ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様 (RussianTea)
しおりを挟む

THE PHILOSOPHER'S STONE
ブラック家のお嬢様とダイアゴン横丁


どうも、初めまして。ロシアンティーと申します。
身分上、かなり不定期更新になります。あと、1話1話の文字数のバラ付き、とかもあります。
キャラの性格は勝手に変えちゃうかもですし、主人公の性格も変わっちゃうかもしれません。

なお、感想の返答は、時間があるときにさせていただきたいのですが、あまり出来ないかもしれません。でも、ちゃんと読ませていただくので、是非ともお待ちしております。

それでは、よろしくお願いします。


  日付は8月1日。

  1匹のトラ猫が、夏の日差しが照りつける道を歩いていた。夏休みだというのに、外で遊ぶ子どもたちも、車を洗う父親たちも、近所同士の会話に勤しむ母親たちも、誰もいない。完璧な無人である。周囲の家々の玄関は煤れていて、いくつかの家の窓は割れており、ゴミが積み上げられたような家もあった。

  ここはグリモールド・プレイスという、廃れた住宅街である。この住宅街には、なぜか12番地がなかったが、住民は、そのことを不思議に思わなかった。どうせこの場所を作った人間たちが間違えたのだろう、と考えていたからだ。

  トラ猫は11番地と13番地の間で、直角の姿勢で座っていた。瞬きもせずに、ジッと建物と建物の間を見ている。トラ猫が来てから5分ほど経った頃だろうか。突如、その家と家の隙間辺りから、1人の少女が現れた。

  黒髪紫眼の少女だ。身長は140センチ後半といったところ。所々にフリルがあしらわれた、膝丈までの上品な黒のワンピースを身に纏い、その上に薄手のカーディガンを着ている。足はタイツに隠されて、その雪のような白さの肌が露出している部分は、首から上と手首から先だけである。

  少女はゆっくりと歩きだし、トラ猫の数メートル先まで来ると、少々警戒したような様子で、訝しげな目でその猫を見た。手を懐にいれ、何かをすぐ取り出せるような体勢で、静かに口を開いた。

 

「ホグワーツ魔法魔術学校の方ですか?」

 

  すると、その猫はエメラルド色のローブに同じ色の三角帽子を被った老婆の姿になる、いや、戻った。

  老婆は驚いていた。それもそのはず、彼女は動物もどき(アニメーガス)であり、その変身術はかなり高度なもの。自分のことを猫ではなく魔女だと見破れる人物は、彼女の知り合いの中でも、片手で数えられるほどしか存在しない。

 

「よくお分かりになりましたね」

「この場所にわざわざ留まる猫などいませんから」

 

 なるほど、納得である。老婆はそう頷いた後、彼女をしげしげと眺めた。

 

(似ている……母親そっくりです。しかし……目だけは、父親の目です)

 

  少女は、老婆が知る彼女の母親そっくりの、非常に整った顔立ちをしていた。淡い桜色の唇、すっきりと通った鼻筋に見事な黒髪。しかし瞳は、母親が灰色だったのに対して、父親と同じ神秘的な紫色である。

  老婆は暫く彼女を観察した後、一応、自分の目当ての相手であるかどうか、確認をとった。

 

「お名前を伺ってもよろしいですか?」

 

  その問いに少女は薄く微笑むと、優雅にお辞儀をして名乗る。

 

(わたくし)は、ペルセフォネ・デメテル・ブラックと申します」

 

  間違いなく純血の血筋とされる聖28一族に連なる、高貴で由緒正しいブラック家。その直系のただ1人の生き残りのお嬢様であり、ブラック家の現当主であるのが、老婆の眼前にいる少女。

  そして老婆が知りうる限りの彼女についての情報が、脳裏に浮かぶ。

 

  彼女の母親はデメテル・ブラック。

  オリオン・ブラックとヴァルブルガ・ブラックの間に生まれたブラック家の長女で、兄にシリウス、双子の弟にレギュラスを持つ。事故により10年前に廃人となり、1年前に死去。

  父親はアレクサンダー・ブラック、旧姓ブルストロード。デメテルとはホグワーツ卒業後に結婚。シリウスが家から追放され、レギュラスが死喰い人となり消息を絶ったために家督を継ぐ者がいなくなっていた状態のブラック家に婿入りした。事故により10年前に死去。

  セフォネの祖母ヴァルブルガは跡継ぎであった婿を失い、愛する娘が廃人になってしまったショックにより人間不信に陥り、以後表舞台から姿を消した。それでも孫を一人前の当主に育てるべく、色々と教え込んでいたという。

 

「知り合いからはセフォネと呼ばれることが多いですわ。以後、よろしくお願い致します」

 

  セフォネは姿勢を戻し、老婆の瞳を覗き込んだ。

 

「ところで貴方のお名前は?」

「ああ、まだ名乗っておりませんでしたね。これは失礼。私はホグワーツの副校長ミネルバ・マクゴナガルです。本日はこれを渡しに来ました」

 

  マクゴナガルは封筒を取り出し、セフォネに渡した。それを受け取るセフォネの右手薬指には、ブラック家の紋章が刻まれた印章指輪。彼女の、細くてしなやかな指には少し不似合いな、ごつい印象を与えるものだった。

 

「大変失礼かとは思いますが、この場で拝見してもよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

 

  セフォネは許可をとって封筒を開くと、入学許可証には目もくれず、入学に必要な物のリストを見た。

  用意すればいいものは、教科書とローブくらいだろうか。他には屋敷にあるものを持っていけばいい。しかし、どうせならこの機会に、自分の杖を持とうと考えた。今懐にある杖は、母親が使っていたものである。

 

「……なるほど。確かに受け取りました。ご足労頂き、感謝いたします」

「いいえ、礼には及びません。本来ならばもっと前に渡さねばならなかった物なのですから」

 

  普通、ホグワーツからの入学案内書は11歳の誕生日に届くものである。セフォネの誕生日は9月22日。本来であれば何ヶ月も前に届けられるはず。しかも、教師が自ら出向いて手紙を渡すのは、その生徒がマグル生まれの場合のみである。魔法族の家には、フクロウで届けられるのが一般的だ。

  では、なぜマクゴナガルがわざわざ出向いたのか。

  理由はただ1つ、彼女の家――グリモールド・プレイス12番地にフクロウが辿り着けなかったからだ。最初はフクロウの不備かと思い、2度ほど手紙を出し直したのだが、フクロウは手紙を届けることなく戻ってきてしまう。

  原因はフクロウではない、グリモールド・プレイス12番地、ブラック邸にある。

  この家はセフォネの祖父、オリオンが知りうる限りの安全対策を施した。よって位置探知等は不可能。さらに、祖母ヴァルブルガが安全確保のために"忠誠の術"をかけ、これにより"秘密の守り人"が情報を漏らさない限り、封じた秘密が外部に漏れることはなくなった。今現在の秘密の守り人はセフォネである。いまでもマクゴナガルにはブラック邸は見えていない。

  このため、フクロウはグリモールド・プレイス12番地に辿り着くことはおろか、見つけることもできなかったのだ。

  これを解消するためには、手紙の差出人が情報を教えられなければならない。

  仕方がないため、マクゴナガルが不可視の家の前まで出向き、家人に気づかれるのを待っていた、というのが事の次第である。

 

「それはこちらの責任。そちらに落ち度はございませんわ」

「まあ、それはいいとして。ダイアゴン横丁へはいつ行くつもりですか?」

「どうせなら、これから向かおうかと思っております」

「そうですか。丁度良かった。私も用があるのです。一緒に行きませんか?」

 

  用がある、というのは嘘である。実際は彼女のことが気がかりだったからだ。

  かなりしっかりしているようだが、11歳の子どもに全ての買い物が出来るのか。そして、セフォネはあのブラック家の娘なのだ、まともに育っているのか。あの事件のこともある。

  彼女の人となりを見極めるのも、教師の仕事のうちである。

  そんなことを考えていたマクゴナガルは、彼女が自分の瞳をジッと見つめていることに気が付いた。

  セフォネは自分に気づいたマクゴナガルに、ニコリと微笑む。

 

(わたくしを見極める……ですか。あまりいい気持ちはしませんが、少しつきあってもいいかもしれませんね)

 

「はい。是非とも同行させて頂きます」

 

  セフォネがマクゴナガルの瞳を見つめていたのには訳がある。彼女の心を読んでいたのだ。いわゆる、"開心術"である。

  普通だったら、優秀な魔女であるマクゴナガルが心をいとも簡単に見られることはないのだが、相手が11歳の少女であったため、油断していたのだろう。

  そもそも、油断云々の前に、この年で開心術を使える人間はほぼいない。しかし、セフォネはそれを、しかも気づかれずに行ったのだ。

  このことから分かるように、セフォネは既にかなりの使い手の魔女だ。ホグワーツ7年生レベルに既に到達、いや、それ以上かもしれない。なぜなら、彼女は闇の魔術の知識が豊富だからである。

  それはひとえに、ブラック家の大量の蔵書のおかげである。彼女は地下にある図書館に1日中引きこもり、1日中本を読み、魔法を実践していた。その生活をかれこれ5年以上、続けてきたのだ。

  マクゴナガルは少しだけ違和感を感じたのか、眉を潜めたが、すぐに表情を戻した。どうやらバレなかったらしい。

 

「では、私に掴まりなさい」

「失礼いたします」

 

  "付き添い姿表し"というやつだ。"姿表し"をする人間に触れることで、一緒に移動するというものである。

  セフォネは既に自力で姿表しをすることができるが、この術の使用に必要な免許を持っていないため、素直に従い、左手を軽く掴んだ。

  セフォネがマクゴナガルの腕を掴むと、マクゴナガルはその場で姿表しした。それに連れられて、セフォネもグリモールド・プレイス12番地から、ダイアゴン横丁へと移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダイアゴン横丁。そこは魔法使いや魔女が必要とする、ありとあらゆる魔法道具が売られている横丁。ロンドンにあるパブ"漏れ鍋"の裏庭にある壁の特定の煉瓦を杖で叩くと、ダイアゴン横丁に入ることができる。

 マクゴナガルはセフォネを連れ、漏れ鍋にやってきた。このパブはマグルの本屋とレコード屋に挟まれており、ほとんどのマグルはこの店の存在に気付くこともなく通り過ぎてしまう。

 2人はダイレクトに漏れ鍋に"姿表し"したため、店の客から少し驚かれていた。マクゴナガルの姿を見た店主のトムが、気軽に話しかけた。

 

「お久しぶりです、マクゴナガル先生。新入生の案内ですか?」

「ええ」

「これまた可愛いお嬢さんだ。お名前は?」

 

 トムが愛想よくセフォネに笑いかける。セフォネはトムに微笑み返すと、軽くお辞儀をして名乗った。

 

「ペルセフォネ・ブラックと申します」

「ブラック……では彼女が……」

 

 そう驚くトムをマクゴナガルは受け流した。あまり周囲の注意を引きたくはない。

 

「トム。すいませんが、先を急ぎますので。行きますよ、ミス・ブラック」

「はい。ではミスター、ご機嫌よう」

 

 もう一度お辞儀をしてから、セフォネはマクゴナガルの後を追う。

 マクゴナガルは裏庭に行くと、数えることもなく目的のレンガを、杖で3回叩いた。すると、叩いたレンガが震え、壁に穴が空いていった。次の瞬間、大きなアーチ型の入り口が現れ、2人をダイアゴン横丁へと誘った。

 

「まず、どこへ行きます?」

 

 鍋屋や薬問屋が立ち並ぶ道で、セフォネの前を歩いていたマクゴナガルが尋ねた。

 

「手持ちが少ないので、まずはグリンゴッツへ」

 

 グリンゴッツとは、魔法界の銀行のことで、小鬼が経営する、魔法界唯一の銀行である。ホグワーツ以外で最も安全な場所、と評されるほどの安全性を持つ場所だ。

 小さな店が立ち並ぶ中、ひときわ高くそびえ立つ、白い建物が見えてきた。ブロンズの扉の前には、制服を着た小鬼が立っていて、2人が通るとお辞儀をした。

 中には銀製の2番目の扉があり、盗人に対する警告文が書かれていた。

 そこも過ぎると、広々とした大理石のホールに出る。2人はカウンターに近づき、帳簿をつけている小鬼に話しかけた。手が空いている小鬼がいなかったのだ。

 

「よろしいでしょうか」

 

 セフォネが話しかけると、少し面倒くさそうに顔を上げた小鬼だったが、セフォネの顔を見た瞬間、態度が変わった。

 

「こ、これはブラック様。ようこそおいで下さいました。自らお越しになるのは珍しいですね」

「いつもは任せきりですからね。偶には自分でと。それでは、金庫に案内をお願いします」

「かしこまりました。では、お手数ですが、お杖を拝見させて頂きます」

「どうぞ」

 

 小鬼はセフォネから杖を受け取ると、念入りに調べ始めた。

 

「あれは貴方の杖ですか?」

「いいえ。あれは、母のものです」

 

 セフォネの説明に、マクゴナガルはなるほど、と頷くとともに、少々後悔した。彼女の母親が亡くなって、まだ1年しか経っていないのだ。もう少し気を使うべきだった。

 そんなマクゴナガルの心中を読み取ったのか、セフォネは「お気になさらず」と言った。

 

「結構でございます。では、金庫へご案内しましょう。"鳴子"の準備を!」

 

 通常の金庫であれば鍵さえあれば金庫へ案内してくれる。しかし名家であるブラック家の金庫は、このグリンゴッツの地下深くにあり、厳重に保護されている。それに案内される為にはまず、本人確認となる"杖調べ"を受けた後、"鳴子"と呼ばれる道具を使わなければならない。

 さらに、グリンゴッツの最深部にある金庫にいくのは非常に時間がかかるため、マクゴナガルに待っていてもらわなければならなかった。

 

「では、先生。暫しの間、お待ちいただいても?」

「ええ。構いません」

 

 数十分後、金を取ってきたセフォネとマクゴナガルは合流した。セフォネはまずは杖から、と"オリバンダーの店"へ向かった。

 狭くてみすぼらしい、年季を感じさせる佇まいの店に入ると、中には大男と、椅子に座った眼鏡の少年がいた。

 

「おや、先客が……ハグリッド?」

「こりゃ、マクゴナガル先生。先生も新入生の案内で?」

「ええ」

 

 眼鏡の少年は巻尺で寸法を測られている最中のようだった。セフォネはその少年に見覚えがあった。

 

「ハリー・ポッター……ですか?」

「おう。そうだ。正真正銘、あのハリー・ポッターだ」

 

 自分のことでもないのに、なぜか誇らしげなハグリッドはさておき、セフォネはハリーをジッと見つめていた。ハリーは、同世代の、しかも美少女に見つめられ、僅かに赤くなった。

 セフォネがそれを見て少し可笑しそうに微笑むと、ハリーはもはや目を合わせていられなくなったようで、自分の体のあちこちを測っている巻尺に目を落とした。

 ハグリッドもその様子を微笑ましそうに見ていたが、セフォネを見ると「ん?」と首を傾げた。

 

「お前さん、どっかで見たことが……」

 

 その時、オリバンダーがハリーに杖を持たせて色々試し始めたので、ハグリッドは思考を放棄してそちらを向いた。

 何本もの杖を試し、最後に行き着いたのは柊と不死鳥の尾羽、という、あの"闇の帝王"の兄弟杖であった。

 

「不思議な因果ですこと」

 

 セフォネがそう言うと、オリバンダーは初めてセフォネの存在に気が付いたようで、彼女を見ると驚きに表情を染めた。

 

「ブラック嬢ではありませんか。そうか、あなたも11歳でしたな」

「お初にお目にかかります、ミスター・オリバンダー」

「お母上によく似ておる……目はお父上と同じだ。どれ、杖腕はどちらで?」

「右ですわ」

 

 セフォネはオリバンダーに促され、先程までハリーが座っていた椅子に腰掛けた。

 

「お前さん……ブラック家の…」

 

 巻尺がセフォネの腕やらその他の寸法を測る中、ハグリッドはセフォネのことを複雑そうな目で見ていた。なぜなら、目の前の少女はあの、闇の魔法使いを数多く輩出した純血主義のブラック家の、現当主なのだ。ハリーの敵になるかもしれない人物である。

 ハグリッドはそう思っているが、セフォネはそんな気はさらさら無かった。そもそも、彼女は純血主義者ではない。そんなことよりも、どちらかと言えば、死の呪文を跳ね返したというハリーに興味を抱いていた。あくまで、学術的好奇心として、であるが。

 

「えっと……あの、君は?」

 

 ハリーはそんな両者の思いも知らず、間の抜けたような声で、若干裏返り気味の声で尋ねた。

 

(初心ですね)

 

 同い年ながらもそんな感想を抱いたセフォネが、微笑みをハリーに向けた。

 

「ペルセフォネ・ブラックと申します。セフォネで構いませんわ」

「よ、よろしく、セフォネ」

「こちらこそ」

 

 さて、少年少女が自己紹介を交わしている間に、採寸は終わったらしい。というか、なんでハグリッドとハリーは残っているのだろうか。

 そんな疑問はさておき、オリバンダーはセフォネに杖を持たせ、色々と試し始めた。

 

「ぶなの木にドラゴンの琴線。23センチ」

「柳に一角獣ユニコーンのたてがみ、34センチ」

「マホガニーに不死鳥の羽。27センチ」

 

 といった具合に様々な杖を試すが、どれもしっくりこない。やがて、ハリーの時よりもおおきな箱の山ができていた。

 

「難しい客じゃ……ここ数年で一番難しい……」

 

 ブツブツと呟きながらオリバンダーは奥からも箱を取り出し、セフォネに試させては次、試させては次、とうとう床一面に箱が並んでいた。

 オリバンダーは真剣そのものの顔で悩んでいるが、セフォネはどちらかというと、今の状況を楽しんでいるようで、少し悪戯めいた笑みを浮かべていた。

 

「これは……いや…でも……」

 

 オリバンダーは何やら悩んでいたが、やがて決断したように、かなり埃まみれの箱を取り出した。

 

「柘榴の木にキメラの鬣。33センチ。強固で、なおかつ獰猛」

 

 獰猛?と店にいたオリバンダー以外の者が首を傾げた。彼はいままでも、頑固だとか、杖に性格があるような話をしていたが、獰猛、というのは初めてである。

 

「キメラ、ですか。珍しいですね」

「先々代のころより受け継いで来たのですが……では、これを」

 

 セフォネがその杖を握った瞬間だった。指先に何か、温かい、いや、熱いものが流れ込んできたような感覚だった。

 次の瞬間、大量の火花が吹き出し、店内に巨大な魔力の奔流が生まれる。それは床に散らばった杖の箱を竜巻のごとく巻き上げ、灯りをロウソクごと吹き飛ばした。

 突然の異常気象現象に驚愕する皆だったが、この中でただ1人、その杖を持つ少女だけが愉快そうに口元を緩ませる。

普通とは少し違う、荒々しくて、凶暴な。しかしその暴力的な魔力の奔流は、何処か幻想的な情景と感じる。まさしく、自分という魔女にふさわしい。

 

「あらあら。掃除をしなくては」

 

 暴風が収まると、店内は酷い有様となっていた。セフォネは柘榴の杖を構えると、箒をはくようにスーッと動かす。すると、散らかっていた店内がみるみる内に元通りになっていき、セフォネが杖を選び始める前の状態までに戻っていた。

 

「あまり家事魔法は自信が無かったのですが、上手くいって良かったです。この程度でよろしいですか?」

 

 未だに驚いていたオリバンダーに声をかけると、ハッして辺りを見回し、全て綺麗に片付いていることを確認した。

 

「ええ。ありがとうございます。しかし、これ程とは……」

「では、この杖を頂きます。お代はおいくらでしょうか?」

「7ガリオンです」

 

 セフォネは10ガリオン渡し、3ガリオンはチップだと言った。

 

「良い仕事でした。これからの商売繁盛を願っております」

 

 そう締めくくったセフォネは、出口付近で溜まっている3人を追い立てて店を後にした。

 その後ハリーたちと別れたセフォネとマクゴナガルは残りの買い物を済ませた。

 

「それでは、新学期に会いましょう、ミス・ブラック」

「本日はお付き合い頂き、ありがとうございました」

 

 来た時のように、マクゴナガルの付き添い姿表しによって、グリモールド・プレイス12番地に帰り、そこで2人は別れた。セフォネは、マクゴナガルには見えない敷地内に入り、階段を登る。そして蛇の形を象ったドアノブを回して、家に入った。

 

「おかえりなさいませ、お嬢様」

 

 出迎えてくれたのはこの家の屋敷しもべ妖精であるクリーチャーである。

 

「ただいま戻りましたわ、クリーチャー」

「お荷物をお預かりいたします」

「あら、大丈夫ですわ。このくらい自分で持てますもの。それよりも、お茶を準備していただけますか?」

「かしこまりました」

 

 3階にある自室に荷物を置き、再び居間に戻ると、紅茶の良い香りがした。すでに紅茶は準備ができており、茶菓子も添えてある。

 

「どうもありがとう」

 

 ソファーに座りクリーチャーが淹れた紅茶で喉を潤す。

 

「ねえ、クリーチャー。今日、ハリー・ポッターに会ったんですよ」

「あの、ポッターでございますか」

「そう。不思議よね。闇の帝王がただ唯一殺せなかった人物……生き残った男の子。私の学園生活は、退屈にならずに済みそうですわ」

 

 そう、嬉しそうに笑うと、クリーチャーが用意してくれたクッキーを頬張った。




現在のブラック家の状況

当主はセフォネ。
財産はマルフォイ家やレストレンジ家なみにある。(原作ではどうか分からないのですが、魔法界の名家なのだから、あって当然かと。というか、あるという設定じゃないと、今作の名前の"お嬢様"じゃ無くなっちゃう)
屋敷の状態は極めて良好(クリーチャーが仕事してた)。ちなみに、祖母ヴァルブルガの肖像画はなく、クリーリャーもまとも。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いざホグワーツへ

  キングス・クロス駅、9と4分の3番線。もしこれを駅員に聞いたら、こいつは何いってるんだ、みたいな顔をされるだろう。

  なぜならこのホームに行くことが出来るのは、魔法使いだけだからだ。正確には、このホームの存在を知っているのは、である。

  セフォネは9番線と10番線の間にある柵の前に立っていた。

 

(ここですね)

 

  セフォネは制服や教科書などを詰め込んだトランクを積んだカートを押しながら、その柵に迷いなく突っ込んでいく。激突するかと思われたが、次の瞬間、彼女は9と4分の3番線の鉄のアーチを潜り抜け、目的地に到着した。

  プラットホームには既に紅色の蒸気機関車、11時発のホグワーツ行特急が停車していた。

  ホー厶は生徒たちと、その見送りに来た親、ペットの猫やらフクロウやらでごった返していた。セフォネはその間を縫うように歩いていき、自分のトランクに浮遊呪文をかけて運び、列車に乗りこんだ。

  2両目と3両目はすでに満員で、窓から身を乗り出した子どもたちは親と別れの言葉を交わしている。6両目に空いているコンパートメントを見つけたセフォネは、そこに腰を落ち着けた。手持ち無沙汰に窓の外を眺めると、楽しそうに会話をしている親子が見えてチクリと心が痛む。

  セフォネの両親は既に他界している。

  父親は彼女が物心つく前に死んだ。

  母親は廃人となり、聖マンゴ魔法疾患障害病院に入院していた。医者からは治る見込みは無いと言われ、正気を失ったまま徐々に衰弱していった。そして1年前、原因不明の死を遂げた。というのは表向きの話であり、セフォネは母の死の原因を知っている。

 

 

 ――何も写していないような、濁った灰色の目――

 

 ――口元に浮かべさせられた(・・・・・)、空虚な笑み――

 

 ――自分が持つ杖から放たれた、緑色の閃光――

 

  セフォネは湧いてきた感情を、首を振って振り払った。

 

(何を考えているのですか、(わたくし)は。これはとうに乗り越えたこと……)

 

  いつの間にか列車は発車しており、窓から見える風景はのどかな田園風景に変わっていた。

  その時、コンパートメントの扉が開き、1人の少女が入ってきた。

 

「ここ、いいかな?どこも一杯なんだよ」

 

  セミロングのブロンドの髪は若干癖があるのか、毛先が内側に丸まっている、サファイアのようなアイスブルーの瞳を持つ金髪碧眼の少女だった。顔立ちは綺麗というよりも、可愛らしいと言った方がいいだろう。

 

「構いませんわ。どうぞ」

「ありがと」

 

  ブロンドの少女はセフォネの正面に座り、重そうな荷物を下ろした。

 

「ああ重かったぁ。私、エリス・ブラッドフォード。貴方は?」

「ペルセフォネ・ブラックと申します。セフォネと呼んで下さい」

「ペルセフォネってギリシャ神話の?」

「はい。家の者の名は惑星かギリシャ神話からとっているそうです。確か、エリスというのも……」

「そう。私の名前もギリシャ神話の女神からとったみたいなんだけど、でもエリスって不和の女神じゃない? 娘につける名前じゃないと思うんだよね。"なんで?"ってお父さんに聞いたら"ゴロが良かった"って。酷くない?」

 

  若干不満げに言うエリスに、セフォネは苦笑した。暫くこの少女と話していると、またしてもコンパートメントの扉が開き、今度は赤毛の少年が入ってきた。

 

「ここ、まだ空いてる? もう1人いるんだけど、もうどこも席が一杯なんだ」

「別にいいよ。セフォネは?」

「私も構いませんわ」

 

  2人に許可を得た赤毛の少年は、ようやく席を見つけることができて安堵しているようだった。

 

「おい、ハリー! 席見つけた!」

 

  「ハリー?」とエリスとセフォネは首を傾げた。数秒後、赤毛の少年に続いてコンパートメントに入ってきたのは、紛れもないハリー・ポッターだった。

  ハリーはセフォネを見ると、少し驚いて、あっ、と言った。

 

「セフォネ?」

「またお会いしましたね、ハリー・ポッター」

「ハリー・ポッター!? あの!?」

 

  エリスは立ち上がってハリーをしげしげと観察した。至近距離で女の子の顔があるためか、ハリーは僅かに顔を赤くした。

 

「へぇ。本物だ。私、エリス。よろしくね。ていうか、セフォネ知り合い?」

「ええ。まあ、1度お会いしたきりでしたが」

 

  赤毛の少年がエリスの隣に、ハリーがセフォネの隣に座った。

 

「いや、助かったよ。ありがとう。僕はロン」

「よろしく、ロン」

 

  その後、マグルに育てられたために魔法界のことを何もしらないハリーに、3人は色々な話をした。

 

「本当に何も知らなかったのね」

 

  エリスは、ハリーがあまりにも魔法界の事情に疎いため、少々驚いたようだ。

 

「うん。ハグリッドが教えてくれるまでは、僕、自分が魔法使いだってこと全然知らなかったし、両親のことも、ヴォルデモートのことも……」

 

  ハリーがその名を言った瞬間、ロンとエリスは息を飲んだ。

 

「えっと……どうしたの?2人とも」

 

  "ヴォルデモート"の名を呼ぶ者はほとんどいない。彼が消えて10年たった今でも、その名を呼ぶことさえ恐れているのだ。基本的には"例のあの人"や"名前を言ってはいけないあの人"などと呼ばれている。

  ハリーがヴォルデモートの名を言っても、平然としていたセフォネが、おろおろしているハリーにそれを説明した。

 

「貴方が"闇の帝王"の名を言ったからですよ、ハリー・ポッター。魔法界ではその名は禁句なのです」

「あ、そうか。ごめんよ。さっきも言ったけど、本当に何も知らないんだよ。名前を言っちゃいけない、ってこともつい最近知ったばかりなんだ。僕、学ばなくちゃならないことが一杯あるんだ…」

 

  ハリーはずっと気にかかっていたことを、初めて口にした。

 

「きっと、僕、クラスでビリだよ」

 

  落ち込んでいるハリーを見て、ショックから立ち直ったロンが慰めるように言った。

 

「そんなことはないさ。マグル出身の子だっているし、そういう子でもちゃんとやってるから」

 

  話をしている間に、汽車から見える風景が変わっていた。田園風景が去り、広大な野原や、そこを通る小道などの横に、所々牧場があるのが見える。

  12時半ごろ、通路でガチャガチャと音がして、車内販売の販売員がやってきた。

 

「車内販売よ。何かいりませんか?」

 

  ハリーとエリスは腹を空かせていたようで、勢い良く立ち上がると通路に出ていった。ロンは耳元を赤らめて、サンドイッチを持ってきたから、と口ごもった。

  彼の家はおよそ裕福であるとはいえない。そのため、ロンはまだ小遣いを貰っていなかったのだ。

  ロンはデコボコの包みを取り出して、それを開いた。同じように席に座ったままのセフォネを見て、ふと尋ねた。

 

「あれ?セフォネは?」

「私も、家の者が持たせてくれたので」

 

  そう言ってセフォネも黒塗りの木箱を取り出した。そこにはクリーチャーが作ったサンドイッチが入っていた。

  ハリーとエリスはコンパートメントに戻ってくると、大量に買い込んだ菓子類をドサッと置いた。

 

「お腹空いてるの?エリスも」

「朝寝坊しちゃって朝ごはん、食べてなかったの」

「僕も朝食べてなかったから」

 

  その後ハリーが買い込んだ菓子をロンに分けたり(エリスは全て平らげてしまった)、ハリーが魔法界の菓子に驚いたりと、食事を満喫した。

  車窓から見える風景には畑も野原もなく、森や小川など、自然溢れるものとなっていた。

  賑やかなコンパートメントの中で、セフォネがそれをチラリと見た時、扉をノックして丸顔の少年が半泣き状態で入ってきた。

  どうやら、ペットのヒキガエルが逃げ出したらしい。このコンパートメントにもいないと分かると、しょげかえって出ていった。

 

「僕のペットなんて、逃げようともしないけどね」

 

  そう言うと、ロンは自分のペットのネズミを指差した。ネズミはロンの膝の上でずっと眠っている。

 

「昨日色を変えようとしたんだけど、上手くいかなくって。ちょっとやってみようかな」

 

  ロンはトランクから杖を取り出すと、ハチャメチャな呪文を唱えた。当然、色を変えるものでもないし、魔法ですらない。大方、からかい半分で彼の兄に吹き込まれたのだろう。

  そこに、さっきの少年が栗色のボサボサした髪の少女とともに入ってきた。

 

「ねえ、ヒキガエル見なかった?」

 

 なんとなく、威張った感じの話し方だった。

 

「さっきも見なかったっていったけど?」

 

 その態度が少し気に食わないのか、ロンは素っ気なく言い返した。だが、その少女は聞いてもいない。むしろ、ロンが出した杖を注視していた。

 

「魔法をかけるの? それじゃ、見せてもらうわ」

 

  実際には失敗した後だったのだが、少女は興味津々である。あたふたしているロンを、セフォネは暫し、面白そうに眺めていたが、やがて自分の杖を懐から取り出し、軽く一振りして黄色に変えた。

 

「凄いわね、貴方。私も練習のつもりで色々試したんだけど、どれも上手くいったわ。私の家族は魔法族じゃないから、手紙が来たときは本当に驚いたわ。先生が目の前でカップをネズミに変えたのを見て、初めて魔法の存在を知ったの。普通の学校に行く予定だったんだけど、魔法学校からの入学の誘いなんて、断るわけないじゃない? ……教科書は全て暗記したわ。それで予習が足りるといいんだけど。私ハーマイオニー・グレンジャー。貴方たちは?」

 

  これぞザ・マシンガントークであろう。一気にこれだけを言ってのけた。

  ハリーは"暗記"だの"予習"だのという言葉に唖然とした。ロンも同じく唖然としている。

  エリスはどうなのだろうか、と思ったセフォネが彼女を見ると、別段普通の表情だった。

 

「予習としてはパーフェクトだと思うわよ。私は全部暗記とまではいかなかったから。エリス・ブラッドフォードよ」

「ペルセフォネ・ブラックと申します」

 

  2人が自己紹介をしたのを見て、ハリーとロンも自己紹介をした。すると、ハーマイオニーはハリーのことを知っているようで、感心したようにもう一度、マシンガントークをかました後、カエルを探す少年、ネビルを引き連れて出ていった。

 

「さて、着替えようか。じゃあ、2人は外で待ってて」

 

  エリスの言葉に従い、ハリーとロンは出ていった。数分後、ホグワーツの制服に着替えたセフォネとエリスが入れ替わって外に出て、4人とも着替え終わった。

 

「そういえばさ、君のお兄さんたちってどこの寮なの?」

 

  着替えが終わって再び席に腰を落ち着けたハリーが、ロンに尋ねた。

 

「グリフィンドール。ママもパパもそうだったんだ。もし僕がそうじゃなかったら、何て言われるか。レイブンクローなら悪くないけど、スリザリンだったらそれこそ最悪だよ」

 

  ロンの言葉に、エリスが反応した。少しムッとしているようだ。

 

「スリザリンだからって、それが悪いわけじゃないわ。現に、私のパパだってスリザリンだったけど、とっても優しいもの」

 

  セフォネは別にロンの発言を気にした訳ではなかったが、エリスに続けて言った。

 

「ちなみに私の家の者も、ただ1人を除いて全員スリザリンですわ。もっとも、その1人は家系図から削除されておりますが」

「な……」

 

  この2人の少女がスリザリン家系の者であったことに、ロンはショックを隠せないようだった。ホグワーツの寮はある程度、家系で決まる側面がある。そして、スリザリン家系の家からは闇の魔法使いが数多く出ている。何を隠そうあのヴォルデモートもスリザリンの生徒であったのだ。

  車内が気まずい沈黙に包まれる中、またしてもコンパートメントの扉が開き、3人の少年が入ってきた。

 

「このコンパートメントにハリー・ポッターがいるって聞いたんだけどね。君かい?」

 

  その後ネチネチと嫌味を言ってくる、このドラコ・マルフォイという少年と、ロン、ハリーは口論となっていき、次第にヒートアップしていく。

 

「へえ、僕とクラッブ、ゴイルとやる気かい?」

「今すぐ出て行かないならね」

 

  先程の件で少し怒っていたエリスも、いまはハラハラとその光景をみている。今まで外を眺めていたセフォネは1つ、溜息をついた。

  セフォネはマルフォイという家がどのようなものかを知っている。魔法界の名家であり、純血主義を掲げる者たちである。

  ちなみに、ドラコの母親はセフォネの母親の従姉であり、ドラコとセフォネは"はとこ"の関係にある。それに加え、セフォネは彼の父親ルシウス・マルフォイと面識があった。

  そうではあるものの、5年以上表舞台に顔を出していないセフォネとドラコは初対面である。

 

「"死喰い人"の子……か…」

「ん?」

 

  セフォネが呟いた内容までは聞こえなかったらしいが、ここでようやくハリーとロンの他にも2人の少女が乗っていることに気づいたらしい。

 

「君たちは?」

「エリス・ブラッドフォードよ」

「ペルセフォネ・ブラックと申します」

 

  自己紹介は本日3回目になるだろうか。長らく1人でいたセフォネにはそれが新鮮でもあったが、同時に少し面倒でもあった。

  さて、ドラコはセフォネの名を聞くと、一瞬驚き、途端に態度が変わった。

 

「君が噂の、ブラック家の現当主か?」

 

  ドラコの発言に、ロンとエリスがハッとする。ドラコの後ろに立つクラッブとゴイルはセフォネを凝視した。

 

「その通りでございますわ」

「なら君も分かっているだろう。ウィーズリーなんてのがどんな連中か。なんでこんな奴らと関わっているんだ?」

「誰と関わろうが、私の勝手です。それに、私は純血主義者ではありませんわ」

 

  その言葉に、マルフォイは酷くショックを受けたようだ。目を見開き、今セフォネが言ったことが信じられない、という表情になっている。

 

「なんだって!?あのブラック家の人間ともあろう者が、純血主義を否定するのか!?」

「"純血よ永遠なれ(Toujours Pur)"。それが我が家の家訓であることは確かなことです。ですが、その考えにより我が家は衰退し、いまは私のような若輩者が当主の座にあるというのが現実。血族による選民思想など、時代錯誤な中世の産物にしか過ぎず、逆に魔法族を滅ぼす癌にしかなりませんわ」

「そ、そんな……」

「私が言うことはもう何もありません。速やかに立ち去りなさい、親愛なる我が再従兄よ。母君によろしくお伝えください」

 

  マルフォイは青白い顔をさらに青くさせ、コンパートメントから立ち去っていった。

 

「えっと……再従兄って、どういう?」

 

  ハリーはいまいち状況を飲み込めていないようだったが、ロンとエリスはセフォネが何者であるか、理解したようだった。

 

「簡単なことです。私の母の従姉が、彼の母親なのです」

「ていうことは、君も純血なの?」

「一応は、そういうことになります。もう、この話は止めにしませんか? あまり気持ちの良いものではないでしょう?」

「そ、そうだね」

 

  その後、再びコンパートメントを沈黙が支配する。気まずさが最高潮になったその時、車内にアナウンスが流れた。

 

『あと5分でホグワーツに到着します。荷物は別に学校に届けますので、車内に置いていってください』

 

  ようやくこの沈黙が続く空間から開放されるのが嬉しいのか、ハリーとロンは簡単に別れをつげ、とっととコンパートメントから出ていき、出口へと並ぶ生徒たちの列に加わっていった。

 

「私たちも行こうか、セフォネ」

「ええ」

 

  列車が止まり駅に降りると、ダイアゴン横丁でハリーと共にいた大男のハグリッドが、新入生を集めていた。

 

「大きい人ね。半巨人かな」

「恐らくは、そうでしょうね」

 

  新入生は、険しく狭い道を、ハグリッドに続いて降りていく。木がうっそうと生い茂り、左右は真っ暗だった。前を歩いているエリスは2回ほど躓きかけていたが、そのおかげでセフォネは危ない場所を避けて通ることができた。

 

「みんな、ホグワーツがまもなく見えるぞ」

 

 ハグリッドが振り返りながら言った。

 

「この角を曲がったらだ」

「「「「「「うおーっ!」」」」」」

 

  あちこちから歓声が上がる。狭い道が開け、大きな湖のほとりに出ると、向こう岸にそびえ立つホグワーツ城を一望することができた。

 

「ここがホグワーツ……」

 

  これから7年間の彼女の学校生活には、一体どんな事が待ち受けているのだろうか。

 

「どちらにしろ、退屈せずには済みそうですわね」

「ん? 何か言った?」

「いえ、何も。さあ、ボートに乗りましょう」

 

  セフォネたち新入生は4人1組でボートに乗り、ホグワーツ城へ向かった。




オリキャラ、エリスの登場です。彼女はセフォネの無二の親友となります。
次回、組分け。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ホグワーツ魔法魔術学校

  ホグワーツ城の玄関ホールに辿りつくと、そこにはマクゴナガルがいた。

 

「マクゴナガル教授、(イッチ)年生の皆さんです」

「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」

 

  マクゴナガルに案内され、1年生たちはホールの隅にある、小さな空き部屋に連れて行かれた。恐らく、ここが待機室なのだろう。生徒たちは不安と緊張でそわそわしている。

 

「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」

 

  マクゴナガルが挨拶を始め、室内が静かになった。

 

「新入生の歓迎会が間もなく始まります。ですがその前に、皆さんが入る寮を決めなければなりません。組分けはとても大事な儀式です。ホグワーツにいる間、同じ寮生は家族も同然のものになります。寮生と共に学び、眠るのです。自由時間も、寮の談話室で過ごすことになります。

 寮は全部で4つ。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。

 それぞれに輝かしい歴史があり、多くの偉大な魔法使いや魔女が卒業していきました。

 ホグワーツにいる間、皆さんのよい行いは、自らの属する寮の得点となります。逆に、規律に違反すれば、得点は減点されます。学年末には、最高得点の寮に大変名誉ある寮杯が与えられます。どの寮に入るにせよ、皆さん一人ひとりが、寮にとって誇りとなるよう望みます」

 

  ここでマクゴナガルは一度区切り、生徒たちを見回した。その目は全員の服装をチェックし、組分けの儀式にきちんと望めるかどうかを見ているようで、乱れている者を見ると、その厳格そうな表情をより一層固くした。

 

「まもなく、全校列席の前で組分けの儀式が始まります。待っている間、出来るだけ身なりを整えておきなさい。準備ができ次第、戻ってきますから、静かに待っていてください」

 

  マクゴナガルが部屋を出ていくと、部屋全体がまたそわそわし始める。

 

「ねえ、セフォネ。組分けってどんなのか知ってる?」

「存じておりませんわ。祖母は何も申しておりませんでしたから。しかし、そう心配することもないと思いますよ」

 

  儀式とは言うものの、多くが魔法をロクに使えない中で、魔法を行使したものは考え難い。適正テストのようなものがあるくらいが関の山。トロールと戦わせるとか言っている人間もいるが、それは絶対にありえない。

 

「冷静すぎるよ、君は」

「普通ですよ?」

 

  と、言っているが実際平然とした様子であるのはセフォネだけであり、他の生徒は緊張から話もしなくなっている。ハーマイオニーは覚えた呪文を早口で繰り返していた。

  セフォネを除く皆が緊張に押しつぶされそうな中、突然ゴーストが現れ、生徒たちを驚かせた。

 

「さあ、行きますよ」

 

  マクゴナガルが戻ってきて、新入生諸君を1列に並ばせ、大広間に連れていく。

  そこは壮大な場所で、ブラック家の屋敷で育ったセフォネも感嘆するものだった。

  何千という蝋燭が空中に浮かび、広大な室内を照らす。4つの長テーブルには寮別に在校生が座り、拍手で新入生を歓迎した。上座にはもう1つテーブルがあり、教師の面々が座っている。

  天井を見上げると、そこには一面に広がる夜空が映し出されていた。

  夜空に浮かぶ星を眺め、惑星ペルセフォネはどの辺だろうか、とセフォネが思った時、マクゴナガルが新入生の前に4本足のスツールを置き、その上にみすぼらしい帽子を置いた。

  その帽子はピクピクと動きだし、つばの縁の裂け目がまるで口のように開いて歌い出した。

  その内容は、4つの寮の特色を示したものだった。

 

 〜グリフィンドールに入るなら 勇気ある者が住まう寮 勇猛果敢な騎士道で ほかとは違うグリフィンドール〜

 

 〜ハッフルパフに入るなら 君は正しく忠実で 忍耐強く真実で 苦労を苦労と思わない〜

 

 〜古き賢きレインブンクロー 君に意欲があるならば 機知と学びの友人を 必ずここで得るだろう〜

 

 〜スリザリンではもしかして 君はまことの友を得る? どんな手段を使っても 目的遂げる狡猾さ〜

 

  なんかスリザリンだけ悪く言われているような気がするが、気にしないことしよう。

 

「ABC順に名前が呼ばれたら、帽子を被って椅子に座り、組分けを受けて下さい」

 

  マクゴナガルはコホン、と咳払いをし、生徒の名前を読み上げた。

 

「アボット・ハンナ!」

「ハッフルパフ!」

 

 すると、ハッフルパフのテーブルから歓声があがり、新入生を歓迎した。

 

「ブラック・ペルセフォネ!」

 

  自分は2番目か、と少し微笑んでセフォネは歩きだした。その上品な歩き方と、品格ある美しさに、男子生徒たちは見惚れていた。

  椅子に置いてある帽子を手に取り、そっと腰を下ろす。帽子が大きすぎて目に被りそうになったため、位置を調整し、まともに被れるようにする。そして、帽子が組分けするのを、そっと目を閉じて待った。

  すると、頭に声が響いてきた。

 

『君はブラック家の子かね。ふむ……これはまた難しい……。知識欲、探求心に満ち、そしてなおかつ目標のためなら手段を選ばぬ狡猾さも持っている。レイブンクローとスリザリン、どちらにしたものか……』

 

  帽子は2,3分ほど悩んだ挙句、判断材料を求めてセフォネの心の奥に入り込もうとした。だが、突然弾かれた。突破できない程強固な心の壁が出現したのだ。

 

『何!? 私に対して"閉心術"を使っただと……!?』

 

  あまりにも強力ゆえ、それを破ることは出来ない。そんなことは組分け史上初めてであった。セフォネは狼狽えている様子の帽子の声を聞き、可笑しそうに微笑んだ。

 

「乙女の心を、みだりに踏み荒らしてはいけませんよ」

「…………スリザリン!」

 

  結局、組分け帽子は彼女セフォネの家系でスリザリンを選んだ。

  スリザリンのテーブルから歓声が上がり、他のテーブルの生徒(主に男子)は残念そうであった。

  セフォネは帽子を椅子に置き、教師陣に軽く一礼してからスリザリンのテーブルに座った。

  ボーンズ・スーザンがハッフルパフに決まった後、エリスの番がきた。

 

「ブラッドフォード・エリス!」

 

  エリスは緊張でガチガチになりながら椅子に座り、帽子を被った。

  帽子は暫く悩んでいたが、やがて、口を開いた。

 

「スリザリン!」

 

  スリザリンのテーブルから歓声が上がり、セフォネも拍手を送った。皆の注目を一身にうけたエリスは、長いローブで躓きそうになりながら、恥ずかしそうにスリザリンのテーブルに座った。

 

「一緒ですね。嬉しいですわ」

「うん。知り合いがいて良かった。これからよろしくね、セフォネ」

 

  その後、レイブンクローが2度続いた後、ブラウン・ラベンダーという生徒が初めてグリフィンドールになった。

 

「ブルストロード・ミリセント!」

「ブルストロード?」

 

 その名に聞き覚えがあったセフォネはその生徒を注視した。

 

「知ってるの?」

「父の実家です。ですから、関係上、従姉にあたりますね。初めてお会いしますが」

「ブラック家、改めて考えると凄いわね」

「純血同士の結婚、となれば必然的に近親婚となってしまいますからね。ブラック家のみならず、純血家系のほぼ全ては親戚関係にあります。恐らく、私とあなたも遠い親戚です」

 

  そんな話をしている内に、組分けはどんどん進んで行き、マルフォイがクラッブとゴイルを従えて、セフォネとエリスの真向かいに座った。

 

「あら、あなたですか。ご機嫌いかが?」

「悪くはないね。君もスリザリンか。名前は? 」

 

  ドラコがセフォネの隣に座っているエリスに視線を向けた。

 

「エリス・ブラッドフォードよ。汽車でハリーと喧嘩していた子よね? 一回自己紹介した気がするんだけど、まあよろしく」

 

  暫くした後、ハリーはグリフィンドールに組分けされ、グリフィンドールから割れんばかりの歓声が上がった。

 

「どうやら、ハリー・ポッターはグリフィンドールに持っていかれたようですね。まあ、当たり前といえば当たり前ですが」

「だね。ちょっと可愛い子だったんだけどな。残念」

「あなたの基準は顔ですか」

「それ以外にないわ」

 

  無駄に良い顔をして言うエリスに、セフォネは呆れたような笑みを浮かべた。

  組分けが終わり、ダンブルドアの非常に独創的な挨拶が終わり、食事の時間になった。

 

「あの人、変わってるわね」

 

  ミートパイにかぶりつきながら、エリスが言った。ローストチキンをナイフで切り分けていたセフォネはその言葉に首肯した。天才と馬鹿は紙一重、という言葉はまさに彼の為にあるのだろう。

 

「偉大な魔法使いと言われてはいますけどね。天才は往々にして、ああいうものなのでしょう」

 

  すると、スリザリン寮のゴースト"血みどろ男爵"が現れ、何やら新入生を鼓舞するような発言をしていたが、セフォネの前にくると、ジッとその顔を覗きこんだ。

 

「ほう……お前はブラックの娘か」

「左様にございますわ」

「ふむ……母親に良く似ておるな……」

「母をご存知で?」

「無論。スリザリンであったからな。せいぜい我らがスリザリンのために頑張り給え」

「善処いたしますわ」

 

  スーっと血みどろ男爵は去っていった。すると、男爵にスルーされたのが面白くなかったのか、ドラコがセフォネに突っかかってきた。

 

「ふん。所詮ブラック家も落ちたもんじゃないか。当主が純血主義に反対するなんてさ」

 

  そんな子どもっぽい様子のドラコに、セフォネは怒るどころか、むしろ微笑んだ。

 

「汽車で申し上げたでしょう? 我が家は衰退した、と。それに、私は純血主義が悪いと言っているわけではありません」

「えっ?」

 

  ドラコは間の抜けた声を出した。セフォネはこう言ったのだ。"()()()()()()()()()()()()"と。

  セフォネは"純血主義"というものが存在する理由も理解しているし、そういった選民思想が無くならないことも理解していた。そういう考えに反対したところで、火種を作り出すだけだ。

 

「この世には様々な考え方があります。誰もが自分の考えを持っており、そうやって世界は廻っている。皆が同じことを同じように考える世界、などはございません。ですから、別にあなたが純血主義であっても構わないと思います。矛盾していることだとは思いますが」

 

  一息にそう言うと、セフォネはゴブレットの中の飲み物を1口含んだ。

 

(そう、こんな世界ではそうやって生きていくしかない。他者をただ否定し、自らの価値観に当てはめ、果ては泥沼と化す。少しでも歩み寄ればいいものを、誰もそうしない。それを知っていながら、分かっていながら、悲劇を繰り返す……全くもって度し難い程にくだらない世界だわ。生きていくのも嫌になる程に……でも、もし世界が変わるのならば………変えることが出来るのならば……)

 

「セフォネ?」

 

  エリスが心配そうにセフォネの顔を覗き込んでいる。ドラコを言い負かすや否や黙り込んでしまったセフォネに困惑していた。

 

「どしたの?ボーッとして?」

「いえ、何でもございません。睡魔が押し寄せてきましたので、少々」

「そうだね。昨日は学校が楽しみで眠れなかったから。それと、ちょっと不安だった。でも良かった、初日に友達が出来て」

 

  その言葉を聞いた瞬間、セフォネは目を瞬かせた。

 

「友達?」

「そう、友達。…まさか、嫌だった……?」

 

  残念そうに顔を俯かせたエリスに、セフォネは珍しく慌てた。

 

「そういうわけではないです。ただ……」

「ただ?」

 

  エリスが顔を上げると、今度はなぜかセフォネが顔を俯かせていた。そして言いにくそうに、ポツリと、囁くように言った。

 

「…その……友達というのが初めてなので……私で良いのかどうか……」

 

  そんな様子を見て、エリスは安堵するとともに、このいかにもお嬢様な、大人びた少女の弱々しい一面を見て、ちょっと可愛い、などと思った。

 

「全然。私、セフォネのこと好きだよ? ああ、友達としてってことね」

「……本当に?」

「本当本当。これから7年間、それから先も、友達としてよろしくね」

 

  そう言って、エリスはセフォネに手を差し出した。セフォネはその手を見て再び目を瞬かせ、やがて嬉しそうに、だが少し恥ずかしそうになった。

  そして、おずおずと手を伸ばし、エリスの手を握った。右手に嵌めた印章指輪が、蝋燭の明かりを反射し、鈍く煌めいた。

 

「よろしくお願いします」

 

  これが、孤独に生きてきたセフォネに、生涯の友が出来た瞬間だった。

 

  さて、食事が終わると、新学期にあたっての様々な注意があり、なぜか4階の右側の階段が立ち入り禁止だった。

 

「死にたくないなら立ち入るなって……」

「学び舎にそのような危険地帯を作るのは、いかがかと思いますわね」

「まったくだな」

 

 セフォネのその言葉に、ドラコが首肯する。先程、純血云々の話をした後、彼とはエリスを交えて普通に会話し、それなりに打ち解けていたのだ。

 

「では寝る前に校歌斉唱じゃ。みんなの好きなメロディーで。では1、2、3はい!」

 

  ダンブルドアが杖先から出したリボンが校歌を空中に描き出し、皆が歌い出した。

  スリザリンのテーブルは、歌っている生徒が少ないように感じたが、斯く言うセフォネも歌っていないので人のことは言えない。

 

「めちゃくちゃな歌詞ですわね」

「品位が感じられないね」

 

  2人して同時に溜息をついた。その様子を見て、なんだかんだでセフォネとドラコは息があうのではないのだろうかと、エリスは思った。

 

「では、新入生は監督生についてきて」

 

 監督生についていき、スリザリン寮の談話室へと向かう。

  スリザリン寮の談話室は地下にあった。地下牢にある湿ったむき出しの石が並ぶ壁、その壁に隠された石の扉が談話室への入り口のようだ。

 

「"永久の栄光を"!」

 

 監督生が合言葉を言うと、壁に隠された石の扉がするすると開いた。

 スリザリン寮の談話室は細長く、天井が低い地下室で、天井と壁は石造りだ。暖炉と椅子には荘厳な彫刻がほどこされており、天井から鎖で吊るされたランプは緑がかっている。

 どこか陰湿な印象を与える談話室であったが、セフォネにとっては丁度よい場所だった。

  就寝用の女子部屋はエリスと、アンナ・フィリップス(PhilipsではなくPhillipsであることを強調していた)、キャサリン・メイスフィールド(通称キャシー)が同部屋である。この4人でこれから7年間、寝起きをともにするのだ。

  4人はベッドの上でそれぞれに自己紹介をした。どうやら、アンナもキャシーもそこまで純血主義というわけでは無いらしい。普通の魔法族程度、といったところだ。

  このスリザリンにおいて、ちゃんとした常識を持った 3人と同部屋になったのは奇跡に近いと言えるだろう。

  では自分はどうかと言われれば、恐らく常識人の範疇は超えているだろう。

  そんな自嘲的な笑みを浮かべたまま、セフォネは眠りに落ちていった。

 




セフォネ、友達ゲット!
というわけですが、セフォネは年齢以上に大人びている反面、まだ幼い少女の部分もあり、それは友好関係で特に顕著となります。
そして、彼女の願いは"世界の変革"。どこかのガンダムシリーズのチャイナドレス着たお嬢様もそんなことを言っていました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

授業開始

  ホグワーツ城には142もの階段がある。広い壮大なもの、狭いもの、曜日によって違う場所にでるもの、1段無くなるものetc。中には秘密の階段というものもあるらしく、この城の本来の使用目的は何なのかと問いたくなる。

  入学式の次の日から授業は始まったのだが、生徒たちはこの迷宮のようなホグワーツに慣れないため、授業ギリギリの時間に教室につく、ということが珍しくないし、時には遅刻する者もいた。

  問題はホグワーツの造りだけではなく、ポルターガイストのピーブズが、これまた厄介だった。迷っている生徒たちに悪戯を仕掛け楽しんでいるのである。

  さて、そんなこんなで学生生活のスタートを切り、入学後初めての金曜日。

  大広間で、セフォネとエリスは朝食中であった。

 

「今日の1時間目って何だっけ?」

「スネイプ教授の魔法薬学です。グリフィンドールとの合同授業らしいですね」

 

  セフォネが思い出しつつ、エリスの問いに答えた。朝食のパンにそのままかぶりついていたエリスが、少し嫌そうな顔をした。

 

「グリフィンドールかぁ。あの人たち、何かと突っかかってくるからな。あんまり好きじゃないんだよね」

「スリザリンとグリフィンドールの因縁は、この学校創業以来のものですからね。そう簡単にはいかないのですよ」

 

  ホグワーツの創設者の1人、サラザール・スリザリンは、入学資格に関して特にゴドリック・グリフィンドールと争い決裂。ホグワーツを去った、という歴史がある。

 

「だからってさぁ。ロンもそうだったけど、連中、うちらを見下してない?」

「スリザリンの生徒も同じような態度なので、どっちもどっち、といった所でしょうね」

 

  スリザリンの生徒は名家の出身が多く、全体的に他人を見下す傾向がある。そして、グリフィンドールの生徒は"騎士道精神"に相反する"狡猾さ"を持つスリザリン生を見下す、というか嫌悪する傾向がある。

  結果として、この2つの寮の溝は深まるばかりなのだ。

 

「まあ、そうなんだけどね……って、もうこんな時間。地下牢に行こ」

「そうですね」

 

  朝食を切り上げた2人は、地下牢にある魔法薬学の教室に向かった。

 

「魔法薬学は楽しみだったんだ。結構予習もしたしね。セフォネは?」

「本での知識はあるのですが、実際にやってみたことは殆どありません。ですから私も、魔法薬学の授業は楽しみにしておりましたわ」

 

  その返答を聞くと、エリスがなぜだか嬉しそうになった。

 

「やったことないんだ。じゃ、この教科は負けないわよ。昨日の変身術、私が凄く苦労してやっとマッチ棒を針に変えたのに、この子ときたらほんの1秒でやっちゃうんだから」

 

  昨日の変身術の授業で、マクゴナガルが生徒に課したのはマッチ棒1本を針に変えること。エリスは5分程格闘したすえ、それを成し遂げたのだが、セフォネは軽く杖を降っただけで、詠唱無しで針に変えたのだ。

 

「貴方も充分凄いと思いますよ。あの授業で成功したのは私と貴方だけなのですから」

「そうだけどさ。なんかセフォネってさ、余裕あるっていうか、そもそもどの程度まで魔法使えるの?」

「どの程度と言われましても……家にあった本の、およそ7割程度、といったところでしょうか」

 

  ブラック邸の地下2階には、ブラック家の蔵書の数々が納められた書庫がある。その数はホグワーツの図書館には及ばないものの、千は超える数の膨大な量である。そのうちの7割なのだから、要するに彼女は数百冊の魔法書の知識を会得しているのだ。

  2人がそんな会話をしているうちに、地下牢に辿り着いた。スリザリン寮に近いため、スリザリン生は迷うことなく教室に辿り着き、グリフィンドール生の殆どが後からやってきた。

  教壇に立つスネイプは、始業ギリギリにきたグリフィンドール生徒を睨みつけると、出席を取り始める。そして、ハリーの名前までくるとニヤリと笑った。

 

「ああ、左様。ハリー・ポッター……我らが新しい――スターだね」

 

  セフォネとエリスの前の席にいたドラコと他2名が、クスクスと冷やかし笑いをした。

  出席が終わるとスネイプは生徒を見回した。セフォネと目があった時、少しだけその動きが止まったのは気のせいだろうか。

 

「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ―――」

 

  スネイプは魔法薬学について、少し長い演説をした。クラス中はその間、死んだように静まりかえっていた。

  演説を終えたスネイプは、突然ハリーの名を呼んだ。

 

「ポッター!」

 

  ハリーは突然の大声にビクッとして、スネイプを見た。

 

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

 

  ハリーは救いを求めてロンを見るが、ロンもさっぱり分からない、という表情である。それもそのはず、この薬は本来6年生で習うものだ。この2人が知っている訳がない。

 

「有名なだけではどうにもならないらしいな」

 

  ここで、ハーマイオニーが手を上げたが、それと同時にエリスも手を上げた。

  スネイプは、自分の寮の生徒が手を上げたのを見て、少し嬉しそうになった。

 

「ほう。分かるのかね?ブラッドフォード」

「はい。アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギ、さらに数種類の材料を混ぜると"生ける屍の水薬"という非常に強力な眠り薬になります。成分が強すぎると、一生眠り続けることもあるとか」

 

  完璧な答えだ、とセフォネは思った。実際、彼女も答えは分かっていたが、手を上げなかっただけである。というか、手を上げて良かったのかどうか分からなかった。

  それはさておき、どうやらエリスは魔法薬学についてかなり知識を持っているらしい。

  スネイプはことさら嬉しそうに、ハリーに向けたものとは違う、優しさすら感じられる声音になった。

 

「素晴らしい。完璧な答えだ、ブラッドフォード。スリザリンに5点追加」

 

  エリスは褒められたのが嬉しいのか、心の中でガッツポーズをしていたが、小さく「やった!」と呟いたのがセフォネには聞こえた。

  その嬉しさのなかには、セフォネを出し抜けたというものも入っているだろう。

 

「では、ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見付けて来いと言われたらどこを探すかね?」

「……分かりません」

「クラスに来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかったわけだな。え? ポッター」

 

  べゾアール石、とは山羊の胃から取り出す石で。萎びて茶色く、石というより干涸びた内臓の様な見た目。大抵の毒薬に対する解毒剤になるが、かなり手に入りにくい代物である。勿論、これも上級生で習うことだ。

  エリスは解答を思い出そうと、ウンウン唸っていた。セフォネはそれを見ると、今度は手を上げた。知識対決での勝負を買ったのだ。

 

「では、ブラック。分かるか?」

 

  またしても手を上げているハーマイオニーは無視され、スネイプはセフォネを指名した。

 

「べゾアール石とは山羊の胃から取り出す石のことです。大抵の毒薬に対する解毒剤になりますが、入手が難しい代物です」

「その通りだ、ブラック。今年は中々に優秀な生徒が多いな。スリザリンに5点追加」

 

  横でエリスが、やられた、的な表情をしていたのを見て、セフォネは悪戯っぽく微笑んだ。

  スネイプは上機嫌になり、さらにハリーに質問をする。

 

「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンの違いは何だね?」

「わかりません。ハーマイオニーが分かっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」

 

  こういう場合、怒ったほうが負けである。教師に臆せずに意見をいうのはいいが、時と場合を選ぶべきだ。このような側面が、グリフィンドール生が傲慢だと、スリザリン生に言われる所以なのである。

  スネイプは、もはや立ち上がって手を上げているハーマイオニーを、ギロリと睨みつけた。

 

「座りなさい」

 

  その迫力に、流石のハーマイオニーも座るしかなかった。

 

「ポッター、君の無礼な態度で、グリフィンドールは1点減点だ。さて、ブラッドフォード、ブラック。君たちは分かるかね?」

 

  2人は視線を交わすと、少し微笑んで、2人で言った。今回の勝負は引き分けである。

 

「「違いはありません(わ)」」

「その通りだ。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、別名アコナイトとも言うが、要するにトリカブトのことだ。よろしい、スリザリンに5点ずつ追加」

 

  この授業だけでスリザリンは20点稼いだことになる。グリフィンドールから見ればあからさまな贔屓であるが、勝利のためなら手段を選ばないのがスリザリン。教師の贔屓でさえも、利用するのだ。それこそが、スリザリンが7年間寮杯を獲得してきた理由である。

 

「ところで諸君、何故今のをノートに書き取らんのだ?」

 

 スネイプのその言葉で、教室には一斉に羽ペンと羊皮紙を取り出す音が響いた。

  その後、2人1組で簡単な薬を調合させられたが、セフォネとエリスのペアは教室で1番早く、しかも正確に薬を調合し、ハーマイオニーから嫉妬と殺気まじりの視線を送られた。

  さらに、ネビルが大鍋を溶かし、出来損ないの薬をかぶるという事件を起こし、隣で作業していたハリーがスネイプの言いがかりで1点減点され、魔法薬学の授業は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  次の週の木曜日、談話室の掲示板に、飛行訓練についての連絡が貼り出されていた。

 

『本日の飛行訓練は、スリザリンとグリフィンドールの合同授業です』

 

  それを、半分寝ぼけた頭で見たエリスが、ポツリと呟いた。

 

「なんで仲悪いとこ同士で授業させるかな。うちの先生って実は馬鹿なの?」

「魔法に関しては一流の方々ですが、それ以外に関しては何とも言いようがありませんわね」

 

  常に挙動不審なクィレルにしろ、ただの変人にしか見えないダンブルドアにしろ、教師としてどうかと思う面が多々ある。

 

「やあ、おはよう。セフォネ、エリス」

 

  後ろからドラコが、いつもの2人を引き連れてやってきた。

 

「おはよ」

「おはようございます」

 

  2人は振り返って挨拶をかえした。

  今日のドラコはいつにもまして機嫌が良かった。なぜなら、今日は彼が楽しみにしていた飛行訓練の日だからだ。

 

「やっと箒に乗れるよ。にしても、なんで1年生はクィディッチに出ちゃだめなんだろうね」

「ホントよね。別にいいじゃない、1年でも2年でもさ」

 

  エリスも箒に乗るのは得意なようで、クィディッチに出れないことを残念がっていた。ドラコとエリスが文句を言う横で、セフォネは首を傾げた。

 

「箒……ね。私は乗ったことがないので、何とも言えませんね」

「「ええっ!?」」

 

  エリスとドラコは同時に驚きの声を上げた。

 

「乗ったことないの!?」

「ええ。別に箒に乗らなくても、移動は"姿表し"で充分だと思います」

「セフォネ。君は何も分かってないね。この僕がその魅力を教えてあげよう。いいかい、箒というのは―――」

 

  その後、朝食から授業の空き時間、飛行訓練の時間まで、ドラコとエリスに箒のロマンとクィディッチの素晴らしさを、延々と語られたセフォネだった。

  そして午後3時半。セフォネとエリス、ドラコ(他2名)は飛行訓練を受けるために校庭にいた。他のスリザリン生、グリフィンドール生も集まってきており、箒について談義をしている。

  エリスとドラコは好きなクィディッチチームが一緒だったらしく、そのプレーについて熱く語り合っていた。

  セフォネは、いつも空気になっているクラッブとゴイルに、箒に乗る上での注意点などを教えてもらっている。

 

「何をボヤボヤしているんですか! 皆箒の側に立って。さあ早く!」

 

  マダム・フーチは校庭にやってくるなり、ガミガミと怒鳴った。

  芝生に座り込んでいた生徒たちは、慌てて箒の側に立つ。セフォネは自分の足元の箒を見下ろした。

  ドラコの説明によると、この箒は"流れ星"(シューティングスター)というらしい。1955年にユニバーサル箒株式会社から発売された物で、最も安いが品質も悪く、年月と共に速度・高度が落ちてくるらしい。ちなみに、ユニバーサル箒株式会社はすでに破産してしまっているため、年代物の骨董品だとドラコは揶揄していた。

 

「右手を箒の上に突き出して、そして"上がれ"と言う!」

 

 マダム・フーチの言葉に合わせて全員が"上がれ!"と叫んだ。

  初めてであったものの、意外にもすんなりと、箒はセフォネの手に収まった。周りを見てみると、箒を握っている生徒は少数であった。

 

(……意外と簡単ですね)

 

  その後、先生が箒の握り方をチェックしていき、ドラコが握り方を指摘されたのを見てハリーとロンが笑っていた。

 

「まったく。子どもなんだから」

 

 エリスは呆れたように、そんな2人を冷めた目線で見ていた。

 

「ミス・ブラック」

「はい」

 

  セフォネの箒の握り方は適当であったので、それを直されると思ったが、その前に。

 

「指輪は外した方がいいです」

「ああ。失念しておりました」

 

  そう言って右手の薬指に嵌めた指輪を外す。この指輪はブラック家の当主が代々受け継いできたもので、もとは祖父のものだった。その後、跡取りとなった父に受け継がれたものらしい。祖母からこれは父の形見だと言って渡され、寝る時でさえも常に身につけていた。

  余談だが、この指輪は男物であったため最初はサイズがかなり大きく、セフォネに合うように祖母が魔法でサイズダウンさせた。

 

「落としても困るでしょうから、私が預かっておきましょう」

「ありがとうございます」

 

  そう言ってマダム・フーチが差し出した手に指輪を置こうとした瞬間、バチンという音がして、マダム・フーチの手が弾かれた。どうやら、盗難防止の呪いが掛かっていたらしい。

  思わぬ出来事に、セフォネもマダム・フーチも固まってしまった。

 

「えっと……どうやら、自分で持っていたほうがよさそうですわね」

「え、ええ。そうね。ああ、握り方は、ここがこうで……」

 

  こうして全員の握り方が正確になったところで、ついに箒で飛ぶ時が来た。

 

「さあ、私が笛を吹いたら地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように押さえ、2メートルくらい浮上してそれから少し前屈みになってすぐに降りて来て下さい。笛を吹いたらですよ。1、2の……」

 

  その後、パニックに陥ったネビルが空中高く飛び上がり、そして墜落して、マダム・フーチに医務室に連れていかれた。

  スリザリン生たちはそのことを囃し立て、ドラコなどは大笑いしていた。

 

「ホント、子どもなんだから」

「その台詞、本日2度目ですね」

「はぁ……早く箒乗りたいのに。ロングボトムのせいで、もう………って、ドラコ!?」

 

  エリスの視線の先では、ドラコがネビルの思い出し玉を持って、箒に跨り、軽やかに飛翔した。

 

「へぇ。凄いですね。言うだけの程はあります」

「ちょ、ハリーまで!」

 

  ハリーはそれを追いかけ、マルフォイと同じように箒に跨り、急上昇して行った。

 

「ずるい!」

「貴方の関心はそこですか」

 

  どこかズレた感想のエリスに、セフォネが苦笑いした時、ドラコが思い出し玉を放り投げ、ハリーがそれを地面スレスレで拾い上げた。

 

「ミスター・ポッターもやりますわね。まあもっとも、呼び寄せ呪文を使えば良かっただけの話ですが」

「それ、まだ習ってないわよ」

「そうでしたっけ?」

 

  可愛らしく首を傾げてとぼけるセフォネに、エリスが呆れた視線を送る。

 

「ホントにあんたって子は……あとで教えてくれる?」

「勿論です。構いませんわ」

「ポッター!」

 

  そこに、マクゴナガルがやってきて、ハリーを連行していった。

 

「あーあ。連れてかれちゃった。退学かな?」

「それはないでしょうね」

「「「え?」」」

 

  その発言に、皆の視線がセフォネに集まる。

 

「ど、どういうことだ、セフォネ」

 

  今までクラッブ、ゴイルとともに勝ち誇った笑みを浮かべていたドラコが、セフォネに詰め寄った。

 

「簡単な話です。もし、マクゴナガル教授が箒で飛んでいるポッターを見たとすれば、それは同じく箒で飛んでいたドラコも見ていたということ。でも、教授はポッターのみを連行していった。それは即ち、罰するために連れて行ったわけではないということです」

「じゃあ、何のために……」

 

  ごもっともな疑問である。では、なぜマクゴナガルはハリーを連れていったのか。それについての考察を、セフォネはいたって冷静に話した。

 

「彼の行為は、勇気と言えば聞こえはいいが、命知らずの愚行とも言えます。しかし、あの技量は素人目にみても、感嘆するものがありました。要するに、クィディッチの選手にでもするのではないかと」

「そ、そんな……だって、1年生はクィディッチに……」

「校則上では出れません。しかし、過去に例がなかったわけではございませんわ。曲げられないルールなどないのですよ」

 

  セフォネが話終わると、今まで喜んでいたスリザリン生は一様に黙り、逆に落ち込んでいたグリフィンドール生は喜んだ。

 

「くそっ……」

 

  ドラコは忌々しそうに吐き捨てた。ハリーは自分を踏み台に、クィディッチの代表選手という栄光を勝ち取ったのだ。自尊心の強いドラコにとって、それは許せないことであった。

 

「でもまあ、別に良いのではありませんか?」

「何がだよ」

「来年、彼を潰せば良いだけです。それまで鍛錬してはいかがですか?」

 

  いくらセンスがあろうとも、ハリーは今日、初めて箒に乗ったのだ。その点、ドラコは広大な屋敷で、親から与えられた箒を乗りまわして育ったのだ。経験のほうではドラコに軍配があがる。

 

「貴方がハリー・ポッターを打倒し、スリザリンに勝利をもたらすことを期待しておりますわ」

「フッ……そうだな。ポッターがなんだ。あんな英雄きどりに、僕が負けてたまるか」

 

  ドラコはそう息巻くと、クラッブとゴイルとともに、何やら話し始めた。大方、自分がクィディッチの代表になったら、という話でもしているのだろう。

  その様子を見ていたエリスが、なぜか苦笑いをしている。

 

「セフォネ……貴方、彼を煽ったの?」

「ドラコもドラコで自尊心の塊でしたからね。こういう手合は一度、その心を折った上で立て直せば、強くなるものですよ」

 

  ハリー対ドラコの戦いを、セフォネは面白く見させてもらうことにしたのだ。

 

「本当に学校生活は退屈しません」

 

  晴れやかな笑顔を浮かべているセフォネに、エリスはただ苦笑するしかなかった。

 




取り敢えず、一通りの授業風景でした。
次回、ハロウィン。ついに、セフォネの真価が。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィーン

  ハロウィーンとは、毎年10月31日に行われる、古代ケルト人が起源と考えられている祭のことである。元々は秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事であったが、現代では民間行事として定着し、祝祭本来の宗教的な意味合いはほとんどなくなっている。

  要するに、何が言いたいのかというと、ハロウィーンという行事は、このホグワーツでも一大イベントなのだ。

  午後の最後の魔法史の授業を終え、大広間に向かう。

 

「どうしたんですか?」

 

  魔法史の授業が始まる前は、ハロウィーンパーティーを楽しみにしていたエリスの顔色が非常に悪い。

 

「……お腹痛い………」

 

  体を丸めて痛みを我慢して歩くさまは、まるでゴルゴタの丘を登るイエス・キリストのような有様であった。

 

「無理に我慢せずに、お手洗いへ行かれては?」

「……ご馳走………」

 

  その返答に、流石のセフォネもズッコケそうになった。 引き攣らせた笑みを浮かべながら、エリスを安心させる。

 

「私が確保しておきますわ」

「……ありがと…!」

 

  エリスはそのままダッシュでトイレに駆けていった。その速度は流れ星(シューティングスター)よりも速い。

 

「エリスのやつ、どうしたんだ?」

 

  後ろにいたドラコが、不思議そうな顔をしている。

 

「腹痛だそうです」

「なるほど。でもあんなに速く……まあいいかぁ…ふぁぁぁ……いや、魔法史の授業は実に退屈だったね。知ってて当然のことばかりじゃないか」

 

  ドラコは欠伸をかましつつ、不平を口にする。

  ドラコのような魔法族の家系に生まれたものにとっては、魔法史の授業は知っていることが多いのだ。といっても、彼の場合は小さいころから多少なりとも魔法教育を受けているので、その賜物と言っても過言ではない。

 

「知識の再確認と思ってみればよいのでは?知っていると思っていたことでも、実は知らなかった、なんてこともございますよ」

 

  セフォネの言葉に、普段は生意気で人を見下す傾向のあるドラコも、素直に頷いてしまう。

  歳に似合わぬ穏やかな振る舞いに、冷静さ、推理力、洞察力。そしてその博識ぶり。それは、彼女の言葉に絶対的な説得力を持たせ、あらゆる人を納得させてしまう。これも彼女の能力、いや、魅力と言っていいだろう。

 

「ふむ……君の言葉にはなんかこう、説得力があるよな。前から感じてはいたんだが」

「お褒め頂き光栄ですわ」

 

  大広間に到着し、中に入る。中は普段と違いハロウィーン仕様になっており、様々な飾り付けがしてある。

 

「これはまた圧巻ですわね」

「まあまあだね」

 

  そうやって、生意気に威張っているドラコは、ハリーやロンなどから見れば嫌な奴なのだろう。しかし、セフォネから見たら、子どもっぽくて可愛く思えてしまい、実に微笑ましい。

  セフォネはドラコのそんな様子に、クスッと笑った。

 

「可愛くない子どもですね」

 

  ドラコはセフォネの屈託のない、なぜか微笑ましいような笑みを浮かべるセフォネを見て、計らずとも顔を赤くしてしまう。

 

「き、君だって同い年じゃないか」

「男性と女性では、精神の成熟速度に差があるんですよ」

 

  テーブルの上には主にかぼちゃが使われた豪華な料理が並び、生徒たちは大興奮だ。

  セフォネはエリスの分の席を隣にとり、その向かい側にドラコとその他2名が座る。最近では、これが固定のポジションになっていた。

 

「それにしても、君は甘いものが好きなのかい?」

 

  席について早々、エリスの分の食事を適当によそったセフォネは、デザートと思われるパンプキンケーキを手にした。

 

「女子は皆、甘いものが好きですわ」

「いや、でも初っ端からケーキは……」

 

  ドラコが若干引き気味にセフォネを見る。そう、何を隠そうセフォネは、かなりの甘党である。ホグワーツの1年の中で最もデザートを食したのは彼女であろう。

 

「夕食ですし、生命活動に支障はありませんわ」

「いや、そういう問題じゃ……」

「問題ありません。糖分は私の全ての栄養源です」

「流石に説得力ないよ」

 

  呆れ顔のドラコは気にせず、セフォネはケーキの次にプリンを平らげ、次は何を取ろうかと考えた時、突然大広間にクィレルが飛び込んできた。顔は恐怖で引き攣り、ターバンが歪んでいる。

  静まりかえった大広間を、クィレルはよろよろと歩いていき、ダンブルドアの前までいくと、あえぎあえぎ言った。

 

「トロールが……地下室に……! ……お、お知らせしなくてはと思って……」

 

  クィレルはそれだけ言うと、糸が切れたようにパッタリとその場に倒れ、気を失った。

  さて、そんなものだから、大広間は大混乱に陥った。皆がトロールの恐怖に怯え、甲高い声で叫ぶ女子もいた。

  セフォネはそんな様子を気にせず、ただ美味しそうにドーナツを頬張っていて、それを見たドラコは唖然としていた。

 

「君は状況が分かっているのか!?」

「ええ。トロールが地下室に現れて……」

 

  そこまで言った時、彼女はある事実に気がついた。エリスはこのことを知らない。

 

「まずい……!」

「そうだ。だから呑気に食ってる場合じゃ……っておい!」

 

  ダンブルドアは監督生に指示し、自分の寮に引率させていたが、セフォネはそんなものを無視し、女子トイレに急いだ。

  女子トイレに着くと、その扉の前に、なぜかハリーとロンがいた。そして、それに鍵をかけた。

 

「やった!トロールを閉じ込めたぞ!」

 

  どうやらこの馬鹿2人は、人がいる部屋にトロールを閉じ込めたらしい。セフォネは思わず叫んでしまった。

 

「愚か者!」

 

  急に聞こえた声に、2人は驚いて振り向いた。

 

「なんだ、セフォネか。どうし……」

「中には人が……!」

 

  その時、少女の悲鳴が2つ聞こえた。

  女子トイレの中には、腹痛で用をたしていたエリスと、ロンの言葉に傷ついて泣いていたハーマイオニーがいたのだ。

 

ボンバーダ・マキシマ(完全粉砕せよ)!」

 

  もはや一刻の猶予もない。エリスやハーマイオニーのような、ただの1年生がトロールに対抗できるわけはないのだから。

  セフォネはドアを粉砕して女子トイレに突入した。すると、まさにトロールが、棍棒をエリスとハーマイオニーに振り下ろすところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  エリスはハーマイオニーと共に、トロールに襲われていた。

  腹痛が収まったエリスが、さあパーティーへ行こうとした時に、ハーマイオニーが泣きながらトイレに駆け込んできた。事情は分からなかったものの、敵対している寮生とはいえ、泣いている同級生を放っておけず、落ち着かせようとして声をかけ、ようやくハーマイオニーが落ち着きを取り戻した時。突然異臭がし、その方向を見てみると、そこには体調3、4メートルほどの人型をした、人ならざる生物がいた。

 

「あ、あれって……」

「トロール……!? どうして!?」

 

  2人を視界に捉えたトロールは、獲物を見つけたと言わんばかりに、引き摺っていた棍棒を振り上げた。

 

「誰か……助けて…」

 

  エリスは恐怖に涙を滲ませた目を、ギュッと閉じた。

 

(ああ、死んじゃうのかな……)

 

  エリスは死を覚悟した。そんな彼女に聞こえたのは、凛とした、呪文を詠唱する声だった。

 

プロテゴ(護れ)!」

 

  エリスたちに振り下ろされた棍棒は、半透明のバリアに跳ね返された。

  棍棒が自分を襲わなかったので、エリスは恐る恐る目を開ける。すると、砕け散ったドアの前にはエリスの親友の、黒髪紫眼の少女が立っていた。

 

「セ……セフォネっ!」

「何とか、間に合ったようですね」

 

  杖をトロールに向けたまま、静かに歩いていく。その目には、普段優しげな笑みを浮かべる彼女からは見ることのないような怒りが浮かんでおり、口元に讃えた微笑が恐ろしく感じられた。

 

「よくもまあ……(わたし)の友人に手を出してくれたな……雑種風情が!」

 

  普段のお嬢様然とした口調とは違う、高圧的な口調。

  セフォネから放たれる濃厚な殺気に、知能が低いトロールでさえもたじろぐ。だがそれでも、トロールは棍棒を振り上げ、セフォネに襲いかかった。

 

エクスパルソ(爆破せよ)!」

 

  トロールの足場が爆発し、トロールは後方に吹き飛ばされ、衝撃で棍棒を取り落とす。

 

「■■■!? ■■■■■■■■■■■!」

 

  トロールは人間には分からない、うめき声のようなものを上げる。よろめきながらも立ち上がるトロールに、二本の巨大な釘が飛来し、その分厚い皮膚を貫通し、後ろの壁に縫い付けられる。 

  それは、セフォネが落ちた棍棒を釘に変え、双子の呪文で増やしたうちの2本を飛ばしたものだった。残りの4本がセフォネの頭上に浮いており、その先端をトロールへと向けている。

 

「■■■■■■■■■!」

 

  逃げようと必死に藻掻くトロール。だが、それは叶わず、ただ釘が食い込んで行くだけ。そこに容赦なく残りが打ち込まれ、血飛沫が上がる。喉を潰されたトロールはもはや唸り声を上げることも叶わず、ただその場に磔にされるのみ。

  しかし、頑丈さが取り柄のトロール。まだ死ねてはいなかった。

 

「まだ息があるのか……存外に頑丈なようだ、お前たちトロールは」

 

  笑みを浮かべて、しかし冷徹な目で、トロールを射抜く。そこにいるのは、もはやお嬢様ではなく、不敬を誅す冷徹な女王。

 

「ならば……業火に焼かれて死ぬがいい! "悪霊の火"よ!」

 

  そして、セフォネは杖を振った。その杖先からは巨大な炎が吹き出した。それはライオンの頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持つ異形の生物――キメラの形を形成し、磔にされて動けないトロールに襲いかかった。

  トロールから声なき悲鳴が上がる。一度火が付けばそれを全て焼き尽くす、呪われた炎。それは分厚いトロールの皮膚を秒で灰にし、骨まで焼き尽くさんと燃え続ける。

  ちょうどその時、廊下からバタバタと足音が聞こえ、マクゴナガル、スネイプ、クィレルがトイレに駆け込み、そして目の前の光景に目を疑った。4メートル大の何かしらのが、磔刑よろしく十字架に磔にされ燃えている。

  マクゴナガルは扉のすぐそこで呆然としているハリーとロンを見、個室のほうで同じく呆然としているエリスとハーマイオニーを見、最後に室内中央で杖を持つセフォネを見た。

 

「こ……これは……一体…」

 

  マクゴナガルは大きく目を見開き、スネイプもまた驚愕し、クィレルは尻もちをつき、言葉を失っている。

 ゆっくりと振り返る、彼女のその姿は、炎の十字架を背にし、顔に返り血を浴びた少女の姿は、その可憐な容姿に反して、ひどく恐ろしいものに見えた。

  セフォネは杖を振って火を消滅させる。半ば骨も灰になりかけていたトロールの残骸が、静かに崩れ落ちた。

 

「事情は(わたくし)からご説明申しあげますわ」

 

  そして、セフォネは普段と変わらない口調で、人当たりのよさそうな微笑を浮かべ、事実を述べた。

  エリスがトイレにいるため、トロールの脅威を知らないだろうと思い駆けつけると、ハリーとロンが女子トイレにトロールを閉じ込めた後だった。その為やむを得ず扉を破壊し、襲われる直前だった2人を盾の呪文で保護。その後、トロールを討伐した、という内容である。

 

「―――という事の次第にございます」

「……それは理解しました。しかし……」

 

  生徒たちには分からないが、教師たちは分かっていた。

  セフォネがトロールを倒すのに使った"悪霊の火"がどのようなものであるのかを。

  これは1年生で習う炎の呪文とは訳が違い、闇の魔術の部類に属する中でも高難度魔法。とても、12歳の少女が扱えるような代物ではない。

  セフォネは動揺している教師たちに、深く頭を下げる。

 

「身勝手な行動をお許し下さい。減点は覚悟の上でございます」

「……そうですね。1年生がトロールに立ち向かうなど、実に危険な行為です。ゆえに、ミス・ブラック、ミスター・ポッター、ミスター・ウィーズリー。貴方たちの寮からそれぞれ10点減点です」

 

  マクゴナガルは、しかし、と続けた。

 

「友を救うため、その窮地に駆けつけようとした姿勢、勇気は素晴らしいものです。グリフィンドールに15点ずつ追加。そして、トロールを討伐したミス・ブラックに30点を与えます」

「感謝いたします」

 

  ようやくショックから立ち直り、エリスとハーマイオニーがこちらに来ようとしたが、盾に阻まれて体制を崩した。

 

「痛っ!」

「ああ、すいません。フィニート(終われ)

 

  ぶつけた額をさすりながら、エリスがセフォネの側に来る。よほど思い切りぶつけたらしく赤くなっていた。

 

「怪我はありませんね。では、急いで寮へと戻りなさい。パーティーの続きを寮で行っています」

「はい」

 

  扉に一番近かったハリー、ロン、それに続いてハーマイオニーが出ていく。

 

「処分はお任せしてよろしいでしょうか」

 

  セフォネは骨になったトロールを、目で示した。

 生き物の命を奪ったことに何も感じていない様子のセフォネに、マクゴナガルは底知れぬ恐ろしさを感じ、僅かながら動揺する。

 

「え、ええ。後は私たちでやります」

「それでは、失礼いたします」

 

  セフォネはエリスと共に、砕け散った扉の破片が散らばる出口へ向かう。そして、スネイプとすれ違いざまに囁いた。

 

「お大事に」

 

  スネイプはここに来る前に、諸々の事情で足を怪我していた。その部分はローブで隠れているはずである。

  スネイプは驚いて振り向くが、すでに2人は地下牢へ向かっていった。

 

「……しかし、これは……」

 

  マクゴナガルが骨を見下ろして、震える声で言う。

 

「たった1年生で……"悪霊の火"を制御するなど……」

「ありえないことですな。しかし、現実にブラックは使ってみせた。それも難なく」

「……ダンブルドア校長に、報告してきます」

 

  杖を振って骨の残骸を片付けた後、マクゴナガルとスネイプは校長室へ向かい、クィレルは自分の部屋に帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  さて、こちらは地下牢。暗い廊下を、セフォネとエリスは歩いていた。

 

「セフォネ」

「何ですか?」

 

  先ほど死の恐怖にたたされ、ようやく落ち着いたらしいエリスが、"清めの呪文"で顔に跳ねた血を拭ったセフォネに話しかけた。

 

「さっきはありがとう」

「どういたしまして」

 

  そう言って穏やかに微笑むセフォネは、トロールと対峙していた時の恐ろしさなど、微塵も無かった。

  そのギャップに戸惑いつつも、エリスは言葉を続けた。

 

「セフォネって強いんだね。後、怒るとめっちゃ怖い」

「そんなことないですよ。別に普通ですわ」

「あんたが普通だったら私は虫レベルよ……1つさ、お願いしてもいい?」

「はい?」

「私に戦い方、教えて」

 

  エリスは、怯えるだけで何も出来ないのが嫌だった。

  さっきもし、セフォネが駆けつけてくれなかったら、そう思うと背筋が凍る。あんな思いは2度としたくない。だから、強くなりたかった。

 

「構いませんが……どうして?」

「強くなりたいなって思って。もう、あんなに怖がったりしたくないし」

 

  "強くなりたい"。それは、セフォネが5歳のころ、両親の身に起こったことを知った時、彼女が思ったことだ。

  もっとも、そう思った動機はまったく違うが、それでもセフォネは当時の自分と今のエリスが重なって見えた。

 

「分かりました。放課後や夜に呪文などをお教えいたしますわ」

「ありがとう、セフォネ」

 

  2人はスリザリン寮に辿り着き、合言葉を言って中に入って、パーティーに参加した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  所変わって校長室。マクゴナガルとスネイプの報告に、ダンブルドアは眉根に皺を寄せる。

 

「そうか。あの子は"悪霊の火"を……」

「はい。彼女の能力は既に相当なものです。それに、闇の魔術に対する知識も深い。それを何に用いるのかは分かりませんが、もしそれが復讐だとすれば……」

「復讐か……」

 

  ダンブルドアは深く溜め息をついた。

 

「あの少女の境遇は、ハリーよりも酷なものじゃ。ポッター夫妻は悪に、悪として殺された。しかし、ブラック夫妻の場合は、正義の名のもとに危害を加えられたのだ。父は殺され、母は廃人と成り果ててしまった」

 

  悲痛さを讃えた表情のマクゴナガルが続いて言った。

 

「ある意味では、ミスター・ロングボトムとも同じ境遇にあると言えます。しかしこれも、悪が悪として行なった行為」

 

  スネイプがその言葉に頷いた。

 

「左様。"ブラック家の惨劇"における最大の問題は、それを引き起こしたのが死喰い人ではなく、闇祓いだった点にある。それも、間違った情報によって」

 

  ペルセフォネ・ブラックという少女の境遇を、10年前にブラック家で起こった悲劇を、ダンブルドアは思い出し、その悲惨さに項垂れるしかなかった。

 

「いずれにせよ、我々は彼女が闇に誘われないようにせねばならない。寮監として……いな、何より()()()として彼女を気にかけてやってくれ、セブルス」

「かしこまりました」

 




トロールフルボッコ。
そして、ブラック家に起きた悲劇。
この後、セフォネは闇の者となるか、ダンブルドアとともに戦う道を選ぶのか、はたまた全てを傍観する道を選ぶのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クィディッチと訓練と図書館

 今日の朝食の大広間は、活気に満ち溢れていた。いつもそうだと言われればそうなのだが、今日は特に。何故ならば、今学期初めてのクィディッチの試合が行われるからだ。グリフィンドール対スリザリンという、因縁の対決である。

 

「いやー、遂に来たわね!」

「ああ。どれだけこの日を心待ちにしていたことか。そして来年は、絶対にチームに入ってやる」

「私もよ」

 

  朝が弱いはずのエリスは、何故だか今日に限って早起きだった。ドラコもドラコで、いつものような不遜な態度が鳴りを潜め、無邪気に試合を心待ちにしている。

 

「そんなに面白いのですか?」

 

  そんな中、1人平常運転のセフォネが、隣に座っているルームメイトのキャシーに尋ねた。

 

「ええ、勿論。あなた、見たことないの?」

「何分、スポーツとは無縁の生活でして」

「へぇ。魔法界でクィディッチの試合見たことない人がいるなんて、思ってもいなかったわ」

 

  クィディッチは魔法界において最も人気のあるスポーツとされる。その人気は、老若男女問わず。マグル産まれでもない、ましてや名家の出のセフォネがそれを見たことがないとは、考え難いだろう。

 

「ま、この際だから、そこで熱くなってる2人に解説頼んだら?」

「そうですわね」

 

  その会話を聞いていたエリスが、パンを加えたまま親指をグッと立てた。

 

まかふぇて(まかせて)クフィッチんみひょくほ(クィディッチの魅力を)ああたにおひえてはげるは(あなたに教えてあげるわ)!」

「取り敢えず落ち着いてください、エリス」

 

  11時。ホグワーツのクィディッチ競技場に、全校生徒が集まっていた。11月のこの季節、肌を刺す冷たい風が吹く中、そんな寒さをものともしないような熱気が、観客席には溢れている。

  スリザリン生は緑の地に銀の蛇が描かれた寮旗を掲げ、グリフィンドール生は真紅の地に金の獅子が描かれた寮旗を掲げて、それぞれの寮代表選手を応援する。

  グリフィンドールの観客席に"ポッターを大統領に"と書かれた、およそ罰ゲームのような垂れ幕を掲げている奴らがいた。

 

「大統領って……馬鹿みたい」

「グリフィンドールの奴らは頭がおかしいんじゃないか」

 

  エリスは呆れて溜め息をつき、ドラコは不愉快そうに鼻を鳴らした。そんな2人に、セフォネは苦笑する。

 

「それは否定できませんわね。ですが、あれは初試合で緊張気味のポッターを和ませるためのものかと」

「にしても意味不明よ。英国にはpresident(大統領)はいないわ。いるのはprime minister(首相)よ」

 

  そう、イギリスは大統領制の社会ではなく、議院内閣制の社会。そのため、国のトップは首相である(正しくは女王だが)。エリス曰く、せめてそこは、"首相に"にすべきだろう、という訳だ。そういう問題ではないのだが。

 

『さあいよいよ因縁の一戦が始まろうとしています! 本日の試合はグリフィンドール対スリザリン! グリフィンドールはここ6年に渡りスリザリンの卑怯なラフプレーの前に涙を呑んでおります。さあ、是非今年こそはその雪辱を果たしてもらいたいものです!』

「ジョーダン!」

『失礼、マクゴナガル先生』

 

 実況席にはグリフィンドール生の実況、リー・ジョーダンが座っており、そのグリフィンドール贔屓の内容にマクゴナガルが叱咤を飛ばしていた。

  教師たるもの、公平でなくてはならない。が、内心では何としてもグリフィンドールに勝利してもらいたいのだろう。その為に、校則を捻じ曲げてまでハリーをチームに入れたのだから。

  暫くして、選手たちが箒に乗って入場してくる。

  これまたグリフィンドール贔屓の選手紹介が終わった後、キャプテン同士が握手という名の、互いの手の握り潰し合いを終え、試合が始まった。

  試合が白熱していき、得点は50点対20点でスリザリンのリード。途中、ハリーがスニッチを見つけて捕まえようとしたが、スリザリン側の反則行為により妨害された。

  その後、スリザリンが得点した時、ハリーの身に異変が起こった。彼が乗るニンバス2000が、彼を振り落とそうとしているのだ。

 

「なんでしょうか、あれは? 箒の不具合でしょうか」

「さあ?」

「分からん。でも、ポッターが乗っているニンバス2000は最新式の箒だ。不具合なんて起こるはずがない」

「とすると……」

 

  外部からの干渉。それしかない。

 

(なぜ?)

 

  そんなことは決まっている。ハリーを殺したいのだろう。いや、殺すまでは行かなくても、怪我をさせるくらいかもしれない。

 

(それにしては、余りに遠回りな方法。不自然すぎます)

 

  ハリーを殺したければ、後ろから死の呪文を撃つなりなんなりすればいい。でも、その方法を用いず、あえて箒に呪いをかける。そのメリットはあるのか。いや、ない。だとすれば、これを行っている人物は、あくまでハリーの負傷を事故にみせかけたいか、あるいは直接手を下す勇気がない、ということだ。

  箒に呪いをかけることが出来るとなると、犯人は教師のうちの誰か。セフォネは教員席を見回す。すると、不審な人物が2人。

 

(スネイプ教授と…クィレル教授……?)

 

  どちらもハリーが乗るニンバス2000を凝視し、口を動かしている。2人がかかりで呪いをかけているのか。もしそうだとすれば、ハリーはとっくに箒から振り落とされている。ということは、片方が呪いをかけ、片方がその反対呪文を唱えている。どちらがどちらを唱えているかは分からないが、ともかく、この2人のうちどちらかが犯人である。

  突然、スネイプのマントの裾が燃え始め、教員席が慌ただしくなった。クィレルはなぜか倒れており、視界の隅に素早く逃げ去るハーマイオニーの姿が見えた。

 

  試合は結局、体勢を立て直したハリーがスニッチを飲み込んだ(・・・・・)ことによって、グリフィンドールの勝利に終わった。

 

「あれはルール上、いいのですか?」

「一応、スニッチを捕まえたことにはなるからね。初めて見たけど」

 

  スリザリンの敗北に、他の3寮が歓喜する中、スリザリン生は観客席から立ち去っていった。

 

 

 

 

 

  さて、クィディッチの試合が終わって暫く経ち、12月に入った。

  放課後の空き教室。普段なら人がいないはずのそこで、エリスが真剣な顔で杖を構えていた。

 

プロテゴ(護れ)!」

 

  すると彼女の目の前に、半透明のバリアが出現した。エリスはそれを、杖の先でコツコツ叩くと、盾の呪文の成功を確信し、満面の笑みになった。

 

「セフォネ!出来た出来た!」

 

  席について、何やら古ぼけた本を開いていたセフォネは、その様子に少々呆然としていた。

  セフォネがエリスに戦い方を教え始めて数回のレッスンで、エリスは急成長を遂げていた。"武装解除"や"全身金縛り術"は比較的簡単な呪文である為、すぐマスターしてしまったことも頷ける。しかし、盾の呪文はそれなりに習得が難しい呪文である。それを3日で、しかも放課後のレッスンだけで、たった1年生であるエリスがこれをマスターしてしまったのだ。驚くのも無理はない。

 

「驚きです……エリス。あなた、意外と戦闘のセンスありますね」

「意外って何よぉ」

「見た目と反して、と申しましょうか」

 

  エリスの容姿には、どこか庇護欲をそそるような、愛嬌のある可愛さがある。その明るい性格とも相まって、エリスはスリザリンのマスコットと化しているのだ。そんな彼女に戦闘のセンスがあるとは。

 

「もぉ……セフォネが大人っぽ過ぎるんだよ」

「普通だと思いますが」

 

  そう言うセフォネは、エリスの言う通り大人びている。身長もそうだが、女性らしい膨らみやらなんやらも、である。

 

「身長高いし」

「それは家系の問題ですわ」

 

  ブラック家の人間は皆、背が高い。ベラトリックス・レストレンジ然り、シリウス・ブラック然り。そんな家系に産まれたセフォネもまた、同年代の女子平均身長を超える背の高さだ。

 

「それに……」

 

  エリスはジーッとセフォネの胸に視線を集中させる。入浴時に顕となる服の下のそれは、エリスのそれよりも大きかった。

 

「……どこを見ているんですか」

「べ、別に負けてないもん。まだ、これから大きくなるもん」

「何の話ですか」

 

  と、それはさておき。セフォネは次にエリスに教える呪文を考える。

 

「"妨害呪文"か…はたまた"失神呪文"か……」

 

  悩んでいるセフォネの手元にある本を、エリスは覗き込んだ。

 

「さっきから気になってたんだけどさ、それ何の本?」

「"世界の古代魔術"です。ちょっとした趣味の調べもので」

 

  趣味と言ってはいるが、それはオリジナルスペルの開発である。

  目下開発中のものは"臭い消し"。芳香剤とかそういう意味ではなく、"17歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文"を無効化させるものである。

  しかし、これはかなり難しい問題であり、その糸口を見つけようと、世界各国の古い呪文が書かれた魔法書を読んでいるのだ。

 

「それさ、閲覧禁止の棚にあるやつじゃ……」

「スネイプ教授に許可を貰いました」

 

  普通であれば、1年生に閲覧禁止の棚にある本の閲覧許可など降りない。許可を貰えなければ、"目くらまし術"でも使って夜中に忍びこもうかと考えていたのだが、スネイプは意外にも、すんなりと許可をくれた。

 

「へぇ。返却日はいつなの?」

 

  エリスの何気ない疑問を聞くと、セフォネは少し考えて、やがて、あっ、と引き攣った笑みを浮かべた。

 

「…………今日でしたわ」

「今日!?早く返さないと、マダム・ピンスから出禁喰らうよ!?」

「そうですわね。すいません、では今日のところはここまでで。図書館に行きます」

「私も行くわ。ちょっと借りたい本があってね」

 

  2人は教室を後に、図書館へ向かう。ホグワーツの図書館には何万という蔵書があり、それら全てを管理するのは司書、イルマ・ピンスである。セフォネは彼女に"世界の古代魔術"を返却し、エリスが"ホグワーツの歴史"を借りた時、見慣れた3人組が、必死に本を捲っているのが目に入った。

 

「あら、久しぶりね、ハリー、ロンと……」

「ミス・グレンジャーです。魔法薬学で同じクラスじゃないですか」

「ついでに言えば、一緒にトロールに襲われたけどね」

 

  2人はいたって普通に話かけたが、ロンからは警戒した目で見られた。ハリーとハーマイオニーは戸惑っている。

 

「何その反応。まったく、私たちがスリザリンってだけで、警戒しすぎよ」

「ご、ごめん。そんなつもりは無かったんだ」

 

  3人の態度にムッとしたエリスに、ハリーが釈明した。そして、その横に立つセフォネに視線を向ける。

 

「そうだ、セフォネ。この前はありがとう」

「この前?」

「トロールのことだよ。ハーマイオニーを助けてくれただろ」

 

  セフォネとしては実際、エリスを助けたかっただけなのだが、結果としてハーマイオニーも助けていた。

 

「ああ、そのことですか。お構いなく。大したことではございませんので」

「いや、ちゃんとお礼を言わせてもらうわ。本当にありがとう、ブラック」

 

  この少女は、かなり真面目なのだろう。ちゃんと頭を下げてお礼を述べた。律儀なハーマイオニーに、セフォネは笑みを向けた。

 

「ですから、お構いなく。後、私のことはセフォネで構いませんわ」

「じゃあ、私もハーマイオニーでいいわ。ねえ、1つ聞きたいんだけど」

「何ですか?」

「あなたって、本当にあのブラック家の当主なの?」

 

  ハーマイオニーはマグル産まれである。よって、マルフォイと同じで名家の出身であるセフォネは、ハーマイオニーのことをよく思わないに違いない、と思っていた。しかし、セフォネにはそんな様子はない。その為戸惑っていたのだ。

 

「そう自慢するものでもありませんが。私はドラコとは違い、純血主義に傾倒しておりませんので、その点はご心配なく」

 

  その言葉に、ハーマイオニーよりもロンのほうが驚いていた。汽車で似たようなことを言ったはずなのだが、彼から見ればスリザリンは全員感じが悪く、マグル嫌いだという考えが強いのだ。それはそれで差別行為であろう。

  そんなロンの様子に、エリスは溜め息をついた。

 

「はぁ、だからね……まあいいわ。何か調べもの?」

「えっと……まあ、そんなところ」

 

  と、ロンは言葉を濁したが、ハリーはこの2人に警戒心があまりないようで、素直に真実を語った。

 

「ねえ、2人はニコラス・フラメルって人、知ってる?」

「おい、ハリー!こいつらスリザリンだぞ!?」

 

  彼らはスネイプが狙っている(と思い込んでいる)、ニコラス・フラメルに関係するものを探していたのだ。それを、スネイプのお膝元であるスリザリン生に聞く者がいるだろうか。ロンの驚きも納得である。

  ロンはハリーを責めていたが、セフォネの言葉に固まった。

 

「存じておりますが……解答をお求めですか?」

 

  3人は額を寄せ合ってヒソヒソと相談する。見た限り、ロンは反対、ハーマイオニーとハリーは賛成、といったところか。エリスはその様子に怒りを通り越して呆れていた。

  意見がまとまり、代表してハリーが言った。

 

「お願い」

「ニコラス・フラメルとは歴史的に著名な錬金術師のことです。賢者の石の創造に成功した唯一の人物として知られております。確か、昨年で665歳になられたはずです」

 

  自分たちが何日もかけて調べていたことの答えをスラスラと淀みなく話され、3人は暫し固まっていた。

 

「何故、あなた方は彼を調べておいでで?課題ではございませんが……」

 

  3人の肩がピクリと動く。何か秘密がある、そう思ったセフォネは開心術を使うことにした。

  別になんの為に調べていようと勝手だが、情報を提供した以上、その理由を覗き見ても構わないだろう。だが、普通に開心術を使うだけではつまらない。どうせなら、自分たちに敵意を見せるロンを、少しからかってやろうと思った。

 

「ミスター・ウィーズリー。何か隠していませんか?」

 

  急に指名され、ロンはあわてて言い訳をした。

 

「べ、別に、何も。ちょっと気になっただけなんだ」

「本当に?」

「ほ、本当だ……ぁっ!?」

 

  セフォネは顔をロンに近づけ、そのブルーの瞳を覗き込む。セフォネが接近するにつれ、ロンの顔が赤くなっていく。

 

「本当に?」

 

  セフォネの顔は、ロンがその息遣いをも感じ取れるほど近い。

  雪のように白い肌。宝石のような彩色の神秘的な瞳。ほんのりと湿った、淡い桜色の唇。彼女の見事な黒髪は、重力にしたがって肩から滑り落ちる。少し香水を振っているのか、果実系の甘い香りがロンの鼻をくすぐる。

 

「本当に?」

 

  そのしなやかで細い指が、そっとロンの頬を撫でる。11歳の少年にとって、歳不相応なセフォネの色香は刺激が強すぎた。ロンのキャパシティは限界を超え、顔はその髪と同じくらい真っ赤に、目は焦点が合っていない。

 

(やり過ぎましたかね)

 

  とっくに心を読んだが、その反応が面白くて、ついついやり過ぎてしまった。

  放心状態のロンを見てセフォネはクスッと笑い、彼から離れた。

 

「悪戯が過ぎましたわ。では我々はここで。行きましょう、エリス」

「え、ちょ、待って、セフォネぇ」

 

  にこやかに微笑んで立ち去るセフォネを、エリスは追っていった。残されたハーマイオニーとハリーは、ロンを再起動させるのに大騒ぎし、マダム・ピンスに放り出されるはめになった。

 




エリスの戦闘能力が上がる、グリフィン3人組が原作と違ってクリスマス前に賢者の石を知る、ということでした。
セフォネが開発中の"臭い消し"、これって犯罪ですかね?まあいいか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリスマス

 クリスマス休暇は、全寮制のホグワーツの生徒が一時帰宅することが出来る。ほとんどの生徒はそれぞれの家に帰るが、中には学校に残る者もいる。

  エリスも、その1人だった。彼女の両親は聖マンゴの癒者で、その仕事にはクリスマスも何も関係ない。魔法界においても、医療関係者は多忙を極める。

 

「今年はパパもママも帰って来れないんだって」

 

  エリスは少し寂しそうだ。スリザリンの生徒の9割以上の生徒が帰る予定で、クリスマスに寮に残る生徒のリストに名前を書いているのは1年生ではエリスだけ。他にも残る高学年の生徒が2、3人いるが、それは試験勉強のためだろう。

  名簿を見て、1年生が自分しかいないことを見て、溜め息をつく。

 

「1年生は私1人か……」

 

  すると、隣にいたセフォネが、自分の名を書き足した。

 

「2人ですわ」

 

  セフォネの場合、帰っても帰らなくてもどちらでもいい。家に帰ったところでやることは、クリーチャーとお喋りするくらいだ。であれば、生まれて初めて出来た友達と共に、クリスマスを過ごすのも悪くない。

 

「なんだ、君たちは残るのか」

 

  後ろからドラコが話しかけてきた。

 

「うん。家の事情でね。ドラコの家はパーティーとかするの?」

「毎年盛大にやってるよ。魔法省の重鎮や名家の当主たちを招いてね」

「てことはさ、セフォネも行ったことあるの?」

「いいえ。社交界に顔を出したことは1度もありませんわ」

 

  セフォネは社交界に出るどころか、5年間、ほとんど家に引きこもっていた。別に外に出たくないとか言う訳ではなく、セフォネにとっては家で魔法の鍛錬をすることが、何よりも大事だったのだ。

  話は変わって、クリスマスプレゼントについての話になった。前述の通りの生活をしていたため、セフォネはプレゼントなど送ったことはない。

 

「プレゼント……って、何を送ればいいんですかね?」

「何をっていうか、こういうのって"想い"が大事だと思うよ」

「"想い"?」

「そ。その人をどう思っているか、どれほど思っているか、みたいなね」

 

  エリスの言葉に、セフォネは深く考える。プレゼントとは"物"が1番大事なのではなく、"気持ち"が大事なのだ。その考えは、不思議とセフォネの心に響いた。

  ドラコも何やら感慨深げに頷いていた。

 

「エリス、偶には良い事を言うじゃないか」

「偶にはって何よ」

「いつも良い事を言うのは、セフォネのほうだからね」

「……なぜか反論できないわ」

 

  2人の会話を上の空で聞きながら、セフォネはプレゼントについて真剣に悩むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  さて、クリスマス当日。

  セフォネが目を覚ますと、ベッドの脇にプレゼントの山があった。

 

「これ、エリスの分も混ざっているんですかね」

 

  そう思ってエリスを見ると、エリスのベッドの脇にもプレゼントの山が。

 

「それはこっちの台詞なんだけど……」

 

  セフォネもエリスも、数えるほどの人数にしか、プレゼントを送っていない。ルームメイトの2人やその他の懇意にしている1年女子数名、ドラコとその一味くらいだ。

 

「どうしましょうか? というか、誰から?」

 

  送り主を見てみると、スリザリンの知らない上級生やら、なぜか他寮の生徒からもいくつか。

 

「これレイブンクローから!? ……なんで?」

 

  彼女たちは知らないが、2人は寮内外にファンが多い。さすがにグリフィンドールからは届いていないが、レイブンクローやハッフルパフから何個か届いていた。

 

「さあ?」

 

  次々にプレゼントを開けていき、最後に親しい人からのプレゼントを開けた。ドラコからは高級菓子の詰め合わせ、エリスからは"クィディッチ今昔"という本が送られた。セフォネは何を送ったかというと、ドラコには、蛇を模したネクタイピン、エリスには薔薇の香水を送った。

  この歳で香水はまだ早い、という人も多いだろうが、名家出身が集まるスリザリンでは、1年生でも香水を振っているものが多い。かく言うセフォネもその1人。祖母曰く"女は常に身だしなみが大切"とのこと。

  その後大広間でクリスマスパーティーが行われ、たらふくご馳走を食べたりと楽しいクリスマスを過ごした。

 

 

 

 

 

  クリスマスの次の日。セフォネは夜、"目くらまし術"を使って姿を隠し、夜の校舎を散歩していた。考え事をしていたら目が覚めてしまい、寝付けなかったのだ。目的もなくブラブラ歩き、壁にかかっている絵画の中の人物たちがポーカーに興じている様子などを見ていると、突然、少し離れたところにあるドアが開いた。

  そして何者かの押し殺した足音が聞こえる。音の数からして2人だろう。だが、姿は見えない。自分と同じように"目くらまし術"を使っているのか、透明マントを使っているらしい。どちらにせよ、夜回りの先生ではないだろう。姿を隠して夜出歩くのは、生徒しかいない。

  そちらに気を取られていたら、足元にミセス・ノリス――管理人の飼い猫――が立っていた。暫しこちらを見ていたが、やがて歩き去っていった。

  もう1度ドアに視線を向ける。さっきの生徒たちはあの部屋で何をしていたのだろうか。興味を持ったセフォネはその部屋に入った。

  そこは昔使われていた教室らしく、机と椅子は壁際に積み上げられいた。その室内に、なぜか巨大な鏡が立てかけてある。金の装飾が施された枠の上のほうに字が彫ってあった。

 

『Erised stra ehru oyt ube cafru oyt on wohsi』

 

I show not your face but your heart's desire(私は貴方の顔ではなく貴方の心の望みを写す)……ですか」

 

  逆さに書かれた文字を読み解くと、"目くらまし術"を解き、鏡に自分を写した。そして、そこに映し出された物に驚愕した。

  鏡に写っているのは、自分の姿だけではなかった。その後ろに、2人の男女が立っている。紫の瞳を持つ男性と、黒髪の女性。

 

「な……ぜ……」

 

  男性は片方の手で女性の肩を抱き、もう片方の手はセフォネの肩に乗っている。

 

「…父様……」

 

  女性は、ベッドで虚ろな目で横たわっていた姿と違い、心の底から笑っているように、セフォネに微笑みかけている。

 

「…母様……」

 

  その時、セフォネの脳裏に浮かんだのは、服従の呪文で無理やり笑顔を作らせた、母の抜け殻。その胸に母のものであった杖を当て、絞り出すような声で、そのおぞましい呪文を唱えた自分。

 

『笑って死ねる、そんな人生を生きて……』

 

  母の、最後の願い。もはや残滓と成り果てた魂から伝えられた、最初で最後の言葉。

  その時思ったのだ。復讐など、意味がないと。復讐を成し遂げたところで、自分は笑って死ねない。父を殺し、母を傷つけた闇祓いたちを殺したところで、自分は笑えない。

 

 ―――では、何を望むのか? 自分はどうすれば、笑って死ねるのか?

