の耐久力も問題ないようじゃのう。これで正体不明の恩恵はちゃんと宿しておると理解出来たじゃろう?」

 

 爺さんがそう口を開いた。

 

「……ああ、そうだな」

「次に獅子座の太陽主権の恩恵の方も試しておくか?」

 

 そう言って爺さんはまたどこからか取り出した斧を握り締め、確認してくる。

 

「いや、遠慮しておく」

「そうか。よし、ではいよいよ、お主には転生してもらおうかのう」

 

 そう言って爺さんは斧をしまい、パンパンと柏手を打つと、目の前に突然白い扉が出現する。

 

「その扉を超えたら転生は完了じゃ。準備はいいな?」

「――ああ、いろいろとありがとう」

 

 俺は爺さんにお礼を言って、目の前の扉を開けると、中は白い光に覆われていた。

 これを潜り抜けたら新しい世界、か。心が躍動しているのが分かる。

 

「じゃあ、行って来る」

「うむ、本当に済まなかったのう。第二の人生では楽しく生きるのじゃぞ」

 

 それを最後に俺は扉を潜り、視界一面が真っ白に染まり、意識が途切れた。

 

 

 



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1撃目

 

 この世界には「怪人」と呼ばれる人外が存在している。

 

 地底人や海底人、古代人に宇宙人と他にも多種多様な種族が生息し、中には強い思念などから自然発生する怪人や研究者達により人為的に誕生する怪人もいる。

 さらには生活習慣や負の感情などで正気を失い、人間から怪人へと突然変異してしまう者さえもいる。

 そんな怪人達の数多くが、人間に害を(もたら)す存在であり、常人では到底太刀打ち出来ない程の理不尽な力を行使してくる。

 だが、そんな怪人達の魔の手から、か弱い一般市民を守る者達もこの世界には存在する。

 それは世間一般で「ヒーロー」と持て(はや)される者達だ。

 

 

 

 

 

 A市

 

 

 

 

 

「ガハハハハ!! 愚かな人間共め!! おとなしく我ら悪魔族にこの地上を明け渡せ!! さすれば命だけは助けて――」

 

「――てい(・・)!」

 

「グアアアアァやられたああああああぁぁっっ!!」

 

 悲鳴を上げて十階建てのマンションの壁に頭から突き刺さる悪魔族の怪人。頭から胴体の中ほどまで綺麗に突き刺さっており、ギャグ漫画にしか出ない様な光景が出来上がっていた。

 そんな光景を見ていた周囲の野次馬達は次々に歓声を上げる。

 

「スゴイ! さすがは最強のS級ヒーローだ!!」

「今日も怪人が一発KOだ!!」

「かっこいい!!」

「キャアー、コータロー様!!」

 

 野次馬達の視線の先には一人の青年がいた。

 肩に掛かる程度に伸びた黒髪にヘッドホンをした色白のその青年は野次馬達の歓声や黄色い悲鳴にも反応せず歩を進める。

 

 だがそこで、

 

「――ほう、グリン丸を倒すとは人間にしては中々やるじゃないか」

 

 新手が現れた。

 青年は声の方に視線を向けると、そこには牛の様な角が生えた怪人が三体いた。三体共、二メートルを超える巨体で同じ顔立ちをしている。先程、青年が殴り飛ばしたグリン丸という怪人と同じ姿形だが、体に纏っている筋肉はグリン丸とは違い、分厚いを通り越して過剰なものだった。そのせいか、その三体からは妙な威圧感の様なものを感じる。

 

「だが、グリン丸を倒したからと言って調子に乗るなよ、人間」

「奴は我ら悪魔族四天王の中では最弱」

「我らが貴様に本当の悪魔族の怖さを思い知らせて――」

 

「――てい(・・)!」

 

「「「グアアアアアアァァやられたああああああぁぁっっ!!!」」」

 

 怪人がまだ何か言っていたが、特に気にする事もなく、悪魔族三体を同時に殴ると、先程のグリン丸と同様の悲鳴を上げ、彼らは第三宇宙速度で空へと飛んでいき、星になった。

 

 すると、一部始終を見守っていた野次馬達がまたしても歓声を上げる。興奮冷めやらぬ野次馬達に青年は苦笑を零していると、

 

 ppppp……、という携帯の着信が鳴り響く。青年は相手の名前を確認すると、面倒臭そうな表情を浮かべる。着信が鳴り響く中、ため息を吐くとヘッドホンを外して携帯を耳に当て通話ボタンを押す。

 

「もしも――」

『遅い!! 一体何時まで待たせる気よ!! 私が電話を掛けたらワンコール目で出なさい

このノロマ!!』

 

 携帯を耳に当てると、すぐさま少女の怒鳴り声が響き、青年の鼓膜に的確にダメージを与える。その事に青年は一瞬眉を潜めるも、すぐにその顔に笑みを浮かべ口を開く。

 

「おお、これはこれは最近S級3位に降格した戦慄のタツマキちゃんじゃないですか。随分と荒れてるな。それで? 最近S級2位に昇格した俺に一体何の御用で?」

『……アンタそれ嫌味のつもり?』

「さてどうだろうな? それで俺への用件はやっぱり順位の変動についてか?」

 

 青年は背後の野次馬達の興奮した歓声をしり目に自宅に向けて歩を進める中、電話相手であるタツマキの顔を思い浮かべながら、そう尋ねる。

 すると、タツマキは予想通りに声を再び荒げて肯定を示す。

 

『ええ、そうよ!! 一体どういう事よ! 何で私が降格でアンタが昇格な訳!? 一体どんな汚い手を使ってあいつらを買収したのよ!』

「失礼な奴だな。実力だよ実力。ヒーロー協会の連中にとっては俺の方がお前より貢献度が高かったと判断されただけの話だろ」

『納得出来ないわ。絶対に私の方がアンタよりレベルの高い怪人をたくさん倒してる筈よ。上の連中に直訴してやるわ』

「直訴して変わる様なものでもねぇと思うけどな。まぁするんなら勝手にすればいいさ、順位なんて特に興味ねぇし」

『……その余裕の態度が何だかムカつくわね』

 

 タツマキとその様な会話をして帰路へと着いていた時だった。

 

 突然と青年の前方からポッと明かりが灯ったかと思ったら、その光を中心に大爆発が起きる。その爆発は広範囲にまで渡り、周囲の建物を倒壊させ、隕石でも落下したかの様な巨大なクレーターが出来上がった。

 すると、そのクレーターの中から頭部に二本の触覚の様なものを生やした怪人が飛び出してくる。

 

「ム!」

 

 その怪人と青年の視線が交差する。

 怪人は空へと飛び上がっていたその体を青年の元に向かい急降下。そして青年の目の前に着地して青年を睨み付ける。

 対する青年の方も突如出現した怪人を注視している。

その際、電話口でタツマキの声が聞こえる。

 

『ちょっと何よ今の爆発音!?』

「……悪いけど、仕事が出来ちまったみたいだから、一端切るぞ」

『は? いや、ちょっと待――』

 

 タツマキがまだ何か言っていたが、ブツッと問答無用で電話を切る。

 

 すると、そこで怪人が青年のつま先から頭の天辺までを鋭い瞳で射抜くと、その顔をさらに険しいものへと変える。

 

「……あれほどの爆発の余波を喰らっておきながら、大した外傷はなし。何者だ、お前は?」

 

「俺はコータロー。プロのヒーローをしている者で、お前の敵だ」

 

 青年、コータローの言葉を聞いた瞬間、怪人はその顔を不快なものへと変える。

 

「ふん、たかが人間の身でありながら私と戦うというのか……どこまでも不快な種族だ。私はワクチンマン。貴様ら人間共が環境汚染を繰り返す事により生まれた。地球は一個の生命体である。貴様ら人間は地球の命を蝕み続ける病原菌に他ならない! 私はそんな人間共とそれが生み出した害悪文明を抹消する為に地球の意思によって生み出された。故に貴様ら人間は一匹残らず根絶やしにする!」

 

 すると、ワクチンマンの身体が変化する。

 メキメキメキメキィィと身体中に血管が浮かび上がったかと思えば、黒々と隆起していた筋肉がさらに膨らみ身体が二回りほど巨大化した。

 怪物へと変化を果たしたワクチンマンはその身から信じられない程の威圧感と覇気が溢れ出し、並みのヒーローでは到底太刀打ち出来ない存在へと進化を果たした。

 

「死ねェェェッ! 人間ンンンッ!!」

 

 ワクチンマンは肉食獣の様な大きな牙が並んだ口を開けると、口内から凄まじいエネルギーが収縮し始める。そして街の一つは簡単に消し飛ばせる様な強大なエネルギー弾がコータローの元へ発射された。

 迫る理不尽なエネルギーの閃光を前にコータローは、

 

「――しゃらくせぇ!!」

 

 それ以上の理不尽な一撃を持ってして光弾を殴りつけた(・・・・・)

 瞬間、ワクチンマンの巨大な光弾はコータローのたった一振りの拳でいとも容易く砕かれてしまう。

 

「馬鹿なッ!!」

 

 驚愕するワクチンマンの声。

 全霊の一撃をこれほど簡単に防がれるとは思ってもいなかった。その信じられない現実にワクチンマンは放心してしまう。その隙をコータローは見逃さなかった。

 大地を踏み砕く様な爆音が炸裂する。その音にワクチンマンも漸く正気に戻るも、それは余りにも遅すぎた。

 既にコータローはワクチンマンの胸元に飛び込んでおり、その大きな身体に己の拳を叩きつけた。

 

 山河を砕き、地殻変動すら引き起こす拳がワクチンマンの胴体に炸裂し、ワクチンマンが出現した際に出来たクレーターまで第三宇宙速度というデタラメな速度で吹き飛ばされた。

 

 ワクチンマンは悲鳴を上げる間もなく、クレーターに叩きつけられて、身体が爆散し絶命した。

 

 身体が叩きつけられた際に、地球が揺れたと錯覚する程の衝撃と振動が木霊する。

 

 その衝撃の余波でA市の至る所でビルが倒壊したり、家が吹き飛んだり、地割れが発生したり、とワクチンマンが出現した時以上のクレーターと瓦礫の山が出来上がってしまった。

 

「あ、」

 

 その様子を遠目で確認したコータローはすぐさま、周囲に視線を走らせる。そして彼の常人離れした五感を駆使し、周囲には自分以外誰もいない事を確認したコータローは、

 

「よし、これらの被害は全てあの怪人のせいにしよう」

 

 静かにそう決意した。

 

「しかし、ワクチンマンってどこかで聞いた事ある名だと思ったけど、今思い出した。……確か原作一巻に出てくる最初の怪人だよな。という事は今日が原作開始の日だったのか」

 

 まぁ別に今更原作とかどうでもいいか、と結論を出し、コータローは帰路へと着いた。

 

 

 これが、ヒーロー協会最強戦力、『一撃無双(ワンターンキル)』のコータローこと、転生者・坂井幸太郎の今の日常だった。

 

 



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2撃目

 

 

『――ご覧下さい、このA市の惨状を! 瓦礫の山と成り果てた建物の数々、隕石でも落ちたのではないかという程の巨大なクレーターが出来上がっております! 近隣住民の方々に話を伺った所、何か巨大な衝撃と振動がA市全体を襲ったとの事ですが、まだ詳しい事は何も分かっておりません。ヒーロー協会はこの惨状を怪人の仕業だと――』

 

 どこか興奮した口調で現場に赴いたレポーターが身振り手振りだどを加えながら現場の状況を分かりやすく説明する為に声を張り上げている。

 

 そしてそんな被害を生み出した張本人であるコータローは現在、運よく被害を逃れたA市にある十五階建てマンションの最上階にある自室で、のんびりとした雰囲気でコーヒーを口に含めながらそのニュースを眺めていた。

 比較的落ち着いた様子を見せているコータローだが、その内心では自分がやらかした被害に大量の冷や汗が流れていたりもする。

 

「……ふぅ、被害はそれなり(・・・・)に出ちまったみたいだが、死傷者及び重傷者がいないというのが唯一の救いだな。今回は運が良かったけど、一歩間違えれば自分の家ごと破壊してた可能性があった訳だし、今度からは少し加減して戦うか……」

 

 自分で選んだ特典とはいえ、これは少し失敗したかな、とコータローは静かに呟き、コーヒーを飲む。

 因みに街の方の修繕はヒーロー協会の重鎮達がどうにかするだろうと当たりを付けている為、余り気にはしていない。

 

 コータローは、そこで気分を変える為にテレビのチャンネルを変えると、緊急生放送というテロップが写し出され、頭にヘルメットを被った男性レポーターが悲鳴に近い声を張り上げながら現場をレポートしているニュース番組を見つける。

 

『――突如D市に巨大生物が出現し、その生物が暴れ回りD市が消滅したとの事です!! ヒーロー協会はこの生物の災害レベルを“鬼”と判断し、現在は近隣住民への避難勧告が出され、もう現場はパニックに陥っています!!!』

 

 カメラの周囲ではレポーターの言う通りにあちらこちらへと逃げ惑う人々が映し出され、人々の怒声混じりの悲鳴や、ウウウゥゥゥというけたたましいサイレン音が鳴り、緊急避難警報の勧告が響き渡っていた。

 そんな悲鳴やサイレン音に負けず劣らずな大声でレポーターは現状、把握できている事を報告していく。

 

『そして現在その巨大生物はなんと此処! B市を目標に定めた様で、今も刻一刻とB市に向かい大接近中との事です!! 私もそろそろ避難しないとヤバそうな雰囲気になってきましたので、この報道は逃げながら続けさせてもらいます!!』

 

 そう言って、レポーターとカメラマン達も避難の為にその場を離れていく。

 