 

  その答えはまだ見つかっていない。だが少なくとも、今の世界では、笑って死ぬことなど出来ない。だから、自分は"世界の変革"を望むのだ。

  それが悪によって成されるものでも、正義や偽善によって成されるものでも、その両者がぶつかりあった末で作りだされたものでも。

  どのような形であろうと世界が変わりさえすればそれでいい。それこそが、自分が、ペルセフォネ・ブラックという人間が真に望むもののはず。

  だが、実際は……

 

「うぁああああぁぁぁぁ!」

 

  セフォネは鏡に拳を打ち付けた。何度も何度も。だが、いくら膨大な魔力を有する彼女でも、肉体はただの非力な少女。鏡が割れることはない。セフォネは鏡に拳を打ち付けながら、膝から崩れ落ちた。

 

(わたくし)は……(わたし)は……」

 

  乗り越えたと思っていた。両親の死も、抑えられない憎しみも、幼くして当主という宿命を背負ったことも。

  力を手にすれば、それらを乗り越えられる。そう思って自分は、これまで生きてきたのだ。この歳であれ程の技術を持っているのは、その為なのだ。5年という年月を、ただただ魔法の鍛錬に費やしたのは、その為なのだ。

 

「わたしは……」

 

  乗り越えてなど、いなかったのだ。自分はいつまでも、ただの弱い少女だったのだ。

 目の前がボヤケてくる。セフォネは涙を流すことが嫌いだ。それは弱さの象徴だから。自分の弱さを肯定することだから。

 だが、今だけはと、この時ばかりは許された一滴の涙が、眼から溢れ落ち、頬を伝う。

  霞んだ視界に入る鏡には、両親の背後に1人、2人と人物が浮かび上がってくる。自分に初めてできた友人たちだ。スリザリンの談話室で、楽しげに談笑している。

  それは、それこそがセフォネが求めていたもの。かつて身を焦がした"復讐"でもなく、今求めようとしてている"変革"でもなく、自分はただ、"平穏"を望んでいた。

  父がいて、母がいて。自分の隣で微笑んでいるような。

  友がいて、くだらない話で盛り上がり、共に笑い合っうような。

  当たり前の幸福な日常。しかし前者はもう、手に入れることは出来ない。叶うはずのない、儚き夢。

 

「…わたしはどうすれば………何を…求めれば……」

 

  どれ程の時が経ったのかは定かではない。だが、セフォネは長い間そこにいた。さっき許した1筋を除いて、涙を流してはいない。しかし、その心ではどうだったのか。それは、彼女自身も把握出来ない。それ程に、この鏡はセフォネの心をかき乱していた。

 

「っ……誰だ!」

 

  鏡の前にひれ伏すセフォネは、不意に人の気配を感じ取った。とっさに杖を抜き、振り返って狙いを定める。

 

「教師に杖を向けるとは。それにその殺気。いやはや、恐れいった」

 

  そこには、1人の老人が立っていた。誰であろう、ホグワーツ校長のアルバス・ダンブルドアである。

 

「アルバス…ダンブルドア……」

「ほぉ、わしを呼び捨てとはの」

 

  言葉とは裏腹に、責める気配はない。セフォネは杖をしまって立ち上がると、ダンブルドアに頭を下げた。

 

「申し訳ございません。突然のことに、動揺してしまいました」

「良い。もっとも、夜出歩いておることは、あまり良いことではないが」

「減点は覚悟でございます」

「いや、構わんよ。君以外にも出歩いておる者がおるようじゃからの」

 

  校則違反者を眼の前に、ダンブルドアは朗らかに笑う。その様子に戸惑うセフォネの右手に、ダンブルドアは視線を向けた。

 

「手は大丈夫かの?」

 

  思い切り鏡を叩いたせいか、セフォネの右手は赤くなり、小指に鈍い痛みが走っていた。それでも鏡は割れないのだから、"割れない呪文"でもかかっているのだろう。

  セフォネはさり気なく右手を左手で隠した。

 

「ええ、問題ございません。お気遣いなく」

 

  この質問から察するに、ダンブルドアには一部始終を見られていたのだろう。セフォネは警戒の眼差しを送る。

 

「ミス・ブラック、君は……」

 

  何を鏡に見たのか。そう尋ねようとしたダンブルドアは、不意に口をつぐんだ。セフォネが手で、その言葉を制止したからだ。

 

「それは、お答えできません。いくら貴方が、校長であろうとも」

 

  開心術は使えない。組分け帽子をも防ぐ閉心術を、セフォネは使える。しかし、ダンブルドアはこの少女の心を開く必要があった。もし彼女が鏡に見たものが復讐を成し遂げた姿だとしたら、彼女は闇に墜ちていく。それは、トム・リドルの再来になるかもしれない。

  そんなダンブルドアの心中を知ってか知らずか、セフォネは纏う雰囲気をガラリと変え、いつものように微笑んだ。

 

「乙女には、秘密の1つや2つはございますもの」

 

  あまりの豹変ぶりに、ダンブルドアは面食らったが、それが仮面であることを見抜いていた。他者に感情を知られないための、笑みという仮面。

  ダンブルドアはセフォネに調子を合わせた。

 

「そうじゃのぉ。これは無粋なことを尋ねた」

「いえいえ。それでは先生。お休みなさい」

 

  優雅に一礼した後、セフォネはダンブルドアの脇を通り過ぎ、扉に向かう。

 

「そうじゃ」

 

  ドアに手をかけたセフォネを、ダンブルドアは呼び止めた。

 

「はい」

「先日のトロールの件。礼を言わせてもらおう」

「大したことではございませんわ」

「"悪霊の火"を大したことないと言える学生など、そうそうおりはせぬ」

 

  その言葉に、セフォネの微笑みが一瞬揺らぐ。ダンブルドアは全てを見透かしたような、ブルーの瞳をセフォネに向ける。

 

「ミス・ブラック……いや、セフォネと呼ばせてもらう。セフォネや、憎しみは憎しみしか生まない。復讐の果てに、君が得るものは何もない」

 

  セフォネは思わず振り返り、ダンブルドアを見る。ダンブルドアは自分を勘違いしているようだ。思わず笑ってしまった。

 

「ふふ……あははははっ…!」

「何が可笑しいのかね?」

「復讐……そんなことを考えていた頃もございましたわ……ふふ…」

 

  突然笑いだしたセフォネに、ダンブルドアは困惑している。

 

「1つだけ、乙女の秘密をお教えしましょう、先生」

 

  鏡に写っていた本当の望み。それをセフォネは、心の奥深くに封じ込めた。そして、自分の意思が揺らぐことを恐れるように、高らかに宣言した。

 

(わたくし)の願いは"世界の変革"。ただそれだけですわ」

 

  僅かに目を見開き驚愕するダンブルドアを尻目に、セフォネは談話室へ戻っていった。

 




賢者の石やヴォルデモートとセフォネを絡ませるべきか、否か。それが問題です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学年末試験と深夜の散歩

  クリスマス休暇が終わり、新学期が始まった。いつも通りの日常が戻り、学生たちは勉強に追われる毎日。そんな中行われる、ハッフルパフ対グリフィンドールの寮対抗クィディッチ杯の試合が、ちょっとした物議を醸し出していた。突然、審判がスネイプに変更されたのだ。

 

「スネイプ先生がクィディッチの審判ねぇ……」

 

  呪文学の授業で、板書をノートに書きながら、エリスが呟いた。

 

「何かあったのかな?」

 

  他の寮の生徒たちは、スネイプはスリザリンがグリフィンドールに負けた腹いせに、嫌がらせをするためだと言っているが、仮にも教師である人間がそんな幼稚な真似をするはずがない。

 

「この前の、ハリーの箒の異常と何か関係が……」

 

  エリスは結構いい線いっている。いや、いい線どころではなく、もう少しで核心に触れられる。

 

「あの時、不審な行動をしていた人物は、2人おりました」

 

  流れるようなスピードでノートを取り終えたセフォネが語りだし、エリスはノートを取るのをやめて、それに聞き入った。

 

「1人はスネイプ教授。もう1人はクィレル教授。両名とも箒から目を逸らさず、呪文を唱えていた。どちらかが呪いを、どちらかが反対呪文を。その時は犯人は特定出来ませんでしたが、これでハッキリしました」

「スネイプ先生が犯人ってこと?」

 

  いや、そうではない。ハリーを殺すために、わざわざ接近するのは、非合理的すぎる。犯行が発覚する恐れが大きいからだ。そのことから、スネイプはハリー側、正しくはダンブルドア側の人間であり、犯人はクィレルだということが分かる。

 

「そうではございません。危害を加えるのであれば、遠くからのほうが、即ち観客席からのほうが都合がいい。わざわざ審判になったスネイプ教授は守る側なのですよ」

「じゃあ……クィレルが犯人!? …信じられないわ……」

 

  いつも挙動不審で、おどおどしているクィレルが人を殺そうとするなど、考え難いことだ。だが、事実はそれを証明している。

  その時、終業のチャイムが鳴り、授業が終わった。その後授業はなく、夕食まで時間もあるため、2人は図書館に向かった。

 

「でもさ、なんでクィレルはハリーを……」

 

  その道すがら、エリスがさっきの話の疑問点を口にした。彼女の言う通り、クィレルにはハリーを殺す動機がない。

  セフォネにはそれについての考えがあったが、証拠のない憶測に過ぎなかった。

 

「ここからは私の憶測ですが、それでも良ければ聞きますか?」

 

  エリスが速攻で頷いた。この少女も好奇心が旺盛なタイプらしく、組分け帽子はレイブンクローと迷っていたらしい。それはさておき、セフォネが持論を語りだした。

 

「彼は今年、ホグワーツの教職に就きました。その前は世界旅行をしていたとか」

「それが?」

「丁度去年、"闇の帝王"がアルバニアに潜伏しているとの噂がございました」

 

  一部の雑誌や新聞が書き立てた、事実無根の記事であるが、世界中の人物がヴォルデモートは死んだと思っているわけではなく、力を失い隠れている、と考えている者もいる。その信憑性はそれなり、といったところだ。

 

「もし、教授がそこで"闇の帝王"に遭遇し、その一味に加わったとすれば……」

「じゃあ、クィレルは"例のあの人"の命令でハリーを殺そうとしてるってこと?」

「あくまで憶測ですが」

 

  何でもないようにセフォネは言うが、これは一大事である。ヴォルデモートがハリーを狙っているのだから。

 エリスは思わず声を上げた。

 

「それってハリーがめっちゃ危ないってことじゃないの!?」

「ですから、スネイプ教授がそれを食い止めているのでは? それに、ホグワーツ程安全な場所はありません。何せ、ここにはダンブルドアがいるのですから」

 

  かつてヴォルデモートとその一味である"死喰い人"たちが猛威を振るっていた暗黒の時代、ヴォルデモートはダンブルドアにだけは一目おき、このホグワーツは唯一手を出せなかった場所なのだ。

  エリスは納得したように頷いた。

 

「そうね……それにしても、スネイプ先生がハリーをねぇ……」

 

  普段の魔法薬学の授業風景からさっするに、スネイプはハリーを嫌っている。もはや憎しみすら抱いているかもしれない。そんなスネイプがハリーを守るとは。

  セフォネもそう思ったのか、苦笑いした。

 

「人間の心理は複雑なのですよ」

 

  さて、試合当日。セフォネは他の生徒たちと違って競技場に向かわず、図書館にいた。ちなみに、"目くらまし術"を使っているため、司書のマダム・ピンスには気付かれていない。

  いくらスネイプのお気に入りであるセフォネであろうとも、"闇の魔術"関連の本の貸出許可はくれないだろう。そう思ったセフォネは、学校の教員、生徒のほぼ全てが出払う時を狙った。

  音もたてずに侵入し、閲覧禁止の棚から目当ての本を持ち出す。そして、"双子の呪文"でそっくりなダミーを作り、それを本物があった場所に戻した。セフォネは偽装工作を終え、"検知不可能拡大呪文"がかかったポーチにそれをしまい、競技場へ向かった。

  競技場につくと、既に試合が終わっていた。

 

「まだ数分しか経過していないはずですが……」

「セフォネ!」

 

  離れた場所の人混みから、エリスがやってきた。

 

「どこにいたの?」

「お手洗いに。試合は?」

「ハリーが開始5分でスニッチを捕まえた。グリフィンドールの勝利だよ」

「あらあら。これはグリフィンドールの優勝が決定ですかね? ドラコはさぞ悔しいことでしょう」

「だろうね。あ、噂をすれば。ドラコー……ってどうしたのその痣!?」

 

  ドラコの目の周りには、青い痣ができていた。誰かに殴られたような跡だ。

 

「ちょっと転んだんだ」

 

  と言っているドラコの心を、セフォネは開心術で覗いた。どうやら、ドラコがネビルに絡み、その後ロンも交えての取っ組み合いになったようだ。クラッブとゴイルに1人で立ち向かったネビルは、医務室行きらしい。

 

「ウィーズリーたちと喧嘩ですか」

 

  なぜか事実がばれ、ドラコが言葉をつまらせた。

 

「うっ……」

 

  その様子を見て、エリスが呆れる。

 

「もう、何やってんのよ。あんたたちは本当に……ちょっと見せて」

 

  ドラコの顔の傷を見て、エリスは杖を取り出した。

 

エピスキー(癒えよ)

 

  すると、ドラコの顔に出来た痣がみるみるうちに消えた。ドラコは顔に手を当て、痛みがひいたことに驚いていた。そして、傷が治ったことを知ると、エリスに礼を言った。

 

「すまない、迷惑をかけたね」

「これからは、あんまり暴れないことね」

 

  これだから男の子は、と呆れるエリスとともに、城へ戻った。

 

 

 

 

 

  復活祭休暇は、学年末試験にむけての勉強があるため、生徒たちはクリスマス休暇ほど浮かれることは出来なかった。

  スリザリンの談話室では、1年生の女子数名が集まり、勉強会のようなものを開いていた。その中心にセフォネはいた。

  セフォネは最初、エリスが分からないと言ったところを教えていたのだが、その教え方が良かったらしい。それを聞いていたルームメイト2人が加わり、その友達が加わり、といった具合でちょっとした集団ができていた。

 

「ねえ、私たちもいいかしら」

 

  そこに、2人の女子生徒が話しかけてきた。1人はパンジー・パーキンソンという、パグ犬に似た生徒。もう1人は、セフォネの従妹であるミリセント・ブルストロードだ。

 従妹とはいうものの、セフォネとミリセントはまったく似ていない。というか見た目は正反対である。同じなのは身長くらいで、セフォネとは対照的に、ミリセントはかなりがたいがよく、女版のクラッブといった感じである。

  パンジーとミリセントは、セフォネとエリスのように2人で行動していることが多い。そして、自分たちと違って容姿端麗な2人に嫉妬し、あまり近づいていなかった。だが、スリザリンの女子生徒たちはセフォネの周りに集まり、その為孤立しかけていたのだ。要するに、寂しいので輪に入れてくれ、ということである。

  今ままで自分を避けていた2人が話しかけてきたことに、セフォネは少し意外そうな顔をしたが、素直に頷いた。

 

「構いませんよ」

 

  こうして、計らずともセフォネは周囲の人望を集めていった。それと同時に、スリザリン全体の成績が著しく上昇していった。

 

 

 

 

 

  そんな復活祭も過ぎ、多くの生徒たちの注意が学年末試験に向き始めた頃のある朝、異変が起こった。

 

「グリフィンドールが150点減点!?」

「一体、何をしたのですかね」

「僕が説明しよう」

 

  ドラコによれば、グリフィンドールの英雄、クィディッチで寮を勝利に導いた、あのハリー・ポッターが、数名の仲間と共に馬鹿をやらかしたらしい。

 

「うちの寮も20点ほど減っていますが、これはあなたですか?」

「え、えーと……」

 

  バツが悪そうに目を逸らそうとしたドラコだったが、その前にセフォネに心を読み取られた。

 

(ドラゴン……?ミスター・ハグリッドは一体何をしているんですか、まったく…)

 

  ハグリッドが非合法で育てようとしたドラゴンが、彼の手に負えなくなったために、ロンの兄に頼んで引き取ってもらう算段をつけた。そして、ハリーとハーマイオニーの協力のもと、昨夜引き渡したらしい。

 ここからは推論だが、おそらくその帰りに2人は見つかった。そして、夜抜け出した2人を探したネビルも同時に見つかり、1人50点の減点を受けたのだろう。

 

「ま、これでうちらが首位に立ったわね」

「それで、レイブンクローとハッフルパフからも、グリフィンドールに険しい目が向けられているのですね」

 

  何年も連続で寮杯を獲得しているスリザリンから、今年こそは優勝を奪えるものと、この2つの寮もグリフィンドールに期待していたのだ。だが、その期待も虚しくグリフィンドールは最下位に落ちた。

 

「ハリーとハーマイオニーは気の毒だけど、そのおかげで今年も優勝できそうね」

 

  その思いは他のスリザリン生も同じで、ハリーと廊下ですれ違うたびにお礼を言う始末だった。

 

 

 

 

 

  その日から、生徒の間でのハリーに対する態度が一変し、学校一番の人気者だったハリーは、今や学校一番の嫌われ者となった。

 

「惚れ惚れするような手のひら返しですわね」

「まったくよね」

 

  図書館で勉強中のセフォネとエリスは、目の前で同じく勉強中のハーマイオニーに同情の視線を向けた。

 

「ハーマイオニーも災難だったわね」

「同情するなら点を頂戴」

 

  あの事件以降、ハーマイオニーも同じように嫌われていた。ハリーほど有名ではなかったので、それよりはマシであったが、誰も彼女に話しかけなくなった。

  そんな中、宿敵スリザリンの、この2人は図書館で会うたびに話しかけてくる。最初は嫌味を言いにきたのかと思えば、そんな雰囲気もない。元々同性の友達が少なかったハーマイオニーは、次第にこの2人と打ち解けていった。とはいえ、あまりおおっぴらに仲良くすることは出来ないので、こうして図書館で会ったとき、少し会話をするくらいだが。

 

「それで、今日罰則なんですか」

「うん。なんでも、禁じられた森に行くらしいの……」

「ホントに?いくらなんでも危ないんじゃないの?」

「やんちゃな生徒に恐怖を体験させる、という趣旨でしょう。怖がらずとも、安全は保証されます。でもまあ、もし本当に危険な時は、この呪文を使うといいでしょう」

 

  そう言うと、セフォネは呪文学の教科書のあるページを示した。

 

「ルーマス・ソレム?これって……」

「日光を出現させる呪文です。暗闇の中では充分な目くらましになるかと」

 

  ハーマイオニーにはまだ戦闘はできない。だから、応用しだいで武器になる呪文を教えたのだ。いくら教科書を全て暗記しているハーマイオニーとはいえ、緊急時にこれを思い出せはしないし、これを使おうとは思えないだろう。

  ハーマイオニーは少し考えて、イメージトレーニングした。確かに使えそうだ。

 

「ありがとう、セフォネ」

 

 

 

 

 

  さて、罰則を終えたドラコがしばらく具合が悪かったのを除けば何もなく、学年末試験を迎えた。

  魔法史、薬草学、闇の魔術に対する防衛術、天文学は筆記試験のみ。そして、呪文学、変身術、魔法薬学は筆記試験に加えて実技試験。

  呪文学の実技試験は、パイナップルを机の端から端までタップダンスさせるという内容で、実に簡単なものだった。

  変身術の実技試験は、鼠を嗅ぎたばこ入れに変身させるというもので、美しければ美しいほど点が入る。セフォネは家にあった嗅ぎたばこ入れと、そっくりな物を作り出した。銀製の、装飾や彫刻が施されているものだ。それを見たマクゴナガルは思わず拍手してしまった。

  魔法薬学の試験は魔法薬の調合。手順を覚えていれば簡単なもので、逆に覚えていない生徒は四苦八苦していた。

 

「終わったぁー」

 

  試験が終わり、その結果発表まで、生徒たちは自由に過ごすことができる。2人は湖のほとりに座り、久方ぶりの平穏な時を満喫していた。

 

「そいえばさ、セフォネ、"守護霊呪文"って知ってる? この前本読んでて出てきたんだけどさ」

 

  エリスの疑問に、セフォネは答えた。

 

「守護霊呪文とはその名の通り守護霊を創り出す呪文です。吸魂鬼(ディメンター)を追い払うためのもので、伝言を託すこともできます。形状は術者によって違い、基本的には動物の形を、時には魔法生物の形をとります」

「へぇ……出来る?」

「ええ、出来ますよ」

 

  セフォネはそう言って立ち上がると、懐から杖を抜いた。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)

 

  すると、セフォネの杖の先から銀色の霧が吹き出し、それは大きな鳥の姿になって、湖の上を飛翔する。

 

「これが守護霊です」

 

  セフォネは左手を差し出し、その上に守護霊が止まる。エリスはそれを眺めた。全長は1メートル超えで、羽を広げれば3メートルにも届きそうな大きさだ。

 

「これ何の鳥?」

「大鷲です」

「スリザリン生なのにレイブンクローの象徴?」

 

  エリスの指摘に、セフォネはクスリと笑う。

 

「可笑しな話ですよね。まあ、組分け帽子はスリザリンかレイブンクローかで迷っていたので、それも納得といえば納得ですが」

「そうなんだ……ねえ、これ私にも出来るかな?」

「どうでしょうか……今すぐには無理ですね。かなり習得に時間を有するものですから。私も出来るようになるまでに1年はかかりました」

「まさか、それは守護霊ですか?」

 

  後ろから、本を抱えたマクゴナガルが、かなり驚いた様子で近づいてきた。それもそうだろう、この年齢で守護霊を創り出せる者はそうそういない。

 

「ええ。そうです」

「驚きです。その歳で守護霊を創り出せるとは……」

「恐縮ですわ」

 

  マクゴナガルは感嘆するとともに、恐ろしさを感じていた。

 もし、これほどの才能を持つ少女が闇に墜ちていけばどうなってしまうのだろうか、と。それはトム・リドル以上の脅威になるかもしれない。

 

「どうかされましたか?」

 

  セフォネは守護霊を消し、マクゴナガルをジッと見つめた。全てを見透かしているような紫の瞳。そこでマクゴナガルはようやく気付いた。

 

(…まさか……!)

 

  気付かない間に、心に侵入されていたのだ。

 

(…開心術……!?)

 

  その驚愕でさえも、セフォネは見透かしているだろう。自分の思考は全て読み取られているのだ。だとしたら、それはいつから。

 

(…あの時から……)

 

  グリモールド・プレイスに出向いたあの時から、セフォネは全てを知っていたのだ。自分たち教員が彼女を危険視していることを。閉心術で心を閉ざすが、もう遅い。

  心を閉じたマクゴナガルに、セフォネは微笑みかけた。

 

「心配はご無用です。それを決めるのは、まだ先ですから」

 

  まだ先。ということは、いつかは闇の陣営になってしまうかもしれない。だが、それと同じくらいの確率で、自分たちの仲間になる可能性もある。

 

「それよりも、本はよろしいのですか?」

「ああ。そうね。早く返してこなければ。ご機嫌よう」

「ご機嫌よう」

 

  湖から校舎に向かって歩いていくマクゴナガルを、ハリーたちが引き止め、何かを訴えかけている。

 

「何だろあれ」

「さあ?」

 

  その晩。試験期間中の不規則な睡眠がたたって、セフォネの目は冴えわたっていた。こういう時は、無理に寝ないに限る。そう思ったセフォネは、最近趣味になりつつある深夜の散歩に出かけた。 もちろん"目くらまし術"はかけている。取り敢えず、どうせならこの機会にと、以前持ち出した閲覧禁止棚の本を元の場所に戻し、ダミーを片付けた。

 

(さて、と。どこに行きましょうかね……)

 

  そういえば昼間、ハリーたち3人組が何かを必死でマクゴナガルに訴えていた。もしかしたら、賢者の石関連の事件かもしれない。

 

(面白そうですね)

 

  セフォネは4階までやってきた。立ち入り禁止と言われた場所に賢者の石が隠されているのは分かっている。ロンに開心術をかけたからだ。

  すると、立ち入り禁止の扉が少し開いていた。まるで、誰かが入った後のようだ。好奇心に負けたセフォネは、その扉を開く。

 

「あれは……」

 

  扉の先には巨大な犬がいた。その頭は3つあり、血走った目で、姿が見えない侵入者を探す。

 

「三頭犬…ケルベロス……」

 

  セフォネに浮かんでいたのは、恐怖の表情ではなかった。面白いものでも見つけたと言わんばかりの表情だ。

  三頭犬は狂ったように、3つの鼻で嗅ぎ回る。その足元にはなぜかハープが置いてあった。

 

「あれを鳴らせということでしょうか」

 

  セフォネは杖を抜き、ハープに呪文をかけた。ハープが音楽を奏で始めるとともに、三頭犬は眠りについた。

 

「呆気なさすぎです」

 

  つまらなそうに呟くと、その足元にある扉に目を向けた。それは開いており、すでに何者かが入っていったことを示している。その先は真っ暗で、穴は相当深い。

  セフォネは少し迷ったが、どうせここまで来たならと、その扉の奥へ飛び込んだ。杖を下に向け、クッション呪文を使って着地する。しかし、その必要はなかったようで、足元はなんかしらの柔らかい素材だ。

 

「ルーモス」

 

  杖先に明かりを灯してそれを見ようとすると、突然足元に蔓が絡まり、体に巻きつこうとしてくる。

 

「悪魔の罠ですか」

 

  この植物は暗闇と湿気を好む蔓草で、生き物に巻きついて絞め殺そうとする。日の光に弱いという弱点を持つ。

 

「ルーマス・ソレム」

 

  日光を出現させると、とたんに蔓が弱まりほどけていった。

 

「これまた呆気ない」

 

  その後、奥へ続く一本道を進み、天井が高い部屋に出た。その部屋を無数の輝く鳥が飛んでいる。

 

「鳥……いや、鍵?」

 

  それは鳥ではなく、羽の生えた鍵だった。その部屋を横断し、扉の前までいくと、ドアノブに手をかける。しかし、鍵がかかっているようだ。

 

「なるほど。この中のどれかが当たり、という訳ですか」

 

  扉の取っ手は銀製。ということは鍵も銀製だろう。だが、飛び回っている中からそれを探すのは難しい。

 

イモビラス(動くな)

 

  部屋中の鳥が、ピタリと動くのをやめる。それと同時に、推進力を失って全ての鳥が地面に落ちた。その中から取っ手に合う鍵を見つけ、扉を開いた。

  すると、そこでは巨大なチェスがあった。

 

「チェス?」

 

  丁度、ロンが白のクイーンに頭を殴られ倒れたところだった。ハーマイオニーが悲鳴をあげるなか、クイーンはずるずるとロンを引きずっていく。ハリーは震えながらも、3つ左、キングの目の前に立つ。盤面から見て、チェックメイトだ。キングは自分の王冠を脱ぎ、ハリーの足元に投げ捨てた。チェスの駒は、左右へ別れて前進するための扉への道を開けた。

 

「お見事です、ミスター・ウィーズリー」

「誰!?」

 

  ハリーとハーマイオニーは声がしたほうを見る。が、そこには誰もいない。いや、見えない。

 

「ああ、そう言えばまだ"目くらまし術"を解いていませんでしたね」

 

  2人は現れたセフォネに驚愕し、声もでないようだ。セフォネはそれに構わずに、倒れているロンに近づき、傷を治してやる。出血が止まったのを確認すると、驚きのあまり固まっている2人のもとへ歩いていった。

 

「どうしてあなたがここに!?」

「深夜のお散歩中ですわ」

 

  セフォネは事実を言ったのだが、2人にはとてつもないほど警戒した目で見られた。

 

「いえ、本当ですよ?」

「……まあ、いいわ。じゃあ聞きたいんだけど、あなた、賢者の石のことは?」

「この先にあるのでしょう?」

「知ってたのね」

「それはともかく。早く行かねば賊に奪われてしまうのではないですか?」

 

  そう言って、次の扉に視線を向ける。ハリーとハーマイオニーはセフォネを追求することをやめた。

 

「次は何だと思う?」

「悪魔の罠……あれはスプラウトだったし……鍵に魔法をかけたのはフリットウィックね」

 

  セフォネが後に続けた

 

「各先生方が守りを敷いたのですか。今の巨大チェスはマクゴナガル教授ですかね。すると残りは、クィレル教授とスネイプ教授ということになりますわね」

 

  ハリーは扉に手をかけた。そして振り向くと、セフォネに言った。

 

「僕達はこの先に行く。君は?」

「ここまで来たからには、お伴させていただきますわ」

 

  ハリーは頷くと、扉を開けた。途端に、むかつくような匂いが鼻をついた。3人はローブを引っ張り上げて鼻を覆った。

  部屋の中に入っていくと、そこにはトロールが倒れていた。以前女子トイレに現れたものよりも大きく、その全長は7メートルほどか。気絶しているようだ。

 

「よかった。こんなのと戦わずにすんで……」

 

  ハリーがそう言って安堵した時、トロールがピクリと動き出した。

 

「え?」

「嘘!?」

 

  トロールはその時ちょうど意識を取り戻し、フラフラと起き上がった。

 

「あらあら。お目覚めですか」

 

  セフォネは自分に呪文をかけ、この悪臭を嗅がないようにし、ローブを元に戻す。

 

「何を呑気な……」

 

  ハリーがセフォネを見ると、どうだろうか。彼女は笑っていた。

 この生命の危機とも思える状況下で、あろうことか笑っているのだ。その笑みは、これから起こる戦闘への歓喜の笑み。ハリーはそれが狂気にしか思えず、思わず身震いした。

  セフォネはこちらの姿に気が付いたトロールの前に進みでて、芝居がかったお辞儀をした。

 

「この私、ペルセフォネ・ブラックがお相手いたしましょう」

 




セフォネの守護霊は大鷲ということで。
トロール復活。次回はセフォネの見せどころ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

賢者の石

「この私、ペルセフォネ・ブラックがお相手いたしましょう」

 

  セフォネが凛とした声で、高らかに宣言する。そして、ハリーとハーマイオニーが止める間もなく、杖を振った。

 

スピリタス・アリトス(怨霊の息吹)!」

 

  すると、巨大な旋風が巻き起こり、竜巻が発生する。そして、それはまるで意思があるかの如く、翼竜の形となり、トロールに襲いかかった。

 

「■■■■■■■■■!」

 

  無数の切り傷が、トロールの体中に刻まれていく。

  セフォネが放ったのは、いわば"悪霊の火"と同じく、意志を持った風である。竜巻で形どられた翼竜は、それ自体が無数の風の刃、斬撃であり、それに襲われればひとたまりもない。トロールは痛みに呻き、思わず唯一の武器である棍棒を取り落とした。

  しかし、丈夫さが取り柄のトロール。表面の傷は痛みを与えることは出来ても、致命傷にはならないようだ。

  セフォネは考える。どうすればトロールを倒せるか。前回同様 "悪霊の火"を使うことも出来るが、それでは芸がないし、燃え尽きるまで火だるまの状態で暴れられても困る。

  セフォネの視線は、トロールが取り落とした棍棒に向けられた。たしか、前回はこれを釘にし、トロールを磔にした。

  その時、セフォネの頭にある考えが浮かび、思わずニヤリと笑った。

  セフォネは杖を振り、棍棒をクレイモア・ソードに変化させる。ただの刃物でないのは、ちょっとした洒落っ気だ。さらに、それらに"双子の呪文"をかけ、8つに増やす。

 

「行きなさい!」

 

  セフォネが杖を振ると、クレイモアは一斉にトロールに襲いかかる。8本が、その巨大な体に突き刺さった。

 

「■■■■■■■■!」

 

  しかし、トロールは倒れない。クレイモアは1本たりとも急所には刺さっていない。いや、刺していない。この後にまだ、仕上げが残っているからだ。

 

エクソパルソ(爆破せよ)!」

 

  トロールに刺さったクレイモアが次々と爆破され、トロールの体はその勢いで千切れ飛んでいく。セフォネは盾の呪文で、飛んでくる血や肉片を防いだ。

 連続した爆発音の後に残ったのは、バラバラになったトロールの死体というか、かつてトロールだった何かだった。

 

「汚い花火ですこと。あまり品の良い殺り方ではありませんでしたね」

 

  セフォネは反省しながら、血肉の塊に成り果てたトロールをチラリと見ると、後ろにいるハリーとハーマイオニーを振り返って微笑んだ。

 

「さあ、次へ参りましょう」

 

  ハリーとハーマイオニーの顔は青ざめ、返事を返せずにいた。彼らには、トロールの惨殺現場は刺激が強すぎたのだ。ハーマイオニーなどはもう少しで吐きそうになっている。

 

「どうかしましたか?ハーマイオニー、ポッター」

 

  そんな2人の様子に、可愛らしく首を傾げているセフォネ。いち早くショックから立ち直ったのはハリーだった。

 

「い、いや…何でもない……ちょっと驚いて。それと、ハリーでいいよ」

「そうですか。では、ハリー、ハーマイオニー。次へ参りましょう」

「そうだね。行こうハーマイオニー」

「……え、ええ…」

 

  何とか気を取り直したハーマイオニーとハリーは、なるべくトロールの残骸を見ないようにしながら、次の扉へ向かう。その後にセフォネは続いた。

  次の部屋にはこれといった仕掛けがないように見えた。ただテーブルがあって、その上に大小様々な形の瓶が一列に並んでいる。

 

「何をすればいいんだろう?」

「スネイプだから、薬かしら?」

 

  先程のトロールや、その前の巨大チェスと違って印象が薄いこの部屋に、首を傾げる。3人が部屋に入ると、今通ってきた入り口で紫色の炎が燃え上がり、同時に次へと繋がるドアの入り口に黒い炎が燃え上がった。

 

「見て!」

 

  そう言ってハーマイオニーが取り上げた巻紙には、論理パズルが記されていた。どうやら、この7つの瓶の内、3つが毒薬で2つがイラクサ酒。そして、1つが黒い炎を、1つが紫色の炎を進むための薬らしい。

  ハーマイオニーが何やら呟きつつ、瓶を指差して考えている。セフォネも同時に考えるが、ハーマイオニーのほうが早く答えに辿り着いた。

 

「分かった! この1番小さな瓶が、黒い炎の中を通して"石"の方へ行かせてくれるわ」

 

  こういう頭の回転の速さでは、ハーマイオニーに軍配が上がってしまったようで、少しだけセフォネは悔しく思っていた。

 

「負けましたわ。流石です」

「いや、勝負してた訳じゃないんだけど……」

 

  と言っているが、褒められて嬉しそうにしているのは気のせいだろうか。

  そんな遣り取りを気にせず、ハリーが小瓶を取った。

 

「ギリギリ1人分かな」

「そのようですわね」

「紫の炎をくぐって戻れるようにするのはどれ?」

「これよ」

 

 ハーマイオニーは、1番右端にある丸い瓶を指さした。

 

「2人のうちどちらかがそれを飲んでくれ」

「ハリー!?あなた一体何を……」

 

  抗議しようとするハーマイオニーを、ハリーが制止した。

 

「いいから聞いて欲しい。2人のうちどちらかが戻ってロンと合流して、鍵が飛び回っている部屋で箒に乗る。そうすれば仕掛けもフラッフィーも飛び越えられる。真っ直ぐふくろう小屋に行って、ダンブルドアにふくろうを送ってくれ。暫くならスネイプを食い止められるかもしれないけど、僕じゃ敵わない」

「でも、ハリー。もし"例のあの人"と一緒にいたら? それに……」

 

  ハーマイオニーはセフォネを見る。ハリーよりも、セフォネのほうが強いと思えたからだ。

 

「確かに、君が思う通りセフォネのほうが僕よりも強い。でも、いくらセフォネでもスネイプやヴォルデモートには敵わないだろう」

 

  ハリーのその言葉に、セフォネは苦笑しつつも首肯した。

  なぜセフォネが苦笑しているのかと言うと、ハリーたちが敵をスネイプだと思い込んでいるからだ。真の敵はクィレルなのだが、ここでそれを言っても意味はないだろう。実際に目の当たりにしてもらったほうがいい。

  セフォネの苦笑の意味を解さぬまま、ハリーは言葉を続けた。

 

「でも、僕は、一度は幸運だったんだ。だから、二度目も幸運かもしれない」

 

  ハーマイオニーは唇を震わせ、ハリーに駆け寄って抱きしめた。そして、何やらハリーを褒め称えるような言葉をなげかけている。

 

「あの……」

 

  蚊帳の外のセフォネが、流石に居心地が悪いのか、控えめに呼びかけた。

 

「それで、ハーマイオニー。貴方が戻ってください。私は箒が得意ではございませんので」

 

  ハーマイオニーはバツが悪そうにハリーを開放すると、セフォネを見た。

 

「それはいいけど……貴方はどうするの?」

「ここでダンブルドア校長を待ちます」

 

  ハリーの救援に駆けつけるには、この部屋を通らなければならないだろう。そうすれば、閉じ込められたセフォネと、ダンブルドアは遭遇する。全てが終わった後、彼らと戻ればいい。

 

「そうね。じゃあハリー。幸運を祈ってるわ。気をつけて」

 

  ハーマイオニーは薬を飲むと、名残惜しそうに振り返り、炎の向こうへ飛び込んでいった。

 

「じゃあ、僕も行ってくる」

God bless you(神のご加護を)

 

  セフォネが微笑んでいうと、ハリーは軽く頷いた。そして薬を一息に飲み干し、"石"の部屋へ向かった。

 

「さて……これはどういうことですかね」

 

  誰もいなくなった部屋で、セフォネが1人呟いた。

  何かがおかしい。違和感がある。

  まず最初に、なぜダンブルドアがクィレルを放置していたのか、という問題だ。

  自分が気づくようなことを、あのダンブルドアが気づかない訳がない。だとしたら、ダンブルドアは分かっていながら、クィレルを泳がせた。

  そして恐らく、ハリー達が"賢者の石"のことを嗅ぎ回っていることにも気づいている。ハリー達がそれをまもるために、クィレル、もしかしたらヴォルデモートに立ち向かうことも。

  そこから考えられるのは、ダンブルドアは故意にハリーとヴォルデモートとの対決を止めなかった、ひょっとすると、そうなるように差し向けたのかもしれない。

 

「食えない狸ですわ。でも、それが事実だとすれば、ハリーは死なない」

 

  あのダンブルドアが、ハリーを死に至らしめることなどありえない。ということは、ハリーはヴォルデモートと対峙しても死なないということではないのか。

 

「そこに、ハリー・ポッターが"生き残った男の子"となった、あの"闇の帝王"から逃れた秘密が隠されている……興味がありますわ」

 

  セフォネは"炎凍結術"を使った。この呪文を施すと火あぶりにされても平気になり、炎に柔らかくくすぐられるような感触になる。かつて中世の魔女たちが火刑に対抗した術だ。

  さらにセフォネは"目くらまし術"をかけた。今回、自分はただの観客でいたいのだ。姿を晒して攻撃されたくはない。ヴォルデモートとの戦いというのも、中々魅力的ではあるものの、死ぬと分かっていて戦うほど、自分は馬鹿じゃない。

  幸いにもドアは開けっ放しで、セフォネが部屋に入ったことはバレなかった。部屋に入ると、そこにはターバンを外したクィレルが立っていて、後頭部から不気味な顔が顕になっている。

 

(あれが……"闇の帝王"…)

 

「捕まえろ!」

 

  クィレルのものではない、甲高い声が響く。クィレルは命令に従って掴みかかるが、悲鳴を上げて手を離した。なぜか、彼の手が火傷を負っている。

 

(なぜ……?)

 

  セフォネが顎に手をあてて考えているうちに、もう一度クィレルが襲いかかるが、痛みに耐えきれずに手を離した。

 

「それならば殺してしまえ!」

「アバダ……」

 

  クィレルが死の呪文を唱え終わる前に、ハリーがクィレルに飛びかかった。そしてハリーは、痛みに悶え苦しむクィレルにしがみつき、クィレルは悲鳴をあげる。ヴォルデモートは狂ったように叫び続けるが、クィレルが死ぬ直前に、その体から逃げていった。

  セフォネは"目くらまし術"を解き、気を失ったハリーと、死体となったクィレルを見下ろすと、ハリーのスラックスのポケットが膨らんでいることに気づいた。かがんでそれを取り出してみると、それは血のように赤い石だった。

 

「これが"賢者の石"……」

 

  セフォネは、それを興味深そうに、まるでジュエリーでも眺めるかのような視線で観察すると、立ち上がった。

 

「こんばんは、ダンブルドア校長」

「こんばんは、セフォネ」

 

  後ろから、炎をくぐり抜けてダンブルドアがやって来た。

 

「驚きじゃな。まさか君がここにいるとは」

 

  セフォネは振り返りると、ダンブルドアに微笑みかけた。

 

「成り行きですわ」

「あのトロールは君がやったのかね?」

「ハリー・ポッターやハーマイオニー・グレンジャーがやるとお思いで?」

「末恐ろしい娘じゃのぉ」

 

  朗らかな声で、ダンブルドアがそう言う。セフォネは心外な、といった表情になった。

 

「貴方に言われたくありませんわ。随分と策士のようで」

「何のことじゃ?」

 

  とぼけるダンブルドアに、セフォネは推論をぶつけた。

 

「貴方がこうなるように仕向けたのでしょう? 大方、ハリーには"闇の帝王"と戦う権利がある、との考えで」

 

  図星だったのか、ダンブルドアはほんの僅かに目を見開き、そして幾分真面目な表情になった。

 

「……軽蔑するかね?」

「まさか。そのおかげで、面白いものを拝見することが出来ましたから」

「面白い……とは?」

 

  訝しげな表情で、ダンブルドアが尋ねる。

  セフォネにとって面白い、とは一体何なのか。ヴォルデモートを見ることができたことか。それとも賢者の石か。

  ダンブルドアの推察はどれも外れた。その変わりに、思ってもいなかった答えが返ってきた。

 

「ハリーに施された"護り"のことです。齢1歳の赤子が、"闇の帝王"の死の呪文に対抗できるはずはない。ではなぜ、ハリーは"生き残った男の子"となったのか。それは、彼の母、リリー・ポッターが自らの命を投げ出してハリーを守った時に発動した"護りの魔法"。非常に古い、しかし強力な」

 

  セフォネはここで一回言葉を切った。

 

「愛する者を守るための自己犠牲。そんな発動条件が、まさか本当に達成されるとは、"闇の帝王"は思いもしなかったでしょうね」

 

  皮肉混じりの笑みを浮かべ、セフォネが言う。ダンブルドアは、その様子を見て気になった。彼女は愛を信じているのか、と。

 

「君は愛を信じておるかね?」

「人並みには」

 

  開心術を使えない以上、この言葉を信じるしかない。ダンブルドアはもう1つ、気になったことを尋ねた。

 

「もう1つだけ、聞いてもよいか?」

「お答えできる範囲のものであれば」

「君は結局……どちらの味方なのだ?」

「さあ、どうでしょうか。でも、今回の一件で、観客席の居心地も悪くないと思いましたわ。帝王に仕えるのも一興、対抗するのも一興、全てを傍観するのもまた一興」

「世界が変わりさえすれば、それでいいのかね」

「左様。それこそが、私の本懐なのですから」

 

  暫しの間、2人の間に沈黙が流れる。

  ダンブルドアの視線は、セフォネが持つ賢者の石に注がれた。

 

「それを渡して欲しい」

「破壊するのですか?」

「相変わらず察しのいい。その通りじゃよ」

 

  ダンブルドアはニコラス・フラメルとの相談の結果、賢者の石は破壊することにしたのだ。

  セフォネはダンブルドアが差し出した手に賢者の石を置いた。

 

「では私から、1つ頼みがございます」

「何かね?」

「これの欠片をくださいませんか?」

「君は永遠の命を望むのかね?」

 

  ダンブルドアは意外だった。セフォネは不老不死を望むようなタイプの人間に見えないからだ。

  しかし、セフォネから返ってきた答えはさらに意外なものだった。

 

「この世には不老不死などという物は存在しません。死を恐れる愚かな人間たちの、ただの夢想にすぎませんわ」

「では、何の為に?」

「研究の一環として、サンプルに頂きたいのです。ご安心下さい。これを分析して"賢者の石"を精製しようなどとは思いませんわ」

「研究?」

「ええ。いけないことですか?」

 

  ダンブルドアは暫し考えたが、ここはセフォネを信頼することにした。第一、欠片から精製できる程、賢者の石は単純なものではない。これを作りだせるのは、世界広しといえど、ニコラス・フラメルだけである。

 

「ふむ……まあ、良かろう」

「では、最後に1つ。この件に関しての褒賞は一切無用にございます」

「なぜだね?」

「申し上げた通り、私は成り行きでここにいるのです。"石"を守る為にここにいる訳ではなく、深夜のお散歩中なのですよ」

 

  悪戯っぽく微笑むセフォネに、ダンブルドアは思ず唖然としてしまう。

 

「散歩じゃと?」

「ええ。ですから、減点こそされ、加点されるような行いはしておりませんわ」

 

  にこやかに告げるセフォネに、ダンブルドアは朗らかな笑い声を上げた。

 

「ふぉっふぉっふぉ……まったく、君という娘はさっきから予想外すぎる…じゃが、面白い」

「お褒めの言葉と受け取っておきますわ。それでは校長先生、ハリーを医務室へ」

「そうじゃな。君は寮へ戻るといい」

「そうさせていただきますわ」

 

  セフォネは4階の階段でダンブルドアと別れ、寮へ帰った。




怨霊の息吹……悪霊の火の風バージョン。元から魔法界にある闇の魔術という設定

クレイモア・ソード……14世紀ごろイギリスで使われていたらしい剣。セフォネはトロールの棍棒をこれに変えると、トロール突き刺して爆破させた。

という訳で、クィレルがログアウトしました。次回で賢者の石編がついに完結。









目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1年の終わり

  賢者の石事件から3日が経った。生徒たちの間では、この事件はハリー・ポッターと2人の友人が活躍したことになっており、セフォネの存在は知られていない。これは、セフォネ自身が望んだことであり、3人には堅く口止めをしてある。

  なぜなら、スリザリンの生徒であるセフォネがグリフィンドール生である3人に手を貸すという事実は、世間体が悪いから。そして、セフォネが傍観者となる道を残したい為に、ヴォルデモートに逆らったハリーを手助けしたことが公になって欲しくなかったからだ。

  さて、ホグワーツでは今学期の学年度末パーティーが開かれようとしていた。

  大広間はグリーンとシルバーのスリザリン・カラーで飾られ、その象徴である蛇が描かれた巨大な大弾幕が教員が座るハイテーブルの後ろの壁を覆っている。

 

「7年連続での寮対抗杯優勝かぁ」

「今年の7年生は全ての学年で優勝したことになるね」

 

  エリスとドラコがやや興奮気味に会話している中、セフォネは静かにゴブレットを傾ける。

  自分の予想が正しいのならば、ダンブルドアは駆け込みで点数を入れるだろう。何点入れるかは分からないが、高得点であることは間違いない。それにより、スリザリンは2位に転落する。

  事件以降、医務室のマダム・ポンフリーに絶対安静を言い渡されていたハリーが大広間に入ってくると、途端に静まり返った。数秒後、再起動したかのように皆が会話を再開する。その話題は言わずもがなハリーのことだ。ハリーがロンとハーマイオニーの間に座ったと同時に、ダンブルドアが前に出てきた。

 

「また1年が過ぎた!」

 

 ダンブルドアは朗らかに言った。生徒たちは次第に静まっていき、ザワザワとした余韻が無くなると、ダンブルドアは続けて言った。

 

「一同。ご馳走にかぶりつく前に、老いぼれの戯言をお聞き願おう。何という1年だったろう。君たちの頭も以前に比べて少しは何かが詰まっていれば良いのじゃが……新学年を迎える前に、君たちの頭が綺麗さっぱり空っぽになる夏休みがやってくる。それでは、ここで寮対抗杯の表彰を行う。点数は次の通りじゃ。4位グリフィンドール、312点。3位ハッフルパフ、352点。2位レイブンクロー、426点。そして1位スリザリン、482点」

 

  スリザリンのテーブルから嵐のような歓声が上がり、大広間の空気を振動させる。ドラコなどゴブレットをテーブルに叩いて喜びを表現している。行儀が悪いので止めろとセフォネは言いたくなったが、これが空喜びになることを予想しているが故に、それが滑稽であった。

 

「よし、よし、スリザリン。よくやった。しかし、つい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」

 

 ダンブルドアの言葉に、大広間はシン、と静かになった。スリザリン生の歓喜の笑みが、引き攣ったものになる。

  ダンブルドアは1つ咳払いをした。

 

「えへん……駆け込みの点数をいくつか与えよう。えーと、そうそう……まず最初は、ロナルド・ウィーズリー君」

 

  ダンブルドアに指名されたロンの頬が紅潮し、赤かぶのようになったため、突然のことに唖然としていたエリスは思わず吹き出した。

 

「ここ何年か、ホグワーツで見ることができなかったような、最高のチェス・ゲームを見せてくれたことを称え、グリフィンドールに50点を与える」

 

  グリフィンドールから天井を吹き飛ばすような歓声が上がる。ロンの兄で監督生のパーシーは弟を誇り、

 

「僕の兄弟さ! 一番下の弟だよ。マクゴナガルのチェスを破ったんだ!」

 

  どうでもいいが、パーシー、マクゴナガルに先生をつけるのを忘れている。監督生なんだから、そこらへんはきちんとしなさい。

 

「次に、ハーマイオニー・グレンジャー嬢。火に囲まれながら、冷静な論理を用いて対処したことを称え、グリフィンドールに50点を与える」

 

 ハーマイオニーが、嬉し泣きで腕に顔を埋めた。グリフィンドール生たちは、あちこちで我を忘れて狂喜している。100点も増えたのだ。

 

「3番目は、ハリー・ポッター君……その完璧な精神力と、並外れた勇気を称え、グリフィンドールに60点を与える」

 

 耳をつんざくような大騒音だった。グリフィンドールは、トップのスリザリンに10点差まで迫った。

 ダンブルドアが手を上げたことで、大広間は徐々に静かになる。

 

「勇気にも色々ある。敵に立ち向かうのには勇気が必要じゃが、味方の友人に立ち向かっていくのにも、同じくらい勇気が必要じゃ。よって、ネビル・ロングボトム君に10点を与えたい」

 

  まるで大爆発が起こったかのような歓声が上がる。同時優勝だが、それでもグリフィンドールは勝利を勝ち取ったのだ。ハッフルパフ、レイブンクローもグリフィンドールと同じくらい歓喜の声を上げる。結局スリザリンをトップから引き摺り下ろす事は出来なかったが、しかし、今年はスリザリンに寮杯を独占されないで済むのだ。

 

「従って、飾り付けをちょいと変えねばならんのう」

 

 ダンブルドアが手を叩くと、飾り付けの半分がグリフィンドール・カラーの真紅と金色に変わり、横断幕は、半分が消え、そこにグリフィンドールのライオンが現れた。

 

「食えない狸爺ですわ……」

 

  自分が褒賞無用、と言った以上、トップから落ちるのは予想していたが、まさか同時優勝にさせるとは。こちらに気を使ったのか、公平にしたかったがゆえか。

 

「セフォネからそんな言葉が出るとはね」

 

  エリスはセフォネの発言を少々勘違いしているようだが、そう言っているエリスの顔も苦々しげで、他のスリザリン生たちも同様だ。ドラコなど怒りのためか驚いているのか、ゴブレットを持ったまま固まっている。

 

「さて、気を取り直して、頂きましょうか」

 

  さっさと気持ちを切り替えたセフォネは、ゴブレットに赤い液体を注いだ。

 

「……セフォネ、それワイン?」

「ええ」

「ええ、じゃないわよ! どっから持ってきたのよ!」

「教員テーブルから呼び寄せました。折角のパーティーですし。エリスも一杯どうですか?」

「貴方は最後まで変わらないわね……」

 

  お嬢様然としておしとやかでいつも微笑みを絶やさず、それでもって破天荒な一面も持つセフォネ。怒ると怖いし、やたら強いし、たまに憂いを秘めた瞳でもの思いに耽っていたり、その黒髪紫眼という容姿も相まって、どこかミステリアスな印象を与える彼女だが、エリスはそんなセフォネと友達になれて良かったと思った。

 

「ねえ、セフォネ」

「何ですか?」

 

  セフォネがゴブレットを机に置き、エリスに顔を向ける。エリスは満面の笑みで言った。

 

「来年もよろしくね」

 

  セフォネは微笑み返した。

 

「こちらこそ」

 

 

 

 

 

  翌朝、学年末試験の成績が発表された。談話室の掲示板に張り出されている用紙に、生徒たちは群がる。

 

「これは驚いたわ……」

「どうかしたんですか?」

 

  寝間着の上にガウンを羽織ったままのエリスに、既に制服のローブに身を包んでいるセフォネが尋ねた。

 

「あれ見てよ!掲示板の成績表!」

 

  言われた通りに成績表を見る。1位はセフォネ、2位はハーマイオニーで、続いて3位にエリスだ。

 

「凄いじゃないですか」

「1位のあんたが言うか……それもそうなんだけどさ、10位以内を、2位のハーマイオニー以外全てスリザリンで独占なんだよ!」

 

  エリスより下の名前を見ていくと、確かにスリザリンで独占している。8位にドラコの名もあった。

 

「おや、本当ですね。昨晩の意趣返しができましたわね」

 

  この朝飯の時間、知識を誇るレイブンクローから敵意と賞賛を込めた視線を送られ、スネイプは始終ご機嫌だったことは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

  ホグワーツでの1年を終え、生徒たちはこれから長い夏季休業を迎える。荷物を全て詰めたトランクを持ち、帰りの列車に乗り込む。セフォネとエリス、ドラコと他2名が同じコンパートメントに座った。

  初めてあった時の印象こそ悪かったが、セフォネとドラコはかなり打ち解け、今では友人関係である。10ヶ月前の列車での出来事を思い出し、セフォネの顔に笑みが浮かぶ。

  この1年は今までの人生の中で、最も楽しい1年だった。

 

「どしたの?セフォネ?」

「いえ、何でもありませんわ」

「で、そうそう。セフォネの家ってフクロウいる?」

「いませんわ」

「いないの!?じゃあ、どうやって連絡を……」

「えっと……」

 

  山篭もりならぬ家篭もりしていたセフォネは、誰かと連絡する必要などなかったし、第一グリモールド・プレイス12番地にはフクロウが届かない。だがしかし、今は友が、連絡を取り合う相手が出来たのだ。どうにかしなければならない。

 セフォネは適当に誤魔化しつつ、考えを巡らせていた。

 

(家に帰ったら郵便受けでも作りますかね)

 

  "マグル避け"と"検知不可能拡大呪文"、"盗難防止呪文"でもかけた物を作ることを考えた。

  幸い、今のセフォネが魔法を使っても、魔法省に探知されることはない。昨日の夜、ついに"臭い消し"が完成したのだ。古代の魔術と闇の魔術、それに錬金術を組み合わせて、ようやく形となった。立派な犯罪行為かもしれないが、自宅で魔法が使えないと、休暇中に鍛錬することも出来ないし、色々と不便なのだ。

 

  その後、ドラコが賭けは貴族の嗜みとか言って取り出したトランプ(自動でシャッフルする、絵が動く、不正防止機能付き)でポーカーをしたり、百味ビーンズを食べたりしているうちに、あっという間にキングス・クロス駅に到着した。

 

「じゃあ、手紙送るから!」

「ええ。心待ちにしていますわ」

 

  反対方向に行くエリスやドラコと別れ、セフォネは歩き出す。

 

「ハリー・ポッターよ! ママ、見て! 私、見えるわ」

「ジニー、お黙り! 指さすなんて失礼でしょう」

 

  改札口を出ると、そんな会話が聞こえた。声がしたほうを見ると、ハリーとロンとハーマイオニーが、赤毛の少女をつれた恰幅のよい女性に近づいていった。

  その後ろから口ひげの、機嫌悪そうにしかめっ面をした男性が何やら呼びかけ、とっとと歩いていく。ハリーはその人の後を追っていった。

  それを見届けたセフォネはタクシーを拾い、久方ぶりの我が家へ戻った。

 

「おかえりなさいませ、お嬢様」

 

  クリーチャーが帰宅した主人を出迎える。

 

「ただいま戻りましたわ、クリーチャー」

「お荷物をお預かりいたします」

「あら、大丈夫ですわ。このくらい自分で持てますもの。それよりも、お茶を準備していただけますか? 久しぶりに貴方が淹れた紅茶を飲みたいです」

「かしこまりました」

 

  3階にある自室に荷物を置き、再び居間に戻ると、紅茶の良い香りがした。すでに紅茶は準備ができており、茶菓子も添えてある。

 

「どうもありがとう」

 

  ソファーに座りクリーチャーが淹れた紅茶で喉を潤す。

 

「お嬢様。1つ、見ていただきたい物がございます」

「何ですか?」

「これで」

 

  クリーチャーが差し出したのは、1通の手紙。昔のものらしく、封筒のところどころシミが出来ている。

 

「掃除の最中に見つけたものでございます。私めには処分の判断ができかねましたので。ご確認を」

 

  宛名はアレクサンダー・ブラック、デメテル・ブラック。父と母に送られた手紙らしい。セフォネは封筒を裏返し、差出人を確認する。そこに書かれていた人物は……

 

「セブルス……スネイプ…!?」

 




賢者の石終了。
スリザリンの成績がいいのは、勉強会のおかげです。
そして、自宅で発見されたスネイプからの手紙……。
内容は次章にて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

THE CHAMBER OF SECRETS
夏休み


第二章秘密の部屋編スタートです。


  イギリス・ロンドン。グリモールド・プレイス11番地と13番地の間に、銀色の郵便ポストが立っていた。ところどころ装飾が施され、取っ手の部分は蛇を模したものとなっている。なぜこんな物がこんなところにあるのか、普通は疑問に思うだろうが、ここの住民は疑問に思うどころか、そのポストの存在さえ知らなかった。

  そこに1羽のフクロウが飛んでくると、ポストの蓋がひとりでに開く。フクロウはそこに手紙を落とすと、飛び去っていった。

  10分ほど経った頃、突然建物と建物の間から現れた少女が、ポストの中から手紙を取り出した。

  その少女――ペルセフォネ・ブラックが封筒を裏返して差出人を見ると、ホグワーツからの手紙であった。

  なぜ、ダンブルドアはこの家にフクロウ便が届くようになったことを知っているのかと、セフォネは首を傾げる。

 

「相変わらずの狸ぶりですこと。どこからか見ているのでしょうか」

 

  セフォネが自宅の防護魔法を強化しようかと思った時、さっきのとは別のフクロウが飛んでくる。フクロウはセフォネの頭上を旋回すると、ポストの上に止まった。

 

「フローラ」

 

 このフクロウ――フローラは、親友のエリス・ブラッドフォードが飼っているフクロウである。

  最初に来た時はなぜかセフォネを警戒し、やたら威嚇してきたり攻撃しようとしたりしたものだが、今ではすっかり慣れ、手を差し伸べればその上に止まるほどだ。

 

「エリスからですね」

 

  小さく呟くセフォネの声には嬉しさが滲んでいる。友人との手紙の遣り取りは、セフォネの夏休みの楽しみの1つであった。

  フローラを腕に止まらせ、セフォネは家の中に戻った。玄関に置いてある鳥籠の中にフローラを入れて餌を上げると、1階リビングのソファーに座り、手紙を読む。

  ホグワーツからの手紙は、去年の成績云々と、今学期必要な物。

  2学年用の呪文学の教科書。そして、"闇の魔術に対する防衛術"の教科書だ。なぜか、ギルデロイ・ロックハート著の本ばかりである。

 

「確かアンナがファンだとか言っていた人物でしたかね」

 

  ホグワーツの寮でのルームメイトのアンナ・フィリップスはこの人物の大ファンで、部屋にポスターを貼ろうとしていたほどだ。しかし、同じくルームメイトのキャサリン・メイスフィールドに止められた。

  セフォネはその時のことを思い出してクスリと笑うと、フローラが運んできた封筒を開けた。

 

「さて、エリスからは……」

 

『セフォネへ

 ホグワーツからの手紙は届いた? 明日ダイアゴン横丁でロックハートのサイン会があるらしいのよ。それで明日買い出しに行こうと思ってるんだけど、良かったら待ち合わせしない? ちょっと早いんだけど、9時に漏れ鍋でどうかしら』

 

  答えは勿論イエスである。

  セフォネは"呼び寄せ呪文"で羊皮紙と羽ペンを手元に寄せると、承諾の旨を書き記し、封筒に入れた。その上に赤い蝋をたらし、指輪を捺して封をする。

 

「フローラ。よろしくお願いします」

 

  手紙を託されたフローラは、玄関から飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  翌日の午前9時。セフォネは近くの路地裏に"姿現し"し、漏れ鍋へ向かった。店に入ると、丁度エリスが暖炉から出てきた所だった。

 

「お久しぶりです、エリス」

「久しぶり、セフォネ」

 

  2人は店の奥の中庭へ行き、ダイアゴン横丁へ向かう。書店へ向かうまでの道中の話題は、新しい教師のことだった。

 

「今回の"闇の魔術に対する防衛術"の先生さ、ロックハートのファンかな?」

「ともすれば、著者本人かもしれませんわね」

「だったらいいなぁ。去年のクィレル先生よりは大丈夫そうだしね。イケメンだし」

「やはり、貴方の基準は顔ですか」

「当たり前よ」

 

  フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店に着くと、既にそこは混み合っていて、結構長い列が出来ていた。

 

「あっちゃー。まだ早いのに結構並んでるよ。10分以上は待つかな……」

「私は先に自分の分を買ってくるので、並んでいても構いませんよ」

「そう? 悪いわね」

 

  エリスはロックハートのサイン会の列に加わり、セフォネは必要な本を買ってエリスの元に来た。

 

「それにしても、凄い人気ぶりですね」

 

  店に来た時は12,3分待ち程度だった列は、今や30分以上は待たねばならないほどの行列となっていた。

 

「なんたって勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員。そして、"週刊魔女"5回連続"チャーミング・スマイル賞"受賞したほどからね」

「大したことないじゃないですか」

 

  セフォネは、ロックハートのあまりの人気ぶりにハードルを高く設定していたが、別にどうということはない人物に思える。

  セフォネの祖父は勲一等マーリン勲章を持っていた。しかも、その理由が魔法省への多額の寄付。その為、彼女はあまりそういった物に価値を見出してはいなかったし、連盟の名誉会員という点でも、そこまで凄いこととは思えない。自分の親族には何人も死喰い人がいるのだ。チャーミング・スマイル賞とかいうのは知らないが、見た目で授与される賞なのだろう。

  本の表紙を見ても、彼が倒したらしい生物は、セフォネでも倒せるようなものばかり。有名な怪物であるキメラやドラゴン、バジリスクなどを倒したとなれば話は別であるが、それ程の実力を持っているとは思えなかった。

  少し落胆気味のセフォネに、エリスが言う。

 

「まあ、名家の当主だったりトロールを焚き火にする貴方から見ればそうかもしれないけどねぇ……でも、かなりのイケメンよ」

「結局顔ですか」

 

  詰まるところ、この人気ぶりの要因はそこである。セフォネが苦笑したところで、エリスに順番が回ってきた。

 

「やあ、お嬢さん。お名前は?」

 

  ロックハートはやたら甘い声でエリスに色々と話かけ、全ての本にサインしていく。

 セフォネは正直、こういうタイプの人間が好きではない。ざっと見る限り自己顕示欲の強いナルシスト気質だろう。

  サインを終えたロックハートは、エリスの脇にいるセフォネに視線を向けた。

 

「君の名前は?」

「いえ、私は結構でございます」

 

  速攻で拒否するが、ロックハートは絡みつくような視線を送ってくる。

 

「そう言わずに、ね。君も私のファンなのだろう?」

 

  ウインクをしながらいけしゃあしゃあと言ってくるロックハートに、なぜだろうか、普段は冷静沈着なセフォネだが、この男の喋り方1つ1つが、彼女の神経を逆撫でする。

  セフォネのナンパに対する耐性は、どうやらかなり低いようだ。その癖ロンを色仕掛けでからかったりするのだから、彼女の異性に対する感情は謎である。

 

「残念ながら、そうではございませんわ。ご機嫌ようミスター・ロックハート」

 

  セフォネは半ば逃げるように書店を出ていく。エリスもその後に続く。

 

「どうだった、ロックハートは?」

「容姿はよろしいようですが……性格が好みではありませんわね」

「じゃあさ、セフォネの好みの男性ってどんな感じ?」

 

  そう尋ねられ、セフォネは首を捻る。

  自分が会ったことがあり、なおかつまともに会話をしたことがある男性は、そう多くない。同年代ではハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ドラコ・マルフォイ。世代を無視すればスネイプとダンブルドア、後は自宅にある曾曾曾祖父、つまりは5代前の当主であるフィニアス・ナイジェラス・ブラックの肖像画くらい。具体的な好みの男性像というのが、セフォネにはまだ無かった。

 

「そう言われると……誰ですかね?」

「私に聞かれても」

 

  そんな話をしながら、次にやってきたのはイーロップのフクロウ百貨店。

 

「いらっしゃい」

 

  ここはその名の通りフクロウの専門店で、店内は鳥籠で埋め尽くされていた。

 

「……何故でしょうか」

 

  セフォネが店に入った途端に、フクロウたちが騒ぎ始め、威嚇してくる。

 

「フローラにも最初は攻撃されたものですが……」

 

  エリスのフクロウも、初対面の時はかなり警戒され、攻撃してきた。

  その様子を店の奥から見ていた店員がやって来た。

 

「お客さん。もしかして、闇の魔術の製品か何か持ってたりしますか? 動物はそういうのに敏感なんですよ」

 

  と言っている店員は、セフォネとエリスを見て、まさかね、と呟く。こんな少女たちが、フクロウが警戒するような闇の魔術の製品を持っている訳がない。

  しかし、セフォネはその説明で納得していた。この店員の言う通り、彼女は闇の魔術の製品を持っている。身に着けていると言った方が正しい。

  セフォネの左手首には、銀製の細めのブレスレットが巻かれていた。その中央には、真っ赤な血のような色をした直径4ミリ程の丸い石が埋め込まれている。

  一見ただのブレスレットだが、その正体は彼女が開発した"臭い消し"だ。"賢者の石"の欠片を魔力の媒体とした闇の魔術による"臭い"の撹乱、それを古代の魔術で石に封じ込めたものである。

  これは、魔法省の監視を潜り抜けることが可能なほど強力な代物であり、れっきとした闇の魔術の製品である。

 

「心当たりはありますわね……」

「「あるの!?」」

 

  セフォネが思わず漏らした一言に、エリスと店員の声が見事に被さる。セフォネは笑みを浮かべて誤魔化した。

 

「いえ、この指輪ですわ。先祖代々の物ですから、何があるのか分からないんですよ。盗難防止の呪いはかかっているようですが」

「へぇ、そうなんだ」

「とは言え、困りましたね。これではフクロウが買えませんわ……おや?」

 

  数ある内のフクロウの中で、騒がずにセフォネのことをじっと見ているフクロウがいる。

  全長は70センチほど。全身が灰褐色の羽毛で覆われている。その堂々とした振る舞いは、どこか感嘆するものがあった。

 

「あのフクロウは?」

「ワシミミズクの仲間で、シマフクロウと言います。ちょっとばかし凶暴なんで、買い手がつかないんです。でも、なんで他のフクロウが騒いでいるのに、こいつだけ大人しいのか……」

「性別は?」

「雌です」

 

  セフォネはそのフクロウに近づいていき、その黄色い瞳を見つめた。フクロウもまた、ジッっと見つめ返してくる。暫く視線をぶつけ合った後、セフォネがフッと微笑んだ。

 

(……そんなものに怯える自分ではない? ……私を主人として認めてやる? ……ふふ…気に入りましたわ)

 

  別にセフォネはフクロウと話が出来るとか、そういう訳ではない。単に開心術で心を読んでいただけなのだ。普通の動物にやってもあまり成功しないが、このフクロウは中々に賢いらしく、人間と同じレベルでの思考が出来るらしい。

 

「このフクロウを頂きますわ」

「毎度。4ガリオンだよ」

 

  エリスはついでだからと餌を買い、2人は店を出た。

 

「おっきいフクロウね。フローラの2倍くらいはあるわね」

 

  歩きながら、セフォネが抱える鳥籠の中のシマフクロウを見て、エリスが言う。

 

「名前どうするの?」

「…んっと……」

 

  人差し指を頬に当て、セフォネは考えた。

 

「エウロペ…と名付けますわ。それでいいですか?」

 

  セフォネが問うと、シマフクロウ――エウロペは、それを肯定するように1つ声を上げた。

 




ロックなハートさんはセフォネに生理的に嫌われました。学校で大丈夫ですかね。
セフォネのペットは雌のシマフクロウです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新学期

 ホグワーツへ向かう汽車の中。セフォネとエリスはコンパートメントを探していた。

 

「どこも一杯ね」

「ここはどうですか?」

 

  セフォネがコンパートメントを開けると、そこにはハーマイオニーと知らない少女が座っていた。

 

「セフォネ、エリス。久しぶりね」

「久しぶり。ここいい?」

「いいわよ」

 

  セフォネとエリスは荷物を下ろして、2人の向かい側の席に座った。その時、2人は違和感を覚えた。いつも一緒にいるはずのハリーとロンがいないのだ。

 

「ハリーとロンは?」

「途中ではぐれちゃって。探してもいないのよ」

 

  まさか乗り遅れたのか、とハーマイオニーが心配そうにしている。この汽車に乗り遅れた場合はどうなるのか、セフォネは分からなかったが、自分だったらホグズミード駅まで"姿現し"してしまうだろう。

 

「ハリーはフクロウを持っていますし、何かあっても連絡できるでしょう」

「それもそうね」

 

  ハーマイオニーはまだ心配そうだったが、それでも気にしないことにしたらしい。

 

「それで、この子は?」

 

  エリスの視線の先の少女の髪は赤く、たっぷりとしていて長い。瞳は鳶色で、顔にはそばかすがある。セフォネは見ただけでウィーズリー家の娘だと分かった。

 

「ウィーズリー家の方でしょうか」

「よく分かったわね。ロンの妹のジニーよ」

 

  ジニーは2人を見ると、ピョコリと頭を下げた。

 

「よろしくね。エリス・ブラッドフォードよ」

「ペルセフォネ・ブラックと申します。セフォネで構いませんわ」

「2人ともグリフィンドールなの?」

 

  その問いにエリスは微妙な表情になる。兄たちがそうなら、この子も同じくスリザリン嫌いであろう。

 

「えっと……」

 

  言い難そうにしていエリスを見て、セフォネが答えた。

 

「スリザリンです」

「え!?」

 

  ジニーはその返答に驚き、ハーマイオニーを見る。グリフィンドール生とスリザリン生が仲良くする様など、想像もしていなかったのだろう。

 

「本当なの?」

「本当よ。でもこの2人は何ていうか、スリザリンっぽくないのよ。普通に私の友達よ。だから大丈夫」

 

  ハーマイオニーが安心させるようにジニーに言う。その様子に、エリスが頬を膨らませた。

 

「大丈夫とは失礼な。人を何だと思ってるのよ」

「"スリザリンの良心"かしら」

 

  悪戯な笑みを浮かべるハーマイオニーに、エリスがポカンとしていた。

 

「何それ?」

「知らないの? 貴方、他の寮の生徒からそう呼ばれているわよ。スリザリンで唯一感じが悪くない生徒だって」

 

  明るく活発で、なおかつ誰とでも分け隔てなく接する性格のエリスは、他寮の生徒からそう呼ばれているのだ。

 

「その話だと、私は感じが悪く思われているのですか?」

「いや、そういう訳じゃないわ。貴方の場合は性格よりも見た目のほうが印象強いのよ。"スリザリンの姫"って呼ばれてる程よ」

 

  セフォネはその容姿と立ち振る舞いなどからそう呼ばれていた。

  そう言えば、とセフォネが去年届いたクリスマスプレゼントを思いだす。いくつかの物に"姫様へ"と書かれていたのだ。何かのジョークかと思っていたのだが、本気だったらしい。

 

「分かるわ。セフォネってお姫様っぽいもの」

「でしょ?」

「確かに」

 

  3人に見つめられ、セフォネは段々と恥ずかしくなってきた。

 

「とてつもなく恥ずかしいので止めて下さい」

「あらあらー。セフォネが珍しく恥ずかしがってるぅ」

 

  ほんの僅かに赤くなったセフォネの頬を、エリスが人差し指で突き始めた。

 

「つ、突つかないで下さい」

「あたふたしてるセフォネってレアね」

 

  そんな様子にジニーも寮がどうとかは忘れ、その後は楽しく談笑しながら、ホグワーツへ向かう。その中で、ハーマイオニーがやたら熱をあげてロックハートの話をした時、セフォネの微笑みが凍りついた。

 

「ロックハートが教師に?」

「そうよ。楽しみだわ」

 

  うっとりした目になるハーマイオニーと反対に、セフォネの目は笑っていない。先日絡まれたことを思い出し、不快感が込み上げてくる。セフォネがロックハート嫌いだということを思い出したエリスが、話題を変える。

 

「そういえば、セフォネ。エウロペは?」

「誰?」

「シマフクロウの名です。鳥籠の中は嫌らしいので、飛んでホグワーツへ向かうそうです」

「何でフクロウと意思疎通できるのよ」

「"開心術"を使っているだけです」

 

  その言葉に、ハーマイオニーが驚きの声を上げる。

 

「開心術ですって!? 貴方出来るの!?」

「ええ、まあ」

 

  驚いているハーマイオニーの隣で、エリスとジニーは何のことか分からないらしく、首を傾げている。

 

「何それ?」

「相手の心をこじ開け、記憶や思考を読み取る術のことよ。でも、いくら規格外の貴方とはいえ、そんな事ができるなんて……」

「規格外は酷くないですか?」

 

  開心術は、術そのものはそこまで難しくない。少なくとも、"悪霊の火"よりは容易いものだ。しかし、この術を使いこなすのは難しい。いかに気づかれずに、深く心の奥底まで覗きこむか。それが問題である。

 

「でもさ、何でセフォネはその術を習得したの?」

「何で、とは?」

「だって、人に会う機会とかあまり無かったでしょ?」

 

  世間から離れて生活していたセフォネには、人の心を読む必要が無かったのではないか。そう疑問に思うのは当然だろう。

 しかし、セフォネにはその必要があった。廃人となってしまった母の心を読むためだ。しかし、いくら開心術を上達させようとも、母の心から何かを読むことはできなかった。その後、セフォネは闇の魔術にヒントを求め、その知識を深めることとなったのだ。

 

「単に興味があっただけですわ」

 

  セフォネはそう誤魔化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホグズミード駅に到着し、ハーマイオニーと別れた2人は、ドラコ他2名の元へ行った。

 

「お久しぶりです」

「久しぶり、ドラコ、クラッブ、ゴイル。元気してた?」

「ああ。そういう2人も元気そうだね」

「まあね。ねえ、ホグワーツにはあれに乗っていくのかしら?」

 

  エリスが指差した先をセフォネが見ると、骨ばっていてドラゴンの様な翼をしている天馬に繋がれた馬車が見えた。

 

「どうやって動くんだ?」

 

  ドラコは首を捻っている。この天馬はセストラルといい、死を見たことがある者にしか見えないのだ。恐らく、この5人の中ではセフォネにしか見えていない。

 

「セストラルよ。"ホグワーツの歴史"に書いてあったわ」

「ああ、なるほどね。道理で見えないわけだ」

 

  5人が馬車に乗ると、馬車は動き出し、他の馬車と隊列を組んでホグワーツ城へ向かった。

  馬車の中ではエリスとドラコが、2年生になると参加が許可されるクィディッチの話をしていた。

 

「父上がスリザリンチーム全員に最新のニンバス2001を寄贈してくれることになったんだ」

「太っ腹ね。流石マルフォイ氏。で、貴方はやっぱりシーカー希望?」

「勿論。君は?」

「やるとしたらチェイサーね。一応応募はしてみるけど、受かるかなぁ」

 

  2人の会話をBGMに、セフォネは寮監であるスネイプについて考えていた。

 

  ホグワーツから帰ってきてすぐにクリーチャーから渡された、自分の両親に宛てて送られたらしいスネイプからの手紙。その内容に驚くあまり、セフォネはティーカップを取り落として割ってしまった。その内容とは……

 

「セフォネ?」

「はい、何ですか?」

「学校に着いたよ」

 

  いつの間にか、学校に到着していた。

 

「大丈夫?」

「ええ。少しボーッとしていただけです」

 

  大広間では、既に歓迎会の用意がされており、ご馳走がテーブルに並んでいる。自分たちの時と同じように組分けの儀式が行われ、それが終わると腹を空かせた生徒たちが食事に飛びついた。

  その途中、ハリーとロンが空飛ぶ車で暴れ柳に追突したという情報が流れてきた。

 

「ホント、何やってんのよ」

「中々楽しそうですわね。今度やってみましょうか」

「死ぬから止めときなさい」

 

  当初、問題を起こしたハリーとロンは退学になるかと思われ、ドラコは小躍りして喜んでいたが、あのハリー・ポッターを退学にすることなど出来るわけもない。これがロン単身で起こした事件であれば、今頃荷物をまとめているだろうが、ハリー共々罰則を受けるだけで、事なきを得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  セフォネは歓迎会が終わった後、寮へ戻らずにスネイプの研究室へ赴いていた。途中でハリーとロンとすれ違い、退学処分を免れたことを聞いた。

  セフォネが扉を3回ノックすると、中からスネイプの不機嫌そうな声が聞こえてきた。大方、ハリーとロンが退学処分を免れたことが気に食わないのだろう。

 

「誰だ?」

「ペルセフォネ・ブラックです。お話したいことがございます」

 

  すると、扉がひとりでにパッと開き、セフォネはスネイプの研究室に入った。そこは地下牢のどの場所とも共通して薄暗い場所で、壁の棚にはグラス容器に入った様々な標本が並べられている。

 

「それで、我輩に話とは?」

 

  部屋に入るなり、スネイプは単刀直入に尋ねた。セフォネは懐から1通の手紙を取り出し、机の上に置いた。

 

「先日、家の屋敷しもべ妖精がこれを発見致しまして」

 

  スネイプはそれを見ると、僅かに驚愕したが、いたって冷静にセフォネと目を合わせた。セフォネはその瞬間、スネイプに開心術を試みた。だが、壁が硬すぎるため、何も読み取ることができなかった。

 

「無礼だな。教師の心を覗き見ようとは」

「無礼はそちらのほうではありませんか。どうして何も言ってくれなかったのですか、先生。いえ、セブルス」

 

  セフォネは意図的にスネイプをファーストネームで呼んだ。これはつまり、セフォネは生徒としてスネイプと話をしているわけではない、と言いたいのだ。

 

「貴方が、私の名付け親であるということを」

 

  スネイプは暫く沈黙していたが、目の前に置かれた手紙を手に取ると、普段は浮かべないような穏やかな微笑みを浮かべた。

 

「いつかは発覚するものと思っていたが、まさか2年目にして、とはな」

「私の両親と、旧知の仲であったのですね」

「ああ。アレクは同学年、デメテルは1つ下の学年だった」

 

  思い出に浸るように、スネイプは目を閉じる。そして目を開くと、封筒を開けて中の手紙を取り出した。

  クリーチャーが屋敷で発見した手紙に書いてあったこと。それは、スネイプがセフォネの名付け親を引き受ける旨を記したものだったのだ。

 

「驚きのあまり、ティーカップを1つ割ってしまいましたわ。何故隠していたのですか?」

「我輩にも事情があったのだ、ブラック。いや、セフォネ」

 

  事情とは、今現在スネイプが置かれている立場にある。スネイプは、自分がセフォネに関わることで、この先に起こり得る争いに彼女を巻き込むことを恐れたのだ。ただでさえ、生い立ちやその他の事情を考えれば、セフォネは争いに巻き込まれるリスクが高い。ともすれば、自ら飛び込んでゆくだろう。

 

「セフォネ、我輩からも1つ聞きたい」

「何でしょうか」

「復讐を望まない、君はそうダンブルドアに言ったそうだな」

「正確には、復讐に意味を見出していない、ですわ。しかし、仇を目の前にした時に平静を保てるかは分かりません」

 

  復讐を無意味だと頭で分かっていても、その怒りを、憎しみを抑えきれる自信はない。目の前に仇がいたら、迷わず死の呪文を撃ってしまうかもしれない。

 

「相手が元闇祓いだとしてもか?」

「自惚れではございますが、対抗出来る程の力は持っているつもりです。でもまあ、これは仮の話ですから」

 

  セフォネは腕時計で時間を確かめた。寮はここと同じく地下牢にあるので、戻るのに数分もかからない。しかし、歓迎会の後であるので、もう遅い時間だった。

  スネイプもそれに気づいたらしい。

 

「もう遅い。寮へ帰りたまえ」

「はい。それでは失礼します、セブルス」

 

  微笑みながら、ごく自然に自分の名を呼ぶセフォネに、スネイプは少しばかり戸惑う。生徒に名で呼ばれた経験などない。

 

「名で呼ぶのは構わないが、他の生徒の前では止めろ」

「ふふ……勿論ですわ」

 

  セフォネは一礼し、スネイプの研究室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  次の日の朝食の時間、グリフィンドールのテーブルで、面白い騒ぎが起きていた。ロンの元に、"吠えメール"が届いたのだ。

 

「初めて拝見? しましたわ」

「私も初めてよ。あんななのね」

 

  朝一番の授業は薬草学で、これはまたヘビーな授業だった。今年はマンドレイクという、その泣き声を聞いた者は命を落とすような危険な植物の育成。それの植え替え作業だった。マンドレイクの根は赤ん坊のような形をしており、土から引き抜くとむやみやたらに暴れ、大変な作業となった。

  "闇の魔術に対する防衛術"の教室へ向かいながら、セフォネは溜め息をついた。

 

「次はロックハート……」

 

  他のスリザリン生も近くにいるが、女子生徒の多くがロックハートに対して熱を上げているようだ。

  それに対して男子生徒はテンション低めである。昨日の歓迎会での挨拶が、ナルシスト全開、といった具合だったのだ。

  教室に入って席につき、暫くするとロックハートが現れた。何を勘違いしているのかは知らないが、まるで雑誌の表紙に写るかのような派手な服を着ている。

  一番前の席に座っている生徒が机に出していた教科書(とはいうものの、ただの物語である)を手に取った。

 

「私だ」

 

  そう言って表紙と同じようにウインクをする。セフォネの左に座るドラコは、その様子にかなり引いていた。

 

「ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員。そして、"週刊魔女"五回連続"チャーミング・スマイル賞"受賞。もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払った訳じゃありませんしね!」

 

  気の利いたジョークのつもりだったのだろうが、反応したのは僅かで、大半は冷え切った目でロックハートを見ている。

 

「全員が私の本を全巻揃えたようだね。たいへんよろしい。今日は最初にちょっとミニテストをやろうと思います。心配はご無用。 君たちが私の本をどれぐらい読んでいるか、そしてどのくらい覚えているかをチェックするだけの簡単なテストですからね」

 

  そう言ってロックハートが配ったミニテストの内容は非常に酷かった。

 

『ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何か?』

『ギルデロイ・ロックハートのひそかな大望は何?』

 

  そう言っている時点で密かでも何でもないだろう、とドラコが小声で突っ込みを入れる。

  セフォネは思わず"悪霊の火"で燃やしたい気分になったが堪え、仕方なく答えを記入していく。

  30分後、ロックハートはテストを回収し、その場で確認する。50問はあるテストを数秒で確認できるのは、素直に凄いと思った。

 

「おやおや、私の好きな色がライラック色だということを殆ど誰も覚えていないようですね。それと『狼男との大いなる山歩き』の第十二章ではっきり書いているように、私の誕生日の理想的なプレゼントは魔法界と非魔法界のハーモニーです。もっとも、オグデンのオールド・ファイア・ウィスキーの大瓶でもお断りはしませんよ!」

 

  またあのウインクをすると、一部の生徒はそれをうっとりと見つめ、一部の生徒は極寒の視線を送る。

 

「どうやらスリザリンには満点はいませんね。グリフィンドールのミス・グレンジャーは満点だったのですが。一番高得点なのは……ミス・ミリセント・ブルストロードのようですね。ミス・ブルストロードはどこにいますか?」

 

  ミリセントは嬉々として手を上げる。ミリセントを見た瞬間、ロックハートの顔が僅かに引き攣ったのは気のせいか。

 

「我が従妹よ……」

 

  ミリセントはロックハートの大ファンだったようで、指名されたことに喜ぶあまり立ち上がっていた。その様子を見て、セフォネは思わず嘆いてしまった。

 

「よろしい。スリザリンには5点差し上げましょう」

 

  その後、ロックハートは何か大層な物が入っているような口ぶりで、檻に入ったピクシー妖精を連れてきた。

  そんなもの、とドラコが横で嘲っている。

 

「侮ってはいけません。こいつらは厄介で危険な小悪魔になりえます。それでは、君たちがピクシー妖精をどう扱うか……お手並み拝見といきましょう!」

 

 ロックハートが檻を開けた次の瞬間、ロケットのようにピクシー妖精が教室中に飛び立つ。教室は大混乱に陥り、ピクシー妖精はあちらこちらで生徒たちに飛びついたり、本を破ったりインクを倒したりとやりたい放題。ロックハートが格好つけて何やら意味不明の呪文を唱えるが、効果はなく、逆に杖を奪われる始末。

  エリスは襲いかかるピクシー妖精に対して妨害呪文で対応していたが、1対5では分が悪く、ちょこまかと動き回るピクシー妖精に呪文が当たらない。

 

「我慢の限界だ……!」

 

  エリスはセフォネが漏らした言葉に、サッと顔を青くする。セフォネがお嬢様口調でなくなった時、それは彼女の怒りが最高潮に達していることを意味している。

  普段だったらこんなことで怒りはしないが、何分今のセフォネは心に余裕がない。ただでさえ生理的に嫌悪している人物の授業であるのに、引き起こされたこの惨状。

  1匹のピクシー妖精がセフォネに近寄り、彼女の指輪を奪おうとして跳ね返されたのを皮切りに、セフォネが立ち上がり、杖を振り上げた。

 

氷河よ(グレイシアス)!」

 

  セフォネを中心に吹雪が巻き起こり、それが晴れると、50センチメートル程の氷の刃が数十個、彼女の頭上に現れる。そして、セフォネは杖を振り下ろした。

  その後に起こったことは……言うまでもない。

 




スネイプはセフォネの名付け親……この設定は、スネイプとセフォネの父と母が友達だったことにしようと思ったときに思いつきました。

キレるセフォネ……いくらお嬢様でも、いくら精神年齢高くても、彼女は12歳の思春期なお年頃。キレることもあります。


セフォネと秘密の部屋は、絡ませようと思っても絡まずらいんですよね。原作をかなり崩壊させれば出来なくもないのですが。ここはあくまで原作尊重というわけで、セフォネは秘密の部屋に行きません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

開かれた部屋

  新学期が始まってから、初めての休日が訪れた。普段、休日ならばギリギリまで寝ていて、ともすれば朝食を食いそこねるエリスが、今日は早くから起きていた。そして手早く朝食済ませると、同じく手早く朝食を済ませたドラコと共に席を立った。

 

「何か用事でもあるのですか?」

「クィディッチの練習があるんだよ」

「では、最終選考に通ったのですか」

 

  セフォネは驚いた。

  高級箒ニンバス2001をチーム全員に寄贈した時点でドラコのチーム入りは確定していたので、彼に対しては驚きはなかった。しかし、エリスが最終選考に残っていたことは知っていたが、まさか2年生でクィディッチの選手の座を勝ち取るとは。それも、スリザリンチーム唯一の女性選手である。

 

「うん! 私はチェイサーでドラコはシーカーよ」

「おめでとうございます、2人とも」

 

  セフォネの賛辞に、ドラコは当然のことだと言いたげな表情になる。エリスは素直に嬉しそうだった。

 

「そうだ、セフォネ。練習を見に来ないかい?」

 

  ドラコがそう提案する。セフォネは糖蜜パイを頬張りながら少し考えた。

  折角の休日なので、今日はゆっくり本を読もうかと思っていたのだ。

 

「練習は何時まで?」

「午前中一杯よ」

 

 とすると、午後は図書館に行く時間が出来る。それに、友人の晴れ姿を見てみたくもあった。

 

「では、お邪魔させて頂きますわ。しかし、キャプテンの許可は……」

 

  新入りの一存で見学してもいいものなのか。セフォネがその考えを口にしようとした時、後ろから声がかかった。

 

「別に構わない。ブラックなら、寧ろ大歓迎だ」

 

  選手である2人に声をかけようとして話を耳にした、スリザリンチームのキャプテン、マーカス・フリントだった。

 彼にしてみても、"スリザリンの姫"に練習を見学されて嫌な気持ちはしないし、拒否する理由はなかった。

 

「それなら決まりね。行こう」

 

  セフォネは糖蜜パイの最後の欠片を口に放り込み、3人の後に続いた。

 

  選手たちはユニフォームに着替えている為、セフォネは一足先に競技場へ来た。客席の比較的高い場所へ登りコートを見渡す。すると、そこでは事もあろうにグリフィンドールが練習の真っ最中だった。反対側の客席にはハーマイオニーとロンの姿もある。

 

「一騒動起きますわね、これは」

 

  フフッとセフォネは悪戯な笑みを浮かべた。

  そこに、スリザリンチームがグリーンのローブを風にはためかせ、新型の箒を担いで悠々とコートに入っていった。その姿に気が付いたグリフィンドールチームの面々は練習を中断し、地面に降り立つ。

  グリフィンドールチームのキャプテン、オリバー・ウッドが怒鳴り声を上げるが、フリントはニヤリと笑うと、何かの書面を見せた。

  ドラコが得意げに話していた内容によれば、それはスネイプの許可証である。なんでも"新シーカー育成のため"とか。ではエリスはどうなのかと思えば、彼女はそのままでも十分通用する実力を持っているらしく、フリントがべた褒めしていた。当然、ドラコには聞こえないように、ではあるが。

 

「どうして練習しないんだ? それに、あいつ、こんなとこで何してんだ?」

 

  何事かと、ハーマイオニーとロンが様子を見に来た。ロンはそこにいたドラコに驚いている。

  ドラコが得意げに言った。

 

「ウィーズリー、僕はスリザリンの新しいシーカーだ。僕の父上がチーム全員に買ってあげた箒をみんなで賞賛していたんだよ」

 

 目の前に並ぶ最高級の箒に、ロンが驚愕した。

 これはドラコが選手に選ばれるための、所謂、賄賂というやつである。もっとも、彼に才能が無いわけではない。だが、今の状態ではハリーには敵わないというのが、客観的な意見であろう。

  相手が宿敵のドラコだということを忘れ、箒に見惚れるロン。その様子に、ドラコが益々つけあがった。

 

「いいだろう? だけど、グリフィンドールも資金を集めて新しい箒を買えばいい。そこのクリーンスイープ5号を慈善事業の競売にかければ、どこかの博物館が買うだろうよ」

 

 スリザリンチームは大爆笑だった。そこに、ハーマイオニーが食って掛かった。

 

「少なくとも、グリフィンドールの選手は誰1人として、お金で選ばれたりしてないわ。みんな、純粋に才能で選ばれたのよ」

「誰もお前の意見なんて聞いてない。この生まれ損ないの"穢れた血"め」

 

 ドラコがそう吐き捨てた直後、グリフィンドールから轟々と声が上がった。ウィーズリー家の双子、フレッドとジョージはドラコに飛び掛ろうとし、それを食い止めようと急いでフリントが立ち塞がる。グリフィンドールの女性選手は金切り声を上げてそれを非難し、ロンは怒りで顔を真っ赤にして杖を抜いた。

 

  その様子をスタンドの柵に腰掛けて見ていたセフォネが立ち上がった。

 

「仕方ないですね」

 

  セフォネはいつの間にかに杖を抜いて、これまたいつの間にかにロンの右手に照準を合わせていた。

  セフォネにしてみれば、この騒動は少々面白いイベントであり、それが決闘にまで発展すればなお良い。これがスネイプVSマクゴナガルなどであったら、嬉々として見ていた。

 だが、それが目的でここにいる訳ではないし、2年生同士の争いなど見ていてもつまらないだろう。

 そう思ったセフォネは、間に入ることにしたのだ。

 

「思い知れ、マルフォイ! ナメクジ喰ら……」

 

  ロンは呪いをかけようとしたが、呪文を言い終わる前に、セフォネが無言で放った武装解除呪文が彼の杖を吹き飛ばす。放物線を描きながら飛んでいく杖を、セフォネの、その雪のように白く、細いしなやかな手が掴みとった。

 

「そこまでですわ」

「セフォネ!?」

 

  思わぬ乱入者に一同が驚き、呪文が飛んできた方を向く。

  セフォネは右手で自分の杖を、クルクルと器用に玩びながら、騒動の現場に歩いて行く。そして向かい合うスリザリンとグリフィンドールの間に来た。

 

「先ず、初めにドラコ。貴方が純血主義者なのは理解しておりますが、差別発言は控えなさい。ハーマイオニーに失礼ですわ。そして、ロン。悪いのがドラコだったとしても、頭に血が登ったからと言って手を出してはなりません。それは貴方の落ち度となってしまいますわ」

 

  怒られた2人が項垂れる。

  皆が心の中で"お母さんかよ!"と叫んでいても、不思議ではない。

  セフォネはロンに杖を返し、拗ねたように口を尖らせるドラコに微笑むと、グリフィンドールの面々に体ごと振り向いた。

 

「さて、グリフィンドールの皆様。我々スリザリンはスネイプ教授より頂いた正規の許可により、これより競技場を使用致します。それに関してご不満がおありでしたら、スネイプ教授へ直接訴えて下さい。もしそれが嫌なのであれば、マクゴナガル教授でも構わないでしょう」

「巫山戯るな! 今日は俺たちが予約したんだぞ!」

 

  事の発端を思い出したウッドが激昂し、鼓膜が痛くなるほどの大声で怒鳴る。普通のこの歳の少女だったら、その剣幕に怯えるだろうが、生憎セフォネはそんな神経をしていない。微笑みを絶やさず、声音も変えずにウッドに言う。

 

「ですから、我々には教員による許可がある。そう申し上げましたわ、ミスター・ウッド」

「そんなもの……!」

 

  激昂のあまり詰め寄っていくウッドだったが、セフォネが放った次の言葉に足を止めた。

 

「何故そんなに拘るのですか?」

「何だと?」

 

  挑発的な笑みを称えるセフォネを、ウッドは睨みつけた。セフォネの紫の瞳が、なぜか全てを見透かすような、そんな気持ちをウッドに抱かせる。

 

「私はクィディッチに詳しくないので何とも言えませんが、たった1度練習出来なかっただけで、新入りが2人もいる我が寮のチームに、経験豊富な者ばかりが集う貴方のチームが負けるものでしょうか」

「な……」

 

  ウッドは声を詰まらせた。図星だったのだ。

 去年の優勝を逃し、今年こそ優勝をと思った。その矢先、スリザリンチームが最新型の箒を手にしているのだ。無論、箒が全てではない。乗り手の才能や能力こそが勝利に繋がる。そうは思うものの、負ける恐怖が押し寄せてくる。

  そんなウッドの心境を、セフォネは手に取るように理解していた。

 

「我々に勝つ自信が無いのですか? それとも、我々に負けるのが怖いのですか?」

 

  これは完全に詭弁であり、話をすり替えたに過ぎない。しかし、開心術を使って巧みに相手のプライドを刺激して思考を乱すセフォネに、ウッドは何も言い返せなかった。

  自分たちは最強のチームだ。最高のチームだ。そう思っているウッドに対し、"負けるのが怖いのか?"という問いかけは、心の奥底に抱える思いを言い当てられたと共に、彼のプライドが許さないものだった。

 

「随分とまあ」

「言ってくれるじゃないか」

 

  フレッドとジョージが不快感を顕にする。他のグリフィンドールの選手たちも同様で、セフォネを睨みつける。

  その様子を見て、セフォネの口元には自然と笑みが浮かんだ。

  この雰囲気ならば、もう少し挑発すれば何人か攻撃してくるかもしれない。複数の上級生と同時に手合わせできる機会などそうそうありはしない。そんな、彼女の戦闘狂の一面が姿を現し始める。

 

  ハリーとハーマイオニーは今の状況に、正しくはセフォネの状態に身震いした。

  ハリーとハーマイオニーは去年、賢者の石を守るトラップの1つであった巨大トロールに対面した時のセフォネを見ている。今のセフォネが浮かべている笑みは、その時と同じ。もし、ここでフレッドとジョージのような喧嘩っ早い奴らがセフォネに飛び掛かろうとしたら、彼女は嬉々としてその者たちを蹂躙するかもしれない。

  一度は回避された一触即発の雰囲気が、それを回避させた人物によって再び漂い始めた中、苦悶の表情で考え込んでいたウッドが口を開いた。

 

「……いいだろう」

「はぁ!? ちょっとオリバー!?」

「正気か!?」

 

  チームメイトたちが騒ぐが、ウッドは気にしない。

  彼のプライドが許さないのだ。負けるかもしれない、という弱い気持ちを。

 

「今日のところは譲ってやる。感謝しろ」

 

  ウッドは真紅のローブを翻して去っていく。他のメンバーもしぶしぶながら、それに続いて退場していった。

 

「あら……残念ですわ」

 

  まるで目の前にあったご馳走がなくなったような表情をするセフォネ。スリザリンチームの面々は、素直に去っていったウッドに呆気にとられていた。

 

「流石、我らが姫だ」

 

  ウッドが言いくるめられたのを見て清々したフリントが、セフォネに感嘆の声を漏らした。

  体が遥かに大きい上級生を言葉巧みに言い負かしたセフォネに、思わず"姫"と呼んでしまうほどだった。

 

「余計なことを致しました」

「いや、全然。虫を追っ払ってくれたんだ。感謝するよ、姫」

「姫と呼ぶのは止めて貰えると……ところで、エリスは?」

 

  セフォネが親友の姿を探すと、体の大きい他の選手たちの背後にいた。

 

「ここにいるわよ」

「おや。小さかったので見えな……何でもないです。練習頑張って下さい」

 

  エリスが怒り出す前に、セフォネは観客席へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

  新学期は順調に滑り出し、10月31日、ハロウィーンを迎えた。去年はトロール騒ぎで中断されてしまったハロウィーンパーティーだが、その埋め合わせをするかの如く、今年は去年より一層派手だ。

 

「トリック・オア・トリート!」

「クッキーを食べながら言われても……」

 

  去年ロクに参加出来ていなかったエリスのテンションは最高潮に達している。

 

「ハロウィーンなんだもん。言いたいじゃんこの台詞」

「去年は大変だったらしいね。トロールに襲われたんだったけか?」

 

  ドラコの言葉に、トラウマを発掘されたエリスが頭を抱える。

 

「ああぁ……思い出させないで」

「確かセフォネが倒したんだっけか?」

「ええ、まあ……誰から聞きました?」

 

  あの件は各教員と被害者のハーマイオニー、エリス、そしてハーマイオニーを助けようと現場に駆けつけたハリーとロンしか知らない。この面子だと、ロンから情報が漏れたと考えるのが妥当だろう。

 

「風の噂でね。でも、どうやって……」

 

  そこに、本日の余興としてダンブルドアが呼んだ、魔法界で根強い人気を誇る"骸骨舞踏団"が入場し、歓声が上がる。

 

「骸骨舞踏団の演奏が始まるようですよ」

「凄い! 本物よ!」

 

  楽しい時間というものはあっという間に過ぎるもので、パーティーもお開きとなり、生徒たちは各寮へ戻っていく。

  その時、事件は起きた。

 

「何かあったのかな?」

「ここからでは見えませんね」

 

  生徒たちの歩みが止まり、人が集まっている。ドラコは何が起きたかを見ようとして、人ごみを掻き分けていく。セフォネとエリスはそれに続いた。

  先頭は開けていて、3人の生徒を囲むように半円形になっていた。ドラコに続いてそこに出ると、壁には赤いペンキで書かれた文字が、そして、松明の腕木にぶら下がりピクリとも動かない、まるで石のようになってしまった、ミセス・ノリス。

 

「継承者の敵よ、気を付けよ! 次はお前たちの番だぞ、"穢れた血"め!」

 

  興奮したドラコの声が、廊下に響き渡る。3人の生徒――ハリー、ロン、ハーマイオニーは顔面蒼白で立ちすくんでいる。ドラコの声に呼び寄せられたのか、ミセス・ノリスの飼い主、管理人のフィルチが飛び込んできた。

 

「私の……私の猫だ!ミセス・ノリスに何が起こったというんだ!?」

 

  フィルチはすぐ側にいるハリーを、凄まじい形相で睨みつけた。

 

「お前か……お前だな! よくもこの子を! 殺してやる! 殺して……」

「アーガス!」

 

  ダンブルドアが教員を引き連れて到着し、ミセス・ノリスを腕木から降ろすと、ハリーたちを連れていった。

  残った教員の指示によって現場は封鎖され、生徒たちは寮へ戻っていく。

  談話室に戻ると、エリスがセフォネに尋ねた。

 

「"秘密の部屋"……セフォネは知ってる?」

「いえ、残念ながら。ドラコは何か知っているのではないですか?」

 

  今だに興奮冷めやらぬ様子のドラコを捕まえて、セフォネが尋ねた。

 

「まあ、ね。"秘密の部屋"とは、"この学校で教えを受けるに相応しからざる者"を追放する為にサラザール・スリザリンが設けた部屋で、その中には凶悪な怪物が残されているらしい。だから、狙われるのは"穢れた……」

 

  セフォネが軽く咳払いをし、ドラコが言葉を改める。

 

「……マグル生まれの人間だけで、僕たちには関係がないのさ」

「よく知ってるわね」

「父上から聞いたんだ」

「確かに、ルシウスなら知っていそうですね」

 

  ポツリと呟いたセフォネの言葉に、ドラコが驚いた。自分の友達が父の名を親しげに呼んだからだ。

 

「セフォネ、君は僕の父上と知り合いなのか?」

「母の葬儀の際、色々とお世話になりました」

 

  2年前に母デメテルが亡くなった時、セフォネは諸々の事情により、迅速かつ速やかに、親族のみの葬儀としたかったのだが、そこに魔法省が絡んできた。

 デメテルの死亡原因は不明であり、衰弱による可能性が濃厚、というのが聖マンゴの見解だった。しかし、それではデメテルの死の責任が闇祓い、即ち魔法省にかかる為、魔法省はより詳しい死亡原因の解明を求めた。

  いくらブラック家の当主といえど、セフォネは当時10歳。影響力などないに等しい。

  そこに助け船を出してくれたのが、亡き母の従姉の夫、ルシウス・マルフォイだったのだ。

  鬱陶しい魔法省の役人を追い払ってくれただけでなく、葬儀の手配などもしてくれ、セフォネは今でも感謝している。

 

「最初は"ミスター・マルフォイ"とお呼びしていたのですが、本人から"ルシウス"と呼んで欲しいと言われまして」

 

  礼儀正しくラストネームを呼ぶセフォネにルシウスは、"互いに当主である身。我らの立場は対等だ"と言い、セフォネは気兼ねなくファーストネームで呼ぶようになった。

 

「父上らしい言葉だな。父上は君を同格であると認めてくれたんだろう」

 

  ルシウスとしては、嘗ての後輩と瓜二つの、友と同じ瞳を持つセフォネに、"ミスター"と呼ばれると調子が狂ってしまうという理由が半分ほどあったのだが、そのことは本人しか知らない。

 

「嬉しい限りですわ。さて、そろそろ寝ましょうか」

 

  セフォネが周りを見て言った。

  大方の生徒たちは寮へ戻っていて、談話室にはまばらにしか人は残っていなかった。

 

「そうね。おやすみドラコ」

「ああ。おやすみ2人とも」

「おやすみなさい」

 

  ドラコは男子寮へ、セフォネとエリスは女子寮へ戻った。

 




エリスがクィディッチ参戦……これが今後の試合にどう影響するか

ルシウスと親しいセフォネ……後々の伏線になるかも

次回は決闘クラブを予定しているのですが、セフォネの相手を誰にするか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クィディッチ観戦と決闘クラブ

  ミセス・ノリスが石化する事件が起きた後、"ホグワーツの歴史"という本の貸出が殺到し、予約は1ヶ月先まであるという有様。

  その後、ハーマイオニーが魔法史の授業中に"秘密の部屋"について質問して以降、他の寮、他の学年の生徒たちもそれに倣い、数分間ではあるが魔法史の授業をまともに聞く、というここ四半世紀のホグワーツ史上、稀に見る事態が発生する。

  "秘密の部屋"はそれ程までに生徒たちの興味を惹き、それ程までに影響を及ぼすものだった。

 

  しかし、そんな騒動も一段落していた。今年もクィディッチシーズンが到来したからだ。

 

  金曜日。いよいよ明日が、グリフィンドールVSスリザリンの試合だという日の最後の授業は"闇の魔術に対する防衛術"だった。

  ピクシー妖精の事件以降、ロックハートは実地訓練形式の授業を止め、自分の武勇伝を紹介する茶番劇をやっていた。生徒の誰かに敵役となってもらい、自分がいかに鮮やかに倒したか、というものだ。今やっている茶番は狼男を倒す場面で、敵役にはゴイルが選ばれている。

 

「早く終わらないかな……」

 

  ドラコがウンザリした様子で呟いた。

  ロックハートの授業は、学期初めは一番期待の高かった授業だが、今では一番暇な授業という評価に成り下がっている。もっとも、ロックハートの大ファンの生徒たちのウケはいい。

 

「顔はいいんだけどなぁ」

 

  当初はロックハートのファンだったエリスも、こう無能ぶりを見せつけられてしまえば、顔の良し悪しなどは関係なくなり、今ではあまり好きではない。

  ロックハート嫌いのセフォネはというと、授業などお構い無しに読書中。自分に酔っているロックハートはそれに気付くはずもなく、この授業はセフォネにとって読書時間と化していた。

  終業を知らせるチャイムが鳴り、ロックハートは自分の本について感想を詩で書くという、訳の分からない宿題を出し、授業が終わった。

 

「やっと終わったぁ……」

「エリス。私は本を返してくるので、先に大広間に行っていて下さい」

「オッケー。席とっとくね」

 

  エリスと分かれたセフォネは図書館へと向かった。

  司書のマダム・ピンスに本を渡そうとしたら、ハリー達いつもの3人組がいて、マダム・ピンスに禁書の貸出許可のサインを提示していた。マダム・ピンスはそのサインを入念にチェックしていたが、やがて奥の棚へ行き、古くさい大きな本を持ってきて、ハーマイオニーに渡した。

 

「ご機嫌いかが?」

「あら、セフォネ。本返しに来たの?」

「ええ。貴方たちは閲覧禁止の棚から何を借りたのですか?」

 

  ハーマイオニーが今しがた鞄に入れた本の背表紙をチラッと見ると、微かに見覚えのある本だった。

  確か、家の書庫にあった本だ。となると、ハーマイオニーが借りた本は割と危険な魔法書の類になる。

 

「ちょ、ちょっとね。じゃあ、私たちはもう行くわ」

 

  ハーマイオニーに続いて、ハリーとロンも逃げるように去っていった。

 

「何か企んでいるのですかね?」

 

  ハリーがいるところ、常にトラブルが起きる。また愉快なイベントが起きるのかと、セフォネは悪戯っぽく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  次の日。ついに今年もクィディッチ寮対抗杯が幕を開けた。

  11時。いよいよ試合開始という時間に、セフォネは観客席の通路で立ち止まっていた。

 

「間違えましたわ」

 

  セフォネが今いるのは生徒たちがひしめき合う観客席ではなく、教員や来賓たちが座る観客席だ。

  セフォネは先程、選手控え室までドラコとエリスと一緒に行き、2人を見送った後に観客席まで来たのだが、普段と勝手が違ったため、誤って教員と来賓用の観客席に来てしまったのだ。

 

「一回外に出てから……きゃっ!」

 

  何か言われる前に立ち去ろうとしたら、後ろから来た人物にぶつかってしまい、珍しく可愛らしい声を上げてしまった。

 

「申し訳ございません」

「いや、こちらこそ……セフォネ?」

 

  顔を上げると、そこにはドラコの父、ルシウス・マルフォイが立っていた。

  ニンバス2001をスリザリンに寄贈したのはルシウスであるし、彼はこの学校の理事も勤めているため、来賓として来ていたのだ。

 

「ルシウス。お久しぶりですわ」

「ああ、久しぶりだね。ここは来賓席ではないのかな?」

「いえ、その通りです。私が生徒用の観客席と間違えてしまっただけですわ」

「君も道に迷うのだな」

「人間ですから」

 

  そう言ってセフォネが微笑む。その様子に、かつての後輩の姿を重ねてしまい、ルシウスはらしくもなく、思わず頬が緩んでしまう。

 

「どうかね? 共に観戦しないか」

「そうしたいところですが……ここは教員か来賓用の席ですから、生徒は駄目かと」

 

  そこに、スネイプがやって来た。彼もルシウスとは旧知の仲であるらしく、親しげに呼びかけた。

 

「どうした、ルシウス?」

「セブルス。丁度いい。セフォネと共に観戦しようと思うのだが、いいかね?」

 

  スネイプは一旦セフォネに視線を向け、ほんの少し考えた後、ルシウスに視線を戻した。

 

「構わんよ。ブラック、くれぐれも粗相のないようにな」

「承知しておりますわ、セブルス」

 

  スネイプの頬がピクリと動く。

 

「あら? 生徒の前ではございませんわよ」

「………」

 

  苦虫を噛み潰した顔になったスネイプはルシウスの右側に座り、セフォネはルシウスの左側の席に座った。

 

「生徒が教師を名で呼ぶのか?」

「セブルスは私の名付け親ですから。生徒の面前でなければ、そう呼んでいいと」

「何? それは初耳だな。本当なのか? セブルス」

「ああ」

 

  その時、観客席中から歓声が上がり、選手たちが入場してきた。真紅のローブを纏ったグリフィンドールチームが、それに続いて暗緑色のローブを纏ったスリザリンチームが入場してきた。スリザリンチームは全員同じニンバス2001の箒で統一されている。

  ウッドとフリントが握手(という名の手の握り潰し合い) を終えると、選手が一斉に箒に跨がる。

 

「試合開始!」

 

 審判であるマダム・フーチの号令とともに、14人の選手は一斉に空に飛び立った。

 

「そういえばルシウス、私の友達が箒の件で貴方にお礼を申していましたわ」

「喜んでもらえれば何よりだ……友達というのは、1人だけ女性のあの子かね?」

「ええ」

 

  両チームの中でエリスが最も小柄であり、グリフィンドールの様子から見るに軽視されていたようだが、エリスはその身軽さを活かし、箒の性能を余すことなく縦横無尽に飛び回ってグリフィンドールを撹乱していた。その隙をついて他のチェイサーがクアッフルを奪い、得点する。

 

「中々やるじゃないか。名前は?」

「エリス・ブラッドフォードです」

「ブラッドフォード……ふむ、そうか」

 

  ルシウスはその名に覚えがあるようだったが、彼のように至るところに影響力を持つ人物には、聞いたことのない純血の名があるのかが疑わしいほどだ。

  そうこうしているうちに、スリザリンは100対0でリード。箒の性能の差がこれほどまでに顕著にでるものかと思えば、どうやら何かあったようで、ブラッジャーの1つが執拗にハリーを狙っているらしい。

  ウッドがタイムアウトを要求し、試合が一時中断される。

 

「そうだ、セフォネ。君に尋ねたいことがある」

「何ですか?」

「そろそろ、表舞台に顔を出してみないかね? 今年、我が屋敷で開かれるクリスマスパーティーに出席する気はないか?」

「……そうですね、考えておきますわ」

「後で正式に招待状を送る。返事はその時でいい」

「お気遣い感謝いたします」

 

  すると、その時丁度試合が再開され、2人の意識が試合へ向く。グリフィンドールはこのまま没収試合となれば負けが確定してしまうため、試合の継続を望んだらしい。先程まではハリーに付きっ切りだったフレッドとジョージも本来の役目に戻り、狂ったブラッジャーの相手はハリーに任されたようだ。

  ハリーは競技場を飛び回ってブラッジャーを避ける。ドラコがその姿を嘲った時、ハリーはドラコに向かって一直線に飛んでいった。ドラコは驚いてそれを避けるが、振り向いた瞬間に、ハリーの突然の行動を理解した。ドラコの近くに飛んでいたスニッチを見つけたのだ。ハリーはブラッジャーを右腕に喰らいながらも、無事な方の左手で地面スレスレを飛ぶスニッチを掴み、そのまま地面に墜落した。

  120対160でグリフィンドールの勝利。スリザリン以外の3寮から歓声が上がる。

 

「あらら……負けてしまいましたわね」

「ううむ……」

 

  21ガリオンもする高級箒を7本も寄贈したルシウスは苦悶の表情を浮かべ、セフォネは苦笑いするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  スリザリンの敗北から一夜明けた日曜日。秘密の部屋の犠牲者が出た。グリフィンドールの1年生コリン・クリービーというマグル生まれの生徒だ。ミセス・ノリスの時と同じく石化しており、この治療にはマンドレイクが必要であり、その成長を待つ他はない。マグル生まれの生徒たちは、いつ襲われるか分からない恐怖に苛まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  その後は魔法薬の時間にクラッブの鍋が突如爆発するという事件以外には何事も無く、クリスマスの1週間前となった。

  朝、朝食の為に大広間に行こうとしていたセフォネとエリスは、玄関ホールに人だかりが出来ているのを発見した。

 

「また犠牲者が出たんですかね?」

「洒落にならないわよ……でも、そんな感じじゃなさそうだけど」

 

  どうやら人が集まっているのは掲示板の前で、そこに張り出された1枚の張り紙が、その原因となっているようだ。

 

「見…えない!」

 

  エリスがぴょんぴょん飛んでいるが、如何せん人も多いし上級生もいるしで、全く見えない。

 

「アクシオ」

 

  人ごみを掻き分けるのも面倒だったので、セフォネは張り紙を呼び寄せた。セフォネの手にスッと収まった張り紙を、エリスは覗き込む。

  そこには、決闘クラブの第1回目が今夜8時から大広間で開かれる旨が記されていた。

 

「"決闘クラブ"? 面白そうね。どうする?」

「行ってみますか。私も人と決闘したことはありませんし。但し、講師が誰になるかは不安ですが」

「フリットウィック先生じゃない? 昔"決闘チャンピオン"って呼ばれてたらしいし」

「だといいのですが……」

 

  最悪のケースを予想して眉根に皺を寄せる。ふと顔を上げると、掲示板に群がっている生徒たちが2人を見ていた。突然張り紙を呼び寄せたのだから、視線が集まらないはずもない。

  セフォネは杖を一振りして張り紙を掲示板に貼り直し、エリスと共に大広間に入って席に座った。既にドラコはスリザリンのテーブルにいて、サンドウィッチを囓っている。

 

「おはようございます」

「おはよ、ドラコ。掲示板見た?」

「おはよう2人とも。決闘クラブのことかい?」

「そう。私たちは行くことにしたんだけど、貴方はどうする?」

「僕も行こうかと思っているよ」

 

  そこに、一匹のワシミミズクが飛んできた。ドラコのフクロウである。しかし、ワシミミズクはドラコの前ではなく、セフォネの前に止まった。そして、セフォネに1枚の封筒を差し出す。それは、マルフォイ家クリスマスパーティーの招待状だった。

 

「何これ?」

「招待状です。返事は既に」

 

  セフォネは懐から封筒を取り出し、ワシミミズクに預ける。ワシミミズクはそれを受け取ると、勢い良く飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  午後8時。普段並べられている長テーブルは大広間から消え、代わりに大広間中央に舞台が設置されている。皆が講師の先生はだれかと思っている中、セフォネが危惧していた事態が発生した。なんと、スネイプを従えたロックハートがやって来たのだ。

 

「静粛に」

 

  ロックハートの登場に、一部の女子から黄色く耳障りな歓声が上がる。他の女子や男子生徒からは悲痛な声が上がる。

 

「よりにもよってあんな無能が?」

「まあまあ……」

 

  不快そうに目を細めたセフォネをエリスがなだめた。

 

「さあ、皆さん集まって! 私の姿はよく見えますか? 声は聞こえますか? 結構結構! ダンブルドア校長先生から、この度決闘クラブを開くお許しをいただきました。私自身が、数え切れないほど経験してきたように、自らを護る必要が生じた場合に備えてしっかりと鍛え上げるためです。詳しくは私の著書を読んでくださいね。では、助手のスネイプ先生をご紹介するとしましょう」

 

  ロックハートは満面の笑みを振りまいた。

 

「スネイプ先生がおっしゃるには、決闘についてごくわずかにご存知らしい。訓練を始めるにあたって短い模範演技をするのに、勇敢にも手伝って下さるというご了承を頂きました。さて、若い皆さんにご心配をおかけしたくはありません……私が彼と手合わせした後でも、皆さんの魔法薬の先生はちゃんと存在します。ご心配めされるな!」

 

  小馬鹿にしたような笑いをするロックハート。スネイプは阿修羅のような形相となっているが、舞台の上で自分に酔っている彼は気付かない。

 

「これは不味いんじゃないかな…」

 

  エリスは恐る恐る、激怒しているスネイプを見る。こんな表情でスネイプに睨まれれば、生徒たちは一目散で逃げ出すだろう。ロックハートの無神経さはもはや賞賛に値する。

  セフォネは、このままスネイプがロックハートを殺してしまえばいいのに、という物騒なことを思っていた。

 

「ご覧のように、私たちは作法に従って杖を構えています」

 

  スネイプとロックハートは向き合って礼をした。スネイプは不機嫌に、少し頭を傾けただけだった。

 

「3つ数えたら最初の術を掛けます。もちろん、どちらも相手を殺すつもりはありません」

 

  とロックハートは言っているが、スネイプから放たれる殺気は凄まじい。"アバダ・ケダブラ"を撃ってもおかしくはない程である。

 

「では。1,2,3……」

 

  2人は杖を振り上げた。

 

「エクスペリアームス!」

 

  スネイプの杖から真紅の閃光が放たれ、ロックハートは壁まで吹き飛んだ。

  ドラコやスリザリン生は歓声を上げる。セフォネも珍しく例外ではなく、指笛を鳴らした。ロックハートのファン以外の生徒たちから拍手が送られ、他の寮には嫌われているスネイプが、この時ばかりは凄い人気ぶりだった。

  その後、ロックハートは負け惜しみじみたことを言ったが、スネイプに一睨みされると、蛇に睨まれた蛙のように大人しくなり口を噤んだ。

 

「模範演技はこれで十分でしょう! これから皆さんの所へ降りて行って二人ずつ組にします。スネイプ先生、お手伝い願えますか……」

 

  2人は生徒たちを実力が合うと思われる者のペアにしていく。ハリーはドラコと、ロンは別のグリフィンドール生と、ハーマイオニーはミリセントと組まされた。

 

「さて、ミスター・ロングボトム。君はミス・ブラッドフォードとだ」

 

  セフォネと組みたかったエリスは少し残念そうな顔をしたが、素直にネビルと組むことになった。

  セフォネが周りを見渡すと、どこも組が出来上がっており、自分と組む相手がいなかった。

 

「スネイプ教授。私の相手がおりませんわ」

 

  それを聞きつけたロックハートが、どこからともなくやって来た。

 

「おやおや、それは困りましたね。こんな美しい女性を放っておくなんて。では私が……」

 

  そう言ってセフォネに近づいていくロックハートを、スネイプが遮った。

 

「それには及びませんな。助手である我輩が相手をしよう」

 

  スネイプがこんな茶番に手を貸した理由は、セフォネの実力を測るためだった

  "悪霊の火"や"怨霊の息吹"などの高度な闇の魔術を駆使し、トロールを簡単に惨殺できるセフォネだが、その真価は判明していない。今後、彼女が味方になった時、あるいは敵になった時にどれ程の脅威となり得るのか。

  それを調査せねばならないという理由とともに、単に旧友の娘であり、自らの名付け子と戦ってみたい、という思いもある。

 

「それは光栄ですわ」

 

  セフォネは心の中で歓喜していた。教員と決闘をする機会などそうそうあるものでもないし、今この場では最も強いであろうスネイプと手合わせが出来るのだ。

  かなり乗り気の様子のセフォネに、ロックハートはそれ以上言い寄ることはなかったが、何かいいことを思いついたと言わんばかりに、手をポンと打った。

 

「そうだ! では舞台のほうで模擬決闘をやってもらいましょう。皆さん! 2学年の最優秀生徒と我らがホグワーツの教員の決闘です!」

 

  余計なことを、とスネイプは思ったが、セフォネは気にする素振りもなく、舞台に上がっていった。

 生徒たちはそれを信じられない、といった面持ちで見ている。どう考えても、たった2年生とスネイプが対等に渡り合えるとは思えないのだ。

  そんな周囲の反応を他所にスネイプとセフォネは向かい合った。

 

「手加減は無用にございます。全力勝負を望みますわ」

「無論、手加減する気などない」

 

  それを聞いたセフォネの口元には自然と笑みが浮かんでいた。いつものような優しげな微笑みではない。これから起こる戦闘への歓喜の笑み。狂気の笑みである。それと同時に彼女が纏う雰囲気も変わり、それに合わせてスネイプの表情も変わる。

  先程の茶番演技とは違う本物の決闘の雰囲気に会場が圧倒される中、セフォネは実に洗練された優雅な礼をする。スネイプもまるで歴戦の魔法使いのような、威厳の溢れる礼をした。

  2人の雰囲気に呑まれてロックハートはカウントダウンするのを忘れているが、そんなものは2人に関係ない。

  大広間にいる全員が息を飲む中、2人は同時に杖を振り上げた。セフォネは無言で"武装解除呪文"を、同じくスネイプも無言で"武装解除呪文"を放つ。2人の杖から真紅の閃光が走り、中間地点でぶつかり火花を散らした。

 

「2年生相手に無言呪文ですか」

「2年生が無言呪文を使うとはな」

 

  2人が杖を振り下ろすと、真紅の糸が弾けたように切れる。生徒たちは唖然としていた。

  下級生たちはこの2人は何故何も言わずに呪文を放ったのか、という疑問を浮かべ、上級生たちは何故2年生が無言呪文を使えるのかと驚愕している。

 

  セフォネは"失神呪文"を撃ち、スネイプはそれを"盾の呪文"で防ぐ。反撃とばかりにスネイプが呪いを放ち、セフォネがそれを別の呪文で撃ち落とした。2人は無言のまま、ありとあらゆる呪文をぶつけ合い、幾度となく火花が散る。

 

「足りない……」

 

  セフォネは歪んだ笑みを浮かべ、ポツリと呟いた。

  スネイプは本気ではない。恐らく、7割5分といったところだ。生徒たちへの被害も考慮しなければならないため、あまり大規模な魔法や闇の魔術を使えないのもあるが、それ以前の問題にスネイプはセフォネを試していた。

 

(わたし)は本気だと言った筈だわ、セブルス!」

 

  戦闘狂の一面が姿を表したセフォネは、興奮のあまり周りへの配慮を考えなくなっていた。

  セフォネが杖を振り上げると、杖の先から巨大な炎が吹き出し、それは翼竜の形となってスネイプに襲いかかる。

  スネイプは目を見開き、そしてこの決闘で初めて呪文を唱えた。

 

プロテゴ・マキシマ(最大の防御)!」

 

  スネイプが創り上げた強固な壁と、セフォネが放った凄まじい炎がぶつかり合った。2つの強力な呪文は互いに拮抗し合い、どちらも砕け散る。炎が2人の間で霧のように消え行く中、2人は同時に再び"武装解除呪文"を放った。

  炎の残りを掻き消すようにして、2つの真紅の閃光は飛んでいき、今度はぶつかり合うことなく交差する。セフォネが放ったものはスネイプよりも大分右側に逸れていき、スネイプが放ったものは的確にセフォネの右手を捉えた。

  セフォネの杖が宙を舞い、スネイプの左手に収まる。

 

「チェックメイ……」

 

  スネイプが続きを言う前に、彼の後ろから飛んできた真紅の閃光がスネイプの右手を捉え、吹き飛ばされた杖をセフォネの右手が掴み取った。セフォネがわざと(・・・)当て損ねた呪文は壁で跳ね返り、スネイプを見事武装解除したのだ。

 

「ステイルメイトですわ」

 

  大広間は静まり返っていた。まるで映画のような光景に皆、声が出ないのだ。それ程までに2人の戦いは次元を超えていた。やがて、ドラコとエリスが手を叩いて拍手し、それに続いて皆から割れんばかりの拍手が巻起こる。

  セフォネとスネイプは互いに歩み寄っていき、互いが奪った杖を渡した。

 

「いくらなんでも"悪霊の火"はやり過ぎだ。周囲に被害が出たらどうするのだ」

「面目ないですわ。少々興奮し過ぎてしまいました」

 

  かなり申し訳なさそうにしていることから、反省していると解釈したスネイプは、そこで固まっているロックハートを促して、他の皆にも練習するように言わせた。

 

  その後、舞台に上がって模擬決闘をすることとなったドラコとハリー。スネイプの入れ知恵によってドラコが呼び出した蛇がハッフルパフ生を襲おうとしているのを、ハリーが蛇語で追い返した。その様子に、ハリーが蛇をけしかけたと思い込んだハッフルパフ生が激怒して出ていき、蛇語を喋れる、即ちパーセルマウスだということが判明してしまったハリーは"スリザリンの継承者"の疑いをかけられることとなった。

 




スネイプVSセフォネでお送りいたしました。秘密の部屋に絡ませないとなると、セフォネの暴れ場が無くなると思ったのですが、普通に転がってました。

没ネタ

岩心「私がお相手しましょう」ドヤッ
セフォネ「よろこんで」イラッ
スネイプ「殺すなよ」
岩心「ぎゃああああああぁぁぁ……」バタッ
エリス「ご愁傷様」

次回はクリスマス。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリスマスパーティー

  決闘クラブの次の日。スリザリンの継承者による、3人目の被害者が出た。ハッフルパフのジャスティン・フレッチリーという、マグル生まれの生徒だ。正確にはゴーストである首無しニックも犠牲者であり、石化してしまったのだが、ゴーストは被害者に含まないらしい。

  決闘クラブで起きた出来事でパーセルマウスであることが判明してしまったハリーは、ホグワーツの殆どの生徒からスリザリンの継承者だと思われており、周囲から避けられるようになっていた。

 

「ハリーも大変ですね。去年に続いて今年も皆の嫌われ者ですから」

 

  クリスマスに帰省する準備をしながら、セフォネがそう呟いた。

 

「嫌われ者ってよりは避けられてるって感じだけどね。でも、確かに災難続きよねぇ」

 

  エリスは何をする訳でもなく、ベッドに腰掛けて足をブラブラさせていた。今年もエリスの両親は仕事が忙しく、クリスマスに休暇は取れなかったようだ。

 

「でもさ、いくらパーセルマウスだからって、あのハリーがスリザリンの継承者なわけないじゃない。どうかしてるわ」

「自らが襲われる可能性がある以上、その恐怖によって判断力が鈍っているのです。こうやって継承者の事件を他人事に捉えられる我々(スリザリン)だからこそ、そのように冷静に思考できるのですわ」

 

  ハリーがスリザリンの継承者であると、ホグワーツ中の生徒たちが考えている中、スリザリンの生徒の大部分からは、そうは思われてはいなかった。

  その理由の1つには、グリフィンドールの憎きハリー・ポッターが我らがスリザリンの継承者であってたまるか、というものがある。ドラコもそう思っているうちの1人で、ハリーがスリザリンの継承者だとされていることに、ことあるごとに憤っていた。

 

「それはさておき、今年もエリスはホグワーツに残るのですか?」

「今年も親の仕事が忙しいらしくてね。しょっちゅうあることだから、あんまり気にしてないけどさ。ドラコも帰らないみたいだし」

 

  エリスの父母は共に癒者である。父はそれなりに責任のある地位であり、母は腕利きの癒者としてそこそこ有名だ。それ故、昔から家に親がいないことが多く、幼少期は寂しい思いをしたものだ。今では仕方がないことだと割り切っているが、それでも僅かに寂しさはある。

  しかし、今エリスの目の前にいるセフォネには、そもそも親がいない。エリスは詳しく知らないが、何か事故があったらしい。自分の悩みは幸せなものなのだと、改めて思う。

 

「セフォネは今年、ドラコん家のパーティーに出るんだっけ?」

「ええ。そろそろ表に顔を出さなければとは、前から思っていたのです。ルシウスから直接のお誘いも頂いたので、この際にと」

 

  正直、セフォネがあまり好かない部類の魔法省の役人なども集まるパーティー故、あまり気乗りしていないのも事実なわけだが、ブラック家の当主としての責務を果たさねばならないのもまた事実。いつまでも舞台裏に引き籠もってなどいられないのだ。

  その点、こうして機会を設けてくれたルシウスに感謝していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  クリスマス休暇に入り、セフォネは数ヶ月ぶりの我が家へ戻った。昔から思っていたが、1人(と1匹)暮らしには、この屋敷は大き過ぎる。クリーチャーは掃除で忙しく出来るからそれでいいと言うが、セフォネからしてみれば無駄以外の何物でもない。せめて有効活用と、セフォネは3階の4部屋ある来客用寝室のうち2つをぶち抜き、そこを自室として使用している。クリーチャーには2階の部屋を自由に使っていいと言ったのだが、物凄い勢いで拒否され、せめてもと物置(と言ってもかなり広い)を彼の個人部屋として改造した。

  今、セフォネは4階にいた。ここには、かつてここで暮らしていた2人の叔父、シリウスとレギュラスの部屋と、母のデメテルの部屋がある。勿論、セフォネが用があるのは母の部屋だ。自分の、ある意味お披露目となるパーティーであるため、母のドレスを着ていきたいと思ったのだが、母が着ていた服は2階の衣装室にはなく、祖母ヴァルブルガが全て部屋にしまってしまったのだ。

 

「ふぅ」

 

  セフォネは息を吐きながら、デメテルの部屋のドアノブに手をかける。

  この部屋は母が暮らしていた場所だ。ここに入ることで、抑え切れない感情が込み上がってくるのを恐れているからか、手はドアノブを握ったまま動かない。昔は母の部屋で1人、寂しさに涙したことがあった。だが、涙は弱さの現れだ。

  セフォネは"弱くなる"ということを恐れている。それは精神的にも、肉体的にもだ。弱くなってしまえば、自分を保てなくなってしまいそうで怖い。それは、自分が持つ膨大な魔力の暴走を、そして精神的な暴走をも引き起こしかねないからだ。

 

「何を考えているのですか、私は」

 

  そこまで考えて、セフォネは自嘲気味に笑った。

  たかが自分の家の一室に入るのに、何を躊躇しているのだろうか。

  セフォネはドアノブを回し、軽く押した。軋んだ音を立てながら、ドアがゆっくりと開いていく。セフォネは少し躊躇したが、やがて一歩踏み出した。

 

  ここに入るのは何年ぶりだろうか。綺麗に整理整頓された部屋で、壁には写真が何枚か飾ってある。クリーチャーが施した"埃避け"の呪文の効力は続いているらしく、何年も放置されていたとは思えない程の清潔さを保っていた。

 

  セフォネは部屋に入っていき、クローゼットを開けた。"検知不可能拡大呪文"が使われているらしいその中は広かった。もっとも、この家自体にその呪文はかかっているため、家そのものも見た目よりも広い。

 

「さて、どれにしましょうか」

 

  サイズはそこまで気にしなくてもいいだろう。多少だったら魔法でなんとかなるし、自分の手に負えなかったらダイアゴン横丁の店に持っていけばいい。マダム・マルキンの店ならば、10分足らずでサイズ調節できる。

  数分間悩んだすえに、セフォネは黒いエンパイアドレスを選んだ。全体が真っ黒というわけではなく、所々ヴァイオレットのラインや装飾がある。

  セフォネがそれを手に取って自分に当ててみると、どうやら30センチほど長いようで、かなり丈が余った。

  流石にこれは自分でやるよりも、店に持っていったほうがいいだろう。ダイアゴン横丁に行けば、クリスマスプレゼントも買うことができる。

  そう思ったセフォネはドレスを袋にしまい、ダイアゴン横丁へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  クリスマス当日の夜。セフォネはサイズ直しをしたドレスを着て、イギリス・ウィルトシャー州にある、壮大な屋敷の前にいた。もはや城といったほうがいいかもしれない程のそれは、マルフォイ家先祖代々の屋敷である。

  受付に招待状を提示して中に入ると、これまた豪華な飾り付けが施されており、ホグワーツにも劣らないような光景だ。ドラコが去年、ハロウィーンの飾り付けを「まあまあ」と評したのも頷ける。

 

「さて、まずはルシウスに挨拶しますか」

 

  最初に主催者に挨拶するのが基本だろう。ウェイターからシャンパンを受け取り、パーティー会場を歩いていく。かなりの数の来客がいるようで、いくつも机が並び、その上に豪華な料理が並べられていた。途中、同級生のミリセントやパンジーなどが親といるのを目撃したが、一先ずスルーする。奥に進むと、ドレスローブに身を包んだルシウスと、彼の妻であり母の従姉であるナルシッサが見覚えのある男と会話しているのを見つけた。

 

「あれは……」

 

  セフォネが近づいていくと、ルシウスがそれに気づいて、セフォネに振り向いた。

 

「ご機嫌はいかがかな、セフォネ」

「上々でございますわ。この度はお招き頂き感謝致します」

 

  セフォネはドレスの端をつまみ上げ、深々と優雅にお辞儀をした。

 

「元気そうですね、セフォネ」

 

  ナルシッサが微笑みかけてきた。彼女と会うのは母の葬式以来、実に2年ぶりである。

 

「ええ。お久しぶりです、シシーおば様」

「おば様は止めてください。歳を取ったみたいでいやだわ」

「これは失礼を」

 

  2人は顔を見合わせて微笑みあう。ここで、ルシウスが今まで話していた男を示して言った。

 

「セフォネ。こちらは……」

 

  ルシウスはセフォネに紹介しようとしているが、セフォネはこの男を知っている。魔法省大臣コーネリウス・ファッジだ。新聞で見たとかではなく、実際に会ったこともある。もっとも、最悪のシチュエーションだったが。

 

「お久しぶりです、ミスター・ファッジ」

 

  ルシウスやナルシッサと接した時とは違う、硬い感じの声で、セフォネはファッジに言った。

 

「あ、ああ。久しぶりだね、ミス・ブラック」

 

  ファッジはやけにおどおどとして、恐る恐るといった感じで、目線を決して合わせようとしない。

  それもそうだろう。最後にファッジと会った8年前、それは祖母の葬式の直後の時で、ちょっとしたいざこざがあったのだ。それにより、彼が一緒に連れてきていた魔法省の役人が数週間入院することとなったのだが、この件は表沙汰になってはいない。

 

「あー、ルシウス。私はそろそろ魔法省のパーティーに戻らなければ……」

 

  その後、ファッジは言い訳じみたことを2、3口にした後、逃げるようにして帰っていった。随分と嫌われたものだと、セフォネは肩を竦める。ルシウスはその様子をさして興味もないような目で見ていた。

 

「既に面識があったのか。しかし、君は一体何をやったのかね?」

「過ぎたことで、少々」

 

  そこに、他の招待客が寄ってきて、ルシウスに挨拶をした。一通りの形式的な挨拶を終えると、幾分砕けた感じになり、ルシウスの隣にいるセフォネに視線を向けた。

 

「君の子供は息子だったような気がするのだが……こちらの可愛いお嬢さんはどちら様かな?」

 

  セフォネは薄く微笑み、優雅にお辞儀をして名乗った。

 

「お初にお目にかかります。ブラック家、第33代目当主、ペルセフォネ・ブラックと申します。以後お見知り置きを」

 

  その途端、男は態度が変わり、キチンと挨拶をしてきた。その後、会話が聞こえたらしい周囲の客たちも寄ってきて、それに釣られてまた寄ってきて、かなりの人数の魔法界の重鎮たちと挨拶を交わした。

  その様子に、ブラック家のネームバリューは伊達ではないようだと、セフォネは思ったのだが、実際はそれだけではない。子供がホグワーツに通っている者たちは、少なからずセフォネの噂を耳にしていた。

  学年トップの成績を誇り、去年の学年末試験の結果は500点満点中750点。ちなみに、2位のハーマイオニーは627点で3位のエリスは600点だった。それはさておき、それ程の才を持っているならば、セフォネは将来、必ず大物になるだろう。それを踏まえて、いまからせっせとコネクションを作ろうという打算的な考えを持ち、セフォネと接触しているのだ。

 

「流石に疲れましたわ」

 

  セフォネは基本的には人当たりもいいし、コミュニケーション能力も低くはない。しかし、彼女は元々引き篭もりだったのだ。それも数年単位でのものである。そんなセフォネが多くの人と会話すれば、疲労しないわけがない。アルコールが回っていればまだましかと、セフォネは結構なペースでグラスを空にしていた。

 

「随分な人気ぶりだったな。主催者の私よりも目立っているのではないか?」

 

  一通り挨拶が終り、目立たないように壁際にいるセフォネを、ルシウスが労う。セフォネは苦笑した。

 

「あまり嬉しくない目立ちかたですが」

 

  グラスを傾けてシャンパンを口に含む。流石というか、かなり上物だ。

 

「そんなに飲んで大丈夫かね?」

 

  既に5杯目。13歳が飲む量は超えている。というか、大人でも十分酔い始める量だ。

 

「酒には強いほうですので」

 

  そうは言っているが、セフォネの雪のような白さの頬に僅かに朱がさしている。その姿もまた可愛らしいのだが、パーティーの主催者としては未成年に酔い潰れて欲しくはない。

 

「飲み過ぎは良くないぞ」

「まだほろ酔い程度ですから、ご安心を。酔い潰れたりはしませんわ。そんな醜態をさらすわけには参りませんもの」

 

  その言葉通り、セフォネはその後も普通に飲んだが、彼女はパーティー中は決して酔い潰れなかった。12時になりパーティーもお開きとなり、セフォネはルシウスに暖炉を使う許可を貰い、煙突飛行で自宅に戻った。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

  いつもの如く、クリーチャーが恭しくお辞儀をして主人の帰宅を出迎えた。

 

「ただいま戻りましたわぁ、クリーチャー」

 

  普段と声音が違う様子のセフォネに、クリーチャーは不思議そうに頭を上げ、主人の様子を確認した。

  セフォネの頬は僅かに紅潮し、目がトロンとしているが、パーティーに行ったのだからアルコールが回っていてもおかしくはない。だが、セフォネは酒には結構強い体質であったはず。

 

「お嬢様。大丈夫でございますか?」

「ほぇ? ああぁ、大丈夫です。些か飲み過ぎただけで」

 

  パーティー中は気を張っていた為に酔い潰れなかったが、いざ終わって家に帰り緊張が切れると、途端にアルコールが全身を回ったような感じがした。頭がフワフワし、視界も歪んでくる。

 

「では、おやすみなさい」

「おやすみなさいませ」

 

  セフォネはフラつく足で自室まで行くと、ドレスを脱ぎ杖を降ってハンガーに掛け、寝間着に着替える間もなく、そのままベッドに倒れ込んだ。

 




セフォネの社交界デビューです。彼女とファッジの仲はそれほどよろしくありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの冬休み

  クリスマスの次の日、エリスはやや遅めに大広間へ向かった。普段起こしてくれるセフォネや他のルームメイトたちがいない為、少し寝坊したのだ。

 

「おはよー」

 

  既に朝食を取り始めているドラコがパンを咥えながら振り返った。

 

「やあ、おはよう。新聞はもう来てるよ」

 

  そう言って、エリスが定期購読している"日刊予言者新聞"を差し出す。エリスが来る前に届いたので、ドラコが代わりに受け取ったのだ。

 

「ありがと」

 

  いつの間にかにベーコンとポテトを皿によそったエリスは、ドラコから新聞を受け取った。受け取りざまにクロワッサンを手に取る。それを口に頬張りながら、エリスは新聞に目を通した。

 

「何か大きな事件はあったかい?」

「んー……目ぼしい記事はないわね」

 

  クリスマスに浮かれた誰かが巨大なツリーを踊らせて、それをマグルに目撃されてしまい、休暇中の魔法事故惨事部が出動せざるを得なかったという事件で一面は飾られていた。

 

「罰金が払えなくてウィーズリーが夜逃げしたとか書かれてないか?」

 

  昨日の新聞に、アーサー・ウィーズリーが車に魔法をかけた罪で50ガリオンの罰金を言い渡されたという記事があり、ドラコは大爆笑し、マグル製品不正使用取締局の局長がそれでいいのかと、エリスはただ呆れていた。

 

「そういえばお前たち、今日は腹の具合は大丈夫なのか?」

「何のことだ?」

「昨日、腹が痛いって言って走ってトイレに行ったじゃないか」

 

  クラッブとゴイルは揃って首を傾げており、ドラコは呆れて溜息をついた。

 

「昨日のことも覚えていないのか……」

 

  もはや諦めた、と言わんばかりに首を振り、ドラコは食後の紅茶を飲んだ。

 

「ん?」

 

  興味なさげに新聞をめくっていたエリスは、5面のある記事を目にして、手を止めた。

 

「これって……」

「どうした? まさか本当に夜逃げしたか?」

「いや、そうじゃなくて。セフォネが載ってる」

 

  そう言ってエリスがドラコに見せた記事の見出しには、"『黒き姫』クリスマスパーティーに現る"と出ており、小さいながらもセフォネがルシウスと会話している写真が載っていた。

 

「黒き姫とは、中々上手いこと考えたね」

 

  セフォネが着ているドレスと髪の色、そして"ブラック"という名をかけたネーミングだろう。ドラコが少し感心しているが、エリスが言いたいのはそこではない。

 

「それもそうなんだけど、セフォネがドラコん家のパーティーに出たからって、記事になるもんなの?」

「前にも説明した通り、家のクリスマスパーティーには魔法省の重鎮や名家の当主たちが招かれるから、記者が取材に来ることもあるんだ。それに、10年近く姿を見せなかったブラック家が表舞台に現れたんだから、記事にもなるさ」

「やっぱ凄いのね……」

 

  普段はあまり意識していないが、セフォネはホグワーツの学生であり、自分の友人である以前に、"高貴で由緒正しい"純血家系の名家の主なのだ。あの精神年齢の高さも、あの魔法のレベルの高さもそういった所からなのだろうかと、超えられない壁のような物を感じる。

  そんなことを考えながら記事を読んでいると、ある文章が気になった。

 

「"11年前の事件以降、彼女が当主として表舞台に姿を見せたのは初めてのことであり"……11年前の事件?」

「知らないのか?」

「ドラコは知ってるの?」

「知ってはいるけど……本人が言ってないのなら、僕が教えてもいいのかどうか……」

 

  ドラコは暫く迷っていたが、エリスに教えることにした。紅茶を一口飲むと、ドラコは語りだした。

 

「まあ、調べれば分かることだから言うが、11年前、セフォネの両親は闇祓いに殺されたんだ」

「え!?」

 

  実際には父は殺害され、母は廃人となってしまったのだが、ドラコは詳細までは知らなかった。

 

「詳しいことまでは知らないが、捕まった死喰い人の中に仲間を売ることで罪を逃れた者がいたらしくてね。そいつがブラックという名の死喰い人がいると証言したんだ。闇祓いたちはそれをセフォネの両親のことだと思い襲撃した。実際は無実だということは後日判明したらしい」

「そんなことって……」

 

  何の罪もないのに殺されてしまったという事実に、エリスは言葉を失った。いつもの様な生意気な態度が成りを潜め、ドラコはその事件の悲惨さに目を落とす。

 

「皆、ポッターが可愛そうだとか言うが、セフォネの境遇の方が酷い。彼女の両親は正義を振りかざした連中に冤罪で殺されたんだからな」

 

  重くなってしまった空気に耐えかねたのか、ドラコは紅茶を飲み干すと、談話室へと戻っていった。エリスは親友の辛い過去を知り、セフォネがどんな思いで生きてきたのかを考えて胸を痛めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ドラコとエリスがセフォネについて話している時、教員テーブルの中央で朝食を取りながら、ダンブルドアもその記事がきっかけで、セフォネについて考えていた。

 

  ペルセフォネ・ブラックという生徒は、普段の学校生活では比較的穏やかで、閉塞的なスリザリンにしては珍しく他寮との交流もある。純血主義に傾倒しているわけでもない。ここまでならば、セフォネは模範的な生徒である、という結論で終わる。

  しかし、彼女は戦闘時において、残虐とも思える一面を現す。去年の彼女がトロールを倒した時のことだ。ハロウィーンの時に出没したトロールを、セフォネは壁に打ち付けて"悪霊の火"で焼き殺した。賢者の石を守る罠のトロールは爆散させた。

  これ程の技量を持っているのならば、セフォネは恐らく"死の呪文"を使うことが出来る。それにも拘わらず、態々相手が苦痛を伴うような方法をとった。それは残虐性の現れなのだろうか。

  実際にセフォネと決闘したスネイプが言うには、彼女はただ単に戦闘狂なだけであり、少しでも戦いを楽しみたいだけらしい。

  それは一先ず置いておき、ダンブルドアが疑問に思う点はそれだけではなかった。

 

(…あの時と変わり過ぎておる……)

 

  セフォネがホグワーツに来る前、ダンブルドアはセフォネの姿を1回だけ見たことがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3、4年程前にロングボトム夫妻の見舞いに行った時だ。2人は死喰い人に拷問されて心神喪失状態になり、聖マンゴ魔法疾患傷害病院に入院していた。見舞いを終えて帰ろうとした際、2人の病室の隣の病室のドアが開いており、何気なく視線を移すと、ベッドの脇に少女が立っているのが見えた。

  上下ともに黒の服装で、黒く艷やかな黒髪は肩上で切り揃えられている。肌の露出はほぼ無く、唯一見える首筋や手は、元々の体質か、それともほとんど日に当たらないためか、不健康な程に白い。

  その少女は項垂れて僅かに震えていた。その様子が気になり、ダンブルドアは病室の前のネームプレートを見る。そこには"デメテル・ブラック"と書かれていた。

 

(…そうか彼女が……)

 

  自分が作った組織に所属している闇祓いの手によって父を奪われ、他の闇祓いが派遣した吸魂鬼によって母を廃人にされてしまった少女、ペルセフォネ・ブラック。

  ダンブルドアはセフォネをそのまま見ていた。覗き見は趣味ではないし、そのまま立ち去っても良かったのだが、なぜか目を逸らせなかった。彼女がその歳の少女とは思えないような、凄まじいオーラを放っていたからだ。

  最初は悲しみにくれたような、そんな後ろ姿をしていた。体が震えていたのは、涙を堪えていたのだろう。

  だが、その様子はどんどんと変わっていった。

  拳を固く握り締め、ギリ…と歯を噛み締める音が聞こえたような気がした瞬間、サイドテーブルの花瓶が割れて弾け飛んだ。それを皮切りに、病室は凄まじい魔力と殺気で満たされていく。

 

「……許さない………殺す…………殺してやる……!」

 

  可愛らしい外見に似つかわしくない、憎悪が込められた恐ろしい声で、セフォネはそう呟いた。握り締めた拳には爪が深々と刺さって血が滲んでいた。

  暫くしするとセフォネから放たれる魔力が薄れていった。セフォネは項垂れたまま振り返り、出口へと向かおうとする。そこで、ダンブルドアがドアの側に立っているのに気付いた。セフォネは素早い動作で杖を抜き、顔を上げてダンブルドアを睨みつけた。

 

「…………何か用?」

 

  口元は真一文字に結ばれ、警戒心剥き出しの表情で、低く問う。ダンブルドアは努めて明るく、朗らかに返した。

 

「いや、隣に知り合いの見舞いに来ていてのぉ。ここのドアが開いていたから気になって見ていたのじゃよ、お嬢さん」

「…………」

 

  その返答に、セフォネは黙ってダンブルドアの瞳を鋭く睨みつける。その瞬間、ダンブルドアは頭の中に何かが滑り込んでくるような感覚を受けた。

 

(…開心術か……)

 

  ダンブルドアは心を閉じたが、それでも強引にこじ開けられた。咄嗟に目を逸らして、セフォネに心を読まれるのを避けようとしたが、それをすれば敵だと思われてしまうと思い直した。それ故、敢えてそのままにしておいた。大事な記憶を覗かれそうになったら流石に目を逸らそうと思ったが、セフォネはダンブルドアが言ったことが嘘か真かを確かめただけだった。

 

「…………」

 

  真偽を確かめたセフォネは杖を懐に仕舞い、ダンブルドアから視線を外して歩き出した。だが、花瓶の破片を踏むと立ち止まった。ゆっくりとベッドを振り返る。サイドテーブルの花瓶が割れていることに、そこで初めて気付いたようで、セフォネは再び杖を取り出した。

 

「レパロ」

 

  飛び散った破片が集まっていき、花瓶が修復されていく。テーブルの側に落ちた花を杖の一振りで花瓶に差すと、セフォネは再び歩き出した。目の前を通り過ぎようとするセフォネを、ダンブルドアは呼び止めた。

 

「少し待ってくれんか」

「…………何?」

 

  無表情に自分に視線を向けたセフォネに、ダンブルドアはポケットから取り出した飴玉を差し出した。

 

「レモンキャンディーじゃ。わしはこれが大好物でのぉ。良かったら食べてくれ」

 

  セフォネはダンブルドアの手のひらの上に乗っている飴玉を見た後、ダンブルドアの顔を見た。そのアメジストのような紫の瞳は氷のように冷たく、そして底が知れないほど深く暗い。

  セフォネはレモンキャンディーを受け取った。

 

「…………」

 

  セフォネは何も言わずにダンブルドアの脇を通り過ぎて去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  当時のセフォネと今現在のセフォネでは、およそ別人と言っても過言ではないほどである。無表情に睨みつけてきたあの時と、いつも笑みを浮かべている今とでは。

 

(…一体何があったのだろうか。デメテルの死が、彼女に変化をもたらしたのか?)

 

  そうだとすれば、普通ならばより憎しみや復讐心が増幅し、最終的には闇に落ちていくはずだ。しかし、セフォネは闇に落ちるどころか、学校に通い友を作り、楽しそうに日々生活している。

  だが、それは仮初の平和なのかもしれない。セフォネは常に笑っているように見えるが、仮面の笑みを浮かべていることも少なくない。それは目を見れば分かる。そして、そういう時は決まって同じ目をしていた。病室で出会った時のような、世界の全てを憎むような、恐ろしい目ではない。

 達観したような、世界に諦めを抱いたような目だった。

 

「"世界の変革"……か」

 

  母が死に、この世界に絶望したからこそ、彼女はそれを望むようになったのかもしれない。

 

「どうか、トム・リドルと同じ道を辿ってくれるな」

 

  それは、ダンブルドアの切実な願いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  その頃、グリモールド・プレイス12番地のブラック邸。

 

「………ぅん……」

 

  やけに艷やかな声を出しながら、この屋敷の主は目を覚ました。

 

「…………」

 

  セフォネは上体を起こして暫くフリーズした。昨日帰ってきたことまでは覚えている。だが、それ以降記憶はない。ハンガーにドレスがかかっていて、自分が下着姿であることから察するに、自力で部屋までは来れたのだろう。

 

「……痛い…」

 

  二日酔いのせいで、セフォネは頭に鈍い痛みを覚えた。

 それだけではない。化粧を落とさずに寝てしまったせいで、顔に違和感を覚えた。完全にベッドから起き上がって靴を履き、ドレッサーの鏡に顔を写すと、結構酷いことになっている。唯一の救いは化粧が薄かったことだろうか。

 セフォネは下着の上にバスローブを羽織って、2階のバスルームに向かい、熱いシャワーを浴びた。

 

「酒を飲んでも飲まれるなとは、このことですかね」

 

  化粧を落とさずに寝るのは肌にとって色々とまずい。その為、普段より入念にケアした。一応セフォネも年頃の少女ゆえ、美容には結構気を使っている。

  自室に戻ったセフォネは黒のブラウスと赤いフレアスカート、いつもの様にストッキングという服装に着替え、1階へ向かった。

 リビングへ行くと、クリーチャーが暖炉の掃除中だった。といっても、指を1つ鳴らしただけで汚れは消えていき、すぐに暖炉に火を灯した。

 

「おはようございます」

 

  クリーチャーが掃除を終えるのを待ってセフォネが声をかけた。クリーチャーは慌てて振り向いて深々とお辞儀した。

 

「おはようございます、お嬢様」

「頭痛薬を持ってきて頂けますか?」

 

  それで全てを察したのか、クリーチャーは"姿くらまし"で薬を取りに行き、数秒後に薬を入れたグラスをトレーに乗せて持ってきた。セフォネはそれを一息に飲み干す。とても美味とはいえない味だが、すぐに効果がでて、頭の痛みが薄れていく。

 

「ありがとうございます。掃除中に申し訳ありませんね」

「滅相もございません。私めはお嬢様の従僕でございますから、何なりと申し付け下さいませ。朝食はいかがいたしますか?」

「軽めでお願いします」

「かしこまりました。10分程お待ち下さい」

 

  クリーチャーは地下1階の厨房へと"姿くらまし"していった。

  食事が出来るのを待つ間、新聞を取るついでに近所を軽く散歩しようと思いたったセフォネは、玄関のコート掛けに掛かっているケープコートを着て、その上にマフラーを巻いて外に出た。

 夜中に雪が降ったようで、辺りは一面白い雪で覆われていた。廃れた住宅街という性質上、人通りが少ないためか、積もった雪はあまり踏み荒らされていない。

 サクッと小気味よい音を立てて雪に覆われた道を踏む。町内を一周しようかと思い、彼女がこの夏に作成した銀製のポストを取り敢えずは素通りしようとした時だった。

 

「……ん?」

 

  よく見ると、ポストに1人の少女が寄りかかっていた。銀髪ゆえに雪と同化して、近くに行くまで気付かなかった。長らく手入れされていないのか、ボサボサに伸びて腰まで届いている。雪が薄く積もっていて分かりにくいが、随分と着古された服を着ていた。

  取り敢えず生死の確認をしようと首筋に指を当てて脈を取る。微かに脈があった。

 

「……見殺しにはできませんね」

 

  こういう時、マグルは救急車を呼ぶのだろうが、生憎セフォネは電話を持っていない。

 

「家に運びますか」

 

  セフォネはその少女に浮遊呪文をかけ、マグルに見られてもいいように抱き抱えているような姿勢をとる。その時、少女の目が微かに開いた。その瞳は青みがかった灰色だった。

 

「……La lampe qui s'éteint ne souffre pas…」

 

  少女はうわ言のようにそう呟くと、ゆっくりと目を閉じた。

 




ちょっと今回はシリアス目でしたかね。
最後に出てきた銀髪の少女が呟いた台詞は、次回説明します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たな家族

「痛たた……まったく、パン1つくらいでボコボコにされるとはね………いやな世の中だよ」

 

  1人の少女が、暗く人通りのない道を、体を引きずるようにして歩いていた。彼女の名前はラーミア・ウォレストン。齢10歳のメルクリ孤児院に住む、いや、住んでいた少女である。

 

  ラーミアは先程までは大通り沿いにいた。シャッターが閉まった店の前で、寒さに身を震わせて座り込んでいた。だが、クリスマスに浮かれる人々を見ていられなかった。カップルや夫婦や親子が楽しそうにしているのを見ると、沸々と黒い感情が込み上げてくる。

 

(…私だって……)

 

  自分だって、本来ならばそうあるべきなのに。親や友達とクリスマスを祝い、プレゼントを楽しみにする、そんな当たり前の生活を送るはずなのに。なぜ、今こうして寒空の下で寒さに震え、空腹に苦しまなければならないのか。

 

「って、自分で孤児院抜け出してきたのに、それはないか……」

 

  自嘲的な笑みを浮かべ、ラーミアは人がいない場所へ歩いていった。標識にはグリモールド・プレイスと書いてある。

  どうやらここは廃れた住宅街のようで、電気がついている家もまばらにしか無い。街灯はチカチカと点滅し、雪が積もっていく道路を不気味に照らし出している。

  段々と夜が白んできて、辺りが明るくなってきた。寒さと空腹に体力を奪われたラーミアは限界を迎えていた。体も怠くて熱っぽい。幻覚だろうか、目の前に美しく装飾が施された銀製のポストが見える。こんな街には似つかわしくないそれに、1匹のフクロウが飛んできた。フクロウが近づくとポストの蓋は自動的に開き、フクロウは持っていた包みをそこに落とすと、どこかに飛んでいった。

  ラーミアはポストの側まで行くと、それに背中を預けてもたれ掛かった。

 

「…はは……あはははは……」

 

  笑いが込み上げてきた。こんなおかしな幻覚を見るなんて。それに、実際に触った感触まであるし、寄りかかれる。自分はとうとう死ぬのかもしれない。

 

「…はぁ……もうどうでもいいや…」

 

 眠い。凄まじい眠気が襲ってくる。瞼が自然に閉じていく。今まで重かった体は重量を無くしたかのように軽くなり、宙に浮かんでいるような気分だった。

 

(…死ぬのも悪くないかもね…………"おばあちゃん"……)

 

  ラーミアの脳裏には、フランスの文学者フランソワ・ルネ・ド・シャトーブリアンの言葉が浮かんできた。

 

"人間は心の底ではまったく死を嫌悪していない。 死ぬのを楽しみにさえしている――

 

 

 

 

 

――La lampe qui s'éteint ne souffre pas(消えてゆくランプに苦しみはないのである)――"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  まるで、雲の上で寝ているかのような心地良さだった。

  意識を失う前までは氷のような冷たさを感じていたが、いまはとても暖かなものに包まれているような感覚だ。いたる所にあった傷の痛みも消えていて、体も軽い。気怠く目を開くのも億劫で、暫くはこのまま微睡んでいたかった。

  そこでラーミアはふと思った。自分は今どこにいるのだろうか。重い瞼をゆっくり開いていく。まず目に入ったのは天井だった。豪華なシャンデリアが吊るされている。

 

(…どこかのお屋敷……?)

 

  視線を下に向けると、自分はベッドの上に寝ていたということが分かった。シーツは滑らかな肌触りで、決して安くはないことが伺える。

  上体を起こして辺りを見回すと、やはりここは何処かの屋敷のようで、部屋はシンプルながらも上品な装飾が成されていた。いたるところに蛇のモチーフが用いられ、どこかの家の家紋らしきレリーフも家具に取り付けられている。

 

「ここは……」

 

  自分は死んだのだろうか。ここは死んだ先に辿り着く場所なのだろうか。だとしたら、ここは天国なのかもしれない。産まれて初めて見るような豪華な部屋だ。こういう家に住んでみたいと、一度ならず思ったことがある。

  だが、待て。もしかしたら、ここは天国だと見せかけて、実は地獄なのかもしれない。そうやって絶望させるための罠なのかもしれない。

 

「天国か地獄か……それが問題だ」

 

  すると突然ドアが開いて黒髪の美しい少女が入ってきた。

 

「目が覚めましたか。気分はいかがですか?」

 

  ラーミアは思わず見とれてしまった。その少女は多分、自分が人生で見てきた中で一番美しい女性だったからだ。

  返事を返さないラーミアを見て少女は首を傾げる。ラーミアは慌てて答えた。

 

「えと……大分いい、です」

「それは良かったですわ。最初見つけた時は死んでいるのかと思いましたから」

 

  その言葉に耳を疑う。自分はもしかして生きているのか、と。

 

「あの……」

 

  ここは一体何処なのか、そして一体誰なのかをラーミアが問おうとすると、黒髪の少女は優しげに微笑んだ。

 

「私の名はペルセフォネ・ブラック。親しい者からはセフォネと呼ばれています。そして、ここは私の家です」

 

  セフォネは少女が質問する前に全てを答えた。先読みされたことに面食らいながらも、ラーミアは次に、自分は一体どうしていたのかを問おうとしたが、またもやセフォネはラーミアが言葉を発する前に言った。

 

「貴方は高熱と栄養不足で、1日中意識を失っていたのですよ。家の郵便受けの側で倒れていたので、家に運んだのです」

 

  この人は心を読むことができるのだろうか、とラーミアは思ったが、セフォネの言葉から察するに自分は生きているのだろうと思い、そっちのほうに驚いた。

 

「ということは、私はまだ生きてるんですか?」

「勿論ですわ」

 

  ラーミアのその反応が可笑しいのか、セフォネはクスリと笑った。

 

「まだ貴方の名を聞いておりませんでしたね。お名前は?」

「ラーミア・ウォレストンと言います」

 

  起き抜けでぼんやりしていた頭が覚醒してくるにつれ、ラーミアは違和感を覚えた。

 

「聞いてもいいですか?」

「何でもどうぞ」

「ここはセフォネさんのお宅なんですよね?」

「ええ」

「あの街にはこんなお屋敷なかったような気が……」

 

  そもそも、ラーミアが歩いていたのはグリモールド・プレイスという廃れた住宅街。屋敷などは無かった。

  セフォネはその疑問には答えず、逆にラーミアに尋ねた。

 

「貴方は家の郵便受けを見ることが出来たんですよね?」

「え? あ、はい。なんでこんな所にこんな綺麗なものがあるんだろうって、不思議に思いましたけど」

「なるほど……」

 

  ラーミアは知らないが、あのポストには呪いがかかっている。マグルには鉄くずにしか見えず、またマグル避けもかかっているのだ。

 

「貴方、何か特別な力を持っていませんか?」

「っ!」

 

  ラーミアは動揺した。いきなり図星を突かれたからだ。

 

「例えば、触れずに物を浮かせたり燃やせたりするとか」

「な、何を……」

 

  出来る。ラーミアは今セフォネが言ったことを全てやったことがあった。いや、やってしまったと言ったほうがいいだろう。そのせいで孤児院の皆、先生にまで疎まれる存在となったのだ。たった1人"おばあちゃん"を除いて。

 

「やはり。貴方は魔法が使えるのでしょう?」

「どうして……」

 

  何故出会って間もないセフォネがそのことを知っているのか。ラーミアは混乱した。そんなラーミアに、セフォネは悪戯な笑みを浮かべた。

 

「どうして分かったのか、と? ふふっ……何故ならば、あの郵便受けはマグル、即ち非魔法族には見ることはおろか近づくことさえ出来ないからですよ」

「非……魔法族…?」

 

  ラーミアは聞き慣れぬ単語に首を傾げた。

 

「即ち、あれを見ることが出来た貴方は魔法族であり、れっきとした魔女なんですよ」

「ま、魔女!?」

「そう、貴方は魔女。私と同じように」

 

  セフォネはそう言うと、懐から杖を抜いて一振りした。すると、何処からともなくグラスが現れ、もう一振りするとそのグラスが消えた。

 

「ほ、本当に魔女なんですか!?」

「ええ」

 

  いきなりお前は魔女だと言われても、思考が追いつかない。死にかけた自分を救ってくれたセフォネは魔女で、そして自分も魔女であるという事実を消化できず、ラーミアはポカンと口を開けていた。

 

「まあ、詳しい話は後でするとして……取り敢えず食事にしましょうか。着替えはそこに用意してありますから」

 

  セフォネにそう言われて、ラーミアは初めて自分が何も着ていないことに気付いた。

 

「な、な、何で私裸なんですか!?」

「体を洗って傷の治療をしたからです」

 

  ラーミアの体には切り傷や痣があった。パン屋の店主に殴られた為だ。それがほとんど治りかけているのはセフォネが治療してくれた為だったらしいが、ラーミアはセフォネが最初に言ったことが気になった。

 

「洗ったって……」

 

  まさか、セフォネは自分を風呂にいれたのだろうか。知らない人に体を洗ってもらうなんてと、ラーミアの頬が羞恥で赤くなっていく。

  そんな様子を、セフォネは面白そうに眺めていた。

 

「魔法でですよ。ちなみに治療も。ついでに服も直しておきました」

 

  サイドテーブルに置いてある着替えを見ると、確かに自分が着ていたもののようだが、新品のように綺麗になっていた。

 

(…魔法万能過ぎでしょ……)

 

  目の前で起こる奇跡の連続にしばし唖然としたラーミアは、畳まれた服の上に、ラーミアの大切な宝物である、"おばあちゃん"からもらった十字架のネックレスがちゃんと置いてあることを確認してほっとする。これを無くしたら立ち直れないだろう。

 

「ドアの前にいますから、焦らずに着替えて下さい」

「あ、あのっ!」

 

  ラーミアは外に出ていこうとするセフォネを呼び止めた。

 

「はい」

「助けてくれてありがとうございました」

 

  目を覚ましてからというもの、魔法だなんだと訳の分からないことで混乱していて、セフォネに礼を言うのを忘れていた。

 

「どういたしまして」

 

  セフォネはにこやかに微笑むと、ドアを開けて外へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  セフォネは廊下の壁にもたれ掛かってラーミアの着替えを待っていた。全裸だと気付いた瞬間シーツを引き寄せて身を隠そうとした素振りから察するに、着替えを見られるのは嫌だろうと思ったからだ。

 

「それにしても、私は何をしているのやら」

 

  人助けなんて柄では無いのだが、倒れているラーミアを見たら放っておけず、10年間以上何人も入ることを許さなかったこの屋敷に招き入れてしまった。

  余談だが、今現在ブラック邸にかけられている"忠誠の術"を始めとした保護魔法は、セフォネによってかなり改良されている。

  まず第一に、この屋敷内ではセフォネの許可がない者は姿現しを使えない。さらに、この家への移動キーの作成も、セフォネしか出来ない。

  第二に、人間が使役しているもの、例えばペットや別の家の屋敷しもべ妖精などにも効力を発揮する。

  第三に、この家に立ち入れる者はセフォネによって秘密を教えられた者ではなく、彼女に秘密を教えられ尚且つ彼女が立ち入りを許可した者のみ。故に、セフォネが誰かを招き入れたとしても、セフォネ自身がそれを認めなければ、その者はたちまち追い出されるという訳である。

 

「…私も変わったのかもしれませんね……」

 

  そこまで盤石に守りを固めておいて、あっさりと見ず知らずの人間を入れてしまった。昔の自分だったら絶対に有り得ないだろう。倒れていることにも気付かないか、気付いても無視していたか。

 

「…母様の(ゴースト)の影響ですかね……」

 

  手を胸に当てて、そっと目を閉じる。あの時のあの光景が脳裏に蘇り、セフォネは感傷に浸った。

 

  ガチャリと音がして、ラーミアが部屋から出てきた。全体的に白で統一された服装は、その銀髪とも相まって、清楚な印象を与える。

 

「さあ、行きましょうか」

 

  セフォネはラーミアをリビングへ案内した。テーブルには既に料理が並べられており、それを見た途端ラーミアの目が輝きだした。

 

「こ、これ本当に食べていいんですか!?」

「え、ええ」

「全部!?」

「勿論ですわ」

 

  パン1つをケチってラーミアに暴行を加えた店主とは大違いである。

  ラーミアは余程空腹だったのか、大飯食らいのクラッブやゴイルも驚きの速さで食べ始めた。

 

「そんなに急がずとも、逃げたり消えたりしませんよ」

 

  そう言ってセフォネは食卓を眺めるが、並ぶ料理は普段より豪華である。というか、普段よりも主菜が多い。セフォネは重度の甘党であるため、ホグワーツでもそうだが、基本的にデザートのほうが主食になることがほとんどである。クリーチャーはそれが分かっているため、あまり主菜は作らずにデザートを多めに出してくれるのだが、今日は客人がいるとあって張り切ったらしい。

 

(七面鳥って……クリスマスは一昨日ですよ)

 

  張り切るにも程があるだろうに。

 

  夕食を終え、セフォネは居間の暖炉の前のソファーに腰掛けた。

 

「どうぞ」

 

  セフォネが向かいの席を進めると、夕食時の興奮が収まったラーミアが申し訳無さそうに座った。

 

「す、すいません。あんなにご馳走になってしまって」

「いえいえ、構いませんよ」

「あれも魔法なんですか?」

「いいえ。食料は"ガンプの自然変容の法則"の5つの例外の内の1つなので……」

 

  そこまで言った時、ラーミアが目を点にしているのに気付いた。魔法を今知ったばかりの人間にする説明ではなかったと、セフォネは思ったので、彼女に分かるように言い直した。

 

「……要するに、さっきのグラスのように何もない所から作り出すことは出来ないのです。魔法もそこまで万能ではないということです」

「じゃあ、他にどんな魔法があるんですか?」

「そうですね、例えば……」

 

  その後、セフォネは魔法界について様々な話をした。セフォネにしてみれば常識でも、彼女にとっては未知の世界であるらしく、目を輝かせて聞いていた。

 

「魔法界には学校も存在して、英国にはホグワーツという学校があります。魔女や魔法使いは魔法についての理論や実技を学ぶために7年間そこに通います。その年の9月1日時点で11歳になる者に入学資格は与えられます。私はそこの2年生です」

「学校まであるんですか……って、2年生!?」

「はい、そうですけど」

 

  ラーミアは信じられないという表情になった。彼女からはセフォネはもっと歳上に見えていたのだ。

 

「え、じゃあセフォネさんは今12歳か13歳……」

「誕生日は9月なので13歳です」

「私と3歳しか違わないんですか!?」

 

  何歳上に見られていたのか気になるが、ただでさえエリスなどに"老成している"などと言われているのだ。あまりにも歳上に見られていたらショックを受けそうで嫌なので、セフォネは目を瞑ることにした。

 

「ということは、貴方は今10歳ですか。誕生日は?」

「7月7日です……って、まさか私もう直ぐホグワーツに!?」

「来年度の入学生ということになりますわね」

 

  ラーミアは暫し嬉しそうにしていたが、ふと何か気になったのか、セフォネに尋ねた。

 

「でも、どうやって入学するんですか?」

「魔法族の家庭には先程話したフクロウ便で。マグル生まれ、魔法界の存在を知らなかった魔法族、もしくは何らかの事情で家にフクロウが届かない場合には、教師が直接出向いて本人と保護者に説明します」

「保護者……」

 

  その言葉がでた途端、今まで明るかったラーミアの顔が暗くなった。セフォネはその理由を粗方は予想していた。

  クリスマスの次の日に栄養失調と高熱で倒れるなど、まず普通の家庭の子ではないと分かる。今まで親の話などが出ていないことから、彼女の親は他界しているのだろう。とすれば、彼女はどこかの家庭に預けられていたか、孤児院にいたかのどちらかであり、そこから逃げ出してきたのだろう。10歳の少女が死にかけるまでの家出をしたのにはそれ相応の理由はある。

  セフォネは開心術を使っても良かったが、ここは彼女の口から説明してもらったほうが良いだろうと思い、目を伏せたラーミアに優しく呼びかけた。

 

「ラーミア。何か事情があるのでしょう? もしよければ、私が力になりますわ」

 

  ラーミアは暫く迷っていたが、やがて呟くように言った。

 

「両親の記憶は私にはありません。私は母の親戚に預けられていました。厄介者扱いでしたけどね。でも、私が5歳の時に義理の父は職を失い、養育費の節約にと私を修道院に捨てた。そこでも私は厄介者扱いでした。魔法が使えることであんまり良く思われてなかったんです。先生にも白い目で見られて、でも、1人だけ"おばあちゃん"だけは私に良くしてくれたんです。とっても優しい人で……でも………3ヶ月くらい前に火事があって、"おばあちゃん"は亡くなりました。その上、私は犯人扱いされて……」

 

  話していく内にラーミアの声には嗚咽が混じり、最後はよく聞き取れなかった。だが、言いたいことは分かった。大切な人を失い、味方がいなくなった上で犯人扱いされたのだ。逃げ出したくなるに決まっている。

  セフォネは泣き出してしまったラーミアを見て、どうしていいか困ってしまった。元気づけるにしても、下手なことは言えないし、かといって放っておくのも気が引ける。少し考えた末にセフォネは立ち上がって、手で顔を覆って涙を流すラーミアの頭を、そっと抱きしめた。

  すると、ラーミアは声を上げて泣き始めた。何か間違ったかと困惑し、取り敢えず彼女の頭を撫でる。すると、ラーミアが益々激しく泣き出し、しかもセフォネにギュッと抱きついてきた。

 

(…落ち着くのを待ちますか……)

 

  10分ほど経つとラーミアは落ち着き、真っ赤に泣き腫らした目でセフォネに謝った。

 

「ご、ごめんなさい……」

「いいんですよ。泣きたい時に泣けばよいのです。貴方は涙を流せるのだから」

 

  セフォネは泣くことを、弱くなることを恐れている。それは意味の無いことだと分かってはいるが、しかし、身に焼き付いたこの脅迫概念は未だ消えない。

  もう一度頭を撫でると、ラーミアは泣き笑いの表情になった。

 

「でも、これから私はどうしたら……」

 

  保護者よりまず先に、ラーミアはどうやって生きていけばいいのかを考えなければならない。

  セフォネはソファに座り直し、指を3本立てた。

 

「そこで私が貴方に提示できる選択肢は3つ。1つ目は別の孤児院に出向く。と言ってもこれは論外でしょうね。2つ目は魔法族の里親を見つけて引き取って貰う」

「里親……?」

「曲がりなりにも、魔法界に連なる名家の当主ですから、多少のコネはあります」

 

  ラーミアは浮かない表情をしている。彼女の境遇から考えれば当然のことだろう。

 

「そして3つ目はこの家に食客として住むこと」

「え……?」

 

  思わぬ言葉に、ラーミアは意表をつかれた。

 

「ここで会ったのも何かの縁。里親を探すのが嫌であれば、我がブラック家に食客として暮らしませんか?」

「で、でも……そんなのセフォネさんに悪いです。助けてもらった上でそんな……」

「でも、無理に里親を見つけて気を使って生きるよりかは、そちらのほうが良いのではありませんか?」

 

  ラーミアは考えた。考えに考え、そして1つの答えを導きだした。

 

「セフォネさん。お願いがあります」

「はい」

「私を雇って下さい!」

「……はい?」

「確かにセフォネさんが言うとおり、私は里親を探したくはないです。でも、このままセフォネさんに迷惑をかけるのも心苦しいんです。それに……」

 

  ラーミアはソファーから立ち上がり、セフォネの瞳を真っ直ぐ見て言った。

 

「……もういっそのこと死んでしまいたい。そんな風に考えていたんです。でも、セフォネさんに助けられて、セフォネさんに魔法の世界を教えて貰って、私はまだ生きていたいと思うようになれたんです。少しでもその恩を返したい。貴方の役に立ちたい。だから、私は貴方の元で働きたいんです。お願いします!」

 

  セフォネはいきなりのこととラーミアの剣幕に固まっていたが、やがて肩が震えだし、込み上げてきたものを我慢できなかった。

 

「…ふ…ふふ……ふふふ………あっははははははははっ!」

「わ、私は本気です!」

「ははははっ………ふぅ、いやはや、これまた面白い人を拾ったものです……ふふっ…」

 

  普通、出会って数時間の、しかもこんな小娘の元で働きたいと言う者がいるのだろうか。予想だにしなかったラーミアの考えに、セフォネは笑いを堪えられなかった。

  ひとしきり笑うと、セフォネは打って変わって真面目な顔になりラーミアに言った。

 

「分かりました。では貴方に問いましょう、ラーミア・ウォレストン。私に忠誠を誓いますか? 私の秘密を守ることを、我が家の秘密を守ることを誓いますか? 」

「は、はい。誓います」

 

  セフォネは1枚の羊皮紙を何処からともなく取り出し、その上にインクを垂らした。すると、インクは文字を形成していき、それは契約書となる。セフォネはそれにサインし、ラーミアに差し出した。

 

「契約の確認を」

 

  ラーミアはそれに目を通した。

 秘密を外部に漏らさないこと。給料は応相談。学校に通う間は休暇扱い。ラーミアがブラック家の使用人として働くのは取り敢えずホグワーツ卒業までの期間で、その後の契約の更新はラーミア次第。この契約の破棄による違約金は発生しない、などなど。

  慣れない羽ペンでサインすると、羊皮紙は燃え上がった。

 

「契約はここに完了しました。聖28一族ブラック家第33代目当主、ペルセフォネ・デメテル・ブラックの名において、ラーミア・ウォレストン、貴方を我が従者として迎え入れましょう」

 

  セフォネが杖を振ると、テーブルの上に2つのグラスとワインが現れた。コルクを杖で軽く叩くと、キュポンと音がなってワインが開く。それをそれぞれのグラスに注いだセフォネは1つをラーミアに差し出し、もう1つを持ち上げる。

  酒など飲んだことがないラーミアは目を瞬かせていたが、セフォネにならってグラスを目の高さまで持ち上げた。

 

「新たな家族に、乾杯」

「か、乾杯です」

 

  セフォネは微笑むと、一息にワインを飲み干した。

 




本編から離れ過ぎて良く分からなくなっと思うので、ここで人物の整理をしたいと思います。(決して作者が忘れそうとか、書かなきゃ分からなくなったとかそういうのではありません。決して。マジで)というわけで、周りからのセフォネの評価をまとめました。

エリス……チートな親友。勝つのは諦めかけている。だって、スネイプ先生と互角って凄過ぎるでしょ。決闘クラブの後から渾名が変わって"スリザリンの女帝"になったわよ。

ドラコ……なんだか彼女に言い返せないし、生意気な態度も取れない。でも、彼女の笑顔を見ると顔が赤くなってしまうのは何故だろう。

ハリー……美人だし普段はいい人そうだけど、結構やばいと思う。トロールバラバラにしたし。

ハーマイオニー……最初はあんまりよく思ってなかったけど、今では仲が良い。ぶっちゃけ、数少ない同性の友達の1人。でも、次こそは彼女を抜いて絶対に1位になる。

ロン……エリスと並んで、スリザリンにしては感じは良い奴。でも、マルフォイと仲良くしてるみたいだし、油断は出来ない。

教師陣……成績優秀だけど、危険対象なのは間違いなし。

〈新キャラ紹介〉

ラーミア・ウォレストン

ブラック家の使用人。両親は他界しており、2人が魔法使いだったかどうかはセフォネが調査中。詳しくは章末の人物紹介で。



この先所要で1週間から2週間ほど更新できなくなりますが、ご了承下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪夢のバレンタインと追放

 ホグワーツのクリスマス休暇も今日が最終日。セフォネはホグワーツへと戻るため、キングス・クロス駅へ向かおうとしていた。

 

「「行ってらっしゃいませ、お嬢様」」

 

 そんなセフォネを見送る声が2つ。1つはキーキーと甲高い、屋敷しもべ妖精のクリーチャーの声。そしてもう1つは少し掠れた、どこかか細いような声。この冬にブラック家に就職したラーミアの声である。

 ラーミアがブラック家の使用人となってからおよそ1週間ほど経ったが、この間に彼女は随分と魔法界に適応していた。セフォネの手ほどきもあって既に幾つかの魔法を習得し、元より読書が趣味であった彼女はブラック家の蔵書もある程度理解出来るようになった。

 

「貴方に"お嬢様"と呼ばれるのは、まだ慣れませんね。普通に名前でいいんですよ?」

「いえ、私はブラック家の使用人(メイド)ですから」

 

 となぜか嬉しそうに"お嬢様"と呼ぶラーミアに、そんな満面の笑みで言わなくてもいいだろうに、とセフォネは苦笑した。

 

「では、行って参りますわ。留守は任せましたよ、2人とも」

「はい!」

「かしこまりました」

 

 頭を下げて見送る2人に軽く手を振り、セフォネは家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツへと向かう紅の汽車の中で、セフォネは手帳を広げて独自の魔法の開発に着手していた。

 5つ程並行して行っているが、今最も実現に近いのは"飛行術"である。これは箒なしで空を飛ぶ術であり、理論上は体を変化させれば飛ぶことができる。

 残りの4つは"身体強化魔法(フィジカルエンチャント)"、"幻覚魔法"、"姿現し妨害呪文の無効化術"、"臭いの完全除去"。最初の2つは攻撃用で、後の2つは便利魔法だ。特に"臭いの完全除去"に関しては17歳になるまで待てば自動的に消えるものなので、必要かどうかと言われれば微妙である。

 

「ホグワーツに帰ったら禁書棚に行かなければなりませんね……」

 

 勿論、これは"侵入する"の意味である。如何に自分が教師の名付け子であろうと、スネイプに闇の魔術書の貸出を申請するのは憚られる。

 

「さて、と」

 

 セフォネは"検知不可能拡大呪文"がかかったポーチに研究手帳を仕舞うと、ポーチの中から人型に切られた紙を何枚か取り出した。これは、魔法界でよく用いられる羊皮紙ではなく、極東の地日本の和紙で出来た"式札"と呼ばれるものである。

 人差し指を噛んで傷つけると、セフォネは式札に血を垂らした。

 

「"汝我が血を与えられ、以って我に仕えよ"」

 

 発音に注意して、セフォネは日本語で呪文を唱えた。すると、血が紙に吸い込まれていき、式札がひらりと宙に浮いた。意識を集中して脳内で動きをイメージすると、式札はそのイメージ通りにコンパートメントを飛び回る。

 

「成功ですね」

 

 尤も、この術は以前にも成功している。これは昨年借りた"世界の古代魔術"に載っていた日本だか中国だかの魔法のようで、血液に含まれる魔力を与えることにより発動する。式札を通して、その周囲の音を聞いたりそこにいる人物の気配を感じ取ることが出来る、早い話可動式盗聴器兼レーダーのようなものである。

 

 セフォネは式札を追加していき、何枚まで同時に操れるかを試した。結果は5枚。クリスマス休暇に入った直後は2枚までしか同時に操れなかったので、進歩したと言えるだろう。

 

(後は、どの程度の距離を操れるかですね。それはホグワーツに戻ってから確かめますか……飛行術のほうは………)

 

 ふわふわと浮いている式札を眺めながら、セフォネは思考の海に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスマス休暇が終わり、授業が再開した。スリザリンの継承者は鳴りを潜め、1ヶ月ほどは何も起きず、つかの間の平穏が流れる。いつもと変わらない日々を、生徒たちは謳歌していた。

 

「エリス。起きて下さい。もう朝ですわ」

「…………後5分……」

 

 テンプレートな寝ぼけに、セフォネは思わず笑みをこぼす。あまりにも幸せそうに惰眠を貪るエリスに、セフォネは起こすのを躊躇ってしまうが、あまりもたもたしていると朝食を食べ損なう。

 セフォネは杖を抜き、軽く振り上げた。途端に大音響が鳴り響き、エリスが飛び起きる。

 

「うわぁ!」

 

 エリスは動転するあまりベッドから転げ落ちた。

 

「おはようございます」

「……おはよー…」

 

 無理矢理覚醒させられた状態でもぞもぞと着替えたエリスと共に、セフォネは大広間へ向かった。

 エリスは暫くボーッとしていたが、急にハッとなってセフォネに言った。

 

「セフォネ、今日って2月14日?」

「いきなりどうしたのですか? 確かに本日は2月14日ですけど」

「どうしたもこうしたも、今日はバレンタインデーだよ!」

「ああ、聖ウァレンティヌスが殉教した日でしたわね」

「あの、いや、そうなんだけどさ……」

 

 どこかずれた反応のセフォネに、エリスは当惑する。年頃の女子であったら、バレンタインデーといえば"愛の誓いの日"という認識だろう。

 そんなエリスの呆れたような表情が不思議で首を傾げたまま、セフォネは大広間の扉を開けた。そして、そこに広がる光景に足を止めた。

 

「な……」

 

 部屋の壁という壁がけばけばしいピンク色の花で覆われ、淡いブルー色の天井からはハート型の紙吹雪が舞っている。スリザリンの長テーブルに行くと、そこにはドラコが今にも吐きそうな表情で座っていた。

 

「これは一体何事ですか?」

 

 朝食につもった紙吹雪に杖を向けて払いながら、ドラコに尋ねた。

 

「あの馬鹿が何かやらかすらしい」

 

 ドラコが顎で示した先には、壁と同色のけばけばしいピンク色のローブを身に纏ったロックハートが満面の笑みを振りまいている。

 その両側に並ぶホグワーツ教師陣は皆、魔法が掛かったように、石のような硬い表情をしていた。

 

「あれですか、精神的な拷問か何かですか」

「存在そのものがクルーシオだな」

「おや、よくご存知ですね」

「当然さ。見たことは流石にないけどね」

「では、お見せしましょうか。この呪文のコツは相手を苦しめようと本気で思い、かつ苦痛を与えることを楽しむことでして……」

「ちょ、駄目だって」

 

 そう言って杖を取り出すセフォネを、エリスが止める。エリスは"クルーシオ"という呪文が何かは知らないが、セフォネの発言からして、間違いなくヤバイ代物だろうと思ったのだ。

 

「落ち着いて、甘い物でも食べてなさい」

 

 すぐ手元にあったセフォネの好物の糖蜜パイを、彼女の口に突っ込む。セフォネはしぶしぶそれを咀嚼した。

 

「貴方って一度敵と見做した人には、ホント容赦ないわよね」

 

 何とか収まったセフォネに呆れた視線を向けながら、エリスはトーストを齧った。

 大広間に大部分の生徒が集まった時、ロックハートは手を挙げた。

 

「静粛に」

 

 異様な光景にざわめいていた生徒たちが静かになる。それを確認したロックハートは生徒たちを見回して高らかに言った。

 

「皆さん、バレンタインおめでとう! 今までのところ、46人から私にカードが届きました。ありがとう! そう、皆さんをちょっと驚かせようと、今日は私がこのようにさせて頂きました。しかも、これだけではありませんよ!」

 

 ロックハートが指をパチンと鳴らすと、大広間のドアから無愛想な顔をした、奇天烈な格好をさせられた小人が12匹ばかり入ってきた。

 

「私の愛すべきキューピットたちです! 今日は学校中を徘徊して、彼らが皆さんのバレンタイン・カードを配ります。お楽しみはまだまだこれからですよ。各先生方もこのお祝いのムードにはまりたいと思っていらっしゃるのです」

 

 そんなことを言っているが、教師たちは皆一様にどこか一点を見つめ、この災厄が過ぎ去るのを待っているようだった。

 ロックハートはお構いなしに言葉を続ける。

 

「さあどうですか、この機会にスネイプ先生に"愛の妙薬"の作り方を教わってみてはいかがですか? フリットウィック先生は"魅惑の呪文"について良くご存知のようですよ。素知らぬ顔をして憎いですね!」

 

 フリットウィックはまだしも、スネイプにそんなことを聞こうものなら毒薬を飲まされそうである。生徒たちは凶悪な顔つきになったスネイプを見て、誰一人笑うことが出来なかった。

 

「らしいですわよ、エリス。セブ……スネイプ教授に聞いてみてはいかがですか? ちょうど今日は魔法薬学の授業がありますし」

「いやいやいやいや。私まだ死にたくないから」

 

 その日一日は、まともに授業が出来る状態ではなかった。キューピット、もとい小人たちは何時何処にいようとも、当人の事情などお構い無しにバレンタイン・カードを配り、教室にも乱入してくる始末だ。

 それだけならまだいいが、セフォネとエリスには大量にカードが送りつけられて来た。カードを受け取ることには抵抗はないのだが、小人はその場その場でカードの内容を読み上げようとした。セフォネは全て"黙らせ呪文"で対処していたが、午後の魔法薬学の時間の前についに我慢の限界を迎えた。

 授業開始5分前、地下牢へと続く階段を降りている途中の、本日何度目か分からない小人とのエンカウント。しかも一度に数匹がこちらへ来る。

 

「また来たんだけど」

 

 最初のほうはカードを素直に喜んで受け取っていたエリスだったが、自分へのラブレターを大声で読まれるのは流石に恥ずかしいし、いちいち名前を間違えられるなど、小人たちに嫌気がさしていた。

 杖を抜いたセフォネを見て、また"黙らせ呪文"で対処するのだろうと思い、エリスも杖を取り出した。だが、何度も何度も"黙らせ呪文"を掛けることがいい加減面倒になったセフォネは、別の呪文を唱えた。

 

インペリオ(服従せよ)

 

 すると途端に小人たちは大人しくなり、何も言わずにカードを差し出し、そのまま去っていった。

 

「何したの?」

「ちょっとした小細工ですわ」

 

 ちなみに、魔法薬学の時間ではスネイプは今世紀最大に不機嫌であり、普段は贔屓にされるスリザリン生たちでさえも恐る恐る授業を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪夢のバレンタインから数ヶ月経ち、その日はグリフィンドールVSハッフルパフのクィディッチ寮対抗杯の試合が行われる予定だった。しかし、その直前にスリザリンの継承者によって新たに2人の犠牲が出たため、試合は中止となった。

 その夜、殆どの生徒が寝静まった中、セフォネとエリスは談話室にいた。

 

「ハーマイオニー……」

 

 スリザリン生でありながらグリフィンドールの、しかもマグル生まれのハーマイオニーと交流のあったエリスは、彼女が襲われたということにショックを受けていた。

 エリスの横で何やら古そうな書物を読んでいたセフォネは、エリスを安心させるように言った。

 

「幸い、石化しただけのようですからマンドレイクが成長すれば助かります。死んだわけではないですから」

「そうだけど……」

 

 ハーマイオニーが死んだわけではないということくらい、エリスも理解している。しかし、友人が何者かに襲われれば、誰しも何心無くしてはいられない。そして、今までは何処か他所ごとのように感じていた事件だったが、こうして親しい人物が被害に遭うと変わってくる。ハーマイオニーのみならず、他の被害者たちも不憫でならなかった。

 暖炉の火を見つめながらそんな風に考えていたエリスがふと顔を上げると、セフォネが何故か微笑んで自分を見ていた。

 

「何よ、その表情」

「いえ、貴方は本当にいい人なのだなと」

「は? 何で?」

「人の為に心を痛めることが出来るからですよ。言葉や態度、表面的に同情する人は幾らでもいます。そういう人たちは本当に同情してはいない。可哀想だ何だと言いながら、その実他人ごとで。困ったことがあれば何でも言えといいながら、そう言う者たちの8割は社交辞令で。残りの2割の中でも、人を助ける自分に酔う者、自分の利益の為などが大部分で。真に人に憐憫の情を抱ける人は少ない」

 

  話していくうちに、セフォネの表情は変わっていくように思えた。口元の笑みは変わらないが、いつも悪戯っぽく輝く瞳は何処か暗く、悲壮さを漂わせていたが、それは一瞬で、いつものように微笑んだ。

 

「なんて、柄でも無いですね。そろそろ寝ましょうか」

 

  セフォネがエリスを促して寝室へと向かう階段を降りようとしたその時、何かに気づいたセフォネは急に立ち止まった。

 

「どうしたの?」

「ちょっと用事を思い出しました。おやすみなさい」

 

 そう言うと、セフォネは外出禁止令が出ているのにも関わらず、扉を通って出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セフォネは"目くらまし術"を自分に掛けると、禁じられた森へと向かった。城に展開していた式札が、とある来訪者の存在を伝えたのだ。ちなみに、式札にも"目くらまし術"を掛けてある。

 禁じられた森の前にある掘っ立て小屋。そこは森の番人であるハグリッドの小屋だ。式札を通して聞こえるダンブルドアと来訪者の会話によると、50年前に秘密の部屋が開いた時に犯人として逮捕されたのはハグリッドだったようで、重要参考人として連行されるらしい。

 小屋の前で待つこと1分、ダンブルドアと来訪者――魔法省大臣、コーネリウス・ファッジがやって来た。ダンブルドアはセフォネがいる場所へちらりと視線を向けた。

 

(…流石ですわ……)

 

 "目くらまし術"を使用しているため、普通ならば気付かれることはないが、ダンブルドアは明らかにセフォネがいることに気付いている。

 ダンブルドアがドアをノックすると、かなり間を置いてから、ハグリッドがドアを開けた。一言二言交わし、ハグリッドは2人を小屋に入れてドアを閉める。2人が小屋の中へ入って数分。セフォネは外で会話を聞いていた。

 

『――4人も犠牲者がでた。本省が何かしなくては。――』

『――俺は決して――』

『――連行したところで、何の役にも立たんじゃろう――』

『――プレッシャーをかけられ――立場というものが――』

『――まさかアズカバンじゃ――』

 

  その時、黒いマントに身を包んだルシウスがやって来た。その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。やけに力を込めてドアをノックし、了承も得ないままドアを開けた。

 

「もう来ていたのか、ファッジ。よろしい、よろしい」

 

  ルシウスは満足げに言った。その間に、セフォネは小屋の中に体を滑り込ませた。ルシウスのマントの裾が僅かにたなびいたが、それに気付いたのはダンブルドアだけのようだ。

 

「何のようだ? 俺の家から出ていけ!」

 

  ハグリッドは敵意剥き出しに叫ぶが、そんなハグリッドをルシウスはせせら笑った。

 

「威勢がいいことだ。私としても、この……あー…家と呼ばれているこの場所に留まることは本意ではない。校長がここだと聞いたのでね」

「わしに一体何のようじゃね、ルシウス?」

「残念なことに、ダンブルドア。我々理事会は貴方が退く時が来たと感じていましてね。ここに、12人の理事が署名した"停職命令"がある。貴方はこの恐ろしい事態に対処できないと判断しましてね」

「待ってくれ、ルシウス。ダンブルドアを停職など……今という時期に、それは絶対に困る……」

「理事会の決定事項ですぞ、ファッジ」

 

  ファッジは動揺していた。それもそうだろう、ダンブルドアがこの学校からいなくなれば、スリザリンの継承者は益々過激になり、次は死人がでるかもしれないということは想像に容易い。

 

「ダンブルドアを辞めさせられるものならやってみろ!」

 

  ハグリッドは激情に駆られて怒鳴り散らすが、ダンブルドアがそれを窘めた。

 

「落ち着くんじゃハグリッド。ルシウス、理事たちがわしの退陣を求めるなら、勿論退こうと思う。しかし、覚えておくがよい。わしが本当にこの学校を離れるのは、わしに忠実な者がここに1人もいなくなった時じゃ。ホグワーツでは助けを求める者には、必ずそれが与えられる」

 

 一瞬ダンブルドアの視線が小屋の隅に向いた。ダンブルドアとファッジが来る前から小屋の前にいたセフォネは、そこにハリーとロンが隠れていることを知っていた。今のダンブルドアの言葉は、2人に向けて言ったのだろう。

 

「あっぱれなご心境ですな。我々理事会は貴方の後任が"殺し"を防ぐことを切に願いますよ」

 

  ルシウスが扉を開けてダンブルドアを先に送り出す。ファッジはハグリッドが先に出るのを待っており、その間にセフォネは小屋から出た。ハグリッドはハリーたちに向け、蜘蛛の後を追うことを示唆し、飼い犬に餌を与えることを頼むと小屋から出ていく。

 

「では、行こうかハグリッド」

 

  ファッジは罪のない者をアズカバンに送ることに対して何も思うところはないようで、寧ろ自分が事件に対して何らかのアクションが出来たことにホッとしているようだった。

 

「すまない、ハグリッド。辛いとは思うが堪えてくれ」

 

  ダンブルドアの言葉に、ハグリッドが今にも泣き出しそうになる。その様子を、ルシウスはただ冷ややかに見ていた。

 

「お待ちを」

 

  突然背後から聞こえた声に、ダンブルドアはゆっくりと、それ以外の3人は驚いて振り返った。セフォネは"目くらまし術"を解き、姿を現した。

 

「こんばんは、皆様。いい夜ですわね」

 

  セフォネは驚愕している3人に微笑んだまま一礼した。ルシウスが驚きを隠さずに尋ねる。

 

「セフォネ。何故君がここにいるのだ?」

「ミスター・ハグリッドがアズカバン送りになると、風の噂で聞きつけまして。無実の人間を投獄する様を拝見しに伺ったのです」

 

  セフォネから放たれた強烈な嫌味に、ファッジが気まずそうに視線を逸らす。セフォネはその様子に、愉快そうに笑った。

 

「ふふ……というのは半分冗談でして、私はミスター・ハグリッドに少々助言をしに参ったのです」

「お、俺にか?」

 

  セフォネとハグリッドは全くと言って良い程接点が無い。困惑するのも当然だろう。セフォネはハグリッドのそんな様子を気にせずに言った。

 

「アズカバンという場所において、大概の囚人は数週間で正気を失います。看守たる吸魂鬼は人間の心から発せられる幸福・歓喜などの感情を感知し、それを吸い取って自身の糧とする汚らわしき生き物。ですが、その特性ゆえに正気を保ち続ける方法があるのです。尤も、私の仮説ではありますが……」

 

  セフォネは記憶にある限り、吸魂鬼に出会ったことが無い。ゆえに、それを証明できていないが、理論上は正しいだろう。

 

「"自分は無実である"という妄執、信念。それは吸魂鬼に吸い取ることは出来ません。信念を持ち続けることです。そうすれば、自分を失わずに済むとおもわれます」

「……そうか…ありがとよ。」

「あー、その、そろそろ行かねば……ご機嫌よう」

 

  またしてもファッジは逃げるようにして、ハグリッドを連れて去っていった。

 

「どういうつもりだ? 君らしくない」

「冤罪が嫌いなのですよ、私は。そして、それを正当化する魔法省のやり方も」

 

  セフォネは確かに冤罪が嫌いである。それは彼女の境遇を考えれば当然のことであるし、一般に好きな者はいないだろう。

  それもあるのだが、セフォネは自分の理論が正しいのかどうかを確かめたかった。それ故、わざわざ出向いたのだ。

  しかし、後半の理由など口にするはずもなく、またルシウスもそれには気づかなかった。

 

「そうかね。まあいい、私もここで失礼するとしよう。また会おうセフォネ。そしてお元気で、ダンブルドア」

 

  ルシウスは一礼すると、大股で歩いて去っていった。そして、セフォネはダンブルドアと2人きりになる。

 セフォネがダンブルドアに視線を向けると、彼は呑気な顔をしていた。およそ、今リストラされたとは思えないような表情である。

  暫しの沈黙の後、セフォネが口を開いた。

 

「本気で停職命令を受け入れるのですか?」

「理事会の決定事項じゃからのぅ。仕方があるまいて。それよりも、君はまた面白い術を身につけたようじゃのぉ」

 

  "目くらまし術"を掛けているため、本来ならば見えないはずの"式札"を、ダンブルドアはどういう訳か懐から取り出した。既に"目くらまし術"は解かれている。

 

「確か、東洋の魔法じゃったか」

「どうやって捕まえたんですか」

「何、老人はこういう物に目ざといのじゃよ。物質というのは透明にしていても、何かしら周囲に影響を及ぼす。例えばそう、通った時に蝋燭の火を揺らしたりの」

「なるほど……参考になりました。で、何時戻ってくるおつもりで?」

「求められた時じゃよ」

 

  ダンブルドアは朗らかに言う。相変わらず掴みどころが無く喰えない狸だと、セフォネは苦笑した。

 

「そうですか。ではその時にまたお会いしましょう」

「そうだのぉ。だが、1つだけ言いたいことがある。君も充分に気を付けなさい。このように夜中に出歩くのは控えることじゃ」

「私はスリザリンの寮生、しかもブラック家の当主ですわよ?」

 

  純血家系のセフォネがスリザリンの継承者に襲われる可能性は限りなく低い。それでもダンブルドアは、セフォネが純血主義に染まっていないために、継承者に襲われることを危惧していた。

 

「それでもじゃ」

「……そうですね。では、そういたしますわ」

 

  ダンブルドアの考えを察し、セフォネは素直に頷いた。

 

「よろしい。では、ご機嫌よう」

「ええ、ご機嫌よう」

 

  こうして、ダンブルドアはホグワーツから追放された。

 




式札……この作品オリジナル魔法? 良く陰陽師とかが使うイメージですが、この作品では東洋の魔法であるという設定です。

その他開発中の魔法……今後役立ちそうです

ハグリッドに助言……ハグリッドが可哀想半分実験半分。よって、中盤のセフォネの台詞はそのまま自分にブーメランなわけで。


1週間更新出来ないとか言っておいて、勉強の合間に気晴らしで書いてたら1本分できちゃいました。学末明日からなのに……って今日じゃん!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1年の終わり

  ダンブルドアがホグワーツから追放された。このニュースはホグワーツの殆どの生徒にとって、最悪と言わざるを得ない。今世紀で最も偉大な魔法使いと評されるダンブルドアが消えた今、スリザリンの継承者が恐れるものは何もないのだ。今までは死者こそ出ていなかったが、これからは分からないだろう。

 

「でもまあ、私たちは大丈夫よね」

 

  夕食以降の外出が禁止されている為、いつも以上に人が多い談話室の角にあるソファーに座り、変身術の宿題に手をつけているエリスが呟く。その言葉に、エリスの目の前でいつもの様にやたら古くて分厚い魔法書を読んでいるセフォネが、含みのある笑みを浮かべた。

 

「さて、それはどうでしょうか。スリザリン生が狙われる可能性は充分にありますわ。特に、私と貴方などは」

「え?」

「何?」

 

  2人のすぐ側で、クラッブとゴイルを相手に"秘密の部屋"について高説を垂れていたドラコが反応した。

 

「どういうことだ? エリスも君も純血だろう?」

「純血だからこそ、とでも言いましょうか。異教よりも異端のほうが罪は重いのですよ」

「全然分からないんだが」

「私たちは純血ではありますが、純血主義に傾倒してはおりませんし、マグル生まれを排斥する思想も持ち合わせてはいない。それは一歩間違えれば"血を裏切る"こととなり得ます。そう、ウィーズリー家のような」

「なるほどね……って納得してる場合じゃあないじゃない!」

「だから貴方も充分気を付けて下さいね」

 

  自分も被害者になり得ると知り、エリスは恐怖に身を震わせた。余計なことを言ってしまったか、とセフォネは少し後悔し、フォローしようと言葉を探す。だが、セフォネより先にドラコが口を開いた。

 

「なあに、大丈夫さ。いざとなったらこの僕がいる。マルフォイ家の長男であり次期当主である僕がいれば、スリザリンの継承者とはいえ……」

 

  胸を張って言うドラコだったが、セフォネとエリスはその言葉に目を瞬かせた後、肩を震わせた。

 

「な、何だその反応は?」

「ふ……ふふふっ…」

「あっ……ははっ…」

 

  突然笑いを堪え始めた2人の様子に、ドラコは不快そうに目を顰めた。目尻に浮かんだ涙を払いながら、エリスが言い訳を始める。

 

「いや、だってさ……それセフォネの前で言う台詞?」

「え……あっ」

 

  よくよく考えてみれば、この中で最も強いのはセフォネである。その実力は教員とタイマンを張れるほど。ドラコが1人いようが2人いようが関係ないのだ。

 

「しかしまあ、その言葉は素直に嬉しいですわ。生意気なだけの坊っちゃんかと思っていましたが、やはり男の子ですね」

「ねー。"この僕がいる"なんて、ちょっと惚れちゃうわよ」

「な、なん、何を言ってるんだ!? というか誰が生意気な坊っちゃんだ!」

「貴方のことですよ」

「そういうことじゃなくてだな!」

 

  顔を真っ赤にして怒り出したドラコを、セフォネとエリスは暫くの間いじり倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  そんな中でも学年末試験は予定通り行われるようで、生徒たちは課題の消化に追われていた。この状況下で試験を行うのかと生徒たちは驚愕したが、校長代理を務めるマクゴナガルは、可能な限り通常通りの学校運営をしたいらしい。

 

 試験が3日後に迫ったある日。朝食時にマンドレイク薬が夜にも出来上がるという報告がされ、多くの生徒が安堵した。

 

「これでハーマイオニーも元通りね」

「ですね。試験まで後数日だと知った時、どんな反応をするのでしょうか」

「ハーマイオニーのことだから、きっと発狂するわね」

 

  午前中最後の授業は呪文学。故に、多少のお喋りが咎められることはない。セフォネとエリスは課題をこなしつつも会話を続けた。

 

「でもさ、もしマンドレイク薬を作るのに失敗したらどうするんだろ?」

「マンドレイクは結構ありますし、それにスネイプ教授に限って失敗は無いでしょう」

「それもそうね」

 

  その時終業を知らせるチャイムが鳴った。エリスと共に大広間へ向かおうとした時、学校中にマクゴナガルの声が鳴り響いた。

 

「全生徒はそれぞれの寮にすぐに戻りなさい。教師は至急職員室へと集まって下さい」

 

  廊下にいる生徒たちは、一斉に静まり返った。

 

「これって……」

「新たな事件ですね」

 

  セフォネは地下牢へ続く階段を降りながら、式札を職員室へ展開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ジニー・ウィーズリーが連れ去られた。

 会議を終えたスネイプからスリザリン生に語られた内容はそれだった。聖28一族にも選ばれた、間違いなく純血だとされるウィーズリー家の末っ子が被害にあったという知らせは、スリザリン生までも恐怖に陥れた。

 

「ウィーズリーは"血を裏切る者"だからか……」

 

  少し前にセフォネから、純血でも被害者になり得る可能性を聞いていたドラコは、納得したように頷いた。

 だが、セフォネは違和感を覚えていた。

 

「それならば、今まで通り襲撃すれば良いはず。しかし、態々誘拐したとなると……」

 

  自分の考えが正しいのならば、秘密の部屋に隠された怪物というのは、"毒蛇の王"バジリスクだ。

 

  バジリスクとは、体長が最長で15メートルにもなる毒蛇であり、その猛毒を中和する方法は殆ど無いという、まさしく毒蛇の王たる存在である。最大の特徴は眼であり、この眼を直視した者は即死すると言われている。よって、魔法省が定めた魔法生物の危険レベル指数、M.O.M分類は討伐例が1度しかないキメラと同じXXXXXであり、その危険性から創り出すことは中世の時点で禁止された。英国国内では400年間は目撃されていないとされているが、あくまで記録上の話だ。

 ホグワーツが出来たのは1000年以上前であり、そして秘密の部屋もその時作られた。サラザール・スリザリンがホグワーツを去ってから10世紀もの間、バジリスクはその役目を果たすため、秘密の部屋で密かに生きてきたのだろう。

 

  もし本当に生徒たちを襲った犯人がバジリスクだとして、果たして生徒を攫うだろうか。となると、ジニー・ウィーズリー誘拐犯はバジリスクを操っているであろうスリザリンの継承者なる者。ならば、その目的は一体何なのか。

 

「本日は何があっても外を出歩いてはならん。分かったな? では監督生、後を頼む」

 

  セフォネが思考の海に沈んでいる間にスネイプの話は終わり、寮内に沈黙が訪れた。大部分は純血の生徒が襲われたことに恐怖しているようで、ようやくこの事件が他人事でないと理解したようだ。パニックにはならず、泣き叫ぶ者こそいなかったが、その代わりに談話室は痛い程の沈黙に包まれていて、1人また1人と寝室へと降りていく。とうとう談話室には、ずっと考え込んでいるセフォネと、またしても知り合いが襲われたことに動揺を隠せないエリス、心の余裕があるドラコの3人しかいなくなった。

 

「僕はもう寝るよ。一応荷造りもしておいたほうがいいかな?」

「そうよね……流石に今回は閉鎖されるかもしれないし………セフォネはどう思う?」

 

  ようやくセフォネが反応し、顔を上げた。だが、全く話を聞いていなかった。

 

「え? っと……すいません、聞いてませんでした」

「荷造りしておいたほうがいいかって話」

「ああ、そうですね。その決定は明日でしょうから、まだ大丈夫だと思いますわ」

「そうか。ならとっとと寝るとするよ」

 

  ドラコは欠伸を噛み殺しながら、寝室へ降りていった。

 

「私たちも寝ましょうか。私たちが起きていても、何も変わりありませんし」

「そうね。寝よっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  深夜。3つの寝息が聞こえる寝室で、セフォネは自分のベッドから静かに起き上がった。

 

(あの無能にも式札をつけておいて正解でしたね)

 

  寝間着の上にカーディガンを羽織り、セフォネは談話室へ来た。暖炉の近くに座り、テーブルの上にレーズンバターサンドとチョコレートを置く。これはクリスマスに大量に送られてきたプレゼントの一部だ。セフォネが甘党だという事実はかなり知れ渡っているらしく、見知らぬ人からのプレゼントの8割は高級菓子だったのだ。

 

「クリーチャー」

 

  セフォネが静かに呼びかけた途端、クリーチャーは"姿現し"して、ロンドンの自宅から遥々やって来た。

 

「お呼びでございますか」

「30年物のウイスキーを」

「……かしこまりました」

 

  学校内で堂々と飲酒する気のセフォネに暫し言葉を失ったが、それでこそ我が主だとクリーチャーは深々とお辞儀して"姿くらまし"し、ボトルを1本抱えて再び"姿現し"した。流石気が利いており、氷が入ったグラスまで持ってきている。

 

「ありがとうございます。急に呼び立ててしまって申し訳ありませんね」

「そんな、滅相もございません。日頃お嬢様には下僕たる屋敷しもべ妖精には身に余る扱いをしていただいているのでございますから、たとえお嬢様が地球の裏側におられようとも、このクリーチャー、何時でも馳せ参じる所存にございます」

「全く、大袈裟ですよ。では、お休みなさい」

「お休みなさいませ、お嬢様」

 

  もう一度深々とお辞儀をし、クリーチャーは屋敷へ戻っていった。クリーチャーの多大な忠誠心に笑みを零すと、セフォネはグラスに琥珀色の液体を注ぎ、目の前に広げた物をつまみに1杯やり始めた。

  無論、ただ無意味に酒を飲んでいるのではない。セフォネは式札を通して、ハリーとロンがロックハートを連れて秘密の部屋に突入している様子を、リアルタイムで聞いている。それを肴に1杯やりたくなったのだ。もはや、休日に競馬中継を聞きながらビールを飲むおっさんと大差無い。

  グラスを傾け1口飲んだ。40パーセントを超えるアルコールが程よく喉を焦がし、ピートの香りが鼻を抜ける。

 

「おやおや、無能は早速脱落ですか」

 

  ロンの杖を奪って忘却術をかけようとしたロックハートの呪文は暴発し、自分自身が吹き飛ばされたようだ。その衝撃で天井が崩れ、ロンと切り離されたハリーはその先を1人で進んでいくことにしたようだ。セフォネは式札を瓦礫の間を掻い潜らせハリーを追わせた。

 

「程々にしなければ、明日に響きますかね」

 

  グラスを揺らすと、氷がカランと小気味よく鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  夜1時過ぎ、セフォネは廊下を歩いていた。ほろ酔いですらないが、夜の空気に当たりたくなったのだ。勿論"目くらまし術"は掛けている。

 

 あの後、

 スリザリンの継承者はハリー・ポッターによって打ち倒された。

 日記を通してジニーを操っていたのは、トム・マールヴォロ・リドル、後のヴォルデモート卿の記憶であり、ハリーは不死鳥のフォークスの助けもあり、バジリスク共々葬った。

 

  そして今、ウィーズリー一家と共にハリーは校長室にいる。何が起こったのかをマクゴナガルと、いつの間にか帰ってきていたダンブルドアに報告していた。

 

「日記……ね」

 

  人に寄生し、尚且つ魂に影響を及ぼすような闇の物品など、そう転がってはない。そしてそれを、偶然ジニーが手に入れたとは考え難い。

 

  ダンブルドアとハリーは2人きりになったようだが、そこで、式札から何も聞こえなくなった。

 

「あの狸爺……」

 

  自分には聞かせたくない内容である為、ダンブルドアが式札を破壊したのだろう。

 

「先に大広間へ行きましょうかね」

 

  ダンブルドアは宴会だと言っていた。明日でもいいだろうにこんな夜中に開くとは、やはりあの校長はどこか変だ。

  と、そこに何故かルシウスの怒号が聞こえてきた。

 

「召使の分際で余計なことを!」

 

  何かと思って行ってみると、階段の上で怒心頭のルシウスが屋敷しもべ妖精を怒鳴りつけながら歩いていた。そこにハリーが現れた。

 

「マルフォイさん、貴方に差し上げたい物があります」

 

  ハリーは何か四角い物が入った靴下を、ルシウスに放り投げた。

 

「何だ?」

 

  ルシウスは靴下から中身を引っ張り出すと、靴下を投げ捨てて、怒りを超え憎しみが篭った目でハリーを睨みつけた。そのせいか、彼はたった今屋敷しもべ妖精に靴下を、即ち服を与えてしまったことに気付いていない。

 

「君の両親もお節介の愚か者だった。やがて同じ目に遭うぞ、ハリー・ポッター」

 

  努めて穏やかな口調で言うと、ルシウスは立ち去ろうとした。

 

「ドビー、来い」

 

  しかし、ドビーと呼ばれた屋敷しもべ妖精は動かない。先程ルシウスから靴下を与えられたということは、ドビーはマルフォイ家を解雇されたのであり、ルシウスに従う義務が無くなったのだ。

 

「ドビーは自由だ!」

 

  ルシウスは暫し固まっていたが、やがて事実を理解したようで、青白い顔を怒りのあまり紅潮させた。

 

「貴様よくも私の召使を!」

「ハリー・ポッターに手を出すな!」

 

  ハリーに飛びかかったルシウスを、ドビーが吹き飛ばし、ルシウスは階段から落ちてセフォネの目の前で倒れこんだ。屋敷しもべ妖精は杖を使わずに独自の魔法を操り、その魔力は並の魔法使いよりも強力なのだ。人1人吹き飛ばすことなど造作もないだろう。最も、これは攻撃に用いられることはほぼ無い為、中々稀有な事象である。

 

「すぐに立ち去れ!」

 

  ルシウスは杖を取り出し、ドビーは長い指をルシウスに向ける。

 

「まあまあ、落ち着いて下さい、ルシウス」

「………セフォネか?」

 

  最上級に不機嫌な様子ながらも驚いて、ルシウスが"目くらまし術"を解いたセフォネを見た。 そして目があった瞬間セフォネはルシウスに"開心術"を掛け、今回の件の黒幕がルシウスだったことを、そしてそれを阻止すべく、屋敷しもべ妖精が度々ハリーに忠告していたらしいことを知った。

 

「主に逆らった下僕を置いておく必要はないでしょう? 屋敷しもべ妖精ならば、屋敷しもべ妖精転勤室へ行けばいくらでもいるでしょうし」

「………そう、だな」

 

  段上に立つハリーとドビーを忌々しげに睨むと、セフォネに軽く頭を下げてルシウスは去っていった。

  ドビーは自由になったことを喜び、ハリーに何度も礼を行った後、何処かへ"姿くらまし"していった。

 

「セフォネ……なんでここにいるんだ?」

「貴方と会うと、何時もその台詞ですね。例によって散歩ですよ」

 

  式札を通して全て盗聴していた、などとは言うはずも無く、不敵な笑みを浮かべてそう誤魔化す。

 

「マルフォイの父親と知り合いなのか?」

「ええ。生き残っている親族の中で最も近い間柄ですし、色々とお世話になったこともありまして」

「そう……なんだ」

 

  ハリーが微妙な顔になる。彼にとってはマルフォイ親子は嫌な奴で、その2人と良好な関係にあるセフォネに対して複雑な思いを抱いているのだろう。

 

「貴方には嫌な大人にしか見えていないのでしょうが、彼は親しい者には紳士でしてよ? ドラコもまた然り。私の交友関係はさておき、大広間へ行きましょうか」

「そうだね、宴会があるから……って何で知ってるんだ?」

「先程から質問ばかりですね」

「ご、ごめん」

 

  セフォネが少し不機嫌そうな表情を作っただけでしどろもどろになるハリー。その様子が可笑しくてつい笑ってしまった。

 

「ふふふ……あっははははははははっ!」

 

  ハリーは突然の爆笑に唖然としていたが、やがてからかわれたことに気付いて顔を赤くして目を逸らした。

 

「ハリー・ポッター……貴方は本当に興味深い人間ですわ」

「え?」

 

  急に雰囲気が変わった。ハリーは不審そうにもう一度セフォネを見た。彼女は笑っていた。いや、嗤っていた。口元は三日月型に歪められ、尖った犬歯が牙のように覗いている。ハリーは背筋に冷たいものを感じて身を震わせた。

 

「何時も何時もトラブルを呼び込み、それを解決する。しかも、自らの力量を超えた敵相手に。杖なしの12歳の少年がまさか、齢1000年で衰弱していたとはいえ、バジリスク相手に立ち向かうとは。そして、若かりし"闇の帝王"をも打ち倒してしまった……」

 

  先程とは違い、くつくつと喉を鳴らして不気味に嗤う。

 

「面白い。非常に面白い。私は愉快でなりませんわ」

 

  蛇に睨まれた蛙のように見動き1つで出来なくなったハリーに顔を近づける。

 

「ハリー・ポッター……"闇の帝王"を倒し、生き残った男の子(The boy who lived)……これからも――」

 

  そして、耳元で囁いた。

 

「――私を愉しませて下さいね」

 

  セフォネの狂気に当てられて固まったハリーを後ろ目に、セフォネは大広間ではなく、きっと起きれないであろう友人を起こしに寮へ向かった。

 

  1人残されたハリーは思った。セフォネはヴォルデモートよりも恐ろしいかもしれない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  また1年が過ぎた。ホグワーツから帰る汽車のコンパートメントの面子は、去年と同じである。

 

「結局、万事解決で良かったわね」

「良いものか。今年もグリフィンドールに優勝され、尚且つ父上が理事を辞めさせられ……」

「まあまあ、これでも食べて」

 

  ブツブツと文句を言い始めたドラコの口に、百味ビーンズを放り込んだ。なるべく不味そうなのを選んだが、案の定不味かったらしく、ドラコは顔をしかめて唸った。

 

「来年こそは優勝したいわね」

「ええ。その為にもクィディッチも頑張って下さいね」

「勿論よ」

 

  列車が駅につき、セフォネはホームで2人と別れた。

  去年はタクシーを拾ったが、今年はその必要は無い。臭い消しのブレスレットを着けて路地裏に入ると、グリモールド・プレイス12番地へ"姿現し"した。

  扉を開けると、直ぐさまクリーチャーが"姿現し"し、セフォネを出迎えた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ええ、ただいま戻りました」

「お、お帰りなさいませ」

 

  慌てた様子のラーミアの声が、そして階段を駆け上がってくる足音が下から聞こえてきた。彼女には仕事がない時にはブラック邸の4階を除き、全ての物を自由に使っていいと言ってある。この時間帯であれば、掃除も終わっているだろうから、読書していた為に地下2階の書庫にいたか、料理をしていて地下1階の厨房にいたかのどちらかだ。

 

「そんなに慌てずとも」

 

  セフォネは杖を一振りしてトランクを部屋へ送り、その間にラーミアが玄関についた。そしてその姿を見て、セフォネは一瞬固まった。

 

「ごめんなさい。食糧庫の整理をしていたんです」

「ラーミア、髪切ったのですね」

 

  腰まであった銀色の髪は肩口までの長さになり、伸び放題だった前髪もきちんと切り揃えられた、所謂ボブカットになっていた。

 

「え? あ、はい。書庫にあった"散髪テクニック100"という本を読んで、ちょっと試してみたんです」

「似合っていますわ」

「あ、ありがとうございます」

 

  セフォネに褒められて、ラーミアは頬を赤らめた。

 

「私もそろそろ切りましょうかね」

 

  セフォネが毛先を弄りながらそう呟いた。エリスからは直毛で羨ましいと言われるが、黒髪のストレートはジャパニーズドールみたいに見えて、セフォネはそのことをやや気にしているのだ。

 

「とまあ、それはさておき、ラーミアちょっとついて来て下さい」

「はい」

 

  セフォネはラーミアを連れて客間へやって来た。ここに掛かっているタペストリーには金の刺繍でブラック家の家系図が描かれているのだ。

 

「さて、ラーミア。約束通り私は貴方の両親を調査しました」

 

  これは6ヶ月前、セフォネがホグワーツへ戻る前にラーミアに約束したことだ。もし、ラーミアがマグル生まれの魔女でなければ、両親のどちらかは必ず魔法族であり、それならば両親のことが分かるかもしれない。そういう訳で、セフォネはホグワーツの卒業名簿を調べた。そしてその結果、当たりを引いた。

 

「貴方の父親と思われる人物の名がありました」

 

  ライアン・ウォレストン。レイブンクロー寮に所属していたらしい男性で、生きていたら36歳であるらしい。

 

「残念ながら、お母様は分かりませんでしたが、ミスター・ライアンの来歴もいくつか判明しました。まずはこれです」

 

  セフォネは杖で、家系図の一部を差した。1700年頃の場所である。そこには、ブラック家からレヴァインという家に嫁いだ人物が描かれていた。

 

「レヴァイン……さん? これは……」

「貴方のご先祖様らしいです」

「ご先祖様……ってええええぇぇ!?」

 

  つまりは、セフォネとラーミアはかなり遠い親戚にあたるということだ。驚いて空いた口が塞がらないラーミアを見て、セフォネは微笑んだ。

 

「随分と前に廃れてしまった純血家系のようですが、これがウォレストン家のルーツです。そしてここから先は貴方の出生についての話ですが……あまり良い話とは言えません。それでも聞きますか?」

 

  打って変わって真剣な表情となったセフォネを見て、ラーミアは少し躊躇したが、こくりと頷いた。

 

「貴方のお父様、ライアン・ウォレストンは死喰い人でした」

「死喰い人って……確か"例のあの人"の………」

「ええ。"闇の帝王"の思想に賛同し、彼に忠誠を誓った闇の魔法使いたちのことです」

 

  幼い頃から父や母について、色々な幻想を抱いていたラーミアだったが、実は犯罪者だったという事実を知り、胸が痛くなった。失望のあまり涙が出そうになるが、セフォネが続けて言った言葉は、ラーミアの涙を別の意味に変えた。

 

「ですが、ライアン・ウォレストンはそこから抜け出した者の1人でした。原因はマグルの女性に恋したからだそうです。そこから先は不明ですが、恐らくお母様もろとも裏切り者として他の死喰い人に始末されたのかと思われます。彼らには子供が1人いて、その子を逃がすために2人は死んだのだという噂があったそうで、それが貴方なのでしょう。随分と不確定な調査結果で申し訳ないのですが……」

 

  セフォネは努めて淡々と事務的に話した。下手に感情を入れて、ラーミアを悲しませたくなかったためだ。一言も喋らないラーミアのほうを向くと、彼女は唇をギュッと結び、手を胸の前で握り締めながら、静かに涙を流していた。

 

 10年以上孤児として生きてきて、初めて知る両親の真実。それも、自分を守る為に命を賭した。それは、まだ幼い少女のラーミアにとって悲しくもあり、大切にされていたということは嬉しくもあり、感情がごちゃまぜになってどうしてよいか分からなくなった。

 

 セフォネはそんなラーミアの頭を、そっと抱きしめた。人は泣いている時には誰かの温もりを求めているのだと、セフォネは最近になってようやく理解していた。

 ラーミアはセフォネに腕を回し、強く抱きついてくる。やはり、セフォネにとってラーミアは従者というよりは守りたい妹のような存在だ。

 初めて出会った時と比べて大分短くなった髪を梳かすように、セフォネはラーミアが落ち着くまで彼女の頭を撫で続けた。

 




狂気セフォネ&姉セフォネでお送りしました。
ハリーに対してとラーミアに対してのこのギャップ……

まあ何はともあれ秘密の部屋編は終了しました。
そして次の章はついにセフォネの伯父シリウスの登場です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人物紹介とちょっとした補足説明※ネタバレ注意

wikiもどきです。ちょっとしたネタバレを含むので、苦手な方はブラウザバックでお願いします。


 〈新登場キャラクター〉

 

 

 

 

 

―ラーミア・ウォレストン―

 

 セフォネより2つ歳下の少女でブラック家の使用人。外見は銀髪にブルーグレーの瞳。

 真面目で勤勉な性格。信頼した人物の前では涙脆い。

 母方の親戚の元で暮らしていたが、5歳の時に義父が失業したため、口減らしとしてロンドンにある孤児院に預けられた。

 丁度その頃から魔法力が現れ始める。それにより周囲から疎まれるようになり、世話人の"おばあちゃん"だけが唯一彼女に優しく接してくれ、心の拠り所となっていたが1992年9月に起きた火事で亡くなった。

 言われも無く放火の疑いをかけられたラーミアは孤児院を抜け出し、飢餓と高熱で倒れたところをセフォネに救われる。助けて貰ったことと、生きることに絶望した自分を魔法界へと誘ってくれたセフォネに深く感謝しており、その恩を返すためにブラック家の使用人となり、セフォネに忠誠を誓う。だが、セフォネからは守りたい妹的な存在として見られている。

 

 

 

 

 

―ライアン・ウォレストン―

 

 ラーミアの父親。ホグワーツ在校時はレイブンクロー寮に所属し、卒業後に死喰い人となる。しかし、マグルである女性と恋に落ち、ヴォルデモートの元から逃げ出して駆け落ちした。その後に粛清として死喰い人に殺害された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈所要人物とその周辺〉

 

 

 

 

 

―ペルセフォネ・デメテル・ブラック―

 

 本作の主人公。第33代目ブラック家当主であり、ブラックの名を冠する最後の生き残り。

 スリザリン寮に所属。

 容姿端麗で成績優秀。運動神経もそこまで悪いわけではないが元々が引き篭もりであり、基本インドア派。箒に乗ることも不得手としている。

 有する魔力は膨大であり、高等魔術を難なく使いこなし、魔法も自作している。その才能とカリスマ性の高さから、古参の教員から度々トム・リドルと重ねて見られることがある。

 性格は普段は友好的且つ温厚である。だが、戦闘狂の一面も持っており、決闘クラブでその姿を現した後は渾名が"スリザリンの姫"から"スリザリンの女帝"やら"スリザリンの王妃"などバリエーション豊かになった。

 何かと事件を楽しむ傾向があり、そういった意味ではトラブルメーカーであるハリーを気にかけているが、ハリー本人からはそれを狂気としか思われていない。

 また、純血主義者ではないものの、ブラック家の歴史や魔法界に対しての貢献などは誇っており、ついに今回家の為に表舞台に当主として姿を現した。

 幼少期は今とは全く異った人物だったようで、その豹変ぶりにダンブルドアから警戒されている。

 

 

 

 

 

―エリス・セレーネ・ブラッドフォード―

 

 セフォネの親友。両親は癒者であり、そこそこの地位の人物であるらしく、ルシウス・マルフォイはその名字に聞き覚えがあるようだった。

 スリザリン寮に所属。

 セフォネの境遇を知り心を痛めるなど、非常に友達思いで優しい性格の持ち主。 誰にでも平等に接し、マグルに対する偏見も無いため、他寮からの評価が高い。

 成績は極めて優秀である。また、スリザリンのクィディッチチームで唯一の女性選手であり、チェイサーを務める。

 

 

 

 

 

―ドラコ・ルシウス・マルフォイ―

 

 マルフォイ家の1人息子。血筋的にセフォネの"はとこ"にあたる。

 スリザリン寮に所属。

 家柄を鼻にかけて生意気であるなど、不遜な態度が多く見受けられるが、非常に仲間思いであり、スリザリン生とは友好的に接する。

 度々ハリーやロンと衝突し、エリスから子供だと呆れられることもしばしば。

 能力は決して低くなく、寧ろ成績では上位に位置する。

 

 

 

 

 

―クラッブとゴイル―

 

 基本的に背景(モブ)。偶に喋ったり、時には盾になる。

 

 

 

 

 

―セブルス・スネイプ―

 

 ホグワーツ教師。担当教科は魔法薬学。スリザリンの寮監でもある。

 セフォネの父アレクサンダーと母デメテルと旧知の仲であり、セフォネの名付け親でもある。だが、2人が闇祓いに殺されたという事件があったことから、自分が関わることでセフォネが闇の勢力に近づくのを恐れ、その事実を打ち明けなかった。しかし、事実が判明してからは互いをファーストネームで呼び合う仲となり(生徒がいない場所のみ)決闘クラブでは杖を交えた。

 

 

 

 

 

―アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア―

 

 ホグワーツ魔法魔術学校校長。その経歴から20世紀で最も偉大な魔法使いと呼ばれる。茶目っ気たっぷりな好々爺で、普段は周囲の人間に穏やかに接しているが、かなりの策略家であり、セフォネからは一貫して狸と評される。

 ハリー・ポッターのことを気にかける一方で、異常なほどの才能を発揮するセフォネのことも気にかけているようであり、彼女の姿が度々トム・リドルと被ったり、数年前に出会った時と性格がかなり変化していることなどやセフォネが持つ残虐性、好戦敵的な面などから、闇の手に落ちないよう警戒している。

 

 

 

 

―ハリー・ジェームズ・ポッター―

 

 原作主人公。まだ余りセフォネが手を出しておらず傍観者の位置にいるため、活躍の場はそこそこある。

 グリフィンドール寮所属。

 ハリーにとってセフォネは同級生の中で比較的最初に出会った人物である。

 バジリスクとの戦闘後、セフォネの狂気じみた言動にあてられ、もしかしたらヴォルデモートよりも怖いかもしれないと漏らした。

 

 

 

 

 

―ロナルド・ビリウス・ウィーズリー―

 

 聖28一族に連なるウィーズリー家の六男。嫌スリザリンの筆頭とも言える。

 グリフィンドール寮所属。

 友好的なセフォネやエリスに対しては警戒心は薄いが、それでも宿敵ドラコ・マルフォイと親しい2人を油断出来ない人物と位置づけている。

 ロンの母モリーはプルウェット家の出身でありセフォネの母デメテルとは従姉妹に相当する。その為、実はセフォネとロンは"はとこ"の関係にある。その上、彼の祖母はブラック家の出身であるなど、セフォネとの繋がりが強い。

 

 

 

 

 

―ハーマイオニー・ジーン・グレンジャー―

 

 マグル生まれながらも非常に優秀な生徒。

 グリフィンドール寮に所属。

 図書館で度々出会うセフォネとエリスは、数少ない同性の友人である。成績でセフォネに負けているため、対抗心を燃やしているが、今年は学年末試験が中止になってしまっため、来年こそはと意気込んでいる。

 バジリスクを鏡越しで見たため石化してしまうなど、スリザリンの継承者による被害を受けた。

 

 

 

 

 

―ルシウス・マルフォイ―

 

 ドラコの父親。マルフォイ家の当主 。スネイプとアレクサンダーとは学生時代からの付き合いであり、アレクサンダーの娘であるセフォネのことを非常に気にかけており、社交界に誘うなど、ブラック家の復興にも一役買っている。セフォネとは友人関係でもありファーストネームで呼び合う仲である。

 ウィーズリー一家を嵌めようとして失敗。屋敷しもべ妖精を失い、理事も辞めさせられるなど、散々な目にあっている。

 

 

 

 

―ナルシッサ・マルフォイ(旧姓ブラック)―

 

 ドラコの母親であり、セフォネの母デメテルの従姉。そのことからセフォネから"シシーおばさま"と呼ばれるが、おばさまは止めてくれと彼女に言い、以降シシーと呼ばれる。

 

 

 

 

 

―デメテル・ブラック―

 

 セフォネの母親。大量殺人鬼シリウス・ブラックの妹であり、死喰い人レギュラス・ブラックの双子の姉である。

 学生時代はスリザリン寮に所属。

 容姿はセフォネと瓜二つらしい。

 とある死喰い人の告発により"ブラック"という名の死喰い人がいることが判明し、それを彼女とその夫のことであると判断した魔法省により家に闇祓いと吸魂鬼を派遣され、デメテルは吸魂鬼により廃人と成り果てた。その後、セフォネが10歳の時に原因不明の死を遂げる。

 

 

 

 

 

―アレクサンダー・ブラック(旧姓ブルストロード)―

 

 セフォネの父。第32代目ブラック家当主。

 学生時代はスリザリン寮に所属。

 セフォネと瓜二つの紫の瞳を持つ男性だったらしい。

 ルシウスとスネイプとは旧知の仲であり、特にスネイプとは娘の名付け親を頼む程親しかった。

 前述の通り襲撃を受け、闇祓いによって殺害された。

 

 

 

 

 

―シリウス・ブラック―

 

 セフォネの伯父でデメテルの兄。

 ブラック家で唯一グリフィンドール寮に所属していた。

 学生時代に家出しており、家系図からは削除されている。

 ヴォルデモート失脚後、大量殺人の罪で裁判無しでアズカバンに投獄された。

 ブラック家の名に泥を塗ったとして、セフォネからはいないものと扱われている様子。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

THE PRISONER OF AZKABAN
悪夢と日常


第3章アズカバンの囚人編スタートです。


 焦げた匂いが辺りに立ち込めていた。

 半分が焼け落ちた孤児院の建物。銀髪の少女は他の子供たちや職員と共に、鎮火した瓦礫の前に佇んでいた。

 この火事による死者は4名。その中に、"おばあちゃん"がいた。

 

「…お…ばあちゃん……? ……なんで…?」

 

  自分の唯一の味方であり、心の拠り所であった"おばあちゃん"。皆が疎ましげな視線を送る中、ただ1人自分に優しい笑みを向けてくれた。しかし、その笑顔を見ることはもうない。

 

「…神様……どうして……」

 

  首から下げたクロスのネックレスを握りしめながら、少女は膝から崩れ落ちた。

 

「…どうして……」

 

  悲しさに身を震わせる。涙が眼から溢れでてきそうになったとき、誰かが呟いた。

 

「魔女だ……魔女がやったんだ…」

 

  その呟きに呼応するように、皆が独り言のように呟きだす。

 

「…恐ろしい子…」

「…きっと魂を食ったんだ……」

「…だから関わるなと言ったのに……」

 

――違う。私じゃない。私がそんなことする訳ない。

 

  少女は反論しようと振り返った。だが、言葉が出てこなかった。

 孤児院の皆は、少女から距離をおいて囲むようにして立っていた。そしてその目は、まるで悪魔でも見ているかのような目。そう、あの目だ。初めて不思議な現象を起こした時の周囲の目と同じ、あの恐怖と軽蔑が入り混じったような嫌な目。

 

「…私は…私じゃ……いや……止めて………」

 

――そんな目で私を見ないで。

 

  味方は誰一人としていない、孤立無援の状態。助けてくれる"おばあちゃん"はもういない。自分にはもう、誰もいない。少女は孤独感に押し潰された。

 

「お願い……止めて……」

 

――私を1人にしないで。

 

  震える足で、何とか立ち上がる。そして、逃げるように孤児院を後にした。行き先など無いし、道も分からない。しかし、少女は歩いた。歩きながら、止めどなく流れる涙を拭こうともしなかった。

 

 

 

 

 

―――もう、1人は嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……ぅ……」

 

  酷い不快感に包まれながら、ラーミア・ウォレストンは目を覚ました。夢の内容は覚えていないが、とてつもなく嫌な夢だっただろうことは分かる。寝間着は冷たい汗でぐっしょりと濡れ、前髪も汗で額に貼り付いていた。

  半ば覚醒しながら上体を起こすと、目の脇に冷たいものを感じ、手を触れてみると、雫が指についた。

 

「涙……?」

 

  泣いていたのだろうか。そういえば最近、何かと主――ペルセフォネ・ブラックの目の前では涙脆く、その度に慰められている。

 

「情けない。しっかりしないと」

 

  気合を入れるように頬を両手でパンパンと2度叩き、ラーミアはベッドから起き上がった。

 

「まずはシャワーでも浴びようかな」

 

  ラーミアにあてがわれているのはグリモールド・プレイス12番地ブラック邸の3階の来客用寝室の1つ。初めてここに来た時に寝ていた部屋だ。セフォネは隣の部屋もぶち抜いて、そこをラーミアの自室にしようとしたのだが、ラーミアは流石に断った。遠慮しているのもあるが、ただでさえ広い部屋なのにそれを2倍に広げたら、自室として使用するには却って落ち着けないからだ。

 それはともかく、ここは元々来客用であるために、シャワー室が設置してある。だが、2階には大浴場があり、どうせならそこでシャワーを浴び、ついでに少し湯船に浸かろうと、ラーミアは着替えを持って部屋を後にした。そして、階段を降りている時に気付いた。

 

「今日って……私の誕生日じゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  その日は雨が降っていた。

 ロンドン某所にある墓地の墓石の前に、黒髪の少女は立っていた。周囲の墓石の殆どに"ブラック"(Black)と刻まれていることから、ここら一角はブラック家の墓地らしい。

 少女の眼前の墓石にはオリオン・ブラック〈1929〜1979〉、レギュラス・ブラック〈1961〜1979〉、そしてヴァルブルガ・ブラック〈1925〜1985〉と刻まれている。

 

 少女は天を仰いだ。その顔が濡れているのは、雨のせいかそれとも涙のせいか。

 

――こんな世界もう………

 

  つい先日、少女の祖母は死に、たった今埋葬したところだ。これで、少女から家族はいなくなった。いや、母親がまだ生きてはいる。一応、であるが。

  父は2歳の時に死んだ。その時、母も廃人になった。事故だった、と今までは思っていたし、そう聞かされていた。だが、真実は―――

 

  その時、2人の男女が現れた。グレーのローブに身を包み山高帽を被っている男と、喪に服す気があるのかと問いたくなるようなピンクの花柄のローブを着たガマガエルのような女。男は遠慮がちに少女に近づき、やや距離を取って呼びかけた。

 

「あー、その、いいかね?」

 

  空を見上げていた少女は、ゆっくりと視線を男へ移した。

 

「私は魔法省のコーネリウス・ファッジと言う者だ。君はミス・ペルセフォネ・ブラックだね?」

「何用で?」

 

  少女――ペルセフォネはファッジの言葉に頷きもせず、冷たい声音で、彼の真意を問う。

 なぜ家族葬とした一介の魔女の墓参りに、そのような地位の人物がやって来たのか。ペルセフォネにはその理由が分からなかった。

 5歳の少女とは思えぬ対応に面食らうファッジだったが、連れの魔女がニタニタと嫌らしい笑みを浮かべ、ペルセフォネに近づいていった。

 

「ミス・ブラック。そんな顔をしないで、ね? お祖母様が亡くなってしまったのはさぞお辛いことでしょうけど、私たちは敵ではありませんわ」

「何用で?」

 

  機械のように同じ言葉を同じ調子で繰り返す。

 

「いえね、貴方には今家族と呼べる人がいなくなってしまった、そうよね?」

「………」

「5歳の子を放っておける訳はないじゃない? だからね、貴方にピッタリの家族をご紹介しようと思って」

「………」

「安心して。とってもいい人たちですからね」

 

  安心させるかのように、魔女はペルセフォネの肩に手をのせた。だが、ペルセフォネの表情は一段と険しくなる。彼らの目的に徐々に気づき始めたのだ。

 

(わたし)にはまだ、母がいる」

「ええ。勿論知っておりますわ。ですが、いまは入院されていて、治る見込みはないのでしょ?」

 

  そんなことを、普通笑みで言うだろうか。ペルセフォネはこの女に激しい嫌悪感を抱いた。

 

「私たちは貴方のことを全て知ってます。あれは本当に悲しい事故で……」

「事故?」

 

  やはり、そうだ。こいつ等はあの事件をあくまで事故として処理し、闇に葬ろうとしている。隠蔽した後、自分たちの息の掛かった人間の元で育て、ゆくゆくはその血筋を魔法省の為に利用しようとしているのだ。

 普通だったらここまで見通すことは出来ないし、ペルセフォネが見通したわけではない。祖母が生前言っていたのだ。

 "自分の死後に近づいて来る人間には注意しろ、特に魔法省を"と。"そいつ等は好意を持って接してきているのではない。まだ無知なお前を利用しようとしているのだ"と。

 ペルセフォネも、まさかこんな早くとは思わなかった。

 

 それもあるが、ペルセフォネが引っ掛かったのは、魔女の態度だ。本気で事実を隠蔽する気でいる。彼らはペルセフォネが全ての真相を知っているということに気づいていないのだ。

 

「え、ええ。あれは事故……」

「事故? あれが事故?」

 

――悲しい事故? どの口が言うのか。

 

  抑えきれない程の激しい怒りが込み上げてくる。そして、父を殺した闇祓い、母を奪った吸魂鬼、それ等を派遣した魔法法執行部、その事実を隠蔽しようとする目の前の魔法省の役人。自分から家族を奪った全て、ひいてはこの世界、もしいるとするのならば、神という存在に対しても。

  憎い。何もかもが憎い。色々な物を憎み過ぎて何を憎んでいるのかも分からなくなってきた。そして、極限まで高まった負の感情が一気に爆発した。

 

「巫山戯るな………巫山戯るなああああああぁぁぁぁぁ!」

 

  ペルセフォネの絶叫と共に、彼女から異常な魔力が放出され、その魔女とファッジを吹き飛ばした。ファッジはいくらか距離があったのと、飛ばされた方向が良かったため、芝生の道をもんどり打って転がっただけで済んだ。だが、魔女の方は真正面から吹き飛ばされ、後ろの墓石に激突し、1つ目を砕き、2つ目にヒビを入れてそこで止まった。

 

「ぐ……ぐはっ……があ……」

 

  腰の痛みに呻きながら立ち上がる魔女だったが、ペルセフォネがその魔女を睨みつけた途端、突如魔女の身に激痛が襲い、泥混じりの地面に倒れた。

 

「ぐっ……ぎゃああああああああああ! ああああああああ!」

 

  魔女は体験したことがないほどの痛みに地面をのたうち回った。

 

「…許さない……」

 

  ペルセフォネの背後に突風が巻き起こり、それは鋭い風の刃で構成された竜のような形になり、魔女に襲いかかった。

 

「があああああぁぁぁ! 助けっ………あああぁぁ………あぁ……」

 

 魔女の体に無数の切り傷が刻まれていき、深いものは骨まで達している。全身から血を流し、魔女は血のあぶくを吐きながら痙攣した。その様子を、痛みを堪えて体を起こしたファッジは青ざめて見ていた。

 

 今ペルセフォネが使った魔法は"磔の呪文"と"怨霊の息吹"という呪いである。たった5歳の少女が大人の魔女を蹂躙するほどの闇の魔法を、それも無意識に使用しているのだ。

 純粋な恐怖。

 かの闇の帝王を前にしても抱くかどうか分からない程の得体のしれない恐怖を、ファッジは全身で感じていた。

 

 ペルセフォネは雨に濡れた髪を掻き上げながら、感情に任せて叫び、魔力を放出し続けた。大気がうねり、地面が掘り起こされ、やがてその影響は天候にも及んだのか、ただの雨が嵐と化していた。

 

「許さない!」

 

  すぐ側に雷が落ち、周囲に高電圧をばら撒いた。バチバチと電気が走り、さらなる被害を周囲にもたらす。

 

「殺す……殺してやる………壊す……壊してや………」

 

  しかし、規格外過ぎる強大な魔力行使は、幼いその身には耐えきれるはずもなく、ペルセフォネはふらりと地面に崩れ落ちた。

 

「ケホッ……かはっ…」

 

  そのダメージは大きく、ペルセフォネは2度3度咳き込み吐血した。そして、血が混じった涙を流しながら意識を失っていく。

 

――何もかもを壊してやる……!