 そこまでニュースを見ていたコータローは、コーヒーの入ったカップをその場に置き、テーブルの上に置いてあるヘッドホンを手に持つ。

 そして髪が乱れない様にヘアバンドの代わりにヘッドホンをそのまま装着する。

 

「災害レベル鬼か。こりゃあA級でも退治は難しい所だな……仕方ない、行くか」

 

 コータローはそう呟くと、腰を上げて玄関へと移動する。

 今度は周囲に被害を(もたら)さない様に一応注意しておくかと、内心でその様な事を考えていた時にふと、思い出す。

 

「あ、そういえば、B市に接近してるその怪人って確か原作に出て来た奴だよな……?」

 

 生前、それほど真剣に原作を読んでいなかったせいか、もう既に大部分の所がうろ覚え状態で、ほとんどの細かい内容を忘れてしまったが、この怪人の事は微妙に憶えがある。

 

(確か進撃の巨人に出て来そうな超大型巨人だっけ? そしてサイタマにワンパンでやられ……ブッ飛ばされた先がB市で、そのままB市が消滅だったか……)

 

 コータローは内心でそこまで思考すると、ふぅ、と軽く息を吐く。

 

「……これは少し急いだ方がいいかもな」

 

 靴に履き替え、そう呟いたコータローは急いで玄関を出ると、そのまま第三宇宙速度という馬鹿げた速度ででB市に向かい、文字通り跳び去って行った。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 B市

 

 

『――緊急避難警報です。市民の皆さんは速やかに避難してください。――災害レベルは“鬼”です。近隣住民は、至急避難を開始してください――』

 

 B市全体に広がる程のサイレン音と、それに負けず劣らずな声量で促される警告。

 突然のサイレン音と避難警告にB市に住む人々は大パニックになっていた。

 

「うわぁぁ!!? 逃げろぉぉぉっ!!?」

「災害レベル鬼!? 嘘だろ!?」

「やべぇぇ!! 早く逃げないとっ!?」

「邪魔だ! 退け!!」

「ちょっと押さないでよ!?」

 

 先程まではショッピングを楽しんでいる家族やカップルの姿で賑わっていた繁華街は最早見る影もない程の混乱に陥っていた。

 

 そんな中、あちらこちらに駆け回る彼らの元にドッドッドッという凄まじい振動が響き渡る。まるで地震でも起きたかの様な揺れが彼らを襲った。

 その衝撃に幾人かの人々はその場に転び倒れる。そして音源の方に視線を向けてみると、そこには例の巨人型の怪人が、消滅したD市の地面に向かい拳を連打している光景が目に入った。

 おそらく駆けつけたヒーローと戦闘をしている光景なのだろうが、人々はそこに希望を持てなかった。一方的に攻撃している巨人の姿を見て、その駆けつけたヒーローが見るも無残な肉塊へと変わり果てている姿を想像し、絶望する。

 

「もう、終わりだ」

 

 ふと、誰かがその様な事を呟いた。

 見れば、先程までパニックに陥っていた人々は振動に耐える為にその場に蹲って拳の連打が終わるのを待っているも、皆、先程の声の主の言葉に内心で同意する。

 

 ――自分たちはもう助からない、あの怪人に殺される、と。

 

 そんな悲観的な感情を人々が抱いていた時、巨人の拳の応酬が収まり、衝撃が止む。

 人々が恐る恐る顔を巨人の怪人の方へと向けると、怪人は視線を真下に向けた後、すぐさまB市の方角へと視線を向けた。

 そんな巨人の様子に人々の体がゾクリと震える。誰もが息を呑み、緊張と恐怖が混同した矢先に、

 

 

 ボォン、という一発の鈍い打撃音が響いた。

 

 

 すると、巨人の身体が傾く。まるで誰かに殴り飛ばされた(・・・・・・・)かの様に。

 そのまま巨人は口から血を吐き、何の抵抗もなくB市に向かって吹き飛んできた。

 

「え……?」

 

 その光景を見ていた人々は一瞬何が起こったのか理解できずに困惑するも、次第に迫る巨人の影を見てはその顔を青くする。

 巨人の図体のデカさから逃げるにしても最早完全に手遅れだった。人々は現実から目を背ける為に、その瞼を強く閉じて、ただ祈りを捧げる事しかできなかった。

 

 しかし、そんな人々の祈りが通じたのか、巨人がB市に激突する事はなかった。

 

 何故なら、突如として音速を超えた速度で跳んできた一つの影が、

 

 

「こっちに倒れてくんなあああぁぁぁぁッ!!」

 

 

 という叫び声を上げ、現れたからだ。

 その影、コータローはそのままの勢いで白目を剥いて倒れる巨人の右頬を殴りつけ、誰も人がいない山奥へと殴り飛ばした。

 巨人はそのまま山奥にまで吹き飛び、ドシンッという大きな衝撃を立てて、倒れる。

 そしてコータローはB市の繁華街へと降り立つ。

 

「ふぅ、何とかギリギリ間に合ったな」

 

 静寂が場を支配する中、コータローの声が場に響き渡る。そして自分達が助かったと理解した人々は大気が震える程の大きな歓声を上げた。

 

 

 

 

 

 人々の大歓声が鳴り止まぬ中、コータローはD市があった方角を見つめながら、その背に冷や汗が流れるのを自覚する。

 

(さっき巨人をぶん殴った時に一瞬だが、視線が合ったな。という事はあれがサイタマか……。強いとは知っていたけど、流石に化け物過ぎだろ、あれ)

 

 遠目でサイタマと思われる人物、それも一瞬の出来事だったが、コータローは彼のその異常な(・・・)強さを感じ取り、自分の事を思いっきり棚に上げてその様な事を内心で呟いていた。

 

(だけど、なんだろうなこの気持ち……。今まで感じた事ないくらい気分が高揚しているのが自分でもわかる)

 

 コータローは自分の中に、ある思いが宿るのを感じ取った。

 

 それは、原作最強の存在であるサイタマを相手にこの自分のデタラメな力が一体どこまで通用するのか、という好奇心。

 今まで怪人をワンパンで倒してきた為、張合いのない戦いに僅かにだが、心にストレスを感じていたのかもしれない。

 そんな戦闘狂の様な自分の一面に苦笑するも、サイタマがいる方角を見ては、その顔を好戦的な笑みへと変え、思う。

 

 

 

 ――サイタマと本気で戦ってみたい、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 D市

 

 

 

 ――圧倒的な力ってのは、つまらないもんだ。

 

 

 マントを羽織ったハゲ頭の青年はそう呟き、超大型怪人・マルゴリをたった一撃で戦闘続行不能へと追いやり殴り飛ばした。

 その際に殴り飛ばす方向と力加減を間違えたせいか、マルゴリはそのままB市に向かって倒れていく。

 そしてその事に気づいたサイタマは、

 

「あ、」

 

 と、呟くも時すでに遅し。

 そのままB市が消滅すると、確信していたサイタマだったが、彼の予想とは裏腹に巨人はさらに別の方角、人のいない山奥へと吹き飛ばされた。

 

「!!」

 

 その事にサイタマは僅かにその目を見開く。

 そしてサイタマの常人離れした視力が、彼と同じく空中に跳び上がっている一人の青年をその視界に捉えた。

 

 

 そして、サイタマと青年、コータローの視線が一瞬だけ交差する。

 

 

 その瞬間、サイタマもコータローの強さを感じ取り、そのデタラメな(・・・・・)強さに驚くも、すぐにその顔に好戦的な笑みを浮かべる。

 サイタマは地面に着地すると、B市の方角を眺めては、ドクンと心臓が高鳴った。

 

「ははっ、なんだこれ? こんな気分初めてだ」

 

 高鳴る鼓動を感じながら、彼もまた笑う。

 自分と同等に戦えるかもしれない規格外(バケモノ)を見て。

 

 



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3撃目

 

 時刻はまだ朝の7時前。

 A市にある二十階建てマンション。その最上階にある自室で目覚まし時計の音で目が覚めた部屋の主であるコータローは、起床してすぐに洗面所で顔を洗い、歯を磨き、外出の用意へと取り掛かる。

 寝間着から黒いパーカーに着替えて、髪を梳くのが面倒なのかそのままヘアバンド替わりにヘッドホンをつけてそのまま玄関に向かう。

 玄関で靴に履き替えていたそんな時に、ピンポーン、という来客を示すチャイムが鳴り響いた。

 

「……誰だよ、こんな朝っぱらから」

 

 そうぼやきつつ、そのまま扉を開けて外に視線を向けると、そこには黒いドレスコートを着た長身でグラマラスな体型の一人の女性が立っていた。

 

「ん? お前フブキか?」

 

「ええ、久しぶりね。コータロー」

 

 彼女はコータローと同じくヒーロー協会に所属しているB級1位のヒーロー、地獄のフブキ。つい最近S級3位へと降格した戦慄のタツマキの妹だ。

 

「ああそうだな。大体1年半ぶりぐらいか。それにしてもお前が取り巻き達を連れずに現れるとは珍しいな」

 

「あの子達にはフブキ組をより発展させる為に色々と各方面で資金集めを頑張ってもらってるわ」

 

「ふーん、で、こんな朝っぱらから何の用だよ?」

 

「その事なんだけど、実はね―――」

 

 そう前置きをするとフブキはコータローの家に訪れた理由を語る。

 どうやら彼女の話では、現在フブキ組はレンタカーを借りて移動している様だが、ヒーロー協会でも最大派閥であるフブキ組がいつまでもレンタカーでは世間一般の人々や同じヒーロー達に舐められてしまうという事でフブキ組専用の車(黒い高級車)を買う為に現在フブキ組全員で資金を稼いでいるそうだ。

 

 そこまで話しを聞いていたコータローは「ふーん」と余り興味なさそうな表情で話しを半分聞き流していたが、次にフブキが放った言葉にコータローは耳を疑う。

 

「そういう事だから、あなたもフブキ組の一員として資金稼ぎに協力しなさい」

 

「……は?」

 

 コータローは目を丸くしてフブキを見据える。

 

「おいコラ、何で俺がお前等の為に金を稼がねぇといけねぇんだ。そもそも俺がいつお前んとこの派閥に入った?」

 

 当然の様にコータローはそう文句を垂れる。だが、フブキはコータローの文句を軽やかにスルーして話しを続ける。

 

「そうね、まずはB級賞金首2人とA級賞金首3人くらいから行くとしようかしら」

 

 手元にある手配書のビラを捲って確認しながらそう呟く。

 そしてそのままコータロー腕を掴むと彼を連れ出そうと腕を引っ張る。

 

「オイ、話し聞け」

 

 ビシッとフブキの頭にコータローにとっては軽めのチョップを繰り出す。しかしフブキにとってはそれなりにダメージが入ったのか彼女は頭を抑えて涙目で抗議する。

 

「痛っ、ちょっといきなり何するのよ!」

 

「何するのよはこっちのセリフだこの野郎。本人の了承も得ずに勝手に連れ出そうとしてんじゃねぇよ。悪いが俺もそこまで暇じゃねぇ。お前のお遊びにはまた今度暇な時にでも付き合ってやるからお前はもう帰れ」

 

「あら、お遊びとはいってくれるわね。どうやらあなたはまだ事の重大性を理解していないのかしら。B級最大派閥である私達にとって格下に舐められるというのは一番の懸念事項よ。それをいつまでもレンタカーじゃあ締まらないにも程があるでしょう」

 

 故に、と言葉を続ける。

 

「これはフブキ組にとって重大な案件よ。あなたは私達フブキ組の出世頭なのだから協力するのは当然でしょう?」

 

 そう言ってフフンと胸を張るフブキ。対するコータローは面倒臭そうに溜息を吐く。

 

「だから俺がいつお前の組に入ったんだよ……」

 

 外見は全く似てない癖にこういう人の話しを聞かず融通が利かない所は姉であるタツマキにそっくりだ、と内心でその様な事を呟きながらコータローはこれ以上フブキと話していても時間の無駄だと判断する。

 コータローは「……もういい」と諦めた様に言葉を漏らし、玄関から出て歩を進める。

 腕を振りほどいて勝手に先に進むコータローにフブキは不思議そうな表情で訊ねた。

 

「あら、どこへ行くのかしら?」

 

「……Z市にちょっとな」

 

 コータローは簡単にそう答えると、よっ、と軽い声を出して階段やエレベーターを使わずに二十階の高さから地面に跳び下りる。そのまま衝撃をうまく殺し何事もなく着地すると、フブキも上から超能力を使い念動力で自分の身体を浮かし降下してくる。

 

「Z市に何か用事が?」

 

「ああ、私用でな。ちょっくらゴーストタウンまで行って来る」

 

「ゴーストタウン? そこって確か数年前から高レベルの怪人発生事件が多発している街でしょ? 怪人でも倒しに行くの?」

 

 フブキの疑問にコータローは苦笑いを浮かべて否定する。

 

「いや、態々そんな面倒な事をしにZ市まで行く訳じゃねぇよ。言っただろ、ただの私用だって」

 

「じゃあ何しに行くのよ?」

 

「Z市に住んでる化け物と喧嘩してくるだけだ」

 

「は?」

 

「まぁそういう訳だから、俺はもう行くぞ」

 

 コータローはそう言って一度だけフブキの方に視線を向ける。そして足に力を込めてZ市まで跳び立つ準備に入る。

 だがそこで、フブキがコータローに言葉を掛ける。

 

「待ちなさい。それなら私も一緒に行くわ」

 

「ん、お前も来るのか?」

 

「ええ、ゴーストタウンなら高レベルの怪人も結構すぐに出現するだろうし、どこにいるかも分からない賞金首を態々探し回るよりもよっぽど楽に稼げそうだし」

 