 

  気絶した少女と瀕死の部下を目の前に、ファッジは呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あぅ……ん…ぅ…」

 

  苦しそうに呻きながら、この館の主ペルセフォネ・ブラックは目を覚ました。一言で言えば、最悪の目覚めだ。悪い夢でも見ていたようで、全身が汗でびっしょりで、汗を含んだ寝間着が肌に纏わりつき、実に不快である。汗に濡れた髪もまた、肌にペッタリと吸いついていた。

 

「ああ、気持ち悪い……」

 

  前髪を掻き上げて後ろに流しながら身を起こす。その時、ふと頬を伝うものがあった。

 

「涙……?」

 

  本能的に泣くことを恐れている自分が涙を流すとは、一体どんな夢だったのだろうか。思い出そうとしても、断片的にぼんやりとした情景しか浮かんでこない。

 

「とりあえず、シャワーでも浴びますかね」

 

  この部屋にもシャワールームはある。しかし、セフォネは風呂は広いほうが好みゆえ、基本的に2階の大浴場を使っていた。

 

「んんっ」

 

  セフォネは1つ伸びをすると、着替えを持って部屋を後にし、2階へ降りた。セフォネが脱衣所に入ると、どうやら先客がいるようで、シャワーの水音がした。

 

「まだ5時30分なのですが……ラーミアも随分早起きですね」

 

  セフォネは汗を吸ったネグリジェを脱ぎ、タオルを巻いて浴場に入った。ドアの開閉音は水音でラーミアには聞こえなかったようで、セフォネが入ってきたことに気付いていない。ちょっと悪戯心が湧き、後ろから肩に手を、頭に顎を載せた。

 

「おはようございます、ラーミア」

「お、おおお嬢様!?」

 

  ラーミアは取り乱し、とっさに置いておいたタオルを胸元に引き寄せた。女同士でも裸を見られるのに抵抗があるらしく、顔を真っ赤に染めていた。その様子が愛らしく、セフォネは笑みを零した。

 

「驚かせてごめんなさい。随分と早起きですね」

「お、おはようございます。ちょっと悪い夢を見たみたいで、それで起きちゃったんです」

「奇遇ですね。私もです。ああ、そうそう。言い忘れましたけど……」

 

  ラーミアがセフォネを振り返り、セフォネは彼女に優しく微笑んだ。

 

「お誕生日おめでとうございます」

 

  シャワーを浴び、少し湯船に浸かったセフォネとラーミアは普段着に着替えて1階に降りた。

 セフォネは何時ものように露出が極度に少なく、黒のストッキングの上にワインレッドのフレアスカート。上は黒い長袖のブラウスというこれまた何時ものような黒ずくめである。

 ラーミアは白いシャツに青緑色のベストを着ていた。下は同系色の膝丈までのスカートに白い靴下を着用。頭に黒いリボンを付けていた。

 

「おはようございます、お嬢様、ラーミア嬢」

「おはようございます、クリーチャー」

「おはようございます、クリーチャーさん」

「ラーミア嬢、何度も申し上げておりますが、魔女である貴方様が屋敷しもべ妖精たる私めに敬称をつける必要は……」

「何度も言ってるじゃないですか。クリーチャーさんは私の先輩なんだから、敬意を払うのは当然だ、って」

「……お嬢様も貴方様も、魔法界では非常に稀有な方でございます。屋敷しもべ妖精に敬意など……。それはそうとお嬢様、本日の新聞はテーブルの上に。そしてラーミア嬢、貴方様宛に手紙が来ております」

「私に?」

 

  クリーチャーから手紙を受けとり、差出人を見てみると、なんとホグワーツからの手紙だった。

 

「あの狸は本当に……」

 

  ラーミアがここにいることを知っているのは、セフォネとクリーチャーだけ。もはやダンブルドアは自分のことを始終監視しているのではないだろうか。と、思ったが、セフォネはあることに気づいた。

 

「ああ……フィニアス卿ですか」

 

  ホグワーツの校長を務めたフィニアス・ナイジェラス・ブラック。その肖像画が、ここグリモールド・プレイス12番地と、ホグワーツの校長室にある。ダンブルドアには自分の行動など、彼を通して筒抜けなのだ。

 

「まあ、それは置いておきますか」

 

  後でたっぷりとフィニアスに小言をお見舞いするとして、セフォネはホグワーツからの手紙に舞い上がり気味になっているラーミアに視線を向けた。

 

「ラーミア。今日は必要な物を買いにダイアゴン横丁へ行きましょうか」

「でも、お嬢様の買い物と一緒のほうが……」

 

  セフォネへの手紙はまだ来ていない。去年度の成績をつける必要があるからだ。恐らく、来るのは8月を過ぎてからだろう。

 

「そんなことでもなければ、私が外に出る機会などありませんし、私への手紙が来た頃では在校生で混雑するでしょうから」

 

  それに、ラーミアが今すぐにでも駆け出しそうなことくらい、開心術を使わずとも分かる。

 

「では、朝食後に出発としましょう。それと、誕生日休暇として今日一日は業務を休んで構いませんわ」

「さ、流石にそれは……」

 

  そもそも、ホグワーツに通う間は休暇扱い。要するに、ラーミアがブラック家使用人として働くのは、1年に2ヶ月と少し。今年の8ヶ月と合わせても、残り7年間で働く日数は2年間分のみ。にも関わらず、給与は一般魔法省役人の年収と同額。いくら名家の使用人という身分とはいえ、1日でも多く働かないと、セフォネに申し訳ない。

 

  だが、セフォネはそんなことは気にしていなかった。何故なら、セフォネはブラック家の全財産を握っているからだ。その額はマルフォイ家の全財産にまでは及ばないものの、グリンゴッツの最深部に金庫を持つほど。その上、例の事件の魔法省からの示談金もある。ゆえに、言い方は悪いが、金ならいくらでもあるのだ。

  もっとも、今全財産とはいったが、アルファード・ブラックが持っていたとされる結構な額の財産は行方不明となっている。祖母曰く、"溝に捨てられた"とのこと。

 

「福利厚生の一環です。ブラック家はその名と違ってホワイトな労働環境を心がけていますから。という訳でクリーチャー、朝食をお願いします」

「かしこまりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  そんな訳で今、セフォネとラーミアはダイアゴン横丁に来ていた。

 

「お嬢様、暑くないんですか?」

 

  セフォネはブラウスの上にケープコートを羽織り、つばの広い帽子を被っていた。7月上旬の初夏の気温にはそぐわない。

 

「傍から見ればそうでしょうが、"冷房呪文"を使っているので。日差しのほうが大敵ですわ」

 

  セフォネは日光が嫌いである。吸血鬼とかそういうわけではなく、普段から暗い場所で魔法書を読み耽り、外に散歩に行くにも夜か夜明け前。そんな彼女には真夏に降り注ぐ紫外線がキツイのだ。

 

「嵩張るので教科書は後にしたほうが良いですね。先ずは制服を買いに行きましょうか」

「お嬢様。教科書なんですけど、お嬢様の物を貰っても良いですか?」

 

  ラーミアがそう言うと、セフォネは少し意外そうな顔をした。

 

「構いませんが、新品のほうが良いと思いますよ。無意識に思ったことをメモしていたりするので」

 

  セフォネは授業中暇になると、そのページに書いてある呪文や理論などについてに自分なりの考えや裏技などを、徒然なるままに書き記していることがあった。その為、お世辞にも新品同様とは言えない。家庭学習用に1年の時に使用していた呪文集をラーミアに渡したが、新しいのを買うだろうとセフォネは思っていたのだ。

 

「逆に、それがいいんです」

 

  しかし、ラーミアは逆にその落書きに助けられることが多く、却ってそのほうが良かったのだ。

  セフォネはそれを聞き、愉快そうに笑った。

 

「ふふっ、ならば、今年は落書きを増やしておきましょうか」

 

  ラーミアは是非ともお願いしたいと思った。そんな会話を続けているうちに、最初の店についた。

 

「マダム・マルキンの店ってここですか?」

「ええ。丁度私も新調したかったので、ついでに買ってしまいますわ」

 

  入学前に誂えたローブは成長を見越して大きめに作られていたが、それでも丈が足りなくなってきたのだ。計測してもらった結果2年間で10センチ以上伸びていたようで、セフォネの身長はそろそろ160センチに突入しそうだ。

 変わってラーミアは140センチジャストと、歳相応の身長といえる。

  魔法を使っているので当たり前なのだが、出来上がるまでに数分しか掛からなかったことにラーミアは驚いていた。

  次に薬問屋や鍋屋など、必要な小物類を買っていき、途中で昼食を取った。

 

「そういえば貴方はまだ自分の杖を持っていないのでしたね。では、最後は杖ですかね」

 

  ラーミアは杖を今所持してはいるが、これはブラック邸にあった誰のか分からないもので、ホグワーツ入学前のブラック家の子供が練習用に使用していたものだ。

 

「杖はどこで買うんですか?」

「オリバンダーの店ですわ。ここを真っ直ぐ行った先だったと思います」

 

  正直、杖屋は1回しか行ったことがないので自信はない。幸いにもセフォネの記憶は正しかったようで、直ぐに看板が見えてきた。

 

「ここです」

 

  狭くてみすぼらしい、年季を感じさせる佇まいの店。一昨年マクゴナガルと共に来た"オリバンダーの店"だ。

 店内の入り口近くには埃臭いショーウィンドウがあり、部屋の中央に色あせた紫色のクッションに杖が1本だけ置かれ、あとは壁中に杖の細長い箱が、ところ狭しと積み重なっている。

  セフォネがショーウィンドウのベルを鳴らすと、奥からオリバンダーが出てきた。

 

「いらっしゃいませ……おや、ブラック嬢。ご無沙汰しております。今日はどういったご用件で?」

「彼女の杖を見繕っていただきに参りました」

「ほう……失礼じゃが、どのようなご関係で?」

 

  オリバンダーが疑問に思うのも当然だ。2人とも可愛らしい少女ではあるが、容姿で判断する限り姉妹には見えないだろう。

 

「私の従者です」

 

  その答えにオリバンダーは面食らった。従者ということは即ち、ブラック家の使用人であるということ。オリバンダーにはセフォネと共にいる少女がそのような身分であるとは思わなかったのだ。

 店内を見渡していたラーミアはオリバンダーに向き直り、礼儀正しくお辞儀して挨拶した。

 

「ラーミア・ウォレストンと申します」

「ではウォレストン嬢、こちらにお掛けになって下さい。杖腕はどちらですかな?」

「杖腕……えと、左です」

 

  杖腕が利き腕を指すことが分からず、ラーミアは少し戸惑っていた。それを見てセフォネが微笑む。オリバンダーには2人が、面倒見のいい姉と妹のように見えてならず、2人の関係が益々分からなくなった。

  巻尺がラーミアの体中の寸法を測っている間に、オリバンダーが杖について語りだす。

 

「ここの杖は、強力な魔力を持った物を芯に使っております。ユニコーンのたてがみや不死鳥の尾羽、ドラゴンの心臓の琴線など様々ですが、その素材1つ1つにも違いがあり、同じ杖はこの世に1本たりとも存在しません。故に、他の魔女魔法使いの杖を使っても、決して自分の杖ほどの力は出せないのですよ。それでは……まずはこれを。樫にドラゴンの心臓の琴線。28センチ。柔らかい」

 

  ラーミアは杖を手に取るが、いまいち馴染んだ感じはしない。オリバンダーも同感なのか、別の杖を差し出した。

 

「柳に不死鳥の羽。41センチ。固くて丈夫」

 

  その後6本ほど試したが、どれも上手い具合にはいかない。ラーミアはやや不安そうにしているが、セフォネの時は軽く20本は試した。まだ全然といえる。

 

「ううむ……ブラック嬢程ではありませんが、貴方も難しい客じゃ……ではこれを」

 

  そう言ってオリバンダーは一番真新しい箱を取り出した。

 

「無花果に一角獣(ユニコーン)の鬣。29センチ。非常に柔軟で軽い」

 

  ラーミアはその杖に触れた途端、温かなものが流れてくるような感覚を覚えた。軽く振ると、金色の火花が吹き出した。

 

「よろしいようですな。この杖は昨日仕上がったばかりの一番新しいものでして、何やら縁を感じます。そうだ、ブラック嬢。貴方の杖を見せていただけますかな?」

 

  唐突な要求に首を傾げながらも、セフォネは懐から杖を取り出してオリバンダーに渡す。オリバンダーは杖の調子を調べるように、目を細めながら観察した。

 

「良く手入れなさっているようで何よりじゃ。何世紀以上も買い手がつかなかったこの凶暴な杖が、貴方のような少女の手に渡った時は、それはもう驚いたものです」

「これは先々代から受け継いだのではなかったのですか?」

「正しくは先々代が発見した、です。店の掃除中に出てきたもののようで、いつ作られたのかも謎。柘榴にキメラの鬣、33センチ。強固で獰猛……」

 

  オリバンダーが杖を振ると、その性格を表すかのように店内に突風が巻起こり、ランプをなぎ倒した。

 

「貴方以外には扱えそうにもない」

 

  オリバンダーは杖をセフォネに返し、セフォネは不敵な笑みを浮かべてそれを懐に仕舞った。

 

「私の杖はじゃじゃ馬ですからね」

 

  ラーミアが杖の代金7ガリオンを払い、2人は店を後にし、"闇の魔術に対する防衛術"の教科書だけ買うと、セフォネの"姿くらまし"で屋敷へ戻った。

 

「今日はありがとうございました。楽しかったです」

「どういたしまして。夕食はクリーチャーにご馳走を用意してもらいましょう。勿論デザート多めで。遠慮はいりませんよ」

 

  ラーミアが遠慮するだろうことを見越して、セフォネはラーミアに微笑みかけた。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

  ラーミアはセフォネが自分の誕生日を祝ってくれることが素直に嬉しかった。

 

  そんな風に、夏休みの前半は何事も無く過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  7月ももう終わるという、ある日のことだった。

 何時ものように朝、シャワーを浴びた後に1階へ降りてきたセフォネに、ラーミアが挨拶をして新聞を手渡した。

 

「どうもありがとう」

 

  礼を言ってソファーに腰掛ける。ラーミアはテーブルにモーニングティーを置いた。

 

「5分程で朝食が出来上がります。ここ(リビング)かダイニングルーム、どちらに?」

「ここで」

「かしこまりました」

 

  一礼し、ラーミアは下がった。随分とメイドが板についたものだ、とセフォネは思いつつ、紅茶に口をつけた。朝は濃い目を好むセフォネの舌を見事に満足させる味だ。

 

「喫茶店出せると思うんですよね」

 

  そう呟いて、畳まれた新聞を開いてもう一口飲み、それを味わいながら一面の新聞記事を見る。一面の大見出しは……

 

「ごふっ!?」

 

  熱い液体が肺に入り、思わず吹き出してしまった。

 

「ケホッケホッ!」

 

  何度か咳き込み、ようやく落ち着いた頃、もう一度新聞を見た。幻覚か見間違いかと思ったが、そうであって欲しいと思ったが、そこにはしっかりと書かれていた。

 

 

 

 

 

"大量殺人鬼シリウス・ブラック、アズカバンを脱獄!"

 

 

 

 

 

 




ヴァルブルガの葬式直後に来訪したファッジとガマガエル魔女………これがファッジがセフォネを恐れている理由。そして、早くもガマガエル登場。何年も前に既にセフォネにボコられ済み。

フェニアス・ナイジェラス・ブラック………セフォネの曾曾曾祖父。ダンブルドアからセフォネの様子を報告するように言われている。

ブラック家の財産………この作品では、≒マルフォイ家ということで。シリウスの金は別口扱いです。

今回は2人の過去、ほのぼの日常、そして逃げ出したわんわんお、でお送りしました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

吸魂鬼

  9月1日。キングス・クロス駅の9と4分の3番線に停車している紅の蒸気機関車、ホグワーツ急行。3両目のコンパートメントに、セフォネとラーミアは腰を落ち着けた。セフォネが既に読み終わった新聞を、隣でラーミアが読んでいる。

 

「はぁ……」

 

  席に深く凭れ掛かり、セフォネは彼女にしては珍しい疲れ気味の溜め息を吐いた。

 

  シリウス・ブラック脱獄事件から約1ヶ月、魔法省は彼の消息どころか、脱獄した方法すら掴んでいない。それ故、相当躍起になっているのか、聞きたいことがあるといって魔法大臣直々の書状で魔法省に呼び出されたのだ。ファッジはセフォネのことを避けているはずなのが、かなり切羽詰っていると思われる。

  政敵に叩かれマスコミに叩かれ、市民からは早期解決を迫られ、ファッジは胃に穴が開く思いであるだろう。そのことには僅かながら同情するが、逃がした魔法省の管理不行き届きであるし、自分が召喚されるのも気に食わなかった。というか面倒くさかった。

  その上呼び出された場所は魔法法執行部。闇祓いのお膝元であり親の仇といえる連中、即ち敵陣である。父を殺害した闇祓いは退職しているし、吸魂鬼を派遣した役人は別の不祥事で左遷させられているので、別にそこまで気負う必要は無いのだが、それでも警戒心は常より高く気を張っていた為、昨日は異常に疲れ、それを今日に引きずっていた。

 

(…しかも、態々呼び出して聞いてくることといったら、居場所に心当たりがあるか、脱獄方法に心当たりがあるか、とは……)

 

  シリウスの居場所など、生まれて一度もあったことがないセフォネには心当たりがあるはずも無いし、脱獄方法など、何故セフォネが知っていると思ったのか。ファッジの手際の悪さと考えの浅はかさを思いだし、苛立ちが募る。もっとも、魔法法執行部部長のアメリア・ボーンズという魔女は聡明な女性で、セフォネが何も知らないと判断し、粘るファッジを他所にセフォネに礼を言って早めに帰らせてくれるなど、結構マシな人物であった。

 

「セフォネ? ここ?」

 

  その時、エリスがコンパートメントに入ってきた。その手にはセフォネの式札が握られている。式札でエリスをここまで誘導したのだ。

 

「これ便利ね……って、あれ?」

 

  エリスはセフォネを見て一瞬固まった。

 

「髪切ったの?」

 

  ストレートロングだったセフォネの髪は鎖骨あたりでレイヤーカットされ、去年とは違った印象だった。俗に言うイメチェンである。ラーミアも使った"ご家庭魔法シリーズ・散髪テクニック100"という本を見て、夏休みの間に自分で切ったのだ。ちなみに、なぜこんな本が、闇魔術についての魔法書ばかりある書庫にあったのかは不明である。他にも料理や掃除についての本が数冊あり、ラーミアが重宝しているようだ。

 

「それパーマ? 折角直毛なのに」

「髪が黒いとジャパニーズドールみたいじゃないですか。こちらの方がマシかと思って」

「まあ、憎たらしい程に似合ってるけどさ、貴方の場合は見た目ビスクドールよ。それで、この子は?」

 

  エリスはラーミアを見て尋ねた。そういえば、エリスにはまだラーミアを紹介していなかった。

 

「私はブラック家使用人(メイド)。ペルセフォネ・ブラック様が従者。名をラーミア・ウォレストンと申します」

 

  深々とお辞儀して高らかに口上を述べるラーミアに、エリスは圧倒されて困惑している。あまりにも芝居がかった様子のラーミアと、驚きのあまり固まっているエリスの2人を見てセフォネは笑いを堪えていた。

 

「何ですかそれ?」

「1回やってみたかったんですよ、こーいうの」

 

  よく小説にでてくるような自己紹介にラーミアは少し憧れていたので、丁度いい機会にとやってみたのだ。中々様になってはいた。

 

「そもそも、貴方はいま休暇中でしょう?」

「それはそうですけど、私が使用人(メイド)であることには変わりないです」

「相変わらず真面目ですね。もう少し砕けてもよろしいのですよ?」

「お嬢様はホント、優し過ぎです」

「言ったでしょう? ブラック家はホワイトだって」

「マグル界だったらびっくりの労働環境ですよ」

 

  最初とは打って変わった雰囲気になったラーミアに、エリスは益々困惑している。

 

「エリス、いつまで固まっているんですか?」

「え? あ、いや、ちょっと最初のに驚いちゃって。えーと、セフォネの友達のエリス・ブラッドフォードよ。よろしくね」

「いきなりすいませんでした。こちらこそよろしくお願いします」

 

  車窓からはまだ駅のプラットフォームが見える。時刻は10時58分。出発まで後2分だ。セフォネはラーミアが畳んだ新聞に視線を移す。1面はやはりシリウス・ブラックで飾られていた。エリスもつられてそれを見る。

 

「ねえ、セフォネ。そのシリウス・ブラックって人さ、知り合いか何かなの?」

「事実上は伯父ですが、知り合いではありませんね。家風を嫌っていたようで、私が生まれる何年も前に家出してブラック家から追放された人物ですから、会ったことはありません」

「貴方んちの家風って、つまり純血主義が嫌いだった、ってことよね? なのにこの人"例のあの人"の手下になったの?」

「要するに、ただの流れ者だったのではないかと。家を裏切って尚且つ家名に泥を塗る、本来ならばブラックの姓を名乗ることさえ許容しがたいですわ。もし可能であるのならば、この手で葬って差し上げる所存です」

 

  セフォネはシリウスという人間に対して怒りを覚えている。彼女はブラック家の再興を担う者として、その名を落とすシリウスにいい印象を持っていないのだ。むしろ、自ら手を下すことで名を挙げようとすら思っていた。

  セフォネの顔に少女に似つかわしくない凶悪な笑みが浮かんだのを見て、エリスは話題を変えた。

 

「ま、まあ。貴方も色々大変なのね。それはいいとしてさ、夏休みは何かあった?」

「大したことは特に何もありませんでしたわ」

 

  自分から"臭い"を消し去り、箒無しでの飛行に成功し、さらに幾つかの魔法を完成させたことを"大したことない"といえるのならば、であるが。

 

「貴方は確か、フィンランドに行ったのでしたね。どうでしたか?」

「涼しかったわ。それに、イケメンが沢山いたわ。やっぱ北欧男子はいいわね」

 

  その時列車が動き出し、キングス・クロス駅を後にした。エリスのフィンランドの土産話を聞いていると、コンパートメントの扉が開かれてブルネットの少女が入ってきた。

 

「ここいいかしら……て、あんた達だったのね」

 

  入ってきたのは同級生のダフネ・グリーングラスだった。セフォネとエリスとの関係は、同じクラスであり会えば喋るそこそこ仲の良い同級生、といった具合である。

 

「あら、ダフネ。お久しぶりです」

「久しぶり。まだ空いてるからいいわよ」

「ありが……」

「お姉ちゃんのお友達?」

 

  礼を言おうとしたダフネを押しのけ、ダフネと良く似た少女が、ダフネの背後から顔を出した。

 

「お姉ちゃんってことは……」

「妹さんですか?」

「ええ。妹のアステリアよ。今年からホグワーツなの」

「奇遇ですね。ラーミアも丁度今年からホグワーツで」

「あれ、あんたに妹いたっけ?」

「私の従者です」

 

  その返答に、ダフネは首を傾げる。

 

「従者?」

「はい、ラーミア・ウォレストンと申します。よろしくおね……」

「よろしく、ラーミア! わあ、綺麗な髪ね。それ地毛?」

「え、ちょ……」

 

  アステリアはラーミアの隣に勢い良く座り、彼女の銀の髪を触り始めた。

 

「凄くさらさら。それにいい匂い。ねえ、どんなシャンプー使ってるの?」

「こら、リア。もう……」

 

  初対面の相手に遠慮のない妹に苦笑すると、ダフネはエリスの隣に腰掛けた。

  同年代の友達など今までいなかったラーミアは、アステリアのスキンシップに戸惑い、救いを求めてセフォネを見るが、セフォネはそんな様子のラーミアを微笑ましげに見ている。

 

「従者ってより、あんたにとっては妹みたいな感じね?」

 

  ダフネはダフネで、ホグワーツ入学に浮かれてはしゃぎ気味の妹を微笑ましげな目で見ていた。

 

「そういえばセフォネ、あんた昨日魔法省に呼び出されてたみたいね」

「何故知っているんですか?」

「家の父親、ウィゼンガモットの評議員なのよ。その関係でね。変な身内を持って、貴方も大変ね」

「全くですわ」

 

  暫くするとアステリアが幾分落ち着き、ラーミアとホグワーツについて話していた。

 

「ラーミアは何処の寮に行きたいとかある?」

「私は……スリザリンかレイブンクローがいいなって」

「何で?」

「スリザリンにはお嬢様がいるし、レイブンクローはお父さんがいたらしいから」

「ふーん、私と同じね。私のおばあちゃんもレイブンクローだったったらしいんだ。だから、レイブンクローか、お姉ちゃんと同じスリザリンに入りたいの」

 

  その会話を聞き、先輩3人が感慨深い表情になる。2年前の自分たちを思い出していたのだ。

 

「入学前はお決まりよね、寮についての話題って」

「確かに、そうですわね」

「皆1番気にしてるからね」

 

  年長者の余裕をかます3人。アステリアがダフネに尋ねた。

 

「組分けってどうやるの?」

「それはホグワーツの伝統で教えてはいけないのよ」

「ええー」

 

  例え親がホグワーツ卒業生でも、入学前の生徒は組分けの儀式について知らない。それはホグワーツの1千年の伝統とも呼べる習慣であった。

 

「従兄弟はトロールと戦うとか言ってたし、お母さんは面接があるとか言ってたし……もう」

 

  組分け帽子を面接官だと思えば、面接といえば面接かもしれない。上手い言い方だと、セフォネは思い、そして自分の組分けの様子を思い出して苦笑した。心を読むことで面接する面接官相手に閉心術を使う人間が、果たしているだろうか。組分け帽子も史上初めてだとか言っていた。

  セフォネが思い出に浸る隣で、ラーミアは顎に手を当てて考えていた。

 

「トロールは流石にないんじゃないかな? まあ、そうだとしても3メートル級なら何とかなる、か……? 手足を切り落とせれば……」

 

  何か考えて込んでいたと思えば、ラーミアは物騒なことを言い出した。無論、セフォネの教育のおかげである。

 

「ちょっと、あんたのメイドさんが恐ろしいこと言い出したんだけど」

「確実にセフォネの教育受けてるわね、これは」

「並大抵の切断呪文では、頑強なトロールの手足は落とせません。まずは目をやりなさい」

「何的確なアドバイスしてんのよ」

「うん、トロールの話題はちょっと止めようか」

 

  2年前のトラウマを思い出し、エリスが話を打ち切った。その後5人は制服に着替え、車窓から見える空が暗くなってきた頃、異変が起きた。

 

「あれ? まだ1時間はあるのに……」

「汽車の故障かしらね」

 

  到着時刻よりもまだ随分と前なのにも拘わらず、汽車の速度が落ちていき、最終的には停車してしまった。そして、車内の明かりが一斉に消え、コンパートメント内が闇に包まれる。

 

「うわぁっ!」

「なんかホラー映画みたいな展開に…」

「えいが、って何?」

ルーモス(明かりよ)

 

  突然の事態に驚くアステリアと、ラーミアの発言に首を傾げるエリス。セフォネは冷静に杖先に明かりを灯し、エリスとダフネもそれに習う。何が起こったのか様子を見に外へ出ようとセフォネは扉を開こうとしたが、セフォネの手が掛かる前に扉が開いた。

 

「な、何……あれ…」

 

  そこにいたのは、天井まで届く程の大きさの、黒いローブを纏った何か。それが現れた瞬間、窓がピキピキと凍りつき、室内から一切の温度が無くなる。

  その正体を理解したセフォネの目つきが鋭くなった。

 

吸魂鬼(ディメンター)……!」

 

  吸魂鬼(ディメンター)は地上を歩く生物の中で最も忌まわしきものの1つと言われている生物である。彼らは人間の心から発せられる幸福や歓喜などの感情を感知して、それを吸い取って生きている。その影響力は凄まじく、吸魂鬼が周囲にいるだけで人間は活力を失い絶望と憂鬱を味わうのだ。今このコンパートメントで起きているのがまさにそれで、吸魂鬼がガラガラと音を立ててゆっくりと息を吸い込んだ途端、5人を凄まじい悪寒が襲った。

  セフォネに続いて外に出ようと半分立ち上がっていたダフネとエリスは席にへたり込み、ラーミアとアステリアはガタガタと震えている。セフォネの首筋にも冷や汗が伝った。

 

「シリウス・ブラックをマントの下に匿っている者はここにはおりません。去りなさい、吸魂鬼(ディメンター)、アズカバンの看守よ!」

 

  自らの平静を保つ為に、セフォネが声を張り上げる。だが、吸魂鬼(ディメンター)は立ち退こうとはせず、寧ろ室内に入ってこようとし、一番入り口に近かったセフォネに近づいた。

 

『―――を連れて逃げろ! くっ、あれは……』

 

(…声……?)

 

  セフォネの頭に声が響く。男性の声だ。

 

『止めろ!』

 

  その男性の叫び声が聞こえる。そしてその瞬間、セフォネの頭にビジョンが浮かび上がった。

 

 

 

 

 

  セフォネの目の前には、黒い大きな布を被ったもの、吸魂鬼(ディメンター)が立っていた。しかし、周囲の風景は汽車のそれではなく、どこか見慣れた家―――

 

 

 

 

 

「…消えろ……」

 

  こめかみを抑えてセフォネが、呻くように呟いた。生気が吸い取られるような感覚がし、目眩がしてくる。頭には再びビジョンが浮かんできた。

 

 

 

 

 

  吸魂鬼(ディメンター)が頭巾を脱ぐ。そこに現れたのは、人間であったらそこには目があるはずの場所に口を持った、形容しがたいおぞましい顔だった。

 

『―――フォネ!』

 

  その時、女性の叫び声が聞こえた。そして現れたのは、自分の目の前に立ち塞がり、吸魂鬼(ディメンター)から自分を守ろうとする黒髪の女性―――

 

『――セフォネ!』

 

 

 

 

 

  セフォネは下唇を噛み千切り、正気を取り戻した。今にも倒れそうになっていた体を、足を踏ん張って体勢を立て直す。

 

「…消えろ………私の前から……私の心からぁぁ!」

 

  セフォネは明かりを消して杖先を吸魂鬼(ディメンター)に向けた。そして、それを円を描くように振り呪文を唱える。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

  すると白銀の大鷲が現れて、吸魂鬼(ディメンター)をコンパートメントから追い払った。守護霊に追い払われた吸魂鬼(ディメンター)は出口へと向かい、汽車から飛び出していく。セフォネはそれを追った。

  外に出ると、3体の吸魂鬼(ディメンター)がおり、丁度4体目が最後尾の車両から、誰かの守護霊に追われて逃げ出してきた。

 

「…目障りなんだよ……お前たちは…」

 

  何かを探すように汽車の周りを浮遊し、やがて諦めたのか、何処かに飛び立とうとする4体の吸魂鬼(ディメンター)に杖を向け、高らかに呪文を唱えた。

 

サンクトゥス・エグイニアス(聖霊の祓火)!」

 

  杖先から目が眩む程に輝く金色の炎が吹き出し、それは翼を持った人型になる。その姿はまさに燃え盛る天使であった。

 

「…燃え尽きろ……屑共…!」

 

  燃え盛る金色の天使は4体の吸魂鬼(ディメンター)に襲いかかった。

 通常、吸魂鬼(ディメンター)に対しては守護霊呪文しか効果は無く、しかもそれらを破壊することは不可能であるとされていた。しかし、セフォネが繰り出した魔法は彼女自身が創り出したものだ。今までの定説など当てはまらない。

 

 吸魂鬼(ディメンター)たちは金色の炎に包まれ、たった数秒で燃え尽き、灰になって空に散らばり、風に攫われて消え去った。

 




セフォネのイメチェン………ドラコがオールバックから前髪降ろしたのに合わせ、セフォネもイメチェンさせました。ゆるふわパーマかけた感じです。

聖霊の祓火………本作オリジナル魔法。セフォネ作。守護霊に攻撃性を持たせるのは既出でしたので、こういう形にしました。詳細は次回。


ダフネをまだ出していなかったことに今気付きました。それに、調べてみたら妹のアステリアはラーミアと同い年。これは絡ませないわけありません。
次回は真似妖怪とかですかね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

組分けとお誘い

  ホグワーツ教師リーマス・ルーピンは、目の前の光景に目を疑っていた。

 

  先程、ハリーたちのコンパートメントに吸魂鬼(ディメンター)が現れ、それを撃退した後、皆の無事を確認しようとしたら、突如通路の窓から金色の光が差し込んだのだ。何が起こっているのかを確認するためルーピンは外に出た。

 

 そこで見た光景は、間違いなく異様だった。

 

「あれは……天…使…?」

 

  金色に輝く炎の天使が、吸魂鬼(ディメンター)を焼き尽くしていたのだ。あのような魔法、見たことも聞いたこともない。術者を探して辺りを見回す。そして、前方の車両の前に黒髪の少女が立っているのを見つけた。

 

「生徒か……?」

 

  仮に生徒だとしたら、一体何故あのような魔法を使えるのだろうか。

  少女は杖を振って炎を消し、風に攫われていく吸魂鬼(ディメンター)の灰燼をただ見上げていた。月明かりに照らされた少女の横顔は美しく幻想的であり、感情の籠もっていないアメジストの瞳が、そして僅かに頬を歪ませているその笑みが恐ろしかった。

 

「あれは……シリウス…に似ている……? まさか、デメテル? いや違う。そうか……彼女が…」

 

  少女は何故か血が流れている唇に杖をあてて傷を直し血を拭う。列車に戻ろうと振り返り、視線の端にルーピンを捉えたようだ。少女はルーピンに向き直って、まるで仮面を被ったかのようにガラリと表情を変えて、人が良さげな笑みを浮かべ、軽く会釈すると列車に戻っていった。

 

「どういうことなんだ? いや、まずはハリーを」

 

  ルーピンも親友の息子の様子を見に列車に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  セフォネが吸魂鬼(ディメンター)を全て殲滅してコンパートメントに戻ると、丁度その時明かりが灯り、列車が再び動き出した。

 

「セフォネ! 貴方大丈夫!?」

「ええ、何も問題ありません」

 

  心配そうにしているエリスに、セフォネは微笑みかけた。4人は既にチョコを手にしており、少しは回復しているようだ。見た限り、1番症状が軽いのは年齢が高いエリスとダフネ、2番目がアステリアで、1番吸魂鬼(ディメンター)の影響を受けていたのはラーミアだった。大切な人を失い、濡れ衣で孤児院から逃げ出し、数か月とはいえストリート暮らしだったという彼女の境遇から考えれば、仕方のないことだろう。

  震えながらチョコを齧るラーミアを、アステリアが心配そうに覗き込んだ。

 

「大丈夫? ラーミア」

「う…うん………大…丈夫…」

 

  見たところかなりダメージを負っている。そんなラーミアを見て、アステリアが急に抱き締めた。

 

「ふぇ!?」

「こんなに冷たいのに、大丈夫なわけないじゃん」

「あ、あの……その、ありがとう……」

 

  恥ずかしそうにしながらも、ラーミアはアステリアに抱かれるがままになっている。それを見てセフォネが冗談めかして言った。

 

「私の従者が貴方の妹に取られてしまいましたわ」

「この子、案外人たらしなのよね。普段はお子様の癖にこういう時に気が回ったりするし」

 

  それを皮切りに、コンパートメントの雰囲気が徐々に戻っていくような気がした。エリスはチョコを銜えながら、セフォネにもそれを差し出す。

 

「ほい」

「ああ、チョコを配ったのは貴方でしたか。良く知っていましたね」

 

  吸魂鬼(ディメンター)に襲われた場合、体調を回復させるのに効果的なものはチョコレートだとされている。意外とその知識を知らない者が多い。普通に生活していれば吸魂鬼(ディメンター)に関わることなどないからだ。故に、セフォネはエリスが対処法を知っていたことに驚いていた。

 

「まあね。家にあった闇の生物の本にかいてあったのよ。ほら、貴方も」

「どうも」

 

  セフォネは蛙チョコレートの箱をエリスから受け取った。その時指が微かに触れ、エリスはピクリと反応した。

 

「…! セフォネ……貴方……」

「どうかしましたか?」

 

  箱を丁寧に開けて蛙チョコレートを頬張るセフォネはいつも通り、優しげな笑みを浮かべている。

 だが、エリスは気付いた。

 彼女が無理をしていることに。その笑みが、仮面であるということに。

 何故ならば、彼女の指はまるで氷のように冷たかったからだ。体温が低いというレベルではなく、およそ体温が無い。そして、彼女の膝がほんの僅かに、注視しなければ分からない程に微かに震えていた。つまり、吸魂鬼(ディメンター)はセフォネにかなり影響を及ぼしていた。恐らく、一番震えていたラーミアと同じくらいかそれよりも。それなのに、何故笑っていられるのだろうか。

 

 エリスは尋ねたかった。だが、出来なかった。

 セフォネの目だ。彼女のアメジストのような瞳が、底が知れないほど深く暗い闇に囚われているように見えたからだ。

 エリスは直感的に感じた。今は触れてはいけないと。

 

「ううん、なんでもない。それより、吸魂鬼(ディメンター)はどうしたの?」

「撃退しましたよ。まったく人騒がせなことです」

 

  まるで、多めに出された宿題をやり終えたかのような気軽さだ。4人は呆気にとられた。ダフネが何か思い出したかのように、セフォネに尋ねた。

 

「そういえば、さっきあんたが出したの有体守護霊よね?」

「ああ、そういえば1年の時見せてくれたやつだったわね」

「1年!?」

 

  エリスの何気ない言葉に、ダフネが驚きのあまりチョコを取り落としそうになる。それもそのはず、"守護霊呪文"は高難易度魔法の象徴ともいえるもので、多くの魔法使いは守護霊を生み出すことが全くできない。例え実体のない守護霊であっても作ることができれば有能な魔法使いの証とされる程だ。それを有体のものを、しかも1年の時点で成功している。少し知識のある人間なら、驚かずにはいられない。

  そして驚いたとともに"まあ、セフォネだから"と納得してしまった。

 

「流石は我ら"スリザリンの王妃"ね」

「何ですかそれ?」

「決闘クラブ以降に出来た貴方の渾名よ。一番"姫"が定着しているのだけど、あの闘いぶりを見てからは他にも"女王"とか"女帝"とか出てきて」

「はぁ……もう何とでも呼んで下さい」

 

  セフォネは困ったように肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ホグズミード駅につき、3年生組と1年生組は別れた。去年と同じようにセストラルが引く馬車に乗り込む。ダフネが扉を閉めようとした時、くたびれた様子の白髪混じりの男性がやって来た。

 

「やあ、同席していいかな?」

「どうぞ」

 

  ダフネが外向きの笑顔を向けて、男性を招き入れる。小さいころから親と共にパーティーによく出ていたダフネは、人付き合いが得意なほうであるのだ。

  ルーピンはダフネの隣、セフォネの真正面に座った。

 

「ありがとう。私は今年から"闇の魔術に対する防衛術"の教員をつとめる、リーマス・ルーピンだ。よろしく。君たちの名前は?」

 

  こんな痩せ細った弱そうな男性があの呪われた教科"闇の魔術に対する防衛術"の教員なのか、とエリスは訝し気な目になる。ダフネは去年の無能よりましなら何でもいい、と思っていた。

  そしてセフォネは、この男に対して警戒心を抱いていた。先程、"聖霊の祓火(はらいび)"を見られたからである。

  この技はセフォネが6年の歳月を費やして創り上げたもので、最上級レベルの退魔の魔法である。よって、闇の生物であり、存在が曖昧な吸魂鬼(ディメンター)をこの世から消し去ることが出来るのだ。ちなみにこの技、人間にやっても効果はない。触っても火傷すらせず、温かいだけ。しかし、霊の類には効果があり、試したことはないがゴーストやポルターガイストを燃やすことは出来るだろう。

  そんな魔法界の常識を覆す秘術のこの特性に、彼が気付いたかは分からないが、吸魂鬼(ディメンター)を殲滅したところを見られてしまった。あれは迂闊だった。

  それに、彼はセフォネを注意深く観察しており、そして決して目を合わせようとしていない。つまり、開心術を警戒しているのだ。あくまでさり気ない動作だが、この馬車に乗ったのは確実にセフォネを探るためだろう。

 

「エリス・ブラッドフォードです」

「私はダフネ・グリーングラス」

 

  ルーピンは手を差し出し、2人と握手する。

 

「それで、君は?」

「ペルセフォネ・ブラックと申します」

「よろしく、ペルセフォネ」

 

  セフォネはルーピンと握手した。そして、ルーピンの視線が一瞬、右手薬指のブラック家の家紋が入った印章指輪に向いたのを、セフォネは見逃さなかった。

 

(…先手必勝、ですかね……)

 

「先生はホグワーツの出身で?」

「ああ、そうだよ」

「何年度の卒業生なのですか?」

「1978年だ。もっと老けて見えるだろう?」

「失礼ながら、確かに」

 

  2人は微笑み合う。傍から見れば仲が良さげだが、裏では腹の探り合いだ。そしてセフォネは、もう十分彼を理解した。

  彼は伯父シリウス・ブラックと父アレクサンダー・ブラックと同い年。そして母デメテルは彼の1つ下。容姿を見ただけでセフォネの正体くらいは分かったのだろう。

  犯罪者の近親者ゆえ警戒されているのか。だとすれば、彼の前で吸魂鬼(ディメンター)を灰にしてしまったのは不味い。アズカバンの脱獄を手伝ったと思われかねないからだ。

 

「さっきは大丈夫だったかい?」

「はい、セフォネが追い払ってくれましたから」

 

  そんな思惑を露知らず、エリスは普通に受け答える。

 

「追い払った? 驚いたな、この歳で守護霊を創り出せるとは」

「恐縮です」

「学期が始まっていたらスリザリンに点をあげていたところだよ」

 

  その時、車内の温度が下がった。正門付近に吸魂鬼(ディメンター)が2体立っていたのだ。だが、それらは突如飛来した銀の大鷲に追われ、どこかへ逃げ去っていく。

 

「いつの間に?」

「馬車に乗る前から待機させておきました」

 

  澄まし顔で答えるセフォネに、喰えない生徒だ、とルーピンは苦笑した。セフォネは簡単そうに言っているが、守護霊を長い間顕現させておくには、相当の技術と魔力が必要になる。大人の魔法使いでも簡単には出来ない芸当なのだ。

  馬車が校庭に降り立つと、4人は馬車を降りる。丁度そこでドラコがハリーに絡んでいた。話から察するに、ハリーは吸魂鬼(ディメンター)の襲撃で気絶してしまったらしい。

 

「どうかしたのかな?」

 

  やんわりとした口調でルーピンが割って入り、ドラコはまだからかい足りないのか、少々不満げな顔をしていた。

 

「やあ、セフォネ、エリス。ダフネもいたのか」

「もいたのか、とは何よ。私はおまけじゃないわよ」

「悪い悪い。他意はないよ」

 

  そこに、スリザリンの女子生徒数名のグループが声をかけてくる。

 

「セフォネ、エリス。久しぶりね」

「ご無沙汰しております」

「やっほー」

「2人とも、調子どう?」

 

  それに続き、また数名が集まってきてと、自然と彼女の周りに人が集まった。2人はスリザリン生の中で人気が高い。一番は容姿であるのだが、その性格もである。

 

  基本スリザリンには名家の出身が多く、自分本意で我の強い人間が多い。また、そういう出身であるため、親の地位で序列が出来てしまう傾向もある。ドラコが常にクラッブとゴイルを従え、男子生徒に持ち上げられ、一部の女子に擦り寄られているのが、その最たるものといえる。

  そんな中、数々の純血家系と繋がりを持つ純血中の純血、事実上の王族であるとも言われた由緒正しい家柄であるブラック家の当主たる存在であるセフォネは、それを鼻にかけることもなく、人を見下すこともなく、皆と友好的に接する。エリスはスリザリンの良心とも呼ばれるほど人に気配りが出来る性格。偶に、何故スリザリンなのかと問われる程だ。ドラコもこの2人には一目置いているという事実も相まって、この2人はちょっとしたアイドル的存在となっている。

  勿論、それを気に食わない者もいた。初期のパンジー・パーキンソンやミリセント・ブルストロードなどである。だが、そういった彼女たちも、セフォネの人を惹きつけたり、人を納得させてしまう魅力などの、所謂カリスマ性というものに惹かれ、今では普通に良好な関係である。

 

「私は無視?」

「ちゃっかり僕もスルーされたな」

「何、嫉妬? 女の子相手に情けないわね」

「まあいい。早めに席をとっとくか」

 

  残されたダフネとドラコは肩を竦めると、恐らくまだ捕まったままであろう2人の友人のために席をとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  新入生歓迎会は例年通り大広間で執り行われる。マクゴナガルが椅子と組分け帽子を用意し、組分け帽子はホグワーツの歴史と寮の特色を歌う。そして、マクゴナガルが新入生の名前を呼び始めた。

 

「アルフォード・デイビット!」

 

  この生徒はハッフルパフに組分けされ、ハッフルパフのテーブルから歓声が上がる。その後、ハッフルパフ、スリザリン、スリザリン、グリフィンドールと続き、アステリアの順番が回ってきた。

 

「グリーングラス・アステリア!」

 

  流石のアステリアも緊張した面持ちで椅子に座り、組分け帽子を被る。30秒ほど後、組分け帽子が高らかに言った。

 

「レイブンクロー!」

 

  アステリアは姉と一緒でなかった為か、僅かに寂しそうな顔をしたが、それでも自分が望んでいた寮に組分けされて嬉しそうにレイブンクローのテーブルについた。

 

「レイブンクローにとられちゃったか。お祖母ちゃんは大喜びかしらね。孫が同じ寮に入ったって」

 

  そうぼやくダフネも少し寂しそうであった。

 

  組分けは順調に進んでいき、いよいよ最後はラーミアの番。

 

「ウォレストン・ラーミア!」

 

  その名が呼ばれた時、彼女の父が在学中もレイブンクローの寮監だったフリットウィックが身を乗り出した。子供がいることを知らなかったらしく、驚いた様子だった。そして、驚いたことにスネイプも僅かに興味を示していた。

 ラーミアは緊張しないように周りを一切見ず、ただ組分け帽子を一点に見つめて歩いていく。そして、椅子に置かれた組分け帽子を手に取り、目を閉じて椅子に座ると、そっと組分け帽子を被った。1分、2分と経つが、帽子は何も言わない。5分を越えた頃、生徒たちがざわめきだす。

 組分けに5分以上の時間がかかる生徒は"組分け困難者"と呼ばれる。これは50年に一度しか出現しない程の珍しい現象である。

 

「組分け困難者か」

 

  ラーミアがセフォネの従者だということを知らないドラコは、ただ興味深そうにラーミアを見ている。エリスはハラハラと、セフォネは面白そうにラーミアを眺めていた。

 

  結局、ラーミアの組分けは10分掛かった。そして、最後に組分け帽子が高らかに宣言した。

 

「レイブンクロー!」

 

  組分け困難者を獲得したこともあってか、それとも単にラーミアが可愛い為か、レイブンクローから歓声が上がった。普段は大人しめのこの寮がここまで盛り上がるのも珍しい。

  ラーミアは組分け帽子を脱いでレイブンクローのテーブルに行こうと足を踏み出し、そこで止まった。そして教師陣を振り向くと、セフォネと全く同じ動作で優雅にお辞儀した。そして生徒のほうへ向き直り、一瞬セフォネと目が合う。セフォネは微笑み、ラーミアも微笑んだ。そして、いまだ歓声が鳴り止まぬレイブンクローのテーブルに向かって歩いて行った。

 

「あんたのメイドさん、流石というか只者じゃないわね。組分け困難者だなんて」

「ていうか、お辞儀の仕方がセフォネそっくりでびっくりしたんだけど」

「まあ、私が仕込みましたからね」

 

  ただしくは仕込まされた、であるが。何でも彼女は本を読むのが好きで、マグル界の小説に出てくるような完璧で瀟洒な使用人(メイド)を目指したいらしく、全く知らなかった礼儀作法を教えて欲しいと頼まれたのだ。

 

「メイドって何のことだ?」

 

  1人事情を知らないドラコが会話についていけず、首を傾げている。

 

「いえ、気にしないで下さい。それよりもスポンジケーキを取っていただけますか?」

「初っ端からケーキか? ……まあ、君らしいが」

 

  ラズベリージャムと生クリームをスポンジ生地に挟んだケーキを皿に装い、ドラコがセフォネに渡した。

 

「どうも」

 

  そして、それを幸せそうに頬張るセフォネ。甘いものを食べている時は、セフォネは歳相応の笑顔になる。周囲の男子はそれを見て、スリザリンで良かったと心から思ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  新入生歓迎会も終わり、夜。セフォネは寮の寝室で寝間着に着替えて寝ようとしていた。エリスは睡魔に耐え切れず、制服を全て脱ぎきらないでYシャツのまま寝てしまっている。Yシャツの裾から太ももが顕となっており、風邪をひかないように毛布を被せてやる。さて、自分も着替えようかとネクタイを解いた時、突如目の前に炎が現れて、一枚の羽が羊皮紙と共にヒラヒラと舞い降りた。

 

「この羽は一体……? それに、この羊皮紙は……」

 

  そこには特徴的な、斜めった文字でこう書かれていた。

 

『今宵ちょっと一杯付き合って欲しい。3階のガーゴイル像の前が校長室の入り口じゃ。追伸、わしは最近黒胡椒キャンディがお気に入りでのぅ』

 

「一杯って……私は仮にも生徒なのですがね」

 

  セフォネは解いたネクタイをもう一度結び直し、念のため"目くらまし術"を掛けて校長室へと向かった。

 




ラーミアとアステリアがレイブンクローへ………公式だとアステリアはスリザリンなんですけど、それだとラーミアとの絡みが減っちゃうので。ラーミアをレイブンクローにした理由は、彼女にスリザリンは合わないと判断したからです。



全然話進まなかったです。申し訳ありません。何が真似妖怪だよ、まだ新学期入って1日も経ってないよこの野郎、と思って下さって構いません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

まね妖怪

  セフォネは3階のガーゴイル像の前に立っていた。

 

「黒胡椒キャンディ」

 

  するとガーゴイル像は生きた本物になり、ピョンと跳んで脇に寄ると、その背後にある壁が左右に割れて、螺旋階段が現れた。その階段は自動で動いており、セフォネはそれに乗る。階段が上まで上がると、グリフィンをかたどったノック用の金具がついた樫の扉が現れ、セフォネはドアノッカーを叩こうとしたが、その前に扉がひとりでに開いた。

 

「失礼いたします」

 

  セフォネは校長室に足を踏み入れた。部屋は美しい円形で、ダンブルドアの私物と思われるたくさんの魔法具が乗った机や棚、壁には歴代校長の肖像画が掛かっている。

 

「呼び立てて申し訳ないのぉ」

「いえいえ。お招き感謝いたしますわ。もっとも、未成年の生徒相手に飲みの誘いとは、教育者としていかがかとは思いますが」

「丁度いいオーク樽熟成の蜂蜜酒が手に入ったものでな。君は随分とイケる口だと聞いておるし、甘いものが好きじゃったろう? ま、ともかくかけなさい」

 

  ダンブルドアは机の前に置かれた、居心地の良さそうな椅子をセフォネに勧めた。

 

「ええ。では、ご相伴に預からせていただきます」

 

  セフォネが座ると、机の上に2つグラスが現れる。ダンブルドアは手酌でそれを注ぐと、1つをセフォネに差し出した。

 

「乾杯」

「乾杯」

 

  こうして、学校初日の夜に、校長と生徒でという謎の酒盛りが始まった。

  会話内容はごく普通の世間話。時折魔法について話したりもした。

 

「そういえば、本日吸魂鬼が列車を捜査したが、大丈夫だったかね?」

 

  40分程経った頃だろうか。ダンブルドアは唐突に言い出した。

 

(…本題か……)

 

「ええ。守護霊で撃退しましたので」

「流石じゃの。わしとてその年齢では無理じゃったろうて」

「先生程のお方であれば可能でしたでしょうに。大したことはございませんわ」

「ほっほっほ。その技量にスリザリンに20点。さて、そこでなんじゃが、ちょっとおかしな問題が発生してのぉ」

 

  ダンブルドアは朗らかな笑みを浮かべながらも、全てを見通したような瞳でセフォネを真っ直ぐ見つめる。セフォネもいたって冷静に、普段のように微笑みを絶やさずにその瞳を見つめ返す。

 

「列車の抜き打ち調査に行った4体の吸魂鬼が行方不明となっておるのじゃよ」

「それは大変ですね。吸魂鬼が街をうろつくのは、良いこととは言えませんもの」

「そうじゃな。その吸魂鬼たちが仮に生きていたとして、街を徘徊しておったらの話じゃが」

「というと?」

 

  ダンブルドアはグラスを傾けて蜂蜜酒を1口飲んだ後、続けて言った。

 

「実はリーマス・ルーピン教授がこう証言しておるのじゃ。"黒髪紫眼の少女が燃え盛る金色の天使を操り、吸魂鬼を屠った"と」

 

  やはり、そのことだったか。セフォネは心の中でため息をついた。激情に駆られて吸魂鬼を殺害したのは、やはり不味かったようだ。

 

「吸魂鬼を滅ぼすなど、何世紀もの長い長い魔法界の歴史において、何者も成し遂げられなかった偉業とも言える。吸魂鬼を滅ぼす魔法などそう簡単に創り出せはしない。わしとて考えようとも思わなんだ」

 

  如何に賢人たるダンブルドアといえど、何処かでは既成概念に縛られている。いや、賢人だからこそとでも言おうか。その為、吸魂鬼を殺す方法など考えもしなかったし、考える必要はないと思っていた。それに比べ、セフォネは既成概念など鼻から気にしない。目的の為ならば手段も方法も労力も厭わない。それ故、セフォネは吸魂鬼を葬り去ることに成功したのだ。

 

「今年は前人未踏の事ばかり起こる。不可能と思われたアズカバンからの脱獄、不可能であった吸魂鬼の殺傷」

「何か関連性がある、そう先生はお思いで?」

 

  シリウス・ブラックがアズカバンから脱獄した方法はいまだ判明していない。

 彼は何者も正気を失い生きる希望を見出せなくなる、吸魂鬼の巣窟であるアズカバンでただ1人正気を失わず、しかもそこから逃げ出した。

 18世紀以降脱獄不可能とされていたアズカバンからの脱獄。

  そして今日起こった、数世紀に渡って不可能と言われていた吸魂鬼の殺傷。

  それを成し遂げたのは、どちらも黒き血を流す者。

  ここまでくれば、関連性を見出すことは無理では無いだろう。

  しかし、ダンブルドアは首を横に振った。

 

「否。わしはこの2つの出来事は何の関わりもないと思っておる。普通に考えたらそうじゃろうて。しかし、関係性を見出す者もいるだろう。藁をも縋る思いで何かに躍起になっている者などはな」

 

  ダンブルドアはファッジのことを揶揄しているのだろう。あの保守的な小心者がセフォネに手出ししようと思えはしないが、人間追い詰められれば何をするか分からない。

 

「今回の件、魔法省は吸魂鬼が行方不明になったものと見なし、発表はせぬようじゃ。じゃがの、セフォネ。それも今回ばかりじゃ。もう吸魂鬼を殺そうとするでない」

「善処いたしますわ」

 

  今回はぬかった。これからはもっと慎重に行かねば。セフォネは反省を心に刻んだ。

 

「それは良かった。おっと、もうこんな時間じゃ。老人の飲みに付き合わせてすまなんだの」

「いえ。楽しかったです。またのお誘いをお待ちしておりますわ」

 

  セフォネは椅子から立ち上がり、ダンブルドアに一礼して踵を返した。そして、1つの肖像画の前で立ち止まった。

 

「フィニアス卿」

 

  しかし、フィニアスは他の肖像画と同じように、深い眠りについている、ように見えるが狸寝入りである。

 

「起きていることは分かっております。何年来の付き合いだと思っているのですか?」

「察しの良い子供は嫌いだ」

 

  フィニアスは不機嫌そうに目を開いた。

 

「久しぶりだというのに、連れないお返事ですこと」

「何のようだね、ペルセフォネ。我が子孫よ」

「ご先祖様の肖像画の前を通りかかって、挨拶をせぬわけがございましょうか」

「ふん。ならば、とっとと帰るが良い」

「あらまあ。相変わらず素直じゃないですね。本当は声をかけられて嬉しい癖に」

 

  ふふふ、と微笑むセフォネを、フィニアスは睨みつけた。

 

「小娘、八つ裂きにされたいか?」

「八つ裂きにし易そうなのは貴方ですけれどね。では、帰る前に1つ言いたいことが」

 

  セフォネはそう言うと、チラリとダンブルドアに視線を向け、そしてまたフィニアスに戻した。

 

「いくら盟約に縛られていようと、うら若き乙女の私生活を他人に口外するのは、いかがかと思いますわ」

 

  フィニアスの眉がピクリと動き、表情にはあまり出ないながらもやや罰が悪そうにしている。ブラック家の祖先として、子孫であるセフォネの監視の真似事をするのは、彼にとっても不本意であるのだ。そしてそれをセフォネに看破されてしまったし、あの家には10代前半の少女2名が住んでいる。一歩間違えば犯罪であろう。

  呻き声を上げるフィニアスを見て、セフォネは満足そうに頬を緩めた。

 

「では、ご機嫌よう」

 

  もう一度お辞儀し、セフォネは寮へ帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  翌日の朝。何事も無かったかのように朝食を食べるセフォネや、学校生活のリズムに馴染めず寝ぼけたままの生徒たちに時間割表が配られた。

  3学年からは選択科目があり、セフォネは古代ルーン文字学と数占い学、エリスは魔法生物飼育学と数占い学をとっている。時間割を見比べた所、古代ルーン文字学と魔法生物飼育学は同じ時間にあるようだ。

 

「煩いわね、もう」

 

  朝食のトーストを齧りながらダフネが、朝から煩いスリザリンテーブルに顔を顰めた。

 ちなみに何故煩いのかと言うと、スリザリン生の一部が気絶したハリーのモノマネをして大笑いしているのだ。その中心にいるのはやはりドラコで、バカバカしい仕草で気絶をする真似をしている。まあ、非常に滑稽で面白いといえば面白い。

 

「ホント、子供なんだから」

「微笑ましいではありませんか」

「あんた何歳よ」

 

  ダフネはセフォネにツッコミを入れつつ、自分に配られた時間割を眺めた。

 

「で? あんたたちは何の教科とったの?」

「魔法生物飼育学と数占い学よ」

「セフォネは?」

「私は古代ルーン文字学と数占い学です」

「なんだ、私と一緒じゃない」

「あれ、ダフネは占い学とったんじゃなかった?」

「取ろうと思ったのだけれど、教室が滅茶苦茶遠いって聞いて止めたわ」

 

  そう言ってダフネは肩を竦めた。基本面倒くさがり屋で動くことが嫌いなダフネは、極力最小限の運動で生きている。常に教室へ近道し、そこには一切の無駄がない。合理主義者だと言え、と本人はよく言っていた。

 

「選び方が……まあ貴方らしいけど」

「それはそうとさ、あんた魔法生物飼育学は失敗だったんじゃない? だって今年からあの髭もじゃが担当なんでしょ? 大丈夫なのかしらね?」

「大丈夫なわけあるか」

 

  ひとしきり大爆笑して、今は喉を休めて紅茶を啜っていたドラコが会話に加わる。彼はハグリッドが教師になることに反対なのだ。

 

「よりにもよって何であのデカブツなんだ。父上が理事ならばこんなこと無かっただろうに。絶対まともじゃないよ」

「生物飼育の腕は確かなのでしょうが、教師に向いているかといわれれば微妙ですよね。それよりも、1時間目は変身術ですからそろそろ行きましょうか」

「うわぁ、学期の始めがマクゴナガルか……重いなぁ」

「消化不良起こしそうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  そうして始まった新学期であったが、1週間も経たずに問題が起きた。

  古代ルーン文字学の授業を終えて昼食を取りに大広間へやって来たセフォネとダフネがスリザリンテーブルに行くと、何故かそこにいたスリザリン生はみな怒りに燃えていた。

 

「何かあったんですか?」

 

  その中で困ったように苦笑しているエリスに聞いた所、ハグリッドが授業で連れてきたヒッポグリフをドラコが侮辱して襲われたらしい。状況から見れば殆どドラコが悪いのだが、もとよりあったハグリッドへの不信感に火がついてしまったのだ。皆口々にハグリッドを罵っていた。

 

「大丈夫かしらドラコ……」

 

  パンジーがもはや涙目でドラコを心配している。スリザリン女子の間では周知の事実なのだが、彼女はドラコに恋している。恋愛対象の男子が、危険生物に襲われたため取り乱しているのだ。

 

「怪我の具合は?」

 

  周囲の空気は気にせずに、いつもの調子でセフォネが尋ねた。

 

「右腕に深さ約5ミリ、長さ約10センチの切り傷。動脈が一部切れていたけど、私が応急処置したから多量出血は無い。ヒッポグリフの爪に細菌類が付着していた場合の感染症が心配だけど、マダム・ポンフリーにかかれば問題は無いわ。だから安心して、パンジー」

「そうよ、死ぬわけじゃないんだから。泣くのは止めなさい」

 

  今にも泣き喚きそうなパンジーを、親友のミリセントが慰める。エリスの癒者ばりの説明を聞いて落ち着いたのか、パンジーは涙を拭いながら顔を上げた。

 

「そ、そうなのね……ごめんさい、取り乱してしまって。貴方はドラコの恩人だわ」

「いや、恩人だなんてそんな」

 

  素直に嬉しいのか、エリスははにかんだ。ちなみにエリスは治療系魔法が得意である。そのセンスはセフォネよりも上である程だ。そこら辺は癒者の家系である血筋なのだろう。

  パンジーが泣き止み、ハグリッドへの批判が一段落したところで、セフォネはパンと手を打った。

 

「さて、午後は魔法薬学です。遅れる訳にはいきませんわ。皆、早く昼食をとって地下牢へ行きましょう。パンジー、ドラコに何か持っていってあげては? 彼も空腹でしょうし」

 

  そしてセフォネはパンジーの耳元で彼女にしか聞こえない程度で囁いた。

 

「ついでに2人でランチタイムを楽しんではいかがですか?」

 

  途端に目を輝かせたパンジーは適当に昼食を取ると、医務室へ駆けていく。

 

「若いっていいですね」

「あんた何歳よ」

 

  妙に年寄り臭いセフォネにダフネがツッコんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  結局、ドラコは午後の魔法薬学の時間の途中に現れた。その右手は包帯で吊ってあり、まさに怪我人です、といった風貌である。

 

「ドラコ。大丈夫それ? やっぱ感染症?」

「は? 感染症?」

「そう。傷は対したこと無かったし、でも包帯で吊ってるからさ」

「え、えーと。うん、そうなんだ。どうやらあの牙に何か毒がついてたらしくてね。傷が塞がりきらないんだ」

 

  どうも様子がおかしいと思い、セフォネは開心術を使ってドラコの考えを読んだ。どうやら、仮病で周囲の同情を買うと共にハグリッドを貶しめようとしているらしい。

 

「へぇ、マダム・ポンフリーが治せない外傷なんてあるのね。でもそれいつ治るの? クィディッチの試合だってあるし……」

 

  そんなドラコの考えも知らず、エリスはドラコの腕の治療期間を気にしていた。彼女とドラコはスリザリンのクィディッチチームに所属しており、その試合は11月に行われる。試合までは大分先だが、練習があるのだ。

 

「それは……」

 

  ドラコは適当な期間を言おうとしていたが、セフォネが遮った。

 

「回復阻害タイプの毒の解毒には遅くても1ヶ月程しかかかりませんから。試合には間に合うでしょうね」

 

  ハグリッドの監督責任やカリキュラムからの著しい逸脱、注意の不徹底などもあるが、結局はドラコの自業自得である。8対2でドラコが悪い。ハグリッドが気に食わないのは分かるが、彼の考えだとクリスマス明け以降まで包帯を取らない気でいる。そんなに長い期間仮病を使えば、ただでさえ悪いスリザリンの評判や、スリザリンの長所である品位が落ちるというもの。

  というわけで、セフォネはドラコの思惑通りには行かないよう、余計なことを口走ったのだ。

 

「そうですよね、スネイプ教授?」

「ああ、その通りだ。スリザリンに5点。しかし、その腕では作業は出来んな。ウィーズリー、手伝ってやりたまえ」

 

  スネイプのお墨付きとクィディッチを出されてはぐうの音も出ない。ドラコは少々思い通りにいかなかった苛立ちを存分にロンで晴らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1週間の最後の金曜日。初めての闇の魔術に対する防衛術の授業があった。

 

「今年は大丈夫かな?」

「あの人、今にも倒れそうだったけど」

「ていうか、なんであんな服装なんだ? まるで乞食じゃないか」

 

  などと、一昨年は変人、去年は無能だったということもあり、今年の先生に対しても不安が出ている。そんな風に皆が話していると、時間になってルーピンが入ってきた。相変わらずみすぼらしい格好であったが、血色はまだ良くなっていた。ホグワーツに来てからまともな食事を取ったお陰だろう。

 

「やあ皆。今日は実地訓練だから、教科書は鞄に戻してもらおうかな。杖だけあればいいよ。じゃあ、私に付いてきて」

 

  ルーピンが生徒たちを連れてやって来たのは、職員室だった。教員用の机がいくつも並べられており、横に空いたスペースに箪笥が1つ置いてある。何故か、その箪笥はガタガタと揺れていた。

 

「さて、他の寮の生徒から聞いている人もいるかもしれないけど、今日皆と対峙してもらうのはまね妖怪、ボガートだ。ボガートが何か、知っているかな?」

「形態模写妖怪のことでしょう。暗くて狭い所を好み、人が恐れるものに姿を変える」

 

  ドラコが得意気に答える。ボガート自体は別に珍しい生物ではなく、魔法族であれば皆、基礎知識程度ならば持っている。魔法族のみならず、ごく稀だがマグルの家にも出没するらしい。

 

「その通りだ。だから、暗い場所にいるボガートはまだなんの姿にもなっていない。箪笥の中では、誰が何を恐れるかを判断できないからね。ボガートが独りの時どんな姿をしているのかは誰も知らないわけだけど、外に出た途端に、皆がそれぞれ怖いと思うものに姿を変える」

 

  ルーピンの丁寧かつ分かり易い説明に、段々とルーピンに対する評価が上がっていく。どうやら今年はまともな教師のようだ、と。

 

「ボガートを退治するときは、誰かと一緒にいるのが一番なんだ。人が何を恐れるかは、その人その人で違うから、ボガートは何に姿を変えればいいのか分からなくなってしまうんだ。私はボガートが一度に2人の人間を驚かせようとしたのを見たことがあるが、首無し死体とナメクジが繋がった、とても滑稽な姿だったよ。とても恐ろしいとは思えなかった」

 

  いや、それはそれで滑稽というよりも気持ち悪そうな気がするが、ルーピンの表情から察するに、随分と面白いものだったのだろう。

 

「ボガートを退散させる呪文は簡単なんだけど、精神力が必要になる。こいつをやっつける為には笑いが必要なんだ。君たちはボガートに、君たちが滑稽だと思う姿をとらせなければならない。じゃあ、私に続いて言ってみよう……リディクラス(ばかばかしい)!」

「「「「「リディクラス!」」」」」

 

  ルーピンに続いて皆が一斉に唱えた。

 

「そう、とっても上手だ。ここまでは簡単なんだけどね。さっきも言ったとおり、呪文だけでは十分じゃないんだ。エリス、ちょっと来てくれるかな?」

 

  急に指名されたエリスが、おずおずと前に進み出る。ルーピンは安心させるように肩に手を置き、エリスに尋ねた。

 

「よし、エリス。君が怖いものは何だ?」

「あー、えと……トロール、です」

 

  2年前のハロウィンにトロールに襲われたというトラウマは、今も彼女の心に深く根付いているらしい。

  ルーピンは真面目な顔で頷いた。

 

「トロールか。分かった。私は今からあの箪笥の扉を開ける。そうすると、中のボガートがトロールに化けて出てくる。君は呪文を唱えながら強く念じるんだ。どんな姿のトロールは滑稽であるか。いいね? エリスが首尾よくやっつけたら、ボガートは君たちに向かってくる。今のうちに考えておきなさい。自分が何が怖いのかを。そしてどうやったらそれをおかしな姿に変えられるかを」

 

(恐れているもの……か)

 

  セフォネは昔、自宅でボガートに遭遇した経験があった。その時ボガートが変身した姿は、地面に泣き伏せる弱々しい自分の姿。

  セフォネはかつて、両親の真実を知り祖母が死んだ時、もう泣かないと心に誓った。復讐を果たすと墓標に誓った。そして、強くなると、全てを乗り越える為強くなると自分の心と墓標に誓った。

  そのせいだろうか、セフォネはその時から、弱くなることを恐れるようになった。涙を流すことも、他人に弱みを見せつけることも。

  その時のボガートは開発中だった"精霊の祓火"で灰にしたが、今回はそういうわけにもいかない。そもそも、成長した今でも、ボガートは自分自身の姿になるのだろうか。

 

  セフォネはまだ考え込んでいたが、ルーピンが合図と共に箪笥の扉を開いた。すると、箪笥から天井に届かんばかりの大きさのトロールがぬっと出てきた。

 

「リディクラス!」

 

  エリスが呪文を唱えると、トロールは体だけ小さくなり、頭だけそのままの大きさの2頭身の姿となる。これを滑稽と言わずしてなんと言うのか。職員室中が笑いで包まれ、ルーピンも思わず笑みを零した。

 

「よし、いいぞ。それじゃあ次だ」

 

  皆が次々と前に出ていき、それぞれが恐れるものを滑稽な姿に変えていく。

 

「よし、ペルセフォネ。次は君だ」

「セフォネで構いませんわ」

 

  ルーピンに微笑みかけながらセフォネはボガートの前に進みでる。すると―――

 

「はぁ………やはり……」

 

  そこに立っていたのは、黒いストッキングの上に濃いグレーのスカートを履き、白いワイシャツに緑のネクタイを締め、黒いローブを羽織った少女だった。その髪は艷やかで黒く、その瞳はアメジストのような紫色である。

 

「な……」

 

  セフォネが恐れるものとは一体何なのか、と興味津々に見ていた生徒たちは、皆声を失った。

 

  ボガートが変えたその姿は、まさしくペルセフォネ・ブラックその人であったのだ。

 

「結局、あの時から何も変わっていない……か」

 

  ボガートのセフォネは笑みを浮かべておらず、その顔は悲壮さが滲み出ており、そしてその双眸から雫が流れ落ちた。

 

「全くもって……ばかばかしい(リディクラス)

 

  バチンと大きな音が響き、偽セフォネが立っていた場所には、スリザリン女子の制服を着たハグリッドが立っていた。しかも、服のサイズはそのまま。しかし、破けることはなく、あくまで破けそうな程にパツパツという状態である。

 

「ぶふっ……」

 

  誰も予想だにしなかった光景からのこの不意打ちに、皆が一斉に吹き出し、今日一番の大爆笑が起きる。するとボガートは行き場を失ったように破裂し、白い煙となって消滅してしまった。

 

「本当はあと一回くらい誰かと戦うはずだったけど、皆の要領が良かったみたいだ。よくやった。スリザリン生1人につき5点をあげよう。さて、今日の授業はここまでだ。寮に戻ったら各自教科書のボガートに関するページを読んで、レポートにまとめて提出してくれ。それが今回の宿題だ。じゃあ、解散だ」

 

  今までにないクオリティの授業に、生徒たちは興奮した面持ちで職員室を出ていく。あのドラコですら満足げな表情を浮かべていた。

 

「ねえ、セフォネ。貴方自分が怖いの?」

 

  寮に戻る道すがら、エリスが遠慮がちに尋ねてきた。

 

「己の敵は己ということですよ」

 

  では、何故泣いていたのか。それを尋ねることは、エリスには出来なかった。ボガートが化けたセフォネの眼が、吸魂鬼に襲われた後のセフォネの眼と全く同じだったからだ。

 触れてはいけない彼女の闇だ、とエリスは感じていた。

 

「ねえ、セフォネ」

「何ですか?」

「何か辛いことがあったらさ、誰かに頼ってもいいんだよ?」

 

  セフォネは僅かに瞳を揺らして動揺した。しかし、その心の揺らぎは、瞬く間に巧妙に、微笑みという仮面に隠された。

 

「そうですね。もしあれば、その時は貴方の胸をお借りしますわ。いや、ダフネのほうが良いですかね?」

「どういうこと……」

 

  エリスは自分の胸を見て、少し先を歩いているダフネの胸を見て、その違いに気付いた。

 

「なあ! 別に悔しくないし、まだ成長するし!」

「するといいですね」

「言ったなこのぉ!」

「あっはは!」

 

  飛び掛かかるエリスをかわして愉快そうに笑うセフォネ。

 

 その笑みは、仮面ではなかった。

 




セフォネが何を怖がるのかは、結構前から考えていたんですよね。次回ついに本格的にワンコロが登場です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

抑えきれない怒り

 ルーピンの闇の魔術に対する防衛術の授業は、かなり好評だった。去年からのギャップもあるかもしれないが、それを抜きに考えても、彼の授業は丁寧で分かり易く面白い。実習形式の授業が多いというのも、その人気に拍車をかけていた。

 それに反して、ハグリッドの魔法生物飼育学は多くの生徒から不評だった。何でも、ヒッポグリフの事件があってから、ハグリッドは自信を失ったらしく、レタス食い虫の世話という酷くつまらないものになったらしい。

 数占い学と古代ルーン文字学は、普通の座学であるので比較しにくいが、興味がある生徒にとっては面白いものだった。

 

 10月最後の週の月曜日。夕食を終え談話室に戻ると掲示版にホグズミード週末のお知らせが貼ってあった。

 

「お、やっと来たね」

 

 ホグズミード村とは、英国で唯一の魔法族のみで構成されている村である。そこには様々な店や観光スポットなどもあり、3年生になると、許可証に保護者からのサインを貰うことで、決められた日にそこへ行くのが許されるのだ。1、2年生は留守番ということであり、皆この日を待ち望んでいた。

 

  そして、10月30日、ハロウィンの前日。セフォネはスネイプの元を訪ねて、彼の研究室にやって来た。扉をノックしようとすると、スネイプが銀のゴブレットを持って出てきた。

 

「少し待っていろ」

 

  スネイプはそれだけ言うと階段を登って何処かへ行ってしまったので、セフォネは取り敢えず部屋に入ってドアを閉めた。

  相変わらず薄暗い部屋で、中央には魔法薬の調合に使う鍋が据えてあり、机にはその材料が入っていたと思われる瓶が置いてある。ラベルを見る限り、かなり貴重なものや高価なものなどが使われた薬品らしい。

  あまりうろつくのも憚られるので、セフォネは椅子を用意して座り、スネイプの帰りを待った。5分後、スネイプが帰ってきた。

 

「して、何用かね?」

「これですわ」

 

  セフォネは懐から許可証を取り出し、スネイプに渡した。当然、サインはされていない。セフォネの保護者は、彼女の名付け親であるスネイプだからだ。

 

「ああ、なるほど。確かに受け取った」

「どうもありがとうございます、セブルス。ところで、何の薬を調合していたのですか?」

「ルーピン教授の持病に効く薬だ」

「ルーピン教授ですか? 確かに健康とは言い難いご様子ですが、セブルス自ら調合するほどのもので?」

 

  ただの病気であれば、ホグワーツの校医であるマダム・ポンフリーに頼めばいいだろうに、なぜ態々スネイプに頼んでいるのか。

 

「ふむ……そうだな、この材料を見ただけでは分からんかね?」

 

  スネイプは意地の悪い笑みを浮かべながら、薬棚から幾つかの材料を取り、セフォネの前に並べる。その種類は多種多様であり、それ等を組み合わせて作る薬は思いつかなかった。

 

「……残念ながら、私には」

「そうだろうな。この薬は最近開発されたばかりのものだ。ここで我輩が答えをくれてやってもいいが、それでは身にならんだろう。セフォネ、お前に我輩からの特別課題だ。この薬が何であるかを突き止めよ」

「ルーピン教授に聞けば済む話では――」

 

  そこまで言いかけて、セフォネははたと気付いた。それは、ルーピンが隠しておきたい何かなのではないかと。そして、その薬の正体を知ればそれが判明し、だからこそ、スネイプはここまで意地の悪い笑みを浮かべているのだと。

 

「――なさそうですね。期間は?」

「クリスマスまでとしよう」

 

  後およそ1ヶ月。多いのか少ないのか判断しかねる長さだが、セフォネはそれに頷いた。

 

「分かりました。ルーピン教授の秘密、必ず暴いてみせましょう」

 

  スネイプはその返答に口元をさらに歪め、セフォネも悪戯っぽく笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  さて、10月31日はハロウィンの日でもあり、ホグズミード週末の日でもある。朝食を取り終えた生徒たちは、早速ホグズミードへ向かった。

  村はハロウィンムードに包まれて、様々なイルミネーションが施されており、立ち並ぶ店はホグワーツの生徒でごった返している。

  セフォネはエリスと最近仲の良いダフネ、そして珍しくミリセントという顔ぶれで、ホグズミードへと続く道を歩いていた。

 

「では、本日はパンジーはドラコとデートなのですか」

「そうよ。包帯巻いてた時のドラコを、良くパンジーが世話してたでしょう? それで、一緒にホグズミードへ行こうという話になったらしくてね」

 

  ドラコの包帯は1週間ほど前に取れた。というか、取ったと言った方が良い。それでもドラコの仮病は、他寮の生徒たち、特にグリフィンドールから悪感情が寄せられていた。

 そして今、ルシウスが息子を怪我させられたとしてハグリッドの免職とヒッポグリフの処刑を要求しているらしい。前者はダンブルドアの手によって免れたものの、後者は魔法省の管轄のため、どうなるかは分からない。

  それはさておき、ミリセントが親友のパンジーをドラコに取られてしまった為、今日はこの4人というメンバーになっているのだ。

 

「じゃあ、最初どこ行く?」

 

  ホグズミードに到着し、エリスが皆に尋ねた。

 

「私はどこでもいいから、あんたたちが決めていいわよ」

「なるべく空いてるとこがいいわね」

「しかし、どこも混雑していますね」

 

  と、取り敢えず相談しながら歩いていると、いつの間にか人が少ない場所に来ていた。

 

「あそこはどうですか? 結構面白そうですよ」

 

  そう言ってセフォネが指差したのは、"ホッグズ・ヘッド"という胡散臭そうな古ぼけたパブだった。

 

「いや、あそこはちょっと……」

「やばそうだし……」

「まあ確かに面白そうっちゃ、面白そうだけどね」

 

  エリスとダフネは顔を顰め、ミリセントは思いの他反応が良い。

 

「面白そうって……セフォネは分かるとして、ミリセントは意外ね」

「案外思考が似てるというか……そういや、あんたたちって従姉妹だったのよね」

 

  ダフネが思い出したように呟く。セフォネの父アレクサンダーの旧姓はブルストロードであり、ミリセントとは従姉妹の関係なのだ。

 

「まあね。でも、セフォネと会ったのはホグワーツでよ。それまでは一切面識なし」

「そういえば、そんなこと前に言ってたわね。でも何でよ?」

 

  エリスが不思議そうに首を傾げた。エリスは名家の出というわけではないので、あまり家柄云々とか親戚がどうこうとかは経験したことがないが、従兄と会ったことくらいは何度でもある。それでは、この2人が面識がないのは不自然だ。

 

「私が引き篭もっていたというのと、今現在ブラック家とブルストロード家の関係が良好でないからというのもありますね」

「良好じゃない?」

「ええ。私の父アレクサンダーはミリセントのお父様の兄であり、ブルストロード家当主の座を譲ってブラック家に婿入りしたのですが……」

「父さんはそれが気に入らなかったみたいでね。当主とかそういう硬い身分が好きじゃない人だから、押し付けられた、って」

「もとよりあまり仲の良い兄弟とは言えなかった両者は、それで完全に対立することになり、今こうして確執が生まれているわけでして」

 

  セフォネが近親者としてマルフォイ家としか関わりがないのは、この為である。去年のクリスマスパーティーでブルストロード氏と顔合わせはしたものの、やはり良い印象は持っていないようだった。

 

「大体、ホグワーツ入学のつい前日まで、従姉妹の存在なんて知らなかったのよ。あんまりセフォネとは関わるなって言われてね。まったく、そこまで目の敵にしなくてもいいのに」

「なんと言うか、名家同士も大変なのね」

「本当よ。やけにしがらみが多いし、親の関係が子供にまで反映されるし、礼儀にはうるさいし、世間体は気にするし……」

 

  ブラック家、ブルストロード家と同じく聖28一族の家系であるグリーングラス家の長女として、ダフネが愚痴を言い始める。

 

「ほら、折角のホグズミードなのですから、こんな話は止めにしましょう。取り敢えず今後の方針は"三本の箒"でバタービールでも飲みながら考えませんか」

 

  3人はそれに賛同し、セフォネたち4人は三本の箒へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  その日の夜は、例年通りハロウィンパーティーが執り行われた。大広間はホグズミードに負けないくらいにハロウィンムードに染まっており、くりぬかれたカボチャに蝋燭が灯っていて、蝙蝠が群れを成して天井を飛び回り、これでもかとカボチャ料理がテーブルに並んでいる。今日がホグズミード行きだったということもあってか、生徒たちはテーブルのあちこちで菓子を配り合っていた。

 

  そうして楽しい一時を過ごし、宴がお開きになって寮に戻ってから10分も経たない頃だった。

  談話室にスネイプが来て、全員大広間へ集合との知らせを受けた。既にグリフィンドール生がいて、後から他の寮の生徒たちも来た。

 

「流石はハロウィン。一昨年はトロール、去年は秘密の部屋、今年は何なのでしょうか?」

「縁起でもない。今年こそは平和であって欲しいわよ」

「それはどうでしょうね」

「なんでそんなに嬉しそうなのよ」

 

  呆れ顔でやれやれ、と首を振るエリスだが、その時ダンブルドアが大広間に入ってきて、手を叩いた。

 

「静まれ」

 

  突然の招集に戸惑っていた生徒たちは口を噤み、ダンブルドアの言葉を待った。

 

「今宵、この城に侵入者が現れた。教員一同は城をくまなく捜索せねばならん。ということで、気の毒じゃが皆は今夜ここに泊まることになる。監督生は交代で見張りを、ここの指揮は主席に任せようぞ」

 

  ダンブルドアに続いて、教師たちが出ていく。

 

「で、侵入者って一体……」

「シ、シリウス・ブラック!?」

 

  一体何があったのかをグリフィンドール生に聞いていたレイブンクロー生が恐怖のあまり声を上げたのが、2人の耳に入った。

  エリスは目を瞬かせ、セフォネは額に手を当てて唸る。

 

「………えーと」

 

  エリスが恐る恐るセフォネを見ると、悪戯な笑みが途端に凶悪な笑みに変わっていた。

 

「…我が一族の恥……殺るしかないですね」

 

  エリスは最後の言葉を聞かなかったことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  その日以降、ホグワーツはシリウス・ブラックの話で持ち切りだった。皆、彼がどうやって城に侵入したのかを考え、様々な意見が出た。

  その中には、彼の唯一の親族である、この学校に通う姪が手引きしたのではないか、というものもあった。

 

「それで、この視線の集まりようですか」

 

  1週間後の日曜日の朝、朝食を取りながらセフォネが不快そうに目を細めた。無論、皆が皆彼女を疑っているわけではなく、寧ろその数は少ない。レイブンクローやハッフルパフの生徒たちの中にはセフォネのファンの者も多くいるし、大体普通に考えれば、セフォネとシリウスが手を結びようがないことくらい、誰にでも分かる。片や学生、片や囚人であり、連絡手段すらないのだから。

  それでも、常よりスリザリンを目の敵にしているグリフィンドール諸君は、そうは思っていない様子であった。

 

「しょうがないんじゃない? 唯一の親族なんだから」

 

  隣でオートミールを掻き込んでいるエリスが、飲み込みながら言った。セフォネは相変わらず甘いものばかり皿によそいつつ、その間違いを正す。

 

「唯一の親族、と皆は言っておりますが、ブラックの名を持っているのが私とシリウスであるだけの話。家と親戚関係にあるのは、マルフォイ家をはじめ、クラウチ家、クラッブ家、フリント家、ブルストロード家、ヤックスリー家、ロジエール家……とまあ、挙げればきりがありませんわ」

「そう……ってクラッブもなの? ていうか、フリント先輩まで?」

「ええまあ。ミスター・フリントで思い出しましたが、クィディッチの練習はどうですか?」

 

  来週の土曜日には、今年最初のクィディッチの試合が行われる。2年連続で敗退していることもあり、スリザリンチームのやる気は半端ではない。

 

「ま、順調よ。今年こそは優勝してみせるわ。ね?」

「そうだとも」

 

  チームの要たるシーカーであるドラコが、任せろと言わんばかりに胸を張った。

  その後、練習へ向かう2人を見送り、セフォネは図書館へと向かう。スネイプに出された課題を解くためだ。休日ということと、ここ数日の雨が止んで久しぶりの晴れ模様であるためか、図書館には人があまりいなかった。

 セフォネは魔法薬についての本が立ち並ぶ棚の前に立つと、出版が新しい順に5冊ほど取り、凄まじい速度でそれを読んでいく。細かい字が並ぶページを僅か数十秒で捲っていくその姿は、傍から見れば適当に読んでいるようにしか見えないが、速読に長けているセフォネにはちゃんと読めている。

 

「これ……ですかね?」

 

  トリカブトが材料に使われていたことから、いくつかの薬品をピックアップしていくが、その中に、"脱狼薬"があった。それは最近開発された薬で、人狼が満月の夜の前の一週間、この薬を飲むと、変身した際も理性を失わずにいられるというものらしい。その調合は非常に難しく、普通の魔女魔法使いではまず不可能である、と書かれており、簡単な材料が参考までに記載されていた。

 

「なるほど……ルーピン教授が抱える秘密とはつまり……セブルスも人が悪い」

 

  その言葉とは裏腹に、セフォネの口元には微笑が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  シリウス・ブラック侵入事件も徐々に一段落し、ホグワーツ中がクィディッチの試合を待ち望んでいる金曜日。明日は試合だというのに、最近悪かった気候が激しさを増し、もう2日ほど雨が降り続いている。

  その日の闇の魔術に対する防衛術の授業は、スネイプがルーピンの代理として行った。午前中にそれを受けたグリフィンドールからは不満たらたらだったが、スリザリンとしては自分のところの寮監であるため、別に不満はない。唯一あるとすれば、授業の難易度が高かったことと宿題の量が多いことだろう。スネイプは教科書の一番最後の項、"人狼"についての講義をし、月曜日までに羊皮紙2巻分のレポートの提出を課した。

 

「スネイプ教授」

 

  授業終了後、セフォネはスネイプに話しかけた。

 

「どうした? 人狼について何か質問かね?」

「ええ。"脱狼薬"について」

 

  その返答に、スネイプは三日月型に口を歪めた。

 

「なるほど。先日の課題をもう解いたか。流石だ」

「だからこそ、今日は狼人間についての講義をしたのでしょう?」

 

  狼人間についての講義を受けてレポートを書けば、狼人間の詳細を理解できる。そして、頭の回る生徒であれば、ルーピンが狼人間だという真実に気付けるはずだ。

 

「ハーマイオニーなどは気付くでしょうね。しかしなぜ、貴方はルーピン教授をそこまで目の敵にするのですか?」

 

  スネイプはセフォネの父と同級生である。それは即ちルーピンとも同窓であるということだ。学生時代に何かあったとしか考えられない。

 

「……過去の遺恨と言っておこう」

「その程度の推量はできているのですが、まあ無理にとは言いませんわ」

 

  セフォネは肩を竦めると、一礼して教室を出ようとした。

 

「訳を知りたければ、直接ルーピンに聞いてみろ。秘密を知られたくなければ話せ、とな」

 

  それを言われた時のルーピンの表情を考えたのか、スネイプは邪悪な笑みを益々歪める。これは根が深そうだ、とセフォネは苦笑したが、これは自分を警戒しているルーピンに対していい牽制になるだろうと思い、セフォネはセフォネで笑みを漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

  次の日。遂にやってきたクィディッチ寮対抗杯、グリフィンドールVSスリザリンの試合。

  今日の天候は最悪の一言に尽きる。

  風は唸るが如く、雨がまるで滝のように、雷鳴はまるで神の怒りであるかのように轟き、このような嵐の中で試合がまともに出来るのであろうか、とセフォネは思ったのだが、どうやら予定通りやるらしい。

 

「これ、大丈夫なんですか?」

 

  選手控え室の前まで見送りにきたセフォネが呟いた。

 

「ま、何とかなるっしょ。これよりも酷い天気でやったことあるみたいだし」

「雨なんて些細な問題さ」

 

  エリスは本心なのだあろうが、ドラコは不安で仕方がない様子である。なにせ、彼かハリーがスニッチを捕まえない限り試合は終わらない。しかし、この暴風雨の中でどうやって見つけろというのか。無理ではないだろうが、非常に困難である。

 

「気をつけて下さいね」

「ええ。ありがとう」

「ああ」

 

  2人が去ると、セフォネはローブのフードを被って観客席に来た。防水呪文を掛けてある為、自分の身が濡れることは無い。

 

「こっちよ」

 

  事前にダフネが席を取ってくれていた。

 

「それにしても、凄い雨よね。っていうか、フィールドが滅茶苦茶見えにくいんだけど」

「声援の声も聞こえないでしょうね」

 

  という会話ですら、顔を至近距離まで詰めないと出来ないほど。

  いつの間にか試合が始まっていたようだが、ホイッスルの音が聞こえなかった。選手たちは風に煽られながらも空に飛び立った。

 

  そして現在、60対20でスリザリンのリード。理由は単純、雨のせいでスリザリン名物ラフプレーが絶大な効果を発揮しているのだ。しかも、視界が良好でないため、審判の視野も狭く、違反行為をしてもペナルティを取られない。ならばグリフィンドールとしてはスニッチを取るのが最善策だが、ハリーは空中をふらふらと移動していた。大方、眼鏡のせいで前が見えないのだろう。

  すると、グリフィンドール側からタイムアウトが要求され、試合が一時中断された。

 

「エリスって箒乗ると性格変わるわよね」

 

  再開された試合を見ながらダフネが言った。普段"スリザリンの良心"と呼ばれるほど人に気配りが出来、優しい性格の彼女だが、それはクィディッチになると鳴りを潜める。

  エリスは身軽さを活かして真っ先に突撃し、敵陣を縦横無尽に飛び回ってかき乱す。そして怒涛の勢いでボールを奪うと、ゴールすると見せかけて肩越しに味方のチェイサーであるフリントにパスし、クアッフルを止めようとするキーパーの視界を自らの体で遮ると、フリントが得点を入れた。

 

「荒っぽいっていうか……あんたの影響?」

「全てを私のせいにしないで下さい」

 

  彼女が意外と好戦的なのは、1年の時から知っているし、勝利のためならば手段を選ばぬ狡猾さも、スリザリンに組分けされたのであれば持っていよう。

  試合は続き、雨の強さと雷鳴の頻度が増していく。得点は80対40、差は縮まっていない。その時、ハリーがスニッチを見つけたのか、急降下し始めた。一歩遅れてドラコも飛び出る。

  会場中が興奮に包まれ、雨をも打ち破る大声を上げた、まさにその時。

  会場内から音が消えた。そして、雨によるものではない寒気が襲ってくる。

 

「まさか……」

 

  競技場に、黒く蠢く物体が浮遊していた。その数は100を超える。

 

吸魂鬼(ディメンター)……!」

 

  ホグワーツを警護していたはずの吸魂鬼が、いまや競技場を埋め尽くしていた。20体ほどがフィールドへ、その他は観客席に向かって飛んでいく。ハリーは吸魂鬼の影響を受けると失神し、箒から滑り落ちた。

  セフォネの頭には、またしてもあのビジョンが浮かんだ。自分に迫る吸魂鬼(ディメンター)の顔と、自分を庇い立ち塞がる母。

 

『セフォネ!』

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

  セフォネが掲げた杖先から銀色の大鷲が飛び出した。ハリーに呪文を掛けて落下速度を遅くさせたダンブルドアも守護霊呪文を使い、銀色の不死鳥が空中に放たれる。

  2匹の銀色の鳥が螺旋を描いて絡み合うように旋回し、吸魂鬼を追い払っていく。そして、守護霊が消えると同時に、ドラコがスニッチを掴み取った。

  誰もがフィールドに釘付けになっている中、セフォネは競技場の一番端に来た。そして体を末端から、黒い煙のようなものに変えていき、雨空に飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  追い払われた吸魂鬼は、未だに群れをなし、食い損ねた目の前のご馳走を忌々しそうに振り向きながら、校門へ向かっていた。その目の前に、突如黒い煙が降り立ち、それは人の体を構成する。

  目の前の吸魂鬼の大群を見て、セフォネは口元を歪ませた。

 

「抑えようとしたよ……だが、無理だ」

 

  セフォネは表面的には、復讐を無意味だと結論付けた。しかし、何年も心のうちで燻らせていた復讐心が、憎悪が、まるで閉じ込められた火が強く燃え盛るかのように、何倍にも膨れ上がって姿を表した。

 

「かつては人の身であった穢れた生き物……魂を無くし、ただ無為に幸福を貪り、生と死の狭間に存在しているお前たちは哀れだ………本当に哀れでならないよ。だが、許せない。実を結ばぬ烈花のように死ね。蝶のように舞い蜂の様に死ね! サンクトゥス・エグイニアス(聖霊の祓火)!」

 

  燃えさかる金色の天使が、彼らの前に降臨した。吸魂鬼はその眩い光に怯み、ジリジリと後退る。

 

「天使よ、彼らに死という名の慈悲を」

 

  セフォネが杖を振り、天使に吸魂鬼(ディメンター)を襲わせようとした時だった。

 

「止めるのじゃ」

 

  銀色の不死鳥が飛来し、吸魂鬼を無理やり別ルートから校外へ追い払う。そしてそこには、ダンブルドアが立っていた。

 

「ダンブルドア……!」

「もはや敬称略かの」

 

  守護霊を消したダンブルドアは朗らかに言う。そんなダンブルドアを、セフォネは睨みつけた。

 

「何故……!?」

「君も理解しているはずだし、わしも君に言った。吸魂鬼を殺すなと。大方、それが吸魂鬼を葬る魔法じゃろう。落ち着きなさい。頭を冷やすのじゃ」

 

  セフォネの眼光から鋭さが消え、殺気も魔力も霧散した。杖を振って聖霊の祓火を消す。

 

「……ご無礼を。感謝いたします」

 

  セフォネは深々とお辞儀し、去っていった。

 




ルーピンのネタバレ………セフォネなら、いづれ自分で気付きそうなもんです

ブラック家とブルストロード家………家同士ギクシャク中。

ワンちゃんセフォネにロックオンされる………一刻も早く無実を証明しないと、スネイプとのコンビで殺られます。

セフォネの飛行術………映画版で死喰い人がやっていたあれです。魔法はちょくちょく映画版からも使いますが、この作品のストーリーは基本翻訳版の小説でいくので、ベラさんとかはこの飛行術使えません。

セフォネ殺吸魂鬼未遂………先日の反省は何処へやら。吸魂鬼に会うとセフォネは幼少を思い出してしまうため、一時的に理性が吹き飛び、外向きの仮面が無くなって破壊衝動を抑えられなくなります。そして発言がやや厨二になる。



誤字報告を下さる皆様、本当にありがとうございます。見落としがちなので非常に助かります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嫌疑とクリスマス

 クィディッチの後のスリザリンはお祭り騒ぎだった。2年分の雪辱を晴らしたのだ。試合の日の夜は夜通しパーティーだったし、週末が終わってもその勢いは無くならなかった。

 ドラコはハリーに打ち勝つことが出来て嬉しいのか、ことあるごとにハリーが箒から落ちる様子を真似し、朝の大広間のスリザリンテーブルは大爆笑に包まれていた。

 

「ったく……嬉しいのは分かるけど、朝くらい静かにしなさいよね」

 

 起き抜けのダフネが、騒がしさに眉をひそめる。1日2日なら構わないが、この騒ぎももう3日目。流石に不快になってきていた。

 

「元気なことは良いことですわ」

「お母さんか、あんたは」

 

 いつものやり取りをし、エリスがその横で欠伸をしながら、フクロウから受け取った手紙を読んでいた。随分と長いもののようで、半分ほどで読むのを止めた。

 

「今年も帰れないって」

 

 一昨年去年と続き、今年もエリスの両親はクリスマスも仕事らしい。それを申し訳なく思っているのか、手紙の内容がやけに長いのだ。その上、ホグズミードに行った時に好きな物を買えと、金貨まで送られてきた。

 

「仕事なんだから、別に気にしなくてもいいのに」

「癒者ってそんなに忙しいの?」

「クリスマス近くなると、浮かれた人たちが馬鹿やって病院くることが多いらしくて。クリスマスシーズンは大盛況なのよ」

 

 エリスの話によると、頭がポットになった魔法使いや踊り続ける靴を履いた老人、怨念が込められたクリスマスカードに噛みつかれた魔女など、多種多様。嫌な意味で賑やかになっていそうだ。

 その話題でひとしきり笑うと、ダフネがエリスに尋ねた。

 

「じゃ、今年も城に残るってわけ?」

「まあね。でも、なんだかホグワーツでのクリスマスに慣れてきちゃってね。卒業したら寂しくなりそうよ。セフォネは今年もパーティー?」

「例の脱獄囚の事件の影響で、今年はパーティーは開かれないようです」

 

 招待客は名家の主人や魔法省の重鎮などだが、その魔法省がいまや、総出でシリウス・ブラック捜索にあたっている。そして、魔法省に送られてくる大量のクレームも処理しなければならない。クリスマスに浮かれる余裕などないのだ。

 

「家に帰ってもいいのですが、そうするとラーミアが仕事すると言い出すでしょうから、今年はホグワーツに残ることにします」

 

 ホグワーツに入学したばかりだし、少しでもラーミアに魔法界のクリスマスというものを楽しんで欲しい。そう思ったセフォネは、ホグワーツに残ることにし、必然的にラーミアもホグワーツに残ることになる。

 そんなセフォネに、ダフネがやや呆れ顔になった。

 

「メイドに仕事させたくない主人って、あんたくらいよ」

「そうです、お嬢様は優し過ぎるんです」

 

 3人が後ろを振り向くと、レイブンクローの制服を着たラーミアとアステリアが立っていた。

 

「お姉ちゃん。パパとママからお手紙」

「ありがと」

 

 普段から頻繁に両親と手紙をやり取りしているアステリアの方にダフネへの手紙も一緒に届いたようで、それを渡しにきたのだ。

 

「ラーミア。学校生活はどうですか?」

「はい、順調です」

「それは良かったですわ」

 

 心から学校生活を楽しんでいそうな様子のラーミアに、セフォネが微笑む。その様子は姉妹のようであった。

 

「やっぱ、どっから見ても姉と妹よね」

「そうよね」

「私はお嬢様の従者です!」

「あらまあ。私の妹は嫌ですか?」

「い、いえ、そういうわけではなくて寧ろ嬉しいというか、あの、その」

 

 狼狽えるラーミアを見てセフォネが悪戯な笑みを浮かべるとともに、アステリアがラーミアに抱きついた。

 

「あたふたするラーミア可愛い!」

「ふぇ!? ちょ、ちょっとリア……」

「この子気にいった人相手に抱き癖あるのよ。男女問わずに」

「ああ、そうなんですか。そういう関係になってしまったのかと思いましたよ」

 

 別にセフォネは同性愛に偏見を持っているわけではない。だが、11歳で公衆の面前で他人の目を気にせずイチャイチャとするのは、とそこまで思ったセフォネは安堵の息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスマス休暇直前の日、ホグズミード行きが許可され、生徒たちは大はしゃぎだった。寒さを防ぐためにコートやマントを着込み、マフラーをしっかり巻きつけて生徒たちは玄関から飛び出ていく。

 

 セフォネとエリスは適当に店を流した後"三本の箒"に来ていた。ダフネはミリセントとパンジーと共に家族への土産を買うようで、今回は別行動だ。

 エリスが席を取りに行き、セフォネはバタービールを注文しに行った。

 

「注文は?」

「バタービールを2つお願いします」

「はいよ」

 

 バーテンのマダム・ロスメルタという女性がバタービールをジョッキに注いでカウンターに出した。セフォネは料金を支払い、それを受け取る。

 

「貴方、もしかしてブラック家のお嬢さん?」

「ええ。その通りですわ」

「やっぱり。お母さんそっくりね。でも、その目はお父さんの目ね。2人でよく来てたわ」

「そうなのですか」

「ええ。随分と長いカップルだったわよ。3年以上付き合ってたんじゃないかな。はい、お釣り」

「どうも」

 

 セフォネはジョッキを盆に乗せて浮遊呪文で浮かせると、零さないように器用に運んだ。

 

「お待たせしました」

「ありがと。ここあったかくていいわね」

「では、今日は1日ここにいましょうか。何冊か本もありますし」

「発想が相変わらずインドアね……でもまあ、偶にはそういうのもいいかもね。って、どこに本があるのよ?」

 

 首を傾げるエリスの前に、セフォネはポーチから分厚い魔法書を3冊ほど取り出して置いた。

 

「"検知不可能拡大呪文"?」

「その通りです。もっとも、私が掛けたわけではなくて、元から家にあったんですよ」

「そういうの家にもあるけどさ、あんま量入るやつなくて。それ容量は?」

「あまり気にしたことはありませんが、部屋1つ分くらいかと」

 

 そんな風に話をしていると、店の扉が開いてマクゴナガル、フリットウィック、ハグリッド、そしてファッジの4人が入ってきて、マダム・ロスメルタにそれぞれ注文し、2人の隣の側を通る。

 

「ねえ、あの人魔法大臣よね?」

「ええ」

「何でこんなところに?」

「先日ホグワーツに現れた脱獄囚の件でしょうね。それと、命令違反した吸魂鬼(ディメンター)の件もあわせて」

「ああ、なるほど」

 

 テーブルの下で式札を飛ばし視線を向けると、驚いたことにハグリッドとファッジが話し込んでいる。会話内容はヒッポグリフについて。ルシウスの手により裁判沙汰になろうとしているらしく、大臣に無実を訴えている。そこにマダム・ロスメルタが注文の品を持ってきて、ファッジの誘いで一緒に飲むこととなった。

 当初はホグズミードを巡回する吸魂鬼に対する不満など、世間話のようなものであったが、話題は次第にシリウス・ブラックについてのものとなっていった。

 

 話によると、シリウスはハリーの父ジェームズ・ポッターと無二の親友であり、兄弟のような仲のよさであったという。この2人は今の双子のウィーズリーのような悪ガキ大将のようなものであったらしく、教師は手を焼いていたらしい。卒業してポッター夫妻が婚礼を上げた時は花婿付き添い人を努め、ハリーの名付け親となり、その友情は確かなものに見えた。

 そしてある日、ポッター夫妻はヴォルデモートに狙われていることを知った。ダンブルドアの勧めで身を隠すことにした2人は忠誠の術を使い、秘密の守人にシリウスを選んだらしい。

 だが、実際はシリウスはダンブルドアとヴォルデモートの2重スパイだった。その為シリウスがヴォルデモートに情報を渡し、ヴォルデモートは家を強襲。そしてヴォルデモートは消えた。

 その後、シリウスはピーター・ペティグリューに追い詰められ、周囲のマグルと共に吹き飛ばした。そしてシリウスは逮捕され、裁判無しでアズカバンに投獄された。

 ここ最近ファッジがアズカバンに行ったとき、シリウスは誰もが気が狂う中、1人正気を保っていたらしい。

 そして、ファッジが言った。

 

『以前、ペルセフォネ・ブラックがハグリッドに言っていた。アズカバンの中で正気を保つ方法を。そのおかげでシリウス・ブラックが正気を保てていたとすれば』

 

 ファッジの意見にマクゴナガルが反論する。

 

『しかし、彼女は彼に会ったことすら無いんですよ』

『いくらシリウス・ブラックが厳重警備の重罪人だったとしても、面会しようとすれば出来る』

『記録はあるのですか?』

『いや、それは無い。しかし、数年前の記録など改竄しようと思えば出来なくはないだろう』

『少し推量が過ぎるのでは?』

『かもしれない。だがしかし、奴がホグワーツに侵入した方法も、彼女の手引だとすれば……』

 

 どう考えれば、自分と伯父が通じているという結論にいたるのか。嫌疑をかけるのならば、もう少しマシな理由にしてほしい、とセフォネが心の中でファッジに悪態をつこうとした時、エリスが本から顔を上げていた。

 

「セフォネ?」

「はい?」

「どしたの?」

 

 会話に集中していたため、セフォネは開いた本を殆ど読んでいない。セフォネの本を読むスピードの速さを知っているエリスは、ページが全く捲られてないことに、違和感を感じたのだ。

 

「いえ、暖かな場所ゆえ、少々眠くなってしまいまして」

「やっぱ、室内にいっぱなしは駄目ね。どっか行こうか」

「そうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスマス休暇に入ると、城から殆ど人がいなくなった。スリザリンの中で城に残ったのはセフォネとエリスだけなので、普段は関係者以外立ち入り禁止の談話室に他寮の生徒であるラーミアも来ていた。

 そして、エリスとラーミアはセフォネに守護霊呪文を教わっていた。

 

「「エクスペクト・パトローナム!」」

 

 2人の杖先から白い靄が吹き出すが、それは形状を維持することなく空中に霧散した。

 

「あうぅぅ」

「うーん……」

 

 何度目かの失敗に エリスは項垂れる。ラーミアも何処が悪いのかと首を傾げていた。2人のそんな姿を見て、セフォネは自分が練習していた時のことを思い出し、懐かしさに頬を緩ませた。

 

「そんなに早く出来るようにはなりませんわ。まだ初めて2週間ですもの。私も結構かかりました」

「セフォネって何歳の頃に出来るようになったの?」

「ホグワーツに入学する少し前くらいですね」

 

 "守護霊呪文"は"悪霊の火"よりも後に習得したものだ。難易度で言えば"悪霊の火"と大差ないが、セフォネにとっては守護霊を創り出すにあたっての幸福なイメージというものが最大の難関だったのだ。

 