 そう言って地面に着地すると髪をクルクルと弄るフブキ。

 とはいえ、色々と噂があるZ市のゴーストタウンといえど、運よく怪人が出るとも限らないだろうと思ったりもしたが、そこはフブキ個人の問題である為、別にいいかと内心で結論を出し口には出さなかった。

 そしてコータローはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「そうか。それじゃあとっとと行くとするか」

 

 そう言ってコータローはフブキを横抱きに抱える。所謂お姫様だっこだ。

 いきなりの事に流石のフブキも狼狽えた。

 

「な!? ちょ、ちょっと待ちなさい! 何で私を抱えるのよ!?」

 

「あ? 何でってお前が能力使って飛んでいくよりも俺の方が速いからだよ。お前のペースでZ市まで移動してたら時間が掛かるからな。それに一緒に行こう(・・・・・・)って言ったのはお前だぜ?」

 

 ケラケラと笑いながら、顔を赤くするフブキをからかうコータロー。

 ここにフブキの過保護な姉であるタツマキがこの現場を見たら問答無用でコータローを殺しに掛かってきそうな光景が出来上がっていた。シスコンな彼女なら冗談抜きで本当にやるに違いない。

 

 フブキは「うぅ~、確かにそう言ったけどあれは別にそういう意味じゃ…」と小声で何事か呟いているが、特に抵抗らしい抵抗はない。

 そんな相変わらずな初心な反応を示すフブキにコータローはクックッと笑いが零れる。

 

「それじゃあ落ちない様にしっかりと掴まってな」

 

 コータローがそう言うとフブキは恥ずかしそうにしながらもちゃんと彼の指示に従い、コータローの首に手を回ししっかりと掴まる。

 そして彼らはそのままZ市のゴーストタウンに向かい跳び去って行った。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 Z市のゴーストタウン。そのある住宅街。

 そこは現在、戦場へと様変わりしていた。家々は吹き飛び瓦礫の山へと変わり、道路には至る所に地割れやクレーターが出来上がっており、火の手がそこら中で上がっていた。

 

「素直に驚いたな、弱小種族とまで言われた貴様達地上人が我々地底人とこれほどまでに戦えるとは。ここまで我々を手こずらせた地上人は貴様が初めてだ」

 

 今もなお粉塵が舞っている戦場のど真ん中。自らを地底人と名乗ったその怪人は対峙する一人のハゲ頭の青年に向かいそう述べる。

 対するハゲ頭の青年サイタマは頭から血を流しながら寝間着もボロボロになっているも、未だ目だけは死んでいない。

 地底人がそんなサイタマを見つめながら言葉を発する。

 

「だが貴様の奮迅もここまでだ。我ら真なる地球人には勝て――」

 

 サイタマから音速を超えた拳が放たれる。

 不意打ち気味に放たれたその拳を回避出来ずに頭を砕かれ絶命する。

 

「な、貴様!?」

 

 その光景にサイタマの背後に陣取っていた地底人達が声を荒げる中、サイタマは高速で彼らの元に近寄り拳の連打を与える。その拳の連打に地底人達の身体が耐え切れず爆散して死に絶えた。

 

「オラァァァ!!!」

 

 そしてサイタマは休憩するも間もなくすぐさま背後から迫る地底人達の足を払い体勢を崩させた。

 

「ムオッ!?」

 

 短い悲鳴を上げる中、サイタマはその隙を見逃さずに一撃の元に殴り飛ばす。

 そのまま地底人達は壁に激突し崩れ落ちる。

 

 

――これだ、俺が待ってたのは

 

――この戦いの高揚感!

 

――この戦いの緊張感!

 

 

 サイタマはその顔に好戦的な笑みを浮かべ地底人達の元へと突き進んでいく。

 迫る攻撃を回避し、時には受け止め、反撃の拳を放ち、頭突きを放ち、蹴りを放つ。

 

 

「随分と息子たちが世話になった様だな。この地底王が貴様を葬ってやる!」

 

 

 ハァハァと血と汗が流れ息が切れていた時、ふとその様な声が聞こえると地面が割れる。

 するとそこから今までの地底人達とは比べ物にならない程の巨大なエネルギーを覇気を発していた。

 自らを地底王と名乗ったその怪人にササイタマより笑みを深めて拳を握る。

 

 

――そうだ、これこそが俺の求め――、

 

 

 

 

 

 ジリリリィィィという音が鳴り響く。

 サイタマは音源に向かい反射的に拳を突きだし、目覚まし時計を完膚なきまでに破壊して目が覚めた。

 布団から起き上がり周囲を見回すとそこはいつもの部屋。破壊された痕跡など一つもない。

 外からはチュンチュンという小鳥のさえずりが聞こえて来る。

 そこまで確認したサイタマは理解する。

 

「………、何だよ夢か」

 

 がっかりした様子で肩を激しく落とした彼は起き上がろうと身体を持ち上げた瞬間、

外からドォンという音が鳴り響いた。

 

「ふははは!! 地上は我ら地底人がいただいた!!」

 

 とその様な声が聞こえて来た。

 サイタマはすぐさまその顔に笑みが浮かび、すぐさま寝間着からヒーローとして活動する時に着る黄色のスーツにマント、赤い手袋を着けて、窓から飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り。

 コータローとフブキはZ市に到着していた。

 

 ここまで来るまでの間、フブキが借りて来た猫の様にやけに大人しかったのが気になったが、運ばれた態勢が恥ずかしかったのだろうとすぐに思い至り、取り敢えずその思考は頭の隅に追いやる。今は逸る気分を落ち着かせる方が先決だ。

 

「おい、着いたぞ」

 

「え、ええ。そう見たいね」

 

 地面に着地するとすぐさまフブキを地面に降ろす。フブキは地面に降りると同時に何やら深呼吸を繰り返している。その顔は熱でもあるのかというぐらい真っ赤に染まっているが余程恥ずかしかったのだろうか。

 自分でしておいて何だか、そんなに恥ずかしかったのなら抵抗の一つでもすればいいのにと思ってしまう。もしその様な素振りを少しでも見せていたなら直ぐに降ろして上げたのだが。

 

「……落ち着いたか?」

 

「……ええ、もう大丈夫よ」

 

 どうやら漸く呼吸が整った様だ。フブキのそんな様子を確認したコータローはサイタマの家に向かい歩を進める。

 

 

 その後、二人は暫くゴーストタウンの中を探索していると、数体の怪人と出くわすが、それほど強い怪人ではなかったのか出現した際にフブキが超能力の一発で全て仕留めてしまう。

 

そしてそのまま探索する事、十数分。

フブキが訊ねる。

 

「それで、あなたが目指す場所にはまだ着かないのかしら?」

 

「いや、たぶんこの辺だと思うんだが……」

 

 コータローは周囲の建物を見てそう呟くも、その声はどこか自信なさげだ。

 さてどうしようかとコータローが本気で困っていたその時、

 