「何が駄目なのでしょうか?」

「どれ程強く幸福をイメージするか、ですね。今考えているイメージでは足りないのかもしれませんが」

「セフォネは何を思い浮かべてるの?」

 

 エリスの何気ない質問に、セフォネの瞳が分からない程度に僅かに揺れる。が、一瞬で心を平穏に戻した。

 

「さて、なんでしょうね? ケーキを食べている時ですかね」

 

 セフォネはそう言って、謎めいた笑みを浮かべて惚けた。

 

「もー、誤魔化さないでよぉ。参考までに聞きたいんだからさ」

「幸福の価値感は人それぞれですから、貴方が一番だと思うものを思い浮かべれば良いのですよ。ではもう一度」

 

 2人が目を閉じてウンウン唸りながら幸福なイメージに意識を集中させる中、セフォネはさっき尋ねられたことを考えた。

 

 自分が思う幸福なイメージ。長い間1人で生きてきたセフォネに幸福な思い出があるのかと言われれば、その数は少ないながらも存在する。

 厳格ながらも優しかった祖母。小さい頃はよく話し相手になってくれた、皮肉屋だがどこか憎めない先祖の肖像画。自分を主人だと敬い、今まで支えてくれたクリーチャー。

 しかし、彼女が守護霊を創り出すにあたって思うのは、他でもない母の温もり。生まれて1度しか、そして2度と感じることはないだろうもの。

 それはあの夜、3年前の病室で行った"魂の対面"―――

 

「また駄目だあ……」

 

 セフォネの思考は、エリスの落胆の声に打ち消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その次の日。クリスマス休暇中に出されている課題を消化するために図書館に訪れると、ハリーたち3人が本を大量に抱えていた。

 

「あら、2人とも。何だか久しぶりね」

「そうね……って、そんな目で見ないでよ」

 

 ロンが2人を、まるで親の敵であるかのように見ていた。それもそうだろう、グリフィンドールはスリザリンにクィディッチで負けたばかりなのだ。

 

「あれはあれ、これはこれよ」

「そうよ、ロン。何で貴方はそんなにこの2人を敵視するの?」

「だって片方はスリザリンのクィディッチ選手、片方はシリウス・ブラックの協力者だぞ?」

 

 まったく、名字が同じなだけで犯罪者呼ばわりか、とセフォネは溜息をついた。

 

「誰がいつ協力者になったというんですか? 言っておきますが、私とあの脱獄囚は一切の関わりはございませんので」

「ま、それはいいとして、なんでそんなに本借りてるの?」

「ほら、マルフォイを襲ったヒッポグリフいたでしょ? バックビークっていうんだけど、処刑されちゃいそうなのよ」

「は? 処刑?」

「ルシウスならやりそうですね。親馬鹿ですから。それに、その一件は恐らく"危険生物処理委員会"に委託されるはず。そうなると、魔法省に強力なコネを持つルシウスの思惑通りに事が進み、ヒッポグリフは処刑される、ということでしょう」

 

 しかし、この事件は冤罪とは言い難い。ドラコが悪いとはいえ彼を傷付けたのは確かなことであるし、ハグリッドがもっときちんと管理していれば良かっただけの話。法律に照らしても、ヒッポグリフは有罪か無罪ぎりぎりのところだろう。そうなると、双方が持つ権力に判決は委ねられる。

 

「しかし、こんな事に割く時間と人があるならば、犯罪者の1人早急に捕まえて欲しいものです」

「それは言えてるわ」

 

 エリスが首肯する。

 

「ねえ、良かったら手伝ってもらえないかしら?」

「そこのお2人の目が拒絶しているので、残念ながら」

 

 ロンは勿論のこと、昨年度の出来事でセフォネに恐怖心を抱いたハリーも、手伝ってもらうことに反対らしかった。

 

「というわけなので、健闘を祈りますわ」

「ごめんね、ハーマイオニー」

「ううん、いいの。ありがとう」

 

 ハーマイオニーは少し残念そうにしていたが、やがてロンに追い立てられて談話室に帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスマス当日。例年通り固まる程大量に送られてきたプレゼントに唖然とし、昼頃に大広間へ上がっていくと、普段使われている寮ごと4つのテーブルは壁に立てかけられ、中央に1つだけテーブルが置かれていて、そこにはダンブルドア、マクゴナガル、フリットウィック、スプラウト、スネイプ、フィルチと教職員たちが並び、ラーミアとハッフルパフの1年生の男子生徒が座っていた。男子生徒は先生たちに囲まれて緊張しており、ラーミアはスネイプが自分のことを凝視してくるため、萎縮していた。

 

(…ウォレストン……か)

 

 スネイプにはラーミアに思うところがあった。正しくは彼女の父、ライアン・ウォレストンに対して。彼は死喰い人でありながら、マグルの女性に恋して駆け落ちした。スネイプも死喰い人でありながらマグル生まれの女性に恋していた為に、少なからずライアンと似たところがある。そのような感傷に浸っていると、無意識に彼女に目がいった。

 スネイプが会ったことがあるライアンの外見とは、あまり似ていない。彼は短くした茶髪に淡褐色の瞳を持つ、落ち着いた雰囲気で割りとがっちりした男性だった。それに反し、ラーミアは銀髪にブルーグレーの瞳を持つ、何処か儚げな印象を与える少女。

 いつも頭に黒いリボンを結んでおり、自分の寮のダフネ・グリーングラスの妹である、レイブンクローのアステリアと仲が良い。何故かは知らないが、彼女の魔法薬学の教科書に彼女のものではない、しかし見覚えがある筆跡で落書きがされていた。

 そしてふと気付くと、ラーミアはスネイプの視線に気付いたのか、少し萎縮してた。だがしかし、目を逸らそうとはしない。普段から不機嫌なオーラを出している自分と目があった生徒はことごとく視線を逸らすが、彼女はそうではないようだ。見た目に似合わず、度胸が据わっているのかもしれない。

 そういえば、組分けの時、教員にお辞儀した時の作法が、セフォネそっくりだったような……

 

「スネイプ教授。あまり家の子を虐めないで下さいな」

 

 突如かかった声にスネイプがハッとすると、ラーミアの後ろからセフォネが抱きついていた。

 

「お、おおお嬢様!? 何を!?」

「あら、アステリアの真似をしてみたのですが」

「しないで下さい! 先生方の前だというのに……」

「ふぉっふぉっふぉ。わしらは気にせんぞ? 仲が良くて結構じゃ」

「ご機嫌麗しゅう、ダンブルドア校長先生」

 

 セフォネは一礼するとラーミアの隣に座り、その後ろで先生を前にしても調子を変えないセフォネに苦笑しているエリスが、その隣に座った。

 

「いや、でも確かにラーミア可愛いわね。私も抱きつこうかしら」

「エリスさんまで!」

 

 羞恥で顔を赤く染めたラーミアに2人とダンブルドアが微笑むが、事情を知らない残りの教師たちは呆然としていた。

 ラーミアは、1年生の中で優秀な生徒という評判であり、規則違反も無し。スネイプからですら減点されていない。そんな彼女が、同じく成績優秀ではあるものの要注意人物として見られている、他寮の先輩であるセフォネと親しくしているのだ。それに、さっきラーミアが"お嬢様"と言ったことも、彼らの驚きの要因になっていた。

 マクゴナガルが思い切って尋ねた。

 

「ミス・ブラックとミス・ウォレストンはお知り合いなのですか?」

「ええ。彼女はブラック家の使用人です。ご存知ありませんか?」

「初耳です。しかし……」

 

 これは未成年が未成年を雇うという、かなり稀なケースである。マクゴナガルが難色を示すのも当然だろう。一体どんな事情なのだろうか。

 しかし、マクゴナガルが続きを言う前にハリーたち3人がやって来て、ダンブルドアの号令で宴が始まった。

 




ファッジの疑い………ファッジはセフォネが吸魂鬼を殺せることを知りませんが、セフォネのことを疑っています。

ロンの疑い………いつも犯人じゃない人を犯人だと思ってしまいますからね。仲間には良い奴なのですが。

ラーミアが気になるスネイプ………リリーと自分も――と切なくなっています。



ここには出てきていませんが、ファイアボルトはちゃんとハリーに届いています。その金はシリウスがアルファードから貰ったものです。要するに、シリウスの金庫である711番金庫に入っている金はアルファードから貰った金だという解釈です。
小説ではここらへんの描写は無いのですが、セフォネがブラック家の全財産を握っており、フォイ並の金持ちという設定にしたため、そういう解釈にせざるを得ませんでした。
違和感がある方もいるかもしれませんが、ストーリーにはあまり影響無いのでご容赦下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

試験前そして嵐の前

  クリスマス休暇が終わった1週間後に、スリザリン対レイブンクローの試合が行われた。僅差だったがスリザリンが勝利し、ハッフルパフに120点差で負けない限り、スリザリンの優勝が確実になった。

  その為か、グリフィンドールのクィディッチチームの意気消沈ぶりは凄まじかった。彼らも2月にはレイブンクローと対戦するはずなのだが、練習に身が入っていない様子だった。

 

  そして2月に入り、グリフィンドール対レイブンクローの戦いの日。大広間は騒然としていた。スリザリン戦で箒を失ったハリーが持ってきたのは、なんとファイアボルトだったのだ。

 

「違いが良く分からないのですが」

「かなり高いらしいわ」

 

  硬直しているエリスの隣で、箒に疎いセフォネとダフネが気の抜けた会話をしている。エリスは暫くすると再起動し、2人に言った。

 

「あれは去年発売された箒で、世界最高峰の箒なのよ。元はレース用に開発された箒で、10秒で時速240キロまで加速可能。ダイアモンド硬度の研磨仕上げによる流線型の最高級トネリコ材の柄に、尾の部分はシラカンバの小枝を1本1本厳選し砥ぎ上げて作られているの。今年の世界選手権大会ナショナル・チームの公式箒にも選ばれたわ」

 

  熱が入った解説は有り難いが、如何せん良く分からない。

 

「つまり?」

「うちらのニンバス2001を遥かに凌駕した性能よ。でもあれ、確か500ガリオンはしたはずよ」

「買えなくはないわね」

「ですね。でも普通、箒に500ガリオンは出しませんね、流石に」

 

  お嬢様2人が事もなさげにそう言うと、エリスが天を仰いで一言。

 

「ああ……ブルジョワジー」

 

  試合は見事グリフィンドールの勝利に終わった。その試合の最中、ドラコなどのスリザリン数名が黒いローブを被り、吸魂鬼の真似事をして試合を妨害しようとしたため、スリザリンから50減点されるという事態が起こった。

 

「ホント、何やってんのよ……でも、ハリーも守護霊呪文練習してたのね」

 

  ドラコたちを吸魂鬼だと思ったハリーは、驚いたことに守護霊呪文を使ったのだ。それは有体ではなかったものの、実体を保っていた。

 

「貴方も数秒であれば使用出来るようになったじゃないですか」

 

  そう、エリスはつい先日、有体の守護霊を創り出すことに成功していたのだ。形成するのに10秒、顕現時間は8秒とまだ未熟ではあるが、たった3年生で有体守護霊を創り出せるようになったことは、十二分に凄いことだ。ちなみに、彼女の守護霊はオセロットである。

 

「ラーミアはどうなの?」

「後少しで出来そうだと言ってました」

「彼女も中々に規格外よね。まあ、貴方が教育してるんだからそれも当然か。教え方上手いもん」

 

  セフォネは人に教えるのがかなり上手い。そこらへんの教員よりも分かり易いほどだ。それに、彼女なりの裏ワザテクニックなどを伝授してくれるため、難しい術もある程度なら使えるようになる。エリスは恐らく、一部の実技ではOWLレベルに達しているだろう。

 

「お褒めいただき光栄ですわ」

「てなわけで、今年も頼むよ」

 

  まだ何ヶ月も先だが、学年末試験は刻一刻と近づいている。そして、試験前になるとセフォネに助けを求める生徒が多いのだ。それは一昨年、彼女を中心とした勉強会のおかげで成績上位者の殆どをスリザリンが占めたという成果があった為だろう。

  1年の時はエリスはセフォネを抜こうとしていたのだが、決闘クラブ以降、それは諦めたらしい。

 

「実技はともかく、筆記のほうは私に聞くより諸先生方に聞いたほうがいいと思うのですが」

「筆記が重要な教科って、基本先生眠いじゃん」

「それは……否定できませんけど」

 

  魔法史のビンズを思い出して、セフォネは苦笑いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  その次の日の朝、事件がおきた。シリウス・ブラックがグリフィンドール寮に侵入し、もう少しでロンを殺すところだったのだ。

  それにより学校の警備が強化され、フリットウィックは城中の壁という壁にシリウス・ブラックの写真を貼り、生徒に人相を覚えさせた。

  しかし、セフォネはそれが気に入らなかった。

  何が悲しくて四六時中伯父の顔を眺めなければならないのか、と。

  そしてエリスは、学校中を徘徊する警備トロールを見るたびに気分を悪くしていた。

 

  そういう訳で、その次の週末のホグズミード行きは2人にとっていつも以上に嬉しかった。

 

「いやー、久々に羽伸ばせたわね」

「本当に」

 

  週末を満喫した2人が談話室に戻ると、ドラコたち3人が顔面蒼白でソファに座り込んでいた。

 

「どうしたんですか?」

「ああ、いや、大したことじゃないんだ。気にしないでくれ」

 

  そう言われると余計に気になるもので、セフォネは開心術を使って彼の頭を覗いた。どうやら、ハリーの生首というショッキングなものに遭遇したらしい。十中八九彼が持っている透明マントが脱げてしまっただけなのだろうが、ドラコはハリーがマントを持っている事実を知らない。

 

(それにしても、ドラコは心が読み易いですね)

 

  良くも悪くも感情に素直で、心に壁がない。まあ、両親にこれでもかと甘やかされて育てられたのだから、それも仕方がないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  間もなくイースター休暇。学年末試験が近づいていた。そんな時、エリスがふと、シリウス・ブラックの手配書を見ながら呟いた。

 

「この写真だと分かり難いけどさ、彼結構イケメンよね」

「いくら貴方が面食いだとしても、脱獄囚に恋は……」

「恋とかじゃかないよ!? ただ、セフォネってよくお母さん似って言われてるじゃない? この人がセフォネのお母さんのお兄さんなら、セフォネとこの人も似てるんじゃないかなって思って。昔の写真とか無いの?」

「家に行けばありそうですが……」

 

  グリモールド・プレイス12番地ブラック邸の4階には、かつて母デメテルとその兄弟が使っていた部屋がある。その中でもシリウスの部屋は、祖母から絶対に立ち入るなと言われ、セフォネ自身興味が無かった為入ったことが無い。

  だが、彼の部屋に行けば何かあるかもしれない。彼の消息を知るための手がかりが。

 

「行ってみますか……」

「へ? 何が?」

「いえ、何でもありません。それより、クィディッチの練習があるのでは?」

 

  学年末の少し前にはスリザリンVSハッフルパフの試合が行われる。勝利はほぼ確実だが、相手のキャプテンのセドリック・ディゴリーは優秀な人物であり、油断出来ないのだ。

 

「ああ、そうだった。じゃあ、行ってくるね」

 

  エリスを送り出したセフォネは、人目のつかないところに行くと、クリーチャーを呼び出し、"付き添い姿くらまし"で一時的に帰宅した。

 

「お嬢様。一体どうされたのですか?」

 

  家のリビングに"姿表し"したクリーチャーが、訝しげに尋ねる。

 

「4階に用がありましてね。帰る時に呼ぶので、下がって結構ですわ」

「は、はぁ……失礼いたします」

 

  クリーチャーは一礼すると、何処かへ"姿くらまし"した。

 

「さて、と」

 

  階段を登り、4階にある3つのドアのうちの1つの、名札に"シリウス"と書いてあるドアのドアノブを杖で叩いて解錠した。

  部屋の広さはデメテルの部屋と同じくらいだろう。シャンデリアや調度品も似たような物だったが、そこに付いていたはずの家紋のレリーフは削り取られている。それにかなり放置されていた為か、家の中のどの部屋よりも汚くて埃だらけだった。

 

スコージファイ(清めよ)

 

  1回では足りず2回3回と呪文を重ね掛けし、ようやくまともになった。

 

「しかし、これはまた……」

 

  銀鼠色の絹の壁紙がほとんど見えないほど、びっしりとポスターや写真が貼られている。それも、グリフィンドールのバナーにマグルのオートバイの写真など。思わず眉を顰めてしまったが、マグルのグラビアポスターまで数枚貼ってあった。

  壁の殆どが、純血主義に反抗していた為か、マグルの写真で覆われている中1枚だけ魔法界の写真があった。ホグワーツのグリフィンドール生4人が肩を組み合い笑っているものだ。

 

「写真……これはハリーのお父様ですかね。こちらがシリウスで、この人は分かりませんね……ん?」

 

  ハリーそっくりな男子生徒と、手配書からは想像し難い程の美青年。認めたくはないが、少し自分と似ているかもしれない。

  シリウスの右に立っている小太りの背の低い男は見覚えがなかったが、ハリーの父の左に立っている、ややみすぼらしい少年は、何処かで見たことがあった。

 

「ルーピン教授?」

 

  つまり、ルーピンは彼らと親友であったのだ。そうなれば、小太りの男はシリウスに殺されたピーターという男なのかもしれない。

  そういえば、スネイプが彼を敵視している理由もまだ聞いていなかったし、この際色々と聞き出そうとセフォネは考えた。

 

「後で少し話を聞いてみますかね」

 

  その後、セフォネは部屋を一通り調べたが、彼の潜伏先の手がかりになりそうな物は見つからなかった。しかし、途中で面白い物を見つけた。ハリーの母リリーがシリウスに向けて書いた手紙に、ダンブルドアとゲラート・グリンデルバルドが友人関係であったという話があると書いてあったのだ。

  グリンデルバルドは有名な闇の魔法使いで、ヴォルデモートが現れなければ史上最悪の闇の魔法使いであったと評されており、1945年にダンブルドアと戦って敗北した男である。

 

「中々面白い部屋でしたね、ここは」

 

  杖を振って全てを元あった場所に戻すと、セフォネはクリーチャーを呼び出し、"付き添い姿くらまし"でホグワーツに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  イースター休暇に入ると、生徒たちは大量の課題に追われていた。エリスやドラコはクィディッチの練習もある為、普通の生徒よりも負担が大きい。練習が終わると課題をこなして直ぐに寝て、朝練の為にまた朝早く起きねばならない。これには、朝が弱いエリスに随分こたえるようだった。そして、そんな彼女を起こすためにセフォネも必然的に早く起き、かなり早い時間に図書館に来ていた。

 

「おはようございます、ハーマイオニー。随分と早いですね」

 

  1番乗りかと思いきや、やつれた様子のハーマイオニーが机の一角を占拠し、既に勉強を開始していた。

 

「…おはよう……」

 

  目の下には隈が出来ており、まるで病人のようだ。それもそのはず、彼女は選択科目の全教科をとっており、普通に勉強していたのでは間に合わないのだ。

 

「少し休んだほうがいいのでは?」

「まだ課題の4分の1も終わってないのよ」

「授業を取りすぎなんですよ。それに、時間の逆行も負担になりますし」

「な!?」

 

  ハーマイオニーが驚きのあまりインクを倒し、教科書と羊皮紙に黒いシミが広がっていく。セフォネはそれを綺麗にしながら、どうして分かったかを説明した。

 

「同じ時間にある2つの授業を全て皆勤しているとなれば、大体予想はつきます」

「……貴方って本当に凄いわ」

「そうでもありませんよ。しかし、ハーマイオニー。1日は通常24時間です。そして、人の睡眠時間は大抵6,7時間。つまり、4時間起きているにつき1時間の休息が必要になる。この意味が分かりますか?」

 

  逆転時計を使って2コマの授業を受けたとしよう。それが1日だけならば、たった2時間程のずれでしかない。ほんの数十分仮眠をとればいいだけである。しかし、それを行わずに何ヶ月も時間を逆転し続ければ、その疲労はどんどん蓄積されていく。その上ハーマイオニーは寝る間を惜しんで勉強している。十分過労状態なのだ。

 

「逆転した時間も考えて休みを取れってこと?」

「その通りです。それに、眠ければ時間を逆転させて寝ればいいんですよ」

「……その考えは無かったわ。でも、勉強以外の用途では使っていけないって……」

「体を労るのも、勉強に必要なことですよ」

 

  休息を取らずに勉強し、体を壊せば元も子もない。ハーマイオニーは少し思考が硬いのだ。そこが彼女の短所である。

 

「全く、貴方には敵わないわ……そうだ、1つ頼みがあるんだけど、聞いてくれる?」

「私に可能な範囲であれば」

「ハグリッドが裁判に負けてしまったの。まだ控訴があるんだけど、委員会はマルフォイの言いなりで……ハリーから聞いたんだけど、貴方マルフォイと親しいのよね? 彼を説得して貰えないかしら」

 

  控訴に勝つには、ルシウスを上回る権力を使うか、彼に訴えを下げてもらうしかない。前者はほぼ不可能であり、後者はセフォネが説得すれば可能かもしれない。

  正直セフォネはあまり興味が無いのだが、丁度ルシウスに手紙を書こうと思っていたので、ついでにそれについて一筆したためてもいいかもしれない、と思いハーマイオニーの願いを聞くことにした。

 

「まあ、手紙を送る程度でしたら、丁度彼に手紙を送る予定だったので構いませんわ」

「ありがとう」

「しかしまあ、あまり期待はしないで下さいね」

 

  そうは言いながらも、セフォネはどうやれば彼を説得できるか考え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  その日の夜、セフォネはルシウスへの手紙を自分のペットである、シマフクロウのエウロペに、他の十数枚の手紙は学校のフクロウに持たせて送り出した。

 

「さて、丁度いいですし、ルーピン教授の元へ行きますか」

 

  フクロウ小屋から降り、暫く歩いていく。確か、ここがルーピンの部屋であったと思う部屋をノックした。

 

「どうぞ」

 

  柔らかな声がし、セフォネは扉を開いた。セフォネの姿を見た途端、ルーピンは僅かに表情を強張らせた。今まで通りの警戒している様子とは違い、何かを恐れているような表情だ。恐らく、ルーピンはスネイプが人狼について講義したことを知っており、そこから正体がバレたのかと思っているのだろう。

 

「やあ、セフォネ。どうかしたのかな? 何か質問かい?」

「確かに質問ですが、授業に関連することではございませんわ」

 

  セフォネは部屋に入り、扉を閉めた。中には授業に使う生物を入れた水槽などが置いてあり、他にも私物が綺麗に並べられていた。その為か、物が多いわりに部屋は汚く見えない。

 

「まあ、立ち話もなんだし、折角来てくれたんだ。紅茶でもいかがかな? ティーバッグしかないから、味はあんまり良くないかもしれないけど」

「お言葉に甘えて」

 

  ルーピンがお茶を入れている間に、彼に勧められた席に座る。

  出されたお茶は、ティーバッグにしては美味しかった。もっとも、ラーミアが淹れてくれるお茶のほうが美味しいが。

 

「それで、話って何かな?」

「2つございますが、まずは親愛なる我が伯父シリウス・ブラックとの関係について」

 

  そう話した途端、ルーピンはギクリと肩を跳ねさせた。しかし、動揺を隠すように紅茶に口をつけると、静かな声で尋ねた。

 

「どうしてそんなことを?」

「私の家は彼の生家。ゆえに、貴方とジェームズ・ポッター、ピーター・ペティグリュー、そしてシリウス・ブラックが写った写真がありまして」

「そういうことか。まあ、親友だったよ。それだけだ」

 

  過去形を使ったということは、今ではそう思っていないのだろう。

 

「彼の居場所について、何か心当たりなどは?」

「悪いけどないな。知っていたら魔法省に通報しているよ。それに、知ったところで君はどうするんだい?」

「成すべきことを」

 

  その返答にルーピンは微妙な表情になるが、セフォネは構わずに続けた。

 

「では、2つ目。貴方とセブルスの間にある確執について」

「私が彼の望む教科の担当だからで……」

「誤魔化しは効きませんわ。満月になるまで粘りますよ?」

 

  セフォネはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ルーピンは目を細めた。その目には、警戒と僅かな怒りが宿っているように見えた。

 

「脅しているのか?」

「脅してこいと言われました」

 

  "誰に"を言っていないが、ルーピンは察したのだろう。深く溜息をつくと、背もたれに深く寄りかかった。

 

「その様子だと、私が狼人間だという真実を既に知っているだろう。君ならば誰かに言いふらしたりしないだろうから話そう。少し長い話になるよ。ではまずちょっと昔の話からかな……私はね、幼い頃に狼人間になってね。だから、ホグワーツには到底入学出来ないと思っていたんだよ。でも、ダンブルドアは私にチャンスをくれた。私を月に1回隔離することで、入学出来るように取り計らってくれたんだ。そして私はホグワーツに入学し、友が出来た。さっき君が言った3人だ。しかし、3人の友人は私が月に1回姿を隠すことに気付いてしまった。あの時は見放されると覚悟したよ。狼人間は昔から差別されていたからね。でも、彼らは今まで通り私を友として見てくれた。本当に嬉しかったよ」

 

  そこで1回区切り、ルーピンは紅茶を一口飲んだ。

 

「さて、そこでだ。私と同期だったセブルスは、私が月に1回何処へ行くのか非常に興味を持った。そして、入学当初からシリウスやジェームズと険悪の仲だったセブルスは、どうにか私たちを退学させようと、それを嗅ぎ回った。シリウスが……まあ、ちょっとした悪ふざけで、私が隔離されていた場所への行き方を教えてしまった。ジェームズはそれを聞くなりセブルスを引き戻しに行ったのだが、変身した私を見てしまった。ジェームズが止めなければ、セブルスは変身した私に殺されていたかもしれない」

 

  そこまで詳しく教えて貰えるとは思いもよらなかったが、ルーピンは自分が話さなくてもスネイプが話してしまうかもしれないと思ったのだろう。

 

「セブルスはその悪ふざけに貴方も関わっていると思い、貴方のことを嫌っているのですか」

「その通りだ」

 

  2人の間に暫し沈黙が流れた。時計の針と、水魔が水槽を泳ぐ音だけが部屋に流れている。セフォネが紅茶を飲み終わり、机に置いて暇を告げようとした時、ルーピンが口を開いた。

 

「セフォネ。私からも1ついいかな?」

「はい」

「最初の授業の時、ボガートは君自身の姿に化けた。それも、泣いている姿にだ。君は泣くことが怖いのか?」

「正しくは、弱くなることが怖い、ですわ。私は弱くなった自分を恐れているのです」

「それは何故?」

「幼い頃に強くなると誓ったためです。全てを乗り越える為に」

 

  ルーピンはその答えが不可解だったのだろう。訝しげな表情だった。まあ、理解してもらおうとは思わないし、理解出来るとも思えない。

 

「急に押しかけてしまい、ご迷惑をお掛けいたしました。紅茶、御馳走様でした」

 

  セフォネは一礼すると、ルーピンの部屋から立ち去った。

 




エリスの守護霊………オセロットは作者が1番好きな動物です。メタギアは関係ないです。

シリウスのお部屋………ここに限らず、ブラック邸って何気にネタバレの宝庫。

逆転時計………作者の勝手な解釈ですが、私がもし持っていたら、時間巻き戻して好きなだけ寝ます。

ルシウスを説得………出来るでしょうか。



次回ようやくクライマックスに突入出来そうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

脱獄囚

  その日のスリザリン寮の談話室は、普段の薄暗さと対照的に活気に満ち溢れていた。今年最後のスリザリンVSハッフルパフの試合の結果は240対60。快勝であった。

  クィディッチ優勝杯を手にした喜びで、クィディッチチームのメンバーを中心にして、普段は気取った生徒でさえも、今日ばかりは騒いでいる。

  皆が家から呼び出した屋敷しもべ妖精に食べ物や飲み物を準備させ、用意が整うとキャプテンのフリントが即席の台の上に立った。

 

「皆の応援のおかげで今日、我らスリザリンは王者の座を勝ち取ることが出来た。本当にありがとう。そして、俺の元で共に戦ったチーム諸君にも、お礼を言いたい。あえて言おう……お前らは最高のチームだ!」

 

  歓声が上がり、部屋が割れんばかりに揺れる。今までに無い程の騒ぎである。何せこの勝利のおかげで、今年の寮杯がほぼ確実となったのだ。一足早いかもしれないが、それに対しての喜びもあるし、何より試験勉強の鬱憤を晴らしていた。

 

「皆、グラスを持て。いいか? それでは、我らの勝利に、乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」

 

  皆が一斉にグラスを煽り、宴が始まった。途中でスネイプが程々にしろと言いにきたが、その顔はニヤけており、説得力の欠片もない。寧ろ、もっと騒げとでも言いたげであり、注意の言葉が賞賛の言葉に変わっていた。

 

「教師が煽ってどうするのですか」

 

  何故か差し入れまで持ってきたスネイプに、セフォネはやや呆れ顔である。

 

「別に良かろう。校則にはないのだからな」

「あらまあ」

 

  スネイプはかなり上機嫌のご様子だ。フリントから渡された飲み物を飲み干すと、ニヤけたまま研究室に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  さて、気兼ねなく馬鹿騒ぎを出来たのもここまでで、今年の大目玉、学年末試験がやって来た。

  3年生の1日目の科目は、順番に変身術、呪文学と実技の後に魔法史の筆記試験。

  変身術の試験はティーポットを陸亀に変えるというものであった。この試験では恐らく、2,30センチくらいの普通サイズの陸亀が期待されているのだろうが、それでは面白味にかけるので、セフォネはセーシェルセマルゾウガメという甲長138センチメートルの、現存する陸亀の中で最も大きいものに変身させ、マクゴナガルを驚かせた。

  呪文学の試験は"元気の出る呪文"を上手く掛けられるかどうか。

  セフォネはこの呪文に思い入れがある。幼き頃、廃人と化した母親を蘇らせるべく、様々な方法を試していた時、この呪文も使ったことがあるのだ。

  そんなことを思い出しながら試験を受けたせいか、力が入り過ぎたようで、相手役のクラッブが暫く笑い転げていた。

 

  2日目は数占いと魔法薬学、夜に天文学。

  魔法薬学は多くの生徒にとって変身術と並ぶ1番の難関である。スネイプが睨みを効かせる中、限られた時間でそらで魔法薬を調合しなければならないのだから。

  天文学の試験は居眠り者が続出していた。

 

  試験最後の3日目は、薬草学と闇の魔術に対する防衛術、そして古代ルーン文字学。

  闇の魔術に対する防衛術の試験は障害物競争という、今までにない独特なものだった。通り道に魔法生物が配置されており、それを躱わして進んで行き、最後にボガートと戦う。

  セフォネは片手で器用に杖をクルクルと回しながら、散歩でもするかのように普通に歩いた。途中魔法生物とすれ違うと、電光石火の速さで呪文を打ち込んで無効化、何事も無かったかのように進む。そして、最後のボガートは変身直後に追い払い、あまりに余裕そうなセフォネにやや呆然としつつ、ルーピンは満点を言い渡した。

  古代ルーン文字学の筆記試験を受けて、全ての試験が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ハリーは今、今学期最後の試験である占い学の試験を受けていた。きついお香の煙で咽せ込みながらも、何も見えやしない水晶玉を覗き込み、それらしい占いを当てずっぽうに言った。

 

「それでは、ここでお終いにいたしましょう。少々残念ではございますが、きっと貴方はベストを尽くしたのでしょう」

 

  トレローニーが溜め息混じりにそう言い、ハリーはやっと開放される、と立ち上がって扉へ向かったが、その時、背後から野太い荒々しい声が聞こえた。

 

「"事は今夜起こる"」

 

  ハリーが振り向くと、トレローニーが虚ろな目をして、口を開いて椅子に座ったまま硬直していた。

 

「な、何ですか?」

 

  ハリーは聞いたが、トレローニーには何も聞こえていない様子だった。目がギョロギョロと動き始め、得体の知れないものに対する恐怖がハリーを襲う。

  トレローニーはいつもとは違う、先程のような荒々しい野太い声で言った。

 

「"闇の帝王は、夜もなく孤独に、朋輩に打ち捨てられて横たわっている。その召使いは12年という年月の間、鎖に繋がれていた。今夜、真夜中になる前に、その召使いは一度囚われる。しかし、すぐに自由の身となり、主人の元へ馳せ参ずる。闇の帝王は召使いの手を借り、再び立ち上がるであろう。以前よりもさらに偉大に、より恐ろしく………"」

 

  首が異様に傾き、何かを無理やり捻り出しているかのようだった。これで終わるかと思いきや、トレローニーは続けて言った。

 

「"闇の帝王の復活と時を同じくして、乙女(コレー)は肉なる果実を喰らい、ついに女王に、否、女神となりて動き出す。そして、女神はこの世界に変革をもたらすであろう。案ずるな、女神は敵に非ず、しかし用心せよ、決して味方とは限らぬ………"」

 

  トレローニーは頭を垂れ、僅かに呻き声を上げながら、いつもの調子に戻った。

 

(…一体何だったんだ? ヴォルデモートが復活するとか、女神がどうとか……)

 

  ハリーは訝しげな表情になりながらも、部屋を後にしてグリフィンドールの談話室に戻った。そして戻った途端、ハーマイオニーとロンが駆け寄ってきた。

 

「ハリー! 見て!」

 

  興奮気味のハーマイオニーが差し出した手紙には、震えた文字でこう書いてあった。

 

『控訴には敗れた。でも処刑は無しだ! 戒告処分だけだ! いや、本当は罰金もあるんだが、ともかく、お前さんたちには本当に感謝している。ブラックの娘にも感謝してもし尽くせねえ。礼が言いてえから、飯が終わった後ブラックも連れて来てくれ。俺が城まで迎えにいくから、一応マントも持って玄関ホールで待っててくれ。絶対に子供だけで出ちゃなんねえからな』

 

「やったじゃないか! でも、ブラックの娘ってセフォネのことだよね? 何で彼女が出てくるんだ?」

「あー、それは、2人は絶対反対するだろうから秘密にしておいたんだけど、セフォネにマルフォイを説得して貰ったのよ」

 

  ハリーはその返答に、開いた口が塞がらなかった。去年、自分に狂気を向けて来たセフォネが、まさかハグリッドの為にルシウス・マルフォイを説得するとは、思いもよらなかったし、何よりあのルシウスを説得出来るなんて、只者ではない。

  ロンはハーマイオニーの策に不満でもあり、バックビークが助かったのが嬉しくもあり、微妙な表情だったが、最近お得意の"セフォネ、シリウスの協力者説"を語りだした。

 

「でもさ、あのマルフォイを説得出来るってことは、あいつも"例のあの人"に関わってる一味なんじゃ……」

「ロン。セフォネは私のお願いを聞いてバックビークを救ってくれたのよ? そんな風に言うのは止めて。それよりも、どうやってセフォネを連れ出すかだけど」

 

  セフォネの周りには常にスリザリン生がいる。彼らに嫌われている自分たちは近づけない。

  ちょっと考えた後、ハリーが言った。

 

「クリスマスの時にいた、あのレイブンクロー生に伝えて貰えばいいんじゃないかな?」

「黒いリボン付けてた銀髪ちゃん? そういえば、何であの子セフォネとかエリスと仲良かったんだろ?」

「セフォネのこと"お嬢様"って呼んでたから、多分家同士が仲良いとか、そんなんだと思うけど」

 

  セフォネとの関係は3人には謎だったが、夕食時に声をかけることになった。その後、ハリーが置き忘れた透明マントを取りに行かなければならないので、少し早めに談話室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  その日の夕食は、試験から開放された生徒たちの活気で満ち溢れていた。もう勉強はしなくていい。そう考えると、ここ暫く勉強漬けだった生徒たちの顔に自然と笑みが浮かび、残された学期をどう楽しもうか話し合っている。

  そんな中、スリザリンテーブルで、セフォネが眉根に皺を寄せていた。

 

「ミスター・ファッジが?」

「そうなの。セフォネと分かれた後、大臣が話しかけてきてさ。セフォネとの関係はどうかとか、怪しい所はないかとか」

「ああ、なるほど。聞き込みですか。彼は私をシリウス・ブラックの共犯者だと思っていますからね」

「共犯者……って、えええええぇぇ!?」

 

  エリスが驚きのあまり絶叫した。

 

「いくら何でもそれは無いでしょ!? だって、あの人魔法大臣だよ!? そんな馬鹿なこと考えるわけが……」

「1年近く消息が掴めない今、藁にも縋りたいのでしょう。不愉快極まる行為ですが」

 

  その台詞を言った途端、彼女が持っているスプーンが真っ二つになった。セフォネは特段力があるわけではないが、思わず放出した魔力で折れてしまったのだ。杖で叩いて何事も無かったかのように修復しているセフォネを見て、エリスはセフォネが相当お冠であることを悟り、引き攣り気味の苦笑いを浮かべた。

 

「でも、大丈夫なの?」

「心配せずとも、既に手は打ってあります」

 

  セフォネは不敵な笑みを浮かべると、グラスを煽った。

 

「お嬢様」

 

  後ろから声がかかり、セフォネが振り向くと、ラーミアが1枚の羊皮紙を持って立っていた。

 

「どうしたのですか?」

「ミス・ハーマイオニー・グレンジャーより、お手紙が」

 

  そう言ってハーマイオニーからの手紙を渡すと、一礼してレイブンクローテーブルに戻っていった。

  セフォネが受け取った手紙には、バックビークが処刑されないことと、ハグリッドが礼を言いたいらしいので玄関で待ってて欲しいことが書いてあった。

 

「何だって?」

「夕食後に玄関で待て、と」

「呼び出し? 何かやったの?」

「まあ、少し。悪いことではありませんよ」

 

  ヒッポグリフを殺せばドラコの為にならない。怪我を負わされたことに対して怒るのは分かるが、ここは彼の成長の為にも、処刑してはならないのではないか、とそのような内容の手紙をルシウスに送っただけだ。

  息子の為に圧力を掛けているルシウスに対し、ドラコの我儘に付き合えば彼はロクな大人にならない、という趣旨の内容であるが、ルシウスはそれを読んで頭を冷やしたらしい。訴えを取り下げはしなかったものの、飼い主に対する戒告処分と罰金刑で手を打った。

 

「だからドラコがやや不機嫌なのね」

 

  ムスッとした顔でパンを齧っているドラコを見て、エリスは納得したように頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  夕食後、セフォネは玄関にやって来た。既にハリー達3人がいた。ロンは警戒心剥き出しで、ハリーは良く分からない微妙な表情で、そしてハーマイオニーは満面の笑みである。

 

「セフォネ!」

 

  いきなりハーマイオニーが抱きついてきた。アステリアに度々抱きつかれているラーミアの気持ちが少し分かる。自分からやるのはいいが、やられるとびっくりするのだ。

 

「ハーマイオニー、落ち着いて下さい」

「ああ、貴方って本当に最高よ!」

「セフォネ」

 

  興奮状態のハーマイオニーを引き剥がしているセフォネに、ハリーが躊躇いがちに話しかけた。

 

「その、本当にありがとう」

「何故貴方方がそこまで礼を言うのですか?」

「僕らの友達を助けてくれたからさ」

 

  まったく、実にグリフィンドールらしい博愛主義ぶりである、とセフォネは溜め息をつき、そんな彼らに協力した自分もまた酔狂なものだと、自嘲的な笑みを漏らした。

 

「まあ、ハーマイオニーの頼みでもありましたし、貴方には去年楽しませて貰いましたからね」

「遅れてすまねえな」

 

  その時、顔を赤らめたハグリッドがやって来て、4人を外に連れ出した。道中、ハグリッドは今日の裁判の様子を語った。

 

「裁判が始まった途端な、奴ら、今までの言い分をそっくり変えやがったんだ。バックビークがマルフォイの倅を襲ったのは飼い主である俺の責任だっつってな。そんでもって俺に戒告処分と、50ガリオンの罰金が言い渡されたんだ」

 

  そう語るハグリッドのろれつはもたついており、既に酔っていることが伺える。

  小屋の外では、頭・前足・羽は大鷲で、胴体・後ろ脚・尻尾は馬という、奇怪な動物が生肉の御馳走を平らげていた。

 

「ブラック。こいつがおめえさんが救ってくれたバックビークだ」

「MOM分類XXX、ヒッポグリフ。直に見るのは初めてですわ」

「美しかろう?」

「まあ、中々面白そうな生き物ですね」

 

  小屋に入ると、セフォネが去年入った時よりもゴチャゴチャしている印象を受けた。酒の瓶があちこちに散らばっている。

 

「座ってくれや」

 

  ハリーとロン、ハーマイオニーとセフォネがそれぞれ隣り合って座った。ハグリッドはおぼつかない手つきで紅茶を入れ、4人に出した。

 

「ほんっとうに感謝してるぞ、おめえさんたちには。ハリー、ロン、ハーマイオニー。試験中だっつうのに、控訴の準備を手伝ってくれてありがとうよ。そんでもって、ブラック。おめえさんは去年も俺に、アズカバンで正気を失わねえ方法を教えてくれたし、今年はバックビークを助けてくれた。感謝してる」

「大したことではございません」

「ファッジはおめえさんをシリウス・ブラックの仲間じゃねえかと疑ってるけどよ、そんなわきゃねえ。おめえさんは俺が見てきたスリザリンの連中の中でも一等良い奴だ」

「恐縮ですわ」

 

  その後、酔っ払ったハグリッドは、バックビークをどうやって育ててきたかを3回ほど話し、やがて机に突っ伏して寝てしまった。

 

「寝ちゃったわね。暗くなる前に帰りましょうか……って、ロン! 信じられないわ! スキャバーズよ!」

 

  ハーマイオニーは小屋の隅にいた鼠を指差して絶叫した。ロンはそれに飛び掛かると、逃げないようにガッチリ捕まえた。

 

「アイタッ! こら、噛むなよ!」

 

  よく分からないが、ロンのペットは執拗に彼の指に噛み付いている。それをどうにか押さえ込むと、ハリーが3人にマントを被せ、それと同時にセフォネも目くらまし術を掛けた。

  小屋を出ると、日がもう殆ど傾いており、空は暗くなりはじめていた。

  校庭に出る頃には辺りは闇に包まれていた。セフォネは城に向かって歩いていくが、後ろからロンが騒いでいる声が聞こえた。

 

「こら! いうことを聞け!」

 

  その時、猫の鳴き声が聞こえた。オレンジ色の猫だ。

 

「クルックシャンクス!」

 

  ハーマイオニーが悲鳴を上げる。すると、彼らがいるであろう場所からスキャバーズが飛び出し、クルックシャンクスはその後を追う。

 

「ロン!」

 

  ハーマイオニーが呻くが、ロンは透明マントをかなぐり捨てて、2匹を追って闇へ消えていった。

 

「姿が見えないと、何かのパントマイムみたいで滑稽ですね」

 

  その後、ロンを追って2人も駆けていく。まあ、いずれ見つかるだろう、とセフォネは思い、そのまま城に帰った。玄関に辿り着き、扉を開けようとすると、その前に勝手に開き、中からルーピンが随分と慌てた様子で出てきた。

 

(ルーピン教授? 一体何処へ?)

 

  疑問に思って彼を目で追うと、校庭のある場所、暴れ柳が埋まっている方向へと真っ直ぐに歩いていった。

  気になったセフォネは、その後をつけていく。歩く音は消音呪文で消えているだろうが、芝生につく足跡は消えない。気付かれないように、ある程度の距離は取っておく。

  ルーピンは近くの石に浮遊呪文を掛け、それを暴れ柳の幹にあるコブに当てた。すると、暴れ柳はまるで普通の植物であるかのように動きを止め、その隙にルーピンは暴れ柳の根元に近づき、やがて姿を消した。どうやら、そこに穴があるようだ。

 

(どうしましょう?)

 

  再び動き出した暴れ柳を眺めながらセフォネが行くか行かないか迷っていると、今度は血相を変えたスネイプがやって来て、ルーピンと同じようにして暴れ柳の動きを止めた。そして、何故かそこに捨てられていた透明マントを拾ってそれを被り、その根元にあると思われる穴に降りて行った。

 

(あれはハリーのマントですよね。では、彼らもこの先にいる……)

 

  ここまでお膳立てされて、何もせずに談話室に帰るわけは無い。セフォネは2人と同じく石をコブに命中させて暴れ柳の動きを止めると、すぐ側まで接近し、根元に大きく空いた空間に体を滑り込ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  中の通路は暗く、追跡しているという状況から明かりを灯せない為、セフォネは超感覚呪文を使って周囲の状況を把握して歩いていた。かなり長い道のりだった。急に上り坂になり、やがて道はねじ曲がり、小さな穴から漏れる光が見えた。

  穴をくぐり抜けると、そこは部屋だった。壁紙ははがれ、調度品は破損しており、窓には板が打ち付けられている。

 

(叫びの屋敷……ですか。まさか、このような抜け穴があったとは)

 

  頭上でガタン、と何かが倒れるような音がした。そして、何者かが怒りの唸りを上げている。階段は軋むであろうから、セフォネは飛行術で一気に2階の踊り場まで行く。黒い煙から体を再構成し、中の会話に耳を傾けた。

 

「口を出すな!」

 

  スネイプの怒号が聞こえてくる。そして、今度はセフォネに聞き取れるかどうか分からない程の微かな声で、囁くように言った。

 

「復讐は蜜より甘い。お前を捕まえるのが我輩であったらと、どれ程願ったことか」

 

  今度は聞き慣れぬ声が、スネイプに言った。

 

「お生憎だな。しかしだ、この子が鼠を城まで連れていくのなら、私はお前に大人しくついて行こう」

「城までだと? そんなに遠くまで行かずとも、暴れ柳を出たらすぐに吸魂鬼(ディメンター)を呼べば済む話だ。連中は、ブラック、君を見て狂喜乱舞することだろう。そして、喜びのあまり君にキスをする……」

 

  "ブラック"の名を持つ者は、この英国魔法界には2人しか存在しない。1人はセフォネ。そしてもう1人は、誰であろうシリウスである。つまり、今扉の向こう側にいるのは、かの脱獄囚だ。

  スネイプが吸魂鬼(ディメンター)のキスを持ち出したことで、シリウスの声は震える。

 

「聞け……最後まで私の話を……」

「黙っていろ。来い、全員だ。人狼は我輩が引きずって行こう」

 

  スネイプが扉へ向けて歩く音がするが、その前に誰かが扉の前に立ち塞がった。

 

「退け、ポッター。お前は誰に命を救われたと思っているのだ?」

「ルーピン先生がもし、本当にブラックの手先だったら、僕はとっくに死んでいるはずだ。何度も2人きりで吸魂鬼(ディメンター)防衛術の訓練を受けたんだから」

「人狼の考えなど知ったことか。もう一度だけ言おう、ポッター。退け」

 

  スネイプはドスの効いた低い声でハリーを威嚇する。だが、ハリーは意を決したように叫んだ。

 

「恥を知れ! 学生の時にからかわれたくらいで――」

「黙れ! 貴様の首が繋がっているのは我輩が助けてやったからだ。地に伏して感謝するがいい! にも関わらず! 蛙の子は蛙だな。ブラックのことでは親も子も判断の間違いを認めようとはしない。こいつに殺されれば自業自得だったろうに! 貴様を見ていると、虫唾が走る。まるであの男そっくりの高慢さだ! さあ退け。退くんだ、ポッター!」

 

  いよいよスネイプは理性を失ったように狂い叫び、セフォネは止めに入ろうとドアノブに手をかけた。だが、セフォネがドアノブを回す前に、3人の叫び声が聞こえた。

 

「「「エクスペリアームス!」」」

 

  ドアが揺れる程の振動が起き、ドン、ドシャっという嫌な音がした。吹き飛ばされたスネイプが、壁に激突して倒れた音だろう。

 

「こんなこと、君がしてはいけなかったのに……」

 

  縄が解けるような音がして、誰かが立ち上がったようだ。推測だが、スネイプによって拘束されていたルーピンの縄が解かれたのだろう。

 

「先生を攻撃してしまったわ……私…私……物凄い規則破りになるわ」

 

  半分泣きかけているような声のハーマイオニー。

そろそろいい頃合いだろう、とセフォネは口を開いた。

 

「それ以前の問題として、夜間に外出している時点でもう規則破りではないですか」

 

  扉の奥が静まり返る。その反応に薄く微笑むと、セフォネは扉をゆっくりと開けた。

その先に立っているのは、2人の男性と2人の生徒。部屋の隅には足から血を流しているロンがおり、5人のさらに向こう側には、気を失ったスネイプが倒れている。セフォネがここに来る前に取っ組み合いでもしたのか、それとも暴れ柳にやられたのか、ハリーとハーマイオニーは随分と荒れた格好だ。

 

「デメテル!? 何故…生きている!? 死んだはずでは……」

 

  落ち窪んだ目を見開き、シリウスは驚愕している。他の4人は突如現れたセフォネに言葉も出ない様子だった。

 

「残念ながら、私は貴方の妹、デメテル・ブラックではございません」

 

 スカートの両端を摘み、足を交差させて優雅に一礼する。そして、まるで演劇の舞台役者であるかのような、芝居がかった声音で、その名を告げる。

 

「私は聖28一族に連なるブラック家現当主、ペルセフォネ・デメテル・ブラック。お初にお目に掛かります、シリウス・ブラック……親愛なる、我が伯父上よ」

 




学末試験………作者もつい2,3週間前に受けました。結果は爆死。

バックビーク生存ルート………この作品ではこの子使わないので。生かしておくことでセフォネとシリウスの対面までの話運びを作りました。



ついにシリウスがセフォネとエンカウント。次回で終われるといいなぁ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

明かされた真実

 今までの喧騒が嘘であるかのような静けさが、この館を包んでいた。

  この静寂を支配しているのは、たった今現れた闖入者。その佇まいからは優雅さと気品が感じられるが、同時に周囲を無条件で威圧するかのような威厳を纏っている。

  セフォネは1人の少女としてこの場に立っているのではない。数世紀の歴史を誇る名家を、その双肩に担う当主としてここにいる。没落した家を立て直すという義務を果たすべく。

  セフォネは杖をシリウスに向け歩きだす。1歩踏み出す度に、ギシリ、ギシリと、腐蝕が進んでいる床を踏む音だけが、室内にこだました。

 

「ご機嫌麗しゅう……とはいかないご様子のようですね、伯父上?」

 

  脱獄して10ヶ月、ろくな生活が出来る訳も無く、シリウスは痩せこけ、酷く汚れていた。

 

「それにしても、良く母似であるとは言われますが、本人と間違えられたのは初めてですわ。大抵虹彩の色で識別されるのですが」

 

  紫瞳を持つ人間は少ない。その発生率は1000万分の1と言われている。その為、セフォネの瞳は印象的であるし、彼女が如何にデメテルと似ていようと、本人と間違えられたことまではなかった。シリウスの場合、暗闇でよく見えなかったのか、余程驚いて動揺していたかのどちらかだろう。

 

「まあ、それはいいとして、早速本題にはいりましょうか。伯父上、既にご承知のことかもしれませんが、貴方は発見されしだい、吸魂鬼(ディメンター)の接吻が施されることになっております。しかし、私はあの生物が好きではないし、奴等に魂という御馳走をくれてやるつもりはない。故に……」

 

  そう、セフォネは吸魂鬼が嫌いだ。彼らの生き方、在り方が。それに、過去に吸魂鬼の接吻を受けかけ、さらには母親がそれを受けたとなれば、その行為に嫌悪を感じるのも致し方ない。

  だから、せめて――

 

「人として、魔法族として、ブラック家当主として、貴方の姪として、同族の手で貴方に罰を下しましょう」

 

  彼女の瞳が自分は本気であるということを、雄弁に語っている。放たれた殺気はもはや少女のものでも、そして常人のものですらない。

 シリウスは見動き1つしない。他のものも、状況に頭が追い付いていないのか、呆然とその光景を眺めるのみ。そしてセフォネは、死を囁やく。

 

「アバダ―――」

「待ってくれ! それは駄目だ!」

 

  いち早く事態を理解したルーピンが、シリウスの前に立ち塞がった。セフォネはその行動に目を細める。

 

「ルーピン教授。貴方が彼の真の協力者だったのですか? それならば、2人纏めて……」

「話を聞いてくれ。頼む!」

 

  セフォネはルーピンに杖を向けたまま考えた。

  彼は決して悪人ではないし、公平で尚且つ優秀な人物だ。人狼でありさえしなかったら、きっといい仕事も伴侶も得ていたことだろう。そんな彼が、必死になってシリウスを庇っている。何かあるとしか思えない。

  セフォネが思考していた時間は3秒程であったが、他の5人には永遠に思えたに違いない。そして、セフォネはついに口を開いた。

 

「……まあ、言い訳くらいは聞いてもよろしいでしょう」

「ありがとう、セフォネ」

 

  それでもセフォネは杖を降ろさない。何かしたら、すぐさま呪いを打ち込むと言わんばかりである。しかしルーピンは、自分に杖が向けられていることを気にせずに、授業でもしているかのような、ごく穏やかな口調で言った。

 

「端的に言えば、シリウスはピーターを殺していない」

「今何と?」

 

  ルーピンの口から放たれた衝撃の事実に、流石のセフォネでも驚いた。今まで10年以上も死んだと言われ、魔法省による葬儀と勲章まで授かった人間が、生きているとでもいうのか。

  シリウスがルーピンの背後から進み出て、詳細を語った。

 

「ピーターは死んでいない。彼は未登録の動物もどき(アニメーガス)なんだ。今その子が抱えているスキャバーズとかいう鼠がそれだ。そして、ジェームズとリリーを裏切ったのもそいつだ」

「秘密の守り人は貴方ではなかったのですか?」

「いや、違う。私は最後の最後でピーターを守り人にするようにジェームズに勧めた。だからハリー、私が君の両親を、ジェームズとリリーを殺したんだ」

 

  シリウスの声は段々と掠れていき、最後には涙声になり、顔を背けた。

  自分のせいで親友が死んでしまったという事実は、とても耐え難いものである。それも、長い間アズカバンに閉じ込められ、周囲からは親友殺しの裏切り者だと言われ、彼はそうとう苦しんでいたに違いない。いや、今でも苦しんでいる。だからこそ、復讐を果たすためにアズカバン脱獄という、前代未聞のことをやってのけたのだ。

  セフォネは後悔と悲しみで俯いたシリウスを見て何か考えていたが、やがて静かに口を開いた。

 

「1981年10月31日、"闇の帝王"はピーター・ペティグリューからもたらされた情報によって、ポッター家を襲撃しジェームズ・ポッター並びにリリー・ポッターを殺害した。そして、ペティグリューが裏切ったことを知った貴方が彼を追い詰めた所、ペティグリューは全ての罪を貴方に着せ、指を自ら切り落とし、死亡したと周囲に思わせて逃亡した。そういうことですか?」

 

  セフォネの推理は完璧だった。シリウスはセフォネを見て、何故か微笑んだ。

 

「察しが良くて助かるよ。頭の回転が早いのもデメテルそっくりだ」

「……確認させて頂きます。少々失礼―――レジリメンス」

 

  シリウスが目を合わせたのをいい事に、セフォネは開心術を使った。普段使っている、目を合わせただけの無言呪文で行うものではない、本気のものである。もし仮にシリウスが記憶を改竄していたとして、浅く開心術を掛けただけでは、それが分からないからだ。

  シリウスは突然の開心術に驚きはしたようだが、抵抗する素振りを見せない。セフォネは、心を真正面から強引にこじ開け、彼の全てを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼い頃、シリウスは厳格な両親に狂信的な純血主義の元で育った。その両親に反発したシリウス、純血主義に傾倒したレギュラス、そして純血主義には傾倒しなかったものの上手く立ち回っていたデメテル。彼女はいつも板挟みになっていた。そのせいか、いつからか笑みを仮面のように貼り付けるようになっていた。

 

 16歳、シリウスはついに家出した。もう二度と戻らないと決め、必要最低限のものだけ鞄に放り込み、玄関の扉に手を掛けた。その時、ふと物音がして後ろを振り向くと、笑顔でありながら涙を流すデメテルがいた。デメテルは無理に明るい声で、シリウスを送り出した。

 

 21歳、ハロウィンの日は丁度ピーターの様子を見に行く日で、彼の家に行った。しかし、家はもぬけの殻。嫌な予感がして、ゴドリックの谷にあるポッター家にいくと、ジェームズとリリーが死んでいた。

  そして、その後は復讐に取り憑かれ、ようやくピーターを追い詰めた時、彼はあろうことか全ての罪を自分に着せて、周囲一体を数名のマグルごと吹き飛ばして逃げた。

  自分たちが長年かけて築いた友情はなんだったのか。そう思うと、シリウスはもはや怒りを通りこし、笑いが込み上げてきた。魔法省が到着し連行されていく時も、狂ったように笑い続けた。

 

  3年前、今まで一度も来たことが無かった手紙が届いた。上質な封筒には、二度と見たくもないブラック家の家紋の蝋封がしてあった。勘当された自分に生家から手紙届いたのを不審に思ったのだが、何より退屈だったので封筒を開けて手紙を読んだ。そこには美しい書体の文字で簡潔に、デメテル・ブラック死亡の報が書き記されていた。その日、シリウスはポッター夫妻へのもの以外で初めて涙を流した。

 

  そして、10ヶ月前。視察に訪れていたファッジに貰った新聞記事の写真に、指が欠けた鼠が写っているのを発見した。シリウスは確信した。こいつがあの裏切り者であると。その日から復讐のこと以外考えられなくなったシリウスは、杖なしで犬に変身出来るようになったのを契機に脱獄し、ピーターの飼い主が通うホグワーツを目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そういう…こと……)

 

  セフォネはシリウスという人間を見誤っていた。ただの放浪者だと思っていたのだ。しかし、そうでは無かった。

  記憶に何一つ違和感は無かったし、何よりも、彼はデメテルの死を悼んだ。それはセフォネにとっては、彼の記憶が正しいものである何よりの証明となった。

 

「……失礼致しました。貴方を信じます、伯父上。今までのご無礼を、どうかお許し下さい」

 

  杖をシリウスから外すと、セフォネは深々とお辞儀して謝罪した。

  セフォネは冤罪が嫌いである。もはや、憎んでいるとすら言っても過言ではない。そんな自分が、冤罪で人を殺しかけたのだ。自分で自分が嫌になる。その虚しさに思わず唇を噛み締めた。

  しかしシリウスは、何でもないと言った様子でセフォネに言葉をかけた。

 

「何、構わないさ。それにしても、随分強力な開心術だ。まさかあんな昔のことまで見られるとは」

「ち、ちょっと待ってくれ。鼠なんてそこら中どこにでもいるじゃないか。それなのに、どうしてスキャバーズがペティグリューだったと分かったんだ?」

「そうだとも、もっとな疑問だ。シリウス、なぜ分かった?」

 

  この場ではシリウスに対抗し得る最後の切り札であったセフォネが向こうの味方につき、ロンは声を上げた。そしてその意見には、ルーピンももっともだと思ったようだ。

 

「これだよ」

 

  シリウスはポケットから新聞記事を取り出した。それは、ウィーズリー一家が宝くじを当ててエジプトに行ったと書かれており、家族写真が掲載されていた。ロンの肩には、鼠が乗っている。そしてその鼠は指が一本無かった。

 

「私はあいつが変身するところを何度も見た。その上、こいつには指が無い。すぐに分かったよ」

「なるほど……さて、話はもういいだろう。ロン、鼠を渡しなさい。それが事実を証明する唯一の方法だ」

 

  ルーピンの声には、今までになく厳格で容赦の無い響きがあった。

 

「何をしようというんだ?」

「無理にでも正体を顕させる。もし本当に鼠だったとしたら、傷つくことは無い」

 

  最後の言葉を聞き、ついにロンが鼠を差し出す。ルーピンの手の中で、スキャバーズは狂ったように暴れ続けていたが、セフォネが杖先を向けて宙吊りにした。

 

「助かるよ。シリウス、準備は?」

「ああ出来てる」

 

  シリウスは既にスネイプの杖を拾い上げており、スキャバーズを睨むその目には燃え上がるような怒りが見て取れた。

 

「3つ数えたらだ。1、2、3!」

 

  2人の杖先から目の眩むような青白い閃光が走り、スキャバーズを直撃した。スキャバーズは宙に浮いたままもがきだし、徐々に姿を変えていく。そして、鼠が浮いていた場所には、小太りの男が立っていた。

  小柄な男で、セフォネよりも身長は低い。屋敷で見た写真の男が成長すれば、こんな感じだろう。

 

「やあ、ピーター。久しぶりだね。元気だったかい?」

「シ、シリウス……リーマス……なつかしの友よ……」

「今丁度、あの夜に何があったのかを話していたところなんだ。それでだね、2つ3つすっきりさせておきたいことがあってね」

「こいつはまた私を殺しにやって来た! こいつはジェームズとリリーを殺した! 助けてくれ……リーマス……」

 

  この期に及んでまだ言い逃れをするらしい。もはや清々しいほどの下衆ぶりである。とにかく、親友3人の12年ぶりの再会に水を差してはいけないので、セフォネはこの間にスネイプの様態を見に部屋の奥へ行く。

  スネイプは頭から出血していた。だが、死に至るものではない。今は脳震盪を起こして気絶しているのだろう。取り敢えず血を止めておく。

  その間にも話は進んでいるようで、シリウスはペティグリューに怒鳴り散らしていた。見た限り、ペティグリューはあたり構わず命乞いをしているようで、ハリーにさえ跪いていた。

 

「私が殺されかねなかった! 仕方なかったんだ!」

「ならば死ねば良かったんだ! 友を裏切るくらいならば、その身を犠牲にすべきだった!」

「良い事を言いますね、伯父上。家訓にでもしましょうか」

 

  緊迫した状況下で暢気な口ぶりなセフォネに、激昂していたシリウスも唖然としている。そしてペティグリューは、最後に取り縋る相手が見つかったと言わんばかりに、セフォネの下に跪いた。

 

「ああ……お嬢さん。ブラック家の姫君……君なら分かってくれるだろう? 君は賢い……」

 

  ペティグリューは汚れた手でセフォネのローブの裾を掴もうとするが、セフォネはその手を踏みつけた。そして、侮蔑を含んだ瞳でペティグリューを見下した。それでもって微笑んでいるのだから、異様に怖い。

 

「この場にいる者の中で、私は唯一スリザリンに所属する者です。そしてその理念は狡猾さ。それ故に、貴方が行った友を裏切るという行いも、倫理的にはどうかとして、1つの在り方だとは思います。ですが、それだけです。スリザリンの中にでさえも、貴方ほどの外道はいませんよ」

 

  目的の為なら手段を選ばないのがスリザリン。他者を騙し、填め、蹴落としてでも目的を達成する。しかしそんなスリザリンにおいても、友情や家族の愛は存在するし、それだからこそ繋がりが強い。かつてヴォルデモートが力を失った時に魔法省側に寝返った死喰い人たちも、それは保身の為でもあるが、何よりも家族を守る為だった。ヴォルデモートに味方したことでさえ、その思想に傾倒していた所もあるが、一部を除けば家族を危険に晒さない為でもあった。

 

「言っただろう! 仕方なかっんだ! ああ、どうかお願いだ。頼む……」

 

  それでもなお縋ろうとするペティグリュー。セフォネはペティグリューの手から足を退ける。それをどう勘違いしたのか、ペティグリューの表情が和らいだ。

  だがしかし、セフォネは思い切り、跪くペティグリューの頭を踏み付けた。

 

「ぅぐっ……!」

「ああ、そうか。それは仕方がない。仕方がないから……地獄に堕ちろ、溝鼠」

 

  もしセフォネがピーターと同じ立場に置かれたとして、果たして友を売るだろうか。否、死を選ぶだろう。だから、セフォネはペティグリューを嫌悪した。

  そして何よりも、彼はシリウスに罪を着せた。シリウスはセフォネにとって、家族と呼べる間柄の最後の1人。そんな彼を嵌めて冤罪でアズカバンに放り込ませたこの男を、セフォネが許すはずもない。

 

「怒ると怖いところもデメテルそっくりだよ。そういえば昔、シリウスがデメテルを怒らせた時……」

「リーマス! 今はそんなことはいいだろう!」

「途中で止められると気になるのですが、まあこの男を始末してからゆっくり聞かせて頂きます」

 

  セフォネはペティグリューに杖先を向けシリウスとルーピンの足元まで転がした。この罪人に裁きを下すのは、2人の役目だ。

 

「残念だ、本当に。残念でならないよ、ピーター」

「ピーター、さらばだ。さらば死ね」

 

  ルーピンとシリウスが裏切り者に鉄槌を下そうとしたその時、ハリーが叫んだ。

 

「駄目だ!」

 

  ハリーは2人に立ち塞がった。

 

「殺しちゃ駄目だ」

「何故だ!? この屑のせいでジェームズもリリーも死んだんだぞ? もし君があの時死んでいたとしても、こいつは平然とそれを見ていただろう。そういう奴なんだよ」

「分かってる。でも駄目だ。こいつはアズカバンに行けばいい。裏切り者にはそれがふさわしい。2人が手を汚す必要なんてないんだ。そんなことをしても、父さんはきっと喜ばない」

 

  誰も何も言わなかった。物音一つ立てなかった。ルーピンとシリウスは互いに顔を見合わせていたが、やがて溜め息と共に杖を下ろした。

  ルーピンがペティグリューを拘束し、ロンの足に添え木を固定し、スネイプは起こさないほうがいいという判断で、宙に浮かせて運ぶことになった。

 

(まったく……)

 

  セフォネはもはや呆れていた。自分ですら未だに復讐を忘れることが出来ていないのに、ハリーはいとも簡単にペティグリューを生かすことを決めてしまったのだ。

 

「…ふふふ……」

 

 笑いが込み上げてくる。しかし、それはハリーを嘲るものではない。彼を認め、自分の未熟さを認め、彼に対する敬意と、自分に対する自嘲であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  それは、とても奇妙な集団だった。猫が先頭に立ち、逃げないようにロンとルーピンに手錠で繋がれたペティグリュー、シリウスに浮かせられたスネイプ、最後にハリーとハーマイオニー。セフォネは、少しやることがあると言って屋敷に残り、数分後に合流した。

  何故かシリウスとハリーは満面の笑みを浮かべている。ハーマイオニーによると、無実の罪が晴れたら共に暮らそうという話になったらしい。

 

「これをハッピーエンドと言うのですかね? 伯父上」

「伯父上は止めてくれ。シリウスでいい」

「ではシリウス。住居を構えた際には私物を取りにいらして下さいね。特にポスターを」

「ポスター……って、あれか。でも残念ながらあれには永久粘着呪文が使ってある」

「とっくに剥がしましたよ」

「何!?」

 

  あれはシリウスが、家の純血主義に対する反抗として貼っていたものである。それ故、簡単に剥がせないように呪文を掛けておいたのだ。素行は悪いながらも優秀であったシリウスの呪文によって、両親は絶対にポスターを剥がせなかった。それを、いとも簡単に姪っ子が解いてしまったのだ。

 

「あんな物、いつまでも貼らせておくものですか。屋敷の品位が落ちます」

「父も母も剥がせなかったんだがね……そういえば君は当主だとか言っていたが、本当なのか?」

「事実です。5歳の時にブラック家を継承致しました」

 

  セフォネは右手をひらひらと振る。薬指には、その細くしなやかな指には少々不似合いな大きい金の印章指輪が嵌められている。

  シリウスはそれを見て複雑な面持ちとなるが、はたと何かに気付いた。

 

「それじゃあ、3年前の手紙も君が……」

「ええ」

 

  デメテルの兄であったシリウスにも、その死を知る権利はあるだろうと思い、セフォネは彼に手紙を送った。今思えば、あれは久方ぶりに誰かに送る手紙だった。

 

  校庭にでると、もう夜はどっぷりと更けていた。月には雲が掛かっており、月明かりさえ無い。あるのは、遠くに見える城の明かりだけである。

 

「少しでも余計な真似をしてみろ」

 

  ペティグリューの胸には、すぐ隣から杖が向けられていた。

  一行は城へ向かって歩いていく。すると突然、雲が切れ、満月が校庭を照らした。それを見た瞬間、ルーピンは急に立ち止まり、ハーマイオニーが叫んだ。

 

「先生は薬を飲んでいないわ!」

「逃げろ! 早く!」

 

  シリウスが低い声で言うが、ハリーは動けない。ルーピンはペティグリューと手錠で繋がっており、ロンの腕もペティグリューと繋がっているのだ。

  セフォネは杖を抜き、ロンを手錠から開放してこちらに呼び寄せてルーピンから引き離した。それと同時に、シリウスが犬に変身し、今まさに狼人間の姿に変身したルーピンに飛び掛かる。

  ルーピンは手錠を捩じ切ると、4人を見つけて牙を剥き出しにした。しかし、シリウスがルーピンの首に食らいつき、4人から遠ざける。セフォネは盾の呪文を展開して3人を守った。その隙をつき、ペティグリューが杖に飛びついた。

 

「エクスペリアームズ!」

 

  ハリーが放った武装解除呪文は、セフォネが目の前に展開していた盾に弾かれた。ペティグリューは既に鼠に変身しており、森に向かって駆けていく。

 

「させませんよ」

 

  セフォネは盾を避けて、鼠の周囲を取り囲むように火を放つ。炎の円に囲まれたペティグリューは見動きが取れなくなった。

 

「大人しくしていなさい」

 

  セフォネはどこからともなく大きめの瓶を取り出し、鼠の状態のペティグリューを無理やり瓶に詰め込む。一応空気穴を開けた後で割れない呪文を掛け、瓶ごとペティグリューをいつも持ち運んでいるポーチに放り込んだ。そして杖を懐に収める。

 

「手間をかけさせないで欲しいものです」

 

  高く唸る声と、低く唸る声が聞こえ、セフォネは振り向いた。ルーピンが森の方へ逃げ出して行くところだった。

 

「大丈夫か?」

 

  人の形に戻ったシリウスが、4人の安否を確認する。

 

「大丈夫だよ」

「大丈……痛!」

 

  セフォネが半ば無理やりルーピンから引き剥がしたせいか、ロンに当てられていた添え木がずれてしまっていた。

 

「本当にすまない……」

 

  今までセフォネは気にしていなかったが、シリウスが申し訳なさそうにしているところを見ると、この怪我は彼が負わせたようだ。

 

「ん? ピーターはどうした!?」

「私が捕まえて閉じ込めました。さあ、早く帰りましょう」

 

  セフォネが城に足を向けたその時、5人を寒気が襲った。

 

「この感覚は……」

 

  月を背にして、何百もの吸魂鬼が飛来してきた。そう、シリウスには見つけしだい、吸魂鬼の接吻が施されることになっている。シリウスを発見した吸魂鬼たちは、餌が飛び込んできたと言わんばかりに襲いかかった。

  ルーピンを退けたことにより気が抜けていた5人は、反応が遅れた。その間にも、別のところからも吸魂鬼が飛んでくる。恐らく、ホグワーツに配備された全吸魂鬼がここに集まっていた。

  セフォネはすぐに杖を抜き、守護霊を呼び出そうとする。しかしそれよりも前に、またあの声が頭に響いた。

 

『セフォネ!』

 

  そして今度は、何時もと違ってその続きの光景が脳裏に浮かぶ。

 

 

 

 

 

  黒く萎びた腕が、女性の頭に伸びていた。そして吸魂鬼は女性に顔を近づける。女性の口元から、青白く輝く物体が吸い出されていく―――

 

『止めて!』

 

  少女は叫んだ。

 

『ママを……』

 

  もう既に、青白い球体は半分以上吸魂鬼に吸い込まれていた―――

 

『ママを……連れてかないで!』

 

 

 

 

 

  守護霊呪文を使用出来るのはシリウスとセフォネ、ハリーだけである。しかし、シリウスは逃亡生活で衰弱しており、守護霊を呼び出すことが出来ない。セフォネは頭を抱えたまま動かなくなった。

  ハリーは奮闘していたが、有体の守護霊を呼び出せず、何百もの吸魂鬼には対抗できない。次第に体力を奪われていった。

 

「消えろ……」

 

  低く呟く声がした。その途端、異様な程の魔力が巻起こり、地面を掘り起こす。

 

「消えろぉぉ!」

 

  消え行く意識の中最後にハリーが見たのは、金色に燃え盛る天使。それは周囲にいた全ての吸魂鬼を蹂躙していく。吸魂鬼は金色に燃え上がり、月明かりが射す夜空に煌めく星のように輝くと、灰塵と帰して消え去った。

 




無実を証明したシリウス………殺される一歩手前でしたが、生きててなによりです。

踏まれるペテグリュー………ペテグリューのせいで冤罪で伯父を殺しかけたというのもあり、セフォネ激おこです。でもこれ、もしかしてご褒…

瓶詰めペテグリュー………ちゃんと空気穴を開けてくれる優しさ。

吸魂鬼全滅………数で勝負するも、セフォネには敵いませんよ、そりゃ



今回では終わりませんでした。次回はファッジとの絡みとエピローグです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無実の証明

  聞き慣れた少女の声と眩いばかりの金色の光を浴び、スネイプは目を覚ました。光の強さに思わず目を細める。

 

「これは……一体……」

 

  金色の天使と、夜空に散っていく吸魂鬼(ディメンター)。そして、天使の側には黒髪の少女が、肩を上下させて立っていた。

 

「セフォネ? 何故お前がここにいる?」

 

  セフォネは杖を振り、金色の天使を消滅させて振り向いた。その足元には3人の生徒と1人の男性が倒れている。

 

「目を覚ましましたか、セブルス」

「説明しろ」

 

  セフォネは語った。シリウスは冤罪であったことと、ペティグリューを捕まえたこと。叫びの屋敷から戻るとルーピンが変身し、それを退けたところで吸魂鬼の襲撃を受けたこと。そして、それを殲滅したこと。

 

「ペティグリューは何処にいるのだ?」

「瓶詰めにしてこの中に閉じ込めました」

 

  セフォネはポケットからポーチを取り出した。そのポーチに検知不可能拡大呪文が使われていることを、スネイプは知っている。瓶詰めという状態はよく分からないが、シリウスの無実を晴らす証拠は、セフォネが握っているという訳だ。

 

「なる程……君の伯父上の冤罪の証拠は揃っているということか」

 

  スネイプは小さく舌打ちする。このままシリウスが吸魂鬼の接吻を受けることを望んでいたからだ。

  かつて自分に散々辛酸を舐めさせたこの男の崩壊を、どれ程願っていたことか。その機会は1時間程前に訪れ、そして今消え去った。

 

「貴方と彼の遺恨については、ルーピン教授より伺っております。この結末は貴方にとって受け入れ難いでしょう。しかし……」

 

  セフォネは一度、倒れているシリウスに視線を向ける。そして、彼の記憶を見た時の事を思い返した。母は彼を家族として愛していた。そんな彼を、死なせる訳にはいかない。

 

「彼は私に残された最後の家族であり、母様が愛した母様の兄君。そんな彼を、冤罪で粛清させる訳には参りません。ここは私に……いや、私と母様に免じて、どうか」

 

  セフォネは真っ直ぐスネイプを見据えている。その瞳は今は亡き友と瓜二つ。その容姿も今は亡き友と瓜二つ。まるで、そこにはアレクサンダーとデメテルが立っているかのように、スネイプには感じられた。

 

『初めまして。僕はアレクサンダー、アレクでいい。君は?』

 

  純血が多数を占めるスリザリンの中で混血であり、闇の魔術に対する知識も豊富であったスネイプは、差別や嫉妬からスリザリン生の間でも異端児扱いされていた。にも関わらず、寮で同室になった彼は自分を認め、最初の友になった。

 

『スネイプ先輩ですか? アレクやルシウスさんから話は聞いています。私はデメテル・ブラック、こっちは弟のレギュラス。いつも兄がご迷惑をお掛けして、申し訳ありません』

 

  まるで仮面のような笑みを浮かべ、憎きシリウスの面影がある美少女であったデメテル。名家同士、ルシウスやアレクと親しかった彼女は、自分を優秀な先輩だと慕っていた。そして時を経て友と呼べる存在になった。

 

  その2人の子であるセフォネが、真剣な眼差しで自分を見ている。復讐か、友情か。スネイプは目を閉じて考え、答えを出した。

 

「そのような顔で頼まれたら、断りようがあるまい」

 

  やろうと思えば、まだシリウスを貶めることは出来る。ピーターは助かりたいが為、自分の無罪を主張しシリウスを再び嵌めようとするだろう。それに自分が乗ればいいだけだ。しかし……

 

「今回は諦めよう。確か、今日はハグリッドのヒッポグリフの件でファッジが来ていたはずだ。彼に引き渡せばいい」

「感謝致します、セブルス」

 

  スネイプはシリウスの横に落ちている自分の杖を拾い上げ、担架を4つ作る。セフォネがそれに4人を乗せ、2人でそれを動かして城に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  医務室は、異様な沈黙に包まれていた。

 スネイプは担架を運んできた後、話し中であったファッジとダンブルドアを呼び出した。そして、セフォネが瓶からペティグリューを取り出し、シリウスと共に引き渡した。2人は今、西塔の別々の部屋に監禁され、ダンブルドアが事情を聞いている。

  医務室には、吸魂鬼に襲われたハリー、ハーマイオニー、ロンの3人がベッドに寝かされており、マダム・ポンフリーはロンの足を治している真っ最中である。

  セフォネは、一応医務室にいるものの殆どダメージは無く、医務室に来て早々、ファッジに簡潔に今夜の出来事を語った。そして今はテーブルと椅子を用意して自前(例年通り信者からの贈り物)の高級チョコレートを食べ、優雅に紅茶を飲んでいる。

  スネイプはその真横で不機嫌そうに窓の外の月を眺め、ファッジはどうしてよいか分からずその場に佇んでいた。

 

「あー……それでは、スネイプ。君はミス・ブラックの話を信じるのかね?」

「我輩は今夜、何も見ておりません。故に真偽の程は分かりかねます」

「それはそうだが……シリウス・ブラックが無実であったなど、到底信じられない」

 

  ファッジは、シリウスの協力者がセフォネであると思っている。その疑いは、今夜セフォネが吸魂鬼を全滅させるというおよそ有り得ない事態によって、益々深まっており、ファッジはセフォネの証言を信じていない。それどころか、重要参考人として彼女を連行しようとまで思っていた。

 

「それに、吸魂鬼だ……」

 

  吸魂鬼は殺せない。それが魔法界での一般常識である。それをいとも簡単にたった14歳の少女が粉々に粉砕してしまった。それ故にファッジはペルセフォネ・ブラックという存在に対する恐怖感を強めていた。

 

「ともかく、今アメリアに連絡して吸魂鬼をこちらに向かわせている」

 

  ファッジはシリウスを犯罪者として処理したかった。それもそのはず、勲章まで与えた人間が生きており尚且つ真犯人でした、では冗談にもならない。

  再び医務室が沈黙に包まれる。その静寂を破ったのは、紅茶を飲み干したセフォネだった。

 

「おはようございます、ハリー、ハーマイオニー。ご気分はいかがですか?」

 

  すると、今まで寝たふりをしていた2人は少々気まずそうに身を起こした。その2人に、ロンの治療が終わったマダム・ポンフリーが駆け寄り、すぐさまチョコレートを食べさせる。

 

「ハリー、起きたのかね? 丁度良かった、今シリウス・ブラックの件で話をしていたのだが……」

「大臣、聞いてください! シリウスは無実なんです! ピーター・ペティグリューが自分は死んだと見せかけていたんです! セフォネが彼を捕まえました。大臣、吸魂鬼にあれをやらせてはダメです! シリウスは―――」

「ハリー、少し落ち着きなさい。私はピーターの生存を知っている。でも彼はシリウス・ブラックから逃げていると言ったんだ。彼を追い詰めた自分をまた殺しにきたと言って……」

「違います、違うんです大臣。ペティグリューは全ての罪をシリウスに着せていたんです。何人もの人を殺したのも、シリウスじゃなくてペティグリューなんです」

 

  ハリーが必死に訴え、ハーマイオニーがそれを補足する。その内容は先ほどセフォネが語ったものと一致していた。

 

「患者を興奮させてはいけません、大臣。2人には手当てが必要です。どうか出ていって下さい」

「興奮なんかしてません。僕たちは真実を伝えようと……そうだ、セフォネ。君も一緒だっただろう? 大臣に説明……」

「私にはシリウス・ブラック脱獄幇助並びに逃走支援の嫌疑が掛かっているようで、証言が信用されないみたいでして」

 

  何事も無いかのように言っているが、内心腸が煮えくり返っている。ファッジは未だに冤罪を認めようとせず、さらに冤罪を作り出そうとしているのだ。

  そこに、ダンブルドアが入ってきた。ダンブルドアを見たハリーは、彼が最後の砦だと思い、シリウスの無実を訴えた。

 

「先生! シリウスは―――」

「なんということでしょう! 医務室をなんだと思っているのですか? 校長先生、貴方といえど―――」

 

  ハリーが続きを言う前に、マダム・ポンフリーが癇癪を起こした。病人に余計な刺激を与える人間は、彼女の前では等しく悪なのだろう。

 

「ふふっ」

 

  ファッジとダンブルドアに出ていけと言える人間は、 そうそういない。立場関係なく接するマダム・ポンフリーを見て、セフォネは思わず笑ってしまった。

 

「おお、セフォネや。随分楽しそうじゃのぉ」

「すいません。魔法大臣とホグワーツ校長が立て続けに出ていけと怒られる様が面白くて、つい」

「ポピーは怒ると怖いからのぉ」

 

  ダンブルドアとセフォネは微笑み合った。ハリーとハーマイオニーはあまりの暢気さに言葉を失っていた。

 

「ダンブルドア。ブラックとペティグリューは何と?」

 

  これでは話が始まらない、とスネイプが幾分苛ついた口調でダンブルドアを促した。

 

「シリウス・ブラックによると、ピーター・ペティグリューが犯人で、自分に罪を着せたと。ピーター・ペティグリューによると、シリウス・ブラックが犯人であり、それを追い詰めた自分に復讐しにきたのだと。前者の証言の証人が3人、後者は0人。結果は明白じゃよ」

「ではダンブルドア……貴方は犯罪者の証言を信じるのか?」

「これは紛れもない冤罪事件じゃよ、コーネリウス」

 

  本日何度目か分からない沈黙が流れる。ファッジは顔を歪めていた。この状況では、シリウス・ブラックは無罪になってしまう。しかし、それでは魔法省が叩かれるのは明白。責任問題が発生し、自分が今の地位を追われてしまう可能性もある。

  その時、医務室のドアがノックされた。そして、白髪を短く切った片眼鏡をした女性が入ってきた。魔法法執行部長アメリア・ボーンズである。

 

「大臣、こちらにおいでと聞きましたが」

「ああ、アメリア。早かったじゃないか。吸魂鬼は………」

「吸魂鬼?」

 

  アメリアは聞き返した。何のことだか分からない、と行った様子である。

 

「そうだ。フクロウを飛ばして吸魂鬼を連れてこいと……」

「申し訳ありませんが、入れ違いになってしまったようです」

「では、何故君はここに?」

「真実薬と開心術士5名を手配し、シリウス・ブラック並びにピーター・ペティグリューの尋問に伺いました」

「何だと?」

「1時間程前、ミス・ブラックより書状が参りまして」

 

  セフォネは叫びの屋敷を出る前に、少しやることがあると言って残り、彼女宛に全ての出来事を記した手紙を書き、ホグズミードの郵便局にある速達フクロウ便で送ったのだ。

 

「その少し後から、マルフォイ氏を始めとした方々から次々に書状が」

 

  セフォネは試験の前に、自分が疑われている為、何かあったら力になって欲しいという趣旨の手紙を、自分のコネが通じる相手に送った。そして今夜、アメリアに手紙を書いたのと同時に、彼らにも同じ内容の手紙を書き、魔法省を後押ししてくれと頼んだのだ。もっとも、シリウスの冤罪を証明するというだけでは助けてくれないであろうから、自分に掛かっている嫌疑を解くためだと付け加えておいたが。

 

「ダンブルドア。彼らは何処に?」

「西塔におる。場所は覚えておるかの?」

「はい。では大臣、立ち会いを」

 

  ファッジは低く唸ると、やがて観念してアメリアの後に続いて扉へ向かう。

 

「ミスター・ファッジ。1つだけよろしいですか?」

 

  セフォネは立ち上がり、ファッジに近づいた。そして目の前まで行くと、いつも浮かべている笑みを消し、ファッジに鋭い視線を向けた。

 

「過ぎた保身は自らを滅ぼす。覚えておくといい」

 

  ファッジは僅かに後退り、何も言わぬまま扉の向こうへ消えていく。セフォネはその様子を静かに眺めていたが、またいつものように笑みを浮かべると、ダンブルドアに向き直って一礼し、寮に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  その次の日の朝刊の1面は、シリウス・ブラックの無罪放免並びにピーター・ペティグリュー逮捕で飾られた。魔法省側からのコメントは『誠に申し訳なく思っている。今後はこのような事態が起きないよう、改善に務めていきたい』とのこと。シリウスには十分な賠償金が支払われることになり、ペティグリューは厳正なる裁判を行った後にアズカバンへ収監されることになるだろう。

  大広間の生徒たちはその事件で賑わっていたが、さらに驚くべき事実が判明してしまった。

  スネイプがスリザリン生に、ルーピンが狼人間であるということを、()()()()暴露してしまったのだ。ルーピンはその日の内に辞職し、ホグワーツを去っていった。これにはドラコ等の一部のスリザリン生を除く多くの生徒が残念がった。

 

  そして、毎年恒例の学年パーティー。スリザリンテーブルは歓声に包まれていた。グリフィンドールから寮杯を奪還したからだ。これには、グリフィンドール生は大層悔しがり、来年こそはと敵意を剥き出しにしていた。

 

「それにしても、今年は色々あったわね」

「去年一昨年も色々ありましたけれどね」

 

  寮杯に大きく貢献したクィディッチチームは今、皆から囲まれて賞賛の声を浴びており、隅のほうで騒ぎに疲れたダフネと、それを微笑ましげに眺めるセフォネが料理に手をつけていた。セフォネは教員テーブルから呼び寄せたワインをゴブレットに注ぎ、酔わない程度に堪能している。

 

「あんた、何でワインなんて飲んでんのよ」

「職員テーブルから呼び寄せまして。貴方もどうですか?」

「折角だから頂くわ」

「そこ頂いちゃだめでしょ」

 

  やっとのことで開放されたエリスが、へとへとになって2人の隣にやってきた。

 

「何? 魔法界にはマグルみたいに未成年者は飲酒しちゃ駄目みたいな法律はないじゃない」

「倫理的にアウトよ」

 

  そういうエリスに構わず、ダフネもワインに口をつける。どこか常識が抜けている人間がもう1人増え、エリスは溜め息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  今年も学校が終わり、生徒たちは皆紅の汽車に乗り込んでいた。コンパートメントの面子は行きと一緒である。ラーミアは今年1年でアステリアとかなり仲良くなったらしく、また学生生活も満喫していたようでセフォネは嬉しかった。それはアステリアも同じのようで、ダフネもホグワーツを寂しがりつつ家に帰るのを楽しみにしている妹に微笑んでいた。

 そんなコンパートメント内で1人孤独を感じたのか、エリスが一言呟いた。

 

「セフォネにはラーミア、ダフネにはアステリア……私も妹欲しいなぁ」

「私は従者です!」

 

  最早恒例となりつつあるやり取りをしている間に、汽車はロンドン、キングズ・クロス駅に到着した。

 

「じゃあね」

「じゃ、また9月に」

「良い夏休みを」

「バイバーイ!」

「て、手紙送るから!」

 

  5人はホームで別れ、グリーングラス姉妹とエリスは親と合流し、セフォネとラーミアは改札口へと向かう。途中、ラーミアがちらりと駅の売店に視線を向けたのを見て、セフォネは尋ねた。

 

「何か気になりましたか?」

「え? ああ、いえ、ちょっと懐かしくなって」

「懐かしい?」

「あれです」

 

  売店は当然ながらマグル向け、というかマグルが経営しており、商品もマグル用品しか置いていない。ラーミアが指差したのは、飲み物売り場に積み上げられた赤い缶だった。

 

「あれは何ですか?」

「コーラというマグル界の炭酸飲料です。昔よく飲んだなって思って」

「そうですか……ちょっと飲んでみたいですね。マグルの紙幣は確か何枚か……」

 

  セフォネはポーチの中を探し、何枚かの20と書かれた紙幣を取り出した。そして、売店で2缶それを買う。何故か紙幣を出した時に驚いた顔をされ、足りないのかと思ったらどうやら十分過ぎたらしい。

 

「なぜマグル界は銀貨よりも紙のほうが値打ちが高いのでしょうか」

 

  マグルの貨幣制度に首を傾げつつ、1つをラーミアに差し出す。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

  なんだかねだってしまったようで申し訳なかったが、ラーミアはそれでも久しいコーラに口をつけた。

 

「………」

 

  セフォネも飲もうとしたが、開け方が分からない。魔法界にも缶という概念はあるし、容れ物としても使わている。しかし、イージーオープンエンド、即ちプルタブ方式の缶は普及しておらず、セフォネは開け方が分からないのだ。暫し考えていた後、ラーミアに救いを求めた。

 

「ラーミア」

「はい」

「開け方が分かりません」

 

  ラーミアは暫し口を開けたまま固まっていたが、不覚にも吹き出してしまった。

 

「ぷふっ……」

「馬鹿にしてます? まったく、主が困っているというのに、酷い従者ですこと」

「す、すみませ……ふふ」

「もう」

 

  何でも知っていて何でも出来るように見えるセフォネだからこそ、このような事に困っているギャップが面白かった。それをセフォネも理解しているのか、僅かに頬を赤らめている。

 

「どうぞ」

 

  ラーミアに開けてもらい、セフォネは初めてのコーラに舌鼓を打った。

  2人はコーラを飲みつつ改札を出て、出口へと向かう。そして駅を出たところで、声をかけられた。

 

「セフォネ」

 

  声がしたほうを向くと、そこにはシリウスが立っていた。開放されて1週間が経つが、まともな物を食べることが出来るようになって血色はよく、痩けていた頬も少し膨らんでいる。髪を切り髭も剃ったため、見た目は写真で見た若い頃に近づき、セフォネと顔立ちが似ているのがよく分かる。セフォネを男性にしたらこんな感じだろう、とラーミアは思っていた。

 

「シリウス。ハリーに会いにきたのですか?」

「ああ。それと、彼の叔父さんとも少し話をしに。ハリーとは夏休みの半分は一緒に暮らすことになったからね」

「良かったではないですか。住居のほうは?」

「心配いらないよ。ロンドン郊外に一軒家を買った。誰かさんが圧力を掛けてくれたおかげで、魔法省からはたんまりと金を貰ってね。昔叔父のアルファードから引き継いだ遺産並みだよ」

 

  魔法省はシリウスに、魔法界の平均年収の10年分と同額を賠償金として支払おうとしたが、慰謝料は何処に消えたのだとセフォネが進言し、賠償金の額はさらに膨れ上がった。きっと魔法省の経理は頭を抱えているだろうが、セフォネからしてみればちょっとした仕返しである。

 

「祖母が言っていた溝に捨てられた金とは、そのことでしたか」

「そのおかげで彼の名もタペストリーから消えていることだろう。まあ、何にせよ、君にはお礼を言いたかった。本当にありがとう。君のおかげで冤罪を晴らすことが出来た」

「私は何もしていませんよ」

 

  セフォネはそう惚けながら、残ったコーラを飲み干した。

 

「それに、結局ペティグリューには逃げられてしまったようですし」

 

  魔法省は、ペティグリューを逮捕してから僅か3日で裁判の準備を整え、アズカバンに勾留していたペティグリューを魔法省まで移送した。だが、魔法省についた途端隙をついたペティグリューが護衛の杖を奪い、変身して逃走してしまった。魔法省は地下にあるという都合上、換気口が多数あり、鼠になったペティグリューはそこに逃げ込み、姿をくらました。

  魔法省は即座に指名手配したが、未だに見つかっていない。魔法省の相次ぐ不祥事に、マスコミは嬉々として連日記事を書いている。

 

「あの野郎、いつかこの手で息の根を………さっきから気になっていたんだが、そこのお嬢さんは?」

「お初にお目にかかります、シリウス様。ブラック家の使用人、ラーミア・ウォレストンと申します」

「使用人だって? クリーチャーはどうした?」

「まだ現役ですよ。それでは、ここら辺で我々はお暇させて頂きます。近いうちに私物を引き取りに来て下さいね」

「ああ、そうするよ」

「では、ご機嫌よう」

 

  シリウスと別れ、2人はグリモールド・プレイス12番地へと帰宅した。

 




セフォネの手回し………ファッジの保守的な性格を知っているからこそ、事前に手を回しておきました。セフォネのコネって案外凄い。

シリウス無罪放免………やったね!

ランナウェイピーター………予言で逃げることは確定していました。彼がいないとヴォル様が蘇らないから。

セフォネ初コーラ………缶の開け方が分からない。最近書いてなかった可愛いセフォネを書きたかったんです。



アズカバン編終了です。結構字数が掛かった気がします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

THE GOBLET OF FIRE
3度目の夏休み


炎のゴブレット編スタートです。


  グリモールド・プレイス12番地に存在する、ブラック家代々の屋敷。ここの地下2階には、長年に渡って集められてきた書物が保管されている書庫がある。ホグワーツの図書館程の蔵書数でも規模でもないが、ゆうに数千冊に及ぶ本が、マホガニーで作られた本棚に並べられている。

  その中央には、一組のソファーとテーブルが置いてあり、屋敷の主が優雅に紅茶を味わいつつ、分厚く古びた書物を相当な速度で読み飛ばしていた。

 

「お待たせ致しました」

 

  夏休みに入り、メイド(仕事)に戻ったラーミアは書庫の整理兼給仕中であり、銀の盆に載せたティーセットを持ってきて、セフォネに紅茶を用意する。

 

「ありがとうございます」

 

  セフォネは読了した本を閉じると、ラーミアが淹れた紅茶に手を伸ばす。

 ラーミアは本を元の場所に戻そうと、机の上に散らばっている本を集めていたが、ふと、1冊の表紙に目を留めた。題名は"魂の声"と書かれている。

 

「あの、お嬢様。1つ聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

 

  やや遠慮がちに声を掛けてくる従者の様子に柔らかく微笑み、セフォネは向かいの席をラーミアに勧める。それは流石に躊躇われたらしく、ラーミアは立ち位置を会話がしやすい場所に変えた。 

 

「去年1年ホグワーツに配備されていた吸魂鬼(ディメンター)って、魂を吸い取るんですよね?」

「ええ」

「魂って何なんですか?」

 

  ラーミアが投げかけた質問に、セフォネは思案げになる。実際の話、端的に言えば"よく分からない"というのが解答である。いかに魔法界といえど、魂や死後の世界などについては、はっきりと判明していないのが事実なのだ。魂を利用した魔術などはあるものの、一般的な認識としては、"あるべくしてある"、"あって然るべき"というものでしかない。

  しかし、セフォネは魂の分野の魔術に関してはかなり精通している。もはや専門分野と言っても過言ではない。故に、自分なりの解釈ならば説明できる。

 

(ゴースト)とは何か、ですか。また深い議題を提示してきたものですね。機械的に言えば、肉体とは別の精神的実体、肉体を喪失したとしても、死後も存続することが可能だと考えられている非物資な存在です」

「もう少し分かりやすくというか、具体的にというか」

「私なりに言わせてもらえば、人を人たらしめているもの、ですかね」

「人たらしめる?」

「ええ。貴方は吸魂鬼(ディメンター)(ゴースト)を吸われた人間の末路をご存知ですか?」

「廃人になって、いずれは吸魂鬼(ディメンター)になってしまうんでしたよね」

「その通りです。人は(ゴースト)があるからこそ、人として生きている。(ゴースト)が無ければもはやそれは人で無く、人間の形をしたただの物質に過ぎないのです。その逆も然り」

 

  そう言うと、セフォネは杖を振り、1冊の本を呼び寄せた。"深い闇の秘術"という、闇の魔術がぎっしりつまった貴重な本だ。ホグワーツの禁書棚には置いていないが、きっとダンブルドアあたりが取り除いたのだろう。

 

「魂に関する魔術として、"ホークラックス"というものが存在します。自らの魂を引き裂いて他の物に保存する、つまり分霊箱を制作する魔術です。仮に肉体を喪失しても、保存された魂がその存在を繋ぎ止める為、分霊箱がある限りその者は死なない。しかし、肉体を喪失すれば霊とも生命体とも呼べないほど弱い霞のような、残留思念のような存在となるのです」

 

  セフォネが分霊箱についてのページをラーミアに見せる。ラーミアはそれを眺めていたが、やがて神妙な面持ちで顔をあげた。

 

「お嬢様、これ私に見せていい部類の物じゃないんじゃ………」

 

  分霊箱の制作方法、即ち魂の引き裂き方は、殺人である。他者の命を犧牲にして自らの命を補強するという特性から、最も邪悪な魔法と見なされ、その存在は一部の者しか知らない。

 

「私はこれを7歳の頃読みましたから、問題ないでしょう」

 

  それに、何も分霊箱を作る為には必ず人を殺さなければならない訳ではない。魂を引き裂く魔法は存在するのだ。公にはそのような魔法は存在しないが、13年前のある夜、ロンドンのとある街で、突発的に誕生した。まだ魔法を制御出来ていない2歳の少女の感情の爆発によるものだった。しかもそれを知る者はこの世に、それを行った少女ただ1人しかいない。

 

「7歳って……でも、魂が引き裂ける、つまり引き算が出来るってことは、足し算も出来るんですか?」

「足し算ですか。世間一般論としては不可能です」

「一般論じゃないなら可能なんですか?」

 

  セフォネの含みのある言い方に、ラーミアが引っ掛かったようで、首を傾げている。

 

「魔法は万能ではありませんが、しかし未開拓の分野も多い。もしかすれば、出来るかもしれないということですよ」

「出来たとすればですけど、どうなるんでしょうか?」

「そうですね。先程も行った通り(ゴースト)とは人を人たらしめているもの。仮にAという人物にBという人物の(ゴースト)を混ぜたとしましょう。その場合、Aの中身はBに成るかもしれない。AがAでいられる保障はないのです。しかし、人は絶えず変化するものだし、Aが今のA自身であろうとする執着は、Aを制約し続けることになるでしょうね。でも、それは果たしてAと呼べるのか? もし呼べるとするならば、Bを形成していた(ゴースト)の行方は? 結果的には、それはAでもBでも無いのかもしれません」

「はあ………すいません、よく分からないです」

 

  この問題はどちらかといえば、魔術云々ではなくて哲学の問題になるだろう。様々な経験をしてきたラーミアであるが、セフォネのいう意味を理解出来なかった。

 

「ちょっと難しく言い過ぎましたかね」

 

  セフォネは肩を竦めて紅茶に口をつける。ラーミアは頭がこんがらがった為、なんとなくセフォネから受け取った本を流し読みする。

 

「お嬢様。この本ちょっとヤバ過ぎないですか?」

 

  ペラペラと捲って中身を見ていたラーミアは、その内容の危険度の高さに当惑した。

 

「まあこの本は確かに刺激が強すぎますけどね。ああ、でもこの技は覚えておいて損はないですよ」

 

  セフォネはページを捲り、悪霊の火に関しての記述がされたページを開いた。

 

「死の呪文を除けば、攻撃用としては最上位の部類の魔法です」

「…難易度が私には高いと思うんですけど……」

「守護霊を創り出せる貴方であれば、夏休み中には習得出来るかと」

 

  セフォネはテーブルに積んであった別の本を手に取ると、また猛烈なスピードで読み飛ばし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  7月半ば。本格的な夏に入り、皮膚を焦がさんばかりの日光が照りつけている。

  ロンドンのはずれにある古びた教会の墓地。中世以前から存在するこの場所に、2人の男女がいた。去年1年間指名手配されていたシリウス・ブラックと、その姪でブラック家第33代目当主ペルセフォネ・ブラックだ。2人の手には花束が握られていた。

 

「ここに来るのも随分と久しぶりだ」

 

 シリウスは16歳で家出し、それ以降家族との関わりを断った。墓参など20年近くしていない。しかし、彼は家族の中で唯一愛していた妹に花を手向けるため、セフォネと共にやって来たのだ。

 

「ここです」

 

 一際新しい墓石の前でセフォネは立ち止まった。そこには、

 

アレクサンダー・ブラック〈1959〜1981〉

デメテル・ブラック〈1961〜1990〉

 

と彫られている。

 シリウスとセフォネは順に花を供えた。そしてセフォネはその隣の祖母、祖父、叔父の墓にも花を供える。

 

「ん? こんな木生えていたか?」

 

 シリウスは2つの墓の真ん中に生えた、薄紅色の花を咲かせた木を見上げた。

 

「母様を埋葬した際に植えました。魔法で成長は早めましたが」

「何の木だ?」

「柘榴です」

「ほう。何でまた柘榴なんか?」

「ギリシャ神話でのペルセフォネと柘榴のエピソードはご存知ですか?」

「ああ」

 

  かつてコレーと呼ばれていたペルセフォネは、彼女に恋したハデスに冥界に連れ去られ、そこで寛大に饗され、女王の地位とペルセフォネ(破壊者または目の眩むような光の意)の称号を与えられた。彼女は地上に帰りたがり、母デメテルも彼女を連れ戻しにやって来た。しかし、ペルセフォネはハデスに与えられた柘榴の実を食してしまった。冥界の食べ物を口にしてしまった為、彼女は冥界の住人となり、ハデスに差し出された内の12粒中4粒食したことから、1年の3分の1は冥界に留まらければならなくなってしまった。

  以上が、ギリシャ神話における冥界下りのシーンである。

 

「墓場というのは、冥界の入り口とも呼べる場所。そこで育った柘榴の実を喰らえば冥府の人間になり、亡き両親に会えるのでは……とまあ、ちょっとした洒落です。私らしくもないですが、このように可憐に花を咲かせた様子を見ると、それも悪くなかったと思いますね」

 

 セフォネはそう言って微笑んでいるが、シリウスには悲しみを紛らわせているように見えた。デメテルも自分の感情を隠すためによく笑っていた。そんな彼女と人生の半分は一緒にいたシリウスにとって、セフォネの笑みの意味を理解するのは、難しいことではなかった。

 

「さて、そろそろ我が屋敷へ参りましょうか。あの下品な張り紙を早急に撤去して頂きたいので」

「捨ててなかったのか?」

「私は人様の物を勝手に捨てるような人間ではございませんわ。では、これを」

 

 セフォネは1枚の羊皮紙をシリウスに見せた。そこには、グリモールド・プレイス12番地と書かれている。

 

「何でこんなものを……ああ、なる程。忠誠の術か」

「左様です。"姿くらまし"は出来ますよね?」

「おいおい、馬鹿にしないでくれよ。これでも成績は良かったんだぞ? 君ほどではないがな。さあ、手に掴まるといい」

 

  セフォネは既に姿表しをすることが出来るし、臭いも消し去った為、自力で移動出来る。しかし、この術の使用に必要な免許を持っていないし、臭いを消すことは犯罪であるから、シリウスに素直に従って左手を軽く掴んだ。

 

「3、2、1………」

 

  次の瞬間、2人は墓地から消え、グリモールド・プレイスの道路まで移動した。

  シリウスは目の前にある屋敷を見上げ、溜め息をつきながらポツリと呟いた。

 

「懐かしの我が家だ」

 

  もう二度と帰らない。16歳の時にそう決意し、涙ながらに微笑んだ妹に見送られた、あの懐かしの玄関。この家を出ていく時に心残りだったのは、その妹のことだけだった。

 

「どうかしましたか?」

 

  感傷に浸っていると、すでに階段の上にいるセフォネが声をかけてきた。シリウスは表情を取り繕う。

 

「いや、何でもない」

 

  セフォネは不思議そうに首を傾げている。その姿がまたしても妹の様子と重なった。その仕草、口調、表情が、瞳の色を除いて全てデメテルに瓜二つ。ともすればデメテル本人に見える。家族の中で唯一愛した、愛しき妹。今目の前にいるのは、本当は妹なのではないのだろうか。

 

(…何を考えているんだ。彼女はデメテルじゃない……)

 

  そう、目の前に立っているのは妹ではなく姪。しかも、父親はあのスネイプの親友なのだ。いや、よく考えれば、デメテルもスネイプの親友である。それが気に入らなかった為、シリウスがスネイプに対する憎悪を益々深めたのはまた別の話だ。

 

「では、どうぞ」

 

  シリウスが踊り場まで来ると、セフォネが扉を開けて、先へと促した。

 

「お邪魔するよ」

「ただいま、でもよろしいのですよ?」

「冗談を」

「素直じゃないですね。感傷に浸る程懐かしいくせに」

「君に言われたくないね。というか、誰も感傷に浸ってなんかいない」

 

  軽口を叩き合いながら家に入ると、ラーミアが深々とお辞儀して出迎えた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。ようこそいらっしゃいました、シリウス様」

「様、は無くていい」

「いえ。お嬢様の伯父上であるシリウス様に、そのような無礼な真似はいたしかねます」

 

  ラーミアは初の客人とあって、緊張気味且つ口調が固い。普段はやや砕けた敬語なのだが、今日に限ってはセフォネよりもかっちりしている。

 

「固いですよ、ラーミア。もっとソフトでよろしいのですよ?」

「客人を前にそのような……」

「客人といっても、やんちゃな家出息子の里帰りですわ」

「おいおい、客人を前に言ってくれるじゃないか」

「ふふっ」

 

  そうやって悪戯っぽく笑う様など、まさしくデメテルそっくりである。シリウスは再び沸いてきたイメージを打ち消し、辺りを見回した。

 

「なんか……明るくなったな」

 

  シリウスが住んでいた時よりも明るい。それもそのはず、セフォネがシャンデリアの数を増やしたからだ。

  それに、以前置かれていた屋敷しもべ妖精の首という悪趣味なインテリアも撤去され、煩い程に主張していた蛇のモチーフも、幾分落ち着いている。以前は蛇が這うようなデザインだったカーペットが、豪華絢爛なペルシャ絨毯になっていた。シャンデリアの燭台が銀製の蛇なのは変わらないが。

 

「少しだけ手を加えましたからね」

 

  いかにインドアで引き篭もり気質だからと言って、始終薄暗ければ気が滅入るし、目に悪い。それ故シャンデリアの数を増やしたのだ。屋敷しもべ妖精の首は誰がどう見ても気味が悪いから撤去し、カーペットはただ単に寿命で張り替えただけである。

 

「まあ、あれだ。中々いいんじゃないか」

「お褒め頂き光栄ですわ」

「んじゃ、荷物をとってくるよ」

「手伝いましょうか?」

「いや、大丈夫だ。お構いなく」

 

  そう言うと、シリウスは階段を登って上階に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  8月を少し過ぎた頃だった。その日、セフォネのペットのシマフクロウのエウロペが、親友のエリスとやり取りしている手紙を、自室にいたセフォネの元に運んできた。

 

「ご苦労様」

 

  優しく撫でながら、セフォネはエウロペを鳥籠に入れ、餌をやる。そしてソファーに座り、ペーパーナイフで開封して手紙を読んだ。

 

「なるほど」

 

  どうやら、彼女の母親が今年英国で開かれるクィディッチワールドカップの医療班のリーダーであるようで、そのつてでチケットが3枚手に入ったらしい。だから、セフォネとラーミアも一緒にどうか、という内容である。

  セフォネはそのまま自室を出て、すぐ正面にあるドアをノックした。

 

「はい」

 

  間を置かずに、薄い水色のネグリジェに白いカーディガンを羽織ったラーミアが出てきた。

 

「どうしたんですか?」

「1週間後の日曜日に、クィディッチワールドカップが行われるのですが、エリスがチケットを手に入れてくれたようで、是非私と貴方を招待したいと。私は行きますが、貴方はどうしますか?」

「勿論お伴します」

 

  打てば響くような返答に、セフォネは思わず笑みを零した。

 

「分かりました。では、そのように返答しておきます。おやすみなさい」

「おやすみなさいませ」

 

  部屋に戻ったセフォネは、返事を書いてエウロペにもたせた。

 

「よろしくお願いします」

 

  エウロペは1つ鳴くと、羽を広げて窓から飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  次の週の土曜日。セフォネとラーミアは玄関に立っていた。セフォネは黒のケープコートに濃いブルーのスカート、ストッキングと季節感無視の服装。ラーミアは白いシャツに黒いベストとスカート、頭に黒いリボンと2人並ぶと葬式に行くかのような黒一色の服装である。

 

「自分で言うのもなんですが、私達お葬式に行くみたいですよね」

 

  セフォネはデメテルのお下がりを基本的に着ているのだが、どうもデメテルは黒い服装を好んでいたらしく、箪笥は黒い服ばかり。自分に白だのピンクの服が似合うとも思わないし、別に構わないのだが、隣にいるラーミアまで黒で攻めてくると、どうしても喪服感が否めない。

 

「いえ。そんなことはないと思います……多分」

 

  ラーミアもそれに合わせて黒のベストとスカートなわけだが、そう言われると喪服のようである。しかし、ラーミアとしては使用人として初の公の場、フォーマルなくらいで丁度いいのだ。

 

「まあ、別に問題はないですし。それでは行きましょうか」

 

  セフォネはラーミアに右手を差し出し、ラーミアがその手を取る。その動作でさえも優雅で洗練されており、まるでダンスにエスコートされているかのようだった。

 

「1、2、3………」

 

  次の瞬間引っ張られるような感覚がし、そしてそれが治まると、2人はどこかの森に立っていた。

 

「辺りに人は……いませんね」

 

  未成年が姿現しを使うのは、流石に問題である。その為、セフォネはわざとずれた位置に姿表ししていた。

 

「行きましょうか」

「あぅぅ……あ、はい。すみません」

 

  まだあまり慣れていない姿表しの感覚に少し酔っていたラーミアは気を取り直して、セフォネについて森を進んだ。

 




魂についてのセフォネの考察………魂と書いてゴーストと読むのは、筆者が攻殻ファンだからです。

ラーミアが悪霊の火習得………着々と英才教育を施されています

シリウス来訪………ちゃんとポスター取りに来ました

喪服っぽい………セフォネの服装は黒中心です。ブラックですから。そして、それに合わせてラーミアも黒化。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再開

 キャンプ場に近づくにつれて、賑やかな声が段々と大きく聞こえてくる。そして、セフォネとラーミアはキャンプ場の入り口に到着した。

 エリスの母は遊びではなく仕事でこの大会に来ている為、準備があるから昨日の内に現地入りしているようで、ブラッドフォード家が予約した場所をキャンプ場の管理人に聞く必要がある。

 

「ラーミア、ちょっと」

 

 セフォネはラーミアに何やら耳打ちした。

 

「………それ、本当に必要あるんですか?」

「いいからいいから」

 

 セフォネはラーミアの背中を押し、ラーミアはしぶしぶといった様子で管理人の前へ歩みでた。

 

「あのぉ」

 

 ラーミアが呼びかけると、管理人は訝しげな目でラーミアを見た。まだ幼さが残る少女が1人でいたら、普通は変に思うだろう。これもセフォネの計算の内であるが。

 

「何だ?」

「えと…そのぉ、お友達とはぐれちゃって……」

 

 ラーミアは後ろに手を組み、身体をモジモジさせて管理人を上目遣いで見つめる。その頬は僅かに紅潮しており、管理人は僅かに唸った。

 

「ブラッドフォードって言うんですけど……どこに予約してるか、教えてもらえませんか…?」

 

 最後に止めといわんばかりに首を傾げ、管理人は陥落した。デレデレと表情を緩ませた管理人は、必要以上に丁寧に行き方を説明し、見えなくなるまで手を振って見送っていた。

 

「ふふっ……あっははははは!」

 

 セフォネは管理人の目がラーミアに行っている内に安々とキャンプ場に入り、少し先で一連の出来事を見ていた。

 

「はぁ……もう、何させるんですか!」

 

 セフォネの指令により、ラーミアは管理人に色仕掛け、というよりは可愛いを全面アピールし、エリスとエリスの母がいる場所を聞き出したのだが、あんな風に振る舞うのはかなり恥ずかしい。それに、さっきのは必要だったのかどうか疑問である。

 

「いやはや……古今東西、男性というのは女の涙と可愛い少女に弱いと聞きますが……まさかこれ程とは。流石は我が従者です」

「絶対面白がってやらせただけですよね?」

「面倒を避けたい半分、面白半分です」

 

 魔法族という人々は、マグルにとってはとにかく目立つ存在。それが10万人規模で集まっている最中、マグルである管理人が色々不審に思わないわけがない。そんな中、年端も行かぬ少女2人で尋ねれば、何かあると思われかねない。そのような追求を避けたかった且つラーミアを弄りたかっただけであった。

 

「あっさり認めないで下さい」

「容姿は女の武器です。その使い方を知っておいて、損はありませんよ。それにしても……中々珍妙な光景ですね」

 

  2人が歩く道の両側には、様々なテントが建てられていた。煙突や屋根が付けられているテント、三階建てのテント、噴水つきの庭や時計塔が設置されているテントetc。周囲の人間たちが着る服も謎で、魔法界のローブのままの人間とマグル風の服を着た人間が混在している。しかし、マグル風の服装は間違いが多く、ポンチョをスカートと誤って着ている老婆などがいた。

  あまりにマグルの変装が下手な人間が多いゆえ、ラーミアが笑いを堪えている。暫く進むと、スタジアムにかなり近い場所に、聖マンゴの紋章入りのテントを発見した。そしてそこから、金髪碧眼の活発そうな少女が出てくる。セフォネの親友、エリス・ブラッドフォードだ。

 

「セフォネ、ラーミア。今丁度迎えに行こうと思っていた所よ。どうしてここが分かったの?」

「管理人に尋ねました」

「なるほどね」

「お母様はどちらに? ご挨拶をしたいのですが」

「ああ、中にいるわよ。どうぞ上がって」

「では、失礼します」

「失礼します」

 

  中に入ると、そこは1つの住居のような佇まいだった。内装は全体的に白とベージュで統一されたシックなデザインだ。1階はリビングとキッチン、バスルーム、トイレがあり、吹き抜けの2階には部屋が4つ程ある。中央にある螺旋階段でそこに移動できるらしい。ここに住めと言われれば確実に住めるだろう。

  外は大きめのテント、という風貌であったために、ラーミアがポカンと口を開けて驚いている。そんな彼女に2人はクスリと笑う。

 

「ママ、2人が来たわ」

 

  エリスが2階に向けて呼びかけると、3人から見て1番右端の部屋から1人の女性が出てきた。そして、その姿を見たセフォネは目を見開いた。

 

「貴方は……!」

 

  薄いピンク色に染めたショートカットヘアに、20代かと思うような童顔。実際は30代だ。

  セフォネにとって彼女は見覚えがあるどころの話ではない。5歳〜10歳にかけて、セフォネが外の人間で周期的に会っていた唯一の人物。

 

「もう4年も経つのね……久しぶりね、セフォネちゃん」

 

  女性は複雑そうな面持ちでありながらも、優しそうに、懐かしそうに微笑みを浮かべ、セフォネの前に立った。

 以前は見上げていた彼女は今では同じ背丈、いや、もう抜いているか。時が経つのは早いものだ、とセフォネも感傷に浸りつつ、彼女に微笑み返した。

 

「ええ、ご無沙汰いたしております。お元気そうで何よりですわ、ミセス・セレーネ・ボナム。いや、ミセス・ブラッドフォード」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金髪を薄いピンク色に染めたショートカットヘアの、1人の女性癒師がいた。セレーネ・ブラッドフォード、職場では旧姓のボナムを名乗っている。その名から分かる通り、聖マンゴ魔法疾患傷害病院の創設者マンゴ・ボナムの末裔である。彼女の専門分野は特になし。一応の所属は呪文性疾患科だが、全部門の知識に明るいオールラウンダーだ。

 幼い頃より癒者の名家の娘として育てられ、また彼女自身の才能も高く、今では希望の星として若手で最も優秀な癒者という評価を貰っている。だが、学生時代を真面目に過ごしすぎたせいで、大人になってから遊びたい精神が表に出てきており、研修期間終了後あたりから染髪した。真面目一辺倒の両親はあまりいい顔をしなかったが、このくらいいいだろうと寧ろ色がどんどん奇抜になっていった。

 夫はテセウス・ブラッドフォード。こちらも代々癒者を輩出してきた家柄の出で、幼い頃から親交があった。今では5歳になる一人娘エリスがいる。

 

 そんな彼女は今、病室で1人の患者の治療にあたっていた。肌は異様な程に白い、黒髪のまるで人形のような美しさの少女だ。

 30分程前、ファッジという魔法省役人が、全身傷だらけの女と、顔に血の涙の跡を残すこの少女を連れてきた。女のほうはなにか闇の魔術でやられたらしく、体中隈なく毒性のある刃で傷ついており、深いものは骨まで達している。血は止まったが、全ての傷を元通りに再生することは出来なかった。深い傷などは、恐らく一生残るだろう。

 こちらの少女は、表面上は何も問題ない。だが、内臓が激しく傷つき、呼吸も弱い。魔法薬を飲ませて暫く安静にしておき、今様子を見ているところだ。

 

「呼吸脈拍共に正常……良かったわ。でも、魔力の暴走だけでこんなことって…」

 

 セレーネはこの少女を知っていた。自分が担当している患者の娘だ。その患者は、事故で吸魂鬼に魂を吸われて廃人と化したが、3年経った今でも吸魂鬼化することなく人の姿を保っており、今は長期入院病棟であるヤヌス・シッキー棟に移された。そこは呪文性疾患の患者用の病棟であるが、年単位での入院と廃人であるという現状からそこに移されたのだ。

 患者の娘である少女は祖母と2人暮らしだったが、その祖母はつい先日に亡くなったと聞いている。

 セレーネはカルテを捲った。

 ペルセフォネ・ブラック。1979年9月22日産まれ。性別は女性。これまでの治療記録は無し。補足事項として、生まれた直後に魔法力が現れた特殊なケースである、らしい。

 

「…ん……」

 

 セレーネがカルテを読み終えた時、少女―――ペルセフォネが目を覚ました。

 

「気分はどうかしら?」

「…ここは…病院……?」

「そうよ。貴方は気を失ってここに運ばれたの」

「…ミセス・ボナム……」

「一体何があったの? 教えてくれるかしら、セフォネちゃん」

 

 セレーネはセフォネに目線の高さを合わせ、優しく尋ねた。だがセフォネはそれに答えず、身を起こした。

 

「…クリーチャー……」

 

  すると、バチンと言う音がして、1匹の屋敷しもべ妖精が姿を現した。

 

「お呼びでしょうか、御主人様」

「…屋敷へ……」

 

  セフォネは屋敷しもべ妖精の姿くらましで家に帰るらしい。それを、慌ててセレーネが呼び止める。

 

「ち、ちょっと待ちなさい。まだ安静にしてないと。最低でも2日は入院……」

「…ミセス・ボナム。貴方が(わたし)に構う必要はない。母様のことを頼んだ。……クリーチャー」

「かしこまりました、御主人様」

 

  セレーネが引き止める間もなくセフォネは屋敷しもべ妖精に触れ、病院からいなくなった。

 

 その後5年間。セフォネは度々母の見舞いに訪れた。彼女が来ている時はなるべく会うようにしていたが、彼女はいつも無表情だった。瞳は深い闇に囚われ、抑えきれない怒りや憎しみを無理やり押さえつけているかのようだった。

 それに、彼女は異様に白く、身体もやけに細い。セフォネが食事に困るはずはない。彼女はブラック家の全財産を相続しているのだから。ならば、彼女が自らあまり食事を取っていないということだ。それを彼女に尋ねると、食事の時間が勿体無いのだと言った。

 それだけではない。彼女は偶に酷く傷ついていた。また内臓にダメージを負っていたり、どこかを火傷していたり。その度に魔法薬だけを要求された。

 それらが心配で、彼女に何かを食べさせ無理はしないように言おうと、カフェテリアに誘おうとしたことも数回あった。だが、セフォネは無表情にそれを断り、あまり長居せずに帰っていく。その後姿を見ていると、彼女が自分の娘と同い年だとは、とても思えなかった。

 

  彼女の母デメテルはその間一度も吸魂鬼化する兆候を見せなかった。

 何かがおかしい。そう、セレーネは思った。吸魂鬼に魂を吸われれば、個人差はあれど吸魂鬼と化す。しかし、10年近くもそのままの人間など、記録上存在しない。考えられる可能性は1つ。デメテルの中には魂が残っている。人として生きるには不十分な、人の姿を保つには十分な程の魂の残滓が。

 しかし、そんなことは、果たしてあり得るのだろうか。空いた時間に幾つもの資料を調べたが、前例は未だ無い。魂はそれで1つの存在であり、吸魂鬼はそれを喰らう。もし仮にデメテルの中に魂が残っているとして、それは接吻時に魂が引き裂かれ、吸魂鬼の食事途中の獲物を一部逃がした、という方法しかない。しかし、魂を引き裂く魔法は、相当に深い闇の魔術。自分も詳細は知らないが、確かホークラックスという魔法が存在していたはずだ。

 しかしある日、デメテルについて色々考察する必要は無くなった。

 

 1990年12月17日。クリスマスまで後一週間だという日の未明に、デメテル・ブラックはその生涯を閉じた。

 

  第一発見者は別の朝の見回りをしていた癒者だった。自宅にいたセレーネは急いで駆けつけ、デメテルの死因を調査した。しかし、その死因は不明。体に何も異常は無く、健康そのものだったのだ。唯一不審だった点は、彼女が何故か笑っていたことだけ。

  不審に思うと同時に、患者の死には慣れているはずのセレーネでも、10年関わってきたデメテルが死んだことは相当なショックだった。第一、これをどうセフォネに説明すればいいと言うのか。そう思った時、ベッドのシーツに僅かながら赤い物が付着しているのを見つけた。

 

(…血?)

 

  茶色く変色しかかってはいるが、まだ新しい。シーツは基本的に毎朝取り換えられるので、これは昨日の朝から今朝までに付着したものだろう。しかし、デメテルに傷はない。

  一体何があったのか。そう思った時。

  静かに病室の扉が開く音が聞こえ、セレーネは扉を振り向いた。するとそこには、セフォネが立っていた。

 

「セフォネちゃん……」

 

  二の句が告げない。彼女の母の死を、伝えることが出来ない。セフォネは病室に入り、ベッドの側へ行く。

 

「あのね…貴方のお母さんは……」

 

  意を決してセフォネに告げようとした。だが、セレーネは、続きを言わなかった。いや、言うことが出来なかった。

 

「おやすみなさい…母様……」

 

  セフォネは微笑んでいた。この5年間、一度も笑わず、他者を決して寄せ付けないオーラを放っていた彼女は、柔和に微笑んで、デメテルの頭を撫でていた。

 

「ミセス・ボナム。これまでありがとうございました。お礼申し上げます」

 

  セレーネが唖然としていると、セフォネはセレーネに深々とお辞儀した。

 

「貴方は本当に良い癒師ですわ。人としても。ですから、母の死を自分の責任だと感じてしまうことでしょう。しかし、それは違いますわ。貴方に責任は一切無い。それに、死は決して悪いこととは限りません。死は母にとって無為な生からの救済なのです」

 

  眼前の少女は、本当にセフォネなのだろうか。言葉遣いから性格まで、そっくり誰かと入れ替えてしまったような、まるで別人だ。

 

「既に葬儀の手筈は整っております。親類のみの家族葬の予定なのですが、是非貴方には参列して頂きたいのです。よろしいでしょうか?」

「え、ええ。勿論……よ」

「ありがとうございます。母も喜ぶでしょう。では、(わたくし)はこれで」

 

  セフォネは優雅に一礼すると、病室を去っていく。

 

「一体……何があったというの……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? 知り合い?」

 

  恐らく、セフォネとセレーネは同じことを思い出していただろう。そこに、エリスの素っ頓狂な声が響く。

  まともに回答してもいい。セレーネはセフォネの母の主治癒だったのだと。しかし、セフォネはそれで空気を壊すことを避ける為、後でちゃんと伝える機会があるだろう、と真実をぼやかした。

 

「小さい頃、無茶をやった時によくお世話になっていまして。まさか、エリスのお母様だとは思いもよりませんでした」

 

  セレーネもセフォネと同意見なのか、余計なことは一切言わなかった。

 

「私もよ。1年生の時にエリスが話してた反則レベルで規格外の友人、っていうのが貴方のことだと分かった時、とても驚いたもの。世間はまったく狭いものね」

「初耳なんだけど。何で言ってくれなかったのよ」

 

  拗ねたように口を尖らせたエリスを見て、セフォネとセレーネは両者とも悪戯な微笑みを向けた。

 

「いつかバレた時に驚かせようと思って」

「大成功ですわね」

「ふふ……ホント。そちらのお嬢さんが、セフォネちゃんのメイドさんかしら?」

 

  ラーミアは優雅にお辞儀し、自己紹介した。

 

「はい。ラーミア・ウォレストンと申します。ブラッドフォード様、この度はお招き頂き深く御礼申し上げ……」

 

シリウスの時もそうだったが、ラーミアはブラック家の使用人として知人以外の者と接するとき、態度が異様に固くなる。純血貴族ブラック家の、そしてその当主たるセフォネに相応しいようにという本人なりの意思の表れなのだろうが、まだ幼い少女の範囲を出ないラーミアがやると、どこか背伸びしているような印象である。そこもまた可愛らしく、セレーネはつい微笑みを漏らした。

 

「固いわよ、もう。様は無くていいし、セレーネでいいわ。セフォネちゃんもね」

「では、私からも感謝申し上げますわ、セレーネ」

 

まるで旧交を温めるかのような様子の2人を見て、エリスがぼやく。

 

「友達が自分の母親と知らないところで仲良くなってた、ってのはちょっと複雑よ」

「私としては、こんなに小さかったセフォネちゃんに背を抜かれたことが複雑なんだけどねぇ。ていうか、背高くない? それとも私が小さいの?」

「どちらも、でしょうね」

「素直に認めないでよ。これでも気にしてるんだから。傷付いちゃうわ」

 

  セレーネはそう言うと、セフォネの頭をポンポンと軽く叩いた。思い返せば、彼女がここまで会話している所は、セレーネにとっては初めてだ。4年前はあまりの豹変ぶりを訝しんだが、こうして娘たちと楽しそうに過ごしているのを見ると、本当に良かったと思う。

  その時、1匹のフクロウがテントに飛び込んできた。セレーネはフクロウから手紙を受け取り、さっと目を通した。

 

「呼び出しね。多分大会が終わるまで帰って来れないと思うけど、まあ、楽しんで頂戴ね」

「うん。いってらっしゃい」

「はい。ご健闘をお祈りします」

「ありがとうございます」

 

 まさしく三者三様の反応に、セレーネは優しい笑みを零した。

 

「ふふ……じゃあ、行ってきます」

 

  セレーネがテントから去っていく。彼女は若いが、ああ見えてクィディッチワールドカップの治療チームの総責任者だ。今からの仕事も大変だろう。なにせ、ワールドカップともなると、怪我の頻度も重さも、ホグワーツのそれとは段違いなのだから。

 

「それにしても、まさか知り合いだったとはね」

「貴方のほうこそ、まさか娘だったとは」

 

  セレーネの娘ということは、彼女もマンゴ・ボナムの子孫、聖マンゴ創設者の末裔ということ。彼女の治療系魔法に対するセンスの高さも納得である。

 

「ママ髪染めてるから。分かりづらいわよね」

「いえ、それ以前に」

「ん?」

 

  セフォネは意味ありげな目線をエリスの体、具体的には胸に向ける。エリスは首を傾げているが、ラーミアはその意味が分かったようだ。

 

「ああ、確かに。胸の大き……あっ」

「ラーミア……言ったわねぇ!」

 

  セレーネは童顔ながらも、豊かな胸を持っている。それに反し、エリスの胸は1年次からあまり成長していない。大きさ的にはラーミアと同じくらいだ。ということは、ラーミアは人のことを言えないのであるが、まあまだ成長の余地があるということで。

 

「そんなこと言うのはこの口かぁ! 成長するもん。まだまだ成長期だもん!」

「ご、ごめんにゃひいいい!」

「あっははははは!」

 

  エリスはラーミアの頬をムギュっとつねり、セフォネは爆笑している。暫く騒いで落ち着くと、3人はテーブルに腰を落ち着けた。

 

「はふぅ」

「さて、これからどうしましょうか」

「そうね……ちょっと早いけどお昼食べる?」

「それなら、私が用意します」

「あら、ありがとう。そう言われると、貴方ってメイドだったわね」

「そう言われなくても従者ですよ、もう」

 

  ラーミアは頬を膨らませながらも、すぐ近くに据えられているキッチンへ行き、蛇口を捻って手を洗う。

 

「食材はどこですか?」

「そこの右の食器棚にあるわ」

「食器棚?」

 

  見たところ、縦30センチ横50センチほどの普通の食器棚である。疑問に思いつつもそこを開けると、ひんやりとした冷気が立ち込め、そこにはかなり広い空間があった。食料も3日分くらいはある。しかし、それにしては広い。ブラック邸の食料庫並みの大きさである。

 

「拡大呪文と保冷呪文ですか。魔法って、ホント便利ですよね。ていうか、何でこんなに広いんですか?」

「元々長期のキャンプ用なのよ。病院の慰安旅行に使ってたんだけど、1、2回しか使われてないらしくてね。ママが今回の為に病院から借りたのよ」

「これキャンプっていうよりは、普通に住居ですけどね」

「魔法界ではわりと普通のほうですよ」

 

  ラーミアが作った昼食を食べ、その後は試合の時間まで気兼ねないお喋りに花を咲かせた。

 




デレデレ管理人………可愛いは正義!

エリス母登場………まさかのデメテルの主治癒。彼女は幼少期のセフォネを知る数少ないうちの1人です。



受験を応援してくださる声が多くて、非常に嬉しいです。なんとか活動休止までに後1本、せめてワールドカップを終わらせたいと思います。というか、ここまでワールドカップ編が長いSSもあんまりないような。
次回は多分、セフォネが狂気モードになると思います。なんせ仇の1人が登場しますから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ワールドカップと闇の印

  試合の開始1時間前になると、大きい鐘の音が鳴り、競技場までの道の誘導灯が一斉に灯った。

 

「いよいよね」

 

  エリスが弾けるように立ち上がって、3枚チケットがあるかを確認し、テントから飛び出ていく。セフォネとラーミアもそれに続いた。

  このテントはクィディッチワールドカップ関係者用の場所にある為、一般客が予約するテントよりも遥かに競技場に近い。周囲にはまだ人がまばらで、並ぶことなく入り口のゲートに辿り着いた。

 

「最上階貴賓席! お嬢さん方、真っ直ぐ1番上まであがって」

 

  受付の魔女はチケットを検めると、側の階段を指差した。階段には深紫色の絨毯が敷かれている。競技場を囲む壁が金色だったことといい、国際試合開催国として魔法省は見栄を張りたいらしい。

 

「貴賓席ですか? よく手配出来ましたね」

「ママと、正確にはお祖父ちゃんと魔法ゲーム・スポーツ部の部長のバグマンさんが知り合いでね。なんでも、バグマンさんがクィディッチ選手だったころにお祖父ちゃんに世話になったとかで、気前よく3枚くれたのよ」

 

  セフォネがもつコネクションも相当なものであるが、エリスの家もまた顔が広い。癒者であれば様々な地位の人物と関わるからだろう。

  1番上まで階段を登ると、そこはボックス席になっていた。位置的には両サイドにある金色のゴールポストのど真ん中、そして1番高い場所である。競技場全体が見回せる、最良の席だ。

 

「1番乗り……じゃないのか」

 

  貴賓席は2列に別れており、後ろの列の奥から2番目には屋敷しもべ妖精が座っていた。主人の席取りであろうが、高所恐怖症なのか、目を覆って震えている。

 

「あの妖精大丈夫かな?」

「さあ?」

「クリーチャーさんそっくりですね」

「誰?」

「家の屋敷しもべ妖精です。ラーミアの先輩にあたります」

 

  3人は指定されている、後列の真ん中らへんの席に座った。10分程すると、何人かが貴賓席に入って来たのだが、全員セフォネの知り合いだった。

 実はこの夏、セフォネは5回ほどパーティーに出席している。2年前のマルフォイ家クリスマスパーティー以降、様々な人とコネを持つようになったセフォネは、ブラック家の主として各パーティーに招待されている。そして、社交界に出るのも当主の務めであり、ブラック家再興に必要なこと。それゆえ、セフォネは全ての招待に応じたのだ。

 

「ご無沙汰しております」

「元気そうだね、ミス・ブラック」

 

  セフォネは立ち上がって握手と簡単な挨拶を交わす。主が立ち上がっていて、従者が座っているのは憚れると、ラーミアも立ち上がってお辞儀する。

  エリスはその横でやや居心地が悪そうにしていた。軽い気持ちで最上階貴賓席に来たものの、よく考えればここは魔法界の重鎮や名家の当主などが主に集う席。エリスもそこそこのお嬢様と言える環境なのだが、こういう場には不慣れである。

 

「あれ? セフォネとエリスじゃない」

 

  第1波を終えセフォネが席についた時、後ろから聞き慣れた声が掛かった。振り向くと、そこにはハーマイオニーが立っていた。

 

「ハーマイオニー?」

「お久しぶりですね。貴方も観戦に?」

「ええそうなの。ロンのパパがチケットを取ってくれて」

 

  ハーマイオニーの後ろには、赤毛一色で統一されたウィーズリー一家とハリーがいた。ウィーズリー一家の内双子の兄弟とロンは、ゲッと顔を顰める。既に面識があるジニーだけは小さく手を振っていた。

 

「ハーマイオニーの友達かい?」

 

  ロンの父親と思われる男性が、にこやかに近づいてきた。彼が恐らく、ルシウスから聞いたアーサー・ウィーズリーという人物なのだろう。

 

「良く貴賓席が取れたね……ん? 何処かで会ったことがあるかな?」

 

  会ったことはないが、見たことはあるのだろう。アーサーは記憶を辿っている。セフォネは再び立ち上がると、薄く微笑みながら一礼した。

 

「お初にお目にかかります。ミスター・アーサー・ウィーズリー。私の名はペルセフォネ・ブラック。以後お見知り置きを」

 

  名前を出した途端、アーサーの顔が驚きに染まり、後ろにいたウィーズリー兄弟の年長者2人も反応した。

 

「ルシウスからお噂はかねがね……もっとも、あまり良いものではございませんでしたがね」

 

  ルシウスとアーサーは天敵同士である。片や純血至上主義者、片やマグル擁護派。ドラコとロンの仲が大層悪いように2人の仲もかなり悪い。

  ルシウスの名を出したことでアーサーの顔が曇るが、セフォネは手を差し出した。

 

「付け加えておけば、私は純血主義者ではございませんので。ご心配なく」

 

  そもそも、マグル生まれのハーマイオニーと親しいという時点で気付きそうなものだが、アーサーから読み取った警戒心を和らげる為にそう付け加えておく。

  アーサーもそれに気付いたのか、強張った表情を溶かし、再び優しげな笑みを浮かべた。

 

「こちらこそよろしく……あー、何と呼べばいいかな?」

「セフォネ、と呼んで頂いて構いませんわ」

「そうか。では改めてよろしく、セフォネ」

 

  アーサーは差し出された手を握る。その後、ウィーズリー家のチャーリー、ビルとも挨拶を交わした。何故か知らないが、去年度に卒業し魔法省に入省したパーシーは、やたら丁寧に挨拶してきた。

  その間にエリスとハーマイオニーはお喋りしており、エリスがスリザリンのクィディッチ選手ということから、ロンとグリフィンドールのクィディッチ選手である双子のウィーズリーは微妙な顔をしてそそくさと前列の席に座る。最後にハリーが話しかけてきた。

 

「やあ、セフォネ」

「どうも。シリウスとの生活はどうですか?」

 

  彼はこの夏から、殺人の汚名を晴らしたシリウスと同居している。もっとも、彼に施された血の守りの効果を繋ぐため、夏休みの半分はマグルの一家と過ごしているようだが。

 

「今までで最高の夏休みだよ。ありがとう、セフォネ。君のおかげだ」

「私は何もしていませんよ」

 

  セフォネはシリウスの時と同じように惚けると、自分の席に座る。

 

「お嬢様」

「どうしました?」

「第2波が来ます」

 

  入り口を見ると、何人かが連れ立って貴賓席のボックスに来ており、そして早くもセフォネを発見してやってくる。

 

「はぁ」

 

  流石に疲れたが、これも務めだ、とセフォネは再び挨拶に追われるはめになった。各界の大物や高官と親しげに話しているセフォネに、新米役員のパーシーは羨望の眼差しを送っていた。

 

  それから30分程して、試合開始間近となった頃。英国魔法省大臣コーネリウス・ファッジとブルガリア魔法省大臣がやって来た。ファッジはハリーに話しかけ、ブルガリアの大臣に彼を紹介しているようだが、言葉が通じていない。実のところセフォネはブルガリア語を話せるのだが、彼がパントマイムしている様が面白いので放っておく。

 

「ああ、ルシウス。来たか」

 

  丁度セフォネの隣3席が空いており、そこに向かって席伝いにマルフォイ一家が歩いてきた。ファッジはアーサーとルシウスが犬猿の仲であるということを知らないのか、2人を引き合わせた。その瞬間緊張が走ったが、大した騒動も無くルシウスは自分の席に向かう。そしてセフォネを見ると、アーサーを見ていた時のような冷たい目線が消え、親しげな笑みを浮かべた。

 

「セフォネ。君も来ていたのか」

 

  ルシウスとは1週間前のパーティーで会ったばかりである。そこで彼には今年ホグワーツで行われる大会についての話を聞いたのだが、今思うと極秘事項を喋っても良かったのだろうか。

  それはともかく、ルシウスは気心が知れた相手ゆえ、座ったまま握手を交わした。

 

「ええ。お久しぶりです、ルシウス。お二人も」

 

  ドラコもナルシッサもウィーズリー一家との対面に顔を顰めていたのだが、セフォネたちを見る表情はまったく正反対のものであった。あまりにも露骨すぎるが、そもそもが性格も主義も合わない家族同士。しかたのないこと。

 

「そちらのお嬢さんたちは?」

「こちらは私の友人、エリス・ブラッドフォードです。彼女の招待で本日はここに」

「テセウスの娘さんだったかな? 初めまして。息子がいつも世話になっておる」

「初めまして、ルシウスさん」

 

  エリスが礼儀正しく挨拶する。その横でドラコは2人に向かって軽く手を振っていた。

 

「で、こちらが私の従者で……」

「ラーミア・ウォレストンと申します」

「従者、かね。随分と若いようだが……ん? ウォレストンと言ったかね。もしや、ライアン・ウォレストンの娘か?」

「はい。マルフォイ様は私の父をご存知なのですか?」

 

  ルシウスは元死喰い人である。そしてラーミアの父ライアンは脱走した死喰い人。彼のことを知っていてもおかしくはないし、彼女の出生についての噂も知っていることだろう。しかし、ラーミアの存在は噂でしかなかったのだ。驚くのも無理はない。

 

「ああ、いや。少し会ったことがあってね……」

 

  ルシウスが驚愕を誤魔化しながら席についた時、貴賓席に飛び込んできたルード・バグマンの一声で、クィディッチワールドカップの幕が上がった。

 

「レディース&ジェントルメン……第422回クィディッチワールドカップ決勝戦にようこそ!」

 

  流石は10万人規模の競技場。歓声もホグワーツでのそれとは段違いである。

 

「それではご紹介しましょう。ブルガリア・ナショナルチームのマスコット―――」

 

  試合開始前の余興ということで各チーム出し物をやるらしい。ブルガリアがマスコットとして出してきたのはヴィーラだった。髪はシルバー・ブロンドで肌は月の様に輝いている、非常に美しい女性の姿をした魔法生物だ。この生物は何もしなくても男を誘惑することが出来る為、競技場中の男性が、その気を惹くような珍妙な行動を取り始める。女性には一切害は無い。

  ルシウスの珍しい痴態を拝めるかとセフォネは期待して隣を見やるが、ルシウスはあらかじめ目を瞑り耳を塞いで対処していた。

 

「つまらないですね」

 

  その隣のドラコを見るとしきりに髪を撫でつけ身嗜みを整えている。前列に並ぶウィーズリー兄弟&ハリーは今にもボックス席から飛び降りんばかりの体制になっており、ハーマイオニーとジニーが呆れている。

 

「続いて、アイルランド・ナショナルチームのマスコット――」

 

  アイルランドがマスコットとして登場させたのはレプラコーンだった。

 

「ガリオン金貨!? こんなにたくさん」

「レプラコーンの偽物ですよ。数時間経てば消えます」

 

  レプラコーンは悪戯好きの妖精で、2、3時間程で消える偽物の金を創生することが出来る。いま競技場中に降り注ぐガリオン金貨はそれで出来た偽物だということだ。

  冷静に考えれば会場中にばら撒く程の金貨を、アイルランドナショナルチームが持っているわけがないのだが、目先の欲に惑わされている人間も多く、争うように金貨を拾っている。

  目の前のウィーズリー一家とて例外ではなく、ルシウスが蔑んだ目でそれを見ていた。しかし、彼にはセフォネが偽物と言った瞬間手を引っ込めたドラコは見えなかったようだ。

 

「時にセフォネ。君はどちらが勝つと思うかね?」

「そうですね……エリス、貴方はどちらだと思いますか?」

 

  正直セフォネはクィディッチに詳しくなく、ホグワーツで行われる試合しか見たことがない。ナショナルチームのことなど、今手元にあるパンフレットに載っていることしか把握していなかった。そこでセフォネは、クィディッチ好きであるエリスに話題を振った。

 

「え、私? えーと、そうね………やっぱりアイルランドかな。向こうにはクラムがいるけど、総合的に見るとアイルランドが強いと思う」

「というわけで、私はアイルランドに20を」

「ふむ。では私はブルガリアに25を」

 

  まるで川の流れのように、自然に賭けをし始めた2人の名家当主。勿論単位はシックルでもクヌートでもなくガリオンである。

 

「何で堂々と結構な額賭けてるのよ!? ルシウスさんまで!」

「賭けは貴族の嗜みでね」

「右に同じく」

 

  2人にとっては大した額ではない。ちょっとしたお遊びなのだ。ドラコも何驚いているんだ、とでも言いたげな様子でエリスを見ており、自分は十分に庶民なのだと確信した。ちなみにこれを聞いたアーサーの耳がピクリと動いたのは、誰にも気付かれなかった。

 

  試合の結果は160対170でアイルランドの勝利。しかし、スニッチを取ったのはブルガリアのビクトール・クラムだった。彼がスニッチをとった時点で差は160点ついており、逆転は出来ないと判断したのだろう。このまま試合を続けて無様に惨敗するよりは、潔く負けようということだ。

 

「へえ……負けと分かっていてスニッチを取りましたか。中々面白い人物ですね、彼は」

 

  試合後、貴賓席のボックスに現れた各選手のうちの1人、箒に乗っている時とは違って、O脚気味で猫背の少々パッとしないクラムを見て、彼のその考えに興味を抱いた。クラムを凝視していると、彼はセフォネの視線に気付いたようで、アイルランドに授与されている優勝カップから視線を逸らしてセフォネを見た。目が合ったので会釈すると、クラムは少し頷いたように頭を下げ、挨拶の為にブルガリアの魔法大臣の元へ行った。

 

「賭けには負けてしまったな」

 

  ルシウスは懐から本物の金貨が詰まった袋を取り出し、25個を別の袋に別けてセフォネに渡す。賭けをしたというよりは、親戚のおじさんからお小遣いを貰ったようなものだ。

  ルシウスは袋を渡しざまに、セフォネの耳元に口を近付けて小さな声で言った。

 

「今宵は気をつけたほうが良い」

「何をですか?」

「こんなにもたくさんの魔法族が集まっているのだ。騒ぎが起きないわけがないだろう? 警戒するに越したことはない」

 

  ルシウスはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。何か騒ぎを起こすのは彼なのだということは重々理解した。

 

「ご忠告、感謝致します」

 

  面倒ごとでなく、面白ければなんでもいい、とセフォネはそれに微笑んで返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  セレーネの勧めで、セフォネとラーミアはその晩、彼女のテントに泊めて貰うことになった。

  午前0時近く。4人はまだ寝ておらず、セレーネが一仕事終わったご褒美にと酒盛りをしており、セフォネがそれに付き合い、ラーミアが肴を作り、エリスがそれをつまむ、という状態である。

  ちなみにラーミアはメイド服姿になっている。給仕をするならばと、何処からともなく取り出したのだ。何故持ってきたのかとセフォネが問うと、打って響くように、自分はセフォネの従者だから、と答えた。

  何というか凄い忠誠心だ、とエリスがそれを見て思ったのが約2時間前。小さな宴会はまだ続いていた。

 

「貴方は飲まないのですか?」

「だから倫理的にね……それにほら、ママを見れば分かるでしょ」

 

  セレーネはワイン2杯を飲み干したあたりから既にベロベロに酔っており、ラーミアに絡んでいた。ラーミアはどうしてよいか分からず困惑している。

 

「私も弱いのよ。貴方は結構強いほうだと思うけど」

「よく言われます。というか飲んだことはあるのですか」

「パパのファイアーウイスキーをね。1口で酔ったわ」

「エリスさん、お嬢様ぁー」

 

  ラーミアの困ったような声が聞こえ、そちらを向くと、セレーネがラーミアの膝を枕に眠りに落ちていた。

 

「セレーネさん、寝ちゃいました」

「だから止めとけって言ったのに……」

「寝室に運んで差し上げなさい」

「はい」

 

  ラーミアは杖を取り出し、セレーネを浮遊呪文で彼女の寝室まで運んでいった。しょうがない人だ、とセフォネは微笑んだ。

  そこからはアルコール抜きで談笑し、夜も更けてきたのでそろそろ寝ようかというところになった時、遠くのほうから何かの騒ぎが聞こえてきた。

 

「ん? なんだろ?」

 

  3人はテントの外に出て辺りを見回した。すると、奥のキャンプエリアの空中に、人が浮いていた。

  こちらに向けて逃げてきた人に話を聞いてみたところ、黒いローブに仮面を被った集団が、キャンプ場の管理人たちを空中高く放り上げて吊るしながら、周囲一体のテントを蹴散らして暴れているらしい。幸い、集団が行進している向きとは逆方向の為、こちらに来る可能性は無いだろう。

 

「こちらには来ないようですね。大人しくテントにいたほうがよろしいかと」

「本当に大丈夫でしょうか?」

「ここには魔法省職員が百人単位でいます。彼らに任せましょう」

 

  セフォネとエリスがテントの入り口に振り向き、少し心配そうに哀れな管理人たちを見て、ラーミアもテントに戻ろうとした。だがその時、ラーミアの目にとあるものが写った。

 

「お嬢様、エリスさん。あれ何ですか?」

 

  2人が振り返ると、口から蛇が出ているおどろおどろしい髑髏が、緑色に鈍く光る煙に描き出され、暗い夜空を飾っていた。

 

「闇の印!?」

「"闇の帝王"のシンボルですね」

 

  これは闇の印と呼ばれるもので、かつてヴォルデモート一派が犯行声明に用いた印である。死喰い人の左腕にも同じ印が刻まれている。

 

「貴方たちはここにいて下さい。少し様子を見てきます」

 

  セフォネは目くらまし術を自分に掛けると闇の印が上がっているすぐ近くに姿くらました。姿くらましする際の音が気になる為、少し離れたところに移動した。

  闇の印の周辺には魔法省の役人たちが血相を変えて続々と姿表しし、20人程がそこにいた人影を囲み、一斉に失神呪文を撃った。赤い光が幾つも走り、あちこちに飛び交う。セフォネもあやうく当たりかけた。

 

「止めてくれ! 私の息子たちだ!」

 

  アーサーが悲鳴のような声を上げ、中心にいるハリー、ロン、ハーマイオニーに大股で近づいていく。

 

「3人とも無事か!?」

 

  アーサーの声は震えていた。まさか、自分の息子やその親友たちを攻撃していたとは、思ってもいなかったのだろう。

 

「邪魔だ、アーサー」

 

  無愛想な冷たい声がアーサーの後ろから聞こえた。そしてその後ろからアーサーを押し退けて現れたのは――

 

(…バーテミウス・クラウチ……!)

 

  バーテミウス・クラウチ。国際魔法協力部長。元魔法法執行部長。闇祓い局に闇の魔法使いを殺害する権限を与えるなど、厳しい措置を取ったことなどで知られている。その功績から魔法界の支持を集め、次期魔法大臣と目されていたこともあったが、身内の不祥事で失脚した。

  彼はシリウス・ブラックを裁判無しで投獄した人物であり、何よりも―――

 

 

 

 

 ―――元死喰い人(デスイーター)イゴール・カルカロフの不確かな証言に基づき、闇祓い(オーラー)アラスター・ムーディと吸魂鬼(ディメンター)をブラック家に派遣した張本人である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰がやった? 誰が闇の印を打ち上げた!?」

 

  クラウチの狂ったような声が空き地に響き渡る。その一方的な糾弾に、ハリーとロンが抗議の声を上げた。

 

「僕たちじゃない!」

「そうだ! 何のために攻撃したんだ!?」

 

  伏せた時に強打した肘を擦りながらロンが憤然としてアーサーを見る。周囲の魔法使いたちは自分たちが子供に向けて攻撃してしまったことを理解し、少なからず動揺していた。だが、クラウチは3人に杖を向けたまま、さらに間合いを詰めた。

 

「白々しいことを! お前たちは犯行現場にいた!」

 

  見開かれた目はまるで飛び出しているようで、狂気じみた顔だ。彼は3人が闇の印を創り出したのだと思っているのだろう。

 

「ふっふふ………あっはははははは!」

 

  その時、突如草むらから少女の笑い声が聞こえた。いや、笑い声というよりは、むしろ嗤い声と言ったほうがいい。澄んだ鈴の音のような声だったが、それは不気味に、広場に響き渡る。

 

「誰だ!?」

 

  クラウチは声がする方向に杖を向け、他の役人たちも警戒体制をとる。しかし、草むらから出てきた人物は、この場にいる全員が見たことがあり、ハリーたちも知っている人物だった。

  夜の暗闇に紛れる黒い髪に、まごう事なきアメジストの瞳。美しい顔の口元を三日月型に歪めた、狂気をはらんだ、しかし何処か魅惑的な笑み。

 

「聖28一族に連なるブラック家が当主、ペルセフォネ・ブラック。お目にかかれて光栄です、ミスター・バーテミウス・クラウチ」

 

  スカートの裾をつまみ、足を交差させて優雅にお辞儀する。そして、肩に羽織ったケープコートを風になびかせながら、静かに現場に歩いてきた。

 

「その節は、伯父が大変お世話になりまして。ああ、勿論父と母もですが」

 

  その発言に、事情を知る役人たちは一斉に気まずい表情になり、クラウチは顔を歪ませた。

 

「何故……何故ここにいるのだ……!?」

「貴方方と同じ理由ですよ。本当ならば死喰い人の逮捕劇を観賞するつもりだったのですが、眼前で冤罪が創り出されていたもので、口を挟まずには居られなくなったのです。私のような若輩者が口出しすることを、ご容赦頂きたい」

 

  "冤罪"のワードに、クラウチは益々表情を険しくし、役人たちも意味有りげな視線をクラウチに送る。それを意に介さず、セフォネは歩きながら語り出した。

 

「"闇の帝王"を打ち倒したハリー・ポッター、マグル擁護派で知られるアーサー・ウィーズリーの子息であるロナルド・ウィーズリー、そしてマグル出身のハーマイオニー・グレンジャー。まだ年端もいかぬ、ましてや闇の印を今まで直に見たことも無かったであろう彼らが犯人ではないということなど、火を見るよりも明らか。()魔法法執行部長ともあろうお方が、そのようなこともご理解出来ないとは、嘆かわしい限りです」

 

  そして、セフォネはクラウチに近づき、彼にしか聞こえない程度の声で言った。

 

「然らば、そこで黙っていろ。狂った冤罪魔はこの場に必要ない」

 

  その時一瞬だけセフォネの顔からは笑みが消えたが、すぐさま微笑みを浮かべ、いつもの調子に戻って3人を見た。

 

「それで、ハーマイオニー。何があったのかを説明して頂けませんか?」

 

  ハーマイオニーは嫌疑を解かれてセフォネに優しく問われた為、幾分落ち着いて状況を語った。

 

「わ、私たち、あのローブの集団が現れてから、森に避難したの。その途中でジニーたちと逸れてしまって、3人を探しながら奥に進んできて。途中でバグマンさんにもあったわ。それでここに辿り着いて休んでいたのよ。そしたら、あの木立の陰から、誰かが呪文を叫んで……」

 

  皆の視線は木立を見た。そして一端下げた杖を再び上げ、木立の辺りに向ける。長いウールのガウンを着た魔女が頭を振って言った。

 

「もう遅いわ。姿くらまししていることでしょう」

「いや、分からん。失神呪文があの木立を突き抜けた……犯人に当たった可能性が大きい……」

 

  茶色の髭を生やした魔法使いが、杖を構えながら勇敢にも木立へ突き進んでいく。そして5秒後に彼の声が聞こえた。

 

「よし! 捕まえたぞ! 気を失ってい………な、なんという事だ…まさか……」

 

  彼は屋敷しもべ妖精を抱えて戻ってきた。確か貴賓席にいた屋敷しもべ妖精だったか。そしてそれを見たクラウチは、顔面蒼白になり、途切れ途切れにあえいだ。

 

「こんな……はずは……な…い……絶対にだ……」

 

  クラウチはまだ木立に人がいるのではないか、と手探りで周辺を捜索する。しかし、木立の周辺には何も無いようで、すごすごと戻ってきた。

 

「なんとも恥さらしな。クラウチ氏の屋敷しもべとは」

 

  セフォネはその時、初めてその屋敷しもべ妖精がクラウチ家の屋敷しもべ妖精であることを知り、そして仇を痛ぶる要素が1つ増えたことにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「エイモス。まさか本当にしもべ妖精がやったと思っているのか? あれを創るには杖が必要だ」

「そうだとも。この屋敷しもべは持っていたんだよ、杖を」

 

  アーサーにエイモスと呼ばれた先程屋敷しもべ妖精を連れてきた魔法使いは、1本の杖をアーサーに見せた。

 

「クラウチさん。貴方がよろしければ、屋敷しもべの言い分を聞きたいのだが」

 

  クラウチは沈黙を貫いていたが、それを承諾と受け取り、自分の杖を屋敷しもべ妖精に向けた。

 

エネルベート(活きよ)!」

 

  屋敷しもべ妖精の尋問が始まった。その屋敷しもべ妖精、ウィンキーは目を覚ますと、周囲の状況を確認して哀れなほどに震え上がっていた。

  何も知らないと言い張るウィンキーに、エイモスは直前呪文を使った。これは杖が最後に使った魔法の幻影を再生する魔法である。杖からは闇の印の幻影が放たれ、杖が犯行に使用されたものだと証明された。

  驚くことにそれはハリーの杖であったらしいが、ともかく、エイモスはウィンキーに畳み掛ける。

 

「お前は現行犯なのだ、しもべ! 凶器はお前が所持していた!」

「ウィンキーがこの杖を持っていたとしてもだ。どうやってあれの創りかたが分かったというのだね?」

 

  暴走気味のエイモスに、アーサーが横から疑問を投げかける。すると、これまで沈黙を保っていたクラウチが口を開いた。

 

「エイモスが言いたいことはだ、私が召使いに闇の印を創り出す呪文を、常日頃から教えていたということだろう。違うか?」

 

  その声には冷たい怒りが込められていた。彼は権力志向が強く、自分を貶める者には容赦しない。エイモスはしどろもどろになる。

 

「そ、そんなつもりは………」

「ディゴリー、君はこの私に嫌疑を掛けようというのか! 誰よりも闇の魔法を嫌悪し、それを行うものを断罪してきたこの私にだ!」

「クラウチさん。私は貴方に関わりがあるとは一言も言っていない!」

「私のしもべを咎めることは、私を咎めることでもある! 私の下以外の他の何処で、私のしもべが呪文を身につけたというのだ!」

 

  皆が一様に黙り込み、空き地に沈黙が流れる。しかしそれはセフォネの、何故か楽しげな声音に破られた。

 

「ウィンキーが闇の印の創出方法を、クラウチ家で習得出来る可能性は無くはないでしょう。何もミスター・クラウチ自身が彼女に教えたと言っているわけではありません。例えばそう、身近にいた死喰い人とか。心当たりはございますよね?」

 

  セフォネが言っている死喰い人とは、彼の息子のバーテミウス・クラウチ・ジュニアのことである。クラウチがまだ魔法法執行部長だった時、ジュニアは死喰い人として逮捕された。そのことが原因でクラウチは失脚した。過去の汚点を突かれ、エイモス・ディゴリーに怒号を上げていたクラウチはセフォネを睨みつけるも、睨みつけた相手ですら彼のキャリアの汚点の象徴。黙るしかなかった。

  セフォネはそんなクラウチの様子を楽しげに見ており、クラウチが目を逸らすと前に進み出た。

 

「それに、ミスター・ディゴリー。そのように威圧的に尋問するのも如何かと。少しよろしいですか?」

 

  セフォネは役人に囲まれているウィンキーの側まで行き、屈んで彼女を覗き込んだ。

 

「ウィンキー」

 

  セフォネは優しく呼びかけたが、それでも肩をビクリと震わせた。

 

「そんなに怖がらないで下さい。私は貴方を疑ってはいませんから。私はペルセフォネ・ブラックと申します。貴方に聞きたいことがあるのです」

「な、なんでございましょうか……」

 

  ウィンキーはまだ震えていたが、ディゴリーとは打って変わったセフォネの優しい態度に、恐る恐る顔を上げた。そしてセフォネはその瞬間、無言で行使出来る中で最も強く開心術を掛けた。ウィンキーは余程動揺しているのか、それに気が付かない。そしてセフォネは、彼女が知っている、そしてクラウチが持つ秘密を全て見た。

 

(…偽善者が……)

 

  彼が息子にしたことに、セフォネは反吐が出る思いであり、そして重大な秘密を握ったことに、思わずほくそ笑んだ。

  セフォネは内心とは違う優しげな笑みを絶やさずに、ウィンキーに質問した。

 

「あの杖は何処で見つけましたか?」

「あ、あの、そこの木立の中でございます」

「それでは、杖の使用者を見ましたか?」

「あ、あたしは誰もご覧になってはいないのでございます」

 

  広場に沈黙が流れる。ディゴリーは落ち着きを取り戻し、先程までの自分を恥じているようだったが、クラウチは少しでも自分の名に泥を塗られるのを許容出来ないらしい。怒りに震え、今にもウィンキーを消滅させんと睨み付けていた。

 

「と、いうことだそうです。では、後はどうぞご自由に」

 

  そこまで話すとセフォネは後を役人一行に投げ、この件から興味を失ったとばかりに去っていった。

 




挨拶廻り………セフォネのコネ拡大中。パルパルパーシー。

賭け………ちゃっかりニンバス買える値段賭けてます。

仇クラウチ………ついに来ました、両親の仇3人の内の1人。

仇ムーディ&カルカロフ………予想していた方が殆どだと思います。ムーディに関しては原作でシリウスが「殺さずにすむ時は殺さず、できるだけ生け捕りにした」と言及しているので、後に補足が入ります。



クィディッチワールドカップ終了。ここからは月単位での不定期更新になります。時間を見つけだい執筆に取り組もうと思いますので、どうか気長にお待ちい頂けると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

父の仇

〜日刊予言者新聞・1985年3月22日号1面〜

 

――ブラック家の惨劇! 隠蔽された真実――

 

  今から3年前の1982年の3月22日。元死喰い人イゴール・カルカロフ氏の司法取引による証言に基づき、当時の魔法法執行部長バーテミウス・クラウチ氏は最強と呼ばれた闇祓いアラスター・ムーディ氏と吸魂鬼(ディメンター)をブラック邸に派遣し、アレクサンダー・ブラック氏を殺害、並びにデメテル・ブラック氏に吸魂鬼(ディメンター)の接吻を施したという重大な事実が判明した。

  ブラック夫妻が死喰い人であった証拠などは一切無く、潔白そのもの。これは史上空前の冤罪事件である。

  このことを我々にリークした、被害者2人の娘で現在のブラック家当主、ペルセフォネ・ブラック氏によると、魔法省はこのことを3年間隠し続け、さらには隠蔽工作まで行おうとしていたらしい。

(ブラック家についての特集記事は5面へ)

 

  この件に関して魔法省は、「事実を確認中である。コメントは控えたい」と表明しているが、我々の独自の裏取りによれば、紛れもない事実である。

  今後魔法省はどのように対処するのか。責任の所在は一体何処であるのか。迅速な対応が求められる。

 〈記者・バーナバス・カッフ〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パーティー用のドレスなんて、何に使うんだろうね?」

「さあ? 今年は3大魔法学校対抗試合が開かれるから、その関係じゃない?」

「え、何それ?」

「あら、知らない? って、そういえばこれ極秘事項だったわ」

「言っちゃってるじゃない。教えてよ」

「ええと、確か父親の話だと―――」

 

 エリスとダフネの会話が遠ざかっていく。ガタンゴトン、ガタンゴトン、と規則的な振動が、ここ暫くまともに寝つけていなかったセフォネを、眠りの世界へと誘った。そしてセフォネは夢を見た。吸魂鬼によって記憶の奥底から蘇させられた、あの日の夢だ。

 

  魂を吸われていく母に伸ばした手。その瞬間、眩い光が辺りを埋め尽くし、何も見えなくなる。視力が戻った時には、足元に母の抜け殻が転がっていた。

 

『デメテル!』

 

  父の声が聞こえ、セフォネは振り向いた。父はこちらに視線を向けていた。そして、駆け寄ってくる。しかし、父は辿り着く前に紫色の光線に撃たれた。途端に、彼の肩から腰にかけて、剣で斬りつけられたかのような傷が浮かび、血が吹き出す。

 

『がはっ……!』

 

  父はセフォネの目の前で倒れ、セフォネは父の血を全身に浴びた。

 

『パパ!』

 

  セフォネは父に駆け寄ろうとしたが、杖の一振りでドアの向こうまで飛ばされた。そしてドアがひとりでに閉じていく。

 

『セ……フォネ……に……げ……ろ………』

『パパ!』

 

  ドアが閉じる前にセフォネが見た光景は、出血した左目を抑えた男が杖を構えて、虫の息の父に静かに歩み寄っていく姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セフォネ? セフォネ!」

「…ぅん……」

 

  列車のものとは違う、頭がグラグラ揺れる程の強い振動。それによってセフォネの頭が強制的に覚醒していく。窓にもたれ掛かって寝ていたセフォネは、エリスに揺り起こされたのだ。

 

「…ふぁぁ………はい…?」

「はい、じゃなくて。もう着いたわよ」

 

  いつの間にかに、ホグワーツ急行はホグズミード駅に到着していた。

 

「ああ、もうですか。すみません」

「エリスがセフォネを起こすなんて、普段と逆パターンね」

 

  向かい側の席に座っているダフネが、自分のトランクを荷物棚から降ろしていた。セフォネのトランクは既にラーミアが持っている。

 

「ありがとう」

 

  セフォネはラーミアに礼を言うと、杖でトランクを叩いて浮かせた。

 

「ねえセフォネ。具合悪い?」

 

  駅に降りる列に並んでいる最中に、エリスがセフォネの顔を覗き込んだ。

 

「どうしてですか?」

「なんとなくだけど、何時もより顔色悪いし、目も充血してるし。隈も出来てるじゃない」

「最近寝不足気味で。やっぱり目立ちます?」

「あんた元から白いからあんま気付きにくいけど、隈はちょっと」

 

  外に出ると辺りは一面真っ暗だった。本日の天気は生憎の雨。時々雷がなるほどの豪雨である。今年の入学生はこの中をボートで湖を渡らねばならないのかと思うと、少し可哀想だった。

  防水呪文を掛けたローブのフードを被り、首元まできっちりボタンを止めて雨風の侵入を防ぐと、5人は馬車に向けて歩きだした。

 

「そういえば、なんで寝不足なの?」

 

  何気ない口調でエリスが尋ねるが、セフォネは一瞬回答に躊躇した。

 

  数週間前、闇の印の下でクラウチに遭遇した時、草むらに隠れていたセフォネは、無意識に懐の杖を握っていた。あの場で自分の知り合いが冤罪を掛けられているという状況がなければ、セフォネはそのまま杖を抜き、クラウチに向かって死の呪文を放っていたかもしれなかったのだ。

 それにクラウチを見た瞬間、セフォネは頭の奥で何かが弾けるような感覚がした。誰かが油をまいたかのように、いまだにセフォネの中で燻り続けている復讐の炎が一気に燃え上がり、一瞬だけだったが、セフォネの頭の中はクラウチを殺すことだけを考えていた。

  ワールドカップが終わり家に帰ってからも、炎の勢いは無くならなかった。まるで昔に戻ったかのようだった。そんな自分がいる中で、もう1人、復讐は無意味だと主張する自分もいた。

 

 ――復讐しても私は笑えない。

 

 "笑って生きて笑って死ねる、そんな人生を生きて"。それが母の願いだ。加えて、母は復讐を望んではいなかった。それに仇を殺したからといって、父と母が生き返る訳ではない。

 だがしかし、この身を焦がすほどの、この湧き出る憎悪は、この闇よりも黒い感情は、この想いは何処で晴らせばいいのか。一体自分はどうすればいいのか。

 

 この2週間、セフォネはせめぎ合う想いで精神を疲労させていた。そして軽度の不眠症に陥ったのだ。

 まあ、そんなことを言う訳もなし、セフォネは適当に言い訳した。

 

「本を夜通し読んでしまって。ありません? 1回没頭すると睡眠も忘れることって」

「分かる! お姉ちゃん昔全20巻の恋愛小説を2日間寝ないで読んでたし!」

「リア! 余計なことを……」

 

  ダフネが妹を小突き、頬を赤く染める。普段のキャラからしてみれば、彼女が恋愛小説を読むことは想像し難い。いいことを聞いた、といわんばりにセフォネとエリスはニヤリと笑った。

 

「へえ、ダフネも恋愛小説読むんだ」

「少々意外ですね」

「あ! あれが馬車ですか?」

 

  ラーミアが指差した先には、何百台ものセストラルに繋がれた馬車が並んでいた。

 

「変な馬ですね。どちらかと言うとドラゴンみたい」

「馬?」

「馬なんて何処にもいないよ?」

 

  ダフネとアステリアが首を傾げている。だがしかし、ラーミアには見えていたのだ。骨ばっていてドラゴンの様な翼を生やした馬が。

 

「え? でもここに……」

 

  ラーミアは近づいて馬を撫でる。感触は確かにあった。ダフネとアステリアは顔を見合わせて不思議そうにしており、エリスは何故だか知っているので説明しようと口を開いた。

 

「セストラルよ」

「なるほど」

「「セストラル?」」

 

  ダフネは納得がいったらしいが、2年生2人はまだセストラルを知らないようで、セフォネが補足する。

 

「空を飛ぶ馬の天馬の1種で、死を見たことがある人間にしか見えないのです」

「死を見る?」

「ええ。誰かの命の灯火が消える刹那を、その目で見たことがあるか、ということです」

「死ぬ瞬間を……」

 

  彼女はセフォネに出会う前、数週間とはいえスラム街でのストリート暮らしだった。そこは地の果てのような、世の中の底辺のような場所。ラーミアは10歳でその生活を味わった。無論、人が死ぬ様も見たことがある。

  ラーミアは昔を思い出して表情を曇らせたが、ラーミアは即座に表情を繕った。その辺りもセフォネから学びとったのだろう。

 

「セフォネ、ひょっとして貴方も……」

「ええ、まあ」

 

  セフォネはラーミアの隣までいくと、そっとセストラルを撫でた。

 

「さて、早く乗りましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  例年通り、新学期の初日の夜は新入生歓迎会が大広間で開かれた。新入生は皆、頭から水を被ったかのようにびしょ濡れで、寒そうに震えていた。

 

「うわぁ……風邪引かないといいけど」

 

  濡れたローブを杖で乾かしながら、エリスが呟いた。在校生も皆雨のせいで濡れており、きちんと対処しなかった者は頭から水浸しになっている。

  組分けが終わると、目の前に置かれた皿に料理が現れ、腹を空かせた生徒たちが一斉に食らいついた。

 

「相変わらずの甘党だな、君は」

 

  最早自動的にセフォネの周りにはデザート類が集まっており、セフォネは当たり前のように甘いものしか食していない。その様子はもはや4年目ながら、正面に座ったドラコがやや呆れ気味である。

 

「貴方とて、肉類しか食さないではないですか。野菜も食べなければ駄目ですよ?」

「貴方が言う台詞じゃないわよ」

 

  エリスがセフォネにツッコミをいれつつ、セフォネにはステーキを、ドラコには野菜を盛った皿を渡す。

 

「バランス良く食べなさい」

「お母さんが1人増えたわね」

 

  その隣でダフネがひとりごちた。

  食事が終わると、ダンブルドアが立ち上がった。

 

「さて、皆よく食べてよく飲んだことじゃろう。お開きの前にいくつか知らせがある。まず1つ目、城内持ち込み禁止品リストが更新された。リストはフィルチさんの事務所で閲覧出来る。確認したい生徒がいればじゃが」

 

  そんな生徒はこのホグワーツに、1人もいないことは確かだろう。ダンブルドアもそう思っているのか、笑いを堪えるように口元が僅かに震えた。

 

「いつも通り、校庭の森には立ち入り禁止。ホグズミード村も3年生になるまでは禁止じゃ。そして、これを知らせるのは辛いことじゃが、今年のクィディッチ寮対抗杯は取り止めじゃ」

 

  大広間中から驚きの声が上がり、特にクィディッチ選手たちは絶句し言葉も出ない様子だ。だが、エリスとドラコを見ると彼らはあまり驚いていない。残念そうではあるが、最初から予想していた為、肩を竦めているだけである。

  騒然とする大広間を、ダンブルドアは片手を上げて静かにさせ、言葉を続けた。

 

「これは10月から今学期の終わりまで続くイベントのためじゃ。諸先生方も準備の為に労力と時間を費やすことになる。しかしじゃ、皆がこのイベントを大いに楽しむであることを、わしは確信しておる。ここに大いなる喜びを持って発表しよう。今年、ホグワーツにおいて――」

 

  ダンブルドアが三大魔法学校対抗試合の説明をしようとした、その時だった。耳を劈く雷鳴と共に大広間のドアが開いた。セフォネが座っている位置からは誰が入ってきたのかは分からないが、今空席になっている闇の魔術に対する防衛術の教師だろう。

  コツッ、コツッと鈍い音を響かせながら、その人物は教員テーブルの端まで行き、右に曲がってダンブルドアのほうに向かった。スリザリンテーブルに背を向けている為、いまだ顔は見えない。

  その人物はダンブルドアと握手を交わすと、生徒たちを見回した。その瞬間、雷の光に照らされて、その男の顔がはっきりと見えた。

 

「まさか……あの男は……!」

 

  人の顔をよく知らない下手なノミ使いの誰かが、悪質な材木を削って作ったかのような顔は、1ミリの隙間も無く傷で覆われており、口は斜めに切り裂かれたかのように引き攣り、鼻は大きく削がれている。

  何よりも印象的なのは、その目だろう。右目は普通だが、左目は大きなコインのような青い瞳の義眼だ。

  そしてセフォネの脳裏には、倒れた父に杖を向けていた左目を抑えた男の姿が蘇った。

  紛うことはない。あの男こそ、1982年3月22日、ブラック邸においてアレクサンダー・ブラックを、セフォネの父を殺害した人物。最強と呼ばれ、アズカバンの半分を埋めたとも言われる闇祓い。

 

「…アラスター……ムーディ……!」

 

  ダンブルドアが彼の紹介をし、続けて三大魔法学校対抗試合の説明をし始めた。しかし、セフォネの耳にはダンブルドアの声は届いていない。

 

 ――殺せ

 

  自分自身の声が頭の中に反響し、心から黒い感情が溢れだし、セフォネの頭の中はあの男を殺すことだけで一杯になっていく。自然に右手が懐に伸び、杖を掴んだ。

 

「…っ……!」

 

  咄嗟に左手で右手を抑える。

 

 ――駄目だ

 

  殺しては駄目だ。復讐は何も生み出さない。あの男に緑の閃光を放ったところで、父が帰ってくるのか? 否だ。自分は笑えるのか? 否だ。

 

 ――殺せ

 

  そうだ、仇を討て。自分から父親を奪ったあの男の心臓に刃を突き立てろ。そうすればいい。父が死んで、何故あの男はのうのうと生きているのだ。何故罪にも問われず、人に物を教える立場になっているのだ。

 

 ――殺せ

 

  そうだ。シンプルなことじゃないか。杖を構えて呪文を唱えればいい。"アバダ・ケダブラ"と。そうすればいいだけだ。

  右手を抑える左手の力が無くなっていき、杖が懐から半分ほど抜かれる。

 

 ――駄目だ

 

  思い切り左手に力を込めて杖を戻し、右手を杖から引き剥がす。

 

 ――駄目だ

 

  今ここで殺せば、自分は罪に問われる。アズカバンでの終身刑にだ。一時の感情に身を任せ、全てを失うのか。継承した家を、友を、従者を。駄目だ、そんなことは駄目だ。

 

 パキン、と何かが割れる音がし、セフォネの意識は半ば現在に戻った。そしてふと手元をみると、自分が使っていたカップが真っ二つに割れている。それだけではない。隣に座るエリスとダフネのカップにまでヒビが走り初め、テーブル中央の大皿にまで影響が及んでいた。

 セフォネの底のしれない程の膨大な魔力が、高ぶった感情によって暴走し始めたのだ。

 しかし、ダンブルドアの話と、それに茶々をいれる双子のウィーズリーが巻き起こす笑い声で、それに気付いている者はいない。

 

 ――駄目だ

 

  何とか気持ちを落ち着かせようと試みる。だがしかし、湧き出した憎悪は消えること無く、寧ろ増大を続けていた。このままではまたあの時のように、祖母の墓前で役人たちを吹き飛ばした時のような惨事を、このホグワーツの大広間で起こしかねない。

 セフォネは、外に被害を齎さない為に、自分自身の内部で魔力を爆発させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボーバトンとダームストロングの代表団は10月に到着し、今年度は殆ど我が校に留まることになっておる。くれぐれも粗相のないように、皆礼儀と厚情を尽すことを信ずる。さらに、ホグワーツ代表選手が選ばれし暁には、ホグワーツ全体が一丸となって心からの応援をすることを期待する。最後に繰り返すが、17歳以上の者しかエントリーすることは出来ん。抜け穴を探して時間を無駄にせぬように。さて、夜も更けた。明日からの授業に備えてしっかりと休むように。では、就寝!」

 

  ダンブルドアの号令で、皆が次々と席を立ち各寮室へと向かう。その道中の会話は十中八九3校対抗試合についてだろう。

 

「17歳未満は参加禁止か……ま、そんな危ない大会なら参加するのは嫌だけどね」

「セフォネなら優勝出来そうなもんだけど……って、セフォネ?」

 

  席から立ち上がろうとしたエリスは、セフォネの返事が無いことを不審に思い、彼女のほうを向こうとしたが、その瞬間、セフォネがエリスの膝に倒れ込んだ。

 

「え? ちょ、セフォネ? 大丈夫!? セフォネ!」

 

  セフォネの体を仰向けにすると、セフォネは苦しそうに喘ぎ、血混じりの吐息を吐いた。顔はいつも以上に白く、その唇は鮮血に濡れている。

 

「…ごめ……んな……さ……」

 

  セフォネは咳き込んで喀血すると、意識を失った。

 




新聞記事………セフォネがガマガエルをぶっ飛ばした後にリークしました。ちなみにバーバナス・カッフは現在の日刊予言者新聞の編集長。よって、セフォネは新聞社に借しがあります。

ムーディ登場………早速殺しそうになるセフォネ。偽物だとは気付いてません。

魔力暴走………セフォネノックアウト。何気にこの作品の中でセフォネがやられてるのって、自分自身にだけなんですよね。

息抜きのつもりでした。最初は。それが段々筆(指?)が乗ってきていつしか6千字到達という……別に活動休止詐欺とかじゃないんで。本当に、偶々なので。というか1ヶ月に1本ペースとか決めようかな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

乗り越えるべきものと失いたくないもの

  一糸纏わぬ姿で、セフォネはそこに立っていた。辺りは靄に包まれ、地面は白く、温かくも冷たくもない。

  いつからここに立っているのか、どれ程の時間が立ったのかも分からない。どうやってここに来たのかも、思い出せない。ただ1つ、セフォネは明確な目的があってここに来た。

  何処にいくのかも分からぬまま、セフォネは歩き出した。足が勝手に行き先へと向いていくように、まるで見えない何かに誘われているかのように、自然と歩みを進めていく。

  どれくらい歩いただろうか。時間感覚が曖昧なこの場所では、それを体感で測ることは難しい。1分だったかもしれないし、1時間だったかもしれない。セフォネは何かを見つけ、唐突に立ち止まった。

 

『母……様?』

 

  目の前に女性が立っていた。黒い髪をたなびかせた、スラリとした長身の女性で、セフォネと同じく一糸纏わぬ姿だ。女性はゆっくりと、微笑みを讃えながら振り向き、優しげな灰色の瞳で、セフォネを見つめた。そして、セフォネを抱きしめた。

 

『セフォネ……!』

『ママ……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うぅん…」

 

  苦しそうな呻き声を漏らし、セフォネは目を覚ました。最初に目に入ったのは、見覚えのない真っ白な天井。上体を起こして周囲を見渡して確認すると、どうやら自分が寝ていたこの場所は医務室であるらしく、ベッドは白いカーテンで囲まれている。

 

「…そうでした。あの時………」

 

  ムーディに対する憎悪により暴走し始めた魔力を抑える為、セフォネは自分の内部で魔力を爆発させた。歓迎会が終わってからすぐに気絶してしまったが、あの後エリスかダフネ、もしくは教員の誰かが医務室に運んでくれたのだろう。

 

「目を覚ましましたか?」

 

  カーテンをシャッと開けて、ホグワーツの校医マダム・ポンフリーが入ってきた。その手には薬が入っていると思われるゴブレットが握られている。

 

「はい。ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。今何時ですか?」

 

  窓からは日光が差し込み、既に昼過ぎであろうことは予想できた。だがしかし、正確な時間まで分かるはずはない。

 

「午後2時です。ちなみに水曜日の、ですが」

 

  マダム・ポンフリーが付け加えた言葉に、セフォネは驚いた。歓迎会は月曜日だった。ということは、セフォネは2日間ほど眠っていたことになるのだ。かつて、異常な程強力な魔力の行使によってダメージを負ったことはあるが、ここまでではなかった。だがしかし、今回セフォネは怒りにより巻起こりそうになった魔力の暴走を、自らの内部に抑え込んだ。その反動は以前とは比べ物にならない程凄まじい。その証拠に、セフォネの全身はキリキリと痛み、身体の内部は不快感で満たされている。

 

「薬を」

 

  セフォネは渡された薬を一息に飲み干したが、思わず顔を顰めた。苦い。とにかく苦いのだ。それが傷付いている五臓六腑に染み渡り、吐き気を催すが堪える。

  と、そこに。

 

「目を覚ましたようじゃのう」

「……ダンブルドア校長先生…」

 

  ダンブルドアがやって来た。相変わらず全てを見通したかのような輝きを持つブルーの瞳でセフォネに真っ直ぐな視線を送りつつ、しかし何処か迷った表情をしているのは気のせいか。

  セフォネはそんなダンブルドアを、疑わしげな目で見つめていた。

 

「ポピーや。暫しの間、2人きりにしてくれんか」

「校長先生。彼女はまだ目を覚ましたばかりですし、それにまだ休息が必要で……」

「頼む」

 

  マダム・ポンフリーはセフォネに視線をやってその顔色を確認し、手首に指を当てて脈をとった。

 

「……10分ほどですからね」

 

  そう言い残し、マダム・ポンフリーは医務室を出ていく。

  2人になり、ダンブルドアは口を開いた。

 

「君が倒れた後、大広間は騒然となった。君の従者、ミス・ウォレストンは大層君を心配しておったよ。それにしても、君は随分と人望があるようじゃ。医務室に大勢が詰めかけておったしのぉ。具合はどうじゃ?」

「問題ありません。ご迷惑をお掛けしました」

「君の友人、ミス・エリス・ブラッドフォードに感謝じゃな。君が倒れた直後、適切な処置を施してくれた。それに、君を医務室に送り届けてくれたのはスネイプ先生じゃ」

「本当にエリスとセブルスには感謝しなければなりませんね。ラーミアにも心配をかけてしまいました」

 

  そう言うセフォネの表情は何処か上の空である。いや、その気持ちには偽りは無いのだろうが、心ここに在らずといった印象だ。普段とは何処か違った雰囲気のセフォネに、ダンブルドア意を決して尋ねた。

 

「何か聞きたいことがあるのではないかね? 相談でも何でも聞こうぞ」

「何故そのように?」

「何となくじゃ」

 

  ダンブルドアはセフォネの横までやって来て、見舞い客用の椅子に腰を降ろす。セフォネはダンブルドアに視線を移すこともなく、淡々とした口調で返した。

 

「別に、何もございません」

「本当にそうかのう?」

「………」

 

  2人の間に沈黙が流れる。そう、セフォネはダンブルドアに聞きたいことがあった。それはとても重要なことだ。

 

「……何故……」

「何じゃ?」

「何故あの男を教師にしたのですか?」

 

  生徒の親を冤罪で殺害した人物を教員として採用する人間が、果たしているだろうか。

  そのセフォネの問いに、ダンブルドアは飄々とした態度を崩さない。

 

「彼は闇の魔術に対抗するエキスパートじゃ。それ故、教師に適任と判断したのじゃよ」

「分かっているはずでしょう? 質問の意味は。(わたくし)は……………(わたし)は……」

 

  セフォネはダンブルドアを睨みつける。そして、普段の仮面をかなぐり捨てて、感情のままに言葉を続けた。

 

「…何故あの殺人者を、父を殺した仇を私の眼前に引きずり出したのかと聞いている……!」

「君は復讐を望んではいないのではなかったのかね?」

 

  豹変したセフォネの様子に、ダンブルドアはまったく動じず、寧ろ冷静に切り返す。

  ダンブルドアは予想していた。昨年度彼女が吸魂鬼(ディメンター)を躊躇なく焼き殺したのを見て、彼女は未だに復讐に捕らわれているのだということを。上辺では、口ではなんと言おうと、彼女は復讐を捨ててはいない。

 

「それとこれとは話が違う……! 答えろ、何故アラスター・ムーディを教師にした!」

 

  ダンブルドアはセフォネの目をジッと見つめた。その瞳からは怒りの感情が容易に見てとれる。今の状態ならば彼女の心に入り込むことも出来なくはないかもしれない。それ程に、ムーディという存在は彼女の心を揺さぶっている。

 

「これは、君が……いや、君たちが乗り越えなければならない問題だからじゃ」

「乗り越える?」

「そう。13年前のあの日のことじゃ。"ブラック家の惨劇"。あれは互いが互いを誤認識して起こってしまった悲しい事件じゃった」

 

  ムーディはアレクサンダーとデメテルを死喰い人だと思って襲撃したが、アレクサンダーとデメテルは、その襲撃を死喰い人によるものだと思ってしまったのだ。純血でありながらヴォルデモートに与しなかった自分たちに対する攻撃だと。それ故、闘いは激化してしまい、ムーディもアレクサンダーを殺害せざるをえなくなった。

 

「君は両親は失った。じゃが彼も、アラスターもまた心に傷を負ったのじゃ。無実の人を殺したことによって、彼は今もなお自責の念に捕らわれ、自分を責め続けている」

 

  アラスター・ムーディという闇祓いは、確かに多くの闇の魔法使いを葬った。だがしかし、彼は殺さずにすむ時は殺さず、できるだけ生け捕りにした。その功績はアズカバンを半分埋めたとも言われるほどだ。そんな彼が、例え上からの命令だったとはいえ、無実の人間を殺して何も思わない訳がない。セフォネがこの13年間復讐心を抱いていたように、ムーディもまたこの13年間自分を責め続けていた。

  ダンブルドアはそれを知っていた。知っていたからこそ、彼をホグワーツの教員として招き入れた。双方が互いに互いを理解し、過去を乗り越える必要があると思ったからだ。

 

「貴方が言いたいのは、故意ではないから罪ではないと、悔いているから許せと、そういうことか?」

「罪がないとは言わん。じゃが、彼が悪ではないことは確かじゃ」

「確かに、彼は故意に父を殺した訳ではない。それに、人はいつか死ぬ。それが早いか遅いかだけの話。それは運命だったのかもしれない。そう思うよ……そう思いたい。でも……」

 

  人は何の為に生きているのかと聞かれたら、死ぬ為に生きている、とセフォネは答えるだろう。

 人はいずれ必ず死ぬ。死は平等に訪れる。それが早いか遅いかだけの話だ。セフォネはそう思うことで、両親の死を納得していた。

  だがそれでも、セフォネの心の中には復讐の怨嗟が残っていた。

 

「この感情は、この憎しみは消えることはない。(わたし)は復讐をしたい。恨みを晴らしたい。でも、(わたくし)は復讐などしたくないのですよ。それに意味などないのだから」

 

  怒りに染まっていたセフォネの表情が柔らぎ、口元に笑みが浮かぶ。しかしそれは、悲しげな笑みだった。

 

「ダンブルドア先生、先程貴方は相談でも何でも聞くと仰いましたね。では、聞かせていただきますが……」

 

  笑みは自然と歪んでいき、何かに耐えるような、苦悶の表情となる。犬歯が剥き出しになるほど歯を食いしばり、拳を握り締めた。爪が手のひらに食い込んで血が滴り、シーツに紅い染みを作り出す。

 

「一体……(わたし)は一体どうすればいいのか……!? 」

 

  復讐は無意味だと、頭では理解している。しかし、心では理解していない。仇を討とうと体が勝手に反応する。しかし、セフォネの奥底に眠る魂は、殺してはならないと叫んでいる。憎しみは何も生み出さないのだと。

 

「…私は……私は………私はどうしたらいいの………答えてよ!」

 

  それは、セフォネの心の叫びだった。1人で抱え続けてきた葛藤。どんな形であれ、打ち明けたのは初めてだった。

  それはセフォネが、ダンブルドアという人間を認めているからこそ、頼れる存在だと認識しているからこそだったのか。

 ただの感情の爆発なのか。

 それとも、ダンブルドアにそれを答えられないと分かっていたからこそ、彼は自分の助けになれないと言いたかったのか。

 頭も、心も、魂も。全てがぐちゃぐちゃになった今のセフォネには分からない。自分のことでさえ分からない。

 

 身を震わせるセフォネを前に、ダンブルドアは沈黙し、やがて項垂れた。

 

「………すまん、すまんのぉ。わしにはその問には答えられん。否、答える権利が無い」

 

  ダンブルドアは答えることが出来なかった。復讐は駄目だ、と彼女に口で言うのは簡単なことだ。だがしかし、それは彼女の助けには一切ならない。心ない綺麗事など誰にでも言える。そしてそれは、逆効果にしかならない。

 その返答を予期していたセフォネは、自分が考えていた通りだったからか、それとも答えを得られなかった失望ゆえか、視線を上に上げて遠くを見た。

 

「……ふふっ……ですよね…」

「そう、わしにはその問いに答えられない。じゃから、セフォネ……わしは君たちに、機会を与えたい」

「機会?」

「明日の午後。アラスターと1対1で話すのじゃ。彼は既に承諾しておる」

 

  腹を割って話し合って来い。そう、ダンブルドアは言っているのだ。しかし、これはある種の賭けだ。ここでセフォネが拒絶した場合、全ては変わらない。もし首を縦に振ったとしても、それから何があるか分からない。また暴走するかもしれない。だがしかし、話し合わないことには、何も解決しない。

  それはセフォネも同じ考えだった。暫く逡巡した後、小さく囁いた。

 

「……いいでしょう…」

「そうか。感謝するぞ」

「貴方に感謝される謂れはありません。寧ろ、会合の場を設けて頂いたのはこちらの方です。感謝致します」

 

  しかしその様子には感謝の念など微塵もない。仇を教師として連れてきたことに対する不信感や不快感が強いのだ。

 

(…やはり無理…か…)

 

  セフォネは心を見せてはくれたが、しかし開いてはくれなかったようだ。本来ならば、ここで完全にムーディに対する因縁を取り除き、闇の陣営に下る要素を消さねばならない。それでもって自分の陣営に引き込めたら何も言うことはない。

  しかし、果たしてこの様子で、本当に大丈夫なのだろうか。ムーディを連れてきたことは、逆効果になりはしないだろうか。

 

「セフォネや。最後に1つ聞きたいことがある」

「何でしょうか」

 

  口調は元に戻ったが、その瞳の温度までは戻らない。初めて合った時と同じような、絶対零度の瞳が、ダンブルドアの青い瞳を反射している。

 

「君は何故あの時、アラスターを殺さなかった?」

「おかしな質問ですね。殺していたほうが良かったですか?」

「そうしたら、わしが全力で君を止めていたよ」

 

  セフォネがどれ程才能ある魔女であろうが、まだまだ幼く若い。老練の偉大な魔法使いたるダンブルドア相手に、まだ勝ち目はあるまい。

 

「……正面切って堂々と殺人を犯すには、私は余りにも失いたくないものを持ち過ぎてしまった……ただ、それだけです」

 

  倫理観の問題ではなく、殺した上でのリスクで殺人を踏みとどまったとは。何とも狡猾さを売りにするスリザリンらしいことだ、とダンブルドアは諦めとも納得とも言えない感情を抱いた。

  そして、彼女の言葉"失いたくないもの"に、一筋の希望の光を見出した。

 

(…わしでは駄目じゃった。この少女の心は開けなかった。しかし友ならば、閉じきった彼女の心を開けるかもしれん………結局、わしは他力本願なのか……)

 

  ヴォルデモートを打ち倒すにしても、結局のところダンブルドアはハリーを使うしかない。そしてハリーを守る為に、スネイプを動かしている。では自分はどうだ。全ての責任から逃げ、全てを人に押し付け、それでも偉大と呼ばれる権利はあるのか。眼前の少女の心1つ開けず、教育者として正しき方向へ導くことすら出来ないのだ。

 それ以前の問題に、セフォネの魔力の暴発に気付けなかったことを悔いていた。いや、気付いてはいた。だがしかし、あれ程までとは思っていなかったのだ。

 

(…アリアナ……)

 

  自分の妹アリアナは魔力を溜め込み、時にそれを爆発させた。それは彼女が魔力をコントロール出来なかったからだ。

  しかしセフォネは違う。彼女はかなりの練度で魔力を行使することが出来る。それ故、自分自身の内部に暴走した魔力を押さえ込むという荒業をやってのけたのだろう。だが、いかに感情が高ぶっていたとはいえ、魔力の暴走であそこまでのダメージを追うことは無い。普通の魔女魔法使いであれば、魔力を己の中に溜め込むことはないからだ。

  では、セフォネの場合はどうか。推測に過ぎないが、彼女は先天的に無尽蔵とも言える程の膨大な魔力を持っているのだろう。最早それは、特殊能力と言ってもいい程の異常なレベルだ。それが感情により爆発すれば、今回のような事態になってしまうのかもしれない。

 

「お大事にな」

「ご足労感謝致します」

 

  ダンブルドアは椅子から立ち上がると、医務室から立ち去っていく。そして校長室に戻る道すがら、ダンブルドアはトレローニーがハリーに齎らした予言を思い出す。

 

『"闇の帝王の復活と時を同じくして、乙女(コレー)は肉なる果実を喰らい、ついに女王に、否、女神となりて動き出す。そして、女神はこの世界に変革をもたらすであろう。案ずるな、女神は敵に非ず、しかし用心せよ、決して味方とは限らぬ………"』

 

  敵か味方か。

  自分やトム・リドルの再来とも思える程の才能を持つ彼女の進む先とは。

 

(…変革……か)

 

  1年生の時の彼女の言葉が蘇る。

 

『私の願いは"世界の変革"。ただそれだけですわ』

『帝王に仕えるのも一興、対抗するのも一興、全てを傍観するのもまた一興』

 

  もし神という存在がいるとすれば、ダンブルドアは願う。

 どうか、ペルセフォネ・ブラックという少女が闇の道に落ちぬことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ダンブルドアが去った後、セフォネは自分の手の平を眺めながら、今しがた取り決めたことを考えていた。

  何を今更、と思わずにはいられない。故意でなかろうが13年間自責の念に囚われていようが、彼はアレクサンダー・ブラックを殺害した。その事実が変わるわけではない。

  しかし、分かっている。全てが彼の責任ではなく、父にも、魔法省にも責任があることくらい。

  分かってはいるのだ。彼を殺しても何も変わらないことくらい。

  それでも彼が憎い。憎くてたまらない。どうしようもないくらいに憎くて、心の内の怨嗟の炎は巨大に燃え上がり、理性が闇に支配されていく。

  セフォネは拳を握り締めた。既に傷付いている部分に爪が食い込み、その痛みは、セフォネを現実へと引き戻す。

 

「ミス・ブラック。入りますよ」

 

  再び、今度は別の薬を持ってマダム・ポンフリーがセフォネの脇へやって来た。薬が入ったゴブレットを渡そうとするが、その前にセフォネの手の傷に気付いたようだ。

 

「その傷は……」

「すいません。少々……」

 

  セフォネは言葉を濁し、自分の杖をサイドテーブルから取り、治癒魔法を用いて癒やす。

 

「では、これを」

「…………」

 

  色がおかしい。真っ先に浮かんだセフォネの感想はそれだ。暗緑色の薬など、どう考えても毒薬にしか見えない。心ここに在らずのセフォネでも、はいそうですかと飲みたくはない代物だ。

 

「飲みなさい」

「………あの、これ砂糖か何か…」

「駄目です」

 

  有無を言わさぬ物腰で言われ、セフォネはしぶしぶそれを飲み干す。去年のルーピンの気持ちがよく分かる。良薬は口に苦しとはよく言ったものだ。苦過ぎる。

  と、またしても薬を飲み終えたタイミングだった。誰かの足音が聞こえた。その速度から、駆けているいることが分かる。扉が勢い良く開かれ、そしてマダム・ポンフリーを押しのけ現れたのは、 ボブカットの銀髪に黒いリボン。ブルーグレーの瞳を持つ、何処か儚げな印象を与える少女。それはまさしく、セフォネの愛すべき従者の姿だ。

 

「…ラーミア……」

 

  彼女は相当自分のことを心配してくれていたらしい。礼と謝罪を言う為口を開こうとした、その時。

 

「…な…!?」

 

  ラーミアがもの凄い勢いで飛びついてきた。セフォネに強く抱きつき、真っ赤になった目でセフォネを見上げる。

 

「お嬢様………ホントに……ホントに心配したんだからぁ!」

 

  最早敬語も何処かに飛び去り、ラーミアはセフォネの胸にすがって泣き出してしまった。

  2年前、ラーミアは大事な人を失い、生きることを諦めていた。そんな時に現れた、自分にとっては恩人であり、仕えるべき主君であり、そして帰る場所であるセフォネ。彼女が倒れた時、ラーミアはパニックに陥った。

 

 ――死んでしまうのではないだろうか

 

 そんな考えがラーミアの脳裏をよぎり、医務室から強制的に寮に帰らされた一昨日昨日と、セフォネが心配で寝付くことさえ出来なかった。

 

「心配をかけてごめんなさい……私が未熟なばかりに…」

 

  泣きじゃくるラーミアを抱き締め、頭をそっと撫でる。こんな、感情の制御すら出来ない自分を、自身が疲弊するまで心配してくれる。まったく、自分には過ぎた従者だ。

 

「そしてありがとう。こんな私を心配してくれて」

「…うぅ………」

 

  ラーミアが、セフォネに回した手に力を込め、ギュッと抱きしめる。まるで、大切なものをもう二度と失わないように。

  そしてセフォネは思う。

  やはり、失いたくないものを背負い過ぎた、と。

 

「はぁ……目を覚ましたっていうから来てみれば、何よあれ。滅茶苦茶入りづらいじゃない」

 

  医務室の外では、エリスとダフネがやや呆れ気味に、それでもって温かい目で2人を見ていた。

 

「まあまあ。ラーミアだって、ずっと心配してたんだし……」

「ま、それもそうね」

 

  あの歳でブラック家の使用人になるだなんて、一体どんな事情があったのか、エリスもダフネも知らないし、聞いていない。だがしかし、あの2人はきっと強い絆で結ばれているのだろう。主従という関係では表せないような何か、特別な。

 

「やっぱ姉妹じゃない……」

「そうよね」

 

  漆黒の女神に白銀の天使。見た目も中身も違うけれど、案外、というかかなりいいコンビである。

  そう、エリスもダフネも思った。

 




ダンブルドアのセフォネに関する考察………要するに、生まれつきMP∞、魔力EXということです。

どうも、一ヶ月ぶりです。ゴールデンウィークの連休中だったので更新出来ました。来月は期待しないで下さい。
今回、前半が殆どシリアスだったんで、後半は少しほのぼのさせたくて、こういう構成になりました。
感想返しは忙しくて中々出来ませんが、きちんと時間をかけて返させて頂きたいと思っているので、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対面

8/6 サブタイトルを変更しました


 シャワーヘッドから熱い湯がセフォネに降り注ぐ。緩くパーマがかかっている髪が濡れて肌に吸い付き、前髪が目を覆い隠すが、セフォネはそれを意に介することもなく、シャワーを浴び続けている。

 今セフォネがいるのは、スリザリン寮の女子用浴室だ。辺りには人はいない。それもそのはず、今は午後の授業中。浴室どころか寮にはセフォネしかいない。

 

(……アラスター……ムーディ…)

 

 3日前、セフォネは感情による魔力の暴走を起こして傷を負い、つい先ほどまで医務室のベッドの上にいた。しかし、午後の授業終了後には、ダンブルドアが設けたムーディとの会談がある。清めの呪文が掛けられていたからといって、3日間寝たきりの状態からいきなりの対面は憚れる。故に、マダム・ポンフリーに早めの退院許可を貰い、身なりを整えようとしている最中なのだ。

 

『 アラスターもまた心に傷を負ったのじゃ。無実の人を殺したことによって、彼は今もなお自責の念に捕らわれ、自分を攻め続けている 』

 

 先日のダンブルドアの言葉。

 言われなくとも分かっている。闇の魔法使いを屠る職に就いている彼が、無実の人間を殺害し、平然としていられるわけはない。事実、彼は事件後の調査でブラック夫妻の無実が証明されるとすぐに辞職、裁きを求めた。だが、魔法省の揉み消し工作によってそれは有耶無耶になり、スクープ後はムーディの正当防衛が認められ無罪放免。

 確かに彼は悪くないのだろう。責任の所在は討伐命令を出したクラウチにあるのだし、そもそもの元凶は司法取引の際に不確かな情報を渡したカルカロフなのだから。

 

(…分かってはいるんだ………)

 

 セフォネは湯の蛇口を閉じると、水の蛇口を一気に開いた。僅かに湯が出た後、凍り付きそうな冷たさの水がセフォネの身体に刺さる。その急激な温度差に息が詰まり心臓が跳ねるが、病み上がりで本調子ではなかった頭が一気に冴え、身体の気怠さも飛んでいった。

 俯き気味だった頭を上げると、湯気で曇っていた鏡が段々と晴れていき、自分の身体を反射しているのが目に入る。だがしかし、セフォネの脳裏に浮かび上がるのは、自分と瓜二つである母の姿だ。

 あの日、自分を庇い魂を食われた姿。

 それに続くように浮かぶのは、駆け寄ってきた父が呪いに撃たれ、血を噴き出しながら倒れた姿。

 そして、父の最後の力で部屋から逃された自分が最後に見た、襲撃者―――

 

「…っ……!」

 

 記憶の奥底に封印されていた感触が蘇る。全身に浴びた、紅い血液。鉄の匂いがする、生暖かくて、肌に纏わりついたまま剥がれない、嫌な感触。

 

「…っ……あああああぁぁああああぁあぁぁぁっ!」

 

 叫び声と共に魔力が吹き荒れ、目の前の物だけでなく浴室全ての鏡が割れ、その他の備品も弾け飛ぶ。

 何故セフォネがこれほどまでにムーディに対して憎悪を抱くのか。それは両親を直接手に掛けた者だからであるがしかし、もう1つ理由がある。

 それは、記憶の奥底に封印している――いや、封印していたトラウマを呼び覚まされるからだ。

 1年前、吸魂鬼によってその断片を引き摺り出され、そしてムーディを見てしまった瞬間、全てを思い出した。

 戦闘の音。吸魂鬼による冷気。冷たくなった母。生温かい血の匂い。締まりゆく扉の隙間から見えた、父の死の瞬間。

 その光景は、齢2歳の少女の心で耐えきれるものではなかったのだろう。セフォネは事件後、そのことを全く覚えておらず、それどころか、前後一週間の出来事すらも忘れてしまっていたのだから。

 フラッシュバックによる心の負荷は、感情と魔力の暴走として表面化する。

 

「…ぁ…はぁ…はぁ……」

 

 だがしかし、魔力の暴走は流石に3日前のようにはならず、浴室をある程度破壊したまでに留まったようだ。

 暴力的な魔力の奔流はだんだんと収まっていく。

 セフォネは落ち着いた後、水が出たまま床に転がっているシャワーを拾った。

 

「…このままでは駄目……しっかり…しないと」

 

 感情を剥き出しにするのはここまでだ。

 怒りに満ちた表情の上に、笑みという仮面を被る。いつもよりも、しっかりと。

 

「…行きますか」

 

 冷水を浴び続けたおかげで身体が冷え切ってしまったが、同時に頭も冷えた。

 セフォネは浴室から出る。

 そして、身体の雫を拭って下着を着け、洗いたてのシャツに袖を通した時だった。

 

「……?」

 

 セフォネは浴室から出た後すぐに、今現在授業中のムーディの教室に式札を配置し、敵情視察として講義を盗み聞きしていた。

 その時、違和感を覚えたのだ。

 

(…禁じられた呪文を教えるのは分かるとして…ネビル・ロングボトムに磔の呪文を見せ付けた…? …授業の一貫としてなら、まあ理解は出来ますが……しかし、そう言えば…)

 

 見舞いに来てくれたエリスとダフネの話によると、どうやらドラコがイタチにされ、体罰紛いのことをされたらしいのだ。

 いくら彼の父が死喰い人であり、そして彼がハリーに対して奇襲をかけたからと言って、いくら彼が耄碌した老兵だとしても、行動に違和感を覚えずにはいられない。

 仮にも後世の闇祓いの教育に携わっており、またダンブルドアに教師として迎えられた者なのだ。最低限の教育モラルは有しているはず。

 

(…いや、考え過ぎでしょうね……所詮はボケ老人ということでしょうか)

 

 余計な考えを振り払うと、セフォネは身支度に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今、セフォネはムーディの部屋の前に立っていた。追跡させておいた式札は破壊されたらしく、中の様子は外からでは分からない。

 ふっと息を短く吐き出した後、ドアノブに手を掛ける。が、セフォネがそれを回す前に、ドアが開き、中から1人の男子生徒が出てきた。

 ぽっちゃりした丸顔のグリフィンドール生。ネビル・ロングボトムだ。その目は赤く、授業でのショックからはまだ完全に立ち直ってはいないようだ。

 本を1冊抱えた彼はセフォネを見ると驚き、上体を仰け反らせる。

 

「ご機嫌よう」

「あ、ああ……」

「中にムーディ教授はおられますか?」

「…うん」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 彼とは旧知の仲である。だが、同学年ではあるものの、敵対する寮に所属しているせいか、見かけることはあっても声をかけたことは無かった。

 彼と言葉を交わすのは、一体幾年ぶりだろうか。祖母が死ぬ前、すなわち復讐に妄執する前に病院で会話したくらいだから、10年ぶりになるのか。

 セフォネは時間の流れの速さに、1人感慨に耽りかける。

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 ネビルは終始オドオドとしており、そそくさと立ち去っていく。まあ、何かにつけて彼にちょっかいを出しているドラコ一味と仲が良い自分も、彼にとっては警戒される対象なのだろう。

 気を取り直し、セフォネは既に開いているドアをノックし、自分の訪問を伝える。

 

「ブラックです。入ってもよろしいでしょうか?」

「ああ」

 

 部屋の奥から唸るような低い声が聞こえた。

 

「失礼致します」

 

 彼の部屋は闇の魔術を探知する魔法具がいくつも設置してあった。これで式札の存在がバレたのだろう。

 中央にはテーブルがあり、椅子が2つ置いてある。その1つに、ムーディは腰掛けていた。

 

「座るといい」

 

 ムーディは顎で、空いている椅子を示す。見た限り何かの仕掛けがあるわけでもなさそうで、魔力の残滓も感じない。

 なので、セフォネは勧められるままに腰を降ろした。

 

「茶などは用意しておらんし、仮にあったとしても飲まないだろう」

「ええ。仰る通りで」

「正しい選択だ。時に、あの追跡装置はお前のか?」

「その通りです」

「ふん。これはまた珍妙なものを」

 

 流石に覚悟を決めてからきたからか、3日前程の感情の高ぶりはなく、また直前に頭を冷やしてきたおかげか、魔力の暴走も、その兆しを見せない。

 こうして軽く話をする程度には落ち着いていた。

 

(…乗り越えるべきもの…か)

 

 その通りだと思う。いい加減に意味のない復讐心に終止符を打たねばなるまい。

 

「……さて」

 

 ムーディは深々とため息をつく。まるで、何か言いづらいことを言い出そうとするかのように。

 

「ブラック……まずわしは、お前に謝罪せねばなるまい……いや、それで許されるようなことではない。だが、言わせてくれ……本当にすまなかった」

 

 しかしセフォネは、ムーディの謝辞を一刀の元に切り捨てる。

 

「私は謝辞を求めてここに来たのではありませんわ。貴方から聞きたい事は他にあります」

 

 謝罪など要らない。どんなに謝ろうと、それはただの言葉に過ぎない。そんなものでは、セフォネの気は収まらない。

  いや、何があろうと気は収まらないだろう。だからこれは、互いの気持ちに区切りをつける為の話し合い。

 

「あの時の話を聞かせて頂きたいのです。全ての始まりから」

 

  区切りをつける為に、セフォネは全てを知ろうと思った。

  事件の全容は祖母に聞いた。だがしかし、当事者から直接聞いたことは無い。その当事者というのも、事件現場にいたという点においては、自分か彼しかいないのだ。

  ならば、彼から話を聞くのが筋というもの。

 

「始まりから……か。ああ、分かった。あれは――」

 

  自分から要求したのだから、覚悟はしていた。していたが、やはり感情を無にして聞くには、その話はあまりにも心を乱す。それでも、落ち着こうと努力した。

  一々反応してどうするのだと。

  感情を剥き出しにしてどうするのだと。

  顔に鉄仮面を。心に鎧を。

  他人に弱みを見せるな。怒りとは、感情とは、即ち己の内面であり、最も脆い部分なのだから。

  ダンブルドアが言っていた"乗り越える"とは、恐らくこういうことではないだろう。だが、今の自分には、これが精一杯だ。

 

「――わしはお前の父親を死喰い人だと思い込んでいた。ここで逃してはならないと。そして何より、お前の父親は強かった。わしの左目を奪ったほどにな。それに、あいつは最後までわしに抵抗した。あの時はそれを"忠誠心"だと思っていた。だがあれは――」

 

 ――"愛"だったのだ

 

(…愛……か)

 

  奇妙な縁もあったものだ。ポッター一家がヴォルデモートに襲撃されたさいに、ハリーを、息子を守る為に母が掛けた護り。それは"愛"ゆえのものだった。

  そして、父が最後まで抵抗した理由もまた"愛"。

  かつてセフォネは、全ての感情を怒りと憎悪に染め、復讐に囚われていた。そんな自分を解放してくれたのも、母の"愛"。

 

「そう……ですか」

「ああ」

 

  暫しの間、2人の間には静寂が流れる。

  やがて、セフォネは口を開いた。

 

「貴方は今でも、父を……アレクサンダー・ブラックを手に掛けたことを、悔いていますか? 本心からそうだと言えますか?」

 

 顔を伏せていたムーディは、セフォネの眼を真っ直ぐ見据える。

 

「ああ」

 

  そしてそれを機にセフォネは開心術を掛けた。

  言葉などいらない。

 どの程度彼が悔恨の気持ちを抱いているかを見るために。

 彼の心を知る為に。

  最愛の母の心を知る為に会得した技術で、敵の心を知ろうとした。

 

 ――しかし、セフォネが見たものは、予想だにしないものだった。

 

「っ!? ……これはっ!?」

 

  目の前に広がる光景は、呪文に撃たれるムーディの姿。鼠のような小さな男。それより時を遡ると、服従され床にひれ伏す男と、漆黒のローブにくるまれた何か。その何かは、ゆっくりと振り向き――

 

コンフィルマンダス( 身体強化 )!」

 

 身体強化呪文。文字通り身体機能を上昇させる魔法であり、"姿表し"同様杖を所持しさえしていれば発動出来る。これによりセフォネは通常の倍以上の瞬発力、跳躍力で真横へ飛び退り、ついさっきまで座っていた椅子はムーディが放った呪文に破壊され、四散する。

 

「チィッ! 外したかっ!」

 

 ムーディが次の攻撃体制に移る前に、セフォネは失神呪文を放つが、ムーディは盾を展開しそれを防御。跳ね返った呪文は部屋の隅にあったトランクに当たり、トランクが宙を舞って騒音を奏でながら地面に落ちる。

 そして、2人は互いに杖を向けたまま、膠着状態に陥った。

 

(…持久戦は駄目……)

 

 今自身に掛けている身体強化呪文の効力は3分が限界であり、それ以上は身体へのフィードバックが大きく、病み上がりの身での行使は現実的ではない。

 ならば、こちらから仕掛ける。

 

「ステューピファイ!」

「オブリビエイト!」

 

 セフォネは詠唱あり、高威力の失神呪文を放つ。それに対抗し、ムーディは1コンマ遅れで忘却呪文を放った。こちらもかなりの威力で、2本の閃光はぶつかり、火花を撒き散らす。

 そこでセフォネは左腕の袖を降り、あらかじめローブの袖に仕込んでおいた杖を左手に取った。

 それにムーディが気付いた時には既に遅く、2本目の杖から放たれた妨害呪文が、彼の身体を吹き飛ばす。

 

「がはぁっ!」

 

 身体を強かに壁に打ち付け、その衝撃で一瞬意識が遠のいたであろうムーディは、体勢を崩して前のめりに倒れかける。が、セフォネは重厚な鎖を出現させ、両手を拘束してその場に吊るしあげる。

 

「ふふっ…あはっ……あっははははははははは!」

 

  一体何だと言うのだろうか。

  ムーディだと思っていた人物は全くの別人で、長らく自分を支配していた気持ちに区切りをつけるために、今まさにつけようと聞いた言葉は全て、赤の他人の言葉。

 

「これでは道化だよ……全く…」

 

  可笑しい。可笑し過ぎる。嗤いが止まらない。

 

「くっ……!」

 

 ムーディは急に嗤い出したセフォネを睨みつけようとするが、開心術を警戒してかサッと顔を背ける。

 

「ああ可笑しい……ふふふっ」

 

 その様子を見てセフォネは口元を三日月型に歪め、くつくつと喉を鳴らして嗤いながら、彼に近寄る。

 

「あら……ふふっ………反抗的ですこと」

 

  数分後、彼の顔が突如、文字通り歪み始め、骨格も変化してゆき、やがて変身を終えた、いや、変身が解けた男の顔から義眼が落ちた。

 

「ふふふっ……さて、改めて自己紹介して頂けませんか?」

 

 鎖に吊るされているのは、もはや老人ではなく、30〜40歳くらいの男だった。その顔は一部分もムーディとは似ていない。

 

「………」

「あら、だんまりですか? 女性を無視するとは、紳士的ではありませんね、ミスター・クラウチ」

 

  その表情は、何故に歪んでいるのだろうか。正体を見破ったセフォネに対する怒りか。見破られた自分自身に対する怒りか。

  セフォネは彼の顎に杖を突き付け、強引にこちらを向かせる。

 

「それでは見せて貰いましょう……貴方の全てを」

 

  何が目的なのか。あの黒い人影は一体何なのか。

  道化を演じさせられた自分には、それを知る権利くらいあるだろう。

  そんな論理武装でもって、セフォネは仕返しと好奇心を満たそうと、その呪文を囁いた。

 

「―――レジリメンス―――」

 




コンフィルマンダス《身体強化》………身体強化呪文。本作オリ魔法。持続時間は3分。

ムーディ(クラウチ)正体ばれ………バレちゃったテヘペロ(・ω<)

対ジュニア戦………アズカバンではワームテールを踏み付け。そしてジュニアは拘束。やっぱりこれってご褒……

袖に仕込んだ杖………袖から武器出すってロマンですよね。某タクシードライバー然り。



2ヶ月ぶりです。なんと、今日はラーミアの誕生日なんです。ということで一話絶対に投稿したかったので、模試3日前にも関わらず投稿しました。あー模試ぃ……ま、いっか。
次回の投稿はいつになるか分かりませんが、ハロウィンと第一試合くらいまで終わらせたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎のゴブレット

 ホグワーツでは5年生になると、"普通レベル魔法試験"、通称"OWL"を受けることになっている。この成績しだいで6年生以降に受講する教科が決まり、さらには将来の仕事に必要な技能を習得する為、かなり重要なものだ。

 それ故、各教師は1年前からその準備をさせるべく、授業や宿題の量・質を格段に上げている。

 新学期開始から3日ほど授業を欠席していたセフォネは、目の前にまとめて突き付けられた課題の多さに少しばかり唖然とした。そうはいっても、彼女にとっては然程難易度は高くないのだが、如何せん量が量だ。

 

「私らに恨みでもあるのかしら!?」

「まあまあ」

 

 古代ルーン文字学が終わり大広間へと向かう道中、ダフネが憂鬱な表情ながらも怒りの言葉を吐き捨てた。去年の一ヶ月分を1週間でやってこいというのだから、その反応も妥当だろう。

 セフォネが苦笑しつつもダフネを宥めていると、魔法生物飼育学を取っているエリスとドラコが、丁度玄関に現れた。こちらの2人もげんなりとしている。いや、よく見るとドラコは怒りに打ち震えているようだ。

 合流した後、ダフネに話を聞いたエリスは深く溜息をつく。

 

「貴方はまだましなほうよ…こっちなんて………」

 

 魔法生物飼育学では、ハグリッドが創り出した謎の生物の観察日記をつけることになっているらしい。それも毎晩。

 セフォネは改めて思うが、何故ダンブルドアは彼を教師にしたのかが疑問だ。そもそも、勝手に魔法生物を創造することは違法であったはずだが。それを看過して良いのだろうか。相変わらずあの狸の考えていることは、よく分からない。

 と、そんなふうに考えを巡らせているセフォネの隣で、ドラコは悪態をついている。

 

「くそっ! あのでくの坊め…今に見てろよ……」

 

 去年に引き続き、今年もまた何かをしでかしそうな雰囲気を醸し出しながら、ドラコは取り巻き2人を連れてさっさと大広間に入っていこうとした。だが、それ以上先には進めなかった。玄関ホールに設置してある掲示版に人が群がっていた為だ。

 

「ん〜! 見、え、ない!」

 

 この面子の中で一番背が低いエリスがピョコピョコ跳ねている。高身長の部類に入るセフォネと、それよりもさらに高いクラッブ、ゴイルは背伸びすると、なんとか見えた。

 

" 3大魔法学校対抗試合 "(トライウィザード・トーナメント)についての知らせのようですね」

「うぅ……お願い、読んで」

 

 持ち前の運動能力で張り紙を見ることは出来たようだが、上下に飛び跳ねていれば文字は読めなかったので、エリスは諦めた。セフォネは爪先立ちになって、張り紙の詳細を伝える。

 

「えっと……ボーバトンとダームストラングの代表団が10月30日に到着する為、城の前で全校生徒で出迎える、と書いてありますね」

「10月30日ってことは……来週の金曜日ね」

 

 それは、1週間後に他校の代表団と共にその校長もまたここホグワーツにやって来るということだ。即ち、ダームストラングの校長が姿を表すことを意味する。

 

(…イゴール・カルカロフ……)

 

 カルカロフは仲間を売り、罪を逃れた元死喰い人だ。アズカバンに行きたくないが為に他の死喰い人の摘発に協力し、その途上で"ブラック"の名を口にした、全ての元凶。

 あの男さえいなければ。

 そう、あの男さえいなければ、クラウチはムーディと吸魂鬼(ディメンター)をブラック邸に派遣することも無く、父も母も死ぬことはなかった。

 

(…しかしまあ、あの男が生を謳歌出来るのも、今年限りなわけですが……)

 

「ふふっ」

 

(…ああ、復讐は無駄なことだと理解して(わかって)いるのに……)

 

 しかし、ムーディと違い弁解の余地も無いカルカロフに対しては"彼は悪くない"などという感情が湧くはずもなく。

 むしろ、彼が闇の帝王が蘇ったと知った時の恐怖と絶望。それが見たくて堪らない。

 あの時、スネイプがシリウスを捕らえた時に行った言葉、"復讐は蜜より甘い"。

 今なら分かる。1ヶ月程前までは、ただ憎悪と怒りの感情を爆発させるだけだったが、今は違う。

 ムーディを、正確にはムーディの姿をしたクラウチを縛り上げた時に彼の憎々しげな表情を見て、もっと痛めつけたいと思った。自分がどれ程憎んでいるのかを、刻みつけたいと思った。思ってしまった。

 

「…ハリー・ポッター……」

 

 だれがホグワーツの代表になるだろうかと、そんな話をしながら大広間へ向かう友人たちに付いて行くと、視界の端にあの少年の姿が入る。

 仇を目の前に、"殺す"という選択肢を迷い無く捨てた少年。上辺だけだった自分とは違い、本心から。

 

(…結局、わたしは復讐を諦められなかった……)

 

 ムーディを許そうとは思った。彼の事情を考えれば、恩赦に値する。だが、他の2人はどうか。

 答えは否だ。断じて許せない。

 

(…狐は、怯えて弱ったところを狩るものだもの……ムーディ()を許してしまった分まで、後の2人には―――)

 

 

 

 

 

「―――狂い踊って貰わなければ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして一週間後の金曜日。

 告知通りに授業は早めに切り上げられ、生徒たちは校庭に整列し、来客を迎えるべく待機している。

  吹き付ける風が肌寒い、秋の夕暮れ時。夕闇は濃さを増していき、青白く輝く月がその存在を主張し始めていた。

 

「ふむ……そろそろか」

 

  漆黒のローブの懐から取り出した懐中時計を確認したスネイプが小さく呟く。しかしその声は、来客を待ち侘びているようなものではなく、厄介なものが来ると行った感じの響きであった。

 

「……して、何故私の隣に付いているのですか?」

 

  他の生徒と同様に、校庭で待機中のセフォネは、先程から横にいる自らの名付け親兼教師に、疑惑の眼差しを向ける。それを受けた本人は、不機嫌そうな声でもって答えた。

 

「我輩はスリザリンの寮監であるからして、その生徒の隣に立っていることは何ら不思議ではないのだが」

「その通りではありますが」

「何か不都合なことでもあるのかね、ブラック?」

 

  尋ねておいてなんだが、聞くまでもなく彼が自分を監視していることは分かる。事情を知っているのであれば、自分は警戒に十分値するのだから。

  そうは言うものの、別に今回は何も起こしはしない。既に滅びの運命が定まっている相手に対して、今すぐに殺そうなどという感情は起きないのだから。

 

「心配しなくとも、何も起こしませんよ」

「約2ヶ月前のことも忘れたのかね?」

「その節はご迷惑をお掛け致しました。しかし、今回は問題ありません」

「前科持ちの言う事は、中々信用されにくい世の中でね」

「更生の機会くらいくれてもよさそうなものですが。しかしまあ、別に構いませんけどね」

 

  その時、空を見上げていたダンブルドアが声を張り上げた。

 

「おお! わしの目に狂いが無ければ、ボーバトンの代表団がまもなく到着するぞ」

 

  その一言に、生徒たちがざわめき出す。暫くして、上空から巨大な馬車が降り立った。並の家よりも大きく、それを12頭の天馬の一種であるアブラクサンに引かれている。

  そこから、1人の巨大な女性が降りてくる。その背丈は2メートルを軽く超えており、ダンブルドアが子供のようにしか見えない。ボーバトン校長、マダム・マクシームだ。

 

「ようこそ、ホグワーツへ」

「おひさーしぶりでーす、ダンブリー・ドール」

 

  ダンブルドアの挨拶に、かなりフランス訛りの強い英語で応じている。その後2,3言葉を交わすと、生徒たちを引き連れて早々と城に入る。それもそのはず、ボーバトンの生徒は皆薄着で、この気候で残りの学校、ダームストラングの到着を待つのは、些か苦だろう。

 その数分後、皆が空を見上げている中、突如湖から低い音が鳴り響く。湖面が揺れ、まるで底にある栓を抜いたかのように渦巻き、その中央から帆柱が突き出てくる。徐々に浮かび上がってきて、やがて姿を表したのは、巨大な船だった。通常は水面を航行する筈の物が水中から浮上する姿は、まるで過去から現れた幽霊船のようであり、船窓から見える灯りが、暗くなりつつある空の元で揺らめき、その不気味さをより一層際立てている。

  やがて、ダームストラングの代表団が上陸してくる。英国(ここ)よりも寒い地域から来たのだろう。皆が分厚い毛皮のマントに身を包んでいた。

 

「やあ、ダンブルドア。暫く。元気だったかね?」

「おお、元気いっぱいだとも、カルカロフ校長」

 

  チラチラとスネイプは様子を確認してくるが、セフォネは肩を竦めてみせる。

 何も起こさないと言っているだろうに、と。

  それでもスネイプが警戒を緩める気配はないが、仕方あるまい。セフォネは軽く溜息をつき、城に戻ろうと踵を返す。だが、より一層ざわめき立つ生徒たちの言葉に、足を止めた。

 

「おい、あれ」

「ああ、間違いない」

 

  何か珍しいものでもいたのだろうか、と再びダームストラングの代表団へ向き直ろうとすると、少し離れた場所にいたエリスに袖を引っ張られた。

 

「どうかしたのですか?」

「どうしたもこうしたも! 見て!」

 

  エリスが指差した方向には、見覚えのある少年がいた。この夏開かれたクィディッチワールドカップで、ブルガリア代表チームのシーカーを務めた、ビクトール・クラムだ。

 

「ああ。ミスター・クラムですか。少々意外です。学生だったんですね」

「反応薄っ! まあいいや。セフォネ、色紙とか書くものとかない!?」

「いや、まあ、ありますけど」

 

  その勢いに、セフォネが一歩後退るが、エリスは2歩進み出る。そして、胸ぐらを掴まんとばかりに迫ってきた。

 

「貸して! 今っ! すぐにっ!」

 

  これがスポーツ選手のカリスマというやつなのだろうか。マグル界では元スポーツ選手が政治家になることがままあると聞くが、この人気ぶりを見ると、それも容易なのかもしれない。

 

「まあまあ。今年度が終わるまで滞在するのですから、機会はいつでもあるでしょう。落ち着いて」

「これが落ち着いていられるかぁ!」

 

  ここだけでなく、あちこちでワーキャーと騒いでいた。そんな様子に呆れながらも、セフォネはエリスを宥めつつ、ダームストラング一行の後について城へ向かう。

  大広間に着くと、既にボーバトンの生徒がレイブンクローのテーブルに陣取っていた。ホグワーツの生徒たちも次々と自分たちの寮のテーブルに向かう中、ダームストラングの生徒は入り口付近で固まっている。彼らを引率するべき校長がダンブルドアについて既に教員テーブルに追加された席に着いており、どうしてよいか分からないのだ。

 

「まったく……」

 

  教師として引率一つ出来ずに、よくぞ校長が務まるものだ。どこに座ればよいか分からず突っ立っている彼らが流石に気の毒であったので、セフォネは彼らのリーダー的立場であろうクラムに話しかけた。

 

『もしよろしければ、こちらへどうぞ』

 

  英国の人間がブルガリア語を話したことに、少し驚いたのだろう。クラムは目を瞬かせたが、やがて頷いた。

 

『ありがとう』

 

  礼を言った彼がセフォネに付いてスリザリンのテーブルに向かったのを契機に、他のダームストラングの生徒もゾロゾロと付いてくる。

 

「ナイス! やるじゃない!」

「流石だ。よくやった!」

 

  何故かエリスとドラコから満面の笑みで褒められた。他のスリザリン生も"グッジョブ"と言わんばかりの表情だ。

 

「いえ、これはそういう……」

 

  有名人を連れ込む、などという意図ではなかったのだが。

 そう、セフォネは言おうとしたが、他寮からとんでもなく敵意の篭った視線を向けられていることに気づき、言葉を紡ぐのを止めた。

 もう、どうとでも思ってくれ。

 

「はぁ……」

 

  今年は疲れることばかりあるような気がする。東洋には厄年という概念が存在するらしいが、今年がそれなのかもしれない。

  よくよく考えれば、去年も去年で結構疲れる年であった。何か悪霊でも憑いているのか。

  そんなふうに思考の海に沈んでいると、どうやらダンブルドアの挨拶が終わったようで、テーブルの上の皿に料理が出現した。今日は外国からの客人がいるからか、普段は馴染みの無い外国料理が並んでいる。

 

「フランス料理ですか」

 

  夏の間にラーミアが1度フランス料理に凝ったこともあり、フランス料理に限ってはそれが何であるか理解できたが、ブルガリア料理は分からない。言語は分かっても、流石に料理は守備範囲外だ。

 

「まあ、どれがデザートかは分かりますが」

 

  と、常の如く甘い物を取っては食していく。

 その横では、予想通りというか予定調和というか、クラムが質問責めにあっていた。普段セフォネの偏食を注意しているエリスも、ドラコと共にワールドカップの時のプレイについてを根掘り葉掘り聞いている。

  そんな喧騒を気にせず、セフォネと同じように料理のほうに夢中になっているダフネは、ブイヤベースが気に入ったらしい。

 

「ねえセフォネ。これなんて料理か分かる?」

「それはブイヤベース。フランスのプロヴァンス地方、マルセイユの名物料理ですね。元は漁師の家庭料理だったそうです」

「ふーん……詳しいのね」

「家のメイドが一時期フランス料理に凝ってたことがありまして」

「料理って主の好みじゃないのね……ホント、あんたの所って変わった主従だわ」

「そうですか?」

 

  自分で思ったことをやりたいようにやってくれて構わない、というのが、雇用主としてのセフォネのスタンスだ。主体的に考えてくれたほうが仕事の質も上がるし、やる気も出てくるだろう。ラーミアに限って"やる気"はまったく問題ないだろうが、それでも、そちらのほうが意欲は湧くし、仕事も楽しいだろう。これは仕事のみならず勉強やその他様々な事にも言えることだ。

 

「おや」

 

 何気なく手に取ったパイが、セフォネの舌に合った。

 かなり甘いが、これは蜂蜜の甘さか。バターも濃厚に感じられる。

 

「これは……?」

 

  ふむ、と料理の名を当てようと記憶を探るが、該当するものはない。さて、どうしたものかと首を傾げるが、やがて隣にいるクラムに聞くことにした。

 

『すいません。この菓子の名前を教えてもらえますか?』

『それはバクラヴァだよ』

 

  質問責めが一段落し、落ち着いていたところに話しかけるのは少し申し訳なかったが、それでも彼は快く教えてくれた。彼の母国語で話しているからか、英語の時のような堅さもなかった。

 

『どうもありがとうございます』

『どういたしまして。それにしても、ホグワーツの人がブルガリア語を喋れるとは思わなかったよ。親戚にブルガリア人がいるのかい?』

『いえ。読書が趣味なものでして。魔法書の中にはキリル文字で書かれたものもありますから。発音に自信はありませんが』

 

 実際に書物を読み解く為に必要だったのは、現代ブルガリア語の祖である古ブルガリア語だったのだが、共通した言語系統を持つ言語は比較的に習得し易い。あくまでセフォネの基準の話ではあるのだが。

 

『いい発音だと思う』

 

 先程言った通り、習得の経緯が"読む"為であったため、発音に自信はなかったが、セフォネは凝る時はとことん凝る性格であり。

  ネイティブスピーカーのお墨付きを貰えるほどのものであった。

 

『ふふっ。お褒め頂いて光栄です』

 

  セフォネが柔らかく微笑みかけると、あまり変化が無いながらも、クラムは僅かに照れているような表情を見せる。その様子が可笑しくて、セフォネはクスリと笑った。

 

『そ、そう言えば、君は確かワールドカップの時に貴賓席にいたよね?』

『あら、覚えていて下さったのですか?』

 

  それを言うならそこにいるエリスもドラコもいたのだが、試合直後のことだ。そこまで周囲に気が回ってはいなかったのだろう。

 

『1つお聞きしたいのですが、何故貴方は負けると分かっていながら、試合を終わらせたのですか?』

『あの状況で点差を縮められるとは思わなかったからだ。あの決勝の舞台でみっともない負けはしたくなかった。だから、僕は僕の手で勝負を終わらせたかった。それに、負けることは何も悪いことばかりじゃない。それを糧にして次に繋げることが出来る』

 

  何度も聞かれたことだからか、クラムは淀みなく答える。そして、恐らく次に返ってくる反応も予測していることだろう。

 

『潔く負けを認める。なるほど、騎士道精神……のようなものでしょうか。私は騎士でも、ましては男でもありませんから、あまり良く理解出来ませんが』

 

  人はそれを勇敢だと褒め讃える。しかし、セフォネはそれとは少し違う感想を抱いていた。

 

『でも、もし私がそのような場面に出くわしたのならば、負けを認めはしないでしょうね』

『え?』

『あくまで私事ですが、何分諦めの悪い質でして。美しく負けるのであるならば、地を這ってでも、いかなる手段を用いようと勝利したいのですよ。もっとも、このような考えは、スポーツマンシップとは大分かけ離れてますけれど』

 

  セフォネにとって"負け"は認め難いものである。"負け"とは即ち弱さの現れであると思ってしまうから。そして、他人に弱さを見せることは、セフォネが何よりも嫌い、恐れていることだから。