「ふはははは!! 地上は我ら地底人がいただいた!!」

 

 という上機嫌な笑い声が聞こえて来た。どうやらまた怪人が出現したらしい。

 

「あら、また怪人? これで何回目かしら? いくら何でも怪人の出現率が多過ぎない?」

 

「そうだな、流石はゴーストタウンと言った所か。とはいえ、行くんだろ?」

 

「ええ勿論よ。態々向こうから出向いてきてくれたのだからちゃんと退治してあげないと失礼ってものよね」

 

 コータローとフブキはその様な会話をしながら、声の出所へと向かう。

 

 その際に自らを地底王と名乗ったその怪人だったが、上空から降ってきたハゲ頭にマントを羽織った青年の手により一発でKOしてしまった。

 

「あら? 私達以外にもいたのね。見た事のないヒーローだけど、そうなるとCランクのヒーローかしら?」

 

 フブキがハゲ頭の青年、サイタマを見てそう呟く。

 コータローはサイタマを視界に入れるとその顔に軽薄な笑みが浮かぶ。

 

 

「――やっと見つけた」

 

 

 ポツリと言葉が漏れる。

 その言葉にフブキはコータローの方に視線を向けて「どうしたの、コータロー?」と不思議そうな表情で首を傾げるも、コータローはフブキの疑問の声を無視して、地面に落ちている小石を拾い上げた。

 取り敢えず自分もあの輪の中に加わる事を決めたコータローは、問題児の十六夜と同じ要領で現場に乱入する事にした。

 

 

 

「俺も混ぜろやゴラァァァァ!!」

 

 

 

 

 そう叫び、小石は第三宇宙速度というデタラメな速度で地底人達の元へと飛んでいき、轟音と共に粉塵を巻き上げ次々に戦闘不能へと追いやった。

 

 粉塵が晴れると、そこには爆撃でも起きたのかという程のクレーターが出来上がっており、そのクレーターのすぐ近くでは先程の余波に正面から耐えきったサイタマがコータローへと視線を向けていた。

 サイタマはコータローの姿を確認すると同時に彼から感じるデタラメな強さを見抜き、思い出す。

 

「ん? お前もしかして昨日B市にいた奴か?」

 

 サイタマの質問にコータローは頷いて肯定する。

 

「ああ、初めましてだな。俺はS級2位一撃無双(ワンターンキル)のコータローだ。そう言うお前はD市で大型巨人を俺へとトス(・・)してきた奴だよな?」

 

 コータローはサイタマの事を知っていながらも、こうして面と向かって会うのは今が初めての為、そう言って訊ねる。

 するとサイタマも肯定を示す。

 

「ああ、俺はサイタマ。趣味でヒーローをしている者だ」

 

「趣味でヒーローね…。という事はやっぱりヒーロー名簿には登録していないのか?」

 

「ヒーロー名簿? なんだそれ?」

 

 コータローの言葉にサイタマは首を傾げる。

 その様子にコータローはやっぱりしてなかったか、と内心で呟く。

 原作でも確かジェノスが説明するまでその存在自体を全く知らなかったぐらいだから無理ないかと納得する。

 

「ヒーロー名簿っていうのは――」

 

 コータローは取り敢えずサイタマにヒーロー名簿について説明をする。

 

・全国にあるヒーロー協会にある施設で体力テストや正義感テストを受けて一定の水準を超えれば正式にヒーローを名乗れ、ヒーロー協会の名簿に登録される事。

・認められたヒーローはその働きに応じて報酬が支払われる事。

・名簿に登録されていない者がいくら個人で活動していてもヒーローとは認められず妄言を吐く変人扱いされる事。

 

 それらを事細かく説明してやると、サイタマはその場に膝をつき項垂れる。

 

「知らなかった。まさかそんな名簿があったとは……」

 

 どうやらサイタマは精神的に深手のダメージを負った様だ。そんな彼の様子にコータローは苦笑を零し、フブキは変人を見る様な瞳でサイタマを見下ろす。

 

「まぁそれはそれとしてだ――」

 

 コータローは飛び散った道路の破片を掴み、サイタマに向かって第三宇宙速度でぶん投げる。

 

「!!」

 

 サイタマは突如自分に迫る凶弾に気づき顔を上げる。そして第三宇宙速度で迫る凶弾の速度を見切り、回避する。

 ドォォンという轟音が再び周囲に響き渡る中、コータローはその顔に好戦的な笑みを浮かべる。

 

「――いきなりで悪いが、俺と本気で戦ってくれねぇか?」

 

 因みに嫌だと言っても無理矢理にでも戦うから、という拒否権なしの言葉を後につけ加えてサイタマに問う。

 対するサイタマも先程の精神ダメージから回復したのか、コータローと同様の好戦的な笑みをその顔に浮かべて口を開く。

 

「――ああ、いいぜ。俺もお前とは戦ってみたかったからな」

 

 

 

 そんな二人の様子を眺めていたフブキは思う。

 

(あら? なんだか私だけさっきからずっと蚊帳の外にされてるけど、今は邪魔しない方がいいのよね……?)

 

 



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4撃目

vsサイタマ。
過度な期待は禁物。


 

 

 

「あ…あ、ああああ……」

 

 G市のとある高級住宅街。

 その中でもより一層大きな建物の中で、一人の老婆が水晶の玉を見ながら、その身体を震わせていた。

 

 その老婆の名前はシババワ。ヒーロー協会に直々に身辺警護をされる程の大預言者だ。

 だがそれもその筈、彼女の預言は今まで100%の確率で見事的中しており、ヒーロー協会に高く貢献しているからだ。

 そんな彼女は今までも自分で地球の未来を占い、地震や怪人の出現タイミングなどをドンピシャで当ててはその迫る未来の脅威に人知れず震えていたが、今回は今までとは比べ物にならない程の恐怖を感じていた。

 

「シババワ様? いかがなされました?」

 

 水晶を見て震えるシババワを見て、彼女の身辺警護を任されているヒーロー協会のSPの一人がシババワの近くへと寄りそう訊ねる。

 しかしシババワはそんなSPの男の疑問の声には答えず、震える口を開きながら独り言の様に言葉を紡ぐ。

 

「く、来る……今までとは規模の違う大災害が……っ!?」

 

「シババワ様、それはまさか預言の……!?」

 

「がああああああああああ来る!!? 怒涛の大災害が押し寄せて……っ!!? あああああああっ!!? 終末がああああああ!!? この世の終わりじゃあああああっっ!!?」

 

「シババワ様!! お気を確かに!!!」

 

 頭を抱えて発狂したかのように叫び声を上げ続けるシババワにSPの男がシババワを支え、声を掛けるもシババワの震えは止まらない。

 そんなシババワとSPの男の叫び声が聞こえたのか何事かと続々に部屋へと入ってくるヒーロー協会のSP達。

 シババワはハァッ、ハァッと息を荒げながら呟く。

 

 

 

 

 

「――地球が、マジで(・・・)ヤバい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大預言者シババワが預言をする少し前。

 

 コータローとサイタマは街外れの荒野へと来ていた。そこは原作でサイタマとジェノスが手合せをする場所でもある。

 互いに肩を回したり、軽いストレッチをしたりして身体を解していると、コータロー達と共に着いてきたフブキがコータローの側に寄り口を開く。

 

「ねぇ、本当に戦うの?」

 

「当然だ、その為にわざわざ早起きしてまで来たんだからな」

 

「……わざわざ早起きしてまで戦う意味が分からないわ。あの変人じゃあマツゲや山猿は勿論、C級のタンクトップタイガー相手にも普通に負けるんじゃないの?」

 

 フブキはストレッチをしているサイタマを見てその様な感想を述べる。

 確かに見た目じゃあサイタマの強さは分からないよな。原作でも大多数のヒーロー達がサイタマの強さを見抜けなかったし。知識で知っていたとはいえ、どういう訳かコータローはサイタマの異常な強さを感じ取る事は出来るけど。

 

「……フブキ。意外にも人は見た目じゃあ判断が付かないモンだぞ。少なくともアイツは強さだけなら俺と同等。いやもしかしたら俺より強いかもな」

 

 ケラケラと楽しそうに笑うコータロー。そんな彼を見てフブキは「冗談でしょ?」とでも言いたげな顔をする。

 コータローは一歩前に出ると、フブキに向かって言う。

 

「まぁアイツが本当に強いかどうかはこれから分かる事だ。それよりそろそろ始めるからお前は下がってな。俺とアイツの戦いに巻き込まれたら間違いなく死ぬぞ」

 

 その言葉にフブキはまた何か言いたそうな表情になるも、コータローの楽しそうな顔を見て口を閉じる。そして仕方なしとばかりにフブキはコータローから離れ、対峙する二人を眺める。

 フブキが離れた事を確認したコータローはサイタマに向かい口を開く。

 

「俺から誘ったのに待たせて悪いな」

 

「いや、大丈夫だ。それよりもう準備はいいのか?」

 

「ああ、問題ない」

 

「そうか。じゃあやろうぜ」

 

 サイタマは拳を握り、そう呟く。その言葉にコータローも頷く。

 

「そうだな。それじゃあまずは先手必勝!」

 

 そう呟くと同時にドンッ!! という爆音が轟く。

 コータローはその超人的な身体能力でサイタマに向かい第三宇宙速度というデタラメな速度で突進する。そんな常人では視認不可能な速さで迫るコータローは固く拳を握り棒立ちのサイタマに向けて放つ。

 その拳は海を割り、山を砕き、残像を置き去りにし、サイタマに迫るも、

 

「おっと」

 

 サイタマはその拳を回避。そしてカウンターの要領で己の拳をコータローへと放つ。

 しかしその一撃を、コータローは身体を無理やり回転させる事により直撃を避ける。

 そしてその勢いをそのままにコータローはサイタマに向かって蹴り抜く。

 対するサイタマは迫る蹴りに対して腕を使いガードするも、

 

「っ!!」

 

 その余りに重い一撃に、サイタマは眼を見開き後方へと僅かに吹き飛ばされる。

 足に力を入れ、ズザァァァと地面を引きずりながらコータローとの距離が開く。

 そしてサイタマは少し驚いた様に呟く。

 

「コータローお前すげぇな、まさか反撃を喰らうなんて思わなかったよ。それに今の一撃のせいでまだ少し腕が痺れてるし」

 

 腕を軽めに振りながら素で感心した様な表情でその様な事を呟くサイタマにコータローは不敵な笑みを浮かべる。

 

「何言ってやがる、今のはそれなりの力で蹴り抜いたつもりだったのに腕が少し痺れる程度で終わるアンタの方がすげぇよサイタマ。とはいえ、これで分かっただろ? 今までの様にセーブして戦わなくても俺はアンタと戦えるって事が。だから、そろそろ手加減なしでやろうぜ」

 

 コータローのその言葉にサイタマは一瞬キョトンとするも、すぐに好戦的な笑みを浮かべる。

 

「ああ、そうだな。やっぱり戦いっていうのはこうじゃなくっちゃな」

 

 サイタマがそう呟くと、コータローは目を細めて意識を集中させる。サイタマから発せられる雰囲気が威圧感のあるモノに変わったからだ。

 コータローは瞬き一つする事もなくサイタマの挙動に全ての意識を傾けていたが、気が付いた時にはコータローのすぐ目の前まで迫っており、その拳を放っていた。

 

(何……ッ!?)

 

 その事実にコータローはその双眸を見開く。

 意識は完全にサイタマに向けていたにも関わらず、いつ移動したのかが見切れなかった。

 加速する思考の中でコータローは内心で舌打ちし、瞬時に足に力を入れ回避に移るも、サイタマの拳はそんなコータローの動きについて来る。

 

(マジかよ……)

 

 回避は無理だと悟ったコータローは瞬時に思考を巡らせ、そのまま迎撃する事を選択する。足に力を入れたままコータローは足元の大地を蹴り砕いた。

 

「お、」

 

 突如足元の地面が砕かれた事により、サイタマのバランスが崩れ、拳は空を切り一瞬だけサイタマの動きが硬直した。

 そしてコータローはそんなサイタマの隙を見逃さずにそのままカウンターの一撃を放つ。しかし、その一撃はサイタマに片腕一本で受け止められてしまう。

 

「……なっ、」

 

「ッ!」

 

 その事にコータローは思わず声が漏れた。まさか山河を砕き、地殻変動すら引き起こす拳を真正面からそれも片腕で止められるとは思いもしなかった。とはいえ、サイタマの方もその予想以上の威力に僅かに眉を顰める。

 そしてバランスを崩しながらもコータローの拳を握り締めながら笑うサイタマ。

 その圧力に、かつてない程の危機感を抱くコータロー。

 

「行くぜ、連続普通のパンチッ!」

 

 コータローの拳を握り締めた腕を手前に引き、拳の連打がコータローを襲う。

 その破壊力はとても普通とは思えない程の威力が込められており、コータローの臓腑に未だかつてない程の衝撃を走らせる。

 

(グッ……!!)