  その"負け"を認めることを、逆に"強さ"だと思う。それは、セフォネには得ることの出来ない感情だ。

 

『しかし……私は貴方の考えは美しいと感じます。そのように、負けを恐れず次に繋げることは、私には真似出来ませんから』

 

  だから、セフォネはクラムの考えを"勇敢"ではなく"美しい"と思うのだ。

  その真っ直ぐなあり方が。

  歪んでいる自分には、とうてい出来ないそのあり方が。

 

『……褒められた、んだよね?』

 

  普段言われることと、少し違っていた為か。クラムはやや混乱しているような、セフォネの言葉を上手く咀嚼出来ていないようだ。

  そんな彼にセフォネは微笑みかける。

 

『勿論です。貴方のあり方は美しい。皆はそれを勇敢だと表現するのでしょうが……私には、美しく思えます』

 

  そこまで言っておいて、セフォネはふと我に帰る。ほぼ初対面の相手に、何を感傷的なことを語っているのだろうか。

  少しばかり気恥ずかしくなり、誤魔化すようにゴブレットを傾け、冷えた飲み物を口に含む。心無しか顔もやや火照っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時は来た。3大魔法学校対抗試合は、今まさに始まろうとしておる。さて、箱を持ってこさせる前に、二言三言説明しておこうかの」

 

  食事が終わり、卓上の大皿の上から料理が綺麗さっぱり消え去ると、ダンブルドアが立ち上がって声を張り上げた。

 

「進行の手順を説明しなければなるまいて。その前に、ご紹介しよう。魔法省からお越し下さったバーテミウス・クラウチ氏とルード・バグマン氏じゃ」

 

  バグマンは元々がクィディッチ選手であったこともあってか、生徒たちの拍手に陽気に手を振って答えているが、クラウチのほうはいかにもお堅い役人といった雰囲気で、無愛想な表情を全く変えない。

  拍手が鳴り止むと、ダンブルドアは説明を始めた。

  第一に、審査員は今紹介した2人と各学校長の計5人で務める。

  第二に、代表選手の選定は"炎のゴブレット"が行い、参加希望者は24時間以内に必要事項を記入した羊皮紙をこれに入れなければならない。なお、規定された年齢に満たない者が候補出来ないように、ダンブルドアが自ら"年齢線"を引く。

  第三に、代表として選ばれた者は魔法契約に拘束され、最後まで試合を戦い抜くことを強制される。故に、軽々しく名乗り出てはならない。

 

「では、解散じゃ」

 

  その一声で、皆が席を立ち、寮へ向かって帰っていく。その道中の話題は、間違いなく3校対抗試合についてだろう。

  地下牢のスリザリン談話室では、17歳以上の上級生は集まって出場するか否かを話し合い、その年齢以下の生徒たちは、誰が出場するのかを予想し合い。

  それも、時計の短針が12に近づくにつれて、1人、また1人と寝室に向かっていく。

  そうして皆が寝静まった深夜3時。1人の男が玄関ホールに現れた。ホグワーツ教師のアラスター・ムーディ、ではなく、彼に変装した死喰い人であるバーテミウス・クラウチ・ジュニアだ。

  ジュニアは魔法の眼で辺りを見回した後、地下牢に続く階段の入り口に、普通の眼の視線を向けた。

 

「いたのか」

 

  すると、闇の中から滲み出てくるようにして、1人の少女が姿を現す。

 

「ええ」

 

  少女はローファーの音を響かせてジュニアの元に歩み寄る。窓から差し込む月光に照らされて、徐々にその容姿が顕となっていく。蒼銀の光を反射し、より一層妖しさを引き立たせる艷やかな黒髪と、アメジストを連想させる紫の瞳を持つ少女。

  見紛うことはない。彼女はこの学校の生徒であり、尚且つその若さでブラック家の当主として君臨する、ペルセフォネ・ブラック。

 

「生徒がこんな夜中に校内をうろつくとはな。教師として、お前には罰を与えなければならないと思うのだが?」

「今私の眼前にいる人物が本物の教師であるのならば、甘んじて罰則を受けましょう」

 

  相変わらず何を考えているのか分からない、まるで仮面でも被っているかのような笑みを浮かべるセフォネを見て、ジュニアは少しばかり警戒する。

  先日、彼女に正体が露呈した時はもう終わりかと思ったジュニアだったが、意外にも彼女は闇の帝王の復活を見逃すばかりか、手を貸すとまで言ってきた。考えてみれば、彼女は純血の王族ブラック家の末裔。ベラトリックス・レストレンジなど、多くの死喰い人を輩出した名門の当主たる人物。

  よって、彼女を死喰い人として迎える算段まで付けようとしたが、それは断られた。曰く、"自分は純血主義者ではないから"と。あのブラック家が墜ちたものだと憤慨しかかったが、それよりも、純血主義者でないにも関わらず自分に手を貸す理由が気になった。

  それを問うと、彼女は"あくまで利害の一致"だと言い、"来年は敵かもしれない"と答えた。怪しいことこの上ない。

  それでも、彼女という協力者を得ることには、かなりのメリットがある。ハリー・ポッターと僅かながらも親交があり、さらにあの魔法技術の練度の高さ。同時に2本の杖を、しかも両方とも違う魔法を使用するという離れ技。容易に出来るものではない。

 

「して、やはり錯乱させるおつもりで?」

 

  セフォネはチラリとゴブレットに視線をやる。ジュニアは彼女に対しての考察を止め、今からの任務に集中することにした。

 

「ああ。これに"存在しない4校目"があると思わせ、その代表をポッターとする」

「……その計画、少しばかり変更出来ませんか?」

「何?」

「このゴブレットに"存在しない学校"があると思わせることが出来るならば、それに加えてホグワーツの存在がないと思わせることも出来るのでは?」

 

  彼女は要するに、ホグワーツ校の正規代表を選出させず、その存在すら認知させないようにしようと言っている。

  少しばかり術に手を加えれば、"ホグワーツ"と書いてある出願用紙を認識出来ないようには出来る。そもそも強力な魔法具である"炎のゴブレット"を錯乱させられる時点で、ジュニアが優秀な魔法使いであることは、語るに及ばない。

 

「少し時間をかければ可能だが……何故だ? ホグワーツを除外して何のメリットがある?」

「考えてみて下さい。4人の代表選手が争えば、ハリー・ポッターの勝率は4分の1。しかし、3人で争えば3分の1。いくら貴方が手を貸すことが前提だとしても、彼の性格上、教師陣の手は借りずにやり遂げようとする可能性も無きにしも非ず。加えて、対抗馬が1人でも減ったほうが、貴方も工作し易いのではないですか?」

 

  それを聞き、ジュニアは考える。自分の主人から命じられたのは、今回の3校対抗試合を利用し、ハリー・ポッターを特定の場所に誘導すること。それをダンブルドアの監視下で成すのは容易ではない。

 しかし、自分の力を主人に認められることが、最大の夢、最大の望み。故に、失敗など出来ない。彼女の言う通り、少しでも確率を上げておくのが妥当だろう。

 

「……確かにそうだな。それに、ホグワーツ代表に純血が選ばれてしまった場合、それを貶めるのも些か憚れる……さて、周囲の警戒は任せたぞ」

「了解致しました」

 

  セフォネはローブから人型の紙を取り出すと、それを宙に放った。10枚ほどあるそれらは彼女によって目くらまし術を掛けられ姿を消す。

  それを見届けたジュニアは年齢線を超えると、ゴブレットに杖先を向け、作業を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  10月31日の夜、ホグワーツでは毎年恒例のハロウィーンパーティーが開かれている。例年と違う点と言えば、数十人の来客と、前に置かれた"炎のゴブレット"。

  そう、この2つだけが常と違う点。それは即ち、毎年起こってきた何かしらの"トラブル"も健在であるということだ。

  3年前はトロール。2年前は秘密の部屋。去年はシリウス・ブラックによる襲撃。そして今年は―――

 

「さて、もうすぐゴブレットが代表選手の選抜を終える頃じゃろう。名前を呼ばれた者は前まで出てきて、隣の部屋に入るように。そこで、最初の指示が与えられるだろう」

 

  ダンブルドアが杖を一振りし、大広間の照明を全て消す。"炎のゴブレット"の青白い炎だけが輝きを放つ空間は、沈黙に包まれた。

  皆の目がゴブレットに向けられている中、ゴブレットの炎が赤く変貌し、1枚の紙を吐き出した。宙をひらひらと舞う紙を捕まえ、ダンブルドアはそれを読み上げる。

 

「ダームストラングの代表選手は―――ビクトール・クラム!」

 

  拍手と喝采が巻き上がり、昨日と同じようにスリザリンテーブルにいたクラムは立ち上がる。そして前へ出ていき、隣の部屋へと消えた。

  その直後、ゴブレットが再び赤く燃え上がり、紙を吐き出した。

 

「ボーバトンの代表選手は―――フラー・デラクール!」

 

  シルバーブロンドの髪をたなびかせた少女が優雅に立ち上がり、レイブンクローとハッフルパフのテーブルの間を滑るように進んでいく。

  彼女が隣の部屋に入ると、段々とざわめきが止んでいき、静寂が訪れた。誰がホグワーツの代表として選ばれるのか。注目が集まる中、ゴブレットは焦らすように青白い炎を揺らめかせている。

  3度ゴブレットが赤く燃え上がるには、先の2回よりも時間が掛かった。そして、満を持して3人目の代表選手の名が書かれた紙を吐き出す。

 

「そして……」

 

  ダンブルドアはそれを広げ、見た瞬間に固まる。僅かに目を見開き、暫しの間沈黙していた。何かあったのかと、生徒たちがヒソヒソと喋り、2校の校長と魔法省の2人、残りのホグワーツ教員たちが訝しげな視線を向ける中、ダンブルドアは皆を静めるように、1つ咳払いをし、読み上げた。

 

「……()()()()代表選手は―――ハリー・ポッター」

 




復讐は蜜より甘い………セフォネさんは愉悦部に体験入部したそうです(クラウチ、カルカロフに対して限定)

ハリーはホグワーツ? 代表………全国のセドリックファンの皆様に朗報と悲報。彼の死亡フラグはレダクトされました。しかし、このSSでの出番はアバダ・ケダブラされました。



ご無沙汰しています。皆さんはポケモンGOをやっていますか? 私はfate/goをやっています。
それはさておき、前回の後書きでは1試合目まで終わらせるとか言いましたが、ここまでで1万字を超えており、キリのいいところで切りました。といっても、試合の展開はセドリックがいないだけで殆ど変化はありませ……あ。セドリックいなかったらハリーって金の卵の謎解けないんじゃ……。
まあ、なんとかします。次回は8月中に上げられるといいなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

恋の予感と第一の課題

※注意

原作キャラクターとオリジナルキャラクターの恋愛要素が含まれております。そういった描写が苦手な方、嫌悪を覚える方はご注意下さい。ページを中程まで飛ばして頂ければ、そのシーンはスルー出来るかと思います。ストーリー上そこまで重要ではないので、問題はありません。
また、これからも原作キャラクターとオリジナルキャラクターの恋愛的な絡みはあります。あらかじめご了承頂けると幸いです。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『貴方のあり方は美しい』

 

 こんなことを言われたのは初めてだった。

 ワールドカップの話をすると、大抵の者は勇敢だと言い、自分のことを褒め称える。だから、彼女もきっとそうだろうと思っていた。だが、違った。

 

『私には、美しく思えます』

 

 鈴の音のように澄んだ声で、彼女はそう言ったのだ。

 薄い桜色の唇に、優しい笑みを浮かべていて。

 珍しい紫色の瞳は、宝石のように輝いていて。

 その瞬間、こんなにも美しい少女が、他にいるのだろうかという気になった。

 敢えて言おう。ビクトール・クラムは、彼女に―――ペルセフォネ・ブラックに恋をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋にしては暖かく、清々しいほどに晴れた休日。見上げる空には雲1つなく、生徒たちは課題も忘れ、思い思いに過ごしていた。

 大半の生徒が外に出ている中、城内の、しかも図書館にいる者はほんの一握りである。余程勉強熱心か、かなりのピンチか、インドア派か。それとも目当ての人がいるのか。

 ビクトールは朝食後、真っ直ぐに図書館にやって来た。かなりのピンチ、ではないが、火曜日には3校対抗試合の第1の課題が控えている。それに対する備え、詳しくは対ドラゴン戦の為の知識を、正確に頭に入れておく必要があったからだ。

 図書館には全然人が居なかった。棚と棚の間に設置されている机はがら空き状態だ。

 目当ての書籍を探しに、"魔法生物"の棚まで行き、題名を見て何冊か選ぶ。そして、適当な席に座ろうかと、辺りを見回すと、少し離れた一角に目が止まった。

 遠目でも分かる、同年代の少女とは一線を画した大人びた美貌。しかし、それは少し鳴りを潜めている。

 セフォネは机に本を広げ、頬杖をつき、目を閉じていた。首が船を漕ぐ度に、髪はふわりと揺れ動く。その様子は、年相応かそれ以下に幼く見えたのだ。

 何故だろうか。たったそれだけなのに、ビクトールの胸は激しく波打つ。

 取り敢えず、気持ちの高鳴りを抑えつつ、彼女の近くまで歩いて行った。

 互いに知らない仲ではない。それどころか、ホグワーツに来てからの1、2週間で、最も親しくなったといえるだろう。城の案内をしてもらったり、ホグワーツの教員に関する独断と偏見の入り混じった解説をしてもらったりと、親善試合の名に相応しい交流をしている。

 そして、彼女に会う度に、彼女のことを好きになる自分がいた。

 そんなことを思いつつ、彼女の寝顔を見ていると。

 

「…ぅん……」

 

 ゆっくりと瞼が開かれ、紫色の瞳が、ビクトールの姿を捉える。

 

「こんな所で寝てしまうとは……おはようございます、ビクトール」

「おはよう、セフォネ。寝不足かい?」

「ええ、まあ」

 

 寝不足に加え、この過ごし安い天気。静かな図書館。惰眠を貪るには御膳立てが完璧だろう。

 

「いつもいるあの娘は?」

「エリスですか? クィディッチ競技場の使用許可が降りたそうで、チームメンバーで遊んでくる、と」

 

 3校対抗試合開催による都合上、例年行われている寮対抗クィディッチ杯は中止となっている。とはいえ、競技場の使用許可さえとればクィディッチそのものは出来るらしい。

 

「貴方はどうして朝早くから図書館に? ドラゴン関連の書籍ばかりですが」

 

 机においた本の表紙を見てセフォネが尋ねてきたが、その指摘に内心焦る。

 

「えっと……そう、ドラゴンについて調べたくなったんだ」

「何故?」

「あーそれは……同じ空を飛ぶ者として興味があるというか」

 

 公式的にはビクトールら選手には、第1試合の課題は知らされていない。これは不正、カンニングである。他の選手にも既に伝わってはいるだろうが、それを知られるのはよろしくない。

 もっとも、ジュニアと裏で繋がっているセフォネは既に色々と知っているのだが。

 

「ふふ……そうですか」

 

 何やら含みのある笑みを浮かべるセフォネ。彼女には何か色々と見透かされているような気になってしまう。

 

「おーい、ビクトール。カルカロフ先生が呼んでたぞ」

 

 遠くからダームストラングの同級生が呼んでいた。

 

「だ、そうですよ」

「みたいだね。じゃあ」

「ええ、ではまた」

 

 もう少し彼女と話していたかったのだが、校長が呼んでいるというのなら仕方がない。

 ビクトールは本を抱え、図書館を後に――

 

「そこの貴方! 貸し出し手続きはまだしていないでしょう!」

「す、すみません」

 

 司書に怒られ、手続きをして、図書館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁぁ……」

 

 セフォネは寝不足だった。それというのも、深夜に城を抜け出してドラゴンを見に森に行っていたからだ。別に動物好きという訳ではないのだが、ドラゴンは希少種であり、それが3頭。好奇心が疼いて仕方が無かったのだ。セフォネはさらにドラゴンの血を採集しようとしたのだが、そんな大仕事を見つからないように出来るわけがなく、暫く四苦八苦してそれは諦めた。

 

(ドラゴンの血は貴重なので、少しばかり欲しかったのですが)

 

 ツテを辿れば入手出来なくもないだろうが、使用用途は決まっていないので、そこまでする必要性はない。

 

「そこの貴方!」

 

 入り口付近でマダム・ピンスが叫んでいる。恐らく、先程別れたビクトールが本を持ち出そうとし、手続きを忘れたのだろう。

 

「おはよう、セフォネ」

「あら、ハーマイオニー。ご機嫌よう」

 

 朝食後から図書館にいるが、それはそれで色々な人と合うものだ。ハーマイオニーの後ろには、ビクトールのようにドラゴン関連の書籍を抱えたハリーがいる。

 

「そうだわ。貴方に聞いて欲しい話があるのよ」

「何ですか?」

「はい、これ」

 

 そう言ってハーマイオニーがおもむろに取り出したのは、"S・P・E・W"と書かれたバッジ。

 

SPEW(反吐)……? 非常に反応に困るのですが……何を吐けと?」

「ああ、もう! 貴方までそんな反応しなくてもいいじゃない! S・P・E・W(エスピーイーダブリュー)! しもべ妖精福祉振興協会のことよ!」

「はぁ……そのような団体、聞いたことがありませんが……」

「それはそうよ。私が始めたばかりだもの。一先ずの短期目標は、 屋敷しもべ妖精の正当な報酬と労働条件を確保すること。長期的には 杖の使用禁止に関する法律改正と屋敷しもべ妖精の代表を一人、"魔法生物危機管理部"に参加させることよ」

「はい?」

「だって、おかしいじゃない。屋敷しもべ妖精の奴隷制度は何世紀も前から続いているの。彼らには権利も何もあったものじゃないわ」

「……その、何から言えば良いのか……」

 

 ブラック家は中世より続く家柄であり、当然ながら、その長い歴史の中で屋敷しもべ妖精を従えてきた。今現在も、セフォネにはクリーチャーがいる。そして、屋敷しもべ妖精を従えている身としては、それ以前に一般の魔法界住民としては、ハーマイオニーの言う事には賛同しかねる。

 

「いいですか、ハーマイオニー。彼らは屋敷しもべ妖精。彼らにとっての労働奉仕は至上の名誉であり、自由になることや対価、つまりは報酬などを求めることは不名誉とされます。彼らが主人に仕え、労働をするのは本能であり、レゾンデートルなのですよ。ですから……」

「だから! それが間違っているって言ってるのっ! 何世紀にも渡って魔法族に受けた洗脳なのよ。これは非人道的な奴隷制度よっ!」

「…ええと……」

 

 困りに困ったセフォネは、救いを求めてハリーに視線を送るが、サッと目を逸らされる。ハーマイオニーが突き出している会員名簿には、彼の名や数人の生徒の名が載っているが、その面子を見るに、この勢いに押された人々だろう。

 

(何というか……手に負えませんね、これは…)

 

 開心術を使うまでもなく、彼女は本気でそう思っていることが分かる。そしてこの手合は、口で言っても無駄だ。とすれば、話を逸らし、逃げ切ったほうがよい。

 

「名簿にはハリーと……ミスター・ウィーズリーなど……そういえば、今日は彼とはご一緒ではないのですか」

「あ…うん…そ、そうなの…」

 

 2人して表情を歪めたということは、どちらかと、もしくは2人と喧嘩中。一気に気不味い雰囲気を漂わせたこの際に逃げようかと、セフォネは本を抱えて立ち上がった。

 

「まあ、人それぞれ事情はありますものね。それでは、ご機嫌よう。試合頑張って下さいね、ハリー」

 

 ハリーを見て柔らかく微笑み、1,2秒間目を合わせる。そして、ハーマイオニーのマシガントークが再開する前に、図書館を立ち去ろうと―――

 

「そこの貴方! 本を持ち出す時には貸し出し手続きをしなさい!」

「あ、申し訳ございません」

「まったく! 今日は2人目ですよ! だいたいですね――」

 

 ビクトールと同じようにマダム・ピンスに怒られ、手続きを済ませて図書館を出た。

 

(しかし……あのままで大丈夫でしょうか?)

 

 軽く掛けた開心術で読み取ったものは、ドラゴンに対する恐怖。死ぬのではないかという恐怖。勝ちを狙いに行けるか怪しいものだ。

 しかし、彼は第3の課題で優勝杯を掴み取らなければならない。そうでなければ、かの闇の帝王の復活は成り立たない。

 

(ミスター・クラウチ・ジュニアに発破を掛けさせる必要があるかもしれませんね)

 

 とはいえ、第3の課題で予定されている迷路で最終的に彼が優勝杯に辿り着けばいいだけの話で、それまでに死ななければいいだけの話ではあるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レディース&ジェントルメン……さあ、ついにこの時がやってまいりました! 3大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)の開幕です!」

 

 魔法で拡大されたバグマンの声が会場に響き渡る。

 

「3人の勇敢な選手たちが挑むのはドラゴン! 彼らは、ドラゴンを出し抜き、金の卵を手に入れなければならない! さあ、トップバッターは……ボーバトン代表、フラー・デラクール!」

 

 彼女が競技場に入ってくると、大歓声が上がる。特に男から。聞くところによると、どうやら彼女にはヴィーラの血が流れているようで、そこに立っているだけでも異性を魅了するのだろう。

 彼女は遠目には毅然とした態度で普段と変わらないように見えるが、よく見ると顔色は良くない。それもそのはず、ドラゴンといえば、言わずと知れた魔法生物の最強格。その鱗は容易に魔法を通さず、数人がかりでなければ太刀打ち出来ない。そんなもの相手に、たった1人で挑めというのだ。ダンブルドアなど、一部の人間になら可能だろうが、彼女は成人したばかりのただの女子学生。死の危険すらある。

 

「ねえ、セフォネ。貴方だったらどうする?」

「私ですか?」

 

 エリスは隣の友人、恐らく自分が知っている中で一番強いであろう彼女に聞いてみる。

 1年の時にトロールを灰にし、2年の時には教師と互角に打ち合い、3年の時には政府に圧力をかけた規格外。言わばダンブルドアと同じような人種である。そんな彼女だったら、どうするのだろうか。

 

「そうですね。正攻法ならば、弱点の目に向けて結膜炎の呪いでしょうが……敢えて火に強いドラゴンを燃やすというのも楽しそうですね」

「……ドラゴンって燃えないんじゃないの?」

 

 そもそもが火を吐くドラゴン。可燃性はゼロに近い。

 

「だからこそ、です。火を武器とする生物が、逆に炎に呑まれる姿……見てみたくないですか?」

 

 知ってはいたがこういう性格だった、とエリスは苦笑する。競技場では、丁度フラーのスカートが燃えているところだった。彼女はドラゴンから距離をとるとすぐに火を揉み消す。しかしスカートは少し焼け、白い足が剥き出しになりかけている。ギリギリ下着は見えていない。その様子に、男性陣から嬉しいやら惜しいやらの歓声が。

 

「男ってホント馬鹿ね」

 

 前の席の男子が「あとちょっと」と騒いでいるのを見たダフネが、生ゴミを見る目になる。

 

「これがサービスシーンというやつですか」

 

 セフォネはセフォネで1人で頷きながら変なことを言っていた。

 そうこうしているうちに、フラーが卵を手に取った。

 

「やりました! デラクール選手が卵を取りました! さあ、得点は――39点!」

 

 観衆の拍手が鳴り響き、その間にドラゴンが入れ替えられる。フラーと対戦したのはウェールズ・グリーン普通種だったが、次に入れられたのはチャイニーズ・ファイヤボール種。ウェールズ・グリーン普通種は比較的扱い易い部類だが、チャイニーズ・ファイヤボール種はさらに凶暴で、殆どの哺乳類を餌にしてしまうらしい。

 

「次に参りましょう。2人目の選手は、ダームストラング代表、ビクトール・クラム!」

 

 流石は世界的に有名なスター選手。歓声はフラーの時よりも大きくなっている。気がしたが、今度は女性諸君が黄色い声を上げているせいかもしれない。

 彼は観客席など気にもせず、ドラゴンに向けて呪文を放つ。それは見事眼球に直撃し、ドラゴンは呻き声を上げて暴れ始めた。先程、セフォネが言っていた正攻法である結膜炎の呪いだ。これを受けたドラゴンは、視界も奪われる為、近づいてくるビクトールに気づくことが出来ない。ビクトールは暴れて爪を振り回すドラゴンに突っ込んでいき、それをなんなく交わす。そして、暫く経った後、タイミングを見計らいクラムはドラゴンの足元に滑り込んだ。

 

「なんと大胆な! いい度胸を見せてくれました!――そして……やった! 卵を取りました!」

 

 しかし、暴れたドラゴンに踏まれ、卵は半分潰れてしまっていた。こればかりは不幸というほかないが、減点対象となるのは確実。

 

「得点は―――40点!」

 

 やはり卵が割れたのが響いたのか。カルカロフはあからさまな贔屓で10点を与えていたが、本来なら38か37点ほど。ビクトールも納得がいっていないようで、終始むっつりとしたまま表情を変えなかった。

 

「さあ、最後は今大会最年少選手、ホグワーツ代表、ハリー・ポッター!」

 

 スリザリンが座っているスタンド以外からは歓声が上がる。レイブンクローも抑えめな感じだ。

 というのも、ハリーが代表に選ばれて以降、ホグワーツの生徒の殆どが彼に対して敵意を抱いていた。祝福していたのは彼と同じ寮のグリフィンドールと、ハッフルパフの半分くらいだろう。スリザリンは言わずもがな、レイブンクローはハリーがさらに有名になろうと躍起になったのだと思い込んでいた。

 レイブンクローは勉学を優先する者が集うという都合上、比較的に冷めたところや、ともすれば捻くれたところがある。全員が全員そうでないにしろ、少なくともハリーの同学年の生徒は彼を忌避した。

 ハッフルパフはというと、彼らは代表にセドリック・ディゴリーが選ばれると思っており、その活躍を奪ったと最初のうちは冷たく当たったが、元々彼らは概ね寛容な性格であり、然程酷くはなかったし、今では応援もしている。

 周囲がサイレントモードの為、気の毒だとは思いつつもエリスも静かなまま、ハリーが競技場に入ってきたのを見守っていた。対するはハンガリー・ホーンテール種。最大15メートルまで炎を吐くことができ、尚且つその殻は頑丈。手強い相手だ。

 

「第3試合、開始いぃ!」

 

  バグマンの号令と共に、ハリーは杖を掲げ、呪文を唱えた。

 

「アクシオ! ファイアボルト!」

 

  ドラゴンは杖を掲げたままのハリーを警戒している。数十秒後、ホグワーツ城がある方角の空から、何かが飛んでくるのが見えた。

  それはファイアボルト。世界最高峰の箒であり、去年の冬に彼の名付け親、シリウス・ブラックから贈られたものだ。

  ハリーは目の前で止まったファイアボルトにサッと跨がると、地面を蹴って飛翔する。そこから先は彼の領域だ。1学年時、100年ぶりの最年少シーカーとして名を馳せた彼は、空を飛ぶことに関して天賦の才を持っているのだから。

 

「いや、たまげたな! クラム君、見ているかね? なんたる飛びっぷりでしょう!」

 

  誰もが予想出来なかった箒という手段を取ったハリーに、会場は圧倒される。乗り手としては格上であり、世界的なクィディッチ選手であるビクトールだが、箒を使用するなど考えていなかっただろう。

  ハリーはドラゴンの周囲を飛んで威嚇する。ドラゴンはそれに火を吹いて対抗しているが、ハリーはその射程外ギリギリのラインで飛び回っている。

  そして、遂に業を煮やしたドラゴンが飛翔し、その為に守るべき卵がある足元が留守になる。ハリーはその隙を突いて、目標を目掛けて一直線に下降した。

 

「やりました! 最年少の代表選手が、最短時間でクリアしました! 」

 

  最後のスパートで肩に怪我を負ったが、それでもハリーは卵を掴み取った。

  会場は今までにない歓声に包まれる。スリザリンでさえ半数以上の生徒が拍手を送っているのだから、いかにハリーが観衆を賑わせたかは、語るに及ばない。

 




第一課題………ほぼ変更なし。セドリックがいなくなっただけですね。



今回はフラグ建設と3校対抗試合だったのですが……わりと書き辛かったです。というのも、ハリー以外の選手の試合の模様って、原作ではロンの台詞に出てるだけで、後は想像するしかないという……。他の作品を参考にしたので、何かデジャブを感じていれば、そのせいです。
書き辛かった最大の理由は他にもあり……リア充爆発しろ。その予備軍も(ry
でもハリー・ポッターって学園ファンタジーだからね。恋愛絡むのは仕方ないよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冬の訪れ

 第一の課題から時は少し経って12月に入った。この時期になると、例年は家に帰る準備などで慌ただしくなるのだが、今年はそうではない。

  3大魔法学校対抗試合の開催に伴い、他国魔法界間の交流の一環として、伝統的にクリスマスダンスパーティーが開かれることになっている。参加出来るのは第4学年以上の生徒、並びにその生徒に誘われた下級生。故に、例年は少人数しか残らない冬季休業期間なのだが、今年は大半の生徒が城に残る。

 そして、いま学校中で話題になっているのは、一体誰が誰を誘うのか。

 ゴシップ大好き女子生徒諸君はいつ誰が誰に誘われたのかという情報を、某国の諜報機関顔負けの情報収集能力で探している。

  それは、スリザリン寮の4年生女子も例外では無い。

  時刻は午後11時。男子禁制の女子寮の一室に、4年女子全員が集まっていた。夜のお茶会という名目上の、情報交換会である。

 

「だからって、何で私らの部屋……」

 

  ベッドをソファ代わりに占拠されたエリスが、自分のベッドに腰掛けているセフォネの隣に腰を降ろした。

 

「仕方ないでしょう。企画者が同室なのですから。少々窮屈ではありますが」

 

  スリザリンの4年生は全部で31名。その内女子生徒は11名。それが4人部屋に集まれば、少し窮屈なのも仕方は無い。

 

「ふむ。これ美味しいわ」

「あ、勝手に食べないで下さい」

 

 同じくセフォネのベッドに腰掛けていたダフネが、サイドテーブルからセフォネ自前の菓子を食べていた。それを見たエリスは自分もと、手を伸ばす。

 

「エリス、貴方まで……」

「いいじゃーん。減ったら補充するんでしょ?」

「そうよ。美味しいお菓子は皆に、平等に分け与えられて然るべきよ」

「もう……」

 

  2人に食べ尽くされる前に、セフォネも1つ口に入れる。

 

「はーい、皆集まったかなー。それでは、第一回、蛇寮4年女子による、恋バナ――もとい、お茶会を始めましょー」

 

  既に深夜テンションに突入しているのは、セフォネ、エリスと同室のアンナ。このお茶会の主催者である。

 

「で、早速だけど……」

 

  チラリ、とアンナはパンジーに視線を送る。彼女は意を決したように頷くと、エリスを見た。

  とうのエリスは目を逸らす。何を隠そう、パンジーが去年から好意をぶつけていた相手のパートナーが、他でもないエリスなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、本日の夕食の時のこと。

 

「ドラコは、誰か誘ったの?」

 

  パンジーが様子を伺うように聞くと、ドラコは珍しく口ごもり、

 

「いや、その誘いたい相手はいるんだが……」

 

 パンジーの脳内イメージでは、その相手とは自分だった。だからこそ、こう言ったのだ。

 

「早くしないと、誰かに取られちゃうわよ?」

「う、ううむ……そうだよな……」

 

  ドラコは自身を勇気づけるように頷くと、ゴブレットの中身を一気に空けて立ち上がった。

 

「パーキンソン―――」

 

  ああ、これは完全にそうだ。きっと自分を誘うに違いない。パンジーはそう思った。その話をすぐ近くで聞いていたミリセントも、セフォネも、エリスも、ダフネも、ついでには近くのレイブンクロー生も。周囲の人間たちは、夕食をかっ込んでいるクラッブ、ゴイルを除いて、全員がそう思った。

 

「―――ありがとう。行ってくるよ」

 

  その瞬間、空気が凍った。

 凍らせた本人は、そのまま歩いていき、エリスの前で立ち止まる。

 

「エリス。良かったら、僕とパーティーに行かないか? 僕はこういったパーティーは慣れてるし、完璧なエスコートを約束しよう。どうかな?」

 

 ここに来るまでの過程を見ていたエリスには断るという選択肢は無く、驚愕で固まっていた表情筋をどうにか緩ませ、ぎこちないながらも笑顔を作った。

  この時、普段のようにアルカイックスマイルのまま、その驚きを隠しているセフォネに、いい笑顔の作り方を聞きたいと思ってしまったのは仕方のないこと。

 

「う、うん。勿論、喜んで」

「そうか。受けてくれるのか。そうか……」

 

  嬉しそうに顔を綻ばせたドラコは、ニヤニヤと笑ったまま大広間から立ち去っていく。後に残されたのは、立ちまくっていたフラグをレダクトされ、放心状態のパンジーと、それを気の毒に思う生徒たち。どう反応してよいのか分からないエリスと、このカオスな空間に爆笑寸前のダフネとセフォネ。そして、ミートパイに齧りつくクラッブとゴイルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリスっ!」

「は、はいっ!」

 

  夕食時のことを回想していたエリスは、パンジー独特の甲高い叫び声で意識を戻した。パンジーは目を潤ませ、エリスの手を握り締めていた。

 

「ドラコを……頼んだわ」

「え……っと……」

「貴方の勝ちよ、エリス。恨みはしないわ。でも……うぅあああああぁぁぁっぁぁん!」

 

  耐えきれなくなったパンジーは、両手で顔を隠しながら、部屋から飛び出ていった。

 

「ちょっと、パンジー! ……」

 

  ミリセントが呼び止めるが、パンジーは止まらない。そのまま談話室を抜け、廊下に出て走り去っていった。

 

「……ねえ、追わなくていいの?」

「だったら、貴方が追いなさいよ」

「無理よ。私、足遅いし体力ないし面倒くさいし。第一、あの子がヒステリー起こした時の対処はあんたが担当でしょ、ミリセント。昔からそうじゃない」

 

  パンジー、ミリセント、ダフネはホグワーツ以前からの付き合いがある。3人とも名家の令嬢、その為、幼い頃よりパーティーや食事会という名の駆け引きなどで顔を合わせていた。そして、パンジーが時々感情的になってヒステリー気味になるのは昔からであり、その対処はいつもミリセントが任されていたらしい。

 

「そうやって面倒事はいつも私に押し付けて……! 昔っからそうよ! あんたは二言目には"面倒くさい"だの"ひ弱だから"だのって! お陰で私がいつも泣き止むまで付き合って、その間にあんただけお小遣い貰ったりしてて! 不公平よ! 何なのよぉぉぉ!」

 

  パンジーのヒステリーが感染ったのか、はたまた溜め込んでたストレスが爆発したのか。ミリセントが暴走を始め、ダフネの襟首を掴んで揺らしている。これがただの女子であったらじゃれ合いで済むのだが、並の男子を超えるがたいのミリセントではシャレにならない。

 

「あの、ミリセント。少し落ち着い……」

「あんたもあんたよ! 何よ! 急に従姉だとかいって現れて! それがこんなザ・お嬢様って、私への当てつけなわけ!?」

「うぅ……」

 

  セフォネに飛び火。そのお陰で手を離されたダフネは三半規管をやられたらしく、クラクラしている。怒り心頭に達したミリセントは頭を掻き毟りながら吠えた。

 

「大体、あのクソ爺(父親)はセフォネと関わるなとか言ってる癖に、いっつも私と比較して! 何なの! 無理でしょ! こんな奴に勝ってるのなんて筋力と体重くらいよ!」

 

  もはや勢いで、乙女としては色々とお終いなことを言っているミリセントを止める者は、もういない。

 

「セフォネ!」

「は、はい」

 

  吐き出したら少し落ち着いたミリセントは荒い息のままセフォネに詰め寄る。何故かセフォネは熊に襲われているような感覚に陥ったが、それは口に出さない。火に油どころかガソリンを巻く気など、ある筈もなし。

 

「あんたは良い奴よ。でも、それとこれとでは話が別! どっちが先にパートナーを見つけられるか、勝負よ!」

 

  確かにセフォネは容姿端麗成績優秀規格外仕様である。だがそれ故に、彼女は高嶺の花なのだ。彼女をダンスパーティーに誘おうにも、そんな勇気のある男はそうそういない。それに加え、こちらはスリザリン。他寮は非常に声をかけづらい。

  だからと言ってスリザリン内部でも、彼女を誘う勇気のある者はいない。そも保身に走りがちの面子が揃う中、彼女にフラれるというリスクを負いたい者は、そうそういないはず。だとすれば、親しみやすさで言えば、自分のほうが勝っている可能性が無きにしも非ず。

  そんなミリセントの勝算は、僅か1秒で粉粉に砕け散った。

 

「残念ね、ミリセント。それならもういるわよ」

「ダフネ、何故それを? あの時は貴方は……」

「ええ、そうね。先に大広間に行くって言ったわ。言っただけ」

「盗み聞きしていたのですか? しかし、言葉が分からないはずでは……」

「そんなの、雰囲気で分かるわよ」

 

  セフォネは当日まで誰にも言う気は無かったのだが、その目論見は見事に瓦解した。

 

「え、ホントにいるの!? 誰?」

 

  部屋中の視線が一斉にセフォネに注がれる。セフォネは珍しく、僅かに頬を紅潮させ、少し恥ずかしそうに口を開いた。

 

「その………ビクトール…ビクトール・クラムです」

 

  このパーティーは何もホグワーツだけで行われるのではない。勿論、ダームストラングとボーバトンも参加する。そして、この3校対抗試合じたいが国際交流を目的としたイベントの為、当然ながら他の学校間でのパートナー申し込みもありだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  それは、エリスがドラコに誘われた夕食より、少し前のこと。

  最後の授業は古代ルーン文字学。エリスは魔法生物飼育学を受講しているので、今はいない。ダフネと共に階段を降り、大広間へ向かおうとしていると、突然呼び止められた。

 

「セフォネ。ちょっといいかな?」

「ええ。どうかしたのですか?」

 

  聞き返すも、ビクトールは辺りを見回し、すぐ近くにいるダフネを見ると、中庭へとセフォネを誘った。ダフネはそれだけで察したのだろう、「先に行ってるわ」と言い残し、そのまま大広間に行ってしまった。

  と、見せかけて実際はこっそり草むらに隠れていたが。

 

「えっと……」

 

  連れられて中庭まで来たはいいが、ビクトールは何かを言おうと言い淀み、躊躇している様子。大抵の女子ならば、この時期にこのような話しかけ方をされれば、何を言い出そうとしているのかは察することが出来るはずだ。しかし、セフォネはこれでも箱入り娘のお嬢様であり、生まれてこの方、恋愛など一度も経験がない。普通ならば好きな男子の一人くらいは出来るのだろうが、彼女の中で恋愛の重要度は相当低い。バレンタインデーを聖人の記念日としか認知していなかったレベルだ。

  故に、セフォネは気付けない。自分に向けられている好意というものに。

 

(…仕方ありませんか……)

 

「ビクトール」

 

  セフォネが呼び掛けると、ビクトールは焦ったように顔を上げ、セフォネと目を合わせる。

  熟練した開心術士は、他人と目を合わせただけで、その心を読み取る事が出来る。勿論杖を向けた上で詠唱を行えば、その記憶の細部まで読み取ることが可能だが、相手が何を思っているのか、どう感じているのかを見る程度ならば、無言呪文で十分。

  とはいえ、セフォネは何もむやみやたらに開心術を使用している訳ではない。対人交渉において、優位にことを進める為に用いることはあっても、深く覗くことはしないし、第一そんなに強力に術を掛ければ、個人差はあれど相手にバレる。

 

(少々申し訳なく思いますが、こちらからきっかけを作ったほうが話易いですし……)

 

  そうして、セフォネが見たものは。

 打算も、邪な心もない、純粋な恋慕の情。

 

「っ!?」

 

  反射的に術を打ち切る。だが、見てしまったものは見てしまった。セフォネの心に表現出来ない感情が込み上げ、顔が火照っていく。

  前述の通り、セフォネは箱入り娘のお嬢様だ。例えその箱入り中に抱いていた感情が憎悪と怒りのみであり、自らの身体を省みずに無茶な研鑽を積み重ねていたとしても、いや、だからこそ、外界との繋がりがほぼ無かった。

  ある時を境に彼女は変わり、精神年齢が他よりも高く、人当たりのいい今のような性格になった。そして、容姿を武器の1つとも考え、色仕掛け紛いで偶に人をからかうセフォネだが、昔も今も恋愛経験ゼロ。要するに、恋愛事には初心なのだ。

 

「セフォネ、もし、もし相手がまだ誰もいなくて、僕でもいいのなら……その、一緒にダンスパーティーに行ってくれるかな……?」

 

  熱い。羞恥で顔が紅潮しているのが、温度で分かるほどに。

  普段は冷静なセフォネの思考が珍しくショートしかけていたが、何とか立て直して返答をする。

 

「はい、喜んでお受け致します」

 

  外面はその家名に恥じぬ優雅な面持ちを守り。

  しかし内面では、人生で初めて感じる感情に戸惑うばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ク、クラムですって! ちょっと、どういうことよ!」

 

  案の定と言うべきか、その場の全員が騒ぎ始める。ミリセントは灰になったまま動かなくなった。

 

「どういうことも何も……お誘いを受けた次第で」

「それがどういうことって……!」

「それに関しては我輩も非常に気になる問題ではあるのだが、それ以前に君たちに聞いて頂きたい話がある」

 

  突如聞こえた低い声に、場が一斉に静まり返る。恐る恐る振り向むくと、そこにいたのはブルブルと震えるパンジーと、腕を組み仁王立ちしているスリザリンの寮監、セブルス・スネイプ。

 

「我輩は君たちに、ホグワーツの生徒として、スリザリンの寮生として恥じぬ、分別ある行動を願っている。例え神の子の誕生祭であれ、羽目をはずし過ぎることなど決してありえない。そうは思わんかね、パーキンソン?」

「は、ははははい」

「そうだろう? ならば、夜に集まり騒ぎ立てるなど、言語道断だと思わんかね、ブルストロード?」

「そ、そそそのとおりです」

「ふむ、よろしい。ところで、知っているかね、諸君。東洋にはこんな諺がある。"仏の顔も3度まで"、と。生憎我輩は仏ではないのでな、顔は1つしかない。くれぐれも気をつけたまえ。それでは諸君、精々良い夢を見るのだな。今すぐに」

 

  スネイプが言い終わるやいなや、全員が光の速度で自室に戻る。やれやれ、とスネイプは頭を振り部屋から出ていこうとする。しかし、はたと何かに気付いたようで、振り向きもせずに言った。

 

「ブラック。少しいいか」

「はい」

 

  今日はよく人に呼び出される日だ。セフォネはベッドから立ち上がり、スネイプについて談話室に出る。時間は深夜。当然ながら、誰もいない。暖炉の火も消えており、上着を羽織らなかったことを少々後悔しつつ、セフォネは杖を振り、暖炉に火を灯した。

 

「それで、何用でしょうか」

「最近、君はビクトール・クラムと親しいようだが」

「ええ。いけないですか?」

「いや、それ自体は別段構わん。しかし、君は本当に交友目的で彼と接触しているのかね?」

「……話が見えませんが」

「彼はイゴール・カルカロフのお気に入りだ。君は奴に近づく為に、彼と関わりを持っているのではないか……そういう話だ」

 

  セフォネは前にもスネイプに言ったが、カルカロフを殺そうなどとは思っていない。闇の帝王の復活がほぼ確実となった時には、カルカロフの命は無いも同然。仲間の死喰い人を売りアズカバン行きを逃れた裏切り者に待っているのは、粛清だけ。

  さらにセフォネはこうも思っていた。

  カルカロフは間接的に両親を死に追いやったのだから、こちらも間接的に彼を殺そうと。

  パンにはパンを。血には血を。

  そう思っているからこそ、セフォネは自分からカルカロフに接触する気は無いし、自ら手を下そうとも思わない。この手を汚すには、余りに価値がなさ過ぎる。蛇に噛まれて死ぬのがお似合いだ。

 

「本当にそうは思ってはいないのか?」

「はぁ……私が教員間で危険人物扱いされているのは先刻承知ですが、貴方にまでそう思われているとは。少しばかりショックですよ」

 

  カルカロフへの対処の考え方はもはやマフィアかテロリストのそれだが、それは棚に上げておく。

 

「我輩は君を思って言っているのだ。いいか? いくらブラック家の権力が戻りつつあり、政府に対し多少の干渉が出来るようになったからとはいえ、他国の魔法学校長を襲撃でもしてみろ。即刻、君の伯父上の古巣へ放り込まれるぞ」

「お気持ちはありがたく受け取ります。ですが、杞憂ですよ、セブルス。貴方の考え過ぎです」

 

  そう、考え過ぎだ。大体、セフォネはたしかに危険な思考をするし、狂気じみた発言をすることもある。だがそれは彼女の負の側面であり、普段はただの少女だ。それは彼女の日常生活が証明している。

 

「信じていいのかね?」

「一体貴方は私を何だと思っているのですか。齢15のうら若き乙女ですよ」

「どの口が言うか」

「失礼な人。自らの名づけ子にそんなことを言うなんて」

「親の心子知らず、とはよく言ったものだ」

 

  一応は納得したのか、スネイプの眼から警戒の色が消える。スネイプは暖炉に杖を向けて火を消した。そして踵を返し、出口へと向かった。

 

「早く寝ろ。夜更かしは身体に悪い」

「ええ。ではお休みなさい」

 

  それを見届け、セフォネも寮へ戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  クリスマス一週間前に、ホグワーツは冬期休暇に突入した。例年人がどっと減り寂しくなる城も、今年はクリスマスダンスパーティーがある為に、4年生以上の生徒は残り、いつにない賑わいである。

  勿論、大量の課題を出されている。しかし、いつの世も長期休業中の宿題というのは後回しにされるもの。明日やろう、明日になっても明日やろうと思い続け、終わりが近づいた時に泣く泣く消化するものなのだ。

  外で雪遊びに興じる者、暖炉の前に陣取りチェスに興じる者、日がな一日中寝ている者。生徒たちは各々好き放題に冬休み初日を満喫していた。

  そんな中、エリスは1人フクロウ小屋にいた。暖房器具もない場所の為非常に寒い。しかしエリスは、手袋を脱ぎ捨て、その手にある"日刊預言者新聞縮刷版"の1985年号に釘付けになっていた。3月22日以降、数日に渡り1面を飾っている、とある事件の記事。それが書かれた3年前に起こった、ここ数十年で魔法省最大の冤罪事件。被害者は2名。1人は死に、1人は廃人化。

 

「……そういう、ことだったの…セフォネ」

 

  通称"ブラック家の惨劇"。被害者遺族によるリークで露見したこの事件は、当時かなりの反響を呼び、近年の魔法省に対する不審の礎ともなっていた。

 

(だから図書館に無かったのね……)

 

  図書館からは1980年代の縮刷版が全て消えていた。教員が起こした事件を生徒に見せないようにという配慮から。だからエリスはわざわざ取り寄せたのだ。親友の過去を知る為に。

  今までは悪いと思い、いつか彼女の口から聞こうと思っていた。しかし、そうはいかなくなった。今学期の初めに、セフォネは魔力の暴走で倒れ、その応急手当をしたのは、他でもないエリスだ。だからこそ、その異常性を理解し、旧い知り合いだったらしい母に、このことを知らせた。何か知らないか、と。

 

『癒者には守秘義務がある。だから私は貴方にセフォネちゃんの事を教える訳にはいかない。でも、よく気を付けてあげて。あの子は多分、貴方が思っている程強くないから。友達としてあの子を支えてあげるのが、貴方に出来る一番のことよ』

 

  だから、エリスは色々と調べた。

  一先ずの問題は、あの魔力の暴走。専門書によれば、あれは魔力を上手くコントロール出来ずに溜め込んでしまった場合、何らかの要因で、主に感情が不安定になった時に起こるもの。それは外に対する場合もあるし、内に対する場合もある。

  しかし、それはおかしい。セフォネの魔法は高レベルに位置する。そこから導き出される答えは、彼女の魔力保有量が常人の比ではないということ。そして高レベルで魔法を扱えるからこそ、魔力の暴走を内に押さえ込んだということ。

  では、何故暴走を引き起こしたのか。その引き金を引いたのは、一体何なのか。

  その答えがこれだ。

 アラスター・ムーディ。セフォネの父を屠った元闇祓い。

 

「ダンブルドアは何を考えているのよ! こんなの……セフォネがっ……」

 

  憤るあまり、心の声が思わず口から零れ出る。

 

「…耐えられるわけ…ないじゃない…!」

 

  もし自分の父を殺した相手が教師として目の前に現れたら。そう考えるだけで、エリスは胸が痛くなる。

 

「そう、耐えられる訳はない。家族という、何者にも変え難い宝を奪われた彼女には酷なことは確かじゃ」

 

  勢い良く後ろを振り向くと、そこにはダンブルドアが立っていた。いつの間にそこにいたのかは分からない。

 

「校長先生……では、何故ですか」

 

  しかし、驚きよりも怒りが上だった。親友を苦しめた彼に対する怒りが沸々と湧き上がってくる。

 

「何で……こんな事をしたんですか。分かっていて、何でセフォネを苦しめるようなことを!」

 

  相手が校長だろうと、エリスは遠慮しなかった。1年生の時からずっと一緒にいて、彼女が抱える闇に気付いていた彼女は、ダンブルドアを糾弾せずにはいられなかった。

  去年、吸魂鬼(ディメンター)に襲われた時。まね妖怪の授業の時。

  彼女の瞳に宿った、底知れぬ暗さと冷たさ。

  それは普段の彼女と違い過ぎ、あまりにも異様だった。

 

「ああ、そうじゃな。君から見ればわしは悪者じゃろう」

「巫山戯ないで下さい!」

 

  お茶を濁すような言い方のダンブルドアに腹が立ち、声を思わず荒げてしまう。ダンブルドアはエリスのそんな様子を見て、真面目な表情になった。

 

「……ミス・ブラッドフォード。これは君の友人、ミス・ペルセフォネ・ブラックが、乗り越えなければならないものだったのじゃよ」

「乗り越える…?」

「そう。記事を全部読んだのなら分かっておるじゃろうが、ムーディ先生は故意にブラック氏を殺めたのではないことを」

「でもっ!」

「ああ。勿論君の言う通り、彼女は耐え難い感情を抱いたことじゃろう。だから、あんな事が起こった」

 

  あんな事。つまりはセフォネが自分の内部で魔力を暴走させたことだろう。

 

「でもの、ミス・ブラッドフォード。ムーディ先生とて、無実の人間を殺めてしまったことを、今もなお悔やんでいるのじゃ。だからわしは、2人を引き合わせた」

「……被害者と加害者の対談で、双方が理解しあい、気持ちの整理をつける為……ですか」

「その通り」

 

  ダンブルドアの言う事は一理ある。いつまでも互いに憎悪や悔恨を抱いていては、その分苦しむだけ。死人は蘇らないし、起きてしまったことはもう取り返しがつかない。

 忘れろ、無かったと思え。そうは言わない。だがしかし、その気持ちに区切りをつけるくらいは、しなければずっと辛いだけ。

  だが、それならば他の方法があっただろう。手紙から初め、やがて顔を合わせて話し合う、といったような、徐々に歩み寄る方法が。そうすれば、セフォネも感情を抑え込めたのではないだろうか。

 

「でも、だからって……もっと別の方法があったじゃないんですか! ゆっくりと時間を掛けていけば良かったと思います。そうすれば……セフォネが傷つくことは……」

「無かった、じゃろうな。わしに罪があるとすれば、そこじゃ。彼女をちゃんと理解せなんだ」

 

  ダンブルドアは確かにセフォネをきちんと理解していなかったのだろう。しかし、エリスは知らない。彼には急がなければいけない理由があったことを。かの者の復活の前に、彼女を闇の道に落とさぬようにしなければならなかったということを。

  ダンブルドアの本当に後悔しているような様子に、エリスは幾分落ち着きを取り戻してきた。そして、一番気になっていたことを、ダンブルドアに尋ねた。

 

「それで……セフォネはムーディ先生と、理解しあえたんですよね?」

「わしが見る限り、そのように思うが……君はどう思う?」

「え? えっと……そう、ですね。授業中も普通ですし……」

 

  闇の魔術に対する防衛術の授業では、いたって普通だった。ムーディの服従の呪文を突破したり、いつも通りそちらのベクトルでは普通でなかったが。

 

「そうか。それは良かった」

「……あ、あの、校長先生。さっきはすいませんでした…」

 

  冷静さを完全に取り戻したエリスは、先程までの自分を思い出し、ダンブルドアに恐縮していた。友を傷つけられて怒っていたとはいえ、校長相手にそれを真っ直ぐにぶつけてしまったのだ。

  しかしダンブルドアは全く気にする様子もなく、朗らかに笑う。

 

「よい。悪いのはわしじゃったしの。それに、友の為に憤ることの出来るその精神は立派なものじゃ。10点をしんぜよう。さ、折角の休みじゃ。思う存分楽しむがよい。但し課題を忘れぬように」

 

  ダンブルドアはくるりと後ろを向いて、何処かへ歩き去っていこうとする。しかし、はたと立ち止まった。

 

「"人々は悲しみを分かち合ってくれる友達さえいれば、悲しみを和らげられる"」

「え?」

 

  ダンブルドアは振り向くと、エリスに優しく微笑み掛ける。

 

「マグルの作家、シェイクスピアの言葉じゃよ。君を見ていて、ふと思い出しだしての。セフォネは良い友を持った。羨ましいくらいにの」

 

  それだけ言うと、こんどこそダンブルドアは去っていく。

  1人になったエリスは、今の出来事を頭の中で反芻しながら、脱ぎ捨てた手袋を拾う。 寒気に晒された指先は感覚が痺れるほどかじかんできていた。

 

「悲しみを和らげられる……か」

 

  不思議と、その言葉は胸に響いた。

 




スリザリンの生徒数………計算上、1つの寮には250、1学年36名ほどらしいです。スリザリンは公式で約200名とされているので、ちょっと少くしました。

同室のアンナ………お忘れでしょうか。実は彼女、第3話に登場し、第11話にも名前だけ出ているんです。名前を与えられたモブキャラです。

ダンスパーティーの相手………どうせ弄るならと、フォイの相手も変更。哀れパンジー。

疑うスネイプ………セフォネはそこまで鬼畜じゃないよ(多分)

真実を知るエリス………怒る。ラーミアが知ったらもっと怒る。



夏休み最後の投稿。そして、次回の投稿予定は来年3月以降です。かなり間が空きますが、どうかご了承下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖夜の舞踏会

 クリスマスダンスパーティー当日。

 普段は皆同じ制服姿の生徒たちが、それぞれドレスやドレスローブといったパーティー用の衣装を着ており、談話室の風景が少し違って見える。

  既に周知の事実だが、スリザリンにはドラコ・マルフォイやペルセフォネ・ブラックを始めとする名家の出身が多い。だが、一般家庭育ちの者も当然ながらいる。そういった生徒たちは、ドレスコーデに慣れていない。エリスもその1人で、慣れない服装が落ち着かない。

 着ている赤いドレスはいたって標準的なデザインだが、普段の制服に比べると背中や首筋の露出は大きく、空気に触れてスースーするし、ヒールは歩き難いし、シルクの手袋も馴染んでいない。

 

「いつまでモジモジしてんのよ。シャキッとしなさい」

「でも慣れないんだもん……ていうか、ダフネが何でそんな自然体でいられるのか分からない」

「今更パーティーなんて、初めてじゃないのよ」

 

 鮮やかなグリーンのドレスを自然に着こなし、いつも通りの気怠げな表情のダフネ。だがそれでも、こうしてフォーマルな服装だと、この娘もお嬢様なのだと納得出来る。もう少し愛想さえ良ければ、整った容姿に磨きが掛かるのだが、基本的に気怠げな表情が、クラスで3番目と評される所以だったりする。そんなこと、本人の前では絶対に言えないが。

 

「セフォネは?」

「シャワーの順番待ちに乗り遅れて、まだ着替え中。そろそろ上がってくると思うけど……」

 

 丁度その時、セフォネが寮から上がってきた。

 その姿は、例えるならば黒い薔薇。

 闇の如く漆黒のドレスを身に纏い、腕はレースのフィンガーレスグローブに覆われている。制服時よりも際立つ膨らみと、ドレスと正反対な真っ白い肌は妖艶な雰囲気を醸し出している。

 そして、実際に目にしなければ感じ取れないブラック家数世紀の歴史に裏打ちされた優雅さ、高貴さ、そして威厳。

 全てが調和し、そこに黒き姫が顕現している。

 空いた口が塞がらない。ともすれば同性までもを魅了しそうなその姿は、同時に迂闊に触れれば怪我をしそうで。しかし、触れずにはいられない、禁断の花。

 

「黒き姫、のお出ましね」

「その呼び方は恥ずかしいので止めて下さい」

「あら。やっぱり女王様のほうが好み?」

 

 ダフネは自分も参加したパーティーで見たことがあるので、さしたる驚きはないらしく、常のように彼女をからかっている。

 だが、生で初めて見るエリスにはいささか衝撃が強い。最早目に毒なレベルで。

 

「どうしたのですか?」

「……うん、何かもうね。色々と凄いわ」

 

 エリスはセフォネの胸を見て、さらにはダフネにも視線を移す。ダフネもダフネで中々のサイズ。着痩せするタイプらしく、その膨らみはセフォネと良い勝負だ。

 

「牛乳は毎日飲んでるのに……どうしてここまで違いが……」

 

 対する自分は、2歳年下のラーミアと同じくらい。神は時として、どうしてこうも無慈悲なのであろうか。

 

「いいもん! 別に悔しくないもん!」

「いきなりどうしたのよ」

「別にっ! 何でもっ!」

「ははーん……さては胸」

「まだ成長期だもんっ!」

 

 その言い訳はいつまで通じるのだろうか。そして、いつ自分の胸に成長期はやってくるのか。

 それが永遠にやってこないということを、彼女はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大広間のドアが開放される8時を待っている生徒たちで、玄関ホールは混雑していた。違う寮、学校のパートナーと組む生徒たちはお互いを探して、人混みの中を彷徨っている。

 そこに、マクゴナガルの声が響いた。

 

「代表選手、及びそのパートナーはこちらへ!」

 

 3校対抗試合の代表選手は、他の生徒が全員着席してから入場することになっている為、それまでドアの脇で待機するよう、指示が出る。

 ボーバトン代表のフラー・デラクールはレイブンクローのロジャー・デイビースを連れ、ドアの直ぐ側に陣取った。ロジャーはフラーのヴィーラの特性にやられており、目がトリップしている。

 ビクトールとセフォネはその隣にいた。ビクトールはビクトールで、普段よりも妖艶なセフォネに視線を移しては逸らしを繰り返し、落ち着きがない。

 

「人前に出る遊宴など、今更初めてではないでしょうに。緊張でもしているのですか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

「では?」

「その……」

 

 続きを促し、セフォネは小首を傾げる。そういう何気ない動作が、男性にクリティカルヒットするということを、セフォネは分かっているのか、いないのか。それに赤面するビクトールに、セフォネは悪戯っぽく微笑む。

 そんな、周囲から見れば、とんでもなく甘い空間が、この2人の間には出来上がっていた。そしてビクトールとセフォネのそれぞれのファンは、苦々しげにその前を通り過ぎていく。

 そこに、緑色のドレスローブを着たハリーが、パートナーを連れてやって来た。

 

「やあ、セフォネ。クラムのパートナーは君だったのか」

「こんばんは、セフォネさん」

 

 ハリーのパートナーはジニー。セフォネとしては、いつも共にいるハーマイオニーが可能性が高いと思っていたのだが、予想は外れたらしい。

 

「こんばんは、2人とも。貴方のパートナーがジニーだということは、ハーマイオニーはミスター・ウィーズリーと?」

「ハーマイオニーなら、ネビルと組んだよ」

「ミスター・ロングボトムと、ですか? 少々驚きですね」

「何でも、一番最初に女の子扱いしてくれたのがネビルだったらしいよ」

 

 あまりにも近すぎて、相手が女性だということを忘れてしまった、ということらしい。同じ女として、セフォネはハーマイオニーに同情するものの、普段から身なりに無頓着なのも、その要因の一部だ。素材はいいのだから、磨けば輝くと思うのだが。

 

「確か、君たちの寮は仲が悪かったんじゃなかったっけ?」

 

 親しげに会話するホグワーツ組を前に、ビクトールが疑問を口に出す。

 

「まあ、概ねはそうです。ですが、何事にも例外はありましてよ」

「そういうものか」

 

 ホグワーツに来て間もないビクトールは割りとあっさりと納得するが、グリフィンドール生とまともに会話するスリザリン生は、セフォネかエリスぐらいなものだ。

 

「皆さん、準備はよろしいですね。それでは入場しますよ」

 

 マクゴナガルの指示で会話を止め、正面に向き直った。そこに、ビクトールが手を差し出し、セフォネはその手を取り歩き出す。代表選手たちは入った瞬間に拍手に包まれ、そしてマクゴナガルの後に続いて、審査員が座っている大きな丸テーブルのほうへと歩いていく。

 大広間は常とは様変わりしていた。各寮の長テーブルは撤去され、代わりに数人が座れる小さめのテーブルが100余り置かれていて、天井はヤドリギや蔦の花綱で装飾されている。

 審査員テーブルに近づくと、ダンブルドアは代表選手たちに微笑みかけ、ルード・バグマンは生徒にも負けない拍手を送る。

 その中でカルカロフの表情は、実に浮いていた。それは驚愕か恐怖か。間違いなく衝撃を受けていることは事実だ。

 

「ふふっ……んんっ」

 

 思わず浮かんだ、口元を三日月型に歪めた狂気を孕んだ笑いは、直ぐに巧妙に誤魔化す。

 

(…今日という日くらいは、仇が側にいようとも、パーティーを楽しんでも良しとしますか……)

 

 どうやらクラウチはおらず、パーシー・ウィーズリーが代理で出席している。これなら、まあ我慢出来るだろう。

 セフォネはカルカロフの隣に座ったビクトールに続き、その隣の席に腰を降ろした。

 

「さて……」

 

 目の前にあるのは、金色の皿と小さなメニュー。セフォネは何気なくそれを手に取り、そして皿を見て、ダンブルドアに視線を移す。

 セフォネは何となく、これの仕組みを理解したが、ビクトールは困惑していた。

 

「ねえ、セフォネ。これはどうするのかな?」

「彼を見ていれば分かりますよ」

 

 ダンブルドアは自分のメニューを眺めると、皿に向けて注文を伝えた。すると、その皿にポークチョップが現れる。なるほど、と皆それぞれが皿に向けて注文をし始める。

 

「ホグワーツのパーティーはすごいんだね」

「毎年、という訳ではありませんよ。去年など、数十人しかいませんでしたし」

「それでも、僕達のところに比べたら此処は居心地がいいよ。冬は日光が殆ど無いんだ。でも、代わりに夏は―――」

「これ、これ、ビクトール」

 

 隣で聞いていたのだろう。カルカロフは笑いながら口を挟むが、目は鋭く光っている。

 

「それ以上明かしてはいけない。ブラック嬢に我々の居場所が分かってしまう」

 

 ダームストラングやボーバトンは、在籍中の生徒、教員、卒業生しかその場所や教育体系を知らず、その秘密は強固に守られている。今回、3校対抗試合の開催地がホグワーツとなった経緯も、ここが他の2校よりも開放的だからであろう。

 それは分かっている。しかし、だからと言って会話に水を差したことを流す気はない。セフォネはカルカロフに微笑みかける。当然、目は笑っていない。

 

「あら、ミスター・カルカロフ。その発言は少々無粋かと思いましてよ。ねえ、ダンブルドア先生?」

 

 やや強引に巻き込まれたダンブルドアが間延びした口調で、セフォネに加勢した。

 

「そうじゃよ、イゴール。まるで誰も客に来て欲しくないかのようじゃ」

「そうかね。だが、我々は自らの領地を守ろうとしているだけでしてな。我らが学び舎の秘密を知ることに誇りを持ち、それを守ろうとするのは正しいことではないですかな?」

「おお、わしはホグワーツの秘密を全て知っているなどとは、夢にも思っておらんよ。つい今朝などは――」

 

 やや尖りかけたムードは、ダンブルドアの下品なジョークで一気に霧散する。しかし、食事中にするような話ではない為、セフォネは途中から聞かないことにしていたが、ダンブルドアのすぐ横で会話を聞いていたハリーはシチューを吹き出していた。

 

「セフォネ。ダンブルドア先生のあれ、冗談だよね?」

「あながちそうとも言えませんね。この学校は謎だらけですから」

 

 食事が粗方終わると、ダンブルドアが立ち上がって、会場にいる全員にも起立を促す。そして杖を一振りし、テーブルを脇に寄せ、部屋の中央にスペースを作った。

 この日の為に呼ばれた"妖女シスターズ"が拍手で迎えられ、代表選手とそのパートナーはダンススペースに移動する。

 そして、スローな物悲しい曲に合わせ、ゆっくりと踊り出した。

 そうして、聖夜の舞踏会は続いていく。夜が更けるまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬期休暇が終わり、新学期がやって来た。

 休暇明け早々にハグリッドが半巨人だった事実が判明し、ハグリッドは自宅に引き篭もってしまい、代用教師としてグラブリー・プランクという魔女が呼ばれたらしい。

 

「あの先生にずっといて欲しいね。ちゃんとした魔法生物の授業をする教師に」

 

 授業後の昼食時、スリザリンのテーブルではグラブリー・プランクを歓迎する声が多い。ハグリッドと比較的親しいグリフィンドールの生徒たちですら、そう思っている者が多いのも、今までの授業から考えると仕方が無いのかもしれない。

 

「ていうか、皆今まで気付いてなかったの?」

「小さい時に骨生え薬を一瓶飲み干したのかと思っていたんだよ。まさか半巨人だったとはね。その言い方からすると、君は気付いていたのか?」

「私もセフォネも、最初っからそんなことだろうと思ってたのよ」

 

 エリスとドラコが会話している隣で、セフォネが誰からか来た手紙をジッと見ている。

 

「何の手紙、それ?」

「いえ、大したものでは」

 

 サッと畳んで懐にしまおうとするセフォネだったが、目ざといダフネが差出人の名を読み取った。

 

「シリウス……シリウス・ブラック? あんたの伯父だったわよね?」

「ええ、そうです」

「それで、何の用だったのよ」

「……他愛も無い世間話ですよ」

「嘘をおっしゃい。何よ今の間は。絶対何かあるでしょう」

 

 鮮やかな手つきで便箋を奪おうとするダフネからなんとか手紙を守るセフォネ。やがて、観念してこう告げた。

 

「次のホグズミード行きの日に彼も来るらしいのです」

「ホグズミードに来る? ああ。そういえば冤罪だったもんね、あの人」

 

 シリウス・ブラックの冤罪事件は、去年の新聞をかなり賑わせた。故に彼はかなりの有名人になっている。獄中記出版の話まで持ちかけられているようで、出版社を追い返すのに苦労したらしい。

 兎にも角にも、そんな彼のホグズミード来訪はあまり広まって欲しくなかったセフォネだったが、変に鋭いダフネのせいでものの見事に露見した。

 

「ええ、そうです。なので少し会わないか、と」

「ふーん。いいんじゃない、会ってくれば。断る理由はないでしょ」

「それはそうなのですが……」

 

 恐らくシリウスがホグズミード村を訪れる目的はハリーである。不幸にも3校対抗試合のホグワーツ代表に選ばれた彼の身を案じて、助言やらなんやらをしに、遥々やって来るというのは予想出来る。というか、彼が選出された時点でホグワーツに乗り込んで来なかったほうが奇跡だ。そこは恐らくダンブルドアが食い止めたのだろう。

 あのご老人も、結構苦労している。

 まあ、そんな訳で今年は色々と、というか例年トラブルメーカーであるハリーとも同席することになるだろうし、ハーマイオニー、そしてスリザリン大嫌いっ子ロン・ウィーズリーも、当然いるだろう。

 別に、この面子で集まったことなど、いくらでもある。だから別段気にすることではない。ないのだが、何か嫌な予感がするのだ。

 ひどく陰湿で小煩い、まるで蝿のような気配が。

 

(…神経質になり過ぎですね……)

 

 首を振って、せり上がってくる不安を打ち消す。

 

「……そうですね。では、家出息子の顔を拝んでくるとしましょうか。それも当主の勤めでしょう」

 

 そんな皮肉を言いながらも、セフォネは少し嬉しそうだった。

 しかし、セフォネはこの時の自分の勘を信じなかったことを、後悔することとなる。

 

 




久しぶりに小説を書いてみたのですが、普段と同じくらいの時間掛けたのにも拘わらず、文量が少なめに。
勘を取り戻すまで結構掛かりそうです。
次回は第2課題。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編:従者のクリスマス

ご無沙汰しております。RussianTeaです。
活動報告でも述べましたが、この度諸々の事情が片付いた為、もう一度執筆活動を再開しようかと思い、まずはリハビリとして番外編を投稿させて頂きます。
確認はしましたが、久しぶり故にいつも以上に誤字だらけだと思います。どうかご容赦を。


 それは、冬休みまで後一週間を数えた、ある日のこと。

 

「屋敷に帰りたい、ですか?」

 

 夕食時のスリザリンテーブルにはレイブンクローから1人の来客が。セフォネの従者であり妹分でもあるラーミアだ。

 話がある、と神妙な表情をしてやって来たために、一体何を言われるのかと身構えてしまったが、この冬休み中は主不在の館へ帰りたいとのこと。思いがけない頼みであったので、セフォネは思わず聞き返してしまった。

 その反応を少し勘違いしたのか、ラーミアは遠慮がちに理由を話す。

 

「お料理の練習とかしたいなあ、って思って。ダメ…でしょうか?」

「いいえ。勿論構いませんよ」

 

 ラーミアを従者として迎え入れた時から、彼女にとっての家はブラック家であると思っているし、恐らくは彼女もそう思っている。であれば、家に帰りたい、という当たり前の思いを拒絶するなどどうしてできようか。

 確かに見られたくないもの、見るべきではないものが、あの屋敷には大量に転がっているが、それは今更の話だろう。

 

「ありがとうございます」

「ああ、それならば」

 

 セフォネはラーミアの右手を取ると、その薬指に銀色の指輪を嵌めた。中央には水色の宝石が埋め込まれており、淡く輝いている。

 

「綺麗……」

「気に入ってもらって何よりです。それがあれば外で魔法を使っても問題ないので。少し早いですがクリスマスプレゼントです」

 

 セフォネが渡した指輪は"臭い消し"という魔法具の1つだ。かつては、賢者の石の破片を材料とする、魔法生物に感知されてしまう、などのデメリットがあったが、これはその問題点を解消した改良版である。

 

「ありがとうございます」

 

 満面の笑みで礼を言うラーミアだったが、すぐ側にいるエリスの頬は引き攣っている。ラーミアが一礼し、去っていく後ろ姿を見送るまでエリスは固まったままだった。

 

「ねえ、ちょとセフォネ」

「何ですか?」

「外で魔法使っても大丈夫とかってさ、ホント?」

「何故、嘘を言う必要が?」

「ですよねー……じゃなくて! 何て物作ってんのよ!」

「 未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令、C頁に抵触している、と? 気にするようなことでしょうか」

 

 そもそも"臭い"とは未成年の周辺での魔法使用を探知する魔法であり、魔法族の家庭においては殆ど機能していないようなもの。加えてブラック家のように敷地全体に掛けた認識阻害呪文でその感知を防いでいたりするパターンもあるので、正直なところそのような法令はあってないようなものだ。

 

「そりゃそうだけどさぁ…そもそも、どうやって作ったのよ?」

「そこは企業秘密ということで」

 

 あまり言いふらすようなものでもないし、説明したところで作成は困難を極める。

 

「言えるのは、貴石と鋳造されて数世紀以上の銀を使い、作製におよそ1年かかる、ということくらいです」

 

 2年前に理論を構築、賢者の石の欠片で試作し、1年前に完成させ、そして今回ラーミアに贈った指輪が一番出来が良かった物だ。

 

「そこまでするか」

「自分でもやり過ぎだと自覚しています」

 

 しかし、これのおかげで移動に姿現しが使えるようになったりと、随分役に立っていたりする。屋敷外でも魔法を使う場面は多い。

 

「まあ、ラーミアに指輪を贈った理由は、もう1つあるのですけれどね」

「もう1つの理由?」

「あの娘、飾り気がなさすぎるのですよ」

 

 そう言って、年頃の娘にしては飾り気がない自分の従者を心配するセフォネの目は、そして主からの贈り物に心の底から喜ぶラーミアの姿は、傍から見ればやはり仲の良い姉妹にしか見えないものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月23日。クリスマスまで後2日。ロンドンの街は賑わい、往来は人が大勢行き来している。どこからともなく聞こえてくるクリスマスソング。それが耳に入ると、ラーミアの胸の内には、形容し難い感情が湧いてくる。

 

「もう2年も前になるのかぁ…」

 

 自分がセフォネに拾われたのは、2年前のクリスマス直後のこと。あの時は、まさか自分が魔法学校に通うなど想像すら出来なかったし、魔法界の存在さえも知らなかった。

 この世界でこんな力が使えるのは自分だけで、だから自分は悪魔の子なのではないか、と考えたこともあった。今思えばかなり馬鹿馬鹿しいし、自分程度の力で悪魔を名乗るとは、身の程をわきまえないにも程がある。

 

「私が悪魔ならお嬢様は神様になるよ」

 

 尤も、自分にとってセフォネは神の如き存在であることは事実だ。

 自分を絶望の淵から救い出してくれたのは他でもないセフォネだ。居場所をくれたのも、生きる理由をくれたのも彼女だ。

 

「思い出すなぁ、お嬢様と出会った時のこと」 

 

 あの時は驚きの連続で、自分の生存を疑っていたほどだ。セフォネに拾われて1か月ほどは未だにこれが現実だと受け取ることができなかった。それほどに、かつてのラーミアは今の生活からはかけ離れた世界で生きていた。

 

 

 

 

 

 孤児院で発生した火災の後。唯一の味方を失ったラーミアは孤児院から逃げ出し、行く宛もないまま、路上生活者として生を繋いでいた。生きる理由はないが、しかし死を受け入れる勇気もなかった。齢10歳の子供には、到底無理な話だ。

 だからといって、路上で生きていく術も持ち合わせてはいなかったが、空腹が限界を超えると、どういう訳か、自然と食べ物にありつけた。

 店番が何故か虚ろな目をして意識を飛ばしていたり、食べ物のほうから自分の手元にやってきたり。その度に自分が普通でない事を実感させられるが、背に腹は替えられないと、有り難く頂く。

 そうして生活すること、凡そ2ヶ月。

 ラーミアは、同年代か、自分より少し大きい少年少女たち数人で構成されたグループに身を寄せていた。グループといっても、皆で助け合って生きていこう、などと前向きなものではなく、ただ単に建設が放棄された廃ビルを、共に寝ぐらにしているだけの集まりで、食料を分け与えることはあれど、互いに名前もしらないような関係。殆ど赤の他人といっても差し支えはない。

 それで良かった。皆が皆、好き好んで話したい境遇ではないし、馴れ合うタイプではない。ラーミアとて、己が異端である事を語りたくはなかった。

 

 薄暗い路地裏で何をするでもなく、ただ無意味に過ごす日々を送り、更に1ヶ月が過ぎた時。それは起きた。

 

「―――しろ――!」

「―このっ―――!」

 

 時刻は夜中で、ラーミアは眠りについていたが、その物音と、怒鳴り声で目を覚ました。

 

(…なんだろ…また警官かな…)

 

 ここ最近、この近辺をパトロールする警官が増えていた。表向きにはストリートチルドレンを街から追い出そうと、実際には鬱憤を晴らすためにちょっかいをかけにくる。このグループの少年が、ちょうど3日前に警官と揉めたうえに殴り掛かり、返り討ちにあっていた。

 そうしたいざこざが面倒で、ラーミアは廃ビルの一番奥に陣取っていた。

 

(…寝ちゃおう……)

 

 どうせ警官たちは、こんな奥まではやって来ない。そう高を括って睡魔に身を委ねようとした。

 その時だった。

 

「いやああ!」

 

 少女の叫び声、そして鳴り響く銃声。

 

「っ!」

 

 明らかに、いつもの雰囲気とは違う。ここでラーミアは迷った。様子を見に行くべきか否か。

 

(…ただの脅し…だよね……)

 

 その予測は、次に聞こえてきた声により、見事に砕け散る。

 

「おい、まだ奥にいやがるぜ」

「ったく…汚ねえガキが手間かけさせやがって…」

 

 数回銃声が響き、辺りから音が失われる。そしてついに、悲鳴も逃げ惑う物音も聞こえなくなった。自分以外の全員が撃たれ、生きているのは自分1人だけなのか。

 

「ウチのシマに手ぇ出さなきゃ、まだくたばらなかったのによ」

「どうせそのうち、どっかで野垂れ死んでただろうよ」

「違いねぇ。」

 

 子供を何人も殺しておきながら、2人から上がるのは下卑た笑い声。人殺しを何とも思わないような連中。見つかったら、間違いなく殺される。

 

(…逃げなきゃ……!)

 

 本能的に跳ね起き、刺客から遠ざかろうとする。だが、どうやって逃げればいいというのか。もうすぐそこまで彼らは来ているうえに、奥に逃げ場はない。

 

「これで全部か? さてと、さっさと片付けて飲みに行こうぜ」

「ああ」

 

 銃口が自分に向けらる。男が引き金を引けば、自分は息絶える。まるで丸めた紙をゴミ箱に投げ入れるかのように、いとも簡単に、自分は殺される。

 

「お、お願い……殺さないで」

 

 ラーミアの口をついて出たのは、みっともない命乞いだった。

 生きる意味も希望もないというのに。

 死にたいと今まで何度も思った癖に。

 未だに生にしがみつく自分の、なんと惨めなことか。

 

「死にたくない……死ぬのは嫌…」

 

 スローモーションのように、男が引き金を引く指が、ゆっくりと動いて見えた。あと1秒足らずで、撃鉄が落ち、鉛の弾丸が自分に突き刺さる。それで、自分の人生は終わる。ラーミア・ウォレストンという人間は死ぬ。

 そう、死ぬ。誰にも看取られることなく、誰にも認知されることなく。1人で死ぬのだ。

 

「嫌…イヤぁ……いやあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ…!」

 

 轟音が鳴り響く。

 しかし、自分の身に何も起きない。ただただ、静寂が周りを埋めていく。

 恐怖のあまり閉じた目を開くと、そこには信じ難い光景が広がっていた。

 

「あ…ああっ……!」

 

 1人は上から落ちてきた鉄骨に押し潰され、もう1人は首が異様なほどに捻じれ、自分の目の前で倒れ伏した。

 一目で分かる。彼らは死んだのだ。およそ、普通とは思えない状況で。

 こんなことが出来る人間は、1人しかいない。

 

「違っ……違う! わ、わ、私じゃない! こんな…こんな…」

 

『魔女だ……魔女がやったんだ…』

 

 誰もいないはずなのに、声が聞こえる。自分を魔女だと責め立てる声が。

 

『…恐ろしい子…』

『…魂を食ったんだ……』

 

「違うっ、違う違う違う! 私じゃない! 私じゃ…な……」

 

 駄々をこねる子供のように叫んでいると、首が捻じれたほうの男と、目が合う。死者特有の濁った瞳が、自分を責めるように見つめてくる。喋れる状態であったのならば「魔女だ」「悪魔だ」とでも言ったのだろうか。

 

「…私じゃ………私が…」

 

 

 

 

 

 蘇った過去の記憶に、注意が散漫になっていた為だろう。ラーミアは路地から飛び出てきた子供に気付かず、思い切り激突してしまった。

 

「きゃぁっ!」

 

 メイドとして働いているおかげか、激突したのがまだ小さい子供だったのが良かったのか。子供は反動で後ろ向きに倒れるが、ラーミアはよろけただけですんだ。

 

「ご、ごめんなさい! 大丈夫?」

 

 ラーミアは倒れてしまった子供に、手を差し伸べる。

 齢6〜8歳ほどの少年だ。雪が降りそうな気候だというのに上着も着ていないが、寒くはないのだろうか。

 少年はラーミアのコートの裾を掴み、鬼気迫った表情で叫んだ。

 

「助けて!」

「ふぇ?」

 

 思いもよらない言葉に間の抜けた声を出してしまうが、少年が飛び出て来た路地を見ると、数名の男達がこちらに向けて走ってくるのが目に入った。遠目でよく分からないが、明らかに一般人ではなさそうだ。

 

「こっち!」

 

 ラーミアは少年の手を引っ張り、すぐ近くのアパレルショップに駆け込む。丁度クリスマスセールで客が多い。そのまま空いていた試着室に入り、カーテンを締めた。

 

(行った…?)

 

 隙間から様子を見ると、男たちは店の前で辺りを見回し、何処かへ走り去っていった。

 

「もう大丈夫かな。まったく、君は何をしたの?」

「ぼ、僕何もしてない! あの男の人たちが急に追いかけてきたんだ」

「ホントに? ……まあ、いっか」

 

 店から出て、通りの端まで確認するが、男たちが戻ってくる気配はない。安堵の溜め息を吐いたラーミアは、ビシッと少年に人差し指を向ける。

 

「これに懲りたら裏路地には入らないこと。さっきみたいな危ない人たちがいっぱいいるから」

「うん。あの、助けてくれてありがとうございました」

 

 少年は礼を言ってペコリと頭を下げる。

 改めてよく見てみると、所々擦り切れた服を着てはいるが、髪はそれなりの長さで切り揃えられているし、痩せ型ではあるが病的なほどでもない。あまり裕福な環境で育っている訳ではなさそうだが、言葉使いはそこそこしっかりしていることから考えるに、教育は行き届いているようだ。

 

「僕、テオ・エトワールっていいます。お姉さんは?」

「私はラーミア。ラーミア・ウォレストン。よろしくね。それで、お父さんかお母さんと一緒だったりするのかな?」

 

 その問いかけに、テオは少し悲しげな表情になりつつ、首を横に振る。

 

「僕、1人…です」

「迷子という訳ではない、と。それじゃあ、家までの帰り道は分かる?」

「何となくなら。でも……」

「でも?」

 

 テオは視線を横に逸して、言い淀む。そしてポツリと呟いた。

 

「…帰りたくないんです」

 

(…家出か)

 

 家族と喧嘩したか何かで家を飛び出して適当に歩いていたら、何か都合の悪いことでもしたか、見るかして追いかけ回された、ということだろうか。それにしては少し様子がおかしいような気もするが、出会って数分のラーミアに深い事情を話すとは思えないし、詮索する名分もない。

 だが、何かこの少年から感じることがある。何故か、そう、言うなれば親近感のようなものを感じるのだ。

 

「ハックシュ」

テオは小さなくしゃみをした。

薄着で走りまわっていたのだ。いくら暖かい店内にいるからと言って冷えないわけではないのだろう。きちんと手で口を覆っていたあたり、やはりきちんと育てられている。

 

「そんな薄着でいるからだよ。もう…ちょっと来て」

 

 ラーミアが着ているコートを彼に着せてもよいのだが、袖口には杖を収納するポケットだったり、他にも魔法的要素が色々あるために、マグルの少年に渡す訳にはいかない。

 目の端に映った「子供服クリスマスセール」のポップの下まで彼を引っ張っていくと、適当に彼の体格に合いそうなコートを選び、彼に着せる。女子向けのものだが、サイズはピッタリのようだ。

 

「あ、あの…」

 

 あたふたするテオだったが、ラーミアは気にすることなくそのままレジまで行き、会計を済ませる。店員には買い物をする姉と弟にでも見えたのか、微笑えましげにその光景を見ていた。

 店を出ると、テオに何かを言われる前に早口で言った。

 

「気にしないで。風邪ひかれる方が嫌だし」

 

 70%OFFだし、と更に心の中で付け足す。

 正直に言えば、この寒空の下で震えていた過去を持つラーミアにとって、何か事情がありそうなこの少年を放っておくことができなかった。不審者から守った礼を受け取った時点で、この少年と別れて買い物の続きに戻る選択肢もあったが、最後まで面倒を見たいという思いのほうが強かった。

 

「…ありがとう」

「どういたしまして」

 

 そこに、どこからか鐘の音が聞こえてくる。腕時計で時刻を確認すると、針は丁度12時を示している。

 

「もうお昼か。ねえ君、ハンバーガーは好き?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ホグワーツやブラック邸での食事に慣れた舌だが、実はラーミアはジャンクフードが結構好きである。こうして買い物に出かけた時や、セフォネが外出して自分の食事だけを作る場合はジャンクフードを食すことが多い。

 

「あの…本当にごめんなさい。洋服の次はご飯まで…」

 

 ハンバーガーショップでも彼は終始恐縮しており、全然注文しないのでラーミアが勝手に注文してしまったが、出てきた食事には目を輝かせてがっついていた。ジャンクフードが実は嫌いだったのでは、と自分の選択を後悔しかけていた為にそれを見て安心したのだが、この少年にとっては更に恐縮する理由を増やしてしまっただけのようであった。

 

「もう、気にしないでって言ったででしょ。私、寒いのとお腹が空くのだけは嫌いなの。暖かいところで、お腹いっぱいになれたら元気でるでしょ?」

「うん…ありがとう」

 

 今度は謝罪でなく謝辞を述べた彼を見て、ラーミアは満足すると一転して真面目な表情になる。 

 

「それで、君の家はどこにあるの? 送ってってあげるよ」

「え、だ、大丈夫です。1人で帰れますから!」

 

 家路の話を切り出したとたん、今までのしおらしさはどこへやら。元気いっぱい1人で帰宅できることをアピールしてくる。

 

「本当に?」

 

 視線を逸らした彼の横に回って、無理やりにでも目を合わせると、彼は逆方向を向いて視線を逸らす。それを何度か繰り返し、やがてラーミアはため息交じりに言った。

 

「さっき君は追いかけられていたでしょ? ここらへんに少しでも詳しければ、あそこは危ない場所だって知っているはずだから近づかないよ.……それでも、1人で帰れる?」

「…どうして、今日初めて会った僕を、そんなに心配してくれるんですか? そんなに、優しくしてくれるんですか.…?」

 

 自分を突き放す口実として放った言葉なのかもしれないが、確かに、こちらの事情を何も知らない彼からすれば、疑問に思う所なのだろう。

 ラーミアにしてみれば、その理由は至極単純だった。

 

「それはね、私も初めて会った人に優しくしてもらったことがあるからだよ。ううん、"優しく"なんてものじゃない。命を助けて貰った」

「命を?」

「ここから先は帰り道で話すよ」

 

 送っていくことは決定事項だと言わんばかりのラーミアに、テオはついに観念したのだろう。ようやく1人で帰ることをあきらめた。

 

「……街の名前は覚えてない。でも、家の名前なら」

「家の名前?」

 

 アパートの名前を言われたとしたら、その辺の店なり警察なりに場所を聞けば問題はないだろう。

 そのように考えていたラーミアに、予想外の名が告げられる。

 

「メルヴィン&クリストファー・ホーム。それが、僕の家です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テオは孤児であった。詳しい事情は話さなかったし、聞いていない。それでも分かったことは、物心つく前に両親は亡くなっており、人生の半分以上を他の孤児院で過ごしてきたこと。つい最近孤児院が無くなってしまい、今住んでいる孤児院にやってきたこと。そして、そこで喧嘩をして飛び出してきてしまったこと。

 ラーミアも、大部分のことは誤魔化しつつテオに自らの境遇を語った。自分も孤児院にいたことがあり、紆余曲折を経て今の生活があることを。

 そうしているうちに、目的地までたどり着いた。ロンドン東部に在するメルヴィン&クリストファー・ホーム。通称メルクリ孤児院。人気の少ない路地の少し奥まった場所に建っている、背の低い建物だ。1992年の9月に焼失したその建物は、以前よりも規模が小さくなりながらも再建されていた。

 

 

(…まさか、ここにまた帰ってくるなんて……)

 

 この孤児院はかつてラーミアが暮らしていた場所だ。2度と来ることはないと思っていた因縁の場所。見た目はかなり変わってしまったが、それでも色々なことを思い出してしまう。

 

「ラーミアさん?」

 

 立ち止まったままのラーミアを不思議に思ったのだろう。テオが心配そうに顔を覗き込んできた。

 

「あの、どうかしたんですか?」

「…何でもない。ほら、着いたよ。きっとみんな心配してる」

「うん、本当にありがとう...もう、家出なんてしない」

 

 道中で、帰ったらきちんと先生に謝ってくるように言ったし、彼もこう言っている。危ない目にあったのが余程堪えたらしい。

 孤児院を飛び出したおかげで今の生活がある身としては、どのようなリアクションを取ったらよいか分からないが、取り合えず頷いておいた。

 

「さて、それじゃあ――」

 

 縁があったらまた会おう、などと芝居がかった台詞でも言おうとした矢先。

 

「やっと見つけたぜ、クソガキ」

 

 苛立った様子の男の声が辺りに響く。

 ラーミアとテオはいつの間にか、5人の男達に囲まれていた。テオを追っていた者と、その仲間達だろう。

 それだけでも最悪に等しい状況だというのに、リーダー格と思しき男が懐から杖を取り出した。そう、彼らは普通の人間ではなく、魔法族。

 

「かくれんぼが上手だな。鬼ごっこはいまいちだったな」

 

 ラーミアは魔女だ。故に、相手がマグルであったのならば、まだ如何様にでもこの状況を打破する術はあったのだが、相手も魔法が使える。相手は5人組の大人で、対するこちらはホグワーツに通う2年生。

 

(…どうすれば……?)

 

 囲まれている以上、下手に杖を取り出すことすらできない。姿現しでも使えれば簡単に逃げられるのだが、残念ながらラーミアはまだ修得していない。

 

「テオ! 一体どこに行って……」

 

 その時、孤児院の門が開いて初老の女性が出てきた。孤児院の院長だ。テオの帰りを待っていたのか、彼のことを探しに出ていたのかは分からないが、かなりの時間外にいたのだろう。寒さで頬を赤らめている彼女は、出てくるなり言葉を失った。何せ、家出していたテオが帰ってきたと思ったら、明らかに堅気ではない男たちに囲まれているのだ。

 

「すまねえが婆さん。そこの坊ちゃんに用があんだ。ついでにそっちのお嬢ちゃんにもな」

 

 リーダー格の男が前に進みでて、杖を突きつける。

 

「マグルのガキに取引を見られたどころか出し抜かれたせいで、俺らの面子は丸つぶれだ。坊ちゃんには死んでもらう。お嬢ちゃんは、そうさな、どうするかねぇ」

 

 男たちは一斉に下卑た笑い声を漏らす。まだ12歳のラーミアであるが、これでもイーストエンドの路上で生活したことがある。その境遇から、彼らにもし捕まればどうなってしまうかの予想はできた。

 

「とんだクソ野郎ね…」

 

 思わず口をついたスラングに、男たちは何が面白いのかより一層笑い声を上げる。不快感に思わず顔をしかめていると、自分とテオの前に院長が進み出た。

 

「先生…!?」

 

 思わず、昔のように院長を呼んでしまう。

 かつてラーミアが見ていた院長は、子供に対してあまり熱心な人物ではなかった。教育も運営のかなり杜撰なもので、子供の目から見てもそれが明らかなほど。"おばあちゃん"が来るまでは孤児院は大分酷い環境だったのを、今でも覚えている。そんな彼女が、今は自らを盾として子供をかばっているその光景に、目を疑わずにはいられない。

 

「何のつもりだ婆さん」

「私には子供を守る義務があります。ここの院長として」

「おいおい、魔法も使えねえマグルが、俺たち相手に何が出来るってんだ? インセンディオ!」

 

 途端に、門のすぐそばにあった植木が燃え上がる。

 院長の顔はこわばり、テオは恐怖のあまり青白くなっているが、ラーミアにはこの状況を打破する一筋の光が見えた。故意の可能性もあるが、男は有言呪文で植木を燃やした。仮にこれが自分の主であったら、無言呪文で建物ごと炎上させることができるだろう。リーダー格の男が無言呪文を扱えないとすればつまり、そこまで実力が高い相手ではないということ。逃げ切るくらいなら出来るかもしれない。

 

「分かったら大人しくそのガキどもを寄越しな」

 

 男の示威行動を見ても、院長は退くことなく立ち塞がっている。銃でも持っていればまだましであったが、見たところ丸腰だ。院長の行為は無謀に過ぎる。

 だが、そのおかげでラーミアは隙をついて杖を抜くことができた。そして、1人の男の足元にあるマンホールに狙いを定める。

 

「レダクト!」

 

 マンホールは砕け散り、男は下水道へと落ちていく。まさかこちらも魔法族だとは思いもしなかったのだろう。目に見えてうろたえる男たちを尻目に、ラーミアはテオと院長を門の奥に付き飛ばし、門を施錠した。

 

「コロポータス」

「てめえ、魔女か!」

 

 残る4人が一斉に呪文を放ってくる。それを横に飛び退くことで避け、受け身をとって態勢をとりつつ呪文を放つ。

 

「コンフリンゴ!」

 

 男達の足元が爆発し、2人が吹き飛ばされていく。残るは2人。

 チラリと門の側を見ると、未だに門の向こうで2人は固まったまま。確かに、いきなり目の前で魔法戦が繰り広げられればそうなってしまうことも分かるが、今はそんな余裕はない。

 

「テオを連れて、早く逃げて!」

「あ、貴方…まさか!?」

 

 院長が何かに驚き、何かを叫ぼうとしていた。その瞬間、ラーミアの体に数本の縄が巻き付き、思わず杖を取り落とす。

 

「あんまりきつく縛るなよ。傷物にしちまったら高く売れねえ」

「くっ…このっ、離せ…!」

 

 最初に下水に落ちた男が、どうやら這い上がってきていたらしい。

 縄が体中に巻き付き、やがて身動きが取れなくなって地面に倒れこんだ。抵抗するが、縄が体に食い込んでゆくだけだ。

 

「このっ…!」

「ガキにしては良くやったじゃねえか。だが、ここまでだな」

「ええ、ここまでです。お前たちのほうが、ね」

 

 聞きなれた声が、門の上から聞こえてきた。

 なんとか首を動かし、3メートルほどの高さがある門を見上げると、そこにいるはずのない人物が立っていた。

  

「お嬢様...!?」

 

 浮世離れした美貌に、まだ完全には成長しきっていない子供らしさを残す黒髪紫眼の少女。魔法界とはいえ、そのような人物はそう多くない。見紛うことはない。誰であろう、自分の主であるペルセフォネ・ブラックその人である。

 普段は人の好い微笑をたたえるその口元は、ラーミアがあまり見たことがない歪んだ笑みを浮かべている。男を見据える眼は酷く冷たく、良く知っているはずの人なのに、まるで知らない人であるかのように錯覚してしまった。本気で怒ったセフォネを見るのは初めてだった。

 セフォネはラーミアに視線を移すと、途端にいつものような優し気な雰囲気を纏う。

 

「よく頑張りましたね、ラーミア。マグルを守ったまま5人の賊相手に立ち回るなんて、貴方も随分と成長しました」

 

 門から飛び降り、ふわりと着地したセフォネはラーミアを縛る縄を杖の一振りして消失させた。

 

「なんだてめえ…は……!?」

 

 リーダー格の男は言葉を失なう。それもそのはず、今まで隣にいた仲間が、何本もの杭で壁に打ち付けられていたのだから。

 門から飛び降りる間にやったとしか思えないが、それにしても少々スプラッターな見た目になっている。一切急所は刺されていないので死にはしないだろうが、しかしセフォネは他にも何かの呪いを掛けたらしく、打ち付けられた2人は白目をむいて痙攣している。

 

「よくもまあ、やってくれたものだ。薄汚いゴミの分際で私の従者に手を出すとは」

「てめえっ…!」

「エクスペリアームス!」

 

 男がセフォネに杖を向る直前、杖を拾って立ち上がっていたラーミアは男を武装解除した。

 セフォネがこのような男にやられないなど百も承知だが、従者としては主に杖を向ける行為は容認できない。しかしラーミアは武装解除するにとどめた。今の隙があれば失神させることも当然できたにも関わらず、だ。

 その理由は、他でもない。自分はブラック家の使用人であり、セフォネの従者だからだ。最後の幕引きは主の役目。

 その意図を汲んだのだろう。少しだけ表情を柔らかくしたセフォネが杖を掲げると、ラーミアが爆破した道路の破片が浮かび上がり、次々と鋭い剣に変化し、整列していく。まるで、術者の号令を待っているかのように綺麗に並んだ剣の切っ先は、全て男に向けられていた。

 その間に男は逃げようと走り出す。杖もなく仲間も全滅した今、打てる手はそれしかあるまい。

 

「インカーセラス」

 

 だがしかし、ラーミアが男の足を縛ったことによって男はその場に倒れ込んだ。自由が利く手で何とか逃げようと踏ん張っているが、もう逃げることは出来ない。

 

「な、なんなんだ…一体何者なんだ、てめえらは……!」

 

 恐怖で蒼白になっている男の顔を見て、セフォネは口を三日月型に歪めて笑みを浮かべる。それにつられてラーミアの口角も少し上がっていた。

 このような光景を見て罪悪感でなく愉悦を感じるようになってしまった自分は、果たしておかしくなってしまったのだろうか。それともこれが正しい在り方なのだろうか。

 否。正しい、だとかこう在るべきだとかは、もはや関係ない。今のありのままの自分が、ラーミア・ウォレストンという魔女なのだから。

 

「私は、この娘の(家族)です!」

「私は、この方の従者(家族)です!」

 

 2人の言葉と共に杖は振り下ろされ、大量の剣は一斉に男に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オブリビエイト」

 

 セフォネが最後の子供に忘却術を掛ける。あれほどの大立ち回りを演じたのだ。孤児院の子供たちも何人か戦闘を目撃してしまうのは必然であった。

 ラーミアはベッドで静かに眠るテオに視線を移す。セフォネと相談した結果、孤児院に連れ戻したのは院長であるという記憶に改竄し、ラーミアと出会った記憶は消え去った。少し悲しくもあるが、彼がマグルで自分が魔法族である以上、仕方のないこと。

 

「これで処置は終了です。さて、お初にお目にかかりますマダム。私の名はペルセフォネ・ブラック。以後お見知りおきを」

 

 セフォネが自己紹介をするが、院長は黙ったままだ。彼女は今までのセフォネが施していた処置を一言も発さないで黙って見ていた。

 何も言わない院長に構わずセフォネは話を続ける。

 

「本来であれば、貴方の記憶も彼ら同様に消去させて頂くのですが…それは、またの機会にということで。本日のことはくれぐれも内密にお願い致します。決してどなたにもお話にならないよう」

「…なぜ、私の記憶は消さないのですか」

「ふふ…さて何故でしょう?」

 

 セフォネは悪戯っぽい笑みを浮かべて言うと、頑丈な鎖に体中巻き付けられて簀巻き状態の5人組の男に杖先を向ける。どうやら彼らは魔法省が指名手配していた密輸グループで、英国内に持ち込みを禁止されている物品を多数密輸していたらしい。その取引現場をテオは偶然にも目撃してしまったということだろう。マグルの少年にとっては彼らが何の取引をしているか皆目見当もつかなかったに違いないが。

 彼らは大量の密輸品と共に、魔法省のアトリウムに連れていかれ、そこで放置される。既に記憶も改竄済みで、セフォネとラーミアが未成年ながら魔法を使用したにも関わらず一切の感知を出来なかった、つまりは2人が"におい"を消していた事実も隠蔽された。

 一連の工作はセフォネが子供たちの記憶を消去する片手間に行われた。実に鮮やかな手際に、ラーミアは思わず苦笑を漏らしてしまうほどであった。

 

「それでは、私はここで失礼致します。ラーミア、今度はホグワーツで会いましょう」

 

 ポン、と音を立てて"姿くらまし"し、後にはラーミアと院長が残された。

 院長は一切ラーミアのことを見ようとはせず、じっと床ばかり見つめている。ラーミアも、色々と話したいことがあるが、上手く言葉として纏まらず、口を閉ざしたまま。

 そもそも、この場にいるのはかつて迫害された者と迫害した者。劇的な再会ではあったが、それが互いにとって喜ばしいものという訳ではない。

 数分であったが、数時間とも思えるような気まずい沈黙の後に、院長がまるで独り言のように呟いた。

 

「…昔、この孤児院では火事がありました。それにより、ボランティア職員の女性が1人が亡くなりました。火事の原因はとある職員の寝たばこだったそうです」

「先生」

「事件当初…皆は混乱し、火事が魔女のせいであると口々に言い立てました。でも、それはありえないこと。魔女だとされた子は、一番彼女になついていたのですから。そう、そんなこと、ありえないはずなのに……皆は、私は…」

 

 ラーミアは、今まで院長に抱いていた違和感の正体をようやく理解した。

 彼女はあの時のことを後悔していた。それ故に、子供たちときちんと向き合うようになったのだ。

 恐らく院長は、ラーミアはどこかで死んでしまったと思っていたのだろう。この周囲のスラムは特に、頼る人も帰る家もない子供が生きていくには、あまりに過酷な環境だ。普通の子供であれば、野垂れ死んでいたに違いない。

 でも、ラーミアは普通の子供ではなかった。

 

「先生。私は魔女です。みんなが言っていた通りの魔女なんですよ。みんなが思っていた通りの魔女ではないですけど」

 

 「魂なんて食べないですし」とおどけて言ってみるが、院長は沈鬱な表情でラーミアを見つめている。

 彼女の後悔は、きっとこの先も彼女を縛り続けるだろう。罪悪感と自責の念は、心を苛むに違いない。でも、そのおかげで彼女は子供達のことを正面から見て、子供達のことを守るようになったのだ。

 色々と言いたいことはある。糾弾したい気持ちも僅かながらにある。それでも、ラーミアが伝えたいことは別にあった。

 

「魔法族はどこにでもいます。もしかしたら、今ここにいる子たちの中にも。もし、魔力を持っている子がいたら、優しくしてあげてください。居場所になってあげてください。きっと、1人でもそんな人がいれば、寂しいけど、辛いけど、頑張れると思うから」

「ラーミア、私は…貴方に……」

「私は、もう大丈夫です。居場所を、居てもいい場所をちゃんと見つけられましたから」

 

 主と出会い、両親の真実を知り、友人も出来た。

 居てもいい場所( 居場所 )も、帰ってもいい場所()も。

 

「…貴方は……本当にあのラーミアなのですか?」

 

 昔の自分を知る人物から見れば、本当に同一人物なのかと疑いたい気持ちも分かる。今自分が生きている環境も、そして自分自身も大分変わった。

 

「そうですね……そうですけど、でもちょっと違います」

 

 怖がりで泣き虫で。たった1人の味方に依存して、1人になってしまうのが何より嫌で。孤独に押しつぶされて死にたくなっていた、誰かに守ってもらわなければ死んでしまうような、かつての自分。

 確かに今でも怖がりだし、セフォネに守ってもらっているのは事実だ。居場所に依存してしまっているのも、何ら昔と変わりない。

 でも、それでも。

 今は自分の意思で魔法と向き合い、自らの意思で魔法界を生きている。もう1人ではないのだ。沢山の人に支えられているのを自覚し、そしてそれを自ら守れるようになりたいとも思っている。守られることをただ享受していたあの頃とは違うのだ。

 故に、今の自分は。

 

「私は——」

 

 優雅にお辞儀し、芝居がかった口調でその名を告げる。

 

「———聖28一族に連なるブラック家が使用人(メイド)。ペルセフォネ・ブラック様が従者。ラーミア・ウォレストンと申します」




臭い消し・・・年頃の女の子には必須アイテム。実はラーミアに渡した指輪には防犯機能があり、それで危機を知ったセフォネが駆けつけた。

ラーミアのスラング・・・主と同じく口調不安定系キャラクター

縛られるラーミア・・・12歳の女の子を縛って喜ぶ名もなき男達は保護者に粛清されました。

壁に打ち付けられた男達・・・これでもラーミアの前だから自重しています。



番外編いかがでしたでしょうか。折角登場させたオリキャラなので、もっと話に登場させたいという作者の思いで書き連ねました。
1年半ぶりの執筆でしたが、思ったよりすらすら文章が出てくるものですね。
次の投稿は、年内に出来ればいいなあ...


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

家族

 活気が溢れる店内は様々な会話が入り乱れ、時折誰かの愉快そうな笑い声が聞こえる。店主のマダム・ロスメルタは大量の注文を見事に捌いていた。

 そんな"3本の箒"の奥の席に、エリスとセフォネは陣取っていた。奥とはいっても見通しはよく、店内を見回すことができ、なおかつ植物でこちらの姿を隠すことが出来る絶妙な位置だ。この席を選んだのはセフォネであった。

 

「何でそんなこそこそしてるのよ」

「いえ……その、何と言いますか。暫し、様子を伺っていたいのです」

 

 観葉植物とエリスを盾に、ハリーたちを覗いている様子は、まるで闇祓いに追われている犯罪者のようだ。

 

「やましいことでもあるのかしら?」

「そういう訳ではないのですが」

 

 らしくもなくはっきりとしない態度の友人を視界の隅に収めつつ、エリスはバタービールを口に含み、バター・スコッチを薄めたような味を楽しむ。

 

「それにしても、一年前は殺すとか言ってたくせに、随分と仲良くなったわねー」

「そのことは忘れてください」

 

"一族の不始末は当主である自分が片付ける"

 

 かつてはそのように言っていたセフォネであったが、冤罪だと分かってからは、積極的にシリウスの擁護に回っている。疑っていたという罪悪感か、唯一の家族だからなのかは分からない。しかしシリウス・ブラックという人間は、明らかにセフォネの"大切なもの"となっているように思えた。

 

「セフォネってさ、1回信用したらとことん信じるよね」

「何の話ですか?」

「いやさ、今でこそ長い付き合いだけど、ホグワーツに入りたての頃って、私達は完全に初対面だったわけでしょ?」

「ええ、そうですね」

「ハロウィンの時のあれよ。出会って数ヶ月の私の為に、本気で怒ってくれたじゃない」

 

 出会った時のことも、ハロウィンの時のことも鮮明に覚えている。

 大人びた少女だ、というのがセフォネに対して抱いた第一印象だった。ちょっかいをかけに来たドラコを一蹴して追い返し、組分けの前ですら平常心を保っていたセフォネだったが、彼女が初めて動揺を示したのは、確か入学直後のことだったと記憶している。

 

『 …その……友達というのが初めてなので……私で良いのかどうか……』

 

 動揺を隠せない様子の彼女は、躊躇いがちに自分の手を握った。当時は、セフォネが箱入りのお嬢様であったせいだと思っていた。きっと家から出たことが殆ど無くて、友人が出来たのが初めてだったから、だから戸惑っているのだと思っていた。

 だが、今はそれは定かではない。

 邪推かもしれないが、彼女はひょっとすると―――

 

「また、誰かを破滅させるつもりなのか!」

 

 店内に怒声が響く。声の主はハリーだ。

 その対象は、趣味の悪い魔女。

 あの女は一体何をしでかしたのだろうか。

 

「彼女はリータ・スキーター。誹謗中傷、捏造記事で有名な記者ですね。ハグリッドの件も彼女の記事でした」

 

 セフォネの説明を聞いて納得する。

 ハグリッドと仲が良いハリーが怒るのは道理だ。

 

「ああ、ハリー! 素敵ざんすわ。こっちで一緒に……」

 

 ハリーは再度怒鳴ろうとしたが、その前にシリウスが立ち上がって彼をかばった。

 

「悪いが、ハリーとは関わらないでもらいたい」

「あらあら。誰かと思えば、シリウス・ブラックじゃありませんの。インタビューの件は考え直してもらえたの?」

「インタビュー? 何のことだ」

「まあ! ……ははーん、なるほど。あの小娘、バーバナスに掛け合ったのでござんすね。何度も何度も邪魔をしてくれて……」

 

 営業向けの高いトーンから一転し、イライラしているような声音。笑顔も僅かに歪んだが、すぐに取り繕った。

 

「小娘?」

「ずたぼろになったブラック家(看板)を背負わされた、呪われた姪御のことざんすよ」

「お前は何のことを言っているんだ?」

「質問が多いざんすね。何のことか? 直系はほぼ死に絶え、親も無様に殺されて。これで呪われていないのなら、一体何だと言うんざんすか?」

 

 あまりの言い様に頭に血が登るエリスだったが、すぐさま寒気を感じ顔を青くさせる。その原因は目の前の友人だ。顔の前で手を組み、その表情は伺いしれない。

 

(…やばい……!)

 

 偶に発言が物騒なのを除けば、セフォネは基本的に穏やかである。だが、セフォネの周りの人間が攻撃されたときや、両親の話題となったら別だ。

 

(…こうなったら……!)

 

 一刻も早く、あのリータ・スキーターとかいう女が余計なことを口走る前に、気絶させるなり吹っ飛ばすなりして、口を閉じさせなければ。そうしなければ、またセフォネが感情に飲まれ、暴走してしまうかもしれない。

 再びセフォネが傷付く姿はもう見たくない。痛みに耐える彼女など、もう見たくないのだ。

 一瞬で覚悟を決めたエリスは、杖に手をかける。人に攻撃魔法を、それも不意打ちで掛けた経験などないエリスは、緊張のあまり生唾を飲み下した。

 

「エリス、私は大丈夫ですよ。だから落ち着いて」

 

 緊張状態のエリスに、意外にもセフォネは笑いかけた。その眼こそ笑ってはいないが、リータへの怒りというよりかは、臨戦態勢に入っていたエリスに対する苦笑に近い。

 

「セ、セフォネ?」

「2度も同じ過ちは繰り返しません」

 

 セフォネは静かに立ち上がると、エリスの手を杖から外し、肩に手を置く。

 

「この程度で我を失うなど、主失格ですもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 賑やかだった店内は、今や静まりかえっていた。

 

「親の仇も撃てず、必死になって崩れた看板を立て直している、哀れな"生き残りのお嬢様"。小生意気なガキが没落貴族の分際でしゃしゃり出て来てくれちゃって……まったく、こっちは商売あがったりざんすよ」

 

 甲高いリータ・スキーターの声が響き渡る。セフォネに邪魔されたことが余程我慢ならないのだろう。営業スマイルも歪み、声のトーンも苛立ちの為に低くなっている。

 

(…哀れな……ね。言ってくれるじゃないですか)

 

 諸々、心当たりのありすぎるセフォネとしては、罵詈雑言を吐かれても仕方が無いとしか言えない。だが正直なところ、蝿が煩く飛び回っていたので、それを叩き落としていただけ。 何かにつけて取材をねじ込もうとしてきたり、シリウスへの取材やら出版やらの約束を取り付けようとしていたので、日刊預言社新聞の編集長であるバーバナス・カッフを経由し、それを止めさせたくらいだ。

  そこまで恨まれるようなことはしていない、とセフォネは思っていたが相手はそうではなかったらしい。

 

「ちょっと、行ってきますね」

 

 不安げにこちらを見るエリスに微笑みかけると、セフォネは騒ぎの中心へと歩いていく。

 リータの言葉を聞いても、セフォネはいたって冷静だった。「無様に」の部分で一瞬激昂しかかったものの、脳裏に愛すべき従者の影がちらついたのだ。

 

(…こんなことで、あの娘に心配をかけさせたくないですからね……)

 

  魔力を暴走させた後に目覚めた時に見せた、あの表情はしっかりと覚えている。自らの従者に、妹分であるラーミアに、あのような顔はさせたくない。ましてや、相手はただの小蝿一匹だ。

 そうして、騒ぎに介入しようとセフォネが口を開こうとした、その時だった。

 

「いい加減にしろ!」

 

 ガシャン、という物音が響き、机がひっくり返る。

 

「…な……」

 

 セフォネは思わず唖然としてしまう。激昂したシリウスが、リータの胸ぐらを掴み、睨みつけていた。彼の右手には、いつの間にか杖が握られていた。

 

「私のことをどう言おうが構わない。だが、あいつが侮辱されるのは我慢ならないな」

 

 必死に抑えているのだろう。怒号ではなかったものの、その言葉には激しい怒気が含まれていた。

「呪われただと? あのくそったれた家に生まれた者はみな呪われているさ。あいつに限った話ではない。ああ、確かにお前の言う通り、あいつは生意気な小娘で、だがそれでも彼女は……!」

「シリウス、落ち着いて!」

 

 シリウスがリータの首に杖を突きつける。ハリーが押し止めようとするが、大の大人であるシリウス相手に力で敵うわけがなく、引っ張ってみるもピクリともしないようだ。

 シリウスが挑発に乗ったのが嬉しいのか、恐ろしさ故の虚勢かは分からないが、リータは嘲るように笑う。

 

「やればいいさ。それであんたは豚箱に逆戻り。よかったざんすね、素敵な従姉と同じ屋根の下、仲良く暮らせるざんしょ?」

「貴様……!」

「所詮はあんたもただの犬畜生さ」

「この……!」

「シリウス!」

 

 周りの客たちも、これはいよいよやばいと立ち上がり、騒動を止めようと動き出す。しかし、間に合いそうな者は誰1人いなかった。

 

「お止めなさい」

 

 決して大声を出した訳ではない。しかし、不思議とセフォネの声は店内に響き渡り、再び静寂が訪れる。

 

「な……お前は…」

「セフォネ…?」

 

 リータとシリウスの顔が驚愕に染まる。その後ろで、ハリーとハーマイオニーはホッとした様子だ。シリウスの暴走を止めることが出来そうな人物が来てくれたからだろう。

 セフォネは杖を軽く振り、盾の呪文を使用する。両者の間に見えない壁が現れ、無理やりに引き剥がされた2人は尻餅をついた。

 

「伯父上。杖を納めなさい。お気持ちだけ受け取っておきます」

 

 未だに固まったままのシリウスにそう告げると、セフォネはリータに向き直った。

 

「さて。お初にお目に掛かります、ミス・スキーター。私はペルセフォネ・ブラック。僭越ながら、ブラック家の33代目当主を務めさせて頂いている者です。以後お見知りおきを」

 

 名乗りを上げて、優雅に一礼する。

 

「この度は我が伯父がご迷惑をお掛け致しました。お詫び申し上げます」

「………」

 

 リータは何も言わない。無理やりに表情を取り繕ってはいるが、内心は焦っているだろう。何せ、かつて没落したとはいえ、最近のブラック家の復興ぶりは目覚ましい。各機関へ太いパイプを持ち、加えて魔法省は彼女に多大過ぎる負い目がある故に影響力も大きい。この英国魔法界におけるセフォネの権力は、ルシウス・マルフォイを次ぐとまで言われ始めている。

 

「随分とまあ、言いたい放題のようですね。では、私からも言わせて貰いましょう」

 

 ローファーが床を叩く音を規則的に鳴らし、セフォネはリータに近寄り、彼女を見下ろす。

 

「私のことをどう言おうが構いません。ですが、我が祖先たちが繋いできた血を、そして我が家族(ファミリー)を侮辱することは、ブラック家の当主として断じて許しません」

 

 そう言うと、セフォネはリータの腕を掴み強引に起き上がらせる。そして、耳元に口を近づけて囁いた。

 

「……今回は見逃して差し上げます。今後は言動と原稿にお気をつけて」

「っ……!」

 

 パッとセフォネから距離を取り、リータはもはや外聞など忘れてセフォネを睨みつける。拳を握りしめ、ワナワナと震えながらも、踵を返して店を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リータが去るのを見届けたセフォネは、深く溜め息を吐く。

 

「まったく、貴方という人は子供なんですから」

「……悪かったな」

 

 目線を逸らしてシリウスは拗ねたようにいう。先ほどの殺伐とした喧騒などなかったもののように、2人はいたって穏やかだった。それはまるで、喧嘩しているのを見つかって怒られる兄と、怒る妹のような光景。

 

「でも、貴方が庇ってくれて、(わたし)は嬉しかった」

 

 相好を崩して微笑むと、セフォネは手を差し出す。

 それは今までの彼女の雰囲気とは違い、歳相応の少女のように見えて。

 その姿が、記憶に残る別の姿と重なった。

 

「ありがとう、シリウス」

 

 ―――ありがとう、兄様

 

 どこからともなく、かつての妹の声が聞こえる。

 ああ、そうか。だから。

 だから彼女が侮辱されたのを聞いて、自分は我慢できなかったのか。

 あまりにも、彼女は自分の妹に似すぎていたのだ。

 

(…セフォネ……君は……)

 

 差し出された手を掴んで起き上がる。セフォネの右手の薬指に嵌めてある、忌々しいブラック家の印章指輪の冷たい金属の感触が嫌に手に残る。

 

「さて、皆様」

 

 セフォネは店を見回す。そして深々とお辞儀した。

 

「この度はお騒がせして、誠に申し訳ございませんでした。ささやかながらではございますが、お詫びとして……」

 

 セフォネはマダム・ロスメルタの前までいくと、カウンターに袋を置いた。その質感からして、かなりのガリオン金貨が詰まっているだろう。

 

「どうぞ皆様、お好きなだけ飲んでいって下さいませ」

 

 それを皮切りに店中から歓声があがり、再び店内に活気が戻りはじめた。皆がセフォネに声を掛け、賛辞を送る。一通り店内を一巡したセフォネは、もう1人、シリウスが知らない少女を連れて戻ってきた。

 

「場所を変えましょうか」

「ああ、そうだな」

 

 シリウスは出口にむけて歩き出す。変な記者のせいで色々と段取りが狂ってしまったが、セフォネと2人きりにならなければならない。そうでもしないと、恐らく彼女は何も語らない。

 わざわざ手紙を送ってまでセフォネと接触を図った理由。

 名づけ子であるハリーと一緒にいる時間を割いてまで話したかったこと。

 それは他でもない、自らの妹でありセフォネの母であるデメテル・ブラック、そして学生時代の敵でありセフォネの父であるアレクサンダー・ブラック。この2名が巻き込まれた"ブラック家の惨劇"についてだ。

 娑婆に出て自分が塀の中にいた間に何が起こったのかを知る上で、その事実は嫌でも目についた。吸魂鬼の件は、本気でクラウチを殺しに行こうかと考えたほどだ。自分でもそう思うのだ。当事者であるセフォネの心中は計り知れない。

 

(…クラウチ(魔法省)を、カルカロフ(死喰い人)を…そしてムーディ(騎士団)を。一体どう思っているのだ? セフォネ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "ここから先は家族の話だ"と、シリウスがセフォネを連れてホッグス・ヘッドへ向かったのをきっかけに、エリスはハリーたちと合流して一足先にホグワーツ城への帰路についていた。

 

「セフォネが来てくれて、本当に助かったわ……シリウスが暴走していたら、なんて考えたくもないわ」

 

 そう言って盛大に溜息を吐くハーマイオニーに、エリスは苦笑する。

 正直に言って、何故シリウスがあそこまで怒りを露わにしたのか、エリスには分からなかった。2人の関係が良好であるというのは、エリスも理解している。しかし、自分のように何年も一緒にいる友人であるのならまだしも、セフォネとシリウスは出会って1年も経っていない。確かに唯一残された家族同士ではあるものの、シリウスは家を嫌って家出し、ブラック家から追放された身の上だ。現当主であるセフォネに対して、そこまでの親愛の情を抱いているのが、エリスにとっては驚きである。

 まあもっとも、セフォネに関してもトロールの時の一件があるので、ブラック家の人間は一度胸襟を開いたらとことん開くタイプなのだろう。やり過ぎなのも2人に共通している点だ。

 

「折角無罪になったのに、また逆戻りしちゃうとこだったわね」

「冗談でもよしてくれよ…それにしても、家族の話って一体なんなんだろう?」

 

 シリウスをセフォネに取られたように感じているのか、ハリーは少々不満気である。シリウスが何かを隠していることも、それを煽っているのだろう。

 

「至極プライベートな話なんでしょう。貴方が嫉妬するようなことはないと思うわ」

 

 “家族の話”というものを、色々な事情を知っているエリスは予想できた。恐らくは、“ブラック家の惨劇”とそれにまつわる話。ムーディが教師をしているということも、シリウスはハリーから聞いているだろうし、事情を知っている者であればセフォネが非常に危ない状態であることを察知し、話をしたがるのは想像に難くない。

 恐らくハリーは知らない為だろうが、無神経な感情を抱いていると思ってしまったエリスは、思わず皮肉交じりに言ってしまった。当然ながらハリーは反論する。

 

「し、嫉妬なんてしてないだろう! 変なこと言わないでくれよ!」

「……貴方たちは、セフォネについてどれくらいの事を知ってる?」

 

 ハリーの怒りを他所に、エリスはいたって真面目な口調で彼らに問う。彼らというよりかは、主にハリーに対しての問いだ。

 セフォネと一番近い友人は、恐らく自分だとエリスは思う。しかし、セフォネは殆ど過去の話をしない。幼少期の話題を振ってみても、のらりくらりと話を逸らされ、逆に自分の恥ずかしい過去を暴露する、だなんてことはもう何度も繰り返した。セフォネの過去を知っているであろう母も、職業柄口を閉ざしている。

 であれば、セフォネの家族、それに一番近しいハリーならば、何かきっかけとなることを知っているのではないだろうかという結論に至ったのである。

 

「どれくらい、って言われても……まあ、成績が良くて頼りになるけど、実はかなり物騒な思考の持ち主ってことくらいかしら」

「僕もそのくらいかな……あ、そういえばシリウスが妹さん、つまりセフォネのお母さんの話をしてたよ。セフォネに本当によく似てるって」

「デメテルさんのことを? そういえば、私は聞いたことなかったっけ」

 

 周りから母親に似ている、と言われるのを聞いたことは何度もある。しかし、エリスはセフォネの母親のことを全く知らない。吸魂鬼のキスを受け、廃人になってから長いこと入院し、つい数年前に息を引き取ったことは新聞の記事で読んだ。だが、彼女の人となりや交友関係などは知らない。

 そこで、エリスは気づく。

 デメテルの友人は、一体今どうしているのか。セフォネが両親を喪って1人きりになったというのに、一切のコンタクトを取っていなかったのは些か不自然である。デメテルだけでなく、アレクサンダーの友人に関してもそうだ。

 

「ねえ、デメテルさんが学生時代に仲よかった人とかって、聞いたことある?」

「あー、それは、まあ……」

 

 ハリーが言い淀む。デメテルが学生時代のスリザリンと言えば、死喰い人の宝庫とも呼べる。よもや、彼女の友人は塀の向こう側なのだろうか。

 そんなことを考えるエリスに、ハリーは意外な名を挙げた。

 

「スネイプだ。まあ君はスリザリンだから何とも思わないだろうけれど、スネイプとセフォネの両親は仲が良かったって聞いたよ」

「スネイプ先生が……?」

 

 思い返してみれば、スネイプとセフォネは微妙に距離間が近かったような気がしてくる。セフォネが倒れた時も、珍しく慌てた様子であったし、何より2人きりで話しているのを偶に見かけたりする。

 であれば、折を見てスネイプに話を聞きに行くのも良いだろう。

 

「そう…ありがとう」

「君なら知っていると思ったんだけど…」

「ま、こっちにも色々あるのよ。そう言えばハリー、第2課題はどうなの?」

「それが聞いてよエリス! ハリーったら今日まで課題に全く手をつけてなかったのよ!」

 

 どうやら、第2課題についてしきりに助言したがるシリウスに根負けし、何もしていなかったことを白状したらしい。まあもっとも、事故で巻き込まれたハリーにとっては、厄介なイベントであるという認識なのかもしれないが。それにしても、命が掛かっているのだから、もう少し真剣に取り組んだ方が良いのではないだろうか。

 

「シリウスのお陰でなんとか目星はついたのだけれどね。第2課題は…」

「おい、ハーマイオニー。それ以上は言うなよ」

 

 今まで空気と化していたロンが不機嫌そうに口を挟む。邪険に追い返されなくなっただけ、昔よりは幾ばくかマシになったと思っておこう。

 ハーマイオニーがロンに何か言おうとしているが、エリスはそれをやんわりと制止する。自分のせいで友人に喧嘩などして欲しくはないのだ。

 

「あー、はいはい。何時ものやつね。ま、当日まで楽しみにとっておくわ」

 

 しかしそれは、楽しみではなく驚愕に変わることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブラック、少しいいかね」

 

 3大魔法学校対抗試合、第2課題が行われる朝。スネイプがいつも通りの不機嫌そうな表情で、朝食中のスリザリンテーブルにやって来た。

 

「ええ、大丈夫です」

 

 糖蜜パイの最後の破片を飲みこんだセフォネは席を立つ。スネイプは目で扉のほうを示すと黙ったまま大広間を出ていき、セフォネもそれに付いていく。廊下に出た時点で、セフォネはスネイプの背中に問いを発した。

 

「校長先生の言づてでしたら、言われずとも分かりますよ。どこへ向かえばよろしいですか?」

「……耳が早いのか、察しが良いのか。まあ、分かっているのならばそれで良い。湖畔に仮設されたステージに集合、とのことだ」

「承知いたしました」

 

 スネイプに一礼し、城の玄関を出て湖へと向かう。

 今日という日に、試合会場の横に呼び出されるというのなら、間違いない。第2課題の人質として、セフォネが選ばれたということだ。

 第2課題は選手の大事な人が水中人によって人質に取られ、それを救出するという内容である。人質の選出方法までは詳しく知らなかったが、先ほど自分が呼ばれるよりも少し前にジニーが呼ばれていたのを目撃していたセフォネは、先のクリスマス・ダンスパーティのパートナーが主に人質として選ばれていることを予想していた。

 湖の隣に作られた仮設ステージにつくと、そこには試合の審査員たちとジニー、そして見たところ7、8歳くらいの少女がいた。

 

「おお、これで全員揃った。2人とも朝食時にすまんのう。ガブリエルはフランスから遥々来てくれた。審査員を代表して礼を言う」 

 

 消去法で考えても分かることだが、どうやらこの少女はフラーにとっての大事なものらしい。恐らくは妹か。

 

「さて、君たちを集めたのは他でもない。今日行われる3大魔法学校対抗試合の第2課題において、少し協力してほしいことがあるのじゃよ」

「私たちは何をすれば良いのですか?」

 

 ジニーが礼儀正しく挙手をして質問する。フランスから呼び寄せるにあたってガブリエルには説明をしてあるのだろう。彼女は所在なさげに湖を泳ぐ魚を見つめている。

 

「何、大したことではない。第2課題の最中、囚われのお姫様になって欲しいのじゃよ」

 

 ダンブルドアの説明は言葉通りのものだが、ジニーはそれが何かの比喩だと取ったらしい。瞳には困惑の色が浮かんでいた。

 今日もクラウチの代理としてきたパーシーが、人差し指で眼鏡を押し上げながらも捕捉する。

 

「第2課題における人質として水中人に囚われろ、というのが最適な説明かと」

「ふむ、まあ固い言い方だとその通りじゃな」

 

 事務的な説明があまりお気に召さないのか、ダンブルドアは少しつまらなそうにするが、あのパーシーにジョークを期待するのは間違いだろう。ホグワーツ在学中からすでにお役人気質であったが、魔法省に入省してからはそれにさらに磨きを掛けたらしい。尊敬する上司の代役をきっちりと果たすべく、いつも以上にお固くなっているようだ。

 そんなパーシーを尻目に、ダンブルドアは2人に向き直った。

 

「ホグワーツの名に懸けて絶対の安全を保証しよう。引き受けてくれるかのう」

 

 セフォネとジニーが首肯したのを見て、ダンブルドアは礼を口にする。

 

「ありがとう。さて、公平な試合の為に杖を預けてもらおう。湖に落としてしまう可能性もあるし、所持品も我々で預かる」

 

 ポケットの中をひっくり返し、杖と共に所持品を全てダンブルドアに渡す。セフォネの右手薬指には指輪が嵌めたままになっているが、これは盗難防止魔法が掛かっており、他人が受け取ろうとすると手が弾かれ、更にはセフォネが自らの意思で外さなければ外れない仕様になっている。湖に落として紛失することはないだろう。

 

「セフォネや、左袖に隠しているものはなにかね?」

 

 ダンブルドアの指摘に、心の中で舌打ちをする。

 魔法省がどのような安全対策を取っているのかは知らないが、あまり信用できない。第1課題のドラゴンの例を見るに、死ぬ一歩手前くらいの危険性は十分にあり得る。陸上ならまだしも水中ともなれば、本当に命の危険がある。故にセフォネは、普段は予備として左袖に仕込んである母の杖をそのまま隠し持っていようと思っていたのだが、目敏いご老人に看破されてしまった。

 

「…母の形見ゆえ、丁重に扱って頂ければと」

「約束しよう。さてお嬢さん方、今から術を掛ける故、そこに座ってもらえるかのう」

 

 セフォネから杖を受け取ったダンブルドアは、人質の3人を椅子に座らせた。

 

「さあ、それでは目を閉じて。3、2、1…」




リータ・スキーター………満を持してハリポタ界におけるマスゴミ登場。

シリウスを取られるハリー………原作との相違点として、シリウスが構う相手が他にもいるという。パルパル

空気のロン………去年のシリウスの一件以降、態度が軟化しました。

左袖の杖………「少年、後ろに隠しているものは何かな?」的な、強キャラにのみあたえられた台詞。



ご感想、誤字報告ともにありがとうございます。失踪期間にもたくさんの感想を頂いていたようで、本当は全てのご感想にコメントをしたいところですが、どうかご容赦を。
皆さまに頂くご感想を糧に、これからも頑張っていく所存ですので、どうぞよろしくお願いします。

しっかし、ゴブレット編はセフォネの心象、それに伴うエリスの心象を細かく描写したい欲が強すぎて話が進まない……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

週刊魔女

 3大魔法学校対抗試合第2課題から数日。選手と"人質"の関係、主に恋愛面での噂や第3課題の予想、果ては優勝候補予測まで。学生たちの間では試合に関する話題で持ち切りである。

 そんな中、朝食を取るスリザリンテーブルは異様な空気に包まれていた。寝坊助のエリスを伴い、皆より少し遅れてやって来たセフォネが大広間に入った瞬間、皆が一様に視線を背け、何かを机の下や鞄に隠し、必死に平穏を装って試合に関係のない話を始めたのである。

 

「はてさて、今度は一体何があったのですか?」

「な、何のことかい?」

 

 挙動不審なドラコの対面に座り、セフォネはじっと彼の目を覗き込む。別に開心術を掛けようとしているわけではなく、ただ単に威圧しているだけだ。

 ダンスパーティの誘いに来たビクトール・クラムに軽い開心術を掛けてその純粋な恋慕の情を覗き、そして思考停止に陥ってしまったのは記憶に新しい。それを教訓に、セフォネはなるべく最後の手段として開心術を使うように心がけていた。

 因みに、対人交渉術における開心術の代替手段として、マグルの心理学を習得している最中である。

 

「誤魔化したって無駄よ。貴方だけじゃないけど、もう少し自然な振る舞いってのを勉強したほうがいいんじゃない?」

 

 エリスの言葉に、セフォネは首肯する。今このスリザリンテーブルの中で自然な振る舞いが出来ているのは、オートミールを掻き込んでいるクラッブとゴイルだけだ。

 若干気まずそうな表情のダフネが、ため息交じりで何かを机の下でドラコからぶんどった。

 

「隠したって何の意味もないでしょうに……ほら、これよ」

「何ですか、この雑誌は?」

「"週刊魔女"、所謂ゴシップ誌よ」

 

 ダフネが差し出したのは、英国魔法界の主婦層に絶大な支持を得ているゴシップ誌、"週刊魔女"。その評判はセフォネの耳まで届いていたが、生憎と読んだことはなかった。ルシウスや他の当主たちが皆口を揃えて"読む必要がない"と言うし、祖母がこの手のゴシップ誌を毛嫌いしていたために、触れる気すら起こしたことがなかった。

 

「ああ、これが噂に聞くあの有名な。それで、これがどうしたのですか?」

「読めば分かるわ」

 

 恐らく何人かで回し読みしたのだろう。ダフネが指し示したページにはくっきりと折り線がついていた。見出しには大きく『腹黒お嬢様——そのいけない情事』と書かれていた。

 要点を纏めれば、セフォネがハリーとクラムという2人の有名人を誑かしているというものだ。

 夏休みで何度も逢瀬を重ねたハリー、ホグワーツの湖で夜な夜な密会しているクラム。セフォネはその2人の純真な恋心を掌握し、2人が戦う様を高笑いしながら見下しているというのが、リータ・スキーターの見解であるようだ。

 さらに、この記事はどちらかと言えばハリーが全面的に被害者になっており、セフォネに騙されたクラムはクィディッチ以外に能が無いというような主旨の文章もある。記事の最後はこう締めくくられていた。

 

『彼女は没落した家を再建するために有名人を誘惑し、自らも有名になろうと企んだ。純情な少年は、顔だけは良い彼女の毒牙に掛かってしまった。しかしその名の通り黒い本性は、どんな厚化粧で隠しても隠し切れないのだ』

 

「……ふ、ふふふ…」

「セ、セフォネ?」

「ふふっ…あはっ……あっははははははははは!」

 

 記事を読了したセフォネは、こみ上げてきた笑いを抑えきれずに、息の続く限り爆笑してしまう。

 忠告した矢先にスキーターがこのような行動に出るとは予想していなかった。向こう半年は自重するものだと思っていたセフォネは、完全に読み間違えたのである。

 これでもセフォネは純血コミュニティ相手に様々な交渉ををくぐり抜けてきた身だ。マルフォイ家のパーティを契機に、僅か2年でブラック家を復興した。そこに至るまでに、社交界でのやり取り、権威を取り戻すためのコネ作りなど、開心術の補助があったとはいえ海千山千の純血当主、魔法省高官たち相手と渡り合ってきた。その自分をもってして、完全に予想を外した。

 

「ふふふっ……こんなに可笑しいのは久しぶりです」

「えーと、色々と大丈夫?」

「何がですか?」

「いや、その怒ってないの?」

「別に怒ってはいませんよ? ただ、可笑しくて」

 

 リータ・スキーターは、魔法省であろうがダンブルドアであろうが、ネタにさえなれば事実を捻じ曲げた誹謗中傷記事を書く、ある意味で恐れ知らずの記者だ。そんな彼女でも触れていないタブーがある。それは、ルシウス・マルフォイを始めとする黒に近いグレーな有力者たちである。かつてであればそのタブーの中にブラック家も含まれていたのだろうが、今の現状ではそう思われていないようだ。即ち、なめられているのである。

 スキーターに限った話ではない。この記事を載せた週刊魔女もまた、セフォネの存在を"ただのネタ"というカテゴリーに入れた。これらは、かつて純血の王族とまで呼ばれたブラック家は世俗まみれのゴシップ誌・記者に喧嘩を売られたことを意味する。

 お前は大したことないのだと、恐れる相手ではないのだと。

 

(ならばその喧嘩、買おうじゃありませんか)

 

 本来ならば、無視してしまうのが大人の対応というものだろう。しかし、売られた喧嘩に気が付かないふりをして泣き寝入りするなど、そのような無様な"負け"を晒すことは断じて許せない。否、セフォネからしたら許されない。幸いにして、今日は日曜日。戦略を練る時間はたっぷりとある。

 

「ふふ……最近溜まりに溜まった鬱憤、丁度良いので晴らさせて頂きましょう。それと、ドラコ」

「な、なな何だい?」

「貴方にも、協力して頂きますよ」

 

 ハグリッドを貶めた記事の一件で、彼はスキーターと少なからず親交があるのは確実だろう。それを利用しない手はない。ドラコに雑誌を手渡しながら、セフォネは至極楽しそうにクスクス笑っているが、ドラコは引き攣った恐怖の表情を浮かべている。

 

「…まあ、セフォネが楽しそうでなによりだわ」 

「…そうね」

 

 そんな様子のセフォネを見ながら、彼女の友人たちはため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スリザリンテーブルがセフォネによって恐怖の朝食会場と化しているのと同時刻。その隣に位置するレイブンクローテーブルもまた、非常に気まずい沈黙に包まれているエリアがあった。それは、セフォネの従者たるラーミアがいる、主に2学年の生徒が集まって朝食を取っている付近である。

 ラーミアはわなわなと手を震わせつつ、同級生から借りた週刊魔女に目を通していた。その光景を、ラーミアの友人であるアステリアが心配そうに見つめている。

 記事を読みながら、ラーミアは何かの言葉(スラング)を連発している。アステリアは理解できないが、雑誌を貸した生徒がギョッとした表情になったことから、きっととんでもない怒りの言葉なのだろう。以前似たような状況になった時に言葉の意味をラーミアに聞いてみたが、"田舎訛りだから恥ずかしい"という謎の理由で終ぞ教えてくれなかった。

 

「…あ、ごめんね長々と。ありがとう」

 

 ラーミアはそう言って雑誌を返すと、猛然と朝食を掻き込み始める。普段は"ブラック家のメイドとして"上品な食事作法なのだが、今は怒りのあまりそれを忘却しているらしい。

 

「まあまあ、落ち着いてラーミア」

「何が? 別に、普通だよ」

 

 普段は感受性が豊かなアステリアを抑えているラーミアだが、これがセフォネに関係したことになると全く逆の立場となってしまう。

 去年、シリウス・ブラックが脱獄しホグワーツに侵入した事件が起きた時、一部の生徒、主にグリフィンドール生からはセフォネがシリウスの協力者なのではと噂された。それは当時1学年であったラーミアたちの学年も例外ではなく、そのせいでアステリアを含めてちょっとしたいざこざが起きたことがあったのだ。その時のラーミアはグリフィンドール生の心に強烈なトラウマを残し、騒ぎを仲介したスネイプが小さな声で、「あの主にしてこの従者あり、か……」と呟いたのを確かに聞いた。因みに、この時スネイプに減点されたのがラーミア初の減点であったらしく、暫く落ち込んでいた。

 

「私は、あんまり怒ってるラーミアは見たくないなー」

「……もう、いつもそんなことばっか言って」

「弄られてるか、笑ってる時のラーミアが一番好きだよ!」

「それ、どういう意味!?」

 

 生真面目ゆえに、弄ると面白い反応が返ってくるラーミアは弄られキャラとしての座を確立している、という風に思っているアステリアだが、実際そう思っているのはアステリアとスリザリンの先輩組だけである。何せラーミアは、2年ぶりに学期末試験1位の座をレイブンクローに齎した、レイブンクローの中ではちょっとした英雄的扱いを受けている生徒だ。レイブンクローでは知識を重んじるという特性から、寮杯と同じくらいに学期末試験の結果を重視しているからである。同学年には嫉妬とともに羨望の眼差しを送るものも多い。

 自分の友人が優秀なのは嬉しいが、少し悔しく思いもする。という訳でアステリアは打てば響くような面白い反応を返す友人を弄るのである。

 

「そのままの意味だけど?」

「止めてよ、もう…」

 

 ラーミアの綺麗な銀髪を梳かすように頭を撫でる。止めてと言いつつアステリアのスキンシップを受け入れているラーミア。この光景はもはやレイブンクロー名物となっていた。

 暫くはアステリアにされるがままになっていたラーミアであったが、今が朝食時であるのを思い出したらしい。皿の上に放り出していた食べかけのパンを取るために、やんわりとアステリアの手をどける。

 

「ご飯食べられないでしょ」

「もう、ラーミアのいけずぅ」

 

 ラーミアの言う通りこのままでは朝食を取れないので、しぶしぶアステリアはラーミアの髪から手を離した。その時、自分の手を掴んでいるラーミアの右手に、ふと目が留まる。

 

「あれ、その指輪どうしたの? 凄く綺麗」

 

 ラーミアは年頃の女子の割には、おしゃれに興味を抱いていない。髪も動き難いからと言って肩上くらいに切り揃えられているし、身につけているアクセサリー類は恐らく宗教的シンボルだと思われるネックレスと、装飾というよりは髪を押さえつけている黒いリボンくらいなものであり、飾り気が殆どなかったのである。

 そんな彼女が、かなり高価そうな指輪を身につけているのが不思議であった。

 

「お嬢様から頂いたんだ」

「セフォネさんから、か。なるほど」

 

 とても大事そうに指輪を撫でるラーミアを見て、アステリアは微笑ましく思うと共に、常に感じている疑問が脳裏に浮かんだ。

 何故、かのブラック家の従者としてラーミアが仕えているのか。

 この疑問を抱いているのは自分だけでは無いだろう。恐らく、セフォネの周りの者たちも共通して抱いている。しかし、誰もそこに踏み入ろうとはしない。姉のダフネに聞いてみたこともあったが、そのことには触れるなと忠告された。恐らくは、セフォネではなくラーミアの事情によるところが大きいから、と。

 

(…それにしても、セフォネさんもラーミアも、凄く複雑な事情を抱えているよね……)

 

 ラーミアにしろ、その主たるセフォネにしろ、触れてはならない部分(アンタッチャブル)が非常に大きいものだと感じる時がある。きっとそれは、ごく幸せな家庭で育ってきた自分には想像できないようなことなのだろう。だからこそ、同じではないが2人とも普通ではない過去を持っているからこそ、この主従にはこんなにも信頼関係があるのかもしれない。

 これ以上考えると、うっかり余計なことを口走りそうだ。自分の思考を切り替えるためにもアステリアは話題を変えた。

 

「セフォネさんと言えば、この前の試合はホント驚いたよね」

「本当だよ! お嬢様を湖に沈めるなんて!」

 

 どうやらアステリアは話題の方向を間違えてしまったらしい。ラーミアが再び不機嫌そうに眉をひそめる。

 

「まあまあ。安全対策は校長先生がしっかりしてたと思うし、それに一番早く救出されたじゃん」

 

 3大魔法対抗試合の第2課題は、湖に連れ去られた各選手の大事な()を連れ戻すというもので、ハリーの人質はジニー・ウィーズリー、フラーの人質は妹のガブリエル、そしてクラムの人質がセフォネだったのだ。

 結果として、ハリーは一番乗りで人質の元に辿り着いたが、他の人質が救出されるまでその場に残り、最初にクラムがセフォネを救出。フラーは途中で試合続行不可能となり、ハリーは2人の人質を救出した。

 点数は、道徳的な力を見せたとしてハリーは最初に課題をクリアしたクラムと共に45点を与えられ、ハリーが首位、クラムが2位、フラーが3位となる為に総合順位に変動は無かった。

 

「それにしても、セフォネさんとビクトール・クラムか……なんというか、凄いカップルだよね」

「か、カップルじゃない! 友達だよ、友達」

「えーまさかー…あれは絶対にデキてるよ」

 

 クラムがセフォネを救出して湖畔に上がった時の光景など、ちょっとした童話の絵本のようだった。クィディッチ選手として鍛えられた肉体を持つクラムに、俗に言うお姫様抱っこをされるセフォネ。不覚にも乙女心を刺激されるものであった。

 アステリアにとってはロマンティックな妄想を掻き立てられるものだが、ラーミアは面白くないらしい。

 

「……」

 

 ラーミアはむっつりと黙り込んでパンを齧る。きっとラーミアは、セフォネがクラムに取られてしまったかのように感じているのだろう。ホグワーツ城内でも、クラムとセフォネが共に歩いているのはよく見かける。それを見るたびにラーミアは不機嫌になっていた。 

 唇を尖らせ、不機嫌なオーラが全身から発せられているラーミアであるが、彼女の容姿と相まって拗ねているのが寧ろ可愛い。我慢できなくなったアステリアはラーミアに抱き着いた。

 

「もう、本当にラーミアは可愛いなぁ!」

「ひゃ!? ちょっと、リア…」

「さっきの訂正する。いじけてるラーミアも可愛い!」

「止めてったらぁ!」

 

 ラーミアが可愛すぎるのがいけないのだ、と謎の責任転嫁をしつつ、アステリアは満足するまでラーミアを離さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イギリスのとある森の奥。近隣住民が決して立ち入らないその場所には、マルフォイ邸とはいかないまでも荘厳な屋敷が建っていた。かつて、その家に屋敷しもべ妖精が居た頃はきちんと手入れされていたであろう庭は、今では草木が伸び放題で放置されいる。

 玄関に入ると、埃が積もったシャンデリアが、これまたかつての姿とはかけ離れ、薄汚れてしまった玄関ホールを鈍く照らしている。

 

「何ともまあ、落ちぶれたものですね」

 

 そこに唐突に現れた少女が、やや蔑んだような口調で言ったのを、同じく唐突に現れた男が何とも言えない表情で返す。

 

「ウィンキーが居た頃は、こんな風では無かったのだがな」

「自らの僕を大義無き保身のために切り捨てるから、こういうことになるのです」

「大義無き保身、か。言い得て妙だな」

 

 男——クラウチ・ジュニアは少女の言葉に、薄く口元を歪ませる。ここは出世欲と保身の塊ともいえる男の住処だ。身から出た錆だと言わんばかりに批判する少女の言葉は正しいのだろう。

 

「それで? 屋敷の品評のためにわざわざホグワーツを抜け出したのかね、ブラック?」

 

 少女——ペルセフォネ・ブラックは被っていたフードを脱ぎ、ジュニアに視線を移す。

 

「そうですね。恐らく二度と来ることはないでしょうから、ゆっくりと見て回るのも良いかもしれませんね」

 

 嘘か真か分からぬような口ぶりに、ジュニアは思わずため息をつく。この少女と関わるといつもこうだ。貼り付けた笑みで感情を隠し、真偽の混じった言葉でこちらを惑わす。普段、学生生活を送っている姿を見る限りでは少し大人びているだけのごく普通の少女なのだが、その姿も見せかけだけなのかもしれない。

 

「妄言はそこまでにしておけ。でないとこのままホグワーツに帰るぞ。私も暇じゃないんだ」

「それは失礼を。では、ご案内願えますか?」

 

 頷きもせず、ジュニアは屋敷の奥へと進んで行き、セフォネはそれに付いていく。やがてジュニアは、ある扉の手前で立ち止まった。

 

「ここだ」

 

 扉を杖で叩き、開錠する。中の人物が逃げられないようにと、外から魔法で鍵を掛けてあったのだ。

 そこは書斎であった。中では、病的なまでに痩せた男が、髪も髭も伸び放題のまま、書斎机に向かってひたすらに書類仕事に励んでいた。

 セフォネは男の前に進み出て、その変わり果てた姿を見下ろす。男はセフォネとジュニアの来訪に気が付いていないようで、仕事の指示を手紙にしたためていた。ジュニアが杖を振り、男を椅子に拘束する。縄で手足を縛られたことで初めて2人の存在に気がついたようだが、しきりにウェーザビーなる人物に指示を出しているようなうわ言ばかり繰り返している。ジュニアがもう一度杖を振ると、それまで掛けられていた服従の呪文が解かれ、男は正気を取り戻す。そして恐怖と狂気、そして戸惑いに満ちた目でセフォネを見上げた。

 

「屋敷と同じく変わり果てたようですね——」

 

 そんなクラウチの姿を見て、セフォネの口元は歪み愉悦の笑みが浮かんでいた。

  

「——バーテミウス・クラウチ」

 




週刊魔女……本章におけるセフォネのストレスの捌け口となります。これもある種の戦いなのでセフォネさんも乗り気。

ラーミア&アステリア……ちょっと暗い話が多いので、清涼剤として後輩組登場。アステリアは育ちの良いお嬢様なのでラーミアのスラングが分からないです。


第2課題をキングクリムゾン。まあ、3大魔法対抗試合は基本セドリック抜けただけで後は変わりないので、皆さまの脳内補完でお願いしたく。
後2話くらいでゴブレット終了を目指しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最後の課題

皆様大変ご無沙汰しております。
1年半ぶりにハーメルンに戻ってまいりました。
執筆をスマホからPCに切り替えたので、今までと数字や記号のスタイルが異なる場合があります。



 5月の最後の週。変身術の授業の後、ハリーはマクゴナガルに呼び止められた。

 

「ポッター。代表選手は今夜の9時にクィディッチ競技場に集合です。そこで最後の課題について説明があります。くれぐれも遅れないように」

「分かりました」

 

 教室を出て大広間へ向かう途中、ハーマイオニーが気難しい顔で言う。

 

「三大魔法学校対抗試合は、まだ続けられるのね。クラウチ氏がお亡くなりになったから、ひょっとしたら中止になるか、今までの成績で優勝が決まるのかと思っていたわ」

「そうだったら、良かったんだけどね」

 

 バーテミウス・クラウチの訃報はイースター明けに日刊預言者新聞の一面を飾った。彼は自宅の書斎で息絶えており、病気による衰弱だったとの見解が強い。遺体の第一発見者は、仕事の指示が来なくなったことを不審に思ってクラウチ家を訪ねたパーシー・ウィーズリーで、記者にインタビューを受ける彼の写真が数日間新聞記事に掲載されることとなった。

 審査員の一人が、それもこの三大魔法学校対抗試合の為に各国間の調整などを行ってきた国際魔法協力部長が亡くなったことで、試合そのものがお預けになってしまう可能性もあったが、幸か不幸か続行されるらしい。

 ハリーにとっては、これ以上命を賭けるような危険な試合はごめんだったのだが。

 そうは思えど、最後の課題があるというのならば、嫌だと言っても仕方がない。8時半ごろに大広間を出て、ハリーはクィディッチ競技場に向かった。

 

「おお、来たかねハリー。これで、全員揃ったか?」

 

 ルード・バグマンがピッチの真ん中でハリーに手を振っている。しかし、ハリーの視界に彼は映っていなかった。

 ハリーが1年生の頃から飛び回っていたクィディッチ競技場は様変わりしており、ピッチには背の高い生け垣が立ち並んでいる。このホグワーツのクィディッチ選手として、競技場をこんなにしたことに憤慨しかかるが、そのような感想を抱いているのが自分だけのようで、他の面子は涼しい顔をしている。気に入らないが、受け入れるしかないようだ。

 ハリーは仏頂面でピッチの真ん中へ歩いていく。全員が揃ったことを確認したバグマンは、神妙な顔でこう切り出した。

 

「皆も聞いているであろう、クラウチ氏については非常に残念に思う。近頃体調を崩しているのは聞いていたが……最後まで審査員を務めることができなくて、さぞ無念だろう。彼はこの試合の為に何年も尽力してきたのだから」

 

 とはいえ、ここに集まる選手たちはクラウチと関わりが殆ど無く、正直どんな顔をしたらいいのか分からないのだろう。皆が無言で芝生を見つめる。

 その反応をバグマンは微妙に勘違いしたらしい。わざとらしくテンションを変えた。

 

「おっと、すまない。湿っぽい話はこれくらいにして、本題に入ろう。最後の課題は迷路だ。迷路の中心に優勝杯が置かれており、それを一番初めに取った者がこの試合の勝者となる。選手の諸君は迷路に置かれた様々な試練を突破しなければならない」

 

 様々な試練という単語が、ハリーにはひどく不吉にしか聞こえなかった。ドラゴン、水中人、その次がただの障害物競走じみた迷路な訳がない。

 

「何か質問はあるかな……よろしい、なければ城に戻るとしようか。この時期でも夜は冷えるな…」

 

 説明を終えたバグマンは、マントの襟を首元まで上げながら、速足気味に城へと帰っていく。フラーもバグマンと同様にして、ボーバトン生が滞在している馬車まで帰っていった。

 競技場には、ハリーとクラムしか残っていない。正直な所、ハリーも肌寒さを感じていたので、暖炉が灯るグリフィンドール寮に戻りたかった。だが、競技場に来て以降、クラムが自分に向けてくる鋭い視線を無視することは出来ず、その場に留まっていた。

 クラムは、バグマンとフラーが完全に見えなくなってから、口を開いた。

   

「ちょっと、いいかな? 話がしたいんだけど」

「え? うん、いいよ」

 

 鋭い視線とは裏腹に、どこか戸惑いを秘めた、覇気があるとは言えない声音のクラム。ハリーは、現在首位の自分に対して、2位のクラムが何か敵意を込めた言葉でもぶつけてくるのかと思っていた。それ故に、そんなクラムの様子に少し拍子抜けしてしまった。

 クラムは数秒、覚悟を決めるように目を閉じたあとに、はっきりとした口調で言った。

 

「君とセフォネの関係について、聞きたい」

「僕とセフォネ……ああ、そういうことか」

 

 少し前のことだが、リータ・スキーターが嘘八百のゴシップ記事を書いたことがあった。そのせいで、ハリーは色々な意味で可哀そうな子扱いを受け、非常に腹が立つことこの上なかったことは記憶に新しい。ついでに言えば、その記事が掲載された週刊魔女の発刊日は、スリザリンが異様な緊張感に包まれており、この時ばかりはあのマルフォイでさえも、このネタで自分をからかうことは無かったのである。

 

「何もないよ。ただの…友人さ。一度もそういう関係に、というかそんなこと考えたこともなかったよ。あの記事が嘘っぱちなだけさ」

「本当か?」

 

 なおも疑いの眼差しを向けるクラム。その姿に、ハリーは吹き出しそうになる。クィディッチの世界的な選手であり、生き残った男の子であるハリーからしても、自分よりも格上のように感じているクラムが、まるで普通の学生のように、一人の女の子に対して純粋に、一途になっているのだ。それは意外であったし、何よりクラムがより自分の身近な存在であったのだとハリーは思った。

 

「本当だよ。そもそも、僕たちグリフィンドールとスリザリンが仲悪いってことは、君だって知ってるだろう? 天地がひっくり返ったって、彼女とくっつくことは無いよ」

「でも、君は彼女のことを友人だって」

 

 クラムはなおも食い下がる。その姿に、ハリーは苦笑しながらもキッパリと事実を告げた。

 

「正しく言えば、友人の友人って感じだよ」

「じゃあ、君たちは……」

「誓って、何もない。信じられないならセフォネに直接聞いてみなよ。きっと笑われるだろうけど」

 

 はた目には天使の様な、しかし見る人が見たら悪魔の様な笑みを浮かべるセフォネの姿が、ありありと脳裏に浮かぶ。

 クラムはようやく納得したのか、どこかばつの悪そうな表情で、唐突に話題を変えた。

 

「そうか……そうだね。それにしてもポッター、君は飛ぶのが上手いな。第一課題の時のことだけど」

「ありがとう。君に褒めてもらえるなんて。僕もワールドカップで君のことを見てたよ。今まで見てきたなかで一番のシーカーだ。それに、ハリーでいいよ」

「ありがとう…ハリー。僕のことも、名前で呼んでくれて構わない」

 

 どちらからともなく、ハリーはクラム——ビクトールと握手を交わした。

 

「それじゃあ、お互いに頑張ろう、ビクトール」

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 良くも悪くも、ビクトール・クラムと言う少年は真面目で、純粋である。週刊魔女のゴシップ記事を見てからも、セフォネに対しての態度を変えることは無かった。しかし、セフォネとハリーの仲を危惧した。つまりは、好きな女の子の悪い所は見えなかったが、でっち上げのゴシップ記事は信じてしまったのである。

 そして、ハリーにならまだしも、ついにビクトールはセフォネに対しても、その真偽を問いただした。それは、三大魔法学校対抗試合の最後の課題が始まる直前の事であった。

 

「あはははっ……私とハリーが、男女の仲になるだなんて……そんなこと、ある訳ないではないですか。もう、からかっているのですか。ああ、可笑しい」

 

 セフォネの反応はハリーの予想通りだったと言えるだろう。セフォネはビクトールの問いに、爆笑に近い笑いで返した。憂いを抱えたまま戦いに臨むことは出来ない、などと大層な前口上で告げられたのは、あの捏造ゴシップ記事についてだったのだ。ほんの一瞬、自分がクラウチ・ジュニアに協力していることがばれてしまったのではないか、と危機感を抱いてしまったが故に、その滑稽さが際立ってしまう。

 

「そんなに笑うことないだろう」

 

 終ぞ見たことが無いほどのセフォネの笑い様に、ビクトールは拗ねたように口を尖らせる。

 

「それにしても、そのスキーターって記者。本当に許せないよ。何を思ってセフォネのことを、こんなに悪く書いたんだ」

「それに関しては、諸々心当たりがありますので。寧ろ、私とあれとのいざこざに貴方のことを巻き込んでしまって、申し訳ございません」

 

 あの記事には、セフォネのことのみならずビクトールに関しても悪し様な表現が多々あった。元々がリータ・スキーターとセフォネの個人的な紛争の意味合いが強いこの件に、ビクトールを巻き込んでしまった形となる。セフォネはそれを気にしているのだろう。

 

「勿論、記者にも出版社にも落とし前はつけて頂きますから、ご安心ください」

 

 もしここに彼女の友人がいたならば、何も安心できない、とツッコミを入れていたことだろう。

 魔法界の公的機関である魔法省に対して圧力をかけることのできるセフォネのことだ。それがしがない出版社相手にどう出るかなど、火を見るよりも明らかである。

 スキーターに関しては、もはやこの世から消滅してもおかしくはない。それは社会的にも、物理的にも。

 喧嘩を売る相手を大いに間違えた、というのがセフォネの友人一同の見解である。しかし、ビクトールはセフォネの苛烈な一面を知らない。何をするのか知らないが、きっと公式な謝罪を求める程度、としか考えていない。

 

「セフォネ、この試合が終わったら、君に伝えたいことがあるんだ」

「はい?」

 

 ビクトールからの、話の流れも何もかも関係ない、唐突な宣言にセフォネは首をかしげる。しかし、ビクトールとしては、どうしても宣言だけはしておきたいことだったのだ。

 そもそも、試合の直前という大事な時に、真偽がかなり微妙なスキャンダルについてセフォネに問いただしたのは、後顧の憂いを絶つためである。ハリーを疑っていた訳ではないが、それでも気になるものは気になってしまう。全力で取り組むべき最後の課題の前に解決しておかなければならない問題であったのだ。

 そして、課題の真っただ中に他の男に手を付けられないようにと、いわば仮予約的な意味合いでの宣言である。

 

「今では、駄目なのですか?」

「ああ。君と彼の間に何もないことは分かったけど、それでも、僕にも意地があるんだよ。負けっぱなしじゃ終われない。そっちの決着が先だ」

 

 今回の三大魔法学校対抗試合は、総合的にはクラムがハリーに一歩及ばずという点数結果ではある。しかしながら、ビクトールにはカルカロフの依怙贔屓があってこその点数であり、フラーには負けないとは思うものの、ハリーとはもう少し差を付けられた状態であるというのが正しい認識だろう。

 相手は"生き残った男の子"であるとは言え、自分より幾分か年下の学生であり、自分は学生とは言え成人した魔法使いであり、加えてクィディッチの国際的な代表選手という肩書を持っている。プライドも多少はあるのだ。

 このままでは終われないし、この決着を付けずにセフォネに告白など出来ない。だが、その間にセフォネが誰かに取られてしまう可能性も本当に僅かながらある。その可能性を潰すための、宣言であったのだ。

 ビクトールの予想では、セフォネもこの想いをくみ取ってくれるはずだった。しかし、セフォネはこのような恋愛事は完全に初心者である。戦地に向かう男を待つ女、という様相を呈している今の状況を正しく理解することなど出来るはずがなかった。

 

「良くは分かりませんが、お待ちしております。最後の課題、頑張ってくださいね」

「…うん、ありがとう。行ってくる」

 

 察してくれなかったと思われるセフォネの言葉に、ビクトールは内心で少し落ち込みながらも、セフォネの声援を胸に、最後の課題に臨むべくセフォネと別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セフォネと別れたビクトールは、選手の控室となっているテントに向かって歩いていく。その途中、ダームストラングの生徒たちに囲まれてエールを送られているビクトールを、セフォネは目くらまし術を掛けた状態で見守った。そして、控えのテントに入る直前、即ち1人になったその時、セフォネはビクトールに、杖を向けた。

 フラーに関しては、戦闘能力はそれほどまで高くない。ハグリッドが配置した選手の生命を彼なりに考慮した上での罠を突破できる可能性は、他の2人の選手よりも低い。しかしながら、ハリーと僅差で負けているだけのビクトールは、ともすればハリーよりも先に優勝杯に辿り着いてしまう可能性がある。

 迷路ではムーディに扮するクラウチ・ジュニアがハリーの援護を陰ながらする予定であるため、ハリーがうっかり失格となってしまう状況にはなり得ない。即ち、優勝杯への道のりで最大の障害となるのは、今セフォネの眼前にいるビクトールただ1人。迷路内でクラウチ・ジュニアが対処する案もあったが、それはセフォネが却下した。より自然に2人を排除するためには、片方が片方を攻撃したという事実があればそれでよい。最終試合のルールにおいては、選手同士の戦闘は禁じられてはいない、即ち暗に実力行使によって蹴落とすことが公認されているのだから、その行動が責められることもない。

 故にセフォネは、ビクトールに杖先を向けている。フラーがビクトールに戦闘で勝利するよりも、ビクトールがフラーに勝利したほうが違和感がない。

 そんな理由付けをして。

 実際は、彼に傷付いて欲しくなかったから。

 それをセフォネは、自覚しないままにここまで来てしまった。

 

「ごめんなさい……」

 

 この距離では、彼には聞こえていないだろう。しかし、万が一にも耳に入っていたら、彼はこちらを振り向いてしまう。そうなれば、誤魔化すことは出来ても不信感を抱かせてしまう。それでも、セフォネの口からはその言葉が漏れ出してしまった。これから彼にすることは、彼の思いを裏切り、踏みにじることに等しい。そのことに対して、何も思うことなどないとセフォネは思っていた。そんなものは些事に過ぎないと、平然と言ってのけるはずだった。

 それなのに。

 

(…いつの間に、私はこんなに弱くなったのだろう……)

 

 家族でもない者に対して、服従の呪文を放つことを躊躇するなど。

 あり得ない。

 あり得てはならないのだ。

 彼は、今から自分の駒に過ぎなくなるのだから。駒に持ち合わせる感情など、どうして生まれよう。

 吹き出す感情を無理やりにしまい込み、セフォネは呪文を放った。

 

 

 

 

 

———そして。

 

「あいつが戻ってきた! ヴォルデモートが戻ってきたんだ!!」

 

 闇の帝王は、復活を遂げる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

闇の復活と同盟

 左腕の焼け付くような痛みを無視し、イゴール・カルカロフは最小限の荷物が入った鞄を手に、校門へと急いでいた。

 ホグワーツの敷地内では姿現しは使用出来ず、上空からの侵入も許可なくしては不可能。グリンゴッツの次に安全と呼ばれる、まさに鉄壁の城。故に、ヴォルデモートや死喰い人が今すぐに自分の元へ来て殺されるなどということはないが、ここを出てしまえば、彼に訪れるのは死あるのみ。

 しかし、カルカロフには出来なかった。ダンブルドアに保護を求めることは、絶対に。そんなこと、彼の中にある小さな虚栄心ともプライドとも呼べるものが認めなかった。生きる為なら仲間も平気で売り、確かではない証言で冤罪を生むことも辞さない彼だが、それだけは出来なかった。

 そのせいで、自分に明確な死が近づいていることも知らず。

 

「あそこを出れば……!」

 

 ホグワーツの敷地を出て姿くらましを使い、あらかじめ用意していたセーフハウスに行く。先のことはこれから考えればいい。カルカロフにとっての最優先事項は、身を隠すことだ。杖で門を叩くと、ガチャリと重い音を響かせ、鍵が開く。

 ホグワーツから一歩踏み出し、完全に外に出ようとした、その時。

 ふわり、と甘い香りがした。

 

「っ……!?」

 

 少し遅れて脇腹に走る、冷たい感触と鋭い痛み。

 

「な……に…!?」

 

 振り向くと、そこには黒いローブを纏った人物がいた。顔は目深に被っているフードの為にはっきりとは見えない。

 

「がっ……!?」

 

 突然、激しい目眩がカルカロフを襲い、その場に倒れる。その寸前に襲撃者はナイフから手を放していた。カルカロフは突き刺ささったままのナイフを睨む。

 

(…毒…か……!?)

 

「毒ではない。それは呪いだ」

 

 カルカロフの心を読んだかのように、襲撃者は嘲笑交じりで言った。その声は、ほんの少し幼さを残した少女のものだった。少女が指を鳴らすとナイフが青白い輝きを放ち始める。

 

「…貴……様……はっ…!」

 

 強い風が吹き、フードが外れて少女の顔が顕となり、夜空と一体化するかのように黒い髪がたなびく。倒れたカルカロフを見下ろしているのは、どこまでも暗く冷たい、紫の瞳。

 

「こんな事をしても、意味が無いのは分かっている。あいつを痛めつけた時には愉悦を感じた。やめてくれ、と叫ぶ声が心地よかった。しかし、殺した後には憎悪が虚無感に変わっただけだった」

「……ペル………」

「でも、どうしてもお前だけは許せなかったんだ。いや、断じて許してはならなかった」

「……ブ………ラック…」

「さようなら、イゴール・カルカロフ。その死にどうか救いが無きように。その魂に永劫に災いが齎されんことを、切に願う」

 

 光が一層強まった瞬間、移動キー(ポートキー)が作動し、カルカロフは姿を消した。彼が裏切った、嘗ての主人の元へと移動したのである。

 

「……やはり、何の味もしない…」

 

 少女はポツリと呟くと、闇に溶けるかのように姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダンブルドア先生! 大変です! クラウチ・ジュニアが……」

 

 ムーディに化けていたクラウチ・ジュニアを尋問した後。ホグワーツの医務室に来ていたダンブルドアの元に、マクゴナガルが駆け込んできた。空き教室の1つに監禁していたクラウチ・ジュニアは、見張りであるマクゴナガルの眼を盗み、歯に仕込んでいた即効性の毒を飲んで死亡したらしい。計画が失敗した際の自決用だったのだろう。

 それを聞いたファッジが、大声でまくし立てる。

 

「何ということだ! ダンブルドア、これは貴方の責任問題ですぞ! "例のあの人"が復活したなどという妄想を振りまいただけではなく、今回の下手人をみすみす死なせてしまうとは! ボーバトンとダームストラング、いや各国の魔法省に対して示しがつかないではないか!」

 

 ファッジには、ヴォルデモートが復活した旨を説明した。しかしながら、彼にとっては到底受け入れられない事実であり、癇癪を起したかのようにダンブルドアを否定し続けている。

 

「"例のあの人"と言えば問題が全て片付くとでも思ったのか? いや、絶対にそうだ。そうに決まっている。ありもしない事実を捏造し、自分のミスをうやむやにするつもりだろう! もういい。私は魔法省に帰らせて頂く! これから記者会見の準備をしなくてはならないからな。その場で貴方の責任ははっきりと明言させてもらう。覚悟しておけ!」

 

 足音荒く医務室を出て行ったファッジを尻目に、医務室内にいた者たちに不死鳥の騎士団員への伝達を任せ、ダンブルドアは医務室を後にする。校長室へ戻るべく玄関ホールを横切ろうとした、その時だった。

 

「…本当に愚かな男だ。1年前の忠告をもう忘れてしまうとは」

 

 声がしたほうを向くと、壁に寄りかかるようにしてセフォネが立っていた。大方、医務室でのファッジとのやり取りを聞いていたのだろう。医務室内には盗聴用の魔法具の存在は確認されていなかったことから、ファッジの怒声が聞こえていた、というのが正しいか。

 ファッジが出て行った玄関口を見つめるセフォネの眼は、いつぞや自分が受けた絶対零度の瞳。見るだけで相手を凍りつかせるような、どこまでも冷たく、暗い紫色。

 

「何故あれが英国魔法界のトップなのか、どれ程考えても分からない。そうは思いませんか、ダンブルドア先生?」

「権力に取り憑かれた者の末路、とでも言うべきかの。悲しいかぎりじゃ。さて、セフォネや。それで?」

「それで、とは?」

「復讐は成し得たのかね?」

 

 自宅で遺体となって発見されたクラウチと、ヴォルデモートが復活してから姿を消したカルカロフ。この両名は言うまでもなく「ブラック家の惨劇」の元凶であり、セフォネにとっては親の仇である。

 クラウチ・ジュニアの証言によれば、服従の呪文で従わせていたクラウチを自宅で殺害したのはジュニア本人である。殺害した動機は「服従の呪文に対抗するようになっていたため、面倒を起こす前に殺した」と語っていた。

 カルカロフに関しては、ヴォルデモートによる粛清を恐れて逃亡したと考えられる。ホグワーツの正門は今夜一度開錠された形跡があり、敷地外から姿くらまししたという線が妥当だろう。

 しかし、ダンブルドアはそう単純な話では無いと考えていた。

 

「ええ、まあ。バーテミウス・クラウチ、イゴール・カルカロフ両名を死に追い遣ることには成功致しました」

 

 平然と、まるでそれが普通であるかのようにセフォネは頷く。多少匂わせる程度の発言くらいは予期していたが、流石にこれほどまでに清々しく容疑を認められては、言葉もない。

 

「素直に認めるとは。予想外じゃよ」

「ご冗談を。何もかも予想しているのでしょう? 私がクラウチ・ジュニアに協力していたことも」

「……君ほどの開心術の使い手が、簡単に騙されるとは思えんし、ジュニアの供述には僅かながら穴があった。ああ、心配せんでも、君が掛けたであろう忘却術は完璧じゃったぞ」

 

 セフォネとムーディ(ジュニア)は今年度の初めに一対一の会談の場を設けていた。仇と言われる存在を相手に、セフォネが開心術を使用しないはずがない。ジュニアの閉心術の腕は分からないが、セフォネが相手に気が付かれることを前提として全力で開心術を掛けた場合、防ぐことが出来るのはダンブルドアとスネイプくらいなものだろう。故に、セフォネはかなり早い段階でジュニアの存在を知っていたことになる。

 ならば、ジュニアがクラウチを殺害することを事前に知っていた可能性もあり、それをセフォネが黙って見ているだけのはずはない。カルカロフに関しても、今年中にヴォルデモートが復活することを知っていたセフォネであれば、その末路を知っていた。もしかすれば、カルカロフの身柄をヴォルデモートに献上した可能性すらある。

 また、セフォネは恐らくハリーがホグワーツに生還した時点で、ジュニアに対して忘却術を使用した。真実薬でもボロが出ないレベルの忘却術だったが、記憶の改竄は必ず何処かに綻びが出来る。

 前述したセフォネとの関係性。そのことに関しては一切のことを語らず、セフォネのことは一生徒としてしか認識していないような口ぶりであった。セフォネがジュニアのことを知っていた可能性が極めて高い以上、この時点で既に矛盾が発生する。また、優勝杯を錯乱させた件については、ジュニアが語った方法だけでは「存在しない学校を三大魔法学校対抗試合に加える」ことしか出来ず、ホグワーツの代表を無くすことは出来ない。ビクトール・クラムの件は、「服従の呪文に掛けられたクラムがデラクールを攻撃するように仕向けた」と証言している。ジュニア本人が服従の呪文を掛けたとは、一言も明言していない。

 

「まあもっとも、君が犯人であるという証拠も、誰かが忘却術を掛けたという証拠もない」

「ついでに言えば、私が2人を殺害した証拠も、です」

 

 ジュニアは自決して既にこの世にいない。証拠は完璧に隠滅されており、立件は不可能。ここに完全犯罪は成立した。だがダンブルドアには、それを責める気が無かった。

 

「復讐の味はどうだったかね?」

「……蜜よりも甘い果実かと思っていましたが、存外に無味でした。いくら噛んでも味などしない」

「そうか」

 

 ダンブルドアの淡白な返答が意外だったのだろう。セフォネは、おや、と首を傾げる。

 

「貴方ならば何か言うものかと思っていたのですが」

「わしが言えることは何もない。そう君に言ったはずじゃが」

「そういえば、そうでしたね」

 

 教育者としては、倫理的にも法的にも到底認められない行動をした生徒に対して、罰を与えるなり諭すなりするのが正しい姿だろう。しかし正直なところ、ダンブルドアにとっての優先順位はそこではない。

 

「では、聞いてもよいかね? 何故ジュニアを放置し、その上ヴォルデモートの復活に協力したのか。 よもや、カルカロフへの復讐の為、とは言うまいな?」

「それもあります。ですがまあ、そうですね。闇の帝王と敵対したくなかったから、というのはどうでしょうか」

「少々弱いのう。満足度としては60点じゃ」

「ぎりぎり及第点ですか。しかし協力といっても、私がやったことは精々がお使い程度のもの。そこまでの影響は無かったでしょう」

 

 のらりくらりと、掴みどころのない発言。しかし、その中に事実が混ざっているからたちが悪い。

 お使い程度、とは言い得て妙だ。確かにセフォネは、文字通りお使い程度の協力しかしていない。だが、そのお使いだけで、彼女の目的が達成出来てしまっているように思える。

 では、彼女の目的とは一体何なのか。

 

「のう、セフォネや。君は一体何がしたいのかね? 何を望む?」

「正直な所、何をしたいのかは、まだ私にも分かりません。しかし、私が望むものは今も昔も変わってはいない。それは、この魔法界の変革。それが闇によって齎されたものだとしても。偽なる光によって齎されたものだとしても。それらが衝突した上で生まれる混沌だとしても。変革しさえすればいい。それが私の本懐です」

 

 彼女の言葉は、3年前とほぼ同じだった。だが、あの時とは状況が違う。当時のセフォネには失うものが無かった。ある程度気のおける友人はいたものの、彼女にとって、それは本懐よりも優先されるものではなかった。

 しかし、今は。

 

「本当に闇でも構わないのかね? それが君の周りを、君の平穏を破壊する毒だとしても」

 

 かつては即答したであろうその問いに、セフォネは一度深く眼を閉じ、一拍置いてから口を開いた。

 

「……偽善と悪とでは、どちらも大して変わらない。人殺しの為の手前勝手な思想が、綺麗事に飾られているかどうかの違いだ。やっていることはどちらも同じ。自らの価値観に当てはめて他者を否定し。少しでも歩み寄ればいいものを、誰もそうせず。それを知っていながら、分かっていながら悲劇を繰り返す。全くもって度し難い。何よりも、私自身もそうであることが」

 

 彼女の言う偽善。その対象は分からないが、恐らく彼女からは、自分のような存在は偽善者としか見られていない。この世には絶対なる正義など存在しない。故に、誰からも善だと思われる行為もまた存在しない。それがセフォネの考え方だろう。

 達観し過ぎている、と言えばそこまでだ。だが、ダンブルドアは、セフォネにはまだ善の存在を信じる、いや、信じたい心があるように思えた。そうでなければ、セフォネは変革などではなく、破壊を望むはずであるからだ。

 今回のセフォネの行動もそう考える理由の1つである。ジュニアの供述から察するに、彼女がやったことは大きく2つ。1つはホグワーツの代表を失くしたこと。そしてもう1つはビクトール・クラムに服従の呪文を掛けたこと。

 前者はただ無駄とリスクを省く合理的なものであり、後者にいたっては悪行。そう見るのが普通だ。しかし、これが彼女の正義からくる行動だとすれば。それが彼女の善の為の行動だとすれば。

 この考えは矛盾している。しかし、それが彼女のあり方ではないだろうか。

 貴族令嬢としての姿と、復讐者としての姿。

 優しき少女としての姿と、戦闘狂としての姿。

 平穏を甘受している姿と、波乱を求める姿。

 この極端な二面性と言動と行動の不一致は、彼女が二重人格というわけではなく、精神が病んでいるわけでもない。根本から、そう、それは魂の色からして違う。白と黒が、善と悪が幾重にも折り重なり、混沌としているその在り方。言うなれば、彼女は魂そのものの属性が二律背反。自分で自分を肯定し、否定している。

 何と難儀なことだろう。しかし、彼女をそうしてしまったのはこの世界。だからこそ、彼女は変革を望むのかもしれない。そんな彼女にとって見れば、ダンブルドアもヴォルデモートも大差のない存在だ。敵でもなければ、味方でもない。ただ、善の象徴が自分で、悪の象徴がヴォルデモートであるだけ。どちらも世界を構成する一部に過ぎない。

 いや、自分は善の象徴ではない。

 偽なる光。それがセフォネからダンブルドアに与えられた評価だ。そしてそれを否定する言葉を、ダンブルドアは持たなかった。

 

「偽善……か。そうじゃろうな。君から見れば、我々の行為は偽善に見えるのじゃろう。それでも、わしはわしの信ずる正義の為に、大いなる善の為に戦おうと思う。たとえ死人が出ようとも。悲しみを生もうとも」

「ならば何故、何故貴方はこの英国魔法界を統べることをしなかった?」

 

 唐突と思われるその問い掛けに、ダンブルドアは頭を殴られたような気がした。思えば、誰からもそんなことを責められたことはなかった。

 

「………それは」

「"力"を持つことが怖かった? 正確に言えば、権力を持つことが」

 

 普段、何もかも見通している自分が、逆に分析されている。彼女の紫眼は自分を見通すかのように細められ、開心術を掛けられたわけでもないのに、咄嗟に心を閉ざしてしまう。

 それは、ダンブルドアの心の奥底に仕舞ってある感情。若き頃の過ちから学んだ教訓とも言える。だからこそ、世俗の権力からは一線を引き、教育者として生きて来た。かつてを知らぬ者たちにとっては、欲のない人間としか見えないだろう今の自分を、真に迫って糾弾して来るとは、全く予想出来なかった。それ故にダンブルドアの心中は、何十年ぶりか分からない動揺のみで埋め尽くされていた。

 

「大いなる力には、大いなる責任が伴う。貴方には魔法界を導く力があった。しかし、その力を持っていながら貴方はその責任を果たさなかった。貴方が負うべき責務から逃げた。そのような者が、今更この魔法界を救う? 冗談も大概にして欲しい。もし貴方が……」

 

 段々と力が込もり、大きくなった声は突然途切れた。セフォネは、心を落ち着かせるように眼を閉じ、深く息を吐き出し、再びその紫瞳が現れた時には、既に冷静になっていた。

 

「……いえ、何でもありません。IF(仮定)はいくら語ろうともIF(仮定)。そうならなかったのだから、それでお終いなだけ。つまらないことを申し上げました。どうかお許しを」

 

 セフォネはそう言って、深く頭を下げた。

 そこでようやく、ダンブルドアは平静を取り戻す。セフォネに頭を上げるように言い、セフォネの糾弾を素材とし、セフォネを説得しようと試みる。

 

「君の言う通り、わしは責任から逃げた臆病者じゃよ。だから今度こそ、その責任を果たしたい。魔法界に暗黒の時代を齎さない為にも。だからの、セフォネ。約束してはくれないか? 今後決してヴォルデモートに与しないと。闇に飲まれはしまいと」

「残念ながら、出来ない約束はしません。私は私の中の優先順位に基づき、行動させて頂きます」

 

 今日の話の流れで、セフォネは身の振り方を決めかねているのは理解できた。それ故に、このまま自分の陣営に引き込むことが出来ればと考えたものの、どうやら自分への好感度は今年度の初めにムーディを連れて来て以降、大分下がってしまっているらしい。先ほどのセフォネによる糾弾も含めて、不死鳥の騎士団陣営に引き込むことは難しいと判断し、せめてヴォルデモート側に付かないように牽制したかったが、それも叶わないようだ。

 内心ため息を吐きながら、ダンブルドアは口を開く。

 

「どうしても、かね」

「……分かりました。此度の件を見逃して貰う借りがありますからね。そうですね……では、1年。来年度の1年間は、貴方の陣営につくことを確約します」

 

 来年度、ダンブルドアを始めとした不死鳥の騎士団とハリーは、魔法省とヴォルデモートをそれぞれに相手取らなければならない。苦難の1年間となるだろう。そのような時期に、セフォネという味方が居てくれるのは非常に心強い。妥当な落としどころと言える。

 

「信じてよいのかね?」

「借りは返す主義です。我が家名に、ブラックの名に誓いましょう」

 

 ブラック家の当主たるセフォネが家名に誓ったということは、聖職者の神に誓うという意味に極めて近い。セフォネはダンブルドアに右手を差し出す。ブラック家の当主に代々伝わる印象指輪が、女性らしい細長い指に似合わぬ存在感を放ちながら、月光を鈍く反射していた。

 

「わしとしてはこのまま末永く、支えてもらえると嬉しいのじゃがの」

「生憎ですが、家族でもない者を介護する趣味はありませんので」

「これは手厳しい」

 

 珍しいセフォネのブラックジョークを受けながらも、ダンブルドアはセフォネと握手する。

 ここに、"20世紀で最も偉大な魔法使い"と"黒き姫"の同盟が成立した。




移動キー………カルカロフ強制退場。その後の彼の顛末はお察しの通りです。

ジュニア死亡………吸魂鬼連れてきたらまたセフォネに37564にされるので、ファッジは連れてこなかった。よってジュニアは名誉の自決という形で退場。

帰るファッジ………原作と違い、ジュニアが自決してしまったため体裁が悪くなる。怒りのあまり賞金も置かずに帰っちゃいました。後でふくろう便ででも送ってくるのではないでしょうか。

同盟締結………不死鳥の騎士団編ではセフォネは完全に味方となります。



本当はもっと書きたい、描写したい場面がいっぱいあったのですが、話の進みが非常に遅くなるのでぎゅっとまとめる形になりました。
炎のゴブレットも次回でエピローグ。クラムの恋の行方、マスゴミの行く末は如何に。
なるべく早く更新できればと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そしてまた一年が過ぎ去った

 第三の課題の次の日。日刊預言者新聞の一面を飾ったのは三大魔法学校対抗試合のことではなく、週刊魔女が記事を書くために多数の法律を犯していたことと、それに関して魔法省が雑誌の発行禁止処分をくだすのではないかということだった。三大魔法学校対抗試合の顛末については、文化面に小さくハリー・ポッターが優勝した旨と大会運営において小さな問題があった点が書かれているのみに留まった。

 

「週刊魔女が発禁になるかもって…セフォネ、貴方なにをしたの?」

 

 朝食時のスリザリンテーブルで新聞を読んでいたエリスが、セフォネに問う。

 

「しかも、この記事を書いたのってスキーターじゃないの。自分を贔屓にしていた出版社のスキャンダルを売った、ってことよねこれ? 仮に発禁にならなかったにしても、もうスキーターの記事なんてどこも取り扱ってくれないんじゃないの?」 

 

 エリスが持つ新聞を隣から覗き込んでいたダフネは、目ざとく記事の署名を見つけた。そこには、週刊魔女で散々あることないことを記事にしていたスキーターの名があった。スキーターは、今は日刊預言社新聞所属のジャーナリストであるが、前に在籍していた週刊魔女にも度々記事を投稿していた。そのスキーターが週刊魔女の違法行為を暴露した記事を日刊預言社新聞で掲載したということは、取引先かつ前職場の企業機密の暴露であり、ジャーナリストの世界でスキーターは信用を失うことを意味する。

 記事を掲載した日刊預言者新聞にしても、前々から魔法省と癒着している節があり、後ろ暗い事実などいくらでもある。日刊預言社新聞のスクープ記事を書く可能性すらあると周囲に思われ、上役からは要注意人物扱いされることは間違いなく、報道からは遠ざけられるに違いない。

 

「こんなこと、スキーターが自分からするとは思えないし…」

「そう言えば、ここ最近スキーターの記事を日刊預言者新聞で見てなかったわね」

 

 この1か月の間、スキーターはハリーの気が触れているという主旨の記事を書いていたものの、それが掲載されていたのは週刊魔女だった。クラウチが死亡した時も、スキーターは魔法省の職員に対する取扱いについてのゴシップを書いていたが、それも週刊魔女に掲載されていたものだ。以前はセンセーショナルな事件が起きれば、必ずと言っていいほどスキーターの記事を載せていた日刊預言者新聞が、急に彼女を起用しなくなったのである。

 これら一連の流れは、セフォネがスキーターの宣戦布告を受けてから起こったものである。

 

「そこんとこ含めて、何をしたのか正直に言ってみなさい」

「さあ? 何のことか分かりませんね」

 

 セフォネは素知らぬふりをして好物の糖蜜パイをお行儀よく頬張っている。 

 何を言ってもしらばっくれると判断したエリスは、恐らくセフォネに協力したと思われるドラコに視線を向けた。

 

「僕は何もしらないぞ。本当だ」

「まだ何も言ってないわよ」

 

 その時、彼の目の前にフクロウが手紙を携えてやって降りて来た。ドラコのペットであるシマフクロウだ。

 

「ん? 父上からか」

 

 ドラコは父からの手紙に目を通すと、途端に表情を失う。そして何も言わぬまま、席を立つ。

 

「ちょっと、ドラコ? どこに行くのよ」

「すまない、急用ができた」

 

 いつになく真剣な表情に、エリスは追求を止め、そのまま去っていくドラコを見送るしかない。 

 

「どうしちゃったのよ、もう」

「そんなことより、折角天気が良いのですから、チームの方々とクィディッチでもしてきてはいかがですか? 競技場も元に戻っているでしょうし」

「確かに! あ、でもドラコはどうしよう…」

「何か真剣なご様子でしたし、そっとしておいたほうが良いでしょう」

「そっか…いや、でも一応後で声だけかけようかな…」

 

 エリスは体育会系女子として、試験期間中の勉強付け生活でストレスが溜まっており、久しぶりのクィディッチという息抜きに、ドラコへの一抹の心配を抱きながらも、チームのメンバーに声を掛けにいった。

 

「で、あんたは何をしたわけ?」

 

 かなり強引な話題変更につられたエリスを尻目に、ダフネはセフォネに訝しげな視線を向けた。周りはオートミールを掻き込んでいるクラッブ、ゴイルや試験からの解放感に浸り新聞など読みもしない生徒しかいない。この場で真実を問いただすことが出来るのは、ダフネをおいて他にはいないのである。

 

「まったく、貴方は私のことをどう思っているのですか? 週刊魔女が発禁に追い込まれていて、それがスキーターの裏切りによるものだった、というだけの話です。ほら、私は何も関係ないでしょう?」

「じゃあ、日刊預言者新聞に圧力を掛けたのは否定しないのね」

「圧力だなんてそんな。バーバナスと私は懇意にしている間柄で、私が中傷されたので怒ってスキーターの記事を使わなくなっただけの話ですよ」

「バーバナスって…日刊預言者新聞の編集長、バーバナス・カッフのことよね? 私も何度か会った事あるけど、話題性さえあれば中傷でも何でもすればいい、って感じの割と過激的な新聞記者だったような気が…」

「さて、先ほども言いましたが良い天気ですし、お散歩でもしてきましょうかね」

 

 ダフネとバーバナス・カッフに面識があることが想定外だったセフォネは、誤魔化すことすら面倒になって席を立つ。エリスとダフネでは、成績こそエリスの方が上だが洞察力の鋭さはダフネが勝っている。純血名家の長女として、様々な駆け引きを目の当たりにしてきた経験も豊富であり、事実セフォネですら軽くあしらうことは出来ない。

 故にここは、三十六計逃げるに如かず、ということだろう。

 

「逃げた…」

「ん? ダフネ、どうしたの?」

 

 チームメンバー全員を招集したエリスが、不思議そうにダフネを見ている。既に彼女は、セフォネがスキーターに対して行ったであろうことなど、興味の対象外となっているらしい。

 

「いや、別に。私は部屋に籠って小説の続きでも読むとするわ」

 

 セフォネと最も仲の良いエリスは、彼女がしでかすことのスケールの大きさに慣れてしまっているのか、"セフォネが何かしたに違いないけど、いつものこと"とでも思っているのだろう。ハリー・ポッターほど人目を引く行動をする訳でもないが、セフォネが行動の結果として動かすもののスケールの大きさは、一介の学生とは隔絶している。ダフネがエリスやセフォネと仲の良い友人として行動を共にするようになったのは、去年のホグワーツ特急以降のことで、それまでは会えば話すクラスメイト程度のものだった。故に、エリスほどセフォネの行動に慣れている訳ではない。

 

「慣れって怖いわね…」

 

 そう呟きつつ、ダフネは寮へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネの追求が面倒になり逃げ出したセフォネは、行くあてもなくホグワーツの広大な敷地を散策していた。

 

「ダフネ相手だと気を抜けませんね…まあ、それにしても。中々良い記事を書いたものです、あの記者は」

 

 セフォネは、最後にスキーターに会った時のことを思い出す。

 

 

 

 それは、1週間前のことだった。

 セフォネは、スキーターに手紙を送っていた。日刊預言社新聞で再び記事を書きたければ、深夜にホグズミード村のはずれにある洞窟まで1人で来い、という内容のものだ。正直なところ、スキーターが来るかどうかは賭けだったが、彼女は指定した深夜1時に指示通り1人で現れた。

 

「こんなかび臭い場所に呼びつけて、一体何の要求をしてくるざんすか?」

 

 スキーターは洞窟に入ってセフォネがいることを確認して開口一番、敵意を隠さず睨めつけながら言い放った。

 

「おや、私がバーバナスに()()()して貴方に仕事を振らないようにしていたことには、気が付いていたのですか?」

「ふん、バーバナスは"ブラック家の惨劇"をきっかけに昇進していったざんすからね。あんたのお願いとやらも大口広告とセットになれば、余程のことでなければ聞いてくれるさ。おかげで私は広告収入やら売上やらを書き写すだけの閑職においやられたざんすよ」

 

 バーバナス・カッフとセフォネの間にあったやりとりは、"お願い"というよりは"取引"だ。大口の広告掲載を口利きする代わりに、スキーターを閑職へ追いやるように仕向けたのである。マグル界と違って英国魔法界における新聞のシェア率が100パーセント近い日刊預言社新聞にとっては、多少ウケが良い記者とスポンサーを天秤にかけた時、後者を取ることは想像に難くない。

 

「おまけに、魔法不適正使用取締局の人間が週刊魔女の周囲を嗅ぎまわるようになった。これもあんたの仕業でしょうに」

「あら、そうなのですか。商売に響いていなければ良いのですが」

 

 当然、魔法不適正使用取締局もセフォネの仕業である。あってないような魔法法であるが、違反行為が発覚した際にはそれなりの罰則がある。しかしそれは、本来魔法省が感知できる範囲内のものであり、わざわざ調査することは、相手が死喰い人でもない限りは稀なことだ。それも、魔法警察局や闇祓いなどの実行部隊でもない部署がそれを行っているのだ。余程確かな情報源か、何らかの圧力でもない限りはあり得ない。少しでも勘の良い人間なら、裏でそれを操る者がいることは明白に分かるだろう。

 

「"自分のことはどう言おうが構わない"、だなんて言っていたくせに、やり口が汚いじゃないのさ」

「私は同時にこうも言いましたよ。"我が家名を侮辱することは許さない"、と」

 

 当主であるセフォネを中傷することは、そのままブラック家の家名を貶めることに直結している。それを理解していないわけではなかったのだろう。ただ、嫌味の1つでも言いたかっただけのようだ。別に悔しがる様子もなく、淡々とセフォネに問いかけた。

 

「最初に質問に答えて欲しいざんす。私に何をしろと?」

「この前お手紙をやり取りした際、バーバナスにとある情報を提供したところ、是非記事にしたいとおっしゃっているのですよ」

「…それを私に書け、と?」

「ええ。記事の内容は貴方に選ばせてあげますよ」

 

 スキーターも馬鹿では無い。これからセフォネが持ちかけるのが、悪魔の取引以外の何物でもないことを理解しているのだろう。僅かに後ずさりセフォネから距離を取る。

 その光景に、抑えきれぬ愉悦の感情がセフォネの口角を持ち上げた。

 

「週刊魔女が行ってきた違法な魔法及び魔法薬使用について。証拠も踏まえて具体的に」

「ふざけんじゃないよ! そんなことをすれば……」

「または、リータ・スキーターが未登録の動物もどき(アニメーガス)であったという記事」

 

 スキーターが完全に凍り付いた。それを見て、セフォネは笑みを深める。まさにその表情が見たかったがために、ここまで回りくどく策を巡らせたのだから。

 

「ジャーナリストとしての信用を失うか、アズカバンに収監されるか。お好きな方を選びなさい」

「こ…の……あばずれ(Whore)が! いつか必ず、後悔させてやる…!」

 

 全身を震わせ罵声を浴びせかけるスキーターだが、彼女にできるのはそこまでだ。未登録の動物もどき(アニメーガス)であったという情報を握られている時点で、彼女に勝ち目はない。

 スキーターにとっての精一杯の仕返しを受け取ったセフォネは、愉悦を抑えきれずに笑いを零す。

 

「あはっ…ふふふ……別に、殺しても良かったのですよ? ブラック家に喧嘩を売ったら、かつてはそうだったでしょう。私が当主で幸いでした。終わるのは貴方の記者生命です。本当に死ぬ訳じゃないでしょう?」

 

 もしこれが祖母ヴァルブルガ・ブラックや更に先代相手であったら、彼女は物言わぬ死体になってテムズ川に沈んでいることだろう。

 喧嘩を売った相手が、真っ黒ではなくグレーゾーンに佇む人間であり、殺人に対して、一応の躊躇を持つ人間であったこと。そして、ブラック家歴代当首の中では2番目に良識を持った人物であったこと。

 それらの点では、スキーターは幸運であった。

 

 

 

 セフォネが中庭に佇み回想に耽っていると、校舎の向こう側からダームストラングの生徒が歩みよってきた。

 

「セフォネ!」

「…おはようございます、ビクトール。お怪我はもう大丈夫ですか?」

 

 先日行われた第三の課題。そこで彼は、フラーを気絶させたのちに迷路内に設置された魔法生物の攻撃によって負傷し脱落した。彼自身の意思、行動ではなく、セフォネが掛けた服従の呪文の結果ではあるが。

 

「ああ、うん。怪我って言っても、クィディッチの大会に比べれば大したことはないよ」

「それは良かったです。そういえば、カルカロフ校長が行方不明だという噂を聞きましたが、本当ですか?」

「そうなんだよ…まあ、校長先生がいなくてもそこまで問題はないんだけどね」

 

 ダームストラングの学生がホグワーツに来るために使用し、宿泊場所となっている船の管理は、ビクトールを中心として学生が行っており、カルカロフが居なくとも帰ることは難なくできるらしい。もっとも、一番気に掛けてもらっていたビクトールからも、そのような感想しか出てこないということは、よっぽど人望がなかったのだろう。校長が居なくなってから、ダームストラングの生徒は寧ろ明るくなったようにさえ思える。

 

「それで、その…昨日の言った事なんだけど」

「何か伝えたいこと、でしたか?」

「うん」

 

 一呼吸置いた後、ビクトールが告げる。

 

「僕は、君のことが好きだ。僕と、付き合って欲しい」

 

 いくら色恋に疎いセフォネとは言え、流石に予想していた流れだった。だからこそ、その告白に対する用意もできていた。感情を揺さぶられることなく、淡々と、粛々と、彼の言葉に返答する。

 

「お気持ちは非常に嬉しいです。ですが…申し訳ございません。お受けすることはできません」

 

 ふと、いつも通り仮面を被ることができているのか、不安になってしまう。

 何度も考えた。何度も頭の中でシミュレーションをした。何のことは無い、ただの学生の恋愛沙汰如きに、特にこの何日かは思考を割かれてきた。そのこと自体が異常だったのだ。自分は、他の学生のように恋愛などをするような人間ではない。経歴も、立場も、普通のそれとは異なるのだから。

 セフォネの回答に、ビクトールは項垂れていた。

 

「…そう、か……」

「貴方のことが嫌い、という訳ではありません。そして、他に相手がいる訳でもありません」

 

 あまりにも、彼が落ち込む様子を見て、予定になかったことを口走ってしまった。

 彼に服従の呪文を掛け、傷つけた張本人は自分なのに。

 彼の傷ついた顔が、どうしても見ていられなくて。

 このまま、"これからも友人でいましょう"、とでも言って笑顔で別れれば、それで済んだ話だというのに。

 そんなことを言えば、その真意を掘り下げられるのは目に見えていた。

 

「…それなら、どうして?」

「…ッ……」

 

 仮面が、剥がれかける。どういうわけか、瞼が熱を帯びてくる。

 こみ上げてくる何かを耐えるように小さく喉を鳴らすと、吐き出すように早口で言った。

 

「…私には、貴方と交際する資格などない。ただ、それだけです」

 

 その言葉を残して、セフォネは逃げるようにその場を立ち去った。

 

 




週刊魔女発禁………現代社会おいては表現の自由もあってそうそう発禁になることはないそうです

スキーター終了のお知らせ………利用ルートと天秤にかけましたが、本作では終了ルートで。

ご無沙汰しております。時季外れにファンタビ最新話を観て、再び筆を取った次第です。前回の更新から1年半と少し、時が過ぎるのを早く感じます。
これからも細々と更新してまいりますので、少しでも目を通していただいたらうれしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一夜限りの

 セフォネは、ダームストラングが所有する船の甲板にいた。柵にもたれ掛かって月を見上げる。今夜は三日月で、月はその一部を輝かせているだけであり、少しばかり暗い印象を与える夜だ。

 月を見上げていると、視界の端に人影が現れる。それが、今日自分をこの場所に呼び出した人物だと分かると、セフォネは口を開いた。

 

「…振られたというのに、ご丁寧にお別れのご挨拶ですか?」

 

 嫌味な口調になっていることは自覚している。だがそれでも、彼に嫌われたとしても、自分は彼から遠ざからなければならない。彼のためにも、そして自分のためにも。

 そもそも、彼と自分は被害者と加害者の関係だ。それ以上でもそれ以下でもない。彼はそれを知らないから自分に好意を寄せるているだけ。本当のセフォネを知らないから、未練がましく別れの挨拶などできるのだ。

 1つため息をつき、セフォネは目線だけ動かして彼を見る。夜も更け、就寝前の時間だからだろうか。制服ではなく私服姿で彼は立っていた。かくいう自分は、ネクタイこそ外しているが制服姿。こうして対する時の服装の差異が、そのまま自分と彼の世界の違いを示しているような気分になる。

 

「まあ、それもあるけど。聞きたいことがあるんだ」

「交際はお断りすると、先日申し上げましたが」

「まだ理由を聞いていない。"資格がない"だなんて言葉だけで納得できないし、君のことを諦められない。これがどういう意味なのか、ちゃんと説明して欲しい」

「意味などありませんよ。ただの言い訳です」

「そんなことは無い。君はそんな人じゃない」

 

 強く断定するような口調に、セフォネはようやく彼の方を向いた。まるで、自分のことを全て分かっているかのような物言いに対して、若干の苛立ちを覚えながらも仮面の笑みを貼り付ける。

 

「お会いして1年も経っていないのに、そんなこと、分かるはずがないでしょう? おかしな人ですね」

 

 茶化すように、クスクスと笑う。

 冗談めかさなければならない気がした。いつもははにかむように笑っていた彼が、口角をぴくりとも上げず、眦を1ミリたりとも下げていない。まるで、試合の前であるかのような真剣な表情だ。

 嫌な空気を感じていた。秘め事が明らかにされる、その予兆のような重たい空気だ。

 しかして、その予感は的中した。

 

「――君が、僕に"服従の呪文"を使ったから?」

 

 世界から音が無くなる。

 疑問形であったが、確信している。その眼差しはどこまでも真っ直ぐで、それを直視できなかったセフォネはさり気なさを取り繕うこともなく、視線を逸らした。

 予め考えていたパターンの内、最も可能性が低い――低くあってくれと願っていた状況。つまりは最悪のパターンだ。"服従の呪文"はもとより禁呪であり、ヒトに対して使用しただけで罪に問われる代物。まかり間違っても、いたずらで済む話ではなく、歴とした犯罪行為だ。それが明るみに出るということは、すなわちセフォネの身の破滅を意味する。

 だが、セフォネが視線を逸らしたのは、そんな現実的・論理的な思考に基づいた思考の結果ではない。彼の、自分を糾弾しようとする気が全くない姿に、どうしようもない居心地の悪さを感じたからだった。

 

「……一体、何のことだか」

「服従の呪文に掛かる前、君の声が聞こえたんだ。"ごめんなさい"って」

 

 あからさまな行動を誤魔化すように、セフォネは再び湖の方に向き直り、柵に体重を預ける。彼に背を向けるような体制になったセフォネは、意味もなく湖面を見つめた。

 ばつの悪さに俯いているようには見えないように。そして、そんな感情を抱いていることに対する自分自身への動揺を悟られないように。

 

「空耳ですよ。第一、本当に私が貴方に服従の呪文を使っていたとして、そんな相手に好意を抱いたままでいられますか?」

「だって、君は僕を守ってくれたんだろう?」

 

 その言葉の意味を理解できなかった。理解することを心が拒否した。

 でも、セフォネの頭は幸か不幸か優秀であった。心が拒否した処理を、無理やり脳が実行する。そして初めて、彼が言った言葉を認識した。

 

「何を言って……」

「あの日の夜、ダンブルドア先生と話したんだよ。第三の課題で何があったのかとか、不審な点はなかったのかとか聞かれた。正直、服従の呪文に掛かっていたから、殆ど記憶はなかったんだけど。それで、その時ホグワーツの先生が偽物で"例のあの人"って呼ばれている闇の魔法使いが復活したことも聞いた」

「それが、何だって言うんですか」

 

 胸がざわめく。頭と心が、これまでに無いほどの危険を訴えてくる。これ以上、彼の話を聞いてはならないと。これ以上、踏み入れさせてはならないと。

 それはきっと、自分を破壊しかねない"毒"だという予感がした。 

 

「もし、本当に闇の魔法使いだったら、わざわざ服従の呪文で僕を操って、フラーを失神させた後に僕自身を罠に突っ込ませて気絶させるだなんて回りくどい方法は取らないだろう。どっちも殺してしまえば済む話だ。でも、僕が生きているってことは、闇の魔法使いから僕を守ってくれた誰かがいたんだ。そしてそれが君だ」

「お話としては面白いですが、証拠も何もない、ただの想像でしょう?」

 

 今すぐに、ここから立ち去らなければならない。そう思っているのに、この場を動けない。彼との問答を切り上げることができない。

 懐にある杖に、指先が触れる。いっそのこと、彼の記憶を書き換えてこの場を立ち去ろう。それが最適解だ。"服従の呪文"も、自分との関係も。全てを無かったことにできる。

 しかし、自分の手は杖を掴むことをしない。身体が言うことを全く聞いてくれない。うるさいほどに頭に響く危険信号に、頭痛を覚え始めていた。

 

「じゃあ、ちゃんと教えて欲しい。僕じゃだめな理由を」

「私では、貴方と釣り合わない。貴方が思うような人間じゃないんですよ、私は」

「僕はそうは思わない。君は優しくて、強くて――」

 

 もう、限界だった。

 

「うるさい!」

 

 これまで溜め込んでいた感情に火が付いた。勢い良く振り向き、セフォネはビクトールに詰め寄る。

 

「貴方に、私の何が分かる!? 私が本当はどんな人間なのか、貴方は知っているのか!?」

 

 一度堰を切った感情は、止まることなくセフォネの口から流れ出る。

 一番表に被った仮面が剥がれ落ち、激情的な口調となったセフォネを見ても、ビクトールは驚くことも恐怖することもなく、ただ静かに、いたわるような視線を向けている。その眼が、セフォネにとっては堪らなく嫌で、彼のことを睨みつける。

 

「優しい? その言葉は、ハリー・ポッターにでもくれてやればいい。私はただ、仇であるカルカロフに近づくために、貴方と接触しただけに過ぎない…!」

 

 糾弾されるべきなのは自分なのに。彼は何も悪くないのに。

 自分で自分を誤魔化すための言い訳で、彼を傷つけようとしてしまう。彼を傷つけることで自分から遠ざかるという方法しか、今の自分には思いつかない。

 そんな浅はかな感情的な行動は、彼に見透かされていた。

 

「どうして、嘘をつくんだい? どうして、そんなに必死になって僕を遠ざけようとするの?」

「嘘では……!」

「そんなに、悲しそうに泣いてるのに」

 

 その瞬間、一筋の涙が頬を伝う。烈火のごとく燃え上がっていた心が、水を被ったかのように冷たく静まり返っていく。

 

「泣いている…? 私が…?」

 

 両の眼からとめどなく涙が溢れ始める。一度自覚してしまえば、堪えることができなかった。

 後退りながらセフォネはビクトールから距離を取る。しかし、甲板の柵に背中が触れて、直ぐにそれ以上の距離を保つことができなくなった。せめて、こんな姿を見せてはならない、見られたくない、と手のひらで顔を覆う。

 

「…やめて……お願いだから、これ以上は…」

 

 心に纏った鎧に幾つもの罅が入る。幾重にも被った仮面が、全て剥がれ落ちていく。

 これまでのヒステリックなまでの激情が、その性質を変える。

 まるで何かに縋るような、自分でもなんて情けないと思うような声で、何に対してという訳でもなく、許しを請う。

 

「貴方といると心が乱れるの…貴方のことを思うと私は弱くなるの…! だから…だから、これ以上はやめて…! お願い、だか…ら…」

 

 まるで幼い子供がイヤイヤをするように、首を横に振る。

 これ以上、自分の弱さを表に出すことを許容できるはずがない。弱い自分を、何よりも恐れているのだから。

 鼓動がうるさいほどに体内に響く。

 苦しくもないのに、息が切れているかのように呼吸が早まる。

 手足が震える。唇がわななく。

 そんな、尋常ではない様子のセフォネを、ビクトールは優しく包み込むように抱きしめた。

 

「本当に嫌なら、突き飛ばしてくれて構わない。でもそうじゃないなら……」

 

 突き飛ばしてしまいたいのに。突き飛ばすことが出来なければ、逃げ出せば良いのに。

 魔法戦闘力だけで言えば魔法界においても上位に入るセフォネならば、彼を行動不能に陥らせこの場から立ち去ることなど、造作もないはず。

 それなのに。自分の手は、足は、動いてくれない。

 自分を抱きしめる彼の力が、少し強くなる。"突き飛ばしてくれても構わない"だなんて、嘘ではないか。逃がすつもりなど、微塵も感じない。

 

「だめ…なのに…」

 

 彼から伝わる温度に安心してしまう。母の温もりとは違う、また別の温かさ。

 自然と震えが止まった。段々と力が抜けていく。

 この温度に依存してはならないと思いながらも、手放したくなくなっていた。寧ろ失わぬようにと、セフォネも彼に手をまわし、痛いほどに力を込める。

 彼に身体を預けるような体勢になったセフォネは、彼の胸に顔をうずめた。せめて、泣いている顔を見られたくはなかった。

 

 どれくらい、そうしていただろう。

 涙が収まったセフォネは、ビクトールの顔を見上げる。クィディッチ選手としては小柄ではあるが、自分よりほんの少し背の高い彼が、何故だかとても大きく見えた。

 ふと、今の自分の顔が気になった。きっと、泣きはらした酷い顔をしていることだろう。急に恥ずかしくなり、顔を背けようとした。

 そんなセフォネの顎に、ビクトールは手を添えて彼の方へと顔を向かせた。

 彼の瞳に、自分が映り込んでいるのが分かるくらいに2人の距離は近くなっていた。

 そして、2人の影が、1つに重なる。

 

「…セフォネ」

「今夜だけは――」

 

――この一夜だけは。自分が弱くなることを許そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行っちゃったね」

 

 湖に沈んでいく船を見ながら、エリスが言う。

 

「良かったの? 直接見送らなくて」

「ええ、これで良いんです。あれは、一度きりの、気の迷いでしたから」

 

 正確には、気が迷ったわけではない。あれが自分の、本当の気持ちだったのだろう。

 しかし、それは許されることではない。だからこそ、一夜の過ちとして、過去の思い出にするしかない。

 

――ああ、でも。良き思い出として、記憶しておこう。

 

 それくらいは、きっと許されるに違いない。

 

「え? 何のこと?」

「こちらの話です」

 

 慣れぬ筋肉を使ったせいか、セフォネの体の節々は疲労を訴えていた。立っているのにも少しばかりのしんどさを感じたセフォネは、談話室へ戻ろうと踵を返す。

 そんなセフォネの様子を見ていたダフネが、全てを見通したかのように呟いた。歳相応の女子らしくもない、いやらしささえ感じるあくどい笑みを浮かべながら。

 

「…朝帰りだったのは、そういうことだったんだ」

「な!?」

 

 誤魔化すこともできず、セフォネは驚愕のあまり固まる。油をさしていないブリキ人形のようなぎこちない動きで、2人の方に振り向いた。

 彼のもとで一夜を過ごした後、セフォネは何食わぬ顔で寮に戻り、さもベッドから起きたように装いつつもエリスを起こしたのだ。よもや、ばれているとは思っていなかった。それも、第一級の極秘事項。

 血の気が引いていくのが分かる。それと同時に、頬が熱を持つ。

 

「昨日、あんたの布団には私が寝ていたのよ。夜、エリスと話が盛り上がって、そのまま朝方まで寝ちゃってたのよ。でもあんたはそれに言及しなかった。つまり、昨日寮に帰って来なかったということよ。それにね、同じ女はだませないわ」

「何を言って」

「皆まで言って差し上げても良いけど? で、どうだったの、"初めて"の感想は?」

 

 わなわなと震えながらエリスに視線を移すと、エリスが気まずそうに苦笑しながら、首元に手を当てた。セフォネ自身が全く把握していなかった、昨夜の証。今朝着替えた時に見られたに違いない。

 ダフネの勘とエリスが見た動かぬ物証。そこから明らかにされた事実。

 顔を青くしながらも頬を紅潮させるという、いつにない狼狽えようのセフォネを見て、それを自白と受け取ったエリスがひとり呟く。

 

「あーあ、前からだったけど、さらに大人の階段の先を行かれちゃったな…って、うわ!」

 

 エリスは反射神経のみで飛来してきた閃光を避ける。その先では、外れた呪文にあたって炭となった小枝が風に煽られて消えていく。

 半分は冗談、もう半分は割と本気で、セフォネは杖を抜いていた。とびきりの笑顔と共に。

 普段感情をあまり表に出さないダフネでさえ冷や汗を流すほどの、凶悪な表情に見える笑み。

 エリスは既に全速力で逃げ出そうと、走り出す態勢に移行していた。

 

「お2人とも、特急に乗る前に少しお話しませんか?」

 

 まるでお茶会に誘うかのような口ぶりで、セフォネは次々と呪文を繰り出す。逸れた呪文はホグワーツの校庭を荒らしていく。管理人のフィルチが見たら、発狂しそうな光景であった。

 

「ちょ、無言呪文!? あれ本気よ!」

 

 自分を捨ててかなり遠くへ逃げているエリスを恨みがましく睨みながら、ダフネも逃げ出した。

 

「どこへ行こうというのですか?」

「セフォネ、悪かったわ。からかったのは謝るから!」

 

 それは、紛れもない青春の1ページ。

 陽だまりのような平凡な日々。

 彼女が何よりも大切にしたいと心の底では思っていながらも、それに気が付くことはまだできていない、愛すべき平穏。 

 

 それは、これから来る嵐の前の静けさであった。




ビクトール君の漢気が、もはやオリキャラと化している件について。
一先ず、炎のゴブレット完。ここまで来るのに、何年掛ったのでしょう…

そして皆様からの「お帰り」という温かいお言葉、誠にありがとうございます。
正直、今更戻ってきても…、という気持ちが無かった訳ではなく、とても励みになりました。今後ともどうぞ、よろしくお願いいたします

次回から不死鳥の騎士団編に突入します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

THE ORDER OF THE PHOENIX
騎士団との邂逅


カプカプ様よりイラストを頂戴いたしました!

【挿絵表示】

ラーミアの儚げな可愛さ、セフォネの大人な感じ、エリスの快活さを非常に良く表現してくださっています。個人的に星が輝いているようなエリスの瞳がとても好きです。素敵なイラスト、本当にありがとうございます!


 ラーミアのメイドとしての朝は、午前5時の起床から始まる。主人であるセフォネは朝早いと言うが、元々孤児院で暮らしていた頃は6時起床が原則であり、当時は孤立していた為にそれよりも早く起き、誰にも会わないようにしていたという過去があることから、この起床時間は10年近く習慣となっていた。

 ベッドを整え、運動着に着替えて屋敷を出る。今年から始めた体力作り、その為のランニングだ。7月のロンドンは気温の上下が激しく、肌寒い日もあれば暑いと感じるような日もあるが、今日は冷涼な丁度良い気温だった。グリモールドプレイスを後にして、テムズ川沿いを一定のリズムを刻みながら駆けてゆく。

 

「――はぁっ、はぁっ…!」

 

 ラーミアが身体を鍛えようと考えたのには訳があった。それは、自分の主であるセフォネを守ることが出来るようになりたい、という思いからだ。単純に魔法を極めるのであれば、自分はセフォネに遠く及ぶことはない。おそらくは、この先一生追いつくことなどできないだろう。であれば、セフォネがあまり得意としていないフィジカル面でサポートが出来るようになれば、自分は彼女の役に立てるのではないか。そう考えたラーミアは、朝の時間をトレーニングに充てるようになった。

 ランニングを終え、他のメニューも一通りこなしてシャワーを浴びると、再びラーミアは装いを変える。足首まで届く黒いロングドレスの上に白いエプロンという、オーソドックスなヴィクトリアン式のメイド服。ホワイトブリムの代わりに黒いリボンをカチューシャ風に結び、作業の邪魔にならないように髪を抑えて完成だ。

 支度を終えたラーミアは部屋から出て階段を下っていく。そして1階についた時、踊り場にある物を見て、首を傾げる。そこは、かつて屋敷しもべ妖精の首が飾られていたらしい場所なのだが。

 

「うーん……」

 

 そこに今飾られているのは、 ヘブリデス・ブラック種の首の剥製。このドラゴンを管理しているマクファスティー家から直に仕入れたらしい。

何でも、去年ホグワーツで開催された3大魔法学校対抗試合でドラゴンに興味を持ち、そして帰りのホグワーツ特急で偶々ラーミアがマグル界に鹿の剥製を飾る家があるという話をし、それが組み合わさって今の状態になっている。

 

「でも、何でドラゴンの首を飾るっていう発想に繋がるのかな……」

 

 マグル界での暮らしが長いラーミアには、いまいち魔法界の感覚が掴めない時がある。もっとも、魔法界においてもドラゴンの首を飾る家はそうそうないが。

 

「私もまだまだってことかな」

 

 しかし真面目なラーミアは、セフォネを見習い魔法界に順応しようと、こうしてまた1つ新たな知見を得た。もっとも、魔法界においてもややズレた感覚であり、これをセフォネの友人たちは"魔改造"と呼んでいるが。

 ドラゴンの剥製から目を放し、ラーミアは玄関から外へ出た。そしてそこにあるポストの蓋を開け、周囲に誰もいないことを確認してから、呼び寄せ呪文で郵便物を手元に集める。このポストは外見は普通だが中は小部屋1つくらいの広さで、とてもではないが底まで手が届かない。

 本来、夏休み中は魔法の使用が禁じられていることは分かっているが、仕事上仕方がないことだった。仕事上というよりは、この屋敷にいる間は魔法は使い放題、セフォネが作った匂い消しのおかげでどこであっても使い放題。実質、縛りは何もない。

 手紙の回収を終え、屋敷へ戻ると、リビングのテーブルの上に回収した郵便物を並べ、厨房に下りる。時計の針が7を示し、1階の置時計から時報が聞こえた。

 

「おはようございます、クリーチャーさん」

「おはようございます、ラーミア嬢」

 

 そこでは、使用人としてラーミアの先輩にあたる屋敷しもべ妖精のクリーチャーが、食料庫の在庫チェックを行おうとしていた。

 

「キャンディとキーマンの在庫はまだありますか?」

「キャンディがそろそろ無くなるかと。お嬢様が好んでお飲みになりますから。キーマンにはまだストックが。それ以外には、特にございません」

「じゃあ、今日の買い出しはお野菜と茶葉でいいですか?」

「ええ。よろしくお願いいたします」

 

 ラーミアが雇われてから、この家の買い出しは殆ど彼女が担っている。というのも、掃除において、その魔法の技量は断然クリーチャーのほうが上だからだ。そもそも、屋敷しもべ妖精に家事魔法で敵う者はそうそういないので、クリーチャーが主に掃除でラーミアはその手伝いをし、今は研鑽を重ねている。その代わり、種族としてやはり人間界に溶け込むことが難しいクリーチャーよりも、買い物や外向きの用事はラーミアの方が適している。よって、これと決めたわけでもなく自然と仕事分担が成立していた。

 7時半頃。セフォネが起床し、身なりを整えて1階リビングに下りてきた。本来であれば主人の身繕いもメイドの仕事ではあるが、自分でやることが当たり前となっているセフォネは自身で身支度を済ませている。ソファに腰かけたセフォネの下に、ラーミアがモーニングティーを差し出した。

 

「おはようございます、お嬢様」

「ええ、おはようございます」

 

 まだ完全に目覚めてはいないのだろう。少しぼんやりとした目つきのセフォネに、ラーミアは紅茶を給仕する。そしてセフォネはいつものように礼を言い、それを口に運ぶ。

 セフォネは自分やクリーチャーに必ず礼を言う。生まれた頃から純血貴族のお嬢様として育ってきたのだから、何かをやって貰うのが当たり前のような環境なのに、それでも感謝を忘れない。

傲慢でも不遜でもなく、常に優雅に。しかし、一族の長としての威厳を放つ。そういう所に人望が集まるのか、とラーミアは思っている。

 

「朝食はどちらで召し上がりますか?」

 

 どちらで、というのはこのリビングか、すぐ近くのダイニングでか、ということ。それは気分で決めているらしく、毎朝尋ねるのが恒例となっていた。

 

「こちらにお願いします」

「かしこまりました」

 

 そして一旦厨房へ戻り、朝食をプレートに載せて運んできた時。

 

「あぁ……」

「どうなさいました?」

 

 セフォネが手を額に当てて唸っていた。こういう時は大抵、好ましくない相手からの招待状か、魔法省からの召喚状か、週刊魔女の取材かだが、週刊魔女はセフォネの手によって一時的に発禁に追い込まれていたことがあるので、その可能性は低い。

 というか、そこそこ人気がある週刊誌を発刊停止処分にするとは、一体どれ程の権力がセフォネにあるのか。自分の主ながら末恐ろしいものである。

 

「協力するとはいいましたが……これは……」

 

 セフォネは何か嫌なものを見たとでも言わんばかりに頭を振り、ラーミアに手紙を差し出す。ラーミアは何があったのかと、それに目を落とした。

 

「え? ……えと……これはどういう?」

 

 差出人はアルバス・ダンブルドア。その内容は、不死鳥の騎士団本部設置場所をブラック邸にという依頼だった。そのことについて話したい、と今夜不死鳥の騎士団が会合をする場所が最後に記載されていた。

 

「ラーミア、今夜はお供をお願いできますか?」

「え、あ、はい! かしこまりました、お嬢様(Yes, My Lady)!」

 

 セフォネのお供など命じられることは初めてのことである。"不死鳥の騎士団"が何かも知らないが、ラーミアは張り切って返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は夜11時半。イングランド南西部に位置するデボン州、オッタリー・セント・キャッチボール村。果樹園や畑が広がる長閑な田舎町の一角に、その奇妙な家は建っていた。通常の建築方法では不可能な形状は、住人が魔法族であることを意味している。

 この家、隠れ穴に住むウィーズリー家の子供たちは母親のモリーに追い立てられ、上階の自室へと向かい、1階では10名程の大人達が狭い室内で長テーブルを囲んで座っていた。

 

「――見張りを」

「魔法省は――」

 

 彼らは不死鳥の騎士団。ダンブルドアが創設した、ヴォルデモート陣営に対抗する秘密組織である。ヴォルデモートが復活してから、こうして大勢で会議をするのは初めてであり、基本的な打ち合わせを行っている最中だった。ここ隠れ穴は安全性にやや欠けるが、今この時だけはダンブルドアの手により、防犯・防諜の結界が張られている。

 しかし、そんな大層なものを一般家庭に張り続ければ魔法省に怪しまれかねないので、ここに集まるのは今夜限りとなっており、明日からは別の拠点に腰を据える算段となっていた。

 

「しかしダンブルドア、本気であの家を?」

 

 シリウスが顔を顰めながらダンブルドアに問いかける。家出した生家に戻るのが嫌なのだろう。

 

「ああ。あそこ程ベストな場所はないじゃろう」

「それはそうかもしれませんけど……ブラック家の当主はまだロンと同い年の未成年でしょう。ただの女の子を、こんな危険なことに巻き込むのは」

「私に言わせればね、モリー。100体の吸魂鬼(ディメンター)を全滅させた魔女を、ただの女の子と呼べはしない」

 

 シリウスの発言に他の者は固まる。冗談だ、と続くのを待っているのだが、シリウスはいたっては真面目な表情であり、それが事実であることを示していた。

 

「とはいえ、彼女はあの"ブラック家"の現当主だ。シリウスやドロメダとは違うだろう」

 

 マルフォイ家と繋がりが深いブラック家を陣営に引き入れることに抵抗があるのだろう。セフォネと面識がない団員から反対の声が上がる。

 

「そこに関しては問題ないと思うね。彼女は――」

 

 ルーピンが自身の見解を述べようとした時、赤赤と燃えていた暖炉が突如エメラルドに変化した。

 

「時間か。来たぞ」

 

 シリウスがそう呟くと皆が一斉に話を止め、暖炉に視線を移す。直後、暖炉から2人の少女が姿を現した。1人は漆黒のローブを羽織った黒髪の少女。その服についた灰をもう1人のメイド服を着た銀髪の少女が払う。

 

「こんばんは、騎士団の皆様」

 

 スカートの端を摘み、優雅に一礼する少女こそ、今話題に上がっていたブラック家当主、ペルセフォネ・ブラック。その後ろに控えているのは彼女の従者、ラーミア・ウォレストンだ。

 どちらも成人に満たぬ少女であるはずなのに、騎士団の面子はその雰囲気に少し圧倒される。主人と従者の組み合わせは、一般家庭であるウィーズリー家には全く似合わない。完璧なる異物である。にも拘わらず、彼女らはこの場の空気を塗り替え、支配しようとしていた。

 その雰囲気を、暢気そうなダンブルドアの言葉が打ち消す。

 

「おお、待っておったよ、セフォネ。さあ、お座り。温かいココアでも飲むかね? 7月とは言え夜は冷えるからの」

「あら、そのように歓待を受けるとは、嬉しい限りですね。ですが、ココアはご遠慮させていただきます。長居するつもりはございませんから」 

 

 セフォネが椅子に座ると、ラーミアはその斜め後ろに立ち、居住まいを正す。その様子を見たセフォネはフワリと微笑むが、騎士団に視線を戻した時には、常のアルカイックスマイルに戻る。

 

「夜分遅くに呼び立てて申し訳ない」

「お気になさらず」

「うむ。では、まずは騎士団の紹介をしよう。もっとも、知っている顔が殆どじゃろうが」

 

 ダンブルドアが自ら、セフォネに騎士団員を紹介していく。

 セフォネの血族である、シリウス・ブラック。

 素性をある程度知っている、リーマス・ルーピン。

 一応の面識はある、アーサー、ビル、チャーリー・ウィーズリー。

 初対面に近い、モリー・ウィーズリー、キングズリー・シャックボルト、ニンファドーラ・トンクス。

 そして、因縁の相手であるアラスター・ムーディ。

 ムーディと目が合ったセフォネは一瞬動きを止めるが、ごく自然と目線を外し、ダンブルドアを真正面から見据える。セフォネは机の上で手を組み、それを交渉の始まりの合図だと認識したダンブルドアは、ゆったりとした動きで紅茶を口に含んだ。

 

「さて、前置きはこのくらいにしておいて、本題に入ろう」

「本題、とはこれのことでしょうか」

 

 セフォネは懐から便箋を取り出してテーブルの上に置く。それは今朝届いた、ダンブルドアからの手紙だ。

 

「そうじゃ」

「何の冗談かと思っておりましたが、まさか本気だとは」

「ブラック邸には、君の祖父母の手によりあらゆる保護呪文、そして忠誠の術が掛けられおり、さらに君がそれ等を改良、発展させた。それにより、今やブラック邸はホグワーツやグリンゴッツと同レベルの安全が保証されておる。その上、魔法省はブラック家に対して深く干渉することが出来ない。我々の本部にはうってつけじゃろう」

「私が言いたいのは、貴方は何故我々がそこまでの防備を整えたのかをご理解なさっているのか、ということです」

「おお、勿論じゃとも。それでもなお、じゃ」

 

 ブラック家の防衛における仮想敵は、魔法省と不死鳥の騎士団である。

 闇払いと吸魂鬼をブラック家に派遣した魔法省から、徹底的にすべての情報を隠匿すること。そして、騎士団員でもあった闇払いですら敷居を跨ぐことが不可能なこと。それらを目的として、大部分はヴァルブルガによって施され、それにセフォネが手を加えたことで、ブラック邸は魔法的な要塞と化している。

 経緯だけを見れば、むしろ死喰い人の本拠地とするほうが正解と言えるだろう。それをダンブルドアは、セフォネを味方に引き込むという目的で、騎士団本部の設置という提案をしたのだ。

 常であれば、この要求を跳ね除けただろうセフォネだが、既にダンブルドアとは密約を交わしている。その上、ヴォルデモートや死喰い人が表に出てこず地下に潜っている現状、情報源として騎士団の価値は非常に高い。現実的な問題と感情的な問題を天秤にかけた結果として出る結論は、1つしか無かった。

 

「相変わらず、喰えない狸ですこと」

 

 ため息と共にそう呟いたセフォネは一枚の羊皮紙を取り出し、それに杖を押し当てた。するとインクが滲み出るように浮かび上がり、次々と文字を形成してゆく。セフォネは出来上がった契約書を、机の上を滑らせるようにしてダンブルドアに渡した。

 

「何か異論は?」

 

――この契約は来年の6月30日をもって終了する。

――不死鳥の騎士団にはブラック邸1階、及び2階の一部を本部施設として貸与する。

――騎士団員がブラック家に危害を加えた場合は、当該騎士団員の立ち入りを禁ずる。

――対価として騎士団はブラック家に噓偽りなく情報を提供する。

――ブラック家は騎士団から提供された情報を第三者に提供・漏洩することを禁ずる。

 

 その他、細かい決まり事が記された文書を読んだダンブルドアは、思わず苦笑を抑えた。魔法法よりも詳細かつ厳格な内容である。基本的に決まり事に関してはファジーな魔法界らしからぬ契約内容であった。それに加え、契約書に施されている魔法は、魔法契約の中でも上位に位置する代物であった。"破れぬ誓い"や"血の誓い"のように代償が生命ではないものの、契約反故によって受ける呪いは、ダンブルドアですら解呪に1年は必要とされるだろう。

 

「これが妥協点かの」

 

 セフォネの直接的な支援は、この契約に盛り込まれていない。その部分は契約としては縛らず、自由意思による決定を行う、ということだ。その部分はダンブルドアにとって妥協点であるが、それでも良いと思っていた。胸襟を開いた人物に対しては気を許しやすいセフォネのことだ。騎士団と接する内に情が移り、ここぞという時には手を貸してくれるに違いない。

 ダンブルドアが契約書に杖を押し当てると、途端に燃え上がって灰となった。

 

「契約はここに成立した……くれぐれも」

「ええ。それはこちらの台詞です」

 

 "裏切るな"と双方が言外に交わし、セフォネは席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て、小娘」

 

 これまで沈黙を守っていた騎士団員から、声が上がる。その声の主を一瞥したセフォネは、何の興味もない、と主張するかのように背を向けた。

 

「貴方とお話することは何もありませんよ。偽物が語ったことが全てでしょう?」

「……そうだ」

「で、あれば。貴方にとって私は組織のスポンサー以外の何者でもありません。私にとって貴方は出資先の構成員に過ぎない。違いますか?」

 

 この会話の意味を、ラーミア以外の全員は理解していた。だからこそ、誰も口を挟まない。口を挟むことを許されていない。

 

「……だが」

「全ては過去。終わったこと。そう、"全て"は終わった――」

 

 勢いよく振り向いたセフォネは杖を抜き、ある一点に狙いをつける。それ見た他の騎士団員は、警戒するように立ち上がり、皆一様に杖を握った。セフォネの後ろでは、ラーミアも杖を抜くことができるように、姿勢を落としていた。

 

「それでもなお、貴方が望むというのであれば。ご希望にお応えしましょうか、ミスター・ムーディ」

 

 杖を向けられた当のムーディは何も言わずに座ったまま、セフォネと視線を交える。

 張りつめた空気の中、セフォネが口を開く。その瞬間、騎士団員とラーミアが杖を抜いた。しかし、それは誰にも向けられることなく、宙をさまようこととなる。

 

「――油断大敵」

 

 そう言ってクスリと笑ったセフォネは、杖を下ろした。

 セフォネにとって、あの事件の後始末はもう終わっている。復讐を遂げた今、ある程度の感情的な禍根はあるものの、既に気持ちに区切りをつけていた。たとえ去年の彼が偽物であったとしても、あの時"許そう"と思ったことは事実であり、それは今も変わらない。もう既に彼を許してしまい、復讐の空虚さを知ってしまった今、彼に害意を持ち続けることなどできなくなっていた。

 ムーディ本人はセフォネとまともに話したことなどなく、罪悪感を抱き続けているままなのかもしれないが、セフォネにとってはもう過去のこと。彼には悪いが、自分で折り合いをつけてもらう他ない。

 

「こんな小娘に杖を向けられるなんて、"マッド・アイ"が泣きますよ」

「……ああ、そうだな。油断大敵。貴様のような小娘に言われるまでもないわ」

 

 罪悪感から自分らしさを失っていたことを、自分自身の口癖で指摘されたムーディは、普段のようにぶっきらぼうに言い放つ。鼻を鳴らし、そっぽを向いた彼を後ろ目に、セフォネは暖炉に向けて歩き出した。杖を仕舞ったラーミアは慌ててセフォネに付いていく。

 

「帰りますよ、ラーミア。明日からは多くの来客が出入りします。貴方にも少し負担を掛けてしまいますが、許してくださいね」

「そんな、私はお嬢様の従者です。思うが儘、何なりとお命じください」

「では、帰ったら甘いものでも作ってください。少し疲れましたので」

「朝昼晩と3食、ケーキを召し上がっていたではないですか。流石にダメです。体に悪いですよ」

「前言撤回が早すぎません…? 今日くらい良いではないですか」

 

 そんな、暢気な主従の会話を残し、彼女らは隠れ穴を後にした。




筋トレラーミア………フィジカル系魔女メイドという新たな属性が付与されました。

騎士団本部………ダンブルドアがブラック邸を賃貸契約

支援絵をいただくだなんて光栄なこと、本当にあるんだなぁ、と喜びを噛み締める今日この頃。多くのコメントも頂き、ハーメルンに戻ってきてよかった、としみじみ感じます。できれば毎週、最低でも月1は更新していきたいと考えていますので、今後ともよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。