 

 凄まじい嘔吐感と激痛を噛み殺し、襲ってくる衝撃に耐え、コータローは身体を捻ってサイタマを全力で蹴り抜く。

 

「うおっ!?」

 

 互いに後方へと激しく吹き飛ぶも、サイタマはすぐさま体勢を整え、先程の様に地面をズザァァと滑りながら勢いを止めるのに対してコータローは転がりながら立ち上がる。

 

(……痛ぇ、今のはモロに入ったな。とはいえこの程度のダメージなら戦闘に支障はねぇが、「痛い」と感じるのは転生して初めてかも……。それにサイタマの様子から俺の今の蹴りも対して効いた様には見えないし…さて、どうしたものか)

 

 その様な事を考えながらもコータローはその顔に笑みを深める。身体の血液の流れが速い。鼓動がドクン、ドクンと高鳴る音が聞こえる。

 

「ハハ、流石は原作最強(サイタマ)! そうでなくちゃ面白くねぇ!!」

 

 コータローは徐々に熱を帯び始め、勝利を掴む為に思考が高速回転していく。

 今度は遠距離から仕掛けて見るかと考え、コータローは地面に両腕を突き刺す。すると地面の至る所に亀裂が発せし、そのまま大地を持ち上げた。

 そしてそのまま持ち上がった大地をサイタマの元に第三宇宙速度で放り投げる。

 

「まだまだ!!」

 

 コータローはさらに足元の地面を蹴り飛ばし、殴り飛ばす。捲り上がった地面がサイタマの元に一斉に襲いかかる。

 迫る凶弾を前にサイタマは、両腕の拳を握り迎撃する。

 

「両手版・連続普通のパンチッ!!」

 

 放たれる拳の応酬により第三宇宙速度で迫る凶弾を次々と砕いていく。

 目の前に迫る最後の凶弾を砕くと同時にサイタマはコータローの元へと駆け出す。

 しかし、サイタマがその場を駆け出した瞬間、目の前にコータローの拳が写る。どうやらコータローも投げ終わると同時にサイタマの元へ駆け出していた様だ。

 

「うおっと!」

 

 サイタマは驚いた様にその拳を躱すもコータローの連撃は止まらない。

 互いに超スピードで拳や蹴り、手刀をなどを放ち、それぞれの攻撃を回避しながら周囲を駆け回る。その際、周囲の事など関係ないとばかりにコータローは己に掛かっているリミッターを外していき、より速く、重い一撃を繰り出していく。

 そんなコータローに触発される様にサイタマもさらに動きが加速していく。互いの攻撃の余波が衝撃波となり周囲一帯を吹き飛ばし、大気が震えた。

 

 

 

 

そして間一髪上空へと退避に成功したフブキは二人の争いを緊張した面持ちで眺めていた。

 

(……悔しい事に、もう何が起こっているのか目で追えないわね。それにしてもあのハゲ頭の変人、サイタマと言ったかしら…。コータロー相手にここまで戦えるなんて……)

 

 フブキはサイタマのその異常な強さに驚いていた。コータローは自分と同等以上の強さだと言っていたが、フブキはその言葉を全く信じていなかった。コータローの強さはフブキ自身が一番よく知っているのだから。ならばサイタマと接触したのは何か別の狙いがあるのだろうとばかり思っていた彼女にとって、この事実には目を見張るしかない。

 一瞬、コータローが手加減でもしているのだろうかと考えもしたが、彼の表情を見る限りそれはないだろう。信じられない事にサイタマはコータローと渡り合っているのだ。

 

(お姉ちゃんよりも強い人間なんてコータローぐらいだと思っていたけど、探せばいるモノね)

 

 フブキはその様な事を考えながら、彼等の戦いを集中して最後まで見届けようと思った。

 

 

 

 

 コータローとサイタマは共に神経を極限まで研ぎ澄ませていた。

 もう何度目の攻防になるのか分からない。拳を振り上げるサイタマにコータローは手の甲を滑らせるようにしていなして流す。流した先でサイタマの拳の拳圧により、大岩が消し飛ぶ。その光景を視界の端に捉えながら、コータローは拳を放つ。

 だが、その拳はサイタマに手首を掴まれ止められる。

 

「ッ!!」

 

「やっと捕まえた」

 

 コータローはすぐさま振り解こうとするもサイタマは逃がすつもりは無いようで手首に掛かる圧力が強くなる。

 

 

 

「必殺〝マジシリーズ″マジ殴り!」

 

 

「チッ、しゃらくせぇ!!」

 

 

 

 サイタマの必殺の一撃に、コータローは回避は無理だと瞬時に判断し、空いている拳を握り大陸を砕く程の一撃で対抗する。

 そして互いの拳がぶつかり合う。

 

 瞬間、周囲一帯が爆ぜたと錯覚する程の轟音と衝撃がコータローとサイタマの二人を襲う。

 彼等は互いに後方へと激しく吹き飛び、地面を転がる。

 だが、それでも決定打にはならなかったのか、二人ともすぐさま起き上がる。

 そんな互いのボロボロの姿を見ては、どちらとも呆れた様な表情になる。

 

「おいおい、いくら何でも丈夫すぎじゃねぇか?」

 

 口から血を流しながらその様な事を呟くコータロー。その際にペッと口内の血を吐き捨てて口元を拭う。

 

「いや、お前も大概だからな」

 

 額から血を流しながら、サイタマがそう呟く。

 そこでコータローは周囲を見回すと、そこは見事なまでに巨大な大穴やクレーターが出来た更地へとなっていた。

 そして視線を上空へと向けると、フブキがこちらを見下ろしているのが視認出来た。怪我らしい怪我もしていない事から、どうやらコータロー達の戦いの余波に巻き込まれずにうまく逃げ切れた様だ。その事に少しホッと息を吐く。

 そしてすぐに視線をサイタマの方に向けて言葉を発する。

 

「さてと、このままやっても互いに決定打は与えられそうにねぇな。こんな経験初めてだ」

 

「ああ、それは俺も同じだ。やっぱりコータローお前強いな。マジシリーズでも倒せなかった相手は初めてだ。俺が出会った中で間違いなく一番強ぇよ」

 

「それこそお互い様だ。とはいえ、このままじゃあいつまでも決着が着きそうにないし、次の一撃で終わりにするか?」

 

「ん? まぁ俺も十分楽しめたし、それでいいぞ」

 

サイタマがコータローの言葉に了承すると、コータローは右こぶしを力強く握り締める。

強く、強く今までで一番強く握り締め、星を砕く(・・・・)ほどの力をその右こぶしに籠める。

 

 対するサイタマも必殺の構えを取り、右こぶしを今まで以上に握り締め、鋭い瞳でコータローを射抜く。

 コータローはそんなサイタマの視線を受けながら、戦いの決着をつける為に第三宇宙速度を超えた速度で真っ直ぐに突進する。

 

「行くぜぇぇぇぇぇッッッ!!!!」

 

 ドンッという凄まじい轟音が再び場に響き渡る。

 今まで以上の速度で突っ込んでくるコータローにサイタマは決着の拳を放つ。

 

 

 

 

 

「――必殺〝マジシリーズ″()マジ殴り!!」

 

 

 

「――ならこっちも、必殺 星砕き!!」

 

 

 

 

 

 互いの必殺の拳が炸裂し、周囲一帯が爆ぜた。

 

 

 





『必殺〝マジシリーズ″超マジ殴り』
サイタマが放つ全力のパンチ。その威力はマジ殴りの数十倍。


『必殺 星砕き』
星を砕くほどの一撃を籠めたパンチ。サイタマが必殺技名を叫んだ為、なんとなく発してしまった言葉。


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